リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition- (charley)
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設定集
リリカルBASARA StrikerS キャラクター設定集(東軍・時空管理局陣営)


『リリカルBASARA』に登場する版権キャラクターの作中設定(今作独自のものもあり)です。

第一弾は機動六課をはじめとする東軍、時空管理局陣営の人物です。

※キャラクター紹介は登場人物、新設定が作中に登場する毎に更新していく予定です。


機動六課

 

前線メンバー・主力隊員

 

徳川家康

 

CV 大川透

 

肩書「東照権現」

武器 手甲『福禄手甲』

属性 光

年齢 19歳

所属・階級 三河徳川軍大将・東軍総大将

機動六課での役職 近接格闘担当教官・遊撃戦力(前衛)

好きなもの 揚げ物、ドーナツ

 

ゲーム『戦国BASARA3』、そして今作の主人公の1人。

太陽のように明るい人懐っこさを持ち、誰にでも優しく礼儀正しい、実直で部下想いな人情家。

かつては『戦国最強』と謳われる猛将 本多忠勝の陰に隠れながら独善的な正義や綺麗言を並べるだけの若輩であったが、今川、織田、豊臣と様々な勢力の傘下で耐え忍びながら、武田、上杉、伊達と、様々な強豪武将と相対し、様々な経験を積んだことで人格、実力的にも大きく成長。やがて天下を統一した豊臣秀吉が、武力制圧による世界征服に乗り出そうとした事でそれに、異を唱え、激闘の末に秀吉を倒す。

その後豊臣軍から離れ、幼少期からの信念であった“絆”の力で天下統一を目指すことを決意。それに賛同する東国諸国の武将を束ね、東軍の総大将となる。

そして、秀吉の仇討ちに固執するかつての親友にして宿敵 石田三成が率いる旧豊臣派と毛利家を中心とした西国の連合軍閥『西軍』との天下分け目の戦『関ヶ原の戦い』に挑む。

東軍側の調略によって西軍の敗戦の色が濃くなってきた佳境において、単身西軍本陣に突撃すると宿敵 三成との最後の戦いを繰り広げるが、その最中に発生した謎の光を受け、異世界 ミッドチルダに飛ばされ、そこで丁度任務中であったスバル・ナカジマと遭遇した事がきっかけで、機動六課に最初の民間人協力者(後に委託隊員)として保護される事となる。

そのスバルからは自らの説く『絆の力』に感銘を受けたこともあり、弟子入りを志願され、始めは戸惑うが彼女の熱意を受けて、生まれて初めての弟子とし、心身共に彼女の成長を支える事となる。

ちなみにスバルやはやて曰く、スバルの父親 ゲンヤ・ナカジマとは「声が非常によく似ている」との事。

 

スバル・ナカジマ

 

CV 斎藤千和

 

武器 ナックル型デバイス『リボルバーナックル』&ローラーブーツ型デバイス『マッハキャリバー』

属性 風(後に家康の教導により“光”属性が追加)

年齢 15歳

所属・階級 武装隊所属陸戦魔導師・二等陸士

機動六課での役職 前線フォワード部隊『スターズ分隊』フロントアタッカー

魔法術式・魔術師ランク近代ベルカ式 陸戦B

好きなもの アイスクリーム

 

アニメ『魔法少女リリカルなのはStrikerS』の主人公、そして今作のメインヒロインの1人。

前向きで能天気な人当たりのいいムードメーカーだが、意外と内気で気が弱いところもある。

両親(母 クイントはスバルが幼少期に殉職)共に管理局員であり、姉 ギンガも同じく陸戦魔導師である。

若手ながら、その並外れた魔力保有指数、機動力など、魔導師としての高い才能と姉 ギンガから伝授された『シューティングアーツ』という格闘技を駆使して、なのは達からも一目置かれる実力の持ち主だが、今作では『気』の使い手としても並ならぬ素質の持ち主である事が判明する。

幼い頃に空港火災に巻き込まれたところを、なのはに救われた経験から、『自分も誰かを助けられる人間になりたい』という夢を抱くようになり、日々精進を重ねていたところ、そのなのは自身からスカウトされた事で『機動六課』に入隊する。

六課としての初任務からしばらくたったある日、ガジェットドローンに占拠されたビルの鎮圧任務の最中に、関ヶ原からミッドチルダへ転送されたばかりの家康と遭遇。結果的に家康がミッドチルダに来て最初に出会った人物となり、彼が機動六課へと入隊させるきっかけをつくる。

家康とは気が合ったのか、当初から家康とは特に仲がよかったが、仮想戦闘で魔法を一切使わずに圧倒的な戦闘能力を見せた家康の技に惚れ込み、それまで身につけていた「シューティングアーツ」を自ら封印してまでも、彼に弟子入りする事を決意。

その決意を汲んだ家康に認められ、彼から格闘術(後に『東照流打拳術』と命名)と『気』の力を駆使した新たな技を指導される事となる。その結果、フォワードチームの中でも著しく急成長を遂げる事となり、本来、家康達猛将クラスにしか会得できない「戦極ドライブ」を発動させられるようになるなど、なのは達隊長陣に迫りそうな勢いで実力を上げつつある。

家康とは公私共に良き師弟関係を築いているが、現段階ではまだ「性別を超えて親しい仲」で明確な好意を抱いている様子はないが……

 

伊達政宗

 

CV 中井和哉

 

肩書「奥州筆頭」

武器 太刀『六爪(りゅうのかたな)』(一刀流/六爪流)

属性 雷

年齢 25歳

所属・階級 奥州伊達軍筆頭

機動六課での役職 遊撃戦力(前衛)・戦技教官補佐(※政宗自身の気分次第)

好きなもの ずんだ餅

 

ゲーム『戦国BASARA』シリーズ、そして今作の主人公の1人。

ワイルドな風貌に違わぬ、傲岸不遜かつ大胆不敵な性格で、自らの信じる生き様「粋」を貫く。

天下を担うべきは自分であると公言し、度々無謀とまで言える行動をとるが、部下や民の命を預る者としての責任感は強く、天下取りの戦を楽しみながらも乱世の早期の終焉を望んでいる。

関ヶ原の合戦の折に、西軍方についた武田軍への牽制と好敵手である真田幸村との決着をつけるために、信州上田の地で決戦に挑んでいた最中に関ヶ原同様に発生した謎の光を受け、家康に遅れて、忠臣の小十郎と共にミッドチルダに飛ばされる。

その後、しばらく小十郎と共に当てもなく彷徨っていたが、ガジェットドローンの編隊と交戦中だった機動六課の戦いに乱入した事がきっかけで、同じく別ルートで戦いに乱入していた真田幸村、猿飛佐助らと共に先に機動六課に協力していた家康に合流する事となった。

基本、共闘や同盟は好まないが、今作では状況が状況だけに、最初から機動六課に惜しみなく協力的な姿勢を見せる。

機動六課に加わってからも、相変わらず破天荒な振る舞いを続けており、ホテル・アグスタで行われた美術オークションに潜入警備で参加した際には見るからに安物な隕石を1000万ワイズ(六課の経費1月分)で落札したり、(西軍の策略に陥れられたなのはを助ける為とはいえ)ヴァイス・グランセニックから(勝手に)拝借したバイクで首都クラナガン市街地を大暴走した末に新型ガジェットドローンと壮絶なカーチェイスを展開した結果、負傷者348人、被害車両277台、家屋半壊17戸、全壊4戸にも及ぶ大事故を引き起こしてしまうなど、西軍やスカリエッティとは違う意味合いで六課を度々窮地に陥れている。

 

高町なのは

 

CV 田村ゆかり

 

武器 杖型デバイス『レイジングハート』

属性 光

年齢 19歳

所属・階級武装隊戦技教導官・一等空尉

機動六課での役職 総合戦技教官・前線フォワード部隊『スターズ分隊』隊長

魔法術式・魔術師ランクミッドチルダ式・空戦S+

好きなもの 実家『翠屋』のフルーツタルト

 

アニメ『魔法少女リリカルなのは』シリーズの主人公、そして今作のメインヒロイン格の一人。

幼少期から数々の事件に挑み解決してきた『エース・オブ・エース』の二つ名で呼ばれる、管理局内でも指折りの空戦魔導師で、管理局内のみならずミッドチルダでは雑誌に取り上げられるような有名人で、スバルをはじめ、多くの若き魔導師達から羨望の的とされている。

誰に対しても優しく接し、自分に対しては謙虚な反面、過去に無茶が原因で大怪我を負うことになった経験から、他人の無茶に厳しい反面、自分自身に対しては未だに無茶をしがちな傾向にあり、周囲(主にフェイトやシャマルなど)を困らせたり、叱られる事もしばしば。

今作では大谷吉継、島左近、後藤又兵衛などのこれまで相対してきた敵とは毛色の違う西軍の武将達を相手に得意の空戦戦術が活かせずに、劣勢を強いられる事が多く、何度か政宗の手で助けられるが、その内に無意識に政宗の事を意識するようになり……

 

真田幸村

 

CV 保志総一朗

 

肩書「天覇絶槍」

武器 二槍『朱羅』

属性 火

年齢 23歳

所属・階級 甲斐武田軍総大将代行・信州真田軍副将

機動六課での役職 槍術担当教官・執務官警護役・遊撃戦力(前衛)

好きなもの 団子

 

ゲーム『戦国BASARA』シリーズの主人公の1人、今作では準主人公の1人。

勇猛果敢な若武者で、曲がった事を極端に嫌い、何事にも真っ直ぐ向かい合う心を持つ熱血漢で、少々実直過ぎて思慮の足りない行動に走る事も多いが、その侍然とした姿勢は一部から『日本一の兵』と評される程。

政宗とは幼少期にとある戦場で出会って以来、目指すべき終生のライバル同士であり、尊敬の念と対抗心を抱いている。

徳川軍との戦途中で武田信玄が病に倒れてしまった事で、総大将としての座と甲斐の未来を託されるが、総大将としての器の重さに悩まされて、迷走した挙げ句に一時は武田を大いに弱体化させて、政宗や佐助からも失望を買う程であったが、やがて父・真田昌幸からの助言や、各地の武将達との対話を経て、自分なりの風林火山を見つけた末に、武田の長年の宿敵である徳川、打倒の為に西軍に加わり、関ヶ原の戦いでは東軍本体合流を目指す伊達軍の進撃阻止、そして自身のライバルである政宗との決着をつけるべく、信州上田城で対峙していた最中に伊達主従同様に謎の光を受けて、ミッドチルダに飛ばされる。

佐助と共にミッドチルダに漂流した後、政宗達と同時期に機動六課に保護されるが、当初は実質的な東軍方勢力となっていた機動六課に協力して良いか悩むが、そんな幸村の意を汲んだ家康との決闘とその直後の後藤又兵衛との戦いを経て迷いを振り切り、武田の総大将や西軍の将としてではなく真田幸村本人の意思として機動六課に協力する事を決意する。

その為、史実や原作の『3』とは異なり、事実上東軍側の勢力に属する事となる。

また、その戦いぶりに魅了されたエリオ・モンディアルとは、互いに似た部分を持ち合わせていた事と、テレパシーを介して現れた父・昌幸から後押しを受けた事で、義兄弟の契りを交わし、かつての自分と恩師 武田信玄のような熱い師弟関係となる。

 

フェイト・T・ハラオウン

 

CV 水樹奈々

 

武器 鎌型デバイス『バルディッシュ』

属性 雷

年齢 19歳

所属・階級 本局執務官(武装隊では一等空尉相当)

機動六課での役職 法務・事件捜査指揮・前線フォワード部隊『ライトニング分隊』隊長

魔法術式・魔術師ランクミッドチルダ式 空戦S+

好きなもの ビターチョコレート

 

アニメ『魔法少女リリカルなのは』シリーズ、そして今作のメインヒロイン格の一人。

一見クールな印象があるが、実際はとても心優しく、仕事を離れれば親友や子供たちに対して少々過保護なほど世話焼きな性格。

色々と複雑な幼少期を過ごしてきた経験から、六課配属以前より、自身と似た境遇にある子供達を事件捜査の合間に保護、世話するなどしており、エリオやキャロもその1人であるが、それぞれ魔導師として特別な才能や特異な出自を持った彼らには特に気にかけ、実質的な親代わりを務めている。

その為かすっかり世話焼きな性格が身に付いており、今作ではエリオやキャロだけでなく、エリオと義兄弟の契を交わした幸村の保護者役として、何かと稚拙な言動をとる彼を宥めたり、世話を焼く事が多い。

なのは達に比べて、自身の仕事が忙しいので訓練に付き合うことは少なく、さらに家康達に師事するようになってから、一気に成長を加速させていくエリオやキャロを「親離れ」と感じ、表には出さないが少々寂しい想いをしている。

機動六課の隊長陣の中では、ヴォルケンリッターと並んで近接戦闘に特化しており、西軍の猛将相手にも対等に渡り合うだけの実力を見せている。

家康達の破天荒な言動には、その性格上、基本的にはやんわりと諭すようにツッコむ事が多いが、機動六課に家康が初めてやってきた際には、家康の名を聞いて、普段はあまり見せない程に動揺していた。

 

前田慶次

 

CV 森田成一

 

肩書「絢麗豪壮」

武器 超刀『事始斯如』

属性 風

年齢 24歳

所属・階級 加賀前田軍遊撃軍団長(過去には上杉軍に士官したり、京都で独自のかぶき者集団「京都花街組」を率いていた)

機動六課での役職 情報処理・外交・部隊長警護役

好きなもの 粉もの(特にお好み焼き)、まつ姉ちゃんの手料理

 

ゲーム『戦国BASARA2』の主人公。

祭と喧嘩が好きな傾奇者で、陽気かつお人よしな性格。

天下統一よりも恋した相手を幸せにすることを何より大切に思い、出会う人々に恋とは何か問いかけながら各国を渡り歩く風来坊。

かつて天下統一を果たした覇王 豊臣秀吉の親友であったが、ある事件をきっかけに武力に傾倒していった秀吉のとある凶行をきっかけに袂を分かち、その後、秀吉が覇業の果に家康に倒されると、一時は現実から目を背けるかのように各地を流離っていたが、ある人物との出会いをきっかけに家康に対面し、己の正直な想いをぶつける事でわだかまりを解消した。

実は、政宗達と同じ頃にミッドチルダにやってきていたが、当人はいつもの調子で風来坊生活を続け、潜伏侵略に晒されていた六課の窮地に駆けつけ、そのまま合流するまでの一ヶ月の間に、すっかりミッドチルダの近未来のライフスタイルに馴染んでしまい、スマホやSNSまでも使いこなしてしまうまでになっており、政宗の暴走行為が原因で隊の評判が大いに貶められる危機に立たされた際には、その手腕をもって火消し活動を行う事で風評被害を最低限に留める活躍を果たした。

 

八神はやて

 

CV 植田佳奈

 

武器 杖型デバイス『シュベルトクロイツ』・本型デバイス『夜天の書』

属性 氷

年齢 19歳

所属・階級 遺失物管理部機動六課課長・陸上二佐

機動六課での役職 総指揮官・本部隊舎総部隊長

魔法術式・魔術師ランク 古代ベルカ式 総合SS

好きなもの 粉もの(特にたこ焼き)、鍋料理

 

アニメ『魔法少女リリカルなのは』シリーズのメインヒロイン格の一人。

機動六課の創設者で部隊長。前向きで、優しい心を持った陽気な性格。

次元漂流者である家康や政宗、幸村達を民間人協力者(後に委託隊員)として六課に居候させる懐の深さを見せる。反面、今作では良くも悪くも原典以上にノリが軽いお調子者な一面が強調されており、慶次加入後は彼の影響を受けて、仕事をサボるなどさらにちゃらんぽらんな性格や、トラブルメーカー的なキャラが強調されるが、本当に締めるべきところでは、きっちり締める。

総合SSと管理局内でもトップクラスの魔導師ランクの持ち主で、ミッドチルダ式とベルカ式、どちらの魔術も使える特異な存在。一方で、基本的には後方からの攻撃をメインにしているため、近接に関してはなのはやフェイトには劣る。それらの事情と自身の立場上の問題から戦闘に積極的に関わる事はないが、参戦すると魔力リミッターがかかった状態で大谷吉継と互角に近く渡り合うなど実力は確か。

武将達を自ら命名したあだ名で呼ぶことが多い(例 政宗→政ちゃん 幸村→ゆっきー)。

 

ティアナ・ランスター

 

CV 中原麻衣

 

武器 双銃型デバイス『クロスミラージュ』

属性 幻(後に佐助の教導により“影”属性が追加)

年齢 16歳

所属・階級 武装隊所属陸戦魔導師・二等陸士

機動六課での役職 前線フォワード部隊『スターズ分隊』センターガード

魔法術式・魔術師ランクミッドチルダ式 陸戦B

好きなもの ハンバーガー

 

愛称ティア。強気でプライドの高い性格だが、根はドジを連発するスバルに憤りながらも世話を焼くような面倒見の良い性格。また、その性格が災いして自分とは正反対な性格の猿飛佐助には、誂われる事がある。

唯一の身内であった兄 ティーダ・ランスターを任務中の殉職で亡くし、さらには彼の上司(今作では魔法至上主義派『コアタイル派』の一員という設定)の心無い発言や事件を面白おかしく取り上げたマスコミの悪意で深く心を傷つけられた経験から、原典以上に周囲とのコンプレックスを感じやすくなっていたが、今作では魔法を使えないのに、魔導師を上回る戦闘能力を有する家康達、戦国武将が登場した事で、原典以上に周囲の才能への劣等感や焦燥感を抱く事となる。

更には、ホテル・アグスタにおいて西軍の小西行長に圧倒的な実力を見せつけられた上、自身の心の傷を抉るような言葉を浴びせられた事で、コンプレックスは更にエスカレート。

挙げ句に、模擬戦の最中に現れた上杉景勝に無茶な戦いを挑んでまたも敗北し、さらにはその心の闇に目をつけた大谷吉継によって、洗脳、暴走させられ、なのはやスバルと対峙する事となってしまう。

佐助の身体を張った行動によって、どうにか洗脳は解かれたものの、その罪悪感と無力感からコンプレックスが臨界点に達し、一時は機動六課からの離隊を申し出る程に自暴自棄になってしまうが、見かねた佐助の提案で家康、政宗、幸村が経験してきた過去の重く苦しい挫折や迷走経験、そして政宗を介して伝えられたなのはの過去の失敗談と、その教導の真意を聞かされ、考えを改める。

そして、その直後の景勝との再戦で完全に迷いを振り切り、同時になのは達とも向き合って話し合う事でお互いに非を認め、和解した。

 

エリオ・モンディアル

 

CV 井上麻里奈

 

武器 槍型デバイス『ストラーダ』

属性 雷(後に幸村の教導により“火”属性が追加)

年齢 10歳

所属・階級 武装隊所属陸戦魔導師・三等陸士(自称「甲斐武田軍見習い」)

機動六課での役職 前線フォワード部隊『ライトニング分隊』ガードウイング

魔法術式・魔術師ランク近代ベルカ式 陸戦B

好きなもの スタミナ弁当・団子(幸村の影響)

 

当初は原典同様に見習い騎士として、実直で克己心の強い性格をしており人当たりも良いが、その性格が災いしてか女性陣にからかわれることが多かったが、幸村が六課に加入して、彼と義兄弟の契を交わした後は、幸村のような暑苦しいまでに熱く燃えたぎる熱血漢へと変貌する。反面、女性への耐久性は更に弱くなり、時には幸村と共に鼻血を大量に噴射してぶっ倒れる事も…。フォワードチームメンバーでは一番原典との性格の差が大きい。

当初は家康ら、“武士”を騎士に劣るものと若干軽視している節があったが、家康と幸村の決闘を目の当たりにした事をきっかけに彼らの貫く武士道…特に自身と境遇や性格がよく似ていた幸村に興味を抱くようになり、スバルが家康に志願したように彼に槍術を習う決心をする。

幸村は当初、自分は師になる器ではないと謙遜していたが、そこへ幸村の父 真田昌幸が謎のテレパシー(当人曰く「奇術」)を介して現れて、エリオの決心を認め、さらに2人の距離を縮めんと、奇術で召喚した真田家の主君 武田信玄との会遇、そして『殴り愛』を経て、互いの心を認め合い、義兄弟としての契を交わす。以降、幸村を「兄上」と呼んで慕うと同時に、自らを「武士見習い」と称するようになる。

ちなみに幸村との絆を深めるきっかけになった『殴り愛』はその後、幸村との恒例行事となる。

 

キャロ・ル・ルシエ

 

CV 高橋美佳子

 

武器 グローブ型デバイス『ケリュケイオン』

属性 光(後に小十郎の教導により“雷”属性が追加)

年齢 10歳

所属・階級 武装隊所属召喚魔導師・三等陸士

機動六課での役職 前線フォワード部隊『ライトニング分隊』フルバック

魔法術式・魔術師ランク 陸戦C+

好きなもの ハンバーグ、プチトマト

 

第六管理世界に存在する竜召喚に長けた地方部族『ル・ルシエ族』の出身で、その中でも特に高い資質を持った『巫女』。

おっとり天然気味の、可愛らしい性格で、六課の中では随一の良識派として、政宗や幸村だけでなく、幸村に感化されて熱血漢な性格になったエリオの破天荒な言動に戸惑ったり、苦笑する事が多い。

戦闘面においては原典同様、使役竜フリードリヒによる召喚魔法やブースト系魔法を使う他、今作では剣士としての才能がある事が発覚し、それを見出した小十郎(時々政宗も加わる)から直々に剣術を指導され、その結果、原典と違い、単独でもそれなりに戦えるようになる。

 

片倉小十郎

 

CV 森川智之

 

肩書「仁吼義侠」

武器 太刀『黒龍』・『山吹』

属性 雷

年齢 35歳

所属・階級 奥州伊達軍筆頭軍師兼副将

機動六課での役職 剣術担当教官・遊撃戦力(後衛)

好きなもの ごぼう、ネギ

 

伊達政宗に絶対の忠義を誓う無二の腹心であり、冷静に厳しい諫言をする兄的存在。

政宗が背中を預ける唯一の人物。

男気に溢れ、強い信念を持った義理堅い性格で、同じ武人精神を貫き忠義を尽くす主を持つシグナムとは同じ武人として通ずるものを感じている。また、それまで自力での戦闘能力を持たずにいたキャロの剣士としての才能を見出し、彼女に剣を教える事となる。

政宗が幼少期 梵天丸であった頃から、世話役として仕え続け、小田原遠征での石田軍への惨敗、その後の伊達の立て直しなど、幾多の苦難において政宗を支え続け、天下分け目の戦に際しても、政宗に付き従って信州上田の地で武田軍と対峙し、自身も腐れ縁の仲である猿飛佐助と対峙していた最中、それぞれの主と共に謎の光でミッドチルダに転送される事となる。

その性格上、あまり近代文明には打ち解け難そうに見えるが、なんだかんだで意外に馴染んでいる様子を見せている。

また、基本的に政宗の意を汲んで行動するが、政宗がガジェットドローンとのカーチェイスの末にクラナガン市街地で大事故を引き起こした事を知った際には、切腹を迫る程に激怒した。

 

猿飛佐助

 

CV 子安武人

 

肩書「蒼天疾駆」

武器 大型手裏剣『甲賀手裏剣』

属性 影

年齢 29歳

所属・階級 甲斐武田軍副将代行・信州真田家配下『真田忍隊』隊長

機動六課での役職 諜報・忍術担当教官

好きなもの 干し柿

 

真田幸村の親友兼相棒兼保護者的な存在である忍者。

瓢々とした軽い性格であるが、忍としての腕は一流で、戦闘中では闇に生きる者らしい冷淡さ・残忍さも垣間見せる事がある他、死に急ぐ行動や迷い苦しむ人間を見て放っておけない性質も覗かせる。

主君 信玄が病に倒れ、甲斐武田軍を託されながらも、将としての自分を見いだせず、未熟な采配を振るう幸村を一時期、冷たく突き放していた時期もあったが、後に幸村が武田の大将としての自覚を持ち成長した事で、作中時点では既に以前の陽気で気楽な態度に戻っている。

幸村同様に機動六課に合流してからは、周囲への劣等感や焦燥感を抱くティアナの事を気にかけ、次第に心の闇を増長させていく彼女を自分なりに見守ったり、忠告するなどしていた。

模擬戦に乱入した大谷吉継によって、狂化・暴走させられた際には身体を張って、彼女の正気を取り戻させた。

その後、ティアナが自暴自棄に陥りかけると、直接手を上げて本気で叱りつけ、幸村や家康、政宗達に協力してもらいながら、彼女を諭し、迷いを払拭させるきっかけを作った。

ティアナが改心した後、彼女の隠密としての才能を見出したなのはからの勧めで、彼女に忍術を手ほどきする事となる。

 

ヴィータ

 

CV 真田アサミ

 

武器 鉄槌型デバイス『グラーフアイゼン』

属性 震

外見年齢 8歳

所属・階級 航空隊 三等空尉

機動六課での役職 前線フォワード部隊『ライトニング分隊』副隊長・戦技教官補佐

魔法術式・魔術師ランク 古代ベルカ式 空戦AAA+

好きなもの はやての手料理

 

『紅の鉄槌』の異名を取る守護騎士(ヴォルケンリッター)の騎士。

常に勝気で自由奔放に振舞うが、芯は強く根は優しい少女。

不遜な態度や言動に反して、根は真面目な常識人で、六課ではティアナに並ぶツッコミ役として、武将達の型破りな言動やそれに影響される一部の六課の仲間達相手に気が休まる事がない。

ホテル・アグスタの戦いにおいて豊臣五刑衆 小西行長に圧倒され、両手を引きちぎられる重傷を負うが、『夜天の書』に付随する守護騎士であったが故に無事に回復し、事なきを得た(政宗曰く「生身の人間であったら、兵士として再起不能になっていた」との事)。

ベルカの騎士としての誇りは強く、故に圧倒的な実力者達の揃った西軍もとい豊臣への対抗意識は六課のメンバーの中でも一番強い。

 

シグナム

 

CV 清水香里

 

武器 剣型デバイス『レヴァンティン』

属性 火

外見年齢 19歳。

所属・階級 陸上部隊指揮官 二等空尉

機動六課での役職 前線フォワード部隊『ライトニング分隊』副隊長・剣術教官補佐

魔法術式・魔術師ランク 古代ベルカ式 空戦S-

好きなもの 水ようかん

 

『烈火』の異名を持つ、守護騎士(ヴォルケンリッター)の将。

生真面目で実直、騎士道精神を持つ武人。その性格故か武士道精神を体現した性格である片倉小十郎とは同じ武人同士とても気が合う。その反面、剣豪然とした性格の裏で、実は女の子らしく振る舞う事に憧れを抱いているという噂も…

機動六課所属の魔導師の中でも随一の近接戦闘の実力者で、その剣技は同じく剣豪の小十郎や西軍の島津義弘からも認められ、実際に石田軍侍大将の島左近との切り合いで勝利を収める程で、ベルカの騎士の名に恥じぬ実力の高さを見せている。

また、当人も自身と互角に渡り合う事のできる家康達『戦国武将』の存在に内心心を踊らせ、事あるごとに理由をつけては模擬戦を挑もうとして、彼らを辟易させている。

 

 

ロングアーチ

 

リインフォースⅡ

 

CV ゆかな

 

武器 魔導書型デバイス『蒼天の書』

属性 氷

外見年齢 10歳

所属・階級 機動六課部隊長補佐・空曹長

機動六課での役職 隊長補佐・副隊長補佐・前線管制

魔法術式・魔術師ランク古代ベルカ式 総合A+

好きなもの いちご

 

八神家の末っ子であるユニゾンデバイス。

外見より低い精神年齢だが、それは彼女が生まれてからの時間が短い故のこと。

はやて、シグナム、ヴィータとユニゾンできるが、さらに今作では戦国武将達とのユニゾンも可能である可能性が……

六課の中ではヴィータやティアナ同様に、周囲の破天荒な言動に振り回される事も多く、特に政宗にはクラナガン市街地で引き起こした『クラナガンの暴れ竜事件』に図らずも乗り合わせた事で、以後しばらくバイクがトラウマになってしまう。

慶次が合流してからは、同じく主の言動のフォローをする等、気苦労の多い慶次のペット 夢吉と気が合い、友達となる。

理由は不明であるが、何故か夢吉の言葉がわかる為、夢吉が会話に加わる際には通訳を務める。

 

夢吉

 

CV 桑谷夏子

 

機動六課での役職 部隊長補佐(その手伝い)・マスコット

好きなもの 果物全般(ミッドチルダに来てからは特にバナナ、いちご)

 

戦国BASARAシリーズのマスコット的存在。

前田慶次のペットにして親友の小猿。

非常に豊かな感情の持ち主で、お届け物やお使いなどもこなせ、愛くるしい鳴き声で慶次に忠告したり、おせっかいを焼いたりする非常に賢いパートナー。

同じく世話を焼かせる相方を持つリインフォースⅡや、同じ動物(守護獣)であるザフィーラには、自身の言葉が直接通じる事から、必然的に行動を共にする事が多くなる。

焦ったり、ごまかそうとする時には何故か、他の動物(犬、羊など)の鳴き声を上げる事がある。

 

シャマル

 

CV 柚木涼香

 

武器 振り子型デバイス『クラールヴィント』

属性 風

外見年齢22歳

所属・階級 医務官

機動六課での役職 専属医務官

魔法術式・魔術師ランク古代ベルカ式 総合AA+

好きなもの 肉じゃが(よく自作するが非常に不味い)

 

『風の癒し手』の異名を冠する守護騎士(ヴォルケンリッター)の参謀。

一見しっかり者に見えるが、意外にドジで少々頼りない面が目立つ。しかし、基本的に温厚な性格で周辺人物達の良き母親的存在となっている。

機動六課の医療関係における最高責任者であり、部隊全体の健康管理を担っている。任務や訓練…そして悪ノリが過ぎるなどして、何かと流血沙汰が多い機動六課にとっては必要不可欠な人物で、当人は戦国武将達(特に政宗や幸村達)が加わって以降、医務官としての仕事が3倍に増えた事を内心辟易している。

今作では料理の腕前は“殺人級”レベルに最低最悪な設定であり、彼女の作った料理を食べた者達は基本的に謎の怪症状を発症して失神する程に危険極まりないものである。

 

ザフィーラ

 

CV 一条和矢

 

武器 素手

属性 震

外見年齢(人間態)20代半ば(推定)

所属・階級 専属守護獣

機動六課での役職 部隊守護・要人警護

魔法術式・魔術師ランク古代ベルカ式 ランク非所有(AA相当)

好きなもの ある屋台の寿司

 

『盾の守護獣』の二つ名を持つ守護騎士(ヴォルケンリッター)の黒一点。

獣人の男性で、人間時は外見年齢はメンバーの中でも年長の容姿をした筋骨隆々とした青年、獣時は青い毛皮の大柄な狼の姿をとる。原典『StrikerS』では終始獣形態であったが、今作では時折人間態にもなる。

寡黙な性格で、常に仲間たちから一歩引いた冷静な目線で全体を把握している。その為、周囲の人物が胸の内に秘めた想いをいち早く見抜く、鋭い洞察力を持つ。佐助やヴァイスとはそれなりに仲が良く、「ザフィーの旦那」と呼ばれている。

また、同じ動物という関係からか、リインと並んで夢吉と仲が良く、言葉の意味を理解できる模様。

 

ヴァイス・グランセニック

 

CV 中村悠一

 

武器 狙撃銃型デバイス『ストームレイダー』

属性 火

年齢 24歳

階級 陸曹

機動六課での役職 ヘリパイロット

魔法術式・魔術師ランク ミッドチルダ式・B+

 

ヘリ操縦資格の最高位(A級ライセンス)を保有する、機動六課の足ともいうべき新型ヘリ「JF-704式」のパイロット。

元は魔導師だったが、「ある事件」をきっかけに前線の魔導師から身を引き、ヘリが好きだったことでヘリパイロットになった。

武装隊に所属していた頃は、魔力量こそ少ないものの(本人曰くティアナの半分以下)、アウトレンジからの狙撃手としてエースと呼ばれる程の腕前だった。

今作では、何故か非常に運が悪く、事あるごとに貧乏くじを引いて、常軌を逸す程の悲惨な目に遭わされる損な役回りである。

原典同様、赤いバイクを愛車にしているが、機動六課潜伏侵略編にて自分の意図しない内に政宗に拝借され、原型を留めないほどにボロボロになるまで乱暴に乗り回された挙げ句、敵ガジェットドローンへの特攻に使われ、破壊されてしまった。

石田軍侍大将の島左近に「声が非常に似ている」様で、家康からも初対面時には左近に間違えられた。

 

シャリオ・フィニーノ

 

CV 伊藤静

 

武器 なし

年齢 17歳

階級 一等陸士

機動六課での役職 通信副主任→通信主任

 

愛称「シャーリー」。グリフィスの幼なじみで眼鏡がトレードマーク。

空中、地上管制官の役もこなすメカ好きの通信士で、自称メカニックデザイナー。デバイスの作成・管理を行なえる「デバイスマイスター」の資格を持つ。

原典では最初から通信主任であったが、今作では部隊設立から機動六課潜伏侵略編終了時(36話)までは通信主任は上司のジャスティ・ウェイツが担っており、自身は通信副主任であったが、ジャスティの失脚に伴い通信主任に昇格する。

非常に人懐っこい性格で、六課に加わった戦国武将達にも興味津々で、彼らの武器の調節や、新たな戦術を身につける事になったキャロの為にデバイスの開発を依頼されるなど、ロングアーチの通信士達の中で一番親交深い関係になるが、そんな彼女の人柄をもってしても、直属の上司であったジャスティとだけは最後まで親しくなる事はできなかった。

 

グリフィス・ロウラン

 

CV 箭内仁

 

武器 なし

年齢 19歳

階級 准陸尉

機動六課での役職 交代部隊責任者・部隊長補佐

 

はやて達と親交の深いレティ・ロウラン提督の息子。外見は母親にそっくり。

生真面目で礼儀正しい好青年だが、幼馴染のシャリオにはくだけた態度も見せる。

機動六課では、はやての副官として指揮官補佐を担当するが、慶次や政宗を筆頭に、破天荒で常識外れな行動が多い戦国武将達の振る舞いに肝を冷やされたり、そのフォローや尻拭いを一手に押し付けられるなど、ある意味では隊で一番の苦労人といえる。

 

 

アルト・クラエッタ

 

CV 升望

 

武器 なし

年齢 18歳

階級 二等陸士

機動六課での役職 整備員兼通信スタッフ

 

ヴァイスの後輩で、シャリオと並ぶ機動六課の若手スタッフ達のリーダー的存在で、スバル達の良き先輩的存在。

軽い性格に反して、通信士以外にも整備士、ヘリパイロット見習いなど、意外に多彩な才能の持ち主である。

ミーハーな一面もあり、イケメン揃いな戦国武将達には興味津々で、彼女の風評のおかげで家康達が比較的早期に六課に馴染む事ができた。

一方で、周囲と壁を作りやすく、自分達にも排他的な態度をとるジャスティの事を快く思っていなかった。

 

ルキノ・リリエ

 

CV ゆかな

 

武器 なし

年齢 18歳

階級 二等陸士

機動六課での役職 経理事務兼通信スタッフ

 

かつてなのは達が活動拠点にしていた時空管理局次元巡航艦 アースラの事務員で、フェイトの義兄にして六課の後見人 クロノ・ハラオウンは元上官にあたる。

真面目だが、やや自己主張の薄い内気な性格で、その為か、通信主任のジャスティからは特に目をつけられ、一際厳しく当たられていた。

 

 

 

聖王教会→聖王ザビー教会関係者

 

カリム・グラシア

 

CV 高森奈緒

 

武器 なし

年齢 22歳

所属・階級 聖王教会・教会騎士団騎士・時空管理局理事官・ザビー教ミッドチルダ支部教祖代行・ザビー&カリーム教国最高指導者

洗礼名 ノストラダムスカリム

魔法術式 古代ベルカ式

好きなもの ザビッシュ

 

クロノやはやての友人。ヴェロッサの義姉。機動六課の後見人の1人で、管理局にも名目上少将として籍を置いている。

はやての姉的存在である物腰穏やかな女性であるが、今作では教会本部に現れた日ノ本からの次元漂流者である大友宗麟の言葉巧みな布教活動が原因で、彼の信仰する色モノ宗教『ザビー教』に心酔してしまい(本人は「愛に目覚めた」と語っている)、聖王教会本部の信者の殆どをザビー教に鞍替えさせてしまうという前代未聞の宗教改革を強行してしまう。

宗麟曰くザビー教の経典に書かれた『女神』によく似ており、彼や信者達からは「聖母カリーム」として崇められ、宗麟から「ノストラダムスカリム」という洗礼名を授かっている。

性格もそれまでの知的で思慮深い性格から、女版宗麟ともいえるほどに、破天荒かつアグレッシブで向こう見ずな性格となってしまい、「ミッドチルダを愛みなぎるザビー教国にしてザビー様をお迎えする」という壮大な野望を抱き、宗麟と組んで、ザビー教によるザビー教の為のザビー教大国『ミッドチルダ・大ザビーランド化計画』を進め、秘書のシャッハや義弟のヴェロッサを振り回して、我儘や傍若無人の限りを尽くす。

原典とのギャップが最も激しいキャラクター。

 

大友宗麟

 

CV 杉山紀彰

 

肩書「古今奔放」

武器 駆動国崩し→からくり戦車『ああっザビー様!あなたの面影と思い出号』

属性 光

年齢 14歳

所属・階級 豊後大友家当主・ザビー教日ノ本支部教祖代行・ザビー教ミッドチルダ支部神父長・ザビー&カリーム教国指導者

洗礼名 ドン・ブラリンコ宗麟

好きなもの ザビー印の南蛮菓子(カロリー過多注意)

 

九州豊後の大大名 大友家の若当主。

かつては足利将軍家の重臣も務めた名家の継承者ながら、性格は我儘且つ向こう見ずで無茶苦茶。国の政治や天下取りよりもとにかくザビー教であり、ザビーやザビー教の為なら、かなりの無茶でもやらかそうとする。

関ヶ原の戦いも部下である立花宗茂を西軍に貸し与えた(宗麟曰く「無理矢理引き抜かれた」)だけで彼自身は参戦せず、ザビーに戦乱の日ノ本を救う手立てを乞うべく、ザビーのいる南蛮の国に向かっている最中に嵐で船が沈没し、その拍子にミッドチルダへと飛ばされ、流れ着いたのが聖王教会本部であり、その場に居合わせたカリムに保護されるが、そのカリムを言葉巧みで誘惑し、ザビー教に目覚めさせてしまう。

以後、カリムと共に聖王教会本部をほぼ完全にザビー教一色に染め上げ、自領と同様にザビー教の温床にするという、傍から見たらあまりにも恩知らず過ぎる行動をとる。

聖王教会掌握後はカリムを『聖母カリーム』として、教祖代行として祭り上げ、自身は彼女の忠実な右腕として、ザビー教を異世界全体に布教させるビッグプロジェクト『ミッドチルダ・大ザビーランド化計画』を強引に推し進めていく。

 

シャッハ・ヌエラ

 

CV 阪田佳代

 

武器 双剣型デバイス「ヴィンデルシャフト」

属性 風

年齢 20歳

所属・階級 聖王教会本部・修道女・ザビー教ミッドチルダ支部『ニューソードマスター』(※本人非公認)

魔法術式・魔術師ランク 近代ベルカ式・陸戦AAA

好きなもの サラダ

 

聖王教会に所属するシスターで、カリムの秘書。

元々、基本的に温和で生真面目な性格な反面、好戦的で苛烈な一面を秘めた隠れ武闘派な人物であったが、今作では、カリムをはじめ聖王教会信者達を尽く抱き込んでしまった宗麟と彼の信仰する『ザビー教』に一方的に振り回されて、精神的に余裕が無くなり、聖職者とは思えない程に過激な言葉使いを平気で用いるなど、苛烈な一面が表情や言葉遣いに浮き出てしまう程にストレスを溜め込んでいる。

すっかり宗教とは名ばかりな銭ゲバゲテモノカルト宗教の温床になってしまった聖王教会においては唯一、聖王教信者として自我を保てている希少な存在で、教会やカリムの現状を誰よりも嘆き、そして彼女らを堕落させる元凶となった宗麟を目の敵とし、面と向かって「金髪チビ」と罵る他、聖職者であるにも関わらず、夜な夜な人目を忍んで聖地ベルカの森で丑の刻参りをする程に嫌っている。

 

 

時空管理局本局

 

時空管理局本局

 

ヴェロッサ・アコース

 

CV 小野大輔

 

年齢 20歳

所属・階級 時空管理局本局査察部 査察官

洗礼名 コイズミーベロベーロ

魔法術式 古代ベルカ式

好きなもの ショートケーキ

 

時空管理局・所属の査察官でカリム・グラシアの義弟。

クロノ、はやてとも旧知の仲。義姉を始めとした親しい人たちからは「ロッサ」と呼ばれている。

飄々として掴みどころのない性格で、サボり、遅刻の常習犯だが、査察官としてはそれなりの手腕を持ち、局内でも一目置かれる存在。

義姉 カリムがザビー教に宗旨変えした話は聞かされていたが、シャッハと違い特に実害はなかった故に、実質様子見で黙認していたが、ホテル・アグスタでは実際にザビー教徒としてすっかり人が変わってしまったカリムと遭遇し、愕然となる。

それでも一応、政宗達六課に所属する日ノ本出身の戦国武将達に八つ当たりする事なく、気さくに接していたが…

ちなみにカリムからは既に勝手にザビー教信者として認定されており、『コイズミ』という洗礼名を勝手に与えられている他、何故か名前を「ベロベーロ」と呼ばれるようになってしまう。

 

ユーノ・スクライア

 

CV 水橋かおり

 

年齢 19歳

所属・階級 時空管理局本局 無限書庫・ミッドチルダ考古学士会

役職:巨大データベース「無限書庫」司書長

魔法術式・魔術師ランクミッドチルダ式・総合A

好きなもの サンドウィッチ

 

無限書庫の司書長にして、なのはが魔導師になるきっかけを作った“恩人”。

かつてはなのは達と共に魔導師として戦っていたが、現在は無限書庫の整理・探索、情報整理作業に日々を費やし、現在は魔導師としての活動は行っていない。

ミッドチルダ考古学会の優秀な学士としても名が広く知られており、オークションの品物紹介・鑑定などを任される事が多く、なのは達との再会もホテル・アグスタで行われた美術オークションがきっかけだった。

オークションで政宗が1000万ワイズで落札してしまった隕石を無限書庫名義で立て替える。

西軍からは“ある目的”に必要なロストロギア『クライスラの遺産』に関する情報を知っている事からその身を狙われており、アグスタでの騒動の最中に島左近に狙われるが、前述の隕石の借りを返す為に駆けつけた政宗の奮戦で事なきを得る。

なのはとの関係はあくまで幼馴染であるものの、ユーノ自身はなのはを女性として意識しているのか、左近襲撃の直前に交わしていた談笑の際にはどさくさに紛れて、彼女に告白しようとしていた。

しかし、当のなのはは、潜伏侵略編終了の時点で政宗に好意を抱き始めており…

 



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リリカルBASARA StrikerS キャラクター設定集(西軍・スカリエッティ陣営、第三勢力陣営)

『リリカルBASARA』に登場する版権キャラクターの作中設定(今作独自のものもあり)です。

第二弾は石田軍を筆頭に西軍を構成する諸将達、そしてスカリエッティとナンバーズ、ルーテシア関連の人物達の紹介です。

※キャラクター紹介は登場人物、新設定が作中に登場する毎に更新していく予定です。


西軍本軍(石田軍&スカリエッティ)

 

石田三成

 

CV 関智一

 

肩書「君子殉凶」

武器 長刀『無名“白”』

属性 闇

年齢 18歳

所属・階級 豊臣軍与力石田軍大将・西軍総大将

好きなもの 無

 

『戦国BASARA3』『4』、そして今作の主人公格の一人。

今作では豊臣五刑衆の第一席『主将』の役目も兼ねている。西軍の実質的な総大将ではあるが、今現在はその実権を参謀の大谷と皎月院、そして協力者のスカリエッティに委ねている。

覇王 豊臣秀吉を神の如く崇拝しており、秀吉を倒した徳川家康に狂気的な殺意と憎悪を抱いている。豊臣旧臣の中の筆頭的存在で、豊臣に仇なす全ての勢力を徹底的に殲滅するその姿勢から、秀吉の「覇王」の後継者足る「凶王」とあだ名されており、「凶王三成(きょうおうさんせい)」とも呼ばれる。秀吉の右腕的存在であった半兵衛と並び「豊臣の左腕」と称され、数多くの戦果を挙げており、豊臣の天下統一を成し得た一戦『小田原の戦い』では奇襲をかけようとした伊達軍を壊滅状態に追いやり、政宗を完膚なきまでに叩きのめした。

主君の秀吉に対する忠誠は崇拝の域に達しており、秀吉側に従わない者や罵る者、疑う者はすぐさま「斬滅」しようとするほど攻撃的だが、自分に関しての暴言や恨み等にはほとんど興味を示さない。

憎き家康への復讐を目的に関ヶ原にて東軍諸国の大名を纏める徳川軍と激突するが、小早川秀秋の裏切りをきっかけに西軍本隊は総崩れになり、敗北は時間の問題となった時、突如、家康が単独で西軍本陣に乗り込んできた事で決着をつけようと一騎打ちに挑んだが、その最中に家康、そして自身の直臣 島左近や家康の側近 本多忠勝らと共に突如本陣を襲った謎の光を受けてミッドチルダへと飛ばされる。

それから数日の間、左近を引き連れて宛もなく家康を探して野山の中を放浪していたが、同じくミッドチルダに転送されていた側近の大谷や、皎月院が接触していた

次元犯罪者 ジェイル・スカリエッティから家康も同一の世界に転送された事を知らされた上で、お互いの目的(三成は「家康を殺す事」、スカリエッティは「自身の企てを成就させる事」)の為の同盟を提案される。

当初はそれを断ろうとするが、皎月院の願いで、三成にとっては家康を殺す以上に価値がある程の「ある願い」を実現させる為に、嫌悪感を抱きつつも了承する事となった。

こうして正式にスカリエッティ一派と協力関係を結ぶと、以降は同じくミッドチルダに飛ばされてきた『豊臣五刑衆』をはじめとする西軍の将達を集めて、再度西軍を再編成する為に準備を進める。

しかし、本人はあくまで家康への復讐、そして新たな『目的』が達成できればそれでいいと考えている。

 

ジェイル・スカリエッティ

 

CV 成田剣

 

武器 なし

属性 闇

年齢 不詳

所属・階級 広域指名手配犯

好きなもの 不明

 

アニメ『魔法少女リリカルなのはStrikerS』における黒幕。

「Dr.」の通り名を有する、生体改造や人造生命体の開発に異常な執念を抱くマッドサイエンティスト。その目的のために過去に幾つもの次元犯罪を起こし、広域指名手配がかかっている次元犯罪者。過去に人造魔導師製造計画「プロジェクトF」に携わっていた科学者で、現在は広域指名手配犯として時空管理局、そしてプロジェクトFに深く関わりのあるフェイトから追われている。

並外れて傲慢且つサディスティックなその性格と言動から多くの者に忌み嫌われており、当然三成や左近からも露骨に嫌悪され、協力者であったゼスト・グランガイツや、彼の最期を看取った島津義弘、立花宗茂からもその人間性を見抜かれて快く思われず、アギトからは「変態医師」呼ばわりされている。

ミッドチルダに漂流し、宛もなく彷徨っていた三成、左近の前に通信を介して現れ、先に手を組んでいた大谷吉継、皎月院と共に三成を説得。西軍との同盟を取り付けた。

同時にそれまで水面下で人造魔導師や戦闘機人の研究援助を受けていたレジアスに契約破棄を言い渡した。

現在は、大谷、皎月院と共に西軍の実質的な指導者的立ち位置に収まり、自身の“娘”達であるナンバーズだけでなく西軍の諸将達を使って、ロストロギア『レリック』を狙い、機動六課と敵対する。

 

大谷吉継

 

CV 立木文彦

 

肩書「寥星跋扈」

武器 数珠『禍ツノ星』

属性 闇

年齢 不詳

所属・階級 豊臣軍与力石田軍参謀・西軍筆頭参謀

好きなもの 漢方湯

 

石田三成の盟友にして、実質的に彼に代わって西軍をまとめている智将。

移動は、妖術を駆使する事で担ぎ手も無しに宙に浮いた特殊な輿を使う。

病に冒されており、全身に包帯を巻きつけた格好をしている為、ナンバーズの一部や、機動六課側からは「ミイラ野郎」と渾名される。三成を始め、官兵衛・家康などからは「刑部(ぎょうぶ)」と呼ばれている。

病に冒されたことによって心をも病んでしまい、世に生きる全ての人間を激しく憎むようになり、”全ての人間に等しく不幸を振りまくこと”を目的にする歪んだ思想に駆られている。淡々とした口調で揶揄や悪意に満ちた言葉を吐く皮肉屋である。

仔細は不明だが、関ヶ原の戦いの折に三成達と同様にミッドチルダに転送され、その後は三成や左近に先んじてスカリエッティと接触し、彼を訝しむ三成達を説得して、合流するように取り付けた。

同盟締結後は、皎月院と共に三成に代わる西軍側の代表としてスカリエッティと協力して、レリック奪取や機動六課攻撃の為に様々な策略を興じる。

 

島左近

 

CV 中村悠一

 

肩書「双天来舞」

武器 双刀『丁』『半』

属性 風

年齢 22歳

所属・階級 豊臣軍与力石田軍侍大将・西軍総大将近習

好きなもの 河豚

 

石田三成に従う、豊臣軍(壊滅後は石田軍)の若き切り込み隊長。本名は「島清興」ではあるが、三成との出会いにより左近を名乗るようになった。これは豊臣秀吉の「左腕」である三成にもっとも「近い」ものから取られている。

賭け事を何よりも好む陽気な青年で、軽薄な見た目や態度だけでなく、身のこなしも極めて軽い反面、主である三成に憧れており、忠義に厚い一面を見せる。故に三成を侮辱する者に対しては普段の飄々とした態度から一変して威圧的な声質、口調になる。

戦闘中でも軽口を叩くことが多かったり、戦の合間にしばしば軍を抜けて賭場へ遊びに向かうなど不真面目な態度から、三成からはしばしば叱責を受けており、時折貧乏くじを引かされる事もある。一方では専ら真っ向からの真剣勝負を望む面もあり、卑劣な手段をイカサマと捉えて激しく嫌っている。

豊臣に反旗を翻し、壊滅に追いやった家康の事は、三成の心を傷付けた事に加え「『自分自身に嘘をつく』というイカサマをしている」という理由で非常に嫌っており、家康と対峙した際には辛辣な態度を見せる。

関ヶ原の戦いでは家康との一騎打ちの最中に謎の光に包まれた三成を助けようと駆けつけるが、結局自身も一緒に吸い込まれ、ミッドチルダへと漂流する事となる。

その後は三成に従って、宛もなく彷徨った末に接触してきたスカリエッティに仲間に勧誘されるが、見るからに胡散臭いスカリエッティを三成以上に警戒し、同盟締結後も露骨に毛嫌う態度を見せる。

 

三成の側近格という事で西軍の将の中でも比較的出撃の機会が多い。

機動六課のヴァイス・グランセニックとは『声や性格が似ている』との事で六課側からは「ヴァイスそっくりな奴」と認知されている。

 

ナンバーズ

 

ウーノ

 

CV 木川絵理子

 

能力/役割 情報処理・開発補助・実務指揮

IS(インヒューレントスキル)(先天固有技能) 『不可触の秘書(フローレス・セクレタリー)

固有装備 無

教導責任者/指揮官 無し(スカリエッティの側近)

 

ナンバーズの1。

ウェーブがかった薄紫の長髪をした女性。クローン培養。

スカリエッティの秘書を務める彼の側近にして最大の理解者であり、実務だけではなく精神面からも支えている。

しかし、単なる悪人や狂人、無法者の集まりではない西軍との同盟には危機感を抱いており、劇中度々スカリエッティに対して忠告するが、彼からは聞き入られずいる。

この同盟が自分達の計画にとって大きな助力となることは理解しているが、それでも自分達を迫害するような目で見る西軍の将を信頼できず、スカリエッティへの忠誠との板挟みに苦しむ。

 

クアットロ

 

CV 斎藤千和

 

能力/役割 情報操作・作戦指揮・電子戦・幻惑

IS(先天固有技能) 『シルバーカーテン』

固有装備 ステルス機能を有するマント「シルバーケープ」

教導責任者/指揮官 無し(スカリエッティの側近)

 

ナンバーズの4。

大きな丸メガネと独特の甘ったるい喋り方が特徴。純粋培養。

幻惑等による敵の行動妨害を主体とする実働部隊の後衛だが、その卓越した知略を駆使して実戦部隊の参謀格として振る舞っている。

愛想の良い振舞いで、突如同盟する事となった西軍諸将相手にも甲斐甲斐しく接するが、三成からはその露骨に媚を売るような態度を逆に嫌悪されている。

 

チンク

 

CV 井上麻里奈

 

能力/役割 ナイフによる近接戦闘・爆撃による拠点破壊/殲滅

IS(先天固有技能) 『ランブルデトネイター』

固有装備 投げナイフ「スティンガー」

教導責任者/指揮官 長曾我部元親

 

ナンバーズの5。

灰色のコートを着込んだ、小柄で銀髪の少女。隻眼のため、右目に黒い眼帯をつけている。クローン培養。

潜入と破壊工作に優れている。

妹と会話する際に一人称が「姉」になるなど、物言いがやや古風。ナンバーズの中では最も小柄で、自分でも体型のことを少し気にしている。

面倒見の良い性格で姉妹達から慕われており、粗暴なノーヴェの世話は特に焼いていた。

ナンバーズの中でも特に西軍と同盟を結ぶことに懐疑的であり、その為、当初自分達の指導役になった長曾我部元親の慣れない人柄にはじめは疑うが…

 

セイン

 

CV 水橋かおり

 

能力/役割 潜行能力による隠密・潜入作業

IS(先天固有技能) 『ディープダイバー』

固有装備 指先に付いた極小のカメラ「ペリスコープ・アイ」

教導責任者/指揮官 黒田官兵衛

 

ナンバーズの6。

水色の髪に愛嬌のある幼気な風貌の少女。純粋培養ではあるが突然変異。

潜入と秘密工作に特化したIS故に仲間内では非常に重宝されている。ナンバーズとして稀に見る明るくポジティブな性格で、言動もかなり子供っぽい。

その性能故に石田三成をはじめとする西軍の将達からは特にこき使われており、不遇な立場にある。

 

ノーヴェ

 

CV 斎藤千和

 

能力/役割 陸戦(格闘・射撃)

IS(先天固有技能) 「ブレイクライナー」

固有装備スバルのリボルバーナックルを模して作られた簡素な篭手「ガンナックル」と、マッハキャリバーを模して作られたナックルスピナーを備えるローラーブーツ「ジェットエッジ」

教導責任者/指揮官 長曾我部元親

 

ナンバーズの9。

機動六課のスバル・ナカジマとよく似た赤い髪と少年的な容姿をした少女。クローン培養。

白兵戦に優れた典型的な前線戦闘員。

短気かつ直情的な性格で、常に不機嫌なため、敵はもちろん、チンク以外の他の姉妹達を含む味方にも威圧的な態度を取る。当然、スカリエッティが決めた西軍との同盟にも一際納得しておらず、西軍関係者達に対しても強い懐疑心や敵愾心を示す。

その為、長曾我部元親指揮下に配属された際には元親に猛反発し、勝負を挑んだが圧倒的な差を見せつけられる形で敗北し、彼の訓練を受ける決心を固めた。

その後も、元親に対しては事あるごとに突っかかっていくが、当の元親からは軽くあしらわれている。

 

ディエチ

 

CV 升望

 

能力/役割 後方からの狙撃・砲撃

IS(先天固有技能) 『ヘヴィバレル』

固有装備 大型の狙撃砲「イノーメスカノン」

教導責任者/指揮官 長曾我部元親

 

ナンバーズの10。

茶色の長髪を薄黄色のリボンで結わえている。純粋培養。

また両目に仕込まれた機器によって優れた望遠能力と解析能力を有し、それを併用した狙撃・砲撃による後方支援を役目とする。

寡黙で余り感情を表に出さないが、姉妹思いの温厚な性格で、元親やセイン、ウェンディの破天荒な行動や、ノーヴェの暴走のストッパー的存在に立つ。

 

ウェンディ

 

CV井上麻里奈

 

能力/役割 前衛(射撃)・運搬

IS(先天固有技能) 『エリアルレイヴ』

固有装備 多種の機能を持つ巨大な盾「ライディングボード」

教導責任者/指揮官 長曾我部元親

 

ナンバーズの11。

赤い髪を後頭部でまとめた少年的な容姿で、ややノーヴェに似た外見をしている。純粋培養。

防御・射撃・飛行の三種をこなす前衛戦闘員。

語尾に「〜っス」とつく軽い性格で、細かいことはほとんど気にしない。その性格故、長曾我部元親指揮下に配属されて以降は、元親を「アニキと呼んで慕い、時折甘えるなどして彼らを困惑させたり、チンクやノーヴェをやきもきさせる事がある。

 

 

西軍外様大名

 

長曾我部元親

 

CV 石野竜三

 

肩書「天衣無縫」

武器 碇槍『長槍八流』

属性 炎

年齢 28歳

所属・階級 土佐長曾我部軍棟梁

好きなもの 土佐海のカツオ

 

自由と海、財宝をこよなく愛する海賊武将。

一見乱暴な荒くれ者に見えるが、自分を慕う者を「野郎共!」と呼んで可愛がり、慕う者達からは「アニキ」と呼ばれ心から慕われているカリスマ性が高い上に人情に厚く、その性格上西軍の将では数少ない好人物。

徳川家康とは親友であったが、豊臣による天下掌握後、自身が航海に出ている間に領土の四国を徳川軍に襲撃される悲劇に見舞われたのをきっかけに決別。襲撃の際に大勢の兵を殺され、その復讐の為に西軍として徳川と敵対する事になるが…

ミッドチルダでは三成達から少し遅れて西軍本陣に合流し、大谷の指示でナンバーズの内の5番 チンク以降のメンバーの教育係を担当する事となるが、戦闘機人である彼女達に対しても人間同様分け隔てなく気さくに、4人の良き兄貴分として接し、ウェンディやセインからは「アニキ」と慕われるようになる。一方、西軍に対して敵愾心の強いノーヴェからはその性格や初対面時のやり取りをきっかけに一方的なライバル意識を抱かれ、度々突っかかられているが当人は手のかかる駄々っ子のように見ており、然程気にしていない。

 

黒田官兵衛

 

CV 小山力也

 

肩書「機略重鈍」

武器 鉄球『鉄戒 鉄丸』

属性 風

年齢 24歳

所属・階級 元豊臣軍与力福岡黒田軍総大将

好きなもの 握り飯(箸を使わずに食べやすいから)

 

元豊臣軍傘下の将。たまに「穴熊」、「暗(くら)の官兵衛」ともあだ名される。

非常に優れた慧眼を持っているが、非常に運が悪いため全てが裏目に出てしまう男であり、かなりのうっかり者でもある。物事がうまく運ばない時に叫ぶ「なぜじゃーーっ!!」が口癖。

元々、豊臣軍与力の中でもかなり有力な将であったが、秀吉の下で堂々と天下の座を狙っていた事が仇となり、三成、大谷によってその企みが露見、改易こそ免れたものの、九州の鉱山奉行という名目で実質領地替え(左遷)処分と豊臣与力の座を失う事となった。

その際に、両手に付けられた巨大な鉄球付きの手枷がトレードマークで、官兵衛はこの手枷を外す事を目下の目標としている。

そのあまりの運の悪さで、他の西軍の将達や一部のナンバーズにもバカにされている始末だが、最初に出会ったセインにだけは「官兵衛のおっちゃん」とそれなりに慕われている。

関ヶ原では半ば強引に西軍として参加させられるが、当人は隙を見て、東軍に寝返ろうと考えていた。その途中で謎の光を受けてミッドチルダへ飛ばされ、そこでもナンバーズに捕えられて、無理矢理西軍勢力へと参加させられる事となる。

その後は同じく西軍に加わっていた配下の又兵衛と共に西軍の先鋒として機動六課隊舎に潜入するが、当人は状況を見て家康に取り入る事で東軍合流を画策していた。しかし、家康や幸村暗殺に執心する又兵衛の独断専行や、自身の裏切りを見越していた皎月院による増援などで寝返り作戦は失敗し、結局又兵衛共々、撃退される。

その後は、作戦失敗と寝返り未遂によりしばらく謹慎の沙汰が下され、大谷から妖術によって手枷の鍵を更に厳重にされてしまった。

 

ルーテシア一味

 

ルーテシア・アルピーノ

 

CV 桑谷夏子

 

武器 グローブ型デバイス『アクスレピオス』

属性 光(雷

年齢 10歳

好きなもの 義弘に食べさせてもらったサツマイモ

 

ベルカ式ベースの召喚魔法を操る少女。スカリエッティからは「レリックウェポンの実験体」と呼ばれる。

アギトからは「ルールー」、島津義弘からは「ルーどん」、立花宗茂、ナンバーズからは「お嬢様」「お嬢」と呼ばれる。スカリエッティに対してはアギトや義弘達ほど嫌悪感を抱いておらず、レリックとは無関係の時でも個人的に協力することもある。

今作序盤は原典同様にゼスト・グランガイツと行動を共にしていたものの、第53無人世界「イチュピカ」にて魔竜の群れに襲撃され、ゼストが致命傷を負い、自身も窮地に立たされたところを突然日ノ本から転送された義弘と宗茂によって救われる。

ゼストを失いつつも、彼の遺言を聞き届けた義弘と宗茂が代わりに護衛として付く事となり、以降行動を共にする事となり、彼らと共に「XI番のコア」を探す。

自身には心がないと思っているが、ゼストの死に悲しんだり、親のように接してくれる義弘や宗茂達を表面には出さないものの信頼し、慕うなど、時折、人間味ある一面を覗かせる事があり、義弘や宗茂からはスカリエッティに何かしらの処置を施されているのではと訝しげられている。

 

アギト

 

CV 亀岡真美

 

武器 無し

属性 火

外見年齢 10歳

好きなもの 宗茂が振る舞ってくれた柳川鍋

 

ルーテシアと共に行動する少女。全長はリインフォースIIと同じ程度(=30センチ程度)。「烈火の剣精」を自称(元々捕えられていた研究所職員による識別名)し、炎系の古代ベルカ式魔法を操る。

勝気で口の悪い所もあるが、そんな人当たりの悪い言動とは裏腹に、実際は面倒見のいい良識派で、どこか憎めない性格。心から信頼を置いた相手には純粋に慕い、ゼストや、義弘、宗茂の事もそれぞれ「(ゼスト、宗茂の)旦那」「(義弘の)じっちゃん」と称して懐いていた。

逆にスカリエッティやナンバーズのことは快く思っていなかったが、スカリエッティに至っては、彼の齎した曖昧な情報提供が遠因となってゼストが死に至る結果となった事や、その死に際してもぞんざいな反応を示した事から余計に反発心や嫌悪感、懐疑心を抱く事となる。

 

島津義弘

 

CV 緒方賢一

 

肩書「一刀必殺」

武器 大剣『斬岩剣 青嵐』

属性 雷

年齢 65歳

所属・階級 薩摩島津軍総大将

好きなもの 芋焼酎

 

酒好きで豪快な性格の薩摩の老将。

天下を意識していない訳ではないが、それよりも生涯をかけて戦い抜く強者を求めている硬派な剣豪武将である。

その人柄故に、アギトからは「義弘のじっちゃん」と呼ばれ慕われ、ルーテシアからは表には見せないもののやはり深い信頼を寄せられており、彼自身もルーテシアやアギトを娘のように大事に想い、絶えず気にかけている。

今作ではライバルの本多忠勝だけでなく、この世界ではじめて刃を交えたシグナムも好敵手として認めており、互いに武人の魂をぶつけ合って戦う。

関ヶ原の戦いでは西軍劣勢の状況の最中にあっても士気衰える事なく奮戦していたが、戦場に発生した謎の光によって共闘相手の立花宗茂と共に第53無人世界「イチュピカ」へと転送され、そこで窮地に立たされていたゼストとルーテシア達を救う。

しかし、ゼストは既に致命傷を負っており、助からないと理解した彼から最期の頼みとしてルーテシアとアギトの事を託され、そんな彼を自分と同じ『武人』と見抜いた義弘もそれを了承し、彼の介錯人を務めた。

その後、スカリエッティと手を結んでいた大谷達から西軍への再合流を促されるも、当人はゼストの残した言葉からスカリエッティに対して快く思わなかった事もあり、「ミッドチルダではあくまでも協力するのはルーテシアに関わる事だけ。西軍本軍(スカリエッティ)の企みには非介入」という妥協案を提示し、それを了承させ、宗茂と共に正式にゼストに代わって、ルーテシアの仲間になる。

 

立花宗茂

 

CV 稲田徹

 

肩書「青天白日」

武器 チェーンソーの様なフォルムの双剣『雷切・百刃雷神』

属性 雷

年齢 56歳

所属・階級 豊後大友家重臣

好きなもの 奥の作った味噌汁(ダシが薄い)

 

大友宗麟の家臣。

島津義弘、本多忠勝と並び称されるほどの猛者であり、「西の宗茂」「大友の盾」の異名を持つ武勇・人格ともに優れた名将。

温厚で篤実、非常に強い忠義心を持つなど、人格面でも極めて実直かつ良識的な思考の持ち主であるが、その反面、自己主張が非常に苦手な一面が玉に瑕。

そんな日頃の不平不満のはけ口として心の中で愚痴や戦とは無関係な雑念を呟くのが癖になっている。

今作においては宗麟から西軍に貸し出され(宗麟本人の弁からして、半ば西軍から脅しつけられる形で出向させられた模様)参戦し、関ヶ原の戦いでは戦友である義弘と共に敗戦濃厚となった状況を前にしても怯む事なく東軍相手に奮戦していたがその途中に謎の光によって義弘と共に第53無人世界「イチュピカ」に転送され、そこで出会ったゼストを義弘と共に看取り、彼と同様に西軍の新たな協力者であるスカリエッティに警戒心を懐きつつも、ゼストの最期の頼みの為にルーテシアを仮の主人として、彼女の為にその豪剣を振るう。その反面、ザビー教に心酔する宗麟よりもまともな主が出来たことはかなり嬉しい模様。

 

ゼスト・グランガイツ

 

CV 相沢まさき

 

武器 槍型デバイス『名称不明』

属性 火

年齢 享年55歳

魔法術式・魔術師ランク 古代ベルカ式・S+ランク(生前)

好きなもの 不明

 

ルーテシアと行動を共にする巨躯の戦士。アギトからは「旦那」と呼ばれ、スカリエッティ達からは「騎士ゼスト」と呼ばれているベルカ式魔導師。

槍型のデバイスを駆使して戦い、アギトとのユニゾンも可能で、相性は然程良くないがお互いのコンビネーションで補っており、義弘達からも初対面時にひと目で相当な武人と見抜かれていた。

更に、フルドライブを行うことで巨大な魔竜をも一撃で打倒するほどの力を発揮する。しかし、フルドライブは体への負担が大きく、命を削る一撃であり、作中では結果的にそれが致命傷となった。

スカリエッティとは一応の共闘関係であったが、彼の性格、思想に対してあまり良い感情を抱いておらず、スカリエッティやナンバーズに気を許しすぎているルーテシアを心配しており、自分が万が一にもいなくなった後に彼女やアギトの動向を心から心配していた。

今作序盤まで原典同様にルーテシアやアギトと行動を共にしていたが、レリック捜索の為に訪れた第53無人世界「イチュピカ」で原生生物達の猛撃を受け、その予想以上の手強さを前にフルドライブを乱用した上に、原生生物の致命傷を受けた事で窮地に立たされるが、そこへ偶々転送されてきた義弘、宗茂に救われる。

自分が最早助からない事を悟ると、義弘達に自分達の立場やスカリエッティの事を話し、自分の代わりにルーテシアとアギトを守って欲しいと頼み、同じ武人として頼みを聞き入れた2人に礼を述べた上で、最期は自らのかつての戦友達の顔を思い返しながら、義弘の介錯の刃を受け、この世を去った。

自身に心を開いていたルーテシアやアギトからはその非業の死を悲しまれ、義弘、宗茂も「武人として相見えたかった」と非常に惜しんだ。

 

単独行動

 

後藤又兵衛

 

CV 三木眞一郎

 

肩書「執心流浪」

武器 奇刃『執行刃』

属性 雷

年齢 31歳

所属・階級 元豊臣軍与力福岡黒田軍陣大将

好きなもの 目刺

 

黒田官兵衛が九州左遷後に召し抱えた浪人上がりの武将。

長年浪人として住む場所や食べるものにも困るような生活をしていた為に非常に功名心や反骨精神、プライドが高く、自分の誇りを傷つけた者に対しては強い恨みを持ち、“又兵衛闇魔帳”と呼ばれるノートにその相手の名前や処したい刑の内容を記して執念深く付け狙う。原典同様に伊達政宗や上杉謙信、家康もその手帳に記録しているが、今作では真田幸村や高町なのはの名前も記録される事になる。ちなみに『潜伏侵略篇』終了時点の順位は政宗が最上位、なのはが二位、謙信が三位となっている。

非常に残忍且つ残虐な性格であり、相手を木偶と蔑み、「処刑」にはどんな手段も厭わない。

主君である官兵衛に対しても「阿呆官」と呼ばわりし、当人の前で堂々と出し抜く事を宣言するなど露骨に見下している。

ミッドチルダでは官兵衛と共に西軍の先鋒として幸村と家康の決闘が行われていた機動六課を襲撃するが、手柄に固執する又兵衛と、家康に取り入って東軍寝返りを画策していた官兵衛の息は合わず、結局撃退され、官兵衛共々謹慎の処分を下される。

その後、官兵衛と違い謀反まで企てていなかった事を思慮されたからか、大谷主導の潜伏侵略作戦ではなのは達をおびき寄せる別働隊を任され、なのはを捕らえ、一時はフェイトを相手に優位に立つも、駆けつけた政宗に激闘の末に敗北、彼は勿論、戦いの最中に横槍を入れたなのはに対しても激しい恨みを募らせ、2人をそれぞれ又兵衛閻魔帳の一位、二位とした。

敗北後、命こそ失わなかったが、名実ともに「無能」の烙印を押され、心に深い傷を負い、更に官兵衛が必死に慰めるつもりで言った言葉が返って仇となり、結果、狂乱した残酷な復讐鬼へと変貌し、スカリエッティのアジトより脱走。西軍からは「離反」として見做される事となった。



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リリカルBASARA StrikerS キャラクター設定集(今作オリジナルキャラクター)

『リリカルBASARA』に登場するオリジナルキャラクターの作中設定です。

※キャラクター紹介は登場人物、新設定が作中に登場する毎に更新していく予定です。


東軍

 

奥州伊達軍

 

伊達成実(だて しげざね)

 

イメージCV 下野紘

 

肩書『天真雷撃』

属性 雷

武器 無柄刀『雷蛇』、白鞘直刀『群青』、木刀『白萩』

一人称「俺」

属性 雷

年齢 17歳

所属・階級 伊達軍特攻隊長・一番槍

趣味 暴食・野山を駆け回る事

好きなもの 食い物ならなんでも!(特に片倉印の野菜、芋虫)

嫌いなもの 草履、重苦しい甲冑、兄ちゃん(政宗)の邪魔者

キャラクターモチーフ:吉田“ジャスティス”カツヲ(アニメ『秘密結社 鷹の爪』)/藤堂平助(ゲーム『薄桜鬼』)

 

備考

 

政宗の義兄弟にして、伊達軍の特攻隊長として一番槍を務める若武者。

政宗とは本当の兄弟ではなく、伊達家のある武将と農民の女性との間に出来た庶子である。幼名は藤五郎。

青緑の派手な色合いに胸元と両肩部分にファー(狢の毛皮)の付いたマタギを思わせる服装に毛虫の前立てが付いた蓑笠を被っており、腰に『くいもんぶくろ』と呼ばれる袋を下げている、具足は付けているが履物は履いていない(これは成実が履物を嫌っている理由の他、後述の理由がある為)、年中裸足。

その外見の為、敵対者からは「野武士」「田舎侍」「毛虫小僧」と揶揄される事がある。

背丈は政宗達より一回りほど低い。栗色の髪形を短髪にした髪型をし、右目の部分に刀傷が走っている。

政宗や小十郎とは正反対に非常に明るく、活発で飾り気のない真っ直ぐ且つ自由奔放な性格で、良くも悪くも武士らしからぬ朴訥なお調子者。

勉強などの頭を使う事はからっきし駄目。思考力や言動、センスは小学生レベルであり、底抜けに無責任な言動をとっては小十郎にツッコまれたり、叱られるのが日常茶飯事となっている。

一方では、形に捉われない破天荒さや、曲がったことを嫌う正義感など、伊達家特有の性格もしっかり併せ持っている。

食い意地が非常に張っており、食べ物の名前を混ぜた独特な言葉や諺を宣う癖がある(例「そうはホタルイカのぬた和え」「合点承知のはらこ飯」「下手な河豚(テッポウ)数食ゃ当たる」等)他、空腹が限界に達した状態で珍しい食べ物を見ると理性を失って先祖返りを起こして、脊髄反射的に食らいにかかり、その際に、「ハラヘッタ、メシクワセ」、「◯◯(ソイツなど)ハ◯◯(オヤツ、晩メシなど)オレノ◯◯」などと連呼しながら空腹を満たすまで暴れまわる習性がある。

基本的に食べられないものはなく、自称『伊達軍一の美食家』と豪語するが、実際は病的なまでに味音痴且つゲテモノ好みの悪食家であり、大抵のものなら食べても抵抗は無く、それどころかゴキブリやネズミを素手で捕まえて焼いて食べたり、ザビッシュ、挙句に泥や雑草など人間では食べられないものまでも平然と食べきったり、毒物やそれに相応する危険物を摂取しても身体に一切変調を来たさない(誰もが不味いと称し拒絶反応を示すシャマルの料理を絶賛する程)。

政宗の『六爪流』や小十郎の『片倉流』に続く伊達軍第三の流派を編み出そうと、口に無柄刀を口に咥える、または片足立ちの姿勢となって足の指で掴む事で持ち、両手にそれぞれ政宗、小十郎から贈られた木刀、白鞘直刀の二振りを構えた『三牙月流(みかづきりゅう)』と呼ばれる三刀の使い手だが、どう考えても効率的ではない構えな上、小十郎曰く「正統派剣道の基礎である『五行の構え』(”上段”、”中段”、”下段”、”八相”、”脇”)でさえ結局身につける事ができなかった」らしく、実際は正統派剣術の心得は皆無であり、駆使する技は剣術の体も成していない我流殺法で、技はどれも荒削りなものばかりであるが、幼少期から過ごしてきた野山で培った人外ともいえる程の打たれ強さ、野生動物並みの動体視力と反射神経を誇り、総合的な戦闘能力は伊達軍の中でも政宗、小十郎に次ぐ三番手と目され、若手ながら「龍の牙」と称される実力の持ち主。

 

 

西軍

 

石田軍(西軍本隊)

 

皎月院(こうげついん)

 

イメージCV 井上喜久子

 

肩書「夜狂蛮姫(やきょうばんき)

武器 番傘『弟切草(おとぎりそう)』・髑髏水晶『死魂(しこん)

一人称「わちき」

属性 闇

年齢 不詳(外見年齢は20代半ば程)

所属・階級 豊臣軍与力石田軍外交尼兼御意見番

趣味 三味線

好きなもの マムシの生き血(特に酒に混ぜて呑むのが好み)

嫌いなもの 太陽

キャラクターモチーフ:イノ(ゲーム『ギルティギア』シリーズ)/駒形由美(漫画『るろうに剣心』)

 

三成に付き従う謎多き妖艶な美女。

赤や紫、黒の派手な色合いの着物を胸元がはだける程に着崩し、櫛や簪などで煌びやかに飾った銀色のメッシュの入った女髷を結った花魁風の装いと、紫色のアイラインの入った鋭い目つきに、紫色の紅で染めた唇、充血したように真っ赤に染まった禍々しい左目が特徴。

三成の世話役兼彼に代行して石田方の外交役を努める外交僧(尼)でしかないはずだが、それ以上に家老長的な側面が強く、更にはその立場を利用して、時には豊臣五刑衆をも従わせるなど、西軍の中でも実質的に大谷と並ぶ三成の参謀として彼を知識面から支え、大谷、スカリエッティと同等かそれ以上の発言力を持つオピニオンリーダーとされている。

三成、大谷からは「うた」と呼ばれ、行長からは「御前様」、左近からは「皎月院の姐さん」、官兵衛からは「怪尼」、スカリエッティからは「皎月院殿」と呼ばれている。

三成だけでなく他の豊臣派の武将達に対しても表向きには平等的に穏やかな物腰で接してはいるものの、独特の花魁口調で話す端々には傲慢さや冷酷さ、残忍さが伺え、人の弱みに付けこんだり、情、絆を踏みにじるような卑劣な策略を好み、必要とあれば味方さえも平然と捨て駒にする事も厭わない。

その一方で、処世術や読心術、話術にも優れている為、怒り狂う三成を口先だけで宥め鎮めるばかりか、手玉に取る程のしたたかさを見せ、大谷から「我を除いて、力を使わずに三成を抑えられるのは奴だけ」と言わしめる程。

他にも日ノ本有数の妖術使いである大谷を持ってして「未知」と評させる程の多彩な妖術を操り、大谷の仕掛ける策謀をサポートする他、自らが率先して工作役を担う事も少なくない。

 

 

豊臣五刑衆

 

主席

石田三成

 

第三席

小西行長(こにし ゆきなが)

 

イメージCV 緑川 光

 

肩書「蛇貴卑貌(じゃきひぼう)

武器 連結刃型の双鞭『黒縄鞭(こくじょうべん)

一人称「私」

二つ名 『肥後の蟒蛇』

属性 雷

年齢 27歳

所属・階級 豊臣軍与力肥後小西軍当主・豊臣五刑衆『獄将』

趣味 拷問

好きなもの 魚の活造り、美しいもの

嫌いなもの 中途半端なもの

キャラクターモチーフ:バルログ(ゲーム『ストリートファイターシリーズ』)/ロン(特撮作品『獣拳戦隊ゲキレンジャー』)

 

三成を除けば最初に登場した豊臣五刑衆の一人。

中性的な風貌の類稀なる美丈夫で、常に笑みを絶やさず、一見すると紳士的な優男で、言動も知性的且つ優雅であるものの、その内面は文字通り“毒蛇”の如く醜悪で、人間としての倫理観が完全に欠如したサイコパス。

狩猟やゲーム感覚で一方的な殺戮や、苛烈な拷問、人体損壊などの残虐な攻撃を躊躇なく仕掛け、心身共に徹底的に甚振った獲物が苦痛に悶えたり、絶望に打ち沈む姿を見る事に愉悦や快感を覚える凶悪かつ残酷極まりない性格と嗜癖を持った危険な快楽加虐主義者(サディスト)である。

上述の性格から、東軍側の武将や機動六課メンバーはおろか、島左近をはじめとする西軍の武将達からも恐怖感や忌避感を抱かれている。

上述したとおり、他者の身体の一部分を斬り落とす事を好み、ミッドチルダでの初陣(ホテル・アグスタでの戦い)ではヴィータの両手を黒縄鞭でもぎ取り、戦闘不能に追いやるなど、容易筆舌し難い残虐非道ぶりを誇る。

『美しさ』や『気品』に対して、独自の美学を掲げており、自らを美しく優雅で、強い生き物として『蟒蛇』に例え、その自信と余裕から「一騎打ちなどの際には相手の名を尋ね、相手の名前を書いた紅いロザリオを“手向け”として渡す」「明らかに弱者と見た相手(初遭遇時のティアナなど)に対して、皮肉を含めたハンディキャップを与える」など、(たちの悪い)ナルシストな一面もある。

反面、この手のナルシストキャラとは異なり、「醜い」ものに対しても(見下しはするものの)「嫌いではない」と評し、特に人間の負の感情に対しては「その醜さが時に面白味を感じさせる」と評するが、一方では『美しくも醜くもなれない“中途半端”な存在』を激しく嫌悪する傾向にある。

その苛烈な所業と高い戦闘能力から『肥後の蟒蛇』という異名を誇り、実際に相対して完膚なきまでに敗れたヴィータからは「化け物」と呼ばれ、家康からも「又兵衛や官兵衛とは実力も冷酷さも桁が違う」と、それぞれ危険視されている。

その尋常でない残虐ぶりは織田軍の明智光秀と比較されるが、本人は光秀について「我武者羅に獲物を蹂躙するだけの外連味のない殺し屋」と否定的で、「(光秀のように)無尽蔵、無差別に殺す事よりも、じっくりと長い時間をかけて獲物に苦しみや痛み、恐怖を与える事」を好み、「熟成された絶望と死を味わせる事」を至高としている為、殺戮よりも拷問を好んでいる。

 

第五席

上杉景勝(うえすぎ かげかつ)

 

イメージCV 小林ゆう

 

肩書「冷精猛魂(れいせいもうこん)

武器 刀身が斧の様な形状をした大剣『大斧刀(だいふとう)砕鬼丸(さいきまる)”』

一人称「オレ」

二つ名『会津の鬼娘』『悪たれの景勝』

属性 氷

年齢 23歳

所属・階級 越後上杉軍当主・豊臣五刑衆『吼将』

趣味 博打・喧嘩

好きなもの 日本酒、塩辛

嫌いなもの 化粧、噂話

キャラクターモチーフ:石動双葉(2.5次元舞台『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』)/モードレッド(アニメ『Fate/Apocrypha』)

 

越後の“軍神”上杉謙信の養子兼後継者として家督を継いだ上杉家の現当主。

白と水色の半袖半裾の陣羽織を羽織り、胸に白サラシを巻き、指先から二の腕にかけて刺々しい装飾の施された手甲を着け、両裾に仁王像の描かれた袴にしめ縄風の腰巻きを纏ったライオンのたてがみのようなボリュームある銀髪のポニーテールの女性で、本名は「お菊」であるが、先代・謙信への敬意から、現在は女である事を捨て、男性名の『景勝』と名乗っている。その為、女である事を指摘されると手当り次第に物をぶん投げたり、愛剣を振り回すなどして暴れまわって手がつけられなくなる為、周囲の人間の間では景勝に対して「女」に関する言葉や本名である「お菊」は禁句になっている。

かつては謙信から寄贈された長刀を使っていたが、景勝自身が謙信のような居合を得意としていなかった事や、その有り余る腕力で長刀を壊してしまった事から、身の丈以上の巨大な大斧刀『砕鬼丸』に変更している。

所謂『跳ねっ返り』な性格で、素行や言葉遣い、態度は謙信とは似ても似つかない程に粗暴且つガサツで、酒に酔って騒いだり、賭場通いの為の資金稼ぎの為に強請りや恐喝、押し入り強盗を平然と働くため、「会津の鬼娘」「悪たれの景勝」と悪名を轟かせている。

その一方で心根は優しく、根は謙信譲りの思慮深さや、義理人情を重んずる義侠心に溢れた良き姉御肌で、一度心を許し、信用を置いた相手や、友人、弱者には文句を言いながらも放って置けない性質(前述の強請り、恐喝、押し入り強盗も、脛に傷を抱えた人物に限られる)。また、世話焼きな一面や、義を重んじる人間を敬う心を持っている。

義親の謙信に対しては「おじき」と称し、その謙信からは呼び捨てで、謙信付きのくノ一 かすがからは、謙信の前では「若様」と呼ばれているが、いない場所では呼び捨てで呼ばれ、軽口や憎まれ口を叩き合う事も多い。一方では、互いに人となりを認め合っており、景勝にとっても数少ない気兼ね無く話せる仲である。

上杉の好敵手である武田信玄や臣下の真田一門に対しては、何度か武田と上杉との戦の最中に相見えた事から腐れ縁のような関係で、彼らがミッドチルダでは実質東軍方に寝返ったと知っても然程気に留めず、寧ろ『また、大っぴらに死合が出来る」と称して好意的に見ている。対する幸村・佐助主従からはそのガサツさや好戦的な思想故に苦手意識を抱かれている。

宿敵である武田信玄が病に倒れたのをきっかけに戦から離れる事を決意した謙信から、上杉家の家督を相続する事となるが、それに反発した同じく謙信の後継者候補だった義兄弟の“上杉景虎”が、上杉本家に対し反乱を起こし、それをきっかけで上杉軍全軍を巻き込んだ『御館の乱』が勃発。景虎は倒したものの、景虎の凶行によってかすがが瀕死の重傷を負ってしまい、やむなく謙信の手で氷の器に閉ざされる形で冷凍睡眠に入れられ、その謙信も景虎方から景勝らを守る為に単身殿を務めた結果、消息不明となってしまう。

さらに景虎と共に蜂起した反乱勢力によって越後は大混乱へと至り、謙信不在という事もあって景勝率いる本家側は次第に劣勢に立たされてしまうが、そんな中、突如として豊臣の竹中半兵衛から、乱の鎮圧に協力する事を条件に、上杉が豊臣の傘下に下る盟約を持ちかけられる。

当然、重臣達からは猛反発を受けるが、最終的に謙信、そしてかすがの帰る場所である上杉の家を守る為に、それが策略である事を承知の上で半兵衛の取引に応じる苦渋の決断を下した。

こうして、豊臣の援軍を得た事で景虎軍を撲滅し、乱を鎮圧する事ができたものの、この一件で上杉軍は豊臣の傘下となってしまい、景勝は重臣や領民から後ろ指を指されながら、豊臣に外様武将として出向する事になった。

過去への負い目から、今では自ら『上杉家現当主』『軍神(謙信)の後継者』と名乗る事さえも避け、他人からそれを言われると露骨に不機嫌になる。

その心の空虚感から逃避するかのように豊臣の家臣として戦に明け暮れ、遂には譜代大名であるにも関わらず、豊臣の最高幹部である豊臣五刑衆に取り立てられた稀有な人物となった。

 

時空管理局

 

機動六課

 

ジャスティ・ウェイツ

 

イメージCV 前野智昭

 

武器 可変式銃器型デバイス(非登録)『ライオット・ザッパーR』

年齢 20歳

一人称「俺」

階級 准陸尉

機動六課での役職 通信主任

趣味 芸者遊び

好きなもの ブラックコーヒー

嫌いなもの 無駄話

キャラクターモチーフ:佐野満(特撮作品『仮面ライダー龍騎』)/沖田仁美(TVドラマ『踊る大捜査線』)

 

時空管理局0406航空隊管制官。階級は准陸尉。機動六課ではロングアーチに所属し、原典ではシャリオ・フィニーノが担っていた通信主任とシステム管理官の任を担っている(今作でのシャリオの当初の六課での役職は「通信副主任」だった)。

黒色の短髪に目つきの鋭い長身の男性。

性格は六課副官のグリフィス・ロウランを持ってして「僕以上に真面目」と評させる程に仕事熱心な反面、かつて入隊制限を超えるだけの魔力保有指数に達していなかった理由から実戦部隊に入る事ができず、その後は管制官として叩き上げで現在の地位まで成り上がってきた経緯がある為か自尊心やプライドが高く、自分よりも能力が劣ると見た者や、コネなどで入隊した者に対して、必要以上にキツく当たりやすい傾向にある。

機動六課立ち上げの際にはやての推薦でロングアーチメンバーに抜擢され、当初は機動六課副官の候補にまで上がっていたが、実務経験の場数を考慮した結果、同じく候補だったグリフィスが副官に選抜される事となった。

その為、ジャスティは通信主任に就く事となったが、この人事を「グリフィスが時空管理局本局運用部提督のレティ・ロウランの息子であるから、そのコネで副官に選ばれた」と思い込んで一方的な屈辱心を懐き、グリフィスやはやてに対し、職務上は忠実に仕事こそこなすものの、言動の端々に反抗的な態度を覗かせ、さらには自身が見下しているルキノや、半ばはやて達のお墨付きで新たに入隊した家康達戦国武将達に対しても、排他的な言動を見せる。

そんな心の狭い性格故にアルトやシャーリーからは内心嫌われており、事情を知っているはやてやグリフィスも扱いに苦慮していた。

そんなある夜、日頃の憂さ晴らしがてらに繰り出していた街の料亭で遊女になりすました皎月院に心の鬱屈を突かれる形で、唆され、そのまま言葉巧みに誘導された結果、彼女や大谷吉継に取り込まれ、彼らの機動六課襲撃計画(潜伏侵略)を手引きする事となってしまう。

襲撃の際には通信主任としての地位を利用して、六課周辺の警備システムや通信機能などを遮断させようとするもその途中でリインとシャリオに見つかった事で強硬手段に出る。 その後、大谷が襲撃してくるとシャリオを人質にとって、本性を顕にして、逃げようとするが小十郎とエリオ、キャロに阻止され、取り押さえられる。

その後、造反と利敵行為の罪により逮捕。尋問までの間、所轄の陸士556部隊に預かりの身となるが、その日の夜に留置施設にやってきた皎月院によって口封じの為に記憶消去の処置を受け、その際に起きた“事故”で皎月院曰く「人として生きる為に必要な大事な記憶」までも消された事で、重度の失語症に加え、理性までも奪われた事で動物同然に退化してしまい、結局、不起訴処分として管理局の専門医療院に収容されるが、その後は二度と回復する事がなかった。

尚、その後の六課の通信主任は原典通りシャリオが引き継ぐ形になった。



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序章
序章 ~関ヶ原の戦い 光の果てに消えた”太陽”と”月”~


慶長五年 九月十五日---

 

 

 

 

日ノ本の国…その中心に程近いその地は今、くすんだ灰色の雲が不気味に空にある全てを包み隠していた。

 

 

その真下に広がりし、荒野に禿山、さらにはところどころに点を散りばめたように広がる僅かばかしの溜池に至るまで、全てがどこからともなく湧き立った何千、何万もの殺気に覆われ、曇天の空気をより重苦しく濃縮させていた。

 

 

胸を押しつぶされんばかりに鈍重な空気に乗って運ばれてくる硝煙と生々しい血の香り…それはこのそこに集った人間達が行っている事が“荒立たしい”という言葉では言い表せない殺伐としたものである証拠だった。

 

 

色鮮やかな荒々しい装飾の甲冑、具足を身に着けた人間達が槍、刀、といった武器を手に己の持ちうる全ての激情を顕にしながら、声を張り裂けんばかりに叫び、駆け出すと、まさに“死力”を尽くしながら躍動し、やがてそれぞれにぶつかり合い、互いに強く握りしめた武器を力の限り振るい、そして殺し合う…

 

 

そこへ木霊するのは、銃声、砲音、怒号、そしてこれから死にゆくという絶望と身に悶える苦痛を顕にした断末魔の悲鳴…

 

 

平凡な感性を持ち主であれば、本能的に身体がこの場に留まる事を強く拒絶し、逃げ出してしまう事であろう。

 

 

 

行われていたのは“戦”…それもこの国の天命を分けるであろうある大きな合戦―――

 

 

 

 

 

 

幸か不幸か…その誉れ高き歴史の大舞台として選ばれたこの地の名は…

 

 

 

 

 

美濃の国・“関ヶ原”

 

 

 

 

 

 

その幾万人分の殺気を秘め、この地を挟んで対峙するは二つの勢力――――

 

 

 

「皆の者! 必ずやこの戦に勝ち、家康様が齎す“絆”の世を実現させるのだ!!」

 

「その為にも、未だにあの忌まわしき覇王の亡霊に追いすがる豊臣の亡者共を蹴散らすのだぁーー!!!」

 

 

 

 

東方に陣するは “東照権現” 徳川家康が率いる“絆”“義”の象徴―――“東軍”

 

 

 

「三成様の名の下に…恩知らずの東の逆賊共に誅伐を与えるのだーー!!」

 

「我らこそが豊臣の遺志を継ぐもの…すなわち、次の日ノ本を率いていく資格を持つ者なのだぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

対して、西方に陣するは“君子殉凶” 石田三成が率いる“狂気”“忠節”の象徴―――“西軍”

 

 

 

 

お互いに敵への怨嗟と怒りの言葉で味方を鼓舞しながら、それぞれの兵士達は一人でも多くの敵を屠らんと己を顧みる事なく向かっていく。

後の世に生きる人々から、日の本の国の未来を分けた一戦…天下分け目の大戦『関ヶ原の戦い』と呼ばれる事となるこの大戦は今、大詰めの時を迎えようとしていた…

 

戦国最強と謳われる鋼鉄の武将 本多忠勝を始め、多くの勇猛な義将達を有する東軍と、寥星跋扈の異名を持った恐るべき妖術の使い手 大谷吉継を始め、狂気とも称せる『忠誠』の名の下に突き進む魔の軍勢 西軍…

 

互いに相手がこの世に存在する事を許さぬ2つの勢力も、下はある一人の男の下に集っていた同志であった…

 

 

 

 

 

“覇王” 豊臣秀吉

 

 

 

 

かつて、戦乱の国であるこの日ノ本を一度は己の掲げる信念“武力”を持ってして、ひとつにする事に成功した天下人の名前である。

 

 

誰が呼んだか『覇王』というその強大な二つ名を持つに相応しい圧倒的な己の力を武器に、武の力を持って人の世を制するという指針を掲げつつ破竹の勢いで日の本の各地を侵略していき、ついに初めて天下統一という誰もが焦がれた夢を成し遂げるとともに、多くの強大な臣下達を得る事ができたのだった。

石田、そして徳川もその一角を担っていた。

 

 

 

 

しかし、その天下は長くは続かなかった…

 

 

 

 

 

日ノ本を統一した秀吉は世界へと進出し、異国の地をもその手の内に収めようと目論み、配下につけた強大な軍勢をもって、海を渡ろうとした。

その矢先、これを良しとしない一人の若武者が秀吉に反旗を翻したのだった。

 

 

 

その若武者こそ東軍を率いる総大将 家康だった―――

 

家康は秀吉の前に立ちはだかり、壮絶な拳と拳の交じり合いを繰り広げた。

 

激闘の果てに、最後に佇んでいたのは家康一人だった…

 

 

 

 

 

 

それは覇王・豊臣秀吉が手にした天下が終わると同時に、一度は一応の平穏を手に入れかけた日ノ本が再び戦乱の世へと戻った事を意味していた…

 

 

 

 

 

 

 

 

秀吉の死は、彼の力に惹かれた多くの武人(もののふ)達を嘆かせ、そして秀吉の天下を良く思わずにいた武人(もののふ)達を歓喜させた……

再び立ち戻った戦乱の世に、一度は潰えたかに思えた自らの野望を再び開花させる好機を得られたからだ。

 

同時に、彼らには豊臣の瓦解と同時に大きく二分された2つの勢力のどちらかに付くべきか選択を迫られる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

秀吉の“武力”で人を統治する世を否定し、人と人との“絆”の力で紡ぐ世を掲げる徳川か…?

 

 

 

 

 

秀吉の後を継ぎ、秀吉が掲げんとした富国強兵の道を今度こそ実現させようとする石田か…?

 

 

 

 

 

 

 

迷い、考え、そして答えを出した武士達は、この関ヶ原に集い、己の選択した道が正しかった事を証明する為にそれぞれ死力を尽くし戦っていた。

 

戦いは互いに一歩も譲らず、戦況はしきりに両勢力の間で有利不利が行き違いながら、時は刻々と過ぎていくばかりだった。

 

 

 

 

 

既に合戦の陣触れが出てから数時間が経過していた。

 

 

戦場の方々から響き渡る怒号や断末魔…

 

刀と刀の鍔競り合う金属音。火縄銃や大砲の放たれる爆音。弓矢の飛び交う風の音…

 

その喧噪はどこも鳴り止む事はなく、それどころか時が過ぎるに連れてより一層の事、激しさを増していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「伝令! 調略に応え、我が軍に寝返った小早川秀秋殿の隊が、西軍の宇喜多秀家隊の追撃を受け、壊滅の危機!!」

 

 

「島津義弘隊、立花宗茂隊も依然抗戦を続け、苦戦を強いられているとの所存!」

 

 

 

 

関ヶ原東部・桃配山にある東軍本陣では慌ただしく駆け込んできた伝令役の足軽からの報告に、陣の真ん中に置かれた関ケ原周辺の地図の上に広げられた兵棋を囲んでいた徳川軍の幹部達はそれぞれ苦い顔を浮かべていた。

 

 

 

「くそ…小早川さえ寝返らせれば、西軍を切り崩す事など容易いと見ていたのだが…連中も思った以上に粘るな…」

 

 

 

徳川軍重臣・酒井忠次は自分の予想していたものよりも芳しくない報告に苛立ちを抑えられない様子で兵棋を睨みつけていた。

 

 

「こうなった以上、アイツらもやけくそになっているのかもねぇ? それか、またしても裏切り者が現れて、みんなあの凶王みたいに怒り狂って、後先考えずに突撃しまくっちゃったりしてさ?」

 

 

同じく伝令からの報告を聞きながら、兵棋の位置を修正していた同じく徳川の重臣・榊原康政は冗談めいた口調で語り、少しでも場を和ませようとしたが、あいにくそれで緊張がほぐれる者は一人もいなかった。

 

 

「こんな時に冗談はやめろ小平太。それより、小早川の救援は誰が向かっている?」

 

 

康政を窘めながら、忠次は伝令に来た足軽に尋ねる。

 

 

 

「はっ! 既に福島正則殿、加藤清正殿がそれぞれ隊総出で向かわれたとの事ですが、肝心の小早川殿の姿は未だ見つからないと…」

 

「そうか…相手はあの“五刑衆”の宇喜多…小早川一人ではまともに太刀打ちできる相手じゃないからな…正則や清正が間に合ってくれたらいいんだが…」

 

「そういえば“ナオちゃん”はどうしてるわけ?」

 

 

 

兵棋を全て移動し直した康政が足軽に聞いた。

 

 

「ナオちゃん…? あっ!あぁ、井伊直政様の事ですか!? 井伊様の隊は現在島津隊の追撃を行っているとの事ですが、どうやら島津方の抵抗だけでなく同じく西軍の小西行長隊からの妨害もあってか追撃はかなり難航しているとの事で…」

 

「あちゃちゃ~…そっちもかぁ…ホント“五刑衆”ってのはどこまでもクセの強いというかしぶといというか…」

 

 

康政が軽い調子を崩さないままそうぼやくが、その目にははっきりと怒りの炎が宿っているのを長い付き合いである忠次は見抜いていた。

 

 

「家康はどうだ? 小早川の裏切りで混乱した西軍の隙を突いて一気に石田の本陣まで向かったはずだが?」

 

「は、はい! 未だ本陣隊から敵大将を討ち取ったとの報告は来ていませんが…」

 

 

伝令の言葉を聞いて、忠次は本陣から望む関ヶ原の西方…西軍総大将・石田三成が本陣を置いてあるという笹尾山の方を見据えた。

そして、今まさにその敵本陣へと自ら殴り込んでいった主の事を思い、案じた。

 

 

「なぁ、つぐにぃ…やっぱりボクらもさぁ、“タケちゃん”と一緒に行った方がよかったんじゃないの?」

 

「小平太。何度も言ってるだろ? 陣中では『家康』か『総大将」と呼べ。 …それに他ならぬ家康直々の命令だったんだぞ。「この戦いに手出しは無用。例え自分が窮地に陥ようとも誰も助太刀するな」って…」

 

「そりゃ、そうだけどさぁ…」

 

 

 

康政は忠次の横に立ち、同じ方向を見やりながら、不安げに呟いた。

 

そんな康政を諭すように忠次は穏やかな口調で語りかけた。

 

 

「心配するな。いざって時に備えて“忠勝”の奴が近くに控えているはずだから、万が一にも家康の首を西軍に渡したりなんざさせないさ」

 

 

しかし、口から出たその言葉とは裏腹に、忠次の脳裏の奥には理由のわからない不穏な気を感じていた。

 

 

(まさかとは思うが…)

 

 

 

忠次はもう一度、笹尾山の方向を一瞥した、岩肌が荒く削られ、草木の一本も生えていない笹尾山は、この関ヶ原のどの場所よりも一層、殺気が立ち込め、最早人の手で作られた瘴気のように薄黒い曇天の下佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混沌に包まれた関ヶ原の戦場の中、その場所だけは、人の叫びも金属音も爆音も一切聞こえず、まるで時が止まったかのように静寂に満ちていた。

 

 

関ヶ原西部・笹尾山 西軍総大将 石田三成の本陣―――

 

 

 

西軍本軍の要ともいえるこの陣地を守る本陣隊は既に全員が地面に倒れ伏し、死屍累々の光景を成している。

 

 

守るべき者達がいなくなり、空っぽとなったこの場所で佇んでいるのは2人の若武者達だけだった―――

 

 

 

 

どんな強固な軍を築いても…どんな綺麗言を嘯いても…私は…この目で見ている…家康…貴様の罪を!!

 

 

 

西軍総大将 石田三成は、手にとった二重の鍔を拵えた長太刀を握り締めると、地の底から響くような怒号を静寂に向かって言い放った。

鳥の嘴の如く鋭利に尖った銀色の髪の両脇から拭っても拭いきれない程の恨みを込めた眼光を覗かせ、目の前に立っている “宿敵”を捉えていた。

 

三成…

 

生半可な心の持ち主ではその視線に射抜かれただけで倒れてしまいそうな気迫を向けられて尚、その青年は決して動じる事はなかった。

東軍総大将 徳川家康は自分を今にも殺さんとする三成に向かって、憂い…そして哀れみの念の籠もった視線を返すばかりだった。

黄金色の袖のない薄着と金色に輝く鎧を着込んだその手には武器となる物は何も握られていない。

避けられない戦の苦行を自ら背負うため、己も傷つく事を選び、武器を捨てたその素手を唯一覆い守っている手甲は、ここへ辿り着くまで必死の想いで凌いできた壮絶な苦難を物語るかの様に、へこみや敵の返り血、刀傷などで既にボロボロになっている。

 

二人の周囲は水を打ったような静寂に満ちており、かすかに遠くから聞こえる銃声や大砲の音のみが2人の耳に入っていた。

 

 

さぁ…秀吉様に頭を垂れろ!!許しを望んで請い願え!!…そして!!首をはねられろ!!

 

 

三成が再び叫び、長太刀の鋒を突きつけると、家康はそれに応えるように左の拳に力を込める。

 

 

ワシに……そのつもりはない!

 

 

家康が憮然とした態度で言いきると、三成の表情はさらなる怒りによって歪んだ。

 

 

貴様は昔からそういう奴だった!! 己の野望を『夢』と言う言葉で飾り立て…秀吉様の天下を汚したのだ!!

 

 

墳怒の表情に満ちながら三成は自分が神のように崇めた人間の名を口に出す。

覇王・豊臣秀吉こそ三成にとっては己の全てであり、そして自分の生きる意味そのものであった。

秀吉が豊臣軍を結成した当初から秀吉の傍らに仕え、秀吉の覇業を傍で見続け、その背中を追い、そして自らの持つ全てを捧げ、力になる事こそが生きがいだった三成の“希望”は、家康が秀吉を討ち果たした事で全て水泡と消えた。

神の如く崇拝した主君・秀吉を失い、三成は怒り、狂い、嘆き、悲しみ…そして、主君の怨敵 家康に対する激しい恨みと復讐心へと身も心も染めて、消して明ける事のない“夜闇”へと堕ちていった。

 

その絶望を誰よりも理解していたのは他ならぬ家康だった。

“絆”による世を掲げながらも、一方では三成と秀吉というひとつの“絆”を壊してしまった自分自身の矛盾…その葛藤に苦悩することもあった家康だからこそ、目の前で自分に向けて放つ三成の狂気的な怒りの理由もわかっていた。

しかし、それを黙って受け入れるわけにはいかない。自分の、そして徳川軍の皆をはじめ、自分の理想を信じ、力を貸してくれた全ての者達への想いに応える為にもここで拳を引くわけにはいかなかった。

 

 

それがワシの決意だ!! 三成…お前にも秀吉にも、天下は譲らない!!

 

 

家康を自らの意志を示すべく、拳を高く掲げた。

 

すると掲げられた拳は光り輝き、二人の周囲を照らし出す。

 

この光こそ、自らの手を汚し、傷つきながらもこの世に平穏を齎そうとした家康の想いの結晶であった。

 

 

 

主君に対する謀反…友に対する裏切り…それは決して許されない罪である事は家康自身が誰よりもわかっている。

 

 

 

自分は言わば「太陽」だ…それは秀吉に対する謀反を起こした事で行き着いた家康の考えだった。

 

憎しみや武力ではなく“絆”の力を持って、泰平の世を作る事―――それは家康にとってまだ“竹千代”と名乗っていた子供の頃から抱いていた理想であったが、年と経験を重ねる事でそれは決して綺麗言だけで果たせる様な容易な夢ではない事を、身をもって知る事になった。

 

今川、織田、武田、上杉…幾多の強豪の武家に時に捕らわれ、時に圧倒され、時に屈服させられた事で理想と現実の違いに苦しんだ家康が、秀吉の天下統一を前に導き出した答えは、自らが抱いた“夢”を後の世に継がせる為に己自身が汚れ役になる事だった…

 

 

それはまるで、星の海の真ん中でただひとつ永遠の輝き、近づくものを果てしなき高熱で焼き消しながら、幾多の星を眩い輝きで照らし続けていく孤独の存在…太陽の如く…

 

 

決して崇高される存在でなくていい、“偽善”と蔑まれても構わない…すべては自分の理想を後に続く者達に残す為に、自分は“太陽”となって皆を導いていく。

 

 

 

そんな決意を胸に、“太陽”は“夜闇”と向き合おうとしていた。

 

 

 

 

貴様はそれで満足だろうな!!…だが私は貴様に全ての絆を奪われた!!

 

 

 

“太陽”の放つ輝きを恨めしく睨むと“夜闇”は慟哭を上げる。

 

 

 

どうやって生きたらいい!?どうしたらよかったんだぁ!!?

 

 

怨嗟の叫び声と共に三成の身体が紫色のオーラに包まれた。

 

 

 

屈するものか…貴様にだけは決して……

 

 

 

 

目を赤く光らせながら、三成が長刀の柄に手をかけると、家康も拳を構え臨戦態勢をとる。

 

 

 

 

たった一人になろうとも……死にゆくその寸前まで…貴様を許さない!!!

 

 

 

その叫びを合図に三成は家康に向かって駆け出し、家康も三成に向かって駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消滅しろ家康…徳川家康ぅぅぅ!!!

 

 

お別れだ三成…石田三成ぃぃぃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“夜闇”の凶刃と“太陽”の光拳…互いに抱く想いを込めた一撃がぶつかろうとした。

 

 

 

その時―――

 

 

―――ッ!? なんだ!?

 

こ、これは…!?

 

突然、二人の足元を中心に本陣を包み込まんとする金色の光―――

そこにある全てを包み込まんとする突然の現象に、思わず二人の攻撃の手が止まった。

 

 

 

くっ!? 家康! 貴様!金吾の調略だけにいざしらず、この大事な決着の場にまで、まだ斯様な小細工を使うつもりか!?

 

違う!三成! これはワシの憚りなんかではない!……一体これは!?

 

 

 

動揺しながら、周囲の地面に広がる光を見まわす家康の隙をついて、三成は長刀を抜きながら飛びかかった。

 

 

死ねぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!! 家康ぅぅぅぅーーーーーー!!

 

!?…しまった!?

 

家康が気付いた時には、三成は家康の数歩先にまで迫り、家康の首にめがけ、白銀に輝く刃を振り下ろそうとした。間に合わないと判りながらも家康が拳を交差させて刀を防ごうとすると…

 

 

 

「……………………ッ!!」

 

突然家康と三成とのわずかな距離に巨大な身体が割って入った。

その姿を確認すると家康と三成が同時に口を開く。

 

忠勝!

 

ぐぅっ!? 本多…忠勝か…!?

 

2人の間に入ったのは、全身を鋼鉄の鎧で固め、手に巨大な螺旋槍(ドリル)を持った2メートル以上の大きさを誇る巨漢の武将―――

家康が幼いころから彼を護衛し続けてきた徳川軍最重臣にして戦国最強の異名を誇る猛将 本多忠勝であった。

 

「―――――ッ!!」

 

ぐぅっ! おのれ――――

 

忠勝は螺旋槍(ドリル)を振りかざすと、三成の胸にめがけて突き立てようとする。

三成は忌々しげに歯を食いしばりながら、身を翻そうとした。

 

 

「三成様!!」

 

そこへ新たに一人の人間が介入してくる。

曲芸のような鮮やかな動きで三成の身体を捉えんとした螺旋槍(ドリル)の前に打って出ると、その穂先に回し蹴りをかまし、忠勝の巨体を大きく仰け反らせた。

 

 

「三成様! よかった! 本陣が襲われたって聞いて慌ててすっ飛んできたらなんかヤバそうな事になってるッスね!」

 

左近!? なぜ貴様がここにいる!!

 

 

三成を守るように立っていたのは一人の若武者だった。

茜色を基調とした鮮やかな色の戦装束に身を包み、頭部の左のもみあげを紅く染めた明るい茶髪の髪型に双刀を携えた彼の名は島左近―――

石田軍の切り込み隊長にして西軍総大将である三成直参の部下であった。

 

 

 

「詳しい話は後で! そんな事よりも、本多の野郎は俺が相手しときますから今のうちに三成様は家康の野郎を…」

 

 

そう言いながら、左近は三成を連れて距離を保ちながら、目の前で螺旋槍(ドリル)を構える忠勝を睨みつけながら双刀を引き抜き構える。

しかし…

 

 

 

 

「ってッ!? あっ、あれれ!? な、なんか俺達…身体が地面に沈んでってません!?」

 

なっ…!? これは一体…!?

 

 

 

左近、そして三成の身体は突然、輝きを増す地面の底へと吸い込まれ始めた。

 

 

 

それは三成達だけではなかった。

 

 

 

…なんと!? ワシ達も!!?

 

「……………………ッ!?」

 

 

対峙する家康や忠勝も、三成達と同じく足から徐々に光の中へと引ずり込まれはじめていた。

4人はそれぞれ悶えながら、光から這い上がろうとするも、抵抗すればするほどその身体はどんどん光へと引きずり込まれる。

 

 

 

うぅ………み、三成………!!?

 

 

とうとう首元まで光の中へと飲まれかけた時、家康の白光に包まれた視界の先に見えたのは同じく光の中へと消えていく忠臣、そして宿敵達の姿だった。

 

 

 

 

 

おのれぇぇ!…家康ぅぅ!!…いえやすぅぅぅぅぅーーーーーーーーーー!!!

 

「おわああああああっ!? み、三成様あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「……………………!!」

 

 

 

宿敵達と家臣、それぞれの声を聞きながら、家康の視界と意識はは少しずつ薄れていき、そして目の前が完全に真っ白に染まった時、家康の意識は完全に途切れたのであった。

 

 

 

そして光が収まった時、本陣からはそこに居るはずの人間達が完全に消えていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

否…厳密には一人だけ姿があった。

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった本陣の様子を伺うように覗いていた一人…

 

 

 

 

明らかに戦場には場違いなフードで顔を隠し、全身を包み隠すようなボロの羽織を身に纏ったその一人は、深く被った羽織の頭巾から僅かに望む、紫色に染まった唇が辛うじてそれが女である事を証していた。

女はニヤリと引きつらせて笑いながら、呟いた。

 

 

「上手くいったみたいだねぇ…さぁ、大いに楽しませてもらおうか。時空を超えた“狂宴”を…」

 

 

 

すると羽織の女はどこからともなく燃え上がった緑色の炎に包まれるようにして、まるで煙の如くその場から消え失せ、それと同時に、本陣から輝く光に異変を察知した左近配下の応援の兵士達が遅れて到着した。

しかし、今度こそ本当に誰もいなくなった本陣に残されていたのは兵士達の亡骸の山だけだった…

 

 

 

 

 

 

 

「伝令ーーーー!!伝令ーーーー!! 東軍総大将・徳川家康!西軍総大将・石田三成!共に消息不明ーーーーー!! 双方共に大将不在故、この戦は一旦休戦とする!! 関ヶ原にいる全ての兵は、それぞれの陣に引き上げよーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

まもなくして、伝令役の足軽から発せられた衝撃的な内容の伝令に、関ヶ原にいた全ての兵士達に驚愕と戸惑いが走った。

東軍総大将 徳川家康、西軍総大将 石田三成―――

日ノ本の天下を掌握せんとした2つの軍勢の総大将が共に忽然と姿を消すという前代未聞の事態―――

 

だがそれから数刻と経たぬ内に、更に衝撃的な事態が判明する―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとつは、家康達を消した時同じ頃に、関ヶ原だけでなく、日ノ本各地で同様の謎の来光が目撃されていた事…

 

 

 

もうひとつは、不思議な事にそれぞれ光が目撃されていた場所はどこも関ヶ原と並行して勃発していた“天下分け目”の戦場であった事…

 

 

 

そしてもうひとつが…光が発生した場所において、東軍と西軍、それぞれの軍の中核を担っていた有力な武将達が幾人も家康、三成達と同じように忽然と姿を消したという事だった―――




ハーメルンの皆様。はじめまして。pixivでご贔屓にして頂いている方はご無沙汰しています。charleyです。

この度、pixivにて数年(厳密にはまだ二次創作が締め出される前の『小説家になろう』の頃から)かけて連載させていただいていた『リリカルBASARA StrikerS-The Cross Party-』をこの度、設定や一部登場人物を改変・追加させるなどして、新たにリブートさせる事となりました。

そもそもは私がここ数年にわたり、様々な諸事情から連載の手が滞りがちになってしまって、完全に行き詰まっていた事に始まります。
色々とモチベーションを上げる為に努力してきたのですが、それでも思うように執筆手が捗らず、さらに追い打ちをかけるかのように『鬼◯の刃』『刀◯乱舞』などBASARAのライバルともいえる作品群の台頭によるBASARAブランドの低迷や、私自身のプライベートでの不幸が相次いだ事でここ1、2年はすっかり、『リリカルBASARA』の更新がストップする事となってしまいました。

そんな中で『戦国BASARA』『リリカルなのは』共に15周年という節目を向かえた事や、昨今の新型コロナウイルス騒動などを受け、今一度自分の二次創作、そしてアニメ・マンガ・ゲーム文化にのめり込む上で大きな影響となった『リリカルBASARA』をこのまま有耶無耶に終わらせてしまうのはもったいないと考え、今一度心機一転させる為に思い切って、作品そのものを一から改変して新たな境地で投稿しようと考え、ここに『Reboot Edition』として再投稿する事を決めました。

この投稿にあたって、pixivでは読者の皆様にアンケートをとり、考えた末にこの『Reboot Edition』の投稿を決定しましたが、一先ずpixivで現在連載中(実質、休載中)の『リリカルBASARA StrikerS-The Cross Party-』につきましては、一先ず『Reboot Edition』が現在投稿中の話数に追いつくまではそのまま残し、場合によっては続きを連載するかもしれません。
その後の扱いにつきましては、またアンケートを集計して考えるつもりです。

最後になりましたが、体たらくな不肖者ですが、なんとか心機一転頑張ろうと思いますので、初めての方もそうでない方も、何卒よろしくおねがいします。

charley


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群雄割拠ミッドチルダ降臨篇
第一章 ~異世界・ミッドチルダへ! 時空を超える東照権現と若き翼達との出逢い~


関ヶ原から消えた東軍総大将・徳川家康と西軍総大将・石田三成…
謎の光に引きずり込まれた2人が行き着く先に待ち受けるのは…

家康「リリカルBASARA StrikerS 第一章 出陣だ」


謎の光が降りかかり、それに照らされた地中の深くへと引きずり込まれた時、家康はそれが日ノ本に大きな戦乱を齎した自分達への神か仏の裁きであるものかと錯覚していた。

自分はこのまま冥土へと導かれるのか…薄れる意識の中でそう覚悟を決めてさえいた。

それから幾刻の時間が過ぎたのだろうか? 不意に深い水底から這い上がってくる様に、白く染まっていた視界が徐々に開いてくる感覚がした。

 

「うぅ……こ…ここは?」

 

視界が完全に晴れるのを待ちながら、家康は自分の五体と全ての感覚が無事である事を確認する。

周囲は静寂に包まれていた。それも先程までとは違い、遠くから聞こえていたはずの大砲や兵士達の怒号も一切聞こえてこない。

 

(この静けさは…戰場ではないのか?)

 

その時、ようやく家康の視界から光の靄が取り払われた。見えたのは雲1つ無い青空だった。

ここで自分が地面に寝転がった状態にある事に気づいた家康は、上半身をゆっくりと起こしていく。

だが目の前に広がったのは、家康が予想していたものとは大いに異なる景色だった。

鉄でできた城のように巨大かつ箱のように精巧な四角い謎の建物が、文字通り大地を埋め尽くさんばかりに立ち並び、互いに凌ぎを削りあうかの如く天に向かって伸び競い合っている。

さらにその建物の隙間からかすかに見える遥か先にある山々の形も自分が見慣れていた日ノ本のどの山にもなかったものばかりだった。

果ては、大空すらも家康が見慣れていたものと似て非なるものであった。

家康が自らに例える太陽の他、真っ昼間であれば見える筈がない月…いや厳密には月のような丸く巨大なものが青空の中にいくつも浮かんで見えていた。

 

「なっ!? …一体どこなんだ。ここは?…どう見ても関ヶ原…否、日ノ本とは違う…」

 

自分が異郷の地に降り立っている事に気づいた家康は混乱しそうになる脳裏を必死に理性で抑えながら、ひとつずつ自分の今置かれた状況を把握していく事にした。

まず自分が今立っている場所を調べようと足元を見た家康は、今いるこの場所も“鉄でできた箱の様な建物”のひとつの屋上である事を知った。

恐らく、ここは関ヶ原にあったどの山よりも高い位置であろうと察する。さらに詳しく調べようと建物の端まで行くと、そこから見える景色は実に雄大で好奇心旺盛な家康の冒険心をなかなかに擽らせる大パノラマだったが、生憎今の家康にこの感慨に浸る余裕はなかった。

 

「そうだ! 忠勝は…!? 忠勝!忠勝!!」

 

家康は思い出した様に、辺りを見渡しながら叫んだ。

もちろん、それは自分と共にあの謎の光に吸い込まれた家臣の名である。

だが、家康の呼びかけに対して返ってくる返事はなく、何もない屋上に新たに人の気配が感じられる事もなかった。

 

「忠勝の姿はない…っという事はここに飛ばされたわけではないという事か…それに三成や左近もここにはいないようだな…」

 

家康は再度、屋上を見渡し、先程まで雌雄を決しようとした宿敵とその側近の姿がない事を確認した。

そもそも、仮にこの場に三成主従も一緒にいたとすれば、家康が意識を取り戻す前に斬り捨てていた筈だ。

 

「三成…思いも寄らない形でお前との戦いは預けられる事になってしまったが……いつか必ず、お前との決着はつけよう…」

 

家康は着けられなかった勝負と、行方のわからない宿敵の事を想いにはせながらも、ひとまず今この状況をどう打破すべてきか考える事に専念する。 

 

 

「兎に角……ここが関ヶ原ではないとなると…まずはここがどこなのか知るべきだな。 よし! とりあえずこの地の住人を探してみるか」

 

そうつぶやくと家康は、屋上の端に立ち、そして躊躇する事なく高く羽ばたくように飛び上がると、一気に建物の真下に向けて落下していった。

これは日ノ本でもよくやっていた家康の得意な移動術のひとつである。

武器を捨て、身体ひとつ、拳ひとつで戦ってきた家康にとって、並大抵の野山や崖っぷちを降りるのも容易い事だった。

だが、そんな家康の考えはすぐに無意味なものとなってしまう。

そのまま、飛び降りて地表近くになったところで、宙返りを決めて着地すると考えていた家康の視界にすぐに飛び込んできたのは、さっきまでいた建物と同じ形の建物であった。

 

「うわぁっと!!こ…こいつはマズい!…ああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

予想していたものより遥かに早く地面が見えた事で宙返りのタイミングを完全に誤ってしまった家康は、体勢を崩し、地面に上手く着地する事ができずにそのまま建物の屋上の床を突き破ると、一階、二階、三階と次々に屋上の下の階層の床を尻もちで砕きながら落ちていった。

そして、最終的に六階層分の床を破ったところで、家康はようやく体勢を直す事に成功し、無数の瓦礫と一緒に七階層目の床に倒れたのだった。

 

「あいててて…これは傷が残るなぁ…」

 

普通ならそれで死ぬと思われる程の大スタントであったが、伊達にこれまで数々の死地を己の拳だけで潜り抜けてきた家康ではない。

多少のかすり傷を負ったものの大した怪我もせず、すぐに起き上がる事ができた。

 

「やっぱりこういう馴れない場所では無茶をするものじゃないな……っ!?」

 

家康がそう言いながら腰を上げた。

初っ端から出足を挫き、煤まみれになった自分の姿を改めて見下ろし、「こんな姿、とても忠勝達には見せられないな…」と一人自嘲する様に苦笑を浮かべた。

その時、家康の目の前に築かれた瓦礫の山から等身大のサイズの影が突き破るように飛び出してきた。

家康がそれに気づくと同時に現れた影に一瞬赤く鋭い光が灯る。

本能的に危機感を覚え、咄嗟に身体を横にそらして、その場から退いた直後、今しがた家康が倒れていた場所に一閃の光線が命中し、積み重なっていた瓦礫を吹き飛ばした。

 

「誰だ!?」

 

家康は目つきを鋭くさせながら、拳を握りしめて身構えつつ、光線の飛んできた方向を見据える。

だが、そこにいたのは人ではなかった。

真ん中に目のようなものがついた卵型のカラクリ兵器がその場に浮遊していたのだ。

 

「浮いてる!? これは、カラクリ…なのか!?」

 

驚く家康を他所に、カラクリ兵器は真ん中の赤い目玉の様な発光体に再び赤い光を灯すと先程と同じ閃光を放ってくる。

見事なバックステップでそれを鮮やかに避けながら家康はカラクリ兵器との距離を詰める。

 

「何かはわからないが、友好的な存在ではないらしいな…はあぁぁ!!」

 

家康はカラクリの中心にある発光体を狙い、力を込めて正拳突きを繰り出した。

すると家康の拳はカラクリを貫通し、黒い煙と火花を散らしながら、動きを止めて数回バウンドして、積み上がっていた瓦礫を撒き散らしながら床に転がり落ちた。

それを見た家康が安堵の表情を浮かべかけるも、すぐにその顔つきが険しいものになった。

家康の周囲にたった今破壊したばかりのカラクリ兵器が数機、家康を囲むように浮かんでいたのだった。

 

「奇怪な建物に…奇怪な空…お次は奇怪なカラクリとは…本当にワシはとんでもない異郷に来てしまったようだな…」

 

苦笑気味につぶやきながら、家康が再び身構えようとした。

その時―――

 

「だああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

家康の背後から飛び出してきた青い影が、対峙していたカラクリ兵器達の間を駆け抜け、それと合わせるかのようにカラクリ兵器達が爆発していった。

 

「なんだ!?」

 

家康が驚いている間に取り囲んでいたカラクリ兵器達は瞬く間に破壊、沈黙する。

家康の周囲を回るように青い影はカラクリ兵器達を撃墜していき、そして最後の一体が何かに突き抜かれたと同時に大爆発が発生し、爆風と衝撃が家康を襲った。

 

「!?」

 

爆発で発生した煙が完全に晴れたとき…

 

「お…女子(おなご)…!?」

 

家康の前には一人の少女が立っていた。

 

「ふぅ~、よかったぁ!どうやら間にあったみたいだね!」

 

青い短髪で少年のような雰囲気をもったその少女は、額に鉢巻きを巻き、足に車輪の付いた鉄の靴を履いて、右手には手を完全に覆う程の大きさの装甲をしていた。

影の思わぬ正体に家康があっけにとらわれていると、少女が家康の下に駆けつけてくる。

 

「あのぉ、そこの貴方。大丈夫ですか?」

 

「あ…あぁ。 すまない。助かった…」

 

家康は唖然としながらも、一先ず少女の問いかけに頷き、答えた。

 

「いやぁ、ちょうどこのビルでガジェットドローンの掃討作戦をしてたら、急に隣のビルから「屋上から民間人が飛び降り自殺した」って連絡があったものだから、ビックリして飛んできたんですけど…」

 

「と、飛び降りだって…そ、それって…もしかしてワシの事か!?」

 

どうやら、自分が先程の建物から飛び出し(と同時に隣に立っていたこの建物に落下)した様子を誰か観ていた者がいたらしい。

そして、その人物達には家康の行動は『飛び降り自殺』と見てとられた様だった。

 

「あれっ? 飛び降りじゃないんですか?」

 

「い、いや決してそんなものではないのだが…ま、まぁなんて説明すればいいだろうか…?」

 

傍目からすれば自殺にしか見えない自分の日常的な行いを目の前にいる無垢そうな少女にどう説明すればいいかわからなくなった家康は、少しばかし考えたが、結局良い答えは見つからず、無理矢理に話題を変える事にした。

 

「…それにしても、あれだけのカラクリ兵器を一瞬で倒してしまうとは君なかなか大した実力じゃないか。 まだ若い様だけど一体どこの軍の武将かな?」

 

家康が尋ねると、少女は「ほぇ?」っと呆ける。

 

「ぶ、武将?…えっと…軍っていうか“時空管理局”の者なんですが…」

 

「? んっ?」

 

少女がそう答えると、今度は家康が同じように呆けた。

 

「じくう…かんりきょく…? それは…一体…?」

 

聞いた事のない言葉を聞いて、困惑するように首をかしげる家康を見て、少女は何かを察したのかハッとした表情になる。

 

「…もしかして貴方…!?」

 

少女がそう言いかけたその時、少女の背後に先ほど倒された筈のカラクリ兵器の残骸の中から半壊状態ながら一機が這い出てきた。破壊が甘かったのか、まだ動力が生きていたのであろう。

カラクリ兵器はそのまま少女に向けて光線を放とうとした。

 

「!?……危ない!!」

 

家康はすかさずカラクリ兵器に向けて駆け出し、機体の中心に強烈なボディブローを放った。

そのまま拳を振り下ろして二撃目を加えると、カラクリ兵器を木端微塵に砕いた。

 

「えっ!? ええええぇっ!?」

 

その様子を観ていた少女……スバル・ナカジマは思わず驚きの声を上げた。

 

見た感じ民間人だと思っていた青年が、自分が魔法とデバイス(簡単に言えば魔法を駆使する武器である)を駆使して戦っていた機械兵器を、まるでスイカを潰すかの様に破壊してしまった。それも魔力も使用せず、素手の力だけで…

スバルは魔導師達によって編成された巨大公安組織『時空管理局』に所属する陸戦魔導師であり、そのファイトスタイルは姉から教わった『シューティングアーツ』という特殊な格闘技を駆使して戦う管理局に属する魔導師の中では珍しいものである。

しかし格闘をメインで戦うとはいえ、自身の技の威力を強化させる為に魔力による補助は必要だ。ましてや今自分達が追っている敵 機械兵器『ガジェットドローン』は自分達のような戦闘のプロでも苦戦させ、最近管理局の手をやたらと煩わせている厄介なもの。

普通の民間人…ましてや丸腰の人間が太刀打ち出来る相手では到底無かった。

 

しかし、目の前に立つ今しがた飛び降り自殺をしていたであろうこの青年は、そんなガジェットドローンを腕っ節ひとつで、デバイスすらも持たずに破壊してしまったのだった。

 

「ふぅ…危なかったな」

 

家康は粉々になったガジェットの残骸を見下して一息ついた。

すると背後からスバルは恐る恐る声をかける。

 

「あの…もしかして貴方は…『次元漂流者』ですか?」

 

「んん?…じげんひょうりゅうしゃ…とはなんだ?」

 

話がよくわからない家康にスバルは詳しい説明をする事になった…

 

 

「つまりこういう事だな。この地は、ワシがいた日ノ本の国がある世界…その『地球』だっけ? そこではなく、『ミッドチルダ』という別の異世界であり、ワシは何らかの形でこの世界に飛ばされてきた…いわば迷子のようなもの…っという感じでいいのかな?スバル殿」

 

「えぇ。簡単に言えばそう言う事です」

 

あれから十数分かけてスバルは家康に、今家康に置かれた状況の説明と、この世界の仕組みや魔導師、そして魔法という存在について一から簡単な説明をしていた。

ちなみにその間に二人は互いの自己紹介を済ませたが、スバルはミッドチルダ出身の人間である故に、地球の歴史はほとんどわからなかった為、家康の名前を聞いても違和感を覚えなかった。

 

「しかし『魔法』という妖術のようなものが繁栄し、その使い手である『魔導師』達によって統治された世界か…随分とワシも変わった世界に飛ばされてしまったのだなぁ。スバル殿、この世界にはワシみたいに別の世界の人間が飛ばされるという事は頻繁にある事なのかな?」

 

「えぇ、些細な事が原因で異世界の人間が迷い込むという事はよくある事なんですけど…家康さんみたいな特別な力を持った人が迷い込むのは珍しい事ですよ」

 

スバルは家康によって破壊されたガジェットドローンの残骸に目を配りながら話す。

 

「あの“ガジェットドローン”という兵器は、『AMF』という魔法を無効化させてしまう構造を持ったいわば、私達魔導師の天敵のような存在なんです。倒すには私みたいに直接機体に物理的な攻撃を使わないと破壊する事ができないんです。でもその為には多少魔法によって技を強化させておかなければ攻撃を当てる事は難しくて、普通の非魔力保持者…あっ、家康さんみたいに魔力を持たない人の事です。その非魔力保持者が素手だけであれを倒すのは本来無理な話です」

 

「それを己の力で倒したワシは、スバル殿からすれば異端というわけ…か。確かにワシは腕っ節に多少自信はあるのだが、この世界ではそれがこれほどまでに凄い事であるとは…」

 

「あのぉ、もう一度聞きますが、家康さんの世界には本当に魔法がないんですよね?」

 

スバルが確認するように聞いてくると家康は少し考え、そして応える

 

「うん。確かにワシが使うのは己の拳と絆の力のみだが…強いて言えば、ワシの世界にはワシも含めて“気”という秘術を用いて戦う者がいるが…」

 

「き? それが家康さんの世界でいう魔法とか?」

 

「いや…魔法というかなんて言えばいいのかな…? 魔法とはまた違う力なのだが…似たようなもの…なのかな?」

 

家康の話を聞きながら、スバルはますます謎に包まれた素性を抱える彼に対して、不思議と好奇心のようなものが湧き上がってくるのを感じていた。

普通であれば、『次元漂流者』はそのまま管理局内の専門の機関に引き渡すのがセオリーだが、彼は普通の対処に終わらせるべきでないとそう直感したのだった。

 

「う~ん…これはもう少しゆっくり話を聞くべきかもしれませんね。家康さん。私と一緒に来てください。家康さんがこの世界の住人ではないと判った以上、私は貴方を『次元漂流者』として保護しなければいけませんから」

 

「そうか。承知した」

 

スバルの言葉に家康は素直に従う事にした。

家康としても、ここが日の本どころか異世界であると判った以上、このまま当てもなく、闇雲に歩き回るよりも、素直にこの世界の住人に従って動いた方がなにかしらの情報が入るはずだという考えがあった。

スバルはとりあえず下に居る仲間と合流しようと話し、二人は瓦礫の散乱したフロアを歩き出した…

 

 

 

 

 

 

その頃、家康とスバルのいた階層から数フロア下層部の階では…

 

「クロスファイヤー……シューーート!!」

 

両手に拳銃のような形の武器を構えたオレンジ色のツインテールにした少女 ティアナ・ランスターと―――

 

「ソニック……ムーブ!!」

 

槍型の武器を振りかざす赤髪の少年 エリオ・モンディアル―――

 

「フリード! ブラスト……フレア!!」

 

目の前に浮かんだ小さな白い龍 フリードリヒを従えたピンク色の髪の少女 キャロ・ル・ルシエ―――

スバルのチームメイトである3人の若き魔導師達が、それぞれ数十体のガジェットドローンを相手にそれぞれ奮戦していた。

 

「ねぇ!今回のガジェット達は少し数が多いと思わない?」

 

ティアナは、自分達を取り囲むガジェット達に銃型のデバイス『クロスミラージュ』の銃口を向けて、次々と魔力弾を放ち、これを確実に撃墜していきながら隣で戦うエリオとキャロに問いかける。

 

「そうですね。昨日の現場では60機程出てきましたが、今回は100機はいますね」

 

「スバルさん、上に民間人がいるって言って探しに行きましたけど、大丈夫でしょうか?」

 

背中合わせにエリオが槍型のデバイス『ストラーダ』を振るい、キャロがグローブ型デバイス『ケリュケイオン』を光らせてエリオに補助魔法をかけながら言葉を返す。

3人は最初、スバルを加えた四人でこの建物に突入し、建物内部を占拠していたガジェット達の殲滅活動を順調に行っていたが、「建物内部に屋上から民間人が入り込んだ」という情報を受けたスバルが単身救助に向かった事で、ティアナ達は少しであるが押されぎみだった。

 

「まったくあのバカスバル!!民間人助けに行くのはいいけど、後に残る私達の事も考えてよね!!」

 

ティアナは一人立腹しながら、迫ってくるガジェットを撃ち落とす事で、怒りを紛らわしていた。

その時、四人の耳にスバルの声が聞こえてくる。

 

≪ティア?エリオ?キャロ? 皆、聞こえる?≫

 

「「!?…スバルさん!!」」

 

「(ちょ…スバル!!あんた民間人探すのにどんだけ時間かけてるのよ!?おかげでこっちは今結構大変なのよ!」

 

口に出さずにスバルに文句を言うティアナ。

ちなみに今、それぞれ近くにいるわけではなく、何かしらの器具も持っていないこの状況で彼女達の会話が成立しているのかというと、これは魔導師特有の能力のひとつで、通信器具無しで心の中で会話するという『念話』というものだ。

 

≪ご…ごめんティア!ちょっといろいろあって…でも言ってた民間人の人は無事保護したよ!待ってて今そっちへ…って家康さん!?なにしてるんですか!?………えぇ!?飛び降りる!?それはちょ…待って下さい!それは…≫

 

突然念話越しのスバルの声質が動揺した者に変わり、ティアナ達は違和感を覚える。

 

「ちょ…スバル!?あんた一体どうし…」

 

ティアナが強い口調でスバルに状況の説明を聞こうとした…その時だった。

突然ティアナ達とガジェットドローンの群れとの間の天井が突き破られ、無数の瓦礫と共に家康と彼にしがみついたスバルが落下してきた。

 

「ああああああああああああああああ!!どいてぇぇぇぇぇティアぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

「えっ!?ちょ…待っ…うぎゅぷ!!!?」

 

ティアナが回避する隙もなく、家康とスバルの身体がティアナを押しつぶし、ティアナは倒れ込んで顔を床に積み重なった瓦礫の山に埋め込ませてしまう。

そしてその上に家康とスバルが尻もちをつく形で乗っかる。ちなみにスバルは落下の際に飛んできた石ころに頭をぶつけたのか、目を回して気を失っていた。

その光景を見て亞然とするエリオとキャロ。

 

「むっ!ここにもカラクリ兵器がいたか!!よし!ワシに任せておけ!」

 

そんな彼らを他所に家は周囲に展開するガジェットの群れに気がつき、すかさず立ちあがって拳を構える。

傍から見れば自殺行為な家康の行動にティアナ達3人…とりわけティアナは呆気にとられ、そして叫ぶ。

 

「ちょ…誰よアンタ!? ってか丸腰でなにしようとしてるのよ!? 危ないわよ!」

 

だが、ティアナの制止の声も、ガジェットを倒さんと拳に力を込める家康には届いていなかった。

 

「我が絆の力…受けてみよ!! 天道突き!!」

 

拳に金色のオーラを放ちながら拳を構え…

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

ガジェット達に向けて巨大な風圧を伴った正拳突きを放つ家康。

突き出された拳から放たれた気と風の合わさった波動は目の前に展開していた全てのガジェットドローンを巻き込み、その全てを爆散させ、フロア中にその破片を散らした。

 

「うわぁ!?」

 

「きゃあ!?」

 

まるで隕石の如く飛んできたガジェットドローンの破片に、エリオとキャロが慌てて身を伏せながら回避する。

 

「ちょっと!? 一体何なのよこれ―――いだぁ!!」

 

ティアナも分けが分からずに混乱しながら、飛んでくる破片を回避しようとするが、運悪く破片の一つが眉間に命中し、その場に卒倒してしまった。

そして波動が完全に止み、ガジェットを殲滅した事がわかると家康は息をついて、決めの言葉を言おうとする。

 

「人の全てを結ぶまで!」

 

「「……………………………」」

 

いきなり登場して、さらに派手なパフォーマンスを決めてみせた家康に、唖然とするエリオとキャロだったが、すぐに我に返るとそれぞれ目を回して気絶していたスバルとティアナの下に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?ティアさん!!」

 

「スバルさん! しっかりしてください!!」

 

「えっ!? …はっ! スバル殿!?」

 

エリオとキャロが慌てふためきながらスバルとティアナの下に駆け寄り、それぞれ身体を起こそうとしているのを見て、ようやく家康も背後の状況に気づき、スバル達の下へと駆け寄る。

 

「う、う~~~ん…あ、あれ? ここは誰? 私はどこ?」

 

「いたた…ったくなんだっていうのよ…」

 

幸いにも2人とも軽く気を失っていただけだったようで、家康達が身体を揺するとすぐに目を覚まし、起き上がった。

 

「大丈夫か!? 一体、誰がこんな事を…」

 

「…ってアンタでしょうがーーーー!!!」

 

素で心配しながら尋ねる家康にティアナが怒りのツッコミを上げながらその頭を引っ叩いたのも…まぁ無理はないよね…

 

 

 

 

ティアナの手痛いツッコミを食らった後…必死に謝ってなんとか許してもらえた家康は改めて、スバルからティアナ達に、自分の素性とここまでの経緯を説明してもらった。

ちなみにティアナ達も日本の歴史に関しては判らない為、家康の名前にも特に反応はしなかった。

 

「っというわけで、家康さんについては部隊長達にも詳しく話を聞いてもらった方がいいと思うんだ」

 

「確かにその方がよさそうね。わかったわ。とりあえずここのガジェットドローンは殲滅できたみたいだし、“ヴィータ”副隊長や“なのは”さんに合流して、隊舎へ連れて行きましょう」

 

「宜しく頼む。え~と…君は…?」

 

家康はティアナに頭を下げるが、彼女の名前がわからない為、続く言葉が見つからない。

それを見たティアナは、まだ名乗っていない事に気づき、自己紹介をする事にした。

 

「ティアナ・ランスター。スバルの仲間で時空管理局 遺失物管理部『機動六課』のフォワードチームの隊員よ」

 

「?…その『きどうろっか』や『ふぉわあどちいむ』とはなんだ?」

 

「あぁ、さっき説明した時空管理局の中の一部隊で、私達が所属している部隊です。まぁ細かい説明は後ほどしますが」

 

新たな未知の単語を聞いて首をかしげる家康にスバルが横から助け船を出した。

おかげでなんとかティアナの言葉をある程度理解する事の出来た家康に、続いてエリオとキャロが自己紹介をする。

 

「はじめまして。エリオ・モンディアルといいます」

 

「えっと…キャロ・ル・ルシエです。宜しくお願いします」

 

するとキャロの肩に、先ほどキャロの指示を受けながらガジェット達相手に奮戦していた小龍 フリードリヒが止まる。

 

「キュクル~~~~~」

 

「あっ!?ごめんねフリード。貴方の紹介もしないとね」

 

キャロは謝りながらフリードを抱き上げて紹介する。

 

「この子は私の使い魔のフリードリヒです。私達はフリードって呼んでます」

 

「ほぉ、フリードか。これはなかなか珍しい『鳥』であるな」

 

家康はそう言ってフリードを誉めるが、その言葉でその場の空気が固まる。

 

「あの…家康さん……フリードは鳥じゃないんですけど…」

 

「えっ!?そうなのか!?す、すまない! 鳥じゃないのなら…あれか!? 新種の蝙蝠とか?」

 

家康はあわててフォローしようとするが、かえってそれがキャロとフリードを傷付けた。

 

「ひ…ひどいです…鳥はまだわかりますけど……新種の蝙蝠だなんて…」

 

「キュルゥ~……」

 

今にも泣き出しそうになるキャロとフリード。

 

「ああぁ!!す…すまないキャロ殿!初めてみる生き物だからてっきり物の怪の類かと思ったのだが、さすがにそれは言うのは失礼かと思って言葉を考えて…へぶぅ!?」

 

「全然弁えてないでしょ!本人達の前で『物の怪だの大っぴらに言うな!!」

 

「いや…ティアさんも思いっきり言っちゃってますけど…」

 

家康のあまりの天然ぶりに。思わず頭を叩きツッコミを入れるティアナ。

その横からエリオがティアナのツッコミに、さらにツッコミを重ねてきた。

そんなやり取りにキャロとフリードはとうとう涙目になってしまう。

 

「ううぅぅ……フリードは物の怪でもないですよぉぉ……」

 

「キュルル~~………」

 

「あああ!本当にすまない!キャロ殿!!今のはワシの失言だ!この通り!許してくれ!!」

 

キャロに必死に頭を下げて謝る家康を見て、ティアナはため息をつきながら彼に聞こえないように、スバルに耳打ちで話す。

 

「スバル。彼の事でひとつだけわかった事があるわ。彼…少なくともアンタと同類か、それ以上の“ド天然”ね」

 

「ははははは……それ私も含まれるの…?」

 

二人は半ば呆れながらキャロに必死に謝る家康を見守るのだった。

 

 

 

 

「あぁ? 次元漂流者らしき奴を保護した?」

 

家康達の居る超高層ビルの前は、時空管理局の職員や、騒動を聞きいれて駆け付けた野次馬などの大勢の人だかりで賑やかになっていた。

その中で、赤い髪に三つ網に分けた少女…機動六課 スターズ分隊副隊長 ヴィータは怪訝な表情で部下からの念話に耳を傾けていた。

 

≪えぇ、一応魔導士ではないみたいなのですが、ガジェットドローンを複数機、たった一撃で全滅させる程の戦闘能力を持っていて、とても普通の非魔力保持者ではなさそうです≫

 

「はぁ!?魔法を使わずにガジェットを全滅!?そいつ質量兵器でも隠し持っていやがったのか!?」

 

念話越しに聞こえる同じスターズ部隊の部下 ティアナからの報告にヴィータは思わず自分の耳を疑いそうになる。

 

≪いえ。それが…信じられないのですが、確かに素手でガジェット達を一纏めに吹き飛ばしたんです≫

 

「なんだよそれ!? さっぱり状況がわからねぇって!」

 

思わず声を荒上げてしまったヴィータに周囲の局員や遠巻きに見守っていた民間人達の注目が集まる。

あわててヴィータはその場から離れ、近くに止まっていた管理局の武装隊の特殊車両の裏へ行って、念話を続ける。

 

「一体どういう奴なんだ? いくらAMFが魔法を使わない攻撃には無意味とは言え、ガジェットドローンは破壊工作用に開発された質量兵器だぞ。表面を覆っているプレートだけでも装甲車並の防御性を誇るんだ。魔力のねぇ人間が素手だけで倒せるわけねぇだろ」

 

≪でも実際、彼は魔法ではないのですが、魔法に似たような力を使ってガジェットを倒してしまったんです≫

 

「魔法ではないけど魔法に似た力…話がよくわかんねぇけど…?」

 

≪そ…それに関してはまた後ほど説明します!とにかく彼は普通の民間人とは違うみたいですが、私達に敵意を向けるわけではないので別に敵対者ではないかと思います。強いて言えばスバル並に天然ですけど…≫

 

ティアナの報告を聞いたヴィータは最後の「スバル並の天然」というワードになにか疲れのようなものを感じたが、特にそれに関してそれ以上追求しようとはせず、次の指示を送る事にした。

 

「わかった。とにかくここの鎮圧は完了したなら、お前らはその次元漂流者を連れてこい。その間に隊舎にいる“フェイト”達にも連絡して尋問の準備を整わせておくから」

 

≪了解!≫

 

そう言って念話を切ったヴィータの前に、空からツインヘアーの栗色の髪で白と青の魔導師の服…バリアジャケットを着た女性が舞い降りてきた。

 

「ヴィータちゃん。空中のガジェットドローンⅡ型の編隊の殲滅終わったよ。そっちはどう?」

 

「おぉ、なのは。今ティアナから連絡があって建物内のⅠ型の群れもすべて片付いたそうだ。アタシが出る幕はなかったみたいだな」

 

少々つまらなそうに話すヴィータに女性…機動六課 スターズ分隊隊長 高町なのはは、思わず笑みを浮かべる。

 

「フフッ。それほどまでにあの子達が成長してるって証拠だからいいことじゃない?」

 

なのはは、かわいい後輩たちがいる現場のビルを見つめながらヴィータに話しかける。

 

「まぁな………そういえばティアナからの報告で、ビル内で次元漂流者らしき人間を保護したそうだってさ」

 

「えっ!?こんなビルの中で!?」

 

「あぁ。しかもそいつが少々普通の非魔力保持者とは異なる野郎らしくてな…」

 

「どんな?」

 

なのはが問いかけると、ヴィータはティアナからの報告をそのままなのはに伝えることにした。

 

「魔導師ってわけではないみてぇだが、素手でガジェット達を倒す程の戦闘能力を持っているそうだ」

 

「えぇ!?」

 

時空管理局本局の武装隊に所属し、これまで様々な次元漂流者を保護してきた経験のあるなのはも、こんな次元漂流者は初めて聞いたらしく驚きの声を上げた。

 

「それかなり危険な漂流者じゃないかな?もしかしてスバル達その人と戦闘になったりとかしてない?」

 

なのはがそう心配すると、ヴィータは首を横に振った。

 

「心配ねぇよ。ティアナ曰くそいつスバル並のド天然らしいけど、敵対する姿勢は見せてないらしいから、少なくともアタシらと戦う意志はないらしい…」

 

「えっ!?スバル並に天然?」

 

「あぁ。つまりはなかなかの“バカ”って事だろうよ。とにかくそいつも一緒に連れ帰って、そいつから詳しく事情を聞いて…」

 

その時だった。

突然なのはとヴィータの前、スバル達の居るはずのビルの壁が突然大爆発を起こし、正面の壁や窓ガラスを全て吹き飛ばした。

 

 

「「「「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!?」」」」

 

たちまち周囲一帯は騒然となり、なのはとヴィータにも戦慄が走る。

何事かと周囲が見守る中、立ちこもる煙の中から一人の青年が出てきた。

 

「よし! なんとか道は開けたな。みんな、出てきても大丈夫だぞ!」

 

言うまでもなく家康である。

家康はビルから出る為に気の力でビルの壁を吹き飛ばしてしまったのだった。

当然ながら後ろに居たスバル達は砂埃に塗れてまっ白になっていた。

 

「た…確かに早く外へ出ようとは言ったけど……」

 

「まさか壁を無理矢理吹き飛ばして外に出るなんて……」

 

「どれだけ常識外れなのよ? アンタは……」

 

「っていうか魔法を使ってないならそれだけの破壊力の源は、本当にどこからきてるんですか?……」

 

エリオ、キャロ、ティアナ、スバルは口々に家康に抗議する。

しかし家康は…

 

「手っ取り早くてよかっただろう? ワシは家臣の一人にこうやって何度も危機を救われたんだ」

 

…っと得意そうに話していた。

 

「「………………………」」

 

そんな彼を茫然と見つめるなのはとヴィータ。

 

「び……ヴィータちゃん…さっき言ってた『スバル並の天然』っていう理由…すごく理解できたね…」

 

「あぁ…本当にタダもんじゃないみたいだな…いろんな意味で…」

 

この場に居る全員の頭に思い描いた事を代弁する二人であった…

 



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第弐章 ~入隊! 機動六課~

関ヶ原の戦いで謎の光に飲まれ、異世界ミッドチルダにやってきた徳川家康は、そこでスバル・ナカジマをはじめとする時空管理局の特殊部隊 機動六課のフォワードメンバー達に出会う。
家康が次元漂流者だと知ったスバル達はひとまず、家康を機動六課へと案内する事となるが…

スバル「リリカルBASARA StrikerS 第弐章出陣します」


スバル達フォワードチーム。そして新たに合流したヴィータに連れられて家康が連れてこられたのは、先ほどまで家康がいた「ビル」と呼ばれる建物とは、また形状の違った横に面積の長い、海に面した建物だった。

聞けば、そこがスバル達の所属する部隊『機動六課』の拠点らしい。

 

ちなみにヴィータと共にいた女性…なのはは、事後処理作業がある為、少し遅れるとのことだ。

 

「おぉ。中々立派な城塞だなぁ。ここを治めているという事は、相当な国主なのだろうな」

 

自分の知りうる城郭などとはまるで造りが違うミッドチルダの建物に家康が感心していると、すかさず横からスバルが補足の説明を入れてあげる。

 

「家康さん。あれはお城じゃなくて私達、機動六課の“隊舎”ですよ」

 

「たいしゃ?…あの建物では天神でも祭っているのか?」

 

「いや、それは“大社”。そうじゃなくてこれは“隊舎”! っていうか小説でしかわからないようなボケを言うな!」

 

スバルとは違い、少々強めのツッコミを入れるティアナ。

それを見たヴィータが呆れたように話す。

 

「お前さぁ、さっきからビルを見て「四角い城だ」とか、車見て「引き手の馬はいないのか?」とかさっきからボケてばっかりだけど、ほんと一体いつの時代から来た人間なんだよ?」

 

彼女の言うとおり、家康はここに連れてくるまでに高層ビルや自動車やヘリなど現代文明の産物ともいえる機械や建造物に対して様々な表現で驚きと感心の言葉を放ち、その都度ヴィータやスバル達は補足の説明やツッコミに追われて四苦八苦していたのだった。

 

「いやぁ、この世界にあるものの全てが、ワシが見たことのないものばかりだからな。つい興奮してしまって」

 

家康が面目なさそうに、頭にできた一つのタンコブをさすりながら言った。

ちなみに、どうして家康の頭にタンコブができるのかというと…

 

 

―――――数分前…

 

先ほどのビル(家康によって前半分が崩壊)にて…

 

「おいお前!お前のせいでビル半分ぶっ壊れちまったじゃねぇか!なにやってんだ!!」

 

ビルの壁を崩壊させた家康に怒鳴りながらいの一番に詰め寄るヴィータ。

すると出てきたばかりの家康が、ヴィータに気付き、その姿を見た途端に驚いた表情を浮かべ出した。

 

「な…なんだよ?」

 

急に見つめられて戸惑うヴィータ。

一方、家康は彼女の特徴を見て頭の中にある人物の姿を思い浮かべる。

 

武器にハンマー…

三つ編みのおさげ…

小さい等身…

 

「き…君は…」

 

家康の声が若干振るえる。

 

「ん?」

 

「……いつき殿か!!?」

 

「はぁ!?」

 

家康は、かつて自分が幼少期の頃に出会った東北のとある一揆勢を率いていた農民の少女の名を切り出して、ヴィータに詰め寄る。

一方のヴィータは、突然聞いたことのない名前で呼ばれて亞然となる。

 

「久しぶりだなぁ!もう数年近く会ってなかったなぁ。元気にしていたのか?」

 

「おっ…おい。ちょっと待てよ…」

 

ヴィータは困惑するが、それに気づかない家康は親しそうにヴィータに近づいていき、

そして彼女目の前まできたところで、彼女に対して最も言ってはならない一言を言ってしまう。

 

「でもいつき殿、まだ随分と背が小さいな。むしろ最後に会った時より、幾分か小さくなってる気がするのだが?」

 

 

ブチィッ!

 

 

その言葉を聞いて、忽ち堪忍袋を切らしてしまうヴィータ。

 

「身長の事を言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ぐはあああ!!?」

 

…ってな感じで家康は、ヴィータの怒りを買って彼女の愛用の鉄槌型デバイス グラーフアイゼンで痛いツッコミを頭に受けたのだった…

 

 

好奇心冷めやまぬ間に、スバル達に連れられて、隊舎の中へと入った家康はそのまま、機動六課の最高権力者である“部隊長”のいるオフィスへと案内された。

 

「八神部隊長。例の次元漂流者を連れてきました」

 

スバル達が先導して部屋に入り、それに続く形で家康もオフィスに入室する。

家康は少し緊張していた。

なにしろ異国の土地であり日の本とはまったく異なる技術や礼儀によって成り立っている地で初めて遭遇する武将なのだ。今まで数々の異郷の地を治めていた武将達と相対する時の作法では全く通じないかもしれない。

もちろん、これから会う人物は“武将”などではないが、戦国の世を生きてきた家康の中では偉人は全員武将だという思い込みがあったのだった。

それ故に家康も相手に失礼のないように、されど警戒を緩めないように態度を考えなければならなかった。

 

「お~、やっとご到着かいな? どれどれ、ほなさっそくお顔を拝見とさせてもらいましょっか~」

 

そう言って部屋の窓際にある机に座っていたのは、ボブカットのショートヘアーで童顔の女性であった…

 

(!?…ワシとあまり歳の差が無さそうな女子(おなご)だな…)

 

家康は、「部隊長」という人物は、もっと強面で屈強そうな人物を想像していただけに、意外にもあまり自分との歳の差がない、寧ろ幼さの残す外見の少女であった事に意外そうな顔を浮かべる。

 

「君がスバル達の言うとった次元漂流者? なるほどな~、確かにこの世界じゃあまり見かけへん服装やなぁ」

 

家康の顔を見て、次に服装を確かめながらあまり上官職らしくないおっとりとした口調で話す少女。

 

「ふむふむ。スバルの言う通り見た感じ魔導師ってわけやないようやなぁ~。かといってただの民間人という格好でもなさそうやし~」

 

話しながら女性はジッと家康の胸元や袖のない二の腕をジッと見つめる。

 

(えっ!? ちょっと…あの…)

 

突然自分の身体をじっと見つめてくる少女に,思わず妙な緊張感を抱く家康。

 

「ふ~ん……それになかなかえぇ体格やない。わたしけっこうタイプかもな~♪」

 

「えっ……」

 

少々良からぬ事を企んでそうな含み笑いを浮かべて見つめてくる女性に家康は若干の恐怖を覚えた。

すると、後でその様子を見守っていたヴィータが呆れた表情を浮かべながら止めに入ってきた。

 

「はやて。さっきから、色々と危ねぇ雰囲気になってんぞ…」

 

「はっ!?…すまん、すまん。なにしろ久々にえぇ男が現れよったからついな」

 

ヴィータのツッコミに頬を膨らませながら拗ねたように話す女性。

その隙に、家康はスバルに向けて小声で問いかけた。

 

「な…なぁ、スバル殿。この人は一体…?」

 

「この人は私達『機動六課』の部隊長 八神はやてさんです」

 

「!?…なるほど、つまりこの人がスバル殿達の君主というわけだな」

 

「いや、君主というわけではないのですけど…まぁ要するに私達の上司でこの部隊では一番偉い人っていえばいいでしょうか」

 

家康とスバルがそんな会話をしていると…

 

「あ~、皆集まってたんだね。ゴメンはやてちゃん遅れちゃって」

 

「ちょっと現場の処理が長引いちゃったから…」

 

先ほどとは違い、サイドポニーに管理局の制服姿に着替えたなのはと、新たにロングヘアーの金髪の女性が部屋に入って来た。

それを見た家康はある事に気がつく。

 

「スバル殿。もしかしてこの部隊にはエリオ殿以外では女性しか在籍していないのか?」

 

「いや。そういうわけではないですよ。今この場にはいませんが、ちゃんと男性の職員も何人か在籍してますよ」

 

「そ…そうか。それを聞いて安心した。いやぁ、どうもワシはこういう女所帯には慣れてなくてな…」

 

顔を少し赤くしながら家康は少し恥ずかしそうに話す。

その姿を見て、ヒソヒソと耳打ちで話し合うティアナとキャロ。

 

「もしかして家康さんって…」

 

「女の人が苦手なんでしょうか?」

 

ティアナとキャロは少しだけ笑いそうになった。

 

 

 

「ほな。なのはちゃんやフェイトちゃんも来た事やし、さっそくお話聞かせてもらおっかな?」

 

すると、先程までとは違って凛とした表情に切り替わったはやてがここへ一同を集わせた本題を切り出し、家康の尋問は始まった。

 

「じゃあまず、貴方の名前教えてくれませんか?」

 

「わかった」

 

金髪の女性…フェイト・T・ハラオウンが家康に聞くと、家康は失礼のないように軽く身なりを正すと、自らの名を名乗った。

 

 

「某の名は“徳川家康”。三河の国の領主にして徳川軍及び東軍の総大将だ。以後お見知り置きを頼もう」

 

 

そう言って一度頭を下げた家康。

東軍結成の折に数々の諸国を巡っては国主と面会し、その都度礼儀をわきまえてきた為か、誰に対しても初対面は頭を下げて挨拶するのが家康の癖になってしまっていた。

 

「「「えっ!!?……………」」」

 

だが、家康が一礼を終えて頭を上げた時、なのはを始め、フェイト、はやての三人がまるで雷を受けたかのように口をあんぐりと開き、目を丸くして亞然とした表情になっているのに気付く。

 

「えっ?あれ?あの…皆…ワシ…もしかして今変な事…言ったのか?」

 

硬直する三人に家康は思わず動揺してしまう。

そしてスバルやヴィータ達も三人の異変に気付き…

 

「おいはやて?どうしたんだよ?」

 

「フェイトさん?どうかしたんですか?」

 

「あの~…なのはさん?」

 

ヴィータ、エリオ、スバルがそれぞれはやて、フェイト、なのはに声をかけようとした。

すると突然…

 

 

 

 

 

 

 

「「「うぇぇええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

なのは、フェイト、はやてがほぼ同時に声をそろえて大絶叫を上げた。

 

 

「えっ!?…な…何?!」

 

「な…なんだよ!? はやて!」

 

「どうしたんですか!?はやて部隊長!フェイトさん!なのはさん!」

 

その突然の仰天ぶりに思わず引いてしまう家康やスバル達。

一方、なのはもフェイトもはやても、思わず腰を抜かしながらあたふた、オロオロと挙動不審な行動を繰り返す。

 

 

「と…とととと…と…徳川家康ってあの…“徳川家康”ぅぅ!!?…う…嘘でしょ!?…き、ききき、君が!?」

 

普段の彼女を知る者達は滅多に見た事がない程の動揺ぶりを見せ、慌てふためくフェイト。

 

「いやいやいやいやいや!おかしいおかしいおかしい!!絶対おかしいって!…だってわたしらが知ってる“徳川家康”っちゅうんは、もっと狸みたいなおじいさんやった筈やで! こんなわたしらと同い年くらいで、メッチャさわやか系なイケメンアスリートみたいなお兄さんなはずやない!!」

 

動揺のあまり自然と早口になりながら必死に混乱する頭を整理しようとするはやて。

 

「で…でも、はやてちゃん! この人今確かに“三河の領主”とか“徳川軍総大将”って!…確かに言ったよ!」

 

三人の中では一番冷静を保とうと努力しながらも、それでも明らかに混乱している事が一目瞭然ななのは。

三人はもう一度家康の姿を確認して見た。

しかし見れば見る程、3人の頭は混乱していくばかりであった。

それもその筈…第97番管理外世界“地球”・日本出身(フェイトは少女時代の6年間滞在)の3人にとって“徳川家康”といえば戦国の世の勝利者と言われ、後の東京である江戸に徳川幕府を築き、以後265年に渡り、その子孫15代に渡って繁栄させた天下人としてその名を轟かせ、小中高とすべての学校の歴史の教科書で嫌ほどその名前を見て、そして先生から教えられてきた。

それ故にその日本の歴史に欠かせぬ大偉人『徳川家康』が、目の前に立つ自分達と同じ年くらいの青年とは到底信じられなかった。

 

「あ…あの……い…い…家康…様…って言ったらいいのかな…?! ほ…本当に貴方は、あの江戸幕府の初代征夷大将軍の徳川家康なのですか!?」

 

一番近くにいたフェイトがしどろもどろになりながら家康に問う。

家康はフェイト言葉の中で聞いたことがない単語がいくつかある事に違和感を感じながらも、とりあえず頷いた。

 

「その『江戸幕府』や、『征夷大将軍』とかいうのは何の事なのかよくわからないが…確かにワシはまぎれもなく徳川家康に間違いないぞ」

 

そう言って、家康は服の袖に記された徳川家の家紋である“葵の御紋”をなのは達に見せた。

 

「そ…それって、まさか『葵の御紋』!? って事は…ほ…本物の!?」

 

「ひええええぇぇ!! み、皆の者!頭が高い!控え! 控えおろうぅぅぅぅ!!!」

 

「ははあああああああああああああぁぁぁ!!」

 

フェイトが震えながら葵の御紋を指差すと、何故かその場で土下座して平伏し始めたはやてとなのは。

 

「ちょ…!? 本当にどうしたんですか!?」

 

「とりあえず、一回落ち着きましょう!」

 

「そ、そう! まずは、頭を上げてくれ!」

 

突然のなのは達の挙動不審ぶりに困惑しながらスバルとティアナ、そして家康がどうにか宥め、一先ずもう一度立たせる事はできたが、尚も3人はパニック状態から脱せずにいた。

 

「絶対信じひん!こんな狂ったような日本史…私は絶対信じひん!!」

 

頭を抱えながら、必死に自分に言い聞かせるようにして叫びだすはやて。

なのはやフェイトも、衝撃があまりにも大きすぎたのかそれぞれスバル、ティアナに支えられて尚も、足元が覚束ない様子だった。

一方、日本史の事など全く知らないヴィータとフォワード陣は話についてこれずにいた…だが、一番この状況がよくわからないのは、紛れもなく家康本人であった。

 

「ワシって…いつの間にこんな有名人になってたんだ?」

 

家康は何故ここまで驚かれ、畏れ敬われるのか理解できないまま、なのは達の様子をただ唖然と身守る事しかできなかった…

 

 

 

 

しばらくして、ようやく落ち着いたなのは達は家康への尋問を再開する。

もっとも家康の名を聞いた途端になのは、フェイト、はやての三人はすっかり萎縮してしまい、もっぱら尋問とは呼べなくなってしまったのだが…

まず初めにはやてが恐る恐る手を上げて、家康に質問してきた。

 

「えっと…それで、家康…様は、如何にしてこの世界に来たのでしょうか…?」

 

急に敬称付きのたどたどしい敬語で話し始めたはやてにむず痒いものを感じながらも、一先ず家康は言われた事を応えるのに集中する事にした。

 

「うむ…話せば長くなるのだが…」

 

家康は全てを語った…

 

 

家康はその昔、日ノ本に天下布武を掲げた第六天魔王 織田信長に仕えていたが、小牧、長久手の戦いにて豊臣秀吉に敗れたことがきっかけで、豊臣軍の家臣となり、彼の天下統一の為に力を尽くしてきた…

 

しかし、武力を持って全てを征する事を信念とする秀吉が世界侵攻という野望を抱いたため、それにより日ノ本はおろか、世界すらも戦乱に巻き込まれてしまうという事を防ぐために世界遠征に乗り出す直前だった彼を討ち倒し、それがきっかけで同じく彼の家臣であった“凶王”石田三成と対立し、そして天下分け目の大戦…『関ヶ原の戦い』にてその雌雄を決しようと西軍本陣にて三成との最終決戦に臨んだ。

 

だが、その途中で突然地面から放たれた光に包まれ、石田やその側近・島左近、さらには自分の援護にやってきた家臣 本多忠勝と共に光の中へ吸い込まれてしまった…

 

「…気がついたら、ワシはあの建物にいた。だがそこにいたのはワシ一人だけで、三成達や忠勝の姿はそこになかった」

 

話が終わった時、スバル達は神妙な面持ちで家康の壮絶な経歴に驚く中、なのは、フェイト、はやては「自分達の知ってる戦国時代と全く違う」っと別の意味で驚いていた。

 

(ねぇ、フェイトちゃん…一体、何がどうなってんのかさっぱりわからんわ…家康様の言うてる戦国時代って、私達の知ってる日本史とはまるで違ってると思わへん?)

 

(確かに…豊臣秀吉が織田信長の家臣じゃなくて別勢力だったり、挙げ句に家康様に直接倒されたり…極めつけは家康様と石田三成が一騎打ちって…まるで私達の知ってる歴史と違う…)

 

はやてとフェイトが念話でそんなやり取りを交わしながらも、尋問を続けた。

 

「じゃあ…その一緒に居た忠勝さんっていう人も、もしかしてここにきているかもしれないという事ですね?」

 

「あぁ。それに三成や左近もこの世界に来ている可能性が高い…」

 

なのはの言葉に家康が表情を険しくしながら答える。

答えながら家康は考えていた…

あの時、関ヶ原で同じ光に吸い込まれた宿敵の顔を……

 

(三成…お前は一体どこにいるんだ? 今も…お前はワシを斬首したい程に憎んでいるのか…?)

 

家康は虚ろな表情で、三成の事を想う。

そんな家康に、スバルが心配そうに声をかけてきた。

 

「家康さん?」

 

「!!?…あぁ!すまん!ちょっと考え事をしていたんだ。続けてくれ」

 

家康がそういうと今度はヴィータが家康に質問する事にした。

 

「じゃあ私からも聞かせてもらうぞ。お前、さっき魔法を使えないというが、スバル達の話ではガジェットの群れを素手で全滅させたそうじゃないか。しかも、アタシらの目の前でビルを半分吹っ飛ばすパフォーマンスまで決めていた…あれはいったい何の力を使ったんだ?」

 

ヴィータが強気の姿勢で聞いてくる。

どうやら魔法に似て非なる力の使い手という家康に対し、少なからず警戒心があるのかもしれない。

 

「あれは…ワシの住む日ノ本でも限られた者のみが使うとされる秘力“気”だ。大陸では“陰陽”とも言われるそうだが…まぁ毛色は少し違うが、お主達の使う魔法とは近い力なのかもしれないな」

 

家康はなのは達にわかりやすいように言葉を選びながら、自分の力に関しての説明を始めた。

家康は避けられない戦の苦行を自ら背負うため、己も傷つく事を選び、武器を捨て素手で戦うようになった…その際に家康は『気』の力を活性させて常人の数百倍ともいえる破壊力と、殺傷力までも得ることのできた特殊な格闘術を身に付け、以来戦では自信の鍛えぬいた肉体と『気』の力を活用した技の両方を合わせて超人的な格闘のみで様々な戦地を乗り越えてきたのだった。

 

「征夷大将軍の次は『ドラ○○ボール』? ますますカオスな戦国時代やなぁ…」

 

「気で強化させた技を使って戦う格闘術かぁ…なんだか私のシューティングアーツに似てるかも…」

 

はやてが、ぼそりと呟く傍らで、スバルは家康の力の源を知って少し憧れ眼差しで彼を見つめる。

ヴィータはまだしっくりこない表情だが、それでも家康が悪人でなく、その力も違法なものではない事は理解したのか、一先ず彼の説明を信じることにした。

 

その後も様々な質問(なのは、フェイト、はやては主に家康の世界での他の戦国武将に関しての質問だった為、ヴィータによって強制的に却下された)が家康に飛んだが、どの質問にも家康は問題なく答えていった。

 

 

「じゃあ、問題はこれから家康様をどうするかだけど…」

 

皆の質問がある程度済んだ頃、フェイトが今回の尋問で最も重要な『家康の今後』について話を切り出す。

 

彼が「次元漂流者」だと判った以上、機動六課に課せられた選択は二つだった。

 

ひとつは『正式に管理局の専門機関に任せる事にして家康の身柄を差し出す』。

 

そしてもう一つは…

 

「そんなん決まっとるやろ!」

 

説明する間もなくはやてが言った。

 

「家康様!よかったらこの『機動六課』に入って、私達と一緒に戦ってもらえないでしょうか?!」

 

「「「「「「「ええぇ!!?」」」」」」」

 

はやての言葉に、なのは達が驚き声を上げる。

 

「ちょっと待ってよ!はやてちゃん!確かに家康様は強そうだけど、その気の使い手は魔法とはまた違う力なんだよ! ここに置いとくのはいいけどいきなり戦力に加えるのは流石に…」

 

なのはが慌てふためきながらはやてを問い詰める。

 

「なに言うてんねん、なのはちゃん!魔法も気も似たもん同士や!せいぜい『いとことはとこ』の違いくらいに考えたらえぇんちゃうの?」

 

「はやて…それ、全然違うと思う…」

 

フェイトが苦笑気味にツッコミを入れた。

 

「と・に・か・く! なにせあの天下人の豊臣秀吉をその手で倒して、あまつさえ『関ヶ原の戦い』に素手で挑んどったなんてとんでもない無茶苦茶設定やろ! それ程、力があるなら戦力に加えたらまさに百人力やで!! それに…」

 

「それに?」

 

ここまで話し、突然憮然とした表情になったはやてに、一同がただならぬ雰囲気を感じ息をのむ。

 

数秒の沈黙の後、静寂を破ったはやての一声は…

 

 

「まだ家康さんが征夷大将軍でないのなら、ここで私らが世話してやって、無事関ヶ原に帰したらもしかしたら日本での歴史の教科書が変わるかもしれへんやん!『天下の勝利者 徳川家康と、それを助けた謎の絶世の美女救世主 八神はやて!』…ってな感じで!」

 

日本史の教科書の家康の肖像画に並んで、(かなり美化された)自分の肖像画が貼られているイメージを思い描きながら、はやてが自信満々に叫んだ。

 

 

「「「「「「「な…なんじゃそりゃあぁぁぁ!!?」」」」」」」

 

 

はやてのあまりに間の抜けた理由に全員がずっこけた。

何故か家康も…

 

というわけで家康は元の日の本へ帰る方法が見つかるまでは臨時の民間協力者という形で、機動六課に入隊する事になり、はやてや、なのは達によると、当分はスバル達、フォワードチームと一緒に行動してほしいとの事だった。

一方の家康もまだまだこの世界の事がよくわかっていない身の上故に、少々クセの強い面々とはいえ善良な機動六課の皆の好意を特に断る理由もなかった為、一先ず素直に従う事にしたが、その際にひとつだけなのは、フェイト、はやての3人に条件を出した。

 

「その、家康“様”という敬称と敬語はやめてくれないか? なのは殿達の住む“ニホン”という国における“徳川家康”という人間は天下を統一した偉人であるのだろうが、このワシはまだ天下どころか三成と決着さえつけていないんだ。即ち、ワシ自身はまだ一介の若武将・家康に過ぎないのだから、変に敬ったり、遠慮したりする事はないんだ」

 

「そ…そう…? そ、それじゃあ…“家康君”って呼ぶね? フェイトちゃんも、はやてちゃんもいいかな?」

 

「う、うん…家康…君がそういうのなら…」

 

「そっか。変に敬ったり、遠慮したりする事は無し…って事は…」

 

なのはの確認にフェイトが頷いて承知する中、はやては少し考えた後、ニヤッといたずらっぽく笑い出し…

 

「それじゃあ…家康君の事を思いっきりこき使っちゃってえぇんやね? じゃあ早速………おい、家康!焼きそばパン買ってこいよ~~~♪」

 

部隊長用のデスクにふんぞり返りながら、偉そうに命令口調になるはやてに、なのはとフェイトが電光石火の速さで両脇からはやての頭を掴み…

 

「「調子に乗るなーーーーーー!!!」」

 

「へぶうぅぅぅぅぅ!!?」

 

そのままデスクに罅が走らんばかりの力で捩じ込んでしまった。

2人の握力に、スバル達もヴィータも、そして家康もあんぐりと口を開きながら見つめるばかりだった。

何はともあれ…『東照権現』徳川家康のミッドチルダでの新たな絆で結ばれる仲間達との生活…そしてこの先に待つ宿命の戦いへの日々が今、始まったのだった…

 




家康の名前を聞いたなのは達が慌てふためくシーン…実はリリバサ執筆の際に最初に考えついていた場面でした…w


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第参章 ~新隊員 徳川家康誕生! ~

機動六課部隊長・八神はやての(半ば強引な)鶴の一声で臨時隊員として入隊する事になった家康。
ミッドチルダに来たばかりで右も左もわからない家康は、果たして上手くやっていけるのか…?

なのは「リリカルBASARA StrikerS 第参章出陣します」


機動六課本部隊舎 ロビー―――

 

「…っというわけで今日から私達と一緒に働く事になった徳川家康君です。皆仲良ぅしてやってな」

 

家康が機動六課に入隊した翌日、ロビーには機動六課の職員全員が呼び出され、整列した彼らの前に、部隊長のはやてが立って家康を紹介した。

そして彼女の隣では家康が、これから共に戦う事になる仲間の顔を一人一人見渡していた。

 

なのは、フェイト、ヴィータ、スバル達フォワードチームメンバーに加え、昨日は見かけなかったピンク色のポニーテールの長身の女性隊員が立っている。

はやてによると彼女達が機動六課の前線要員らしく、さらにその後には金髪のショートヘアーで白衣を着た女性、そして蒼い体毛をした狼、銀髪で眼鏡をかけた男性隊員や茶髪で眼鏡をかけた女性など『ロングアーチ』と呼ばれる後方支援を担当するメンバーが紹介された。

 

(本当に女性の割合が多い部隊だな。ワシの知っている軍の基準とはまるで違う)」

 

家康は内心、機動六課の男女の比率の差に驚いていた。

なにしろ六課の中で組織の中心を担う主要メンバーの中で、男性メンバーはエリオと、ロングアーチの一人である銀髪で眼鏡をかけた青年、それとはやて曰く『ヘリパイロット』と呼ばれる(当然ながら家康はヘリやパイロットの意味も知らない為、はやての説明はあまり理解できなかった)軽い雰囲気の青年の三人しかいなかった。

 

 

(ここでは大の男は戦の裏方に回り、女性や子供が戦の中核を担う…か。まるで直虎殿の治める井伊谷のような部隊だなぁ)

 

 

「まぁ、あそこには子供の兵はいなかったがな」と心の中で笑いながら家康は日ノ本の国の中でも最も女の力が強い国と、それを率いる女地頭の存在を想い出していた。

 

 

井伊直虎―――

 

徳川家が治める三河の国の隣国である遠江・井伊谷を治める名家 井伊家の先代当主にして、群雄割拠の戦国の日ノ本においては稀有な女城主である。

 

絶える事のない戦で悲しむ乙女を救い、乙女の為の世を作るべく剣を振るい立ち上がった東国随一の女武将として、女達を導き、遂には自軍の主力戦力をほぼ全て女性だけで占めてしまうという斬新な軍を立ち上げてしまった。

 

彼女の興した新生・井伊軍は当時日ノ本の中でも前代未聞な事例であり、また決して特別大きい勢力ではなかった故に、一時は全国各地の軍から嘲られる事があったものの、その男にも勝る高い士気で、日ノ本でも名高き古豪 甲斐武田軍とも互角に当たり合うだけの実力を示した事で、やがてその志と奮闘ぶりを認めた徳川軍と親交を重ねた。

 

そんな井伊の国の盤石を築いた直虎であったが、ある戦で負った怪我が原因で剣を握れなくなった為、現在は井伊の国を徳川軍の属国とする事で安泰させ、自身もまた、家督を養子にして徳川軍の重臣の一人である“井伊直政”に譲って隠居していた。

 

しかし、隠居した今尚も直虎は現役と変わらぬ男勝りさで乙女の国 井伊谷を纏め、そして親国の当主である家康に対しても時折、助言と称しては、国や軍の運営について説教をしにやってくる事があった。

 

家康は今の機動六課の姿を見て、なにかここには井伊軍と通ずるものがあると考えていた…

 

不意に、家康の肩を横からはやてが、軽く叩く。

 

「ほら、家康君。アンタも今日から一緒に働く皆に一言挨拶せなあかんで」

 

そう言ってはやては家康に手に持っていたマイクを手渡してくる。

 

「え~と…それがしの名は…」

 

家康は、はやての手からマイクを受け取るとそれを口元に近付けて話そうとするが、その様子を見ていた六課の隊員達がどよめきと苦笑を浮かべ始める。

それを見た家康は自分の顔に何か付いてるのかとうろたえていると、はやてが横から小声で囁いた。

 

「家康君、あんたマイク逆に持ってるで…」

 

「えっ!?」

 

家康が自分の手に持つマイクに目をやると、そこには上下逆向きに持ったマイクが…

そこで、はやては家康にマイクの正しい使い方を教える事にした。

 

「家康さん。マイクはこうやって…こう持って使うものですよ…」

 

すると反対側に立っていたフェイトも参加し、家康は彼女達から数十秒程かけてマイクの使い方の手解きを受ける。

そのシュールで滑稽な姿に見ていた職員達の中には思わず吹き出してしまう者もいた。

 

「こ…こうか!?…よしわかったぞ。かたじけないはやて殿、フェイト殿」

 

なんとかマイクの使い方を覚えた家康はちょっぴり恥ずかしそうに改めてマイクを握り直すと、自己紹介をした。

 

「某の名は徳川家康。わけあって今日からここでしばらく世話になると共に、皆と一緒に戦う事になった。短い間ではあるがよろしくお頼み申す」

 

ちょっとゴタゴタしてしまったが、なんとか名を名乗る事ができた家康に六課の面々は盛大な拍手を送り、彼を歓迎した。

 

 

こうして集会は無事解散となり、六課の隊員達は各々各自の職務に取りかかりだした。

そんな中、家康はというと…

 

 

「う~ん…やっぱり文字が読めないと地図を見ても意味がないか…」

 

六課本部のエントランスホールにある案内掲示板の前で一人、腕を組んで悩んでいた。

六課の皆に紹介された後、家康ははやてより「今日は、隊舎のいろんなとこを周っていろいろ知ってみるとえぇわ」と言われてその通りにしようとしたが、隊舎内の地図が画かれた案内掲示板の前に立ったところで重要な問題に気付いたのだった。

 

それは「ミッドチルダの文字が判らない」という事だ。

 

地図や案内掲示板の解説文に書かれた文字はどれも家康が今まで一度も見たことがないようなミミズの行進のような文字ばかりで、家康の見なれた漢字やひらがなは一文字も書かれていない。

当然な事だが、地図を見ても書き記されている部屋が何のために使われる部屋かわからなければ意味がないもの。

家康はほとほと困ってしまった。

 

「さて……一体どうすればいいか?」

 

「あっ!いたですぅ。家康さぁーーーーーーーーん!」

 

家康が悩んでいると、突然後ろから、誰かが家康を呼ぶ声が聞こえてる。

家康が振り返ってみるが、後ろにはそれらしき人は誰もいない。

 

「なんだ? 今、確かに声がしたはずなのに…」

 

気のせいかと思い、再び家康が案内掲示板に顔を向けようとすると…

 

「家康さん!こっちですよぉ!」

 

先程の声が今度は上の方から聞こえてきたため、家康が声のする方へ顔を向けると、そこには30センチくらいの大きさの青いロングヘアーをした少女が浮かんでおり、家康と視線が合うと、満面の笑顔を浮かべてきた。

だが家康は、彼女の顔を見た瞬間…

 

「!? わあああああああぁぁぁぁ!!? そ…空飛ぶ女一寸法師!!?」

 

悲鳴を上げながら案内掲示板に頭をぶつける程に仰け反り、腰を抜かしてしまった。

それを見た女一寸…ではなく、はやてが開発した人格型ユニゾンデバイスであり、はやての補佐を務める リインフォースⅡは頬を膨らまして怒る。

 

「むぅぅぅぅ!! リインは女一寸法師なんかじゃないですよぉ! リインは身体はちっちゃいですけど、はやてちゃんの立派な補佐役です!」

 

「えっ!?はやて殿の補佐?」

 

家康がぶつけた頭を押さえながら聞くと、リインフォースⅡ(略してリイン)は「そうです!」と言って、家康の顔の前に近づいてくる。

 

「まったく! 出会い頭にいきなりそんな言い草をするだなんて、デリカシーがないですぅ!

せっかくはやてちゃんから託を預かってきましたけど、そういう失礼な人には教えてあげないです!」

 

頬を膨らませながら意地悪を言うリインに、慌てて謝罪する家康。

 

「わわわ!! す…すまないリイン殿! 今のはワシの失言だった! このとおり、謝る! 許してくれ!」

 

そういって必死に土下座までしだす家康。

 

その様子を横眼でじっと見ていたリインはやがて「クスッ」っと笑みを浮かべ、それから大声で笑い出した。

 

「アハハハハハハハハハハハ! はやてちゃんの言ってた通りですぅ!まさか謝る時の仕草まで予想通りになるなんて、すごいです!」

 

「えっ!?えっ?」

 

なにがなんだかさっぱりわからない家康にリインは笑いながら、空中にキーボードを投影させるとそれを操作して、家康の目の前にホログラムのモニターを出した。

 

《アハハハハハハハハハハハハ! いやぁ、リインを見たら絶対腰抜かすやろって思っとったけど『空飛ぶ女一寸法師』は予想以上の反応やわ! ハハハハハハ!!》

 

モニターには、はやてが大爆笑する姿が映し出され、家康は何が何だかわからず茫然とする。

 

「えっと…これは…」

 

《いやいや、ゴメンゴメン家康君。実は家康君がここの建物の中一人で見物したってなにもわからんやろ思って、そこにいるウチの人格型ユニゾンデバイス リインフォースⅡにここの案内役を任せたろうと思ったんよ》

 

「えぇ!デバイスなのか!?この子が!?」

 

昨日スバルよりデバイスに関する説明を聞いていた家康だったが、ユニゾンデバイスの事に関しては聞いていなかった為、目の前にいる小人サイズの少女がデバイスと聞き、驚きを隠せなかった。

ちなみにユニゾンデバイスとは、所有者と融合を果たすことによって驚異的な能力向上を果たす機能を有する、別称「融合型デバイス」「融合騎」とも呼ばれる。姿は通常の人間型、もしくは飛行能力を有した小さな人型(約30cm)をとるミッドチルダでも希少な種類のデバイスだ。

 

「そうですよ!リインはこれでも今まで何度もはやてちゃんを助けてきたんですよ!」

 

「はやて殿を…助ける…?」

 

 

リインの言葉を聞いて家康は脳裏に「はやてを助けるリイン」の姿を想像してみる。

 

 

 

 

 

「リイン!リイン!助けてーーーーーーーー!!」

 

大勢の敵兵に囲まれて悲鳴を上げるはやての前にリインが舞い降りてきて…

 

「リインフォースⅡ、攻撃形態!ですぅ!」

 

背中に二門の大砲を構えたリインがはやてを取り囲む敵兵目がけてプラズマエネルギーを発射して敵を一掃する…

 

 

あるいは…

 

 

「リイン! わたしを敵軍の城まで運んで!」

 

 

「はいです! リインフォースⅡ、機動形態!ですぅ!」

 

はやてを背中に乗せる程に巨大化したリインが、はやてを乗せてジェット噴射で大空を駆け巡る…

 

 

あるいは…

 

 

「リイン!前方から敵が仰山攻めてきたで!」

 

「了解です!リインフォースⅡ、重機形態!ですぅ!」

 

そう言ってリインが巨大なドリルを持ち…

 

「うおりゃああああ!ですぅ!」

 

押し寄せてくる敵をドリルで突き、吹き飛ばす…

 

 

 

 

「……………………」

 

「?…どうかしましたか?家康さん」

 

様々な回想が思い浮かぶ毎に家康は恐ろしくなり、顔が少し青くなり、思わず身震いしてしまった。

そんな家康を不思議そうに眺めるリイン。

そこへ…

 

「あれ? 家康さんにリイン曹長…? どうしたんですか?こんな所で」

 

近くを通りかかった制服姿のスバルが家康とリインに気付き、声をかけてきた。

 

「あれ?スバルは、デスクワークはもう終わったのですか?」

 

リインがそう言うと、スバルは重圧から解放されたばかりの清々しい笑顔でうなずいた。

 

「はい! ティアはちょっとヴィータ副隊長に呼ばれてて、エリオとキャロはこないだの報告書作成に時間がかかってるみたいで、だから私だけ午後の訓練まで暇になっちゃったもんで…」

 

すると、スバルの言葉をモニター越しで聞いていたはやての目が光る。

 

《スバル! ちょっと今からアンタに部隊長命令出すで!》

 

「うわぁ!? はやて部隊長!? へっ!? 部隊長命令!?」

 

ホログラムに映るはやてから突然課せられた指令に戸惑うスバル。

 

《そうや! 今からそこにいる家康君を、リインと一緒に六課の中を案内するんや!》

 

「えぇ!? 私が…ですか!?」

 

《そうや! もうスバルも六課の隊舎の構造は人に教えられる程覚えてきたやろ? 午後まで暇なんやったらちょうどいい機会やしえぇやんか。それに…》

 

はやてはここで言葉を止めると何やらニヤニヤした表情になってスバルをからかってくる。

 

《これを機会に家康君と仲ようなれるチャンスやないか。 恋愛ものの物語はこういうイベントで最初の仲を作っていくもんやで?》

 

「ちょ…!? は…はやて部隊長!! からかわないで下さいよ!!」

 

「???」

 

スバルが慌てて頭を振りながら否定すると、はやてとリインはそんなスバルの姿に笑い、家康は2人の会話の意味がよく判らず首をかしげた。

 

《まぁとにかくや、家康君。 判らんことがある時はスバルとリインに聞いたらえぇから、心配せんで六課を好きに周ってきたらえぇよ》

 

「あぁ! 本当に感謝する。はやて殿」

 

《ほな、楽しんできぃや》

 

はやてがそういうと、彼女を映していたホログラムモニターが消えた。

 

「じゃあ家康さん。行きましょうか」

 

「あぁ、よろしく頼むぞ。スバル殿、リインフォースⅡ殿」

 

「フフフ。私の事はリインでいいですぅ。じゃあ行きましょうか」

 

そう頭を下げる家康をいそいそと案内しだすリイン。

その後ろに続きながら、スバルは顔を真っ赤に染める。

 

(家康さんに六課を案内……どうしよう…)

 

 

 

 

こうして始まった家康の『機動六課案内ツアー』は行く先々で騒動が起こる波乱万丈なものとなった。

 

 

まず、ロングアーチの仕事場である司令室では、これまで機動六課の活躍を見せる為に、前線中継の録画映像を流したが、そもそもビデオ映像なんて見た事がなかった家康はモニター映像に映ったガジェットを本物と勘違いし、危うくモニターに向かって『天道突き』を繰り出そうとしてスバルとリインに、必死に止められ…

 

 

一般隊員用のオフィスではリイン、スバルの手ほどきで初めてパソコンを使ってみた家康であったが、無茶苦茶な操作をして大事なデータを消しそうになった挙句、偶然にも18禁のエロサイトへ繋がってしまい、大騒ぎになったりした…

 

 

 

「こ…これはすごい…」

 

そして、3人が次にやってきたのは六課の専用ヘリが置かれたヘリポートだった。

言うまでもないがここに置かれたこの世界の乗り物“ヘリコプター”など全く知らない故に、目の前に現れた未知の乗り物に思わず目を輝かせる事となった。

 

「この世界は本当にすごいものだなぁ…あんな空を飛ぶ乗り物が当たり前のように普及されているだなんて…」

 

「この世界だけじゃないですよ。 はやてちゃん達の住む日本にだってある乗り物ですぅ」

 

「私達は事件が起きたら基本的にあれに乗って出動するんです。昨日は近くだったので使わなかったわけですが…」

 

リインとスバルの説明を聞きながら、家康は興味津々にヘリコプターへと近づいていった。そこへ…

 

「おっ! 噂の新人隊員じゃないか。何か用か?」

 

不意に後ろから明朗な声がかかった。

スバルとリインが声のした方向を向くと…

 

「あっ! ヴァイス陸曹!」

 

そこに立っていたのは機動六課の輸送要因兼ヘリパイロットにして主要隊員の中では数少ない男性隊員の一人 ヴァイス・グランセニックだった。

 

「ヴァイスさん。今、家康君をこの隊舎の中を案内してて…」

 

「ほぉ。じゃあ、俺も改めて挨拶しないとな。なにせ六課では珍しい男の後輩なんだからな…」

 

そう言いながら、ごく自然に家康の肩を叩くヴァイス。

 

「よぉ!新入り! 俺はこの機動六課のパイロットの―――」

 

だがヴァイスが声をかけた瞬間、家康はハッと仰天した様子で振り返り…

 

「さ、左近!? 貴様…もしかして左近か!?」

 

「はっ!? だ、誰それ?」

 

いきなり、聞いたことのない名前で呼ばれ、困惑するヴァイスに対し、家康は明らかに警戒した様子で身構えだした。

 

「三成と一緒にあの光に吸い込まれたのを見たが…まさか姿を偽ってこんなところに潜伏していたとは! よほど三成に代わってワシを始末したいようだな!」

 

「ちょ、ちょっと待った!ストップ!ストップ!! さっきから何言ってんだよ!? 俺はその“サコン”とかいう奴なんかじゃなくて、ここのパイロットのヴァイス―――」

 

「大体、イカサマ嫌いのお前が扮装だなんてらしくないぞ! ワシは逃げも隠れもせんから、お前もそんな扮装なんて外すんだ! 勝負するなら、正々堂々かかってこい!!」

 

混乱するヴァイスの言葉に耳も貸さずに家康はヴァイスの両頬を掴み、引っ張り上げて抓りはじめた。

 

「痛てて! いでで!! ちょ…やめ、やめへええええええぇぇぇ!!!」

 

「い、家康さん!!」

 

「誰と勘違いしてるのかわかりませんが、この人はこの部隊のヘリパイロットのヴァイス・グランセニック陸曹ですよぉ!!」

 

突然の事に混乱しながら、スバルとリイン、さらにヘリポートにいた数人の整備士達が駆けつけて、どうにか家康をヴァイスから引き離したのはそれから2分後の事だった…

 

 

「す、すまない…お主の声があまりにワシの知っている敵将に瓜二つだったので、つい…」

 

「い、いえ…誤解が解けたのなら、それでよかったです」

 

ようやく落ち着いた家康が、頬を真っ赤に腫らせたヴァイスに頭を下げて謝意を示し、一先ずスバルは胸を撫で下ろしていた。

家康曰く、ヴァイスの声が、家康もよく知る宿敵・石田三成の側近、島左近の声とあまりに瓜二つだったそうだ。

 

「よくねぇだろうよ…なんで俺、挨拶しただけで顔散々抓られなきゃならねぇんだよ?」

 

だが、ヴァイスにしてみれば、せっかく新しい同性の後輩に気持ちよく挨拶しようとしただけで、顔を抓られるという悲劇に見舞われ、少々不機嫌になっていた。

 

「まあまあ、ヴァイスさん。こうして家康君とも思いがけない形でスキンシップがとれたと思って、ここは大目に見ましょうよ」

 

「う~ん…なんか、俺…これをきっかけに、とんでもないババ引きそうな気がしてきたんだけど…」

 

「「?」」

 

なにやら意味深な事をボヤくヴァイスに、家康もスバルも首をかしげるばかりだった。

 

余談であるが、この時ヴァイスが抱いた嫌な予感…後々に予想以上の形で現実になってくる事はまだ誰も…ましてやヴァイス自身さえも知る由もなかった……

 

 

その後、隊舎内部を一通り見て回り終わった家康達は一通りの見学を終えてロビーの談話コーナーで休憩をとっていた。

ちなみにリインは今、野暮用がある為に席をはずしており、この場に居るのは家康とスバルだけだった。

 

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………」

 

二人は同じソファーに腰掛けながらも少し間を空けて座り、互いに無言のままでいた。

 

(どうしよう……こうして改めて家康さんと二人っきりになるとなかなか話す言葉が見つからないよ)

 

スバルは横眼でチラリと家康の顔を見る。

 

「ほぉ。これがこの世界の書物…“雑誌”か。すごいなぁ。人や物、景色が丸ごと書物に収められたみたいじゃないか」

 

家康は暇つぶし、談話コーナーに備えられたブックラックから手にとった週刊誌に目を通し、初めて見る写真に感激の声を上げていた。

 

(家康さん…昨日はドタバタしてたからゆっくり見れなかったけど、改めて見てみると結構カッコイイかも…)

 

スバルは家康の顔を見ている内に、自然と頬が熱くなってきた感じがする。

すると家康がスバルの向けてくる視線に気づいた。

 

「?…スバル殿。さっきから顔が赤くなってるみたいだが、どうかしたのか?」

 

「えっ!?」

 

家康の指摘を受けて、スバルは慌てて近くにあった鏡で自分の顔を確かめると、スバルの頬はほんのりと赤くなっていた。

それを見たスバルはさらに赤面になってしまう。

 

「スバル殿、大丈夫か?」

 

「あっ…いえ!大丈夫です!わ…私ちょっとトイレに…」

 

この場に居るのが恥ずかしくなったスバルは、ロビーから逃げ出そうとしたが…

 

「スーバル♪ 何してるの?」

 

「わひぃ!?」

 

突然背後から声を掛けられて、思わず奇声を発しながら立ち止まる。

スバルが振り返ってみると、そこには白い制服姿で手に数枚の封筒を持ったなのはが、立っていた。

 

「あわわわ!ななななのはさんっ!?」

 

「そんなビックリしなくても…」

 

「す…すみません!?」

 

恥ずかしさで頭の中が混乱していた時に突然隊長に声を掛けられたせいか、あたふたとパニくるスバル。

それを見て苦笑を浮かべるなのはに、ソファーに座っていた家康が立ちあがって近づいていく。

 

「やあ、高町殿」

 

「あっ!家康君。 なぁんだスバルと一緒に居たんだ」

 

家康に気付いたなのはが明るい顔を彼に向ける。

 

「あぁ。スバル殿やリイン殿に六課の中を案内してもらっていた所だ。今は、リイン殿は野暮用で空けているが…」

 

「ふぅん。それでどう?いろいろ勉強になってる?」

 

「まぁまだ判らない所はたくさんあるが…それでもこの世界へ来た時よりはだいぶ判って来たような気がするな。スバル殿達の説明が上手なおかげでワシも幾分か覚えるのが早い気がするよ」

 

家康がそういうと、なのはは嬉しそうに笑みをこぼし、スバルはまた顔を赤くしてしまう。

 

「フフッ、それはよかった。あっ! そうだ家康君。午後からは暇?」

 

「午後か? 午後は一応身体を鍛えるのと戦闘訓練でもしようかと思っているのだが…」

 

「戦闘訓練だったらスバル達と一緒に訓練所に来ない? 午後からフォワードチームの実戦訓練があるから一緒にやってみたらいいかなっと思って」

 

なのはの言葉を聞いて家康の好奇心が即座に反応した。

 

「実戦訓練か!? それは面白そうだな。是非参加させてもらおう!」

 

目を輝かせながら家康が声を張り上げる。

 

「じゃあお昼が終わったらスバル達と一緒に訓練所に来てね。 詳しい訓練内容はそこで教えるから」

 

「あぁ。 よろしく頼む」

 

「じゃあスバル、家康君。また後でね」

 

そういうとなのはは、小走りでロビーを去って行った。

その姿を見送った家康は、ふとスバルにこんなことを聞いてみた。

 

「スバル殿。ワシは気になっていたのだが…なのは殿は一体どういった人なんだ?」

 

「えっ!? え~と…まぁ話せば長くなるんですけど…」

 

スバルは家康になのはのすべてを一から語る事にした。

 

管理局の戦技教導官にして『不屈のエース・オブ・エース』とも呼ばれる若手トップエリート魔導師の一人であり、今はリミッターを付けてるとはいえ空戦S+ランクを誇る実力…

機動六課の戦技教官であり、優しくて面倒見がよくて上司からは信頼され、後輩や同僚からは慕われ、他の管轄の職員の間でもその名を知らぬ者のいない有名人…

 

「なるほど…実に多彩な人物なのだな。なのは殿は…」

 

家康が感心しながら話していると、スバルが徐に語りだす。

 

「実は私も…この部隊に入ったのは、なのはさんに憧れたからで…いや、それもあるんですけどその…恩を返したいとも思って…」

 

「恩?」

 

家康はスバルの言葉の中にあった意味深なワードの意図を尋ねる

 

「実は私…なのはさんに助けられた事があるんです」

 

「スバル殿が…なのは殿に?」

 

「えぇ」

 

 

スバルの話によると、事は4年前にさかのぼる。

 

ミッドチルダ臨海第8空港火災事件―――――

4年前の新暦 0071年 ミッドチルダ臨海第8空港で突如ロストロギアが原因による大火災が発生し、死者こそでなかったものの利用者、職員共に多数の負傷者を出して、空港施設の大半が焼失するという甚大な被害をもたらす事となった。

その時、たまたま空港に居合わせていたスバルはこの大災害に巻き込まれ、一人炎の中へ孤立してしまっていた。

周りを火に囲まれ絶体絶命の中、天井を突き破って現れ、危機的状況からスバルを救い出したのが、なのはであったという。

なのはによって救われたスバルは以後、なのはを憧れ、彼女のような強くて優しくてカッコいい人になりたいと思い、魔導師としての道を歩み始めた…

 

それから4年後の今年、陸戦魔導師ランク昇格試験でなのはと再会したスバルは、彼女の勧めもあって、新設される事となったこの『機動六課』に前線要員として入隊。

運命の悪戯というべきか、憧れの人であったなのはの部下兼教え子となったのだった。

 

「上司となった今でも、なのはさんは私にとっては憧れの人であり大切な恩人なんです。だから…」

 

スバルがそう言って家康の顔を見ると、家康は腕を目に押しつけて嗚咽を漏らしながら身体を震わせていた。

 

「い、家康さん!?」

 

スバルは驚いて家康に駆け寄る。

すると家康は涙をこすりながら話す。

 

「いや…すまんスバル殿。ワシこういう話を聞くと少々感情を押さえられないんだ…」

 

「だからってそんな泣く程、感動する話じゃないじゃないですか! 家康さんってば大げさなんだからぁ!」

 

「いや。ワシなんてまだマシな方さ。ワシの良き好敵手の一人が、今のスバル殿の話を聞いたら、きっと感激のあまり地面に頭を何度も打ち付けながら大号泣してるはずだろうな」

 

「えぇぇぇ!? そんな人いるんですか~?」

 

話す家康の脳裏には赤い服と鉢巻きがトレードマークのやたら熱い熱血漢が思い浮かぶ。

一方のスバルは家康の話を聞いて思わず笑いだしてしまう。

そんなスバルに家康も自然と笑いだした。

 

 

《んふふ~♪ なんかいい雰囲気やないの?スバルと家康君♪》

 

ここは機動六課部隊長オフィス。

 

はやてとデスクの上にホログラムスクリーンを展開し、そこに写った談笑し合うスバルと家康の映像を観て、一人ニヤついた笑みを浮かべていた。

 

「な、なにやってんだよ? はやて」

 

「あっ…あの…はやて部隊長?…一体何してるんですか?」

 

その傍では「面白いものが見れる」とここへ呼びだされたヴィータ、ティアナ、エリオ、キャロの4人が呆れた様子ではやてを見ていた。

 

「いやぁ、スバルに家康君の六課案内役を命令したんはえぇけど、なんか2人あんまり会話が弾まへんから、ちょっとリインを外させて2人の仲を確かめよっかと思たけど…」

 

はやてはそう言うと目を光らせながら立ち上がる。

 

「立った!これであの二人間違いなく“出来とる”わぁ! にゃ~ははははははは!」

 

はやては高笑いしながらモニターを食い入るように眺める。

 

「さぁ、もっとフラグ立たせるんやでぇぇ! スバル! 家康君! そしてわたしをもっと楽しませるんや! アーハハハハハハハハハ!」

 

「どこぞのギャルゲーオタクかよ!?」

 

「ってかそれ、もはや親父キャラじゃないですか!?」

 

ヴィータとティアナが、はやての悪ノリに怒鳴りながらツッコむ。

その様子を呆れながら見守るエリオとキャロ。

 

「ねぇ、エリオ君…これ一体、どういう状況?」

 

「さ…さぁ…」

 

まだ幼い為か、はやて達の会話についてこれずに、困惑する2人。

 

一方、部隊長室でそんなやりとりが繰り広げられている事など、談笑を交えながら六課案内の続けるスバルと家康は知る由もなかった…

 

 

食堂

 

「はい!こちらの食堂で案内はひと通り終了です。そろそろお昼ですしこの辺で解散としましょうか」

 

「あぁ、世話になったなリイン殿」

 

六課の案内を終えた家康達は食堂へとやってきて、ここで六課案内は終了という事になった。

 

「じゃあスバル。家康さんに食堂の使い方を教えておいてください」

 

「はい。ご苦労様でしたリイン曹長」

 

リインが去って行くと、スバルと家康は食堂へと入って行った。

しかしここで新たなカルチャーショックが発生した。

 

「?……こ…これは一体?」

 

今まで決められた量と種類のおかずをひとつの膳の中に収めて、それを食べるという戦国時代の形式で食事をしていた家康は、盆を持って好きな食べ物を注文して食べるビュッフェ形式の食事をしたことがなかったのだ。

 

「家康さん。ここでは自分が食べたいものをあそこにいる調理師の人に注文して…」

 

盆は持ったもののどうすればいいのかわからず、戸惑う家康をスバルは丁寧に一から説明した。

しかし、まだ問題は解決しなかった。

和食以外の食べ物を全く知らない家康は『ハンバーグ』『カレーライス』『パスタ』『ピラフ』『サラダ』などの西洋系の食べ物は一切知らないのだ。

 

その為、たくさんの注文表があってもどれを食べたらいいのかわからないのだ。

 

「スバル殿。白飯に、焼き魚、冷奴、味噌汁、香の物なんてものはないだろうか?」

 

家康はダメ元で聞いてみたが、もちろん六課隊舎の食堂に和食メニューはなかった。

 

「ん~と、どうしようかなぁ…あっ! そうだ! じゃあ、こうしましょう。 私がここのメニューでおすすめしたい物を適当に家康さんの分も注文してあげますね」

 

「そうか、それはかたじけない。では頼む」

 

「は~い。 すみませ~ん、いつものやつお願いしま~す」

 

家康は素直にスバルの厚意を受ける事にし、慣れた感じにさっさと注文を済ませていく彼女を待つ事にした。

数分後、テーブルに座った家康が亞然とした表情で目の前に並ぶスバルお勧めのメニューを見つめる。

 

「おおぉ!? こ…これは?」

 

テーブルの上には、大盛りに盛られたミートソーススパゲッティに、同じく大量に盛られた海老フライ、そしてデザートとして用意された言うまでもなく山盛りのドーナツ。

 

「全部私がこの食堂でお勧めしたいメニューですよ。絶対気に入ると思いますから食べて下さい」

 

そう言って嬉しそうに話すスバルの前には同じく山盛りのスパゲッティをはじめ、数種類の大盛りメニューが並んでいた。

 

(ず…随分沢山食べるのだな。スバル殿は…)

 

そう思いながら、家康は初めて目の当たりにする色鮮やかな食べ物に目をやる。

 

(見たところどれも南蛮料理に近い感じだな…スバル殿が勧めるのだから毒ではないだろうけど…流石にちょっと怖いな)

 

家康は恐る恐る箸を手にしてスパゲッティを数本摘まみ、口に運んで行く。

当然ながら家康はフォークとナイフ、スプーンの使い方は判らない上、初めて見るスパゲッティを蕎麦やうどんの一種とも考えていたので、箸で食べる事に抵抗がなかった。

さらに、本来ならばタブーなのだが、西洋の食事マナーを知らない家康はスパゲッティをすすりながら食べる。

そして、少し間を空けてから…

 

「こ…これはうまい!!」

 

と感激の声を上げた。

昨日このミッドチルダに飛ばされるまでの数日間、塩気のない薄味の戦地食だけで過ごしてきたせいか、塩分が不足しがちになっていた家康にとって、日ノ本の料理よりも塩味の濃く作られているミッドチルダの料理は、まさに恵みの雨に感じ、家康の食欲を一気に刺激する。

そんな家康を見て、満足そうにほほ笑むスバル。

 

「よかったぁ。 家康さんがもし気にいらなかったらどうしようかと思いましたけど」

 

「とんでもない! すごくうまいぞ!これは! どれ…こっちはどうだろうか?」

 

そう言って家康は今度は海老フライを摘まんで一口で放り込む。

その感想は…

 

「こいつは美味すぎる!! 今まで一度も味わった事がない上手さだ!」

 

こちらはスパゲッティよりもさらに高評価だった。

しかも、ありがたい事にどちらもアツアツの出来たてである事が殊の外、嬉しかった。

国主という立場上、食事の時も暗殺などへの警戒を怠る事ができない。

その為、食事には幾人もの毒味役を介せねばならない為、膳が運ばれてくる頃にはすっかり冷めて、味気ないものになってしまっているという事が珍しくなかったのだった。

その分、ここでは出来たての熱々の食事を食べる事ができる。まさにそれは一切の柵のない異郷の地ならではの醍醐味とも感じられた。

家康はすっかり上機嫌になり、大盛りの海老フライとスパゲッティを物凄い速さで食していく。

最初は南蛮料理の一種と考えて、抵抗があったものの食べてみたらすっかりその味の虜になり、家康は猛烈な勢いで箸を進めていく。

 

その様子に同じ大食いであるはずのスバルも呆気にとられた。

そんな彼女を尻目に家康の食欲は留まる事を知らない。

 

「んぐんぐ……じゃあこの『どおなつ』とやらも食べてみるか」

 

「えっ!? 家康さん、まだ食べるつもりですか!? 私の分まで半分食べたのに!?」

 

家康の度肝を抜くような食欲に驚くスバル。

彼女の指摘する通り、この時既に家康の前に空っぽになった皿が何枚も重なっていた。

 

「心配するな。 甘いものは別腹というからな。 ハハハハ!」

 

だが家康は平然とした様子で笑いながら、ドーナツに手を伸ばしていく。

そしてそれを口に運び…

 

「これは美味いぞ! 忠勝や忠次、小平太や直政にも食わせてやりたいな!」

 

感激の声を上げたのは言うまでもなく、そのまま一切勢いを落とさないでドーナツを平らげ始める。

予想以上の気に入りぶりに唖然としながらも、スバルは家康の言葉にあった聞き慣れない人名が気になった。

 

「家康さん。忠勝って人の話は聞きましたけど、あとの“タダツグ”さん、“コヘイタ”さん、“ナオマサ”さんっていう人は?」

 

「あぁ。彼ら4人はワシが率いる徳川軍の最高権力を担う家臣達だ。関ヶ原の戦いでもワシを大いに助けてくれていたものだ! 皆、少々変わり者だが、いずれも確かな武芸と才覚を持った実力者達だ」

 

話しながら、家康が皿に積み上げられたドーナツを感慨げに見つめた。

 

「皆がここにいれば…きっとこの『どおなつ』を奪い合いになったりして騒がしいだろうなぁ…」

 

「家康さん…」

 

家康の目に一握の寂しさの念が浮かんだのに気づき、スバルは思わずなんて声をかけたらいいかわからなくなってしまう。

っとそんなスバルの不安げな面持ちに気がついた家康は我に返ると慌てて、頭を横に振った。

 

「おっと! すまない!なんだか湿っぽい話題をしてしまったかな? さぁ、早く食べて訓練所に行こうか!」

 

「は、はい!」

 

二人は気を取り直すように再び食べ始めた。

 

 

午後になって、食事を終えた2人はティアナ達と合流して、なのはの待つ訓練所に向かった。

六課隊舎から少し離れた場所にある訓練所にやって来た家康は、驚愕の連続であった。

訓練所に築かれた廃墟の街の広大さにも驚かされたが、なにより驚いたのが、この廃墟の街はすべてコンピューターによって造られた実態感のあるハリボテで、景色を変えようとすれば、なんにでも変えられるという事だった。

それを知った家康はなかなか信じられずに、訓練所の建物を何度も触って調べ周り危うく迷子になりそうになった程である。

 

そして今、家康は改めてこの世界の戦闘が今までの自分の知っている戦とは大きく異なる事を思い知らされていた。

廃墟ビルのひとつの屋上に立った家康の目の前ではスバル達フォワードチームと、なのはによる4対1の実戦訓練が行われていた。

 

「ウィングロード!!」

 

スバルがグローブ型デバイス『リボルバーナックル』を地面に打ち付けると、空中に水色の道が形成され、訓練所一帯に広がり…

その道の上に立ったティアナのクロスミラージュの魔力弾が空中で応戦しているなのはに目がけて放たれる。

そしてエリオが魔力を増幅させて身体能力を強化させて空中に向かって飛び上がりストラーダをなのは目がけて突き出し、

それをキャロの魔力の補助を受けたフリードが放つ炎が援護する。

それに対して、なのははウィングロードを伝って接近してくるスバルの攻撃を回避し、ティアナとエリオの一撃を防御。

フリードから放たれた炎を空中に形成しておいた魔力で相殺するといった一連の動きを数秒でこなすとすぐに反撃に入る。

家康は、彼女達の幻想的だが実戦的でかつ華麗な戦いぶりに見惚れていた。

 

「どうだ? 一介の武士(もののふ)としてはなかなか胸を躍らされる戦いだろ?」

 

突然背後から声が掛けられる。

声のした方へ振り向くと、そこにはフェイトともう一人、今朝のロビーでの自己紹介の時にも居たピンク色のポニーテールの髪型をした長身の女性が立っていた。

 

「お主は?」

 

「あっ、自己紹介がまだだったね。こちらは機動六課ライトニング分隊の副隊長のシグナム。彼女も私やなのは、ヴィータ達と同様あの子達の直接の上官なんだ」

 

家康の隣にいたフェイトがそう紹介すると女性…シグナムは家康にそっと手を差し出してきた。

 

「シグナムだ。お前か? 主の言っていた徳川家康という若武者は」

 

「そうだ、よろしく頼む。シグナム殿」

 

そんな彼女に家康も手を差し出して、二人は固く握手する。

 

「フッ…こちらこそな。それで、どうかな徳川? 高町達の戦いぶりは?」

 

シグナムの問いに家康は、再びなのはやスバル達の方へ目を向けながら答える。

 

「まったく眼福としか言いようがないな。こんな華麗だが躍動感のある戦闘は、ワシの今まで経験してきた戦とは全く違うからな」

 

「ほぉ、なかなか洞察力のある評価を述べるではないか」

 

満足そうに眺める家康を見てフェイトとシグナムは微笑を浮かべながら彼の隣に立った。

 

「そういえば徳川」

 

「? なんだ?」

 

不意にシグナムが家康に問いかけてくる。

 

「主はやての話では、お前は主達の故郷とは別の時空の日本の武士、それも歴史に名を残す程の偉人と聞いたが…武士ならばなにか信念を持って戦っているのか?」

 

「信念か…」

 

その問いかけに、家康は迷うことなく答え出す。

 

「そうだな…ワシの掲げる武士としての信念は…やはり人と人とを結ぶ『絆』の力…であるな」

 

「ほぉ…“絆”だと?」

 

家康は頷いた。

 

「あぁ、ワシの国でかつて天下を手に入れた男がいた…その男は巨大な武力こそが全てを統べるに相応しい力だと信じて疑わなかった…悲しい事にそれは当時の日ノ本の多くの武士達がそれに近い思想を抱いていた」

 

「「…………………」」

 

家康の言葉にシグナムもフェイトも黙って聞き入っていた。

 

「しかし…どんな強固な武力に頼って世を統べようとしても、弱き者達を悪戯に切り捨ててしまっていてはダメだ! 人として真に強い国を造るのに必要なのは…“絆”の力だ!!」

 

家康は、真っ直ぐと揺るぎない目線でシグナムに語り続ける。

 

「だからワシは自分の力を“武力”と称するのは望まない。ワシに与えられしこの力は絆の世を造るの為にあるもの。そのためにワシはこの力を振るい、天下を目指している。人と人とを結ぶ真の平和を作り出すその日を目指して…」

 

「『人と人とを結ぶ真の平和』…か」

 

シグナムは家康の言葉を黙って聞いていたが…

 

「フフ……ハハハハハ!」

 

突然笑い出した。

それを見た家康もフェイトも戸惑う。

 

「し…シグナム!?どうしたの!?」

 

フェイトが心配そうに声をかけると、シグナムが笑うのを止め、家康の方へ顔を向ける。

 

「いや。この男の話している事を聞いていたら、なんだか主はやてとよく似ていると思ってな」

 

「はやて殿に?」

 

「あぁ、主もこの機動六課を立ち上げたのも、お前のそれとよく似た考えからだったのさ」

 

シグナムは家康に六課が設立されたきっかけを語って聞かせた。

 

なのは、フェイト、はやての3人は幼いころに魔法関連の事件をきっかけに知り合い、それ以来ずっと一緒にいた所謂幼なじみだというもの。

その後は3人揃って管理局に入り皆一線で活躍し、 そして数ヶ月前、10年来の親友が今ここで再び揃って夢を叶えた。

互いに絆の深まった仲間や新たに絆を築く仲間達と共に、人々の絆を踏みにじる巨悪へと立ち向かう為、機動六課を立ち上げたのだった。

 

「なるほど…機動六課とは、謂わばなのは殿やフェイト殿、はやて殿の絆の結晶とも言える軍なのか」

 

「ハハハ…絆の結晶はちょっと大げさかもしれないけど…」

 

シグナムの話を聞いた家康が感心し、フェイトがちょっと照れくさそうにしていると、なのは達の戦闘の手が止まり訓練は休憩に入った。

 

 

「はい!対人訓練はここまで。少し休憩しようか」

「「「「はい!ありがとうございました!!」」」」

 

フォワードチームが座り込んで身体を休め始めると、なのはが皆の今回の実戦訓練でよかったところ、逆に悪かったところなどを述べ始めた。

その様子を眺めていると新たに二人が屋上にやってくる。

 

「なんだ家康。お前も来てたのか?」

 

「フェイトさんやシグナムさんもお揃いで」

 

ヴィータともう一人、眼鏡をかけた茶色いロングヘアーの女性がそう言って家康達に近づいてくる。

 

「ゲッ!? き…君は…」

 

女性を見た瞬間、家康は苦虫を噛んだような表情になり数歩後ろに退った。

この女性の事は家康は既に知っていた。

シャリオ・フィニーノ あだ名はシャーリー。機動六課ロングアーチメンバーの一人で本職は、執務官であるフェイトの補佐らしいが六課に所属する各隊員のデバイスの調整なども担当しているらしい。

リイン曰く調節の腕は確かで「デバイスマスター」と影で称賛されている程の腕だとか…

 

実は、午前の六課案内でデバイス整備室を案内された家康は、そこでシャーリーと互いに自己紹介を済ませたが、彼女は家康がデバイスを使わずにガジェットドローンを倒す程の実力者だと聞いた途端に目を輝かせて、そのパワーの秘訣を探る為に家康の防具や服を調べたいと言い出して、家康の装備や服…さらには下着までも無理矢理剥ぎ取ろうとしたのだった。

なんとかその時はスバルやリイン、それに騒ぎを聞きつけて駆け付けたグリフィス・ロウランなる眼鏡をかけたはやての補佐役の男性隊員に止めてもらい、事なきを得たがそのせいで家康は若干彼女に対し苦手意識を持つようになってしまった。

 

「大丈夫ですよ家康さん。もうさっきみたいな真似はしませんから」

 

「…………」

 

家康の態度を見たシャーリーが笑いながらそう言うが、一度手篭め紛いな事をされかけた家康はどうも信用できなかった。

っとそこへ、なのはもやってきた。

 

「皆、ちょうど揃ったみたいだね。じゃあさっそく始めようか?」

 

「えっ?始めるって?何を?」

 

何のことなのか判らず首をかしげる家康に、シグナムが説明する。

 

「決まってるだろう。お前の実戦訓練だ」

 

 

その後、家康は訓練所に造られた廃墟群の中の一角にある広い廃墟へと連れて行かれた。

 

そして今廃墟に囲まれた平地には家康ただ一人。

見上げると近くのビルの屋上にスバル、ティアナ、エリオ、キャロのフォワードチームメンバーとなのは、フェイト、ヴィータ、シグナムの隊長陣とシャーリーが立って、こちらを見ていた。

 

「ハハハ…まさかこんな状況になるとは…」

 

家康は予想外の展開に苦笑せざるを得なかった。

 

「家康さ~ん。準備はいいですか?」

 

だが、シャーリーの言葉を聞いた途端、覚悟を決め、気持ちを切り替える家康。

元々スバル達の訓練を見た時から家康はこの世界の訓練に挑んでみたい気持ちがあったので、戸惑いはしたものの特に抵抗感は覚えなかった。

 

家康は、そっと服に付いたフードを被る。

これは家康にとっては、ちょっとした戦前の気合付けである。

 

「あぁ! いつでもいいぞ!」

 

家康がそう返事を返すと、さっそくシャーリーは空中に投影させたホログラムのキーボードを操作し始めた。

 

「じゃあ初めてですし、相手はガジェットドローンⅠ型を30機でいきましょうか」

 

そう言うとシャーリーは手慣れた手つきでキーボードを操作する。

 

「じゃあ始め!」

 

シャーリーの合図と共に、家康の周辺の地面に魔方陣が形成され、それを見て拳を強く握り締めて身構える家康。

だがここでフェイトが重大な問題に気づく。

 

「シャーリー!? 設定した敵の総数が間違ってる!1桁多いよ!」

 

「えぇ!?」

 

フェイトの言葉にシャーリーが慌ててキーボードを確認すると、そこには設定した敵の総数に『300』の数字が…

 

「ほ…ほんとだ! ど…どうしよう! 間違って“300機”に設定しちゃった!!」

 

「ちょ…なにやってんだよシャーリー!!」

 

「300なんて数、隊長、副隊長くらいでなきゃ無理な数じゃないですか!!」

 

「ご…ごめんなさ~~~い!!すぐ設定を解除して…」

 

ヴィータとティアナに詰め寄られ、慌ててキーボードを操作しようとしたシャーリー…しかし。

 

「あぁ! 間違えてロック機能設定しちゃった! もうこれ全部倒すまで操作できなくなっちゃったぁぁ!!」

 

「「「「「「「「えええぇぇーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?」」」」」」」」

 

ニ度までもミスを犯したシャーリーに、なのは達は驚愕すると共に呆れ果てる。

 

「どうするんですか!? 300機なんて、家康さん一人で敵う筈がないですよぉ!!」

 

スバルが叫ぶのを尻目に魔方陣からは設定どおり300機のガジェットが出現し始める。

あっというまに家康の周りをガジェットの大群が取り囲んだ。

そしてガジェット達は容赦なく家康に向かって行く。

 

「は…早く助け…」

 

「待て! スバル!」

 

スバルの言葉を遮ったのはシグナムの言葉。

その傍ではヴィータは「マジかよ…」と亞然とした表情で下を見つめている。

 

「あいつ…あの数の相手をやる気だぞ」

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

ヴィータの言葉に唖然としたなのはやスバル達が、彼女の視線の先へ追って見ると、そこには逃げようともせず拳を構えながら迫ってくるガジェットを睨みつける家康の姿が…

 

「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そして、一番先頭を進んでいたガジェットが家康に向かってレーザー攻撃を放とうとしたと同時に、家康は地面を思いっきり踏みつけてその身体を宙に向かって飛び上がらせた。

そして先頭にいたガジェットに手始めのストレートパンチを叩きこみ、その機体を続いていた数十機にぶつけ、まとめて破壊する。

 

だがこれは戦闘のはじまりの合図に過ぎなかった。

ここから家康の奮戦が始まる。

 

「受けてみろ!」

 

家康は振り向きざまに背後に迫っていたガジェットにアッパー攻撃を決め、周囲に居た機体と合わせて空中に吹き飛ばした。

 

さらに低く飛行する機体には上から拳を振り下ろす形でその機体を真っ二つにする。

 

ガジェット達も家康の動きを押さえる為に触手を伸ばして家康の身体を取り押さえようとするが、家康はそれらの触手を纏めて掴むと、それをジャイアントスイングの要領で振り回し、さらに数十機をまとめて破壊した後、掴んでいた機体も近くの瓦礫の山に投げ入れて爆発させた。

 

その後も家康はガジェット達を、拳で殴って破壊したり、両手それぞれに1機ずつ鷲掴みにしてそれらを力いっぱいぶつけ合って破壊したり、投げ飛ばして粉々にしたりと、文字通りの『戦場ごとぶった斬る(ぶっ叩く)』勢いの暴れっぷりを繰り広げた。

 

 

「か…かっこいい………」

 

スバルは改めてみる家康の戦闘にすっかり目を奪われていた。

ティアナ、エリオ、キャロも瞬きを忘れる程にこの戦いを見入っていた。

 

「なんなのよアイツ…本当にあれで魔力保有数0なの?」

 

「どうみても僕達よりも強いです。もしかしたらなのはさん達並みかも…」

 

「これが…“気”の力…?」

 

ティアナ達は魔力のない家康がどうしてこれほどまでの戦闘能力を持っているのか不思議で仕方なかった。

そして、それはなのは達、隊長陣も同様であった。

 

 

「なぁ、テスタロッサ? 本当にアイツは微量の魔力も持っていないのか?」

 

「えぇ…本人は否定してたし、それシャマルの検査でも家康君からは魔力反応はなかったって言ってました」

 

「それでいてあの強さって…化け物かよアイツ…」

 

「ハハハ…でも顔色一つ変えないなんて凄いよね」

 

なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムは下手すると100体近くの敵を相手にする時があるが、各個撃破でかかれば、多勢に無勢なのは当然であり、大体は魔力を込めた一撃で一掃。それでも多少の疲労感は残ってしまう。

ましてやスバル達に関しては数十体程度が限界だ。

 

しかし今の家康はそれを軽く超えた300もの敵を相手に、顔色ひとつ変えずに立ち向かっているのだ。

なのは達の見つめる先では、既に最初の半数以下になったガジェットと、まだ全然息を切らしていない家康の姿があった。

 

「やっぱり…生身の人間でもカラクリ兵器でも、相手にすれば皆同じか」

 

家康は余裕の言葉をつぶやきながら再び拳を握りしめる。

今まで家康が駆けてきた戦場はこのぐらい兵がいて当たり前だったし、下手をすれば数千の兵と相手をしていた。

だから一対多の戦闘など馴れたもので、むしろ今回はかなり敵が少なめである。

 

「覚悟しろ!」

 

そう言って家康が拳を振るいながらガジェットに迫って行くとガジェットも学習したのか、皆家康の手の届かない高所に向かって上がって行った。

おそらく、空中から家康を一方的に攻撃しようという算段なのだろう。

 

「卑怯な奴らだ!クソ!どうしたものか…」

 

家康はガジェット達から放たれるレーザーを回避しながらこの対処法を考える。

すると、一機逃げ遅れたガジェットが、仲間の後を追って高所へ昇ろうとしているのを見つける。

 

「! そうだ!!」

 

それを見た家康はあるアイディアを思いついた。

 

「おい! こっちだぞ!」

 

家康はそのガジェットにあえて自分の方へ向かせる為に挑発をかけた。

するとガジェットも家康の存在に気が付いたのかレーザーを放つ為の真ん中のレンズが光を帯び始める。

その瞬間を家康は見逃さなかった。

 

すかさずガジェットの真下に周り込み、その機体を片手で押さえ、もう片方の腕の拳を握りしめて…

 

「はああぁ!!」

 

一気に機体に拳を突き刺した。

しかし家康は腕を抜こうとせずにそのまま、空中にいるガジェット達へ向けて、そのガジェットを構える。

 

「撃て!」

 

家康が叫ぶと共に、家康の拳を突き立てられたガジェットからレーザーが発射され、空中にいるガジェットを次々と撃墜していく。

当然空中のガジェット達からも反撃のレーザーが放たれるが、家康は掴んでいるガジェットを盾代わりにしてそれを防ぐ。

 

こうして、家康の掴んだガジェットが使いものにならないほどに破壊された時、空中にいたガジェット達もほとんど殲滅した。

それでもしぶとく残ったガジェット達が最後の総攻撃として一気に家康目がけて急降下してくる。

それを見た家康はそろそろこの戦いも潮時かと感じた。

 

「見せてやろう…これがワシの『絆』の力だぁぁぁぁ!」

 

そう言うと家康は片手の拳に力を溜め始める。

その手は徐々に金色のオーラを纏い光り輝いていく。

そして、残りのガジェット達が家康の真上までに迫った時、家康はカッと目を見開いた。

 

「陽岩割り!!」

 

家康が掛け声と共にオーラを纏った拳を地面に打ち付けると、大地は大きく割れ、同時に黄金のオーラと激しい衝撃波が家康やその周囲に発生する。

衝撃波に巻き込まれたガジェット達は、次々とバラバラに散って行く。

オーラと衝撃波が止んだ時、家康の周りには無数のガジェットの残骸と衝撃波を受けて崩れたビルの残骸のみが残された。

 

「が…ガジェットドローン…全滅…」

 

シャリオの言葉が響くが皆は硬直して動かない。

周囲にガジェットがいないことを確認した家康は、瓦礫の山の間を飛び越えながら、なのは達のいるビルの屋上へとやって来た。

 

「どうだ? ざっとあんな感じだったが、ワシの戦いぶりはどうだっただろうか?」

 

フードを脱ぎながら家康が聞くが、なのは達はまだ硬直しており、皆無言のままである。

 

「え~と? 皆…? どうしたんだ?」

 

動かない皆を見て不安になる家康。

だが、そんな沈黙を破ったのはスバルだった。

 

「すごぉぉぉぉぉぉぉいっ!!」

 

スバルは目を輝かせながら感激の声を上げて家康に駆け寄った。

それを皮切りにフォワードチームのメンバーが家康に詰め寄った。

 

「えっ!?な…なに?!」

 

「すごいです! 家康さん! 私感動しました!」

 

「あんた本当に非魔力保持者!? なんか滅茶苦茶なまでに強いんだけど!」

 

「どうやったら魔法も無しにあんな事ができるのですか?!」

 

「っていうより、最後のあの技はなんなのですか?!」

 

フォワードチームの面々からの感想を叫ばれ、さらに家康は怯んでしまう。

 

「ちょ…待ってくれ皆!…ヴィータ殿!シグナム殿!助けてくれ!…」

 

家康は近くに居たヴィータとシグナムに助けを求めようとするが…

 

「すごいじゃねぇか家康!…ってかお前魔導師かそうでないかって話以前に、ホント人間かよ!?」

 

「実にいい戦いだったぞ。どうだ?今度は私と一騎打ちで戦わないか?」

 

「えええぇ!?」

 

頼みの綱であるはずのヴィータやシグナムまで加わって家康の周りはさらに賑やかになる。

挙句の果てには肩を叩かれたり、揉みくちゃにされたり、あまりに近くまで寄られたせいで足を思いっきり踏まれたり…

 

 

(た…助けてくれぇぇーーーーーー!! 忠勝ぅぅーーーーーーーーーー!!)

 

 

家康は、今はどこに居るかわからない忠臣の名を、心の中で叫んだのであった。

その光景を苦笑しながら見守るなのはとフェイト。

 

「ははは…大変そうだね…家康さん」

 

「う…うん。でもよかったんじゃない?なんだかんだで皆と仲良くなることができたし」

 

騒ぎに騒ぐ一同の真上には、清々しいまでの青空が広がっていたのだった。

 




リリバサを投稿し始めた当初は一話、一話が結構短かったので、しばらくはオリジナル版の2話分を纏める形の投稿が多いと思います。


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第四章 ~凶王と狂人 陰謀の同盟!~

家康が機動六課のメンバーとして馴染み始めていた頃…
ミッドチルダの某地では、家康を探し彷徨い歩く“凶王”と、それに手を差し伸べようとする“悪魔”…決して出会ってはいけない2人が出会う事となった…

三成「リリカルBASARA StrikerS 第四章出陣せよ!」



家康が初の六課での訓練でその実力を知らしめた日の夜…

機動六課の隊舎のある首都クラナガンから遙か遠方にある辺境のとある山岳地帯…

深く青々と生い茂った夜の森をひたすらに彷徨い歩く一人の男の姿があった。

鳥の嘴のような形をした銀色の髪に、黒と紫の鎧を纏い、その目には憎しみと怒りが浮かんでいる。

そして、手に持った鍔の重なる長刀を強く握り締め、どこへともなく、何かを一心に探し求めるように、深い藪の中を進んでいく。

 

「家康ぅぅ……どこにいるんだ? 家康ぅぅぅぅ………殺す…必ず見つけ出して、今度こそ貴様を…この手で斬滅してやるぞぉぉぉ………!!」

 

男の名は凶王 石田三成―――

今は姿の見えぬ怨敵の姿を脳裏に描きながら、静かに、されど激しく怒り、憎しみ、そして嫌悪の炎を燃やしていた。

 

「三成様ーーーー!! 三成様ってば! いい加減にここらで休憩しましょうよ!」

 

執心しながら森を進む三成の後ろを追いすがるようについてきた青年…紅を主体とした燃え上がるような色合いの薄手の戦装束に金の胴当て、首輪、具足を揃え、片方のもみあげを紅く染めた茶髪に、小振りの双刀を携えた男…島左近は疲れ果てた表情でそうボヤいた。

だが、そんな側近に対し、三成は殺しにかかり兼ねないような殺気の籠もった眼力で睨みつける。

 

「黙れ! 左近ッ!! 休みたくば貴様一人で休むがいい! 私は必ず今日中に家康を見つけ出し、関ヶ原で果たせなかった雪辱をなんとしても果たさねばならないのだ!!」

 

「またそれッスか…? もう昨日からずっと同じ事言ってるわりに、俺らこうしてどこともわからない山の中這いずり回ってるだけじゃないッスかぁ…飯もろくろく食ってねぇし…あぁ~腹減ったなぁ…」

 

左近は辟易した様子でボヤきながら、近くにあった木に凭れかかろうとした。

 

シュバッ!

 

「ひゃうっ!?」

 

直後、風を切るような音が響いたかと思いきや左近の凭れかかろうとしていた木がゴゴゴと響くような音を上げながら、真っ二つに斬れ、そのまま砂埃を上げながら地面に倒れた。

「あっ…あらまぁ~…見事真っ二つに…」と呟きながら、呆気にとられる左近の頬に、三成はピタピタと鞘から引き抜いた長刀の刃を当てた。

 

「貴様……今何か言ったか……? もう一度言ってみろ? もしそれが脆弱な泣き言や愚痴であるのなら、その減らず口を二度と叩けぬ様に、ここで斬首するッ!!」

 

「ヒィッ! い、いやあのそのッ! えっと…こうして三成様と、家康を探して山の中を歩き周るのはその…わ~い、た~のし~~~~!! なぁんちゃって!」

 

冷や汗を流しながら必死に言い訳する左近を睨みつける三成だったが、やがて…

 

「見え透いた嘘などつきおって…その場になおれ。斬首する」

 

「うええええぇぇ!!? ちょ、ちょちょちょちょっと三成様!? ごめんなさい! 俺、嘘つきました!! 正直言います! 俺、生意気にも三成様に文句言ってしまいました! すみまっせぇぇぇぇぇん!!」

 

必死に謝りながら、何度も頭を下げる左近に対し、三成は小さくため息を漏らす。

 

「フン……やはり下らぬ世迷い言であったか…ならば、斬首だ」

 

「酷ッ!? 正直に言ったのにそれあんまりじゃねッ!?」

 

左近のツッコミの声が暗い森中を木霊せんばかりに響き渡る。

周囲に反響する左近の叫びに不愉快げな表情を浮かべながら、三成は長刀を鞘に収めた。

 

「……冗談だ。それよりも貴様の戯言を聞いていたら興が冷めたわ。今夜はここらで野営か…」

 

「そ、そうッスか!? じゃ、じゃあ俺、焚き火に使えそうな木でも集めてきます!」

 

三成の側近についてからそれなりの年月が経っている左近であったが、三成の二言目には「斬首」と言って本当に刀を抜いて突きつけてくる悪癖は、未だに本気なのか冗談なのかわからなかった。

 

(冗談にしたって笑えねぇよ…)

 

左近はそう心の中で身震いしながら、主の為に野営の準備にかかるのだった。

 

 

それから左近は森の中でも比較的広がっていそうな場所を見つけ、そこに焚き火を焚いて仮の野営地とした。

焚き火の炎に当たりながら、左近は小さくため息を漏らした。

 

「それにしても三成様…俺達、これからどうなっちまうんスかねぇ…?」

 

一方の三成は焚き火の傍ではなく、少し距離を開けた場所に佇み、天上に浮かぶ2つの月を忌まわしげな目で睨みつけたまま答える。

 

「わかりきった愚問など不要だ左近。 我々がこの地にいるという事は家康も必ずどこかにいる…見つけ出して今度こそ決着をつける!! それだけの事だ…」

 

「いや、だからその“この地”が、どこなのかさえもわかんないんスよ! その時点でもう俺達“ツキ”に見放されてると思いません!? …ってかツキはつきでも“月”が2つもある時点で、ここが日ノ本じゃないってのは、もう一目瞭然じゃん!!」

 

夜空に浮かぶ2つの月を指差しながら左近がツッコむが、三成はそんな事など微塵も気にしている様子を見せないでいた。

 

「いくら山奥とはいえ、このわけのわからない土地に来てから一度も人間に会ってさえいないし…やっぱりここ、あれじゃないッスか? 所謂「黄泉の国」って奴!? って事は俺達死んだ!? やっぱ死んじまったんじゃないッスか!? あっ!でも死んじまったんだったら、腹なんか減らねぇよな?…って事はやっぱ生きてるって事!? 死んでるのに生きてるってどういう事?! もう何がなんだかわかんないッスよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

話しながら、段々と早口になり、最後には再び叫び出した左近に、三成は表情ひとつ変えぬまま鞘に収めたままの長刀でその頭を殴りつけて、制止した。

 

「はざまっっ!?」

 

「だから黙れと言っている! ここが常夜の地であれ、どこであれ…家康が私の手の届く場所に存在する限り…私の目的に変わりはない!!」

 

「…だぁから、家康だってここにいるかもわからないでしょうに…」

 

頭にできたタンコブを撫でながら、ボソリとツッコむ左近。

すると焚き火の火が弱くなってきたので、新たに数本木の枝をくぐらせながら、今度は真面目な話をしだした。

 

「まぁ、家康を探すのもいいッスけど。とりあえず、明日は誰か俺達以外に人がいないか探してみた方がいいんじゃないッスか? 今の状態で家康を見つけてもこっちは三成様と俺しかいないんスよ? 刑部さんだって、足軽の皆さんだって、ましてや他の“五刑衆”や西軍側の武将達、それにあの “皎月院”の姐さんだって―――」

 

左近が話していたその時だった―――

突然三成の背後の森の中から予期せぬ乱入者が現れた、木々の間を素早くくぐり抜けた複数の影が三成目掛けて突っ込んでくる。

 

「構えろ!! 左近!!」

 

「えっ!? ちょ、うわっと!!?」

 

身を翻しながら、長刀に手をかけつつ、突っ込んできた影をかわしながら、三成は突如飛び出してきた謎の影を冷静に見据え、既にその姿を捉えていた。

一方の左近は、完全に休憩モードに入っていた事が仇となってか、予想外の不意打ちに出遅れてしまい、地面を転がり倒れながらも、どうにか双刀を引き抜いた。

気がつくと、三成達の周囲を幾多の等身大の卵型の謎の物体が浮遊しているのが見えた。

 

「な…なんスかコイツら…? 一体どっから…?」

 

「知った事ではない…何であれ、我々の障壁としてかかってくるのであれば……全て斬滅する! 続け、左近!! ひとつたりとも、討ち仕損じるな!!」

 

「が…合点承知ッス!」

 

敬愛する主君の命を受けて、即座に自らを奮い立たせた左近は双刀を構え、臨戦態勢に入る。

 

「へへへッ! 少し不覚をとっちまいましたが、こっからは全力でいかせて貰いますよ三成様! 西軍一番槍!豊臣の左腕に近し“島左近”! いざ…入り―――」

 

「遅い!」

 

「へっ!?」

 

三成の一喝に唖然となる左近。

三成の右手にはいつの間に抜き放たれたのか長刀が握られていた。

 

「あれ? ひょっとして…」

 

左近が呟いている間に三成がゆっくりと長刀を納刀する、やがてチンッっと完全に鞘に収まる音が響いた。

その瞬間、周囲を漂っていた謎の球体群が次々と真っ二つにされ爆発していった。

 

「あら…? ひょっとして、俺、お役御免…?」

 

「フン…どうやら『討ち仕損じる』までもなかったようだな…」

 

三成はつぶやきながら、地面に転がる謎の球体の残骸を見据えた。

それは機械仕掛けのカラクリ兵器だった…だがそれは三成達の見慣れたカラクリ兵器とは明らかに造りの違う、観たこともないカラクリだった。

 

(機械仕掛けの傀儡か…しかし、見たところ長曾我部や徳川で造られているような代物ではなさそうだが…)

 

「三成様!」

 

謎のカラクリ兵器を調べていた三成を左近が呼び止める。その声には少なからず不平不満が含まれていた。

 

「なんだ?左近」

 

「『なんだ?』じゃないッスよ! せっかく珍しくかっこよく命令出してくれたんだったら、お一人で全部やっちゃわないで、俺にも少しくらい花持たせてくれてもよかったじゃないッスか!!」

 

「貴様の無駄な口上を聞いている暇などなかった事は明らかであろう。それを毎度、毎度、下らぬ茶番じみた事を…左様な芸事の真似をする暇があるなら敵を一人でも斬る事を考えろ」

 

「茶番って…あれ俺の大事な名乗りなのに…」

 

ブツクサと文句をぼやきながら、三成の傍に近づいた左近は足元に転がるカラクリ兵器の残骸に目をやる。

 

「それで、三成様? このカラクリ兵器は一体…?」

 

「知らぬ。だが、これをけしかけてきた奴はすぐにわかりそうだな…」

 

「?」

 

突然、暗い森の中を見渡しながら、どこへともなく三成が声を上げた。

 

「出てこい! 姿は見えずとも、貴様は我々を監視しているのであろう! 斯様な機械傀儡などけしかけて何が目的だ!? 姿を見せろ!!」

 

「み、三成様!? 一体、誰と話して…?」

 

長刀に手をかけながら叫ぶ三成に左近はわけがわからずに混乱していると、不意に三成達の目の前の宙にホログラムの映像が浮かび上がり、紫色の髪を肩まで延ばし、白衣を纏った男が現れた。

 

「うおっ!? な、なんだ!?」

 

「……………誰だ? 貴様は?」

 

映像の中で不気味な微笑を浮かべる白衣の男に、左近が驚き仰け反る傍で、三成は鋭く射抜くような冷たい声で尋ねる。

 

《いやあ、初めまして…というべきかな? しかし、大したものだよ。私の作品である“ガジェットドローン”を50機近く纏めて一瞬で撃墜するだなんて…それも非魔力保持者である君が…》

 

「何をわけのわからない事を言っている? ここに広がるガラクタ共は貴様の差し金というわけか?」

 

三成の殺気と怒りの籠もった声で詰問されているにも関わらず、白衣の男は気障っぽい態度を崩さないでいた。

 

《少し試したかっただけだよ。無礼は承知の上さ。気に障ったのなら謝るよ。すまなかったね》

 

「この程度のガラクタなど退屈しのぎにもならん…それよりもう一度問う…貴様は何者だ? 何故我々を試すなどした?」

 

謝罪の言葉を口にしながらもその表情には微塵の謝意も感じられない白衣の男の態度に、三成は更に殺気と怒りを増長させながら男を睨みつけて、詰問した。

そんな三成の様子に、傍らにいた左近の方が思わず身震いする程だった。

 

《そうだね。まずは自己紹介すべきだったね。失敬…私の名はジェイル・スカリエッティ…君に折り入って、良いお話を持ってきたのさ。石田三成君》

 

「「ッ!!?」」

 

初対面のはずの白衣の男…スカリエッティから出た三成の名に、三成自身も左近も思わず目を見開いて驚愕する。

 

「アンタ…なんで三成様の名前を……一体、何が目的だ?」

 

先程までの軽い調子とは打って変わって、敵意と懐疑に満ちた威圧的な口調で左近が問い詰める。

 

《それに関しては色々と事情があってね。その辺りの説明も追ってしたいのだけれども…その前に、早速だが本題に入らせてもらおうか》

 

「本題…?」

 

左近が怪訝な表情を浮かべながら返す。

 

《率直に言おう…西軍総大将にして覇王・豊臣秀吉が左腕…豊臣軍最高執行機関“豊臣五刑衆”主席…石田治輔少部三成……この私と手を組まないかね?》

 

「なんだと…!?」

 

スカリエッティの言葉に、三成も左近も本能的にキッと睨み返した。

特に左近は完全に敵愾心をむき出しにした様子でスカリエッティに向かって言い放つ。

 

「三成様の事…随分わかってるみたいだけど…いきなり、こんなわけのわかんない刺客共をけしかけておいて『手を組もう』なんて言われて、『はい、いいですよ』なんて三成様が素直に応じるとでも思ってるわけ? だとしたら、アンタって相当なバカか、ものの交渉の才能ってもんがまるで素寒貧だぜ?」

 

《ハハハハ。なかなか手厳しい意見だね。さすがは三成君の重臣・島左近君だ。君の言う通り、こんな挨拶程度で君たちが了承しかねる事は私も十分承知の上…》

 

「ならば何故、決裂するとわかっている交渉に望んできた?」

 

既にいつでも斬りかかる事ができるように長刀の柄に手をやりながら、三成が問い詰める。

だが、スカリエッティは三成に焦らすような口ぶりで、切り札を出すように語りかけてくる。

 

《君達が探している…“徳川家康”なる男の居所を私が把握していると言えば…どうかね?》

 

「「ッ!!!?」」

 

今にも長刀を抜刀しかけていた三成の手が止まった。

その様子を見たスカリエッティはニヤリと微笑を浮かべる。

 

《まずはお互い立体映像(ホログラム)越しではなく、直接会って話そうじゃないか。今の情報は君達にご足労願う為の挨拶料代わりと思ってくれたらいい。尤も…私の招待を君達が受け入れてくれるのであれば…の話だけどね》

 

「…こんな怪しさ全開の物言いで、テメェなんかを三成様が信用するとでも思ってんのかよ?」

 

左近は双刀を振り上げ、スカリエッティの浮かぶホログラムスクリーンを斬り裂こうとする。

だが、その時思わぬ人物がスクリーンに投影された。

 

《主らの警戒も尤もであろうがな…生憎、この男の申し出を蹴るのは得策ではないぞ。三成、左近……》

 

「ぎょ…刑部!? 何故貴様が…!?」

 

「刑部さん!? 無事だったんッスか!?」

 

スクリーンに映った新たな人物…全身に包帯を巻き、誰の担ぎ手も居ない輿の上に乗って空中を浮遊している不気味な雰囲気のこの男は三成、左近の両名ともによく知る男…石田軍及び西軍の筆頭軍師にして強大な妖術の使い手。関ヶ原では家康惨殺しか頭のない三成に変わって西軍のすべてを取り仕切っていた三成の親友・大谷吉継その人だった。

 

《三成、左近…おそらくは主らも既に承知であろうが…我々が今いるこの地は日ノ本とはまるで異なる異郷の地…まず主らに必要なのは、我らが置かれている今の状況を把握する事…そして、その上でこれからどうするべきか考えねばならん…その為にも、まずはこのスカリエッティなる男の勧めに乗る事が得策であろう…》

 

「…………………」

 

大谷の吹いた言葉に三成はしばし考え込むようにして動きが止まる。

これを機に、スカリエッティは畳み掛ける事にした。

 

《徳川家康なる者を殺したいという君の気持ちは私もよくわかる…しかし今の君はこの世界について何もわかっていないし、そもそも自分がどういう状況なのかさえわかっていない》

 

「…………」

 

《私…いや、私達と手を組めばその全てを教え、そして協力させてもらうよ。お互いに良い結果を生む為にね…》

 

スカリエッティの囁くような言葉に三成は不快げに溜息を漏らした。

 

「すぐに貴様の使いをここに寄越せ…刑部もそこにいるというのであれば、迎えに向かう」

 

三成の返答にスカリエッティは満足そうに笑みを浮かべた。

 

《理解して貰って嬉しいよ。それでは早速、迎えを寄越すから、それについてくるといい》

 

「フン…貴様のような下郎如きの誘いに乗じるなど虫唾が走るがな…」

 

三成はそう吐き捨てながら、抜きかけていた長刀を再び鞘に収めるのだった…

 

 

 

 

時同じ頃…

場所はミッドチルダの首都クラナガンの郊外にあるとある森林。

静寂に満ちた筈の森の中に、突然晴天のはずの空から稲妻が落ちてきた。

しかも稲妻の落ち方は尋常ではなく、何本もの稲妻が一本に集結、大きな一本となって地面に命中した。

 

轟音の後、落雷の衝撃でできたクレーターの真ん中には二人の男が倒れていた。

一人は青い兜と服に身を包み、六本の刀を腰に差してその顔には右目に眼帯が付いている青年。

もう一人は刀を携え、黒いオールバックの髪型に、顔に刻まれた傷跡が特徴の長身の男だった。

間を空けずにオールバックの男が起きあがった。

 

「ん? こ…ここは?…」

 

男は周囲を見渡して、そして傍で倒れている主を見つける。

 

「政宗様。目を覚ましてください。政宗様」

 

男が青年の身体を揺すると、青年はゆっくりと目を覚ます。

 

「Ah? 小十郎? ……い…一体なにが起きたんだよ?」

 

「私もよくわかりません。ただ気が付いた時には…」

 

男の言葉に青年は辺りを見回す。

 

「what? ここはどこだ?」

 

「さあ…よくはわかりませんがこの雰囲気からして…もしかしたらここは日ノ本ではないかもしれません」

 

男…片倉小十郎は長年戦の中で経験した勘を効かせて現状を素早くそして的確に分析する。

それを聞いた青年は自嘲気味に笑うと、夜空に浮かぶ星空を見上げる。

 

「なるほど…お前の勘は正解みたいだぜ…小十郎」

 

「えっ!?」

 

青年の言葉に小十郎が夜空を見上げ、そして驚愕する。

夜空の中に浮かぶのは2つの大きな月…いや、この場合惑星というべきだろうか…

 

「なっ!?こ…これは一体!?」

 

「Ha!こいつは面白い…」

 

それを見て驚く小十郎とは正反対に、青年はどこか期待を寄せるようなはずんだ声を上げる。

 

「こいつは面白そうなParty Venuesに歓迎されちまったもんだぜ。小十郎」

 

そう言って青年…『独眼竜』の異名を持つ奥州筆頭 伊達政宗はニヤリと口を吊り上げさせた…

 

 

さらに同じ頃…

ミッドチルダの別の場所には、2つの火の弾が落下していた…

 

ミッドチルダ首都 クラナガンの某ビルの屋上。

そのど真ん中には焼け焦げたような黒い炭が残り、まだ煙が微かにだが立ち込めて、微妙に熱を帯びていた。

 

そして今、この焦げ臭い煙の漂う屋上には2人の青年の姿があった。

一人は茶髪に真っ赤な紅色の服に赤いハチマキ、手には長い槍が二本。その首には六枚の小銭でできた『六文銭』なる首飾りがかけられていた。

 

もう一人は、明るめの茶髪に迷彩柄の忍び装束を身に纏い、手には少し大きいサイズの手裏剣が二つ握られている。

 

「大将~。どうみてもここは日ノ本のどこの場所でもなさそうみたいだぜ」

 

迷彩服の青年は、標高200メートル近くの高層ビルの屋上であるにも関わらず平然の屋上の端まで行き、これ以上乗りだしたら転落するというまで身体を乗り出してミッドチルダの夜景を散見する。

 

「うむ。そうか、物見ご苦労であった佐助」

 

紅の服の青年…甲斐武田軍総大将代行 真田幸村は赤髪の青年…配下である真田忍隊隊長 猿飛佐助の報告を聞き、頭を捻る。

 

「佐助。ではこれから我らは一体どうすればいいだろうか?」

 

幸村は屋上の真ん中に腰をかけて、今後の行動に関して相談する。

幸村の問いかけに佐助は頭を掻きながら答える。

 

「どうするもなにも…まだ夜だし下手に行動しない方ってのが一番だと思うぜ。

周辺の建物や地形から推測してここは俺達の想像もつかないような異国の地である事は間違いなさそうだし、まずは慌てずに下手に派手な動きを見せない方が…」

 

佐助は、そう最もな意見を進言しようとするが…

 

「おおぉ! あれは一体なんでござろうか!?」

 

佐助の説明中にも関わらず幸村は、夜空を飛んでいく飛行機に興味を示し、それを追って駆け出してしまった。

 

「って大将ぉ!ちょっと聞いてんの!? だから下手に行動を起さないように…って大将ダメだって!そっち行っちゃ!」

 

「え!?何か申したか?さす、けえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」

 

佐助が声をかけた時はすでに時遅し、飛行機に目を奪われながら足を進めていた幸村はビルの端まで行き、佐助が注意している最中にその足を踏み外してビルから落ちて行った。

 

「ああぁ!? もう! だから言わんこっちゃない! 折角総大将として型が付いてきたし、もう安心かと思ってたらこれだよ。まったく! 真田の大将!今助けに行くぞー!」

 

佐助は愚痴をこぼしながらも幸村を助ける為に、彼の落ちた場所から後を追って飛び降りた…

 

その後、幸村は空中で凧を展開させた佐助によって間一髪で救助されたが、その後佐助に少々怒られたそうな。

 

 

 

 

とある地下にある研究所の一室―――

漆黒の中、四隅に並んだいくつもの培養カプセルが不気味に輝くその部屋に三成、左近の二人は案内されていた。

そして、到着するや否や、三成はある映像を見せつけられる事となった。

三成は己の持ちうる憎悪、怒りの感情の込められた鋭い眼光を放ちながら、目の前に映し出されたモニターを睨みつけていた。

 

モニターに映るのは、なのは達機動六課のメンバー…そして三成にとって憎き宿敵である男…家康だった。

 

「…やはり貴様もこの世界に来ていたのか………家康ッ…!」

 

三成の胸中では途方もない怒りと憎悪が込み上がっていた。

あの時、関ヶ原で決着を果たせなかった悔しさ…

家康を斬滅するどころか、詫びの言葉すら引き出す事のできなかった自分の不甲斐なさ…

そして、それらを含めた、自らが神の如く崇める今は亡き君主 豊臣秀吉へ対する申し訳なさ…

そのすべてが、彼の胸に滾り続ける憎悪を、より増長させていた…

 

「…さて。これで私が信用に足りうる人間である事を理解してもらえたかな? 三成君」

 

すると彼の背後から三成をここへ招き入れた張本人…ジェイル・スカリエッティが、不気味な微笑を浮かべながら三成の傍へやってくるが、三成はまるで彼の言葉が聞こえていないかのように、ただモニターを睨みつけたままだった。

 

「ふん…こんなもの見せつけられたからって俺達にどうしろっていうんだ? まさかこれだけの事で、三成様をこんな場所に呼び出したって言うんじゃないだろうな?」

 

代わりに三成の傍らでその様子を見守っていた左近が、警戒心を隠さないまま睨みつけながら言った。

だが、三成はそんな事などどうでもよいと言わんばかりにモニターに写る楽しげに笑う家康の姿を睨みつけながら呟く。

 

「おのれ家康……私が卑下されるのは構わない…だが…秀吉様を軽侮したまま奴を斬り刻んでも…意味が無い!!」

 

三成は刀を顔の前にやると、わずかに鞘から引き抜いて、そこに映った自分の憎悪に満ちた顔を見る。

 

「我々と同じ様にこの異郷の地に飛ばされたというのに、こんなにものうのうと笑っている奴の姿を見ると…ますます腹立たしさを感じる! 許さん…必ずや、この手で己の犯した罪の深さを思い知らせ…そして…首を刎ねてやる!!」

 

長刀を再び鞘に収め、モニターに向かって声を荒上げる三成の言葉を黙って聞いていたスカリエッティであったが…

 

「ふ…フハハハハハハハ!」

 

突然に軽く含み笑いを浮かべたかと思うと、大きな声で笑い出した。

 

「何がおかしい!?」

 

突然に笑い出したスカリエッティに、三成は殺気を立たせながら振り返る。

 

「いやはや。 君みたいに愚直なまでにご主人様に忠実な人間というのも初めてみるものでね…」

 

「ッ!? テメェ! 三成様をバカにしてるのか!?」

 

そう食って掛かる左近を飄々とした態度であしらいながら、スカリエッティは三成に語り続ける。

 

「その徳川家康という男がどういう経緯で、これほどに君の憎悪を買ったのかは私にはわからないけど…決戦の最中に伏兵を用意していたという事は、彼ははじめからあの場でまともに決着なんて着ける気ではなかったのではないかな?

そう思うと、寧ろあの場であのまま君が彼に挑めなかったのは、寧ろ君にとって好都合だったと思うがね…」

 

「…もし、そうなのだとすれば……なお許しがたい!!」

 

三成は長刀を睨みながら目を見開いて、憎悪の表情をさらに強くする。

 

「脆弱なる分際で、私との決着を付けると綺麗事をほざいた上、結局は姑息な手で秀吉様のみならず私までも陥れたという事か!!?」

 

噴き上がる激情を抑えるかのように長刀を床に突き立てる三成を、スカリエッティはまるで楽しんでいるかのように微笑を崩さずに見つめていた。

そんなスカリエッティの態度に左近はますます気に食わない想いを抱く。

 

「それで…家康は今どこにいやがる? それを教えてくれる為に三成様や俺をここに呼びつけたんじゃなかったのか?」

 

左近は釘を刺すようにスカリエッティに尋ねた。

その声質は普段三成や気心知れた仲間に向けるものとは違い、猜疑、そして敵愾心に満ちた低い声であった。

もしも、スカリエッティが三成にこれ以上の不敬を働けば、いつでも斬り捨てられるように腰に下げた双刀に指をかけてさえもいた。

 

「まあ、落ち着きたまえ。まずは建設的な話からしていこうじゃないか。例えば…先程の話の続きとか」

 

「先程の話…?」

 

左近が眉を顰めながら返す。

それを聞いていた三成もスカリエッティに向かってキッと睨みつける。

表情は冷静ながらも、彼の瞳には大きな怒りが宿っていた。

 

「貴様と『手を組め』という話か…?」

 

三成はそう問うとスカリエッティは、大げさな仕草と共に声を張り上げた。

 

「ご明察!その通りだよ!君達、石田軍…否、豊臣の強大な武力と、私の天才的な頭脳がひとつとなれば、この世に他に敵のない最強の勢力を構築させ、新たな時代を確立させる事が可能となる!」

 

「それって、アンタしか得してねぇだろうが…テメェと手を組めば俺や三成様にどんな得があるのか、教えてもらいたいね」

 

左近が鋭い口調で尋ねた。

 

「勿論。今の映像を見てもらったとおり、君達の憎き宿敵・徳川家康は、私を“広域指名手配犯”として長年追いかけている『時空管理局』についた。私の敵である管理局に君達の敵が加担しているという事…それ即ち、我々の敵は共通しているという事だよ。

私が君達の主の仇を討つのに協力する代わりに、君達が私のある“計画”に協力してもらえれば、お互いに目的は成就させやすくなる…悪い話ではないとは思うがね…」

 

「断る!」

 

スカリエッティの話が終わるや否や、三成は彼の首筋に向かって長刀を抜刀し、その鋒を突きつけた。

それでも一歩も怖気づかないスカリエッティは、冷静に同盟を断った理由を聞く。

 

「ほぉ。どうして断るのだね? 今も言ったが、この話はお互いに決して悪い話ではないと思うがね?」

 

「決まっている。貴様の態度が気に食わん!」

 

「私の?」

 

スカリエッティが首をかしげると三成は静かに言葉をかける。

 

「スカリエッティ…私が誰に仕えていた主の名を言ってみろ」

 

「君の主……? 覇王・豊臣秀吉…かね?」

 

スカリエッティが淡々と答えると、三成は突然長刀を振り上げてスカリエッティの頬に小さな切り傷を刻んだ。傷口からは少量の血が垂れる。

 

「そうだ! 私は偉大なる覇王・豊臣秀吉様を支える左腕! そしてあの御方の目指した覇業を引き継いだ男だ! それが何故貴様みたいな小物なんかと手を結ばねばならんのだ!! どんな未知の異郷に堕ちようとも…この凶王三成(きょうおうさんせい)は、貴様みたいな下賤の輩の助力を求めねばならぬ程、『常勝豊臣』の栄名を背負し者としての矜持を失ってなどいない!!」

 

一切の譲歩の感じられぬ強い意思を持った言葉で三成は叫んだ。

 

「右に同じだぜ! それに三成様はテメェみてぇな腹の底に一物どころか、十物も百物も隠し持っていそうなイカサマ臭い野郎が大嫌いなんだよ!」

 

左近も便乗するように言った。

そんな彼らの言葉に黙って耳を傾けるスカリエッティだったが、やがて高らか笑いだした。

 

「いやいや。君達は本当に誇り高い武人なんだね。ますます手を結ぶ気になったよ」

 

「テメェッ! いい加減しつこいと――――」

 

左近はとうとう我慢できなくなり、スカリエッティを一刀両断しようと、双刀を引き抜きかけた。

そこへ…

 

「まぁそう短気に逸るな…左近よ…」

 

突然、地の底から響くようなおどろおどろしい声が左近を制止する。

その声に反応した三成と左近が声が発せられた方に目を向けると、そこには2人がここへやってくる決定打になった男…西軍筆頭参謀・大谷吉継が浮遊する輿に乗ってこちらへと近づいてきた。

 

「刑部!?」

 

「刑部さん!」

 

大谷はゆったりと漂うように三成、左近とスカリエッティの間に割って入り、激昂していた三成達を仲裁にかかった。

 

「左近。我のいぬ間、三成の護衛と補佐。ご苦労であったな…」

 

「それはいいッスけど…刑部さん、なんだってこんな野郎の肩を持つんッスか!? そもそも、どうして刑部さんがここにいるんッスか!?」

 

「わちきがスカリエッティと大谷(このふたり)の間を、とりなしてやったのさ…」

 

新たな声が薄暗い部屋の中を反響した。今度の声の主は女だった。

赤や紫、黒の派手な色合いの着物を胸元がはだける程に着崩し、櫛や簪などで煌びやかに飾った女髷風の髪には黒を基調としながらも所々に銀色や紫色に染まった部分が見受けられる。屋内にも関わらず、片手には朱色の番傘を差し、もう片方の手で長煙管を燻らせていた。

これだけであれば、まるで優雅な花魁のように見えるが、その紫色のアイラインの入った鋭い目つきに、紫色に染まった唇、左側だけ充血したように真っ赤に染まった禍々しい目が不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「フン…やはり貴様の差し金だったのか……うた」

 

「アンタも来てたんスね……“皎月院”の姐さん…」

 

三成と左近がそれぞれ不服そうに、現れた女性に語りかけた。

 

その女性…“皎月院”は、西軍ひいては石田軍においても特異ともいえる立ち位置と経緯の持つ謎めいた人物として有名だった。

 

彼女が三成の前に現れたのは、覇王・豊臣秀吉の死に伴い、豊臣が崩壊して間もなかった頃…どこからともなくいつの間にか現れ、はじめは三成の身の回りの世話を行っていたはずが、その並外れた博識と知略でいつしか石田軍の軍議にも顔を出すようになり、さらには大谷の使うものとよく似た妖術を駆使して戦でも暗躍を見せ、西軍結成の折りには、いつの間にか影の黒幕として、総大将の三成や筆頭参謀の大谷と同格以上の権限を有するまでになっていた。

 

「三成、左近。アンタ達がこの(スカリエッティ)を気に食わないのは、わちきも刑部も、百も承知だよ…けどね。この男の技術者としての才覚や持っている戦力は確かなものだよ。ここでこの男を味方にしておけば、家康を倒すのにも相当に役に立つはずさ…だから、わちきと刑部が事前に“同盟”締結の話を取り決めていたのさ」

 

「……姐さん。そりゃいくらなんでも勝手すぎじゃありませんかい?」

 

左近が非難するような眼差しを送りながら言ったが、皎月院は大して気にしないように続けた。

 

「これは決して石田軍にとっても悪い話じゃないさ……まずこのスカリエッティは、アンタ達に差し向けられた“ガジェットドローン”をはじめ、様々な兵器・戦力を有している。それにこの世界…“ミッドチルダ”の地理、情勢についてもよく把握している。欠点は、その戦力を効率よく活かす為の優秀な“将”が足りないという事…」

 

「一応、ガジェットドローンの統制や主戦力は、私の“娘”達が担っているのだが、それでも手は十分とはいえない上に、“娘”達の中にはまだ経験不足である事が否めない子も何人かいてね…」

 

スカリエッティがそう補足を加えた。

 

「それに対して、ここに集っている面々はそれぞれ並外れた武力、知略、術の使い手だけれども、率いる兵もいなければ、この異世界の土地や情勢…そしてなによりも日ノ本へ戻る為の手段さえわからない…そこで、ここからがこの“同盟”の重要な部分だよ」

 

皎月院はそこまで言うと、後の説明を大谷に任せた。

 

「我らはスカリエッティからこの世界で活動する為の兵と拠点を借り、我らはスカリエッティに将として己を貸す…そしてスカリエッティの企てる“計画”に協力し、その過程で主の憎き敵、徳川を排除する…なかなかの献策であろう?」

 

大谷は地の底から響くような声で三成を諭した。

だが、三成は冷たい眼差しで大谷、スカリエッティ、皎月院と見渡すと…

 

「回りくどい!」

 

そう一蹴した。

 

「この男の有する無用な機械傀儡(ガラクタ)などに頼らずとも、家康は私がこの手で斬首してみせる! それともこの男の手を借りる事で、私が“家康の首”以上に欲するものが手に入れられるとでもいうのか!?」

 

三成はそう言いながら、長刀を抜刀する構えを見せるが…

 

「それが“ある”………っと言ったら…どうするんだい?」

 

「……なんだと?」

 

皎月院の口から漏れた言葉に三成の手が止まった。

 

「どういう意味だ…? もっと簡潔明瞭に事を伝えろ! うた!」

 

「あぁ…いいとも。それじゃあ少し耳を拝借…」

 

皎月院は長煙管を女髷の中にしまうと、三成の傍らに近づき、話の内容が近くにいた左近に漏れないように番傘で自分と三成を遮るように隠した。

しばらくの間、他の者には聞こえない声で皎月院が三成に囁いていたが…

やがて、番傘越しに…

 

「ば…バカな!? 左様な事が……ッ!!?」

 

「できるさ。この世界にはそれを実現させる為の秘術があるのだから…」

 

動揺した声質の三成と唆すように語りかける皎月院の声が聞こえてきた。

話し終わった皎月院が番傘を閉じると、三成の表情は今までと打って変わって、激しいい動揺の中に微かな希望を覗かせた複雑な面持ちとなっていた。

三成の様子を見たスカリエッティと大谷は微笑を浮かべ、畳み掛けるように言った。

 

「君が手を組む事に同意してくれるのであれば、私は君の望みであろう“それ”を実現させる事に喜んで協力しよう。大谷殿、皎月院殿ともそれを踏まえて、この同盟を考えたのだから…」

 

「さて、三成よ…これで主もこの世界で戦わねばならぬ“理由”ができたであろう…まずはスカリエッティの手を借り、そして我らの力も貸し、共にそれぞれの“願い”を果たそうではないか。お膳立ては致す故…」

 

大谷の言葉を聞いた三成は、無言でスカリエッティの顔を睨みつけていたが、やがて小さく溜息を漏らしつつ、長刀を握る手の力を緩めた。

 

「………全て、刑部とうたに任せる…」

 

三成の言葉の意図を察した大谷と皎月院が小さく笑い、左近が驚きに満ちた声を張り上げる。

 

「ッ!? み、三成様!? 本当に手を組むんッスか!? こんな奴と…!?」

 

「余計な口出しをするな左近! 貴様は私に従っていれば十分であろう! それとも…私の判断になにか不服があるか?」

 

そう言いながら、三成は今までにみた事がない程の殺気の籠もった目線で左近を一蹴した。

敵はおろか、味方に対しても容赦なく向けられる三成の殺気に、左近もちょっとやそっとの事では動じなくなるまでに慣れてきていたが、この時の三成の執念ともいえる殺気は思わず、本当に殺されそうになる錯覚を覚えるまでに恐怖心を感じるものであった。

 

「め、滅相もございませんです、はい!」

 

半ば無理矢理に左近の了承も得て、無事に同盟が締結された事を確認したスカリエッティは満足そうに頷いた。

 

「では、三成君、左近君。今日からこの私のアジトが君達、豊臣の本陣だ。遠慮する事なく大いにくつろいでいってくれたまえ」

 

スカリエッティの歓迎の言葉に、三成はあまり興味がなさそうにため息をつくと、静かに踵を返して部屋を出ていく。

 

「これからの術策を聞かずともよいのか?」

 

「貴様らのやる事に疑う余地はない」

 

三成は大谷達の方に向かずにそう言うと、不意にスカリエッティの傍で立ち止まった。

 

「スカリエッティ…私と豊臣の手を借りるのであれば、これだけは肝に銘じておけ…

貴様の言う、私の“望み”…必ずや成就できるように貴様も死力を尽くせ…もし私のこの胸に息吹かんとしている希望が、ぬか喜びで終わる結果になろうものなら…その時は容赦なく貴様を斬滅する! わかったな!?」

 

それだけを言うと、三成は静かに去っていった。

 

「み、三成様!? どこ行くんスか!? まだここの事よくわかってないのに闇雲に出歩いたらマズいッスよ!!」

 

左近は三成の言い残した言葉を呆気にとられながら聞いていたが、やがて我に返ると慌ててその背中を追いかけていくのだった。

大谷、皎月院そしてスカリエッティは暗闇へと消えていく三成達を、黙って見送っていたが、やがて2人の姿が見えなくなくなると揃って不気味に笑い出した。

 

「…やはり、さしもの三成も“あれ”を引き合いに出されれば、この同盟、受け入れるであろうとは思っていたがな…しかし、我も未だに半信半疑であるぞ。いくら、この世界には、我らの知る常識を遥かに凌駕する知恵や技術があると申せ、斯様な事が果たして本当に可能なのか…?」

 

大谷は牽制ともとれる眼差しでスカリエッティを見つめる。

スカリエッティは自信を隠さない不敵な笑みを返して応えた。

 

「勿論。その疑い、最高の形で晴れるように尽力させていただくよ」

 

「フフフ…何はともあれ、これで同盟は正式に締結…これから長い付き合いになるかもしれないから、よろしく頼むよ…スカリエッティ」

 

「あぁ、歓迎するよ。 戦国の英雄達が入り乱れ、私の計画もさらに彩りが増すというもの…きっとさらに面白い『狂宴』を見る事になるだろうね! 実に楽しみだ!」

 

一人、芝居がかったオーバーリアクションを見せるスカリエッティに呆れながら、皎月院は、大谷に尋ねた。

 

「さてと刑部…まずは何から始めるんだい?」

 

「しからば…スカリエッティ。早速ですまなんだが、主の有するガジェットドローンなるカラクリを我らに貸して貰おうか? 数は…ざっと1000程…」

 

大谷の提示した数にスカリエッティが感心したように声を上げる。

 

「ほぉ。早速なにか一計を案じるみたいだね? 差し支えがなければ、是非にどんな策か聞かせてもらいたい…」

 

スカリエッティの質問に大谷は策を興じる際に見せる愉悦の笑みを浮かべながら言った。

 

「まずは徳川が結んだ新たな“絆”…『機動六課』なる者達の力量を存分に見極めたい…」

 

「それともうひとつ…」

 

そう皎月院は言葉を添えながら、岩肌のむき出された壁を見据えた。否、見ていたのはずっと先である様子だった。

 

「…既に何人かの“武将”がこの地に飛ばされて来ている筈…まずはそれをわちきらの目の届く範囲に集め、監視するのに容易な状況下に置いておいた方がよさそうだよ…」

 

「すると…伊達や真田もこの地に…?」

 

大谷が尋ねると皎月院は小さく頷いた。

 

「髑髏水晶による透視で見た事だから、まだ具体的な位置までは把握できていない…けど、奴らも既に日ノ本から時空を超え、この世界に来たのは確かだ。伊達はともかく、真田はうまくすれば、関ヶ原の時のようにこちら側に引き込む事も不可能ではないだろうね」

 

話しながら、皎月院は懐から野球ボール程の大きさの水晶を取り出し、掲げてみせた。

中心に髑髏の紋章が浮かんだそれは薄紫色の禍々しい光を発光させ、輝いていた。

 

「それに…奴ら以外にも既に多くの武将がここへやってきているようだ。中には“五刑衆”をはじめ、十分わちきらの味方になりうる連中も少なくない…」

 

「ほぉ…それは心強い」

 

「…スカリエッティ。アンタにはその豊臣の味方になりうる武将達を見つけ出し、ここへ呼び集めてもらいたいね。あとの調略はわちきがやる。今はより多くの“将”を集めるんだよ」

 

「わかった。任せてもらおう」

 

暗い研究室にスカリエッティ、大谷、そして皎月院の不気味な笑い声が響くのであった……

 

 

皎月院の言ったとおり…その夜はミッドチルダの各地に、いくつもの流星や謎の落雷らしきものが落下していた事が観測隊によって確認された。

観測隊は隕石との見解で進めており、あまり大事には発展しなかったが…

 

 

 

ある海辺の海岸では…

 

「―――痛ててて…こ、ここは一体どこだ…?」

 

紫色の眼帯が左目を覆った銀髪の男が、砂浜にできたクレーターの中から這い出し…

 

 

とある街を見下ろす山の高合では…

 

「フッ…未知なる異郷の地に降り立ったか……」

 

公家が被る烏帽子のような緑色の兜を被った男が、自分の置かれた状況を冷静に把握し…

 

 

とある山奥の洞穴の中では…

 

「ここはどこじゃー!! 関ヶ原に向かってた筈の小生が何故こんな場所にいるのじゃーーー!!?」

 

目元を隠さんばかりに伸びた前髪と、何故か両腕に巨大な鉄球の付いた枷を付けた大男が彷徨いながら叫び…

 

 

とある街の裏路地では…

 

「おぉ~い…ここはどこだぁ…誰か…いないのかぁ~…? ねぇ、ねぇったら…ねぇ?」

 

薄汚れた袖のない羽織に爬虫類を思わせるような不気味なオーラを漂わせた浪人風の男が、蜥蜴の様な狡猾で禍々しそうな輝きのない瞳で流離い…

 

 

とある街の酒場では…

 

ドンッ!

 

「ひぎぃやあああああぁぁぁぁ!! 痛ぇ! 痛ぇぇぇよおぉぉ!!!」

 

銃声が響き渡り、片手を撃ち抜かれた一人のチンピラが持っていたナイフを取り落しながら絶叫を上げる。

 

「泣きわめくのは、覚悟がなかった証拠だ…」

 

チンピラを銃で撃った張本人…クセのある明るめに茶髪に、凛々しい表情、グラマラスな体型に露出度の高い衣装、そして腰に何丁もの銃を下げた女が冷淡に言い放った…

 

 

 

 

この謎の落下現象の起こった現場では、見慣れぬ人物が相次いで現れていた事…

そして、その人物達が後にミッドチルダ…否、異世界全土をも巻き込むこととなる“天下分け目の大戦”における重要な登場人物である事に、まだ誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

ちなみに…そんな一箇所であるミッドチルダ極北地区“聖地ベルカ”にある聖王教会 中庭――

 

「………………………」

 

聖王教会騎士 カリム・グラシアは目の前で倒れる一人の少年を見て亞然としていた。

顔付きこそそれなりに整っているものの、その服装はまるで童話の中に出てくる王子様のような悪趣味極まりないゴテゴテ派手衣装を着たまだ十代前半と思われる少年であった。

 

「う…う~ん…ムニャムニャ…ザビー…様~…」

 

「こ、この子は……」

 

この2人の出会いが、神聖で由緒正しかった聖王教会本部が終止符を打つと同時に、混沌の極みといえる巣窟へと変貌していく始まりであったという事は、これも誰も知る由がなかった。

 

…いや、後々にこの教会に振りかかる事を思えば、この場合は「知りたくなかった」と言った方が適切だろう……

 




はい。『Reboot Edition』最初の大きな改変点…『戦国BASARA4』より三成の側近・島左近が本格参戦します。
『4』に左近が登場した時、『リリバサ』もだいぶ話が進んじゃってましたので、一先ず回想シーンに登場させる事で対処していたのですが、正直どう扱っていいかかなり悩んでいました。っというわけで『リリバサRE』では最初から西軍陣営の重要な戦力(にして貴重な良識派、ツッコミ役)として大活躍させたいと思っています。


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第五章 ~結ばれる絆 誕生!金蒼師弟~

入隊以来、家康の人となりに魅了されていたスバルは、彼の強さを追う為にある事を決断する。
一方、家康は機動六課入隊後初となる任務に挑む事になるが…

フェイト「リリカルBASARA StrikerS 第五章出陣します」


家康が機動六課に入って既に一週間が経過していた…

 

機動六課訓練所は、今日は森林地帯をイメージした立体情景を造り出していた為、一面緑豊かな森林地帯に囲まれている。

その中の一角にある空地ではいつもの黄色の戦装束ではなく六課から支給された訓練用のTシャツを着こんだ家康と、同じく訓練用の服装のスバルが組み手を行っていた。

ちなみに今のスバルはリボルバーナックルもマッハキャリバーも装備しておらず、家康も支給されたアーミーグローブ以外に防具を付けていない。

 

「はあ!とりゃああぁ!」

 

スバルが繰り出して来る拳を、素早く身体を捻らせて回避する家康。

そして一瞬の隙をついてスバルの腕を掴み…

 

「はああぁぁ!!」

 

「えっ!?…うわああああ!」

 

そのまま背負い投げへと持っていき、彼女の身体を地面に叩き伏せた。

 

「痛たたた…」

 

「勝負ありだな」

 

「あううぅ…また負けちゃったよ…」

 

尻餅をつきながらスバルはガックリと頭を垂れる。

そんなスバルに手を差しのべながら家康が励ます。

 

「でもだいぶワシの攻撃の動きも読めるようになってきたな。それに初めて見た時以上に、スバルの拳にもより一層キレがかかってる」

 

「えへへ。そう言ってくれるとなんだか照れくさいです」

 

スバルは家康の手を取って立ち上がる。

 

「じゃあ。もう一度組み手の練習だ。やれるか?」

 

「はい!お願いします!家康さん!」

 

そう言うと、再び2人は組み手を始める。

その様子を少し離れた場所から見守るティアナ、エリオ、キャロの3人。

 

「…家康さんが来てから、スバルって近接格闘の訓練に力入れるようになったわね」

 

「そうですねぇ。思えばあの訓練があってから、六課も大きく変わりましたからねぇ」

 

ティアナがスバルを見つめながら呆れたように口を開くと、エリオもそれに続いてしみじみと語りだす。

 

あの、今では『天下の300機潰し伝説』と称される家康の個人訓練はいろんな意味で、機動六課に大きな転機を与えた。

まず、家康の実力を知ったはやては、さっそく家康の力が六課の中で存分に役立てられるように『非魔法戦対策戦術教官』という役職を無理矢理作り、そこに家康を就かせる事によって隊長クラスの権力を与えて、家康を半ば強引にフォワードチームの指導役の一人に加えたのだった。

最初は「人に戦術を教える事は得意でなく、ましてや自分は魔法を使えないのに教える事なんてない」と断ろうとした家康であったが、そんな彼を押しとどめたのはスバルであった。

スバルは家康に対して直々に頭を下げて家康の格闘術を教えてほしいと頼み込んだのだった。

こうされてまで無下に断る程、家康は冷酷な男ではなかった。

 

家康は必死に頼み込むスバルに負けて首を縦に振り、民間人協力者という立場にも関わらず、機動六課の『非魔法戦対策戦術教官』として幹部メンバーの中に名を連ねる事となった。

 

こうしてフォワードチームは今までのなのはやフェイト、ヴィータなどからの通常の訓練に加え、家康から魔法未使用の格闘戦術を教わる事になったが、とりわけ熱心なのがスバルであった。

 

スバルは今まで自分が習ってきたシューティングアーツとは全く違う、魔法を使わず己の拳のみで戦うその豪快な格闘術に惚れ込み、それを一から学ぶ為に以前にも増して身体作りや格闘の特訓などを行うようになっていたのだった。

そして今も、スバルはかれこれ2時間近くぶっ通して家康と個人訓練に取り組んでいた。

ちなみにティアナ達は攻撃魔法はもちろん、デバイスの使用や回復、身体強化の魔法の使用も禁止されているこの訓練になかなか慣れる事が出来ず、ものの30分で根を上げてしまっていた。

 

「でもスバルさん。家康さんが来てから、元々明るかった性格がさらに明るくなった感じがしますよね…」

 

キャロが、家康と組み手をするスバルを見てふとこんな言葉を漏らす。

彼女の言葉にティアナ、エリオもスバルの表情をよく注視してみる。

家康の拳を必死で避けるスバルの表情は、真剣な中にもどこか楽しそうな雰囲気が浮かんでいた。

それを見たティアナの脳裏にひとつの結論が出来上がる。

 

「まったく…本当にスバルって安直というかわかりやすいというか…」

 

「「えっ…どういう事ですか?」」

 

ため息を吐きながら首を横に振るティアナにエリオとキャロが首をかしげる。

そんな二人にティアナは率直に説明した。

 

「要するに……スバルは家康さんに惚れたって事よ」

 

「「えぇ!?」」

 

驚いたエリオとキャロが一度顔を見合わせてから、再び家康、スバルの方へ顔を向ける。

熱心に組み手を続ける二人はそんな視線など気付きもしなかった。

 

 

30分後…

 

「よし!じゃあ今日はひとまず今日はこのくらいにしよう」

 

「「「「はい!ありがとうございました!」」」」

 

あれからずっとスバルは家康と一対一で組み手を続け、結局この訓練はほぼスバルのみの訓練に近い状態となってしまった。

 

「確か今日の午後は自主訓練だったな。自主訓練だからって気を抜き過ぎてはダメだぞ」

 

「「「「はい!お疲れ様でした!」」」」

 

家康はそう言って立ち去ろうとすると、スバルに声をかけられる。

 

「家康さん!よかったら、午後も格闘術教えてもらっていいですか?」

 

「お!?やる気満々だなスバルは。もちろんいいとも」

 

「ほんとですか!? よかったぁ!」

 

スバルの申し出を快く受け入れる家康に、満面の笑みを浮かべるスバル。

 

「じゃあ午後にまた訓練所で待ってますので、よろしくお願いしますね」

 

「あぁ、わかった。ではまた後でなスバル!」

 

「はい! よっし! じゃあ私も基礎の練習しないと!」

 

そう言うとスバルは、さっそく格闘の自主トレーニングを始めるが、その様子を見ていたティアナが聞いてきた。

 

「ちょっとスバル。アンタ格闘の基礎ならシューティングアーツで学んでるから別にいいでしょ?」

 

ティアナはそう言うがスバルは首を横に振って答える。

 

「ダメだよティア。家康さんの格闘術はシューティングアーツとは基礎から違うんだから一つ一つちゃんと覚え直ししていかないといけないんだから」

 

「あっ!そうなの?ふ~ん大変ねぇ…えっ!?覚え直し!?」

 

スバルの言葉に一度納得しかけたティアナだったが、この言葉の内容に明らかにおかしい点があるのに気付き唖然とする。

 

「あ…アンタ? 今なんて言ったの?…覚えなおしってどういう事よ?」

 

ティアナがそういうとスバルは当たり前のように話す。

 

「うん! 私シューティングアーツやめて、家康さんの格闘術を身に付ける事に決めたんだ♪」

 

この言葉を聞いて一瞬凍りつくティアナ…

だがすぐに…

 

「うっそおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!?」

 

 

訓練所中に響き渡る程に大音量の絶叫を上げるのであった。

 

 

 

 

「!? 今何か誰かの叫び声みたいなん聞こえてこんかった?」

 

「いや?別に聞こえなかったけど?」

 

機動六課部隊長オフィス。

そこに置かれた来客用の応接セットのソファーに腰掛けてお茶を飲みながらなのは、フェイト、はやての3人は家康の事で話し合っていた。

 

「そんでどんな感じなんや?家康君の様子は?」

 

「うん。訓練の教え方もだいぶ判ってきたかな?フォワードの方はスバル以外がまだちょっと、魔法を使わない訓練慣れしてないみたいだけど…ティアナやエリオ、キャロも何かスバルみたいに一定の技術を集中して覚えるとかすれば、すぐに適応できてくると思うんだ」

 

フェイトが家康の教官としての評価を与えるとはやては満足そうにほほ笑んだ。

 

「うんうん。やっぱ家康君を六課に入れたのは正解やったみたいやな。人間的にも戦力的にも申し分がない。まさに最高の人材やなぁ」

 

頷きながらご満悦な笑みを零すはやてに、なのはが問いかける。

 

「そう言えばはやてちゃん。家康君の出身世界の事はわかったの?」

 

はやては首を横に振った。

 

「いやあ、それがどうも…未だに特定できないんよ。場所は地球であるのは間違いない筈なんやけど、なにせ時代が私達と違うし、なにしろ歴史が私らの知ってるものとは違うやろ?…っとなると家康君は私らと同じ地球の出身っというわけではない筈やからなぁ」

 

「つまり…家康君は“パラレルワールド”から来たって事?」

 

「まぁ、結論からして言えば、そう言う事やなぁ…」

 

はやてが頷きながら返すと、フェイトは何かを考え込むように顎に手を当てた。

 

一言に次元漂流者といっても、その種類は様々である。

なのは達の住んでいた第97管理外世界“地球”をはじめとする、時空管理局の管轄外の世界から飛ばされる事が通常であるが、一言に次元世界といえど、その数は膨大で、未だ時空管理局が把握する事のできない謎の部分は多い。

その中の代表格といえるのが『パラレルワールド』という存在である。

本来なら同一の世界として存在されるはずが、実際はその裏に幾つもの並行世界が存在し、そこで発生する事変、歴史などが“表”の世界とは全く異なった道を辿っている。

つまり、一言で“地球”といっても、全く違う並行世界の地球であれば、当然そこに住む住人も異なる存在となってしまうのだ。

 

家康の事例で例えると、地球・日本には“徳川家康”という武将が必ず歴史の中に存在するが、なのは達の世界での“徳川家康”は関ヶ原の戦いの時には年齢は57歳、それにいうまでもないが『拳だけで戦場を渡り歩いた』などという命知らずも甚だしい武勇伝を持っていたなどという記録もあるはずがなかった。

それに対してもう一方…今この機動六課にて保護されている“徳川家康”は、なのは達と同じ19歳。それに豊臣秀吉を直接倒したというなのは達の故郷の地球・日本での家康との大きな差違を持っていた。

 

「ん~…そうなると簡単に家康さんの出身世界を特定するのは難しいだろうね。本局でもパラレルワールドへの転送用の航路を定めるのは難しいって話だし…」

 

「まぁ、家康君も早く帰りたいと言って無いことやし、そこは問題ないんとちゃうか? それより家康君の出身世界に関して捜索してたら気になる情報が2つ入ったんよ」

 

「「気になる情報?」」

 

なのはとフェイトが声をそろえて問うと、はやては詳しく説明し始める。

 

「まずひとつは陸士108部隊のナカジマ三佐からのある情報が入ったんや」

 

「ナカジマ三佐から?」

 

フェイトははやての恩師の名を口に出す。

 

ゲンヤ・ナカジマ―――

スバルの父で、陸士108部隊部隊長である。

士官職に就いたばかりのはやてを支え、指揮者としてノウハウを教えたはやての恩師的な存在であり、はやての階級が昇進し、立場が逆転した現在でもはやては彼を師匠として慕い、様々な事で協力や助言を求めていた。

その為に今回の事もはやては、一番に彼のもとへ相談に言ったのだった。

ちなみに先祖が地球の日本出身である彼は、幼いころから個人的に日本史の勉強をやっていた為か家康の名を知っており、彼の事を聞いた際には、はやて達と同様に驚いていた。

ちなみに余談だが、はやて曰く「ナカジマ三佐と家康君って…なんか声がそっくりなんよね」との事らしい。

 

「ナカジマ三佐の話やと家康君が保護されたあの日から、このミッドチルダの各地で正体不明の奇妙な発光や隕石の目撃情報が相次いでいるらしいんや」

 

はやてはゲンヤから提供された映像をホログラムモニターで投影させる。

映像にはミッドチルダの大都会の中のひとつのビルの屋上に謎の光が輝くのが確認できる。

 

「この謎の発光が確認されはじめたのは、ちょうど今から一週間程前や。最初は違法な魔法実験かロストロギアじゃないかと推測して捜査しとったらしいんやけど、現場に不審な点が無かった事からどうもその線ではないらしくて…」

 

「一週間前って…家康君がこの世界へやってきた頃だよね? まさか…」

 

なのはがそう推測すると、はやてが頷く。

 

「そう。もしかしたらこの謎の発光事件は家康君がこの世界へ来た事と、なにか関係があるんやないかって事や」

 

はやてはそう言うとホログラムモニターを消した。

 

「せやから私、ナカジマ三佐に頼んでこの事件をもっと詳しく調べといてもらう事にしたんよ。もしかしたら家康君が元の世界に帰る為のなんらかの手掛かりが見つかるかもしれないし」

 

「なるほど。でももし家康君がその光によってこの世界へ来たとすると、もしかしたら他にもその光でこの世界へ飛ばされた次元漂流者がいるって事じゃないかな?」

 

なのはの言葉に、フェイトも頷きながら言葉を添える。

 

「確かに状況から考えたらそうなるね。仮にその光が次元漂流者をこの世界へ転送する為の光だとしたら、目撃されてる発光の数だけ次元漂流者がこの世界に迷い込んだ可能性があるって事だし…」

 

3人は真剣な面持ちで考える。

 

「まぁ、いずれにしてもまずはその光の正体を探らない事にはわからんしな…とにかく、ナカジマ三佐がえぇ情報を持ってきてくれるのを待つとしようか。それよりもう一つの気になる情報やけど…」

 

ここではやては、数秒ほど黙り込む。

 

「実はなぁ…」

 

「実は?」

 

「…………実はスバルが家康君に惚れとるかもしれへんのや!」

 

「「は?」」

 

それまで真剣に話を聞いていたなのはとフェイトがあまりに抜けた話題に思わず目を丸くして呆気にとられる。

 

「え、えええぇ!? は…はやて!? 気になる情報のもう一つってそれなの!?」

 

「せやで。家康君が六課に入ってからスバルの様子を見とったけど、いやぁあの子ほんまにわかりやすい性格してるわぁ。 家康君の顔見たらすぐ顔赤くしたり、ごはん食べるときかてここ数日毎日、家康君の大好物のスパゲティ、海老フライ、ドーナツに合わせて一緒に食べてるし、わたしがちょっと家康君の話題を出したらすぐ全身から蒸気出さんばかりに恥ずかしがるんやで。あれは絶対年頃の恋する乙女の行動や!!」

 

「あのぉ…はやて?」

 

フェイトが心配そうに声をかけるが、はやては一人今までの凛とした部隊長らしさをぶっ壊すオヤジキャラトークを続ける。

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんも気ぃつかへんかぁ? スバル、家康君の訓練の時になったらやたら張り切っとるんやで。 あれは間違いなく家康君に惚れとる証拠や」

 

「まぁ確かにスバルは、フォワードの皆の中で一番家康君の訓練を頑張ってるけど…別に恋してるとかそれは…」

 

「甘いでなのはちゃん! アンタも19なんやからもっと乙女心を察しなあかんで、ウチらロングアーチの中でも絶対あの二人は出来てるって結論付いてるんやから!」

 

「そ…そうなんだ…」

 

するとはやては「はぁ~」とため息を漏らし、たそがれるように天井を見上げる。

 

「あぁ~あ。折角、かの時の人が機動六課に入って恋人にできるチャンスやったんやけど、スバルに取られてもうたし…誰か他に有名で美形で強い男が現れないもんかなぁ…できれば家康君みたいな戦国武将がえぇなぁ……そうやなぁ、“伊達政宗”とか“真田幸村”とか…私らの世界では狸親父やった家康君があんなハンサムになってるんやから、家康君の世界のあの二人やったらきっと相当なイケメンやできっと」

 

「は…はやてちゃん。さすがにそれはないんじゃないかな?」

 

「うん。いくらなんでも伊達政宗や真田幸村がこの世界に来てる筈が…」

 

 

同時刻、ミッドチルダ某所では…

 

「あっくしぇ!!」

 

「ん?政宗様? どうかなされましたか?」

 

 

また別の場所では…

 

「ひぃぃっくしゅん!!」

 

「真田の大将ぉ、風邪でも引いたの?」

 

 

ミッドチルダの大都会の中、2か所の場所で、この世界に流れ着いた竜と虎がそれぞれ大きなくしゃみをした…

 

 

そんな事など知る由もないなのは達はその後しばらく談笑を続けていた。

そこへ部屋のドアが開き、シグナムが部屋に入ってくる。

 

「主はやて、車の用意ができました」

 

「あっ!もうこんな時間かいな?ごめんシグナム。急いで用意するわ」

 

そう言ってはやては立ち上がった。

 

「はやてちゃんどこかに用事?」

 

「うん。昨日シスターシャッハから連絡があって「聖王教会の今後に関わる重大な相談」があるらしいから来てくれって頼まれてもうてなぁ」

 

「シスターシャッハから?」

 

なのはとフェイトははやてが積極的に関わっているとある団体の名を口に出した。

 

---聖王教会

数多くの次元世界に影響力を持つ大規模組織の名前である。

一般には聖地ベルカを統治した一族“聖王家”を信仰とするミッドチルダでも有数の宗教組織だが、その本拠点とされる聖地ベルカ護衛の為の教会騎士団を有するなど独自の戦力を有し、ロストロギアの保守・管理も行っているため、時空管理局とは関係が深い。

しかし、管理局員の中には強い権力を持つ聖王教会を敵視している者もいる。

機動六課設立の際にも多大なるバックアップを受けており、六課…特にはやてはこの教会と深い関わりを持っていたのであった。

 

その聖王教会からはやてに相談事があるという事は、只ならぬ事が起きたのかとなのは達は少し心配になった。

そして、その気持ちははやても同じらしく、どこか不安げに答える。

 

「なんか知らんけど昨日テレビ電話で話した時に、えらいやつれとったんよ。せやからただ事ではないと思ってな。ちょっと顔出して来ようと思うんよ」

 

はやてはそう言うと、デスクから聖王教会へ入る為に必要なローブを取り出した。

 

「ほな。ちょっと行ってくるから、後の事はよろしゅうな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「「うん。気を付けてね。はやて(ちゃん)」」

 

なのは、フェイトに見送られて聖王教会へと出かけて行くはやて…

だが、この時はやては知らなかった…

 

 

これから行く聖王教会が自分の予想以上に“只ならぬ事態に陥っている事に”…

 

 

 

聖王教会 礼拝堂―――

 

そこには男は皆トンスラ頭になり、女は皆キンキラキンのごてごてな派手な色合いのシスター服を着込んだ教会騎士達が大勢並ぶ前に聳える祭壇に、濃い顔つきのおっさんの顔を模した移動砲台のような乗り物に乗った童話に出てくる王子のような服に身を包んだ少年が立っていた。

 

「皆さ~ん。この世のすべての愛は誰の下で生まれますか~~~?」

 

「「「「「グレートティーチャー!ザビー!」」」」」

 

少年の問いかけに教会騎士達は一斉に声を張り上げる。

 

「ではザビー様の愛を教え、やがてはこの世界に愛を広げる為にこうして次元を超えて降臨した伝道師の名前はだぁ~れ?」

 

「「「「「グレートスチューデント!ソーリン!」」」」」

 

「では答えなさい! お前達が愛を示し、友愛と共に生きるこの組織の名は何という組織ですかぁ~~~~?」

 

「「「「「聖王ザビー教会!」」」」」

 

まだ十代前半の年端も行かぬ少年に向かってまるで神の如く崇めるその様子はまさに異様な光景だった。

この少年こそ、日ノ本は九州大友領最高権力者にして、大友家現当主…そして謎の異教集団『ザビー教』の伝道師である“大友宗麟”―――

聖書のようなものを開きながら、大げさな仕草で両腕を上げる。

 

「グレェェイト! その通りです! 僕らは今始まったのです! 聖王教会改め…この“聖王ザビー教会”こそ! このミッドチルダにザビー様の愛を広げていくための礎となるのです! 僕達はザビー様を信じ、そしてザビー様の愛をミッドチルダ、そして幾多の星の民達に分かち与えるのです!」

 

「「「「「イエス!ザビー! イエス!ソーリン!」」」」」」

 

もはや発狂したかのようなテンションで両手を上げる教会騎士達、そこへ一人の女性が宗麟の立つ祭壇に上がって来た。

 

「ブラボー! 素晴らしい言葉だったわ。宗麟君♪ 貴方の愛が言葉のひとつひとつに重く込められていたわよ!」

金髪で長身の美しい容姿の女性…聖王教会の騎士 カリム・グラシアが、宗麟の洗礼の言葉に感動の涙を浮かべながら、その小さな手をとった。

 

「フフフ~。お褒めに預かれて、光栄至極! 我がザビー教の新たなる聖母“ノストラダムスカリーム”! アナタのお墨付きともあれば、この大友宗麟。この世界の地の果てまでをもザビー様の愛に染め上げる自信が湧いてきそうです!」

 

宗麟はそう言ってカリムにお辞儀をした。

ちなみに『ノストラダムスカリム』とはカリムの洗礼名である。

察しの良い読者の諸兄はお気づきになったであろうが…カリムはあろうことか、この「愛」の名のもとに意味不明な行動や思想ばかりに染まった最強の色物集団 “ザビー教”に毒されたこのミッドチルダの住人第一号であった。

 

何故、こんな事になってしまったのか…?

時は5日前に遡る―――

 

 

 

 

あの日は雲ひとつない綺麗な月夜の晩であった…

まだ、混沌のこの字も縁のない清楚に満ちた文字通りの神聖な場所であった聖王教会の執務室では、この教会に駐屯する教会騎士の一人にしてその中心的存在であったカリム・グラシアが、いつものように山のようなデスクワークを終えて、ようやく一息つこうとしているところであった。

ここしばらく、所用で珍しく教会を離れ、管理局本局へと出向いていたカリムは久方ぶりに教会へと帰ってきたばかりだった。住み慣れた教会に帰ったと言っても別にゆっくりくつろぐ等と思う訳ではなく、帰って早々に聖王教巡礼者からの書簡や貢物などの品の整理など教会騎士としてやらなければならぬ事は山程あった。教会騎士団の重鎮であり、聖王教会全体の中でもそれなりに重要な存在であるカリムの下にはその様な物が毎日引っ切り無しに送り届けられている。書簡は魔法で文字をその場に投影させる事で連続的に閲覧していく。そして賂目的な貢品に関しては、送り主が判明している場合は一切手をつける事無く送り返し、判明していない場合は遺失物として教会騎士が管理する形で預かる事となっていた。

そんな作業を一段落させ、カリムは大きく息を吐きながら天井を眺めていた。

 

「ふぅ…聖王教の一角を司る者の一人として、当たり前の宿命とはいえ…やはりこう毎日毎日、職務に追われるのは疲れますね…」

 

カリムは生まれてこの方あまり感じてきた事がなかった“疲れ”というものを珍しく感じていた。

教会信者として生を受け、教会騎士となり、“予言”という特異な魔法スキルを持った自身の存在を特別視され、こうして今や教会騎士の中でも重要なポストについて、聖地ベルカ、そしてミッドチルダをはじめとする次元世界の安泰の為に日々、その身を投じていた自分の運命を恨んだりなど一度もなかった。

自分は一生、聖王様に身を捧げ、聖王教を信じる者達、そして自身のスキルを必要とする者達の為に身を捧げる事と覚悟していたし、何より自分の使命と信じていた。

けれども、こうして激務の合間に少し休憩を挟んだ時、ふと頭の中によぎる事があった。

“聖王教の為に教会騎士として生きる事以外の生き方”をする自分はどんなものなのか…?

しかし、何度考えてもカリムはそれを具体的に思い描く事ができなかった。

それ即ち、自分には聖王教会の騎士として生きる道しかないという意味なのか…? そう考えると一握の寂しさを覚える事があった。

 

「………少し、紅茶でも飲んで疲れを取りましょうか」

 

カリムがそうつぶやきながら席を立ちかけたその時だった…

 

 

ドーーーーーン!!

 

「ッ!? キャアァァッ!!?」

 

突然、砲音のような音と共に激しい地響きが部屋中を揺るがし、そして窓の外からは、夜にも関わらず日光のようなまばゆい光が部屋に降り注いだ。

突然の事にカリムは思わず悲鳴を上げながら、その場に頭を庇いつつ、しゃがみ伏せた。

幸いにもほんの一瞬で閃光も振動も轟音も止まり、再び部屋に静寂が戻った。

 

「今のは…なんだったのでしょう…?」

 

突然の事にカリムが戸惑っていると、窓の外では同じく突然の轟音と光に驚いた教会騎士や関係者達がバタバタと浮き足立っている喧騒が聞こえてきた。

 

「一体、何事かしら…?」

 

不安になったカリムが様子を見に行こうかと考えてた時、執務室のドアが開かれ、一人の修道女姿の女性が駆け込んできた。

 

「騎士カリム! 失礼します! 今、敷地内で謎の爆発騒ぎのようなものがあったようですが、ご無事で!?」

 

カリムは駆け込んできた紫色のボブカットヘアーの女性…自身の秘書でありボディガード的存在の教会騎士 シャッハ・ヌエラの姿を確認すると胸をなでおろしながら、立ち上がった。

 

「シャッハ。えぇ、私は大丈夫です。それより一体、何があったのですか?」

 

「わかりません。今、原因を調べようと騎士団総出で中庭を調査していますが…」

 

シャッハから報告が全て言い終わる前にカリムは行動に移していた。

 

「私も行きます。今の爆発…どうも普通の爆発とは思えません」

 

カリムとしては予想外ともいえる行動にシャッハは思わず口をあんぐりと空けてしまう程に驚きを見せた。

 

「そ、そんな…!? 危険です!? 何が原因なのかもわからないのですよ! 調査は私が行いますから騎士カリムはここで待っていてください!」

 

そう制止するシャッハだが、カリムは珍しく首を横に降って拒否の意思を示した。

 

「いいえ。今の光が唯の爆発ではない事は私もわかっています。ですが、この現象の原因は私自身この目でしかと確かめないといけない気がしてやまないのです」

 

「騎士カリム?」

 

シャッハはカリムの頑なな態度に戸惑いながらも、彼女がそこまでいうのには彼女の持つスキルが関わっているのではないかと察した。

カリムの持つレアスキル“プロフェーティン・シェリフテン”はこの先に起こるであろう真実を散文形式で書き加える能力…言い換えれば“予言”であり、それが影響しているのか、カリムは人並み以上に第六感に優れている一面があった。

この謎の現象を前にここまで頑なになるという事は何か彼女の第六感を刺激する何かがあるという事実なのかもしれない…そう考えるとシャッハはカリムを引き止めにくくなってしまった。

 

「…わかりました。では、せめて私の傍からは離れないようにしてください」

 

「わかったわ。では行きましょう」

 

2人は連れ添って、中庭へと向かった。

 

爆発が起きたと思しき聖王教会の中庭には既に教会騎士達がバリアジャケットと武装を整えて、一心に警戒し、駆け回っていた。

当時、施設外にいた目撃者の話では突然、中庭の方に落雷らしきものが堕ちていくのが見えたという。

一方で、敷地内の施設に特に損傷した施設や人員的な被害などはない事を確認したカリムとシャッハは、一先ず自分達も捜索に加わる事にした。

 

「魔力反応はありませんでしたので、違法魔導師による襲撃などの類ではなさそうです。ですが念の為に注意してください」

 

「えぇ。さっきの音や振動がした方向からして、多分、爆心地はこの近くだとは思うのだけど…」

 

カリムがそういって、中庭の一角にあった草木の生い茂った場所へと目をやったその時だった。

 

「う……う~ん……………」

 

突然、木々の向こうから微かだが呻き声らしき声が聞こえてきた。

カリムとシャッハはお互いに顔を見合わせて、互いに聞こえてきたものが空耳ではないという意思を確認し合った。

 

「騎士カリム。私の後ろに下がっていてください。私が先に何なのか確認してみます」

 

シャッハはそう言いながら、即座にバリアジャケットに着替えると、トンファー風のフォルムの双剣デバイス『ヴィンテルシャフト』を装備し、カリムを自身の後ろに下がらせながら、木々の間を抜けて、その先にいる者の正体を探ってみる。

緊張感の走る中庭に、ざわざわと夜風が吹付け、木や草がざわざわと靡いた。

 

「こ、これは…!? 騎士カリム! 来てください!!」

 

木々の向こうからシャッハの驚愕する声が聞こえてきた。

慌ててカリムがその背中を追って木々を抜けていくと、唸り声の正体がそこにいた。

 

「う…う~ん…ムニャムニャ…ザビー…様~…」

 

そこにいたのは一人の少年だった。

顔付きこそそれなりに整っているものの、その服装はまるで童話の中に出てくる王子様のような悪趣味極まりないゴテゴテ派手衣装を着ている。

その背丈は小さく、まだ年齢は十代前半と思われる。手には聖書のような分厚い本がしっかりと握りしめられていた。

そして、少年のすぐ後ろには何やら人の顔のような形の乗り物らしき機械が転がっていた。

 

「こ、この子は……?」

 

カリムが驚きと心配を孕んだ声を上げると、その声に反応するようにシャッハが声を上げた。

 

「誰か来てください! ここに子供が倒れています!!」

 

その声に反応するように駆け寄ってくる教会騎士達の足音を聞きながら、どうするべきかと考えるシャッハにカリムが語りかけた。

 

「一先ずこの子は救護室に運びましょう。 恐らくさっきの爆発になに関わりがあるかもしれません」

 

カリムの指示にシャッハは素直に頷いた。

この時はその指示が至極適切であると思っていたからだ…

 

―――

 

 

「今思えば……今思えば、あの時にアイツを“危険人物”として勾留しておけば…更に言えば、無理にでも騎士カリムを調査に同行させずに執務室に留め置いておけば、こんな事には…あぁぁ!! 騎士カリムぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

そして現在、この教会で唯一ザビー教に毒されていない関係者…シャッハ・ヌエラは5日前の自分の判断ミスが招いた礼拝堂内の混沌の極みな光景を前に、滝のような涙を流しながら、嘆きの叫びを上げたのであった。

 

 

数時間後--―

聖王教会正門前。

ローブを纏い、いつものように門の前に停まった車から降りたところではやてとシグナムの身体は凍りついてしまった。

顔が真っ青になり、あんぐりと口を開いたまま、二人は目の前に立つ聖王教会本部の建物を見つめる。

そこには2人が以前訪れた時と何ら変わりない、聖王教会の長きにわたる歴史を物語るかのような立派な造りの門に…二人が今まで見たことがない、“気持ちの悪いハゲのオッサンのシンボルマーク”が大きく描かれ、その下にはこんなネームプレートが飾られていた。

 

 

『全ての愛を求める子羊達を救ってあげましょう!! 聖王ザビー教会』

 

 

「あ…主はやて……聖王教会は、いつの間に名前を変えたのですか?」

 

「わ、わたしかてわからんよ!だって先日来た時は何の変わりもなかったんやから!」

 

はやてもシグナムもシンボルマークとネームプレートを見ただけで、これはただ事ではないという考えが頭に過った。

 

「とりあえず、カリムとシスターシャッハに会わんと…2人なら何か事情知ってるかもしれへんし…」

 

はやてはそう言って聖王教会の中へ入ろうとすると…

 

「騎士はやて~~~~~~~~~!!」

 

「!?…し…シスターシャッハ!?」

 

教会の中からシャッハが、泣き顔でこちらに向かって駆けてきた。

シャッハは、はやての下へ着いた途端にすがりついて号泣し出す。

 

「助けてくださいいいいぃぃぃぃぃ!! 騎士カリムがああぁぁ!! 聖王教会がああぁぁぁ!!」

 

「ど…どないしたんですかシスター!?とりあえず落ち着いて!」

 

「シスターが取り乱しては話にならないですか!ひとまず落ち着いてください!」

 

はやてとシグナムがそう言ってシャッハを宥めると、彼女はなんとか落ち着きを取り戻す。

 

「す…すみません騎士はやて、騎士シグナム…つい取り乱してしまって…」

 

「うん、ウチらは別にいいけど…」

 

「常に冷静な貴方がこんなにも取り乱すだなんて、一体なにがあったのですか?」

 

普段はシスターらしく、真面目でどんな状況においても決して動揺しない彼女がここまで取り乱す程にパニックに陥ったという事はよほどの事が聖王教会で起きたのだろう。

 

シグナムはシャッハに、何があったのかを聞き出そうする。

 

「じ…実は……聖王教会が……」

 

シャッハがそう言いかけた時…

 

「ザ~ビザビザビザビザビザ~~~~♪」

 

突然どこからともなく奇怪なメロディーと共に、あまり長時間聞きたくないような不快な合唱が聞こえてくる。

その歌が耳に入った途端、3人の背筋が凍り付くかのような感覚に襲われる。

 

「なっ!?なんだこの不気味な歌は!?」

 

シグナムは思わず周囲を見回して警戒体勢をとる。

 

「あの…シスターシャッハ?…この歌なんですか?」

 

「信じられないでしょうけど……この教会の新しい『讃美歌』です…」

 

「さ、賛美歌!? これが…!?」

 

シグナムは珍しく動揺しながら問い返した。

すると、そこへ聞き慣れない声が聞こえてきた。

 

「「これが」とは失礼ですね。これは今も時空を超えたどこかにいらっしゃるザビー様へ捧ぐ愛の小夜曲(セレナーデ)ですよ」

 

そう言いながら3人の前に、人の顔を模した形状の移動式砲台のような奇抜な機械に乗って現れた一人の少年が姿を見せる。

はやてとシグナムは宗麟を見た途端、そのあまりの趣味の悪い服装に言葉を失った。

 

「おぉ! “ニューソードマスター・シャッハ”。 新たな入信希望者ですか?わざわざ貴方が勧誘しなくとも、その辺のヒラ信者に任せたらよかったのに~」

 

「違うわボケ! 誰がテメェらなんかの為に信者なんか集めるかこの金髪チビ野郎!あと私は『ニューソードマスター』なんかじゃねぇって何度言ったらわかるんじゃあ!!」

 

「し…シスターシャッハ!?」

 

「きゃ…キャラが壊れてますよ!」

 

少年が現れた途端、キャラを崩壊させて怒鳴りつけるシャッハを見て、はやてとシグナムは思わず驚いて飛び上がった。

 

「あ…あの…君は一体、誰?」

 

はやては恐る恐る少年に問いかけた。

すると少年は、はやての方を向くと礼儀正しくもどこか変な仕草でお辞儀をしながら、クルクルと身体を回転させながら自己紹介をする。

 

「初めまして、レディー。僕の名前は大友宗麟。 偉大なる『ザビー教』に仕える若き修道士にして、我が偉大なる教祖・ザビー様に認められた愛の伝道師~! そしてこの聖地ベルカに降り立つザビー様に認められし聖母“ノストラダムスカリーム”と共にこの『聖王ザビー教会』のを司る愛の天使~!!!」

 

「「ざ…ザビー教!?」」

 

聞いた事も無い宗教の名前に、同時に聞き返すはやてとシグナム。

 

「な…なんなんやその“ザビー教”って!? いつのまにここはそないなヘンテコ宗教に鞍替えしてもうたんや!? っていうかノストラダムスカリームってなんやねん!?」

 

「『ノストラダムスカリーム』は私の洗礼名よ。はやて」

 

そうはやてに声をかけてきたのは、機動六課設立の際にも協力してくれたはやてが姉のように慕う女性…カリム・グラシアであった。

しかし、その姿を見た途端はやては愕然としてしまう。

カリムの服装は今まで教会内で着ていた黒い礼服ではなく、金と黄色という派手な色彩のシスター服に宝石がいくつも付いたような派手なロザリオを首に巻いたなんとも奇妙な姿であった。

 

「久しぶりね。はやて。ハヴァナイス・ザビー♪」

 

「か、カリムぅぅ!?」

 

ついこの間までの自分が知る姿とは全然違う、奇抜な衣装と奇抜な挨拶を使い、自分の頭の中にあった優しい穏やかで理知的な笑みとは、まるで違う陽気だが頭の中は何も考えていなさそうな軽々しい笑顔を浮かべるカリムの姿に、はやては思わず卒倒しそうになった。

 

「ど、どどど…どないしたんやその服!? ってか今の挨拶何!?」

 

「どう似合う? これはザビー教幹部信者の象徴ともいえる礼服なの。実際に着てみたのは今日が初めてなんだけどね。ちなみに、今の挨拶はザビー教が誇る伝統的な挨拶よ。聞こえなかったのなら、もう一度…ハヴァナイス・ザビー♪」

 

なにも疑う様子も見せず奇妙奇天烈な挨拶をかましてくるカリムに、はやてとシグナムは慌ててシャッハを捕まえて耳打ちで話しかけた。

 

「どないなってんですか!? ここしばらく見ん内にカリムと教会に一体何があったっていうんですか!?」

 

「そもそも一体何者なのですか!? あの大友宗麟とかいう見るからにバカ丸出しな子供と“ザビー教”なる得体のしれない邪教徒の一団は!?」

 

「………これが、今日お二人にここへ来てもらった理由です…」

 

そしてシャッハの口から衝撃の事実が語られる…

 

「あの大友宗麟というガキンチョが、騎士カリムや聖王教会の信者達にわけのわからない邪教を吹き込んで、事もあろうに騎士カリムがその邪教に惚れ込んで入信してしまったんです!!」

 

「「な…なんやて(なんだと)ーーーーーーーーーーーー!?」」

 

はやて、シグナムが同時に声を張り上げた。

 

 

 

 

一方、こちらは機動六課隊舎内 ロビー。

そこにはドンッっと仁王立ちしたティアナを前にしてスバルが冷や汗をかいていた。

 

「スバル!一体どういう事なの!?シューティングアーツを捨てて、家康さんの格闘術を覚えなおすだなんで…自分が何言ってるのかわかってるの!?」

 

「わ…わかってるよ。確かにここ最近ガジェットドローンの事件が連発しているし、こんな時に一から格闘術を覚え直すのはおかしいと思うけど…」

 

スバルはティアナの迫力に押されながらなんとか弁解しようとする。

 

「おかしいと思うならなんで覚えなおそうとするのよ!? 下手に得意手を捨てて、うろ覚えな戦法で実戦に臨めばそれこそ命取りになるわよ!」

 

「そうだけど…私どうしても家康さんの拳法を覚えたいの!」

 

「どうして!?」

 

スバルの断固とした態度にティアナはわけがわからず、思わず声を張り上げる。

そんなティアナをなだめながらスバルはゆっくりと説明し始める。

 

「先週の家康さんの訓練を見た時、私感じたんだ…同じ拳を使って戦うけど家康さんの拳は私のシューティングアーツなんかとは格が違う…あの魔法も使わずにガジェットを粉砕する力、その力を宿した身体から繰り出される研ぎ澄まされた技…あれはただ覚えて得たものじゃないんだって。それで私あの日の晩に家康さんに聞いてみたんだ…」

 

 

一週間前…

家康が訓練をしたその日の夜…

隊舎近くの防波堤に家康を呼び出したスバル。

 

「それで、ワシに話とはなんだ?スバル殿」

 

「あの…家康さん…実は…」

 

家康の問いにスバルはしばらくしどろもどろな態度になりながらも、やがて意を決して家康に願い出る。

 

「私に……私に家康さんの拳法を教えて下さい!」

 

スバルがそう言って声を上げると、家康は一瞬キョトンとした表情になる。

 

「ワシの……拳法を?」

 

「はい!今日の家康さんの訓練を見た時、私家康さんの拳法に感激しました。恥ずかしい事ですけど、私のシューティングアーツでは成せない何かが家康さんの拳法にはあると思ったんです。それに…」

 

そこまで言うとスバルは急に俯き、暗い表情になる。

 

「私自身…まだまだ鍛錬が足りないんだってそう思ったんです…だから家康さんのような修行を重ねてさらに自分を強くしたいのです!」

 

スバルが熱心に話すのを黙って聞いていた家康だったが、やがて「フフッ」と小さく笑うと、静かに語り出した。

 

「スバル殿。気を悪くしないでほしい。でも君はひとつ大きな勘違いをしている」

 

「勘違い…?」

 

すると家康は急に真剣な表情を浮かべて話し出した。

 

「あぁ。君はワシの強さの源が日々の鍛錬だと言ったが、それは違う。

いや…確かに鍛錬も非常に大事な事だ。だがそれが強くなる為に最も重要な事なのかと言ったらそれは違う」

 

家康はスバルを諭すように熱心に話す。

 

「ワシは今にまでに随分と苦労してきた。そもそも子供の頃のワシは、『天下を取る』『時代を切り開く』と言った綺麗言を掲げていたのはいいが、正直自分では何もできない他力本願な奴でな…本当の強さの意味もわからず、戦ではほとんど自分自身で戦おうとせずに家臣の者にまかせてばかりだった…」

 

家康は防波堤の先に広がる海を見つめる。

 

「だがある時、ワシにとって師のような存在の男がこう言ったんだ。

『誠の強さとは記された道の上を進んで得るものではない。強き戦友(とも)と剣を交え、強い心の繋がりで結ばれた家臣(かぞく)達と共に時に苦しみ、迷い、そしてその度に答えを見つけながら果ての見えぬ道を進む事で、はじめて得る事ができる』

…ワシはこの時初めて知ったんだ。本当の強さとはなんなのかを…」

 

家康は語りながら右手の拳に目線をやり、そして拳を強く握り締める。

 

「その男の言葉をきっかけにワシは決心したんだ。『本当の強さを持った。真の武士になろう』と!ワシはそれまで持っていた武芸や武器を全て捨て去り、家臣達と同じ苦楽を共に行くことで本当の絆を得るため、そして幾多の戦友達と戦い、得た傷の数だけ絆を深めようと、素手で戦うべくこの武術を得たんだ」

 

「家康さん…」

 

スバルは熱く語る家康をじっと見つめる。

その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「スバル殿…ワシは君に教えを説けるような鍛錬は行っていない。むしろ鍛錬なら君の方が多い筈だ」

 

「だから…」っと家康がスバルの頼みを断ろうとした時…

 

「う……うぅ……うわああああああああああああああああああん!!」

 

突然スバルが大声を上げて泣き出した。

 

「す…スバル殿!?」

 

「家康さん! 私…知りませんでした! 家康さんがそんな苦労の末に今の力を身に付けていただなんて…」

 

「いや…だからワシは――――」

 

家康がスバルに再度断りの返事を返そうとすると、スバルはさらに家康を驚かす行動に出る。

 

「家康さんお願いします!家康さんが強くなったように、私にも教えて下さい!家康さんの『絆の力』を!」

 

そう言って頭まで下げだしたスバル。家康はすっかり面喰ってしまった。

こんな事は初めてである。

今まで家康の自論に共感してくれる人間は多くいたが、彼女は家康と同じ道を学び、『絆』を知ろうとしてきたのだ。

 

(ここまでしてワシの教えを受けようとするなんて………そういえばあの人にこんな事も教えられたんだったな)

 

その時、家康はふと自分に『本当の強さ』の事を教えてくれた男からこんな事を言われたのを思い出した。

 

『竹千代よ。お主もいずれワシのように師となる時がくるだろう。だが誰かがお主を師として選んだ時、お主は自分がまだ半人前だと痛感して弟子を取る事を拒もうとする筈だ。…よいか、たとえ自分がまだ師として教える事ができる者ではないと思っても…お主を師と尊敬する者は拒んではならぬぞ。

それが誰であれ彼の者はお主を尊敬し、認め、そして自分がこの先進む為の道しるべと決めたのだ。その者にお主の弟子としての素質があるかどうかは、弟子にとってから決めるがいい…だが何も知らずにその者が進むと決めた道を自ら崩す真似は決してはならぬぞ』

 

(信玄公……)

 

家康の脳裏に彼の心の師とした人物の名が思い浮かんだ。

 

武田信玄―――

「甲斐の虎」の異名をとる武田家の当主にして甲斐の国主。真田幸村、猿飛佐助の主君でもある。

大将としての貫禄、威厳は抜群で、しばしば敵からも武将としての器を絶賛されるほど。

仁義に篤く心も広いため、幸村をはじめ多くの将兵から敬愛されており、家康も何度も戦いながら彼を戦における師として尊敬してきた。

だが徳川軍との戦の最中に病に倒れ、戦場から離れてしまう事となった。

しかし、家康は今でも彼との戦いやその教えから学んだ事を教訓にしており、時折こうして思い出す事も少なくなかった。

 

家康はしばらく考えこんでいたが、やがてスバルに静かに問いかける。

 

「スバル殿……さっきも言ったが『絆の力』とはただ覚えるだけでは身につかないぞ。ワシの教えを受けるのは構わないが、それを己の力にできるかどうかは君次第だ…」

 

家康の言葉にスバルは下げていた頭をゆっくりと上げる。

 

「えっ……それじゃあ…」

 

「あぁ! ワシの格闘術は君の格闘術とはまったく異なる流派だし、それに魔法とは違って、頼れるのは己の身体と経験だけだぞ。それでもいいのか?」

 

「はい!シューティングアーツなら捨てる覚悟もできています!」

 

スバルの決意を聞いて家康も顔を縦に振った。

 

「わかった! なら教えよう! ワシの『絆の力』の源の全てを!」

 

「家康さん……ありがとうございます!!」

 

スバルは満面の笑顔を浮かべながら家康に礼を言った。

そんなスバルを微笑ましく見つめる家康。

 

「では、もう遅い事だし、そろそろ戻るとするかスバル殿」

 

「あっ!あの家康さん!」

 

そう言って隊舎へと戻ろうとする家康に再び声をかけるスバル。

 

「ん?」

 

家康がスバルの方を再び振り向くと、スバルは照れくさそうに話しだす。

 

「あの…できれば私の事は「スバル」って呼び捨てで呼んでくれませんか?」

 

スバルの言葉を黙って聞いていた家康だったが、すぐに笑顔になってさっきの言葉をもう一度言いなおす。

 

「では……そろそろ戻るとするか…“スバル”」

 

「!……はい!!」

 

そう言うと二人は並んで隊舎へと戻って行った…

 

 

「ふ~ん…そんな事があったわけねぇ……ってか回想の一番最後いらなくない!?」

 

話のあらすじを一通り聞いたティアナが回想の最後にツッコミを入れつつもようやくスバルの考えに納得したようだった。

 

「そんなわけで、私家康さんみたいな『本当の強さ』を持った強い人になろうと思うんだ」

 

「でもスバル。さっきも言ったけど、うろ覚えな方法を実戦で使用しようとしたらそれだけリスクは大きくなるのよ。それでもいいの?」

 

ティアナはそう心配するがスバルは拳を握りしめながら笑顔で答える。

 

「大丈夫!この一週間みっちり叩きこまれたし、それに私にはティアやなのはさん達との『絆の力』もあるから!」

 

「ちょ…!? なに勝手に『絆の力』なんて作って…」

 

ティアナがそうスバルにツッコミを入れようとしたその時だった。

 

突然スバルとティアナの前に赤い画面『ALERT』の文字が書かれたホログラムが投影され、同時に警報音が鳴り響く。

 

「!!…ティア!これは!」

 

「一級警戒態勢!まさかガジェットドローンが…!?」

 

その時、隊舎内にアナウンスが放送される。

 

≪緊急要請!緊急要請! フォワードチームは全員直ちにヘリポートに集合してください!≫

 

「スバル!」

 

「うん!」

 

スバルとティアナの目付きが一気に変わった。

二人は互いに頷き合うとヘリポートに向かって駆け出していった。

 

 

ミッドチルダ。第五航空監視塔。

 

ビルの中ではこれまで出現してきた数より遥かに多い約1000体のガジェットドローンが破壊活動を行っていた。

既にビルにいた人間は避難しており、人的被害はないが既に高層建築物であるビルのいたる階層で火災が起きていた。

ビルの周辺では地上本部より出動した武装隊や消防隊が鎮圧活動を行うがあまり効果はない。

 

そんな中、ビルの屋上には一人の男の姿があった。

全身に包帯を巻き、空に浮かぶ輿に乗ったその男は屋上から広がる大都会の景色を見つめ、この状況を楽しんでいるかのような不気味な笑みを浮かべる。

そこへもうひとり、番傘を差した着物姿の女性が現れる。

 

「餌は十分に撒けたよ刑部。あとは連中を招き寄せるだけ…」

 

「あい承知……こちらも既に抜かりはない……」

 

女…皎月院の言葉に、男は頷きながら、今はまだ姿を見せていない“的”を見据えて、そして含み笑う。

 

「さぁ…早く参れ…お主らの力量をしかと見せてもらおうぞ……機動六課よ…ヒーヒッヒッヒッヒッヒッ!!!」

 

男…大谷吉継は愉悦に満ちた不気味な笑い声を上げ、やがて皎月院と共に姿を消した…

 

 

スバル、ティアナ、エリオ、キャロ達フォワードチームと、なのは、フェイト、ヴィータ、そして家康の8人は、ヴァイスの操縦するヘリに乗ってガジェットドローンの襲撃に遭ったという第五航空監視塔へ向かっていた。

機内ではフェイトがホログラムモニターを投影させ、本局より送られた今回の事件の情報を確認していた。

 

「えぇ!? 1000体!?」

 

スバル達が今回現れたガジェットドローンの総数を聞いて驚きの声を上げる。

家康もこないだの訓練の時の3倍以上にも及ぶその数に眉を顰めた。

 

「えぇ。それも未確認だけど、どうやら新型の機種も混じってるって情報もあるわ」

 

「新型?今回の襲撃場所は別に“レリック”も、その他のロストロギアも保管されてないんだろ?わざわざそんなところに新型なんて…」

 

ヴィータがぼやいていると、家康は彼女の言葉の中にでてきたある単語が気になった。

 

「ヴィータ殿。その“レリック”というのは一体なんなのだ?」

 

「あっ!家康さんにはまだ説明してなかったね」

 

家康の質問にフェイトが代わりに説明する事にした。

フェイトはホログラムモニターを使って、赤い宝石のような結晶の写真を表示する。

 

「レリックっていうのは超高能のエネルギー…つまり強い力が濃縮された結晶体で、以前説明した危険な異世界の遺産『ロストロギア』の一種で、私達機動六課がその捜索、封印、そして保管を任されている物…ロストロギアの中でもかなり危険な代物で下手に扱えば大災害を引き起こす危険性があるんだ」

 

「ほら。以前私がなのはさんに助けられた空港の火災事件の話をしましたよね? あの事件の原因となったのもこの“レリック”だって言われてるんです」

 

フェイトの解説に、スバルも補足で説明を加えた。

それを聞いた家康はやはり魔法世界にもこういった負の部分があるのか…と内心ため息をつく。

 

「ガジェットドローンは、レリックの奪手を目的に動いているみたいなの。だからレリックの管理を任されている私達は必然的に奴らと戦わなくてはならなくならないって事」

 

なのはがそう言って説明を締めると家康は納得したように頷いた。

 

「なるほど。それで訓練所の仮想敵勢も、ガジェットドローンだったわけか…」

 

「でも、今回みたいな事は異例だね。今までも何度か六課の実力を確かめる目的でガジェットドローンが現れた事はあったけど…わざわざ新型を動員して、それもミッドチルダの市街地中心の…然程重要でもない施設を、多勢力で襲うだなんて…」

 

フェイトの訝しげた疑問になのは達も同じ考えだったのか、頷きながら同調の意思を示した。

 

「確かに…今までの行動パターンからみても今回はかなり特異なケースだな…まるであたしらをおびき寄せているかのように…」

 

ヴィータが厳しい口調で言った。

すると、それを聞いていた家康が不意に呟く。

 

「うむ…聞けば、ガジェットドローンなる機械群…ただのカラクリ仕掛けの傀儡と思ってはいたのだが、思いの外に頭も切れるものなのかな?」

 

「いいや…これはガジェット共というよりは、アイツらを動かしている“運用者共”の思惑だろうな…」

 

「運用者…?」

 

家康が尋ねた。するとフェイトが家康にもわかりやすい様に言葉を選びながら説明してあげた。

 

「いくら機械兵器であるガジェットドローンでも当然、それを動かす為には人の力…っというよりは“意思”が関わってくる…しかもガジェットドローンの狙いが“レリック”に集中しているとなればなおさら、それを欲する誰かの陰謀が背後で蠢いている事を意味している」

 

「つまり…ガジェットドローンを動かして、そのレリックなる秘宝を集め、何かよからぬ事を企んでいる邪な人間がいるというわけか…?」

 

家康が身を乗り出しながら言った。

フェイトの説明を聞いて、薄々思い描いていた構図がはっきりと姿を見せてきた気がした。

 

「そのとおりだよ。その“よからぬ事”を企んでいるのが誰か、捜査する事も私達、機動六課の仕事なんだよ」

 

なのははそう言って、家康、そしてスバル達フォワードチームに目を配りながら、改めて言った。

 

「だからこそ…その手がかりを少しでも手に入れる為にもこの任務はいつも以上に気を引き締めていかないとね。剰え今回の敵の頭数は今までスバル達も経験した事のない大多数だから、しっかりとね」

 

「「「「はい!!」」」」

 

「承知した。ワシも振るえる限りの力を示すつもりだ」

 

力いっぱいに返答するスバル達に負けぬように、家康も威勢ある表情を浮かべながら、頷くのであった。

 

 

首都クラナガン近辺・フィフティーン・アベニュー―――

様々な複合施設が立ち並ぶクラナガン近辺でも有数の繁華街のこの場所には通りのいたる箇所に移動販売車や屋台による出店が出ている事が多かった。

様々な異世界の文化が交流しているミッドチルダの首都だけあって、立ち並ぶ出店もそれぞれの文化を反映したような、なかなかに個性溢れるものが多かった。   

 

そんな中でも、この『鮨処 BUSHI堂』はとりわけ個性の強い出店として有名であった。

鮨処の名の通り、寿司をメインに提供しているこの店は、店主の腕前も味も値段も決して悪いものではなく、むしろ、この界隈に出店する屋台の中でも特にリーズナブルで高水準であるとして有名だった。

だが、この店にやってくる客はほとんど、寿司を食べようとしない。

何故かといえば、この店のネタはどれも店主のこだわりなのか、普通の寿司屋にないものばかり揃っていたからだった…

通常寿司屋のネタといえば、マグロ、カンパチ、イカ、タコ、エビ…などが一般的。ミッドチルダのような様々な文化の行き交う場所においてはせいぜいカリフォルニアロールなどの邪道種などが関の山であろう。

ところがこの寿司屋のお品書きを順に見ていくと、カエル、イモリ、マムシ、豚の子宮、牛のケツメド、サイの金玉…とにかく訳のわからないネタしか揃っていなかった。幸いにもここの店主はメニューにない品であっても、注文があれば何でも作ってくれる為、何も知らずに店にやってきた客はネタを見て仰天し、結局寿司以外のご飯を注文するのがセオリーになってしまっていた。

そんな訳あって、現在ではこの店で食べるのはよっぽど空腹に飢えた者か、その風変わりな店の雰囲気を楽しみたい物好き、または値段の安さに引かれたけちん坊のみに限られていた。

散々宛もなくさまよった末、今日ようやくここクラナガンまでたどり着いて、久方ぶりに見つけた日ノ本の料理を提供する場所に歓喜して有無を言わさずに突撃した伊達政宗とそれに従う片倉小十郎の主従もその二人であった…

 

「Hu~。 寿司のネタはbizarreなものばっかでとても食えたもんじゃねぇ店だが、飯の味自体は意外と悪くねぇな!」

 

「政宗様。そんな大声で不謹慎な事を話さないで下さい。店の者に失礼です」

 

屋台の近くに用意されたテーブル席のひとつを陣取り、納豆をかけた大盛りのご飯を口にかきこむ政宗を小十郎が注意した。

二人の座るテーブルには焼き魚、味噌汁、漬物、天ぷらなど、とにかく日本食のオールスターズが大量に置かれていた。

こんな大量に頼めば当然ながら周囲の客や屋台周辺を行き交う人々から注目を浴びることになるが、そんな周囲の目など気にせず、政宗はあぐらをかきながら膨大な数の食事を平然と平らげていく。

 

一週間前、ミッドチルダに飛ばされてきた政宗と小十郎はその日の内になんとか人の多い市街地へと足を踏み入れた。

しかしミッドチルダの事はなにもわからない2人は、通貨や言語、さらには食の文化なども一切わからず、腹ごしらえをしようにも、どの料理店も政宗、小十郎の愛した和食が全然無く、挙句に身体に悪そうな色の食べ物を売り物にしている店を見かけて思わず殴り込みをかけようとしたほどであった。

そんな調子でなんとか自分達の食えそうな飯屋を探している内に1週間が経ち、空腹でぶっ倒れそうになっていた矢先にようやくこの屋台を見つけたのだった。

 

「しかし政宗様…」

 

「なんだ 小十郎」

 

食事を初めて数十分…

ようやく空腹も落ち着いてきた政宗に小十郎が、さっきからずっと話したがっていた事を話し始めた。

 

「この一週間の放浪でわかったのですが…この国の技術は日ノ本よりも大分進展していますな」

 

「Ah…確かにそうだな。この一週間いろいろとこの街を見てきたが、どれも奥州どころか国のMain Landである京の都にすらねぇ…とんでもねぇskillばかりだな」

 

食べる手を休めながら政宗がこの一週間の放浪生活を振り返ってみる。

自動車、高層ビル、テレビ、新聞、生活面も情報面もすべてが日ノ本の常識を遥かに超えたこのミッドチルダに二人はずっと驚かされてばかりであった。

そんな二人をさらに驚かせたのはこの世界に来て5日目に目撃したある集団の事…

 

それは二人が今夜の夜営の場を探そうとしていた時の事、ある店の中から刃物を持った強盗が出てくるのを二人は遭遇した。

 

すぐに捕まえようとそれぞれ愛用の刀に手をかけた政宗と小十郎であったが、それよりも早く、強盗は突然空から現れた数人の集団の攻撃を受け、さらに彼らの持つ杖のようなものから放たれた光を受けて、全身に光る輪をかけられ、拘束されてしまったのだった。

 

政宗達はそのあっという間に騒動を鎮圧した集団の戦闘技術よりも、彼らの使った秘術に驚いた。

 

「なぁ小十郎…もしかしたらこの国は秘術の使い手の国じゃねぇのか?」

 

「秘術?…っと申しますと? 凶王の参謀・大谷吉継のような…?」

 

小十郎は日の本の国において何度もその忌まわしい術で自分達を苦しめた石田軍の妖術使い達の事を思い出す。

だが、政宗は即座に頭を振って否定した。

 

「No!あのMammy野郎みてぇな賤しいもんじゃねぇよ。たぶん俺の推測だとあれだな…あれは南蛮の一部に伝わる伝説の秘術…Magic…日ノ本の言葉に言い換えれば“魔法”ってやつさ」

 

「魔法…ですか…?」

 

小十郎は呆気にとられた表情を浮かべる。

だが政宗は、自分が異国言葉(イングリッシュ)を勉強する過程で偶然知り得ていた異国文化の情報を下に冷静に今の状況と引き合わせて、自分の憶測をより確固たるものとしていく。兵法、知略に関しては腹心である小十郎に一歩先を往かれている政宗だったが、こういう少し現実離れした事に関しては、バリバリの現実主義者である小十郎よりは自分の判断に自信があったのだった。

 

「あぁ…まぁ、俺達の使う“気”の力をもっとお手軽にしたもんと言っていいかもな? それがこの国じゃ、当たり前のように使われている…Ha! まさにFantastic Worldってやつだな。そう思うと俺達もこんなFantasyな場所にやってきたのはある意味luckyだったかもしれねぇぜ?」

 

「政宗様。悠長な事を言っている場合ですか? ここがどこかさえもまだよくわからない上に、果たして我々は日ノ本に帰る事ができるかもわからないというのに…この小十郎。この一週間常にその不安ばかりを抱えていて…」

 

「You think too much 小十郎。わからない事に頭回したって無駄に自分を詰めるだけだぜ? まずはここがどこなのかゆっくり把握しながら、日ノ本に戻る手立てを考えてばいいじゃねぇか」

 

「それはそうかもしれませんが―――」

 

小十郎が納得できない様子で言葉を返そうとしたその時だった…

屋台のある広場から見える巨大な街頭ホログラムテレビの画面に突然ニュース速報が流れる。

 

≪番組の途中ですがニュース速報をお伝えします!先ほど発生したクラナガン第五航空監視塔襲撃事件で、現在被害は監視塔の周辺の建物にも広がり始め、地上本部はこれを受けて周辺地域一帯に避難勧告を発表しました! ご覧の該当地区に滞在中の皆さまは直ちに最寄りの避難場所か街頭区域の外へ避難してください!≫

 

速報に続いて、避難勧告の街頭区域を描いた地図が発表されたと同時に、通りにいた人々がパニック状態になり一斉にどこかへと避難し始めた。

その光景に戸惑う政宗と小十郎。

 

「おい。一体どうしたんだ?」

 

近くに居た屋台の客の一人に小十郎が聞こうとすると…

 

「逃げるんだよ!このあたりももうすぐ戦闘地帯になるんだ!アンタ達も巻き込まれたくなかったら早く逃げろ!」

 

そう叫びながら客は他の人々達に続いて大通りを逃げていった。

あっという間に屋台の周りには政宗と小十郎だけが残った。

 

「政宗様…我々も退避した方が良いのでは……政宗様?」

 

そう言って小十郎が政宗の方へ顔を向けると、政宗は平然と食事を続けていた。

 

「政宗様?」

 

「小十郎。おめぇもしっかり食っとけよ。これから派手に暴れっからstamina付けねぇとな」

 

「……ッ!!?」

 

小十郎は政宗の行動に一瞬驚く。

 

「政宗様…まさか今の襲撃とやらの現場に赴くおつもりで?」

 

「事の仔細はよくわからねぇが…恐らく俺の胸をhotにさせるド派手なPartyが開かれているとみた…コイツは少しばかし遊んでいってみるべきだろ?」

 

「政宗様! お忘れではありませんでしょうが、我らはこの地について何も知らないのですぞ! それに政宗様の言うように“魔法”なる秘術がこの世界では当たり前というのであれば尚の事、無闇に火事場に乗り込むような真似は慎むべきかと…」

 

小十郎はそう忠言するが、政宗は眼帯で隠されていない左目をカッと見開き、小十郎を見つめた。

 

「だからこそさ! このFantastic WorldのParty…どんなものかそろそろこの目で確かめてみてぇものと思っていたんだよ。それに…」

 

「?」

 

政宗は遠くを見据えるように店のテレビに映った第五航空監視塔の現場の映像に目をやりながら、呟いた。

 

「俺の第六感が感じるんだよ…『あの場所に向かえ』っていう“龍の勘”って奴がな…」

 

政宗の眼差しをしばらく唖然と見つめていた小十郎であったが、やがて彼の心中を察すると諦めるように小さく溜息を漏らした。

伊達に幼少期より政宗の右目を務め続けてきた事はない。

こうなった以上、無理に引き止めても、逆に政宗を無茶な独断行動に走らせるだけでかえって面倒なことになってしまうのだ。

 

「…………わかりました。 では時間がありませんので手短に済ませましょう」

 

小十郎はそう言うと、再び腰を下ろした。

政宗はガツガツと食べ進めながら戦前とは思えぬ軽快な口調で呟いた。

 

「Ha! できれば、伊達の出陣前のtraditional eventとして“ずんだ餅”でもありゃよかったんだがな。あれを食ってから出陣すりゃ、いい気付けになったろうに」

 

政宗の言う“ずんだ餅”とは枝豆を茹で、薄皮を剥いて潰してこしたものに、砂糖と食塩を混ぜて作った“ずんだ餡”を搗きたての餅に絡めて食べる奥州ならではの夏菓子の事である。

伊達家では大事な戦に出陣する前夜などの宴席でこのずんだ餅を食べる事で軍内の士気と団結力を高めるという習わしがあったのだった。

 

「無理な事を言わないでください。こんな異郷の地で奥州独特の伝統菓子があるわけが…」

 

小十郎がそう言いかけた時、不意にテーブルに新たに2つの皿が差し出された。

そこに盛られていたのは鮮やかな黄緑色の餡のかかった餅…ずんだ餅だった。

政宗も小十郎も思わず目を丸くし、お互いの顔を見合わせてから、いつの間にかテーブル席の近くに立っていた皿を差し出したであろう人物に目をやる。

 

「…食う?」

 

そこにいたのは板前服を身に纏い、何故か顔の上半分に片角の折れた黒鬼の面を被り、歌舞伎の鏡獅子のような赤い長髪の付いた異様な風体の男が立っていた。

それは政宗達がこの屋台にやってきた時に厨房に立っていた男…即ち、この『鮨処 BUSHI堂』の店長(マスター)だった。

呆気にとられている政宗達に向かって、それだけを言うとまるで何事もなかったかのように、他のテーブル席に残っていた逃げていった客の食べ残した皿を片付けて回っていた。

 

「……なんであるんだ? ずんだ」

 

「…っていうか、あの店主…この騒ぎなのに、どうして逃げないのでしょうか?」

 

色々ツッコみたい事が山積みだった政宗と小十郎だったが、マスターのいろんな意味でただならぬ雰囲気と突拍子もない行動に呆気にとられるばかりだった…

 

そして数分後―――

 

「よし。じゃあ腹ごしらえも済んだし、行くか小十郎!!」

 

あれだけあった食事…勿論、マスターからの思わぬ計らいで用意して貰ったずんだ餅も含めてすっかり平らげた政宗は、軽く身体を捻らせながら立ち上がる。

 

「はっ! しかし政宗様。くどいかもしれませぬが、ここは未知なる土地…いつも以上に用心して行動してください」

 

小十郎がそう忠告すると政宗は不敵な笑みを浮かべる。

 

「Ah? もしもの時はお前が俺の背中を守るんじゃなかったのか?」

 

「無論、この片倉小十郎。如何なる未知の相手と刺し違える事となろうとも、命を賭けて政宗様の背中をお守りいたします!」

 

「Ha! その意気だ小十郎! I leave Ok? じゃあ行くか」

 

政宗は久々に味わう戦の快感と緊張に胸を躍らせながら、腰から外していた愛刀の六爪を身につける。

一方、小十郎は相変わらず屋台の裏で空いた食器を洗っていたマスターの下に近づいていき…

 

「主。使えるかわからんが、飯の代金はこれでなんとか勘弁してもらえるか?」

 

そう言って懐から小判を三枚取り出して、差し出すと、マスターは振り返らないまま、スッと屋台の傍にあるお品書きの書かれた立て看板の方を指し示した。

それに導かれるまま小十郎が看板に目をやると、メニューの下にこんな一文が記されていた。

 

 

『お支払いは、小判も可』

 

 

「………………」

 

「…払う?」

 

看板の内容に呆気にとられていた小十郎に、マスターがスッと立ち上がると改めて尋ねてきた。

 

「……なんで使えるんだ? 小判」

 

ますます謎めいたマスターと店の雰囲気に圧倒されそうにながら、小十郎は一先ず小判をマスターに渡すと急いで政宗の後に続いて駆け出した。

その場に残ったマスターは、やはり何も起きていないかのように、人っ子一人いなくなった大通りで仕事に戻るのだった。

 

 

「はっ!はっ!はっ!」

 

その頃…別の場所では、幸村が両手に愛用の二槍を手に、第五航空監視塔に向かって走っていた。

彼の走る大通りは反対方向から避難してくる民間人達でごった返しており、幸村はそんな人込みをかき分けながら進んでいた。

 

「真田の大将! 本当に行くのか!?」

 

すると幸村の数メートル後ろに佐助が現れ、通りの脇の店の屋根の上や街路樹、看板を飛び越えながら幸村の後を追う。

 

「当然だ! このような民を苦しめる愚かな敵にこの幸村。決して容赦はしない!」

 

「でも大将! さっき様子を見てきたけど、敵はどうも人間ではないようだぜ!それに『管理局』とかいう集団があの城みてえな建物の周辺を完全に包囲しちまってる!俺達が入れそうな隙間はどこにもなかったぜ!」

 

「何を言うか佐助!お館様の教えを忘れたか!!『無き道は無理矢理でもこじ開けろ』と!! 管理局なる集団が道を塞ぐというのならば!この幸村、連中を地の果てに飛ばしてでも進もうぞ!!」

 

幸村の言葉に、佐助は思わず顔を真っ青にする。

 

「ちょ…! 大将! だから何度も言ってんじゃない! ここは俺や大将も知らない土地なんだから、むやみに騒動は起すなって…」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! お館様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! どうかこの幸村をお守りくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

佐助の忠告に耳も貸さず幸村は全速力で第五航空監視塔へと突っ走って行く。

 

「んもぉぉぉ!! 大将ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 頼むから俺様にこれ以上苦労かけないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

悲痛な叫びを上げながら幸村の後を追う苦労人…佐助であった。

 

 

第五航空監視塔付近駐車場。

機動六課のヘリは今、そこを臨時のヘリポートとして着陸していた。

なのはは機動六課の代表として他の武装隊と連絡をとり、話し合い末に地上付近のガジェット達は武装隊が応対し、機動六課は主に建物内と建物の周辺上空を旋回するガジェットの相手をすることになった。

 

「それじゃあ皆、機内で説明したとおり、建物内のガジェットから対処していってね」

 

なのはがフォワードチーム。そして家康と順番に最終確認していく。

 

「「「「はい!!」」」」

 

「特に家康君は今回が初めての任務だから、気を抜いちゃだめだよ」

 

「あぁ!わかっている」

 

家康は自信を持って頷いた。

 

「皆、行くよ!」

 

なのはの号令を合図に、六課のメンバー達はそれぞれデバイスを掲げる。

 

≪Standby Ready≫

 

それぞれのデバイスから電子音が鳴り…

 

「「「「「「「セーットアップ!」」」」」」」

 

それぞれバリアジャケットを装着した。

家康も気合いを入れるべく拳を握りしめる。

すると家康の拳から黄金のオーラが輝きだした。

 

「家康さん!スバル達をお願いね」

 

「お前も気を付けるんだぞ!」

 

フェイト、ヴィータがそう言って声をかけると、なのはと共に空中にいるガジェットドローンの編隊へ攻撃に向かう。

その様子を見送った家康はスバル達に指示を出す。

 

「ではワシらも行こう! おそらく建物内も敵は大勢だ。皆、連携を崩すんじゃないぞ!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

そして家康達はビルの裏口より、敵の入り乱れる建物へと侵入して行った。




今回の主な改変点はやはり、『リリバサ』屈指のカオスな集団(笑)聖王ザビー教会のメンバーに、教祖ザビーが未登場という点です。
正直、オリジナル版を執筆していて、ザビーサイドのメンバーはボケ役の宗麟、そしてカリムとツッコミ役のシャッハの3人がいれば、十分動かせる事がわかったので、ザビーには信玄、謙信、秀吉みたいな『後に控えし大玉』扱いとして登場はもう少し待ってもらう事にしました。
その代わりに宗麟、カリムの2人にはオリジナル版以上にカオス且つ破天荒に暴れさせてやろうと思っていますのでお楽しみに。


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第六章 ~参戦! 独眼竜と若き虎~

独眼竜 伊達政宗、若き虎 真田幸村…次々とBASARAの勇将達が登場してきます。
そしてクロスオーバーの醍醐味…スバルがBASARA恒例の“あの技”を使っちゃたりします。

ティアナ「リリカルBASARA StrikerS 第六章出陣します」


首都クラナガン第五航空監視塔 15階―――

下層階より建物の中へ侵入した家康達は、順調にガジェット達を破壊していき、1時間としない内に、建物内で一番ガジェットの数が多い地帯であるこの階までたどり着いていた。

 

「サンダーレイジ!」

 

小柄な体のエリオがストラーダを地面に突き立てると。雷の洪水が、ストラーダの先端より地面を伝播し、ガジェット達を薙ぎ払っていく。

 

「アルケミックチェーン!」

 

キャロが唱えると同時に、彼女の周辺に群がるガジェット達の下の地面に魔方陣が形成されそこからピンク色のチェーンが伸びて、陣内にいたガジェット達を次々に拘束していった。

 

「シュート…バレット!」

 

拘束されたガジェット達に、ティアナがクロスミラージュより魔力弾を発射し、ガジェット達を確実に撃ち仕留めていく。

一気に5機のガジェット達を殲滅する事ができた。

3人の連携力だけでも目に留まる活躍であるが、特にこの戦いですさまじい戦いぶりを見せていたのは、やはり家康とスバルであった。

 

「はああぁぁ!せぇやあああ!」

 

家康は立ちはだかるガジェット達にストレート、アッパー、ボディブロー、肘鉄を瞬時に繰り返しながらその機体を次々に破壊していき、敵がまとめて攻撃をしかけてこようとすると、その隙を突いて…

 

「一撃だ!!」

 

自慢の必殺技『天道突き』で一気に破壊する。

家康の拳から繰り出される風圧に絡みとられたガジェット達は次々に宙を舞いながらその機体を粉々に砕かれていく。

任務開始から一時間…この間にフォワードチームは200機程のガジェットの殲滅に成功していた。

っとはいえ、ティアナ、エリオ、キャロが倒したのは3人合わせて50機近くで、家康は既に100機程のガジェットを殲滅していた。

そして残りの50機は…

 

「はあああああああああああああああああ!!!」

 

リボルバーナックルを装備してマッハキャリバーでフロアを駆け巡りながら次々にガジェット達を正拳で突き、殲滅していくスバル。

だが今の彼女の動きは、今まで任務で見せていたものとは大きく異なる点があった。

スバルはこの戦いが始まってから、ほとんど魔法を使って敵を倒していなかった。

それどころか、今まで彼女の得意格闘技であったシューティングアーツの醍醐味ともいえた蹴り技も一切使わず、ほとんどを拳撃、掌打のみで切り抜けているのだった。

それでいて今のスバルの動きは今までよりもさらにキレがあり、明らかに彼女の急成長ぶりを伺えるようなものとなっていた。

そんな彼女に、今まで共に行動していたティアナをはじめ、エリオ、キャロも驚きが隠せなかった。

 

「スバル。アンタってこんなに強かったっけ?」

 

周囲にいたガジェット達が上層階へ退避し、その後を追いながら、ティアナはスバルに彼女の成長ぶりを問い詰めた。

 

「えっ!? 強いって? 私が?」

 

「そうよ! だってアンタ任務が始まってからほとんど魔法使ってないし、それでいて敵の殲滅数は家康さんに次いで多いし…一体どうしたっていうのよ!?」

 

「え~? 私はただ家康さんに教えてもらった通りにやってただけだよ。ねぇ家康さん」

 

スバルは一同の先頭を走る家康に尋ねる。

すると、家康は少し考えるように唸ってから…

 

「あぁ。だいぶワシの教えた通りに動けるようになってきたな。だがスバル、まだ所々の動きに無駄が多いぞ」

 

「えっ!? あっ!…すみません! う~ん…マッハキャリバーで速さを増幅させてたから自分では自信があったんですけど…」

 

「そうじゃなくて、私が聞いてるのは、なんで家康さんの訓練受けただけでそんな急に強くなったのかって聞いてるの!」

 

呑気に今のスバルの動きについての寸評談義をはじめた家康とスバルに、ティアナは制止するかのように吼えた。

 

「えぇ!? え~とそれは…」

 

突然口ごもるスバルに家康が釘を刺すように注意した。

 

「スバル。『あれ』の事は、もう少しティアナ達には黙っておいた方がいいぞ」

 

「は…はい!」

 

「「「『あれ』?」」」

 

ティアナ、エリオ、キャロは、二人の会話の中に含まれたある意味深なワードについて疑問に思う。

 

「スバル、家康さん。『あれ』って何?」

 

「え~と…なんて言うか…?」

 

「今にわかる事さ。それまで秘密だ」

 

スバルが返答に困っていると家康が淡々と説明した。

しかし当然ながらティアナは黙っていない。

 

「ちょっと!そんなんで納得できるわけないでしょ!」

 

ティアナは家康の頬をつねりながら問い詰める。

 

「ほら!話しなさい!この天然脳金!」

 

「あてててて! ひやは(ティアナ)ひはいっへ(痛いって)!!」

 

「ちょっとティア!やめてあげてよ!!」

 

慌てて止めに入ろうとするスバル。

その時、突然エリオとキャロが足を止めた。

 

「皆さん!!前を見て下さい!!」

 

「あそこの瓦礫の裏に何かいます!!」

 

2人の言葉を聞いた途端、即座に気を引き締め直して身構える家康達。

注意して見てみると前方の通路のいたるところに散乱した瓦礫の後ろになにか蠢く影が確認できた。

 

「負傷した民間人か?」

 

「いいえ。施設の中にいた人達は既に全員避難した筈ですが…」

 

家康とスバルがそんな事を話しているのを尻目に、ティアナは、エリオ、キャロにその場で待つようにサインを送り、一人クロスミラージュを構えて瓦礫の裏が視野に入りそうな場所へ移動しようとした。

するとティアナの行動に反応したのか、瓦礫の後ろから巨大なベルトアームのようなものが伸びてきて、そのまま家康達を凪払おうとする。

 

「!?…よけて!」

 

ティアナが叫ぶとすかさず家康達は後ろに飛び退けてアームの攻撃を回避した。

攻撃に失敗した影は、そのままアームで身を隠していた瓦礫を凪払い、家康達にその正体を見せる。

 

「!?…こいつは!?」

 

家康達の前に姿を見せた影の正体は、今までよりも大型でより丸みを帯びたガジェットドローンであった。

その姿を見た時、家康達はすぐさまこれが今までのガジェットドローンとは異なる存在であると察した。

 

「ティアさん。もしかしてこれは…新型のガジェットドローン?!」

 

「少なくとも私達が戦ってきたタイプのものではないのは確かね。どうするの?家康さん」

 

「そうだな。敵が初めて遭遇する種であるなら、あまりこちら側の手の内は見せすぎない方がいい。まずは相手の性質をよく知る事だ」

 

ガジェットとの戦闘経験はまだ浅い家康であるが、それでもこれまで様々なタイプの敵に遭遇し、幾多も戦ってきたわけではない。

家康は今までの経験から得たアドバイスをフォワードチームに送り、そして目の前にいる新型ガジェットを睨みつける。

 

「戦法は最初に指示したとおりに動け!スバルはワシと一緒に正面から奴を攻める! ティアナは奴を誘導し、エリオは側面から攻撃を加えろ! キャロとフリードはティアナとエリオを援護だ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

家康の指示に威勢のいい返事を返したスバル達は一斉にそれぞれのポジションにつく。

 

「ソニック…ムーブ!!!」

 

エリオが自慢のスピードを生かした攻撃で、壁を走りつつ新型ガジェットの側面へと回る。

当然新型ガジェットは、彼を止めるべく触手を伸ばしてくる。

 

「シュート!」

 

その触手をティアナが魔力弾で撃ち、触手を防ぐと共に同時に、それまでエリオのみに気のいっていた新型ガジェットをこちらに関心させる事に成功する。

新型ガジェットは再びアームを伸ばし、ティアナを攻撃しようとする。

 

「フリード! ブラストレイ!」

 

キャロが叫ぶと同時に、彼女の右手にはめられたケリュケイオンが光り輝き、傍に浮遊していたフリードに魔力を送る。

魔力を得たフリードは口に炎を溜めると、新型ガジェットに向かって火炎弾を数発放ち、ティアナに向かっていたアームの動きを止める。

するとアームが、今度はキャロを攻撃しようと、その目標を変えようとする。

だが、その直前アームは側面から攻撃に出たエリオのストラーダによって切断され、火花を散らしながら激痛を訴えるかのように暴れ狂う。

損傷したアームを収納した新型ガジェットは新たな攻撃に打って出るべくその場に浮遊し始める。

しかしそんな新型ガジェットの正面に現れる二つの影…

前方から攻めに入った家康とスバルがそれぞれ拳を握りしめながら新型ガジェットの近距離に迫り。

 

「はああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「とりゃああああああああああああああああああああああああ!!」

 

息を合わせるように。新型ガジェットの中心部にそれぞれ拳を打ちこみ。その巨体を一気に前方に吹き飛ばす。

激しい衝撃と砂埃を立てながら新型ガジェットはビルの端にある壁まで飛び、激突する。

 

「やったか!?」

 

家康達の表情に安堵の色が浮かびかける。

しかし、その表情は砂埃が消えると共に驚愕のものに変わった。

あれだけの攻撃をまともに受けたはずなのに、新型ガジェットは破壊されるどころか装甲にヘコミひとつついていなかったのだ。

 

「そんな!?」

 

「あれだけの攻撃を受けたのに…どうして!?」

 

キャロとティアナが亞然とした表情で話す一方、家康は冷静に敵の性質を分析する。

 

(ワシの拳で砕けないとなると敵の装甲力は忠勝と同じ程とみた。…っとなると天道突きや虎牙玄天では破壊することは不可能か…)

 

家康は考える。必ずある敵を確実に討ちとる方法を…

家康の忠臣 本多忠勝は『戦国最強』の名に等しく、その戦闘能力もさることながら、何よりも優れているのは、もはや装甲ともいえる彼の鎧である。

その防御力はすさまじく並みの武将では傷一つ付けることができず、優れた武勲を誇る武将でも倒す事など容易ではない。

その身体を一撃で貫けるとしたら武田軍が大坂防衛の為に構えた要塞『真田丸』の最終兵器『天覇絶槍砲』くらいである。

 

「(……いや…待てよ!?)」

 

ここで家康はひらめいた。

『天覇絶槍砲』には及ばずとも、なにか強力な力を至近距離から撃ちこめば破壊できるのではないのか?

しかしティアナのクロスファイアシュートでは装甲を貫ける程の威力は無いだろうし、エリオには砲撃系の技がない。フリードの砲撃ならばもしかしたら行けるかもしれないが、その前にキャロとフリードを敵の正面に送るのは危険すぎる。

 

「やはり…ここは『あれ』を試すしかないな…」

 

「え…?」

 

家康がそうつぶやくと、傍に居たスバルに声をかける。

 

「スバル」

 

「なんですか?」

 

「少し耳を貸してくれないか?例の『あれ』の成果を試してみようと思う…」

 

そう言われてスバルが家康の方に耳を傾けると家康はスバルに背を向けたままできるだけ小声で話しだした。

 

 

 

 

その頃、第五航空監視塔の周辺上空では、なのは、フェイト、ヴィータが、空中を飛行するエイのような形状のガジェット…ガジェットドローンⅡ型300機あまりの大編隊相手に奮戦していた。

 

「ブチ抜けぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

ヴィータがグラーフアイゼンで向かってくるガジェット達を次々に撃破して周り、その後方ではなのはが、幼少期より愛用してきた杖型デバイス『レイジングハート』を構え、先端に大量の魔力を溜めつつ、その目標を、ヴィータを狙って飛行するガジェット達に向ける。

 

「ディバイン…バスター!!!」

 

なのはが叫ぶと同時に、桃色に輝く閃光がガジェット達に向けて発射され、その機体を確実に撃ち落としていく。

彼女の反対側ではフェイトがやはり長年使い慣れた鎌型デバイス『バルディッシュ』を使い、すばやく空を駆け巡りガジェットドローンを破壊し、群がって飛行するガジェット達には砲撃魔法で一気に殲滅する。

 

「プラズマスマッシャー。ファイア!」

 

フェイトの指し出した腕の先に魔方陣が形成され、そこからガジェットの群れに向けて金色の電撃を帯びた砲撃が放たれ、一気に数機のガジェットを撃墜する。

 

しかし、それでもガジェット達は次々に現れては攻撃を繰り出して来る。

 

「ちぃ!倒しても倒してもキリがないぜ!!!」

 

ヴィータは終わりの見えない戦闘にイラつき、舌打ちをする。

なのはやフェイトも、その表情からはいつもの余裕があまり感じられない。

 

「ほんと、ここまで大群のガジェット達を同時に相手にするなんて初めてだよね」

 

「確かに…空中だけでここまで大量にいるとなれば、建物の中は相当数のガジェットがいるはず」

 

なのは達はスバルや家康達が戦っているであろう監視塔の方に目を向ける。

 

「スバル達…大丈夫かな?」

 

心配するなのはを、ヴィータがぶっきらぼうに励ます。

 

「心配することはねぇよ。だってアイツらには、家康がついてるんだぜ。これ程の数に近いガジェット達を一人で魔法も使わずに片づけちまった男がいるんだからそう心配する必要はねぇだろ?」

 

「まぁ。言われると確かにそうかもしれないけど…」

 

すると、突然なのは達に念話で連絡が入る。

 

≪陸士072部隊から機動六課スターズ01、02、ライトニング01へ!繰り返す!陸士072部隊から機動六課スターズ01、02、ライトニング01へ!!≫

 

慌てたような口ぶりで話して来る念話相手にただ事ではないと感じたなのは達はすぐに察した。

 

(こちらスターズ01。どうしましたか?)

 

なのはが代表して応答すると、入って来たのは予想もしてなかった報告だった。

 

≪民間人らしき人物が2人、地上鎮圧を行っていた我がチームを襲撃し、そのまま監視塔内に侵入したんです!≫

 

(な…なんですって!?)

 

対応していたなのははもちろんの事、同じく念話を聞いていたフェイトとヴィータに動揺が走る。

 

(こちらライトニング01。それで襲撃を受けた部隊と被害総数はどうなっていますか)

 

フェイトが念話で地上部隊の状況の確認をとる。

 

≪我が072部隊の戦力の半数と069、070、077の各部隊の精鋭チームが一撃で壊滅しました。しかし敵は非殺傷魔法を使ったのか死者や重症者は出ていません≫

 

(((死者や重傷者がでてない!!?)))

 

明らかにおかしすぎる話になのは達は一瞬耳を疑った。

武装隊を4チーム相手にして、それでいて死者や重傷者を出さずにまとめて戦闘不能に追いやるなんて…

今まで活動中の武装隊を不意打ちする犯罪者は何件かいたのだが、こんな事は初めてである。

しかも襲撃者は監視塔に侵入した…もしかしたら家康やスバル達が狙われてるかもしれない。

 

(わかりました! 直ちにこちらから襲撃者の捜索と逮捕に向かいます!)

 

フェイトはそう言って念話を切ると、なのは達の方に顔を向ける。

 

「なのは!ヴィータ!襲撃者は私に任せて!必ずフォワードの皆や、家康さんを襲う前に確保するから」

 

「うん!お願いねフェイトちゃん!」

 

「気をつけろよフェイト!」

 

フェイトはすぐに建物内へと向かうべく、その場から離れた。

 

「さあ、私達はこのままガジェットの殲滅を…」

 

「助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

「「!!」」

 

戦闘を再開しようとしたなのは達の耳に、突然悲鳴が聞こえた。

なのはとヴィータが声のした方を向くと、ビルの屋上でガジェットドローンⅠ型数機に囲まれて、しかもデバイスを破壊された武装隊の隊員が追い詰められていた。

 

「大変!助けないと!!」

 

なのはは、すかさずビルの方へと急行する。

ビルでは隊員を追い詰めたガジェット達が隊員にトドメを刺そうと触手を伸ばして来る。

 

「ひいいい!」

 

隊員が自身の最期を悟り目をつぶった。

 

「アクセルシューター!!」

 

だが間一髪、上空から駆け付けたなのはがガジェット達に魔力弾を撃ちこんで全機破壊した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

なのはがビルに降り立ちながら隊員に声をかける。

 

「あ…ありがとうございます! おかげで助かりました!」

 

隊員は恐怖で震えながらもなんとか立ち上がってなのはに頭を下げる。

それを見たなのはは、ほっと胸をなでおろす。

 

しかしこれで終わったわけではなかった…

突然屋上の床を突き破られ、崩壊した穴から新たに数機のガジェットⅠ型がなのは達の前に現れた。

 

「!?…早く逃げて下さい!!」

 

「は…はい!!」

 

なのはは、すぐに隊員の避難を促すと、隊員は慌てて屋上の入り口へ向けて走り去った。

 

「いくよ!!」

 

なのははレイジングハートを構えてガジェット達に向けて魔法を放とうとする。

 

「ディバイン…バス…!!?」

 

だがその時、なのはの足元の地面からベルトアームが伸び出してくると、なのはの身体に巻き付いた。

 

「し…しまった!!」

 

なのはが慌てて障壁を出してアームをほどこうとするが、続いて伸びてきた触手にレイジングハートを握った腕と口元を押さえられてしまい、身動きがとれなくなってしまった。

 

「なのは!!」

 

それを見たヴィータがすぐに助けに行こうとするが、上空を旋回するガジェット達が邪魔してなのはの下へ行けない。

 

「どきやがれ! なのは!今助けるぞ!!」

 

ヴィータは叫びながらグラーフアイゼンでガジェット達を破壊するが、破壊すればするほど多くのガジェットが襲いかかってくる。

一方のなのはは、自分を襲った正体…監視塔内で家康達の遭遇した新型ガジェットこと、ガジェットドローンⅢ型に捕まったまま、徐々にその身体は締め上げられてくる。

なのはが喉元を抑え苦しげに呻いた。人間の脳はその機能の維持のために常に新鮮な酸素を必要としている。このまま酸素の供給がストップしたままだと細胞が壊死し、脳に重大な障害が発生するおそれもある。

それはわかっているが今のヴィータは無数のガジェット達に囲まれて助けに行く事ができない。

何か方法は…ヴィータが戦いながら必死に考えているとさらに事態は最悪になっていく。

なのはを取り囲んでいたガジェット達が一斉になのはに向かってレーザーを撃つ準備を始めたのだ。

 

「くそったれ! なのは!」

 

ヴィータは叫びながらグラーフアイゼンを振り回してガジェットを破壊しながら必死にビルに向かって突き進もうとする。

だが、そんなヴィータを嘲笑うかのようにガジェットは捕らえたなのはに向けてレーザーを撃ち放とうとした。

 

その時だった…

 

「Yaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

突然レーザーを放とうとしたガジェット達の背後から叫び声と共に蒼い影が飛び上がり、片手に3本ずつ、合わせて6本の刀をガジェット達に向かって振り下ろした。

同時に青白く輝く斬撃がガジェット達に降り掛かり、次々と木端微塵に粉砕していく。

 

「えっ!?」

 

ヴィータとなのはの目が驚きで見開かれる。

そして、ガジェット達の爆発する中で、その影は颯爽と屋上に降り立って正体を見せる。

 

「Ha!楽しそうなPartyじゃねぇか!俺も混ぜな!」

 

英語交じりの言葉を話す蒼い影の正体…言うまでもなく独眼竜 伊達政宗である。

政宗は自慢の愛刀『六爪(りゅうのかたな)』を構えながら久々の戦場に心を躍らせる。

 

「な、なんだお前ら!!?」

 

突然の乱入者にヴィータは思わず動きを止める。

そして拘束されていたなのはも声も出せないまま驚愕の表情を浮かべる。

すると、なのはを拘束していたアームや触手が突然バラバラに斬られ、なのはの身体はようやく拘束状態から解放される。

深手を負ったガジェットはそのままビルの中へと退避した。

地面に投げ出されたなのはが状況を理解できず混乱していると、いつのまにか彼女の目の前には刀を構えた男が立っていた。

 

「Ha! nice playだぜ!小十郎!」

 

政宗は男…片倉小十郎の剣技を誉めると、小十郎はいつものように軽く政宗を注意する。

 

「政宗様。一人で先に行かれるのはおやめ下さいと忠告していたはずです」

 

「Ha…sorry小十郎。でもおかげでPartyの最高のtimingに出くわしたみたいだな」

 

政宗は軽口を飛ばしながら、六爪を上空に居るガジェットの群れに向ける。

 

「奥州筆頭 伊達政宗…押して参る!!」

 

政宗の名を聞いたなのはが一瞬、頭の中が真っ白になりそうな感覚を覚えた。

 

「だ…だ、て…まさ…むね……? えっ、え、えええええええぇぇぇぇぇっ!!? だ…伊達政宗えええぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

そして、一週間前、家康の名を聞いた時と同じような反応をするのだった。

蒼い龍と「エース・オブ・エース」…決して会うはずのなかった2人の英雄(ヒーロー)が巡り合った瞬間であった。

 

 

 

自分を助けてくれた青年の名を聞いた時、なのはは一瞬自分の耳を疑った。

伊達政宗…彼は確かにそう名乗った。

 

場合によっては学校の歴史の時間ではあまり出てこないが、それでも一般的には非常に有名な武将の名である。

なのはも、家康の時とは違い彼の事はその名前しか知らなかったのだが、それでも名だたる戦国武将の登場に、家康の時同様、激しく驚いたのだった。

 

「なのは!!」

 

そんな彼女のもとになんとか自分を取り囲んでいたガジェット達を撃墜したヴィータが駆けつける。

 

「なのは!大丈夫か!」

 

「う…うん。私は大丈夫。あの人達が助けてくれて…」

 

なのはがそう言うと政宗達の事を思い出したヴィータは、すぐさま政宗と小十郎にいつもの高圧的な態度で問い詰め出す。

 

「おい、お前ら! 一体何者だ!!? まさかお前らが地上の武装隊を襲撃した乱入者共か!?」

 

ヴィータの挑発的な言葉に、政宗が不機嫌そうな目つきになってなのはやヴィータの方を向く。

 

「Ah?なんだ? 人がせっかく久々のpartyを楽しもうって時にcoolじゃねぇぞ」

 

「!? 質問してるのはこっちだぞ!!」

 

「ちょっと、ヴィータちゃん落ち着いて!」

 

「政宗様も、そんな気短くならないでください」

 

危うく言い争いになりそうな状況を危惧したなのははヴィータを、小十郎は政宗をそれぞれ諌める。

そして、ヴィータに変わってなのはが政宗達に話し始めた。

 

「あの…さっきは助けてくれてありがとうございます。私、高町なのはといいます。貴方方の名前を教えてくれませんか?」

 

ヴィータと違いかなり畏まったなのはの態度に、政宗も素直に答えることにした。

 

「俺は奥州伊達軍筆頭 伊達政宗だ」

 

「同じく副将の片倉小十郎…」

 

もう一度政宗達の名を聞いた時、なのはは、すぐに政宗が家康と同様、自分達とはパラレルワールドの地球の戦国時代から飛ばされた人間であると察した。

派手な色合いの服装、常識外れの戦力、そして本来ならば歴史上の人間であるはずの人物…どれをとっても政宗の特徴は家康のものと同一している。

なのはは、小十郎の事は知らなかったが、それでも彼もまた政宗同様に戦国時代の有名人の一人であると予想できた。

 

「政宗さんに…小十郎さんですか。……もしかして二人は家康君のお知り合いでは…」

 

試しに家康の名を出してみると、二人は即座にその名前に反応した。

 

「家康? まさか…徳川家康の事をいっているのか?」

 

「はい」

 

小十郎の問いになのはが頷くと政宗は…

 

「なんでアンタが家康の名前を知ってんだ?」

 

「えっと、それは…」

 

なのはが家康の事を政宗と小十郎に話そうとすると、突然屋上全体に地響きが起き、衝撃と共に先ほどなのはを捕縛したガジェットドローンⅢ型が再びその姿を見せ出し、それに答えるかのようになのはや政宗達のいるビルの周辺にガジェット達が集まってきた。

 

「おっと。今はPartyの最中だって事を忘れてたぜ」

 

政宗は口笛を吹きながら六爪を構え、すぐさま小十郎も刀を構える。

 

「政宗様。ひとまず話はこいつらを退けてからにしましょう! それから高町とか言ったな? お前達も戦えるのなら手を貸してくれ」

 

「は…はい!」

 

小十郎に発破を掛けられ、なのはもレイジングハートを構える。

 

「チッ…しかたねぇ。とりあえず尋問は中断してやるよ。でもこれが終わったらみっちり話を聞かせてもらうからな!」

 

ヴィータも政宗、小十郎を睨みながらそう言うと、グラーフアイゼンを構えなおす。

 

「ほんじゃまぁ、出会ったばかりだがさっそくTeams playといくか…」

 

政宗がそう言うと彼の全身に蒼い稲妻が走る。

 

「クセになるなよ! なのはに、いつき!」

 

「ってまたいつきかよ!? 私の名前は“ヴィータ”だぁぁ!」

 

以前の家康と同様にまたも『いつき』と呼ばれ、顔を赤くしながら怒鳴るヴィータ。

 

「ハハハ…確か家康君に初めて会った時も同じ事言われてたよね? 結局、誰なんだろう? いつきちゃんって…」

 

なのはがそう言って苦笑を浮かべていると、周囲に展開していたガジェット達が一斉になのは達に襲い掛かる。

それを合図にすかさず政宗やなのは達が凛とした表情に変わる。

 

「Ha!威勢のいい事だぜ!DEATH BITE!!」

 

政宗は六爪を振り上げて、ガジェットⅠ型を数機程空高く打ち上げ、上空を旋回するⅡ型の編隊にぶつけて爆発させる。

 

「OK! it great!」

 

政宗はそのまま少し高い位置に浮遊していたⅠ型二機に両手に持った六爪をそれぞれ振り下ろし、一刀両断にする。

着地した政宗はすぐさま両腕を激しく振り回し、スパークと共に周りにいるガジェット達を薙ぎ払う。

 

「CRAZY STORM!!」

 

電気の帯びた斬撃と共に次々とガジェット達が破壊されていく。

だがその中の一機がなんとか斬撃を掻い潜り、政宗の背後に回って触手を出して政宗を捕らえようとする。

しかし、触手は政宗に届くことなく、横から乱入した彼の『右目』によって斬りおとされ、そして触手を放っていたガジェットも容赦なく斬られる。

 

「からくりにしては…随分頭が回るみてぇじゃねぇか…だが、この竜の右目を差し置いて、政宗様の背後をとろうなんざ、百年早ぇぜ!」

 

小十郎が刀を天に向かってかざすと、刃に電流が流れ始める。

それを確認した小十郎は、さらに政宗の背後を狙ってくるガジェットⅠ型3機に向かって素早く踏み込んでいった。

 

「喰らえ!穿月!!」

 

小十郎はガジェット達の正面に立つと、鮮やかな剣技でガジェットを切り崩す。

さらに小十郎は、続けてその背後を浮遊していた数機のガジェット達に刀を向ける。

 

「唸れ!鳴神!!」

 

小十郎が叫ぶと共に、剣先から青白く輝く電撃がガジェット達に向かって放たれ、ガジェット達を撃墜していく。

 

 

「す…すごい…」

 

なのはは、ガジェット達を撃墜しつつも、政宗達の戦いぶりを見て、思わず感心してしまう。

 

家康の訓練の時もそうだったが、彼らからは微塵の魔力も確認する事できない。

しかし、今の彼らは雷を自在に操り、研ぎ澄まされた剣技を駆使してガジェット達を次々に倒していく。

間違いなく、魔導師であればAAAクラスの実力者だ。

 

「な…なんなんだよアイツら!? デタラメみてぇな強さだぞ!」

 

グラーフアイゼンで上空にいるガジェットを叩きつぶしながらヴィータも、政宗達の戦いぶりを見て驚く。

 

「たぶん政宗さん達も、家康君と同じ戦国時代から来たんだと思う。あの強さもそうだけどいろいろと家康君と共通する事が多いし、なにより家康君の事を知ってたんだから」

 

「全く、家康の世界はホントどんな世界なんだよ!!?」

 

ヴィータが呆れたように叫びながら近づいてきたガジェットⅡ型を破壊する。

 

「こうなりゃさっさと終わらせて、アイツらの尋問続けるぞ!あいつらが家康と同じ世界から来たって事は、元の世界に帰る情報を知ってるかもしんねぇしな!!」

 

「そうだね。被害もこれ以上酷くならないようにしないといけないし…」

 

なのはが話したその時、突然一閃のレーザーがなのはとヴィータの間を横切った。

2人がレーザーの飛んできた方に顔を向けると、そこにはガジェットⅢ型が、なのは達に向けて次のレーザーを放とうとしていた。

先程の小十郎の攻撃で触手とアームが使えなくなった為、唯一残されたレーザー兵器で攻撃をしかけてきたのだった。

 

「さっきのお返しだよ!ディバインバスター!」

 

なのはは、間にいる数機のⅠ型機体諸共、ガジェットⅢ型に向けてレイジングハートを構えると砲撃魔法『ディバインバスター』を放つ。

だが、ディバインバスターはⅠ型達は一掃したものの、ガジェットⅢ型に届く前にバリアのようなものに阻まれて消滅してしまう。

これがガジェットの持つ技術の中で最も厄介なシステム『AMF』。正式名称『アンチマギリンクフィールド』―――

効果範囲内の魔力結合を解いて魔法を無力化するフィールドで、このシステムが起動している範囲内では攻撃魔法や移動魔法も妨害される。

いわば魔導師にとっては天敵ともいえるスキルである。

 

「どいてろなのは!こうなりゃアイゼンで直接ぶっ潰す!!」

 

ヴィータはそう言って、一気に急降下しつつ巨大化な鉄槌へと変わったグラーフアイゼンを構える。

 

「ギガント…ハンマー!!」

 

叫び声と共にヴィータがガジェットⅢ型を叩き飛ばす。

激しい衝撃と共にガジェットは数十メートル程後ろに吹き飛ばされる。

しかし、その装甲には攻撃を受けた際についた凹みを除いては傷がついておらず、その動きには全く支障が出ていなかった。

 

「ウソだろ!?ギガントハンマーが効かない!」

 

予想以上に固いガジェットⅢ型の装甲力に驚愕するヴィータ。

しかしなのはは冷静にガジェットがヴィータの一撃に耐えられた理由を探る。

ガジェットの装甲力もそうだが、おそらく理由としてはAMFで大部分の魔力を削がれてヴィータの腕力のみとなったギガントハンマーではガジェットの装甲を砕く威力が出せなかったのだろう。

それでも凹みは激しいとなるとそれなりに装甲力を減らす事はできたはずだ。

あとは…なにかあの部分に強力な一撃を決めれば…

 

「政宗さん! あの敵の損傷してる部分に攻撃してください!」

 

なのははガジェットⅢ型の居る場所と反対側で戦っていた政宗に声をかけてガジェットⅢ型のトドメを決めるように頼んだ。

 

「Ah、あいつか? OK!飛びきりの奴をお見舞いしてやる。準備はいいか?小十郎」

 

「はっ!守りはこの小十郎にお任せ下さい」

 

小十郎に確認するや否や、政宗はガジェットⅢ型に向かって勢いよく踏み出し、素早い動きで迫って行く。

当然ガジェットⅢ型や他のガジェット達もレーザー攻撃を放ち政宗を近づけまいとするが、それらはすべて並走する小十郎によって阻まれる。

そしてガジェットⅢ型の数メートル先まで到達した政宗は、ガジェットⅢ型の中心にできた凹み目がけて一気に飛び上がり…

 

「PHANTOM DIVE!!」

 

そのまま電流を纏った六爪を一気に振り下ろして凹み部分に斬撃と電撃両方を放つ。

魔力を持たないその技はAMFで防ぐ事も威力を減らす事も出来ずガジェットⅢ型はまったく威力の劣っていないそれを先程の損傷部分にまともに受けてしまい、その装甲は徐々に焼け焦げ、はがれていく。

そして装甲の一部が破れかけた時、斬撃と電撃はガジェットⅢ型の内部に入り、その動力源を破壊する。

一瞬のスパークの後、ガジェットⅢ型は大爆発を起こし、その巨大な機体は煙まじりの爆風と無数の破片を飛び散らせながら失散した。

そして爆風が止んだ時、ガジェットⅢ型の居た場所は巨大な空洞と化し、屋上周辺に群がっていたガジェットの群れの残りも、爆発に巻き込まれるか爆発の際に飛び散った破片を受けてすべて破壊されたのだった。

 

「なんだよもう終わりかよ?ちょいと温くねぇか?」

 

敵が全滅した事を知ると政宗は物足りなさげに話しながら六爪を仕舞った。

 

 

 

 

その頃、第五航空監視塔内部では…

 

「くっ…!!」

 

「うわぁ!?」

 

「きゃあ!」

 

ティアナ、エリオがガジェットⅢ型のアームによる薙ぎ払いを必死に回避し、後方でティアナ達の援護を行っていたキャロが、薙ぎ払いの際に生じた突風を受けてこけそうになる。

 

「ちょっと家康さん!スバル! 「時間稼げ」って言ったけど一体いつまでやらせる気よ!相手は普通のガジェットじゃないんだから囮になるこっちの身にもなってよね!!」

 

ティアナはクロスミラージュから魔力弾を撃ちつつ後ろに飛び退きながら、キャロの後ろで何やら片方の拳を顔の前に上げて、それを見つめながら気持ちを集中しているスバルと、横から小声で彼女に助言している家康に文句を言う。

 

「ちょっと待ってくれ!これは余程の集中力が必要なんだ。もう少しだけ敵を誘導してくれ!」

 

「だ~か~ら~!その集中力の必要なものってなんなのですか!? まさか敵の名前を忘れたから思いだしてるとか言うんじゃないでしょうね!!」

 

ティアナがそう言うと、家康がムッとした表情になる。

 

「集中してるのはワシじゃない!スバルだ! それに、いくらワシでも“ガシャットクローン”の名前を忘れるような抜けた真似はしないぞ!」

 

「いや、家康さん…ガシャットクローンじゃなくてガジェットドローンですよ」

 

「やっぱり覚えてないじゃないの!!」

 

もはや定番となった家康の覚え間違いボケにエリオがソフトに、ティアナが激しく、それぞれツッコんだ。

 

「家康さん! 少し静かにしてください! ティアもちょっと黙ってて! 気持ちを集中できないから!!」

 

「「あ…す…すまん(ご…ごめん)」」

 

そんな家康、ティアナのやりとりが気が散ったのか、スバルが二人を叱り、二人はまさかのスバルの剣幕に思わず縮こまってしまう。

二人が静かになるとスバルは再び拳を顔の前まで上げて、それを見つめながら目を閉じ気持ちを集中させる。

そんなスバルにガジェットⅢ型は気付いたのか、スバルに向けて触手を放ってくる。

 

敵の攻撃に気付いたエリオがソニックムーブで触手の前に立ちふさがり、ストラーダを振るって触手を斬りおとし…

ティアナはクロスミラージュでガジェットⅢ型本体を撃って攻撃の手を止めさせる。

AMFが起動して敵を損傷させる事はできないが、敵の気を引かせる事で陽動にはなった。

そんな中でもスバルはジッと気持ちを集中させ続ける。

身体の奥から強力な何かを込み上げさせるように…突然スバルの身体から青色のオーラが放ち始めた。

 

「!! やった!家康さんやりました!!」

 

「おぉ!やったなスバル!戦極ドライブだ!!」

 

感喜の声を上げるスバルと家康。一方のティアナ達は何が起き出したのかわからず混乱する。

 

「スバルさん、家康さん。一体これは何なのですか?」

 

キャロが家康達に問うと家康は得意気に答える。

 

「これは、ワシが密かにスバルに教えていたワシの世界の究極の奥義のひとつ…その名も『戦極ドライブ』だ」

 

 

戦極ドライブ―――

 

戦極ドライブとは、家康がいた戦国時代の有名武将が全員持っていた特殊な技能だ。

敵を倒すことで溢れ出す自分の中の「気」の力を興奮状態にさせたままそれを体内で必死に抑え続ける。

そして気を集中させる事で抑えていた気を一気に開放する。それが戦極ドライブという能力だ。

これを発動すると何のデメリットもなしに移動、攻撃、防御などのすべての身体能力などが上がる。

 

「ワシがこの数日スバルの訓練をやっていた際に、彼女の『気』の力の潜在能力は機動六課の中でも随一のものだとわかったんだ。だから、もしかしたらワシら特有のこの技を仕えるのではないのかと思ってもしもの切り札として教えてきたのだが…」

 

家康は話しながら、スバルから放たれる『気』の力の半端なさに正直驚く。

 

「(まさかこれほどまでとはな…やはりスバルを弟子にしたのは正解だったな)」

 

家康がそう考えていると、ガジェットⅢ型の背後に新たなガジェットⅠ型達が10機程増援にやってきた。

それを見て我に返った家康はスバルに短く指示する。

 

「スバル! 戦極ドライブの力をさっそく試してみろ!」

 

「はい! 家康さん!」

 

スバルはそう返すと、次の瞬間にはガジェット達の数メートル先まで瞬速移動していた。

これにはティアナや、スピードが自慢のエリオも目を丸くする。

 

「は…早!? なにあれ!? 強化魔法でもあそこまで脚力を早くできないわよ!!」

 

「それどころか僕のソニックムーブより早いですよ!もしかしたらフェイト隊長並みかも?!」

 

ティアナ達が驚いているのを尻目に、スバルは右腕を振り上げリボルバーナックルに竜巻状のオーラを纏わせるとそれをガジェット達に向けて放つ。

 

「シューティングエアァァァ!!」

 

スバルは、拳に気の力を乗せ、それをガジェットⅠ型の中の一体に打ちこむことで吹き飛ばし、それを後方にいるガジェット達にぶつける事で一気に爆破させる。

この技自体はスバルの会得していた攻撃魔法『リボルバーシュート』の派生技であるが、最大の違いは気の力を全面的に使っている為魔力をほとんど使用しない点だ。

この一撃だけでⅠ型の群れは全滅し、残るⅢ型は再びベルトアームを放って攻撃しようとする。

それを難なくかわしたスバル一気にⅢ型の正面まで迫り、カートリッジをリロードさせながら気のオーラを拳に纏わせる。

 

「ディバインバスター・アボンド!」

 

掛け声と共にスバルがリボルバーナックルを突き出し、ガジェットⅢ型の中心部に拳を打ちこむ。

そのまま突き刺す形になったスバルの右腕に魔力と気が混合された強力なオーラが集い、右腕全体が蒼白く輝くと同時に、ガジェットⅢ型のボディを巨大なレーザーが貫いた。

動力源を内部もろともを一気に吹き飛ばされたガジェットⅢ型はそのままゆっくりと倒れ込んだ。

同時にスバルを纏っていた蒼のオーラも消えた。

 

「す…すごい…」

 

エリオが呆気にとられた表情で話し、ティアナやキャロも茫然と立ち尽くす。

技を放った本人であるスバルも、しばらく技が成功したことが信じられないような表情になっていたがやがてその表情は笑顔に変わっていく。

 

「や…やったぁぁぁ!家康さん!私、戦極ドライブを完璧に使う事ができました!!」

 

スバルは喜びながら家康に駆け寄り、その身体に飛びついた。

 

「んな!?」

 

「わあっ!?」

 

「あわわ…!?」

 

予想外のスバルの行動にギョッとするティアナ達。

しかし、当の家康はまるで自分の事のようにスバルと一緒に喜ぶ。

 

 

「凄いじゃないかスバル!まさかこんな短時間で会得するだなんて思ってもみなかったぞ!」

 

「はい!これもすべて家康さんのおかげです!」

 

 

二人の間になにやら甘い雰囲気が漂い始める。

 

 

「スバル!」

 

「家康さん!」

 

「ってやめんかぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

「「へぶうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」」

 

抱き合って喜ぶ家康とスバルにムカついたのかティアナが二人に飛び蹴りを食らわす。

 

「「えぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」」

 

それを見ていたエリオとキャロが驚きの声を上げる。

 

「任務中になにやってんのよアンタ達!!新しい力手に入れて喜ぶのはいいけどもうちょっと喜び方を考えなさい!!」

 

「痛てて…だって家康さんと同じ技が使えられるようになったからつい…」

 

「弟子の成長を喜ぶのは師匠の務めなのだぞ。 何を怒ってるんだティアナ?」

 

「うるさい!! だったらもうちょっと普通の喜び方しろ! バカスバルにボケヤス!」

 

顔を赤くしながら怒るティアナ。

 

「そうか? ではワシの良き好敵手の真似をして互いを殴り合いながら喜びを表現して…」

 

「それもやめ!! ってかどんな喜びの表現よそれ!? 本当にやってる奴がいたとしたら、そんな奴相当なバカなだけでしょ!!」

 

ティアナがそんな事を話してる頃…

 

「あっくしゅん!!」

 

「大将~。今日は、くしゃみばっかしてっけど大丈夫?」

 

その『相当なバカ』が、家康達の居る階の数階層下に居るという事に、家康達はまだ気づいてなかった。

 

 

 

 

スバルが戦極ドライブを成功してガジェットドローンⅢ型を倒した頃…

彼女達のいる階の数階下の階では…真田幸村と猿飛佐助の二人がガジェット達を撃破した後、つかの間の休息をとっていた。

 

「あっくしゅん!!」

 

幸村はフロア中に響くほどの大きな声でくしゃみをする。

 

「大将~。今日は、くしゃみばっかしてっけど大丈夫?」

 

「いや。風邪などひいた覚えはないのだが…」

 

幸村は破壊したガジェットの残骸に腰掛け、鼻をこする。

 

「それにしても大将~。さっきは派手にやっちゃったね。外でこの建物守ってた奴らあんだけぶっ飛ばしちゃって…絶対今頃連中血眼になって大将の事、探してるぞ」

 

幸村の傍に立った佐助が呆れながら話している。

 

「大丈夫だろ佐助。手加減はしたから死人は出てない筈だ。こけおどし程度に収まってると思うが…」

 

「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ…」

 

相変わらずの幸村に、ため息をつく佐助。

すると幸村は周辺に転がるガジェット達の残骸を見つめながら話し始める。

 

「しかし佐助。お前はこんなカラクリに見覚えはあるか? 俺は見覚えはないが」

 

「ん~…少なくとも日の本では見たことがない代物だねぇ。 カラクリの宝庫の長曾我部軍でもこんな兵器は持ってなかったはずだぜ」

 

佐助は足元に落ちていたガジェットの破片を拾い上げる。

 

「それに材質も、俺らの知ってるカラクリとは全く違う…ここは相当、技術の発達した異国みたいだぜ」

 

「そうか。いやこの国の街の造りにも驚かされたが、このような兵器まで…一体ここはどこでござろうか?」

 

幸村が顎に手を当てて考えている。

 

 

ザ~ビザビザビザビザビザ~~~~~~!

 

 

「「!?」」

 

ふと、2人の脳裏に忌まわしき異国のBGMが響き渡る。

 

「た…大将! まさかとは思うけど、ここ南蛮じゃないよね?」

 

「い…いや…た…多分違うとは思うでござるが…」

 

顔を青ざめながら、2人は必死に首を横に振ってそれぞれ頭に過ぎった事を忘れようとした。

その時、突然上の階から轟音が聞こえてくた。

 

即座に上を見上げる幸村と佐助。

 

「!?…大将!」

 

「おぅ! ついてこい佐助!」

 

幸村は二槍を手に持つと、再び立ちあがってこの階の階段を目指し走りだし、その後から佐助も続き、二人は上の階へと向かった…

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

侵入者捜索の為、監視塔に入ったフェイトを待ちうけていたのは他の階から逃げてきたと思われるガジェットの大群だった。

フェイトは壁際に追い詰められながらもバルディッシュを振るって次々と破壊して回るが敵の数は増えるばかり。

いつもならこれくらいの数なら余裕であるが、今は先ほどの空中での戦闘で魔力を消費していた為、正直きつかった。

 

「はああぁぁぁぁ!!」

 

それでもここで退くわけにはいかず、フェイトはバルディッシュを薙ぎ払い、金色の刃をガジェット達に放ち、次々に撃墜していく。

破壊されたガジェット達は次々に大爆発を起こし、周囲に火炎と爆風が噴き上がる。

その時、その炎の中から何かがフェイト達に向かって飛び出してきた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

中から出てきたのは赤い服、赤いハチマキに槍二本。首にかけているのは六文銭…言うまでもないが真田幸村である。

 

「そこの女子よ!助太刀いたすぞ!天!覇! ぜっそ…グガッ!!?」

 

幸村はフェイトの隣に着地すべく勢いよく飛びあがったはいいが、勢い余ってフェイトの隣を通り過ぎて壁に激突してしまった。

 

「えっ!? えぇぇぇっ!?」

 

その姿に呆気にとられるフェイト。

ガジェット達はそんな幸村を狙ってレーザーを撃とうとする。

だがガジェット達がレーザーを発射する直前、背後から大型の手裏剣がガジェット達を両断してそれを防ぐ。

 

「あぁ~あ、何やってんの旦那~。せっかくかっこいい登場場面が台無しじゃん」

 

手裏剣を投げた張本人…佐助が呆れながら、地面にできた影より現れフェイトの前に姿を見せる。

 

「だ…誰ですか?!貴方達は?」

 

フェイトが思わずバルディッシュを構えて警戒する。

そんな彼女に壁から離れた幸村が制する。

 

「安心なされよ! 其達はそなたの味方でござる! 其の名は真田幸村。この者は其の配下の忍で…」

 

「どうも~、人呼んで猿飛佐助で~す。以後お見知り置きを♪」

 

「えっ!?」

 

フェイトは、なのはが政宗の名を聞いた時のように声を張り上げる事はしなかったが、それでも聞き覚えのなる名前に思わず呆けた表情になってしまう。

 

(さ…真田幸村って…あの『戦国一の兵』って言われてる戦国武将!? それに猿飛佐助って…えっ!?…どういう事?…これどういう状況?)

 

フェイトはなのはと違って冷静だが、その内心ではこの予想外過ぎる助っ人に激しく動揺し混乱してしまった。

そんな彼女を尻目に、幸村は二槍を構え、佐助も二つの大型手裏剣をガジェット達の方へ向けて構えた。

 

「この戦い、我らも共に加勢いたそう!」

 

「さぁて、久しぶりにやりますかねぇ」

 

佐助は軽い調子でそう言うが、一方のフェイトはますます戸惑ってしまう。

 

(もしかして武装隊が言っていた侵入者ってのは…いや…それ以前にこの人達も…もしかして家康さんの世界から…)

 

「も…もしかして貴方達は…」

 

「まあまあ。お喋りはこいつらを倒した後からって事で」

 

フェイトは幸村に問おうとしたが佐助に止められてしまう。

その時、幸村達の背後から一機のガジェットが触手を伸ばして彼らに襲いかかろうとした。

すかさずそれに手裏剣を突き立てる佐助。

その表情は冷徹な忍の顔になっていた。

 

「おっと。名も名乗らずに奇襲かい? だったらアンタらに礼儀は必要ないみたいだな…大将! 派手にやっちまおうぜ!」

 

「おお! ではいくぞ!!」

 

すると幸村は両腕を広げ、二本の槍を構える。

 

「燃えよ! 燃えたぎれぇぇぇ!」

 

幸村が叫びながら槍を回転させ始めると、次第に槍の先から炎が上がり、やがてそれは幸村の両腕に炎でできた輪っかに変わっていく。

 

「大っっ車輪!!」

 

幸村は炎の輪を作ったままガジェットの群れの中へと飛び込んでいき、次々とガジェット達を斬り、焼き、吹き飛ばしていく。

そのたびに周辺には火の粉が飛び、それは傍で手裏剣を振るっていた佐助にも振りかかった。

 

「あっちぃ!? ちょ大将! ここ狭いんだからもっと周りを見て戦ってよ!」

 

幸村に文句を言いながらも、佐助は幸村の隙をつこうとするガジェット達を手裏剣で斬り、幸村を守る。

すると目標を幸村から佐助に変えたガジェットの一体が伸ばしてきた触手が佐助の片腕を捕まえ、続けて別のガジェットが伸ばしてきた触手が佐助の両足を縛りあげる。

佐助は身動きがとれなくなってしまったが、それでも佐助の表情には微塵の焦りも浮かぶ事は無い。

 

「やれやれ。俺様を捕まえたって無意味な事なんだけどねぇ…」

 

佐助がそう言ったと同時に、彼の身体が足元の影へと吸い込まれ始め、あっという間に姿を消してしまった。

ガジェットは機械なので感情などはないが、それでも確かに拘束したはずの標的が消えた事に戸惑っているのか辺りを模索しようとする。

すると佐助を拘束しようとした二機のガジェットに佐助の手裏剣が貫通し、機体が爆発する。

 

「これぞ忍術…空蝉の術…ってね♪」

 

地面に落ちたガジェットの残骸の中に佐助がひょいと降り立つ。

佐助は影に隠れてガジェットの拘束から逃れた直後、ガジェット達の真上まで移動し、そのまま隙をついて上空からガジェットを攻撃したのだった。

 

「佐助!大丈夫か!!?」

 

「俺の事は心配すんな大将!今は前を見るんだ!」

 

幸村が槍を振るいながら佐助を心配する。

佐助はそれをちょっと突き放すように答える。

すると佐助の視線に入ったのは、背後から幸村に向けてレーザーを撃とうとする三機のガジェットだった。

 

「大将!危ない!!」

 

「なに!?」

 

佐助の叫びに幸村が振り向いたと同時に、ガジェット達からレーザーが放たれて幸村の身体を貫こうとする。

幸村が目を瞑りながら槍を構えて防ごうとした時、幸村とガジェット達の間にフェイトが入り込み、障壁を張ってレーザーから幸村を守った。

 

「!?」

 

「貴方だけに戦わせるわけにはいきません……!」

 

凛とした表情だが少し頬笑みを浮かべて幸村の方へ振り返るフェイト。

それを見て一瞬亞然としていた幸村だが、すぐにその表情に笑みが浮かぶ。

 

「申し遅れました。私はフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン。時空管理局 機動六課所属の執務官です」

 

「ん? て、てっさ…ろっさ…? はらを…うん…? ぶ、不躾ながら少々風変わりな名前でござるな…」

 

「あっ、いえ。ハラオウンです。まぁ、呼びにくいなら“フェイト”って呼んでください。そっちが名前なので」

 

聞き慣れない横文字の名前に困惑する幸村に、フェイトは思わず吹き出しそうになりながら、優しく訂正した

 

「左様でござったか! フェイト殿。危ういところを助太刀下さって感謝いたす!」

 

そして、また真剣な表情となった二人はそれぞれ二槍とバルディッシュを構え、ガジェット達と対峙する。

 

「助けてもらったばかりで厚かましいでござるが、ここはひとつ共闘を御頼み申したい!」

 

「わかりました。私も貴方にはさっき助けられましたから」

 

二人は話ながら、ジッとガジェット達を睨みつける。

するとガジェット達が一斉に二人に向かって襲いかかる。それに対し、まず先手を切ったのは幸村だった。

槍から炎を吹き出し、自身は回転。回る速さはどんどん増していき、ガジェット達に近づく。

ガジェット達はレーザーを放つが炎に守られ、レーザーは幸村に当たらない。

幸村は群れの中心に突っ込んでそこにいたガジェット達をまとめて吹き飛ばすと同時に、群れとなっていたガジェット達をバラバラにする。

そこへ高速で接近したフェイトが鎌状の形になったバルディッシュでガジェット達に斬りかかる。

 

「ハーケンセイバー!」

 

フェイトの振るう斬撃で次々に撃破されていくガジェット達。中には数機程、フェイトの攻撃を掻い潜って逃げようとするが、その前に幸村が立ちはだかる。

幸村は炎を纏った槍を構え、ガジェット達を待ち受ける。

そして幸村の目の前にまでガジェットが迫った時…

 

「千両花火ぃ!!」

 

幸村が槍を振り上げると、穂先から炎が噴きだし、ガジェット達を飲みこんで黒焦げのスクラップへと変える。

一方、まだしぶとく残ったガジェットが2、3機、フェイト、幸村の両方の攻撃を掻い潜って逃げようとする。

しかしそんなガジェット達の前で強い光が輝き、ガジェット達は思わず動きを止めた。

 

「逃がしはしないよ!カラクリ君達」

 

閃光を放った張本人、佐助はそう言うと自分も攻撃で目くらましを受けないように、急いでその場を去る。

ガジェット達が混乱していると背後から穂先が燃え上がったままの槍を構えた幸村が迫ってくる。

 

「はぁぁぁぁあぁぁっ!大…烈火!!」

 

幸村がガジェット達に超高速ともいえる速度で連続突きを繰り出していき、ガジェット達は穴だらけになってその場に落ちる。

勝負はついた。

フェイトの表情に安殿色が浮かびかけたその時、フェイトの真上の天井が戦いの余波で崩れ出し、その瓦礫がフェイトに向かって落ちてきた。

 

「!!?」

 

「フェイト殿!?」

 

瓦礫がフェイトの頭に振りかかろうとしたその時、幸村がフェイトに向かって走り、飛びかかって彼女の身体を抱きとめるとそのまま瓦礫の下から退避する。

 

「大将!大丈夫か!!?」

 

佐助が急いで瓦礫の崩れた場所に駆け寄る。

すると、幸村とフェイトはギリギリ瓦礫の山から離れた場所で倒れていた。

 

「うっ………た…助かったでござる…」

 

幸村は砂埃にまみれた身体をゆっくりと起して、自分の下で倒れているフェイトに声をかける。

 

「フェ…フェイト殿?大丈夫でござるか?」

 

「はい。なんとか…助けてくれてありがとうございます。幸村さん」

 

フェイトが笑顔を浮かべながら礼を言うと幸村の表情も笑顔に変わる。

すると、幸村が自分の手に違和感を覚え、ふと自分の手元に目をやってみると…

 

「えっ…!?」

 

「あ…!?」

 

幸村はガッシリと掴んでいた…

フェイトの胸を……

 

「大将。よかったぁ、大丈夫そう―――でぇ!!?」

 

幸村に近づこうとした佐助の身体が硬直してしまう。

 

「そ……そ……そ……」

 

気まずい空気の中、幸村が声を震わせ…顔を真っ赤に染め…

 

「其はなんて破廉恥な事を…ぶふううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!?」

 

まるで沸騰したやかんの如く、頭から蒸気を噴き出し、そして盛大に鼻血を吹き出しながらその場に倒れ込んだ。

 

「だ…旦那ぁぁぁぁ!!? しっかりしろぉぉぉ!!」

 

驚いた拍子に呼び方が昔に戻ってしまった佐助。

フェイトも恥ずかしさで赤くなりながらも、倒れた幸村を介抱しようとした。

 

「幸村さん!?しっかりしてください!幸村さん!」

 

フェイトは必死に声をかけるが、幸村は頭から蒸気を吹き出し、顔をトマトみたいに赤くしながら痙攣を起こしていた。

当然ながら鼻血はとまらない。

 

「こいつはひでぇ…早く鼻血止めないと全身の血が無くなっちまうぞ」

 

「い…急いで救護班を呼びます!」

 

フェイトがそう言って急いで、念話を使って救護班に連絡しようとすると…

 

「さ…真田!?もしかしてお前なのか!?」

 

フェイトと佐助の耳にそれぞれ聞き覚えのある声が聞こえた。

二人が声の聞こえた方を見ると、そこには家康とスバル達フォワードチームが立っていた。

すると家康の姿を見た佐助も驚愕の声を上げる。

 

「アンタは……徳川家康!? どうしてここに!?」

 

「えっ!? 家康さん。あの人達の事知ってるんですか?」

 

「やっぱり…貴方達も家康さんの世界から…」

 

事情がよくわからないスバル達は家康に聞くが、フェイトは二人の態度から、幸村、佐助も家康の世界の人間であると確信づいた。

 

「あの者達はワシの良きの好敵手で甲斐武田軍の武将 真田幸村とその忍 猿飛佐助というのだが…一体どうしてここに?」

 

「それはこっちが聞きたいところだって、東の大将 徳川さんよぉ。ってかここどこ? つーかそこのお嬢さん方は一体何?」

 

佐助は家康にそう問いかけると、フェイトが家康に変わって佐助に説明する。

 

「え~と…あの子達は私と同じ機動六課のメンバーで、家康さんはこの世界に飛ばされてから私達に協力して、この機動六課に入っているんです」

 

「は?…えぇっと…あの悪ぃんだけど…フェイトさんだっけ? 俺様全然話がよくわからないからもっと詳しく…」

 

全然理解できない佐助が、フェイトにさらに細かい説明を求めようとしたその時―――

突然天井が再び破られ、そこから六爪を構えた政宗が一同の前に降り立った。

 

「ちぃ!ここももう片づけられた後か…一体どんな野郎…が…!?」

 

政宗は周囲を見渡そうとして、亞然とした表情で自分を見つめるフェイトやフォワードメンバー。

そして佐助、家康に気づく。

 

「政宗様!お待ちください!」

 

「危ないですから一人で進んじゃダメですって!」

 

「ってか床を壊して進むなよ!」

 

さらに天井の穴から小十郎、なのは、ヴィータが下りてくる。

 

「政宗様?一体どうなされ…!!?」

 

「あれ?フェイトちゃん?家康君?スバル達も…どうしたの?」

 

「なんだぁ…この空気は?」

 

政宗に追いついた小十郎も、幸村、佐助、家康の存在に気付き、言葉を失う。この亞然とした空気に違和感を覚える。

 

「ウソだろ…家康に…!? 真田…幸村…?」

 

「独眼竜に…片倉殿?」

 

「あっちゃ~…よりによって伊達軍の大将と副将両方お出ましかよ? もしかしてここって東軍の領地?」

 

政宗と家康は互いの名を呼び合い、佐助は勘弁してくれと言わんばかりに顔に手を当てる。

混沌とした思念がその場に溢れかえる中で、ゆっくりと動き出そうとする人物が一人…

 

「ま…政宗殿の声が…聞こえるでござるぅぅぅ~~~~~……」

 

鼻血の出し過ぎで全身蒼白になった幸村がよぼよぼになりながらも槍を杖代わりにして立ちあがろうとする。

しかし、血の気のなくなったその姿はもはや老人を越えてミイラとも言える姿であった。

 

「Oh!だ…誰だこいつ!?」

 

「さ…真田よせ! 死んでしまうぞ!」

 

幸村のあまりに変わり果てた姿を見て、いつもなら喜んで戦いを挑む政宗ですら、思わず引いてしまう。

家康も慌てて幸村を押されるべく駆け寄ってしまう。

 

「と…とりあえず今はこの人を何とかしないと!!」

 

ティアナがそう叫ぶと、それまでの気まずい雰囲気はなくなったが、その代わりに幸村の介抱などでその場は騒然となった…




今回はあんまり改変点はないかもしれません…


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第七章 ~回想!蒼紅時空超飛の真相と、とある“聖母”降臨の経緯~

家康、そして機動六課と合流した伊達、真田の両主従達は、関ヶ原以外の日ノ本で起きたある出来事…そして自分達がこの世界にやってきた経緯を説明する。

一方、聖王教会屈指の理知的な人物であったカリム・グラシアが何故、理知とは無縁極まりないザビー教なんかに心酔する事になったのか、その真相が明かされる…!

※始めに言っておきます。カリムファンの方、ごめんなさい!

エリオ「リリカルBASARA StrikerS 第七章出陣します!」


時は5日前に遡る。

それはカリム・グラシアがまだ純粋な聖王教徒としての理性を保っていた頃…

聖王教会本部・医務室―――

謎の落雷騒ぎの直後、カリムとシャッハによって中庭で発見された身元不明の少年は一先ず、怪我がないか検査する為に屋内の医務室へと運び込まれたのであった。

ベッドに寝かせた少年の傍らに付き添いながら、2人は少年の今後の処遇について話し合っていた。

 

「う~ん。とりあえず、ここまで運び込んできたのはいいのですが…これからどうしましょうか? どう見たって、この子は信者や付近の住民の子供でもありませんし、それに近くに転がっていた乗り物も調べてみたら質量兵器の可能性が高い事がわかりました。要注意人物として管理局に引き渡すべきではないでしょうか?」

 

シャッハはそう言うが、カリムは哀れむような表情を浮かべて返した。

 

「シャッハ。この子はまだ意識を失っているのですよ。いくら、質量兵器と一緒に倒れていたからって、この子を無碍に危険人物と決めつけるのはよくないと思います。それにもしかしたら、あの変わった乗り物とこの子はなんの関係ない可能性だってあるのだし、全てはこの子が意識を取り戻してから、事情を聞く事でいいんじゃないでしょうか?」

 

「そ、そうですか…? 騎士カリムはおっしゃるのであれば…それで構いませんが…」

 

「心配しないでください。責任は私がとります。とにかく今はこの子を休ませてあげましょう」

 

シャッハはカリムの言葉に半分納得していない様子を見せていたが、それでも彼女の心優しさを尊重し、言う通りに従う事にした。

その時、ベッドで眠っていた少年が大きく息を吐き出すと、ゆっくりと目を開いた。

 

「う~ん………ザビー…様…?」

 

「あっ! 気が付いたみたいですね! よかった! シャッハ、急いで担当医の医務官を呼んできてください!」

 

「は、はい! わかりました!!」

 

シャッハはこの場にカリムを一人残す事に一握の不安を覚えるも、しかし彼女の指示とあれば断るわけにもいかず、一先ず言われるがまま、医務官を呼びに部屋を出ていった。

そして、部屋にはカリムとまだ意識が朧げな少年が残された。

 

「う~ん…ここは…一体どこなのです? 懐かしいような…そうでもないような…?」

 

「君、大丈夫ですか?」

 

ゆっくりと身体を起こした少年にカリムが優しく語りかける。

すると、少年はカリムの声に気づき、彼女の方を見上げその顔を見ると、ハッと目を見張って驚いた様な顔を浮かべた。

 

「め…め…女神っ!?」

 

「まぁ!」

 

少年の口から出た率直な感想にカリムは思わず赤面してしまう。

 

「だ、誰ですか貴方は!? ザビー様はどこ!? 僕は宗麟!? どうしてこんなところに!! 宗茂! ギャロップ宗茂はどこに行ってしまったのです!? あぁ! ザビー様! 僕は一体、どこにきてしまったのですか!?」

 

少年はカリムの美貌を見た事で一瞬で意識をはっきりさせ、そして積を切ったようにハイテンションで叫び出した。

 

「落ち着いてください。ここは聖地・ベルカの聖王教会本部。私はここの教会騎士の一人 カリム・グラシアといいます」

 

「は? せいちべるか…? せいおう…きょうかい…?」

 

目をパチクリさせながら、首をかしげる少年の反応を見て、カリムは彼が所謂“次元漂流者”である事を直感した。

同時に少年の口から出た幾つかの謎のワードを探ろうとまずは少年の素性を調べる事から初めた。

 

「まずは貴方の名前を聞かせてもらえませんか?」

 

カリムの質問に少年は憤慨しながら、身を起こした。

 

「…僕の名前を知らない!? それは妙な話! 日ノ本においてザビー様第一の信者であるこの豊後の大友家当主“大友宗麟”の偉名は、北は蝦夷から南は西表にも広がっている筈なのに!!」

 

「宗麟さんですね。その“ヒノモト”とか“ブンゴ”っていう国の事は残念ながら私にはわかりません」

 

「なんと!? という事は、ここは南蛮ですか!?」

 

「ナンバン…っというよりは異世界といいますか? 恐らく、貴方は時空を超えた次元漂流者かと思われます」

 

「?…話がよくわからないです」

 

混乱する宗麟に、カリムは順を追って説明する事にした。

ここは次元の海の中心に位置する異世界・ミッドチルダ。その極北地区で聖王教の聖地“聖地ベルカ”にある聖王教会。

そして、宗麟は何らかの形で元いた世界から、次元の海を超えて、ここへ飛ばされてきたものであるという事。それを“次元漂流者”と呼ぶ事…

その証拠に宗麟の言った“ヒノモト”や“ヒゴ”という国の事は、管理世界内の殆どの国々の地理に精通している博識家であるカリムも知り得ない事であった。

 

「つまり、僕は星の海を超えてきた迷える子羊であると…?」

 

「えぇ…そういう事だと思います」

 

「おおぉう! なんたるちーやのがっくりちーや! この宗麟! 『関ヶ原の戦い』なる天下分け目の大戦が勃発して、我が大友最高戦力のギャロップ宗茂も西軍に無理矢理引き抜かれ、ザビー様にどうすれば皆が救えるか教えていただこうと、南蛮目指して船を漕ぎ出しかけた時に運悪く嵐に遭って、海に沈められたかと思いきや…海ばかりか星の海なんて越えて、こんな未開の土地にやってきてしまうだなんてぇぇぇぇぇ!!」

 

おいおいと噴水の如き涙の雨を流しながら、宗麟が自ずとこの地に飛ばされてきた経緯を超簡潔的に説明してくれた。

そんな宗麟を宥めながら、カリムはベッドの脇に置かれた一冊の本に目が行った。

それは倒れていた宗麟が、尚も肌見放さず持っていた本であった。本の表紙には下手くそな横文字でこんな事が記されていた。

 

『ワッタシの“愛”の教えネ~! 著者・ザビー』

 

 

それは先程から宗麟が度々口にしている人物の名前であった。

 

「あの…宗麟さん。さっきから、貴方の言っている“ザビー”って一体何なのでしょうか?」

 

その質問を耳にした途端、宗麟の目の色が変わった。

 

「何だとは失礼な! ザビー“様”とお付けなさい! いいですか! ザビー様は戦乱に満ちた日ノ本に“愛”という救いの手を差し伸べようとしてくださった “ザビー教”の偉大なる教祖! あの御方の愛に勝るものはこの世にふたつとないでしょう!!」

 

「ザビー教? 愛?」

 

カリムは宗麟の口から出た新たな謎ワードに不思議と興味を引かれる思いに駆られた。

すると、宗麟はそんなカリムの心に灯った僅かばかしの好奇心を見逃さなかった。

 

「ほぅ。もしかして貴方、ザビー教に興味がおありで?」

 

「えっ!? いや、別にそんなわけでは…ただ、同じ宗教を信ずる者として、気になっただけで…」

 

カリムは丁重に断ろうとしたが、宗麟は不敵な笑みを浮かべて返した。

 

「フフフフ…僕はわかりましたよ。アナタ… “愛”に飢えていませんか?」

 

「愛…?」

 

カリムは戸惑った。

 

 

「そう! “愛”です! 人間の感情の中で最も尊い気持ち、それは“愛”!! しかし、悲しいことに人は日々の努めの中で身体や心に余裕がなくなった時、この至上の感情を忘れそうになるもの! “愛”を無くした時、それは同時に己のなすべき道を進む“情熱”を失うもの!! 情熱を無くして人は精進などできないのです!!」

 

「………………」

 

 

宗麟の力説を聞きながら、カリムは数十分前に自分の心の中に過ぎった僅かばかしの疲れを思い出していた。

柄にもなく、疲労を抱いた原因…それはこの子のいうとおり自分の中で宗教に対する“情熱”、そして“愛”の精神が日々の激務に追われて失われそうになっていたからなのではないのか…

そもそも、自分にとっての“愛”とは…聖王教を信じる事だけなのか…? 教会騎士としての使命を忠実に果たす事だけが自分の示す“愛”の形なのか…?

 

“愛”とは……?“愛”とは……?

 

 

「ザビー様は言いました。己の“愛”を信じ、“愛”に全てを賭す事で、その“愛”で多くの人々を救えるという事を!!」

 

「“愛”…で、でも私は聖王教を信じ……」

 

「アナタの信ずるその“せいおうきょう”なる宗教に“愛”はあるのですか? それを信ずる事でアナタの“愛”は育まれたのですか?」

 

「………………」

 

最早完全に誘惑するような宗麟の口調に、カリムは自覚せぬ間にどんどん心惹かれつつある事に気づかなかった。

 

「古い戒律や伝統を只々忠実に守るだけでは本当の“愛”は育まれません!! これからはどんな宗教も、“愛”を持って、新しい扉を開いてその先にいかなければならないのです!! ザビー教はその礎なのです!!」

 

「…ハッ! 完全にこの子のペースに乗せられてる…!? ダメよ! 私が信ずるのはザビー…あれ?」

 

自分の意思とは別に勝手に口から出た言葉に違和感を懐くカリム。

 

「あなた~の心を救いたい、僕は~宗麟~♪」

 

宗麟は突然、謎の歌を歌い出した。

その歌を聞いた途端、カリムは突然自分の視界が大きく歪んでいく感覚を覚えた。

歪む視界の中で、宗麟の言葉が何度も反響して聞こえてきた。

 

「わ、私に救いなんて…私は聖王教しか……!!?」

 

「カリムさんとおっしゃいましたね? 目覚めの時は今です! 今を逃せば、アナタは永遠にご自分の“愛”を見失う事になるでしょう!!」

 

「わ…私は……私は………」

 

必死に理性を保とうとするカリムだったが、宗麟はさらに追い打ちをかけるように…

 

 

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪ ソ~リソリソリソリソリソリソ~~~♪

 

 

 

謎の歌を歌って、混乱するカリムの頭を更に揺さぶる。

 

「な…なにこれ……? 頭が! 頭が、歪んでいく………!?」

 

「僕がこの地に降り立ち、アナタと出会ったのも、きっとザビー様が導いてくださった運命! 運命であるならこの宗麟! ザビー様の使命を断るわけにはいきません! 僕と一緒にこの世界を染めましょう! そう、ザビー教の新たなる女神…“聖母”として!」

 

「私が、“聖母”…? ふ……フフフ。そ、それもいいかもしれないわね……!」

 

「全てはザビー様より洗礼を賜ってからです! さあ、行きましょう! “聖母カリーム”!」

 

「くっ……わ、私は…私は……」

 

カリムの綺麗な黒い瞳に徐々に虹色の光が宿っていく。

そして、瞳の色が完全に変わった時、カリムはベッドの傍らにあった本を手にとった。

 

 

 

 

「……私は自由よおおおおぉぉ! もう聖王教会なんかに縛られないわ! 真実への扉は、この胸の中にあったのね!!」

 

 

 

 

「僕が鍵となりましょう! 全ては愛ゆえに! 僕とアナタは、ザビー様の名の下に今、“友達”となったのです!!」

 

宗麟はベッドから立ち上がり、カリムの手をとった。

カリムも宗麟の手を固く握り返した。そして歌う。

 

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

「これこそ…私が望んでいたものだわ! ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

ザ~ビザビザビザビザビザビザ~~~♪

 

 

完全に洗脳されてしまったカリムが出会ったばかりとは思えない程に息を合わせ、宗麟と歌う。

傍から見れば、奇怪極まりない光景が医務室で繰り広げられた。

 

「騎士カリム! 遅くなりましたが、担当の医務官を―――」

 

…っとそこへようやく医務官を捕まえたシャッハが戻ってきた。

が、部屋に入ると、いつの間にかベッドから起き上がっていた少年と、彼と手をとりあって歌うカリムの姿を見て、思わずその場で硬直してしまう。

 

「き、騎士カリム…? 何をなさっているのですか…?」

 

シャッハは恐る恐る尋ねるが、次の瞬間、カリムの口から衝撃的な言葉が返ってきた。

 

「騎士カリム? 誰の事かしら…? 聖王教会騎士 カリム・グラシアなんていうクソ真面目なだけの面白味のない予言女はたった今、死んだわ」

 

「へっ!?」

 

カリムの口から出た今まで一度たりとも聞いた事のない内容の言葉に、意味がわからずに呆気にとられるシャッハの前に、カリムは宗麟の本を片手に両手を広げ掲げる“降臨”のポーズを取りながら、協会本部全体に響き渡るようなボリュームで声高らかに宣言した。

 

 

 

 

「私は“ノストラダムスカリム”! ザビー様の愛を受け継ぎし“聖母”よ!! アッハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

「「「「「き、騎士カリムうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!??」」」」」

 

 

カリムの突然の豹変を目の当たりにして、シャッハは勿論、彼女の後ろにいた医務官やその他の教会騎士達も混乱と恐怖に歪んだ表情で慄き、そして絶叫した。

後にシャッハは、この時の事を「自分達があと1分早く医務室に戻ってこれていたら、取り返しのつかない事になる前に止められていた」と深く後悔する事となった。

 

 

 

 

 

 

「……っというわけなんです」

 

「そ、それは災難でしたね…」

 

「え、えぇ…災難過ぎます…」

 

そして現在―――

機動六課が第五航空監視塔にいたガジェット達を無事制圧した頃…

聖王ザビー教会・礼拝堂の片隅では、シャッハから事の経緯を聞いたはやてとシグナムが、そのあまりにカオスな内容に唖然となっていた。

 

「それからの事はあまりにも急転直下な展開に私も正直記憶が曖昧になっていて…とにかく、あのザビー教とかいう意味不明な邪教にすっかり惚れ込んでしまった騎士カリムは、それから3日も経たない内に、あの大友宗麟とかいう金髪チビと一緒になって、教会本部にいた私以外の騎士や修道士やその他、聖王教信者の皆さんを次々と抱き込んでは宗旨変えさせていき、しまいにはあの様な有様に…」

 

シャッハがそう指を指し示した礼拝堂の奥には…

 

「ザビー様はこうおっしゃいました! 『人は愛を欲スルだけでは、真の愛を得るコトはデキナイのデ~ス。 愛を求めたくば愛を掴むべク、立ち上がらなければイケナイノデ~ス!』」

 

「「「「「イェス、ザビー! イェス、ザビー!」」」」」

 

トンスラ頭に“濃い”顔つきの巨漢のオッサン…ザビー教教祖“ザビー”なる人物の顔の描かれた巨大な肖像画が壁に高々と掲げられ、その前の祭壇に立ったカリムが『ザビー教経典』なる本を片手に力説を述べていた。

その目には一点の迷いなど存在せず、完全にザビー教の“愛”に染められた事を意味していた。

そして、礼拝堂に居た教会騎士達は、全員息を合わせて両手を挙げるという、ザビー教定番の謎の挨拶で答え、カリムが述べた教祖ザビーの言葉のありがたみに心酔していた。

 

「この私がミッドチルダにおけるザビー教第一の信徒として降臨した今、必ずやザビー様の“愛”をこの聖地ベルカは勿論、ミッドチルダ…否、全ての世界に広く染め上げ、そしていつの日か…ザビー様をこの地にお迎えして信ぜましょう!! それがこの“聖母・ノストラダムスカリム”の使命なのです!!」

 

「おおぉぉ!! カリーム!」

 

「我らがザビー教の新たなる女神・カリーム!!」

 

最早、すっかり古参幹部信者のように振る舞うカリムに、信徒達はさらに熱狂的に崇め奉る。

すると、祭壇脇に立っていた宗麟が、信者たちに向かって発破をかけるように騒ぎ立てた。

 

「お前達、なんですか! 気合が足りませんよ! せっかくの聖母カリームのありがたい御言葉です! もっともっとありがたく承るのです!!」

 

「「「「「ソーリー、ソーリン!……イェス、ザビー! イェス、カリーム!」」」」」

 

「もっともっと~!」

 

「「「「「イェス、ザビー! イェス、カリーム!」」」」」

 

「まだまだ~!」

 

「「「「「イェス、ザビー! イェス、カリーム!」」」」」

 

「イェス、クリーム!」

 

「ちょっと待て! 誰です! 今“クリーム”って言った奴は!!」

 

最早、『意味不明』という言葉しか言いようのないザビー教徒達のやり取りを前に、はやて、シグナム、シャッハは言葉を失っていた。

 

「騎士カリムぅぅ! あれだけ純潔で賢明だった貴方がこんな事になるなんて…あぁぁなんて嘆かわしいぃぃぃ!」

 

特に長年彼女の秘書を務めていたシャッハのショックは大きく、ハンカチを噛みしめて嘆き悲しんだ。

それを慰めながら、小声で話し合うはやてとシグナム。

 

「なぁ、シグナム。これ…どないしたら、えぇやろう?」

 

「主…薄情なのは重々承知ですが、ここは一先ず早急に逃げるべきかと…騎士カリムは最早、“手遅れ”です。そればかりか、ここにいれば私達もあの邪教集団に洗脳されかねません」

 

シグナムが、まるで何かに取りつかれたようにカリムや宗麟の言葉の一語一語に敬意を示すザビー教徒達を見据え、冷静に解析しながら話した。

 

「そ、そうかもしれんけど…でもなんとかカリムの目ぇ覚ます事できひんかな? いくらなんでもあれは……」

 

はやては、姉のように慕っていたカリムの変わり果てた姿を見据えながら、打開策をどうにか考えようとしていた。

だが、そんなはやてに当のカリムは…

 

「そうだわ、はやて。この際、アナタ達もザビー教に入っちゃいなさいな。今入信するともれなく、この素敵なチビザビー君人形を10万ワイズのところ、なんと9万9999ワイズで買えるお買い得チャンスよ♪」

 

そう言いながら、肖像画の巨漢男の姿をデフォルメしたような悪趣味なぬいぐるみを掲げてみせた。

 

「えっ!? い、いや! 遠慮しときます!…ってかプレゼントじゃなくて売りつけるんかい!!」

 

「しかも1ワイズしかまけてないっていう…」

 

早速覗かせたザビー教の悪徳宗教っぷりにドン引きしながらツッコむはやてとシグナム。

その時だった…

 

《八神部隊長。たった今、フォワードチームが第五航空監視塔のガジェットドローンの鎮圧を完了させました》

 

はやてとシグナムの許に、部隊長補佐のグリフィス・ロウランから念話で連絡が入る。

 

(ほんまかグリフィス君!? それで、なんか問題とかは起きてないか!?)

 

勧誘されかけ、最早一刻も早くここから逃げるべきと悟ったはやては、声を弾ませながらグリフィスに問いかけた。

 

《えっ?!…いや……その…別にこれといった問題とかは起きてませんが…》

 

(はぁ…せっかくここから逃げ出す口実が作れると思ったのに…)

 

そんなはやての様子に少々引きながらも淡々と答えるグリフィス。

はやてはその返事を聞き、深くため息をついた。

 

《はぁ?…あの…どういうことですか部隊長?…》

 

 今のこちら側の現状を知る由もないグリフィスが戸惑いながらはやてに聞く。

 

(別に。こっちの話や……それで他に報告する点は?)

 

(えぇっと…あっ!?そう言えば今回の任務中に高町一等空尉やハラオウン執務官が、家康さんと同じ世界からの次元漂流者を数人保護し、連れてきたのですが…)

 

《ッ!? なんやて!? なんでそれを早く言わへんねん!!》

 

途端にはやての目がキラーンと輝きを取り戻した。

はやては、迷わず手を挙げて

 

「あ、あのカリム! ちょっと急用ができたさかい、私もシグナムも今日のところは帰らせてもらうわ!!」

 

「えっ!? せっかく、これからアナタ達の“洗礼名”でも考えてあげようと…」

 

「そ、それはまた後日ゆっくり聞かせてもらうわ! ろ、六課の仕事やから!」

 

はやては早口でそう言うと、シグナムの手を引いてその場から全速力で走りだす。

 

「あ!?…あの?…主!?」

 

「ほな、さいならぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

シグナムに理解させる暇も与えない内に、はやては彼女の手を引っ張って礼拝堂を出て行った。

それを唖然と見送るシャッハ。一方宗麟ははやての態度に立腹している様子だった。

 

「オーマイ・ザビー! 恐れ多くもカリーム直々の洗礼の儀を無碍に断るだなんて! あの『八神はやて』とかいう小娘は少々礼儀がなっていません!!」

 

(お前がいうな!!)

 

心の中でツッコむシャッハ。一方、カリムは穏やかな物腰を崩さないで宗麟を宥めた。

 

「仕方ないわ宗麟君。 はやては、私が後援になって立ち上げた機動六課の部隊長なの。今は色々と大変な任務が多くて多忙だからしょうがないわ」

 

(ッ!? 騎士カリム…)

 

そう宗麟にフォローを入れるカリムを見て、シャッハは僅かながら安堵しかけた。

ザビー教に毒されて尚も、自分が機動六課の後盾という重要な立ち位置にいることを忘れず、はやてを思いやるその思慮深さや穏やかさに変わりはないという一面に気づいた事は、ここ数日絶望しかなかったシャッハにとっては心の救いとも言える吉報に感じられた。

…っとそこへ。

 

「っというわけで、今からは予定を変更して、そこにいる“ニューソードマスター”シャッハのザビー教シスターとしての新衣装の試着会でもしましょうか?」

 

「へっ!?」

 

カリムの口から言い放たれた言葉に、シャッハの僅かに軽くなりかけた心の重石がさらに倍になって降り掛かってきた感覚を覚えた。

 

「えっ!? き、騎士カリム…? 仰っている意味がわかりませんが…」

 

シャッハがそういうが、カリムは指をパチンと鳴らして合図を出すと、近くにいたザビー教に染まった教会騎士2人が立ち上がるや否や、礼拝堂の端にいたシャッハを取り押さえ、そのままカリムの前に引き出した。何時もと違うカリム達の放つ迫力に流石のシャッハもたじろぐ。

 

「シャッハ。アナタもこの“聖母”カリムの秘書なのだから、いい加減にその地味な修道服を変えないと…ザビー教の一員がそんな陰気な色に染まっているようじゃ“愛”を見つけられないわよ」

 

「な、何勝手に私をザビー教に入れられているのですか!! 私は未来永劫、聖王教のシスターです!!」

 

「安心しなさい。私達はザビー様の教えを受けて新たに生まれ変わった聖王教…“聖王ザビー教会”! だから聖王教には変わりないわよ」

 

「大違いじゃないですか! 全然別物ですよ!!」

 

無茶苦茶な理屈を平然と諭そうとするカリムに必死にツッコむシャッハ。

そこへ宗麟がいけしゃあしゃあと口を挟んでくる。

 

「まぁ正直“ギャロップ宗茂”や“チェスト島津”に比べると幾分か格は落ちますが、せっかくザビー教信者の中でも五本の指に入る名誉ある称号のひとつ“ソードマスター”の称号を与えるに相応しい腕っぷしのあるアナタなのですから、もう少し身なりもそれに相応しいものに着替えてもらわないと…」

 

「だからいらねぇっつってんだろ! そんな訳のわからない称号! ってか誰だよ!“ギャロップ宗茂”とか“チェスト島津”って!!?」

 

「シャッハ。観念なさい! これはザビー様からの“愛”の賜物よ!」

 

言ってカリムが取り出したのは金一色な上に宝石のあしらわれたフリルの付いた悪趣味極まりない修道服だった。

その神を冒涜しているとしか言いようのない服を目の当たりにし、シャッハは落雷を受けたかのように硬直してしまう。

 

「なっ……!!」

 

「ささっ、早く着替えてちょうだい。教会一真面目なシスターである貴方がこれを着こなす事で素晴らしい広告塔となる事でしょう。さぁ皆も手伝ってあげて!」

 

その掛け声と共に、礼拝堂にいたザビー教に入れ込んだシスター達がゾロゾロとシャッハの周りに集まってきた。

シスター達はシャッハを逃さぬように周りを取り囲んで立ち並んだ。

 

「あっ、貴方達…目を覚ましなさい! 貴方達が信じるべきなのは…」

 

「「「「「ザビー様です。ザビー様の“愛”に不可能はありません」」」」」

  

祭壇から華麗な回転飛びを披露しながら、シスター達の前に降り立ったカリムの言葉に呼応してシスター達は包囲の輪を狭めていく。

 

「それでは始めるわよ♪ レッツ・チェンジ・ザビー!!!」

 

「ぃいやあああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

そして彼女達に囲まれその輪の中で見えなくなったシャッハが絶望の叫び声を挙げていた。

 

 

 

 

機動六課隊舎。

 

部隊長オフィスにはなのは、フェイト、ヴィータ、スバル達フォワードチームと家康、政宗、小十郎、佐助と、第五航空監視塔で鼻血による出血多量で貧血状態になって幸村がソファー座って輸血を受けながら、それぞれ部隊長のはやて到着を待っていた。

 

はやて達が聖王教会から戻ってくるまでの間に、なのは達は、自己紹介を兼ねてこの異世界 ミッドチルダに関する説明と、魔導師や時空管理局、そして機動六課に関する説明、最後に家康がこの機動六課に協力するに至った経歴などをすべて話した。

 

「というわけで、私達が説明すべき個所は大体これくらいですね」

 

フェイトがそう言って説明を一段落終わると、政宗達が緊張で溜め込んでいた空気を吐いた。

 

「しかし……幾多の星の海をまたいで成り立つ“異世界”の国とは…なんともfantasticな話だぜ…」

 

「俺や政宗様も、普段であれば「そんな話など単なる夢物語だ」と言い切っているところだな」

 

「でも片倉の旦那。 実際こうして俺達の目の前の現実で起きてる事なんだから、これは認めざるを得ないんじゃないか?」

 

まだ半信半疑な小十郎に佐助が話す。

すると家康も小十郎に語りかける。

 

「正直ワシも最初は半信半疑だった。しかしなのは殿達の話を聞いたり、共に戦う内に全て本物であり現実であると知ったんだ」

 

「まぁ、確かに徳川の言うとおりだな。夢にしては、俺や政宗様も随分長いことこの世界に居過ぎてるし、実際あのカラクリ共を斬った時に確かな手ごたえを感じた。夢の中だったら絶対に感じられない感覚だったな」

 

小十郎がそう断言すると突然フェイトが意味深げに話し始めた。

 

「ではもう一度確認しますけど、皆さんは“本当に”、伊達政宗さん、片倉小十郎さん、真田幸村さん、猿飛佐助さんで間違いないんですよね?」

 

何故か再度確認するフェイトに4人は頷いた。

それを確認するとフェイトは徐にホログラムコンピュータを起動させ、とある資料フォルダを取り出した。

そこに書かれていたのは、

 

伊達 政宗 1567~1636 

出羽国と陸奥国の戦国大名。仙台藩の初代藩主。

伊達氏第16代当主・伊達輝宗と最上義守の娘・義姫(最上義光の妹)の嫡男。幼少時に患った疱瘡(天然痘)により右目を失明し、隻眼となったことから後世独眼竜と呼ばれた。

 

片倉 景綱 1557~1615

戦国時代から江戸時代前期にかけての武将である。伊達氏家臣で、伊達政宗の近習となり、のち軍師役を長年務めた。

仙台藩片倉氏の初代で、景綱の通称「小十郎」は代々の当主が踏襲して名乗るようになった。

 

真田 信繁 1567~1615

武田信玄の家臣であった真田幸隆の孫。大坂の役で活躍し、特に大坂夏の陣では寡兵を持って徳川家康の本陣まで攻め込み、徳川家康を追いつめた。

江戸期以降、講談や小説などで、真田十勇士を従えて宿敵である徳川家康に果敢に挑む英雄的武将・真田幸村(さなだ ゆきむら)として取り上げられ、広く一般に知られることになった。

 

猿飛 佐助

講談や立川文庫の小説などに登場する“架空”の忍者。

真田幸村に仕え、真田十勇士の1人として知られる。

 

 

それは、自分達の名と共に全く身に覚えのないような情報と、生没年、さらには自分達とは似ても似つかないような中年男性の肖像がそれぞれに政宗や幸村の名で上げられていた。

 

「Ah? 陸奥仙台藩藩主?」

 

「片倉…景綱…?」

 

「はて…真田十勇士とは…?」

 

「俺様は架空の忍者!? どういう事これ!?」

 

聞き覚えのない情報と自分の名前と同じ名前を持つ全くの別人。

しかし、確かに自分達と共通する事も数多く、直ぐにそれが自分達の事を言っているのだと分かった。

 

じゃあ、自分達は何者なのだ?

 

自分達は紛れもなく伊達政宗、片倉小十郎、真田幸村、猿飛佐助だ。

訳か分からず頭が混乱する4人。

まるで自分の存在が否定された様な感じである。

 

「4人の反応からして、やっぱり“表”の世界の事は知らないみたいだね」

 

なのはが政宗や幸村達を様子を観察して、そう断言する。

誰が見たって呆けている4人はショックを受けているのだろう。

 

「かと言って嘘を付いている様にも見えないね」

 

フェイトはそう言いながら資料画面を閉じた。

 

「これで理解しただろ独眼竜、真田。 単刀直入に言うと…ワシらが天下をかけて戦ってきた日ノ本は、“パラレルワールド”と呼ばれる世界らしい」

 

家康からそれを聞いた時、政宗達は少々眩暈が起こっていた。

 

 

「つまり…こういう事だな。 アンタ達の世界の日ノ本…そのニホンって国か…? それと俺達の世界の日ノ本は地理こそ同じ『日ノ本』だが、その構造は言ってみればcoinの表と裏のようなものであり、それぞれ歴史や技術などが微妙に異なっている。

そして、アンタらはその“表側”の世界から…俺達は“裏側”の世界からやってきた…そういう事だな?」

 

「まぁ、わかりやすく言うとそうなります」

 

政宗が話をなんとかまとめ上げて結論を出すと、それに頷いて同意するなのは。

それを聞いて小十郎や佐助もなんとなく理解できたが、幸村だけはまだ理解できないのか必死に頭を抱えて考えようとするが、わからないでいた。

 

「気になるのは…俺達が何故“裏側の日ノ本”からやって来れたのかって事だよな? 普通は俺たちみたいな事例は珍しいんだろ?」

 

「えぇ。同一の次元に存在する別世界から飛ばされるという事例はありますが、裏側の別世界から人が飛ばされるという事は極めて稀なケースですね」

 

フェイトがそう言うと、4人は腕を組んで唸り、各々思考を巡らせる。

それを見て家康が、自分の憶測を話しだす。

 

「やはり…同じ世界の人間であるワシが最初にここへ飛ばされた事と関連があるというのか?」

 

「まっ、それが一番推測としては妥当だろうよ」

 

そう簡単に断言してしまう政宗だったが、今はそれ以外に推測できる可能性は政宗達の頭には全くと言っていいほど過ぎらなかった。

とりあえずこれ以上考えても答えは出てこない為、この話題に関してはここまでとなった。

 

「あのぉ、こっちに来る時に何か変わった事とか無かったんですか?」

 

そう政宗達に問いかけたのはキャロ。

よく有り勝ちなパターンでは、異世界に転送される際には直前に『不思議な本を開いた』とか、『事故にあった』とか、何かしらアクシデントが起きている。

キャロの言葉に政宗達は思い返していた。

 

そして……

 

「「「「あっ!!」」」」

 

4人は同時に声を上げた。

 

「何かあるのですか?」

 

「話してくれるか? もしかしたらワシらが日ノ本に帰る為の手がかりになるかもしれない」

 

「あぁ。あれは……」

 

なのはと家康に促され、政宗は語りだした。

向こうの世界で何があったのかを……

 

 

*

 

 

天明・関ヶ原…東と西が衝突する終焉の戦…

それと時を同じくして、信州は上田の地において、もう一つの“分け目の戦”が始まろうとしていた…

 

信州上田城―――

甲斐武田軍臣下 『戦国の奇術師』の異名を誇る西軍方屈指の策士“真田昌幸”が当主を務める真田家が治める居城にして、美濃へと続く街道筋の関所としての役目を担う重要な城塞であった。

 

これを守るのは勿論、昌幸が率いる真田軍。

それに相対し、この難攻不落の要塞を攻め落とそうとするのは徳川軍と同盟を結び、東軍の主力として期待されている奥州の独眼竜 伊達政宗率いる伊達軍。

互いに生涯の宿敵同士であり、それぞれ東西両陣営の中枢を担っている2つの勢力がぶつかり合うこの戦いは、遠く離れた中央の最前線にて雌雄を決しようとする東西両軍の命運を分ける非常に重要なものであった。

 

伊達軍の意図は、この上田城の本丸庭に隠し造られたという『真田井戸』と呼ばれる隠し通路。

東軍方の忍が入手した情報によれば、この井戸から天下分け目の戦の主戦場である関ヶ原へとつながっているとの事で、昌幸が考案した『真田井戸を伝って関ヶ原へ進軍し、徳川方を既に布陣している豊臣方と挟み撃ちにする形で一気に殲滅』という作戦を阻止すると同時に、あわよくば上田城ごと真田井戸を奪取する事で、一気に関ヶ原までの道を駆け抜け、そのまま東軍の増援として戦線に加わるというものであった。

勿論、そんな伊達軍の意図を既に把握していた昌幸は、長男で『信濃の白獅子』との異名を持つ“真田信之”と共に真田井戸のある本丸の防衛に徹し、次男で、訳あって真田家主君『甲斐の虎』こと“武田信玄”の名代として甲斐武田軍を預かっていた真田幸村に城の前で伊達軍を迎え撃つ大役を任せた。

 

これこそ関ヶ原と並ぶ、日の本の明日を賭けた決戦 『上田合戦』である。

 

結果如何により、中央の戦況をも左右しかねない大一番であり、また同時に、『奥州の蒼き龍』『甲斐の若き虎』の長きに渡る因縁、それを決する戦いでもある。

この世の誰もがそう認識していた…

あの事件が起きるまでは…

 

 

信州上田城城門前―――

砂混じりの激しい風が吹き付ける中で、東の竜と、西の虎は今まさに最後の戦いに挑まんとそれぞれの思惑を胸に対峙していた。

 

「独眼竜 伊達政宗! いざ尋常に勝負!!」

 

「上等だ! 最高の気合を入れて、俺を楽しませてくれよ! 真田幸村!」

 

政宗は六爪を、幸村は二槍をそれぞれに構え、お互いに足を踏み出すタイミングを少しずつ見計らいながら、目先に立つ好敵手を睨みつけ、そして同時に全力を出して相手に向かって駆け出す。

 

「Get up! Ya―――haッ!!」

 

「燃えよ! 我が魂!!」

 

2人がぶつかり合い、それぞれの武器が交じり合うと同時に2人を中心に激しい衝撃と突風が周囲に吹き荒れる。

政宗と幸村、互いに己の並ならぬ闘志をそれぞれの力…雷と炎に還元して、それぞれに振るう刀と槍に纏わせて相手にぶつけた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「Ha! Coolにいこうじゃねぇか?!」

 

口ではそう言いながらも、政宗も幸村に負けぬ程に熱く胸を滾らせ、刀を振るう手により力を込めた…

 

 

「政宗様…この戦こそ、武田との雌雄を決す最後の戦い…どうか貴方様の悔いの残らぬよう、存分になされよ…」

 

そして、この戦いを遠巻きに見守っている一人の男の姿があった…

竜の右目…奥州伊達軍副将 片倉小十郎である。

長きに渡り主君 政宗の背中を守ると共に、その戦いに対する熱い想いを幾度と無く間近で感じてきた小十郎は、政宗にとって幸村との戦いが如何に他の戦とは違うものであり、そして彼自身にとって何よりも重要なものであるかを知っていた。

それ故に、天下分け目の大一番であるこの勝負に際しても、小十郎は決して主君の戦いに横槍を入れようとは思っていなかった。

 

「おっと! 竜の右目がよそ見してちゃダメなんじゃないの?」

 

「!?」

 

その言葉とともに、不意に小十郎の前に一人の影が現れ、巨大な手裏剣を携えながら斬りかかってきた。

それを鮮やかに避けながら影を一刀両断にする小十郎。

だが、小十郎の斬撃が浴びせられると同時に影は灰のように散って消滅し、それと共に小十郎の真後ろに一人の青年が音を立てずに舞い降りた。

真田忍隊隊長にして、甲斐武田軍副将代行 猿飛佐助…

彼もまた、主君が宿敵と対峙しているこの時に、互いに宿敵同士の『右目』と『影』として、小十郎との雌雄を決しようとしていた。

 

「猿飛…あの日逃した借りは今ここで返す…!」

 

「右目の戦か…真剣勝負よりしんどそうだね」

 

殺気を込めた鋭い視線を放ちながら、小十郎は身を落ち着けるように刀を構えなおすと、佐助は軽々しそうな口調で話すが、小十郎に返す視線は彼に勝らぬ程に殺気が込められたものであった。

 

「いくぞ!」

 

「あぁ!」

 

小十郎と佐助は、互いに一撃で決めんと、それぞれに一押しに思う一手を繰り出そうとした…

その時であった―――

 

ピカッ!!

 

「「!?」」

 

突然、どこからともなく輝いた閃光に2人の攻撃の手が止まり、その表情が一変する。

光は上田城の中から差してきていた。2人が振り返ると、城の本丸と思われる場所に向かって天に向かって登る2つの謎の光の柱…

 

「んな!? ちょっと、右目の旦那! いくら天下分け目とはいえ、仕掛にしては大掛かり過ぎるんじゃいのさ?」

 

「違う! 伊達軍(俺達)はまだ何も上田城に仕掛けてなどいない! 一体、あれは…」

 

そう驚く小十郎の顔を見て、佐助は冷静に頷いた。

 

「うん…その驚きようを見るに、どうやらアンタらの策ってわけでもなさそうだね。こりゃあ本丸にいる昌幸の大旦那や信之の旦那達が無事か心配だ! 片倉の旦那! 悪いが俺達の決着は少しだけ預かってもらって―――」

 

佐助がそう告げながら一旦上田城へ向かおうと地面を蹴りかけて、ふと足元を見ると、そこには徐々に周囲に広がろうとしていく謎の金色の発光が見えた。

それは上田城から上がっている2本の柱と同じ光だった。

さらによく見れば、自分達のみならず、離れた場所で激しく戦っている政宗と幸村の下にもそれは迫っていた。

 

「ッ!? 政宗様! お待ちください!!」

 

「真田の大将!!」

 

「「!?」」

 

すぐにただ事ではないと予感した小十郎と佐助が、未だ激闘に夢中で気がついていない政宗と幸村に向かって叫び、決闘を中断させる。

それぞれ“右目”と“影”が発した叫びを聞いて、思わず動きを止めた政宗と幸村。

しかし…

 

「…What!?」

 

「んな!? こ…これは!?」

 

直後、光が一気に4人を覆い尽くすまでに広がったかと思いきや、政宗と幸村の身体が自ずと光に吸い込まれるように地面へと沈んでいく。

 

「政宗様!?」

 

「大将ぉ!?」

 

小十郎と佐助は、互いに主の名を呼ぶと、慌てて助けに駆けつけようとする。

しかし、謎の光は小十郎と佐助までもその中へ引きずり込み始めた。

 

「くそ!…政宗様! 政宗様!」

 

「大将! 今助けるからな!!」

 

2人は必死に主の名を叫びながら、光に飲まれて進む事すらままならない状態ながら、手を伸ばしてその体を掴もうとする。

 

「くっ…こ…小十郎……!」

 

「佐助! 佐助ぇぇぇぇ!!」

 

政宗と幸村も、既に下半身が完全に光に飲み込まれ、上半身も着々と沈みゆく中で必死にもがき、お互いが信頼を置き合う忠臣に向けて手を伸ばした。

 

「政宗様!」

 

「小十郎…!」

 

「大将!」

 

「佐助ぇぇぇぇぇ!!」

 

政宗と小十郎、幸村と佐助の手がそれぞれ相手の手をしっかりと掴んだ直後、4人の身体は光の中に完全に吸い込まれた。

 

 

そして、光が完全に消えた時…上田城前から4人の姿は忽然と消えていたのであった…

同時に、上田城から伸びていた2つの光の柱も煙のように消えたのだった。

 

 

 

――――

 

 

「…っとまぁ、こんな感じだな」

 

政宗がそう言って回想話を〆た。

 

「気がついた時、俺と政宗様はどこかの森に…」

 

「俺様と真田の大将は、あの街の中のどっかにある建物の屋上にいたってわけ。それで数日間俺たちも、独眼竜の主従も、右も左もわからないままさまよい続けて…」

 

「今日のあの騒ぎに駆けつけたわけでござる…」

 

小十郎、佐助、そして最後に幸村が締めて、政宗達の話が完全に終わり、暫くの間、沈黙が続いた。

 

「やはり、ワシの時と同じか…」

 

「ん? って事はお前も…?」

 

家康の言葉を聞き、政宗は何か察したように尋ねる。

 

「あぁ、ワシも関ヶ原でお前達と同じその光に包まれて、この世界へ飛ばされてきたんだ」

 

家康は政宗達に関ヶ原の合戦場で自分と三成の身に降りかかった出来事を話した。

 

「なるほど…関ヶ原でも上田と同じCaseが起きてたってわけか…」

 

「なんと!? それでは三成殿や左近殿も行方不明ということか…!」

 

政宗は家康もまた同じ状況で同じ要因が原因でこの世界に飛ばされた事を納得し、幸村は自分達の同盟相手である三成も謎の光によって消えた事を知り驚いた。

すると、今までの話を聞いていたなのはが話をまとめ始める。

 

「政宗さん達の話を聞いて確信したけど、やっぱり家康君達が裏側の地球からミッドチルダに来た原因は、やっぱりその『謎の光』っていう現象にあるみたいだね」

 

「その俺たちをここへ送り込んだFlashの事も気にはなるが、今は……」

 

「これから其達はどうするか…でござるな」

 

政宗と幸村は、そう言いながら互いに睨み合った。

中断されたとはいえ2人は因縁に終止符を打つための大事な決闘を行なっていた最中であった。

できるものなら、今ここでもう一度戦いを再開したい…

両者共にそう考えていた。

 

「どうする? 今ここでpartyの続きと洒落込もうか? ん?」

 

「政宗殿…貴殿が望むというのであれば…いつでも…!」

 

そう言って、突然二槍を構え出す幸村。

 

「Ha! You doing,okay?」

 

そう言いつつ腰から六爪を引きぬく政宗。正に一触即発の状態が暫しの間流れた。

そして、両者が動こうとした次の瞬間―――

 

「ストーーーーーーーーーーーーップ! 六課を血祭りに上げる気ですか!?」

 

「政宗様!! お戯れも時と場所をお考えください!!」

 

2人の間に飛び込んで来たティアナと小十郎が2人を制した。

 

「Ha! 何しやがるんだ小十郎! 邪魔すんじゃねぇ!!」

 

「政宗様!今は我々の立場を考えてください!」

 

「あぁ、うるせぇな!! お前の小言は聞き飽きたぞ!」

 

政宗を抱えて制止する小十郎に、必死にもがいて抵抗する政宗。

 

「離されよ! 其は武田の誇りを胸に勝負をかけて尋常に挑もうと……!」

 

「大将! もはや喋ってることがバラバラだよ!!」

 

「お願いだから抑えて下さい!幸村さん!」

 

一方幸村も、二槍を振り回しながら政宗に戦おうとして佐助やティアナ、フェイト達に喰いとめられる。

それぞれが怒声や奇声を上げながらやかましく騒ぎ立てる。

 

だが次の瞬間…突然、政宗と幸村の間を一筋の魔力弾が通過した!

 

「「「「「「「「「「えぇっ……」」」」」」」」」」」

 

刹那、部隊長室全体に走る殺気に、全員がその場に硬直する。

そして、政宗と幸村は恐る恐る魔力弾が撃たれてきた方向に目を向けると…

 

「2人共~…あんまり悪ふざけしちゃダメですよ~~。 少し落ち着きましょうねぇ~?」

 

レイジングハートを構えながらなのはが笑顔で、されど明らかに殺気を全開にしながら立っていた。

 

「「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」」

 

その殺気は政宗と幸村ですら一瞬でひれ伏し、土下座して震えながら謝りだす程であった。

なのはのその姿に政宗や幸村だけじゃなく、家康達も恐怖した。

 

「な…!? い…いつものなのは殿じゃない!? なんて覇気なんだ!? ま…魔王・ 織田信長と同格か、いやそれ以上…もが!?」

 

家康が思わず禁句を口走ろうとして慌ててスバル達フォワードメンバーに口を抑えられて止められる。

 

(ダメです家康さん! なのはさんの前で『魔王』という単語は禁句なんです!)

 

(実はなのはさん、普段はとても優しいんですけど、本気で怒りだしたら全てを塵と化してしまう程に暴れだす事から密かに『白い魔王』って恐れられてもいるんです!)

 

(し…白い魔王!? なんだそれは!?)

 

スバルとキャロの忠告を聞いて仰天しながらなのはの方を見入る家康。

確かに今のなのはの身体からは凄まじい程に『恐怖の気』が感じられる。

こんなにも強大な禍々しさを帯びた気を感じるのは幼少期…尾張の魔王 織田信長に仕えていた頃以来である。

 

(とにかく、絶対になのはさんを本気で怒らせない為にも『魔王』という言葉は、なのはさんに向かって言ってはいけませんから)

 

(う…うむ…気をつけよう)

 

家康は、なのはの意外な一面を知って軽く引くのであった。

 

その時だった。

突然にドアが開いて聖王ザビー教会からなんとか生還してきたはやてとシグナムが入ってきた。

 

「ごめん皆!すっかり遅なってもうた!」

 

「すまないな。待たせたみたいで…!?」

 

「「「あ、おかえりなさいはやて部隊長」」」

 

戻ってきたはやて達に挨拶をするフォワードチームだったが、はやて達の視線は当然ながら別の所に向けられる。

 

「なのはちゃん……何をしてるん?」

 

未だに土下座状態の政宗&幸村を見て、はやてが尋ねた。

 

「にゃははは~~~♪ ちょっとO★HA★NA★SHIしてただけだよ~」

 

「………………………」

 

深い笑みで淡々と答えるなのは。その周りでは彼女の威圧感に小十郎や佐助、フェイト達がドン引きしていた。

 

((この世界の人間って…一体…))

 

小十郎と佐助は異世界の恐ろしさを改めて感じるのだった…

 

その後、家康の仲介で、ひとまず政宗と幸村はしばらく休戦を結ぶ事で一先ずの決着がつく事となった。

 




オリジナル版では幸村、政宗が相対していたのは大坂・真田丸でしたが、やはり「関ヶ原と大坂の陣を同じ時にやったら違和感がある」と考えて、真田幸村伝を下に『上田合戦』に置き換える事にしました。まぁ、これでも幸村の兄 信之が西軍として参戦していたりと史実を知っている人からすれば、「なんだこりゃ?」とツッコミの声を頂く事間違いないでしょうけど…
ちなみに、本文にちょっとだけ名前が出ていた真田昌幸、信之親子は勿論、「真田幸村伝」に登場したあの2人です。リリバサ本編ではいつ参戦させるかはまだ未定ですが、必ず出す予定です。


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第八章 ~会遇 西海の鬼と機械人形~

スカリエッティ、大谷吉継、皎月院主導の下、着実に新たな組織体制を整えつつあった西軍。
スカリエッティの開発した“娘”達…戦闘機人『ナンバーズ』は各々、新たな共闘相手である西軍の将達に複雑な思いを抱いていた…
そんなナンバーズの前に新たな西軍の将 『西海の鬼』・長曾我部元親が現れる…

キャロ「リリカルBASARA StrikerS 第八章、出陣します!」


管理局地上本部――――

上層階にある立派な内装の部屋の窓辺から、首都クラナガンの街並みを見下す中年の男と眼鏡をかけた女性…

 

地上本部防衛長官 レジアス・ゲイズ中将とその右腕であり娘でもある秘書官 オーリス・ゲイズ三佐の親子であった。

レジアスは背後のモニターに浮かんだ武装隊の撮影した家康や政宗、幸村達の映像を背に、その表情をきつく歪ませていた。

 

「……奴らは一体何者だ?」

 

レジアスは苦虫を噛んだような表情で、オーリスに問いかけるとオーリスは淡々とモニターに家康達に関する情報を記したモニターを映し出す。

 

「黄色い服を着た男の名は 徳川家康。先日ミッドチルダ市内第十八番地区でのガジェットドローンの鎮圧現場に突然現れて、その後民間人協力者として機動六課に臨時入隊している模様です。他の者達に関する情報はまだ入っていません」

 

「臨時入隊だと? 六課からは『民間人を保護している』程度の報告しか受けていないが…」

 

レジアスは訝しげながら尋ねた。

その口調には明らかな苛立ちが含んでいる事を感じさせたが、オーリスは顔色一つ変えずに報告を続ける。

 

「…恐らく八神部隊長の指示の下、情報を隠蔽している可能性があります。ですが、本局の人事部はこれを了承済みとの事です。恐らくは本局のハラオウン提督やロウラン提督の後ろ盾があったものと思われます」

 

その報告を聞いて、レジアスの苛立ちは表情にまで明確に浮かび上がってきた。

 

「小娘が! 小賢しい真似を! …にしてもこの徳川家康なる男や他の連中も、見たところ魔導師ではないようだが…一体、如何にしてこれだけの戦闘能力を持てるのだ?」

 

「それについては我々も把握しかねます。ですが、民間人協力者としてでなく“臨時入隊”という形をとっているという事は、彼らの戦闘能力は相応のものかと…そうでなければ、あの八神二佐がわざわざ本局に根回しを行ってまで、かの者達を六課に置きたがるという合点がいきません」

 

「フン! 自分達の戦力になりそうなものは、極力自分達の手元に置こうというわけか……本局(うみ)の連中が考えそうな事だな」

 

レジアスはイライラした様子でそう皮肉りながら、窓ガラスに拳をぶつける。

 

「連中が何を企んでいるやら知らんが…土に塗れ、血を流して地上の平和を守ってきたのは我々だ! それを軽んじる本局(うみ)の連中や蒙昧な教会連中に、奴らに媚びを売ることしか考えていない下院の魔法至上主義者共…そのうえ“元犯罪者”の取り仕切る外様部隊なんぞに、これ以上私の膝下でいいようにされてたまるものか! 何より、最高協議会は我々の味方だ。そうだろう?オーリス?」

 

「はい。そのとおりです長官」

 

オーリスはポーカーフェイスを崩すことなく事務的な挨拶と共に頷く。

 

「いいか。今度の査察までに、この民間人協力者達の事について重点的に調べろ! 何か、連中のスネを叩けるネタが隠してあるはずだ!…そして、なんとしても奴らの鼻を明かし…」

 

レジアスがそう指示を送っていたその時――――

 

「あの~、ちょっとお尋ねしたいのですがぁ…“レジアス・ゲイズ”ってのは、アンタかい?」

 

「―――誰だ!?」

 

不意に部屋の隅から声が掛かり、レジアスは瞬時に後ろを振り向く。

するとそこには紅蓮色を基調とした奇妙な戦装束に身を包み、双刀を携えた茶髪の軽薄そうな青年が立っていた。

 

「貴様!? 一体、何者だ! いつの間に入ってきた!?」

 

謎の侵入者の登場に、声を荒げて叫びだすレジアス。

それでも、青年は軽い調子を崩さずに語りかけてきた。

 

「あ~…どうもすんませんねぇ~。何しろ、俺あんまこの世界の事まだよくわかんないッスよ。しかもこちとら、無理矢理転送されて来たもんだから、挨拶しようもなくて…」

 

「何をわけのわからない事を言っている?! 貴様は誰だと聞いているのだ!? 地上本部防衛長官のオフィスに無断で入るなど…」

 

「おっ!? するとアンタがレジアスってオッサンかい? いやぁ、こんな肉付きの良すぎるおっさんが一軍の将とは、『時空管理局』って組織も案外体たらくなんだなぁ」

 

「なんだと!?」

 

青年の軽口にレジアスが墳怒の表情を浮かべた。

 

「あっ! 余計な事言っちゃいました? すんません!じゃあ、今のは無しで! 俺は別に喧嘩売りに来たわけじゃないんッスよ。ちょいとアンタの“お友達”からの「伝言を届けて欲しい」ってお使い頼まれただけッスから」

 

「“お友達”?」

 

青年の言葉に眉をひそめるレジアスに対し、青年は懐から取り出したメタル製の小皿程の大きさのディスクを足元に置き、真ん中にあったスイッチを押して起動する。

すると、ディスクから光が照射され、レジアスやオーリスの前で、白衣姿の男の姿を等身大で投影させた。

 

《やあ、レジアス中将。ご無沙汰してるね》

 

「す…スカリエッティ!?」

 

ホログラム映像で現れた男…ジェイル・スカリエッティから気障な笑顔を向けられ、困惑と驚きに歪んだ顔を浮かべるレジアス。

その反応が面白かったのか、陰湿な笑みを浮かべながらスカリエッティは語りかける。

 

《久しぶりの再会を記念して少し世間話でも…っといいたいところだが、私も生憎忙しいものでね…》

 

「何を考えている!? 広域指名手配犯の貴様がこんなところに堂々と連絡など寄越せば、どうなるかわかっているはずだろうに!!?」

 

レジアスは部屋に他に人間がいないか必死に確認をしながらスカリエッティを咎めるが、スカリエッティは余裕の笑みを崩そうとしなかった。

 

《では、手短に用件を終わらせる為にも単刀直入に言わせていただこう。今日この時をもって、貴方と密かに交わしていた“盟約”について、一切を破棄させて頂こう。即ち、貴方との関係もこれまでだ。今後は私への一切の交渉・干渉を断絶させていただきたい》

 

「何っ!?」

 

自分が密かにスポンサーとして支援してきた者からのまさかの宣告に、焦りと怒りの両方の感情が込み上げてくるレジアス。

長年、有能な戦力の本局への一極集中化と、それに伴う地上本部の戦力不足に憂いでいたレジアスは、広域指名手配犯であるスカリエッティとある “密約”の下、彼の違法とされる数々の技術・兵器の開発、研究、運用を黙認するだけでなく、密かに研究資金の横流しなどを行っていた。

全ては地上本部の人材不足を解決させる為…レジアスは許されない事とわかっていながら、“悪魔”の手を借りる事を選んだのだった。

その為、自分が見放しさえしない限り、目の前に立つ男は自分を裏切らない…そう信じていたレジアスに投げかけられたのは衝撃的な一言だった。

 

《正直、私もいつまでも一定の金しか寄越さない貴方の事は辟易していたのでね…そろそろもっと味方につけて理のある者とつながる方が、よほど合理的であると気づいたのだよ》

 

「ふざけるな! 今まで、私がなんのために貴様の違法な研究を支援してきたのだと思っているのだ!! それに、この私や最高評議会の後ろ盾も無しに管理局から逃げ切れるとでも思っているのか!?」

 

レジアスは目の前に浮かぶのがホログラムである事を忘れ、今にもスカリエッティに詰め寄らんばかりの気迫で問いかける。

だが、その時、スカリエッティのホログラムの前にもうひとり、ホログラム映像の男が現れた。

黒がかった紫色の鎧甲冑を纏った銀髪の男は、これがホログラム越しの会話である事を知ってか知らずか…レジアスの顔を見るなり、手にしていた長刀を引き抜いて、そのまま一閃した。

ホログラムの刃はレジアスの身体を斜めに走った。これが実体を伴っていれば、確実にレジアスは一刀両断にされていたであろう。

 

「んな…!?」

 

《黙れ…拒否は認めない。“奴”を組織の一角に迎え入れ、“奴”の力を借りている者を下に置いている貴様ら“時空管理局”は、すべて“奴”と同罪! つまり私の断ずべき敵である!!》

 

ホログラムであった為、当然かすり傷一つ負っていないが、それでも男の放つ殺気にレジアスは膝が震え、その様子を見ていたオーリスも恐怖のあまりにその場に崩れこむ。

 

「や…奴とは誰だ…! い…一体、貴様は誰だ?!」

 

《私の許可もなく無駄口を叩くな………》

 

銀髪の男は冷たい眼差しを投げかけながらそれだけをいうと、フッと踵を返しながら姿を消した。

 

「あ~あ。三成様ってば、やっぱり出てきちゃったかぁ。まぁ、家康の身を寄せてる組織のトップと話すって話が上がった時点でこうなる事は予想できたけどさぁ…」

 

銀髪の男の事を知っているのか、あれだけの殺気を目の当たりにしてもさほど気にしていないように青年が言った。

するとスカリエッティも、何故か面白おかしそうに含み笑った。

 

《驚かせたのなら謝ろう。私の新しい“同盟相手”を率いるのは少々血の気の多い御仁でね。 貴方達もこれから苦労する事になるでしょうが、同情しますよ。それでは、またお会いする機会がある時まで、ごきげんよう》

 

そう言って、ホログラムのスカリエッティは姿を消した。

映像が消えたのを確認すると青年はさっと投影していたディスクを回収する。

 

「まぁ、そういうわけでスカリエッティはこれから俺ら“豊臣”と手を結ぶ事になったのでそこんとこよろしく。 あっ! ついでに言っときますが、今の銀髪の御方は『豊臣』の大将 石田三成様。俺はその左腕に近し、島左近。また、いつかアンタらと戦になった時によく耳に入る名前になるかもしれないから覚えておいてね♪」

 

青年…左近はレジアスに向けて、軽い感じでそう言い放つと、そのまま部屋を出て行こうとする。

 

「待て!? 豊臣とは一体なんだ!? 一体、貴様らはスカリエッティと組んで何を企むというのだ!?」

 

レジアスの言葉を受けて、左近は歩みを止めると、レジアス達の方へ軽快な笑顔を浮かべたまま振り返った。

 

「いやぁ~、正直俺もよくわかんないッスよね~。三成様ってば、なんでまたよりによってあんな変態野郎と手ぇ組んじまったのか。まぁでも…」

 

不意に左近の顔から笑顔が消える。

 

「三成様が誰と手を組もうがそんなもん関係ねぇ…俺はあの人の近くであの人の力になり、そして、あの人が許さない全てを叩きのめす…」

 

すると、今まで朗らかだった左近の声が急に低く、威圧的な声へと変わった。

 

「アンタ達も三成様の “許さないもの”になるのなら…その時はこの俺が容赦なく斬り捨ててやるから覚悟しな……まぁ、せいぜいあの人に目をつけられないように気ぃつける事だな」

 

そう忠告を残し、左近はドアを開けて、部屋を出て行った。

 

「くっ………セキュリティー!!不審人物だ!取り押さえろ!」

 

レジアスは叫びながら男の後を追って部屋のドアを開ける。

しかし…

 

「!?……居ない!?」

 

ドアの先に広がる廊下に、男の姿はどこにもいなくなっていたのだった。

すると腰を抜かしていたオーリスが恐る恐る立ち上がり、恐怖に震えたような表情でレジアスに聞く。

 

「ど…どうしましょう? 今直ぐに各組織に警戒するように進言した方が…」

 

「バカな事を言うなオーリス!!」

 

だが、レジアスはムキになりながらオーリスに向けて怒鳴りつける。

 

「そんな事をしてみろ! 私がスカリエッティと繋がっていた事が公になる! そうなると今までの我々の努力が水の泡だ! いいか! 今起きた事は絶対に他言無用だ! 忘れろ! あれは悪い夢だったのだ!!」

 

レジアスは、必死に自分に言い聞かせるようにそう叫ぶのだったが、スカリエッティと共に現れたあの銀髪の男と自分達の前に現れた青年…2人がそれぞれに見せた殺気を間近で感じたレジアス達の脳裏に根付いた恐怖心は、その後もしばらく拭いきれる事はなかった。

 

 

 

「三成様! 左近! 只今、戻りました!」

 

所変わってここは、スカリエッティのアジト内―――

長く複雑に入れ込んだ薄暗い通路の真ん中に展開した魔法陣から現れた左近の帰りを、三成と皎月院が出迎えた。

 

「…あぁ。ご苦労だったね。レジアスの狼狽える顔は、なかなか滑稽だったよ」

 

皎月院がそう愉快げに話す隣で、三成は相変わらず冷たい表情を少しも崩さず呟いた。

 

「フン…あの程度の子供騙しの小技に震え上がる男がこの世界の将か…秀吉様が見たら、さぞ呆れられるであろう…」

 

「そうそう。やっぱり一軍を率いる長には相応の器ってもんがあるでしょうに! 例えば…三成様とか!」

 

そう言っておどけてみせる左近に向かって、三成は氷刃のような眼差しを投げかけながら一蹴した。

 

「私に余計なゴマすりなど無用だ! 左近! 無駄口を叩く暇があるなら、次に与えられし貴様の役目を果たせ!」

 

「は、はい! すんませ~~~~ん!!!」

 

左近はブルッと身震いさせながら、一礼して、慌てて通路奥へと駆けていった。

その姿を見送りながら、皎月院は三成に語りかけた。

 

「相変わらず遊興のわからない男だねぇ。もう少し、自分の懐刀を優しく扱おうと思わないのかい?」

 

「フン…あれは遊興に浸りすぎている…もう少し自分の立場というものを考えて、厳かに動く事を覚えるべきだ」

 

三成はそういうなり、薄暗い通路を左近が去った方向とは逆の方へと歩み始めた。

 

「どこへ行くんだい?」

 

「瞑想だ……このまま、貴様といればまたスカリエッティめのつまらぬ戯言を聞かされるに決まっている」

 

振り返らないまま、三成は暗い通路の奥へと消えていった。

三成が見えなくなったのを確認すると、フッとどこか嬉しそうに鼻で笑う皎月院。

 

「全く…まるで水と油みたいな主従だねぇ」

 

皎月院が懐から煙管を取り出し、それに火をつけながら三成と左近をそう評していると、彼女の背後に再び魔法陣が展開される。

そこから現れたのは一基の輿と、それに乗った全身に包帯を巻いた男…大谷吉継である。

 

「あぁ、ごくろうだったね刑部。それでどうだったかい?」

 

皎月院が問いかけると大谷は面白がるような声で話し出した。

 

「うたよ。やはり主の思惑通りになったぞ」

 

大谷の言葉を聞き皎月院の口元が軽く吊りあがる。

 

「伊達、それに真田が現れ、徳川やあの機動六課なる者達と合流を果たした。やはり生粋の武人である奴らを誘き寄せるにはガジェット1000体は格好の餌だったようだな」

 

「フン…あんな単刀直入に戦う事しか脳のない猪共にはこの程度の餌で十分と思ってたけど…まさかここまで上手くいくなんて思っても見なかったよ」

 

高笑いしながら政宗や幸村達を嘲笑う皎月院。

第五航空監視塔襲撃はすべて皎月院による策であり、すべてはミッドに飛ばされていた政宗達戦国武将達を一箇所に呼び集める為であった。

そんな中、作戦の全容を知っていた大谷はある疑問を浮かべる。

 

「してうたよ…貴公は何故伊達のみならず真田までも徳川に合流するように仕向けたのだ? 真田は元より我ら西軍の将ではないか?」

 

大谷が問うと、不敵な笑みで返す皎月院。

 

「だからこそじゃないか。あの愚直な真田の次男坊の事だ。合流したとはいえ、家康や伊達と素直に共闘するとは思えない。恐らく小競り合いを起こすのは確かだろうね。まずは連中への挨拶代わりにそこを突こうと思う。真田が家康を倒してくれるのならそれでよし。万が一真田が家康と手を組むというのなら、“裏切り者”として家康共々消してしまえばいいだけの事…」

 

皎月院の提言する策に、大谷が納得したかのような頷きを見せる。

 

「フフフ…主もなかなかの食わせ者よのう…うたよ…」

 

「それ、アンタが言える口かい? 刑部」

 

不敵に笑いあう二人。

その周辺には不穏な空気が漂いかけた、その時だった。

 

《大谷様、皎月院様。ドクターがお呼びです。研究室まで来て下さい》

 

二人の前にホログラムのモニターが投影され、そこに薄い紫の髪の女性が現れる。

スカリエッティ配下の戦闘機人集団『ナンバーズ』の1番でスカリエッティの秘書的な存在でもあるウーノだ。

 

戦闘機人―――

それはスカリエッティがレジアスの支援の下、開発した違法研究のひとつで、機械の身体を持つ人造生命体…いわいるサイボーグのようなものの総称だった。

 

「あぁ。すぐに行くと伝えろ」

 

大谷はそれだけを言うとモニターを切って通信を無理矢理遮断した。

 

「まったく… 鉄の塊の人形ごときが、人間様に偉そうに指図するなんてこれ以上に不愉快な事はないねぇ」

 

純粋な人間ではないウーノ達『ナンバーズ』を不快に思っている皎月院は不服そうに語る。

口調はできるだけ穏やかなものを選んでいるが、その言葉からは明らかな憎悪が感じられる。

 

「まぁそう言うでない、うたよ…アレらも所詮は人だと信じ仮初の身体で仮初の生を生きている“ままごと”ぞ。そう哀れんで見れば、愛おしさも感じようぞ…ヒッヒッヒッ…」

 

フォローしているように見せかけて悪態をつきながら大谷は皎月院と共にスカリエッティの下に向かった。

 

 

スカリエッティの研究室―――

 

「すばらしい!!魔法を一切使わずにこのような力を持つとは……戦闘機人の素体にすればさぞ強力な兵となることだろうな!」

 

スカリエッティはモニターに映った政宗、幸村、小十郎、佐助の姿を見て感激の声を上げる。

その様子をどこか呆れると共にバカにしたような目つきで見つめる大谷と皎月院。

 

「お気に召したのであれば嬉しいぞ。スカリエッティ。 我らも博打に打って出ただけの事はある」

 

「あぁ、私も君達にガジェットドローンを1000体借したのは正解だったみたいだね。まさかこのようなデータが手に入るとは…」

 

スカリエッティが喜びを露わにしつつ、モニターを制御するキーボードをいじっていると、モニターに『ディバインバスター・アボンド』をガジェットに打ち込むスバルの姿が映される。

 

「はて?こやつは?」

 

「あぁ、機動六課のメンバーの一人“タイプゼロ”さ。 聞いた話だと徳川家康に直々に訓練を受けているとか…」

 

「「徳川に?」」

 

ほぼ二人同時に聞き返す大谷と皎月院。

ちなみに『タイプゼロ』に関してはあえて聞かない事にした。

 

「あぁ、なんでも今の技も徳川家康の指導を受けて習得したものだそうだよ」

 

「ふぅん。さしずめ…『徳川の弟子』ってところだねぇ」

 

皎月院が冗談のつもりで話すが、直後それに反応するかのように怒鳴り声が部屋に響き割った

 

「なにぃ!? 家康の弟子だと!!」

 

怒りの叫び声が背後から聞こえ、皎月院をはじめとする部屋に居た全員が声のする方へと振り返ると、そこにはいつの間にか瞑想から戻ってきた三成が、憎悪に駆られた表情を浮かべ今にも刀を引き抜かんとしていた…

その言葉は、最も聞かれたら困る人間の耳に入ってしまった。

 

「おや? いつの間に戻ってきたんだい三成?」

 

「黙れ! それより今の話はどういう事か説明しろ!」

 

「い…石田様…お怒りを鎮めてくださ…」

 

激しく激昂しながら皎月院に詰め寄ろうとする三成に、ウーノは凶気に震えながらも彼の傍に寄り、なんとか宥めようとする。

だが三成はそんな彼女の喉元に、非情にも刀を突きつけた。

 

「!?」

 

「人形風情が…私に触るな!!」

 

三成が一喝するとウーノは恐怖なのか怒りなのか判らない震えを感じながら黙って後ろへと下がった。

三成は刀を抜いたまま皎月院へと詰め寄る。

 

「どういう事だ!? うた! 家康の弟子というのは!?」

 

「言葉通りだよ。徳川の奴、随分この世界に馴染んでるみたいで、挙句弟子までとっちゃったわけさ。しかもあんな子供をさぁ」

 

三成の凶気を前にしても全然動じない様子の皎月院は、モニターに映った楽しそうに話す家康とスバルを眺めるが、三成は怒りの捌け口代わりに刀を勢いよく足元地面に突き立てた。

 

「家康め…! 私に殺される前に徳川家の後継者でも作り置くつもりか!!!」

 

三成が声を張り上げると共に、三成の身体から黒いオーラが部屋に放たれ出し、その影響で部屋にあったあらゆる電子機器が爆発し、カプセルなどのガラスでできたものは、ひびが走ったり砕けたりした。

普通の人間であれば、その覇気で失神するであろう圧力の中、皎月院は臆することなく三成に近寄り、なだめるようにその顎に手を当てた。

 

「落ち着きな三成。アンタがそういうと思って、手は打ってあるよ。そろそろ西軍(わちきら)の中から適当な刺客を送ってやってもいいんじゃないかい?」

 

皎月院の誘惑するような妖艶な口調に、風船がしぼむように三成の奮い立った怒りが引いていく。

 

「……貴様らに任せる! ただし…家康を殺すのはこの私だ! それを重々忘れるな!!」

 

三成が叫びながらも了承したのを見て、スカリエッティは愉快げに煽る。

 

「フフフ…皎月院殿は本当に三成君の扱いに慣れているのだね。これだけの狂馬の手綱を握るのは容易ではないだろうね」

 

「スカリエッティ…貴様、その二枚舌を三枚に下ろされたくなければ、余計な口は慎む事だな!」

 

三成がそう吠えた時、スカリエッティの前に展開していたモニターに通信が入る。

スカリエッティがモニターに通信相手の映像を投影すると、それは紫がかった青色のショートヘアの髪の女性…ナンバーズの3番で戦闘隊長的存在であるトーレからであった。

 

「トーレ。どうしたんだい?」

 

《ドクター。左近殿との共同戦線の結果、黒田殿を発見しました。我々が石田方の使いだと話したら少々抵抗してきたので、多少致傷を加えましたが大事には至っていません》

 

「わかった。では予定通り、連れてきたまえ」

 

スカリエッティはそう言ってモニターを切った。

すると彼の会話を聞いていた大谷と皎月院がおかしそうに笑いだす。

 

「黒田もバカだねぇ。無駄に抵抗したところで私達豊臣の軍下からは逃れられないってのに」

 

「まったくよ。のう三成。これで官兵衛も我らの手の内だ。我が軍の準備は確実に整いつつある」

 

「まさか刑部。あのバカ一人に残りの“人形” 共の調教を任すつもりか?」

 

ウーノを睨みながら三成が聞くと、大谷は「まさか」と首を振る。

 

「多少使える人形は別として、他の使えぬ人形共は“西海の鬼”にでも預けるつもりぞ。官兵衛みたいなバカだけに物を教えさせれば、役に立つ人材も腐らせるだけだ」

 

「ククク…それ言えてるねぇ」

 

大谷の言葉を横で聞いていた皎月院は笑いだし、三成も微かに嘲りの笑みを浮かべる。

一方そんな彼らを他所にウーノはスカリエッティに耳元でささやいて警告する。

 

「ドクター。やはり彼らと手を結ぶのはやめた方がいいと思います。彼らは普通の人間ではありません」

 

「そうだともウーノ。彼らは普通の人間や魔法使いとは違う。今までの人間や魔法使いとは異質の力を持った者達だ。だからこそ今回の計画に際して、手を結ぶに値する存在であるのだ」

 

「ドクター。そういうわけではなくて、普通じゃないのは彼らの内面的なもので…」

 

忠告にまったく耳を貸さないスカリエッティを必死に説得するウーノ。

そんな彼らの様子を物影に隠れて聞いている一人の少女がいた。少女は隙を見て、そっと部屋にあったドアのひとつから外へと出て行った。

 

 

部屋を出た彼女は、大分離れた場所にある廊下で一人先程部屋で聞いた会話を思い返していた。

右目に眼帯を付け、銀色の長い髪の小柄な少女…ナンバーズの5番 チンク。

ナンバーズの中でも年長組と新米組との間に挟まれ、双方から信頼され、誰よりもナンバーズの事を想っている彼女は、三成達の会話を聞き、この先の自分達の命運にただならぬ不安を覚えていた。

 

「私もウーノと同意見だ…奴らは今まで出会ってきた人間達とは明らかに違う……何が目的なのか知らないが、おそらく“同盟”というのも表面上だけ…実際には私達は奴らの傘下…否、道具といった方がいいかもしれないな…」

 

チンクがそう確信づいたさっきの大谷の一言を思い出す。

 

「“使える人形と使えない人形”……いくら私達『戦闘機人』が人間ではないとしてもあの言い方は腹が立つ!」

 

チンクは怒りの表情を浮かべながら一人叫び声を上げた。

 

「とにかく……ドクターが警戒しない以上、この私がなんとしても妹達を守って…」

 

「おいおい。穣ちゃんがこんなところで、なに一人で叫んでんだよ?」

 

「!?…誰だ!?」

 

突然背後から声を掛けられチンクが振り返ると、そこに居たのはボサボサの銀髪に紫色の眼帯が左目を覆った、上半身は派手な布を巻き付けただけの半裸姿で巨大な碇のような形をした銛みたいなものを持った男だった。

 

「……誰だ? お前は?」

 

「おっと。スカリエッティのオッサンから俺の事聞いてないのか?」

 

「何の話だ?少なくともお前のような明らかに不審な男の事など私は何も聞いてないが…」

 

いつでも攻撃できるよう持ち武器である投げナイフ『スティンガー』を構えながら話すチンクに、男はため息をつく。

 

「やれやれ。大谷の野郎、こんな面倒なガキの子守りなんざ任せやがって。めんどくせぇなぁ」

 

「?…お前、何言って…!?」

 

そこでチンクは先ほどの大谷の言葉をもう一度思い出した。

 

――『多少使える人形は置いといて、他の使えぬ人形共は“西海の鬼”にでも教育させる事にするつもりだ』―――

 

「!? お前…まさか…『西海の鬼』なる奴か?」

 

「おっ!? 俺のふたつ名を知ってやがるとは…大したもんじゃねぇか嬢ちゃん」

 

男は不機嫌そうに話すと、男は碇型の銛を構え直すと改めてチンクに向かって言い放つ。

 

「そうよ。俺は人呼んで“西海の鬼神”…長曾我部元親よ!!」

 

 

ナンバーズの9番 ノーヴェは眉間にしわを寄せて不満の表情を浮かべていた。

その原因は目の前に立つ一人の男にあった……

 

「というわけで、今日からお前らの教官兼大将となった。人呼んで『西海の鬼』…長曾我部元親だ!よろしくな!!」

 

銀髪に紫色の眼帯が左目を覆った、上半身は派手な布を巻き付けただけの半裸姿で巨大な錨みたいなものを持った男が無駄にいい笑顔を浮かべながら挨拶をした。

それに対してノーヴェと一緒に並んでいたナンバーズのメンバー…水色の髪を肩ぐらいまで伸ばした少女、ナンバーズの6番 セイン、赤い髪を後ろに束ねた少女、11番 ウェンディ、そして茶色の髪を後ろで細く縛った少女、10番 ディエチがそれぞれ唖然とした表情で元親を見つめていた。

 

「えっ…あの…話が唐突過ぎて何の話なのか全然わからないのですが…」

 

ディエチが恐る恐る元親に聞くと、元親の横で話を聞いていたチンクがため息を吐いて元親に注意する。

 

「長曾我部。いきなりこんな説明ではわかるわけないだろ。もっと判り易く一から説明しろ」

 

「なんだよチン公。俺は長ったらしい説明はしたかねぇんだよ」

 

「そうかも知れんが……ってか『チン公』ってなんだ!?」

 

「えっ?名前がチンクだからチン公って呼ぶことにしたんだが…嫌か?」

 

「嫌に決まってるだろ!!」

 

元親とチンクのやりとりを見て、さらにイライラしだすノーヴェ。

ノーヴェは普段から常にイライラしている事が多く、他の姉妹にもいつも攻撃的に接するが、チンクにだけは素直に接し、姉の中では一番慕っていたのだった。

その為、そのチンクがいきなり現れた見ず知らずの男と話しているのが気にいらなかった。

 

「あの…それで、この人が教官になるってどういう事?」

 

埒が明かなくなったのかセインがチンクに聞くと、本題を思い出したチンクは軽く咳払いをして説明し出した。

 

「まぁ私もさっきドクターに聞いてきたばかりなのだが…最近我らと手を結ぶことになった石田三成とその一味の事はお前達も知ってるだろ?」

 

「石田三成? あぁ、こないだドクターが新しく同盟を組んだ『豊臣』とかいう軍団のボスの事だね。あの面白い髪型したおっかない兄ちゃん!」

 

「なんか…雰囲気から普通の人って感じはしなかったよね?」

 

セインとディエチは口々に三成に対する第一印象を述べる。

 

「長曾我部はその石田の同盟相手の一人で、長曾我部軍という海賊集団を率いている長だ。戦闘の腕も確かだが、何より兵器の開発に長けているらしい」

 

「へぇ~。海賊の親分っスかぁ~。かっこいいっス!」

 

ウェンディが目を輝かせながらそう言うと、元親は少し得意気な態度を取る。

その様子を呆れた様子で見つめながらチンクが続ける。

 

「ドクターの話だと、これから私達ナンバーズは、石田の率いる軍の将達と合同で作戦を遂行していく事になる。だからこそ彼から教えを受けて、彼らにしかない戦術を身につけて、同時に自分の実力を強化していく。その為に長曾我部が今日から私達の教官となったっというわけだ」

 

「そう言う事だ…いやぁ、やっぱ長々と説明すると疲れるなぁ」

 

「全部私が説明したんだ!!」

 

またしても元親のボケにチンクがツッコむやりとりを見て、ノーヴェは表情をさらに強張らせる。

一方でチンクからの説明を聞いたセイン、ディエチ、ウェンディは納得したような表情を浮かべる。

 

「そう言う事なら私は別に文句ないよ。だって今までずっと女所帯だったし、面白くなるかも」

 

「私もOKっス!だって海賊の親分が教官って事は私達海賊の手下って事じゃないっスか!」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが…」

 

セインとウェンディはあっさりと元親を了承する。

 

「うん。折角教えてくれるのだったら、私も無理に断るつもりはないよ。少なくとも元親さんは悪い人じゃなさそうだし」

 

ディエチもそう言って了承した。

これで晴れて元親はチンク達の教官に…っと思ったが…

 

「じゃあさっそく西海の鬼流の兵士育成法の…」

 

「あたしは納得できねえ!!」

 

ついに我慢が限界に来たノーヴェは大声で協力を拒絶する。

そんな彼女にウェンディが横から「あっ!初めて喋ったっス」とメタフィクション的に茶々を入れる。

 

「ノーヴェ。いきなり怒鳴るのは失礼だろ」

 

「冗談じゃないよチンク姉! こんなズガズガ勝手に上がりこんできて、訳のわかんねえ事話して、仕舞いにはコイツがあたしらのボスだぁ!?

納得できるわけないよこんなの!こんなふざけた奴の言う事なんか聞けるか!!」

 

ノーヴェは怒鳴りながらチンク達を説得する。

 

「よく考えてよチンク姉!そもそもあの石田とかいう奴とその仲間の奴らだっていけ好かない連中だってチンク姉だって言ってたじゃない!!コイツはその石田の仲間の一人なんだよ!コイツだってどうせ碌な奴じゃないさ!!」

 

「ノーヴェ!言い過ぎだよ!まだこの人の事をよく知らないのにそんな事言ったら…」

 

ディエチがそう言ってノーヴェを止め、話を聞いていたチンクやセイン、ウェンディ達も元親の方へ心配そうに目をやる。

すると元親は…

 

「……カーッハッハッハ!! 俺をここまで罵る女は初めてだぜ!!」

 

怒るどころか、逆に大笑いし始めた。

両手でお腹を押さえ、元親は良い笑顔で笑いこけている。

元親の反応に、チンク達は呆気に取られる。

 

「………んな!? テメェ!あたしをバカにしてんのか!?」

 

そして、一緒に呆気に取られていたノーヴェが我に返るとさらに声を張り上げて元親に怒鳴りつける。

 

「まあ、確かに急に現れて『今日から俺が大将だ』なんて言われちゃ、拒絶したくなるのも無理はねぇな。

でもあいにく俺も大谷の野郎からお前らの事を徹底的に鍛え上げろって言われてるからな。お前だけ外すわけにはいかねぇんだよ」

 

笑っていた状態から、元親は急に真面目な表情で語りだす。

急激な変わりように、誰もが付いていけなかった。

 

「じゃあこうするか。今から俺と勝負をしな。もしお前が俺に頼らず自分の力でこの先やっていけるって言うなら、それを俺に見せてみるこったな!一本でも取ったら、お前は俺の訓練から外してやるよ」

 

自信に満ちた表情でノーヴェに告げる元親を睨みつけながら、拳を握りしめるノーヴェ。

 

「随分自信あるみてぇじゃねぇか…面白ぇ! 海賊だろうが鬼だろうか関係ねぇ! このあたしがぶちのめしてやる!」

 

「お…おいノーヴェ! 長曾我部! さすがにそこまでする必要は…」

 

チンクは元親とノーヴェを止めようとするが、それよりも早く、2人は部屋を出て行った。

 

「うわぁ~、なんかやばそうっス!」

 

「行ってみよう!」

 

ウェンディとセインはそう言って、2人の後を追った。

 

「チンク姉。私達も…」

 

「あぁ、仕方ないな。まったく『豊臣』とかいう連中にはロクな奴がいないな…」

 

ディエチに促されてチンクも元親とノーヴェの後を追う事にした。

 

 

スカリエッティのアジト・実戦訓練用ホール。

 

 

「覚悟はできてんだろうな?」

 

「おぅよ。どっからでもかかってきな」

 

ガンを飛ばすノーヴェに対し、元親は余裕な態度で答える。

 

「うわぁ…めっちゃ余裕ありあり…」

 

「良い度胸してるっスねぇ…」

 

ノーヴェのやんちゃさを知るセインとウェンディは元親の態度に感心を抱く。

 

「テメェ、馬鹿にしてんのか?!」

 

「おいおい。まだお喋りか?早く始めようぜ」

 

「!…おもしれぇ、だったらさっさと決めてやるよ!」

 

ノーヴェは腕にスバルのリボルバーナックルに似た固有装備『ガンナックル』を装備してファイティングポーズを取り、いっそう激しい剣幕で元親を睨む。

元親も碇槍を構え、ノーヴェをじっと見つめる。

 

「鬼に挑む事…後悔すんなよ?」

 

「するわけねぇだろ!!」

 

ノーヴェはそう叫ぶと、足に装備したマッハキャリバーに似たローラーブレード型の固有装備『ジェットエッジ』を起動させ、一直線に元親に向かって突進していった。

 

「うおりゃあああああああああああああああ!!!」

 

「せいやあぁぁぁ!!!」

 

突き出して来るノーヴェの拳を碇槍で軽々と防ぐ元親。

 

「なに!?」

 

「その程度でこの『鬼』の首を取ろうなんざ…甘いんだよ!」

 

「うわあああああああああああああああああ!!」

 

元親はそう言ってノーヴェの拳を弾くと、槍先に炎を纏わせた碇槍を振るい、ノーヴェを吹き飛ばした。

 

「「「「ノーヴェ!」」」」

 

二人の戦いを見守っていたチンク達が思わず声を張り上げる。

元親の態度や雰囲気からして、ノーヴェは元親に勝てないと予想していた4人だったが、まさかいきなり派手に吹き飛ばされるとは考えても見なかった。

それは、ノーヴェ自身も同じだった。

 

「ぐっ……!? テメェ…化け物かよ…?」

 

目前にある元親へ向け、ノーヴェは皮肉交じりで罵る。

彼女の顔は意地でも負けるかと、汗で濡れていた。

 

「化け物は今更だな。俺は『西海の鬼』なんだぜ? 鬼は化け物って相場が決まってんだよ」

 

元親はノーヴェの吐いた皮肉を気にも留めず、微笑を浮かべて返した。

その態度を見てノーヴェの表情にさらに怒りが巻き起こる。

 

「テメェ…絶対ぶっ潰す!!」

 

ノーヴェはそう叫ぶと、少しよろけながらも立ち上がる。

 

「ノーヴェ! よせ! もう勝負はついたぞ!」

 

「いや…まだ全然始まってもねぇよ!チンク姉!!」

 

チンクは声を張り上げてノーヴェを止めようとするも、ノーヴェは元親に向かって一気に駆け出し、その顔面目がけて風を纏った拳を打ちだそうとする。

しかし…

 

「甘いぜ!!」

 

「!?…うわああああああああああ!!」

 

元親はその場で飛び上がると、碇槍の鎖を身体に引っ掛け、そのままの体勢でノーヴェに向かって勢いよく蹴りつけた。

彼の固有技『[[rb:十飛>とび]]』だ。

再び吹き飛ばされ、地面に転がるノーヴェ。

 

「ぐっ………まだまだ!!」

 

それでもノーヴェは降参せず、元親に向かって駆け出していく。

さすがにこれには元親も心配になって来た。

 

「おい。そろそろ諦めたらどうなんだ?」

 

「ふざけんな!誰がテメェなんかに降参するか!!?」

 

もはやヤケクソとしか言いようのない口調で怒鳴るとノーヴェは再び元親に向かって駆け出した。

 

 

 

 

十分後…

 

「はぁ…はぁ…」

 

「おい。もういい加減に…」

 

「このおぉぉぉぉぉぉお!!」

 

土に塗れ、地に倒れ付していたノーヴェは、再び立ち上がって元親に殴りかかる。

だがノーヴェの戦い方はもはや戦いではなくケンカとしか言いようのない大雑把な動きになっており、当然ながら元親は簡単に碇槍で受け止めると、彼女を弾いて押し戻した。

 

「あう!」

 

ノーヴェは地面を転がり、いっそう土塗れになる。

 

「嘘…」

 

「マジすか…?」

 

ノーヴェは前線要員の中ではかなり優秀な部類に入る戦闘機人だ。

だが、そんなノーヴェが子供のようにあしらわれている。

セインとウェンディは自らの目を疑い、何度も自分の手で目を擦った。

 

「お前なぁ、もうそれじゃ戦いじゃなくてただのケンカだぞ?よくそれでまだ俺に挑む気があるよな」

「当…然だ…テメェなんかに…!」

 

ノーヴェは「絶対に許さない」そんな目で元親を睨みつけた。

そんな彼女の目を見た元親は『ある出来事』を思い出した…

 

 

**

 

「な……なにがあったんだ?………」

 

四国のとある港…

長旅から戻った元親達『長曾我部軍』を待っていたのは、あまりにも予想外の光景だった。

焼け野原となった町に、徹底的に破壊しつくされた自身の開発していたカラクリ兵器…

そしてその惨状のいたるところに転がる四国の留守を守っていた長曾我部軍の兵士達。

 

「これは…一体誰が…」

 

「アニキィィーーーーーー!!大変です!破壊されたカラクリの傍にこれが!!」

 

まさかの光景に言葉を失っていた元親に追い打ちをかけるように、部下の一人がある物をもってくる。

それを手に取った元親は驚愕する。

それは葵の御紋が描かれた軍旗…つまり徳川軍の軍旗であった。

 

「これは!?徳川軍の!?…って事はまさかこれをやったのは……家康!?」

 

刹那、元親の脳裏に家康との思い出が全て壊れていくような錯覚を感じた。

同時に元親の中で何かが沸き起こる気が感じてきた。

それは…家康への憎悪だった。

 

「家康……俺は…お前を信じたからこそ、お前の天下への道を応援してたのに……家康……絶対に許さねえぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

暗雲の立ち込める空へ向かって元親の怒りの叫び声が上がった…

 

 

―――

 

「…家康……」

 

「こっ…の…他所身すんな…」

 

「やめだ、やめだ。こんな戦いもううんざりだ」

 

「!? なん…だと?」

 

立ち上がったノーヴェは目を丸くする。

 

「お前のせいで嫌な事を思い出しちまったんだよ…」

 

「っざけんじゃねぇぞ…好き勝手に意見変えやがって…勝ち逃げなんか…させるかよおぉぉぉお!!」

 

ノーヴェは再び元親に向けてダッシュし、拳を振り上げる。

だが…

 

「…!」

 

「がっ…はっ…」

 

振り向きざまに元親に碇槍の柄で思いっきり腹部を殴られ、ゆっくりと地面に沈んだ。

 

「「「「ノーヴェ!?」」」」

 

チンク、セイン、ウェンディ、ディエチはノーヴェに駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 

「ノーヴェ!大丈夫!?」

 

「しっかりするっス!」

 

「…ディ…エチ…ウェ…ウェン…ディ…」

 

心配そうにノーヴェの顔を覗き込むディエチとウェンディ。

 

「傷は浅いぞ!」

 

「しっかり!」

 

チンクとセインも傷口を見て、ノーヴェを心配する。

 

「チンク姉…セイン…」

 

 

「クッ! 長曾我部! お前!!」

 

チンクは元親の上着を掴む。

 

「いくらノーヴェがしつこいからって…ここまでする必要はないだろ! よくも大事な姉の妹を…!」

 

「やめてよ…チンク姉」

 

「!?」

 

物凄い剣幕で元親に喰いかかるチンクを制したのは、セイン、ウェンディ、ディエチに介抱されているノーヴェ自身であった。

 

「ノーヴェ…」

 

「あたしがこんなになったのは…あたしが…弱くて意地っ張りだったからだよ…別に…コイツは悪くない…」

 

「ッ…」

 

ノーヴェの意外な言葉に、言葉を失うチンク。

 

「だから決めた…あたし…コイツの訓練を受ける…」

 

「!?」

 

「ホントっスか!?」

 

ウェンディが聞くと、ノーヴェは深く頷く。

 

「お前…これからあたし達に教えてくれるんだろ? お前らの戦い方って奴を……だったら…その戦い方を学んで…もっともっと…強くなって…そして…いつか絶対お前から一本取ってやる!」

 

「へッ…そりゃ楽しみだな」

 

元親はそう言うとノーヴェの方へ振り返り、そっと手を差し伸べる。

 

「……なんだよそれ?」

 

「立つのはつらいだろ?手貸してやるよ」

 

「んな!?べ…別にいらねぇよ!!誰がテメェなんかに…」

 

ノーヴェがそう言うと、元親はフッっと笑顔を取り戻した。

 

「気にいったぜお前。名前…なんていうんだ?」

 

「…………ノーヴェだ」

 

元親が名前を聞いてくると、ノーヴェはそっぽ向きながら小声で答えた。

 

「そうか……よろしくな。ノーヴェ」

 

「ったく…やっぱテメェ、イケすかねぇ奴だぜ」

 

ノーヴェはそう言うと、ウェンディ達に支えられながら立ち上がって医務室へと向かった。

彼女達が出て行くとホールには元親とチンクだけになった。

 

「……さっきはすまなかったな。ちょっとやり過ぎちまって」

 

「いや………私こそ少し取り乱し過ぎた。すまなかった…」

 

元親が先程の事を謝ると、チンクも申し訳なさそうに謝った。

 

「なぁ長曾我部。お前…過去に…何かあったのか?」

 

「…………」

 

チンクは先ほどの元親の態度の全容を聞いてくる。

すると、元親はしばらく黙りこんでいたが、やがてノーヴェ達の後を追って歩き出し、数歩進んだところでチンクに振りかえってこう告げた。

 

「まぁ、その話をするのはもう少し先って事にしようじゃねぇか。もっと互いに仲良くなってから」

 

「……なんだそれは?」

 

チンクが呆れながら話しつつ、元親の後に続く。

 

「お前は本当に変わった奴だな。長曾我部」

 

「お前もな。妹の為にあんなに怒るなんて随分家族思いなんだな。チン公」

 

「だからその呼び方はやめろ!」

 

言葉を交わしつつ二人はホールを出て行った。

 




今回の改変点はやはり、序盤のレジアスの前に現れた人物を三成から左近に変えたところです。
いやぁ、左近はほんとこういう役目とかにも使えて本当に小回りがいいですね(笑)
後半の元親とノーヴェの会遇と対決についてはほとんど手加え無しです。


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第九章 ~西国武士の義 ある幼き召喚師の別れと出会い~

今回はリリバサリブート版、初の完全新作ストーリーです。

オリジナル版では登場時点から既に原典のゼスト・グランガイツの役割を代わりに担っていたお馴染みのリアルチート武将『島津義弘』と『立花宗茂』。

彼らが何故、少女ルーテシアと出会う事になったのか…?
何故、ゼストはオリジナル版で登場しなかったのか…?
その真相がこの話で明らかになります。

ヴィータ「リリカルBASARA StrikerS 第九章、出陣だ!」


第53無人世界「イチュピカ」―――

そこはかつて、古代ベルカの時代よりも遥かに昔に栄えた文明が存在していたとされているが、急激な気候変化による環境悪化や、それに伴う様々な生物の怪進化などが原因で、今では住民は死に絶え、無人の地になった時空管理局の管轄内の中でもいわくつきの無人世界であった。

現在は、一応は管理局の管理下にあり、この地に存在した古代文明の歴史的探求を目的に考古学者のチームなどが派遣される事はあるが、この地を降り立つ者を待ち受けるのは“魔物”へと成り果てたこの世界独自の生物達による『捕食』という名の洗礼であった。

結果、この世界にやってきた人間のほとんどは魔物の餌になるか、四肢を食いちぎられるなどの悲劇に遭い、五体満足でこの世界から帰還できる者は50人に1人といわれている。

 

そして今もまた、勇敢か無謀か…この世界に足を踏み入れ、“住人”達の洗礼を受けている者達の姿があった…

 

「ウオオオオオオオォォォォォォォッ!!」

 

ガキンッ! ザシュッ! ズバアァッ!!

 

果てしなく広がる荒れた大地に激しい剣戟の音が響く。

 

「グルオオオオオォォォォォォっ!!」

 

「……ッ」

 

この荒野に住まう幾多の魔物のヒエラルキーの中で頂点に立つのが“魔竜”と呼ばれる生物達だ。

魔竜という名前だけあって、次元世界の生物の中でも珍しい人間以外で強大な魔力を有している生物であり、機動六課のフォワードメンバー・キャロ・ル・ルシエの相棒の子竜 フリードリヒも魔竜の一種である。

だが、本来の魔竜は、その有り余る魔力に自我を制しきれず、野生種のほとんどが、目につくもの全てに遅いかかる程の獰猛さを見せる。

 

 

今、襲いかかる魔竜の群れはいずれも小型種ではあったが、それでも自動車一台分程の体格を有し、さらに一度に100匹程の群れで襲いかかってくる集団戦法を得意とする厄介な性質を持っていた。

 

「……まさか、ここで魔竜の群れに襲われるとはな……いつもならば、この程度の魔物など造作もないのだが…」

 

「すまねぇ旦那…! さっきの遺跡でアタシが無理矢理旦那と融合しちまってなければ、こんな奴らに苦戦なんてしなかったのに……」

 

大振りの槍のデバイスを振るい、喰らいついてくる魔竜達を一刀両断していく、堂々たる体格を持った壮年の男性魔導師 ゼスト・グランガイツの傍に浮遊した全長約30センチあるか無いかの小柄なサイズの、黒い羽を生やし、燃えるような紅い髪をした融合型デバイスの少女 アギトが悔しそうに歯を噛みしめながら謝った。

 

「いや…この“イチュピカ”にレリックがひとつ隠されている可能性があるという情報をスカリエッティから聞いた時に、今回はいつも以上に苦戦を強いられる覚悟はできていた……情報が空振りだったのが、少々痛手だがな…」

 

「畜生! あの変態野郎(スカリエッティ)! いい加減な情報(ガセネタ)掴ましやがって!!」

 

アギトは自分達をこの世界に来るように仕向けた男に向けて唾棄するように悪態を吐き捨てた。

そこへ、アギトを一口で飲み込まんと魔竜の一体が大口を開けながら喰らいかかってきた。

 

「うわあぁぁ!?」

 

「アギト!!」

 

咄嗟にアギトを庇うように、彼女の前に躍り出たゼストは、槍型デバイスを豪快に振るい、アギトを襲おうとした魔竜とその周囲にいた5体を纏めて両断した。

さらに槍型デバイスを巧みに取り回すと、背後から飛び掛ってきた2体を丸ごと貫いた。

すると、彼の真上をホバリングしていた一際大きい1体が口から黄色い液体を吐き出してきた。

それに気づいたゼストはアギトを抱えて咄嗟に後ろに飛び退くと、彼が今まで立っていたあたりに液体が降り注ぎ、ジュウッ!と音を立てながら白い煙を上げて、地面の砂を瞬く間に溶かし始めた。

 

「ッ!? これは強酸!?」

 

「はぁ…はぁ…! どうやら、コイツが群れの長のようだな……グウゥッ!!?」

 

突然、ゼストが苦悶の声を上げながら、片足を押さえる。

見ると、身に纏ってたバリアジャケットの脛の辺りに強酸の飛沫がかかり、バリアジャケットごとゼストの足を溶かしつつあるのが見えた。

 

「ッ!? 旦那! しっかりしろ! す、すぐに治癒魔法を―――!?」

 

ゼストの負傷を見て、慌ててアギトがそう言うが、そこへ先程強酸を吐きつけた一体が急降下しながら食らいついてきた。

手負いのゼストと小柄なアギトが相手なら、敵ではないと侮ったのだろう。

 

「コイツ…邪魔すんじゃねぇよ!!!」

 

そんな魔竜の舐めた態度に怒りを顕にしながら、アギトは巨大な火炎弾を形成すると、食らいかかっていた魔竜に向けて放ち、その頭を一発で吹き飛ばした。

 

「……っ」

 

「大丈夫か!? 旦那!」

 

「ぐっ…心配するな。アギト…少し、酸の飛沫を浴びただけだ。それより下がっていろ…あとは…俺がやる」

 

そう言って、槍型デバイスを杖の代わりにして立ち上がるゼストに、アギトが慌てて止めに入る。

 

「ダメだって旦那! まずはその足を治癒しないと! 少量とはいえ、あんな強力な酸浴びちまったんだ! 放っておいたら…」

 

「グルルルルル………」

 

「ッ!?」

 

突然聞こえてきた唸り声に振り返ると、そこにはさっきアギトが倒した魔竜が、吹き飛ばしたはずの頭を瞬く間に再生させながら、地面を這いずり、ゼスト達に近づいてきていた。

 

「なっ!? コイツ…頭を吹っ飛ばしてやった筈なのに!?」

 

「ッ!」

 

ズブッ!!

 

驚くアギトを他所に、ゼストは酸で火傷した足を引きずりながらも、飛びかからんとしてた魔竜に向かって槍型デバイスを突き立てた。

狙うは心臓。今度こそ魔竜は動きを完全に止めた。

 

「……やはり、この世界の魔竜達は保有する魔力が強すぎて、半不死の生命力を得ているようだ。確実に倒すには身体を断ち切るか心臓を突くしかないか…」

 

「旦那。それより早く足の治療を―――」

 

アギトがそう言って、ゼストの足に治癒魔法を施しかけた時だった―――

 

「―――ッ!!」

 

突然、ゼストの背筋にゾクリと寒気のようなものが走るのを感じた。

 

「アギト! “ルーテシア”は…ルーテシアはどうした!?」

 

「えっ!? ルールーなら、ガリューを護衛にして、先に転送ポートに向かわせたけど…」

 

アギトの言葉が終わらない内に、ゼストは魔力で浮遊すると、そのまま今の自分が出せる限りの力を尽くして飛び立った。

 

「旦那!?」

 

突然に驚きながらも、アギトも空を飛んでゼストの後を追った。

 

「旦那待ってってば! まだ治癒も終わってないのに、無理したらダメだって!!」

 

アギトの言う通り、足にはまだ激痛が走り、おまけに激戦の疲労やダメージが明確に表れているのか、視界が時折激しく歪む。

それでも、ゼストには急ぎ行かねばならない理由があった。

ある程度の距離と高度を飛行してきた時、辺りを見渡してみると、自分の思惑が外れていなかったことを悟った。

遙か前方…荒野の一角に浮かんだ魔法陣の周りで交戦する複数の影…

 

「ガリュー………」

 

「…………………」

 

渦中の中心にいたのは漆黒の身体に紫色の羽を持った人間の様な体躯をした昆虫―――俗に言う召喚獣と、その主である薄紫色の髪を腰まで伸ばし、黒い服を纏った無表情の少女…

少女から「ガリュー」と呼ばれた召喚獣は、自分達を取り囲む30体近くの魔竜を相手に、少女を守るようにしてたった一騎で立ち向かっていた。

紅い二対の複眼が並ぶ顔からは表情は伺えないものの、体中についた傷や汚れが既に彼が満身創痍である事を物語っていた。

 

「「「グオオオオオォォォォォォ!!!」」」

 

「……………ッ!!?」

 

一斉に襲いかかってきた5体もの魔竜を抱え込むようにして押さえつけ、必死で少女を庇おうとするガリューであったが、その隙きにさらに10体近くがガリューの上を飛び越えて、少女に向かって襲いかかろうとした。

 

「……………」

 

しかし、感情を失っているのか、それとも端から存在しないのか、この危機的状況を前にしても少女は恐怖に怯える事はおろか、眉一つ動じさせる事がなかった

 

「はああっ!」

 

そのとき、上空からゼストが舞い降りながら間に割り込み、槍型デバイスを地面に打ち付けて、衝撃波を撃ち放つと、食らいつかんとしていた魔竜達を纏めて吹き飛ばした。

 

「……ゼスト」

 

「ルーテシア。大丈夫か?」

 

ゼストは少女…ルーテシアの方を振り向いてその無事を確認すると、残る魔竜の群れと戦うガリューの方を向いて走り出した。

そこへ遅れてアギトが駆けつけてくる。

 

「ルールー! 大丈夫か?! 」

 

「…アギト。私は大丈夫。でも…ゼストが…」

 

ルーテシアは相変わらず無表情を崩さないがその口ぶりから、身体のダメージを押して戦っているゼストを気遣う気持ちがにじみ出ていた。

それを聞いて、アギトもさらに不安に駆られた。現に魔竜達を次々と薙ぎ払うゼストの息は、さっきよりも荒くなっている。

 

「旦那! これ以上、無理はダメだって!! ルールーも無事だったんだ! ここは一旦退却して…」

 

「ダメだ! 今、退けば転送ポートの転送予定時間までに間に合わん! ここは俺がフルドライブでどうにか時間を稼ぐから、お前達だけでも―――」

 

「そんな…旦那! 唯でさえ、フルドライブの繰り返しで身体が限界だってのに、その怪我で戦い抜こうなんて無茶だってば!!」

 

「言うな! 俺は…せめてお前達だけはなんとしても―――」

 

ゼストがそう言いかけた時、足元の左右の地表を突き破って新たな魔竜が2体挟み撃ちで襲いかかってきた。

 

「くっ……!」

 

ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ!!

 

ゼストは咄嗟に、槍型デバイスの石突側に設置されたカートリッジシステムをリロードさせ、3発の魔力薬莢を排出させると、穂先の刃に金色の魔力光が宿り、それを振るうと同時に襲いかかろうとした二体の魔竜だけでなく周りにいた十数体以上の数の魔竜をまとめて薙ぎ払った。

 

「………グフッ!」

 

ところが、敵を薙ぎ払った直後、ゼストは片手で口を押さえながら、苦悶の声を上げる。押さえた手の指の隙間からは微かに血が滲み出ていた。

っとその時だった。

 

ザシュッ!

 

「ぐぅ…………!!」

 

新たに地中から伸びでた鋭い尾がゼストの胸を貫く。それと同時にゼストの前で轟音と粉塵を上げながら荒地が吹き飛び、その持ち主とみられる正体が現れた。

これまでの魔竜達を凌ぐ巨体を誇る紅い身体の魔竜。恐らくこの魔竜の群れのボスと思われる巨竜はゼストを貫いたまま、その長い尾を打ち払うと、そのままゼストの身体は力の抜けた紙人形のように荒野の中を2、3度バインドしながら転がり倒れた。

 

「旦那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アギトの悲痛な声に反応するかのように紅い巨竜は咆哮を上げながらルーテシア達に狙いを定めて突進する。

だが、それをガリューが阻む。

 

「ガリュー! お前だってもうボロボロだろうに、無理すんじゃねぇよ!!」

 

アギトの言う通り、ガリューは両腕のリストブレードを武器にどうにか巨竜と打ち合うが、既に戦いの疲労がピークを迎えていた上に、外皮の装甲が分厚い巨竜に対して、高機動戦闘に特化したタイプであるガリューでは相性が悪く、次第にじわじわと追い詰められていく。

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

そこへ、どうにか身体を起こしたゼストが槍を振るい、割り込んできた。

しかし、巨竜に貫かれた胸の傷はどう見ても致命傷となっており、息も絶え絶えになっている事は目に見えていた。

 

「これで…終わらせる!!」

 

ガシュッ! ガシュッ!

 

ゼストは最後の賭けと言わんばかりに、ガリューが巨竜の片目目掛けて放ったサミングを受けて、僅かに怯んだ一瞬の隙を突いて、カートリッジを2発分リロードさせながら、槍を大きく振り上げる。

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ザシュウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥッ!!!!

 

最後の力を振り絞って発した力強い掛け声とともに槍を真正面に一閃させ、巨竜の身体を一刀両断に切り裂く。紅い巨竜は断末魔を上げながら絶命し、大量の体液、血を流しながら二分され、荒野に倒れ伏した。

 

「うっ!………ぐふぅっ!」

 

「旦那あああぁぁぁぁ!!」

 

巨竜を仕留めて安心して力が抜けたのか、ゼストは突然その場に崩れ落ちて、倒れ込んでしまう。

アギトを先頭にガリュー、ルーテシアが駆けつけ、ガリューが抱き起こすがゼストはすっかり弱りきって虫の息だった。

 

「旦那! しっかりしろ! 今すぐ応急処置をするから―――」

 

そう言って治癒魔法の処置に入ろうとするアギトだったが、その手を止めたのはゼスト自身だった。

 

「いや…もういい……どうやら俺は…ここまでのようだ……」

 

「ッ!? そんな…何弱気な事言ってんだよ!? 旦那にここで死なれちまったら、この先、誰が私やルールーを守ってくれるんだよ!!」

 

今にも泣きそうな声でアギトが叫ぶが、そんな彼女に追い打ちをかけるかの如く、再び近くの荒れ地が爆発して吹き飛んだ。

粉塵の中から現れたのはさっきの巨竜の色違いの2体…それぞれ黒と銀の巨竜だった。

 

「冗談だろ……? こんなのってありかよ………!?」

 

「…………………」

 

普段は勝ち気で負けん気の強いアギトだったが、この状況に対しては冷静に理解できた。

このままいけば確実に殺されると…

 

「やめろ…来んな…来んなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アギトが叫ぶと、ルーテシアが一瞬だけ眉を釣り上げて、真剣な眼差しになると、左手にはめたグローブをかざしながら小さく呟く。

 

「白天王………」

 

だが、それを聞いたアギト、ガリューがルーテシアを止めに入る。

 

「ダメだって、ルールー!ガリューも限界だってのに、この上で白天王まで召喚したりしたら、それこそ今度はルールーの身体が無事じゃすまなくなっちまう! ゼストの旦那がこんなになって、その上ルールーまで傷ついちまったら、アタシはもう生きていけないよ! 頼む! やめてくれ!!」

 

そう言って、必死に説得するアギトだったが、その間にも2体の巨竜は目の前にいる格好の獲物であるルーテシア達目掛けて襲いかかってくる。

最早、万事休すな状況を前にアギトは目をつぶり、そして心の中で叫んだ。

 

(誰か……! 助けてくれよ!!)

 

その時だった。アギトの心の声に答えるかのように、晴天のはずの空から2筋の稲妻が落ちてきた。

それもアギト達のいる場所から数メートルほどしか離れていない目の前の地表に。

突然の閃光に思わず、アギト、ガリュー、そしてルーテシアさえも顔をそむける。

そして、光が止み、アギト達が顔を戻すと、稲妻が落ちた場所にいたのは…

 

半裸の上半身に巨大な綱を巻き付けた、大柄でたくましい肉体と白い髪と髭が特徴の老人――――

 

銅に◯の印が描かれた金色の甲冑に、同じく◯印の後ろ立てが施された兜、藍色の戦装束を纏った髭面の強面の壮年の男性―――

 

2人の堂々たる体格を持った武士(もののふ)達だった…

 

「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!」

 

突然の乱入者に一瞬躊躇する様子を見せながらも、すかさず2体の巨竜は大口を開けながら、標的を2人の男達に切り替えて襲いかかろうとした。

すると、それに気づいた男達はすかさず…

 

「かぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!!!!」

 

「むんっっ!!!!」

 

老人はその巨体に劣らぬ巨大な刀身を持った大剣、壮年の男性は二振りのチェーンソーのように小刻みに動く刃の付いた大振りな双剣で、それぞれ向かってきた巨竜を一体ずつ真正面から受け止めて食い止めてみせた。

 

「ッ!? なんかぁ? こん得体のしれん化け物は!? “宗茂”どん! こら、どないなっちょっとね?」

 

「さて…手前も状況がよくわかりません…確か、我らは共に関ヶ原にて東軍の猛攻にどうにか抗戦している最中筈だったのですが……?」

 

「ふぅむ…まぁよかね。まずは…」

 

そう言いながら、老人は大剣で巨竜を押し戻しながら、楽しそうに笑みを零す。

 

「ここにおる山のようにでかか物の怪(もののけ)を退治しようじゃなかと。のぅ、宗茂どん」

 

「“島津”殿。あまりお戯れは…」

 

この状況でどこか楽しそうに呟く「島津」と呼ばれた老人を窘めようとする壮年の男性…「宗茂」であったが、押し戻して尚も獰猛性を失わずにかかってくる巨竜を前に、その目に闘志が宿った。

 

「…と申しながらも、そうも言ってられない様ですな…」

 

「グアッハッハッハッハッ!! こげんな獣と戦うなんてはじめてじゃ! 示現流の一太刀…物の怪(もののけ)に通じるか楽しみね!」

 

そう言いながら、老人と壮年の男性は大剣を抱えながら向かって駆け出していった。

アギトは突然現れたこの2人の背中から微量の魔力の反応がない事を察し、すぐに両名とも魔導師ではない事に気づいた。

 

「なにやってんだよ! そこのジジイ共! 死にてぇのか!!」

 

手負いだったとはいえオーバーSクラスの魔導師ランクを誇るゼストを屠った巨竜を相手に、真正面から特攻という命知らずにも程がある行動に出た2人の非魔力保持者達にアギトが口悪く忠告する.

しかし、2人の男達は向かってくる巨竜に向けてそれぞれ大剣と双剣(チェーンソー)を振りかざし…

 

「チェストオオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーーーーー!!!」

 

「そおおりやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

ドバァァァァッ!!

 

ザシュッッ! ザシュゥッ!!!

 

 

「んなっ!?」

 

「…………っっ!!?」

 

「「ッッッ!!!!?」」

 

そのボリュームだけで辺りの荒野を轟かせんばかりの掛け声を上げながら、老人は文字通り一太刀、壮年の男性も二振りのチェーンソーを一撃ずつで、それぞれ相対した巨竜達を両断して、地面に沈黙させてしまったのだった。

その剛剣ともいえる見事な太刀筋にアギトは勿論、虫の息になっていたゼストや殆ど表情を顕にする事のないルーテシアやガリューでさえも、それぞれ微かに反応を示し、驚きの感情を示す程だった。

あれだけの巨体を誇った魔竜が二体、たった一、二撃で撃破された。それも微塵も魔力もない2人の老壮年の男達に…

 

「…………………」

 

ゼストは残りわずかな自分の体力を振り絞ってどうにか身を起こす。するとそれに気づいた男達がゼスト達の存在に気づいた。

 

「ッ!? こんてけん! 深手を負っとぅようじゃ! 宗茂どん!」

 

「はっ! そこの御仁! 大丈夫ですか!!」

 

その中で深手を負っているゼストを見た2人の男達が駆け寄ってくる。

するとアギトはゼスト達を庇うように男達の前に立ちはだかった。

 

「アンタ達、一体何なんだよ…?! まさか…管理局の回しもんじゃねぇのか!?」

 

「よせ……アギト…」

 

アギトは警戒心を隠さずに問いかけるが、それを制したのはゼストだった。

無理に身を起こした為か、すぐに身体の力が抜け、倒れそうになるのを壮年の男性が背中に手を伸ばして抱えた。

 

「…すまない。危ないところを……助かった。礼を……言わせてくれ………」

 

「無理はいけません。 とにかく、手前が応急処置を……」

 

ゼストは力なく頭を振った。

 

「いや………俺はもう助からない………その代わり…お前達に……ひとつ…頼みたい事がある………」

 

「……なんね?」

 

老人はゼストの前に膝をついて、視線を合わせるようにしゃがみながら話を聞いた。

 

「お前達は………管理局の………魔導師ではないな………それに………あれだけの武芸の……才能………相当の武人と見た………お前達の……名前を教えてくれないか?」

 

ゼストの言葉を聞いて、その胸の内に宿る強い武人としての誇りを感じたのか、老人と壮年の男性はお互いに顔を見合わせ、そして頷いた。

 

「おいの名は“島津義弘”。西国は九州・薩摩の大将じゃ」

 

「同じく、手前は九州・豊後『大友家』の重臣。“立花宗茂”と申します」

 

「は? キュウシュウ…? サツマ…? オオトモ…?」

 

老人…島津義弘と壮年の男性…立花宗茂の口から聞き慣れない単語に訝しげるアギト。

同じく、ゼストは彼らの口から聞き慣れない単語から、彼らが“次元漂流者”である事を直感した。

 

「ヨシヒロと…ムネシゲだな……俺はゼスト……ゼスト・グランガイツ……今はこの様だが………お前達と同じ類の人間だ…」

 

「……そんようじゃな。おまはんの目ぇと、その見事な拵えの槍ば見ればわかるたい」

 

義弘はゼストの傍らに転がっていた槍型デバイスに目をやりながら小さく笑みを浮かべて言った。

 

「それで、ゼスト殿。手前共への“頼み”とは?」

 

宗茂がゼストを案じながら尋ねた。

 

「俺は………訳あって、ここにいる子供達…アギト…それにルーテシア・アルピーノという…この子達の事を…守ってきていた……だが、もう俺は……ここまでのようだ……だから……代わりに…お前達に……2人の事を…頼めるか……巡り合うべき相手と…巡り会えずにいた……不幸な子供だ………」

 

「旦那……」

 

ゼストは、アギト、そしてルーテシアの順に、穏やかな視線を送りながら、言った。

アギトは目元に涙を浮かべながら、ゼストの話を聞き入っていた。

 

「……出会ったばかりの……お前達に……こんな頼みを押し付けるのは…いささか忍びないが……誰かが…守ってやらなくては……2人は……“奴”に…いいように利用されてしまう……」

 

「“奴”とは?」

 

宗茂が尋ねた。

 

「ジェイル…スカリエッティ……次元犯罪者だ……奴は…表向きはルーテシアに…協力しているが…その実…何を考えているのか………グフッ!!」

 

「旦那ぁぁっ!!」

 

「ゼスト殿!」

 

血を吐き、いよいよ息が荒くなってきたゼストにアギトが悲痛な声を上げながら駆け寄り、宗茂も今しがた出会ったばかりとは思えない沈痛な面持ちで語りかける。

言葉を交わした数こそ少なくとも、互いに強気武人の魂を持つ者同士、事切れる寸前のゼストの想いに宗茂は深く感銘を受けていたのだ。

そして、それは義弘も同じであった。

 

「ゼストどん。おまはんはまっこと強か武人ね。おまはんのその想い、この島津義弘……しかと受け取ったばい」

 

「ご安心めされよ。そこの御二方の事は、手前共にお任せくだされ。必ずや、貴方に代わって…」

 

義弘、宗茂の言葉を聞いたゼストは安堵するように頷き、息を大きく吐いた。

息と共に口の両端から血が垂れて、筋を走らせた。

 

「ぐうぅぅっ!……!?」

 

「旦那ぁぁぁっ! いやだよ! 死なないでくれよ! 旦那ぁぁぁっ!!」

 

苦悶の声を上げるゼストに縋りながら、アギトが涙声で呼びかける。

すると、義弘はスッと立ち上がると傍らに突き立てていた自身の愛剣を手に取ると、腰に下げていた大徳利の蓋を開け、剣の刀身に酒をかけ始めた。

 

「な…!? 何してんだよ…!?」

 

「武士の情けじゃ。このまま苦しんでばかりじゃ辛かろう……今、楽にしちゃるばい」

 

不審がるアギトを他所に、義弘は大剣を構え、ゼストを見据える。

 

「お、おい! やめてくれよ!」

 

アギトは慌てて止めようとするが、ゼストは首を横に振って止めた。

 

「構わない。アギト…このまま下手に回復処置を施しても……俺はもう…まともに戦えない…なれど…俺は…人造魔導師………簡単には…死ねない………誰かが止めを刺さなければならないんだ………それならば…せめて…俺が見込んだ武人の手にかかりたい………」

 

「旦那ぁぁ……」

 

ボロボロと涙を零すアギト、ずっと様子を見守っていたガリューも表情のわからない顔からも悲しみの念が伝わってくるように見えた。

 

「お嬢様方にとっては、酷い光景かもしれません……お辛いようでしたら、目を背けてください」

 

宗茂はアギトとルーテシアを配慮してそういったが、ルーテシアもアギトも、目を背けようとはしなかった。

2人の覚悟を確認した宗茂は、義弘に向かって静かに頷いた。

義弘も頷き返し、大剣を大きく振りかぶった。

 

「ゼストどん……悔いはなかとね?」

 

「……………頼む!…」

 

ゼストは最後の力を振り絞って、宗茂の支え無しで身体を起こし、介錯を受けやすいように身体を預けた。

そして、義弘とゼストはお互いの目を見て、無言で頷き合う事で、最後にもう一度、双方の覚悟を確認した。

 

(……………メガーヌ……クイント………レジアス……ッ!!?)

 

自分の前に振りかざされた大剣に反射した光がギラリと顔を照らしつける中、ゼストの脳裏に浮かんだのは、自分が“管理局の魔導師”であった頃の仲間達、そして…親友の姿だった。

 

 

「南無阿弥陀仏………チェストオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」

 

 

念仏を唱えた後、鎮魂の気合を込めた掛け声と共に義弘の介錯の一閃が振り下ろされた―――

 

 

 

 

スカリエッティの研究所―――

日の光の一切届かぬ地底深くにあるその研究所には生体ポットや起動前のガジェット・ドローンが並び、壁には岩がむき出しの部分すらあり、余計にその場を殺風景な様にしている。

そんな研究施設の一角にある部屋では、中央に置かれたゼストの槍型デバイス、そして丁寧に包まれたバレーボールほどの大きさの“布包み”の置かれた机代わりの円形の台座を挟んで、下座側に義弘、宗茂、アギト、ルーテシア、そして上座側にジェイル・スカリエッティと大谷吉継、皎月院がれぞれ立って、台座の上に置かれた2つのものを見据えていた。

 

「…なるほど。ミスターゼストも、実に“騎士”らしい気骨ある最期だったようだね」

 

イチュピカで起きた一部始終の出来事を聞かされたスカリエッティがそう感傷の欠片も感じさせない口調でそう言うと、ずっとすすり泣いていたアギトがキッと非難の眼差しで睨みつけた。

そんなアギトの視線を受けても、気にしないようにスカリエッティは青白い陰気な笑みを浮かべながら続ける。

 

「まぁ、欲を言わせてもらえば、私の手掛けた“実験体”ならば、もう少し頑張ってほしいところだったけどね」

 

「なんだとテメェ!!」

 

「アギト殿!」

 

スカリエッティの嫌味に堪忍袋が押さえられなくなったアギトが火炎弾を形成して放とうとし、宗茂に慌てて抱え止められた。

 

「大体、テメェがアタシらに『イチュピカ(あの世界)にルールーの探しているレリックが隠されてる』かもしれないなんて、いい加減なガセネタを掴ませなけりゃ、ゼストの旦那は死なずにすんだんだぞ!! つまりはテメェが旦那を殺したみてぇなもんだろうが!!!」

 

「アギト殿! 気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてくだされ!」

 

アギトは涙で腫らした目でスカリエッティを睨みつけたまま、罵倒したが、スカリエッティは表情一つ変えようとしない。

そればかりか、アギトの罵倒をまるで、褒め言葉を受け取ったかのように、涼しい顔で受け止めていた。

 

「私は“クアットロ”の計算を元に、君達の探しものである『No.11』の現在地の“予測地点”としてあの世界の情報を君達に提供しただけだよ。それにレリックを探し求めるのに多少生命の危険を伴うのは、今に始まった事ではない。今回の一件は単にミスターゼストの”運が悪かったのだよ…」

 

「「「ッ!!!?」」」

 

最後までルーテシアやアギトの為に戦い、そして彼女達を想い散った誇り高き武人…ゼストの死を“運”の一言で片付けるスカリエッティの薄情さに、アギトだけでなく義弘や宗茂の顔にも憤りの色が浮かんだ。

 

「ともあれ…島津義弘殿に立花宗茂殿。ルーテシア達の窮地を救っていただいたのが、貴方方、西軍の将だったのは実に幸運な事だった。改めて、西軍の同盟相手として礼を言わせてもらうよ」

 

「この期に及んで、見え透いた世辞の礼ば、必要なかとね。そげん気持ちのこもっちょらん礼ば、逆に不愉快じゃて」

 

一応は礼を言いながら頭を下げるスカリエッティだったが、義弘も宗茂も不信感を隠さない眼差しで睨みつけていた。

それを見かねた大谷が珍しくスカリエッティを窘めた。

 

「スカリエッティよ…そうこれ以上、島津や立花を挑発するでない……その“ゼスト”なる武人が如何なる人となりであったのか我らにはわからぬが、かの者はそこにいる西国の“鬼島津”そして“大友の盾”をも認めさせるだけのものを持っていたのであろう。それだけ高潔な武人を愚弄することは、そこなる2人の武人を愚弄する事と同じ。左様な事で、西軍(われら)の貴重な味方が減ることになっては困るのでな…」

 

義弘はアギトを宥める役割を宗茂に任せ、一歩前に進み出ると、尋ねた。

 

「にしても大谷どん。一体、おまはんらは何を企んどるね?この日ノ本とは異なる“みっどちるだ”なる国で、こげん連中とつるんで天下ば取ろうっちゅうんか? おいには、おまはんらがやりたい事の意味がまったくわからんね」

 

義弘にとっては、西軍とゼストの言っていたスカリエッティなる男とが同盟を結んでいたという事実でさえ、些か信じられない気持ちであった。

ゼストを介錯した後、転送ポートから無事にミッドチルダに戻ったルーテシア達、そして義弘と宗茂を待っていたスカリエッティが寄越した迎えのガジェット・ドローンの編隊の中に西軍の大谷吉継、皎月院の姿があった時は驚きを隠せず、また、大谷達としても義弘と宗茂がいた事に少なからず動じている様子を見せていた。

そして、義弘達は自分達がここにいる経緯を語り、大谷達からこの世界の事情と、スカリエッティと西軍との繫がり、そして西軍がこの世界で起こそうとしている事について一通り聞かされる事となった。

それでも、自分達とは縁もゆかりもないハズの、このミッドチルダで天下分け目の戦の続きを起こそうという大谷達の意図は、何度聞いても理解できなかった。

 

「我らが総大将 三成の目的は東の大将 徳川家康の首一つ…その家康がスカリエッティの敵である時空管理局と手を組んだとなれば、それ即ち、貴奴らも西軍(われら)の敵…理由としては理に適おう?」

 

「……大谷殿の理屈はたしかに理には適っています。しかし…本当にそれだけの理由で手を貸すというのですか?」

 

アギトを抱えたまま宗茂が訝しげるようにして尋ねる。

すると、今まで静観していた皎月院が長煙管を片手に不敵に笑みを零した。

 

「…相変わらず、アンタ達も一筋縄でいかないねぇ。 わかったよ。アンタ達は何が欲しいのか言ってみな。聞ける範囲なら応えてやるよ」

 

「……おい達の望みばふたつ…このゼストどんの“首”と形見の槍ば、おい達に預からせてもらおう。語り合ったのは僅かじゃったが、おいにはわかる…ゼストどんは、長い間戦に生き、そして数え切れぬ程の苦難を越えてきたまっこと強か漢じゃ…せめて安らかに眠らせてやろごたね」

 

「……そして、ルーテシア殿とアギト殿の身柄は、我々がゼスト殿の後を引き継いで引受けさせていただきたい」

 

義弘、宗茂がそれぞれ言った要求に皎月院もスカリエッティも予想通りの答えが来たと言わんばかりに余裕の笑みで返した。

 

「そういう事ならお安い御用さ…わちきらがアンタ達の要求を呑むのなら…アンタ達も引き続き、西軍についてくれるのだね?」

 

皎月院が牽制するようにそう尋ねると、義弘が毅然とした表情で返した。

 

「……勘違いするでなか。おい達ばゼストどんの最期の頼みに応え、このルーどんの望みば、叶えてやろう思っとうだけじゃ。ルーどんがおまはんらと協力しとぅ間は、おい達も力ば貸すが、それも全てばルーどん、アギトどんの為じゃ。何を考えとぅか知らんが、決しておまはんらの企みなんぞに協力するつもりなどは毛頭なかね。スカリエッティとかいったな? 青二才。おまはんもそげん事ば、肝に銘じちょれよ?」

 

義弘は、ゼストの残した言葉、そして今しがたのやりとりから、既にスカリエッティに対して不信感しか抱いていない事が伺えた。

だが、スカリエッティはそんな事を気にする男ではなかった。

 

「…つまり、私がルーテシアの味方である限りは、貴方方も私の味方でいてくれるというわけだね? それならば、心配する事はない。私はルーテシアを裏切るつもりも無ければ、切り捨てるつもりもない。お互いの目的の為…今後とも良い関係を築いていくつもりだ」

 

「…その言葉…二言はございますまいな?」

 

「……勿論」

 

宗茂が念押しで尋ねると、スカリエッティは頷いて応えた。

すると、その様子を見ていた皎月院がニヤリと冷たい笑みを浮かべた。

 

「話は決まったね。それじゃあ、島津と立花にはこのガキ共のお守りになってもらう事でいいね? 刑部?」

 

「よかろう…」

 

大谷も頷き、話は無事に纏まった。

すると、皎月院は一連のやり取りを無表情のまま見つめていたルーテシアを見据えながら、話し出す。

 

「それにしても…このルーテシアとかいう小娘も随分、冷たいもんだねぇ…自分の親代わりになってた奴が死んじまったというのに、涙ひとつ流さないのかい?」

 

「テメェ! ルールーをバカにすんじゃねぇ!!」

 

皎月院の嘲ける口調にアギトが食ってかかる。

一方、義弘は肩をすくめながら、啖呵を切って返す。

 

「皎月院とやら。おまはん、人の心ば読むんが上手いっちゅう噂じゃが…それも欲望や野心といった汚い心に限られとぅようじゃな。おまはんはわかりゃせんかね? ルーどんの瞳の奥に溢れとぅ、深い“悲しみ”が…」

 

「悲しみ?」

 

皎月院がバカにするような口ぶりで聞き返した。

 

「何があったぁか知らんが、ルーどんはおのが感情を表現できんよぅなっとる。じゃが、その瞳の奥には、ゼストどんの死を悲しみ、悼んどぅ気持ちがしっかりと宿っとる。それば、こん子の瞳ば見ればわかるとね。こん子は大切な人ば死を悲しむ事のできる、優しい子じゃて」

 

「…義弘の…じっちゃん」

 

ルーテシアの事を高く評価し、同時に信頼し、庇ってくれる義弘に、アギトは嬉しく思った。

出会ったばかりの自分達をここまで言ってくれる義弘の優しさに、亡きゼストの面影が重なって見えた気がした。

 

「話ば終わりじゃ。約束通り、ゼストどんの“首”と形見ば、おい達が引き取らせてもらうね。行こか、宗茂どん、ルーどん、アギトどん」

 

「はっ! では手前共はこれにて御免!」

 

「………………」

 

義弘がそう言ってルーテシアとアギトを促し、宗茂が台座から布包みと槍を慎重に手に取ると、4人はそのまま踵を返して部屋を出ていった。

その様子を見送りながら、皎月院は呆れるように溜息を漏らした。

 

「全く…相変わらず無骨な連中だねぇ。あの腕っぷしは本物と認めるけど、性格はわちきが嫌いな類だよ」

 

「まぁ、そう申すな。なにはともあれ、“鬼島津”と“大友の盾”を一度に手に入れられたのは思わぬ大収穫。あのルーテシアなる小娘を上手く使えば、あの2つの九州最強戦力は我らの思いのまま…そうであろうな? スカリエッティ…」

 

「あぁ。ルーテシアの事は私に任せておいてくれたまえ。彼女は私にとってもよい『研究素体』であるのだから…上手く西軍の為に動いてもらうようにしてみせるよ…フッフッフッ…」

 

スカリエッティの含み笑いには陰湿で邪悪な意思が籠もっていた。

 

 

 

 

ミッドチルダ某所―――

深い山々や森に囲まれた山岳地帯…その中で一際高く、四方八方からこの壮大な光景を見渡せる山の頂近くにやってきた義弘、宗茂、ルーテシア、アギトは、

この地にゼストの首を埋葬する事を選んだ。

頂の岩壁近くに石を大量に積み上げた塚に、運んできたゼストの首を埋葬し、愛用していた槍型デバイスを墓標代わりに立ててあげた。

 

「ふぅ…これで一先ずは首塚としての体は成りましたな」

 

「おぅとも。まっこと武人に相応しい墓ね…」

 

完成した首塚を満足そうに見ていた宗茂と義弘。

そこへ、席を外していたルーテシアが戻ってきた。

その手には一輪の小さな白い野花があった。

 

「?…それは?」

 

「お花……ゼストに備えてあげたい……」

 

ルーテシアは呟くようにそういうと、首塚の前に花を備えてあげた。

その様子を見ていた義弘も小さく頷き、ルーテシアの横に立ち、大徳利を取り出すと、静かに中身の酒を墓標代わりのゼストの槍にかけ流してあげた。

 

「ゼストどん。後の事ば、おいらに任せんね…安らかに…眠りんしゃい」

 

「貴殿とは、もっと早く相見えたかったです…きっと良き“剣友”になった事でしょう」

 

ゼストへの送り酒をかける義弘の後ろで、宗茂が静かに合掌しながら哀悼の意を示した。

そこへアギトがゆっくりと近づいてきた。義弘は酒を収めると、静かに語りかけた。

 

「アギトどん…おまはんはおいが憎かね? 介錯とはいえ、ゼストどんに手をかけたのはおいじゃ。おまはんがおいを恨んでも仕方なかね。仇を討ちたくば遠慮せんとかかってきんしゃい」

 

「…島津殿」

 

宗茂は、義弘とアギト。両者の間に流れる緊張感の含んだ空気を不安な面持ちで見守っていた。

だが、アギトは頭を横に振った。

 

「……いや。あたしにその気持ちはない。寧ろ感謝してるよ…じっちゃんや宗茂の旦那は、あたしやルールーを助けてくれたし、ゼストの旦那の頼みを聞いて、代わりにあたしらに協力すると言ってくれたんだ。その気持ち、嬉しかったよ…」

 

「……さよか」

 

義弘はそういうと、改めて両手をあわせて黙祷を捧げると、それにならってアギト、ルーテシアも手をあわせた。

ふと、ルーテシアの顔を見ると、その感情の薄い表情に変化はないが、目元には微かに涙が浮かんでいるのが見える。

義弘は改めて、ルーテシアが今抱えている“悲しみ”が痛いほどよくわかる気がした。

 

「……ルーどん。改めて聞かせて欲しかが、おまはん達は、どしてその『れりっく』の『11番』なるものを探しちょるんじゃ?」

 

「……………母さんを取り戻したいから……」

 

ルーテシアが静かに言った。

 

「御母堂様を…?」

 

宗茂が尋ねる。

ルーテシアは頷きながら言った。

 

「母さんは…ドクターの研究所の中でずっと眠ってる…でも “11番”のレリックを使えば、目覚めてくれるって……だから私は…アギト、そしてゼストと一緒にドクターに力を貸してレリックを探していた……」

 

「なるほど…それで、此度はわざわざあの地に出向いて……」

 

「でも…あたしはどうしてもあの野郎(スカリエッティ)が信用できねぇんだ! その“11番”のレリックを使えばルールーのおふくろが目覚めるなんて吹き込んだのだってアイツだけれど、それも本当なのか確かな保証もねぇ! それにアイツらと関わる度にルールーは感情に乏しくなっちまってる!きっと何かされてるんだよ! その上、今日だって…あたしらの大事なゼストの旦那の死を『運が悪かった』だけで片付けやがって………っ!!」

 

話しながら、アギトの声が徐々に涙声になっていった。

アギトは、元々“融合型デバイス”という稀有な存在として研究施設で非人道的な扱いをされていたところをゼストとルーテシアに助けて貰ったのだと聞いていた。

アギトにとって、ゼストやルーテシアは『仲間』という関係では言い表せない程の絆があったのであろう…

 

「………………」

 

その時、話を聞いていた義弘がそっとアギトの傍に手を差し伸べた。

いきなりの事にアギトは慌てた。

 

「じ、じっちゃん…!?」

 

「辛かろう…」

 

義弘が憂い顔で言った。

 

「!?」

 

「おまはんらは、ルーどんの為に、ゼストどんと共に苦楽を共にして闘ってきたんじゃ。さぞ、今の心は寒かったろうに。じゃって…遠慮ばせんとよかね。思いっきり泣くがよか」

 

義弘の言葉に、アギトの積もりに積もった感情が、大量の涙になって両目から溢れ出してくる。

 

「!? …う……ううぅ……うわああああぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

アギトは義弘の差し伸べた手に縋りつきながら思いっきり泣いた。

すると、それを見ていたルーテシアが義弘に近づいて、言った。

 

「義弘」

 

「ん?」

 

「………私も……ちょっとだけ……泣いてもいいの…?」

 

感情を上手く表に出せない自分はどう表現すればいいかわからない。でも今は、悲しみたい…

自分の心の中に微かに灯る感情の明かりをどうにか点ける手立てを模索しようとするルーテシアの健気な姿に義弘は優しく頷いた。

 

「よか……“泣く”事もまた…人ば強く生きる為に必要な大事な道じゃ……」

 

ルーテシアの頭に手を乗せながら、義弘はそう諭した。

ルーテシアは義弘に縋り付くと声を殺して泣いた。

彼女達を黙って受け止める義弘も、その様子を見守る宗茂も黙ってそれを受け入れ、そして見守る。

それから、ルーテシアもアギトも思いの丈をぶつけるように泣き続けた…

 

 

「ごめん……じっちゃん…旦那…」

 

しばらくして…思う存分泣き続けたアギトはようやく落ち着きを取り戻すと、バツが悪そうな顔で義弘と宗茂に謝った。

柄にもなく、大泣きした事が今になって恥ずかしくなってきた様子だった。

ルーテシアも相変わらずのポーカーフェイスだったが、その頬は僅かばかし赤らんでいるようにも見えた。

だが、義弘も宗茂も優しく頷いて受け止めていた。

 

「気にせんね。どうじゃ? 思いっきり泣けばすっきりしたじゃろ?」

 

「我が主も、心燻りし時にはよく泣いておられましたからな……まぁ、あの人の場合。泣き方が大げさでちょっと鬱陶しいけど……」

 

義弘と宗茂の穏やかな言葉に、アギトの顔は自然と朗らかなものとなっていく。

その目にはさっきまでの悲しみの念は残っていなかった。

 

「義弘……? 宗茂……?」

 

不意にルーテシアが2人に声をかけた。

 

「ん? なんね?」

 

「本当に……2人は、ゼストに代わって私に力を貸してくれる?」

 

改めて尋ねてくるルーテシア。その目線には僅かばかしの心配の気持ちが残っているようにも見えたが、義弘も宗茂も微笑みながら応えた。

 

「当然じゃ。ゼストどんと約束したんじゃ、この鬼島津。『示現』の名にかけて、おまはんとアギトどんを守り抜くと。のぅ、宗茂どん」

 

「はい! 手前もこの“雷切”に誓って! ゼストどののご遺志を守って、貴方を御守りしんぜましょう!! ……正直。宗麟様よりも“何万倍”もまともなご主人様ができてワシ超嬉しいの!」

 

義弘と共に格好良く宣言してみせた宗茂だったが、つい言葉の最後に心の声が出てきてしまった。

その声はアギトの耳にも届いていた。

 

「ん? 今、なんか言った? 宗茂の旦那」

 

「えっ!? い、いやあの! き、気のせいです! 気のせいですよ! うん!!」

 

慌てて、必死に誤魔化す宗茂。宗茂はその武人然とした性格の反面、心の中で色々と呟くのがクセになっているのだが、偶に気の緩みからそれが言葉になって口から漏れてしまう事も少なくなく、それが宗茂にとっての悩みのひとつとなっていたのだった。

 

「…………フフッ」

 

そんな慌てふためく宗茂を見ていたルーテシアの口元がほんの一瞬だけ吊り上がったのをアギトは見逃さなかった。

 

「ッ!? ルールー!? お前…今笑って…?」」

 

「………何? アギト…」

 

アギトは驚いた様子で確認したが、ルーテシアの顔はいつものポーカーフェイスに戻ってしまっていた。

どうやら、ルーテシア自身も自覚のない笑顔だったのかもしれない。

しかし、確かに一瞬だがルーテシアが笑ったのを見たアギトは心の中で確信した。

 

(できる…!義弘のじっちゃんと宗茂の旦那なら…ルールーを変える事ができる…!!)

 

アギトの胸に一握の希望が宿るのを尻目に、義弘は地面に突き立てていた大剣を引き抜いて担ぎ上げた。

 

「それじゃ、行くとするかね。宗茂どん、アギトどん、ルーどん」

 

「はっ!」

 

「おうっ!」

 

「………うん」

 

義弘がルーテシアを、宗茂がアギトをそれぞれ肩に乗せると、4人は山を降りていく…

 

この日、ゼスト・グランガイツというかけがえのない仲間を失った幼き召喚士 ルーテシア・アルピーノだったが、同時に島津義弘、立花宗茂という新しい仲間を手に入れる事ができた。

一つの大きな悲しみを経験しながらも、人間としての温かい情と崇高な“義”を目の当たりにした彼女の凍てついた心は、少しながらも氷解したかのようだった…




リブート版初の完全新作ストーリー如何でしたでしょうか?

StrikerS原典でもそれなりに重要キャラだったゼストを早々に退場させてしまったのは少々申し訳ないような気持ちもありますが…最初から未登場だったオリジナル版よりはキャラクターへの敬意が示せたかなと思います。

さて、次回からはリリバサ最初の長編『家康VS幸村編』になります。
これまで以上に改変すべき箇所が増えてくると思いますが、なんとか早く皆様に読んでいただけるように頑張りますので、宜しくおねがいします。


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家康・幸村決闘篇
第十章 ~家康VS幸村 激突する虎の魂~


今回から、リリバサ初の連続長編『家康・幸村決闘編』に入ります。

オリジナル版ではまだ『4』も発売されていなかったのでオリキャラとして登場した後藤又兵衛ですが当然リブート版では…それは読んでのお楽しみに!

シグナム「リリカルBASARA StrikerS 第十章、出陣する!」


この日、機動六課・訓練所には、それまで観たことがなかった空間シュミレーターの景色が広がっていた。

学校の体育館一棟分に相当する広さを誇る板間が敷かれた四方形の櫓がおよそビル10階分の高さまで組まれ、その周囲にはそれに合わせて日本の城の天守風の物見櫓が幾つも聳え並んでいる。

まるで闘技場のような櫓の上に立つのは2人の“虎の魂”を胸に宿りし男達…

 

「行くぞ、真田。準備はいいか?」

 

「おう!」

 

お互いに、一人の男から教え、導かれ、そしてそれぞれにその魂を受け継いだ二人の男達…“徳川家康”と“真田幸村”―――

二人は各々手にした力とプライドを掲げ、決意を固めた面持ちで向かい合い、対峙していた。

 

「真田。 ワシは負けんぞ! 生まれた国は違えども…互いに“虎”の魂を受け継いだ者として、今日ここでお前と…決着を着けたい!」

 

「うむ! それはこの幸村も同じく! 誰の意志でもなく、己の意志で戦おう! 共にお館様の心を継ぎし…そなたと!」

 

二人は互いの目を見つめ合い、相手の意志の強さを確認すると、それぞれ目を細め、闘志を高めながら、それぞれ拳と二槍を構える。

 

「いくぞ! 甲斐の“虎”!!」

 

「参られよ! 三河の“虎”!!」

 

2人の“虎”は咆哮のような掛け声を上げながら、踏み込み、おのが拳と槍を互いに目掛けて突き出した。

 

 

「……っていきなりどういう状況ッ!!?」

 

家康、幸村のいる櫓より少し後方に、彼らを見下ろせる程に高く組まれた10畳程の広さの小さな櫓の上から、この様子を見ていたティアナが混乱に満ちた表情で叫んだ。

櫓には他に、スバル、なのは、フェイト、はやて、ヴィータ、シグナム、エリオ、キャロ、そして政宗、小十郎、佐助が思い思いに…スバル、エリオ、はやて、シグナムは目を輝かせ…政宗、小十郎、ヴィータは興味深そうに…なのは、フェイト、キャロは心配そうに…各々この戦いを見守っていた。

 

事の始まりは今朝―――

フォワードチームが朝食を食べ終え、午前の訓練に向けて軽くウォームアップしていたところへ、突然はやてがやってきて「今日の午前は皆で模擬戦を観戦して研修や!」と言われ、無理矢理訓練所に引っ張り出されたと思ったら、訓練所がいつもの廃墟の街ではなく謎の櫓の背景となっており、そこで突如、家康と幸村が決闘を始めたのだった。

 

「うっひゃぁぁぁぁぁっ!! よぅ子供の頃に大河ドラマとかでは見てたけど…まさか、本物の“徳川家康”と“真田幸村”の決闘が、生で見られるなんて感激やわ!! 私、ミッドチルダで魔導師やっててこれほどよかったって思った事ないで! ほんま!」

 

「はやてちゃんったら。改めて言うまでもないけど、あの家康さんや幸村さんは、私達の知ってる世界の徳川家康、真田幸村じゃないんだからね」

 

一際ハイテンションになっているはやてが、いつの間に用意していたのかビデオカメラを使って決闘の模様を撮影するのを、横から窘めるなのは。

 

「どこの世界から来たかて“徳川家康”と“真田幸村”には代わりないやろ? 本物の戦国武将同士のぶつかり合いなんて、滅多に…否、絶対に見られるもんやないから、なのはちゃんも、フェイトちゃんもしっかりこの決闘は目に焼き付けとき! 今目の前で繰り広げられとるのは『リアル大坂夏の陣』ならぬ『クラナガン夏の陣』や!!」

 

「そんな呑気な……」

 

フェイトが不安を隠せないような苦笑を浮かべながら呟くが、彼女の傍で戦いを見守っていたシグナムは違う観点からこの決闘に目を離せない様子だった。

 

「『リアル大坂夏の陣』どうこうはさておいて…この決闘自体は我らとしても、しかと注目するだけの価値はあると思うぞ。テスタロッサ」

 

「どうしてですか? シグナム」

 

フェイトが尋ねた。

 

「我々はまだ、家康達の世界の人間同士の戦いというものを見た事がなかった。魔力を有さずに、あれだけの戦果を上げる“戦国武将”同士がぶつかりあった時、それはどんな戦いになるか? フッ…騎士としては少なからず探究心をそそられると思わないか?」

 

「…やれやれ。またシグナムの悪い病気が始まったみてぇだな」

 

ヴィータが呆れるように頭を振りながら、ぼやいた。

ベルカの騎士であるシグナムは、その武人然とした性格から、ことに戦闘関係に関しては時に普段の冷静沈着なキャラを崩す程に熱くなる事さえある。所謂戦闘狂(バトルマニア)と呼ばれるタイプであった。

 

「…まるで誰かを見ているようですな? 政宗様」

 

「んなっ!? 小十郎! からかうんじゃねぇよ!」

 

フェイト達のやり取りから、シグナムの性格を察した小十郎がからかうようにそう言うと政宗は赤面しながら窘めた。

一方、スバルとエリオは櫓の端まで身を寄せ、熱心に戦いの様子を見守っていた。

 

「すごい! 家康さん、あんな早い槍の動きを完全に見切ってるよ!」

 

「幸村さんも、あんな長い槍を2本も持って、まるで自分の手足のように使いこなしてますよ!」

 

それぞれ歓声を上げるスバルとエリオを他所に、一人この状況をどうしても理解できないティアナがビデオカメラを回していたはやてに詰め寄った。

 

「どういう事ですか!? はやて部隊長! あれ明らかに模擬戦とか訓練じゃなくて本物の決闘ですよね!? …っていうか、なんで家康さんと幸村さんが決闘してるんですか?!」

 

説明を求めるティアナに、はやては一旦ビデオカメラを収めると、徐に口を開いた。

 

「ん~と…ティアナは日本の歴史わからんからしっくりこぅへんかもしれへんけどな。家康君と“ゆっきー”って、戦国の世では宿敵(ライバル)同士やって、あぁしてぶつかり合ってきた仲らしいんよ」

 

「いや、だからってなんで機動六課(ここ)で、決闘なんて始める事になっちゃったんですか!?」

 

尚もしつこく、説明を求めるティアナを見かねたのか、傍に居た佐助が二人の間に割って入ってきた。

 

「しゃあねぇなぁ。え~と…ティアナ…だったっけ? …俺が代わりに説明してやるよ。 まぁ、なんていうか…昨日の事だったんだけどね…」

 

 

 

時は遡り、昨日の昼下がり―――

 

昼食を食べ終えた家康、政宗、幸村、小十郎、佐助の5人は、突然はやてから、部隊長室へと呼び出される事となった。

何事かと思い、やってきた5人を待っていたのは、自分のデスクの上に5つの箱を並べて嬉しそうな表情を浮かべていたはやてと、それを若干苦笑しながら見守るなのはとフェイトであった。

 

「Ah?なんだよはやて。変なSmile浮かべやがって…」

 

「俺達に何の用だ?」

 

政宗と小十郎がはやてに聞くと、はやては黙って目の前に並んだ箱の中のひとつに手をかけ、そっと蓋を空けた。

すると、箱の中には綺麗に折りたたまれた男性用の管理局の制服と、機動六課の紋章のバッチが一緒に収納されていた。

 

「?…なんだそれ?」

 

政宗が聞いた?

 

「決まっとるやろ。家康君や“政ちゃん”や“ゆっきー”、それに小十郎さん、佐助さんの六課での制服やで」

 

はやては箱から取り出した制服の上着を家康達に見せながら話す。

ちなみに“政ちゃん”とは政宗の事で、“ゆっきー”とは幸村の事である。

このあだ名は二人が機動六課へやってきた当日、結局家康同様しばらく六課に身を寄せる事が決まった二人への「友好の証」と称して、はやてが命名したものであった。

ちなみにはやては、小十郎や佐助にもあだ名を付けたがっていたが、それぞれから「もし変な呼び方付けたら斬る!」と言わんばかりに牽制された為、仕方なく普通に呼ぶことにした。

 

「だからやめろって言ってんだろ!その呼び方! 大体、そんなOfficial clothesもいらねぇ!」

 

「政宗様。せっかくの八神の厚意を受けたのに、その物言いは無礼過ぎます」

 

小十郎が政宗を注意している一方、佐助はまじまじと制服を見つめる。

 

「う~ん…機動性を重視してる俺様から見たら、ちょっと動きずらいかもねぇ…はやてちゃん、これせめて半袖に改造してもらえる?」

 

「いやぁ…それはちょっと無理な注文やわぁ」

 

やんわりと佐助の申し出を却下するはやてに、なのはとフェイトが横から注意する。

 

「はやてちゃん。やっぱり家康君達は今の服の方がいいような…」

 

「うん。それになんで今になって急に家康さん達の制服を?」

 

フェイトの質問に、はやての目が光り輝いた。

 

「何言っとるんや!? 制服局員がおるっちゅう事は、それだけ本局から下りてくる経費も増えるって事やで! 民間人協力者(制服なし)委託局員(制服あり)とでは貰える手当も全然違うんよ。

いくら臨時でも5人は立派な六課のメンバーなんやし、それに私らは食い所と寝床提供して養っとる身なんや。 家康君達にはしっかりこういう事には役に立ってもらわんとえぇ事無しや!」

 

「は…はやてちゃん。それ本人達の前で話す事じゃないと思うんだけど…」

 

「つ~か。はやてちゃんって意外と腹黒いんだな…」

 

なのはと佐助は、はやての守銭奴な一面に軽く引いた。

 

「まぁ、とにかくだ。 政宗様の態度も良くないが、正直俺達にはその形状の服は向かない。折角新調してもらっておいて申し訳ないが…」

 

「小十郎の言う通りだ。 それに俺はこのBlew armorに愛着があるんだよ。家康だってそうだろ? お前もこんな堅苦しい服は気に入らねぇだろ?」

 

政宗がそう言って家康の方を向くと…

 

「えっ? 何か言ったか? 独眼竜」

 

家康は自分の分の制服を取り出し、上下キチンと着こなして、襟元には紋章も取り付けていた。

 

「いや、バッチリ着こなしてるのかよ!」

 

「それ気に入ってたの!? 家康君!」

 

「ってか何時の間に着替えたの!?」

 

政宗を先頭になのは、佐助が連続して家康にツッコむ。

 

「徳川…お前ってそんな人間だったか?」

 

小十郎も少し見ない間にボケるようになった家康に、冷や汗を浮かべながら呆れ顔を見せた。

そんな彼らのやりとりを苦笑しつつ見ていたフェイトだったが、ふと幸村の方を向くと、彼だけは皆のやりとりの中へ入らず、下を俯いて何やら気難しい表情を浮かべていた。

 

「あの…幸村さん? どうかしたんですか?」

 

フェイトが心配そうに幸村に声をかけると、騒いでいた家康達やはやて、なのはも彼の方へと顔を向ける。それでもなおも、幸村は俯いて複雑な面持ちを浮かべている。

迷い、葛藤……憂鬱な気持ちが表情に全面的に出ていた。

 

「? 幸村さん?」

 

フェイトが幸村の顔をそっと覗きこむと、ようやく気が付いたのか幸村がはっと我に返った。

 

「ふぇ…フェイト殿!? も…申し訳ござらぬ! 少し考え事をしていて…」

 

「どうかしたんですか?幸村さん」

 

「た……大したこ…事ではござらんよ! ほんの些細な事で…」

 

心配そうに尋ねてくるフェイトに対し、幸村はそういって誤魔化そうとするが、動揺のせいか、うまく言葉にできないせいか、舌が思うように回らず、狼狽える。

すると、そんな幸村の違和感に長年彼の忠臣として仕えてきた佐助が何かを察したように、真剣な眼差しになって尋ねてくる。

 

「大将……もしかしてアンタ…『このまま六課(ここ)に身を寄せていいのか』って迷っているんじゃないのか?」

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

「な…何を申すか佐助!?其はそんな理由で悩んでなど…」

 

佐助の指摘に慌てふためきながら否定しようとする幸村だったが佐助は容赦しない。

 

「いいや。 残念だが大将。 俺の推測は図星みたいだな。 その慌てぶりが何よりの証拠さ」

 

佐助はそう言うと、幸村を鋭い視線を投げかけ、追い詰める。

例え主君であっても言うべき時は言い、時には鉄拳制裁をも辞さない側近の指摘に、とうとう観念した幸村はなのは達の方を向いて、静かに語りだした。

 

「実は………佐助の申す通り……其は今…この機動六課(部隊)に身を寄せるべきなのか、迷っているのござる」

 

「どういう事なの? 幸村さん」

 

なのはが幸村に問うと、幸村はその場に膝と手を着き黙ってはやてに向かって頭を下げた。突然の事に驚き、戸惑うはやて、なのは、フェイト。

 

「ちょ…ゆっきー!どうしたんや?!」

 

「はやて殿! 貴殿や機動六課の皆々様の手厚い心遣いにはこの幸村、感謝しているにござる! 行く充ても帰る手段もなかった其や佐助に宿を与えるだけでなく、一兵として雇ってもらえるように取り計らっていただけるなど、よほどの慈悲深きお方でなければできない事でござる!……ただ…!」

 

「ただ?」

 

「ただ……其も、未熟ながらも武家に生まれ、お仕えするさる御方の為に武勲を振るってきた誇りを持っているのでござる! 故に、つい先日まで敵対…それも日ノ本の未来をかけた大戦にて、互いに奮闘を誓った宿敵同士である政宗殿や、その総大将の家康殿と共に同じ軍閥に属しようというのは…武士(もののふ)として“義”に悖る振る舞いではないかと思うのでござる」

 

幸村は、そう言いながら自分の心中をゆっくりと語りだした。

 

「過日お話したとおり…某は甲斐武田家当主・武田信玄公の重臣 真田家の次男であったが、幼少期より、主君・信玄公に預けられ育てられたのでござる。その信玄公が病に倒れた事で、某が武田の軍配を託されたのでござるが…某の未熟さ故、武田家の手綱をうまく握ることができず、一時は政宗殿からも失望され、家康殿とも器の違いに悩んだことがござった…

しかし、思い悩んで本来の自分を失いかけながらも、多くの武士(もののふ)達と話し、そしてぶつかり合う事で、ようやくお館様が教えたかった事の真意がわかった某は、新たな自分へと進む為、そして某なりに出した“答え”を示す為に、あえて政宗殿や家康殿達と戦う道を選び、凶王・石田三成殿と同盟を結び、西軍へつく決心をしたのでござる」

 

「真田………」

 

幸村の話を家康は静かに聞いていた。

 

「でも、幸村さん。ここは幸村さん達の世界の“日ノ本”じゃないんだよ?」

 

フェイトが諭すように言うが、幸村は頭を横に振る。

 

「確かにここは日ノ本とは異なる異郷の地……ここにいる限り、某に家康殿や政宗殿達と戦う理由はござらぬ。しかし、一人の武士(もののふ)としての答えを見つける事のできた某が、一度は自分が剣を交える事を誓った人間と、簡単に手を組んでしまっては、それこそ武士としての矜持もないのではと考え……」

 

「Ha! お前も随分、総大将らしさが板についてきたじゃねぇか。真田幸村」

 

政宗はそう言って、かつて武田軍大将代行になったばかりの頃と違い、一軍の主君らしい考えを抱き始めた好敵手に喜びの笑みを浮かべた。

 

かつて、大将の座を継いだばかりで、軍の長としての身の振り方がわからなかった頃の幸村と相対した政宗は、武人としての誇りを無くしかけ、ただ無情の槍を振るうばかりの幸村を見て失望し、彼を付き放した事もあった。

しかし、この世界に来るきっかけになった上田合戦の時といい、今の幸村といい、その時見せた軟弱者としての面影は全くなかった。一人の武人…いや一人の大将としてあろうとする崇高な姿だった。

 

「い、いや。でもな、ゆっきー… せや言うて、ゆっきー一人だけ別の部署に置くっちゅうわけにもいかへんねん。 他の部隊の人達は、私達と違ってゆっきーの事は知らんし…何よりゆっきーが抜けたら六課の人材費が一人分減ってまうやないか!」

 

「はやてちゃん! 結構今シリアスな会話なんだから、さり気なく自分の欲を言わないで!!」

 

なのはがはやてのエゴむき出しの説得にツッコむと、彼女に代わって幸村を説得しようとする。

 

「幸村さん。私達は―――家康さん?」

 

「家康殿…?」

 

そんな彼女に手を差し伸ばし、制止したのは黙って話を聞いていた家康だった。

家康は幸村の正面に立つと、不意にある提案を持ちかけてきた。

 

「真田……ワシと“勝負”をしないか?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

突然の家康の発言に幸村をはじめ、部屋にいた全員が驚いた。

 

「い…家康殿…今…なんと…?」

 

「あぁ、もう一度言おう。 ワシと“勝負”をするんだ」

 

幸村が問い直した言葉に毅然とした面持ちで頷き、返しながら家康は語り出した。

 

「お前は信玄公と同じで、昔から自分の考えを曲げようとしない人間だ。ここで、なのは殿達が口でいくら説得してもお前は納得しない筈…」

 

「……………」

 

「だからこうしよう。 ワシとお前とで、気が済むまで決闘をして、まずはお互いに“気持ち”だけでもケリをつけようじゃないか。その勝負がワシとお前、どちらに勝敗を与えるにしろ、後の事はお前自身の判断で決めればいい」

 

「………家康殿」

 

家康は拳を差し出しながら、幸村に挑戦するように語りかける。

幸村は、家康の話を唖然とした表情で聞き入っていた。すると、それを聞いたフェイトが心配そうに話しかけてくる。

 

「でも家康さん……」

 

「フェイト殿。勝手な話なのは重々承知だ。 だがこの男は、ワシが知る中では恐らく“日ノ本一、武士らしい心を持った武士”なんだ。だからこそこの男を説得する為に一番いい方法は“ぶつかり合う”事なんだ」

 

家康は拳を翳して見せながらそういうと、幸村へ改めて問いかける。

 

「どうだ真田? それだったらお前も納得の行く方法ではないか?」

 

家康はジッと幸村の目を見る。

幸村もそんな家康の顔を茫然と眺めていたが、やがて少しずつその瞳に炎が燃え上がってくる。

 

「家康殿……貴殿の申し入れ……この幸村受け入れるでござる!」

 

そう叫んだ幸村は、すかさず立ち上がって家康の挑戦に答えるかの如く、彼に向けて指を指す。

 

「家康殿! 思わぬ形であるかもしれぬが…貴殿との長年の戦い…ここで決着をつけてみせようぞ!!」

 

「うむ!その意気だ真田!どちらが真の『虎の魂』を持つのか…この戦いで雌雄を決しようじゃないか!」

 

互いに決闘への意欲を出し始めた家康と幸村だが、それに驚いたのはなのはとフェイトである。

 

「ってちょっと! 家康君! 幸村さんも何か話がおかしな方向になってるよ!」

 

「そうだよ! これってあくまで幸村さんが六課に入るのか否かを決める為の模擬戦でしょ?! なんか2人の会話からだとどう見ても、命を賭けた真剣勝負する空気になってるような…」

 

なのはとフェイトが慌てて二人を止めようとすると、傍観していた政宗が二人を制する。

 

「How naive! 判ってねぇな二人共。 俺達の決闘に『模擬戦』なんて甘ちゃんなチャンバラごっこなんかねぇ! 互いに命を賭けた雌雄決するBig partyだ!」

 

「い…“命を賭けた”って!?…そんな事だめだってば! は、はやてちゃん! はやてちゃんからもなんとか言ってよ!」

 

半ば殺し合いを容認するかのような政宗の発言に、なのはは思わず声を張り上げ、部隊長であるはやてに助力を求めた。

しかし、はやては冷静な面持ちで頷いた。

 

「…わかった。そこまで言うなら、家康君達のやりたいようにやったらえぇ」

 

(はやてちゃん!?)

 

(ちょっと!はやて何を言って…)

 

なのはとフェイトは、一瞬自分達が聞き間違いでもしたかのように思った。

例え敵対者であろうとも命を粗末にする事を良しとしないはやてにとって、家康の提案した事は『仲間同士の抗争』というタブーともいえる事である筈だった。

予想に反し、それをあっさりと容認してしまったはやての判断に、驚愕の声を念話で送った。

だが、はやては小さく頭を振りながら2人を宥めるように念話を返した。

 

(落ち着いて、なのはちゃん、フェイトちゃん。 私かて、本当はこんな形で決着なんてつけてほしくない…けどな。 家康君の目…あれは間違いなく一人の「武士」としての目やわ)

 

((武士の目…?))

 

(そう。目や…あの目には私達でさえも経験した事のないようないろんな修羅場をくぐり抜けてきた強者としての強い念が籠もっとる。つまり…家康君はそれだけ本気やっちゅう事や。あれは私達、外野の人間がとやかく口を挟んだりしてはいけないわ…)

 

(で…でも…)

 

なのはが尚も懸念しようとするも、それに答える代わりにはやてが家康に提案した。

 

「家康君、ゆっきー。二人共よぅ聞いてな。二人がお互い気持ちにケリをつけたいなら、ぶつかりあって、お互いの気持ちを分かり合うとえぇよ。それについては私達は、余計なちゃちゃ入れなんてせぇへんから安心して。せやけど…ひとつだけ“条件”を聞いて欲しいんよ」

 

「なにかな?」

 

家康が尋ねた。

 

「家康君達のおった戦国の世は、『戦って死ぬ』事が当たり前な世界やったのは、わかっとる。そんな殺伐した世界に生きてきた家康君やゆっきー達にしてみれば、私もこの機動六課も、色んな意味で甘いかもしれへん……せやけどな。このミッドチルダは、群雄割拠の戦国乱世の世界とは違う。 “死ぬ”のが当たり前なんて事は決してない太平の世なんや。せやから…2人にもここで“決闘”するのなら、この世界の“ルール”にだけは従って行ってほしいんや」

 

「この世界のルールとは…」

 

「……“絶対にお互いを殺さないこと”」

 

「「!?」」

 

「今、言うたように家康君達からしてみれば、『甘い』考えやって蔑まれるのはわかっとる。けど、私は仲間の皆の前で誰かが死ぬなんて光景見せたくない。せやから…このルールだけは絶対に守って。お願いや!」

 

今まで見せた事がない程の真剣な眼差しでそう言いながら、頭を下げるはやてに、家康も幸村もお互いに顔を見合わせ、意思を確認する。その様子をなのは、フェイトも心配そうに見守っていた。

 

「はやて殿。要望の趣、承知した」

 

「同じく。互いに決着はつけども、命は取らぬ。それは約束する故に安心めされよ」

 

「…おおきに」

 

要望を受け入れた家康と幸村に、ホッと胸を撫で下ろしたはやて。

なのはもフェイトも安堵の笑みを浮かべた。

 

「なんだよ。つまらねぇな…命を張ってこそhotになれるpartyだってあるのによ」

 

「政宗様。此度の事は八神の方が十二分に理に適っています。それにご冗談にしては少々過ぎます」

 

僅かにつまらなそうにボヤく政宗だったが、すかさず小十郎に窘められた。

 

「よかった。それなら俺様も真田の大将を守る為に、色々仕掛張る必要もなさそうだね」

 

そう佐助も安心したように軽い調子で呟いた。

一先ずこれで話が決まった事を察したはやては、いつもの軽快な調子に戻ると、早速家康と幸村に告げた。

 

「決まりやな。家康君、ゆっきー。 ほな、2人の決闘は、さっそく明日行う事にしようか」

 

「本当か、はやて殿!? よし! そうと決まれば互いに特訓だな! 真田!」

 

「うむ!必ずやこの武田の武門の名誉を守ってみせるよう、今から槍を念入りに磨き、精進するでござる!」

 

そう言うとさっそくそれぞれ訓練の為に部隊長室を出ていく、家康と幸村。

 

「あっ! ちょっと、大将! 気合入れるのはいいけど、六課の皆さんに迷惑だけはかけないようにね!!」

 

佐助が幸村に窘めるも、その言葉が届く前に部隊長室のドアが閉まった。

佐助はため息を吐きながら苦笑を浮かべた。

 

「まぁ…命取られる心配はなくなったとはいえ…真田の大将も徳川のおぼっちゃんも、どっちも熱が入ると収拾つかないからなぁ…さてどうなる事やら…」

 

「まぁまぁ佐助さん。いくら2人とも熱が入るとめっちゃ熱くなるタイプとはいえ、それこそ土地100坪丸々吹っ飛ばしちゃうような破天荒な事なんてないやろ?」

 

「いや…それが、あながち十分にありえちゃうから怖いんだよね…」

 

かなり軽視した様子で話すはやてに、冷や汗を浮かべながら呟く佐助。

すると、話を聞いていたなのはが政宗に尋ねた。

 

「政宗さん。よかったのですか?」

 

「Ah? なにがだ?」

 

「幸村さんは政宗さんのライバルなんですよね? その幸村さんが別の人と決闘をするのは政宗さんとしては…」

 

「おいおいなのは。 Rivalっつうのは恋人じゃねぇんだよ。たまにはrival同士のpartyをwatchingすんのも悪かないだろ?」

 

「ハハハ…そうですか…」

 

そう話しながらなのはは…

 

(ほんと…戦国時代の人達って考えが豪快っていうか…)

 

家康や幸村といい、政宗といい、自分が今まで出会ってきた人間とは異質な思考や価値観を持つ彼らに、軽くカルチャーショックを抱くのであった。

 

 

 

「…ってな感じの事があったわけ」

 

「なるほど。それでこういう事に……」

 

話を聞いたティアナが納得したのか、そうでないのか、なんとも複雑な面持ちを浮かべていた。

 

「それにしても、仲間に加わるか納得させる為の方法が、“決闘”なんて…なんて物騒な話なのよ」

 

「いや。私は徳川や真田の言い分も尤もであると思うぞ。時に口で通じぬ時には、拳や剣で語りあうのも効果的な事はある」

 

「家康達みたいな殺伐とした世界を生き抜いてきた奴らなら、尚の事言葉より手で語り合うのが性に合うんだろうよ」

 

自身も守護騎士(ヴォルケンリッター)として、人生の多くを戦いに投じてきたシグナムやヴィータは家康達に賛同する意見を述べた。

 

「あっ! 見てください!!」

 

その時、決闘の様子を見守っていたキャロが声を上げた。

皆の視線が、家康と幸村の方に再び注目される。

 

決闘が始まってからしばらくはお互いに牽制を図るように、それぞれ打撃と刺突の応酬を繰り返す事に徹していた家康と幸村であったが、お互いに身体が温まってきたのを見図い、それぞれ大技を繰り出しはじめていた。

 

「大・烈火ぁぁぁ!!!」

 

幸村は踏み込みながら、穂先に炎を纏った二槍を疾風のごとき速さで突き出してきた。

それを家康は同じ速さで拳を繰り出し、ひとつひとつ刺突を手甲で弾いていく。

家康は少しずつ後ろに退きながらも、幸村の繰り出す槍を冷静に見定めて、そして僅かに見せた攻撃の隙きを見出すと、防御に徹していた拳に金色の光が宿った。

 

「一撃だッ!!」

 

家康は突き出された槍をアッパーで弾くと、幸村の姿勢が僅かに崩れたのを見て、すかさず光纏ったボディーブローを放つ。

幸村は身体を後ろに仰け反らせながら、地面を蹴り、華麗なフォームでバク宙を決めながら家康の拳を回避し、距離をとった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

幸村が地面を蹴り、滑空するように家康との距離を縮めながら、再び二槍を突き出してくる。

家康も突き出す拳を更に速め、それぞれ手甲、槍が空を切る音が後方にいるなのは達の耳に聞こえてくる程だった。

 

それぞれが魔導師ランクで裁量するとすれば『AAAクラス』が付く事は確実であろう。否、そもそも魔法を抜きに戦闘技術だけで見てみれば、なのは、はやてはおろか、フェイト、ヴィータ、シグナムのような六課の中でも特に白兵戦に優れた魔導師をも凌いでいるのは間違いなかった。

それぞれが『猛将』の栄名に相応しい手練ぶりを見せていた。

その激闘にスバル達フォワードチームは勿論の事、なのは達教官勢や、2人の戦いを見ているのはこれが初めてではない政宗や小十郎、佐助でさえも思わず目を見張って見入ってしまう程だった。

 

「す、すごい……僕が今までで知る槍術とまるで違う……力強く…それでいて、繊麗された突筋、槍捌き…これが“武士(もののふ)”の戦い……」

 

中でも一際、目を奪われていたのはスバルでもなのはでもなく、エリオだった。

家康が機動六課にやってきた事で、自らが憧れる“騎士”と似て非なる兵…“武士”の存在を知ったエリオだったが、初めは“武士”という存在をよくわからず、なのはやはやて達の世界で言う騎士みたいなもの、という程度の認識しかしておらず、決して見下していたわけではないが、どこか軽んじた考えを抱いていた事は否めなかった。

だが、自分と同じ槍を…それも2本同時に操るという紅き若武者 真田幸村が現れた事で、エリオの中にあった『武士』への興味が、日に日に強くなっていっていく事にエリオ自身も自覚せずにいた。

そして、今目の前で繰り広げられる幸村の戦いが、徐々にエリオの心に熱が与えられていくかのように、その興味を『羨望』の念へと昇華させていた。

 

「もらった! 陽岩割り!!」

 

その時、家康が地面を蹴って宙に飛び上がりながら、光り輝く右拳を振りかざし、幸村目掛けて落下しながら拳を叩き込む。

家康の固有技のひとつ“陽岩割り”は直接相手に届かずとも、地面を突く事で、その衝撃で周りにあるものを軽々と吹き飛ばすだけの威力を持っていた。

それを見ていた者達の誰もが、後ろに回避するしか防ぐ手はないと思った。

しかし…

 

「させぬ! 虎炎!!!」

 

皆の予想とは裏腹に幸村は二槍をその場に突き立てると、右拳に炎を宿しながら、“気”を溜め、飛びかかってきた家康に目掛けて拳を燃えたぎる繰り出し、派手なアッパーをかました。

 

「ぐぅっ!!」

 

「ぐふっ!!」

 

それぞれ光と炎をまとわせた拳が相手の頬を直撃する。それぞれの拳の重みに顔を歪ませながら、幸村、家康ともに大きく後ろに吹き飛ばされた。

数回バインドしながら、地面に転がり倒れた2人はそれぞれ、すぐに立ち上がり、相手を睨む。

 

「……ハハハッ…今のはなかなか効いたぞ………本当に強くなったな…真田……!!」

 

「貴殿こそ………その力の籠もった重い拳…これは紛れもなくお館様の拳……!!」

 

そういうと、家康も幸村も不敵な笑みを浮かべる。それぞれの顔からは心底この勝負を楽しんでいる事が伝わってきた。

そして、2人はお互いに地面を蹴って、風に乗って滑るように駆け抜けていく。狙いは両者の…間を隔てるように地面に突き立てられた二槍―――

 

すると、家康は二槍の片割れの一本に手をかけると、そのまま地面から引き抜いて、その場で手慣れた手つきで回し、振りかざしてみせた。

幸村も残る片割れの槍を手に取ると、同じように振りかざしてみせる。

 

「はぁっ!」

 

「おぉっ!」

 

 

ガキィィィィン!!

 

 

そして、二人は間合いをとりながら、それぞれ槍を構えると、踏み込みながら力強い一突きを決めた。槍の穂先がぶつかり合い、赤白い火花が飛び散る。

それから柄、石突と、槍の全ての箇所を駆使しながら、2人は刺突と薙ぎ払いの応酬を繰り返し、その度に火花と共に衝撃の波が円形を描くようにして起こる。

 

「す、すごい…家康さんって槍も得意だったんだ」

 

観戦していたスバルは、家康が初めて武器を手にとって見せた姿に唖然としていた。

そんな彼女に補足するように政宗が言った。

 

「お前は知らないだろうがな、家康はガキの頃は槍使いだったのさ。 腕前は…まぁ『ordinary personよりはマシ』って程度だったんだけどな……『武器を捨てた』って宣ってたくせに、ちゃっかり(あっち)の腕も随分上達してんじゃねぇか」

 

相変わらず皮肉るような物言いだが、それでも政宗なりに称賛の意図を込めていた。

一方、ティアナは少し顔を青ざめさせながら、なのはに尋ねた。

 

「あ、あの…なのはさん…家康さん達って、本当に非魔力保持者なんですか……? 実はちょっとくらい魔力持ってたりして…?」

 

「うぅん。 既に検査したけど、家康君も幸村さんも政宗さんも…全員間違いなく、魔力保有指数は“0”の筈だよ…?」

 

「二人があれだけ戦えるのは、その“気”という未知の力と、二人の経験の賜物って事…」

 

「どんだけデタラメな世界なんだよ…アイツらの故郷って……」

 

なのはだけでなく、フェイト、ヴィータもその常識を逸する様な強さに半分引いている程だった。

特になのはやフェイト達にしてみれば、家康達が歴戦の猛将であることは分かっているが、やはりこれだけ常識外れな動きと、激闘を見せられてしまっては開いた口が塞げずにいた。

 

なのは達の会話を聞いていたエリオは、いつの間にか武者震いしていた。

幸村の槍捌き…猛々しく、自分の信念に一点の迷いのない真っ直ぐなそれは、まさに自分が憧れ、目指さんとする“戦士”としての姿、そのものだった。

まだ幸村とゆっくり話した事はない。だが、その戦いぶりから幸村が血の滲むような努力と多くの苦難を経験し、そして乗り越えた事で、あの強さがある事がその背中から感じ取る事ができた。

 

スバルもまた、家康の新たな武人としての才能を見た事で、ますます慕う気持ちが強くなっていく思いがした。

共に戦い、そして教えを請う中で何度かその常識外れなまでの戦闘技術、能力を見せつけられてきたが、それまで自分が見た事なかった一面を出し切ってまで、ここまで熱く戦う家康の姿を見たのは初めてだった。

 

「……………………」

 

そして、そんなスバルとエリオの姿を見ていたティアナがほんの一瞬だけ、その眉を顰ませながら、その顔に嫉妬と焦りの念が浮かんだのを、佐助だけが気づいていた。

 

ガキィンッ!!

 

一際大きな金属音を響かせながら、家康と幸村はそれぞれに握った槍の穂先を組み合うようにして、鍔迫り合った。

 

「…流石は“三河の虎”…ッ!!」

 

「お前もな…“甲斐の虎”!!」

 

“虎”達は更に高ぶる闘志を隠すことなく、自分が認め合う男を称賛し合い、そしてぶつかり合う。

 

「……………」

 

その為、彼らのいる櫓の端にある高欄の上に、黒紫の不気味な色の小鳥が止まって、じっと家康達の方を向いていた事に気づかずにいた…

 

 

 

 

家康と幸村の激しい戦いが繰り広げられ、なのは達がその様子を見入っていた時…

機動六課隊舎の向かい側、クラナガンの湾岸エリアの人気のない波止場に複数の影があった。

 

「……予想通り。真田と徳川が争っているみたいだね。これは絶好の好機だよ…フッフッフッ…」

 

この無機質な光景には相応しくない綺羅びやかながらも不気味な色合いの和服に身を包んだ女…皎月院は手に持った薄紫色に光り輝く髑髏の紋章の浮かんだ水晶玉を手に不敵な笑みを零した。

 

「いいかい? 手はず通り、アンタ達にはこれからこの海を隔てた先にある機動六課に潜入して、真田、そして徳川の動向を探ってきてもらうよ」

 

そう指示を送る皎月院の先にいたのは、2人の男達だった―――

一人は、目が見えない程に長く伸ばした前髪に、袖の破れた服…最大の特徴は、両手に巨大な鉄球の付いた枷を嵌められている事だった。

その傍らに屈んでいたもう一人の男は、月の前立の付いた兜に、薄汚れた袖のない羽織に爬虫類を思わせるデザインの甲冑を纏った、如何にも陰湿そうな雰囲気を漂わせた蜥蜴の様な狡猾で禍々しそうな輝きのない瞳で皎月院を睨みつけていた。

 

「ぐぅっ…いきなりこんなわけのわからん土地に飛ばされた上に、半ば誘拐同然に西軍に組み入れられたと思いきや、最初の仕事が斥候ったぁ…小生も安く見られたもんだな!」

 

「あぁ!? それはこっちの台詞だってぇの、阿呆官! なぁんで俺様が、テメェなんかと一緒にこんな二束三文なチンケな仕事引き受けにゃなんねぇんだよ!?」

 

それぞれに露骨に不平不満を述べる男達に、皎月院は子供が駄々をこねるのを拱く親のように、肩を竦めた。

 

「だから何度も言ってるじゃないかい。この仕事を上手く果たしたら、アンタを『五刑衆』に昇格させる話…わちきから刑部に口利きしてやるって。それが報酬だよ。“後藤”」

 

「五刑衆“主席”だ。同じ豊臣の最高幹部でも石田なんかの下につくなんざ、俺様はごめんだぜ? ケーッケッケッケッケッ!!」

 

皎月院相手にも臆する事なく不遜な物言いで返す陰湿な男…豊臣傘下“黒田軍”臣下 “後藤又兵衛”は、不気味な笑い声を上げながら、三日月の様に歪に曲がった巨大な刀身の剣『奇刃』を愛でるように撫でた。

 

「っておい! 又兵衛! 何勝手に小生を差し置いて、豊臣の直参になろうとしてんだよ!? お前さんはこの“黒田官兵衛”の一番家臣だろうが!!」

 

枷付きの大男…黒田軍大将にして元豊臣軍臣下 “黒田官兵衛”が慌てながら、堂々と自分の目の前で下剋上を宣言する又兵衛を窘めた。

だが、又兵衛は露骨に反抗心と不愉快の念を表情に出しながら反論した。

 

「あぁっ?! だぁれが“一番家臣”だっつぅの! テメェの部下で終わるなんざ真っ平御免だわ! ここで名を上げて、“五刑衆”のてっぺんの座を手に入れて、テメェも石田も俺様の顎で使ってやるんだよぉ!」

 

「んなっ!? お前さん、今目の前にいる奴が誰かわかってるのかよ!? 小生はまだいいとして、三成に取り入ってる皎月院(コイツ)の前でそんな事言ってみろ! すぐに三成の耳に入ってお前さんは打首獄門だぞ!」

 

必死に家臣の無礼を注意する官兵衛だったが、当の皎月院はさして気にしていない様子だった。

 

「構わないよ。寧ろ、後藤ぐらいに露骨に功名心が強い奴程、案外良い働きをしてくれるものさ。どこかの誰かさんみたいに虎視眈々と天下を横取ろうなんて考えてる腹の見えない奸物よりはよっぽど宛にできるものさ」

 

皎月院がそう言いながら、官兵衛に向けて嫌味ったらしい視線を投げかけた。

黒田官兵衛はその将としての並ならぬ才覚とは裏腹に、豊臣派の勢力の中でもその評価は極端に低く見られがちであった。

 

かつて覇王・豊臣秀吉が率いる豊臣軍が絶対的覇者の地位を得て、日ノ本を謳歌していた頃―――

秀吉の右腕にして、その天才的な知略の持ち主だった名将“竹中半兵衛”とともに「二兵衛」と称された天才軍師であり、かつて関東を制覇していた覇者 北条氏の居城である難攻不落の小田原城を無血開城させるなど、類い稀な知略で豊臣軍の天下統一に貢献していた。

だが、秀吉に対して絶対的な信頼と義を持って接していた半兵衛と違い、官兵衛は豊臣の覇業の一手を担う一方で、天下を狙い虎視眈々と計略を図り、仕込みながら、時を伺っていたという所謂『獅子身中の虫』なタイプの策略家であった。

 

そして、秀吉、半兵衛が相次いで倒れた後、その策謀を遂に実行せんとした直前、三成と大谷に全てを勘付かれた官兵衛は、手勢と所領を没収されると同時に、畿内から九州へと飛ばされ、さらに九州にあった豊臣傘下の鉱山の総監督という名目で強制労働に従事され、穴倉暮らしを強要されてしまう事となったのだった。手に嵌められた枷と巨大な鉄球はその時の名残である。

 

後藤又兵衛は、官兵衛が九州送りにされた後に再び自身の手勢を立て直そうと密かに各所から集めた、ならず者の中の一人だった所謂、“浪人上がり”の武将である。

貧しい民の家に生まれ、地の底を這いつくばる様な過酷な環境で生き抜いてきた壮絶な半生故に、豊臣という天下を我が物にせんとする一大勢力に傘下といえど加われた事は、又兵衛にとっては至極の名誉であると同時に、自分の人生を巻き返す為の大きな好機であった。

そのためか、主君である官兵衛に対しても堂々と「阿呆官(アホカン)」と蔑む程に反骨精神と、自己顕示欲、功名心が強く、とにかく手柄を上げる事に固執していた。

 

こんな調子で忠義心や連携力など微塵も感じさせないかみ合わせの悪すぎるこの主従には、この任務がお誂えと考えた皎月院は、まだ直接相対していない家康の新たなる味方『機動六課』の戦力を図るに相応しい相手として、此度の任務の遂行者に選出したのだった。

 

「おい、怪尼!! 言っておくが、小生は又兵衛(コイツ)と違って、直臣にも“五刑衆”にも興味はねぇ! 小生が欲しいのはな――――」

 

「わかってるよ。コイツだろ?」

 

皎月院はそう言いながら、女髷の中から一本の古びた鍵を取り出して、官兵衛に見せた。

 

「上手く事を運び、手柄を上げた方……黒田にはその枷の“鍵”…後藤には“豊臣直臣の位と“五刑衆”への取り立て”を褒美としてやるよ。わちきも女がてらに二言はないよ」

 

皎月院の言葉を聞いて、黒田主従の髪で見えない目と陰気な目が、それぞれ一瞬だけ光って見えた。

 

「ほ、本当だな!? 聞いたか、又兵衛! お前さんには悪いが、小生が自由になる為だ! ここは譲ってもらうぞ!!」

 

「はぁっ!? ふざけんじゃねぇよ! だぁれが阿呆官なんかに譲るか! 俺様が手柄上げて、テメェの部下からおさらばしてやるからよぉ!!」

 

「なんだと! 偶にはご主人様を立てるって武士としての忠義心が、お前さんにはないのかよ!?」

 

「だぁれが『ご主人様』だ! 気持ち悪いっつぅの! テメェなんざ『阿呆官』で十分だろ!」

 

「なんだと!? この阿呆兵衛!」

 

「黙れ、阿呆官!」

 

「いやいや、お前さんのが阿呆だ!」

 

「いやいやいや、テメェのが阿呆だろ!!」

 

「いやいやいやいや…」

 

…っと言った傍から早速、子供じみた痴話喧嘩を繰り広げながら、任務にかかりに向かう官兵衛と又兵衛を見送りながら、皎月院は珍しく冷や汗を浮かべながら、ボソリと呟くのだった。

 

 

「人選……やっぱり間違えたかねぇ………?」

 




改めて見てみると連載開始当初(今もあんまり代わってないけど…)の自分の文章力の疎さに我ながら見返して恥ずかしくなりました(苦笑)

次回はさらに大きく改変しなきゃならない部分がたくさんあると思います。


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第十一章 ~決闘の決着と、襲いかかる刺客の刃~

自らの宿敵・家康が協力する『機動六課』に西軍である自分が加わる事に葛藤を抱く幸村。そんな幸村の心中を察した家康は「気持ちだけでも自分達の勝負にケリをつける」べく、決闘を挑む事になった。

進むべく道を選ぶべく、互いに熱い魂をぶつける幸村と家康…だが、その一方で、西軍の皎月院は、同じく西軍武将の黒田官兵衛、後藤又兵衛を使い、ある暗躍を進めていたのだった……

果たして2人の"虎"の勝負の行方は…そして、皎月院達の魔の手が迫る六課は……

ヴィータ「リリカルBASARA StrikerS 第十一章、出陣だぁ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「はああああああああああああああああああ!!!」

 

家康は幸村に槍を返し、再びそれぞれが拳と槍による剣戟…ならぬ“拳戟”へと戻っていた。

幸村が家康の胴をめがけて槍を突き出すと、家康はそれを左フックで弾く。

槍がそれて、幸村がひるんだ隙に家康が正拳を彼の顔面にめがけて叩きもうとするが、すかさず幸村のもう一つの槍の柄によって防がれる。

 

「はあぁぁぁぁぁ…耐心盤石!!」

 

「なんとっ!?」

 

すると家康は、片手が槍で防がれた状態を物ともせず、額に金色の“気”のオーラを集中させると、その揺るがぬ心を示すように気合の頭突きを放ってきた。

幸村は後ろに飛び退くと、家康との間に数メートルほど距離を空けて着地し、再び体勢を立て直した。

 

「さすがは徳川殿! その身のこなし、見事で御座る! …されどこの幸村も、武田の御大将として自覚した今、貴殿に遅れをとっているだけではござらぬ!」

 

幸村はそういうと、両手に持った槍を掲げ、その矛先から炎を纏わせた。

炎を纏った二槍を構えた幸村の、足元の板間が気迫によって亀裂が走る。

 

「我が虎の魂の真髄!受けてみよ!」

 

幸村の宣言に家康も笑みを浮かべたまま、拳を掲げ、そこに光を収束させる。

 

「よく言った真田。しかし、ワシが受け継いだ虎の魂も負けてはおらんぞ。 虎の“強さ”に絆を守るべき“強さ”を得た我が魂…今こそお前に見せてやろう!」

 

それぞれに金と紅のオーラを纏わせた2人は、目にも止まらぬ速さで相手に向かって突進し、渾身の一撃を繰り出そうとする。

 

「天道突きぃぃぃぃ!!」

 

「火走ぃぃぃ!!」

 

 

ガキイイィィィィィン!!!

 

 

家康が金色に輝く拳を、幸村が炎を纏った槍を繰り出し…それぞれが激しいぶつかり合うと同時に、彼らを中心に巨大な衝撃波が起こり、彼らのいた櫓だけでなく、後方のなのは達のいた物見櫓や、遂には訓練所全体に衝撃が広がる程だった。

 

「「はぁ!…はぁ!…はぁ!…」」

 

巻き起こった粉塵が晴れた時、板間がズタズタに壊れた櫓の中心で、家康と幸村は互いに膝をついて息を切らしていた。

 

「どうした“甲斐の虎”。これで終わりか?」

 

「!? …まだだ! まだ倒れぬぞ! “三河の虎”!!」

 

家康の挑発を聞き、カッと目を見開いた幸村は再び二槍を手にとると、櫓の床を蹴って、宙高く舞い上がった。

それを追うように家康も櫓の床を蹴って、空高く舞い上がる。

今度は床から数メートル程上の空中でぶつかり合う2人。家康が拳を振るい、槍を弾くと、幸村はもう一方の槍を家康に向かって刺突し、それを再び弾く家康…攻撃の応酬を繰り返していく内に2人の動作はそれぞれ勢いを増してきた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「はああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

それぞれ激情を顕にしながら、拳と槍をぶつけ、弾き、周辺に衝撃波を吹き荒らせながら互いに一歩も引かぬ攻撃のぶつけ合いを繰り広げる。

だがそれを繰り返していく事に、二人の表情は次第に疲労の色が浮かび上がってくる。

 

「……しまった!?」

 

「隙あり!」

 

一瞬の隙…家康が槍を弾いた際に、身体を僅かに後ろに仰け反らせてしまったところを幸村は見逃さなかった。

 

「灼熱…炎凰覇!!!」

 

幸村は槍を交差させるように構えると、それを左右それぞれに開くようにして振って、炎でできた鳳凰を家康に目がけてはなった。

 

「うわああああああああああああああああああああ!!」

 

炎の渦が直撃した家康はそのまま空中から櫓の床へと落下し、叩きつけられる。

爆炎と煙が上がり視界を満たす。

 

「家康さん!?」

 

スバルが思わず、声を張り上げた。なのは達も「この勝負あったか?」と息を飲んだ。

 

「ふぅ…今のは、危なかったな…」

 

だが、床に舞い降りた幸村の前で、煙の中から姿を現した家康にスバルは安堵の笑顔を見せる。

顔の前に腕を交差させダメージを最小限に留めた家康が煙が完全に晴れない内に、再び、助走をつけてジャンプすると、幸村に目がけて飛びかかりながら拳を構え…

 

「陽岩割り!!」

 

幸村の頭に向かって拳を振り下ろしてきた。

瞬時に横に身体を反らす事で、攻撃を躱す幸村。

空振りした家康の拳は地面にぶち当たり、その前方向の櫓の板間を完全にぶち抜き、破壊してしまった。

 

「くっ!…ならばこれでどうだ!?」

 

「効かぬ!!」

 

再び家康と幸村は拳と槍による拳戟に戻る。

実力はほぼ拮抗。どちらに勝気があるのかは、まったく予想できない状態となった。

 

 

「す、すごい……これが……“虎”の魂を持った“武士(もののふ)”の戦い……」

 

エリオは手に汗を握りながら、この激闘から目を離せずにいた。

この戦いは、エリオの今までの戦いに対する常識を覆す程に大きな衝撃を与えていた。

優雅かつ合理的な動きが基盤な『騎士』の武術とは違い、幸村の槍術や家康の拳術は一見斬新で豪快な動きだが、その矛先は確実に相手に届かせるといった精巧さも忘れていない。

 

(……もしも、僕が…幸村さん達のような猛々しい武士(もののふ)の戦術を身につけたら…)

 

エリオの中に眠っていた羨望心と好奇心、そして向上心が自然と湧いてきていた。

 

「さすが真田の大将! 総大将になったばかりの頃に徳川と戦った時と違って、動きに昔のキレが戻ってるじゃんか!」

 

「確かにな…上田でのpartyの時もそうだったが、すっかりふっきれて虎のSoulが戻ったって感じだな」

 

幸村の動きを見て、まるで子供の成長を喜ぶ母親のような事を言い出す佐助と、今にも乱入したくてウズウズしている政宗の言葉を聞き、エリオは我慢できなくなって2人に尋ねてみる事にした。

 

「あの。佐助さん、政宗さん」

 

「ん?」

 

「お前は……確か、エリオ…だったか? なんだ?」

 

「あの…幸村さんって一体どういう人なんですか? 自己紹介の時もあまりあの人自分の事を話していませんでしたし…」

 

エリオの質問に、佐助は首をかしげる。

 

「大将がどういう人かって? まぁ、『甲斐武田家』っていう俺らの世界じゃ名の知れた武家の軍師 真田家の次男坊なんだけど…お館様にその才能を見込まれて、子供の頃からずっとお館様の弟子として育ってきたお人…なんだけど、あの人の人となりを説明するのって一筋縄じゃいかないんだよねぇ」

 

「待ちな。あいつの人となりなら、Rivalである俺がよくわかってるさ」

 

佐助が苦笑を浮かべながら話していると、政宗が手で制しながら介入してきた。

 

「そう? じゃあ、独眼竜の旦那。代わりに説明してくれる?」

 

そう言って佐助が下がると、政宗は徐に語り始めた。

戦国屈指の強さを誇る騎馬隊を有し、『甲斐の虎』の異名で日ノ本全土にその名を轟かせていた名将 武田信玄―――

信玄の参謀として、その覇道を支えてきた『戦国の奇術師』 真田昌幸の次男として生まれた幸村は、幼き頃より見せていたその類まれな将としての才能を見込んだ信玄自身の希望で、幼少期から信玄の下で育てられ、その『虎の魂』を誰よりも強く受け継いだ心熱き若武者だった。

 

政宗とは、まだそれぞれが元服…つまり成人する前、“梵天丸(政宗)”“弁丸(幸村)”であった頃に、とある戦場で出会って以来、誰よりも互いを認め合う好敵手=『ライバル』として幾度となく戦いを繰り返してきていた。

単純で感情的になりやすく、時に安直過ぎると指摘される事はあっても、家康をはじめとした多くの武将達、中でも政宗には常に一目置かれる存在であった。

 

 

「だがな…あいつも一時『虎の魂』を失いかけた事があったんだ…」

 

家康と激闘を繰り広げる幸村を遠く見据えながら、政宗はしみじみと語り続ける。

 

家康が立派な青年となり、徳川軍も武田軍と対等に渡り合う力を持ち始めた矢先、徳川との決戦を控えていた信玄が病に倒れてしまう。

それは政宗や家康達にとっても大きな衝撃であり、とりわけその事に嘆いたのは幸村であった。

信玄は病床に付いた自分に代わって幸村に武田軍の未来を託した。

しかし、ずっと信玄を慕い続けた幸村にとって、自分が信玄の築き上げた栄光を守り、率いていかねばならない重圧は耐えられるものではなかった。

 

「あいつは苦労して、挫け、迷いながらも俺や徳川みてぇな将としての器を得るために努力した…そして…いろんな奴の導きを受けた結果、今のあいつがあるんだ」

 

家康と戦う幸村の表情は、生き生きとしており、その心の成長ぶりが伺い知れた。

 

「…………大切な人が突然いなくなるのって……辛いですよね?」

 

不意に、話を聞いていたエリオがポツリと零すように、そう呟いた。

エリオの言葉に政宗や小十郎、そして佐助も、この少年の抱える心の“闇”の存在に気づいたのかそれぞれ微かに眉を顰めた。

 

「僕は幸村さんとはちょっと違うんですけど………僕も一度大切な人に見捨てられて、自分の生きる意味が判らなくなった事があるんですよ」

 

「……どういう事なんだ?」

 

政宗が尋ねた。

エリオは半ば無理に作った様な穏やかな微笑を浮かべながら話しだした。

 

「実は僕は“クローン生命体”…つまり人の手によって作られた命なんです」

 

「ッ!? それはどういう事だ?」

 

「人の手で作られた命…って?」

 

それぞれ仰天する政宗と佐助。

まだこの世界に来て日は浅く、『クローン技術』など事についてはよくわからなかったが、それでも政宗達はエリオが想像を絶する出自の持ち主である事をすぐに察したのだった。

すると、エリオは語り始めた。

 

エリオはミッドチルダの上流階級の家 『モンディアル家』で生まれ、優しい両親にも恵まれ、裕福な暮らしを送っていた。

 

しかしエリオが三歳の時、事件は起こった……

家に突然現れた謎の科学者達に自分の正体は、モンディアル家で病死した息子のクローンであるという衝撃的な事実を告げられ、そのまま研究対象として両親と引き離されてしまった。

その際に事実を突きつけられた途端に両親が抵抗するのをやめてしまったのを見たエリオは大好きだった家族に裏切られた喪失感に追い打ちをかけるように、幽閉された研究施設では半ばモルモットの様な非人道的な扱いを受け続けた事が、彼の心を酷く蝕んでいった…

エリオは、誰を信じたらいいのか判らなくなり、自分自身もこの先どう生きればいいのかわからなくなり、ようやく研究施設から助け出された時には、自分以外の全てを敵と思い込み、我武者羅に暴れ続け人々を困らせ続けた。

 

そんなエリオを救ったのはフェイトだった。

彼女は魔法を行使して暴れるエリオに対しても決して怖気づく事は無く、体を張ってまで真摯な説得と献身を働きかけてきた。

それは氷のように冷たく固まっていたエリオの心を大きく動かすきっかけとなった。

 

「幸村さんも…その信玄さんって人が病気になって自分の前からいなくなってしまった時、この先誰を信じて、どう生きていけばいいのかわからなかったんですね……僕がそうであったように幸村さんもきっと辛くて苦しかったんだと思います」

 

エリオは政宗達を動じさせない様に優しく穏やかな口調で語るが、それが逆に彼の心に抱えていた傷の深さを実感させているように見えた。

現に、政宗達だけでなく、彼の事情を知っているなのはやフェイト、スバル達六課の面々も皆、どこか気まずそうな面持ちで話を聞いていた。

「だから…」っとエリオが言いかけた時、エリオの肩に佐助がポンっと手を乗せる。

 

「佐助さん…?」

 

「エリオ、お前はよく似ているな。真田の大将に」

 

「ッ!? 僕が…幸村さんに?」

 

キョトンとした表情で返すエリオに頷く佐助。

 

「あぁ。その考え方…まるで真田の大将そっくりだ。自分の辛い過去を下敷きにして他人に同情する。それ、まさに大将の十八番だな」

 

そう言って笑い出す佐助を見て、呆気にとられるエリオ。

すると、佐助はこんな事を言い出した。

 

「なぁ、エリオ。そんなにウチの大将に興味があるなら、いっその事、そこにいるスバルってお嬢ちゃんみたいに、真田の大将に弟子入りしてみたらどうだい? 似た者同士結構いい師弟関係になるかもよ? それこそお館様と大将みたいに…」

 

「弟子!? …僕が幸村さんの…ですか!?」

 

佐助の言葉に驚き、慌てふためくエリオ。

そんな冗談とも本気ともとれない態度で話す佐助を見かねた政宗が横から窘める。

 

「おい猿飛。 あんまり変な事吹き込んでんじゃねぇよ」

 

「あれっ? 独眼竜の旦那、もしかして真田の大将に弟子ができるかもしれないから焦ったりしてない?」

 

「んなわけねーだろ!!」

 

からかうように囃し立てる佐助に、政宗は鳥肌を立てながら怒鳴った。

そんな彼らに苦笑を浮かべながらも、エリオは激闘を続ける幸村の方に顔を向けた。

 

「幸村さんの…弟子…か…」

 

エリオは考えながら幸村の戦う姿を見入るのであった。

 

 

その頃、訓練所の一番端にある海に面した程近い場所で、突如地面が轟音と共に揺れ動いたかと思いきや、巨大なドリルのようなものが雨後の筍の様に地面から突き出たかと思うと、すぐにまた地中へと引っ込んで消えてしまった。

その後には人一人分が通れる程の穴が完成していた。

すると、穴の中から、奇刃をピッケルのように突き立てながら登ってきた後藤又兵衛と、その後ろから枷に繋がれた鉄球を抱えながら、縛られた手と、足を使ってどうにか穴を登り切る事のできた黒田官兵衛が息を切らしながら這い出てきた。

 

「はぁ!…はぁ!…なんていう岩盤の硬さじゃ…! 我が黒田軍屈指の駆動兵器“角土竜”でも小穴程度しか空けられんとは……」

 

「はぁ!…はぁ!…もうテメェのポンコツ兵器なんざ、二度と乗らねぇからな……!!」

 

皎月院から六課潜入と偵察の任務を受けた黒田主従は、用意していた坑道掘削用カラクリ装甲車『角土竜』で地中に潜り、海底の更に深くを進みながら、海を渡る事でここへ乗り込むという潜入方法を実行したまではよかったものの、日ノ本とは比べ物にもならないミッドチルダの土地の地盤の硬さに、苦戦し、採掘する度に車内は激しく振動し、官兵衛も又兵衛も右に左に、上に下にと、揺れに揺らされ、ぶつかって傷だらけになるわ、やっと機動六課の敷地に入ったは良いものの、潜入予定地の訓練所の地表付近は更に岩が固く、大型トラック一台分の大きさを誇る角土竜が進めるだけの大きさの穴を掘る事ができず、やむなく一人分の大きさの小穴を数十メートルかけて掘る事でようやく潜入経路を確保する事ができたのだった。

 

「ま、まぁ、無事に潜入できたからいいだろうが又兵衛。それよりも、小生らがこれからすべき事を確認しようじゃないか」

 

「あぁ? なぁに言ってんですかぁ? あの花魁女が言ってたじゃねぇか。この先で決闘中の徳川と真田を探って、万が一真田が徳川の仲間に寝返るなら…徳川共々、(バラ)しちまえばいいんでしょ?」

 

首を手刀でトントンと叩きながら、首を落とすジェスチャーを交えて嬉しそうに話す。

すると官兵衛はわかってないなといわんばかりに、頭を振った。

 

「バカ! それはあの怪尼(皎月院)からの命令だろうが! そんなもん、忠実に果たす必要なんかねぇ! それよりも、小生はこのまま隙を見て、徳川に取り入る方がいいんじゃないかと考えているんだよ!」

 

官兵衛の提案に又兵衛は目を見開いて驚いたが、すぐに見下すような目つきで睨み、罵倒した。

 

「あぁ!? なぁに、阿呆な事言ってんだ?! 阿呆官! テメェ、その枷の鍵欲しくねぇのかよ?」

 

「あぁ、確かに枷の鍵は欲しいさ。だが、さっきからよくよく考えていたんだが…どうもあの怪尼が、小生の枷の鍵を持ってるなんて怪しいと思う」

 

「あぁ? どういう意味だよ?」

 

又兵衛が怪訝な顔つきで尋ねた。

 

「いいか。コイツの鍵はいつも、三成が刑部のどちらかが持っていやがるのさ。あの疑り深い三成や、ずる賢い刑部が、自分達以外にあの枷の鍵を預けるなんておかしい。いくらあの女が三成や刑部に上手いこと取り入っているにしても、左近の奴より新参者なあいつが、アレを預けられる程、あの2人から信頼を得ているとは思えねぇ」

 

「……だからなんだってんだよ?」

 

「だから! 小生はこう考えてるんだよ! アイツの持っている鍵は“偽物”で、つまり小生らがこの仕事をバカ正直にこなしたところで、難癖つけられて褒美は反故にされるかもしれないって事だよ! 勿論、お前さんの直臣取り立てや“五刑衆”昇格の話だって、適当言って上手いこと動かそうってだけの方便に決まってる!」

 

官兵衛の推測に又兵衛は怒りと呆れ半々の表情を顔に浮かべた。

 

「あぁ?! そんなもんわかんねぇだろうが! なぁにビビっちゃってんのぉ!? 大体、なんで俺様が、徳川なんかに媚売る必要があんだよぉ!?」

 

又兵衛は官兵衛の提案した『家康に取り入る』という案に露骨な不愉快を隠せずにいた。

又兵衛は自分が気に喰わない人物…とりわけ、過去に自分にとって屈辱的といえる仕打ちを受けた相手に対して、文字通り執拗に付け狙う非常に恨みがましい一面がある。

その執念深さは恨みを抱く相手の名前を書き込み、執拗に付け狙うための帳面…『又兵閻魔帳』なるものを肌見放さず持ち歩いている程であった。

そして、家康はそんな『又兵衛閻魔帳』の中で2位に入る程に又兵衛にとって恨みの強い憎き相手でもあった。

 

「なんなら、ここでいっそ真田共々、(バラ)しちまったっていいんですよぉ? ねぇ? アイツは…いずれ「苦痛激痛鈍痛疼痛心痛悲痛あらゆる痛みで悶絶死の刑」にしてやるんだからよぉぉ!」

 

「き…気持ちはわかるが、落ち着け! いいか又兵衛! お前さんが権現(家康)を恨むのもよくわかる! しかし、あんな穴蔵で三成達にいいように使われるだけで終わるくらいなら、今はここで権現(家康)と手を結んで、三成や他の五刑衆ら、お前さんの邪魔者を皆纏めて排除してしまった方がいいんじゃないかと思うんだよ!」

 

「……………」

 

必死に説得する官兵衛に又兵衛は訝しげたまま聞いていた。

 

「どうせ今の豊臣には、お前さんの憧れだった半兵衛や秀吉だってもういねぇんだ! だったら、今は徳川の味方について、邪魔になる奴らを皆排除しちまって、その後にお前さんを大将に新しい豊臣を興せばいいだろうが! なっ?」

 

「………この又兵衛様が新しい豊臣の大将に…?」

 

又兵衛のつぶやきを聞いて、もう少しだと勝手に思い込んだ官兵衛はさらに畳み掛けるように諭す。

 

「あぁ、そうとも。五刑衆どころか、総大将さ! 総大将・後藤又兵衛様! 最高にかっこいいと思うぜ?!」

 

「……で? 徳川に取り入るっつったって…その手立てはあるのかよ?」

 

「あるとも! 真田が寝返るようなら、それに便乗して小生らもそれに加わる。言い訳は任せろ。三成達がこの世界でやらかそうとしてる事を餌にすれば、きっと徳川達だって、小生らを受け入れてくれる! もしも、真田がこのまま西軍として徳川を倒そうっていうのなら、その時は小生らが真田を倒せばいい。それで徳川達だって小生らを味方と信じる筈だ!」

 

「………………」

 

自分の計略を無表情で聞き入る又兵衛に、官兵衛は勝手に彼が自分の計略を受け入れているものと思い込んでいた。

 

「賛成だな? 賛成してくれるんだな?! よし、決まりだ!! 後は、この小生に任せておけ!! 必ずや、我ら“西の二兵衛”! 主従共に大笑いで幕切れを迎える筋書きを立ててやるからな! 大船に乗ったつもりでいろ! 又兵衛! ハッハッハッハッ!!」

 

「………………」

 

そう言って、又兵衛の返答も待たないまま、官兵衛は又兵衛を連れ立って、家康と幸村のいる櫓のある方へと向かった。

 

 

機動六課司令室――

普段であれば、任務中の六課の活躍を映しだした映像や任務先周辺の地図、他部隊や地上本部などからの資料画像、解析データといった複数の画像が表示される中央の巨大モニターには今は、訓練所での家康と幸村の決闘の様子がフルスクリーンで生中継されていた。

部隊長、前線要員総出で訓練所に出向いている今現在、六課の運営はここに集った『ロングアーチ』と呼ばれる後援部隊が担っていたが、それでも特に大きな事件や災害が起きていない事から、集まった者は皆、モニターに映る決闘の様子に釘付けになっていた。

 

「改めてみて思うけど、なのはさん達とはまた全然違う迫力を感じるよね~」

 

先日、家康の初訓練で仮想敵シュミレーターの数を30の予定が300にするという大ミスを犯してしまった通信員兼メカニックのシャリオ・フィニーノ一等陸士が司令室の隅に用意されたコーヒーマシンからお気に入りのエスプレッソを自身のマグカップに注ぎながらそう言った。

それぞれのデスクにつきながら、モニターを見ていたロングアーチ通信員のアルト・クラエッタ二等陸士、ルキノ・リリエ二等陸士も頷き、同調する。

 

「しかもこれで2人共、魔力保有指数0っていうのだから、余計に信じられないわよね。ホント、どうやったら魔法なしにここまで派手に戦えるのかしら?」

 

「魔術師ランクの基準で計算すれば、2人共文句なしにAAAオーバー相当の強さだよ。万一にも研究機関とかに知られたら、即刻研究目的で拘束されちゃうかもね」

 

以前、家康達の身体を調べた健康診断のデータを解析しながらルキノが話す傍で、アルトは自分のマグカップからコーヒーを啜りながら、軽い冗談な感じに物騒な事を呟いた。

 

「アルト。少し、冗談が過ぎるぞ。部隊長も家康さん達の事は特に地上本部の研究機関や監察部の目に止まらないように色々と苦心しているのだからな」

 

眼鏡をかけた銀髪の青年…機動六課部隊長補佐のグリフィス・ロウランがそう言って、アルトの軽口を窘めた。

 

「それにしても…彼らが我々と同じ非魔力保持者というのが信じられないくらいの戦いっぷりだな。彼らを見ていると“非魔力保持者”ってなんだっけ?ってそう思いたくなるね?」

 

「あれぇ? グリフィスってば、ひょっとして憧れちゃってる~?」

 

シャーリーが満杯になったマグカップを片手にグリフィスをからかった。

 

「ぼ、僕は外で動きまわるよりはデスクワークや管制指揮の方が性に合ってるんだよ!」

 

少し赤面しながら、慌てて取り繕うグリフィスの意外な一面に、シャーリー、アルト、ルキノが顔を見合わせて、クスクスと笑った。

その時、司令室の扉が開き、一人のスタッフが入ってきた。

書類の束を小脇に抱えた、黒色の短髪に目つきの鋭いグリフィス以上に生真面目で融通の効かなそうな雰囲気を漂わせる長身の男性…機動六課ロングアーチ通信主任 ジャスティ・ウェイツは、モニターに映った家康や幸村の奮闘姿を見るなり、眉間に深々と溝を作った。

彼が入室した途端、それまで朗らかだったロングアーチの女性陣の顔つきが露骨に嫌悪感を隠さない雰囲気に変わり、彼女達がジャスティの登場を快く思っていない事をグリフィスはすぐに察した。

ジャスティは、自分の席に着こうとしていたシャーリーの姿を見つけると冷たい声質の声で言い放った。

 

「フィニーノ。今は公務中だぞ。司令室のモニターの私的な使用は慎めといつも言っているだろう」

 

「ど、どうもすみません…。ジャスティ主任…」

 

シャーリーがこめかみを青筋を浮かばせて、ヒクヒクと引きつらせながら、苛立ちをこらえている事が見え見えな声で謝り、中央のモニターの映像をいつもの仕様に戻した。

それでも尚も、ジャスティは険しい顔を崩さずにグリフィスの方を向いた。

 

「ロウラン。八神部隊長は…まだ訓練所か?」

 

「あぁ。家康さんと幸村さんの決闘がまだ続いているようだからね」

 

グリフィスの説明を聞いて、ジャスティの表情に落胆と苛立ちの感情がはっきりと浮かんでくるのが見えた。

 

「…全く。いつまでそんな“お遊び”に付き合っているんだ。こっちは部隊長に片付けて欲しい仕事が山程あるというのに……」

 

ジャスティの言葉にグリフィスは引きつった笑みを浮かべて宥めるしかなかった。

通信主任とシステム管理者であるジャスティはロングアーチにおいて、立場上ははやて、グリフィスに次いで権限を持った人物だが、経歴、階級共にグリフィスとはほぼ同じである為、実質的に2人揃ってロングアーチのナンバー2といっていい状況となっていた。

否、厳密には「ならざる負えない状況」だった。とにかく生真面目で融通が効かず、その上、プライドも高いジャスティは、グリフィスへの対抗意識からなのか、何かと日頃からロングアーチでも部下であるシャーリー、アルト、ルキノに必要以上に高圧的に接する事が多く、特に気が弱いルキノにはその風当たりが特にキツかった。

その為、シャーリー達が少しでもグリフィスをロングアーチのナンバー2として立てているものなら、たちまちそのあてつけの様に激務を押し付けられたり、嫌味、叱責を浴びせられてしまう事となった。そんな事を繰り返した結果、今では少なくとも本人の前ではグリフィスとジャスティ双方を『ロングアーチの二番手』として立てないといけないという余計な忖度を強いられる羽目になっていた。

 

「本当に部隊長の粋狂にも困ったものだな。決闘の為に訓練所を貸すだけでなく、前線メンバー全員で見学なんて…もし今、緊急任務が入ってきたらどうするというのだろうか?」

 

「気持ちはわかる。けど、念話はいつでも開通させているし…万一の時は皆、すぐに動けるようにしているのだから、決して何も考えずにあの決闘を主催しているわけではないぞ?」

 

そう宥めるグリフィスだったが、ジャスティは巨大モニターの端に小さい枠の映像に縮小された拳と槍を組み合う家康と幸村の姿を冷めた目で見つめながら、ボヤくように言った。

 

「……俺としては、そこまでして、あの連中の為に取り計らおうとする部隊長の考えがわかりかねる。そんなにも魔法も無しに隊の戦力になる存在が嬉しいものなのか?」

 

「ジャスティ…」

 

吐き捨てるようにそう言い残して部屋を出ていくジャスティに、グリフィスは呆気に取られた表情で見送るしかなかった。

 

「……あぁっ! やっと行ってくれた! もう、ほんとジャスティ主任って嫌味な奴! 最っ低!」

 

ジャスティの出ていったドアを冷やかな目で睨みつけて、軽蔑しながらシャーリーは僅か数分の間に数日分の疲労を溜めたかのように自分のデスクにドッと突っ伏した。

アルトもルキノも一先ずの安堵の息を吐きながら、強張っていた肩の力を抜いた。

 

「グリフィスさん! やっぱり一回部隊長補佐としてあの人にガツンと言ってやってくださいよ! このままじゃ、私達あの人のパワハラでストレス溜まりまくりですってば!!」

 

「う~ん…しかし、言うにしてもなぁ…彼のあの性格だから僕から言っても、逆に日に油を注ぐだけになって―――」

 

アルトの抗議にグリフィスが言葉を濁していたその時だった。

突然、モニターに赤い画面『ALERT』の文字が書かれたホログラムが投影され、同時に警報音が鳴り響く。

たちまち、司令室にいたロングアーチ全員の表情に緊迫の色が走った。

 

「隊舎敷地内に不審な人物の反応あり! 場所は……うそ!? 訓練所!?」

 

自分のデスクに備えた端末を操作しながら、情報を確認したアルトが驚嘆の声を上げる。すると、隣の席にいたルキノも青ざめた顔で叫んだ。

 

「隊舎より南南西およそ15キロの海上上空に、多数の未確認飛行体を確認! こちらに向けて移動中! このままではあと5分で訓練所に到達します!!」

 

「すると…敵の襲撃か!?」

 

グリフィスが冷や汗を浮かべながら叫んだ。

 

「大至急、部隊長達に連絡を!!」

 

 

 

 

司令室で緊迫した事態が起きるほんの数分前…

訓練所では家康、幸村の決闘がいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

「はあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

「どうだぁぁぁぁ!!」

 

幸村が身体を前方向に回転させながら二槍を振り払う大技“大車輪”をジャンプで交わし、そのまま“天道突き”を繰り出しながら着地しようとする家康。

それを幸村は返す槍で弾くと、二人は後ろに飛び退いて戦いが始まってもう十数回目となる対峙の姿勢に入った。

既に二人共、息を激しく切らし、その額や腕には大量の汗がにじみ出て、砂埃やかすり傷によってすっかり汚れていた。

 

「真田、そろそろ決着を着けないか? そろそろお互いに残す力ももう僅かだろう」

 

「うむ…! ならば…次の一撃で決めようぞ!!」

 

 

幸村はそう言いながら二槍を構え直すと、ゆっくりと横へ歩み、最後の勝負に打って出ようと踏み込む構えを見せた。

対する家康も拳を構え、ゆっくりと横へ歩き、相手の動きを注意深く観察する。

二人の周囲に、互いの緊張を表現するかのような風が吹いた。

その風に揺られ、二人の額からそれぞれ一粒の汗が落ち…それが櫓の板間に弾かれると共に両者は、同時に動き出した。

 

 

「徳川……家康ぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

「真田……幸村ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 

二人の叫びと共に互いに黄金の光と紅蓮の炎をそれぞれ拳と槍から撃ち出し、2人の間の丁度ど真ん中で、ぶつけ合った。

光と炎は混じり合い、最初は巨大な渦のような形を作っていたが、少しずつその姿を変えていく。

 

「うそ!?」

 

「あれは…虎!?」

 

スバルとエリオが驚きの声を上げる。

光と炎は次第にそれぞれ巨大な虎のような姿となり、二人の『虎の魂』を具現化したように激しくぶつかり合っていた。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

二人は互いに一歩も引かぬ根気で、自身の作りだした虎に力を送り続ける。

そして二体の虎がこれでもかと言わんばかりに大きくなったと同時に…

 

 

ドオオオオオオオオオォォォォォォン!!!

 

その両方が巨大な爆発を引き起こし、二人のいた櫓が一気に倒壊した。

 

「きゃあ!?」

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

その衝撃波は後方の櫓にいたなのは達も思わず顔を手で庇い、尚も転びそうになるのを必死で踏みとどまらなくてはいかず、この中の力の弱い部類に入るキャロに至っては耐えきれずに転んでしまった程だった。

 

「み……みんな! 大丈夫!?」

 

衝撃がようやく止んだ後、一番に声を上げたのはなのはであった。

他の皆はそれぞれ屈んだり、伏せたりして衝撃に耐えきっていた。

 

「わ…私達は大丈夫です…それよりも家康さんと幸村さんが―――」

 

「家康さぁぁーーーーーーん!!」

 

「幸村さん!」

 

ティアナが話しているのを他所に、スバルとエリオがそれぞれ家康と幸村の安否を気遣い、急いで櫓に備えていた階段を駆け下りると、二人の下へと駆け寄った。

 

「おい真田!徳川!」

 

「大将!」

 

政宗と佐助もスバル達に続いて櫓を降りて家康、幸村の下へと駆け寄る。

そしてその後ろからなのは、フェイト、はやて、ヴィータ、シグナム、ティアナ、キャロが続いた。

家康、幸村の居た決闘用の櫓は完全に倒壊し、今や巨大なクレーターへと変わっていた。

まさか二人とも塵も残さずに―――

スバル達の脳裏に最悪な事態が思い浮かんだ。

 

「家康さん!!」

 

スバルが目に涙を浮かべながら、クレーターの中を覗いた。

だが、その心配は取り越し苦労だった。

クレーターの中では互いに服をボロボロにしながらも大した傷を負っているわけではない家康と幸村が互いに大の字になって倒れていた。

 

「ハハハ……どうやら、この勝負は“引き分け”のようだな…真田」

 

「今回こそは…勝てると思っていたのでござるがな……」

 

二人は息を切らせながらも、その表情には爽やかな笑顔が浮かんでいた。

それを見たなのはや政宗達は、ほっと胸をなでおろした。

 

「ったく…この俺に心配なんてかけやがって…」

 

政宗は二人の様子に呆れながらも、その表情には自然と笑みが溢れていた。

 

 

「痛て!!」

 

「我慢して下さい。これでも魔法によるヒーリングですから、普通の治療より楽なんですよ」

 

すぐにクレーターの中から運び出された家康と幸村は、キャロに応急処置の回復魔法を施してもらっていた。

 

「それにしても随分派手にやったなぁ。これ当分訓練所は使えへんなぁ?」

 

はやては訓練所の真ん中にできた巨大なクレーターを見てため息混じりの苦笑いを浮かべる。

まるで隕石でも落ちたかのようなその惨状を見て、これでは当分この訓練所は使えそうにない事は一目瞭然であった。

佐助もこの惨状を見て自分の主が起こした事に罪悪感を感じた。

 

「大将、それに徳川の旦那も、ちゃんと埋め合わせは考えておきなよ」

 

「判ってるでござる」

 

「あぁ、そうしないとな……痛っ!」

 

「情けないわね。あんな派手にケンカしても、死ぬどころか大きな怪我すらしてない二人がそれくらいの怪我で痛いとか言ってどうすんのよ?」

 

キャロのヒーリングを痛がる家康にティアナが呆れる。

 

「はい。とりあえずこれで応急処置はできました。後で二人共医務室でちゃんとした治療を受けて下さいね」

 

「あぁ」

 

「ありがとなキャロ」

 

キャロの応急処置が終わり、二人が脱いでいた上着を着直すと、同じく応急処置を終えて立ち上がった幸村に問いかけた。

 

「どうだ真田。これで一応は『天下分け目の戦』において互いに奮闘を交わすというお前の誓…少しは果たせたのではないか?」

 

「……………」

 

俯く幸村に、家康は立ち上がりながら問いかける。

 

「真田。お前はまだ物足りない所はあるかもしれない…しかし、ここは戦国の世ではなく“ミッドチルダ”というワシらにとっては全く別の世界なんだ。つまり、ワシらの世界の事情を持込み、ワシらが互いに血を流すなんて必要は無いんだ。ここはひとまず、日の本へ戻れるその日までは、敵味方は関係なく、同じ“日ノ本”の人間として、ワシや独眼竜達共にこの機動六課に協力しないか?」

 

「家康殿……其は―――」

 

家康の言葉を黙って聞いていた幸村がその答えを返そうとしたその時だった…

 

「ケケケケッ!! 見ぃ~つけたぁ!!!」

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」」

 

突然、訓練所の中に響き渡る誰のものでもない声。

直後、家康達の斜め上からキラリと光る何かが回転しながら吸い寄せられるように飛んでくるのが見た。

 

「ッ!? 真田! 避けろ!!」

 

家康が警告しながら幸村の背中を押し、その場から飛び退くと同時に、2人のいた場所を巨大なブーメランのようなものが通り過ぎていった。

 

「な、何!?」

 

動揺するスバル。

一方、家康達を斬りそびれたブーメランのようなものはそのまま空中を円を描くように周り飛び、そして、先程までなのは達のいた物見櫓のど真ん中の柱の骨組みへと吸い寄せられるように戻ると、それを手慣れたようにキャッチする男の姿があった。

 

月の前立の付いた兜に薄汚れた袖のない羽織に爬虫類を思わせるようなデザインの甲冑と垂れ気味で濁った目つきをして陰気な顔つきと長めの手、猫背の姿勢で骨組みの上にしゃがむ姿が不気味なオーラを晒している。

 

「貴様! 何者だ!?」

 

シグナムが愛剣である片刃剣型デバイス『レヴァンティン』をセットアップさせながら、現れた男を睨みつける。

 

「どうやら、招かねざる客が来たみたいだな……」

 

政宗もそう言いながら、六爪の内一本を引き抜きながら、乱入者を睨んだ。

 

「チィッ! 運の良い奴ら……」

 

三日月型の巨大な刃を手に舌打ちをしながら顔をしかめる男の顔を見た幸村が驚愕、家康が警戒の色を含んだ声をそれぞれに上げた。

 

「貴殿は…!? 西軍の黒田官兵衛殿、御家臣の…」

 

「たしか……後藤…又兵衛だな?」

 

家康、幸村の決闘騒動はここへきて予想外の展開に発展したのだった。




こうして再編していると、私のオリキャラとして考えてた又兵衛も、公式キャラの又兵衛も結構共通してるとこ多かった気がします。自分で言うのもあれですが…(苦笑)

ちなみに今作での又兵衛はまだこの時は政宗に対して、狂気といえる復讐心は抱いていません。ではいつ政宗への復讐に取り憑かれるのか…それは本編のお楽しみに…w


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第十二章 ~黒田軍襲来 そして”虎”は共闘する~

幸村の一人の武人としての誇りと葛藤からはじまった、家康との決闘…

お互いに魂の籠もる一撃を放った時、共に熱き猛将の精神を継いでいた二人はお互いに一定の心の区切りを付け、そんな武士(もののふ)達の姿に、若き騎士見習い エリオ・モンディアルはいたく感銘を受けつつあった。

しかし、そんな彼らに突如、西軍からの刺客 後藤又兵衛の凶刃が襲いかかる…!

政宗「リリカルBASARA StrikerS 第十二章 Let's Party!!」


スカリエッティのアジト―――

両脇の壁にカプセルの並んでいる果てしなく続く長い通路を、皎月院は無表情で歩いていた。

 

「待て。うた」

 

不意に背後から声をかけられた皎月院はその歩みを止めて、ゆっくりと振り返る。

そこに立っていたのは三成であった。

 

「三成、珍しいじゃないか。アンタからわちきに声をかけてくるとはね」

 

「……官兵衛達を家康の元に嗾けたそうだな?」

 

三成の問いかけに微かに片眉を持ち上げる皎月院。

 

「おや? 察しが早いねぇ。刑部からでも聞いたのかい?」

 

「戯言はいい。私の問いに答えろ。なぜ今、官兵衛を行かせた?」

 

三成の鋭い視線を受けながら少しも動揺せずに皎月院は話し始めた。

 

「なぁに。ちょっとした“腕試し”ってやつだよ。徳川が惚れ込んだ『機動六課』って連中がどれほどのものかもっと調べてみたいと思ってね…下手なガジェット・ドローンよりも生身の武将をけしかけた方がより良い“でぇた”がとれるんじゃないかと考えてね…黒田達はその“餌”さ」

 

「左様な汚れ仕事……あの又兵衛なる浪人上がりならいざしらず、よく官兵衛なんぞに上手く働かせたものだな」

 

三成は感心とも呆れともとれる声で言った。

 

「なぁに。ちょいと、わちきが(まやかし)を使って精製したこの鍵をちらつかせたら、すぐに食いついてきたよ。全く、手枷の鍵さえ見れば、それが本物か確かめるって事もしないなんて…天下の“二兵衛”の片割れも随分とお粗末なもんだねぇ」

 

そう言いながら、皎月院が取り出した手枷の鍵を三成の前に翳して見せると、鍵はフッと煙の様に灰になって散ってしまった。

官兵衛が推測していたとおり、皎月院は最初から手枷の鍵など持っていなかった。官兵衛に見せたのは妖術で作った偽物であった。

 

「官兵衛程度の凡物を、半兵衛様と同じ天秤に図るな! それよりも、奴らに一体何をしろと命じたのだ? もしや…「家康を討ち取れ」とでも命じたとは言うまいな?」

 

三成は氷刃の如き眼差しで皎月院を睨みつけながら言った。

 

「安心しな。わちきが「事と次第では仕留めろ」と命じたのは真田だけだよ…まぁ、後藤は随分張り切っていたからね。熱が入りすぎて家康にまで手にかけないか、心配だけど…」

 

三成の怒りを刺激しかねない内容の台詞を、何ともないように涼しい顔で告げる皎月院。

石田軍の中で、三成に対して、下手をすれば殺されかねないような内容の話や言葉をここまで遠慮せず、且つ恐れる事なく伝えられるのは、三成と長い交友関係のある大谷を除けば、彼女だけである。

 

「後藤も後藤でバカなものだよ。成功した暁にはアンタに代わって、“五刑衆”の主席の座が欲しいんだとさ。全く、主人が主人なら家臣も家臣だよ…どうするんだい? 不敬の罪で斬首するかい?」

 

「フン…浪人上がりの下らぬ戯言など相手にする価値もない。第一…あのような浪人上がりに容易く討てる程、家康は軟ではない」

 

三成の口から出た家康への意外な評価の言葉に、皎月院が一瞬呆気にとられたように目をぱちくりさせたが、すぐに不遜な笑みを浮かべて話しかける。

 

「ほぅ? 憎き相手なのに、随分と褒めるもんだねぇ、それもかつての“親友”の好ってやつかい?」

 

刹那、三成の眼の色が変わった。

左手に握っていた長刀を引き抜くと、皎月院に向けて勢いよく振るう。

皎月院はそれを難なく避け、三成と距離を取った。

 

「貴様!…私の前で斯様な戯言を申すと、貴様から斬首するぞ!!」

 

「お~怖い怖い。ほんの冗談じゃないかい。 本当に戯れってものを知らないねぇ」

 

皎月院がやれやれと、溜め息を吐く。

三成は長刀を鞘に収めながら、吹雪の如き一瞥を向けながら、吐き捨てた。

 

「勘違いするな! 私は…私以外の人間が家康の首を斬る事を断じて許可しないだけだ! 例え、それが西軍の人間であろうとも、うた…貴様であろうとも! 家康を殺すのはこの私だ! それを忘れるな!!」

 

三成はそう言い残すと、そのまま踵を返し、再び暗闇に向けて歩き出した。

 

「おや? 独断で作戦を指揮した事は咎めないのかい?」

 

「言ったはずだ…貴様と刑部のやる事には疑う余地はないと…」

 

振り返る事なくそれだけを言うと、薄闇の中へと歩き去っていった。

それと入れ替わるようにして、妖術で浮遊する輿に乗った西軍筆頭参謀 大谷吉継が、三成が消えた方向とは別に闇の中から現れた。

 

「やれやれ…ちと戯れが過ぎるぞ。うたよ…」

 

今のやり取りを一部始終見ていたのか、呆れたような様子で眉を顰めていた。

 

「盗み聞きかい刑部? アンタも趣味が悪いねぇ…」

 

「全く…ぬしの三成への遠慮のなさは、毎度見ていて寿命を縮まされるぞ。いくら三成に近い者と申せ、奴の琴線に触れるような物言いは慎んだ方が身の為であるぞ。うたよ…」

 

大谷の苦言に、皎月院はいたずらっぽく…されど邪悪な笑みを返した。

 

「あれだけ愚直な男もそうそういるもんじゃないからね。だからこそ、ついからかいたくなるのさ…あの“凶王”様には…」

 

「……案外、ぬしも左近と変わらぬか…否、それ以上に遊興に浸る類なのかもしれぬな」

 

どこまでも不敵な態度を崩さない皎月院に、大谷は呆れたように頭を振った。

それから2人は連れ立ち、薄暗い通路の中を歩き出す。

浮遊する輿の上で大谷は、皎月院の仕掛けた此度の計画について話し始めた。

 

「しかし…あの(官兵衛)の事よ。素直にぬしの指示に従うとも思えぬが…?」

 

「勿論それも想定の内さ。大方、わちきの“鍵”の細工に気づいて、このままわちきらに使い走られるより、徳川に取り入って西軍(わちきら)を倒そうとでも考えようとするだろうね…」

 

「それで、かの又兵衛なる功名に逸る浪人を付けて行かせたと…?」

 

「…豊臣にとって目障りな奴、役立たずな奴を“間引き”するには実に効率的なやり方だろう?」

 

皎月院は冷酷な笑みを浮かべながら告げる。

表面上は西軍に従う傍ら裏で自分達さえも出し抜こうと考える官兵衛や、そんな官兵衛の思惑を無視し、功名に固執して勝手に動く又兵衛の性格をすべて計算した内で、此度の“斥候”役として2人を抜擢したものであった。

 

「刑部。アンタもいつも言ってるだろう? 戦で決して勝つ事のできない軍とは、“兵の少ない軍”でもなければ、“有能な武将のいない軍”でもない。“兵の統率がとれない軍”だってね」

 

「…ヒッヒッヒッ。“統率”か…確かに官兵衛に欠けた言葉であるな…」

 

大谷は黒々とした笑みを浮かべた。

 

「おそらく今頃は、後藤が勝手に動きだして、黒田が「小生の計略が狂った」と慌てふためいている頃だろうね。どうせだったら、もっとアイツの計略を狂わせてやろうと、ちょっとした“援軍”も贈ってやったさ」

 

「なるほどのぉ……ぬしもなかなかに底意地が悪い女子(おなご)よ……ぬしにいいように弄ばれる官兵衛と、いいように利用されているとも知らぬ又兵衛にも、少しくらいは同情してやるか…」

 

そう言いながらも、大谷は露骨に嘲りの念の籠もった含み笑いを送るのであった。

 

 

 

同時刻 機動六課隊舎・訓練所―――

 

幸村、家康の口から出た名前に、なのは、フェイト、はやては僅かながら聞き覚えがあった。

“黒田官兵衛”と“後藤又兵衛”―――

確か、自分達がまだ故郷である第97管理外世界“地球”の日本・海鳴市に住んでいた時に視聴していた歴史ドラマでそのような戦国武将の名前を聞いた記憶があった。

家康や政宗、幸村と違い、詳しくは思い出せなかったが、恐らくは目の前に現れたこの男もまた、家康達の世界から来た戦国武将である事を察する事ができた。

 

かたや、家康と幸村は目の前に現れた男…後藤又兵衛についてよく知っていた。

彼が官兵衛配下として西軍に従事し、既に多くの東軍方の兵達を屠った事、忍顔負けの神出鬼没ぶりで各地に現れては標的の武将を襲う流浪の将として恐れられる事……そして、狙った“獲物”は地の果てまで追いかけていく程に執念深い危険な武将である事を…

 

東軍総大将という立場である自分もまた、又兵衛の“獲物”の一人である事を自覚している家康は自ら、前に進み出た。

 

「まさか…こんな場所でお前と出会う事になるとはな…」

 

「ごきげんよう徳川家康、そしてさようなら! 俺様の立身出世の為に…死んで下さいよぉ~ッ!?」

 

又兵衛がそういうなり、再び手にした三日月型の奇抜な形の刀…“奇刃”を家康に向けて投げつけた。

咄嗟に、両腕を構えて、守りの姿勢を取る家康。

 

「家康殿!?」

 

その前に幸村が咄嗟に家康を庇うように前に出て、二槍の片割れを突き出して、回転しながら飛来してきた奇刃を弾き飛ばした。

弾き返されたそれをキャッチしながら、又兵衛は忌々しげに舌を打った。

 

「チィッ! やっぱり、あの花魁女の読み通りだったってわけか。テメェ…豊臣を裏切って徳川につくつもりかぁ? 真田幸村さんよぉ!?」

 

「ま、待たれよ後藤殿! 某は決して裏切りなどとは――――」

 

幸村は必死で弁明しようとするが、又兵衛はそれを鼻で笑い返す。

 

「裏切ってんじゃありませんかぁ! 現在進行形でぇ! まぁ…別にいいけどぉ。 だってねぇ…ここでアンタら2人纏めて(バラ)しちまえば、俺様の手柄も二倍になりますからぁぁ!!」

 

奇声ともいえる叫び声を上げながら、又兵衛からは殺気が溢れ出す。

 

「ご、後藤殿ッ! まずは某の話を―――」

 

又兵衛の殺気に押されそうになりながら、幸村はどうにか又兵衛を説得しようとするが、それを後ろから佐助が引き止める。

 

「…よしなよ大将。 あの殺気…どうやら奴さんはもう俺達の事を完全に敵と認識しちまったみたいだ。いくら大将が言い訳したところで、話なんか聞いてくれないって…!」

 

「猿飛の言う通りだ。真田…もう奴に、お前の言葉は通じそうにもない…」

 

天下分け目の戦の以前から何度か狙われた事のあった家康は、こうなってしまえば口で説得するのは無駄であるとわかっていた為か、既に拳を構えて臨戦態勢をとっていた。

すると、今まで傍観していたなのは達もそれぞれデバイスを取り出し、動き出した。

 

「家康さん!」

 

スバルが待機形態のマッハキャリバーを片手に握りしめながら、家康の隣に立つ。

すると、又兵衛は鬱陶しげに顔を顰めた。

 

「なんだぁ…(あま)やガキんちょが、ウロチョロと…鬱陶しいんだよ!」

 

「あんまり女子供だからってナメない方がいいよ! 何兵衛さん!!」

 

スバルがマッハキャリバーとリボルバーナックルをセットアップさせ、バリアジャケットを装着しながら、又兵衛に向かって言い放った。

その勝ち気な台詞に又兵衛の陰気な顔つきが苛立ちで更に歪む。

 

「ク・キ・ケヤァ~~ッ!? だ、誰が『何兵衛』だぁぁ!? ま・た・べ・え! だって言ってるだろぉ~~がッ!!又兵衛ッ! ぶっ殺しますよオマエぇッ!?」

 

又兵衛は立ち上がるともう一度、奇刃を投げつけようと構えてきた。

家康とスバルは又兵衛の攻撃を迎え撃つ態勢を整えた。

だが――

 

「又兵衛えぇぇぇッ!! お前さん、なに勝手な事してるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

一触即発の空気の場に、悲痛な叫び声を上げながら、新たな男…黒田官兵衛が乱入してくる。

枷に繋がれた鉄球を引きずりながら、長く伸びた前髪で両目が隠れたその顔には焦りの表情と、冷や汗とも単なる鉄球の重みによる汗ともわからない大量の汗が浮き出ていた。

 

「官兵衛ッ!? やはりお前もこの世界に来ていたのか!?」

 

またしても意外な乱入者に家康は、驚きの声を上げた。

 

 

黒田官兵衛は焦っていた…

東軍総大将 徳川家康を味方につけて、憎き三成、大谷らを倒す為の起死回生の好機と見た自分の優れた慧眼とそれを活かすべく考案した此度の策を持ってすれば、天下分け目の戦までの不幸続きな人生を一気に挽回できるものと考えていたものが、それをあろうことか、自分が信頼する家臣の手で潰される事となるとは…

 

(なぜじゃ…なぜここで家康達を襲ってしまうのじゃ…!? 家康と虎子(真田)の決闘が決着し、改めて、家康が真田を仲間に勧誘するところで、小生らが出向いて、三成達の企みに関する情報を餌に、真田、家康共に説得し、あわよくば味方につける…そういう算段じゃったのに…!!)

 

 

「又兵衛えぇぇぇッ!! お前さん、なに勝手な事してるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

物見櫓の柱の骨組みの上にいる又兵衛と、それ向かって対峙する家康達…一触即発の状況の中に割り込んでいきながら、声を張り上げた官兵衛に、家康達もその存在に気づく。

 

「官兵衛ッ!? やはりお前もこの世界に来ていたのか!?」

 

思いもよらなかった人物との再会に家康は目を丸くしながら、叫んだ。

すると、この状況が理解できずにいた六課の面々を代表してはやてが尋ねてきた。

 

「家康君、ゆっきーも、あの人の事知ってるん?」

 

「如何にも運の無さそうな奴だな…」

 

ヴィータが官兵衛の姿を見比べながらボヤいた。

家康は構えた拳を解かないまま説明した。

 

「あの手枷を付けた男の名は“黒田官兵衛”…今、襲ってきた“後藤又兵衛”の主で、ワシと同じ、元豊臣軍傘下 『黒田軍』の将だ」

 

「黒田…官兵衛…? 確か地球で、そないな名前の戦国武将が主役の大河ドラマやってたっけ…?」

 

又兵衛だけの名前ではしっくりこないでいたはやても、官兵衛の名前を聞いた事でようやくその人物像が切れ切れながらも思い出せた。

確か、戦国有数の優れた知略の持ち主で、あの『関ヶ原の戦い』において、あわよくば(なのは達の世界の)家康をも出し抜いて、天下を手に入れられそうだったほどと言われている。

だが、目の前にいる目元が隠れる程に伸びきった前髪に、薄汚れた袖のない陣羽織…さらに何故か両手を拘束している巨大な鉄球の付いた手枷を嵌めた大男からは、左様な偉人的な雰囲気はお世辞にも感じられなかった。

 

「秀吉が死んだ後に、旧豊臣派の大名達を調略して独自に天下を狙おうとした咎で、三成の手で九州に送られたと聞いていたが……どうしてお前までもここに…?」

 

「そこにいる“なんとか兵衛”とかいうカマキリ野郎を引き連れて現れたって事は…西軍として、家康を討ちに来たつもりか?」

 

 

家康に続き、政宗の発した問いかけに官兵衛は狼狽えながら、必死で弁明する

 

「ち、ちち、違う!! 小生達は別にお前さん達を倒しにきたつもりはねぇ! 唯、話し合いたいんだよ?」

 

「話し合いだと?」

 

必死に弁明する官兵衛に対し、既にバリアジャケットに着替えたシグナムが怪訝な顔つきで聞き返した。

 

「そ、そうだ! 甲斐の虎子(真田)! お前さん、家康と手を組む気なんだろう? だったらどうだい!? 小生らもそれに一口乗らせてもらって…」

 

「思いっきり手下に奇襲させておきながら、よくもぬけぬけとそんな見え透いた嘘が言えるな?」

 

バリアジャケットを装着しながらグラーフアイゼンを構えながらヴィータが敵意全開で言い放った。

すると櫓の上で話を聞いていた又兵衛も、見下すような目つきで官兵衛を睨みつける。

 

「おい阿呆官! テメェまだそんな阿呆丸出しな事言ってんのかよ!? コイツらは俺様の豊臣直臣へ出世する為の大事な土産として(バラ)すんだからよぉッ!!」

 

「うるせぇ! 前から思っていたが、お前さんいつも偉そうにしてるが、お前さんは本来、小生の“家臣”だろうが!! 家臣ってのは、自分の私怨や野心を殺してでも主君の意に報いてこそのもんなんだよ! だから、小生が東軍につくと決めたなら、お前さんも黙ってそれに従え!」

 

「い・や・だ・ねッ! 絶対に嫌だね、阿呆官!! 俺様はここで敵大将(徳川)裏切り者(真田)をぶち殺して…豊臣直臣に躍り出てやるんだよぉぉぉッ!!」

 

「なんだと!? この分からず屋兵衛!」

 

「黙れ、阿呆官!」

 

「いやいや、お前さんのが阿呆だ!!」

 

「いやいやいや、テメェのが阿呆だろ!!」

 

「いやいやいやいや―――ッ!!」

 

敵の面前にも関わらず、口論を始める官兵衛と又兵衛に、家康達武将陣もなのは達魔導師陣も思わず唖然としてしまう。

 

「な、なんや…? 急にケンカはじめよったで…?」

 

「あの人達って…主人と家来じゃないの…?」

 

「…あの2人。全然噛み合ってないみたいだね…?」

 

今の今まで緊迫した空気がいきなり、マヌケな雰囲気に変わった事に戸惑いながらボヤくはやて、なのは、フェイト。

政宗、小十郎に至っては完全に呆れているとしかとれない、冷ややかな眼差しで黒田主従の痴話喧嘩を眺めていた。

 

「おい、小十郎…なんなんだ? アイツらは……?」

 

「今の黒田軍は、黒田が九州へ送られた後に急ごしらえで集めた即席の手勢と聞き及びましたが…まさかこれ程までに統率がとれていないとは…」

 

自分達に集中する冷たい視線に耐えきれなかったのか、官兵衛は気を取り直す様に頭を豪快に振り回すと、改めて家康の方を向いて交渉を続けた。

 

「と、とにかく聞いてくれ! 又兵衛はともかくとして、小生は決してお前さん方と事を構えに来たわけじゃねぇんだ! 勿論、タダでお前さんの仲間に入れてくれとも言わん! 小生の話を聞いてくれるなら、小生も三成達の―――」

 

だが、官兵衛の言葉が終わらない内に、なのは達の元に隊舎司令室からシャーリーの切迫した声の念話が入った。

 

《ロングアーチより緊急連絡!南南西から未確認の飛行物体が訓練所に向かって進行中! まもなく、そちらに到達します!!》

 

「なんですって!?」

 

念話の内容を聞いたなのは達が、身構える間もなく、海の方からガジェットドローンⅠ型の大編隊が飛来してくる。この間の第五航空監視塔に現れた数の半数程ではあるが、広大な空に浮遊するガジェット達の大編隊はこないだとは違う意味で壮大に見えた。

 

「が、ガジェットドローン!?」

 

「訓練用のモーションじゃない…って事は…これは本物!?」

 

「でも何時の間に、こんな数のガジェット達が…」

 

なのは、フェイト、スバルが話している内にガジェットの大編隊はあっという間に訓練所を取り囲んでしまった。

 

「つべこべ言ってる場合ちゃうで! 皆、いくで!!」

 

「「うん! セットアップ!」」

 

はやての号令を合図に、なのは、フェイトは、それぞれレイジングハート、バルディッシュ、シュベルトクロイツを起動し、バリアジャケットに着替えると向かってくるガジェット数機に向けて魔力弾を打ち出す。

 

「皆も早くバリアジャケットを!」

 

「は…はい!」

 

フェイトの呼びかけで、ティアナ達も素早くそれぞれデバイス、バリアジャケットを起動させる。

全員がバリアジャケットとデバイスを装備し、政宗、小十郎、佐助もそれぞれ愛武器を手にとった。

 

「う~ん…こないだ程…ってわけじゃないけど、それでも結構な数を揃えてきてるね」

 

「そんな…誰がこれだけの数をここへ連れてきて…ッ!?」

 

大手裏剣を構えながら冷静に状況を分析する佐助に対し、ティアナは突然の敵編隊の襲撃に動揺を隠せずにいた。

一方、ヴィータはその目星がすぐについた様で、官兵衛の方をギロリと睨みつけながら言い放った。

 

「官兵衛さんとやらよぉ、早速、ボロが出たな。下手くそな猿芝居でアタシらを騙そうとしやがって…」

 

予想外の“援軍”の登場に動揺していた官兵衛は、ヴィータの眼差しを受けて更に狼狽する。

 

「えっっ!!? こ、これは…ち、違う!! このカラクリ兵器共(ガジェットドローン)は小生とは関係なくだな…!?」

 

「あぁ、言い訳なら後でゆっくり聞いてやるよ。テメェのその手枷の付いた両手にもうひとつ拘束魔法(バインド)を付けてからな!!」

 

官兵衛は必死に弁解しようとするが、ヴィータはグラーフアイゼンを官兵衛に向けながら逮捕を宣言し、既に家康達も全員が官兵衛を敵意の目で見ていた。

一方、又兵衛はこの状況を見て、面白がるようにケケケケッと邪悪な笑い声を上げた。

 

「いいねぇ! 大混戦! こうなったら徳川や真田だけじゃねぇ…ここにいるテメェら、みぃんな纏めてぶっ殺して、俺様の出世の糧にしちゃいますよぉぉ~~~ッ!!」

 

又兵衛は奇声を上げながら、櫓から飛び降りると、地面を四つん這いで走り、家康達に向かって駆け出してきた。

それに続くように、ガジェットドローン達も一斉に動き出してきた。

 

「Let'rock! Show Get up!」

 

政宗は溜まっていたものを発散させるように、自分に向かって飛来してきたガジェットを5、6機連続で斬り捨てた。

 

「Han!今日は俺の六爪も出番無しだと思ってたが、こいつはとんだSurprise partyだぜ! 感謝するぜ! 暗の官兵衛さんよぉ!」

 

政宗は嬉しそうに叫ぶと、今の喜びを表現するかのように全身に電流を流した。

 

「やれやれ…俺はこんなの望んでなかったけどね…」

 

佐助はめんどくさそうに呟いたと思うと、急に任務時の冷徹な表情に変わる。

 

「かの“二兵衛”の片割れに狙われちまったとあれば、もうつべこべ言ってられないからね…」

 

そう言いながら、残像さえも残さない速さで、巨大手裏剣を振るうと、周囲に浮遊していた複数機のガジェット達を一瞬で斬散させた…

 

「あっ、あれっ…これ…もう完全に…小生達…敵になっちゃってる…ッ!? 敵になっちゃってるの!?」

 

「うおりゃああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

「「はあああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」」

 

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

完全に自分の思惑とは真逆の展開になってしまい、慌てふためきながらも、どうにかここから状況を打開させる術はないかと頭を回転させようとした官兵衛であったが、その前にヴィータを先頭に、フェイト、シグナム、小十郎がそれぞれ地面を蹴り、愛デバイス、愛刀を振りかぶってきた。

 

「ぬぉっ!?…だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

官兵衛は慌てて、枷に繋がれた鉄球を抱え、4人の一撃から身を守る…が流石に4人分の攻撃となれば、防御に徹してもかかる圧力は凄まじいものである。

ましてや、向かってきたのは所謂“武闘派”と目される4人。その一撃、一撃は余計に重くかかってきた。官兵衛は悲鳴を上げながら鉄球と一緒に地面を転がっていく。

 

「畜生っ! 小生の計略が狂ったぁぁぁ!! なぜじゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

まるでピンボールの如き速さで転がり、近くにいたガジェットドローンを何機か弾き倒していきながら、官兵衛は最早口癖といえる悲痛な叫びを上げた。

 

 

「ケーヒッヒッヒッヒッ!! 死ぃねえええええぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「…っく!!」

 

又兵衛の両手に持った奇刃による変則的な斬撃や、その合間に放たれる指先が爪のように鋭く尖った手甲を纏った両手による引っかきが家康とスバルに襲い掛かり、家康は必死にそれを手甲で弾いて抵抗するも、その動きは最早獣の如く俊敏で、動きの読めない攻撃が上から下からと襲い掛かり、なかなか反撃の隙が見つからない。

 

「又兵衛! お前がワシを憎む理由はなんだ? 唯の「“東の総大将”だから」「出世昇進の為」という理由にしては、お前がワシに向ける殺意は尋常でない…! ワシも気づかぬ内に、お前を傷つけていたのか?」

 

攻撃を防ぎながら家康は尋ねるが、又兵衛は攻撃の勢いを止める事なく、鬱陶しそうに答える。

 

「……阿呆官の部下で、うだつの上がらない雑魚野郎…そんな哀れまし気な目で俺様を見てたからだよぉぉ!!」

 

又兵衛は憎悪に満ちた声を張り上げながら、乱れ斬りを続けてくる。

しかし家康が防戦に徹しているのは、その乱舞の速さだけではなかった。

 

「聞くんだ又兵衛! ワシらが今いるのは、日ノ本ではない異郷の地“ミッドチルダ”なんだ! つまり、ここでワシらが争ったところで、取れる“天下”なんかどこにない!寧ろ、関係のないこの国に住む人達を巻き込むかもしれないんだぞ! だから…ここで無駄に争うより、今は協力して日ノ本に帰る方法を模索する事が大事だと思う! 真田にもワシはそう説得しようとしていたんだ!!」

 

家康は幸村同様に、又兵衛にも自分達がここで争い合う事の無意味を説こうとしていた。

しかし、そんな彼のやさしさをも又兵衛は嘲笑い、一蹴する。

 

「“異郷”ぉぉ…? “協力”ぅぅ……? なぁんですかそれぇ? 筋金入りの阿呆だね~ 閻魔帳に載るくらいだしね~~~!!」

 

又兵衛はそう叫びながら、再び家康の首を狙って奇刃を振りかざしながら、飛びかかってきた。

 

「どぉでもいいんだよぉぉ! 俺様にはそんな事ぉ!! テメェらを(バラ)して、テメェの首を手土産に豊臣の直臣になる! そうやって俺様は今度こそ、皆に認められるようになるんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

一瞬の隙をついた又兵衛が不意打ちで家康を蹴り飛ばすと、その背後に回り込み、肩の上に飛び乗ると、馬乗りの体勢で奇刃を首筋に当てる。

 

「…ぐぅっ…あぁっ!!?」

 

「家康さん!?」

 

周りに蔓延るガジェットドローンを打ち払っていたスバルが、家康の窮地に気づき、慌てて駆け寄ろうとする。

 

「動くんじゃねぇよ小娘ぇ。ケッヒッヒッ! 東軍総大将・徳川家康の首、もぉらったぁぁぁ!!」

 

又兵衛は狂気的な歓喜の声を上げながら、そのまま家康の喉を掻き切ろうとした。

すると…

 

「家康殿!!」

 

不意に聞こえた声と共に飛来した一本の槍が家康の肩の上に馬乗りしていた又兵衛の兜に命中する。

 

ガァンッ!!

 

「ぐぁっ!!?」

 

甲高い金属音が響き、仰天の表情を浮かべた又兵衛が宙を2回、3回と周りながら吹き飛ばされ家康の身体から離れる。

家康は、飛来してきた槍が地面に突き刺さる前に手に取ると、地面に落下する直前だった又兵衛に向かって鋭い刺突を放った。

又兵衛は咄嗟に身体を捻る事で突き出された槍の穂先を避けると同じく落下していた奇刃をキャッチし、姿勢を直しながら着地しながら奇刃を豪快に薙ぎ払ってきた。

刺突と斬撃の応酬を3、4回繰り返した後、家康と又兵衛はそれぞれ穂先と鋒を交え、競り合った。

 

「あれぇ~? 『武器を捨てた』とか言ったくせに、ちゃっかり使ってるんじゃありませんかぁ~…? それって、規則違反じゃないですかぁ~っ?」

 

「緊急事態だったからな。やむを得なかった…」

 

家康はそう弁解しながら、バックステップで距離を空ける。

そこへ槍の飛んできた方向から、その持ち主…真田幸村が駆け寄ってくる。

 

「家康殿! ご無事で!?」

 

「あぁ。助かったぞ、真田…かたじけない!」

 

家康はそう言って、幸村に槍を返した。お互い小さく頷きながら笑みを浮かべる。

それを見た又兵衛の表情は、さらなる怒りと恨みで歪んだ。

 

「真田ぁぁぁぁぁぁ!! 裏切り者のテメェはたった今、又兵衛閻魔帳第十五位に格上げだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

又兵衛は怒りの叫びを上げながら、這う様な姿勢をとると、そのまま俊敏な動きで、家康と幸村の方に接近していく。家康と幸村がそれぞれ迎撃しようと構えた。その時だった。

 

「ルフトメッサー!!」

 

突然、2人の背後から空気の刃が飛んできて、またしても又兵衛の兜に直撃する。

 

「ぐはあっ!?」

 

2度目となる転倒からすぐに姿勢を直した又兵衛は、すかさず反撃しようと奇刃を、空刃の飛んできた方向に向かって投げつけようとするが、そこへ一体の蒼い風が走り、又兵衛の目前に迫る。

 

「蒼天突き!」

 

蒼い影の正体…スバルは、又兵衛の真下に回ると、奇刃を投げようとした又兵衛に向かってスクリューアッパーを決めて、そのまま又兵衛をさらに吹き飛ばす。

 

「がはぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

二重の追い打ちを受けて、又兵衛は数十メートルの距離を吹き飛ばされ、地面に転がった。

呆気にとられる家康と幸村にスバルが呼びかけた。

 

「家康さん! 幸村さん! 大丈夫ですか!?」

 

「おぉ! スバル殿! かたじけない!」

 

「真田。礼を言うのはスバルだけじゃなさそうだぞ」

 

「えっ!?」

 

家康の言葉に驚く幸村の下に、先ほど空気の刃を飛ばして又兵衛に先制を仕掛けた人物…エリオが駆け寄ってきた。

 

「幸村さん! 大丈夫ですか?!」

 

エリオはストラーダを手に駆け寄りながら、幸村を見上げ、笑みを浮かべた。

 

「あ…あぁ。かたじけない」

 

幸村はあまり話した事のなかったエリオが自分達の助太刀に入ってくれた事に少し疑問に思いながらも、素直に頭を下げて礼を言う。

そこへ、吹き飛ばされた又兵衛が再び立ち上がった。

 

さすがに戦国の世という修羅場だらけの中を生きてきただけあるのか、あれだけの連携攻撃でも重傷とまではいかず、兜の前立てが砕かれただけであった。

しかし、これが又兵衛の怒りに完全に火を着ける事となった。

 

「クソガキ共がぁ! よくも俺様の大事な兜を傷ものにしやがってぇぇ!」

 

奇刃を振りかざしながら、怒りをあらわにする又兵衛。

その姿を見た家康が幸村に問いかける。

 

「真田。これで完全にお前も、西軍から“裏切り者”と見られたようだぞ」

 

「…………………」

 

「もしお前が決心がついたというのなら、共に戦おう。“東軍”、“西軍”の垣根無しにな」

 

家康の言葉を聞いた、幸村は静かに二槍を構え直す。

 

「家康殿…誠に勝手な事ではござるが其からのお頼み申す!? 貴殿と共に戦わせて頂きたい!」

 

「!?……あぁ! もちろんだ!」

 

幸村が頭を下げると、家康は笑みを浮かべて答えながら拳を構え、又兵衛と対峙する。

 

「私も協力します!」

 

「僕も力になれるかどうかわかりませんが…幸村さんと共に戦います!」

 

家康、幸村に並び立ったスバル、エリオがそれぞれ、リボルバーナックルとストラーダを構え、身構えた。

 

「「「「後藤又兵衛!勝負!」」」」

 

家康達の宣言に又兵衛の額に青筋が浮かぶ。

 

「うるせぇ…うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんだよおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! どいつもこいつも、俺様を馬鹿にしやがって! 殺す、殺す殺す殺すコロスコロスコロス殺すうぅぅぅぅぅ!!!!」

 

家康、幸村、スバル、エリオと、狂乱した又兵衛の4対1の対決の幕が開かれた。

 

 

一方、又兵衛と対峙する家康達のいる場所から、数十メートル程離れた場所では、フェイト、ヴィータ、シグナムと小十郎が、官兵衛を追い詰めているところであった。

 

「ギガント…ハンマー!!!」

 

ヴィータの掛け声と共に、その手に握られた基本形態(ハンマーフォルム)の5倍程の大きさの巨槌型形態 “ギガントフォルム”になったグラーフアイゼンが縦に大きく振るわれた。

対する官兵衛はその巨槌で叩き潰される寸前、鉄球を構えて、受け止める。

 

「畜生っ! チビのくせになんて馬鹿力なんだよぉ!!」

 

官兵衛が悪態をつきながら、鉄球をドロップキックで蹴り飛ばし、グラーフアイゼンを押し返すが、同時に自身も鉄球に付いた鎖に引き寄せられそうになり慌てて、その場に踏みとどまった。

 

「紫電…一閃!!」

 

攻撃を防がれたヴィータが後ろに退くと同時に、シグナムがすかさず踏み込みながら、薄紫の炎を刀身に纏ったレヴァンティンを振り下ろしてくる。

振り下ろされたレヴァンティンから放たれた斬撃波を咄嗟に回避した官兵衛だったが、直前まで立っていた場所やその前後周囲の土地が避けるように抉られたのを見て、顔を青ざめる。

そこへ、フェイトが地表から1メートル程を滑空しながら、追い打ちをかけるように大鎌型の“ハーケンフォーム”となったバルディッシュを振りかざして、接近してくる。

 

「ハーケンセイバー!!」

 

「ぐぅっ! どわあぁぁぁっ!?」

 

バルディッシュを薙ぎ払い、金色の魔力刃を撃ち放ってきたフェイトに、官兵衛は慌てて鉄球を振り回して迎撃するが、魔力刃を弾いた鉄球は、まるでけん玉のように大きく真上に打ち上げられ、危うく官兵衛に直撃しそうになった。

咄嗟に身体を横に飛び退き、鉄球を避けた官兵衛だったが、成り行きで対峙する事になった3人の魔導師達に冷や汗が止まらなかった。

 

「な……なんなんだよ……コイツらは……!? この世界の女子供は化け物か!?」

 

息を切らしながら叫ぶ官兵衛の脳裏には、かつて一度だけ訪れた徳川軍の属領で、今と同じ様にやたらと強い女兵団がいる城を訪れ、そこの女城主から酷い目に合わされた記憶が思い出された。

(確か名前は…井伊か…紀伊か…?そんな名前だったような…)っと考える余裕もなく、フェイトの間髪入れない斬撃が連続して官兵衛に襲いかかる。

官兵衛は鉄球でどうにかその全ての攻撃を防ぎ、弾き返すが、小回りが利く素早い攻撃が得意なフェイトは、官兵衛にとって最悪の対戦相手と言えた。

 

「ほぅ。その手枷と鉄球は唯の拘束具と思っていたが、意外に武器として器用に使いこなしているのだな」

 

その様子を見ていたシグナムが素直に称賛した

戦場で生き残るには自身の持つ武器を如何に上手く使いこなすかが重要な鍵となる。

官兵衛もまた、今の武器である鉄球付き手枷を手にせざるを得なくなった経緯は不本意極まりないものであったが、それをウィークポイント以上に強力な武器として使いこなせるだけの場数と、それを生き残るだけの才覚を持った人物であるとシグナムは見抜いたのだった。

 

「うるせぇ! 小生は好きでコイツを使いこなしてるわけじゃねぇんだよ!!」

 

だが『手枷を外すこと』が自身の目的のひとつである官兵衛にとって、シグナムの称賛は皮肉としか受け取る事ができなかった。

 

「畜生っ! こうなっちまったら、もうヤケクソだ! !」

 

官兵衛が叫びながらバルディッシュを避けると同時に、一か八かの反撃として鉄球を振り回してきた。

フェイトは攻撃の手を止めると、すかさずバックステップで後ろに退き、攻撃を避けた。

交代でシグナムが一歩踏み出し、レヴァンティンで斬りかかってきた。

官兵衛は手枷で繋がれた両腕を振り下ろすと、鉄球がシグナム脳天に目掛けて直下してくる。

 

「テートリヒ・シュラーク!!」

 

だが、鉄球がシグナムに当たる寸前で割り込んだヴィータが紅いオーラの纏ったグラーフアイゼンで鉄球を打ち飛ばして防ぐと、官兵衛は思わず鉄球に引っ張れて飛ばされそうになるのを、足に力を込める事でどうにか防ぐことができた。

 

「くっ…! お前さん…玉を打つのには慣れてるみてぇだな」

 

「生憎、アタシはそんな鉄の球、かっ飛ばすのには手慣れてんだよ!」

 

ヴィータがニッと笑いながら不敵に言い放つ。

かつてなのはやはやて達と地球にいた時には、近所の老人会に混じってのゲートボールを趣味としてしたヴィータは、現在も戦闘スタイルにゲートボールの要領を取り入れるなどしていた為、槌で球を打つ事には一際の自信があった。

それを聞いた官兵衛は、ヴィータもまた自身にとっては相性の悪い相手と察したのだった。

 

「空牙!」

 

そこへ、ヴィータの援護で窮地を脱したシグナムが、官兵衛の胴体目掛けてレヴァンティンを横薙ぎに払い、横長の衝撃波を飛ばしてきた。

 

「ぐぁっ! くそぉ!」

 

官兵衛は慌てて、鉄球を引き寄せると、それを真正面に抱えて、衝撃波を防いだ。

その激しい衝撃に鉄球からは激しい火花が散る。

 

「くそぉ! 揃いに揃って相性の悪い奴らばっか相手にしないとならないなんて…ますます計略が狂った事が惜しいぞ!!」

 

「なら、俺との相性はどうだ? 天下の“二兵衛”…」

 

「ッ!!?」

 

不意に背後からかかった声に、官兵衛は殺気を抱く。

慌てて振り向くとそこには背後から小十郎が華麗にジャンプを決め、舞い上がりながら振りかぶった愛刀『黒龍』に青白い稲妻を走らせていた。

 

「月閃!!」

 

技名を唱えながら、小十郎が薙ぎ払うと、雷撃と一体化した斬撃波が官兵衛に襲いかかってきた。

官兵衛は慌てて、それを防がんとしたが、空中からの攻撃であった為、鉄球を抱え上げるのに手間とってしまい、中途半端な位置で攻撃を防いでしまった官兵衛はその反動を耐えきれる事ができず、吹き飛ばされた鉄球と一緒にまたもピンボールのように地面へと転がった。

 

「なぜじゃああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!?」

 

悲鳴を上げながら、官兵衛は地面を猛スピードで転がり進む。

その勢いは、ぶつかりそうになったフェイト、シグナム、ヴィータが思わず飛び退いて回避せざるを得ない程だった。

 

「なんと! あんな攻撃の応用まで会得しているのか!? 黒田官兵衛…愚鈍に見えて、その実できる男なのかもしれんな」

 

「いや…単に転がってるだけにしか見えねぇけど…」

 

シグナムの天然ともとれる称賛の言葉にヴィータが横から冷ややかにツッコんだ。

 

「逃がすな!追うぞ!」

 

小十郎が指示を出しながら駆け出すと、フェイト、ヴィータ、シグナムも彼の後を追って駆け出した。




BASARAのキャラの中で何気に官兵衛さんが一番操作苦手だったりする私ですが、小説でも結構動かすの苦手だったりします…(苦笑)

改めて思いましたが…『鉄球付き手枷』使ったバトルスタイルってなんじゃそれ!?
ス◯ファシリーズの◯ーディーさんも鉄球はなかったですよ! 考えた人、目の付け所が凄いわ…ww

まぁ、キャラ自体は好きですw


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第十三章 ~凶刃を返り討て! 燃える2つの虎の魂~

後藤又兵衛…そして黒田官兵衛の襲撃という予想外の事態に見舞われた機動六課。
この窮地を前に幸村は、スバル、エリオ、そして宿敵・家康と共闘する事を決意する。

一方、自分の思惑とは違う展開に焦る官兵衛に六課メンバーの執拗な追撃が襲う。
果たして、2つの激闘の行方は……?

小十郎「リリカルBASARA StrikerS 第十三章 出陣だ!」


「死ねぁぁぁぁぁっ!」

 

又兵衛の叫びと共に奇刃が投げつけられ、家康達にめがけ、ブーメランのように回転しながら飛んできた。

 

「伏せろ!」

 

すかさず家康が声を上げ、その声を聞いてすぐにその場に屈みこむスバル、エリオ、幸村の頭上を奇刃が大きく軌道を描いて飛んでいく。

 

「ちっ!」

 

「隙あり!」

 

攻撃を外して舌打ちをする又兵衛に、家康が拳を打ち込もうとする。

しかし、又兵衛はバックステップでそれを回避しながら戻ってきた奇刃をキャッチすると、再度家康に向かって踏み込みながら奇刃を薙ぎ払う。

それを察すると、家康は身体を横に回転させて薙ぎ払いを避ける。

それでもなお家康に追い打ちをかけようとする又兵衛だが、そこに今度は幸村が割って入り、二槍でそれを食い止める。

 

「後藤殿! 貴殿には申し訳ないが、これ以上其が恩義あるこの『機動六課』の皆に凶行を及ぶのあれば、この幸村腹に据えかねる! 尋常に勝負なされよ!」

 

「あぁ? なぁに気取った事言ってんですかぁ~? 裏切り者風情がよぉぉぉぉっ!!」

 

又兵衛は怒鳴りながら幸村に向かって奇刃を突き出してきた。

幸村はそれを弾くと、力を大きくこめて槍を振るう。

猛攻に転じた幸村の実力は強く、又兵衛はさっきのように思うように攻撃が効かない事に苛立ちを隠せずにいた

防戦一方になる又兵衛に、横からエリオが乱入する。

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

エリオが自慢の高速な動きを生かした槍裁きで又兵衛を追い詰める。

 

「このクソガキがぁ! おとといきやがれってんだ!!」

 

「僕はクソガキじゃありません!」

 

又兵衛の罵りを、毅然とした態度で言い返しながら、又兵衛の急所を狙い、ストラーダで突いていく。

しかし…

 

「は~い! 引っかかったぁぁッ!!」

 

突然、又兵衛が叫んだかと思いきや、その全身に黒白い稲妻が走り、両手を地面に打ち付けたかと思いきや、エリオの周囲に正方形の檻が地面から生えて出現した。

 

「こ…これはっ!?」

 

突然の事に戸惑うエリオに対し、又兵衛は檻の隅の大柱の上によじ登ると、中に閉じ込められたエリオを見下ろして、ニタァと湿っぽい笑みを浮かべる。

 

「ケッケッケッ…処刑だ、処刑だ、処刑だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

又兵衛は叫びながら、檻の中に飛び込むと、そのまま執拗に奇刃を乱舞し、エリオを追い詰め始めた。

 

「このっ――アアァァッ!?」

 

ストラーダを構えて攻撃を防ぎながら、後退するエリオだったが、檻の隅まで退いた時、僅かに背中が柵に触れた途端、強烈な電流が全身を走り、思わず苦悶の悲鳴を上げる。

 

「ケーッケッケッケッ! この檻は俺様の特製の檻でねぇ。下手に柵に触っちまったら、ビリッビリッビリ~ッ! テメェは忽ち丸焦げになっちまってお陀仏だよぉ~!」

 

「エリオ!」

 

スバルが檻の外からリボルバーナックルで殴り、破壊しようとするが、忽ち強烈な電磁波が全身を走り、スバルの身体を跳ね返してしまう。

 

「ああぁぁぁぁっ!?」

 

「スバル!」

 

吹き飛ばされたスバルだったが家康が抱き止める。

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい! でもエリオが…」

 

スバルがそう言って、檻に閉じ込められたエリオを案じる。

檻の中ではどうにか又兵衛の猛攻に耐えながら、柵に触れないように足を踏みしめるが、又兵衛はそれを見越してか、足を重点的に狙い、奇刃を振り回してくる。

――その最初の1発目の回転斬りでエリオは守りの構えを弾かれてしまう。

そして2発目がエリオの顔に目がけて振り回らされる。

すかさず身体を後ろにそらせて回避しようとするエリオだが、その拍子で一瞬の隙が生じてしまった。

 

「しまった!」

 

「はい、死んだぁ!!」

 

又兵衛がその一言と共にエリオの身体を一刀両断にせんと3発目の薙ぎ払いを繰り出し、エリオの小さな身体を柵に向かって打ち飛ばした。

確かな手ごたえと共にエリオの身体は、体重などを無視し、軽々と檻の柵へ向けて吹き飛ばされ、もろにその身体を柵に預けてしまう。

 

「が、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

「「エリオ!」」

 

黒白の電流がエリオを襲い、苦悶の叫びを上げるエリオに、家康とスバルが檻の外から悲鳴のような声を上げる。

又兵衛はそれを気持ちよさそうな面持ちで聞き入っていた。

 

「ケーヒッヒッヒッッ! やっぱり、生意気なクソガキ程、いい声で泣くねぇ~~ッ!」

 

その姿を見て家康の表情に怒りがこみ上げてくる。

 

「又兵衛…お前という男は……どこまで卑劣なんだ!!」

 

「あぁぁっ? 卑劣も、飛脚もあるかぁ~!? 先手必勝! やられる前にやるのが、俺ら“流浪”のやり方だぁぁぁっ!」

 

家康が怒りを露わにしながら又兵衛を罵倒すると、さも当たり前のように開き直って返す又兵衛。その時―――

 

「紅蓮脚ぅぅぅぅぅっ!!!」

 

槍を軸のように地面に突き立て、自身の身体を独楽のように回転させながら幸村が炎を纏わせた足で檻の柵を蹴り破り破壊する。

自らの檻が破られた事に動揺しながら、又兵衛はそのまま回転したまま突っ込んでくる幸村を避けると、そのまま数十メートル程後方まで飛び退いた。

 

「エリオ殿! 大丈夫でござるか!」

 

バリアジャケットが所々、黒焦げになり、微かに電流を走らせながら、地面に倒れ伏すエリオの下に、幸村が駆け寄る。

 

「バァ~カ! あれだけ、もろに電流食らってたらもうお陀仏だよぉ~~ッ!!」

 

又兵衛は勝ち誇るようにそういった。

だがその直後、倒れ伏していたエリオがゆっくりと身体を起こした。

 

「「「「!?」」」」

 

「ぼ、僕は……大丈夫です…」

 

バリアジャケットの焦げ付きの他、打ち飛ばされた際に、上着の胸の辺りを斬られて掠った程度の切り傷があったものの、エリオは命に別状がない様子だった。

エリオは雷属性の魔力変換体質の持ち主であり、雷に対する耐久性が人一倍に強かった事が幸を成していた。もしもこれが、エリオのような体質の持ち主でなければ、最悪死に至っていたかもしれない。

エリオの無事に幸村や、家康達は安堵するが、又兵衛は不愉快と苛立ちとで、更に歪んだ表情に変わる。

 

「命冥加なガキがぁぁぁっ! 殺す! 絶対殺してやるうぅぅぅぅ!!」

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

又兵衛は怒りの声と共に奇刃をエリオに向かって投げようと構えるが、そこにスバルが飛びかかってきて、又兵衛の顔面に目がけてリボルバーナックルを振り下ろす。

 

それを瞬時に回避した又兵衛は先ほどエリオに使った奥義『逆上遊下の牢獄』に今度はスバルを閉じ込めようと、身構える。

しかし、エリオと違ってスバルは家康から直接手ほどきを受けており、さらに先程のエリオに対する攻撃の一部始終を見ていた為、又兵衛が攻撃を繰り出す前に懐に飛び込んで一撃を食らわせるのは実に容易いものであった。

 

「はああああああぁぁぁぁ!!」

 

スバルは又兵衛の目の前でかがむと、姿勢を起こしながら、金色の“気”のオーラを纏わせたリボルバーナックルを又兵衛の顎に向かって打ち込み、真上に打ち上げた。

 

「なっ!? …はぁっ!?」

 

「覚えておいたほうがいいよ。 戦いでは二度も同じ手が通じる事なんて絶対にないってね!」

 

スバルはそう言いながら着地すると、カートリッジを3発リロードさせながらリボルバーナックルを構えた。

するとリボルバーナックルから魔力の蒼いオーラと“気”の金色のオーラの両方が混ざった独特な色合いのオーラが放たれる。

 

「スピットバンカー!」

 

スバルが技名と共に落下してくる又兵衛に向けて正拳を放つと、魔力と気の組み合わされた螺旋状の風圧が又兵衛を更に吹き飛ばした。

 

「ぐばあああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

その技に幸村は見覚えがあった。

 

「あっ…あれは家康殿の『天道突き』!? 一体どうしてスバル殿が!?」

 

「あれはワシも教えた覚えは無い筈…スバル…何時の間にあの技を!?」

 

師である家康もスバルが自分の『天道突き』を見よう見まねで覚えていた事に動揺する。

それもスバルの繰り出した天道突き…『スピットバンカー』は魔力も組み合わさった事で、衝撃の力がより強くなっていた

師弟関係を結んでからまだ数週間しか経っていないながらも、ここまでスバルが自分の教えを身に付けていた事に家康は驚きと共に感心した。

 

「て…て…テメェ……やりやがったなぁ……!」

 

又兵衛がふらつきながらも立ち上がり、家康達を睨みつけた。

 

「テメェらぁぁ…絶対に……ブッ殺スウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

半狂乱の咆哮を上げながら、又兵衛はスバル、そして後方にいる家康達目掛けて飛びかかってきた。

 

 

その頃、官兵衛は訓練所の端の自分達が最初に潜入した場所の近くまで転がり着いていた。

 

「がはぁっ!」

 

訓練所の果ての防波堤にぶつかる事でようやく止まった官兵衛はフラフラになりながら立ち上がる。

だが、そこへ小十郎を先頭にフェイト、ヴィータ、シグナムの4人が駆けつけてくる。

 

「もう逃げ場はねぇ…おとなしく観念するんだな。黒田官兵衛!」

 

「くそっ……」

 

黒龍を向けながら降伏を勧告してくる小十郎に、悔しげに歯を食いしばりながら、どうにかこの状況を打破する方法を考える官兵衛。

だが、そこへさらに、遅れて政宗、なのは、はやても駆けつけてきた。

政宗は小十郎の隣に立ちながら、六爪の一刀を向けて、勝ち誇った様に言い放つ。

 

「テメェが連れてきたEgg machine(ガジェットドローン)共も、もうじき猿飛とフォワードの2人(ティアナとキャロ)が片付けちまいそうだぜ! 後はテメェとテメェの手下のlizard野郎だけだな!」

 

「だから、あれは小生の差し金じゃなくてだなッ!! …畜生! きっと、“皎月院”か、 “スカリエッティ”とかいうあの底意地悪そうな白装束野郎の仕業だな!!」

 

「Ah? 皎月院…?」

 

「ッ!? スカリエッティ!!?」

 

官兵衛の口から出た2つの人物名…“皎月院”と“スカリエッティ”という名前に政宗、フェイトがそれぞれ反応を示した。

政宗の方は訝しげる様な口調で尋ねたのに対し、フェイトはまるで摩利支天の敵の名を聞いたかのように驚愕と敵意の念が顔に浮かんだのを傍らにいた小十郎は見逃さなかった。

 

「貴方達! スカリエッティとどういう関係!? どうして貴方が彼の名を口に出したの!? 答えなさい!」

 

フェイトは今まで家康達の前で見せたことのなかった程の激情を顔にさらけ出しながら、バルディッシュを強く握り締め、魔法刃の鋒を官兵衛に向けた。

 

「フェイトちゃん! 落ち着いて!」

 

彼女らしからぬ行動に傍らにいたなのはが思わず宥めに入る。

一方、フェイトの気迫に若干慄きながらも官兵衛は、開き直るように鼻を鳴らした。

 

「はん! 小生の話を聞く耳も持たない奴に説明してやるなんて、ちと不公平ではないのかい? そんなに聞きたかったら、小生を……否、ここは我が黒田軍最終兵器“角土竜”を倒してから聞いてみる事だな!…っとは言ったものの、上手く掘り進んできてくれよ…」

 

官兵衛はそう言うと指笛を鳴らす。

するとどこからともなく、ゴトゴトと振動が生じ、何か地中から這い出てくるような轟音が聞こえてきた

 

「な…なにが…?」

 

なのは達が身構えながら警戒していると…

 

 

ドゴオオオオオオオォォォォン!!

 

 

突然、地面を突き破り、一台の大型トラック程の大きさの奇怪な外見の重機が姿を現した。

巨大な歯車のような形の車輪に、前方にはブルドーザーのシールドのような形の盾、後方には何故か巨大なゼンマイが設置されていた。

これこそ、黒田官兵衛の開発した隧道採掘重機兼巨大兵器“削岩重機(さくがんじゅうき) 角土竜(つのもぐら)”である。

その最大の武装は、車体上部に取り付けられた一対二本の巨大螺旋槍(ドリル)…が地中から現れたそれは、何故かボロボロになって既に使い物にならなくなっていた…

 

 

「って、あれぇぇぇっ!? か…肝心の螺旋槍(ドリル)がぶっ壊れてんじゃねぇか!! やっぱり無理やり穴掘らせたのがマズったか!!?」

 

大手を振って呼び寄せた割に、締まらない登場をした“最終兵器”に、政宗達もなのは達も、今しがた激昂していたフェイトでさえも思わず呆気にとられ、そして呆れ顔で見つめていた。

 

「おい。それがおたくの“最終兵器”ってやつか? 随分とまたjunkな最終兵器じゃねぇか」

 

政宗が特大の皮肉をぶちかますと官兵衛は顔を真っ赤にしながら震えた。

 

「う、うるせぇやい! …っていうか、なんでここの土地メチャメチャ地盤が硬いんだよ!? これじゃあ、小生の角土竜だって掘り進めたらこんな事になっちまうだろうが!!」

 

「自分からそんなもん持ち込んできといて、何言ってんだよお前!!?」

 

訓練所の地盤の硬さに怒る官兵衛の理不尽な言い分に、思わずヴィータがツッコんだ。

そんな官兵衛のやり取りを見ていた、なのはとはやては念話でこんな会話を交わす。

 

(な…なのはちゃん。あの官兵衛って人…もしかして相当、“アホ”なんちゃうか?)

 

(は、はやてちゃん! いくら敵でもそこまで言ったら失礼……かな…?)

 

最早、半ば“アホ”扱いしつつあるなのは達の心中を察したのか、官兵衛は半ば自棄気味に主武装の壊れた角土竜…否、この場合“角”がないから唯の『土竜』と呼ぶべきか…とにかく自慢の最終兵器へと乗り込んでいった。

 

《畜生!! やってやる!!》

 

キュイイィィィィィィィィィィィィィィ!!

 

角土竜の車内から官兵衛の声が聞こえてきたかと思いきや、角土竜は政宗達に目がけて猛スピードで突っ込んできた。

 

「みんな、避けて!!」

 

いくら主武装がないとはいえ、巨大な鉄の塊が猛スピードで突っ込んできたら、いくらバリアジャケットや防具を身に着けていても、生身の人間が食らったらひとたまりもない。

はやてが叫ぶと、皆がそれぞれ空や横に向かって飛んだり、避けるなどして角土竜の特攻を回避した。

 

「この…叩き潰してやる!!」

 

しびれを切らしたヴィータが角土竜の暴走を止めようとグラーフアイゼンを再びギガントフォルムにして、正面から突っ込んでいく。

しかしなのはは、すぐにこの攻撃が無茶であると気付いた。

 

「ヴィータちゃん! ダメッ!」

 

なのはが叫んで、ヴィータを止めようとしたが一歩遅く、轟音と共にヴィータは突進する角土竜に弾き飛ばされ宙に舞った。

 

「うわああああああああああああああ!!」

 

「ヴィータ!!」

 

落下してくるヴィータをはやてが受け止める。

すると地上にいる政宗と小十郎がヴィータに向かって忠告した。

 

「半壊してるといえ、あのgiantなbodyと、デタラメなspeedだ! 下手に攻撃すれば今みたいに弾き飛ばされてしまうぞ!」

 

「それに本体も何か特殊な鋼鉄が用いられているようだ。恐らく力任せに叩いてもあまり効果はなさそうだな…」

 

「じゃあ一体どうやったら…」

 

フェイトが政宗に対処法を聞こうとするが、そこへ半ば暴走したように走り回る角土竜が突進してきて、追い打ちをかけてくる。

 

《おらおらおらぁぁぁぁぁぁ! 螺旋槍がなくともコイツは十分使いもんになるんだよぉぉ!!!》

 

角土竜は壁や障害物にぶつかってはその場で車体を180度回転させて、再び一直線に突っ込んでいく…それをくりかえしながら、政宗達を追いたてる。

 

「くっ…こうなったら距離を保って、魔法を撃ち込んで止めるしかないね! 政宗さん! 小十郎さん! 2人には陽動をお願いできませんか!?」

 

角土竜の届かない高度まで飛び上がりながら、なのはは地上にいる政宗に呼びかける。

 

「簡単に言ってくれるぜ。コイツはあのEgg machine(ガジェットドローン)よりもheavyな相手だぞ?」

 

「そう言いながら、政宗様。戦う気満々のようですな…」

 

口では文句を言いながらも残りの5本の刀を抜き、六爪流の構えを見せる政宗に、小十郎が苦笑を浮かべながら隣に並び、黒龍を構えた。

その様子を見ていたなのは達は、今度は自分達の戦術を考える事にした。

 

「さて、なのはちゃん。 『魔法を撃ち込む』とは言うたけど、どうやってあのでっかい暴走ブルドーザーを止める? 小十郎さんの言う通り、半分壊れかけとはいえ装甲はかなり頑丈そうやから、適当な魔力弾では通じひんと思うんよ」

 

「それに私達は『リミッター』の問題もあるからね…」

 

はやてとフェイトがそれぞれ懸念すべき点について語った。

時空管理局の部隊には戦力の均一化を図るために戦力上限が設けられている。

それを守りつつ、六課の戦力を充実させるために隊長陣には『リミッター』と呼ばれる能力制限が施されている。例えば、なのは、フェイト、はやての3人は全員が魔導師ランクS以上の実力者であるが、『リミッター』によって普段はAAまたはAAAクラスまで制限されてしまっている。

この『リミッター』を解除することが出来るのは機動六課の“後見人”と呼ばれる三人のみ、しかも回数制限もある。

 

「…っとはいえ、安易にリミッターを解除するわけにもいかないし。それにここは私達の隊舎だからね。全力全開で撃ち込んで、隊舎も損壊させちゃったりしたら、マズイもんね」

 

なのはが苦笑を浮かべながら呟くと、フェイト、はやてにそれぞれ目配せして、それぞれに考えついた意思を確認する。

 

「…っとなると久しぶりに…」

 

「うん。“スリーフォーメーション”でいこか?」

 

なのは達はお互いの顔を見合わせて頷き合う。それは3人の中で良い打開策が考えついた事を意味していた。

一方、地上では伊達主従以外の標的が空中に退避したのを知ったのか、角土竜は政宗達の前方に回り込むと、エンジンを数回激しく空拭かせた後、猛スピードで突っ込んできた。

 

「政宗様!?」

 

流石にこれはマズいと察したのか小十郎が珍しく焦りの色の強い声を上げる。いくら、政宗とてあんな巨体の装甲車に真正面からぶつかれば、轢き殺されるのは間違いない。

しかし、そんな小十郎の心配を他所に、政宗は六爪を胸の前にクロスさせるように構えると、果敢に向かってくる角土竜に向かって駆け出して行った。

 

「PHANTOM DIVE!!!」

 

そして、飛び上がって身体を回転させながら六爪の片割れ(三刀)を斬り下ろし、青白い稲妻を纏わせた3本の刀で角土竜の盾を抑え込み、その進撃を止めてしまった。

その衝撃により、角土竜の盾は大きく亀裂が走ってしまった。

 

《ああぁぁぁぁぁぁぁッ!!? な、なんてことすんだよおぉぉぉぉぉ!!?》

 

「今のうちだ!!」

 

政宗が真上にいるなのはに呼びかけると、なのは達はそれぞれ三角形を描くように政宗に食い止められた角土竜の周りを取り囲んだ。

それぞれカートリッジシステムや呪文を詠唱させる事で、展開した魔法陣に魔力を集積させていく。

そして、3人のデバイスの穂先がそれぞれ政宗に食い止められている角土竜に向けられると準備は整った。

 

「ディバインバスター!」

 

「プラズマスマッシャー!」

 

「クラウ・ソラス!」

 

3人が技名を唱えると同時に、それぞれのイメージカラー…桃色、黄色、白色の魔力砲が三方面から角土竜に向かって発射される。

その様子を見た、政宗は咄嗟に六爪を引きながら、バックステップで距離を取ると、そのまま小十郎と共にさらに後方に退避した。

 

《おのれ! 独眼竜! こうなったら、この角土竜の巨体でお前さんを押しつぶして…って、あれ?》

 

目の前の政宗にばかり目をとられていた官兵衛は、自分を取り巻く3人の魔導師達の存在に気がついておらず、ようやくそれに気がついた時、既に角土竜に3本の光の筋が届こうとしていた時だった。

その光筋の正体に気づく暇もなく、角土竜の車体に魔力砲が直撃した。

 

ドオオオオオオオォォォォォォン!!!

 

爆炎を上げながら、角土竜は木っ端微塵に粉砕されてしまった。

『リミッター』をかけられているとはいえ、時空管理局内でも屈指の才能高い若き魔導師3人が同時に放った魔力砲は、半壊した角土竜を破壊する事くらい容易い事であった。

 

「なぁぜじゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!?」

 

爆炎の中から、またも鉄球と一緒に転がり出てきた所謂『ピンボール』状態の官兵衛が、角土竜の残骸と共に吹き飛ばされ、おなじみの悲鳴を上げながら、訓練所の中を疾走していった。

 

「……ほんま、ボウリングの球みたいに、よぅ転がる人やなぁ…」

 

冷や汗を浮かべながら呟くはやてに、なのはもフェイトも苦笑を浮かべながら頷くのだった。

 

 

官兵衛が苦肉の策で引き出してきた最終兵器『角土竜』が破壊され、官兵衛が3度目となる人間ピンボールを披露していた頃…

家康、幸村、スバル、エリオと戦う又兵衛の戦いも佳境を迎えていた。

 

「はぁ…! はぁ…! はぁ…!」

 

血と手汗、砂塵に塗れた奇刃を片手に又兵衛は息を切らせながらも、尚も衰える事のない殺気と憎悪を滾らせながら、対峙する家康達を睨みつけていた。

しかし、4対1という不利な状況下とほぼ休憩なしに激闘を繰り広げた結果、スタミナの方はそろそろ底が見えかけてきている事が伺い知れた。

幸村もそんな状況を見て取ったのか…

 

「後藤殿! 勝負はもうついたでござる! これ以上、無駄に事を構えても互いに利にあらず! 降伏めされよ!」

 

っと降伏を進めるが、又兵衛は更に憎悪の走った眼で幸村を睨み、そして叫ぶ。

 

「あの、さぁ…何ぃ調子こいちゃってんですかぁ! オマエェ!?」

 

叫びながら、又兵衛は地面を蹴って、幸村達へと急襲すると、奇刃をさらに力を籠めて無造作に振り回してくる。

地面を獣のように俊敏な四足歩行で疾走する又兵衛の猛攻に、家康達はそれぞれ防戦一方になる。

 

「ホント、もう…死ねよぉぉっ!! …徳川も…真田も…ガキ共も…死ねっ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね!! 俺様をバカにする奴らは、みんっっな! 死ねぇエエエェェェ!!」

 

又兵衛の狂気的な叫びと、それに合わせてさらに加熱する猛攻に、家康、幸村だけでなく、共にその執念を間近で受けたスバルとエリオでさえも、思わず生唾を飲んだ。

 

「こ…この人……正気じゃないよ……ッ!?」

 

スバルは青ざめながら呟いた。

今まで自分が出会ってきた家康、政宗、幸村、小十郎、佐助…どの人物とも全く異なるタイプ…家康達が武士(もののふ)の善=光の部分を示しているとすれば、又兵衛はその真逆…武士(もののふ)の負の感情…憎悪、猜疑、殺意、欲望…その全てを禍々しくそして陰惨に凝り固めた狂戦士(バーサーカー)…そう表現するのが相応しいであろう。

 

「この姿も…戦国を生きる者の真…?」

 

同じく家康そして幸村の背中を見て、戦国に生きる猛将達の魂に感銘を受けていたエリオもまた、ショックを隠せずにいた。

一方、家康と幸村はこのまま狂乱した又兵衛を相手に小競り合いを繰り返しても、無駄に体力を削られていくばかりと直感して、どうにか攻撃を防ぎ、退きながらこの状況を打破する術を考えていた。

 

「家康殿! 何か良い知恵はないでござろうか!?」

 

「…………」

 

又兵衛の乱舞をいなしながら、家康は考える。

すると、何かをひらめいたのか、突然にハッと目を見開く。

 

「すまない! スバル、エリオ! 僅かな時でいい。お前達2人で又兵衛を引き止めて貰えないか?」

 

「えっ!? い、いいですけど…」

 

スバルとエリオが頷き、了承するや否や、家康は幸村の手を引き、疾風の如く速さで後方へと距離を空けて飛び退いた。

 

「家康殿…ッ!? 何を…っ!?」

 

「真田…この状況を打破するにはワシとお前…2つの “絆”を合わせる必要がある。ひとつ…ワシに手を貸してくれないか?」

 

「?」

 

戸惑う幸村に、家康は又兵衛に聞こえないように小声で、自ら考えた策を説明していく。

 

「このおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネ! キケケケキャアアァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

一方、又兵衛は最早、残像さえも残さない速さで奇刃を振り乱し、防戦を引き受けたスバルとエリオを着実に追い詰めていた。

2人とも既にダメージと疲れが限界近くに達しており、これを全て捌き切るのは難しくなっていた。

乱撃が時折、二人の腕や頬を掠って、小さな切り傷から血が噴き出してくる。

少しでも気を緩めてしまえば、腕の一本を切り落とされかねない状況に立たされていた。

 

「家康さん! そろそろ私達、限界です!!」

 

後方にいる家康に向かってスバルが悲鳴に近い声で呼びかけると、家康は丁度幸村に大方説明を終え、幸村がそれに頷いて了承したところであった。

 

「よし! よく頑張った! では、そのままお前達はワシが合図をしたら、そのままワシと真田の後ろに退け!!」

 

「「えぇっ!?」」

 

家康の指示に防戦姿勢のまま戸惑うスバルとエリオ。

 

「少し、派手にやるからな! お前達も巻き込まれないようにだけ気をつけろ!」

 

それだけ言うと家康は、幸村と共に、スバルとエリオを押したまま、こちらに向けて迫ってくる又兵衛に向かって走りながら、“気”を高めていく。

すると家康と幸村の全身に、少しずつ金色と紅蓮のオーラが纏わりついていく。

それは、先程の決闘の決着を付けた時に見せたものによく似ていた。

 

「徳川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 真田ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 死ね!死ネ!!死ネヤァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

それを知らずに又兵衛はスバル、エリオを押して、家康、幸村に近づいてきた。

そして、家康と幸村の目が光る。

 

「今だ! 2人とも、退け!!」

 

「「は、はいっ!!」」

 

家康の号令が飛び、スバル、エリオは又兵衛の乱舞の中に生じた僅かな隙きを見つけると、すかさず後ろの飛び退き、そのまま家康、幸村の頭上をバックステップで飛び越えながら、できる限り距離を空けて、後ろに下がった。

 

すると、家康と幸村は互いに背中を合わせるように立ったかと思うと…

 

「熱く…燃えたぎれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「門を象れ!! 熱き“絆”よ!!」

 

それぞれ意味深な掛け声を上げた直後、スバルとエリオの視界が突然、水墨画のような白黒と和紙のような風景へと変わり、さらに家康と幸村の回りには黒い墨の様な“気”のオーラが渦巻くように集中する。

そして、又兵衛が二人に斬りかかろうと頭上に差し掛かった時、2人が天に向かって手を掲げると共に、幾つもの風刃を伴った“気”のオーラが上昇気流の様に地面から突き上げられ、巨大な衝撃波となって襲いかかっていた又兵衛を吹き飛ばした。

そして、衝撃波が消えると共に二人の真上には、『背中に羽の生えた虎』と『小さなタヌキを伴った巨大な太陽』の墨絵と共に、ある一文が浮かび上がった

 

 

 

異虎東照婆娑羅図

 

 

 

「ぐはっ!!?」

 

又兵衛は衝撃波に吹き飛ばされるとそのまま地上数十メートルの高さまで舞い上がり、そして、その勢いのまま地面に落下していく。

 

「ぐぅ……まっ…まぁだ終わってねぇぇぞおぉ…っ!!?」

 

家康、幸村の大技に大ダメージを負いながらも、必死の執念で又兵衛は落下したまま姿勢を直し、そのままの勢いを利用して再度、家康と幸村に襲いかかろうとした。

だが、そこへ訓練所の端の方から思わぬ闖入者が割り込んできてしまう。

 

「どわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 誰か止めてくれえぇぇっ!!!」

 

ボウリング球……否、鉄球と一緒に高速で転がり続ける官兵衛であった。

 

「っ!? あ、あ、阿呆か――――っ!!?」

 

転がりながら迫ってくる官兵衛に、又兵衛は落下しながらもどうにか衝突を避けようと身体を捻ろうとしたが、運悪く二人はピンポイントで激突してしまう。

 

「「ぐぎゃっ!!?」」

 

間抜けな悲鳴を上げながら、又兵衛は官兵衛の回転に巻き込まれる。それと同時に、『西の二兵衛』を巻き込んだ“ボウリング球”はそのまま爪で弾かれたように、空高くに打ち上げられ、そのまま訓練所の敷地を越えて、海の果てに向かって飛んでいってしまった。

 

 

「阿呆官、テメェ! この野郎おおオオォォォーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

「なぜじゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

又兵衛の怒りの叫びと、官兵衛の“決め台詞”がエコーをかけながら空に響かせ、“ボウリング球”は海の向こう…空高くへと飛んでいき、最後はキラリと星となって光りながら消えたのだった。

 

「「「「……………………ッ!?」」」」

 

思いもかけない戦いの幕切れに、家康、幸村もスバルもエリオも唖然としながら、2人の飛んでいった方向を見据えていた。

 

「真田!」

 

「大将!」

 

そこへ、官兵衛を追ってきた政宗やなのは達とガジェットの群れをどうにか駆逐する事のできた佐助達が駆けつけてくる。

いずれもバリアジャケットが砂埃で汚れ、それぞれ激戦だった事が伺えた。

一同を代表してなのはが尋ねてくる。

 

「家康君、幸村さん。ボウリングさん…じゃなかった。官兵衛さんと……なんとか兵衛さんは?」

 

「又兵衛か? いや、それが…」

 

家康が今しがた起きた事をどう説明すればよいか言いよどんでいると、スバル、エリオが苦笑を浮かべながら、代わりに説明した。

 

「えっと…なんか家康さんと幸村さんがいきなり2人で“背景を墨絵にしながらふっとばして”…」

 

「そこへ転がってきた“官兵衛って人がぶつかって、そのまま2人共、空の果てまで飛んでいって”しまって…」

 

「「「「「はっ?」」」」」

 

二人は目の前で起きた事をそのまま説明したが、何も知らないなのは達にとっては珍妙な説明でしかなかった。

そう言って指差した大空には当然、西の二兵衛達の姿はもうなかった。

スバルとエリオの珍妙な説明に、なのは達も政宗達も思わず呆気にとられる。

 

「…? どういう状況なの? それ…?」

 

ティアナが呆れながら尋ねた。

 

「えっと…な、なにはともあれ、窮地は脱したのでござるよ」

 

「そ、そう。そういう事だな! ハハハ…」

 

自分達でも説明のしようのない幸村と家康は一先ず、そう説明する他なかった…

 

 

 

 

家康、幸村の決闘は、黒田官兵衛、後藤又兵衛主従とガジェットドローンの編隊の乱入と襲撃という思わぬ結果で幕を下ろす事となった。

事の仔細を聞いたはやては直ちにロングアーチのグリフィスに連絡し、近隣部隊にも要請してもらい、隊舎近辺の湾岸エリアや空域を捜索したものの、官兵衛、又兵衛共に発見される事はなかった。

現場の検証を終えた家康達は、一先ず、対策会議を開く事になり、隊舎へと戻った。

そして、又兵衛との戦いで一番怪我の具合が重かったエリオと幸村の2人は念の為に医務室で検査を受ける事となり、皆と別に医務室へと足を運ぶ事になった。

 

「うん…二人共、傷も深くないようだし、身体の各種バイタルも正常……軽い手当だけで済みそうね」

 

診察用のイスに座ったエリオと幸村に対し、魔法や一般的な診察方法を交互に駆使して、診察・治療しているのは、白衣を着た金髪の女性…機動六課・後方支援要員(ロングアーチ)の主任医務官 シャマルである。その他の医者も看護師の姿も見受けられない。

シャマルはヴィータ、シグナムと同じ、元々ははやてを守護する守護騎士(ヴォルケンリッター)の参謀で、機動六課設立後は専ら医務官としてこの六課の医務室を一人で切り盛りしているのだ。だがその腕は抜群、内科・外科なんでも応対可能という万能な名医であった。

 

「それにしても、エリオ君は、今日は随分、貴方らしくない怪我の仕方してるわね」

 

「えっ!? そ、そうですか?」

 

右足に負った小さなたくさんの切り傷に治癒効果(ヒーリング)のある魔力光を当てられながら、シャマルが何気なく言った。

 

「えぇ。いつもなら、騎士として効率よく敵を打破する知的かつ鮮麗な戦いを好むのはずなのに、今日はガンガン前に出て戦ったって事が傷の付き方からわかるわ。まるでヴィータちゃんみたい」

 

シャマルはそう言ってクスリと笑った。

彼女の話を聞いていた幸村が素直な眼差しで称賛する。

 

「ほほぉ。怪我の付き方から患者の戦法まで見抜くとは…シャマル殿も大した戦術家でござるな」

 

「戦術家だなんて大袈裟ですよぉ。私は医務官として色々な魔導師の方を診察してきたり、はやてちゃんやシグナム、ヴィータちゃん達を支えたりして、自然に身についただけですから」

 

シャマルは照れ隠しで笑いながら、治癒魔法(ヒーリング)の施術を終え、魔力光を消し去りながら、魔法で消えきれなかった傷跡に魔法薬の塗り薬を塗っていった。

 

「いや。『常に将として前に出る事ばかりでなく、時には将の後ろに付いて回り、物事を見定める為の目を育む事も大事である』という事を、某も”親父様”からよく教わったでござる」

 

「親父様…?」

 

幸村の言葉に出てきた単語に疑問と興味を懐き、首をかしげる。

 

「ウフフ…はやてちゃんの言う通り、幸村君って本当に素直な子ね」

 

シャマルはすっかり気を良くした様子で、2人のカルテを書き上げると、それをファイルに収めて本棚に仕舞うと立ち上がりながら言った。

 

「2人共、一応怪我は全て施術を施したけど、幾つかの大きな傷は、今夜一晩は万一に熱を帯びてきたりするかもしれないから、念の為に鎮痛剤を用意しておくわね」

 

「お、お願いします」

 

「うむ。かたじけない」

 

「それじゃあ。薬剤室からお薬取ってくるから、少しだけ待っててね」

 

そういうと、シャマルは医務室に隣接されたドアを通って、隣に備えた薬品の備蓄倉庫へと入っていった。

それからしばらくの間、医務室内に沈黙が続いた。

やがて、これではダメだとエリオが意を決して話しかけた。

 

「えぇっと…幸村さん。今日はありがとうございました。今日の戦いの途中、僕がピンチになった時、幸村さんに助けてもらって…」

 

「否、感謝するのは其の方でござる。お主やスバル殿があの時、後藤殿との戦いで助太刀してくれなければ、其も家康殿も、このくらいの傷ではすまなかったかもしれないでござるからな。本当にかたじけない」

 

そう言って幸村は頭を下げるが、エリオの表情はなぜか暗かった。

 

「でも僕は…今日の戦いで、改めて思い知らされました…僕は、魔導師としてはまだまだです」

 

唇を僅かに噛み締めながらそう呟くエリオの顔には悔しささえも滲み出ている。

 

「何故でござる? お主の身のこなし…あれこそ子供の往なす技とは思えない見事なものでござったぞ」

 

幸村は首を捻った。

エリオの様子から、それは謙遜ではなくどうやら本気で自分の不甲斐なさを痛嘆している事が伺えた。

 

「怒らないで聞いて下さい…僕は今まで、僕の憧れる『騎士』の生き様こそが全てだと思っていました。そして『騎士』を超える強者(つわもの)なんてこの世にいないという考えが心のどこかにあった事も嘘ではありませんでした」

 

「………仔細、お聞かせ願おうか?」

 

エリオの心中を汲んでか、幸村も真剣なそれまでになく真剣な表情でエリオに尋ねた。

 

「家康さんがこの機動六課にやってくる前から、フェイトさんやなのはさん、はやて部隊長から少しだけ聞いた事がありました。なのはさん達の故郷『地球』には『武士』という騎士によく似た強い人達が昔いたって…でも僕は実際に会った事がなかったそれを聞いてもどうしても、それと僕の尊ぶ『騎士』が同じ土俵に立つ存在とは思えませんでした」

 

「自分が尊敬するものを至高とする考えに至るは、人として誰であれ、至極当然の事。恥ずべき事ではないでござる」

 

幸村はエリオを慰めるようにそう言うが、エリオは頭を振った。

 

「いえ…今だから言えるのですが……僕、実は家康さんがやってきてからも、しばらくその考えがどうしても拭う事ができずにいたんです」

 

エリオはフェイトに保護されてから今まで立派な『騎士』になる為に、時に独学で、時にフェイトの友であり、べルカの誇り高き騎士であるシグナムやヴィータの下で騎士としての戦術や立ち振る舞いをずっと勉強し続けてきた。

 

その中でエリオは何時しか『騎士』こそが真の強者の象徴であると信じて疑わない気持ちが芽生えていた。

だが、家康がやってきて、スバルが弟子になってからその確信は呆気なく崩される事となる。

話だけで聞いていた『騎士』と似て非なる存在=『武士』である家康と出会った時、エリオは内心『騎士』に比べたら大したものではないのだと見縊っていた。

実際『武士』の戦い方は騎士とは違い、優雅さが無く技も荒削りなものばかりであった。

 

しかしスバルが家康の弟子になり、その戦い方が変わっていった頃からエリオは少しずつその考えを改めていき、逆に感心を抱くと共に自身の今まで『騎士』の道こそすべてと考えていた自分が進むべき道に疑問を浮かべるようになっていった。

 

そして、今日の幸村と家康の決闘でその関心は羨望に変わった。

強き漢達がその熱き“誇り”と“魂”を胸に、どんな強大な敵を相手にも果敢に挑む勇猛さと、自分の知りうる常識を越えた技術を持った者…それが“武士”…だが―――

 

「同時に目の当たりにした『武士』の“負”の一面も、僕にとっては衝撃的でした…」

 

「…後藤…又兵衛殿の事でござるな…?」

 

幸村が低い唸り声を上げた。

 

「あの人の見せた“憎悪”、“殺意”、そして“功名への執着”…人間の負の感情が暴走し、力を振るう先を間違えてしまえば、人をあんな風にしてしまうんだって……ショックでした」

 

「うむ…先の天下分け目の戦では、黒田殿と共に我らに御味方くだされた武将ながら、あの所業は…武士として」

 

天下分け目の戦の折、幸村は信州上田、黒田主従は関ヶ原で石田軍の大谷吉継に従属する形で、それぞれ各地に従軍していた為、又兵衛との接点はあまりなかったが、今日の一件を通して、改めて彼の凶悪さを思い知らされ、少なからず動揺していた。

 

「いえ。僕からしてみれば、あそこまで自分の利、功名に徹底し、自分を失ってまでも貫こうとする姿……人間としての“本質”を垣間見たような気がします。あれもまた…“武士”の一面なんですね…?」

 

エリオが尋ねると、幸村は渋い顔つきで頷いた。

 

「遺憾ながら…後藤殿の様に“義”に背き、野心のみを糧に生きている者も少なくない…否、寧ろ、某や政宗殿、そして家康殿のように“義”を重んずる武士の方が、戦国(我ら)の世では稀有なのかもしれぬ。そなたも、さぞ失望された事であろう?」

 

「いいえ。寧ろ反対です。幸村さん達の見せた“義”や、あの又兵衛って人の見せた“野心”……それぞれ道は全く違っても、自分が心に決めた道を徹底的に通そうとする生き様……そこには“正学を越えた筋”というものを感じました」

 

「…“正学を越えた筋”…」

 

エリオの口から出た重みのある言葉に思わず、幸村は相手が年端も行かない10歳前後程の少年である事を忘れ、身構えそうになる。

幸村は、このエリオ・モンディアルという少年もまた、同じ頃の少年少女達とは一線を画する程に壮絶な人生を経験してきているのであろうと直感していた。

 

「だから……」

 

「ん?」

 

「だから、幸村さん………」

 

そこで一度言葉を止めたエリオは、息を吸って呼吸を整えながら、昂ぶりかける気持ちを落ち着かせると真剣な表情で幸村を見つめ、そして頭を下げた。

 

「幸村さん……お願いです! 僕に…幸村さんの槍術を……否、武士(もののふ)としての生き様を教えて下さい!!」

 

医務室中にエリオの声が反響する。

幸村はその声の大きさと思わぬ申し出に面食らった。

 

「そ…其が……そなたに…武士の道を…!?」

 

「はい。僕に“武士”としての生き方を教えてほしいんです!」

 

エリオの言葉に幸村は激しく戸惑う。

何せ今までそんな事を願われた事など、一度もなかった事だった。

 

「し…しかし…エリオ殿は、『きし』という(つわもの)への道を尊んでいたものではなかったでござるか…!?」

 

幸村は今しがた聞いた話を思い出しながら、エリオに問いかける。

しかし、エリオは確たる信念を抱いた表情で、首を横に振った。

 

「確かに今日までの僕の志すべき道は『騎士』でありました。しかし、今日の幸村さんの決闘…そして後藤又兵衛との戦いで…僕ははっきりと決心がつきました。 幸村さん達みたいになりたい! “武士”の道を極めてみたい! そう決めたんです!」

 

幸村はエリオの訴えに言葉を失った。

 

「なれど、其もまだまだ未熟…政宗殿や片倉殿、ましてや家康殿程の器もござらぬ。それでも良いのでござるか?」

 

「そんな事は関係ありません! 僕は…“幸村さんに”教わりたいのです!!」

 

エリオの直向きな眼差し、そして熱を帯びた決意の言葉から、彼が如何に真剣に幸村に弟子入りを嘆願しているか察した。

 

「どうして、某でないといけないのでござるか? もしよければ、その理由も聞かせてもらいたいのだが…」

 

「はい。昼間、幸村さんの決闘中に、政宗さんから、幸村さんが一時自分の生きる道を見失いかけた時のお話を聞きました…」

 

「政宗殿から…?」

 

「はい。それで、実は僕も…幸村さんとは少し違うのですが“生きる道が見えなくて苦悩してた時”があったんです」

 

そう言うと、エリオは幸村と家康の決闘中に政宗達に話した自分の過去…出生や正体の秘密から、研究組織での非人道的な扱いに至るまで…その全てを打ち明けた。

話を聞きながら、幸村は、政宗や佐助と同じ様に、驚愕と同情の入り交じった沈痛な面持ちになっていった。

 

「エリオ殿……さぞお辛い事であっただろう…この幸村、その胸中、お察しいたそう」

 

幸村の声には心からの労りが込められていた。

 

「いえ、僕は大丈夫です。 それでこの話を聞いた佐助さんから、『僕と幸村さんは似た者同士だ』って言われたので…」

 

「佐助が…?」

 

幸村は呆れるように苦笑を浮かべた。

一時迷走していた間、佐助は幸村に対して敢えて突き放つような非情な態度をとっており、総大将としての自覚が出てくるようになってからは、また以前のように気楽な軽口の数が増えてきたものの、時に余計な事までも口にしてしまう悪癖も復活してきたようだ。

 

「あやつも随分適当な事を申すな…某よりもエリオ殿の方がよっぽど大変な半生であっただろうに…親父様や兄上と共にお館様に仕えていた某など、まだ十分幸せなものでござる」

 

「? 親父様…? 兄上…? それって幸村さんのお父さんとお兄さんですか?」

 

エリオの問いかけに、幸村は、今はどこにいるかもわからない主君・信玄と並んで尊敬する2人の武人の顔を思い出しながら、力のこもった声質で語り出した。

 

「我が親父様は甲斐武田家重臣 “真田安房守昌幸”! その類まれなる智謀を持ってお館様の軍師として支え、『信州の奇術師』、『戦国一の食わせ者』等と日ノ本中の国々からも一目置かれる御方! そして我が兄上にして、真田家嫡男 “真田源三郎信之”は、真田家次期当主として親父様を支え、そして自身も『信濃の白獅子』の二つ名を持つお館様にも引けを取らぬ猛将。家康殿も認める強者(つわもの)にござる!」

 

「…すごい。真田家って幸村さん以外にも凄い人達が…」

 

「…うむ。親父様、兄上共に真に凄い人達でござる。…それこそ、某がまだまだ追いつく事などできぬ程に………」

 

不意に、幸村の言葉の勢いが弱まる。

 

「だからこそ…この幸村。果たして、エリオ殿の師になったところで果たして、お館様や親父様のように、そなたを武士として導く事ができるか……不安なのでござる…」

 

「幸村さん…?」

 

幸村は不意に首から下げていた6枚の小銭がぶら下げられた首飾りを手にとった。

 

「それは?」

 

「我が真田の家紋の由来にもなった『六文銭』にござる。 日ノ本では古より『人が死したる時、“三途の川”と呼ばれる現世と常世の境を流れる川を渡る時に渡し賃として六文…つまりこの古銭6枚分が必要』という言い伝えがあるにござる…故にいつ死すとも知れぬ某と兄上に、これを肌見放さずに身につけておけと、『天下分け目の戦』に際し、それぞれ親父様がお与え下さったのでござる」

 

そう説明しながら、幸村は様々な思慮の渦巻く眼差しで六文銭を見つめた。

突然、弟子入りを志願されたという驚き、戸惑い…図らずも西軍の同志から“裏切り者”のレッテルを張られた葛藤、一方では宿敵・家康との決闘で得た己の信念に対する区切り……本当にこれでよかったのか…? 自分はこの異郷の地で何をすべきなのか…?

様々な思惑が頭の中を過ぎっていく。

その時だった―――

 

 

 

―――なぁに迷っているんだい? 小倅殿。漢だったら、ここできっぱり腹くくらにゃならんでしょうに――――

 

 

 

「「えぇっ!!?」」

 

 

突然、どこからともなく聞こえてきた声に、幸村とエリオは驚き、思わず目を配らせる。医務室の中には他に誰もいない…部屋の主のシャマルはまだ薬剤の備品倉庫から帰ってきていなかった。当然、他に誰かが医務室に来た様子もない。

でも、確かに2人の耳には誰かの声が聞こえた。

 

「一体…誰が……」

 

エリオが部屋の中を見渡していると…

 

 

ピカッッッ!!!

 

 

突然幸村の手にあった六文銭が光を宿し初め、瞬く間に部屋中を照らす光を発した。

 

「うわっ!?」

 

「な、なに!?」

 

突然の事に戸惑う間もなく、幸村、エリオの視界が真っ白に染まった……

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 

幸村とエリオが瞑っていた目を開いた時…そこは隊舎の医務室ではなく、一面真っ白な不思議な空間だった。

当然、今の今まで2人の回りにあった全てのものはなくなり、そればかりか、地面さえも存在せず、まるで宙を浮いているかのように、2人は空間の中心に漂っている状態だった。

 

「…どこ? ここ」

 

「一体…何が起こって…?」

 

「さァさァ、そこなお二人さん! こちらにご注目!」

 

「「!!?」」

 

突然の事に戸惑っていたエリオと幸村に、不意に背後から声がかかる。

今しがた医務室で聞いたのと同じ声だった。

振り返ってみると、白い空間の真ん中にひとつのソフト帽のような形の烏帽子が浮かんでいた。

 

「ぼ…帽子!?」

 

「ッ!? あの帽子は…もしや…!?」

 

何故か帽子がひとつだけ浮かんでいる事にエリオは戸惑うが、幸村はその帽子を見るなり何かを悟ったように驚愕の表情を浮かべた。

 

「この何の変哲もない烏帽子にご注目あれ!………あ、そぉれィ!」

 

再びさっきの声が烏帽子の中から聞こえてきたかと思いきや、烏帽子が独りでにクルクルと回転し始め、その中から白い煙が立ち出てきた。

そして、煙が止まり、晴れた時、そこには一人の壮年の男性が立っていた。

洋風のマントを元に赤、黄色、青の三色を基調としたマジシャンのような形の和装を身に纏い、紳士風の口髭、顎髭を蓄え、そして回っていた烏帽子を右手でサッと手に取ると、ダンディな振る舞いで頭に被ってみせた。

 

「お………おお………」

 

幸村とエリオは男性を呆然と見つめる。否、幸村は声をかけようとしていたのだが言葉が思うように出てこない。

そんな幸村の姿を見て、男性は悪戯が成功した子供のように、「してやったり」と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「なぁんだいその顔はぁ? まるで狐に化かされたような顔しちゃってさぁ。幸村(小倅殿)♪」

 

「お、親父様っっ!!?」

 

「えぇっ!? …っていう事はこの人が……幸村さんのお父さん!?」

 

幸村の父にして、『戦国一の奇術師』 真田昌幸―――

その思いがけない形での登場に、エリオは勿論、幸村さえも動揺を抑えられずにいた。




まさかの予想外な形で初登場! 戦国一の奇術師 真田昌幸。

信州上田の戦いの最中、消えたはずの彼が幸村とエリオの前に現れた理由は一体…?

ここへ来てオリジナル版との差違がバンバン出てきますね。っていうかオリジナル版ではエリオと幸村が義兄弟になる下りが少し軽過ぎたかなってずっと気になってたんですが、どうせ昌幸や信之も登場した事だし、ここらで真田家の話も交えながらもっと深く掘り下げてみようと考え、リブート版では(現実ではないけど)昌幸がかなり早い段階で初登場となりました。


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第十四章 ~“虎の兄弟”誕生! 幸村、漢の決意!!~

どうにか黒田主従を打ち負かす事に成功した機動六課。
その後、戦いを通して、武士の生き様を目の当たりにしたエリオは意を決して、幸村に弟子入りを志願する。
突然の事に戸惑う幸村は、様々な葛藤もあってか、なかなか答えを見出す事ができない。
だがその時、幸村の持っていた六文銭から放たれた光に包まれ、直後、幸村とエリオは不思議な空間の中へと移動していた。
戸惑う二人の前に現れたのは、なんと行方不明の幸村の父 『戦国の奇術師』真田昌幸その人であった……

佐助「リリカルBASARA StrikerS 第十四章 出陣…っと♪」



「お、親父様っっ!!?」

 

突然、目の前に浮かんでいた烏帽子から白煙と共に現れた男性を見て、幸村は狼狽しながら叫んだ。

それを聞いたエリオは、目の前にいる男性が今しがた幸村から聞いたばかりのある御仁と同一人物である事を悟る。

 

「えぇっ!? …っていう事はこの人が……幸村さんのお父さん!?」

 

エリオのつぶやきが聞こえたのか、男性は幸村の隣にいた彼の方を向く。

 

「ほぉ? もう儂の事を知ってるとはぁ嬉しいねぇ…そうとも。(やつがれ)、生国と発しますは信州上田。甲斐武田家当主・武田信玄が重臣にして、『戦国の奇術師』なんて異名を貰い受ける程に、叡智に富んだ甲斐の食わせ者。そして、そこなる小倅、武田軍総大将代行・真田幸村が父、“真田安房守昌幸”でござい~。…ご清聴、ありがとうございました」

 

まるで演芸の口上の様な饒舌で自己紹介する昌幸に、エリオは思わず拍手を送った。

 

「お、おお、親父様!!?……これは一体…!?」

 

幸村がまだ動揺が拭えぬまま、単刀直入に尋ねる。

 

「小倅殿~。いい加減に見慣れなさいなァ。コイツはご存知、この昌幸が十八番の奇術だよ~」

 

「そ、そういう意味ではござらぬ! 何故、親父様がここへ!? お、親父様はかの上田城での合戦の折に、兄上と共に城の本丸をお守り致していたはず…!? 佐助の申すところでは、我らを異郷に飛ばした謎の光が城内にも見えたとの事ではござったが…まさか、親父様や兄上も…!!?」

 

堰を切ったように問い詰める幸村に対し、昌幸は、どこから説明したらいいか迷っているのか、それとも息子の暑苦しい質問攻めに辟易しているのか、若干面倒くさ気な面持ちでこめかみを軽く掻いた。

 

「まぁ…ぶっちゃけ言えば、そう言えばいいかな? 上田での伊達軍との合戦の最中。真田井戸を守っていた儂と信之(倅殿)は、いきなりわけのわからない光に照らされたと思いきや、そこに吸い込まれちまって、気がついたら全く知らない場所に来ちまってたのさ」

 

「な、なんと…!? っということは兄上も!?」

 

歓喜の色を浮かべながら尋ねる幸村だったが、昌幸は目を瞑りながら頭を横に振った。

 

「否…儂が気がついた時…その場にいたのは儂一人…倅殿の姿はどこにもなかった。それに、儂も今はこうして奇術で時空を越え、其処許方と話ができるが、どうやら儂も今は小倅殿とは“違う世界”に飛ばされてしまってるようだ」

 

「なっ!? なな、なんと!? それでは一体、親父様は何処に…?」

 

「まぁ…その辺の話はおいおいゆっくり話すからさァ。それよりも…」

 

幸村は尋ねるが、昌幸は飄々とした態度ではぐらかしながら、もう一度、エリオの方に目を配る。

 

「この未来ある童子が、其処許に弟子入りを望んでいるんだろう? だったら、つべこべ考えてないで、受け入れてやりなさいな。小倅殿らしくないぞぉ」

 

「お、親父様!? しかし…某はまだ親父様や兄上…ましてやお館様程、器量力量も至らぬ故、果たしてこのエリオ殿を導けるか―――」

 

幸村の言葉が終わらぬ内に昌幸は幸村の額に一発デコピンをかました。

 

「痛っ!!?」

 

「シカシもカカシもカカアもないよ! 小倅殿、これは一軍の大将として一皮向けた小倅殿の次なる『試練』なんだからさァ」

 

「し、試練…!?」

 

昌幸はエリオの顔をじっと見つめると、そして小さく笑った。

そして、すぐに真剣な表情に切り替えると口を開いた。

 

「“エロオ”とやら…」

 

「……“エリオ”です」

 

「あっ…っ!? ご、ごめん。 間違えちゃった」

 

昌幸はコホンと咳払いして気を取り直すと、改めてエリオの顔を見つめた。

 

「エリオとやら…お主は実に目が高い。そこな我が小倅 幸村は、熱き魂を胸に宿せし、

まさに“日本一の強者(つわもの)”であるぞ。」

 

昌幸は真剣な眼差しでエリオを見つめながら言った。

 

「そして…其処許自身もまた、素晴らしい“武士(もののふ)”になれる素質がある。その心…小倅殿。否、我が真田家…そしてお館様にも負けぬ“熱き”武士と見て取れる……其処許が小倅殿の背中を追い進めていけば、その胸に刻んだ武士への羨望は、素晴らしい形で其処許の力となり、そなたを“真”の武士とする事であろう」

 

「……………」

 

「しからば…この昌幸からもひとつ頼む…どうか我が小倅、幸村と共におのが“武士”の道、極めてくれないか? 同じ熱き魂と素質を宿し“兄弟”として…」

 

「「…兄弟…ッ!?」」

 

昌幸の口から出た単語に、エリオと幸村は互いに目を見開きながら配らせ合う。

 

「そうとも…お前達が共に切磋琢磨し、己が武士の道を極めし時…そこに必ず、歴史に名を残す偉大な2人の武士が誕生する。お前達2人はその道を征く運命(さだめ)に導かれ、こうして出会った。そう儂は思うぞ」

 

「「運命(さだめ)……?」」

 

昌幸は確信づいた笑みで2人の顔をそれぞれ見つめながら言った。

 

「二人共、お互いの顔を見てみな。互いに宿せしその魂は、決して赤の他人とは思えぬ程に、よく似ていると思わないかい?」

 

昌幸にそう促されると、幸村とエリオは改めてお互いの顔を見る。今までの経緯や同情、感情などの雑念を捨て置き、純粋な気持ちで、お互いの心を知ろうとした。

そして、互いの瞳の奥に灯す武人としての“熱い”魂に自らの心とを重ね合わせる。

 

コクッ

 

幸村、エリオはお互いの熱い魂を認め合い、ゆっくりと頷いた。

そんな2人に対し、昌幸はニッと笑いながら告げた。

 

「小倅殿。これは儂…そして今も病に伏せているであろうお館様から、お前に課す“試練”だ。この若き強者(つわもの)の卵、エリオを“弟”とし、立派な“武田武士”に育て上げろ! お前が倅・信之を慕い、教えを請うたあの頃のように……そうすれば…お前も真の“日本一の強者”になれる筈だ」

 

「親父様……」

 

幸村は気を引き締めた表情で昌幸を見つめると、頷く。

 

「心得ました! この真田源次郎幸村! ここなるエリオ・モンディアル殿を…我が真田の一族の一員と思い、熱く…熱くその“道”を説き、導きし所存!! しからば――――」

 

幸村がそう言いかけた時、昌幸は呆れたように頭を振りつつ、どこからともなく取り出した軍配と短槍が一体化したような武器を取り出した。

 

ポコンッ!

 

「あ痛っ!!」

 

そして軍配の部分を幸村の頭に振り下ろして、軽く叩いた。

 

「ばァ~か! 主家の若様の養育係を仰せつかった御家老様(じい)じゃなぁいんだから、そんな謙った態度でどォ~すんの!? お前達は唯の主従関係とは違うんだよ! 共に“熱い武人の魂”を宿し兄弟! 兄弟がいつまでもそんな他人行儀じゃ示しつかないでしょ~に!」

 

「は、はっ! 失礼しました! 親父様! では…エリオ! これから、よろしくお頼み申す!」

 

「は、はい! 頑張りましょう!幸村さ――――」

 

パカンッ!

 

「あ痛ぁっ!?」

 

昌幸の軍配槍が今度はエリオの脳天に振り下ろされた。

 

「だァ~から! 違うっつってんでしょうがァ! “兄弟”の契、交わせたらその時点で年齢、力量の差なんて関係なく無礼講! エリオ、お前も小倅殿の事は「さん」付じゃなくて「兄者」と呼ぶんだよ」

 

「で…では………“兄上”はどうですか? その信之さんって人への呼び方に肖って…」

 

エリオの提案に昌幸は満足そうに頷きながら、優しくエリオの肩を叩いた。

 

「そうそう、それでいいんだよ。いいかい、2人共よく聞くんだよ。 同じ苦楽を味わい、同じ志を目指す先人の猛将達は“兄弟”の契りを結ぶことで、後にその名を知らしめる強き猛将達へと成り上がった者も多い。 かの有名な『三国志』の劉備玄徳、関羽雲長、張飛益徳の“桃園の誓い”然り、『平家物語』の木曽義仲、今井兼平乳兄弟の悲運の武勇伝然り…!」

 

「さ、「さんごくし」…? 「へいけものがたり」…?」

 

初めて聞く言葉に戸惑うエリオに、幸村が横から助け舟を出そうとした。

 

「親父様。エリオは日ノ本の人間ではない故に、我が国の著名な軍記物をものの例えに出されましても―――」

 

パコンッ!

 

「痛っっ!!?」

 

「そういう逸話を教え、叡智を極めていくのも、 “兄”としての務めでしょうがァ!」

 

幸村はまたしても軍配槍で頭を叩かれてしまう。

昌幸は軍配槍を収めながら、やれやれと呆れるように頭を振った。

 

「う~ん……やっぱりどうも、二人共まだまだお硬いねぇ…これじゃあ、親父様は心配でおちおち異世界も彷徨えないってもんだよ」

 

「ご…ごめんなさい……」

 

「面目次第もございませぬ……」

 

しどろもどろに謝るエリオと幸村を見て、しばらく腕を組みながら思考を巡らせていた昌幸だったが、「あっ!そうだ!」となにか思いついたように手を打った。

 

「やっぱりあれだな…ここは武田家伝統の“アレ”で、小倅殿とエリオの心を一気に近づける他あるまいな」

 

「あ…“アレ”とは……? もしや…!?」

 

昌幸の意味深な言葉に戸惑いながら尋ねる幸村。

すると、昌幸は「ご明答♪」と笑みを浮かべて返す。

 

「互いの心を知り、その隙間を一気に縮める。お館様直伝の伝心方法……その名は『殴り愛』」

 

「な…『殴り愛』!?」

 

なかなかにぶっ飛んだキーワードが出てきた事に戸惑うエリオに対し、昌幸は徐に指をパチンと鳴らした。

途端に、白一色の世界が開かれるように一瞬でどこかの道場のような場所に切り替わった。

一面板敷きの大広間に四隅には3メートルほどの大きさの猛々しい仁王像が佇み、それをつなぐように整列された松明に火が灯り、部屋の奥には「風林火山」と書かれた巨大な額が飾られていた。

見慣れない場所に戸惑うエリオに対し、幸村はその場所に見覚えがあった。否、ありすぎたと表現した方が良いかもしれない。何しろ、この場所は…

 

「お…お館様の道場!?」

 

甲斐武田家本拠地“躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)”に備えられた武田家当主・武田信玄が運営する信玄が認めた者しか入れぬ『武田漢道場』であった。

主たる信玄が病に倒れて後は閉鎖され、幸村も久しく足を踏み入れていなかったが、思わぬ形で久々に訪れた事に驚きと戸惑いを隠せずにいた。

 

「これも…昌幸さんの…“奇術”の力……?」

 

エリオはというと、昌幸がさも当たり前のように次々に披露する摩訶不思議な現象に、驚くばかりだった。

そんなエリオの驚き顔を見て、昌幸は不敵な笑みを零しながら、片手に軍配槍を、反対側に烏帽子を手にとると、再びあの講談のような饒舌で語り始めた。

 

「これより取り出したるは、山! 風疾る静寂の林、その奥にそびえ立つ…火の山で御座ァい!」

 

昌幸は烏帽子を腕や肩の上などを使って、器用に回しながら、床に置くと、そのまま烏帽子の中に吸い込まれるようにその姿消した。

 

「「………ッ!?」」

 

ドオオオォォォォォォォン!!!

 

すると、烏帽子の底からまるで別世界からゲートが繋がったかの如く、真っ赤な溶岩が吹き上がり、昌幸の言った通り『火の山』のように噴火して、大爆発を起こした。

 

「「うわっ…!?」」

 

「グワッッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

突然の爆発に吹き飛ばされ、尻もちをついた幸村とエリオの耳に、昌幸のものとは異なる豪快な笑い声が聞こえてきた。

そして、煙のように引いていく溶岩の中から一人の大柄な偉丈夫がゆっくりと歩み出てきた。

 

「な……ななな…っ!? なんと……!?」

 

現れた大男の姿を見て、幸村が舌がもつれてしまう程に驚愕する。

 

「お、おおお! おや…おおや…!? おお、おや、おおおやっ……!?」

 

二本の角の生えた立派な紅蓮色の兜と鎧を着こなした大柄で強面の男…その人物こそまさに幸村、そして昌幸が仕えし、甲斐武田家の総大将―――

 

「お館さむぅあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」

 

「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

“甲斐の虎”武田信玄、その人であった…

 

「お館様あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 生きておられたのですねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

久々に目の当たりにする師匠の顔に、幸村が歓喜の声と共に駆け寄ろうとしたところで…

 

「たわけがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「どわあああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

信玄の拳を真正面から食らって部屋の隅の壁まで吹き飛ばされた。

 

「えっ!?…ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

いきなりの超展開に驚きの声を上げるエリオ。

 

「人を勝手に殺すでないわっ!! 確かに儂は甲斐で病床についておるが、まだ生死の境を彷徨う程、衰弱してなどおらぬ!!」

 

「し…失礼しました! つ、つい嬉しくて……ッ!?」

 

話しながら、幸村はなにかに気づいた様子を見せた。

 

「…っという事は…今、某の目の前にいるお館様は…?」

 

「そう。この儂はあくまでも昌幸の奇術が生んだ幻…お主、そしてお主の“弟”に“虎”の心…伝えに参ったのだ!」

 

「ぼ…僕に…!?」

 

突然、自分に向かって指を指しながら叫ぶ信玄。

 

「そうじゃ! 幸村と兄弟の契交せし、未来の虎……少年“エロオ”よ!!」

 

「……“エリオ”です」

 

「……………………」

 

一瞬の静寂の後、信玄はコホンと咳払いして気を取り直すと、改めて力強く叫んだ。

 

「……少年“エリオ”よ!! お主と幸村の魂の繫がり…さらに確固たるものとするべく、この信玄! お主達にさる武田家伝統の契の術を授けようぞ! その名も…“殴り愛”!!」

 

「“殴り愛”…とは!?」

 

聞き慣れない物騒な単語に戸惑うエリオを尻目に、幸村は突然目を見開くと、信玄に向かって駆け出していき…

 

「お館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

いきなり、信玄の左頬に強烈なパンチをかました。

 

「え、えええええぇぇぇっ!!?」

 

突然の幸村の奇行に戸惑うエリオ。

だが、信玄は幸村のパンチを頬で受け止めたままニヤリと笑い…

 

「幸村あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

その剛拳で幸村を殴り返した。

床に数回バウンドしながらエリオの隣に戻ってきた幸村だったが、すぐに立ち上がるとまたしても果敢に信玄に向かって駆け寄り…

 

「お館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

またも信玄の顔を目掛けて、容赦なく殴った。

 

「幸村あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

そしてまた信玄に殴り飛ばされる。

 

「お館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

三度、幸村が駆け寄る。

 

「幸村あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

三度、信玄に殴り飛ばされる。

 

「……こ……これが……“殴り愛”……!?」

 

エリオが唖然としながらも、目の前で繰り広げられる熱き師弟のやり取りから目が離せずにいた。

一見、唯の喧嘩に見えるかもしれないが、殴り合う2人の表情からは憎悪などの負の感情はまるで感じ取れない…そればかりか、お互いに対する信頼、そして敬愛の念がそれぞれ繰り出される拳の重さからひしひしと伝わってくるのを感じた。

そんな二人の愛の込められた拳と拳の応酬に、初めは戸惑っていたエリオも次第にその目は尊敬と羨望の色に変わっていく。

 

「これが…真田家の……武田家の………熱き“魂”の契……!!?」

 

そんなエリオに気づいた信玄は幸村を豪快なアッパーで吹き飛ばしながら叫ぶ。

 

「さぁ! お主も来るがいい!! 遠慮する事はない!! 全力でぶつかり合うのじゃ!! そして、お互いの心を通わせよ! エェェリオオォォォォォォォォ!!!」

 

「は……はい!! 宜しくおねがいします! 信玄さ……否! お館様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

エリオはその場に高く飛び上がりながら、信玄の左頬に向かって出せる限りの力の込められたパンチを打ち込んだ。

 

「ぬおっ!!」

 

幸村に比べれば、非力である事は否めないが、それでもその重みのありながら、それでいてキレのよいパンチは10歳の子供から繰り出されたものとは思えなかった。

 

「ふ…フフフ…いい拳じゃ……流石は昌幸、幸村が認めた“弟”……お主のこれからが……楽しみじゃああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 

「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

信玄は叫びながら、エリオを殴り飛ばした。勿論、子供だからといって決して手加減はしない。

愛ある拳とは決して相手を選んで力を調節してはならない。お互いの全力をぶつけ合う事で、相手の絆を深め、そして確固たるへと昇華させていくのだ。

 

「何をしておる! 幸村! お主もまだまだこれからじゃろうが!! エリオに負けぬ熱い拳を儂に見せてみろ!」

 

信玄がそう発破をかけると、幸村もさらに力の籠もった拳を握りながら信玄に向かって駆けていく!

 

「ぉぉお館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぐぅぅっ…!? ゆぅぅきむらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぉぉお館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「ごぉっ!!? ぇぇりぃおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「ぉぉお館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「ゆぅぅきむらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぉぉお館様あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぇぇりぃおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

殴り、殴られ、吹き飛び、殴り、殴られ、吹き飛び……こうして幸村、エリオの2人は2対1による壮絶なパンチの応酬を繰り広げ、その後、同じやり取りがしばらく延々と繰り広げられる事になった……

そして…

 

「ゆぅぅきむらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぐうぅあぁぁぁっ!!?」

 

「ぇぇりぃおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「がはぁぁぁぁぁっ!!?」

 

幸村、エリオ共に信玄が顔面目掛けて放った強烈なコークスクリューパンチに吹き飛ばされ、2人並んで道場の床に仰向けに倒れた。

 

「はぁ…! はぁ…! え…エリオ!? 大丈夫か……!?」

 

「はぁ…! はぁ…! い、痛いです…でも、この痛みには…“温もり”が、“心”が、“教え”が、“慈しみ”が……“愛”が、ある!!」

 

お互いボロボロになりながらも、何か悟りを見出したように叫ぶエリオに肩を貸しながら、立ち上がる。

その口調は当人も無自覚の内に砕けた口調となり、エリオの事も呼び捨てで呼んでいた。

幸村は目の前に立つ信玄に向かって、感謝の念を込めた眼差しを送った。

すると、満足げに2人を見据え、頷いた信玄の頭上に、再び昌幸の烏帽子が回転しながらやってきた。

すると、信玄の身体は烏帽子の中に吸い込まれるように消え、代わりに昌幸が再び帽子から風と共に現れ、幸村達の前に降り立った。

同時に、その場の景色も武田漢道場から、再びなにもない白い空間へと戻るのだった。

 

「…どうだった? お館様と“殴り愛”は?」

 

昌幸がエリオに尋ねた。

 

「ま…まさに、火を噴く山の如き人でした…!」

 

「うむ……某も…久方ぶりにお館様と拳を交えた事で……これから進むべく“道”が見えましてございます!!」

 

幸村は改めてエリオの顔を見ると、その熱のこもった小さな拳を固く握りしめた。

 

「エリオ! 俺は…この真田源次郎幸村は、お館様にはまだまだ遠く及ばぬ未熟な“虎”! この先、お前の師として、そして“兄”として、時に不甲斐ない一面を晒す事もあるやもしれぬ……それでもよいと言うのであれば…この幸村、お前を必ずや立派な“武士(もののふ)へと誘い、導いてくれようぞぉぉぉ!!」

 

幸村の言葉を聞いたエリオは、自分の片手を握りしめる幸村の手の上に反対側の手を乗せ、真っ直ぐに見据えながら答える。

 

「兄上! この僕も…エリオ・モンディアルもまた、まだまだ駆け出しの未熟者…兄上と共に精進し、そして兄上に次ぐ“虎”の名に、相応しい漢になってみせます!!」

 

「エリオ!」

 

「兄上!」

 

固く手を取り合い、改めて兄弟としての契を交わした幸村とエリオ。

信玄との“殴り愛”のおかげで、遂に僅かに残っていた微妙な隔たりを取り払い、“兄弟”として心を通わせる事に成功したのだった。

そんな二人を、昌幸も満足気に見据えながら、頷くのだった。

 

「これでもう安心だな。小倅殿もエリオも、2人共、互いに精進し、武田…そして真田の未来の猛将がもう一人生まれるのを楽しみにしておるぞ。……小倅殿と儂が本当に再会できるその日がくるまで…な」

 

昌幸のその言葉を聞いて、幸村は思い出したように問いかけた。

 

「そ、そういえば! 親父様! 親父様は一体、何処の世界に飛ばされたのでござるか!? 某は“ミッドチルダ”なる世界に飛ばされておるのでござるが…」

 

「あァ~~っ! そういえば、それまだ言ってなかったねェ。おじさんすっかり忘れてたよぉ」

 

先程ははぐらかされてしまった幸村の質問に対して昌幸は、くだけた調子で答える。

 

「では小倅殿。心して聞くんだぞ~。何を隠そう、今儂がいる場所の名前は、“う―――」

 

フッ!

 

ところが肝心な事を言いかけたその時、昌幸の身体は再び烏帽子に吸い込まれる様に消えて、そのまま回転しながら、何処かへと飛んでいってしまった。

 

「「え、ええっ!? ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」」

 

まさかの展開に幸村もエリオも思わず、間抜けな叫び声を上げながら、飛び去っていく烏帽子を見送るしかなかった。

 

「親父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 肝心な所で、行かないでくだされえええぇぇぇぇぇ!!」

 

そして、幸村が珍しくツッコミの声を上げながら、2人の視界は再び光に包まれた…

 

 

 

 

「「はっ!!?」」

 

そして、気がついた時…幸村とエリオは再び機動六課・隊舎の医務室へと帰っていた。

そこへ備品倉庫のドアが開く音と共にシャマルが部屋に戻ってきた。

 

「ごめんなさい! すっかり待たせちゃってぇ~…鎮痛薬が切らしちゃってて、予備の備品倉庫まで探しに行ってたから…って2人共どうしちゃったの!?」

 

シャマルが遅くなった理由を説明しながら、幸村達を見た途端、目を丸くさせながら仰天の声を上げ、思わず抱えていた鎮痛薬入りの小袋を落としてしまった。

 

「しゃ、シャマル先生?」

 

「どうかしたでござるか?」

 

キョトンとしながら尋ねる2人にシャマルは血相を変えながら詰め寄ってくる。

 

「それはこっちの台詞です! エリオ君も幸村さんも、顔がまた怪我だらけじゃないの!! しかも、ここに来た時よりも酷い状態だし!」

 

「「えぇっ!?」」

 

シャマルの言葉を聞いて、幸村とエリオは慌てて医務室にあった大きな鏡で顔を確かめた。

すると、シャマルの処置でほぼ完治していた2人の顔は、それぞれできたばかりの痣やタンコブにまみれ、鼻血や口血まで流れているという、ぶっちゃけ又兵衛戦の後よりも酷い有様になっていた。

 

「こ……これは……もしや……“殴り愛”の…?」

 

「それじゃあ…今までの事は……夢じゃなくて……?」

 

意識が戻った時、一瞬夢かとも考えてかけたが、顔中にできたこの痣やタンコブを目の当たりにした事で、二人が経験した事が夢・幻ではない事を証明する何よりの明かしとなっていた。 

 

「二人共! 私がお薬取りに行ってる間に一体、何やっていたの!?」

 

大慌てで塗り薬や包帯の準備をしながら、半ば怒って問い詰めてくるシャマルだったが、幸村もエリオも、それに答える事を忘れてしまった。

二人の頭に浮かんだのは昌幸…そして信玄との会遇と、それを経て培った“兄弟”の契…幸村にとってはつかの間の再会ではあったが、そこで得たものは非常に大きかった。

 

「兄上…これからどうするのですか?」

 

エリオが尋ねた。

 

「うむ。某はもう迷わぬ…! このミッドチルダにいる限り、東軍西軍の垣根など最早考えぬ。某は西軍の将としてではなく、真田幸村として、恩義ある機動六課の各方…そして我が“弟”であるお前の力となろう!!」

 

幸村は頷き、エリオの肩に手を乗せながら、力強く微笑んでみせた。

 

「兄上……!!」

 

それを聞いたエリオは、パッと花が開くような笑顔を浮かべた。

 

「これから、よろしく頼むぞ…エリオ」

 

「はい! 兄上!!」

 

そして、互いに小さく頷き合うと、それぞれ拳を握り固めた。

 

「エリオ!」

 

「兄上ぇ!」

 

「エリオぉ!」

 

「兄上ぇぇ!」

 

「ィエェリオォ!」

 

「ァアニウゥエェェェ!」

 

そして、二人は互いの顔を目掛けて拳を振り上げ、思いっきり“殴り愛”をはじめるのだった。

 

「ちょ、ちょっと!? エリオ君!? 幸村さんも!? 一体、何をしてるの!!?」

 

当然、2人の間にあった出来事など、何一つ知らないシャマルは、突然にお互いを殴り合いはじめたエリオと幸村を見て、悲鳴に近い声を上げながら止めに入る。

 

「二人共、落ち着いて! ちょ…喧嘩しないで頂戴!!」

 

2人がケンカを初めたと思い込んだシャマルはどうにか二人を止めようと割って入ろうとするが、互いに拳に熱が入った2人相手では、近接戦は不得意なシャマルでは介入する余地がなかった。

 

「ィエェリオォ!」

 

「ァアニウゥエェェェ!」

 

「ィエェリオオオオォ!」

 

「ァアニウゥエエエエェェェ!」

 

「ィィエェリオオオオォ!」

 

「ァァアニウゥエエエエェェェ!」

 

「ちょ、誰か止めてええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

2人の奇声に近い叫び声と、シャマルの悲鳴に近い叫び声が、医務室だけでなく、そのフロア中に響き渡り、そこにいた人全員が思わず唖然とさせるのであった。

 

 

その頃―――

下のフロアが騒然としている事など、知る由もなかった家康達はというと…

機動六課隊舎 ブリーフィングルームでは政宗、小十郎、佐助、なのは、はやて、ティアナ、キャロ、ヴィータが集まり、今日の出来事を振り返り、そして今後の対策を考えていた。

 

「シャーリーの話やと、しばらく訓練所は、使用できないみたいやな」

 

「あれだけ派手に暴れたんだ。当然だろ」

 

一番部屋の上座の席についたはやてがため息交じりで告げると、窓際にもたれかかっていた政宗が腕を組みながら遠くに見える訓練所を一瞥しながら言った。

訓練所は穴ぼこだらけな上に、地表は瓦礫の山と化していて、さっそく所々にサーチライトが配備され、技術士官のシャリオの指揮の下、夜通しの再建作業が始まっていた。

 

「でも今日は、ほんといろいろな事があったね」

 

「そうですね…急に家康さんと幸村さんが決闘騒ぎになったと思ったら、いきなり敵の襲撃が起きるし…」

 

なのはが苦笑いを浮かべながら話すと、ティアナがすっかり疲れ切った表情を浮かべながら言葉を添えた。

 

「あの黒田官兵衛って人…結局、何がやりたかったんでしょうか? あの人自身は私達の仲間に加わりたいみたいな事も言ってましたけど…」

 

ブリーフィングルームの端の席で使い魔の子竜 フリードリヒを寝かしつけながらキャロが疑問を口にするが、ヴィータはそれを気だるげに一蹴する。

 

「500近くのガジェットドローンに、ポンコツとはいえやたらクソ硬ぇ装甲車、極めつけはストーカー気質なサイコ野郎まで引っ下げてきた野郎が、言った事なんて信じられるか? 上手く取り入って、アタシらが油断したところをあれだけの軍勢で抑えるって戦法だったんだろうが…如何せんあの“ボウリング野郎”が思いの他バカで、助かったぜ」

 

ヴィータの中々の辛口な評価になのは達だけでなく、政宗や小十郎も苦笑を浮かべた。

ちなみに六課の間で官兵衛のあだ名は『ボウリングの人』と半公認になりつつあった。

 

「まぁ、それもそうなんやけどな…それよりも、あの官兵衛って人達がガジェットドローンを引き連れてた事についてなんやけど…」

 

はやてがそう話しかけたその時―――

ブリーフィングルームの自動ドアが開き、家康、スバル、フェイト、シグナムの4人が入って来た。

 

「あっ!フェイトちゃん、シグナムさん、家康君にスバルもお疲れ様」

 

なのはが家康達に労いの言葉をかける。

フェイトは先程まで黒田主従襲撃に関して地上本部からやってきた執務官達に事件の経緯を報告しており、中でも又兵衛と直接戦った家康、スバルの2人や官兵衛との戦いの参戦メンバーの一人であるシグナムも証人として同行していた。

 

「部隊長。後援部隊や近隣の武装隊、航空隊の捜索の結果ですが…近隣海域、空域からは黒田官兵衛、後藤又兵衛両名共に身柄はおろか手がかりさえも、発見されなかったとの事です」

 

シグナムからの報告を受けて、はやては片手で口元を抑えながら、唸った。

 

「う~~ん…せやけど、簡単に死んだりしそうにもないやろしなぁ。二人共、身体だけは頑丈そうやし、しぶとそうやったし…」

 

「まぁ、確かに装甲車の爆発さえも転がっていくだけで済んでた人だしね…」

 

なのはは苦笑を浮かべながら、自分達が角土竜を撃破した時に鉄球を抱えたままボウリングのように転がっていく官兵衛の姿を思い出していた。

 

「それで地上本部(あっち)の人達からはなんて?」

 

なのはの問いにフェイトが複雑な顔で答えた。

 

「多分、レジアス中将辺りが文句を言ってきそうだけど…とりあえず、地上本部からの協力も一応付けられたかな…? …ってところ。 流石に『スカリエッティ』の名前を出されたら、向こうも動かざるを得ないのかもしれないね」

 

「「「…スカリエッティ?」」」

 

フェイトの口から出た聞き慣れない単語に、家康達が眉を顰めながら訝しげた。

否、厳密には政宗と小十郎の2人は一度だけ聞き覚えがあった。それは昼間の官兵衛との戦いの最中に、彼の口から飛び出した名前であった。

その反応を見たはやてが思い出したように手を叩いた。

 

「そっか。家康君達にはまだ彼の事、詳しく話してなかったんやな? それやったら丁度えぇから、ここらで話しといた方がえぇんとちゃう?」

 

はやてがそう言うと、フェイトも静かに頷いた。

彼女の表情を見た家康達は、フェイトがその『スカリエッティ』なる男と浅からぬ“因縁”がある事を察したが、ここで下手に詮索するメリットもない為、今は話題に出す事は自重した。

フェイトはホログラムコンピュータのコンソールをその場に展開させると、手慣れた手付きでコンソールをタイピングしていく。

すると、ブリーディングルームの奥の壁にホログラムのモニターが大画面で展開され、そこに濃い紫色の癖の強い髪を肩まで伸ばした陰険そうな顔つきの男の顔写真が映し出された。

 

「コイツは…?」

 

「“ジェイル・スカリエッティ”…ロストロギア関連の事件を始めとして、数えきれない罪状で超広域指名手配されている一級捜索指定の次元犯罪者だよ」

 

「次元犯罪者……国跨ぎで追われるお尋ね者ってところか…」

 

家康は聞き慣れない単語を自分なりに解釈しながら、話を聞いていた。

すると、フェイトに続くようになのはが説明を始めた。

 

「スカリエッティは元々、フェイトちゃんが追っていた犯罪者だったんだけど…家康君がミッドチルダにやってくる少し前に、フェイトちゃんの捜査で、ガジェットドローン暗躍の裏で糸を引いているのが、スカリエッティの可能性がある事がわかったの」

 

なのはによれば、機動六課が交戦し、破壊したガジェットドローンの残骸データを調べていたフェイトとシャリオが、残骸の中から、『ジェイル・スカリエッティ』の名前を発見した事が決め手となり、機動六課ではガジェットドローンの製造及び運用者がスカリエッティの可能性が高い事を視野に入れて捜査を行ってきたのだという。

 

「……つまり、ガジェットドローンを引き連れていた官兵衛達は、そのスカリエッティなる男と接触…あるいは協力している可能性が高いと…?」

 

「そういう事になるとは思うけど…」

 

「いや。残念だが黒田達だけじゃなさそうだ……」

 

フェイトが重い口調で答えながら頷いていると、厳しい眼差しで一瞥しながら口を挟んできたのは小十郎だった。

 

「どういう事ですか…? 小十郎さん」

 

スバルが尋ねた。

だが、小十郎は直ぐに答えを言わず、僅かな間を空けた。

次に放つ言葉に皆…特に家康がショックを受けないように配慮しているのだろう。

 

 

「恐らく、そのスカリエッティとかいう野郎は……既に凶王・石田三成達と手を結んでいやがる」

 

「「「「「ええぇっ!?」」」」」

 

「な、なんだって……ッ!?」

 

なのは達と家康から返ってきたのは、小十郎の予想通りの答えだった。

 

 

 

 

「石田三成と…スカリエッティが…手を組んだ……!?」

 

小十郎の思わぬ推理に、六課メンバー、そして家康に少なからず動揺が走る。

かたや、家康抹殺だけを目的に数々の大名達をまとめ上げ、復讐の凶軍の長となった石田三成…かたや数々の常軌を逸した犯罪で管理局の管理世界のほぼ全てにおいて指名手配を受けている一級捜索指定の犯罪者。

一見、なんの接点も無ければ、手を組む道理さえもない両者が手を組んだという小十郎の推測はにわかに信じがたかった。

 

「小十郎さん…どうしてそう言い切れるん?」

 

はやてが冷静を保ちながら尋ねた。

 

「高町、ハラオウン、八神、ヴィータ、シグナム。お前達、昼間の黒田との戦いの途中で、黒田の奴がスカリエッティの名前と一緒に口に出していたもうひとりの名前を覚えているか?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

小十郎の言葉を聞いた、なのは達は脳裏に昼間の戦いにおける官兵衛との会話を思い返していく…

 

 

―――畜生! きっと、“皎月院”か、 “スカリエッティ”とかいうあの底意地悪そうな白装束野郎の仕業だな!!―――

 

 

「………そういやぁ、あのボウリング野郎。確かにスカリエッティともう一人、聞き慣れない奴の名前言ってたっけ?」

 

「確か……“コウゲツイン”…だったか?」

 

ヴィータとシグナムがそれぞれ切れ切れに思い出しながら話す。

 

「徳川…お前も東軍の総大将ならば、“皎月院”の名前を知らないわけもないだろう…?」

 

「……あぁ」

 

小十郎に尋ねられ、家康は苦々しい顔で頷いた。

何やら意味深な雰囲気の家康になのは達、六課メンバーの注目が集まる。

 

「……実は、関ヶ原での戦いより前から、東軍の間で妙な噂が流れていたんだ…『西軍総大将・石田三成には参謀・大谷吉継、側近・島左近と並んでもう一人、影で献策を授け、様々な裏工作を働く、“皎月院”なる謎の“女官”が付いている』と…」

 

「謎の女官だぁ?」

 

ヴィータが堪らずに声をあげる。

 

「彼の者についてはとにかく謎だらけなんだ…三成の友であったワシでさえ、あやつの事はよく知らない…なにせ、ワシが秀吉公を倒し、三成と袂を分かつまで、アイツの近くにそんな女はいなかった。恐らくその後に三成に取り入って、今の地位を得たのであろう」

 

「へぇ~。せやけど、家康君から話聞いた限り、家康君の世界の石田三成は家康君への復讐か豊臣秀吉への忠誠心のどっちか一辺倒な人間なんやろ? おまけにすぐ人を殺そうとする程に短気やって聞くし…そんな人によぅ、取り入る事なんてできたもんやなぁ。“凶王”なんてあだ名で呼ばれてるとも言うし、どんな物騒な人なんやろう? とも思ったりしたけど、言うても、石田三成も人間らしいところは人間らしい人…やったりしてな?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

冗談半分に話すはやてだったが、政宗が容赦なく一蹴した。

すると、家康も首を振りながら、言った。

 

「正直、ワシも三成が何故、かの女を近くに置いているのかは理解できない……だが、一つはっきりしているのは…三成がワシに関わる事以外で動く際には、必ず裏で大谷(刑部)と共に“皎月院”の存在があるという事だ」

 

「だから、その皎月院って人の名前があるという事は……」

 

なのはが恐る恐る尋ねると、家康は確信を持った表情で頷いた。

 

「あぁ…恐らくは刑部…そして三成も、そのスカリエッティという男と何らかの形で繋がっている。ワシが六課の皆に救ってもらい、手を取り合ったように……」

 

「……“狂人”と“凶王”……まさに最強、最悪の悪人同士が手ぇ組んでもうたかもしれないっちゅうわけか?」

 

はやてが沈痛な表情を浮かべながら、家康に尋ねる。

できれば、そうでなくてほしかったが…

 

「……恐らくは……」

 

重苦しい表情を浮かべた家康から帰ってきたのは、予想通りの答えだった。

 

「はやてちゃん? どうするの?」

 

なのはが尋ねた。

自分達が追っていた次元犯罪者と、家康、政宗達と相対する敵軍の総大将が手を組んだかもしれないという未曾有の事態に、六課も今後の対策を本格的に再考慮する必要に迫られている事を隊長、副隊長共に理解していた。

 

「決まってるやろ? 私ら“機動六課”は今後、ガジェットやスカリエッティだけやのぅて、本格的に“西軍”という新たな敵と相対する事になるかもしれへん。せやから、尚の事、家康君や政ちゃん達の力が必要になるっちゅう事や」

 

はやては、そう言いながら、部屋の隅からずっと静観していた佐助の方に視線を向ける。

 

「そうなると…佐助さん。アンタやゆっきーにも、尚の事協力してもらわなあかんようなってもうたわ。特に管理局が西軍…否、『豊臣』をスカリエッティの共謀者と認識したら、元メンバーである武田軍の人達は、私達に協力する意思を示さん場合、最悪勾留される可能性かて出てきてもうたわ」

 

はやての話を聞いて、佐助はやれやれと首を振った。

 

「つまり…まだ、徳川の旦那と一緒に六課に協力する意思を見せてない真田の大将の返答次第では、俺達は一転、犯罪者扱い…ってわけ?」

 

「そうせざるを得なくなるかもって事や……せやけど、勿論私達はそんな事にはなってほしくない!否…絶対にさせたない! せやから、佐助さん。お願いや! 改めて、ゆっきーを説得したって!」

 

はやてはそう言って、頭を下げた。

一度は仲間として迎えようとした幸村達をそんな形で失いたくはない…そんなはやての思いが溢れるような悲痛な声だった。

すると、佐助は穏やかな笑顔を浮かべながら答えた。

 

「大丈夫だって、はやてちゃん。真田の大将も、きっともう腹はくくってる筈だから」

 

「えっ!?」

 

佐助の一言にはやてだけでなく、ブリーディングルームにいた全員が呆気にとられる。

 

「徳川の旦那との一騎打ちの後の大将。憑き物が取れたみたいにすっきりしたような顔をしてたさ。違う事で色々含んでいた事はあったにしろ…少なくとも徳川の旦那と手を組む事への葛藤は一区切り付けたハズさ。それにエリオがいれば、ウチの大将だって、無下に六課(ここ)を離れるなんて言わなそうだしさ」

 

「エリオが…!?」

 

フェイトは、意外なところでエリオの名前が出てきた事に戸惑った。

だが、佐助は既に確信づいているかのように自信あり気に頷いた。

 

「昼間の大将の決闘の様子を見て、エリオが興味を抱いていたみたいなんだけど、俺が冗談で勧めてみたんだ。徳川の旦那にスバルが弟子入りしたみたいに、エリオも弟子入りしてみるか?って…俺としては半分冗談のつもりだったんだが…あの時のエリオの目…ありゃもしかして本気かもな?」

 

「でも、それってお前の推測じゃないのか? それにいくらエリオが弟子入りしたいって言ったくらいで、幸村自身がエリオに興味がなけりゃ―――」

 

ヴィータがそう話しかけたその時だった―――

 

「やぁぁぁぁぁぁぁがぁぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ殿ぉぉぉーーーーーー!!!」

 

突然オフィスのドアの隣の壁がぶち破られ、そこから何故か顔中や頭が痣とタンコブだらけ、幸村とエリオが猛スピードで部屋に突撃してきた。

その姿に、家康やスバル、政宗やなのは達、呑気に喋っていた佐助でさえも驚き、その場で硬直してしまう。

 

「ゆ…ゆっきー!? エリオも!? どないしたんよ2人とも!?」

 

「ど、どうしたっていうの!? その怪我!!」

 

又兵衛戦の怪我を治す為に医務室へ向かわせたはずが、明らかに医務室に行く前よりも怪我の具合が酷くなっている2人に、はやてとフェイトが動揺しながら尋ねた。

 

「ってかいきなり壁壊して入ってくんなよ! ちゃんとドアから入って来いよ!」

 

ヴィータがツッコミを入れるのを無視して、幸村ははやてに詰め寄る。

 

「八神殿!! 其と佐助の分の制服はどこでござるか?!」

 

「せ…制服? あぁこないだ家康君達の分と一緒に用意した制服の事? それなら今は私のオフィスで預かってるけど…」

 

「ならば、急ぎ返還して頂きたい!!」

 

幸村がぐいっと顔を近づけながら言った。

痣だらけになった顔は近くで見れば、余計に不気味さを感じさせる。

 

「真田。それってまさかお前……機動六課に入る気になったのか?」

 

話を聞いていた政宗が幸村に尋ねた。

 

「おう! この幸村。遅ればせながら、徳川、伊達に次いで、この機動六課に共闘をお頼み申す!!」

 

それを聞いた途端にはやての不安げだった表情がパッと明るくなった。

 

「そっか! 入ってくれるんか!? よかったぁ! こちとらその返事を待ってたんやで!」

 

はやてとしては、幸村が六課入りを最終的に拒否した時の最悪の事態を懸念していたのが、その心配がなくなった事に一先ず胸を撫で下ろした。

 

「でも幸村さん。一体どうして? あれだけ悩んでいた幸村さんが、こんなにあっさりと…」

 

話を聞いていたフェイトは、幸村に問いかけた。

フェイトの指摘に幸村は先ほどまでの熱のこもった表情とは逆に、冷静さを漂わせる真剣な表情を浮かべる。

 

「フェイト殿…其は今回の件で大切な事を思い出したのでござる」

 

「大切な事?」

 

幸村は頷き、語りだした。

 

「今度の戦いにおいて、其は同胞であった後藤殿から裏切りとみなされ、さらに家康殿や政宗殿達のみならず我らに恩を与えてくれた機動六課までも危ない目に遭わせる事となってしまった。それに今日の黒田殿や後藤殿が現れたという事は…恐らく彼ら以外にも西軍の者…それこそ石田殿達もこの地に来ているやもしれぬ! 一度は彼らと手を組んだからこそいえるでござるが、西軍は非常に強大でござる! この先、どんな手を用いて、このミッドチルダを戦火に包むやもしれぬ!」

 

すると幸村は家康、政宗達の方に顔を向けて地に膝を着いて頭を下げた。

突然の彼の行動になのは達や家康、政宗らも驚愕の表情を浮かべた。

 

「家康殿! 政宗殿! 好敵手であり、先の関ヶ原では互いに健闘を誓い合った貴殿らにこのような事を頼むのは武士としての矜持無き振る舞いと呆れられるやもしれぬ!

だが、これは西軍の将というわけではなく、ましてや武田の総大将としてでもない! この真田源次郎幸村個人として貴殿らにお頼み申したい!

我ら、日ノ本に住まう戦国の武士として、今は西軍と東軍の違いなど関係なく、其自身の想いで、世話になったこの機動六課…そして某が認めた未来ある(つわもの)達を、戦火の脅威から守りたいのでござる! このとおり! お頼み申す!!」

 

幸村の言葉を家康、政宗は黙って耳を傾けた。

 

「頭を上げてくれ真田。お前の気持ちはよく判った」

 

家康は土下座をする幸村の前にしゃがみこむと、優しく諭すように話し始めた。

 

「お前が譲れぬ誇りを持つ人間である事は良く判っている。だからこの決断を下すまでに相当な苦労をしたのだろう。お前はやはり信玄公の一番の弟子だな。

敵であるワシらに、頭を下げてまで頼むのは相当な度胸がなければできない事だ。きっと信玄公もお前を誇りに思うだろう…」

 

家康はそう言うと政宗達の方へ振り返る。

 

「独眼竜。 ワシは真田の機動六課への入隊に異論はないが、お前はどう思う?」

 

家康の問いかけに政宗は不敵な笑みを浮かべる。

 

「Ha! そうだな。好敵手が同門にいたら尻に火がつくみてぇで、それもまた乙なものかもしれねぇな」

 

「ま…政宗殿…」

 

すると政宗は家康の横に立ち、話し始めた。

 

「勘違いすんなよ? お前を倒すのはこの俺だ。全てが片付き、日ノ本に帰った後はまた俺達は敵同士だ。その時こそ、必ず俺との決着をつけさせてもらうぜ? you see?」

 

政宗の言葉を聞いた幸村も次第に笑みをこぼし、そしてゆっくりと立ち上がる。

 

「かたじけない…家康殿、政宗殿…」

 

幸村は家康と政宗に感謝の意を込めて頭を下げた。

それを見たなのはやスバルをはじめとする六課の面々は暖かく拍手を送り、小十郎と佐助はやわらかな笑みを浮かべて家康、政宗、幸村を見守る。

 

「いやぁ、これですべて円満に片付いたなぁ。ほんまによかったよかった」

 

「うん、これで幸村君達も六課の仲間だね」

 

「そうだね。幸村さんもなんだかふっきれたみたいだし本当によかった」

 

はやて、なのは、フェイトがニッコリと笑いながら三人を見守っていると…

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!! よかったですぅぅぅぅ!! 兄上ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

「「「え、エリオっ!!?」」」

 

その様子を見守っていたエリオが突然、今まで見せた事がない程に感情を顕にしながら、歓喜の涙を滝のように流す姿に仰天…を通り越して、ドン引きしていた。

 

「え、エリオ…? 急にどうしちゃったの…?」

 

「さっきまでとキャラが全然違うんだけど!?」

 

「っていうか今、幸村さんの事を“兄上”って呼んでなかった?」

 

スバル、ティアナ、キャロがフォワードチームのチームメイトの突然のキャラ変に戸惑う。

だが、この直後、3人…そしてなのは達はエリオの『キャラ変』どころではない変貌ぶりを目の当たりにする事となる。

 

「うむ! これで俺も、お前を“弟”として存分に導く事ができる! 我が真田が魂! お前も必ずやものとせよ! エリオぉぉぉぉ!!」

 

「心得ました!! 兄上ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

エリオは目をギンギンに滾らせながら、幸村に向かって飛びかかると、その左頬に全力全身のパンチを叩き込んだ。

 

「ぬうぅぅん!! エエェェェェェリオオォォォォォォォォォォォォっっ!!」

 

すかさず幸村がお返しの全力パンチでエリオをブリーディングルームの壁に向かって殴り飛ばす。

その一撃でエリオは壁に生じた巨大クレーターの真ん中に大の字になって埋まってしまう。

 

「「「「「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」」」」」

 

突然はじまったバイオレンスなやり取りに部屋にいた全員が目を丸くする。

特にフェイト、キャロ、そして佐助の驚き具合は半端ではなかった。

 

「こ…ここ、これは一体……?」

 

「このやり取りって………まさか……」

 

言葉を失うフェイトの傍らでは、佐助の脳裏にかつての武田の“風物詩”の光景が思い出されていた。

 

「ぁあ兄上えぇぇぇぇっ!」

 

エリオは、クレーターから飛び出して復活すると、再び幸村に向かって全速力で突進し、再びジャンピングパンチを食らわす。

 

「ぇえエリゥオォォォっ!」

 

そして、幸村も強烈なパンチを浴びせて応える。

2人のパンチの応酬の勢いは凄まじく、その衝撃波で部屋中の家具が揺れ、壁にかけてあった絵画が落ち、ガラス窓にヒビが走る程だった。

唖然とする佐助に政宗、小十郎が冷や汗を浮かべながら近づいて囁く。

 

「……おい、猿飛…お前、あれって真田と武田信玄(虎のオッサン)がよくやってた“殴り愛(アレ)”だよな?」

 

「何故、エリオが真田とアレを……? お前、一体なにを仕込んだんだ?」

 

「お、俺は何も仕込んでないっての!?」

 

そう言って、戸惑うばかりの佐助にヴィータとティアナ、キャロが詰め寄ると、胸ぐらを掴んで問い詰めた。

 

「おい! い、一体エリオに何吹き込んだんだよ!? お前!」

 

「どうやったら、あんな熱苦しいキャラになっちゃうんですか!!?」

 

「あ、あんな猛々しい人、エリオ君じゃないですよ!!」

 

「お、俺は何も知らないってばぁぁぁぁぁ! ってか大将ぉ~~! ほんとに、何があったっていうのさぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

首をガクガクと揺さぶりながら問い詰める3人に佐助は焦りながら必死に弁明する。

その傍らで尚も幸村とエリオの『殴り愛』は続いた。

 

「幸村さん! エリオ! 2人とも落ち着いて!」

 

「ぁあ兄上えぇぇぇぇっ!」

 

「エリオ! なんで幸村さんの事を『兄上』って呼んでるの!? まずそこから説明して! ね?!」

 

「ぇえエリゥオォォォっ!」

 

「ゆっきー!エリオ! どおどおどお!!」

 

「ぁあ兄上えぇぇぇぇっ!」

 

「主! 馬じゃないのですから! …とにかく、2人共やめろぉぉ!!」

 

「ぇえエリゥオォォォっ!」

 

最早、何がなんだかわからない状況になのは、フェイト、はやて、シグナムが見かねて止めに入るも、尚も拳と拳で『殴り愛』ながら、叫ぶ幸村とエリオ…

そんなカオスな状況を前に家康とスバルは唖然としていた。

 

「…えっと……これって……どういう事ですか……? 家康さん……?」

 

「よ、よくわからんが……エリオは真田の…否、武田のやり方に感化されたのかもしれないな……そう考えていいんだよな?」

 

まるで、自分も過去に何度か見た事がある信玄と幸村のやり取りを彷彿とさせる激しいやり取りに、何が2人をここまで縮めたのかわからなかったが、それでも幸村とエリオ…2人の間には確かな“絆”が生まれた事が理解できた。

恐らくは幸村が六課で共に戦う決意を示したのは彼のおかげかもしれない。

 

「……ともあれ。お前が仲間になってくれて嬉しいよ。真田………」

 

家康が感慨深げに呟いた直後…

 

「ぁああああにぃうぅぅえええぇぇぇぇっ!」

 

「ィエエエエリィウォォオオオォォォォッ!」

 

「ギャーーーーッ!! 長机と観賞用の壺はあかんって!!」

 

「誰か! 2人を止めてなのおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

とうとう近くにあった長机と装飾品の壺をそれぞれ手に取り、『殴り愛』をはじめようとした幸村とエリオをそれぞれ必死に止めながら悲鳴を上げるはやてとなのはの声に我に返る。

 

「い、家康さん! 物思いに耽ってないで、早く止めないと!!」

 

「そ、そうだった! 真田! エリオ! 2人とも落ち着くんだ!!」

 

慌てて止めに加わる家康とスバルだった。

 

そして、2人がようやく殴り愛を止め、『兄弟』という名の師弟関係を築いた事をようやく皆にゆっくりと説明できたのは…それから2時間も後の事であった……




リブート版改変点その…いくつか忘れた(もうかよ!)

オリジナル版でもお気に入りのギャグだった武田家名物『殴り愛』誕生秘話を細かく描写しました。
それにしても、私の書く昌幸ってなんで原作以上に軽い性格になっちゃうんだろう?
加えて、オリジナル版ではちょっとスケベ過ぎたのでリブート版ではあまりやりすぎないように注意したいのですが…

兎にも角にもこれで『家康・幸村決闘編』完結です。
オリジナル版ではここで短編もいくつか挟んでましたが、リブート版では次回から次の長編である『ティアナ成長編』にいこうと思います。


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ホテル・アグスタ篇(ティアナ成長篇・前編)
第十五章 ~ティアナの悩み そして再び動き出す西軍~


元西軍武将 真田幸村の機動六課入隊を巡る一騒動は、紆余曲折の果てに、どうにか幸村、佐助共に無事に機動六課への加入を受け入れる事で決着が付いた…

これで家康、機動六課はさらなる戦力の強化を得て、そして仲間同士の絆をより深め、躍進していくと誰もが信じていた…

フォワードチーム センターガード ティアナ・ランスターを除いては……

三成「リリカルBASARA StrikerS 第十五章 …秀吉様。どうかこの私に出陣の許可を!」


「はぁ! せいや! はぁぁ!」

 

「ん…な…何?……」

 

早朝の機動六課隊舎―――

スバルとティアナの私室。

不意に聞こえてきた掛け声にティアナが目を覚ますと、スバルが自分のベッドの脇で天井から吊る下げたサンドバックを使って自主トレに励んでいた。

 

「スバル? アンタこんな朝から何やってんの?」

 

ティアナが寝癖混じりの頭を掻きながらゆっくりと身体を起すと、熱心にパンチの練習をしていたスバルがティアナに気付く。

 

「あっ!? ティアごめん。 起しちゃったみたいだね」

 

「いや、それは別にいいけどさぁ…あんたこんな朝早くから自主トレ?」

 

「うん! ほら、先週の騒ぎで使用禁止になってた訓練所。今日から解禁されるじゃない? 一週間ぶりに家康さんと個別訓練ができるから、しっかり身体動かして、温めておかないと!」

 

「だからってこんなわざわざ起床時間前からする必要あるの? 朝練のウォーミングアップの時でいいじゃないのよ」

 

ティアナはそう言うがスバルは首を横にふってきっぱりと言い放つ。

 

「ダメだよティア。 家康さんの特訓は朝から全力全開だから、こういう時間にやっておかないと身体が追いつかないんだよ」

 

スバルはそう言って再び自主トレに励みだした。

 

「はぁ…もう好きにしなさいよ」

 

ため息交じりでそう話すと再びベッドに横になるティアナ。

それからしばらく目覚まし時計の針の音とスバルの掛け声と、サンドバックに拳が打つ音のみが部屋を支配していたが、やがてティアナが不意にスバルに語りかけた。

 

「ねぇ…スバル」

 

「ん? なぁにティア?」

 

「アンタってさぁ、家康さんが来てから随分と変わったわよね」

 

「えっ!?」

 

ティアナの言葉にスバルは思わず手を止める。

 

「そっかなぁ? 私はそんな自覚ないけど」

 

「そうね。確かにその底なしの明るさと能天気なとこは前からちっとも変わらないわね…でも…」

 

ティアナは再び身体を起すとスバルの顔を見てどこか寂しそうな表情で話す。

 

「家康さんが来て、アンタが弟子になるって言いだしてからアンタは確かに変わったわよ。 今まで以上に明るい笑顔を浮かべる事が多くなったし、戦闘面においてもここ1カ月の間で急にフォワードチームのメンバーの中で成長してきてるって、昨日なのはさんだって言ってたわ」

 

語りながらティアナは第五管制塔事件の時や、黒田軍襲撃の際の時のスバルを思い出す。

どちらの時もスバルの戦いぶりはすさまじく、家康達には及ばずともその動きから急激な成長を遂げている事がよくわかった。

 

「えぇ~?! そうかなぁ? アハハハ…」

 

一方、当のスバルは自覚がないのか照れくさそうに笑っていた。

そんなスバルを見て、ティアナは小さなため息をつきながら、眉を顰めた。

 

(自分の事なんだから、普通は自分が一番自覚するべきとこでしょうが……バカスバル)

 

ティアナは心の中で少し苛立ちを覚えた……

 

 

数時間後―――

一週間前の襲撃事件からの復旧工事が終わり、すっかり元の様に戻った機動六課訓練所では、今日から平常メニューでの訓練が再開された。

 

「よし!では今日の訓練を始めるぞ!」

 

今日はヴィータがメイン教官として立ち、その隣には補佐として家康、幸村が立っていた。

そこから少し離れた場所では政宗となのは、小十郎とシグナム、ロングアーチのシャリオが訓練の様子を見守っていた。

 

「いいか! 今日はそれぞれ個人の戦闘能力の強化が目的の訓練だ。スバルは家康、エリオは幸村、そしてティアナは私と、一対一の個人指導で行くぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

ヴィータの声に元気よく返事するフォワードチームであるが、ティアナだけは一人浮かない顔をしている。

 

「おいティアナ! 聞いてるのか!?」

 

「えっ…は、はい!!」

 

ヴィータに睨まれて、慌てて返事を返すティアナ。

 

「では訓練始め!!」

 

ヴィータの掛け声と共に訓練が開始された……

 

 

「はああああああああああああああああああ!!!」

 

「腰が低い! もっと背筋も上げるんだ!!」

 

スバルは家康の指導の下、打撃の基礎訓練を行っていた。

開始数分で訓練用の服を泥まみれにしながらスバルは家康の抱えたサンドバックにパンチを打ちこんでいく。

 

「いいかスバル。 拳は大きく振るだけじゃなく小さく振る事もできるようにしろ! 敵の攻撃はこちらが攻撃している時が一番回避しずらいからな」

 

「はい! 家康さん!」

 

家康の指導を受けて訓練に人一倍精を出すスバル。

一方スバルと家康達の訓練する場所から少し離れた所では―――

 

「“火走”ぃぃぃぃぃ!!」

 

「まだまだぁ!! 動きが遅いでござるよ!!」

 

エリオは、幸村から武田家直伝の槍術の奥義の伝授を受けている最中であった。

 

「いきます! …“烈火”ぁぁぁぁぁぁ!」

 

「まだ遅い! もっと素早く槍を捌け!!」

 

幸村はエリオ相手に自身の技の繰り出し方を熱く伝授し、一方のエリオも熱心に幸村の教えを受けながらストラーダを振りかざしていた。

 

 

その姿を遠目に眺めるティアナはどこか憂鬱そうな表情を浮かべ、それから逃れるかのように視線の先を、少し離れた場所で話し合うなのは、政宗、小十郎、シグナム、そしてロングアーチ通信士兼自称『技師官』のシャリオ・フィニーノと話すキャロの方へ切り替えた。

 

「というわけで、キャロには今日から少しでも任務中に身を守る事ができるように、剣術の勉強をしてほしいと思ってるの」

 

耳をそばだてて聞いてみると、どうやらなのはが、今日からの新しいメニューとして近接戦闘が不得意なキャロの為に特別メニューを考えたらしい。

 

「えっ…でも私剣なんて習った事ないのですが…?」

 

「心配するな。剣術なら俺が一からしっかり教えてやる。判らない事があればなんでも俺に聞けばいいさ」

 

戸惑っているキャロに小十郎は、優しく諭しながら、木刀と道着を手渡した。

木刀はシャロの背丈に合わせた小太刀サイズの短めのもので、道着の袴はキャロに合わせて薄ピンク色の特注品だった。

 

「フィニーノ。お前にはこの木刀のサイズに調節させて、俺の刀を基にした一刀を用意してもらいたい。ルシエ専用の刀だ」

 

小十郎はそう言いながら、腰に下げていた二振りの刀の内、普段多用している愛刀『黒龍』をシャリオに預けた。

『黒龍』を受け取ったシャリオはその見事な拵えに思わず、うっとりと目を細めながら見つめる。

 

「はぁ~~…これがフェイトさんやシグナムさんの話していた地球原産の“日本刀”ですかぁ~~~~/// 本物を触るのは初めてですよぉ~」

 

機動六課では通信士、フェイトの補佐官的な役割を担っているシャリオだが、その一方では『デバイスマイスター』としての異名を持つほどに、手先が器用で、フォワードチームの各隊員のデバイスを設計・調節役を担う事があると聞いた小十郎は、デバイス以外の武器の製造もできないかと相談してみたところ、2つ返事で「できる」と返答を貰った事で早速この大役を仰せ使う事となったのだった。

 

「くれぐれも手荒に扱うなよ。コイツは俺の政宗様への忠義の証でもあるのだからな。本来、刀とは使い手である武士の“魂”の結晶。そいつを肝に命じてくれよ」

 

「わかりました! 日本刀型デバイスなんて初挑戦ですから、腕が鳴ります! きっと、素晴らしい逸品を仕上げてみせますよ!」

 

目を輝かせながら、自信満々に言ってのけるシャリオだが、小十郎は呆れるように頭を振った。

 

「デバイスじゃねぇ。キャロ(こいつ)に必要なのは、“純粋”な刀だ。余計な機能を付け加えて、ものの質を落とすような事するんじゃねぇぞ」

 

「む~~~…片倉さんはロマンがわからない人ですねぇ~」

 

「ロマンなんか必要ねぇ。武器において大事なのは実用性だ」

 

「ロマンですよ!」

 

「実用性だ」

 

「ロマン!」

 

「実用性だ」

 

武具に対する価値観の相違から小十郎に食って掛かっていくシャリオ。

そんなシャリオを一瞥し、やれやれと頭を振りながら、政宗はキャロに言った。

 

「安心しな。小十郎の剣の腕は恐らく日ノ本でも5本の指に入る剣豪だと思うぜ。この俺以外で小十郎から直にその剣の伝授を受けるなんて、すげぇluckyな事なんだぜ」

 

「そ、そうなんですか!? でも…余計に私なんかが覚えられるかどうか…」

 

政宗が説く小十郎の剣の腕前に、息を呑むキャロだったが、それを聞いた事でますます自分が果たして剣術など習得できるか不安に駆られる。

すると、そんな彼女の不安に気づいた小十郎が、右腰に下げていたもう一本の愛刀『山吹』を鞘から引き抜きながら、彼女に近づいた。

 

「ルシエ。こいつを持ってみろ」

 

「えっ…!? は、はい!」

 

キャロは言われるがまま小十郎から『山吹』を受け取ると、刀の峰側を手のひらに乗せ、柄の部分をしっかりと握りしめながら持とうとした。

だが、刀身の重さにバランスが取れず、思わず身体が斜めに傾いてしまう。

 

「お、重いです……」

 

キャロが素直に感想を呟くと、小十郎は納得したように頷いた。

 

「そうだ。政宗様が子供の頃…まだ“梵天丸”と呼ばれ、剣術師範として俺が稽古を付けていた時、初めて本物の刀を手に取らせてみた時も同じ感想を述べていた。だが、この御方は今や“六爪流”という己の剣を見出し、そして極めている。人というのはいつどんな時にどんな才能を発揮するかもわからない…政宗様が己が剣を極めたように、お前もこれから努力する事で新しい才能を極める事ができるかもしれない。政宗様も俺もそこに目をつけたからこそ、お前に剣を教えようと思ったのさ…」

 

「才能……?」

 

キャロはなんとか全身を使って支え持った『山吹』を見て、政宗達も認めたという自分の才能について思い返していた。

自分が刀を握り、スバル達と同じように前に出て戦う事など、今まで想像した事がなかった……。

自分の才能といえば、白銀の飛龍“フリードリヒ”を従え、さらに実際に召喚した事はまだないが、黒き火龍“ヴォルテール”の加護受けている事以外でいえば、数種類の補助系魔法を扱う事…それを除けば、自分自身の戦闘能力は、機動六課の隊長副隊長達やフォワードチームのメンバーは言わずもがな、一般的な武装局員よりも低いかもしれない。

そんな自分が、剣豪と呼ばれる小十郎の手ほどきを受けたところで、果たしてそれを実際にものにできるのか…不安で仕方がなかった。

そんなキャロの心中を察したのか、なのはが横から優しく話しかけてきた。

 

「大丈夫だよキャロ。小十郎さんだけじゃなくてシグナム副隊長にも一緒に教えてもらう予定だから、どうしても判らない事があれば2人からよく教えてもらといいよ」

 

「はっきり言って私と片倉の剣術は大きく異なるが…まぁ教えられる事があれば、遠慮なく教えるからな」

 

「なのはさん…シグナム副隊長…?」

 

すると小十郎も、キャロの肩に手を乗せながら優しく諭した。

 

「…ルシエ。不安な気持ちはよく分かる。だが、『やってみて諦める』事と『やらずに諦める』のは全然違う事だ。お前が自分の才能を信じるか否かはお前の心ひとつだが、まずは“やってみる”事が大事だ。こうして高町やシグナムも協力すると言っているんだ。恐れる事はない」

 

小十郎はいつになく優しい笑みを浮かべながら、不安に駆られるキャロの心を宥めるように語り掛ける。

それを聞いたキャロも、心の重石が少し軽くなってく気分がした。

 

「は…はい! 頑張ります!」

 

「うむ、良い返事だ」

 

キャロは精一杯力を込めた返答をすると、小十郎は改めて彼女の剣士としての素質を感じ取ったのか満足げに頷いていた。

すると、政宗が意地悪そうな笑みを浮かべながら割り込んでくる。

 

「Ha! どうだ小十郎? この際、こないだの真田みたく、キャロと師弟の契として『殴り愛(boxing Love)』でもやるか?」

 

「ま…政宗様! お戯れを!!」

 

政宗と小十郎のやりとりに笑うなのはやキャロ達の姿を遠目に見ながら、ティアナの表情がさらに暗くなった。

そこへ―――

 

「おい! ティアナ! さっきからなにボケっとしてるんだ!? 早く迎撃訓練を始めるぞ!」

 

「す…すみません!!」

 

ヴィータの怒声で、我に返ったティアナは慌ててクロスミラージュを構え、訓練を始めた。

その姿を少し離れた木の上から見つめるひとつの影…

 

「う~ん……あれは色々と迷いを抱えてる表情だねぇ…」

 

影は、そうつぶやくや否や、その次の瞬間には姿を消した。

 

 

「よし! 午前中の訓練はここまで! 午後は外で警備任務があるからそれまでに各自、休憩と昼食をとるように! 以上だ!」

 

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 

午前の訓練が終わり、フォワードチームと家康達はそれぞれ昼食をとる為に、隊舎へと戻った。

そんな中、ティアナだけは一人訓練所に残り、もう少し戦闘訓練を続ける事を選んだ―――

 

「しかし、ティアナも随分熱心だな。食事も惜しんで訓練とは…」

 

「ここ数日、ずっとそうなんですよねぇ…あんまり無理し過ぎないといいんだけど…」

 

隊舎の廊下では着替えを終えた家康が、管理局陸士部隊の制服をぎこちなく身に纏いながら、同じく制服姿となったスバルと話しつつ、食堂へと向かっていた。

 

「…そういえば、ここしばらくティアナと一緒に食事をとってないかもしれないが…もしかしてずっと…?」

 

「はい。毎日、訓練が終わっても30分は自主練を続けているみたいなんですよぉ。なんで急にそんなに気合入ったりしてるんだろう?」

 

「まぁ、ティアナも色々考えての事なのだろう。身体に障りない限りは、思うようにさせておいて上げていいのではないか? 勿論、無理は禁物だが」

 

「はい。そこは私もちゃんと見守ってますし、なのはさん達だってちゃんと見てくれているとは思います」

 

そんな事を話しながら、2人が食堂に入ると…

 

「おっ! 来たねぇ! 六課随一の仲良し師弟コンビ!」

 

食堂の配膳カウンターに並んでいた隊舎の若手スタッフ達が家康とスバルをからかうように冷やかした。

 

「皆さんったら! その呼び方辞めて下さいよぉ!」

 

「ハハハ…確かに何度聞いても、こそばゆいな」

 

家康とスバルはそれぞれ赤面しながら、頭を掻きつつ、配膳を待つ列に並んだ。

 

「そうだ! 徳川さん。こないだ整備班の連中と飲みに行ったんだって? だったら、今度はウチの班の皆と飲みに行きましょうよ?」

 

「おいおい、家康さん達を飲みに誘うなら、女の子呼ぶのは避けた方がいいぜ。人気皆持ってかれちまうからな」

 

列に並んだスタッフ達はそれぞれ家康と談笑を交わしていく。

今や家康は、その持ち前の明朗な人柄で、機動六課の前線メンバーやロングアーチメンバーだけでなく、隊舎で働く一般職員達ともすっかり顔なじみになっていた。

非魔力保持者であるにも関わらず、精鋭揃いの六課の主戦力に名を連ねるイレギュラー的存在ながら、飾らず誰に対しても、優しく公平に接する爽やかな若者である家康は世代を問わず、関わる者の殆どから忽ち人望を集める事となった。

おかげで、最近ではこうして師弟関係が周知の事実になっているスバルとの仲の良さを冗談半分で冷やかされるなんて事も起きたりしていた。

 

そんな隊舎の職員達から人気なのは家康だけではなかった…

 

「ガツッ!ガツッ!バクバク!!……んぐ!…いいかエリオ! 武田の流儀のひとつ! 飯はとにかく腹いっぱいかきこめ!! ガツガツッ!!」

 

「ふぁい!兄上!…ガツガツ!!…バクバク!!」

 

食堂の一角のテーブル席では、卓上一杯に用意された白米、味噌汁、その他多種類の純和食のおかず…それらを物凄い勢いでかきこんでいく幸村とエリオの姿があった。

 

「おい、幸村。 飯が逃げるわけじゃねぇんだから、そんな飢えた獣みてぇに食うなよ」

 

「エリオもそんなに慌てて食べたら胃がもたれちゃうよ」

 

フェイト、ヴィータが二人に注意するが、二人の若武者(バカむしゃ)は聞く耳を持たない。

 

「ばにをいうが! ゔぃーばぶぉの! これもすべてはエリオを立派な武士にする為…んがくっくっ!!」

 

「うわっぷ!! 食いながら話しかけてくんなよ! 米粒が飛んで顔に付くっつぅの!!」

 

そんな幸村とヴィータのやりとりに周りで食事をしていた女性スタッフからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 

「申し訳ございません、フェイトさん! でもこれも一日も早く武田の武士として精進する為の体力造り…んがくっくっ!!」

 

「うん…体力づくりはわかったから、まずお茶を飲もうね」

 

幸村と同じ様に咽るエリオにフェイトは苦笑しながらお茶を渡して、飲ませた。

一週間前の幸村との“兄弟”の契を交わして以来、エリオの性格は良い意味(?)で色々と吹っ切れていた。

元々、優しく思慮深いが、若干押しの弱い一面もあったエリオであったが、幸村の“弟”として本格的に師事するようになってからは、まるで幸村から性格をそのまま移されたかの如く、元来の真っ直ぐな性格はさらに一本気となり、そして今まで見せた事がない豪快さや、時に『熱苦しい』と称される程にハイテンションな言動が増え、それまでの彼をよく知っていた隊舎のスタッフからは驚かれた。

しかし、それが慣れてくると、幸村とエリオの『熱血兄弟』(命名者・はやて)が繰り広げる半ばコントのようなやり取りは六課に務める職員の間では定番の風物詩のひとつとなっており、中でも極めつけは…

 

「では、食事の後の締めとして…エリオ!」

 

「はい! 心得ております! 兄上!」

 

「エリオ!」

 

「兄上!」

 

「エリオォ!」

 

「兄上ェ!」

 

「エリオォォォォ!」

 

「兄上ぇぇぇぇぇ!」

 

「だぁから! こっち向いて叫び合うなっての! 食いカスがアタシの顔に飛んでくるんだよ!!」

 

「二人とも! テーブルに足を乗せない!!」

 

この熱苦しく互いの名を叫び合う武田軍の“お家芸”と、それに対してツッコむか、叱りに入るヴィータとフェイトのやり取りも、職員達からは格好の面白ネタのひとつとなっていた。

 

「……やれやれ。落ち着いてメシも食えねぇのかよ?」

 

「にゃははは…」

 

騒ぎすぎてフェイトとヴィータに叱られる幸村とエリオを目配せ、呆れながらそれぞれ自分達も食事を終えた政宗となのはが空けた食器の乗ったトレーを返しに行こうと立ち上がった時、数人のツナギ姿の男性スタッフ達が近づいてきた。

 

「筆頭! 今朝、筆頭が頼んだバイクの雑誌持ってきましたけど読みますか?!」

 

「おっ! speediじゃねぇか、テメェら。気が利くねぇ」

 

政宗を「筆頭」と呼ぶ、このスタッフ達は機動六課のヘリ・車両整備班の作業員達だった。何故彼らが、これほどまでに政宗を慕うようになったのかというと、機動六課に身を寄せてから数日後、幸村や小十郎達と共にこの世界の言語や文化、そして文明の利器をある程度、覚えた政宗は、その中で『バイク』という現代でいう馬の役割に近い機能を果たす二輪車両に強い興味を引かれていた。参考資料として見せられたバイクの写真に、自分が日ノ本にいた時に愛馬に取り付けていた装飾とよく似たデザインの『ハンドルバー』なるものが付いた一台を見たのをきっかけに、バイクの事を知りたがった政宗は、実物を見ようと、六課の関係者の車両を集めた駐車場へ足を運んだ時、偶々そこにいた整備班スタッフ達と出会った。聞けば、彼らはバイクが趣味だというので、政宗は彼らからバイクについて色々と聞いたり、彼らの私物という実物のバイクを見せてもらったりしていたが、その内に、彼らが昔暴走族の端くれをやってた事を聞き、ますます意気投合する事になった。

何を隠そう政宗率いる伊達軍は、現代で言うところの『暴走族』と言っても過言ではない位の荒武者揃い。

全員がそうだった訳ではないが、服装は自由に改造するわ、丁髷か月剃が定番な戦国時代において今で言うリーゼントやモヒカンといった奇抜な髪型をするわ、自分の旗に“喧嘩上等”“唯我独尊”などを書いて掲げるわ、盗んだ軍馬で走り出すわ…正直、下手な野武士よりも荒くれ者の集まりであった。

その為、元暴走族であったという整備スタッフ達とも非常に気があったのである。こうして、あっという間に彼らを手懐けてしまった政宗は今や、整備班員達の間で『筆頭』と敬称で呼ばれるカリスマ的存在となっていた。

 

「政宗さん。バイクの免許でも取ろうと思うの?」

 

「ん…まぁ、“免許”とかいうのはよくわからねぇが、この『driving』ってのにはなかなか興味があるからな」

 

なのはからの質問に答えながら、政宗は受け取ったバイクの専門誌を広げて見た。

 

「ほぉ、ここに載ってるbikeはどれもniceなdesignじゃねぇか。こうなってくると、俺も本格的に自分用のbikeが欲しくなってきたぜ」

 

「おっ!? それじゃあ、皆で走り出す為のバイク盗みに行きますか? 筆頭!」

 

「おいおい、仮にも治安維持部隊の職員が言う台詞じゃねぇだろ、それ……」

 

「あはははは……」

 

心做しか、思考や言動がかつての暴走族時代の…っというより伊達軍の若手兵士のようになりつつある整備スタッフ達を政宗はツッコみ、なのはは苦笑いを浮かべた。

…っとそこへ…

 

「政宗様。 ただ今戻りました」

 

何故か農作業の服を着て、鍬を担いだ小十郎が食堂に入って来た。

 

「小十郎? お前なんだ? その格好?」

 

「農作業でもしてきたのですか?」

 

政宗となのはの問いに、小十郎が嬉しそうに話し始めた。

 

「実は八神に頼んで、この機動六課の敷地にこの小十郎専用の畑を拵えさせてもらったのです。 この様子だと我々は当分この六課に厄介になりそうですから、せっかくなのでここでも趣味を持っていいかと思いまして…」

 

「ほぉ。 そいつはExcellentじゃねぇか。 久しくお前の作る野菜にありついてなかったからなぁ」

 

政宗が嬉しそうに話すと、なのはが横にいた政宗に尋ねた。

 

「へぇ~、小十郎さんって野菜の栽培ができるんですかぁ?」

 

「Ha!できるなんてもんじゃねぇぞなのは。小十郎の作る野菜の味は天下一品だ。そこんじょそこらの野菜なんかとは比べ物にもならねぇ本物の中の本物の野菜だぜ」

 

「へぇ~それは食べてみたいなぁ…でも、あれ?」

 

なのはは思い出した様に首を傾げた。

 

「だけど、小十郎さん。土地はどこを使ったんですか? この六課の敷地内って、地盤の問題とかもあって、畑に適した土地っていうのは限られてくる筈なんだけど…」

 

「あぁ、それなら八神が『とっておきの土地を貸してやる』って言ってくれたんでな…」

 

 

その頃…六課隊舎 ヘリポートでは…

 

「こ……これは……何ですか?」

 

ヘリパイロット ヴァイス・グランセニックが冷や汗を浮かべて問いかける先には完璧に耕された広大な畑……

それだけであれば、まだよかったのだが、彼がこんなにも顔を青ざめているのには理由があった。

それは、ここは本来、“ヘリポート”であるハズの場所だからだ。

 

「ヴァイス陸曹。部隊長の意向で今日から六課の屋上ヘリポートは『機動六課菜園』に変更されたのでよろしくですぅ」

 

「よくねぇよ!! どうすんですかこれ! これじゃあヘリを離陸させることも着陸させることもできないじゃないですか!!」

 

笑顔でそう告げるリインに、ヴァイスが不満を爆発させるようにツッコんだ。

 

「御心配なく! ヘリポートなら新しく用意しておきましたから…」

 

「えっ!?本当に!?どこ!?」

 

「あそこです」

 

そう言ってリインが屋上の端から下へ指差した先には…職員用駐車場の端に追いやられるようにして置かれたヘリと、汚い字で『新ヘリポート』とか書かれたお粗末な看板があった。

それを見て言葉を失うヴァイス。

 

「あっ…あれ…新しいヘリポート? あんな狭い敷地にどうやってヘリを着陸させろと?」

 

「それはあれですよ…………『根性』で頑張ってください♪」

 

「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

理不尽過ぎるリインの励ましに、絶叫するヴァイスであった。

 

 

「おいおい、はやても随分、無茶苦茶な事やりやがるな…お前らも仕事場を雑に扱われて不満じゃねぇか?」

 

話を聞いた政宗が呆れつつ、その場に居合わせたヘリの整備スタッフ達に同情するように尋ねる。が…

 

「いえ! 筆頭のお話にあった噂の“片倉印の野菜”がここで栽培されるのなら、ヘリの一機や二機、どうって事もありませんよ! なぁ、皆!」

 

「「「「おぅ!!」」」」

 

「お前らなぁ…仕事に対するprideってもんがねぇのかよ?」

 

政宗はそう冷や汗を浮かべながらツッコむのだった。

 

その後も食堂各所で、家康達はそれぞれ隊舎のスタッフ達を相手に談笑を続けるのだった。

だが、そんな自分達の様子を遠巻きに睨みつけながら、聞き耳を立てる人間がいた事に家康達は気づく事がなかった…

 

 

「チィッ!…所詮、八神部隊長の鶴の一声で入っただけの次元漂流者のくせに……いい気になりやがって…」

 

彼の名前はジャスティ・ウェイツ―――

機動六課・ロングアーチ通信主任で、この隊舎においては部隊長のはやて、部隊長補佐のグリフィス・ロウランに次ぐナンバー3…そして、この隊舎内においては稀有といえる家康や政宗、幸村達、機動六課に滞在する『センゴクブショウ』なる民間人協力者達を快く思っていないスタッフの一人であった。

基本的に機動六課のスタッフ達は主戦力となるメンバーは勿論の事、バックヤード要員のロングアーチ隊員。さらにはその他隊舎運営の為のスタッフに至るまで、基本的にはやてが公私共にその人となりを確かめた上で選出した人員が揃っている故に、隊内で大きな意思の相違などが生じる事は滅多にない事だった。

だが、そんな中でジャスティだけは数少ない例外といえる人物だった。

 

スタッフの中にはやはり“次元漂流者”という理由もあって家康達の存在を珍しがる者も少なくはないが、それもほぼ全員が、隊の為に積極的に協力してくれる家康達に好意的に思っていた上の事であった。

しかし彼の場合は、突然現れた民間人協力者で、自分と同じ魔力保有指数も皆無にも関わらず、入隊まもなく機動六課の戦力に担ぎ上げられ、剰えなのはやフェイト達のような隊の中心的人物にまで名を連ね、しゃしゃり出ている事が気に入らないという、安いプライドである。

 

「また一人で過ごしているのかい? ジャスティ」

 

不意にかかった声の主の正体を察したジャスティは露骨に不愉快な顔を浮かべる。

振り返るとそこにはロングアーチの通信士 アルト・クラエッタ、ルキノ・リリエを引き連れた機動六課ロングアーチ副官グリフィス・ロウランの姿があった。

 

「ロウラン…なんの用だ?」

 

「いや、偶にはロングアーチ同士一緒に食べるのも悪くないかと思って誘いに来たんだが…どうかな?」

 

そういうグリフィス達の手には買ってきたばかりの昼食の乗ったトレーがあった。

だが、ジャスティはプイとそっぽを向きながら無愛想に返した。

 

「フン…昼食を一人で食べようが俺の勝手だろう…余計なお世話は無用だ」

 

「ちょっとジャスティ主任! そんな言い方は…!」

 

「どうですよ。グリフィスさんが折角誘っているのに…」

 

アルト、ルキノがそれぞれジャスティのそっけない態度を窘めたが、ジャスティは聞く耳を持たないと言わんばかりに席を立ち、まだ食べかけである皿を手に返却口へと向かう。

すると途中で足を止め、振り返りながら3人に向かって露骨に不機嫌な眼差しを投げかけた。

 

「そんな事よりもルキノ。例の解析データの集計はもう記帳し終わったのか?」

 

「えっ!? あっ…ご、ごめんなさい。それがまだで…」

 

ルキノが慌てて謝るが、ジャスティは見下すように鼻を鳴らした。

 

「フン…これだから半人前は困る。同僚同士で仲良しごっこするのもいいが、少しは同僚の役に立てるように精進する事も頭に入れておいてもらいたいね。ロングアーチ同士足を引っ張られるようでは、俺も通信主任として困るからな」

 

っと最後に厭味ったらしく言葉添えしながら、ジャスティは皿を持って食堂の返却口へと向かっていった。

そんな彼の背中をグリフィスは困惑したように、アルトは顔を顰め、そしてルキノはしょんぼりと肩を落としながら見送るのだった。

 

「なによあれ!? 今にはじまった事じゃないけど、ジャスティ主任ってホント感じ悪っ!」

 

ジャスティが食堂から出ていった後、アルトが抑えていた怒りを発散するように一人すっかりおかんむりになっていた。

そんなアルトをグリフィスは穏やかな口調で宥めていた。

 

「まぁそう言うなアルト。彼も性格は少々気難しいが、機動六課の仲間なんだ。それに一応はお前達の上司でもあるのだぞ」

 

「でもグリフィスさん! ルキノの事をあんな厭味ったらしく「半人前」だなんて…! いくら上司でも言っていい事と悪い事があるでしょうに! アイツが私達より上の位にいなかったら、ぶん殴ってやってるとこよ!」

 

「いいのよアルト。頼まれていたお仕事を終わらせられなかった私も悪いんだし、ジャスティ主任の言い分も間違ってはいないんだから…」

 

ルキノはそう言って気にしていない様子を見せたが、アルトはそれでも納得できない様子を見せていた。

 

「どうかしたんですか? アルトさん」

 

不意にかかった声に、憤っていたアルトの気が少し削がれる。

見ると、他の皆に遅れて昼食をとりに来たティアナがちょうどテーブル席に着こうとやってきていたところだった。

 

「ティアナ。今からご飯?」

 

「えぇ。少し自主練してて…ところで食堂の外まで声が聞こえてましたけど、何かあったのですか? アルトさん」

 

「それならちょうどよかった。ちょっと聞いてくれる? 実はね…」

 

アルトはティアナを無理矢理テーブルの空いた席に座らせると、さっきの出来事について話して聞かせた。

 

「ジャスティ主任かぁ…そういえば私達ってロングアーチの人達とはそれぞれそれなりに親しくなったけど、未だにあの人とだけお仕事以外で話した事ないんですよね」

 

しばらくアルトの愚痴の聞き役に徹していたティアナだったが、とりあえず落ち着いてきたのを見計らって、自分の意見を述べる。

 

「でしょう? 彼、六課が立ち上がった当初から仕事一筋というか、なんかエリート意識強いというか…とにかくなんかとっつきずらい雰囲気あったんだけどね…なんか最近はますます無愛想になったというか…私達に不満全開? みたいな感じになってるというかね…」

 

するとそれを聞いていたグリフィスが顎に手を当てて、何か考え込むように唸っていた。

 

「う~ん…実はそれは僕や八神部隊長も気づいていたんだけど…どうも家康さんが六課にやってきた頃から、あんな感じになったというか…」

 

「家康さんが…?」

 

ティアナが訝しげながら聞いた。

すると、それを聞いていたルキノが思い出したようにこんな事を話し始めた。

 

「…そういえば、最近スタッフの間でちょっとした噂があるんです。 「ジャスティ通信主任は、家康さん達の事をあんまり快く思っていないんじゃないか?」とか…」

 

「ええぇ!? なんでなのよ!?」

 

アルトが驚きながら言った。

 

「うん。彼、元々実戦部隊志望だったらしいんだけど、魔力保有指数が入隊基準値より上回らなかったから管制官の道に進む事になったらしくて…それで同じ魔導師でもない民間人協力者にも関わらず六課の主力メンバーとして活躍している家康さん達が気に食わないって話じゃないかってスタッフの人達は噂してるみたい…」

 

「えぇ~!? 信じられない! 家康君達って、ちょっとクセは強いけど皆いい人達ばっかりなのに!」

 

ルキノの説明を聞き、アルトは呆れと驚愕が混じったような声を上げた。

はやてを除くロングアーチメンバーの中では、シャーリーと並んで家康と接する事の多いアルトは、既に彼らの人となりを把握しており、その評価は至って好意的となっていた。

なのは達同様に、戦力としてのみならず人としてもよくできた家康達を嫌う理由が、アルトには信じられなかった。

それはグリフィスも同じ思いであった様に、同調するように頷いた。

 

「そうだな。魔導師か否かだなんてこの際、詮無き事だ。皆さん、この六課の大きな力となっていて、八神部隊長や高町隊長達、フォワードの皆も認めている仲間なんだ。ジャスティもそれを早く受け入れてくれる事を祈りたいな」

 

「そうそう! 今の六課で、家康君達をよく思っていない人なんて、ジャスティ主任(あの人)以外いないでしょ! アハハハ!」

 

「……………」

 

軽い調子でそう言いながら笑うアルトであったが、その言葉にティアナが一瞬複雑な面持ちでアルトに目を配った事に、アルト自身は勿論、グリフィス、ルキノも気づく事はなかった。

 

 

バシュッ! バシュッ! パンッ! バシュッ!

 

ホログラムの標的を投影させて、そこに向かって魔力弾を撃つ。

射撃手としては基礎中の基礎であるこの訓練を、ティアナは時間を惜しんで真剣に取り組んでいた。

結局、昼食もそこそこで切り上げたティアナは、午後からの任務地へ出立するまでの1、2時間の間に少しでも訓練に励もうと、一人隊舎の裏手にやってくると、再び自主練を開始したのだった。

取り組みながらティアナの脳裏を過るのは先程の食堂でのアルト達との会話だった。

 

 

―――今の六課で、家康君達をよく思っていない人なんて、ジャスティ主任(あの人)以外いないでしょ!―――

 

 

アルトはそう一笑に付していたが、正直それは今の自分にとっては笑えない一言だった…

っというのも、僅かばかしだが自分もまたこの機動六課において『家康達の存在を快く感じていない』人間である事を自覚していたからだった。

実は、ティアナの心の底には、家康達がやってくる以前からある“負”の想いが燻り続けていた…

 

 

この機動六課に所属する者達はどれをとっても常人を遥かに超えた実力や才能を持つ者達ばかりである。

Sランク以上の実力を持つ魔導師 なのは、フェイト、はやて、シグナム、ヴィータ―――

若干10歳で魔術師ランク“B”を取ってる騎士の卵 エリオと、竜召喚士という特異なスキルの所持者であるキャロ―――

そして父親に武装隊指揮官を持ち、自身も強大な魔力の保持者である親友 スバル―――

 

それだけでも周囲との才能の差に引け目を感じていたティアナであったが、そんな彼女の劣等感をより強く痛感させる事となったのが、他でもなく家康達“戦国武将”であった。

 

武器や魔法を一切頼らず、己の拳の力のみでガジェットを300機あまり簡単に撃破するほどの実力を持つ徳川家康―――

しかもそんな彼でさえも、六課にいる武将達の中ではまだ若輩というのが驚きだ。

 

“六爪流”なる6本の剣を当時に操るという今までに見たことが無い型破りな剣術を使う伊達政宗―――

 

二槍というこちらもまた常識を逸する戦闘スタイルと、フェイトに劣らぬスピードを武器にする真田幸村―――

 

『龍の右目』の二つ名に恥じぬまでの、完成された剣術と卓越した知略を駆使して政宗を支える片倉小十郎―――

 

相手の動きを的確に見越す優れた洞察力や、巧みな罠や術を駆使して敵を翻弄する猿飛佐助―――

 

どの武将達もティアナが今まで見たことがなく、その常識を遥かに凌駕した強者達である。

 

しかも、驚く事に彼らの誰一人も魔力を一切持ち合わせていないのだ。

それでいて、“気”なる特殊な力を用いる事で、彼らは雷や炎などを自由自在に操る能力を持っているという、まさにこのミッドチルダのルールを無視したかのようなチート人間達である。

おそらく魔力云々抜きにして、純粋に戦うだけであれば彼らの実力は、なのは達とも互角…否、もしかしたら彼女達をも凌ぐ程かもしれない。

 

されども、ここまで超人的な力を見せられると逆に諦めも着けるものだった。

だが、それでいてティアナが劣等感を更に燻ぶらせる事となったのは、そんな戦国武将の教えを受けた事で、実力を急成長させつつあるスバル達の存在だった。

 

キャロが今日から受ける事になった小十郎の剣術は、政宗の言う通り確かに『本物』である。

あの『舞うような』それでいて『豪快な』剣術をキャロが身に付ければ、間違いなく最前線で戦うだけの実力を得られるはずである。

 

そしてエリオ…彼の実力もここ数日で大きく変わりつつある。

先日の黒田官兵衛、後藤又兵衛両名による六課襲撃事件以降、幸村から槍術を学ぶこととなったエリオは、最近では日常生活においても非常に積極的かつ野性的な性格に変わりつつあり、そして戦闘面においても今までの騎士としての確実に敵を討つ正確さと優雅さを重視したものから、豪快で大雑把ながらも強力な一手を打つ『武士』の戦い方に変わり、その実力も大きく上がりつつある。

 

だがやはり大きく変わったといえばスバルだ。

家康と師弟関係を結んでから1カ月…このわずかな間でスバルの戦術、実力は共に大きく変わった。

シューティングアーツを捨てると宣言したスバルの選択に初めはほんの数日で元に戻ると信じていたティアナであったが、それがどうだ?

いざ家康の戦術を身に付けたスバルの実力は、これまでのものを遥かに上回る活躍ぶりをみせた。

これまでシューティングアーツでは魔力と併用する事で、はじめてその実力を発揮されていたスバルの拳が、今では拳の力のみでガジェットを破壊し、それでいてシューティングアーツで身に付けた技を超える威力を持った技を数多く繰り出せるようになったのだ。

極めつけはその十分に温存できるようになった魔力と、家康から教わった『気』の力との組み合わせで可能となった『戦極ドライブ』という大技だ。

あの技はおそらく、なのはの魔力リミッター解除時の『ディバインバスター』を超える威力を持ち合わせている筈である。

第五監視塔事件の際にはじめて見せたスバルの大技は、ティアナに驚愕と共に劣等感を抱かせる事となった。

その後も黒田主従襲撃事件の際にもスバルは家康、幸村をサポートして後藤と戦ったのにも関わらず、ティアナは現れたガジェットドローンと戦う事で精一杯であったのだ。

認めたくは無いが、今の自分の実力はスバルとは大きく差を空けられている。

そればかりか、六課の中に置いても下から数えた方が早いはずだ…

 

(やっぱりこの部隊で……凡人はあたしだけ……)

 

そんな劣等感がティアナの心を大きく蝕んでいた。

 

別に家康達が疎ましいわけではない。ただ、彼らの存在によって、自分以外の周りがどんどん先に進んでいってしまっている事に焦りや不安が生じ、そのやり場のない苛立ちが自ずと家康達に向いてしまうのもまた事実であった。

 

「でもそんなの関係ないわ……私は…今ここで立ち止まってるわけにはいかないんだ」

 

ティアナは自分を慰める為か、それとも己の熱り立ちそうになる心を鎮める為か、そう呟くとさらに特訓に熱を入れてかかった。

そんなティアナの様子を少し離れたところに生える木の上から一人の男が見守っていた……

 

「…まさに“水底に沈み彷徨う”って感じか…かつての真田の大将そのまんまだねぇ。さて…どうなる事やら…?」

 

男…猿飛佐助は、そんなティアナを複雑そうな面持ちで見据えながら、呟くのだった……

 

 

スカリエッティのアジト スカリエッティの研究室―――

薄暗く、仄かに小さい明かりだけが灯る室内に、スカリエッティ、三成、皎月院、大谷、そして“ナンバーズ”の1番でスカリエッティの秘書 ウーノと、もうひとり、丸渕のメガネをかけた、明るめの茶色のお下げ髪に白いケープを纏ったナンバーズの女性が居合わせていた。

 

「さて、三成君……今回の“計画”を説明する前に、まずは君達に見てもらいたいものがある」

 

開口一番、そう言うとスカリエッティがウーノに合図を出した。

それを受けたウーノは身体の周りにピアノの鍵盤の形を模したホログラムコンピュータのコンソールを展開させ、手慣れた手付きでコンソールを操作していく。

すると、一行の前に大型のホログラムスクリーンが投影され、そこにある資料写真が映し出された。

赤い宝石のような光る結晶体のようなものが金属製のケースの上に浮かんでいる。

 

「………なんだ? それは?」

 

顔を顰めながら、訝しげに尋ねる三成に対し、大谷は小さく唸りながら、憶測を述べた。

 

「もしや…それが以前、ぬしが話していた“レリック”なる魔石か?」

 

「そのとおり! 流石は大谷殿。 察しがいい。 そう、この“レリック”は私の計画に必要不可欠な存在となる『賢者の石』。性質としては高エネルギーを帯びる「超高エネルギー結晶体」であり―――」

 

「無駄に長い説法は無用だ。それよりその魔石とやらが、一体なんだというのだ?」

 

写真に映る結晶体…『レリック』について説明しようとしたスカリエッティを鬱陶しそうに遮りながら、三成は催促する。

だがスカリエッティは動じる事なく、諭すように話しかけた。

 

「まぁまぁ、話は最後まで聞いた方がいいと思うよ。三成君。このレリックはこれから私だけでなく、君の“願い”を叶える為に重要な役割を果たす事になるのだから」

 

「!? なんだと…?」

 

スカリエッティの言葉に、三成が眉を顰める。

 

「……つまりは、貴様とうたが言っていた“儀式”を成功させる為に必要な一手という事か?」

 

「まぁ、簡潔に言えばそういう事だねぇ。残念ながら、レリック自体はあくまでもその”動力源”に過ぎないけど…それでも”アレ”を成功させる為には、相当なエネルギーが必要となる。レリックは最適な媒体というわけさ」

 

皎月院がそう説明した。

すると、話を聞いていた丸渕メガネの女性が話に割り込んでくる。

 

「その為にも、“レリック”と名前の付く品はできる限り、私達の手に集めておきたいのですのよねぇ~。特に最近では凶王様の宿敵の“徳川家康”って人が手を組んだ“機動六課”にレリック集めを邪魔されて、収集率が悪くなっているのが目下の問題なんですよぉ~」

 

女性…ナンバーズ・4番 “クアットロ”は、この場の雰囲気には場違いにも程があるような甘ったるい声で、馴れ馴れしく説明してきた。

そんな彼女に対して、三成は今にも斬りかからんばかりに、忌避と嫌悪の感情の籠もった刃の如き一瞥を向ける。

 

「……つまり、西軍(我々)に魔石集めの手伝いをしろと?」

 

「そういう事ですねぇ~。あっ! 勿論、凶王様のお手を煩わせるなんてそんな恐れ多い事はしませんよぉ~。できれば、西軍についた腕の良い方々の助力をお借りしていただけるなら嬉しいんですけどねぇ~」

 

三成はさらに腹立たしい気分になった。

元々、スカリエッティの“娘達”というナンバーズには良い印象を抱いていない三成だったが、このクアットロは特にいけ好かずにいた。

一見謙った物の言い方で話しているが、その馴れ馴れしく、軽薄な言葉からは妙な胡散臭ささえも感じられる。それもまた、三成の彼女に対する嫌悪感情を増長させていた。

 

「そのような使い同然の仕事など、外様の連中か、貴様らの”妹”共にでも任せればいいであろう?」

 

「あぁ~。それはダメですよぉ~。まだ後期発組の子達の何人かは調節中ですし、中にはまだ目覚めてさえもいない子もいるんですよぉ。他の武将の方々にしたって、あの人達みたいな、期待外れな方に任せてしまっては、元も子もありませんし、ねぇ…」

 

そう言いながらクアットロは、部屋の隅の方で、正座させられている二人の男達…黒田官兵衛と後藤又兵衛を見下すような眼差しで一瞥した。

クアットロの言葉を聞き、又兵衛は屈辱に震え、官兵衛も悔しそうに歯を食いしばっていた。

 

「お、おい! “4番(クアットロ)”とやら! 『期待外れ』とは言ってくれるじゃねぇか! そりゃ、確かに小生達は、失敗はしたけどよぉ、『期待外れ』はねぇじゃねぇか?」

 

官兵衛はそう異議を唱えるが、そこへ大谷が輿に乗って近づいた。

 

「唯の『期待外れ』であれば、それに相応する役目はあるので問題はない…だが、混乱に乗じて敵に内応を目論むような『獅子身中の虫』であれば、余計に質が悪いというものよ…」

 

「ゲゲッ!? …な、なんのことだ…? 小生にはさっぱり……?」

 

先の六課襲撃の折に、家康に取り入る計画を謀ろうとしていた自分の意図を遠回しに突いてきた大谷に、官兵衛は顔を青ざめながらも必死に誤魔化そうとするが、そこへ隣にいた又兵衛が…

 

「あ~…すんませ~~ん。コイツ、こないだの襲撃中に徳川家康の阿呆に思いっきり取り入ろうとしてましたぁ~~…」

 

「ま、又兵衛えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!?」

 

躊躇う様子もなく、官兵衛が立てた計画を大っぴらに暴露してしまった。

そこには『主君を庇い、守る』という家臣としての矜持や忠誠など微塵もない。

 

「なんだとッ!!? おのれ、官兵衛えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 縊り殺してやるうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

当然、それを聞いて烈火の如く怒り狂う三成と、「やっぱり」と言わんばかりに呆れと嘲笑の目つきで見下してくる大谷。

すると、そこへ皎月院が割って入り、制止した。

 

「まぁ、待ちな。 黒田が素直にわちきに従おうとはしないだろうとは思っていたけど、それでも敢えて斥候として選んだのはわちきなんだ。コイツは確かに阿呆で信用できないけれども、まだ使い道はあるはずだ。だから…今回の不敬に関してはわちきの顔を立てて、勘弁してやってくれないかい?」

 

「うたっ!? しかし、コイツは……!?」

 

「安心しな。コイツには当分、徳川方と接触させはしないよ。しばらくはこの穴蔵の中で、アンタ達の妹の世話でもさせようかねぇ?」

 

皎月院はウーノとクアットロの方を見据えながら言った。

すると、クアットロは思い出したように手を打った。

 

「そうだ! だったら、一人ピッタリな子がいるんですよぉ~。ちょうど、黒田さんみたいな“アホ”で、私も手を焼いてるんですけどぉ~。その子ならアホ同士ピッタリだと思いますよぉ」

 

「クアットロ。貴方、言葉が過ぎるわよ」

 

ウーノがピシャリと窘めた。

 

「ならば、官兵衛よ。ぬしは当分、ここで“謹慎”しながら、その戦闘機人(人形共)の小娘の養育係でもやっておくがよい。それと…」

 

大谷はそう言いながら、官兵衛の手にかけられた手枷に向かって、両手で奇妙な印を切り、そして叫んだ。

 

「“封”!!」

 

そう言い放った瞬間、官兵衛の手枷に濃い紫色のオーラが宿る。

同時に、手枷にさらなる重石が加わったかのように、その重量が倍以上に重く感じられた。

 

「なっ!? …なんだこりゃ…? 刑部! 一体、何をしやがった!?」

 

「ヒッヒッヒッ…謹慎だけでは、謀反の罰としては手ぬるいのでのぉ。ぬしの手枷に術をかけて、鍵だけでは開かないように施してやったぞ」

 

「な…なぁにぃぃ!?」

 

官兵衛が血の気の引いた顔で驚愕する。

 

「その手枷を外すには、我が今しがたかけた“術”を解いた上で、鍵を外さねばならなくなった…つまり、我らに手向かい、徳川と結んで我を倒して鍵を奪っただけでは、ぬしのその手枷は永遠に外す事ができないということよ…」

 

「ななっ!? なんだとおぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

絶叫する官兵衛に、皎月院が嘲笑うかのように言葉を添えてきた。

 

「これで、アンタはわちき達に…豊臣に逆らう事ができなくなったって事だねぇ。こうなったら、一日も早く、三成や刑部の信頼を得られるように胡麻をする方法でも考えな」

 

「ぐぐぐっ………な、なぜじゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

悔しそうに地団駄を踏み、叫ぶ官兵衛。

そんな官兵衛の姿を見て、又兵衛が腹を抱えて笑い出した。

 

「ケーケッケッケッケッケッ!! ざまぁねぇな阿呆官!! 俺様の邪魔をした報いって奴だなぁ! せいぜい、大好きな穴蔵の中で木偶のお守りでもやってろ! その間に、この又兵衛様がその“れりっく”ってやつを集めまくって、豊臣直臣の座に躍り出てやっからよぉ!!」

 

又兵衛が得意げにそう宣言するが、そんな又兵衛に対しクアットロは淡々とした調子で言い放った。

 

「あっ。別に“何兵衛”さんも働いてもらわなくて、結構ですよぉ。っというか“謹慎”は貴方もですからぁ」

 

「へっ…!?」

 

一瞬なにを言われたのかわからず、目を丸くさせながら、硬直する又兵衛。

そこへ、皎月院が容赦なく宣告する。

 

「当たり前じゃないかい。黒田の邪魔が入ったとはいえ、アンタも失敗した事に変わりはないんだよ。おまけにわちきの命令に背いて、真田だけでなく徳川までも手にかけようとしたそうじゃないかい? 謀反を企てる奴は論外だけれども、功名に逸って命令通りに動かない奴も信用はおけないねぇ」

 

「そ、そんな…っ!? 悪いのは全部、阿呆官だろうが!!?」

 

必死に抗議する又兵衛に、皎月院は手を上げて黙らせた。

 

「それはわかっているさ。だから、アンタの謹慎は黒田よりは軽くしておいてやるよ。だけど、今後アンタを西軍の主な作戦に使うか否かは、別の作戦の折にアンタの働きを見て判断する事にするよ。勿論、今回の作戦からは外れてもらうからね」

 

皎月院からの冷淡な宣告に又兵衛はがっくりと肩を落とし、そして隣で未だにショックに打ちひしがれていた官兵衛に向けて、粘着質な目つきで睨みつけた。

 

「おい、阿呆官! テメェのせいで、俺まで “無能”扱いされちまっただろうが!!」

 

そう食って掛かる又兵衛に、官兵衛もすかさず反論する。

 

「なにをいうか又兵衛! そもそもお前さんが、あの時小生の言う通りにしていればこんな事にならなかったんだよ!!」

 

「なぁに言ってんだ! オマエ殺す、もう殺す、絶対殺す!」

 

2人の口論はヒートアップしていき、とうとう互いに取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまう。

 

「なんだと、このあまんじゃく兵衛!」

 

「うるせぇぞ!阿呆官!」

 

「いやいや、お前がうるさい!!」

 

「いやいやいや、テメェがうるせぇ!!」

 

「いやいやいやいや―――!!!」

 

子供の喧嘩のように稚拙な罵倒合戦を繰り広げながら、組み合う又兵衛と官兵衛を心底軽蔑するように睨みつけながら、三成が長刀を抜きかけたその時だった――

 

バシュッ! バシュッ! バシュッ!

 

「「ッ!!?」」

 

突然、又兵衛と官兵衛の足元に、乾いた打撃音を響かせながら紅い電流が走り、特殊な石でできた床を刳り削った。

突然の事に官兵衛、又兵衛が目を丸くしながら硬直していると、薄暗い部屋の暗闇からコツコツと靴音を響かせながら、二振りの一本鞭を携えた一人の男が近づいてくる。

金と薄紫の派手な色合いの厚着に、黒いスカーフのような布を巻き、腰に二本の鞭を携えたブロンド髪の青年が白々しいまでに満面の笑みを浮かべながら、薄闇の中から歩いてくる。

その手にある鞭は普通のそれと違い、太いワイヤーの骨組に剃刀のような鋭利な刃が何重と連なった所謂『連結刃』のような特殊な構造となっていた。今しがた床を抉ったのもこの鞭によるものであろう。

 

「全く…やっと本陣へ招集されたと思いきや…着陣早々、醜い“穴熊”と“蜥蜴”の痴話喧嘩を見せられるとは、なんとも不愉快極まりませんね…」

 

「ッ!? お、お前さんは…“五刑衆”の……ッ!?」

 

暗闇から現れた男の正体に、官兵衛は驚きと警戒心を含んだ表情を浮かべる。

 

「セニョール・黒田。それから後藤…とか言いましたね? 生憎ですが、此度の作戦はこの私が主導権(イニシャティーバ)を一任されている故、謹慎処分になった貴方方にこれ以上、ここに留まって頂く必要はありません。これから筆頭参謀(ペルソナル)・大谷達と大事な打ち合わせを行いますので部外者の黒田軍(あなたがた)は早急にお引取りを」

 

「アディオス」と気障な物言いの言葉を添えながら、男が指をパチンと鳴らすと、暗闇からガジェットドローンⅢ型が現れ、機体から伸ばした2本のベルトアームで官兵衛、又兵衛をそれぞれ吊り上げてしまう。

 

「ぐぁっ!? テメェ! 離せ! 離せっつってんだよ! このポンコツ! ぶっ壊すぞ!!」

 

「くそおぉぉぉぉ! なぜじゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

アームの中で暴れ、藻掻く又兵衛と官兵衛を連れて、ガジェットドローンは男と引き換えに暗闇へと消えていった。

その様子を見ていた皎月院が感心するように言った。

 

「ほぉ…合流して数日も経ってないってのに、もうガジェットドローンをここまで手勢として使いこなすとは…さすがは“五刑衆”に名を連ねるだけの事はあるね」

 

「あんなカラクリ兵器程度、この私の手にかかれば造作もありません…それよりも此度の作戦。私めに白羽の矢を立てて頂き、光栄に思いますよ。御内儀(ヌエストラ)・皎月院…」

 

男は優雅な振る舞いで一礼した。

皎月院は冷たい微笑を返す。

 

「黒田程度に勝ったくらいで、いい気になっている機動六課(あの連中)に、豊臣の本当の恐怖……“五刑衆”の恐ろしさを思い知らせてやるのもいいと思ってね。アンタはその役目としては十二分に相応しいからね」

 

「……此度は獲物を仕留めるのではなく、あくまでも痛めつける程度ですか?」

 

男が鞭を張って、その撓り具合を確かめながら尋ねた。

 

「…不満かい?」

 

「…いえ。寧ろその方が私としても好都合。上等な獲物は、じっくりと甚振りながら仕留めてこそ価値があるもの…一狩りで仕留めてしまえば勿体ないでしょう?」

 

そう言いながら、男の鞭を握る手に力が入り、鞭に邪悪な紅い電流が走った。

 

「あまり主の趣味に力を入れすぎて、殺してしまわぬようにな……特に徳川の首をとってしまえば、三成が黙っておらぬぞ」

 

大谷がそう忠告すると、男の口元が不敵に吊り上がった。

 

「…ご安心を。群れの(ドン)の獲物を横取りしようなどという無粋な振る舞いを考えるのは、それこそ知恵のない下賤な獣の考える事…」

 

「ヒヒヒ。『下賤な獣』か……」

 

大谷は愉快げに言った。

 

「……それで、私は一体何をすればよいのでしょうか? セニョール・スカリエッティ」

 

男は気障っぽく一礼しながら、スカリエッティに尋ねた。

 

「あぁ。君にはこれから“ホテル・アグスタ”という場所に出向いてもらう。そこで骨董美術品のオークションが行われるそうだが、索敵用のガジェットドローンがそれに強い反応を示していてね…もしかしたら、レリックかそれに相応する高エネルギーのロストロギアが紛れ込んでいる可能性があるかもしれないので、我が“協力者達”と共に探ってきてほしい……っというのが表向きの理由であるけれど…」

 

「……まだ何か?」

 

男が尋ねた。

すると、皎月院が懐から取り出した髑髏水晶を宙に浮かし、妖艶な赤黒い光を照射した。

そして、男の前に照らし作られた光の靄の中に一人の腰まで伸ばしたベージュに近い金髪を後手に括り、丸渕のメガネをかけた爽やかそうな印象の青年の姿が映し出された。

 

「…こいつは誰だ…?」

 

三成が怪訝な顔で尋ねる。

すると、ウーノが手早くホログラムコンピュータのコンソールを操作し、彼に関する情報をモニターに投影しながら、説明した。

 

「ユーノ・スクライア…時空管理局“無限書庫”司書長にして、ミッドチルダ考古学士会所属の考古学者です。此度のアグスタのオークションに来賓として参加が予定されています」

 

「ほう…なかなかの美貌ある風貌ですが、この青二才をどうするのです? 殺すのですか?」

 

ブロンド髪の男が尋ねた。

 

「いや。この男は三成の“願い”を叶える為に重要な、ある“ロストロギア”についての情報を知っている。それもレリック以上に大事な…ね?」

 

皎月院の言った『願い』という単語を聞いた三成の顔つきが一変する。

そしてブロンド髪の男に向かって、鋭い眼光と共に命じた。

 

「ならば絶対に殺すな! 生け捕りにして連れてくるのだ! 私の“願い”を実現させる為ならば、私は手段を選ばぬ!」

 

三成の決意の言葉を聞いたブロンド髪の男は意外そうな表情を浮かべた。

 

「三成殿らしくない命令ですねぇ…ですが」

 

男は目を細めながら不服を込めて言った。

 

「生け捕りというのは正直、私には不向きかもしれません。私は無傷で獲物を捕らえる狩りができる程、器用な男ではありませんので…」

 

「フン…苛虐性が………では、左近を連れて行け。貴様は家康の共鳴者共を引きつけている間に、左近にそのスクライアとやらを、捕らえに行かせろ!」

 

三成は吐き捨てるように追加で命令を加えると、男は納得した様に冷たい微笑を浮かべ、一礼した。

 

「承知……では、私はそろそろ参ります…“蟒蛇(うわばみ)”の狩り…じっくりご堪能ください…五刑衆“主席”殿」

 

男はそう皮肉っぽく言い残し、さっと薄闇の中へと歩き、去っていった

男が消えると、その様子を見ていたスカリエッティが興味深そうに呟いた。

 

「さて…ここはお手並みを拝見とさせてもらうとしよう…常勝豊臣が誇る最高幹部集団“豊臣五刑衆”のお手並みを……」

 




作者charley個人的にお気に入りな長編ベスト3に入る『ティアナ成長編』が始まります。

お気に入りと言っているだけあって、今回もオリジナル版より改変する点はかなり増えていると思います。

ちなみに、何気にリブート版で追加されたオリジナルロングアーチメンバーのジャスティ通信主任。
彼がオリジナル版でいうどんな役割に当たるか…? 察しの良い人であればもうわかるかもしれません。
わからない方はpixivで投稿されているオリジナル版を読んでみて考えて下さい。


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第十六章 ~ティアナの焦り ホテル・アグスタの攻防~

機動六課・フォワードチーム センターガード ティアナ・ランスターは悩み、そして焦っていた……

規格外のハイスペック、ハイスキルを持つ仲間達…家康達“戦国武将”の存在―――
そして、家康達に教え、導かれてますます力を増していく親友・スバル―――

ティアナの周囲への劣等感、焦燥は少しずつ彼女の心を荒ませつつあった……

そんな中、六課の次なる任務として『ホテル・アグスタ』の警備任務に赴く事になったティアナは失われつつある自信を取り戻そうと、人一倍の気合で任務に臨むが…

大谷「リリカルBASARA StrikerS 第十六章 不幸よ…さんざめく降り注げ!」




ミッドチルダ・西南部方面沿岸部 ヘンシェル諸島―――

人口 約53000人。特産物は主に南国特有の果実や、デバイス作成に必要なレアメタル、化学燃料の原料となる重油など、それなりに資源・産物に恵まれ、さらに観光業の収入も相まってミッドチルダの中でも財政面に豊かな地方である。

反面、諸島に属する島々自体は、どこも緑豊かな森と水源に囲まれ、空気が澄んだ美しく裕福な土地を成している。

この半島では、独自に施行された自然保護条例によって化石燃料を極力使用していない為、大気汚染が進んでおらず、綺麗な自然を保っていた。

そんな島の一角にある小さな無人島。

ヤシの木が豊富に生え、穏やかな波が打ち寄せる音が心地よく響く、砂浜に少女…ルーテシア・アルピーノは佇んでいた。

 

「……………………」

 

穏やかな景色には相応しくない、憂鬱ささえも感じさせる無感情な表情でどこか遠い物を見つめるように空を見上げるルーテシア。その後方に、ある一際大きなヤシの木の真下…大きな木陰となった場所に腰を下ろした西国薩摩の猛将 “鬼島津”こと島津義弘は、愛用の大徳利を片手に大好きな芋焼酎を呷りながら、彼女の事を見守っていた。

すると、ルーテシアの前に小さなホログラムモニターが投影され、スカリエッティの顔が映し出された。

 

《やぁルーテシア。 ご機嫌いかがかね?》

 

「ドクター…どうしたの?」

 

ルーテシアは表情を変えずに、モニター越しに映るスカリエッティと会話を始める。

 

《まずはこのあいだの黒田君達の件について礼を言わせてもらうよ。君が索敵魔法で2人を見つけ出して、すぐに転送魔法をかけてくれたおかげで、管理局に発見される前に2人を無事に回収する事ができた》

 

話を聞きながら、ルーテシアは一週間前にスカリエッティから依頼された内容を思い出していた。

一週間前。ルーテシアはスカリエッティから『緊急の頼み』として、彼と共闘している西軍武将 黒田官兵衛、後藤又兵衛両名が、『機動六課』なる敵対勢力への尖兵として向かったものの、返り討ちにされ、そのまま海に落ちて、管理局に捕まりそうになっている為、索敵・救出してほしいと頼まれた。自分の護衛役にして協力者であった ゼスト・グランガイツの非業な死の一件もあった事から当初、同行する融合騎のアギトはこの協力に猛反対していたものの、ゼストに代わって護衛役についた義弘と立花宗茂は、官兵衛の名前を聞いて、どうにか助けてやってほしいと頼んできた。

曰く、官兵衛は義弘、宗茂とは同じ地方の領主故に、少なからず馴染みの深い仲であったという。

生命の恩人である義弘、宗茂の頼みとあっては、アギトもそれ以上無下にする事はできず、ルーテシアは依頼を受け入れ、自身の召喚獣を駆使して、とある無人島に流れ着いていた官兵衛と又兵衛を発見すると、転送魔法でスカリエッティのアジトへとお繰り返してやったのだった。

 

「別に構わない……それよりまた私にお仕事?」

 

ルーテシアがそう言うと、スカリエッティは白々しいまでに作ったような穏やかな笑みを浮かべて話した。

 

《いや、念の為に君に伝えておきたい事があってね。実はとあるホテルで骨董品のオークションがあるのだが、そこにもしかしたらレリックも出品されている可能性があるみたいなんだ……とは言っても、普通に考えて、唯のオークションにレリックが出品されるなんて常識的ではないからね。おそらくは索敵用のガジェットドローンによる誤認識の可能性が高いかも知れないけど、念の為に君の耳にも入れておいてあげようと思ったまでさ》

 

「……そう。ありがとうドクター」

 

《君は本当に素直だね。ところで…》

 

スカリエッティは急に話題を変えてルーテシアに問いかけてくる。

 

《ミスターゼストに代わって、君の護衛に立っている2人の御仁は、役に立っているかね? そうでないのなら、私から三成君に頼んで、さらに増援を寄越してもらっても―――》

 

「いい………二人共しっかり私を守ってくれるし、それに私にはアギトやガリューだっている」

 

《そうかい?》

 

「それと…二人は“部下”なんかじゃない…私の大切な“仲間”だよ…」

 

《そうか……それは失礼したね。ルーテシア》

 

ルーテシアが珍しく少し強めの口調で諌めると、スカリエッティは相変わらず薄ら笑いを浮かべながらも、素直に謝罪の言葉を述べた。

 

《では、もしも現地に赴くつもりなら、後で目的地の地図を送っておくけど…もしかしたら、君を邪魔する連中も現れるかもしれないから、念の為にあの御仁方のいずれかには同行してもらう事をお勧めするよ》

 

そう言うと通信が切れ、ルーテシアは踵を返し、木陰でくつろぐ義弘の元に近づいていった。

 

「ん? どげんしたと、ルーどん?」

 

「………ドクターからの通信……」

 

ルーテシアが木陰の中に腰を下ろしながらそういうと、その中に含まれた『ドクター』という単語を聞いた義弘の眉が露骨に顰んだ。

 

「なんじゃと? 今度はどげん小間使いみてな仕事押し付けてきたとな? あの若造め…」

 

日ノ本から異世界に漂流する事となり、再び西軍の将として動く事となった義弘ではあったが、そのきっかけとなった一件以来、一応の雇い主の一人であるドクター=スカリエッティの事は、アギト同様に快く思ってはいなかった。

 

「…大丈夫。今回は私の用事…“レリック”が見つかったかもしれないって…戦いになるかもしれないから、義弘か宗茂を連れて行った方がいいって」

 

『戦い』という言葉を聞いた途端、義弘の表情が今度は子供のように生き生きとしたものに切り替わった。

 

「ほぉ~! 久しぶりの戦かぁ~? それなら、おいば大歓迎じゃ! さっそく宗茂どんや、アギトどん達にも用意をするように知らせば、いけんのぉ」

 

伊達に『鬼島津』の名を誇るだけあってか、その胸に宿す薩摩隼人としての血は異世界に飛ばされようと衰える事なく、寧ろ日ノ本では決して出会う事のできない新たな強敵との戦いに胸踊らせる毎日であったが、こうして明確に戦の機会を与えられたとなれば、黙っていられなかった。

すると、ルーテシアは静かに首を振りながら告げた。

 

「大丈夫…今回は……私と義弘だけでいい」

 

「ん? おいだけでよかと?」

 

「うん…」

 

ルーテシアが静かにうなずくと、島津は浜辺に響くような愉快な笑いを発した。

 

「グワッハッハッハッハ! そうかそうか! おまはんもまっこと謙虚な奴じゃのぅ! よかよか! おまはんが言うならおいだけでも、しっかりとおまはんに協力してやるけんのぅ! 宗茂どんやアギトどんには、ここで夕餉の魚ば獲って待ってもらうとしようかのぉ」

 

島津はそう言うと、ひょいとルーテシアを肩に担ぎ、さっそく今回の任務先に向かうべく歩き出す。

 

「……ありがとう…義弘…」

 

その肩に黙って乗ったままルーテシアは小さな声で礼を言った。

 

 

ホテル・アグスタ―――それが、今回の任務先の施設の名前であった。

ミッドチルダでも指折りの高級ホテルのひとつで、多くの次元世界などから大富豪や政財界の大御所などが娯楽、静養、政務など様々な用事で訪れる事の多い場所である。

今日はそこで骨董オークションが開かれるのだが、その中で数点出展が予定されている取引出品許可されているロストロギアをレリックと間違えてガジェットが狙っているという情報が入った為、その対策として機動六課が警備任務を受け持つ事となった。

すなわち家康にとっては二度目、政宗、幸村達にとっては初の機動六課としての任務である。

そして、今回はスターズ分隊、ライトニング分隊全員に加え、部隊長を含むロングアーチの医務官・シャマルと部隊守護要員・ザフィーラも加えた六課の主力メンバーほぼ全員が、参加する事になっていた。

 

「私達は内部の警備に回るから、皆は、副隊長達の指示に従ってね」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

なのはがフォワードメンバーに指示する傍ら、はやては家康達、外部協力者達にそれぞれ指示を出す。

 

「政ちゃん、ゆっきーは、私、なのはちゃん、フェイトちゃんと一緒に内部での警護。家康君、小十郎さん、佐助さんには副隊長達と一緒にホテル周辺の警備をお願いするわ」

 

「わかった!」

 

「OK」

 

「承知申した!」

 

「うむ…」

 

「了解っと」

 

「…っとは言っても、家康君の場合は、必然的に相性のいいスバルとコンビで動いてもらうのがえぇか」

 

はやてがそう言うと、それを聞いたヴィータも頷きながら話す。

 

「それがいいと思うぜ。今や家康とスバルのコンビは六課随一の『名コンビ』といっても過言じゃねぇくらいだからな。アタシやシグナムがいなくても、この2人になら安心して任せられそうだ」

 

ヴィータの言葉になのは達、他の隊長、副隊長も賛同しているのか、それぞれ微笑を浮かべながら頷いた。

すると、それを聞いた幸村とエリオが対抗意識を抱いたのか眉を顰ませる。

 

「ムムムッ…!? 兄上! 聞きましたか!? 僕と兄上が家康さん、スバルさんに劣るとも言われましたよ!」

 

「なんと!? いくら、師弟の契を結んだのが我らより一日の長があるとは申せ、それは聞き捨てならぬ事! エリオ! こうなれば、一日も早く我らも互いに精進し、家康殿、スバル殿に負けぬ信頼を勝ち得ようぞ!!」

 

「はい! 兄上!」

 

「ェエリオ!」

 

「ぁ兄上!」

 

「ェェエリオ!!」

 

「ぁぁ兄上ぇ!」

 

「ェェェエリオ!!」

 

「ぁぁぁ兄上ぇぇ!」

 

「っていつまでやる気だテメェら! 日が暮れちまうだろうが!!」

 

お決まりのパターンで、定番のやり取りを始めようとした幸村とエリオに、政宗のツッコミが炸裂した。

そんな政宗達のやり取りに、その場はなのは達の笑いが包まれる。

しかし、そんな温かい談笑の話に一人だけ入れずにいた人物がいた。

ティアナだった―――

 

(スバルと家康さんが、六課の『名コンビ』……か……)

 

ティアナは、己の胸に燻る鬱屈した想いを極力表情に出さないように気をつけていたものの、無意識の内にその片手の拳を固く握りしめていた。

 

「………………」

 

そんなティアナの様子を、佐助が真剣な面持ちで見つめていた。

するとそこへ一体の蒼い狼… “盾の守護獣”ことザフィーラが近づいてきた。

 

「皆の輪に入らないのか? 猿飛」

 

ザフィーラはそう言って、佐助に話しかけてきた。

 

「おっ!?これは、ザフィーの旦那。珍しいじゃないッスか、旦那の方から話しかけてくるなんて」

 

佐助はわざとらしく戯けた口調で返した。

佐助を含む、武将達が、ザフィーラが唯の犬ではないと知ったのは家康と幸村の決闘騒動から2日後の事だった。

元々、口数が少ない寡黙な性格である故に、家康達の前で話す機会がなかった為、一番滞在歴が長い家康でさえも、それまでザフィーラへの印象は『やたらでかい六課のペット』という認識しかなかったものだったので、ザフィーラが人間同様の知性を持つ守護獣で、且つヴィータやシグナム、シャマル同様、はやての『守護騎士』=ヴォルケンリッターの一員であると知った際には全員が驚いたものだった。

ともあれ、改めてザフィーラも六課を構成するメンバーと知ってからは、家康達はちょくちょく彼とも会話をするようになり、特に佐助は、独自の愛称として『ザフィーの旦那』と呼ぶまでになっていた。

 

「いや、普段は軽口の多いお前にしては、今日はやけに一歩引いた様子でいるからな。気になったまでだ」

 

「いやいや。俺様、本来はそんなおしゃべりってもんでもないッスよ。それを言ったら、旦那は逆に口数少なすぎるッスけど」

 

「我は元より守護獣。 守護獣は必要以上に語ったり、主達の輪に入らぬものだ」

 

佐助の飄々とした声に反して、お固い口調と声質で突っぱねるザフィーラ。

すると佐助は苦笑を浮かべながら首を横にふる。

 

「相変わらず、お固いッスねぇ。 もっと気楽にいかないと、それこそ唯の犬と間違えられやすくなっちゃいますって」

 

そう言ってザフィーラの背中をバシバシ叩く佐助。

そんな佐助の冗談をも、冷静に聞き流すザフィーラ。

 

「気楽と言う割には……お前もここしばらく、何か思うところを抱えているみたいだがな?」

 

「!?」

 

ザフィーラのその言葉で、佐助の表情が変わった。

 

「へぇ…気づいてたんッスか?」

 

口調を急に低くしながら静かに語る佐助。

 

「我は常に後ろから、この機動六課を見ている。 だから多少の他人の隠している心境を察する事は容易いのだ」

 

「ふぅん。流石はザフィーの旦那。 案外、忍向きかもしれないッスね」

 

佐助は、他の誰にも聞こえないように話す。

 

「それで? 旦那は、俺が今考えてる事、もうわかったりしてるんスか?」

 

佐助がふざけた口調で、されど僅かに闘気を立たせながらザフィーラに問いかける。

しかし、ザフィーラは動じる事なく首を横に降った。

 

「具体的まではわからん。 だが、大凡の事はわかる。お前が注意深く観察しているものは…おそらく “心の迷い”…違うか?」

 

「……………………」

 

ザフィーラの指摘に、急に黙りだす佐助。

その様子から図星であるとザフィーラは確信した。

すると、佐助の方も腹を割って、その心中を明かし始めた。

 

「俺達もここに来て一週間経つけど…この『機動六課』ってさぁ、一見、仲の良い者同志が集まって和気藹々とした良い感じの雰囲気の部隊だけど……その全員が何らかの心の傷や迷い、隠し事を抱えている。ここに最初に来た時にすぐにそれがわかったよ」

 

「猿飛……」

 

「まぁ、それだけだったらね。 俺らの世界でも当たり前の事だったし……誰の心にだって“迷い”はある。兵卒(つわもの)なら尚更さ。それ自体は別に大した事じゃない。ただ…」

 

佐助は、ティアナの方に目を配りながら、その目をさらに細める。

 

「一人……どうしても今は見放す事ができない程に“重症”の奴がいるのが気になってねぇ…」

 

「?」

 

佐助の言葉に首をかしげるザフィーラ。

すると、佐助は急に元の口調に戻り、表情も和らげた。

 

「まぁ、とにかくさぁ。 俺様は別に悪いようにはしないから、安心して下さいって。ザフィーの旦那♪」

 

「………………………」

 

それだけを言うと佐助は、それ以上の詮索を誤魔化すかのように、今度は『殴り愛』を始めようとしていた幸村とエリオを止めに向かった。

佐助の言葉の意をもう一度問い直そうかとも考えたが、ザフィーラはそれ以上口にしようとはしなかった。

 

「お待たせしましたぁ。ごめんなさいね。用意に手間がかかっちゃって…」

 

そこへ遅れて合流したシャマルが、何やら大きめのかばんを5個運んできた。

 

「えっと、シャマル先生。その荷物は何ですか?」

 

かばんが気になったキャロが尋ねる。

 

「これ? これは隊長達と政宗さん、幸村さんの今日の“お仕事着”よ」

 

そう言ってほほ笑みながら、シャマルは答えた。

キャロや話を聞いた政宗、幸村達は首を傾げた。

 

 

ホテル・アグスタ―――

到着した機動六課は内部を警備するはやて、なのは、フェイト、政宗、幸村と、施設周辺の警備を担当する家康、小十郎、佐助、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、シャマル、ザフィーラに分かれて、それぞれの仕事に取りかかった。

内部警備担当のなのは達、政宗達は着替えを済ませるとさっそくオークション会場へと足を運ぶ。

 

――オークション会場の入口

 

オークション開始までまだ数十分あるというのに既に会場には各界の著名人達が次々に集まっていた。

そんな中ではやて、フェイト、なのはも、それぞれのイメージカラーに合わせた綺麗なドレスに身を包んで受付へと続く来賓客の列に並んでいた。

そして彼女達の後ろには…

 

「この姿はさすがの俺もEmbarrassedだぜ…」

 

「こ…この姿はお館様や親父様に見せられないでござる…」

 

それぞれ黒と白のタキシードに身を包み、胸に造花を付けた政宗と幸村が立っていた。

ちなみに政宗は眼帯が付けられない代わりにサングラスをかけていた。

そしてさすがに会場に武器は持ち込めない為、2人の六爪や二槍はヘリに置いてある。

 

「フフフッ。この姿も似合ってるで。政ちゃん、ゆっきー」

 

「政宗さんはどこかのSPみたいですね」

 

「幸村さんは、大企業の御曹司みたいな雰囲気だね」

 

はやて、なのは、フェイトはそれぞれに2人の服を評価するが、どうも腑に落ちないのか二人の表情は固い。

そうこうしている間になのは達が受付の前に立つ番が近くなった。

 

「でもはやてちゃん。私達どう言って会場に入るの? 潜入警備って言うわけにはいかないし」

 

「あぁ、それやけどな。 私らは一応ここでは“地方から来た上流階級の社交会の集まり”って事で通してるんや。 もちろんオークションの主催者側には潜入警備の話は通してるから、受付だけ,通れば問題ないっちゅうこっちゃ」

 

「なるほど。つまりあのGatesさえなんとかclearすれはnon problemってわけか?」

 

「正解! 政ちゃん賢い!」

 

はやてが笑いながら政宗を誉める。

そしてなのは達の番が来た。

はやてがチケットを取り出して受付の男性に見せる。

 

「こんにちは。『バサラ交友会』の名義で予約した者ですが」

 

「はい。バサラ交友会様…5名様ですね」

 

受付の男性が参加者の書かれた名簿からはやて達の偽装の団体名を見つけてニッコリと応対する。

だが、幸村が前に出て胸を張りながら堂々と宣言する。

 

「うむっ! 本当は『潜入警備』で来たのでござるが、『社交界の集まり』という事になっているのでござるぞ!」

 

「えっ!?」

 

「「「「「……………………」」」」」

 

馬鹿正直な幸村の言葉に、にぎやかであった会場の入り口が静まり返り、そこに居た来賓の紳士淑女、ホテルスタッフ全員の視線が、なのは達に集まる。

そして―――

 

「いやあ! このホテルはなんてすばらしいんでしょうねぇぇ! 感動しましたよ私!!アハハハハハハ!!」

 

「それにこの受付の台の素材も良い材質使ってますねぇぇ! これ大理石ですか!? アハハハハハハ!!」

 

「わぁすごい! この絨毯、絹で出来てますよね!? そうでしょこれ絹でしょ!? アハハハハハハ!!」

 

冷や汗を大量に流しながら明らかに棒読みで不自然なお世辞を繰り返し、必死に誤魔化しにかかるはやて、なのは、フェイト。

 

「おい見ろよ真田!この壁って檜だな!? 檜だよなこれ!? ハハハハハハハハハ!!」

 

「痛たたたたた!!? ま、政宗殿!? 抓っちゃってる! 抓っちゃってるでござるよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

なのは達と同じく下手なお世辞を言いながら、政宗は早速大ヘマを犯した幸村をヘッドロックし、その頬を抓り上げて、制裁するのだった。

 

「は…はぁ……?」

 

そんな明らかに挙動不審な5人の来客の奇行を、受付の男性はただ見つめる事しかできなかった…

数分後、なんとか会場に入ることのできたはやて達に、幸村が油をしぼられたのは言うまでもなかった。

 

 

ホテル・アグスタから少し離れた山の頂―――

断崖絶壁の上に立ち、そこから望む景色を感慨深く見つめる一人の男の姿があった。

 

「……ここは実に美しい景色ですね。しかし…“完璧”ではない……中途半端な美しさとは、時に醜きものよりも余計に醜く見えるものです……あの造形物のように……」

 

男が目を配った先にあったのは、深々とした森に囲まれたホテル・アグスタだった。

 

「完璧な美しさを損ねるもの…そこに集いし者達は完璧でない美しさを愛でる有象無象……そういう連中程、無性に切り刻みたいと…そう思いませんか? 左近殿?」

 

両手に持った連結刃のような鞭を二、三回撓らせながら、男はニタリと邪悪な笑みを浮かべた。

彼より少し離れて後に立つ石田軍遊撃隊隊長兼西軍一番槍 島左近は、両腕を頭の後ろに回しながら近くの木にもたれ掛かりつつ、険しい顔つきで聞いていた。

 

「やれやれ…相変わらず、ヤバい思考してるッスねぇ、“先輩”も。そんな性格だから、諸国の武将達から『豊臣の“明智光秀”』なんて例えられちまうんスよ」

 

左近は、日ノ本でも有数に危険極まりない将兵にして、戦国乱世をより苛烈なものとさせる一片を担った男の名前を例えに出して、皮肉るように言った。

 

“明智光秀”―――

かつて、その圧倒的な武力と勢力をもって、日ノ本を蹂躙した『第六天魔王』“織田信長”の重臣…そして、魔王と互角かあるいはそれ以上に、狂気的、猟奇的な所業で、“魔王の狂刃”“死神”と恐れられた武将であったが、織田の天下統一が目前と迫ったある時、京の本能寺に駐屯していた織田本隊に謀反を起こし、奇襲。信長の正室 “濃姫”、小姓 “森蘭丸”を殺害し、遂には信長自身をも焼け崩れる本能寺の業火へと消し去り、戦国最強と目された織田を瞬く間に滅ぼした…所謂『本能寺の変』を引き起こした張本人として、豊臣の天下が統一された後も、豊臣が崩壊した後も、日ノ本の武将達の間で語り草となっていた。

ちなみに、信長を討った光秀のその後は、豊臣軍によって、自前の軍を撃滅されたとあるが、光秀自身の消息はそれっきり、わからずにいた。

『敗走中に野武士狩りに遭い、寄ってたかって嬲り殺しにされた』

または…

『今尚も日ノ本のどこかを脱げ回り、密かに天下を横取りしようと目論んでいる』など色々な噂が立っているが、その行方を追っていた豊臣本軍も今は無く、真相は完全に闇の中へと消えた。

 

「…この私を、あんな殺し狂いの変態なんかと一緒くたにされるのは心外ですね」

 

男はギロリと目を光らせながらそう言いつつ、左手をゆっくりと上げた。

袖口から一匹の蛇がシュルリと男の手の上を這い出てきた。淡黄色の不鮮明な横縞が入った大柄の蛇である。

 

「うげっ!? なんスか? それ…」

 

蛇を見た左近は思わずギョッとしながら、数歩退き下がった。

 

「“キングコブラ”…日ノ本にはいない “死神”と呼ばれる最強の蛇だそうですよ。相対した敵を必ず死に至らしめる。襲撃まで気づかれる事なく、その毒は一噛みで巨大な虎はおろか象一頭をも倒してしまうのだとか……セニョール・スカリエッティから私の着陣を祝い、頂きました。“蟒蛇”の私に相応しい友と思いませんか?」

 

(………アンタも十分、“変態”だっつぅの!!)

 

危険極まりない毒蛇を微塵も臆する事なく平然と愛でる男の姿に、左近は半ば恐怖心さえも抱く程にドン引きした。

 

「さて…ガジェットドローンの配置は済みましたかな?」

 

男はコブラを袖口に引っ込ませると、左近の方を振り向いて尋ねた。

 

「あ、あぁ……“先輩”の指示通り、あのホテルを中心に200機ずつ配置しといたッスよ」

 

「結構。では予定通り、“ユーノ・スクライア”なる者の探索と捕獲は貴方に一任します。私は狩り(カーザ―)を楽しませて頂きますよ」

 

「了解……ッス。どうぞごゆっくり…」

 

左近が返答する間もなく、男は絶壁を駆け下り、そのまま崖下に広がる森の中へと消えていった。

男がいなくなった事を確認すると左近はくたびれた様に溜息を漏らした。

 

「相変わらず趣味悪いな。“小西”の奴……あんな下衆野郎と相対する事になる敵さん方にも、少しだけ同情するわ…」

 

左近の呟きには、心の底からの軽蔑の念が込められていた…

 

 

ホテル・アグスタ敷地内―――

内部の潜入警備に向かったなのは達と別れたフォワードチームと家康はそれぞれ複数・家康とスバル、ティアナとエリオ、キャロ、小十郎とシグナム、ヴィータとシャマル、佐助とザフィーラの5手に分かれて、警備を開始していた。

そして今、家康とスバルは中庭のような場所を歩きながら、周辺に怪しい存在がいないか目を配らせていた。

 

「なるほど、これは結構広いな……中には、なのは殿や独眼竜達もいるから心配はないだろうが…」

 

「ガジェットはやっぱり来ますよね……?」

 

「そうだな。この前までと違い、ここは無関係な一般の民も多い。 失敗は尚の事、許されないぞ」

 

「はい! ちゃんと守りきらないと!」

 

家康の言葉に、スバルは力強く返答した。

 

「それにしても…今日ははやて殿の守護騎士団が全員集合か……全員揃ったのを見たのはワシも初めてかもしれないな」

 

守護騎士(ヴォルケンリッター)の話は、六課入隊当初にはやてから聞かされていたが、その構成員であるフォワード隊の副隊長2人、ヴィータ、シグナムだけでなく医務官であるシャマルや、本来なら部隊の留守を守るべき立場のはずのザフィーラ、そしてリィンフォースⅡも同伴して、同じ任務に出向く様子を見たのは今日が初めて見た家康は、改めてその貫禄ある荘厳ぶりに感心していた。

 

「はい。なのはさんも密輸取引の隠れ蓑になるって言ってたし、本物が紛れ込む可能性を考慮してるのかもしれません」

 

スバルの話によれば、オークションには取引許可の出ている封印済みのロストロギアも数多く出品されるので、それをレリックだと勘違いしたガジェットが来る可能性が高いとされていた。

しかも、このホテル・アグスタはミッドチルダでも上流階級の人間が多く利用するとされている為、万が一彼らに被害が及ぶ事になったら一大事である。

そのため今回は守護騎士全員が動員される程、厳戒な警備態勢が敷かれていたのだった。

 

「それにしても…やっぱりすごいな。直臣達が全員集合する姿は…ワシも“徳川四天王”の皆を思い出すよ」

 

「?…“徳川四天王”?」

 

スバルが聞いた。

 

「あぁ。言ってみれば、ワシの補佐と護衛を担う徳川の中でも指折りの実力者4人を集めたワシの直参家臣…まぁ、『守護騎士団(ヴォルケンリッター)の徳川版』といえばわかりやすいかな?」

 

家康曰く、『徳川四天王』を構成するのは、家康と共に関ヶ原で謎の光に飲まれ、行方不明となった戦国最強の異名を誇る猛将“本多忠勝”―――

外交官、軍師として四天王のみならず、その他の徳川家臣団を纏め上げる“酒井忠次”―――

忠勝の装備をはじめ、徳川軍が有する様々な兵器・武装の開発・整備を一手に担う天才技術者“榊原康政”―――

徳川の属国の中でも最強と目される女地頭の国 井伊家の御曹司で幼いながらも四天王の名に恥じぬ戦闘能力と権謀算術に秀でた若き将 “井伊直政”―――

この4人が揃う事で、家康は今までどんな苦難な戦も乗り越える事ができたという。勿論、忠勝以外の3人も、全員が先の関ヶ原の戦いに従軍していた。

 

「もし、全員が揃ったら、一度はやて殿の守護騎士団と手合わせさせてみたいものだな」

 

「あははは…そうなったら、すごい事になりそうですね」

 

スバル曰く、守護騎士達も“最強”の名に相応しい戦力であるそうだ…

はやての使っている魔導書型のストレージデバイス『夜天の書』に副隊長のシグナムとヴィータや医務担当のシャマルそしてザフィーラはその八神部隊長個人が保有してる個人戦力。

そしてはやて直属の融合型デバイスでもあるリィンフォースⅡ曹長を含めて、六人が揃えば文字通り、一国の軍隊にも匹敵すると称しても過言でない程の戦力を誇る事となる。

それを聞いた家康はますます興味を抱いた。

 

「改めて聞けば聞く程凄いなぁ、はやて殿は…日ノ本のいずれかの国の主であったのなら、間違いなく天下を望めたかもしれないな」

 

「…それ、あながち冗談でもないかもしれませんね」

 

もし、はやてにこの話をしてみたところで、同意するかどうかはわからない。しかし、『日ノ本であれば天下を取るのは容易い』と評した家康の言葉は決して過言でないものだとスバルは感じていた。それほどまでに、彼女と守護騎士達の強さは管理局全体を見ても規格外なものなのだ…

 

(まぁ、普通負けるなんて想像つかないもん……守護騎士(ヴォルケンリッター)の皆さんが……)

 

スバルにとっては、なのはやフェイト、そしてはやてやヴォルケンリッターを凌ぐ強大な戦力なんてない。そう考えるのが当たり前と思っていた。そう信じていたのだ……

 

 

ホテル・アグスタ・裏口―――

 

シグナムと小十郎は共に裏手の警備に赴いていた。

 

「……………………」

 

だが、小十郎は警備もそこそこに、先程から右腰に差した刀を見下ろして、気難しい表情を浮かべながら唸っていた。

 

「どうした? 片倉?」

 

小十郎の異変に気づいたシグナムが尋ねた。

 

「いや…実は、今フィニーノにルシエ用の刀を新調してもらおうとして、その試作用の見本として俺の『黒龍』を預けているのはお前も知っているよな?」

 

「あぁ。今朝の訓練で預けていたのは見ていたが…ひょっとして、その刀はシャリオが用意したものか?」

 

小十郎の腰に差された赤鞘の太刀を一瞥しながら、シグナムは聞いた。

 

「あぁ、流石に丸腰は困るからな。どうにか代わりのものを…と急ごしらえで取り寄せて貰ったのはいいが……これがあまり俺の手に馴染まなくてな……」

 

小十郎はそう言いながら、太刀を鞘から引き抜いて見せた。

刀身は黒龍よりも僅かに長く、小刻みの波模様の重花丁子の刃文が見事にあしらわれた決して粗悪ではない代物であった。

だが、小十郎はその刀を不服のこもった目で見つめていた。

 

「確かに物は悪くない……しかし、コイツはどちらかというと“観賞”する為の品だ。“見る”為の良さと、“戦う”為の良さとは、全然話が異なってくる」

 

「…確かにこのミッドチルダで手に入る刀といえば、どうしても観賞用の品が多いからな」

 

「…恐らく、コイツを使ったところで、俺は実力の半分も活かしきれないだろうな」

 

小十郎は溜息を漏らしながら、刀を再び鞘に収めた。

同じく武人気質のシグナムは、小十郎の考えがよく理解できた。

特にシグナムや小十郎のような生粋の剣豪にとって、戦う上で最も重要なのは『得物との相性』である。

シグナムの愛用する片刃剣型デバイス『レヴァンティン』然り、小十郎の愛刀『黒龍』然り、長年使いこなしてきた剣や刀があってこそ、その神がかった剣の才能を大いに発揮できるものである。

ましてや、自分の受け付けられないような武器を手にとって戦いに挑んだところで、自分の思う通りの戦いができるのは、それこそ本当の意味で天賦の才能を持ったもののみであろう…

 

「すまないシグナム。今日の俺は、足手まといになるかもしれん…」

 

小十郎は面目なさそうに謝るが、シグナムは微笑を浮かべながら頭を振った。

 

「気にするな。それならば、私が何時もの倍の数の敵を斬って補えば済む話だ。お互いに武人同士。上手く連携して乗り越えようではないか」

 

「…シグナム」

 

シグナムの言葉を聞き、小十郎も小さく笑みを零した。

 

「お前とはなかなか気が合いそうだとは思ったが…どうだ? この任務が終わって、俺の『黒龍』が戻ったら、一度手合わせ願おうか?」

 

「あぁ。それもいいかもな」

 

ここまであまりゆっくり話した事のなかった“武士”と“騎士”は思わぬ形で、意気投合した。

そして、それから警備の傍ら、お互いの主…はやて、政宗の自慢や愚痴を交わし合う事で、さらに親交を深めるのであった。

 

 

その頃、ホテルの西側ではティアナ、エリオ、キャロが警備任務についていた。

最終的な意思決定権は少し離れた場所についているヴィータが担っているものの、一応この場での指揮権はティアナが任される事になった。

それでもティアナの胸の内には、様々な葛藤…疑問…そして焦燥感とプライドが渦巻いていた。

 

 

―――今や家康とスバルのコンビは六課随一の『名コンビ』といっても過言じゃねぇくらいだからな―――

 

 

(……スバルは私の相方なのに………私といるより、家康さんといる方が信用されてるのかな?……)

 

隊舎を出る前に聞かされたこの言葉が、ここへ来るまでのヘリの中や、警備についてからもティアナの脳裏に何度も浮かんでは消えるのを繰り返していた。

 

(私って何なのだろう……? 私は何のために……この部隊にいるのかしら……?)

 

一瞬、過りそうになる負の感情に、我に返ったティアナは慌てて、頭を振った。

 

「ダメよ! そんな後ろ向きに考えちゃ……才能で敵わなければ、努力を積めばいい…ここでそれを証明すれば…私は…私は…」

 

ティアナが呟きながら両手に持ったクロスミラージュを強く握り締めていると…

 

「ティ~アナ♪」

 

「キャアッ!!?」

 

背後から突然声をかけられて悲鳴を上げたティアナは、振り返ると同時にクロスミラージュの銃口を声のした方に向けた。

 

「おいおい。いきなりそんな物騒なもの向けないでくれる?」

 

「猿飛さん…!?」

 

そこにいたのは腰に大型手裏剣を装備した佐助であった。

 

「なにしてるんですか? こんなところで…」

 

「なにって…俺も外の警備ついてんだからさぁ。強いて言うなら、他の班の皆の様子を偵察に来た…ってとこかな?」

 

「……だったら、ここは問題ないのでとっとと自分の持ち場に戻ってくれます? ここは一応、私が指揮権任されていますので」

 

ティアナはぶっきらぼうに言いながら、そっぽを向く。

現在、機動六課にいる5人の武将の中でもこの“猿飛佐助”という男の事は、特に苦手に感じていた。

その軽々しく、時に馴れ馴れしさも感じる口調や態度もそうだが、時折、自分の胸の内を覗かれているかのような感覚を覚えるのだ。

佐助は“忍者”なる諜報、裏工作、時には暗殺等に秀でた兵と聞いたが、その為かもしれない。軽いようでその実、人の心を平気で読み解いてしまう程の鋭さを、ティアナは自然と警戒してしまっていた。

 

「冷たいねぇ。女の子なんだから、もう少し愛想よく振る舞わないと、男の子が寄ってこないぞぉ~」

 

「私、別に男になんて興味ありませんから」

 

「うぇっ!? …ってことはティアナってあれ? “百合”って奴?!」

 

「違います!!」

 

おちょくるように話す佐助にティアナがもう一度拳を振ろうとした時、突然彼女にロングアーチからの通信が届いた。

 

《ロングアーチより各員! ガジェットドローン陸戦Ⅰ型が接近中! 機影30、35……!》

 

《同じく陸戦Ⅲ型も来ましたっ! 機影2、3、4……!》

 

敵が接近している。

隊舎にいるジャスティ、シャリオからの通信にティアナの表情が変わった。

その様子を見た佐助もただ事ではないなと察し、すぐに仕事モードの顔になる。

 

(エリオ!キャロ! 敵が来たわよ! 警戒態勢に入って!!)

 

エリオとキャロに念話を送りながら、ティアナが自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「才能がないなら…努力で発揮してやるわ……私なりのやり方で…」

 

そんなティアナの呟きに佐助は一瞬苦い表情を浮かべながらも、一先ず今は自分の持ち場へと戻る事にした。

 

 

ホテル・アグスタ・オークション会場―――

 

「それでは次の商品…エントリーナンバー82、第97管理外世界『地球』より届いた日本刀…かの『愛』を掲げる無敵の武将が愛用したとされる、折れやすいが替えが効く『名刀 無敵剣(むてきけん)』でございます!」

 

一方外の緊急事態を他所に、アグスタの内部では、予定通りオークションが進んでおり、なのは達は、客に紛れてその様子を見守っていた。

 

「Ah? なんだよ。あのガラクタ刀は? 伊達軍の若い連中にもあんな安っぽい刀は持たせたことねぇぞ」

 

そんな中、政宗はオークションに出品された『名刀』と呼ばれる刀に眉を窄ませていた。

戦国乱世の最中を生きてきた政宗からすれば、オークションに出されるアンティークの刀などガラクタ程度にしか思えなかった。

 

「フフフ…やっぱり本物の武士は、鋭い観察力を持ってるんだね」

 

「そいつはどうかな? exceptionな奴もいると思うぜ」

 

なのはが横から笑って話しかけると、政宗は顎で示しながら答える。

 

「えっ?!」

 

なのはが政宗の示した方を見ると…

 

「70万ワイズ!…70万ワイズ出すでござる!!……あぁぁ! また負けたぁぁぁぁ!!」

 

「ほな私は100万ワイズ!……ってあぁ~…上行かれてもうたかぁ…」

 

「二人共、潜入警備なんだから、そう熱くならないで」

 

すっかり仕事の事を忘れて、初めてのオークションに夢中になった幸村と、何故かはやてまでもが、他の参加者に紛れて必死にオークションに参加しようとしてフェイトに窘められていた。

 

「あははは…幸村さんすっかり夢中になってるね」

 

「なにやってんだか、アイツ…はやてまで一緒になって…」

 

政宗が軽蔑するように呟くと、なのはが横からフォローするように囁いた。

 

「まあまあ政宗さん。幸村さんはオークションなんてはじめてだから興奮してるだけなんだよ。ほら初めて珍しいものを見ると興奮して見境つかなくなるっていうし…」

 

「…じゃあ、はやてはなんなんだよ?」

 

「えっと…はやてちゃんのあれは……いつもの悪ノリ?」

 

「…………Phew…」

 

政宗は呆れるように頭を振る。よくもあんなお調子者が『最強』と目される守護騎士の主にして一介の部隊長とは…改めて、政宗は人間の才能の有無や優劣の不条理さを感じた。

そんな事を話していると、オークションは次の商品へと移っていた。

 

「エントリーナンバー83 第30管理世界『アッシオ』にて発見された隕石でございます! こちらの隕石、一見唯の隕石に見えますが、実はこちら。かの希少なマジックメタル『バサラダイト』が含有した希少な品でございます!」

 

司会者が紹介したそれは青色の結晶体と銀色の鉱石が混ざりあったような奇妙な形状をした手のひらサイズの隕石だった。

 

「ほぉ…Meteor stoneか…いいねぇ。あぁいう宇宙の産物こそ俺はromanを感じるぜ」

 

隕石としては珍しく水晶体のようなそのフォルムに興味を抱く政宗。

一方なのはは、出品されたそれを見て、何か考えるように顎に手を当てた。

 

「? どうした? なのは?」

 

「いや…あの隕石、見た目がレリックに似ていると思って…」

 

話しながら、なのははもう一度出品されている隕石を目視して、その全体像を確認する。

 

「Reric? 六課(お前ら)が追ってるMagic jewelの事か?」

 

「うん。もしかして、ガジェット達はあの隕石をレリックと勘違いして、ここへ来るのかもしれない」

 

「…だとすると、どうするんだ?」

 

政宗が尋ねた。

 

「念の為に、私達が回収して専門の封印ボックスに収めておいた方がいいかも。そうしたら、ガジェットもここにレリックはないと認識して引き上げるかもしれないから」

 

「でも、そのためにはあれを俺達が落札しないといけないんだろ? 金子はいくらまで出せるんだ?」

 

政宗がそう言うと、なのははその場にスマートフォンサイズのホログラムコンピュータを展開して、ある文章資料を確認した。

 

「うん。この場合、再封印目的だから六課の所属する『古代異物管理部』からの経費で落ちるとして…それでも用意できそうなのは1000万ワイズくらいが限度かな…?」

 

なのはは割り出した計算結果を政宗に告げる。

政宗はこのミッドチルダの通貨『ワイズ』やその細かいレートについてはまだよくわからなかったが、それでもなのは曰く「政宗さんの世界の日ノ本でいう1両小判が大体1万ワイズと思ってくれたらいい」と話していた事は覚えていた。

 

「OK! だったら、あのMeteor stone。俺が手に入れてやるよ」

 

政宗はそう言いながら、懐から使う予定のなかった入札札を取り出した。

当然、なのはは驚き、慌てて尋ねる。

 

「えぇ!? 政宗さん、オークションできるの?!」

 

「Auctionってのは、まだよくわからねぇが…ようは他の連中よりも高く金を積めばいいって事だろう?」

 

政宗は不敵に笑いながらそう返した。その顔は既に勝利を確信したかのような自信に満ちあふれていた。

 

「それでは10万ワイズより入札を開始します。皆様、どうぞご入札を!」

 

司会者の言葉に合わせて、「11万!」「15万!」「20万!」「30万!」…っと少しずつ入札を開始していく他の入札者達。

なのはは、まずは他の入札者の様子を見て、ライバルがある程度限られてきた頃を見計らって、自分の理想とする額で入札するものと考えていた。それが本来のオークションのやり方というものである。

だが、そんな典型的な形式で進むと思われたオークションに突如、一石投じる存在が現れた。

 

「One thousand!!」

 

言うまでもなく、政宗であった。

政宗は迷いなく、入札札を上げながら、用意できる金子の最高金額を高らかに宣言した。

 

「ちょ、ま、政宗さん!?」

 

「政宗殿!?」

 

「「政宗さん!?」」

 

政宗の豪快にも程がある行動に、なのはや、幸村、フェイト、はやては勿論の事、会場にいた他の来賓達や、オークションのスタッフ達も思わず目を瞠る程に驚き、会場は騒然となった。

 

「い…1000万……1000万ワイズが出ました……他にございませんか? 1000万ワイズ…よろしいですね?」

 

司会者が若干震え声になりながら確認するが、他の入札者達も政宗の大胆不敵な振る舞いとその自信に満ちた態度に圧倒されたのか、誰もそれ以上の額を上げる事ができなかった。

 

「1000万ワイズ…1000万ワイズで終了です!」

 

落札を知らせる木槌が鳴り、政宗の落札が決定した。

 

「Ha!どうだ! こういう駆け引きってのは、時に勢いも大事なんだよ」

 

「す、すごい……でも、政宗さんってば、大胆過ぎだよぉ~~~!!」

 

なのはは緊張の糸が切れたようにイスから崩れ落ちそうになった。

だが、政宗は「何を言ってんだ?」と言わんばかりに、なのはの肩を軽く叩く。

 

「生憎、それが伊達の流儀って奴さ。You see?」

 

政宗はそう言いながら、近くを通ったウェイターからシャンパンの入ったグラスを受け取ると、勝利の美酒と言わんばかりに一気に呷るのだった。

 

 

一方ホテルの周辺の森では、迎撃に赴いた機動六課とガジェットの編隊による激しい戦いが繰り広げられていた…

 

「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「一撃だ!!!」

 

スバル、家康は見事なコンビネーションで、向かってくるガジェット達をそれぞれの拳で破壊していた。

二人の担当する場所には特に厄介な大型のガジェットⅢ型が多く集まっていたが、それでも二人はまったく引けをとらずにいた。

 

「どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

リボルバーナックルを打ちこんでガジェットⅠ型を吹き飛ばし、それをⅢ型にぶつける事で隙を作り、その間にⅢ型の真下に回ったスバルは…

 

「スピットバンカー!」

 

蒼いオーラを纏ったリボルバーナックルでⅢ型の中心に拳を叩きこむ。

空高く吹き飛ばされたⅢ型は上空を飛来していた数機のⅡ型を巻きこんで大爆発する。

その傍では家康が別のⅢ型のベルトアームを掴むと、それを激しく振り回して何度も地面に叩きつける。

 

「天風…武玄陣!!!」

 

家康はベルトアームを掴んだままⅢ型をジャイアントスイングのように激しく回転させる。

すると家康の周囲に竜巻が起こり始めて、次々と周囲のガジェット達を吸いこんでいく。

そして時を見計らって家康は巨大な竜巻の真ん中から上空に向かって掴んでいたⅢ型を放り投げると、右手に気弾を発生させ、それを上空に撃ちあげる。

すると気弾は竜巻の真上にまで飛ばされたⅢ型に命中し、大爆発を起こすと同時に竜巻に巻き込まれていた他のガジェット達もその衝撃を受けて竜巻諸共粉砕された。

 

金蒼師弟の活躍でその場に居たガジェット達はほとんど撃墜することができた。

しかしまだ安心はできない…

 

《ロングアーチからスターズ3、イレギュラー1へ! 敵増援部隊が接近中! 数は…50!》

 

2人の耳にジャスティからの通信が届いた。

ちなみに『イレギュラー』とは家康達のコードネームで、家康は『1』と呼ばれていた。

また、魔法が使えない家康達にはロングアーチから念話送受信用のワイヤレスイヤホン型デバイスが支給されており、それを用いる事で家康達も念話に参加する事が可能となっていた。

 

「次の奴らがくるぞ! スバル!用心しろ!」

 

「はい!!」

 

二人は、破壊したガジェット達の背後から新たに迫ってくるガジェットドローンの編隊を睨みつけながら、共に拳を構え直した。

 

 

一方、こちらは裏側を警備する小十郎とシグナム。

 

「無駄だ!!!」

 

迫ってくるガジェットドローン達を刀で次々と薙ぎ払っていく小十郎。

その鮮やかな剣術で一刀両断にされた機体は次々と爆発して砕け散って行く。

ガジェット側も小十郎の周囲に展開して彼を押さえようとするが、前に出れば無論斬り伏せられ、横に迫れば薙ぎ払われ、後ろに出ても一突きで地に落とされた。

 

「相手がカラクリ軍団だけでよかったぜ…生身の将相手にこんな“鈍ら”では、気分も乗らねぇからな」

 

小十郎は相変わらず、今使っている刀を酷評しながら電撃を宿し…

 

「霞断月!!」

 

身体を一回転させながら雷の走る刀を振りまわす。

同時に強力な斬撃と電流がガジェット達を襲い、小十郎を取り囲んでいたガジェット達は一気に殲滅される。

 

「行くぞレヴァンティン!!」

 

その近くではシグナムが大剣型デバイス レヴァンティンを構えながらガジェット達に飛びかかるとカートリッジをリロードさせながらその刃に紫の光を宿し…

 

「飛竜…一閃!!」

 

振り下ろすと共に強力な衝撃波を撃ちだして目の前に立つガジェットの群れを吹き飛ばした。

そのシグナムの背後に数機のガジェットが回り込んで後ろからレーザーで狙い撃とうとするが…

 

「甘い!!」

 

シグナムはガジェットの行動を見越していたかのように叫びながら振り返ると、レヴァンティンを蛇腹剣状の『シュランゲフォルム』に変えて、ガジェット達をあっという間に斬り伏せた。

 

「なかなかやるな。シグナム」

 

「フッ…お前もな。実力の半分も出せないと言っていた割には十分に戦えているではないか?」

 

互いに誇り高き剣士同士の二人は共に微笑を浮かべると新たに迫ってくるガジェット達に向かってそれぞれ飛びかかっていく。

だが、そんな2人の姿を遠くから見つめる視線があった事に2人が気が付かずにいた……

 

 

「おおぉ! まさか、伊達の“竜の右目”もこの世界に来ちょったとばのぉ!」

 

ホテル・アグスタの外観が一望できる山の頂に立って愛剣である巨大な剣をドンっと構えながら、島津義弘は遠目で見える小十郎とシグナムの奮闘を楽しげに眺めていた。

 

「それに『竜の右目』と一緒におるあの女剣士…なかなかえぇ太刀筋じゃのぉ。 井伊の女地頭の豪傑ば、思い出しちょるばい!」

 

義弘がそう言いながら、後ろで魔法陣を展開してなにやら呪文を唱えているルーテシアを振り返った。

 

「そっちの仕事ば終わりそうと? ルーどん」

 

「あと、もうちょっとだけ……」

 

呪文の合間を縫ってルーテシアがそう返答すると、義弘は早く行きたくてうずうずしているかのように愛刀を肩に担いだ。

 

「忠勝どんがここにおらんのは残念じゃが、こりゃ久々に手ごたえのある戦ば、できそうじゃのぉ」

 

「吾は乞う…小さき者…羽搏く者…言の葉に応え、我が命を果たせ…“召喚”インゼクトツーク―――…できた」

 

背後からルーテシアが小さく声を上げる。

振り返ってみると、魔法陣から複数の卵のようなものが入った触手型の管が生え伸びており、それが弾けると、中から竹とんぼのような形の無機質なフォルムの虫が飛び出してきた。

そして、ルーテシアが「いってらっしゃい」と唱えると、無数の虫は空に散らばるように飛んでいった。

 

「これでドクターの玩具をすべて有人操作できる……義弘、後の事は大丈夫だから好きにしてもいいよ」

 

「そうか? ほいなら、おいも仕事ばかかってくるけん。念の為、ガリューどんを控えさせておくがよかね。 万が一、敵に見つかって危なくなったら、すぐに、おいに知らすっのど」

 

「わかった…」

 

義弘はそういうと大剣を構えたまま、戦場に参加するべく山道を駆け出して行った。

 

「さて…ゼストどんに勝る戦士がこの世界におるか……手合わせが楽しみじゃばい」

 

老人とは思えぬ健脚をみせながら、義弘は既に自らが挑まんとする敵との戦いに心を踊らせていた。

 

 

そしてその頃―――

 

《スターズ3、イレギュラー1、敵編隊第二陣を撃滅完了!!》

 

まだ、敵編隊が到着していなかったホテルの西側では、ティアナ達が他の班の防戦の模様を中継映像で見ていた。

中でもやはり、注目していたのは家康、スバルのコンビの戦いだった。

 

「家康さんとスバルさん…凄い…」

 

「流石はヴィータ副隊長も認める名コンビ……」

 

「…………………」

 

エリオとキャロが素直に感心、称賛する横で、ティアナは険しい顔を浮かべながら、“相棒”の奮闘ぶりを見つめていた。

改めて見ても、彼女の成長ぶりが嫌という程、思い知らされる気がした。

既に150機を超えるガジェットを撃破したにも関わらず、その顔には微塵の疲れも浮かんでいるように見えない。

その上、自分が知らない内に習得した新しい技までもバンバン出し、そして家康とお互いに背中を預けあった息のある掛け合い……まさにこれこそ理想的な『コンビネーション』といえるものだった……

 

(………どうしてよ……どうして………?)

 

見れば見るほど、知れば知るほど…その心の中に燻るのは焦り、嫉妬、劣等感、不安、そして苛立ち……ティアナの中にある黒い感情は着実に彼女の脳裏から冷静さを奪いつつあった。

 

《ティアナ! そっちに敵の新手が向かってる! Ⅰ型が70機程だが、気をつけろ! キツいようならアタシもそっちに回ってやる!!》

 

ヴィータからの念話にティアナが目つきを鋭くしながらクロスミラージュを構え、向かってくるガジェットを迎撃すべく、それぞれ戦闘準備にかかっていた。

 

「二人とも用意はいい? 迎撃開始よ!」

 

「「はい!」」

 

ティアナの言葉に、エリオ達が応えると同時に、森の中からガジェットの編団が現れた。

ヴィータの言ったとおり、Ⅰ型が70機程の中規模の編隊だった。

 

「これはかなりの数ね…二人とも副隊長達はいないけど、気合い入れていきましょう! 日頃の成果をここで見せてやるわよ!」

 

「「えっ!? は、はい!」」

 

ティアナの無駄に威勢のいい口切りに、エリオとキャロが若干違和感を抱いた。

そんな彼らを尻目にティアナは先陣を切って、迫ってくるガジェットの一体一体に魔力弾を放った。

しかし、現れたガジェット達はAMFが導入されており、あまり効果は見られない。

おまけに、その動きも急に人が操っているかのように素早くなって尚且、トリッキーなものに変わっており、ついには命中すらままならなくなってしまう。

 

「なっ…!? どうなってるの!? まるで遠隔操作みたい!」

 

ティアナは焦りの表情を浮かべるが、なんとか冷静を保とうと、敵の動きをよく見ながら魔力弾を撃つ。

するとガジェットの一体がティアナに向かって触手コードを放ち、攻撃を仕掛けてくる。

 

「!?」

 

ティアナがクロスミラージュを構えようとした時…

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

エリオがティアナの前に立ってストラーダを何度も突き出してガジェットの触手コードを弾き、ついにはその機体すら粉々に砕く。

その姿を見て驚くティアナ。

 

「エリオ!? 」

 

「ティアさん、大丈夫ですか!? これはいつものガジェットの動きではありません! 誰かが有人操作している可能性があります!」

 

そう言いながら、次々と他のガジェット達を墜していくエリオ。すると、傍でフリードを従えていたキャロも言った。

 

「誰かが近くで、召喚魔法を使った気配も感じました! 恐らく、その影響かと思います!」

 

「ここは僕が奴らを引きつけますから、ティアさんはキャロと一度防衛ラインまで退いて、ヴィータ副隊長の応援を呼んでください! 有人操作のガジェット相手に、射撃魔法で応じるのは不利です!!」

 

エリオがそう提言すると、それに応えるように3人の耳に念話が入った。

 

《エリオの言う通りだ! お前らはアタシが向かうまでは、防衛ラインに下がって、なんとかこらえてくれ!》

 

《ティアナ! キャロ! そこはエリオに任せて、2人は下がって!》

 

ヴィータ、シャマルからの念話を聞いたティアナの表情には、驚愕と共に苛立ちの色が見え始めた。

 

「な…なによ…なんなの…? 私は…役立たずだから、下がっていろって……そう言いたいわけ……?」

 

ティアナの頭の中に黒い感情が噴水のように溢れ、広がっていく感覚を覚える。

その異変にいち早く気づいたのはキャロだった。

 

「ッ!?…ティア…さん……?」

 

キャロが恐る恐る尋ねるが、ティアナはギロリと輝きの消えた眼でガジェット達を睨みつける。

 

「ふざけないでよ……私だって……私だって………」

 

ティアナは呟きながら、クロスミラージュをそのままグリップにヒビが走りそうなくらいに強く握りしめる。

 

「はああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そして、まるで自棄になったかのように、乱射しながら、次々とガジェット達に魔力弾を撃ちこもうとする。

 

「ティアさん!?」

 

キャロの驚く声など相手にもせず、ティアナは一心不乱に魔力弾を乱射する。

 

《ティアナ!? 一体どうしたの!?》

 

突然、自分の指示に反した行動をとりはじめたティアナにシャマルは狼狽えながら念話で呼びかけてくる。

 

(ここは大丈夫です! シャマル先生! ガジェットは……必ず私が撃滅しますから!)

 

《ダメよ! 今のエリオやヴィータちゃんの話を聞いてなかったの!? 今の貴方の戦法では太刀打ちできない! それに貴方自身もなにか変よ! 指示を無視するなんて貴方らしくないわ!》

 

《そうだティアナ! 言われたとおりにしろ!》

 

ティアナの口調からただならぬ気配を感じたシャマル、ヴィータは、改めてティアナに最前線からの退却を命じるが、ティアナは応じようとしなかった。

 

(ここまで来て退却なんてできません!! ここですべて迎撃します!!)

 

《ティアナ! これは命令よ! スターズ4、ライトニング4は直ちに退却してヴィータ副隊長が戻るまで防戦を徹し―――!》

 

シャマルが言い切る前にティアナは無理矢理念話を遮断してしまった。

 

(てぃ、ティアさん!! 命令無視はマズいですよ!!)

 

ガジェット達をどうにかいなしつつ、エリオが念話越しに諌めるが…

 

(うるさい! この持ち場は、私が指揮官なんだから、最終的な判断は私が下すのよ!!)

 

(ティアさん……?!)

 

ティアナの怒気の含んだ声にエリオもキャロも、戸惑うばかりだった。

シャマルの言う通り、明らかに今のティアナはいつもの彼女ではない。冷静さを失い、功を急いているとしか思えない短慮且つ強権的な振る舞いである。

 

(エリオ! アンタはそのままガジェットを引きつけてて! 私が一気にかたをつけるから!)

 

(ティアさん!?)

 

そういうと、ティアナはカートリッジをロードしながらクロスミラージュの銃口を、エリオ目掛けて殺到しようとしていたガジェットの群れに向ける。

 

「そうよ…そのまま…」

 

ティアナの周りに、複数のオレンジ色の魔力弾が現れる。

 

「証明してやる…私だって戦えるって事を…! 凡人なんかじゃないって事を!!」

 

ティアナの眼の奥には最早執念とも呼ぶべき、負の感情が炎となって灯っているように見えた。

 

「クロスファイア……」

 

ティアナはよくガジェットの群れを狙い…

 

「シュート!!」

 

無数のオレンジ色の魔力弾を一気に発射した。

魔力弾の雨がガジェット達に魔力弾が当たり、一気にガジェットは全滅かにみえた。

 

だがそこで、ティアナの行動は致命的なミスであった事に気づかされる。

 

「てぃ、ティアさん! エリオ君が!?」

 

「えっ!?」

 

キャロの悲痛な叫びにティアナがよく見ると、それは魔力弾の内の一発がエリオの後頭部に向かって飛んでいく光景が…

 

「―――ッ!?…エリオ逃げて!!」

 

ティアナが叫ぶがその間にも魔力弾はエリオとの距離を確実に狭めていき、エリオの顔面に直撃するかにみえた。

だがその時、赤い小さな影が横から入り込み、持っているハンマーで魔力弾を弾いた。

 

「「「ヴィータ副隊長!?」」」

 

ティアナ達が驚きの声を上げる。

 

「ふぅ…危なかったぜ……」

 

ヴィータはなんとか間に合った事に安堵の息を漏らし、そしてすぐさまティアナに向かって厳しい剣幕で睨みつける。

 

「ティアナ! この馬鹿!! 無茶やった上に味方撃ってどうすんだ!!」

 

ヴィータは今までにないくらい激しく怒り、ティアナを叱る。

 

「なんでエリオの忠告や、アタシやシャマルの指示も無視して、あんな無茶苦茶な事をしやがったんだッ!!?」

 

「…い、今のは……私なりの作戦―――」

 

「ふざけろよ! 直撃コースどころか、最早敵味方関係なく纏めてふっ飛ばしかねない勢いだっただろうが!? てめぇ、エリオを捨て駒にでもする気だったのかよ!?」

 

ヴィータの容赦のない糾弾に言葉を失うティアナ。

勿論、ヴィータの気迫だけではない。危うく自分は仲間を撃ちそうになってしまっていたという大きなショックも彼女を呆けさせる原因となっていた。

 

「違うんです! ヴィータ副隊長! ティアさんは―――」

 

「うるせぇ馬鹿ども!!」

 

そんなティアナを気づかいエリオが変わりに弁明しようとするが、ヴィータがそれを遮る。

 

「もういい…後はアタシがやる! 三人まとめてすっこんでろ!!」

 

怒鳴られた3人は唖然とするしかなかった。

…その時だった。

 

 

――――フフフフフフッ…キャンキャンとはしたなく鳴きますねぇ…実に品のない獣だ……――――

 

「「「「!!?」」」

 

 

 

突然どこからともなく聞き覚えのない声が4人の耳に入った。

 

「だ…誰だ!?」

 

ヴィータが周囲を見回そうとしたその時…

 

 

突然、ヴィータ達の先に広がる森の奥から爆音と共に砂埃が巻き起こり、何かに薙ぎ払われた森の木々が次々と空中に打ち上げられては、隕石のようにヴィータ達の前に落ちてきた。

 

「な…なんだ!?」

 

ただならぬ事態に、ヴィータがすぐさまグラーフアイゼンを構える。

その間にも森の木々は次々と薙ぎ払われ、そしてついにはヴィータ達の目の前に広がっていた森の端の木々が一瞬で切り裂かれ、そのまま倒されたのだった。

 

そしてすべての木々が無くなった荒野に立ち込める砂埃の向こうから、一人の男が優雅な佇まいで近づいてきた。

金と薄紫の派手な色合いのコートのような形をした厚手の和服に、黒いスカーフのような布を巻き、その両手には連結刃のような形状の特殊な鞭がそれぞれ1本ずつ握られている。

 

「傀儡共の生温い遊戯(フェゴ)を見るのも飽きました。 そろそろ、私も楽しませて頂くとしましょう」

 

その短めの金髪に相応しい、中性的かつ“美青年”と称しても過言でない美丈夫な風貌は、その顔に相応しい爽やかな笑顔を浮かべていた。

だが、その目の奥に宿っていたのは、途方も無い程に深い“殺気”そして“凶気”であった……

美青年は、周囲に浮遊するガジェットの編隊の残りを一瞬だけ一瞥すると、鞭をゆっくりと振り上げる。

そして、その視線をヴィータ達に向けたまま、片手に持った鞭を振り上げ、振るってみせた。

すると…

 

「んなっ…!?」

 

「「「ッ!!?」」」

 

ヴィータ達は我が目を疑った。

残っていたガジェットドローンが次々とさいの目切りにされ、爆発する事なく、細切れ状態となってバラバラにされていく。

 

「私の“狩り”に余計な機械傀儡は無用です……」

 

そして、ガジェットの粉々になった残骸が雨のように降り注ぐ中を美青年は、ゆっくりとヴィータ達に向けて歩み寄ってくる。

 

「貴方方が『機動六課』……ですか? かような女、子供を兵士にする部隊が、徳川の新たな同盟相手とは…凶王三成も随分と見くびられた様ですねぇ」

 

その華麗な振る舞いや口調の中に含む異常な殺気に、ヴィータ、ティアナ、エリオ、キャロは今までにない恐怖を感じ、本能的に数歩後ろに下がり、身体が小刻みに震え出していた。

 

「テメェ…一体誰だッ!!?」

 

武者震いが止まらないながらも、ヴィータが精一杯の威勢と威嚇を見せながら叫ぶと、美青年は鞭を持った両手を広げながら、高らかと名乗りを上げた。

 

 

「お初にお目にかかりますお嬢さん(セニョリータ)。私の名は“小西行長”……覇王・豊臣秀吉直参…豊臣軍執行幹部『豊臣五刑衆』第三席……そして…貴方を冥府(インフィエルノ)へと誘うべく参上した使徒(アポストル)でございます」

 

 

男…小西行長の名乗りを聞き、ヴィータは本能的に直感した。始めて会うはずなのに、彼が家康の話に出てきた“凶王・石田三成”や、このあいだ戦った黒田官兵衛や後藤又兵衛達と同じ“西軍”の一員であること、それもかなり上の地位に立つ者だということがわかる。

 

そして、この男が、官兵衛はおろか又兵衛さえも比べ物にならない程の狂気、殺気に染まった危険人物であるという事を……

 




遂に登場しました!
『豊臣五刑衆』第三席にして、リリバサオリ武将屈指のヤバイやつ(苦笑) “小西行長”!

先にいうと行長は、リブート版では更にドSでヤバいキャラにしようと思っていますので、ドSの方はお楽しみに(笑)そして、ヴィータファンの方はごめんなさい(汗)


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第十七章 ~ティアナの恐怖 “蟒蛇”小西行長の狂虐~

規格外の強さや才能を持った人材の揃う機動六課の中で、自分“凡人”に過ぎない…
そんな劣等感や嫉妬心を抱えたまま、ホテル・アグスタの警備任務に挑んだティアナ。

しかし、その焦りや鬱屈した思いは任務中もさらに増長していき、遂には半ば暴走行為からミスショットまでも犯してしまった。
そんな中、ティアナ・そして機動六課の前に現れたのは、豊臣が誇る5人の最高幹部『豊臣五刑衆』の第三席 小西行長であった…

左近「リリカルBASARA StrikerS 第十七章 いざ…入ります!」


突如姿を見せた『小西行長』なる男の放つ途方も無い覇気にヴィータ、ティアナ達はただ息を呑む事しかできずにいた。

目の前に佇む男の表情は一見爽やかな笑顔を浮かべているが、その眼の奥に見えるのは明らかな殺気、そして凶気だった。

常人であれば恐怖のあまり立つことすらままならないこの状況の中で、なんとかヴィータ達はそれに耐え、冷静さを保つ事に必死だった。

 

「豊臣…五刑衆……? …要するにテメェもあの黒田官兵衛(ボウリング野郎)みたく、家康の宿敵の“凶王”とかいう野郎の仲間ってわけか?」

 

ヴィータが冷や汗を浮かべながらも、行長を睨みながら尋ねた。

だがそれを聞いた行長は「フフフ…」と顔を少しそらしながら笑う。

 

「あんな“穴熊”と同じ土俵に乗せられるのは少々不本意ですが…一応はそういう事にしておきましょうか……それよりも…貴公の名前をお聞かせ願いたい」

 

「あぁ? …どういうつもりか知らねぇが……機動六課・スターズ分隊副隊長 ヴィータだ……」

 

行長の意外な質問返しに、ヴィータは怪訝な顔つきになりながらも答えた。

すると行長は何を考えたのか鞭を腰に下げると、懐から取り出した何かに袖口より取り出した小筆で何かを書き記した。

 

「…結構。では貴方に良い物を差し上げましょう」

 

そう言いながら、行長は手に持っていた何かを指で弾き、ヴィータの元に投げて寄越した。

ヴィータが投げ渡されたそれは、紅い十字形のペンダント…所謂『ロザリオ』だった。

まるで鮮血のように真っ赤に染まった十字架の裏にはスペイン語(南蛮綴り)の文字でこう書かれていた。

 

 

 

 

『VITA』

 

 

「な…なんだよ…?! これ…?」

 

ヴィータが微かに顔を青ざめさせながら聞いた。

すると、行長は微笑を崩さずに宣告するように言った。

 

「そのロザリオは………これから冥府へと渡る貴方への私からの“手向け”ですよ」

 

「ッ!!!?」

 

そう話すや否や行長は再び2本の鞭を手にとった。すると、鞭全体に赤白い電流が走る。

同時にそれまで笑顔の中に隠されていた殺気と闘気が、はっきりと感じ取れるように膨れ上がっていく。

 

「何やってんだお前ら! 早く逃げろ! コイツはお前らの敵う相手じゃねぇ!!」

 

ヴィータはティアナ達の方に振りかえって逃げるように促した瞬間、行長が振り翳した片方の鞭が風を切る音と共にヴィータへと迫った。

実質的にはシグナムのレヴァンティンのシュランゲフォルムを思わせる連結刃の様な形状のその鞭は、直撃すれば、ヴィータの首を一撃で斬り落とすであろう。

ヴィータは冷静に初撃をグラーフアイゼンで打ちつけて、弾き返した。

 

「アイゼン!」

 

そして、その勢いを利用して地面を蹴ると、行長に向けて飛びかかりながら、5つの鉄球を取り出した。

 

「おらぁぁッ!!」

 

真正面にいる行長目掛けて、グラーフアイゼンで打ち飛ばした。

しかし行長は飛来してくる鉄球に微塵の動揺も見せず、もう片手の鞭を軽く振るう。

鞭は蛇のようにしなやかな軌道をとって、自分に向かって飛んでくる鉄球をすべて払いのけた。

 

「ッ!? くそ!!…だったら、これはどうだ!!」

 

ヴィータは、今度は8個の鉄球を取り出して、カートリッジを1回リロードさせる。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

ヴィータの打ち出した鉄球は赤いオーラを纏いながら先程よりも高速で行長に向かっていく。

しかし行長は、それすらも微笑を崩さずに見つめ、2本の鞭を舞の様な優雅な手付きで振るうと、鞭は電流を放ちながら向かってくる魔力付きの鉄球による追尾弾をも全て払い除けてしまった。

 

「何ぃっ!?」

 

軌道が逸れた追尾弾が地面に落ち、爆音と砂埃を上げる中で行長は、ヴィータの方に尚もゆっくりとした歩調で近づいていく。

その足並みからは完全に余裕さが感じられ、わざとらしく忍び寄るような歩を進める仕草が逆に、慇懃無礼さをも感じさせ、ヴィータの焦りと苛立ちを引き立たせた。

 

「フフフフ、どうしましたか? まさかそれが攻撃のつもりですか?」

 

「ぐぅっ!…舐めやがってええぇぇぇぇぇッ!!?」

 

行長の完全に嘲るような態度に、腹を立てたヴィータは魔力弾を使った中距離戦から得意手である近接戦闘で叩き潰す方向に切り替えた。

 

「アイゼン! ラケーテンフォルムだ!!」

 

カートリッジをリロードさせ、ハンマーフォルムの槌部分に鋭利なスパイク状の突起物が出現してより近接向けとなった『ラケーテンフォルム』へと変形させたグラーフアイゼンを手にとったヴィータは一気に行長との距離を詰める。

 

「おおおおおらぁぁぁ!」

 

気合の叫びを上げながら、グラーフアイゼンを振りかぶり、行長に連撃を浴びせていく。

 

「……実に品の無い攻めですね。まるで美しくない……」

 

鞭を匠に振るい、ヴィータの連撃を弾き、自身に届かせない行長。

その表情は動揺する事なく、落ち着いていた。

 

「本当の“美しさ”とはどういうものか…獣の貴方にご教授して差し上げましょう!」

 

行長はヴィータの連撃の一瞬の隙を突き、グラーフアイゼンを弾きながらそう宣告した。

そして、片手に持った鞭を大きく振るい、それをヴィータ達の方に向かって飛ばす。

ヴィータは障壁(シールド)を張ってで防御するも、そのまま宙へ打ち上げられた。

だが、行長の攻撃の本命はその瞬間だった。

 

「そこです!」

 

行長はもうひとつの鞭を振るい、空中で態勢を立て直そうとしていたヴィータの身体に鞭を何重に巻きつけた。

 

「しまったッッ!!?」

 

「フフフ…早速、獲物がかかりましたね。釣打責(つりうちぜめ)!」

 

行長は鞭を勢いよく引くと、その先端が巻き付いたヴィータを一気に自分の下へと引き寄せながら、その勢いを利用して、彼女の腹部へ容赦のない蹴りを打ち込んだ。

 

「ぐぶおぇぇぇぇぇぇっっっ!!?」

 

鋭い蹴りが吸い込まれるようにしてヴィータの腹部へと突き刺さる。

ヴィータが少量の血の混じった胃液を吐きながら、戦いの動向を見守っていたティアナ達の前へと勢いよく吹き飛ばされる。

 

「ヴィータ副隊長!!?」

 

キャロが悲鳴のような声を上げた。

地面に転がり伏したヴィータだったが、それでもフォワードチームやホテルを守らんとする気迫を糧にどうにかすぐに起き上がってみせた。

 

「ゲボッ! ゴホッ! し…心配すんな……今のは…少し油断しただけだ……!!」

 

血や胃液の混じった唾に噎せながらも、振り向かずに答え、グラーフアイゼンを構えなおそうとするヴィータ。

そんな彼女を見て、行長はさらに邪悪な笑みを浮かべる。

 

「フフフフ…その気丈さ……果たしてどこまで保ちますかな?」

 

行長はそう言うや否や、再び鞭を一閃する。

今度は引っかかるまいと、ヴィータは地面を蹴って、空高く舞い上がろうとした。

だが、行長は鞭をもう一度振り、飛び立とうとしていたヴィータの片足に絡めつかせた。

 

「くそっ!!?」

 

ヴィータは無理矢理に加速して空まで逃げようとするが、その前に行長は再び鞭を引き寄せ、ヴィータの小柄な身体を容赦なく地表へ叩きつけた。

砂埃の立ち込める中、仰向けに倒れたヴィータの顔を、行長は容赦なく何度も何度も足蹴にし、踏みつけた。

 

「グァッ!?…グフッ!?…ギェッ!?…ガハッ!!?」

 

「エストゥペンド! やはり女子供が苦痛に悶える声は、実に良い音色ですねッ! ハハハハッ!」

 

苦悶の声を上げるヴィータを見下ろしながら、行長は狂気的な高笑いを上げながら、足蹴にする片足にさらなる力を込めた。

 

「ヴィータ副隊長!!」

 

「いやっ!! いやあぁぁぁぁぁ!!」

 

そのあまりの凄惨な光景にティアナが悲痛な叫びを上げ、キャロに至っては目に涙を浮かべていた。

 

(そっ、そんな…ッ!? あのヴィータ副隊長がこんな一方的に……!!?)

 

ティアナは、足や手が小刻みに震えるのをどうしても止められずにいた。言うまでもなく、それが“恐怖”によるものであると自覚していた。

あのはやてが誇る『最強』の守護騎士の一人 ヴィータが手も足も出ない…つい数分前、自分の不手際で危うくミスショットしそうになった仲間の窮地に颯爽と現れたハズの彼女が、突然現れた西軍の新手を前に、今は為す術もなく、ボロ雑巾の如く、一方的に甚振られている。

戦いというものは敵の猛攻を上手くあしらい、耐えしのぎながら、反撃を繰り出していく、技と技の応酬である筈だが、今、目の当たりにしているものはそんなものではなった。まさに文字通りの、一方的な蹂躙…自分が知る上で負ける事など考えられないと信じていた存在が、非魔力保持者である筈の男に、まるで赤子をひねるかの如くあしらわれているのだ。

 

(これが……家康さん達が戦ってきた………“豊臣”の強さだって言うの…?)

 

これまでずっと百戦錬磨の騎士である彼女の姿しか見てこなかったティアナは、余計に恐怖を覚えた。

今まで常人ではないと見ていた人が追い詰められている。つまりそれはその上にさらなる強者がいると言う事…

 

「やめろおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

そこで、ティアナ、キャロと共に動けずにいたエリオが遂に我慢できず、突然動き、尚もヴィータの顔を踏みつけて嬲っていた行長に向かって、ストラーダを構えながら突進した。

だが、すかさずその闘志を感じ取った行長は瞬時に跳び退き、エリオの攻撃を回避した。

 

「なんですか? 貴方は…? せっかくのお楽しみの…邪魔をしないで頂きたい!」

 

行長は鬱陶しそうにエリオを一瞥しながら鞭を振り上げ、そして一閃した。

蛇の様に鋭く蛇行しながら鞭の凶刃がエリオに向かって飛んでいく。

 

「エリオ君!」

 

キャロが悲痛な叫びを上げた。

逃げる暇もなかったエリオは覚悟を決めて、目を瞑った。

 

ガキィンッ!!!

 

「ッ!!?」

 

響き渡る金属音にエリオが目を開けると、そこにはどうにか行長の踏みつけから抜け出したヴィータがエリオを庇うようにして立ちふさがっており、グラーフアイゼンを構えて、敢えて、行長の鞭を巻き付かせる事で、エリオを庇い立てしていた。

 

「ぐぐっ……早く逃げろって……言っただろ…!? この…“化け物”は……お前らの手には負えねぇ……」

 

「ヴィータ副隊長!? でも……!?」

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

ボロボロになりながらもエリオを守ろうとするヴィータに、エリオはどうにか助太刀を嘆願しようとするが、その前に行長の高笑いが響いた。

 

「自らが傷付こうとも部下達を庇う尊き心……実に美しいものですねぇ……ですが…実に“中途半端な”美しさだ!!」

 

相変わらず笑顔は崩さない行長だったが、その視線は氷のように冷たく、そして闇の様にドス黒い。

その視線をヴィータの背中から見てしまったエリオは、顔を恐怖に強張らせている。

 

「ひとついい事を教えて差し上げましょう。私は“美しい”ものを好む質なのですが、その実“醜い”ものも決して嫌いではありません。 人間の持つ愚かしさ、浅ましさ……醜い一面というものは、形は悪けれど、時に面白味というものが感じられ、大変興味を唆られます……」

 

「………………?」

 

突然、奇妙な力説を語り始めた行長に怪訝な顔を浮かべるヴィータ。

 

「では……真に“評するにも値しない程に醜きもの”とはなにか? その答えは簡単……それこそ“中途半端な美しさ”しかないものですよ!!」

 

刹那、行長はグラーフアイゼンに絡ませていた鞭に念を込め…

 

 

 

 

 

 

渦雷責(からいぜめ)!!」

 

 

 

 

 

 

バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

技名を唱えると鞭に赤白い稲光が走り、グラーフアイゼンを伝ってヴィータに電撃が襲いかかった。

 

「ぐはあぁぁぁっ!!」

 

電流に苦しめられながらヴィータは、そのままグラーフアイゼンごと投げ飛ばされると、地面を勢いよく転がった。

身体に残留する電撃に苦しみ、悶えるヴィータを見て、行長は黒い愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

「“美しく”も“醜く”もなれない半端者よ……この私が貴方に相応しい姿に変えて差し上げましょう!!」

 

「ぐぐぐっ……いつまでも……調子こいてんじゃねぇぞぉぉぉ!!」

 

ヴィータは叫びながら、地面を蹴って飛びかかると、両足に加速魔法をかけて、一気に行長の懐に迫りながら、グラーフアイゼンを振りかぶる。

 

「ラケーテン……ハンマァァァーーーーーーーーーー!!!」

 

変形した槌の後方の噴射口から魔力を噴出しながら、ハンマー投げのように高速回転しながら対象に接近していく。命中すれば、確実に吹き飛ばせる……筈だった。

だが、行長は回転しながら迫るヴィータに動じる事無く、すかさず鞭をヴィータ…ではなく、近くに落ちていた先程、森から姿を現す際に伐採した倒木に向かって一閃し、鞭の先端に巻きつけると、行長に迫ろうとしていたヴィータ目掛けて投げ飛ばした。

 

「ぐぅっ!!?」

 

思い切って放った大技が敵に命中するかと思われた目前で、突然真横から不意に飛んできた倒木にヴィータが驚く間もなく、遠心力を付けて回転していたグラーフアイゼンの一撃は飛んできた倒木を粉々に粉砕する。

だが、行長はすかさず後方に飛び退いて下がった為にその破片が当たる事は殆どなかったのに対し、思わぬ形で木を粉砕する事になったヴィータは大量の木片が全身にぶつかり、中にはバレーボールほどの大きさの木片が額に命中し、一瞬視界が歪み、その姿勢が崩れてしまう。行長はそれを見逃さなかった。

 

独楽死磔(こましばり)!」

 

空中に浮かんだまま隙を見せたヴィータに向かって、行長は鋭く鞭を伸ばした。

鞭はまるで生きているかの如く、ヴィータの身体に巻き付いて胸から足元にかけてその小柄な身体を縛り上げる。

 

「ぐあぁっ…!? ああぁ………っ!」

 

まるで大蛇のように、鞭はヴィータの身体を締め上げる。さらに鞭全体を構成する剃刀型の刃がバリアジャケットを切り裂き、ヴィータの柔らかい皮膚へと少しずつ食い込んでくる。刀や槍と違い、決して深くまで食い込んでくる事はないが、無数の棘が全身に突き刺さったかのような激痛と、緊縛による圧迫が二重にヴィータを苦しめ、藻掻けば、藻掻くほどにその苦悶と痛みは増長していく。

さらに刃による激痛には追い打ちの如く、傷が染みるような感覚まで後付されているようだった。

 

「フフフフフ…よく痛むでしょう? この私の愛器『黒縄鞭(こくじょうべん)』の刃には、とても濃厚な塩が塗り込んであるのです」

 

行長は手品の種明かしをするように嬉々と語った。

 

「常人であれば、一撃でもこの鞭で切り裂かれた者は、傷と塩の二重の激痛に悶え、のたうち回って早々に戦意が折れるものですが…その身体でここまで耐えた貴方はなかなか大した忍耐の持ち主ですね。ですが…それもここまでですよ!」

 

その言葉と共に行長はヴィータに巻きつけた黒縄鞭を、独楽回しのように勢いよく引いた。

するとヴィータの身体は紐独楽のように回転しながら吹き飛ばされ、同時に身体に食い込んでいた無数の小さな刃が外れた事で、全身の至る箇所にできた細かい傷から血を溢れ出しながら地面に叩きつけられた。

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

キャロが口元を押さえ悲鳴を上げ、エリオも、先程ヴィータ自身から言われた言葉を忘れて助けようと身体の震えを必死に抑えながら、もう一度助けに入ろうとした。だが、足が動かない…眼の前でヴィータを圧倒する男 行長の残虐非道な凶行と、行長自身の殺気と狂気に圧倒され、感じていたのは紛れもなく“恐怖”だった…

だが、エリオ以上に行長の“恐怖”に押しつぶされかけている人間がもう一人この場にいた。

 

「ひぃ…ひぃ…ひぃぃっ!!?」

 

ティアナだった―――彼女の悲鳴は最早、声にならなくなってしまっていた。

その脳裏はエリオやキャロとは比較にならない程の驚愕、そして混乱と恐怖によってかき乱されていた。

 

「ぐぐっ……ぐぐぐぅ………」

 

それでもヴィータはなんとか立ち上がろうとする。

既に紅い騎士服(バリアジャケット)はズタズタに切り裂かれ、全身が切り傷に塗れ、顔は何度も足蹴にされた事で幾つも痣ができ、歯の何本かはへし折られていた。

それはフォワードチームの誰もが見た事がなかった悲惨な姿だった。

 

「ほぅ…まだ立ち上がれるだけの気力がありましたか……つくづく貴方は“獣”の如き底しれぬ忍耐の持ち主ですねぇ。その打たれ強さだけは認めて差し上げましょう」

 

皮肉っぽく言い放つ行長に、ヴィータは既に息も絶え絶えになりながらも、その目に宿る闘志だけは少しも衰えていなかった。

 

「て、テメェなんかに……やられてたまるかよ……!? ホテルにも………アタシの大事な教え子達にも……手出しはさせねぇ……ッ!!?」

 

ヴィータはその異名の名の通り、『鉄』の如き確固たる意思を示すように、行長を睨みつけて言った。

そんなヴィータに対し、行長は笑顔を浮かべたまま…

 

「フフフ…いい度胸ですね…感動的です……だが…実に“愚か”だ」

 

嘲笑うような言葉とともに2本の黒縄鞭を同時に一閃し、ヴィータの両手首に巻きつけた。

 

「ぐううぅっ!? あぁぁぁぁっ!!」

 

「…そんな貴方にもう一つご教授して差し上げましょう……“無意味な努力とは身を滅ぼすもの”であると……」

 

ヴィータはすぐさま両手に巻き付いた黒縄鞭を外そうとするが、固く締め付けてくる2本の鞭がそれを許さない。

 

 

 

「その身をもって思い知りなさい……甘美な“痛み(ドノー)”、そして“絶望(デセスペラシオン)”と共に!」

 

 

 

刹那―――

行長が両手に握った黒縄鞭を力一杯に引っ張った。

 

バキリッ!と何かがへし折られる音色と共に、鞭の巻き付いていたヴィータの両手が引きちぎれ、宙に舞った後、地面に転がる。

同時に、今まで数え切れない程の修羅場を乗り越えてきたヴィータでさえも経験した事のなかった激痛が襲いかかった。

 

 

 

 

「うわ、わ、わあ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁっ!!!!?」

 

 

 

ヴィータは苦悶の叫びを上げ、勢いよく地面を転げまわる。

 

 

「「ヴィータ副隊長っっ!!?」」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

その凄惨過ぎる場面に、ティアナとエリオは声を揃えて絶叫し、キャロは顔を青ざめながら悲鳴を上げた。

 

 

 

《ロングアーチよりスターズ2へ! ヴィータ空尉! 一体どうしたんですか!?》

 

《ヴィータちゃん!? ティアナ! エリオ! キャロ! そっちでなにがあったの!? 返事をして!!》

 

 

 

一同の悲鳴は念話を通してロングアーチやシャマルの耳にも届いたようで、それぞれ必死な声質の念話で呼びかけてくるが、ティアナ達は誰もが冷静に応答する余裕などなかった。

 

 

 

 

グア゛ア゛ア゛ァッ!? ア゛ァッ!!? あ……アタシの……手が…ッ!…手があああああああぁぁ!!?

 

「ブラ-ボ! 私はこの瞬間がたまらなく好きなのですよ! 痛めつけた獲物が醜く藻掻き、足掻きながら己の血で赤く染まり果てていく姿を見るのは実に楽しい!」

 

 

黒縄鞭に付いた血を拭い去り、行長は激痛に苦しむヴィータを見下ろしながら、悪意と狂喜に満ちた笑みで言い放った。

 

「さぁ。お次はどこを削ぎ取って差し上げましょうか? 足ですか? 耳ですか? それとも鼻など如何です?」

 

この場の凄惨さに不釣り合いな満悦な笑みを浮かべながら、ゆっくりと地に伏して悶えるヴィータに近づきながら尋ねる。

だが次の瞬間、行長とヴィータの間に何かが割り込んでくる。

 

行長が後退すると、それはオレンジ色の魔力弾だった。

 

 

「………許さない……!!」

 

「ん?」

 

「許さないわよ!! この外道!!」

 

掠れる様な声に導かれるようにして、魔力弾が飛んできた軌道を目で追っていくと、そこには怒りとも恐怖の入り混じった様な苦い表情を浮かべ、震えを抑えられずにいながらも、クロスミラージュの銃口をこちらに向けて構えるティアナの姿があった。

 

「今度は貴方が相手ですか…? いやはや、『機動六課』という部隊は実に威勢の良い女子供ばかりなのですね……」

 

「ふざけるんじゃないわよ…!! …よくもヴィータ副隊長を……アンタはここで私が!!」

 

「ティアさん! 僕も助太刀を―――」

 

エリオがストラーダを構えながら、行長の背後に回り込み、挟み撃ちにしようとするが、ティアナは念話でそれを遮った。

 

(エリオ!! アンタはキャロと一緒にヴィータ副隊長をシャマル先生のところへ連れて行ってから、家康さん達を呼んできて!! コイツはそれまで私が一人で止める!!)

 

ティアナの言葉にエリオは驚嘆する。

 

(そんなっ!? ヴィータ副隊長でさえ手も足も出なかったっていうのに、ティアさんだけでなんて無茶ですよ!!)

 

(やってみないとわからないでしょ!!?)

 

エリオの忠言を無視して、ティアナはクロスミラージュの引き金に指をかけて、いつでも行長を撃てるように構えた。

だが、必死に気丈かつ威圧的な表情を保とうとするティアナの脳裏は、混乱の極みとなっていた。

 

 

 

 

嫌だ―――逃げたい―――死にたくない―――でも……諦めたくない!―――

 

 

 

 

兄さんの様な立派なエリート魔導師になる為にも…家康さんの弟子として一人どんどん先に進んでいくスバルに負けない為にも…

私の夢が…執務官になる夢が…こんな…こんな狂人なんかを恐れていて……

 

 

「おやおや…震えてますね…あんな“戯れ(フェーゴ)”を目の当たりにした程度で、もう怖気づいたのですか? 怖いのであれば無理はなさらないで下さい。どうぞお好きにお逃げなさい」

 

行長は、獲物を追い詰めた蛇のような余裕に満ち溢れんばかりの余裕の嘲笑を浮かべながら、皮肉を言い放った。

 

「黙れ! 自分の…上官をここまでやられて……ここでおめおめと引き下がるわけがないでしょ!!」

 

「ほぉ、仇討ち……ですか? それは実に殊勝な事ですね。では……」

 

 

そう言うと、行長は何を思ったのか、2本の黒縄鞭の内の片方を腰に掲げ戻し、1本だけを手に身構え直した。

 

 

「?……なんのつもりよ…?」

 

「フフフフッ…貴方のその健気な勇気に敬意を示して…私は片手だけで貴方の相手をして差し上げましょう。その方が…少しくらいは公平(フスタ)に楽しめそうですからねぇ」

 

「…ッ!!!?」

 

行長の言葉を聞いたティアナの眉間に青筋が浮かんだ。

 

「こんな私でも“慈悲”の心はありましてねぇ…力無き者を相手する時には少しくらい“生きる望み”を与えてやりたいと思う時もあるのですよ。 特に“思わず哀れんでしまうくらいに雑魚(デビィ)と相見えたりすれば特にね」

 

「………ほ…………」

 

次の瞬間、ティアナの顔が突然、何か悪鬼のようなものにとり憑かれたかのように禍々しく歪んだ。

 

 

ほざくんじゃないわよおおおぉぉぉッ!!!

 

 

 

怒りで半分狂乱したティアナは、行長への敵意、憎悪を込めて咆哮を上げた。

底知れない屈辱、憎悪…負の感情に支配されたかのようなティアナの豹変に、エリオもキャロも思わずゾクリと背筋が凍りつく様な恐怖に駆られた。

 

一方のティアナは、どこまでも自分をこき下ろしてくる行長に対する怒りが、皮肉にも一時だけ脳裏を過ぎっていた恐怖の感情を忘れさせてくれた為、今度はためらう事なくクロスミラージュの引き金を引く事ができた。

 

 

「シュートバレット!! ヴァリアブルシュート! クロスファイアシュート!!!」

 

 

ティアナは矢継ぎ早に自分が習得しているありったけの射撃魔法を放ち、叩きこむ、その全てが行長目掛けて殺到し、爆音と共に土煙を巻き起こす。

 

「どうだっ!?」

 

最後に叩き込んだクロスファイアシュートは、魔力のない人間がまともに食らえば、消し炭になる程の威力である筈だ。

 

しかし…

 

「マンマ・ミーア。いけませんねぇ! せっかく、より公平に戦って差し上げようと、回避もせず、真正面から受けて立って上げたというのに…この程度の遅い弾丸しか撃てないのですか?」

 

土煙の中から行長がゆっくりと歩を進めながら現れ、涼しい顔をしながら言った。

その身体には微かに砂埃が付着しているだけで、まともに魔力弾を食らった痕跡はどこにもなかった。

見ると、その手には確かに片方だけの黒縄鞭が握られており、もう一つの鞭は腰に下げられたままだった。

 

「まさか……私の弾が……ランスターの弾丸が……あんな鞭一本で全部弾かれたって事……ッ!!?」

 

自分の技という技が全て通じなかった事実を前に、ティアナの脳裏に、再び行長への途方もない恐怖の感情が蘇り、恐慌状態に陥っていた。

 

「フフフフ…しかしまぁ“座興(レクリエアシオン)”として見れば、なかなか面白いじゃありませんか。さぁ、続けましょうか? ご自分の命が賭かれば、最高の“恐怖(ミエゴ)”を味わえて、もっと面白いですよ?」

 

「ッ!!?」

 

まるでゲームを楽しむかのような行長の言葉に、ティアナは声も出せなかった。

 

 

無理だ…この男は強い……自分が想像していたものよりも遥かに……

 

行長は相変わらずにこやかな笑顔だが、そこから放たれるオーラはまるで道端の小石を見るかの如く冷たく、そして禍々しい…

 

 

 

 

ガタガタと震えるティアナに、行長がゆっくり近づきはじめた。

 

 

 

 

その落ち着いた足取りがティアナの恐怖を煽り…

 

 

 

 

彼女の魔導師としての強い信念と想い、そして、そのプライドも自信も何もかも砕け散らせた。

 

 

 

 

 

 

…ゃ……いやだぁっ!!…いやぁああああああああああ!!

 

「「ティアさん!!」」

 

 

ついに耐え切れなくなったティアナは狂乱気味に叫びながら、踵を返すと、そのまま逃げ出そうとした。

背後から、エリオとキャロの声が聞こえたが、構う余裕は既になかった。

 

「おやおや。どこへ行くのですか? 面白いのはここからじゃ……ありませんかぁ!」

 

背後から行長の声が聞こえてきたかと、突然ティアナの首に細長い何かが巻き付いた。

その直後、ティアナの身体は後ろ手に引っ張られながら、地面に倒され、引きずられ始めた。そこで初めてティアナは自分の首に巻き付いたのが行長の黒縄鞭である事に気づいた。

行長は黒縄鞭を飛ばし、逃げようとしていたティアナをいとも簡単に捕らえてしまったのだった。

 

「嫌…っ! いやっ!? イヤァァッ!!?」

 

ティアナは引きずられながらも必死に藻掻き、首に巻き付いた鞭を解こうとするが、鞭は生きた蛇のようにしっかりと首に絡まりついて離れなかった。

そして、あっという間に行長の元へと手繰り寄せられたティアナは首から鞭を解かれながら片手で前髪を掴まれると、持ち上げる形で無理矢理立ち上がらされた。

 

「尊敬する上官殿の仇を討つのではなかったのですか? その仇が今こうして目の前にいるのですよ? ほら、もう一度その“遅い”双銃(飛び道具)を私に撃ちこんでごらんなさい! さぁ!」

 

行長はまるで閉じているかのような細目の奥に隠れた禍々しい凶気を投げかけながら、ティアナを容赦なく挑発する。

 

ティアナは自分を掴み上げる行長を見て、腰を抜かさんばかりに怯えながらも、震える声で反論しようとした。

 

「わ、私は……私は……」

 

「貴様! ティアさんを離せ!!」

 

行長の背後からエリオがストラーダを振りかぶりながら、飛びかかろうとした。

だが、行長は振り返る事もしないまま、ティアナの首から解いた黒縄鞭を一閃し、頭部に振り下ろされたストラーダを掴み、防いだ。

受け止められたエリオの目が驚愕で開かれる。

 

「……また貴方ですか? お楽しみの邪魔をしないでくださいと…何度言わせたら気が済むのですか?」

 

「まさか!?」

 

気が動転したエリオは魔力を全開にして、ストラーダの穂先に付いた噴射ロケットを吹かし、なんとかして絡みついた黒縄鞭を振り解こうとしたがうまくいかない。

 

「躾がなっていませんね。貴方には引っ込んでいてもらいましょうか」

 

言い放った行長は、黒縄鞭をもう一度一閃し、ストラーダごとエリオを地面に引き倒した。エリオの小さな身体は地面を勢いよく転がり、キャロの治癒魔法による応急処置でどうにか切断された腕の出血は止まりながらも、激痛に耐えきれずに気を失っていたヴィータの近くに転がり倒れた。

 

「エリオ君ッ!!!?」

 

地面に倒れたエリオに、キャロが悲鳴を上げながら駆け寄る。

それに一瞬だけ気をとられそうになりながらも、ギリッ…ギリッ…と徐々に前髪を掴まれる力が強くなっていく痛みが、ティアナの意識を行長へと戻した

 

「フフフフフ…どうですか? ご自分の仲間が次々と傷つき、倒れていく様を見るのは? ですが…そうなったのも全て貴方のせいです!」

 

「わ……わたしの………せい……?」

 

ティアナは震える声で返した。

行長はティアナを、まるで醜いものを見ているかの様な蔑みの眼で見ている。

 

「えぇ。セニョリータ・ヴィータが現れる前から、貴方達の戦いを森の中からゆっくり鑑賞させて頂いてましたよ。そうしたらどうでしょう? 実に杜撰で、無定見で、脇目も振らぬ無謀な采配…挙げ句に仲間討ちとは…なんとも滑稽な“茶番”に、思わず笑いが止まりませんでしたよ。ハハハハハハッ!!」

 

露骨に嘲笑う行長に対し、ティアナの目に悔しさに満ちた憤怒の炎が現る。

だが、既に戦意をへし折られたティアナに、その悔しさを糧に、行長に抵抗に移す事はできなかった。

 

「そんな貴方の安っぽい矜持や、自尊心、功名欲……そして生半可な“義”に駆られた貴方が、仲間や上官を傷つけ、危険に晒した! なんと“中途半端”で情けない事でしょうか……!」

 

「わ…私は……そんなつもりじゃ……」

 

ティアナは必死で頭を振り、行長の言った事を否定しようとする。

だが、行長は冷静かつ冷酷に、彼女の反論を切り捨て、心を射抜く言葉を次々と投げかけてくる。

 

「言ったはずですよ? 私は“美しいもの”を好みますが、“醜い”ものも決して嫌いなわけではないと……私が本当に嫌いなものは……貴方のような、“美しく”も“醜く”もなれない! なにもかもが“中途半端”な存在です!!」

 

「私が……中途………半端………?」

 

「えぇ。貴方のその目を見た時…すぐに察しました。貴方の胸に宿しているのは周囲への“嫉妬”、自分自身への“劣等感”…そしてそれらを打ち明ける事のできない“孤独感”……そして“不満”! 幾多の負の感情…心の“穢れ”を抱えながら、己の信じる“正義”などという綺麗事を切り捨てようという勇気さえも持てない! つまり貴方は “美しく”も“醜く”もなれない半端者という事です」

 

行長はティアナの心を揺さぶるような芝居がかった口調で語りかける。

 

「違う……違う……違う……ッ!!? 私は……私は………ッ!!?」

 

投げかけられる言葉を必死に否定するティアナだったが、その顔に明らかな動揺の色が広がる。

 

その様子を行長は楽しそうに見つめた。

 

 

 

 

そして不敵な笑みを浮かべると、ティアナの耳にゆっくりと口を近づけ、告げた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…では貴方の本質をお聞かせしましょう。 貴方は才能のない自分の無力さを人に八つ当たりし、功名を立てる事で己を保とうと考え、その為には恥も外聞もなく振る舞い、仲間を危険に晒し…挙げ句に自分の命の危機を前に仲間さえも見捨てようとする……実にひ弱な自我と自尊心を持った中途半端な、“負け犬”というやつですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行長の言い放った言葉と共に、ティアナの耳にはっきりと聞こえた。

 

自分の散々へし折られていた魔導師としてのプライドが止めと言わんばかりに粉々に砕け散っていく音を――

 

 

 

「…ひ弱な自我と…自尊心…!? 中途半端な……“負け犬”…!?」

 

 

 

 

ティアナのその瞳から徐々に光が無くなっていく。

そんなティアナを見て、行長は愉悦に満ちた冷たい薄笑を浮かべながら、彼女を地面に叩きつけるように投げ出した。

 

「ティアさん!?」

 

キャロに抱えられたエリオがティアナの名を呼ぶが、ティアナはまるで糸が切れた人形のように顔色をまっ白にして茫然自失になっていた。

 

 

 

 

「フ…フフフ……フフフフフフフ……」

 

 

 

 

そんな姿を見下ろしながら、行長は含み笑っていたが…

 

 

 

 

「エクセレンテッ! やはり、人を直接甚振るのも楽しいですが、心を壊し、絶望へと打ち沈めるのもまた一興ですねぇ!! フハハハハハハハハハハッ!」

 

「「ッ!!?」」

 

 

 

 

 

見下ろしていた頭が突如として上がり、行長は心からこの状況を楽しむかのように笑い始めた。

そのあまりの狂気的な姿に、エリオとキャロは戦慄し、恐怖と嫌悪感で顔を顰める。

 

 

 

「さぁ、仕上げにかかりましょうか…その中途半端さが現れた貴方のその顔…その首もろとも私が切り落として差し上げましょう!!」

 

 

 

行長は愉快そうに笑いながら、地面に倒れたままハイライトの消えた瞳で虚空を見つめ、動けずにいるティアナに向けて黒縄鞭を振りかぶった。

 

 

 

「“負け犬”の貴方には手向けのロザリオも必要ありませんね。一思いにお逝きなさい!」

 

「「ティアさん!!!?」」

 

 

 

鞭を振り上げる行長を見て、エリオとキャロが叫んだ。

突然、ティアナ達の後ろから二つの巨大手裏剣が飛んできて行長の鞭を弾いた。

 

 

「おや? 誰かと思えば……」

 

エリオ、キャロ、そして行長が手裏剣の飛んできた方向を振り返ると、そこには大手裏剣を構えた佐助が立っていた。

 

「急にティアナ達と連絡がとれなくなったから何かあったのかと思ってきてみれば……こういう事か…」

 

「「佐助さん!!?」」

 

エリオとキャロが叫ぶ。

佐助はいつもの飄々とした態度とは全く違う、冷徹な声で二人に短く指示する。

 

「二人とも!ティアナとヴィータを連れて、早くシャマルのところへ行け! それから急いでこの事を徳川の旦那やスバル達にも知らせるんだ!!」

 

「わ…わかりました!!」

 

「佐助さんも気をつけて下さい!!」

 

佐助の指示を受けたエリオは気絶したヴィータの身体を抱え、キャロは自我喪失状態のティアナに肩を貸しながら、立ち上がらせると、急いで退却した。

彼らを見送りながら、佐助は行長の前に立ち、対峙した。

 

「……まさか、こんなところで貴方に会えるとはねぇ…武田の忍…猿飛佐助…」

 

「こっちこそ…まさかよりによってアンタがお出ましになるなんてびっくりしたよ…“肥後の蟒蛇”。 いや…『豊臣五刑衆』第三席 “獄将”…小西行長さん」

 

佐助は行長に引けをとらない程の殺気を込めた視線を返しながら、行長の回りを回るようにゆっくりと歩を進める。すると、行長も同じく回るように歩を進めはじめた。

 

「アンタがココいると言う事は…やはり、石田三成(凶王の旦那)や西軍の大御所の方々は全員ご集合って事かい?」

 

「……既に東軍に寝返った貴方の質問に、私は答える必要を認めませんが…」

 

行長は腰に下げていたもう一本の黒縄鞭を手に取った。

 

「ですが…一度は同じ豊臣の庇護の下に集った同志のよしみで、特別にお答えしましょう。貴方の仰るとおり、既に西軍…否、“豊臣”はこの異郷の地 ミッドチルダにて着実に再編成に向かいつつあります。 既に私を含む『五刑衆』は、主席である三成殿を含め、“第二席”を除いて全員が着陣済み…先日の黒田官兵衛率いる斥候部隊…そして今日の私の出陣は、我々から東軍、そして徳川の新たなる味方『機動六課』への“挨拶”と受け取って下さい」

 

「“挨拶”…ねぇ……」

 

「そして、西軍には武田に代わる新たな同志がつきました。彼の者の名はジェイル・スカリエッティ! 我々は彼の者の協力の下、関ヶ原で失った戦力を補い、そしてそれ以上の強固な軍団を築きつつある!」

 

そう説明しながらも、行長の身体からは闘気と殺気が溢れている。

説明される話を聞き入りながらも、佐助はいつ斬りかかられてもいいように、一時も気を緩める事はなかった。

 

「なるほどねぇ…しかし、随分ご丁寧に内部事情を話してくれちゃったみたいだけど、マズくないかい?」

 

「いいえ。どのみち、黒田(穴熊)の失態のおかげで、貴方方もこのくらいの情報は既に把握していると思いましたので。それに…」

 

「?」

 

「……裏切り者の貴方は、ここで死ぬ運命なのですから!」

 

そう叫びながら、行長は懐から取り出した紅いロザリオを佐助に向かって投げつけてきた。

佐助の足元に転がったそれにはスペイン語(南蛮綴り)でこう書かれていた。

 

 

『SASUKE SARUTOBI』

 

 

 

 

 

 

「さぁ、そのロザリオに、もうひとつ色を添えるとしましょう! 裏切り者の(モーノ)から流れ出る懺悔と後悔の鮮血の赤色(ロホ)を!!!」

 

「―――ッ!? そうはいくかっ!!」

 

 

 

 

 

直後、2人から莫大な闘気と殺気が放たれる。

そして“猿”と“蛇”は同時に駆け出し、大手裏剣と黒縄鞭がぶつかり合った。

 




リブート版の行長のドS加減、いかがでしたでしょうか?

これ…ヴィータファンだけでなくティアナファンの方にも謝らなきゃいけないくらいにやりすぎちゃいましたね…ホント、すみません!

次回は小十郎&シグナムVS島津のじっちゃんの予定ですが、そちらはもう少しソフトな描写で描く予定ですのでご安心を。


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第十八章 ~アグスタ防衛戦 豪剣の”鬼”と凶牙の”蟒蛇”~

ティアナ達の前に現れた『豊臣五刑衆』第三席 小西行長…
その圧倒的な武力と残虐非道な凶行を前に、ヴィータ、そしてティアナは完膚なきまでに叩きのめされ、惨敗を喫してしまう。

そして、行長の止めの一閃がティアナに襲いかかったその時…佐助が咄嗟に救援に入り、事なきを得る。
佐助は重症を負ったヴィータ、そして心を折られたティアナ達を逃がすと、単身行長に戦いを挑むが……

皎月院「リリカルBASARA StrikerS 第十八章 出陣だよ…」


時は、ヴィータ、ティアナ、エリオ、キャロの前に小西行長が襲撃に現れる数分前―――ホテル・アグスタ裏手の森

「今回の戦いは足手まといになる」…そう懸念していた小十郎であったが、今目の前に広がる光景を見たシグナムは、とても彼が『足手まとい』どころか、寧ろ大活躍であったと称賛したい気持ちになった。

結局、3派に分かれて襲いかかってきた200機近くのガジェット達は今やその全てが地を埋め尽くさんばかりのスクラップの山と化していた。

小十郎の太刀捌きを見るのはこれが初めてではなかったが、これほど見事な倒し方は他に中々と見たことがなかった。

破壊されたガジェットは全て一刀両断され、鏡面のようなその切り口は、剣豪であるシグナムでさえも思わず舌を巻くほどのものだった。

しかもこれが、小十郎曰く『鈍ら』の手慣れない刀を使ったものによるのだから、これがもしも小十郎の本命の愛刀『黒龍』であったなら、この手腕は如何なものなのか…こんな任務中であってもシグナムの武人としての探究心や好奇心は尽きなかった。

 

「少々数が多かったが…大丈夫か、片倉?」

 

レヴァンティンに付着した砂埃やオイル汚れを振り振り払いながら、シグナムが尋ねた。

 

「あぁ。 この“鈍ら”では心許なかったが、どうにか保ってくれてよかったぜ」

 

小十郎も懐から懐紙を取り出して、刀についた埃やオイルを拭きとりながら、そう返した。

やはり、小十郎が懸念していたとおり、刀には多少刃こぼれが生じていたが、彼の見事な太刀捌きによって刀を折る事なく、どうにか戦いを乗り越える事ができたようだ。

これであと50機程、敵のガジェットが多ければ、折れていたかもしれない。

もちろん、次の敵が現れないとも限らないので、早急に研ぎ石で研ぎ直さなければ…そう考えていた時だった―――

 

「「――――ッ!!?」」

 

不意に小十郎とシグナムは、何か電流の様なものが走るような感覚を覚えた。

勿論、直接痛覚で感じたわけではない。

だが、背筋から指先に至るまで、一瞬全身が膠着しそうになるような波のような痺れが身体を走ったのだ。

 

「……片倉?」

 

「あぁ…わかっている」

 

シグナムと小十郎は顔を見合わせて、今しがた自分が感じた謎の感覚を相手も感じ取った事を確認した。

それから、2人は目の前に広がる山や森を注意深く凝視して周った。

ガジェット達を掃討した森は再び静寂さを取り戻し、遠くからは小鳥のさえずりさえも聞こえてくる。

だが、小十郎とシグナムには一見平穏な森の奥から、こちらに向かって近づいてくる強い“気”を放つ何かを気づいていた。

 

「こちらライトニング2…ロングアーチ。私達の担当する方向に敵の残存勢力は残っているか?」

 

それがガジェットなどの類ではない事はシグナムも既にわかっていたが、一応本部に念話を送り、確認してもらう事にした。

 

《ロングアーチからライトニング2へ。モニターで確認しましたが、そちらの敵編隊は既に残存数0です》

 

念話に返ってきたジャスティからの通信を聞いたシグナムは、レヴァンティンをゆっくりと構える。

 

「………まぁ、普通に考えて、ガジェットドローンにこんな“気”を出す事などできんからな」

 

「あぁ……しかもコイツは…生半可な素人じゃだせねぇ……おそらくは……」

 

冷や汗を浮かべた小十郎がその脳裏に編み出した憶測を述べようとしたその時だった。

森の奥の方からズシリと地を揺るがさんばかりの重い足音が聞こえ、それに合わせるように周囲の木々が微かに揺れ動いた。

平穏が戻り、木々に止まって囀ろうとしていた小鳥達が再び、慌ただしい羽音を立てながら飛んで逃げていく。

小十郎とシグナムはそれぞれ刀と剣を構え、こちらに近づいてくる“気”の持ち主に対し、何時でも迎撃できるようにした。その間も振動と共にビリビリと気の波長が2人の身体を走っていく。

そして、森の木々の間からそれは現れた―――

 

「おぉ! これは久しかのぉ! 竜の右目!」

 

雪景色一色の月代(さかやき)に茶筅髷な髪型とは裏腹に、鍛え抜かれた太くたくましい腕の片手をむき出しにし、「丸に十の字」の家紋の入った黒鉄の肩当てにその肩に掲げた身の丈をも超える大剣…そして勇ましい口髭や顎髭を生やした強面の老人を、小十郎はよく知っていた。

 

「……“鬼島津”!? まさか、貴方までこのミッドチルダに来ていやがったとはな…!?」

 

小十郎は驚きながらも、同時にその“気”の持ち主の正体としては妥当だと、納得していた。

西国・薩摩が誇る「鬼」…実際に相見えたのはこれが初めてではないが、やはりその覇気と闘気は、小十郎でさえも思わず圧巻されそうになるものだった。

一方、シグナムは初めて目の当たりにする老剣士を前にして、思わず息を呑む。

背丈こそ、自身や小十郎よりも若干低いものの、その全身から絶えず放たれる“気”が実際の背丈以上に彼を大きな存在にみせているように見えた。

 

「片倉……この御仁は……?」

 

「……島津義弘。俺達と同じ日ノ本の武将…そして“鬼”の二つ名を持つ程の西軍…否、日ノ本でも五本の指に入る豪剣の手練だ…」

 

小十郎はゆっくりと刀を構え直しながら、説明する。

それを聞いたシグナムは緊張と警戒の念を強めるように目を細めながらも、自然と唇の端を釣り上げていく。

 

「片倉の世界の5本の指に入る剣士か……それは心が躍るな」

 

「おおぉ! おまはんは、初めて見る顔じゃが、 この世界の“時空管理局”っちゅう(つわもの)かね?」

 

「……この世界の世情について既に随分熟知しているようですね…如何にも。私は時空管理局・機動六課 前線フォワード部隊『チーム・ライトニング』副隊長にして守護騎士(ヴォルケンリッター)“烈火の将”シグナムと申します。以後、お見知りおきを…」

 

シグナムはこの老人…島津義弘が剣士として最大級の敬意に値する程のものであると直感し、礼儀正しい口調を用いて話しかけた。

そんなシグナムの敬意を示す態度と、その手に握られた片刃剣(レヴァンティン)を一瞥した義弘もまた、彼女が並ならぬ剣の使い手である事を察したのか、自然とその顔に笑みが浮かんだ。

 

「ほぉ、これはよかね! この世界の人間と剣を交えるのは初めてじゃが…どうやら、面白そうな戦いば期待できそうじゃなあ!」

 

そう言いながら、義弘は大剣を天に向かって突き上げ、腰を低く落として構えた。義弘が使い手とする薩摩独自の剣術“示現流”の基本の構え「蜻蛉(トンボ)の構え」と呼ばれる姿勢だ。

 

(…まるで見た事のない構えだな……まさに未知の剣術か……これは興味深い……)

 

シグナムは冷静に観察しながら、頬の肉が緩んでくるのを感じた。

こんな時でさえも、武人の血が騒ぎ、そしてさらなる強敵と剣を交える事が内心嬉しくてたまらなかった。

シグナムは『古代ベルカ式』と呼ばれる魔法の使い手である。

時空管理局の魔導師達は大きく分けて3タイプの魔導師達が存在する。なのは、フェイト、ティアナ、キャロのように中・遠距離からの射撃・砲撃魔法を中心とした『ミッドチルダ式』、スバル、エリオのようにミッドチルダ式を応用しつつ近接戦闘にも対応しうる様に疑似的に再現した『近代ベルカ式』、そしてシグナム、ヴィータ達、守護騎士(ヴォルケンリッター)のように白兵戦などの近接戦闘に特化した『古代ベルカ式』だ。

それ故に、魔法以外にも武術に関する叡智を極める事でより、その技量を高める事から、シグナムは様々な武術…特に剣術に関する文献を研究する事もあった。それは実利目的であると同時に、生粋のベルカの騎士である自分の剣士としての本能とも言うべきものであるかもしれなかった。

故に、自分の知らぬ未知の剣を触れる事は、時には彼女を任務への使命感以上に心躍らせる事があった。

そんなシグナムに対し、小十郎はいつもであれば彼女の武人としての喜びを分かち合いたいところであったが、生憎今はそれを楽しむだけの余裕がなかった。

その理由は彼の使っている得物である。

愛刀『黒龍』ではない代用の二流品…それもガジェット戦で生じた刃こぼれもまだ修繕できていない。この状況で、鬼島津の太刀にこれが耐えられそうにないのは目に見えていた。

 

(っとなるとこの勝負……シグナムが“鬼島津”と、どこまで渡り合えるかが鍵となるわけだが……)

 

今度こそ自分は戦力にならないと諦めた小十郎は、シグナムの腕っぷしに期待しつつ、この状況を打破する手立てを冷静に脳裏で計算していた。

シグナムの剣の腕前は本物である事は既に小十郎も熟知している。しかし、相手は文字通り『一撃必殺』の豪剣の使い手。時に小十郎自身や伊達軍さえもその豪剣を前に何度も苦戦を強いられた苦い経験がある程だ。恐らく、この男にまともに相対して、本当の意味で対等に渡り合える猛者といえば、徳川軍の重臣“本多忠勝”をはじめ、日ノ本でも数える程度しかいない筈である。

仮にここで『黒龍』を手にしていたとしても、小十郎一人で何の対抗策もなくぶつかり合えば、勝算がない筈だ。

そんな強豪 島津義弘を相手にシグナムがどこまで渡り合う事ができるか、小十郎は案じていた。

 

シグナムと義弘は互いに相手を見据えると同時に行動を起こした。

 

「行くぞ、レヴァンティン!」

 

「いくど、青嵐!」

 

シグナムがレヴァンティンのカートリッジをリロードするのに対し、義弘も構えた大剣に雷を走らせた。

 

 

「チェストオオォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

「……ッ!?」

 

 

ガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

 

 

義弘が森中に響かんばかりの音量の掛け声と共に、踏み込みながら振りかぶった大剣を振り下ろしてきた。

レヴァンティンの刀身に魔力のオーラを纏わせながら、その一撃を真正面から受け止めるシグナムだったが、その威力の強さに顔を歪ませていた。

 

「くっ……!! なんて力のある剣だ……流石は片倉も認める剣豪……」

 

「おまはんこそ、女子(おなご)がてらに、おいの示現の一刀を真正面から受け止めるとは、やりおるのぉ」

 

「フッ……これでも私はベルカの騎士…この世界を代表する剣の道を極めた者として、貴方に負けるわけにはいきません」

 

「『べるかのきし』…? それがこの世界の剣を極めし武士の名かぁ? ならば見せるがよかね!こん世界ん剣ん道を!!」

 

「…もとより、そのつもり…ベルカの騎士の真髄…存分に味わせてご覧に入れましょう!」

 

義弘が再度振り下ろした大剣をシグナムは回転するように飛び上がりながら回避、義弘の真上に上がると、そのままレヴァンティンに炎を纏わせながら、振りかぶった。

 

「おいは逃げも隠れもせん! おまはんの一太刀。見せてみるがよかね!!」

 

「フッ…流石は剣豪…その度胸は見事なもの…ですが!!」

 

シグナムは地表に向かって下りながら、振りかぶったレヴァンティンをその勢いに任せて一気に振り下ろす。

 

「紫電…一閃!!」

 

シグナムの十八番『紫電一閃』が真正面から義弘に向かって炸裂した。

 

だが義弘は大剣を上段で構え、シグナムの放った紫電一閃を受け止めた。

炎に包まれるレヴァンティンと、雷の走る大剣とが押し合いになるが、義弘が次第に押し返し始める。

しかし、シグナムは気合を入れるように叫び声を上げると、魔力が変換された炎が剣から噴出して押されかけていた鍔迫り合いを再び拮抗状態に押し戻した。

 

「ほほぉっ! おまはん、中々に良い太刀筋じゃのぉ! 我が示現流の門弟に欲しいくらいじゃ!」

 

「お褒めに頂けて恐悦至極…しかし、この勝負は…勝たせて頂く!!」

 

「むむっ!!」

 

再び押し返されそうとしているのを見て、義弘はシグナムの豪剣に驚く

魔法と剣技の合せ技という自身にとっては未知の剣技に対する興味もさる事ながら、何よりシグナム自身のその気迫に感心していた。

 

「よかね。 この鬼島津…この世界で最初に太刀を交えた剣士がおまはんであって、よかったばい!!」

 

「こちらこそ…ここまで心躍る剣を交えたのは久しぶりです」

 

シグナムと義弘は互いに相手の実力を称賛し合い、そして再び互いに剣に込める力を強めた。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!」

 

「チェストオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!!」

 

炎の剣と雷の大剣…鍔迫合う刃を通してぶつかり合う2人の魔力と気が、強い衝撃波となって、戦いを静観していた小十郎、そして周囲の森の木々に伝わり、激しい振動が周囲に取り巻く全てを走り抜ける。

そして…

 

「カアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァツ!!!!!!!!」

 

「ッ!!? ……うわっ!?」

 

「ぐっ……!!?」

 

不意に島津が猿叫と共に放った気の大波が、鍔迫合っていたシグナムを襲った。

その衝撃は真正面から食らったシグナムは勿論、少し離れた場所にいた小十郎でさえも、思わず両腕で顔を庇い、数歩後ろに仰け反ってしまう程であった。

そして、この攻撃を食らった事で鍔迫り合うレヴァンティンにかかった力が僅かに緩んだ瞬間を見逃さず、義弘は大剣でレヴァンティンを押し戻し、数メートルほど後ろへと飛び退くと、大剣に気の力を込め、さらなる電流を走らせた。

 

「示現流…“瞬激”! チェストオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」

 

そして素早く飛び込みを決めながら大剣をシグナムに向かって叩きこんできた。

シグナムは咄嗟に防御魔法(シールド)の魔法陣を展開し、攻撃を防ぐが、義弘が放った一撃はシグナムの展開した防御魔法にいとも簡単に罅を走らせ始めた。

古代ベルカ式魔法は攻撃力や防御力などの基礎能力は高い反面、直接的な攻撃が大半である故、防御魔法や補助的な目的の魔法についてはミッドチルダ式に比べると軟弱な点が欠点であった。

 

「ぐううぅぅっ! …なんという気迫……これが貴方の剣技“示現流”か…?!」

 

「左様…島津の太刀は、文字通りの一刀必殺!!」

 

義弘が叫びと共に大剣にさらなる力を込めると、シグナムの展開したシールドはとうとう耐えきれずに砕け散る。

咄嗟に身を後ろに退く事で、直接技を身体に浴びる事こそ避けたシグナムだったが目の前で振り下ろされた豪剣に耐えきれず、そのまま吹き飛ばされる。

 

「ぐはああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

「これで“詰み”じゃ!! 示現流…“連獄”! どおおりゃあああああああああぁぁぁぁ!!」

 

吹き飛ばされるシグナムに追い打ちをかけんと、義弘は青白く光った大剣を豪快且つ高速に振り下ろし、地面に倒れ転がったシグナムへと迫った。

 

「シグナムッ!!」

 

そこへとうとう静観しきれなくなった小十郎が間に割って入り、振り下ろされる大剣を刀で受け止めた。

振り下ろされる豪剣が上段構えの刀にぶつかる度に、激しい火花と共に刃がボロボロと削られていく。

 

(くそっ!? やはり、コイツで鬼島津に挑むのは無理があったか……!?)

 

小十郎は顔を顰めながら、どうにか義弘の連続で振り下ろされる大剣に耐えきろうとするが、5、6回目の振り下ろしを防いだところで、パキンと甲高い音を響かせながら、刀は刀身の中心部分で折れてしまった。

 

「しまった!?」

 

「うおりゃああああぁぁっ!!」

 

唖然とする小十郎に義弘が大剣を振り下ろしてくる。

小十郎はそれを咄嗟に避けながら、真後で倒れていたシグナムを抱えると、そのまま10メートル程後方に向かって飛び退いた。

すると、そこで義弘も剣を振り下ろす手を止めた。

 

「……なるほど。おまはん、今は本命の剣ば持っとらんのじゃな? 竜の右目よ…」

 

義弘は静かに大剣を下ろしながら言った。

 

「……あぁ。生憎今の俺は、貴方の剣を受け止める事さえままならねぇ“鈍ら刀”しか持ち合わせがねぇ。せっかく、俺との勝負も楽しみにして来たみてぇだが、生憎だったな。鬼島津」

 

小十郎が悔しそうに、折れた刀を見せながら、正直に話した。

それを聞いた義弘は納得するように頷いた。

 

「なるほどのぉ…どおりで、竜の右目がおいとシグナムどんとの戦いに介入してこんで、おかしかねとは思っちょったが…そういう事情じゃったとはのぉ……」

 

義弘はそう言うと、構えていた剣を肩に担ぎ直した。

 

「? どういうつもりだ?」

 

「おいは、互いに万全の状態の相手と戦うのが信条じゃ。おまはんが本命の剣ばない状態で戦っても、それは互いに全力を尽くす勝負ではなか。一先ず、今はシグナムどんの腕を確かめられた事だけでも大きな収穫じゃばい、今日のところはここで引くとするかのぉ」

 

「ッ!? わ…私は…まだ負けていな―――」

 

シグナムが慌てて立ち上がりながら、再度義弘に挑みかかろうとするが、小十郎が手を差し出してそれを制止した。

 

「待てシグナム! ここは素直に島津の言う通りにすべきだ!」

 

「なっ!? 片倉?! 何故だ!?」

 

奮然と抗議しようとしたシグナムに対し、小十郎は無言で義弘の後方の森を指差した。

 

「っ!?」

 

そこにはいつの間にか展開された3つの魔法陣が展開され、その真上に新たなガジェットドローンの編隊が待機している状態だった。

その数合わせて、100機程はいた。

 

「あれは…転送魔法か!? 一体誰が……」

 

「わからない…だが、あれだけの数のガジェットドローン…刀の折れた俺や、手負いのお前が、まともに相対せば、さらなる苦境に立たされるのは必定…!」

 

「…………くっ!?」

 

小十郎の指摘を聞いてシグナムは悔しそうに歯を噛みしめる。

すると、義弘も自分の増援に現れたガジェットの編隊の正体に気づくと、困った様に小さく溜息を漏らした。

 

「さてはルーどん。おいを心配して…気持ちは嬉しいが、これは少しありがた迷惑っちゅうやつじゃのぉ」

 

義弘は小十郎達の方を振り向きながら言った。

 

「安心せぇ竜の右目、シグナムどん。おいを引かせるっちゅうなら、おいは小奴らには手出しばさせん。纏めて連れて帰るばい。それでえぇか?」

 

「………わかった」

 

小十郎は頷き了承するが、その顔はシグナム同様に悔しそうなものだった。

 

「…しかし、このまま敵におめおめと逃げられるのを黙って見過ごすのは…」

 

それでも納得できない様子のシグナムを小十郎は、どうにか宥めるように言った。

 

「あぁ、わかっている…お前が武人として鬼島津と白黒を付けたがる気持ちに逸るのもよく分かる…そして、ヤツの一太刀を食らった自分が許せぬ気持ちもまた……その屈辱は、この片倉小十郎が分かち合おう……」

 

「……………片倉…」

 

ドキドキと心臓の鼓動が高まる中、シグナムは小十郎、そして相対する義弘とガジェットの編隊を順に目配せる。そして―――

 

「……………あぁ、わかった」

 

静かにレヴァンティンを下ろしながらシグナムが頷いた。

その答えに小十郎はホッと安堵の胸をなでおろした。

そして、再びその視線を義弘の方に向ける。

 

「島津。この場は見逃す代わりに、ひとつだけ答えてくれ。貴方の目的は一体なんだ?関ヶ原の時と同様に、あくまで石田の味方につくつもりか?」

 

小十郎の質問に、義弘は難しげな顔つきで考え込んだ。

 

「う~む…確かに総大将の三成どんのこれからの道行きはおい自身気にはなっちょる… じゃっどん…大谷どんや、“皎月院”とかいうあの得体のしれん女子(おなご)といい、新たに味方についたスカリエッティとかいう青二才といい、西軍を取り仕切っとる連中はどれも腹の底が読めんし、おいら武士の信念を軽んじとる感じじゃから、本音で言えば、三成どん以外の西軍の連中には協力しとうないね」

 

「ッ!? やはり、スカリエッティは既に西軍と手を結んでいたのか…」

 

義弘の口から出た重大な情報に驚くシグナム。

それを聞いた小十郎は更に訝しげな顔付きで尋ねた。

 

「だったらどうして、連中に力を貸すんだ?」

 

「そやちっと違うのぉ。おいは、ある娘っ子の願いを叶えば為に手伝いをしじぁてな。おいはあくまでその子と、ある“武人”との約束ば守る為に、剣を振るっちょる」

 

「……天下の“鬼島津”ともあろう猛者が、子供の為に戦っているというのか?」

 

小十郎は義弘の意外な行動理由に驚きを隠せなかった。

 

「その子供が何を企んでいるのかは知らないが…都合よくお前がここに現れる事が出来た上に、ガジェットまでも戦力にできているという事は、少なくとも子供もまた、スカリエッティとかいう野郎に何か関係ある事だけは予想できるな」

 

小十郎が義弘の背後にいるガジェットの増援部隊に目をやりながら睨みつけると義弘は豪快に笑った。

 

「グワッハッハッハッハッハッハ! さすがは竜の右目! 大した推理ばするのぉ!」

 

すると義弘の足元に紫色の魔法陣が形成された。

 

「さて、話ば終わりじゃ! 竜の右目、シグナムどん。名残惜しいが今日の勝負はここまでじゃ。また会う機会を楽しみにとるぞ!」

 

義弘がそう言い残しながら、あっという間に魔法陣の中へ吸い込まれて消えてしまった。同時に彼の背後に浮かんでいたガジェットの増援部隊とその転送ポートとなっていた魔法陣も同じ様に消えたのだった…

 

「島津…義弘……」

 

シグナムは新たに遭遇した強敵の名を呟いた。

 

「……っとにかく。こちらはなんとか片付いた。一先ず、他の班の状況を確認して…ホテルにいる八神達にもこの事を報告しないとな」

 

折れた刀を鞘に収めながら、小十郎がそう言うと、シグナムは気を取り直すように他のメンバーに対して状況確認の念話を送る事にした。

 

(ヴィータ聞こえるか? こっちはすべて敵の迎撃に成功した。そちらの状況はどうだ?……………ヴィータ?)

 

シグナムはヴィータに念話を送るが、当然ながらヴィータからの応答はまったくない。

 

「どうした? シグナム」

 

「いや…ヴィータとの連絡が取れないのだが…一体どうしたんだ?」

 

シグナムが不穏な予感を感じ、首をかしげていると…

 

《こちらシャマル! シグナム! 聞こえてる!?》

 

(シャマル?! どうしたんだ!?)

 

突然、シャマルからの念話がシグナムの耳に入ってきた。

半ば涙声の声質から、状況の緊迫ぶりが伝わってくる。

 

《大変よ! 今、ヴィータちゃんがティアナとライトニングの2人と合流したんだけど、急に皆念話に応じなくなって…様子がおかしいと思ってたら、突然、ヴィータちゃんの悲鳴が聞こえて、それっきり、いくら呼びかけても応答がないのよ!!》

 

(なんだと!? ヴィータがっ!? わかった! すぐに私と片倉も、ティアナ達の持ち場に向かう!)

 

《お願い! ザフィーラや佐助さんにも救援を頼んだから! とにかく急いで!》

 

狼狽するシグナムの様子を見た、小十郎もただならぬ事態が起きた事を直感した。

シグナムは念話を切ると、小十郎にその内容を伝えた。

 

「そいつは…ヴィータ達の身に穏やかじゃねぇ事が起きたのは確かだな」

 

「とにかく、急ぐぞ!」

 

「あぁ!!」

 

次の瞬間には、シグナムと小十郎は地を蹴ってホテルの西側へと向かって駆け出していたのだった。

 

 

同じ頃―――

ホテルから少し離れた山の中では、全てのガジェットを撃墜した家康とスバルが援軍が来ないか、周囲を警戒していた。

しかし、こちら側も、もう新たなガジェットが飛んでくる様子はなかった。

 

「ふぅ…これですべて迎撃しきったようだな」

 

「そうみたいですね」

 

二人は一先ず安全を確認すると、緊張を解いた。

 

「しかしスバル。お前も大分ワシの戦い方に近づいてきたなぁ」

 

「えっ!? そうですか!?」

 

まさかの師匠からの誉めの言葉に笑顔を浮かべるスバル。

 

「あぁ、大分技や動きにキレがかかってきているし、この分だと、そろそろなのは殿と戦っても勝てるんじゃないか?」

 

「あはは…いやぁ、なのはさんに勝てる自信はちょっと…」

 

スバルが苦笑いを浮かべながら話す。

するとスバルにデコピンをする家康。

 

「痛!? な…なにするんですかぁ!?」

 

「コラ。そういう消極的な気持ちがダメなのだぞ。もっと自分の成長を素直に認めて、もっと前に進む勇気を持たなければ、お前はいつまでも強くなれないぞ」

 

家康が注意するとスバルは慌てて頭を押さえながら謝る。

 

「あっ…ご、ごめんなさい! 私ってばつい、いつものくせで…」

 

「そうだな。 じゃあ、今度はスバルのその後ろ向きな考えを直す為に、“裸相撲”の修行でもするか? 羞恥心を極めると結構人は前向きになるぞ?」

 

「い、家康さん!!!」

 

柄にもなく冗談を言って笑う家康に、スバルが顔を赤くしながらポカポカと何度もその胸を叩く。

 

「ハハハハハハ! 嘘だよ! 嘘! 言葉が過ぎたよ! 悪かった!」

 

そんな微笑ましいやりとりを交わしていた。その時だった。

 

《家康さん! スバルさん!》

 

((……エリオ!?))

 

スバルの耳と家康の付けていた念話受信用インカムにエリオからの切羽詰まった声が届いた。

 

(どうしたの!? そんなに慌てて…?)

 

《た、大変です!! 実は…》

 

エリオは家康とスバルに、“小西行長”という豊臣の最高幹部を名乗る男が襲撃してきた事、ヴィータが行長に敗れて重症を負わされ、仇を討とうとしたティアナも同様に敗れた事、そして今現在は佐助が行長に単独で応戦中である事を伝えた。

 

「ヴィータ副隊長と、ティアが!?」

 

「“小西行長”だと!? まさか…『五刑衆』までもこの世界に来ていたというのか…!?」

 

「……『五刑衆』?」

 

驚愕する家康の口から出た初めて聞く単語にスバルが訝しげる。

 

(エリオ! ヴィータ殿は、どうしている!?)

 

家康が問いかけた。

 

《なんとかシャマル先生と合流して、今はキャロも手伝って応急手当をしています。…でも、全身を切り刻まれた上に、両手を斬り落とされているので、専門的な治療が必要と判断されて、すぐに近くの専門の医療機関に緊急搬送する事になりました》

 

(りょ、両手をッ!? ティアは!? ティアは大丈夫なの!?)

 

スバルは血の気が引くような思いに駆られながら、必死に問いかけた。

まさか…自分の相棒も…?

 

《いえ…ティアさんの方は特に大きな怪我は負ってません。ですが…ティアさんは精神の方がかなりやられてしまったみたいで、今は傍で休ませているところです》

 

「………あの『肥後の蟒蛇』ならやりかねない手口だな。…流石は“獄将”の名を冠するだけの事はある男だ…女子供とて一切の容赦無しか……」

 

家康が怒りに声を震わせた。

 

「……家康さん?」

 

心配そうに自分を覗き込んでくるスバルに我に返った家康は、受信インカムに指をかけながら、手短にエリオへ念話を返した。

 

(エリオ。お前達は引き続き、シャマル殿と共にヴィータ殿とティアナを頼む! “ワシ”はこれから猿飛達の応援に向かう!!)

 

《は、はい!》

 

『ワシ』という言い方に違和感を抱くスバルを尻目に、家康は念話を切ると、今まで見せた事がない程に険しい顔つきになって、彼女の方を向いた。

 

「スバル! お前もシャマル殿やエリオ達のところへ行け! 猿飛への応援はワシ一人で向かう!」

 

「ど、どうしてですか!? ヴィータ副隊長さえも倒してしまう程の強敵なら、応援も多い方が―――」

 

珍しく、自分を戦いから遠ざけるような指示を出す家康に、すかさずスバルは異議を唱える

だが、家康はそんな彼女の異見を手で制し、遮ってしまう。

 

「相手は『五刑衆』だ! 数の差で押せるような一筋縄でいく相手じゃない!」

 

珍しく語気強めに一蹴する家康に戸惑いながらも、スバルは恐る恐る尋ねた。

 

「家康さん…その『五刑衆』っていうのは一体…?」

 

家康は険しい顔付きでスバルを見つめてくる。

スバルは思わず、質問を投げかけた立場である事を忘れ、身構えてしまう。

 

「…ワシがまだ覇王・豊臣秀吉の傘下にいた頃の事だ…秀吉の腹心であった“賢人”竹中半兵衛が日ノ本各地から集めた「強者」の中でも特に腕の立つ精鋭を集め、自らが“主席”という名の指導者となって結成した秀吉の親衛隊…っというよりは、秀吉の覇業を補佐させ、彼の後を継ぐに相応しい人材を育成していく事を目的とした幹部組織が結成された。 その名は…『豊臣五刑衆』」

 

「『豊臣…五刑衆』…?」

 

スバルは驚愕を滲ませたような表情を浮かべていた。

 

「秀吉…そして半兵衛自身が認めた者とあって、選ばれたのは全員が武力または知略に秀で、日ノ本でもその名を知らぬ者のいない猛者ばかり……勿論、ワシの宿敵・三成もその中に選ばれていた。彼らは豊臣の天下掌握後の日ノ本において『秀吉の定めた法』に基づいて豊臣に仇なす者の殲滅はもちろん、豊臣領内における統治権や、秀吉の前での武装・帯刀の許可など様々な特権、そして非常に強力な力を得た強敵揃いだ。それこそ並大抵の武士(もののふ)1人だけの力では敵わない程に…」

 

「……………」

 

「半兵衛、そして秀吉が死に、豊臣が崩壊した事で五刑衆の何人かは出奔し、東軍に下った者もいた……しかし、半兵衛の後を継いで五刑衆の主席となった三成は構成員を再編成し実質、西軍の最高幹部組織として五刑衆を再興した。…小西行長はその再興された五刑衆の第三席につく男だ」

 

「…っという事は、メチャクチャ強いって事ですか?」

 

家康の話を聞いたスバルは汗を流しながらも尋ねる。

家康はゆっくりと頷いた。

 

「あぁ、“メチャクチャ”な程にな……少なくとも、お前達が相対した又兵衛や官兵衛とは実力も冷酷さも桁が違う。 今のフォワードチーム(お前達)が向こう見ずに挑めば…“命取り”になるのは間違いないだろう」

 

その重みのある言葉を訊いた瞬間、スバルは動揺すると同時に、自分達が戦っている相手“豊臣”の途轍もない強大さを改めて思い知ったような気がした。

家康をしてここまで言わしめる程の猛者が、三成を含めて5人もいる……

ヴィータを完膚なきまでに下し、あまつさえ腕を切り落とした上、あの気高いティアナの心を砕いてしまう程の猛者が5人……

与えられた命令を忠実にこなし、機械的な行動しかとってこないガジェットドローンなんかとは違う。考えて、自分達を残酷に痛めつけ、殺そうと襲いかかってくる。

そんな連中の一人が、近くまで迫ってきている…

スバルは顔を青くして息を呑んだ。

 

「わかったな? お前は、シャマル殿やエリオ達と合流してヴィータ殿とティアナを頼む。ワシは小西の迎撃に加勢しに行く!」

 

「は、はい…家康さん。気をつけて下さい」

 

スバルは唖然とした様子で、駆け出していく家康の背中を見送る事しかできなかった。

 

 

 

ホテル・アグスタ 西側防衛ライン―――

数十分前まで風光明媚な山間ののどかな景色が広がっていたこの場所は、今や地表のあちこちが削り取られたり、抉りとられるなどして、木は伐り倒され、草花は撒き散らされ、大地は穴ぼこだらけと、まるで荒野のような状態と化してしまったこの土地で、『豊臣五刑衆』第三席・小西行長と、一人戦いに臨んだ佐助が、激しい戦いを繰り広げていた。

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!」

 

地に膝を着き、息を切らしながら行長を睨む佐助。

対する行長はまったく疲労を感じさせない余裕の態度で笑みを浮かべる。

 

「おや? もうお疲れですか? 武田が誇る真田の忍も、落ちたものですねぇ」

 

「チッ! …いちいち物言いが、癇に障る奴だな…!」

 

佐助はそう言うと、両手の大手裏剣を構え直しながらゆっくりと立ち上がる。

 

「フフフ…無理に手向かう事など辞めて、大人しく私に引導を渡させて頂けませんか? そうすれば、一思いに、痛みのない死を与えて差し上げますよ?」

 

「お断りだね。アンタの言う「痛みのない」なんて言葉程、信用のできないものはないからね」

 

佐助は行長の挑発を軽い調子で受け流すが、互いから放たれる視線は今にも互いに一手を打たんばかりの殺気に満ちたものであった。

 

(……今だ!)

 

佐助がカッと目を見開くと同時に懐から球状の物体を取り出して、それを足元に投げ付けた。

それと同時に球体から眩い光が周囲を包みこみ、それを真正面に受けた行長もさすがに目の前を腕で隠して身を縮ませる。

 

「閃光弾ですか? 忍らしい術を駆使しますね…ですが!」

 

行長が空いている腕で黒縄鞭を振ると、鞭は大振りな軌道を描きながら光を放っていた閃光弾を打ち払って遠くへと飛ばした。

 

「そのような小細工など、元を断たせばいい事!」

 

行長がそう言いながら目を隠していた腕を外し、閃光が輝いていた方を見ると佐助の姿はどこにもない。

行長は少しも動揺せず、ゆっくりと歩を進めながら、周囲に目を巡らす。

そして、ある一本の木に目をやると、すかさず動いた。

 

「………!? そこですね!」

 

行長が確信したように叫ぶと共に二本の黒縄鞭にさらに赤く禍々しい色の電流を通した。

 

天裂(あまざき)!!」

 

行長が羽を広げるような仕草で両手を振り広げると、それぞれの手に握られた黒縄鞭が木に向かって風を切るように降りかかり、☓を描くように大きな木を切り裂くと同時に木端微塵に粉砕した。

さらに木だけでなく、その周辺の地面までもが爆発で吹き飛び、土砂となって宙に舞い上がった。

瞬く間に焦土と化す爆心地を行長が眺めていると、炎の中から火だるまになった佐助がヨロヨロと現れ、倒れこんだ。

それを見て行長は不敵な笑顔を零した。

 

「愚かな男です」

 

「誰が愚かだって?」

 

「!?」

 

背後からかかった声に気がついた行長が、瞬時に後ろを振り返った時、そこには少しも焼け焦げていない忍装束を纏い、大手裏剣を構えて行長に飛びかかる佐助の姿があった。

 

「これぞ“空蝉の術”だ!」

 

佐助が叫びながら、両手に持った大手裏剣を行長の顔に目がけて投げる。

行長は即座に反応し、黒縄鞭を振り上げて飛来する大手裏剣を打ち払いながら後ろに飛び退いた。

だがそこへ新たな加勢が入ってくる―――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

ザフィーラであった。

ザフィーラは獣状態のまま飛び退いた行長に飛びかかり咆哮を上げると、二つの光の柱が現れて行長を貫こうとした。

だが行長はそれすらも余裕で避けると、宙を舞うように回転しながら地面に着地した。

行長がゆっくりと先ほどの火だるまになった『佐助』の死体の方に目をやり確かめると、そこにあったはずの『佐助』は黒い粒子となって消滅しているところであった。

 

「なるほど…攻撃が当たる直前に分身を作って回避し、それに気をとられた隙をついて私の後ろに回り込むとは…考えましたね。ところで…」

 

行長は、新たに介入してきたザフィーラを興味深そうに見つめる。

 

「“猿”のお次は“犬”の助っ人ですか? これはなかなか随分と趣向を凝らしていますねぇ。ところで…“桃太郎”と“雉”はいつ現れるのです?」

 

「我は犬ではない! “狼”だ!!」

 

戯けるような口調で揶揄する行長を、ザフィーラは冷静に一蹴する。

だがそれを聞いた佐助は内心…

 

(えぇっ!? ザフィーの旦那って“狼”だったの!!?)

 

ザフィーラが狼であった事に驚愕していた。

実は、彼も今しがたまでザフィーラの事を『大型犬』の類と見ていたのだった。

 

(そりゃあ、犬にしたら、バカにでかいねぇとは思ってたけど……)

 

(……何か雑念を抱いたか? 猿飛)

 

(ザフィーの旦那!? いや、別に!? …ってか当たり前のように人の頭の中入ってこないでくれる!?)

 

まるで自分の心に割り込んでくるように届いたザフィーラからの念話に佐助がツッコんでいると。行長が黒縄鞭を振って攻撃を仕掛けてきた。

 

「グッ…!」

 

「おっと!」

 

ザフィーラと佐助がそれぞれ後ろに飛び退く。

 

「フフフフッ…桃太郎のいない鬼退治とは滑稽な御伽話ですね。ですが…生憎、私は『鬼ヶ島の鬼』ではありません…」

 

行長は黒縄鞭をそれぞれ佐助とザフィーラに向けて構えながら、堂々と名乗りを上げた。

 

「私は、全てを喰らう美しき“蟒蛇” 小西行長! 下賤な獣達よ。 蟒蛇の牙の恐ろしさをその身で思い知りなさい!!」

 

「ふん! 蛇風情が高貴を気取るか!? 笑止!」

 

ザフィーラが叫びながら、もう一度咆哮と共に光の柱を出現させて行長を攻撃する。

今度は先程の倍以上の柱が形成されて行長に向かって飛んでいく。

 

「甘いですね!」

 

しかし柱は、すべて行長の一閃する黒縄鞭によって簡単に打ち払われる。

 

「ッ!? …ならばこれでどうだ!!」

 

ザフィーラがそう言うと、同時にザフィーラの体が光に包まれ、やがてそれが止んだ時、ザフィーラは筋骨隆々の色黒の肌を持つ男性の姿へと変わった。

 

「ッ!?…ザフィーの旦那…人間になっちまった!?」

 

佐助は、ザフィーラが人間の姿に変わった事に驚きの声を上げた。

行長も同様に人間の姿になったザフィーラを見て、眉を微かに動かして驚きと感心を表現する。

 

「ほぅ…人狼(ルウ・ガル)とは珍しい。少々無骨ですが、獣の姿よりは美しくなりましたね」

 

「フン! 軽口を叩けるのも…」

 

ザフィーラが拳に光を纏わせながら行長に向かって飛びかかりながら…

 

「ここまでだあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

行長に向かって正拳を打ち出す。

行長は鞭を顔の前に両手で伸ばして受け身の構えをとると、それを真正面から防ぐが、ザフィーラの拳の威力の高さは予想以上のもので、さすがの行長も数メートル後ろに押される。

 

「フフフ…これは面白い事になってきましたねぇ。いいでしょう。ならばこちらも貴方方二人の『無謀』という強い勇気の為に…」

 

行長はそう言って今まで爽やかな笑顔の奥に隠していた邪悪な本質を引き出すかのように目を大きく見開いた。

 

「私も敬意を払って差し上げましょう!!!」

 

蛇のような瞳孔の開いた赤く光る邪悪な目からこれまでのものを遥かに凌ぐ程に禍々しい殺気を放ちながら、佐助とザフィーラを見つめ、叫んだ。

 

「シャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

蛇の目が見開かれた途端、今までの凶悪さの中に優雅さえも感じさせる動きを見せていた行長が急にその狂気を隠さぬ荒々しい動きに変わり、全身から殺気、そして剣気の禍を立たせながら、襲いかかってくる。

ビュン!ビュン!と風を切る音が周囲に反響し、最早、佐助やザフィーラの目にさえも止まらぬ程の速さで鞭という名の凶刃の乱閃が息をつく間もなく、2人に降りかかる。

 

「くそっ…なんて速さだ! 反撃する隙がまったくねぇ! それに、さっきまでとは段違いの殺気…野郎、とうとう“毒蛇”の本性を見せやがったか…!」

 

佐助は必死で大手裏剣で鞭のラッシュをしのぎながら、悪態をつく。

 

(猿飛! 守りに徹していてはいずれ崩される! なんとか奴の動きを封じて、攻めに転じるよう隙を作るのだ!)

 

(隙を作るったって、ザフィーの旦那! どうやんのさ!?)

 

念話で必死に言葉を交わしながら完全に防戦に徹する二人に、行長は容赦なく黒縄鞭を振るい続ける。

 

「どうしました? お猿さんにお犬さん? やはり、“桃太郎”と“雉”がいなければ、まともに“蟒蛇”退治もできないのですか?」

 

行長はそう嘲笑うが、その間にも、無双ともいえる黒縄鞭の連続攻撃を緩める事はない。

ザフィーラは両手の手甲で振り下ろされる鞭の一閃を弾きながら、閃いた。

 

(そうだ猿飛! お前の忍術で奴の動きを封じろ! 奴の攻撃の手が止んだ隙に我が奴に一手を討つ!)

 

(簡単に言うけどさ旦那! この鞭地獄の中を突破すんのって楽じゃないんだよ!)

 

佐助はそう文句を言いながらも、自身の影を巨大な円陣状に広げ、そこへ潜りこんでいった。

一方、行長はザフィーラに止めを刺そうと、その身体に黒縄鞭を巻きつける。

 

「―――ッ!!?」

 

「トドメです。 “釣打―――」

 

先程、ヴィータを苦しめた技“釣打責(つりうちぜめ)”を放とうとした行長の足元に、突如黒い影が現れ、そこから佐助が腕を伸ばして行長の足を掴んだ。佐助の十八番『影潜の術』である。

 

「ッ!?…これは…!?」

 

小西が微かに動揺した声を上げる。

 

「今だ。ザフィーの旦那!」

 

行長が叫ぶと同時にザフィーラは黒縄鞭に身体を縛られたまま、一気に行長の近くまで飛び込むと…

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

飛びかかりながら、行長の右頬に強烈な回し蹴りを叩き込もうとした。

しかし―――

 

「では、こんなものは如何ですかな?」

 

行長は不敵に笑いながら、その言葉と共に懐から刃が付いた円盤型の独楽を3つ取り出し、それを黒縄鞭に巻きつけながら向かってくるザフィーラに向けて構える。

 

「“飛剣山(とびけんざん)”!!」

 

行長が鞭を放つと、独楽は刃を出しながら鮮やかな軌道を描きながら飛んでいき、飛びかかろうとしたザフィーラの手足を切り裂いた。

 

「…!? グハッ!?」

 

切り裂かれた傷からは血が噴き出し、ザフィーラは激痛に表情を歪ませ、その場に落ちて、地に膝を付く。

だが、独楽はブーメランのように環を描きながらザフィーラの元に戻ると、今度は脇腹や頬を切りつける。

独楽はまるで死骸を群がって啄む烏の如く、ザフィーラの周囲を回りながら、少しずつ彼の身体をズタズタに斬りつけていく。

 

「グウオオオオオォォォォっ!!」

 

装束はボロボロに切り裂かれ、四肢から血が止めどなく流れ出る。

だが、独楽はそんなザフィーラの苦痛を嘲笑うかの如く彼の周囲を回り、そして彼に新たな傷を刻んでいく。

 

「ザフィーの旦那!!」

 

佐助は影の中から飛び出すと、ザフィーラの周囲に群がるように飛来していた独楽を大手裏剣で次々と地面に叩き落としていった。

落ちた独楽はそれぞれ地面に深々と突き刺さってようやく止まった。

 

「旦那! 大丈夫か?!」

 

「あぁ…すまん、猿飛」

 

ザフィーラは手足にできた切り傷に顔を歪ませながらも、すぐに拳を構え直した。

一方、行長は舌舐めずりしながら、蛇の目を細めた。

周囲には禍気と表現すべき異様な殺気が充満していた。

 

「フフフフ…品のない獣にしてはなかなかやりますねぇ…」

 

「またそれかい? 俺達が“獣”というなら、“毒蛇”のアンタはなんだってんだよ?」

 

佐助が皮肉を込めてそう言い放つが、どうやら数ある皮肉の選択肢の中でも最悪のカードを引いてしまったようだ。

 

「この私を下卑た“蛇”と同じに見ますか? 高貴なる“蟒蛇”を…?」

 

直後、行長の絶えず笑みを浮かべていた口許に、一瞬だけであったが仁王像の如き憤怒が現れた。

 

「………これだから、知恵のない“(モーノ)”は醜い……」

 

行長の声が取って作ったような落ち着きのある穏やかな声質から、低く棘しい声に変わったのを聞いた佐助が背筋に悪寒を感じ、身構えようとした瞬間。

突然、佐助の眉間を覆う鉢金に強い衝撃が走ったかと思いきや、佐助の身体は数メートル後ろにふっとばされた。

行長が佐助の目にも止まらぬ速さで、黒縄鞭を振るい、佐助の眉間をピンポイントで打ち弾いたのだった。

地面に強かに背を打ち付けながらも、どうにか身体を回すように受け身をとる事で、立ち上がった。

 

「猿飛!」

 

ザフィーラが近くまで飛び退きながら、佐助を案じた。

見ると、眉間の鉢金には罅が走り、僅かながら血が垂れていた。

 

「あぁ……心配すんな。…ったく奴さん…忍相手に不意打ちなんて、随分と大胆な事すんじゃないの」

 

佐助が眉間に垂れる血を拭いながら軽口を叩いた。

 

「…どこまでも口の減らない“猿野郎”ですね。実に醜い……」

 

行長は唾棄するようにそう言うと、ゆっくりと佐助とザフィーラに向かって黒縄鞭を構える。

 

「さぁ、引導を渡してあげましょう」

 

「そいつはこっちの台詞だねぇ」

 

行長は鞭を振りかざし、佐助とザフィーラはそれぞれ大手裏剣と拳を構えた。

その時だった―――

 

「猿飛!」

 

ギリギリのタイミングで家康が駆けつけてきた。

すると行長は家康を見ると、少し驚きながらも再び邪悪な笑みを浮かべはじめた。

 

「―――ッ!?…小西行長!?」

 

「これは、これは…ご無沙汰しております。 徳川家康殿……ご機嫌麗しゅう」

 

行長は佐助達に振りかざそうとしていた鞭の標的を家康に変えると、殺気の籠った一撃を放つ。

 

「くっ!」

 

家康は飛んでくる鞭を拳で打ち、弾き返すと、行長はよろけながらも返ってきた鞭を受け止める。

 

「フフフ…流石は腕を上げましたね。かつては戦国最強と言われた重臣の後ろに隠れて、綺麗言ばかりほざいていた小僧が…」

 

行長はそう言って構え直すと、家康も反射的に構えをとった。

 

「貴方を殺してその首を墓前に捧げる……それが、我らが主 豊臣秀吉様に集いし五人の将『豊臣五刑衆』の使命…」

 

「…そうか。やはり、三成や他の五刑衆もこの世界に……ならば…」

 

両者は互いに睨みあい、一触即発の空気がこの場に流れる。

そして互いに最初の一手を繰り出そうとしたその時…

 

「徳川! 猿飛!」

 

「ザフィーラ! 大丈夫か!?」

 

裏手の方から小十郎とシグナムが駆けつけてきた。

それを見た行長は、気が抜けたようにため息をつくと、見開いていた蛇の目を閉じて、鞭を持った両手を下ろした。

 

「どうやら…このまま戦いを続けるのは、私にとって不利な様ですね…」

 

行長はそうつぶやくと、家康達に背を向け、空高く跳び上がった。

そして、近くにあった高い気の上に飛び乗ると、家康の方を振り向きながら言い放った。

 

「いいでしょう。遊興(フガール)はここまでです。徳川家康………貴方にひとつ『ご忠告』しておきましょう。我らが将 石田三成殿…そして我々豊臣は既に貴方とそこにいる“お友達”の皆さんを潰すべくに着実に準備を進めています。 これからはせいぜい身の回りには、絶えず気を配る事をお勧めしますよ」

 

そう言い終わった後、行長は指笛を鳴らした。

すると上空から一機のガジェットⅡ型が飛来し、すかさず、それに飛び乗る行長。

 

「そしてこの私も…次に相対する時こそ貴方達を全員血祭りにして差し上げましょう! それでは皆様、さようなら(アディオス)!」

 

「待て! 行長!!」

 

家康が制止する間もなく、行長を乗せたガジェットは高速で空高く舞い上がり、行長の高らかな笑い声を残したまま空へと消えた。

 

「家康……今の男は……?」

 

シグナムが家康に訪ねようとしたのを、横から小十郎が制止した。

 

「待て、シグナム! それよりも、今は猿飛とザフィーラを…」

 

話さねばならない事は山程あったが、今は負傷していた佐助、ザフィーラの2人をシャマルや先に合流させたフォワードチームの元へと連れて行く事を優先する事にしたのだった。




リブートされて、さらに残酷度が増した行長のSっぷり如何でしたでしょうか?
本当は佐助とザフィーラにももっと苛虐してもらおうかとも思ったのですが、流石に2話連続でグログロな展開もちょっと気が引けたので、こちらはオリジナル版からあまり改変しない事にしました。

その分、オリジナル版よりも義弘のじっちゃんとシグナムとのバトルを少し色付けしてみました。
オリジナル版ではこれで一応ホテル・アグスタでのバトルは終わりましたが、リブート版では……次回のお楽しみに。


※それから新規参戦武将に関するアンケートですが、こちらよりもpixivでの集計が多いのでこちらでのアンケート集計を取りやめさせていただきます。


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第十九章 ~ティアナの慟哭 錯綜する想い…~

“肥後の蟒蛇”小西行長…“薩摩の鬼島津”島津義弘…相次ぐ西軍からの強豪の刺客達を前に苦戦を強いられながらも、どうにかホテル・アグスタを守りきった機動六課と東軍の武将達……

だが、西軍による暗躍はまだ終わっていなかった……

スカリエッティ「リリカルBASARA StrikerS 第十九章 出陣…フッフッフッ…」


時は再び遡り、ホテル・アグスタ屋内―――

ホテル周辺で起きている2つの喧騒・小西行長、島津義弘との交戦も、内部の警備を担当していたなのは達の耳にはまだ聞き及んでいなかった。

今は、ちょうどオークションも休憩時間に入った為、なのは達はロビーで休憩も兼ねた今後の事に関しての話し合いをしようとしていたのだが……

 

「これどうするんですかぁぁぁ!? 政宗さん!!」

 

広いロビーに、ボリュームとトーンの高い怒声が反響する。

大きな怒声の主は、約30センチ程の小さな身体の人格型ユニゾンデバイス リインフォースⅡ。

目の前で、休憩用のソファーに足を組み腰掛けながら、気だるそうに話を聞く政宗を相手に憤然とした様子で説教をしていた。

その様子を回りにいたなのはやフェイト、はやて、幸村は苦笑を浮かべながら見守っていた。

 

「なんだって、そんな隕石なんかを1000万で落札しちゃったりしたんですかぁぁぁ!? こんなの経理部になんて報告すればいいのですぅぅぅ!?」

 

リインが半ばパニックになりながら怒っている原因は、政宗の横に置かれたロストロギア用の封印ケース…その中に入っている隕石―――

先程のオークションの最中に、政宗が勝手に1000万で落札してしまった品であった。

再封印目的とはいえ、オークションの品を勝手に購入してしまうという予想外の行動に出た政宗に、後から話を聞かされたリインは思わずその場で卒倒しそうになる程に驚いた。

 

「It's noisy…だから、そのMeteor stoneを再封印すればGadget Droneとかいうmachine共も寄って来なくなるかもしれねぇってなのはが言ったから、そうできるように手伝っただけじゃねぇか。 それに1000万以下なら経費で落ちるんだろ?」

 

「それも、時と場合によるのですぅぅ!! 第一、1000万というのはあくまで1ヶ月における経費の上限であって、その隕石1個に賭けられる予算じゃないのですよぉぉぉぉぉ!」

 

頭を抱えながら嘆くリインに、なのはが後ろから申し訳無さそうに声をかけた。

 

「ご、ごめんね。リイン。 私が政宗さんにちゃんと説明しておけば、こんな事には…」

 

「まさか一ヶ月分の追加経費使って、隕石買ってまうなんて思ってもみぃひん事やったからなぁ…」

 

はやては呑気にそういうが、リインは慌てふためきながら詰め寄る。

 

「笑ってる場合じゃないですよぉ、はやてちゃん! いくらなんでもこれは、リインや経理のリリエ二等陸士でも上に説明する手立てが思いつきそうにないですぅ!?」

 

「ん~……隊の“研究用素材”として報告する…とか?」

 

「六課は開発部じゃないですから、無理ですよぉ~~……」

 

「ねぇ。再封印もした事だし、“返品”するとかできないの?」

 

フェイトが提案したが、リインは項垂れたまま首を横に降る。

 

「再封印処置といえど、品に手を付けてしまったら、その時点で返品は無理ですぅぅ…」

 

「……ダメか…」

 

「…では、リインフォース殿。 六課の知り合いの方々を当たって、石を買い取ってもらうのはどうでござろうか? 所謂、“献残商法”という方法でござる」

 

幸村の提案した“献残”とは、大名などの武家や格式の高い家が、贈答されたり、手に入れた品物のうち消費せずに有り余った分などを、別の者に下げ渡したり、売る事…要するに今で言う『転売ヤー』的なものである。

だが、これにもリインは賛同しなかった。

 

「……こんな隕石なんてマニアックなものを欲しがる人なんて、六課の知り合いにいないですぅぅぅ~~~…そもそもいたとしても、1000万なんて大金で買ってくれる人なんて絶対にいないですよぉぉぉ~~~……」

 

「だろうね。 そもそもこれ、本当に1000万の価値があるかさえわからないしね…?」

 

再封印された隕石を見て困った様に笑うなのはと対象的に、政宗はあっけらかんとした様子を崩さなかった。

 

「高い金積まねぇと他の連中に持ってかれちまうんだろ? それがAuctionってもんじゃねぇのか?」

 

その口調からは、微塵も後悔や反省の様子は感じられない。

そのどこまでも大胆不敵な振る舞いは、呆れを通り越して称賛したいとさえ思えた。

 

「う、うん。いや、そうなんだけどね……う~ん。本当にどうしよう…?」

 

なのは達が、頭を抱えながら、どうにか最善策を考えようとしていた。

その時―――

 

「あのぉ~。それじゃあ、その隕石…よかったらウチの部署が買い取らせて貰ってもいいかなぁ?」

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

不意に、声をかけられたなのは達が振りかえるとそこには…

長い金髪を後ろに束ねた眼鏡をかけた青年が立っていた。

 

「えっ!?…もしかして…」

 

「ユーノ君!?」

 

フェイトはその青年が誰なのか、よくわからない様子であったが、そんな彼女の隣で、いち早く気がついたなのはが青年の名を呼んだ。

 

「そうだよ! いや、ほんと久しぶりだねぇ!」

 

ユーノと呼ばれた青年が、そう言ってなのは達の方に近づいてきた。

親しげに話しかけてくる青年を見た政宗は、はやてに尋ねた。

 

「はやて。あのメガネは誰だ?」

 

「あぁ。彼は“ユーノ・スクライア”君いうて、私達の幼馴染やねん。次いで言うと、なのはちゃんにとっては魔法の先生や」

 

「魔法の…先生?」

 

はやての話を聞いていた幸村が首をかしげた。

 

「せやけど、驚いたなぁ。なんでユーノ君がここに?」

 

「今日のオークションの鑑定と解説役として招待されていたんだよ。僕の付き添い付きで…」

 

不意に新たに落ち着きのある声が背後から聞こえてきた。

政宗達が声の主の方を振り向くと、そこには緑色の長髪をした穏やかな面持ちの青年が立っていた。

 

「やぁ、はやて。久しぶりだね」

 

「―――ッ!? ロッサ?」

 

「アコース査察官!?」

 

青年の姿を見たはやてとリインが喜び混じりの驚きの声を上げる。

新たな知人の登場に、政宗も幸村もますます首をかしげるばかりだった…

 

 

 

 

数分後、一行はホテル内の一角にある喫茶店に場所を移し、政宗、幸村と、偶然出会う事になった“ユーノ・スクライア”と“ヴェロッサ・アコース”を紹介していた。

“ユーノ・スクライア”―――

ミッドチルダ考古学士会の学士にして、なのは達と同い年ながら、『無限書庫』という時空管理局本局内にある、管理局が管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベースを管理・整理する司書長を務めている青年で、曰く、なのはが魔導師になるきっかけとなった人物にして、なのはに魔法を教えた人物であるという。

“ヴェロッサ・アコース”は、時空管理局・本局査察部に所属する査察官。六課をバックアップしている聖王教会の教会騎士カリム・グラシアの義弟であり、はやてにとっても、兄のような存在といえるこちらも古馴染みの人物であった。

 

「なのはの魔法のTeacherがバカでかい司書庫のtopで、はやてのbrotherが本局のeliteか…お前ら、何気にとんでもねぇconnectionの持ち主だよな」

 

政宗が呆れるように言うと、返す言葉がなかったのか、なのはもはやても苦笑を浮かべるばかりだった。

 

「にしても、僕達の方も驚いたよ。まさか、機動六課にあの“伊達政宗”さんと“真田幸村”さん。さらには“徳川家康”さんまでもが、委託隊員として加わっていただなんて…」

 

ユーノが驚きながらも好奇の目で政宗と幸村を見つめながら言った。

仕事柄やなのは達の関わりを通して、日本の歴史にも触れ、勉強していたユーノは、政宗と幸村の名を聞いた時、なのは達が初めて家康と出会った時程ではなかったが、やはり驚きを隠せない様子を見せていた。

一方、なのは達の世界の世情や歴史については知らない筈のヴェロッサが驚いたのには別の理由があった…

 

「そして君達が、カリムと聖王教会をおかしくしてしまったという『ザビー教』と同じ世界からやってきたとは…ねぇ…」

 

ヴェロッサが疲れた様な苦笑を浮かべながら言った。

ヴェロッサの義姉にして機動六課の後見人 カリム・グラシアが所属する聖王教会が最近珍妙な事態に陥っているという事情は既に彼の耳にも入っていた。

聞けば、協会本部の庭に突然現れた次元漂流者“大友宗麟”なる少年が持ち込んだ謎の宗教『ザビー教』に、あろう事かカリムがそれに心酔してしまい、今や、自身の秘書であるシャッハを除いた聖王教会の教会騎士や修道士、信者を次々と抱き込んでしまい、『聖王教会』改め『聖王ザビー教会』は、清楚の欠片もない混沌の巣窟と化していた。

この事態をシャッハから聞かされていたヴェロッサは、こうした査察官としての任務の傍らに、一日も早く宗麟を元いた世界に送り返して、カリムと聖王教会を元に戻さんと奮闘しているという。

当然、彼の口から、ザビー教と宗麟の名と彼がこの世界でもやりたい放題にやっている事を聞かされた政宗や幸村が驚き、そして呆れたのは言うまでもなかった。

 

「はぁ~…あのhappyなガキも、この世界に来ていたとはな…」

 

「しかも…某達も知らぬ間に、はやて殿のご友人方に左様な迷惑をかけていたとは…」

 

ヴェロッサ、そして実際に聖王教会で宗麟と会った事のあるはやてから、ザビー教の話を聞かされた政宗も幸村も、まるで自分の恥行のように身が縮む想いに駆られた。

 

「まさか、あの宗麟って子と『ザビー教』が、政ちゃんやゆっきーと同じ世界の出身やったとはなぁ…まぁ、今思えばそれも納得できるけどなぁ…」

 

はやてが、ヴェロッサと似たような苦笑を浮かべながら言った。

そもそも自分達の世界では狸顔で知られる家康が、政宗や幸村よりも年下な体育会系のイケメンだったり、六刀流や二槍という自分達の世界ではありえない武術を当たり前のように使える政宗や幸村を見ていると、彼らの出身世界が如何に自分達の故郷である「地球」とパラレルワールドであったとしても、自分達の常識を遥かに凌駕する規格外な程に破天荒極まる世界であるのだから、『ザビー教』のようなハチャメチャな宗教が布教していても今更、おかしいとは思えなかった。

 

「Ah~…それについては同じworldからやってきた人間として申し訳ないと思うぜ。 Sorry…俺達の同郷の連中がアンタらに大分迷惑かけてるみたいだな…」

 

「申し訳ござらぬ…」

 

政宗と幸村はそれぞれ頭を下げながら言った。

ヴェロッサは引きつった笑顔を浮かべたまま、頭を振った。

 

「いや、僕は何も君達を責めようなんて思っていないよ。そんな事をしても、それはお門違いだしね。それにはやて達がお世話になっている君達を責めたりしたら、僕がはやてに怒られちゃうよ」

 

穏やかな物腰でそう話すヴェロッサを見て、はやてはまだ彼はカリムのようにザビー教の毒牙にかかっていない事を察し、内心、胸を撫で下ろした。

すると、政宗は今度はなのはの隣に座っていたユーノの方に顔を向ける。

 

「ところで…ユーノとか言ったな? 本当にいいのか? 俺の落札したあの隕石。お前んとこに引き取って貰ってもらって?」

 

「はい。僕も一応は考古学者ですし、あの手の品は一応僕の教養範囲にも入っていますから。 ロストロギア…までとはいかなくても貴重な古代の異物として調査研究の対象とさせてもらいますから、大丈夫ですよ」

 

柔らかい笑顔を浮かべながら、ユーノは頷いた。

それを聞いて、なのは達は一先ず、経費云々の問題は解決した事に安堵した。

 

「よ、良かったですぅ~~!!…これでリインもお金回しに泣く必要がなくなってホッとしたですよぉ~!」

 

「あははは…正直、隕石1個1000万は無限書庫としても少し値の張るお買い物になるけどね」

 

「Ha! アンタも華奢な風貌のわりになかなか大胆じゃねぇかarchaeologist。 そういう野郎は嫌いじゃねぇ。Amazing!」

 

「うわっぷ!? ちょ、痛いですって政宗さん!」

 

軽口を叩きながら、ユーノの背中をバンバンと強く叩きながら称賛する政宗に、リインが慌てて窘めた。

 

「政宗さん! ユーノさんに失礼ですよぉ! そもそも元はといえば貴方のせいでこうなったんですからね! 反省してください!!」

 

笑いに包まれるなのは達の様子を見ながらヴェロッサは、小さく頷きながら、はやてに囁いた。

 

「部隊…うまくいっているみたいだね?」

 

「うん。まぁ、こうして思わぬ形で新しく頼れる仲間も加わってくれたからね。それにロッサ…あっ、ごめん。…アコース査察官のお姉さん カリムが守ってくれているおかげや。…まぁ、ザビー教についてはまた別問題やけど…」

 

「うん、僕も何か手伝えたらいいんだけどね…僕にも仕事があるし、カリムの事もあるから……」

 

「お互い大変やねぇ…」

 

はやてとヴェロッサはそう言って笑い合った。

そこへ―――

 

「あっ! いた! なのはさん! フェイトさん! はやて部隊長!」

 

突然にホテルのロビーの方から血相を変えたエリオが飛び込んで来た。

 

「エリオ!? どうしたの!?」

 

客を混乱させないようにエリオの服装はバリアジャケットから陸士隊の制服に戻っていたが、その頭の額には包帯が巻かれ、外で唯ならぬ事態が起きた事を示唆させていた。

その怪我に驚きながらフェイトが問い質すと……

 

「大変です! 実は……!」

 

息を切らしかけながら、エリオは、ホテルの外で起きた一連の事件の経緯を説明した。

 

「なんやて!? ヴィータが!?」

 

「両手を切断された!?」

 

はやてとフェイトが悲鳴に近い声を上げ…

 

「『五刑衆』の小西殿が!? それは誠かエリオ!?」

 

「……『肥後の蟒蛇』か…野郎もここに来ていたとはな…」

 

幸村、政宗が『豊臣五刑衆』に連なる武将の名に驚愕の声を上げた。

それと同時に周囲にいた他の来賓の人々やホテルの関係者などが、一斉になのは達の方を向いた。

 

「み、皆さん! 声が大きいですぅ!」

 

リインが慌てて注意すると、なのは達は気持ちを落ち着かせて声のボリュームを下げると、改めてエリオに問い直した。

 

「それで…ヴィータちゃんは今、どんな状況?」

 

心配そうになのはが尋ねた。

 

「シャマル先生が応急手当を施した後、ヴァイス陸曹がヘリで近くの救急医療センターまで搬送しました。シャマル先生曰く、対応が早かったからなんとか峠は越えたとは言ってましたけど…」

 

「……でも、信じられない。あのヴィータちゃんがそこまで酷くやられるなんて……」

 

なのはが動揺した様子でそう呟くと、フェイトやはやて、リインも同じ様に顔を憂いさせながら頷いた。

そんななのは達の空気を察したヴェロッサは、ユーノにアイサインを送った。

 

「……どうやら…僕たちはお邪魔みたいかな?」

 

ユーノが気を使うようになのはに話しかけた。

 

「あっ。う、うぅん! そうじゃないけど…ごめんねユーノ君。また後でゆっくりお話しよう」

 

「ごめんなロッサ! また、後で改めて話すわ!」

 

そういうとなのは達は一先ず、シャマルやフォワードチームと合流する為にホテルの外へと向かう事にした。

 

 

エリオの案内で、なのは達は、ホテル屋上にいるシャマルと合流した。

はやての姿を見ると、シャマルは泣きそうな顔で駆け寄ってきて、すぐに状況を説明してくれた。

ホテルを襲おうとしていたガジェットドローンの編隊は全て殲滅できたものの、その直後に姿を見せた西軍の刺客…『豊臣五刑衆』第三席 小西行長なる男の前に、フォワードのティアナやエリオは勿論、ヴィータでさえも為すすべなく敗れ去った。

中でもヴィータの怪我は抜きん出て酷く、全身を刃物同然の鞭で切り刻まれ、おまけに顔に数回、腹に一回と、強烈な蹴りを叩き込まれ、内臓の一部を損傷していた程だったという。そして極めつけは、両手首から先を鞭で引きちぎられるという凄惨な形で負わされた大怪我だった。

 

「ヴィータちゃんをヘリで搬送する時に、あそこでどんな状況になっていたか映像を解析しました……けど…」

 

シャマルが話しながら、気分を悪くするように、話しながら声を落としていった。

そんな彼女の心情を反映するように目の前のホログラムモニターには先程のヴィータと行長との戦いの光景が映し出されていた。

行長がヴィータの顔をワザと狙い、何度も蹴り続け、とどめに黒縄鞭で両手を切断するという残酷な戦法を、終始笑いながら行う姿に、なのは達は思わず、怒りと嫌悪感で顔を顰めた。

 

「酷い…この小西って男……ここまでやるなんて……!?」

 

大事な“家族”をこんな酷い方法でやられた為か、はやては怒りで声を震わせていた。

それはなのはとフェイトも同感だったらしく、声色がいつもと違っている。

 

「改めて見ても…これは戦いというよりは“蹂躙”だよね…? 相手が女の子や子供だからって容赦はしないってわけ……?」

 

「…こんな酷い事を、笑いながらできるその神経が理解できないよ……」

 

「それが野郎のやり方だからな……『豊臣の執行人』“小西行長”のな……」

 

同じく、嫌悪感を顕にしたように暗いトーンで政宗が呟いた。

 

「政宗さん。一体、何者なの? その“小西行長”って人は」

 

なのはの問いかけに政宗は静かに語り始めた。

 

「かつて凶王・石田三成と共に覇王 豊臣秀吉に仕えた西軍の大幹部…『豊臣五刑衆』っていう秀吉の子飼い集団に名を連ねる、とんでもねぇSnake野郎だ…」

 

そして政宗は語りだした…

 

小西行長―――

九州肥後を拠点とする小西軍を率いる『豊臣五刑衆』第三席“獄将(ごくしょう)”。

その名の通り、彼の悪名が日ノ本中に轟く理由は、その残虐で悪辣な性格と所業だった。

かつて、豊臣全盛期時代からその残虐非道な凶行と策謀を駆使して、多くの豊臣の敵対戦力を苦しめ、時に屈服させてきた上、相手が女子供であろうが、一切の容赦をしない事から、同じく豊臣軍の対抗勢力であった織田軍の将 明智光秀と引き合わされ、『覇王の死神』、『豊臣の執行人』と恐れられている危険人物として有名だった。

その異名の通り、豊臣軍内での役目は捕虜や敵対勢力の人間への拷問や、処刑、制裁で、他にも制圧した敵の残党狩りなどで、筆舌に尽くしがたいような数々の酷い仕打ちを行うなどして、彼と敵対した武将の中には命からがら逃げおおせはしたものの、心が折られ、再起不能になった者さえもいたという。

 

「どういう成り行きであのSnake野郎が、ここへ現れたかは知らねぇが……ひとつはっきり言えるのは、石田や奴を含む『豊臣五刑衆』ってのは、この俺や真田の目から見ても“強敵”といえる連中だ。それこそ、この間の黒田や、何兵衛とかいった三下野郎なんかとはものが違う」

 

「そんなに厄介な相手なんか…?」

 

はやてが尋ねた。

 

「うむ……エリオ、シャマル殿。佐助が小西殿の足止めに残ったと申していたが…それからどうなったのでござる?」

 

「俺の事なら、心配ないぜ。真田の大将」

 

不意に背後からかかった声に、幸村達が振り返ると、小十郎に肩を貸してもらった佐助を先頭に、家康に肩を貸してもらったザフィーラ、シグナム、そして彼らを迎えに行っていたキャロが屋上へと上がってきたところだった。

 

「おぉ、佐助! 無事であったか!?」

 

「痛てて…ま、まぁ、無事ってもんでもないけど……とりあえずこのとおり。俺やザフィーの旦那はどうにか五体満足で帰ってこれましたわ」

 

多少怪我を負いながらも佐助やザフィーラが無事だとわかり、幸村やなのは達は安堵の笑顔を浮かべた。

だが、それも束の間、すぐに真剣な目付きに戻った。

 

「…でもその様子やと、ヴィータの仇は討てへんかったみたいやね…?」

 

「…面目次第もございません。主」

 

ザフィーラが頭を下げて、侘びた。

何気に人間形態の彼を初めて見た政宗と幸村はそれが誰かわからなかったが、佐助の言葉や当人の声からザフィーラとわかり、内心驚いていた。

 

「政宗様。 我らの敵は、小西や豊臣だけではないようです」

 

シャマルが用意した負傷者用のイスに佐助を座らせながら、小十郎が話す。

 

「Ah? どういう意味だよ?」

 

政宗が尋ねると、小十郎が渋い顔を浮かべながら返答した。

 

「…実は、俺とシグナムもまた西方の武将と相対していました。それも…あの“鬼島津”とです…」

 

「What!?」

 

「な、なんと!?」

 

政宗と幸村が驚愕の声を上げる様子を見て、なのは達は小十郎の話もまた六課にとっては凶報であると察する事ができた。

 

「うん…色々と情報が錯綜しているみたいだけど、一先ず全員を集めて、話し合おうか…」

 

なのはは、そう提案するのだった。

 

 

その頃、ティアナはというと…ホテルの裏手の片隅にいた。

佐助の助太刀で、どうにか撤退した後、しばらくシャマルのところで休み、気持ちを落ち着けていたティアナだったが、ようやく落ち着きを取り戻すと、シャマルに戦線復帰を願い出たのだった。

当然、シャマルからはもっと休む様に言われたものの、ティアナはあの場にいたくはなかった。チームメイトのエリオやキャロの前であれだけ惨めな姿を見せてしまった上で、これ以上無様な姿を晒したくなかったのだった。

そうして、半ば強引にできるだけホテルから離れた場所での警備任務につく事を許可されたのだった。勿論、異常を発見したら、他の者を呼び、自分は一切参戦してはいけないという条件を課せられたのだが…それでもティアナはこんな無様な姿を人に見られないと思うだけ、心が軽くなる想いだった。

 

「ティア……ここにいたんだ……」

 

そこへ不意に声がかかった。

振り返るとそこには不安げな面持ちでこちらを見つめるスバルの姿があった。

 

「なのはさんが、全員集合して詳しく話を聞きたいって……」

 

「………あたしはまだちょっと気分が悪いの…すぐ追うからあんた先に行ってなさいよ……」

 

ぶっきらぼうな口調で返すティアナに、スバルは恐る恐る話しかけてきた。

 

「あのね……ティア……」

 

「いいから行って……」

 

「ティア…話はエリオから聞いたけど……ティアは悪くないよ………あの時、ティア達の持ち場は色々と混乱してたっていうし……その小西って人にしたって、あのヴィータ副隊長でさえ敵わなかったっていうんだから―――」

 

「行けっていってんでしょ!!!」

 

「っ!!?」

 

ティアナの怒鳴り声にスバルはビクリと身を震わせた。

 

「………ごめんね……じゃあ…後で、ね?……ティア」

 

そういってスバルは足早に去っていった。

ティアナは振り返る事無く、相方がいなくなった事を確認すると、近くにあった壁に向けて、握り固めた拳を力いっぱい叩き込んだ。

結局、自分の力量を証明するどころか多くの醜態を晒してしまった……

ガジェット鎮圧で自分が今まで積んできた成果を試そうとしたら危うくエリオを撃墜しそうになってヴィータには怒られ―――

その上、突然現れた“小西行長”と名乗る男の圧倒的な力を前に、ヴィータが一方的にやられていく姿をただ見ている事しかできず、挙げ句に仇討ちに挑んだのはいいが、当の行長からは完全に小馬鹿にされて、半ば弄ぶように圧倒された挙げ句、その強さと狂気を前に恐怖心に耐えきれず、無様にもエリオやキャロの目の前で逃げ出そうとまでしてしまった……

そして、極めつけは行長に言い放たれた一言…

 

 

 

―――貴方は才能のない自分の無力さを人に八つ当たりし、功名を立てる事で己を保とうと考え、その為には恥も外聞もなく振る舞い、仲間を危険に晒し…挙げ句に自分の命の危機を前に仲間さえも見捨てようとする―――

 

―――実にひ弱な自我と自尊心を持った中途半端な、“負け犬”というやつですよ―――

 

 

 

あの言葉で自分の今までの戦績が、鍛錬が、決意が…すべて否定されてしまった…

 

凡人ではないと証明しようとした自分に嘆いても嘆ききれない『現実』を突き付けられてしまった…

 

「中途半端な………負け犬………私が……負け犬………?」

 

仲間を撃ちそうになり、敵を前にむざむざ逃げようとして、しまいに散々侮蔑された自分が、情けなくて仕方がなかった。

 

 

「わ…私は……私は何のために今日まで鍛錬を積んできて……うぅぅ!」

 

込み上げてきた深い悔しさ、惨めさが大量の涙となってティアナの目からあふれ出す。

 

「うああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ミスショットを犯し、強敵を前に何もできず、臆病風に吹かれてしまった自分の無力さ…弱さ…不甲斐なさ……それらに対する悔しさや自責に耐えきれなくなったティアナは、壁に何度も拳を打ちつけ、大きな声を上げて泣き続ける事しかできなかった……

 

 

 

 

数十分後―――

状況が落ち着いたのを確認したなのはは、緊急搬送されたヴィータ、負傷した佐助、ザフィーラ、2人の治療についているシャマルを除く全員を、ホテル前に集めていた。

それぞれから得た情報を交換していく間、彼らから少し離れた場所で、既に管理局の制服に着替えたはやてが、ホログラムコンピュータを介して誰かと通信していた。

 

「ほんまですか!? ありがとうございます!」

 

不意にはやては、歓喜の声を上げた。

そして通信を切ると、同じく制服姿に戻っていたなのは達の方を向き、ぱっと笑顔を浮かべた。

 

「皆! 今、医療センターから連絡あって、ヴィータの様態が無事安定したって! 斬り落とされた手もどうにか接合できて、この調子やと後遺症も残らんみたいやわ!」

 

「ほんとですか!? よかったですぅ!」

 

ヴィータの無事を聞いて歓喜の声を上げるリインに、なのは達や家康達も一先ず胸を撫で下ろした。

 

「ここがミッドチルダでよかったな。 もしこれが戦国の日ノ本(俺達の世界)だったら、ヴィータには酷だが、もうアイツは戦士としてGame Overだったとこだぜ?」

 

「そうだな。小西行長…本当に血も涙もない残虐無比な男だ……」

 

政宗が同情するような面持ちでそう言うと、家康も顔を顰めながら頷いた。

 

「えっと…それじゃあ、報告は以上かな? 現場検証は調査班がやってくれるけど、みんなも協力してあげてね。しばらく待機して何も無いようなら撤退だから」

 

「「「はい!」」」

 

「……はい」

 

ティアナ以外のフォワードの3人が返答してから、少し遅れる形でティアナが返事した。

ヴィータが回復した事を聞かされながらも、素直に喜ぶ事ができず、俯いたままのティアナに、スバルが不安そうに目を向けた。

 

「リイン。佐助さんとザフィーラの様子はどう?」

 

「はい。二人共大きな怪我ではなかったので、2人の方も、もう問題はないみたいですぅ」

 

佐助達の安否を確認して、一先ず全ての問題が解決した事を確認したなのはは、フォワードメンバーの中からティアナの方に顔を向けた。

 

「よかった。それじゃあ、ティアナ…」

 

なのはから名前を呼ばれた、ティアナはびくりと小さく身体を震わせた。

 

「…ちょっと、私とお散歩しようか」

 

「はい…」

 

なのははティアナを連れて、森の小道の方へと歩いていった。

 

「ティア…」

 

残されたスバルが、心配そうにその背中を見ている。

 

「ティアさん…やっぱり怒られちゃうのでしょうか…?」

 

同じく不安げな面持ちを浮かべたキャロが呟く。

すると、家康も難しそうに森へと入っていく2人の背中を見据えながら言った。

 

「そうだな…行長の件については致し方ないが、その前に起きたという命令無視とエリオへの誤射という件は、流石のなのは殿も一言言わねばならないのだろう」

 

「…事情はどうあれ、missはmissなんだ。仕方ねぇだろ?」

 

両腕を組んだまま、政宗がやや冷淡な口調で切り捨てるように言い放つと、スバル達はさらに不安げな面持ちで2人の背中を見つめた。

そんな3人を宥めるようにフェイトが言った。

 

「ティアナなら大丈夫だよ、なのはも、ちょっと注意するだけだと思うから」

 

「あ、はい……」

 

スバルが不安を残した表情のまま頷いた。

 

「現場調査もお仕事の一つだし、勉強だよ。私は向こうにいるから、判らないことがあったら遠慮なく聞いてね?」

 

「「「はい」」」

 

「フェイト殿。某達はどうすればよかろう?」

 

幸村が尋ねた。

 

「えっと…それじゃあ、幸村さんや皆さんはそれぞれできる範囲でいいから、スバル達のアシストについて貰えないかな?」

 

「わかった」

 

「OK」

 

「心得申した」

 

「承知」

 

家康達は返答すると、それぞれ指定された持ち場へと向かった。

 

 

 

ホテルから少し離れた森の中を、なのはの背中を追ってティアナは歩いていた。

その足取りは普段よりも何倍も重く感じられた。

今日の自分は『不甲斐ない』という言葉でしか言い表せないくらいに散々な結果だった…

命令は無視した、ミスはした、敵を前に怖気づいて逃げようとした…

どんな叱責を受けても当然の事をしたと覚悟していた。

 

「話は聞いたよ。…命令無視なんてティアナらしくないよね…………」

 

なのはが不意に口を開いた。

 

「すみません……私、あの時、気が動転していて……その挙げ句に一発逸れちゃって……」

 

ティアナはそう弁解しようとするが、なのはは静かに頭を振った。

 

「うぅん。 わたしは現場にいなかったし、ヴィータ副隊長に叱られて、もうちゃんと反省していると思うから、改めて叱ったりはしないけど……」

 

なのはは振り返ると、穏やかな面持ちのまま諭すように言い出した。

 

「ティアナは時々、少し一生懸命すぎるんだよね。それでちょっとヤンチャしちゃうんだ。でもね…ティアナは“一人”で戦っている訳じゃないんだよ?」

 

「ッ!?」

 

なのはの言葉に、ティアナはビクリと反応した。

 

「命令無視やミスショットの件もそうだけど……私としては、ティアナが“小西行長”って人に一人で立ち向かおうとしたっていう事が、一番感心できないかな?…ヴィータ副隊長が目の前でどんな目に遭ったのか、ティアナはしっかり見ていたんだよね?」

 

話しながら、なのはの表情が、真剣なものへと変わっていった。

 

「は…はい……」

 

「本当に一人で勝てると思っていたの? その小西って人に…?」

 

「………正直…思っていませんでした」

 

ティアナは掠れるような声で正直に答えた。

 

「だったら、どうしてあの場は逃げて応援を呼ぼうと考えなかったの? 中にいた私達は念話や通信が遮断されていたから仕方ないとしても、シャマル先生やザフィーラ、佐助さんやシグナム副隊長に小十郎さん…それこそ、家康さんやスバルだって…ティアナが頼れる人は周りにいっぱいいたんだよ?」

 

「…………」

 

なのはは、俯いて聞いてるティアナの肩に手を置いた。

 

「集団戦でのわたしやティアナのポジションは、前後左右全部が味方なんだから…ティアナが何もかも一人で背負って抱えようと考える必要はないんだよ?」

 

「…………」

 

ティアナはなのはの話を黙って聞きながら、その心にはさらなる不穏な想いが燻り出していた…

 

 

 

所詮、私は一人ではなにもできない…そういう事なの…?

 

スバルと違って…私は所詮、周りの人に守られながら戦う事のできない半端者だって事?

 

魔力も…力も…特殊な才能や技量も……何もない無い私は仲間に守られながら戦えって事……?

 

じゃあ、私は一体なんだっていうの…? なんの為に……この機動六課にいるの………?

 

私は……私は…やっぱり…『負け犬』だっていうの……?

 

 

 

「………その意味と今回のミスの理由…ちゃんと考えて、同じ事を二度と繰り返さないって、約束出来る?」

 

なのはは、ティアナの眼をじっと見つめながら尋ねた。

顔つきは相変わらず穏やかなものだが、その眼差しは真剣なものだった。

 

「……はい」

 

その眼差しに慄きながら、ティアナは力なく頷いた。

すると、なのははいつもの優しい笑顔に戻った。

 

「なら、わたしからはそれだけ……約束したからね?」

 

そう言うと、なのはは再び森の中を歩き出した。

ティアナは握った拳を小刻みに震わせながら、彼女の背中を悔しげに睨みつけていた。

 

そんな自分を森の遙か奥にそびえ立つ一際高い木の上から見据えている一つの目線にティアナは気づく事がなかった…

 

「あ~らま。こりゃ、なかなか凄いやり取り見せてもらったねぇ…」

 

その目線の持ち主…島左近は、スカリエッティから貸し与えられた双眼鏡でティアナの様子を見ながら、興味深そうに呟いた。

 

「え~と…刑部さん! 姐さん! 今の見ましたか?! なんか敵さん方、かなり泥沼~な感じになってるみたいッスけど?」

 

左近は立ち上がりながら、右肩に止まっていた黒紫色の小鳥に向かって尋ねた。

 

 

時同じくして、スカリエッティのアジト―――

薄紫色の髑髏水晶の周りに浮かぶ光の靄に浮かんだ、ティアナの姿を見据えながら、西軍筆頭参謀 大谷吉継、御意見番 皎月院の2人が不穏な笑みを浮かべていた。

 

「ヒーヒッヒッヒッヒッ!! あぁ、見ておったぞ左近。あの小娘の胸に宿る“不幸”の星の輝きが…こちらにもよぅ見えよる…ヒーヒッヒッヒッヒッ!!」

 

腰の上で不気味に笑い転げる大谷に対し、皎月院は大きな袖口で口許を隠しながら、不敵に笑みを零していた。

 

「これは…なかなかおもしろい事になってきたねぇ。あの小娘…しばらく目を離さない方が良さそうだね」

 

「確かにな……事によっては……次の術策に応用する道もあるやもしれん」

 

大谷は笑うのを止めて、そう言うと、光の靄に向かって呼びかけた。

 

「して左近……我らの欲するものは手に入れたか?」

 

《あ~…“ユーノ・スクライア”とかいう野郎の事ですか? それが行長先輩ってば、自分が遊ぶだけ遊んでさっさと帰っちまいやがったんですよぉ~! ホントあの人、自分の趣味(殺しと拷問)以外の事はてんでズボラなんスから!》

 

光の靄の中から左近の声が響いた。

それを聞いた大谷も皎月院もある程度予想していたように肩をすくめた。

 

「まぁ、三成が“殺すな”って命令した時点で、小西にやる気がなかったのは目に見えてたけどねぇ…」

 

「やはり、左近を付けたのは正解だったようだな。では、左近。ぬしが代わりに使命を果たせ」

 

《了解ッス! その代わり、上手くいったら褒美の金一封お願いしますよ?》

 

大谷が指示を送ると、靄の中から左近の溌剌とした返答が返ってきた。

そして光の靄が消え、浮遊していた髑髏水晶が皎月院の手に戻ると、皎月院は再び袖口で口許を隠し、含み笑いを浮かべた。

 

「それにしても……“機動六課”とは中々弄りがいがありそうな連中だねぇ。そう思わないかい? 刑部」

 

「左様…ならば、次は奴らの根幹を突いてみるのも、一興やもしれぬぞ?」

 

「フフフフフッ…勿論その筋書きは、もう考えてあるんだろうね?」

 

「大凡はな……」

 

まるで新しい悪戯を考えついた子供の如く、揚々とした様子で、石田軍が誇る2人の策士は、早くも次なる策謀を企て、話し合うのだった……

 

 

 

その頃―――

ホテル・アグスタの西側では本局から到着した調査部隊も交えて現場検証が行われていた。

現場検証の手伝いをしていた家康は、同じく検証の手伝いをしながらもどこか上の空でいるスバルに気がついた。

いつも元気な筈のスバルだが、今は塞ぎ込んでいるように俯いていた。

 

「………スバル?」

 

「ティア………はぁ…」

 

「スバル!」

 

「ひゃあ!?」

 

家康が少し大きな声をかけながら、肩に手を乗せると、スバルはびっくりして地面から数センチほど飛び上がった。

 

「い、家康さん!? ご、ごめんなさい! 私…」

 

「いや…驚かせてしまったのなら、悪かった。 けど、どうしたんだ? 上の空なんてお前らしくないぞ?」

 

家康が心配そうにスバルに尋ねた。

 

「そ、そんな事ないですって! ほら、私いつもの元気~!……うぅ…」

 

そう言って、必死に元気な笑顔を作るスバルだったが、訝しげるようにジト目で見つめてくる家康に、早々にボロが出てしまった。

 

「ご…ごめんなさい。正直に言います…」

 

「いや…言わなくてもわかっている。ティアナの事だな?」

 

家康が言った。スバルはゆっくりと頷いた。

 

「エリオから詳しく聞いたのですが、ティア…大分無茶したみたいなんです…その結果が、今日のミスショットや小西行長って人にボロ負けする事になったみたいで…」

 

「そうみたいだな…ワシもエリオから詳しく話を聞いた時はビックリしたよ。あの行長相手に一人で挑もうだなんて、無謀にも程があるぞ」

 

家康にしては珍しく辛辣な言葉に驚きながらも、スバルは必死にフォローを入れる。

 

「で、でも! 私はティアがそこまでして、頑張りたかった気持ちもわかるんです! ティアは自分も機動六課の一人として、皆の役に少しでも立ちたい!そのためにも射撃魔法だけじゃなくて、色々な状況で私やエリオ、キャロと上手く立ち回れるようにと考えて…それに、一人で挑もうとした事だって、きっと目の前でヴィータ副隊長が酷い目に遭わされたのを見て、我慢できなくなったから…」

 

「……あぁ。ティアナが人一倍努力している事はワシもよくわかってる。そんなティアナをスバルが応援したいと思う優しさもだ……だが、その努力の方向が少しでも違っていれば、ティアナは勿論の事、お前達フォワードチームの運命さえも大きく変えてしまう事になるんだ……」

 

「私達の運命……?」

 

「スバル…最近、ティアナの様子に変わった事はなかったか?」

 

不意にかけられた質問に戸惑うスバル。

 

「えっ? そういえば、ここしばらく自主トレのメニューが増えたような気が……」

 

「……そうか………」

 

家康は両腕を組み、両目を閉じると、なにかを考え込むように小さく唸った。

 

「家康さん…?」

 

不安げに尋ねるスバルに、家康は目を開くと、スバルにだけ聞こえるように小声で語った。

 

「スバル。すまないが、しばらくはティアナから目を離さないで貰えないか?」

 

「えっ!?」

 

「……このままだと…なにかとんでもない事が起こるような気がしてならないんだ」

 

「? とんでもない事って…?」

 

真剣な面持ちで語る家康に、スバルが戸惑いながら詳しく話を聞こうとしたその時―――

ティアナが森から戻ってきた。

 

「ティア!」

 

いち早くそれに気づいたスバルは、ティアナに駆け寄った。

スバルの姿に気づくと、ティアナは伏し目がちに謝る。

 

「スバル…さっきは、ごめん……あんた…私の事色々と気使ってくれていたのに私ってば…」

 

「ううん、全然!…なのはさんに怒られた?」

 

スバルが尋ねる。

 

「少し……ね」

 

「そう…ティア! 向こうで一休みしていていいよ。検証の手伝いは、私がやるから」

 

ティアナの口調からその落ち込みぶりを察したスバルは無理矢理に明るく振る舞う事で気を使った。

そんなスバルの優しさに対し、ティアナも少しは心が晴れる思いがした。

 

「大ミスしておいて、サボリまでしたくないわよ。一緒にやろう」

 

微笑みかけるティアナ。

 

「うん!」

 

嬉しそうに、スバルも笑った。

そんな、スバルとティアナの様子を遠巻きに見つめながら、家康は、スバルの表裏のない性格が今のティアナにとっては慰めにもなっていることを察した。

 

(……ワシの取り越し苦労であって欲しいところだが……)

 

今はティアナの心が少しでも癒やされたのを確認しながら、家康は胸に抱いた不安を、一先ずはそのまましまっておく事にした。

 

 

 

その頃―――

少し離れた場所でガジェットドローンの残骸を調べていたキャロが、向こうから歩いてくるフェイトに気づいた。彼女の隣には一段落するまで待っていたユーノが伴っていた。

積もる話があったのか、親しげに会話を弾ませている。

 

(えーと…シャーリーさん?)

 

キャロは隊舎にいるシャーリーに念話を飛ばした。

 

《はいなー!》

 

通信士のシャーリーの元気な声が返ってきた。

 

(フェイトさんと一緒にいらっしゃる方…確か、考古学者のユーノ先生って伺ったんですが…)

 

《そう、ユーノ・スクライア先生。時空管理局のデータベース、無限書庫の司書長にして、古代遺跡の発掘や研究で業績を上げてる考古学者。局員待遇の民間学者さんって言うのが、一番シックリくるかな? なのはさん、フェイトさんの幼なじみなんだって》

 

シャーリーは説明を続ける。

 

(はぁ…)

 

なのは、フェイトの意外な人脈を知って、感心の声を漏らすキャロだった。

一方、そんなキャロの視線の先ではフェイトとユーノの会話がなにやら深刻な内容に変わっていた。

 

「そう…ジュエルシードが…」

 

フェイトは自分達の戦うガジェットドローンに関して、ある重要なロストロギアが関わっている事を報告していたのだが、ユーノはまさか、ここで自分となのは、フェイト達が出会うきっかけとなった代物の名が出てきた事に驚きと戸惑いを隠せないでいた。

 

ジュエルシード―――

全部で21個存在する「願いが叶う」宝石と伝承を持つロストロギアだが、その正体は、次元干渉型エネルギー結晶体で、10年前に、遺跡探索を生業とするユーノによって発掘された。

その輸送中に原因不明の事故により、なのはの故郷である地球の海鳴市近辺にばら撒かれた。

ユーノはどうにかジュエルシードを回収しようとしたが、暴走したジュエルシードは手に負えず、傷を負って倒れたところでなのはと出会った事が、彼女が魔導師になるきっかけを作ったという。

そして、訳合ってジュエルシードを狙っていたフェイトや、時空管理局の巡航艦 アースラが介入した事で“ある事件”へとつながる事となったが…それはここでは割愛させていただこう。

 

…ともあれ、最終的にジュエルシードは12個が、なのはやユーノを介して、時空管理局が回収・封印する事となったのだった。

 

「うん、局の保管庫から地方の施設に貸し出されてて、そこで盗まれちゃったみたい」

 

フェイトによれば、先日六課が撃墜したガジェットドローンの一部部品から、そのジュエルシードが発見され、一部ガジェットには盗まれたジュエルシードが強化素材として応用されている事が判明したのだという…

 

「そうか…」

 

「まあ、引き続き追跡調査はしているし、私がこのまま六課で事件を追っておけば、きっとたどり着く筈だから」

 

「フェイトが追っている、スカリエッティ?」

 

「うん…でも、ジュエルシードを見て、懐かしい気持ちも出てきたんだ。寂しいさよならもあったけど、私にとっては、いろんな事の始まりの切っ掛けでもあったから…」

 

意味深に語るフェイトを、初めは不安げに見つめていたユーノだったが、やがて安心した様に笑みを浮かべ頷いた。

 

「そうだね」

 

ユーノは安心して微笑んだ。

 

「ユーノく~ん、フェイトちゃ~ん!」

 

そこへ、なのはが走りながら、こちらに向かって来た。

 

「なのは、ちょうど良かった」

 

フェイトとユーノが、なのはの方を向いた。

 

「アコース査察官が、はやてと一緒にヴィータのお見舞いに行ってる間、ユーノ先生の護衛を頼まれてるんだ。交代、お願いできる?」

 

「うん、了解!」

 

はにかんだ笑みを見せながら、なのはは敬礼した。

フェイトがチームライトニングの方へと向かうと、なのはとユーノは連れ添って、森の方へと歩いていった。

 

「………………」

 

そんな二人の様子を少し離れた場所で、六爪を手入れしていた政宗が、思わず手を止めてジッと見つめていた。

 

「政宗様? 如何なされましたか?」

 

「D'oh!?」

 

不意に小十郎から声をかけられ、政宗が思わず奇声のような声を上げた。

 

「なんだよ小十郎。お前かよ…驚かすなよ」

 

「失礼。しかし、政宗様が随分、高町とあのスクライアとかいう青年の様子を気にされているので…」

 

小十郎がからかうような眼差しで政宗を見つめながら言った。

その視線の意図を察した政宗は、呆れるように頭を振りながら言った。

 

「勘違いすんな、小十郎。 俺はなのはとあのユーノってメガネが、随分仲がいいんだなって思っただけだ」

 

「左様ですか? まぁ、政宗様は基本色恋などに興味はない事はわかっておりますが…」

 

「Hmm! ”色”だの“恋”だの…前田の風来坊じゃあるまいし……」

 

政宗は肩を竦めながら、くだらない話題を振り切るように再び六爪の手入れを始めた。

そんな政宗を小十郎も小さく笑いながら、現場検証の手伝いに戻る事にした。

小十郎はてっきり、政宗が仲睦まじいなのはとユーノに嫉妬しているものと思っていた。

だが、実際には政宗の懸念は別の方向に向いていた…

 

(なんだ? あの2人に集っている妙な“危気”は……)

 

なぜか政宗の目にはなのはとユーノの周りに集う黄色の靄のようなオーラ…他者から殺意や悪意を向けられている者の周りに集まるという警告色の気“危気”と呼ばれるものが見えていたのだった。

 

「仕方ねぇ…!」

 

政宗は六爪を鞘に収めると、密かになのは達の後をつけていく事にした……

 

 

 

その頃、少し離れた森の中へとやってきたなのはとユーノは、数年ぶりの再会ともあって会話も非常に弾んでいた。

昔の思い出話から、最後に会ったときから今日までにあった出来事…

幼馴染なだけあってその会話は途切れる事がなかった。

そうしているうちにユーノは思い切った様子でなのはを、なるべく皆のいる場所から少し離れた森の中へ促し、頃合いのついたところで足を止めた。

 

「あんまり他の人には聞かれたくなかったんだ」

 

ユーノはそう言うと、なのはにある事を聞き始めた。

 

「ねぇ、なのは。君…今は彼氏とかっているの?」

 

「彼氏? そんなのいないよ~」

 

笑って答えるなのはに、ユーノは小さくガッツポーズをすると、辺りを見渡して誰もいない事を確かめてから、意を決して話し始める。

 

「ねぇなのは…もしよかったら僕と…」

 

ユーノがそう言いかけたその時だった―――

 

「あの~…お取り込み中、すみませんがぁ……」

 

「「えっ!!?」」

 

唐突に聞こえた声と共に現れた気配。

その気配の主は、ユーノとなのはの背後に居た。

2人がゆっくり背後へと振り向くと、そこには見慣れない青年が一人立っていた。

 

紅を主体とした燃え上がるような色合いの薄手の戦装束に金の胴当て、首輪、具足…片方のもみあげを紅く染めた茶髪…腰に交差させるように携えた小振りの双刀…

それはこの世界の人間の服装ではなかった。

 

「あれ? いつの間に? …貴方は……?」

 

なのはが戸惑いながら尋ねるのを無視して、青年はユーノに向かって、気さくな口調でユーノに向かって語りかけた。

 

「え~っと…ひょっとして、アンタが“ユーノ・スクライア”って兄さんかい?」

 

「えっ!? は、はい。ユーノは確かに僕ですけど……」

 

突然現れた見知らぬ青年から名前を尋ねられて、戸惑いながらも頷き返す。

すると、それを聞いた青年はにっこりと笑い。

 

「そいつはよかった! それじゃあ―――」

 

青年は気さくな笑みを浮かべたまま、青年はゆっくりとユーノとなのはの元へと歩み寄り――

 

「「えっ!!?」」

 

無情にも、スルリと腰に下げていた双刀を抜き取る。

 

「ちょっくらアンタ………俺と一緒に来てもらうぜ?」

 

青年は手に持った双刀を手の中で高速で回しながら、親しみやすい声質だったものから、急に氷点下のトーンに下げた声へと切り替えて言い放った―――




今回の話はオリジナル版に比べると、大分原作寄り&シリアスな展開にしてみました。

あと、オリジナル版ではユーノやヴェロッサの扱いがあまりに酷すぎたのが自分でも可愛そうに思えたので、リブート版ではもうちょっと扱いを良くしようと考えています(まぁ、ヴェロッサについてはザビー教が関わっているのでどのみち…)

そしてリブート版最大の新展開である左近の襲撃! 果たしてこれがどういった展開になるか…次回をお楽しみに!


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第二十章 ~ユーノの危機 独眼竜VS凶王の懐刀~

様々な波乱を巻き起こしながらも、どうにかホテル・アグスタの防衛に成功した機動六課。

その最中、なのは達は幼馴染の『無限書庫』司書長兼考古学者のユーノ・スクライアと再会する。
自分にとっては魔法の師でもあるユーノとの再会に会話をはずませるなのは。

ところが、その時、二人の前に西軍の将 島左近が現れる――ー
しかも左近の狙いは、なんとユーノであった……
 
シャマル「リリカルBASARA StrikerS 第二十章 出陣します」


「ちょっくらアンタ………俺と一緒に来てもらうぜ?」

 

そう言い放つと同時に、それまで気さくな笑みを浮かべていた青年が、笑顔で隠していた殺気を鋭い視線に込めて、ユーノを射抜くように睨みつけてくる。

すると、静けさを取り戻しつつあった森の空気が再び張り詰めていき、一迅の冷たい風が対峙する1人と2人の間を吹き抜ける。

 

「ちょ、ちょっと待って!?…『一緒に来て』ってどういう―――」

 

突然の展開に目を白黒させながらもなのはが、一先ず青年を宥めるようにそう言いかけるが、その言葉が終わる前に、青年は既に地面を蹴り、こちらに向かって飛び出していた。

 

「ユーノ君!?」

 

咄嗟になのはがユーノの前に躍り出て、庇おうとする。

だが、それに気づいた青年が軌道を逸らす前に、ユーノに向かって突き出されていた鋭い回し蹴りが、間に入ってきたなのはの顔へ目掛けて振り下ろされる。

しかし、流石は“エース・オブ・エース”と謳われるだけあって、すかさず身体を後ろに仰け反る事でどうにか蹴りが直撃する事は避ける事ができた。

しかし―――

 

「…ッ!? レイジングハートがッ!!?」

 

青年の回し蹴りがなのはの胸元を掠った衝撃で、首からぶら下げていたペンダント型に待機させていたレイジングハートの結び紐が切れ、そのまま蹴りの衝動で起こった風圧に晒されて、遠く離れた場所に飛んでいってしまった。

 

すると、青年はバックステップで一旦後ろに飛び退くと、困った様な笑顔でなのはに話しかけた。

 

「ちょいと、お姉さん。そいつは困るねぇ。 俺は行長先輩と違って、女子供を平然と蹴るような下衆な趣味はないんだよ。 できれば、関係ないアンタには傷はつけたくはないんだけど……」

 

そう言いながらも青年は双刀を右越しに構え直す。

 

「それでも邪魔するっていうのなら……例え、お姉さんが女でも容赦しないけど?」

 

「――――ッ!?」

 

青年は再び表情を一変させ、冷酷さを感じさせるような低い声でなのはを威嚇してくる。

その殺気を直に受けたなのはは、思わず背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。

いつもなら、すぐにバリアジャケットを装着して応戦できるのに、今はその肝心のレイジングハートを落としてしまった。

これでは、変身どころか、簡単な補助魔法さえも使う事ができない。

もしここで、青年に斬りかかられたら、文字通りひとたまりもない状況だった…

 

「ま、待ってください! 貴方の目的はこの僕なんですよね!? でしたら、大人しく投降しますから、どうか、彼女には手を出さないであげてください!!」

 

「ユーノ君!?」

 

そんななのはの状況を察したユーノがどうにか、彼女を庇うように前に出た。

なのはは、慌てて止めようとするが、ユーノは頭を振って制した。

 

「へぇ~、お兄さんなかなか気骨あるじゃない。よっ! 色男!」

 

青年はまたも、軽い笑顔を浮かべると、少し皮肉を込めた称賛を述べた。

まるで、転がる賽の目のように人懐っこい笑顔と冷酷な刺客としての顔を瞬時に切り替えていた。

 

「それじゃあ、大人しく俺と一緒に来てもらおうかな? スクライアさん…」

 

そう言いながら、青年がユーノへと近づいてくる。

近づいてくる青年を前に、なのはは必死に頭の中で思考を巡らせた。

レイジングハートを落としてしまった今の自分に戦う術はない…しかし、このままここで黙ってユーノが拐かされるのを黙って見ているわけにもいかない…どうすれば……どうすれば……

 

そして、青年の手がユーノの肩に向かって差し伸ばされたその時―――

 

パァンッ!

 

「「―――ッ!?」」

 

なのはは、無意識の内に身体を動かし、ユーノの肩に乗せようとした青年の手を打ち払った。

 

「な…なのはっ!?」

 

「……やっぱりダメ…ユーノ君をこのまま黙って連れ攫わせるわけにはいかないよ……!?」

 

なのはは微かに武者震いしながらも、確固たる信念を視線に込め、青年を睨みつけながら、ユーノを庇った。

その姿に青年は、始めは唖然としながら見つめていたが、やがて小さく溜息を漏らす。

 

「そうかい? まぁ、俺は一応、警告はしたから…それでも俺の邪魔をしようと選んだのはアンタなんだし……だったら…」

 

青年は冷酷な表情に切り替えながら、なのはに歩み寄ってくる。

一歩、一歩と近づいてくる青年から放たれる殺気に、なのはは思わず息を呑んだ。

 

「ま、待ってくださ―――」

 

「邪魔だ! どきな!!」

 

「うわっ!!?」

 

「ユーノ君!?」

 

ユーノは再度なのはを庇おうとするが、青年は本来の標的であった筈のユーノの頭に容赦なく回し蹴りをかました。

地面に倒れた衝撃で、彼の懐から何か小さな円形のものが落ちたが、青年はそれに目もくれず、尚もなのはに近づいてきた。

青年が一歩近づくたびに、なのはも無意識の内に一歩後退いていた。

そして、気がつくと近くにあった大きな木の下に追い詰められ、もう一歩も下がれない状況に立たされた。

すると、青年は双刀を交差させるように突き出すと、なのはの細い首を二振りの刀で挟むようにして、その刃を突きつけた。

 

「アンタ……死ぬ覚悟はあるんだよな?」

 

目の前でその射抜くような視線と、殺気の籠もった重い言葉を投げかけられ、なのははゾクリと大きな身震いをすると同時に金縛りにあったかのように体が動かなくなった。そして背筋が凍りつくように冷たく、それでいて汗が吹き出て止まらない奇妙な感覚に駆られた。

 

(そうか……これが…“死”の……恐怖……?)

 

その動揺とも驚愕ともとれない感覚に震えるなのはに対し、左近は無情にも彼女の首を捉えた二振りの小太刀を握る手に力を込め―――

 

「Yaaaahaaaaa!!!」 

 

「「ッ!!?」」

 

突然、森の中に奇妙な掛け声が響き渡ったかと思いきや、青年、なのはの真上に一人に蒼い影が飛びかかってくるのが見えた。

 

「おっと!!」

 

「キャッ!?」

 

降りかかりながら、蒼い影が腰に下げた6本の刀の鞘から一刀を抜き放ち、なのはの首に押し付けられていた双刀に向かって振り下ろしてくるのを見て、青年は咄嗟に双刀を、なのはの首から離すと、そのまま後ろに飛び退いて下がった。

 

「……ヘッ! やっぱり、アンタのお出ましかい? 奥州の独眼竜…」

 

「政宗さんっ!?」

 

「I made it! 嫌な予感がしてこっそり追いかけてみれば、やっぱりか……」

 

蒼い影の正体…政宗は一刀を構えたまま、目の前に立つ青年を睨みつけながら、唸るように言い放った。

 

「テメェも、この世界に来ていたとはな……bad boy……」

 

「それはお互い様…でしょうがよ?」

 

どうやら政宗と青年は、既に顔見知りであるのか、それぞれ軽口と殺気を同時に放ちながら、それぞれ一刀と双刀を構える。

 

「……なんの目的で現れたか知らねぇが…“肥後の蟒蛇”に“鬼島津”のお次は“左腕に近し者”とは…今日はとんでもねぇBig surprise guestのOn paradeだな!!」

 

政宗はその言葉と共に刀を振りかぶる。

対する青年もまた、突っ込んでくる政宗に対して双刀を構え、それを手の上で高速回転させながら突進する。

 

ガキィィン!!

 

金属音と火花を散らしながら、政宗と青年が一刀と双刀を鍔迫り合わせる。

 

「へっへ~んッ! 行長先輩や鬼島津を差し置いて、その“さぷらいず”とかいうやつの、大トリに選ばれるたぁ、俺も格が上がったってもんかねぇ?!」

 

「Ha! 石田の子飼いの分際で、随分と言うようになったじゃねぇか! 島左近!!」

 

「…島…左近……?」

 

政宗の口から出てきた『島左近』という名前と『石田の子飼い』という言葉を聞き、なのはは未だに状況が詳しく掴めずにいながらも、あの青年…左近という男が、自分達が追う敵…石田三成の手の者であるという事は理解する事ができた。

 

「それにしても…今更、ノコノコ現れてなにをしようってんだ? テメェらのけしかけたGadget Drone共は全滅したし、“蟒蛇”も“鬼島津”もとっくに引き上げたそうだぞ?」

 

「そっ! だから、末席の俺が後始末として残ってる仕事を片付けに来たってわけよ? そこにいるユーノとかいう野郎を連れ去らってくるように…ってね?」

 

「Ah? コイツを?」

 

政宗は傍らに倒れて気を失っているユーノを一瞥しながら呟いた。

 

「そうそう。だから俺は行長先輩や鬼島津とは違って、何もアンタらと事構えに来たつもりはないんだよ。 だから…ここで大人しく退いてくれるっていうなら、そこの“なのは”とかいう姉ちゃんと一緒に今日のところは見逃してやってもいいけど?」

 

左近の提案に、政宗は鼻で笑いながら一蹴した。

 

「I’m afraid! 悪いがそうもいかねぇな! このメガネは、なのはの幼馴染だっていうし、それに…俺もコイツにはさっき、ひとつ“借り”を作ったからな! ここでその“借り”を返させてもらおうじゃねぇか!!」

 

政宗は一刀で左近の双刀を押し戻すと、すかさず素早い振りかぶりからの一閃を左近の首に目掛けて振り下ろした。

左近はそれを鮮やかなバク転で避けながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

「へぇ~…“借り”が云々なんて、アンタらしくもないねぇ。てっきり、脇目も振らず自分の道を突っ走ってく自己中野郎とばかり思ってたけどさぁ…」

 

左近の皮肉に対し、政宗は意に介する事なく挑発で応じた。

 

「Ha! 俺を魔王のオッサンや、石田みたいなしみったれた“狂犬”と一緒にしてんじゃねぇよ!」

 

「ッ!? …しみったれた狂犬…?」

 

政宗の返した挑発に、左近の眉間がピクリと反応する。

尊敬する主君を露骨に侮辱された事が、彼の琴線に触れたのだった。

そして、忽ちその顔が憤怒に歪んだ。

 

「チィッ!…家康といい、アンタといい…東軍の連中ってのは……どうしてこうもいけすかねぇ奴らばっかなんだろうな!!」

 

左近は叫びながら踏み込んできた。

怒りと殺気を込めた双刀の素早い太刀さばきと、しなやかな蹴りが交互に政宗へと降りかかる。

政宗はそれを一刀でしのぎながら応じる。

火花が散り、まるで鍛冶場の中にいるかのような甲高い金属音が森の中に反響した。

 

「“ゾロ目”!!」

 

「…ッ!!?」

 

不意に左近が双刀で大きな円を描くように振りかぶり始め、巨大な円形の斬撃波が左近の前に盾のように出来上がるのを見て、政宗は危機感を覚えた。

 

「あぁがりっと!!」

 

「shit!!」

 

政宗が飛び下がった直後、左近は回していた双刀の片割れを不意に下から突き上げるようにして振り上げ、巨大な斬撃波を起こして、直前まで政宗のいた場所の地表を大きく抉り取った。

 

政宗は少し挑発が過ぎたかと、内心自分の軽率さを悔やみながら、一刀を構え直した。

まだ若輩とはいえ、流石は西軍総大将直属の懐刀を担っているだけあってか、その実力は五刑衆の行長や、鬼島津までには及ばなくとも、本物である事を再認識させられた。

 

隻眼を細め、腰を低く構えて、意識を集中させる政宗。

対する左近も、軽やかなステップを踏みながらも、意識を集中させるように双刀を振り上げた。

 

「遊びは終わりだ!」

 

左近は目を見開くと、舞踏のような斬撃と蹴り技を織り交ぜた鋭くも華麗な動きを再開した。

両手に持った小太刀を上下左右と斬り乱しながら政宗を追い込むと、さらに追い打ちと言わんばかりに片足立ちで蹴りを繰り出す。

 

「アンタの負け!」

 

それから跳躍して、突き刺さるような飛び蹴りを繰り出してきた。

政宗は咄嗟に身体を横に避け、急場を凌ぎつつ、すれ違った左近の首目掛けて、一刀を大きく薙ぎ払う。左近はすかさず両手を首の後ろへと回し、双刀で降りかかる刃を食い止めた。

 

「へぇ。 今のは、行けると思ったんだけど…流石に、簡単に首は取らせて貰えないか?」

 

「How dare you! そんな大口は、この六爪(りゅうのかたな)を全て抜かせてから吐きな! Rookie!」

 

政宗はそう言い捨てながら、さらに追い打ちをかけんと飛びかかっていく。

 

「へぇ…それじゃあ、抜いてみせろよ? その『竜の刀』って奴を全部さぁ!!」

 

左近の声と共に左右から鋭い一閃が降り掛かってくる。

それを政宗は一刀のみで受け止め、火花を散らしながら、弾いていく。

そこへ左近の蹴りが、政宗の腹へと吸い込まれるように炸裂した。

 

「ぐふっ!?…」

 

一瞬息が詰まりかかり、身体が強ばる政宗だったが、気合ですぐに身体の自由を取り戻すと、追い打ちをかけようと再び片足を蹴り上げていた左近の、地に着いている方の足の脛を刀の峰で打ち付けた。

 

「痛っつ!?…」

 

脛を打たれた事で姿勢が崩れ、左近がよろめいた瞬間を狙い、政宗は踏み込みながら、鋭く、鮮麗された突きを繰り出した。

左近はこれを、双刀を交えるように構える事で食い止める。

鋒が左近の目の数センチ手前まで迫っていたところで政宗の一刀は食い止められた。

 

「…Ha!…相変わらず、なかなか食いついてきやがるな…凶王の懐刀……」

 

「テメェもな。 奥州筆頭……だが、そろそろケリをつけねぇと余計な邪魔が来そうだしな」

 

政宗と左近はお互いに後ろに飛び退くと、それぞれに腰を低く下げて、半身の構えをとった。

特に政宗の方は、六爪の全ての刀に指をかけようとしていた。

張り詰めていた場の空気にビリビリと刺激のような気が走る。

 

「うぅっ……」

 

なのはは、最初に左近に追い詰められた木のところから、動くことができず、カタカタと身体を震わせながら立ち尽くしていた。

政宗と左近の繰り広げる剣戟に圧倒されていたのだ。

 

ひゅうっと音を立てながら、風が吹き付ける。砂が巻き上がり、政宗と左近の顔に当たる。

本来なら目も開けられぬところを、2人は微動だに動じぬばかりか、瞬きすらしなかった。

瞬きをすれば、それは相手に一撃を与える大きな隙を作る…即ち、自分の“敗北”を意味していたからだ。

 

「政宗様! どこですか?!」

 

「なのは! ユーノ! 今そっちで大きな音がしたけど、何かあったの!?」

 

不意に森の入口の方から、政宗達を探す小十郎やフェイトの声、そしてこちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。

それを聞いた左近は、小さく舌を打つと、構えていた双刀を下ろした。

 

「…どうやら、この勝負……俺の“ツキ”が回らなかったみてぇだな…だけど俺の本来の目的はコイツ…悪いが頂いて―――」

 

気絶していたユーノの許へと歩を進めようとした左近は、ふと爪先に何かが当たる感覚を覚えた。

見下ろして見ると、それは真ん中に翡翠色の水晶の埋め込まれた円形のレリーフのようなものだった。

 

「なんだ…?これ?」

 

拾い上げながら訝しげる左近。

そこへ、ホログラムモニターが投影され、一人の女性が映された。

スカリエッティの秘書を務めるナンバーズのNo.1“ウーノ”であった。

 

《ミスター・左近。そちらをお持ち帰り下さい。それはスクライア氏が管理している無限書庫におけるロストロギアに関わる管理情報データへアクセスする為のホログラム端末の専用デバイスです》

 

「んあ? って事はコイツのことは、もういいのか?」

 

《えぇ。ドクターや皎月院様が本当に欲していたのはそれです。ですから、それさえ手に入れる事ができれば、必ずしもスクライア氏の身柄を確保する必要はありません》

 

ウーノの言葉を聞き、左近は疲れたように肩をすくめた。

 

「…へっ! 散々使いっぱしらされた挙げ句、結局こんなもん一つで十分だったのかよ? なんか骨折り損した気分…。わぁったよ! その代わり、刑部さんにはちゃんと褒美の金一封貰えるようにアンタからも頼んどいてくれよ?」

 

《わかりました》

 

ウーノの言葉を聞いた左近は、ホログラム通信を切ると、手に入れたレリーフ型の専用デバイスを懐に収めながら、未だ気を失ったままのユーノを見下ろしながら呟く様に言い放つ。

 

「そういうわけだってさ。“ツキ”に恵まれてるな、アンタも…」

 

それから左近は政宗となのはの方に顔を向けると、再びあっけらかんとした軽い調子に戻って話し始めた。

 

「どうやら、もうこのユーノって兄さんも必要ねぇみたいだし…あとはアンタ達に任せるよ。それじゃあな独眼竜」

 

そう言うと、政宗が制止する間もなく、ひらりと踵を返し、持っていた双刀の片割れを地面に突き立てると、一迅の大きな竜巻を起こして、その中に隠れる。

 

「shit!」

 

政宗が竜巻に向かって斬りかかったが、振り下ろされた斬撃は虚しく空を斬り、竜巻が晴れた時…そこに左近の姿はなかった…

 

「……はっ! そうだ、ユーノ君! ユーノ君、大丈夫!」

 

今まで唖然としているばかりだったなのはが、我に返りすぐにユーノに駆け寄ると身体を起こしながら揺さぶった。

 

「う……うん……なの……は……?」

 

ユーノは朧げながらも、目を開き、辺りを見渡していた。

どうやら、重い怪我は負っていない様子だった。

政宗は一刀を鞘に収めながら、空を見上げ、睨みつけていた。

 

「政宗さん…あの人は一体――」

 

「……あぁ。色々とquestionがあるのはわかってる。だが―――」

 

政宗はなのはとユーノへ、そしてこちらへ向かって来ているフェイト、小十郎達へ視線を移した。

 

「まずは全員揃ってから話す方が良さそうだ。You see?」

 

 

他の皆と合流したなのはと政宗は一先ず、気絶したユーノを介抱する為に一度ホテルへと戻る事にした。

事情聞いたホテル側は早速介抱の為に、空いている客室をひとつ手配してくれた。

そこにユーノを運び込んで寝かせ、シャマルの応急処置が施される事となった。

部屋の中には、なのは、政宗、フェイト、幸村、シグナム、小十郎、リイン、そして家康と、ヴィータの見舞いに向かったはやてを除く隊長陣勢達が揃っていた。ちなみにフォワードメンバーは一先ず、屋上で休ませている佐助とザフィーラの許で待機させていた。

 

「うん。頭を蹴られた衝撃で脳震盪を起こしたみたいだけど、出血や骨折もしていないし、もう大丈夫そうね」

 

「す、すみません…ありがとうございます。シャマルさ―――痛っ!?」

 

シャマルが診断結果を下すと、額に包帯を巻いかれたユーノが、怪我の痛みに顔を顰めながらも、頭を下げる。

そんな彼の様子を見たなのはとフェイトは一先ず胸を撫で下ろした。

 

「でも、よかった。ユーノが無事で…」

 

「うん。これも政宗さんのおかげだよ」

 

フェイトとなのはが、安堵の笑みを浮かべながら話すと、ユーノもベッドの傍らの壁に凭れかかっていた政宗の方を向いて改めて、礼を言った。

 

「本当にありがとうございます。政宗さん、おかげで助かりました」

 

「Never mind…お前にはMeteor stoneの“貸し”があったからな。それを返しただけさ」

 

政宗は何でもないと言わんばかりに手を振りながら言った。

 

「…それにしても…まさか、島殿までもが現れようとは…その上、何故にユーノ殿を狙ったのでござろうか?」

 

「確かにな…ユーノ。その“島左近”という男が奪っていったという、お前の持っていたデバイスは一体どのようなものなんだ?」

 

幸村の言葉にシグナムが続き、そのままユーノに問いかけた。

 

「う、うん。なのはや皆の使っているデバイスと違って、僕の持っていたあれは『無限書庫』に収蔵しているロストロギア関連のデータベースにアクセスして保管場所や封印状況を把握する為の管理コンピュータにアクセスする為の専用端末だったんだ」

 

「…っていう事は、かなり大事なものだったんじゃ…?」

 

フェイトが心配そうに尋ねた。

 

「勿論、盗難や紛失を防止する為のロック機能やパスコード機能、認証機能は3重にかけてあるから、簡単に開く事はできない筈だけど…それでも、敵方にあのスカリエッティがいるとしたら…簡単に開けられてしまうだろうね」

 

「そんな…」

 

不安げな面持ちを浮かべるフェイトを宥めるようにユーノは補足を加えた。

 

「大丈夫だよ。すぐに書庫の方には連絡を入れたから、不正アクセスされないように、対策は打ってる筈だし」

 

「それならいいけど…」

 

「でも、どうしてその石田三成の側近の左近って人が、ロストロギアの情報を狙ったりしたんですぅ? やっぱり、スカリエッティの差し金でしょうか?」

 

リインはそう憶測するが、それを聞いていた家康が頭を振って否定した。

 

「いや、三成は元より、刑部や、皎月院の性格から考えて、彼らが黙って、そのスカリエッティという男の野望に使われるだけなんてありえない。その上、五刑衆や島津殿、官兵衛といった有力な将達までも動員してまで、これだけの事を起こしてきているんだ…きっと、彼らも何か意図を持っての行動に違いない…」

 

「…つまり、西軍(石田達)は『天下分け目の戦』の再戦以外に、スカリエッティって野郎と組んで、何かこの世界で大きな事を起こそうと目論んでいる……というのか?」

 

小十郎が尋ねると家康は静かに頷いた。

 

「あぁ……それもワシらの想像もつかないような…大きな事をな……」

 

家康の確信づいたような言葉に、部屋の中の空気が一気に重くなっていく様な感覚を覚えた。

皆、一様にやりきれない表情を浮かべていた。

 

「なのは殿、六課の皆…成り行きとはいえ、ワシらがこの世界に飛ばされた事で各々方を厄介な事に巻き込んでしまって…本当に申し訳ない」

 

「家康君!? なにも家康君が謝る事なんてないよ!」

 

「そうだよ。それに仮に家康君達がこの世界に飛ばされてこなくても、どの道、私達はスカリエッティと戦う事になっていたんだから、厄介だなんて思ってなんかいないよ!」

 

不意に、頭を下げて詫びを入れる家康を、慌ててフォローするなのはとフェイト。

すると、話を聞いていた政宗がふと口を開いた。

 

「……いずれにしても、ここからは今までよりもさらにド派手なPartyになりそうだぜ…!!」

 

政宗の言葉が、なのは達の胸に重く伸し掛かってくるような思いだった。

これまでは、家康達を元の世界に戻す為の方法を探しつつ、機動六課の本来の役目である『レリック』とスカリエッティの捜査という方向で進めてきた。

だが、今日の任務で明確にスカリエッティと、凶王・石田三成率いる西軍もとい“豊臣派”の多くの武将達が、手を組んで何かを起こそうとしている事が明確になった以上、そうも言っていられない。

それは、機動六課の敵がスカリエッティだけでなく、豊臣派の武将達も含まれる事を意味しているからだ。

しかも、その豊臣の猛将達は、小西行長、島津義弘、島左近と、いずれもなのは達がこれまで戦ってきた敵とは比べ物にもならない手練、猛者揃いだ。

恐らく、今まで通りの戦術や強さのままでは、今日のヴィータのような事になりかねない…早急な戦力の強化が必要だった。

 

「そうだね…その為にも、私達やフォワードの皆の事も、強化していって…」

 

「六課以外にも、もっと多くの人の協力を得ないと…難しいかもしれないけど…」

 

なのはとフェイトは決意を示すように言った。

すると、ユーノも身体を起こしながら続く。

 

「僕も協力させてもらうよ。 こうして直接狙われた以上は、もう無関係とは言えなくなったし、それに政宗さんにも大きな貸しができちゃったから…」

 

「ありがとう。ユーノ君」

 

「おいおい、本当に義理堅い野郎だな。お前も」

 

照れ笑いを隠すためか、わざとらしく呆れているような表情を作りながら、「フッ」と笑い飛ばす政宗だった。

 

 

しばらくして、医療センターに搬送されたヴィータの様子を見舞いに行っていたはやてとヴェロッサがホテルに戻ってきた。

なのは達はロビーで2人と落ち合うと、ユーノ誘拐未遂事件の一部始終を説明した。

話を聞いたはやても、なのは達と同じく、今後の六課の方針転換について賛同してくれた事は言うまでもない。

 

「……それじゃあ、早速今夜辺りに、今後の六課の行動指針やフォワードの皆への訓練メニューについて改めて、意見交換しながら、再考していく事にしようか」

 

「「「了解!」」」

 

「ですぅ!」

 

はやてが、そう言って隊長・副隊長達に指示を送り、ホテル・アグスタでの任務は完了となった。

最終ミーティングを終えたなのは達は、早速撤収の準備にかかりに向かう。

なのは達の背中を見送りながら、はやては隣にいたヴェロッサに、申し訳無さそうに話しかけた。

 

「なんか、ごめんな。久しぶりに会ったっていうのに色々とゴタゴタに巻き込んでしもうて…」

 

「いや。こっちこそ、スクライア司書長の護衛についた筈なのに、迂闊だったよ。まさか司書長を誘拐しようとする動きがあったなんて…これは帰ったら、色々と報告書を書かされる事になるね」

 

ユーノの怪我は一先ず回復したものの、念の為に日帰りだった予定を変更し、今夜一晩はホテルに宿泊して養生する事となった。

ユーノはもう大丈夫と遠慮していたものの、念の為にとヴェロッサの手配で地上本部の武装隊から護衛として何人かがしばらく派遣され、周辺警護に着くとの事だそうだ。

 

「本当は私達もユーノ君に付き添って、事情聴取とか色々せなあかんところやけど、早速今後の隊の方針について色々準備せなあかん事があるし、ヴィータも明日には、クラナガンの医療センターに移送されるいうてたからその手続きとかもあるし…申し訳ないけど、ここはロッサに任せてもえぇかな?」

 

「勿論だよ。元より、それが僕の任務だしね…また、後日報告させてもらうよ」

 

「ほな。その時にはいつもみたいにケーキでも用意しといてや?」

 

子供の様な無邪気な笑顔で話すはやてに対し、ヴェロッサはニッコリと微笑みながら頷いた。

 

「わかったよ。本当だったら、また昔みたいに姉さんも交えて3人でゆっくりとお茶会でもしながら話し合いたいところだけどね…」

 

「ほんまやねぇ…カリムがザビー教にさえ惚れ込んだりせぇへんかったら、すぐにでも暇見つけて聖王教会に行こう思うのに…」

 

はやてがそんな事を言いながら溜息をついたその時だった…

 

「ダメだと言ったら、ダメです!!!」

 

「オーマイザビー!! どうしてわからないのかしら!? この罰当たり!!」

 

不意にロビーに響き渡る言い争う怒声に、はやてとヴェロッサがビクリと身体を震わせた。

しかも、その片方の声は2人とって聞き覚えのある声であった。

 

「「こ…この声は……まさか…!?」」

 

はやてとヴェロッサが言い争いの聞こえた方を恐る恐る振り返ると、それはロビーのフロントの方からだった。

フロントの辺りにはホテルの従業員や客が人だかりを作っていた。

その人だかりの向こうには、どうやって持ちこんだのか…宣伝カー代わりのザビー顔の小型戦車に乗り、ザビーの顔とどこかの右○団体を思わせる宣伝文句の書かれたでかい旗を掲げて大々的な宣伝をする大友宗麟と、彼の隣で、どこぞの年末になると現れる演歌歌手のような金ピカの派手な衣装を身にまとったカリム・グラシアが、すっかりザビー教化した聖王教会の教会騎士を伴いながら、憤然とした様子で数人のホテルの重役と思しき紳士淑女に詰め寄っていた。

 

「ね、姉さんーーーーーーーーーーーーーー!!?」

 

「か、カリム!!? それに大友宗麟!!? なにしてんねん、こんなところで!?」

 

はやて、ヴェロッサは予想外としかいいようのない、カリム&宗麟率いる邪教化した聖王教会の面々の登場に唖然とする。

一方、そんな彼らの存在に気づいていない宗麟は、ふてぶてしい態度でホテルの重役達を詰っていた。

 

「貴方方。どうしてもカリームの要請に応じないと?」

 

「ですから、何度も仰っているように…いきなりホテルを買収するだなんて突拍子もない話を持ちかけられてもすぐに返答なんて、できるわけがないでしょう!!」

 

毅然とした態度で断るホテルのオーナーと思しき高齢の男性にカリムが腰に手を当てながら、声を荒げた。

 

「だから何度も言ってるでしょう! このホテルを私達『ザビー教団』が買取って、ザビー教徒専用保養所 『踊る!ザビー御殿!!』に改装すると!」

 

「ここを皮切りに、ミッドチルダの各地にザビー教徒の為の“割高”ホテル『ザビホテル』グループを全国展開していこうというのです! 素晴らしいでしょう?」

 

そう言って宗麟が掲げたプラカードには『花の飾りの帽子を被った正装のザビーの顔』がデンとアップで載った“ザビホテル”のロゴマークが描かれていた。

 

「素晴らしくねぇよ! こんな気色悪いオッサンが広告塔のホテルなんて、誰が利用するか!!」

 

とうとう敬語を使うのも止めたオーナーが、宗麟の書かれたプラカードを小突きながら、完全否定した。

 

「んまぁ! 失礼千万な! 『ザビホテル』は愛を持った人なら誰だって大歓迎する方針ですのよ! 特にロイヤルルーム以上のご利用の方には1泊につき1ポイント贈呈のポイントカードもあるから『ザビ不倫』だってし放題なのに!」

 

「いや意味わかんねぇよ! 何!?『ザビ不倫』って!?」

 

ツッコむオーナーに宗麟が割り込んでくる。

 

「『ザビホテル』は不倫カップルの隠れ愛の巣としても最高~! クローゼットや4WDの車内や多機能トイレよりも快適な愛の環境をお届けしますよ~!」

 

「比較する基準がわかんねぇし! なんで、クローゼットや4WDや多機能トイレなんだよ!?」

 

段々とオーナーとの掛け合いが漫才のような体になってくる。

 

「と・に・か・く!! これは私と宗麟君が立ち上げた『ミッドチルダ・大ザビーランド化計画』の第一歩なのです!! その為にもまずはこの『ザビホテル』プロジェクトを成功させないと!」

 

「っというわけです! 今すぐこのホテルをザビー教に売りなさい!」

 

「なんでそうなるんだよ!? いいから帰れ!この新手の地上げ屋共ぉぉぉ!!」

 

「売りなさい!」「帰れ!」と再び押し問答になる宗麟&カリムとホテル関係者のやり取りに、ロビー中にいた客から冷ややかな視線が注目されるのを見て、はやてもヴェロッサも恥ずかしくて顔が真っ赤に染まってしまった。

 

「……ロッサ……」

 

「う、うん……今は他人のフリをしよう……」

 

「せ、せやね……」

 

気づかれない内にこそこそと、その場から離れようとするはやてとヴェロッサだった…だが―――

 

「ん? あら! そこにいるのは、私の最愛の妹分のはやてと、弟のロッサじゃない!?」

 

「「ギクッ!!?」」

 

押し問答をしていたカリムが逃げようとしていた2人の背中を見つけると、ロビー中に響かんばかりの大声で呼びかけてきた。同時にロビーにいたホテルスタッフや客からの冷ややかな視線がはやてとヴェロッサに集中する。

 

((っていうか50メートルは離れていた筈なのに、どんな超視力ーーーッ!?))

 

2人が心の中でツッコむのを尻目にカリムが、嬉々とロビーを横断してこちらに向かって近づいてきた。

勿論、その疑似小◯◯子的なキンキラギンの派手な紅白風衣装は周囲にいた人間から凄まじい注目を集めていた。勿論、“違う意味で”である。

 

「丁度良かったわ~~~! 貴方達も協力して頂戴! このホテルの『ザビホテル』化プロジェクトに! 協力してくれたら、貴方達の入信料を1%割引してあげるわよ~~~~~!!」

 

本能的に危機感を覚えたはやてはヴェロッサの肩を叩くと、キリリと凛とした顔を作って、簡潔に言い放った。

 

「っというわけでアコース査察官様! 私達、『機動六課』はこれにて撤収しますので、後の事はよろしく!!」

 

「えぇっ!? ちょ、は、はやて!? いくらなんでも、それは―――」

 

「ほな、さいならぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

ヴェロッサが反論する間もなく、文字通りの電光石火の速さではやてはダッシュすると瞬く間にホテルのエントランスから外へと出ていってしまった…

 

(は、はやての薄情者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?)

 

まさかのここへ来て、かわいい妹分の裏切りに唖然としたまま立ち尽くすヴェロッサ。

だが、その襟首を後ろから鷲掴みにされる。

 

「あら? はやては、またお仕事? じゃあ、仕方ないわね。貴方だけでも私達の活動を手伝いなさいな。ロッサ…否“コイズミーヴェロベーロ”!」

笑顔を浮かべたまま述べるカリムの口から出た奇怪な名前にヴェロッサは青ざめながら叫ぶ。

 

「“コイズミーヴェロベーロ”って誰!? なんか知らない間に僕もザビー教に引き込んでない!? 姉さん!」

 

「知らないもなにも、貴方は偉大なるザビー教の教祖代行“ノスラダムスカリム”の弟なんだから当然でしょ! っというわけで、早速貴方からもここのオーナーさんへの説得をお願いね」

 

「い、いや待って、姉さん!! 僕は今、仕事中――――」

 

「レッツ・ゴー!ザビー!!」

 

「姉さあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

悲痛な叫び虚しく、周囲からの冷たい視線を浴びせられながら、ヴェロッサはすっかり変わり果ててしまった姉に襟首を引きずられていくのであった……

 

ちなみに…その後、結局ホテル・アグスタ買収交渉(という名の無茶振り)に失敗したザビー教団と大友宗麟、カリム・グラシアは言うまでもなく、アグスタからブラックリストに入れられ、無期限出入り禁止処分を下されてしまったという。

ついでに、何故かヴェロッサも…

 

 

ホテル・アグスタ付近―――

広く空けた場所に止められたヘリの周りで撤収準備にかかっていた六課の面々。

その中に交じって、なのはも自分の作業に当たっていた。

 

「……なのは殿……ちょっといいかな?」

 

そこへ家康が近づいて話しかけてきた。

 

「家康君? どうしたの?」

 

「実は……少し、気になる事があって……隊舎に戻ったら、少し話を聞かせてもらってほしいのだが…?」

 

「うん? 気になる事って?」

 

なのはが尋ねると、家康はスバル達が自分達の会話が聞こえない程に離れた場所で作業に当たっていてこちらに気づいていない事を確認してから、改めてなのはの方を向いた。

 

「気になる事というのは他でもない……ティアナの事だ」

 

家康の言葉を聞いたなのはは、一瞬ドキッとした様子を見せた。 

 

「今日の失敗や行長の一件もそうだが、ここしばらく、彼女の訓練の様子を見て思っていたんだ……強くなりたいなんていうのは、あれくらいの歳の者なら誰だって思う事だし、無茶も多少はする……だが、ティアナの場合、それが時々ちょっと度を越えてる気がしてならないんだ。彼女……六課に入隊する前に、何かあったのか?」

 

なのはは「やはり来たか」と言わんばかりに小さく肩を竦めた。

その態度からして、やはりなのははティアナの過去について何か仔細を知っているのだと家康は確信した。

 

「……うん。そうだね…家康君や政宗さん達にも話を聞いてもらっておいた方が良さそうだね。これからの為にも……」

 

一瞬躊躇う様子を見せかけるが、すぐに覚悟を決めた様に頷くと、真剣な眼差しで家康の方を向いた。

 

「家康君…今夜、夕食が終わったら、政宗さんや幸村さん、小十郎さん、佐助さん達と一緒に隊舎の休憩コーナーに来てくれないかな? そこで皆に話すよ。ティアナの事を………」

 

なのはは、そう言うと再び自分の作業に戻る。

その様子を見た家康は、これは相当深い事情がある事を予想するのだった。




ようやく、ティアナ編の前半戦といえる『ホテル・アグスタ攻防戦』が終わりました。
いやぁ、長かった…こうして再構成していると、オリジナル版が如何に薄っぺらかったか自分でも嫌というほどに痛感させられました。

ちなみに、ユーノ君はこのまま誘拐させる展開も考えたりしたんですが、そうしたら以降の話にギャグな場面を入れづらい雰囲気になってしまうし、StrikerS中盤の『あのイベント』の印象も薄くなってしまうかもしれないと懸念し、本編中の展開にしました。

次回からはティアナ編中盤戦の『あの模擬戦』へと至ります。オリジナル版ではなのはが魔王化しませんでしたが、リブート版では果たしてどうなるか…ご期待下さい。


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模擬戦騒乱篇(ティアナ成長篇・中編)
第二十一章 ~ティアナの真実 荒天の中の問答~


様々な強敵達との激闘の末、どうにかホテル・アグスタでの任務を完了した機動六課。
しかし、この戦いを通して、ティアナの仔細ある事情を察した家康は、なのはに真実を語る様に頼む。

果たして、なのはの口から語られるティアナの“過去”とは…?
一方、西軍方では早くも次なる策謀が動き出そうとしていた……

ザフィーラ「リリカルBASARA StrikerS 第二十一章 出陣する…」


機動六課隊舎―――

ホテル・アグスタから帰還した頃にはもう日も暮れかけていた。

家康達武将陣と、スバル達フォワードチームは、この日の訓練や職務は休みとなって、それぞれ自由時間を与えられることとなった。

シャマルとザフィーラは、明日、クラナガン市内の病院に転院する予定のヴィータの為に手続きなどの準備にかかり、はやては今日の任務結果の報告の為に、リインとシグナムを伴って本局に出かけていった。

 

スバル達はとりあえず、言われたとおり、お風呂にでも入って今日はゆっくり身体を休めようと考えたが…

 

「スバル。アタシ、これからちょっと一人で練習してくるから」

 

ティアナだけは、尚も訓練を行うと言い出し、皆とは反対の方向に向かって歩き出した。

 

「自主練? じゃあ、私も付き合うよ」

 

「あ、じゃあ僕も!」

 

「わたしも!」

 

スバルに続いて、エリオ、キャロも、ティアナを気遣うように声をかけながら、ついていこうとしたが、ティアナは3人を手で制した。

 

「なのはさんから『ゆっくりしてね』って言われたでしょ?…あんた達はゆっくりしてなさい」

 

ティアナは少し暗めな声質でエリオとキャロを窘める様に言った後、スバルの方に顔を向ける。

 

「それにスバルも…悪いけど、一人でやりたいから……」

 

「………うん」

 

ティアナの人を寄せ付けない様な雰囲気に押され、スバルはこれ以上何も言うことができず、その背中を黙って見送る事しかできなかった。

 

「…また。自主練か? ティアナは…」

 

「家康さん…」

 

いつの間にか背後に立っていた家康に驚きながらスバルは、準備の為に一度隊舎の方へと歩き去っていくティアナを悲しそうに一瞥した。

 

「……家康さん。私…どうすればいいんでしょうか?」

 

「…スバル?」

 

スバルが悲しげな目つきで家康を見上げながら言った。

 

「私……ティアの頑張りたい気持ちはよく分かるし、その為にできる限り協力して上げたいとは思っています……でも…今のティアを見ていると『本当にこのままにしておいていいのかな?』ってそうも思えて…」

 

「……板挟みという奴か?」

 

家康が尋ねると、スバルは静かに頷いた。

そんなスバルの様子を見て、家康は彼女が心から相棒を信じ、そして案じている事を改めて感じ取った。

 

「…無理もないさ。スバルはティアナとは訓練校時代からの相棒同士だったのだろう? 自分が信頼する者を信じたいと思う気持ちを持つ事は当然の事さ。だがな…」

 

家康は優しく諭す様に語りかけた。

 

「ただ信じるだけでは、ダメな時もある…相方が無茶をし過ぎている時や誤った道に走りそうになっている時に、諭してあげる事もまた“相棒”の大事な役目だ。それはワシらの世界の主従関係も同じ事…独眼竜にとっての片倉殿然り、真田にとっての猿飛然り、そして、ワシにとっての忠勝然り…」

 

「家康さん……」

 

家康の言葉を聞いて、スバルは家康と出会うまでの自分であれば、ここでずっとティアナに肩入れし続け、彼女を更に無茶に走らせるような事になっていたかもしれないと考えた。

家康と出会い、心技体の正しい強化のための術を学んだ事で、ティアナの抱える想いに理解・賛同しつつも、客観的な見識を交え、考える事ができるようになっていたのだった。

 

「勿論、一方的な諭しではダメだぞ。ちゃんとティアナの気持ちも汲んで、お互いの心を確かめ合った上で、どうすれば一番良い善策に辿り着けるか考えていかねば…それも立派な将になる為の大事な勉強だ」

 

「…はい!」

 

家康の言葉にスバルは少し元気づけられたのか、笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「うん。 それじゃあ、ワシらも中に入ろうか? ひとっ風呂浴びて、それから皆で夕餉といこう!」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

家康はスバル、エリオ、キャロを伴って隊舎へと歩き出した。

だが、そんな彼らの様子を少し離れた場所から佐助が眉を顰めながら見つめていた。

 

「相変わらず、言ってる事は間違ってはいないんだけどねぇ…徳川の旦那って……けど…」

 

佐助は家康とスバルの並んで歩く姿を見据えながら、苦い表情を浮かべていた。

 

ティアナ(アイツ)の心に宿った闇は…そんな簡単なもんじゃなさそうだよ……」

 

佐助は、海を挟んで広がる首都クラナガンの摩天楼の上に西から夕日を覆い隠すように迫ってくる分厚い雨雲に目を向けていた。稲光こそまだ見えないが微かに遠雷も聞こえてきた。

 

「……一嵐来そうだな……」

 

佐助は呟いた。

それはまるで、これから起こるであろう波乱を見据えているかの様な口ぶりであった…

 

 

 

 

スカリエッティのアジト スカリエッティの研究室―――

 

薄暗い部屋の真ん中に置かれた台座に置かれたレリーフ型のデバイスを中心に、石田三成、大谷吉継、島左近、皎月院、小西行長といった西軍の主たる面々とスカリエッティ、ナンバーズの1番 ウーノが取り囲んでいた。

ウーノが展開したオリジナルのホログラムコンピュータの鍵盤型コンソールを滑らかに打っていくと、デバイスの真上に投影されたホログラムモニターには膨大な数のロストロギアに関する情報が長いリストとなって映し出された。

そして、しばらく文章が流れていった末に、リストの中から、3つのロストロギアに関する画像と説明文が個別モニターにそれぞれアップされる。

3枚のホログラムモニターにはそれぞれ…

 

『水晶のような球体に覆われた球形の金塊の様なもの』

 

『黄金でできた古代文字のようなものの刻まれた本型の石版』

 

『本体後部に羽のような3枚の物体と、その羽に支えられているように巨大な紅い魔石が付いている黄金の杖』

 

の画像がアップされていた。

 

「……それか?」

 

大谷が尋ねると、スカリエッティが妖しい笑みを浮かべながら頷く。

 

「あぁ。やはり、無限書庫のデータベースにあったね。“クライスラの遺産”は…」

 

「……“クライスラの遺産”?」

 

両腕を組みながら、静観していた三成が怪訝な顔つきで尋ねた。

 

「古の時代…聖王家 ゼーゲブレヒト一族が収め、シュトゥラ王国、ガレア王国などの様々な魔法の庇護下にある諸国が存在していた次元世界 古代ベルカの他に、もうひとつこの次元世界には独自の魔法文明を持って栄えた世界が存在していたのさ…その名も“ドミナリア”…今の時空管理局が第1無人世界として厳重な管理下においている世界さ…」

 

スカリエッティはまるでお伽話を語るような饒舌で語り始めた…

ドミナリアには、古代ベルカをも凌ぐ程の魔法の技術が発達した国が存在していた。

だが、高度に発達し過ぎた故に人々は疑心や野心に苛まれ、その国では絶えず戦乱が尽きなかった。

その時、一人の名を馳せた魔導師の女性が立ちはだかった。

それが後にドミナリアをその絶大な魔力を持って統一する偉業をなした大魔導師 “ヴェロニカ・クライスラ”である。

 

ヴェロニカは、荒廃した世界に泰平をもたらし、全ての民を友愛と平等の精神を持ってして導いていくという大きな理想を形にする為に、様々な土地で自らの理想を語り賛同者を募った。

初めは誰もがヴェロニカの語る理想を小馬鹿にしていたが、彼女の熱意とその非凡なる才能に惹かれ、やがて一人、また一人と次第に彼女と共に立ち上がろうとする者達は増えていき、やがてヴェロニカの下には一大勢力が築き上げられていった。そしてヴェロニカ達は荒れに荒れる死地へと飛び込んでいき、幾度の死線を越えていった。

やがてヴェロニカは国に戦乱を齎していた悪しき勢力や他国の脅威を己の采配や、忠誠を尽くす家臣達の力で退けていき、やがて長く分裂していたドミナリアは一つにまとまった。

人々はヴェロニカの成果を讃え、再び一つとなったその国を『クライスラ帝国』と名付け、ヴェロニカはその最終執政=女帝にまで立ったのだった。

やがて、ヴェロニカは自ら編み出した独自の時空航行魔法を元に、次元の海を渡る術を発見する。

そして、その技術を元に、初めて時空を越えて渡った先が、古代ベルカだった。

こうして、初めて次元の海を越えて繋がった2つの魔法文明は、共に手を取り合い、2つの世界でそれぞれ培った魔法を融和させ、さらなる栄華を極めていこうと考えた…かと思われていた。

 

だが、初めはお互いの文化を上手く融和させようと考えていた2つの魔法文明は思想、価値観などの細かい部分で相違からボタンの掛け違いが生じ、それが年月を重ねる毎に、融和が不可能である事をそれぞれ思い知る事となった。

 

そして、ヴェロニカは次第に、2つの文明を融和させる事ではなく、全ての世を自分の理想の下で繁栄させるという考えに結びついていく事となり、同時にそれは、彼女の理想が野望へと変わった瞬間でもあった。

 

ヴェロニカはやがてベルカへの侵攻を目論むようになり、手始めにベルカの征服に乗り出していくが、その彼女の暴走は、彼女と交流を深めていた聖王家ゼーゲブレヒト家や、ベルカの民だけでなく、彼女を信じ、慕っていたクライスラの民さえも失望させる事となり、戦いの中でヴェロニカは仲間の魔導師達の裏切りに遭い、遂に捕らえられてしまう。

そしてクライスラはベルカに降伏し、彼女の命と引き換えに、戦争の終結を約束。ヴェロニカ自身が『戦乱をもたらした侵略者』として、処刑される事になってしまった。

 

自らが戦乱を収める為に造り上げた国で最後は戦乱を起こした末に裏切られた女帝は、ベルカに自らが造り上げたクライスラ帝国の魔術の知識や技術を提供して、それを引き換えに命乞いをするも、当時のゼーゲブレヒト家の当主は一度彼女の助命を聞き入り、クライスラ式の魔術の知識を習得しておきながら、土壇場でそれを覆し、ヴェロニカは処刑台に送られる事となる。

こうして魔導師達に二度の裏切りを受けた女帝ヴェロニカは、呆気なく処刑台の露と消えた。しかし、彼女がどんな形で処刑されたのかはその後どの記憶にも残る事はなくその最期は謎とさえている。

 

ひとつ、はっきりしているのは彼女亡き後のクライスラ帝国は再び戦乱が勃発し、飢餓や疫病の万栄などにより土地自体が病んでいき、それから数年も経たぬ内に国は崩壊した。

それはまるで女帝ヴェロニカの怨念に呪われたかの如く……

それから、ドミナリアは二度と人を寄せ付けぬ死の星と化し、そしてヴェロニカから奪い取ったクライスラ独自の魔法技術も古代ベルカの滅亡と共に失われ、やがて女帝ヴェロニカの名や幻のもう一つ魔法世界“ドミナリア”の存在は歴史の影に埋もれて消え失せ、今では殆ど資料としても残されていないという。

 

そんな中、3つだけ明確な遺物としてクライスラ帝国が実在した証が残されているという。

それがこの“クライスラの遺産”と呼ばれる3つのロストロギアだった。

 

アヴァロンの果実―――

 

エルドラドの古文碑―――

 

シャングリラの魔杖―――

 

これは女帝ヴェロニカがゼーゲブレヒト家に助命と引き換えに明け渡したという失われたクライスラ式魔法の術式を完成させる為に必要な魔装具で、古代ベルカ王国滅亡後はミッドチルダに流れた後に各所を転々としていたが、やがて時空管理局の発足と共に全て回収され、今ではドミナリアの史跡を示唆させる貴重な古代遺産にして、それぞれが強大な魔力を有するロストロギアとして厳重な管理下にあるとされていた。

しかし、クライスラ帝国自体が今の管理局にとっては半ば封印案件に等しいものとされている為、その所有先などの仔細はそれこそ無限書庫などの最重要施設のデータベースのブラックボックスファイルなどに収められ、一部の関係者のみが閲覧できる機密事項とされていた。

 

「その一人が、無限書庫司書長 ユーノ・スクライアとされていたけど…やはりそのとおりだったようだね」

 

「それで? その『クラなんとか』とかいうお宝がなんだっていうんだよ?」

 

長い説明を聞いてすっかり疲れ切ったのか、左近がうんざりした様子でボヤいた。

 

「慌てるな、左近。仔細は、じきに明かすが今はまだその時でない。それで…肝心のこの3つのロストロギアは今どこにあるのだ?」

 

大谷が左近を宥めるように言いながら、コンソールを操作していたウーノに尋ねる。

 

「どうやら、本局の保管庫では収蔵されてはいないようです。元々管理を担っていた担当の局員が“特別保護”の名目で一族の直接管理下に置いているとの事です」

 

「ほぉ…一体、誰かね? そんな事をしている局員とは…?」

 

スカリエッティは皮肉を含めた薄ら笑いを浮かべながら聞いた。

ウーノはその質問に答えられる様に、コンソールを打つ手をさらに早めながら、データの解析を進めていった。

ところが…

 

「……これは…ッ!?」

 

突然ホログラムモニター表示されていた全てのデータ画面に『ROCKD』という文字が表示されると同時に、警報音が鳴り響き、赤く点滅したかと思うと、そのまま強制的に全画面がシャットダウンしてしまった。

それを見たスカリエッティが肩を竦めながら溜息を漏らした。

 

「やはり…無限書庫側が不正アクセス対策を施してきたか…予想はできていたけど、随分手が早かったね」

 

「もうそれから情報は得られないという事かい?」

 

皎月院が聞いた。

 

「上手くセキュリティープログラムを解除させれば問題ないよ…ただ、流石に時空管理局本局のデータベースだ…解析・解除するには少なくとも1、2ヶ月はかかるかもね?」

 

「1、2ヶ月だと!? 貴様っ! それまで我々に指を加えて待っていろというか!?」

 

三成がその鋭い眼を更に尖らせながら、スカリエッティに向かって吠えた。

一刻も早く、“目的”を達したい三成にしてみれば、『1、2ヶ月』という月日さえも数年の年月にも感じられた。

 

「まぁ、落ち着け三成よ。逆に考えてみよ… それだけの時があるならば、必要なものを揃える機会が来るまで、我らはじっくりと我らの戦力を揃えつつ、徳川方の戦力を削ぐことに集中できるというもの…しばらくは良い暇を得たと思えばよかろう」

 

刑部が棘しい声質のまま、宥めるように諭した。

そこは長年三成の側近を仕えるだけあって、どうすれば三成の昂ぶった心を鎮められるか手慣れたものであると、左近はおろか行長でさえも感心するほどだった。

 

「でも刑部さん~。こんな事になるくらいなら、やっぱりあのユーノって野郎をとっ捕まえてくりゃ、よかったんじゃないですかぁ?」

 

左近が今回の任務の報酬として得た、切餅(一両小判25枚の和紙包み)1つを片手で弄びながら言った。

 

「そうですね。もしそのスクライアって青年が今ここにいれば、私の拷問で、その“クライスラの遺産”とやらの居所を洗いざらい吐かせて差し上げたのに…」

 

行長はそう言って、胸元から顔を出したペットのキングコブラを愛おしそうに愛でていた。

それを見た左近は、顔を青ざめながら、1メートル程後ろに退く。

 

「ぬしらの意見も尤もであるがな。左近、行長……どのみち、件の品が本局の保管庫にないというのであれば、あのユーノなる少年をここに連れて拷問にかけたところで無駄足だったであろう……無駄な手を用いて、この場所が敵に見つかる鬼一口になっては元も子もなかろう?」

 

「フフフ…流石は大谷殿。極力リスクや手間を避けるその秀逸なる手口…ウチのクアットロによく似た手法だ」

 

スカリエッティは、含み笑いを交えながら大谷を称賛した。

 

「合理は、術策を案ずるに必然な考えよ。スカリエッティ…それよりも、我らは次なる術策に移ろうと思うておる」

 

大谷の申し出を聞いて、左近がおどけるような仕草で身を乗り出した。

 

「えっ!? もう次の作戦っスか!? 刑部さんも姐さんも、こっちの世界来てから随分と張り切ってるッスねぇ~!」

 

皎月院が薄い笑みを浮かべ、反応した。

 

「なぁに。あの『機動六課』という連中の中に面白い“おもちゃ”になりそうな奴を見つけてね…次はひとつそれを試してやろうかと思うんだよ?」

 

「それって、今日俺が見た…?」

 

左近の脳裏に、ホテル・アグスタで目撃したなのはとティアナの会話の様子が思い返される。

すると、行長も同じ人物の姿が脳裏に浮かんだのか、面白可笑しげに笑い出した。

 

「あぁっ! あの機動六課の中にいたティアナとかいう“負け犬”の事ですか? それはいいですねぇ! 次はどんな風に心をへし折ってあげましょうか? それとも一思いに五体バラバラにして差し上げましょうか?」

 

(………ホント、頭ん中どうなってんだよ? …コイツ)

 

酷く冷酷な内容の言葉を、笑いながら涼しい顔で言える行長の残虐非道ぶりに、左近は内心ドン引きした。

 

「待ちな。刑部がそれより、もっと面白い筋書きを考えたんだよ」

 

皎月院は、まるでゲーム興じるような無邪気ささえも感じさせるように、唇の端を歪ませる。

すると、大谷も包帯で覆われた口許から不気味な引き笑いを上げた。

 

「その為には…まずは今宵の内に早速“下準備”を仕掛けるつもりだ」

 

「ほぉ…今度はどんな作戦を考えてるのかね…?」

 

スカリエッティの質問に、大谷は勿体ぶった様子で言いあぐねる。

 

「まぁ待て…楽しみは、事が本格的に動く時まで置いておく方が、より面白味が増すというもの…それまでは…我とうたに、万事任せて貰おう…ぬしもそれで良いか? 三成よ?」

 

「………好きにしろ」

 

三成は相変わらず険しい顔つきのまま頷いた。

それは、大谷が弄した策を実行に移す許可を下す時のお決まりの返答だった。

 

 

 

 

この夜、首都クラナガンは記録的な豪雨に見舞われた。

激しい雨が滝のように大都会に流れ落ち、激しい音と共に建物を打ち叩いていた。

 

そんな雨の打ち付ける音時々鳴り響く雷の音が外から聞こえてくる機動六課・隊舎では、職員達がそれぞれにつかの間の休息の一時を過ごす中、家康、政宗、幸村、小十郎、佐助の5人はなのはとフェイトの2人から呼び出しを受け、隊舎内にある比較的人気の少ない休憩所に集まっていた。

 

「ごめんね、皆。せっかくの自由時間なのに呼び出したりして…」

 

「あぁ…話ってのは大凡、家康から聞いたぜ。ティアナの事だろ?」

 

開口一番、政宗が率直に尋ねた。

なのはとフェイトは、頷くと一先ず5人を休憩所のソファーに座るように促した。

そして、自分達も壁際のソファーに座ると、早速話を始めた。

 

「家康君。5人の中では家康君が一番、フォワードの皆と色々とお話してきたと思うけど、ティアナから、お兄さんの“ティーダ・ランスター”さんのお話とかって聞かされたりした?」

 

「いや……今まで、特にティアナの家族の話には触れた事はなかったが…」

 

家康がそう答えると、政宗、幸村、小十郎、佐助も同意する。

そんな彼らの反応に「当然か…」となのはは小さく呟くと、話を続けた。

 

「ティアナが幼い頃に事故で両親を亡くして、それからはティーダさんがティアナを一生懸命育てていたの。でも、ティアナが10歳の時に任務中に……」

 

「まさか…戦死されたのでござるか…!?」

 

顔を顰めながら言い淀むなのはに、幸村が気遣いながら尋ねた。

なのはは無言で頷いた。

 

「当時の階級は一等空尉…所属は首都航空隊…享年21歳」

 

なのははティーダのプロフィールを話しながら、ホログラムモニターを投影してティーダの写真を出す。

 

「俺達はまだ管理局の詳しい階級や役職はよくわからねぇが…相当優秀な、才能ある将兵だったのだろうな…」

 

「所謂、eliteって奴だな…」

 

小十郎と政宗が感心する様に呟いた。

そこへフェイトが重い口調で語り始めた。

 

「そう…エリートだったから…なんだよね…」

 

「?……どういう事でござるか? フェイト殿」

 

幸村が尋ねた。

 

「ティーダ一等空尉が亡くなった時の任務…逃走中の違法魔導師に手傷は追わせたんだけど、取り逃がしちゃって…」

 

「まあ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど……」

 

フェイトとなのはが交互に説明していく。

一人だけで説明するには忍びない程に、辛い内容である事が察せられる。

 

「その件についてね、心無い上司がちょっと酷いコメントをして、一時期、問題になったの…」

 

「なんて言ったんだ?」

 

小十郎がフェイトを催促するように尋ねた。

 

「『犯人を追いつめながらも取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、例え死んでも取り押さえるべきだった』とか…『とんでもない役立たずで、無意味な部下だ』とか…」

 

そこでフェイトは口を閉ざしてしまう。

これ以上は口にしたくないと、その表情が物語っていた。

すると、それを見かねたなのはが、補足するように代わりに言った。

 

「もっと直球に…『大事な任務を失敗するような役立たずは………死んでくれて清々している』とか…ね」

 

「「「「「ッ!!!?」」」」」

 

その言葉を聞いたその場にいた全員が、そのあまりに非情極まる内容なコメントに顔を顰めた。

 

「な……なんという事を……かのティーダ殿の上司とは…人としての心がないのでござろうか……」

 

「I'm gonna vomit…!…舐めた口叩きやがるぜ! その上司ってのも……!!?」

 

「命を賭して奮闘した部下に、思いやりの欠片もないような発言…まるでこれは―――」

 

「あぁ…我がかつての主君…“織田信長”公と同じ、歪で冷酷な思想だ……」

 

幸村、政宗、小十郎と続き、家康が驚愕、嫌悪、そして失望の感情が混ざったような複雑な面持ちで呟いた。

かつて日ノ本を制し、武力こそがすべてと信じていた覇王 豊臣秀吉でさえも、自分の部下が自軍に対し何か大きな功績を上げた際には素直に感謝し、賞賛を与えていた。

だが、ティーダの上司は…時空管理局の人間は、命を掛けてまで任務を果たそうとした人間になんの賞賛も与えず、それどころか『役立たず』『無意味』などという罵詈雑言で簡単に切り捨ててしまった…

それぞれに道は違えども武士としての“義”を掲げる政宗達にとっては、その考えはとても理解できるものではなかった。

特に家康にとっては、まだ自分が幼い頃仕えていた去る主君の在りし日の様子を思い出してしまった。

 

織田信長―――

 

美濃・尾張を根城とする戦国大名『織田家』当主であったこの男は、『天下布武』を掲げ、恐怖と絶望による天下統一を成さんとし、己が道を妨げる者を容赦なく討滅していくその苛烈な所業から他国の武将達より『第六天魔王』と称されて、恐れられてきた。

その残忍極まりない治世に人々の平穏など微塵もない…民や自軍の雑兵は勿論、自らに忠誠を誓う家臣達ですらも一切の慈悲無く、一度敵と認識した者や、自らに少しでも歯向かった者は容赦なく斬り捨ててきた。まさに地獄の鬼や魍魎に勝る文字通り『魔王』と称するに相応しい外道暴虐の輩であった。

 

ティーダの上司なる局員のコメントは、そんな信長…ひいては織田軍の思想を見ているかのようで、家康達は、久しく忘れかけていた激しい不快感を覚えた。

 

だが、なのは達はまだ話足りない事があるのか、そわそわと落ち着かない様子を見せていた。

 

「…それだけじゃなくて…その後にこんな事まであったの……」

 

意を決した様子で話しだしたなのはは、ホログラムコンピュータを操作して、新たな画面を開いた。

それは、とある週刊誌の記事で、ティーダの顔写真に加え、10歳前後のティアナの姿が報道関係者から逃げ回っている様子が写った写真までもが載っていた。

さらに、その記事のタイトルはこう書かれていた。

 

 

『ティーダ・ランスター ~無能な航空隊士の、21年の役立たずで無意味な人生~』

 

 

「な…なんだ!? これは……ッ!!?」

 

家康は雑誌記事のタイトルに愕然としながら、ふつふつと怒りと嫌悪感が湧き上がってくるのを覚えた。

それから、フェイトが雑誌記事の内容を読んでくれたものの、そこに書かれていたのはティーダ、ティアナ兄妹のプライバシーを洗いざらい暴露するのは当たり前、

さらにティーダのそれまでの経歴や活躍、更には彼の願いだったという「執務官になる」という夢までも完全にバカにしているかのような低劣極まりない事ばかりだった……

 

「この雑誌記事を皮切りに、クラナガン周辺のいろんなゴシップ雑誌や新聞が、この事件を面白半分で記事にして…ティアナはその時、まだ10歳だったけど…色々と酷い目に遭ったみたい……」

 

「たった一人の肉親を亡くして…しかもその最後の仕事が無意味で役に立たなかったって言われ…挙げ句に自分までも笑われ者にされるなんて……」

 

「That is too horrible…」

 

家康と政宗はホログラムに写ったゴシップ記事から目を背けながら呟いた。

なのはも同じ気持ちの様で、まるで自分の事のように悲しそうな声で話した。

 

「ティアナも、きっともの凄く傷ついて、悲しんだんだと思う……」

 

「だから…『そんな事は無い』と証明したいというのか…」

 

小十郎が両腕を組みながら静かに呟いた。

 

「自分の兄貴は役立たずじゃないと…執務官になる夢を自分が引継ぎ、ランスターの魔法は無力じゃないと言いたいのだろう…」

 

「しかし……某はどうしても解せぬ!」

 

幸村が憤りを抑えきれない様子で、休憩所のミニテーブルに拳を打ちながら、声を張り上げた。

 

「何故、命を賭してまでも使命を果たそうと奮闘したティーダ殿が、『役立たず』の汚名などを着せられる羽目になったのでござるか!!?」

 

武人たるもの、例え死しても己の務めを完遂させる事は最大の誉…そう武士(もののふ)の誇りをこの5人の中で誰よりも尊んでいる幸村にとって、ティーダの上官達のどこまでも冷酷な態度は、何度聞いても理解し難いものに感じられた。

 

「うん。これは私やなのはの憶測に過ぎないけど……多分、その上司達が“コアタイル派”の人間だったからだと思うんだ」

 

「…“コアタイル派”……?」

 

フェイトの口から出た新しいワードに首を傾げる政宗。

 

「『コアタイル派』っていうのは地上本部 首都防衛事務次官のザイン・コアタイル少将って人が中心となっている保守派の閣僚派閥の事を言うんだけど…」

 

『コアタイル派』について説明するに当たり、フェイトはまずこのミッドチルダを中心に幅を利かせている『貴族魔導師』と呼ばれる魔導師達の事について説明してくれた。

『貴族魔導師』とは古代ベルカの時代から新暦00年以前の時代にかけてミッドチルダで活躍し、現在まで続く時空管理局と魔導師文化の礎を築いた偉大な魔導師達の末裔である家系に付く魔導師達に対して使われる敬称で、地上本部・統合事務次官 ザイン・コアタイル少将はその貴族魔導師の中でもミッドチルダにおいて最も栄華を極めた名家“コアタイル家”の現当主であり、コアタイル派とは彼に同調する魔導師達が集い、結成された地上本部の二大派閥のひとつであるそうだ。

由緒正しき、格式高い家系の当主を中心とする派閥の人間故に、当然ながら彼らは傲慢さやエリート意識が“少し”…否、“大分”…否、“かなり”…否、“極端”…否々、“病的”な程に、高い事で有名だった。

だからこそ、ティーダの様に僅かでも失態を犯して、自分達の派閥に傷をつけるような事を犯した者には、例えどんな理由があろうとも決して許さないという、傍から見れば、血も涙もない様な度し難い常識が横行しているのだった。

 

「権力者の威光を笠に着て、身勝手な主義思想を振りまく…か……どこの世界にもそんなノミ、シラミみてぇな連中がいやがるのか…」

 

小十郎が汚いものを見たかのような軽蔑した表情を浮かべながら、溜息を漏らした。

 

「特にティーダ一等空尉の実家…つまりはティアナの実家のランスター家は、魔導師としては良くも悪くも中流で、決して特別な才能や術式が受け継がれていたり、由緒正しい家というわけでもなかったの…その事もまた、上司からあんな扱いを受けた原因になったんじゃないかな…って私は思うんだ。コアタイル派は、とにかく魔導師としての力量か家柄だけを重視する傾向があるから…」

 

フェイトが苦々しい顔つきでそう憶測を述べた。

するとそれを聞いた政宗が呆れるように肩を竦める。

 

「Ha! 時空管理局ってのは、もっと俺らの世界よりもfuturisticな軍と思っていたが…蓋を開けてみれば、結局俺達の世界となんら変わらねぇ権威主義な連中もいるって事か」

 

「いずれにしても…ティアナ殿が力に固執してしまう理由もわからなくはないでござる…」

 

昂りかかった感情を押し鎮めるように、幸村が重々しく言った。

 

「だから……もう少しだけ見守ってほしいの、皆」

 

「…わかった」

 

「OK」

 

「心得たでござる」

 

「…承知」

 

なのはの頼みに、家康達はそれぞれ異議を唱える理由もなかった為、素直に同意する。

だが、次の瞬間―――1人の言葉で事態は急変した。

 

 

「見守るだけじゃ…ダメなんじゃないかな?」

 

「えっ!?」

 

 

そうなのはの頼みを斬り捨てたのは、今まで無言を貫いていた佐助だった。

これには家康もフェイトも幸村も驚いた。

 

「佐助!? どういう事でござるか?!」

 

「言葉の通りだよ大将。この問題…多分見守るってだけじゃ、解決しそうにないと思うよ? 寧ろ、話が拗れてさらにややこしい事になるかもしれないね?」

 

「ど、どうして!?」

 

なのはが尋ねた。

だが、佐助はそのまま立ち上がりながら、やや冷淡な口調で返した。

 

「それは、なのはちゃん自身が考えるべきじゃない? だって、なのはちゃんはティアナの教官だろ? でも、ひとつだけ言えるのは……まずはゆっくり思い返して見る事じゃないかな? 『自分の今までの教え方が本当に正しいか?』…とかさ」

 

「私の…教え方……?」

 

佐助はそう言うと、歩き出した。

 

「佐助、何処へ行くのだ? せめて、もう少しなのは殿にもわかるように説明してやらねば―――」

 

幸村の制止の言葉にも、佐助は足を止める事はない。

 

「大将。なのはちゃんだって、一端の隊長なんだよ。ここで甘やかしたりしたらダメだってば」

 

佐助はそれだけ言って、振り返りもせずに去っていった。

 

「ど…どういう意味でござろう……?」

 

幸村が首を傾げるのを他所に、なのはは今しがた佐助から言われた言葉を思い返していた。

 

「『自分の教え方が………本当に正しいか?』」

 

「………………」

 

唖然とした表情で復唱するなのはに、政宗は何か意味深な視線を送るのであった。

 

 

 

 

ティアナは豪雨の降りしきる天気の中―――

一人、中庭に出て黙々と自主トレを行っていた。

周囲に的となる光の玉を複数出し、不定期に消えたり付いたりするそれに向かって素早く銃口を向けて、的確にトリガーを引く所謂射撃訓練である。

既に開始から4時間。既にティアナの髪や服は泥だらけになり、その体はずぶ濡れになっていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…ま…まだまだ!」

 

ティアナは我武者羅にクロスミラージュを光の玉に向けて構えようとする。

 

「…あぁ!?」

 

その時、雨でびしょびしょになっていたティアナの片手からクロスミラージュが地面に滑り落ちてしまった。

 

「……くそ!!」

 

ティアナは悔しそうに唇を噛みしめながら、足元の近くにできた水たまりを踏みつけて、水を跳ねさせる。

そして、ティアナはため息を吐くと、地面に落ちて泥にまみれたクロスミラージュを拾おうと屈んだ。その時だった…

 

「今の失敗。 戦場でやっちまってたら命取りだぜ。 ティアナ」

 

のんびりした声が後ろから聞こえた。

ティアナが振り返るとそこには雨傘を差した佐助の姿があった。

 

猿飛(さるとび)さん!?」

 

「よぉ。精が出るねぇ」

 

驚くティアナを後目に佐助は、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる。

 

「ずぶ濡れじゃねぇか。風邪ひくからそろそろやめたらどうだ?」

 

いつもの軽い調子ながらも、佐助はさり気なくティアナを自分の差している傘の中に入れてあげる。

 

(私の事を心配して……?)

 

佐助の細やかながらも思いがけない気遣いにティアナは少し戸惑った。

 

「だ、大丈夫です。まだもう少し続けます!」

 

ティアナは慌てた様子で佐助の傘の下から再び雨の中へ飛び出す。

ティアナの様子を見て、佐助は小さくため息を吐いた。

 

「ティアナ…お前、今日の失敗や、“蟒蛇”に言われた事がよっぽど応えたのか?」

 

「…………………」

 

佐助が今までよりも低い口調で問いかけると、ティアナは背中を向けたまま黙って訓練を続ける。

 

「ティアナ…お前は何故ここまでして強くなろうとするんだ? スバルやエリオ達に負けない為か? それともなのはちゃんやフェイトちゃんみたいに英雄になりたいからか?」

 

「…………………」

 

ティアナは答えようとせず、黙々と訓練を続ける。

だが、次に佐助の言い放った言葉にはさすがのティアナも動揺せざるを得なかった。

 

「それとも………『役立たず』呼ばわりされて死んだ兄貴の為か?」

 

「!!?」

 

ティアナは驚いた様子で佐助の方を振り返る。

 

「な…なんで兄さんの事を……?」

 

「ちょっとね…小耳に挟んでね…大丈夫、別に盗み聞きとかそういうのじゃないから安心してよ」

 

「……当たり前です。本当に盗み聞きしていたのなら、訴えていたところですから…」

 

ティアナは冗談とも受け取れない様な声質で言うと、逃げるようにその場を去ろうとする。

すると佐助が忠告するように語りだす。

 

「災難だったなぁ……たった一人の家族が非情な上司に無能扱いされた上に戦死しちまったなんざ……お前もさぞ辛かったんだろうな」

 

「!?……何が…言いたいの?」

 

ティアナは佐助を睨みつけるように振り返る。

 

「私は兄の成せなかった夢を代わりに叶えたい…だからこうして努力してる。それだけよ…」

 

「その為なら……自分の身体をボロボロにしちまってもか?」

 

佐助のその一言で、ティアナの顔はより一層険しくなる。

 

「………それが…何?」

 

「お前の考えてる事…わからなくはないぜ。 自分の大事な人を最悪な形で失って、悩み、苦しみながらも、どうにかその背中を追って…その人の“夢”を代わりに叶えようとしたい…けど、現実はそう甘くない…周りは自分以上の才能や優秀さを持った人間だらけ…そんな人間に囲まれて自分の思う“道”の進み方がわからず迷走する。だから、無茶をしてでも自分を強くしようと我武者羅に進んでしまう…」

 

「………」

 

ティアナは歯を少しずつ食いしばりながら佐助を睨み続ける。

 

「確かにそれで認められれば、お前は満足だろうな…だがな、お前が無茶をしてそのツケが回って、今日の失敗や“蟒蛇”との戦いみたいな事になったりした時、それで兄貴が喜んでくれると思うか?

自分の体も気にせず、ただ認めてもらうためだけに無茶を続けてもお前の兄貴は…」

 

「……さい…」

 

佐助が言葉を続けようとした時、ティアナの小さい声がそれを遮る。

 

「ん?」

 

「うるさいっ!! アンタに何がわかるのよっ!! 両親が死んで、たった一人で私を育ててくれた兄さんを失った私の悲しみが…非情な連中の一言で“役立たず”という烙印を押された兄さんの悔しさが…アンタみたいな飄々とした態度で気楽そうに仕事してる楽天家なんかにわかるはずがないわ!!」

 

「…………………」

 

ティアナは佐助の話に怒りを露にするが、佐助はティアナの怒りの声に全く動じていない。

 

「アンタだけじゃないわよ……家康さんだって…政宗さんや幸村さん達だって…スバル達だって…ましてやなのはさんにだって……!! 才能ある人達は誰も“凡人”の私の気持ちなんてわかる筈がないわよ!!!」

 

「………じゃあ。お前は、スバルやなのはちゃん達の気持ちをわかってるって言うのか?」

 

「えっ!?」

 

佐助の質問にティアナは、意表を突かれた様な顔つきで聞き返した。

 

「『どうして強くなる為に無茶をする事』が間違っていると思うのか? なのはちゃん達からその理由をちゃんと言葉で聞いたのか? スバルから直接、『ティアナは凡人だ』なんて言われたりしたのか? どうなんだ?」

 

「そ…それは………」

 

ティアナは思わず黙り込む。

だが、すぐに自棄気味な様子で頭を振った。

 

「そ、そんなの直接聞いたり、言ったりできるわけないじゃないのよ!! アンタ、私をバカにしてるの!?」

 

ティアナの意固地な態度に、佐助は呆れるように小さく溜息をついた。

 

「あのなぁ…俺が言いたいのは、ティアナとなのはちゃんは、ちゃんと“腹を割って”話し合った事があるか?…って事だよ」

 

「ッ!? 『腹を割って』…?」

 

「そう。第三者の俺からして見れば、ティアナも、なのはちゃんも、不器用過ぎるんだよ。お互いに自分の主義思想を強く主張しようとしているけど、2人ともそれを行動だけで示そうとしている。だから、意見のすれ違いが起こってしまうんだよ…」

 

佐助の指摘に、ティアナは完全に黙り込んでしまう。

 

「スバルや徳川の旦那や真田の大将やエリオを見てみな。お互いに腹の底を隠さずにありのままの姿で接しているだろ? そこには建前や詭弁も存在しない…あそこまで真っ直ぐ接している師匠と弟子は俺達の世界でも珍しいくらいだぜ」

 

「…………」

 

「だから…ティアナも一度、なのはちゃんと腹を割って話し合ってみたら、もしかしたら―――」

 

「そんなこと………」

 

ティアナは雨に濡れた身体を小刻みに震わせながら、呟くように言った。

 

「ん?」

 

「そんなこと…できるわけがないじゃないのよ……!? 今日、あんな大失敗して、その上、エリオやキャロの前で情けない姿を見せる事になって…敵にまで散々バカにされて……こんな無様な私の本音をなのはさんに聞かせたところで、何になるっていうのよ?! そんな事したって、なのはさんは私を余計に軽蔑するだけだわ!!」

 

「……それじゃあ、どうするって言うんだ?」

 

佐助が呆れるような表情で尋ねた。

 

「決まってるじゃない……私は私なりのやり方で努力して、強くなって、なのはさんに認めてもらう…否、認めさせる! 私だって戦える事を! ランスターの弾丸は決して無意味じゃないって事を!!」

 

梃子でも動かないと言わんばかりな語り口でそう宣言するティアナを、佐助は眉を顰めながら見つめていたが、やがて小さく溜息を漏らし、肩をすくめた。

 

「わかった……お前がそこまで言うのなら…俺はこれ以上、お前のやり方にとやかく言うつもりはないさ。だけど……」

 

徐にティアナに向かってフェイスタオルを投げ渡しながら、佐助は言った。

 

「俺からひとつだけ忠告しておくぜ? “努力する”事と、“無茶をする”事は全く違うことだぞ……」

 

「…………」

 

ティアナは驚きとも怒りともとれない表情で佐助を見つめていた。

 

「そうだ。これから雨風がどんどん激しくなってくるから、そろそろ隊舎の出入り口を締めようかって皆言ってたぜ? だから、さっさとそいつで身体拭いて、中に戻った方がいいと思うぞ。じゃあな」

 

それだけを言うと佐助は、差していた傘をその場に置き、フッと自分の影に吸い込まれるようにして姿を消した。

一人残されたティアナは、呆然と立ちすくみながら、今しがた佐助に言われた言葉を思い返していた。

 

 

―――ティアナとなのはちゃんは、ちゃんと“腹を割って”話し合った事があるか?―――

 

―――“努力する”事と、“無茶をする”事は全く違うことだぞ―――

 

 

何時になく真剣な声質の佐助の言葉がティアナの脳裏に何度も反響して響く。

ティアナはあっという間に雨に濡れてびしょ濡れになったタオルを強く握りしめた。

 

「それでも……私は………私は………ッ!!?」

 

ティアナは必死に自分に言い聞かせるように呟くのだった。

 

 

 

 

佐助の言っていたとおり、それからクラナガン付近に降り注いだ大雨は更に勢いを増し、台風のような猛烈な風が吹き荒れ、雷も激しく轟く事となった…

場所は代わって、首都クラナガン 湾岸地区・日本風繁華街 カントー・アベニュー―――

 

その名の通り日本の武家屋敷風の造りの建物が並び、一見時代劇の撮影セットのような雰囲気を晒したこの通りは、主に遊郭風のキャバクラや、水茶屋などが多い華麗なる“夜”の街として有名であった。

そんなカントー・アベニューの夜に荒天など関係ない。降りしきる雨の中、雅な明かりを惜しむこと無く照らし、いつもと変わらず客を迎え入れているのだった。

通り屈指の小料理屋『弁天閣(BENTEN-KAKU)』もまた、そんな綺羅びやかな光を絶やさずに営業するひとつであった。

店の一番奥にある座敷は、基本的に上客と認められた客が居座る事のできる云わばVIPエリアである。

そこでは出される料理から、応接役の遊女(キャバ嬢)まで何もかもが店の中でも最上ランクのものが揃っている。当然そこへ足を踏み入れる事が許される客の条件も、社会的に名誉ある仕事に就き、代金以外にも様々な“心づけ”を店に落とす事のできるだけの金を持っている者に限られてくる。

機動六課・通信主任としての肩書に加え、本局付きの管制官として相応に高給取りであるジャスティ・ウェイツもまた、その条件をクリアできた者の一人であった。

 

翌日は夜まで非番であったジャスティは、フォワード部隊がホテル・アグスタより帰投した後、ロングアーチも夜番への業務の引き継ぎを済ませ、今日の任務を終えると、ここ弁天閣にやってきて、早々から酒を飲み、遊女達とドンチャン騒ぎに興じ、先程ようやくそれが終わったばかりであった。

そして現在、遊女達は皆、袖直しの為に一度下がり、戻ってくるまで、ジャスティは手酌で酒を呑んで待っていたのだった。

外は相変わらずの大雨だが、ジャスティは気にも留めなかった。

どうせ隊舎に戻らないといけないのは、明日の夕方…今夜は時間が許す限り、ハメを外し、そして日頃の不平不満やストレスを発散させるつもりだった。

 

「全く…明日の夜からまたあの身内贔屓の部隊長と、いけ好かない銀髪メガネ…そしてあの次元漂流者共の我が物顔を見ながら仕事しなければならないのか…気が引けるな」

 

ジャスティは一献片手に、最近は不満以外ない今の自分の職場について思い出し、顔を顰めていた。

元は時空管理局0406航空隊管制官の准陸尉であったジャスティは、現在の自分の上司である機動六課・部隊長 八神はやてや分隊長 高町なのはとも何度か任務を共にした事があり、その好から六課立ち上げの際にはやての推薦で、ロングアーチメンバーの一人として抜擢された。

そこまではよかった…だが、それから先がジャスティにとって不本意な方向へと進む事となった。この時、はやて達がロングアーチメンバーの人員として選出した一人に、自分と同じ管制官のグリフィス・ロウランがいた。

階級は自分と同じ准陸尉。年も自分よりもひとつ下で、実務経験もさほど変わらない筈だった。しかし、はやて達は考えた末に自分の補佐にして、ロングアーチの実質的なナンバー2の座を、自分ではなくグリフィスに与えてしまった。

はやてはその理由を「グリフィスの方が実戦における管制指揮の経験数が多い事」であると説明していたが、ジャスティはそれは詭弁で、本当の理由は別にあるものと信じていた。

グリフィスの母親は、時空管理局本局運用部提督 レティ・ロウランである。さらにレティは過去にはやてとも何度か関わり、決して親しくない仲ではない事を知っていた。

つまり、グリフィスがロングアーチ副長、部隊長補佐の地位に就けたのは母親の“コネ”であると、ジャスティは勝手に確信していたのだった。

代々魔導師の家系に生まれ、家族のように実戦部隊に入る事を志望しながら、入隊制限を超えるだけの魔力保有指数に達していなかった理由からその夢を絶たれ、仕方なく管制官として必死に努力を重ねた末に現在の地位まで成り上がってきた叩き上げであったジャスティにとって、この事は非常に屈辱的に感じられた。

それでもやはり引け目を感じていたのか、はやてやグリフィスの計らいで、ロングアーチのナンバー3である通信主任の位置に収まる事のできたジャスティであったが、そんなはやてやグリフィスの心遣いに、彼は感謝するどころか、ますます猜疑心や不満を抱くようになっていた。

それでも一管理局員としての矜持は忘れていなかったジャスティは、自分の私的な感情と任務は別物であると割り切り、極力はやてやグリフィスの事を考えず、自分に与えられた仕事だけキチンとこなす事に専念しようとする事で、どうにか大きな問題も起こさずに上手くやってこれた。

 

だが、そんなジャスティの琴線を更に刺激する事となったのが、突如、機動六課に入隊する事になった家康達である。

聞けば、任務中の現場に突然現れた次元漂流者な上、魔力保有数はゼロであるにも関わらず、フォワードチームはおろか、なのはやフェイトといった分隊長クラスの魔導師にも引けを取らない圧倒的な戦闘力を有し、さらには“気”という魔法とはメカニズムの異なる未知の力を行使するという、普通であれば即座に管理局内の専門機関に連行し、保護観察の対象とすべき得体のしれない連中である。

 

…にも関わらず何を考えているのか、はやては彼らを六課に“民間人協力者”として匿う事を選んだばかりか、彼らの素性が他の部隊…特に魔法以外の戦力を取り入れることに積極的との噂のある地上本部防衛長官・レジアス・ゲイズの手の者にバレないように隠蔽する様に指示してきた。

勿論、ジャスティは何度も反対し、忠言した。

「素性もわからない上に、得体のしれない術を使う人間を組織に置くなど後々のリスクが大きすぎる」と…

だが、はやては自分の忠告に聞く耳を持たず、家康を六課のメンバーに加えたばかりか、剰え早々により隊内での活動制限が緩い“委託局員”待遇に昇格させてしまった。それどころか、今では分隊長・副隊長クラスの権限を与え、前線メンバーの会合やフォワードチームへの訓練にまで堂々と介入させてしまっている。

さらにここ最近は、家康と同じ世界からやってきたという政宗、幸村、小十郎、佐助なる者達にも同じだけの権限を与える始末。

初めはそんな家康達の厚遇に戸惑うスタッフも少なくなかったが、それも同じロングアーチのシャリオやアルトが率先して「格好良い」だの「優しい」「面白い」だの吹聴して回ったおかげで、今ではこの六課で家康達の事を毛嫌っているのはおそらくは自分だけであろう。

 

だが、ジャスティは、家康達の存在は勿論、彼らを必要以上に立てているはやてのやり方に対しても、どうしても納得ができないでいた。

同じ非魔力保持者であるにも関わらず、コネや特異な力があるというだけで、自分よりも上を行く人間が憎い、妬ましい…そしてそんな贔屓を平然と容認するはやての甘く、公私混合なやり方も許せない…今やジャスティにとって機動六課とは、何もかもが自分の許せない事だらけな不満の巣窟と化しつつあった。

 

だが客観的に見るに、ジャスティのはやてや家康達に対する思考は、殆ど自身の境遇との違いから、勝手に恨み辛みを並べ立て、都合よく辻褄を合わせただけの八つ当たりである。

だがそんな事など知る由もないジャスティは、ストレスを紛らわせる為か、最近は夜毎に酒を嗜む量も増え、こうして貴重な休暇の時には街に出て、キャバクラや料亭などに通って女遊びに興じる事で気を紛らわせようとしていた。しかし、ここ数日はそれさえも自身の鬱憤を完全に晴らしてはくれなくなり、今日だってこの店に来てからずっと騒いできたにも関わらず、こうして一人になった途端に、日頃の不平不満がぶり返してくる始末だった。

 

「…思い切って、本局へ異動願いでも提出すべきか…」

 

一人ボヤきながら、飲みかけていた盃を一気に飲み干したジャスティは、膳の上に置かれた徳利に手を延ばし、中身が空である事に気づいた。

 

「おい、酒をくれ!」

 

ジャスティは無愛想な声で店の者を呼んだ。

既に何本の徳利を空けたのかは自分でもよくわからないでいた。

まもなく、部屋の襖が開かれ、部屋に一人の女が入ってきた。

 

「えらい不機嫌なお声を出して…何かご不満でもあるのですか?」

 

「!?」

 

部屋に入ってきたのは見慣れない花魁だった。

この奥座敷(VIPエリア)に入り浸るだけあって、この店にいる女達とは一頻り遊び通していたジャスティは、既にその全員の顔と名前は把握している。

だが、部屋に入ってきた花魁はその誰でもない初めて見る顔だった。

赤や紫、黒の派手な色合いの着物はわざとなのか、胸元がはだける様に妖艶に着崩し、紫、灰色といった暗い色に所々染めた髪を大量の櫛や簪で飾り立てた女髷、中には小刀や煙管までも刺さっている。そして、何故か片目だけ充血したように真っ赤な目が不気味さとミステリアスさを感じさせつつも、何故か不思議と魅了される程の美貌を漂わせたその女に、ジャスティはフッと身体から魂が抜けそうになる感覚を覚えた。

 

「い、いや…大した事じゃない…それよりもアンタ、見慣れない顔だな…?」

 

「えぇ。楼主(オーナー)に頼まれて、ヘルプで入った流しの芸者“ウタ太夫”っていいます。どうぞご贔屓に…」

 

「ヘルプ…?」

 

女…“ウタ太夫”なる花魁に早速酌をしてもらいながら、ジャスティは訝しげた。

この『弁天閣』はこの界隈の店の中でも有数の遊女の数を揃えており、人手不足に悩む事などめったに無い。しかも今日の天気は荒天。とてもヘルプが必要な程、忙しい雰囲気ではない筈だ。

しかし、ジャスティが彼女に詰問の言葉を投げかけようとすると、不思議とそれは勝手に喉の奥へと押し戻され、口は開けども言葉が出てくる事がなかった。

 

「それよりも…とても大した事じゃない様には見えませんなぁ…あなた、何か相当ご不満な事がおありに?」

 

「むっ…」

 

まるで心を見抜いているかのように語りかけてくるウタ太夫にジャスティは警戒していたものの、その紅い妖艶な目を見ていると、どんなに固く閉ざそうとする心をまるで切り崩されるような気持ちになった。

 

「何か不満があるなら、ウチに語ってみてはどうです? もしかしたら、何かお力になれるかもしれませんよ?」

 

「ふ、フン…流しの芸者なんかに言ったって無駄だと思うがな…」

 

ぶっきらぼうにそう言いながらもジャスティは自分の今の不平不満…はやてやグリフィス、そして家康達、機動六課の事を語って聞かせた。

長い時をかけて語り終わった後、ジャスティは溜息をつきながら、ウタ太夫の注いだ酒を呷り飲み干した。

 

「正直、俺は今の機動六課に不満しかない…八神部隊長からの誘いで入ったが、今をそれさえ後悔している…できるものなら、あんな部隊とっとと不祥事でも起きて潰れてしまって、もっと俺の功績を正当に評価してくれるところに移籍したいくらいだ」

 

「それなら…いっその事、潰してしまいましょうか?」

 

「えっ!?」

 

ウタ太夫の口から出た言葉に、ジャスティが思わず呆気にとられたような表情で返した。

 

「アンタ…何言って…?」

 

「ウチらがその『機動六課』を潰してしまおうって言うとるんです」

 

ジャスティは一瞬訳がわからずに困惑していたが、すぐにキッとその目に敵愾心が宿ると、慌ててその場から後ろに飛び退いて、ウタ太夫を睨みつけた。

 

「お前…やっぱりただの芸者じゃないな! 一体何者だ!?」

 

ジャスティは今度こそ、彼女に抱いていた懐疑心をはっきり言葉にして口から出す事ができた。

そんな、彼の敵意に満ちた視線や言葉を受けて尚も、ウタ太夫は飄々とした様子を崩すことなく、そればかりか女髷の中から取り出した煙管に火を灯すと、堂々と一服しはじめる始末だ。

 

「おい! 聞いてるのか!? お前は一体なに、も…の………ッ!!?」

 

そんなウタ太夫にしびれを切らしたジャスティは、無理矢理にでも質問に応えさせようと彼女を取り押さえんと近づくが、足が一歩前に出る毎に身体が徐々に重みを増していき、3、4歩いただけで、とうとう立つ事さえもままならなくなり、その場にどっと倒れ込んでしまった。

 

「お、お前…何を…」

 

「………アンタも管理局の人間にしては不用心な奴だねぇ。今さっきアンタが飲んだ酒に一服盛らせて貰ったのさ…まぁ、安心しな。別に死ぬような毒じゃないよ。少しの間、身体の自由を奪うってだけの“痺れ薬”さ」

 

今まで遊女らしい穏やかな口調で話していたウタ太夫から、西軍の御意見番 “皎月院”の威圧と不遜に満ちた声に切り替わる。

 

「…お、俺をどうする気だ?」

 

「だから言ってるじゃないか。アンタが機動六課を潰したいって思っているのなら、わちきらが手を貸してやるって…」

 

「い、一体何のために…? アンタは一体…?」

 

すっかり錘のように重く硬直した身体に苦悶しながらジャスティが弱々しく尋ねると、そこへどこからともなく紫色の靄のようなものが沸き立ち出した。

それが晴れた時、そこには担ぎ手もいないのに浮遊する輿に乗った全身を包帯尽くめの男がいた。

 

「我らは訳合って、ぬしら『機動六課』と相対する者…特にぬしが忌み嫌う、かの『戦国武将』達とは浅からぬ関係…今はそれだけを言おう…」

 

「……だ、誰だ?」

 

突然現れた不気味な風貌の男に、ジャスティは恐れ慄き、自然と身体がガタガタと震えだしていた。

だが男は、床に倒れるジャスティの傍に輿を下ろすと、その顎に手を当て、労るような語り口で話しかけた。

 

「ぬしもさぞ悔しかろう…身内を贔屓する上役に、自分にないものを持ち、成り上がっていく者達を真横から見据えるだけの毎日は…その屈辱…我らも分け合いとう思うぞ」

 

「…お、俺にどうしろ…っていうんだ…?」

 

ジャスティが声を震わせながら尋ねると、男は包帯の隙間から覗かせる不気味な黒い目を光らせながら、ジャスティの顎を押し上げつつ言った。

 

「我らに手を貸すのであれば、我らは主の欲するものを何でも与えてやるぞ。ほれ例えば…」

 

男が話しながら、空いていた片手をパチンと弾くと、どこからともなく白色の野球ボール程の大きさの珠が現れ、それが眩い光を放ったかと思うと、珠の真下に大量の小判や宝石などが山のように積み上げられた漆塗りの大箱が現れた。

それを見たジャスティは思わず目を限界まで見開いて仰天する。

恐らく、その価値を計算すれば、今まで機動六課として働いてきた全給料の3倍はあろう大金だった。

 

「それは我らからのささやかな挨拶代わりぞ。少々、強引な真似をして驚かせてしまったせめてもの侘び賃とも思うがよい」

 

「…………」

 

宝物に魅了されているジャスティの目の奥底に芽生えつつある欲望を見抜いたかのように、男はニヤリとほくそ笑んだ。

 

「我らはぬしの欲するものはなんでも用意できる。ぬしが求めるならば、この遊郭を丸々手に入れ、ぬしの居城として与えてやる事もできるぞ」

 

「勿論、アンタがその自尊心を満たせるだけの大きな事をやりたいというのなら、その機会を与えてやっても構わないよ。ただし、アンタが機動六課を裏切り、わちき達に従う事を誓うならばの話だけど…」

 

そう言って皎月院が横から邪悪な笑みを投げかけてくる。

 

「どうするんだい? このまま、屈辱に囲まれた三番手として日々を過ごすか? 疎ましい連中にごっそりいなくなって貰って、自分が欲するものを何でも手に入れられるか? アンタはどっちを望むんだい?」

 

皎月院の悪魔のような囁きを聞き、ジャスティは頭を下げて、しばらく考え込んだ。

そして頭を上げるとゆっくり頷いた。

皎月院も男もその答えを待っていたかのように、満足そうにほくそ笑んだ。

 

「ぬしは賢い選択を選んだ。それでよい…それでよいぞ」

 

「………にしてもアンタ達…一体何者なんだ? とてもそこらの生半可な違法魔導師とは違うみたいだが…」

 

ジャスティの問い掛けに、男は怪しい笑みを浮かべた。

 

「我らはミッドチルダ(この世界)の魔導師などではない……我の名は大谷吉継、それなる御前は皎月院…我らは共に“豊臣”に仕えし者…」

 

外の雨はさらに激しさを増し、この邪悪な取り決めが交わされた事を警鐘するかの如き、稲光がクラナガンの空を走り貫く…

その夜、嵐は明け方近くまで止むことがなかった……

 




今回はちょっと詰め込み過ぎてしまいましたかね…?(苦笑)

色んな意味で半ば勢いで書いていたオリジナル版と違って、リブート版では後々の伏線になるキーワードなどを交える事にしました。

あと、佐助のティアナに対する問答もオリジナル版では全否定的だったのがちょっと叩かれてしまったので、リブート版ではより中立的かつティアナを案じているのを全面に押し出してみました。

さて、ロングアーチのジャスティが大谷、皎月院の誘惑に屈する事となりましたが、果たしてこれが意味する事は…? 今後をお楽しみに!


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第二十二章 ~なのはの真実 竜の忠言~

明かされたティアナの過去…

『役立たず』の汚名を着せられるという不名誉な死を遂げた兄 ティーダの無念を晴らすべく、必死に足掻こうとするティアナ…
その想いを理解しながらも、その自らを省みないやり方を危険視するなのは…
微妙なところですれ違う2人に、家康達は…佐助は……そして政宗は何を思うのか…?

元親「リリカルBASARA StrikerS 第二十二章! 野郎ども、出陣だぜ!」


聖王教会病院・クラナガン総合医療センター・特別個室―――

ホテル・アグスタでの任務から数日が経過して、機動六課も一応は平穏を取り戻しつつあったこの日…

アグスタで遭遇した豊臣方の武将 小西行長との交戦の末に重症を負い、入院していたヴィータであったが、今朝ようやく退院の許可が下りたのだった。

今夜一晩様子を見て、異常がなければ、明日の朝には隊舎へと帰る事ができそうだった。

思いがけない形で隊を離れる事となり、入院中は両手のリハビリ以外は殆ど出歩けなかった事もあってフラストレーションの溜まりまくっていたヴィータにとって、この知らせは曇天の合間から陽の光が差してくるような気持ちだった。

 

隊舎に戻ったら、まずはフォワードの4人が自分のいない間に怠けてなかったかしっかりチェックしてやるか…そう考えながら、ヴィータは普段あまり読むことのないファッション誌を気晴らしがてらに読んでいた。

その時だった…

 

「やっほー! ヴィータちゃん!」

 

「退院が決まったそうじゃねぇか! Congrats!」

 

病室の引き戸が開かれ、なのはと政宗が部屋に入ってきた。

 

「なのは? それに政宗も!? お前ら、見舞いに来てくれたのかよ?」

 

「うん。ちょうど政宗さんと一緒に地上本部に出かける用事があったから、ついでにヴィータちゃんの様子も見ていこうと思って…でも、元気になったみたいでよかった」

 

ヴィータのベッドに近づきながら、なのはが安堵の笑みを浮かべた。

よく見ると、なのはは、いつものように白と青の本局制服をきっちり着こなしているのに対し、政宗は茶色の陸士部隊制服…のはずだが、ボタンは全て外し、ノーネクタイ、シャツも胸元全開…と堂々と着崩し、腰には愛武器の六爪を差した文字通り対象的な格好をしていた。

 

「ま、政宗? お前…まさかその格好で地上本部に行ったんじゃ?」

 

ヴィータが冷や汗を浮かべながら尋ねる。

すると、即座にそれを否定したのは、なのはだった。

 

「まっさかぁ! 地上本部を出るまではちゃんとネクタイも締めさせてたし、シャツもキチッとさせてたよ。まぁ、政宗さんは嫌がってたけど…」

 

「当たり前だろ? 俺はあんまりこの『陸士部隊の制服』って奴はどうも肌に合わねぇ…やっぱり何時もの甲冑具足の方がbest matchってもんだぜ」

 

「そうかなぁ? 結構、ちゃんと着ても似合ってると思うけどなぁ…政宗さんの制服姿」

 

なのはは呑気にそんな事を言っているが、もし今の政宗の格好を他の部隊員や局のお偉い様方に見られるなどすれば、問答無用で懲戒処分間違いなしであろう。

 

「まぁいいや…とにかく、政宗。ここはあたしらしかいねぇから別にいいけど、隊舎戻る時はせめて前のボタンくらいは止めろよ? クラナガン市内は管理局のお膝元で、そこら中に色んな部署の局員がいるんだから、せめて格好くらいちゃんとしとかねぇと、どこからツッコミの声がくるかわからねぇからな」

 

「Ah~…OK、OK。 肝に銘じておく」

 

ヴィータがいつもフォワードチームのメンバーを説教する時のように軽く睨みを効かせながら窘めるが、政宗は10代前半の若者ではない。

ヴィータの睨みつけを真正面から受けても、びくともしない様子だった。

 

「はぁ~…本当にわかってんのかよ…?」

 

ヴィータは溜息をつきながら、ファッション誌をベッドに備えた机に置いた。

 

「それで…ヴィータちゃん。 気持ちの方はもう大丈夫なの?」

 

苦笑を浮かべながら、なのはが話題を転換すると、ヴィータはそれを「ヘッ」と笑い飛ばして返した。

 

「腕の二本切り落とされたくらいで、このアタシが折れると思ってんのか? 転んでもただじゃ転ばねぇ『ベルカの騎士』をなめんじゃねぇぞ」

 

「…それ、ヴィータちゃんだからこそ言える台詞だね」

 

なのはは冷や汗を浮かべながら、引き気味に笑った。

ヴィータを含むはやての守護騎士『ヴォルケンリッター』は、はやてが所有していたロストロギア「夜天の魔導書」の主を守る守護プログラムであり、身体の構造自体は人間と違いはないものの、プログラムで肉体が構成されているため、年を重ねても容姿が変わることはなく、主であるはやてが生きている限りは、例え身体が滅びようとも、復活する事ができる半ば不老不死のような存在であった。実際に過去には一度、守護騎士全員が消滅した後に復活した…なんて事もあったという。

両手を切断という、普通の人間であれば例え医療技術の発達したミッドチルダにあっても、今後の人生に大きな支障が生じる事となろう大怪我を負いながらも、こうして無事に接合・回復に至ったのも、この特異な身体の構造が功を成したと言っても過言でなかった。

 

「まぁ、流石に『退院しても2、3日は過度に動かすな』って担当医の先生から釘は差されちまったけどな。アタシにとっては中々酷な言いつけだぜ」

 

「十分Happyだろうがよ。 普通、両手を斬り落とされちまったら、そんなもんじゃ済まねぇんだからな」

 

不服そうにボヤくヴィータに政宗がツッコむ。

それでも、後遺症も残らない事を知ったなのはは、ホッと安心した。

 

「しかし…まさかヴィータ相手にここまでやりやがるたぁ、『五刑衆』も相変わらずcrazyな連中だぜ」

 

政宗の零した言葉に、綻んでいたヴィータの表情が険しくなる。

 

「あぁ…単騎戦必勝のベルカの騎士がここまで圧倒されちまうなんてな…改めて、『豊臣』って連中が一筋縄でいかねぇ事がよくわかったぜ。 でも…」

 

改めて此度の敗北の悔しさが込み上がってきたのか、ヴィータは片手の接合処置が施された痕を強く握りしめる。

 

「あの“小西行長”とかいうヘビ野郎……アタシが今まで出会った敵の中でも最低最悪なくらいに胸糞の悪ぃ奴だったぜ…! まるで戦いや暴力をゲームのように楽しんでいやがった……!? あんな下衆野郎に…この“鉄槌の騎士”ヴィータが一撃さえ与える事ができなかったなんて……!!?」

 

声を震わせながら、ヴィータは然様な外道鬼畜に惨敗を喫した自分自身に対する不甲斐なさを許せないでいた。

今回の戦いではヴィータも決して油断していなかったわけではなかった…

人間相手の一対一の戦いで、ベルカの騎士が敗北するなどありえない…その通説に違わぬ程に、ヴィータ達“守護騎士(ヴォルケンリッター)”の単騎戦における勝率は、ほぼ必勝と言っていい戦果を今まで示してきた。

だから、いくら家康達と同じ世界から来た“気”の力を使う武将と言えども、せめて、腕の一本はへし折れるものと考えていた。

だが、小西行長の実力はヴィータが思っていた以上に強力であった―――そんな予想を遥かに凌駕した強さに呆気にとられた隙を突かれ、あの惨敗へと至ったのだった。

 

そんなヴィータの悔しさに同情する様に、政宗が静かに頷いた。

 

「あぁ…俺やなのはも後から映像で見たが、確かになかなかに見ていて反吐が出る様な戦い…否、“蹂躙”だったぜ…笑いながら女子供の手を切り落とす人間なんて、日ノ本でもあの野郎以外には一人しか思いつきそうにないぜ」

 

政宗は、かつて天下を手にする目前とされた“魔王”を謀反の末に討ち果たした末に忽然と姿を消した織田軍の“死神”の青白い肌と鋭く狂気的な目つきを持った顔を思い浮かべていた。

 

Snake野郎(小西行長)は連中の中でもheresyな類だが、それでも、アイツくらいの手練や猛者は豊臣方には他に大勢いるんだぜ?」

 

「あぁ。あの日、シグナムが戦ったっていう“島津義弘”とかいうバカでかい剣を振り回したジジイや、“島左近”ってユーノを攫おうとしたチンピラ野郎もそうらしいな?」

 

ヴィータは入院中に見舞いに訪れたはやてやシグナム達から見せてもらっていた映像資料から、自分の戦線離脱した後のアグスタの戦いの模様を一部始終を見せてもらっていた為、シグナムと交戦した“鬼島津”や政宗と交戦した“凶王の懐刀”についても大凡の情報は既に知っていたのだった。

 

「それだけじゃねぇ。『豊臣五刑衆』は石田や小西以外にあと3人いやがる…俺も“今”の『五刑衆』は石田以外とは直接戦った事はねぇが…噂によれば、いずれも並半端じゃねぇ猛者揃いだと聞いてる…」

 

政宗の話を聞き、なのはとヴィータは思わず息を呑んだ。

 

「…そんな…」

 

「……あんな“化け物”が、あと3人も控えてやがるのかよ…? それにその“凶王”って野郎も…そんな強いのか…?」

 

ヴィータの質問に政宗の顔が急に唇を噛み締め、顔を顰めた。

 

「……あぁ。“当事者”がこう言うのだから、違いねぇ」

 

「「えっ!?」」

 

政宗の意味深な言葉に、なのはとヴィータが反応する。

 

「“当事者”って…どういう意味なの? 政宗さん」

 

なのはが聞き返した。

だが、政宗は次に放つ言葉に、なのは達が衝撃を受けないように配慮し、直ぐに答えを言わず僅かな間を取った。

 

 

「俺は一度……石田三成に完膚なきまでに叩きのめされた事がある……それこそ今回のヴィータみたいにな…」

 

「「ええっ!?」」

 

なのはとヴィータは、政宗の予想していたとおりの反応を示した。

 

「完膚なきまでに…叩きのめされた……? 政宗さんが……?」

 

「その家康の宿敵っつぅ石田三成って野郎にか?」

 

「そうだ」

 

政宗はゆっくりと語りだした…

 

 

それは魔王・織田信長が本能寺の変に倒れ、それに取って代わるように、豊臣秀吉率いる豊臣軍が、絶大な覇の力で諸大名を屈従させ、一気に天下人の玉座の目前まで台頭。

天下統一まであと一歩に迫ったまさに豊臣の全盛期と称された時代…

圧倒的な武力と有能な傘下勢力を多数持ち合わせていた豊臣を前に、有力な対抗勢力と目された加賀の前田軍、越後の上杉軍、薩摩の島津軍が、諸国安堵を引き換えに、その勢力下へと下り、さらには安芸の毛利軍までも“同盟”という名目で豊臣に従う事を選び、豊臣の全国制覇は最早決定したも同然という状況になっていた。

そんな中、この期に及び尚も、豊臣軍に対し、明確に反旗を翻し続けている勢力が2つ残っていた。

ひとつは、小田原領主“北条氏政”率いる北条軍…そしてもうひとつが、政宗率いる奥州伊達軍だった…

勿論、最早自分達だけで豊臣に対抗しうるだけ戦力がない事は政宗自身も理解していた。

しかし、秀吉が天下をとる事だけはどうしても容認しえなかった政宗達は決死の体で、東北の地を豊臣やその傘下に下った諸国の軍勢から守りきり、秀吉の天下統一を阻む稀有な存在となっていたが、それも限界が近くなってきていた。

 

そんな中、伊達にとっては起死回生のまたとない好機が訪れる事となった。

伊達軍同様に、関東の名家としての誇りから、豊臣に屈する事を必死に拒み続けてきた北条軍に対し、ついにしびれを切らした豊臣軍筆頭参謀 竹中半兵衛が主導となり、傘下を含めた豊臣軍全勢力を動員し、北条軍の拠点 小田原に総攻撃を仕掛ける、所謂『小田原の役』が決行される事になったのだ。

それを聞いた政宗達は、この小田原攻めの混乱に乗じ、秀吉のいる豊臣本陣に奇襲をかける事で、秀吉を討ち取り、そして天下を把握しつつある豊臣に取って代わるという野望を掲げ、一路関東に向けて進軍を開始した。

だが、小田原まであと一歩と迫った時…政宗ら伊達軍はこの進撃が如何に無謀な挑戦であったのかを、嫌というほど思い知らされる事となった。

小田原の城を包囲する豊臣派の連合軍約30万人を前に何時ものように強行突破を試みようとした伊達軍は、その幾重にもかかった包囲網と、屈強なる豊臣の兵を前に圧倒され、一人また一人と次々と倒れる事となる…

これまで、自分の判断したことが自らを慕う兵達を不幸に導くなど殆どなかった政宗にとって、目の前で繰り広げられる惨劇は、思わず夢幻と現実逃避したくなるほどに凄惨なものだった…

 

奥州を出る際、主戦力の3分の2にも及ぶ5万の大軍を率いて出てきた筈の伊達軍は交戦開始から半日も経たぬ内に、その戦力は1万にも及ばぬ数にまで激減…

最早、秀吉がいるであろう小田原城に乗り込む事は不可能であるばかりか、このままここに留まれば、全滅する事さえ避けられない状況にまで追いやられる事となった……

 

「ご…5万の兵が…たった半日で1万以下に減ったの……?!」

 

「マジかよ……?!」

 

想像を絶する様な圧倒的な武力の差に言葉を失うなのはとヴィータ。

すると、政宗は自嘲する様に乾いた笑みを浮かべた。

 

「あの頃の俺は…勢いだけでなんでも突っ走っていけば、どうにかなるって本気で信じてたからな……伊達の精鋭軍5万の兵を率いれば、30万だろうが100万だろうが、所詮は秀吉(山猿)の力に怯えて従っているだけの烏合の衆の集まりなんざ容易く突破できる…そう考えていたんだ。 “あの野郎”と出会うまではな……」

 

「「あの野郎?」」

 

劣勢を知らされ、家臣から撤退を進言されながらも、どうにか突破口を切り開こうと奮闘する政宗の前に立ちはだかったのは、家康の宿敵となり、覇王亡き後に豊臣を引き継ぐ事となる“凶王”石田三成だった……

当時、『豊臣五刑衆』第三席の地位にあった彼は、秀吉から与えられた精鋭部隊を引き連れ、政宗の前に現れ、政宗は初めて相対する新手の敵に戸惑ったが、竜の誇りを掛けて、これを殲滅せんといつもの調子で勇敢に挑んでいった……

 

だがそれは大きな過ちだった…

 

三成の実力は圧倒的であり、さらにその時には政宗自身、大将としての冷静な判断もできないまでに冷静さを失っていた事も仇となり、結局、政宗は三成に一太刀も浴びせる事もなく惨敗…政宗は完膚無きまでに叩きのめされ、重症を負ってしまった。

さらに別働隊を率いていた小十郎も豊臣方についていた一人の猛将を前に、率いていた隊もろとも返り討ちに遭ってしまい、結局、小田原遠征に参加した5万の伊達軍はほぼ壊滅。

政宗は小十郎をはじめ、100人ばかしとなった僅かな敗残兵と共に、豊臣軍の追撃に怯えながら、死に物狂いで奥州へとなんとか帰還する事に成功した。

しかし、この戦いで政宗は瀕死の重症を負いしばらくの間はその養生と、大打撃を受けた奥州伊達軍の立て直しに費やさざるを得なくなり、さらにこの一件で奥州伊達軍の不敗の栄誉は一気に崩れ去り、天下統一を成し遂げた豊臣を尻目に、その勢力は一気に弱体化し、それまで掲げていた竜のプライドも一気に地に落ちる事となった…

 

「あの時…奥州へ帰るまでの、雨に打たれながら歩んだ屈辱の道は忘れねぇ…石田の野郎にやられた事もそうだが、何より悔しかったのが己のprideに慢心しきっていた自分自身だ…」

 

政宗は、六爪の1本を引き抜き、それを顔の前に掲げながら、鋭い隻眼をさらに細め、刀に映った自分の顔を睨みつける。

 

「…俺は……自分の限界を見極められなかったんだ……」

 

「政宗……」

 

普段の政宗の余裕な態度からは想像もできないような、悔しさを表情に表す政宗を見て、ヴィータは唖然とする。

 

「……自分の限界を見極められなかった人は……ここにもう一人いるよ…」

 

「えっ!?」

 

不意に聞こえる自嘲する様な重い言葉…政宗が振り向くと、そこには悲しげな表情を浮かべたなのはがいた。

 

「…どういう意味だ? なのは……」

 

政宗が尋ねると、なのははお伽話を語り聞かせるような語り口で話し始めた。

 

「昔ね、一人の女の子がいたの。その子は本当に普通の子で、魔法なんて知りもしなかったり、戦いなんてするような子じゃなかったの」

 

「……………」

 

ヴィータはこれからなのはがどんな話をしようとしているのか、察したのか、不安げな表情で見守っていた。

政宗は黙って、なのはの話を聞き続ける。

 

「友達と一緒に遊んだり、家族と一緒に幸せに暮らして…何の戦争もなく、誰かと傷つけあうような事もない…そういう一生を送るはずだったんだけど、でもたった一回のほんの小さな出会いで、すべてが変わったの。魔法学校に通っていたわけでもないし、特別なスキルがあったわけでもない。

偶然の出会いで『魔法』という力を得て、たまたま魔力が大きかっただけの9歳の女の子が、魔法と出会ってからわずか数か月で命がけの実戦を繰り返してきたの」

 

「…それって、もしかして…?」

 

政宗が確信を突く前に、なのははその答えを返した。

 

「そう、それは私…高町なのはが最初に魔法に出会い…この世界に足を踏み入れた時の話だよ」

 

 

それからなのはは、今まで語らなかった自身の過去をすべて語り出した…

 

 

当時まだ敵同士だったフェイトとロストロギア『ジュエルシード』を巡って争った『プレシア・テスタロッサ事件』―――

それから半年もしない内に起きた、同じくロストロギア『闇の書』とその主となったはやてを巡り、仲間になったフェイト達と一緒に、ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ達“ヴォルケンリッター”と熾烈な戦いを繰り広げた『闇の書事件』―――

 

「闇の書事件では私、一度ヴィータちゃんに負けちゃったんだ…」

 

なのはが、まるで子供の頃の失敗を打ち明けるかのように空元気な笑みを浮かべると、ヴィータは引け目を感じていたのか、気まずそうに目をそらした。

 

「それで…当時はまだ安全性が危うかった『カートリッジシステム』っていう戦闘技術を使用するいわば実験台になったつもりでその技能をレイジングハートに組み入れたの。

そんな調子で、誰かを救うため、自分の思いを通すための無茶を何度もしてきた…」

 

なのはは再び悲しそうな目つきになって、政宗の方を向く。

 

「だけど…そんなことを繰り返して身体に負担が生じないはずがないよね?」

 

「まぁな……魔法の事は俺にはよくわからないが、少なくともそれだけ無茶やって身体が保つとは思えねぇな……」

 

「そう…そして…事件は起きたの」

 

管理局に正式に入局してから2年目の冬―――

任務の帰り、ヴィータや部隊の数人と出かけた場所で、なのはは不意に現れた未確認体の襲撃を受けた。

いつものなのはであれば何の問題もなく、味方を守って落とせる相手だったはずだが、その時に運悪く今までの溜まってた疲労と続けてきた無茶が、なのはの動きを少し鈍らせてしまった。

その結果…悲劇は起きた。

未確認体からの致傷で、瀕死の重傷を負ったなのは、その怪我の具合はひどく、一時は飛ぶ事はおろか、歩くことすらままならないとまで言われる程のものであった…

 

「それから、必死にリバビリを重ねて私は奇跡的に回復してここまでまた元のように戦えるようにはなったんだけど…それからの私は、皆に私みたいな無茶をして取り返しのつかない事になってほしくないっていう気持ちが表れて、それが今のフォワードの皆への訓練方針にもなってるの。 『絶対みんなが元気に帰ってこられるように』って…だから、『自分の限界を越えてまでも無茶をしようとしないで』って……」

 

「なのは……」

 

「………………」

 

ヴィータが労りの眼差しでなのはを見つめ、政宗は何かを深く考え込んでいるかのように視線を落としていた。

 

「…っと、ごめんね! なんか色々と喋りすぎちゃったかな?」

 

病室の中が湿っぽい雰囲気になっているのを察したなのはは、慌てて話題を切り替え、今後の六課の方針を説明し始める。

 

「とにかく、今後は私達六課の活動もガジェットドローンやスカリエッティだけじゃなく、石田三成以下『西軍』の対策も本格的に視野に入ってくると思うから、そうなるとこれから必然的に小西行長や島左近、島津義弘のような強敵との遭遇もあるかもしれない…否、確実にあるね」

 

「あぁ…その為にもスバル達フォワードの訓練をさらに強化していくべき……っと言いたいとこだけど…」

 

「そこなんだよね…」

 

ヴィータの言葉に反応するようになのはが深刻な表情で腕を組み、悩む仕草をした。

 

「フォワードのみんなは確かにそれ努力してるし、しっかり力を付けてきてるよ。ただ…」

 

「ティアナの事か?」

 

ヴィータは、アグスタでの彼女の無謀とミスの事を思い出していた。

 

「そう。はっきり言って、今のあの子はまさに『自分の限界を越えてまでも無茶をしようとしている』状態なの…それこそ、かつての私みたいに……」

 

なのはは、そのやるせない思いを感情と言葉の双方に現していた。

 

「自由時間の自主練習では常に自分の身体を苛めるような過酷なメニューばかりやってるってヴァイス君から聞いたし、合同訓練や模擬戦の態度を見てもかなり焦りや苛立ちがある事が判る。 特にアグスタでの任務以降はさらにそれが顕著になってきて…」

 

「確かにな…入院中もシグナムやはやてが持ってきてくれたフォワードの訓練の様子を録画した映像観てたけど…確かに最近のティアナの訓練は荒れてやがるな…」

 

ヴィータがなのはを見据える。

 

「なのは。お前がアイツの事を見守ってやりたい気持ちはわからなくはねぇぞ。けどよぉ…いい加減にアイツには身体で判らせてやらねぇと、そのうち取り返しのつかない事になるぜ?」

 

「…What…!?」

 

ヴィータの忠告に、驚いた政宗がなのはの方を見据える。

なのはは、唸りながら頭に手を当てた。

 

「う~ん…そうするべき…なのかなぁ……?」

 

なのはが呟くように言った。その一言を聞いた政宗はなのはを呆れたように見つめた。

その顔にはできれば、この方法は取りたくないが、そうせざるをえない状況に対する並ならぬ葛藤の様子が伺い知れた。

だが、そんななのはに思わぬ異議が投じられる事となった。

 

「……なのは。それは違うんじゃねぇか?」

 

政宗だった。

 

「えっ!?」

 

なのはは思わず戸惑った。

なぜなら、政宗の声質には明らかに少し怒りの念が込められているように感じられたからだ。

 

「自分達の教え通りにやらないから腕尽くて解らせる…それじゃあ何か? 口で言ってわからねぇ奴には、腕尽くでも解らせようって…そういう事か?」

 

「そ、それは……」

 

「お、おい! 政宗…!?」

 

「ヴィータ。お前は少し黙っていろ」

 

「うっ…」

 

決して声を荒げようとはしていない。

だが政宗の放つ静かな迫力にヴィータもなのはも気圧されてしまった。

 

「確かにその方法も完全に間違っているとは言わねぇ。口で何度も言ってもわからねぇ野郎には最後は力づくでわからせるのが一番な時もある。 だがな……」

 

政宗が隻眼を鋭く尖らせ、なのはを見つめながら続けた。

 

「そのtimingが今だと思うならそれは見当違いだ…このあいだ、猿飛の野郎が言ってた意味がようやくわかった気がするぜ……」

 

「……どういう意味だよ?」

 

事を知らないヴィータは首を傾げるばかりだったが、なのはの脳裏にはアグスタの任務のあった夜、隊舎でティアナの過去について聞かされた時に、佐助から言われた一言が思い返されていた。

 

 

―――まずはゆっくり思い返して見る事じゃないかな? 『自分の今までの教え方が本当に正しいか?』…とかさ―――

 

 

「私の…今までの……教え方……?」

 

なのはが思い出した言葉を零すように呟いた。

すると、政宗は小さく溜息をつきながら話し始めた。

 

「なのは…お前、さっき言ってた自分のexperienceや、そこから得たteaching styleを、ティアナ…否、アイツだけじゃねぇ。 スバルやエリオ、キャロ達、forwardのひよっこ全員にちゃんと伝えたのか? 回りくどい指導とかじゃなくて“言葉”でだ…」

 

「……言葉…?」

 

なのはが困惑した表情で返答に躊躇する。

政宗の指摘するとおり、自分は今まで自分の過去にあった事や、その経験からとるようになった自分の指導方針について、フォワードチームの4人のちゃんと説明をした事は一度もなかった。

下手に言葉で伝えて、戦いへの恐怖心を生じさせてはいけないから、言葉でなく意味のある指導をする事で、自分の想いを伝えてやる事が一番の善策…

そう信じていた。

しかし、政宗の指摘は、そんな自分の方針を否定しているものだった。

 

「そうだ…なのは。お前がアイツらに無茶をしてほしくない気持ちはよくわかる。そして、それは正しい考えだ…でもな、お前がどんなに正しい事を考え、それを教えようとしてもだ……肝心のアイツらにお前のheartを直接伝えないで、ただ腕ずくで解らせようとして、それで気持ちが伝わると本当に思えるのか?」

 

「…………それは…」

 

なのはだけでなく、同じく『腕ずくの教導』を進言していたヴィータも返す言葉が思いつかず、黙り込んでしまう。

 

「少なくとも俺は、そんな事をしてもティアナ(アイツ)は余計に自分の殻に籠もっちまって、さらに話が拗れるだけだと思うぜ?」

 

政宗は、冷淡に切り捨てるように言い放った。

 

「じゃ…じゃあどうしろっていうんだよ?! このままティアナが無茶し続けて、ぶっ倒れちまうまで放っておけっていうのか!?」

 

ヴィータが政宗につっかかるように尋ねた。

すると政宗は、また呆れた様子で溜息をついた。

 

「お前なぁ…どうして、そうone-wayな考えしか思いつかねぇんだよ?」

 

「なんだと!?」

 

ムキになってベッドから立ち上がろうとしたヴィータを宥めながら、なのはは政宗を見据える。

 

「政宗さん…私……どうしたらいいのかな? 政宗さんの言う通り…私、今までティアナやフォワードチームの皆に自分の過去の事や、指導方針についてちゃんと言葉で説明した事がなかった…言葉で言わなくても、あの子達なら私の教えを理解してくれるって…そう信じてたから……でも、私が甘かったんだね…」

 

「なのは……」

 

ヴィータが案じるような悲しげな眼差しで、なのはを見つめた。

 

「あぁ…はっきり言って、一部隊の教官としては甘すぎるな」

 

「ま、政宗!!?」

 

政宗の容赦のない一言にヴィータが慌てながら窘める。

しかし、政宗の言葉はそれで終わりではなかった。

 

「だがな……お前が誰よりも教え子達を思う“優しい奴”だって事は、よくわかったぜ」

 

「ッ!?………政宗……さん…?」

 

そう言いながら、ほんの一瞬だけ、小さく微笑んで見せた政宗になのはは、思わずドキッとなった。

その間に再び真面目な表情に戻った政宗が尋ねてくる。

 

「なのは。次のforwardの模擬戦ってのは何時やるんだ?」

 

「えっ!? 確か…1週間後だったかな……?」

 

なのはが答えた。

 

「だったら、こうしたらどうだ? あとone chanceだけ…ティアナ(アイツ)が強くなる為にどうするか、アイツなりのやり方を見極めてやるのさ。その模擬戦で…」

 

「「模擬戦で?」」

 

なのはとヴィータが尋ね返す。

 

「あぁ…それで、ティアナ(アイツ)が相変わらず無茶に走っているのなら、その後に、アイツがどうしてそこまでして強くなりたいか…アイツの口からはっきり言わせるんだ。そして、なのは…ここからが一番大事だ。

お前も、お前自身の口で今日俺がここで聞いた事を全部アイツに話して聞かせろ。それでもアイツがどうしてもお前の考えを理解しないようなら……その時こそ、腕尽くだろうが、なんだろうが、好きにすればいい…」

 

「で、でもよぉ、政宗。 万が一、ティアナが模擬戦で、それこそなのはの言うことさえ聞かないくらいに暴走しちまったりしたら、どうすんだよ?」

 

ヴィータが聞いた。

 

「もしもの時は俺達が止めてやる。なのは…少なくとも、お前が直接手を出しちまえば、それこそpour oil on the flameだ…それだけは絶対に止めろ。You see?」

 

鋭い眼光を向けながら念を押す政宗に、慌てて頷くなのは。

 

「う、うん。わかった…」

 

「とにかく…お前らの考えるlast resortってのはもう少しだけ置いておけ」

 

「う…うん」

 

政宗がそう諭し、なのはが頷く様子を、ヴィータが意外そうに見守っていた。

 

(へぇ~…コイツって『人の事なんて気にせずに我道を往く俺様タイプ』かと思ってたけど、意外とちゃんと周りの考えを見て考えてるタイプなんだな……)

 

政宗の意外な一面を知って、彼の事を少し見直したヴィータ。

その時、不意に病室のドアからノックの音が聞こえた。

 

「あ、はーい。どうぞ~」

 

ヴィータが入室を促すと、ドアが開かれ、大きな籠を抱えた看護師が病室に入ってきた。

 

「失礼します~。ヴィータさん。聖王教会本部の方からヴィータさん宛にお見舞いの品が届いてますよ」

 

「聖王教会の……本部から…?」

 

「「えっ!?」」

 

意外なところからの見舞いと聞いて、怪訝な表情を浮かべるヴィータ。

だが、政宗となのはは、『聖王教会本部』と聞いて、嫌な予感を浮かべていた。

『聖王教会本部』といえば、機動六課の後見人である教会騎士 カリム・グラシアと政宗達と同じ世界から転送されてきた少年武将“大友宗麟”によって、今や宗教団体(という名の意味不明な銭ゲバインチキ集団)『ザビー教』の温床と化しているのを、ホテル・アグスタで、はやての知人にしてカリムの義弟であるヴェロッサ・アコース査察官から聞かされていたからだ。

 

「はい。なんでも…カリム・グラシア様からヴィータさん宛に滋養強壮を付けてもらう為の”新種の野菜”をとの事で…」

 

そう言って、看護師がベッドに備え付けたテーブルの上に置いた籠の中には、

濃い顔のオッサンの模様が入った不気味な野菜…ぱっと見た印象では『人面入りチンゲン菜かカブ』のような印象の強い珍菜が山のように積まれていた。

 

「「「…………………」」」

 

その強烈な見た目に圧倒されながら、どうじに底しれぬ不快感を抱き、顔が真っ青になる政宗、なのは、ヴィータ。

 

「ヴィ…ヴィータちゃん。籠に何かメッセージカードが入ってるみたいだけど……?」

 

なのはが指摘するとおり、籠には確かに1枚のメッセージカードが入っていた。

ピンク色の紙にキラキラ光るラメ入りのペンで書かれたそれからは、仄かに香水の香りがして、地味に腹が立つ事この上ない…

カードの内容はこう記されていた。

 

 

 

親愛なる『機動六課』隊員 騎士ヴィータへ。

 

はやてから、怪我をしたと聞いて、お見舞いにザビー教団特製“珍菜 ザビッシュ”を1週間分お届けさせていただきま~す。

 

こちらのザビッシュは、教祖代行 宗麟君の懐で三日三晩温めた種を巻き、お砂糖とスパイスとザビー様への祈りをもって育て上げたまたとない美味! 貴方の傷ついた身体も瞬く間に回復する事間違いナッシング!

ちなみにこちらのザビッシュ。初生りの試食をシャッハに無理矢理させてみたところ、そのあまりの美味しさのせいか、口から七色の光り輝く泡を噴きながら卒倒して、そのまま三日三晩「お口の中がナイトメア~!」とかなんとかうわ言を言いながら寝込んでいたくらいよ。そんなにザビッシュの美味しさに感動したのかしら?(๑´ڤ`๑)テヘ♡

 

貴方も、このザビッシュを食べて、ザビー様の愛を実感し、そしてザビー教にレッツ・入信!

今なら、『怪我人割引キャンペーン』で入信料を0.005%割引の赤字覚悟の超お得なセールもやってるわよ!!きゃー!カリムン困っちゃう!

 

入信の手続きについてはホームページを検索、検索ぅ~♪

それでは、貴方が入信するのを首を長~~~~くして待ってるわ♡

 

それではグッバイ・ザビー!!

 

聖王ザビー教会 女神兼教祖代行

ノストラダムスカリム              

 

 

(((う…うぜええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!?)))

 

手紙を読み切った瞬間、3人揃って心の中で盛大にシャウトした政宗、なのは、ヴィータ。

 

 

「なんだよこれ!? ただの悪質な勧誘ダイレクトメールだろうが!?」

 

「あぁ…しかも、途中の語尾にちょくちょく入れてやがる語尾や『♡』がいちいち癇に障りやがるぜ…」

 

「………にゃ、にゃはは………」

 

ヒクヒクとこめかみに青筋を浮かべながらヴィータと政宗が呟き、なのはが困惑を全面に出した引き笑いを浮かべた。

すると、看護師が思い出したように懐から1枚の封筒を取り出した。

 

「あっ…それからこれも一緒に届いてましたよ」

 

渡された封筒の中身を見て、3人は思わず「なっ!?」と声を上げた。

封筒の中身は請求書だった。差出人は勿論、ザビー教団…そして、大友宗麟とカリム・グラシアもといノストラダムスカリムだった。

 

 

 

ザビッシュ代 代金10万ワイズ。お支払いはカードでもOK(笑)

 

 

 

政宗とヴィータは互いに顔を見据え、頷き合うと、籠に手をかけながら、病室の窓を開いた…そして……

 

「「これお見舞いじゃなくて、押し売りじゃねぇぇかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! (怒)ぃぃぃぃぃーーーーーーーーーー!!!」」

 

息を揃えてシャウトしながら、ザビッシュの積まれた籠を空高く放り投げて飛ばすのだった。

 




今回はなのはサイドの心中に焦点を当ててみました。

ほんと、ある方の感想コメントにもあるようにStrikerSの二次創作における『ティアナ』編を書く際には如何にどっち寄りに考えが謙らずに、話の展開を考えるかが本当に苦心しますね。
オリジナル版でこの話を描いた時はまだその辺りの事情を気にせずに本当に勢い任せで話を進めていたので、なのはの方を持った様な内容になって一部のティアナファンの方からお叱りを受けた…なんて事もありましたね。
今回はできる限り、中立的にいこうと想い、ティアナ側ではオリジナル版同様に佐助、そしてなのは側では政宗に、それぞれ注意する役割を担って貰う事になりました。

さて、一応、なのはは魔王化しないように釘を差されましたが、果たして模擬戦はどんな事になるか…?
もう少し先になるかもしれませんがお楽しみに!


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第二十三章 ~ティアナの苛立ち 劣等感と亀裂~

ホテル・アグスタでの失敗と敗北以来、ますます無茶が顕著になっていくティアナ…

そんなティアナを案じ、話し合っていたなのはと政宗はふとしたきっかけから、それぞれが向こう見ずな行いを繰り返した結果招く事となった『失敗』を打ち明け合う。

無理を繰り返した末に大怪我を負った自分と、同じ過ちをティアナに繰り返してほしくない。
そう案じるなのはの想いを理解しながらも、政宗は彼女の今の教え方を不器用と評し、一度腹を割ってティアナと話し合う事を勧める。

そんななのはに対し、ティアナは…


官兵衛「リリカルBASARA StrikerS 第二十三章! なぜじゃああああぁぁぁぁっ!!」


治療センターでなのは、政宗がそれぞれの過去を打ち明け合っていた頃…

機動六課隊舎内 剣道場―――

ここは、もともとは倉庫となっていた部屋だったが、家康ら武将勢の要望を受けたはやての指示で、畳を敷き詰めた和風のトレーニングルームとして、剣道場に改装されたものだった。

今、道場では小十郎とキャロがそれぞれ道着を着用して、剣術の稽古を行っていた。

キャロの道着は先日小十郎から剣術を始めるに当たって手渡された特注の道着であった。

それぞれの手にはそれぞれの身の丈に合わせたサイズの木刀…キャロは小太刀程の小回りの効いたサイズ、小十郎は愛刀『黒龍』に合わせた太刀程の長さの木刀が握られていた。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

「振りが小さい!もう一度!」

 

まだ艾の良い香りがしっかり漂う光り輝く畳の上で、キャロの繰り出す打ち込みを小十郎は片手だけで軽々と受け流す。

これまで剣術どころかまともな近接格闘さえもほとんど未経験であるというキャロは、まずは剣術における基本中の基本として ”上段”、”中段”、”下段”、”八相”、”脇”から成る所謂『五行の構え』と、“打”、“突”、“防”の3つの動作を徹底的に叩き込む事に集中させる事となった。

 

「やあぁぁぁっ!!」

 

「まだだッ! もっと呼吸を整えろ! “身”、“剣”、“体”の3つの息を全て揃えるんだ! さもないと、力が入らないばかりか、太刀筋にムラが生じ、それが大きな“隙”に繋がる!」

 

相手が10歳の少女であろうとも、小十郎は少しも加減する事なく、厳しい姿勢でキャロを指導していく。

小十郎が課す“片倉流”の剣の稽古はとにかく厳しいと、日ノ本にいた頃から伊達軍の間でも専らの評判だった。

政宗がまだ幼少期…元服前の“梵天丸”であった頃に剣術師範を努めて以来、政宗以外の他人に剣の指導などすることなど滅多になかった小十郎だが、それでも偶に気まぐれから、伊達軍の若い兵達に剣の指導をする事があった。

だが、小十郎の指導を受けた兵士達は皆一時間と経たぬ内に音を上げ、揃いも揃って逃げてしまうのが定評となり、政宗以外で小十郎の指導を一日と耐えた者は伊達軍の中でも数え切れる者程しかいなかった。

 

「たあぁぁぁっ!!」

 

しかし、キャロはそんな小十郎の厳しい教導にもただひたすらに食いついてきており、指導を受け始めて数日とあるが、少しも心折れる様子を見せていなかった。

振り下ろされる打ち込みはまだまだ未熟なものの、その直向き且つ愛らしい見た目に反した根性の強さには、小十郎も思わず感服し、彼女の素質に一目置く事となった。

 

(まだ初めて数日だというのにもう振り方が板についてきてやがる…これはもしや、育て上げればきっと俺や政宗様と並ぶ剣豪になれるかもしれないな…)

 

切下げに打ち込んだキャロの木刀を防御し、それを弾き飛ばす小十郎。

 

「ああっ!?」

 

「握りが緩い! そんな力では今みたいに簡単に打ち飛ばされるぞ!!」

 

小十郎は木刀を失ったキャロの顔の前に、木刀を突きつけられる。

 

「うっ…」

 

「いいか? 剣を振る時は、雑巾を絞る時のように柄をぎゅっと強り締めろ。そして、踏み込んだ足に体重をかけて、その場に踏みとどまれ。 鍔迫り合いにしても、打ち合いにしても、大事なのは如何に姿勢を崩さないかだ。特に小柄なお前は姿勢を一度崩されると、隙も当然大きくなる。 だからこそ、この点を常に注意して、心がけろ」

 

「は…はい!わかりました!」

 

小十郎の指導を受け、キャロは元気いっぱいな返事を返した。

その声質からは、心折れる心配もなさそうだった。

 

「うむ、いい返事だ。 では、もう一度打ち込みだ!」

 

「はい! はああぁぁぁぁっ!!」

 

小十郎が畳に落ちた木刀を拾い、それをキャロに渡すと、キャロは、先程よりも大きな掛け声を上げながら小十郎へ打ち込みにかかった。

そんな2人の稽古の様子をシグナム、フェイト、そしてフリードは道場の隅から見守っていた。

 

「うむ……まだ始めたばかりで荒削りではあるが…確かに育てば中々の剣士になれるかもしれんな」

 

「そうだね。まさか、キャロにこんな才能があったなんて…」

 

「キュル~」

 

それぞれ剣使いでもあるシグナムとフェイトが稽古に励むキャロの太刀筋を見て、見込みがあると称賛の言葉を述べると、フリードはパートナーが褒められたのが嬉しかったのか、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうな声を上げた。

 

「私もキャロは、ずっと竜召喚士としての才能を重視して育成すべきだと思っていたから、最初はあの子に剣術を習わせるの、正直少し不安だったんだ…でも実際にやらせてみたら、意外な才能が見つけられたものだから驚きだよ」

 

「まぁな。しかしテスタロッサ。お前も嬉しいのではないか? あの子が師匠を得た事でいつか自分と肩を並べて戦えるかもしれないということが…」

 

シグナムが問いかけるとフェイトは「フフフ」と笑いながら小さく頷く。

 

「そうだね。 アグスタの任務以来、キャロもエリオも随分熱心にそれぞれ小十郎さんや幸村さんの指導を受けるようになって、強くなろうって努力がよくわかるから保護責任者としては、やっぱり嬉しいかな? 2人がますます真剣に頑張っている姿をみると…」

 

「そうか…」

 

フェイトはそう言って微笑むと、それを聞いたシグナムも「フッ」と笑みを浮かべて返した。

それから2人は、しばし、小十郎とキャロの稽古の様子を眺めていた。

 

「“努力”といえば……テスタロッサ。アグスタでの任務以来、ティアナはどんな調子なんだ?」

 

突然、シグナムが、最近の隊長・副隊長・武将達の間で頻繁に話題になっている話を切り出してきた。

 

「うん…なのはや家康君達も言っていたけど…やっぱりティアナの訓練はますます無茶してるって感じが全面的に出てきてるかな…? 正直な話、フォワードの4人の中では一番問題点が多いかも…」

 

それを聞いたフェイトが、気まずそうに表情を曇らせる。

真剣に考えているのか、声色がさっきまでと違っていた。

 

「『強くなりたい』、『お兄さんの代わりに夢を叶えたい』って気持ちはいい事だとは思うけど…今のティアナの努力は、はっきりいって方向性が完全にあべこべな方角に向いちゃってる…あの子、元々そんな気があったけど、こないだのミスショットや小西行長との交戦がよっぽど応えたのかもね……」

 

「やはり、そうか」

 

シグナムの問いに頷くフェイト。

シグナムもまた、ティアナの過去を知っている身の上、ティアナの無茶な努力の理由を知ってはいたが、やはりそのやり方には疑問を浮かべていたようだ。

 

「私達と話す時は変わらぬ感じに振る舞おうとしているが…こないだの失敗と敗北を未だに引きずっている様子だと、ヴァイスやシャリオからも聞いていたが……」

 

「うん。これはエリオやキャロから聞いた話なんだけど…。ティアナ、小西行長から色々と小馬鹿にされたみたい。ワザと手加減されたりとかして…それでも結局、手も足も出なかったんだって……」

 

フェイトは彼女に同情するかのように、悲しそうな眼差しで呟く様に言った。

 

「…そんな屈辱的な負け方をすれば、余計に無茶に走りたくなる気持ちもわからない事はないが……」

 

シグナムはそう言って、キャロの振り下ろした木刀を一閃で弾き飛ばす小十郎を見つめる。

 

「思えば、あぁしてキャロには片倉…エリオには真田…そしてスバルには徳川…それぞれ自分の戦力を強化する上で、意見の調和ができる最適な師を作っている…しかし、ティアナの場合は徳川達はおろか、我らにさえも自分の胸の内を明かそうとせずに何もかも抱え込んでしまう傾向があるからな…本当の意味で心の底から開け放している師というのがいないのが彼女の不幸なところだ…」

 

「そうだね。 家康君や幸村さん達の中で銃を使う人はいないし、一応政宗さんの知り合いに一人銃使いの人がいるって聞いたけど…あの世界の人間で銃を巧みに操れる人なんて数えるほどしかいないって言ってたから…まぁパラレルワールドとはいえ戦国時代だし無理もないと思うけど…」

 

フェイトは苦笑を浮かべながら、言った。

 

「せめて…ティアナが心の底から開いて接する事のできる程に気が合う教官がいたらいいんだけど…私達の中の誰でもいいし、家康さん達の中の誰でもいいから…」

 

「確かにそうだな…」

 

フェイトの話を聞いて、頷くシグナム。

しんみりとした空気の中、突然道場の窓の外から―――

 

「あちあちあちちちちちちちちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

「まだまだぁぁぁぁ!!気合が足りぬぞおぉぉぉぉぉぉ!!エリオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

エリオの悲鳴と幸村の叫び声が聞こえてきた。

 

「!? な…なんだ!?この声は!?」

 

「エリオと…幸村さん!?」

 

驚いた二人が剣道場の窓際へと行き、外を見てみる。

すると…

 

「あ、ああああ、あ、兄上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? さすがに、これは熱くて死にそうですぅぅぅぅぅ!!」

 

そこから見える中庭の真ん中では、何故か豪快に焚火が焚かれ、その上に人が数人分入れる程の大鍋が置かれ、中に満々に満たされた激しく煮えたぎる油に浸かりながら、槍の訓練をする幸村とエリオの姿があった。

 

 

「「ね…熱した油に入ってるぅぅぅーーーーーーーーーーー!!!」」

 

 

フェイトとシグナムは声を揃えて、仰天の叫びを上げた。

 

「バカ者ぉぉぉぉぉぉぉ!! 気合だ! 心頭滅却すれば火もまた涼し! 武田の人間は皆、溶岩に入っても平気な程、強靭な身体を鍛えねばならぬのだぁぁぁ!! 我らもこの熱さに耐えることで、火をも恐れぬ屈強な皮膚と肉体を作るのだ!! さあ! わかったら、もう一度いくぞおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

そう言って再び二槍とストラーダをそれぞれ激しく振りかざして槍の稽古をする幸村とエリオ。

二人の気迫と同時に大鍋の中の油が激しく噴き上げられる。

 

「エリオ!」

 

「兄上!」

 

「エリオ!」

 

「兄上ぇ!」

 

「エリオぉ!」

 

互いに叫び合いながら槍を振るい続ける幸村とエリオ。

その度に熱した油が噴火の如く飛び散り、周囲に草木にかかって煙を上げていた。

凄まじい熱気が剣道場の窓際にまで届く中、あまりに破天荒過ぎる特訓を遠目に見るフェイトとシグナムは言葉を失っていた。

 

「………まぁ、真田とエリオ(あの二人)の場合は気が合いすぎて、違う意味で方向性が色々とおかしい事になっていると言えるかもしれんが……」

 

「あははははは…そ、そうかもね?」

 

呆れながらそうボヤくシグナムに、フェイトは困惑の交じった笑いを浮かべるしかなかった。

 

「兄上ぇ!!」

 

「エリオぉ!!」

 

「ぁ兄上ぇぇぇ!!」

 

「ぇエリオぉぉぉ!!」

 

武田熱血兄弟の絶叫のような掛け声はそれから30分近く休む事なく響き渡るのだった……

 

 

機動六課隊舎近くの防波堤―――

午前中はフォワードチーム各員自主トレーニングとなった中、スバルは久しぶりに相棒のティアナから呼び出しを受けていた。

 

「来週のなのはさんとの模擬戦で、新しく編み出した戦法を使う…?!」

 

スバルは面食らった表情で驚くと、ティアナは「そう」と頷きながら応えた。

 

「私、閃いたのよ。確実に敵を倒すための戦法…絶対に失敗しない勝利の為の連携技…」

 

「ど…どんな……?」

 

スバルが不安げに聞くと、彼女の予想通りティアナの思いついた策とは、あまりにも危険なものであった。

 

それはスバルが相手の攻撃を耐えながら相手の正面を攻め、相手がそれに応対している隙を突き、ティアナが予めスバルが作成したウィングロードを通って相手の後ろに先回りして、相手を真上から奇襲する戦法―――

身も蓋もなく言えば、『捨て駒作戦』のようなものであった。

 

「そ…そんな…そんなの危険すぎるよ!」

 

「そうね。危険性は、十分承知してるわよ。だから、なにも正面突破を行うのはアンタじゃなくてもいい。『私が相手を引きつけている間に、アンタは後ろに回り込む』などしてもいいわね…」

 

「そうじゃなくて!! こんなやり方…ただの闇討ちじゃない! こんなの、なのはさんが絶対認めないし、何より相手が家康さんや政宗さん、幸村さんだったらそれこそ通用しないよ!!」

 

スバルの言葉を聞いたティアナの目つきが鋭くなる。

怒鳴りそうになった言葉を抑えるかのように一回息を整えてから、改めて口を開く。

 

「…大丈夫よ。家康さん達が相手だったら、それなりに対処法は考えてやるわ…それにアンタさえ私に息を合わせてくれたら、上手く乗り越えられるわよ」

 

「でも!…こんな無謀な戦法、絶対よくないよ。 それこそ、なのはさんや家康さんがなんて言うか…」

 

「!!?」

 

 

スバルの言葉を聞き、ティアナの表情に露骨に怒りの感情が浮かんだ。

 

「ティア。こないだ、なのはさんに言われたんだよね? 『無茶はしたらダメ』って…

ティアが強くなりたいって気持ちは私だってよくわかってる…うぅん。私が一番わかってるつもりだよ! だけど、今のティアはまるで自分を顧みない無茶ばっかり…訓練にしても、作戦にしても……私も家康さんも、そんなティアを見ていたら、いつか大変な事になるんじゃないかって―――」

 

スバルは必死に宥めるように、ティアナへ訴えかけるが…

 

うるさいわねっ!!!

 

「!!?」

 

突然大声を上げ、スバルの言葉を遮ってしまった。

 

「てぃ、ティア……?!」

 

ティアナは顔を俯かせながら、小刻みに震えていた。

 

「なによ……なんなのよ………さっきから“家康さん”“家康さん”って…そんなにアンタは家康さんに逆らう事が怖いの!? 家康さんに嫌われたくないから、相方の考えた作戦なんて協力したくないって……そう言いたいの!?」

 

「ティア!…私はそんなつもりじゃ…!!」

 

スバルは慌ててティアナを諭そうとするが、ティアナはやけくそのように手を振って話し出す。

 

「そうよね…アンタはいいわよ! 管理局の偉い人を家族に持って、自分も高い魔力の素質もあって、おまけにこうして頼りになる優しい先生まで出来て!

見たことのない新しい技や『戦極ドライブ』とかいう未知の力までも使えるようになって、その度にどんどんどんどん、私達を追い抜いて強くなって!!」

 

「ティア…?」

 

気がつくとティアナは顔を赤くし、その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 

「アンタだけじゃないわ……エリオだって、幸村さんと「兄弟」だかなんだか知らないけど仲良しこよしになりながら、ちゃっかり強くなってるし、キャロだって小十郎さんから剣術なんて習いだして、シグナム副隊長の見立てでは「育てば、良いアタッカーになる」…ですって! すごいわよね!? フォワードチームの役割まで色々変わってきちゃいそうよ! 私以外は!!」

 

「ティア! 落ち着いてよ!」

 

スバルはどうにか宥めようとするが、ティアナは溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように喚き散らす。

 

「ホント皆よかったわよね!? 『戦国武将』だか知らないけど、戦いのプロの皆さんにそれぞれ新しい事を教えてもらって、元々高かった才能をもっと高くしてって……ほんと、素晴らしい事じゃないの!!」

 

「…ティア…」

 

「でもね………私は違うのよ! 魔力だって平凡並みだし、エリオやキャロみたいに特別な才能や技術も持ち合わせていない………ましてや誰かの弟子になって凄い技を教わってもいない!! そんな“負け犬”の私が強くなる為にはね…確実に敵を倒す為の策を考えて、それに相応するように鍛錬を積む! それだけなのよ!!」

 

「そんな! ティアは『負け犬』なんかじゃないってば!」

 

スバルはティアナの両肩を掴んで諭そうとするが、ティアナはそれを手で払い除けた。

 

うっさい!! アンタにはわからないわよ! 仲間の前で無様な姿晒して…敵にまで散々コケにされたあたしの……“負け犬”のこの悔しさってものが! 才能のあるアンタなんかには!!!

 

「ティア!」

 

とうとう我慢できずに、スバルも叫ぶように反論した。

 

「私は…ティアが頑張ってるのは知ってるし、できる限り力になろうって思ってる! でも、やっぱり最近のティアはちょっとおかしいよ!! 急にそうやって極端に自虐的になったり、前にも増してムキになりやすくなったり、それこそ身体ボロボロにしてまで一人で無茶な練習ばっかり! 今だって、こんな無謀な作戦を相棒の私に相談もなく勝手に決めようとして…一体どうしちゃったの!? 前のティアはがんばり屋さんだけど、そこまで無茶するような感じじゃなかったはずだよ!?」

 

スバルの言葉にティアナは一瞬目を見開いて驚いた様子を見せた後、目元が見えなくなるほどに顔を俯かせる。

 

「ティアが強くなりたいっていうのなら、私も一緒に考えるから! 家康さんにも相談して一緒に考えてもらおうよ?! そうすれば、きっとなにかいい方法が見つかる筈だから! だからお願い! これ以上、自分を虐めるような無理な事だけはしないで!!」

 

「………黙れ……」

 

「えっ!?」

 

ティアナの口から出た言葉に思わず戸惑うスバル。

 

黙れって言ってんでしょうが! バカスバル!! あたしはアンタがそうやって家康(アイツ)の受け売りみたいにドヤ顔で綺麗言を言ってくるのもムカつくのよ!

 

「てぃ…ティア…?!」

 

とうとう家康の事を『アイツ』呼ばわりし始めたティアナに、スバルの顔が青ざめる。

 

「もういい…もういいわよ!! アンタが協力しないっていうなら、あたしは一人ででもこの戦法を成功させてみせる! そして…あたしが強いことを…あんな“気”とかいう魔法もどきの力に頼る似非魔導師の戦国武将達の力なんて借りなくても戦える事を……証明してやる!!」

 

そう言うとは踵を返して駆け出そうとした。

 

「お願いティア! 待って! 私の話を聞いて!!」

 

スバルは慌てて引き留めようと、追いかけながらティアナの右手を掴むが…

 

「触んな!」

 

ティアナは乱暴にスバルを振り払うと、走る速度を速め、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「ティア…」

 

一人残されたスバルはただ茫然と立ちすくむばかりだった。

止める事ができなかった…相棒を…

そればかりか、完全に怒らせてしまった……

今までも、何度か冗談めいたやり取りを繰り広げて、怒らせてしまったりした事が少なくはなかった。

しかし、今さっきティアナが見せた怒りは “憎悪”、“嫉妬”、“嫌悪”…負の感情を全面に顕にした本物の怒りだった…

こうなってしまったら、彼女はもう、何を言っても聞いてはくれないだろう…

 

「う……うぅぅ…うぇぇ、ぇぇ……っ……」

 

スバルは相方に嫌われた悲しみと、諭しきれなかった自分自身の無力さを痛嘆し、立ちすくんだまま、静かにすすり泣き始めた。

 

その様子を少し離れた木の上から見据える一つの影が見えた。

 

「あぁ~あ……案の定、ますます拗らせちまってやがるなぁ…ティアナのやつ……」

 

佐助だった…

佐助は、困惑と呆れの交じった表情を浮かべながら、肩をすくめる。

 

「やれやれ…これは思った以上に、ややこしい事になりそうな予感……」

 

佐助は小さくため息を吐きながら呟くと、スバルを励ましに行ってやろうかと身を枝から踊らせようとした。

その時だった―――

 

「あれ? そこにいるのはスバルか?」

 

ふと、スバルの背後から朗らかな声を上げながら、こちらに近づいてくる人物…家康の存在が目に入った。

 

「おっ! なんというか、色んな意味で間の良いこって……へへっ、どうやらここは俺様の出番は必要なさそうだね」

 

佐助はそう呟くと、シュッと一筋の風を起こしながら木の上から姿を眩ませた。

そんな佐助の存在など、全く気づいていない家康はスバルの姿を認めると、早足で近づきながら、声をかける。

 

「スバル。 何してるんだ? そんなところで?」

 

ここで今起きた事など何も知らない家康は、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいてきた。

そんな家康に、スバルはすすり泣きながら、ゆっくりと振り返る。

 

「スバル…!?」

 

スバルの顔を見るなり、家康は驚いて動きを止めてしまった。

赤く腫れた瞳で自分を見つめている愛弟子…あまりにも予想外な姿だった。

 

「スバル!? 一体…どうしたっていうんだ!?」

 

「い、家康さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

そして、家康の姿を見るなり、スバルは我慢できなくなり、泣きながら彼に抱きついていった。

 

「お、おい!? スバル!?」

 

「ぃい…いえ゛や゛すさああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!! わ゛、わ゛た゛しいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「わ、わかった! わかったから、少し落ち着こう! なっ!? とりあえず、こんなところ誰かに見られたら、色々と誤解されるから! あとは―――」

 

「ぢーーーーーーーーーーんっ!!」

 

「ワシの服で、鼻かまないでくれない?!」

 

自分の胸に顔を擦りつけながら泣きじゃくるスバルに、家康は色々な意味で困惑するばかりだった。

 

 

しばらくして、家康はどうにか落ち着いたスバルを連れて防波堤の上に登り、腰掛けながら、海とその向こうに広がるクラナガンの街並みを眺めつつ、彼女から今しがた繰り広げられたティアナとのやり取りの一部始終を聞いた。

 

「そうか……ティアナを説得できなかったのか……」

 

「はい…それどころか、私…余計な事言っちゃって、ますます火に油を注いでしまったみたいで……」

 

一通り、事情を説明したスバルはもう泣いてはいなかったが、それでもよほどショックだったのかその表情からはいつもの明るさは完全に消え失せていた。

 

「…家康さん……本当に、どうしたらいいんでしょうか…?」

 

「…う~ん……こうなったら、ワシが直接説得するしかないかもな…? しかし…」

 

家康は両腕を組みながら唸り、考える。

 

「今言っても…ティアナはますます顔を背けるだけだろうし…こうなれば…」

 

「こうなれば…?」

 

スバルが不安を顕にしながら尋ねてくる。

 

「…ティアナがどんな事を考えているか、来週の模擬戦で見極めるしかないな。恐らく、今までに増して無茶な事をしてくるだろうし、そうなればなのは殿達も恐らく黙ってはいないだろう」

 

「そんな!? それだとティアはきっと、私に言った以上の無茶なことを…」

 

「そこだ。その時こそ、ティアナにワシらの想いを伝えられる好機だと思うんだ」

 

家康が言った。

 

「模擬戦にはなのは殿だけじゃなく、フェイト殿やシグナム殿、それに独眼竜や真田達だって、全員が揃っている筈…そこで、ティアナがどんな行動をとるかによって、皆の意見も聞いた上で、やはりティアナの行動がこれ以上危険と判断されるものであれば…改めて、ティアナにワシやスバルの想いを伝えて、彼女の意見も聞いた上で、どうすべきか諭すしかない…」

 

「でも…訓練でもしもティアがなのはさんの言うことも聞かなかったりしたら…?」

 

「その時はワシらで止めるしかないな…だが、決して攻撃で止めようとしてはダメだ。今のティアナはとにかく“力”に固執している状態だ……だから、それに“力”で押さえつけてしまえば、逆効果になる」

 

家康はそう言いながら、広げた自分の両手に向かって、意味深な眼差しを送った。

 

「“力”を“力”でねじ伏せる事を選べば…悲しい結果を生む事は…ワシ自身がよくわかっているからな……」

 

家康の脳裏には、“絆”を重んじたはずの自分が、最後まで言葉だけでその覇業を止める事ができず、やむを得ずに“力”に縋った結果、結びついてしまったある悲しい出来事が浮かんでいた。

 

(秀吉殿………三成………)

 

家康は自らが手にかけた主君と、その結果“狂気”に落ちる事となった“親友”の顔を思い浮かべ、後悔と無念の想いを募らせ、目を強く瞑り、歯を食いしばった。

 

「家康さん……?」

 

そんな家康の苦渋に満ちた表情に、スバルが戸惑いながら顔を覗き込んでくる。

 

「………っと済まない。少し別の事を考えてしまった!」

 

家康は頭を振ると、スバルを宥めるように言った。

 

「とにかく、焦る気持ちはわかるが、今はティアナにワシやお前が何を言っても聞く耳を持たないだろう。ここはもう少しだけ様子を見て、なんとか説得できる機会を来週の模擬戦にかけるしかない。勿論、それまでの間はティアナが無理をし過ぎて倒れる事がないようにだけ、注意しておくんだ」

 

「は、はい……」

 

スバルはなんとか精一杯の笑顔を作ろうと努力していたが、その胸に抱いた底しれぬ不安は、顔いっぱいに顕になってしまっていた。

 

一週間後…恐らくは今頃の時間帯に行われるであろう模擬戦…

このあいだの大雨の反動かしばらくは快晴が続くと天気予報では言っていたが、果たして一週間後、今日と同じ天気であろうこの空の下ではどんな事が繰り広げられるのか…?

 

 

 

この時、スバルは勿論…家康でさえも予想つかなった……

 

 

 

 

 

 

まさか、この一週間後―――

模擬戦で起きた出来事が、自分の予想していたものよりも遥かに壮絶な結果に至る事になるとは……

 

 

 

 

 

その夜―――

首都クラナガン 湾岸地区・日本風繁華街 カントー・アベニュー・茶屋『弁天閣(BENTEN-KAKU)』VIP用奥座敷―――

 

少し霞んだ薄紫色の明かりが雅な雰囲気の部屋を不気味に照らしている…

今宵もまた、常連客である機動六課・通信主任 ジャスティ・ウェイツはこの店に足を運ぶなり、店で一番上等なこの部屋を確保したが、今日は憂さ晴らしの芸者遊びを楽しみに来たわけではない。

店の従業員には、店で一番上等な酒と膳の用意を複数人分用意させると、「今日は連れと内密な話があるから」と懐から取り出した札束を人払い料がてらに多めのチップとして忍ばせ、早々に引き上げさせた。

 

すると、薄紫色に染まった部屋の中に、パッと一瞬眩い光が照らされたかと思うと、部屋の中にはジャスティの待っていた“連れ”が現れていた。

大谷吉継、そして皎月院……いずれも、ジャスティの歪んだ自尊心と不満から手を組む事になった2人の異様な風貌と思惑を秘めた男女だった。

 

「ウェイツよ…ぬしに頼んでいたものは持ってきたか?」

 

用意された上座の膳の後ろに、それぞれ腰と輿を下ろすと、先に口を開いたのは大谷の方だった。

ジャスティは自分の膳の隣に胡座をかきながら、持ってきたビジネスバッグからひとつの茶封筒を取り出した。

 

「…ご注文の『機動六課隊舎周辺にかけられている防御用障壁魔法と、物理的セキュリティー設備の詳しい配置や構成が記された間取り図』…それから実働部隊を中心とした『隊員・スタッフの今後1週間の予定スケジュールリスト』だ……あとは…」

 

ジャスティはその場でホログラムコンピュータを起動して、投影したホログラムスクリーンを片手で操作していく。

すると、大谷、皎月院の目の前にさらに2回り程大きいモニターが投影され、そこには機動六課隊舎の監視カメラの映像が映されていた。

ジャスティが更に操作画面のコンソールを打っていくと、映像には昼間の防波堤で、言い争うスバルとティアナの姿が映し出された。

 

「要望にあった彼女…ティアナ・ランスター二等陸士のここしばらくの隊舎での動向の様子を記録してきた……これで全てだな? 大谷、皎月院」

 

大谷はスクリーンの中で、スバルに怒りをぶつけるティアナの姿をまるで喜劇を見ているかのように含み笑いながら見つめていた。

その隣では皎月院が、封筒から取り出した複数枚の紙の資料の内容をチェックしていた。

 

「あぁ、確かに…わちきらの求めていたものは全部揃っているね。流石は機動六課の通信主任。これだけの重要書類を持ち出すのも造作ないか…」

 

皎月院が資料に目を通しながら、ニヤついた笑みをジャスティに送った。

それに対し、ジャスティは疲れたように肩をすくめる。

 

「…色々と根回しに骨が折れたがな…それに、ウチのお喋りな “副主任”が俺のやる事なす事にいちいち目を光らせてきやがる…その間取り図だって、結局直接持ち出すのは諦めて、原稿をコピーする事がやっとだったからな」

 

ジャスティは、脳裏にシャリオ・フィニーノ執務官補佐の楽天的な顔を思い浮かべると、苛立ちを振り払うかの如く、既に注がれていた自らの分の盃の酒を煽った。

 

「ひょっとして…勘づかれたのかい?」

 

隊員のスケジュールリストを流し読みながら、皎月院が目を細めて尋ねる。

 

「いや…フィニーノ(そいつ)は頭は切れるが、特に勘が鋭いってわけでもない……恐らくは単に俺が目障りだと思っているだけだろう…俺個人としては鬱陶しいので、事成就の際にはついでに消してもらえるとありがたいがな…」

 

「案ずるな。我らに任せておけ…ぬしが望むままに、事は進めてやろう……」

 

大谷がそう言いながら、片手を上げた。

映像ではティアナがスバルの制止を振り切って離れていったところだった。

「もう映像はいい」という大谷の意図を察したジャスティは、コンピュータを操作して、ホログラム映像を閉じた。

 

「しかし…なんでまたランスター二等陸士の映像を所望するんだ? 言われたとおり、ここしばらくの彼女の六課での行動を監視カメラを使って追跡していたが、その同僚との口喧嘩を除けば特に特別な事はしていない…最近は、訓練以外は殆ど一人で自主練ばかりやっているぞ?」

 

ジャスティが銚子から手酌で酒を盃に注ぎながら、怪訝な表情を浮かべて尋ねた。

 

「…いや…それでよいのだ。寧ろ一人でいる時の方が彼女の心に宿す“不幸”がよく見えるというもの……で? 事を実行する機は何時がよいか? うたよ?」

 

大谷の質問に、皎月院はニヤッと悪意の籠もる笑みを浮かべながら、スケジュールリストの紙を畳の上に置いた。

 

「刑部。どうやら一週間後に奴ら“模擬戦”をやるそうだよ。それも前線部隊のガキ共全員……勿論、あのティアナとかいう小娘もね…」

 

「ほぉ? つまりはその時か…?」

 

大谷がそう言って、含み笑いを浮かべた。

 

「あぁ…その日こそ、この策を発動させるにうってつけの好機…その模擬戦には徳川も、伊達や真田達も、それから機動六課の主戦力もほぼ全員が集結しているみたいだ…実行するには、またとない機会じゃないかい?」

 

そう言うと皎月院も笑い出した。

 

「ウェイツ。その時はアンタにも働いてもらう事になるよ。その為にアンタをこちら側に引き入れたのだからね……」

 

「……俺は何をすればいい? 模擬戦とはいえ、俺にはロングアーチの仕事があるから、下手に司令室から離れる事はできないぞ?」

 

ジャスティが釘を差すように言った。

 

「その心配はないよ。アンタは模擬戦の時はいつもどおり、ロングアーチの仕事をしていればいいだけさ…ただ、その前にこの間取り図にあった訓練所周辺にかけられている『A.T.S.(アンチトランスファーシステム)』を予め外しておいて貰えればいい」

 

皎月院が再度、隊舎の間取り図を手に取りながら説明した。

A.T.S.(アンチトランスファーシステム)』とは、読んで字の如く、発動区域内部における転送魔法を遮断させ、外部からの転送による侵入を阻止するシステムである。

機動六課では元々、違法魔導師による侵入を防ぐためにこのシステムが導入されていたが、以前、黒田官兵衛、後藤又兵衛両名と彼らの率いたガジェットドローンによる襲撃事件があって以来、より警備体制が強化された事に伴い、より高度なシステムにアップデートさせたばかりだった。

 

「簡単に言ってくれるな。六課の『A.T.S.(アンチトランスファーシステム)』はそれこそ最新鋭の防衛システム…こないだの襲撃事件の時のガジェットドローンのような一個兵団分の数の兵を送れるようにする為には、俺一人で解除するにも1時間はかかるぞ?」

 

「その心配も無用さ。今回送り込むのは少数……わちきらは“彼女”を潜り込ませる事が目的なのでね」

 

皎月院がワザとらしく、そう口走った瞬間―――

 

「うぅおぉぉらああぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

突然部屋の後方にある襖の向こうから咆哮のような掛け声と共に畳が1枚、襖を吹き飛ばしながら、回転して飛んできた。

 

「な、なんだ!?」

 

ジャスティが驚くのを尻目に、大谷は「やれやれ…」と溜息を漏らしながら、どこからともなく浮遊してきた複数個の珠に向かって手早く呪文を唱える。

 

「“穿つな八曜”」

 

大谷が飛んでくる畳に向かって手を差し伸ばすと回りに浮いていた珠が光を帯びた弾丸の様に飛んでいき、畳に命中させるとそのまま跡形もなく消し去った。

すると吹き飛んだ襖の向こうには、大谷や皎月院と同じ様な和服に身を包んだ一人の若い“女”武者が立っていた。

 

白い肌に目鼻立ちのキリッと整い、ライオンのたてがみのようなボリュームある銀髪のポニーテールが猛々しい印象の麗人だった。歳は20代前半から半ば程か。

白と水色の半袖半裾の陣羽織の下には胸には白サラシを巻いていただけだった。

指先から二の腕にかけて刺々しい装飾の施された手甲を着け、両裾に仁王像の描かれた袴を穿いて、腰にはしめ縄風の腰巻きを纏っている。

袴の右上裾には白地で「竹に飛び雀」紋が記されていた。

 

「いきなり畳をぶん投げてご挨拶かい? 相変わらず、とんだ“跳ねっ返り”だねぇ…」

 

皎月院が微塵の恐怖も抱いていないように、からかうような口調でそう言うと、“女”武者は「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、どすどすと足音をわざとらしく立てながら部屋に入ってきた。

 

「よく言うぜ! オレが“女”として扱われる事が一番嫌いだってのは、アンタだってわかってんだろうが!? それをわざとらしく呼びやがって!」

 

“女”武者はそう捲し立てながら、ジャスティの隣に用意されていたもう一人分の膳の後ろにどっかりとあぐらを組んで腰を下ろした。

 

「まぁ、そう怒るな。ちとささやかな戯れよ…。それよりも紹介しよう。我らの良き協力者のジャスティ・ウェイツぞ」

 

大谷がそう宥めながら、ジャスティを紹介すると、“女”武者はチラリとジャスティの方を一瞥すると、嘲るように溜息をつきながら顔をそらし、すぐに大谷の方に視線を戻した。

 

「なんだよ大谷。また敵の中から寝返りそうな野郎、引っ張り出して使う気かよ? 相変わらずテメェも碌な趣味じゃねぇな。まっ、そんな趣味の悪ぃ野郎の誘いに乗ろうとするやつも碌なもんじゃねぇんだろうけどよぉ」

 

「なっ!? なんだと!? いきなり現れてなんだ! このおん―――」

 

いきなり、無礼な口を叩いてきた“女”武者に、憤慨したジャスティが抗議の声を上げようとすると、皎月院がサッと、煙管を彼の口許に突きつけて、途中まで出かかっていた「女」という言葉を封じた。

そして、片目だけ赤く光る目でジャスティを見つめながら、念話を飛ばしてきた。

 

(おっと。そいつに向かって「女」は禁句だよ。そいつは訳合って、「女」を捨てて、今は“男”として振る舞っているのさ。だから…見た目はあれだけど、あんたもそいつの事は「男」として接する事を勧めるよ。でないと、次は畳じゃなくて、あんたが吹っ飛ばされる事になるよ…)

 

最後の方を強調して伝えてくる皎月院に、今しがた勢いよく回転しながら飛来してきた畳を思い出し、本能的な危機能力を察したジャスティは固唾と一緒に、出かかっていた言葉を飲み込んだ。

一方、“女”武者の方は、幸いにもジャスティの事など毛程の興味もなかったのか、腰を下ろすなり、膳に用意されていた豪華な和食御前をガツガツと食べ始めていた。

 

その食べ方の汚い事……飯を掻き込めば米粒は散らすわ、汁物をすすれば部屋中に響かんばかりにけたたましい音を鳴らすわ、主菜の鯛の尾頭付きなどは頭を手づかみにハラワタを食いちぎるわ、量の少ない小鉢に入った他のおかずや、香の物は器ごと持ち上げて大口開けて直接落とし入れるわ、酒は猪口に注ぐ事無く銚子から直接ラッパ飲みするわ……

確かにそこには女らしい品など欠片もない…見ていたジャスティも思わず目を丸くしながら唖然としてしまう程だった。

 

「んで? オレにやってほしい“仕事”ってのは一体、なんなんだよ? 先に言っておくけど、オレは小西の下衆野郎と違って、無駄な人殺しはしねぇからな」

 

口に食べ物を含んだまま、“女”武者が尋ねた。

すると、皎月院は口の端を歪に吊り上げながら言った。

 

「安心しな。あんたにはそれらしい仕事を用意したからさ。…かの“軍神”の跡取りたるあんたに相応しい仕事…をね……」

 

皎月院の言葉に“女”武者はゴクリと口に含んだものを飲み込みながら、眉を顰める。

 

「……ほんと、アンタって嫌味な奴だな……」

 

“女”武者は殺気ともとれるような刺々しい眼差しを浴びせた。

ビリビリとした緊張感が2人の間に立ち込める。その様子を見ていたジャスティの額に自然と冷や汗が浮かんでいた。

 

だが、やがて“女”武者は妥協するように小さく息を吐いた。

 

「…まぁいいさ。オレはオレの与えられた仕事をやるつもりだよ。これでも一応は“五刑衆”だからな…」

 

“女”武者はそう言って銚子を再びラッパ飲みして、あっという間に空にしてしまった。

 

「ヒッヒッヒッ…久々に、ぬしの暴れる様を見られると思うとなかなか楽しみであるぞ…」

 

大谷は楽しげに含み笑った。

 

 

「………五刑衆第五席…『吼将』“上杉景勝”よ……」

 

 

その包帯の隙間から望む赤黒い目が妖しく光っていた。

 




というわけで、リブート版初の新規参戦武将として、“上杉景勝”が登場しました。

BASARA原典では(ほぼ)女性で間違いなしな謙信のキャラに肖り、景勝も『女を捨てた跳ねっ返り猪女武将』という孫市と直虎を足して2で割ったようなキャラで登場させる事にしました。

そして、オリジナル版との最大の違いとして、リブート版ではこの景勝が『豊臣五刑衆』第五席の座についています。

正直、オリジナル版でこの座にあった“木村重成”は、キャラ的にはよかったのですが、豊臣の大幹部に名を連ねるにしては薄いかな?っと連載中から自問自答していました。
また、オリジナル版執筆当時は『既に原典に登場している武将の家族(子供)をオリジナル武将として出す』という柔軟な思考まで頭が回らなかった事もあって、史実では豊臣派の武将の中でも(少なくとも)重成よりは著名である景勝の存在を完全に無視していました。

それと、大河ドラマ『真田丸』で遠藤憲一さんが演じた景勝のキャラがハマった事も景勝登場のきっかけとなりました。

ちなみにオリジナル版で第五席だった重成についてはリブート版に登場させるかは未定です。


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第二十四章 ~波乱の模擬戦 霧の中より現れし吼将~

焦り、コンプレックス…様々な負の感情に押しつぶされるティアナは、とうとう親友にして相方 スバルの忠告さえも受け入れられず、拒絶してしまった。

少しずつ、周囲から距離を作って自分の殻に閉じこもり続けるティアナにスバル、家康、そしてなのはは……?

一方西軍では、模擬戦を突いたある作戦の要として豊臣五刑衆の新手“吼将”上杉景勝が動き出そうとしていた……

又兵衛「リリカルBASARA StrikerS 第二十四章 執行…だねぇ~~~?」


スバルとティアナの仲が拗れてから1週間経ったある夜―――

首都クラナガン 湾岸地区・日本風繁華街 カントー・アベニュー・茶屋『弁天閣(BENTEN-KAK)』VIP用奥座敷―――

 

「それじゃあ、今のところ六課側に大きな変化はないって事だね?」

 

部屋の上座を陣取った西軍御意見番 皎月院が最後の確認をした。

 

「あぁ。予定通り、明日の11:00(イチイチマルマル)時に訓練所で隊の前線隊員の模擬戦が行われる。今日は部隊長と分隊長達が遅くまで入念に話し合っているのを確認した」

 

機動六課通信主任 ジャスティ・ウェイツの返答に、皎月院とその隣に輿を着地させた大谷吉継はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「では、予定通り作戦は決行…という事であろうな?」

 

大谷の言葉に、ジャスティは全身の血が沸き立つのを感じた。

ついに…ついにあの憎き機動六課を壊滅に追いやる作戦が始まる。その作戦に裏方ながらも大きな役割を任されている自分にとって、その一言は、自分が内通者(スパイ)となった事を、改めて実感させられた。

思えば、『豊臣』と名乗る彼らに加担する事を選んでから、日数で数えると僅か1週間と数日しかなかったが、今では自分もすっかり彼らの仲間であるという自負さえ芽生えつつある程に、既に“スパイ”として数々の使命をこなしてきた。

とは言っても、ジャスティは実働要員ではない。暗殺などの物騒な仕事ではなく、あくまでも彼の六課での役職である“通信主任”と“システム管理者”としての仕事に基づいた分野で、与えられた指令をこなしてきた。

手始めに六課隊舎の間取り図、スケジュール表などの書類を提供し、それから1週間かけて、受け取った品を特定の場所に仕掛ける…部隊長のはやてや補佐役のグリフィスの会話の様子を記録しそれを伝える…一部通信システムに細工を施す…殆どがそんな仕事だった。情報の交換と、裏工作に必要な備品の手渡しは全て、『豊臣』との密談場所であるこの奥座敷で行われた。いずれも、機動六課での仕事をこなしているジャスティにとっては造作もない簡単な仕事だった。

一番緊張したのは、隊舎の防衛システムの動力源の魔力炉があるエネルギー室へ『システム装置の点検』と偽って潜入し、こっそり魔力炉に皎月院から手渡された自壊装置を仕掛ける事だった。

その時が一番スパイらしい事をしていると内心興奮が止まらなかった。

そうして、ジャスティが上手くスパイとしての仕事をこなす度に、『豊臣』は中々の額の報酬を支払ってくれた。

実に割合の良い仕事だ。自分の目障りな人間を代わりに消し去ってくれるばかりか、それに少し手伝うだけで莫大な金が入る。既に、六課の仲間達…はやてや実働部隊はおろか、ロングアーチの仲間達に対する罪悪感も残っていない。

全ては、自分を正当に評価せずに、周りを依怙贔屓したはやてが悪いのだ。恨むなら、未熟な部隊長を恨め……ジャスティはそう割り切っていた。

 

「おっ! いよいよなんスね? 刑部さん」

 

同席している青年。島左近の声はそっけないほど軽い。ジャスティの高揚とはまるっきり正反対である。

この左近という男…聞けば、豊臣の現在の中心組織『石田軍』の特攻隊長だそうで、声色に驚きが少ないのは、それなりの場数を踏んできているからだろうとジャスティは察した。

しかし、そんな事はジャスティにとってはどうでもよい事だった。

実際に動くのは自分じゃない。自分はあくまでも彼らの作戦が上手く運べるようにお膳立てをするだけ…彼らが上手く作戦を成功させればそれでよいし、失敗したならば、自分は機動六課の一員として彼らを捕縛すればよいだけなのだ。

 

「では、景勝よ……ぬしには機動六課や徳川達を引きつける“囮”となってもらおう…」

 

座敷の少し離れた場所に腰を下ろし、洗面器程の大きさの巨大な盃で一献傾けようとしていた“女”武者 上杉景勝に、大谷は語りかけるような口調で命じた。

上からの命令が下されたにも関わらず、景勝は、盃を煽る手を下ろす事がなかった。

そして、徳利10本分の量の酒が並々に注がれていたはずの盃を一呷りで空にしてしまうと、ようやく視線を上座の方に向けた。

 

「“囮”…ねぇ。 そういう仕事。なんか汚れ役みたいで嫌なんだけどよぉ?」

 

「なぁに。“囮”と言っても、大した事じゃないさ。いつもどおりに最前線で奴ら相手に思いっきり暴れさえすれば、それでいいんだ。強いて言うなら、この4人を引き止める事だけを注視してもらうくらいかねぇ?」

 

そう言って皎月院が、ジャスティに顎で指示を送ると、彼は起動したホログラムコンピュータを操作して、景勝の前に4人分の顔写真の映ったモニターを投影させる。

そこに映っていた人物は、なのは、スバル、政宗、そして家康だった。

 

「ゲッ!? 家康(東照)に…独眼竜だって?! 流石にこの2人相手に囮たぁ、初陣(のっけ)から重い仕事押し付けてきやがるぜ! まぁ、しゃあねぇか…」

 

そう愚痴りながら、空になった大盃に酒を注ぎ入れる景勝に、皎月院は彼“女”の心内を見定めているかのような意味深な視線を投げかけた。

 

「そんな事言って…本当はその胸に滾る武人の魂が、疼いて仕方ないんじゃないのかい?」

 

「………まぁな」

 

再び満杯になった大盃を片手に持ちながら、景勝が頷く。

そして、再びそれを一気に唄うとあっという間に空の状態に返してしまった。

すると、座敷の反対側の縁側へと続く障子の前に陣取って座っていた左近が、軽い調子で話しかけてくる。

 

「なぁに! もしも危なくなったら、この島左近も助太刀に上がりますよ! だから、大船に乗った気で安心して仕事こなしてくださいよ! 景勝“姐さ―――フゴォッ!?」

 

左近の言葉は最後まで続かなかった。

その前に、景勝が持っていた大盃を電光石火の速さで投げつけて、それが鼻にクリティカルヒットしたのだった。

間抜けな悲鳴を上げながら左近は障子を突き破り、縁側へとひっくり返る。

 

「誰が“姐さん”だ!! オレは女を捨てたと何度も言ってんだろうが!! いい加減、覚えねぇとテメェの竿と玉を引きちぎって、テメェを女にしてやっぞ! バカ左近!!」

 

「……ほ……ほんと、女扱いされる事には容赦ないっスねぇ………」

 

鼻血を垂らしながら、左近が縁側に倒れたままボヤいた。

その様子を見ていたジャスティは、改めてこの景勝なる “女”武者は『自称“男”』と称するだけあって、女気の欠片もないなと内心呆れていた。

見た目はまさに美人で、袴や陣羽織なんかよりも革系アイテムが似合いそうな雰囲気であるにも関わらず、その言動や気性はまるで荒武者や蛮族のそれに近いものである。

そう思うと、ジャスティはこれが普通の女ではない事が、残念に思えてならなかった。

これで普通の女であれば、あわよくば言い寄る事も考えていたのに…

 

「んで? オレに派手に暴れさせるのはいいとして…その間にアンタらは何をするって言うんだよ? 何も知らされずに陽動役だけ押し付けられるってなら割に合わないぜ?」

 

大盃を手放してしまった為、仕方なく徳利から直接酒を飲み始めた景勝が大谷と皎月院に尋ねる。

すると、大谷と皎月院の目に邪悪な愉悦の色が浮かんだ。

 

「なぁに。関ヶ原で西軍が受けた屈辱への意図返しをしようと考えているだけさ。それも…わちきらなりの“趣向”も凝らした…ね?」

 

すると皎月院は、自分の懐から一つの玉を取り出した。

それは、大谷が妖術を操る際に使用し、そして彼の最大の武器でもある珠であった。

だが、普段であれば星のように白く輝いている筈であったが、皎月院が取り出したそれは、玉の中枢に輝く薄紫色の光の周りに靄のような黒く淀んだオーラが漂っている。まるで彼女が愛用している髑髏水晶に似たような見た目だ。

 

「おぉっ。ようやく出来たか? なかなかに良い“不幸”の仕上がりぞ…」

 

大谷は異様な珠を受け取り、満足気な表情で懐に収めた。

 

「当たり前じゃないかい? その為にあの“小娘”の動向を監察していたのだからね」

 

「なるほど。つまり、効果は間違いなしという事か……あい、わかった」

 

大谷は頷きながら、皎月院から受け取った珠を、妖術で煙の様に消して見せた。

その様子を見ていた景勝は、呆れるように頭を振った。

 

「要するに…また、ろくでもねぇ事企んでいるってわけか? やれやれ。アンタらの趣味ってホント理解できねぇよ…」

 

景勝の悪態に、大谷は表情を変える事なく言葉を続ける。

 

「我らはあくまで西軍の為の策を考えているだけぞ…我とうたが策を弄し、ぬしら五刑衆がそれを実行する…それが我ら“豊臣”のやり方ぞ…」

 

「…実行役のオレ達は、余計な口出しせずに黙って命令に従え…ってか?」

 

景勝が大谷を睨み付けながら言った。

 

「言いがかりであるな…これでも我は、五刑衆(ぬしら)には相応の敬意をもって接しておるつもりぞ?」

 

大谷はその鋭い視線をものともせずに飄々とした言い口で反論する。

そんな大谷を暫く睨んだ後、景勝は小さく舌打ちをしながら口を開いた。

 

「わぁったよ…どのみち、オレぁ五刑衆じゃ末席…末席は末席らしく、余計な詮索はせずに動かせていただくよ。ただし…オレの仕事があくまで“囮”だっていうなら、今回は連中を殺す必要はねぇって考えていいんだな?」

 

景勝が目を細めながら念を押すように言った。

 

「…あぁ。その心配はいらないよ。 その役目を果たすのは、アンタでもなければ、わちき達でもないからね…」

 

皎月院が発した意味深な言葉に、景勝だけでなくジャスティや、復活した左近も疑問を抱いた。

 

「それどういう意味っスか? 皎月院の姐さん?」

 

左近が代表して問いかけるが、皎月院自身も、唯一その意味を理解している大谷も、厭らしい含み笑いを浮かべるだけで、それ以上の説明はしなかった。

 

「………今にわかるさ。とにかく、アンタ達がそれぞれの役目をしっかり果たせば、最高の遊興を見る事ができるとだけ言っておこうかねぇ…」

 

「すべては明日になればわかる…今はまず、段取りの最後の確認ぞ」

 

大谷はそう言って、此度の謀の工程を語りだした…

夜も深くなり、座敷の窓からは天上に浮かぶ2つの月の明かりが差し込み、妖しい鮮やかな座敷に神秘的ながらも面妖な雰囲気を加えているかのようであった―――

 

 

同時刻…

 

六課隊舎ではそれぞれに明日の模擬戦に向けて、消灯時間まで1時間を切った今になっても、フォワードチームは各々準備や最後の自主練などを行っていた。

機動六課隊舎地下にあるトレーニングルームで、スバルは家康の指導の下、模擬戦前の最後の自主訓練を行っていた。

 

「はぁ!」

 

バンッ!

 

「せいや!」

 

バンッ!

 

「とりゃああ!!」

 

バンッ!

 

家康の片手に着けられたミットに、スバルは必死に正拳を繰り出していき、その度に大きな衝撃音がトレーニングルームに響き渡る。

 

しかし、それを受ける家康はいつもと違い、なにか懸念するような難しい表情を浮かべていた。

 

「そこまで」

 

家康がミットをつけていない手を差し出して止めると、スバルは息を切らしながら拳を下ろした。

その表情はやけに暗く、いつもの強気で明るい姿勢が見当たらない。

 

「スバル。一体どうしたんだ? 今日のお前の拳は、いつもよりキレがないぞ」

 

「ご…ごめんなさい…」

 

家康がそう指摘するとスバルはどこか上の空な雰囲気の口調で謝った。

 

それを見た家康は、何かを悟ったのかミットを外し始める。

 

「少し休憩しないか?」

 

「はい…」

 

家康に諭され、スバルはその場に腰を下ろし、休み始めた。

家康も羽織っていたトレーニングジャージの上着を脱ぐと、その場に腰かけた。

 

「ほら、水はしっかり飲んでおくんだぞ」

 

「ありがとうございます…」

 

家康は微笑と共にペットボトルの水を渡すが、それを受け取るスバルの表情は相変わらず暗い。

そんな彼女を見て、その理由を察した家康は、この一週間の間敢えて直接触れる事を指していた話題について思い切って切り出してみる事にした。

 

「スバル」

 

「は…はい?」

 

「最近…どうなんだ? ティアナの様子は?」

 

「!?」

 

家康の問いかけに、一瞬ビクッと身体を震わせたスバル。

 

「え、えっと…それは…」

 

そう言ってごまかそうとするスバルだが、その狼狽する様子から、事は決して好転しているわけはないと家康はすぐに理解できた。

 

「……やはり。仲直りはできないままか?」

 

「…………はい」

 

スバルは観念したように、小さく頷きながら話し始めた。

先週、ティアナを怒らせて以来、スバルはずっとティアナと話す機会も無いまま…否、機会はあったがその度にティアナが拒絶してスバルから逃げてしまっていた。

そして、何も話せないまま、ティアナはこれまで以上に過酷なトレーニングを繰り返しており、スバルもなかなか自身のトレーニングに集中できないでいた。

スバルの話だとティアナは合同訓練や仕事の時以外は、ほとんど誰とも話そうとせずに一人、中庭や訓練所などで模擬戦に向けた新戦術の考案や、自身の身体の強壮などに精を出していた。

だが、それはなのは達が懸念していたように訓練とは名ばかりのほとんど自身の身体を痛めつける形に近い、無謀かつ危険なものであった。

 

「やはりそうか…ワシもここしばらく、ティアナを訓練所や仕事場以外で見かける事がないとは思っていたが…それで、今ティアナはどこにいるんだ」

 

「多分、いつもの場所にいると思います。一緒に来てくれませんか?」

 

そう言うとスバルは家康の手を引いて『ある場所』に連れて行った。

 

 

機動六課隊舎裏庭――――

 

バシュ!バシュ!バシュ!

 

「ううぅ……!?」

 

ティアナは一人隊舎の裏庭で、訓練用に調節された魔導レーザー発射装置付きの疑似標的の前に立ち、そこから放たれるレーザー攻撃をあえて受ける事で、敵の攻撃に耐えながら走る訓練を行っていた。

しかし、訓練用とはいえそのレーザー攻撃の威力はそれなりのものであり、ティアナの体には軽いとはいえ、火傷の痕がいくつもできていた。

 

「ひどいな…まるで自分に拷問をしているみたいじゃないか…」

 

家康、スバルは、そんなティアナを遠くから見守り、言葉を失っていた。

 

「私も何度か注意しようとしたのですけど…ティアは聞く耳すら持ってくれなくて…」

 

スバルが肩を落としながら、説明した。

 

「ティアは…私やエリオ、最近のキャロみたいに自分も近接戦闘の要となろうと考えているみたいです」

 

「近接戦闘を…!? 確かにそれは理に適ってはいるが、正直飛び道具を得物に使うティアナでは…」

 

家康が率直に自分の感想を口に出すと、それに同調するようにスバルも頷いた。

 

「私も、せめて家康さん達みたいにちゃんとしたプロの人から教わるのならまだしも、ティアがやろうとしているのはインターネットやマニュアル本などを聞きかじって研究しただけの完全な独学…しかも、なのはさんが教えてくれている事と…」

 

「完全に逆の事をやっている…というわけか…?」

 

「はい…」

 

家康とスバルはティアナに気づかれないように、気をつけながら、その場を離れながら、話を続けた。

 

「あの様子だと、ティアナは明日、この1週間で身につけた自己流の“近接戦闘”を披露する気なのだろうな…」

 

「はい。しかも只でさえ、無理を重ねているから身体だってボロボロなはずなのに…そんな事をやったりすれば…」

 

「けれども、やっぱりティアナはスバルが止めようとしても、聞き入れてくれなかったのか?」

 

家康の問い掛けにスバルは暫く口を閉じ、沈黙する。

彼女の態度に家康が再び口を開こうとした時…

 

「いえ…“止められなかった”んです…」

 

「スバル?」

 

スバルが己の不甲斐なさを自嘲するかのように悲しげな表情を浮かべた。

 

「このままでは良くない事は、わかっています。だけど、ティアが必死に頑張っているのをわかっているからこそ…ティアを止める事ができない…私はティアの親友なのに…親友なのに何の力にもなってあげられなくて…どっちつかずな事しかできなくて…つらいんです…」

 

「スバル…」

 

スバルはそれっきり何も話さなかったが、家康は自然と彼女が泣いているようにも見えた…

そんな彼女の心中を察してか、家康は黙ってそれを見守る事しかできなかった…

 

 

「…I got you。確かにスバルの気持ちもわからなくはねぇな…」

 

「あぁ…情けない話だが…だからこそワシも結局、具体的な妙案を呈する事ができなかった…」

 

その日の深夜―――

皆が眠りについた頃…家康は政宗を隊舎屋上へ呼び出し、話し合っていた。

内容は言うまでもなく、この一週間のティアナの様子と、明日の模擬戦についての懸念だった。

先週、共になのはからティアナの過去を聞かされて以来、アグスタでの任務をきっかけに、これまでにも増して無茶に走るようになったティアナを、政宗達もそれとなく案じている事を知っていた家康は、手始めに六課に身を寄せている武将達の中で一番付き合いの長い政宗に相談してみる事にしたのだ。

 

「ティアナが強くなりたいという気持ちは理解できるし、現に新しい戦法を習得する事も決して間違ってはいない。だが、その為に無理を重ねて体を壊してしまったら元も子もないんだ。それをどうしてやったら、ティアナがわかってくれるか…」

 

そう腕を組みながら唸る家康に、政宗が口を開く。

 

「…本当に改めるべきなのは、ティアナ(あいつ)だけだと思うか? 家康」

 

「ッ!? どういう意味だ? 独眼竜」

 

家康が尋ねる。

 

「…俺は、ティアナがここまで無茶に走っちまっているのは、なのはの説法もいけなかったんじゃねぇかと思うがな?」

 

「なのは殿の?」

 

家康が聞いた。

まさか、ここでなのはの名前が出てくるとは思っていなかったからか、唖然とした表情を浮かべている。

 

「実は…こないだヴィータの見舞いに行った時にな…」

 

政宗は、なのはから聞かされた彼女の過去と、それに纏わる彼女のフォワードチームへの教導方針について、一部始終を家康に説明してあげた。

 

「…そうか。 なのは殿も、なのは殿なりに考えて、スバル達を思っていたというわけか」

 

なのはが想像していた以上に重い過去を抱えていた事に驚かされながらも、家康はなのはなりの優しさに感銘を受けるように呟いた。

だが、政宗はそれを快く思っていないのか、顰めっ面を浮かべ、切り捨てるように反論した。

 

「そうだな。確かになのはも考えてやがる。…だが、逆を言うとアイツは『考えてる』だけで、それを上手く伝えきれていない…恐らく、自分の考えに基づいたTeaching Menueを受けていれば、自ずと理解を得られる。自分がそうして学んできたように、自分が目を付けたティアナならできる……そう考えてはいるんだろうが…」

 

「……実際、ティアナの心はなのは殿が思っている以上に繊細であると…?」

 

「でなけりゃ、そんな無茶に走るわけがねぇだろ?」

 

政宗がきっぱりと言い放った。

 

「確かにお前と同い年で、“Ace of Ace”なんて称号も得ているなのは(アイツ)は大したもんだ。実力も本物だし、人間的にも良く出来てる…もし日ノ本にいれば伊達にscoutしてもいいくらいだ。だがな、Teacherとしては少々不器用なのが玉に瑕だと思うぜ…」

 

「…独眼竜もなかなか手厳しいな」

 

苦笑を浮かべながら述べる家康に、政宗は「不器用な奴はここにもいたか…」と小声で呟きながら溜息をついた。

 

「あのなぁ、家康…こういう事について、outfieldの俺達はより中立的な立場でいないといけないもんだろうが? いくら、愛弟子のスバルを案じていようが、片一方の当事者(ティアナ)だけに目を向けていても解決の糸口は見えないぞ?」

 

「わ、ワシは別にティアナだけを注視していたわけでは……!?」

 

「ないって言えるのか?」

 

政宗が隻眼で睨みながら、詰問する。

家康は言葉を詰まらせ、しばしたじろいだ後に、観念した様に小さく頷いた。

 

「………いえ…してました…」

 

「OK。素直でよろしい」

 

家康は、「やはりこの男だけは敵であろうが味方であろうが敵わないな」と苦笑を浮かべるのだった。

 

「とにかくだ…明日の模擬戦は必ず荒れるぜ…なのはには一応俺からnailを打っておいたが、問題はティアナだ…アイツが無茶に走りすぎてとんでもねぇtravelが起こる気がしてならねぇ」

 

「うむ…ワシもそれが心配なんだ」

 

「もしもの時は俺達が止めに入るしかねぇさ。とにかくアイツらに今必要なのは、面と向かって話し合う事だ。お互いにこのまますれ違っていればどうなっちまうか…せめて、明日の模擬戦でアイツらも少しはわかるといいんだがな…」

 

「…………そうだな」

 

どこまでも中立的な姿勢を崩さない政宗に対し、ややティアナ寄りに案じてしまう家康は複雑な面持ちを浮かべる。

結局、この会話でもそれ以上の打開策が上がる事はなかった。

 

そんな彼らの話をもう一人聞いている人間がいた。

 

「なるほど…とりあえず、徳川と独眼竜の両旦那方も同じ気持ちってわけか…」

 

佐助である。

屋上の出入り口部分の屋根の裏手の死角に隠れながら、政宗と家康の会話を一部始終聞いていたのであった。

 

「本当にどうなる事やら…明日の模擬戦……」

 

佐助は皮肉っぽく笑うと、長居は無用といわんばかりにフッと姿をくらますのだった……

 

 

そして翌日――――

訓練所ではいつもの訓練よりも、さらに複雑な構造の廃都市が出現していた。

今日の訓練は今までの特訓の成果を試す意味を込めて行う為だけあって、その舞台となる場所もいつも以上に難関で広大なコースが用意されることとなった。

まず初めになのはは、スターズ分隊であるスバルとティアナを相手にする事となった。

その間、エリオとキャロはヴィータ、そして見学に来た家康、政宗と共に廃墟の一角のビルの屋上から訓練の様子を伺う事になった。

 

「じゃあ二人共、準備ができたら早速始めるから」

 

「「はい!」」

 

スバルとティアナはそれぞれデバイスの準備をするが、その間も二人の間に会話はまったくなかった。

 

「ねぇ、ティアあのね…」

 

スバルが思い切って話しかけようとすると、ティアナはそれを自分の言葉で遮ってしまう。

 

「スバル。準備ができたらさっさと始めるわよ」

 

「う……うん……」

 

そんな彼女の態度にスバルはため息をつくしかなかった…

 

 

「大丈夫かな? スバルさんとティアさん…」

 

「ここ数日、一緒に訓練してるの見てなかったしね」

 

キャロとエリオは二人の様子を見ながら、それぞれに不安を覚えていた。

彼らもまたティアナの行動が最近おかしくなっている事に気づいていた為、やはり今回の模擬戦にはただならぬ雰囲気を感じていた。

 

そしてそれは前夜に話し合いながらも具体的な答えを見出す事のできなかった家康や政宗も同じだった。

兄の無念を晴らす為に“強さ”に執心し、無茶な訓練を繰り返すティアナと、確かな信念を持ちながらも、そんな自分の想いを訓練方法でしか伝えられていないなのは…

二人の不器用さが悪い意味で合わさった事で、すれ違い、そして周囲をも巻き込んで不和長音が生じているスターズの模擬戦が果たして、どんな結果を生む事になるか…?

少なくとも平穏に終わる事はないと家康も政宗も確信していた。

 

一体どんな事になるのやら…

 

「なぁ…独眼竜」

 

「なんだ? 家康」

 

家康は、隣に立っている政宗に話しかける。

 

「昨日“もしもの時は止めに入る”と言ったが、一体いつ程に止めたらいいのだろうな?」

 

「Beats me……まぁ、少なくとも流石に命に関わるようなoverな技繰り出したら、動くべきかもしれないが…」

 

政宗はそう答えながら、スバル達の方を一瞥し、すぐになのはの方に視線を変える。

 

「アイツの頭の中でどんなplanが考えてあるのか知れねぇが、まずはそいつを拝見ってところだ。それから、そいつを見たなのはがどんな反応を示すかで、俺達も動く…それが一番の方法だろうな」

 

「なるほどな」

 

政宗の提言に家康が頷いていると、後ろから2人の人間が屋上に上がってくる。

 

「すまぬ。遅くなったでござる」

 

「もう模擬戦始まっちゃってる?」

 

幸村とフェイトであった。

 

「ん? エリオはまだなのか?」

 

「はい。今は、なのはさんとスバルさん、ティアさんとの模擬戦で…」

 

エリオの言葉を聞き、幸村とフェイトが上を見上げると、そこには戦闘前の準備を行うなのはの姿があった。

 

「私も手伝おうと思ってたんだけど…」

 

「俺やヴィータもそう言ったんだ。でもなのはの奴、一人でも大丈夫だからって俺らは見学ってわけさ」

 

政宗がつまらないのか、自分も参戦したくてうずうずしているのか、物足りなさそうに話す。

 

「そうなんだ。 でも本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけど…」

 

「あぁ、なのはもここんとこ訓練密度濃いからな。 少し休ませねぇといけねぇんだが…」

 

「そうでござるな。なのは殿はここ一週間ずっと働いてばかりに見えるでござるしな」

 

フェイトとヴィータが話し合っていると、幸村も同意する。

 

「部屋に戻ってからも、ずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ。訓練メニュー作ったり、ビデオでみんなの陣形をチェックしたり……」

 

「随分、熱心にforwardの連中の事を考えてるじゃねぇか…なのはは…」

 

フェイトの話を聞きながら政宗は、天上に上がるなのはに対して複雑な面持ちを向けた。

 

(そこまで考えてやっているなら……なんでその気持ちを直接伝えられないんだよ…? …なのは)

 

政宗の今の胸に燻るのは“もどかしい”気持ちだった。

なのはの気持ちと、ティアナの気持ち……両方の心中を知った者からしてみれば、この問題を解決する為に一番有効的且つ安易な方法は『お互いに面と向かう』事の筈。

それをなのはだってわかっている筈なのに、それをしようとしない。

勿論、彼女なりにそれも考えての事なのは理解できる…理解できるからこそ……

 

(shit! 俺達は黙って見守るか止める事くらいしかできないっていうのかよ…!!?)

 

いつの間にか、もどかしさは苛立ちになっている事に政宗は気がついた。

勿論、これはなのはに対してだけの苛立ちなどではない。

方法がないとはいえ、ただこうして静観する事しか、自分達“外野”の人間には出来ない事なのか…わからないでいる自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えていた。

 

その時、幸村がある事に気がついた。

 

「ところで各方…佐助を見てはおらぬか?」

 

「猿飛だって? そういえば今朝から見てないような」

 

家康が辺りを見渡しながら答えると、それに続いてヴィータが片眉を持ち上げて首を傾げながら言った。

 

「小十郎の奴は、今日はシグナムと一緒にはやてから用事頼まれてるっていうから来られないって聞いていたけど…佐助は知らねぇなぁ」

 

 

同時刻・訓練所内仮想廃都市 某廃ビルの屋上―――

家康とヴィータは、佐助は来てないものだと思っていたが、実は佐助は既に別の場所から模擬戦を見学していた。

 

「さてと、ティアナはどう出るかねぇ…まぁ、碌に連携も成ってない今の状態じゃ確実に問題行動に走るだろうな…」

 

 

佐助は、仮想廃都市内にある半壊したハイウェイの上空と地上に分かれて対峙するなのはとスバル、ティアナを見据えながら呟いた。

 

「じゃあ…訓練開始!!」

 

なのはの掛け声と共に模擬戦は始まった。

 

「スバル! アンタはそのまま正面から、なのはさんの前に出て攻撃して!」

 

「えぇ!? で、でも…」

 

「いいから!」

 

ティアナの強引な指示に戸惑いながらもスバルは、言われた通りに動いた。

スバルがウィングロードで、なのはのいる空中へ向かうと、ティアナは地面に降り立ち、上空にいるなのはに向かってクロスミラージュを構える。

 

「クロスファイヤー…シュート!!」

 

ティアナの掛け声とともに十数個の光弾が撃ち出された。

 

「!?…おかしいな。なんか、キレがよくねぇな」

 

「確かにそうだな。なんというか…弾速が少し遅いような…」

 

ヴィータと家康はいつもとは違うティアナのクロスファイヤーシュートに違和感を覚える。

 

「コントロールは、いいみたいだけど……」

 

「…………………」

 

フェイトはそうフォローを入れるが、政宗は難しそうな顔つきで模擬戦の様子を見据えていた。

 

当然ながら光弾は、すぐになのはに察知され、なのははすぐにその場を離れて回避する。

すべての弾を回避したと同時に、自身の目の前にウイングロードが現れ、その反対側からこちらに向かってくるスバルの姿があった。

 

「フェイクじゃない…本物!?」

 

なのはは自分に向かってくるスバルがティアナの魔法で造った幻影でなく本物だと見破るとすぐに迎撃の態勢を取った。

すかさずアクセルシューターを放つなのはに、スバルはとっさに回避行動をとる。

 

(やっぱり正面からは危険すぎる! ここは一度降下すると見せかけて、横からスピットバンカーで…)

 

スバルはなのはの放った光弾を避けながら必死に頭の中で攻撃法を考えようとするが…

 

「!?」

 

突然、アクセルシューターを放っていたなのはが何かを察知すると、スバルへの攻撃を止めて、後ろに回避する。

 

「え!?」

 

突然のなのはの回避行動に驚くスバルの前を、オレンジ色の光弾が横切った。

 

「うわぁぁ!?」

 

突然の攻撃にスバルが驚いた拍子に、片足を踏み外してしまい、そのままバランスを崩して落下してしまう。

しかし、なんとかその前に別のウィングロードを形成する事で地面への転落は回避した。

 

「コラ!スバル! ティアナ! 模擬戦なのに二人とも全然連携が成ってないじゃない!」

 

「す…すみません!」

 

なのはに怒られ、スバルは慌てて謝る。

一方返事もしないティアナになのはが、光弾の飛んできた方向を見ると、ビルの屋上にいたはずのティアナが突然フッと消えてしまった。

 

「!?…今狙撃したティアナは幻影!?」

 

まさかの展開になのはが驚いている間に、ティアナはウィングロード上を走り、なのはに迫っていく。

 

 

「おいおいマジかよ…Stand playにも程があるだろうが」

 

「ティアナ…」

 

あまりにも独断かつ危険なティアナの行動に言葉を失う政宗と家康。

 

(あんなに息の合わない二人は初めてかもしれない…これはちょっと、マズイかも…)

 

(おいなのは!! やめさせろ! 2人共チームプレイがなってないから危険だぞ!)

 

さすがのフェイトも危機感を覚え、ヴィータは空中にいるなのはに念話を送り、模擬戦の中止を呼びかけた。

だがなのはは、黙ってティアナの攻撃を待ち構える。

 

「!?…お、おい…なのは!?」

 

政宗は、なのはがこれから起こそうとしている行動の意図を察し、制止しようとした。

その時だった―――

 

「おい!なんだよあれ!?」

 

突然、ヴィータが声を張り上げた。だが、その言葉と視線はなのは達の方へ向けられてのものではない。

政宗達がヴィータの視線を目で追っていくと、彼女の狼狽した言葉の意味が理解できた。

何となのは達のいる仮想空間の廃棄都市の至る場所に正体不明の淡紫色の菱形の魔法陣が浮かび、そこから真っ白な霧が立ち込め、なのは達のいる場所を覆い尽くさんとしていた。

 

「なのは――――ッ!!?」

 

フェイトが慌ててこの異変を廃棄都市にいるなのは達に呼びかけようとしたが、その前になのは達の姿はあっという間に白い霧に包まれて、見えなくなってしまった。

 

「Shit!!」

 

嫌な予感を抱いた政宗はビルの屋上から飛び降り、霧の中へと飛び込んでいった。

だが…

 

「なにっ!?」

 

すぐに屋上の周りを包まんとしていた霧の中から出てきて、元居た場所に逆戻りしてしまった。

 

「独眼竜!? これは一体!?」

 

家康が困惑しながら尋ねる。

 

「わからねぇ…だが、コイツはただのfogじゃねぇ……」

 

政宗が顔を顰めながら答える傍で、フェイトとヴィータは念話で、なのはや隊舎の司令室との交信を試みていた。

 

「……ダメ。念話も全然繋がらない…」

 

「って事は、やっぱり目眩まし目的の幻術魔法か…? 畜生! 誰が一体なんの為に!?」

 

ヴィータが苛立たしげに舌を打ちながら呟いた。

すると、それを聞いたエリオが戸惑いながら問いかける。

 

「でも、確か隊舎の敷地内はこないだの襲撃騒ぎの後から術式対策も含めて警備体制を強化させた筈ですよね?」

 

「あぁ。だから、戸惑っているんだろうが。自慢じゃねぇが、六課隊舎(ここ)の施設自体はちょっと古いけど、警備システムは対魔法術式をとっても完璧に強化しておいた筈だぜ? 少なくとも、あんな大掛かりな仕掛けを幾つも張るなんて事ができるわけがねぇ」

 

「でも…現にこうして……」

 

すっかり、辺り一面が真っ白な霧に包まれてしまった景色を見渡しながら、家康が呟く。

 

「こ、これでは、下手に動く事さえもできぬでござる!」

 

幸村がそう言うと、フェイトや政宗、家康達は悔しそうに顔を顰めた。

 

「くぅっ! 一体どうすれば…!?」

 

家康が拳を握り固めながら、打つ手のない状況に焦燥感を抑えきれずにいた。

今、彼らにできる事は、この霧のどこかにいる筈のなのは達の無事をただ、祈るしかなかった――

 

 

 

時は少し前に遡る―――

 

 

「……はぁ、やっぱり予想通りか…仕方ねぇ、やっぱり俺が止めるしかなさそうだな…」

 

別の場所から模擬戦を見守っていた佐助が、あまりにもひどい戦いぶりにため息をついた。

 

「全く…それじゃあ行――――」

 

佐助がそう言い掛けた時、突然佐助のいた廃墟ビルの周りを白い霧が包み込むように立ち込めはじめた。

 

「ッ!? こ、コイツは…ただの霧じゃねぇな!?」

 

佐助はとっさに大手裏剣を構えて警戒する。

気がつくと、あっという間に周りは白い霧で覆い尽くされて、なにも見えなくなってしまった。

だが、家康達と違い、隠密行動を主とする忍である佐助はこれくらいの霧であれば、辛うじて周囲にあるものの影形を捉えるだけの視力と第六感を持っていた為、なのは達や家康達よりは狼狽えずにいた。

 

「訓練用の“しみゅれーたー”って奴でもなさそうだし…こんな大仕掛けを考えるやつは…大体予想がつくけど……」

 

佐助はそう呟きながら、廃墟ビルの屋上の端ギリギリの場所に立つと、両目を閉じて、片足を反対の足膝に乗せるように組んで片足立ちのポーズを取ると、そのまま何かを感じ取るようにしばし、瞑想する。

 

「…………ッ!? そっちか!?」

 

刹那、固く閉じられていた佐助の両目がカッと開かれると、大手裏剣を携えると、躊躇いなく屋上の端を蹴って、真っ白な霧の最中へと身を躍らせたのだった。

 

 

 

 

そして、この奇怪な霧が訓練所を覆い尽くした時―――

なのは、スバル、ティアナは何をしていたのかというと……

 

「フィールドを突き抜けて…一気に攻め落とす!…これが私の編み出した一撃必殺―――ッ!?」

 

ウィングロードを走りながら、勝利を確信し、なのはの方を見据えようとしたティアナだったが、目の前に広がっていた光景を見て、愕然とした。

何と前方のウイングロードの真上に、先程までは無かった筈の魔法陣が形成され、そこから季節外れの冷たい霧が湧き上がっていたのだった。

 

「ッ!? なのはさん!!」

 

嫌な予感を抱いたティアナは、模擬戦中である事を忘れ、大声を上げた。

 

「えっ!?」

 

明らかに危機感に満ちた彼女の声に、顔を俯かせて待ち構えていたなのはも我に返る。

よく見ると、魔法陣は仮想廃都市の各所に浮かび、そこから氷の粒の混じった霧を放出させていた。

スバルもこの異常事態に、攻撃の手を止めると、なのはとティアナの元に駆けつけながら訪ねた。

 

「なのはさん!? これも模擬戦のシミュレーションのひとつですか!?」

 

「うぅん。ここまで過酷な環境シミュレーションはまだこの訓練所のプログラムには入れてない筈だよ……」

 

なのはは頭を振りながら否定すると、辺りを見渡しながら、レイジングハートを握る手に力を込める。

気がつくと、辺り一面が朝霧に包まれたかのような濃霧状態となり、政宗達のいるビルがどの方角にあるかさえもわからなくなってしまっていた。

 

「どうなっているの……! 何にも見えない……」

 

なのはは、訓練所内にいる筈の政宗やフェイト、ヴィータの名前を呼ぶが…。

 

「なのは!? スバル!? ティアナ!? 皆、無事!?」

 

白い壁のように張られた霧の向こう側から、フェイトの声が聞こえてきたが、その姿はまるで見えなかった。

 

「……い、一体なんだっていうのよ……?」

 

大事な模擬戦に水を差された怒りか、ティアナが苛立たしげに呟く。

 

「とにかく、2人共。模擬戦は一旦中断。 まずは霧の中から退避してフェイト隊長達と合流して―――」

 

なのはが手短に2人に指示を出していたその時だった―――

突然、なのはの背後の霧の中からなのはに飛びかからんとするひとつの人影が浮かび上がった。

 

「なのはさん! 後ろです!!」

 

「ッ!?」

 

真っ先にそれに気づいたスバルの声に、反応し、なのはは咄嗟に身体を横に逸らす形で飛び退いた。

直後、なのはが居た場所に巨大な剣…というよりは斧の刀身のような物体が振り落とされ、地面に打ち当たると、巨大な亀裂が古びたアスファルトに蜘蛛の巣のような形を描き、走った。

 

「へぇ~。この霧の中でオレの一撃に気づくなんて…中々やるじゃねぇか」

 

いつのまにかそこにはくすんだ青色の袴を履き、白と水色の陣羽織を羽織った1人の武者姿の女が立っていた。

女は地面に食い込んでいた斧のような形状の大剣を引き抜き、肩に担いだ。

彼女の身の丈と同じくらいの大きさを持ち、まるで巨大な鉄の塊をそのまま削り出したかのような重量感溢れる外見の大剣は、殆どまともな手入れをしていないのか、刃の部分は刃こぼれが目立つばかりか、所によっては刀身の腹近くまで抉れてしまっている箇所やさらしを巻きつける事で突貫的な補強を施している箇所までも見受けられ、とても刀剣の本来の役割である『斬る』『刺す』事には使えなさそうに見えるが、それでもその重量を活かした鈍器としては十分な武器となりうるであろう。

そんな代物を軽々と掲げながら、女はニッと不敵な笑みを浮かべた。

 

見慣れない女の登場に、なのは、スバル、ティアナはそれぞれデバイスを構え、臨戦態勢をとった。

 

「この世界の服装じゃない…まさか、アンタも豊臣の…!?」

 

女を殺気を込めた目つきで睨み、構えるティアナ。

その鋭い視線に臆する事なく、女は不敵に笑うと担いだ大剣で肩を軽く叩いてみせた。

 

「へぇ~、話の早いやつらだな。だったらいちいち名乗るのは必要ねぇとは思うけどよぉ、一応武人として名乗りくらいは上げておかねぇとな…」

 

話しながら、女の眼光が鋭くなっていた。

 

「オレは『豊臣五刑衆』第五席“上杉景勝”! …んでもって、テメェらが『機動六課』の高町なのはとスバル・ナカジマって奴らか?」

 

「「えっ!?」」

 

女―――景勝から、いきなり名前を言い当てられ、なのはもスバルも困惑する。

すると、2人が戸惑っている間に景勝は、ニッと口の端を吊り上げながら、大剣を構え直すと、2人に向かって駆け出した。

 

「しゃらあああああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

「なのはさん!!」

 

向かってくる景勝に、咄嗟に反応したスバルが、リボルバーナックルを振りかざしながら跳びかかる。

 

「スピットバンカー!」

 

スバルのオーラを纏った拳が景勝の顔を捉え、鋭く突き出されるが、景勝は大剣の腹でそれを防いだ。

 

「へへっ! いい腕してるじゃねぇか! 大谷の野郎が警戒するだけの事はあるか!フンッ!」

 

景勝はそう言って、大剣を振り上げると、スバルは空中に投げ出されるが、どうにかバク宙を決めながら、うまく態勢を立て直すと、ウィングロードに着地した。

 

「オラアァァァァ!! もう一丁!!」

 

すかさず、景勝は追い打ちと言わんばかりに、大剣を構え突撃を仕掛けてきた。

なのはとスバルはすぐに障壁を張って防ごうとするが、景勝はなのはの前に立っていたスバルを軽々と飛び越えると、そのまま後ろにいたなのはの張った障壁に、力の籠もった斬撃を何回も浴びせる。

 

「あぁっ!?」

 

「もらったぁぁぁ!」

 

あっけなく障壁が壊され、隙ができたなのはに、景勝の斬撃が振り下ろされる。

すかさず、レイジングハートで景勝の大剣を防ぐが、慣れない鍔是り合いに腕が小刻みに震える。

 

「貴方も…『豊臣五刑衆』…一体、どうやってここに……!?」

 

「ヘッ! 悪ぃな。そこは西軍の軍事機密なものでな…… それにオレにとっちゃ、初めてのこっちの世界での初陣なんだ! 余計な御託は無しにして、好きに暴れさせてくれよ!」

 

なのはの問いかけを笑い飛ばすと、景勝は大剣を押す力をさらに強めてきた。

 

「う…うぅ…!?」

 

「なのはさん!」

 

スバルが慌てて景勝を背後から殴りかかろうとするが…

 

「おっと!!」

 

「キャッ!?」

 

景勝は大剣を押して、なのはを突き飛ばすと、そのまま大剣を逆手に持ちなおしながら、ウイングロードに突き立てた。

 

氷牙鬼(ひょうがき)!」

 

景勝が技名を叫ぶと、なのはとスバルの双方の目の前の地面から巨大な氷柱が筍の様に突き出してくる。

 

「!?…うわあぁ!?」

 

スバルは慌てて障壁を張るが、その拍子でマッハキャリバーの速度が大幅にダウンしてしまう。

その隙を見て、景勝はなのはの前にできた氷柱を大剣で薙ぎ払うと、粉々に砕かれた氷の破片がガラスの如く、なのはに目掛けて大量に降り掛かった。

 

「く…!?」

 

なのははそれを見るなり、後ろに飛び退いて氷片を回避し、ピンク色の光弾を3個出現させた。

 

「アクセルシューター!」

 

なのはは少し離れるように浮遊しながら、景勝に向かって3個の光弾を放つ。

景勝は自分に向かって飛んできた光弾を引き抜いた大剣を軽々と振りかざしながら全て撃ち落としていった。

 

「へぇ~。 今のも回避するとは、アンタもなかなかの腕じゃねぇか」

 

「舐めちゃダメだよ。私はこう見ても伊達に『エース・オブ・エース』の二つ名を持ってるわけじゃないんだからね」

 

なのはは、レイジングハートを構えながら景勝を睨む。

 

「『えーす・おぶ・えーす』…だぁ? チィッ! この世界の言葉は未だによくわかんねぇけど…」

 

なのはの言い放った言葉に、景勝は鬱陶しそうに頭を掻きながらも、不敵な笑みを再び浮かべた。

 

「要するにテメェはオレを飽きさせはしねぇって事だな? 高町なのはさん…よぉ!」

 

そう言うと景勝は素早く駆け出し、なのは胸部に向けて鈍重ながらも鋭い斬撃を放つ。

なのははレイジングハートと小さな障壁を上手く活用しながら、景勝の怒涛の連撃を防いだ。

 

「は…速い…!? そんな大振りな剣なのにどうして!?」

 

「へへっ! 大した速さだろう? コイツは刀身を斧の形にする事で剣撃に速さと重量の双方を併せ持たせた究極の一振り“大斧刀(だいふとう)”『砕鬼丸』だ! 日ノ本でも珍しいこの刀剣を完璧に扱えるのは豊臣傘下でもこのオレだけだ! コイツで斬られる野郎は寧ろ幸運だぜ! アンタもその一人にしてやるよ!」

 

自分の扱う剣…“大斧刀”に相当な自信があるのか、景勝は急に饒舌になりながら、連撃の速度をさらに速めていく。

これだけの重量級の武器を使ってなのはでさえも回避するのがやっとの速さで攻める事ができるのは、即ち景勝が“人外”と呼べる程の腕力の持ち主であるという事を意味していた。

 

「なのはさん!! 伏せて下さい!!」

 

その時、背後から聞こえてきたスバルの言葉に、なのはが無意識に反応して、その場に屈むと、後ろからウイングロードを使って回り込んできたスバルがリボルバーナックルに収束させた気弾を連続で発射し、援護を加えた。

 

景勝は大斧刀を片手に持ったまま、身軽な動きで気弾を避けるとウイングロードから飛び降り、濃霧の中という悪天候を物ともせずに安全に地面に着地を決めてみせると、そのまま霧の中に向かって駆け出し、姿を隠した。

 

なのはとスバルは地表に降りると、背中を合わせるようにして周囲を警戒する。

全く晴れる様子のない霧を見据え、なのはは顔を顰めた。

 

「くっ…!…この霧の中じゃ、射撃魔法も上手く使えない……!」

 

「えぇ。しかも、あの景勝って人…逆にこういう霧の中での戦闘に慣れているみたいで―――」

 

「そういう事だ! 生憎、越後出身のオレにとってこんな霧の中での戦は慣れっこなもんでな!!」

 

スバルの言葉を遮るように、霧のどこからか景勝の声が聞こえてきたかと思うと、なのはの正面の霧の向こうから突然飛び出してきながら、大斧刀を振り下ろしてきた。

 

「危ない!」

 

なのはが叫びながらスバルの背中を押すと、2人はそれぞれ地面を転がるように回避する。

直後、2人のいた場所の地面に景勝が振り下ろした大斧刀が打ちのめされ、衝撃波と共にさっきよりも巨大な氷柱が円形を描くように地面から伸びた。

 

「おらおらぁぁ! もっとオレを楽しませてくれよ!! “えーす・おぶ・えーす”!!」

 

なのはの細い首に狙いを定め、景勝は愛剣の大斧刀を勢いよく振るう。

 

「くっ……!」

 

それに対し、なのはは素早く起き上がると、華麗なバックステップで、もはや斬撃というよりは打撃のような鈍重な太刀筋を避けていく。

 

(くぅっ! やっぱり、接近戦は苦手だな…ッ!?)

 

なのはは心の中で弱音を零しながら、自分に襲いかかる豊臣の新手を名乗る女武者の姿を見据えた。

景勝の細身の体格には似合わない大斧刀であるが、景勝はまるで手足のように操っている。

その猛々しい態度はまさに猛将の名に相応しいものではあったが、その見かけは磨くと非常に華麗な姿になろう女性であった。そんな彼女が何故、男性の名前である『景勝』を名乗っているのか不思議で仕方なかった。

 

「ねぇ! 貴方…一体何の目的でここに!? 狙いは私達!?」

 

「さぁな! さっきも言ったけど、アンタに答える義理はねぇ! それよりもアンタ! さっきから躱すか、防いでばっかじゃねぇか! もっと、この世界ならではの”魔法”とかいう秘術を見せてくれよ!!」

 

一方的に優勢に立って増長した景勝が勝ち気な口調で挑発した。

だが、それの挑発に返答したのはなのはではなかった。

 

「そんなにお望みなら…見せてやるわよ!!」

 

「ん?」

 

どこからか聞こえた声に、景勝が僅かに気を取られたその時―――

その足元の周囲に霧の向こうから放たれたオレンジ色の光弾が着弾し、地表を抉った。

 

「おっと!? なんだぁ…?」

 

景勝が光弾の飛んできた方向に目をやると、そこには霧の向こう側からクロスミラージュを構えてウィングロードをゆっくりと歩み寄ってくるティアナの姿が見えた。

 

「ティアナ!?」

 

「ティア!?」

 

まさかのティアナの乱入に驚くなのはとスバル。

一方、景勝は小さく溜息を漏らしながら、ティアナの姿を見据えた。

 

「なんだテメェ? せっかく、乗ってきたところだったのに水を差すなっての」

 

「そっちこそなんなのよ…? なのはさんと模擬戦の最中だったのに、いきなり割り込んできて…」

 

冷たく、そして怒りを乗せたような言葉を、景勝に言い放つティアナ。

一方の景勝はそんなティアナの言葉を聞くと、呆れるように頭を振りながら、なのはに向かって同情するように言い放った。

 

「随分とまぁ殺気立ったガキだな。そうか…アンタが“ティアナ・ランスター”って奴か? 大谷や皎月院も随分まぁ物好きだな。こんな青臭いガキに目ぇつけるたぁ…」

 

「ッ!?……“青臭い”…ですって…?!」

 

景勝の言い放った一言に、ティアナの怒りのボルテージが一気に急上昇する。

 

「上等じゃない! 豊臣の幹部だか知らないけど、一人で機動六課に乗り込んできたその無謀さを後悔させてあげる!!」

 

「な、何言ってるのティア!? この人、『五刑衆』なんだよ!!」

 

躊躇う事なく、臨戦態勢をとるティアナに、スバルが顔を青ざめながら叫んだ。

 

「だからこそよ!!アグスタで小西行長(コイツの仲間)から受けた屈辱をここで晴らしてやる! 私なりに考えて手に入れたこの新しい“戦術”で!!」

 

ティアナはそう叫ぶや否や、クロスミラージュを乱射に近い形で発砲する。

景勝はそれを余裕で回避すると、軽く舌打ちをした。

 

「やれやれ…めんどくせぇな。 そんなにオレと戦いたけりゃ、まずはこの霧の中からオレを捕まえてみる事だな」

 

明らかに鬱陶しそうな態度でティアナの挑戦を受け入れた景勝は霧の中に向かって駆け出して行った。

 

「逃げるな!!」

 

ティアナは怒りを露わにしながら景勝の後を追い、霧の中へ向かって駆け出していった。

 

「ティア! 待って!!」

 

「待ちなさい、ティアナッ!!」

 

スバルとなのはが慌ててティアナを制止しようとしたが、ティアナは聞く耳を持たず、霧の中へと消えていった。

 

「な、なのはさん! どうしましょう!?」

 

スバルが狼狽しながら指示を仰ぐと、なのはは額に冷や汗を浮かべながら、顔を青ざめる。

 

(ただでさえ、今の状況はティアナにとっては圧倒的に不利…それにティアナ自身まともな精神状態じゃない……このままだと……ティアナは確実に負ける!)

 

なのはのレイジングハートを握る力が数段と強くなった。

 

「追いかけるよスバル! なんとしてもティアナを止めないと!!」

 

「は、はい!!」

 

これまで殆ど聞いた事がなかった怒気の含んだなのはの声に、思わず震えながらもスバルは言われるがまま頷き、共にティアナの後を追って駆け出すのだった。




少し時間がかかりましたが、ようやくリブート版リリバサも”例の”模擬戦編に突入です。

オリジナル版ではここでオリ武将の霧隠才蔵が登場していたのですが、思うようにキャラを引き立てる事に失敗してしまったので、リブート版では役回りを完全に景勝に置き換える事にしました。

ここまでは大体、オリジナル版と同じ展開だと思われる方もいますが、後半は大きく変えていく予定ですのでお楽しみに。
尚、その為に今回同様に更新頻度が下がってしまう可能性もありますが、ご了承下さい。


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第二十五章 ~波乱の模擬戦 爆ぜる狂気~

ティアナとなのは…それぞれに鬱屈した思惑を抱えたまま迎えた模擬戦…
その最中に突如、豊臣五刑衆第五席 上杉景勝が乱入してくる。

同時に訓練所を包み込んだ謎の霧になのは達はそれぞれ分断されてしまう最中、ティアナは溜まりに溜まったフラストレーションが限界に達し、なのはの制止も聞かずに単独で景勝に挑む…それが自分を狙う罠であるとも知らずに……

行長「リリカルBASARA StrikerS 第二十五章 さぁ…フェスタの時間です!!」


ティアナが景勝を追いかけていた頃……

霧に包まれた訓練所の別の場所では更に3人、暗躍する闖入者の姿があった。

 

「へぇ~…この霧の中であそこまで優位に動けるとは、流石はかの“軍神”の跡取り…無骨者に見えて、中々の戦術家だね」

 

手に持った髑髏水晶に浮かんだ景勝の姿を見据えながら、皎月院は皮肉めいた口調で呟いた。

彼女の向かいには浮遊する輿に乗った大谷吉継…少し離れた場所の壁際に島左近が両手を組みながら背をもたれさせていた。

3人が今いるのは仮想廃棄都市の一角にある廃工場を模した平屋建ての建物…その一角にある倉庫のような部屋だった。

訓練所の仮想シミュレーターは、それぞれ近中遠全ての距離の戦闘に対応できるように3つのエリアに区分されて設定されている。

ひとつはなのは達のいたハイウェイが真ん中を貫いた空戦などの広範囲を活かした戦闘を想定したエリア、2つ目はビル群が密集し、狭い路地などが入り組んだ隠れる場所が多く屋内戦などの狭い場所での陸戦を想定したエリア、そして3つ目が工場や倉庫などの比較的低い建物が多く、他の2つのエリアの特色をバランスよく併せ持ったエリアであった。そして現在、大谷、左近、皎月院の石田軍三幹部がいる場所はその3つ目のエリアの一角だった。

霧に覆われた訓練所の外では今頃、機動六課のロングアーチ隊の隊員達がこの謎の現象を前に大騒ぎしている頃であろうが問題はない。

この霧は、部外者は自由に出入りする事のできない特殊なものである上に、こちら側に引きずり込んだジャスティの裏工作が上手く行っていれば、霧を強制排除する事もできない筈だ。

 

「家康達も、あのなのはって姉ちゃんも、景勝“姐さん”の仕掛けた霧の策のおかげで動けないみたいですし…本命の“的”は食いついたみたいですし…作戦は今の所、順調…みたいッスね?」

 

「うむ。しかし、景勝もなかなか難儀な注文をする…まさかうたに霧を起こす呪文を用意させようとは……」

 

大谷がやや不満の籠もった声を上げながら、皎月院の方を見据えると、皎月院もわざとらしく疲弊の溜息をつきながらボヤいた。

 

「全くだよ。毒霧であれば簡単だけど、無害の霧を起こす術はなかなか骨が折れるんだよね。それに面白味もないし…」

 

「面白味って……相変わらず、言うことが加虐的というか……」

 

皎月院のドSな発言に引きながら、左近は壁から背を離した。

 

「それよりも。今のうちに俺達も景勝“姐さん”に合流しないと。あのティアナって子を一人引きつけてる今が絶好の好機じゃないッスか?」

 

「そうだね。大谷…例の“アレ”は?」

 

皎月院が尋ねると、大谷は答える代わりに指をパチンと鳴らし、不気味な黒がかった紫の靄を纏わせた珠を指先に出現させた。

 

「抜かりはない…あとは“的”に相対すればよい…」

 

「結構。それじゃあ、いこうかねぇ?」

 

そう言いながら皎月院が倉庫唯一の出入り口の方に目を向けると、そこには1人の迷彩柄の装束を纏った忍が立ちふさがっているのが見えた。

 

「「「ッ!?」」」

 

忍の姿を見た3人の顔にそれぞれ警戒の色が浮かんだ。

それは3人共に見覚えのある人物だったからだ。

 

「これは、これは。お久しぶりですねぇ。石田軍の皆々様」

 

皮肉めいたニュアンスを込めながら、忍―――猿飛佐助は馴れ馴れしい笑顔と、それとは真逆の殺気を漂わせながら、ゆっくりと3人の向かって歩を進めてくる。

大谷は小さく溜息をつきながら、頭を振った。

 

「やれやれ…我等の存在が遅かれ早かれ、勘付かれる事はわかっていたが、まさか最初に突き止めたのが“(ましら)”とは、意外であったのぉ……」

 

「まぁね。これでも一時は同盟を組んでた仲だから、おたくらの考えそうな策は大方予想はついていたものでね…前回の黒田軍の潜入作戦が上手くいかなかったから、今度は霧に紛れて潜り込んで、ついでに敵戦力も分断……いやぁ、相変わらず小細工の多い事ですねぇ。だけど…一体何が目的だ?」

 

話しながら、佐助は口調を急に低く棘しいものへと切り替えた。

 

「ほぉ? ここはミッドチルダ(この世界)における東軍の仮本陣であろう? そこへ来たという事は総大将(徳川家康)の首を狙うとは…思わぬのか?」

 

大谷が白々しく尋ねるが、佐助は頭を振った。

 

「違うだろ? 関ヶ原(天下分け目)の戦いであれだけ秀逸な策略を張っていたアンタが、『敵大将を狙った』策を仕掛けるのにこんな見え透いた策に頼るわけがねぇ。狙いは別にあるんだろう?」

 

佐助の指摘に大谷は動揺する事なく、包帯に覆われた口の端を釣り上げた。

 

「ヒッヒッヒッ! 真に、主は (ましら)とは思えぬ賢明さの持ち主よ…いやはや、武田が徳川に寝返りさえしなければ、今も良き同盟相手として“若き虎”共々重く使ってやっておったところが…残念ぞ」

 

「悪いけど…甲斐武田軍(俺達)は、“使われる”ほど、安い存在じゃないもんでね!」

 

刹那、佐助が大手裏剣を携えて、閃くように地面を蹴り、次の瞬間には大谷の目の前に迫りながら大手裏剣を首目掛けて振り下ろしていた。

 

「させっかよ!!」

 

ガキイイィィン!!

 

だが、振り下ろされた大手裏剣は大谷の首に届く前に、横から割り込んできた左近の突き出した双刀によって阻まれた。

 

「刑部さん!ここは俺に任せて、行ってください!」

 

双刀で大手裏剣を押し返しながら、バク宙を決め、鋭い蹴りを放ちながら左近が叫んだ。

 

「おやおや。わちきには一言も無しかい? まぁいい…行くよ刑部」

 

「…あい、わかった。では、ここの足止めは任せたぞ。左近よ…」

 

その瞬間、皎月院と大谷の周囲をどこからともなく発生した霧が覆った。

そしてその霧に吸い込まれるように2人は姿をくらました。

消える2人に背を向けたまま、左近は双刀を手の中で回転させながら、不敵に笑みを浮かべた。

 

「了解っス。 ついでに“裏切り者”を一匹片付けておきますって」

 

言い放ちながら、左近は双刀を逆手持ちで構えてみせる。

 

「やれやれ…やっぱりこうなっちまうわけか…俺様正直言うとさぁ、石田軍の中でもあんただけは嫌いじゃなかったんだけどねぇ…」

 

佐助が残念そうに呟くと、左近は肩を竦めながら返した。

 

「それはこっちの台詞だぜ。 武田が同盟申し込んできた時にあんたを見た時…なんだか俺とけっこ似てるって気がしてさぁ…正直他人とは思えなかったんだよねぇ…」

 

「へぇ~。そいつは意外…ってか“上司が堅物”って以外、共通点が見当たりませんけどねぇ?」

 

「だからさぁ。アンタとはその辺のところ、もっとゆっくり語り合いたいなって思ってたんだけど……武田が東軍に寝返っちまった以上、そうもいかないしな…」

 

左近は話しながら、少しずつ足を躙り寄せる。

静寂が広い倉庫の中を僅か数秒の間だけ包み込んだ。

そして、どこからともなく、一滴の雫が水たまりに着水する音が聞こえてきた。

それを合図に、左近が地面を蹴り、佐助に向かって双刀を振り上げた。

力の籠もった渾身の一撃が佐助に届く前に、佐助は2つの大手裏剣で二重の斬撃を受け止める。

 

「“裏切り者は、『死』だけが唯一の報い”…それが、三成様が西軍総大将として唯一定めた鉄の掟だからな。 あんたに恨みはないけど、死んでもらうぜ」

 

鍔迫り合いながら、左近は低い声で告げる。

 

「実に簡潔な掟だねぇ…だけど、実にあの凶王さんらしい掟だ。わかった…あんたがその掟に従うなら、そうすればいい…だが俺は、素直に死を受け入れたりはしないぜ?」

 

佐助は華麗に3回転のバク転を決めながら、距離を空けると、大手裏剣を投げつけてきた。

左近は双刀を順手の持ち変えると、飛来する手裏剣を弾き返した。

 

佐助はもう一度バク転を決めながら、返ってきた大手裏剣をキャッチして、着地する。

すかさず、左近が反撃に打って出た。双刀を同時に突き出し、佐助の首を狙って刺突を放ってくる。

佐助は身体を撚る事でそれを回避するが、その後も行き着く間もない猛攻が繰り出される。

それをバックステップで避けながら、佐助は内心舌打ちをした。

大谷と皎月院が何を企んでいるのかはまだわからないが、狙いが家康ではない以上、その矛先は機動六課の誰かに絞られる事となる。そして、この模擬戦のタイミングを狙ってきたということは、狙いはスターズの隊員…それも模擬戦中だったなのは、スバル、ティアナの3人の内の誰かの筈―…

焦る佐助だったが、目の前に対峙する思わぬ強敵を前にその救援に向かう事が容易でない事を悟ると、湧き立つ苛立ちをこらえるように歯を食いしばるのであった。

 

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!……」

 

相変わらず白一色の視界の中、ティアナは必死で景勝を追いながら、底しれぬ“憤怒”の感情に身を狂わせていた……

 

(くっ! 次から次に戦国武将、戦国武将って…なんでみんな私の邪魔をしたり、私を罵倒するのよ! 私がアンタ達に何をしたっていうの!?)

 

霧の中へと消えた景勝を探しながら、ティアナは無意識に身体が震えている事に気づいた。

アグスタで小西行長に完膚なきまでに叩きのめされた時のような底しれぬ“恐怖”とは違う…それは明らかな“悔しさ”からだった。

 

(凡人……負け犬……青臭い……どうして…どうしてアタシばっかり…!!?)

 

気が付けば、その目には涙が浮かんでいた。臨界点に達したコンプレックス、そして焦燥感からのストレスが、ティアナから今の状況を冷静に判断させる能力を完全に奪い取っていた。

不意に足を止めると、ティアナは、辺りを包み込む白い霧を忌々しく睨みつける。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

感情を爆発させたティアナは、霧に向かって叫びながら、身体の周りにオレンジ色の魔力のオーラを纏わせると、クロスミラージュから魔力弾を四方八方に向かって我武者羅に乱射し始めた。

もはや、周りに何があるかなんて判別する余裕などなかった。

とにかく敵を倒す…その事しか頭になかった…

 

やがて、魔力が切れるような身体を包んでいたオーラが切れ、ティアナは息を切らしながら、地面に膝をついた。

辺り一面の地表に魔力弾の弾痕が穴となって残り、吹き飛ばされたコンクリート片が無数に散らばっている。

まるで無差別爆撃の現場のような惨状だった。霧のせいで見えないが恐らくは周りにある建物なども、既に半壊以上の有様になっているのは間違いなかった。

 

「おいおい。敵の姿も確認せずに撃ちまくりたぁ、無茶苦茶じゃねぇか……」

 

あちこちに立ち込める魔力弾で生じた小火の煙の間から、歩み寄りながら景勝が霧の中より姿を現す。

その目はティアナの無謀極まりない攻撃に呆れる一方で、目の前にいる獲物を狩ろうとする獅子の如き冷徹な目をしていた。

 

「“青臭い”とは言ったけど、実際はそれ以上の問題児…みたいだな。アンタ…なにがあったか知らねぇけど、戦場でそこまで荒れちまってたら、命が幾つあっても足らねぇぞ? 悪い事は言わねぇ。これ以上、無駄に食いつかないで、ここらで下がっといた方が身の為だぜ?」

 

同情心なのか見縊っているからなのかわからないが、見逃すような事を言う景勝だったが、ティアナは激しい怒りと悔しさで歯を強く噛み締め、立ち上がった。

 

「うるさい! 侵入者風情が偉そうに説教なんて垂れるんじゃないわよ! 私はここでアンタを倒して証明してやる! 私が凡人じゃない! 私だって強いって事を!」

 

すると、景勝は呆れるように溜息をついた。

 

「あのなぁ…“凡人”だかなんだか知らねぇけど、そんな安いもんに拘ろうとしている時点で、自分が“未熟”だって証明しちまっているって事に気づかないのかよ?」

 

「なッ!? なんですって!!」

 

ティアナが声を荒げ、今にでも掴み掛かりそうな勢いで景勝に詰め寄る。

 

「自分の良し悪しを力だけで判別しようとしている時点でアンタは“未熟”だって事だよ。力さえ手に入れれば自分は変わるとでも思ってるのか? ん?」

 

景勝の挑発にティアナの額に青筋が浮かんだ。

 

「アンタに何がわかるっていうのよ!? 会ったばかりなのに、知ったような口を叩くんじゃないわよ!?」

 

「いや……生憎だがわかるな。アンタのその目…同じような目をした野郎を、オレは何人も見てきたんだ…どんな理由があったのか知らねぇけど、どいつもこいつも一貫して、“嫉妬”、“劣等感”…そんな負の感情に駆られた野郎は揃いも揃って、自分をなんとか律しようと、一番手っ取り早い方法…“力”に縋ろうとする……」

 

「………………」

 

「…そして思い知らされるのさ…我武者羅に“力”で自分を示そうとしたところで、誇りなんざ手に入らねぇ…特に目の前にある大きな背中を追いかけるしかねぇ奴なんかはな……」

 

まるでティアナの心の中を見据えているかのような景勝の指摘が、ティアナに突き刺さる。

 

「ふ…ふざけ…ないでよ……私が……そんな弱い心の持ち主とでも言いたいわけ…?」

 

ティアナは震える声を上げながら、景勝を睨みつける。

景勝の表情は、先程までのなのはやスバルとの戦いで見せていた楽しんでいるような表情ではなく、まるで駄々をこねる子供を相手にしているかのような哀れみさえも感じさせる色へと変わっていた。

 

「だったらここで見せてやるわよ!! 私は……そんな弱虫なんかじゃないって……! 私だって、戦える事を!!」

 

目が大きく見開き、クロスミラージュの銃口を向けながら、ティアナが吼える。

そんな彼女の怒る姿に景勝は困惑するように溜息を漏らした。

 

「やれやれ…そりゃ、大谷達が目をつけたくもなるだろうよ……仕方ねぇ、ちょっとだけ相手になって―――」

 

景勝が意味深な言葉を交えながら大斧刀を構えた。その時―――

破裂音が霧の中に響いた。景勝の口上と、頬の皮膚を切り裂いて、魔力弾は霧の中へと貫くように消えていった

 

「なめんな! さっさとかかってきなさい!!」

 

頬のかすり傷から血が垂れるのを気にも止めず、呆れるように頭を振った。

 

「とうとうまともな“戦”の作法さえ、わからなくなっちまったのか…? 仕方ねぇ……大人気ねぇかもしれねぇが――――」

 

刹那、景勝の姿が一瞬歪んで見たかと思いきや、その姿が消える。

どこへ行ったのかと、辺りを見渡そうとしたティアナの目の前に突然姿を現した景勝の振り上げてきた大斧刀の峰がティアナの腹部を打ち据えた。

 

「ぐふぅっ!? ごばぁあああっ!!」

 

避けるどころか、障壁魔法さえも張る間もなく、ティアナは口から大量の胃液を吐きながら、その身体は紙でできた人形のように軽々と霧の中へと打ち上げられる。

霧に隠れて見えなかった大きな廃墟ビルへと突っ込み、2つ、3つと壁を突き破りながら建物の奥へと吹き飛んでいき、8杖目の壁を破いたところでようやく大量の瓦礫をクッションにして地面に転がった。

廃墟ビルの前では3階部分に空いた穴から立ち込める砂塵を見据えながら、景勝が大斧刀を担ぎながら、ゆっくりと建物へと歩を進めつつ、呟いた。

 

「少しばかし、灸を据えさせてもらうぜ……?」

 

 

そのビルはホテルの廃墟を模しているらしく、ティアナが叩き込まれた場所はロビーのような非常に見晴らしのいい広々とした空間だった。

ティアナはその中のひとつにある柱に激突した事で止まっていた。

 

「う……うぅ……な、なんなの……? たった一撃であそこまで……?」

 

ティアナは身体中に走る激痛に耐えながら、どうにか震える足で立ち上がると、クロスミラージュを構え、辺りを警戒する。

先程のなのは達の戦いにおいて、景勝は霧の悪天候と大斧刀の大柄且つ鈍重なフォルムに反した素早い太刀さばきと身のこなしを活かした不意打ちを得意としていた。

幸いにもここは建物の中故に霧を利用した不意打ちは使えないが、それでもどこから攻めてくるかわからない為、ティアナは四方八方と警戒して用心を怠らなかった。

 

カツン…カツン…カツン…

 

だが、そんなティアナの警戒を他所に、広間の出入り口の向こう側から足音が聞こえてきたかと思いきや、普通にビルの中を上がってきた景勝が、特に小細工を仕掛ける事なく、普通に広間へと足を踏み入れてきた。

 

(ッ!? どういうつもりよ…!? なんでアタシにはなのはさんみたいにぐいぐい押してくるような戦いを仕掛けてこないのよ!?)

 

手加減か、見くびっているのか…? 景勝の意図はわからなかったが、それでもますます腹立たしくなったティアナはクロスミラージュの引き金に手をかけながら、景勝と対峙する。

 

「まさかとは思うが…銃を使えば、鈍重な剣使いなんて容易く倒せると思ったのか? 生憎、銃ってものは間合いを詰めちまえば、逆に不利になっちまう事くらいわかってるよな?」

 

「えぇ……勿論、そんな事はわかってるわよ。でも生憎、こっちはそういう事も想定して、こんなのを考えたのよ!」

 

ティアナはそう言いながら、クロスミラージュのトリガーを引くと、銃口の先にナイフ状の魔力刃が伸びて、形成される。

さながら、その姿は銃剣を取り付けたような状態になった。

 

「これで接近戦にも対応できる! 見せてやるわ! アタシの鍛錬の成果を!!」

 

ティアナは叫びながら地面を蹴ると、景勝との距離を詰めながら、魔力刃の伸びたクロスミラージュを突き出す。

それを景勝は身体を逸らすだけで回避してみせた。

 

「うそ!?……だったら、これは!」

 

その後もティアナは必死で魔力刃を繰り出し、身につけたばかりの接近戦に挑んでいくが、景勝は、身体の動きだけでティアナの俊足の突きや横薙ぎをいなしていた。

ティアナは苛立ちを表情に浮かべながら新しく身に着けた芸当を必死に振るうが、虚しく空を切る音ばかりが廃墟の中に響いた。

悲しい事に満を持して披露した新技も、景勝からしてみれば、まるで子供の一芸を相手にするかのごとく、完全に軽くあしらわれている事が、ティアナ自身も嫌という程に理解できた。

最早、大斧刀さえも使わない事に、ティアナにとっては余計に侮辱されているような気分になった。

 

「ちょっと! 真面目に闘うのか、そうじゃないのか、はっきりしなさいよ!」

 

とうとう我慢しきれずに怒声を上げながら、クロスミラージュから魔力弾を発射するティアナ。

すると、ようやく大斧刀を使って魔力弾を弾き、防ぎながら景勝が呆れた口調で指摘した。

 

「オマエなぁ…その戦術…昨日今日身につけたばかりだろ? 一目見てわかったぞ。太刀筋がまるで“素人”のそれじゃねぇか?」

 

景勝の躊躇ない指摘に、ティアナは言葉を詰まらせる。

確かに、クロスミラージュの銃口に銃剣型の魔力刃を付ける事は、今日の模擬戦の為にこの一週間の間に考えついたばかり…技も近接戦マニュアルやナイフ戦術のネット教材などを利用して無理矢理覚えるという突貫工事のような方法で習得したものだった。

 

「悪ぃが、流石のオレも素人の太刀筋相手にこの『砕鬼丸』を使うほど、武将として腐っちゃいねぇんでな」

 

「ッ!? どこまで人をバカにしてくれるのよ!?」

 

ティアナは半ば自棄を起こしながら、クロスミラージュの魔力銃剣を振るう力をさらに速めた。

だが景勝は焦る様子もなく、黙々とティアナの攻撃を受け流し続けている。

 

そして、景勝が攻撃を逸らした拍子に、サラシの巻かれた胸が、がら空きとなった瞬間…ティアナの目が光った。

 

「そこだ!」

 

ティアナが景勝の胸へ銃剣を突き出す。景勝が慣れてきたかのようにそれを後ろに下がる事で逸らしたのを見計らい、クロスミラージュの引き金を退いた。

すると銃口に形成されていた魔力刃が弾状の魔力弾に変わると、そのまま景勝の胸に向かって撃ち放たれた。

この距離ならば、躱せない…ティアナは勝利を確信してほくそ笑んだ。

 

「ふっ!」

 

だが、景勝は突然、大斧刀を地面に突き立てると片手で柄を掴んだまま、さっとジャンプを決め、目の前で放たれた筈の魔力弾を回避ると、そのまま大斧刀の柄の上に逆立ちを決めてしまった。

 

「なにっ!?」

 

「覚えときな。 武器ってものは、頭だけで使い方を覚えるもんじゃねぇ。身体で覚えるもんだよ!!」

 

景勝はそう言いながら、大斧刀の柄から落ちる力を利用し、宙で一回転を決めながら、ティアナの脳天に強烈な踵落としを決めた。

 

「ぐはぁっ!!?」

 

脳天に強烈な一撃を食らったティアナは、そのまま床を突き破り、そのまま勢いよく2階層分下に落下していった。

大量の瓦礫の破片と粉塵が倒れたティアナへ降り掛かった。

 

「う……嘘でしょ……なん…で…?」

 

驚愕と激痛に顔を歪ませながら、ティアナがゆっくりと起き上がる。

そこへ、落下と同時に生じた穴の上から大斧刀を担いだ景勝が飛び降りてきた。

 

「膨大な定石がある囲碁や将棋のように…武器の数だけそれぞれ応じるべき戦術の定石は存在するもんだ。近接、中距離、遠方…幾多の戦術の中から多数の技を同時に使いこなすのは難しい…それこそ本当に武芸の才能を持った人間にしかできない事だ…よって、自分の相棒(得物)は少数の得意手に特化させるべきだぜ?」

 

諭すように語りかける景勝を睨み、ティアナは血が混じった唾を地面へと吐いた。

 

「オマエの問題は…その危険性を考えず、闇雲に慣れない戦術を、付け焼き刃のまま実戦に持ち込むという無謀を働いた事だ。戦でそんなバカを犯して生き残った奴は見たことない」

 

「私は……バカだって言いたいわけ…?」

 

「逆に聞くけどよぉ…それがほんとに利口な戦法だとでも思ったのか?」

 

あくまでも聞き分けのない子供を窘めるような口ぶりで景勝は話していた。

その表情には僅かばかし、同情の念さえも浮かんでいた。

 

「なにがあったのか知らねぇが…オマエ、なにそんなに焦ってんだよ?」

 

「ッ!?……焦ってる? アタシが…?」

 

「あぁ。オマエはここを守る為に戦っているわけじゃねぇ…ただオレをぶちのめして、“勝利”という栄誉を得る事しか考えていない。その周りを顧みない杜撰な戦い方がなによりの証拠だ」

 

「な、何を…」

 

「さっきも言ったが、オレは今まで色々な戦を乗り越えてきたけど、特にオマエみたいな奴は嫌という程見てきたんだ。どいつもこいつも “名誉”だの“功名”だの、それぞれ色んな理由から強い“力”を追い求めていた……」

 

「…………」

 

「そいつらは決まってこう考えていた…『やり方なんか気にしない。とにかく“結果”を出せばそれでいい。そうすれば周りから認めてもらえる』…まさに今のオマエみたいにな」

 

「ち、ちが…」

 

ティアナは必死に否定しようとしたが、僅かに漏れた言葉の先が続かない。

それは景勝の指摘が図星である事を本能的に認めてしまった証拠であった。

ティアナは今日の模擬戦で、先程披露した魔法刃を駆使した付け焼き刃の銃剣戦法による奇襲作戦で挑もうとしていた。

それはなのはの今日までの教えに背く無謀かつ危険なやり方であり、なのは達隊長の皆や家康、そしてスバルからは咎められる戦法である事はわかっていた。

それでもティアナは自らの“強さ”、そして“存在意義”を示す為に、この戦法を選んだのだ。

“無謀者”と罵られても構わない…“卑怯”と蔑まれても構わない…とにかく、ティアナにとっては“結果”を示し、周りを“認め”させる事が第一に考えていた。

それだけに、景勝の指摘は容赦なく彼女の胸に深く突き刺さった。

 

「だが、結局そんな事したって誰も認めないさ…そればかりか、中途半端に得た力は、より強大な力の前に簡単に捻じ伏せられる事になる…そうすればどうなると思う? そこに待つのは更なる“挫折”だ」

 

「…さい……」

 

ティアナが何かを呟いた。ただ景勝は話を続ける。

 

「少なくとも俺が今まで見てきた奴らは皆、最後は碌な末路を迎えなかった…自分が必死で得たものよりも上回る力や栄誉を前に蹂躙され、心砕かれ、最後は武人としても人間としても、表舞台から爪弾かれるように消えていった…」

 

「…るさい……」

 

「このままいけば、オマエだってそいつらと同じ末路を辿る匂いが―――」

 

「うるさい!」

 

ティアナが景勝の声を必死に否定するように叫び、クロスミラージュを向けた。

 

「言わせておけば! 好き勝手言わないでよ! 何なのよその目は?! なんでアタシに対して、皆そんな目を向けてくるのよ!?」

 

ティアナは押し留めていた感情を爆発させて叫んだ。

ティアナにとって、最も屈辱的な事……それは、どんな叱責や罵倒、そして周囲との戦力差を見せつけられる事でもない……周囲からの“同情”だった……

ティアナは気づいていた……自分が無茶なトレーニングに走ってからというもの、六課の様々な人間が自分を案じてきた事に…

だが、それは皮肉にも彼女の胸に燻るコンプレックスやそれから生じる焦りを余計に増長させるカンフル剤的な役目を担っているに過ぎなかった。

 

「アタシには……何も無い!魔力も!才能も!支えてくれる家族も!何もないからアタシはせめて……力が欲しい! 強くなりたい! アンタや豊臣軍、そして徳川家康達にも負けないだけの“強さ”を!!」

 

「………………」

 

 

ティアナの悲痛な叫び声が廃墟の中に響き渡る。

 

 

するとそこへ―――

 

 

 

 

 

 

パチパチパチパチ…

 

 

 

 

 

 

力のない拍手がティアナの背後から聞こえてきた。

 

「――――誰ッ!」

 

不意に背後から声が掛かり、ティアナは瞬時に後ろを振り向く。

すると、背後に広がる漆黒の闇の中から、担ぎ手のいない輿がスッと滑るように浮遊しながら現れた。

輿の上には全身を包帯で覆い隠した不気味な姿の男が胡座をかいていた。

拍手はこの男によるものだった。

 

「いやはや…実に崇高な志ぞ……我も感服したぞ。娘子よ…」

 

「……一目でわかったわ。アンタも“豊臣”の仲間ね?」

 

ティアナがクロスミラージュの片割れを握る手を輿に乗った男の方に向けた。

そして、もう一度正面に立つ景勝の方を振り返ると、キツく睨みつけた。

 

「偉そうに“武人”だのなんだの御託を並べていたみたいだけど…結局は二対一でかかろうなんて、アンタも結局卑怯じゃないの?」

 

「そいつは言いがかりだ。オレはアンタを“おびき出す”ように命令されただけだ。その命令主のコイツが来た以上、オレはもう手は出しはしねぇぜ?」

 

景勝は謂れのない非難に、不服そうに反論した。

 

「? どういう事?」

 

怪訝な顔を浮かべるティアナに輿に乗った包帯づくめの男が語りかけた。

 

「まぁ、聞け。娘子よ…われはぬしと争う為に来たわけではない……ぬしのその羨望を叶える為の“力”を貸してやろうと思ったまでよ」

 

「ッ!? “力”を…貸す……?」

 

「そう……ぬしは“力”がほしいのであろう? 誰からも認められるだけの“力”が…われがそれを与えてやろうと言うのだ」

 

包帯づくめの男はそう言いながら、どこからともなく不気味な黒がかった紫の靄を纏わせた珠を出現させ、輿の近くに浮遊させた。

ティアナはその珠から放たれる妖艶な輝きに一瞬見とれそうになりながらも、すぐに我に返って、頭を振りながら、景勝に向けていたもう片方のクロスミラージュも男の方に向けた。

 

「ふざけないで! そんな見るからに妖しい力なんかに縋る程、アタシは落ちぶれてなんかいないわ! 人をバカにするのもいい加減にしなさいよ!!」

 

ティアナは叫びながら、クロスミラージュの引き金を引いた。

オレンジ色の2つの光弾が男の輿に目掛けて吸い込まれるように飛来する。

狙いは心臓と脳天。直撃すれば一撃必殺の筈―――

 

「やれやれ…せっかくぬしにとって良い話であると思ったのに……拒否するのであれば仕方ない…」

 

包帯づくめの男は両手で奇妙な印を切る。すると浮遊する輿の周りに妖しく輝く白い珠が複数個、円形を描くように浮かび上がった。

 

「“星見始め”!」

 

男が呪文を唱えるように叫ぶと、周りに浮かんでいた珠が男の乗った輿を守るように前に出ると、飛来した2つの光弾を前に光の障壁を張り、呆気なく光弾を打ち消してしまった。

 

「ッ!? 嘘でしょ!? アンタもしかして…魔導師!?」

 

ティアナが信じられないと言わんばかりの顔つきとなり、一歩仰け反りながら包帯づくめの男に向かって叫んだ。

すると、男は静かに首を横に振って否定した。

 

「否。我の操る法術はこの世界の“魔法”とは異なるものでな…しかし、芸当で見れば同じなのかもしれぬ……例えば、こんな技とかな…」

 

男はそう言いながら、ティアナ向かって右手の人差し指を指し示し…

 

「“抑えよ極星”!」

 

そう言い放った瞬間、浮かんでいた珠が一斉にティアナに向かって放たれる。

ティアナが危険を察し、慌てて飛び退こうとするが、その前に珠がティアナの五体四肢に纏わり付いた。

それと同時に、一瞬にして硬直したかと思いきや、その身体が見えない手で掴み上げられるかのように宙に舞い上がった。

 

「なっ!? なによ……? これ…!?」

 

「ヒッヒッヒッヒッ……ぬし達の魔法に例えると“ばいんど”と呼ばれる類の術式と呼ぶべきか…しかし、先にも言ったとおり、これは魔法とは勝手構造が異なるのでの…“ばいんど”と同じ要領で解こうとしても無駄であるぞ?」

 

包帯づくめの男は不気味に笑いながらそう言うと、両手で奇妙な印を作り始めた。

すると男の真横に浮かんでいた黒紫色の珠がゆっくりとティアナの胸の前に移動してくる。

 

「な、何する気よ……!?」

 

「言ったであろう? ぬしに“力”を与えてやると…なれど、ぬしが拒むのであれば致し方ない…」

 

男はそっと片手を、目の前に浮かぶティアナに向かって差し出しながら、宣告した。

 

「この“力”……無理矢理にでも味わってもらうぞ?」

 

「――――ッ!? い、嫌ッ!?」

 

ティアナは何とか身体を動かそうともがくが、身体が全く言う事を利かなかった。

その様子を背後から景勝が苦々しく眺めていた。

 

(チィッ……命令とはいえど…やっぱりコイツの狡猾な妖術は見ていて気持ちのいいもんじゃねぇな……)

 

景勝は心の中で悪態をつきながら、顔を背ける。

 

「案ずるでない…なにもぬしを殺そうというわけではない……ぬしに眠る本当の“力”を、これで引き出してやろうというのだ……」

 

「や、やめて!! 私に触らないで!!」

 

ティアナの必死の抵抗も虚しく、大谷は着々と奇妙な術式を進めていく。

 

「ぬしに眠る不幸よ…その妖しき輝きに灯りを灯し、狂気となりて、ぬしにさらなる力を与えよ……そして、天に輝き、全てに破滅を呼ぶ黒き星となれ!!」

 

両手の奇妙な印を完成させると同時に叫んだ。

 

「“覚醒めろ死兆”!!」

 

「――――ッ!?」

 

包帯づくめの男がそう言い放つと、黒紫色の珠がティアナの胸に吸い寄せられ、ゆっくりと身体の中へと入っていく。

 

「や…やだ! やめて!! 助けて! 助けてぇぇッ!?」

 

「ヒーヒッヒッヒッ! 喜ぶがよいぞ。ぬしの念願であった“力”を得られるのだから…」

 

男の引き笑いを耳にしながら、ティアナは少しずつ意識が遠のいていくのを感じた。

同時に、その瞳から徐々に光が無くなっていく。

まるで真っ暗な深海へと沈んでいくような感覚の中で脳裏に過ぎったのは……

 

 

(助け……て……なのはさ……ん……スバ………ル………)

 

皮肉にも、ここしばらくの間、劣等感とコンプレックスの対象としか見れなかった恩師と親友の姿だった……

 

 

「――――ッ!!?」

 

一向に晴れる気配のない濃霧の中、ティアナを探していたなのはだったが、不意にその背筋に冷たい物が走った。

一瞬、霧の中のどこからか、ティアナの悲鳴のような声が聞こえてきたような気がしたからだ。

 

「ティアナッ!?」

 

なのはは、目を見開きながら必死に辺りを見渡すが、周りは相変わらず白い霧で覆い尽くされ、ティアナの姿はおろか、自分達が今どの辺りにいるかさえもまるでわからなかった。

 

「なのはさん!? どうしたんですか」

 

後ろについて歩いていたスバルが、不安げに尋ねる。

 

「う…うん。なんでもないよ……」

 

その返答とは裏腹に、なのはの顔は明らかに動揺を隠せない様子でいた。

そんななのはの真意を確かめようと、スバルがさらに問いかけようとしたその時―――

 

カツ…カツ…カツ…

 

不意に、霧に隠された前方から一人分の足音が聞こえてきた。

なのはとスバルの視線が前方に向けられる。

初めはまたあの景勝かといつでも交戦できるようにそれぞれ身構える2人だったが、やがて霧の向こうから姿を見せたのは2人のよく知る人間だった。

 

「てぃ、ティア!?」

 

現れたのはティアナだった。

霧の中で行方がわからなくなっていた相棒の思わぬ再会に驚きながらも、スバルは歓喜に満ちた声を上げる。

 

「よかったぁ! 無事だったんだね!」

 

スバルが朗らかな笑顔を浮かべて駆け寄ろうとする。

だが、隣を通り過ぎようとした彼女の肩を、なのはが慌てて掴み引き止めた。

 

「スバル! ちょっと待って!」

 

「なのはさん!? どうしたんですか!? 目の前にいるのはティアですよ?!」

 

突然の事に困惑しながら、スバルが言った。

だが、なのはの視線を向けるティアナの姿は、よくよく見ると違和感に溢れていた。

霧から姿を見せた時から、顔を伏せたままこちらに一瞥も向けようとしない。それは親友である筈のスバルが安堵の声をかけながら駆け寄ろうとした時でさえ……

そればかりか、今の彼女の全身から淀んだ黒い気を漂わせているかのように見える。

 

それはまるで “殺気”と呼ばれる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、ティアナは獣の咆哮のような叫びをこの場にいるものの鼓膜を破ろうとする勢いで上げた。

 

すると、なのはが感じていた黒い気が漆黒のオーラとなって彼女の周囲から発せられた。

 

 

 

同時にティアナの身体に変化が現れた。オレンジ色の髪の毛が白銀に染め変わり、表情はティアナの持ち味である知性を一切感じさせない狂気に満ちた表情となった。

極めつけに、彼女の青い眼が鮮血のように赤く染まり、身体に纏わる漆黒のオーラの中で不気味に光り輝いていた。

 

 

「てぃ、ティア!? どうしたの!?」

 

 

 

ティアナの突然の豹変に、スバルが狼狽しながら叫んだ。

だが、それに答える事なく、ティアナはゆらりと身体を動かしながら、その手にクロスミラージュを構える。

 

 

 

「……………コロス!!」

 

 

 

一言それだけを叫びながら、一瞬で間合いを詰めると、クロスミラージュの銃口に出現させた魔力刃でスバルの胸を狙って強烈な刺突を放ってきた。

 




リブート版の新たな展開…それはズバリ『ティアナの闇堕ち』。

リリなのStrikerSの二次作品では必ず苦心する事になるこの模擬戦編でなのは寄りにもティアナ寄りにもならない新しい展開を模索した結果…考えつく展開はもうこれしかありませんでした。

読者の一部の方のコメントもあるように、リブート版の模擬戦編ではオリジナル版よりもできる限り中立的に進めようと思い、この展開を考えたのですが…果たしてティアナファンの方からすれば中立的であるか少々心配です。


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第二十六章 ~波乱の模擬戦 闇に絡繰られしティアナ~


皆さん、2021年あけましておめでとうござ――――


政宗・ヴィータ「「遅ぇぇよ!(怒)」」

ヴィータ「年明けてもう1ヶ月過ぎて2月だろうが! 正月どころか節分も終わっちまったよ!!」

政宗「しかも、最後の更新(2020年9月17日)から4ヶ月半も報告一つ出さねぇで放置playしやがって!! 完全にpixivのoriginal versionの二の舞になってんじゃねぇか!!」


…お怒りごもっともです。はい…

っというわけで、4ヶ月半更新&報告無しにしてしまい、読者の皆様。本当に申し訳ありませんでした!!!


ティアナ「私なんか、闇堕ちするっていう超緊迫したところで更新ストップって…どんな嫌がらせよ…?これ…?」

スバル「あわわわ……ティアが本編以上に闇のオーラを放ってる……」



っというわけで、ここまでのあらすじを知りたい方は…これを機会に最初から是非読み直してください!(キリッ)



政宗「…ってなに開き直ってんだ!お前は!!!」

なのは「少し…頭冷やそうか?」

ヴィータ「いや、お前は本編にはないからって原作の迷言ここで言うんじゃねぇよ!!」

スバル「ヴィータ副隊長…軽くネタバレですからやめてください…」




っというわけでリリカルBASARA StrikerS 再開します…


 

 

 

 

 

 

 

 

「……………コロス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺気の籠もった叫びを上げながら、ティアナは一瞬で間合いを詰めると、クロスミラージュの銃口に出現させた魔力刃でスバルの胸を狙って強烈な刺突を放ってきた。

 

「スバル!」

 

親友からの思いもかけない一撃に防御する事も忘れるスバルを見て、危機を察したなのはは、咄嗟に障壁魔法“ラウンドシールド”をかけ、スバルの胸中に迫ろうとしたティアナの前に魔法陣を使用した円形の盾を作り出す事で、その攻撃を防いだ。

 

「コロス! コロシテヤルウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

攻撃を跳ね返されながらも、ティアナは咆哮を上げながら、素早くバク宙を決めると、それから旋風の如き速さでスバルにもう一度迫る。

 

 

「スバル! ティアナから離れなさい!!」

 

 

なのはは叫びながら、レイジングハートの穂先を迫りくるティアナに向かって躊躇なく構える。

 

 

「ごめんね…ティアナ…」

 

 

その顔に若干の躊躇の色を浮かべながらも、なのははレイジングハートの穂先を中心に12発のピンク色の魔力弾を投影した。

 

「…アクセルシューター!!」

 

なのはの叫びと共に12発の魔力弾がティアナに向かって降りかかった。

魔導師の使う魔法…特に射撃魔法は『殺傷設定』と『非殺傷設定』とを設定する事で、技の威力を調節する事ができ、実戦や模擬戦、そして戦闘における敵の警戒度によって自由に使い分ける事ができる。

なのはが今放った射撃魔法 “アクセルシューター”は勿論『非殺傷設定』だが、それでも急所に命中させれば、数時間は気絶させる事ができる。

 

 

「アアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

「ッ!!?」

 

だが、ティアナは飛来する魔力弾を軽々とした身のこなし一つで躱しながら、なのはに近づいてきた。

 

「ティアナ! やめなさい! 私達がわからないの!?」

 

「……コロシテヤル! コロシテヤル!!」

 

ティアナが憎悪の籠った雄叫びと共に魔力刃の刃をナイフほどの長さから、小太刀程の長さへと伸ばして、躊躇なくそれをなのはの首に目掛けて振り下ろしながら、飛びかかっていく。

そのティアナの眼を見て、なのはは激しく困惑した。

本当に溜まりに溜まっていた憎悪が全て顕になったかのように、輝きがまるで無かった。

クロスミラージュの魔力刃とレイジングハートが激しい火花を散らしながら、組み交わされる。

 

「ティアナ! 一体、どうしたっていうの!?」

 

「ウルサイ! アンタハ…ワタシニ“力”ヲ…アタエナカッタ……オカゲデ、ワタシハヒトリダ…ヒトリボッチナンダ!! ニクイ…アンタガ……ニクイ!!」

 

「ッ!!?」

 

まるで狂気に取り憑かれた様な口ぶりではあったものの、ティアナの口から出た憎悪の言葉は紛れもなく、なのはに向けて放たれたティアナの本心だった。

 

「ティア! ほんとにどうしちゃったの!? お願いだからやめて! やめてよぉ!!」

 

スバルが後ろから必死にティアナに羽交い締める形で制止しながら、悲痛な叫びを上げる。

 

「ダマレェェ!!」

 

「うぐっ…!?」

 

だが、ティアナは止めようとしたスバルの鳩尾に目掛けて、鋭い肘鉄を打ち込んだ。

 

「ミンナ…ミンナ……ニクイ……ミンナ、キエテナクナレ!!!」

 

ティアナは狂気に満ちた叫びを上げながら、クロスミラージュの銃口をなのはとスバルに向けた。

 

「…ティアナ」

 

完全に正気を失った教え子を前になのはは、レイジングハートを握りしめながら、どうすればいいのか、必死に頭を回転させていた。

しかし、妙案は思いつかない。

恐らく、ティアナは何らかの洗脳魔法をかけられているのであろう。

しかし、今のティアナの状態からして、その術の構造がわからない…っというよりはそもそもミッドチルダ系の魔法でも、ベルカ系の魔法でもない奇妙な術であるからして、なのはには彼女にかけられた術を解く術がわからなかった。

 

 

 

「何を迷うておる? 教え子が道を誤りし時は全力全開で叩き、説き伏せるのがぬしのやり方ではないのか?」

 

突然声が聞こえ、なのは達が後ろへ振り向くと、そこには浮遊する輿に乗った包帯ずくめの不気味な風貌の男の姿があった。

 

 

「誰なの!? 貴方は!」

 

「ほぉ、そうであった。ぬしらと直接顔を合わせたのはこれが初めてであったか…われの名は“大谷吉継”……西軍総大将・石田三成の片腕にして、西軍の筆頭参謀…」

 

「い、石田三成の……片腕……!!?」

 

 

包帯の男…大谷の名を聞いたなのはとスバルは、思わず息を呑んだ。

無理もなかった…眼の前に現れたのは、行長や景勝のような西軍の幹部衆よりもさらに上…総大将たる石田三成の片腕…つまり西軍のナンバー2である。

その証拠に、大谷の傍らには、先程なのは達の前に現れた景勝が彼を守るように佇み、明らかに謙った様子で控えていた。

 

「まさか……貴方がティアナをこんな事に…!?」

 

大谷の姿を改めて一瞥したなのはは、ハッとなにかに気づいた様子を見せる。

そして、レイジングハートを大谷の乗る輿に向けながら叫んだ。

 

「答えなさい! 貴方、ティアナに…私の大事な教え子に何をしたの!!?」

 

なのはの叫び声には明らかに怒りの色が浮かんでいた。

 

「ッ!?」

 

初めて目の当たりにするなのはの本気の怒りに、一歩後ずさるスバル。

対する大谷はそんななのはの怒りの眼差しを含めた追求に少しも動じる事なく、飄々とした様子で応えた。

 

「われは、かの娘子が“力”を欲するのでそれを与えてやったまでの事…我は日ノ本に古より伝わる独自の術式“妖術”の使い手…これは、われと同じ術を操る者の協力を得て、施した術の一種…その娘子に宿り、極限まで満たされた猜疑心・羞恥心・劣等感・焦燥感で溢れた躁鬱の心を“鍵”となりし闇の力で解き放ち、溢れ出た負の感情を力にする事で宿主に強大な力を与える術…その名も“恐惶”

 

「“恐惶”…!?」

 

「元は三成が独自に編み出した技の一種であるが…われらは以前よりこれを第三者が意図的に起こせる方法を探求していた…その為に使えそう実験体を探しておったのだが…ちょうど良き所にこの娘子の存在を知った」

 

 

大谷が恐慌状態のまま佇むティアナを一瞥しながら言った。

それを聞いて、なのはの表情が驚愕の色に染まる。

それからすぐさま眼の前に大谷を睨み付けた。

 

「先の行長や島津との交戦以来、われら西軍はずっとこの娘子の動向を監視していた。そして調べさせて貰った。この娘子がぬしの教導に強い不満を抱いている事…ぬしら機動六課の者達との才能の差を憂いでいる事…そして、汚名を着せられたまま死んだ身内の名誉を挽回する為に戦っている事を…」

 

「ッ!? どこで、それを…!?」

 

六課の中でも限られた者しか知らない筈のティアナの秘密を、敵軍のナンバー2である大谷が知っている事に、スバルは驚きを隠せずにいた。

 

 

「何…ある人づてで聞いたまでの事……にしても、この娘子は実に良い“実験体”ぞ…正攻法の教訓しか教えぬ恩師への“猜疑心”…自らが犯した失敗や敗北に対する“羞恥心”…順調に才能を伸ばす友への“劣等感”…そして、思うように伸びぬ自らの実力に対する“焦燥感”……それらを増長させ、熟成された“不幸”を宿ったこの娘子は、植え付けた“闇の種”によって、“狂気”という名の最高の力を得た…おかげでわれらも“恐惶”の新しい活用方法を見出す事ができたぞ。感謝するぞ。高町なのは…」

 

「……その為に、今日の模擬戦を狙って……?」

 

なのはは静かに…しかし、その目にはギラギラと燃え上がらんばかりの怒りの炎を滾らせながら、必死に己を落ち着かせて訪ねた。

 

 

「然様。景勝が提唱したかの“軍神”上杉謙信が得意とした戦術『霧囲の戦法』で、ぬしらを惑わせ、戦力が最低限になったところを、景勝にあの娘子とぬしらを分断させる…そして、適度に交戦して疲弊したところにわれが“闇の種”を打ち込むという策であったが……まさかこうも簡単に引っかかるとはの…」

 

「くっ……」

 

嘲るように言い放つ大谷に、なのはは悔しげに歯を噛み締めた。

 

「さらに言えば、われがその娘子に打ち込んだ“闇の種”には特別な仕掛けを施してあってな…この娘子は狂気に駆られてはいるが、同時にわれの施した術により、命令に忠実に従う人形とも化しておる。即ち…われが戦えと命ずれば、この娘子はぬしらに対しても躊躇する事なく戦う。勿論、われがその場で『死ね』と娘子に命ずれば………」

 

 

「や…やめて……やめて!!」

 

 

ワザと話を途中で打ち止めた大谷に、スバルが悲鳴のような声を上げる。

そして、なのはは大谷の果てしない悪意に、抑えていた怒りが明確に顔に顕になった。

 

 

「安心するがよいぞ。“徳川の愛弟子”よ。我は然程、外道鬼畜の類ではない…簡単に殺してしまえば……それこそ“遊興”の意味がないではないか?」

 

 

そう言いながら、大谷がパチンと指を鳴らした。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」

 

すると、彼が現れてから微動だにしていなかったティアナが、再び獣のような叫び声をあげながら、近くにいたなのはに襲いかかってきた。

 

「ティア! お願い! 目を覚ましてよ!! ティア!!」

 

 

スバルが必死に呼びかけながら、もう一度ティアナを制止しようとしたが…

 

 

 

「…やれ。景勝よ」

 

「……了解」

 

大谷の言葉を合図に、今まで静観していた景勝が動き出した。

再びクロスミラージュの銃剣とレイジングハートで鍔競り合うなのはとティアナの間に介入しようとしたスバルの前に立ちふさがる。

 

「悪ぃな。気は進まねぇけど、これも命令だからな…」

 

「くぅ!……邪魔を…するなああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

スバルが怒りの叫びを上げながら、気のオーラを纏わせたリボルバーナックルを正拳で突き出した、それを大斧刀の腹で受け止める景勝。

刃こぼれの目立つ大斧刀から金属片が衝動で僅かに零れ落ちた。

 

「スバル!……くぅっ!?」

 

「ヨソミヲスルナァ!!」

 

 

オレンジの魔力刃とレイジングハートがぶつかり合い、火花が激しく飛び散る。

なのはは、繰り返し攻撃を仕掛けてくるティアナの猛攻を必死に受け流していた。

この時、なのはは彼女に対して一切反撃はしなかった。

 

「ほぉれ、どうした? 何故反撃せぬ? これまで、敵対する全てを容赦なく撃ち抜いてきた伝説の“エース・オブ・エース”というのがぬしの二つ名であろう? ならば、早ぅ自分を殺めようとするその娘子を撃ち堕とせ」

 

一向に攻撃する素振りを見せないなのはを嘲るように、大谷が声をかけた。

 

「そんな事……できない!!」

 

透きをついて突き出される魔力刃を避けながら、なのは苦悩に顔を歪ませながら叫んだ。

 

「ほぉ? それは何故か? この娘子はぬしの教えに背いた……教え子が自らの導きに違えし時…それを諌めるのが師の務めではないのか?」

 

「……確かに今日のティアナは私の教えた事とまるで正反対な事をやっていた……貴方達が乱入してこなかったら、私は彼女を窘めるつもりだった……でも!!」

 

なのはは掠れるような小声で呟きながら、自分を狙う魔力刃を片手で受け止めた。

耐魔法仕様のグローブを嵌めているとはいえ、強い魔力の結晶である魔力刃に直に握ったなのはの掌から血が垂れ落ちはじめた。

 

 

 

 

 

「闇に心を囚われたとはいえ…自分の大事な教え子を痛めつける事が、辛くない教官なんているわけがないじゃない!!」

 

 

 

 

なのはが大谷に向かって怒声を浴びせる。

そんななのはの言葉にティアナの攻撃の手が一瞬制止した。

 

「……ナノ……ハ……サ……」

 

 

 

ティアナの口から穏やかな声質の言葉が漏れる。

すると、それを見た大谷はすかさず、片手を差し出して念を送った。

忽ち、ティアナの中の“何か”が激しく蠢き、脳裏をかき乱すように、語りかけてくる。

 

 

 

 

 

 

この女は自分の気持ちを何も理解してくれない!

 

 

おかげで自分は強くなれない…力がつかない! 全てはこの女のせいだ!

 

 

こんな分からず屋の女など………殺してしまえ! その憎しみの思うがままに!!

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

再び咆哮を上げながら、ティアナはなのはに向かって突進する。

なのははティアナの目の前にもう一度ラウンドシールドを張り、彼女の突撃を押し戻した。

 

「やれやれ…ぬしも見かけによらず、強情を張るな……ならば、仕方ない。ぬしのその強情に免じて、特別にその娘子にかけた術を解く術を教えてやろう」

 

大谷は芝居がかった仕草で頭を振りながら、言い放つ。

 

「その娘子の狂気の源は、その心に埋め込んだ“闇の種”…つまり、強き光の力でこれを撃ち抜けば娘子の心は開放されるぞ」

 

「ッ!!?」

 

なのはの目が驚愕で見開かれた。

つまり、大谷の言葉が意味する事とは……

 

「即ち…ぬしはどのみち、かわいい教え子をその手で痛めつける必要があるというわけであるな……いやはや、実に愉快なことよ…ヒーヒッヒッヒッ!!!!」

 

「……どこまで卑劣な人なの……? 貴方……」

 

必死に障壁を破壊されんとレイジングハートを握りしめて魔力を込めながら、なのはが非難の眼差しを向けた。

 

「“(はかりごと)”とはこういうことよ……“卑劣”と蔑まれる覚悟を持たねば、群雄割拠の世で軍師は務まらぬ」

 

愉悦の笑みを隠す為なのか、大谷はワザと顔を背けながら話した。

 

「さあ、どうする? 高町なのは。その手で教え子を撃つか、自らが撃たれるか……どちらを選ぶが賢明か、“英雄”のぬしならば、もう分かっておろう?」

 

皮肉を込めながら、挑発的に尋ねてくる大谷を、忌々しげに睨みつけるなのは。

すると、そこへラウンドシールドを打ち破ったティアナが再びクロスミラージュの魔力刃を突き立てながら、なのはに迫ってくる。

 

「ニクイ…ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイッ!!……ミンナ…キエテシマエエェェェェェ!」

 

「ティアナッ!! クロスミラージュを下ろしなさい!」

 

「ダマレエエエエエェェェェェェェ!!」

 

ティアナの激しい怒りが籠った攻撃は、受け止めたなのはの体勢を僅かに崩した。

その隙を見たティアナは、すかさず鋭い蹴りをなのはの腹に打ち込んだ。

 

「ぐうぅっ!!?」

 

思わぬ一撃になのはは腹を抱えて悶絶する。

 

「シネェェェェ!!」

 

その隙きを突いて、ティアナはクロスミラージュでなのはの首を狙い、薙ぎ払うが、なのはは咄嗟に空に飛び上がる事で攻撃を外した。

振り下ろされた魔力刃が微かになのはの右頬を切り裂いた。

深く斬られることは避けられたが、頬には斬り傷が走り、鮮血が滲み出ている。

距離を取りながら、地上から数メートル上に退避しながらも、なのはは、狂気に捕らわれた今のティアナの実力の高さに驚く。

 

「リミッター制限に加えて、射撃魔法も思うように撃てない霧の中とはいえ……あのティアナがここまで私に近く渡り合うなんて……これが…“恐惶”の力だというの?」

 

戸惑い気味に呟くなのはの疑問に応えたのは大谷だった。

 

「ちと違うぞ…今、その娘子が見せている身体能力の高さは彼女の本来持ちうる力……それを我の植え付けた“狂気”が極限まで引き立てているのだ。つまり…今、ぬしが戦っているのは、この娘子の持つ本来の“強さ”……」

 

「ティアナの……本来の“強さ”…!?」

 

大谷の言葉を聞き、なのはの目が驚愕と困惑とで大きく見開かれた。

 

「われの見たところ…ぬしらはこの娘子を射撃手として育成していたようであるが、どうやら彼女は“隠密”としても高い素質を持っていたようであるぞ。 いやはや、なんとももったいなきこと…せっかく秘めていた良き才能に、ぬしらは気づかなかったのか? だとすれば、ぬしも師としては半人前であるな…」

 

「―――ッ!!?」

 

大谷の指摘になのはは思わず、怯んでしまう。

遺憾ながら、彼の言う事は見事に的を突いていたからだ。

確かに大谷の言うとおり、自分は今まで『センターガード』として…『強力な射撃魔法の使い手』としてのティアナを育成する事に集中してきた。

それは、無理をして新たな戦術を無造作に取り入れ続けた結果、大きな怪我を負った自分の失敗を踏まえ、自分と同じ射撃手としてのスキルを強化させる訓練メニューを組む事で、自分と同じ高度な技術を持つセンターガードに育て上げるという想いからであった…

だが、それ以外のスキル…それこそ今まさに自分に向けて振るわれている『近接戦闘』については、あくまでも状況に応じて使う“補助”として行使する事を前提に教えてきた。ティアナ本来の務めである『センターガード』の役割を担うに役立てられる技を教えるとなると、どうしてもそれらの技の優先順位は下に見てしまいがちだった。

それ故に、まさかティアナが近接戦闘においてこれだけの素質を持っていたという事実に驚きを隠せずにいると共に、大谷の指摘が痛い程に胸に深く突き刺さった。

 

「………ティアナ……」

 

ふと、なのはの脳裏に一週間前、佐助から言われた言葉が思い返される。

 

 

――――まずはゆっくり思い返して見る事じゃないかな? 『自分の今までの教え方が本当に正しいか?』…とかさ――――

 

 

 

(……私は……ティアナの教官なのに……彼女の事を……何もわかってなかった………ティアナが闇に堕ちたのは……私のせいなの…?)

 

 

 

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

驚嘆の中で自問自答を繰り返すなのはを無理矢理に現実に引き戻すようなティアナの咆哮が聞こえた。

我に返りながら、こちらへと向かってくるティアナを見据え――そして、戦慄した。

ティアナの表情はまるで心の底から自分に深い憎悪を抱いているかのように歪んでいたのだった。

 

「ティアナッ!!」

 

「コロシテヤル…コロシテヤルゾオオオオォォォォォォォ!!」

 

叫びながら、ティアナはクロスミラージュから伸びた鋭い魔力刃の銃剣の鋒をなのはに向けて構えながら突進してくる。

なのはは顔を辛く歪めながらも、レイジングハートを構えた。

 

 

 

 

家康直伝の拳術が景勝を襲うが、景勝はわずかに動いただけで回避していく。

スバルの怒りに気圧されたのか…はたまた最初からやる気がないのか…距離を離した景勝を追った。

顔面を狙うリボルバーナックルとマッハキャリバーを狙う大斧刀が同時に繰り出された。

 

「スピットバンカー!!」

 

「氷斬閃!!」

 

蒼い気を纏わせたナックルと、冷気を纏った大斧刀が激しく激突し、お互いの威力を相殺してそれぞれに強い反動となって返った。

体勢を崩すが転び慣れているためすぐに立て直すスバルと、後ろに仰け反りながらも踏ん張る景勝。

 

「くっ……でかい武器なのにちょこまかと…うおりゃああああああああああ!!」

「突っ込んでくるしか芸がねぇのかよ?」

 

心燃え上がるスバルと対照的に、景勝は冷めたような口調で返した。

 

「覚えたほうがいいよ! 突っ込んでばかりにも能があるってことを!」

 

「何?……!?」

 

反応が一瞬遅れた。

スバルの膝蹴りが身体に減り込んだ。好機を逃がさずリボルバーナックルを放つ。

生み出された衝撃波と共に殴りつけ吹き飛ばす、リボルバーキャノンが景勝の額に直撃した

吹き飛ばされる景勝を追いながら蹴りが数回繰り出される。

すぐに景勝は大勢を立て直すと、大斧刀をピッケル代わりに地面に突き立てながら、無理矢理地面に制止する。

対するスバルも独楽のように身体を回しつつ蹴った。攻撃が速く拳も警戒するためにさばくのが精一杯。

景勝は予想以上のスバルの動きに若干戸惑っている様子だった。

 

「チィッ! 流石は家康(東の総大将)に鍛えられているだけあるって事か……あのティアナって小娘が、テメェに劣等感を懐きたくなるのも無理はねぇか!」

 

「よくも私の大事な親友を……アンタ達は許さないから!」

 

「おいおい。アイツに術かけたのは大谷だぜ? オレはそのお膳立てはしたけど、オレを恨むのは筋違いなもんだろうが?」

 

「それでも! アンタ達『豊臣』は、私の大事な親友を陥れたんだ!」

 

スバルはその怒りを一撃一撃にこめて放つ。

それを聞いた景勝はやるせない表情を浮かべながら溜息を漏らした。

 

「…まぁ、確かにそれを言われちまったら確かに反論の余地はねぇけど…」

 

「まだまだぁ!!」

 

ラッシュをかけてくるスバルの攻撃を受けながら、景勝は容赦をかなぐり捨てて戦うことにする。

 

「はあっ!……うっ!?」

 

「生憎…オレもやらなけりゃならねぇ立場背負ってやってんだ! 悪いが、テメェのその義憤…黙って買ってやるわけにはいかねぇんだ!」

 

突き出してきた左拳を避けつつ掴み取った景勝。

スバルはもがいてそれをどうにか振り解いたが、景勝はすかさず彼女の腹に容赦なく大斧刀を叩きつけた。

 

「がはぁっ!?」

 

苦しい呻き声と共にスバルは胃液を吐きながら、背後にあった建物に向かって吹き飛ばされる。

衝撃で壁が崩壊し、大量の瓦礫と共にスバルの身体が地面に転がった。

 

「ぐぅ!? …ううぅぅ! 痛…くうっ!?」

 

腹部を抑えながら転げ回り悶えるスバルを引き摺り起こして、空高く投げ飛ばした。

 

「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲鳴を上げながら、スバルは霧の中へと吸い込まれるように飛ばされ、瞬く間に消えていった。

 

「ここから先はテメェにとって、エグい展開になる…見たくねぇなら、しばらく大人しく下がっていな」

 

景勝は、後方で繰り広げられるなのはとティアナの対決の様子を見据えながら、小さく呟いた。

 

 

 

 

大谷の妖術に操られたティアナとなのはが激しい戦いを繰り広げていたその頃―――

訓練所の別の場所では、佐助と足止めに転じた左近が、それぞれ電光石火といえる早業の応酬を繰り広げていた。

双刀を順手持ちで構える左近と二振りの大手裏剣を手に取った佐助…両者共に常人の目には留まらぬ速さで相手に刃を振り下ろし、時折、足技を混じえて牽制を図りながら、どうにか決定的な一撃を加える隙を探ろうとした。

しかし、お互いに俊敏さには自信のある2人の実力は見事に拮抗し、時間だけが余計に過ぎていくのだった。

 

「くそっ! やっぱり、アンタとは相性が悪いな! これじゃあ、いつまでも埒が明かねぇ!!」

 

左近の蹴りを大手裏剣で受け止め、佐助は言い放った。

 

「そいつはご尤も! まっ!オレとしてはアンタをここで足止めしておけるだけでも十分なんだけどさぁ!」

 

左近は軽口を叩きながらも、その鋭い眼から放つ殺気は微塵も衰えていなかった。

佐助は大手裏剣を振り下ろしながら、両脇に二体の影分身を投影させ、三方向からの攻撃で左近を仕留めようとした。

 

「おっと! 俺様にイカサマは通じないぜ!」

 

左近が地面を蹴って後ろに跳びながら、斬りかかってきた2体の分身をそれぞれ双刀で一太刀の下、斬り捨ててしまった。

 

「本当に…面倒なくらいに身軽というか……兄さん、忍になってもよかったんじゃないかい?!」

 

「へっ! 生憎、イカサマ使いなんて真っ平御免なものでね!」

 

そう軽口で返しながら、左近は佐助の顔面目掛けて蹴りを放つ。

――鈍い音が響いた。

 

左近の放った蹴りは佐助が顔の前で腕を交わすようにして構えた大手裏剣によって又も受け止められていた。

 

「そいつは残念! 兄さん程の腕の持ち主なら、良い忍になれたと思うんだけどね…まぁ、それで石田忍軍につかれたらそれはそれで面倒だけどさ!」

 

叫びながら、佐助の身体は左近の蹴りを受け止めた姿勢を保ったまま、音も無くその影の中へと引き込まれていく。

一瞬何が起こったのか理解できなかった左近だったが、すぐにその仕掛けの全貌を察すると顔に焦りの色を浮かべた。

 

「……しまった!」

 

左近は慌てて影に沈みかかっていた佐助の脳天を狙って双刀を振り下ろしたが、刃は既のところで影の中に完全に消える佐助には届かず、虚しくアスファルトの床に突き立てられた。

慌てて、双刀を床から引き抜いて構える左近だったが、既にその場に佐助の気配は感じられなかった。

 

「影に紛れて逃げる(イカサマ)…か……チィッ! だから俺ぁ忍は嫌いなんだよ!」

 

左近は悔し紛れに叫びながら、双刀を鞘に収めた。

 

 

 

 

ティアナはなのはに手が届く距離まで接近すると、繰り返し魔力刃による刺突や斬撃を繰り出してくる。

対するなのははレイジングハートの穂先でいなすか、障壁(シールド)を張る事で、彼女の猛攻を必死に受け流していた。

だが、それ以上は反撃の動きは見せない。さっきまで行っていた牽制目的のアクセルシューターなども今は使っていない。

 

 

「どうした? 早ぅこの娘子を討たねば、主が己の弟子に討たれるやもしれぬぞ?」

 

一向に攻撃する素振りを見せないなのはに対し、少し離れた場所から見ていた大谷が挑発を入れてくる。

 

Master!(マスター!)Directions of aggressive magic in early times and the next!(早く、次の攻撃魔法の指示を)

 

見かねたレイジングハートも、いつもの主人らしからぬ動きに戸惑いを隠しきれない様子で、なのはを促した。

しかしなのはは怯むこと無く、受け身の姿勢を決して崩そうとはしなかった。

 

 

間髪入れずにクロスミラージュの銃口から伸びた魔力刃からの横凪ぎ。

速く、鋭く、重い一撃を、バックステップで避けながらなのはは一向に反撃の一手を踏み出せずにいた。

 

勿論、なのはに反撃する手立てがないというわけではない。

初めこそ、ティアナの繰り出してくる迅速といえる動きに戸惑いこそしたが、数回避けた事によりその動作のパターンを大体読み取る事ができていた。

 

確かに今のティアナは訓練を課していた時よりも格段に強くなっている。

しかし、どんなに強化されていても、近接戦闘においては無駄な動きが多く、やや大振りな攻撃は、訓練の際になのはが指摘していた彼女の欠点そのままだった。

つまり、大谷が言うティアナの『強化』とはあくまでも身体的な能力の強化であり、技の精度については元来のティアナそのままなのだ。

ここでなのはが少しでも本気を出して、魔法を繰り出せば、簡単に制圧する事ができるはず。

 

 

Master!(マスター!)

 

 

レイジングハートが警告色の魔力光を放ちながら語気強めに促した。

そこへティアナがクロスミラージュを強く握り締め、再びなのはに向けて突進する。

 

 

「ワタシヲ……バカニスルナァァァァァァァァァァ!!」

 

 

「――――ティアナッ!! 私の話を聞きなさい!」

 

 

「ダマレェェェェェェェェェッ!」

 

 

ティアナの激しい怒りが籠った攻撃をなのはは素手で受け止めた。

だが、その押す力は予想以上に強く、なのはは体勢を僅かに崩した。

 

その隙を見たティアナは、すかさず片足を振り上げ、なのはの鳩尾に鋭い蹴りを打ち込んだ。

 

 

「グッッ!? ―――」

 

「シネエエエエェェェェェェェェェッ!」

 

 

ティアナは躊躇する事なくクロスミラージュをなのはの胸に目掛けて突き立てようとした。

 

(やられる!?)

 

勿論、それは“いつもの”なのはであれば、簡単にいなす事のできる一撃だった。

しかし、なのはの胸の内に燻っていた動揺、迷いは彼女の反応をコンマ一秒ながらも鈍らせてしまった。

結果、彼女が回避行動に動きかけた時には魔力刃の刃がその胸に届こうとした。その瞬間だった―――

 

 

 

 

ガキイィィィン!

 

 

 

 

ティアナとなのはの間に割り込む様に一陣の漆黒の風が通り過ぎた。

突然視界を割り込んだ一撃にティアナの動きが思わず止まる。

ティアナとなのは、そしてその様子を観戦していた大谷は謎の風が飛来してきた方向に顔を向ける。

 

「やっぱり、そういう事か…アンタが絡んできたって事はこういう趣味の悪ぃカラクリを仕込んできたのだろうとは思ったけどさ…」

 

「!?…佐助さん!?」

 

「ほぉ…左近の足止めから逃れたのか?(ましら)よ」

 

「思ったより手こずらされたけどな…」

 

大谷の嘲るような物言いに冷静に返しながら、佐助はティアナの方を一瞥した。

 

 

「サァ…サルトビ…サルトビィィ!」

 

 

ティアナは佐助の存在を認識するや否や、標的を彼に切り替え、手にしていたクロスミラージュを片手に斬り込んできた。

佐助はバックステップでそれを避けながら、今しがた彼女を牽制した“風”の正体である大手裏剣を手元に引き戻すと、突き出された魔力刃を受け止めた。

 

「…大谷。テメェ…ティアナに何しやがったんだ!?」

 

攻撃を受け止めたまま佐助は大谷に向かって強い口調を飛ばした。

 

「我らはその娘子が“力”を求めたから、それを得る手助けをしたまでの事ぞ…おかげで娘子もさぞ強ぅなったであろう?」

 

嘲るような口調で尋ねる大谷の言葉に佐助の目が大きく見開かれる。

 

「あぁ、ホントに強くなったぜ……」

 

佐助は大手裏剣でティアナを押し返しながら叫んだ。

 

 

 

 

「…痛々しい程にな!」

 

 

 

 

 

 

 

「スバル―――スバル―――」

 

「ん…?」

 

仄暗く染まった視界の向こうから聞こえてくる聞き覚えのある声が耳に届く…

 

「スバル!――スバル!――」

 

それは明らかに自分の名を呼ぶ声だった。

そしてその声の主は…

 

「………い…家康…さ……」

 

 

「スバル!」

 

 

一際大きな声と共にスバルの閉ざされていた視界が突然開かれる。

同時に全身に残る鈍い痛みが走った。否、厳密には気を失っていた事で忘れていた感覚が戻ってきたと言った方が正しいのかもしれない。

まだ微かに霞みながらも光が入ってきた視界の中に最初に見えたのは、心配そうな表情で自分を見つめてくる恩師 家康だった。

 

「気がついたか!?」

 

「い…家康さん…? あれ…こんなところに…?」

 

見ると、スバルの周りには政宗や幸村、フェイト、ヴィータ、エリオ、キャロが集まっていた。

 

「それはこっちの台詞だ! 模擬戦観てたらいきなりわけのわからない霧がかかったかと思ったら、ロングアーチやお前らやなのはとも全然念話が繋がらなくなるし…!」

 

「仕方なく状況を見ながら待機していたんです。そうしたら、いきなりスバルさんが霧の中から吹き飛ばされてきたもんですからビックリしましたよ」

 

ヴィータとエリオから今の状況に至った経緯を説明を聞きながら、スバルは自分達の身に何が起きたのかはっきりと思い出した。

 

「スバル。一体何が起きたっていうの?」

 

フェイトが家康の後ろから覗き込みながら尋ねた。

 

「そ…それが……ティアとなのはさんが大変な事に……」

 

スバルは霧で閉ざされてから起こった出来事の一部始終を説明した。

 

 

「シネェェェェッ!!」

 

 

相変わらず獣の咆哮に近い叫び声を上げながらティアナは銃口から不安定な魔力刃の伸びたクロスミラージュを手に佐助に迫った。

しかし佐助はティアナの動きを読んで、その刺突を余裕で交わしながら足技を繰り出し、回し蹴りを食らわしてティアナをその場に倒す。

彼女の手からはクロスミラージュの一挺(かたわれ)が離れてその場に転がる。

 

「ティアナ…この模擬戦…荒れるとは予想していたがまさかお前がここまで堕ちるなんて予想もできなかったぜ……」

 

「ダマレ! ワタシハ…ワタシハタダ…ツヨクナリタイ……ソレダケナノニ」

 

「そうか? そこまで強さに拘るなら…」

 

 

佐助はティアナを挑発するようにそう答え、彼女にクロスミラージュを拾わせた。

 

 

「今のお前のその“強さ”を俺にぶつけてみせなよ? 遠慮はいらねぇぜ?」

 

「!? ちょ、ちょっと佐助さん!?」

 

「…………ッ!? ホザクナアァァァァァァァ!!!」

 

佐助の挑発的な一言にティアナは逆上し、佐助に再び襲い掛かる。

 

だがこの攻撃も佐助は鮮やかな身のこなしでかわしていく。

そして、何を思ったのか佐助はティアナの左腕を掴み、そのまま彼女の後ろに回り込むと両腕を抱える形でその身を抑えた。

 

 

「ヤメロ! ハナセッ!! ワタシニサワルナァァァァァァァァッ!」

 

 

駄々をこねる子供のように暴れるティアナを必死に取り押さえたまま、佐助は呆気にとられていたなのはに向かって叫ぶ。

 

「今だ! なのはちゃん! 俺たちに砲撃魔法を叩き込め!!」

 

「えっ!?」

 

佐助の口から出た言葉になのはは思わず、愕然として数秒程沈黙してしまった。

 

「佐助さん…!? 今…なんて…?」

 

「コイツは唯の洗脳術なんかとは違う! 大谷の仕組んだ特殊な術の込められた珠がティアナの身体に埋め込まれてやがるんだ! そいつは意図的に人間を狂化させる事でそいつの持つ潜在的な能力を無理矢理に引き出す事ができるが力を震えば振るう程、埋め込まれた珠が心臓と一体化していく! そして完全に一体化しちまったら最後! そいつは二度と正気を取り戻す事はできねぇ! 助ける方法は唯一つ…完全に心臓と一体化する前に強い光の力を浴びせて珠を身体から引き剥がすんだ!!!」

 

「そんな…!そんな事したらティアナだけじゃなくて佐助さんまで…!」

 

「いいからやるんだ!! 彼女が永遠に正気に戻れなくなってもいいのか!!」

 

「ッ!?」

 

なのはは目を見開きながら佐助の顔を見つめ、それから彼に抑えられたまま、悶える様に暴れるティアナに目をやった。

 

 

 

「ティアナ………」

 

 

「ハナセ! ハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェッ!!!」

 

 

なのはは悲痛な気持ちを瞳に顕にしたまま、意を決した様に眉を吊り上げる。

同時に彼女の足元に魔法陣が浮かんだ。

 

 

なのはは右手の人差し指で十字を切りながら、誰にも聞こえない重苦しそうな小声を零すように呟いた。

 

「ごめんね。ティアナ…後でちゃんと……お話しよう……」

 

 

「ハナセェェッ! ヤメロオオオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

 

「絶対に離すかよ! お前にはもう一度なのはちゃんとちゃんと向き合ってもらわなきゃならねぇからな…なんとしてもここで目を覚まさせてやる!!!」

 

佐助は躊躇う事なくティアナを羽交い締めにしたまま、再三なのはに向かって催促する。

 

「やれ! 早く! 躊躇うな!!」

 

 

 

 

 

「………クロスファイヤー…」

 

 

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

「――――ッ!! …シュート!」

 

 

 

 

なのはの目の前に浮かんだ複数の魔力弾が一斉にティアナを羽交い締めにした佐助に向けて飛来する。

飛来してくる魔力弾の強い光を前にティアナは最後の足掻きの様に悶え、佐助は覚悟を決めたように眼を閉じる。

 

 

 

 

直後、激しい光と砂煙が2人を包み込んだ――――

 

 

 

 

 

 

「ティアナ! 佐助さん!」

 

光と砂煙が収まり、2人の立っていた場所が見えてきた。

砲撃で生じた砂塵に噎せそうになりながら、なのはは二人の安否を確認しようと近づいた。

 

「ティア――――」

 

再度呼びかけようとしたなのはの前で立ち込めていた砂塵を切り開くようにして、気を失ったティアナを小脇に抱えた佐助が姿を現した。

佐助の身体には何発か魔力弾が命中したのか、忍装束は所々で破れている箇所があり、額に着けた鉢金からは僅かに血が垂れていた。中でも一番重症なのは力無く項垂れている左腕のようで振り子のように揺れている様子から恐らく骨折しているのであろう。

そんな状態にありながらも、冷静な面持ちを崩さずにティアナを片腕だけで抱えられるところは、流石は戦国に名高い忍といえるところだった。

 

そして、肝心のティアナの様子であるが…

魔力弾の直撃を食らったせいか気を失っていたものの、白銀に染まっていた髪の色は元のオレンジ色に戻り、悍ましい色のオーラとなって漂わせていた殺気も完全に消えてなくなっていた。

気を失い力無く目を閉じたその顔つきは、いつものティアナのものに戻っていた。

 

「ティアナ!…ティアナ! しっかりして!」

 

佐助からティアナを受け取り地面におろしながら、なのはが呼びかける。

その時、なのは達の周りを取り巻いていた白い濃霧が、まるで初めから夢幻であったかの様に一瞬にして消え去り、一同の前にはいつもの快晴の下の訓練所の風景が戻ってきた。

だが、訓練所の状態は酷いものだった。

周囲の建物は尽く弾痕や砲撃による穴が空き、地面のアスファルトもクレーターだらけの荒地に還りつつあった。

特に佐助とティアナが今しがた立っていた場所に至っては地表はおろか、地下一階分の深さまで地面が完全に抉られて消失しており、なのはの放った『クロスファイアシュート』の威力の凄まじさが伺いしれた。

 

「なのはさん! ティア!」

 

「佐助!!」

 

その時、スバルと幸村を先頭に家康、政宗、フェイト達がなのは達の元へと駆けつけてきた。

全員、霧が晴れたと同時になのは達の所在地を把握してやってきた様子だった。

 

「あぁ…そんな…ティア! ティアァァァァァァァッ!」

 

「「ティアさん!!」」

 

スバル、エリオ、キャロは、地面に横たえたまま意識を失ったティアナの姿に悲痛な声を上げる。

 

「心配するな…気を失ってるだけだ…」

 

そんなスバル達を諭す様に話す佐助に幸村が近寄ってきた。

 

「佐助! お前こそその怪我は…」

 

「悪ぃな大将…ちぃっとばかし無理しすぎた。まさかこの俺が腕の一本やっちまうなんてな…」

 

「そ、それはいかん! すぐにシャマル殿の下に―――ッ!?」

 

「待て、真田!」

 

佐助を介抱しようとした幸村に、突然、声を張り上げて制止したのは家康だった。

 

「ど、どうしたの? 家康君?」

 

「……………そこかっ!?」

 

家康は皆の前に歩み出ながら、その一声と共に右腕を振り上げ、ブローの動作と共に気弾を撃ち放った。

その気弾は近くにあった廃墟ビルの屋上へ向かって飛来していくが、そこへ到達するや否や、どこからともなく飛来してきた光る珠によって相殺される形で弾け散った。

 

「我の気の波長を読み取るとは…流石は東の大将…と褒めた方が良いか……」

 

「……やはり、お前が裏で糸を引いていたんだな……刑部!」

 

「か、景勝殿!? …まさかそなたもこの世界に…!?」

 

「…やっぱりテメェも来てやがったのか。石田のWaist purse」

 

気弾が弾かれた部分の空間が歪み、そこへ現れたのはこの策謀に関わった将達…

参謀・大谷吉継に五刑衆・ 上杉景勝、総大将近習・島左近の3人…いずれも西軍において大きな権威と存在感、そして実力を有した猛者達だった。

 

唯一ホテル・アグスタで島左近と相対していた政宗となのはを除く一同…家康や幸村はその思わぬ再会に驚き、戸惑う…

対してミッドチルダ勢の中でもこの霧の中で起きた出来事を知らなかったフェイトやエリオ、キャロ、ヴィータの4人は、ここで初めて3人と相対した事になるも、いずれもその漂う殺気や覇気の大きさから家康達に劣らぬ実力者である事を直感的に察していた。

 

 

「あれが……スバルの言ってた西軍のナンバー2…大谷吉継…」

 

「そんでもってあの戦斧(アックスソード)みたいなバカでかい剣を担いだ“女”が、豊臣五刑衆の末席って奴か…チィッ! あの小西行長(毒蛇野郎)の仲間って聞くだけで胸糞悪ぃ…」

 

 

フェイトが大谷を見つめながら息を呑む隣で、ヴィータが小さく舌打ちしながらボヤくように吐き捨てた。

その声は廃ビルの屋上に立つ景勝には決して届いていない筈なのに、屋上に立っていた景勝は不愉快げにヴィータを睨みつける。

 

「あの赤いお下げ髪のガキ…俺の癇に障るような事言いやがった気がするな……」

 

「まぁ、落ち着け。景勝……今は戯れの暇はない…」

 

釘を差すように景勝を宥めながら、大谷は家康達を見下ろしながら、不気味な含み笑いを浮かべた。

 

「まずは再会を喜ぶべき…か? 権現…それに独眼竜に武田の若虎…ぬしら程の猛者が揃っていたにも関わらず、我らの仕組んだ策略(しかけ)にまるで気が付かなかったようだな」

 

「……あぁ…話はすべてスバルから聞いた。何故…ティアナを狙った……?」

 

家康はあくまでも冷静に…しかしその言葉に確かな怒りの色を含ませながら尋ねた。

大谷はさも当たり前の様に切り返した。

 

「フフフフ…そのティアナなる小娘の抱える“不幸”はなかなかに良い闇に染まっていたのでな…こちらの世界の人間の不幸は如何に、我が好みに繰り踊らせる事が出来るのか…ちと興味を抱いたまでの事よ…」

 

「―――ッ!? そんな理由の為に…ティアをあんな目に遭わせたっていうの……!?」

 

そう言って唇を噛みしめながら、スバルは大谷達を睨んだ。

 

「それは筋違いというもの…我らは愚鈍な師達に代わって、彼女(ティアナ)の兵としての素質を引き出してみせたまでの事よ…」

 

「『愚鈍な師達』って、アタシらの事かよ? ミイラ野郎」

 

ヴィータが眉間に青筋を浮かべながらグラーフアイゼンを片手に持ち、威圧的に尋ねる。

いつでもバリアジャケットに着替えて、挑みかかってもおかしくない様子だ。

 

「…それについては、既に当の本人が一番良くわかっているのではないか? のぉ、高町なのはよ……」

 

「………くぅっ!」

 

大谷に名を呼ばれ、なのはが一瞬怯えた様子で身を震わせ、そして拳を強く握りしめる。やり場のない怒りが湧き出ている事が伺えた。

 

 

 

「…にしても…本当ならこのまま同士討ちで幾人か斃れるまでが我の筋書きではあったのだが……まさか死人を一人も出さぬとは…此度は猿飛(ましら)にしてやられたというわけか…」

 

呟く様にそう言いながら、大谷が顔の前で指で印を切ると、彼らの周囲を取り囲むように複数の光る珠が回転し始めた。

 

「しかし、ぬしのおかげで面白い余興を見せてもらった。その奮闘に免じて此度はこれで一度引き下がらせて貰おう…しかし覚えておくがよい。これはまだ我らの“戯れ”のほんの前座に過ぎぬ。再び相対する時にはぬしら全員に更なる余興を用意してやろうぞ」

 

その瞬間、大谷達の周りを回転していた珠によって巻き起こった白い煙が一行の姿を覆い始めた。

 

「ま、待ちなさい!」

 

「逃がすか!!」

 

フェイトとヴィータが大谷達を取り押さえようとバリアジャケットを纏おうとするが、それぞれデバイスをセットアップする前に煙は3人を包み隠してしまう。

そして、煙が晴れた時、大谷達は姿を消してしまった……

 

「き、消えた!?」

 

「まだそう遠くには言ってねぇはずだ! 急いでグリフィスに知らせて、後援部隊を総動員して隊舎周辺を捜索する!」

 

一瞬にして文字通りに煙に巻いてしまった大谷達の鮮やかな撤退に戸惑うフェイトの傍らでヴィータがそう言って、ロングアーチに向かって念話を飛ばす中、なのはは一先ず脅威が去った事を確認すると、さっと家康達に背中を向けた。

 

「家康君…スバル達と一緒にティアナを医務室に連れて行ってあげて…」

 

なのははそれだけを言うと、早足で歩き始めた。

まるで家康達から逃れるように……

 

 

「さ…佐助さんも、早く医務室に!」

 

「そ、そうだ! お前が一番酷い怪我をしているのだから早く…」

 

それを聞いて我に返ったフェイトと幸村が佐助の下に駆け寄り促した。

だが、佐助は自分の怪我よりも去っていくなのはの後ろ背中に注目していた。

 

 

そして、歩いていくなのはの肩が小さく震えている事に気づいていた……

 

 

 

「………なのは…」

 

 

 

 

 

同じく、なのはの後ろ姿からその異変に気づいていた政宗もまた、複雑そうな面持ちで見送るのだった……

 

 

 

 




改めまして…紆余曲折ありましたが、2021年最初にして、4ヶ月半ぶりの更新再開です。

元々、衰えつつある創作意欲をリセットする目的で初めたリブート版なのにそのリブート版でオリジナル版と似た事になってしまってどうすんのって話ですよね(苦笑)

とりあえず、これから少しずつまた更新ペースを取り戻す事を目標にがんばりますので、前書きのふざけたような開き直りはご愛嬌と思っていただいて、出来れば広い目で見守っていただけると幸いです。

最後にくどいかもしれませんがもう一度…長らくもどかしい思いやご心配をかけてしまい、本当にすみませんでした。


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潜伏侵略篇(ティアナ成長篇・後編)
第二十七章 ~ティアナの後悔 疑心渦巻く機動六課~


西軍参謀・大谷吉継の策略に嵌って、洗脳・暴走させられてしまったティアナ。

佐助の身を挺した行動のおかげで、洗脳を解く事こそできたものの、そのためとはいえティアナを力技で撃ち落としたなのはは、大谷から煽られた挑発も併せて、その心に大きな痼を残す事となる。

景勝「リリカルBASARA StrikerS 第二十七章 さっさと出陣すっぞ!!」


西軍参謀 大谷吉継主導による白昼堂々の隊舎襲撃という前代未聞の事態を受け、部隊長のはやてはチーム・ライトニング(エリオ、キャロ)の模擬戦は言わずもがな、その日予定していた隊員達の公務の全てを中止させ、既に公務の為に隊舎を空けていたシグナムやそのアシストに着いていた小十郎も急遽隊舎に呼び戻される事となった。

 

一方のフォワードチームはというと…大谷の妖術に操られ、それを解くためとはいえなのはのクロスファイアシュートを直接喰らう事となったティアナは、今日までの無理な鍛錬の疲れも重なってか一時昏睡状態にまで陥り、今は同じくクロスファイアシュートによって負傷する形となった佐助と共に、医務室でシャマルの魔法と実治処置*1による治療を受けていた。

そして、一時的とはいえティアナが敵に洗脳された事実は他のフォワードチームの3人は勿論、実際に彼女と交戦する事になったなのはにも大きな精神的動揺を与える事となり、フェイトや事情を知ったはやての判断でフォワードチームだけでなく、なのはにもしばらく自室で待機する様に言い渡したのだった。

 

そして…残りの主要メンバーは早速、今日の騒動をおさらいする事も兼ねて緊急対策会議を開く事になった。

部隊長室には、なのはと佐助を除く模擬戦に関わった人物をはじめ、はやて、リイン、シグナム、シャリオ、そして武将達の中で唯一模擬戦を観戦していなかった小十郎の4人が集まっていた。

 

「まさかこないだに続いて、またもや敵にまんまと乗り込まれてまうなんてな…しかも、狙いはまさかのティアナを洗脳しての同士討ちやなんて…色々と情報が交錯しすぎて頭が回らへんわ…」

 

はやてはそう自嘲気味に失笑を浮かべながら、ため息をついた。

 

「そう言うと思いましたから、フェイトさんと急いで今日の一件をまとめた資料を作成したので、そちらを合わせながら説明していきますね」

 

そう言ってシャリオがホログラムコンピュータを展開して、コンソールを手際よく操作しながら話した。

すると、部隊長室のカーテンが自動的に閉まり、部屋の中が暗転すると同時に一行の前に巨大なホログラムスクリーンが投影されて、そこに訓練所で撮影された西軍の3人…大谷、左近、そして景勝の画像が映し出された。

 

「今回、現れた敵勢力“西軍”またの名を“豊臣軍”のメンバーは3人…その内2人が今日初めて機動六課(わたしたち)がコンタクトをとった敵という事ですね」

 

「あぁ、そうだ」

 

シャリオがコンソールを操作し、初めに左近の姿がスクリーン全体にアップされると、彼らの事を一番良く知っている家康が代表して説明し始めた。

 

「このあいだホテル・アグスタでも話したと思うが…この男の名は“島左近”。西軍総大将・石田三成の懐刀的存在で、石田軍の侍大将だ。『五刑衆』の位は持っていないが、実力に関しては決して引けを取らない手練だ…」

 

「あのホテルでユーノを狙って、俺と一戦(sword summit)交えたのもコイツだ」

 

両腕を組んで部屋の壁にもたれかかりながら、政宗が補足を加えた。

 

「コイツはいわば、石田や大谷の直属のagentだからな。大谷達が動くところにコイツありってな…」

 

「それじゃあ、今日初めて顔を見せたこの“女”の人は誰です?」

 

次にスクリーン全体にアップ像が映された景勝の姿を指しながらリインが尋ねた。

 

「リイン殿。彼の御仁は少々訳ありの方でござる」

 

そう言って、景勝について説明に出たのは幸村だった。

彼の属する甲斐武田軍と、景勝が率いる越後上杉軍はそれぞれの先代総大将 武田信玄と上杉謙信の代から自他共に認める文字通りの“宿命の好敵手”であり、幾度となく戦を繰り返し、互いにしのぎを削り合ってきた。

当然、幸村も景勝とは両軍の主要武将同士、剣を交え合い、互いに人となりを認めた宿敵の一人であった。

それ故に、幸村もまた、此度の六課襲撃に景勝の姿があった事には少なからず動揺を覚えていた。

 

「越後上杉家当主 “上杉景勝”―――見ての通り、身体こそ女子(おなご)でござるが、ご本人は女を捨て、男子として生きておるのでござる。某も一度、武田と上杉の合戦の折に景勝殿と刃を交えた折に、その点について指摘した事があったのでござるが……」

 

「ど、どうしたの? 幸村さん」

 

ここで言葉を詰まらせた幸村は、やや顔を青ざめながら息を呑んだ。

その姿から明らかに恐怖に震えている様子が伺え、心配したフェイトが思わず尋ねる。

 

「それが…景勝殿の琴線に触れてしまったようで、危うく“肉塊に帰する”寸前まで殴りつけられたでござる」

 

「『肉塊に帰する寸前』って…一体、どんな殴られ方されたんですか?」

 

リインがややドン引き気味にボヤいた。

すると、小十郎も思い出した様に感慨深げに呟いた。

 

「そういえば…越後の“軍神”の後を継いだのは『姫を捨てた札付きの跳ねっ返り』で、噂だと七光とバカにした敵将を潰れるまで追い詰めたり、その国の人間に『女武将』扱いされたという理由だけで一国攻め落したという話もあるとか…」

 

「うっわ~。そういう戦闘狂(バトルマニア)なところ、まるでシグナムみたいだな…」

 

「お前の中で私の印象はどうなってんだヴィータ!? 大体、私は別に女扱いされる事に不服などない!」

 

シグナムが怒鳴りつけるのを他所に、政宗が思い出したように会話に加わってきた。

 

「でも確か上杉と言えば…武田信玄(虎のおっさん)が病で倒れた事で、当主だった上杉謙信(軍神)が突然隠居するって宣言しちまって…その後、後継を巡って家全体が二分されちまう程の相当deepな御家騒動に発展しちまったって聞いたけどな…」

 

「左様でござる政宗殿。某も仔細は佐助や真田忍隊からの報告越しで聞いただけにござるが…」

 

「その御家騒動って…ひょっとして“御館の乱*2”の事とちゃう?」

 

政宗の言葉にピンときた様子ではやてが尋ねた。

それを聞いて、幸村は思わず面食らった顔つきになる。

 

「そのとおりでござるが…何故に、はやて殿が“御館の乱”の事を知っているのでござるか?」

 

「ゆっきー達が六課に加わってから、わたしも少しでもゆっきー達の事情を知ろうと、第97管理外世界(わたし達の次元)の方やけど、戦国時代に関する日本史を大方勉強し直しとるんや。ひょっとしたら、この知識を何か役に立てるかもしれへんからな。まぁ、これも部隊長の努めですから♪」

 

「いや、部隊長なら日本史勉強する前にちゃんと部隊長の仕事やれよ……」

 

はやては、そう言いながらフフンと得意げに胸を張ってみせるが、傍らでヴィータが呆れたようにボヤいたが、はやてはそれをわざと聞こえないふりをして無視した。

 

「とにかく…その“御館の乱”において、景勝殿を当主に置く事を求める“上杉宗家派”と、同じく謙信殿の後継者と目されていた景虎殿を推す“景虎派”とに、上杉の御家は二分されてしまい、我ら武田同様に一時は滅亡寸前に至る程に大きく荒れる事となったのでござるが…最終的に豊臣と“同盟”を結ぶことを選んだ景勝殿率いる宗家派が勝利する形で上杉家は守られたのでござる」

 

「…そんな事情があったのか」

 

家康が唸るように呟いた。

 

「なんだ? 家康は知らなかったのか?」

 

シグナムが尋ねる。

 

「天下分け目の戦に際して、上杉が西軍についた事は知っていたのだが…その裏でそんな事情があったのは知らなかった。それにあの景勝殿が五刑衆に加わっていた事も…」

 

「かの名門『上杉』の跡取りが、事もあろうか豊臣の一将に下るとはな…“軍神”だったら、そんな道なんざ選ばなかったろうに…」

 

ややシニカルに一蹴する小十郎に対し、幸村が弁明するかのように口を挟んだ。

 

「だからこそでござろう。偉大なる先代の後を任された者故に、どう采配を振れば良いのかわからなかったが故に選んだ道かと…現に某もお館様から武田を任された当初は…」

 

何度か戦場でしのぎを削りあった仲な上に、自分も似た境遇で豊臣についた同士故か、そう語る幸村の顔には同情を兼ねた憂いの念が浮かんでいた。

その後ろでは、ホログラムスクリーンの映像が最後の一人である大谷の画像に切り替わっていた。

 

「そして、この男が今回の主犯…西軍筆頭参謀“大谷吉継”…か」

 

はやてがスクリーンを睨みながら、低い唸り声を上げた。

画像では担ぎ手もいないのに宙に浮かんでいる不思議な輿の上で胡座をかいて、周りに光る珠を幾つも浮かべて巧みに操る、赤黒く染まった目を覗かせた包帯づくめの不気味な風貌の男が写っていた。

その異様な風体の男にリインとシャリオは思わず身震いしてしまった。

 

「うぅぅ~~~…見るからに邪悪そうな人ですぅ~~…」

 

リインが青ざめながら呟く隣でフェイトが顎に手を当てて考えるようなポーズをとりながら、語り始める。

 

「家康君達や、実際に相対したなのはやスバル、佐助さんの証言…そして彼に操られたティアナの事例から踏まえて考察するに…彼が操るのは私達のような“魔法”でも、家康君達の使う“気”とも異なる…そうだよね?」

 

「あぁ。ワシらも詳しくはわからないが、恐らくは日ノ本に古くから伝わる“陰陽道”を元に発展させた独自の妖術かと思う…しかし何分、日ノ本でもあのような奇怪な術の使い手は刑部を含めても数える程しかいない」

 

(…まぁ、私達にしてみれば、家康さん達の“気”の力も十分奇怪に見えるんですけどね)

 

ここに集った面子で唯一非魔力保持者且つ非戦闘要員のシャリオは、心の中で軽くツッコミを入れていた。

 

「確かにミッドチルダ(こっちの世界)にも他人を洗脳して操る魔法も一応あるにはあるが…やはり、使って気持ちの良い術ではない。それに方法も大谷(やつ)の使ったそれとはメカニズムが大きく異なっている……あれは恐らく、人間の“負”のエネルギーを利用して操るかなりたちの悪い術式であろう」

 

「えぇ…本当に聞いただけでも気分が悪くなるような……」

 

シグナムとフェイトはそれぞれ怒りを無理矢理に抑えるように、低く冷たい声質で話していた。

 

「聞いた話じゃ、あのmammy野郎は関ヶ原の戦い(天下分け目の戦)の時も、色々と裏で姑息な真似を仕掛けたって話だそうだ。中には野郎の口車に乗せられたり、それこそティアナみたいに無理矢理にヤツの操り人形にされて西軍に加わった奴も少なくないらしいぜ…」

 

「…ティアナ……」

 

政宗の言葉を聞いて、フェイトは思い出したように表情を曇らせる。

 

「今日は大谷達の襲撃ですっかり有耶無耶になっちゃったけど…ティアナ…相当無理なトレーニング積んでたみたいだね……私達はおろかスバルにさえ、全く相談も無しに一人で今日の模擬戦の為に無茶な事をして…」

 

「きっと、そんな無茶なまでの向上心や反骨精神を大谷に付け込まれてもうたんやな…」

 

はやてもそう言って目に悲しみの色を浮かべた。

 

「……やはり…無理矢理にでもワシからティアナに忠告した方がよかったのかもしれんな…」

 

そう悔いるように言葉を溢す家康であったが、政宗は頭を横に振りながら諭す様に返した。

 

「お前が言っても結果は変わらなかったと思うぜ。家康。 ティアナ(アイツ)がcomplexを向けていたのは紛れもなく俺達だったんだ。その俺達がどんなに説教したところでアイツはきっと聞き入れるどころか、余計に反発して無茶に走っていただけの筈だ」

 

「そ、それはそうかもしれないが……」

 

言葉を濁す家康に対し、政宗は壁に背を持たれかけながら小さくため息を吐いた。

 

「それで……ティアナの今の様子はどうなんだ?」

 

「あ、うん。シャマルの話やと、まだ意識が戻ってないからなんとも言えへんけど、とりあえず、脳波のバイタルやアドレナリンの数値からして、恐らく洗脳状態はもう解けとるみたい」

 

話題を急に切り替える形で質問され、一瞬面食らいながらもすぐに我に返り、医務室から届いたばかりの情報を伝えながらも、はやては少しでも重苦しい雰囲気を払拭しようとわざとふざけたような口ぶりで話し始めた。

 

「せやけど、流石はなのはちゃんの“伝家の宝刀”ならぬ“砲撃”やな。未知なる術で狂える教え子を一発ふっ飛ばして、もとに戻してしまうんやからなぁ。まさに人呼んで “管理局の白い悪魔”!」

 

「誰が“白い悪魔”って?」

 

「そら決まってるやろ? なのはちゃ―――へっ!?」

 

不意に聞こえた新たな声に嬉々とした調子で返そうとして思わず硬直してしまう。

その声に釣られる様に政宗達が部隊長室の入り口の方に顔を向ける。

そこには“管理局の白い悪魔”…ゲフンゲフン!

…高町なのはが立っていた。

 

「い、いや! なのはちゃん! ちゃ、ちゃうねん! 今のはその…皆を和まそう思って…」

 

「……別に構いませんよ“八神部隊長”。この程度の“戯言”はもう聞き慣れていますから…」

 

なのはは“目が全然笑っていない”柔らかな笑顔を浮かべながら、不自然な敬語で切り返した。

 

「いや、めちゃめちゃ怒っとるやん!?」

 

「ごめんってば~! 堪忍して~~!!」と目から滝のような涙を流しながら縋るはやてを尻目に、会合の輪に加わるなのはに、フェイトが心配そうに尋ねる。

 

「なのは…もう大丈夫なの?」

 

「…うん。部屋で少し頭冷やしたからもう大丈夫。それよりも、私も知ってる事をちゃんと話さないといけないからね。シャーリー、続けてくれるかな?」

 

「えっ!? は…はい! それじゃあ、次は大谷達がどのように隊舎に潜入してきたかについてですが…」

 

なのはに半ば無理矢理押し切られる形で、シャリオが本題の進行を再開する。

 

「皆さんもご存知のとおり、ここは先日、西軍の黒田官兵衛、後藤又兵衛の両名によって一度襲撃を受けています。そこで私達ロングアーチも敵対者の襲撃を考慮して、警備システムをより強化させる事で対策していました。ですが…」

 

「? 何かあったの?」

 

なのはが尋ねた。

 

「はい。それが…今日の場合、訓練所で霧が発生する直前にA.T.S.*3をはじめとする訓練所周辺に仕掛けていた警備設備全て原因不明の誤作動を起こして、機能停止してしまったんです」

 

「「「「「「機能停止?」」」」」」

 

なのは、フェイト、はやて、ヴィータ、シグナム、リインの6人が怪訝な様子で問い返した。

家康達はシャリオの言葉にあった聞き慣れない単語の仔細は把握できずとも、その言葉の端々を縫い合わせるに、六課の防衛用のトラップが大谷達が乗り込んできた時にだけ効果を発揮していなかったのであろう事は想像できた。

 

「はい。霧が晴れたら、すぐに全て何事もなかったかのように復旧したのですが……」

 

「その霧が原因の異常ではなかったのか?」

 

シグナムの聞き返した。

 

「いや。その霧にはアタシらも巻かれたけど、別に機器故障を誘発するような濃霧でもなければ魔力霧でもない普通の霧だったぜ? それに大谷達(アイツら)が乗り込んできやがった間だけ、タイミング良く故障するってのも妙な話だろ?」

 

「えぇ。勿論、すぐに整備班の皆さんに全ての設備の動力源を点検させたのですが…どこも故障する要素はなかったそうです」

 

そう異論を唱えるヴィータにシャリオが補足を添えるように追従して話した。

すると、フェイトが目を僅かに細めながら呟いた。

 

「……ひょっとして…それは“故障”じゃなかったのかも…?」

 

その一言に部屋に集ったほぼ全員が、その言葉の意味を理解した様子で頷いた。

はやてから、その推測をさらに確証付けさせる情報が明かされた。

 

「そういえば、佐助さんが言うとったんやけど…訓練所に乗り込んできたのは大谷達だけやのぅてもう一人…“皎月院”って女性がおったらしいんやけど…」

 

「―――ッ!?」

 

大谷と共に西軍を裏から操る謎の女の名を聞いて、家康が驚愕のあまり言葉を失う。

 

「やはり例の女も動いていたのか……しかし、さっきの映像には残っていなかったようだが…」

 

小十郎が尋ねると、シャリオは不可解げな面持ちで答える。

 

「それが…どこの防犯カメラにもその女の人の姿は写ってなかったんです。念の為に隊舎のカメラもチェックしたのですが、一箇所だけ映像が乱れて何も映っていなかったのを除けば、どこにもそれらしき不審者の動きもなくて…」

 

「その一箇所って?」

 

なのはが聞いた。

 

「隊舎と訓練所の間にある防風林です。多分、警備施設の不調に釣られる形で故障が誘発したのかと思うのですけど…あそこには別に重要な設備なんてのもありませんし…」

 

「う~ん…となるとその“皎月院”とかいう女が設備を壊したって線も薄いわけか…せやけど、この警備施設の不調が大谷達の策略の一環やとするならどうやって…?」

 

はやては唸りながら、考えていた。

そこへリインが横から首を傾げながら、話に加わってきた。

 

「そもそも、一体どうして六課で今日模擬戦があるって事が西軍にバレていたというのでしょうか?」

 

その言葉を受けて、「確かにな」とシグナムも違和感を示した。

 

「ここを徳川達が拠点としている事ならいざしらず、模擬戦みたいな内部の者しか知らないような情報…果てはティアナの心理的な近況さえ奴らが握っていたという事自体妙な話だ。それに加えて、上手いこと警備設備までもパスして潜入してくるだなんて、策略にしても明らかに事が上手くいき過ぎている……まるで我々の情報が全て西軍(向こう)に流されているかのように……」

 

「シグナム。それどういう意味だよ?」

 

ヴィータが身を乗り出しながらシグナムに尋ねた。

一方、フェイトはシグナムと同じ事を考えついたのか、顔を強張らせながら彼女を見つめる。

 

「それってまさか……?」

 

シグナムは顔を顰めながら頷き、そして口を開いた。

 

 

 

「我々、機動六課に “裏切り者”…西軍の手先が紛れ込んでいる可能性があるという事だ」

 

 

 

 

 

隊舎・地下にある動力室―――

ここは、魔力エネルギーを応用した魔力炉を中心に隊舎全体の全ての設備の動力を担う隊舎の『心臓』と呼ぶべき場所だ。

当然、ここで何らかの異常があれば、隊舎を守る全ての警備システムは勿論、電灯などの日常的な設備さえも使用不能になり、隊舎は文字通り“丸裸”の状態となってしまう。

その為、ここは隊舎の中で特に厳重に管理されていた。

出入り口における電子錠や出入りする者のID認証システム、監視カメラは勿論の事、点検や補修の為の作業員でさえ出入りには厳しいボディチェックや入室制限が定められている。

まさに鉄壁の守りで固められたこの場所を攻撃する事は決して不可能であった。それこそ…機動六課の“外”の人間であれば……

 

巨大な砂時計のような形状をした魔力炉の中枢にあるビー玉程の小さな鉱石から放たれる青白い輝きだけが暗い部屋を微かに照らしている。

この鉱石は“イデアクリスタル”と呼ばれる魔力と共振する事でエネルギーを収束する特殊な性質を持つ魔石であり、この魔力炉に使われているサイズの微量からでも爆発的なエネルギーを生み出す上に人体への悪影響も一切ないという魔法世界ミッドチルダならではといえる理想的なクリーンエネルギーである。

これだけ聞けば、微量からでもは高エネルギーを帯びる「超高エネルギー結晶体」であるロストロギア・レリックと似た性質を持つが、レリックは人工的に造られたものに対し、イデアクリスタルは天然の鉱脈でできた純正な魔力エネルギーとして認められ、時空管理局の研究・実験の結果、安全な運用方法が擁立された事でこうして今やミッドチルダでは98.9%の普及率を誇る、必要不可欠なエネルギーとなっていた。

 

そんなイデアクリスタルの穏やかな輝きの中にあって、その男は闇に染まった情念に衝き動かされながら、静かに暗躍を働いていた。

黒色の短髪に目つきの鋭いその男…機動六課・通信主任 ジャスティ・ウェイツ准陸尉以外にこの部屋には一人もいない。

当然、彼の役職からして、この部屋に出入りする理由などない為、もし今ここに誰かいたら問答無用で問い詰められる事となろう。

勿論、彼はその辺りの対策も抜かりなく図った上でここへ来ていた。

手始めに通信主任という立場を利用して、動力室内やそこへ至る為の通路全ての監視カメラの映像を同じ箇所で撮影された数日前の映像に置き換える事で監視の目を誤魔化す。

これが人通りの多い場所の映像であれば、簡単に見抜かれるリスクも高いが、人通りが殆どない場所故に少し映像に編集を加えさえすれば、映像記録を捏造する事などジャスティにとっては容易な事だった。

残るID認証システムや電子錠も通信主任である彼の手にかかれば誰にも気づかれる事なくパスする事も造作もなかった。

 

そうしてまんまと動力室に侵入したジャスティは魔力炉周辺のトラップが解除されている事を確認しながら、恐る恐る近づき、懐から取り出した手のひらサイズの円盤型の装置を手に取り、それを魔力炉に取り付けた。

そして、同じような機械をいくつか魔力炉に装着すると、ジャスティはそそくさと動力室を出ていく、勿論辺りに他の人間がいない事を何度も確認した。監視カメラの映像は誤魔化せても、人の目に直接とまってしまえば、弁解のしようがない。

動力室に向かう時は勿論、出ていく時さえも極力、隊の人間に自分の姿が見られないように細心の注意を図った。

 

「……よし、これで上手くいった……あとは“合図”が来て、俺が最後の“仕上げ”にかかれば……フッフフフフ…」

 

何食わぬ顔で自分が本来いるべき場所…ロングアーチの通信室に戻りながら、ジャスティは歪んだ含み笑いを浮かべた。

 

 

機動六課(私達)の中に……“裏切り者”やって……!?」

 

はやてが呆気にとられた様子で言った。

たちまち、部隊長室内には緊迫した空気に包まれる。

すると、比較的動揺を見せずにいた政宗が口を開いた。

 

「シグナムの言う通り、状況から考えるとそう推測するのが妥当だろうな。現に元々は西軍だった野郎だってここにいる事だしな…」

 

そう言って幸村の方を意味深に見つめる政宗。

その視線に幸村は思わず、その場で大きく仰け反った。

 

「なっ!? 何を申されるか政宗殿!! 某は決して恩義ある機動六課を裏切るなど…」

 

「そ…そうだよ!政宗さん!いくらなんでもそれは…」

 

慌てて弁明する幸村に、フェイトもすかさず擁護した。

すると政宗は幸村達の予想通りの反応を見て、小さく笑みを溢した。

 

「Sorry。今のはほんの冗談だ。真田がそんな真似をするようなFuck野郎じゃねぇってのはrivalの俺がよく知ってるからな。それに…こんな“馬鹿正直”な野郎に内通なんて狡猾な真似が出来るわけがねぇしな」

 

「うん?…嬉しいような、不愉快のような……なんだか複雑な気分にござるが…」

 

政宗の言葉から強い信用を得ている事に安堵しながらも、後半の言葉が妙に心につっかかるような感覚を覚え、少々不服な表情を浮かべる幸村だった。

 

「しかし、もし本当に内通者が六課の中にいるとしても…刑部達としては今日の模擬戦で事のケリをつけるつもりだったのではないか? だったらその伏兵の役目は…」

 

「否、そうとも限らねぇ」

 

家康の推測を遮るように小十郎が否定する。

 

「この戦法(やり口)…どこかで見た気がしないか?」

 

「どこかって…!!?」

 

家康が話していた最中にハッっと思い出したような顔つきになる。

小十郎との会話を介して、朧気に思い描いていた構図がはっきりとその脳裏に浮かんだ。

 

「まさか……竹中半兵衛殿の『潜伏侵略』?!」

 

「「!?」」

 

家康の口から出た単語に、政宗と幸村も同様に驚愕の表情を浮かべる。

一方、『潜伏侵略』の事を知らない六課側のメンバーは首を傾げるばかりだった。

 

「せんぷくしんりゃく…ってなんですか?」

 

「西軍の前身…“豊臣軍”が得意としていた兵法だ」

 

リインがそう聞くと、小十郎は丁寧に説明し始めた。

 

潜伏侵略―――

元は豊臣軍の軍師 竹中半兵衛が豊臣軍の日ノ本攻略に際して発案・実行した策である。

 

攻略予定の敵勢力の領地内に単独から少数人程度の兵を各地バラバラに潜伏させ、一定の潜伏期間を経て、期が熟すと同時に各地に潜伏させた伏兵たちに多発的に攻略させて、その所領を内部から制圧するというもの。

この策によって武田、伊達をはじめ、その他多くの有力武将達の領地が、豊臣の手に堕ちてしまい、豊臣の天下統一の大きな足掛かりとなったのであった―――

 

 

「じゃあその“潜伏侵略”を応用して、大谷吉継達はこの六課を攻撃してきたって事?」

 

「あぁ。厳密には“攻撃してきている”ってところだろう。恐らく、こうして話し合っている間にもこの隊舎のどこかに潜んでいる“キツネ”は俺達の動きを嗅ぎ回っているかもしれねぇ…」

 

なのはの問いに小十郎がそう答えると、政宗は冷静に考え始めた。

 

「問題は、その裏切り者(Fox野郎)ってのは誰かだな…」

 

政宗の言葉に促される様に、なのは達も考え始めた。

まず、ここに集まっている面子に加え、シャマルやザフィーラのように既に何年も苦楽をともにしてきた仲間達…そしてFW(フォワード)チームの4人は真っ先にその候補から外される。

とはいえ、機動六課は部隊長であるはやてが自ら選出した局員を主幹メンバーに置いている為、彼らに対しては一定以上に信頼がある。それ故にはやて達にしてみれば、そんな仲間を疑う事は本望ではなかった。

 

「シャーリーも大丈夫だから、除外だね」

 

「グリフィスやアルト、ルキノ、ヴァイスさんも信用できますから、安心してください」

 

フェイトは六課結成前から補佐官としていたシャリオに、シャリオは幼馴染であるグリフィスや同僚のアルト、ルキノへの強い信頼を口にする。

この二人のお墨付きがあるという事は部隊長補佐のグリフィスや、通信士のアルト、ルキノ、ヘリパイロットのヴァイスも白である事が確定された。

 

「そういえば…ロングアーチにはもう一人いなかったか? 確か…ジャスティとかいう奴が」

 

「あっ…」

 

小十郎がそう指摘するとシャリオがハッとした表情を浮かべる。

何か心当たりがありそうな顔つきだった。

 

「シャリオ殿? どうしたんだ…」

 

シャリオの意味深な様子に気づいた家康が尋ねる。

 

「ジャスティ君の事で何か気がかりな事でもあるの?」

 

なのはが尋ねると、シャリオは半信半疑な様子で口を開いた。

 

「実は…ジャスティ主任なんですが……」

 

シャリオは自分達ロングアーチだけが知っている事情…ジャスティが六課の中で唯一、家康達戦国武将に対して快い感情を抱いていない事を話して聞かせた。

 

「……なるほど。確かにジャスティ(そいつ)なら、石田方に寝返るだろうelementを幾つも持っているわけだな」

 

「シャリオ殿。模擬戦の時に彼に不審な動きはなかったのか?」

 

政宗は半ば確信付いた様にそう言うと、家康がシャリオに確認した。

 

「はい…事件が起きた時はロングアーチは全員司令室にいました。勿論、ジャスティ主任も…」

 

シャリオがジャスティのアリバイを話す一方で、仲間を疑いたくないはやては弁護するかのように口を挟んだ。

 

「せやけどジャスティ君は真面目一筋やし、本来不正を嫌う潔癖な人間や。それは彼を六課に選出する時に私らかてしっかり吟味しとる。ましてや悪に堕ちるなんて―――」

 

「甘いぞ八神。豊臣の人心掌握術(やり方)はそんな生ぬるいもんじゃねぇ…」

 

小十郎が鋭い口ぶりで、はやてを一蹴する。

 

「どんなに清楚な人間であろうがな、その心の見えないところには何かしらの黒い感情ってもんが渦巻いている…奴らは僅かな心の綻びから覗かせた黒い感情を糸の様に巧みに手繰り寄せ…そして気がついた時にはあっという間に自分達の手元に引き寄せ、同化させちまう…やつらはそうして一度は天下を手に入れるまでに至ったんだ…」

 

「片倉殿の言う通りだ。現に今日のティアナの身に起きた事を考慮すれば尚の事納得できるだろう?」

 

家康も諭すように言葉を添えると、はやては驚愕を滲ませたような表情を浮かべていた。

なのはやフェイト、ヴィータ、シグナム、シャリオも、同じような表情を浮かべていた。

一方家康達は、六課の隊舎において一番なのは達から近い位置にいる人間で、最も怪しい存在は、やはりジャスティであろうと考えていた。

そもそも彼が六課の『通信主任』として、この隊舎の設備に関わる全てのシステム運営の責任者を担っているとあれば、怪しまれるような動きを見せる事なく一定の警備設備を止める事だって可能な筈だ。

とはいえ、自分達が選出した仲間を信じたいというはやての気持ちも完全に理解できない事もない。第一、まだ決定的な証拠もない。それに機動六課にはまだまだ常駐するスタッフが沢山いる。

誰が黒なのか、結論を出すにはもう少し、様子を見る必要がある事は家康達も理解していた。

 

「そこまで心配だったら…焙り出すしかないぞ?」

 

政宗がはやてに判断を迫るように話しかける。

はやてはしばらく考え込んでいたが、やがて「しかたない」といわんばかりにため息を吐きながら頷いた。

 

「大切な仲間を疑うなんて、気が引けるけどなぁ…」

 

「「はやてちゃん?」」

 

「「はやて?」」

 

「主…」

 

なのは、フェイト、ヴィータ、リインが伺うようにはやての顔を見つめると、はやては苦々しい表情で頷いた。

 

 

「さっそく、明日抜き打ちでここに出入りする職員全員の査問をします。 下手にみんなを疑心暗鬼にさせないように一応、なのはちゃん達や家康君達にも同様に調べるから堪忍してや」

 

 

はやてがそう宣言すると、なのは達はそれぞれ小さくため息を吐いた。

いくら内通者の捜索とはいえ、仲間を取り調べにかける事はなのは達にとっても決して気持ちの良い話ではなかった―――

 

 

 

 

 

「ん……」

 

はっと目を開けたティアナの視界に入ってきたのは、天井の蛍光灯だった。

 

「……あれ?」

 

ティアナは、自分がベッドで横になっている事に気づき、身を起こした。

ここは…隊舎の中…?

ぼんやりと微睡むような意識の中で、自分が置かれている状況を必死に把握しようとしていたところへ、部屋の戸が開かれた。

 

「あら、ティアナ。起きた?」

 

部屋に入ってきた白衣姿のシャマルがベッドで半身を起こしているティアナに近づく。

 

「シャマル先生……えっと……」

 

混乱しているのか、ティアナはキョロキョロと周囲を見回す。

 

「ここは医務室よ」

 

ベッドの側に置いてあったイスに腰掛けるシャマル。

 

「ティアナ。昼間の模擬戦で何があったのか覚えてる?」

 

「えぇっ……!?」

 

真剣な眼差しで尋ねてくるシャマルに対し、ティアナは必死に自分の覚えている限りの記憶を辿って考えた。

確か自分は、模擬戦でなのはさんやスバル達を見返す為にこの日に備えてずっと考え、練習してきた新戦法を披露しようとして…いきなり霧と共に現れた上杉景勝なる女に邪魔されて、戦って…その途中で不気味な包帯づくめの男に捕らえられて……

 

「ッ!!!!?」

 

ここへ来てティアナの脳裏に忌まわしき記憶が次々に戻ってきた。

 

その包帯づくめの男に何かをされ…それと同時にこれまで溜まりに溜まっていた周囲への不満や自分自身への無力感、劣等感、焦燥…その全てが爆発するかのように自分で自分を抑えられなくなり…なのはやスバルに襲いかかり、殺そうとまでした…なのはもスバルも何度も自分へ必死に呼び掛けていたのに…自分を抑えられずに暴れまわった挙げ句に…最後は駆けつけた佐助の身を呈した行動で彼と共になのはのクロスファイアシュートを食らって撃墜された……

 

「私は…私は……なんて事を……うぅぅ…!」

 

その全てを鮮明に思い出した時、ティアナは両腕で顔を覆った。

激しい後悔の念が襲い掛かり、涙がこみ上げてくる。

 

「落ち着いてティアナ。よかった。元に戻ったみたいね。色々と思う事はあるかもしれないけど、まずは元に戻れた事を喜びましょう」

 

「うぅぅ…で、でもシャマル先生……私は……とんでもない事を……ああぁぁっ!!」

 

「敵に操られていたのよ。貴方のせいじゃないわ。もう大丈夫だから落ち着いて。ね?」

 

涙を流し、嗚咽を漏らすティアナをシャマルが優しく宥めた。

それでもティアナが落ち着きを取り戻すのにそれから15分程時間を要する事となった――――

 

 

 

「それじゃあ、なのはさんもスバルも大丈夫なんですね…?」

 

「えぇ。スバルはその上杉って人との戦いで怪我を負ってたけど、もう処置が終わったわ」

 

ようやく落ち着きを取り戻しながらも、明らかに気持ちが沈んだ声で尋ねるティアナ。

シャマルは出来る限り、これ以上ティアナを傷つけないように気を配りながらも、ありのままの事を報告していく。

 

「実は怪我が一番ひどかったのは佐助さんだったの。彼、ティアナの洗脳を解くために自分を犠牲にして一緒になのはちゃんの砲撃魔法を受けたものだから、片腕を骨折してしまっていて…」

 

「えっ…!?」

 

「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、身体にダメージは無い筈だけど…それでも非魔力保持者が不用意に食らったりしたら、四肢全て複雑骨折…なんて事にもなりかねないものだから、むしろ片腕だけで済んだのは奇跡に近いわ。流石は家康君の世界から来た戦国武将ね」

 

感心するやら呆れるやらで苦笑を浮かべながら話すシャマルの言葉を聞いて、ティアナは慌てて、医務室を見渡した。

しかし、今部屋のベッドを使っているのは自分ひとりだけのようだった。

 

「大丈夫。佐助さんの骨折も治癒魔法で修復できる程度だったから、もう処置も終わって自室に戻ってるわよ」

 

「そ…そうですか……」

 

「貴方はどう? どこか、痛いところある?」

 

「いえ…大丈夫です」

 

ティアナは伏し目がちに答えながら、部屋の壁に立て掛けていた時計に目をやった。

 

「え……9時過ぎ? えぇ!夜!?」

 

模擬戦を行ったのは昼過ぎだ。

そこから計算すると、8時間以上眠っていた事になる。

 

「すごく熟睡していたわよ。死んでるんじゃないかって思うくらい」

 

驚いて窓の外から海を挟んで見えるクラナガン市街地の夜景を呆然としながら眺めるティアナに、シャマルが説明する。

 

「スバルに聞いたんだけど、最近ほとんど寝てなかったんだってね? 溜まっていた疲れがまとめてきたのよ」

 

「……すみません…」

 

ティアナがまた暗いトーンに落とした声で謝る。

シャマルはそんなティアナの額に手を当てた。

 

「うん。熱もないし、大丈夫ね」

 

シャマルはそう言ってニコリと笑う。

 

「ところで…スバルは?」

 

「ずっと付き添うって言ってたんだけど、あの子も怪我が治ったばかりだから無理矢理返したわ。ティアナも無理しないで、今日はもう休んでね」

 

シャマルはそう釘を指すように言って聞かせた。

 

「……はい、失礼します」

 

ティアナは素直に頷きながらベッドから立ち上がるも、その表情に浮かんだ憂いの感情は決して晴れずにいた。

医務室から出ていくティアナの背中を見送りながら、シャマルは小さくため息をついた。

 

「………医務官って言ったって、人の心を救える訳じゃないのよね」

 

シャマルは、此度の騒動で負ったティアナの心の傷の深さや、その傷を自分では癒しきれない事に、虚しさを感じるのであった……

 

 

 

 

 

 

なのはは一人訓練所にいた。

本来はここで空間シミュレーターにFWメンバーの戦闘データをまとめるだけだったが、もののついでにここの警備システムに異常がないか再三チェックする事と、魔法を動力源とした防衛用トラップの作成などを行っていた。

今日のも含めて2度も敵の侵入を許した事を受け、ロングアーチの手腕を疑うわけではないが、ここの防衛体制を少しでも万全たるものにしようと思っていた。

ましてや、今日の襲撃ではティアナが敵に操られるという教官として起きてはならない事態が起こってしまったのだ。

二度と同じ事態が起こらない為にもとにかく隊舎やその周辺の守りを固めておく必要があった。

 

「………」

 

隊舎周辺を囲む海から来る潮風が吹き抜けて頬を撫でるが、今のなのはの心に爽やかさは微塵もなかった。

会議室にいた時から彼女の心情は複雑だった。

自ら話そうと思ったにも関わらず、昼間、大谷から嘲られた言葉の内容を話せなかった。

 

 

 

―――せっかく秘めていた良き才能に、ぬしらは気づかなかったのか? だとすれば、ぬしも師としては半人前であるな―――

 

 

 

「…………師としては半人前……か…」

 

なのはの脳裏に大谷の言った言葉が何度も蘇る…

 

「軍議が終わったばかりだってのに、もう次のworkか?」

 

「政宗さん…!?」

 

聞こえた声に振り向くと、そこには政宗が立っていた。

ゆっくりとした歩調でなのはの方に近付き、彼女の数メートル後ろに立った。

 

「フェイトが心配してたぞ。唯でさえもう遅いのだから、そろそろ切り上げろって」

 

「う、うん。もうすぐ終わるから大丈夫だよ」

 

なのははそう言いながら、展開していたホログラムコンピュータのコンソールを手早く操作していく。

そんな彼女の様子を政宗は黙って見守っていた。

 

「政宗さん。あのね…」

 

なのはが何と言おうか迷っていたが、言葉が見つからない。

無理もなかった…このあいだ政宗から忠告されていたにも関わらず、結局自分は力づくでティアナを止める事しかできなかった……

フェイトやヴィータは「状況が状況だったのだから仕方ない」と慰めてはくれたものの、それでも教え子に手を上げた後というものは本当に気持ちが落ち込むものである。

これまでに似たような経験は決して1回、2回ではなかったものの、今日の一件は特に重苦しくなのはの心にのしかかってくるようだった…

 

「……なのは…大谷(あのmammy野郎)に一体何言われたんだ?」

 

「―――ッ!?」

 

政宗の口から出た一言になのはのコンソールを操作していた手が思わず止まってしまう。

それを見て、図星を付いた事を確認しながら政宗は腰に片手を当てて、気だるげな姿勢をとった。

 

「俺だけじゃねぇぞ。フェイトだって、ヴィータだって、家康だって…まぁ、真田はわかってんのか微妙だが…昼間訓練所にいたteacher達はお前があの騒動の最中になにかshockingな事があったって気がついてやがるぜ」

 

「…にゃははは…やっぱりバレてたか…」

 

なのははわざとふざけたような笑い方をしてみるが、沈んだ心を再浮上させるまでの効果はなかった。

 

「政宗さん……私……やっぱり教官としてはまだまだ半人前なのかな?」

 

「Ah? いきなりどうしたんだ?」

 

絞り出すように声を出したなのはに、政宗が怪訝な顔つきで尋ねる。

なのはは意を決して、大洗脳されたティアナと交戦していた時に大谷から嘲られた言葉の全てを、政宗に語って聞かせた。

その間、政宗は余計な口を挟むこと無く黙って聞いていた。

 

「I see…まさにあのmammy野郎らしい陰湿で安いprovocationだな」

 

「でも…確かにあの人の術で狂化されたティアナが見せた機動力は磨けば大いに役立てるものだった…情けない話かもしれないけど、私…ティアナは自分と同じセンターガードとしてスバルやエリオ、キャロを上手く指揮しながら、確実な支援射撃と、幻術のサポートを任せる事が一番適任だって考えていた……あの子の素質の全てをちゃんと把握していなかった……」

 

「…………」

 

「自分なりに見出したポジションを教えたら、あの子の才能を大いに羽ばたかせられる…そう信じていた。でも…それって結局は私の単なる“自己満足”に過ぎなかったんだね…」

 

自嘲する様に言葉を零すなのはに政宗は黙って守り続ける。

 

「政宗さんや佐助さんがこないだからずっと言ってきた事ってこのことだったんだね…私は私なりのやり方を押し付けて…あの子の本当の考えをちゃんと聞き入ってあげていなかった…だから、今日みたいな事になってしまった…私も教官としてまだまだ甘いね」

 

そう話しながら、なのはは小さく笑いながらホログラムコンピュータの電源を落とした。

 

「なのは…俺は――――」

 

政宗が言葉をかけようとしたその時だった…

なのは達の前に突然、赤い画面で『ALERT』の文字が書かれたホログラムが投影され、同時にけたたましい警報音が鳴り響いた。

2人の顔に緊張が走った―――

 

「政宗さん!」

 

「I know! この話の続きは後だ! 一先ず隊舎に戻るぞ!!」

 

「うん!」

 

2人は今ある危機に対処すべく、隊舎に向かって駆け出した。

 

 

 

アラーム音が鳴り響く中、司令室ではロングアーチメンバーが慌ただしく、それぞれの役務を全うすべく駆け回っていた。

 

「敵の出現地はミッドチルダ十五番埠頭沖 約2.8キロメートル! 敵集団の中心に船が一隻ある模様でおそらく、それを襲撃しているものと思われます!」

 

「敵の総数は?」

 

「確認された機体はⅡ型が12体です!」

 

はやては司令室で、ルキノ、アルトから状況の報告を聞いていた。

その後ろでは先に集合したフェイト、ヴィータ、シグナム、家康、幸村、小十郎がモニターに映るガジェット・ドローン達を見つめていた。

 

「せやけど民間船を襲うなんて珍しいな。この船って何かレリックか、その他のロストロギアでも搭載してるんか?」

 

はやてが問いかけると、ルキノがテキパキとコンピュータを操作して情報を探す。

 

「いえ。この船の船舶コードを見ましたけど、この船はどうやら保存食品の輸送船みたいです。レリックを含むロストロギア反応もありませんし、おそらく密輸船でもないですね」

 

「う~ん…となるとなんでなんやろうな?」

 

そこに、なのはと政宗が駆け込んできた。

 

「遅くなってごめん。それで状況は?」

 

息を切らしながらなのはが聞いてきた。

 

「グリフィス君」

 

「はい。現状は……」

 

はやてに促され、グリフィスは2人に状況を説明した。

その時、別のコンピュータを操作していたアルトが驚いた様子で声を上げる。

 

「八神部隊長! 今回の機体を調査したところ、これまでよりもかなり性能が向上している模様です!」

 

「なんやって?」

 

アルトの報告を聞き、はやて達はモニターに映るガジェットの編隊を見つめる。

ガジェット達は変わらず、旋回飛行を続けている。

さらにおかしなことに、洋上を進む船を集団で取り囲んでいるわりには、船に対して攻撃らしい攻撃を行おうとしていないのだ。

これはまるで、六課が早く撃ち落としにくるよう誘っているように見えた。

 

「ハラオウン執務官。どう見る?」

 

はやては、横にいるフェイトに意見を求める。

 

「犯人がスカリエッティなら、こちらの動きとか航空戦力を探りたいんだと思う」

 

「うん。この状況ならこっちは中、長距離砲撃を放り込めば済むわけやし…」

 

「一撃でクリアですよ~!」

 

そう言ってリインがグッと拳を突き上げる。

だが、そこへ小十郎が異見を加えた。

 

「待て。敵がこっちの手札を探っているのだとしたら、あえてここは奥の手は隠しておいた方がいいのではないか?」

 

小十郎は超長距離攻撃案に反対した。

すると、政宗や幸村もそれ同調する。

 

「小十郎の言うとおりだな。ましてや向こうには大谷というとんでもねぇbrainが着いてやがるんだ。奴らとしてみれば、こっちの手札を徹底的に調べ上げて次の計略を仕掛ける腹積もりなのかもしれねぇ」

 

「某も同意にござる。ましてや今日のような襲撃が起きたばかりである上、迂闊に新手を見せるのは得策とは言えぬかと…」

 

二人の意見を聞いて、はやては腕を組みながら考え込む。

 

「確かに言われてみればそうやな…まぁ実際この程度の事で隊長達のリミッター解除ってわけにもいかへんしな。高町教導官や家康君はどう思う?」

 

今度はなのはと家康に問いかける。

 

「こっちの戦力調査が目的なら、なるべく新しい情報を出さずに今までと同じやり方で片づけちゃうかな?」

 

「ワシもなのは殿と同意見だ。下手に大技を明かさずに、あくまでいつも通りのやり方でやっていけばいいと思うぞ」

 

なのはと家康の意見に、はやては他のメンバーと顔を合わせて頷き、今回の作戦の方針は固まった。

 

 

 

 

その後、ヘリポートにフォワードチームを呼んだなのは達は今回の任務の状況を説明した。

 

「今回は主に空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の3人」

 

「皆はロビーで出動待機ね」

 

なのはとフェイトがそう説明するとヴィータが補足を加える。

 

「そっちの指揮はスターズが家康と政宗、ライトニングが幸村と片倉に任せる。控えにはシグナムとザフィーラもいるからとりあえずは大丈夫だろうが…昼間にあんな事があったばかりだからな。くれぐれも用心しろよ」

 

「「「はいっ!」」」

 

「……はい…」

 

ヴィータの声にスバル、エリオ、キャロは元気よく返事を返すが、ティアナの声には覇気が無かった。

アラート音が響く少し前に医務室で目を覚ました後、スバル達と合流していたが、合流一番にスバルが声を掛ける前に脇目も振らずに泣きながら謝ってきた。

敵に操られたとはいえ、恩師だけでなく相棒にまで手を出してしまった事が本当にショックであった様で、スバル達がどうにか宥めてようやく落ち着かせる事ができたものの、その後、スバルがいつも以上に陽気に振る舞っても…ティアナの気持ちが晴れる事はなかった。

それは今もまた続いている様で、酷く落ち込んでいる事がここにいる誰もが察していた。

 

「……ティアナは出動待機から外れておこうか…」

 

「「「えっ!?」」」

 

「そうだな、そうした方がいいな」

 

ティアナの顔色を伺い、明らかに普通ではない彼女の様子を見て判断したなのはは、ティアナを出動待機から外して休ませようと思い、家康達もなのはの決定を肯定する。

なのはの言葉にスバル、エリオ、キャロは驚きの声を上げる。

するとティアナはなのはを睨みつけながら、呟くように口にした。

 

「命令を聞かずに無茶苦茶ばっかりする奴は、使えないってことですか…?」

 

「ティア?」

 

スバルが驚いてティアナに目を向ける。

スバルだけではなかった。その場にいた全員がティアナに注目する。

 

「何を言ってるの? そんなことは当たり前の事でしょ?」

 

なのはは一瞬動揺した様子を見せながらも、すぐに毅然とした表情を作り、どうにか宥め諭そうとした。

 

「唯でさえティアナは昼間、大変な目に遭ったばかりなんだから…今夜一晩くらい身体を休めて様子を見た方がいい…そう思っただけだよ」

 

理に適った理由ではあったが、それでもティアナは引き下がろうとしなかった。

 

「でも自業自得だったじゃないですか! 私が…あの時勝手に敵を深追いしたから…こんな事になった…挙げ句になのはさんやスバルを倒しそうにまでなった!!」

 

自暴自棄になるかのように次第に言葉のトーンが荒んでくる。

 

「なのはさんやヴィータ副隊長、フェイトさん、シグナム副隊長達も私の事さぞ情けないって思ってるんじゃないですか?! 言うこともきかずにヘマばかりして、挙げ句に敵にまんまと利用される役立たずのダメな教え子だって…!!」

 

「ティアナ! お前いい加減に―――」

 

ティアナのヴィータは足を踏み出そうとするが、なのはが手を出してヴィータを止める。

 

「現場での指示や命令は聞いて…教導もちゃんとサボらずやって…それ以外の場所の努力まで教えられた通りじゃないと…今日の私みたいな惨めな事になる…“優秀”なスバル達にはいい教訓になったんじゃないですか!?」

 

震える声で訴えるティアナ。

強くなりたい、その一心で努力したのに…その結果が今日の模擬戦で見せてしまった数々の失態…またも豊臣の幹部を前に惨敗し、挙げ句に敵に洗脳されて大事な仲間と殺し合いをさせられるハメになった…全てが水疱に帰したような気分だった。

 

最早、自分は何のために機動六課の一員であるのかわからなくなってしまった…

 

 

「私は、なのはさんたちのようなエリートじゃないし、スバルやエリオのような才能も…キャロみたいなレアスキルもない!ましてや家康さんや政宗さん、幸村さん達みたいに特別な力も…人外な武術の心得だってない!!

挙げ句に無茶をしたり…敵に操られでもしなければ、強くなんてなれない!! 本当に情けない隊員ですみませんね!!」

 

「ティア! お願いだからもうやめて! やめてってば!!」

 

見かねたスバルが悲痛な叫びを上げながら、ティアナの前に出て止めようとする。

だが…

 

「うっさい!アンタは黙ってて!!」

 

ティアナはスバルを押しのけると、なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムを順に見つめ…否、睨みながら決心した様に口を開く。

 

「なのはさん…私…決めました………」

 

 

 

ティアナは目に薄っすらと涙を浮かべたまま、軽く深呼吸を入れ…そして、予想打にしていなかった一言を言い放った。

 

 

 

 

 

機動六課(この部隊)………辞めさせてもらいます!!!

 

 

 

 

 

*1
魔法を使わない治療の総称(今作独自設定)。

*2
御館の乱…(なのは達の次元においては)天正6年(1578年)3月13日に越後上杉領内で勃発した内戦。上杉家の家督の後継をめぐって、ともに謙信の養子であった長尾家出身の上杉景勝と北条家出身の上杉景虎との間で起こった越後のお家騒動。上杉家の政庁の一つであった『御館』と呼ばれる城館が戦場となった事からこの名で呼ばれるようになった。戦の結果、景勝が勝利し、謙信の後継者として上杉家の当主の座を手に入れ、敗れた景虎は自害した。

*3
A.T.S.…正式名称『アンチトランスファーシステム』。発動区域内部における転送魔法を遮断させ、外部からの転送による侵入を阻止する管理局の開発した拠点防衛術式防犯設備(今作独自設定)。




とうとう離隊宣言が出ちゃいました(苦笑)

『StrikerS』の二次SSにおけるティアナ編(7~9話)では原典以上にティアナを追い詰める展開になる作品も少なくなかったのですが、離隊宣言まで考える程追い詰められてた作品ってありそうでなかったものですから、じゃあここでやってみようと思ってこんな展開を…ティアナファンの方。いつもながらホントすみません。

この極限までこじれてしまったティアナの心をなのは、そして佐助はどう紐解いてあげるのか…せっかく再開したので執筆意欲を落とさないように注意しながら頑張っていこうと思います。


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第二十八章 ~猛将達の過去 そして明かされる真意~

意識を取り戻したティアナは、敵に操られたという自分の不甲斐なさ、未熟さを嘆き、その心の闇を更に深めていく…

そして、とうとう彼女の出した答えは『機動六課からの離隊』であった…

一方、相次ぐ西軍の襲撃を前に、家康やなのは達は六課の中に内通者=裏切り者がいる可能性を懸念する。
…その懸念がまもなく最悪の形で現実になるとも知らずに…

ルーテシア「リリカルBASARA StrikerS 第二十八章 出陣……」


機動六課(この部隊)………辞めさせてもらいます!!!!」

 

 

ティアナの口から出た衝撃的な一言になのは達だけでなく、話を聞いていたスバル達FW(フォワードメンバー)や家康達でさえも、その表情に衝撃と動揺が走った。

 

「ティ…ティア…? な、何言ってるの!?」

 

「そ、そうですよ! どうしてティアさんが六課をやめる必要があるんですか!?」

 

「うるさい! 私はもう沢山なのよ! これ以上、ここで自分の不甲斐なさを思い知らされたり、アンタ達才能ある奴らとの距離を見せつけられる事が!!」

 

スバルとキャロが困惑しながらティアナを説得しようとするが、当人は喚くようにそう言って聞き入れさえもしなかった。

 

「ティアナ! テメェ、寝ぼけた事ほざくのも大概にしろよ! お前の才能を見込んで、六課(ここ)に引き入れたはやてや、なのはの恩を仇で返すつもりかよ!?」

 

流石に耐えきれなくなったヴィータがとうとう我慢できずに声を張り上げた。

その剣幕に少し怯みながらも、ティアナは引き下がらずに反論する。

 

「私は別に『入れてくれ』だなんて頼んだ覚えはありません!! それに勝手に私の才能を見込んでいたのでしたら、どうやらそれは見当違いだったみたいですね! 蓋を開ければ、こんな命令無視ばかり犯している役立たずな“凡愚”だったのですから!」

 

「この馬鹿者が…いい加減に――――」

 

最早、収集がつかなくなりつつある状況を前に、シグナムがティアナを諌める為に拳を振り上げようとした。その時だった―――

 

 

 

「……それと今は “駄々っ子”とでも付け加えておいた方がいいんじゃないか?」

 

 

一同の後ろの方から冷たいトーンの声が聞こえる。

スバル達やティアナ、なのはや家康達も声のあったほうを見ると、そこには片腕にギプスと包帯を着けて、額や頬にガーゼや絆創膏を付けた痛々しい姿の佐助が立っていた。

 

「佐助…」

 

幸村が呟くように声を掛けると、佐助は「よっこらせ」っと重い腰を上げるように歩を進めはじめた。

 

「まったく…こちとら身を挺して大谷の妖術から開放してやったってのに、今度は違う方向へ暴走かよ? これじゃあ、俺もとんだ“骨折り損”じゃねぇか。ホントの意味で…」

 

佐助はぶつくさと文句を言いながら、一同のところへと近づいてくる。

ティアナはそんな佐助を睨み付ける。

しかし佐助はティアナを無視して、なのはの前に歩み寄った。

 

「佐助さん…怪我は大丈夫なの?」

 

「あぁ。シャマル姐さんからのお達しで、念の為に今夜一晩はこんな大袈裟な状態で過ごさなきゃいけないけど、治癒魔法のおかげで骨はもう繋がっているから大丈夫。それよりも…」

 

佐助はティアナの方に冷たい一瞥を送ってから、なのは達の方へ視線を戻しながら言った。

 

「なのはちゃん。ティアナ(コイツ)は今、大谷にかけられた術の後遺症で頭がまだ朦朧としてるんだよ。だから、今言ってた“戯言”は聞かなかった事にして、早く任務に行きなよ」

 

「で…でも…」

 

「いいから…コイツはすぐに医務室に送り返しておくから、なのはちゃん達は任務に集中して。ね?」

 

そう言って不自然な軽い笑みを浮かべる佐助に、なのは、フェイト、ヴィータは妙な威圧感を覚える。

 

「そ、そこまで言うなら…お願いしてもいいかな…?」

 

ここは素直に従う事を選び、ヘリに乗ろうとした。

当然、ティアナは納得がいかず、なのは達を送り出そうとする佐助に食いかかった。

 

「ッ!!?…ちょっとアンタ、勝手に出てきて勝手な事言わないでよ! 私はなのはさんに離隊願いを――――」

 

 

 

バカ野郎ッ!!!

 

 

 

そんなティアナの言葉を遮るかのように佐助の怒声がヘリポート中に反響した。

 

「「「「「ッ!!!?」」」」」

 

その怒鳴り声にティアナだけでなくなのは、フェイト、ヴィータ、スバル達、果ては幸村ですら一瞬ビクッと震え上がる。

そして、佐助はティアナの前に立つと……

 

 

 

 

 

バシィッ!!

 

 

 

 

 

「「「「「「「「!!?」」」」」」」」

 

 

ティアナの頬を、力いっぱい平手打ちした。

打たれたティアナはヘリポートの冷たいアスファルトの地面に倒れる。

 

 

「てぃ、ティア!!?」

 

スバルが思わず悲鳴に近い叫びを上げた。

 

「ティアナ!」

 

なのはは思わず乗りかかっていたヘリのキャビンから降りて、ティアナに駆け寄ろうとするが、政宗がそれを阻むようにヘリの前に立ち、なのはに背中を向けたまま、片手で制止した。

 

「Just come ここは俺達がなんとかする。お前らはさっさと出撃しろ」

 

「で、でも――――ッ!?」

 

「Get out! Go quickly!」

 

尚もこの状況からの出撃を躊躇するなのはに対し、政宗は語気強めに諭した。

すると、ヘリから降りようとしていたなのはが再びヘリのキャビンに引き戻される。

 

「ほら行くぞ、なのは」

 

「ちょ、ちょっとヴィータちゃん!」

 

抵抗したが、見かけより遙かに力のあるヴィータは、無理矢理ヘリに引きずり込み、キャビンのパネルが閉じられると、ようやくヘリは離陸したのだった。

夜空高く舞い上がっていくヘリの窓からなのはとフェイトが顔を出し、フェイトはエリオとキャロに念話を送る。

 

《エリオ、キャロ。ごめん、そっちのフォローお願い》

 

(あっ、はい)

 

(がんばります)

 

エリオとキャロは表情を変えずにフェイトに返す。

そしてヘリは海上に向けて一気に加速していった。

 

 

「ティア!」

 

スバルが慌ててティアナの下に駆け寄り、上体を起こす。

 

「さ…佐助!? お、女子相手にそれは―――!?」

 

さすがの幸村も、佐助のこの行動を諌めようとした。

 

「心配すんな大将…手加減はしている…」

 

佐助は冷たい声でそれだけを答えると、地面に倒れ込んだティアナに向かって怒声を投げかける。

 

 

「自分の不甲斐なさを思い知らされる? 才能ある奴らとの距離を見せつけられる?

そんな理由で、機動六課(ここ)から逃げ出そうってのか!? お前を心配し、頼りにしてる仲間も、お前自身の夢も、何もかも捨てて!?」

 

 

叩かれて赤く腫れた頬を抑え、うつろむいていたティアナの胸ぐらを掴み、無理矢理立たせる。

 

「さ、佐助さん! お願いですから、もうやめてあげてください!」

 

「黙ってろ!!」

 

「…ッ!?」

 

止めようとしたスバルだったが、佐助の一喝で気圧されてしまった。

佐助は本気で怒っている……そう直感したスバルは黙るしかなかった。

一方、顔を背けたままのティアナに向かって佐助はさらなる激を飛ばした。

 

 

「いいか! 自分にない他人(ひと)の才能を妬むのは勝手だ! 自分の失態を悔いる気持ちもよく解る! だがな! そんな安上がりな激情ひとつでお前自身のこれまでの努力ばかりか、お前自身が心に決めた道さえも簡単に捨てようとすんじゃねぇ!」

 

 

「…………」

 

「なのはちゃん達がどんな気持ちでお前を迎え入れたのかは知らないが、お前も今はこの『機動六課』という大きな隊の中の重要な“将”の一人なんだ! 将ってのは一人でも欠けると大きな綻びとなり、やがて大きな穴になって組織全体を崩しかねない弊害になる事だってあるんだ! お前も子供じゃないなら、そのくらいいい加減に学べ!!」

 

 

佐助の容赦のない叱責が続く。

 

「俺達“忍”はひとつの目的の為に百の命を捨てる! だが、今お前が犯しかけている愚かさは…ひとつの感情の為にこの機動六課に属している全ての命を失わせるだろう!!」

 

「あの、佐助さん…その…このくらいに…」

 

「抑えて下さい…」

 

エリオとキャロはフェイトに言われた通り、恐る恐るだが、フォローに回った。

しかし、それが果たして意味を成していない事はエリオ達もわかっていた。

 

「…………あ……あんた達なんか………」

 

ここへ来て、黙っていたティアナが絞り出すように声を出し始めた。

 

「あんた達なんかに……なにがわかるのよ…? …才能も実力もあって…『名将』だの『偉人』だのと持て囃されて、挫折の無い道を歩いてきた連中に……私の……“負け犬”の気持ちなんか……」

 

「………………」

 

ティアナの言葉を聞きながら、佐助は彼女の胸ぐらを掴む腕の力を緩めると、そっと離してやった。

ティアナは力が抜けるようにヘリポートの地面に膝をつく。

その様子を黙って見ていた佐助だったが、やがて小さくため息をついてから口を開いた。

 

「……こんな言葉を知っているか? 『隣のものは雑炊(かゆ)でも美味』って諺だ…」

 

「……なによ? それ?」

 

佐助が唐突に妙な事を話し始めた。

 

「お前は俺達が『挫折の無い道を歩いてきた』なんていうが……そんな人間なんて、いるわけがないだろう。人間ってのは、生きてる限り必ずや挫折するものだ。真田の大将だって…独眼竜や片倉の旦那達だって…徳川の旦那だって…」

 

「なのはだって、そうだ」

 

そこへ言葉を添えてきたのは今まで話を静聴していた政宗だった。

思わぬ人物の介入にスバル達は思わず目を丸くする。

 

「政宗さん…?」

 

政宗はティアナに視線を送りながら、小さくため息をついた。

 

「猿飛のslapで少しはcool dawnできたか? …ったくなのは(アイツ)も唯でさえお前の事で気落ちしてんだから、余計な心配事持ち込むなよな」

 

「ま、政宗さん…それはどういう意味ですか…?」

 

キャロが尋ねるのを尻目に、政宗は佐助に顔を向けていった。

 

「猿飛…それに小十郎…真田…家康…どうやらティアナ(こいつ)にはしっかり話して聞かせる必要があるみたいだぜ?」

 

「はぁ…」

 

「い、如何なる話をでござるか?」

 

「……ひょっとして…?」

 

小十郎、幸村、家康の問いかけに政宗は、ティアナとその周りにいるフォワードチームの面々に真剣な眼差しを向けたまま答えた。

 

 

「こいつらに教えてやるのさ……“戦国武将(俺達)”も“エース・オブ・エース(なのは)”も…ティアナと同じ“人間”である事をな……」

 

「…………独眼竜の旦那…」

 

佐助は政宗の表情からその意図を察した様に、強張っていた表情を一瞬だけ僅かに緩めた。

 

 

 

 

その頃、スカリエッティのアジトではスカリエッティが一人、ガジェット達の調整を行っていた。

すると目の前に浮かぶホログラムコンピュータのモニターに、ルーテシアからの通信映像が届く。

 

「おや、これは珍しい。 君から連絡をくれるとは嬉しいじゃないか。アギトやミスター島津、ミスター立花達はどうしたんだね?」

 

《今は別行動…》

 

ルーテシアは静かに答えると、スカリエッティに問いかける。

 

《遠くの空にドクターの玩具(おもちゃ)が飛んでるみたいだけど…》

 

「じきにきれいな花火が見えるはずだよ」

 

《レリック?》

 

「だったら、君に真っ先に報告しているさ」

 

そう答えながらスカリエッティはコンピュータを操作する。

 

「元々今日は私の玩具(おもちゃ)の動作テストを行うだけの予定だったんだけどね……実は大谷殿や皎月院殿達が面白い『ゲーム』を仕掛けていてね…それに私も少し乗せて貰っているのさ」

 

《……ゲーム?》

 

ルーテシアが小さく首を傾げると、スカリエッティは通信越しに意気揚揚と話す。

 

「なぁに、大した事ではないよ。ちょっと試してみようと思うんだ。あの“凶王”が、あそこまで狂気をむき出しにして執着する“徳川家康”と、彼の掲げる“絆の力”というものをね」

 

《そう……レリックじゃないなら私には関係ないけど…でも…がんばってねドクター》

 

「あぁ、ありがとう。やさしいルーテシア」

 

《じゃあ…ごきげんよう…》

 

ルーテシアからの通信が切れると同時に、スカリエッティの背後に輿に乗った大谷がゆっくりと暗闇の中から近づいてきた。

 

「首尾良ぅか? スカリエッティ」

 

「あぁ。 こちらはまもなくすべての用意が整うところだよ。そちらはいかがかな? 大谷殿」

 

「すべて順調…こちらに招いた“内通者(引き込み)”も上手く動いておるし、手勢の準備も整った…あとはぬしの仕掛けた“餌”に、奴らが食いつきに来るのを待つだけよ…」

 

頷きながらスカリエッティは「結構」と満足そうに話した。

 

「それで…三成君は、この計画に関してなんと?」

 

「三成は我を『疑わぬ』と言う」

 

大谷の返答を聞いたスカリエッティは「フフフ…」と薄い笑みを浮かべる。

 

「大谷殿は本当に三成君と仲良くしているんだね。 信用というものは、そう容易く得られるものじゃないよ」

 

話しながら、スカリエッティは改めて三成と大谷の主従関係に感心した。

お互いに全信頼を置き、自分達が良い結果に結びつく事ならば、どんな手段を用いる事にも一切異論を挟む事なく、主人は命令し、腹心は行動する。

まさにそれは自分とナンバーズ(娘たち)が理想とする指揮系統といえる形なのかもしれないと…

 

「我らの成す事、すべてあやつの利となる事合いならん。 三成はそれを疑わぬと申すだけの事」

 

「そうか…だったら私も、彼にとってこの計画が利となるように努力するとしよう」

 

二人は顔を見合わせると不気味な笑い声を上げた。

するとそこへ、暗闇の向こうから一人分の足音が聞こえてくる。無機質で冷たいアジトの一室には不釣り合いなまでに騒々しい歩調だった。

 

「刑部さん! 襲撃隊“甲”の用意整いましたよ!!」

 

「あいわかった…ご苦労であったな左近……では貴様は手筈通り、景勝と共にウェイツからの合図を待て……」

 

大谷は振り返る事なく、次の指示を出した。

 

「了解っス。ところで…“乙”の方は大丈夫なんスかね?」

 

両手を頭の後ろに回し、気の抜けた姿勢で立ちながら、左近がボヤいた。

それに返したのはスカリエッティだった。

 

「その心配はないよ、左近君。あちらには性能を強化したタイプの機体に加えて、“試作型”も用意しておいた。陽動程度の任務であればぬかりはない筈だよ」

 

「そうは言ってもねぇ。肝心の指揮官が…なぁ…」

 

左近は呆れたように虚空を見上げながら、独りごちる様に言った。

 

「刑部さん。一応聞きたいんスけど…陽動とはいえ、なんでまた“又兵衛”先輩なんかを大事な作戦に加えたりしたんスか? あの人、色々とぶっとんでるから余計な事しでかしそうで、かなり心許ないんスけど?」

 

話しながら左近は指差しをこめかみの近くで回すジェスチャーをした。頭がおかしいと言いたいのだろうが、一応は同じ西軍ひいては豊臣派勢力の同志という事で表現を控えているのだろう。

 

「まぁ、そう言うな左近。陽動は如何に奴らをおびき寄せ、引きつける事が出来るかが肝心要…つまり、より敵に執心してかかる兵の存在が必要とされる」

 

「…そんなもんスかねぇ?」

 

左近はいまいち納得できないのか、眉を顰める。

その様子に大谷はもう少しこの男には兵法をしっかりと学んでほしいと思った。

 

「今にわかる…それに少なくともあ奴は、官兵衛(主人)よりは豊臣(我ら)の為に上手く働こうとする筈。陽動とは兵の質よりも、兵の“執着心”が重要となろう事は、この作戦が始まってから知れる事よ」

 

「…まぁ、刑部さんがそこまで言うならいいっスけどね。所詮、俺とは別行動ですし。せいぜい三成様や俺達の足を引っ張らない事だけを祈りたいっスよ」

 

そう言うと、左近は大谷達の前から離れて去っていった。

その背中を目で追いながらスカリエッティはまた含み笑いを浮かべた。

 

「貴方といい、左近君といい…本当に忠義ある家臣を持って三成君も幸せ者だね」

 

「それは“皮肉”か? スカリエッティ」

 

「とんでもない。褒めているのさ…純粋な心で」

 

「よく言うのぉ。“純粋”とは無縁な、野心と欲望の塊の様な男が」

 

 

薄暗いアジトの中に再度、大谷とスカリエッティの不気味な笑い声が響くのだった……

 

 

 

 

 

 

問題の貨物船の上空に到着し、バリアジャケットを装着したフェイトとヴィータを先に出撃させたなのはは、ヘリの搭乗口からガジェット達の動向を観察する。

ガジェット達は今までの戦いと変わる事なく、機動六課の登場と共に一直線にそちらに向かってきた。

 

「行くぞ、アイゼン! フォルム、ツヴァイ!!」

 

ヴィータの掛け声と共に、グラーフアイゼンがさらに巨大なハンマーの形をした大威力突撃型の“ラケーテンフォルム”へと姿を変える。

 

「ラケーテェン…ハンマァァァァァァァァ!!」

 

ヴィータがラケーテンフォルムのグラーフアイゼンを振るうと、三機のガジェットを吹き飛ばし、その衝撃波で背後を進んでいた5機を巻き添えで、吹き飛ばす。

 

(ヴィータちゃん!怪我の方は大丈夫!?)

 

《あぁ!心配すんな。もう傷口も開かねぇし。大丈夫だ!!》

 

(でも無茶はしないでね!)

 

なのはは念話でヴィータに注意を呼び掛けると、今度はフェイトの方に顔を向ける。

 

フェイトはヴィータから数百メートル離れた場所に浮遊しバルディッシュを向かってくるガジェット達に向けて構えていた。

するとフェイトの周囲に電気を帯びた魔力スフィアが生成される。すると球体は一つ一つが槍状に変化する。

 

「プラズマランサー…ファイアッ!!」

 

フェイトの掛け声に、ランサーはガジェット達の方に向けて飛んでいき、次々とガジェットを撃墜していく。

 

《なのは。ガジェット達の増援が来る気配は無いみたいだから、ここは私とヴィータに任せて、貨物船の人達の安否を確認して》

 

(うん。お願いねフェイトちゃん)

 

フェイトとの念話を切ると、なのははレイジングハートをセットアップさせ、バリアジャケットを装着しながら空中へと身を投じると、貨物船に向かって降下していった……

 

 

 

爆音が響く船の上空とは正反対に、船の中は水の弾ける音か聞こえるくらいにシンっと静まりかえっていた。

それが逆になのはにとっては不気味さを感じられる。

 

「乗員の人達はどこにいるんだろう? 一定の場所に集まって隠れているの? それともまさか…」

 

なのはの脳裏に一瞬最悪の光景が浮かびそうになるが、なのはは慌てて首を振ってそれを防ぐ。

 

「でも襲撃されていたわりには、内部にガジェットが入り込んだ様子も無いし…それどころかこの船……人の気配すら感じられない…」

 

明らかに異様な空気に囲まれて、なのはの警戒心もより一層深くなる。

やがて、なのはが船の中心である倉庫のような大きな部屋の入り口に差し掛かった頃―――

突然部屋の中で何かが蠢くような音か聞こえてきて、なのはの足が止まった。

 

「誰?」

 

なのははレイジングハートを構えながら部屋に入る。

 

「誰かそこにいるのですか?」

 

なのはは、ゆっくり部屋の奥へと進んでいく。

 

「私は時空管理局 機動六課所属 高町なのは一等空尉です。誰かいませんか?」

 

倉庫の中には様々な木箱や段ボールが積まれており、死角となる場所は山ほどある。

なのはは、不意討ちなどに警戒しつつ、呼びかけ続けた。

すると、一際大きな木箱の脇に人影らしきものが寄り掛かっているのを見つけた。

 

「あれは…」

 

なのはは、少しずつ人影に迫っていくと、後ろからそっと呼びかける。

 

「あの…この船の方ですか?」

 

しかし人影は何の反応もしない。

なのはが恐る恐る手を掛けてみると…『それ』はゆっくりと床に倒れ込んだ。

 

「!?…こ…これは!?」

 

なのはが驚いて数歩程後退する。

それはなんとマネキンにダイナマイトらしき爆薬が取り付けられ、マネキンの顔の部分に『バ~~カ』と書かれた紙が貼ってあったのだった。

 

 

「くっ!?」

 

 

なのはは、慌てて倉庫から飛び出し、死角となる場所に飛び込むと同時に爆薬付きのマネキンが爆発し、倉庫が一瞬のうちに火に包まれた。

なのはが死角から顔を出して、炎に満ちた倉庫を見つめる。

 

「今どきこんな策にひっかかるなんて…私も油断しすぎちゃったかな?」

 

なのははそうつぶやきながら、ティアナの事などでいろいろと考え込みすぎたせいで隙ができたかと、自身を振り返って反省していた。

だが、それが仇となった…

 

「チィッ! 本当だったらあのまま『木っ端微塵にして灼熱の炎で骨の欠片一つ残さないで灰にして海にばら撒きの刑』にしてやるつもりだったのに…ちょこまか逃げてんじゃねぇよぉ!」

 

「―――ッ!?」

 

不意に、背後からかかった声になのはの表情が変わる。

 

 

ドガッ!!

 

 

慌てて後を振り返ろうとしたなのはだったが、その前に硬い何かで頭を強打されてしまう。

 

「うぅ!?」

 

なのはは悶絶しながら地面に倒れ伏し、その手からレイジングハートが離れてしまった。

 

「まぁ…運のいい木偶なら、それはそれで使い道があるから別にいいんだけどねぇ? ケーケッケッケッケッケッ!!」

 

「うぅ…あ……貴方……………は……」

 

薄れていく意識の中で、なのはが最後に見えたもの…

 

 

 

それは、奇怪な三日月型の大きな刃を持ち、ニタリと粘着質な笑い声を上げる西軍・黒田官兵衛配下の将 後藤又兵衛の姿であった……

 

 

 

 

 

 

機動六課・隊舎―――

ロビーの片隅に設けられた2組のソファーと机で構成された応接セットの片側のソファーにスバル達フォワードチームの面々が座り、反対側に佐助をはじめ、家康、政宗、幸村達とシグナムと、佐助に軽く打たれたというティアナの手当の為に呼び出されたシャマルが座り、話の場は整った。

 

「話に入る前に、まず俺からお前達に一つ聞きたい事がある……」

 

開口一番、佐助は頬に氷嚢を当てたティアナを含むフォワードチームの4人にこんな問いかけをしてきた。

 

「ティアナ、それにスバル達もそうだが…お前達にとって、『完全無欠の人間』っていうのは具体的にどんな奴の事いう?」

 

「「「「えっ…!?」」」」

 

佐助の突然の質問に、スバル達は戸惑ってしまう。

今まで考えた事もなかった事を急に問いかけられて、スバル達は必死に返す返事を考えるがどうしてもまともな答えが見つからない。

 

「えっと……それは…やっぱりなのはさん達や、家康さんや兄上のように強い魔力や武芸の腕を持っている人…じゃないですか?」

 

エリオが恐る恐る答えると、佐助は

 

「まぁ、確かに率直に考えたらそう考えるのが普通だよな。だけど、例えば刀や槍の腕がすごかったり、強い魔法が使えても、右も左もわからないような頭のからっきしだったらどうする?」

 

「それは…」

 

エリオが言葉を濁らせると、今度はキャロが答えた。

 

「それじゃあ、頭がよくて、様々な知識を持った人とか…ですか?」

 

「そうだな。でも力や知恵があっても、そいつの心が強くなかったらどうだ?」

 

「心?」

 

キャロが問い返した。

 

「例えば、腕っぷしが強くて、知識にも秀でていて、それでいてそいつが自分の掲げる価値観こそが全て正しいと信じて疑わない自己中な上に他人の命を虫けらみたいに扱うド外道で、欲深くて、自分こそが最強と勘違いするような傲慢な性格…そんな奴が人間的に強い“心”だと思えるか?」

 

「…いえ、全然」

 

キャロは首を左右に振りながら即答した。

次に口を開いたのはスバルだった。

 

「つまり、家康さんみたいに優しかったり、誰に対しても気を使える人や前向きな人の心が強いって事なのですか?」

 

「なるほどな、今のはいい答えだな。でもそれだけではまだ『完全無欠』とはいえないな?」

 

そう言いながら、佐助はいよいよ正面に座っていたティアナに顔を向けた。

 

「それじゃあ、ティアナ。お前にとって『完全無欠な人間』とはなんだ?」

 

「………私みたいに『嫉妬に狂うような奴じゃない人間』とでもいいたいわけ…?」

 

ティアナは佐助を睨みつけながら不貞腐れたようにそう言うと、当てつけのようにそっぽを向いてしまう。

未だに先程のヘリポートでの騒動を根に持っているのだろうと察した佐助は小さくため息をついてから徐に語り出した。

 

「それじゃあ今のお前達の意見を総括して考えるに、お前達…特にティアナが思う『完全無欠な人間』とは『腕っぷしが強くて、頭が秀で、病一つ拗らせない強靭な肉体を持って、独善的でなく、日和らず、常に慈愛をもって人と接し、力や階級に驕らず、物事に多角的な視点を向け、自分の弱さを正面から受け止め、他者への気配りを忘れず、強い自制心を持ち、人を妬まず、保身は考えず、常に冷静であり、しかし前向きに思考し、真実や過ちから目を背けない人間』……って事になるけど…そんな人間が身近にいたり、知り合いにいたりしますか?皆さん」

 

佐助が不意に、話を聞いていた家康、政宗、幸村、小十郎、シグナム、シャマルに尋ねた。

当然、誰もそれに返答する者はいなかった。

そればかりか、佐助が『完全無欠な人間』と例えた人物像の荒唐無稽な内容にスバル達だけでなく家康達やシグナム、シャマルでさえも呆気にとられている様子だった。

 

「そんなPerfect humanがいるわけねぇだろ」

 

「あぁ…そんな人間、実在するとしたら、まさしく“神”だぞ?」

 

政宗とシグナムが半ば呆れた様子で言った。

だが、佐助は予想通りの反応だと言わんばかりに満足そうに頷いた。

 

「まぁ、確かに現実にそんな観音菩薩の様な聖人がいたら、日ノ本(俺達の世界)だと天下取りなんてとっくに終わっちまってるもんな? …ってかそんな野郎が現実にいるなら、逆に俺様が見てみたいくらいだし」

 

ヘラヘラと笑いながら呑気に話す佐助に、とうとう痺れを切らしたティアナがバンッ!と応接セットのミニテーブルを手で叩きつけた。

 

「いい加減にしなさいよ!! そんなくだらない与太話を聞かせる為にわざわざさっきは私の邪魔しようとまでしたわけ!? 人をどれだけバカにすれば気が済むのよ! アンタは!」

 

「ティ、ティア!…落ち着いて!」

 

広いロビーにティアナの怒声が反響する。

息を荒げるティアナに横にいたスバルや、エリオ、キャロが狼狽えるが、彼女の激しい怒りを真に受けた当の佐助自身は動じる事なく、直ぐに真剣な表情に戻り、ティアナを見つめ返した。そして口を開いた。

 

「要するにだ…俺が言いたいのはこういう事さ。完全無欠な人間などこの世には存在しない。当然、お前が『嫉妬に狂ってる』って相手のスバル達は勿論、なのはちゃん、そして俺達戦国武将(日ノ本から来た奴ら)もみんな何かしらの『欠点』…更に言えばお前の言う『鈍愚』な一面を持っている…っというか一面だらけなんだよ。俺達は…」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

佐助の出した答えに戸惑うフォワードチーム。

勿論、それは憤っていたティアナもそうだった。

 

佐助はやっとティアナが話を落ち着いて耳を傾けられる姿勢になった事を確認すると、家康の方に顔を向ける。

 

「徳川の旦那。 あんた、こいつらに豊臣秀吉の事を詳しく話した事はあるか?」

 

「いや…ゆっくり話した事はないが…」

 

「じゃあ、教えてやってくれないか? あの『覇王』の悲しい人生と…それに終止符を打ったアンタの“苦悩”って奴をさ」

 

佐助はそう言いながら、スバル達の方を顎で示す。

家康は、はじめは佐助の指示の意図が判らずに戸惑っていたが、フォワードチーム…特に表情を暗くしたままのティアナを見て、何かを察したようにハッとする。

 

「ッ!?…なるほど。そういう事か」

 

家康はようやく、佐助が何をしようとしているのかその意図を察したのか、小さく頷く。

 

「わかった…ここからはワシに任せてくれ。猿飛」

 

そう言って、家康は徐に話を始めた…

 

 

 

 

「皆…豊臣秀吉の名は覚えているか?」

 

「豊臣秀吉って…確か、家康さんが昔仕えていて、最終的に家康さんが倒したっていう…」

 

スバルが今まで聞いていた記憶を頼りに答えると、家康は頷いた。

 

「そうだ…だがその豊臣秀吉という男は…人々から『覇王』と畏怖された一方で、その力を得る為に悲しい運命を辿ってしまった哀れな人物でもあるんだ…」

 

そして家康は今まで語っていなかった『覇王』の生涯を話し始めた…

 

 

豊臣秀吉は元々心優しく、正義感と人情味に溢れた青年だった―――

 

愛する妻とも出会い、多くの友に囲まれて、何ら変わりのないとても幸せな毎日を送っていた―――

 

しかし、ある時戦国の世を騒がせていたとある“悪党”を成敗すべく、殴り込みを掛けに行った時の事であった―――

 

その悪党の持つ力は強大で、圧倒的な力を前に秀吉は徹底的に叩き潰されてしまった―――

 

かろうじて親友に助けられた彼であったが、それをきっかけに今までの自分の生き方や、弱き自分…すべてを嫌悪するようになった―――

 

それからの秀吉は、まるで人が変わったかのように「力」を貪欲なまでに追い求めるようになった―――

 

友を捨て、愛する人を捨て、己が力を手に入れる為にそれまで自分が拒否していた冷酷な手段にも手を出していき、彼は瞬く間に強大な力を手に入れて行った―――

 

だが、いつしか力以外のすべてを否定するようになった彼は自分が強さを得る為に、その障壁となりうる存在をすべて排除せんと考え…ついに超えてはいけない一線を越える凶行に出てしまう…

 

それは…自分を愛し、そして愛された人間……自身の妻を“殺す”事だった―――

 

この事件によって親友とも袂を分かしてしまった秀吉は今まで得ていたすべての温もりを失い、非情で哀しい覇業の道から戻る術をなくしてしまった―――

 

そうなった時…秀吉に残されたものは…もはや力以外の何もなかったのであった―――

 

 

 

「やがて豊臣秀吉は、ワシをはじめとする多くの有力武将達を配下に収めて天下統一を達成した

…だが、それと同時に彼は、人としての温もりをすべて失い、力だけを信じ続ける哀れな『覇王』となってしまったのだ」

 

 

「「「「………………」」」」

 

家康はそう言って話を〆ると、話を聞いていたスバル達はその悲惨で壮絶な秀吉の生き方にしばらく言葉を失っていた。

 

「ティアナ。お前、今の話を聞いて何か思い当たる事はないか?」

 

すると、佐助が唐突にティアナに向けて問いかける。

 

「………同じだ……」

 

ティアナは静かに話し出す。

 

「ホテル・アグスタで…ミスショットしてからの私と同じ……」

 

ティアナはアグスタの任務の日から今日までの自分と、家康から聞いた秀吉の話を頭の中で重ね合わせた。

屈辱的な失敗と大敗を喫し、より強くなる事でその辛く、苦しい記憶を振り払おうと、執拗に力に執心していた…

 

その執心さは、一度の敗北をきっかけに『力』を追い求めて覇業の道を歩み進んだ秀吉とまるで同じ…

一度の失敗をきっかけに『力』を求めて他者の命や心情を物ともしない危険で無茶な戦い方を行い続けた自分は、哀しき“覇王”と同じ道を歩みかけていたのだった。

 

 

『力』を求めるあまり大切な人や友達をすべて捨ててしまった秀吉と、『力』を求めるあまりスバルの忠告に耳を貸さず、スバルを囮に使う事で自分の力を証明する為の糧にしようとした自分…

 

まるで彼の覇業をそのまま再現したかのような行為の数々が走馬灯のようにティアナの脳裏を走る。

 

「…私は……その豊臣秀吉と……同じ過ちを犯してたって事…?」

 

ミッドチルダの人間で、ましてや家康達の世界であるパラレルワールドの戦国時代の事なんて行った事もない彼女は、当然ながら秀吉の事は何もわからない…

だが力を追い求める為だけに、友を捨て、愛する人を手にかけさえした彼に対しては自然と嫌悪感を抱いた。

しかし、彼に対する嫌悪感を覚えると同時に、自分が今まで『努力』と呼んでいたものが、ただの他者を顧みない『凶行』に過ぎなかった事を想い知る事になった。

 

愕然とするティアナに、今まで静観していた幸村がいつになく深刻な表情で声を掛ける。

 

「ティアナ殿…今度は某の話を聞いてくれぬか?」

 

そんなティアナに今度は幸村が話しかける。

 

「これはティアナ殿だけではない…エリオ…お前にも聞いてほしい事だ…」

 

「な、なんですか? 兄上」

 

幸村はエリオやスバル、キャロにも真剣な眼差しを向け、ただならぬ雰囲気にエリオも戸惑った。

 

「某もお主達に話すでござる…武田の軍門を背負った某が歩んだ…茨の道を…」

 

 

 

 

 

それは幸村にとってあまりにも唐突過ぎる事であった―――

 

幸村が師として、そして親として幼少期より慕い続けてきた君主 武田信玄―――

 

幸村は信玄の天下統一という夢を果たすために己を鍛え、その槍を振るい続けてきた―――

 

武田の天下統一は師の夢であり、同時に幸村自身の生きがいでもあった…―――

 

だが、そんな幸村に衝撃的な事件が起こる―――

 

敬愛する信玄が病に倒れ、武田軍総大将を降りなければならなくなったのだ―――。

 

動揺する幸村に、信玄は武田の大将の座を明け渡し、天下統一への夢と甲斐の未来を託して病床へ伏した―――

 

だが敬愛する信玄というあまりにも大きな指針を失った幸村には、武田の手綱を正しく指揮する余裕すらなかった―――

 

今まで、信玄の下でただ彼の言われるままに武勇を振り、信玄の示す道のみを歩み続けていた幸村…―――

 

そんな彼が、突然『総大将』という、今まで師が努めてきた職務に就く事になっても、幸村はどうやったらいいのかわからなかった―――

 

今後どころか現状も見えぬまま拙い采配を振い続けるが、当然ながらそんな事で軍が成り立つわけがなく、甲斐武田軍は徐々に転落の一途を辿っていった…―――

 

さらに政宗、家康など頼れる大将として成り立っている好敵手達を前にして、幸村はますます己の無力感に苛ばまれ、苦悩し、夢の中でさえもがき苦しむまでになり、とうとうある時、自らの父にして、甲斐武田軍傘下 真田軍の頭領であった真田昌幸に、これ以上武田の栄名に泥を塗りたくないから、総大将代行の座を明け渡したいと嘆願した…

 

 

 

 

「だが、某は間髪入れずに親父様に頬を打たれたでござる。先程の佐助に叩かれたティアナ殿と同じ様に…」

 

「「「「…………ッ!?」」」」

 

「そして、生まれて初めてという程に激しい叱責を受けたでござる。『それは御家を思う気持ちなどではない。お前を信じ、お前に全てを託した信玄公(お館様)に対する“逃げ”という名の謀反だ』と…」

 

「逃げという名の…謀反…?」

 

エリオが唖然とした様子で問い返した。

 

「先程、ティアナ殿が六課を脱退すると宣言された時…某の脳裏にはその時の親父様の叱責が思い浮かんだでござる」

 

話しながら幸村の視線は自ずとティアナの方を向いていた。ティアナは何も言わず、幸村の話を聞いていた。

ただ、その目はどこか悲しそうだった。

 

「それで…幸村さんのお父さんはどうされたのですか?」

 

キャロが尋ねた。

 

「それから親父様は某に二言だけ助言を呈して下された。『信玄公(御館様)の背中を追うな』…そして『自分に返れ』と…」

 

「自分に…?」

 

「返れ?」

 

スバルとエリオが幸村の言葉を復唱する。

幸村は頷いた。

 

「その後、様々な武士(もののふ)達と出会い、そして助言や忠言を得る中で、某は親父様のおっしゃった事の意味を自分なりに理解したのでござる。人間の器量というものは『求める』ものではなく『求められる』ものであると…

己の力量を他人と比較してしまう事は人間誰しもが幾度も抱えるであろう“負”の意識であるが、“負”の意識に囚われたまま先人達の背中を追うのではなく、大切なのは己が信ずる“道”を見つける事でござる」

 

「「「「「…………………」」」」」

 

幸村の言葉にスバル達だけでなく、いつの間にか横で聞いていたシグナムやシャマルまでも黙って聞き惚れてしまっていた。

 

「つまり…真田昌幸(奇術師のオッサン)が言いたかったのは、何事にも“自分を見失うな”ってことだろうな…」

 

そう意味深な口調で話に加わってきたのは今まで静観していた政宗であった。

 

「…そして、自分を見失って無茶に走った挙げ句にどん底を経験したのはここにもいるぜ…」

 

「…それってつまり…」

 

スバルが尋ねた。

 

「あぁ…俺もまた、真田とよく似た経験をした事があってな……」

 

政宗は先日、なのはとヴィータに聞かせた話を語って聞かせた。

天下掌握直前の全盛期の豊臣軍に対し、無謀な挑戦を挑んだ結果、小田原での石田軍に惨敗…その後、他の敵対勢力からの攻撃から必死に逃れながらの奥州への敗走…スバル達は真剣に聞き入った。

 

「政宗さんに…そんな経験が―――」

 

「stop。 俺がお前らに話したい事は、俺のつまらねぇFailure storyなんかじゃねぇ」

 

政宗の語った壮絶な話に言葉を失うスバル達だったが、政宗の話の主題はそれではなかったのか、感想を述べようとしたスバルを手で制した。

 

「実は俺はこの話をFW(お前ら)に先立って、なのはに話して聞かせていたんだ。そして、そのReturnとしてなのはから、ある魔導師の“ガキ”の話を聞かせてもらった…」

 

政宗のその一言に、シグナムとシャマルの表情が一変する。

 

「政宗君…!? 貴方、ひょっとしてなのはちゃんから…」

 

「聞いたのか? あの“事故”の話を…!?」

 

動揺した様に尋ねるシャマルとシグナムにフォワードチームの4人は訝しげる。

特にシグナムの口から溢れたとあるワードが気になった。

一方の政宗は黙って頷いた。

 

「…だったら口で説明するだけじゃなくて、実際に観てもらった方がいいと思うわ…実は…当時の“記録”が残っているの…」

 

そう言って、ホログラムコンピュータを起動してコンソールを操作し始めるシャマルだったが、その表情は重く暗い。

彼女の隣でその様子を見守っていたシグナムもまた、同様の表情を浮かべていた。

そんな彼女達の様子を見た政宗は、件の事件はなのはだけでなく、その仲間達の間でも深い心の傷として残っているのだと改めて実感した。

 

 

「お前ら…これから話すのは、なのは(アイツ)がお前らに伝えたい“真実”だ。アイツは今日まで自分の気持ちをどう伝えようか色々と悩んでいたみたいだが、こうなっちまった以上は、もう四の五の言ってる余裕はねぇ…アイツの代わりに俺が全て話してやる」

 

 

政宗はフォワードチームの4人に向かって宣言するようにそう言うと、語り始めた。

自らがなのはから教えてもらった彼女の過去、そして自らが今の教導指針を定めるきっかけになった大事件を……

 

 

 

それまでごく普通の女の子だった少女 高町なのはが、一匹のフェレットを見つけた事をきっかけに足を踏み出す事となった魔導師への道―――

 

後に『P.T事件』と呼ばれる事件を通して、今では公私ともに良き親友であるフェイトとの出会い、対峙―――

 

戦いの中で開花させていく魔法の才能、そして実戦―――

 

戦いを終え、宿敵であったフェイトとの和解―――

 

だが、それからまもなく次の戦いが始まる―――

 

シグナム達“守護騎士(ヴォルケンリッター)”の襲撃戦をきっかけに始まった『闇の書事件』―――

 

新たな術式『ベルカ式魔法』の使い手である守護騎士との交戦の果てに撃墜未遂と敗北―――

 

対抗する為に導入した不確定の新技術―――

 

『P.T事件』をも凌ぐ強敵達との戦いに、自身の限界値を越えた出力を無理矢理引き出すフルドライブ『エクシードモード』の採用―――

 

戦いに続く戦いを、己の限界を顧みない根性で乗り越えてきたなのはだったが、その身体はとうとう限界を迎える―――

 

時空管理局に正式に入局してから2年目の冬に起こった忌まわしき“事故”――――

 

積もりに積もった疲労がきっかけで起きた僅かな勘の衰えが招いた瀕死の重傷――――

 

 

 

政宗はなのはから聞かされた話をそのままフォワードチームに語りながら、シャマルが見せてくれたなのはのこれまでの経緯全てが映された記録映像を見て、改めて彼女の過ごしてきた壮絶な経験に驚きと感心を抱くのだった。

そして、なのはの知られざる過去…そして無茶を重ねた末の“結果”である病院のベッドでいくつものチューブを身体に刺し、横たわっている包帯姿のなのはの痛ましい姿にフォワードチームは愕然とした表情で、モニターを見る事しかできなかった。

それは勿論、ティアナも…

 

すると、シャマルが政宗さえも聞かされていなかった情報を補足してくれた。

 

「なのはちゃん…『無茶して迷惑掛けてごめんなさい』って、私達の前では笑っていたけど……もう飛べなくなるかもとか、立って歩く事さえできなくなるかもって聞かされて…どんな思いだったか…」

 

シャマルは悲痛な面持ちを顕にしながら、絞り出す様に話していた。

映像は、なのはが必死にリハビリを行っている場面を映し出していた。

だが、リハビリはかなり難航しているのか、なのはの顔は苦痛と苦悩で歪み、その目には薄っすらと涙さえも浮かんでいた。

 

そんなあまりに痛々しい様子を見て、ティアナが手にしていた氷嚢を落とし、身体を小刻みに震わせた。

すると、ここまで話を静観していた佐助が静かに口を開いた。

 

「確かに戦の中で生きてりゃ、無茶をしたり、命を賭けても譲れぬ戦いだってある筈だ…だけどな…」

 

佐助はそう言ってティアナを見据えた。

 

「お前がエリオを誤射しかけたって時や…小西行長や上杉景勝との戦い…あれは無茶に走ったり、自分の命を蔑ろにしてまでも勝たなきゃならねぇ戦いだったのか?」

 

その指摘を受け、ティアナは今までの自分を思い返していた。

ただ、周囲との差を見せつけられるのが辛く、自らも結果を上げようと無茶に走った挙げ句、ミスショットを犯し…小西行長によってヴィータが窮地に立たされたのを前に義憤に駆られながらも、それ以上に己の不甲斐ない失態を重ねる事を恐れ、己の力量の差を顧みずに無謀に挑んだ結果、結局は恥の上塗りといえる醜態を晒してしまった。

 

そして、今日は自らの成長を証明する機会だった模擬戦を妨害され、その怒りから上杉景勝に挑んだものの、その結果、黒幕の大谷吉継の罠にかかり、利用される結果となってしまった…

 

「それに…ここしばらくお前がスバルの協力さえも拒否して1人で練習してきた技……あれは、一体誰の為の、何の為の技だ?」

 

佐助は静かながらも厳しい口調で諭した。

その言葉にティアナは返す言葉が見つからず、俯き、唇を噛んだ。

すると政宗や家康も頷きながら、宥め諭す。

 

「ティアナ。お前がmiss shotを犯した屈辱は、俺や真田、徳川達にもよく理解できるし、お前がスバル達の成長を見て嫉妬するだけのprideも痛い程判る……でもな…prideなんてものは、確かに強くなる為の糧にできるchanceかもしれねぇが、時と場合によってはただのstruggleにしかならねぇんだ」

 

「独眼竜の言う通りだ…スバルはそれをわかっていたが、同時にお前の気持ちも痛いほどにわかっていた…だから、強くお前を止める事ができなかったんだ」

 

家康が話しながら、スバルの方に目を向ける。

スバルは悲しそうな目でティアナを見つめていた。

 

「なのはの奴だってそうだ…決してお前の気持ちを理解していないわけじゃねぇ。寧ろ…お前のjealousy、conflict、そしてHumiliation…全てわかっていたからこそ、お前に繰り返してほしくなかったんじゃねぇか? 自分と同じ“失敗”を繰り返す事を…」

 

「――ーッ!!?」

 

 

政宗が溢したその一言にティアナの目が大きく見開かれる。

その片目からは憑き物が取れる様に一筋の涙が流れた。

 

 

「ティアナ…これでわかっただろ?…大将や徳川、伊達の旦那達、そしてお前達をずっと教え導いてきたなのはちゃんでさえも、大きな“失敗”や“挫折”を経験している。人は神じゃないんだ…それぞれ苦難を経験し、時に挫折し、時に修羅に走りかける…中にはそこから永遠に這いずり出す事ができずに無限地獄に陥る者もいる」

 

「………………」

 

「それに、ただ力を手に入れるだけでは、人は絶対的な存在になれるわけがない…現に覇王と呼ばれた人間でさえも、力を得る代わりに大切なものをすべて失っちまった……」

 

佐助は改めてティアナに問いかける。

 

「ティアナ…今こうして大将達…そしてなのはちゃんの話を聞いて、お前はどう思ってるんだ? まだ『強くなりたい』、『力がほしい』なんて思ってるのか?」

 

「……………」

 

ティアナは首を微かに横に振ると、佐助や家康達の方を向き、顔を上げて口を開いた。

 

 

「……私は……」

 

 

政宗達の話を聞き、ようやく自分のこれまでの行いを客観的に理解したティアナが口に出そうとした答えは――――

 

 

 

ドオオオオォォォン!!

 

 

 

 

突然、隊舎中に響き渡る爆音…そして地の底からひっくり返さんとばかりに突き上げ、揺れ動く衝撃によって、遮られる事となった……

 




ティアナ編の重要ポイントのひとつである『説得』の場面はいつ書いても色々と苦慮させられます。

ちなみにいうと、この場面は今回含めて2回リブートの度に仔細を変えているのですが、基本的になのはの過去だけでなく政宗達の過去の話も聞かせる事で説得するパターンは変わってないんですよね。

本当は今回は経緯を変えてみる事も検討したのですが、『離隊宣言』が出るまでこじれちゃったので、下手に改変を加えすぎたら、またスランプになると思い、やめました。

さて、アニメではこれで騒動は解決の方向に進んでいく事になりましたが、リリバサではここからまた一騒動起こります。

果たして、ティアナは迷いを振り切る事ができるのか…
そして、六課に迫る西軍の次なる魔の手とは…?

次回をお楽しみに!




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第二十九章 ~発動! 寥星跋扈 月下の潜伏侵略~

迷走極まるティアナを諌めたのは佐助の折檻…そして、政宗の口から語られたなのはの哀しい“失敗談”だった…

さらに、家康、幸村にも諭され、力に固執するあまりに自らの道を見誤りかけていた事を思い知らされたティアナは佐助達を前に己の気持ちを明かそうとしたその時、六課の隊舎を突如謎の爆発が襲う――

一方、ガジェット掃討の為に出動していたなのはも、西軍の将 後藤又兵衛による魔の手に落ちていた…

アギト「リリカルBASARA StrikerS 第二十九章 出陣だぜ」



時は、政宗がフォワードチームになのはの過去を語り始める少し前に遡る―――

 

機動六課隊舎の司令室では、現場に到着したなのは達がガジェットの編隊に対する掃討にかかる様子がモニター越しに中継されていた。

映像に映る隊員達の活躍を確認し、通信を使って現地の隊員と情報を交わしながら、作戦を遂行させていく…

いつもどおりの手筈が何の問題もなく、進められていた。

ところが…

 

「あれ? おかしいな…?」

 

通信を担っていたアルトが、突如上げた怪我な一言が状況を一変させた。

 

「どないしたん? アルト」

 

部屋の中央の司令席に座って、状況を見守っていたはやてが尋ねた。

 

「いえ…さっきから、高町空尉達に状況報告の定時連絡を呼びかけているのですけど…皆さん、いくら呼びかけても応答がないんです」

 

アルトが自らの席に設置されたコンピュータのコンソールを操作する手を休めずに返した。

すると、隣の席にいたルキノも困惑した様子で追加報告を加えてくる。

 

「部隊長。地上本部や他の支援部隊との通信チャンネルも不安定気味になっています。 っというより殆ど何も聞こえないんです」

 

「なんでや? …別に天気が悪いわけやないのに?」

 

「っというより、隊舎の周りも現場も、雲ひとつない快晴ですよ~――――」

 

はやての側に浮遊して様子を伺っていたリインが部屋の奥にある巨大スクリーンに映る前線の背後に広がる満点の星空を確認しながら言った。

その直後…巨大スクリーンも含むすべてのモニター画面が乱れたかと思いきや、瞬く間に司令室の全ての画面という画面が乱れ始める。

 

忽ち、司令室内にいたスタッフに動揺が走る。

 

「ふぇっ!? ふえええぇぇぇぇぇっ!?」

 

「な、なんやねんこれ!?」

 

「わ、わかりません! 通信担当は各自、現場及び周辺部隊への通信状況の確認を!!」

 

突然の事態に驚き、戸惑うはやてとリインに対し、戸惑いながらもすかさず部隊長補佐のグリフィスが司令室にいたスタッフ全員に指示を送った。

慌ててアルトやルキノ、そして司令席から一番近い席に座っていたシャリオは、それぞれ自分が担当を担う通信先に呼びかけを試みた。

しかし、そんな彼女達を翻弄する様に司令室内にある各装置からはノイズが聞こえ、映像という映像が乱れに乱れ…瞬く間に全て砂嵐しか映らない状態になってしまった。

 

「部隊長!」

 

「非常用の回線も全て開いて、状況の把握を…」

 

逸る気持ちをどうにか抑えながら、はやてはどうにか事態を打破すべく、懸命に指示を送ろうとしていると…

 

「ッ!? な、なによこれぇっ!?」

 

追い打ちをかけるかのように、アルトの驚愕と悲嘆の混じった叫び声が司令室内に反響した。

 

「今度は何?!」

 

はやてが最悪の報告を想定してか、既に顔を顰めながら尋ねる。

だが、それに対して返ってきたのは彼女の予想さえも凌ぐ最悪な報告だった。

 

「部隊長! 隊舎周辺の敷地内に設置されていたA.T.S.や簡易結界、哨戒用ビットなどの全ての魔動式警備装置が機能停止しました!」

 

「は、はあっ!?」

 

事の深刻さのあまりに場違いなまでに素っ頓狂な声を上げてしまうはやて。

 

「シャーリー! 早く復旧を!」

 

「やっています! でもどのシステムもロックがかけられて、いくらやっても解除できないんです!!」

 

シャリオが焦燥感を顕にした顔で端末を操作しながら答えた。

こうなると、司令室は完全に混乱の渦中に立たされる事となった。

 

通信機能は完全に機能ダウンした事で現場にいるなのは達の様子が全くわからない。さらには隊舎周辺を固めていた防衛用警備設備までも軒並み原因不明の停止し、今や隊舎は例えるなら、外堀を埋め固められ、城壁を取り払われた裸城と言うべき、完全無防備の状態といえよう。

 

突如として起こった最悪な状況を前にはやては必死に冷静を保とうするが、無意識の内にその身体はわなわなと小刻みに震えていた。

 

「一体どういう事や…? なんで急に…?!」

 

はやての様子を見かねたように、グリフィスが自らの見解を述べる。

 

「これは単なるシステムダウンとは違います。 まるで―――」

 

 

「………ハッキング」

 

不意に聞こえた声に動揺していたはやてとグリフィスの視線が声の発声主に集まる。

それはシャリオが座る通信席と司令席を挟んだ箇所に位置する席に陣取り、端末を操作していた通信主任のジャスティ・ウェイツだった。

 

「間違いありません部隊長。隊舎全ての外部通信及び警備設備の相次ぐ原因不明のシステムダウン…これは明らかに機動六課(我々)の中枢機能を狙った敵の攻撃です。ここは直ちに出動待機中の委託隊員(戦国武将)とフォワードチームに出動を命じて、隊舎の守りを固めるべきです」

 

流石は通信主任と言うべきか、冷静に分析しつつ、手慣れた手つきでコンソールを操作したまま、冷静に状況を判断して、的確な対抗策を提言するジャスティ。

だが、それにしても冷静過ぎる…

 

六課結成以来、最大といえる非常事態にはやてはおろか、並大抵の修羅場に対しても冷静さを失う事のないグリフィスでさえもその額に若干の冷や汗が浮かぶ程であるというのに、ジャスティは眉一つ顰める事もなく、いつものポーカーフェイスを崩す事なく、沈着…というよりは冷淡と言うべきくらいに落ち着いた様子で話していた。

まるで“始めからこうなる事がわかっていたかのように…”

 

はやては一瞬、リインとシャリオに目を向け、2人もはやての意図を察した様に目で返してくる。

それを確認すると、はやてはあくまでも部隊長としての毅然な物腰を崩す事のないように気をつけながら、ジャスティの方に目を向けた。

 

「何か具体的なプランはあるんか? ジャスティ君」

 

「はい。この攻撃が今日の昼間に起きた襲撃騒動に関わった一味…大谷吉継、島左近、上杉景勝、皎月院によるものであるとするなら、恐らく敵は隊舎の全てのシステムを不能にし、完全に無防備になった状態を突いて、攻撃戦力を送り込む戦法をとる可能性が高いです」

 

ジャスティは感情を感じさせない程に落ち着いた口調を崩さず、淡々と説明していく。

それを聞いていたはやてがピクリと眉を微動させた。

 

「そこで…現在出動待機しているシグナム副隊長に直接交代部隊への応援要請に向かっていただき、その間は委託隊員(戦国武将)達とフォワードチームらに隊舎周辺の守りについてもらう事で時間を稼ぐのです。シグナム副隊長であれば、15分もあれば交代部隊を連れて戻って来れるはずです。その後は交代部隊と協力し、システム復旧まで隊舎の要所を集中的に防衛する…それが一番の手かと…」

 

「要所ってどこです?」

 

リインが尋ねた。

 

「まずは隊舎の表玄関…それに地下エリア…あそこは非常用の避難シェルターや封印済みロストロギアの保管庫、そして動力室もありますから…勿論、一般職員は全員念の為に避難シェルターに移動してもらう方が無難ですね」

 

「せやけど、高町空尉達との連絡手段はどうする気や? 万一にこれが西軍の攻撃であるのなら、現場もまた敵の猛攻を受けている可能性かてあるんやで?」

 

「私が直接屋上の通信塔へ行って、そこの非常用端末を操作して高町空尉達との通信をつなげます。どうか、端末の使用許可を…」

 

ジャスティがそう願い出た。

この機動六課の隊舎の屋上の裏手には魔導師の念話を含めた全ての通信を交信させるのに不可欠である巨大パラボラアンテナが備えられてある。

さらにそのアンテナ装置には万が一、六課の全ての通信機能が不全になった場合に備え、他の通信とは全く別回路、個別電源による非常用通信端末が備えられていた。

これは、謂わば非常下において隊舎のメインの通信手段が全滅した場合に備えられた『最後の命綱』といえる重要な機能であり、使用できる権限を有するのは部隊長の他は部隊長補佐、各分隊長、副隊長、そして通信管理の責任者である通信主任だけである。さらにその使用に関しても部隊長または部隊長補佐の承諾を得る事が条件とされていた。

 

はやては少し考えてから、静かに頷いた。

 

「……わかりました許可します。とにかく早急に現場の状況も確認したいので、高町空尉達との交信がとれたら、直ぐに報告を頂戴」

 

「承知しました」

 

ジャスティは一礼しながら答えた。

その口の端がほんの一瞬だけ歪に歪んだが、幸い司令室にいた誰も気づく事はなかった。

 

「…グリフィス君。待機組の防衛配置はどう分けたら良いと思う?」

 

「はい。とりあえず、家康さんとフォワードチームを隊舎前に…その他の遊撃戦力の皆さんに地下の警備に回って頂くのが良いかと…」

 

「それでいこうか。それじゃあ、ジャスティ君。現場との交信をお願い…」

 

「了解しました」

 

ジャスティは頷くと、席からすっと立ち上がり、そのまま駆け足で司令室を出ていった。

司令室の扉が閉まると、シャリオが顔を顰めながらはやてに声をかけてきた。

いつもは温厚な人柄を現したその丸い目には何かを確信づいたかのような強い意志が宿っている様子だった。

 

「部隊長…」

 

「…わかってる」

 

はやては悲しげな眼差しで頷きながら、リインの方を向いた。

 

 

 

「……リイン。シャーリーと一緒にジャスティ君の後を追って。もしも彼が『クロ』やった場合は遠慮はいらへん。全力で取り押さえるんや」

 

 

 

 

 

フェイトとヴィータが『それ』を目撃したのは、すべてのガジェットを撃墜した時だった…

突然、自分達の真下の海上を進んでいた船が爆音と共に火に包まれ、漆黒の煙が立ち登った。

 

「「ッ!? なのは!!」」

 

フェイトとヴィータは慌てて船に向かって降下していく。

だが二人が、船の甲板に降り立とうとしたその時、突然甲板の床を突き破って一機のガジェットが姿を現した。

 

「ッ!?」

 

「なんだ!? あのガジェットは!?」

 

その外見はガジェットⅡ型と同じ飛行機型であったが、ガジェットの中でも大型に部類されるⅢ型の5倍の大きさはあった。

左右の翼に合計4機のエンジンポッドを備え、全体的に怪鳥を思わせるシャープなフォルムのそれは、一見すると巨大な輸送型のティルトローター仕様のV-TOL機にも見える。

本来機体の操縦席の当たる先端部分には、ガジェットドローン特有の金色のモノアイを兼ねたレーザー砲…その機首にある“顔”の部分の上に一人の男がヤンキー座りのように屈んでいた。

 

男の顔にヴィータとフェイトは見覚えがあった。

 

「「テメェ(貴方)は…後藤又兵衛!!」」

 

二人の前に謎の新型ガジェットに乗って現れたのは紛れもなく、つい数週間前に六課を襲撃した黒田官兵衛配下の狂将…後藤又兵衛であった。

驚愕する二人を前にして、又兵衛は薄い唇を歪ませ、陰湿な笑みを浮かべた。絶好の獲物に出会えたと言わんばかりだ。

 

「釣れたのはテメェらも含めて3人か…まぁ、いっかぁ。どうせまとめて(バラ)しちまうから…ねぇ?」

 

「テメェかストーカー野郎! 今回のガジェットを嗾けた主犯は!?」

 

「なのははどうしたの!?」

 

二人がそれぞれにデバイスを向けながら尋問すると、又兵衛は鬱陶し気に首を捻った。

 

「うるせぇなぁ…どうせこれから(バラ)される木偶共がさぁ…キャンキャンと野良犬みてぇに喚いてんじゃねぇよぉ~~…キッキキキキキキ!」

 

相変わらず猟奇的且つ破綻した言動の又兵衛に、フェイトもヴィータも思わずたじろぎそうになる・

 

「……どうやら、まともに私達と話をする気はないみたい…」

 

フェイトはそういうとキッと睨みを利かせながら、気を引き締め直すようにバルディッシュを握る力を強める。

見ると、ヴィータも同様にグラーフアイゼンを構え直しながら、士気を高めていた。

 

「ちょうどいい。 この間は取り逃がしちまったが…今日こそおとなしく捕まってもらうぜ!!」

 

ヴィータはそう言ってグラーフアイゼンを掲げながら又兵衛に向かっていこうとしたが、それを待ち構えていたかのように、又兵衛の顔が醜く歪み、合図を出すかのように機体に2、3回拳を打ち付けた。

 

すると新型ガジェットの中心部のハッチが開かれ、そこから現れたものを見てヴィータとフェイトの目が驚愕で見開かれる。

 

「「なのは!!?」」

 

ハッチから現れたのはガジェットドローン特有の黒い触手のようなベルトアームを何重にも身体に巻き付けられ拘束されたなのはだった。気を失っているのか力なく顔を項垂れている。

親友の悲惨な姿にフェイトが悲痛な叫びを上げ、ヴィータは又兵衛に対する憎悪の目線をさらに鋭くした。

 

「テメェ!? これを狙って意味もなくガジェット達を…!!」

 

ヴィータの怒りの籠もった威圧的な声を前にしても、又兵衛は相変わらずダウナーな…されどもどこか猟奇さを伺わせるぬめりとした口ぶりを崩さなかった。

 

「うるせぇんですよぉ。さっきからさぁ…このあいだはうちの阿呆官(役立たずの主君)が勝手な事しやがったせいで、俺様まで“無能”の烙印押されてさぁ? しかも、小西だ上杉だのと五刑衆の“先輩”方に手柄を立てる機会を横取りされて、ホントにムシャクシャしてんだよぉぉっ…! そんでもってこの作戦でやっと…やぁぁぁっと! 汚名返上のツキが回ってきたんだよぉぉぉ! ケッ! 今回ばかりは大谷に感謝してやらねぇとなぁ!」

 

「大谷ッ!? やっぱり、あのミイラ野郎が糸を引いてんだな!?」

 

ヴィータが言葉を荒げた。

一方のフェイトはいつになく低い声質で、あくまでも冷静に尋ねた。

 

「…さっきのガジェット達は……私達を誘い出すための囮だったって事…?」

 

「あれぇ? 今更気づいたの? だとしたら、ざんね~ん!」

 

突然、又兵衛の口調が挑発的なものに変わる。

 

「俺様は大谷にテメェらを『ここに呼び出して、出来る限り引きつけろ』…っとだけ言われたんだよ。大谷達はどうしようってのか知らねぇけどよぉ…野郎としてはテメェらの戦力でも分担しようって腹じゃねぇか?」

 

「はぁ!? なんの為にだよ!?」

 

ヴィータが怒鳴るが、フェイトは冷静に状況を解読していく。

 

 

そして…その脳裏に出撃前に聞いた小十郎と家康の会話が思い出された。

 

 

 

―――潜伏侵略―――

 

 

 

(!!?…まさかッ!!? 機動六課(私達)の戦力を分断して…六課の隊舎を!?)

 

フェイトがハッとした表情を浮かべると、六課の隊舎に向かって念話を使って呼びかけた。

 

(ライトニング1から本部! 誰か! 応答して!!)

 

しかし、フェイトがいくら念話を送っても、いつもは直ぐに応答があるはずの本部からの返信は一言も返ってこなかった。

フェイトはもう一度、今度は通常通信連絡を担当するロングアーチだけに留まらず、本部で出動待機しているはずのFWチームやシグナム、そして部隊長のはやてにも同じ念話を送ってみた。

 

しかし、やはり応答はない…

 

通信の混信であれば、何かしらのノイズが聞こえてくるはずだが、今は微かな音さえも聞こえてこなかった。

 

つまり、念話そのものが何者かによって完全に遮断されている状態にあるのだ。

 

「………まさか…ッ!?」

 

動揺するフェイトの顔を見て察したのか、又兵衛の薄い唇がニヤリと歪んだ。

 

「どうやら、大谷達がおっ始めたみたいだな。 じゃあ俺様も……」

 

又兵衛は唇をペロリと舐めながら腰に下げていた三日月型の奇怪な大剣『奇刃』を手にとった。

 

「間抜けな木偶共を足止め…いいや。“処刑執行”…だぁねぇ~っ!!」

 

又兵衛の叫びと共に、ガジェットの翼が大きく展開され、両翼に設置されたミサイルキャノンから複数のミサイルがフェイト達に向けて乱射される。

フェイトとヴィータは即座に障壁魔法(シールド)を張って、ミサイルを防いだ。

だが…

 

「くっ…なんて威力だ! 今までのガジェットとは格が違う!」

 

「あぁ? そういえば、これあのスカなんとかいう根暗野郎が試作した新しい絡繰木偶とか言ってたなぁ。確か…ガジェットドローンの『Ⅷ型』で、渾名が『ビッグドロップ』とか自慢げに言ってたような…まぁ、どうでもいいけどよぉ…」

 

 

又兵衛が面倒くさ気にそう説明すると、ベルトアームに拘束されたなのはが再びハッチの中へと収納され、又兵衛も後を追うようにハッチへ飛び込んだ。

 

「待ちなさい!」

 

「逃がすか!!」

 

フェイトとヴィータが又兵衛を追おうと新型の大型ガジェットドローン…『Ⅷ型“ビッグドロップ”』へと近づく。

しかし、2人が機体に降り立つ前にビッグドロップのハッチは閉じられてしまった。

 

「「なのはッ!?」」

 

《ケッケケケケ! 本当は今すぐにテメェらを(バラ)しちまいたいところだがよぉ…生憎、一応『足止め』が目的だから、ねぇ? まずはこのバカでかい絡繰木偶相手に踊ってみせろよぉ? ケーッケッケケケケケケッ!!》

 

内部から聞こえた又兵衛の言葉を合図にするかのようにビッグドロップがジェットを噴射させて、フェイト、ヴィータの下へ一直線に向かっていった……

 

 

 

 

隊舎・屋上―――

司令室内の修羅場といえる喧騒と打って変わり、そこは海から吹く潮風の音だけが虚しく響く静寂に包まれていた。

その不穏なまでの静けさは、まるで嵐の前触れの様にも感じられた。

 

(その“嵐”を起こす一翼が、この俺なんだけどな…)

 

この屋上に唯一人佇む男―――ジャスティは心の中でそのどす黒く染まった意志を自嘲気味に呟きながら、屋上の唯一の出入り口から裏手の方へと回っていく。

目的はその先にある巨大なパラボラアンテナ―――

この機動六課の全ての通信機能を司る重要な中継施設だ。

 

その真下に位置する箱型の機械装置のところに『非常用。関係者以外の使用を禁ず』とプレートがかかった。小さな鉄製のドアが取り付けられている。

 

ジャスティは懐からハガキサイズのカードキーを取り出しながら装置に近づき、ドアを開くと中には旧式の電話の受話器のようなものと、ダイヤル式の羅針盤や鍵盤式のキーボードのような装置が並んでいた。

その一番端にあった穴にカードキーを差し込んで、機械を起動させた。

 

文明がかなり発達したミッドチルダにおいてはかなり古式なその通信装置をジャスティは器用にダイヤル式の羅針盤を操作していく。

そして、数秒とたたない内にピピピと小鳥がさえずるような電子音が鳴ると、受話器を手に取り、耳に当て、話し始めた。

 

「俺だ…こっちの準備は完了だ…俺の誘導通り、六課は戦力を二分させて迎撃の構えを見せている。後は奴らが配置についたタイミングを見て、仕掛けておいた“爆弾”を起動させ、この隊舎を完全に機能不全にするだけだ…」

 

受話器に話しかけるジャスティの会話の内容から、明らかに連絡をとっている相手は現場にいるなのは達ではなかった。

しかし、この非常用通信設備は隊舎にある他の通信回路から完全に離れた回線を使っている上に、敢えて四半世紀前のアナログな装置を用いる事で盗聴などのリスクも防がれる仕組みとなっていた。当然、司令室にいる隊員達にこの会話が聞かれる心配もない。

ジャスティがこの装置を使う事を願ったのは、今回の“作戦”において、自身の最後の役目である“合図”を送る為だった。

 

「わかってるだろうな?…そっちが行動を起こしたら、最初に俺は安全な場所に逃してくれよ……皎月院」

 

しかし、ジャスティは気づいていなかった。

自身の背後に密かに着いてきていた存在がいた事に……

 

 

「フロストバインド!」

 

突如、背後からかけられた声にジャスティが振り返るまもなく、彼の両足、そして非常用通信設備の双方に青白い光が灯り、瞬く間にそれは氷の結晶となって、双方を氷結させた。

 

「なっ!? 氷結型捕獲魔法…!? …くそッ! もしもし! もしもし!?…」

 

「無駄ですよジャスティ主任。 氷結した以上、その通信装置も使う事はできません」

 

そう言って、姿を見せたのはリインとシャリオだった。

それぞれの目には怒り、そして失望の念が浮かんでいる。

 

「り、リイン曹長…フィニーノ…何故ここに…?」

 

「何故じゃありませんよ。八神部隊長は貴方の魂胆を最初から見抜いてここに寄越したのですから」

 

シャリオの言葉に、それまで冷静な面持ちしか見せてこなかったジャスティの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。

一方のリインは悲しげな表情で話しかける。

 

「ジャスティ准陸尉…まさか貴方が“西軍”…スカリエッティや石田三成達の内通者…裏切り者だったなんて……」

 

「ぐぅ…! いつから気づいていたんだ…!?」

 

ジャスティが顔を歪めながら叫んだ。

 

「八神部隊長やリイン曹長、そして私も確信づいたのはさっき…司令室で貴方が打開策を打ち出していた時に言った貴方の“プラン”よ…」

 

「プラン…だと?」

 

「えぇ。貴方、最初にこう言ってたわよね…?

この攻撃が今日の昼間に起きた襲撃騒動に関わった一味…大谷吉継、島左近、上杉景勝、皎月院によるものであるとするなら、恐らく敵は隊舎の全てのシステムを不能にし、完全に無防備になった状態を突いて、攻撃戦力を送り込む戦法をとる可能性が高い』って…

確かに昼間、訓練所を襲った一味は大谷以下、島左近、上杉景勝と映像には映っていなかったけど佐助さんの証言からその場に確認されたという皎月院の4人だった。それは襲撃後の報告で私達ロングアーチの間でも確認されていたわ…」

 

ここでシャリオは普段温厚なその目つきを鋭く尖らせながら、詰問にかかる。

 

「けど映像記録には大谷達3人しか確認されていなかったからロングアーチの間ではあくまでもその3人の事しか情報交換はされていなかったはず…なのになんで貴方が4人目の襲撃者…“皎月院”の名前を平然と口に出せたわけ?」

 

自らの思わぬ不覚を突かれ、返す言葉を無くすジャスティ。

 

「今日の模擬戦襲撃…ティアナの洗脳を含め、まるで私達の動向を把握しているかのような襲撃に、部隊長達も“内通者”の存在を疑って警戒していたのよ。そうしたらまさかその目と鼻の先でこうしてしっぽを出してくるとは思っても見なかったわ!」

 

問い詰めながら、シャリオの口調が少しずつ怒りを帯びて激しくなっていく。

 

「どうしてよ…? どうして六課(なのはさん達)を裏切るような事を!!」

 

「……裏切りに走らせたのは誰だと思ってるんだ…?」

 

ジャスティは幾分か落ち着きを取り戻した声で言い返した。

 

「やれ“大切な仲間”だとか“家族”だとか、夢見がちな御託を並べてるくせに所詮は身内と腕っぷしありきな奴ら贔屓に走るような甘ちゃん部隊長と、それに盲信しながらしっぽを振る奴らに囲まれて、俺の管理局員としてのキャリアを無駄に潰すのはまっぴら御免被る…そう思っただけだ」

 

「あ…甘ちゃん部隊長ですって!?…貴方ね! はやてさんのこと何も知らないくせに!」

 

「ああ。知らねぇし、別に知りたくもねぇ。一つ解るのはあの部隊長もお前らも俺が手を組んだ大谷より“頭の足りないバカで間抜けな連中”だといえる事だけだな」

 

「!? …裏切り者のくせに何を好き勝手な事を――――!!?」

 

口調が激しくなっていくにつれシャリオの目も座っていき、ジャスティの眉間には遠くでもわかるほど皺が寄る。

このままでは埒が明かないと見たリインは慌てて、シャリオを宥める。

 

「シャーリー!落ち着くです! とりあえず、拘束はできたのですから、まずはジャスティ准陸尉の身柄を勾留室の方に…」

 

そう言いながらリインがジャスティに近づこうとしたその時―――

突然、どこからともなく吹き付けた一迅の突風が小柄なリインの身体を弾き飛ばした。

 

「―――ッ!? キャアアアアアアアアアァァァァァッ!!」

 

「リイン曹長!?」

 

突然、風に吹き飛ばされ、屋上から落下していくリインの方にシャリオの意識が向けられたその隙きに、ジャスティは懐に手を入れ、中から赤色の拳銃の様な物を取り出し、シャリオに向かって構えると躊躇いもせずに引き金を引いた。

 

「…うそっ!?」

 

非戦闘要員(ロングアーチ)であり、魔導師でもないジャスティは特に武装してはいない…そう油断していたシャリオが怯んだ時には遅かった。

シャリオの首筋に弾丸…のように造られた針が突き刺さる。

 

ビリビリビリビリッ!!

 

即座に激しい電流が体中に流れた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」

 

身体の至る箇所にスパークが走ったシャリオは悲鳴を上げながらその場に倒れ、意識を手放した。

銃口を向けたままジャスティはニヤリと口の端を歪ませた。

 

「へっ。本当に頭の足りない、バカで間抜けな連中だな。いくら顔見知りばかり寄せ集めた部隊でも、“非登録の質量兵器”持ち込みに関してはもう少し警戒して、手荷物検査くらいは定期的にやっておけよ?」

 

ジャスティは片手に持った物の正体…西軍に内通する様になってから、今みたいな万が一の事態に備えて、入手した非登録の質量兵器のハンドガンを振りかざしながら言った。

 

魔法世界・ミッドチルダをはじめとする時空管理局管理下の次元世界では魔法以外の動力源をエネルギーとする兵器の事を『質量兵器』と総称している。

古くは新暦以前の時代にミッドチルダやベルカなどで蔓延した質量物質を飛ばし、誰でも簡単に破壊・殺戮を担う兵器として、新暦以降、魔法が一般的になるに伴い、厳しく規制されるようになった。

現在では刀剣などの動力源の必要ない武具を除く魔力を用いない物量兵器は大型の火砲や大陸間弾道ミサイルなどの類は製造・所有するだけでも罰則の対象となり、中型以下の…それこそジャスティが所有している銃も含めた小火器に関しても所持・使用には管理局による『デバイス』としての登録が義務付けられている。

しかし、当然ミッドチルダの裏社会ではそうした規制を掻い潜って、非登録の重火器を中心に質量兵器の密造・流通が横行し、中にはこうして管理局の局員でさえも非登録のまま所有するケースも決して珍しくなかった。

ちなみにジャスティが所持しているのは、ミッド・ベルカ両魔法式とも異なる『フォーミュラ・エルトリア』と呼ばれる魔導技術を応用した“ライオット・ザッパーR”と呼ばれる状況によって通常弾や今しがたシャリオに向かって発砲した暴徒鎮圧用のテーザー弾、一発でビル一棟を消失させる高破壊エネルギー弾などを発射可能な万能拳銃と、電磁式の細身の片刃剣に切り替え可能な可変式銃器であり、ミッドチルダの裏社会で広く流通しているタイプのものだった。

 

「……危ないところだったねぇ。ジャスティ」

 

不意に背後から声がかかる。ジャスティも今度は驚かなかった。

振り返った先にいたのは今の彼の“同志”皎月院であったからだ。

 

「急に交信が途絶えたから、何か起きたのだと思って一足早く来てみたら…もう少しでわちきらの計画が水の泡になるところだったじゃないか」

 

そう言いながら近づいてくる皎月院の片手には不気味な目の紋様が描かれた鉄扇が握られていた。

それを見たジャスティは今しがたリインを吹き飛ばした風はこの鉄扇を使って起こしたものであると察した。

 

「すまない…俺も少し気を緩め過ぎていたみたいだ。しかし…仕掛けた“合図”にはまだ気づかれていないようだ」

 

「仕方ないねぇ…それじゃあ予定より早くなっちまったけど、“合図”を作動させな」

 

皎月院は鉄扇をパチンと閉じながら言った。

同時に、ジャスティの両足と非常用交信装置にかけられたリインのバインドがガラスの割れるような音ともに砕かれた。

 

「言われなくとも…」

 

そう言って、もう一度交信装置に近づき、旧式の装備の並んだ鍵盤を引き剥がす。

するとその下にはタッチパネル式のプログラミング装置が用意されていた。

これもまた、隊舎の他の機器と連携していない非常用のシステム操作装置であり、ジャスティがここへ来た本当の理由でもあった。

 

タッチパネルを操作し、プログラミングキーを入力し始めるジャスティに、皎月院は床に倒れているシャリオに目を配りながら尋ねた。

 

「この小娘はどうする? トドメを刺してやるかい?」

 

ジャスティは操作を止める事なく答えた。

 

「いや…もしもの為の“保険”として生かしておく。万一に今みたいな不覚をとる可能性も無きにしもあらずだからな」

 

「そうかい…じゃあ、わちきはお前がコイツを“保険”として使いやすいようにしておいてやるよ…」

 

話すなり、シャリオの身体を妖術で宙に浮遊させ、その両腕を後ろ手に拘束しにかかる皎月院を一瞬だけ一瞥し、ジャスティは静かにせせら笑った。

 

「この際だから、はっきり言わせて貰うぜ。フィニーノ……俺は六課が結成されてからずっと、お前みたいな口先達者で勘の良い女が大嫌いだったんだよ……」

 

ジャスティは呟きながらプログラミングキーを打ち込み、そして最後の一字を入力して、この作戦において密かに用意していたプログラムを完成させた。

 

「そして今はお前らもだ……あばよ。機動六課…!」

 

不遜な笑みを浮かべながらモニターに浮かんだEnterキーを押す。

それと同時に自身が動力室に仕掛けていた“合図”―――

 

 

 

ドオオオオォォォン!!

 

 

 

爆弾を起爆した……

 

 

 

 

轟音と共にロビーが…否、隊舎全体が激しく震わす衝撃に襲われ、

それと共に全ての照明が一斉に落ち、建物の中は非常灯の赤い明かりだけに包まれた不穏な世界に包まれた。

家康ら武将達とシグナム、シャマルは爆音が聞こえるや否や、即座に反応してソファーから立ち上がって身構えたが、それでも襲いかかる振動に耐えられずに思わずよろけてしまった。

フォワードチームの4人に至っては、立ち上がる暇すらなく、一人残らず地の底から突き上げられる衝撃でソファーから投げ出される形で床に叩きつけられた。

 

「皆! 無事か!?」

 

家康がどうにか態勢を整えながら尋ねた。

 

「It'll be ok…だが一体何事だ…?」

 

「唯ならぬ事態が起きたのは、確かな様ですな…」

 

そう話しながら、政宗と小十郎はそれぞれ腰に下げていた愛刀を手にかけ、いつでも抜けるようにしていた。

その傍らでシグナムが急いで司令室と連絡を取ろうと念話(コンタクト)をとろうとしていた。

 

「ライトニング2から司令室! 部隊長! 応答願います!………念話が通じない…!?」

 

シグナムの言葉を聞いたシャマルが「まさか…」と慌てて、ホログラムコンピュータを起動して、現在の隊舎の監視カメラの映像を確認しようとした…が…

 

「端末が起動できない!? 電子機能がやられている…!?」

 

「まさか…!? 今の爆発で動力室がやられたという事なのか…!?」

 

シグナムが目を見開きながら、自らの憶測を述べた。

実際、非常灯以外の全ての灯りが落ち、ホログラム端末や念話を含む通信手段が使えないこの状況を考えるに、その可能性が高い事は一目瞭然であろう。

 

「シグナム殿! 某達はどうすれば…」

 

エリオとキャロを床から助け起こしながら幸村が尋ねる。

スバルとティアナも既に立ち上がっていた。

 

「とにかく、司令室へ行くぞ。まずは主…否、八神部隊長やロングアーチの無事を確認して、それから何が起こったのか把握し――――」

 

本来、待機組の指揮権を担っているシグナムが皆に指示を出していた時、非常灯の灯りのみの為に薄暗くなった廊下の向こうから、獣フォームのザフィーラが駆け寄ってきた。

 

「シグナム!」

 

「ザフィーラ!? 一体、どうしたんだ?!」

 

「皆を連れて直ぐに表玄関に行け!…敵に囲まれてる!」

 

「な、なんだと!!?」

 

「「「「「「「「ッ!!!?」」」」」」」」

 

シグナムが思わず声を上げ、それを聞いていた家康達も驚愕の表情となる。

家康とスバルはすかさず、近くの窓から外の様子を伺う。

すると夜闇の中に紛れて複数…否、複数百もの赤く光る不穏な眼差しが見て取れた。

 

「まさか…刑部達か!?」

 

「あっ! 家康さん!?」

 

家康は慌てて、今しがたザフィーラがやってきた通路を正面玄関の方に向かって走り出した。

 

「我々も行くぞ! シャマル! お前は司令室に行って、部隊長やロングアーチへこの事を報告しろ! それから状況と他のスタッフの安否確認を頼む!」

 

「わかったわ!」

 

シグナムが手早く指示を出すとスバル、エリオ、キャロや、政宗達も続けて家康達の後を追って駆け出していった。

ティアナは突然の事態に1人佇み戸惑うが、そんな彼女の肩に不意に誰かの手が乗せられた。

佐助だった…

 

「佐助……さん…」

 

「ティアナ。もし今もお前が六課(ここ)を離隊するつもりでいるのなら、わざわざ辞める部隊の窮地に付き合う義理はねぇ。遠慮なく逃げろ…」

 

「………」

 

「だが、そうでないというのなら…」

 

佐助の言葉を驚いて聞いていたティアナだった。

だが、直ぐにいつもの強気な眼差しに戻り…

 

「解りきった事を聞かないで頂戴。 相棒や仲間の窮地を前に尻尾巻いて逃げるわけがないじゃない。ランスターの弾丸を甘くみるんじゃないわよ」

 

そう言って、佐助の手を払いながら、スバル達の後を追って駆け出していった。

 

その背中を見つめながら、佐助は「やれやれ」と苦笑しながら肩をすくめた。

 

「全く…立ち直らせるのにこんなに骨折らされたのは旦那以来だぜ。 …っていうか本当に骨折らされちまったけどな…」

 

1人苦笑を浮かべながら、左手に嵌めたギプスを見下ろす。

そして、躊躇いなくそれを取り払い、包帯も外しながら、皆の後を追って駆け出した。

シャマルの治癒魔法のおかげか、怪我は既に完治しているようだった…

 

 

 

 

エントランスを通り、隊舎の前へ出てきた家康達の目に飛び込んできたのは、地面に倒れ伏しているリインの姿だった。

 

「「「「リイン曹長!?」」」」

 

「リイン!」

 

フォワードチーム4人が悲痛な声を上げ、シグナムが駆け寄ってリインを抱え起こす。

30センチ程の大きさのリインはシグナムの片手で抱き上げる事ができた。

 

「リイン! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

シグナムが呼びかけるがリインは目を閉じたまま、微動だにしない。

何らかの衝撃で屋上から落とされたみたいだが、地面に激突する直前に身体に保護魔法をかけた事で衝撃を最低限に抑えたのか、身体には大きな怪我は負っていない様子だった。それでも落下のショックで脳震盪を起こしたのかそのまま意識を失ってしまったようだった。

 

「ぐっ…! 一体誰が……」

 

「ッ!? シグナム!」

 

その時、いち早く小十郎が自分達を囲む怪しい気配に気がついた。

月夜の下に照らされて、一行を取り囲むように現れたのは異質な兵隊達だった。

全員が同じ色合い…黒がかった紫の装束に身を包み、同じ頭巾で目元以外を包み隠し、その隙間から見える目は全員が共通して真っ赤に光っていた。

彼らの手には刀や槍が握られ、中には大鎌や大槌を構えた者もいた。

 

「こ…この集団は…?」

 

家康達が目を見開いて驚いていると、紫装束の集団から一つの輿が割って出てくる。

 

「わが直参の“縛心兵(ばくしんへい)”……懐かしゅう思うたか? 徳川よ」

 

担ぎ手もなく浮遊する輿に乗った包帯ずくめの男…西軍参謀 大谷吉継が不気味な笑い声を上げながら、家康達の前に現れる。

 

「刑部…やはりお前の仕掛けた策略(わな)だったか……」

 

「昼間に言うたであろう…? 『まだ我らの“戯れ”のほんの前座に過ぎぬ。再び相対する時にはぬしら全員に更なる余興を用意してやろう』…とな。公言どおり本命の“戯れ”に参りにきたぞ」

 

「Ha! こいつが今日のMain eventか!? 昼間は散々趣向を凝らしていたわりに、随分ありきたりじゃねぇか!!」

 

そう軽い調子で挑発しながらも、政宗は腰に下げた6本の刀に手を掛けて、いつでも斬りかかれるように構えた。

だが、大谷はまるでお楽しみはこれからと言わんばかりに、胸の内に宿る愉悦の感情を隠しきれない含み笑いを浮かべ、思わず顔を反らした。

 

「まぁ、そう急くな。独眼竜…勿論、今宵の戯れも十二分に趣向を凝らしてあるぞ。まずは今宵の余興の“饗応役”を紹介しようかのぉ…」

 

大谷は不気味に笑いながら顎で自身の背後を示す。

すると大谷の真後ろにいた紫装束…大谷の直参配下“縛心兵”は次々と後退していく。

ちなみに“縛心兵(ばくしんへい)”とは妖術などの処置により洗脳し、自我を失わせた上で無理矢理に配下の兵として行使する大谷得意の妖術のひとつだった。

 

「よぉ、幸村、家康。 昼間は久々だったのに挨拶もロクにできなくてすまなかったな」

 

引き下がった兵達の間から、家康達の前に現れたのは…

 

「「か、景勝殿!?」」

 

上杉景勝と…

 

「どうも~。東軍の皆さん、お揃いで」

 

「テメェは…石田んとこの…!?」

 

島 左近…

そして……

 

「「「「シャーリーさん!?」」」」

 

一人の青年に、首元に刀を突きつけられて人質になったシャリオであった。

口を布で巻かれ、喋れないようにされてしまっており、必死に抗おうともがいている。

さらに、そのシャリオに刃を突きつけていたのは…

 

「ジャスティ主任!?」

 

機動六課・ロングアーチ通信主任にしてシャリオの上司である筈のジャスティ・ウェイツ准陸尉であった。

手に持った非合法デバイス『ライオット・ザッパー・R』を片刃剣型の電磁剣モードにして、刃の腹をシャリオの首筋に当てる事で、彼女が少しでも抵抗すれば電流を流せるようにしていた。

 

「ジャスティさん…どうして……?」

 

キャロが驚愕の声を上げた。

 

「彼はわれらの誘いに乗り、われらの理念に共感し、そしてわれらと共に歩む道を選んだのだ。 おかげで、ぬし達の動向も逐一把握する事ができたし、ここへ乗り込む事も苦労せずに済んだというものよ」

 

「なんだと!? っということはさっきの爆発は…」

 

家康が戸惑いながら言った。

 

「左様。われがこのジャスティに命じて仕掛けさせた“爆弾”でこの拠点の『動力室』なる心臓部を爆破させたものよ」

 

大谷はそう言って、ジャスティを頼もしげに見つめた。

 

「…なるほど…通信主任(ロングアーチ)が内通者だったら、ここの警備設備を止めたり、動力室を爆破して隊舎を丸坊主にする事だって造作もねぇってわけか…テメェらしい小賢しい策だぜ。大谷…」

 

大谷の秀逸ぶりに称賛する小十郎だったが、その表情には嫌悪を含んだ義憤の感情が顕になっていた。

一方、シグナムは判明した裏切り者の正体に激情を抑えられずにいた。

 

「ジャスティ! 貴様という奴は…! 主はやての信頼に背くばかりか、機動六課を裏切るとは許せん! 大谷達共々、断罪してくれる!」

 

シグナムが柄にもなく怒りの咆哮を上げた。

シグナムを含む守護騎士(ヴォルケンリッター)にとってもこの『機動六課』という部隊は唯単に自身の所属部隊としてだけでなく、それ以上に自分達の敬愛する主であるはやてがその強い“信念”を注ぎ込み、ようやく設立した“夢”であった。

 

設立初日に彼女が全職員に向かって語った言葉からも、その想いがよく伝わってきた事は今でも覚えている……

 

 

――― “時空管理局”の部隊として事件に立ち向かい人々を護っていく事が私達の使命であり、成すべき事です。指揮官陣やフォワード陣、それにメカニックやバックヤードスタッフ、全員が一丸となって事件に向かい合っていけると信じています―――

 

 

その言葉からも、はやてが自分達前線要員だけでなく、ロングアーチやその他のスタッフ全員に強い信頼を置いている事が十二分に理解でき、そして自分達もそれに全力で応えようと心から決意させた。

 

しかし、目の前で敵と一緒に並んで、かつての仲間を平然と人質にしたこのジャスティ・ウェイツという男は、そんなはやての想いを“裏切り”という最悪な形で冒涜した。

それがどうしても許せなかった。

 

「レヴァンティン!!」

 

シグナムがバリアジャケットをまといながら、愛剣のデバイスを手に取ると、周囲に展開する縛心兵が一斉に武器を家康達の方に向けて構える。

 

「刑部!! お前って奴は!!」

 

家康が大谷を睨みつけ、怒りを露わにして叫ぶ。

これほどまでに怒りを露わにした家康を見たことがなかったスバルは、彼の意外な姿に驚く。

 

「ヒヒヒヒ…“内応”など日ノ本(われらの国)では当たり前の事であろう。 それに…関ケ原(天下分け目)で狡猾にも小早川を西軍から寝返らせたぬしが、今更“裏切り”を卑怯と蔑むのではあるまいな?」

 

「ぐぅ……」

 

痛いところを突かれたのか、返す言葉もなく動揺する家康。

 

刑部の言う通り、家康はミッドチルダ(この世界)にやってくる直前…関ケ原の戦いの最中に、半ば強引に西軍に付く羽目になった旧友 備前岡山の小大名 小早川秀秋との敵対をどうにか避けようと、合戦が始まってからも使者を送って説得に説得を重ね…そして遂に西軍からの離反に成功させたのだった。

 

しかし、これを“裏切り”と受け取った石田軍…特に大谷の怒りは凄まじく、友軍である宇喜多軍に小早川軍の撃滅を命じる事となり、大混戦の中、小早川軍大将 秀秋は東軍に合流できぬままその行方はわからなくなってしまっていた…

 

 

「金吾の事は…確かに弁解する余地はない……ワシに『裏切り』を卑怯と蔑む資格もなければ…お前がワシを卑怯と蔑むのは大いに構わない…しかし……」

 

家康は頭を上げ、拳を握り固めながら身構えながら、大谷を睨みつける。

 

「人質をとったり、人の心に付け入り傀儡にしようとするお前のそのやり方だけは認めるわけにはいかない! 刑部!!」

 

家康の鋭い一言が冷たい潮風吹き付ける敷地内に響き渡った。

 

「仲間とは…人の心に付け入って懐柔したり、ましてや洗脳して得るものではない。人と人との思いやり結びつける…“絆”の力だ!!」

 

「……そうだ! これ以上…貴方達に私達の大切な仲間を…『機動六課』を好きにさせるわけにはいかない!!」

 

家康の言葉に勇気づけられたのか、スバルが彼の隣に歩み寄り、バリアジャケットを装着しながら、拳を高らかに上げて宣言した。

すると、話を聞いていた左近がゆっくりと大谷の隣に歩み出ながら家康とスバルを睨みつける。

 

「“絆”…か。おい、家康。テメェ、こっちの世界でも東軍みてぇな仲良しこよしな軍を編成しようとしている腹か? へっ! テメェも相変わらず、甘ちゃんだな…どこに行っても絆、絆、絆と綺麗言ばっかり並べて、上手いこと仲間を引きこんで自分の思い通り動くような内輪を作っておいて、自分に少しでも賛同しねぇ奴は卑怯な手を使ってでも徹底的に叩き潰す…テメェのその陰湿な性根…そういうのを『イカサマ』っていうんだよ」

 

「…イカサマ? 家康さんが…」

 

左近の徹底的な嘲りに反応したのはスバルだった。

 

「おうよ。おまけにこんな安い『家族ごっこ』野郎に賛同して、あまつさえ一緒に興じるなんて、機動六課(おたくら)もとんだ腑抜け揃いみたいだな」

 

「……言ってくれるじゃない」

 

額に小さな青筋を浮かべながらスバルが睨みつける。

だが左近は動じる事なく、今度は幸村と佐助に顔を向けた。

 

「でもまぁ…俺達にとって予想外だったのは、まさか武田の大将さんが家康なんかに毒されちまうたぁねぇ…」

 

嫌味ったらしく話しながら、左近は景勝の方に顔を向けた。

 

「どう思うよ景勝“姐さん”。 せっかく、同じ“西軍”という大きな軍門の下で長年続いた諍いを水に流して、頼りになる同志となったってのに、ホントもったいない事するよなあ゛あっぶぅぅっ―――!!?」

 

言いながら背中を軽く叩こうとした左近だったが、言葉が終わらない内に景勝が無言で放った裏拳で顔面を思いっきりぶん殴られてしまった。

 

「「えぇっ!?」」

 

何故か仲間である筈の左近が、景勝に殴られるという奇妙な光景に思わず唖然とするエリオとキャロ。

一方大谷は彼らの場違いなやり取り呆れた様子で小さく頭を振った。

 

「お前ら、さっきからうるせぇな。戦する気あんのか? それともここでお互いにおべんちゃらかましたいだけなのか? 能書き垂れてる暇あんなら、さっさとおっ始めやがれ」

 

景勝は軽く体を捻らせながらそう言うと、背中に手を回し、背負っていた大斧刀“砕鬼丸”を片手で振り回した。

 

「それによぉ左近。オレは寧ろ、幸村達(アイツら)が東軍に寝返ってくれた事は嬉しいんだぜ…だってな…」

 

景勝は幸村や佐助を見据えながら、口の端をニヤリと釣り上げる。

 

「上杉と武田…こうしてまた“宿敵”同士で派手に死合ができんだからよぉ!」

 

景勝は楽しげな笑みを添えながら幸村達に構えて宣言する。

その場に似合わぬ程に朗らかな笑みには若干の狂気のようなものさえ感じられた。

 

「か…景勝殿……」

 

「うぇ~…相変わらずバリバリの喧嘩屋だねぇ。俺、やっぱこの人苦手だわ…」

 

その言葉に幸村は動揺し、佐助は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ良い。景勝もあぁ申しておるので早速始めようか…わが戯れの“主興”を」

 

大谷はそう言いながら自らの周りに不気味に輝く珠を展開していく。

 

「今宵、われの与える最高の不幸……ぬしらは抗えるかの? その“絆”の力とやらで!」

 

すると、周囲にいた大谷の配下の縛心兵達が一斉に家康達に向かって襲い掛かってくる。

 

「皆! いくよ!!」

 

「「はい!!」」

 

スバルが合図すると、エリオ、キャロもバリアジャケットを装着し迎撃に構える。

そしてティアナも…

 

 

(見せてやろうじゃないの…私の…ティアナ・ランスターなりの“強さ”ってやつを!!)

 

 

そう心の中で誓いながら、デバイスを起動し、バリアジャケットへと着換えるのだった…

 




遂に発動しました大谷の本命の策略“潜伏侵略”―――

若干、台詞回しや登場キャラクターに差異はあれど大筋な流れはオリジナル版とあまり変わってないかもしれません。

そして、とうとう裏切り者として本性を顕にしました。リブート版初登場キャラ第1号 機動六課の裏切り者 ジャスティ―――

オリジナル版は『にじファン時代』『pixiv時代』共に無名のモブに裏切り役をやらせましたが、やっぱり名前付きのキャラの方が裏切りにもよりドラマ性がありますね。

さて、その卑劣な振る舞いによってシグナムから怒りを買った彼の行末はどうなるか…?

次回をお楽しみに!


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第三十章 ~機動六課攻防戦 卑劣なる兇策~

ティアナの迷いに一筋の光が差し込もうとしたその時…
遂に発動した西軍参謀 大谷吉継の仕掛けた策略『潜伏侵略』―――

後藤又兵衛に囚われたなのは…
裏切り者 ジャスティによって無力化された六課…
迫りくる凶賊の如き傀儡兵達……

絶体絶命のこの窮状に家康達はどうにか隊舎を守ろうと立ち上がるが……

義弘「リリカルBASARA StrikerS 第三十章 出陣じゃ!」


機動六課隊舎・正面玄関前―――

 

「……やれ」

 

200から300はいるであろう縛心兵達に大谷が浮遊する輿の上から合図を出すと、前衛に立っていた数十人が一斉に斬りかかってきた。

この波状攻撃に最初に迎え撃って出たのは家康だった。

 

「はああああああああ!!」

 

拳を握りしめて、刀を構えて向かってきた縛心兵の頬に右ストレートの拳を叩き込んだ。

「ギエッ!?」と悲鳴を上げながら吹き飛ばされて、地面に転がった紫装束の頭巾が外れる。

顕になったのは20代から30代程の男性で、顔貌からしてミッドチルダの人間の様だった。さらにその額には紫色に発行する不気味な紋様が浮かんでいた。

 

「ッ!?…まさか…この世界の一般人を洗脳したのか!?」

 

家康は目を見開きながら、大谷に向かって尋ねた。

大谷はニヤリと笑みを浮かべながら返した。

 

「よぅわかったな。徳川よ…とはいえ主もこの技は日ノ本にいた頃から見ていたであろうから当然かと思うが……主も知ってのとおり“縛心兵”とは我が妖術で敵兵の自我を封じ、われに従う傀儡とする術…この縛心兵達も皆、われらが此度の計略を弄するのに使わせてもらった“料亭『弁天閣』(出城)”の関係者達ぞ。今宵の為に幾日も前から小奴らを服従させ、急ごしらえながらどうにか兵に仕立て上げる事ができたものよ。なかなかに骨は折れたがな…」

 

「ぐぅ……洗脳された一般人が相手では…迂闊に手が出せないという事か…」

 

シグナムはレヴァンティンで、3、4人の縛心兵の刀を受け止めながら、歯痒そうに顔を顰めながら呟いた。

その間にも縛心兵は武器を手に隊舎の中へと迫っていく。

 

「Stop them! 連中を絶対に隊舎に入れるな!!」

 

政宗は峰打ちで縛心兵達を次々に倒していきながら叫んだ。

一方、家康は縛心兵達の間を掻い潜りながら、大谷の方へと向かっていく。

 

「ワシは刑部を止める! 奴を倒せば、縛心兵(彼の者達)の洗脳も解ける筈だ! スバル!手伝ってくれ!」

 

「はい!!」

 

スバルは答えながら、家康同様に致命傷にならない程度に力加減を上手く調節しながら、縛心兵達を蹴散らしながら家康の背中を追い…

 

「佐助! 俺達は景勝殿のお相手を!!」

 

「やれやれ…こんな形で川中島(武田対上杉)の再戦とはね! ティアナ!手伝ってくれ!」

 

「わかった! 私も景勝(あの人)には昼間の借りがあるし…!」

 

幸村、佐助、ティアナの3人は景勝の下に向かっていく。

 

 

 

 

「ふん!人質がどうなってもいいのかよ!?」

 

そう言うとジャスティがシャーリーを地面に突き放ち、手にした電磁刀モードのライオットザッパーRを振りかざす。

 

「―――――!!?」

 

布で口を押えられ、声が出せないシャーリーが言葉にならない悲鳴を上げる。

 

「シャーリー!!?」

 

シグナムは駿足でジャスティの前に駆け寄り、一撃で叩き斬ろうと振りかぶった。

 

「おっと! そうはいかない…ってね!!」

 

そう気障な言い回しと共に横から1人の男が割り込み、シグナムが振り上げたレヴァンティンを蹴りで弾く形で防いだ。

 

「アンタは後ろに下がってな。この姐さんはなかなか強そうだ。俺が相手してやるぜ」

 

そう言いながら、シグナムの前に立ちふさがったのは、今しがた余計な軽口を叩いて、景勝に殴られていた左近だった。

しかし、その雰囲気は先程までのお調子者な様子とは打って変わって、冷徹な暗殺者としての顔に切り替わっていた。

 

気持ちのオンオフの切り替えがはっきりしているのはそれだけ鍛錬を積んでいる証拠である。

つまり、この男は相当にできる……シグナムはそう直感するとレヴァンティンの柄を強く握りしめながら、構え直した。

 

「貴様…昼間も大谷と一緒にいたが……貴様がホテル・アグスタでユーノやなのは達を襲ったという『凶王の懐刀』か…?」

 

「へぇ~。 俺の事をそんな洒落た二つ名で呼んでくれるたぁ嬉しいねぇ。 そのとおり! 俺がその石田軍侍大将兼西軍総大将近習…人呼んで“豊臣の左腕に近し”島 左近! どうぞお見知りおきを」

 

アクロバットなバク宙を交えた曲芸師のような動きと共に名乗りを上げる左近の声に、シグナムは何故か心の中に妙な違和感を覚えた。

 

(この男…なんだかヴァイスに声がよく似ているな…)

 

シグナムは普段から自分を「姐さん」と呼んで慕ってくる機動六課のヘリパイロットの顔を目の前に対峙する男と重ねていた。

すると、声だけでなく何処となくその雰囲気もまたよく似ているように感じた。

 

(アイツと同じ系統の男か……少々やりづらいが仕方ないか……)

 

シグナムはそう思いながらも、左近がいつでも斬りかかってきてもいいようにレヴァンティンの切っ先で彼の胸を捉えながら言い放った。

 

「“凶王”の側近というならば、本来は有無を言わさず捕らえにかかるところ。だが、今は貴様の後ろに隠れた我が隊の裏切り者も相手にしなければいけない…そこをどく気はないか?」

 

「へっ…この状況で黙って退く程、手抜きな男とでも思うのかい? だとすれば、心外だね!」

 

そう言いながら、左近は腰に下げていた双刀を抜き、シグナムに斬りかかってきた。

左近の振りかぶった双刀をレヴァンティンで防ぎながら、シグナムは小さくため息を漏らす。

だが、なぜだか頬の肉が緩んでくるのを感じた。

 

「やはり、ひょうきん者を装いながらも、その実貴様も相当に堅実な武人という事か……ならば、この“烈火の将”シグナム…容赦はしない!」

 

シグナムは豪剣を振るい、左近の双刀と剣戟をはじめながらも、後ろにいたエリオとキャロに念話で指示を出す。

 

(エリオ! キャロ! お前達はジャスティを取り押さえ、シャーリーを助け出してくれ! この男は私が…!)

 

(わ、わかりました!)

 

(気をつけて下さい!!)

 

念話を受けたエリオとキャロは、縛心兵達の後ろへと下がって逃げていこうとするジャスティの後を追おうとする。

 

「おっと! そうはさせっか! 左近アラシ!!」

 

すると、それに気づいた左近は2人目掛けて双刀を振り払うと小さな竜巻を作って放とうとする。

だが、それに反応するようにシグナムはレヴァンティンのカートリッジを1発消費させながら、地を走る竜巻に向かって振りかぶった。

 

陣風(シュツルムヴェレン)!!」

 

しかし、竜巻が2人の許に届く前にシグナムが振り下ろした刀身から衝撃波が放たれ、竜巻にぶつかると、それを打ち消してしまった。

 

「お前こそ、そうはさせないぞ。『左腕に近し者』よ…」

 

先程の意図返しを食らった事に一瞬悔しそうな表情を浮かべる左近だったがすぐにその顔に冷徹さを伺わせる不敵な笑みが溢れた。

 

「へっ! お互い小手調べは十分ってとこか…だったら、こっからはお互い全力で張っていこうぜ! 『烈火の将』さんよぉ!」

 

左近が双刀を手の中で回転させながら、鋭く踏み込んできた。

シグナムはそれを、今しがた放った陣風(シュツルムヴェレン)の魔力のが微かに残るレヴァンティンの刀身で真正面から受け止める。

硬い金属がぶつかり合う音色が響き、日光の如く眩い閃光が薄暗い隊舎を微かに照らした。

 

 

 

「どりゃああああああああああ!!」

 

縛心兵達の間を抜けて後方へと逃げようとするジャスティを追いかけながら、

 

エリオが素早い動きで縛心兵達を翻弄しながら、ストラーダを大きく振りかざして、斬り裂いていく。

幸村の教えが型に付いてきたのか、その動きは以前よりも力の籠った一見大雑把ながらも、確実に敵の急所を突いていた。勿論、相手は洗脳された一般人…設定は非殺傷であり、その攻撃も穂先が急所を突かないように十分注意していた。

一方、エリオの後方を守りながら、キャロはフリードに指示を与えながら必死に縛心兵の攻撃を避けていたが、周りを取り囲まれて明らかに不利な状況だった。

 

「フリード! ブレスト―――ッ!!?」

 

指示を伝えようとしたキャロに3人の縛心兵が刀を振ってくる。

キャロは咄嗟に障壁魔法(シールド)を張ろうとしたが、それぞれ三方から踏み込んできた敵にどこを守ればいいかわからず、狼狽えている内に近づいてきた縛心兵達が刀を振り下ろそうとした。

 

「きゃあ!?」

 

キャロが悲鳴を上げて目を瞑る。

だが、縛心兵達の刃がキャロに届く寸前で、背後から振り放たれた横一字の一閃が3人の動きを一斉に止めた。

白目を向いた3人の縛心兵が力無く、キャロの前に倒れる。

その背後には愛刀“黒龍”を返し刃で構えた小十郎の姿があった。

 

「小十郎さん!?」

 

「安心しろ、峰打ちだ。それより早く、裏切り者(ジャスティ)を追うぞ!」

 

「「は、はい!」」

 

「気を抜くんじゃねぇ! 今が戦の最中だという事を忘れるな!」

 

エリオとキャロは小十郎という心強い助っ人が加わった事に安堵したのか、思わず頬の力を緩めそうになってしまい、小十郎に叱咤されてしまう。

気を引き締め直した2人は更に向かってくる縛心兵をいなしながら、ジャスティの追跡を再開する。

その後ろを追いながら、小十郎は倒れた縛心兵の1人が落とした刀を拾い上げた。

 

「ルシエ!! 丁度いい、こいつを使え!!」

 

小十郎はキャロに追いつくと、拾った刀を彼女の手に渡した。

キャロは突然、本物の刀を渡された事に思わず戸惑ってしまう。

 

「えっ!? これ、本物…!? …でも私…」

 

「いいから使ってみろ! ちょうどそろそろお前も実戦での経験も必要と思っていたところだった!!」

 

「実戦って…まだ私、手合わせでも誰からも一本とった事もないのに……」

 

いきなり実戦で刀を使う事を強要されキャロは困惑するも、そこへ1人の縛心兵が刀を振りかざしながら斬りかかってきた。

 

「ひゃっ!?」

 

「ルシエ! 俺が鍛錬の時に教えた事を思い出せ!呼吸を整えろ!」

 

思わず及び腰になりそうになるキャロに小十郎が叱咤激励を飛ばしながら、自身も別方向からきた縛心兵の突き出してきた槍の穂先を黒龍で弾いた。

その檄に促されるようにキャロは落ち着きを取り戻しながら、頭の中で小十郎から叩き込まれた剣術の型の基本を思い返す。

 

( “身”、“剣”、“体”…3つの息を全て揃える…!!)

 

キャロはその愛くるしい目を可能な限り鋭く尖らせ、小十郎から教わった事を落ち着いて思い出しながら、振り下ろされた敵の刀を上段構えで受け止め、防ぐ。

すさかず、後ろに飛び退きながら、間違って相手を斬ってしまう事がないように、刀の刃を返した。

 

「フリード…サポートをお願い!!」

 

キャロはフリードにそれだけを言うと、刀を構えてキッと対峙する縛心兵を睨み…

 

「はあああああああああああああ!!」

 

再度踏み込んできた縛心兵の振り下ろした刀を避けながら、その身体に2、3太刀峰打ちを打ち込んでみせた。

その太刀筋はとても鮮やかなものだった。

だが、決してキャロは気を緩めない。

 

(経験がない上に、力が低い分…鍔競り合いになったら間違いなく負けちゃう…ここは…小十郎さんに教えられたやり方…相手の攻撃を避けながら、その隙を突く戦法で!)

 

キャロは頭の中で今の自分に合った戦術を編み出すと、背後から槍を使って突いてきた縛心兵の攻撃をバク宙で交わしながら、空中で身体を回転させて、その襟首に峰打ちを打ち込み、一撃で気絶させた。

 

一見、非力に見えるキャロの思わぬ戦いぶりに戸惑った縛心兵達は、なんとかキャロに一太刀浴びせようとするが、それを妨害するようにフリードが縛心兵達に向けて火球を飛ばした…

 

「きゃ、キャロが直接戦ってる…!? しかもなかなか出来てる…!?」

 

「やはり、俺の目に狂いはなかったみたいだな。キャロ(アイツ)はこれからとんでもない程に化けていく。お前も、うかうかしてられないぞ。エリオ」

 

小十郎と共に敵陣を削っていたエリオは、意外な彼女の剣の腕に目を丸くしていた。

とても初めて実戦で剣術を使った者とは思えない程に、その剣捌きは対峙する縛心兵よりも美しかった。

剣を持つまでは不覚をとりかけていた三方からの敵の同時攻撃に対しても、難無く蹴散らしてしまっていた。

だがどうしても、一見完成されているかのように見えるその太刀筋は小十郎の様な“剣豪”クラスの練達者からしてみれば、まだ隙が大きく、これが剣士としての初陣である故の荒削りさが、所々で露呈してしまっており、小十郎は少しも眼が離せなかった。

その為、小十郎はキャロにはもっとゆとりある状況での実戦が必要かもしれないと思った。

 

「…全く…ますます、アイツのこれからを見てみたくなったな…」

 

そう呟くと共に小十郎は、一斉に斬りかかろうとしてきた5人の縛心兵を一閃で吹き飛ばすのだった。

 

 

 

「さぁ…ド派手なpartyと洒落込もうか!Let's rock!!」

 

隊舎の玄関の前を陣取った政宗が一本だけ引き抜いた六爪(りゅうのかたな)を手に、押し寄せる数十人の縛心兵達を睨んだ。

 

「DEATH FANG!!」

 

政宗が掛け声と共に電流を纏った刀を振るうと、一気に十数人の縛心兵をその風圧だけで吹き飛ばす。勿論、直接斬り裂いてはいない。

 

「Slash!!」

 

間髪を入れずにもう一太刀、別の縛心兵の一団に浴びせる。

それでも何人かの縛心兵は政宗の隙を見て、隊舎への侵入を試みようとするが…

 

「ここは通さん!!」

 

正面入口の前に門番の如く立ちふさがったザフィーラが咆哮を上げると、周囲の地面から光の柱が上がり、縛心兵達を吹き飛ばす形で押し返した。

ザフィーラの後ろでは、シャマルが愛用の指輪型デバイス『クラールヴィント』を嵌めた手を、気を失ったリインの小さな身体の上にかざし、回復魔法をかけながら、もう一度念話で司令室とを繋ごうとしていた。

 

「やっぱり繋がらない…念話も妨害されているみたい!」

 

「シャマル! リインを回復させたら、直接司令室へ向かえ! 念話が使えない以上、主達に直接この窮状を伝えるしかない!」

 

「えぇ! その前に、隊舎に直接防御魔法をかけておくわ!」

 

「気休めかもしれないけど…」と言葉を添えながら、シャマルはリインにかけていた治癒魔法を完成させた。

すると、リインはゆっくりと目を開け…眼の前で繰り広げられている騒乱を見て目を丸くした。

 

「な、ななな!? なにが起きてるんですかぁぁ!?」

 

「リインちゃん! 詳しい事情は後! それより一緒に来て!」

 

「えっ!? で、でもリインも早く皆に知らせないといけない事が―――って痛たたたたっ!! シャマル!リインの身体そんな強く握りしめないでくださいよ! ぐえぇぇっ! リイン復活早々潰されちゃいますううぅぅ!!!」

 

回復したリインを有無を言わさずに文字通り掴み取ると、そのままシャマルははやて達にこの事態を知らせに隊舎の中へと駆け込んでいった。

 

その様子を見ていた政宗とザフィーラはリインの事が少し哀れに思えたのだった……

 

 

政宗が雑兵達を薙ぎ払ってくれるおかげで、家康とスバルは大谷1人に集中して相手取る事ができた。

 

虎空鉄肘(こくうてっちゅう)!」

 

家康は、大谷を守るように展開する縛心兵3人を相手に強力な肘打ちを食らわし、ダウンさせた。

 

蒼天掌(そうてんしょう)!」

 

その背後ではスバルが家康直伝の拳で縛心兵を数人纏めて吹き飛ばす。

家康達は極力傷つけないように気をつけながら傀儡にされた人達を次々に無力化していった。

 

「どうやら、自慢の傀儡兵もあまり意味がなかったみたいだな」

 

向かってくる縛心兵を地面に引き倒しながら、皮肉を投げかける家康だったが、大谷は自分達の側があまり戦況芳しくないこの状況を前にしても、何故か落ち着いた物腰を崩さずにいた。

 

「ヒヒヒ…さてさて。それはどうかの…」

 

大谷は薄笑いを浮かべながら家康達の倒した縛心兵達の方を指差す。

その言葉に違和感を覚えた家康が大谷の指した方を見据えると…

 

「うぅう……うぉぉぉ…」

 

「あぁ…ああぁ……」

 

無力したはずの縛心兵達はものの数秒とたたぬ内に再び起き上がり、逆襲の太刀を振りかぶりにかかってきていた。

いくら、非殺傷設定や峰打ちで倒しているとはいえ、まともに食らえばしばらく…早くとも数分は起き上がる事はできない筈である。

こんな十秒とたたぬ内に起き上がって、平然と動けるのはおかしい。

 

「ま、まさかこれも…お前の術か!? 刑部!?」

 

「ヒヒヒヒ! 左様…この世界の“魔法”なる術は実に素晴らしい…おかげでわれの妖術にも更に応用を効かせる事が増えたというものよ。この“縛心兵”も駒を使い果たすまで何度でも再利用ができるようになった」

 

大谷がそう言いながら、指をパチンと鳴らすと、倒れていた縛心兵は起き上がって、再び大谷を守るように得物を構えて、立ちはだかった

すると大谷が得意げに話しかける。

 

「ちなみにこの術は…かの陸奥国・恐山の将“南部晴政”が得意としていた術…生贄の生者から力を吸い取り、そこから送られる生の力を宿した特別な傀儡…反魂(はんこん)の術を応用し、ある魔導師の魔力に置き換えたもの…つまりは生贄となっている魔導師の束縛を解かぬ限り、この傀儡達は例え両足をもがれようが…両手を斬り落とされようが…その身を焼かれ、肉を焦がし、骨だけになろうとも…決してその動きを止める事はできない…」

 

「「………ッ!!?」」

 

大谷の愉快げに言い放った言葉に、家康もスバルも戦慄する。

だが、そんな彼らをさらに嘲笑うかのように大谷は言葉を言い添える。

 

「おぉそうだ。更に面白い事を教えてやろう…縛心兵(その者)達の声を聞いてみるがよいぞ」

 

「声…!?」

 

スバルは斬りかかってきた1人の縛心兵を取り押さえ、その顔をよく見る。

紫装束の外れたその縛心兵はスバル達より少し年上…20代前半程の若い女性だった。

額に不気味な紋様を浮かべ、殺気が籠もったはずのその眼からは大粒の涙が流れていた。

 

 

「お…お願い……助けて……助けて……ッ!」

 

「ッ!?( まさか…自我はそのまま残ってるの…!!?)」

 

 

術の悍ましい真実に気づいたスバルは、苦々しい表情を浮かべながら、彼女の襟首に手刀を打ち込み、気を失わせてみせた。

少しでも彼女を傷つけたり、苦痛を味あわせない為にもリボルバーナックルはいざしらず、拳さえも迂闊には使えなくなった。

見ると、家康も術の真実に同様に気づいたようで、復活してきた縛心兵には拳ではなく手刀を行使して、最低限の力加減で無力化しようとしていた。

しかし、唯でさえ普通の峰打ちや非殺傷設定でも数秒と経たずに起き上がってくる縛心兵相手に、これらの攻撃ではますます力不足となるのは言うまでもなかった。

 

「ヒヒヒヒヒヒッ! どうした? 急に攻撃の手が腑抜けになったみたいだが?」

 

「ぐぅ…どこまで汚い男なんだ? 大谷吉継……」

 

スバルが嫌悪感を顕にしながら、歯を噛み締め、睨みつける。

だが、大谷はそんなスバルの睨みにも少しも怯む事なく、さらに面白がるように話し続ける。

 

「ならば、もう一つ…いい事を教えてやろう。この縛心兵…今はその力の糧となっている“魔導師”が誰であるか知っておるか?」

 

「魔導師…?」

 

家康達が大谷を睨みつけるように問う。

すると、大谷は珠の一つを自らの前に浮かばせ、珠を中心に強烈な光と共にひとつの風景が映し出されていく…

最初はそれが何かよくわからないでいた政宗、家康、スバルの3人であったがやがてはっきりと目に見えてくると共に、その目が驚きで見開かれる。

 

 

「なのは殿!?」

 

「なのはさん!?」

 

 

それはどこかの密室のような場所で黒いコードに縛り付けられた上で、両脇に浮遊する紫色に輝く2つの珠にエネルギーを吸収されつつあるなのはと、その前で愉快げに嘲笑う後藤又兵衛の姿があった。

 

「なっ!? アイツは…後藤又兵衛!?」

 

浮かんだ映像を前に驚愕する家康とスバルの背後で、縛心兵の刀を防ぎながら政宗も、映像に気がついて眉を顰めた。

 

「ッ!? Ah? どうなってやがる…!? なんであのカマキリ野郎が、なのはを…?!」

 

「ヒヒヒヒヒ! つくづくあの“高町なのは”なる小娘も、間抜けなものよ。 われらの陽動に乗って、ノコノコと罠にかかったそうな…捕まえるのも造作もなかったみたいぞ」

 

大谷の含みを持った言い方に家康、スバル、政宗は息を呑んだ。

まさか、沖合に現れたガジェットドローンの編隊は始めから、なのは達を誘い出す為の囮だったのか。

そうなると、なのはだけでなくあの場にいる筈のフェイトやヴィータは?

 

「このまま力を吸われ続けば、たとえあの娘もいずれ身体中の魔力を吸い取られ、やがて力尽くであろう…この世界では“えーす・おぶ・えーす”と英雄視されておったようだが、その最期は儚く、そして呆気ないものであろう事が残念ぞ…ヒーヒッヒッヒッ!!」

 

「ッ!? テメェら…舐めた真似しやがって!!」

 

そう激情の声を振る政宗に対して。大谷は邪悪な愉悦の笑みを崩さなかった。

 

「我を斬るのか? それもいいが……このままあの娘子を見殺しにするぞ? さぁ、どうする?」

 

「……Sit!」

 

悔しそうに大谷を睨みつけていた政宗だったが、やがて何を思ったのか突然家康とスバルに向かって言葉を投げかける。

 

「家康…スバル…ここは任せる………」

 

それだけを言うと、そのまま踵を返して隊舎の中に向かって駆け出した。

 

「!?…独眼竜! どこに行くんだ!?」

 

「政宗さん!」

 

家康とスバルが声を掛けた時には、既に政宗は隊舎の中へと消えてしまった。

 

「ヒヒヒ! なにか考えを起こしたようだが…今更、何をしようが手遅れであろう……」

 

「刑部…」

 

家康は向かってくる縛心兵を投げ飛ばすと、再び身構えて大谷と対峙する。

 

「これ以上、好き勝手な事はさせん! スバル行くぞ!」

 

「はい!」

 

大谷はスバルの名を聞くと、興味深そうに彼女の方を見据えた。

 

「スバル?…ほぅ…そうか。 ぬしが、徳川が弟子にとったという“スバル・ナカジマ”か…面白い…ならばわれとてこの戦い…興味が湧いてきた」

 

大谷はそう言うと、自身の周囲に不気味に輝く珠を展開する。

 

「穿つな…八曜」

 

大谷の静かな掛け声とともに、彼の前に浮かんでいた珠が家康達に向かって飛んでくる。

家康とスバルはそれぞれ手甲とリボルバーナックルで打ち返しながら、大谷に向かって駆け出していく。

 

「どりゃああああああああああああああああ!!!」

 

「はああああああああああああああああああ!!!」

 

そして家康とスバルが前に出ると、抜群の連携を見せながら、輿に乗る大谷に向けて拳を振るう。

だが大谷はそれすらも珠を使って防ぎ、隙を突いてまた珠を撃ち放つ。

 

2人は一度後退すると拳を構え直し、家康は右手の手甲、スバルはリボルバーナックルにそれぞれオーラを貯める。

 

「甘く微笑め! 東の照!」

 

「シューティング……エアぁぁ!」

 

二人の拳から風圧の籠ったオーラが放たれ、大谷に向かって飛んでいく。

だが二人の合わせ技を前にしても、大谷は余裕な物腰を崩す事はなかった。

 

「それがぬしらの“絆”の力か…相変わらず眩し過ぎるのぉ……」

 

そう言い放ちつつ珠を、円陣を組むように身体の周りを回転させて、障壁のようなものを形成する。

そこに二人の放った風圧付きオーラがぶつかるが、当然ながら障壁は傷一つ負わなかった。

 

「そんな…!」

 

「さぁ、遠慮はいらんぞ。もっと我の与える不幸に抗え!」

 

大谷は再び、珠を撃ち放とうとするが、それよりも前にスバルがもう一度前に出て、大谷を殴りつけようとする。

しかし、やはり大谷の放つ珠の張る障壁に阻まれて、彼に近づくことすらできない。

 

「ふはははははははははは!! 不幸よ! 散ざめく降り注げ!!」

 

「うわああっ!?」

 

大谷の撃ち出す無数の珠の玉をスバルは拳で弾き返すも、その数の多さは、とても一人では払いきれない程であり、スバルは少しずつ後ろに下がる。

 

「スバル!?」

 

すぐに家康が横に立って援護するも、やはり二人だけで無数に飛んでくる珠を弾くのには無理があった。

 

「「!?…わああああああああああ!?」」

 

ついに耐え切れなくなった二人は数発の珠の攻撃を浴びて、数メートル程後ろに吹き飛ばされる。

 

「ヒッヒッヒッ! どうした? 師弟共々この程度か?」

 

「ッ!? …まだだ!」

 

大谷の挑発に、家康が毅然とした態度で言い返すと、スバルも歯を食いしばりながら立ち上がり、二人は再度大谷に向かっていった…

 

 

*

 

 

その頃、司令室は混乱を極めていた。

相変わらず、司令室にあったすべての電子機器の機能は軒並み全滅…

それどころか、地下の動力室が爆発した事で隊舎内にあった全てのライフラインが完全にストップしてしまった。

はやての放った幾つかの魔力光を緊急灯代わりにした室内にはスタッフの怒声が響き渡り、六課の活躍を映し出すはずのモニターは、今は砂嵐すら映さず、暗闇の中、沈黙を続けていた。

まさに最悪な状況の中、はやて達は、部屋に駆け込んできたシャマル、リインの2人から、この状況に至った原因…ロングアーチ3 通信主任のジャスティ・ウェイツが六課を裏切り、敵方に内通していた事…

そのジャスティの妨害工作によって、六課の全ての通信手段や防衛設備を機能停止に追いやられた事…

ジャスティを止めようとしたものの、思わぬ不意打ちを食らい、結果シャリオを人質にとられる事になった事…

そして、六課隊舎が完全に無防備な状況になったところを狙って、大谷吉継以下西軍の一団が一挙として押し迫ってきた事を知らされていた。

 

「なんて事や……私らはずっと、あいつらの…大谷の策略に踊らされとったっちゅう事か……?」

 

「まさか…ジャスティが我々を裏切っただなんて……」

 

はやてもグリフィスも、信頼していた仲間から裏切り者が出た事実を前に愕然とした様子を見せていた。

そんな2人に対し、リインは居た堪れない様子で頭を下げた。

 

「リインが迂闊でした…ジャスティを警戒して、早く拘束しておけば…こんな事態にはならなかったし…シャーリーだって……」

 

「リインが謝る事なんてない。とにかく今はこの窮地をどう乗り越えるかや。誰が悪かったとか、どこで間違えたかを考えるのはその後でえぇ」

 

はやてはそうリインを励ましながら、直ぐに毅然とした表情に戻った。

 

「八神部隊長。私達はどうすれば…?」

 

シャマルが尋ねると、はやてはてきぱきと指示を出していく。

 

「決まっとるやろ! こうなったら意地でも隊舎(ここ)を守るんや! シャマルは一緒に隊舎中にいるバックヤードのスタッフ皆の安全確認と避難誘導を! 地下のシェルターは使えへん! 避難用通路を使って施設外へ皆を逃すんや!」

 

「わ、わかりました!」

 

シャマルは指示通りに動くために、急いで司令室を出ていった。

 

「アルト! ウェイツ主任が裏切って、フィニーノ副主任が不在の今、通信の責任者は貴方に任せます! ルキノと一緒に通信の機能回復に尽力して下さい!」

 

「な、なんとかやってみます! この状態を復旧させるのは…自信ないですけど……」

 

雑音混じりでほとんど意味のない通信に、アルトは諦めの苦笑を浮かべながら言ったが、はやてはそんな弱気な彼女に叱咤を飛ばす。

 

「しっかりし! 六課始まって以来の大ピンチやで! 気合で直すくらいの気概でいかなあかんで!!」

 

「そんな無茶な…幸村さんじゃあるまいし……」

 

ルキノが呆れてツッコむのを尻目に、はやては最後に傍にいたグリフィスに指示を出した。

 

「グリフィス君。後の指揮をお願い」

 

それだけを言うとはやては、すぐさま外に向かって踵を返す。

 

「部隊長どちらへ!?」

 

「決まっとるやろ…わたしも出る」

 

「し…しかし…リミッター解除は…!?」

 

グリフィスがそう懸念を口にする。

時空管理局の部隊には戦力の均一化を図るために戦力上限が設けられている。

それを守りつつ、六課の戦力を充実させるために隊長陣には『リミッター』と呼ばれる能力制限が施されていた。

特に部隊長にして魔導師としての戦力は隊の中で最強格であるはやてのリミッターを解除することが出来るのは隊の後見人の内の2人…

聖王ザビー教会女神…もとい聖王教会騎士 カリム・グラシアとフェイトの義兄で本局付き次元航行隊提督のクロノ・ハラオウンの2人だけである、しかも回数制限もある。

何より、今は申請するにも通信手段が使えないので話にならない。

 

「仕方あらへん…戦力になるかわからへんけど、今はやれるだけの力でやるしかない」

 

「部隊長…」

 

「そもそもこんな事態になったのは、部隊長の私の見通しが甘かったのも一因や。せやのに、ここで引きこもってるだけやなんて、皆に顔向けがでけへん! リイン行くで!」

 

「は…はいです!」

 

グリフィスにそれだけを言うと、はやてはリインを従えて、司令室のドアへと向かおうとした。

…そこへ政宗が息を切らしながら駆け込んできた。

 

「ッ!? 政ちゃん!? どうしたん!?」

 

「はやて! 悪いが、ここに馬はねぇか!?」

 

「「う…馬!?」」

 

政宗が真剣な表情で突拍子もない注文に、はやて達ロングアーチの面々は思わず面食らってしまう。

 

「政宗さん。さすがにここには馬は…」

 

「頼む! Urgentなんだ!!」

 

政宗はそう叫びながら、グリフィスに食ってかかる。

 

「ど、どうしたっていうんですか!? 取りあえず落ち着いて話してください!」

 

そんな政宗を宥めながらリインが問いかける。

すると政宗は少し(といっても本当にわずかだが)落ち着いた様子ではやて達に、今の外での戦況…大谷が率いている縛心兵達の厄介ぶりと、その動力源…なのはが窮地に立たされているという事を伝えた。

 

「なんてことや! 沖に現れたガジェット達も唯のわたしたちの戦力を見るだけやと思っとったのに…そんな目的やったやなんて!」

 

「その大谷吉継という男……相当な策士ですね」

 

自分達の想像以上に最悪な状況に、はやてもグリフィスも、自分たちが今回完全に敵の陰謀に嵌められてしまった事に悔しさを隠せなかった。

 

あたかも敵のデータ回収を目的とした作戦と思わせて主力メンバーを分割させた上で、敵の拠点を攻める為の兵を動かす為の生贄を捕らえる。

そして、予め用意していた内通者を使って敵の機能を奪った上で多数の勢力を率いて一気に攻める。

まさにそのすべてが出撃前に話していた豊臣の得意な作戦の一つ…『潜伏侵略』そのままであった。

 

 

「はやて部隊長! とにかくここは外の襲撃者の対策と、高町一等空尉の救出を最優先させましょう!」

 

グリフィスの言葉に促され、はやては静かに頷くとアルトの方に顔を向けて尋ねた。

 

「アルト。ヴァイス君の“バイク”のある場所知っとるか?」

 

「えっ!? 確か…職員用のガレージに置いてあったと思いますが…どうするんですか?」

 

はやてはアルトの問いに返事も返さず、今度はリインに向けて話す。

 

「リイン。アンタは政ちゃんと一緒に行ってあげて。 なのはちゃん達のところに誘導するんや」

 

「で…でも、はやてちゃんは…?」

 

「私は…」

 

はやては懐から愛用のデバイス…シュベルトクロイツを取り出すと、決心をつけるように声を上げる。

 

「外で頑張っとるフォワードの皆を手伝いに行く。これ以上、あんな奴らに大事な部隊を好き勝手に荒らされてたまるかいな!」

 

はやての目は、珍しくやる気に満ちていた。

それほどまでに、今回策にかけられた事が悔しかったのだろうとリインやグリフィス達は察した。

 

「政ちゃん! 馬はないけどヴァイス君のバイクがあるから、それを使って! 早くなのはちゃん達のところへ!」

 

「えっ!? でもいいんですかはやてちゃん!? 人のバイクを勝手に使わせちゃって…」

 

「ヴァイス君には後で言って聞かせたらえぇ! それに保険入ってるやろうから多少手荒に扱ったところで大丈夫やろ!」

 

そう言いながらはやては、非常時用の車やバイクのマスターキーを自分のデスクから取り出し、それをリインに渡した。

 

「い、いいのですか? それって…」

 

はやての強引な言い分に戸惑うリインだったが、政宗は躊躇う事なくキーを受け取った。

 

「Thanks はやて! おい、Tinker Bell! 早く案内しろ!」

 

「は…はい! っていうか誰ですかそれ!? リインの名前は“リインフォース(ツヴァイ)”ですよぉ!!」

 

そう言ってリインの案内を受けながら、政宗はガレージに向かって走り出した。

 

「それじゃあ、グリフィス君! ここの指揮はまかしたで!」

 

そう言ってはやても、隊舎のエントランスの方へ向かって駆け出していった

 

 

「久々やな。こんなやる気溢れる戦いは…」

 

 

走りながらはやては、小さくつぶやいた。

 

 

*

 

 

その頃、幸村、佐助、ティアナ、そして彼らと対峙する景勝は、隊舎から少し離れた埠頭の近くに戦いの場所を移していた。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「おらあああああああああああぁぁ!!!」

 

一定の間合いを開けていた幸村と景勝がそれぞれ気合の掛け声と共に地面を蹴り、幸村は二槍を突き出し、景勝は大斧刀を大きく振りかぶった。

力の籠もった一撃がぶつかり合い、その衝撃は2人の周囲を円を描くようにして広がり、周囲の木々や草花だけでなく、埠頭を超えた先の海をも、その衝撃だけで大きく波立たせ、幸村の後ろで身構えていた佐助やティアナさえも思わず吹き飛ばされそうになった。

 

「へっ! しばらく打ち合ってなかったけど、腕を上げたじゃねぇか。 幸村!」

 

「景勝殿も…豊臣五刑衆に抜擢されたのも頷けるその豪剣……何度受けても慣れぬでござる!」

 

「へっ! 慣れないなら、何度でも受けて慣れろってのが武田の流儀なんだろ?!」

 

そう叫ぶや否や、受け止めていた槍を弾くと、素早く大斧刀を振り下ろしてくる。

幸村はギリギリで避けて後ろに飛び退くが、お構いなしに景勝が素早く幸村を追撃してくる。

 

「速い! 模擬戦の時もそうだったけど、あんな鈍重な武器使ってるのにどうやったらあんな動きが出来るってのよ!」

 

ティアナも思わず叫んでしまう。

 

 

氷燕(ひょうえん)ッッ!!」

 

烈火(れっか)ぁぁ!!」

 

 

景勝は幸村が避けた大斧刀をそのまま返す刀で斬り上げながら冷気を纏った真空波を放つが、幸村も穂先に炎を灯した二槍を居合並の速さで乱れ突く。

幸村の二槍と景勝の大斧刀が再度ぶつかった。

 

「へっ! やっぱり、戦は武田の連中とやり合うのが一番だぜ! 大谷の策に付き合ってると辛気臭い事ばっかさせられっから気分悪くなっちまうんだよ!」

 

楽しそうにそう言い放つ景勝に対し、幸村は困惑気味に尋ねた。

 

「景勝殿! それならば何故に大谷殿の企みに与するのでござるか!? 確かに今のそなたの立場は豊臣五刑衆…しかし、今の西軍に…豊臣に“義”は無いでござろう!? 石田殿はどうお考えか存ぜぬが、少なくともこの世界を支配しようとする大谷殿達の企みには如何に元同志であろうともこの幸村…納得できかねまする!」

 

「………それが、お前が東軍に寝返った理由っていうのか?」

 

「!?」

 

急に景勝が真剣な表情になって尋ねた。

 

「……それがお前の考えた“義”に基づいた上での行動なら、それを貫けばいいじゃねぇか。オレは今更、お前を“裏切り者”と詰るつもりもなければ、西軍に戻れとも言わねぇ…武士ってのは人それぞれに自分の信じた“義”とそれに基づいて築いた“道”ってものがある…お前のその道もまた、武人としての一つの“道”と尊重するぜ」

 

「景勝殿……」

 

景勝はバックステップで飛び退いて距離を保つと、大斧刀の切っ先を幸村達に向けて構えたまま諭すように言い放った。

 

「だけどな…このオレもまた…自分なりの“義”と“道”ってものは既に定めてあるんだよ。 確かにオレは大谷や小西みたいな、狡猾だったり、残虐卑劣な連中とつるむのが楽しいわけじゃねぇ…でもな。 オレには豊臣の幹部として…どうしても貫かないといけねぇ“道”ってものがある。悪いがそいつを曲げるわけにはいかねぇんだよ」

 

「……“道”…とは…?」

 

幸村が尋ねるが、景勝は何か嫌な事を思い出したのか顔を顰めだす。

すると、幸村の後ろで話を聞いていた佐助が静かに尋ねた。

 

「それってひょっとして…あの“御館の乱”の事が絡んでいるのですかい?」

 

「ッ!?」

 

佐助の口から出た言葉に景勝の表情が一変する。

 

「えっ!? 何…? その“御館の乱”って…?」

 

昼間、隊舎で行われた会議に参加していなかったティアナは、日ノ本で起きた名門 上杉家のお家騒動『御館の乱』の話を知らなかった為、佐助の口から出たその単語に困惑しながら尋ねた。

 

「へっ…流石は武田随一の忍 猿飛佐助だな。あの騒動の事、そんなに把握していたのか?」

 

「まぁ、おたくが大変な事になってた時、武田(こっち)も色々ゴタゴタの真っ只中だったから、詳しくは調べられなかったんだけどね……けど、アンタとゆっくり話せる機会があった時には、どうしても確認しておきたい事がひとつあったんだよ……」

 

佐助はそう言うと、鋭い目つきで景勝を睨みながら、意を決した様に口を開いた。

 

 

 

「あの乱で…“軍神の剣”と目された忍……“かすが”が死んだっていうのは本当なのか?」

 

 

 




ここへきて、まさかのBASARAを代表するオリジナルヒロイン かすがちゃんナレ死!?

pixivではまだ存在すら振れられていなかったかすがを、リブート版ではこんな形で登場させる事になって…かすがファンの方ごめんなさい。
ってまだ死んだと確定してるわけではないですけど…(これネタバレ!? どうなんだろう? まぁいいか(苦笑))

果たして佐助が今話の最後で言った台詞の真相は如何に…?

次回をお楽しみに!


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第三十一章 ~回顧 上杉動乱”御館の乱”~

豊臣五刑衆 第五席 上杉景勝…かつて“軍神”の二つ名で畏れられた猛将 上杉謙信の後継者である彼(女)が何故、豊臣の幹部に甘んじる事になったのか…?

鍵を握るのは、豊臣が天下を把握する直前に上杉軍で起きた国全体を揺るがさんばかりの大きな内乱…そして、謙信の懐刀であり、佐助とも旧知の仲であったある女忍者(くのいち)が大きく関わっていた……

宗茂「リリカルBASARA StrikerS 第三十一章 出陣です! (この口上もワンパターンになってきたなぁ…何か捻り入れた方がいいかも…?)」


時は天下分け目の戦い(関ヶ原の戦い)より数年前…まだ、豊臣がその莫大な勢力と圧倒的な武力を糧に栄華を極めていた頃――――

小田原では北条氏制圧を推し進めていた豊臣本軍を奇襲しようとした奥州伊達軍が、豊臣直参の石田軍によって返り討ちに遭い、壊滅的な打撃を受け撤退…

甲斐では武田軍当主 武田信玄が病に倒れ、その後継として選ばれた信州真田軍の若き将 真田幸村の未熟な采配が仇となり、武田軍は周辺諸大名の相次ぐ侵略にさらされ、その弱体化は否めない状況にあった…

 

だが、それと時同じくして…万年白一色の雪景色に染まった北日本・越後の国を治めていた日ノ本有数の戦国大名『上杉家』もまた…その存亡に関わる大きな波乱の渦中に立たされようとしていた――――

 

越後上杉家総本山 春日山城・本丸

当主・上杉謙信の座敷――――

 

 

「隠居するだってっ!? じょ、冗談だろ!? おじき!!」

 

 

ある日突然、春日山城に呼び出された景勝は、自身の義親にして当時の上杉家当主…そしてその圧倒的な武人としての実力、そして叡智から「軍神」の異名で諸大名より畏怖される伝説的武将“上杉謙信”から告げられた内容に思わず耳を疑ってしまった。

 

謙信は歴代上杉家一門の中でもまさに最高峰といっても過言でない程に将としても人としても良くできた人間であると景勝だけでなく、知る者皆が認めていた。

 

雪のように白い頭巾で頭を覆い隠したその顔は、一見女性の様に美しく、声もまるで男装の麗人の如く清く澄んだもので、上杉一門の間でさえも謙信の性別は謎とされていた。

 

その長身に氷の様に鮮麗な戦装束を着こなし、氷柱のように鋭い長刀を帯刀した凛々しくも勇ましい姿もまた、見る者を軒並み魅了した。

 

中には元々敵対していた者でさえもその美貌に惹かれて、上杉に寝返させてしまった事さえもあるという。

 

世継ぎのいなかった謙信から、後継者として選出された“息子”の景勝もまた、その人柄に心底惚れ込んだ1人であった。

元々は上杉家のとある分家の姫であった自分でさえも遠く及ばぬその美しさ、そしてそんな美貌に反した武人としての圧倒的な完成度…女ながら、その類まれなる武人としての腕っぷしの強さと男に引けを取らぬ豪胆さに武将としての素質を見いだされ将としての教育を謙信から直々に受ける事になりながらも、全てにおいて謙信には及ばないと見た彼女が選んだ道は…『“女”を捨てる』事だった…

女ではなく、1人の武人として、軍神・上杉謙信の後継に相応しい将となるべく、“女”としての生き方を完全に放棄した彼女は…“景勝”と名乗り、上杉軍随一の猛将へと成り上がっていった。

 

それでも、今の自分はまだまだ謙信には遠く及ばない…それを自覚していた景勝だからこそ、今この場で謙信から告げられた話は文字通り“寝耳に水”であった。

 

「じょうだんではありませぬ。かげかつ(景勝)…わたくしはこのらんせ(乱世)…いな、げかい(下界)からはなれることをきめました」

 

声を張り上げる景勝に対し、謙信は、いつもどおりその人を落ち着かせるような声で諭すように答えた。

 

今、この座敷には謙信と景勝の他にもう1人しかいなかった。

謙信の座る上座の脇に控えるようにしゃがんだ1人の女忍者(くのいち)

胸元から臍辺りにかけて、やや露出の多いボディスーツのような黒い忍装束を身に纏い、日ノ本では珍しい金髪のもみあげ部分だけを長く伸ばした不思議な髪形と金色の瞳を持った美しいその女性の名は“かすが”…謙信に仕える忍だが、実質的に世話役も兼ねた忠実な側近であった。

だが、謙信を心酔し、謙信のやることなす事全てを肯定する彼女もまた、謙信の此度の決意は思う事があるのか、2人の会話に耳を傾けるその面持ちはいつになく暗い。

 

「そんな!? …なんでまた今なんだよ!? 軒猿*1共の話じゃ、小田原じゃ遂に北条が豊臣に潰されちまって、漁夫の利を狙ってた伊達も返り討ちにされて壊滅状態だって言うし…これで豊臣(アイツら)の天下統一は決まったも同然な状況なんだぞ!」

 

納得がいかない景勝は義親の前にも関わらず、片膝を上げた品のない立ち方を見せて反論した。

 

「それに! 甲斐ではオレ達上杉にとって宿命の相手であると同時に、おじきにとっても最大の宿敵!“甲斐の虎”・武田信玄も病に倒れちまって、武田は今揺れに揺れてる状態! 今こそおじきが先頭に立って、甲斐を攻めちまえば今の武田なんて――――」

 

「おろかものっ!!」

 

謙信の(つるぎ)の様に鋭い一喝が座敷中に響き渡った。

珍しく声を張り上げた謙信に、普段肝の据わった景勝でさえも思わずたじろいでしまう。

だが、流石は氷を自在に操る武将だけあってか、謙信の一瞬昂った言葉もまた、すぐに元の落ち着いた声に戻っていった。

 

「わがしょうがい(生涯)しゅくてき(宿敵)をあいてに、さようなねくび(寝首)をかくまねなどできかねまする。それに、わたくしめがげかい(下界)をはなれることをきめたのは、ひとえに“かいのとら”がやまい()にたおれたがゆえ…」

 

「は、はぁ!? つまり…あの信玄(虎親父)の死に床入りに付き合って隠居するってのかよ!?」

 

景勝は明け透けな物言いを言い放った。

 

「そんな敵に塩でも送る様な理由で―――」

 

「若様ッ!」

 

今度は控えていたかすがから叱声が飛ぶ。

 

「謙信様のお心の空虚さがわからないのですか? 謙信様は、宿敵である武田信玄(甲斐の虎)が戦場を去った日ノ本でご自分の剣を振るう意義を見いだせなくなったと…ご自分が天下を目指したのは、あの男の存在があっての事もあったと……」

 

かすがは長年仕えていたからこそ、謙信の気持ちを察し、そして本心に反しその意志を尊重しようとしていた。

かすがが、謙信に仕える事になったのには、少々変わった経緯がある。

元々、かすがは上杉と敵対するある忍の里の出身であり、ある時、忍衆の雇い主から謙信の暗殺を命ぜられ、春日山城に潜入するが、そこで目の当たりにした謙信の美しく気高い姿に思わず見惚れ、隙を見せてしまった彼女は迂闊にも城内の警備兵に見つかり、捕らえられてしまう。

謙信直々の詮議にかけられ、拷問の果ての打首を覚悟していたかすがであったが、そんな彼女の予想に反し、謙信は彼女の縄を解き、なんと自分の下で仕える気はないかと誘ってきた。

謙信もまた、かすがの美しさに魅入られ、刺客である彼女を自分の懐刀にしようと考えていたのだ。

そして、お互いの意志双方の合意の下に2人は主従関係を結ぶこととなり、今に至ったわけである。

 

そんなエピソードに代表されるように、一見完璧超人な謙信であるが、時に柄にもなく破天荒な決断や振る舞いをする事は、養子である景勝にとっても理解に苦しむ事があり、此度の隠居宣言も久々にその悪い虫が騒いだように思えた。

 

「そ、それじゃあ…諦めちまうってのかよ!? 上杉による天下統一は…? おじきを信じ、今日まで御家の為に頑張ってきたオレ達の“義”は?! どうなっちまうんだよ!?」

 

「だからこそ…おまえをここへよんだのです。かげかつ(景勝)…」

 

宥めるように謙信が言った。

 

「えちごのあすは、おまえにたくします。 わたくしにかわって、うえすぎ(上杉)おいえ(御家)をひきつぎ、まもなく、かの“はおう(覇王)”がてにするであろうてんか(天下)ゆくすえ(行く末)をみとどけなさい」

 

「………つまり…自分はもう天下取りに名乗りを上げるつもりはない…っと」

 

景勝が尋ねた。

謙信は静かに頷き、そして詠うように話し始めた。

 

「……“かいのとら”がふたたびめざめる(目覚める)そのひまで…わたくしも、ながきふゆのさなかにねむることとなりましょう…」

 

「…………」

 

「……ですが…“かいのとら”はけっしてこのまま()()てはしません…かならずや、いつのひかふたたび…いささば(戦場)へかえってくる…そのときこそ、わたくしのいてついたこのこころもまた、もういちど……」

 

「……おじき…」

 

謙信の固い決意を前に、景勝はこれ以上何も言えなかった……

 

 

 

「ったくよぉ…おじきも勝手な事言いやがって……」

 

春日山から麓にある自らの屋敷に戻る道中、雪積もる山道を景勝はブツブツと文句を溢しながら歩いていた。

謙信からの命を受けたかすがが、景勝の護衛として同行する事となった。

景勝としては護衛の必要はないと断ったものの、念の為にという謙信の心遣いを無駄にするなというかすがの半ば強制的な物言いに圧される形で受け入れる事となった。

とはいえ、景勝にとってもかすがと二人きりで話したい事があったのもまた事実であった。

 

「なぁ、かすが? 結局のところお前は納得してんのかよ? 今回のおじきの隠居を…」

 

春日山の細い山道を歩きながら景勝が尋ねる。

その脇に控えるように歩きながら、かすがは謙信の前で見せていたお淑やかな側近としての顔ではなく、無愛想な顔つきで景勝を睨みつけた。

 

「納得しているわけがないだろう。私も謙信様から此度のお話を伺ってから何度も考え直すよう説得した。けど…武田信玄(甲斐の虎)が倒れた事であの御方の凍てついてしまった御心は、この私でさえも溶かす事ができなかったのだ」

 

そう景勝に話しかけるかすがの言葉遣いや態度は、謙信の御前で見せた敬ったものとは違い、よく言えば気軽な、悪く言えば不敬にも見える程に馴れ馴れしいものであった。

かすがは、敬愛する謙信に対する時と、それ以外の人間に対する時とで言葉遣いや声質が大きく異る二面性を有していた。

一応は謙信の養子であり、後継者である景勝に対しても、謙信のいる場では一応は「若様」と呼んで立てる様に振る舞っているが、謙信がいない場ではこのようにズケズケと物を言い、呼び方も「景勝」と呼び捨てになる。

だが、景勝としては変に敬われた態度で接せられるよりは、素っ気ない応対の方がかえって肩の荷をおろして話せるので都合が良かった。

 

「正直…跡取りのお前なら謙信様のお心を変えられる事ができるかと期待していたのだが……どうやら、謙信様も此度の決心は本当にお固いようだ…」

 

「……面目ねぇ」

 

景勝が乱雑に後頭部を掻きながら謝った。

 

「…お前を責めているつもりはない。それに、仮にもお前は謙信様が後継者とお認めになった程の奴だ。お前が上杉家の後を継ぐ事自体に私は異論もなければ、懸念する事もない。できる事なら、もう少し女性らしい振る舞いを身につけてもいいとは思うがな…?」

 

生真面目なかすがにしてみれば、珍しくからかうような事を言い加えてきた。

 

「黙れ。変態くノ一」

 

「お前こそ黙れ」

 

「オレは上杉のこれからを心配してんだから、黙るわけにはいかねぇんだよ」

 

軽口を叩き合いながら、二人は静かに雪道を歩いていく。

見上げると曇天の空から再び雪が降り出してきていた。

 

「しかし…謙信様のお心は決まっているとはいえ……果たして他の上杉一門が黙ってあの御方のご決断を受け入れるかどうかが不安だ…今でさえ、謙信様がお前を後継と選んだことを容認しかねる輩もいるようだからな…」

 

「……どうせ “景虎”の野郎だろ?」

 

景勝は上杉家一門衆の中では自分と双璧を成す幹部 “上杉景虎”の青白い肌に底しれぬ野心を隠さない貉の様な目つきの顔を思い浮かべていた。

景虎は景勝と共に謙信の後継者候補としてその養子となった上杉一門の1人である。

景勝が非凡なまでの豪腕の持ち主であるのに対し、景虎は養父・謙信譲りの居合の達人、そして知略を誇る男だった。

以前より景虎は、一応は同じ謙信から親子の契を交わした事で結ばれた“兄弟”である景勝に対して一方的な敵愾心を向け、事ある毎に陥れようと様々な企てを働いてきた。

とある戦に出向いた折りには敵の襲撃と偽装して危うく命を狙われた事なんて1度や2度ではない。

そんな野心を隠さぬ性格とその為には手段を選ばない過激な思想が仇となって、かすがを始めとした上杉家の家臣の大半は景勝を後継として推す事となり、やがて景虎の問題ある素行は謙信の耳にも届く事となり、流石に腹に据えかねた謙信は正式な後継を景勝とする事を以前から決心していたという。

実はかすがの入手した情報によると、景虎側もその事実を薄っすらと把握しているようで、万一にも景勝に優位な事が起きれば、すぐにでも行動を起こす準備をしているという噂まであった。

その上で、此度の謙信の隠居と景勝への正式な家督相続…それが公になればあの上杉家随一の野心家である景虎が黙っていない事は確かである。

 

「オレはハナッから上杉家次期当主(おじきの後釜)なんざ、これっぽっちも興味なかったよ。それをあの貉が勝手に対抗意識燃やして、ケンカふっかけてきやがった挙げ句におじきに愛想つかされた。それなのに懲りずにまだ何か企んでるたぁ、どういう了見だよ? ったくつくづく根性のひん曲がった野郎だな」

 

「……まぁ、私も少なくとも景虎(あんな奴)よりお前の方が上杉の家を背負うには十分相応しいと思うぞ。……勿論、謙信様には及ばないがな」

 

「………だから、お前はいつも一言多いんだっての…」

 

ジロリとかすがを睨みつけながらも、景勝は彼女の少し棘の含みながらも温かい励ましを嬉しく思った。

だが、それと同時に自分が上杉の家督を継ぐ事で彼女をはじめとする上杉の家臣や領民達に何か災いが起こるのではないかという一握の不安が拭えなかった…

 

 

 

それから間もなくして…この時抱いていた景勝の不安は最悪な形で現実となってしまう――――

 

 

 

 

数日後…

謙信は春日山城に上杉家の家臣一同を集めて評定を開き、先に景勝とかすがにだけ告げていた自身の隠居と景勝への家督相続の意志を打ち明けた。

当然、家臣団からは戸惑いと懸念の声が上がり、その場は騒然となった。特に上杉軍一番隊隊長(更に言えば一番隊“唯一”の隊員)の“直江兼続”に至っては、滝のような涙を流すわ、やたらと「無敵! 無敵! 無敵!」ばかり叫んで、とうとう「うるさい」と痺れを切らした筆頭家老の命令で評定の場からつまみ出されてしまうくらいだった。

しかし、幸い景勝の将としての才覚は謙信には遠く及ばないとはいえ、一定以上のものである事は大概の家臣達からも認められていた為、最終的に謙信が時間をかけて説き伏せたおかげで渋々ながら納得してくれる事となった。

 

意外だったのは、景勝の家督相続反対の第一人者であった上杉景虎と彼の一派が景勝やかすがの予想に反して、その場では特に大きな反発の声を挙げなかった事だった。

あれだけ、景勝を出し抜いてまでも欲していた上杉家の後継者の座を目の前で正式に景勝に譲る事になったにも関わらず、特に反論する事のなくその宣言を聞き入れた事に景勝、そしてかすがは不穏な気配を感じていた。

 

 

当然、それからしばらくの間、謙信、そしてかすがは景虎派が怪しい動きを見せる事がないか目を光らせていた。

景勝を春日山城に入れ、周辺警護を固める事でその身の安全を確保していた。

しかし、そんなかすが達の警戒とは裏腹に景虎派は特に景勝への攻撃はおろか、挑発的な行動を起こす事もなく、順調に家督継承の行程は進んでいき、謙信は春日山城を出て、正式な隠居先が決まるまでの仮の住居として上杉軍の支城のひとつ 御館(みたて)へと移り、隠居は無事にできると思われた…

 

 

しかし、それから1ヶ月後――――

沈黙を貫いていた景虎派が、突然その密かに研ぎ澄ませてきた牙を剥き出したのだった。

 

 

「景勝様! 大変です! 景虎殿とその一味の者達が大軍を率いて、謙信様の御滞在先の御館を占拠されました!!」

 

 

ある夜、春日山城・本丸の寝所で寝ていた景勝の許にそう火急の知らせを持ってきたのは、謙信直属の軒猿衆の忍の1人だった。

 

「畜生! やっぱり黙って家督を譲る気はなかったのか! 景虎のクソったれ!! それで、おじきは無事か!?」

 

寝所から飛び起き、戦装束に着替え、愛武器の大斧刀『砕鬼丸』を引っ張り出しながら景勝は、伝えにきた忍に尋ねた。

 

 

「今現在、かすが様と遊撃部隊「雪組」…それから“ついでに”直江様が、謙信様を御屋敷の奥の屋に匿い、景虎方の軍勢からお守りいたしております。しかし何分、敵方も相応の兵を揃えている様で、戦況は芳しくないと…とにかく急ぎ救援を……」

 

 

報告を聞くや否や、景勝は大斧刀を肩に担いで、早馬を用立てると、それに跨り、制圧軍の準備が整う前に春日山城の本丸を飛び出していった。

 

馬を走らせながら、景勝は景虎の狡猾さを改めて忌々しく思っていた。

あの評定で謙信に反論しなかったのも、今日まで自分に攻撃や挑発を仕掛けてこなかったのも、全ては水面下で準備を整え、謙信自身に直接反旗を翻す為…

度重なる“義”に背く振る舞いを見かねた謙信からは愛想を尽かされたも同然の景虎にしてみれば、最早、景勝を亡き者にしたところで自分に後継者の座が回ってくる可能性は低い。

ならば、いっその事、完全に継承される前に謙信自身を狙う形で下剋上を果たし、上杉家を掌握しようと考えたというところか…

どこまでも己の野心に執心する景虎に景勝は腸が煮えくり返る想いに駆られた。

 

 

 

春日山城から北東へ数里程麓に降りた先に上杉軍の支城にして政庁のひとつ『御館(みたて)』はあった。

御館の城館の前では、既に景虎が密かに編成していた大軍の兵達が城を取り囲み、城は火に包まれようとしていた。

 

「ハハハ! さしもの“軍神”も、最期は呆気ないものになったな!」

 

「あんな跳ねっ返りの小娘を男に見立ててまで後継にせずに、素直に景虎様をお世継ぎに選んでおけば、こんな惨めな顛末迎えずに済んだのによぉ!」

 

景虎派の兵達は自分達の主君である筈の謙信の事を言いたい放題に毒づいていた。

 

「へへへ…!あとは春日山城を落として、景勝の野郎を討ち取れば、上杉の御家も越後の国も、皆、景虎様のものになる!」

 

「おいおい“野郎”じゃなくて、“(あま)”だろうが。 あんな所詮、漢勝りで色気もねぇ小娘なんざ、軍神の後ろ盾さえなければ捻り潰すなんて容易い…」

 

そう景勝の事を女としてもバカにする兵士達だったが…

 

「ほぉ…随分でけぇ口叩くじゃねぇか……だったら捻り潰してみろよ…?」

 

「あぁっ?……ッ!? お、お前は―――グフェッ!!?」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り向いたその兵士は背後に立っていた人物に驚く間もなく、鈍重な大斧刀で頭を一撃で叩き割られてしまう。

突然の事に、そこにいる者は皆、何が起こったのか、すぐに理解できなかった。

 

「テメェら…よくもおじきに刃向けやがって……全員、ドタマかち割られる覚悟はできてんだろうなっ!!?」

 

そう言って、血の滴る大斧刀を肩に担いだ景勝が、屋敷を取り囲む景虎派の軍勢相手にも少しも怯むことなく鋭い眼光を光らせながら、叫んだ。

 

「か、景勝!? おのれ! のこのこと―――ガバァッ!!?」

 

「雑魚共に用はねぇ!」

 

まさかの人物がたった1人で現れた事に景虎派の兵士達は動揺するが、すぐに声を荒げながら息巻き始めた。

だが、その中で一際大きな怒声を上げようとしていた陣大将も景勝の大斧刀で文字通り鎧甲冑ごと真っ二つに割かれてしまった。

 

「景勝ぅ! 飛んで火に入る夏の虫たぁこの事だな!!」

 

「春日山城まで攻め込む手間が省けたってものだ! 皆の者! こやつの首を我が殿、景虎様に差し出せ!!!」

 

兵士達は次々に刀の鋒や槍の穂先を景勝に向けて構えてくる。しかし…

 

 

「雑魚共に用はねぇっつってんだろうが!!」

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

 

景勝の殺気の籠もった怒声に一喝され、思わず怯んでしまう。

その隙に景勝は青白く光る気のオーラを纏わせた大斧刀を大きく振りかぶると…

 

 

神・氷牙鬼(しん・ひょうがき)!!」

 

技名を唱えながら、大地に突き立てる。

すると突き立てられた大斧刀から前方へ奥義を描くようにして巨大な氷柱が形成され、それは瞬く間に城館の大手門の前を制圧していた兵士達の許まで広がっていった。

 

「ぎゃあぁっ!!?」

 

「ぐわぁぁぁぁっ!!?」

 

「ぎえっっっ!!?」

 

その途中にいた景虎派の兵士達が次々と串刺しになって絶命していく。

そんな中を、景勝は再び馬に跨ると、大斧刀で形成されたばかりの氷柱の森を薙ぎ払いながら城館へと向かっていく。

 

「死にたくなけりゃとっととどきやがれ!!この不義理者共がああああぁぁぁぁ!!!!」

 

城館の周囲を固めていた兵の数は少なく見積もっても5000人は超えている筈だった。

だが、景勝はそれをあっという間に掻い潜って、御館の城館へと乗り込む事に成功したのだった……

 

 

 

 

立ちふさがる景虎派の軍勢を蹴散らしながら、景勝が御館の城館の敷地内に乗り込んだ時には既に謙信達が立てこもっていた本丸の御殿はもうもうたる炎に包まれていた。

 

燃え上がる本丸の前では謙信をどうにか守ろうと奮闘した直属の戦闘部隊『雪組』の面々が這々の体で膝を付き、彼らの前で手傷を負った謙信とかすがが疲労困憊の身体に鞭を打ちながらも、凛とした態度を崩さない様に佇んでいた。

ちなみに一行から少し離れた場所にある木には上杉軍一番隊隊長(更に言えば―――※以下略)直江兼続が、下半身だけ露出させる形で身体が刺さり、気絶していた。

彼はこの戦闘が始まって早々に「俺は無敵の主人公! 一年かけて名を上げた! 上杉一番隊・直江兼続! 貴様ら謀反人風情に負けてたまる―――」と啖呵を切りながら向かって行っていく最中に景虎方の“足軽”1人に一撃で吹き飛ばされ、「無敵なのにやられたぁぁぁぁぁぁぁ!!」と意味不明な断末魔を叫びながら木に突き刺さったのだった…

 

 

「誠に残念です謙信様……私も本当はこんな事などしたくなかったのに……貴方が跡継ぎを景勝になんて選んだばかりに、“軍神”の最期がこんな幕引きになるとはね……」

 

「……………」

 

「………おのれ、景虎…!」

 

謙信、かすがは燃え盛る御殿の炎が照りつける熱を背に浴びながら、目の前に対峙する男を睨みつけた。

そんな2人の鋭い眼光に対し、男…この乱の首謀者 上杉景虎は、それを悠然とそれを眺めて笑みを浮かべていた。

 

「……おまえがかげかつ(景勝)をだしぬき、うえすぎのこうけい(後継)をねらっていたことは、かすがのしらべですでにはあく(把握)していました。しかし…かりにもわたくしをおしえをうけていたおまえが…まさか、かの“しにがみ(明智光秀)”とおなじてをつかうとは……」

 

「勿論、私も最初は謀反を起こす気などありませんでした。邪魔な景勝さえいなくなれば、自ずと謙信様も私を後継とお認めになると…しかし…そこのくノ一が余計な探りを入れた上に、景勝も下手に抵抗してくれたおかげで事は思うようにいかず…挙げ句にあの評定で貴方様からはっきりと宣言されてしまえば、もう私が後継の座を得られる望みは潰えてしまった…」

 

「…だから、うえすぎを“ひきつぐ(引き継ぐ)”のではなく、“うばう(奪う)”ことをえらんだと? おろかなまねを……」

 

謙信は落ち着いた口調を崩さないまま景虎を睨みつけた。

だが、謙信の言葉を聞き、景虎は更に嘲るように言い放った。

 

「越後の未来は…この景虎めにお任せ下さい。貴方は安心して、先に賽の河原に出向き、生涯の宿敵を待っているといい。ご安心を。武田信玄(甲斐の虎)もどうせそのうちにぽっくりと謙信様の後を追いかける事でしょう。…そうでなくとも…この景虎めが武田の御家諸共、屠ってやりますがね」

 

「ッ!? おのれ、ふざけた事を――――!!」

 

景虎の不遜な物言いに腹を立て、踏み出そうとしたかすがを片手で制しながら、謙信は眉一つ動かさずに毅然と言い返した。

 

「おまえごとき、こもの(小物)に“かいのとら”も“たけだ”もたおすことなどできません」

 

謙信の口調は相変わらず冷静そのものだが、その物言いの端々からは奮然とした義憤の感情が感じられた。

 

「…ましてや、おまえにえちご(越後)のあすも、うえすぎ(上杉)のみらいも…たくせるはずがない。…おまえはこよい…この“みたて”のちにはてるのです。かげとら」

 

謙信の予言めいた言葉に景虎は目を丸くしたが、すぐにフッと気障な笑みを浮かべた。

 

「おやおや、天下の“上杉謙信”ともあろう御人がこの期に及んで負け惜しみですか? “軍神”の偉名も堕ちたものですね」

 

「貴様! その減らず口を閉じろ!! 上杉景虎ぁぁ!!!」

 

とうとう我慢できなくなったかすががくないを構えながら、景虎に向かって飛びかかった。

 

 

「丁度いい…まずは貴方から死んでもらうとしますか。“軍神の剣”……以前から景勝共々、貴方の事も忌まわしく思っていましたからね。…お前達、女とて容赦はするな。斬って捨てろ」

 

景虎が冷酷な号令と共に手をかざして、合図を出すと、後ろに控えていた配下の兵士達が「おう」と応じ、一斉に刀や槍を構えて襲いかかった。

その数は、およそ30人程。

 

いくらかすがが腕の立つ忍といえども、相手は胴巻と具足で完全武装した陣大将クラスの兵卒が30人。しかも、全員槍や太刀で武装しているのに対し、かすがの得物は指の間に挟むようにして掴んだ8本の苦無…一見すればかすがが圧倒的に不利に見える状況であったが…

 

「うぎゃ!?」

 

「ぐえっ!?」

 

真っ先にかすがの胸を突こうと長槍を繰り出していた兵が2人。突然、短い呻き声を残して、その場に崩れ倒れた。

見ると、骸と化した2人の眉間には苦難が突き刺さっていた。

 

かすがは倒れた2人の間を飛び越えながら、両手をサッと振りかぶる。

すると今度は、扇の陣形をとって彼女に襲いかかろうとしていた兵が6人。短い悲鳴を残しながら絶命した。

 

すると、かすがは倒れた兵の1人の背に手をかけ、そのまま片手だけで体重を支えながら立ってみせると、両足を大きく広げてみせ、そのまま全身を捻る形で回し蹴りを放つ。

その大胆な動作に思わず見惚れそうになった10人以上の兵達を巻き起こった旋風で吹き飛ばした。

思わぬ奮闘ぶりに戸惑う兵達に向かって、かすがはその細身な身体で踊り込んでいく。

兵達が繰り出す槍を苦無で一刀両断し、苦無に繋いだ目にも捉えぬ程に細い銅線(ワイヤー)を兵達の首に巻きつけ、瞬時に3、4纏めて縊り殺し、槍の刺突よりも鋭い蹴りを胸に打ち込み、そのショックで心臓の動きを止める。

見た目は華蓮な女性でも、かすがののくノ一としての殺人技の技量はまさに本物である。

いくら謙信の側近といえども所詮は一介のくノ一…恐れるに足らぬと軽視していた景虎派の兵達に、その実力の高さを驚く暇も与えずに次々に屠っていった。

そんな中、景虎だけはかすがの実力を軽視する事なく、冷徹な面持ちを崩さずに腰に下げていた名刀『越冬水鳥』に手をかけた。これは以前、養子の契を交わした折りに謙信から愛刀のひとつを贈呈されたものであった。

 

「…ッ!? かすが!!」

 

「ッ!!?」

 

背後から戦いを見守っていた謙信が珍しく動揺を隠しきれない声質で叫んだ。

敬愛する主の叫びの意味を介したかすがは反射的に八本の苦無を構えた手を頭の後ろに回すようにして守りの構えをとる。

刹那、かすがの構えた苦無は、疾風の如き速さで接近してきた景虎の迅速の如き一太刀を受け止めていた。

 

「フッ……流石は謙信様から側近に認められるだけの事はある…だが…」

 

景虎が太刀を振り下ろしたまま、口の端を歪に釣り上げつつ、片手をサッと上げて合図を出した。

 

すると背後に控えていた景虎派の手勢達は手にしていた槍を放棄し、代わりに背中に背負っていた火縄銃を取り出して、銃口をかすが目掛けて構えた。

 

「…いくら忍であろうとも、これだけの飛び道具を前にすれば、そんな事も関係なくなるでしょうがね…」

 

景虎は既に首をとったかの如く余裕でほくそ笑んでいた。

一方、かすがは表情一つ変えずにいた。

 

「…コイツらは…上杉軍の兵士ではないな…」

 

かすがは景虎を睨みながら、呟くように言った。

 

「やはり貴様1人でこれだけ大胆に謙信様に歯向かう事などできないとは見ていたが…一体、どこの馬の骨ともしれぬ奴らの手を借りたのだ?」

 

「…これから死ぬ者にそんな事を話したところで無駄な事ですが…強いて言えば、さる“御方”から、私が上杉家の当主になった暁に『手を結ぶ』事を条件として、この下剋上の為の戦力を貸していただいた…っとだけ言っておきましょうか?」

 

「……散々、大口を叩きながら結局は他力の助力ありきか?」

 

「…策を弄する上で“人脈”はとても重要な事なのですよ?」

 

景虎は冷酷な笑みを浮かべながら、平然と返した。

そしてかすがの苦無を受け止めたまま、ゆっくりと彼女の背中を鉄砲隊に見せるように向きを換えた。

 

「……おのれ! かげとら!!」

 

とうとう謙信が腰に下げていた長刀に手をかけ、居合の構えをとると、即座に反応した鉄砲隊が謙信に向かって、銃口を向ける。

次の瞬間、謙信の姿が忽然と消えた。

 

「きっ…消えた!?」

 

「どこだっ!?」

 

「どこに行きやがった!」

 

何が起こったか分からず、鉄砲隊は銃を構えたまま立ち尽くす。

 

ヒュンッ!

 

すると彼らのすぐ目の前に謙信が現れる、先程と違うのは、右手には抜き身の長刀が握られていた事であった。

 

「……」

 

謙信は沈黙したままスッと長刀を納刀する。

 

「なっ…なんだ…?」

 

「……おいきなさい…」 

 

キンッ!

 

謙信の氷のように冷たい一言と共に長刀の鍔と鞘が打ち合う音が響く。

それに合わせるように鉄砲隊は全員血しぶきを上げながら、その場に崩れ落ちた。

一瞬で絶命した彼らには、自分達が斬られた事さえも気づく暇も与えなかった。

 

「……つぎはおまえです。かげとら……」

 

謙信はそう言いながら、もう一度長刀に手をかけようとした。

これで、景虎の運命は決まった。

かすがの胸中に一握の希望の光が灯ろうとしたその時…誰かが謙信の背後に立っているのが見えた。

一瞬、今の謙信の一閃を免れた運の良い鉄砲隊の兵士がいたのかと思ったが、そこにいたのは今しがたまでその場にいた覚えのない男だった。

古びた編笠を目深に被り、薄紫を基調にした戦装束を着ている。雪国である越後の国で活動するにしては薄着といえるその格好から、恐らくはこの男も景虎派の上杉兵ではない事が伺いしれる。

他の兵士達と違い、穂先が三日月型の刃になった長槍を手に持ち、謙信の首に刃を引っ掛けるようにして突きつけていた。

 

「ケッケケケッ。大事な“美しき剣”に筒先が向けられりゃあ、軍神は動く…テメェの読み通りだったなぁ。景虎さんよぉ」

 

謙信の後ろで男の顔を覆い隠した編笠越しに陰気な声で嘲笑する声が聞こえてきた。

謙信は動じる事なく背後にいる男を一瞥した…

 

「そなたは……!? なぜ、そなたがかげとら(景虎)の手勢に…? もしや…かげとらに、ちからをかしたという“さるおかた(御方)”とは……!?」

 

謙信がなにかを察したように呟くがそれを口に出す前に男は三日月型の穂先の刃を謙信の首元にさらに近づけて制止した。

 

「謙信様!!」

 

かすがは悲痛な声を上げながら、辺りを見渡した。

何か使えるものはないか? 見ると傍らには謙信に一太刀で斬り伏せられた鉄砲兵達が持っていた火縄銃が落ちている。

しかも…まだ火縄の種火も消えていない。

 

「――――ッ!?」

 

一瞬の隙を突き、かすがは景虎の鳩尾に強烈な肘鉄を打ち込んだ。

景虎の身体が僅かに前のめりに身体を折った隙に、地の上を側転し、地に落ちていた火縄銃を拾い上げると、それを謙信の首に突きつけていた三日月槍の穂先を狙って撃ち抜いた。

銃声、そして風を切る音と共に共に謙信の首元にかかっていた槍の柄を一発の弾丸が貫通し、柄をへし折った。

 

「なっ!? にぃっ!?―――ごぶぅっ!?」

 

男が驚きの声を上げた隙をついて謙信は鞘に収まったままの長刀の柄の石突で男の顎を突き上げる。

それを確認したかすがは安堵の笑顔を浮かべ、謙信もかすがの顔を見て優しい笑みを浮かべた。

次の瞬間―――

 

 

ズドンッ!!!

 

 

再び、この場に一発の銃声が響いた。

 

 

「えっ?」

 

 

かすがは不意に自分の脇腹の辺りに冷たくなるのを感じた。

不意に片手でその箇所を触れると、ぬるぬるした赤い液体でべっとりと濡れていた。

 

「…こ……れ…は………?」

 

口を開くと、腹の底からこみ上げてきた(赤い液体)がたらりと口から垂れ流れる。

 

「あ……あぁっ………!?」

 

かすがは謙信の方に目を向けると、驚いて目を見開きながらこちらを見ていた。

まるで、この世の終わりを目の当たりにしたかのような、信じられないと言わんばかりに動揺の色が浮かんでいた。

かすがでさえも過去に1度か2度しか見た事のないような表情だった。

 

「くくく…貴方の事だから、謙信様を助ける為に手段を選ばないと思いましたよ。だから、敢えて鉄砲隊を私達の目と鼻の先に控えさせていたのです…」

 

背後から聞こえてきた景虎の勝ち誇ったような声に、謙信、そしてかすがが振り返る。

特に謙信の眼光は鋭く、常人相手であれば、その眼力だけで的を凍てつかせて殺す事さえできそうな勢いだった。

 

だが、そんな謙信の睨みを前にも、やはり景虎は動じていなかった。

そして彼の片手には愛用の太刀ともうひとつ、銃口から硝煙の上がった一挺の短筒*2が握られていた。上下二連元込め式。

日ノ本に出回っている一般的な火縄銃よりも装填時間が短く、何より二発だけであるが連続で射撃できるこの時代の技術力からすればからに先端的といえる技術を用いた代物である。

当然、こんな相当な品は日ノ本でもまだ数える程しか出回っていない。確かな在り処は紀州・雑賀荘(さいかしょう)を拠点とするである傭兵集団『雑賀衆』か、その雑賀衆と契約を結んだ国の一部の者が見様見真似で模造した粗悪な品ぐらいだ。

 

そんな代物を景虎が手にしていた事にかすがは驚きを隠せなかった。

 

「おちるとこまで、おちたようですね…かげとら……おのれのよくのために、ぶし(武士)としての()さえもすてましたか…!!」

 

「フッ…“義”や“情”を尊んでばかりではこの国では名を上げるどころか、生きる事さえできないのですよ。謙信様…勝つ事こそが全て……それがこの戦国の世の(ことわり)です」

 

そう景虎は前に開き直るように言い放った。

 

「だ…黙れ…この卑劣な痴れ者風情が……」

 

かすがが、血の流れ出る脇腹を抱えつつ、片手で苦無を4本構えながら景虎を睨みつけた。

だが、これ以上の戦闘は不可能である事は一目瞭然だった。

 

「さて…では今度こそ年貢の納め時です。謙信様……」

 

拳銃を構えたまま、ゆっくりと近付いて来る景虎に、謙信はかすがの体を抱えながら片手で長刀を構える。

 

「貴方も意外に往生際の悪いですな。 しかし、それほどまでにそのくのいちと殉ずる事がお望みならば…この景虎。貴方の望み通りにさせてあげましょうか」

 

歪な笑みを浮かべつつ、景虎は短筒の銃口を謙信の脳天を目掛けて構える。

 

「謙信様…!? 私に構わず、どうかお逃げを……」

 

「ておいのそなたひとりをみすて、わたくしだけにげるつもりはありません…かすが…()ならばもろとも(諸共)です……」

 

謙信は毅然とした物腰で言ってのけながら、景虎の突きつけてくる銃口を怯まずに見据えた。

謙信の不動な精神を前に、景虎は不愉快げな眼差しを返しながら首を横に振った。

 

「最後まで追い詰め甲斐のない御方だ……まったく、素直に私に家督を譲ってさえいれば……貴方だけでなく、そのくのいちもこんな無様な死に様を晒さなかったものを…」

 

残念そうに息を吐き、景虎は短筒の引き金に指をかける。

 

「ではこれで本当にお別れです…今までお世話になりました。謙信様…否、上杉謙信……」

 

かすがは、この万事休すな時に謙信を守る事のできない自分の不甲斐なさと、景虎の思うがままにされる悔しさに唇を噛みしめた。

 

「死ね!」

 

景虎が短筒の引き金を引こうとした。その時だった―――

 

 

「景虎ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 

突然その場に怒声が響き、それと共にどこからか飛んできた灯籠が景虎目掛けて飛来してきた。

驚く暇もなく景虎は後ろへ飛び退くが、その拍子に手にしていた短筒を取り落してしまった。

そして、彼が今しがた立っていた場所に灯籠が激突し、粉々に粉砕された。

景虎…そしてかすが、謙信の視線が灯籠の飛んできた方向へと向けられる。

 

「かげかつ……ッ!!」

 

そこには大斧刀を足元に突き立て、投擲の構えをとった景勝の姿があった。

 

「やはり来ましたか…貴方の事だから、私が動けば義憤に駆られて、手勢も纏めずにやってくるとは見ていましたが…館を取り囲んでいた兵達をここまで早くけちらしてしまうとはね。やはり、その猪突猛進な肝っ玉だけは認めて上げるべきでしょうか…」

 

そう皮肉を込めながら言い放つ景虎に対し、景勝は歩を進めながら、謙信…そしてかすがの怪我を見据えると、第一声を放つ。

 

「景虎…テメェ…おじきを嵌めるだけにいざ知らず、かすがにまで手をかけたのか?……このゲス野郎が!!!」

 

景勝が地面を蹴ると、大斧刀を振りかぶり、渾身の兜割りを景虎の脳天に仕掛ける。

しかし、景虎は落ち着いた様子で太刀を繰り出し、景勝の振り下ろした大斧刀を受け止めてしまった。豪剣の使い手である景勝に対し、景虎は謙信には及ばずとも周囲から『神業』と評されるだけの抜刀術の使い手である。腕力と体力の強さでは景勝が上回っていたが、剣技の高さに関しては景虎の方が勝っていた。

 

「上杉の“義”に背いてまでも、テメェは越後を自分の物にしてぇのかよ? そんなやり方、織田信長(魔王のオヤジ)となんら変わらねぇって事がわからねぇか? だとすりゃ、テメェも思ったほど賢くはなかったって事だな!」

 

鍔迫り合う中、景勝は景虎を糾弾するように言い放った。

 

「『勝てば官軍』…それが戦の本分ですよ。戦における矜持や作法などは勝者が定める権利にある…長き戦史の間でそう繰り返してきたように…そして…私が新たな上杉の戦の矜持を定める事となるのです!」

 

「生憎、上杉にテメェの教えなど生かす場所なんざねぇ!! そもそもテメェにはもう上杉に腰を据える資格もねぇんだよ!!」

 

その叫びと共に景勝は大斧刀をもう一度振り下ろした。

景虎はバックステップでそれを避けると、即座に太刀を抜刀し、目にも留まらぬ速さの上段斬りの居合を放ってきた。

景勝は振り下ろしていた大斧刀を縦向きに起こすようにして守りの構えをとり、これを防御する。

甲高い金属音がその場に打ち鳴らされた。

 

「景か…否、若様ッ! 密儀(みつぎ) 落星(おちぼし)!!」

 

その時、 突然飛来した苦無が景虎の身体の周りを回るように走り、同時に景虎の両足に細い糸のようなものが巻き付いて彼の動きを止めた。

 

「何っ!?」

 

景虎が初めて驚愕し振り向くと、そこには謙信に抱えられたまま、ワイヤーの付いた苦無を放ち、それをしっかりと握りしめたかすがの姿があった。

一瞬の出来事に、景勝や謙信ですら呆気にとられてしまっている。

 

「私も…まだ…終わっていない……謙信様に仇なす…不埒者を誅伐するまでは……!」

 

口から少量の血を吐きながら話すかすがを謙信は抱えたまま制止する。

 

「おやめなさいかすが! これいじょう、むりをしてはあなたのからだが……」

 

「謙信様と……謙信様の愛したこの国を守る為なら…かすがは…この命…惜しむつもりはありません……」

 

「おのれ…どこまでも忌々しい、くのいち風情がぁぁ!」

 

かすがの行動は景虎の逆鱗に触れたのか、景虎は懐から新たな短筒を取り出し、それをかすがの腹に目掛けて構えると躊躇なく引き金を引いた。

 

 

 

ズドンッ!!

 

 

 

2発目の弾丸がかすがの腹部を貫通する。

 

「かすが!!」

 

力無く崩れるかすがの体を謙信が抱き抱える、かすがは口から血を流したまま、ぐったりとしていた。

 

「フハハハハ! これで今度こそ死んだようだ―――グギャッ!!?」

 

景虎の笑いは最後まで聞こえなかった。

その前に景勝の全身全霊の籠もった大斧刀の一撃が景虎の胸部にフルスイングで打ち込まれたからだった。

 

砕氷閃(さいひょうせん)!!!」

 

景勝の技名の叫びと共に文字通り打ち放たれた景虎の身体が木の葉のように宙を舞い、背後にあった屋敷の壁に叩きつけられ、そのまま壁を粉々に粉砕しながら屋敷に突っ込んで、そのまま屋敷を一棟、轟音と共に倒壊させてしまった。

砂埃を上げながら、崩れ落ちる屋敷を睨みながら、景勝は吐き捨てるように言い放った。

 

「テメェがな…景虎……」

 

景勝はすぐさま、謙信にひしと抱きとめられているかすがの許に駆け寄った。

 

「かすが! おい、かすが! しっかりしろよ!」

 

「きをたしかにおもちなさい! わたくしの“うつくしきつるぎ”!」

 

声をかける景勝、そして謙信の目を、虚ろ気な目で懸命に見つめながら、

 

「謙信様…若様…私はどうやら…ここまでのようです……」

 

少しずつ息を荒くしながら、血の流れ出る鳩尾を押さえ、かすがは声を絞り出す。

 

「貴方様の治める天下を見届ける事ができない事だけは、心残りです……ですが、決してこの身が滅びようとも…私の魂は謙信様と共に……若様…どうか、謙信様と上杉の御家を……」

 

「何弱気な事言ってんだよ…いつもオレに言ってたじゃねぇか…『愛する謙信様より先に死ぬなど絶対にありえない』って……」

 

「…………お前って奴は……こんな時に…謙信様の前でそんな事言うやつが……ある……か……」

 

かすがは、最後の力を振り絞るように景勝と2人きりの時にしか見せてこなかった悪態をつきながら笑ってみせると、そのまま愛する謙信の手の中でぐったりとなった。

 

「おっ…おい! かすが!? 嘘だろ!? 返事しろよ! またいつもみたいに、口喧嘩ふっかけてこいよ!? なぁっ! かすが!?」

 

顔面蒼白になり、目に涙を浮かべながら半狂乱で呼びかける景勝に対し、謙信は落ち着いた物腰を必死で保ちながら、かすがの手の脈をとる。

 

「わずかですが、みゃく()はあります……ですが、このままではほんとうに…」

 

「ッ!? だったら早く春日山城へ連れて行って、御殿医*3に診せようぜ!!」

 

景勝がそう言って、立ち上がったその時―――

御館の城館を囲む堀の向こうから、無数の鬨や怒号と共に爆発音が聞こえた。

 

「んなっ!? 今度は何だよ!?」

 

戸惑う景勝の耳に、背後から力の抜けた含み笑いが聞こえてきた。

 

「フフフ…どうやら…私の手勢が動いたようですね………」

 

景勝が振り返ると、倒壊した屋敷の残骸から這々の体で出てきた景虎が地を這いずりながら、こちらに近づいてきていた。

頭や口からは血を流しながらも、その顔には何故か敵の首を取ったかのような嘲りの笑みが浮かんでいた。

 

「景虎…テメェ、まだくたばってなかったのか……」

 

景勝が怒りを含んだ目で睨みながら吐き捨てるように呟く。

 

「まもなくここに…私の手勢達が一斉に押し寄せる……どのみち、貴方達は2人共ここから逃れられる事はできませんよ…謙信様……景勝……」

 

傍らで、謙信は意識を手放したかすがの身体をそっと地面に下ろすと、静かに景虎に歩み寄った。

 

「……たとえ、わたくしがここでうたれようとも………おまえごときに、このうえすぎのおいえをわたさせはしません…かげとら……」

 

長刀を腰から抜き、景虎の首に当てながら、冷たく言い放つ謙信だったが、景虎は……

 

「フッ……フフフフ……」

 

その表情に浮かんでいたのは、何故か謙信を嘲るような笑みだった。

 

「えぇ…わかっていますよ…ここで死ぬのは無念ですが………それでも私は……元よりただで果てるつもりは、ありませんでした……今宵、終わるのは私だけではない……貴方様も…景勝も……そして上杉軍も……」

 

「……どういう意味だ!?」

 

景勝も大斧刀を突きつけながら、景虎を尋問する。

景虎は座り込むと、手品の種を明かすような口ぶりで話し始めた。

 

「さる“御方”の協力を得て編成した我が手勢…それはこの御館の地にいる軍だけではありません……越後の国全体に我が同士達を多数分散して潜ませていたのです…私が行動を起こすのを合図に一斉に行動を起こさせる為に……」

 

「まさか…!? おまえは、はじめからわがうえすぎけ(上杉家)をつぶすために…!?」

 

「…それがさる“御方”が力を貸していただける条件でしたからね…古い考えに囚われる上杉軍を一度潰し、私を大将に一から作り直す……古来からの古い考えに囚われる名門武家が新たな世にぶつかりし時…どうなるかは既に“武田”の現状を見ればお判りでしょうに……」

 

「…だから、おじきが今まで築いたものを全部ぶっ潰そうってのかよ? この下衆野郎が……ッ!?」

 

景勝が怒りに任せて大斧刀を振り上げたが、その前に景虎は懐から三挺目となる短筒を取り出して、景勝を制止した。

 

「フ……フフフフフッ…クハ…クハハハハハハッ」

 

景虎の理性を残していた含み笑いが徐々に狂気的なものへと豹変していく。

 

「………残念だったなぁ…景勝………せっかく、上杉の家督を継いだってのに……テメェが受け継いだ“栄光”は……まもなく“汚名”に変わる事となろうよ……上杉の御家を潰した“暗君”としてな…!」

 

「なに…?」

 

景虎の口から、慇懃無礼な言葉遣いが消え、内に潜めていた狂気を発散するかのように景勝と謙信に向かって銃口を向けながら、呪うかのように吐き捨てていく。

 

「……全ては動き始めているんだよ……俺が付けたこの“火種”が越後の国を戦乱の渦中に叩き落とす……国は荒れ、武田のように他国に足元を掬われ、落ちぶれ果てた末に、新たな時代の端に追いやられて消え果てる…」

 

景虎はまるで預言者のような確信に満ちた饒舌で語り続ける。

 

「そうして皆が言うのさ……『やはり、上杉景勝は“軍神”の跡取りの器でなかった。そんな腑抜けに家督を譲った軍神も、最後の最後にヘマをやらかした』と……」

 

「…………」

 

「………これから面白い事になる。最高の芝居が始まるんだよ! 景勝! そして上杉にとって“破滅”という名の最高の芝居がな!」

 

とうとう、我慢の限界がきた謙信が景虎の首に目掛けて神速の居合を放とうとしたが、その前に景虎は景勝達に向けていた短銃を自分の眉間に突き当てた。

 

 

「……テメェらの苦しみ足掻く姿……地獄の特等席から、じっくり見届けさせてもらうからな……景勝……謙信様……ッ!!?」

 

 

「お、おい待てよ――――ッ!?」

 

 

ズドンッ!!

 

 

景勝が制止する間もなく、景虎は躊躇う事なく短筒の引き金を引き、自らその頭部をふっ飛ばして、命を絶った。

 

「……くそったれが!!」

 

景勝は悔しさの捌け口を探すように、近くにあった灯籠に向かって大斧刀をフルスイングし、粉々に粉砕した。

一方謙信は、糸の切れた人形のように、力無く倒れ込んだ景虎の骸を只々見下ろしていた。

 

「………どこまでもおろかで…そして、あわれなおとこです…」

 

その氷のように冷静な声からは、謙信がどんな感情を抱いていたのか、景勝には伺う事ができなかった。

 

 

「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

 

そこへ、先程よりもこちらに近づいてきた鬨や怒号、そして足音が2人の耳に入る。

景虎の言ったとおり、屋敷に突入してきた景虎軍の軍勢がこちらに迫ってきた様子だった。

 

「畜生! 逆賊共が! こうなったら、全員纏めてオレが叩き潰して――――」

 

景勝が大斧刀を肩に担いで戦闘態勢をとろうとした時、謙信が突然、その手を掴み、止めた。

 

「お、おじき!?」

 

景勝が戸惑うのを他所に、謙信は横になっているかすがを見据えると、すっと長刀を鞘から抜刀した。

鋒から白い冷気が走り、水色に光り輝いた長刀を構えると…

 

しんじん(神陣)!」

 

鮮やかな横薙ぎの一刀目でかすがの身体を巨大な氷塊に覆い隠し、さらに二刀目で氷塊を細かく裁断した。

するとかすがの身体は見事な花細工の装飾の施された氷の棺のようなものにコーティングされた。

 

「お…おじき…これって……?」

 

「わが、“うつくしきつるぎ”…そなたをここではてさせるわけにはいきません……このこおりのなかにおけば、いのちばかりはつなぎとめられるでしょう……」

 

氷でコーティングされたかすがを愛しく、されど悲しそうな微笑を浮かべ愛でてから、謙信は景勝の方を向き、改めて毅然とした表情に戻った。

 

「かげかつ…そなたはかすがとなおえ(直江)やみなをつれて、やかたのうらてからだっしゅつし、すぐにかすがやまへもどり、かすがをあんぜんなばしょにおき、そしてえちごのくににはびこるかげとらがた(景虎方)とうばつ(討伐)しき(指揮)をとりなさい」

 

「ッ!? お…おじきはどうすんだよ?」

 

「わたくしは……ここでそなたたちが、ぶじににげおおせるまで、かげとらがたのへいを、あしどめ(足止め)しましょう」

 

自ら殿を務める事を断言した謙信に、景勝の顔に動揺の色が浮かんだ。

 

「さあ、はやくおいきなさい。まもなく、ここにたいぐんがおしよせるでしょう」

 

「ば、バカな事言うなよおじき! おじき1人置いて逃げるなんてできるわけねぇだろうが! 戦うならオレも一緒に――――」

 

「なりません!」

 

謙信の一喝がその場に響く。

 

「いまの“うえすぎ”のたいしょうは、そなたです。かげかつ……そなたをうしなえば、それこそえちご(越後)のくにや、うえすぎのおいえ(御家)にあすはなくなるでしょう……これは、いんきょ(隠居)となったわたくしめの、さいごのつとめです」

 

「おじき……」

 

謙信はゆっくりと敵の迫りくる方向へ歩を進めながら、景勝の方を振り返り、再び悲しげな微笑を浮かべた。

 

「……あんずることはありません…わたくしはかならず、いつかまいもどります。わたくしのこのてで“うつくしきつるぎ”をめざめさせるために…それまでのことは…たのみましたよ。かげかつ…」

 

そう言って謙信は長刀を抜刀し、一閃すると、景勝達と謙信の間に巨大な氷の壁が形成された。

景勝が無理矢理でも後を追ってこれないようにするための敵が万が一ここに押し寄せても、景勝達を追撃できないようにする為であろう。

 

「おじき!…おい、待てよ! おじき!!」

 

「おじきぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」と叫ぶ景勝の制止の声に答える事無く、謙信は迫りくる敵に目掛けて、俊足で駆け出して行った…

それが、景勝が見た謙信の最後の姿となった……

 

 

 

 

謙信が決死の想いで殿を務めたおかげで、景勝はどうにか生き残っていた直江兼続以下、数人の兵士と共に氷の箱の中で仮死状態のまま冬眠したかすがを連れて、御館の城館から脱出し、春日山城へと帰還した。

 

城に戻った景勝は各地に放っていた軒猿から、越後各地で景虎派の兵が蜂起し、越後は混乱状態に陥っている事を聞かされた。

景虎が言い残した言葉は決して、ハッタリなどではなかったのだ。

 

景勝はどうにかこの戦乱を鎮めようと奔走する中、一先ずは編成した討伐軍を率いて、御館へと引き返し、未だ城館を占拠していた景虎軍を撃滅する事に成功した。

投降した景虎軍の兵士の証言から、城館を制圧しようとした景虎軍の前に謙信が1人立ちはだかり、文字通り“軍神”の二つ名に相応しい奮戦ぶりを見せた事まではわかったものの、肝心の謙信の死体はどこからも見つからず、さらに言えば、謙信の最期をはっきり見た者さえもいなかった。

貴重な証言を述べたその兵士も途中で謙信の放った居合で片手を斬り落とされ、その痛みのあまり失神していた間に、戦いは終わっており、辺りは景虎軍の死体だらけで謙信の姿は何処にもなかったというのだった。

 

その為、上杉軍の大半は謙信がまだ生きているという望みを抱く者も少なくなかったものの、謙信の生死がわからないという事実に変わりにはない。

“軍神”という大きな柵がなくなった今の上杉を倒すのは容易であると見くびった景虎軍の士気は予想以上に高く、御館から始まった戦乱は瞬く間に越後国(えちごのくに)全土を巻き込む戦乱へと発展してしまった

 

景虎が死に際に放った嘲りの予言の通りに…

 

勿論、景勝も必死に混乱する上杉軍を指揮して戦った。

しかし、やはり“軍神”の高名を持つ義親・謙信には及ばず、上杉軍は各地で苦戦を強いられ、更にこの混乱に乗じ、今まで謙信を畏れていた周辺の地方領主までもが上杉領への進軍を開始。

上杉は未だ嘗て無い窮地に追い詰められようとした。

 

そんなある日…上杉家の重臣の1人が血相を変えながら、衝撃的な報告を持ち込んできた。

 

 

「景勝様!! 城の表に使者が参っておりまする!」

 

「使者? こんな時に一体どこからだよ!?」

 

重臣がその使者から受け取ったという書状を煩わしく受け取った景勝だったが、そこに記されていた家紋を見た途端、顔がみるみる険しくなる。

 

「コイツは…『五七の桐』…ッ!?まさか…ッ!!?」

 

それは今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで日ノ本の天下を掌握しつつあった『豊臣軍』の筆頭参謀 竹中半兵衛からの書状であった。

 

その内容は要約するとこう書かれていた……

 

 

越後上杉家で起きた御家騒動をきっかけとした内戦は『御館の乱』という名で豊臣を始め、日ノ本の諸国にまで既にこの名は広がっている。

 

豊臣としても、上杉は先代当主 謙信公の代からしのぎを削り合ってきた仲であり、その好としてここに忠告をしたい。

 

今は、行動を起こしているのは越後周辺の弱小領主だけだが、他の強大な大名諸国も上杉を攻撃する手立てを考えているとも言えなくはない。

実際、豊臣が把握した情報では徳川が、同じく弱体化しつつある武田と共に上杉を一気に取り込もうと模索しているという話も聞き及んでいる。

 

しかし、上杉家は謙信公をはじめ多くの著名な先代達によって古より成り立ってきた日ノ本有数の名家…このまま滅亡の道を落ちるのは、豊臣としても憐憫を抱く想いである。

 

そこで、上杉の御家を救う為に我々から一つ提案がある。

 

 

 

 

上杉景勝君――――

君に豊臣の一員になってもらいたい…

 

 

 

 

豊臣の竹中半兵衛が提示してきた“提案”…それは上杉が豊臣と同盟を結び、景勝に豊臣の幹部となってもらう事を条件に、同時に乱鎮圧、そして上杉領内の立て直しの助力を与えるという事だった。

そして、文面の最後には「同盟が締結できた暁にはすぐにでも反乱軍を鎮圧できる為に越後国境近くに援軍を待機させている。尤も、巧妙に逸る一団であるから、返答によっては勝手に行動を起こして反乱軍に加勢…なんて事もあるから注意してくれ」とまで書かれていた。

当然ながら、この半兵衛からの書状に上杉軍の重臣達は憤怒した。

 

「おのれ、豊臣! おのれ、竹中半兵衛!! ふざけおって! これの何が“同盟”だ!!」

 

「綺麗事で取り繕ってはいるが、つまりは上杉(われわれ)を豊臣の傘下に組み込もうという腹ではないか!!」

 

「若! こんな馬鹿げた話、すぐにでも断りの返事を出しましょう!!」

 

義憤に駆られた重臣達は口々に叫ぶ。だが、景勝はすぐに決断を出せなかった。

確かに重臣達の言う通り、これが“同盟”という名を騙った“降伏”勧告である事は重々理解している。

しかし、もしもこの話を蹴ったところで、自分にこの戦乱を鎮めるだけの力があるのか…?

否、あればそもそもここまで上杉家は追い詰められた状況に陥ってはいない筈である。

謙信という大きな看板、そしてかすがという大きな縁の下の大黒柱がいなくなり、自らが後を継いだ今の上杉にこの混乱を乗り越える力は残っていなければ、それをまとめるだけの器が自分にはない事は景勝自身も理解していた。

そして、書状の最後の文面から、もし自分が同盟を断る返答をすれば、確実に豊臣は越後へと進軍し、上杉軍の撲滅にかかる事も察していた。

 

 

最後まで豊臣に下る事を断固として拒み続けた結果、一族郎党ごと徹底的に撃滅されてしまった北条家のように、このまま自分の代で上杉の御家を潰す覚悟で勝ち目のない戦に挑み続けるか…?

 

それとも、己の武士としての信念を捨て、恥を忍んで、豊臣傘下の大名に屈する形で上杉の御家を残すか…?

 

究極の選択を迫られた景勝は、結局この場で答えを出す事はできず、一先ず使者に一日の猶予を求める事でその日は解散となった。

 

その夜―――

景勝は、1人、春日山城の本丸にある毘沙門堂へと足を踏み入れていた。

この毘沙門堂は毘沙門天を敬する謙信が、出陣前に数日もの間、そこに籠もって戦勝を祈願した上杉家当主とそれが認めた者のみ足を踏み入れることが許される聖域であった。

 

景勝が堂の中に足を踏み入れると、毘沙門天の銅像と、その前に安置されたかすがの眠る氷の籠が安置されていた。

瀕死の重傷を負い、謙信の苦肉の策によって冷凍睡眠にかけられた後、景勝の判断で謙信の聖域であるこの毘沙門堂がかすがの安置場所となった。

氷の籠の中に眠るかすがは、果たして本当にまだ生きているのか、それさえもうかがい知る事はできない。

もし生きていたとしても、この氷の籠を破り、再び彼女を目覚めさせる事が出来るのは謙信以外にいない。

その謙信も今、どこにいるかわからない。生きているのか、死んでいるのか……それさえも……。

 

 

―――若様…どうか、謙信様と上杉の御家を……―――

 

―――わたくしはかならず、いつかまいもどります。わたくしのこのてで“うつくしきつるぎ”をめざめさせるために…それまでのことは…たのみましたよ。かげかつ…―――

 

 

「………かすが……おじき……」

 

景勝は、氷の中に眠るかすがと、謙信の庇護した毘沙門天の像を、しばし見つめていたがやがてある決意を胸に秘め、立ち上がった。

 

 

 

翌日、景勝は豊臣からの使者に対し、半兵衛からの提案を受け入れる表明を決意。

 

当然、家臣からの猛反発を受けるが、半ば強引にこれを黙らせたという。

 

 

こうして、豊臣と同盟を結んだ上杉軍がその援助を受け、越後国内にいた景虎軍を完全に撲滅したのはそれから半年後の事だった………

 

 

 

 

「これが……越後の国を巻き込んだ上杉の御家騒動『御館の乱』の真実だよ」

 

全てを語り終えた景勝は、半ば自嘲の念が込められたような乾いた笑い声を上げた。

ちなみにここまでの語りの間に、戦いの手は少しも止めるばかりか、気を緩める事さえもなかった。

彼女(カレ)の耐久力そして体力の高さは流石に外様大名にも関わらず五刑衆に名を連ねるだけの事があると、幸村も佐助もティアナも思わず感心するばかりだった。

 

「それじゃあ、かすがは生きているのか?!」

 

佐助がジャンプと共に大手裏剣を投げつけながら、安堵した表情で景勝に問いかけた。

 

「…おじきの残した言葉を信じるなら、そうだろうがな。そのおじきが行方不明だからものの確かめようがねぇ…だが、かすがは別に骨になっちゃいねぇし、今も春日山の毘沙門堂の中で眠ってやがる。

おそらくは、この話にいつの間にか尾鰭がついて、甲斐の国や他の国には「死んだ」って事になって出回っちまったってところだろうよ?」

 

景勝がそう断言しながら、大斧刀で大手裏剣を弾き返した。

佐助は返ってきた大手裏剣をキャッチすると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。

すると、一緒に話を聞いていたティアナがようやく佐助に尋ねる事ができた。

 

「ねぇ? さっきから話に出てきてた“かすが”って人…一体、アンタとどういう関係なのよ?」

 

「へっ!? あ…い、いや。それはちょっとあれだ………なんて言えばいいか…? って今はその話は後!」

 

返答に困った佐助は無理矢理話題をそらすようにして、景勝に尋ねた。

 

「それで…肝心の“上杉謙信(軍神)”の行方はわかったのかい?」

 

景勝は大斧刀を振り下ろし、斬撃波を撃ちながら頭を振った。

 

「未だに足取りはおろか、遺品のひとつも見つかってねぇ…ホントに何処行っちまったんだか……」

 

「上杉軍に左様な事が起こっていたとは…御館様が倒れて以来、謙信殿も家督を譲って戦場から姿を消したとまで聞かされていたが…それに、義を重んずる崇高な景勝殿が豊臣の外様大名に下るなど、よほどの理由があっての事と思っていたが…」

 

幸村は二槍を十字受けで構えて斬撃を防ぐと、労るように声をかけたが、景勝はそれを歯痒そうに一蹴した。

 

「崇高なんてもんじゃねぇよ。理由はどうあれ、オレはおじきや上杉の為に戦ってきた家臣の願いだった“天下”を手にする機会を自ら不意にしちまったんだ。暗君と蔑まれても文句は言えねぇ“不義”な事をしちまったんだ」

 

景勝は話しながら、もう一度斬撃波を飛ばすべく、大斧刀を振り上げた。

 

 

ドンッ!

 

 

突如、景勝の大斧刀に一発の魔力弾が命中した。

景勝が魔力弾の飛んできた方を見ると、ティアナがクロスミラージュの一挺の銃口を構えて立っていた。

 

「そんな“不義”を犯してまでも下った豊臣に今も幹部でいるのは何故なのよ? その豊臣秀吉って男は家康さんに斃されてもういない筈でしょう?」

 

「あぁ。確かにオレが豊臣に下ったのは不本意だったさ。けどな、そのおかげで上杉の家や越後の領民が戦乱から救われたのもまた事実なんだよ。武士ってものはな受けた“義”はきっちり返さねぇといけねぇんだよ!!」

 

言い捨てると、景勝は大斧刀を肩に担ぎ、ティアナを睨みつける。

 

「だからこそ、オレはオマエみたいに功名に逸るバカを見てると、ムシャクシャしちまうんだよ…おじきやかすがを嵌めやがった景虎の野郎の欲と名誉に溺れた様を見ているみたいでな…」

 

そう皮肉を投げかける景勝だったが、ティアナはその言葉を聞いても激昂する事はなかった。

 

「そうね…昼間の私はたしかに、アンタの言う“景虎”って奴の二の舞になっていたかもしれないわね…周囲へのコンプレックスに勝手に苦しんで、1人で無茶に走って、次第に手段を選ばなくなって、挙げ句にあの大谷って男にまんまといいように利用される事になったわ…」

 

「…………」

 

強い信念を秘めたような強い視線で自分を見つめてくるティアナに、景勝は思わず踏み出そうとしていた足を踏み留めて、彼女の話を聞き入っていた。

激しく身体を動かしていたにも関わらず、景勝の息は少しも乱れていない。

 

「…けど…私もバカなりにやっと目が覚めたわ…どこかの誰かさんに派手に叩かれて、説教されて…ね」

 

ティアナが佐助を一瞥しながら言った。

 

「どんなバカだって、誰かに背中を叩かれて目が覚めばまだマシ…その“景虎”って奴も、腹じゃなくて背中にそのバカでかい剣を叩き込んでやってたら、目が覚めていたんじゃないの?」

 

軽口を叩くような口ぶりで啖呵を切ってみせたティアナに、景勝だけでなく幸村や佐助でさえも呆気にとられていた。

だがまもなくして、景勝はニヤリと笑った。

 

「ヘッ…アッハッハッハッハッ!! 何があったのか知らねぇけど、オマエ、随分吹っ切れたみたいじゃねぇか? いいねぇ、同じ“バカ”でも、そういう“バカ”ならオレは嫌いじゃねぇ!」

 

いきなり大声で笑い始めた景勝に幸村が唖然とする。

一方、佐助はティアナと景勝のやり取りの意図に気づくと安堵の笑みを浮かべた。

 

「ティアナ。お前もやっとわかったみたいだな」

 

「えぇ。どっかのバカに派手にビンタされたり、説教されたらそりゃ目覚めるでしょ?」

 

「うわひっど! そんな事する奴いたの!? 誰それ!?」

 

佐助はいつもの調子で恍ける。

それを見て、いつもなら「アンタよそれは」とツッコむはずだったが、今回は黙って笑みを返すに留めた。

 

 

「さてと…湿っぽい昔語りはここまでだ。こっからはド派手なケンカと洒落込もうぜ? “バカ”同士…な?」

 

 

景勝は自らの気を引き締め直すように大斧刀を頭上で振り回し、それから地面に派手に突き立てながら、またニヤリと笑うのだった。

 

*1
上杉軍に仕えたという忍者隊。史実の上杉家も有していたという実在の乱破衆である。

*2
拳銃サイズの火縄銃の事。

*3
大名などに仕え、御家の当主や家人の主治医を務めたお抱え医師。




自分でも書いていて思いましたが、史実から大分逸脱した『御館の乱』になっちゃいましたね。
まぁ『戦国BASARA』って時点で史実的な観点なんてあってないようなものなのですが
(苦笑)

一応、(いないとは思うけど)この作品で歴史の豆知識を習得しようと考えている物好きな探求家の方の為に史実上の『御館の乱』を箇条書きで記します。

『御館の乱』

1578年上杉謙信が織田遠征に出陣する直前に居城である春日山城にて49歳で急逝。
その後継者の座を争い、謙信の養子だった上杉景勝(上田長尾氏の出身)と上杉景虎(相模小田原城主北条氏康の子)が争った御家騒動を発端とする上杉氏の内戦。
(wikipediaより)

っというように、史実では謙信はこの戦乱に一切絡んでいませんので、くれぐれも学生の方は社会科や日本史の授業や講義で『御館の乱』について学ぶ機会があってもくれぐれもこの作品を参照にしようと(だから、いるわけないだろうけど)はしないようにw

というわけで、今回はちょっと脱線してしまいましたが、次回からまた本編の話に戻ります。


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第三十二章 ~機動六課攻防戦 それぞれの激闘~

機動六課・隊舎周辺で繰り広げられる六課・東軍と西軍との激しい攻防は各々更に白熱しつつあった…

己の過去を語った景勝と、己のコンプレックスを払拭したティアナ、彼女を見守る真田主従達…

裏切り者・ジャスティと彼を追うエリオ、キャロ、小十郎…

それぞれ守るべき主を持つ強い信念を抱えたシグナムと左近…

そして、なのは救出の為にリインを伴って走る政宗……

それぞれ熱き魂を滾らせる魔導師そして武士達の激闘の行方は…?

カリム「リリカルBASARA StrikerS 第三十二章 これを読んだ方はもれなく全員ザビー教に…」

シャッハ「入りません!!」


ティアナと武田主従が上杉景勝と交戦を開始した頃…

機動六課 職員用ガレージ――――

 

「政宗さん! こっちですぅ!」

 

リインの案内でやってきた政宗は、ガレージに止められた複数の車の中からヴァイスの所有する赤いバイクを見つけ出した。

 

「こいつか…ヴァイスの野郎もなかなかNiceな代物持ってんじゃねぇか」

 

政宗は口笛を鳴らしながらそう言うと、颯爽とバイクにまたがった。

 

「それじゃあ行くぜ…Here we go!!」

 

そう叫んだ政宗。

 

しかしバイクは動かない…

 

「Ah!? なんで動かねぇんだよ!?」

 

この世界に来てから、バイクに興味を持ち出していたものの、まだその動く仕組みについては、よくわかっていなかった。

うんともすんとも言わないバイクの上で吼える政宗にリインが横から苦笑を浮かべながらマスターキーを持ってくる。

 

「あの…政宗さん…バイクっていうのはここの鍵穴に差すんですよ。このか―――」

 

リインの説明が終わらないうちに政宗はバイクの鍵穴を探し出し、それを見つけると躊躇なく突き刺した…愛用の“六爪(りゅうのかたな)”の一本を…

 

 

 

「…ってああああああああぁぁ!? なにやってるんですかあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

リインが髪の毛が逆立つまでに仰天しながら叫んだ。

 

「Jealous! “刺せ”って言ったから刺しただけだろうが?」

 

「そうじゃなくてこの鍵を“差す”んですってば!」

 

あっけらかんと言ってのける政宗に対し、リインは両手でマスターキーを掲げながらツッコんだ。

 

「あぁ~あ。 これ、どうするんですかこんなの刺しちゃって~!? 絶対バイク動かないですよぉ!」

 

リインがそう呆れながら頭を振るが…

 

 

ブロオオオオオオオオオォォォン!!

 

 

「うおっ!?」

 

「って動いた!? ですぅ!?」

 

なんという奇跡か…バイクは力強い音ともにエンジンを吹かし始めたのだった。

 

「Ha! Coolじゃねぇか。それでこそだ!」

 

政宗は凄みのある笑みを浮かべるといつもの馬に乗る姿…つまり、ハンドルを握らずに両腕を胸の前で組んだ仁王立ちの姿勢をとった。

 

 

「それじゃあ行くぜ! つかまれリイン!」

 

「えっ!? そういえば政宗さん…バイクの運転ってわかるんですか?」

 

「知るか! こうなりゃ独眼竜なりのやり方…『成り行きまかせ』でやらせてもらうぜ!」

 

政宗の言葉を聞き、再び仰天するリイン。

 

「そ…そんな無茶ですよ!! 私が教えますからそのとおりに動かして…」

 

「行くぜ!」

 

リインの説得が終わらぬまま、政宗はバイクの右グリップを捻った

 

「奥州筆頭 伊達政宗…推して参る!!」

 

「えっ!? ちょ、ま…ええええええええええええぇぇぇ!!?」

 

リインの絶叫と共にバイクはぐんと前に動き出したかと思いきや、瞬く間にスピードを上げて、走り始めた。

ガレージの戸を派手に突き破り、街路樹をへし折りながら、バイクは猛スピードで公道へと飛び出した。

 

 

「Yaaaaaaaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

「ぎょぁああああああああああああああああああああああ!! 助けてですぅぅうううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 

楽しげに笑いながら、バイクを更に加速させる政宗と、風圧にふき飛ばされそうになりながら、政宗の肩に必死に掴まって絶叫するリイン。

対照的な表情をそれぞれ浮かべながら、二人を乗せたバイクは一路なのは達の下へと向かった。

だが、そんな自分達の出陣する様を物陰から見届けていた者の姿があった事に、政宗もリインも気づく事がなかった。

 

 

 

「独眼竜も随分面白そうな“おもちゃ”を持ち出したみたいじゃないか。それなら、こっちもそれに合ったものを用意してやろうかね…」

 

見守っていた者の正体…皎月院は新たなイタズラを思いついた子供のようにニヤリと笑うと、懐から数枚の呪符を取り出し、呪文のようなものを唱えると、それを目の前の地面に向かって投げ飛ばした。

 

呪符は地面に落ちる前に巨大な光の陣形へと変わると、その天上からまるで吸い寄せられるように、5機の機械兵器が召喚されてきた。

外見はスポーツタイプのオートバイに似た二輪車であるが、その外装はガジェットドローン特有の水色を基調とした装甲で覆われ、そのヘッドランプの部分にはモノアイ型のビームランプが代わりに埋め込まれていた。

 

「ガジェットドローンⅧ型…アンタが持たせてくれた試作の玩具(おもちゃ)、存分に楽しませて貰うよ。スカリエッティ」

 

皎月院はそう呟くと、指をパチンと鳴らして、合図を送った。

すると、召喚された5機の『Ⅷ型』と呼ばれる新型ガジェットドローンはひとりでに駆動すると、全て同じ音調でエンジン音を鳴らすと、機械特有の1ミリの乱れもない完璧隊列を組みながら、政宗の乗ったバイクを追って走り出したのだった…

 

 

 

 

 

佐助の大手裏剣とティアナの魔力弾が景勝に向けて放たれるのと、景勝が大斧刀を振り上げるのはほぼ同時であった。

 

 

ガキィィィン!!

 

 

「チィッ!」

 

「速い!」

 

景勝は鈍重な大斧刀を己の手足のように軽々と振るい、大手裏剣と魔力弾を弾き飛ばすと、驚いている佐助とティアナに向かって風に乗るように軽やかな動きで迫ると、そのまま二人を斬りつけようとする。

しかし、佐助もまた大手裏剣を居合い並みの速さで振るう。

佐助の大手裏剣と景勝の大斧刀がぶつかる。

 

「ッ!? …痛ぅ…!! 相変わらずとんでもねぇ馬鹿力だねぇ」

 

「お生憎様。オレは腕っぷしには自信があんだよ。今だったらおたくの武田信玄(虎オヤジ)にも勝るかもな?」

 

「左様な強気な台詞は我が拳を砕いてから、言うでござるよ! 景勝殿!!」

 

幸村が後ろから飛びかかりながら、景勝に向けて二槍を突き出すが、景勝の素早い動きで躱された。

 

「避けた!?」

 

躱された以上に、景勝の予想以上の速さに驚く幸村。

刹那、真後に気配を感じ、振り向くと、そこには既に大斧刀を振りかぶった景勝の姿が浮かび上っていた。

 

砕氷閃(さいひょうせん)!!!」

 

技名と共に景勝の繰り出した渾身の一太刀を、幸村は二槍で防ぐが…

 

「ぐぁああぁぁぁっ!!」

 

衝撃に押されて吹き飛ばされ、そのまま近くにあった木の幹に叩きつけられてしまった。

 

「大将!?」

 

「幸村さん!」

 

佐助、ティアナは幸村の名を呼んだ。

幸村はガックリと首を項垂れて、気を失ってしまっていた。

 

景勝はそのまま、今度は佐助達の方に向かって、大斧刀を野球のバットを握るかの様な構えをとった。

同時にそのサラシの巻かれた大斧刀の刀身を水色の気のオーラが微かに白煙を上げながら包み込んだ。

 

氷塵閃(ひょうじんせん)!!」

 

景勝が再び大斧刀をフルスイングすると同時に強烈な衝撃波が放たれ、佐助とティアナ目掛けて襲いかかる。

 

「ティアナ! 身体を側転させて避けろ!!」

 

危機感を感じた佐助はそうティアナに忠言した。

ティアナもそれに従い、左横に側転して衝撃波を避ける。一閃の衝撃波が通り抜けると共に、その道行きにあった草木や木々を瞬く間になぎ倒してしまった。

だが、よく見るとそれだけではなかった。

 

「ッ!? 何あれ!?」

 

ティアナの目が驚愕で見開かれる。

衝撃波で抉られた地表やなぎ倒された木々にはガラス片の様に細かい氷の欠片が無数に突き刺さっていた。

もしもあんな技をまともに食らっていたら、大変な事になっていたのは間違いなかっただろう。

実際、完璧に避けた筈のティアナの右頬は僅かに氷の欠片が掠ったのか、小さいながらも切り傷ができて、赤い血が垂れていた。

 

「くっ…! 昼間は頭に血が上ってたから実感できなかったけど…末席とはいえ『豊臣五刑衆』ってのはやっぱり一筋縄ではいかない相手みたいね…」

 

ティアナは左手で右頬から流れる血を拭うと、改めて、『豊臣五刑衆』の人間の常識を超えた強さをため息まじりに評した。

一方、地表を抉られた場所を挟んで、ティアナの反対側にいた佐助は、大手裏剣を構え直しながら、景勝の予想以上の強さに驚き出す。

 

(なんだこの速さは…!? いや、速さだけじゃねぇ。 技の威力も以前とは、けた違いだ! 豊臣の外様大名になって、更に腕を上げたみたいだな…!)

 

佐助や幸村が景勝と最後に刃を交えたのは、武田軍総大将 武田信玄が病に倒れ、越後の国で『御館の乱』が勃発する直前―――

甲斐、越後の間のちょうど中間点にある信濃の国・川中島における何度目かの武田、上杉の合戦の折りに信玄、謙信の一騎打ちの裏で、幸村と佐助、景勝とかすがの主従同士が激しい刃を交わした時以来だった。

武田、上杉共に豊臣と手を結んでからは、お互いに同じ豊臣派の勢力になった事に加え、それぞれ国や軍が疲弊・弱体化した事もあって、大っぴらに戦をする事もできなければ、交流する暇さえもなくなっていた為、その間それぞれがどういう動向であったかは、配下の忍衆の報告などからしかうかがい知る事はできなかった。

 

その為、天下分け目の戦に際して再編成される事となった『豊臣五刑衆』の一員に抜擢された景勝と対峙するのは、これが初めてであったが、その強さは自分達が知りうる景勝とは別人とも思わせるような強さである。

 

「どうやら…アンタも豊臣の最高幹部になってから相当過酷な戦いを繰り返してきたんだな」

 

「あぁ。自分で言うのもあれだが…五刑衆ってのは、特権は多いがその分、普通の外様大名よりも身体張る仕事任されるからな。関ヶ原の合戦に至るまでに西軍を編成するにあたって、オレも絶えず色々と実戦を積まされてきたもんだよ。何度か死にかけた事もあったからな」

 

「なるほどねぇ…石田と手を組むまで、色々とまごついちまっていたウチの大将と一日の長が生じるのも無理はねぇって事か……」

 

苦笑しながら佐助は言い返す。

 

「お前らの事も別に恨みはねぇが…これも五刑衆としての務めだからな……ここでケリはつけさせてもらうぜ。悪く思うなよ?」

 

景勝はそう言いながら、再び地面を蹴って佐助に向かって飛びかかってきた。

 

氷爆(ひょうばく)!!」

 

景勝は空中で大斧刀に気を纏わせると、そのまま佐助の立っている場所目掛けて振り下ろしながら降下する。

佐助がそれをバックステップで避けると、彼の立っていた場所に大斧刀の鈍重な刀身が叩きつけられる。

すると叩きつけられた大斧刀の周囲から刃物の様に鋭い巨大な氷柱が宙にいる佐助に向かって突き伸ばされた。

 

「!?…影当の術!」

 

すかさず佐助も、影の分身を形成して迫りくる逆氷柱に向かって撃ち出し、自らに刺さりかけていたそれをガラスのように粉々に砕いて消してみせた。

だが、その間に景勝は大斧刀を振り上げて、再度佐助に接近して…

 

「吹き飛べ!!」

 

幸村に放った時と同様に佐助の胸に再度、大斧刀を打ち込んだ。

佐助の身体が紙人形の様に遠くに吹き飛ばされ、遂には防波堤を砕き、水しぶきを上げながら、海に叩き落とされてしまった。

 

「佐助さんッ!?」

 

ティアナが思わず悲鳴を上げ、景勝が微かに口元を吊り上げる。

 

「手ごたえあり…」

 

「そいつはどうかな?」

 

「!?」

 

勝利を確信仕掛けた景勝に背後から佐助の声がかかる。

景勝が慌てて振り返ると、そこには大手裏剣を手に景勝に斬りかかろうとする佐助の姿が…

その姿を見たティアナは、ホッと胸をなでおろした。

 

「なるほど、“空蝉の術”か!?…懐かしい技使ってくれるじゃねぇの!」

 

一瞬だけ驚きで目を見開きながらもすぐに勝ち気な笑みを浮かべた景勝は大斧刀を逆手に掲げて、佐助の振り下ろした2つの大手裏剣を防いだ。

 

「…相変わらずやるじゃねぇか。猿飛佐助…流石は、かすがが謙信(おじき)以外で心開いていた数少ない1人に数えられてるだけの事はあるな」

 

「そいつはどうも。けど、心開いてくれていたわりには愛想悪かったんだよね。アイツ」

 

「アイツが愛想悪かったのは、オレに対してもだよ」

 

佐助と景勝は鍔迫合ったまま軽口を叩き合い、それからそれぞれ後ろに飛び退いて武器を構え直した。

 

「さぁ! まさか、もうへたばったなんて言わねぇだろうな? まだ勝負はここからだろうがよ!」

 

既に散々激しい動きをしてきたにも関わらず、景勝はまだまだ溌剌とした様子を見せていた……

 

 

 

その頃―――

なのは達の救援に出発した政宗が駆るバイクは一路、ミッドチルダの公道を…

 

「Hurry up!! Yeah!!!」

 

…というよりもはや公道から私有地お構いなしに、文字通りの全速力で『ぶっ飛ばして』いた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!? 政宗さんーーーー! 急ぐのはいいですけど、せめてもうちょっとだけスピードを落として下さいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

両手だけで肩に掴まったリインが顔に吹き付ける凄まじい風圧で髪の毛が逆立ち、何度も振り下ろされそうになるのを必死に堪えながら悲鳴を上げた。

しかし、バイクを操作する政宗に、一切の躊躇はない。

 

人通りや車の行き交う数の多いバイパスだろうが、繁華街だろうがお構いなく、全速力でバイクを飛ばしていたのだった。

途中、道の脇にあったゴミ箱や大通りに置かれていたカラーコーンを体当たりでふっ飛ばしたか、政宗もリインも覚えていなかった。

勿論、こんな危険極まりない走り方をするバイクを前に、道行く人達は悲鳴を上げながら逃げ惑い、走行していた車は慌てて路肩に避けようとして電柱や路駐の車にぶつかってしまう有様だった。

それでいて、ここまで死者や怪我人を出すような大事故を起こしていないのが奇跡と言っても過言でなかった。

 

「ま、政宗さん!! このままじゃ、本当に取り返しがつかないような大事故を起こしちゃいますよ!! せ、せめて人があまりいない場所をぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「チィッ! 仕方ねぇ! だったらこっちか?!」

 

政宗はそういうと腕組み状態だった手を解き、バイクのハンドルを握りしめた。

馬と違って、バイクは念じるだけで操作できるほど融通の効く乗り物でない事が政宗にとっては悔やまれた…

 

 

 

 

臨海エリアに近いとある閑静な住宅街―――

そのバイパスの脇にある小さな一軒家に暮らす老夫婦・夫グレイ、妻アリソンのヴィッツ夫妻は、至って普通の人生を歩んできた首都クラナガンの善良な一般市民の1人であった。

ミッドチルダで生まれ育ち、数十年の間、首都クラナガンの一流商社で働き、去年定年退職してから、夫のグレイは退職金の3分の1を使って購入したこの家で、妻アリソンと共にほそぼそと暮らしていた。

中古で売りに出されていた物件を買い、改装したものである為、とりわけ広い家ではないが、この家で一番グレイが自慢したかった箇所が、改築の際に部屋のリビングの脇に設けたホームシアターだった。

 

子供の頃から休日になると映画のDVDを朝から夜まで見続ける程の映画好きであったグレイは、定年後の夢のひとつとして、「新居に専用の映画館を設けたい」という夢を抱いていた。

そして、この家を購入するにあたって、アリソンを時間をかけて説き伏せて、最終的に僅か四畳半程の小部屋であったものの、ようやく念願のホームシアターを開設させる事ができたのだった。

早速、グレイはこのホームシアターに若い頃から買い溜めていた様々な映画のDVDやBDのコレクション…その数合計5000枚を部屋の三方の棚に収蔵し、部屋の壁にホログラム式の大画面液晶テレビ50型を導入。

観賞用としてリクライニングソファーを持ち込み、遂に長年の夢だった自らの専用映画館を完成させた。

それからというものの、グレイは毎日夕食後に、アリソンを誘って、簡単な酒肴を用意した上で、このホームシアターで夫婦仲良く映画を鑑賞するのを何よりの楽しみとしていた。

 

この日の夜もまた…

 

「ごちそうさまでした。さてと…」

 

夕食を終えたグレイはアリソンが食器の片付けをしている間に、キッチンの冷蔵庫を開けると、中から缶ビールを2つ取り出し、さらに戸棚から袋入のポップコーンを引っ張り出してくると、それを大きな器に盛り付け、そのままホームシアターのソファーセットに持っていき、今日の鑑賞作品を選んだ。

 

「今日は前からこの作品にしようと思っていたんだよな…」

 

そうつぶやきながら、グレイが棚から取り出したのはカーアクション映画のブルーレイディスクだった。

内容はとある元暴走族を率いていた凄腕のバイクテクニックを持つ敏腕捜査官が、新たに街に台頭しつつあった新進気鋭の暴走族に昔の舎弟を殺され、その復讐の為に再びバイクを駆り、壮絶なカーチェイスを含んだ戦いに挑むという内容のもので、グレイの持っている映画コレクションの中でも上位に入る程のお気に入りの一作だった。

 

「アリソン。映画が始まるから、早く来なさい」

 

ソファーについたグレイがキッチンにいる妻に向かって声をかけると、アリソンは腰に巻いていたエプロンを外しながら早足でやってきた。

 

「グレイ。本当の映画館じゃないんだから、何もそんなに急かさなくても大丈夫よ」

 

「何を言うんだ。上映時間が迫ってギリギリのこの緊張を楽しむのも映画の醍醐味じゃないか」

 

妻を席につかせながら、グレイが話している間にブザー音が鳴り、ホームシアターの電灯が落ちて、ホログラムテレビが投影され始めた。

その様子はさながら本当の映画館のようだった。

それから数十分後には映画は早くも、激しいバイクによるカーチェイスのシーンに入っていた。

グレイは目を輝かせながら映像に見入っていたが、隣に座るアリソンはやや不満げな面持ちを浮かべながら缶ビールを煽っていた。

 

「私も映画は好きだけど、やっぱり観るならラブロマンスものがいいわ。こういう激しいアクションものは観ていてなんだか怖くなっちゃう」

 

客のいるレストランに主人公の乗ったバイクが突っ込んで、店を破壊しながら通解していき、店にいた客がパニックになる事故の場面が流れるモニターを見ながらアリソンはそう言うが、グレイはすぐに反論する。

 

「何を言ってるんだ? こういう非現実的な事が次々に起こるのがアクション映画の醍醐味じゃないか」

 

「けど、なんだか現実でもありそうで怖いじゃない? バイクや車が建物に突っ込むなんて事故とか結構多いんだし…」

 

「それは“事故”だろう? この映画の主人公みたいにわざとやってるわけじゃないんだ。現実ではありえないような破天荒な行動を起こす…それがアクション映画ってものじゃないか」

 

グレイはそう言って笑いながら、器に盛り付けたポップコーンをひとつまみ掴むと、大きく口を開けて、放り込んだ。

映像では路肩に止まっていた車を弾き飛ばし、民家の壁を突き破って、リビングを突破する無茶苦茶な走行をする主人公のライダーの様子が映されていた。

 

「ほらごらん。こんな命知らずな無茶苦茶な走り。現実でやらかそうだなんてバカがいるわけがな――――」

 

グレイがそう話していた最中…

 

 

ブロオオオオオォォォォォォンッ!!

 

キキィィィィィィィィィィィ!!

 

ドガアアアアアアアアアァァン!!

 

 

 

遠くから不自然なエンジン音やタイヤのスリップ音、そして何かを壊すような音が聞こえてくる。

そして、それが徐々に近づいてきているものと気づく間もなく…

 

 

 

ドッカアアアァァァァァァァァァァァァァン!!!

 

 

 

「Yaaaaaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」

 

「すみません!! おじゃましまぁぁぁぁぁぁす!そして、おじゃましましたああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

「な、なんだああああああああぁぁぁぁぁ!!?」

 

「きゃああああああああああああああああっ!!!」

 

 

突然ホームシアターのDVDコレクションの棚を突き破り、一台の赤いバイクにまたがった1人の青年とその肩にしがみついた妖精サイズの小人がグレイ、アリソンの前に現れたかと思いきや、夫妻が悲鳴を上げている間に、そのまま反対側の棚ごと家の壁を突き破って、家の表通りへと走り去っていった……

そして、再びエンジン音とタイヤの音、そして何かを破壊する物音は小さくなっていき、数十秒後には二人の耳にはバイクが突き破った衝撃で破壊されたのか、砂嵐しか映らなくなったホログラムテレビの雑音しか聞こえなくなっていた。

 

それは文字通り、一瞬の出来事だった。

あまりに突然過ぎて、グレイもアリソンもしばらくその場で硬直して、お互いに動けなければ、言葉さえも話せなかった。

そして、1分近く近く経ってようやく我に反ると家の現状を把握する事ができた。

ひどいものだった…ホームシアターやリビング、キッチンの全ての窓ガラスが割れ、二人が座っていたソファー以外の家具はことごとくひっくり返ってしまっていた。

そして今しがた通過したバイクが通り抜けた家の床や壁は完全に抉れて無くなっており、ポッカリと大穴が開いてトンネルと化した2つの出入り口から潮の香りのする冷たい夜風が通り抜けていた。

 

「……………………」

 

「ぐ…グレイ……なんだったの? 今の…?」

 

アリソンが恐怖に身体を震わせながら尋ねてくるが、グレイも今目の前で何が起こったのか、到底理解できずにいた。

一瞬目の前で起きたのは観ていた映画のワンシーンなのか、それとも自分が設置したホームシアターセットの一機能なのかさえ疑った。

しかし、未だに砂塵が舞い散る部屋の中と、吹き付ける冷たい風…この感覚はどちらも現実であった。

グレイはどうしたらいいかわからず、デレビ同様に今の衝撃で粉々に踏み砕かれ、火花を散らすスクラップへと化したブルーレイレコーダーを何故か叩いて直そうとした。

 

 

 

ブロオオオオオォォォォォォンッ!!

 

キキィィィィィィィィィィィ!!

 

ドガアアアアアアアアアァァン!!

 

 

 

っとそこへ、またしても遠くから不自然なエンジン音やタイヤのスリップ音、そして何かを壊すような音が聞こえてきた。

それも今度は複数台分…

 

まさかさっきのバイクが引き換えしてきたのかと、恐れ慄いたグレイは慌てて、アリソンの座るソファーへと飛ぶように戻った。

直後、2人の目の前今度は乗り手のいない青いバイク…否、バイクのような二輪の自走式の機械が5台全速力で通過していった。

既に先に通過した赤いバイクにさんざん壊された為にこれ以上壊されるものは何も残っていなかった。

そして、5台の自走式バイクはあっという間に走り去っていってしまった。

 

「………………」

 

ヴィッツ夫妻は呆然とした表情を浮かべたまま、バイクを見送っていたが、やがてその姿が完全に見えなくなるとグレイは絞るような声で呟いた。

 

 

 

「アリソン……ワシ…もう二度とアクション映画は観ないよ………」

 

 

こうして、クラナガンの一善良な一般市民 グレイ・ヴィッツの若い頃からの細やかな夢だったホームシアターは、文字通り粉々に打ち砕かれたのであった………

 

 

 

 

「あわわわわわわわ…!! ま、まま、政宗さん!! い、今! 一般の方のお家を…お家をぉぉぉぉ!!?」

 

「Ah? それがどうした?」

 

風圧に吹き飛ばされないように肩にしがみついたまま、違う意味で顔を青ざめはじめるリインに対し、政宗は平然とした顔で返した。

 

「ま、マズいですよぉぉ!! 一回、バイク止めて謝りに行った方がいいんじゃないですか!?」

 

リインはそう提言するが政宗は鼻で一蹴する。

 

「んな暇あるかッ!? 詫びなら、これが終わった後にいくらでも入れてやる! Hum! 最悪、大谷達(西軍)の誰かを逮捕してそいつに罪擦りつけりゃいいだろ!」

 

「その前に政宗さんが“逮捕”されちゃいますよ…っていうかさっきのお家は“大破”したんですけど……」

 

「こんな時につまらねぇダジャレ言ってんじゃねぇよ!」

 

政宗が怒鳴りながら、バイクのアクセルを限界まで吹かし、さらにスピードアップを図る。

 

ここへ来るまでに道なき道を無理矢理突っ走ってきたせいか、ガレージに停まっていた時には傷一つ無い新車同然に輝いていたバイクは、既にヘッドライトは割れてその機能を果たさなくなり、前半分を覆っていた赤いボディは砂塵に塗れ、ボコボコに凹み、見るも無残な姿に成り果ててしまっていた。

それでいて、まだ最大出力で走れる事が奇跡に思える程だ。

 

 

(ヴァイス陸曹がこのバイクを見たら、白目向いて口から泡吹いて、失神するでしょうね…ゴシューショーサマですぅ……)

 

 

リインが哀れなバイクの持ち主に同情の念を抱いていると、突然バイクの周辺が円形の大きな灯りに照らされた。

 

 

「そこの赤いバイク! 速やかに停止しなさい!!」

 

突然背後から、明らかに政宗に向かって放たれているであろう怒声が聞こえてくる。

リインが振り返ると、航空隊のバリアジャケットを纏った2人の空戦魔導師がデバイスを手に地表すれすれに滑空しながら、追いかけてきているのが見えた。

 

「ひええぇぇぇぇぇぇ!? あれは首都交通警邏隊!? だから言わんこっちゃないですよぉぉ!! 政宗さん! 止まりましょう! 止まらないと本当に逮捕されちゃいますよぉぉ!!」

 

『首都交通警邏隊』とは首都クラナガン近辺における交通整理並びに違反車両を取り締まる事を専門とする地上本部の部隊である。

その中には暴走行為を働く自動車やバイクの取締も兼ねている為に所属する隊員は航空魔導師の中でも凄腕の速さ自慢な者が多いという話だった。

故に、今の政宗達は格好のカモというわけである。

 

「チィッ! めんどくせぇな…」

 

だが、ここで呑気に取締を受けている暇はない。

政宗は両腰に下げていた六爪に手をかけようとした。その時―――

 

 

「ッ!!? グハァッ!!?」

 

「「ッ!!?」」

 

突然、聞こえた爆発音と悲鳴に政宗とリインが振り返る。

ちなみにバイクのバックミラーは両側ともに何処かでふっ飛ばされて、とうの昔に紛失していた。

背後では、バイクの真後ろまで迫っていた筈の首都交通警邏隊の魔導師の1人が、何かに撃墜されたのか、地面に叩き落され、転がり倒れていた。

 

「ミハエル!? 畜生! 一体何者―――ギャアッ!!?」

 

突然の事に、並走していたもう1人の警邏隊員も狼狽えながら、急襲してきた者の正体を探ろうと向きを反る――暇さえもなく、背後から飛来した一発の赤いレーザービームを食らい、撃墜された。

 

「あ…あれは…?」

 

後方から猛スピードで迫ってきていたのは5台のバイクだった。

しかし、不可解な事にそのバイクには乗り手(ライダー)の姿がない。バイク自体が自我を持っているかのような巧みなドライビングテクニックを披露しながら、少しずつ政宗達の乗るバイクとの距離を縮めてきていた。

それと共にその全容が明らかになってきた。

車体を青い装甲に包み隠し、ヘッドライトに当たる部分には特徴的な黄色のモノアイ型のビームランプ…あれはまさしく…

 

 

「ガジェットドローン!? そ、それも今まで見た事もないタイプですぅ!?」

 

「ほぉ。 New modelって奴か? 上等じゃねぇか!」

 

政宗はこの状況を前にしても、まるで楽しんでいるかのような笑みを浮かべながら、身体を前にして、ギリギリまで速度を上げた。

 

すると、背後に迫る5台の新型ガジェット達は車体の左右側面に設置されたレーザー砲門から一斉に赤いレーザービームを雨霰の如く発射してきた。

今しがた首都交通警邏隊の魔導師2人を撃墜したものと同じ武装であろう。

 

複数のレーザーが政宗の駆るバイクの前方。路肩に停まっていた自動車に命中し、大爆発を起こした。

 

 

「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

肩にしがみついたリインが悲鳴を上げた。

レーザーは次々とバイクの周囲に命中しては爆発を誘発していく、まるで全ての地雷が一斉に爆発した地雷原の中にいるかのような火の海の最中を、政宗は更に加速しながら、鮮やかにバイクを操り、降りかかる無数のレーザーやそれが命中して起こる爆発を躱しながら、どうにか距離を離そうとする。

その走りは、傍から見れば、今日人生で初めてバイクに乗った男と、ボロボロに破損してしまったバイクが織りなすものとは思えない迫力満点のスタントだった。

 

政宗が破壊してしまったヴィッツ夫妻の家のホームシアターで最後に上映されたカーアクション映画でもここまでド派手なカーチェイスは繰り広げられていなかった。

 

だが、追撃する新型ガジェット達もさるもので、爆発によって吹き飛んだ自動車の残骸が降りかかる中を、車体をギリギリまで横倒しにしてドリフトする事で、潜り抜けるという生身のレーサーでもかなり難しい驚異的な回避性能を見せて、政宗達のバイクとの距離を離そうとしなかった。

 

そんな中、一台の新型ガジェットが横転した車をジャンプ台にして、政宗達に向かって飛びかかってくると、ヘッドライト部分にあったモノアイ型ビームランプを発光させた。

政宗は腰に下げていた六爪の内の一本を鞘から引き抜くと、飛びかかってくる新型ガジェットへと振り向き、ビームランプから発射されたレーザーに対し、上段構えをとった。

直後、刀の刀身に命中したレーザーはそのまま、ガジェットに向かって反射され、ビームランプを貫通し、車体をそのまま木っ端微塵に爆砕したのだった。

 

「OK! 一匹倒したぜ!!」

 

「で、でもこのままじゃ、道の周りの建物を巻きこんでしまいますよ!! どこか少しでも周りに人がいない場所に誘導しないと…」

 

リインがそう言いながら、辺りを見渡していると、背後で新たに起きた爆発により吹っ飛んできた交通案内の標識がバイクの脇を転がった。

だが、その僅か一瞬の間でリインの目には『この先、クラナガン10号湾岸線料金所』と案内が表示されているのが止まった。

 

「そうだ! 政宗さん! 高速です! 高速道路に入るのですよぉ!!」

 

「高速道路? 何のことかよくはわからねぇが、そこへ向かえばいいんだな? OK!!」

 

政宗がそう答えると、運良く目の前に高速道路の出入り口へと続く専用路の入り口が見えた。

 

「あれだな! よし、このまま突っ走って――――」

 

政宗がそう言いかけたその時、背後から…

 

 

ボスッ!

 

ヒューーーーーーーーーーーーーン……

 

 

という音が聞こえたかと思いきや疾走するバイクの真横を一発のミサイルが飛び抜けていった。

 

「「He(へっ)…!?」」

 

政宗とリインが唖然と見送る中、ミサイルはそのまま前方に飛んでいき、高速道路へと続いて陸橋へと上がっていくちょうど坂の起点の部分に当たって大爆発して、陸橋を吹き飛ばしてしまった。

幸いその爆発に直接巻き込まれた車はいなかったが、その爆発に驚いた周囲を走っていた車が次々とハンドルを切り損ない、横転したり、ガードレールに激突したり、車同士次々と衝突するなどしてしまい、高速道路出入口周辺は大混乱となってしまった。

 

「Shit! New modelなだけあって、なかなかCraftyな奴らだな!」

 

事故車両の間を華麗にすり抜けながら、政宗はチィッと忌々しげに舌を打った。

今のミサイルは言わずもがな、背後にピッタリとついている新型ガジェットから発射されたものであろう。

まさかのミサイル攻撃という思わぬ一手を使われ、高速道路に乗りはぐれてしまった以上、何か別の手立てを考えなければならない。

政宗は頭を悩ませるが、彼の肩にしがみついたリインはというと…

 

「アワワワワ……と、ととと、とんでもない事になっちゃったですぅぅぅ…これだけの騒動起こしちゃって、後で山程始末書が…っていうかそもそも上層部になんて報告すれば…? はわわわわわ…!!」

 

違う意味でこの先の事に頭を悩ませ、顔を真っ青にしながら、カタカタと震えるのだった。

 

 

 

 

一方、場所は機動六課の隊舎に戻る――――

 

 

エリオとフリードを引き連れたキャロ、そして小十郎は、シャリオを人質にとって逃げたジャスティを追いかけていた。

途中、何度も縛心兵の妨害を受けながらも、必死に彼を見逃すまいと食いつき、そして隊舎の正門近くまでやってきたところでようやく追いついたのだった。

 

「ん、んぐーーーーっ!!」

 

「うるさい! さっさと来い! 死にたいのか!?」

 

両手を縛られ、口を塞がれながらも必死に抵抗するシャリオにライオットザッパー・Rの刃を突きつけながら、無理矢理に歩かせるジャスティの姿を捉える。

いくら妨害に阻まれようとも、小十郎達が身軽なのに対し、ジャスティは人質を取っている。当然移動速度も遅くなるわけだった。

 

「待ちな!この裏切り野郎が!!」

 

小十郎が叫ぶと、ジャスティは鬼のような形相で3人の方を振り返った。そして左手でシャリオの襟首を掴んだまま、右手でライオットザッパーRをハンドガン形態に変形させ、小十郎達に目掛けて光弾を撃ってきた。

 

「エリオ君!小十郎さん! 止まって!」

 

キャロは片手を掲げるとその掌の先に、ちょうど自分達3人分が入るだけの大きさの桃色の光の障壁魔法(シールド)を形成した。

刹那、障壁に光弾が命中する。

ジャスティはライオットザッパーRを、3人を守る障壁目掛けて連射したが、すぐに銃撃は止んだ。

舌打ちと共にガチャリという音が聞こえたので、エリオと小十郎はゆっくり障壁の脇からから顔を出した。

 

見ると、ジャスティは左腕でシャリオの首を軽く締め、右手に持った電磁剣形態に戻したライオットザッパーRを彼女の首に突きつけていた。

どうやら、ハンドガン形態では埒が明かないと踏んだのか、電磁剣形態に戻したみたいだった。

 

「おい、オッサン! それにガキ共!コイツの命が惜しかったら、下手に抵抗するな! コイツがどうなってもいいのか!?」

 

元より気に入らない存在だった小十郎を「オッサン」呼ばわりするだけにいざ知らず、つい今日の数時間前まで仲間だった筈のエリオやキャロを「ガキ」呼ばわりしながら、脅しつけるように言い放つジャスティ。

 

「小十郎さん……」

 

「どうしたら…?」

 

エリオとキャロが不安げに見上げてくる。

すると、小十郎は少し考えた後…

 

「考えがある。ルシエ。フリードに少し頼んでくれねぇか?」

 

「?」

 

不意に自分の名前が上がった事にフリードは訝しげに首を傾げるのだった。

 

 

「おい! 聞こえなかったのか!? さっさと障壁から出てきて、言われたとおりにしろ!!」

 

痺れを切らした様子でジャスティが再度怒鳴ると、障壁が解除され、それぞれデバイスや武器を下ろした小十郎達、3人がゆっくりと歩み寄ってきた。

その様子を見たジャスティは勝ち誇ったかのように言い放つ。

 

「お前ら、それぞれ武器を下ろして両手を頭の後ろに回してその場に跪け。そして俺が隊舎(ここ)から逃げ切るまでそのままでいろ。コイツを死なせたくはないだろう?」

 

「ジャスティさん! 悪い事は言いません! おとなしく投降して下さい!! 私達は貴方を傷つけたくはありません!」

 

キャロは、どうにかジャスティの心に僅かでも残っている良心を信じて訴えかけた。

裏切り者とはいえど、やはり今日まで共に戦ってきた仲間と敵対する事は心優しい彼女にとっては耐えられない事であるようだった。

しかし、そんなキャロの切実な説得に対し、ジャスティは眉間に青筋を浮かべ、吐き捨てるように怒鳴る。

 

「うるさい! 前から俺はお前らの事もムカついていたんだよ!フォワードのガキ共! ガキのくせに前線任されているからって、一人前気取りで調子付いて舐めた口叩きやがって!大人にとってはウザいんだよ。そういうの! ガキはガキらしく、黙って大人の言う事聞いてりゃいいんだよ!! 偉そうにこっちの世界にしゃしゃり出てくんじゃねぇ!!!」

 

ジャスティの言葉にキャロは唖然とした表情を浮かべ、エリオはその表情に大人顔負けの義憤を浮かべた。

そして、小十郎はというとジャスティの偏狭且つ身勝手な言い分に心底見下すように鼻で笑った。

 

「舐めていやがるのはどっちだ? テメェの勝手な理由で六課を裏切った挙げ句に、人質を取って逃げようだなんて、テメェは兵卒としても人間としても最低な下衆野郎だな。ジャスティ…とかいったな? 少なくとも俺は、ルシエやモンディアルよりも、テメェの方がガキだと思うぜ? それもすこぶるたちの悪いな…」

 

「だ、黙れぇ! 後から入ってきた次元漂流者風情が偉そうに! 口を閉じろ!!」

 

ますますジャスティは憤慨して叫んだ。

すると、その隙にシャリオは首を必死にもがいて、どうにか口に巻かれていた布を解くと、3人に向かって叫んだ。

 

「片倉さん! エリオ! キャロ! 私の事は構わずに早くこの裏切り者を取り押さえて! 絶対にここから逃したらダメ!!」

 

覚悟を決めたような顔つきで、そう叫ぶシャリオだったが……

 

「ッ!? やっていいんですね? わかりました。やっちゃっていいんですね!?」

 

エリオがそう答えると、シャリオは「へぇっ!?」というような顔をした。

 

「シャーリーさん…不肖、エリオ・モンディアル。貴方の覚悟…無駄にはしません!」

 

「ちょっとぉぉぉぉぉ!! ストップ、ストップ、ストーーーーップ!!」

 

エリオがストラーダを構えかけると、慌ててシャリオは叫んだ。

その叫び声に、踏み出そうとしていたエリオの足が止まる。

 

「はい?」

 

「「はい?」じゃないでしょうがぁ!! いや、確かに『私の事は構わずに』とは言ったけどさぁ! ちょっとくらい構おうよ!? 私が止めなかったら、本当に私ごと刺すつもりだったでしょ!?」

 

「えっ…!? だって、兄上がいつも言ってましたよ? 『その気になれば身体を縛られていても、飛んでくる槍を避ける事なんて造作もない』って…」

 

「いや、それ戦国時代(片倉さん達の世界)の人限定だから!! 私を貴方達の踏み込んでる破天荒な世界と一緒くたにしないでぇぇぇ!!」

 

「おい!何お前達だけで、わいわいやってるんだよ!? 今の状況わかってるのか?!」

 

ジャスティは自分そっちのけで話している事が気に入らないらしく、シャリオの首にライオットザッパー・Rの刃を押し当てて怒鳴った。

 

「どこまでも舐め腐りやがって! おい、オッサン! それにガキ共!! これが最後の警告だぞ! テメェらの持っているデバイスや武器をおとなしく地面に置いて、後ろに下がれ!! 俺が隊舎の外に出るまでそのままでいたら、コイツを開放してやる! だが、これ以上手向かってきてみろ?!この女の喉を掻き切るぞ!!」

 

「……本当だな?俺達が抵抗しなければ、フィニーノを解放するんだな?」

 

「あぁ、してやるさ。ただし…俺が逃げ切れたらの話だがな!」

 

小十郎の問いかけに、ジャスティが強気な姿勢で言い返した。

すると何を思ったのか、小十郎はエリオとキャロに目で合図を送ると、2人は突然黙ってそれに従い始めたのだった。

 

「皆…ダメ…ッ!」

 

シャリオが制止する声を無視して、3人はそれぞれ足元に黒龍、ストラーダと刀を置き、そのまま後ろに離れようとした。

 

「待ちな! オッサンの腰に下げているもう一本の刀と、メスガキの手に付けているケリュケイオン(グローブ型のデバイス)も置いていけ!」

 

そこへジャスティの声が飛んできた。

 

「小十郎さん…」

 

「仕方ねぇ…置くぞ…」

 

小十郎は小さく舌打ちをしながらも、言われるがままに腰に下げていたもう一本の名刀『山吹』を黒龍の隣に置き、キャロもケリュケイオンを手から外して、刀の傍に置くと、3人はジャスティから距離を開ける形で後ろに下がった。

 

「ジャスティさん! これで貴方の要求には応えました。シャーリーさんを返して下さい!」

 

「だから言ってるだろ! 俺がここから逃げるまでだ!」

 

両手を挙げて何も持っていない事を示す3人に対し、ジャスティはそう怒鳴りつつシャリオの首にライオットザッパー・Rを突きつけたまま、じりじりと真後ろにある隊舎の門に向かって後退しはじめた。

見ると、門をくぐった先には既に脱出用として西軍方が用意したと思われる転送魔法の魔法陣(転送ポート)が形成されている。

魔法陣の直前までやってきたジャスティは、しきりに転送ポートと小十郎達の方を見比べた。その顔には勝利を確信してか、笑みさえ浮かんでいた。

 

そして、ジャスティはシャリオを突き飛ばして解放すると、転送ポートに足を踏み入れて逃げようとした。

小十郎はその瞬間を見逃さなかった。

 

「今だ! ルシエ!!」

 

「はい! …フリード!!」

 

「キュクルーーーッ!!」

 

小十郎の合図を受けたキャロが声を張り上げると同時に、門の脇にあった花壇の死角から一匹の白い小龍 フリードが飛び出してきて、魔法陣に踏み込もうとしていたジャスティの両足に目掛けて2発の火炎弾を発射した。

 

「あち! あちあちあちち!! 熱いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

両足が燃え上がり、悲鳴を上げながらジャスティがライオットザッパー・Rを取り落して、その場に転がり倒れる。

 

「今だ! 行け! モンディアル!」

 

「はい!」

 

エリオはその隙にストラーダを置いた場所に駆け寄り、掴み取る。

 

《Sonic Move!》

 

すかさず、高速移動魔法『ソニックムーブ』を発動させ、一気にジャスティとの距離を詰めると、ストラーダの穂先でジャスティの襟首を突き刺して捕らえる。

勿論、身体には刺さしてはいない。

そのまま後ろに背負投げる形で、彼を隊舎の敷地内へと押し戻した。

 

「ぐぶぅ!?」

 

床に叩きつけられたジャスティがマヌケな叫びをあげる。

 

「こ…このクソガキ共――――ッ!!?」

 

ジャスティは悪罵を上げながら、地面に落としたライオットザッパー・Rを拾おうと這いずるが、そこへ小十郎がゆっくりと近づいてくる。

勿論、愛刀の『黒龍』『山吹』共に回収済みだった。

 

「…て…テメェら…この不意打ちの為に、さっきの茶番劇みたいなやり取りを―――?!」

 

這いずりながら、見上げて睨みつけるジャスティに対し、小十郎は小さく頷いた。

 

「あぁ。わざとテメェの関心を俺達に向けさせて、その間にフリードに脇に周ってもらったのさ。こんな子供騙しな策にあっさりと引っかかりやがるとは、やっぱりテメェは、ルシエ達以下のガキだった事だな」

 

そう言ってジャスティを見降ろす小十郎の目つきは完全に汚いものを見るような蔑んだものであった。

 

「フィニーノから聞いたが、テメェ元々、実戦部隊志望だったそうだな? だが、ロングアーチ(本陣)務めでは優秀だったのかもしれねぇが、実際の戦場に立てばテメェも所詮は素人以下だったって事だな…」

 

「な…なんだとッ…!?」

 

またもや嘲られ、ジャスティは冷静さを欠いたように顔を歪ませながら、小十郎に憎しみと殺意の籠もった鋭い視線を浴びせる。

 

「これが日ノ本(俺達の世界)であったら、敵の内通者であるテメェはこの場で斬り捨てられるのが性だ。だが、ここはミッドチルダ…時空管理局(八神達)のルールに則らねぇとならねぇから、命まで奪うわけにはいかねぇ…しかし……」

 

そういうと小十郎はジャスティが自分に向けてきたものよりも、何倍も…否、何百倍も鋭く恐ろしい目つきで睨み返した。

その気迫にジャスティの表情が一転する。

 

「これだけの騒ぎを引き起こして、六課をかき乱しやがったんだ…それに値する“ケジメ”はつけないとならねぇのは…わかってんだろうな?」

 

「ま…待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ! 俺は何も悪くない! お、俺はあの大谷達に脅されていただけなんだ!! 『六課を陥れるのに協力しろ』って…薬とか盛られたりしてな! あ、アイツらの企んでる事だって、全部話す! だから、見逃してくれ!」

 

ジャスティは先程までの強気な態度を完全に翻し、必死に弁明するが、小十郎達にしてみれば、単なる見苦しい言い訳に過ぎない事は既にわかりきっていた。

どこまでも見苦しいジャスティの態度に、小十郎の額に青筋が浮かんだ。

 

「散々やりたい放題やっときながら『何も悪くない』、『見逃せ』だと…? テメェみてぇな“カス”が今まで機動六課の一員を名乗っていたとは…片腹痛ぇ話だなッ!!!

 

 

バギィッ!!

 

 

小十郎は本物のヤ◯ザ顔負けの怒声と形相をジャスティに浴びせながら、追い打ちとばかりにあと数十センチ先に転がるライオットザッパー・Rまで届こうとしていたジャスティの片手を力強く、踏みつけた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!?」

 

木のへし折れるような音と共に、ジャスティの片手が途中から変な方向へ折れ曲がる。

大きな悲鳴が辺りに響いた。

その光景を見ていたエリオとキャロは、悍ましいまでの小十郎の容赦の無さに、顔を青ざめるが、ジャスティに散々な目に遭わされたシャリオは、思わず親指を立てて、喜んでいた。

 

「その痛みは、テメェの裏切りに対する六課の奴ら…特にフィニーノらロングアーチの仲間の心の痛みと思え……ルシエ。こいつにバインドをかけろ」

 

「えっ!? は…はい」

 

小十郎に言われ、キャロは既にケリュケイオンを再装着していた片手をかざすと、ジャスティの(今しがた小十郎にへし折られた片手を除く)手と上半身、両足にピンク色の魔力光のバインドをかけて拘束した。

 

 

「ジャスティ・ウェイツ准陸尉! 管理局敵対組織『西軍』への内通行為、局管轄下の施設爆破、非合法デバイスの無許可所持、人質による強要、殺人未遂! 計6つの罪状の現行犯で貴方を逮捕します!!」

 

ジャスティの顔にストラーダの穂先を突きつけながら、エリオは力強く言い放つ。

ジャスティを拘束しながら、エリオとキャロは、改めて「小十郎さんを本気で怒らせる事がないようにしよう」と心に思うのだった…

 

 

 

 

その頃、シグナムと左近は、隊舎の敷地の反対側…訓練所の近くにまで移動して激しい切り結びを続けていた。

 

「シュランゲバイセン!!」

 

「ゾロ目!!」

 

シグナムが連結刃(シュランゲフォルム)となったレヴァンティンの鋒を突き出すのに対し、左近は双刀を握った両腕を軽やかな手捌きで回転させ突き出された蛇腹型の刃を打ち払う。

シグナムは慌てる事なく、レヴァンティンの連結刃を再び合体させ、片刃剣(シュベルトフォルム)に戻すと中段に構えた。

 

「上ぁがりっと!!」

 

左近が叫びながら踏み込んでくると同時に回転の勢いを利用して双刀の片割れを、下から突き上げるようにして振り上げた。

赤白の斬撃波が降りかかるのをシグナムはレヴァンティンで弾いて打ち消す。

火花が散り、金属がぶつかり合う独特の音色がその場に響いた。

 

「貴様、軟派な性格のくせに腕はいいな…流石は“凶王”の軍の侍大将だけの事はある」

 

シグナムがそう称えると、左近は鼻をこすりながら得意げに笑う。

 

「ヘッ! 姐さんなかなか男を見る目があるみたいだねぇ。どうよ? ついでにこの男前な顔を褒めてくれないかい?」

 

「調子に乗るな! そういう一面もヴァイス(アイツ)にそっくりだ!」

 

シグナムが踏み込みながら、左近の軽口を一蹴した。

レヴァンティンの魔力カートリッジを1発リロードさせた事で、その振り下ろす速さと力が格段に加増する。

左近は即座に軟派な思想を切り替え、双刀を逆手持ちで振り上げる事で応じた。

訓練用の外観シミュレーターも起動していない為、建築物どころか草木の一本も生えておらず、一面アスファルトのだだっ広い更地だけが広がっている訓練所にレヴァンティンと双刀がぶつかり合う金属音が響き渡った。

 

すると、左近は自分達が今いる場所を一瞥すると、バックステップでシグナムとの間合いをとると、突然妙な事を提案してきた。

 

「なぁ。せっかく広い場所に出てきたんだ。ここらでお互いにとっておきの“大技”でも見せ合いっこといかないかい?」

 

「なんだ? 随分、大胆な勝負を言い出してきたな。博打でもあるまいし…」

 

「へっ! 斬り合いも博打も、丁か半かの物差しで図る勝負こそ、力が入って面白いもんじゃないのさ?」

 

ニヤリと笑いながら、そう話す左近に、シグナムはまたひとつ、彼の素性を見抜いた。

 

「さては貴様“賭博師”だな? それも根っからの…」

 

「当たり! ひょっとして『烈火の将』さんも、これやる口で?」

 

わざわざ双刀の片方を鞘に戻してまで、丁半のツボを振る仕草を交えながらおどけた調子で話す左近に、シグナムは呆れるようにため息をついた。

 

「いいや。寧ろ私は、左様な怠惰な遊びには興味がない」

 

「あらま。三成様みたいな事言ってるよ」

 

「だが…互いの大技をぶつけ合う、丁か半かの真剣勝負…そういう趣向は嫌いではない…」

 

シグナムはそう言い加えながら、レヴァンティンの刀身に魔力を集束させはじめた。

紫色の魔力のオーラがレヴァンティンの大振りの片刃に纏わり付き、夜闇を照らす程の強い輝きを放っている。

それを見た左近は「そうこなくっちゃ!」と嬉しそうに言ってのけると、再び双刀を構え直し、それからそれぞれ手の中で駒のように高速で回しながら、腰を落とした。

 

「どっちに張る? “丁”かい?“半”かい?」

 

「言っただろ。私は博打には興味がない。故にそういう事もよくわからない。だから、お前の好きにしろ」

 

「そうかい? それじゃあ、姐さんが“丁”、俺は“半”だ!」

 

この状況で遊び半分な事を話す左近の口ぶりと裏腹に、強い殺気が熱い熱気となり、対峙するシグナムに伝わってくる。

 

「丁半、揃いました。……勝負ッ!!」

 

左近が声を張りながら、顔の前で双刀を(バツ)の字を組むように、逆手持ちで構えると、シグナムもそれに応えるように電撃の走ったレヴァンティンを正眼に構えた。

 

ひゅうッ…とその場に冷たい潮風が吹き抜ける。

その瞬間を狙って、シグナムと左近は同時に地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。

 

「紫電…一閃ッ!!」

 

追重迦鳥(おいちょかぶ)!!」

 

シグナムが振り下ろしたレヴァンティンと、左近が十字に振り上げた双刀が激しく打ち合う。

それぞれ魔力と気のオーラを纏った一撃はその衝突だけで広大な訓練所中に強い震動を打ち広げたのだった。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

「ぐぅぅぅぅぅ……!!」

 

火花を散らしながら組み合うレヴァンティンと双刀を挟み、互いに互角の気迫をぶつけ合いながら、シグナムと左近は睨み合う。

お互いにその一撃に賭けた勝負である。この戦い、先に姿勢を崩した方が負けである事はそれぞれ十分に理解していた。

 

 

「ぬあああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「ぐぐ……くっ…!?」

 

鍔迫り合いに変化が起きたのは30秒程経った時だった。

それまで、互いに一歩も引かずにいた鍔迫り合いだったが、徐々に左近の方が圧され始めた。

一撃の重さでは互角だったものの、その持久力に関しては剣士としての経験が実質倍以上に多いシグナムの方が上回っている事がここへ来て明らかになったのだった。

 

そして、その好機をシグナムは見逃さなかった。

 

「レヴァンティン!」

 

《Jar!》

 

シグナムが合図を出すと、レヴァンティンは追加の魔力カートリッジを1発リロードさせる。

忽ち、レヴァンティンの剣を圧す力と重みが倍増しに増幅される。

 

直後、ガラスが砕けるような音と共に左近の前に張っていた十字の斬撃波が砕かれ、左近の身体が紙人形の様に宙に吹き飛ばされ、その衝撃で握っていた双刀の片割れが手から零れ落ちてしまった。

 

取り落とされた双刀の片振りが回転しながら地面に突き刺さる。

 

「畜生!」

 

左近は空中で態勢を立て直すと、そのまま手に持っていた双刀の残る片振りをシグナムに向かって投擲する。

シグナムは投げつけられた小太刀をレヴァンティンで難なく払いながら、すかさず地面を蹴って、空中に向かって飛翔すると、追い打ちの一撃をかけんと、左近に斬りかかっていく。

 

だが、左近も負けてはいない。

得物の双刀を失い、丸腰になった彼に残された武器は、双刀と共に得意手としていた足の蹴り技で、振り下ろされたレヴァンティンを払い除けるだけなく、その後に繰り出される攻撃を全て、弾いてみせた。

 

「ほぉ。二刀の使いもさることながら、足技もなかなかのものだな。しかし…」

 

シグナムはレヴァンティンを脇構えにすると、片刃剣(シュベルトフォルム)から連結刃(シュランゲフォルム)へと再び変化させた。

そして、レヴァンティンを振り上げ、その連結鎖状の刃で左近を斬る…のではなくその身体に巻きつけて拘束した。

 

「ちょ、マジで―――ッ!?」

 

左近が驚愕する暇もなく、シグナムはレヴァンティンを振り下ろすと、連結刃に拘束された左近を地表に向かって叩き落とした。

衝撃音と共に砂塵が巻き上がる。

 

シグナムは、片刃剣(シュベルトフォルム)に戻ったレヴァンティンを手に、念の為に間合いをとりながら着地すると、立ち上がった砂塵がゆっくりと晴れていく。

そこには地面に生じたクレーターの真ん中で尻を突き上げるような格好でうつ伏せになった左近が白目を向きながら失神していた。

 

 

「この勝負…目は“丁”と出たようだな……」

 

 

シグナムは勝ち誇った声でそう呟きながら、レヴァンティンをゆっくりと鞘に収めるのだった……

 

 




ついにリブート版でもヴァイスのバイクがとんでもないことに…(笑)

オリジナル版ではそのまま海に放棄されてヘドロまみれの顛末でしたが、リブート版では果たしてどうなる事になるか…?(黒笑)

ちなみに、リブート版で新たに追加された政宗と、スカリエッティが新たに開発した今作オリジナルのバイク型ガジェットドローン『Ⅷ型』とのカーチェイスシーンは、オリジナル版では未制作の『ミッドチルダ総攻撃編』に投入を検討しようとしていたシーンでしたが、リブートにあたって、思い切ってこちらで繰り上げ登場させる事に決めました。

既に始末書だけじゃ済まなそうな大惨事を起こしながら、なのはの許に急ぐ政宗…
この(色んな意味で)窮地を機動六課はどう乗り越えるのか…?

次回をお楽しみに!


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第三十三章 ~機動六課攻防戦 対峙する“夜天”と“凶星”~

激しさを増す機動六課の攻防戦…

その渦中に遂に、部隊長 八神はやてが参戦する。
対峙する相手は西軍参謀にして、此度の襲撃の首謀者 大谷吉継…同じ一軍を率いる誇りを胸にはやては大谷に挑むが、そこには恐るべき罠が仕掛けられていた……


シャッハ『リリカルBASARA StrikerS 第三十三章 出陣でゴースゴースゴースゴースゴース!!! ウェ~ヘッヘッヘッヘ~! でさ~ね~~~~!!』






カリム「………っというザビー教団オリジナルカンペを宗麟君と作ったわよ♪ この通りに読んだら、貴方の人気も急上昇…」

シャッハ「するわけないでしょう!! …っていうかこれハ◯ウッド・ザ◯シショウのネタ丸パクリじゃないですか!!」

宗麟「名付けて『誇張しすぎたリリバサタイトルコール』! あとはこれに、テンガロンハットをかぶって、服装は黒いパンツ一丁になってもらえば…」

シャッハ「蹴り殺すぞ! クソガキ!!」



一方、佐助&ティアナと上杉景勝は隊舎前の防風林で死闘を続けていた。

 

「ぜぇえりゃあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

景勝が男顔負けに猛々しい掛け声と共に大斧刀を薙ぎ払うと、その風圧だけで、近くにあった木がへし折れてしまう。

 

「ぐぅ…! いつも思うけど、ホント上杉謙信(軍神)とはまるで違う大味な技使うよねぇ! もうちょっと、親御さんの居合とか参考にしようとは思わなかったの?!」

 

景勝の薙ぎ払いを必死に避けながら、佐助がボヤくように言った。

 

「うるせぇ! オレはおじきと違って、繊細な技は性に合わねぇんだよ!! それに手を潰すにぁこういう大仕掛けな技が最も理に合うってもんだ!!」

 

そう言うと、景勝は大斧刀の刀身に冷気を集束させ、瞬く間に巨大な氷の塊を纏わせてしまった。

 

「砕け散れ!!“勝割(かちわり)”!!」

 

景勝が技名を叫びながら、勢いよく大斧刀を振り下ろした。

すると大斧刀が振り下ろされる衝撃で、巨大なそれを覆っていた氷塊がバラバラに砕け飛び、隕石もかくやのような速さで周囲に向かって飛散していく。

当然、飛び退いていた佐助やティアナの許にも、無数の氷の礫が飛来し、2人はそれぞれ大手裏剣を手の内で回したり、クロスミラージュから魔力弾を放って撃ち落としたりしながら、どうにか防いでいく。

その間にも付近の防風林の木々は飛ばされた氷礫が機関銃のように無数に当たり、木の幹を砕き、地面を削り、あっという間に周囲を穴ぼこだらけの悲惨な光景に変えてしまった。

 

「いや、大仕掛けにも程があるっての!! 下手すりゃホント死んじまうって!」

 

「バッカ野郎ぉっ! 『武士(もののふ)の道は“死ぬ”こと』たぁよく言うだろうがよぉ!!」

 

この修羅場においても実に楽しそうに笑いながら、大斧刀を振り回してくる景勝に、佐助は行長とはまた違う“恐怖”のようなものを感じた。

やはり、彼(女)が『豊臣五刑衆』に選ばれたのにはこういう一面を見抜かれたからではないかと思えてならなかった。

 

 

ガチィン!

 

 

とにかく、少しでも景勝の猛攻を食い止めるべく、佐助は大手裏剣で振り下ろされる大斧刀を真正面から受け止めようとした。

ところが、大手裏剣と大斧刀がぶつかり合う鈍い音が聞こえた瞬間…

 

「いっってええええええぇぇぇぇぇッ!!?」

 

ただ武器同士を組み合ったその衝撃だけで、思わず佐助が悲鳴を上げる程にその一撃の重さは計り知れないものであった。

呆気なく押し負けた佐助はバク宙を決めながら、飛び退き、着地する。

 

(な、なんつぅ馬鹿力だよ!? 井伊の国の女地頭並か、それ以上あるんじゃねぇか?!)

 

佐助は、上杉同様に武田の宿敵として何度も渡り合ってきた女武将の事を思い出しながら、景勝の腕力の強さに戦慄した。

ちなみに佐助の言うその女武将もまた、大剣を使う腕自慢であった。

 

「なんだよ。お前も思った以上にヘタレだな。この生温い世界にやってきてから気ぃ緩めすぎたんじゃねぇのか?」

 

そう言った瞬間に景勝は大斧刀を豪快に振り乱しながら佐助に襲い掛かるが、佐助も素早い動きで大手裏剣を振るう。

 

「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「ぜりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

佐助は奥の手として大手裏剣を居合のような速さで振るう剣戟を見せた。

対する景勝も佐助の大手裏剣を振るう速さに負けぬ速さで大斧刀を振り乱す。

スピードは全くの互角だが、パワーはやはり景勝の方が圧倒的であった。

 

「佐助さん!」

 

その間に景勝の背後に回っていたティアナはクロスミラージュを構えながら、佐助の援護をしようとするが、どうやって援護をすればいいかわからなくなっていた。

景勝の鈍重ながらも鋭い乱斬り…それをなんとか防ごうとする佐助。

この状況はどう見ても佐助が不利である。

 

しかし援護しようにも、この位置で撃てば佐助を誤射しかねない。

それに、相手は既に一度刃を交えた景勝だ。下手な射撃程度が通じるような相手でない事は昼間の交戦、そしてこの戦いの中で十二分に理解していた。

 

(けど…このままじゃ…佐助さんが…!!)

 

ティアナは思わずパニックになりそうになる頭を必死に鎮めながら、必死に考えようとする。

すると、その様子が目に入った佐助が、必死に景勝の乱撃を凌ぎながら声を荒上げる。

 

「ティアナ! 思い出せ! お前のこの部隊での役割はなんなんだ!?」

 

「!?」

 

佐助のその一言でティアナはハッとした表情に変わる。

今自分にできる事それは…

 

 

―――的確なコントロールを駆使して敵を射撃して、仲間を援護する事!―――

 

 

 

ティアナは一度深呼吸して息を整えると、クロスミラージュの照準を景勝に向けて構え、一気にカートリッジを四発もリロードした。

ようやく見つけた絆を、“豊臣”なんて奴らの策略に利用されたまま失いたくない!

守りたい! 私の大切な仲間を…!

そして…“弱かった”過去の自分を本当の意味で超えたい……!!

 

自分の持てる力を全て出し切ってまで!

 

そしてティアナの周囲に、オレンジ色の魔力弾が形成される。

その数は自分がこれまで出せた数の2倍近くはあった。

 

「守って見せる!…もう…絶対に迷わない!」

 

自分が、気が付いた『強さ』の本当の意味…

 

その答えをこの一撃に込めて!

 

「お願いクロスミラージュ…!」

 

ティアナはクロスミラージュに祈りを込めると、突然その銃口を空に向け直す。

 

「クロスファイヤー…」

 

「ん?」

 

ティアナの行動に景勝が気が付くと、ティアナはそれを見計らうかのように…

 

「シュート!!」

 

オレンジ色の魔力弾を、一斉に空に向けて撃ち放した。

 

「? 何やってんだ? 何処に向かって撃ってんだよ?」

 

ティアナの行動を理解できず、怪訝な表情を浮かべながら、景勝は攻撃の標的をティアナに切り替えようとした。

だがその時…

 

ドンッ!

 

「…うぉっ!?」

 

踏み出そうとした景勝の足の前に一発の魔力弾が空から落下する様に飛来した。

慌てて足を止めた景勝はふと空を見上げ…そこで驚愕の表情を浮かべる。

 

「おぉっ!!? …なっ!? なんじゃこりゃ!?」

 

真上に見えたのは、まるで雨霰のように自分めがけて降りかかってくる大量にオレンジ色の魔力弾であった。

それも全て、景勝に一点集中するかのようにコントロールされた軌道で向かってきている。

 

「ぐうぅぅぅぅぅっ!!?」

 

思わぬ攻撃を前に景勝は、初めて露骨に動揺した様子を見せ、大斧刀を必死に取り回して、降り掛かってくる魔力弾を弾き飛ばしながら、防御する。

しかし、当然そうなるとそれまで攻撃対象であった佐助に対しては完全に無防備となってしまうわけである。

 

ティアナの狙いはそれだった。

 

 

「今よ…“佐助”!!」

 

 

「ッ!? よっしゃ任せろ!!」

 

ティアナの声に導かれるように佐助が景勝に向けて駆け出し、大手裏剣を振りかぶって斬りかかった。

景勝は慌てて避けようとするが魔力弾の雨に気をとられていたせいで一歩遅れ、左肩を微かだが斬られてしまった。

 

「ぐぅっ!?」

 

血の垂れる左肩を押さえながら後ろに飛び退いた景勝は、どうにか最後の魔力弾を弾くと一定の距離を開けて飛び退き、大斧刀を地面に突き立て、佐助とティアナと対峙した。

 

「へへっ…まさか天上(ウエ)から射撃(ハジキ)持ってきやがるたぁ、オマエなかなか面白い技使うじゃねぇか。今のは一本取られたぜ」

 

「……アンタのさっきの“大仕掛け”な技がヒントになったのよ」

 

ティアナはクロスミラージュを構えたまま、先程景勝が披露した『勝割』の事を話す。

巨大な氷塊を粉々にして、無数の氷礫を無差別にぶつける事で相手の不意をつき、隙を生じさせる…その原理を自らの『クロスファイアシュート』に応用したのが今の一手であった。

景勝は自らの技を自分の攻撃に応用したティアナの臨機応変ぶりに素直に感心した。

 

「ヘッ…オマエ、唯の生き急いだガキと思ってたけど、案外この先とんでもねぇもんに化けるかもしれねぇな」

 

景勝は肩の傷口を押さえていた手を外して、その手で地面に突き立てていた大斧刀を再び手にとった。

 

「さてと…今度は二人がかりで同時攻撃とくる気か?」

 

「二人ではござらぬ!!」

 

不意に背後からかかった声に、景勝が反射的に振り向いた瞬間、一迅の風と共に二槍の穂先が突き出されるが、景勝は素早く躱す。

 

「某もまだ倒れてはおらぬ!」

 

そこには、頭から血を流しながらも、毅然と佇む幸村の姿があった。

 

「幸村さん!?」

 

「大将! 無事かい!?」

 

「あの程度の一撃で折れる程、この幸村の槍は脆くはない!!」

 

幸村の勇んで叫ぶ姿に景勝は嬉しそうに大斧刀を負傷していない肩に担いだ。

 

「そうこなくっちゃな。 そうでないと武田信玄(おじきが認めた漢)が認めた漢の名が廃るぜ? 幸村よぉ」

 

景勝はそう言いながら、再び戦闘態勢をとる。

彼(女)を三方から取り囲むように対峙した幸村、佐助、ティアナもそれぞれいつでも飛び掛かれるようにゆっくりと構える。

 

「遠慮はいらねぇ! 全員纏めてかかってきな!」

 

「元よりそのつもり!」

 

「いくぜ!」

 

「はい!」

 

それぞれに言葉を発しながら、全員が動こうとした。

その時だった…

 

 

景勝の許に空から一羽の目の赤く光った黒い鳥が舞い降りる。

 

《景勝。お楽しみのところ悪いけど、アンタには一足先に撤収してもらうよ》

 

「「「!!?」」」

 

鳥は景勝の肩に止まると、人間の女性の声で言葉を発した。

突然、言葉を発した謎の鳥に戸惑う3人に対し、景勝自身は露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

 

「はぁっ!? どういう意味だよ! こちとらせっかく楽しくなってきやがったとこだっつぅのに!!」

 

《左近とジャスティがしくじったんだよ。 場合によっては、わちきも動かなければならないかもしれなったものでね》

 

「あぁ!? ったくあのバカ共が! ジャスティとかいうド素人はともかく左近の野郎までヘタこくたぁ、なにやってんだよ…!!」

 

景勝の口ぶりから、どうやら黒い鳥を介して彼(女)と話しているのは、同じ西軍の仲間である様子だった。

 

《知っての通り、わちきが動くとなると色々面倒な事になるからね。下手すりゃアンタも巻き添え食らってしまうなんて洒落にならないような事になるかもしれないから。一応念の為にアンタには先に下がってもらう事にしたのさ》

 

「………チィッ! しゃあねぇ…わぁったよ」

 

景勝は一瞬佐助達の方に目を向けると、肩に止まった黒い鳥に向かって頷いた。

すると、黒い鳥はボロボロと崩れ落ちるように消え去ってしまった。

 

 

「……そういう事だ。幸村、猿飛。せっかくこれからってところで悪ぃけど、今日はここまでみてぇだ」

 

話しながら景勝はティアナの方に目をやった。

 

「それと…オマエ、名前なんて言うんだ?」

 

「?……ティアナ・ランスターよ」

 

ティアナはクロスミラージュを構えたまま、静かに応える。

すると、名前を聞いた景勝は自然と口の端を釣り上げた。

 

「ティアナか…その名前…しっかり覚えておくぜ。次に会った日には、また一皮むけた姿を見せてくれるのを期待しておくぜ」

 

告げ終わると、景勝はニッと笑みを浮かべながら、煙玉を足元に投げつけ、忽ち辺りは白煙に包まれた。

 

「ま、待たれよ! 景勝殿!!」

 

幸村と佐助はそれぞれ武器で煙を払うが、既にそこには景勝の姿はなかった。

 

「逃げられたか…」

 

「佐助!」

 

佐助が肩の荷を下ろした様子で息をつくと、ティアナが駆け寄ってくる。

 

「佐助、大丈夫?」

 

「あぁ…なんとかな…」

 

話しながら、佐助はティアナと共にさっきまで景勝の立っていた場所を一瞥した。

 

「最後のあれ…どういう意味なの…?」

 

「……まぁ、なんというか…少なくともお前、気に入られたみたいだよ…あの『悪たれの景勝』に」

 

佐助は大手裏剣を腰に下げて話す。

幸村はまだ、景勝の姿を探して辺りを見渡していた。

 

「……どう? ちょっとは自分の気持ちの整理ついたか?」

 

佐助が尋ねると、ティアナは胸に支えていたものが取れたように大きくため息を吐いた。

 

「一応はね」

 

ティアナはふっと笑いながらそれだけ応えた。

実に数週間ぶりに見せた心からの笑顔だった。

そんなティアナの返事に、佐助もニッと笑い返した。

 

その時だった…

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン!!

 

 

「「「!!?」」」

 

3人の耳に遠くから激しい爆音と衝撃音が響いてくる。

隊舎の正面玄関前の方からだった。

 

「…どうやらまだあっちの方は片付いてねぇみてぇだな!!」

 

「急いで参ろう! 佐助! ティアナ殿!」

 

「はい!」

 

3人はすぐさま、応援に向かうべく駆け出した…

 

 

 

 

その頃、機動六課・隊舎前では大谷吉継との死闘を続けるスバルと家康であったが、その戦況はお世辞にも芳しいものではなかった…

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォン!!

 

 

「うわあああああああああああああああ!?」

 

「きゃあああああああああああああああ!?」

 

大谷の撃ち飛ばしてきた珠が目の前の地面に命中し、爆発に晒された家康とスバルは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「ヒーヒヒヒヒ!! ほれほれ! どうした徳川。 主らの“絆”とやらの力はこの程度か?」

 

二人の前では、禍々しい光を放つ珠を掲げながら大谷が、浮遊する輿の上で胡座をかきながら冷やかすような笑みを浮かべる。

家康は地に膝をつきながら、血の混じった唾を吐きつつ、眉を顰めた。

 

(一体どういう事だ…? 日ノ本で戦った時よりも、遥かに強い力を感じる……!)

 

大谷とは、日ノ本にいた頃…関ヶ原の戦いが起こる以前より何度か戦った経験があった。その戦いで覚えていたのは彼の扱う妖術は確かに厄介な効果を持つものが幾つもあれども、やはり三成や左近に比べると、ここまで苦戦を強いられる程に、実際の戦闘に秀でていたという印象はなかった。

ところが、この戦いが始まってから、大谷は次々と今まで家康が見たこともなかったような妖術を匠に操り、スバルと二人がかりになっても、まともに一撃さえ届かせずにいた。

ここまで実力を隠してきたとでもいうのか? それともスカリエッティというこの世界の新たな協力者のおかげで得た力とでもいうのか?

そんな家康の戸惑いを見抜いたのか、大谷はヒヒヒと笑いながら言った。

 

「この世界は実にすばらしいものよ。魔法という術が出回っているおかげで、我が妖術にもより一層力を漲らせてくれる」

 

「……やはり、魔法の力も借りているのか…?」

 

家康が尋ねた。

 

「左様。ただし、術式はあくまでも我がやり方のままで、借り受けているのは“魔力”という糧の力だけ…しかし、おかげでこうして我が術もより強力になったというわけだ」

 

大谷はそう答えながら、5個の珠を身体の前に列を組むように並べる。

 

「当然…強くなった我が術は新たな呪いを生み出す事も容易くなった……」

 

大谷は珠の一個一個に思念を送り始めた。

 

「“放つな五行”」

 

大谷がつぶやくと共に、5個の珠からそれぞれ炎、濁流、土砂、枯葉交じりの風、光線が一つになって家康達に向けて放たれる。

 

「よけろ!」

 

家康が叫ぶと、彼とスバルはそれぞれ横に飛び退いて5種類の珠の攻撃を交わす。

しかし、5個の珠は攻撃を避けられても、大谷の周囲に展開し、それぞれの炎、濁流、土砂、枯葉交じりの風、光線を放ち続ける。

絶えぬ5種類の攻撃を前に、家康達はうまく反撃に出る事ができずにいた。

 

「くそ!完全にこっちの不利だ!」

 

「でも早くなんとかしないと隊舎が…」

 

スバルはそう言いながら、隊舎の正面玄関前に押し寄せようとする縛心兵達を前に1人奮闘するザフィーラに目を向けた。

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!」

 

流石のザフィーラも洗脳された一般人な上に一時的に無力化しても無限に復活してくる敵を延々と相手にするのはキツい様子であった。

ザフィーラは毅然とした表情で拳を構え続けるが、その息は切れ切れになっているのがわかる。

そして、尚も縛心兵達は次々と隊舎に向かって押し寄せてきていた。

 

この状況はどう見ても六課側が不利であった。

その様子を苦渋の表情で見つめる家康とスバルに、大谷が低い声で挑発してくる。

 

「さぁ…どうする徳川? いくらおぬしでもこの窮地をどう乗り切る?」

 

大谷の挑発に悔しそうに歯を食いしばる家康とスバルであるが、それでも投げかけられる言葉に抗うかのように再び身構える。

 

「!?…諦めるものか! 絆の力に不可能はない!」

 

「私も…こんな簡単に諦めるつもりはありません!」

 

そう宣言すると再び、大谷に向かって駆け出す家康とスバル。

それを黙って睨みつけながら、大谷は微かな声で…

 

「……相も変わらず、忌々しいまでに真っ直ぐな男よ…」

 

そう呟きながら、既に浮遊していた5個の珠を一か所に集中させると、一つの大きな珠に変えた。

 

「ではぬしらには、その揺るがぬ絆を打ち砕く我が究極の呪いを与えてやろう」

 

大谷がそういうと、黒いオーラが周囲から吸い寄せられるようにして大きな珠に集中し始めた。

 

「“朽ちろ日食”」

 

大谷が呟くように技名を呪文のように唱えると、黒いオーラを纏い、不気味な色に染まった珠を家康、スバルに向けて撃ち放った。

家康とスバルはそれを手甲とリボルバーナックルで防いだ。

しかし…

 

「!?…手甲が!?」

 

「リボルバーナックルが!?」

 

なんと二人のそれぞれの手甲やナックルは、黒い珠の放つ不気味なオーラ…瘴気によって徐々に腐食し始めていた。

 

「うぅ!?…なんなのこの力!? 魔法とは違うのに、それ以上の力を感じる!」

 

物を腐らせる程の力を有する『呪い』の恐ろしさにスバルは驚く。

 

「ヒーヒヒヒヒ! さあ!骨の髄まで腐り、朽ち果てるがいい!」

 

大谷がそういうと、二人の防ぐ呪いの珠にさらなる圧力がかかる。

 

「うぅ…!」

 

「ああぁ!」

 

圧力と腐食の両方の攻撃を受けて、家康達の表情に苦痛が浮かぶ。

そして、両者の装備の腐食がそれぞれの生身の身体にを犯そうとしていた。

その時…

 

氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)!!」

 

突如一筋の閃光と共に大谷の家康達との間の地面が氷付き、同時に家康達を襲っていた珠も氷柱の一部になった。

 

「これは!?」

 

家康とスバルが後ろに飛び退き上を見上げると、そこには魔法陣を形成してその中心に立って、剣十字の紋章を模した穂先を持った杖型デバイス”

シュベルトクロイツ”を手に持ち、白と黒を基調とし、背中から大小ぞれぞれ1対ずつ黒い羽の生えたデザインのバリアジャケット姿のはやてがいた。

 

「八神殿!」

 

「はやて部隊長!」

 

驚く家康とスバルに、はやてがニッコリと笑うと今度は隊舎の入り口に迫っていた縛心兵達に目をやる。

 

「私の大切な仲間に…指一本触れさせはせぇへんで」

 

はやてがそう言うと、隊舎の正面玄関前に群がっていた縛心兵達に目を向け、サッとシュベルトクロイツの穂先を向けた。

すると、縛心兵達の一団は纏めて凍りついた。

 

「ザフィーラ! 大丈夫!?」

 

「……感謝します。主」

 

ようやく縛心兵達の攻撃の手が止まったのを確認し、ザフィーラは安堵の息を吐きながらはやてに一礼した。

その様子を見ていた家康は、初めて目の当たりにする魔導師として戦うはやての姿に思わず息を呑んだ。

 

「おぉ! あれだけ大勢いた縛心兵達が……!?」

 

「リミッターがかけられていて尚もこの魔法の威力……流石は、はやて部隊長」

 

家康とスバルは予想以上のはやての魔導師としての能力の高さに思わず呆気にとられた表情を浮かべた。

一方、隊舎を襲おうとしていた縛心兵を凍結させた事を確認したはやては、そのまま大谷を見下ろし、そして睨みつけた。

大谷は、はやてと視線を合わせると、一気に輿を上昇させ、はやてと対等に目線を合わせられる場所まで浮上する。

 

「大した魔法であるな…さてはその方が、この部隊を率いる長 “八神はやて”か?」

 

大谷が飄々とした口ぶりで、はやてに話しかける。

はやては、警戒心、そして怒りの感情の籠もった目つきで大谷を睨みながら、静かに頷いた。

 

「時空管理局・古代遺物管理部『機動六課』部隊長 八神はやて二佐や……そういうアンタは…なのはちゃん達が言うとった“大谷吉継”やな?」

 

「如何にも…われこそが“大谷吉継”…西軍参謀にして総大将 石田三成の右腕…」

 

「アンタが…ティアナを変にして、この騒動を引き起こした張本人っちゅう事か……」

 

はやては、シュベルトクロイツの柄を握る手に力を込めた。

 

「一応、一回だけ確認するで。おとなしく降伏する気は?」

 

「ヒヒヒッ…何を言うかと思うたら…寝ぼけた事を…。われら豊臣に、『降伏』という二文字は存在しない…」

 

大谷はそう嘲笑うが、はやては予想通りの返答に納得するように頷いた。

 

「よかった。それなら、こっちも……全力でアンタを取り押さえるだけや!」

 

そう叫ぶと、はやては足元の魔法陣の周囲に6本と、魔法陣の中心から1本の合計7本の光の槍を出現させ、その全ての穂先を大谷向けて構える。

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け……“石化の槍(ミストルティン)”!」

 

はやては、大谷に向かって一斉に7本の光の槍を放った。

 

「面白い。同じ法術使い同士…心躍る戦いを期待しようぞ」

 

大谷は愉快げにそう呟きながら、輿の周囲に7つの珠を展開する。

 

「“穿つな八曜”!」

 

飛来してくる光の槍に向かって、同じ様に光輝く珠が迎撃するように飛来していく。

直後、全ての光の槍と珠が空中でぶつかり合い、大爆発を起こし、隊舎周辺は凄まじい閃光と爆音、衝撃に見舞われた。

 

「くっ…やっぱ、リミッターありやと、こんなもんか…」

 

後ろに飛び退いて、爆風を回避しながらはやては、自身にかけられた魔力リミッターによって今の全力を出して戦えないこの状況に歯痒さを覚えていた。

隊の戦力バランスの為に仕方ない事とはいえ、ことこういう時に限っては、非常事態においてリミッター解除の融通が効かせづらいこの制度に対して、時折恨めしく思えた。

 

「“戻るな鎮星”」

 

不意に、まだ晴れぬ黒煙の向こう側から、大谷が新たに技名らしき言葉を唱えるのが聞こえた。

直後、黒煙を断ち切るように輪を描くように展開された珠が高速で回転しながらはやてに目掛けて迫ってきた。

 

はやてはそれを避けると、退避する様に見せながら、隊舎前の海の沖合に向かって飛行する。

このままこの場所で大技をぶつけ合っていると、隊舎や地上にいる家康達にも巻き込んでしまう可能性があると踏んだはやては、少しでも周辺に被害が及びづらい沖合の海上まで大谷を誘い出す事に決めた。

 

そして、はやての狙い通りに大谷は輿を操作して、はやての後を追ってきた。

 

《はやて部隊長!?》

 

「スバル! 家康君! 大谷はわたしがなんとかするから、ザフィーラの手伝いよろしく! そろそろ、“氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)”の効果が切れてまうかもしれへんから!!」

 

自身を心配し、念話を飛ばしてきたスバルに対し、はやては手短に指示を送る。

すると、今度は家康からの忠告が念輪となって届いた。

 

《はやて殿! 刑部の妖術はかなり強力だ! いくらはやて殿でも1人で相手をするのは…!》

 

「わたしを見くびらんといてぇや。家康君! これでもわたしは機動六課の部隊長やで。そう簡単に落とされるつもりはないで!」

 

はやてはそう啖呵を切ってみせると、背後から追尾してくる珠の輪を一瞥する。

珠は依然として高速で回りながらはやてを狙って追ってくる。その背後からは大谷もしっかりと追跡してきていた。

 

 

大谷を誘導する形で沖合に向かって飛んでいくはやての姿を見送りながらも、家康は一握の不安を拭いきれずにいた。

 

「家康さん…?」

 

「はやて殿の実力を疑うわけではないが…なんだか嫌な予感がする…」

 

「嫌な予感って…?」

 

眉を顰めながら呟いた家康の言葉を聞き、首をかしげるスバル。

だが、その言葉の是非を問おうとしたその時…バリンとガラスが割れるような音が聞こえた。

見ると、閉じ込めるようにコーティングされていた氷の結晶が砕け、再び動き出している縛心兵達の姿が見えた。

 

「ッ!? また動き出してる!?」

 

「…仕方ない。とにかくワシらは引き続き奴らを隊舎に近づけないようにするぞ!」

 

「は、はい!!」

 

家康とスバルは、再び縛心兵達の進撃を止めようとする。

っとそこへ…

 

「家康殿!!」

 

景勝を取り逃がした幸村、佐助、ティアナが合流してきた。

 

「真田! 景勝殿は?」

 

「申し訳ござらぬ。捕らえそこねたでござる」

 

「そうか。しかし、3人共無事であったのは何よりだ」

 

家康がそう話していると、丁度そこへ訓練所の方から、気を失った島左近を抱えたシグナムが…正門の方から、小十郎とエリオ、キャロがそれぞれ駆けつけてきた。

勿論、左近にはバインドがしっかりかけられていた。

 

「シグナム副隊長! 島左近を捕まえたのですね!?」

 

「あぁ。なかなかの手練だったが、どうにかな……ジャスティはどうなった?」

 

スバルの言葉にシグナムは近くの木に左近を縛り付けながら答えると、今度はエリオ達に尋ねた。

 

「こっちも、もう大丈夫です。シャーリーさんも怪我一つなく無事です」

 

「ヤツの身柄は既にフィニーノに預けて、留置室にブチ込みに行かせた」

 

エリオと小十郎からの返答を聞いて、家康達は皆、安堵の表情を浮かべた。

特にジャスティに対して相当な怒りを示していたシグナムに至っては若干黒い笑みを浮かべているかのように見えた。

 

「フフフ…待っていろ。ジャスティ………事が終わったら、守護騎士(ヴォルケンリッター)の名において、たっぷり貴様を締め上げてやる。そして、主はやての想いを無碍にしようとした事を後悔させてやるからな」

 

((((怖っ! シグナム副隊長怖っ!!))))

 

((((……まるで三成(石田)(石田殿)みたいだな(でござる)……))))

 

シグナムの狂信的なまでのはやてへの忠誠心に思わずドン引きする家康達だった。

っとそこへ…

 

 

「貴様らぁぁぁぁぁ! いつまでも呑気に話してないで、少しは手伝わんかぁぁぁぁ!!!」

 

 

依然、相当な人数の残っている縛心兵を相手に1人奮闘していたザフィーラが奮闘しながら、珍しくツッコミの声を張り上げた。

 

「わぁ! ご、ごめんザフィーラ!!」

 

「と、とにかく皆でここを防衛するぞ!!」

 

ザフィーラの怒声で我に返ったスバルと家康は慌てて、縛心兵達の許に駆け寄り、交戦にかかるのだった。

 

 

 

ある程度沖合まで来たところで、はやては踵を返すと、もう一度先程の攻撃魔法『氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)』を放とうとする。

 

「ほの白き雪の王、銀の翼もて、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹…」

 

はやてが詠唱を唱えながら、シュベルトクロイツをふりかぶると、その場に三角形の魔法陣と、その周囲に複数の白く光るキューブがそれぞれ展開された。

 

「 “氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)”!!」

 

こちらに向かってくる回転しながら追尾してくる珠、そしてその背後から珠を操りながら追ってくる大谷自身に向かってシュベルトクロイツの穂先を構えながら、技名を号令の様に唱えると展開されていたキューブが回転しながら、向かってくる珠や大谷に向かって撃ち出された。

 

そして二度目の大爆発が起き、その衝撃で海上が激しく波打つ様子が上空にいたはやてからもはっきりと見て取れた。

もし、今の迎撃を隊舎の真上で行っていたら、今度こそ隊舎に何かしらの被害が生じていたであろう事は間違いなかった。

 

「泣いてみせよ…」

 

「!?」

 

だが、息をつく間もなく、大谷ははやてに迫りながら次の術を繰り出しにかかってきた。

今度は数珠繋ぎに連なって蛇行するように浮遊する数十個の珠を匠に操りながら、それをはやてに向かって放ってくる。

はやては飛来するそれを華麗に避けながら、即座に反撃の一手を繰り出す。

 

「“バルムンク”!」

 

はやては白い魔力刃を2つ撃ち出すと、襲いかかってくる数珠の端を切り裂く事で、その数を少しずつ減らしていく。

魔力の刃が空中を斬り裂き、連なっていた珠のいくつかを海上へと落としていく。

 

「今や!」

 

はやてはシュベルトクロイツで、魔力刃の軌道を巧みに操り、無防備な状態だった大谷の乗った輿に向かわせる。

だが、大谷は自分に向かって迫りくる2つの魔力刃を前にしても少しも怯む様子を見せなかった。

 

「“散るな天河”」

 

大谷が唱えながら、両手を顔の前で交わすと、はやての周りを蛇行していた珠が大谷の許に引き戻させる。

直後、大谷は再び集結した珠を向かってくる魔力刃目掛けて、散華させるように発射した。

まるで散弾のような飛び方で撃ち出された珠は大谷を切り裂こうとしていた魔力刃を打ち砕くだけでなく、その背後にいたはやてにも容赦なく降り掛かっていく。

その威力に驚きながらも、はやては慌てる事なく、自身の目の前に三角の魔法陣型の防御魔法(シールド)を展開し、自分に降りかかろうとした珠を防いだ。

 

「…家康君が言うてたとおり…確かに強力でけったいな術ばかり使かってくるなぁ…」

 

(本局が大谷()の事を知ったら、間違いなく『新手の魔法術式の使い手』として研究対象として欲しがるやろうな…)とシニカルな事を考えながらも、はやてはこの未知の法術“妖術”を操る難敵をどう倒すか思考を巡らせる。

ここまで小手調べがてらに近中距離の魔法を撃ち合う事で、実力を計っていたが、このまま下手な撃ち合いを続けても、埒が明かない様子であると踏んだはやての脳裏に浮かんだ最も効率的な戦法は『広域・砲撃魔法で一気に撃ち落として決着をつける』事だった。

 

しかし、自身は今は魔力リミッターがかけられており、広域・砲撃魔法を用いたところで果たして、撃ち落とせるかはわからない。

おまけに大谷の操る術はどれも、自分が使う魔法に比べて、詠唱時間や発射までのリーチが非常に短い。

これは、詠唱と術式展開が必要不可欠である広域・砲撃魔法を発射する上では、非常に相性の悪い敵といえる。

普段であれば、守護騎士のシグナムやヴィータ、または近接戦闘に秀でたフェイトなどに敵の足止めを担ってもらい、その間に詠唱を完了させるという戦法がセオリーなのであるが、ここにいるのは自分1人であり、誰からの援護を得る事もできない。

故に、この戦法を用いるのは現実的ではない事は、はやて自身もよくわかっていた。

 

「まったく、魔法は面倒な術であるな…確かに威力こそ認めるが、いちいち斯様な長い呪文を唱える必要があるとは非合理的としかいいようがないな。ヒヒヒッ!」

 

そんなはやての考えをまるで読み取ったかの如く、大谷が皮肉を述べながらあざ笑ってきた。

はやては、歯を食いしばりながら大谷を睨みつける。

この男は全ての意味合いで、自分とは“すこぶる相性の悪い男” であると思えた。

 

「ぬしは先程、われを“全力で取り押さえる”…と申しておったな? まさかそれがぬしの“全力”などとぬかすのではなかろうな?」

 

はやてにかけられたリミッターの事を知ってか、知らずか、わからないが、大谷は挑発を繰り返しながら、再び珠を輿の周りに展開し、はやてに向かって追尾弾を放ってきた。

はやては再び空を飛行し回避しつつ、時折、迎撃の魔力弾を撃っては追尾弾を凌いだ。

 

「くぅっ…! アンタって周りから『性格悪い』って言われるやろ!?」

 

追尾弾を回避しながら、はやては大谷の底意地の悪さを非難する。

それに対し、大谷は愉快げに笑いながら、頷き応えた。

 

「ヒヒヒヒッ! 軍師として上手く世を渡るには、如何に己の意地を悪くするかが要であるぞ! お人好しでは戦乱は生きられぬ、軍師しかり将しかり…ぬしも一軍の長であるのなら、われを参考にするがよいぞ? ヒーヒッヒッヒッ!!」

 

「誰がアンタみたいなヤツ参考にするかいな! この捻くれミイラ!」

 

はやては吐き捨てながら、海上近くまで降下すると、滑るように飛行しながら、追ってくる残りの追尾弾の数を数えた。

残りはあと4つ…さらに見上げると上空では大谷が周りに追加の珠を展開する様子もなく、逃げる自分を見下ろしているのが見えた。

 

(……!? せや! えぇ事考えたで…)

 

はやての脳裏に、瞬間的に天啓が浮かぶ。

そして、もう一度、上空にいる大谷の様子を確認すると、突然反転し、そのまま彼の方に目掛けて上昇し始めた。

 

「…ッ!?」

 

突然、はやてがこちらに向かって突っ込んできた事に、大谷が目を見開いたのが、突進するはやてからも確認できた。

散々嘲りの言葉を吐いてきた彼の出鼻をちょっと挫く事ができたと知り、はやては少し溜飲が下がる思いだった。

 

大谷との距離があと数メートルと迫った時、はやては即座に軌道を真上に切り替えて回避する。

はやての目論見通り、追尾弾は突然のはやての方向転換に適応できず、そのまま目の前に迫っていた大谷自身に向かって突っ込んでいく。

 

「…それでわれを謀ったつもりか?」

 

だが、大谷はすぐに冷静な面持ちに戻り、包帯に覆われた口元を歪に釣り上げるとパチンと指を鳴らした。

すると、大谷にぶつかろうとしてした追尾弾が全てパッと煙のように消えたのであった。

 

「わざと珠を誘導し、われに当てて自滅させようと考えたのであろうが、生憎この珠はわれの思うままに操れるもの…当然、われが「消えよ」と念じればすぐに消える…」

 

大谷は再度、はやてを嘲る材料ができたと嬉しそうに呟きながら彼女を探して、周囲を見渡す。

そして、自分の真上に回避していたはやてを見つけた。

 

だが、大谷にとって予想外だったのは、はやてが既に詠唱を完了させたのか、足元と突きつけたシュベルトクロイツの先にそれぞれ巨大な魔法陣を展開し、こちらに向けて構えていた事だった。

 

「あんな虚仮威しな芸当…アンタには通用せん事くらい最初からわかっとったわ。 せやけど、アンタは随分魔導師(わたしら)を舐めとるさかい、絶対わざとわたしのプライドを折るような形で打ち消してくるやろうと思ったんよ。そうすれば、若干でもアンタは隙を見せるやろうと踏んで…案の定、わたしが詠唱を唱える時間稼いでくれて、おおきにな」

 

はやてが先程の意図返しと言わんばかりに大谷を煽る様にウインクを送る。

そんなはやてに対して、大谷は「ほう」と感心するように頷いた。

 

「なるほど。所詮は術ありきの小娘と見くびっておったが…その実、徳川にも負けず劣らぬタヌキであったか…いやはや、われとした事が少々、油断しすぎたようだな…」

 

そう自嘲するように呟く大谷ではあったが、何故かこの期に及んで異様な程の落ち着きぶりをみせ、包帯の奥には笑みさえも浮かべているかのように見えた。

そんな大谷の妙に落ち着いた様子に違和感を覚えながらも、はやては展開した魔法陣に魔力光を収束させていく。

 

「フレース…ヴェル―――――」

 

はやてが収束させた魔力光を巨大な砲撃魔法として放とうとした。

その時である。

 

 

「………やれ。うたよ……」

 

大谷がどこへともなく、合図を送るように声を上げた。

その瞬間、魔力砲を放とうとしていたはやては突然、自分の心を射抜くような鋭く冷たい視線を感じ、大谷に向けて照準を合わせようとしていた目を、謎の視線が飛んできた方へと無意識の内に向けさせる。

そのタイミングを狙って、視線が飛んできた先…海を挟んで遠くに見える機動六課の隊舎の屋上辺りに一瞬ピカリとなにかが光った様に見え、同時に「ぃええいっ!」と気合を発する様な女の叫びらしき声がはやての耳に届いた。

 

直後、はやての全身に落雷を食らったかのような猛烈な衝撃が走り、ビリビリと周りの空気が震える。

はやては一瞬何が起こったのかわからなかった。

というよりも、身体も心もなにかに圧し固められるような感覚を覚えた。

全身が凍りつけられたかのように固くなり、瞬きすらできない。

ほんの数秒の間だったのに、気がつけば顔中に大量の汗が浮かび、滝のように流れ落ちていた。

 

(なッ!? なんや……? これ……? 急に……身体が……動けへん……!?)

 

はやては自分の身体に起こった異変に戸惑う言葉すら発する事ができずにいた。

話そうにも頬の筋肉も例外なく硬直してしまい、ピクピクと微かに動かせるだけであった。

気がつくと、発射寸前だった砲撃魔法“フレースヴェルグ”も、展開していた魔法陣ごと消失してしまっていた。

そこへ大谷がゆっくりと輿に乗りながら近づいてきた。

 

「ヒーヒッヒッヒッ!! 魔法はおろか、言葉ひとつ発する事ができぬであろう? われを出し抜いたと思うたであろうが、生憎と、われも1人でぬしと相対するつもりはなかったのでな……」

 

「…………………ッ!?」

 

「この卑怯者!」と罵倒したい気持ちに駆られるはやてだったが、謎の術らしきものの効果のせいで今は口を開くことすらできなかった。

 

「恐らくは今頃、隊舎では徳川達もこの術にたいそう苦しんでおろう…種明かしはそこでしてやるので、それまでしばし耐えるがよい」

 

大谷はそう言うと、硬直したはやての顔の前で、手で印を切る。

 

「“抑えよ極星”」

 

大谷が唱えると同時にはやての両手両足に2つずつ珠が纏わり付くと、硬直していた彼女の身体を釣り上げるのだった。

 

 

*

 

突然、はやての身体を硬直させた謎の気合…

その気合による被害を受けたのは、彼女だけではなかった。

 

機動六課隊舎・正面玄関前で奮闘していた面々もまた、突然隊舎の屋上から発せられた謎の気合によって、身体が石のごとく硬直してしまったのだった。

 

スバル、ティアナ、エリオ、キャロのフォワードチーム4人は全員固くなってしまい、家康、幸村、小十郎、佐助、シグナム、ザフィーラなど歴戦の猛者達でさえも、脳髄から足の指先まで痺れ上がり、身体が思うように動かせないでいた。

始めはそれが、大谷が放った妖術の類かとも考えた家康であったが、自分達だけでなく、西軍側の兵士である縛心兵達も軒並み固くなってしまっているのを見て、その可能性が低い事を察した。

西軍の幹部の例に漏れず、悪辣な趣向の持ち主である大谷であるが、軍師としては効率性を何より重視する傾向がある。故に味方を無差別に巻き込むような思慮の足りない軽率な術策はとらない筈であった。

 

「やれ呆気ないものだな。ぬしらの実力を試す為に、敢えてこの策は使わずにとっておくつもりであったが……まさか全員がかかるとは予想だにしなかったぞ……」

 

不意に空から、その大谷の愉悦に満ちた声が聞こえてきた。

見上げると大谷の乗る輿の隣に、珠に縛られて引き寄せられながら、力無く項垂れるはやての姿があった。

 

「は…はやて殿……?」

 

「あ……主はや…て……? 何故………ここに……?」

 

家康とシグナムが痺れる口を開いて必死に声を上げる。

すると、大谷は家康達が思うように動けないのを確認すると、わざわざはやての身体を全員が硬直している辺りのど真ん中に寄せて、これ見がよしに見せつけた。

 

「ヒヒヒヒヒヒッ! 今宵は良い収穫ぞ。『機動六課』の部隊長を……仕留める事ができるのであるからの」

 

「ま…待て…やめ……ろ……刑………部……」

 

家康は必死に止めようと痺れる身体を動かそうとするが、足はまるで巨木になったかのように重く、一歩も踏み出す事ができない。

そんな家康の様子を大谷は嘲笑い…

 

「よく見ておけ。徳川よ…せっかく結んだぬしの“絆”が壊れる様子を…」

 

そう言ってのけると、珠の1つを硬直したはやてに向かって撃ち飛ばした。

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

「あ……ある……じ…ッ!!?」

 

家康達が目を剥き、シグナムが悲痛な声を必死に喉から絞り出す。

その間にも珠は勢いをつけながらはやてに向かって、宙を滑走する。

 

「……………ッ!!?」

 

自分に向かって飛んでくる珠を見据えながらも、はやては目を閉じる事さえもできず、眉を微かにヒクヒクと動かしながら、心の内で藻掻こうとする。

その時だった――――

 

 

「ちょいと待ちなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

気合によって全員が固まってから、まともな声を発する者がいなくなった隊舎前に威勢のいい声が響き渡った。

刹那、はやてと、彼女に迫ろうとしていた珠の間に割り込むように一人の男が立ちはだかった。

男は、はやてを庇うように前に立つと、手に持った等身大サイズの超巨大な刀らしき武器を振りかぶって、飛んでくる珠を打ち返した。

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

突然の乱入者の姿を、一同がよく見ると…

 

「へへへッ! 訳の分からない場所に飛ばされてから、しばらくご無沙汰になって鬱憤溜まっていたんだけどよぉ……。まさか、こんな場所で、こんな時間から随分とド派手に“喧嘩”してる連中と出くわすなんてさぁ。 しかも俺のよく知ってる懐かしい顔ぶれが…なぁ、夢吉?」

 

そう陽気な口調で話すその男は、年は政宗や幸村と同じ世代で、黄色い羽織や虎の毛皮など全体的に派手な衣装や装飾に身を包み、明るめの茶色い長髪を後ろ手に縛った上で巨大な羽飾りをあしらった所謂『傾奇者』と呼ばれる派手な格好をしていた。

 

「キキィッ!」

 

男の呼びかけに答える様に懐から一匹の子猿が飛び出し、肩に飛び乗った。

そんな男の姿を見た、家康は驚きで目を剥いた。

 

家康だけではない。

幸村も佐助も小十郎も、そして大谷でさえも、突然現れた男には見覚えがあった。

 

「慶次…!? ……慶次…なのか!?」

 

家康が思わず大声を出してその名を言い出す。

はやても相変わらず、喋ることはできなかったが、家康の口から出た名前には聞き覚えがあり、その正体に気づいて驚く。

 

(慶次!? 慶次ってまさか……)

 

そう…その男は他でもなく、家康達の世界…戦国の世の名だたる武将の一人―――

 

 

「おうともよ! 加賀前田の風来坊! “前田慶次”! 久方ぶりに参上っ!! なぁんつって!!」

 

 

前田家の風来坊…“前田慶次”その人であった。

 




やっとリブート版にも登場しましたよ! 慶次! BASARAシリーズ一影の薄い主人公!…ゲフンゲフン!!

とにかく、やっとこれでリブート版も歴代BASARAシリーズで主人公を務めた全員が登場したわけです。

それから、今回ははやてVS刑部のバトルの影に埋もれがちかもしれませんが、ティアナもやっと吹っ切れる事ができました。
途中、休載挟んだせいで半年近くも悩ませてしまってホントごめんねティアナ…(苦笑)

次回もお楽しみに!


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第三十四章 ~走れ政宗! 怒涛のMid Night Dead Heat!~

大谷吉継の卑劣な罠にかかり、家康達隊舎防衛組は窮地に立たされてしまう。

そこへ現れたのは、日ノ本屈指の“風来坊” 加賀前田家の御曹司 前田慶次であった。

この思わぬ助っ人に家康達が戸惑っていた頃、なのは救出に急ぐ政宗達は……


宗麟「リリカルBASARA StrikerS 第三十四章 この体は…”無限のザビー様への愛”で出来ていた!」

シャッハ「なにその最低な固有結界!? っていうかせめて『出陣』とかけなさいよ!」


機動六課隊舎前に新たな日ノ本の武将 “前田慶次”が現れる少し前に時は遡る…

 

 

クラナガン湾岸エリアでは疾走する政宗が跨るバイクの真横を次々とレーザービームが雨霰の如く掠め飛び、爆発と共に、道行く車を大きさ問わずに次々と吹き飛ばしていっていた。

彼らの走る幹線道路は最早戦場と化していた。

 

背後からは、バイクを模した新型のガジェットドローン…先程、政宗が一台破壊した事で4台となった刺客達は尚もピッタリと政宗のバイクを追跡している。

 

「Shit! どこまでも食らいついてきやがるぜ! 人間なら嫌いじゃねぇが、あのMaschine共はいけすかねぇな!!」

 

政宗は鬱陶しそうに吐き捨てながら、ハンドルを握りしめた。

 

「リインフォース! なのは達のいる場所まで、あとどのくらいだ!?」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! えっと……は、はい! このまま海沿いに走ってあと7km先の倉庫街の沖合になのはさん達の反応があるですぅ!!」

 

振り落とされないように必死に捕まりながら、器用にも片手だけでホログラムコンピューターを起動し、なのは達の現在位置を調べながらリインが叫んだ。

 

「7kmって何里の事だ?」

 

「ふぇっ!? え、えっと…1里が確か……1里って何kmですうううぅぅぅ?!!」

 

「だから、それを聞いてるっつぅんだろうがっ!! バカかお前!!!」

 

2人がと不毛な会話を交わしている間にも、背後の新型ガジェットからの追撃のレーザービームは激しさを増していく。

 

「チィッ! さっきのHighwayに乗りそこねたのが痛いぜ…どこか近くに乗れそうな場所は…」

 

政宗は幹線道路の横に沿うように延びる高速道路の高架橋を見つめながら悔しそうに話していると、ふと前方に見えた周囲の建物の中でも一際広く、そして高い建物が目に止まった。

 

「……Ha!I came up with a good idea!」

 

政宗がニィッと不遜な笑みを浮かべると、真っ直ぐに建物の方へと向かった…

 

 

政宗が目につけた建物は、この地区に最近オープンしたばかりだった健康ランド『クラナガン・スパ・ストーリーズ(通称K.S.S.)』 の新施設であった。

ミッドチルダだけでなく、様々な次元世界の入浴、建築文化を取り入れ、それを大衆的にアレンジした豊富な浴場が一つの施設の中に集結しており、その全てを堪能するにはとても一日では回り切れない程である。

勿論、温泉以外の設備に関しても、レストランや宴会場、ゲームセンター、ボーリング場、その他遊戯施設、さらには宿泊施設も備えられていた。

中でもこの建物の上層階はVIPフロアと呼ばれる施設で、豪華絢爛な部屋の内装はもちろん、各部屋の一部屋につきひとつ豪奢な専用浴場が備えられているのが売りだった。

 

当然、ここを利用する者は皆、どれだけ高額な部屋代を支払ってまでも、自分が愛した大切な相手との、思い出に残る大切な“一夜”を送る目的である者が多かった。

 

今宵のVIPフロア420号の利用客であるダニエル・アリオンもまたその1人であった…

 

時空管理局 陸上警邏予備隊 第33地区担当班所属 階級は一等陸士。 管理局員としては至って平凡…っというかどちらかといえば閑職務めである彼は、27年の人生の中でまともに恋愛をした経験がなかった。

 

強いて言えば、訓練校時代に一度だけチームメイトのヘザーをデートに誘った事があったのだが、それまでデートらしいデートをしたことがなく、女の子の好みなども全くわからなかったが故に、デートで誘った映画は当時自分がハマっていたアニメ映画であり、ディナーとして誘ったのもチェーン店のハンバーガー屋…女心のおの字もわかっていないようなチョイスのデートメニューに、最後に待っていたのはヘザーからの拒絶の一言と共に浴びせられた痛烈なビンタであった……

 

その一件がトラウマになって以来、ダニエルは「もう恋なんてしない」と心に誓い、管理局に入局してからも細々と生活し、異性との出会いを避けるように細々と数年過ごして来た。

 

ところが、そんな彼にも最近になって思わぬ形で出会いの機会が訪れたのであった。

同期で一番仲が良い、チャールズに誘われて出かけた合コンに、同じく参加していた女性 ソフィーと思わぬ形で意気投合し、それからトントン拍子に交際に発展に至ったのだった。

勿論、過去の失敗の経験もあったダニエルは慎重に女心を気遣いながらデートを重ねていった。

食事、遊興、どちらも女心を幻滅させないようなムードある雰囲気の場所や店をチョイスする事で順調にソフィーとの距離を縮めていき、そして久々に休暇をとることができた今日…ついに泊りがけのデートを約束させる事に漕ぎ着けたのであった。

 

『泊りがけ』…それが意味する事は当然、ソフィーもわかっていたが、彼女は了承してくれた。

既に彼女の心はばっちり開く事ができたと確信したダニエルは、早速、そのムードに相応しい場所を探した。

こういう時に調子に乗って、そこらの場末のホテルなんて選んで、彼女の失望を買うなんて事になったらとんだお笑い草である。勿論、そんな迂闊な失敗をするつもりはダニエルにはなかった。

散々、クラナガン市内の良い雰囲気のホテルを探した末に、このK.S.S.の新店舗のVIPフロアの一室に目をつけ、予約を入れたのだった。

準備は万全…あとはいよいよ“その時”を待つのみだった…

 

「いよいよだ…遂にこの時が……」

 

 

寝室、居間、浴室の3部屋に分けられたVIPフロア420号室の中心にある居間のソファーに腰掛け、バスローブを羽織ったダニエルは、高ぶる気持ちを落ち着かせるのと同時に、より本番で燃え上がりやすくするために、あらかじめ売店エリアで買ってきた缶ビールを飲んで待っていた。

部屋の隣りにある浴室からは湯気が漏れ、シャワーの水音が絶え間なく聞こえてきていた…

浴場にいるのは勿論、ソフィーである。

「先に身体を洗うから、後から入って来て欲しい…」そう言われたダニエルは、本当なら今すぐに強行的にでも浴室に突撃したい気持ちを押さえながら、ビールを煽った。

これが初めての夜なのだ。あくまでも紳士的に…

そう自分を律しながら、ダニエルはとにかく耐えて待つのだった。

 

その時、浴室と居間との間を繋ぐインターホンが鳴った。

 

《ダニエル。…いいよ。入ってきて♡》

 

「………よし。来た!」

 

ダニエルはちょうど空になった缶ビールをソファー脇のミニテーブルに置くと、浴場の脱衣場まで待てずにその場でバスローブを脱ぎ、生まれたばかりの姿になりながら、浴場に早足で入っていく。

 

湯気の漏れる引き戸を開けると、浴室にはやはり一糸纏わぬ姿の恋人 ソフィーが待っていた。

その顔はもう準備ができたのか、少し赤らめていた。

 

「それじゃあ……ホントにいいんだね…?」

 

「うん……きて…♡」

 

そう嬉しそうにソフィーはダニエルを手招きする

小躍りしたい気持ちを押さえながら、ダニエルは引き戸を閉じようとした。

ところがその時、部屋のどこからともなくプルルルと鳴り出した。

 

 

「ったくなんだよ!? せっかく、これからってところで……!」

 

思わぬ邪魔にダニエルは露骨に顔を顰めながら、手元に電話用のホログラムパネルを開いた。

これが自身のプライベートの電話であれば、無視していたが、生憎今の通知音はフロントからの緊急連絡であり、決して無視する事ができなかった。

パネルを操作して、通話画面を開く。

勿論モニターには『private』として今のこちらの部屋の様子は映らないように設定されていた。

 

「はい。こちら420号室―――」

 

《お、お客様! 緊急事態です!! と、当施設内に……ば…ばば、バイクに乗った不審者が侵入しました!!》

 

「はっ? はぁぁぁっ!? バイクぅ!? 一体、どういう事だよ!!?」

 

開口一番告げられたあまりにハチャメチャな事態に思わず間の抜けた声を上げるダニエル。

 

《わ…我々にも何がなんだか……? いきなり正面玄関からバイクが一台突っ込んできて、その後に誰も乗ってない筈のバイクが4台追いかけるようにそのまま施設内に入ってきて、スタッフが制止する間もなくそのまま施設内を走り回って、まっすぐ上の階の方に……そ、そちらに向かう可能性があるので、安全が確認されるまでは部屋から出ないようになさってください!!》

 

「ちょ、ちょっと待てよ! なんだよそれ!? 全然意味わからないって! 大体、バイクが施設に突っ込んでくるってどんな状況ッ!!?」

 

ダニエルが必死にフロントに詳しい説明を求めていると…

 

 

ブロオオオオオォォォォォォンッ!!

 

キキィィィィィィィィィィィ!!

 

ドガアアアアアアアアアァァン!!

 

「きゃああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

「うわああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 

遠くから複数台分のバイクのタイヤのスリップする音とエンジンの音…そしてまるで地震のような震動を伴った轟音と老若男女の声の入り乱れた大勢の悲鳴が聞こえてくる。

 

そして、間違いなくその音はこちらに近づいてきて――――

 

 

 

ドゴオオオオオオォォォォォォン!!!

 

ガシャアアアアアアアァァァァン!!!

 

 

 

部屋のドアや壁、そして浴室の引き戸を派手に壊しながら、一台の赤いバイクが浴室に突っ込んできた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」

 

浴室にダニエルとソフィーの悲鳴が反響する。

バイクは浴室のタイルを刳りながらドリフトすると、純金の女神像が備えられたホーロー製の円形の豪華な浴槽を一瞬で吹き飛ばしてしまった。

芳醇な花の香りがする色鮮やかな水色のお湯が濁流となって、瞬く間に浴室内に浸水させてしまった。

 

その濁流を浴びながら全壊した浴槽の真ん中に止まるボロボロになったバイク…

そこにまたがっていたのは言うまでもなく、政宗である。

 

何かを待ち受けるかのようにじっと身構えている様子を見せていた。

 

ダニエルもソフィーもわけが分からず、目を丸くするばかりだったが、ふとソフィーは自分の今の姿に気づくと顔を真っ赤にしながら両手で自分の身体を庇い、悲鳴を上げた。

 

「い、いいいやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ソフィーの悲鳴のおかげで我に返ったダニエルも政宗に向かって声を張り上げた。

 

「ッ!? だっ、誰だよアンタ!? いきなり、バイク乗って突っ込んできて!何考えてやがんだよ?!」

 

ダニエルは声を張り上げながら、政宗を取り押さえようと近づいた。

そこへ―――

 

ブロロロロオオォォォォォォンッ!!

 

ガキキキィィィィィィィィィィィ!!

 

 

「え゛っ!!? ちょ、今度はな――――」

 

 

ギンッッッ!!

 

 

「に゛い゛い゛っ!!!?」

 

 

青年の乗ったバイクの後を追うようにして、4台のバイク…追手の新型ガジェットドローンが突っ込んでくると、それに戸惑っていたダニエルに向かって先頭の1台が突っ込み、彼のもろ出しの金的に前輪が激突し、そのまま悶絶する彼の身体を天井に向かって跳ね飛ばした。

あまりにも情けない悲鳴を上げながら、ダニエルの上半身が天井に突き刺さるのを尻目に、彼を跳ね飛ばした新型ガジェットは政宗の跨るバイクへと迫る。

 

その瞬間、政宗はそのタイミングを待っていたかのようにグリップを捻った。

タイヤを激しく空振りさせた後、停まっていたバイクが向かってくる4台の新型ガジェットに対して走り始める。

 

「MAGUNUM STEP!!!」

 

バイクのスピードを上げながら、政宗が腰に下げていた六爪の内の3本を取り出しながら前に突き出し、4台の新型ガジェットとすれ違う。

刹那、ダニエルを跳ね飛ばした1台がまるでチーズのようにバラバラに切り裂かれて、全壊した浴槽の女神像に激突し、そのまま像をへし折ってしまった。

しかし、他の3台はそれぞれ浴槽の壁や天井を鮮やかに滑りながら、車体を転換すると、政宗の駆るバイクを追って、すかさず走り始めた。

 

合計4台に減ったバイクがエンジンとタイヤの音色を残して出ていくと、嵐が過ぎた後のようにボロボロに壊れた浴室には未だに天井から全裸の下半身を突き出す形で失神しているダニエルと、恥部を手で隠したまま唖然とするソフィーの姿があった。

だが、一足先に我に返ったソフィーは急いで浴室から出ると、瓦礫の山の中からどうにか下着と服を引っ張り出して急いで着ると、あとは手に取るものを取らずに部屋を出て、逃げて行った。

 

出ていき際には、天井からぶら下がっているダニエルに対して…

 

 

「よくもこんな物騒なホテル連れてきて……永久にさようなら!!」

 

「あぐぅっ!?」

 

 

と罵声とともに一発股間にワンパンを叩き込んでいった。

皮肉にも、そのおかげで一瞬だけ意識を取り戻し、天井から脱出したダニエルは… 

 

 

「な…なんで…? 俺……なにかした…?………ガクッ!」

 

 

と心と股間に当分拭えぬ事のできぬ痛みを覚えながら、文字通り真っ白になって、またも気絶するのであった……

 

 

 

一方、政宗は建物の上の階に向かってバイクを飛ばし続け、その間、いくつもの客室や浴場を突き抜けながら進んでいた。

当然、それぞれの場所に利用客がいたわけで…

 

「きゃあああああああああああああぁぁぁぁぁ!!! 痴漢んんんんんんん!!」

 

「なんだよアンタらはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「いやああああああああああああああぁぁぁぁ!! 出て行ってぇぇぇぇぇぇ!!」

 

一糸纏わぬ利用客達から石鹸や桶を投げられたり、罵声を浴びせられるも、意に介する事なく、政宗はバイクのギアを目一杯上げていた。

 

 

「ちょ、ちょっと政宗さんーーーーーーーッ!! なんでまたこんなところに入っちゃったりしたんですかぁぁぁぁぁ!!! 建物もバイクもグッチャグチャですぅぅぅぅ!!」

 

政宗の懐から顔を出したリインが、様々な意味で頭を抱えながら叫んだ。

最早肩に掴まっていると、いつ振り下ろされてしまうかわからないと恐怖感を覚えたリインは、バイクのスピードが若干(本当に若干だが)緩んだ時に飛び込むようにして政宗の懐に入って、一先ずの安全を確保したのだった。

しかし、安全と言ってもあくまでも吹き付ける風圧の恐怖がなくなっただけであり、政宗の織りなすエキセントリックにも程がある危険運転に肝を冷やし続けている事には変わりなかった。

 

「だが、おかげで奴らの頭数をまた減らせてやったぜ! それにちょうどいいIdeaも思いついたからな!!」

 

「あ、アイディアって……?」

 

政宗が自信満々に話す「アイディア」という時点で、嫌な予感しか抱けなかったリインはこの段階で既に顔が凍りついていた。

勿論、リイン自身の能力によるものではない。

 

そこへ、バイクの疾走する通路の先に、一際大きなガラス窓が見えてきた。

どうやら、このフロアがこの施設の最上階であり、あのガラス窓はここからの景観を楽しむ為の展望用の窓であろう。

その証拠に、窓の外には首都クラナガンの海沿いの街の景観がよく見えていた。

 

そしてその真ん中から延びるように見える高速道路の高架橋も…

 

 

「っ!!? ま、政宗さん……まさか“アイディア”って………?!」

 

それをリインは何かを察したかのように顔を震わせる。

そんなリインに対し、政宗は得意げに口の端を釣り上げながら応えた。

 

 

「Well said!!」

 

 

その言葉と共に政宗はバイクを一気に加速させる。

迫りくる展望窓を前に何を思ったのか、ハンドルから手を離し、両腰に下げてい六刀全てを引き抜いて、六爪の構えをとる。

そして…

 

 

「PHANTOM――――」

 

バイクがガラス窓を突き破ろうとした瞬間――――

 

「DIVE!!!!」

 

「ぎゃぴいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

爆発音と共に、リインの悲鳴が夜の市街地に木霊する。

政宗は両手に持った六爪を振り交わし、展望窓を周辺の壁ごと斬撃波で吹き飛ばし、同時にその風の波に乗る形で、建物から転落する筈だったバイクを僅かな間だけ空中に滑空させた。

勢いがつけられたバイクはそのまま建物から大きく扇を描くように空中を滑空する。

その先は政宗の読み通り、高速道路のど真ん中……

 

ガクン!という激しい震動と轟音を響かせながら、バイクは見事着地する。

 

すると周りを道路を走っていた周囲の車は突然、バイクが空から振ってきた事に驚き、次々と慌てて、ハンドルを切りながら路肩へと回避していった。

中には回避しようとして防音壁やガードレールにぶつかっていた車も少なくなかったが、既に似たような形で事故を起こした車を何台も見ていた政宗は特に気に留める事はなかった。

 

政宗が一瞬、ちらりと背後に目を配った。

数十メートル後方にはまだ新型ガジェット3台がきっちりと張り付いてついてきているのが見えた。

どうやら、奴らも政宗のバイク同様に『K.S.S.』の施設からのハイジャンプで高速道路に飛び乗る事に成功した様子だった。

バイク型ガジェットのとんでもないドライビングテクニックに政宗さえも思わず舌を巻いた。

 

「Hum! スカリエッティ…っとかいったか? そいつもとんでもなくCrazyなMachine造りやがるぜ!! おい、無事か? リインフォース!」

 

政宗がふと呼びかけると、リインは目を回しながらよろよろと懐から這い出してきた。

 

「ま、まひゃむねひゃん………む、むちゃくちゃにもほどがあるれすぅぅ………いまのは、ほんと死んじゃうかとおもひましたぁぁぁぁ……」

 

「なかなかThrillなDriveで、乙なものだろう?」

 

「スリルどころかデンジャー極まりないですよおおおおおおぉぉ! リイン怖すぎて、おしっこちょっと漏らしちゃったですぅぅ!!」

 

リインは半泣きになりながら抗議するが、政宗はあっけらかんとした表情を崩さない。

 

「Ah? お前、なのは達と一緒に普段から空飛んだりしてんだろ? これぐらい平気じゃねぇのかよ?」

 

「空戦魔導師でもこんな無茶苦茶な飛び方しないですぅぅぅぅぅ!!!」

 

リインが叫んだその時―――

背後から再び、ピンク色のレーザービームの嵐が政宗のバイク目掛けて殺到する。

施設の中では、狭い屋内だった事もあり下手に発射すれば連鎖爆発で自分達も巻き添えになると判断したのか物騒な内蔵兵器を使ってこなかった新型ガジェット達だったが、再び広い場所に出た事で、猛攻を再開してきたようだった。

レーザービームがバイクの周囲の地面や前方を走っていた車のタイヤを撃ち抜き、小爆発や、スリップしてこちらにぶつかってくる車が再びバイクの行く手を阻みにかかった。

 

「キャーキャーキャーキャーキャーキャーーーーーーーッ!!!」

 

「Shut up! …ったく。いい加減にしつこい連中だぜ! しかたねぇ…こうなったらもう一度ふっ飛ばして…!」

 

悲鳴を上げるリインを一喝しながら、政宗は何度目かになるであろうバイクのギアを最大まで上げようとした。

だが…

 

 

ボンッッ!! バチバチバチ!

 

 

バイクのスピードは上がらず、代わりにエンジン部分が小さな爆発を起こし、スパークを走らせながら黒い煙を上げた。

 

「…Ah?」

 

「………………ま、政宗さん……なんか…エンジンが爆発しかけているんですけど……?」

 

絶句するリインに、政宗は肩を竦め…そして死んだような目つきでリインを見下ろし、視線を合わせると…

 

「……お前って、確か『祝福の風』って二つ名あったよな? よし! このバイクがなのは達の許に無事にたどりつくまでに“爆発”しないように祈れ! Over!!」

 

開き直るかのような口ぶりで無茶苦茶な事を言い出した。

 

「いや、それどんな祈りですか!? っていうかさらっと恐ろしい事言わないで下さい!!」

 

「もう嫌ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」っとドップラー効果がかかったリインの虚しい叫びが、レーザービームと爆発の絶えぬ高速道路に響き渡った。

政宗はこれ以上スピードを上げる余地のなくなったばかりか、いつ爆発するともわからぬ黒煙を上げるバイクで、どうにか追撃してくる新型ガジェット達の猛攻を凌いで、なのは達の許にたどり着ける方法はないか、再び頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

政宗達が(街に甚大な被害を生みながら)どうにかハイウェイに乗る事に成功した頃……

海上ではなのはを幽閉し、又兵衛を乗せた輸送機型のガジェットドローン“Ⅷ”型『通称:ビッグドロップ』を相手に、ヴィータ、フェイトは激しい空中戦を繰り広げていた。

 

「はあああああああああああああああ!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

フェイトが大鎌型の“ハーケンフォルム”となったバルディッシュを、ヴィータが通常の戦槌型の“ラケーテンフォーム”のグラーフアイゼンをそれぞれ振りかざしながら、Ⅷ型(ビッグドロップ)を追うが、輸送機型ガジェットはその巨大な機体に反し、かなりの機動力を有しており、水面擦れ擦れまで降下したかと思えば、空高く舞い上がるなどして、海上を縦横無尽に駆け回り、2人を翻弄していた。

 

「ちぃ! ずんぐりむっくりな図体のくせに、Ⅱ型以上にちょこまかと飛びやがって!!」

 

ヴィータが忌々しげに舌を打ちながら、ボヤいた。

 

「なのは! すぐに助けるから…もう少しだけ堪えて!!」

 

対するフェイトは、なのはが捕らえられた事に少なからず動揺しているのか、その表情には何時になく焦りの色が濃く浮かんでいた。

そんな彼女の様子を見たヴィータが横を飛びながら、窘める。

 

「落ち着けよフェイト! 後藤又兵衛(ストーカー野郎)となのはは、あの新型ガジェットドローンの中にいるんだ!! なのはを助けるにしても、まずはあの新型をどうにかしなきゃ話にならねぇ!! 今はとにかくアイツをなんとかする事だけを考えろ!!」

 

「…そ、そうだね。ごめんヴィータ」

 

ヴィータの叱咤で我に返ったフェイトは、相変わらず海上を縦横無尽に飛び回るビッグドロップを見据えながら、冷静に分析し、考えを巡らせる。

そして、すぐに戦術を思いついた。

 

「よし……ヴィータ。私があの新型の前に出る。それで上手く誘導させるように飛ぶから、その間にヴィータは背後に回って、上から機体に穴を開けて突破口を開いて」

 

「任せろ!」

 

フェイトはヴィータに指示を出し、ヴィータもそれを了承すると、早速行動に移った。

 

「ソニックムーブ!」

 

《Sonic move》

 

フェイトは加速魔法“ソニックムーブ”で飛行速度を一気に光速まで上げると、ビッグドロップの前方のわざと標的として目立つ位置につき、そのまま誘導する様に飛行し始めた。

意図通りに、ビッグドロップは突然前方に現れたフェイトを確認するや否や、標的として攻撃にかかってきた。

 

手始めに先程と同じ両翼のミサイルポッドが火を噴き、今度は数十発のミサイルがフェイトの方に向かって飛んでくる。

フェイトは華麗に身を躍らせて、飛来してくるミサイルを避けながら、障壁魔法(シールド)を張る事でミサイルを防いだ。

 

「そう…そのまま…」

 

フェイトはビッグドロップの意識が完全にこちらに集中した事を確認すると、飛行速度をさらに速め、露骨に目立つ形で退避していく。

 

すかさず、ビッグドロップも加速して、距離を離されないようにピッタリとフェイトの後ろについて飛行する。

フェイトは高度を海面ギリギリまで下げると、後を追うビッグドロップも平行になるように飛び、フェイトを追跡していた。

 

《今だ! ヴィータ!》

 

ちらりと背後を見て、ビッグドロップが平行に飛んでいる事を確認すると、フェイトは念話で合図を送った。

 

「どりゃあああああああああああああああああああああ!!」

 

そこへ上空からヴィータが、グラーフアイゼンを構えながら、ガジェットの機体中央を狙って急降下してきた。

狙いはビッグドロップの機体中央部…囚われたなのはと後藤又兵衛がいるであろう機内へと出入りできるハッチだった。

 

《Flamme Schlag!》

 

「ぶちぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

振りかぶったグラーフアイゼンからカートリッジを一発射出させると、気合の叫び声と共に降下と共にビッグドロップのハッチに強力な打撃を打ち込んだ。

“フランメ・シュラーク”は、「炎の打撃」の意味を持つ、魔力付与系打撃魔法である。

通常の打撃に加え、命中時に高温燃焼を伴う爆発と着弾点焼夷効果を発生させる高威力攻撃が可能なこの技は、いつものように全力で機体を破壊するわけにはいかないこの状況で、なのはの囚われている機内への突入口を開く為に一番適正な攻撃手段として選出された。

そして、その読み通りにビッグドロップのハッチは小爆発と共に砕かれ、跡に大きな穴が開かれていた。

 

「やったぜ! 今だフェイト!」

 

ヴィータが声をかけると、フェイトはサッと宙返りを決め、迫ってきていたビッグドロップの機体に開いた穴の中へと飛び込んだ。

直後、追加のⅠ型、Ⅱ型がそれぞれ10機程、こちらに向かって飛行してくるのが見えた。

 

「くそ! 次から次へと…フェイト! なのはの事は任せたぞ!」

 

ヴィータはグラーフアイゼンを構え直すと新手のガジェット達の掃討にかかるのであった……

 

 

 

 

最早『無法ドライブ』といっても過言でない暴走ぶりを見せながら、政宗と彼の懐で悲鳴を上げ続けるリインを乗せたバイクは高速道路を南に向かって爆走していた。

相変わらず、背後からバイク型ガジェット達によるレーザーとミサイルの集中攻撃が絶える事なく、彼らの通った後の高速道路はまるで空爆でも受けたかの如くクレーターに覆われ、自動車があちこちでぶつかったり、ひっくり返るなど、阿鼻叫喚な有様になっていた。

 

「政宗さぁぁぁぁん! せめて、少しだけでもいいので“安全運転”を意識して下さいいぃぃぃぃ!!」

 

「Ah!? この状況でそんなもん出来る余裕がねぇのは、お前だってわかってるだろうが!」

 

「そうかもしれないですけど、流石に限度ってものがあるですぅぅぅぅ!! オヴェェェッ! 気持ち悪いぃぃぃッ!リバースしちゃう!リイン気持ち悪くて、もうリバースしそうですぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

「Ha! お前さっきから上も下も大騒ぎじゃねぇか。もっとCoolになりな」

 

「誰のせいでこうなってると思っているのですかあああああぁぁぁぁぁ!!!?」

 

すっかり目を回してしまったリインの絶叫がバイクのエンジン音や傍の地表にレーザーが命中して起こる爆発の音にさえも負けず劣らぬボリュームで高速道路に反響する。

その時、政宗の鋭い視線が、高架から見える湾岸の倉庫街の向こうに見える海の上空のある一点を捉えた。

 

「おい! ひょっとして、あそこか!?」

 

政宗の言葉に、リインが風圧に押されながらもなんとか、首を持ち上げて彼の指差す方を注視すると、そこには、一機の巨大ガジェットと、その周囲に展開する数機のガジェットの編隊を相手に奮闘するヴィータの姿が見えた。

 

「!?…間違いないです! あれはヴィータちゃんです! 戦ってるのは…やっぱり、新型のガジェットドローン!?」

 

「Goddamn! …ってことはアソコになのはのヤツが…よし、Highwayを降りてあそこへ向かうぞ!」

 

「は、はいですぅ! …って、ん?」

 

政宗の言葉にいつものように返事を返しかけたところでリインは不意に背中に悪寒が走る感覚を覚えた。

政宗の言う『降りる』という言葉の意味…ここまでのパターンからして、それはつまり……

 

「ま、政宗さん!! 一応聞きますけど、“降りる”っていうのはちゃんと料金所を通って――――」

 

リインの言葉が終わらない内に、政宗はバイクを路肩の高架の壁とその前に阻むように延びるガードレールの方に向かってグンッと一気に寄せながら、片手で3本の刀を手にとって見せた。

そしてバイクが衝突する寸前を狙って刀を振り下ろし、まるでバターを切るように壁とガードレールを斬り裂き、ついでに高架の一部を丸ごと削り取るように吹き飛ばしながら、その残骸と共に高架下の道路に向かって躊躇う事なく車体ごと身を躍らせたのだった。

 

 

「Jump!!」

 

「ピギイイィィッ!! や、やっぱりいいぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 

 

またしてもバイクごと高所からジャンプするというアドレナリン全快な運転を楽しげに笑いながら平然とこなす政宗に、リインは絶望の表情を浮かべながら白目になってシャウトするのであった。

 

 

 

「なのは!!」

 

ビッグドロップの機内に乗り込む事ができたフェイトは薄暗い機内の中を見渡した。

手にしていたバルディッシュは既に2刀の片手剣の形態“ライオットフォーム”に変形させている。

狭い機体の中ではこちらの方が、取り回しが良いからだ。

 

ビッグドロップの機内は六課の所有するヘリJF704のキャビンとよく似た様子であったが、通常の輸送機にはあるべき折畳椅子や緊急用機材、さらには窓すらひとつもなく、厚く冷たい壁が四方を取り囲み、天井に開いた穴から差し込む月明かりと、所々に灯る小さな電灯だけが微かな明りとなって、逆に機内の陰鬱な仄暗さを強調しているかのように見えた。

 

ふと、キャビンの一番奥…黒い大小様々なサイズのベルトアームやコードが蔦のように密集した部分の奥に、まるで見せしめの絞首刑のように体の四肢をコードに絡まれて、宙吊りにされたまま気を失っているなのはの姿が確認できた。

 

「なのは!」

 

フェイトはキャビンの奥に駆け寄ると、二本一対のライオットブレードでベルトアームやコードを斬り裂きながら、なのはの元へと近づこうとする。

そして、なのはの周りを阻むように生え伸びていたベルトアームを大体切り終えたのを確認すると、なのはの体に巻き付いたベルトアームを切りにかかろうとした。

その時だった…

 

「ケッケーーー!! はい! 引っかかったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ッ!!?」

 

不意にキャビンの中に後藤又兵衛の粘着質な歓喜の声が響き渡る。

フェイトがそれに反応し、ライオットブレードを構える間もなく、藪の様に乱雑に絡まりあったベルトアームやコードを斬り裂き、巨大な奇刃を振りかぶった又兵衛がまフェイトに向かって飛びかかってきた。

フェイトは咄嗟にそれを避けながら、ライオットブレードで又兵衛の薙ぎ払った奇刃を弾き返す。

 

「ケーッケッケッケッケッ!! ケーケッケッケッケッケッ!!」

 

だが、又兵衛はそれの反動さえも利用して後ろに飛び退くと、狭いキャビンの壁や天井を文字通りトカゲの様に四つん這いになりながら俊敏な動きで駆け回り、その合間に奇刃を無茶苦茶に振り回してはフェイトを翻弄した。

 

(ぐぅ……まともな剣術でないというのにこの威力…これが“狂気”に溺れた故の強さなの!?)

 

フェイトは上手く避けながら、ライオットブレードを繰り出して反撃しながらも、又兵衛の実力に内心驚いていた。

又兵衛の動き、そして技は、政宗や幸村達のような正統な剣術、槍術などと違って、まともな武術の型とは言い難いものであるが、それが逆に又兵衛の乱雑で先の掴めない行動を、より捉えにくくさせていた。

文字通り空間の全てを自在に行き交いながら、こちらの腕が痺れるくらいの力で奇刃を振るい、そして投げつけてくるのである。

これでも豊臣…そして西軍の中では“下級兵”に部類されるというのであるのだから、フェイトは改めて自分達が対峙している軍勢の強大さを思い知り、バルディッシュを握る手に力を込めた。

 

「バラバラだぁぁぁぁ!!!」

 

「ッ!!?」

 

気がつくと、又兵衛が自らの目の前に迫っていた事に驚きながらも、フェイトは障壁魔法(シールド)を張って、不意打ちを防ごうとする。

しかし、又兵衛の振り下ろした奇刃はフェイト自身…ではなく、障壁を張った彼女の足元に向かって突き立てられた。

その瞬間、強烈な電撃が床を伝って障壁を超えて、フェイトの全身に走った。

 

「がっ!? はあああああああぁぁぁぁっ!!」

 

まるで脳天まで突き抜けんばかりの痛みと衝撃がフェイトに襲いかかる。

雷属性の魔法の使い手であるフェイトは、電撃に対する耐性も強く、ダメージ自体はある程度は抑える事が出来る。

しかし、やはりその電撃の際に食らう衝撃によって人並みに身体の自由を奪われる事は避けられなかった。

 

それでも、どうにかフェイトは身体を走る電撃に耐えながら、障壁を解除しつつ、キャビンの後方に下がって退避し、痺れの身体に鞭打つように立ちながら、又兵衛を睨みつけた。

又兵衛は囚われたなのはの前に門番の様に立ち塞がりながら、血糊と鉄錆に塗れた古びた奇刃を手に、フェイトに向かって陰湿な眼差しを投げかけてきた。

 

「ぐぅ…なのはを返せ! この外道!!」

 

「外道ぉ? 俺様がぁ? なぁんとでも言えッ! どうせテメェら、まとめて(ばら)しちゃいますからぁっ!!!」

 

それぞれに言い放ちながら、フェイトと又兵衛は再び間合いを詰めると、ライオットブレードと奇刃を組み合った。

飛び散る火花が、薄暗いキャビンの中に一瞬だけ昼のような灯りを齎した。

 

「殺される前に、腕尽くでも取り戻す……これ以上、お前達の好き勝手にはさせない!」

 

「ケッ! 殊勝な事言ってやんのぉ! …その気高い心、テメェの顔ごと醜く切り刻んでやるよぉ!!」

 

「ふっ…それが出来るものなら!」

 

フェイトは微笑を浮かべた後、バックステップでキャビンの隅まで下がると、指先に金色に光る魔力弾を一つ投影した。

 

《Photon Lancer!》

 

「ファイア!」

 

フェイトが掛け声を上げると、魔力弾は槍の様に鋭く又兵衛に向かって発射される。

フェイトが最も得意としている射撃魔法『フォトンランサー』。

自身にかけられたリミッターに加え、今は大技の魔法を使うわけにもいかない狭いキャビンの中故に発射したのは一発だけとはいえ、又兵衛は鬱陶しそうな顔つきで、奇刃を回しながらそれを打ち消してみせた。

 

「……ぐぅっ…! 生意気な(あま)風情がぁ!!」

 

「貴方程じゃないけどね!」

 

皮肉を言いつつも、フェイトはどうにか又兵衛を凌いでなのはを救出する機会を窺っていた。

 

(待っててなのは…すぐに助けるから!!)

 

フェイトは少し乱れてしまった呼吸を整え、再び接近戦に挑むべく、キャビンの床を蹴った。

 

 

 

「……もしもし! なのはさん! フェイトさん! ヴィータさん! 一体、そっちで何が起きているんですか!? 3人共誰でもいいから応答して下さいよ!!」

 

その頃、ガジェットの編隊の交戦地域から少し離れた湾岸の倉庫街エリアの上空を滞空して待機していたJF704式ヘリコプターのコックピットではパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹が機内の無線を使って必死になのは達に念話を呼びかけていた。

いつもどおりに、現場に到着し、なのは達をキャビンから出撃させた後、ヴァイスは任務完了の指示を受けるまで安全な空域までヘリを退避させて、空中でガジェットの編隊と交戦を開始したなのは達の様子を見守っていた。

ところが、突然なのはとの念話が遮断されたのを皮切りに、フェイト、ヴィータ、しまいには隊舎との連絡さえも途絶えてしまうという事態を前に、ただならぬ出来事が起こっている事をヴァイスは直感した。

 

Master !(マスター!) After all, it is better to go to (やはり直接状況)check the situation directly…?(を確認しに行った方が…?)

 

「無茶言うなよ! 下手に乱入して集中砲火浴びたら一巻の終わりだぞ!?」

 

ヘリに搭載された自身のデバイス“ストームレイダー”にそう声を張り上げながら、ヴァイスは頭を悩ませた。

一蹴したものの、ストームレイダーの言う通り、これだけ確認連絡にも応答がない以上、やはり直接現場に赴いて状況を把握する事が一番手っ取り早い。

しかし、このJF704式ヘリコプターは武装隊を中心に配備されている最新型の輸送ヘリで、その機動性こそ抜群の性能を売りにしているが、あくまでも輸送ヘリ故に固定武装は無く、下手に激戦にしゃしゃり出ると忽ち集中砲火を浴びる危険性がある為、決して得策とは言えない。

 

「…っとは言っても…こちとら隊舎とさえ連絡がつかねぇ…本当にどうすれば……」

 

ヴァイスは片手で頭を乱雑に掻きながら唸る。

それからもう一度、隊舎との回線を開き、苛立ちを強調したような声で通信を送った。

 

「本部! こちらはなのは隊長、フェイト隊長、ヴィータ副隊長のいずれとも連絡がつかない! 一体、今現場で何が起こってるんだよ!? アルト! シャーリー! この際、ジャスティでもいい! とにかく情報を教えてくれ!!」

 

当然、機動六課隊舎で何が起こったのか何も知らされていないヴァイスは、敵に内通していたジャスティが司令部の通信システムを全て無力化している事など知る由もなかった。

当然、司令部からは返信どころか、うんともすんとも返ってくる音はない…

 

「ったく! 一体どうなってやがんだよ!?」

 

ヴァイスは誰に向けるともなく、一人悪態をついた。

既に数十回と試した後だったので、返信がない事はわかってはいたが、ここまで何もわからないと勝手に苛立ちが露骨に態度に出てしまう。

 

一瞬、妨害電波による電子攻撃かとも考えたが、それにしてはレーダーサイトをはじめとするヘリのシステムは全て正常だった。

 

本部や他の隊員達との連絡だけが全く通じない状況だった。

っということはなのは達だけでなく、隊舎でも唯ならぬ事態が起こっているのかもしれない…

 

「こうなったら……命令違反にはなるが、一度隊舎に帰投して状況を確かめに行くしかないか…?」

 

滲み出る苛立ちを噛み締めヴァイスが呟いたそのとき―――

 

 

《なのはさん! フェイトさん! ヴィータさん! ヴァイス陸曹! 聞こえますか! こちらはロングアーチ02! 誰か応答をください!》

 

「うぉっ!? その声は…リイン空曹っすか!?」

 

ヘリに届いた久方振りの返信に、ヴァイスは思わず歓声のような声を上げてしまう。

 

《ヴァイス陸曹!? 今何処にいるのです!?》

 

念話を返してきた声の主 リインフォースⅡはヴァイスが思わず声を張り上げた事に若干驚いた様子を見せながらも、一先ずヘリの所在地を確認してきた。

 

「今は湾岸地区H16エリア上空で待機しています! それよりも! 一体どうなってるんすか!? なのはさん達はおろか、本部とさえ急に連絡がとれなくなっちまうし…こちとらずっと無線で連絡呼びかけていたんですよ!?」

 

《えっと…詳しく説明している暇はないので簡潔に言いますが…》

 

リインは、なのは達が出撃してから隊舎で何が起こったのか大まかに説明をした。

 

「ジャスティの奴が裏切った!? …どおりで隊内の通信が全部おじゃんになったわけだ! あの恩知らず野郎ぉ! それで、リイン空曹は今どこに!?」

 

《い、今はなのはさん達の救援に向かう政宗さんと一緒にH15エリアまで来ているです! でも、新型のガジェットドローンの追撃を受けて、なかなか振り切れないでいるのです! どうにかそちらで合流して、貴機に拾ってもらう事はできませんか!?》

 

「そういう事なら、お安い御用ですよ! んで、そっちは何で来たんですか!」

 

《えっ!? え、えっと……ば、バイクです!》

 

「ん? バイク……?」

 

リインのどこか言い辛そうな返答と、その内容に訝しげるヴァイス。

機動六課では公用の自動車が何台かと、フェイトや一部の職員が所有する私物の乗用車があるが、その中でバイクを所有しているのは自分以外にいない筈だった。

いつの間にバイクを調達していたというのだろうか?

気にはなったものの、とにかく今は状況が状況なだけに深く考える事はしないことにした。

…数分後。自身にこの上ない絶望を齎す“事実”が待っている事も知らずに……

 

 

どうにかヴァイスと連絡をとる事ができたリインだったが、自分達を取り巻く状況は決して好転しているとは言い難かった。

高速道路を(文字通り)飛び降りた後も、依然として3台のバイク型の新型ガジェットは後方について離れずにいた。

そし赤いレーザーと時折思い出したように放ってくるミサイルが行く手の道路を吹き飛ばし、進行を妨げようとする。

 

「Shit! アイツらのしつこさには、いい加減に俺もイライラしてきたぜ…」

 

政宗がそんな事を呟きながら、バイクのハンドルをぐいっと真横に倒した。

サッと、右に傾いたバイクの真横を赤いレーザーがすりぬける。

間一髪の回避…しかし、これはカーチェイスが始まってから既に数十回と繰り返した事であった為、あれだけ悲鳴を上げまくっていたリインでさえも最早この程度では驚く事がなくなっていた。

“慣れ”というものは恐ろしいものである……

 

「政宗さん! 近くに待機していたヴァイス陸曹に救援を呼びましたです! ヘリが来たら、それに飛び乗って、なのはさん達の許へ向かいましょう! あの新型は見るからにバイクの形をしていますから、空までは飛んでくる事は無いはずです!」

 

「OK! それまで、このバイクが生きてくれる事を祈るか…」

 

(あっ……そういえばヴァイス陸曹にこのバイクの事、どう言い訳すればいいんでしょう…?)

 

リインは話しながら、間もなくこのスクラップ寸前の状態のバイクの持ち主と合流する事を思い出し、彼が“事実”を知ったらどんな反応を起こすか想像して、顔を青ざめた。

 

既にボディの外装はほぼ全て吹き飛ばされて、無機質な機械が剥き出しの丸裸状態、エンジンは火花を激しく散らしながら、爆発寸前、ここまで道なき道を進んできた事で極限まで擦り切れたタイヤもいつバーストを起こして弾け飛んでもおかしくなく、黒煙の量も次第に多くなっていく。

これでは、ヘリに拾ってもらう前に、バイクが全壊してしまいかねない。

運良く、拾われたとしても本来の持ち主であるヴァイスが、自分の知らぬ内に愛車のバイクをこんな死にかけな状態にされた事を知れば、どんな反応をするか想像するのも恐ろしかった。

 

そんな限界ギリギリのバイクを駆りながら、政宗は、倉庫街の端、海沿いの埠頭の道へと出てきた。

すると、前方に見える海の沖合上空では大型ガジェットとの激闘を続けているヴィータが若干劣勢な状況である事が理解できた。

 

「Hurry up!!」

 

政宗は限界を超えたバイクにさらに鞭を打つかのように、容赦なくアクセルを蒸す。そんな命知らずな行動に、リインが必死に捕まりながら問いかける。

 

「政宗さん! 気持ちはわかりますけど、これ以上無茶な事はしちゃダメですぅ!! もうすぐヴァイス陸曹のヘリが来ますから、それまでどうか堪えて―――」

 

リインが宥めながら心の中で天に祈った。

その時、激しいローター音を響かせながら、2人の目の前に颯爽とJF704式ヘリコプターが現れた。

 

《お待たせしました! お二人共! キャビンを開きながら、道のギリギリまで寄せるのでそのまま飛び乗ってください!》

 

「ヴァイス陸曹! 助かったですぅ! 本当に…否、マジで!!」

 

まさに地獄に仏と言わんばかりに現れたヴァイスの駆るヘリにリインは思わず、使い慣れない言葉を用いる程に感謝の念を示した。

勿論、その感謝の意味とは、追手の新型ガジェットよりも、政宗の破天荒なツーリングからやっと解放される事への感謝の念の方が圧倒的に大きかった。

 

だが、そんなリインを嘲笑うかのように、背後にいた新型ガジェット達が今度はヘリ目掛けて一斉にレーザーとミサイルを放って猛攻を開始した。

 

《うぉっ!? コイツはマズい! すみません! 一回離れます!!》

 

流石に背後から攻撃されたらひとたまりもない。

バイクの目の前まで降りてきていたヘリは、やむなく一度空に戻ってしまった。

 

「やっぱり、あの新型ガジェットを先に片付ける必要があるという事ですか…」

 

「チィッ! もうそんな悠長な事やってられねぇぞ!!」

 

政宗は憎憎しげに舌打ちしながら、思考を極限まで回転させる。

 

どうすればいい…?

 

考えろ…何かideaがあるはずだ…

 

一刻も早くなのは達の許へ向かう方法は……?

 

考えろ!

 

政宗が瞑っていた目を大きく見開いたその時…前方の遥か先…波止場の端の行き止まりの周辺にに綺麗に積み上げられた廃車でできた巨大な階段…

そこへ数十枚の板を繋げて渡した即席の踏切り台が、まるで空気を呼んだかのようにベストポジションで設置されていた。

 

あれだ!!

 

政宗の顔に不敵な笑みが戻った。

 

 

 

「ん?」

 

どうにか政宗達を拾う手立てを考えながら、地上を走るバイクを一瞥したヴァイスはふとあることに気づいた。

 

「あれ…? 独眼竜の旦那が乗ってるあのバイク……あれ…ひょっとして…俺のじゃね?」

 

政宗の乗っていたバイクはスパークや黒煙を上げ、外装は殆ど磨り減る…というよりはなにかの衝撃でふっ飛ばされたかのように全て消えて無くなり、見るからにボロボロに成り果てていたが、僅かに覗い知る事の出来るその車体のフォルムや自分流のアレンジを加えた事で出来上がったこだわり抜いた特徴的な改造箇所が自分の私物のバイクと一致していた。

 

「な、なんで……? なんで俺のバイクを独眼竜の旦那が…? っていうかなんでバイクがあんなにボロボロになってんだよ!? 一体何があったんだよ!?」

 

呟きながら、ヴァイスの顔から血の気が徐々に引いていく。

しまいには勝手に口から絶望に満ちた叫び声を上げていたのだった。

 

 

 

並走する形で飛行するヘリのコックピットでヴァイスが遂に“真実”を知ってしまった頃…

リインはもうすぐ道の終点へと差し掛かるというのに依然としてバイクの速度を落とさない政宗に悲鳴を上げていた。

 

「ひいいいいぃぃぃ!! 政宗さんんんんんんんん!!! こ、これは流石にダメですぅぅぅぅぅぅ!! いい加減に停まらないと本当にGo to Hellですよぉぉぉぉ!!」

 

「止まっても、追手のGadget共に捕まってGo to Hellだろが! 安心しろ! 手立てなら考えたぜ!!」

 

「いや、もう政宗さんの考える“手立て”とか“アイディア”とかはロクなものじゃないじゃないですかぁ!! それだったら、いっその事このままガジェットドローンに捕まる方がまだ命の保証はありそうな気がしますうぅぅぅぅ!!」

 

「お前、もう自分で自分が何言ってんのかわからなくなってんじゃねぇか?」

 

政宗が呆れながら突っ込んだ。

そこへ並走するヘリから、ヴァイスの混乱と焦りに満ちた声が通信を介してリインの耳と政宗のインカムにそれぞれ入ってきた。

 

《ちょ、ちょっとリイン空曹!? 独眼竜の旦那!? そ、そのバイクってもしかして俺の!? 俺のバイクですよね!? な、なんで!? どうして!? っていうかなんでそんなボロボロになってんの!? ちょっと! ちゃんと説明してくださいよ!!!》

 

「「Shut up! 今はそれどころじゃねぇ(です)!!」」

 

声を揃えて一蹴しながら、無理矢理念話と通信を断ち切る政宗とリイン。

気のせいか、ローター音で殆どの物音がかき消される筈のヘリのコックピットから「ちょっとおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」とヴァイスの悲痛な叫び声が聞こえた気がした。

 

「大体、政宗さん! ここからどうやってあんな空高くまで行くって言うんですか!? 政宗さんには飛行能力もないし、ましてや空に足場もあるわけがないんですよ!?」

 

すると政宗は「何を言ってるんだ? コイツは…」と言わんばかりに、平然とした表情で、リインの方を一瞥するとキッパリと宣言した。

 

「決まってんだろ!! このバイクごと“Fly up”するんだよ!!」

 

「へっ…? フライアップ…!?」

 

一瞬沈黙するリインだった。が、すぐに…

 

 

「……フライアップって…ま…まさか…………“飛ぶ”ううぅぅぅぅぅ!!?」

 

 

リインは風圧で逆立っていた髪をさらに逆立たてながら絶叫した。

 

 

「むむむむむむ無理ですよぉぉ!!! 政宗さん!! いくらなんでも無茶苦茶ですぅぅ!! やっぱりここはヴァイス陸曹に無理矢理にでもヘリを地表に付けてもらって拾ってもらう方が」

 

 

「時間がねぇんだ! もうそれしか手はねぇ!!それより振り落とされないようにしっかり捕まっておけよ? あそこから派手にDiveするぜ!!」

 

「ほぇ!?」

 

政宗の言葉に、リインは呆けた声を上げながら前方の波止場の端のジャンプ台を一瞥する。

ジャンプ台はおよそ10メートル程の大きさで、政宗達のバイクを待ち構えていた。

 

 

「いいいやああああああああああああああ!! リイン死にたくない! 死にたくないですうぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「心配すんな! 既に2回Jumpには成功したんだ! 今度も上手くいくだろうよ! ……Half and halfの確率で…」

 

「いや、ハーフ&ハーフって!? それ結局“五分五分”って意味じゃないですか! 嫌です!リインはここで降りて―――」

 

リインはとうとうリタイア宣言を上げ、バイクから逃げようとした。

が…

 

「Time up!」

 

リインの言葉が終わらないまま、政宗達の乗ったバイクはジャンプ台を一気に駆け上がって、そのまま空高く舞い上がった…

 

 

 

「Here we goooooooooooooooooooooo!!!!!」

 

 

「アンギャアアアアアアアアアアアアアァッ!!!!!」

 

 

「俺のバイクううううううぅぅぅぅぅぅッ!!!!!」

 

 

 

ジャンプ台から勢いよく飛び立ったバイクの座席の上に乗り、六爪を引き抜いて両手に構えた政宗の決めの叫び…

 

その懐で白目になったリインの恐怖の叫び…

 

そしてその様子をヘリのコックピットから見ていたヴァイスの絶望の叫び…

 

 

 

三者の叫びが暗い夜の海に反響する中、バイクは文字通り空高く『飛んだ』のであった。

 

 

 

 

「ギガント……ハンマァァーーーーー!!」

 

湾岸エリア上空の空域では、どうにか追加投入されたⅠ、Ⅱ型の編隊を全て撃滅したヴィータがビッグドロップを狙い積極的に攻撃を仕掛けていたが、ビックドロップはそれを上手く避けながら、まる挑発するかのように逃げ回りながら飛行していた。

 

「チッ! ムカつく飛び方しやがって!!」

 

ヴィータは顔を赤くしながらビッグドロップを追い、グラーフアイゼンを振るがその攻撃は思うように当たらない。

 

「おい、フェイト! こっちは、雑魚は全て片付けたぞ! 中の様子はどうなってんだ!? おい、返事しろよ!!」

 

ヴィータは念話で中にいるフェイトに呼びかけるが返答はない。

まさか…やられたのか? …と一瞬最悪な展開を予想しかけたものの、すぐにその邪念は振り払った。

大丈夫、あのフェイトがそう簡単にやられるはずがない……

 

そう仲間への信頼を胸に懐きながらも、同時にその仲間の窮地を前に、こんなところで敵に足止めされている自分自身の不甲斐なさに苛立ちを懐き、ヴィータは舌打ちをする。

 

その時、急に機体を旋回させてこちらに向かって来たビッグドロップが、ヴィータに向けて急接近させながら、先端に付いたモノアイ型のビームランプを彼女の顔に目掛けて発光させてきた。

 

「うわッ!?…しまった! 目が…!!」

 

間近で強烈な光を目の当たりにしてしまったヴィータは思わず動きを止めてしまう。

そんなヴィータに容赦なくビッグドロップは機体をそのまま体当たりさせて吹き飛ばす。

 

「うわぁっ!?」

 

思わぬ攻撃にヴィータが身体を二転、三転させながら吹き飛ばされるも、すぐに体勢を直し、その真下を通り過ぎていくビックドロップを睨みつけた。

 

「この卑怯野郎が!」

 

ヴィータがぶつけられた衝撃で痛む胸を押さえながら、ビッグドロップに向かって罵倒する。

そして、グラーフアイゼンの柄を握る力を更に強めながら、飛び去ろうとするビックドロップに向かって飛びかっていった。

 

 

 

暗がりの向こうから微かに聞こえてくる剣戟と聞き覚えのある声に、なのはの微睡んでいた意識は少しずつ覚醒していく。

 

どうにか瞼を動かせる状態にまでなってきた事を確認すると、無理矢理に目を開き、明かりがあまりに弱いので目をやられたものかと思ったが、すぐに暗がりに慣れ、自分が今いる場所は飛行機の機内のようなところであるとわかった。

そして、同じ機内の目の前で、自分の親友と、自分をこんな状態へと陥れた張本人が激しく剣を交えている事に気づく。

 

「フェイトちゃん!」

 

「ッ!? なのは! 気がついた!?」

 

なのはが今自分が出せる最大限のボリュームで声を張り上げると、それに反応したフェイトが一瞬こちらを向いて顔を輝かせる。

だが、そこへすかさず男…後藤又兵衛が巨大な三日月型の凶悪なフォルムの剣を横薙ぎで振りかぶって襲いかかり、彼女の顔から笑顔を消し去った。

 

「あれあれぇ~? お目覚めですかぁ? お姫様ぁ? ケ~ケッケッケッケッ!!」

 

「後藤又兵衛……」

 

なのはは、目の前に立つ自分が直接相対した武将の中でも最も凶暴な男を睨みつける。

だが、又兵衛は意識を取り戻したとはいえ囚われの身のなのはからの睨みなどとるに足らないと考えているのか、意にも介さないで、すぐに対峙するフェイトに視線を戻す。

 

「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

フェイトはライオットセイバーを振りかぶりながら、姿を消した。

得意の光速移動ですれ違いざまに一閃に伏す戦法に打って出た様子だった。

 

だが又兵衛は、鼻をひくひくと蠢かせながら、キャビンの中を見渡す。

その光のない瞳はまるで獲物をじわじわと嬲り殺す獣のような実に陰湿な目つきであった。

そして、ギョロリと目玉をある方向に巡らせる。

 

「はい、そこぉ!!!」

 

そして、その場に奇刃を突き立てると、一見何もない筈の場所に向かって五本の指が爪の様に鋭利な籠手を振りかぶって、空気を斬り裂いた。

 

「うっ!? …ぐぅ!?」

 

「フェイトちゃん!?」

 

否、正確には姿も見えぬ速さで迫っていたフェイトのバリアジャケットの胸部を3つの爪が斬り裂いていた。

思わぬ迎撃で不意打ちを阻止されてしまったフェイトが呻き声を上げながら、その場に膝をつく。

黒いバリアジャケットは左肩から右の脇腹にかけて3本の線が走るように引き裂かれ、特に左肩辺りの傷は深かったのか、赤い血がバリアジャケットの裂け目からタラリと垂れ流れ出していた。

 

「ううっ……! まさか…ソニックムーブを見切る人間がいるだなんて…!」

 

「バァ~カ! 俺様はなぁ、ずっと下等な浪人としてガキの頃から地の底を這うような生活をしてきたんだ。力ある奴が力のねぇ奴から奪い、力のねぇ奴は奪われるのが当たり前な毎日! 時には虫なんて主食にしねぇとならねぇくらいにひもじい生活を過ごして生きてきた俺様は、とにかく生きて這い上がる為に何時しか獣並の五感を手に入れていたんだよ! こんな戦もねぇ産湯みてぇに生温い世界で温々と暮らしてた『兵隊ごっこ』のテメェら如きが敵うわけがないんですよぉ! ねぇ?」

 

又兵衛は再び引き抜いた奇刃をフェイトの喉に突き付けながら、勝ち誇るように言い放った。

 

「さぁて。それじゃあ、処刑執行…っといこうかね~~~~?」

 

又兵衛がゆっくりと奇刃を構え、膝を着いて苦しむフェイトの首に狙いを定める。

目を覚ましたなのはへの見せしめとして、彼女の見ている眼の前でフェイトを殺すつもりだ。

 

「や、やめて! お願い!!」

 

なのはが懇願するように叫んだ。

そんななのはの叫びを嘲笑うかのように、又兵衛は邪悪な笑みをなのはに向けて言い放った。

 

 

「やぁ~だ♪」

 

 

又兵衛が振りかぶった奇刃をフェイトの首に向かって容赦なく振り下ろそうとした。

その時だった……

 

 

 

「Here we goooooooooooooooooooooo!!!!!」

 

「「「ッッ!!!?」」」

 

 

 

突然遠くから政宗の声と彼の口癖と言える決め台詞が響いてくる。

それを聞いたなのはやフェイト、そして又兵衛さえも思わず動きを止めて辺りを見渡した。

 

「あ…あの声は…政宗さ――――ッ!!」

 

なのはが動揺しながら、辺りを見渡そうとしたその時、ガンッと何かがぶつかったような衝撃と同時に一瞬の浮遊感と共に機体が大きく傾斜した。

 

「なっ!? なんだこ―――ギャアッ!?」

 

「うぅっ…!?」

 

又兵衛は突然の事に、動揺しながら床を転がり落ちた末に壁に叩きつけられ、フェイトは咄嗟に近くにあったちぎれたコードに捕まる事でなんとか身を投げ出される事だけは避けられた。

なのははベルトアームで身体を拘束されていたのが幸いし、この衝撃を受けても投げ出されずに済んだ。

 

しかし、同時に一際身体で感じる事ができた。自分が乗せられているこの飛行機のような機体が、今の衝撃で制御を失い、落ち始めている事に―――

 

 

 

 

「Here we goooooooooooooooooooooo!!!!!」

 

「アンギャアアアアアアアアアアアアアァッ!!!!!」

 

 

「ッ!!?」

 

 

その時、外では依然として、悠々と飛び回っていたビッグドロップを相手に苦戦ししていたヴィータであったが、そこへ突然、それぞれ相反する叫び声が聞こえた事に、やはり動揺しながら目を周囲に巡らせていた。

 

そして見つけた。

海沿いの倉庫群の防波堤から一台のバイクがこちらに向かって飛びあがってきたのを……

 

もちろんそれを運転していたのは…

 

 

「Yaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

政宗であった。

 

「ま、政宗!? どうしてここに!? しかもリインまで!!」

 

政宗の予想もしなかったような派手な登場に驚かされながら、ヴィータは政宗の懐から顔をのぞかせながら、もう失神寸前の表情を浮かべているリインの姿を確認した。

 

そんなヴィータを他所に政宗は、バイクのシートの上に乗って六爪をすべて引き抜いて両手を広げて身構えながらバイクが落下し始めるタイミングを見計らいながら、後ろにあのしつこい新型のバイク型3台が自身の真似をしてジャンプ台から飛び上がって、ついてきている事を確認した。

そして、バイクの高度が下がり始めたと同時に…

 

「DRAGON BURST!!」

 

六爪を持った両手をプロペラの様に高速で回転させると、まるでジェット機のエンジンの様に加速がかかり、そのままバイクを目の前に飛行していたビックドロップの機体中央に目掛けてミサイルもかくやの勢いで突進させた。

 

「Yeah!!」

 

そして、バイクがビッグドロップの機腹に激突する寸前、政宗はバイクを蹴るように踏み切り、そのまま身体を回転させながら機体の上にジャンプを決めて着地する。

 

 

 

ドオオオオオオオオォォォォォォン!!!

 

 

 

 

直後、ビッグドロップの機腹に4台のバイクが次々と激突し、大爆発が起こった。

 

 

当然、その一部始終を見ていたJF704ヘリのコックピットでは…

 

 

「おいいいいぃぃぃぃぃぃ!!? なにさらっと俺のバイクで体当たり決めてんだよぉぉぉぉぉ!? 何だよこれ!? 何の嫌がらせ!? ってかなんでこうなったんだよぉぉ!? 誰かぁぁ! 説明プリィィーーーーズ!! あれ、いけね、なんか涙出てきたんだけどぉっ!?」

 

《………You have my sympathies Master(マスター。心中お察しします…)

 

目の前で敵飛行艇への特攻兵器に使われた挙げ句、クラナガンの夜を照らす一発の花火にされた愛車の末路を目の当たりにしたヴァイスが頭を抱えながら悲鳴を上げ、それを聞いたストームレイダーが思わず、同情の言葉を呟いていた。

 

っと、そんな会話が近くで滞空しているヘリで繰り広げられているのをつゆも知らぬヴィータは、只々唖然と爆発したビッグドロップがゆっくりと海上に向かって落ちていくのを見つめていた。

そこへ…

 

 

「ああああれえええええぇぇぇぇ!?……ほぶぇ!?」

 

 

政宗がビッグドロップの機上に飛び乗った拍子に懐から投げ出されたリインが、そのままヴィータの懐に勢いよく飛び込んできた。

 

「お、おい! リイン!! 大丈夫かよ!? リイン!?」

 

「な……なんろか…いきれますぅぅぅぅぅぅ……がくっ!」

 

目を回しながら呂律の回らない口で呟くリインだったが、ヴィータの手に抱かれた瞬間、安堵したのかそのまま気を失ってしまうのであった。

彼女の姿からここへ来るまでに相当な目に遭った事が想像できたが、今はそれについて詳しく詮索する時間はない。

ヴィータは一先ずリインを懐に入れて、安全を確保すると、急いで墜落していくビッグドロップを追って急降下した。

機上では政宗が顔に当たる部分に立ち、六爪で外装を切り剥がすと、中から数本のコードを引き抜き、まるで手綱のように握りしめた。

 

「海に堕ちるんじゃねぇぞ…堕ちるなら陸にしやがれ…」

 

「政宗! お前、なにやってんだよ?!」

 

落ちかけるガジェットドローンを暴れ馬の要領で制御しようとする政宗の隣に、追いついたヴィータが並走しながら声をかけた。

 

「見ればわかるだろ? コイツの中になのはが捕らえられてるんだろう? だったら海の藻屑になったらまずいだろうが!どこか陸地まで誘導してそこに堕とす!」

 

「んなっ!? そんな無茶苦茶なっ!? 今のバイクの特攻といい、お前やることがエキセントリック過ぎるだろうが!!」

 

「四の五の言ってんじゃねぇ! とにかくどこか人のいなくて、コイツを安全に墜落させそうな場所に誘導しろ!!」

 

「“安全に墜落”って…お前、自分が思いっきり矛盾した事言ってるの、わかってんのかよ…?」

 

どこまでも破天荒過ぎる政宗に呆れながらも、ヴィータは言われたとおり、ビッグドロップの前に出てくると、そのまま誘導し始めた。

ふと、ヴィータの前方に港の一角にある一部屋程の大きさもあるコンテナが幾つも整列して積み上げられたコンテナ置き場が目に入った。

あそこならそれなりの広さがあるし、それにこの時間だから人もいない。

 

ヴィータの先導で政宗は激しく揺れる機体をどうに制御しつつ、まっすぐコンテナ置き場へと突っ込んでいった。

あとは機体を安定させ、少しでも機内にいるであろうなのは達が被害を負う事がないようにすること。

 

「今だ、政宗! 中になのはやフェイトもいるんだ! 間違って機体ごとふっ飛ばしたりしたら承知しねぇぞ!!」

 

そう念を押しながら、ヴィータがサッと横に飛び退いた。

 

「止まれぇぇぇぇぇ!!」

 

黒煙の線を引きながら、ビッグドロップは積み上げられていたコンテナを薙ぎ払い、地表のアスファルトを激しく刳りながら、胴体着陸を決めた。

機体がボコボコとひしゃげ、両翼がへし折れ、外装が一枚二枚、コンテナの鉄片やアスファルトの石片と一緒に吹っ飛んでいく。

四方からの衝撃が政宗を猛烈に揺さぶる。

 

「Shit!」

 

遂に限界にきた政宗が後ろに向かってジャンプし、地面を滑っていくビッグドロップを見送りながら、激しく抉られた不時着跡の地表に降り立った。

直後、ビッグドロップの機体は広場の奥に一際高く積み上げられていたコンテナ群に突っ込み、まるでジェンガの如く轟音と砂塵を撒き散らしながら鉄の小山を打ち崩したのだった。

 

 

「なのは! フェイト!」

 

ようやく動きを止めたビッグドロップに向かって、政宗、そしてヴィータが駆け寄る。

砂塵が晴れ、政宗達の目に飛び込んできたのは崩れ落ちたコンテナの山の上に押しつぶすように乗りかかってぐちゃぐちゃの鉄の箱のような状態になったビッグづロップの残骸というべき有様だった。

 

「お、おい…まさかなのはもフェイトも……」

 

ヴィータが顔を青ざめながら呟きかけたその時…

 

「政宗さん! ヴィータちゃん!」

 

「…やっぱり、政宗さんだったんだね」

 

「…なのは! フェイト!」

 

残骸の中からフェイトに肩を貸してもらいながら、よろよろと歩き出てきたのは間違いなくなのはとフェイトだった。

2人共、顔や手に多少の擦り傷や打ち身があり、フェイトは肩から脇腹にかけて何かに引き裂かれたかのような3本の傷が走っていたが、特に大きな怪我を負っている様子はなかった。

2人の無事を確認してホッとしたのか、ヴィータの顔に安堵の笑みが浮かぶ。

 

「よかった。2人共、無事だったんだな?」

 

「うん。墜落の時に咄嗟にフェイトちゃんが私に駆け寄って防御結界を張ってくれたおかげで、怪我が最低限で済んだんだよ」

 

「そっか。それで、又兵衛(ストーカー野郎)は? 今の墜落で死んだのか?」

 

なのはから無事で済んだ経緯を聞いて納得しながら、すぐにヴィータは敵対していた敵の安否の是非を問う。

なのは達がそれに返答しようと口を開きかけたその時―――

 

「俺様はここだよぉ。バァ~~カ!!」

 

ヴィータの背後から低くネタリとした耳障りな男の声が聞こえた。

目を向けると、そこには砂塵や黒煤に塗れ、薄汚れた甲冑、陣羽織に身を包んだ後藤又兵衛が殺気を漲らせて立っていた。

なのはやフェイトと違って、防御結界の張れない又兵衛は墜落の衝撃で機内から投げ出されたものの、どうにか上手く着地して難を逃れた様子だった。

又兵衛は全身に付着した砂埃や黒煤を払いながら、手に持った愛刀の奇刃をぶらぶらと回しながら、ゆっくりと政宗に向かって進み出す。

 

「だぁ~~~てぇ~~~~まぁ~~~さぁ~~~むぅ~~~ねぇ~~~…テメェェ…よくも俺様の立身出世への大きな一歩を…邪魔しやがったなぁぁぁ…」

 

又兵衛の目には今までにない程に憎悪…そして殺意が宿っていた。

 

「お前はぁぁ…『死んでオレ様の足元に這い蹲って顔面踏み躙られの刑』だぁぁっ!!!!」

 

そして、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すかのような狂気の雄叫びを上げながら、又兵衛は蜥蜴の様に四つん這いになって、俊敏な動きを見せながら、あと一歩で上手くいくところを邪魔してくれた怨敵 政宗に向かって駆け出してくる。

 

「Ya! Ha!」

 

「ケッヒィィッ!!」

 

政宗の繰り出した六爪と又兵衛の持つ奇刃がぶつかり、組み合う。

 

「「政宗さん!!?」」

 

「政宗ッ!?」

 

声を張り上げながら、それぞれデバイスを手に取って参戦しようとしたなのは、フェイト、ヴィータに対し、政宗は組み合いながら呼び掛けた。

 

「Don't touch everyone! こんな性根の腐ったカマキリ野郎…俺1人で十分だ!」

 

「ク・キ・ケャァァァァッ!! だ、誰がカマキリだぁ!? お前、殺す! 殺す殺す殺す!! 絶っっ対に殺すううううううぅぅぅぅぅ!!!」

 

わざとらしく挑発的な物言いをした政宗にあっさり引っかかった又兵衛は、更に狂気的な雄叫びを上げながら、一度後ろに飛び退くと、再度蜥蜴のような動きで政宗の周りを縦横無尽に駆け回ると、政宗の首を目掛けて、奇刃を振りかぶる。

 

「Do it if you can! テメェみてぇな三下ごときに、この独眼竜の首がとれるもんならな!!」

 

それを六爪で弾きながら、政宗は不敵な叫びで応えた。

 




一部の読者の方に好評(?)な『ヴァイス悲惨(笑)』が遂にリブート版で本格的に発動しました!

オリジナル版を読み返してみたら、『潜伏侵略編』のラストまでヴァイスが登場していなかったのが、ちょっと唐突過ぎた感じがしたのでリブート版ではここで登場させて、一足早く『バイク災』を経験して貰う事にしましたw

っというわけで『潜伏侵略編』、そして3編に渡って続いた『ティアナ成長編』もあと1、2回で完結です。

果たして、家康達は大谷を、そして政宗達は又兵衛をそれぞれ打ち砕く事が出来るのか!?

次回もお楽しみに!


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第三十五章 ~罷り通る風来坊と、激突する“竜”と“蜥蜴”~

西軍参謀 大谷吉継の仕掛けた『潜伏侵略』とそれに対し、隊舎と仲間を守らんとする家康ら機動六課との攻防戦もいよいよ佳境に入る。

風来坊・前田慶次の参戦という衝撃的な展開を迎えた隊舎前の大谷との戦い…

そして、なのはを救出した政宗は、狂気の武将 後藤又兵衛との戦いに挑む!

夢吉「キキキキ、キキキ、キキキィキッ! キキッキキキキキ! キッキキィ!」

リイン「り、『リリカルBASARA StrikerS 第三十五章 出陣』って言ってるですぅ」

ザフィーラ「……何故にその猿の言葉がわかるのだ…?」


突然の『風来坊』前田慶次の介入に騒然となる家康達…

だが大谷は慶次の姿を見るなり、露骨に不快感を示すような口ぶりをみせた。

 

「何故、ぬしがここにおるのだ?…前田の風来坊」

 

「さぁってね…実をいうと俺もよくわからねぇんだよ。俺ぁ雑賀衆と一緒に行動を共にしてたはずなのに、いきなりこの世界に飛ばされてさぁ。仕方ねぇから情報収集も兼ねて、あちこちぶらついた末に、首都クラナガン(この街)にやってきたら、いきなり派手に花火起こして喧嘩やってるところに出くわして、駆けつけたと思ったらアンタらがいて…この騒ぎだったってわけ…」

 

「それで、あのような派手な口上と共に乱入…というわけか…しかし、それならばわれに手を貸してもらえると嬉しかったのにのぉ…」

 

大谷が皮肉のようにそう話すと、慶次は「ヘッ!」と一蹴する。

 

「生憎と、俺ぁ動けない女の子を一方的に甚振ろうとするような弱い者いじめに手を貸す悪趣味はないもんでね」

 

話しながら、慶次は背負った超刀を引き抜くと、振り返り際にはやての四肢を拘束していた珠をたったの一太刀だけで両断した。

そして、地面に崩れ落ちたはやての背後に周ると彼女の背中にポンポンと指先で軽く当て身を入れていく。

すると、今まで声さえもあげられなかったはやてが「うっ…」と呻いて身動ぎした。

 

「ぷはぁ! た、助かったぁ…。ちゃんと動けるし喋れる…なんやよくわからんけど、おおきにな!」

 

はやての顔に笑みが浮かんだ。青白く固まっていた頬にも再び血行が戻り始めた。だが、身体は未だ自由が効かないのか、立とうとしても足がおぼつかない様子を見せた。

 

「おっと! 無理しちゃいけねぇよ。ここは俺に任せて“べっぴんさん”は下がってなって」

 

「べ、“べっぴんさん”やって…ッ!?」

 

慶次がさり気なく溢した粋な褒め言葉に、思わず頬を赤らめてしまうはやて。

一方大谷は、慶次がはやての身体を自由にした技を見て微かに眉を寄せた。

 

「ほぅ…ぬしの様な風来坊が“点穴術(てんけつじゅつ)”を嗜んでいたとはの…」

 

『点穴術』―――

それは大陸伝来の武術の殺活術の一つである。

人間の身体には無数の“ツボ”と呼ばれる多種多様な効能を発揮させる箇所が存在する。

点穴とは目的に応じて、そのツボを指圧する事で様々な身体反応を促す。

一般的には臓器の不良箇所や病気の治療が主であるが、より高度な技術を持つ者は整体、接骨、緊急蘇生や、今のような特殊状態の解除などにも応用できるというわけである。

 

「ちょいと京の都にいた時に、酒飲み仲間だった鍼灸医の爺ちゃんから教えてもらったのさ。まさかこんなところで活かせるなんて思わなかったよ」

 

「……余計な真似を…元より、ぬしは西軍(われら)の討伐対象でもなかったが、これ以上邪魔をするのであれば仕方あるまい……」

 

そう言いながら、大谷は家康達と同じく硬直していた縛心兵達を一瞥し、手で印を作った。

 

「『放』!」

 

大谷が叫ぶと、固まっていた縛心兵達が一斉に動き出して踵を返すと、慶次とはやての周囲に集まってきた。

 

「おっと。コイツはまた辛気臭いお客が集まってきたねぇ…これじゃあ、他の連中を自由にしてやる暇はねぇよな? 家康! 悪ぃけどお前らは自力でなんとかしてくれよ?」

 

慶次は家康に向かってそう呼びかけながら、引き抜いていた超刀を両手に持ち、ゆっくりと身構える。

 

「べっぴんさん。ちょいと俺の背中から離れずにいなよ?」

 

「う…うん(また、“べっぴんさん”言うた!?)」

 

はやては恥じらいを顔に浮かべながら頷いた。

 

「それじゃあいくぜ……前田慶次!! 罷り通る!!」

 

慶次が言い放つと同時に、縛心兵達が刀や槍を構えながら慶次に襲い掛かってきた。

だが慶次は、余裕を浮かべながら地面をドッシリと踏み締めて超刀を振りかぶる。

 

「恋の華を……」

 

そして縛心兵達が自分の正面まで迫るのを見計らって…

 

「咲かせましょう!!」

 

一気に超刀を力任せに振るう。

すると、花びら混じりの小型竜巻が発生し、縛心兵の群れの先頭を走り迫っていた5人を纏めて吹き飛ばされた。

 

「続いて…推しの一手!!」

 

慶次はそのまま踵を返すと、更に迫っていた一団に向かって突進し、全員を空中へと吹き飛ばす。

 

「ほら、アンタも踊って踊ってぇぇ!!」

 

その空中に飛ばされた兵達に向けてバク宙しながら、強力な蹴りを放った。

 

一方、家康は慶次の登場という思わぬ展開を前に反射的に声を張り上げたのが功を奏したのか、ようやく動きの自由を取り戻していた。

縛心兵や大谷の意識が慶次に集中しているのを確認すると、早速行動に移す。

スバルらFWメンバーの許に駆け寄ると、4人の背中に軽く拳を打っていく。

慶次が使ったものとは少し毛色が異なるが、家康もまた点穴の心得があった為、金縛りの状態を解除するツボの位置は知っていた。

強張りが抜け、スバル達はそれぞれ大きく息を吐いた。

小十郎、幸村、佐助、シグナム、ザフィーラもそれぞれ金縛り状態から自力で脱していた。武術に精通している練達者達はそれぞれ独自のやり方で金縛りを解く方法を使った様子だった。

 

「な、何なんだ…あいつは……? なんて邪道な太刀筋だ…」

 

シグナムは、すっかり強張ったり、痺れが残る首や肩の筋肉をもみほぐしながら、奮闘する慶次の豪快な剣劇に唖然としていた。

 

それも無理もなかった。

突然乱入した謎の旅芸人のような風貌をした男が、等身大サイズのバカでかい刀を片手に縛心兵達相手に大暴れしているのだ。

あんな魔力のアシストも無しにあんな超巨大な刀をまるで手足のように操るなど、魔法世界を生きるシグナムの目にすら非常識としか写らなかった。

 

「前田の風来坊…アイツもこの世界に飛ばされていたというのか…」

 

「奴さん。確か雑賀衆と行動を共にしていたって情報があったけど…なんでまたここに来たのかねぇ?」

 

そんな彼女の傍で、小十郎と佐助は、慶次がこの世界に来ていた事に驚きを示していた。

 

「片倉、猿飛…アイツは一体何者だ?」

 

シグナムが2人に問いかけると、小十郎が説明する。

 

「あの男の名は“前田慶次”…日ノ本の中でも名だたる名門武家のひとつ『前田家』の跡継ぎ。見てくれは唯の風来坊だが、その実力は政宗様や真田、徳川達とも互角…」

 

「あの歌舞伎役者みたいなのがか? お前達の世界じゃ、変わり者しか武将になれない決まりでもあるのか?」

 

慶次の奇抜な格好からは想像もできない実力の高さを知り、シグナムは呆れ半分で皮肉を述べながら、ようやく身体が解れた事を確認してレヴァンティンを構え直した。

 

 

「そりゃそりゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

慶次はデタラメな手つきで超刀を振り回して最後の一体の縛心兵を超刀の峰で打ち払いながら、大谷の方を一瞥した。

 

「一丁上がりぃ! なんだなんだ~? アンタの手駒随分あっけないんじゃねぇの?」

 

「フッ…左様な油断は死を招くぞ?」

 

大谷は忠告するように言いながら、地に倒れ伏した縛心兵達の方を指し示す。

その言葉に訝しげながら、慶次もその指し示す先に目をやると…

 

「あれれっ!?」

 

慶次の超刀の一撃に倒れ伏し、動けないでいた筈の縛心兵達はまるでダメージを負った様子など微塵も見せる事なく、再び立ち上がって刀や槍を構え始めていた。

 

「あらま。皆、随分粘るじゃねぇか。それになんだか…全員血の気がねぇというか…?」

 

これを見た慶次は、すぐに自分が相対しているのが普通の兵士ではない事を勘付く。

それと同時に、それまで気さくな笑みを浮かべていた顔から真剣な眼差しに切り替わり、超刀を構え直しながら、その元凶と察した大谷を睨みつける。

 

 

「慶次!」

 

「はやて部隊長!」

 

「主!」

 

そこへスバルとザフィーラを伴った家康が駆けつけてきた。

その周りでは幸村達が再び、縛心兵との交戦を再開しつつある。

 

「おっ! ちょうどいいところに! このべっぴんさんを安全な場所に連れて行ってやってくれねぇか? 金縛りは解いたとはいえ、直に食らったせいかまだ完全には身体が動かせない状態なんだ!」

 

「承知した! スバル! 主を我が背に!」

 

「う、うん!」

 

ザフィーラに促されたスバルは、はやてに肩を貸しながら、ザフィーラの背中に乗せた。

 

「スバル、おおきに。ザフィーラ、ごめんな。面倒かけて…」

 

「お気になさらず…一先ず隊舎に戻ってシャマルから治癒(ヒーリング)を…」

 

はやてを背に乗せたザフィーラはそのまま、サッと地面を蹴ると、隊舎の中へと向かい、戦場を離脱した。

ザフィーラを見送った慶次と家康は改めて、大谷と対峙する。

 

「さて、家康。 なんでまた、お前が日ノ本のお仲間引っ揃えてここにいるのか…? そもそも何がどうなっているのか…? 色々と聞きたい事はあるけど、まずはこの窮地を乗り切る為に久々に共闘…と洒落込もうか? 幸い、この戦場にはさっきのべっぴんさんや、そっちのお嬢ちゃんみたいな“華”も多いみたいだし…」

 

スバルの方を一瞥しながら慶次が言った。

 

(ず、随分、洒脱な事言う人だなぁ。家康さんや政宗さん達とまるでタイプが違う…)

 

スバルは慶次の言葉の意図を察してか、少し顔を赤面させながら目を反らした。

 

「慶次。ここにいる兵は皆、刑部の洗脳で無理矢理に兵士にされた民なんだ。しかも、ある特殊な術を施して、その根源を断たない限り、死ぬまで無理矢理何度でも立ち上がらせるという悪質な方法で…」

 

「!?…やっぱりそういう事だったのかい? わかっていたら、さっきの攻撃ももうちょっと手加減してやってたってのによぉ」

 

話している間にも縛心兵達が続々と3人の許に殺到する。

繰り出されてくる槍の穂先を払い、振り下ろされる刀を避けながらも、相手が洗脳された一般人とわかった以上、必要以上に攻勢に出るわけにはいかない。

 

「なんとか彼らの動きを止める方法はないのか!?」

 

超刀を上段に構え、複数人の縛心兵から繰り出される斬撃を受け止めながら慶次が尋ねた。

 

「独眼竜がどうにかしようとしている様子だったが、この様子だとまだ手は打てていないのかもしれないな…」

 

彼の背中に寄せるように後ろを固めた家康が両腕を交差させ、手甲で縛心兵の槍を食い止めながら呟くように答える。

その言葉の中に出てきたある単語に慶次の目が驚きで剥かれた。

 

「独眼竜!? 独眼竜もここにいるのか?」

 

「あぁ。ワシに独眼竜、片倉殿…それから理由(わけ)あって真田や猿飛も、今は東軍西軍の柵抜きに、この『機動六課』でそこなるスバル達魔導師の皆と一緒に戦っているわけだ!」

 

「魔導師…そういえば俺もこの世界に飛ばされてきてからその単語よく聞かされていたけど…なんだか色々と込み入った話になりそうだな!」

 

慶次は超刀を峰側に裏返してから、今度は少し加減しながら縛心兵達を打ち飛ばして話した。

 

「お前は何時こっちに!?」

 

ヘッドロックで固めた縛心兵の襟首に手刀を打ちながら家康が尋ねた。

 

「1ヶ月前だ! しばらくは行く宛もなくあちこち旅しながら、なんとか日ノ本に戻る方法を模索してはいたんだけど…ある時、旅先で馴染みになったヤツから「“時空管理局”に相談したらなんとかなるんじゃないか?」って言われてな。んで、この街…確か、“クラナガン”…だっけか? ここはその管理局とかいう組織のお膝元と聞くから、ここに行けば何か掴めると思ってな…」

 

「その途上で、この騒ぎを見かけて駆けつけたというわけか? お前というヤツは本当に悪運が良いというか…」

 

2、3人の縛心兵をフックで殴り飛ばしながら、家康は苦笑を浮かべた。

慶次は「ヘヘッ」と軽く笑い返しながら、超刀を大谷に向かって豪快に振り下ろした。

大谷は咄嗟に輿を横に逸らす事で斬撃をいなした。

 

「それで…大谷さんよぉ! アンタ達はこの世界で何しようとしているのさ? まさか、この一見平和そうなこの世界で関ヶ原の戦い(天下分け目の戦)の続きを再開…なんて抜かすつもりじゃねぇよな?」

 

「今は言えぬ…しかし、われらがこの世界で起こそうとしているのは、左様な了見の狭い事ではない…我らには更に大きな“目的”があるのだ」

 

大谷は輿の周りに新たな珠を展開しながら、家康を一瞥した。

 

「まさか、ぬしがこの世界で早くも徒党を組んだ事や、小早川秀秋(金吾)に続いて、真田幸村までもぬしに寝返った事は予想外ではあったが、われらの“目的”自体に大きな障りはない…だが、やはりぬしらに邪魔をされると迷惑なのでな…」

 

大谷はそう言って、手で合図を出すと、今しがた家康に殴られ倒れ伏した縛心兵達が無理矢理起き上がり、再び家康に飛び掛かってくる。

 

「くっ…許せ!」

 

その正体が洗脳された一般人とわかってはいたものの、彼らの動きを止める手立てがない家康は、無駄に彼らを傷つけるだけであるとわかっていながらも、やむなくその固い拳を振るう。

こうなればせめて、少しの間でも彼らを無力化させる事で、大谷に無理矢理に身体を操られる事を防ぐ事しか、出来る手立てはなかった。

 

ところが、その時―――

 

 

「ッ!?…はて? 如何したか?」

 

縛心兵を操っていた大谷が、家康に倒された1人の縛心兵を見て眉を顰める。

 

 

「……う…うぅ……こ、ここは………!?」

 

倒れた縛心兵は、ゆっくりと起き上がりながらも、家康達に反撃する事なく、辺りを見渡しながら狼狽えた様子を見せている。

見ると、周りに倒れていた何人かの縛心兵達にも同様の反応をする者が現れ始めていた。

その様子を見て、スバルと家康は何かを悟った表情を見せた。

 

「もしかして……縛心兵の洗脳が解け始めてる…?」

 

「っという事は…独眼竜が…なのは殿を救ったというのか…!?」

 

家康の言葉を聞いた大谷は、不愉快げに鼻を鳴らした。

 

「又兵衛め…どうやら、あ奴もしくじりおったか…依代の娘子を解放されたようだな……やはり流浪上がり風情に、あの任務はちと重すぎたようだな…」

 

自らの術が解除されたと悟りながらも、大谷は然程動揺した様子も見せていない。

その冷静な対応が、家康達に不穏な気配を悟らせた。

 

「再生の術は解けたとはいえ、縛心兵はまだ相当数残っておる。ならば…残る兵にさらなる力を注いでかかればよい事よ…」

 

大谷はそう言いながら、再び手で印を作り始めた。

 

「雑兵共に眠る不幸よ…その妖しき輝きに灯りを灯し、狂気となりて、ぬしらにさらなる力を与えよ…そして、天に輝き、全てに破滅を呼ぶ黒き星となれ!!」

 

家康達は知る由もなかったが、大谷はティアナを一時的に狂戦士に換えた術と同じ呪文を唱えていく。

 

「“覚醒めろ死兆”!!」

 

そして強く言い放つと、縛心兵達に赤黒いオーラが纏わりついた。

すると、縛心兵達は一斉に動きを止め、一度頭を垂れた後…

 

 

「「「「「ウガアアアアアアアアァァァァァァァァッ!!!」」」」」

 

 

「「「!?」」」

 

突然、獣の如き咆哮を上げた縛心兵達に家康達は思わず戦慄する。

特にスバルの脳裏には、昼間の忌まわしい出来事がフラッシュバックを起こすような感覚を覚えた。

 

「これって…ティアがおかしくなったあの妖術!?」

 

「左様…この兵達にも、昼間ティアナ・ランスター(かの小娘)に施した“恐惶”の術を施しておいた。ヒヒヒッ! 何時見ても狂える傀儡共の叫びは聞き心地の良い音色とは思わぬか?」

 

不気味さと憎たらしさを交えた笑みをこぼしながら話す大谷の言葉は、少し離れた場所で、幸村、佐助と共に縛心兵達と対峙していたティアナの耳にも届いていた。

 

「思い出したくもないものを……本当に“豊臣”ってロクなヤツがいないわね!」

 

「まぁ、幹部全員が腐ってるわけじゃないんだけどさ…あの大谷って野郎は性格の捻じれ具合が特に半端ないヤツだからさ」

 

強化された縛心兵の斬撃を避けながら、非殺傷設定の魔力弾を撃ちつつ、改めて大谷を毒づくティアナと背中を合わせながら、大手裏剣で繰り出されてきた槍を受け止めながら、諭すように皮肉を吐くのだった。

 

「皆!逃げろ!!」

 

「一先ず、隊舎の中に避難して下さい!!」

 

家康とスバルが、先に自我に返った縛心兵にされていた人達に呼びかけると、彼らの声に押される様に、皆我先へと隊舎の中に向かって走り出していく。

幸いにも狂化した縛心兵は、洗脳が解けた仲間には興味を抱かず、家康達六課に向かって集中的に迫ってくる。

 

 

大谷が縛心兵を狂化させた事で、戦いは更に混沌を極める事となった。

 

エリオ、キャロは洗脳が解けた人達を守りながらそれぞれ戦うものの、突然、狂ったような叫びを上げながら、力も速さも倍増しになった縛心兵に戸惑い、恐怖心も加わったせいか、若干押され気味となり、すかさずエリオには幸村が、キャロには小十郎がそれぞれ近くについてフォローに立ったが、それでも狂える雑兵達の猛撃は勢いが収まらない。

 

今現在、この場で唯一の空戦魔導師であるシグナムは、地表から少し放た場所に上昇し、シュランゲフォルムにしたレヴァンティンで地表にいる敵を一気に薙ぎ払う戦法に出ようとしたが、縛心兵の中には何人か弓矢を携えた者もいるのか、次々と飛来する矢を前に滞空しあぐねている様子であった。

 

「さぁ、この終わりなき狂兵達の猛攻…ぬしらがいつまで抗え続けるか見物よのぅ…」

 

縛心兵の叫びと、激しい剣戟の音が響く戦場の真ん中で、大谷はこの修羅場を心から楽しむかのように愉悦の声質で呟くのだった。

 

 

 

 

又兵衛の奇刃を間一髪でいなしながら、政宗は皮肉めいた口調で言い放った。

 

「ハッ! 魔導師でもねぇくせにあれだけ派手な墜落から無傷で生還たぁ。テメェもしぶとさだけは一人前みたいだな!」

 

「あの、さぁ…さっきから何ぃ調子こいちゃってんですかぁ! オマエェ!?」

 

又兵衛が吠えながら、手に持った奇刃をぶん投げる。

まるで巨大なブーメランの様に大きく軌道を描きながら、奇刃は唸りを上げて旋回しながら、政宗へ向かって走る。

 

「Deadly!」

 

政宗は片手に持った三刀で、迫ってきた奇刃を押しのけるようにして弾き飛ばす。

 

「はい! 死んだぁっ!!」

 

そこへ、又兵衛が鋭い爪を持った籠手を突き出して飛びかかってきた。

ビッグドロップの機内でフェイトに手傷を負わせたのと同じ攻撃を政宗の顔に目掛けて放ってくる。

 

「危ない!!」

 

背後で見守っていたなのはの叫ぶ声が聞こえた。

ところが、政宗は慌てることなく、片手の三刀を峰側に返した状態で振り上げ、飛びかかってきた又兵衛を一撃で跳ね返したのだった。

 

「ぐはっ!?」

 

吹き飛ばされた又兵衛だったが、空中で一回転しながら、同じく政宗に弾かれて回転しながら戻ってきた奇刃を空中でキャッチしてみせた。

そして、今度は奇刃を持った体勢のまま身体を前転させ、独楽の様に高速で回り、風を切りながら、政宗の許へと迫る。

返り討ちを決めたと思いきや、思わぬ反撃に政宗が思わず顔を顰める。

政宗は十字に構えた六爪の腹で回転斬りを受け止めるも、その全身を使った攻撃の重さに「ぐっ…」と歯を食いしばった。

 

「その首…唯では取らせねぇ…ってか? 浪人上がりってのは、本当にHungry精神が並外れてやがる…」

 

「…そぉだよぉ。だからさぁ…ここで手柄を上げて、成り上がってやるんだよぉっ!! オマエの首を引き換えにしてなあぁっ!!!」

 

又兵衛の赤く血走った目が一瞬光ったかと思いきや、次の瞬間には地を蹴り、政宗の目の前まで距離を詰め、息を吐かせる暇もない程の猛攻を仕掛けてきた。

その狂気を帯びた乱撃に政宗でさえも思わず防戦一方となる程の勢いである。

 

「お、おい! なんかやべぇんじゃねぇか!? 政宗が押されてるぞ!!」

 

ヴィータが焦りを顕にしながら叫ぶ。

なのはは反射的にレイジングハートを又兵衛に向けて構えた。

今の自分はリミッターがかかっている上に、今しがたまで新型ガジェットドローンの特殊な装置に拘束され、その限られた魔力も大部分が吸収されていたせいか、無理に参戦しようとしても、せいぜい“アクセルシューター”一発分くらいが限度であろう。

それでも、なのはは目の前で劣勢寄りに陥る政宗を前に黙って見ていられずにいた。

 

「死ねぇ!」

 

「ぐぅっ…! X-BOLT!!」

 

奇刃をまるでブーメランの様に円形に回転させながら、猛烈な勢いで押してくる又兵衛に、政宗は顔を歪めながら、一瞬の隙をついて六爪をXの字に振り払い、目の前に迫っていた又兵衛を無理矢理に宙に打ち上げた。

だが、又兵衛は空中で崩れた体勢を立て直し、政宗と向かい合うように着地する。

 

すると又兵衛は、徐ろに奇刃を片手に掲げてみせた。

 

「かぁぁくれぇんぼしぃましょぉ~。狩ぁるのはどぉちらぁっ!?」

 

妙な事を言いながら、又兵衛は掲げた奇刃を地面に突き立てると、その周りをぐるぐる回り始めた。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

すると、又兵衛の足元から黒い煙が立ち込め始めた。

摩擦熱で火を起きたのかと政宗達はそう思ったが、それにしては立ち込めた煙には煤臭くなく、代わりに煙幕特有の人工的な不快な香りがした。

やがて半壊状態のコンテナ置き場は黒煙に包まれ、視界が奪われてしまった。

数メートル先も見えない。

 

「政宗さん!?」

 

「気をつけろ! そっちに行くかもしれ―――ッ!」

 

「ケッヒィィィィィィィィッ!!」

 

黒煙のどこからか聞こえてくるなのはの声に対し、政宗は注意を促そうとしたが、最後までいう前に、黒煙を切り裂くようにして又兵衛が奇刃を回転させながら飛びかかってきた。

政宗はすかさず六爪を構えるが、その隙に又兵衛は政宗の目の前まで近づいていた。

 

「バラバラだぁぁっ!!」

 

ガキィィィン!

 

「…くっ!?」

 

叫び声を上げ、又兵衛が十八番といえる全身を使った回転斬りを繰り出してくる。政宗は六爪を振り上げて、なんとか弾き返したがその反動で身体がわずかだがよろけてしまう。

 

(コイツ……こんな奇怪なDesignの剣…よくここまで自分の手足みてぇに使いこなしてやがるな…!!)

 

第一撃はなんとか防いだが、すかさず又兵衛は姿勢を正し、第二撃を繰り出してきた。今度は奇刃を回転させながらの横薙ぎだった。

それには反撃の隙がなかったため地面に倒れることで躱したが、地面に横になった事で、政宗は素早い動きが出来なくなる。

 

又兵衛は地面に仰向けに倒れている政宗に飛びかかると、奇刃を政宗の首目掛けて振り下ろした。

 

「死ねやぁっ!! だぁてぇ、むぅあさむねええぇぇぇぇっ!!」

 

奇刃が自分目掛けて振り下ろされるのが、スローモーションで見えた。

身体を起こす暇もなければ、ここまで近づかれては、今更六爪を振り上げても防ぎきれるかわからない。

 

「……Shit!」

 

政宗も又兵衛の実力を少々見くびり過ぎていたと僅かに後悔した。

その瞬間だった。

 

「“アクセルシューター”!」

 

「…ガァッ!?」

 

唐突に横から一発のピンク色の魔力弾が飛来し、政宗の首を斬り落とそうとしていた又兵衛の手から、奇刃を撃ち弾いたのだった。

 

「な…にぃ…っ!?」

 

又兵衛が驚愕し魔力弾が撃ち放たれた方を振り向くと、黒煙が振り払われたそこにはフェイトの無傷の方の肩を借りながらレイジングハートを構えて立つなのはの姿があった。

一瞬の出来事に、政宗ですら呆気にとられてしまっている。

 

「私だけ助けられてばかりじゃ……いけないよね……!?」

 

唯でさえ、魔力の大部分を吸収されていた中で、一発だけながらも無理に魔力弾を放った反動が身体に起きたのか、なのはは弱々しい笑顔を政宗に向けながらも、たちまち足元がおぼつかなくなり、その場に崩れ落ちそうになって、慌ててヴィータに支えられる。

 

「ちょ!? なのは! オマエ、なにやってんだよ! そんな身体で無理すんじゃねぇぞ!!」

 

「そうだよ! 唯でさえ、かなり魔力を喪失している状態なのに、射撃魔法なんて使ったら…!!?」

 

「えへへ……ご…ごめん。ヴィータちゃん、フェイトちゃん…」

 

両脇からそれぞれ窘めてくるヴィータとフェイトに対し、なのはは弱々しく笑顔を浮かべながら謝った。

 

「この(アマ)があぁぁッ!! なぁに、俺様の邪魔してくれてんだぁよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

あとすこしで政宗を仕留められるところだったのを邪魔された事が相当に癇に障ったのか、又兵衛が吠えながら、四つん這いに駆け出して、3人の方へと迫ってくる。

奇刃を弾かれて丸腰であるためか、その動きはさらに俊敏になっていた。

 

咄嗟にフェイトとヴィータがなのはを守ろうと立ちふさがるが、又兵衛が両手の爪を振り払うと、その衝撃波で2人の体が木の葉のように宙を舞い、それぞれ近くにあったコンテナに叩きつけられる。

 

「フェイトちゃん!? ヴィータちゃん!?」

 

「ク・ケ、ヒイィィィィィィアァァァァ!!」

 

「ッ!?」

 

2人に呼びかけようとしたなのはに又兵衛が飛びかかっていく。

その拍子に彼女の手からレイジングハートが離れ、ガランと音を立てながら地面に落ちてしまう。

なんとかレイジングハートを拾おうと手を伸ばそうとしたなのはだったが、又兵衛は躊躇うことなくその細く柔らかい首を両手でがっしりと掴み、締め上げながら、背後にあったビッグドロップの残骸の大きな鉄板に身体を押し付ける形で叩きつけ、持ち上げた。

 

互いの顔が接近し、又兵衛は苦悶に歪むなのはの顔を狂気と殺意に満ちた目で睨みつけた。

 

「おまえさぁ…木偶の分際で、なぁに調子こいてんだぁよぉぉ…? このまま、『首根っこ引きちぎって、目ン玉抉り取って、鼻と耳と唇削いで、百舌の早贄みたく全部まとめで木の枝にぶっ刺しの刑』にすっぞおぉぉ!!」

 

「うっ……ぐぐっ……」

 

立つ地面を失ったなのはが苦しそうに足をジタバタと動かす、

又兵衛の籠手の鋭利な指がなのはの首に僅かに食い込み始め、血が少したれ始めている。

そのまま締め続けたら、頸動脈を傷つけて致命傷さえも与えかねない。

 

「な…なの……は……!」

 

自身も先程の戦いの負傷も残った身体で、しかもコンテナに叩きつけられた痛みが身体に残りながらも、どうにかフェイトやヴィータは地面を張って、親友を助けようと必死に足掻く。

 

だが、それよりも早く動いた者がいた…

 

「STORM RUN!!」

 

突然、蒼い閃風が2人の前を駆け抜けた。

そして、なのはの首を締め上げていた又兵衛の真横へと迫ると、蒼い閃風の正体…政宗は又兵衛以上に鋭利に伸びた3本の爪を振り上げ、又兵衛の身体を空高く打ち飛ばす形で、その手を離させた。

 

「ッ!? グハッ!?」

 

「……ゲホッ! ゴホッ!…ま、政宗さ……!」

 

なのはを庇うようにして六爪を構えながら、上空に弾かれた又兵衛に向かって、鋭い隻眼の眼光をぶつける。

又兵衛の度を越した凶行に対する怒りの象徴か、その全身には青白い電流を走らせていた。

 

「Small Me! 下衆な愚行もいい加減にしやがれ! 後藤“何兵衛”!」

 

「だ…だから、俺様の名は、“又兵衛”だって――――ガハッッ!!?」

 

又兵衛が反論する間もなく、政宗は地面を蹴って宙に向けて飛び上がると、次の瞬間には又兵衛の目の前にまで飛び迫っており、そのまま六爪を使った慈悲のない斬撃で、一気に地上に向かって打ち落とした。

 

「政宗! 手ぇ貸すぜ!」

 

3人の中で一番手傷が少ないヴィータが、この隙に立ち上がって体勢を整えると、グラーフアイゼンを振りかぶりながら、落下してくる又兵衛に向かって地面を蹴る。

 

「ギガント……」

 

カートリッジをリロードさせながら、又兵衛の落下してくる地点を見計らい、そしてその真下にきたところで、力いっぱいに横薙ぎに振るう。

 

「ハンマアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

「グオベェブァァッ!!?」

 

振り落とされた等身大の鉄槌が落ちてきた又兵衛の背中にクリティカルヒットする又兵衛は血の混じった胃液を吐きながら、そのままホームランボールの如く、再び空高く打ち上げられた。

 

「失せなッ!!」

 

だが、打ち上げられた又兵衛の身体が最高高度に達した時、落下軌道に入る前に飛び迫ってきた政宗が六爪で又兵衛を乱斬りし、さらなる追い打ちをかけた。

 

「THE ENDだ! 歯ぁ食いしばれよっ!!!」

 

政宗はそう言うと六爪を又兵衛に向けて構え、そして青白い稲妻を6本の剣先すべてに溜め込んだ。

 

「HELL END……DRAGON!!!」

 

そして六爪全ての剣先を又兵衛に向かって構えながら、巨大な龍の形をした電撃を放った。

 

「ッ!? ひいぃぃっ!?」

 

又兵衛は自分に向かって飛んでくる雷できた龍を見て、目を見開き驚愕する。

そしてどうにか防ごうとするも、丸腰の状態であったが故にどうする事もできなかった。

そして蒼白い閃光が又兵衛の全身を包む形で海上の夜空を駆け抜けていった。

 

「ッ!? バ…カ……なぁ…あぁッ!?」

 

龍が通った後には、黒焦げになった又兵衛が信じられないと言わんばかりな面持ちで呟きながら、そのまま重力に任せて地上へと落下していく。

そのままコンテナ置き場に残っていた数少ない無傷だったコンテナに激突し、グシャグシャに押し潰してしまった。

 

確かな手応えを感じた政宗は六爪をゆっくりと下ろした。

だが、すぐに潰れたコンテナの中から、ボロボロの状態のまま又兵衛が転がり出てきた。

見るからに重傷を負った様子であったが、尚も執念だけで生を繋ぎ止めているのか、又兵衛は深手の身体を押して、無理矢理に立ち上がると、憎悪と殺意に満ちた瞳で政宗を睨みつけた。

そして、ブツブツとなにかを呟き始めた。

 

「あ…ありえねぇ…ありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇあぁぁりぃぃぃえねぇぇぇぇぇぇッ!! この俺様が! 豊臣の誉れ高き“二兵衛”の片割れ…後藤又兵衛様がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「What’s? 二兵衛って言や、竹中半兵衛と黒田官兵衛だろうが? アンタ、自分の言ってることが支離滅裂になっている事がわかってねぇのか?」

 

半ば発狂同然の叫びを上げる又兵衛に、口ではシニカルに吐き捨てながらも、僅かに哀れみを覚えながら、政宗は六爪を突き出すようにして構え、又兵衛に近づいていく。

だが又兵衛はそんな政宗の言葉に過剰に反応し、さらに荒んだ口調で叫び、喚く。

 

「黙れぇぇぇっ!!? どいつもこいつも俺様をコケにしやがって!! 伊達ぇぇぇっ!!お前と、そこの白服の女はぁ! 現時刻をもって、又兵衛閻魔帳第一位、第二位にそれぞれ繰り上げだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

叫びながら又兵衛は懐に手を入れ、そこから煙玉を投げると彼の周囲が白煙に包まれる。

 

「Shit!?」

 

政宗はまた煙幕に紛れての奇襲かとも考え、身構えたが、今度の煙幕は又兵衛の周囲だけを覆い隠す小規模なものであった。

その為、それが逃亡用の目眩ましと気づいた政宗は急いで、煙幕の許に駆け寄り六爪で煙を払うが、既に又兵衛の姿はどこにもなかった。

すると、何処からともなくエコーのかかった又兵衛の声が聞こえてくる。

 

 

《俺様の、名を、顔をぉ…よぉく、覚えとけぇ…いつか必ず…今日のこの屈辱…倍にして返してやっからなぁ……伊達…政宗えええええええぇぇぇぇッ!!!》

 

 

又兵衛の残した呪詛の如き叫びが戦いの終わったコンテナ置き場に不気味に反響した。

 

「………トドメは刺しそこねたか…」

 

政宗は小さく舌を打ちながら、六爪をゆっくりと鞘に戻すと、思い出したように後ろを振り返る。

すると、丁度そこへヴィータとフェイトに肩を貸してもらいながら近づいてくるなのはの姿が見えた。

魔力の消耗と首には又兵衛が締め付けた跡と爪痕が残っていたが、それ以外は特に大きな怪我を負った様子もなかった。

 

政宗がフッと笑みを浮かべると、なのはもまた「えへへ」と照れくさそうに笑みを返すのであった。

 

 

 

残る最後の戦いが繰り広げられている機動六課隊舎前もまた、いよいよその戦況も大詰めを迎えようとしていた。

政宗がなのはを救出した事により、術の源となる魔力炉を破壊した事で、倒した縛心兵は皆、次々と術から解放されるようになり、これにより兵の数は半数近くに減らす事ができた。

しかし、それでも尚も100人近くの縛心兵…それも人為的に狂化された兵達が家康達の周りには残っている。

さらに大谷は兵が少なくなっている事を悟ると、突然、兵達に合図を送り、それを受けた縛心兵の残存勢力はこれまでの無考慮な攻撃から、突然、大谷を中心に斜め横に整列する様な配陣を組み直し、家康達…そしてその後ろにある隊舎へと迫る。

 

「これぞ“鶴翼の陣”…かの大陸の稀代の軍師 諸葛亮孔明が発案した包囲撲滅を想定した城攻めにうってつけの陣よ…」

 

「いよいよ、打って出る気だな…刑部。そっちがその気なら…ワシらも全力で迎えるまで!」

 

「いよっしゃあ! 気合い入れてかかるぜ!」

 

迫りくる狂兵に向け、家康達は分かれて突撃する。

大谷が率いる正面の兵達は家康、スバル、慶次の3人が向かった――

 

「うおおおおりゃああああ!!」

 

慶次は超刀と鞘を組み合わせて『朱槍』と呼ばれる武器に変化させ、それを気合の掛け声と共に軽々と持ち上げてみせた。

 

「焦がれてみせましょ、命のままに! それが茨の道とても!」

 

慶次は朱槍を豪快に振り回しながら、兵達に向かっていき…

 

「そりゃそりゃそりゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

次々と縛心兵達を空へと打ち飛ばしていく。

 

「これで…勝鬨だぁ!!!」

 

そして、慶次が最後に大きななぎ払いをすると、桜の花びらの混じった突風が吹き荒れて、複数人の縛心兵達が一気に空高く巻き上げられた。

 

「虎牙玄天!!」

 

「蒼天真打!!」

 

家康、スバルの鋭い拳が風を切り裂き、十数人もの縛心兵をその衝撃波だけで吹き飛ばしていく。

 

 

小十郎、シグナム、エリオ、キャロの4人は陣形の左側を攻めにかかった。

 

「いいか! 狂化されたとはいえ間違っても斬るんじゃねぇ! 峰打ちで止めろ」

 

「術が切れた以上、気絶させるだけでいい! とにかく、兵を減らす事に集中しろ!!」

 

「「はい!」」

 

それぞれ黒龍とレヴァンティンを峰側に返した状態で、次々と縛心兵を峰打ちで倒していく小十郎、シグナムのアドバイスを受けながら、エリオとキャロの二人もそれぞれ傷つけないように気をつけながら、ストラーダと刀を振るい、敵の陣形を少しずつ切り崩していった。

 

 

反対側には幸村、ティアナ、佐助の3人の姿があった。

 

「アルテマシュート!」

 

ティアナは先程の上杉景勝との戦いで、咄嗟に思いついた新技に『アルテマシュート』と命名し、早速それをこの実戦で応用するとその効果を遺憾なく発揮し、群がるように迫ってきた縛心兵を次々の魔弾の雨の餌食にし、無力化していく。

 

「大した技手に入れられてよかったじゃねぇか! これも誰かさんのおかげ?」

 

「そうね…あの景勝って奴にはちょっとは感謝しないといけないかもしれないわね」

 

「あっ……そっち……?」

 

佐助はそんな軽口を交わしながらも、大手裏剣を振るう手に少しも手抜きはしない。

そんな彼の目の前で幸村が燃え上がる二槍を激しく振り回す。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 熱血うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「た、大将!! 前ばっか見てないで、後ろもちゃんと気ぃ配る!!」

 

猪突猛進気味に敵を槍で払う幸村に迫った縛心兵を、佐助が慌てて大手裏剣で殴り飛ばした。

 

 

芳しくない戦況を前に、大谷はやれやれと頭を振った。

 

「……やはり、狂化したとはいえど、素体が弱ければあまり意味はない……か……」

 

ダメ押しに鶴翼の陣で一気に押し進めようと図ったものの、やはり六課側の士気を崩すまでには至らない様子だった。

そればかりか、縛心兵達は誰1人として敵将を討ち果たせていない。

次々に倒れては気絶するか、洗脳が解けて、逃げ出すかどちらかであった。

 

「刑部。後藤がやられた…今回の戦…どうやら、わちき達の“負け”みたいだね」

 

不意に大谷の背後に、花魁のような派手な着物を身に纏った女 皎月院が現れる。

皎月院はいつもの着物の上に淡紫色に不気味な呪文の様な漢文が記された羽衣を纏っている。

家康達は突然現れた彼女の姿に気づいている様子はない。

この特殊な術のかかった羽衣を身に纏った事で、大谷以外の者に彼女の姿は見えない仕様になっている様子だった。

大谷は小さく溜息をついき、諦めた様子でうなずいた。

 

「どうやらそのようだな…やれ、つくづく悪運の強い男達よのぅ…徳川達も…」

 

「後藤は既に回収した。これから隙をついて、左近も回収しにかかるよ。…ジャスティはどうすんだい? このまま本陣に連れて行くつもりかい?」

 

皎月院の問いに、大谷は鼻で笑いながら一蹴した。

 

「端から奴はここで切り捨てる…『所詮は此度の策を成就させる為に利用しただけの使い捨て』…この策を考案した時に、そうわれに申しておったのはお主であろう? うたよ…ぬしの思うがままに…」

 

大谷の意地の悪い笑みに対し、皎月院はニヤリと笑い返した。

 

「任せな。ただ殺すだけじゃ面白くはないからね…少し“洒落”を効かせておくよ」

 

「それと…左近と又兵衛によう伝えよ。『此度の失態について、ぬしらにはそれぞれ相応の処罰を加える』とな」

 

「それはそれは、恐ろしい事で……ご愁傷様だねぇ。あの二人も…っと軽口叩いている暇はなさそうだ。それじゃ、わちきは左近を回収しておくよ…」

 

「あい、わかった…」

 

皎月院の気配が背後から消えると同時に、バタリと人が倒れる音がした…

大谷の近習についていた最後の縛心兵の1人が家康の手刀によって気絶したのだった。

 

「刑部…お前の手勢もこれで全員制圧した。諦めるんだな」

 

気がつくと大谷の乗った輿の周囲には取り囲むようにして、激戦を戦い抜いた武将と魔導師達がそれぞれ武器とデバイスを手に立ちはだかっていた。

 

「いやはや……ぬしの強運には恐れ入ったぞ。徳川よ。どうやら、今宵はここまでのようだな…」

 

「待て! このまま我らが素直に貴様を逃がすとでも思うのか?」

 

威圧感に満ちたシグナムの声にも、たじろぐこと無く大谷は「ヒヒヒ」と嘲笑った。

 

「生憎と…我も素直に捕まるつもりはないのでな」

 

そういうと大谷は、珠を輿の周りに展開し、高速回転させ始めた。

 

「此度は“負け”を認めよう。だが覚えておくがよい…われらの計画は既に動き始めておる…ぬしらが“真実”を知る時…それは東軍(徳川とそれに与し偽善の将達)にとっても、ミッドチルダ(この世界)にとっても……“破滅”への歩みを踏み出す時であると…その破滅を前にした時、ぬしらの安い“絆”など無力であると…そう覚悟しておれ」

 

そう言い終えた瞬間、大谷の周囲を光の柱が覆う。

そしてその光が消えた時、大谷の姿はもう無かった。

 

 

長かった隊舎の攻防戦が、ようやく終わったのだ――――

 




本当は、この話で帰投後の様子と残るエピローグまで入れようと思ったのですが、それも含めると膨大な文字数になってしまうので、結局今回は又兵衛戦、大谷戦の終結までで終わる事にしました。

又兵衛はオリジナル版よりは強敵感を強調してみましたが、自分で言うのもあれですが、やっぱりどこか小物な一面は自分が考えたオリジナル版のオリキャラVer.又兵衛そっくりというか……自分でも未だにこんな偶然てあるものだなと、驚くばかりです。

さて、今まで感想コメントでも幾つか上がっていた政宗の此度のカーチェイスによって生じた街の被害の合計は……次回明らかになるのでお楽しみに!


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第三十六章 ~ティアナの再出発 攻防戦の終結~

機動六課隊舎を巡る熾烈な攻防戦はようやく終わりを告げた。

隊舎を守りきった家康達は新たな武将 前田慶次を加え、これからの事について話し合う。

そして、此度の一件で様々な成長を遂げたティアナは………

かすが「リリカルBASARA StrikerS 第三十六章 出陣だ」

謙信「かすが。すこしかたすぎるかとおもいます。ここはもうすこしやわらかくもうしたほうが、あなたらしくてよいですよ」

かすが「ッ!? はいっっ!! あぁ…謙信様ぁぁぁぁ!!!///」


アギト「………あの金髪、ルールーに声似てるけどキャラは全然違うな…」

ルーテシア「でも…『vivid』の私なら…」

アギト「? なんか言った?」

ルーテシア「うぅん……なんでもない…」


戦いが終わった機動六課隊舎とその周辺は、応援にかけつけた交代部隊や陸士隊の公用車や、洗脳から解放された縛心兵にされた罪なき人達を搬送する為の救急車が集まり、現場検証を行う鑑識班や執務官などで一時は騒然となっていた。

 

隊舎の周辺は激しい激戦を物語るかのようにあちこちで地表がボロボロに抉られたり、木や電柱が倒れるなどしていたが、家康達の奮闘のおかげで隊舎の建物自体に大きな損失はなく、隊舎に駐屯していたスタッフからの死者・負傷者も1人も出さずに済んだ。

 

唯一、今回の事件で西軍の内通者である事が発覚した機動六課 通信主任 ジャスティ・ウェイツによって破壊された隊舎の動力炉も、応援部隊の迅速な対応で僅か1時間でどうにか最低限のライフラインの回復まで至る事に成功した。

防衛システムなどの専門的な設備の復旧に関しては正式な復旧作業が行われるまで、他部隊と協力しながら、魔導師による人為的な包囲結界などで補いながら、交代部隊による周辺の哨戒を行うなどして補う事となった。

 

 

そして、負傷者の搬送を終え、一先ずの検証を終えた他の部隊の人間が撤収した頃―――

 

湾岸エリアでの激闘を終えた政宗達が、ヘリに乗って隊舎へと帰ってきた。

彼らもまた、あの後、遅れて到着した所轄の陸士隊と合流後、医療班の応急処置を受けながら、同様に状況の説明と現場検証への協力などで、大分時間をとられていた様子だった。

なのはは、魔力の吸収による消耗が激しく、駆けつけた医務官からは2、3日は安静にする事を言い渡されたものの、身体の怪我自体は対して酷くはなかった為、入院する必要も無く、隊舎への帰投が許された。

一番、手傷が深そうに見えたフェイトも、治癒魔法の処置によって無事に回復し、傷跡が残る心配もないとの事だった。

 

意外にも、一番心理的に重傷を負っていたのは、政宗のガイド役として同伴していたリインフォースⅡとヘリパイロットのヴァイス・グランセニックだった。

 

リインは、隊舎に帰投した時もまだ気を失ったままであり、医務室でシャマルのヒーリングを受けて、ようやく目を覚ました後も、相当酷い乗り物酔いに陥ってしまったのか、まだ洗面器から頭を上げられずにいるという。

 

そしてヴァイスはというと、何も知らぬ内に愛車のバイクを勝手に使われた挙げ句に、目の前で敵への特攻に使われ、海の藻屑と消える様を目の当たりにさせられた彼はまるで抜け殻のように全身真っ白になり、「嗚呼(あぁ)、俺のバイクが……俺の生きがいがぁぁ―――」とうわ言の様に呟きながら、死人の様な足取りで歩いていたのだという。

 

その話を聞いた事の経緯の元凶であるはやては、「な…なんとか労災下りるように保険会社に掛け合ってみるわ…」と苦笑いしながら応えていた。

 

とにかく、前線部隊員の全員が無事に戻った事を喜んだはやては、一先今回の事件に関わった人間全員を部隊長室に集めて、それぞれの現場で起きた出来事の情報交換、そして新たに六課に現れた戦国武将 前田慶次への説明と、事情聴取をとりおこなう事になったのだった。

 

「Hu~…お前までこの世界に来ていた事には驚いたが…よくもまぁ、一ヶ月も見知らぬ土地でいつも通りの風来坊な暮らしができたもんだな」

 

応接セットのソファーに腰掛けながら、政宗は向かいに座った腐れ縁の武将仲間に、呆れたような眼差しを送りつつ言い放った。

 

「いやぁ。 俺も気がついたら、右も左もわからねぇ土地に流れついちまう…なんて事は今までも何度かあったもんだから、てっきり今回もその延長線だと思ってさぁ。それにここは日ノ本と違って、どこも比較的平和で、気の良い奴らが多かったから、なんだかんだで上手く溶け込めたんだよねぇ」

 

そう言ってヘラヘラと笑ったのは、此度の隊舎防衛戦に飛び入り参戦ながらもMVP級の活躍を見せてくれた加賀前田軍の風来坊こと“前田慶次”である。

 

「これでも結構苦労したんだって。 なんたって技術も言葉も文化だって、まるで日ノ本とは違うんだからさぁ。なかなか馴染まなくて大変だったんだよ?」

 

慶次は、そう言いながら、懐からスマートフォンを取り出して、片手で軽々と操作してみせる。

 

「『まさかの元いた世界の顔なじみ達と再会♪ KGマジラッキーってかまじ卍~♪』っと…いやぁ、この『トゥウィッター』や、『イントールグラム』ってのは面白いねぇ! か『SNS』ってんだっけ? 俺もうどっちもフレンド一万人超えちゃったよ」

 

「そんだけ馴染めたら十分だろ! っていうか、どうやってそんなもの手に入れたんだ!?」

 

政宗の後ろで控えるように立っていた小十郎が、慶次の持ったスマホを指差しながらツッコみを入れる。

よく見ると慶次の持っているスマホはスマホの中でも人気機種の『MyPhon』シリーズの最新型『MyPhon12』であり、さらには腕には同じ会社が販売しているデジタル腕時計『Orange Watch』が着いてあった。

傍から見れば、戦国武将というよりは和風テイストな装いをした派手好きなパリピにしか見えない。

 

「あぁ。旅の間に夢吉と一緒に大道芸やったり、人助けや手伝いとかやったりして稼いだ金と、そうやって顔見知りになった奴の伝手で良い品を安く回してもらったりしてさぁ。衣食住もそうやって過ごしてきたわけよ」

 

「な…なんてご都合主義な男なんだ……」

 

「こんなデタラメな野郎が、家康達と肩を並べる実力派の戦国武将なんてな…」

 

話を聞いていたシグナムとヴィータが呆れながらボヤいた。

 

「まあまあ、2人共。 なにはどうあれ、慶次さんのおかげでわたしも助かったんやから。改めてお礼を言わせて頂きます。ほんまにおおきにな。慶次さん」

 

部隊長用のオフィスに座り、シャマルのヒーリングを受けながらはやてが、慶次に向かって頭を下げた。

はやては他の皆よりも、さっきの戦闘中に受けた謎の金縛りの影響が濃かった為か、微かだがまだ後遺症の痺れが身体に残っている様で、シャマルからマッサージ代わりの軽い治癒魔法(ヒーリング)を受けて、完全に取り払おうとしていた。

 

「いいって、いいって。にしても、はやてちゃん…だったけ? その年でこんな立派な本陣持った隊の大将なんてすごいじゃないのさぁ」

 

慶次は手を振って応えながら、もう一度部隊長室に集った六課の隊員達を一瞥していく。

 

「それにまぁ、揃いも揃って美人にかわい子ちゃん揃いな華の部隊! いいねぇ、家康や他の御仁方もなんだかんだ言って男だったんだねぇ!」

 

「け、慶次!ワシらは何もそういう理由で六課と協力しているわけではない!」

 

「前田殿! 破廉恥でござるぞ!!」

 

慶次の座るソファーの脇に立っていた家康や幸村が赤面しながら抗議した。

すると政宗達の座るロングサイズのソファーの端に腰掛けていたフェイトが徐ろに尋ねる。

 

「ところで前田さんは…」

 

「あぁ。“慶次”でいいよ。家康達の馴染みっていうなら俺にだけ他人行儀になる必要はないからさ」

 

「は、はい。じゃあ…慶次さんは地上本部に向かおうとしていたんですよね?」

 

「あぁ。聞けば、俺や家康達みたいなのをこの世界じゃ“次元漂流者”っていうんだろう? 聞いた話じゃ“次元漂流者”ってのは『時空管理局』って組織…つまりはアンタ達がその専門的に対処するって事らしいからさ。そこへ相談すればなんとか日ノ本に帰る手立ても見つかるとは思ったんだけどさぁ…」

 

そこまで話して、慶次は一度言葉を止め、家康達日ノ本出身の仲間達の顔を一瞥する。

 

「ここに家康達が纏まって世話になっているって事は…日ノ本に戻る方法はわからねぇって事かい?」

 

「…そういう事になるね」

 

フェイトが申し訳無さそうに頷くと、はやても面目なさげに頬を軽く掻いた。

 

「一応、わたしらの方で、家康君の世界の座標を調べてはおるんやけどなぁ。 何分、異世界っていうのは無限っちゅうくらいに色々な世界があるもんやさかい、なかなか見つける事が難しいんよ。唯でさえ、家康君や慶次さんの住む“日ノ本”のある世界は私達の故郷の地球(セカイ)の平行線にある世界やから、余計に探し出すのにも難儀しとるっちゅうわけや」

 

「なるほどねぇ…おまけに、“豊臣”の奴らは、アンタらがさっき言ってた“スカリエッティ”とかいう奴と手を組んで、何かの悪巧みを企んでいて、今日の騒動もその一環だったって事ね…」

 

慶次は話しながら、『豊臣』というワードを口にしたところで、一瞬その表情を曇らせたが、それに気づいた者はいなかった。

 

「そういうことやね…せやけど、まさかなのはちゃんを捕まえたり、隊舎に総攻撃しかけてくるとは、思ってもみぃひんかったわ…」

 

はやてもそう言って声のトーンを落とした。

すると、応接セットの中では部隊長デスクと一番近い場所にある小さなソファーに腰掛けていたなのはが小さく溜息をついた。

 

「私が油断しすぎたせいだよ。 西軍(むこう)の仕掛けた罠とも知らずに、いつもどおりに打って出る…なんて言ったから…ここまで追い詰められる事もなかったものね。せめて、不審船を調べる時に一層用心していれば…」

 

首にコルセットを巻いたなのはは、自分の失態が原因で、隊舎の窮地をより強調させてしまった事を反省してか、自嘲する様に苦笑を浮かべた

 

「そんな…なのはが悪いわけじゃないよ」

 

「そうだぞ。悪いのはあの“なんとか兵衛”とかいうストーカー野郎や、大谷ってミイラ野郎じゃねぇか。お前が責任を感じる事なんてねぇよ」

 

フェイトとヴィータがそう言ってなのはを励ました。

その言葉を聞いて思い出したように、はやての顔つきが急に厳しいものに変わった。

 

「それにしても…まさかジャスティ君がホンマに大谷達に寝返っていたなんてな。今更かもしれへんけど…選定するにあたって、素性は申し分なかったし、性格も決して問題ありなものでもなかったのは確認しとったつもりやったけど」

 

はやてにしてみれば、六課設立に当たって、他の隊員達同様に自ら推薦し、抜擢した為か、その事に関しても少なからず自らの責任を感じていた様子だった。

 

ちなみにそのジャスティではあるが、本当だったらすぐにでも尋問にかけるべきところではあったが、六課側も事後処理をはじめやるべき事が山程あった為、彼への尋問は日を改めてゆっくり行う事とし、一先ず彼の身柄は所轄の陸士隊に引き渡し、正式な尋問の準備が整うまで陸士隊の留置施設にて拘束する事が決まり、既に身柄も移送されている。

 

「徳川達“戦国武将”の事を快く思っていなかった事や、主はやての采配やこの隊における自分の扱いについても相当な不満があったというのも事実だったわけです…おそらく、そこに大谷の付け入る隙があったという事でしょう」

 

シグナムの言葉に家康達も頷いて同意した。

すると、部屋の端にある壁にもたれかかっていた佐助が虚空を見据えながら、呟くように話し始めた。

 

「…心に生じた隙間に入り込む…これは大谷みたいな策を弄する人間が最も好んで用いる謀さ。邪で、身勝手で、都合の良すぎる甘言程、不満を感じている者を惑わせちまうのさ…」

 

「確かにな…それに、隊長陣(あたしら)やフォワードでもなく、後援部隊(ロングアーチ)准幹部(ジャスティ)を内通者に選定しやがったところが狡賢いぜ」

 

ヴィータが悔しそうに話す。

すると佐助はさらに、自らの憶測を述べる。

 

「恐らく、昼間の模擬戦でティアナをわざと目立つ形で暴走させたのも、俺達の注目をコイツ一点に集中させる事で、“内通者”であるジャスティから目を逸らさせ、今夜の作戦への下準備を運ばせる事が目的のひとつだったのかもな?」

 

「私は…最初から西軍に…大谷達にまんまといいように利用されていたわけね……」

 

「ティア…」

 

他のフォワードメンバーと共に佐助と一緒に壁際に立って話を聞いていたティアナが歯を少し噛み締めながら呟くのを、隣りにいたスバルが心配そうに見つめる。

すると、それを励ましたのはフェイトだった。

 

「利用されていたのは、ティアナだけじゃないよ。罪のないクラナガンの一般市民でさえもそうだったんだから…」

 

フェイトは撤収前の交代部隊から受けた報告を思い返しながら話す。

その後の調べにより、大谷吉継によって洗脳され、彼の手駒“縛心兵”にされていたのは首都クラナガンの料亭『弁天閣』の従業員や遊女達である事が発覚した。

 

さらに、かろうじて話す事のできた1人からその経緯について詳しく聞く事ができた。

 

その者の証言によれば、事のきっかけは数週間前のある夜―――

閉店後の後片付けを行っていた時に、突然何処からともなく1人の女が店を訪れ、店にいた全員を次々に金縛りのような術にかけて無力化していき、その後に現れた包帯ずくめの男…大谷にさらなる術をかけられた事で全員が自我を持ちながらも身体や思考の自由を奪われ、今日まで奴らの手駒にされていたのだという。

 

大谷達は従業員を洗脳して手駒に打ち据える事で、『弁天閣』を通常通り営業させながら、まんまと西軍の出城*1として利用したのであろう。

実際に交代部隊がただちに『弁天閣』を家宅捜索したところ、多数の武器や、機動六課周辺の地図などの資料など西軍がアジトとして使用していた多数の痕跡が押収されたとの報告があった。

 

そして、ジャスティは『弁天閣』のVIP常連客の1人であった。

恐らくは大谷らが店を掌握した後に、何も知らずに店を訪れたところで会遇し、甘言に唆されて、裏切り者に転じてしまったというのがフェイトの見解であった。

 

「……大谷吉継…わたしらが今まで出会ってきたどのタイプの敵とも違う、厄介な強敵みたいやな……」

 

はやては、真剣な面持ちのまま静かに頷いた。

甘言で敵の関係者を容易く抱き込むばかりか、策謀の為に卑劣で残酷な術を躊躇う事なく用い、関係のない一般市民までも平気で利用し、巻き添えにする…

まさにスカリエッティと同類の卑劣漢ながら、あくまで水面下で暗躍する事に徹するスカリエッティに対して、こちらは表舞台に進出してくる事に躊躇いが無い分、余計厄介という事になる。

 

「それにしても……」

 

シグナムが唸り声を発しながら続けた。

 

「私が拘束した島左近を取り逃がしてしまったのは、大きな痛手になったな…縛心兵を相手取る為とはいえ、見張りも立てずに放置していたのは私の失策だ…申し訳ありません。部隊長」

 

シグナムははやてに向かって頭を下げて詫びた。

隊舎攻防戦の最中、シグナムとの一騎打ちに敗れた左近は、気絶したまま、バインドをかけられて拘束され、シグナムの手で隊舎前まで連れてこられ、その後、間髪入れずに大谷率いる縛心兵達との交戦となった為、一先ず近くでバインドと包囲結界(クリスタルケージ)で拘束するところまでは、彼女をはじめ、あそこで交戦していた者全員が確認していた。

 

しかし、大谷が撤退後、彼を拘束していた筈の場所に行ってみると、左近の姿は何処にもなく、急いで周辺一帯をくまなく捜索したものの、結局見つかる事はなかった。

 

「しかし、わからねぇよな。大谷(ミイラ野郎)ならともかく、その島左近とかいうヴァイスによく似た声のギャンブラー野郎は魔導師でもなけりゃ、特にわけのわからねぇ術使うような奴でもなかったんだろ? そんな奴が一体どうやって、バインドやケージを抜け出せたっていうんだ?」

 

ヴィータが尤もな疑問を述べる。

すると、はやてもそれに同調する様に頷いた。

 

「そこは私も少し疑問に思ってたんよ。 それにリインとシャーリーがジャスティ君を追い詰めた時に何者かによる横槍が入ったり、政ちゃんやリインがなのはちゃんの救援に向かう為にバイクで出たら、まるでその様子を見ていたかのようにバイク型の新型ガジェットドローンが追手として現れたり…何よりも大谷と戦っている最中に私や家康君達を襲ったあの金縛り…」

 

「…恐らくはやてちゃんは、“(しん)の一方”をかけられたんだな」

 

今まで話を聞いていた慶次が、補足するように告げた。

 

「「「「「“(しん)の一方”?」」」」」

 

初めて聞く奇怪な術の名前に首を傾げる六課の面々。

「似たような名前は地球にいた時に読んだ漫画で見た事があるな。確か『る◯うに◯心』―――」といつものように脱線しそうになったはやてを手で制止しながら、なのはが尋ねた。

 

「慶次さん。その“(しん)の一方”っていうのは?」

 

「俺も諸国を旅していた時に、人伝手で聞いた話でしかないんだけどな…なんでも『二階堂流平法』って戦術を編み出した松山主水(まつやまもんど)って賢智の高い剣豪が編み出した秘伝の技としてそんな術があるそうだ」

 

慶次によれば、“(しん)の一方”というのは所謂、瞬間催眠術的な居竦の術の事であり、何らかの方法で目や口から放った気を当てる事で、術にかかった者を金縛りにあったように身動きができなくさせてしまうのだそうだ。

本来は気を使った技なのではあるが、まるで妖術のような技に見える事から、巷の人々の間で松山主水とは『剣豪の名を騙った妖術使い』として恐れられているという。

 

「つまり…その松山主水って人も西軍に加担しているという事ですか?」

 

スバルが聞いた。

しかし、慶次は頭を振って彼女の推測をきっぱりと否定する。

 

「否、俺が聞いた話じゃ、確かに松山主水って奴は兵法や剣術の腕は凄いが、本人は天下取りはおろか、佐官にさえも興味を示さず、俗世間とは離れて、己の武芸を極める所謂『一匹狼』との事だからな。俺が仕入れた話だと、関ヶ原の戦いに際しても東西どちらの軍にも加担した様子はなかったみたいだぜ」

 

「それに…」と慶次は付け加える様に、自分の推測を語る。

 

「…はやてちゃんの話じゃ、海の上で大谷吉継と戦っている時にこの隊舎の屋上辺りから急に視線を感じて、その直後に妙な気当てを食らって、身体が動かなくなっちまったって話だったじゃないか? そうなんだよな? はやてちゃん」

 

いきなり話を振ってきた慶次に、はやては何故かドキリとした表情を見せる。そして少し考えたような素振りの後に口を開いた。

 

「う、うん。ようわからんけど、急に隊舎の屋上でピカッと何かが光ったかと思ったら、身体が金縛りにあったみたいに、動く事も喋る事もできひんようになってもうて…今もこうして身体のあちこちが痺れてもうてる状態って感じやわ」

 

「うん。間違いなくそいつは“(しん)の一方”だぜ。それもかなりたちが悪い方向にアレンジされたやつだ」

 

慶次は1ヶ月の異世界での風来坊暮らしの間に身につけた現代語をさらりと混じえながら言った。

慶次によれば、“(しん)の一方”とは、本来は立ち会いの折に相手を無力化させた上で斬り捨てる為の牽制技であり、決して万人向けの技ではないとの事だった。

 

しかし、今宵六課で発動された“(しん)の一方”と思われる技は、隊舎から1km近く離れた距離にいたはやてをピンポイントで命中させるだけでなく、気合の当て先であるはやてだけでなく、その通り道にいた家康達や縛心兵達までも一時は硬直させてしまう程に凄まじい威力を見せつけた。

これは最早、唯の気当ての技の域に収まらず、大谷の技と同様に“妖術”と称しても過言でない程に邪悪で妖奇な技へと悪い意味で昇華したものだった。

 

「実は俺が六課(ここ)に足を運んだのも、妙な気合が撃たれた気配を感じたからなんだ。 身体が痺れて、嫌な汗が流れる不快な感覚…って奴? この世界に来てから久しく感じた事もなかったから余計に違和感を覚えて、気を感じた方に足を運んでみたら…」

 

「あの騒ぎだった―――って訳ですね」

 

スバルがそう言って締めると、慶次が静かに頷いた。

もしもあの術が発動する前に慶次が現れて、家康達と一緒に硬直してしまっていたら、誰も大谷を止める事ができず、はやてが殺されるのを黙って見ているしかなかったであろう。

 

その話を聞いていたフェイトとはやてはそれぞれ顔を見合わせる。

 

「と言う事はつまり……」

 

「大谷レベルの妖術の使い手が、今回の騒動の裏で暗躍しとったっちゅう事やな…」

 

2人がそう話し合うと、それを聞いていたシャマルが思い出したように言った。

 

「そう言えば、リインやシャリオが言っていたけど…屋上でジャスティ君を取り押さえようとして、不意打ちを受けた時に…気を失う前にジャスティ君が女の人と話しているのを見たって…それも和服を着た、見るからにこの世界の人間でない女の人だったとか…」

 

「それってもしかして…」

 

シャマルの話を聞いた家康は何やら考え込むような仕草を見せる。そんな家康の顔を見ながら政宗が口を開いた。

 

「恐らく…そいつはあの“皎月院”って女だろうな…野郎…模擬戦の時もそうだったが、結局今回の事件じゃ最後まで俺達の誰の前にも直接顔を見せなかったな」

 

「すると…やはり、島左近を奪還したのも……」

 

「奴だろうな」

 

政宗の言葉に、シグナムは改めて自分の迂闊さを悔やみ、膝を叩いた。

 

現在、総大将の石田三成を除いて、六課側にその存在が把握されている西軍の将の中では唯一、家康や六課の面々と直接対峙していないのが大谷と共に三成の参謀及び直属の諜報役を務めている謎の女 皎月院だった。

家康の話では、大谷に匹敵する妖術の使い手である事と、凶王の女房役として、気性が極めて高い彼をも上手く手綱を握って誘導してしまうだけの弁舌や駆け引きに秀でた底の知れぬ女である事以外、何もわかっていない彼女が、ある意味現段階では西軍の中でも最も警戒すべき人間であるのかもしれない。

 

「大谷殿と互角のまやかしの使い手と言うのであれば、“(しん)の一方”なる技を左様な高度な技として使いこなしてみせたのも、合点がいくでござる!」

 

「まぁ、その皎月院って女が何者かはさておき…奴もまた並外れた手練である事は間違いねぇって事だな」

 

幸村と小十郎がそれぞれに話すと家康も総轄するように語る。

 

「否、刑部やうた達だけじゃない…後藤又兵衛、黒田官兵衛、島津義弘、小西行長、上杉景勝…今まで六課の前に現れた将以外にも、西軍にはまだまだ智謀または武力に秀でた強敵が数多く存在する…」

 

話を聞いた六課の一同は皆、深刻な面持ちを浮かべる。

今回は政宗の奮闘や、慶次の参戦の甲斐あって、窮地を凌ぐ事ができたものの、自分達がスカリエッティと共に相対する敵…『西軍』もとい『豊臣』は、自分達が考えていた以上に強大で、なおかつ狡猾と考えねばならなかった。

 

「つまり…これからの機動六課の戦いは、更に激しくなる…っという事ですね」

 

スバルの問いに家康は静かに頷いた。

すると、それを聞いていたなのはも、真剣な眼差しでフォワードチームの4人を見据えながら言った。

 

「フォワードの皆。今日のところは皆の頑張りのおかげで、かろうじて最低限の被害だけで済んだけど…この先どんな事が起きるのか全く予想ができない。正直言って、命の保証はないかもしれません…もしも、この先この部隊で戦っていく自信がないというのなら…遠慮しないで言ってくれたら、希望する他部隊への異動の手続きをとるけど…」

 

なのはの問いかけに対し、いの一番にスバルがきっぱりと宣言した。

 

「なのはさん! 私は戦います!!」

 

「スバル!」

 

堂々としたスバルの決意に家康が驚く。

他の面々も驚きの表情でスバルを見ていた。

 

「この先、命に関わる程に大変な戦いになる事は重々承知です! ですが、関係のない大勢の人々を巻き込んでまで、邪悪な陰謀を進める西軍の凶行を目の当たりにして…それでいて、むざむざと逃げ出すなんて腰抜けな真似、私にはできません!!」

 

スバルの啖呵に、思わずたじろいでしまうなのは。

これがわずか15歳の子供が言う言葉なのかと周りの大人達は思っていた。

 

「それに…私は東軍(ひがしの)総大将 徳川家康の“弟子”です!! 尊敬する師匠が戦いを挑むのに、逃げ出そうなんて考える恩知らずな弟子がどこにいるというのですか!?」

 

「ちょ…スバル! そんな大声で言われると、なんか恥ずかしい…」

 

嘘偽りのない純粋な輝く瞳で堂々と宣言するスバルに、家康は思わず赤面する。

すると、それを聞いた慶次は思わず「おっ!?」とイタズラめいた笑みを浮かべながら、家康を見据えた。

 

「なんだよ~。いつの間にスバルちゃんみたいなかわいいお弟子持ったんだよ~? ねぇねぇ、ちょっと詳しく聞かせてくれよぉ♪」

 

「い、今はワシの話はどうでもいいじゃないかッ!!」

 

からかってくる慶次に対し、家康は珍しく憤慨しながら無理矢理に話題の軌道を戻した。

すると、続けて2人…エリオとキャロが前に出た。

 

「僕も戦います!! 真田幸村(兄上)と兄弟の契を交わし、武田の熱き魂を受け継ぐ1人になった今、ここで槍を退くつもりは毛頭ありません!!」

 

「わ、私も…何が出来るかわからないけど…でも機動六課で学び、小十郎さんに教えてもらった事で少しでも皆のお役に立てる為に……頑張ります!」

 

「エリオ! キャロ!」

 

2人の子供らしからぬ強い決意を前に2人の義親のフェイトも思わず呆気にとられた表情を浮かべた。

そんなどこまでも子供離れし過ぎな程に成熟したフォワードチームに圧倒され、苦笑を浮かべながら、なのはは最後の1人 ティアナを見据えた。

 

「ティアナ…貴方はどう? 出撃前に言っていた事、ひょっとしてまだ気持ちが変わってないのなら―――」

 

なのはの問いかけに、ティアナはまだ出撃前にやってしまったいざこざを尾に引いていたのか気まずそうな面持ちで、言い淀んでしまう。

すると、その様子を見ていた佐助がそっと肩に手を乗せながら助け舟を出した。

 

「ティアナ…答えはもうさっき俺に言ってたじゃねぇか。そのまんまの気持ちを…なのはちゃんにも、ちゃんと伝えな」

 

佐助に背中を押されるように諭されたティアナは、ゆっくりと頷き、なのはの目を見つめながら、気を引き締めた表情を浮かべ、そして口を開いた。

 

「なのはさん…やっぱり私、この部隊で戦います! 否、戦わせて下さい!! さっきは生意気な事を言ったりして、本当にすみませんでした!!」

 

ティアナは声を張り上げながら、なのはに向かって頭を下げた。

 

「私はまだまだ未熟者です。 今日みたいな失敗もするかもしれません! でも…どうにか自分に出来る事を精一杯やって皆さんのお役に立とうと思います! だから…引き続き、機動六課のフォワードチームのセンターガードとして、この部隊にいさせてください! お願いします!!」

 

そう話しながら、ティアナは頭を上げようとしなかった。

そんなティアナをなのはは、最初は驚いた様子で見ていたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。

 

「わかった。ティアナの気持ち、しっかり伝わったよ。それじゃあ、さっきの離隊宣言は誰も聞かなかった事にするね。勿論、フォワードチーム全員このまま引き続き頑張って貰うよ」

 

なのはがやさしくそう話すと、ティアナをはじめFW(フォワードチーム)の面々は安堵の笑みを浮かべ、その様子を見ていた他の皆もホッとした様子を見せた。

 

「けど、皆…覚えておいて。ここから先は本当に過酷な戦いになるかもしれない。機動六課に入った以上は今までもそうだったかもしれないけど、これからは今まで以上に、皆が『子供だ』とか『女の子だとか』…そんな言い訳は一切通じない。敵は容赦なく襲ってくる…その辺のところは、しっかり覚悟はしておくんだよ」

 

フェイトはなのはの後ろから、再度念を押すようにFWの四人に向かって呼びかけた。

それに対し、4人は改めて気を引き締めた表情になって頷くのだった。

 

4人の覚悟を見届けた家康は、慶次の方に顔を向けると、徐ろに姿勢を改め、両手をついた。

 

「見ての通りだ。慶次…ワシらは今夜の事を教訓に、改めて明日から西軍(三成達)との戦いに挑むつもりだ。慶次。是非にお前の力も貸して欲しい…頼む」

 

「おいおい、家康。なに水臭い事言ってんだよ」

 

慶次がいつもの軽く明朗な笑顔を浮かべた。

 

「あんな派手に喧嘩売っちまったんだ。西軍(奴さん)からはすっかり俺も『東軍』の仲間として見られただろうよ。それにまだ、日ノ本に帰る手立てもわからねぇようなら、せめて同郷のダチが世話になっているこの『機動六課』に手を貸す方がよっぽど有意義だしな」

 

「「「誰が“ダチ”だ」」」

 

政宗、小十郎、佐助が、声を揃えて、呆れながらツッコんだ。

 

「っというわけで……機動六課の皆々様! 不肖 前田慶次! 俺もまた、人肌脱いでやっぜ!! 不束ピーポーですが、ヨロシコでお頼み申します! センキューね☆」

 

「いや、歌舞伎役者か、パリピか、どっちかにキャラ統一しろよ! なんか鬱陶しいな!!」

 

と応接セットのミニテーブルに片足を乗せながら、眉間に指二本を当てたチャラ男ポーズとチャラい言葉と古い言葉を混ぜた奇怪な挨拶を決める慶次にヴィータがイラついた様子で叫んだ。政宗や小十郎も同感だった。

1ヶ月もミッドチルダを放浪した事で、変に未来の文化を取り入れてしまい、その結果、以前にもましてお調子者な性格が増長して、変な方向に傾奇者ぶりが進んでしまったのかもしれない。

果たして、こんな男が機動六課に加わったところで大きな戦力になるか疑問だったが、それでも、なのは達にとっては心強い味方である事には変わりなかった。

 

「よろしゅうな♪ いやぁ、慶次さんも加わって、皆の気持ちもより一つになった…これならどんな敵が来ても立ち向かえる自信がついたような気ぃするわ」

 

はやてが、そう言って嬉しそうに笑った。

その時である―――

突然に部隊長室のドアが開かれた。

 

「部隊長!! 大変です!!」

 

叫びながら飛び込んで来たのは、血相を変えたグリフィスだった。

 

「な、なんやねん! グリフィス君!? せっかく、皆の気持ちが引き締まったところやったのに…」

 

「それどころじゃありません! これを見てください!!」

 

そう言いながら、グリフィスははやてのデスクにあったホログラムテレビのスイッチを押し、部屋に備えられていた大型のホログラムモニターを投影させてみせた。

そこに映っていたのは……

 

 

《本日午後8時頃、ミッドチルダ首都クラナガン南部A70地区ならびにB36地区、H14地区から17地区一帯で発生した車両事故並びに建築物損壊事件は、負傷者348人、被害車両277台、家屋半壊17戸、全壊4戸に及び、更には先日オープンしたばかりの『クラナガン・スパ・ストーリーズ』クラナガン南ヘルスセンターが内部全壊した他、クラナガン高速湾岸線の一部架橋がおよそ3ヶ月間使用不可レベルに損壊するという大惨事となりました》

 

 

アナウンサーがニュースを読み上げる中、映像に映っていたのは、まるで激しい戦闘でもあったのか、小さな竜巻が通過したかのように、破壊の限りを尽くされた一般道路や、民家、温泉施設、高速道路の高架、そして至る場所で大量の自動車の残骸がぶつかったり、横転したりする地獄絵図のような光景だった。

 

「うわっ! こりゃ酷いわぁ! うちでこんな大変な事があった時に、街でもえらい事になってたんやなぁ」

 

FWの4人や家康達が呆気にとられた様子でニュース映像を見つめる中、はやては呑気にそんな事を言っていたが、なのはとフェイト、ヴィータは、映像を見るなり、何か嫌な予感を察したのか、それぞれ顔を青ざめる。

 

「な…なぁ…? これって……もしかして……?」

 

「う……うん…」

 

なのは達の異変に気がついたスバルが、どうかしたのかと訪ねようとした。

 

《尚、目撃者が撮影した映像には、一連の事故の原因となった数台の不審車両の危険極まりない暴走の様子が映されていました。こちらを御覧下さい》

 

「……ん?」

 

そんな時だった。

事故現場の様子を映していたテレビの画像が、一般人が撮影したと思われる映像へと切り替わった。

 

それが映った瞬間、部隊長室にいる全員の表情が凍り付いた――

 

 

《Yaaaaaaaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!》

 

《ギャピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!?》

 

 

それは、バイク型のガジェットドローンから発射されるレーザーやミサイルを掻い潜りながら、交通法などどこ吹く風な無茶苦茶な運転で、幹線道路をバイクで爆走していく政宗と、肩にしがみついたまま絶叫を上げるリインの姿であった。

 

 

「「「「「………………………」」」」」

 

 

全員が唖然と映像を見つめる中、アナウンサーの無機質な口調でニュースが読み上げられていく。

 

《尚、この先頭の赤いバイクを運転する青年と、その人物の肩に掴まった小人サイズの精霊らしき人物は、時空管理局・古代遺物管理部“機動六課”の関係者であるという情報も上がっており、地上本部 防衛長官 レジアス・ゲイズ中将は今回の騒動について『機動六課関係者の事件への関与が判明次第、直ちに厳正に対処し、損害責任を追及する方針も視野に入れる』との声明を発表しています》

 

 

「………そ……損害……責任の…追求……?」

 

ここへきて、ようやく事の深刻さが理解できたはやての顔からも血の気が徐々に引いていくのが家康達からもはっきりとわかった。

 

「………こ…これ、どぉいう事なのかなぁ~~…?」

 

はやては動揺、そして怒りを必死に抑えながらも、眉間をヒクつかせながら、すっと視線をある人物に向けた。

その視線の先にいたのは勿論、たった今、テレビに大々的に映った人物…伊達政宗であった。

そして、はやての声に導かれるように部屋にいた全員の視線が政宗に集まるのに、然程時間はかからなかった。

皆の注目を集めた政宗は、その視線に表面上は涼しい顔でソファーに踏ん反り返っていたものの、その顔には若干冷や汗が浮かんでいた。

 

「ま……まぁ、Auto Bikeに乗ったのも初めてだったからな…ちょっと、派手に暴れすぎちまったかもしれねぇが……」

 

政宗はそう言って、あくまでもクールに事を済ませようとした。

…が、そんないい加減な幕切れなど、決して許さない人間が1人……

 

 

まぁぁぁさぁぁぁむぅぅぅねぇぇぇさぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!

 

 

政宗の背後から、聞き覚えのある声が地の底を這いずるように響いた。

これには流石の政宗も顔に明確な動揺の色が浮かびだし、ぎこちない動きで振り返る。

 

そこには、自分の右目であり、忠臣である片倉小十郎が全身からゴゴゴと黒いオーラを放ち、目を光らせながら立っていた。

 

「こ、小十郎……?」

 

「政宗様…これは一体、どういう事なのか…? この小十郎にも、納得のいく説明を願います……」

 

久しぶりに目の当たりにした小十郎の怒りの形相とその気迫に圧倒されながら、政宗は弁解しようにも、何時になくしどろもどろな口調になってしまう。

 

「い、いや…だからその…俺は、なのはを助けに行こうとしてBike借りただけなんだよ。そしたらいきなりあの新型Gadget Droneが現れて……」

 

「その結果が…あの大事故という事ですか…? ならば、仕方がありますまい…」

 

小十郎のその言葉に、強張っていた政宗の表情が一瞬緩みかけ――――

 

「この小十郎…貴方と共にこの責任を負います故に、ここで“詰腹”を切りましょうぞ!!」

 

突然に戦装束を脱ぎ払って何故か白装束姿に着替えた小十郎が、徐に懐から短刀を取り出しながら、床に筵を敷いて、 “切腹”を求めた事で、一気に絶望の表情に変わった。

 

「「「「「えええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!?」」」」」

 

これには政宗だけでなく、見ていた家康や幸村、FWの4人も驚愕してしまう。

 

「ま、待たんかぁぁぁぁぁぁい!! お前、俺に腹切れって言うのか!? 軍馬で暴走するのは伊達の風物詩で、奥州にいた頃から当たり前のようにやってただろ!?」

 

「それにしても“限度”というものがございます!! あんな大事故を誘発した挙げ句、普通の家ならまだしも、あんな巨大な公共施設にまで突入して破壊の限りを尽くすだなんて大問題です! 流石の伊達軍の暴走騎馬隊でもそこまでした覚えはございません!!」

 

「いや“普通の家”でも突入してぶっ壊す事自体、十分大問題なんだよ!!」

 

小十郎の説教のどこかズレた点を、ヴィータが丁寧にツッコんでくれた。

 

「いや、だからそれは追手のGadget共が――――」

 

「まぁぁぁぁさちゃぁぁぁぁぁん…」

 

必死に弁解しようとしていた政宗の肩に背後から新たに手を置く人物が現れた。振り返るとそこにはいつの間にかやはり白装束に着替えていたはやてが、黒い笑顔を浮かべながら立っており、その手には短刀が握りしめられていた。

 

「は……はやて………?」

 

 

 

「………うん♪ 腹切ろうか?

 

 

 

はやてが青筋を浮かべた黒い笑顔と共に、きっぱりと宣言するのだった。

 

 

 

数分後―――

 

 

「なんでこうなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

 

政宗は隊舎の中を大急ぎで逃げていた―――

原因は勿論…

 

「政宗様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 此度ばかりは、覚悟をお決め下さいいぃぃぃ!!」

 

「おしまいや! せっかく皆で決意新たにしたっちゅうのに、ものの1分もせんうちに“機動六課”はもうおしまいやあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

今回引き起こした大事故で部隊そのものを揺るがさんばかりの膨大な責任が来るかもしれない事態を前に、怒り狂った小十郎と自棄になって滝のような涙を流すはやてを筆頭に、今回の騒動で急死に一生を得ながらも、今度は失職の危機に立たされる羽目になったスタッフ達が、その原因を作った政宗に相応の“ケジメ”を負わせようと怒りを燃やして追いかけてきたからである。

 

「か、片倉殿! お気を確かにいぃぃぃぃ!」

 

「はやて殿や皆も、少し冷静に話し合おう!!」

 

そんな彼らをなんとか宥めようと、幸村と家康が後ろから必死に追いかけるのであった。

 

 

「ぶははははははははははッ! この『機動六課』って部隊はホント面白ぇなぁ! なぁ、夢吉!」

 

「キキィ!」

 

慶次と夢吉はそんな彼らの命を賭けた追いかけっこを見て、面白そうに笑っていたのだった。

 

 

こうして、一曲二癖と波乱に満ちた機動六課の一日がようやく終わるのであった……

 

 

 

「ごめんね、ティアナ。唯でさえ今日は色々あって疲れているというのに、こんなところに呼び出したりして……」

 

「いえ、大丈夫です。 私もなのはさんと改めて話したいと思っていましたから…」

 

時間は既に深夜の1時を過ぎていた。

2人が今いる場所は、隊舎前の波止場…

 

隊舎の中では、政宗が引き起こした大事故について、はやて達が地上本部を始めとする方々への謝罪と弁解の為に、寝る間も惜しんで対処に当たっていた。

自分もそれに加わりながらも、合間を縫ってティアナをここへ呼び出したのも、隊舎の中ではゆっくり話が出来ないと思ったからだ。

 

「とりあえず、座ろっか?」

 

なのはは優しく微笑みながら、ティアナを誘い、波止場の端に腰を下ろした。

 

 

「ティア…なのはさん…」

 

「さっきから2人共、黙ったままですね」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「キュル~…」

 

その二人の様子を、少し離れた防風林の繁みの後ろから、スバル、エリオ、キャロ、フリードが心配そうに見ていた。

 

「おっ! やってる、やってる♪」

 

「うわぁっ!? さ、佐助さん!? 驚かさないでくださいよ!!」

 

そんなスバル達の後ろにはいつの間にか佐助が立っており、驚いて声を張り上げそうになったスバルは、佐助に抗議しながら、慌ててなのはとティアナの様子を見つめる。

幸い、2人には気づかれた様子はなかった。

 

「佐助さん。部隊長達を手伝わなくてもいいのですか?」

 

「あぁ。なんとかはやてちゃんは前田の風来坊が宥めて落ち着かせてくれたし、スタッフの皆も真田の大将と徳川の旦那が宥めてやっと落ち着いたところだ。片倉の旦那は…相変わらずカンカンで、まだ独眼竜の旦那を説教している最中だけど…」

 

キャロからの質問にそう答えながら、佐助はなのはとティアナの様子を見据えた。

 

2人はそれからしばらくは、お互いに気まずそうに黙ったままであったが、やがてティアナが意を決した様に口を開いた。

 

「……シグナム副隊長や、政宗さん達に…色々聞きました」

 

「なのはさんの失敗の記録?」

 

なのはは夜空を見上げながら、戯けたような口調で尋ねる。

 

「じゃなくって!」

 

慌てふためくティアナを、クスクスと笑いながら見つめていたなのはは、優しくも真面目な顔つきになって、再度尋ねる。

 

「無茶をすると危ない…って話だよね?」

 

ティアナは素直に頷くと、なのはの方を向き、そして頭を下げた。

 

「…改めて……今日は色々と、すみませんでした」

 

ここしばらくの間に、何度謝罪の言葉が出たかわからない。

しかし、今までのはどれも表面的な謝罪で、心の内にはなのはへの不信感や、反骨心、懐疑心、嫉妬心といった負の感情に苛まれ続けていた。

だが、さっき部隊長室で出た謝罪と、今の謝罪は違う。

自分の考えや行いが間違っていたと、本当に後悔し、本当に謝りたい…

 

そういう気持ちが芽生えた、本当の意味で心からの謝罪だった。

 

「うん。ティアナの気持ちはわかったよ。それじゃあ、私も……」

 

なのはは、そう言うと、今度は徐ろに自らがティアナに向かって頭を下げた。

 

 

「ティアナ……ごめんなさい!」

 

 

「えっ!? えぇっ!?」

 

突然の事に、ティアナはわけがわからず、混乱した様子を見せた。

様子を見ていたスバル達や佐助も思わず、ポカーンとした顔を浮かべてしまう。

 

「私も…ティアナの気持ちに寄り添って、もっと早くティアナに私が教えたかった事をちゃんとこうやって言葉で伝えるべきだった…でも…私ったら、『ティアナが自分で考えてもらう為』にと思って、闇雲に訓練だけを教えて、肝心の言葉による教導を怠っていたんだ。その結果が、今回の騒動を招いたんだと思って…」

 

「そんな…! なのはさんは何も悪くありません! 寧ろ、なのはさんが伝えたかった事をなかなか理解する事ができなかった私が浅はかだったんですから!!」

 

ティアナはそう言って、なのはに頭を上げさせようとするが、なのははそうしようとはしなかった。

 

「実はね…ティアナが操られていた時…私、大谷吉継にこう言われたんだ。『師としては半人前』って……私ってば、ティアナの持っていたもう一つの“才能”に気づかなかったんだ」

 

「…私の…もうひとつの…才能……?」

 

ティアナが尋ねると、なのははやっと顔を上げ、そして頷きながら話し始めた。

 

「あのね、ティアナは自分の事を、凡人で射撃と幻術しかできないって言うけど…それ、間違ってるからね」

 

「え?」

 

その言葉にティアナは思わず目を丸くした。

なのはは諭すような優しい口調で続けた。

 

「ティアナも他の皆も、今はまだ原石の状態…デコボコだらけだし、本当の価値も分かりづらいけど……だけど、磨いていくうちにドンドン輝く部分が見えてくる……そして、その輝く部分が家康君達との出会いをきっかけに急速に広がってきているの…」

 

なのはは、言葉を続ける。

 

「エリオは幸村さんに師事する事で“スピード”を強化しながらも、力の籠もった槍さばきを持ち、速さと力を併せ持った屈強な“武士”になろうとしている……

キャロは優しい“支援魔法”に、政宗さんや小十郎さんが見出した“剣士”としての才能を新たに切り開きはじめた……

スバルはクロスレンジの“爆発力”…そして家康君から教わった“気”の力との融合による強力な攻撃力に瞬発力を生かした絶対的な前衛としての戦力となりつつある…」

 

「…………」

 

「ティアナは…そんな3人を指揮して、射撃と幻術で仲間を守って、知恵と勇気でどんな状況でも切り抜ける…シンプルだけど、とても大事…だから、私はティアナに『1人で無茶をしないで』って口煩く言おうとしていた……でもそれは間違いだった」

 

「えっ!?」

 

なのはは、ティアナに対して優しく微笑んで見せた。

 

「ティアナのもう一つの才能…それはその知恵と行動力を生かした“隠密”行動…それが貴方に眠るもうひとつの才能だって、私…敵に気付かされちゃった」

 

「私が…隠密に………?」

 

ティアナが戸惑いながら呟く。

すると、それを聞いていた佐助も、「ほぉ」と感心した様に頷く。

 

「大谷吉継の妖術で操られた時のティアナ…確かにエリオ程の瞬発力やスバル程に高い攻撃力はないけど、身体の柔らかさを生かしたトリッキーな動き…私やスバルを完全に翻弄していたよ。まるで“忍者”の様に鮮やかな技だった……」

 

「忍者……」

 

なのはの口から出た単語を思わず呟き返すティアナ。

すると、なのははクスッと笑いながら、スバル達や佐助のいる茂みに顔を見据える。

 

「そうでしょう? 佐助さん?」

 

「えっ!?」

 

不意になのはに名前を呼ばれ、スバル達と共に茂みの裏にいた佐助が思わず驚きの声を漏らす。

当然、ティアナもまた驚いた様子を見せていた。

名前を呼ばれた以上は、隠れている意味はない。佐助は観念して、茂みから躍り出た。

幸いまだ、バレていないと思っていたのか、スバル達は引き続き茂みの裏からその様子を見守る事にした。

 

「佐助…」

 

「いやぁ…完全に気を抜いていたとはいえ、忍の気配に勘づくなんて、流石はなのはちゃんだねぇ」

 

「フフッ…佐助さんも端からバレるつもりでいたくせに…」

 

なのはがイタズラっぽく笑うと、改めてティアナの方に顔を向けた。

 

「ねぇ、ティアナ。これは私からの提案なんだけど…佐助さんに “忍術”を教えてもらったらどうかな?」

 

「えっ!? “忍術”を…!?」

 

ティアナが目をパチパチとさせた。

繁みの裏にいたスバル達も驚いた様子を見せる。

 

「ティアが…忍術……?」

 

スバルが呟いた。その声が聞こえたのか否かわからないが、なのはが頷きながら続ける。

 

「そう。ティアナの新しい才能“諜報能力”を開花させるには、佐助さんの使う忍の技を覚えるのがいいんじゃないかなって考えたの。それにティアナの“幻術”のスキルは忍術の技に応用する事だってできるかもしれないと思ったんだ」

 

「なるほどな…確かに合わせたら良い技が生まれるかもしれないな」

 

佐助も、なのはの提案に同意する。

ティアナは自分の新たな素質にまだ半信半疑な様子を見せていた。

 

「ティアナ。クロスミラージュを貸してくれる?」

 

「えっ!? は、はい!」

 

なのはは、徐ろにそう言い出すと、ティアナは懐からクロスミラージュを取り出し、彼女に渡した。

 

「システムリミッター・テストモードリリース」

 

《Yes》

 

クロスミラージュが反応したのを確認すると、なのははティアナにクロスミラージュを返した。

 

「命令してみて。“モード2”って」

 

「え…」

 

受け取ったティアナは一体何が起きるのかわからず、戸惑い気味になのはを見る。

佐助も興味深そうに2人のやり取りを見守った。

なのはは、優しく頷く。

 

「モード…2」

 

ティアナは海に向かってクロスミラージュを構えた。すると…

 

《Set up! Dagger Mode!》

 

ティアナの命令を受け、クロスミラージュが変形を始めた。

グリップの角度が浅くなり、銃口からオレンジ色の魔力のブレードが突き出ている…更に、グリップエンドからアーチを描くように銃口へとつながる魔力刃。

それはティアナが、模擬戦に備えて自分で組み上げていた物よりも完成度の高い近接戦用の形態だった。

 

「これ…!」

 

ティアナは、モード2に移行したクロスミラージュに驚く。

 

「元々、ティアナは執務官志望だしね。六課を出て執務官を目指すようになったら、どうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ。でも、今日の一件でティアナが諜報活動の才能もある事がわかったから、急遽より隠密行動や忍者の技に応用が効かせられるように、もう一つモードを加えたんだ。ティアナ。今度は“モード3”って言ってみて」

 

「は…はい…モード3…」

 

なのはに促され、ティアナは固唾を呑みながら、恐る恐る新形態“ダガーモード”のクロスミラージュを構えてみせた。

 

《Set up! Cakram Mode!》

 

クロスミラージュが更なる変形を始めた。

グリップの角度が完全に平行になり、完全に柄の様な形状へと変わり、その周りを大きな円を描くように魔力刃が伸び、大きなリングの様な円剣に八方向に伸びたダガー状の刃。

そのフォルムはまるで……

 

「俺の手裏剣みたいだな」

 

佐助が苦笑気味に言った。

それは、佐助の得物である2振りの大手裏剣を模した巨大な八方手裏剣の様な形態だった。

 

「『“モード3” チャクラムモード』…完全な近接格闘による白兵戦、そして手裏剣術などを使う事を想定した形態だよ。尤も…その形になったら、射撃系の技は使えなくなるから、ある程度、忍者の技を使いこなせてからでないと使う事はないと思うけどね」

 

なのははそう説明しながら、クロスミラージュに手をやり、待機モードに戻す。

すると、佐助はわざとらしく意地の悪そうな笑みをなのはに浮かべてみせた。

 

「ちょっとなのはちゃん。俺様の意見も無しに、ここまで準備していたわけ? これで俺が『ティアナに忍びの技なんて教えない』って言ったらどうするつもりだったのさぁ?」

 

「フフフッ…でも、佐助さん。断るつもりなんてないでしょ?」

 

なのはの確信づいたように話すと、佐助は照れくさそうに鼻をこすった。

 

「まぁ…俺様の性には合わないんだけどさぁ…たまには人に教える立場になるってのも悪くはないかもしれないね。それに…」

 

佐助は話しながら、ティアナの肩に優しく手を置いた。

 

 

「確かにコイツは“忍者(しのび)”としての素質があると俺も思う。その未来ある卵…この手で温めてみたくなったよ」

 

「ッ!!?」

 

 

なのは…そして佐助の言葉を聞いて、ティアナは胸が熱くなる感覚を覚えた。

 

(なのはさんも……佐助も……皆……アタシの事を……真剣に考えて……!)

 

2人のそれぞれの温かい心を知ったティアナは、気がつけばその両目から涙がこぼれ落ちる。

 

「う…うぅ……」

 

嗚咽を漏らすティアナを、なのはは優しく抱き寄せた。

 

「大丈夫。ティアナならきっと出来る! そして、スバル達と一緒にこれ以上ない最高のフォワードチームになると思う。私はそう信じているよ」

 

なのはがそう語ると、佐助もティアナの傍らに立ち、敢えて彼女の泣き顔から目を反らしながら言った。

 

 

「俺はなのはちゃんと違って、下手に励ますような事はしない。これから俺が教える忍びの技を物にできるかは、お前の心一つだ。でも…」

 

 

一見厳しいことを言いながらも、佐助は途中で言葉を遮ると、フッと小さく笑いながら続けた。

 

「一度どん底を味わって、俺や皆から諭されたんだ。それだけ打ち鍛えられた心があれば乗り越える事ができるだろうとは、期待しているぜ」

 

そして、ティアナにだけ聞こえるように、小声でこう言った。

 

 

「一緒に頑張ろうぜ。お前の兄貴の分も」

 

 

ハッと顔を上げたティアナはなのは、そして佐助をそれぞれ見つめた。

なのはも、佐助も、それぞれ優しく自分を見つめていた。

 

(バカだ……こんなにも私を心配して……気遣ってくれる人が……ずっと傍にいたのに……私ったら……本当に……)

 

ティアナは、なのはの胸に縋り付くと声を上げて泣いた。

 

「ごめんなさい!…ごめんなさい!…ごめんなさい!…ごめんなさいぃぃぃ!」

 

何度も、何度も謝りながらティアナは泣き続け、なのははそれをしっかりと抱きしめて受け止める。

佐助はなのはに軽く笑いながら頷き、なのはもそれに答える様に微笑みながら頷く。

 

 

「よし。これでなのはちゃんとは仲直りできたみたいだな…だけど、お前。もう3人謝らないといけない奴がそこにいるんじゃないか?」

 

「えっ!?」

 

佐助がそう言うと、スバル達のいる茂みの方を向く。

その言葉になのはの胸に縋り付いていたティアナが驚いて顔を上げる。

「出てきな」と目で合図を促す佐助に、スバル達は慌てて立ち上がった。

 

「スバル…それにエリオ…キャロも……」

 

「ティア」

 

スバルは優しい声でティアナの名を呼ぶ。

ティアナは驚いて3人の顔を見ていたが、なのはと佐助が頷きながら、その背中を優しく押す。

ティアナはゆっくりとスバル達の許に近づき、そして抱きついた。

 

「スバル…エリオ…キャロ……ごめん!…心配かけて、本当にごめんなさい!」

 

ティアナは、涙を流しながらスバルに謝罪する。

そしてスバルは、そんなティアナを優しく撫でて励ます。

 

「もういいんだよ…やっとティアがいつもの、ティアに戻ってくれた…それだけでも十分嬉しいから」

 

そう言ってくれる“相棒”の温かい言葉に、ティアナはまた涙がどっと溢れ出てきた。

 

そう…ティアナを心配し、想ってくれていたのは、なのはや佐助達だけじゃない…

 

スバル、エリオ、キャロ…FWの仲間だってそうだった。

 

この仲間がいるからこそ、自分は今まで多くの苦難を乗り越えてきたのだ…久しく忘れかけていた安心感が戻ってきたような気分だった……

 

「私は…フォワードチームの指揮役だっていうのに……自分の事ばかり考えて、ずっと皆の事を疎かにしてたのよ…特にスバル…アンタには散々心配かけた上に、酷い事ばかり言って……」

 

ティアナの声を打ち消すように、スバルは言葉を重ねた。

 

「私だってそうだよ。家康さんの弟子になってから、家康さんに新しい技を教えてもらったりして、それが楽しくて…その間にもティアがこんなにも1人で悩んで苦しんでいたっていうのに、それに気づくのが遅かった…もっと早く気づいて一緒に考えていれば、ティアをここまで悩ませる事はなかったんじゃないかなって…そう思うんだ」

 

「……それは僕も同じです」

 

「私も…」

 

スバルの言葉に続くようにエリオ、キャロが申し訳なさそうに頭を下げた。

そんな3人の謙虚な態度にティアナは思わず、口から嗚咽を漏らす。

 

「私は…私は……アンタ達にここまで迷惑かけたのに……」

 

スバルはそっとティアナの手を握りしめた。

 

「それは違うよ。私はティア程に頭良くないし、ティアがいるからこそ、フロントアタッカーとして、思いっきり戦う事ができるんだよ。ティアは私にとって最高の“パートナー”なんだから!」

 

エリオがそっと近寄り、スバルとティアナの手に自らの手を重ねた。

 

「僕だってそうです。ティアさんの冷静に状況を見定めて、想定外の事態に際しても柔軟に対応する判断力…そのおかげで、槍を振るう事ができているのですから」

 

最後にキャロが3人の手の上に自分の手を置きながら言った。

 

「『私達4人は誰1人欠ける事のできないチームだ』…これは機動六課が結成されて最初の任務の時にティアさんが言ってくれた言葉です。この言葉があったから、私も今まで頑張ってこれました」

 

ティアナは嗚咽を漏らしながら3人の仲間を見つめた。

スバル達の瞳にも涙が浮かんでいた。

 

「スバル…エリオ…キャロ…わ、わ、私はぁ…! ご…ごめんなさい…皆、本当にごめんなさい……」

 

「もういいよティア。それよりも、佐助さんに忍術教えてもらえる事になって、よかったね」

 

「他ならぬ兄上の右腕である佐助さんの技なのです! きっとティアさんも更に強くなると思いますよ!」

 

「頑張って下さい。ティアさん」

 

ティアナは両手を広げて3人を抱きしめた。

 

「みんな……! ありがとう……ごめんなさい……!」

 

ティアナは泣きながら3人に詫びた。

 

 

フォワードチームの4人は強く抱きしめ合い、そのかけがえのない友情と絆を確かめた。

その様子をなのはと佐助は、微笑ましく見つめていた。

 

 

 

「良い面構えになったじゃねぇか。Rookies…」

 

「あっ! 政宗さん!?」

 

不意にかかってきた声に一同が振り返ると、いつの間にか政宗が立っていた。

その隻眼は何時になく優しげな眼差しでスバル達を見つめていた。

 

「独眼竜の旦那~。片倉の旦那に説教されていたんじゃなかったのさぁ?」

 

「Ah? なんとか隙をついて逃げてきたんだよ。あのままじゃ、また『腹切れ』とでも言われかねねぇからな。アイツの血の気が引くまでSocial distanceをとるつもりだ…」

 

「『ソーシャルディスタンス』ってそういう意味じゃないと思うんだけど…」

 

佐助が冷や汗を浮かべながらツッコミを入れていると、なのはが思い出したように政宗の前に駆け寄っていく。

 

「あの…政宗さん」

 

「ん? なんだ? なのは」

 

なのはは、何やら顔を真っ赤に染めながら、話しづらそうに言いよどむ。

ティアナに見せていた優しい教官の顔とは違い、それはまるで“乙女”が見せる表情だった。

 

「その……今日は…ありがとうございました。また…命を助けて貰っちゃって…」

 

なのはが高ぶる想いをどうにか言葉にして伝えると、政宗は一瞬キョトンとしながら見つめていたが、すぐにフッと気障な笑みを浮かべる。

 

「そんな事か? Don't worry。 俺は、大谷やあの後藤又兵衛(カマキリ野郎)に好き放題されるのが気に食わなかったから、独眼竜の流儀に沿って暴れてやったまでだ。まぁ…今回は派手にやりすぎて、俺も大火傷負う事になっちまったが…」

 

そう言って、自嘲する様にボヤく政宗に対して、なのはも思わず苦笑を浮かべた。

 

「にゃはは…まさかバイクで街中を全力疾走して、その六爪(りゅうのかたな)だけで空を飛んで敵ガジェットに特攻するだなんて、流石の私もビックリしたというか、言葉が出ないというか…ホテル・アグスタでは小さな隕石に1000万ワイズも一括で落札したりするし…ホントに政宗さんってば、後先考えないというか、豪胆過ぎるというか……」

 

「Ha! それが“独眼竜”の流儀ってもんだ! 誰にも文句は言わせねぇ!」

 

「いや、威張って言える立場じゃないでしょ。アンタ…」

 

胸を張りながら叫ぶ政宗を窘める様にツッコむ佐助だったが、なのはは…

 

「うぅん。私にしてみれば…その……破天荒だけど、ワイルドでカッコいいかな…?///」

 

「でも今度からもうちょっと、周りを見て行動しようね」と慌てて付け加えながらも、赤面しながら何時になく小声で話すなのはを見て、政宗は意外そうな顔で少し驚くが、すぐに笑い出す。

 

「おいおい、さっきまでTeacherな顔してたくせに、今は随分とReddyな顔しているじゃねぇか? まぁ、個人的には、そっちの方が似合ってやがるぜ」

 

「ふぇ!?」

 

不意に政宗に褒められ、ドキッとなったなのは。

 

佐助は「あらま。前田の風来坊みたいな事言ってるよ」と誂うように笑い出し、スバル達、FWの4人はなのはの反応を意外そうに見つめる。

 

(ね、ねぇ…ティア……もしかして、なのはさんって…)

 

(…政宗さんに…惚れているの……?)

 

FWの年長組のスバルとティアナは、なのはの見せる雰囲気から、すぐに彼女の心に芽生えだした政宗への熱き感情…“恋”の気配を察する。

それはキャロも同様に察していたのか、驚くような、楽しそうな表情を浮かべながら、口元を手で覆っていた。

唯一、エリオだけは何もわかっていないのかポカンとした表情を浮かべながら、2人の様子を見つめていた。

 

 

「政宗様! どこですか!? 政宗様ぁッ!! お話はまだ終わっていませんぞ!!!」

 

「ゲッ!? こ、小十郎!?」

 

 

その時、隊舎の方から小十郎の怒鳴り声が風に乗って聞こえてきた。

それを聞いた政宗が慌てて、踵を返す。

 

「チィッ! うるせぇのが来やがった! 悪ぃお前ら! 小十郎がこっちに来たら上手く言い訳しておいてくれ!!」

 

そう言い残して、政宗は脱兎の如く駆け出していった。

 

「あっ! 独眼竜の旦那!? さっきの声がした方角からして、片倉の旦那は多分―――」

 

佐助が忠告する暇もなく、政宗はあっという間に防風林の向こう側へと走っていった。

そして、数秒も経たぬ内に…

 

 

「見つけましたぞぉぉぉ!! 政宗様ぁぁぁぁぁぁぁ!!! さぁ! 支度を整えます故に、この小十郎と共に腹を召されるご用意をおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「Oh Noooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」

 

 

 

防風林の反対側から小十郎の怒声と政宗の絶叫が、激しい剣戟や喧騒と共に聞こえてくるのであった。

 

「「…そっちの方にいるから注意して」って忠告しようとしたのに…しゃあない。腐れ縁のよしみだ。助けに行きますか」

 

「わ、私も手伝います!」

 

「私も!」

 

「僕も!」

 

「わ、私も!」

 

呆れながら小十郎を制止する為に駆け出す佐助に、スバル達フォワードチームの4人も慌てて追いかけていく。

そんな、スバル達の背中を見つめ、なのはは安堵の笑みを浮かべた。

 

 

…紆余曲折はあったけど、フォワードチームは、ゆっくりだけど、確実に理想の形に近づいて行っている。

 

そして政宗達“戦国武将”の存在こそ、スバル達の持つ素質をさらに高め、自分をも超える素晴らしい魔導師へと成長させていくだろう…

 

そして、自分自身にとっても、政宗は……政宗は……

 

「―――ッ!?」

 

一瞬、無意識の内に何故か政宗の事が頭に過ぎった事に驚き、思わず赤面しながら、戸惑う。

 

(こ…この感情って……?)

 

なのはは自らの昂る心の理由を考えかけるが、今はそれどころではない事を思い出して頭を振ると、急いで、FWの4人の後を追って駆け出すのだった。

 

 

 

 

同時刻・陸士556部隊隊舎 留置施設。

 

「くそ!くそ! あともう少しで上手くいくところだったのに!! 大谷も皎月院も自分達だけ、そそくさと逃げやがって! アイツら…誰のおかげで六課を陥落寸前に持っていけたと思ってやがんだ! あの恩知らず共め!!」

 

牢屋の一室ではジャスティ・ウェイツ“元”准陸尉が部屋の壁を殴ったり、蹴ったりして八つ当たりしながら、誰に向けるともない悪罵を吐きまくっていた。

 

此度の西軍への内応による咎で、ジャスティはこの日の深夜0時付けで機動六課からの正式な解雇が宣言され、同時に管理局からは局内における階級と、通信士、管制官としてのライセンスまでも剥奪され、正式な沙汰が下されるまで、この留置所に入れられる事になった。

たった一晩で彼は一転して、『管理局に反旗を翻し、犯罪集団に加担した造反者にして犯罪者』に転落したのであった。

 

「こうなったら……西軍(アイツら)の企んでいた事の全部を機動六課に訴えてやる! ヘヘッ…あのお人好しの八神部隊長やハラオウン執務官の事だ…俺が素直に話をするって言ったら、多少は情状酌量で目溢ししてくれるだろうからな……そうだ! ついでにアイツらの本拠点も言ってしまおう。そして、俺は大谷に洗脳されて、あんな小悪党になっちまってた…それだ! その筋書きなら、あわよくば俺も管理局に戻れるかもしれねぇ…」

 

ジャスティは爪をガリガリと噛みながら、下衆な笑みを浮かべて、ブツブツと呟いていた。

かつては多少プライドが高く、偏狭な性格ながらも管理局員としての矜持は持ち合わせていたジャスティではあったが、一度闇に落ちた人間の心の歪みは酷く、皮肉にも今の彼は傍から見れば、彼自身が言うとおりの「小悪党」としか言いようがなかった。

 

明日にも尋問が始まるだろう…その時が楽しみだ――――

そう考え、ようやく昂った気持ちが落ち着くのを確認したジャスティが、横になろうとすると、コツコツと誰かが近づいてくる音が聞こえる。

見回りの看守の足音にしては随分軽い音だ。

まるで、女物の履物のような……

 

「おやおや…今度はわちきらを裏切るつもりかい? そいつはちょいと薄情じゃないかい…?」

 

現れたのは赤、紫、黒の派手な着物を纏った花魁風の装いの女 皎月院だった。

 

「ア…アンタ……どうやってここに!? ってか何しに来たんだよ!? まさか、今更助けにきたんじゃないだろうな!?」

 

動揺しながらも、ジャスティは皎月院に対し、精一杯の威勢を示しながら声を張り上げた。

しかし、皎月院はニヤァッと邪悪な笑顔を浮かべながらこう言い放った。

 

「アンタの様子次第じゃ、そうしてあげてもよかったけどねぇ…でも…アンタ自身にもうわちきらと手を結ぶ気がないというのなら仕方ないね…」

 

そう言いながら、皎月院は頭の女髷に差していた簪の一本を取り出し、それを使ってジャスティの居る牢屋の鉄格子の戸の鍵を難なく開けてしまった。

 

「ッ!?」

 

その手際の良さに戦慄するジャスティを尻目に、皎月院は何でもないかのように鉄格子の戸を開き、牢屋へと足を踏み入れた。

 

「……お、おい……何やってんだよ…!? まさか…俺を殺すつもりじゃ…?」

 

「そうしてやるのが、一番手っ取り早いけど…それじゃあケレン味がないじゃないか。それに…一時(いっとき)とはいえ、アンタには色々と世話になったからねぇ。その謝礼として、特別に命“だけ”は勘弁してやるよ」

 

「い…命“だけ”って…?」

 

「あぁ。アンタの口から徳川や機動六課の連中に余計な事をベラベラ喋られては困るからねぇ。その前にわちきら“西軍”ならびに“豊臣”に関する記憶を消させて貰うよ。今の段階でわちきらの目的が、管理局や東軍の連中に知られるのは避けたいからねぇ…」

 

そう言って、皎月院は懐から野球ボールサイズの大きさの紫色の珠を取り出して、それを片手で構えながら、ジャスティに向かって歩み寄る。

ジャスティは恐怖に震え、必死に後ずさるが、あっという間に牢屋の四隅にまで追い詰められてしまう。

 

「い…嫌だ……誰か!…誰か、来てくれぇぇ!! 誰かああぁぁぁぁぁッ!!」

 

「呼んでも無駄だよ。ここの建物にいる連中は全員、わちきの『(しん)の一方』で無力化させておいたからね」

 

皎月院は優しく囁くような口ぶりで話しながら、手に持った珠をジャスティの顔に向かって近づけた。

 

「や…やめて……ホントに…やめて!……なんにも話しません! 絶対に貴方達の事を口外したりしませんからぁぁぁ!!」

 

「安心しな。この術は命まで消すような悪質なものではないからね…大丈夫…………」

 

 

 

 

 

 

 

苦シムノハ、ホンノ一瞬ダケダカラ………

 

 

 

 

 

 

 

皎月院の声と共に手に握られた紫色の珠に邪悪な光が灯りだす。

そして、その中心に一つの目玉が浮かび、開かれると同時に…

 

 

 

「ぎゃああああああああああ!!!」

 

 

 

 

留置施設中を不気味な紫色の閃光が包み込み、ジャスティの悲鳴が反響した……

 

 

光が完全に消えた時、そこには平然と佇む皎月院と、その足元に大の字になって倒れているジャスティの姿があった。

 

 

「………………ァァアァ………ウゥゥゥェッ………?」

 

 

瞳から完全に光が消えたジャスティが呆然と虚空を見上げ、文字通りに抜け殻のような状態になったまま、言葉になっていない内容の言葉を呟いた。

そんな彼を見下ろしながら、皎月院は愉悦の笑みを隠す為か、珠の代わりに懐から取り出した鉄扇を開き、口元に当てた。

 

「あらまぁ。これは悪かったねぇ…豊臣(わちきら)に関する記憶だけを消してあげるつもりだったのに…“うっかり”人として生きる為に必要な大事な記憶まで消しちゃったよ。まぁ、これで文字通り“生まれ変わって”人生をやり直しできるのだから、よしと思いな」

 

わざとらしく、そう言葉を投げかける皎月院だったが、最早全ての記憶はおろか、人間としての自我さえも失ったジャスティに、彼女の言葉は届いていなかった。

大の字に倒れたまま人ならぬ唸り声を上げるだけの彼に背を向け、やるべき事を終えた皎月院の周りを白い魔法陣が広がっていく。

 

「それじゃあ、ごきげんよう。ジャスティ・ウェイツ……今まで西軍の為に、ご苦労だったね…」

 

そう言い残しながら、皎月院の姿はその場から消えた。

 

再び静寂の戻った留置施設…そこに聞こえるのはからっぽになってしまったジャスティ・ウェイツの知性を感じさせない唸り声だけだった。

 

 

余談であるが、後にジャスティは管理局傘下の専門医療院に収監され、専門的な治療を受ける事になるが、その知性は動物同然にまで弱体化してしまっており、彼に言語能力や人間としての自我が戻ることは生涯なかったという……

*1
本来は本城とは別の国境などの要害の地に築いた城の事を指すが、ここでは本拠点となる場所以外に暗躍の為の作戦準備を整えたりする為の中間準備所を意味する。




やっと『ティアナ成長編』が完結しました!!

っと言っても、あと1、2回程あとがき的な話になるかも知れませんが、とりあえず『ホテル・アグスタ編』から始まって、『模擬戦騒乱編』『潜伏侵略編』と3編に渡って描かれたティアナの成長物語は一先ずこれでお開きになります。

ティアナの問題は解決しましたが残る問題…政宗のおかげで、災害級の被害を街に及ぼしてしまったこの不祥事に際し、六課に救いの手はあるのか…!?(笑)

次回をお楽しみに!


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幕間短篇その1
第三十七章 ~風来坊の覚悟 竜の愚行の尻拭い~


大谷吉継の仕掛けた『潜伏侵略』の計をどうにか乗り切り、隊を守る事に成功した機動六課。
ティアナが抱えていた問題も解決し、全てが丸く収まって…などいなかった。

戦いの最中、なのは救出の為に奔走した政宗であったがその過程で起きたガジェットドローンとの交戦で市街地に甚大な被害を及ぼしていた事が発覚する。

一難去ってまた一難に陥ってしまった機動六課の運命は……?


謙信「りりかるばさら すとらいかーず だいさんじゅななしょう…びしゃもんてんのごかごあり……」

景勝「改めて思うけど…おじきの台詞って、本当に小説向けじゃねぇよな…」

かすが「今なんて言ったぁ!?(怒)」



 

 

 

《このっっっ大馬鹿者共おぉぉっ!!!》

 

 

 

 

西軍参謀 大谷吉継指揮の下で決行された機動六課潜伏侵略未遂事件から一夜明けた機動六課隊舎・部隊長室では、部屋の窓際に置かれた部隊長専用デスクに座って苦々しい愛想笑いを浮かべるはやてや、彼女に寄り添うように後ろに立つか浮遊しているヴィータ、シグナム、リインの3人に向かって、地上本部の最高権力者 首都防衛長官“レジアス・ゲイズ”中将がホログラムモニターの向こうから地を響かせんばかりの怒声を浴びせていた。

 

 

昨夜は結局4時間しか寝れずに此度の事後処理に追われていたはやて達六課の隊長陣であったが、夜が明けて数時間も経たぬ間に、地上本部司令官から直々のテレビ電話という異例の出来事に追われる羽目になった。

その理由は言わずもがな、昨晩の政宗の暴走運転と新型ガジェットドローンとのカーチェイスが原因で起こった市街地の被害についてであった。

 

《よくも我々、時空管理局の名誉と尊厳、面目をズタズタに傷つけた上に、この儂にまでとんだ大恥をかかせおって!! 死者や重篤な怪我人が出なかった事が、せめてもの救いだぞ!!!》

 

ホログラムに投影された恰幅の良い壮年の男性 レジアスは、その気難しそうな面持ちを更に憤然とさせ、興奮醒め止まぬ態度で、顔を赤くしながら、モニターを挟んで対峙するはやて達に容赦なく怒鳴り散らしていた。

 

「こ、此度の不始末に関しては、本当に申し訳なく思っています! いくら、敵対戦力との交戦中であったといえど、我が部隊の委託局員が、一般公道や公共施設だけに留まらず、あろうことか一般の住宅にまで被害を加えるような事態になった事は、部隊長として監督不行き届きであったと不徳の致すところで――――」

 

《えぇい! そんな見え透いた社交辞令なんぞで許されるような事だと思うか!! これを見よ!!》

 

レジアスがそう言うと、ホログラムモニターの映像を切り替えた。

そこには地上本部の局内事故対策処理課…つまり、今回のような局員が捜査中に引き起こした不祥事でミッドチルダの住民が被害を受けた場合の対処や補償を担う専門チームの局員達が山の様な紙の資料が積まれたデスクで事務作業に追われたり、引っ切り無しにかかってくるテレビ電話のクレームに必死に応対して謝罪するなど、緊迫した様子が映し出されていた。

 

《我が地上本部の局内事故対策処理課は昨日の夜からご覧の有様だ!! この儂も昨日は結局、公邸にも帰れずに、一晩中地上本部で対応に追われていたのだぞ!》

 

「司令官並びに地上本部の皆様には、お手を煩わせてしまい、本当にすみません」

 

《あぁ! 本当に煩わされているとも!!》

 

レジアスが憤然とした様子で嫌味を言い放ってきた。

そして、映像も再び彼の顔を映したものに戻る。

 

《処理課の見積もりによれば……最終的に、一般民家の損壊25件…公共施設の損壊3件(うち1件は当分の間、営業不可レベル)、信号機及び道路標識、街灯の損壊461本、自販機の損壊55台、ポストの損壊23箇所、高速道路一区画間利用不可レベルの損壊、被害車両 277台 負傷者348人(全員軽傷)、その内の20人は我々地上部隊の関係者だ! その被害総額に至っては、約30億ワイズは軽く超えるそうだぞ! 勿論、既に被害を負った市民からの管理局に対する民事訴訟も5件受理されておる!》

 

 

「「「さ、30億ぅぅぅぅっ!?」」」

 

 

具体的な被害総額を聞かされ、はやてと傍らで聞いていたリインとヴィータは思わず気を失いそうになった。

表向きは冷静な面持ちを崩さなかったシグナムでさえも、その額には冷や汗が浮かんでいる。

 

《それだけではない! ほぼ全ての新聞の今朝の朝刊で散々書かれてしまっているぞ! 『時空管理局とはいつから“暴走族”を局員に雇うようになったのか?』…だの、貴様らが笑い者になるだけならいざ知らず、本局(きさまら)地上部隊(われわれ)を一緒くたに考える鈍間な新聞社に至っては『慢性的な戦力不足に悩まされている地上本部は、とうとう“走り屋”を人手にしなければならない様な事になっているのか?』だのと、この私の事まで侮辱するような事を書きたい放題に書き連ねておる! おかげでこのミッドチルダの住民の何人かに此度の大失態がこの儂の不徳と勘違いされたと思うと、腸が煮えくり返る!!》

 

「本当にすみません!!」

 

はやてはとにかく頭を下げた。

以前から、レジアスは機動六課の存在を快く思っていなかった事は、はやても聞き及んでいたが、今回の騒動でますます彼の癇に障ってしまったようだ。

バリバリの武断派な非魔力保持者であるレジアスは、慢性的な戦力不足に悩まされている地上部隊の現状を憂い、優秀な戦力の殆どを本局が独占する管理局の現状を問題視するだけでなく、近年では本局や聖王教会に対する露骨な敵愾的発言が目立つまでになっていた。

本局傘下の部隊ながらクラナガン郊外に本拠点を置き、地上を主な活動場所とする『機動六課』を目の上のたんこぶに思うのも無理からぬところがあり、故に六課が創設されてからも、こうして事あるごとに半ば言いがかりのような理由で叱責をくらったり、捜査への非協力…というような事も何度かあった。

 

「そ、それで、レジアス中将……やはり、此度の損害責任については…私達を追求されるおつもりですか?」

 

リインは、モニターの向こうに映るレジアスの顔色を伺うように恐る恐る尋ねた。

まるで処刑場の絞首台の前に立たされたような気分だった。

流石に30億ワイズもの負債を一手に押し付けられるような事になってしまったら、流石のはやてでもどうする事もできない。 それこそ政宗ではないが、機動六課の「The End!」である。

 

固唾を呑みながらはやて達はモニターを見つめていると、その向こうにいるレジアスは極めて不愉快な表情で鼻を鳴らしつつ、自らのデスクにの上に置かれた胃腸薬と思われる錠剤の詰まった小瓶を手に取ると、中から取り出した何粒かの錠剤を乱暴に口の中への放り込んだ。

 

《フン! この地上(ミッドチルダ)の全ての隊の不祥事の責任追求の権限をこの私が一手に引き受けていれば、とっくにそうしていたつもりだ! しかし…そうはいかなくなった事が、誠にもって残念だ!》

 

「はっ?」

 

グラスに注がれた水を呑みながら、吐き捨てるように述べたレジアスのその言葉に、はやては思わず呆けた声を上げてしまう。

モニターの向こうにいたレジアスがホログラムコンピュータを起動して、乱雑にコンソールを叩くと、六課側の部隊長室に小鳥のさえずりの様な音が鳴り、はやて達の前に一枚のホログラム映像が投影された。

そこには一枚の便箋にこう書き記されていた。

 

 

 

 

時空管理局通知令状

 

            

古代遺物管理部“機動六課”

 

下記の事件に関する、上記の部署並びに部隊に対して科せられし、一切の損害責任追及の権限並びに負債の代請を、本局のミゼット・クローベル統幕議長管轄部署の預かりしところとする。

尚、以後下記の事件について、上記の権限保有者以外の部署関係者による責任追及は一切不可能とする。

 

該当事件…0075年5月◯日ミッドチルダ首都クラナガン南部A70地区ならびにB36地区、H14地区から17地区一帯で発生した連続多重車両事故並びに建築物損壊事件。

 

 

時空管理局本局 総務統括官

リンディ・ハラオウン

 

 

 

 

「先程、私の許に本局からそいつが通達された。此度の事件を知ったハラオウン統括官が朝一番に上層部にかけあったそうだ」

 

「ッ!? リンディさ…否、ハラオウン提督が…!?」

 

はやては思わぬ救世主の名前を見て、思わず顔を綻ばせてしまった。

 

リンディ・ハラオウン―――

フェイトの義理の母親で、なのはやはやて達が魔導師になった当初から様々な面で世話になっている時空管理局の次元航行艦隊の提督である。

現在は総務統括官として所属は本局勤務ながら、なのは達の故郷 第97番管理外世界 地球の海鳴市にて、息子でフェイトの兄 クロノ・ハラオウンの妻のエイミィ・ハラオウンと、双子の孫達と共に実質的な半隠居暮らしを送っていた。

ちなみに彼女は息子のクロノ、聖王教会(現:聖王ザビー教会)のカリム・グラシアと共に機動六課の後見人を務め、はやての有事における魔力リミッター解除の権限やこうした政治的な問題に際しての裏回しなどに尽力してくれていた。

 

今回の騒動も言うまでもなく、昨夜の内にクロノを介して聞かされたリンディは早速行動を移してくれていたのであろう。

 

(クローベル議長なら、負債の件もなんとかしてもらえるですぅ!)

 

リインが歓喜の声を念話ではやての脳裏に直接送った。

ここで下手に顔や声に表せば、モニターの向こうで見ているレジアスの琴線にますます触れてしまう恐れがあるからだ。

 

ミゼット・クローベル―――

ラルゴ・キール名誉元帥、レオーネ・フィルス法務顧問相談役と並ぶ、時空管理局黎明期の功労者で、その偉業から『伝説の三提督』と敬称される本局の重鎮の1人で、管理局内の女性局員の中では最高峰の権力者である。

はやて達は過去に彼女の警護任務に就いた事があった事から、互いに親しい信頼関係にあった。

ちなみに、部隊長のはやて以外は知らないのであるが、非公式という形ではあるが、三提督も六課の設立やその運営に少なからず協力していた。

 

まさか、伝説の三提督が六課の為に自ら腰を上げてくれた事に、はやては、安堵とともにリンディ、そしてミゼットに対して心から感謝の念を抱くのであった。

 

《勝手に足元を荒らされた我々が対処に追われて難儀しているのを尻目に、その当事者はお咎めなしとは…本局重鎮方の後ろ盾を受けた部隊とは実に良いご身分なものだな……》

 

レジアスはせめてもの意図返しのつもりか、はやて達に露骨に聞こえる程の音量の声で厭味を吐き捨てた。

 

「レジアス中将。今回の一件、私達も真摯に受け止めるつもりです。以後、今回のような事が二度と起こらない様に隊員の管理・教育をしっかりと行っていこうと―――」

 

《隊員の手綱をしっかり締めなければならんのは、部隊指揮官として当然の事であろう!?》

 

はやての謝罪を一蹴しながら、レジアスは空になったグラスをデスクに叩きつけるように置いた。

 

《いいか! クローベル議長のお墨付きがある以上、私もこれ以上はどうする事もできん! 故にこの件に関してはこのまま大人しく引き下がってやる! だが、もしも今度、貴様らの部隊の人間が私の膝下でこのような大それた騒ぎを起こしてみろ!?

その時こそ、本局の公安部に直訴してでも、貴様らにも何かしらの責任を負わせてやる!!》

 

レジアスは興奮気味な口調で、最後にはやてに釘を差すように言い放つ。

 

《今は本局の有力な権力者の身内や、聖王教会、そして伝説の三提督の後ろ盾を傘に着て、調子に乗っているのかしらんが…この儂が地上本部の長官である限り、いつまでも貴様ら本局(うみ)の犬共が、この地上で好き勝手できると思ったら、大間違いであるからな!! その辺りのところを肝に銘じておけ! いいか、わかったな!!?

 

まるで自分の胸に溜まった鬱憤をぶち撒けるように散々まくし立てたレジアスは、はやての反論を避けるようにさっさと通信を切り、ホログラムモニターを閉じるのであった。

 

レジアスが視界から消えた事を確認するや、はやてとリインは大きく溜息を吐き出し、はやては頭を、リインは全身をそれぞれデスクの上に押し付けるように突っ伏して、大袈裟なまでに疲れた様子をアピールした。

まだ日も完全に昇っていないというのに、一日過ごすのに必要なエネルギーの3分の2を消費したような気分だった。

 

「はやて~~。大丈夫かぁ?」

 

同じく、安堵と疲弊の溜息をつきながらヴィータが、デスクに身体を投げ出したはやてに心配そうに寄り添う。

 

「あぁ、ぼちぼちやな。いやぁ、それにしてもやっぱり朝からレジアス中将のカミナリ落とされるのは精神的にキツいなぁ~」

 

そう苦笑を浮かべながら話すはやてを気遣いつつ、ヴィータは部隊長室の窓から遠くに見える地上本部の超高層ビルを忌々しげに睨みつけた。

 

「チッ! あの風船オヤジめ…! 自分達が六課に手ぇ出せなくなったからって、その当てつけがてらに、言いたい放題言ってきやがって…!」

 

機動六課をあからさまに毛嫌うレジアスの事は、六課の隊員達も疎ましく思っている者が多かったが、中でもヴィータは特に嫌っていたのだった。

 

「そうは言っても…此度の一件については、十中八九機動六課(我ら)に非があったのだ。レジアス中将のお怒りも今回ばかりは筋が通っていると言わざるをえんだろう。 寧ろ30億の損害請求を食らう事を思ったら、あれくらいの厭味や罵りだけで済んだのは寧ろこの上ない幸運と思わねば…」

 

リインを労っていたシグナムが、そう宥めると、リインも同調するように頷いた。

 

「そうですぅ! 30億も負債抱えてしまったら、とても隊の運営なんて成り立たないですぅ! それこそ、機動六課は解散ですよぉ!」

 

「死にものぐるいで敵の襲撃をやっと防ぎきったっていうのに、その功労者の1人が一番部隊を解散の危機に追いやったなんて…シャレになんねぇよ。まったく、政宗のバカヤロー…」

 

ヴィータは呆れと怒りを込めた目を細めながら、この部隊始まって以来の大ピンチを招いた張本人の名を呟いた。

それを聞いたはやてと「あはは…」と乾いた笑いを上げた。

 

「まさか、政ちゃんのドライビングテクニックが、あそこまで無茶苦茶なものやったなんて考えてもみぃひんかったわ。戦国時代のお侍さんなんやし、馬の扱いもこなれているって勝手に思ったから、バイクもすぐに慣れるとばかり…」

 

「一体、アイツは元の世界でどんな風に馬を乗り回していたというのでしょう?」

 

「少なくとも、絶対にお馬さんも普通には乗っていなかったと思いますぅ…オェ~…昨日の事を思い出しただけで、また酔いがぶり返してきそうですぅ…」

 

それぞれそう話し合うはやて、シグナム、リインの3人に対し、ヴィータがボソりと呟くように指摘した。

 

 

「いや、そもそも“馬”と“バイク”じゃ、全然違うもんだろうが…」

 

 

 

 

そんなわけで、機動六課最大の窮地は、その後ろ盾にあったリンディをはじめとする後見人達の尽力によって、どうにか回避される事となったのだった。

その吉報をなのは達隊長陣へ報告する事も兼ねて、はやて達は隊舎の食堂に昼食を取りに来たなのは、フェイト、家康、政宗、幸村の5人を呼び、食べながら事の説明をする事にした。

ちなみに小十郎と佐助は、午前中の殆どを事務作業に追われて殆ど訓練の出来なかったフォワード部隊の為に軽くトレーニングを施していた為、まだ食堂に来ていなかった。

 

 

「詳しくはわからないが、よかったじゃないか、はやて殿。危うく六課解散…なんて事にならずに済んで…」

 

まだ管理局側の細かい事情についてはよくわからないながらも、家康は一先ず約30億ワイズの損害を被る心配もなくなった事に一先ず安堵していた。

 

「にゃはは……でも、まさか30億なんて額の補償を二つ返事で補ってくれるだなんて…流石は本局の“伝説の三提督”の一角…」

 

「うん。まさにあの人だからこそ成せた事だね」

 

なのはとフェイトは、窮地を救ってくれた最大の功労者であるクローベル議長の偉大さとその権限の大きさに感服するのだった。

 

「はやて。ちゃんとリンディ提督(母さん)にはお礼を言ってくれた?」

 

「勿論やって。あれからすぐに連絡したわ…せやけど、流石のリンディさんも開いた口が塞がらんかったみたいやわ…『機動六課も随分とやんちゃな委託隊員を雇ったみたいね』って苦笑しとったわ」

 

フェイトからの質問にはやてが答えるのを聞きながら、ヴィータは疲れた様に溜息をつく。

 

「『やんちゃ』というより『ムチャクチャ』の間違いじゃねぇのか? なぁ、政宗?」

 

ヴィータがジロリと睨んだ相手…政宗はというと、頭に幾つもたんこぶを作り、頬には絆創膏を貼り付けた顔で、げんなりした様子で答えた。

 

「…だから、俺も昨日はちょっと羽目を外しすぎたって反省してるって言ってるだろうが」

 

「…その様子だと、片倉からも相当油を絞られたみたいだな?」

 

政宗の顔の怪我の様子を見ていたシグナムが呆れながら指摘する。

 

「あぁ…結局、Breaking Dawn直前当たりまで延々と説教されて、1時間ぐらいしか寝てねぇ…まぁ、おかげで“切腹”だけはどうにか勘弁してもらえたけどな」

 

「アハハハ……」

 

政宗の愚痴を聞いたなのはは失笑しながら昨夜の事を思い返していた。

 

ティアナとお互いに謝り、全てが丸く収まったと思った矢先に起きたあの修羅場はある意味では昨日一番の波乱だったのではないかと思えてならなかった。

 

説教中に勝手に逃げ出した事も重なって、さらに怒りを爆発させた小十郎は逃げる政宗を追いかけながら、『鳴神』や『輝夜』などの強力な剣技を繰り出していたのだ。

相手は政宗であるので、流石に刀は峰側に返していたとはいえ、容赦なく放つそれは、まさに切断効果のある雷の乱れ打ちだった。

青白い斬撃波が容赦なく政宗に降り注ぐ、どうにか回避したと思ったら、今度は光の弾丸の様な雷撃の刺突が無数に政宗に向かって飛来する。

必死に地面を転がり回り、六爪でそれらを弾きながら、怒り狂う右目の猛攻から逃げる政宗の顔は、明らかになのはが今まで見てきた中でも一番『恐怖』に満ちた表情であった。

 

最終的にはどうにか攻撃の隙をついて制止に入った佐助や、フォワードチームの4人そしてなのはを含む6人で小十郎を必死に宥め、最終的には騒ぎを聞きつけて隊舎から出てきた家康と幸村、慶次も加わって1時間近く説得し続け、ようやく小十郎は刀を納めてくれたのだった。

しかし、政宗は結局そのまま再び隊舎に連れ戻されると、後は政宗自身が言うように夜明け近くまでそのままぶっ通しで説教を食らう事になったのだった。

 

 

「よく言うぜ。はやてやアタシらや、スタッフの何人かもお前の起こした騒動の事後処理対応とかで、殆ど寝れてねぇんだぞ?」

 

ヴィータが話しながら、食堂の周りの席を顎で示すと、確かに食堂に集まった職員の半数近くが目の下に隈を作り、大きなあくびをかいてかなり眠そうな様子であった。

 

「私達でさえまだ良い方だ。グリフィスなんて、結局一睡もできなかったそうだぞ」

 

食堂の反対側の隅の席で、コーヒーの入ったマグカップを持ったまま半睡半覚に近い状態で、柄にもなくボケーとした表情を浮かべ、同席しているルキノから酷く心配されているグリフィスを見据えながら、シグナムは言った。

 

「…だから悪かったって言ってるだろうが。それにロングアーチ(アイツら)にも午前中に一度詫びは入れてきたぞ」

 

「それは政宗殿…彼にもでござるか…?」

 

幸村がそう言って、別のテーブル席を指差した。

そこにいたのは…

 

 

 

バイク…俺ノバイクガ……ガジェットト一緒ニ…バ~ランバラ~……ヒャハハハハハハハハ…

 

 

 

席についたまま、ガックリと肩を落とし、片言のうわ言をブツブツと呟きながら、魂が抜けて、文字通り“真っ白”になっているヴァイスの姿だった。

愛車のバイクが目の前で木っ端微塵に爆発する瞬間を目の当たりにした事がよっぽどショックだったのであろう…

その姿は最早、哀れなのを通り越してシュールに見えた。

 

「あの…ヴァイス先輩…? 大丈夫ですか?」

 

バイク……

 

「「「「「……………」」」」」

 

同席していたアルトが、見かねた様子で声をかけるが、ヴァイスは返事になっていない言葉しか返さなかった。

もはや余命宣言された患者みたいな状態であり、これには見ていた家康達も流石に引いた。

 

「お、おい政宗! お前が巻いた種なんだから、何とかしてやれよ!」

 

「『何とか』ってどうすりゃいいんだ?! あれ完全に『落ち込む』ってLevelじゃねぇぞ! 今俺が声かけたら確実に俺を呪い殺しかねない勢いで負のAura全開じゃねぇーか!!」

 

「「誰のせいで、あぁなったと思ってんだ!?」」

 

声を揃えて政宗にツッコむシグナムとヴィータを苦笑しながら見つめていたはやてに対し、思い出した様になのはと家康に尋ねた。

 

「そういえば、今朝のフォワードチームの皆の訓練はどうやった?」

 

「うん。今朝は事後処理が忙しくてちょっとしかできなかったけど、皆それぞれ良い感じにやっていたよ。特にティアナなんか皆と仲直りして気持ちに余裕が出来たからか、スバルとのコンビネーションもすっかり以前の調子を取り戻したし…」

 

「今日の午後の訓練から本格的に佐助による忍術の教導を始めるそうでござる。なんだか、いつになく張り切っている様子を見せていたでござったぞ」

 

なのはと幸村は安心したかのような面持ちで説明すると、それを聞いた家康やフェイトも笑みを浮かべながら頷いた。

 

「うん! ティアナが吹っ切れて何よりだ!」

 

「これでフォワードチームの問題も完全に解決だね」

 

2人の言葉を聞き、はやてもようやく憑き物が取れるかのようにホッと息を吐いた。

 

 

「そっか。それなら今回の事件も大方解決したって事で安心したわ。…唯一しっくりせぇへん事は…」

 

「…ジャスティ君の事だね」

 

意味あり気に言葉を付け加えるはやての様子から、彼女の言いたい事をいち早く予感したフェイトは、はやての口が開く前にその話題を切り出す。

それを聞いて、騒いでいた政宗やシグナム、ヴィータも空気を読み、一斉に口を噤んだ。

 

此度の事件で機動六課を裏切り、西軍側についた元通信主任 ジャスティ・ウェイツ准陸尉は、本来なら今日の午後から機動六課隊舎にて、事情聴取を執り行う予定であった。

しかし、今朝になって所轄の陸士隊から入った火急の知らせによって状況は一変した。

 

―――昨晩未明に、陸士556部隊隊舎が何者かに襲われ、勾留していたジャスティ・ウェイツ容疑者が、廃人化された状態で発見された―――

 

この知らせを最初に受けたフェイト及び、機動六課の隊員達が意表を突かれた表情を浮かべ、言葉を失ったのは言うまでもなかった。

 

フェイトは朝食もとらずに、昨晩の襲撃の影響で今日一日安静を言い渡されたシャリオに代わって、幸村を同行させて、ジャスティが搬送されたというミッドチルダ郊外の脳神経専門医療センターへと向かった。

しかし、隔離病棟の病室に収容されていたジャスティは、既に言葉を喋る能力を失っていたばかりか、人間としての自我さえも失われており、動物のような単調行動しか取ることができない状態に陥っていた。

担当医の話によれば、ジャスティは魔法とは毛色の違う特殊な術をかけられた様で、それがどういう原理か全くわからないが、現段階で判明している事といえば、彼の脳は本来の人間の脳の5分の1程の大きさへ縮小してしまっており、もう喋る力を取り戻す事はおろか、人間らしい生活さえも送る事は不可能であるという事だった。

 

こうなってしまったら、最早尋問や処罰云々の話ではない。

フェイトによると、ジャスティは『審議不可能』という事で、彼が犯した罪状についてはこのまま不起訴処分という形になり、今後は脳神経専門の医療院の重篤患者として、隔離病棟の一室で死ぬまで猿も同然に生きざるを得ないだろうとの事であった。

 

身勝手な逆恨みや私利私欲に溺れ、仲間を裏切った末の因果応報…と言ってしまえばそれまでであるが、ある意味では単純に殺されるよりも残酷で悲惨といえる顛末に、流石のなのは達や家康達も、少しばかし憐憫の情を寄せずにはいられなかった。

 

「恐らく、ジャスティは口を封じられたのだろう…」

 

家康が表情を曇らせながら、呟くように言った。

すると、それに同意する様に幸村も頷きながら補足を加えた。

 

「勾留先の陸士556部隊の者達は全員、金縛りの様な状態に陥ってしまい、夜が明けて、定時連絡がない事を不審に思った近隣部隊の者が様子を見にやってくるまで全く動けずにいたようでござる」

 

「金縛りだと!? っという事は…」

 

シグナムが尋ねるとフェイトが頷いた。

 

「うん。 それに隊舎にいた何人かは、壁やガラスが振動する程に大きな女の人らしき声を聞いて、それと同時に身体が動かなくなってしまったって証言しているみたい…」

 

「やはり…皎月院とかいう石田のWhoreが、“(しん)の一方”とかいうTrickを使いやがったというわけか…」

 

「おそらくは…当然、ジャスティ殿を襲ったのも皎月院殿かと…」

 

政宗が首を軽く捻りながら呟くと、それに合わせる様に幸村が言葉を添えた。

それを聞いたヴィータは苛立たしげに舌を打ちながらボヤいた。

 

「ったく。アタシとシグナムであの裏切り野郎をとことん締め上げて、西軍(ヤツら)の事に関する情報を洗いざらい聞き出してやるつもりだったってのにッ!」

 

「あぁ。大谷達に通じていたというのであれば、“豊臣”やスカリエッティが何を企んでいるのか…何かしらの尻尾を掴めると期待していたのだが…」

 

シグナムも冷静な口調で話してはいたが、それでもその顔には少なからず悔しさが滲み出ている様子だった。

2人達の言う通り、裏切り者であるが同時に図らずも貴重な証人でもあったジャスティから情報…特に今回の事件の首謀者である大谷吉継、皎月院(こうげついん)に関する彼の知りうる情報を聞き出す前に、西軍にジャスティの口を永久に封じられてしまった事は、機動六課もとい家康達にとっては、西軍やスカリエッティに近づける筈の大きな手がかりをみすみす奪われた事に等しく、大きな痛手であった。

 

気分が沈みかけた場の雰囲気を憂慮し、なのはは半ば無理矢理話題を変える事にした。

 

「そ、そういえば…ジャスティ君の代わりの“通信主任”だけど…やっぱり、シャーリーが繰り上げって事になるのかな?」

 

「そうやね。シャーリーなら通信関係の責任者としても申し分ないし、その方向で進む事になると思う。今回は他に誰も隊を離れざるをえない人とかもおらんし、ジャスティ君が抜けた穴も補ってくれる人も現れた事やし…」

 

はやてがそう話していた時だった―――

 

 

「いよぅ。皆、おそろいで!」

 

彼女の言っていた『ジャスティが抜けた穴を補ってくれる人』が現れた。

言わずもがな、前田慶次である。

いつもの能天気な笑みを浮かべながら、手には大量の昼食…ミックスフライ定食(ご飯、キャベツ大盛り)を乗せた盆を持ちながら、誰に承諾を得るともなく、なのは達のついたテーブルに座った。

 

「おい、勝手に一緒の席についてんだよ?」

 

「そう固い事言うなって独眼竜。せっかく、同じ隊で寝食共にする事になったんだぜ? もっと仲良くしようぜ?」

 

そう言うと慶次は片手で食事をしつつ、懐からMyPhon12(マイフォン・ツエルブ)を取り出して、反対側の手で器用に操作し始めた。

 

「それよりさぁ、独眼竜! アンタすっかりこの世界でも有名人じゃねぇか! 今朝一で『トゥイッター』チェックしていたら『“無法ドライブ”、“委託隊員”、“機動六課”』がトレンドの123(ワンツースリー)で上位占めてたぜ! 『スマッシュニュース』のアプリでも一面記事にアンタがバイクで無茶苦茶な運転してる写真がトップに出てるし、匿名掲示板の『Goチャンネル』では速くも『走る破壊神』『隻眼のタイフーン』だなんて渾名まで頂戴されてるぜ! よかったなぁ! 『独眼竜』や『奥州筆頭』に代わる新しい二つ名が出来て!」

 

慶次はスマホを見ながら大笑いしつつ、政宗の背中をバンバン叩くが、政宗は不愉快そうにそっぽを向く。

 

「I need this van! そんな安い二つ名なんざいらねぇよ! 俺は『独眼竜』の二つ名があればそれでいい!」

 

「まあまあ! それに動画投稿サイトの『Your tube(ユアーチューブ)』や、『Kick Chop(キックチョップ)』でもアンタの豪快な運転の動画がめちゃめちゃバズりまくってんだぜ!!」

 

「それ…ひょっとして炎上してるだけじゃ…?」

 

フェイトが苦笑しながら尋ねると、慶次はスマホの画面を確認し、それから頭を横振った。

 

「いや…これが意外に高評価が多いみたいだよ? 『下手なアクション映画より面白い』、『最近のYour tuber(ユアチュウーバー)はここまで派手に観せてくれるようになったのか!?』、『これだけ派手に色々ぶっ壊して死者、重傷者ゼロとか、逆にコイツ運転技術神ってね?』…だってよ。どうやらあまりに無茶苦茶過ぎて、Your tuberの動画撮影とでも思われてるみたいよ?」

 

「…ゆ…ゆあちゅーばぁ…? この世界にはまだまだ…未知な文化が沢山あるのでござるな………」

 

まだ、このミッドチルダ特有の娯楽に関する情報が疎い幸村は慶次の口から当たり前の様に出てくるワードについていけずに困惑した様子であった。

 

「ケッ! アタシらはアマチュアのタレントごっこ共じゃねぇっつぅの! 政宗! お前のせいで機動六課(あたしら)まで完全になんか勘違いされちまってんじゃねぇか!!」

 

再び政宗に怒りをぶつけ始めたヴィータをなのはが窘めた。

 

「まあまあ、ヴィータちゃん。 政宗さんも私達を助ける為に必死だったし、それにガジェットドローンに追われてもいたんだから、仕方なかったのはわかってあげようよ?」

 

「そうは言ったってよぉ、なのは! コイツのせいで危うく30億も賠償請求が降りかかりそうになったんだぜ!?」

 

それを聞いた慶次がわざとらしく椅子の上でのけぞった。

 

「うひゃぁ! 30億だって!? 独眼竜は嵐だけでなく借金も呼ぶ男だったわけか! よっ! 貧乏神! 金食い虫!」

 

「Shut up!!」

 

政宗は額に青筋を浮かべてツッコむが、慶次はヘラヘラと笑いながら、スマホを操作し続ける。

 

「悪ぃって。 今のはほんの冗談じゃないか。 やれやれ、皆冗談通じないんだからさぁ。西軍の動きが気になるのも解るけど、こう詰めてばかりじゃ身体に毒だぜ? せっかく戦のない平和な世界にやってきたんだから、偶にはそれを満喫するのも悪くないんじゃない?」

 

そんな呑気な事を平然と言ってのける慶次に政宗だけでなく、なのは達も呆気にとられるばかりだった。

 

「なぁ…ホントにこいつ本当に戦国武将なのかよ?」

 

「とても、昨日大谷の引き連れた洗脳兵士達を相手に大暴れした男と同一人物には思えんな…果たして、コイツにジャスティが空いた穴が塞げるのか…?」

 

ヴィータとシグナムが冷ややかに話し合うのを尻目に、慶次はスマホを片手にベラベラと喋り続ける。

だが、そんな慶次の姿を家康は顔を顰めながら見つめていた。

そんな家康の異変に、慶次は勿論、なのは達も気づいていない。

 

「あっ! そうだ! この際だから、独眼竜や家康や真田の兄さん達もスマホ買ったらどうよ? これすっごいぜぇ? 計算や文作りから、見た景色や音を形にして残しちまえる『写真』に『動画』! その他、何でも色々な事がこれ一台で出来ちまうし、何よりこの『アプリ』って奴が、すげぇ面白いんだ! 俺のおすすめはこの『パズモン』や『ツメツメ』、『プリコメ』に『もののけフレンズ3』なんかも―――」

 

 

「いい加減にしないかッ! 慶次ッ!!」

 

 

突然、今まで黙って話を聞いていた家康が憤然とした表情を浮かべながら声を張り上げた。

突然怒り出した家康に、なのは達や幸村は驚き、政宗も「やれやれ」と呆れながら頭を振った。

当然、食堂にいたスタッフ達からの注目が、一斉に家康達のいるテーブルに集まる。

 

「うおっ!? ど、どうしたんだよ!? 家康!?」

 

「慶次…お前は一体、何の為にこの機動六課に合流したんだ!? なのは殿達やワシらは真剣にこの世界で何かとんでもない事をしでかそうとしている三成や豊臣を止め、そして皆で日ノ本に帰る術を見つける為に、真剣に務めているんだ! いくら、お前はワシらとは違い、一軍を背負う立場にないとは申せ、ここへ来た以上はそんな浮ついた振る舞いをされると困る!!」

 

家康はそう諌めながら、鋭い眼線で慶次を睨みつける。

その威圧感は、いつもの天然で、穏やかな彼の雰囲気とは異なるまさに武人然とした姿であり、なのは達だけでなく、今しがた怒っていたヴィータでさえも思わず圧倒されそうになる程だった。

家康がここまで慶次の態度を厳しく諌めるのには理由があった。

 

 

天下分け目の戦が起こる前―――

 

家康が覇王 豊臣秀吉を打倒し、その覇道と武力をもって天下を統べる時代に終焉を打ってからしばらくの年月が過ぎた頃…ある日、突然慶次が単身で三河の徳川家 本拠点 岡崎城に殴り込んでくるという事件が起こった。

 

 

幼少期からの仲の良かった家康と慶次はであったが、家康が秀吉を倒した一件以来、彼は家康に会うのを拒み、二人は疎遠になっていた。

その理由は、他ならぬ、秀吉にあった……

 

豊臣秀吉…後に天下取りに名乗りを上げ、その圧倒的な武力をもって一度は日ノ本全てを手中に収めた“覇王”であるが、その前の経緯を知った者は皆、その意外な出自に驚かされていた。

 

以前の彼は、慶次の悪ガキ仲間であり“親友”であったのだった。

子供の頃から、共につるんでは悪戯を働いたり、逆に人助けをしたりと自由気ままな生活を送っていた2人であったが、“ある事件”をきっかけに秀吉と慶次は袂を分かち、それぞれに別の道を歩む事となる。

 

秀吉は“力”に傾倒し、“力”こそが全ての世を作る為の覇道の道を…

 

慶次は乱世の最中にある微かな人々の“喜び”…そして自身の負った深い“悲しみ”から逃れる為に傾奇者として自由気ままな風来坊として歩む道を…

 

しかし、袂を分かったといえども、慶次はいつか秀吉と相対して、彼の力に傾倒する事が過ちである事…そして、彼と袂を分かつきっかけを作った“過ち”を償わせようとしていた。

 

だが…それも家康が秀吉を倒した事で二度と叶わぬ事となってしまった。

そして、その事件は家康と慶次の仲にも大きな影響を与える事となった。

 

家康は慶次へと負い目から…慶次は家康への複雑な想いから…お互いに会う事を避け続けていた。

 

それだけに、慶次が城に乗り込んできたと知った家康は驚きながらも、一方では遂に来るべき時が来たかと覚悟したのだった。

 

そして、2人は岡崎城の本丸で一対一で顔を合わせた。

 

久々に再会した2人は始めはお互いにぎこちなく、とりとめのないの会話から入り…そして、慶次の口から「何故、秀吉を討ったのか?」という質問が出た。

 

それに対して、家康はこう答えた。

 

 

―――ワシは恐ろしかった…豊臣の作る未来が…豊臣は戦火を世界に広げようとしていた…ワシはそれが震えるほど怖かったんだ―――

 

 

家康の答えに、慶次は十分理解を示していた。

 

秀吉は決して許されない罪を幾つも重ねていた。当然、いつか誰かの手でその裁きが下されるであろう事はわかっていたし、家康がやらずとも遅かれ早かれ、慶次が秀吉を止めようと動いていたかもしれない…

 

そう話した慶次であったが…そこで突然、その顔には堪えきれない憤怒…そして悲しみの感情が浮かび上がった。

そして叫んだ…

 

 

―――家康ッ! どうしてなんだよ!? 俺はアイツに…秀吉に、自分の罪を後悔させていなかった!! あいつは…生きなきゃいけなかったんだ!!―――

 

 

慶次は慟哭しながら、家康の頬を力いっぱいに殴り飛ばした。

それを見た徳川軍の重臣達が慶次を取り押さえようと武器を構えるが、それを制止したのは家康自身だった。

 

―――もう二度と会えない! ぶん殴る事も、謝らせる事も出来ないんだ!!!―――

 

怒り、そして泣きながら、慶次は何度も家康を殴りつけた。

固く握りしめたその拳の皮膚が摩擦で抉れ、血が滲み出る程に……

馬乗りになった慶次に殴られ続ける家康の頬に、慶次の流した大粒の涙が幾つも零れ落ちた。

それでも慶次は殴るのを止めず…そして家康もまた一切抵抗の意志を見せぬまま殴られ続けながら、呟くように言い続けた……

 

 

―――慶次…すまない…すまなかった……ッ!!―――

 

 

しばらくして、ようやく慶次は殴るのを止めた……

家康は赤く腫れた両頬が…慶次は血に染まった拳が…それぞれに痛々しい様子を見せていたが、そんな事も意に介する事なく、もう一度向かい合い、腰を下ろした。

 

そして、涙の跡が頬に残る顔を上げ、慶次は家康に尋ねた。

 

―――教えてくれ……秀吉は…最後になんて言っていた?―――

 

家康は悲しそうな目で慶次を見つめながら、静かに口を開いた。

 

―――『半兵衛よ…次は何を目指そうか……?』そう言っていた…―――

 

―――半兵衛の…事を……?!―――

 

家康の口から出た意外な名前を耳にし、慶次は驚きながら立ち上がった。

 

袂を分かった自分と違い、心を修羅に売る決心をした秀吉を尚も信じて、共に征く道を選び、そしてその志半ばにして命を落としたもう1人の懐かしき“友”…竹中半兵衛の名を…

 

―――どんな…様子だった…?―――

 

―――昔を懐かしむように…微笑んでいた…―――

 

―――弱音…吐かなかったか!?―――

 

―――悔やんでいたか?!―――

 

―――いいや…最後までワシに屈する事なく、己の意志を貫いた―――

 

 

それを聞いた慶次は、感慨深そうに呟いた…

 

 

―――そうか、アイツは…自分の命を生きたんだな?―――

 

 

慶次はそう言うと、城の中庭へと出た。

そして、雲ひとつない青空を見上げながら、もう一粒…涙を溢しながら空に向かって呼びかけるように呟いた…

 

 

―――いい夢だった……そうだな? 秀吉……―――

 

 

後を追ってきた家康に向かって振り返った慶次の顔はまるで憑き物が取れたかのように清々しい笑顔…いつもの慶次の笑顔であった。

 

己の本音をぶつけ、そして家康の口からかつての“友”の最後を聞いた事で、慶次の胸に燻り続けた重石がようやく取り払われた瞬間だった…

 

それから、慶次は家康に礼を言い、そして殴りすぎた事を詫びてから、颯爽と岡崎城を後にした。

『秀吉の墓参りに行く』と言い残して……

 

あの時、城の城門まで見送った家康が見た、去っていく慶次の背中は決して風来坊ではない…1人の戦国の世を生き、その中で己の信念を貫かんとする“(おとこ)”の背中だった。

 

 

 

だが今の慶次は、その時見せていた強い“信念”が全く見えない。

ミッドチルダでの愉快で快適で裕福な暮らしを満喫したせいか、すっかり武士としては堕落しているにしか見えない有様であった。

故に今の慶次の存在は、腐れ縁でも武将として認められずにいた。

 

「今の慶次を見れば、利家やまつ様も、どれだけお嘆きになる事であろうか…なのは殿達やワシらに協力してくれる事は嬉しいが…そんな娯楽ばかりに現を抜かす余裕があるのなら……」

 

家康は、右拳を固く握りしめ、慶次の顔に向かってストレートを繰り出し、彼の鼻の数センチ手前で寸止した。その風圧で慶次の髪が靡く。

 

 

「あの日…覚悟を持って岡崎城のワシの許へ訪ね、そして己の全てをワシにぶつけてきた時と同じ…強い“信念”を示してくれ!!」

 

 

家康はうちに秘めていた義憤を爆発させるような勢いで叫んだ。

 

「い、家康殿!?」

 

「家康さん!?」

 

「少し落ち着いて!?」

 

幸村となのは、フェイトが狼狽えながら、家康と慶次の顔を交互に見渡す中、政宗、ヴィータやシグナムは、何も言わないで事を見守っていた

対して慶次は、全く動揺しない様子で突き出された拳を見つめていたが、家康はそれでも構わず叫びだす。

 

「慶次がこの世界を満喫している間にも、西軍(豊臣の残党)はこの世界の凶悪な犯罪者までも抱き込んで更なる陰謀を企てている! まして勢力までも拡大している可能性だってあるかもしれないんだぞ!? それなのにお前は――――」

 

「分かっているよ。そんな事…」

 

「……何?」

 

家康の言葉を遮る様に、慶次が落ち着いた口調で言った。

すると、慶次はスマホを懐にしまい、組んでいた足を下ろして座り直した。

 

「悪ぃな。俺も久しぶりに家康、独眼竜達に再会したもんだから、つい嬉しくて調子に乗っちまったよ……けどな…わかっているさ。俺も…秀吉(アイツ)の事は俺なりにケジメはつけたけど……アイツが残した“豊臣軍”はまだ終わっていないって事を…」

 

見ると、慶次の顔つきもさっきまでの遊び人な飄々としたものではなく、精悍な表情となり引き締まっていた。

 

「それどころか、左腕“石田三成”が中心になって再編成された“五刑衆”を中心に、秀吉(アイツ)の犯した過ちが…また繰り返されるとしている……そいつだけは…なんとしても止めなきゃならねぇ…」

 

「……」

 

慶次の言う事を黙って聞く家康。

気がつくと、なのは達や政宗達、しまいには食堂にいた職員達までもが慶次の話を聞き入っていた。

 

「天下分け目の戦が始まった時…俺は新しくダチになった雑賀孫市が率いる雑賀衆と一緒に行動していたって言ったろう? 孫市は『徳川と豊臣、戦いの中でどちらの“生き様”が誇り高いか?』…そいつを見極める目的で関ヶ原に向かうっていうから、俺もそれに便乗したんだ…でも俺は、お前がもし三成に敗れた時は…俺が代わりに西軍に挑もうとも考えていたんだ…」

 

「慶次……」

 

気がつくと、慶次の目つきはひたむきな眼差しへと変わっていた。

 

「確かにこの世界に飛ばされちまったのは予想外だったし、日ノ本とは違うこの世界の文明の素晴らしさについ魅了されたのも事実だよ。でも、今はそれも無駄じゃなかったんだなって思えるよ。だって、こうして家康達がここで引き続き豊臣と戦ってるっていうなら、俺はこの世界で身につけた新しい利器を活用してその力になれるんじゃないかな…? ってね」

 

そう言って、慶次は懐から今度は愛用のスマホを5倍の大きさにしたような外見の電子機器…タブレットPCを取り出してみせた。

そして、軽くタブレットを操作してみせると、それをテーブルの上に置いた。

 

「コイツを見てみな。俺の『Face note(フェイスノート)』のアカウントページだ」

 

慶次に言われたなのはがタブレットPCを手にとり、隊舎規程のホログラムコンピュータを開いてそれに接続すると、画面に表示された映像を全員に見える様にテーブルの真上に大型のホログラムスクリーンに投影してみせた。

するとそこには…

 

「あっ!? これって…!?」

 

そこには一部のニュースサイトや雑誌に記載された『政宗が単独で暴走行為』を働いている風に見える悪意ある修正が施された画像の隣に、その元ネタとなった『ガジェットドローンの猛攻に耐えながら必死に逃げようとする政宗』の写真や、『又兵衛と激闘を繰り広げる政宗』、『なのはを救出して、所轄部隊の現場検証に協力する政宗』の様子が収められた写真が記載され、更にその画像が添えられた投稿内容は、政宗による暴走行為の“真相”が公表できる範囲の情報と共に記事風に記載されていたのだった。勿論、記事には『#機動六課 暴走 真実』とタグが添えられ、既に3万を超えるリツイートがあり、『いいな』も2万5千以上付けられていた。

 

「…俺もちょいと力になろうと思ってさ、昨日の内にweb友の皆に声かけて、あの暴走事件の素人写真の大まかなものをかき集めておいたのさ。そんでもって、今朝のwebニュースや掲示板とかをチェックして、機動六課や独眼竜を悪者扱いしようって記事や写真を探し出して、特に酷いものはこうして『火消し』の投稿をやって被害を最小限に食い止めようと思ったわけよ。

だから、SNSや動画投稿サイトでも悪評判が意外と低かったってわけ」

 

「つまり……お前が手ぇ回してたってのか?」

 

ヴィータが呆気にとられた表情を浮かべながら尋ねた。

 

「そういう事だね」

 

「そういう事だったんだ。 あれだけの大騒ぎを起こしたというのに、思ったよりも六課(わたしたち)に直接来るクレームの数が思ってたよりも圧倒的に少なかったってロングアーチの皆も不思議がっていたけど…」

 

フェイトが合点が行った様に頷く。

 

「これでもなかなか大変だったんだぜ。写真収拾するのも火消し記事アップするのだって引っ切り無しだったもの…」

 

そう笑顔で語る慶次だったが、その笑顔の裏には戦いとはまた違う意味で彼の唯ならぬ努力があった事が伺える。

 

「家康…お前はその為に“東軍”を結成したんだろう? そして、独眼竜や真田の兄さん達はそんなお前の想いを理解し、手を貸すことを選んだ……だったら、俺も今度は俺なりのやり方でお前に力を貸してやりたいと思っているんだよ。 ただ、俺は普通に刀を振り回すだけの血生臭い戦い方はしねぇ。“一軍の大将”じゃなくて遊び好きな“風来坊”としてのやり方でな……」

 

慶次のその言葉に家康はハッと気付かされた。

慶次もまた、既にこれから共に戦う新たな仲間『機動六課』の為に行動を起こしていたのだ…家康や政宗達とは毛色が異なるが…これもまた、ミッドチルダで身につけた新たな“戦い”方のひとつなのだ…

 

さっきまでの遊び人な雰囲気が嘘のように思える慶次の強い信念を示した姿に、家康は拳を解いて、下ろした。

 

「そうだったのか……お前も、お前なりに戦おうとしていたんだな…すまなかった慶次…ワシとした事が、昨日あんな襲撃があった直後で気が張っていたせいか、つい取り乱してしまって…」

 

家康は今、初めて慶次の近未来文明かぶれな傾向が、決して遊びだけでやっているのではない事を認め、同時にそんな慶次なりの志を頭ごなしに否定しようとしてしまった自分の浅はかさを悔いた。

自分の思っていたのとは違い、慶次は慶次なりに自分達の力になってくれようとしている事を、今目の前で確信したからだ。

 

「フッ、お前らしいUniqueな戦い方だぜ。前田の風来坊」

 

その様子を見た政宗も小さくフッと笑う。

すると慶次はいつもの人懐っこい笑みを返す。

 

「気にすんなって家康。俺もちょいと俺の心意気を伝えるのが遅かったからさぁ…それに…」

 

話しながらタブレットの画面をチェックした慶次は表示された画面を見て、「おぉっ!?」と顔を弾ませる。

 

 

「やったぜ! ついに『CIRCLE HOUSE(サークルハウス)』から招待かかったぜ! あのアプリ『一見さんお断り』だからどうやって登録しようか苦労してたんだよ! おぉぉ!? 『パズモン』や『ツメツメ』のアカウントにもプレゼントが大量に贈られてる! 『火消し投稿リプ作戦』すっげぇ効果だなぁ!」

 

 

(((((結局、遊びが目的じゃん(じゃねぇか)!!!!?)))))

 

 

新しいSNSへの登録が出来て喜ぶ慶次に、家康、政宗、なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムは心の奥底からシャウトした。

すると、幸村が苦笑を浮かべながら、どうにかフォローを入れようとする。

 

「ま、まぁ各方…何はともあれ、前田殿は前田殿なりに戦おうとしている事がわかったのだし、良いではござらぬか?」

 

「それにしてもだぜ…なぁ、大丈夫なのかよ? はやて。 こんな奴本当に家康達と同じ委託隊員にしちまって…」

 

ヴィータはそう言って、ここまで静寂を貫いていたはやてを指して尋ねる。

しかし、それを聞いたはやては…

 

「……いや…慶次さんこそ、これからのウチの部隊には必要不可欠な人材や…」

 

「へっ!?」

 

惚ける様に呟いたその一言にヴィータをはじめ、なのは達は驚いた。

 

「どういう事なの? はやてちゃん」

 

なのはが尋ねた。

 

「えぇか。 私達の敵は何もスカリエッティや西軍だけやない…レジアス中将を筆頭とする陸上部隊を中心に管理局の中でも私達の事を正味“目障り”に考えとる方々も少なくないのも事実なんや。当然、そんな人達相手には力技でなんとかする…わけにもいかへんやろ?」

 

「そ…それは確かに……」

 

「そうそんな時にこそ情報を巧みに操り、そして口の立つ人材や! “ペンは剣より強し”ならぬ“口は剣より強し”! 慶次さんの戦い方! こんなに心強い戦術はあらへんよ!」

 

はやては徐ろに立ち上がって、慶次を指差し、そして宣言した。

 

「前田慶次さん! 貴方には今日から、機動六課の“サイバー対策”と“外交”を担当してもらいます! その類まれな社交力とこの世界での旅で培った情報処理能力! 私達の為に存分に奮って頂戴な!」

 

「「「「「が…外交もッ!?」」」」」

 

昨日參加した隊員にしては異例といえる破格な役職付きでの待遇に驚くなのはや家康達だったが、慶次は…

 

「いいねぇ! つまり仕事としてSNSやれるってわけかい!? そいつはいいや! サンキューなはやてちゃん! いやぁ、流石京美人は頭が柔軟で話がわかるねぇ! アンタこれからもっと良い隊長になるよ! よっ! 美人慧眼!大和撫子! なんちて♪」

 

 

「あっ……!?」

 

 

慶次の口から出た褒め言葉に、顔を真っ赤にするはやて。

 

「そ…そんな! “京美人”やなんて…あんまりからかわんといてぇや…慶次さん…♡」

 

「あぁ、ワリぃ、ワリぃ。でも俺のやり方で戦わせてくれるアンタのその柔軟なところ、俺は気に入ったぜ?」

 

そう言って、屈託のない笑みを投げかける慶次。

それを見たはやては…

 

「―――-ッ!!?」

 

まるで、胸を何かに射抜かれたかのように目を大きく見開き、そして顔を更に赤く染め上げ、気がつくと頭から湯気が出ていた。

そして、もじもじと身を捩らせながら、身を縮めるように席につき直すはやて。

 

今まで誰も見た事もなかったはやての様子に、いち早くその異変に気づいたなのはとフェイト、シグナムは思わず、ポカンとなる。

 

そしてなのはとフェイトはシグナムに念話で話しかける。

 

(ね…ねぇ…シグナム…もしかして…はやてって……?)

 

(もしかして、今慶次さんに…?)

 

(う…うむ。しかし……まさか…な……?)

 

なのはもフェイトもシグナムも同じ事も同じことが脳裏に過ぎったのか、もう一度見据えて確認する。

当の慶次はというと、家康とヴィータから今のふざけた煽て言葉を窘められ、とうとう頬を抓られて制裁されている最中だった。

 

だが、そんな慶次の様子を見ているはやての表情…それは間違いなく『恋する乙女』の顔だった……

 

 

 

 

そんなわけで、潜伏侵略騒動が解決して間もなくして、六課を未曾有の危機に陥れた騒動は、隊の後見人や陰の協力者達、そして慶次の陰ながらの尽力で、どうにか最悪の事態を回避する事に成功した。

 

ちなみに午前中はまだ事後処理も交えながらの訓練であったが、それも片付いた事で午後からはようやく平常通りの訓練を行う事が出来たものの、今回の騒動の元凶になった政宗はというと…

 

 

「What! 俺だけ訓練參加禁止な上に刀を没収!? なんでだよ!?」

 

 

フォワード部隊と共に合流した小十郎から、『今日より一週間、模擬戦及び訓練への參加禁止』と『禁止期間中は緊急事態の場合を除き、愛刀 六爪(りゅうのかたな)を没収する事』が宣言されたのだった。

 

 

「当たり前です!幸運にも処分や賠償は免れたとはいえども、政宗様の軽率極まりないお振る舞いで、罪なきクラナガン市民に多大な迷惑がかかった上に、危うく恩義ある機動六課のクビまでも切られる寸前に陥れたのは事実です! 切腹は流石にやりすぎたとは申せ、せめてこれくらいの誠意をもって六課の皆に詫びの印を示さねば、奥州伊達軍筆頭としての面目が立ちません!」

 

「He's comin' around! 一週間も丸腰でいろだなんて、そいつは流石にHeavyじゃねぇか小十郎」

 

「“ヘビー”も“蛇”もありません!!」

 

納得できずに抗議する政宗であったが小十郎の意志は固く、結局言われたとおり、政宗は六爪を没収され、それから1週間は『退屈でつまらない』生活を送る羽目になるのであった…




というわけで今回から数話に渡って『潜伏侵略編』の後日談といえる短編をお送りします。

その後は、別の短編を挟んだ後に次の長編に入ると思いますが、それに際して、オリジナル版では、次の長編より参戦していた、オリキャラ屈指の人気キャラ あの“奥州の悪食バカ”が、オリジナル版よりも早く参戦…!?

…するかも…?

???「誰が悪食だよ!? 俺ぁ美食家だぁ!!」


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第三十八章 ~胡蝶の夢 幻想に現る戦国の奇術師~

ついに本格的に師弟関係とし出発した佐助とティアナ…
しかし、一見気さくに接しているティアナの心の片隅にはある小さな葛藤が燻っていた…

そんな時…彼女の夢枕にある意外な人物が現れ……


信玄「リリカルBASARA StrikerS 第三十八章 出陣じゃあ!! 幸村あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! エリオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

幸村・エリオ「「はい!! おやかたさむぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」

佐助・ティアナ「「いや、どっちもうるせええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」



大谷吉継の指揮の下、決行された機動六課潜伏侵略、そして政宗によるクラナガン市街地暴走事件(この事件はネット上や対処した武装隊員達の間で“クラナガンの暴れ竜事件”と呼ばれ、ちょっとした伝説となった)から3日目…

 

この日の訓練を開始する前にティアナは、新形態『ダガーモード』と共になのはからクロスミラージュに追加して貰った第3の新形態『チャクラムモード』を見せていた。

ダガーモードについては既に3日前の訓練で見せていた為、スバル達も知っていたのだが、隊員のデバイス調節役であるシャリオが、ふとしたきっかけからスバル達にチャクラムモードの存在を話したらしく、「是非見てみたい!」とスバルとエリオが目を輝かせながら頼んできた為、仕方なく見せる事にしたのだった。

 

「これが“チャクラムモード”…佐助さんの大手裏剣によく似ていますね」

 

モード3に展開し、いつもの見慣れた双銃形態から完全に別の武器に変化したクロスミラージュを、エリオは興味深そうに眺めていた。

 

「ティアが銃じゃない武器を使う事になるなんて意外だなぁ。しかも手裏剣だなんてまたマニアックな…」

 

スバルもそう意外そうな表情を浮かべながら言った。

同じ訓練校で出会った時からティアナを見てきたスバルにとって、手裏剣というそれまでの彼女のイメージには全く無かった武器がチョイスされた事は予想外であったのかその表情には若干の戸惑いの色も混じっていた。

 

「私も正直、まだ半信半疑なのよね。なのはさんや佐助は、私には『忍術』の才能があるっていうけど、そもそも忍術って具体的にどんな技なのか想像もつかないから…」

 

「まだ佐助さんから忍術を教わっていないのですか?」

 

キャロが尋ねた。

 

「この3日間はまず忍術をこなせるだけの身体にする為の柔軟性と機動力の訓練がメインだったからね。本格的な(シノビ)の技の特訓は今日から開始するのよ」

 

「で、でもティアさん! 忍者になったら、敵に負けた時とかに体内に宿る魔力が暴走して、ティアさんの身体が爆発四散せしめて最期を迎える…なんて事になったりはしませんよね!?」

 

「……アンタの中の“忍者”ってどんなイメージなのよ…?」

 

エリオのどこかズレた心配にティアナが呆れていると…

 

「いやだなぁ。そんな物騒な性質持っていたら、俺様なんか何回身体吹っ飛んでるっつぅの!」

 

そうヘラヘラと笑いながら、噂の“忍者”―――猿飛佐助が現れた。

 

「「「あっ! 佐助さん! おはようございます!」」」

 

「はいはい~、おはよ~さん。いやぁ、若いのは朝から元気が有り余って結構結構♪」

 

「…アンタまだ30手前でしょ? 急にそんな、ジジ臭いセリフ吐いてんじゃないわよ」

 

ティアナが呆れながらそう言うと、佐助はわざとらしい驚いた表情を浮かべた。

 

「えっ!? 俺様、まだまだ若いって!? 嬉しい事言ってくれるじゃないの“ティア”! そっかぁ、俺もまだ若いってんなら前田慶次(風来坊の兄さん)みたいにパリピとかってやれるかな?」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないわよ! バカ!」

 

立場上は“師匠”である筈の佐助に容赦なくツッコんでいくティアナに、スバル達は苦笑を浮かべながら見つめた。

なのはからお墨付きを貰い、正式に家康とスバル、幸村とエリオ、小十郎とキャロに次ぐ六課第4の公認の師弟コンビとなってから、ティアナはそれまで以上に佐助に対しては屈託無く接する様になっていた。

先日の潜伏侵略事件の最中、いつの間にか佐助の事を呼び捨てで呼ぶようになっていたティアナは、正式に師弟関係を結ぶにあたって、自分だけ無礼講なのもどうか…という事で佐助に対して、親しい者のみの呼称である「ティア」と呼ぶ事を許し、今ではすっかりお互いにタメ口で語り合える仲となっていた。

それに伴って、こうして佐助のボケに対してティアナのちょっと辛口なツッコミが飛ぶ、夫婦漫才みたいなやり取りが日常茶飯事のひとつになりつつあった。

 

「は~い。フォワードの皆。訓練始めるよ~」

 

そこへ、佐助に遅れてやってきたなのはが号令をかけると、フォワードチームの4人と佐助が彼女の元へと集まった。

なのはの横には、アシスト役のヴィータ、そして現在『クラナガンの暴れ竜事件』の咎で目下謹慎中の政宗とロングアーチにて研修中の慶次を除いた戦国武将の面々が集っていた。

 

「昨日話していたとおり、今日はそれぞれ個人的な技能の強化訓練に集中します。 スバルは家康さんと徒手空拳、エリオは幸村さんと槍術、キャロは小十郎さんと剣術、そしてティアナは佐助さんと忍術の訓練。 私とヴィータちゃんはそれぞれ順番に見学して教えられるところがあったらアドバイスを入れていくからね」

 

なのはがそう言うと、各員それぞれ師弟同士に分かれて特訓が開始された…

 

 

 

「それじゃあ……『猿飛佐助先生の楽しい忍者教室』! はっじまるよ~~♪」

 

森林をイメージしたシミュレーションの光景が広がった訓練所の一角にティアナを連れてやってきた佐助は、そうチャラけた調子で特訓開始を宣言しようとして…

 

 

パカンッ!

 

 

「あ痛ぇ!?」

 

ティアナに頭を叩かれた。

 

「アンタねぇ…仮にも私の“専属教官”なんだから、訓練の時くらい真面目にやりなさいよ!?」

 

「痛つつ…ちょっと、気持ちほぐしてやろうと思っただけだってば。大丈夫だって。ここからはちゃんとやるからさ」

 

佐助は叩かれた頭を庇いながらそう言って、仕切り直すと真面目な眼差しに切り替えて話し始めた。

 

 

「さてと…今日からいよいよお前に(シノビ)の技を伝授していく事になるが…今までの訓練を見ていたところ、お前は魔法を使って幻を作る事ができるのが最大の売りみたいだけど、お前の作る幻ってのは、実際に物を触ったりする事ができるのか?」

 

「えっ? それはできないけど…」

 

ティアナが使う幻影魔法は、複製する事で攻撃の場数を増やすのではなく、敵を撹乱させる事を主軸に置いたものであり、見た目こそ見分けがつかない程に精巧な見栄えの幻影を生成する事が可能であるが、その一方で幻影魔法自体には、物理的な攻撃を加える事はおろか、物に触れる能力さえなかった。

 

「そう。お前の作る幻は敵を“欺く”為にあるが、俺達、忍びは攻め手を“増やす”の為に幻を利用する事もある。例えば……」

 

話しながら、佐助は徐ろに近くにあった大きな木を見据えると…

 

「はぁっ!」

 

「ッ!?」

 

突然、上半身を軽く背けてから、頭突きをする様な仕草で身を前方に突き出してみせた。

すると、佐助の身体の前に出来た影から佐助と同じ体格に服装、髪型まで同じ形をとった分身が現れ、本物の佐助に代わって木に向かって突進していった。

そして影から生まれた分身が木にぶつかり、はじけると同時に、木は轟音と共に真っ二つにへし折れて地面に倒れた。

 

「今のは、俺の駆る幻の一種『影分身』だ。見ての通り、お前の幻と違って、敵を欺くまでの見た目はないが、その代わりに攻撃能力を伴った幻といえる。俺は戦闘でコイツを攻撃の補佐に加えたり、攻撃の要にする事も多い」

 

「なるほど…」

 

「勿論、お前の幻程の精巧な見た目を持ちながら、物理的な攻撃能力を伴った分身を作る事もできるが…そいつはより高度な(シノビ)の技だからな、お前にはまだ早い…従って、お前の目標は、まずはこの『影分身』を上手く操る事がひとつ…そしてもうひとつは…」

 

話しながら、佐助の両手にはいつの間にか2つの大手裏剣が握られていた。

 

「やはり…コイツの使い方を完全にこなす事だ…ティアナ。クロスミラージュをチャクラムモードにして構えてみな?」

 

ティアナは言われたとおり、佐助の大手裏剣と似たフォルムとなったクロスミラージュを手に取り、佐助と同じ様に両手を広げながら構えてみせた。

 

「お前にとって、手裏剣は今まで手にもとった事のなかった未知の武具…当然、その使い方はまだ何も知らない。だから、まずは手裏剣を自分の手足の様に使いこなせるまでにその技を磨く事がお前のもう一つの目標だ」

 

佐助は、そう言うと釘を差すようにもう一言付け加えた。

 

「まぁ、今のお前ならその心配はないとは思うが…俺が許可するまでは、くれぐれも実戦でチャクラムモード(そいつ)を使おうとは思うなよ? 基本も身に付いていない技で敵に挑む事がどれだけ無謀で危ない事か、こないだの戦いで痛いほど骨身に滲みただろうからな?」

 

「……そうね」

 

ティアナは少し苦々しい面持ちになりながら頷いた。

実際、先日の模擬戦中に襲ってきた上杉景勝相手に、独学で学んだ近接戦闘を使った結果、彼(女)(かのじょ)には全く通じなかった上に、直接手痛い指摘と忠言を貰う羽目になった。

あの時は反発しかなかったが、今となっては浅慮にも程がある愚行としか言いようがなかったとティアナ自身恥ずかしいと思えてならなかった。

 

「まぁ、基礎的な白兵戦はダガーモードの特訓とかで、なのはちゃんやヴィータちゃんから教わるだろうから心配はないでしょ。 あとは、この手裏剣独自のクセのある戦法をティアがどれだけ覚えられるか…だけど…」

 

「使いこなしてみせるわ。絶対に!」

 

ティアナは力強い返事で答えてみせた。

 

自分は一人じゃない…頼れる仲間がいる…そして、ちょっと軽すぎるのが玉に瑕だけど頼れる“師匠”も出来た…

今の自分であれば、どんな苦難も乗り越える事ができる……

 

ティアナの胸は、今までとは違う色合いの自信に満ちていた。

慢心や驕りではない…純然たる意味での自信だった。

明らかにそれまでとは違うティアナの様子を見て、安堵の笑みを浮かべながら、佐助は早速本格的な教導にかかる事にした。

 

「よし! それじゃあ、まずは手裏剣の基本的な動作を教えていくぞ。まずは俺の見本通りに手裏剣を動かして―――」

 

まずは大手裏剣のフォームを教え始める佐助と、その教導を真剣に聞き入るティアナの様子を、なのはとヴィータが少し離れた場所から笑いながら見守っているのであった―――

 

 

 

 

「ったくアイツら…楽しそうにやりやがって……それに比べて、俺はなんでこんな事しなきゃならねぇんだよ…?」

 

そして、ティアナを含むフォワードチーム各隊員の個人訓練の様子を隊舎の屋上に増設された菜園から恨めしげに眺めながら政宗は愛刀の六爪…ではなく農具の鍬を手にせっせと土を耕していた。丁寧に農作業用の服まで着用して…

 

「仕方ないだろう? 公式な辞令ではないがお前は今、謹慎中の身なのだ。故にこの隊舎から外へ出る事は原則自粛してもらう」

 

そんな政宗に少し離れた場所に監視する様に立っていたシグナムが少しばかり注意を促した。

そんなシグナムを政宗は反抗的に睨みつける。

 

「んで…お前はなんでここにいるんだよ?」

 

「片倉から『政宗を見張れ』と頼まれてな…お前の事だから、1人にしておけば農作業を嫌がってすぐにサボろうとするだろうと懸念していたぞ…」

 

「Shit! 小十郎の野郎…俺は聞き分けのねぇガキか? そもそもなんで俺がアイツの畑を代わりに手入れしなきゃなんねぇんだ?!」

 

政宗はぶつくさ文句を垂れながら、鬱憤を込めるかのように鍬を乱雑に振りかぶっては、地面に向かって振り下ろした。

六爪を取り上げられ、やる事がないので、自室でボンヤリしようとしていた政宗であったが、その前に小十郎から…

 

 

―――政宗様。暇を持て余すのでしたら、この小十郎の畑でも耕して、精神統一でもされては如何ですかな? 先だっての不始末についてご自分のした事を思い改める機会になるかと思いますが…―――

 

 

と口では提案という体ながらも、半ば強制的に自身に代わって農作業を頼まれ、更にはお目付け役としてシグナムまでも寄越された事でいよいよ断るに断れず、今現在に至る事となった。

 

「………なぁ、シグナム…」

 

「なんだ?」

 

「ちょっとばかりForwardの連中の様子を見に―――」

 

「ダメに決まっているだろう」

 

鍬の手を止めた政宗からの要望にシグナムは呆れた表情で却下した。

要望が虚しく断られた政宗は小さく舌を打ちながら、諦めて鍬を耕す手を再開した。

謹慎期間は1週間…つまり、あと4日はこんな窮屈で楽しみのない生活を強いられるのである…そう考えると政宗の口から自然と溜息が零れ出た。

 

「Ha…Bring on oneselfとはいえ…キツいPenaltyだぜ…」

 

政宗は文句を垂れながら、余計に重く感じられた鍬を動かし、土を耕すのであった…

 

 

 

 

午前中の訓練は無事に終了し、皆は一度隊舎に戻って、昼食と休憩をとる事になった。

それぞれ、専属教官(師匠)との個人訓練を終えたFW(フォワード)の4人は同じテーブルについて、昼食を食べながら各自学んだことについて意見交換をしていた―――

 

「へぇ~。佐助さんって意外と教官としてはすごくまともなんだぁ」

 

山のようにご飯の盛られた特上天丼をがっつきながらスバルが言った。

それに対して、ティアナは呆れた表情を浮かべながら言葉を返す。

勿論、スバルが食べている昼食の量に対してではない。彼女が桁外れの大食感である事は今に始まった事ではないのだ。

 

「いや、“意外にまとも”って…アンタは佐助(アイツ)の事なんだと思ってたわけ?」

 

「あっ!? いや、そういう意味で言ったんじゃないんだよ! ただ、ほら…佐助さんってさ、武田軍の武将じゃない? だから、どうしても…幸村さんみたいなハチャメチャな特訓するってイメージを勝手に思い浮かべちゃってさぁ…アハハ…」

 

そう言って、スバルが目で示す先にいたのは、今日も今日とて顔中、あざやタンコブだらけになりながらも、涼しい顔をしながら大盛りのナポリタンを食べるエリオの姿だった。

 

彼曰く、師匠(あに)の幸村が今日の午前中に課していた訓練は…

 

『巨大な丸太を抱えながらスクワット100回=“山抱”』

『タライに満たした油に両足を浸けながら、火のついた松明を、油に引火しないように注意しつつ、激しく振り翳す槍捌きの訓練10分=“地獄の灯台番”』

『水いっぱいが詰まったドラム缶を背負いながら、100メートルを全力疾走を30セット=“修験の道”』

 

そしてそれらの訓練が終わった後には武田軍恒例“殴り愛”で訓練終了を告げたという。

 

そんな訓練という名の苦行を平然と課す幸村もさることながら、それを躊躇う事なくこなしてしまうエリオもまた、すっかり武田の色に染まってしまったと思わざるをえなかった。

 

「う~ん…今日の兄上の修行は随分“控えめ”だったなぁ…身体の調子でも悪かったのかなぁ?」

 

「いやどこが!? そんな拷問じみた特訓課せれる時点で十分元気有り余ってるよ!」

 

「というより、元気というか“殺気”の間違いじゃないの!?」

 

全く堪える様子もなく平然と言ってのけるエリオに対して、スバルとティアナが声を揃えてツッコむ。

一方キャロは冷や汗を浮かべながらただ笑うばかりだった。

 

「まっ…まぁ、この場合、幸村さんがとことん異例過ぎるっていうか…とにかく佐助はあんな無茶苦茶言ってる事もなければ、訓練のペースだって私の調子に合わせてくれるし…教官として一番バランスがとれているかもしれないわね」

 

そう言って、ティアナは昼食に頼んだハンバーガーにかぶりついた。

するとキャロがサラダの入った器を手に取りながら、呟くように言った。

 

「でもティアさんと佐助さんって…私と小十郎さんや、スバルさんと家康さんみたいに『師匠と弟子』って言うよりは…なんだか、“兄妹”みたいに見えるんですよねぇ」

 

「………ん?」

 

 

「…ひょっとしてティアさん。佐助さんに亡くなったお兄(ティーダ)さんの面影を重ねているのですか?」

 

 

キャロの何気なく言った一言に、ティアナは思わず目を丸くしながら硬直する。

…が、すぐに顔を赤くしながら狼狽し始めた。

 

「ば、バカ言ってんじゃないわよ! 佐助とティーダ兄さんは、全然タイプ違うわよ!」

 

ティアナは声を張り上げて否定するが、スバルは「あぁ!」と何か合点がいったようにポンと手を叩いた。

 

「そっかぁ! よく考えたら、ティアのお兄さんって生きていればちょうど佐助さんぐらいの年になるもんね! だから、ティアは佐助さんにはあんなフランクに接して…」

 

「んなわけないでしょうが! バカスバル! ティーダ兄さんはあのバカみたいにしょっちゅうふざけたりする事なんてなかったし、仕事もプライベートも真面目一筋だったわよ!」

 

「本当に? そんなに違うの~?」

 

スバルが煽るような口ぶりでからかってきた。

 

「そ…それは……面影だけはちょっと…って何言わせんのよ! バカ!!」

 

ツッコミながらティアナがスバルの頭を軽く叩くと、慌てて食べかけのハンバーガーを飲み込んだ。

 

「私はただ、アンタ達と違って、色々とゴタゴタがあった末にアイツに教えてもらう事になったから…どう接したらいいかわからないだけよ。今はなし崩し的にアイツとは屈託のない感じに話しているけど、一応“師弟”関係なんだし本当はそういうのもよくないのかな…? っとも思ってるし……」

 

「そうかなぁ? 佐助さんって、そんな事気にするような人でもないと思うけど…」

 

スバルが頭にできた小さなタンコブを擦りながら言った。

 

「アイツが気にしなくても、私が気にしてるの。アイツとの今の関係って半ば勢いで作っちゃったってところあるから、本当にこのままの態度でアイツから忍術を教わっていいのかなって…そう思っちゃって…」

 

「へぇ~。“アイツ”って誰の事よ?」

 

「だから、ずっと話してるでしょうが。 アイツってのはアンタの―――」

 

不意に、ティアナの背後から茶々を入れるような軽い口調が聞こえてくる。

ティアナが鬱陶しそうに答えながら、振り返ると――――

 

 

「えっ!? 俺様の事?」

 

 

「ってワァァァァァァァオッ!!? さ…さささささ、佐助!!?」

 

 

そこにいたのは手に大きな紙袋を持っている佐助であった。

 

「さ、佐助!? アンタ…いつのまに!? 立ち聞きなんて酷いじゃない!」

 

「おいおい、人聞きが悪いぜ? 俺ぁ、ちょいと美味い干し柿を買ってきたから、お前らに差し入れを…と思って持ってこようとしたんだよ。そしたらお前がなんか騒いでるのが“最後の部分”だけ、チラッと聞こえたからさぁ…」

 

「……“最後の部分”ってどの辺りからよ?」

 

ティアナが訝しげに聞いた。

すると佐助はいたずらっぽく笑い、ティアナの声真似を交えながら答える。

 

 

「『“いや、“意外にまとも”って…アンタは佐助(アイツ)の事なんだと思ってたわけ?』」

 

 

「一番最初からじゃない!? 全部聞いていたって事でしょうが!!」

 

ティアナは再び真っ赤になった顔を横に振りながら、立ち上がると、自分の昼食の皿の乗った盆を抱えて、逃げるように食堂の返却口の方に早足で歩き始めた。

 

「あっ!? ティア、ちょっと待てって! ちゃんとお前の分の干し柿も―――」

 

そう言って、紙袋の中から干し柿を一つ取り出して、ティアナに投げ渡そうとする佐助だったが…

 

「うっさい! 私、干し柿ってあんまり好きじゃないのよ! スバルにでも分けてやりなさい!」

 

「ほぶぅっ!?」

 

片手でキャッチされたそれを野球ボールもかくやの勢いで眉間に叩きつけられる形で返却されたのだった。

 

「やれやれ…ちょいとからかいすぎたかなぁ?」

 

早足で食堂を出ていくティアナの背中を見送りつつ、佐助は苦笑を浮かべながら、彼女が座っていた席に代わりにつくと、紙袋からスバル達の分の干し柿を取り出した。

 

「ほい。まだまだ沢山あるから、いくら食べていいぜ」

 

「わぁっ! ありがとうございます!!」

 

「かたじけないです! 佐助さん!」

 

「いただきます」

 

スバル達に干し柿を手渡し、紙袋をテーブルの上に置くと、佐助は額に張り付いていたティアナに投げ返された干し柿を剥がして、自分で食べる事にした。

 

「にしてもティアも随分、繊細だなぁ。 んな事俺ぁ別に気にしてねぇっつぅのに…」

 

干し柿を食べながら、佐助は苦笑を浮かべた。

 

「でもティアさん結構本気で悩んでいましたよ。“親しき仲にも礼儀あり”って諺もありますからね…」

 

「おっ! キャロちゃん。よくそんなの知ってるね!」

 

「い、いえ! 私も小十郎さんに教えてもらったのを受け売りで言っただけですから!」

 

キャロが慌てて謙遜しつつも、そのまま佐助に尋ねた。

 

「でも、こういう場合ってどうすればいいんでしょうか?」

 

「う~ん。そうだねぇ…まぁこういう時に、昌幸の大旦那だったら、上手く助言して心の壁取っ払ってくれんのが上手いんだけどなぁ…言って俺様もあの人程、人間の心に関しては器用ってもんでもないし…」

 

佐助の口から出た言葉に、干し柿を食べていたスバルとエリオの手が止まった。

 

「“昌幸の大旦那”って…確か前に話していた幸村さんのお父さんの……?」

 

スバルは初めて聞く名前に首を傾げるが、エリオはまた違う反応を示していた。

 

「あぁ! “親父様”の事ですね!」

 

「「おやじさま?」」

 

まるで既に顔見知りの様な反応をするエリオに、スバルとキャロが声を揃えながら尋ねた。

一方、佐助は思い出すかのように頷く。

 

「そっか。エリオは大将と一緒に、昌幸の大旦那と一回顔合わせたって言ってたっけな? なんか大旦那の奇術で…」

 

佐助の言うとおり、エリオは機動六課で唯一人、幸村の父親 “戦国の奇術師”真田安房守昌幸に既に一度出会った事があった。

と言っても、直接相対したわけではない。

幸村と家康が己の信念をかけて決闘し、気持ちの上だけでも天下分け目の戦に一区切りをつけ、機動六課に正式に共闘する決意を固めた日…

同じく、幸村の生き様に惚れ、彼に弟子入りする事を決意したエリオだったが、当の幸村は自分がエリオを導けるか半信半疑になってしまい、返答を躊躇っていた。

そんな時、幸村が肌見放さず身に着けていた真田家の証『六文銭』を介して、突然幸村とエリオの意識が謎の空間に飛ばされ、そこで2人の前に現れたのが昌幸だった。

昌幸はエリオの胸に宿りし武田武士としての素質を見出し、幸村に“兄弟”の契を結んで、熱き魂を伝授せよと諭し、そして二人の絆を深める為に真田家の主君 武田家前当主 武田信玄を召喚し、幸村とエリオの2人に『殴り愛』を直接伝授した。

その結果、エリオはすっかり『武田軍』の色に染まってしまい、今の猛々しく積極的ながらも何処かズレた性格になってしまったのだった。

 

ちなみに幸村によると、昌幸もまた何処かの世界に飛ばされたという話であったが、肝心の何処に飛ばされたのかということは、本人が応えようとしていたちょうどその時にそのまま消えてしまったらしく、肝心なところを聞きそびれてしまったという。

 

「はい! 親父様だけでなく、武田信玄(おやかたさま)ともお会いしました! あのお二人のおかげで、僕と幸村(兄上)は義兄弟としての契を結び、僕は戦国最強の騎馬軍団の魂を受け継ぎし者として生まれ変わったのです!!」

 

「……ちょっと変わり過ぎだけどね…」

 

スバルが苦笑しながらボソリとツッコんだ。

 

「その昌幸さんって、どんな人だったんですか?」

 

キャロが干し柿を食べながら尋ねる。

 

「まぁ、身内贔屓になっちまうかもしれないけど…一言で言えば、まさに“奇術”な御方…って感じかな?」

 

佐助は感慨深そうに語り始めた。

 

「一見飄々としていているように見えて、日ノ本でも有数といえる程に権謀算術や、まさに“奇術”と称するに相応しい不思議な技を次々に駆使して、敵だけでなく時には俺達味方でさえも欺いちまう…かと思えば、それだけの才能を持ちながら大将みたく愚直なまでに武田の御家に尽くす忠義の臣…と思いきや、初心な大将や信之の旦那を捕まえて、やれ“若い頃に遊郭でハメを外した話”だの、“大奥様(カミさん)との初夜や、子供孕ませた時の思い出話”だのと、厭らしい話ばっかりして、大将達の鼻血噴き出させてぶっ倒れさせては面白がったりする茶目っ気みせたり…もう良くも悪くも“先が読めない”人っていうの…?」

 

「んなっ!? ゆ、遊郭!? しょ、初夜!? …破廉恥なっ!!?」

 

「いや、エリオ君が鼻血噴き出しそうになってどうするの!?」

 

何故か佐助の話を聞いただけで、顔を真っ赤にしながら鼻を両手で押さえるエリオに対して、キャロがツッコんだ。

 

「な、なんか、幸村さんや政宗さんとはまた違う意味でエキセントリックな人なんですね…昌幸さんって…」

 

紙袋から3個目の干し柿を取り出しながら、スバルが言った。

 

「けどまぁ、逆に大旦那がいたからこそ、大将が色々迷走しちまっていた間も武田が完全に潰されちまう事はなんとか避けられたんだけどな…それぐらいあの人は武田にとって無くてはならない御人だからな」

 

「でも、お館様はどうして、昌幸(親父様)ではなくて、幸村(兄上)を武田軍総大将代理に選んだのですか?」

 

どうにか鼻血が噴き出すのを堪える事が出来たエリオが同じく3個目の干し柿に手を付けながら尋ねた。

 

「それには2つ理由がある。一つは、大将の力量は、智謀に至っては昌幸の大旦那、武芸に至っては信之の旦那にそれぞれ及ばない事…」

 

「それがどうして理由になるのですか?」

 

スバルが5個目の干し柿を食べながら首を傾げた。

 

「お館様は、自分が病に倒れた後に甲斐国(かいのくに)だけでなく、日ノ本全土が大きくひっくり返されるような大騒ぎになると見越していたのさ。実際に越後じゃ“御館の乱”が起きて上杉軍は大混乱、小田原じゃ日ノ本有数の名門武家のひとつだった北条軍が豊臣の大軍勢に潰されちまって、豊臣の寝首かこうとした伊達軍も石田三成(凶王)に返り討ち…そんな混迷した状況下の真っ只中で、智謀、武力…どちらかに傾いた軍ならば、劣る方を突かれて潰される可能性が高くなる。だから、お館様が求めたのはどちらかに優れているわけではない均一性のとれた大将だった…」

 

「それで…幸村さんに白羽の矢が立ったわけですね?」

 

スバルの言葉に、佐助は頷きながら続ける。

 

「そう。それに大将はずっと武田本家に出向し、お館様の小姓ひいては直臣として槍を振るい続けてきた。でも大将はそれまで一度も自分が軍を背負う立場にはついた事がなかった。お館様も大旦那もずっとそれを懸念されていた。そこで大将を真の“武将”とすべく、敢えて自分ではなく息子を総大将代行と据える事でその成長を促そうとした。それが、昌幸の大旦那が大将に総大将代行を任せた2つ目の理由ってわけ」

 

「へぇ~…息子思いなお父さんだったんですねぇ…」

 

キャロがそう言うと、佐助は苦笑を浮かべながら頷く。

 

「それだけじゃねぇよ。なんというか…一見「バカか!?」と思いたくなるような無茶苦茶な事でも紆余曲折の末に上手い方向に持っていっちまうのが大旦那の特徴なんだよな。つまり、あの人がバカな事をしようとすると最終的にそれはバカでなくなっちまうのさ。 実際に俺も大将が迷走しまくってた時は、流石に『大旦那も、とうとうヤキが回っちまったな』って呆れてたけど…結局、あの人の戦術眼に狂いはなかったみたいだし…」

 

様々な経験を経て、今や立派な総大将たる器を得た主の姿を思い浮かべながら、佐助はしみじみと語った。

 

「っとまぁ、昔語りし過ぎたけど、要するに昌幸の大旦那なら、ティアが思っている詮無き懸念や俺への妙な気遣いだって取っ払ってくれると、そう思っているんだよ。…っとは言え肝心の大旦那は何処にいるかもわからねぇし、居場所のわからねぇものに頼るわけにもいかないし…」

 

「また、何かを介してひょっこりと心の中に現れてくれるといいんですけど…」

 

8個目の干し柿を食べ終えたエリオが呟いた。

佐助はそれを聞いて、いまいちしっくりこない様子で頭を掻きながら唸った。

 

「そのエリオが言っていた“心の中に現れた”っていうのもイマイチよくわからないんだよね。まぁ、あの人にかかりゃ出来ない事はないとは思うけど…」

 

「でももしかしたら、佐助さん達が寝てる間に夢の中にやってきたりして…?」

 

「「「まさかぁっ!?」」」

 

既に16個目となる干し柿を手に取りながらスバルが発した一言に佐助とエリオ、キャロがまるで冗談を聞いたかのように笑い出した。

そこへ、食器を返しに行こうとテーブルの近くを通りがかったシャリオが声をかけてきた。

 

「おやおや、フォワードの諸君。 何やら『夢』が云々言ってるけど、そろそろ『現実』も気にしないといけないんじゃないかな?」

 

シャリオがそう言いながら、食堂の壁にかけられた時計を指差すと、時間は13時55分…

午後の訓練開始予定時刻まであと5分しかなかった。

 

「た、大変! すっかり話し込んじゃった!」

 

「しかも、午後の訓練はヴィータ副隊長とシグナム副隊長が教官の合同模擬戦ですよ!!」

 

キャロとエリオの言葉を聞いてスバルの顔から血の気が引いた。

 

「うえぇっ!? 尚更遅刻したらマズいじゃん!! ご、ごめんなさい佐助さん! 私達の分、食器代わりに片付けといてください!!」

 

スバルが立ち上がるなり食堂の入り口に向かって駆け出すと、エリオとキャロもそれを追って急いで駆け出していた。

 

「ごめんなさい佐助さん! お願いします!」

 

「干し柿ごちそうさまでした!」

 

「おうおう、行ってきな。 午後練しっかりやれよ~」

 

手を振りながら3人を見送った佐助は、「ホントに賑やかなヤツらだなぁ」と苦笑しながらようやく1つ目の干し柿を食べ終わった。

 

「さて、それじゃあ俺様はゆっくりと干し柿を堪能―――ー」

 

そう言って紙袋の中に手を入れた佐助だったが、その手が掴んだのは空虚だった。

 

「へっ?!」

 

訝しみながら、佐助はちらりとテーブルの上を見ると…スバル達の残していった食べ終えた盆の傍らには無残に食べつくされた干し柿の蔕の残骸…

それも、キャロの座っていた席の前には3個程しかないにも関わらず、エリオの座っていた席の前には10個…スバルの座っていた席の前には15個もの干し柿の蔕が残されていた。

 

「……………」

 

そして、佐助が恐る恐る紙袋の中身を覗いてみると…中身は見事にもぬけの殻になっているのであった……

 

 

「アイツら俺の干し柿全部食って行きやがったぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

食堂中に佐助の悲痛な叫び声が響き渡るのであった…

 

 

 

 

 

 

その夜―――

その日の訓練も全て無事(結局、スバル達が午後の訓練開始に5分遅刻した罰か、ヴィータ、シグナム共にいつもの3倍教導が厳しく、おまけに訓練終了時間より1時間も居残り練習を課せられる羽目になったのだが…)に終えてすっかり疲れ果てたFWメンバーはそれぞれ寮の自室へと戻ったのだった。

 

「す~…す~…」

 

「……………うぅん…」

 

そして現在の時刻は深夜1時―――

隊舎の中は殆どの場所が非常灯などの一部を除いた全ての明かりが落とされ、仄暗さと静寂に包まれていた。

女子隊員用の寮の一室…スバルとティアナの部屋もまた、今は全ての常夜灯を除いた全ての明かりが消え、聞こえるのは時折思い出したように駆動する備え付け冷蔵庫のモーター音と、洗面所の蛇口から滴り落ちる水音だけである。

そんな殆どの物音のしない部屋の中でスバルもティアナも、それぞれのベットでぐっすりと眠っていた。

 

「……う…う~ん……」

 

しかし、ティアナは眠ったまま、うなり声を上げ始め、身体を二転三転とさせていた。

 

そう…ティアナは今、夢を見ていたのだった。

 

 

夢―――

それは眠った者が、現実では有り得ないような現象を垣間見る瞬間でもある。

喩え、この中で何が起ころうとも、誰がどういう形で現れようとも、全ては夢の出来事。

故に、これから起こる事は皆…

 

 

 

 

「―――おの――起き――」

 

「……う…」

 

何かが聞こえてくる。

微かに耳に入ってくる謎の音にティアナはゆっくりと身体を起こす。

 

「あれ…ここは…?」

 

ティアナが目覚めるとそこは見たこともない場所だった。

辺りに広がるのは六課の隊舎の近代的な自室ではなく、巨大な和風の造りの城門や城壁に囲まれ、目の前には巨大な水門などが備えられた、どこかのお城の中庭と思しき広々とした場所―――

 

「――諸君――早く起きな――」

 

再び聞こえてくる声…

その声の出所を探っていたティアナの隣には…いつの間にか佐助の姿があった。

 

「って佐助!? アンタどうしてここに!」

 

「うわっと!? て、ティア!? そりゃこっちの台詞だ! こちとら寝てたらいきなりこんな場所に…」

 

佐助もティアナの存在に気がつくと仰天のあまりにその場に仰け反りそうになった。

どうやら、どちらも何の前触れもなく気がついたらここにいたのだと悟ったティアナは改めて、辺りを見渡す。

一方、佐助は何かを思い出したように、呆気にとられた表情になった。

 

「っていうか…ここって…もしかして…!?」

 

「佐助。ここどこなのかわかるの?」

 

「わかるというか…見覚えはすっごいあるんだけどね…」

 

「何よ? その曖昧な表現…」

 

釈然としない言い方をする佐助にティアナはじれったそうに頭を振っていると…

 

「佐助!ティアナ殿!」

 

「うわっ!? びっくりした! …って幸村さん!?」

 

2人の後ろにはいつの間にか、幸村が立っていたのだった。

 

「大将!? 大将までなんでここに!?」

 

予想外の展開に驚くばかりの2人。

すると、幸村も困惑した様に頭に片手を乗せる。

 

「それが…俺にもよくわからん…部屋で寝てたら、いつのまにこの場所に…しかし佐助、ここは…よもや…」

 

幸村は混乱したように佐助に問いかける。

すると、佐助はもう一度周囲を確認しながら、頷いた。

 

「あぁ…あの水門を見りゃすぐにわかるよ…ここは間違いなく “信州上田城(しんしゅううえだじょう)”だ」

 

「し…しんしゅう…うえだじょうって…?」

 

ティアナが尋ねると佐助は未だ半信半疑な様子でもう一度辺りを見渡しながら答えた。

 

「俺や真田の大将の本拠地…真田軍の居城だよ」

 

「えぇっ!? って事は、ここは…アンタや幸村さんの――――」

 

「ご明答! ここは信州! 甲斐武田の軍師が治める武田の分領地! その中核となりし上田の堅城……つまり、お前さん達の故郷(ふるさと)だよ! 小倅殿! 佐助!」

 

「「「!!?」」」

 

三人の耳に突然、飄々としながらも渋さを感じさせるダンディな声が響いてくる。

ティアナはすぐに警戒しようとするが、幸村と佐助はその声に聞き覚えがあるのか目を見開いて驚く。

すると、3人の背後にあった物見櫓の屋根の上に颯爽とひとつの人影が降り立つ。

3人は慌てて、その人物の姿を注視した。

その背後から差し込んでくる眩い光のせいでハッキリとは見えない…が、その神々しい光に慣れてくるに従い、3人の視界が徐々に開け、それに伴うようにして一人の男の輪郭が次第に顕になってきた。

 

「お…お…!?」

 

幸村と佐助はさらに驚きの表情となっていく。

 

そこにいたのは――

 

「やっとお目覚めかい? 全く、3人揃って寝坊助さんだねぇ」

 

黄色いソフト帽の様な形の烏帽子に洋風のマント、口髭、顎髭を蓄えた壮年の紳士…

その姿は間違いなく―――

 

 

「親父様!?」

 

「ま、昌幸の大旦那!?」

 

幸村の父“真田昌幸”その人であった―――

 

 

「昌幸!? …ってひょっとしてこないだ話していた幸村さんのお父さん!?」

 

以前にその名前を聞いていたティアナも、噂に聞いていた幸村の父親がまさか自分達の目の前に現れるとは予想打にしていなかった為か、呆気にとられながら幸村と昌幸の顔を交互に見比べていた。

 

「よっ! ご無沙汰だねぇ♪ 小倅殿、佐助」

 

「“ご無沙汰だねぇ♪”ではございませぬ! 親父様! こないだ某とエリオの前に現れた時といい、どうしてこう前触れもなく現れるのでござるか!?」

 

「「いや、ツッコむところ、そこぉっ!?」」

 

どこかズレた幸村の抗議に横から鮮やかにツッコミを入れる佐助とティアナ。

対する昌幸は『うっかり醤油買い忘れたよ』とでも言うかのようなノリであっけらかんとした調子で謝りながら、サッと物見櫓の屋根から姿を消したと思いきや、次の瞬間には3人のすぐ近くへと瞬間移動のように現れたのだった。

 

「いやいや、悪いねぇ小倅殿。何分この奇術を使って、小倅殿達(そちら)と接触するのもそうおいそれとできるものじゃないもんでねぇ。 こないだみたいにまだ儂が喋っている最中に術が切れたりしたりするから嫌んなっちゃうよ」

 

「あっ! そ、そうでござる! こないだは、某がせっかく親父様の居所を聞きだしてお救い致しに行こうと考えていたのに、親父様とくれば肝心のどこにおられるか明かす前に某達の前から消えてしまったではござらぬか!!」

 

幸村が以前に義弟 エリオと共に接触した際の事を思い返しながら昌幸に抗議をする。

あの時、昌幸はさんざん焦らした挙げ句にようやく自分が幸村達と同様に今日ノ本から飛ばされた先がどこであるか話そうとしてくれた、まさにその最中に術の効果が切れたのか、そのまま幸村達の前から去るという嫌がらせのような形で消えてしまっていた。

 

「だぁから言ってんじゃないの。こうして次元を超えて小倅殿達の前に現れるのも、儂の奇術を持ってしてもなかなか上手くいかないんだよぉ。その辺りのところは悪しからず大目に見て頂戴よ」

 

「“大目に見て”と申されましても…では改めてお尋ねしまするが、親父様は一体何処――――ムグッ!?」

 

再度訪ねようとした幸村の口を片手で押さえつける形で、昌幸はその口を無理やり封じた。

 

「はいはい~。積もるお話はちゃんと後で答えてあげるから。今日は小倅殿じゃなくて、そこなる佐助とその可愛いお弟子ちゃんが主役なのだから、小倅殿はちょっとの間、横でご清聴~ってね?」

 

「お、俺っすか?!」

 

「わ、私…!?」

 

昌幸がわざわざ現れたという事は息子である幸村への言付けかと思っていたら、まさかの自分が名指しされた事に戸惑う佐助とティアナ。

すると、昌幸がティアナの方に視線を向けてきた。

 

「してお嬢さん。アンタが最近、佐助に弟子入りしたっていうくノ一の卵かい?」

 

「えっ!? いえ、別にくノ一の卵というわけじゃないのですが… 佐助に忍術を教えてもらう事になりましたティアナ・ランスターといいます! はじめまして!」

 

ティアナが慌てて身を直しながら自己紹介すると、昌幸は短く頷く。

 

「よろしく。さて、小倅殿や佐助から噂は聞いているだろうけど…コホン!……え~、(やつがれ)、生国と発しますは信州上田! 甲斐武田家当主・武田信玄が重臣にして、『戦国の奇術師』なんて異名を貰い受ける程に、叡智に富んだ甲斐の食わせ者。そして、そこなる小倅、武田軍総大将代行・真田幸村が父 “真田安房守昌幸”でござい~。…ご清聴、ありがとうございました♪」

 

「ど…どうもご丁寧に……」

 

烏帽子を取りながら一礼する昌幸にティアナは何故か無意識に拍手をしていた。

その様子を幸村は呆れながら見ていた。

 

「………お、親父様。その口上確かエリオにも披露してござったが…好きなのでござるか?」

 

「うん。いっぱいちゅき♡

 

「「“ちゅき”ッ!?」」

 

「……あの大旦那? セリフと声と顔が、超絶噛み合ってませんけど…?」

 

何故か急に、そのダンディボイスのまま言い慣れない返事を返す昌幸に、幸村とティアナは目を丸くしながら仰天し、佐助は若干引きながらツッコんだ。

すると、流石の昌幸も今のはちょっとふざけが過ぎたのを自覚してか、少し頬を赤くしながら無理やり咳払いをした。

 

「ま、まぁ冗談はさておいて…此度、こうして小倅殿の前にまた馳せ参じたのは、他でもなく佐助、そしてティアナ。お前さん達にこの昌幸から二、三忠言しようと思ったんだよ」

 

「わ、私達に!?」

 

「どういう事っすか?」

 

ティアナと佐助が尋ねた。

すると昌幸はティアナの前に立ってニヤリと笑みを浮かべた。

 

「例えばティアナ。お前さん、佐助の弟子になったのはいいけど、まだちょっと遠慮したりしてないかい?」

 

「えっ!?」

 

昌幸の一言に思わずドキリと反応するティアナ。

 

「そ…それは……」

 

言葉を詰まらせながら目を背けるティアナを見て、昌幸はしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「その顔は図星だね。まぁ、無理はないさ。なにせ、佐助に弟子入りするまでに色々とあったみたいだしねぇ」

 

「なんと!? 親父様はそんな事まで把握しているのでござるか!?」

 

幸村が驚きながら尋ねた。

すると昌幸は頷きながら答えた。

 

「大方はね…このティアナが色々と悩んで、無茶に走って大谷吉継の罠にかかったり…その大谷にお前さん達の本陣を奇襲されたり…ついでに独眼竜がいつもの如く暴走して街をぶっ壊して甚大な被害出したりさぁ」

 

「そ、そんな事まで!? な、何故ミッドチルダにいない筈の親父様がそこまで知っているのでござるか!? 本当に親父様は今どちらにいらっしゃるので!?」

 

幸村は改めて尋ねようとするが、昌幸はまたもそれをはぐらかしながらティアナの方に顔を戻した。

 

「それで…ティアナ。お前さんの気持ちは今どうなんだい? せっかく、本格的に師匠弟子として歩み始めたのだったら、思い切ってここで思いの丈を素直に吐いたらどうなんだい? 気分もすっきりすると思うよ」

 

昌幸が諭すようにそう語りかけると、そのどこか人を落ち着かせるような声質に、頑なになっていたティアナの心も自然と解きほぐされていくような感覚を覚えた。

 

「わ、私は……その…佐助のおかげで新しい戦術を身につける事になりましたし、その…佐助のおかげで立ち直る事が出来ました…佐助には感謝してもしたりないと思っています……」

 

「…ティア…?!」

 

素直に語り始めたティアナに佐助が少し驚いた様子を見せた。

 

「…だから、本当はもっとエリオやキャロ、スバルみたいにちゃんと『師匠』として立てて上げなきゃいけない事はわかっているのですが…何故か、本人を前にするとなかなか素直になれなくて……」

 

ティアナの正直な気持ちを、佐助と幸村は意外そうな表情で、昌幸が納得するかのように軽く頷きながら聞き入る。

 

「なるほど、なるほど…んで? 師匠の佐助さんのお気持ちは如何お考えに?」

 

昌幸が少し戯けた調子も交えながら尋ねた。

すると、佐助は少し考え込むような仕草をとった。

ティアナは自然と胸の鼓動が高まってくるのを感じた。

そして…佐助の口が開く。

 

「ティア…俺はそんな事全然気にしちゃいないって。お前はお前の思うとおりに接してくれたらいいんだぜ」

 

佐助はそう言って人懐っこい笑顔を見せた。

そんな佐助の優しい一言にティアナは思わず頬を少し赤らめかけて…

 

「『師匠』だの『弟子』だのそんな立場とか気にしないでさ……お前が一番しっくりする呼び方で呼んでくれたらいいんだよ。呼び捨てでもいいし、タメ語使おうが…それこそ『お兄ちゃん』と呼ぼうが―――」

 

…いつもの悪癖で付け加えてきた冗談を聞いた事で別の意味で真っ赤に染まった。

 

「だ、誰が『お兄ちゃん』なんて呼ぶか!!? バカ!!」

 

パコンッ!

 

「あ痛ぇぇっ!?」

 

「佐助!?」

 

またもティアナに頭を引っ叩かれて悲鳴を上げる佐助に、昌幸は「やれやれ」と苦笑を浮かべながらごちるように呟いた。

 

「やれやれ…相変わらず女心ってのが、いまいち推し量れないんだからなぁ。佐助も…。小倅殿も女子(おなご)と本格的にお付き合いする時には、取り扱いにはよぉく気をつける事だね」

 

「なっ!? お、親父様! 何を言っておられまするか!!?」

 

ティアナに負けじと赤面する幸村を尻目に、昌幸はもう一度彼女の方へと顔を向けた。

 

「それはさておいて…ティアナ。これでわかったかい? 佐助はお前さんにありのままで接してきても構わないと思ってるんだよ。 それに何も弟子が謙った態度で接するだけが主従関係の全てってものでもない。お互いに柵無く接する事もまた、師弟のあるべき姿でもあるのだよ」

 

「そ、そういうもの、ですか?」

 

「…そういうモンですのよ、我が曾孫弟子殿」

 

自らの次男(幸村)の部下(佐助)の弟子という事に因んでか、ティアナを冗談半分でそう呼ぶと、昌幸はゆっくりと語りかける。

 

「こんな奴だけど、佐助は儂が知る忍の中でも指折りに腕に良い忍…その佐助の技をお前さんが受け継げば、必ずお前さんは一皮も二皮も剥けて大物になれる。お前さんにはその素質がある。この真田安房守昌幸が保証しようじゃないの」

 

昌幸は自信に満ちた笑顔でそう話す。

 

「そして、お前さんと一緒ならば、佐助も更に武将として大きく羽ばたける事だろう。小倅殿とエリオのようにな…

お前さん達には、今はまだ直接見届ける事のできない儂や病床のお館様に代わって、そいつをぜひ見届けてほしい。それがお前さんへのこの儂からの頼みだ…」

 

ティアナは黙って耳を傾けた。

昌幸の言葉を聞き洩らさないよう、しっかりと。

 

「っというわけなんだよ。ティアナ…この『戦国の奇術師』からのきっての願い…聞き届けてはくれないかな?」

 

そう言いながら昌幸は烏帽子を手にとって、ティアナに向かって一礼した。

 

「そ、そんな! 『聞き届ける』だなんて滅相もないです!?」

 

まさかの昌幸に頭を下げて頼まれた事に驚きながら、ティアナは狼狽えた様子で、慌てて頷いた。

 

「も、もちろんです! はい!」

 

ティアナの返事を聞いた昌幸は安堵の笑みを浮かべると、再度幸村と佐助の方に顔を向けた。

 

「聞いただろう? 小倅殿、佐助。お前達も信玄公と同じ“師匠”という立場となったからには決して、“武士(もののふ)”として…否、一人の“(おとこ)”として恥じぬ様、戦術だけじゃなくて、(まこと)の人の“生き様”ってものを弟子達に教えてやるんだぞ。そうすれば、お主達もこれから更なる強さが得られる筈だ」

 

「は! 親父様のお言葉、肝に銘じまする!」

 

「りょ、了解です。大旦那」

 

幸村は土下座をして、佐助は頭を軽く下げて一礼する。

 

「よし。それじゃあ、そろそろ儂は帰りま―――」

 

そう言ってあっけらかんと踵を返そうとした昌幸に対して…

 

「いやいやいや、親父様! お話がまだでございまするぅぅぅぅ!!」

 

幸村が慌ててその裾を掴み、熱苦しいテンションでツッコんだ。

 

「その前に、某がお尋ねしたい事にお答えくだされ!! 親父様は本当に今“どちらにいらっしゃる”のでござりまするか!!?」

 

「なぁんだい。小倅殿、そんなに熱り立たなくてもいいでしょうに」

 

昌幸は面倒くさげに頭を掻きながら、烏帽子を被り直した。

 

「左様に焦らされてばかりだと、熱り立つのも当たり前でござる! 某も佐助も親父様の安否を心配して、一刻も早くお救い致しとうと思っているというのに…!!」

 

「まぁったく、相変わらず心配性だねぇ。小倅殿は…」

 

「いや、でも大旦那…」

 

そこへ佐助が口を挟んでくる。

 

「俺としても大旦那が本当にどこにいるか皆目検討もつきませんよ。だって、こうしてティアが俺の弟子になったって話まで逐一把握しちまったり…」

 

「うん。まるで私達のすぐ近くから見ているみたいに…」

 

ティアナがそう言い添えると、昌幸はニヤリと口の端を釣り上げた。

 

「………すぐ近くに…いるとしたらどうするんだい?」

 

「「「えっ!!?」」」

 

意味深な一言に3人は思わずドキリとなった。

 

「ま…まさか、親父様…!? 親父様は…既に我らの近くに……?!」

 

幸村が恐る恐る核心を突くように尋ねた。

この問いに対し、昌幸は――

 

 

「……なぁんて、うっそ~! そぉんなわけないじゃないのさ! ばぁ~か!」

 

 

――即答だった。

 

 

「「「だあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

 

派手に地面をスライディングするように幸村、佐助、ティアナがずっこける。

 

「大旦那! 頼んますから、こんな時にふざけないでくださいってば!!」

 

「某達は真剣に親父様を案じておるのですぞ!!」

 

埃で汚れた顔を床から上げながら、佐助と幸村が奮然と抗議する。

 

「いやいや、悪いねぇ。あまりに必死な小倅殿達が面白かったからつい…でもまぁ…半分…否、“四割八分”は正解…っと言ったらいいかもしれないねぇ?」

 

「よ…四割八分って…!?」

 

「絶妙に中途半端な指数ね……」

 

佐助とティアナが呆れながら呟いた。

 

「コホン! それじゃあ…今度こそ教えてあげましょうか。小倅殿…佐助…よく聞くんだぞ。 今儂が滞在している場所の名前は…」

 

 

「………場所は?」

 

 

「……場所は…」

 

 

「………場所は?」

 

 

「……場所は…」

 

 

「………場所は?」

 

 

 

「……う―――」

 

 

 

フッ!

 

 

 

またしても、肝心なところを話そうと最初の一語を話し始めると同時にそれに合わせるかのようにして、昌幸は烏帽子に吸い込まれる様にして消え、そのまま高速回転する烏帽子を中心に辺り一面が光に包まれ始める。

 

 

 

「「「いやいやいや!!! ちょっと待てえええええぇ!!!!?」」」

 

 

 

驚きと呆れ、拍子抜け、そして怒りの感情の混じった複雑な面持ちを浮かべながら、幸村、佐助、ティアナの3人は声を揃えて絶叫の様にシャウトした。

すると、光の中からエフェクトのかかった昌幸の声が響いてくる。

 

 

《っというわけで、しっかり頑張るんだぞぉ~~。皆の衆~~~》

 

 

「いや、『頑張れ』とかじゃなくて! 昌幸さーーーん! まだ言ってない! 肝心なところまだ言えてないからぁぁぁぁぁ!!」

 

「何その嫌がらせ!? ってか通信状態の悪いwi-fi(ワイファイ)かよ!? アンタは!!」

 

「っていうかこのやり取り、結局前回の時と全く変わらぬではござらぬかぁぁぁぁぁ!!?」

 

ティアナ、佐助、そして幸村がすっかり姿の見えなくなった昌幸を探しながら、抗議するかのようなツッコミを上げた。

すると…

 

 

《えっ!? なんだって? なんて言ってるかおじさん聞こえないなぁ~~~!?》

 

 

わざとらしい言い回しで昌幸の声が返ってくる。

 

「いや聞こえてるでしょ!? アンタ絶対わざとやってるよね!? そうだよね!?」

 

 

《………では、さらば! 幸村!佐助!ティアナよ!》

 

 

「「「いや、無視すんなコラあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

3人のツッコミが虚しく響く中で光はさらに強くなり、やがて3人は意識を失った…

 

 

 

 

「はっ!?」

 

ティアナが目が覚めると、そこは信州上田城の中庭ではなく、六課の隊舎…ティアナとスバルの私室であった。

ティアナは身体を起こすと、もう一度部屋の中を見渡すが、確かにここは自分の住み慣れた部屋である。

 

「夢…だったのかな?」

 

ティアナはベッドから起き上がると、まだ横で大口を開けて眠っているスバルを起こさないように気をつけながら、カーテンの閉まった窓に近づいて行った。

時計を見ると時刻は朝の4時…

カーテンを開けて外を見れば、ちょうど東の空がうっすらと明るくなり始めていた頃であった。

 

「でも……なんか夢とは違う感覚なのよね…」

 

ティアナはつぶやきながら、さっきの夢の事を考える。

 

「あの人が…幸村さんのお父さん……真田安房守昌幸……ちょっとふざけてる感じだけどダンディな人だったなぁ…」

 

ティアナはしばらく、さっきの夢で昌幸の話していた事を思い出しながら佇んでいた…

 

 

 

 

数時間後―――

 

ティアナは朝食をとる為に食堂に入ってくると、既に片隅のテーブル席についていた佐助が、どこか慌てた様子で立ち上がると、ティアナを呼びつけた。

 

「おいティア! ちょっと来てくれ!」

 

「? どうしたのよ? 佐助」

 

ティアナが向かいの席につくと佐助は恐る恐る聞き出す。

 

「あの…さ…ティア。 お前、昨日大旦那…いや、真田昌幸の夢とか…見たりしてないか?」

 

「えっ!?」

 

佐助の言葉を聞き、ティアナは目を見開いて驚く。

 

「も…もしかして…アンタも見たの? 昌幸さんの夢…」

 

「えぇ!? じゃ…やっぱりお前も!?」

 

佐助の問いに頷くと、逆に佐助に問い返した。

 

「もしかして昌幸さん…私に変に気遣おうとしないでありのまま佐助と接してやれって言ってきたり、自分が何処に居るのかわざと教える前に消えたりしなかった?」

 

すかさず佐助は首を縦に何度も振って肯定する。

 

「じゃあ…二人そろって…」

 

「同じ夢を見たって事?」

 

 

2人は目を見開いたまま、顔を見合わせる。

その時、食堂に幸村がエリオを伴って食堂に入ってきた。

何やら、珍しく機嫌が悪いのか憤然とした様子でいた。

 

 

「全く、親父様ときたら…! 某が真剣に親父様の御身の安否を気遣っておるというのに! もう少し、ご自分の立場というものを真剣に危惧して、真面目に某達を頼りにしてもらいたいものだ!!」

 

「あ、兄上!? 一体、何があったっていうんですか!? 親父様…!? 親父様がどうなさったっていうんですか?! 兄上ぇぇぇぇ!!」

 

いつもと様子が異なり、わけのわからない事を呟く幸村に困惑しながら、エリオがその背中を追いかけていくのを見つめながら、佐助とティアナは呆然とした表情を浮かべた。

 

 

「……………うん。完全に真田の大将(あの人)も俺達と同じ夢みてたわ…」

 

「えぇ。間違いないわね……」

 

幸村の様子を見て、納得した様に頷く佐助とティアナ。

2人(それと幸村)が同じ内容の夢を見た事を確認できたところで、改めて夢の中で昌幸から諭された事を思い返してみた。

 

「………その。昌幸さんはあぁ言ってたけど…正式に師弟関係になったけど、本当にこのままの調子で話してもいいのよね?」

 

「…あぁ。昌幸の大旦那の前で言ったとおりだよ。お前はお前らしい感じでやったらいいさ…」

 

佐助はそう言いながらティアナに向かって微笑を浮かべる。

 

「その分、俺も俺なりのやり方で“お師匠”やらせてもらうぜ? 俺は徳川の旦那みたいな真面目な感じでも、片倉の旦那みたいな堅苦しい感じでも…ましてや真田の大将みたいな熱苦しい感じでもなく…軽~く…それでいて締めるときには締めて…教えていくつもりだよ。ってね?」

 

佐助は微笑を崩さずに、ティアナの顔を見据えた。

 

「勿論、教える時にはビシバシ叩き込んでやるぜ。くどいかもしれないけど、忍の修行ってのは真田の大将や片倉の旦那程でなくとも厳しいもんから、覚悟しておきなよ?」

 

対するティアナも、佐助の視線を余す所無く受け止めていた。

そして――思った。

 

(そんな事言いながらも笑っちゃって…全く、それじゃあ全然締まってないわよ…)

 

 

ちょっと能天気と呼べるほどに陽気だけども、主人である幸村や昌幸達を心から案じ、信頼し、そしてその力になる為に己の全てを出し尽くす…

そして、いたずらに人の命が奪われない様に時には身を挺して守ろうとする熱い気概を見せる…

 

そんな一本気な性格は…まるでティーダ兄さんみたい―――

 

 

 

「えぇ。改めてよろしくお願いね…――――…」

 

「んっ? 何か言った?」

 

「えっ!? ……はっ!?」

 

何気なく返事を返しただけのつもりが無意識にもう一言漏らしていた事を佐助に指摘されて初めて気がついたティアナは、その言葉の意味を思い出した途端に、何故か急に赤面しながら顔を伏せる。

だが、幸いに本当に無意識に零れ出た言葉だった為か、当の佐助には気づかれた様子はなかった。

 

「な、何でもないわ! それより早く朝ごはん食べて、訓練所行くわよ! 遅刻したら、またヴィータ副隊長やシグナム副隊長に、罰として追加の訓練メニュー課されちゃうんだから!!」

 

「へいへい…全く、これじゃあどっちが師匠だかわかんねぇな…」

 

佐助は苦笑いを浮かべながらゴチりつつ、朝食を食べ始める。

そんな彼の様子を見つめながら、ティアナは心の中で先程、思わず口に出してしまった言葉を、今度は自分だけが聞こえる様に心の中で繰り返した。

 

 

 

 

―――改めてよろしくお願いね…“兄さん”…―――

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに……

その日の昼の休憩時間の事―――

 

「はぁ………」

 

ヴァイス・グランセニックは隊舎前の波止場の端に腰掛け、まだ肩を落としていた。

 

「おや? そこにいるのはヘリパイロットのお兄さんですかい?」

 

すると唐突に背後から声がかかる。

ヴァイスが振り返るとそこには紙袋を片手に持った佐助が立っていた。

 

「あぁ…これは…猿飛の旦那…うっす…」

 

未だにショックが抜けられない様子で、ボヤくような返事を返すヴァイスに、政宗にバイクを壊されたショックがまだ抜けられない様子なのかと、内心同情した。

 

「お、おぉ…随分やつれちまってかわいそうに……ほ、ほら、干し柿買ってきたんだけどよかったら食う? 昨日食べようと思ってたんだけどスバル達にほぼ全部食い尽くされちまって、今日改めて買ってきたんだけど…」

 

「あっ……ありがと…」

 

佐助はヴァイスに干し柿をひとつ渡し、ヴァイスの隣に座ると自分も干し柿を食べ始める。

一方、ヴァイスはまだ溜息をついて落ち込んだ様子を見せていた。

そんなヴァイスに佐助は…

 

「ま、まぁ、心中お察しするけど…一応、保険降りてバイク返ってくる事が決まったんだって? だったらよかったじゃない。ぶっ壊されちまって辛いのはわかるけど、とりあえず、また車変えて心機一転すると思えば、ちょっとは気持ち楽になるんじゃない?」

 

「…………」

 

ヴァイスは反応する事無く、顔を俯かせたままだった。

 

「……そ……そうだ! な、なぁ! 今度、よかったら飯でもいかね? 美味いもんでも食えば気持ちもスカッとすると思うよ! 俺がおごってやるから!」

 

「………………うぅ……」

 

「ん?」

 

突然、ヴァイスが干し柿を握りしめながら、肩を震わせ始める。

何事かと思い、佐助が首を傾げていると…

 

 

「あっ…アンタ…アンタって……いいヤツだなああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!

 

 

突然、頭を振り上げてきたヴァイスに佐助が思わずギョッとなった。

その顔は大量の涙や鼻水に塗れ、せっかくイケメンな顔つきがすっかり台無しになってしまっていた。

 

「ちょ!? ちょちょちょ、なんで泣くんだよ!? 大袈裟だっての!」

 

「ウオオオォォォォォン!! だって、だってよぉぉぉぉぉぉ!! 俺、戦国武将(アンタ達)が来てから、六課の中ですっかり空気気味になってたし、なんか「左近がどうこう」とか言われて顔抓られたりして…挙げ句に愛車のバイクをぶっ潰されて……そんな時にアンタはこんな優しい事言ってくれるなんて!! ぐううぅぅぅ!! 戦国武将にもこんな慈悲の深い人っているんだなぁぁぁぁ!!」

 

「い…いやだから大袈裟だって…っていうか、戦国武将(俺達)をどういう目で見てたんだよ? アンタ…」

 

佐助の何気ない優しさがよっぽど嬉しかったのか、号泣しながら顔を寄せてくるヴァイスに佐助は冷や汗を浮かべながら困惑する。

 

「っととにかく一回落ち着けって…」

 

「おみ゛そ゛れ゛し゛ま゛し゛た゛あああああああああああぁぁぁ!! 一生つ゛い゛て゛いきやすぜ『兄貴』いいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

「いや、それはいいからちょっと離れてくれない!? 人が来たらなんか俺ら変な関係と誤解――――」

 

「ぢーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

「って俺様の忍装束で、鼻かむなァァァァァァァァァァァッ!!?」

 

 

 

っというわけで、ティアナとの絆が一歩深まったその日…

思わぬ形でヴァイスとの間にも奇妙な友情(?)が生まれる事となった佐助であった…

 

ちなみにこの二人…これより後に六課屈指の“迷”コンビとなる事は、まだ当人達も知る由もない……

 




今回の話は、オリジナル版では信玄公が佐助のティアナ篇におけるティアナへの説法の仕方を窘める目的で現れる話でしたが、リブート版では佐助がオリジナル版より中立よりな感じだったので、昌幸に代わっていただき、目的も佐助とティアナに残っていた僅かな柵を取り払う目的として登場してもらう事になりました。

ついでにオリジナル版でも好評だった迷コンビ 佐助とヴァイスの『THE不幸(笑)☆ブラザーズ』の結成秘話も加えてみました。

ちなみに昌幸は一体何処に飛ばされたのか…?察しの良い人はもうわかりましたか?


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第三十九章 ~恋する部隊長 はやての手作り大作戦~

約1ヶ月ぶりの投稿…いやぁ、ここしばらく調子づいて連続投稿していた結果、案の定反動でしばらく無気力状態になった上に、3度目の緊急事態宣言も重なって、結局GW中の投稿も果たせずじまいに…いやはや、何事も調子に乗るものではありませんね(苦笑)

っというわけで、久しぶりの投稿となる今回ははやてと慶次が主役!
オリジナル版にもあった2人の急接近大作戦ですが、リブート版では意外なキャラが原典やオリジナル版と決定的な違いを見せてきますw

昌幸「リリカルBASARA StrikerS 第三十九章 開幕でござ~~い!」


「はぁ………」

 

ある昼下がりの機動六課隊舎・部隊長室―――

 

部隊長・八神はやては呆けた様子でデスクに腰掛け、組んだ手に顎を乗せてぼんやりとしていた。

 

西軍による潜伏侵略騒動、そして政宗の起こした『クラナガンの暴れ竜事件』の事後処理もようやく全ての行程が完了し、機動六課はおよそ数日ぶりに、以前の日常を取り戻したのであった。

しかし、日常に戻ったとはいえども部隊長である以上、はやてがやるべき仕事はまだまだ沢山あるはずである。

にも関わらず、はやてはそれらの仕事に手をつけようとせずに、ため息を吐きながら明後日の方向を見つめ、またため息を吐くのであった。

 

「慶次さん……♡」

 

はやては、ここ数日の間、頭から離れない機動六課の新たな仲間…前田慶次の名を呟くと、またため息を吐いた。

 

先日の襲撃で、敵方の将 大谷吉継を相手にしていた最中に、不意打ち…(しん)の一方を食らってしまい、窮地に立たされた自分の前に、まさに風の如く颯爽と現れ、鮮やかに秘孔を突いて助けてくれて、そして迫りくる縛心兵から自分を守りながら、豪快に…されど舞を踊るかのように優雅に奮戦するその武人としての強さ…

反面、その心は、殺伐とした戦国武将の印象とはまるで違う、ちょっとお調子者ながらも、陽気で真っ直ぐで感受性や包容力の豊かな人たらしな性格……

そして、飾り気なく人の長所を素直に褒めるこざっぱりした人柄……

 

 

―――いやぁ、流石京美人は頭が柔軟で話がわかるねぇ! アンタこれからもっと良い隊長になるよ! よっ! 美人慧眼!大和撫子! なんちて♪―――

 

 

「ッ!!?」

 

不意に、はやての脳裏に慶次からかけられた気さくで粋な褒め言葉が思い浮かぶ。

同時に思わず頬が熱くなる感覚を覚え、頭を振った。

 

これまで、徳川家康、伊達政宗、真田幸村…と数々の名だたる戦国武将達が加わり、その都度喜びや興奮を見せていたはやてであったが、慶次に対する感情は今までの面々に対して抱いたそれとはまるで違う…

 

彼を見ていると鼓動が高ぶり、無意識の内に頬が赤くなってしまう…

 

そして一度意識してしまうと、こうして他の事をしていても彼の事が気になってしまう…

 

この感情は…まさしく…

 

 

「これが…“恋”っちゅうもんかなぁ…」

 

 

はやては頬に手を当て、顔を真っ赤にしながら虚空を見上げ、呟くのだった…

 

 

そんなはやての様子を部隊長室の入り口から覗きこむ数人の影…

リインと、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラといったはやての守護騎士『ヴォルケンリッター』が全員顔を揃えていた。

 

 

「た…確かに様子が、変ですぅぅ!」

 

リインが上の空になっているはやてを指し示し、あたふたとしながら話しだす。

 

「そうであろう? この間の西軍の襲撃と政宗の暴走事件の問題が全て解決した頃からずっとあんな調子なのだ」

 

「今まで気持ちを紛らわせられる程の大きな問題を抱えていたから意識していなかったものが、それが解決した事で一気にぶり返してきた…って感じね…」

 

はやての異変にいち早く気がついたシグナムがそう説明している隣で、シャマルは心理学的な観点から見た意見を呟いていた。

 

「け、けどシグナム! ホントなの!? さっき言ってた話…!?」

 

「………些か、信じられんが……」

 

シャマルとザフィーラは部屋の中を伺ったまま、動揺した様子で尋ねてきた。

そんな中で唯一、シグナムだけは主であるはやてが見せるあの挙動不審な振る舞いを数日前から感づいており、同時にその挙動の理由について“推測”を編み出していた。

 

「その真相を確かめる為に来たんであろう? とにかく、主はやてに誰かが直接聞きに行かないと…」

 

「そういうわけだ。頼んだぜ。シャマル」

 

「えっ!? ちょ、なんでそうなるのよ!? 」

 

シグナムの言葉に、ヴィータは即座にシャマルを指名するが、シャマルは直ぐに反論する。

すると、それを聞いていたザフィーラが異議を唱えた。

 

「待て。シャマルに行かせても、体裁良くはぐらかされるやもしれん…ここはやはり一番、主に近い位置にいるリインが行くべきだ」

 

「わ、私ですかぁ!?」

 

ザフィーラの提案に狼狽えるリイン。

 

「あ~。それならはやてちゃんも、腹を割って話すかもしれないわね」

 

「頼んだぞ、リイン!」

 

そう言ってシャマルやシグナム、ヴィータも賛同した事で、なし崩し的にはやてに聞きに行く係となってしまったリインは…

 

「うぅ〜…あまり自信ないですけどぉ~…」

 

しぶしぶながら、部隊長室に入って行った。

 

「あのぉ~…はやてちゃん?」

 

リインが部屋に入った事にも気が付かずに呆けたままのはやてに、リインは恐る恐る彼女のデスクに寄って話しかけてみた。

その様子を、入り口から見守るヴォルケンリッター達。

するとはやては呆けた表情のまま、近づいてきたリインに対し、いつも以上にのんびりとした口調で答える。

 

「ん〜?…なんやぁ? リインフォース」

 

(り、“リイン”って呼ばないですぅぅ!?)

 

いつもと呼び方まで変わってしまっているはやてに、リインの不安はますます大きくなった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「何がや?」

 

「その…シグナムからここ数日、はやてちゃんが急に元気がなくなったって聞いて…」

 

リインは思い切った様子で、単刀直入にはやてに問いかけてみる事にした。

するとはやては突然、腰掛けていた椅子の背もたれに、深く背を預けた。

 

「あ〜………わかるかぁ~?」

 

「は…はい」

 

明らかに様子がおかしいはやてに、頷くリイン。

すると、はやては小さく溜息をついてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「…実はなリイン……私な…」

 

「はい?」

 

息を飲みながら、はやての言葉を聞き入るリイン。

 

 

 

「………一目惚れしてもうたんや…♡」

 

 

 

「…へっ!?」

 

はやての宣言に仰天するリイン。

 

すると、部隊長室のドアを隔てて、話を聞いてたヴォルケンリッター達も…

 

「「えええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」

 

シャマルとヴィータが絶叫しながらドアを突き破り、部屋に突入してくる。

その後ろから、確信づいた表情を浮かべるシグナムと、あくまで冷静な面持ちを崩さないザフィーラの2人(厳密には人間1人と狼1頭)が後を追って部屋に入った。

 

「そ、それマジかよ!? はやて!」

 

「だ、誰なの!? 一体誰に一目惚れしちゃったの!? はやてちゃん!!」

 

突入早々、はやてのデスクに詰め寄り、叫びながら問いただすヴィータとシャマル。

 

「なんやぁ? ヴィータ達も聞いとったんか? 人が悪いなぁ」

 

「うっ…い、今は関係ないってば!」

 

はやてに逆に問い返され、口ごもりながらも話を反らすヴィータ。

すると、シグナムが、はやてに顔を近づけながら問いかけてくる。

 

 

「主…単刀直入に尋ねます…主が一目惚れした男というのは……“前田慶次”ですね?」

 

 

「ッ!? ……ピンポーン…♡」

 

 

「「「ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」

 

 

リインとヴィータ達の二度目の絶叫が部隊長室に鼓弾した。

 

 

「ま、マジかよ……!? よ、よりによって、あの中途半端に時代感ズレたなんちゃってパリピ風来坊にかよ!?」

 

「ヴィータ…流石にそれは言い過ぎだ…」

 

ヴィータの容赦のない毒舌に、ザフィーラが思わず横からツッコミの言葉を挟んできた。

しかしヴィータは、はやてが慶次に一目惚れした事が納得できないのか、ヴィータがはやての襟首を掴み、彼女の首をガクガク揺らしていた。

 

「いやいやいやいや! あれはねぇって?! はやて! 悪い事は言わねぇ! 目ぇ覚ませって!!」

 

「ヴィ~タ~…そんなに揺らしたら喋れんやん~」

 

「落ち着け、ヴィータ!」

 

対するはやては、彼女に振り回されながらも呆けた表情を浮かべていたままだった。

そんなヴィータをシグナムが慌てて横から制止した。

すると、シャマルが横からはやてに尋ねる。

 

「はやてちゃん。このあいだの大谷吉継の襲撃の時に慶次さんに助けられたのよね? ひょっとしてそれがきっかけで…?」

 

「それもそうなんやけど…なんやろうな…? あの人当たりの良さに、さっぱりした性格…ちょっとお調子者なところもまた可愛ぇというか…」

 

はやては聞かれてもいないのに慶次の魅力を語りだした。

それを聞いたリインも思い出したように話し出す。

 

「そういえば、はやてちゃんって前から、真面目一筋な人よりもちょっと砕けた一面がある人がタイプって言ってましたね!」

 

「そうそう! 家康君は爽やかやけどちょっと真面目過ぎて遊び心が足りひんし、ユッキーは実直なんはえぇけど時々熱苦しいし…政ちゃんはこないだの暴走騒動もそうやけど、ちょっとやり方が破天荒過ぎてるとこあるし……そう考えたらわたしの理想的な男性像に一番ドンピシャリなんは慶次さんなんよ!」

 

「ドンピシャリって…あれが…?」

 

ヴィータは自分が敬愛するはやての異性に対する理想像が思いの外軽かった事にショックを受けた様子を見せていた。

 

「まぁ…主の恋愛事情に関しては、守護騎士(わたしたち)がとやかく言う資格はありませんし、別段反対するつもりもございませんが……」

 

「そうね。それに慶次君って確かにちょっと軽い感じだけど、悪い人じゃないし、仲良くなる分には問題ないとは思うわ」

 

そうシグナムとシャマルは肯定的な事を話すが、ヴィータはむくれながら異議を唱える。

 

「え~~~…軽いというより、完全に“田舎から出てきた勘違い系チャラ男”じゃねぇか」

 

「ヴィータのアホ! そのどこか勘違いした感じがまた可愛ぇとこやんか!」

 

「いや“可愛い”のかよ…それ?」

 

一目惚れ故の恋の盲目か、それとも元来の恋愛感性のズレか…?

どこか、ズレたようなはやての慶次への賞賛に、ヴィータは呆れるばかりだった。

 

「んで…結局、はやてはどうしたいんだよ? あの風来坊と」

 

ヴィータはジト目で睨みながら、そう問いかけてきた。

 

「そ…それは…」

 

ヴィータの言葉にはやてが言い返せずに狼狽えると…

 

「まずは、家康君達みたいに、“お友達”から始めていったらどうかしら? はやてちゃんはまだまだ慶次さんの事はよく知らないし、慶次さんだってはやてちゃんの事はよく知らないのだから…まずはお互いを知っていきながら仲を深めていく事が大事だと思うわ」

 

シャマルが心理学的な観点を交えながら、アドバイスを送った。

 

「なるほどなぁ…それで、“お友達”になる為にはどうすればえぇんかな?」

 

「えっ!? そ、それは、はやてちゃん自身が考えないと…っというか、はやてちゃんならそういう事は得意じゃない?」

 

シャマルが戸惑いながらそう言うと、はやては両手で頭を抱えながらデスクに顔を突っ伏して、グリグリと押し付け始めた。

 

「それが出来るもんなら、苦労せぇへんっちゅうに!! まだ、慶次さんと二人っきりでゆっくり話した事さえもないんやからぁぁぁぁ!!」

 

「いや、出会ってまだ1週間も経ってねぇんだから当たり前だろ?」

 

ヴィータが尤もな指摘を入れた。

 

「でもはやてちゃん。慶次さんは確かはやてちゃんの警護役としてロングアーチに配備する事にしたんですよね? だったら、そんなに悩まなくても何かしらの仲の進展もあったのではないのですかぁ?」

 

リインが何気なく尋ねる。

すると顔を上げたはやては、何故か頬を赤くしながらそっぽを向いた。

 

「『仲の進展』って…嫌やわぁリインったら、まだ日も暮れとらんっちゅうのに…♡」

 

「そ、そういう意味で聞いたわけじゃないですっ!!」

 

「主…ふざけないで真面目に答えてください」

 

シグナムから窘められ、はやては今度はちゃんと答える事にした。

 

「そうやなぁ…確かにリインの言う通り、こないだ本人には外交とサイバー対策担当、そして私の警護役としてロングアーチに配備させたのはえぇけど…今はまだロングアーチでのお仕事の説明とかで基本は司令室に缶詰やからなぁ、まだ部隊長警護役のお仕事については全然説明出来てへんってところやな」

 

「つまり…本当にまだ2人きりでゆっくり話せていないから、そのきっかけを掴むのがわからないと?」

 

シグナムがはっきりと指摘した。

 

「ま、まぁそういう事やね……テヘペロ♪」

 

「中学生かよ……」

 

笑って誤魔化すはやてに、ヴィータが若干引き気味にツッコんだ。

一方、リインは意外にその案に賛成の様子であった。

 

「ま、まぁ。いずれにしても『部隊長警護役』という事は必然的に2人きりで行動を共にする機会が多くなるという事なのですから、はやてちゃんと慶次さんはもっとお互い腹を割って話し合ってお互いの事を判り合わないといけませんね」

 

「流石はリイン! えぇ事言うねぇ! よっ! “祝福の風”!“ちっちゃい上司”! “光の使者”!」

 

「いや、慶次さんのマネしなくていいですから! っていうか最後の二つ名、別の変身少女もの混ざってませんか!?」

 

リインがツッコむのを尻目に、シグナムが鋭く指摘を入れる。

 

「とは言えども…主。今の状態では部隊長警護役どころの話ですらありませんね」

 

「うっ…!? そないきっぱりと言わんといてやぁ…」

 

はやてはボヤきながら、再度デスクの上に上半身を倒した。

 

「はぁ~…できれば、部隊長としての社交的な話やのぅて、ちゃんと腹を割って提案したいんやけど…皆、なんかえぇ方法ないかなぁ?」

 

「そう言われても…そもそもまだ2人きりでゆっくりお話も出来ていないなら……」

 

「まずは、その問題を解決する事から始めなければ…」

 

シャマルとザフィーラが指摘すると、はやては「やっぱり?」と溜息をついた。

 

「なぁ、皆頼むわぁ。なんとかこの八神はやての淡い恋心が報われるように協力してくれへん? せめて、慶次さんと気を置かずに話せる仲に出来ひんか、何か知恵貸してぇな?」

 

はやてが目を潤ませながら、救いを乞うような目つきでヴォルケンリッター達を見据える。

 

「そ、それは…」

 

「我ら守護騎士…主の命ともあれば協力は致しますが…」

 

「我も異存はない…」

 

その視線に思わずたじろぎながらも了承するシャマル、シグナム、ザフィーラだったが、ヴィータだけはやはりまだ慶次に対する懐疑心があるのか、不満気に反論する。

 

「なんでよりによってはやてを、あんな風来坊と仲良くさせなきゃいけねえんだよ? あんな見るからにチャランポランな奴、はやてと一緒にいさせたら悪影響しか与えなさそうじゃねぇか…」

 

「なんだヴィータ? やきもちか?」

 

「そ、そんなんじゃねぇって!?」

 

シグナムに茶化されて必死に否定するヴィータ。

すると、話を聞いていたリインが…

 

「わかりました…リインは、はやてちゃんに協力するですぅ!」

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

突然、声高らかに宣言し、ヴィータ達を驚かせる。

 

「はやてちゃんの人生初めての“恋”です! ここは私達で、はやてちゃんと慶次さんが仲良くなれるように協力するのです! どんな事でもはやてちゃんを助け、支える事こそが守護騎士(ヴォルケンリッター)そして『祝福の風』である私の務めですぅ!」

 

「リイン…」

 

小さな相棒の大きな決意を聞いて、はやて嬉しく思った。

すると、そのリインの健気な言葉を聞いたシャマルは決心を固めたように頷いた。

 

「そうね。はやてちゃんがそこまで見初めた人なのだから、ここははやてちゃんの見る目を信じて応援してあげましょう」

 

「…確かに、前田に悪意がない事は既に実証されているのだ。ヤツの人となりはこれから私達が主はやてと共に見届けていけばよいのだからな」

 

「えぇんか?」

 

確認するはやてに、頷くシャマルとシグナム。

 

「わかりました。主。貴方のお悩み…我々守護騎士(ヴォルケンリッター)が共に考えましょう」

 

「わ…私は…」

 

ヴィータはまだ躊躇っている様子だったが…

 

「主に協力できないというのか?」

 

シグナムに発破をかけられ、とうとう根を上げたヴィータは、乱暴に頭を振りながら自棄っぱちのように叫んだ。

 

「うぅぅ…わ…わかったよ! その代わり、あの野郎がちょっとでもはやてを泣かせるような事しでかしたりしたら、その時は即座にこのアタシがぶちのめしてやるからな! それでいいよな!? はやて!」

 

「うん! みんな…おおきにな!」

 

そんな守護騎士達に感激の涙を浮かべるはやて。

そんな彼女達の様子を黙って見守っていたザフィーラは「やれやれ」と首を振りながらも、シグナム達同様に、正式に協力する事を決意した。

 

 

*

 

 

っというわけで急遽開始されたヴォルケンリッターによる『はやて×慶次の仲良し大作戦(命名者 リインフォースⅡ)』。

部隊長室はこの作戦会議のために急遽、他の部隊員達を立入禁止にして、自分達だけで会合ができるように場を整えた。

 

ちなみに、なのはやフェイト、慶次以外の戦国武将の面々は皆、フォワードチームの訓練の為に訓練所に行っている為、余程の事がない限り、彼らが来る心配はなかった。

 

「とにかく、何にしてもまずははやてちゃんと慶次さんの仲を親しいものにしなければいけないです! その為にはまず慶次さんと仲を深める為の大きなきっかけを作らないと!」

 

応接用のソファーセットにそれぞれ腰掛けたはやて、シグナム、ヴィータ、シャマル(ザフィーラは何時ものように彼女達から少し離れた場所に床に直接座っていた)の前で会議の進行役のリインがそう言って切り出すと、はやて達はそれぞれ腕を組んで唸る。

 

 

「仲を深める…って言うたかてなぁ。話しかけようにも何かきっかけがあらへんと…」

 

「きっかけ…やはり、模擬戦でお互いの武芸の腕を確かめ合うとか?」

 

はやてにそう提案するシグナムであったが、はやては素気なく一蹴する。

 

「シグナムと一緒にせんといてや。 わたしが接近戦苦手なのは知ってるやろ? 模擬戦やったってどう考えても釣り合い合わへんやん…」

 

保有魔力そして砲撃魔法のスキルに関しては部隊最強の実力を誇るはやてであるが、基本的には後方からの攻撃をメインにしているため、近接に関してはなのはやフェイトには劣る。

バリバリの接近戦派な慶次とは戦っても勝負として成り立たない事はわかりきっていた。

 

「それじゃあ、やっぱりお話で親睦を深めるしかないわね」

 

今度はシャマルが言った。

 

「話自体は出来るんよ。せやけど、どうも慶次さんの前やと緊張してもうて…」

 

「あら。はやてちゃんも意外に純情な部分がありますね♪」

 

「しゃ、シャマル!」

 

そう言ってクスクスと笑ったシャマルに対し、赤面しながら照れを隠すように怒るはやて。

しかし、シャマルはただからかう為だけにそう言ったわけではなかった。

 

「いいえ。それなら、いっその事その“純情”さを逆に武器にして慶次さんとの距離を縮めてしまったらいいんですよ♪」

 

「「「“純情”さ…って?」」」

 

はやて、シグナム、ヴィータが尋ねた。

 

「例えばそう……手作りでお菓子を振る舞ったり…とか?」

 

シャマルのアイディアに、はやては意表を突かれた様な面持ちを浮かべる。

 

「お菓子の差し入れ……なるほど! それなら、違和感無く自然と近づく理由が出来るってもんやな!? えぇかもしれへん!」

 

ナイスアイディアを聞いたと嬉しそうに話すはやてに、ヴィータが指摘する。

 

「でもはやてって、男にお菓子とかって作った事あるのかよ?」

 

「いや…昔、クロノ君やユーノ君、ロッサとかにバレンタインのプレゼント上げたりした事はあるけど、私も管理局のお仕事で忙しゅうなってもうてたから、わざわざ手作りとかする暇もなくて…どれも既製品のお菓子買ってプレゼントしたってだけやったなぁ…」

 

「なら最適ですね!」

 

はやての言葉を聞いたシャマルはガッツポーズをしながら叫んだ。

 

「? どういう事や? シャマル」

 

「始めて作る異性への手作りのお菓子を、自分の為に一生懸命作ってくれるなんて男の人にとってこんなに嬉しい話はない筈ですよ!」

 

シャマルの言葉に、はやては首を傾げる。

 

「そう…かな?」

 

「はい♪ 気合を込めて作れば、きっと慶次さんの心を掴んで、距離を縮められるような美味しいお菓子ができますよ♪」

 

そう言ってはやてを励ますシャマルだったが、そこへシグナムやヴィータ、ザフィーラの冷たい目線が突き刺さる。

 

「ほぉ…気合を入れて作れば…」

 

「心を掴めるだけの美味しいお菓子ができる…ってか?」

 

「な、何よ?」

 

完全に眉唾な表情を向けてくるシグナム達にシャマルは戸惑った。

すると、ザフィーラがそっぽを向きながら、皮肉めいた事を言い出す。

 

「…一番『美味しい』とは無縁な料理ばかりを作るお前が言っても、説得力が無いぞ…」

 

「なっ!? ど、どういう事よ!? それーーーー!!?」

 

ザフィーラの皮肉に、顔を真っ赤にしながらムキになるシャマルだったが、それを聞いたはやて達は、全員思わず吹き出してしまった。

 

実は、シャマルの料理の腕前…それはヘタどころの騒ぎでなく、最早殺人レベルなまでに酷いのであった。

見かけ、食感、そして味…全てにおいて最悪であり、その料理を食した者は皆一様に体調に異常を起こして、酷い時には昏睡状態に陥る事もある。

文字通りの“殺人料理”であったのだ。

その為、八神家ではシャマルを厨房に入れる事は密かにご法度とされているくらいだ。

 

「まぁまぁ、シャマル落ち着いて。 とにかくそのアイディアでいこう! 私作るで!」

 

はやては、慶次の為にお菓子を作る事を決意した。

だが、そこにリインの疑問が入る。

 

「でも、はやてちゃん。 慶次さんの好きな食べ物や嫌いな食べ物ってわかっているのですかぁ?」

 

「………あっ…全然知らんわ…」

 

指摘されて唖然としながら呟くはやて。

 

「もう! ちゃんとその辺のところも、しっかり把握しなきゃダメですよぉ!」

 

「いやぁ、堪忍なぁ」

 

「いや、だから出会ってからまだ一週間経ってねぇんだから、知らなくて当然なんだっての」

 

シャマルに注意され、面目なさそうに頭を掻くはやてに対し、ヴィータが呆れながらツッコんでいた。

そこへ…

 

 

「キキィッ!」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

突然、部隊長室に甲高い動物の鳴き声らしき声が響く。

何事かと、周囲を見渡すはやて達の前に…

 

「キィ! キキキーキッ!」

 

1匹の小さな小猿が現れた。

 

「あ、お前は…」

 

ヴィータがキョトンとした表情で呟くのを他所に、はやてとリインは小猿の顔を見て思い出す。

 

「君は…慶次さんのペットの…」

 

「“夢吉”君…でしたっけ?」

 

「どうしてこんなところにいるのだ?」

 

シグナムは突然現れた夢吉に戸惑いながら尋ねる。

すると、夢吉は…

 

「キキキィ! キッキキーキ!」

 

何かはやて達に話しかけように鳴き声を上げた。

すると、ヴィータとシグナムは、何故かザフィーラの方に顔を向ける。

 

「なんて言ってるんだよ? ザフィーラ」

 

「…何故、我に聞く?」

 

「いや、同じ動物同士だしわかるのかな?…っとなんとなく…」

 

「…まぁ、犬と猿では相性が悪いと思うが…」

 

「……我は犬ではない。狼だ…」

 

シグナムの物言いに少し癇に障ったのか、ザフィーラは青筋を浮かべながらも、夢吉の前に立って、詳しく話を聞く。

 

「キキキィ! キッキキーキ!」

 

「うん…そうか……うっ?…んんっ?!……お、おぉ…」

 

どうやら、ザフィーラは夢吉の話す事が理解できたように、彼の鳴き声に対して、頷いて相槌を打った。

 

「なんて言ってるの?」

 

シャマルが尋ねた。

するとザフィーラは戸惑った様子で、夢吉の言った言葉を翻訳してはやて達に伝える。

 

「うむ…まぁ、言われた事をそのまま訳すが…

 

 

『話は聞かせてもらったぜベイベー。そこの京美人の姉ちゃんが慶次にホの字たぁ、アンタなかなか目の付け所があるじゃねぇか! よし、この慶次の相棒“夢吉”が姉ちゃんのその甘酸っぺぇ恋患いを解決する為に一肌脱いでやろうじゃねぇか! てやんでい!』

 

 

…っと言っている…」

 

 

「「「いやいやいやいやいや!!! ちょっと待てえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」」

 

 

ザフィーラの翻訳した夢吉の言葉の内容に、声を揃えながら大いなるツッコミを炸裂させるヴィータ、シグナム、シャマル。

 

「ちょ…コイツそんな言葉遣いなのか!? 見た目めっちゃ可愛いのに、中身なんか江戸っ子気質なオッサンみたいなんだけど!?」

 

「コイツもあれか!? 前田みたいにこのミッドチルダでの暮らしに感化されて、変に順応してしまったっていうのか!?」

 

叫ぶヴィータとシグナムに対して、夢吉は「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振りながら、また何かを言った。

 

「キィ…キキキキッ。キッキィ!」

 

『人を見た目で判断しちゃいけねぇよ。“乳はでけぇが女っ気がちょっと足りてねぇ姉ちゃん”に“お下げのチビ助”』っと言っているぞ…」

 

「誰が『乳はでけぇが女っ気がちょっと足りてねぇ姉ちゃん』だ!!? っていうか貴様は“人”ではなく“猿”だろうがッ!!!」

 

「『お下げのチビ助』ってアタシの事かぁぁ!? ってかリインより小っちぇテメェにだけは言われたくねぇぇぇぇ!!」

 

シグナムとヴィータが憤慨しながら、それぞれレヴァンティンとグラーフアイゼンを振りかざして、夢吉に襲いかかろうとする。

それを見たシャマルが慌てて、シグナムを羽交い締めにして、リインがヴィータの前に立ちはだかって、それぞれ必死に宥める。

 

「やめなさいシグナム! 大人げないわよ!」

 

「ヴィータちゃん! 相手はこんなちっちゃな子猿さんなのですから、そんなムキになっちゃダメですぅぅ!!」

 

「うるせぇよ! っていうか、この猿本当にそんな事言ってやがんのか!? お前が勝手に超意訳してんじゃねぇだろうな!? ザフィーラ!」

 

ヴィータの矛先が、夢吉の言葉を翻訳したザフィーラへと向けられる。

 

「……我は左様な不躾な言葉を用いたりはせん…この猿の言っている言葉をそのまま訳しているだけだ…」

 

「いや、それにしてはどう考えてもおかしいっての―――」

 

「キィッ! キキキィッ! キッ、キキキキィ! キッキキッキキィキィキッ!」

 

ヴィータの言葉を遮る様に夢吉がまた何かを言った。

すると、その言葉にいち早く反応したのは何故かリインだった。

 

「えっと……

 

『てやんでい! 慶次の奴も普段から“命短し人よ恋せよ”って言ってるわりに、自分がその辺りの話になるとてんで音沙汰がねぇから、心配していたんだよ。丁度、そこの姉ちゃんは慶次好みの京美人だし、仲良くなったら良いなとオイラも思っていたところだったのさ!だから大船に乗ったつもりでオイラを頼りな!』

 

……って確かにこの子そう言ってるです」

 

リインの口から翻訳された夢吉の言葉を聞いたはやてや、ヴォルケンリッターの面々は唖然とした表情で彼女に注目する。

夢吉の見た目に反した言葉遣いが確証された事もそうであるが、それ以上に何故かリインが夢吉の喋った事を完璧に翻訳できた事に驚きを隠せなかった。

 

「な…なんで動物でもないお前が、その猿の言葉がわかるんだよ!?」

 

「えぇっ!? そ、そう言われても……なんででしょうか?」

 

何故かリインが、夢吉の言葉が判ったことにツッコむヴィータであったが、当のリイン本人も何故かわからずに困惑した様子を見せていた。

 

「ま、まぁとにかく、夢吉君がわたし達に協力してくれるっていうのなら、これ以上心強いものはあらへんわ。頼りにしてるな。夢吉君」

 

「キキィッ! キッキィッキキキッ!」

 

『任せときな!お嬢ちゃん! オイラの手にかかれば、お前さんと慶次の仲を結ぶ事なんざ、朝飯前よ!ベイビー!』…っだそうです」

 

「なんか…急に可愛くなくなって見えてきたんだけど…この猿……」

 

「あぁ…見たくなかったものを見てしまったような…そんな気分だ……」

 

リインを介して訳される夢吉のふてぶてしい物言いに、ヴィータとシグナムはげんなりした様子でそうボヤくのであった。

 

 

「それで夢吉君。慶次さんって、お菓子やったら何が好き?」

 

はやては夢吉に具体的な経緯を説明した後、本題である『慶次の好きなお菓子』について、リインやザフィーラの通訳を交えながら聞くことにした。

 

「ウキィッ!キキキィ!キッ!キッ!キキーッ! キキッ! キーキーキッ!キキキキキーッ! キィッ! キーキーキッ! キィッ! キキィキッキィッキキィッキッ!!」

 

『基本何でもOKだぜ? けど慶次は京の都暮らしが長かった為か色々と舌は肥えてるから注意しな。 ましてや“まつ姉ちゃん”というとんでもない料理上手の手料理を、鼻ったれの頃から食って来やがったからな。余計に味にはうるさい筈だ』…だそうです」

 

「まつ姉ちゃんって? 誰だよ?」

 

ヴィータが尋ねた。

 

「キキキキィッキーキ! キッキッキーキッ! キキキッ!」

 

「前田家総大将 “前田利家”さんの奥方様 “まつ”さん。慶次さんにとっては叔父さん叔母さんですが、実質的な親代わりになった人だそうですぅ!」

 

リインの通訳を通して、夢吉から聞き出したはやては、「ムムム…」っと唸り声を上げる。

 

「慶次さんのお母さん代わりの人は相当な料理上手…う~ん…これはちょっと思ったよりもハードルが高いかもしれへんなぁ…」

 

「しっかり! はやてちゃん! ここで諦めちゃダメですよ」

 

弱気になるはやてを励ますシャマル。

すると夢吉も…

 

「キッ! ウキキッ! キィ!キキキキッ! キキッキッ! キキキ! キィッ!キィキキキーッ!!」

 

『てやんでい!まだ行動を起こす前からくよくよすんじゃねぇ! 慶次は確かに美食家だが、食べ物を粗末にするような躾の無ぇ男なんかじゃねぇ!アンタが真心を込めて作ったもんなら、どんなものでも喜んで食うと思うぜ!だから、自信を持ちなベイビー!』…っと言っている」

 

今度はザフィーラが翻訳した夢吉の言葉を聞いて、はやての顔に自信が戻った。

 

「そっか、ありがとう。いやぁ、夢吉君は可愛い上にえぇ子やなぁ…」

 

「…言葉遣いは全っ然可愛くねぇけどな」

 

ヴィータがボソリとツッコミを入れた。

 

「せやけど…せっかくやから、戦国時代の日本にはないこの世界特有の食べ物で勝負したりたいわぁ。夢吉君、慶次さんこの世界に来てから食べたもので一番気に入ったものとかってなかった?」

 

はやてが尋ねると、夢吉は少し考える様な仕草をし、そして思い出した様に言い出した。

 

「キキキキキッ?」

 

『タピオカとか?』

 

「だから、それブームとっくに終わっているぞ…」

 

シグナムが何故か翻訳者であるザフィーラに対してツッコむ。

 

「キッキキキッ!」

 

『バームクーヘン』

 

「流石にここで手作りは…無理ね…」

 

今度はシャマルが苦笑しながら言った。

 

「キキキキキキッ!キキキィ! キキキッ! キキィ!」

 

『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ…を御馳走になった時もえらく気に入っていたな』だと…」

 

「いやどんな菓子だよそれ!? ってか、どんな経緯巡ったら、んなもん食わせてもらえる機会あったんだよ!? お前らホントここ来るまでどんな旅してたんだよ!?」

 

ヴィータが声を張り上げてシャウトした。

すると、ザフィーラは不服そうな表情を浮かべ始めた。

 

「お前達。さっきから我らに対してツッコんでいるが…我もリインフォースも、ただ夢吉()の言っている事をそのまま訳して伝えているだけだ…」

 

「あっ…そ、そうだったわね。ごめんなさいザフィーラ」

 

「す、すまん…」

 

「なんか、つい癖が出ちまってよぉ…」

 

 

ザフィーラの指摘に我に返ったシャマルとシグナム、ヴィータが慌てて謝る。

一方はやては、名案が思い浮かばない事に、唸りながら頭を抱えた。

 

 

「ん~~~?…なんかそういう変にこだわり抜いたもんやなくてえぇからさぁ…なんかこう…慶次さんの心を掴む何か『押しの一手』! …的なものが欲しいんよ。慶次さんも使っとった技やけど…」

 

はやてがそう言っていると、夢吉が思い出した様に手を叩く。

 

「キキィッ!? キィッキキキキーキ! キキキッ! キィキキキッ!」

 

「? どうしたん?」

 

『そういえば、俺ぁこの世界の食べ物じゃ“バナナ”がお気に入りになっちまったぜ』…って言ってるですぅ」

 

リインが翻訳して伝えると、ヴィータが「はぁ?」と顔を顰めた。

 

「あのなぁ…お前の好きなもん聞いて、どうしろってんだよ? はやてが知りたいのはあの風来坊の――――」

 

「いや、ちょい待ち!」

 

ヴィータの文句を遮るように、はやてが声を張り上げる。

 

「は、はやて…?」

 

「それや! その手は使えそうや! それでいこう!」

 

どうやら夢吉のさっきの一言が、はやての脳裏に何らかの天啓を与えた様子であった。

突然、決意するかのように立ち上がる。

 

「はやてちゃん!? どうしたのですぅ?」

 

「今の夢吉君の言葉から、えぇものを思いついたんやって!! さっそく実行に移してみるわ!! ありがとうみんな!夢吉君も!」

 

はやては、ヴォルケンリッターと夢吉に礼を言うと、大急ぎで部隊長室を出ていった。

 

「は…はやて?」

 

「何か…名案でも思いついたのだろうか…?」

 

後に残されたヴィータとシグナムが唖然としながら言葉を交わしていると、夢吉はテーブルの上に乗ると、フッと小さく笑いながら呟く様に言った。

 

「キキィッキキキキィ……キィキィキッ!」

 

『“命短し、恋せよ乙女”…頑張りなベイビー』…だそうだ」

 

「……あのさ。さっきからいちいちその『ベイビー』って語尾みたいに取って付けて言うのやめてくれない? 微妙に癇に障るんだけど……」

 

主に似て中途半端に近未来文明を取り入れたせいか、キャラがおかしなことになっている夢吉にヴィータが憐れみ半分、苛立ち半分にツッコミを入れるのであった……

 

 

 

 

そして…1時間後―――

ちょうど、世間ではティータイムと言われる時間帯が近づいた頃…

 

「zzz…」

 

風来坊 前田慶次は、隊舎の日当たりのいい中庭にある木々にかけられたハンモックの上で午後の研修の合間に1時間の休憩を貰い、昼寝していた。

恋と喧嘩、祭りに美食、そして昼寝、それは慶次にとって、生きがいであり、人生そのものだった。

これぞまさに風来坊の生活…各地を自由に渡り歩く慶次ならではのライフスタイルだ。

 

ハンモックに寝転がり、時折小さなイビキを立てながら、慶次は心地よさそうに昼寝を満喫していた。

 

「うぅぅぅ……どないしよう~~~~?」

 

だが、そんな呑気な慶次を遠目に、はやては完成したお菓子の入った紙包を手に完全に困り果ててしまっていた。

 

「お菓子はできたけど、肝心のこれ渡す方法がわからへんと、どうしようもあらへんがな~~~~~!!」

 

はやては、ここへ来て『1対1でゆっくり話した事もないのに慶次にどうやってお菓子を渡すのか』という事を考えていなかったのだ。

最後の最後で、まさかの大問題発生に焦るはやて。

 

思い切って、慶次の眠るハンモックの近くまで寄ってみるはやてであったが、近づけば近づくほどかける言葉が見つからず、パニックになっていくばかりであった。

 

「アカン! 緊張してきてもろた……此処は一旦出直して…」

 

そう言って、慌てて踵を返そうとしたはやてであったが…

 

バキッ!!

 

「あぁっ!?」

 

うっかり足元に落ちていた太い樹の枝を思いっきり踏みつけてしまい、大きな音を立ててしまった。

「やばい」とはやてが思った次の瞬間、案の定ハンモックで眠っていた慶次が目をこすりながら、むっくりと起き上がった。

 

「う~~~~ん……あれ? そこにいるのって…はやてちゃん?」

 

「ひゃい!?」

 

起き上がった慶次から声をかけられ、驚くあまりその場で飛び上がってしまうはやて。

 

「け…けけけけけけ…慶次さん?! え…え~っと…慶次さんがえらい気持ちよさそうに寝てるから、私も一緒に寝たいな…って何言うてんねん私はぁぁぁぁぁ!?」

 

テンパるあまり、とんでもない事を口走ってしまった事に一人慌てふためくはやて。

 

「? どうしたんだい?」

 

明らかに挙動不審なはやてに首を傾げる慶次。

 

(こ…こうなったら、イチかバチや!!)

 

はやてはついに腹をくくる決心をした。

 

「け……慶次さん!!」

 

「ん?」

 

「こ、これ、たた食べてくれへん?!」

 

そう叫びながら、はやては慶次に紙包を渡した。

 

「これを?…俺にかい?」

 

「………う…うん」

 

はやてが頷くと、慶次はハンモックに腰掛けて、はやてから紙包を受け取り、包を開いた。

 

「ッ!? これって…」

 

包の中には手作りのバナナパウンドケーキが綺麗に整列されて詰められていた。

 

「これってひょっとしてバナナかい? 夢吉の奴がこっちに来てから一番ハマった果物の…」

 

「う、うん。 そのバナナの入ったパウンドケーキってやつや。 気に入らへんかったら別に無理しなくてもえぇけど…」

 

「いや。 頂くよ。ちょうど小腹が空き始めていたところだし」

 

そして慶次はパウンドケーキの一片を手に取り、口まで運んだ。

そして、よく味わうようにしてそれを食べる。

 

はやてはその様子を、じっと不安げに眺めていた。

 

「こいつは………」

 

「ど…どうやろうか? 口に合わへんかな?」

 

お手製パウンドケーキの味をどう評価されるのか、期待と不安が半々で胸が押しつぶされそうになるはやて。

すると慶次は…

 

「こりゃ、絶品だよ!」

 

「!? ホンマか!?」

 

開口一番に、はやてを褒めた。

 

「ああ。このふわりとした食感の中に、バナナのほのかな甘み…コイツは俺好みの味だぜ! この世界に来てから色々食ってきたけど、コイツは甘いもんじゃ一番イケるかもしれねぇな!」

 

「や…やったああああぁぁ!!」

 

慶次から絶賛の言葉を受け、大喜びするはやて。

すると、慶次はものすごい勢いで次々とパウンドケーキを食べ進め、ものの10分もしない内に完食してしまった。

 

「ご馳走さま。 はやてちゃん、アンタなんでも出来るんだな」

 

「うふふ♪ おおきにな!」

 

慶次に褒められ、顔を赤くしながら礼をいうはやて。

そんな2人の様子を片隅から見ている者達があった…

 

 

 

「キッ! キキキキィ!」

 

『ほらな。慶次なら粗末にはしないって言ったろう?』って言ってるですぅ」

 

夢吉の言葉を通訳するリインに、シグナムとシャマルも安堵の表情を浮かべていた。

 

「はやてちゃんも嬉しそうね」

 

「あぁ…これで少しは仲も縮まったか」

 

「ちぇっ…慶次の奴、はやてとイチャイチャしやがって…」

 

そう言って頬をふくらませて拗ねるヴィータを横からザフィーラがからかう。

 

「だから、やきもちなど焼くな。 ヴィータ」

 

「!? だ、誰がヤキモチなんか!」

 

「2人共、しぃ!ですぅ!」

 

ヴォルケンリッターとリインが見守っている事に気づいていない慶次は、何気なしにはやてに尋ねた。

 

 

「でも、なんではやてちゃんが、夢吉がバナナが好きって事を知ってたんだい?」

 

「それはその…夢吉君から教えてもうてん……」

 

「夢吉から…?」

 

慶次が訝りながら聞き返した。

 

「うん。うちのザフィーラ…ほら、あの青い大きな狼おったやろ? それに私の相棒のリインフォースⅡ…あの子達には夢吉君の言葉が解るみたいなんや」

 

「へぇ~! あの生まれたてのかぐや姫みたいな子と、青い山犬くんにそんな能力があるなんてなぁ! 今度、俺にも夢吉の言葉が解るように言葉教えてもらおうかな?」

 

 

「あ、“青い山犬”だとっ!? 我は狼だ!」

 

「“生まれたてのかぐや姫”って…リインの事ですかぁ!?」

 

慶次の発言に憤然となるザフィーラと、ショックを受けるリイン。

すると夢吉が…

 

「キキキキキィキ! キッキキ~キッキッ!」

 

「えっ? 『気にしなさんな。あれも慶次なりの愛嬌みてぇなものよ』って? ま、まぁ確かにかぐや姫って例えは、よくよく考えたら悪くはないですけどぉ…」

 

「『山犬』は納得できん!」

 

夢吉のフォローで照れくさそうに顔を背けるリインに対し、ザフィーラはまだ不服そうな顔を浮かべていた。

すると夢吉はザフィーラに向かって…

 

「キキィッ、キッキッキキキキッ! キィッ!」

 

「やかましい!」

 

「? なんて言ったんだよ?」

 

何かからかうような発言をしたのか、柄にもなく夢吉に吠えるザフィーラに、ヴィータが尋ねると代わりにリインが答えた。

 

「アハハ……『よぉ、そんな小っせぇ事いちいち気にすんなっての。せっかくでかい身体持ってるのに意外に堪忍袋はちっせぇな。ザフィ公さんよぉ』ですって…」

 

「……ザフィーラ。お前完全におちょくられるぞ」

 

ヴィータは呆れながら、再びはやてと慶次の方に視線を戻した。

 

 

「せやけど、夢吉君って見た目めっちゃ可愛ぇのに、中身は意外と漢らしいんやなぁ」

 

「そうかい? 確かにアイツはあぁ見えて意外と気概ある奴だしな。まぁ、男としてみれば、俺の方が男前だろう?」

 

「そらそうや」

 

いつの間にか少しずつ会話が弾み始めていく慶次もはやての様子を見た夢吉は何かを察したのか、ポンと手を叩いた。

 

「キキィ! キキキキッ! キッキッキィ!」

 

「えっ!?『そうか、なるほど。あの姉ちゃん可愛い顔して意外に策士だな』ですって?」

 

「どういう事? 夢吉君」

 

リインが翻訳すると、シャマルが尋ねた。

 

「キキキキキキッ! キィ! キキキーキッ!」

 

『あの姉ちゃんは、わざとオイラの好物を菓子にして慶次に食べさせることで、オイラを話題する事で慶次との会話を弾ませようとしたわけだ。つまり、オイラはダシに使われたって事だな』

 

リインを介して伝えられた夢吉の推測を聞き、シャマルとシグナムは納得したように頷いた。

はやてが閃いた作戦…それは夢吉の好物であるバナナを題材にしたお菓子を振る舞う事で自然と夢吉の話題に話を運び、そこから会話を弾ませるというものだった。

そして、それは見事に功を奏し、気がつくと慶次もはやても今の今まで一対一で対話した事がなかった程に会話が弾んでいる様子だった。

 

 

「へぇ~。はやてちゃんって京都人って感じの雰囲気してたけど…別に京出身ってわけじゃないの?」

 

「うん。わたし、子供の頃に両親を早くに亡くしてて、物心ついた時からなのはちゃん達の故郷の街で過ごしてきたんよ。そのお父さんとお母さんが京都の人やったからその影響でわたしもこうして関西弁使ぅとるっちゅう事や」

 

「へぇ~。俺なんて長い事京都(きょうのみやこ)で過ごしてきたけど、関西弁(みやこのことば)は結局身につかなかったけどなぁ…やっぱべっぴんさんじゃねぇと、肌に合わねぇ言葉なのかねぇ?」

 

「いややわぁ、そんなん関係あらへんってば。慶次さんって二言目にはお世辞言うんやから、もぉ」

 

「なんだい? 俺は別にお世辞言ったつもりはないぜ。それにさぁ…」

 

不意に慶次ははやての顔をじぃっと見つめてきた。

突然の事にはやては戸惑い、狼狽える。

 

「ど、どないしたん?! 急に私の顔を見て…」

 

「あんた…そんなに美人なのに、“恋”に生きたりしないのかい?」

 

「はぇっ!? こ、ここここ、恋ぃぃぃッ!?」

 

「「「「えええええぇぇぇぇぇぇッ!?」」」」

 

 

突然、胸に留めていたワードをまさか向こうから持ち出してきた事に、はやては頭の中が混乱しそうになり、離れた場所でそれを聞いていたヴィータ、シグナム、シャマル、リインも思わず揃って唖然となる。

 

「な、なななな!? いきなりなんちゅう事聞いてるん!? そ、そんな恋なんて…急に言われてもっっ!?」

 

その慶次の視線から逃げるように、はやては真っ赤に染まった顔から湯気を放ちながら、両手をバタバタと乱暴に振り回して、数十センチ後ろに仰け反る。

そんな彼女の反応を見て慶次は可笑しそうに笑った。

 

「そんなに狼狽えるって事はあれかい?…もしかして、“初恋”もまだだったり?」

 

「……アホッ!! そんなわけあらへんやろ! 私かて、恋のひとつ……あったような…なかったような……」

 

はやては最初こそ強気で言い返すも、次第に勢いを失い、最後にはボソボソと呟くような喋り口となってしまった。

そんなわかりやすいはやての態度に、慶次はますます可笑しくなった。

 

「なら分かるだろ? 恋はいいもんだって。 胸が熱くなって…そいつの事を思うとドキドキして…しまいには他の事にも気持ちが入らないなんてくらいにそいつを思っちまって…」

 

慶次の語る言葉に、はやては思わずドキリとしてしまう。

そう、慶次が語る恋煩いの症状(?)はいずれもここ数日の自分に当てはまる事ばかりだったからだ。

 

「だからよ。はやてちゃんもいい男見つけてさ…そいつのために生きて幸せに――」

 

「い、いい男なら……その……い、一応見つけたけど……」

 

慶次の言葉を遮ようとするはやてだったが、ボソリボソリと呟く様なその言葉からはいつもの覇気が感じられない。

 

「えっ!? そうなのかい?! それってひょっとして次元漂流者(戦国武将)の誰かとか?」

 

「そ、それは…ってか言えるわけあらへんがな!」

 

はやては必死で強気な態度を作りながら言い返すと、話題を無理矢理に切り替える。

 

「そういう慶次さんかてどないやねんな? 好きな人の一人か二人いるんやないの?」

 

はやてとしては軽い気持ちで言った一言であったが、その一言を聞いた途端、それまで陽気に笑っていた慶次の表情が、急にちょっと悲しそうな表情へと一変する。

 

「好きな人なら………一人だけいたよ。昔に…」

 

「ん?」

 

意味深な口調で答えた慶次に、はやても背後で様子を見守っていた守護騎士達も違和感を覚える。

 

「…けど、俺は結局その人に俺の想いを伝える事もできなかった……」

 

「えっ…!?」

 

はやては思わず呆気にとられる。

そして、半ば勢い任せていたとは言え、自分がとんでもない話題に足を踏み込んでしまったのだと思い、内心後悔した。

 

「…あれは俺がまだ元服して間もない頃だ…その頃の俺は、とにかく武士として名を上げるにはド派手で目立つような事をしようと考えてさ。幼馴染だったある“友達”と一緒に…まぁ俗に言う『野武士』の集まりみたいな徒党を組んで、国元の加賀以外のあちこちの国で見境なく暴れまわってたもんさ」

 

「慶次さんに…そんな時代が…?」

 

「あぁ…そんなある日、俺と“友達”は一人の少女に出会ったんだ。その子は身寄りもいないばかりか、自分の名前や素性されもわからないでいた。まるで一人だけ別の世界から来たみたいにさぁ。まぁ…日ノ本(俺らの世界)じゃそんな不幸な人間も珍しくはなかったからな…その子もまた、天下取りの傍らでその犠牲になった哀れな一人だったんだろうな…とにかく俺と“友達”はその子が僅かに覚えていた名前で呼ぶ事にしたのさ……“ねね”と…」

 

(? “ねね”…?)

 

慶次の口から出た“ねね”という名前にはやては何故か聞き覚えがあった。

家康達が六課に来てからというものの、彼らを元の世界に戻すのに役立つだろうと思い、改めて戦国時代に関する日本史を勉強し直していた中で、そんな名前の人物がいたのを思い出したのだった。

それは確かある戦国武将の正室だった人物の名前である事までは思い出せたが、それ以上の事がどうしても思い出せずにいた。

 

そんなはやてを尻目に慶次は淡々と話し続ける。

 

「行き場のなかったねねを仲間に加えてからも、俺達は色々と馬鹿やったり、大きな大名家相手に喧嘩売って暴れてはまつ姉ちゃんに説教されたり、利のところで皆でまつ姉ちゃんの作った夕餉を食ったり、宴会やったり…それまで楽しかった日々も更に楽しくなった。それは俺達の仲間の輪の中心にねねの存在があったからだ。それで…いつしか俺は一緒に過ごす、ねねに恋するようになった」

 

慶次はまるで思い出のアルバムを1ページずつ開いて見ているかのように、隊舎の上に広がる青く澄んだ空を感慨深く見つめていた。

 

「けど…ねねの心は俺じゃなくていつしか“友達”に向くようになった。一見、無骨ながらも実直なそいつの性格に惹かれたねねは、“友達”の事を恋い慕うようになり、そんなねねの一途な想いを知った俺は敢えて身を引いてねねと“友達”の仲人となって二人を結びつけたのさ」

 

そこまで聞いたはやては、納得したように頷きながら言葉を挟んだ。

 

「あぁ。それで失恋したっちゅう事かぁ。それで、その“ねね”さんとお友達はどないしたん?」

 

何気なく尋ねるはやてであったが、続けて慶次の口から漏れた言葉で、それが自分の予想したものよりもとんでもなく重い話題であった事に思い知らされる事となる。

 

 

「ねねは……死んだ。 俺の“友達”の手にかかって…」

 

「えっ!!?」

 

 

まさかの返答に、はやては目を見開いて驚愕した。

動揺と混乱のあまりに思わず額に汗が浮かぶ。

 

「ちょ、ちょっと待って! どういう事なん!? なんで!? 愛し合っていた筈やなかったの!? 仲良かったんよね?! それが…どうして!?」

 

思わず詰問するような勢いで問いかけるはやてに、慶次は悲しげな目を返しながら言った。

 

「俺と“友達”は、ある戦国の世に悪名を轟かせる一人の“梟雄”の噂を耳にしたんだ。そいつは己の欲望のまま、価値ある財宝や珍品を手に入れたいが為に、村や町をまるごと焼き払い、そこに住む罪のない人々を傷つけ、殺す事さえも躊躇しない、戦国の世においてこれ以上にない“悪党”だった…俺達はそいつに馴染みのあった村を焼き払われ、その敵討ちを討とうとそいつの根倉に殴り込みをかけた…だけど…」

 

慶次が話しながら拳を固く握りしめると、その言葉の重みが更に増した様に感じられた。

 

「俺も“友達”もその悪党の前に手も足も出ずに完敗した。特に“友達”は手酷くやられちまってな…どうにか動けた俺が、なんとかそいつを連れて、這々の体で逃げおおせる事に成功した……だが、ヤツの圧倒的な力、そして将としての覇気…いずれも俺達が今まで見たこともないくらいに強大で、そして邪悪だった……その邪悪な力こそが、“友達(アイツ)”を根本から変えちまって…ついには“覇王”だなんて戦乱の世を更にかき乱す存在になっちまったんだからな……」

 

慶次の何気なく言った一言が、はやて、そして離れて聞いていたヴォルケンリッターに緊張感を走らせた。

 

「“覇王”やって!? ッ!? ちょい待ち! …ひょ、ひょっとして慶次さんの“友達”って言うのは―――!?」

 

話しながら、はやては思い出す。

確か、“ねね”という名を持つ正室を持った戦国武将の名は……

 

「あぁ、俺の“友達”…そして“ねね”が愛した男は…後に武力をもって日ノ本を統一した天下人 “豊臣秀吉”だ」

 

慶次の言葉に、はやては開いた口がふさがらず、話を聞いていたシグナムやシャマル、ヴィータ、リインもそれぞれに眼を白黒させながら、唖然とした表情を浮かべていた。ザフィーラは目に見えて動揺する様子はなかったが、それでもはやてに語り続ける慶次の事を意味深に見つめていた。

 

「け、慶次さんが…石田三成が盲信する“覇王”の友達だったやなんて…」

 

まさか慶次が、自分達が今相対している勢力の元親玉と親友だったという衝撃的な事実を前に、話がついていけない様子だった。

 

「“覇王”になる前のアイツ…秀吉はそうじゃなかった。愚直だけど、真っすぐで気の優しいいいヤツだった。…けど、その敗北で受けた自分の無力感がアイツを変えてしまったのさ…」

 

それから、慶次は秀吉と自分、そしてねねの間に起こった“悲劇”について語り始めた。

 

「その事件をきっかけに秀吉は「力」を貪欲なまでに追い求めるようになっちまいやがった。最初は一緒に率いていた野武士一味の中から特に腕利きの野郎を引き抜いて、正式に『豊臣軍』として編成して、それを率いて本格的に天下取りに名乗りを上げるようになっちまって…俺やねねがいくら忠告しても聞く耳をもたなくなり、いつしかその時の仲間は離れちまった…そして、秀吉はとうとう超えてはいけない一線を超えちまいやがったのさ」

 

「超えてはいけない一線って…まさか…!?」

 

はやてが恐る恐る尋ねると、慶次は苦々しい表情で頷いた。

 

「秀吉は自分の天下統一へ覇の道を進むに当たって“愛”や“情”が足枷になると考えやがった。 そして、愛する存在のいる自分もまた、大きな弱点を抱えていると考えやがったアイツは…ねねを殺したんだ」

 

「……酷い!」

 

はやては思わず、口に手を当てて言葉を失ってしまった。

 

「俺は…許せなかった……!! ねねが秀吉を選んだ時…俺は正直悔しい気持ちもあった…けど、アイツならねねをずっと幸せにしてやる事ができる。そう信じたからこそ、俺はアイツらを一緒にしたんだ。けど…秀吉(アイツ)は……ねねよりも天下を選びやがった…愛する人よりも“力”を選びやがったんだ!!」

 

慶次はやり場のない怒りを拳に込めて、ハンモックをくくりつけていた木の幹を一回強く打った。

衝撃で木が揺れ、木の葉が何枚かパラパラと落ちてきた。

 

「だけど…ねねは最後まで俺にこう言いやがったよ。 『秀吉(あの人)を恨まないで…』って…アイツも馬鹿みたいに優しい奴だったからさ……」

 

「慶次さん…」

 

「ねねの死をきっかけに俺と秀吉は袂を分かった。結局、それっきり会う事もないまま、秀吉は“覇王”として家康に討たれて死んじまった…こうして俺の人生最初の恋物語と友情物語はどこまでも救いようのない結末…この世界で言えば『バッドエンド』を迎えちまったわけだよ」

 

 

慶次はもう一度空を見上げながら、小さくため息を漏らした。

 

「だから…誰か好きな人や大切な人の為に戦っている人間がいれば、そいつには俺みたいな目に遭って欲しくはねぇ。だから、俺はそんな人達には積極的に力を貸そうと思っているのさ。ちょうど、はやてちゃんみたいな人とかさ…」

 

「わ、わたし!?」

 

不意に名前を呼ばれ、はやては思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「そう。はやてちゃんの機動六課の皆…とりわけ前線部隊や守護騎士(ヴォルケンリッター)の皆を見守ったり、話をしているはやてちゃんの目…あれは間違いなく『大切な“家族”』を守るという強い信念を持った人間の目だ。俺はそんなアンタの強い意志が気に入って、この機動六課に協力する気になったんだぜ?」

 

「慶次さん……」

 

そう話す慶次の表情からはもう悲しみや怒りといった負の感情は消えて、いつもの優しく、爽やかな笑顔に戻っていた。

 

「っと。ちょいと白けちまう様な話だったかな? ごめんな。せっかく美味い菓子を作ってくれたのに」

 

慶次はそう謝りながら、隊舎に戻ろうとする。

するとそんな慶次の背中に向かってはやてが叫んだ。

 

「慶次さん!」

 

はやてに呼ばれて足を止める慶次。

 

「私……頑張る! その“ねね”って人の分まで生きて、この機動六課の部隊長として、大事な家族や友達を護ってみせる!」

 

はやてはそう言いながら、一歩慶次に近づいた。

 

「もちろん、なのはちゃん達や守護騎士(ヴォルケンリッター)の皆だけやない…ロングアーチ、その他のスタッフの皆…家康君達…そして…慶次さんも! 今は私の大事な“家族”なんや! だから……慶次さんも遠慮なく私を頼ってくれたらえぇで!」

 

「…………」

 

話を聞いていた慶次は、初め呆気にとられた様子で聞き入っていたが、やがて…

 

「プッ! ククッ…アッハハハハハハハハッ!!」

 

突然、腹を抱えながら大爆笑し始めた。

その様子にはやてだけでなく、見守っていたヴォルケンリッター達も唖然とした顔になる。

 

「け…慶次さん!?」

 

「アハハハハハハハハッ! 久しぶりだよ! アンタみたいに心のまっすぐな見ていて気持ちのいい()と出会ったのは! こりゃあ、ますますこの世界に飛ばされてきて良かったかもな!」

 

慶次は一頻り笑い終えると、爽やかな笑みを浮かべながらはやての頭にそっと頭を乗せると、優しく撫で始めた。

急な事に驚いたはやては目を丸くしたまま、頬を赤らめ、ヴォルケンリッター…特にヴィータも大口を開けたまま唖然となる。

 

「できるさ…はやてちゃんならきっと。勿論、俺も力を貸せる事があればできる限り協力を惜しまねぇからさ」

 

微笑みかける慶次に、はやても笑顔を返した。

 

「おおきにな…慶次さん!」

 

はやてが礼を述べると慶次は頷きながら、はやての頭から手を離した。

 

「さぁって。そろそろ戻ってシャーリーちゃんの講義受けないと…」

 

「あっ! あの…慶次さん!」

 

今度こそ隊舎に戻ろうとした慶次であったが突如、はやてに呼び止められた。

 

「ん?」

 

「あ…あの…ちょっと図々しいお願いなんやけど……よかったら……私の事はちゃん付けやなしに“はやて”って呼び捨てで呼んでほしいんや」

 

「えっ? どうしてだい?」

 

不思議そうに尋ねる慶次にはやては、片耳を触りながら目を逸らすような仕草を交えつつ、言い訳めいた様に話した。

 

「その…慶次さんって『部隊長警護役』で、言うてみれば他の隊員の皆よりも私と一緒に行動する事が多いわけやし…ここはお互いにもう少し気を置かずに接しようかと思ってんけど…あ、あかんかな?」

 

上目遣いになりながら恐る恐る尋ねるはやて。

それを慶次はニッと笑いながら頷いた。

 

「いいぜ。それじゃあ、アンタも俺の事は“慶次さん”じゃなくて、好きなように呼んでも構わないぜ」

 

「ッ!? ほ…ほんまに!?」

 

慶次の言葉に、驚きと喜びの表情を浮かべるはやて。

 

「じゃ…じゃあ………“慶ちゃん”って…呼んでも構わへんかな?」

 

「………勿論、改めてよろしくな。“はやて”!」

 

「「「「「――――ッ!!」」」」」

 

慶次の言った言葉によって、はやて、そして離れた場所で見守っていたヴォルケンリッター達が一瞬固まった。

慶次のその一言は、はやての懸念していた緊張や距離感を一気に取り払うのには十二分といえる効果を発揮した。

 

「―――ッ!? うん!!」

 

はやてが更に満面の笑顔を湛えながら頷くと、2人はそれから堰を切ったように朗らか且つ親しげに話しながら、連れ立って隊舎の中へと戻っていくのだった。

静かになった裏庭に残されたシグナム達はそれぞれポカーンとした表情を浮かべていた。

 

「えっと、なんていうか…思いの外、急接近したみたいね。はやてちゃん」

 

「ちょっと、急接近し過ぎているような気もするが…?」

 

「ま、まあ、そこははやてちゃんらしいという事で…いいんじゃないですか?」

 

「……いい…のかな……やっぱりなんか納得できねぇというか……」

 

思い思いに感想を述べるシャマル、シグナム、リイン、ヴィータに対し、夢吉はザフィーラの頭の上に乗ったまま、フッと気障っぽく溜息を漏らした。

 

 

「キッキッキキキキッキッキィ…キッキッキキキッキキィ…」

 

 

「……『愛は雲だ、色んなカタチがある』?…お前はどこぞのポジティブツッコミが得意なホスト風芸人か……」

 

 

やはりその愛らしい風貌に似つかわしくない夢吉の言葉を翻訳しながら、ザフィーラはツッコむのだった…

 

 

それから更に数日経った後の昼休み―――

 

「はい。 王手♪」

 

「うぎゃあああああああああああああああ!!? ま…また負けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

隊舎・食堂の一角にあるテーブルでは、すっかり親しくなったはやてと慶次が、仲良く将棋を指している姿があった。

 

「おいおい、はやて~。 これで4連続負けじゃねぇか。 もっと本気でかかってこいよ」

 

「かかっとるって! でも慶ちゃんってば、途中で絶対に飛車も角も取ってまうやん! そうなったら勝ち目なくなってまうのもわかるやろ?!」

 

「キキィッ! キキキキ!!」

 

一局を終えて、将棋盤の上に駒を並べ直しながら、はやてはぶーたれながら文句を返した。

すると、慶次の傍でこの対局を見守っていた夢吉も、はやてに同情するように慶次を窘める。

 

『慶次。もう少し手加減してあげな』って言ってるですぅ」

 

それを通訳するのは夢吉を並んで見守っていたリインであった。

 

「何言ってんだい夢吉。 こういう勝負ってのは、下手に手加減してやるのが一番失礼なんだぜ。喧嘩も将棋も全力でかかるのが勝負の華ってね♪」

 

「うわっ! 慶ちゃん大人げな!」

 

「大人げないですぅ!慶ちゃんさん!」

 

「へっへ~ん。大人気なくて結構で~す!」

 

すっかり親しげに談笑している慶次とはやての姿を見て、ポカンとした表情を浮かべるのは、彼らから少し離れた席に座るなのはとフェイトだった。

 

「えっと…はやてちゃんと慶次さんって、あそこまで仲良かったっけ?」

 

「ってかもうあれはもはや、友達以上の関係って呼べるような…」

 

二人が茫然としてるところをシグナムが近づいてきた。

 

「察しがいいな。2人共」

 

「シグナムさん」

 

「シグナム」

 

シグナムははやて達に聞こえないように小声で話しかける。

 

「あぁ、二人の言うとおり、実は主と前田は、ここ数日で急に仲良くなってな…」

 

そう言って二人に3日前の出来事を説明したシグナム。

 

((えっ…ええええぇぇぇぇぇ!!?))

 

他の皆に気付かれたらまずいので、なのはとフェイトは念話を使って驚きの声を上げる。

 

「はやてちゃんが…慶次さんに?」

 

「意外だなぁ…はやてが一目惚れするなんて…」

 

友達であったとしても、自分達も気づかないうちにはやてが初恋を経験した事に驚くなのはとフェイト。

するとシグナムは2人をからかうように耳元で囁いた。

 

「今更何を言ってるんだ? 主もお前達も、もう19歳だ。恋のひとつやふたつ経験したって別に変な事ではないぞ」

 

するとシグナムはなのはの方に目を配りながら、彼女にだけ念話で話しかけてきた。

 

「それに…お前も既に気になってる人間がいるんじゃないのか? あそこに…」

 

そう言ってシグナムが視線を向けた先には……

 

「政宗様! また整備班の若い連中に稽古をつけると言って、散々叩きのめしたそうですね!? そういう無茶な行為は慎むようにと何度申し上げたらお判りか―――」

 

「Ah~…また説教かよ。小十郎…heavyだぜ……」

 

小十郎の説教に対し、うんざりした様子で昼食を食べる政宗の姿があった。

それを見たなのはは、慌てて顔を反らした。

 

(お前もここしばらくの間、やけにアイツの事を注視する事が増えているみたいだが…?)

 

「し…シグナムさん! 変な事言わないでくださいよ!」

 

シグナムが微笑を浮かべながらからかう様に尋ねると、なのはは顔を赤くしながら彼女の肩を叩く。

 

「? なのは、どうかしたの?」

 

フェイトが怪訝な面持ちで2人のやり取りを見つめた。

 

「にゃっ!? にゃにゃにゃ、にゃんでもないよ! フェイトちゃん! にゃはははは~~~!!!」

 

「?」

 

不自然な笑いで誤魔化そうとするなのはだったが、それは最早誤魔化しになっておらず、フェイトは親友の不審な挙動に余計に首をかしげるばかりだった。

 

 

(やれやれ…主といい、なのはといい、こういう事にはてんで不器用な者ばかりだな…)

 

 

そんな2人のやり取りを見ながら、シグナムは苦笑を浮かべるのだった……




っというわけで、まさかの夢吉を思いっきりキャラいじっちゃいましたw
あんな可愛い顔して、喋ってる内容がジジ臭かったら正直引きますよね?ww


次回は、西軍サイドのサブストーリーにする事を予定していますので、お楽しみに。



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第四十章 ~去る又兵衛と入るセイン 官兵衛さんの激動の一日~

コロナよろしくなかなか亀更新の終わりが見えないCharleyです。

世間では一先ず(沖縄以外の)緊急事態宣言解除が決まりましたが、果たしていつになったらこの窮屈な生活から解放される事だか……

そんなわけで今回の話は一際窮屈そうな男(おい)…“暗の官兵衛”こと黒田官兵衛が主役となります。

官兵衛「ってちょっと待て! 窮屈そうな男ってどういう意味だこら! 小生はこれでもだな―――」

セイン「はいはい。リリカルBASARA StrikerS 第四十章 出陣するよ~~!」





スカリエッティのアジト内・その中でも最下層に近いあるフロア―――

 

「ぶはぁっ! ごぶぉっ! あっち! あっぢいいいいいいいいいぃぃぃぃ!!? 行長先輩いいいいいぃぃぃぃぃっ!!? こ、これマジでダメだって!! ってか普通に死ぬからぁぁぁぁぁ!!」

 

奥行き18畳程と、広大なスカリエッティのアジトにしては『小部屋』に部類されるその部屋から、洞窟のように仄暗いアジトの通路に反響せんばかりに大きな悲鳴が聞こえてきてくる。

 

冷たいレアメタル製の自動引き戸の向こう側ではまともな感性の持ち主であったら熟視したくないような光景が繰り広げられていた。

 

部屋の真ん中に用意されたグラグラと沸騰する熱湯が縁いっぱいまでに満たされた巨大な釜…

その真上に、西軍総大将近習 島左近が天井から吊られた縄に両足を縛られた状態で逆さ吊りにされていた。

時々ギリギリ顔が全て浸る高さまで降ろされ窯の熱湯に顔が沈んでは、熱さと息苦しさとで必死に首を上げ、しばらくしてから力尽きてまた熱湯に顔をつけて絶叫する…まさに悪趣味極まりない責苦である。

 

そんな左近の様子を窯の近くに置かれた椅子に腰掛けた“豊臣五刑衆”第三席 小西行長はまるで余興を頼むかのように微笑を浮かべながら眺めていた。

 

「仮にも西軍総大将の側近を勤め上げるだけの御人が、何を意気地のない事を言っているのですか? さぁ、10分経過しました。次の(ダード)を振りましょうか」

 

行長がそう言いながら、片手を上げて合図を出すと、左近を吊るし上げていた縄が1メートル程上昇し、水責め…ならぬ熱湯責めの状態から解放された。

ゲホゲホと咽る左近に向かい、行長は2つのサイコロを人差し指、中指、薬指の間に挟む形で掲げて見せる。

 

「さて、先程は“シゾロ”で8分…次こそは“ピンゾロ”が出ると良いですね。尤も…私としては、次は“ムゾロ”でも出てくれると面白いのですが…」

 

「じょ、冗談じゃねぇっスよ!? 『六』と『六』(ムゾロ)って事はこれを12分も耐えないといけないって事じゃないっスか!? あの状態で1分過ごすだけでもどんだけ苦しいかわかってます!?」

 

真っ赤に茹で上がり、湯気を放った顔で左近が抗議する。

すると、行長は涼しい顔で反論する。

 

「おやおや。先だっての“潜伏侵略の計”の折に、敵に不覚を取って、囚われそうになるヘマを犯したのは誰でしたか? これはその“制裁(サンシオン)”の一環である事を忘れてはいませんよね?」

 

「にしたって“限度”ってもんがあるでしょうが! っていうかなんでよりによって制裁担当が、石田の将兵でもないアンタなんっすか!?」

 

「私は生前秀吉公より豊臣軍閥における“刑吏*1奉行”の任を任された身です。故にその遺志を受け継ぎし西軍における幹部の処罰を担うのも当然の事でしょう? そんな事よりも次の賽を投げますよ」

 

行長は平然と言い放ちながら、手にしたサイコロを床に向かって投げて転がす。

サイコロの動きが止まった時…出た目の数は『四』と『三』の“シソウ”であった。

 

「うむ…“シソウ”ですか。ではこれより7分…釜責めを再開します」

 

懐から懐中時計を取り出して、時間を確認しながら、再び片手を上げて合図を送ろうとする行長に向かって、左近は縛り付けられたまま頭を何度も横に振った。

 

「いやいやいや! その前に俺の顔に違う意味で“死相”が浮かんじゃってるから!! ほ、ほんともう勘弁して――――」

 

執行(エフェクション)!」

 

左近の嘆願が終わらない間に、行長は薄ら笑いを浮かべたまま、無慈悲な声質で発令する。

同時に、左近を縛っていた縄が再び釜に向かって落とされる。

 

「ちょっと待ってえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

左近の絶叫が部屋に響き渡った。

その時だった―――

 

「散っ!!」

 

突然、誰ともない掛け声と共に部屋の入口から飛来してきた2発の紫色の斬波…

うち一発が左近の足を縛っていた縄を…もう一発が熱湯を炊いていた大釜をそれぞれに一刀両断した。

大量の湯が床へ流れ広がり、湯気の立ち込める水溜りと変わったそこへ左近が「がるざっ!?」と独特な悲鳴を上げながら頭から落っこち、水を跳ねながら床に転がった。

行長はとっさに椅子から飛び退くと、せっかくの余興を台無しにした人物に抗議の眼差しを送らんとばかりに斬波が放たれた方向を睨みつけた。

すると、床に広がる冷め始めた湯の上をピチャリと足音を立てながら近づいてくる1人の男…西軍総大将 石田三成は今しがた沸騰していた熱湯はおろか地獄の釜の火さえも冷やさんばかりに冷たく、鋭い眼光を行長に返しながら近づいてきた。

 

「み、みみみ…三成様ぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!」

 

左近は己の絶体絶命の窮地から、直接助け舟を出してくれた三成に驚き、戸惑いながらも、思わず子供の様な感激の声を上げた。

 

「行長! 貴様、一体これは何の真似だ!?」

 

三成は涙目でこちらを見つめてくる側近を一瞬だけ目で追って無事を確認すると、行長を厳しく問い詰めた。

 

「何の真似とは? 私は大事な任務をしくじった将への“再教育”を命じられ、それをこうして実行しているだけですが?」

 

行長は、さも然るべき事をしていると主張するかのように、落ち着いた声で返した。

 

「“再教育”だと…ふざけるな! いつ私が貴様に石田軍の兵を再教育する許可を与えたというのだ!?」

 

叫ぶような声を上げながら、三成は行長に対して今にも斬りかからんばかりの剣幕で非難する。

すると行長は、わざとらしくショックを受けた様な顔つきを浮かべてみせた。

 

「私は皎月院(御内儀)様からのご命令に従い、先だっての作戦失敗の懲罰を左近殿に与えていたまでですが? ちなみに彼は“丁半”に目がないという事なので、『2つの賽を『ピンゾロ』が出るまで振り続け、出た目の数だけ熱湯責めにかけ続ける』と、その趣味趣向を反映した懲罰を課していましたが…同じ丁半に肖って差し上げたというのに…どうにも彼はお気に召さなかった様でしてねぇ…」

 

「仮にうたからの命令であったとしても…石田軍でも無い貴様が、私の家臣に勝手な懲罰を下す事は断じて許可しない!」

 

三成の言葉を聞いた行長はわざとらしく驚いた仕草をとりながら言い返した。

 

「これはしたり。普段は筆頭参謀(ペルソナル)・大谷にあらゆる事を一任している貴方が、まさか総大将の権限を行使してまで、ご自分の“飼い犬”を守らんとするとは…“凶王三成”ともあろう方も愛玩動物(マスコータス)を愛でる神経をお持ちだったとはね」

 

行長の嫌味ったらしい言葉に怒りを覚えたのは左近だった。

 

「ぐぅっ!…三成様に向かって、なんて口叩いてやが――――」

 

左近は嫌悪と怒りの眼差しで行長を憎らしげに睨みながら立ち上がるが…

 

「よせ! 左近!!」

 

三成自身が声を張り上げて、忠臣を窘めた。

制止された左近は困ったような顔で三成を見つめる。

 

「…行長。この男が先の刑部の考案した作戦で、気の緩みから敵に不覚を取った事は、私も既に承知している…その罪が然るべき懲罰に値する事にも同意だ」

 

「うぇっ!? み、三成様……っ!?」

 

三成の言葉を聞いて左近は思わず顔を引きつらせる。

だが、三成はその後に語気を強めながら補足を加えた。

 

「しかし! 如何に未熟と言えども、この男は我が石田軍の兵だ! 故にこやつを水責めにするも、釜茹でにするも、斬首に処するも、全ては将であるこの私に責務があるのだ! 幾ら、貴様が秀吉様より“刑吏奉行”を拝命していた身なれども、西軍の将の全ての生殺与奪の権利を貴様が一手に有していると思い上がっているのであれば…それは“お門違い”も甚だしい事であると知れ!!」

 

その叫びと共に三成が突き付けてきた長刀の石突を、黙って見つめていた行長であったが、やがて諦めた様に小さく溜息を漏らしながら頭を振った。

 

「御意に…五刑衆“筆頭”殿からここまで殺気を剥き出しに言われてしまえば、私もこれ以上、我を通すわけにもいかないようです」

 

「余計な減らず口は叩くな。貴様がこのまま五刑衆の地位を手にしておきたいのであれば…」

 

「…それならば、従っておいた方が良さそうですね。この地位でいるからこそ私の“楽しみ”の幅も、色々と広げられるものですから…っと、そろそろ本当に下がった方が良さそうですね。

 

行長が軽口を叩くが、三成から本気で睨まれた為、苦笑しながら話題を切り替えた。

 

「わかりました。ではもう1人の懲罰対象者である後藤とかいう三下を“再教育”しようかと思いますが…そちらは構いませんね?」

 

三成は唸るように答えた。

 

「…アレは元より官兵衛の配下…この私は一切関わり知る事ではない。 煮るなり焼くなり、好きにしろ…」

 

「そのお言葉を待っていましたよ…では、左近殿の再教育はお任せしますよ? “総大将様”……」

 

そして行長は白々しく一礼をすると、優雅な足取りで部屋を出ていった。

左近はしばらく行長の後ろ姿を忌々しそうに見送っていたが、やがて思い出したように三成に向かって頭を下げた。

 

「み、三成様あぁぁぁぁぁ!! あ゛っ、あ゛あ゛っ、あ゛り゛がどう゛ござり゛ま゛ずうううううううううぅぅぅぅぅぅっ!!?」

 

左近は涙と鼻水で何を言っているのか分からない。

とりあえず、命が助かった事や、普段冷たく接してくる三成が珍しく救いを差し伸べてくれた事が嬉しかった事は覗い知ることが出来た。

 

「あ、危うく殺されるとこでしたよ! でもまさか三成様に助けて頂くなんて―――」

 

左近は安堵と感謝の気持ちを最大限に引き出した笑みを浮かべながら三成に近づいたが、三成は返さなかった。

その代わりに長刀を抜くと鋒を左近の顔に向けながら、これ以上近づくなと言わんばかりに、冷たい視線を投げかけてきたのだった。

 

「ぎゃうっ!!?」

 

忽ち、左近の顔から笑顔と血の気が消える。

 

「勘違いするな左近…私が行長を止めた理由は、貴様の此度の不覚を断罪するは行長(ヤツ)ではなく“私”であるという事に他ならぬ…即ち…」

 

「す…即ちって……? やっぱり…?」

 

左近が恐る恐る尋ねるや否や、三成は左近の首めがけて長刀を目にも留まらぬ速さで一閃してきた――――

 

 

 

《左近ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!! 敵に不覚をとって刑部の足を引っ張るなど言語道断!! その愚かしさ、“死”をもって贖えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!》

 

《ぎゃひいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! 三成様あぁぁぁぁぁぁ!! せっかく助けてくれたのにそんなご無体なああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!?》

 

 

アジト内部の中核を占める洞窟のような薄暗く広い通路―――

その奥深く、遠くの方から、突如として聞こえてきた三成の怒声と左近の悲鳴に、通路の壁際で談笑していた水色の髪をした少女とワインレッドの髪の少女が驚いて、床から飛び上がりそうになった。

 

「うっわぁ~…“凶王様”。今日は一段と機嫌悪いっスね~…」

 

ワインカラーの髪の少女…ナンバーズ・11番“ウェンディ”が苦笑を浮かべながら、怒号と悲鳴、そして風を切り裂くような音と地が揺れる喧騒と音が聞こえてくる方角を見据えつつ呟いた。

それに対し、ナンバーズ・6番“セイン”はすっかり慣れた様子で呆れながらボヤく様に返す

 

「無理もないよ。大谷のおっちゃん達がせっかく半月近くもかけて入念に下準備した作戦…結局何の成果も上げられなかったみたいだしさぁ。 おまけに左近の兄さんも兄さんで珍しく作戦中に敵に不覚とっちゃったみたいだよ」

 

「そうなんスか!? あちゃちゃ~…それはマズっちゃったっスねぇ」

 

ウェンディは未だ喧騒の止まない通路の果てを見据えながら、「ゴシュウショウサマデス」と片言な弔い言葉を呟くと、セインの方に顔を戻しながら言った。

 

「けど凶王様の側近ともあろう人でも、一回ヘマするだけであそこまでブチ切れられるって…『豊臣』ってほんとバリバリのスパルタっスよねぇ?」

 

ウェンディは無邪気な声質のまま、割と遠慮のない言葉で豊臣軍全体を総評する。

 

「元親のアニキだって言ってただろう? 豊臣軍ってのは良くも悪くも『実力』と『結果』が全てだって」

 

セインが返す。

 

「実力があって結果を出せりゃ、どんなに低い身分の奴でも大幹部になれる。聞いた話だとあの三成(凶王様)だってそうらしいよ? 逆にどんなに実力や地位が高くとも、失敗すれば容赦なく裁かれる…けど、あれでも“裏切り”と見做された奴に比べたら、全然優しい方だってさ。本当に怖い想いをするのは――――」

 

 

「太閤秀吉公に歯向かったり、寝首をかこうとして、凶王三成(きょうおうさんせい)の真の怒りに触れた獅子身中の虫…でしょうね」

 

突然に背後から聞こえてきた無駄に爽やかな声に、セインとウェンディは思わずドキリと身を震わせる。そして振り返り、声の主の正体を確かめた。

2人の予想通り、そこには豊臣軍最高幹部集団『豊臣五刑衆』第三席 小西行長がいつの間にか佇んでいたのだった。

 

「ヒィッ!? こ、小西様!? いつの間にそこにいたのですか!?」

 

セインが思わずその場に軽く飛び跳ね、ウェンディも露骨に顔を引きつらせながら、無意識の内に後退する形で行長から離れていた。

先のミッドチルダにおける初陣では、敵の一人の両腕をもぎ取るという残虐極まりない戦法で勝利したという行長のサイコさは既にナンバーズの面々にも知れ渡っており、セイン、ウェンディ共に、現在の自分達の教官役の長曾我部元親や、姉 チンクから、行長の事は「特に用心する様に」と散々忠告されていた為、直接彼と会話をするばかりか、顔を見るだけでも無意識の内に警戒心を抱く程になってしまっていた。

 

「…何をそんなに驚いているかは存じませんが…貴方…黒田殿が今何処におられるかご承知で?」

 

「へっ? “官兵衛のおっちゃん”…ですか?」

 

セインは最近、元親に続いて親しくなった西方の将の名を口ずさんだ。

 

「えっと…おっちゃんなら今日は非番だから自室にいると思いますけど…おっちゃんに用があるならご案内し―――」

 

セインが話し終わる前に、行長は片手を振りながら言った。

 

「わざわざ私が赴く程の用件ではありませんので、貴方に用件を言付けましょう。『黒田軍家臣 後藤又兵衛殿の先日の失態について処罰を執り行うので、貴方自身の手で私の“処刑し…おっと失礼。“評定室”に連れてくる様に』とお伝え下さい。では…」

 

それだけを言うと、行長はセイン達に背を向けて、そのまま暗い通路の奥へと歩き去って行った。

行長がいなくなった事を確認したセインとウェンディは大きく安堵の息を吐いた。

 

「こ、怖かったぁ~~! やっぱ、普通に話すだけでも緊張するっスねぇ~。あの行長様って人…」

 

「うん。凶王様とは違うベクトルで怖いっていうか…やっぱりあれだけ怖くなきゃ豊臣の最高幹部は務まらないのかな?」

 

セインはやや呆れたようにそう言うと、一先ず行長の言付けを官兵衛に伝えに行こうと、通路を反対側に向かって歩き始めた。

他に特にする事がなかったウェンディもセインの後を着いて歩き始める。

 

「ところでセイン。さっき言ってた“官兵衛のおっちゃん”って誰っスか?」

 

ウェンディが尋ねた。

セインは歩調を落とさずに歩いたまま返す。

 

「あぁ。ウェンディはまだ知らなかったっけ? 最近、アタシが勉強教えてもらってる西軍の外様武将で、ちょっと風貌は怪しいけど、結構面白いおっちゃんだよ」

 

「えっ!? いつの間にそんな人と仲良くなってたんっスか?」

 

「ちょっと前にね…ほら、皎月院様が例の『機動六課』…? だっけ? 最近、ドクターの邪魔してるって連中の拠点に最初にカチコミかけた事あったじゃない? その後にさぁ」

 

セインは歩きながら、他の姉妹らの知らぬ内に親しくなった男の話を語り始めるのだった…

 

 

 

 

それは、家康と幸村の決闘騒動に併せて、皎月院主導により行われた黒田軍の機動六課襲撃事件から数日後の事―――

 

いつものとおりアジトの食堂で、その日の朝食が終わるや否や、姉の4番 クアットロから、セインが苦手としている軍法・戦術などの座学を教えるのに適任な者を見つけたと言われたセインは、早速その“教官役”の者がいるという懲罰房に向かうように言われ、一人そこへ向かっていた。

しかし、セインは気だるげな面持ちで頭を掻き、見るからにその様子からはやる気が感じられずにいた。

 

「あぁ~あ。 なんだってアタシが急に個別で勉強教えてもらわないといけないんだよ? クア姉も急に面倒くさい事言ってきちゃってさぁ…」

 

セインがやってきたこの“懲罰房”と呼ばれるこのエリアは、一室につき3畳程の小さな独房が対面する形でいくつも連なった留置所の様なフロアで、主に任務を失敗した者が戒めの為に入れられたり、スカリエッティにとって邪魔な者、または実験の“被検体”にする者などを監禁する為の施設で、セインも何度か以前の戦闘教導役だった姉の3番 トーレの逆鱗に触れたり、それこそクアットロの意地悪でここに数日程ブチ込まれた事があったりした。

 

長居して気持ちの良い場所ではない為、さっさと目的を果たしてここを出よう…

そう思ったセインは自分がこれから会う事になる人物のプロフィールをホログラムスクリーンにして手元に投影した。

 

聞けば、彼は元々は三成と同じ豊臣の幹部武将の一人であったものの、秀吉に対する謀反を企てようとしていた事が露見し、『直参大名』から『鉱山奉行』に配置換え…もとい左遷され、現在は元親や最近合流した上杉景勝という女武将と同じ、“外様”大名として扱われているとの事だった。

ちなみに、先だっての作戦でも“敵方への寝返り”を画策していたとの事だった。

 

「ってメチャメチャ曰く付きの人間じゃん! 畜生ぉ! あのメガネ姉~…! 絶対、そんなサンピン野郎ならアタシにピッタリだとか思って、押し付けてきやがったなぁ~…!」

 

姉達の中でも抜きん出て性格の悪いクアットロの考えそうな事だと一人確信したセインは憤慨するが、同時に自分の今の不憫な境遇になんだか物悲しさを感じ、ため息を漏らした。

 

「はぁぁ…凶王様達からはこき使われて、クア姉からは軽く見られる……そりゃ、あたしだってトーレ姉やチンク姉みたいに優秀じゃないし、ノーヴェやディエチみたいに前線メンバーとして実力があるってもんじゃないけど…皆もうちょっとアタシの事を見てくれてもいいんじゃないかなぁ?」

 

「………なんだぁ? その口ぶりだと、お前さんも相当鬱憤が溜まっているって感じだな?」

 

「あっ? わかる? まぁ、鬱憤ってもんでもないんだけどさぁ~…ってあれっ?!」

 

どこからか聞こえた声に頷いていたセインが硬直する。

おかしい…

独り言の筈なのになぜ会話が成立するのか?

 

「誰!?…誰かいるの!?」

 

慌てて懲罰房フロアの通路を振り返ってみる。

すると、そこへまた同じ声がかかってきた。

 

「こっちだよ。 お前さんが探しているのは…ひょっとして小生の事じゃないのかい?」

 

その声につられてセインが傍にある独房に目をやると…

鋼鉄製のドアの上部に設けられた鉄格子のかかった小窓の向こうから、目が見えない程に長く伸ばした前髪の大柄の男がこちらを見据えていた。

 

「!?…うわぁ!? く、熊だぁぁっ!! 死んだふりしないと!」

 

そう言うとセインは慌てて床に伏せて狸寝入りした。

 

「いや、するなッ! 誰が熊だ!? 小生は人間じゃ!」

 

「へっ!? に、人間?」

 

「見たらわかるだろうに!」

 

男のツッコミにセインは恐る恐る立ち上がり、独房に近づいてみる。すると中にいる男の全容姿が把握できた。

男は袖の破れた服…そして最大の特徴として両腕を巨大な鉄球の付いた枷で拘束されている事だった。

 

「なぁんだ。人間か。 で? おっちゃん。一体誰?」

 

「お、おっちゃん!? 誰がおっちゃんだ!? 小生はこれでもまだ“二十四”じゃ! 『お兄さん』と呼べ!『お兄さん』と!!」

 

「うえぇっ!? うっ、うっそ~! に、にじゅうよん!? マジソン!? どう見ても30は、いってるでしょ!?」

 

「し、失礼だなお前さん!さっきから!」

 

セインのデリカシーのない発言に憤然としながらも、すぐに我に返ったように軽く咳払いして冷静さを幾分か取り戻しながら、改めて名乗りを上げた。

 

「いいかよく聞け。 小生の名は黒田官兵衛。いずれ天窓の先の箒星を掴む男ぞ!」

 

「え~っと……煎餅さん?」

 

「官兵衛だ!! か・ん・べ・え!!『ん』と『べ』しか合ってねぇじゃねぇか!?」

 

カッコよく自己紹介したのにぶち壊しにされて憤慨する“せんべ…否、官兵衛。

 

「おいコラ!今一瞬、地の文も間違えかけただろ!」

 

間違えてません…

 

もとい官兵衛の名乗りを聞いたセインは思い出したように、先程投影したホログラムモニターの資料と、目の前にいる鉄球の付いた男を見比べてみる。

 

「あぁ~! そっか! おっちゃんが、クア姉の言ってた『敵に取り入ろうとしたけど、部下の独断行動が原因で失敗して、最後は敵の攻撃でボウリングみたいな状態で海に飛ばされて帰ってきて、謹慎処分になった“暗の官兵衛”さん?』」

 

 

ズッシャァァァァァ!!

 

 

セインの容赦ない言葉に、思わず何も無いにも関わらず、まるで身体に付けられた手枷にさらなる重石が乗せられたかのように床に引っ張られるように派手にずっこける官兵衛。

 

「だ、誰が小生をそんな風に言いやがったんだ?!」

 

「クア姉。ナンバーズの4番の…」

 

「あのメガネかけたお下げの小娘か…かわいい面して刑部や怪尼(皎月院)並に性格悪過ぎだろアイツ!」

 

憤然となる官兵衛に対し、セインはあっけらかんとした調子で話しかけていく。

 

「まあまあ。それよりクア姉か大谷様達から、今日からアタシに戦術や戦闘の訓練を教えてやれって話は聞かされてない?」

 

「んあ? …そういえば、小西の奴にここへブチ込まれる前に、あのクアットロ(性悪メガネ)と怪尼が、そんな事話してたような…」

 

官兵衛は引きずっていた鉄球をあたかも座椅子のようにして腰掛けながらボヤいた。

 

「ひょっとして、お前さんがその怪尼達が話していたあのスカリエッティとかいうイカれ技師の娘共(ナンバーズ)の一人ってわけか?」

 

「ん~…まぁ、そういう事になるかな? あっ、アタシは6番のセインっていうんだ。よろしくね。官兵衛のおっちゃん」

 

「だから、おっちゃんはやめろって言ってんだろ!!」

 

 

そんなわけで、なんだかんだ言いながらも、元豊臣幹部の野心高き知将 黒田官兵衛と、ナンバーズ一のハズレ要員 6番セインは、“不幸”というひとつの星の運命の導きの元に(ある意味で)運命の出会いを果たすのだった……

 

 

 

 

「ってなわけで、官兵衛のおっちゃんはそれから、アタシに戦術とかに使う為の勉強を教えてくれたりしてるわけ」

 

「へぇ~。どおりで最近、セインってば一人でどっか行く事が増えたと思ったんスが…そういう事があったんスね」

 

セインが官兵衛に師事する経緯を聞かせたウェンディであったが、その顔はまだどこかしっくりこないと言わんばかりな表情だった。

 

「でも大丈夫なんスかぁ~? 二度も謀反や内通を企てた人から勉強や軍学教えてもらうだなんて…そもそもそのカンベーって人、本当に勉強できるんスか?」

 

「いやいや。官兵衛のおっちゃんって、見かけは確かに不幸のオーラプンプンで浮浪者みたいななりしてるけど、あぁ見えて意外に頭いいんだよ」

 

「セイン…さり気なくボロカス言ってるっスね…」

 

褒めているようで半ば貶しているようなセインの言葉に呆れながらも、ウェンディはセインがそこまで言う官兵衛という男に興味を持っているような素振りを見せ始めていた。

 

「それで、小西様がそのカンベーって人に言付けを…って言ってたっスけど…一体どういう事なんスかねぇ?」

 

「そういえば……その又兵衛っておっちゃんの部下だって人を処罰するって話だったけ?」

 

セインとウェンディは話を続けながら、官兵衛の充てがわれた小部屋に向かってアジト内の薄暗い通路を歩いていくのだった……

 

 

 

官兵衛の部屋はアジトの端の方のエリアにある一際寂しい区画に位置していた。

セインの教導役となった事で一応“懲罰房”からは解放される事になった官兵衛ではあったものの、その待遇は“外様大名”の扱いであり、あまつさえこの世界に来てからも懲りずにまた東軍への内通行為を謀っただけあって、扱いはさらに悪く、実質懲罰房の三畳間と然程変わらない四畳半の物置を自室とされていた。

 

ちなみに同じ区画には、同様に外様大名の扱いである元親の自室もあったが、部屋自体はちゃんとしたものである上、彼の要望により、カラクリ兵器を造る為の作業場までも別個で用意して貰うなど、それなりに高待遇を受けていたのだった。

 

セインとウェンディの2人は官兵衛の部屋の前に着くと、戸をノックしてから自動ドアを抜けて中に入った。

 

「おっじゃましま~す。官兵衛のおっちゃんいる~……んん?」

 

だが部屋に入った途端、セインとウェンディの目に入ってきたのはなんとも珍妙な光景だった。

 

 

「くっ…! この…! くそ……!! だめだ…何度やっても鍵穴にすら入らん! …畜生! 刑部の奴! 本当に枷に変な術をかけやがって!!」

 

簡素な寝台と文机だけの置かれた刑務所の牢の中のような部屋の奥で、鉄球を椅子の代わりにして腰掛けた官兵衛が必死なって手枷の付けられた手に小さな工具のようなものを手に取りながら、それを必死に手枷の鍵穴に向かって伸ばしていた。

だが、その度に手枷の回りを薄い光の膜のようなバリアが走り、鍵穴に届く前に工具を弾いてしまうのだった。

 

「畜生! こんな術なんてかけられてなけりゃ、今頃この世界の先端の利器を使って、こんな枷なんか……なぜじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「あ、あのぉ…官兵衛のおっちゃん…?」

 

一人で天を仰ぐようにして嘆く官兵衛にセインが恐る恐る声をかけた。

 

「こうなったら、あの変態技師(スカリエッティ)に頼んで“れーざー”とかいうこの世界独自のカラクリの技術を借りて…ってダメだ。アイツは刑部といつもつるんでるから絶対小生には手ぇ貸してくれないだろうしな…」

 

「ねぇ、おっちゃん…」

 

「っとなると、長宗我部(西海)に頼んで錠前破りしてもらって…ってアイツに頭下げるのもなんだかなぁ…」

 

「おっちゃん?」

 

「となれば、上杉んとこの景勝(姫夜叉)に頼んで力づくで枷を…って力づくで枷が破れりゃ小生も端から苦労してねぇってのに!!」

 

「おっちゃん!!」

 

「なんだよセイン! うるせぇな! ……ってうぉぉい!?お前さんいつの間に!?」

 

3回声をかけてようやく自分達の存在に気づいた官兵衛は、大げさに仰け反るリアクションを交えながら驚愕する。

 

「もう3回くらい声かけてたってば。それより何やってんのさぁ?」

 

「あぁ? 見てわからんか? なんとかこの手枷を外す手立てはないかと思って、この世界で流通している錠前破りの道具を使って試してみたんだよ。確か名前が…“どーぴんぐ”だか“ざっぴんぐ”だったか忘れたが…」

 

「…ひょっとして“ピッキング”?」

 

「あぁ! それだよ! とにかくその“ぴっきんぐ”とかいう錠前破りの技を試そうと思ったんだが…これが錠を破るどころか鍵穴にさえ入らなくてよぉ…」

 

官兵衛は手枷の真ん中にある小さな鍵穴を忌々しげに睨みながら、唸るように言った。

 

「刑部の野郎…枷に二重の術をかけやがって、その術を解かなきゃ鍵穴に鍵を指す事さえ出来なくしちまったんだよ。だから、こうして何度鍵穴に“ぴっきんぐ”を試そうにも…」

 

話しながら、官兵衛がもう一度鍵穴に手にしていた工具のようなものの正体…ピッキング用のキーピックを差し込もうとした。

すると鍵穴の回りには光で出来た膜のようなものが張られ、それが水滴を弾くビニールのようにキーピックを無理矢理に押し返して、鍵穴まで届かせなかった。

 

「な? このとおりなわけだ」

 

「なるほどねぇ…心中お察しするよ。おっちゃん」

 

「……お前さんに同情されるてのもなんか情けねぇ話だが…ありがとよ」

 

官兵衛はそう言って諦めた様にキーピックを文机の上に投げ出した。

すると、ようやくセインと一緒にいるウェンディの姿に気がついた。

 

「おいセイン。そこに一緒にいるのも、お前さんの姉妹(ナンバーズ)か?」

 

「えっ!? あ、うん。妹の11番 “ウェンディ”だよ」

 

セインは伴っていた妹を改めて官兵衛に紹介する。

すると、ウェンディもいつもの軽々しい調子で挨拶をした。

 

「どうも。ウェンディっス。お話はセインから聞いてるっスよ。“暗の官兵衛”さん♪」

 

「…その呼び方やめてくれねぇか? んで、お前さん方。一体小生に何の用だ?」

 

官兵衛が2人にここへ来た理由を問うと、2人共今まで忘れていたのか、ハッと意表を突かれた様な顔を浮かべた。

 

「そっ…そうだった! おっちゃん。後藤又兵衛って人知ってる?」

 

「あぁ? 又兵衛なら我が黒田軍が誇る精鋭“黒田八虎”の筆頭だが…一体、アイツがどうかしたのか?」

 

突然、信頼を置いた家臣の名が出てきた事に訝しみながら尋ねる官兵衛に、ウェンディが何でもなさそうな口調で告げた。

 

「実はっスね。五刑衆の小西行長様からの伝言で、『黒田軍家臣 後藤又兵衛殿の先日の失態について処罰を執り行うので、貴方自身の手で私の“処刑し…おっと失礼。“評定室”に連れてくる様に』って言ってたっスよ~」

 

「……へっ!?」

 

ウェンディは行長から言われた事をそっくりそのまま官兵衛に告げた。

すると官兵衛は、一瞬呆けた様に口をあんぐりと開けたままそれを聞いていたが…

 

 

「な!? ななな…なんだとおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

 

 

部屋が軽く振動する程の大絶叫を上げた。

当然、それを真正面から受けたセインとウェンディは思わず両耳を塞ぎながら蹲る。

 

「わわわッ!? ちょっと!どうしたのさ!」

 

「う、行長(蟒蛇)の野郎が又兵衛を評定にッ!? マズい! そいつはマズいぞ!!」

 

「なにがマズいんスか?」

 

突然、焦りだした官兵衛に困惑しながらセインとウェンディが尋ねる。

 

「お前さん達ももう知ってるだろ!? あの小西行長って男は豊臣軍与力の中でも抜きん出てヤバい野郎だって事を! アイツは敵は言わずもがな、味方でさえも何かと理由つけては拷問にかけたり、嬲り殺したりする事が大好きなイカれ野郎なんだよ!!」

 

「う、うん。それは知ってるけど…」

 

「んでもって景勝(姫夜叉)から聞いた話じゃ、又兵衛の奴。このあいだまた家康(東照)の襲撃に失敗したそうだ! 『二度もしくじった奴』なんて、行長(蟒蛇)にしてみれば格好の的だぞ! きっと又兵衛を処罰の名目で嬲り殺しにかけるつもりに違いない!!」

 

官兵衛は説明しながらも鉄球の繋がった枷を引きずり、部屋の入り口に向かって駆け出した。

 

「ちょ!? おっちゃんどこに行くのさ!?」

 

「決まってるだろう! 又兵衛のところだよ! 黒田軍の大事な猛将を、黙って行長(蟒蛇)なんかの玩具(おもちゃ)にされてたまるか!!」

 

「あっ!? ダメっスよ! そこは―――」

 

ウェンディが静止するのを聞かず、官兵衛は巨大な鉄球を引きずりながらドアをくぐり抜けようとして…

 

 

「げふぅっ!!?」

 

入り口に鉄球を引っ掛けて、その反動で真後ろにすっ転び、ガーンと聞くからに痛そうな音を高らかに上げながら、後頭部を強打するのだった。

 

「入り口が狭いから鉄球を引きずって出ようとしたら絶対に引っかかる…ってもう手遅れか…」

 

セインとウェンディが白目を剥いて気絶した官兵衛を見て冷や汗を浮かべた…

 

 

 

「畜生……畜生、畜生、畜生、畜生……」

 

スカリエッティのアジトの一番外れた区画……その一角の寂れた古い空き部屋にて謹慎を命じられていた後藤又兵衛は、苛立ちをぶつけるように壁を手甲の鋭い爪で何度も引っ掻いていた。

部屋の壁は既におびただしい数の爪痕が走り、宛ら飢えた獣の檻の中のような悍ましい光景と化していた。

それは、先の二度目の機動六課襲撃に失敗した事により、西軍において完全に面目を失った又兵衛の心に巣食う荒んだ憎悪を象徴しているともいえる。

 

「伊達…政宗、だぁ…? ドコの田舎武将ですかぁ…?奥州筆頭…? そんなの……雑魚じゃないですかぁ……」

 

又兵衛は先の一件で自分の面目を完全に潰す事となった敵将の名を呟きながら悪態を呟き続けていた。

 

「そんな木偶以下の雑魚如きに負けちゃったオレ様って……正直…やばくないですか、ねぇ? ねぇってば、ねぇ…」

 

又兵衛はゆっくりと床に仰向けに倒れ込みながら、天井を仰ぎつつ、この様な様に落ちぶれてしまった自らの境遇を振り返った。

 

この“ミッドチルダ”なる異世界にやってきて最初に課せられた任務は、西軍の尖兵として、『機動六課』なる組織と協力関係を結んだ徳川家康と、その東軍に寝返ったいう真田幸村の2人の首を狩る事だったが、それをあの阿呆の主君 官兵衛は何を思ったのか、『家康に取り入ろう』などと宣い出し、そのせいで足並みが揃わなかった結果、家康、幸村の首をとるどころか、官兵衛のヘマに巻き込まれる形で敗退。

そのせいで自分まで「無能」の烙印を押されて、謹慎処分を課せられてしまった。

 

しかし、自分は官兵衛とは違ってあくまでも豊臣の為に戦おうとしていた事を考慮され、汚名返上を兼ねて、西軍参謀 大谷の仕組んだ二度目の六課襲撃計画において別働隊として加わる事を許され、敵の主戦力の一人 ”高町なのは”を捕縛する事に成功し、残る六課の強力な戦力2人も追い込むなど、全て順調に運んでいた。

 

 

あの男……“伊達政宗”が現れるまでは……

 

 

あの男の噂は天下分け目の戦が始まる以前から又兵衛も耳にしていた。

“奥州筆頭”を豪語し、その大胆不敵な行動力と統率力、そして武力によって瞬く間に奥州の地を掌握し、東軍の主力勢力のひとつとして名を馳せた名将……

 

自分にないあらゆるものを手にしたこの男を又兵衛は以前からいけ好かず思っていた。

だが実際に対面し、その実力を目の当たりした事で、又兵衛の中に巣食う政宗へのジェラシーは完全な憎悪…そして“狂気”へと変わる事となった。

 

又兵衛はなんとしても政宗をこの手で殺そうとした。

そしてその執念のおかげか、一瞬…ほんの一瞬ながら政宗を追い込むところまで持ち込めた。

しかし、そんな絶好の好機を潰したのが……あの“高町なのは”なる女だった。

 

「あのアマぁぁ…オレ様の処刑を邪魔しやがってぇ……あの高町とかいう女が茶々入れて来なかったらオレ様は今頃、伊達の首を手土産にして豊臣の与力に……あぁ、畜生、畜生、畜生、畜生…」

 

呪詛を吐くように恨み節を口にしながら、なのはに対する憎しみを募らせていく。

勿論、それは傍から見れば唯の八つ当たり同然な負け惜しみに過ぎないが、様々な意味でプライドをへし折られた又兵衛はとにかく、この恨み、憎しみを政宗、そしてなのはにぶつける事で、自らの心の傷を少しでも慰める事しか考えられなくなっていた。

 

 

「お、おい…又兵衛! しっかりしろ、又兵衛!」

 

不意に耳に入った声に又兵衛がムクリと身体を起こす。

すると、傍らには自らの“一応の”主君…官兵衛が立っていた。

彼の後ろには西軍に協力しているスカリエッティとかいう科学者の“娘”とだというセインとウェンディの2人が連れ立っていたが、今の又兵衛にとってはどうでもよかった。

 

「キケ、キキケケケ……! オレ様、終わってんじゃね? 実はもう、終わっちゃってんじゃね?」

 

主君である官兵衛が駆けつけたにも関わらず、又兵衛は自棄気味に軽い口調でそう呟き続けていたが、徐に、生気の無くなった赤い両目を官兵衛、セイン、ウェンディに向けて投げかけてくると…

 

「オレ様破れて~山河在り~♪ 城春にして~草木深~し♪」

 

「な…なんか歌い始めたっス…」

 

「だ、大丈夫なの!? この人…」

 

突然誰に向ける事もなく奇怪な唄を歌い出した又兵衛を見て、ウェンディとセインは顔をひきつらせながら、数歩後ろに下がった。

一方の官兵衛は、必死に又兵衛に呼びかけ続ける。

 

「こら、弥八郎! 基次! 黒田八虎の後藤又兵衛!」

 

「時に~感じて~…花にも、涙を~…そ~そ…ぎ~……♪」

 

「お…おい…?」

 

「別~…れを~…恨んで~……恨…んで~…♪ う、う……恨…ん…で……う、うう、うぐっ! う…!」

 

「「…………………」」

 

やがて掠れるような歌声は嗚咽へと変わり、そのまま膝を地につき、又兵衛は床に突っ伏して泣き始めた。

そんな情緒不安定な又兵衛にセインもウェンディも言葉を失う程にドン引きしていた。

 

「な、泣くんじゃない、又兵衛…! 一度や二度くらいの失敗がなんだ! ちょっとツキが無かっただけじゃないか!?」

 

官兵衛は嘆く家臣をどうにか励まそうと、慌てふためきながら必死に慰めの言葉を考えていた。

 

「小生を見ろ! 運なし、ツキなし、手柄なし! 宵越し銭もなしなれば、色恋話も生まれてこのかた二十四年間一度もなし!そればかりか、城持ち時代は配下の腰元や街の遊女共にさえ『ブ男』呼ばわりされてバカにされる始末! かつては次期五刑衆(最高幹部)と目されるだけの豊臣の有力与力だったのが、今や都より遥か彼方、九州は筑前の僻地で鉱山奉行の閑職務め! それでもどっこい! こんなに元気に生きてるだろうが!」

 

「おっちゃん…それ、自分で言ってて悲しくならない?」

 

自分の悲惨な身の上を何故か胸張りながら話せるだけのポジティブシンキングを掲げる官兵衛に、セインが呆れ気味にツッコんだ。

 

「又兵衛! 小生はな! お前さんを助けに来たんだよ! 今しがたここにいるセインとウェンディから聞いたんだが、どうも行長の野郎がお前さんを処罰するつもりでいるらしい! アイツ、きっと先の失敗の一件をかこつけてお前さんを玩具にするつもりでいるみたいだぞ!」

 

官兵衛の言葉を聞いて、床に伏せていた又兵衛がピクリと反応する。

 

「だが心配するな! 小生の忠臣よ! 奴の尋問にはこの小生も立ち会ってやる! そしてなんとかお前さんの処分を穏便に済ませてもらえるように掛け合ってやるから! なっ! 安心しろ!」

 

「……………」

 

「さぁ、又兵衛! 小生愛用の手拭いで涙を拭いて、顔を上げろ!」

 

「ってきったなッ!? それいつから洗ってないんスか!?」

 

そう言って、官兵衛が懐から取り出してきた軽油や煤等で薄汚れた薄灰色の手拭いを見てウェンディは、思わず顔を青ざめながらツッコんだ。

 

「こういう愛着あるものは下手に小綺麗なものより使い古したものの方が雰囲気あるだろうが!」

 

「いや、『使い古す』のと『洗わない』のとは全然違うと思うけど…」

 

官兵衛とセインがそんな掛け合いをしていると、又兵衛がゆっくりと起き上がった。

 

「おぉ?! 元気が出たか!? 又兵衛! さぁ、ツキに見放された者同士! 胸を張って、地面の下を掘り進んで行こうじゃないかっ! 安心しろ、お前さんを行長の玩具にはさせん! 同じツキ無し者同士! 貴重な仲間を失わせるわけにはいかんからなぁ!」

 

官兵衛がそう言いながら豪快に笑っていると、又兵衛は俯いたまま、ブツブツと何かを呪文のように呟き始める。

 

「…あ、…あ~? あぁ~~~!!…オレ様、わかっちゃったぁ…」

 

「うん!?」

 

「わかっちゃった、わかっちゃった! わかっちゃいましたぁ!」

 

不意に顔を上げた又兵衛は、瞳孔が開いた爬虫類のような瞳で官兵衛達を見つめながら笑い始める。

その明らかに狂気的な笑顔に、本能的に恐怖心を覚えるセインとウェンディだが、官兵衛はそれに気づいていないのか呑気に笑みを返した。

 

「おお!? 小生の優しさが、ついに伝わったか!? よし! 小生がお前さんを守ってやるからお前さんは何も恐れる事なく行長のところへ―――」

 

そう言って近づきかけた官兵衛の目の数センチ先に、又兵衛は愛用の奇刃の鋒を突きつけてきた。

 

「あれっ!?」

 

何が起きたのわからずに呆気にとられる官兵衛に向かって、又兵衛は狂気的な笑顔を浮かべたまま高らかに宣言した。

 

 

「ぜぇ~~~んぶッ!! オマエの所為だったんだよ、この阿呆官があッ!?

 

 

「えっ…!?」

 

状況が理解できずに呆然と佇む官兵衛の首目掛けて又兵衛は奇刃を大きく振りかぶり、そして鋭く振り下ろしにかかった。

 

「おっちゃん!」

 

咄嗟にセインが官兵衛に飛びつき、真横に倒れ込むように身体を逸らせた直後、官兵衛が今しがた立っていた場所を又兵衛の一閃が走り、空気を斬った。

 

「オマエにツキが無くて…ッ! オマエが無能で…ッ! おまけに、阿呆の木偶だから…部下のオレ様まで、あんな三下にやられちまう羽目になったんだ…ッ!」

 

又兵衛は空振りした奇刃をそのままぶら下げる様に持つと、ゆらりと魍魎の様な足取りでゆっくりと官兵衛とセインに向かって歩み寄っていく。

 

「おまけに…小西の阿呆がオレ様を処分…? ふざけんな…ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなぁぁぁッ!? あぁんな南蛮かぶれの若造に、なぁんでオレ様が玩具にされねぇといけないんだぁよぉ!! あぁ~ムカつく…ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつぅぅぅぅぅぅくぅぅぅッ! こうなったのも…ぜぇぇぇぇんぶオマエが悪いんだよぉぉ! 阿呆官んんん!!

 

「な、な、何~~~っ!? なんでそうなるんだぁぁ~~~~~!!?」

 

「お、おおお、おっちゃん! ヤバイよ! この人、完全にとち狂っちゃってるって!?」

 

「セイン! それと又兵衛――じゃなかった! 官兵衛のオッサン! んもぅ! この2人名前似ててややこし過ぎるッス!!」

 

追い詰められる官兵衛とセインを見て、ウェンディが必死で呼びかける。

しかし、今は固有武装も手元にない丸腰の状態で助けに入る事はできず、どうする事も出来ずにいた。

 

「キャッハアアアアアァァァァァ!!!」

 

「ぐぉっ!?」

 

再度振り下ろしてきた奇刃を鉄球でどうにか防ぎながら官兵衛は、セインを背中にかばいながら必死に又兵衛に呼びかける。

 

「ま、待て! 又兵衛! 落ち着けっ!! 何をどう考えたらそんな結論になっちまうんだよっ!?」

 

「うっせぇよ…ッ! 阿呆官…オマエのマヌケにゃ、もう付き合いきれねぇっつってんだよぉ…! オレ様の手柄を邪魔して…堕ちぶれたオレ様をオマエなんかと同じ土俵に立たせて、コケにしやがって……! オマエ程度の木偶武将風情に仕えてきた為に、オレ様はずっと…ずぅぅぅぅっと! バカにされてきたんだぁッ! もぉぉぉぉ、こんなのたくさんなんですよぉぉぉぉぉぉぉ…!!」

 

「しょ、小生は何もコケになんてしていないぞ!?」

 

問答を交えながらも、それぞれ奇刃と鉄球で激しく打ち合い、攻防を交わす黒田主従。

 

「今までさぁ…! 早く豊臣で成り上がって…皆から認められる為に、阿呆のオマエなんかの顔立てて付き合ってきたけどさぁ……! もう…その必要もないや…」

 

「? ど、どうするつもりだよ?」

 

「…やめだッ! やめだやめだやめだやめだぁあッ! オマエの部下なんぞ、たった今やめてやる…ッ!」

 

又兵衛からの宣言に、官兵衛は衝撃を受けた。

 

「お、おいお前さん正気か!? 今、ここで黒田軍を辞めちまって…この先どうしていく気なんだよっ!?」

 

「うるさいんですよぉ! これから、オレ様は独りだぁ…ッ! 何をするのも、自由だぁ…ッ!」

 

そう叫びながら、又兵衛は部屋の天井を走る太い排気口のダクトに目を向けると、そこに目掛けて、奇刃をブーメランの様に投げつけ、真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれたダクトの内側はちょうど人が一人分通れるだけのトンネルとなっていたが、そのトンネルを見つめて、又兵衛はペロリと口の周りをなめずりながら呟くように言った。

 

「オレ様はぁ…もう二度と…誰の言いなりにもならねぇ…誰にも…舐めた口は聞かせねぇ……オレ様は…オレ様の好きなところへ行って、好き勝手に生きていってやるのさぁぁ…ッ!?」

 

「ま、待て!? 落ち着け、官兵衛…じゃなかった、又兵衛!?」

 

「おっちゃんが名前間違えてどうすんの!? おっちゃんこそ落ち着いて!」

 

「と、とにかく早まった事をするんじゃない! ここは一回頭を冷やして―――」

 

セインに宥められながら、官兵衛はダクトに向かって飛び上がろうとする又兵衛を取り押さえようと、枷に付いた鉄球の繋がった鎖を投げ縄のように飛ばす。

しかし、又兵衛は既のところでジャンプしてそれをひらりと避けると、そのまま切り裂かれたダクトの中へと飛び込んでいった。

 

「こ、こら! 戻ってこい又兵衛!? 又兵衛さん!? お~~~~~~~い、又兵衛や~~~~~~~~~~い!?

 

「マズいっスよ!? これ脱走じゃないっスか!!」

 

「ウェンディ! すぐに警備のガジェットドローンを動員して、アジトの全出入り口を封鎖するようにウーノ姉に知らせて!!」

 

セインがウェンディに指示を出すのを尻目に、官兵衛は又兵衛が消えたダクトに向かって必死に呼びかけるが、必死の呼びかけに対し、ダクトからは又兵衛の「ケーケッケッケッ!」という狂気を帯びた笑い声だけが木霊の様に返ってくるだけで、やがてその声も少しずつ遠ざかるように小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなってしまった。

 

「ほ、本当に行っちまいやがったのか…!? そんな…戻ってきてくれ、又兵衛……戻って、こぉおおおお~~~~~~いっ!?

 

 

官兵衛の虚しい叫びがダクト…そしてアジト中に反響して聞こえるのだった……

 

 

 

 

 

又兵衛の脱走を知らされたアジト内の管理を担当するナンバーズの1番 ウーノは即座にアジトの全ての外へ繋がる場所…

正規の出入り口は勿論の事、排気用のダクトや排水用の水路、ガジェットドローンの発進口に至るまで、全ての出入り口という出入り口を封鎖した上、アジト防衛用のガジェットドローンに内部は勿論、周辺の森に至るまで全てをくまなく索敵させた。

 

…しかし、又兵衛の身柄を発見する事は出来なかったばかりか、ダクトの排気口のひとつが無理矢理こじ開けられて、何かが外に出ていった痕跡さえも見つかったのだ。

 

この騒動を受け、スカリエッティと、西軍筆頭軍師の大谷吉継、御意見番 皎月院の3人はウーノの他、4番 クアットロ、そして刑吏奉行の小西行長と、今回の当事者である官兵衛、セイン、ウェンディの3人をスカリエッティの研究室に呼び出し、今後について話し合う事となった。

 

「…やはり、現場の状況から考えて、後藤又兵衛は既に我々の勢力圏外へ逃走されたものと思われます」

 

ウーノが冷静な表情を崩さないまま報告すると、行長がつまらなそうにため息を漏らした。

 

「…流石は“蜥蜴”だけに逃げ足の素早さだけは大したものですね…今宵の“遊興”は無しという事ですか…」

 

行長の言葉を聞いた官兵衛は、やはり又兵衛を処罰の名目で甚振ろうとしていた思惑を知り、非難の眼差しを向ける。

 

「それにしても大谷殿、皎月院殿…2人にとってもこれはマズいんじゃないかな? いくら外様武将の配下といえども、西軍の将が一人逃げ出したとなれば…」

 

スカリエッティは、それぞれあまり動揺した様子を見せていない大谷と皎月院に声をかけた。

 

「まぁ、そう急くな…スカリエッティ…所詮、あやつは官兵衛の配下。我ら豊臣とっては然程、重要な戦力というわけでもない」

 

「そういう事だね。 三下が一人逃げたところで、わちきらの計略に大した影響はないよ」

 

「なっ!? 仮にもアイツは小生の部下だぞ! それを言うに事置いて主君である小生の前でなんて事を―――!?」

 

自らの配下を散々にこき下ろされて憤慨した官兵衛が、大谷達に詰め寄ろうとするのをセインとウェンディが止めた。

すると、そんな官兵衛に対して、クアットロが厭味っぽく話しかけてきた。

 

「とはいえ“脱走”は重大な事案ですからねぇ~。部下の方がそんな大それた事しでかしちゃって、この責任はどうとって貰いましょうかぁ? “暗の官兵衛”さん」

 

すると行長も、それに便乗する様に意地の悪い笑みを官兵衛に投げかけてくる。

 

「セニョリータ・クアットロの仰るとおりですね。部下の責任は主君が負うのが武士の社会の習わしです。ならば、あの三下の(ペカーゴ)は主君である貴方が代わりに受けるべきという事になる…」

 

行長はまるで獲物の首をとったかの如く、慇懃無礼な笑みで官兵衛を見つめながら話す。

その穏やかな口ぶりの所々に得意気な感情が感じられ、苛立ちを際立たせる。

 

「当然、罰は貴方方にも科せられる事となりますがね……」

 

「うぇ!? わ、私達もっスか!?」

 

「な、なんで!?」

 

不意に行長から自分達に矛先を向けられた事に動揺するウェンディとセイン。

 

「当然でしょう? 貴方方も、あの場にいたというのに後藤の逃亡を阻止出来なかった。私が奴の処罰の宣告を言付けたのは貴方方二人だ。当然、ヤツの身柄を私に引き渡すまでの責任は貴方達にあった…ならばお二人も(カスティゴ)を受けるのは当然の事でしょう」

 

「そ、そんな無茶苦茶な…私達はただ官兵衛のおっちゃんに、あの又兵衛って人を連れてくるように伝えろって言われただけですし…」

 

「あ~ら。 言い訳なんてしちゃダメでしょ。セインちゃ~ん♪ 小西様から“罰を受けろ”と言われたのだから、ここは素直にお受けしないと?」

 

「ど、ドクター…」

 

ウェンディが懇願するように親的存在であるスカリエッティを見据える。

すると、スカリエッティは行長に対して釘を指すように話す。

 

「行長君。多少の罰は仕方ないとはいえ、セインもウェンディも私の大事な“娘”だ。くれぐれも重い罰に処すのは…」

 

スカリエッティの言葉にセインとウェンディは安堵の表情を浮かべた。

すると、行長は少し不満げに顔を顰めながら…

 

「………御意。ならば、“電撃込みの鞭打ち”程度ではどうですか?」

 

「……それなら致し方ないね」

 

「「「ど、ドクター!?」」」

 

スカリエッティの裁断にセインやウェンディは勿論の事、話を聞いていたウーノさえも意表を突かれた面持ちで彼の方を見据えた。

 

冷酷非道な卑劣漢で名高いスカリエッティだが、少なくとも自ら手掛けた娘達(ナンバーズ)に対しては人並みの愛情を向けてきていた。

すなわち、敵対者にどんなに残酷でサディスティックな事をしようが、ナンバーズに対してそれをするのは良しとしない筈であると彼女達は信じていたのだ。

そんなスカリエッティの口から出たのは、そんなナンバーズにとっての“確信”を覆すような非道な一言だった。

 

「ドクター! 何も鞭打ちに処す必要もないではありませんか! 大体、今までだって失敗した妹達(ナンバーズ)へ体罰なんて科した事などなかったというのに!」

 

「わかっていないな、ウーノ。今までの私達は私と君達(ナンバーズ)という“家族”という内でやってきたから、多少のミスは大目に見れる余裕があった。しかし、今この“同盟”成しているのは、私達だけではないのだよ?」

 

見かねたウーノが珍しくスカリエッティを非難まじりにピシャリとした口調で諌めるが、スカリエッティはさも平然とした表情で反論する。

そこへ、大谷も口を添えてくる。

 

「今、スカリエッティ一味(ぬしら)と豊臣とは同盟の関係にあるが、ある程度のやり方は我らのやり方に合わせるとスカリエッティも同意しておる…そして、失敗を犯した者は、例え身内なれども相応の罰を与えるのが豊臣(我ら)のやり方ぞ…」

 

「そ、そんな……」

 

大谷の言い分に唖然となるウーノに対し、クアットロは寧ろそれを歓迎する様に軽い調子を崩さなかった。

 

「まぁまぁ、いいじゃないですかウーノ姉様ぁ。セインもウェンディも前々からミスが多い子なのに姉様達は説教以上の罰も与えなくって結構甘々だと思ってたんですよねぇ~。ここは少し気を引き締め直して貰う為にも、ちょっとキツめにお灸を据えてもらった方がいいじゃないですかぁ?」

 

「クアットロ! 貴方までなんて事を―――!?」

 

クアットロの度が過ぎる程に軽薄な発言をウーノが窘めるのを尻目に、行長は腰に下げていた愛用の鞭 “黒縄鞭”を手に取ると、それを両手で掴んで撓らせながら、ゆっくりとセインとウェンディに向かって歩み寄った。

 

「そういう事です。とはいえ貴方方は我ら西軍の大事な“同盟相手”ですし、一人当たり鞭打ち100回の“生温い”刑で勘弁してあげましょう」

 

「「―――ッ!?」」

 

地面を黒縄鞭で打ちながら、近づいてくる行長にウェンディは顔を引き攣らせて、恐怖の表情を浮かべ、セインは震えながらも妹を庇って背中の後ろに隠した。

 

「おや、妹を庇うおつもりですか? お優しい事ですね。……ですがどのみち、2人共打たれる運命にありますけど!!」

 

行長はそう嘲るように言い放ちながら、セインとウェンディ目掛けて、黒縄鞭を振り下ろした。

鋭い鞭が蛇の様に宙を走り、風を斬りながら、二人めがけて襲いかかっていく。

しかし、黒縄鞭が二人を弾かんとしたその時、真横から巨大な球体が割って入り、黒縄鞭を打ち返しながら、鈍重な音を立てて地面に落ちた。

その球体に繋がった鎖の先にいたのは勿論…

 

「官兵衛のおっちゃん!?」

 

官兵衛だった。

言わずもがな、今の一撃も官兵衛が行長の黒縄鞭からセインとウェンディを守る為に枷に付けられた鉄球を投げつけたものだった。

 

「……セニョール黒田、それは何の真似ですかな?」

 

楽しみを邪魔されて露骨に不満げに睨みつけながら、抗議する行長だったが、官兵衛も伊達に元豊臣軍与力であるが故、五刑衆第三席に列する男からの狂気の眼差しを前にしても腰が引く様子はなかった。

 

「行長…今日の又兵衛の脱走については、主君であった小生一人の責任だ。セインとウェンディ(コイツら)には何の非もない…。罰を与えたければ小生一人に与えればいいだろ?」

 

「か、官兵衛のおっちゃん…?」

 

セインは官兵衛がここで自分達を庇ってくれた事に驚きながら、今までになく毅然とした態度で行長と対峙する彼を見つめる。

 

「これはしたり。普段はご自分の手柄と面目ばかりにご執心の貴殿が…そんな小娘2人を庇い立てする様な侠気を持っていたとはねぇ…?」

 

「その“小娘2人”相手に、そんな悪趣味な得物で笑いながら制裁しようとする誰かさんなんかよりは、よっぽど侠気はあるってもんだがな?」

 

官兵衛は臆する事なく、行長に啖呵を切ってみせた。

 

「…ほぉ…この私に向かってそれだけ堂々と言い返すとは人並み以上に肝は据わっていますね。流石は腐っても豊臣が誇る“二兵衛”の片割れか…」

 

行長はそう官兵衛を讃えながらも、その蛇の様な眼の奥にギラギラと何かが燃えたぎる気配を感じさせた。

 

直後、行長は不意をつくように官兵衛に向かって黒縄鞭を振るい、その大柄な身体に2回打ち付けた。

 

「ぐぅ…っ!?」

 

「官兵衛のおっちゃん!?」

 

歯を食いしばりながら唸り声を上げる官兵衛にセインが思わず声を張り上げた。

官兵衛は彼女の方を向くと、首を横に振りながら制し、それから様子を静観していた大谷、皎月院、スカリエッティの方へと顔を向けた。

 

「なぁ。それでいいだろう…? 小生に追加の謹慎を課すのならすればいいし、鞭打ちにしたけりゃ、今みたいに小生が代わりに打たせてやる。その代わりコイツらの処分は勘弁してやってくれねぇか?」

 

「おっちゃん…」

 

官兵衛の意外な優しさを目の当たりにしたセインとウェンディは驚きを隠せないまま、彼らのやり取りを見守った。

すると、皎月院がキセルを燻らせながら落ち着いた口調で話し始めた。

 

「まぁ、いいんじゃないかい? 黒田がこうして身体張ってまで頼んでいるんだ。 たまにはコイツの顔を立ててやっても罰は当たらないと思うよ」

 

「…皎月院殿がそう裁断するのであれば是非にそうしてもらえるとありがたい。 やはり、私も“不必要”に娘達を傷つける事はどうも気が引けてね…」

 

皎月院の意見に続き、スカリエッティの今更なフォローを聞き届けた大谷は静かに頷くと、浮遊する輿に乗って官兵衛に近づいていく。

 

「よかろう官兵衛…此度はぬしの意を汲んで、そこの2人の事は不問といたそう…その代わりに、ぬしには通常の罰に加えて、以後“特別な使命”を受けてもらうぞ」

 

「と、“特別な指令”ってなんだ?」

 

官兵衛が尋ねた。

 

「なに簡単な事よ…ぬしの手で“脱走者・後藤又兵衛を見つけ出し、西軍に連れ戻す事”…」

 

「…なに?」

 

「脱走は確かに問題事案であるが、とはいえあの又兵衛が徳川に寝返るとも普通ならば考えられん…この脱走が豊臣(我ら)に対する反逆なのか否かは、しばらくあやつを泳がせて、その挙動を把握してから判断しても遅くはなかろう。無論…」

 

大谷は冷徹な眼差しで官兵衛を一瞥しながら、釘を刺す様に補足の言葉を、語気強めにに投げかけた。

 

「やつを説得しても西軍に戻る気がなかったり、万が一に東軍や時空管理局に加わる動きを見せていた場合は……ぬしの手で始末するのだ」

 

「ッ!?」

 

官兵衛は露骨に動揺した様子を見せた。

 

「期限は我らの“計画”が発動する時まで…少しばかし猶予は与えるが、なるべく急いだ方が良いぞ」

 

そう言って底意地の悪い笑みを浮かべる大谷に続いて、行長も黒縄鞭を撓らせながら言葉を添えた。

 

「覚悟はよろしいですね…? もしもペルソナル大谷の指定した期限以内に後藤を連れ戻すか始末出来なかった場合は、代わりに貴方が死刑台へ立つ事になりますから…!」

 

「……あぁ。それでかまわんよ」

 

「そんな…! おっちゃん!?」

 

半ば無理難題な要求に躊躇う事なく承知する官兵衛に、セインが心配して声を上げるが、官兵衛は再度、首を横に振って制止するのだった。

 

「話は決まりだね。では今日はこれで解散としようか」

 

皎月院の一言で、話し合いは一先ず終了となるのだった…

 

 

 

スカリエッティの研究室から解放された官兵衛はセイン、ウェンディを伴って私室のある区画への通路を歩いていた。

セインとウェンディは数歩前を鉄球を引きずりながら歩く官兵衛の背中を気まずそうに見据えていた。

 

「その…官兵衛のおっちゃん?」

 

セインが恐る恐る官兵衛に話しかける。

官兵衛は振り向かないまま返した。

 

「なんだ? 6番(セイン)?」

 

「その……さっきはありがとう…私とウェンディを行長(ヘビ野郎)から庇ってくれて…」

 

「あ、ありがとうっス…」

 

素直に先程の一件についてお礼を述べるセインとウェンディに対して、官兵衛はあまり慣れないせいか思わず失笑してしまった。

 

「気にするな。小生はただ、あの拷問好きのイカれ野郎の事がいけ好かなかったからな…あそこでアイツの悪趣味(たのしみ)を奪って、出鼻でも挫いてやろうと思っただけだ」

 

「でもそのせいでおっちゃんが処刑宣告されちゃったんだよ?」

 

セインは心配そうに語りかけるが、しかし、官兵衛はそれさえも「それがどうした?」と言わんばかりに然程気にしていない様子だった。

 

「『処刑』なんて言葉は小生にとってはもう慣れっこだよ。豊臣軍の与力だった頃は三成や行長から、秀吉や半兵衛に対する態度や任務中の不手際とかで、一日に平均5回は「斬首する」だの「処刑」だのとどやされたり、嫌味吐かれたくらいだからな…今更アイツらの脅し文句如きに怯えるこたねぇよ。もしも本当に殺しにかかってきたなら、全力で迎え討つまでよ」

 

そう啖呵を切ってみせる官兵衛の良くも悪くも不敵な態度に、セインは半ば呆れ、そして半ば感心の想いを懐きながら見つめていた。

 

「それよりもだ。小生にとっては、大事な家臣に逃げられちまった事の方が堪えるってもんだよ…」

 

「あの“又兵衛”って人の事っスか?」

 

ウェンディが尋ねた。

 

「別にいいじゃないっスか。言ったらあれっスっけど、あの人なんか凶王様や小西様とは違うベクトルで色々ヤバそうな人ですし、正直いなくなって清々したんじゃ―――」

 

「馬鹿野郎!」

 

官兵衛が奮然と一喝した。

 

又兵衛(アイツ)は我が黒田軍が誇る猛将だったんだ! そりゃあ確かに人間性はアレだったし、小生も決して主君として敬われていたとは言えなかったがな…戦に出向く時に辛子が練り込まれた兵糧丸*2持たされたり、家臣団で開いた酒宴に小生だけ呼ばなかったりされたし…」

 

「いや…それ敬われてないどころか、完全に嫌がらせされてるじゃないっスか…」

 

ウェンディのツッコミを挟みながら、官兵衛の力説は続く。

 

「だが、道を正せば将として見込みがある奴だったんだ! だからこそ小生は又兵衛を右腕に置いて、共に天下を手に入れる為に日々精進し、そして空回りして酷い目に遭い続けてきた! いわば、“一蓮托生”の関係だったんだ!」

 

「なんだかビミョーな“一蓮托生な関係”っスね。それ」

 

「…………」

 

ウェンディは呆れていたものの、セインはどこか意味深な面持ちで官兵衛を見つめていた。

 

「あぁそうさ! 小生然り、又兵衛然り…黒田軍は言わば“日陰者”の集まりさ! しかぁし! そんな“日陰者”と誹られるような奴でも、努力すりゃあ必ず天下を治めて日の目を見る事が出来るようになるって事を証明する! それが我ら“黒田軍”の方針ってもんだ!!」

 

官兵衛はそう強気な口調で高らかに宣言したかと思いきや…

 

「それなのに…共に日向を目指して歩んでいた筈の又兵衛が今ここで出ていっちまうだなんて……あぁ~又兵衛や~~…戻ってきてくれぇ~…」

 

「ってON・OFFモードの差が激しすぎるっス! 強気なのか弱気なのか、はっきりしろっスよ!!」

 

まるで蛍光灯の様に躁と鬱の2つの表情を見せる官兵衛にウェンディはちょっと苛つきはじめていた。

すると、今まで黙って聞いていたセインが…

 

「それならさ…官兵衛のおっちゃん。 あ、アタシがおっちゃんの右腕になっちゃダメかな?」

 

「「うん?」」

 

唐突に妙な事を言い出したセインの一言を聞いて官兵衛とウェンディの目が点になる。

 

「いや、だから…あの又兵衛って人の代わりにアタシが黒田軍に加わって、おっちゃんの右腕として支えてあげてもいいかなって思ったんだよ」

 

「お、お前さんが!? なんでまた?」

 

官兵衛が驚きながら尋ねると、セインは照れくさそうに笑いながら話し始めた。

 

「いやぁ、官兵衛のおっちゃんの話を聞いてたらさぁ、なんだかおっちゃんってアタシと結構似た境遇なんだなぁって思ってさ…

アタシもナンバーズの中じゃ、どちらかといえば『劣等生』扱いされてさぁ、クア姉なんかには露骨に見下されたり、妹達からもウーノ姉やトーレ姉、チンク姉程尊敬されてるってわけでもないし…言ってみればおっちゃんと同じ“日陰者”ってわけ」

 

「そ、そうなのか…?」

 

「だから、おっちゃんの日陰者なりに這い上がろうって気持ちはよく分かるし、そんなおっちゃんの数少ない味方(っと信じてた人)にいなくなられてショックな気持ちや…自分がやる事なす事にとことん運がなくて貧乏クジ引いて酷い目に遭っちゃう気持ちも痛いほどわかる…だから、ここは同じ“日陰者”同士でつるめば、傷を舐め合う…ってわけじゃないけど、少しはおっちゃんの慰めになるんじゃないかと思ってさぁ」

 

「な…なんスか? その理由…?」

 

セインなりに官兵衛を気遣ったと思われる動機を聞きながらも、その趣旨がいまいち理解出来ずに困惑するウェンディであったが、一方それを聞いた官兵衛はというと…

 

6番(セイン)……小生の気持ちがわかるってのか…?」

 

最初は訝しそうな表情をしていた官兵衛だったが、彼女の思いやり(?)を聞き、その意図を悟ると何故か前髪に隠れた両目から滝のような涙を流し始めた。

 

「しょ…小生の想いを理解して……同情してくれる奴だなんて日ノ本にいた頃も含めてお前さんが初めてだよ。しょ、小生は…小生は生まれてこの方二十四年…こんな温かい情を向けられたのは初めてだよ…う、うぅぅぅ…」

 

「え、えぇ…?! それ泣くとこっスか?!」

 

「わかるよおっちゃん~。皆から馬鹿にされて、使いっぱしりにされて…ここらでそいつらを見返す為に一旗上げてやりたいってのはアタシも同じだから」

 

「おおぉぉ!? 本当か!? よっし! そこまで言うお前さんの肝っ玉気に入った! 6番(セイン)…いや、セイン! お前さんを我が黒田軍の新しい将として召し抱え、そして…三成や刑部達を凌ぐだけのどでかい一山を掘り当てて見せてやろうかぁぁ!!」

 

「おぉ! 流石は官兵衛のおっちゃん! よっ! “暗の官兵衛”! “豊臣の二兵衛”! “最低最悪の魔王”! 」

 

「そうだ! 3つ目の二つ名はよくわからんが、もっと小生を拝めろ! いいねぇ! 久々に一軍の長らしい待遇じゃねぇか!!」

 

先程までの意気消沈ぶりが嘘の様にテンションを上げ、盛り上がり始める官兵衛とセインに、ウェンディは完全についていけなくなって困惑する。

 

「あのぉ…っていうか、又兵衛って人の事はもういいんスか?」

 

ウェンディが冷や汗を浮かべながら指摘した言葉は、最早官兵衛とセインの耳には届いていなかった…

 

 

そんなわけで……この日、黒田官兵衛は後藤又兵衛という狂気的な家臣を失うと同時に、セインというどこか自分と似た戦闘機人の部下を手に入れたのだった。

 

 

 

 

その頃、そんな黒田官兵衛の配下から抜け、西軍から離脱した後藤又兵衛はというと…

既にスカリエッティのアジトのあった山岳地帯から遠く離れた山まで逃げ延びていた。

 

既に時間は夜も更け、天上に浮かぶ2つの月が最高潮に達していた真下に広がる森の木々の中で一際大きい大木の幹に飛び乗って身体を休めながら、又兵衛はもう追手のガジェットドローンがいない事を再三確認すると、「ケケケ…」と狂気的な笑みをこぼした。

 

「これで…俺様は自由だぁ……誰を殺すのも…どうやって殺すかも、自由だぁ…ッ! キキ、キキキキ…ッ!」

 

又兵衛は改めて、一人になり、自由の身になった事を心から喜びながら、同時に自らのプライドに泥を塗った2人の存在に向けて、憎悪と殺気を滾らせていく。

 

「まずは……伊達、政宗ぇ…そして高町、なのはぁ…だったっけ…?…オマエらだぁ……!」

 

又兵衛は遥か彼方…首都クラナガンがある方向に向かって真っ赤に染まった目で見据えながら、ブツブツと呪詛の言葉を呟き続けた。

 

「オマエらを必ず、し、し……処刑してやる……ッ! 突き刺したり、斬り刻んだり……? 千切ったり! 剥いだり! 潰したり! 抉ったり! 身につけたり、頬ずりしてやるぅッ!!」

 

又兵衛はまるで獣の咆哮のような叫びを上げると、不気味なエコーをかけながら周囲の森の中を風に乗って反響した。

その声に威嚇する様に森のどこかからか獣の遠吠えが返ってきたが、そんな事又兵衛は気にも止めなかった。

 

「待ってろよぉ、高町なのは……そしてぇ伊ぁぁ達、政宗ぇえええええええッ!!

キキ、キケキャアァアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

又兵衛は再び咆哮を残すと、天に舞い上がるように高く飛び立ち、そのまま木々から木々に飛び移るようにしながら、怨敵 政宗達を探して流浪の旅を始めるのであった……

 

 

*1
今で言う刑務官と死刑執行人の職を併せた役職の事。

*2
日本の戦国時代から江戸時代にかけて使われていた米粉や蕎麦粉などと香料、生薬を混ぜて丸薬状にした携帯保存食の事。




っというわけで今回はオリジナル版における官兵衛とセインの不幸コンビの結成話のリメイクでしたが、又兵衛がオリ武将でなくなったおかげでだいぶ別物な物語になりましたね。

そして、オリジナル版よりもだいぶ早く西軍より独立した又兵衛。彼の行く先に待つのは希望か? それとも絶望か?
又兵衛の今後の凶行…否、活躍にご期待下さい(笑)


ちなみに今作における官兵衛の年齢ですが、当初は見た目のイメージから勝手に『36歳』と設定していましたが、最近になって『初期の構想では“24歳”という設定だった』という衝撃的なエピソードを知ったので、変更させてもらう事にしました(っていうか普通に自分よりも圧倒的に年下だった事にショック…どう見ても30だろ!(←分かる人にはわかる洋画吹き替えネタw))


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第四十一章 ~野菜を守れ! 機動六課屋上菜園大防衛線! 前編~

今回のエピソードはリリバサオリジナル版の前半部でも個人的に特に気に入っていた話のリブート版ですが、リブートに当たって、オリジナル版では次の長編から登場していたオリジナル版においてはオリキャラ屈指の人気を誇っていたあのキャラクターを先行させる形でこのエピソードに登場させる事にしました。

新しくなったあのキャラクターの破天荒さ、そして野菜に狂う小十郎の暴走をお楽しみ下さい。

小十郎「リリカルBASARA StrikerS 第四十一章 お前ら、野菜を食え!」

シグナム「どこぞのヴィーガンのキャッチフレーズか…?」


“それ”が最初に目撃されたのは…一週間前の夜

首都クラナガンから内陸へ向かって30キロのところにある、とある貸し農園だった―――

 

およそ500メーカー程の広大な敷地を何区画かに分割して、菜園として第三者に貸し与える形で、日頃農作業とあまり縁のない都心部に住む人達にも農業を手軽に楽しんでもらおうというこの事業は、今ミッドチルダにおいてそれなりに人気となっており、日曜大工ならぬ日曜農夫を趣味とする都会人が増えていた。

 

貸し与えられ、それぞれに耕された菜園にはニンジン、大根、トウモロコシ、トマト、玉ねぎ、キャベツ、レタス、ほうれん草、サヤエンドウ、ラディッシュ、スイカ―――様々な野菜が豊富に実っており、そのどれもが食べごろを迎えていた。

しかし、収穫まではもう2、3日置く必要がある…その時こそ、最高の出来の野菜が収穫できる…その為にも今すぐに収穫したい衝動を抑えなければならなかった。

 

だが、そんな人間側の事情も農園の周囲に住む動物達は知る由もない…

土地に実った“ごちそう”を前に絶えず、よだれを垂らしながら徘徊する猿や野うさぎ、イノシシ、鹿、コヨーテ…無造作に食い散らかそうと虎視眈々と狙いを定めながら農園の周囲を飛び回るカラス…

常日頃から用心すべき野菜の“天敵”達だが、なかでも特に警戒を緩めてはいけないのがまさに収穫を目前に控えた今であった。

当然、菜園の借り主達はそんな害獣達から自らが手塩にかけて育てた野菜を守る為にそれぞれに工夫を凝らして対策を練り、そして興じていた。

 

この農園で一番大きな畑を借りているヴィッツ夫妻もまたその一人だった…

 

「ふぅ…これだけカカシを立てておけば、下手に動物に押し入られる事もないわね?」

 

「…それにしても、アリソン。これは少し立て過ぎじゃないかい?」

 

時刻は夜9時30分…農園オーナーによって敷地の門が施錠される30分前のギリギリのこの時間である今、農園にいるのは夫グレイと妻アリソンの2人だけであった。

貸し農園のどの菜園よりも広大な敷地と、豊富な種類の野菜がたわわに実った菜園に、既に数十本も立てかけられた案山子を前に、満足気に話すアリソンに対し、グレイはやや呆れながらボヤくのだった。

 

「何を言ってるの? せっかくここまで育ててきた野菜が、ここらで動物に食い荒らされたりでもしたらどうするのよ? そうなったらここまで苦労して積み上げてきたものが全部水の泡になってしまうのよ? あなたのホームシアターみたいに…」

 

「うぐ…そいつは言わないでくれよ……」

 

ついこないだ受けたばかりの心の傷を抉られ、グレイはがっくりと項垂れた。

 

約半月前…時空管理局のとある特殊部隊の一人が起こしたという『クラナガンの暴れ竜事件』なる暴走騒動に、不運にもヴィッツ夫妻の自宅も巻き込まれる事となり、自宅に突っ込んできた数台のバイクによってリビングだけでなく、グレイが趣味で造り上げていたホームシアターまでも一瞬で壊されてしまったのだった。

自宅の損害自体は保険に入っていた事に加え、管理局からの補償もあって問題なかったが、それでもグレイ自慢の映画のDVD、BDコレクションの殆どが壊され、しかもその大半が既に絶版品でめったに手に入らない希少品だった事もあって、グレイの夢だったホームシアターは実質、再起不能となってしまったのだった。

 

それでもどうにか、前向きに考えていこうとしたグレイは、妻のアリソンの趣味であった農園に興味を懐き、彼女が借り受けている菜園の手入れに行く際に今までは、家で映画を見て待っていたものを、一緒に出向く事で自分も新しい趣味の世界に触れようとしていたのだった。

 

「あんな想いをするのは二度とごめんでしょ? だったら、私の野菜が食い荒らされない様にしっかり守りを固めておかないと」

 

「そうだな…わかったよ。もう大事な楽しみを目の前でまざまざと奪われるような事はごめんだ」

 

グレイはそう言うと、アリソンの指示で菜園の脇に停めた車のトランクから今度は防鳥用のネットを取り出そうとしていた。

その時だった……

 

 

 

 

キィィィィィィィィィィィィィンン…

 

 

 

「うん?」

 

突然、グレイの耳に奇妙な物音が入ってきた。

まるで何か物体が取んでいるかのような甲高い物音が真上…空の上から聞こえてくる。

グレイは空を見上げ、音の在り処を探すように見渡した。

 

「? どうかしたのグレイ?」

 

「いや…今何か奇妙な音が―――」

 

 

 

キィィィィィィィィィィィィィンン!…

 

 

 

「…!? 何? この音………って、えぇっ!?」

 

さっきよりもはっきりと聞こえてくる物音にアリソンも気がついたのか、夫に続いて空を見上げ、そしてある方向を見据えた途端に驚愕の声を上げ、そして慄いた。

グレイが慌てて彼女の視線の先に目をやると…

 

 

キィィィィィィィィィィィィィンン!

 

遥か上空から、一筋の光がこちらに向かって落ちてきているところであった。

一瞬流れ星かとも思えたが、それにしては随分大きい…さらによくよく見てみるとそれは隕石などではなく、手足と頭の五体で構成されているように見えた。

まるで…

 

「に、人間だ!?」

 

グレイが思わず仰け反りながら悲鳴を上げる。

空から降ってきていたのは紛れもなく“人間”だった。

一瞬スカイダイビングかとも思ったが、こんな夜更けにスカイダイビングをしようと考えるような命知らずなバカがいるわけがない。そもそも落ちてきている人間は、パラシュートなんて付けていなければ、魔導師が着るバリアジャケットも身につけていなかった。

 

「グ、グレイ!? あれは一体何なの!?」

 

「わ、わからん! とにかく逃げ―――」

 

グレイとアリソンが慌てて、自家用車を停めた方向へ向かって駆け出して退避すると、まもなく空から降ってきた“人間”は爆音と共にヴィッツ夫妻の菜園の一角にあるトウモロコシ畑に落下した。

 

ドオオオオオオオオオオオォォォォォォン!!

 

その衝撃で、よく耕された菜園の土と決して少なくない数のトウモロコシが苗ごと吹き飛ばされ、100メートルは離れている筈のヴィッツ夫妻の車のバンパーに巻き上がった土砂と2、3本のトウモロコシが雨のように降りかかった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

「う、うちのトウモロコシが!? ワシの車がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

アリソンは悲鳴を上げながら身を屈め、グレイは地面に叩き落されて台無しにされたトウモロコシと砂埃まみれになった愛車のワゴンを見て悲痛な声を上げた。

そして白煙が舞い上がるトウモロコシ畑を一瞥すると、急いでワゴンのバンパーから護身用として、管理局にデバイス登録済みしてある上下二連式のショットガンを取り出してきた。

 

「アリソン! お前は車の中に隠れていなさい! ワシは何が落ちてきたのか突き止めてくる!」

 

「グレイ! お願いだから無理しないで!」

 

自分を案ずるアリソンの言葉を背中に受けながら、グレイは整備された菜園の中の小道を駆け抜け、トウモロコシ畑の近くにやってくると、まずは柵で覆った畑の外から中を伺いながら声をかける事にした。

 

「お、おい! そこに誰かいるのか?!」

 

「…………………グルルルルゥ……」

 

「ッ!!?」

 

一瞬隙間なく無造作に生え揃ったトウモロコシの苗の向こうから聞こえてきた獣の様な声に背筋が震え上がりそうになるグレイだったが、しかし、確かに畑に落ちてくる直前に見たそれは人間だった事を思い出すと、ゆっくりとショットガンを畑に向かって構え、安全装置を指で外すと、そのまま引き金にかけて、いつでも発射できるようにした。

 

「誰だ!? お前が“人”であるのはわかっているぞ?! さぁ! そんな動物の鳴き真似なんかしていないで、おとなしく出てこい!」

 

グレイはショットガンを構えたまま、畑の中にいる“何か”に向かって投降を呼びかける。

 

「今すぐ出てくるというのなら、何も咎めるつもりはない! だから、おとなしく―――」

 

「…………………ガウウゥゥゥゥ…ッ!!」

 

「ッ!!?」

 

一際大きい唸り声に慄き、思わずショットガンの引き金を引きそうになってしまいながらグレイはギリギリそれを抑えると、今度は少し怒気を含んだ声で再度畑に向かって叫ぶ。

 

「ふざけるな! こっちにはデバイス登録済みの銃があるのだぞ! いつまでもそうやってワシをからかおうっていうのなら、お前の腹に風穴が空く事になるぞ! それでもいいのか! おぉ?!」

 

 

ガサガサガサガサガサッ!!

 

 

「ひぃっ!?」

 

グレイの威嚇に反応する様にトウモロコシの苗達が激しく揺さぶられ、大きく振動する。

その様子を見て、小さく悲鳴を上げて輿を抜かしそうになりながらも、グレイは精一杯の勇気を示すようにショットガンを畑に向けたまま、少しずつ…本当に数センチずつながらも、何かが潜んでいるのは確実であるトウモロコシ畑に近づいていく。

すると畑の中から何か人の言葉の様なものが聞こえてくる。

 

「………ハラヘッタ……クイモン……ヨコセ……」

 

「……『腹減った』…? 『食いもん寄越せ』…?」

 

もしかして、畑の中に潜む“何か”は空腹なのか?

 

そう推察したグレイは、どうにかこの未曾有の事態を前にどうにか穏便に事が片付くようにある決心をした。

 

「は、腹が減っているのか? それならちょうどよかった。ここはワシら夫婦が営んでいる菜園だ。少しくらいなら野菜を食べさせて構わないぞ?」

 

「…………ヤサイ…ッ!? タベテ…イイノカ…!?」

 

畑の中から先程よりもはっきりとした言葉で、“何か”が好意的になりつつある口調が返ってきた。

「しめた」と思ったグレイはここで一気に畳み掛けて懐柔しようと考える。

 

「あぁ。だから、おとなしくそこから出てきて―――」

 

ところが、グレイのその言葉が終わらない間に―――

 

 

「ウガアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!! ヤサイダアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!」

 

バリバリバリバリバリバリバリバリ!! ボリボリボリボリボリボリ!!!

 

 

突然、活気の付いた若者らしき雄叫び、そして咀嚼音と共に、トウモロコシ畑の苗が激しく揺れ動き、高々と伸びた苗の列の向こうから、次々に食い散らかされたトウモロコシの芯が流星雨の様に飛来してきた。

 

「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ!! い、一体何をしとるんじゃあああぁぁぁぁぁ!!? だ、誰が今すぐ食べていいなんて言ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

まさかの展開に驚愕のあまり、その場に腰を抜かしてしまったグレイは、瞬く間に畑のトウモロコシを次々に食い散らし始めた“何か”に怯えながらも、必死に制止して叫んだ。

しかし、“何か”はグレイの叫びにまったく気に止める事がないのか、芯だけとなったトウモロコシの残骸の流星雨はとめどなくグレイに目掛けて取んで来ていた。

 

だが、それから数秒と立たぬ間に、突然トウモロコシ畑の柵の下から、地面が筋を描くように隆起し始め、それはラインを描くように畑の小道を前進しはじめた。

それはまるでモグラのようであったが、それにしては大きい。

まるで小柄な人間一人分程の体格はあるであろうそれは、トウモロコシ畑から出ると、腰を抜かしていたグレイの脇を抜けて、今度は反対側のトマトとナスの苗がある畑に入っていった。

そして…

 

 

「ブゥワアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーー!!」

 

バリバリバリバリバリバリバリバリ!! ボリボリボリボリボリ!!!

 

 

再び、雄叫びと咀嚼音が畑中に反響すると、今度はトマトやナスの食べ散らかした蔕が流星雨の様に飛んできたのだった。

 

「こ、コイツ! ワシらの畑の野菜を全部食い散らかす気か!? や、やめてくれぇぇぇーーー!!」

 

「グレイ! 一体どうしたの!? グレイ!――」

 

グレイが頭を抱えながら、悲鳴を上げていると、車に隠れていた筈のアリソンが慌てて駆けつけてきた。

…が、夫の周りに無残に広がるトウモロコシの芯やトマト、ナスの蔕の山を見て、自らが手塩にかけて造り上げた菜園で起きている窮地を察し、驚愕と恐怖、そして憤怒の感情が複雑に入り混じったような歪な表情を浮かべた。

 

「いやああああぁぁぁぁぁ!! 何よこれぇぇぇぇ!?」

 

「ウメエエエエエエエエェェェェェェ!!! ウンメェェェェェェェッ!!!」

 

「やめて!私の野菜を食べないで! このバァカ! グレイ! なんとかして!!」

 

「な、なんとかってどうすれば…!?」

 

相変わらず腰を抜かしたまま動けずにいる夫の不甲斐なさにしびれを切らしたアリソンは、グレイの脇に落ちていたショットガンを拾い上げると、トマト畑にいるであろう“何か”に向かって容赦なく引き金を引いた。

銃声とマズルフラッシュと共に散弾がトマトの苗を数本吹き飛ばしたが、アリソンは間髪を入れずに続けて引き金を引いて、2発目を発射した。

 

「早く出てらっしゃい! このバケモノ! よくも私の菜園を台無しにしてくれたわねぇぇ!」

 

「あ、アリソン! 気持ちはわかるが落ち着け!」

 

ようやく立ち上がる事が出来たグレイは狂乱する妻をなだめようと駆け寄るが、アリソンはそんな夫の腰に巻いていた弾帯からショットガンのシェルを2つ奪い取ると、慣れた手つきで、シェルの交換を行い、再び銃口をトマト畑に向けようとした。

その時、トマトの苗の向こうから人影らしき “何か”が天高く舞い上がった。

 

天上に浮かぶ2つの月の内のひとつをバックにして、はっきりとそのシルエットがヴィッツ夫妻の目に留まる。

暗闇のせいではっきりとは見えなかったが、青緑を基調とした毛皮のような古風な服を纏い、三角形の奇怪な帽子らしきものを頭に被ったこのミッドチルダには見かけない装束をまとったそれは明らかに人間…それもまだ少年から青年になったばかりの年若い男のように見えた。

 

「マダタリネェ…ココノヤサイ……ゼンブオレノモノダァァァァァァァ!!!」

 

だが、男の口から出る言葉は人間と言うよりも最早、飢えた獣のように片言だった。

 

「ヒイイイィィィィィ! や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

その片言で聞こえた言葉の趣旨から、男がまだ菜園を食い荒らす気でいる事を察したアリソンは慌ててショットガンを天上に向かって構えた。

だが、引き金を引く間もなく、男は青緑色の一筋の旋風となってヴィッツ夫妻に向かって突進するように飛びかかってくる。

 

「ハラヘッタァァァ!! メシクワセェェェェェッ!!」

 

近寄ってくる旋風を前にアリソンは既に引き金を引く勇気を喪失し、グレイもせっかく戻った筈の足腰から再び力が抜けていく感覚を覚えた。

 

 

「「せ、聖王オリヴィエ様、どうか貴方のお慈悲と強き魔法のお力のご加護で、私達夫婦を、あらゆる魔の者、そして災難からお守りくださいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」」

 

最後は夫婦揃って信仰している聖王教の呪句を唱和して神に救いを求めようとしたが、その前に飛びかかってくる旋風を前に最後は声を裏返しながら絶叫するのだった。

夜の菜園にヴィッツ夫妻の悲鳴と、獣のような咆哮、そして一際激しい咀嚼音が響きわたった……

 

 

 

それから一週間後―――

機動六課・隊舎の食堂でいつものように朝食を食べていたなのは、スバル、フェイトと家康、政宗、幸村の6人は、備え付けのホログラムテレビであるニュースを見ていた。

 

ここ数日のニュースは、どの局の放送も最近クラナガン周辺で起きているというある奇妙な事件で持ち切りとなっていた。

 

《皆さん。おはようございます。KCB(クラナガン文化放送)リポーターのアリーナ・ライトキャップです。私は現在、正体不明の“何か”に襲撃されたという貸し農園に来ております。ご覧ください。こちらの農園には先日まで各契約者の方々によって様々な野菜が育てられていたそうですが…今はこのとおり、まるで荒野のように草木一本と残っていません》

 

ホログラムモニターには、赤髪のショートカットヘアの若い活発な雰囲気の女性レポーターが、ぺんぺん草も生えていない荒れ地と化した土地を前にして、この惨状を細かく実況していた。

そこは僅かに残されていた食い散らかされた野菜や苗木の残骸や、折れて倒れた柵や案山子がかろうじてその場所が農園であった事を暗示させる印となっていたが、それ以外はまるで、無残に穴ぼこだらけにされ、耕作用に耕された土さえも残っておらず、何も知らない者が見たら、農園というよりは戦場の跡地と勘違いするような悲惨な光景が広がっている。

 

《こちらは、この農園のオーナーの方から入手した事件発生前日の農園の様子ですが…沢山の野菜の苗が植えられた緑豊かなとても裕福な農園だった事がわかります。それが…たった一晩でまるで別世界のように変わってしまったのです! 一体誰の仕業なのでしょうか?》

 

レポーターの女性 アリーナが提示した写真には、確かに多種多様な野菜が豊作に実った充実した農園の光景が写されている。

とても、それが今彼女の立っている場所と同じ地であるとは思えなかった。

 

《KCBはこの一連の怪事件の最初のケースであるこの農園で起こった惨劇の現場を目撃したというヴィッツご夫妻にお話を窺う機会を得られました。ヴィッツさん。もう一度、事件当日の様子を詳しく話して頂けませんか?》

 

アリーナがマイクを向けた先には、すっかり顔を青ざめて、頬骨が浮き出る程にやつれてしまったグレイとアリソンの老夫婦2人の姿があった。

 

《あれは私と妻で借りていたここの菜園の野菜を手入れしていたところだったんだ。いきなり、あの“モンスター”は空から隕石みたいに降ってきてトウモロコシ畑に落っこちたと思ったら、モグラの様に地面を掘り進んだり、竜巻みたいに空を飛び回ったりして、次々に菜園にあった野菜を食べ散らかしていったんだ! 幸い、奴はベジタリアンだったのか、私も家内もこのとおり別に怪我はなく無事に済んだのだが…》

 

《いいえ! 無事じゃないわよ! 見てみなさい! 私がせっかく手塩にかけて育てた野菜達が!! 苗や土まで食べ尽くされたのよ!! しかもそいつ、私達の野菜だけに飽き足らず、この貸し農園全部の野菜を我が顔で食い荒らして行ったのよ! このあいだは主人が趣味にしていたホームシアターが壊されて落ち込んでいたから、新しい楽しみを作ってもらおうと、こうして日曜農業の世界に誘ったというのに……あぁ、なんて可愛そうな私達!》

 

夫に向けられていたマイクをひったくる様に奪いながら、アリソンがヒステリー気味に叫んだ。

そんな彼女の剣幕に怯みながらもアリーナはインタビューを続ける。

 

《し、心中お察しします…ところで、その“モンスター”というのは一体どういった姿をしていたのですか?》

 

《夜だったのではっきりと見えたわけじゃないのですが…とにかく“青緑色の毛皮”の様なものを着た人間のようなものだったが…だけど人間がモグラみたいに土を掘り進むなんて出来るわけがないだろうし…》

 

《そうよ! きっとあれは、人間の姿をした恐ろしい野菜喰らいのバケモノよ! 放っておいたら、ミッドチルダ中の野菜が食い尽くされてしまうわ!! 地上本部のレジアス総司令! 全国の農家の皆さんに非常事態宣言の発令をおおぉぉぉぉぉ!!》

 

《あ、アリソン!? ま、またヒステリーを起こしてるぞ! お、落ち着きなさい!!》

 

とうとう半ば狂乱気味になるアリソンをグレイが必死に宥め諭した。

 

《……え~…非常事態宣言は少々オーバーかもしれませんが、実際にこの農園を皮切りに、首都クラナガン近郊では今朝までの間に13件もの農園や一般家庭の菜園で同様の被害が発生しており、近隣の農家の間では “妖怪・ファーム・イレイザー(菜園消去屋)”という異名で大変恐れられているそうです。

尚、時空管理局地上本部は各農家や農園を所有している一般家庭に対して、十分に警戒する様呼びかけているなどして対処しているとの事で、近隣住民の方はくれぐれもご用心下さい。現場からアリーナ・ライトキャップがお送りしました》

 

 

背後でグロッキー状態になったアリソンが喚き散らすのをグレイが抑えるというなかなかショッキングな光景を最後に、アリーナの現場からの実況は終わって、映像はスタジオへと切り替わった。

 

「“ファーム・イレイザー(菜園消去屋)”かぁ…なんか怖いのか、バカバカしいのか微妙な事件だね。農園の野菜が一晩で食べつくされちゃうだなんて…」

 

「本当だね。それにしても、一体何の仕業だろう? 新種の魔法生物とか?」

 

珍しそうに見るなのはとフェイトだったが、家康や幸村はあまりこの事件に興味がないのか、なんともなさそうな様子でテレビを見入っていた。

家康達のいた戦国時代には農業が主な産業のひとつであり、それ故に畑を食い荒らそうとする泥棒や害獣による被害などは珍しくないばかりか、時には田畑を巡って領民同士の血で血を洗う争いも少なからず起きており、家康や幸村も何度かその仲裁を担ったことがあった程だ。

その為、今回の事件もそんなちょっと度が過ぎる野菜泥棒が怪我人を出さない程度に暴れまわっている程度にしか思わなかった。

 

「家康殿。これはやはり“(けもの)”の仕業にござろうか?」

 

幸村が何気なし気に家康に尋ねた。

 

「おそらくはそうである思うな。大体、あれだけ広大な敷地の畑の野菜を一晩で食いつくせる程の食欲を持った人間なんてそうそういる筈が―――」

 

家康がそう言いかけて、ふと隣にいるスバルを見て…

 

「ん? なんですか? ムグムグ…」

 

「………」

 

顔の前まで届かんばかりに叩く積み上げられたサンドイッチを涼しい顔をしながら食べ進める愛弟子の様子を見て言葉を詰まらせた。

それから、気恥ずかしそうにコホンと小さく咳払いをしながら、幸村の方に顔を戻す。

 

「…ま、まぁ一部例外があるとしてもだ。一週間で13件もの農園を荒らすだけの持久力や執念は、とても人間とは思えない程に並外れていると思うぞ…」

 

「いや…そうとも限らねぇぜ?」

 

話を聞いていた政宗がさり気なく言葉を零すように、会話に入ってきた。

 

「今のInterviewに出てきたOld ladyもそうだが…何故か野菜に対して異様に執念が過ぎて、時に理性を失ったり、人外な程のPowerを発揮するって例は、俺も一応身近に知っているからな…」

 

「えっ!? そんな人っているの!?」

 

なのはがちょっと呆れながら尋ねると、政宗がそれに応える代わりに、今しがた数人が入ってきた食堂の入り口の方を顎で示した。

 

「これだけ言っても何故わからないんだ!? リリエ! 事は急を要する事態なのだぞ!」

 

「だから聞き入れてくださいよ片倉さん! 貴方の言う設備にそれだけの予算を割いたりしたら、隊の他の経費が成り立たなくなっちゃうんですってば!」

 

入ってきたのはロングアーチのオペレーター兼経理担当のルキノ・リリエ。

そして、奥州伊達軍の副将にして、総大将 伊達政宗が唯一背中を預ける程の信頼を置く日ノ本でも名の知れ、ここ機動六課でも、相変わらずその実力、人柄共に多くの人間から一目置かれていた猛将 片倉小十郎であった。

 

この隊舎においては珍しい組み合わせの2人が、何やら激しく言い争いをしている。

 

「小十郎さん! 少し落ち着いて下さい!」

 

「…片倉。いい加減に諦めたらどうなんだ?」

 

後ろから、キャロが心配そうに、シグナムが呆れたような顔つきで後を追ってやってきた。

これはただならぬ事と察したなのは達はテーブルから立ち上がると、小十郎達の下に歩み寄って、言い争いの理由を尋ねる事にした。

 

「ちょっと、ルキノ。小十郎さんもどうしたの?」

 

「あっ! なのはさん! フェイトさん! 助けて下さい~~~!」

 

なのは達の顔を見た途端、ルキノはもうお手上げと言わんばかりに、すっかり困り果てた表情を浮かべながら、泣きついてきた。

 

「片倉殿。武士たるそなたが、かように女子(おなご)を泣かせるとは見損なったでござるぞ」

 

「ひ、人聞きの悪い事を言うな! 真田! 俺はリリエに設備予算について一言要請しようとしただけだ」

 

「「「「設備予算?」」」」

 

小十郎の口から出たワードに、なのは、フェイト、スバル、家康が声を揃えながら、首をかしげる。

すると、小十郎はなのは達に一枚のレポート用紙を差し出してきた。

それを手にとったなのはが文面に目を通すと、このような見出しが目に留まった。

 

 

『片倉流 屋上菜園防衛設備強化計画』

 

 

「………なにこれ?」

 

なのはの横から覗き込む様に見出しを黙読したスバルが冷や汗を浮かべながら、呟くように言った。

対して、小十郎は「よくぞ聞いた」と言わんばかりに得意げに話し始めた。

 

「お前たちも知っているだろうが、俺は八神の取り計らいでこの隊舎の屋上を借りて、野菜を育てている。そしてこのミッドチルダの気候や品質の良い土、そしてこの世界の野菜の素晴らしく効率性の良い性質のおかげで、耕作してからまだ1ヶ月と経たない内にもう初生りの時期を迎えようとしているのだ。しかぁしッ!!」

 

「「「「ひゃう!!?」」」」

 

「「お、おおっ!?」」

 

突然、クワッと憤怒の情を顕にしながら、声を張り上げた小十郎の気迫に、不意を突かれたなのは、フェイト、スバル、ルキノが少し飛び跳ねてしまい、家康や幸村さえも思わず仰け反いてしまう程に驚くのだった。

一方、政宗はというと、既に自らの“右目”のこの挙動の趣旨を理解しているかのように、ため息を漏らしながら退屈そうに話を聞いていた。

 

「ここ一週間の間、クラナガン郊外の各所に出没しているという “妖怪・ファーム・イレイザー(菜園消去屋)”の話は存じているだろう?」

 

「え、えぇ…」

 

フェイトが慄きながら答えた。

 

「正体はわからんが、そいつはなんと畑に実った収穫寸前の野菜ばかりか、その苗や、それを育む為に農夫が必死に耕し、肥料を撒いた土までも食い尽くすというとんでもないバケモノだそうだ!! そんな野菜にとって害…否、害と称するのも痴がましい! 忌むべき厄災ともいえる存在が、既に13もの農園を食い尽くしたというではないか!」

 

「は…はぁ…」

 

「なんて恐ろしい! そして、なんて腹立たしい話なんだ!! 農夫にとっては我が子と同様に尊い存在である野菜を、無慈悲に食い荒らす様な血も涙もない輩がこの世界にもいるってだけでも許せないというのに、それが事もあろうに俺の目と鼻の先でうろついている可能性があるという事だ!」

 

「だ、だからその話と小十郎さんのこの計画に一体何の関係が…?」

 

なのはがドン引きながら聞くが、その言葉が癇に障ったのか小十郎は目をキュピーンと光らせながら、鬼の様な形相をズイッとなのはに近づけながら、反論する。

 

「ここまで話してまだわからねぇか…? つまり、俺の大事な屋上菜園も、その“妖怪・ファーム・イレイザー(菜園消去屋)”に食い散らかされる恐れがあるって話だぁっ!!!」

 

「あっ……う、うん。よくわかりました……」

 

顔を青ざめながら、なのはが何度も首を縦に振って頷く。

どうにか、それに納得したのか小十郎は顔を離しながら、話を続けた。

 

「だから、奴が現れる前にこちらから仕掛けて迎え討つ準備が必要だ。その為に設備強化をリリエの申請したのだが…俺がいくら頼んでも承認してくれないから困っていたのだ」

 

「いや…片倉よ。それを承認してもらえるのは流石に無理があるぞ」

 

政宗同様に黙って話を聞いていたシグナムがここへきて、冷静に指摘を入れた。

それを聞いたなのは達は改めてレポート用紙に書かれた『片倉流 屋上菜園防衛設備強化計画』についての文面に目を通す。

 

「えぇっと…『厚さ5センチのレアメタル製の防弾障壁』!?」

 

「『自動索敵式熱レーザー照射タレット』15機!!?」

 

「『哨戒用小型A.I式空挺型ドローン』4台!!!?」

 

「『対人地雷』100個!!!!?」

 

「『レーダー感知式害獣用ボウガン』50台!!!!!?」

 

計画書に書かれた小十郎が菜園防御強化の為の設備や備品一式の申請リストをそれぞれ読み上げながら、呆気にとられるなのは、フェイト、スバル、家康、幸村。

 

「いやいやいや! これ菜園の防御設備じゃないですよね!? 国立銀行の貸し金庫でもここまで大げさな警備設備は付けませんよ!!」

 

「これ全部通そうとしたら、普通に予算が億単位は越えちゃうよ!!」

 

スバルとフェイトの言葉を聞いたキャロは恐る恐る小十郎に進言する。

 

「ほ、ほら。やっぱり予算的にも無理があるんですよ。ここは私やシグナム副隊長の提案したように普通に害獣用の電気柵や防御魔法によるフィルター施工で対策すれば…―――」

 

「いいや! それでは駄目だ! ファーム・イレイザー(菜園消去屋)を迎え討つにはそれだけでは力不足だ! ヤツの毒牙から俺の野菜を守る為にはこれだけの装備を整えておかねばならん! だからこそ、六課の経理担当であるお前になんとかしてもらいたいのだ! リリエ!!」

 

「そんな無茶言わないでくださいよぉ~~~! 大体、こういう話は最初に八神部隊長に言ってくださいよ!!」

 

「八神にはもう話した! そしたら『六課の経費の話は経理に相談しろ』との事だからお前に相談しに来ているのだろう!! とにかく野菜の危機なんだ! なんとかしろぉぉっ!!」

 

「ひいぃぃぃぃぃぃぃ!!! だから無理なものは無理なんですってばあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

とうとう耐えきれなくなり、涙目になりながら逃げ出したルキノを追いかけ、慌ただしく食堂を出ていく小十郎の背中を呆れながら見ていた政宗は、すぐにシグナムに向かって話しかけた。

 

「Shoot…シグナム。悪ぃが小十郎を止めてくれねぇか。最悪、ネギでも咥えさせてでもいいから黙らせてやれ」

 

「…何故ネギなのか知らんが承知した。というかお前が言わなくともそうするつもりだ」

 

シグナムはそう答えると急いで、小十郎の後を追って、食堂を出て行った。

その場に残されたなのは、フェイト、スバル、キャロは小十郎の意外な一面を見て唖然とした表情を浮かべていた。

 

「ま、政宗さん…あれどういう事なの?」

 

なのはが尋ねると、政宗は疲れた様にため息を漏らしながら、説明した。

 

「Sorry…実は、小十郎は俺の世話役になる前から農業…それも野菜作りに精をだしてやがってな…奥州でも自分専用の畑を幾つも持っていやがる程の熱の入れようだが…見ての通り、野菜の事になると時折、あぁして変な方向にOver heatする悪癖があるんだよ。特に自分の手掛けた野菜に危機が及んだ時とかな…」

 

「そ、そうなの!?」

 

「そうなんです。私もつい先日知ったのですが…」

 

キャロが補足を入れるように、ここ最近知ったばかりの小十郎の唯一無二の趣味 『野菜』に関して説明してくれた。

 

 

『野菜』―――

 

それは小十郎の趣味…と称するには余りにも情熱を注ぎ過ぎる、言わば魂の結晶…

彼が手掛けた農園に手の抜き所などというものは存在しない。

もちろん農薬の使用なんぞもってのほか(尤も戦国の世に農薬なんてあるわけないが…)。

よって産みだされた野菜は皆、味、品質、色艶…どれを取っても他の追従を許さぬ至高の逸品。

これを食べたら最後、他の野菜なんざ霞んでしまう…ある意味恐ろしい代物である。

さらに好都合だったのが、先程、小十郎の力説にもあったように、優れた品質と土地環境などが合わさって、一度苗を植えたり、芽さえ出れば、平均にしてわずか1か月程度でもう食べられるまでに育つという小十郎にとってはチートともいえるこのミッドチルダの野菜の性質だった。

小十郎ははやてからこの農園を与えられたその日のうちに、ミッドチルダ各地から取り寄せさせた野菜の苗や種、さらに良質な土や肥料、優れた農具などに自身の給料をすべて注ぎ込み、まさに完璧ともいえる資材を揃えた上で、この菜園を育て上げた。

 

そして、この間ここで収穫された野菜の第一陣を六課の食堂のメニューに出したところ、言うまでもなくその絶品ともいえる野菜のおいしさに六課のスタッフの間で大反響が起こり、小十郎の野菜は忽ち『幻の野菜“片倉印の野菜”』とブランド名を与えられるまでの特上品のお墨付きをもらい、その噂は管理局の他の部隊や、さらにはミッドチルダの一般人にまで広がる事となった。

 

 

「そういえば、最近妙に食堂のご飯の野菜が美味しくなった様に思えたんだよねぇ」

 

「片倉殿…ワシらの知らぬ内にそこまで菜園を発展させていたとは……」

 

「最早、ちょっとした事業だよ…」

 

スバルが一人納得したように呟く傍らで、家康とフェイトは、小十郎の執念ともいえる野菜への熱の入れ様にちょっと呆れながらボヤいた。

 

 

とにかく、当然ながらそんな幻の野菜が六課にある事を知ったら、それを食事に提供して好評価を受ける事で高い地位を得ようと企む、管理局高官などの名士に仕える野心家な調理人や、高く売って儲けようと企む欲深い商人が後を絶たず、連日小十郎の元へと買い付けに六課へと押しかけに来るのだった。

だが…

 

「ふざけんな!俺の野菜は金儲けや出世の為の道具じゃねぇ!!とっとと帰んな!」

 

…っとこんな調子で小十郎は相手の本質を見抜くと、有無を言わさず追い返すのだった。

中には『舌の肥えた美食家』を名乗り、野菜の事をよく理解している人間を装って小十郎に近づこうとする者もいたが、そんな連中に小十郎は…

 

「ほう…では、お前の舌が本物かどうか俺が徹底的に試してやる。そうすれば野菜を提供してやるぜ」

 

…っと言ったように、本当に野菜の味がわかっているのか厳しい試験を課し、あっけなくその化けの皮を引っ剥がすと、他の連中と共に追い出してしまうのであった…なんでも小十郎が野菜を他人に譲る基準は、その人物が野菜の良さを本気で理解しているかどうか。

当然、理解できない不届き者はおととい来やがれ!…っというわけである。

 

 

「いいか。ここは言わば“野菜の殿堂”だ。その殿堂で取れる野菜がほしけりゃ、この俺が認める程の…それこそ野菜を極めてから来るんだな!」

 

 

それが、決まって小十郎が調理人や商人達を追い払う際の謳い文句だそうだ。

まさに『取り付く島も無し』とはこの事である。

だがこれは決して小十郎がケチだからではない。

小十郎はその人物が野菜の良さを本気で理解しているかどうかで、自身の丹精込めた野菜を譲るべきか判断する。

もし、売り物にしたいなどの邪な欲の道具に自分の野菜を使おうとする奴は論外…これこそ小十郎の異常ともいえるこだわりなのであった。

 

 

 

「……まぁ、ここは“野菜の殿堂”じゃなくて機動六課なんだけどな」

 

政宗が呆れながらツッコミを入れた。

 

「まぁ、そんな調子ですから、例のファーム・イレイザー(菜園消去屋)事件の話を聞いてから、人一倍警戒しちゃって…あんな事になっているわけなんです」

 

キャロがそう言って説明を〆るのだった。

 

「な、なるほど…確かに野菜作りにかけては日ノ本一といっても過言でない片倉殿にとっては件の野菜泥棒は許しがたい事だろうとは思うが…」

 

「某も久々に見た気がするでござる…片倉殿のあんな熱血な姿は…」

 

小十郎との付き合いの長い家康や幸村も、野菜に関わる事となると普段の冷静沈着な『竜の右目』とは違う姿を目の当たりにして、失笑を浮かべていた。

 

「にゃはは…こ、小十郎さんって真面目一筋な人かと思ったら、意外にお茶目なところあるんだね…」

 

「“お茶目”っていうよりは…ちょっと変じゃないですか…?」

 

なのはとスバルがそんな事を話し合っているのを尻目に政宗は、ホログラムテレビのニュース番組でまだ続いていたファーム・イレイザー(菜園消去屋)についての報道を再度意味深に見つめていた。

 

「菜園を食い尽くすFarm Eraserか…まるで“アイツ”みたいな話だな…」

 

「? 政宗さん? 何か言いました?」

 

「…いや。なんでもねぇ。 ただのMonologだ」

 

ふと吹き出す様に呟いた言葉を聞いて首をかしげるキャロに対し、政宗はそれだけ答えると食べかけていた朝食を再開しようと、テーブルへと戻っていくのだった…

 

 

 

 

とにかく腹を満たしたい…―――

それは、ドコとも知らないこの異郷の土地にやってきてから“それ”が何よりも最優先に考えていた事だった。

 

 

ここへやってきてかれこれもう3回太陽が登るのを見たっけ…?

ってちょっと待てよ? 確か、5回だったかな?

あれ? 5の次の数って8だったっけ? ハチといえば、このあいだ巣ごと食ったスズメバチはなかなか美味かったなぁ…

って、ちょっと待て。何の話だったっけ?

 

そうだ。この訳のわからない土地に来てから太陽が登った数だった。ってどうでもいいやそんな事。

とにかく、何か喰いたい…できれば美味い野菜が……

 

とにかく何か食い物を求めて、彷徨う中で、好物の野菜がある畑を見つけては手当り次第食って、食って、食って食って食って食って、食いまくりながら、宛もなく彷徨ってきたものの…

正直、どれも腹には溜まるが味の方は微妙だった。

悪くはないのだ…しかし、野菜の中でもこれ以上のものはない至極の逸品を食べ慣れているせいか、どうしても他のトーシロー…要するにド素人の育てた半端な野菜の味はどれも霞んで感じてしまうのだった…

 

だからこそ、ここで野菜を食べれば食べる程、身体は自らが真に食べたい一品……

“片倉印の野菜”を欲していた……

 

あの野菜が喰いたい……あのこれ以上になく美味い野菜が……

 

そう考えていると、腹の虫が鳴り始め、空腹を感じ始めた。

そろそろ今日の5回目の食事…本夕餉の時間か……

 

“それ”は今宵の食糧を求めて、駆け出すのだった―――

 

 

 

 

時は既に日も暮れて、夜も更けてきた頃…

 

機動六課 隊舎屋上『機動六課菜園』―――

 

少し前までヘリポートとして使っていたこの敷地は、今やしっかり耕され、茶色い土が敷き詰められた農地へと変わっていた。

明らかに特殊部隊の隊舎には場違いともいえるこの敷地―――

ここは、この部隊に所属するとある人物が丹精込めて作った、色とりどりの『宝』が眠っている一種の宝物庫であった…

そしてその『宝』を育て、この場所の全権を有する長の地位に立つ人物は今日もこの場所を訪れていた。

 

「今夜もまた…いい月だな」

 

菜園の端に立ち、夜空に広がる2つの月を見上げるのは、勿論、小十郎であった。

この屋上農園こそ、小十郎が『野菜の殿堂』と称して、聖地の如く崇拝し、そして厳重に管理する場所―――

そして、滅多に見せる事のない彼の『もう一つの顔』が望める希少な場所であった。

 

フッ…♡

 

畑の一角に整列するように植えられたネギをそっと触り、頬の力を緩め、目を細める…

普段、仲間たちはおろか主君・政宗の前でもあまり見せた事がないであろう、やわらかな笑顔を浮かべる小十郎。

 

自らが土を耕し、自らが配合した肥料を散布し、種を撒き、水を撒いて、毎日休む事なく育て上げてきた野菜…

その野菜に触れ、順調に育っている様子を手で感じるこの時間こそ、小十郎にとっては数少ない“安らぎ”を得て、感じることの出来る一時だった。

 

ここが伊達領であろうが、ミッドチルダであろうが、この一時を過ごす為のこの場所はそう容易く荒らされたくはない。

ましてや、野菜を盗もうだなんて考える輩は見つけ次第、即斬り捨て御免!

 

そんな感じで、小十郎はこの屋上農園には厳しい立ち入り規制をかけて、ほとんど他人…例えこの六課の部隊長であるはやてであろうとも許可なしに入れる事はしなかった。

一部の人間を除いては…

 

 

「小十郎さん。お待たせしました」

 

「おぉ。来たか。ルシエ」

 

突然背後から幼い声がかかり、小十郎が振り返るとそこに立っていたのは農作業用のピンクのジャージを纏い、麦わら帽子を被ったキャロだった。

 

小十郎から剣術の指導を受けているキャロは、その縁あってか一度小十郎の野菜の手入れを手伝った事があったのだが、彼女は六課に配属される前に配属されていた辺境自然保護隊にいた頃、自家栽培の野菜を育てた経験もあった為、小十郎が舌を巻くほどの手際の良さを見せて、それ以来この農園に自由に入る事が許可された数少ない人間となり、それから積極的に小十郎の野菜の手入れや収穫を手伝っていたのだった。

 

「すまないな。こんな時間に手入れの手伝いをさせて」

 

「いえ、全然構いませんよ。私もこうしてここで畑の手入れをやっていると保護隊にいた時の事を思い出せて楽しいですし」

 

そう答えながら、畑を耕していくキャロの手付きは非常に手慣れたものである。

 

「それで小十郎さん。今日はどこまでやるんですか?」

 

「そうだな。取りあえずこれから植えるサツマイモと南瓜の畑の耕地が終わったら、明日食堂に納める朝飯の味噌汁の具用のネギと、お新香用のきゅうりとナスの収穫だ。それと…」

 

小十郎は手短に指示を送りながら、意味深に言葉を言い添える。

 

「例のファーム・イレイザー(菜園消去屋)を用心する手立てを打たないとな」

 

「あははは…小十郎さんってば、心配しすぎですよぉ」

 

苦笑するキャロを尻目に、小十郎はさっそく収穫する為のネギを仕分ける為にネギ畑に足を踏み入れた。

その時だった…

 

 

バリ……ボリ…バリ…

 

 

「んっ!?」

 

突然、小十郎の耳に入る微かな咀嚼音―――

だが聞き間違えるはずがない。

 

「あぁ?」

 

小十郎が音のした方を振り返ると、そこにはもちろん不審な人影はない。

だが小十郎はこの状況を見てすぐに何かがおかしいとわかった。

 

 

……バリバリ…ボリ…

 

 

「!!?」

 

今度は反対側からさっきと同じ咀嚼音が聞こえ、小十郎が再び振り返ると…

 

「!?…なに!?」

 

整列していたネギ畑の端の部分に植えられていたネギが数本無くなっていた。

それも根本から引っこ抜かれて―――

 

「ま……まさか……?!」

 

「小十郎さん。サツマイモと南瓜用の畑の耕地が終わりまし――――」

 

「静かに!」

 

「むぐっ!?」

 

そこへ、何も気づいていないキャロが戻ってきて声を掛けようとしたが、小十郎は彼女の口に手を当て、無理矢理に黙らせた。

慌てて、キャロは念話に切り替えて小十郎に尋ねる。

 

(ど、どうしたんですか? 小十郎さん!?)

 

(用心しろルシエ…“夜陰に紛れて収穫する者あり”だ…!)

 

小十郎はゆっくりと腰に下げた愛刀 黒龍に手をかけながら屋上農園の周囲を見渡し、人の気配がないか探っていた。

 

「えぇっ!? それってまさか…!?」

 

どうにか口元を抑えていた手を離してもらい、さっきよりも声のボリュームを抑えながらキャロが尋ねると、小十郎が小さく頷く。

既にその表情は戦場で見せる“竜の右目”の厳しい顔つきに戻っている。

 

「あぁ…どうやら現れやがったようだな……ファーム・イレイザー(菜園消去屋)…ッ!!」

 

小十郎の瞳に執念と敵意の炎が静かに燃え滾りはじめた…

 

 

 

 

 

 

その匂いを感じた時…“それ”は一瞬、夢幻かと思った…

だが、すぐにそれは現実だとわかると、この上ない歓喜と幸福で胸が一杯になった。

 

それは、ずっと探し求めていた懐かしい“臭い”…

大事な“家族”…そしてその“家族”が手掛けた至極の野菜…“片倉印の野菜”の臭い……

自分の探し求めているものがこの先にある……

 

手頃な木の上に登った“それ”は臭いのする方向……海の辺りに佇む広い箱のような形をした見慣れない建物…機動六課隊舎を見据えていた。

天上に広がる雲ひとつない双月に照らされ、“それ”はそのシルエットを薄っすらと照らした。

青緑の派手な色合いに胸元と両肩部分にファー(狢の毛皮)の付いたマタギを思わせる服装を纏い、毛虫の前立てが付いた蓑笠で隠れた顔の下から微かに見える口元の端をつり上げ、ダイヤモンドのように頑丈そうな白い八重歯をむき出してニカッと笑いながら、“それ”は呟いた。

 

「間違いない…あのへんてこな屋敷に“片倉印の野菜”と…“兄ちゃん”達が……!」




オリジナル版リリバサを読んだら、もう誰がやってきたのかわかりますよね?w

彼はオリジナル版では初めての東軍サイドのオリキャラで、しかも元々読者の方からアイディアを頂いたオリジナル武将だったので最初の頃はどんなキャラクターにするか全然定まらなくて色々と迷走したのですが、今回は既にキャラが定まっているせいか、心なしかかなり書きやすかったです。

さて、そんなわけでファーム・イレイザー(菜園消去屋)と小十郎の攻防は果たしてどんな事になるのやら?
後半戦をお楽しみにw


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第四十二章 ~野菜を守れ! 機動六課屋上菜園大防衛線! 後編~

ミッドチルダで次々と農園を荒らす謎の怪人物ファーム・イレイザー(菜園消去屋)なる者が出没すると聞き、自身が機動六課の隊舎屋上で運営している菜園も荒らされないか気が気でならない野菜オタク…もとい野菜に全てを捧げる男 片倉小十郎。

そんな小十郎の警戒をあざ笑うかの如く、ある夜、菜園の手入れをしようとした小十郎と助手のキャロの前にうごめく怪しい陰が……
果たして、ファーム・イレイザー(菜園消去屋)の正体とは…そして小十郎の手塩にかけた菜園の運命は…!?

キャロ「リリカルBASARA StrikerS 第四十二章 皆さん、野菜は一日に350グラムは食べましょうね」

フェイト「……なんでここで生活の豆知識を…?」

キャロ「いや…小十郎さんから、どうしてもこれを言ってくれって頼まれたものですから…」


海から吹く潮風が静かに駆け抜ける屋上菜園の中心で、小十郎は黒龍を構えながら、目を閉じて、近くにいるであろう、ファーム・イレイザー(菜園消去屋)の存在を索敵していた。

勿論、生け捕りにするつもりでいるので刀は峰を返して構えている。

 

「どこだ……どこに隠れていやがる……? さっさと出てきやがれ! この俺の畑に盗みに入るたぁ、ふざけた野郎だ……!」

 

憤怒の形相を浮かべながら刀を構える小十郎の姿を少し離れた場所から見守るキャロは、心做しか任務で敵と対峙している時よりも気迫があって怖いと感じた。

 

(こ、小十郎さん…誰か呼んできましょうか?)

 

(いや…無駄に人を呼べば、かえって敵に逃げる隙を与える事になりかねねぇ。 ここはヤツの姿を捉えるまでは下手に動かない方がいい)

 

小十郎が耳につけた念話用インカムを介してキャロに指示を出していたその時、不意に顔に吹き付ける風から、ある一定の方向に微かに人の気配らしきものを感じ取った。

 

「ッ!? そこかっ!!」

 

小十郎が黒龍を振り下ろし、一閃した先にあったのは、成人男性一人分すっぽり隠れる程に高く伸びた茄子の苗木が並んだ茄子畑だった。

一刀両断に切り裂かれた苗木の向こうにいたのは…

 

「うぉっ!?」

 

「や、やば! 見つかった!?」

 

先日、機動六課のロングアーチに配属されたばかりの戦国武将の一人 前田慶次と、機動六課部隊長 八神はやての2人だった。

 

「んなっ!?…前田!? それに八神!?」

 

「はやて部隊長!? 何やっているんですか!?」

 

まさかの人物の登場に意表を突かれた表情を浮かべる小十郎とキャロ。

対する慶次とはやては冷や汗を拭いながら、慌てて弁解しだす。

 

「い、いやな。今夜は月が綺麗だし、お月見ついでに慶ちゃんをミッドの夜空の天体観測にでも誘おうかと思って…」

 

はやてはそう弁解しながら、どこからか持ち出してきたのであろう天体望遠鏡を掲げて、証拠の品として見せた。

 

「そうそう。ほら、今夜は月が綺麗だし、気持ちがいいじゃない?」

 

小十郎の気を解すつもりなのか、彼の放つ殺気に反して、能天気で軽快な口調で言葉を重ねてくる慶次。

しかし、そんな事で小十郎の昂ぶった心は簡単に冷める筈がなかった。

 

「俺の畑で天体観測とはな……お前達の言い分はよくわかった。今回は大目に見てやるから“盗んだもの”を全部返せ!」

 

「へっ!? ぬ、盗んだもの…?」

 

「なんの話?」

 

困惑した様子で尋ねるはやてと慶次の2人に、小十郎は今にも斬りかからんばかりに鬼の様な形相でズイッと詰め寄って更に詰問した。

 

「あくまでしらを切るつもりかッ!? そっちがその気でいるなら、いくらお前らが腐れ縁や食客先の主と言えども、俺も容赦しねぇぞ!?」

 

小十郎の威嚇に、慶次とはやては冷や汗を浮かべながら必死になだめようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ちなよ! 俺達はなんにも盗んでないよっ!」

 

「そ、そうやって! わたしも慶ちゃんもちょうど屋上に上がってきたら、なんか小十郎さんが一人でえらい殺気立ってたから、怖くてよう動けへんかってん! 勿論、畑の野菜には一切手ぇつけてへんよ!」

 

「…………………」

 

2人の弁解を小十郎は唸りながら聞いていた。

どう見ても、信用していない様子に更に冷や汗が出てくる。

 

「ほ、ホントだって! 信じてくれよ!」

 

「………いや、信用ならねぇな…お前ら、とりあえず服を脱げ」

 

「「「えっ!? ええええぇぇっ!!?」」」

 

いきなり、とんでもない事を言い出した小十郎に、慶次とはやてだけでなく、話を聞いていたキャロでさえも驚愕する。

 

「懐に隠し持ってる可能性だって十分考えられるんだ。こうなったら、身ぐるみ剥がしてでもしらみつぶしに探させてもらう!」

 

「そ、そんなご無体な!?」

 

「ちょ、ちょちょちょ! 竜の右目ってば! 俺はともかくとしても、はやては女の子なんだから、そいつはいくらなんでもマズいって!」

 

「安心しろ。八神の方はルシエにやらせる。ルシエ、八神を畑脇の物置小屋に連れて行って、そこで徹底的に調べ上げろ。着ているものを全て剥がして、盗んだ野菜を見つけ出すんだ」

 

さも2人が犯人であると確信づいた様子で指示を出す小十郎に、キャロが必死で仲裁に入った。

 

「ま、待って下さい小十郎さん! 部隊長も慶次さんもこう言っていますし、少しくらい信じてあげましょう! それにお二人がいたのはさっき盗まれた葱畑とは反対の茄子畑だったんですよ! それから畑は小十郎さんがずっと目を配ってましたし、状況的に考えても、お二人に野菜泥棒は無理かと思います」

 

この場の状況から冷静に自らの推理を述べてくるキャロの話を聞いて、さしもの小十郎も少し冷静さを取り戻す。

 

「む…むぅ……確かにそう言われると、そうかもしれんが…」

 

その時だった…

 

 

バリ…バリ…バリ…

 

 

「!?」

 

小十郎達の耳に、確かに聞こえてくる咀嚼音。

 

「!?…まさか!」

 

4人が慌てて音の聞こえた方に駆け寄ると…

 

「んな!?」

 

茄子畑の一角に生えた苗に実っていた丁度食べ頃のナスの一つが半分齧られていた。

 

「またやられてます!」

 

「くそ! 盗らずに食いやがるとは…通の仕業か!?」

 

キャロが驚く傍で、小十郎が怒りに震えながら、誰に向けるともなく叫んだ。

 

「なっ? 俺達じゃなかったろう?」

 

「よかったぁ…危うくわたし、もうちょっとでキャロに手篭めにされるところやったわぁ…」

 

「そ、そんな事しないですよぉ!」

 

なにはともあれ、これで一先ず野菜泥棒の疑いが晴れた慶次とはやては、胸を撫で下ろしながら、小十郎と一緒に食べられたナスを凝視する。

 

「う~ん。このちっちゃい歯型は…どう見ても子供だぜ?」

 

慶次はナスの齧った跡を見ながら、冷静に言い当ててみせた。

 

「っとはいっても、機動六課(ウチ)に子供って言えば、キャロかエリオの2人くらいやし、キャロはずっと小十郎さんと一緒にいたから…」

 

「ま…まさか、エリオ君が…!?」

 

はやての推理を聞いたキャロが、少しショックを受けた様な表情で尋ねてくる。

確かにフォワードチームの中でもスバルに次ぐ大食漢なエリオであれば、腹を空かせて野菜泥棒なんて意地汚い事もやりかねない。

 

「否、俺がここに上がってくる前にはやてんところに行こうとしてた途中で、エリオが真田の兄さんと一緒に浴場へ行くのを見てたからそれはないよ。しかもなんか、風呂で『長湯の我慢比べ勝負』をするとかで2人してかなり張り切っていたからな…ここで野菜泥棒なんてする暇はないよ」

 

「あら~…あの熱血兄弟ってば、またそんなしょうもない遊びしてるんかぁ? ほんま仲えぇんやから…」

 

「まったく…モンディアルならともかく、真田までいい年して何やってんだか…」

 

幸いにもその仮説は慶次の証言によって直ぐに否定される事となった。

そのアリバイの内容に若干呆れながらも小十郎は、再度犯人の考察に集中する事にした

 

「まさか…ファーム・イレイザー(菜園消去屋)は子供なのか…!?」

 

「いやいや。それはいくらなんでも無理あるでしょ」

 

「それにこないだの“潜伏侵略事件”があってからは、隊舎の警備システムもシャーリーが主導になってより一層強化されているから、万が一にも侵入者があればすぐに反応があるはずやで?」

 

小十郎の憶測に、慶次とはやてが異議を唱えたその時…

 

 

ガサガサ……ゴソゴソ……

 

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

三度、菜園に響く謎の物音…それも今までよりも明らかに大きい物音に小十郎達の動きがピタリと止まる。

 

 

ガサガサ…ゴソゴソ…

 

 

その物音は小十郎達がいる茄子畑から少し離れた場所にあるキュウリ畑から聞こえた。

 

ファーム・イレイザー(菜園消去屋)めっ! ナスを食らって、次はキュウリを狙うたぁ…コイツは相当な野菜通の野郎だ!」

 

「…なんで、ナスの次にキュウリ狙うのが、野菜通なのかよぅわからんけど…」

 

「ホント、よくわかんねぇなぁ…野菜の世界って……」

 

はやてと慶次が小声でツッコむのを背に、小十郎は抜身の黒龍を構えながら、ゆっくりとキュウリの苗が綺麗に整列した畑の近くに忍び寄った。

そして、後ろにいるはやて、キャロ、慶次の3人に目で合図を出しながら、黒龍を振りかぶる。

 

「そこまでだ! 曲者め!!」

 

キュウリの苗棚を縦に両断(勿論、実ったキュウリには一切傷一つつけていない)し、振り払い、その先に隠れているであろう物音の主の正体を暴いた。

そして、4人の前に見えたのは―――

 

「うおっ!? や、やべっ!? 見つかった!?」

 

「ヴァ―――」

 

キャロが呻くように言った。

 

「ヴァイス陸曹!?」

 

キュウリ苗棚の向こうに隠れていたのは、機動六課のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニックであった。

苗と苗の間の地面に膝立ちしながら、スコップで足元に小さな穴を掘っており、更にその脇に何やらビニール袋にいれた何かが置いてあった。

 

「な、なにやってるん? ヴァイス君」

 

「ぶ、部隊長まで!? い、いや。これはちょっと…あの……」

 

菜園の主である小十郎だけでなく、はやてまでいる事に更に驚いたのか、慌てて弁解しようと言い淀むヴァイスだったが、そこへ小十郎が鬼のような形相で詰め寄り、そして容赦なく胸倉を掴むとグイと上へと持ち上げた。

 

「グガッ―――!?」

 

「……まさかテメェが俺の野菜に手ぇつけやがったファーム・イレイザー(菜園消去屋)だったとはな!! さてはヘリポートの土地を奪われた恨みで、野菜泥棒を働いて嫌がらせしようって魂胆か!?」

 

「ひぃぃっ!?…な、なんの話ですかぁ…!? ファーム・イレイザー…!? 野菜泥棒…!? 俺は何も盗んでないっすよ…!?……ぐえぇぇ! ぐるしい…」

 

「今更、しらを切っても手遅れだ! 俺の野菜を盗み食いしてどうなるか…覚悟はできてるだろうな!? あぁ?!」

 

「う、嘘じゃないですって…! 本当に何も盗んでないですってぇぇぇ……!!」

 

立つ地面を失ったヴァイスが苦しそうに足をジタバタと動かす。

見ると小十郎の左手には峰を返した黒龍が握られている。

 

「りゅ、竜の右目ってば!! 落ち着きなよ!! まだヴァイスの兄さんが盗んだって証拠はないんだから!!」

 

あわてて慶次が小十郎を必死になだめてヴァイスを助けようとするが、大事な野菜を盗み食いされた小十郎の怒りは相当なものであり、慶次一人では止められなかった。

 

「そ、そうやって小十郎さん! まずはヴァイス君がここで何をしていたか話を聞いてからでも遅ないから! なっ?」

 

同じく先程、理不尽なまでに一方的に疑われたはやても一緒になって小十郎を止める。

 

「は、はやて部隊長の言う通りですよ。ここはお話を聞きましょう? ね?」

 

「………」

 

この面子の中では一番小十郎を宥められる存在であるキャロの制止を受けて、ようやく考えを改めた小十郎はチッっと舌打ちをするとヴァイスを地面に落し、黒龍の鋒を突きつける。

 

「テメェが野菜を盗んでいないというのなら、ここで一体何をしていた?! 正直に答えろ! さもなくば、ここで…」

 

「げほっげほっ! い、言います! 正直に言いますからそれだけは勘弁してつかぁさい!!」

 

ヴァイスは必死に懇願しながら、地面に掘っていた穴の脇に置いてあったビニール袋から、大きめの厚手の茶封筒を取り出し、中から1枚のDVDを取り出して、小十郎に渡した。

 

「……『おケツの刃 ~無限ア◯ル篇~』…?」

 

それは、どれも某有名なアニメ作品のコスプレをした女性達が如何わしい事をしている様子がパッケージに写されたDVD…所謂AV(アダルトビデオ)であった。

当然、これを見た小十郎達は、キャロには絶対に見えない様に細心の注意を払いながら、ヴァイスに詰問する。

 

「おい。俺の菜園でこんなものをどうするつもりだったんだ?」

 

「い、いやぁ…実はちょっとこないだ友達からそれもらったのはいいんですけど、運悪くその日、寮母のアイナさん立ち会いで、寮の一斉点検みたいなのが入っちゃって、それ見つかると気まずいから、どこかに隠さないといけなくなったんだけど、この屋上の菜園なら殆ど人も来ないだろうと思って、ビニールで梱包してここに埋めてたわけなんですよ」

 

「それで?」

 

小十郎が軽蔑の眼差しで見つめながら尋ねた。

 

「ずっと掘り出して取り戻すタイミングを見計らっていたんだけど、今日辺り大丈夫かなと思ってこっそり忍び込んで掘り出していたら、片倉の旦那達が来ちゃって、どうしようか悩んでたんだけど…エヘヘヘっ…」

 

「……ってか。これ…アンタの趣味……?」

 

慶次が完全にドン引きしながら聞いた。

 

「い、いや…趣味というか…それ、なかなかすっげぇプレイものですごいって薦められたもんだから俄然興味が湧いてさぁ…特にパロディ元ではヒロインの口に嵌めてた竹筒が、このAVではなんとお尻の―――」

 

「ヴァイス君!!」

 

はやてが声を張り上げてヴァイスの話を遮りながら、傍らで何の話をしているのかわからずに困惑するキャロに目で示しながら、非難の眼差しを向ける。

その意図に気づいたヴァイスが慌てて話を本題に戻した。

 

「ま、まぁそういうわけで、俺は野菜盗んでいないので、“シロ”っすよね? それじゃあ、俺部屋に戻って、さっそくコイツを見よ~っと―――」

 

苦笑しながら、ササッとAVを小十郎の手から回収して撤収しようとしたヴァイスだったが―――

 

「違う意味で“クロ”だろうが!! ボケコラカスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

小十郎は思い切りその背中に蹴りをかました。

 

「ぐらはむっ!?」と奇怪な悲鳴を上げながら、キュウリの苗木の下に盛り上げられた土に頭からツッコんだヴァイスに、小十郎が容赦なく足蹴で追い打ちをかけた。

 

「テメェ! 神聖な俺の畑によくもそんな汚いものを隠しやがって! 何が『おケツの刃』だ! そんなにケツに興味があるなら、テメェのケツで遊んでろ! 八神!前田! ちょっとの間、ルシエの耳と目を塞げ!!」

 

怒り心頭の小十郎だったが、流石に菜園にいた理由を聞いたはやてや慶次は,

今度はヴァイスを積極的に助けようという気持ちは起きなかった。

言われたとおり、はやてはキャロの耳を手で塞ぎ、慶次は片手で目を隠して、キャロにこれ以上、この光景を見せないように配慮する。

 

「わ! ちょ、何するんすか!? ちょっと、なんでズボンと下着下ろして…ってそれ、ごぼう!? ごぼうっすよね!? 何!? それどうする気!?…ちょっとまさか!? そ、それはダメだって! そんなもん入れたら、それこそ俺のケツが『無限ア◯ル』に――――あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁっ!!!!?

 

そして、屋上菜園にヴァイスの苦悶と僅かばかしの快感を含んだ絶叫が響き渡ったのだった。

 

 

「グランセニックの野郎! ふざけやがって! 俺の畑は思春期のガキの寝床じゃねぇんだぞ!」

 

尻にごぼうを突き立てたヴァイスを屋上から叩き出した小十郎は憤然としながら、畑の捜索を続けていた。

 

「でも、ヴァイスじゃないとしたら、一体誰が野菜を盗んだり、食べたりしたんだろうな?」

 

慶次が言った。

4人は畑の脇に設置された用具入れ兼休憩所であるプレハブ小屋に集い、休憩も兼ねて再び振り出しに戻った菜園荒し(小十郎はファーム・イレイザー(菜園消去屋)であると断定していた)の犯人を推測していた。

 

「ひょっとして人間ではないかもしれませんよ? それこそカラスとか、お猿さんだったりして…?」

 

キャロの口から出た「お猿」というワードに小十郎がピクリと反応し、慶次の方を向く。

 

「そういえば、前田…お前が飼っている小猿の夢吉も歯型付けさせたら、子供くらいのサイズになるよな?」

 

「ち、違うって! 右目の旦那! 夢吉はちょっと手癖悪い事もあるけど、人様の野菜に手を付ける事はねぇってば!………多分な」

 

「それに…」と言葉を繋ぐ。

 

「夢吉はさっき、ザフィーラと一緒に食堂で、缶ビール片手に野球中継観てたから、野菜泥棒なんて出来るわけがないっての!」

 

「慶次さん…さらっと言ってるけど、夢吉君って一体いくつなんですか?」

 

「やってる事、完全に唯のおっさんやな…っていうかザフィーラまで何しとんねん…」

 

さり気なく相棒のギャップの在りすぎる行動を説明する慶次に、キャロもはやてもますます、あの夢吉という小猿のキャラがわからなくなってくるのだった。

一方で、小十郎は、またしても容疑者がなくなった事に不服そうに頭を掻きむしる。

 

「アリバイ成立か…それじゃあ一体誰が……?」

 

小十郎が言った時だった―――

 

 

ガサガサガサ……

 

 

またしても、畑から何かがうごめくような物音が聞こえた。

4人が一斉に反応し、プレハブ小屋の唯一の出入り口の方を見据える。

 

「……聞こえたか?」

 

「はい」

 

「あぁ」

 

「間違いなく、誰かが畑におるな」

 

キャロ、慶次、はやての同意を確認すると、小十郎は一旦鞘に収めていた黒龍を再び抜きながら、プレハブ小屋の電気を消して、音を立てぬ様に引き戸を開けた。

 

「また誰か秘密の物を隠したり、掘り出しに来ていただけやったりして…?」

 

はやてが小声で言った。

 

「もしそうだとしたら、それはそれで許しがたい。俺の畑はリスの巣穴じゃねぇんだぞ」

 

知らぬ内にヴァイスに畑をAVの隠し場所にされた事が相当癇に障ったのか、小十郎は黒龍を握る手に力を込めながら、今回の音の発信源…メロン畑の方に向かって忍び足で近づいていく。

 

「なんで野菜畑にメロン…?」と不思議に思う父兄もいるかもしれないが、小十郎はミッドチルダで初めて知った豊富な果物にも魅了されたのか、それまで日ノ本でも栽培していた野菜に加え、これら果物の栽培にも熱を入れるようになっていたのだ。

中でも特に今、力を入れている果物のひとつがメロンであった。

 

メロンの苗木が並ぶ苗棚の脇に忍び寄った小十郎が、目で尋ねる。

それに対して、キャロ、はやて、慶次が頷くのを見て、小十郎はサッと苗棚の向こうにいる侵入者の前に躍り出た。

 

「そこにいるのは誰だ! そこで何をしてやがる!?」

 

怒声を上げながら小十郎は片手に黒龍を、片手に懐中電灯を手に取り、メロンの苗棚の隙間の通路を灯して、そこにいる侵入者の姿を捉えた。

 

「て、テメェは…!?」

 

唸る小十郎の後ろから覗き込んできたはやて達も、その人物を見て驚嘆の表情を浮かべる。

そこにいたのは、なんと―――

 

「……!? シグナム!!?」

 

シグナムだった。

意外な人物が畑にいた事もそうだが、今驚くべきはそこではなく、彼女が身に纏っている衣装だった。

いつも見慣れていた騎士甲冑の様なバリアジャケットでも、管理局の制服でもない…

いつも後手に縛ってポニーテールにしている筈の長髪をストレートに伸ばしたロングヘアーにし、その上にはオレンジ色とルビーが輝くティアラ、後頭部には可愛らしく赤いリボンを結んでいる。

はちきれそうな巨乳の谷間が見え、ひらひらとなびかせる薄いピンク色に小さな光が輝くのドレスを着こなす美しき西洋の国のお姫様のような姿だった。

 

「か…かか、片倉!? そ、それに主はやて…キャロに前田まで……!?」

 

「……えっと……失礼ですけど、シグナム副隊長………ですよね…?」

 

目の前に立つ場違いにも程がある装いをした人物が自分の上官と同一人物であるとにわかに信じられないキャロが、恐る恐るシグナムらしき謎の貴婦人に向かって問いかける。

 

「し…シグナムって…誰の事でしょうか…? 私はただの通りすがりの唯の姫“シム子”ですわ」

 

「やめろ。いろんな意味で痛々し過ぎて見ていられん。それより、一体その格好はなんだ? 夜遅くに俺の畑でそんな格好して徘徊するのがお前の掲げる“騎士道”というやつか」

 

小十郎が黒龍を鞘に収めながら、呆れのこもった声で問い詰めると、シグナムは元の口調に戻って弁解した。

 

「ち、違う! これは違うのだ! これは…つまり…あれだ。騎士たるもの時には守られるべき立場である“姫”からの目線で見る世界も経験しておく事も大事という古代ベルカの教えで…」

 

最早、意味不明な言い訳である。

 

「騎士が“姫”の話でもすりゃ信じてもらえるとも思ってんのか? もしテメェのいう風習が本当にあるとするなら、古代ベルカっつぅのはザビー教国(豊後の大友領)みたいなアホ丸出しの国と軽蔑させてもらうぜ」

 

容赦のない物言いで問い詰める小十郎にシグナムはたじろいで、後ろに仰け反る。

すると、その拍子にシグナムのドレスのスカートの裾から一冊の雑誌が落ちた。

どうやら、小十郎に見つかった際に咄嗟に隠していたものであろう。

 

「ん? それなんですか?」

 

「あっ!! それは…触ってはダメだ!キャロ!」

 

シグナムが制止する間もなく、雑誌を拾い上げたキャロは懐中電灯の灯りに照らして、その全容を晒した。

 

 

「「……『月刊 プリッチャ! ~女っ気のない貴方も今日からこれで女の子! 可愛さと色気で男子をイチコロにしちゃうファッション全部見せます大特集号~』…?」」

 

 

見るからに胡散臭い謳い文句の書かれたその雑誌は、明らかに10代前半から半ばの少女向けのファッション誌であり、その表紙にはゴシックロリータ調のファッションに身を包んだ少女達が華やかに写っている。

外見年齢は19歳。実年齢は人間の粋ではないシグナムにはあまりにお門違いな代物だった…

 

「「…………………」」

 

その表紙を見て、なんとなく小十郎とキャロは察した。

 

おそらくシグナムは、密かにコンプレックスに思っている『女っ気があまりない』事を克服しようと思ったが、その内容故に相談する相手が思いつかず、闇雲にファッション誌を見て勉強し、雑誌にあったゴスロリ系に挑戦しようとしたものの、チョイスした雑誌の適応年齢と自身の年増―――ゲフンゲフン! 年月を多く経験してきた事による価値観の若干のズレなどの数々の要因が重なった結果、今の奇怪なファッションを完成させてしまった。

そして、極力人に見られる心配がなさそうな場所を探って、ここへ来て一人ファッションショーをやろうとしたところへ小十郎達に見つかった…というのが事の真相であろう…

 

「お、おぉ……どうやら、シグナムは野菜泥棒じゃなさそうだな…」

 

「え、えぇ……勿論、ここで見た事は私達きっぱり忘れますから……」

 

「……………す、すまない…片倉…キャロ…」

 

気まずそうに本題だった野菜泥棒の事を引き合いに誤魔化そうとする小十郎と、苦笑を浮かべながら言葉を添えるキャロ。

明らかに2人に気を使わせている事に気づきながらも、それでも顔から火が出るほどに恥ずかしい想いをしたシグナムは感謝せざるを得なかった。

 

しかし、そんな忖度すべき空気の中、今まで黙っていたはやてと慶次は…

 

「「ぷっ…くくっ…くはは! アーハッハッハッハッハッハッ!!!!」」

 

笑いを堪えきれずに盛大に吹き出し、それから大口を開けて笑い出した。

たちまち場の空気が凍りつく。

 

「び、びっくりしたわぁ! まさか、シグナムが……シグナムが女の子らしく振る舞おうなんて殊勝な事考えてたやなんて…で、でもその格好は…ヒーッ! ヒーッ! くるし~~~!」

 

「でーへっへっへっ!! い、いや笑っちゃ悪ぃのはわかってるけどよぉ! どうやったら、ゴスロリがそんなお姫様みたいな恰好に行き着くわけ! これってあれ? 一種の願望的なもの!? 自分の意志って奴? だっははははははっ!!!」

 

「や、八神! 前田! お前らいい加減にしろ!」

 

今のシグナムに言ってはならないことをズケズケと言い放つ、はやてと慶次を小十郎が慌てて窘め、制止したが時既に遅かった…

見ると、シグナムは両目から滝のような涙を流し始める。

 

「えっ!? し…シグナム…さん…?」

 

「酷い……そんな言い方しなくても良いでしょ!!」

 

小十郎は唖然としながら、シグナムに声をかけようとしたが、彼女の暴走は止まらない。

 

 

「お姫様に憧れたっていいじゃない!………女の子なんだも~~~~ん!」

 

 

普段の声よりも何オクターブも高い聞いたこともない程のソプラノボイスを炸裂させながら、年甲斐もなく大泣きするシグナムに小十郎もキャロも驚愕し、そしてドン引いた。

 

 

「ちょっと待てぇぇぇぇ!! お前そんな事言うキャラじゃねぇぇだろ!? 完璧にキャラ壊れてるぞ!」

 

「シグナム副隊長! どうか正気に戻って下さい!!」

 

「そうやってシグナム。今どきの女の子ならそこは『ぴえん』って泣かな」

 

「いやいやはやて。ここは『ぴえん超えてぱおん』の方が―――」

 

「テメェらはもう黙ってろっ! バカ部隊長にバカ風来坊!!」

 

 

「ぴえ~~~~~~ん!! …超えて、ぱお~~~~~~~~ん!!」

 

 

「お前も、本当にそれで泣こうとすんじゃねぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

……っとこうしてまたも混沌とした喧騒と叫び声が夜の屋上菜園に反響するのであった。

 

 

 

 

小十郎達が屋上で、号泣しだしたシグナムを宥めていた頃―――

機動六課隊舎のすぐ近くの防風林では不自然に盛り上がった土が崩れ、人間が一人分やっと通れそうなサイズの穴が開いていた。

その穴の中から、ゆっくりと“それ”は這い出てきて、そして目の前に聳える隊舎を見据えると、腹の中から獣のうめき声の様な音が鳴り響いた。

 

「ある……この先に………“片倉印の野菜”が……」

 

自分が食らうものの中でも指折りに美味なその味が近い事を感じた“それ”の空腹は最骨頂に達しようとしていた……

 

 

 

 

「ったくどいつもこいつも…人の畑をなんだと思っていやがるんだ」

 

と、相変わらず一人憤慨する小十郎。

 

「ここは恥ずかしいコレクションの隠し場所でも、一人ファッションショーの舞台でもねぇ。野菜の殿堂だって事をここの連中はいまいち理解していないようだな」

 

「いやいや、その“野菜の殿堂”ってのもまた違うと思うけど…」

 

プレハブ小屋の中に設置された畳四畳分の休憩スペースの上で胡座をかきながら、慶次は既に半ば退屈してきたのか、スマホを片手に操作しながら片手間に話を聞いていた。

結局、あれからどうにかシグナムを宥める事に成功した小十郎達は一先ず、シグナムにプレハブ小屋を貸して、はやてとキャロにも手伝わせながら、いつもの管理局の制服に着替えさせた後、隊舎の中に返したものの、自分の恥ずかしい一面を知られた事がよっぽどショックだったのか、柄にもなく肩を落し、重い足取りで帰っていく姿が非常に痛々しく感じられた。

 

「まぁ、とにかく…やっぱり、野菜泥棒の件は単にネズミかカラスの仕業とちゃうか?」

 

「そうですよ小十郎さん。普通に考えて、この隊舎で野菜の盗み食いする人なんていませんよ」

 

「う~ん…しかしだな…」

 

はやてやキャロの言葉を聞いても、まだ納得できない様子の小十郎であったが、プレハブ小屋の壁にかけられた時計を見ると、時刻はもうすぐ23時…隊舎の消灯時間も迫っていた。

これ以上、キャロや慶次、はやてを振り回すわけにもいかない事は、いくら野菜狂いの小十郎とて弁えている。

 

「…そうだな。一先ず、今宵はここまでか……」

 

小十郎は不承不承ながらも、今夜の屋上菜園の見張りと野菜泥棒の取締の切り上げを決意するのだった…

 

「あぁ~あ。結局、天体観測は出来なかったし、竜の右目の野菜を狙う命知らずな野菜泥棒の顔も拝めなかったし…残念だねぇ~」

 

「まぁまぁ、その代わり、シグナムのオモロイ一面見れたんやから良しとしようやないの? プププ」

 

そう言って、はやてはスマホに収めた『シム子』姿のシグナムの写真を見て、また吹き笑いしていた。

一番知られたくない人にとんだからかいネタを掴まれてしまったシグナムに対して、小十郎は深く同情しながら、プレハブ小屋の引き戸を開けた。

その時だった―――

 

 

 

 

ガサ…ガサ…ガササ……

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

小十郎達の耳にまたまた聞こえてきた謎の物音。

だが、これまでヴァイス(秘蔵のAV隠しの無限ア◯ル野郎)シグナム(勘違いゴスロリ姫シム子)ときたせいか、慶次やはやて、キャロは言わずもがな、小十郎でさえも、流石に半信半疑の色が濃い反応だった。

それでも、一応畑の中に怪しい動きがあった事には変わりない為、調べる必要はある。

小十郎は、何度目かわからない黒龍を鞘から引き抜いて、音の出どころに向かって忍び寄る。

そして…

 

「こ、コイツは!?」

 

「な、何ですか!? 小十郎さん!」

 

「見つけたん!?」

 

慌てて小十郎の後を追う慶次、はやて、キャロ。

その場所は先程、取らずに直接食われる被害に遭った茄子畑の裏手だった。

そして、キャロ達の視界に、膝立ちしながら見下ろす小十郎と、その脇に整列して並んだ茄子の苗の根本に横たわる小さな影の姿が入ってきた。

 

「誰だい? 猫か? カラスか?」

 

慶次が尋ねる言葉を耳にしながら、キャロ達は小十郎の元に駆け寄り、ゆっくりと近づいてその正体を確認すると―――

 

 

 

「きゅる~……きゅる~……zzz」

 

「ふ…フリード!?」

 

 

 

そこにいたのは、キャロの使い魔の竜 フリードであった。

大きくなった腹が満腹である事を証し、その周囲には食べ散らかされたナスやネギの残骸が数個転がっている。

当の本人はお腹が一杯になったからか仰向けになって寝ていた。

この状況を見てその場にいた全員が、フリードが野菜泥棒の犯人であるという事をすぐに理解した。

 

「あ、あちゃ~…犯人……フリードやったみたいやな……」

 

「て…テメェか…」

 

小十郎は震える声を上げながらフリードを睨みつける。

キャロはその様子を見て、顔を青ざめ、ガタガタ震え始めた。

 

小十郎のこの様子からして、明らかに怒っている事は一目瞭然であろう…キャロはまさかの自分のパートナーが野菜泥棒していた事に驚かされつつ、小十郎にどう弁明しようか必死に頭をフルに働かせて考えるが、答えが見つからない。

慶次とはやてもかける言葉が見つからず、冷や汗を浮かべながら事を見守っていた。

 

そして、小十郎はゆっくりと寝ているフリードに近づくと、片手を伸ばした。

 

「「ちょ、小十郎さん!」」

 

「竜の右目!」

 

これから小十郎が行おうとする野菜泥棒=フリードへの恐怖の制裁を想像してキャロが悲鳴に近い声を上げ、はやてや慶次も慌てて小十郎を止めようとする。

 

すると小十郎は……

 

 

 

………お前は味がわかる奴だな…♡

 

 

「「「えぇっ!?」」」

 

 

なんと普段の小十郎からは考えられない、周りに花の舞うような笑顔を浮かべると、フリードの腹をポンポンと優しく叩いた。

 

「うまかっただろ? どうやらナスもいい出来に仕上がったらしいなぁ…」

 

小十郎はそうつぶやきながら、笑顔のままキャロの方を振り向いて…

 

「大事にしてやんな……」

 

優しく微笑みかけた。

 

「えっ!? あの…小十郎さん?」

 

まさに予想外過ぎる小十郎の反応にキャロは思わずポカーンとした表情を浮かべた。

 

「えっと、なんというか……自分の野菜を美味そうに食ってくれたから嬉しかったんだと思うよ」

 

慶次がキャロの耳元でささやくように、補足を入れる。

 

「…ほんま、小十郎さんの中の野菜の価値観ってよぅわからんわぁ…」

 

はやては呆れた口調で呟くのだった

 

「……けどまぁ、よかったじゃないの。これで野菜泥棒の正体も判明したし、これで万事解決―――」

 

そう慶次がそう言って〆ようとしたその時だった―――

 

その時だった。

突然けたたましい警報音が鳴り、はやての前に『INTRUBER』の文字が書かれたホログラム画面が投影される。

 

「こ、これは…“不審人物警戒態勢”の特殊アラート!?」

 

「なんだと…つまり、侵入者か!?」

 

小十郎の問いかけに頷きながら、はやてはホログラムコンピュータを操作して司令室と繋いだ。

 

「グリフィス君! 一体何事や?」

 

《部隊長! 先程、中庭の監視カメラが不審な人物をとらえ、確認したところ何者かが穴を掘って、敷地内に侵入した痕跡があるのが確認されました! もしかしたら、豊臣の間者の可能性もあるので、念の為に警戒態勢をとりました!》

 

通信越しにグリフィスの報告を受けている間に、はやてや慶次、そして柄にもなく朗らかになっていた小十郎も、いつしか「仕事」モードの顔に変わっていた。

 

「わかった。とりあえず、フォワード全員と各分隊長、副隊長へロビーに集まるように指示を出して。直ちに隊舎内をくまなく捜索や」

 

《了解です》

 

通信を切ったはやては、この場にいる3人に指示を送った。

 

「聞いたとおりや。キャロ(ライトニング04)小十郎さん(イレギュラー03)はロビーにて他の前線メンバーと合流後、施設内部、周辺をくまなく捜索。慶ちゃん(ロングアーチ06)は私と一緒に司令室で戦術立案のサポートをお願いします」

 

「了解!」

 

「承知!」

 

「任せとけって!」

 

そして、4人はそれぞれ行動を開始―――

しようとした時、眠ったままのフリードを抱え上げたキャロが、農作業を手伝った際に愛用デバイスであるケリュケイオンを着替えと一緒にプレハブ小屋の中に置いてきてしまった事を思い出した。

 

「いけない! 私、ケリュケイオンをプレハブ小屋に置いたままでした! 皆さん! 先に行っていてください!!」

 

「わかった。遅れるなよ」

 

頷き、了承した小十郎を先頭に、はやて、慶次と続いた3人は屋上の出入り口から、階段を降りていくのだった。

 

一人、屋上に残されたキャロはプレハブ小屋の中に入って、中に置かれていたケリュケイオンを手に巻くと、フリードを片手に抱えたまま、急いで小十郎達の後を追いかけようとした。

ところが…

 

 

バリバリバリ…モグモグモグ……

 

 

「えっ!?」

 

屋上の出入り口に向かおうとしていたキャロの足が、思わず止まり、誰もいない筈の菜園を振り返った。

 

 

バグッ……ムグッ…ムグッ…ガリバリボリ…

 

……否、いる。

誰かが間違いなく、この畑にいる。ひっそりと獣のように息を潜めて…畑に成った野菜を食べている。

 

まさか…いや、十中八九間違いない。

今しがた、警戒態勢が発令された“侵入者”だ。それも、小十郎が先程まで血眼になって追っていた件のファーム・イレイザー(菜園消去屋)である可能性が十分、いや十二分に高い…

 

(まさか、小十郎さんがいないこの時に…!?)

 

まさかの事態に応援を呼ぶべきか迷うキャロだったが―――

 

 

ガサゴソ…ガサゴソ…

 

 

「!?」

 

突然、キャロの近くにある大豆の苗の列の後ろ辺りで、人らしき影が動くのがはっきり見えた。

そこは確か人参畑がある辺りである。

 

「だ、誰ですか!? そこにいるのは!?」

 

キャロが条件反射的に叫びながら、ケリュケイオンをセットアップし、人参畑に向かって一発の牽制用の魔力弾を片手から発射した。

勿論、人参や大豆を間違って吹き飛ばさないように細心の注意を図っている。

 

「ムガッ!?」

 

すると大豆の苗の向こうから、寄生が聞こえると共にサッと青緑色の影がキャロの前に飛び出してくる。

 

「―――!!?」

 

キャロは思わず、硬直した。

畑の中から躍り出てきたのは、全く見たことのない奇怪な身なりをした男だったからだ。

青緑色を基調にした色合いに、縁に獣の毛皮らしき装飾をあしらったマタギの服装の様な戦装束姿に、毛虫の様な形の前立てがあしらわれた編笠―――

栗色の髪を乱雑に切った短髪と、金色に輝く野性味溢れる瞳、その右目の部分に斜めに走った刀傷―――

そして獣の牙のように鋭い鋭利な八重歯が、特徴的な小柄な少年…否、少年から青年になったばかりの年頃…おそらくスバルやティアナと同い年か少し上と思われる彼の手には、今しがた人参畑から失敬したものらしき土塗れの人参が握られていた。

 

「………ガリッ! バリバリバリバリ!!」

 

そして、その土に塗れた人参を何と青年は躊躇う事なく齧りつき、バリバリと食べたのだった。

その行動にキャロは思わずドン引きし、一歩後ろに下がる。

思わぬ事で驚かされながらも、とりあえず青年を尋問しようとする。

 

「…貴方は一体誰ですか?」

 

「…………ボリボリボリ…」

 

キャロが恐る恐る尋ねるが、青年は人参を咀嚼するばかりで何も答えない。

 

「あの…」

 

キャロが再度、声をかけながら一歩踏み出そうとしたその時。

 

「俺の大好物……食べるのを邪魔する奴は………許さねぇ……」

 

「えっ!?」

 

やっと青年が口を開いた。

しかし、その言葉の内容は明らかにキャロに対する敵愾心が感じられるものだった。

キャロは危機感を覚え、いつでも戦える様に臨戦態勢をとろうとしたが、その前に青年は背中に両手を回すと、背中に隠していたのか二本の長物を取り出してきた。

 

「ッ!?……白鞘の刀に……木刀!?」

 

青年の手に握られていたのは曲線のかかっていない刀身が特徴の白鞘の直刀に、大太刀程の長さの木刀だった。

剣士…にしては奇妙なチョイスの武器を構えた青年に呆気取られながらも、キャロは慌てて、対応できる武器はないかと辺りを見渡す。

正式に魔剣士としての訓練を受ける事となり、指導も受けているキャロであるが、まだ自分の魔剣士としてのデバイスは完成しておらず、今自分が持っているケリュケイオンだけでは青年の構える白鞘直刀や木刀に応対できない。

 

「ッ!? キュクルーーッ!!」

 

主の窮地を察してか、今しがたまで気持ちよさそうに眠っていたフリードが目を覚まし、キャロを庇うように青年の前に立ちはだかって、威嚇の咆哮を上げた。

その隙にキャロはプレハブ小屋の入り口の脇に立て掛けてあった籠の中から、訓練用の木刀を取り出した。

これは本来、農作業用の鍬や鋤を入れる為のものだが、時折、小十郎が思いつきや時間つぶしから剣術の訓練ができるように、2、3本木刀もいれていたのだ。

 

青年は木刀を取り出して構えてきたキャロ、そして彼女の前に浮遊するフリードを無言で一瞥する。

強い海風が吹き抜ける中、不意に―――

 

 

グウウゥゥゥゥゥ…

 

 

青年の腹の音が鳴った。

 

「えっ…!?」

 

「そいつ、新種の鳥か?…焼き鳥にしたら“美味そう”だな……」

 

「キュルッ!!?」

 

「や、ややや、焼き鳥ぃぃぃ!!」

 

青年の言葉を聞いて、キャロもフリードもぎょっとした。

この謎の青年は相当に腹が減っているようだが、なんと子竜のフリードを『鳥』と勘違いして食べようと考えている様子だった。

 

「私のフリードを焼き鳥になんかさせません! っというか、フリードは鳥じゃなくて“竜”ですよ!!」

 

キャロは抗議の声を上げながら、ケリュケイオンからピンク色の魔力弾を発射する。

それに合わせるようのフリードも口から火炎弾を放射して青年を攻撃した。

しかし、青年は猿の様に軽やかなバックステップを披露して、魔力弾と火炎弾を避け、それでも回避しきれないものは両手に持った白鞘直刀と木刀で弾いてみせた。

攻撃を防ぎながら、青年は不服そうな表情を浮かべて言った。

 

「“竜”だって? チィッ! ツイてねぇ…!! 竜は“伊達”の神彫磨亞苦(シンボルマーク)だから、おいそれと食うわけにゃ、いかねぇんだよな…!!」

 

「えっ!? 今、“伊達”って言いました…!?」

 

喧騒の中で聞こえた青年の言葉に反応して、攻撃の手を止めて、再度問いかけようとするキャロ。

だが、青年の方は今の攻撃ですっかり、“戦闘モード”に入ってしまったようで、キャロの攻撃が止まったのを確認すると、そのまま直刀と木刀を構えて、駆け出してきた。

 

「キュクルッ!!」

 

敵対者が迫っているのに応戦の指示がないキャロに、フリードが警鐘を鳴らすように吠える。

その声にキャロが気づいた時、既に目の前には直刀と木刀を振りかぶりながら、飛びかかってくる青年の姿があった。

 

「キャアッ!?」

 

キャロは手に持っていた木刀を上段に構え、振り下ろされた二振りの刀(+木刀)を受け止めるが、その力の強さに圧され、思わず吹き飛ばされそうになる。

 

(ブーストアップ!)

 

しかし、そこは伊達に、日頃から補助魔法に特化しているキャロである。

攻撃を受け止めると同時にケリュケイオンに補助魔法の『ブーストアップ』を念じ、防御姿勢に強化のアシストをかける事で、本来ならあっけなく吹き飛ばされてしまうこの一撃をどうにか耐える事に成功させた。

 

一方、青年は一見無垢な少女であるキャロが自分の渾身の斬撃を受け止めた事に一瞬驚いていた。

 

「…唯のガキと思ってたけど…剣術の鍛錬は積んでいるんだな?」

 

青年は身体を独楽のように高速で周しながら、後ろに飛び引くと、キャベツ畑のど真ん中に着地した。

 

「面白ぇ! いきなり、わけのわからないへんてこな世界に来てから、まともに敵らしい敵と戦ってなかったからな! “兄ちゃん”達を見つけるまでの肩慣らしに丁度いいってもんだぜ!」

 

そう言って青年は、足元に実っていたキャベツをひとつもぎ取ると、葉を一枚も捲る事なく、無我夢中に齧りつき、食べてみせた。

土がついていようが、余計な葉があろうが、お構いなしに、野菜を手当り次第に狂い食らうこの青年…とんでもない悪食である。

 

しかも、彼が今食べ散らかしているのは、事もあろうに野菜に関しては一癖も二癖も…否、百癖も千癖もこだわりの強い片倉小十郎が手塩に育てた野菜である。

そんな小十郎の野菜をこんな無残に食い散らしたなんて事がバレたりしたら、文字通り極刑は免れないであろう…

 

「ま、待って下さい! とりあえず私の話を聞いてくれませんか!?」

 

「…話を聞くなら……ここの野菜全部食っていいのか?」

 

「えっ…!? そ、それは……」

 

あまりにも無茶振りな青年の交換条件に、キャロは言葉を詰まらせる。

すると、青年は「ヘッ!」と鼻で笑いながら2個目のキャベツをもぎ取り、食べた。

 

「ここの野菜は間違いなく、俺が探し求めていた大好物『片倉印の野菜』! ここへ来てから、ずっと代わり映えのない平凡な味の野菜ばっか食ってきてむしゃくしゃしてるから、今はコイツを腹いっぱい食うまで、俺は誰の指図も受けねぇよ!!!」

 

「えっ!? どうして貴方がこの野菜の事を!? それにさっきは『伊達』って言ったり…ホントに貴方は一体誰なんですか!?」

 

しかし、青年はキャロの質問に答える事なく、再び直刀と木刀を構え、キャロに向かって駆け出してきた。

青年の様子に、今は何を言っても無駄であると踏んだキャロは、一先ず説得は諦めて、青年を少しでも大人しくさせるべく、やむを得ず応戦する事にした。

両者は正面から、それぞれ得物を打つけ、組み合った。

 

「オラァァ!!!」

 

「うぅっ……!」

 

突進と共に繰り出してきた兜割りを今度は八相の構えで受け止める。

それでも、やはりスタミナの差がある分、どうしてもキャロの方が不利になってしまう。

キャロの小柄な身体はそのまま数メートル程後方に押し戻されてしまう。

どうにか、フリードが背後に回って、キャロの背中を押す事で威力を相殺に近い形に持ち込んだ。

 

「やるなお前! だが、美味いもん食った時の俺はこんなもんじゃすまねぇぜ! 受けてみやがれ! “三牙月(みかづき)流…『とにかくきる!』“」

 

「それが技の名前!?」と思わずツッコんでしまいそうになる程に珍妙な技名を唱えながら、青年は上下右左と全ての角度からの怒涛の素振りの乱撃を繰り出してきた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

その攻撃は、『三牙月(みかづき)流』なる大層な名前に反して、ただデタラメに直刀や木刀をぶつけてるだけであるが、青年自身の優れた身体能力を併せる事で、まだ剣士としては駆け出しなキャロにはいなしきれない程の大技として一応完成していた。

キャロはどうにか木刀で繰り出される打撃を弾いていくが、やはり完全に防ぐことはできず、肩や脇腹などに木刀が当たる。

その威力はバリアジャケットで防護されてなおも、なかなかに痛む程のものだった。

 

(うぅ…この人…技はデタラメだけど、力は強い…! このまま耐えているだけだと、やられちゃう…!)

 

「ヒャッホォーーー!!! やっぱり、大好物を食った時は、力が出るもんだなぁ!!」

 

自分が優位に立ったのを理解したのか、青年は少し調子に乗りはじめており、同時に唯でさえ乱雑な攻撃の手に更に大きな隙が生じ始めていた。

その隙間をキャロは見逃さなかった。

 

「片倉流…基礎技法 “竜頭”!!」

 

「なぁっ!?」

 

キャロは前方に跳躍すると木刀を突き出して、鋭い刺突技を放った。

これは、師・小十郎から伝授された刺突技の一番初歩の技であり、キャロが現時点で唯一完璧に習得済みの技であったが、それでもその身軽さと『ブーストアップ』で強化された身体能力を生かして、常人であれば目に止める事のできない速さを実現していた。

 

それでも、青年はサッと身を翻して、突き出される木刀を回避してしまった。

しかし、その顔は何か違う意味で驚きを隠せない様子だった。

 

「……なんでお前が、その技を使ってんだ?」

 

地面に着地し、直刀と木刀を構えたまま、青年は怪訝な顔つきで尋ねる。

 

「ここの畑の野菜といい…お前の使う技といい……そしてこの隊舎から感じる“匂い”といい……やっぱり、 ここに“兄ちゃん”と“小十郎の兄貴”がいるのか!?」

 

「!? “兄ちゃん”…!? 小十郎の…“兄貴”!?」

 

キャロの脳裏に青年の言葉がパズルのように組み合わせていく。

今しがた聞いた事に加え、先程耳にした『伊達』…これを組み合わせていくと、この青年の正体は――――

 

「もしかして貴方は…奥州伊達軍の――――」

 

だが、青年の方は少々短慮が過ぎるのか、キャロの返答を待たず内に、より一層強い闘志を見せながら、構え直してきた。

 

「上等!…ガキだと思って手ぇ抜いてるつもりでいたけど、兄ちゃん達の事何か知っているというのなら話は別だぜ!…ここでテメェを打ち負かして、是が非でも兄ちゃん達の居所吐いてもらうからよぉ!!」

 

そう言うと、青年は一度、片手に持っていた木刀を地面に突き立てると、腰に横向き下げていた刀袋を取り出すと、その紐を解いて、中に仕舞っていた三本目の刀剣を取り出してきた。

 

それは、他の二本どころかキャロがこれまで見てきた刀の中でも特異な形状のものだった。

その刀剣はなんと鞘も鍔も柄も無く、そればかりか鍔や柄に挿す為の茎と呼ばれる部位や目釘穴さえも作られていない端から端まで全て刃だけで構成された刀だったのだ。

一応申し訳程度に刀身の真ん中当たりにサラシを巻きつける事で手に取っても傷つけないように配慮されている部分はあれども、それでも常人であればとてもではないが振るばかりか持つことさえもままならない代物である。

 

しかし、青年はそれを躊躇う事なく、右側の裸足の足の親指と人差し指の間に挟むようにして掴むと、そのまま地に突き立てた木刀を握り直して、片足立ちで3つの珍刀を構えてみせたのだった。

 

「えっ!!?」

 

躊躇う事なく、実に非効率的な構えを見せた青年にキャロは思わずあっけにとられる。

 

「ヘヘヘッ…これこそ、俺の三牙月(みかづき)流の真骨頂だ。コイツを構えた以上…悪ぃが全力でいくぜ?」

 

「えぇっ!? でも…その構え方、逆に動きづらいんじゃないですか?」

 

キャロは思わず心配する様な事を言うが、青年は返事を返す代わりに刃だけの刀…無柄刀(むえとう)を掴んでいない方の足だけで、地面を蹴るとまるでホッピングで跳ねたかのように今まで以上に軽やかな大ジャンプを決めてきた。

 

三牙月(みかづき)流…『さんだんおち!』」

 

「だから、技名のセンス!」とツッコみたくなるような技名と共に一気にキャロの目の前まで迫ってきた青年は、直刀と木刀をそれぞれ順に薙ぎ払ってくる。

キャロはこれをどうにか木刀で弾き凌ぐが、青年はそれを待っていたと言わんばかりにニッと八重歯をむき出して笑みを浮かべる。

そして、無柄刀(むえとう)を掴んだ足を横に払うようにして、華麗な回し蹴りを繰り出してきた。

 

回し蹴り自体の威力に加え、指で掴んだ刀が振り回された事による遠心力も利用し、蹴りの際に起こる僅かな風の威力を倍増しして、かまいたちの如き風の刃が巻き起こり、守りの構えを取っていたキャロを直撃した。

 

「キャアッ!!?」

 

「キュクルーー!!」

 

キャロは風の刃の切断効果こそ相殺すれども、その風圧は相殺する事ができず、後ろにいたフリードも巻き込んで、人形のように吹き飛ばされ、数メートル後ろの屋上菜園の外の地面に叩き落とされた。

そのはずみで、木刀が手から取り落とされて数回地面を跳ねながら遠くの方へと転がっていってしまう。

 

「もらった!」

 

青年は足を蹴り上げて、無柄刀を宙に投げ飛ばすと、今度はそれを口で咥える…所謂、某『海賊狩り』の様な構えをとってみせた。

 

三牙月(みかづき)流奥義…“まぐなむすとらいく”! こいつで決めるぜ!!」

 

青年は無柄刀を口に加え、直刀と木刀をそれぞれ手の中で回転させながら、キャロに向かって駆け出してくる。

キャロは大技を放ちながら迫ってくる青年の姿を見据え、傍らに倒れていたフリードを抱えながら、敗北を覚悟して強く瞑った。

 

「そこまでだ! 侵入者め!!」

 

不意に屋上菜園に怒声が響き渡ったかと思いきや、キャロの背後からひとつの影が飛び越えて、対っていた青年の元へと飛びかかる。

 

「ぐぎゃあっ!?」

 

同時に、刃を返した状態で放った十字の斬撃(峰打ち)を繰り出すと、今度は青年の方が人形のように軽々と吹き飛ばされて、畑の向こう側へ墜落していった。

 

最早、助太刀に入った人物について説明は不要であろう。畑の主、小十郎である。

侵入者の捜索の為にロビーに集まったはいいが、一向に降りてこないキャロを案じていた矢先に屋上から聞こえた剣戟と喧騒に只ならぬ事態を察し、引き換えしてきたのだ。

当然、彼の後からは……

 

「「「キャロ! 大丈夫!?」」」

 

「怪我はない!?」

 

スバル、ティアナ、エリオのフォワードチームに、政宗ら六課在籍の戦国武将陣の内、ロングアーチにいる慶次を除いた5人、そしてなのは、フェイト、ヴィータ、シグナムら隊長・副隊長陣と前線メンバーのほぼ全員が続いて屋上へやってきた。

 

フェイトとエリオがキャロとフリードの怪我の具合を案じている間に、政宗達は敵に一太刀浴びせた小十郎の下に駆け寄る。

 

「政宗様。手加減はしましたが、おそらくもう派手に抵抗は出来ますまい。奴は茄子畑の裏に…」

 

「よし。あとはアタシらに任せろ。スバル、ティアナ。手伝え」

 

「「はい!」」

 

既にバリアジャケットに着替えていたヴィータがそう言うと、同じくバリアジャケット姿のスバル、ティアナを伴いながら、先陣を切って茄子畑の裏に回り込むと、一斉に侵入者がいるであろう苗木の中へと飛び込んだ。

 

「あっ! いたぞ!」

 

「こらぁ! 無駄な抵抗はやめなさい!!」

 

「大人しくしろ…ってば!!」

 

「あ痛ててて! くそぉ! 離せ! 離しやがれ!」

 

茄子の苗木の向こうから聞こえるヴィータ、スバル、ティアナの声に混じって聞こえてくる侵入者の声に武将達が怪訝な顔つきを浮かべる。

 

「Ah?」

 

「ん?」

 

「この声って……」

 

「どこかで…?」

 

「聞き覚えがあるような……?」

 

政宗、小十郎、幸村、佐助、家康が、聞こえてくる侵入者の声にそれぞれ強いデジャブを感じているような反応を示していた。

そこへ、茄子畑の中からヴィータと、侵入者を両脇からそれぞれ取り押さえたスバルとティアナが出てきた。

 

「手こずらぜやがって! ドロボー野郎!」

 

「管理局施設への不法侵入、公務執行妨害の現行犯で逮捕します! えへへへ…これ一度言ってみたかったんだよねぇ」

 

「真面目にやりなさいスバル! コイツも豊臣の間者だったりしたらどうするのよ!」

 

ティアナのその言葉を聞いた青年が、心外だと言わんばかりに吠え始めた。

 

「はぁ! 豊臣ぃ!? ふざけんな! 誰があんな山猿共の仲間になるかっつうの! 奥州伊達軍を舐めんじゃねぇぇぇ!!」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

青年の口から出た言葉に、彼を取り押さえていたスバルとティアナ、そしてなのは達は思わず動きを止める。

 

「い、今なんて言った…? 奥州伊達軍…?」

 

ヴィータが問い返す中、青年の声、そしてその姿格好をはっきりと目に留めた武将達…特に政宗と小十郎が、驚きと呆れ、そして嬉しさを含めた声で呼びかけた。

 

「お前……もしかして、“成実(しげざね)”か…!?」

 

「えっ!?」

 

政宗の呼ぶ声に意表を突かれ、驚く青年の下に、小十郎が近づき、彼の被っていた編笠を取って、その顔をはっきりと晒してみせた。

 

「こ、これはしたり! まことに…成実殿ではござらぬか!?」

 

「本当だ! 久しいな! 成実!」

 

「成実」と呼ばれた青年の顔を見た幸村や家康もそれぞれ、驚きと喜びに満ちた声を上げる。

一方、青年の方もまた、家康や幸村、佐助、そして小十郎、政宗と一瞥してその顔を確認すると…

 

「に………にに、に…………」

 

「に?」

 

 

「“兄ちゃーーーーーーーーーーーーん”!! “小十郎の兄貴”ぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

「うわっ!」

 

「きゃあ!」

 

突然、弾んだ声を上げながら、取り押さえていたスバルとティアナを振り払い、政宗に飛びついた。

これがスバル、ティアナのような美少女やエリオ、キャロのような幼い少年・少女がやれば、ライトノベルやギャルゲーなどでよくありがちな展開で見栄えも良いが…これをやっているのは、少年…っと呼ぶには少し年を重ねすぎた青年であり、決して見栄えが悪いわけではないが、それこそこういうジャンルを好む腐女子以外はあまりそそられない光景であった。

 

「ちょ…待…」

 

「兄ちゃん! 兄貴も! 無事で…無事でよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やっぱり俺の鼻は正しかったみたいだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「わかった! わかったから、政宗様から少し離れろ!!」

 

小十郎は慣れた様子で、政宗にがっしりとしがみつく青年を引き離そうとするが、青年は断固として政宗から離れようとしない。

 

「そりゃ離れたくなくなるってばさぁぁぁぁ! 天下分け目の戦に伊達軍総出で出陣した兄ちゃんも兄貴もいなくなったって聞いて、居ても立ってもいられなくて、日ノ本中探そうとしたら、いきなり訳のわからない光に包まれたと思ったら、見たこともない変な世界に来ちまうし…ここの野菜はどれも平凡で美味くねぇし…もぉ今まで俺散々だったんだからよぉぉぉ! 一体何がどういうわけ? ちゃんと説明してくれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「お…OK、OK! 積もる話なら後でするから、まずは周り見ろ」

 

まるで飼い主に久々に再会した犬のように大喜びする青年を何とか宥めようとする政宗。

そんな、政宗達の会話を呆然と聞いていたなのは達。

何も知らないなのは達は、一から十まで状況が理解できずに困惑しっぱなしだった。

 

「えっと…この子は、一体誰なの?」

 

なのはの問いかけに、応える余裕がなさそうな政宗達に代わって、幸村と家康が説明した。

 

「うむ…某達も伊達軍との合戦の折に何度か相見えた程度なのでござるが……()の御人の名は“伊達 藤五郎 成実”殿。片倉殿に並ぶ、奥州伊達軍の幹部でござる」

 

「更に言うと、独眼竜の“義兄弟(おとうと)”だ」

 

「「「「「お…おとうと!!?」」」」」

 

歓喜の嬉し涙を滝のように流して騒ぎ立てながら、胸元を激しく揺さぶり動かす青年…伊達成実とそれに揺さぶられ、呆れながらも至ってクールな振る舞いを崩さない政宗の対照的な二人の様子を見比べながら、なのは達は驚嘆の声を上げるのだった…

 

 

 

 

奥州伊達軍といえば、その大胆不敵な行動力とカリスマ性で一軍を率いる筆頭 “伊達政宗”と、そんな政宗を支え、知略・武芸共に抜きん出た才能を誇る副将 “片倉小十郎”の2人の存在が日ノ本中にその名を轟かせていたが、実はもう一人…政宗や小十郎程ではないものの、伊達軍には知る人ぞ知る名物の“特攻隊長”の存在があった……

 

その名は、伊達藤五郎成実―――

 

政宗と同じ伊達家の血を継いだ“兄弟”であり、まだ17歳という若さで伊達軍の一番槍を務める血気盛んな若武者だった。

伊達家宗家の跡取りである政宗と違い、伊達一族の家人と農民の娘との間に生まれた半士半農の出身ながら、ある経緯を経て、伊達家に引き取られてからは、政宗と小十郎から実弟同然に育てられ、唯一心を許せる肉親として大事にされ、自身も政宗達を心から慕ってきた。

 

敬愛する政宗の天下取りの為にその力を捧げる事を決めてからは、農民生まれ故に養われた打たれ強さと、伊達一族の遺伝子である武人としての才能を併せる事で、政宗、小十郎の主導の下、天下統一に向けて躍進する伊達軍に貢献し、目覚ましい活躍を重ね、いつしか伊達軍をよく知る者の間では『“智”の小十郎と“武”の成実』、『竜の牙』の二つ名を与えられるまでになった。

 

当然、幸村が属する武田軍や家康率いる徳川軍と交戦した折に、それぞれ彼らとも刃を交わした経験があった。

特に幸村とは、政宗の好敵手という事で執拗に突っかかろうとしたが、やはり幸村にはまだ及ばなかったのか、その都度返り討ちに遭い、また政宗から「アイツは俺の大事なRivalだから絶対に手を出すな」と厳命された事もあって、その後は極力手を出さないように気をつけるようになった。

 

 

そんな成実だが、何故政宗、小十郎がミッドチルダに飛ばされるきっかけになったあの信州上田における武田軍との合戦に参陣していなかったのか…?

 

それは関ヶ原の合戦の直前まで遡る。

徳川軍率いる東軍、そして石田軍率いる西軍…日ノ本を二分して争う事となった天下分け目の戦に際し、東軍側に与する事を決めた伊達軍には東軍本陣よりふたつの使命が科せられる事となった。

 

一つは信州上田にて、関ヶ原の合戦に赴く東軍本隊を西から攻め来る西軍本隊と挟撃する策を図ろうとしていた真田幸村率いる武田軍、そしてその武田軍の主力である真田昌幸率いる真田軍の両軍を足止めし、武田・真田両軍の計略を阻止する事―――

 

そしてもう一つが、西軍の北陸方面軍の主力として徳川方へ就いた越中、東北諸国の諸大名制圧を図ろうとした豊臣五刑衆第五席 上杉景勝率いる上杉軍の進撃を阻止する事だった―――

 

どちらも結果次第では関ヶ原にいる東軍主力の戦況さえも大きく左右する重大な任務だけあって伊達軍…ひいてはその軍略を一手に任されている小十郎は考えに考えた末に伊達軍を2つに分ける策を練った。

そして、信州方面の武田・真田両軍への牽制隊を政宗と小十郎が…越中方面の上杉軍への迎撃隊を成実がそれぞれ率いる事を思いつき、その大役を自ら成実に命じたのだった。

 

勿論、成実としては兄と慕う政宗や小十郎と共に行きたいのが本心であったが、それでも東軍…ひいては伊達軍の命運を賭けた大事な使命を任された嬉しさもあって、二つ返事で了承した。

 

とにかく、自分にできる事で政宗や小十郎の力になれるのならどんな事でも惜しまずに協力する。

それが成実の掲げるポリシーだった。

それはある事情から、政宗達に救われた恩義であり、それ故に政宗や小十郎が自分を信頼して、大役を任せてくれるのであれば、それを断ろうだなんて気持ちは微塵も起きなかった。

 

こうして、成実は伊達軍の別働隊を任され、伊達軍とはあまり馬の合わない隣国で同じく東軍方に就いた『羽州の狐』の二つ名を持つ“最上義光”率いる最上軍と一先ずの休戦と共闘の協定を結び、共に最上軍の支城の一つ『長谷堂城』まで迫ってきた上杉軍との合戦に挑む事となった。

 

これが世に言う関ケ原の戦いから連なる天下分け目の合戦の一つ『慶長出羽合戦』である。

 

激戦の最中、どさくさ紛れに味方である筈の最上軍に伊達領を侵攻されそうになったり、敵主将 景勝の猛攻を前に一時は撤退を余儀なくされるなど、トラブルに見舞われながらも、最終的にどうにか上杉軍のこれ以上の侵攻を阻止し、越後に撤退させる事に成功した成実率いる伊達軍別働隊であったが、その勝利を喜ぶ間もなく、信州に向かった伊達軍本隊から火急の知らせが入った。

 

 

―――総大将 伊達政宗、副将 片倉小十郎……敵将 真田幸村、猿飛佐助、真田昌幸、真田信之と共に信州上田の地にて消息を断つ也―――

 

 

この知らせを受けた成実は伊達軍の留守を信頼を置く家老達に任せ、すぐさま単身、信州上田に向かって旅立った。

その道中、関ヶ原では東軍総大将 徳川家康、西軍総大将石田三成をはじめ、名だたる武将達が同じ様に姿を消し、また日ノ本各所で繰り広げられていた天下分け目の合戦場でも同様に著名な武将が姿を消している事を知った―――

 

そして、間もなく政宗達の消えた信州上田に入ろうとしたその時…成実の前に突如謎の光が降り注いだかと思いきや、気がついたらそこは信州の地ではなく、2つの月が望む見知らぬ土地であった―――

 

成実はわけがわからなかったが、一先ず目についた食べ物をひたすら食らって空腹を凌ぎながら、見知らぬ筈の地に微かに感じた政宗や小十郎の“匂い”を頼りに宛もなく彷徨い、その果てに今日、この地にたどり着く事が出来たのだった…

 

 

「…っというわけ。わかってくれた?」

 

ロビーの休憩コーナーに集った面々に対し、話を終え、小十郎が用意した籠いっぱいの野菜を勢いよく喰らい始めた成実になのは達は呆気にとられながらも、一先ずは納得した。

 

「やはり、お主も例の謎の光を受けて、このミッドチルダにやってきたわけか…」

 

家康が頷きながら、自分達が飛ばされた後も日ノ本では同様の現象で特定の人間がミッドチルダ(この世界)に飛ばされている事を知り、何か考え込むように首を傾げる。

 

「つまり…最近クラナガン周辺を騒がせてきたファーム・イレイザー(菜園消去屋)ってのはお前だったわけか…」

 

ヴィータが呆れた様子で尋ねた。

まさか、世間を騒がせていた謎の怪人物の正体が、機動六課の仲間の身内だった事に脱力する反面、これでまた地上本部やその他の武装隊…そして被害にあった農家各家庭への弁解と補償でまた忙しくなるとため息をつきたい気分だった。

 

「その『ふぁーなんとか』とかいうのはよくわからねぇけどよぉ…俺はただ、腹が減ったから目についた美味そうな野菜を頂戴しただけだって。まぁ、どこの野菜も小十郎の兄貴の野菜に比べりゃ、素人(トーシロー)だったけどよぉ」

 

「よく言うぜ。聞いた話じゃ、苗や土まで食い尽くしてたそうじゃねぇか」

 

「いやいや。寧ろ、実よりも苗や土の方が美味かった畑もあったけどね?」

 

さらっととんでもない事を口にする成実に、なのは達は思わずドン引きする。

すると、小十郎がため息を漏らしながら、補足の説明を入れてくる。

 

「まぁ、見ての通り、成実はとにかく食い意地が張っていてな…普段から、虫だろうが、雑草だろうが、土だろうが、果ては石だろが…とにかく普通の人間ならまず食えねぇようなものまで平気で食らって、それでいて体調には何の問題もないっていう化け物並の胃袋の持ち主なんだ」

 

「どんな胃袋ですか!? 虫や草ならまだわかりますけど、土とか石なんて最早食べられる要素一ミリもないじゃないですか!?」

 

ティアナが青ざめながら、成実の常軌を逸する程の悪食ぶりに戦慄を覚える。

その成実であるが、既に籠に入っていた野菜を食い尽くし、今度は籠そのものをバリバリと噛み砕いて食べていた。

 

「ってストップ! ストーーップ! それは食べ物じゃないよ!!」

 

慌てて、成実から籠を取り上げようとするスバルと、その籠の味が気に入ったのか取られまいと、抵抗する成実との間で攻防が繰り広げられるのを見ながら、フェイトが呟く様に言った。

 

「それで…愛する政宗さんと小十郎さんの匂いたどってきたら、ここで食べ慣れた小十郎さんの野菜を見つけて、ついつい我を忘れて食べていたら、キャロに見つかって交戦していたわけだね?」

 

「やってる事殆ど、害獣と一緒だな…」

 

シグナムも呆れ顔でそう言った。

一方でなのはは、そんな成実の破天荒な振る舞いを聞いて、苦笑を浮かべながら成実の第一印象を呟く。

 

「でもそう言う常識破りなところは、政宗さんに似てなくもないような…」

 

「えっ!? 俺が兄ちゃんに似てるって!? 嬉しい事言ってくれるじゃん~! よっ! ごりょうにん!」

 

「それは全然違う時に言う台詞だ。成実…」

 

おどけながら話す成実に、小十郎がピシャリとツッコミを入れた。

そんな様子を見ていたキャロは、さっき刃を交えた時にはもっとワイルドな印象を受けていたけれど…こうして話してみると、けっこうお調子者で親しみやすい印象を感じた。

 

「それにしても、すまなかったなキャロ。 何も知らなかったとはいえ、ウチの成実がお前に手を上げるような事しちまって…おい、お前もちゃんとキャロに謝れよ」

 

「あっ…その……さっきは、ごめんな」

 

政宗に促された成実は言葉遣いこそ軽いものの、ちゃんとキャロに対して頭を下げて詫びを入れてきた。

やはり、小十郎の教育が行き届いているのか、やんちゃ然とした言動に反して意外に礼儀はしっかりしている様だ。

 

「い、いえ。私もフリードも特に大きな怪我もなかったし、気にしないでください」

 

「キュクル~」

 

キャロがそう言うと、フリードもそれに同調する様に鳴き声を上げた。

 

「…とにかく成実君はこれからどうしようか?」

 

「まぁ、政宗さんの身内って事だから、やっぱりこの部隊で身柄を預かる事になるだろうけどね…」

 

「まずは、この世界の事と、今の我々の状況を細かく説明しないといけないだろうな」

 

そう話し合うなのはとフェイトと家康だったが、当の成実はというと…

 

「なあ。その前に腹減ってるから何か食べさせてくれない?」

 

「はぁ!? お前、今しがた俺の野菜をしこたま食っただろ?!」

 

今まで散々食べていてまだ食い足りないのか、さらなる食糧を要求してきた。

そんな図々しい態度に小十郎が呆れながら窘める。

一方の成実も駄々をこねる様に小十郎に言い返した。

 

「だってさぁ、俺ここ数日ロクなもん食ってなかったんだよぉ! 兄ちゃん達を探してて…」

 

「土や石を平気で食えるような野郎がよく言うぜ…」

 

「まぁまぁヴィータ。 本当にお腹空いてるみたいだし、今は好きなだけ食べさせてあげよう」

 

そう宥めるフェイトだったが、キャロが唐突に意見してくる。

 

「でもフェイトさん。今の時間だと食堂はもう閉まってますけど…」

 

「あっ!? そう言えば…」

 

そう言いながら時計を見るフェイト。

今の時間帯は午後23時半を少し過ぎている。

言うまでもなく食堂は閉まっているばかりか、調理担当のスタッフ達もとっくに寮に戻って就寝していた。

 

「う~ん…困ったなぁ。どうしよう?」

 

なのは達が成実に与える食事をどうするか悩んでいると…

 

「お話は聞かせてもらいました!!!」

 

突然、ロビー響いたやけにテンションの高い声…

一同が声のした方を振り向くと、そこには何故かコックの衣装に身をよせたシャマルが立っていた。

 

「しゃ…シャマル先生!? その格好って?」

 

スバルが唖然としながらシャマルの格好を指摘すると、シャマルは自信満々にほくそ笑む。

 

「フフフフ…フォワードの皆…そして家康君達は知らないとは思うけど…実はこの私…以前は八神家の料理担当だったのよ」

 

「料理!? シャマル殿が?!」

 

家康は想像がつかなかったのか思わず驚いてしまう。

 

「あら? 私が料理作ったら問題かしら? 家康君」

 

「あっ…いや…そういう意味で驚いたつもりじゃ…」

 

シャマルに睨まれ、慌てて頭を下げる家康。

 

「フフ…まぁいいわ。それより成実君…だっけ? お腹空いてるんでしょ? だったらこの私が作ったご飯食べる? ちょうど皆の夜食用に用意していたの」

 

「「「「えっ…」」」」

 

なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムが何故か顔を青くしながら問い返すと、シャマルはどこからともなく取り出した布がかかったルームサービス用のカーゴを差し出してきた。

 

「はい、どうぞ! シャマル先生特製サンドイッチ 略して“シャマサンド”!!!」

 

「「「「えええええぇぇぇぇぇ!!?」」」」

 

シャマルの宣言と共になのは、フェイト、シグナム、ヴィータが顔を青ざめながら、絶叫した。

 

「えっ!? ど…どうしたんですか!? 皆さん!?」

 

突然、この世の終わりのような叫びを上げたなのは達に、状況が理解できないスバル達フォワードメンバーや家康達は動揺する。

 

「しゃ…シャマル先生以外の六課メンバー全員集合!」

 

なのはがそう叫び、シャマル、成実を除く全員をロビーの隅に集めた。

 

「どうしたんだ? 急に」

 

小十郎が問いかけると、なのは達は身震いしながら譫言のように連呼する。

 

「いやいやいやいや…いくら成実君が悪食でも流石にシャマル先生の手料理だけはどんな事があっても食べさせたら無事じゃすまないよ…」

 

「ど…どういう事だよ?」

 

政宗が詳しく聞こうとすると、代わりにフェイトが答えた。

ちなみにフェイトはなのは達のように身震いはしてなかったが、それでも顔はかなり青ざめていた。

 

「ここだけの話なんだけど…シャマルさんの料理って“壊滅的”に不味いんだ」

 

「「「「「「「「えぇ!?」」」」」」」」

 

フェイトの言葉が信じられないのか、同時に驚きの声を上げる武将陣とフォワード陣。

 

「い…いくらなんでもそれは大げさじゃないの?フェイトちゃん」

 

「そ…そうですよフェイト隊長。さすがにそれは言い方が過剰過ぎますよ」

 

若干引きながらも冗談めいて話す佐助とティアナ。

だがそんな彼らに対し、シグナムがゆっくりと首を横に振って話す。

 

「いや…“本っっっ当”に不味いのだ。それは食べた者が命の危機に陥る程の…」

 

「「「「「「「「嘘!?」」」」」」」」

 

シグナムの言葉を聞いて、さすがにフェイトの話す事が過剰ではないと分かったのか、顔が青ざめる一同。

『食べた者が命の危機に陥る』という普通料理に関してなら、聞かないような表現を使う辺り、それ程に彼女の料理の腕は壊滅的という事が理解できた

 

「そ、そこまでの代物であるなら、流石に成実も…敵わないかもな……」

 

政宗がそう呟きながらシャマル達の方を振り向くと…

 

「はい。遠慮しないで食べて頂戴♪」

 

既に成実の前に『シャマサンド』なる代物が運ばれていた。

そのサンドイッチはパンこそ普通の食パンであるが問題はそれに挟まれた具だった。

真っ黒いダークマターのように黒ずんだ肉らしき塊…

芯や皮などのほぼ生ゴミ近い部位を使っているとしか言いようのない野菜…

本来、食べるものにかかるはずがない紫色の異臭を放つジャム(のようなもの)…

 

それを見た政宗達は絶望に満ちた表情を浮かぶ。

 

これを見たら、『100万年の恋もさめる』ではないが、料理に目がくらんでいた成実の目も覚めるだろう。

しかし…

 

「ひゃあああああ!飯ぃぃぃぃぃぃ!!飯、メシ、めしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

成実は少しも顔色を悪くせず、それどころか歓喜の声を上げた。

 

「ふふふ…遠慮しなくていいからどんどん食べてちょうだい」

 

「ひゃっはーーーーーー!! いっただきまぁぁぁす!!」

 

そう言って成実はサンドイッチの一つを手にとった。

 

「あっ! だめ! 食べちゃうよ!!」

 

「s…Stooooooooop!! 成実えええぇぇ!!!」

 

なのはと政宗が必死に成実止めようとしたが…

 

「ばく!」

 

一歩遅く、成実はシャマサンドを口に入れてしまった。

 

「ああああ! もうだめだぁぁぁぁぁ!!」

 

「くっ!…政宗、すまない…大事な弟を仲間に殺させてしまう事になりそうだ…」

 

ヴィータは頭を抱えて絶叫し、シグナムは十字を切りながら謝罪の言葉を話す。

 

哀れ…成実は政宗、小十郎と再会して、わずか1時間も経たない内に現地の悪い食べ物にあたって死亡…

そう誰もが想像した…

 

 

しかし…成実は……

 

 

「………うめぇ!!! なんだこれ!? 超うめぇんだけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「「「「「「「「えぇ!?」」」」」」」」

 

信じられない言葉を言い放ちながら、顔を輝かせる。

もちろん、拒絶反応など一切起こしていない。

 

「う…うそだろ!? なんで!?」

 

「成実!? 体に異常はないのか!?」

 

訳が分からないヴィータと小十郎は、取りあえず成実の下に近づいて安否を確かめる。

すると成実は全然平気な様子で2人の方に振り返る。

 

「何言ってんの兄貴? こんな“超美味い物”食って、身体悪くするわけねぇじゃん! これ、すっげぇ美味い!」

 

「うそおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

成実の言葉を聞いて、電流が走ったような衝撃を受けるなのは達。

自分達が恐怖感を抱くほどの不味さを誇るシャマルの手料理…

それをあろうことか『超美味い』と絶賛するだけでなく、それを平然と口に運んでいく…

成実の異常を超えた味覚に、一同はドン引きする。

すると、成実はシャマサンドの一つ、端っこ野菜だけが使われたサンドイッチを手にとった。

 

「そうだ。よかったら兄貴も食ってみなよ」

 

「えっ!?」

 

そう言われた小十郎が理解する間もなく、彼の口の中に成実は摘まみ上げたシャマサンドを放り込んだ。

 

 

 

「……………ぐべぇあひぎぃぃぶじぇぇぇぶるぁぁぁぶぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

刹那、小十郎が口だけでなく鼻や耳から血を噴き出し、嫌な汗を流しながら仰向けにぶっ倒れた。

これこそ、シャマルの手料理の恐ろしさの本来のあるべき姿であった…

 

 

「「「「「小十郎さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーん!!!」」」」」

 

「小十郎おぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!」

 

「「「片倉ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」

 

「片倉殿ぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

「「片倉の旦那ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」」

 

 

失神した小十郎に、なのはや政宗達は絶叫して駆け寄る。

 

 

「小十郎さん!しっかりして! 小十郎さん!」

 

なのはが必死に小十郎に声を掛ける。

 

 

「お…俺の歩んだ道か…まあまあの長さ、だな…」

 

「小十郎! しっかりしろ! 主より先に死ぬ右目があるか?! 小十郎おぉぉぉーーーーーーーーーー!!」

 

政宗の悲痛な叫びが食堂内に響く。

 

「な、なのは! 早く小十郎さんを医務室へ!」

 

「そ…そうだね! スバル、ティアナ!家康さん! 手伝って!!」

 

フェイトに促されてなのはが叫ぶと、すぐさま家康、スバル、ティアナと4人がかりで、泡を吹きながら真っ青の顔になり白目になって失神している小十郎を抱え上げると医務室へと運んでいき、その後ろから残る面々が続いて、一同はロビーを慌ただしくを出て行った。

 

「あれ? 兄貴どうしたんだ急に…?」

 

「あらあら、片倉さんってばあまりに美味しくて失神しちゃったのかしら? うふふ…」

 

そして、ロビーには何が起きたかわからずに困惑する成実と、自らの料理の殺傷能力を自覚していないのか呑気な事を言って自画自賛するシャマルだけが残された。

 

竜の右目を一撃でノックアウトさせる威力のあるシャマルの手料理…

そんな恐ろしい代物を顔色一つ変えず食べるだけでなく、「美味しい」と絶賛する。

 

 

ある意味とんでもない人物がやってきてしてまったのかもしれない…

そう誰もが思いながら、機動六課の夜は更けていくのだった……

 




っというわけでようやくリブート版でも参戦しました我らが悪食バカの成実!

オリジナル版よりも早く登場した事で、今後の長編にもどんな変化が齎されるか楽しみにしててください。

とりあえず、今は「次の長編では早速成実にも大活躍させる予定』とだけ言えます。
にしても、作者の自分が言うのもあれですが、土や石、シャマルの手料理さえも躊躇いなく食べきる成実の強靭な胃袋が欲しいものですね(作者は胃弱)w


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第四十三章 ~第三勢力出現! “賢者”が操りし大企業~

『地上本部が抱える慢性的な人材不足』…その問題を解決すべく、法に触れる事を覚悟の上で次元犯罪者 スカリエッティを密かに支援していた地上本部総司令 レジアス・ゲイズ…
そのスカリエッティに一方的に去られ、再び自ら抱える問題を苦慮する事となったレジアスにある大企業が接近する。

その裏にはある武将の暗躍が隠れていた……

オーリス「リリカルBASARA StrikerS 第四十三章 ……出陣ウキッ!」

レジアス「……なんだ? その語尾は…?」

オーリス「いえ……ちょっと中の人ネタを挟もうと思っただけですので…意味はありません」



0075年 6月某日付 クラナガンタイムス発表

 

ウエストランド・サンライズ社 新たに3種の新開発の技術特許を取得!

 

一般用量産型デバイス・時空巡航用造船部門のシェアナンバー1の軍需企業『ウエストランド・サンライズ社(以降、W.S社)』の最高経営責任者(C.E.O) カトラー・ウエストランドは、本日、同社の研究部で開発された新たな技術とそれを応用した新商品3点に関し、時空管理局本局において開かれた非公開審議でその価値と安全性が立証され、特許が正式に下された旨を発表した。同社はここ数ヶ月の間に次々と革新的なプロジェクトの立ち上げや、新工場の設立や、企業の買収など急速に発展している事で注目されていたが、今回の特許取得によって同企業に齎される利潤は相当なものであろう事が予想される。

ちなみに、これらの急進的な会社の発展の裏側にはカトラーの姉でW.S社 顧問相談役のアクセラ・ウエストランドが、次々と斬新ながらも合理性の高い手腕で経営に携わっているからだとする声もあり、W.S社の社員や周囲の者の間では『実質的な会社の経営権はアクセラが掌握しているのでは?』という意見も少なからず見受けられる

 

当然、それはカトラー自身もかなりコンプレックスとして感じているようで、件の定例会見では同様の趣旨の質問を投げかけたフリーの記者に対して、露骨に機嫌を損ね、そのまま脇に控えさせていたS.Pに命じて会場からつまみ出させてしまった程だった。

 

ともあれ、W.S社がここ数ヶ月という僅かな間でこれだけの急激な発展を遂げる事となったのは何か相当な『天啓』を齎されたからに違いないと、我が社をはじめとする多くの報道機関は踏んでいる。

一体、W.S社を瞬く間に栄えさせている“天啓”とは何か…? “天啓”を得たW.S社は果たして今後、どのような方向に向かうのか、各方面から注目を集めている。

 

 

 

 

地上本部 首都防衛長官 レジアス・ゲイズ中将は、地上本部の最上階に近いフロアにある自身の執務室にて、ホログラムモニターに投影した今日の新聞記事の文面を一通り見終わると、最早それが平時の表情となっている仏頂面な面持ちで、モニターごと遮断した。

 

「バカバカしい…何が“天啓”だ。左様な絵空事に縋って繁栄できるものなら世話などないわ…」

 

レジアスは頭を振りながら、疲れた様子で愛用の執務用のデスクに肘を付き、顎を手のひらに乗せながら、ため息を漏らした。

レジアスは、今のニュース記事にもあった“天啓”をはじめとする都合の良い表現が何より嫌いだった。

 

いくら、魔法や並行世界といった科学的でない現象が現実として受け入れられている特異な世界であれど、実際は空想(フィクション)の物語とは違う…力ある者が己の力で成り上がり、窮地を乗り越えていく…救いの奇跡や運など当てにはならない…

そんな現実の中で、現在の地位まで上り詰めてきたレジアスは軽々しく奇跡だの運だの、それこそ天啓だのと宣う大衆メディアの軽薄な表現が嫌いだった。

 

とはいえ、ニュースで取り上げられていた企業のここ数ヶ月での発展や栄華を極める様は確かにそんな軽薄な表現を用いたくなる程のものである事はレジアスも認めていた。

 

ウエストランド・サンライズ・コーポレーション―――

通称「ウエストランド社」「W.S.社」とも呼ばれる同企業の前身は魔導師向けの量産型デバイス開発を主とする小規模な兵器開発企業『ウエストランド社』であったが20年前、当時ミッドチルダにおける魔導工学の最先端であった『アレクトロ社』を買収・合併し、企業の規模を拡大。

15年前に最新鋭の魔力駆動炉の開発によって、時空管理局より御用企業の看板を与えられ、その確固たる地位を確立し、今や名実共にミッドチルダ最大の軍事企業といっても過言ではなかった。

 

更に、ここ数ヶ月の間には製品開発、功績…様々な分野で次々と新プロジェクトを進め、そのどれも見事に大当たりさせ、瞬く間に会社の売上やその社会的地位を目覚ましく向上させ、こうしてここ最近はニュースで引っ張りだことなっていた。

 

「ふん…地上の治安を預かる我々が台所事情に苦心しておる裏で、そのスポンサーは懐を潤しとるわけか…いい気なものだ」

 

レジアスは自嘲を込めた皮肉を呟いてウサを晴らした。

栄華極まる民間企業と対象的に、人材も資金もカツカツな地上本部の現状が余計に惨めに感じてくる気がした。

 

その時―――

執務室のドアがリズミカルにノックされた。

「入れ」とレジアスが言うと、ドアが開かれ、秘書官で実の娘のオーリス・ゲイズが手に報告書や申請書の束を山積みに重ねたものを手に入ってきた。

 

「長官。今夜中に長官の承認を必要とする書類一式を持ってきました」

 

「うむ。置いておけ」

 

オーリスの手に積まれた書類の山を見て、小さくため息を漏らしながら、手短に指示を送ると、デスクから立ち上がり、首都クラナガンの摩天楼をはじめ、遥か果ての山々や大海原まで見通せる絶景が望める窓際の近くへと歩み寄った。

この長官専用執務室でレジアスが最も気に入っているのはこのパノラマを独占できる窓際であった。

 

現在の時刻は午後9時―――

外は摩天楼の夜景と、壮大な夜空が合わさって神秘的な世界を醸し出していた。

 

窓から見える景色を一望しながら、レジアスは振り返る事なく、書類をデスクの上に置いていたオーリスに声をかける。

 

「他には?」

 

「えっ?」

 

「他に何か報告すべき事はないのか?」

 

オーリスは意味深に顔を背けた。

どうやら、これは素直に報告するべきか言い淀んでいる様子だった。

 

「その…あまり長官にとってよろしくはない内容ですが…」

 

「構わん。話せ」

 

「…承知しました。では…ひとつは先日からクラナガン近辺の農家を騒がせていたファーム・イレイザー(菜園消去屋)騒動ですが、昨日その犯人を『機動六課』が逮捕したという報告が陸士隊より上がりました」

 

「……またあいつらか…」

 

レジアスはウンザリした様子でボヤいた。

 

「して…捕らえた犯人の処遇は…」

 

「それが…詳しい理由はわかりませんが、『犯人に十分な反省の傾向あり』、『被害農家への補償は既に完遂している』との事から。しばらく機動六課にて民間人協力者扱いとして身柄預かりとするそうです。勿論、これについて本局からも承認を得ています」

 

「フン…さしずめ、隊員の誰かの身内だったとか、そいつが戦力として使えそうだとか…そんな理由であろう? つくづく身内贔屓な部隊だ」

 

レジアスは苛立たしげに吐き捨てるが、一方では半ば諦めたような様子で顔を顰め、窓越しに見えるミッドチルダの景色を睨みつけた。

 

「この間の委託局員の暴走事件といい、自分達の身内の犯した不始末は本局の重鎮共に縋ってでも揉み消したいと思うような連中だ…まぁ、それも部隊長が部隊長であるのだから、仕方ない事だな」

 

レジアスが鬱憤を晴らすように六課に対する悪態をついた。

ただ、レジアスのこの悪態には一部解釈違いがある。

先の政宗が起こした『クラナガンの暴れ竜事件』の事後処理とフォローに乗り出した本局のミゼット・クローベル統幕議長が動いたのは事件を知った六課の後見人のリンディ・ハラオウン提督が動いてくれたからであり、決して六課側から縋ろうとなどしていなかった。

 

しかし、それでも明らかに寵愛されているとしか言いようのない六課の厚遇ぶりを散々見せつけられてしまったら、レジアスの様なゼロから今の地位を得るまで必死に成り上がってきた叩き上げな上に、予算も人員も限られた中で必死に組織をやりくりする人間にとっては腹立たしい事この上ない。

それでも、六課に対して強行的な手段を講じる事が出来ないのは、単に六課の後ろに本局の強いバックアップが控えている事だけが理由ではない。

癇に障る面々ではあるが、六課の実力、そして犯罪検挙における功績は確かなものであり、彼女らの活躍がミッドチルダの平和に少なからず貢献している事。

それだけは、レジアスも素直に認めていた。

 

だからこそ、ここで後先考えずに隊を取り潰そうとする浅慮な行動を起こすべきではないと最低限の理性がレジアスの行動をある程度抑止していた。

 

「実は機動六課の事でもう一つ…おそらくはこちらの方が長官にとってもあまりよろしくないお話かと思いますが…」

 

オーリスはより一層、顔を顰めながら報告した。

 

「……確かな動きがあったわけではないのですが…実は、“コアタイル”派に機動六課と接触を図る動きがあると部下からの報告がありました」

 

「なんだと…?」

 

レジアスが言葉を詰まらせた。

まさかここで機動六課以上に忌々しく思える存在の名が一緒に出てくるとは思わなかったからだ。

 

“コアタイル派”…それは地上本部においてレジアス率いる『ゲイズ派』と双璧を成して、一大派閥を作っている閣僚一派である。

その首魁である男の名はザイン・コアタイル―――

地上本部統合事務次官で、階級は少将。地上本部において長官のレジアスに次ぐナンバー2の座にある重鎮であった。

言わば、レジアスにとっては同僚でありながら政敵といえる存在であったが、それ以上に両者の間を隔てる決定的な差が『貴族魔導師』としての栄誉だった。

 

ザインが家長を務めるコアタイル家は旧暦時代より続くミッドチルダの由緒正しき大魔導師の末裔。世に“貴族魔導師”と呼ばれる名家達の中でも最も歴史古く、栄光ある家系であった。

そしてザイン自身も現役時代は“イレイザー・ザイン”の異名を持った地上本部の閣僚でも数少ない『大魔導師』の称号を与えられ、その影響力は時にミッドチルダ(地上)における時空管理局の最高責任者であるレジアスでさえも凌ぐとされ、慢性的な予算・人材不足に悩まされている地上本部の窮状を尻目に、政財界双方に一族の人間やシンパ達を送っては、噂では本局にも劣らぬ程の豊富な財力、人員、兵力を有しているとさえ言われている。

勿論、地上本部の人材不足を憂いで一族のコネを使って人員や資金の援助なども行っているものの、実際は援助と称した体のよい自分達の派閥形勢が目的であり、その結果、今や地上本部の半数近くがコアタイル家の支持者となり、それらを総じて『コアタイル派』と呼ばれる様になったのだった。

 

さらにたちが悪いのは、そのコアタイル派が、魔力を保有している者…すなわち魔導師こそが優等な存在であり、魔力を持たぬ者や魔法以外の戦術を頭から否定し、見下す…巷で『魔法至上主義』と呼ばれる悪辣な選民思想を掲げている事であった。

当然、彼らにしてみれば、非魔力保持者でありながら防衛長官のポストにあるレジアスは、本来そこに座するべきではない目の上の瘤の様な存在であり、そして魔法を使えない分際で偉大な魔導師であるザインよりも(形式上とはいえ)上の地位に立つ愚かしい不埒者として、陰で蔑視の対象として見做され、隙あらば蹴落とさんと画策していた。

 

言わずもがなレジアスにとっても、名誉ある魔導師の家系というだけで地上本部の長官である自分を差し置いて、このミッドチルダの支配者気取りで振る舞うコアタイルとそれに従属する魔法至上主義の魔導師達は忌々しく、腹立たしい事この上なかった。

その上、同じ腹立たしい存在でも、一応はミッドチルダの治安維持に大きく貢献してくれている機動六課と違い、コアタイル派や魔法至上主義の貴族魔導師達は血統と特権に胡坐をかいて、家柄と気位ばかりが高く、肝心の実戦能力が伴っていない無能者が多数派を占めているという本末転倒な状況なのが現実であった。

 

また、レジアスがコアタイル派に対して、未だに根に持っている事がひとつあった―――

 

十数年前…地上本部の戦力不足が深刻なレベルに達した際。

レジアスは恥を忍んで当時、一般閣僚だったザインにコアタイル家のコネを利用して、大規模な魔導師の採用で戦力の充実化を要請した事があった。

そのおかげで、一時はある程度の魔導師の人員を確保できたのだが、その先が良くなかった。

なんとザイン一派はこの時、加入させた魔導師達に軍閥を形成させ、やがてそれを特殊作戦軍に編成させる形でまんまと自分らコアタイル派の私兵戦力に仕立て上げてしまったのだった。

しかも、ザインはこの時の“借り”を利用して、一気に出世コースを駆け上がり、遂には現在の防衛事務次官としてのポストまで手に入れるという秀逸な策略で見事な一人勝ちを収め、結果的にコアタイル派の今日の影響力拡大に繋がる大きなきっかけになってしまったのだった…

 

レジアスとザイン―――

立場上では地上本部のトップとナンバー2であるが、その実、叩き上げの非魔力保持者と、生まれ持っての栄光あるエリート魔導師という水と油のような関係で、こうして絶えぬ事なき対立を繰り返してきた…

 

 

そんな摩利支天の敵といえるコアタイル派が機動六課と接触を狙っているという知らせは、まさにレジアスにとっては気が気でならない凶報と言っても過言でなかった。

 

「おのれザインめ…! この期に及んで、一体何を企んでいるのだ…!?」

 

「詳しい目的はわかりませんが…なんでもご子息と機動六課の誰かを『見合い』させる動きを見せているとか…」

 

「見合いだと…!?」

 

レジアスが再び言葉を詰まらせた。

 

「ぐぅぅ…地上本部の長官である私に何の報告や相談も無しに勝手にそんな話を進めおって!……まさか本局に取り入って、官僚の誰かに仲人をお願いしたのではないだろうな?!」

 

「いいえ。仲人は同じ地上本部のエミーナ・メアリング執政総議長にお願いしているようです。っというよりは、言葉巧みに上手いこと抱き込んだとの話です」

 

オーリスの報告を聞いて、レジアスは「ふぅ…」と安堵の息を吐きながら、窓際を離れ、デスクの椅子に項垂れる様に腰掛けた。

ちなみに『執政総議長』とは地上本部のお膝元である首都クラナガンにおける政治・行政についての責任者であり、地上本部の中では首都防衛長官、事務次官が、現代の日本でいう総理大臣、官房長官のポストであるとするなら、都知事に値するポストと考えてくれたらわかりやすいだろう。

 

現職のエミーナ・メアリング執政総議長は論功行賞と派閥順送りでこのポストに就いた所謂 『神輿に担がれるタイプ』の政治家であり、現状、ゲイズ派にもコアタイル派にも属していない中立派にあったが、それ故に自分の意志を持たず、周囲に流される形で、その時と場合によって保身目的から2つの派閥を行き来していたのが、今回はまんまとコアタイル派に先手を打たれ、味方に引き込まれたというわけであった。

 

「手回しだけは早いやつらだな…にしてもメアリングも、少しくらいは我々の面子を立ててもよいものを…あの風見鶏女め……ッ! しかしまぁ、それならば然程用心する必要はなさそうだな。機動六課の誰を見合いさせるかは知らんが、本局の後ろ盾も無しでは、六課側がこの見合いを素直に了承するとも思えん……如何にザインが偉大な魔導師であり、コアタイルが由緒正しき名家であったとしても、肝心の跡取り息子が…“あれ”だからな」

 

意味深に焦らす様な言い回しをするレジアスに、オーリスが自らの懸念を投げかけた。

 

「しかし…万が一にも見合いが成立してしまう可能性もあるのでは…?」

 

「フン…機動六課(やつら)を称賛するみたいでいけ好かんが…あれだけ青臭い正義や虫の良い綺麗事を掲げている連中だ…コアタイルのような金や栄誉しか能のない俗物共に靡くとも思えん…寧ろ、その“見合い”でトラブルでも起きて両者の間に蟠りが生じれば、我々としては漁夫の利になるかもしれんぞ? フッ…最近の機動六課(やつら)は随分とトラブルを起こすのが好きな隊員が増えておるようだからな」

 

嫌味を含んだ物言いでそう話すレジアスであったが、六課を目障りに思う彼も、六課が良くも悪くも“純粋”な正義に溢れた部隊である事だけは認めており、そんな六課が、慢心と欲、腐敗に満ちたコアタイル派に安々と屈するとは思っていない様子だった。

 

「……確かにそれも一理ありますが…念の為に、しばらく機動六課とコアタイル派のどちらからも目を離さない方がよろしいかと…」

 

「わかっておる。引き続き、双方の監視を怠るなと部下に伝えておけ」

 

「承知しました」

 

オーリスが一礼しながら応えていると、ピピピと執務室内に内線の受信を知らせる電子音が鳴り響いた。

 

「私だ」

 

《司令官。失礼します》

 

レジアスがデスクに内蔵されたホログラムモニターを投影すると、陸士隊の制服姿の女性局員が映された。

この局員は言うまでもなく、レジアスの派閥に属する局員であった為、レジアスもオーリスも少しも警戒する様子も見せなかった。

 

「何用だ?」

 

《はい。ウエストランド・サンライズ社の、アクセラ相談役から司令官に通信が届いております》

 

「フン…噂をすれば影ならぬ“噂を見れば影”か…よかろう。繋ぎたまえ」

 

ついさっき、ニュース記事で見た人物からの通信がきた事に、レジアスはやや皮肉を効かせた事を呟きながら、ホログラムコンピュータを操作する。

すると、画面には黒い長髪が特徴的な冷たい雰囲気を漂わせる女性の姿が投影された。

 

アクセラ・ウエストランド―――

 

造船業とデバイス開発を主力とするミッドチルダ有数の軍産複合体にして時空管理局の御用企業のひとつ『ウエストランド・サンライズ社』の創業者一族 ウエストランド家の令嬢でありながら、その明晰な頭脳と一族由来の経営の才能によって若干12歳でウエストランド社の研究開発部主任の地位を与えられ、やがて、弟でウエストランド家後継者のカトラーがC.E.Oに就任すると、自身もそれに連座して社長補佐役に昇進し、程なくして、より発言力の強い“顧問相談役”の任を預かるまでになっており、先程レジアスが読んでいたニュース記事にあるとおり、ウエストランド社は彼女の指示の下、動かされている状態にあった。

 

《ご無沙汰しておりますわ。レジアス中将。ご機嫌如何でしょうか?》

 

「ウエストランド社の相談役である貴様が一体何の用だ? つまらん新製品の押し売りが目的であるのなら、私は今忙しいのだ」

 

画面の向こうからアクセラの目の笑っていない社交辞令丸出しの笑顔に対し、レジアスは無粋な返事を返した。

 

《いいえ。最近はやや減ってはおりますが、地上本部からは武装隊向けの量産型デバイスや空域航行艦船の注文を定期的に受注していただき、我社と致しましても、安定した製品の供給やサービスが出来ますのも、単に中将のお墨付きのおかげ―――》

 

「見え透いた世辞と皮肉はよせ。そんな社交辞令を言っている暇があるなら、用件を早く言わんか」

 

アクセラの言葉を、レジアスは不機嫌そうな声で遮った。

だが、アクセラはレジアスのあからさまにぞんざいな応対に対しても、眉一つ顰める事なく、軽やかな口調で続けた。

 

《随分、ご機嫌が悪いようで…相変わらず、地上本部の人材不足に頭を悩ませているのですか?》

 

「……貴様に心配される謂れはない。いいから早く用件を言わんか」

 

まるで弁慶の泣き所を突かれたような面持ちでレジアスはアクセラに話を進める様に促すが、アクセラはまるでその反応を待っていたかのように微笑を浮かべた。

 

《落ち着いて下さい中将。本日はそんな中将に耳寄りなお話を持ってきたのです》

 

「儂の為に耳寄りな話だと?」

 

アクセラの言いたいことを察して、レジアスは重々しいため息を漏らした。

 

「やはり新製品の押し売りか? だったら、他を当たって貰いたい。知っての通り、我が地上本部は人材だけでなく資金も万年不足気味だ。ウエストランド・サンライズの量産型デバイスや次元航行船は低価格、低コストだからこそ地上部隊の戦力として貢献してもらってはいるが、だからと言ってこれ以上、無駄に貴様らの商品に投資する程、地上本部(我々)の懐事情は余裕がないのだよ。それに…仮に商品を買ったところでそいつを運用する為の人手がいなければ、これ以上の無駄遣いはない。それこそ『宝の持ち腐れ』だ」

 

《……その“持ち腐れそうになる宝を無くす”為の商品…だとしてもですか?》

 

「ッ!?」

 

アクセラの口から出た一言に、レジアスが反応する。

 

「どういう意味だ?」

 

レジアスの質問に対し、アクセラはホログラムモニターにある資料写真を投影する事で応えた。

 

そこに写されていたのはゴーグルと両耳を覆い隠すヘッドホン状のヘッドギアの付いたマウントディスプレイのようなデバイスだった。

 

読者の皆々様の為にわかりやすく説明すれば、『某宇宙を股にかけた格闘漫画に出てくるス◯ウターの両目バージョン』と称すれば、理解しやすい事であろう。

 

「それは…?」

 

《我が社の研究開発部にて、実用化に向けて研究が進められております次世代インターフェース型デバイス『INSPIRE(インスパイア)』です。このデバイスが実用化に行き着いた暁には、時空管理局…いいえ、このミッドチルダをはじめとする次元世界全てにおいて魔導師優位の世界観や、魔導師自身の価値は一気になくなる事になるでしょう。それこそ…中将の憎き、コアタイル派をはじめとする貴族魔導師達もね…》

 

「なんだと…それはどういう事だ!?」

 

レジアスが驚きと期待に満ちた表情でアクセラを問い詰めた。

アクセラは少しも動じる事なく。笑みを浮かべながら、話を続ける。

 

《詳しい機能や具体的な構造に関しては、開発中につきまだ企業秘密とさせていただきますが…この商品は魔導師相手ではなく、貴方方“非魔力保持者”を対象とした商品となります》

 

「“非魔力保持者”を…? こんなものを使って一体何になるというのだ? よく言う『索敵機能』や『念話受信機能』とかそういうものか? だったら生憎、地上本部(うち)では既に似たようなデバイスを非魔力保持者向けに導入しておる」

 

レジアスのいうデバイスは、機動六課でもロングアーチや家康、政宗ら戦国武将陣に支給している片耳に装着する念話交信用デバイスの事である。

これは装着する事で擬似的な念話能力をデバイスが補い、魔力を持たない者であっても魔導師と念話で交信する事が可能となるのだ。

機動六課を含めた一般部隊に流通している同様の機種は、コスパ削減の為に念話交信機能以外の機能はオミットされたシンプルタイプだが、中にはメガネ型のデバイスと併用する事で、望遠機能などの戦闘補助の機能を備えた上級モデルも存在していた。

故にレジアスも、アクセラが薦めてきたこれをそれと同じものと思っていた。

しかし、アクセラは自信に満ちた面持ちを崩さなかった。

 

《確かに、内蔵している念話受信機能や索敵機能などはこれまで流通している既存モデルを更に強化させたものに過ぎません。しかし『INSPIRE(インスパイア)』の本領はそれではありません》

 

「では一体なんだ?」

 

《……魔力保有数が無い人間であろうとも、魔法を行使する事が可能となる…言わば、非魔力保持者を“擬似的な魔導師”にするわけです》

 

「「んなっ!?」」

 

アクセラの自信に満ちた言葉に、レジアスだけでなく話を傍らから聞いていたオーリスでさえも珍しくそのポーカーフェイスを崩してしまう程に驚きを見せる。

 

「そんな事が…!? 本局の技術部さえも長年研究を重ねても未だに実用化には至っていない方法を…民間の企業がどうやって…!?」

 

オーリスが動揺しながら呟くが、その言葉は画面の向こうにいるアクセラの耳にも届いていたようで、余裕に満ちた口調で返してきた。

 

《ある“偉大な御仁”の助力を賜り、メカニズムを解明した…っとだけ言っておきましょうか…どうですか? 素晴らしい技術でしょう?》

 

「ば、馬鹿を言うな! 貴様も知っている筈だ! 無許可の疑似魔導師の育成…それも管理局の認証も得ていない民間企業がそれを行う事は違法! それも第一級次元保安維持法違反の重罪であるぞ! それをあろう事か地上本部の長官である儂に直接暴露するなど正気か!? 貴様の返答次第では直ちにウエストランド・サンライズ社を『違法企業』と見做し、御用の看板を取り上げるばかりか、操業停止命令と緊急監査を発令する事だってできるのだぞ!?」

 

レジアスが画面に向かって唾を飛ばしながら、脅しをかける様に吠えるが、アクセラはまったく動じる様子はなく、それどころか、逆にまるで鬼の首を取ったかのように余裕の微笑を浮かべていた。

 

《……その地上本部の長官様が…広域指名手配犯の科学者の“元”スポンサーだったなんて事も明るみに出たらマズいんじゃないのでしょうか?》

 

「「ッッ!!!?」」

 

アクセラの一言にレジアス、オーリス親子が霹靂を受けたかの如く、完全に言葉を失った。

 

《ジェイル・スカリエッティ…彼とは我が社も昔、何度か技術顧問として招いて、知恵を借りたりしていた仲だったので決して知らない関係ではないのですよ…勿論、公式記録にはない“裏の世界”で、ですけどね…そんな彼に、まさか中将たる貴方が本局のさる“お偉い様”を介して、資金援助や捜査の妨害を図って支援していたなんて…とんでもないスキャンダルですわね…》

 

「ぐぅ……!」

 

《それにしても、ドクター・スカリエッティも随分、薄情ですね。散々、中将にはお世話になったというのに…新しい“お友達”が出来た途端にあっさり、中将との仲を切ってしまったのですから…その心中、お察ししますわ》

 

「貴様……何故そこまで……ッ!?」

 

苦虫を噛んだ様な表情を浮かべたレジアスが尋ねる。

 

《…先程も申しましたが…我々にはさる“偉大な御仁”が味方にいます。その人の知識、権謀、采配はまさにこの世に降り立った“神”の如し…故にあらゆる組織の事情を仕入れる事もお手の物というわけですわ。特に“闇の世界”の事情には…ね…?》

 

「“偉大な御仁”!? …まさか……ここ最近のウエストランド・サンライズ社(貴様ら)の急速な繁栄も…!?」

 

《えぇ…全てその人から授かった知恵の賜物です》

 

アクセラはまるで神を崇めるかのように満悦した笑みを浮かべた。

その笑みから、彼女がその“偉大な御仁”に相当心酔している事が伺い知れる。

 

「………貴様らの望みは一体なんだ?」

 

昂ぶる怒りを必死に抑えながら、レジアスが尋ねた。

だが、その激しい屈辱感は隠しきれず、無意識の内に身体が小刻みに震えていた。

 

《そんな恐ろしい御顔をなさらないでください。レジアス中将。少々不躾な物言いをしてしまいましたが、私は貴方を強請る目的で近づいたのではありません。お互いにとってプラスになる建設的なお話を持ってきたのです》

 

「建設的だと?」

 

《えぇ。つまりは、先日までドクター・スカリエッティと貴方の間に結ばれていた関係を…彼に代わって、我々『ウエストランド・サンライズ』が引き受けるという事です》

 

変わらず笑みを浮かべながら、アクセラは提案した。

 

「つまり…貴様らの違法行為が明るみにならないように儂に手を回せという事か?」

 

《そうですね。幸い資金の方はおかげさまで随分儲けさせて頂いていますので、援助の必要はありません。その分、貴方には時がくるまで我々に管理局の捜査が及ぶ事がないように、配慮をして頂けたら幸いかと…それから必要な場合はミッドに常駐している各部隊の動向や捜査記録などの横流しもお願いしたいですわ。無理にとはいいませんが…》

 

「……その代わり、貴様らの開発しているその次世代デバイスが完成したら、そいつを我が地上本部の戦力として差し出すというのだな?」

 

《えぇ。ご希望の数だけ、最優先で供給させて頂きます。そうなれば、地上本部を長年悩ませてきた人材不足の問題は確実に解消されるばかりか、コアタイル派や魔法至上主義者達に我が物顔でお膝元を歩き回られる事もなくなる事でしょう。ね? 悪い話ではないでしょう?》

 

アクセラが畳み掛ける様に話す。

レジアスはしばらく無言で考え込み、数十秒の間を空けた後に、アクセラに問いかけた。

 

「…ひとつだけ教えろ。貴様の言う“偉大な御仁”とは一体誰だ? どうやってそんな人物を味方にする事が出来たのだ?」

 

《残念ながら、その人は少々用心深い性格でしてね…あまり、顔見知りでない人物に自分の素性を知られる事は望んでいませんの。ですから、今はあの人に我々が献上した仮の名前だけ教えて差し上げますわ……『賢者アマテラス』…》

 

「賢者…アマテラス……!?」

 

《……勿論、貴方と私達の関係がより強くなって、賢者の信頼を十分に得られる事が出来た暁には、是非とも中将をあの人とお引き合わせしますわ。その頃には『INSPIRE(インスパイア)』もきっと実用に適した段階にきている筈ですし…》

 

「………本当だな? ならば……協力しよう」

 

「司令…!?」

 

異議を挟もうとしたオーリスを手で制止しながら、レジアスは念を押すように頷き、了承の返事を返した。

 

《わかって頂けて嬉しいですわ。それではこれからお互いに友好的な関係となる事を願いましょう。かつての貴方とスカリエッティみたいに…ね?》

 

ひどく歪な笑みを浮かべながらアクセラは通信を切り、目の前のホログラムが消えた。

 

「くっ…!?」

 

レジアスはデスクを力強く叩き、悔しさを顕にした。

 

巷からは『英雄』と持て囃される一方で、自分がスカリエッティをはじめとする広域指名手配犯や裏社会の人間の力を借りている“黒い”一面がある事は他ならぬレジアス自身が誰よりも理解していた。

 

しかし、それは決して、単なる権威や利益などのつまらない動機ではない…全ては、優秀な戦力を独占する本局や、コアタイル派をはじめとする野党勢力と、その結果、著しい戦力不足に悩まされる地上本部と、その弊害をいつかミッドチルダの市民が受ける事になるのではという憂慮と、その現状を黙認できない強い正義感からである。

 

地上(ミッドチルダ)の平和の為に多少法に触れたり、非情といえる決断を選んででも、己の信ずる正義を貫かんとするレジアスの不器用で愚直な志は、反発する者も多い反面、娘のオーリスをはじめ、彼を信じ、付いてくる局員達からは強い支持と信頼を得ている事も事実であった。

 

しかし、自分の正義を貫く為とはいえ、やはり外道な方法に手を貸す事は、レジアスにとっては激しい罪悪感となって、心身ともに蝕んだ。

 

先日、密かに支援していた広域指名手配犯 ジェイル・スカリエッティから協力体制の破棄を一方的に告げられた際、勝手な振る舞いに怒り、そして貴重な戦力確保のための望みが断たれた事に絶望する事となったが、一方では心のどこかでは、これ以上悪に与する必要がなくなった事で安堵している自分もあった事は嘘ではなかった。

 

それでも、根本的な問題は解決していない…そればかりか、スカリエッティからの技術提供がなくなった以上、地上本部の戦力確保の為の手段が完全に断たれた事で途方にくれる事となり、早急に新たな手段を探す必要に迫られていた:

 

そんな中、今日のウエストランド・サンライズ社からの新たな協力要請…っという名の実質的な“脅迫”は、レジアスにとっては再び自らを生涯悩まされる問題の1つを解決に導いてくれる切り札を得られた喜びと、正義の為に悪の手を借りるという2つの顔を持つ自分自身への葛藤とまたも向き合わされる苦渋の日々に戻った事を意味していた。

 

「司令…本気でウエストランド社と手を結ぶのですか? ミス・アクセラの言っていた『疑似魔導師』を作り上げるデバイスという話も、やはり本当なのか疑わしいところがありますし…」

 

「何も言うな! オーリス!」

 

「!?」

 

レジアスが声を張り上げて、娘を黙らせた。

 

「……あの女の言う話が本当か否か考察する以前に…奴らは我々の『正義』の裏の顔を知っておる…ここは素直に奴らを味方に抱き込んでおく事が得策である事はお前もわかる筈だろう?」

 

「は、はい…」

 

「それに…奴らの背後についているという『賢者アマテラス』なる者もよくわからないが…おそらく敵に回せば相当厄介な存在であろう…! 現にウエストランド社の最近の快進撃と、スカリエッティの事だけでなく“最高評議会”の事まで把握していたのが何よりの証拠だ! それだけの組織を動かす力や情報を集める力に特化した者となれば、只者ではない事は明らかだ!」

 

「で…ではどのように…?」

 

オーリスが尋ねた。

その目には明らかに不安と恐怖の色が浮かんでいた。

 

「しばらくウエストランドを泳がせる他あるまい…そして、どうにか奴らの信用を得て、奴らにあれだけの知恵を授けた“賢者アマテラス”なる者の正体を―――うっ!? うぅっ!!?」

 

突然、レジアスが胸を抑えながら苦しそうに唸り始めた。

この短時間の間で何十、何百ものストレスを身を以て体感したレジアスはとうとう持病の心筋症の発作を起こしてしまった。

 

「お父さ―――いや、司令官!」

 

オーリスが慌てて、レジアスに駆け寄り、倒れそうになった父親の身体を支えた。

 

「誰か! 救護班を呼んできて下さい!!」

 

オーリスの悲痛な叫びが執務室に反響するのだった…

 

 

 

 

時は同じくして、ミッドチルダ西部 産業都市アーキス――――

 

ここは、今飛ぶ鳥を落とす勢いで急速に発展しつつある大企業『ウエストランド・サンライズ・コーポレーション(W.S.C)』の総本山である。

元々は小さな漁村に過ぎなかったが、W.S.Cが村の一角に巨大な造船所を建設したのをきっかけに、街は同社と共に飛躍的に発展。

W.S.Cが時空管理局の御用企業の地位を確立してからは、それに伴う様に街も栄え、今ではミッドチルダで5本の指に入る企業城下町と呼ばれる大都市に成長していた。

当然、この街のいたる施設がW.S.Cによって整備・建造され、今や主たるインフラストラクチャー事業や学校・病院などの公共施設までもすべてがW.S.Cの独占下にあり、この街に限っては時空管理局よりもW.S.Cの影響力が高いとまでされている。

そんなアーキスの郊外の海沿いにウエストランド社の本社兼CEO一家の私邸である『ウエストランドH.Q』が存在した。

 

広大な敷地の中に様々な本社ビル、工場、プライベートビーチ、果ては軍港や孤島までも有するこの場所の中心地に本丸の如く聳える近未来風の造りの屋敷こそ、『ウエストランドH.Q』の本丸的場所であるウエストランド邸本館であった。

 

CEO一家のプライベートを配慮してか、屋敷は海に面した小高い崖の上に存在し、内陸側の周囲は背の高い木々に囲む形で隠されていた。

 

W.S.Cの人間でも限られた者しか立ち寄る事のないこの屋敷のとある部屋には先程、レジアスとのホログラム通信を終えたばかりのアクセラ・ウエストランドの姿があった。

 

「ふっ、こんな所かしら……」

 

巨大なラウンジのようなその部屋の一角に用意されたベッドのように巨大なソファーに腰掛けながらアクセラが一息の溜め息を吐いた。

屋敷の中でも一番広いその部屋は三方を広大な対魔法コーティングの施された特殊ガラスに取り囲まれ、そこから望む大海原は夜の闇に包まれてはいたものの、夜空に浮かぶ満点の星空と併せて非常に美しい景色を大パノラマで独占していた。

 

っと、そこへ部屋の数あるドアの内のひとつが開かれ、一人の男が慌ただしく入ってきた。

 

「姉さん! レジアスは上手く説き伏せる事が出来たんだろうね!? まさか、しくじって監査の手配をされたなんて事はないだろうな!!?」

 

黒がかった紫色のクセ毛な髪質のショートヘアにメガネをかけ、高級感あるベージュのスーツに身を包んだ見るからに神経質そうなこの男こそ、大企業『ウエストランド・サンライズ』最高経営責任者(CEO) カトラー・ウエストランドである。

 

アクセラの弟で、年は彼女よりひとつ年下の28歳。

この会社においては“一応”トップにある男であるが、その素行を見ても分かる通り、CEOというポストに就いているわりには、とにかく商才も経営センスも、不安定な事この上ない…

それに、良く言えば用心深い…悪く言えば臆病者ときたものだから、姉のアクセラとしては歯痒い事この上なかった。

 

「落ち着きなさいよカトラー。心配しないで。全て、手はず通りに事が運んだわ」

 

「そ、そうか!? よかったぁ…ったく、あのレジアス(堅物風船オヤジ)に直接カマかけるだなんて、初めて聞かされた時は流石に肝をつぶしたぜ! やることが大胆過ぎるんだよ! 姉さんは…」

 

カトラーが喚くように文句を垂れるが、アクセラは意に留める様子もなく、涼しい顔を浮かべながらソファーの脇に置かれたミニテーブルの上に用意されていたワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。

 

「アンタは肝が小さすぎるのよ、カトラー。それにレジアスをこちらに引き込む事を思いついたのは、私ではないわ。全ては“アマテラス”の差し知恵よ」

 

「!? け、賢者様が……!?」

 

アクセラの口から出た“アマテラス”の名を聞き、カトラーは驚きと恐怖を併せた様な表情を浮かべた。

 

「で…でも姉さん! そもそも今更、レジアスなんかを味方に付けてどうなるってんだよ!? 確かに『INSPIRE(インスパイア)』の機能を考えたら、レジアスなら喉から手を伸ばしてでも欲しがるような代物なのはわかるけど…所詮アイツは泥舟だ!“最高評議会”の走狗だぜ? 下手に関わってアイツの素顔がバレて、俺達まで道連れにされてシッポを掴まれちまうかもしんねぇ! そうなったら、計画も何もかもパァだぜ!?」

 

「…わからないかしら? それが“アマテラス”の狙いよ」

 

「はぁ?」

 

教え子の間違いを正す教師のような口ぶりで話したアクセラに、カトラーは理解出来ずに怪訝な顔を浮かべる。

 

「…彼は…レジアスはいうなれば“愚直なマキャベリスト”…己の大義の為に、どんなに黒い事であろうともやり方を辞さない……だからこそ、私達が『INSPIRE(インスパイア)』を開発するにあたって格好の隠れ蓑にできるってものじゃない?」

 

「ど…どういう意味だぁ?」

 

尚もアクセラの言葉の意図が理解できていないのか、困惑するばかりのカトラーだったが、そこへ―――

 

「左様な単調な意図も理解できぬ馬鹿に、それ以上仔細を語ってやる必要はない……」

 

不意に聞こえた姉弟どちらのものでもない冷たい声が部屋に響いた。

それを聞いたアクセラ、カトラー姉弟の視線は部屋のある扉に集中する。

 

「「っ!?」」

 

バンッ!と開かれた扉の向こうから入ってきた人物を見て、アクセラは表情を綻ばせ、カトラーは怯えを含んだ驚きの顔になる。

 

入ってきたのは、一人の男性であった。

端正ながらその身体に流れる血でさえも冷たく見える程に冷徹なオーラを醸し出した容姿に、緑色の衣装に翼のような長い甲冑―――

そして頭に被った長い兜…

 

この近代的な構造の屋敷には少々不釣り合いといえる様な衣装を纏った男がツカツカと靴音を立てながら部屋の中に入ってくると、カトラーは慌ててその場にひざまずいて、敬服した。

 

「こ、これは“賢者アマテラス”様! あ、貴方様直々にここへお出でになられるとは…!!」

 

それに対し、アクセラは慣れ親しむ様な笑みを投げかけるが、“賢者アマテラス”と呼ばれた男はそれを完全に無視しつつ、彼女の腰掛けるソファーの前にやってきた。

 

「……首尾は?」

 

アマテラスが口を開いた。

カトラーとはまるで違う余計な形容詞は一切加えない、要点だけを率直に伝えた質問であった。

 

「一から十まで貴方の思惑通りの結果よ。これでレジアスも地上本部も完璧ではなくとも、これからは貴方の思うままに動かせるわ。それで? これからどうするつもり?」

 

「……言うまでもなかろう」

 

親しげに話しかけるアクセラに対して、アマテラスは氷のように冷たい視線を投げかけながら返した。

 

「予定通り『INSPIRE(インスパイア)』の開発を急げって事ね…わかったわ。そのへんのところは弟に任せて頂戴。貴方にして見れば、心許ないかもしれないけどね…」

 

アクセラの言葉を聞くと、アマテラスはその射抜く様な視線を今度は背後に控えていたカトラーに向かって投げかけ、さも当たり前の様に言い放った。

 

「完成までの期限は二月(ふたつき)だ…遅延は認めん」

 

「に…に、に、二ヶ月ですか!?」

 

アマテラスの言葉を聞いたカトラーは顔色を青ざめながら仰天した。

 

「わ、わわわ、我が君! それは…流石に無理がございます故、何卒ご容赦を! 現在『INSPIRE(インスパイア)』の第一期プロトモデルは、基盤も完成していない段階なのです! 現段階から二ヶ月で完成まで漕ぎ着けるのは、とてもではありませんが――――」

 

「勘違いするな。 二月(ふたつき)で“完成”させるのでない…“量産”を始めろと言っている」

 

「な、ならば尚の事無理があります!! せめてもう一ヶ月! 一ヶ月分だけご猶予の程を!! 生産ラインの確保や配給の為の人員や経費、その他諸々の都合を合わせなければ――――」

 

刹那、カトラーの細い首根っこをアマテラスが掴み上げた。

 

「ぐっ…!? ががっ……!!」

 

その細身の手からは信じられないような強い力に首が押し潰されそうな感覚を覚え、息ができなくなる。

カトラーは低い声で呻きながら必死に藻掻いた。

 

「黙れ。神輿の上の傀儡如きが…人手を動かす事しか能のない分際で我に口答えをするか? 身の程を知れ」

 

「ぐげっ……がががっ…も゛…も゛う゛じわげ…ござ…っ!!」

 

気がつくと、カトラーの身体はアマテラスに腕一本で吊るし上げられていた。

すると、アクセラがゆっくりとソファーから立ち上がると、カトラーを掴み上げるアマテラスの元に近づき、

 

「まあまあ、そう怒らないの。 ここは間を取って“二ヶ月半”で手を打ってあげてもらえないかしら? 勿論、弟の拙い部分は私が補って、貴方の計略が狂わない様に配慮してあげるから…」

 

「ふん……覚えておけ。今そなたらの“企業”なる組織が繁栄しているのは、我が授けた術策があったからこその事。

それはそなたらが、我が“元の世界”に戻る為の知恵、そして我が御家の安泰の為の駒となる事を約束したが故の“同盟”に従って動いているまで……されど…仮に同盟を結んだといえども、我が使えぬと判断した者は誰であろうと切り捨てる……そなたの愚弟は勿論の事、そなたでさえもその1人である事を忘れるな。アクセラ・ウエストランド…」

 

ごく当然の様に冷淡に言い放つアマテラスだったが、アクセラはそんな非情な言葉でさえも予想していたというように、動じる事なく、微笑み返してみせた。

その様子を見たカトラーは藻掻きながらも、姉の予想以上の豪胆さに見ている自分の方が肝が冷えそうな感覚を覚えた。

そこへ、アマテラスの刃物の様な鋭利な視線が首を掴まれている自分に向けられた事で、カトラーの肝は本当に冷える。

 

「貴様もよく覚えておく事だな。カトラー・ウエストランド…傀儡とはいえ一応は貴様も、このウエストランド・サンライズ社の長だ。つまり、我が采配を振るう上で盤上の“王将駒”として全ての目を欺く為に立っておる事が貴様の “駒”としての役割ぞ。故に…その役回りを果たしているからこそ、自身の身を助けている事を心身共によく刻んでおけ…」

 

アマテラスはそう告げるとカトラーの喉から乱雑に手を離す。

地に落とされ激しく咳き込みながら、カトラーは弱々しく返事を返した。

 

「か…可能な限り、人手を増やし…わ、我が君のご期待に添えるよう尽くします故……」

 

「……始めから、そう言えばよいのだ。忖度の効かぬ愚鈍めが…」

 

吐き捨てる様にまるで慈悲の心のない言葉を言い放つアマテラスに、アクセラは恐怖半分、感心半分に聞き入っていた。

恐い…恐すぎる…しかし、そんな恐い程に冷徹だからこそ、ウエストランド・サンライズ社を短期間の間にここまで一気に発展させ、そしてその地位を不動のものとする壮大な“計画”を推し進める事ができるのだ。

その為ならば、例え自分がこの男にとって数ある“駒”のひとつに過ぎなかったとしても、敢えてそれを受け入れ、力となるまで…

そうすることで、この男の神がかった知恵と権謀をこの男以外に利用できる唯一の立場になる事ができるのだから……

 

「アクセラ…あとはそなたに任せる。レジアスなる男と、時空管理局の動向から、くれぐれも目を離すな…」

 

「ええ…『INSPIRE(インスパイア)』のプロトモデル完成までは暫くかかる筈だから、それまでは自由に寛いで頂戴」

 

「フン……それから“恵瓊”の手綱を握る事と、“幸鶴”の教育もしかと忘れるな…奴らが何かいらぬ不始末を起こした場合は、代わりに貴様らが処罰を受けると思え…」

 

 

アマテラスはウエストランド姉弟に背を向け、来た時と変わらず統一した歩調で部屋を出ていった―――

ドアが閉じられ、人の気配がなくなった事を確認したカトラーは掴まれた首根っこを擦りながら姉の元に駆け寄った。

 

「お、おい! 姉さん! このまま本当にあの御方…否、あんな得体のしれない男にこの会社の主導権握られっぱなしでいいのかよ!? あの調子だと、いずれ俺達にさえ牙を剥くかもしれないぞ!」

 

溜まっていた鬱憤を吐き捨てる様に、カトラーは姉に向かって声を張り上げた。

だが、姉は慌てる事なくソファーに座り直すと、ワインのおかわりをグラスに注いだ。

 

「仕方ないでしょ。私達が役に立つ限り、あの人は私達に素晴らしい知恵を授け、このウエストランド・サンライズを栄華に導いてくれる。言わば、知恵の神=“プロメテウス”なのよ…」

 

「そ、そうかもしれないがっ…! クソッ! その“プロメテウス”に使いっぱしられた末に焼き捨てられる人生なんざ、俺は御免だぜ!」

 

カトラーは憤然としながらそう言うと、自分もワインをグラスに注ぎ、それを一気に飲み干す。

 

「そう心配する事もないわよカトラー。彼の目にあるのは“自国と御家の繁栄と安泰”のみ…その約束を掲げておく限り、彼も無下に私達を切り捨てる事はしないわ…」

 

アクセラは冷淡に事を述べ、そして自らが知恵の神と例えた男の事を思い返し、歪な笑みを浮かべた。

 

 

「私達はとてもよく似た関係……だから利害が一致する限り、お互いにとことん利用し合いましょうね…賢者アマテラス………いいえ、“毛利元就”…さん―――」




というわけで、成実に続き、オリジナル版よりも早く登場してもらう事になりました。BASARA一の冷酷策士 毛利元就様です。

どうしてこんなに早く登場してもらったかというと、このリブート版の感想でちょくちょく「元就様まだか?」「毛利軍を早く見たい」と熱心な声が何度かあったので、「じゃあ出してしまおう」という事で予定よりも随分早く本編に出てもらう事にしました。

とりあえず、元就様の立ち位置はリリバサオリジナルの第三勢力なのはオリジナル版同様ですが、リブート版ではレジアスら地上本部寄りな位置(原典StrikerSのスカリエッティとレジアスの関係)にあると思います。
勿論、後々西軍ともしっかり関わってきます。

そして、リブート版における毛利軍を物語る上で重要なキーワードとなる謎の新型デバイス『INSPIRE』と劇中元就の口から出たある名前の人物にも注目しておいてください。

さて、次回の長編の鍵となる人物も示唆させたし、そろそろ次回の長編を書き出していこうかな…?


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第四十四章 ~素直になれない戦闘機人と鬼の哀話~

西軍の外様武将 長曾我部元親の下で訓練を受けるナンバーズの9番 ノーヴェは未だに元親に対して敵愾心をむき出しにし、事ある毎に突っかかっては返り討ちに遭う日々を送っていた。

そんなノーヴェの元親に向ける刺々しい言動を見た西軍幹部 上杉景勝はある事を察するが…

一方、ナンバーズ5番 チンクは元親と一対一で話し合う機会に恵まれ、そこで彼の知られざる過去を聞くことになる…

景勝「リリカルBASARA StrikerS 第四十四章 ンオ゛~オァ゛~ハァ゛~ハァ゛~

これはっ!シ゛ャ゛◯゛リ゛コ゛イ゛ン゛だ゛!゛!゛」

ディエチ「ジャ◯リコインって普通に言っちゃっていいんですか…?」


『西海の鬼』長曾我部元親の施す訓練は普通の戦闘訓練とは違う。

海で育ち、一人の武将であり海賊として常に野性的で実戦的な訓練によって育ってきた彼の鍛え方は文字通り変わったものであった。

通常の人間でも違和感を感じるであろう彼の訓練にナンバーズのメンバー…チンク、セイン、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディの5人は、余計に違和感を覚えていた。

 

今まで自分達が姉達に受けてきた訓練とは、まったく異なり、仮想シュミレーターも試射施設も使用しない。

すべて対人戦か実地訓練のどちらかという自分達の常識では考えられないやり方に基づいて訓練するのだ。

 

そんな彼のやり方に、初対面の時から派手に反発していたノーヴェは、この訓練をはじめて、2、3日目から絶えず異議を唱え、7日目にはセインやウェンディ、ディエチ達や常識人のチンクまでも抵抗感を示していた。

しかし、1ヵ月を過ぎたころにはチンク達は不思議と元親の訓練に違和感を感じなくなり、ノーヴェを除く全員が素直に彼から与えられた訓練をこなすようになっていった。

 

そのチンクですら抵抗感を抱いたという『訓練』。

その中でも特に彼女達が抱いた違和感の大きかったものが…

 

「え~と。ここの部品がここに繋がって…」

 

「違うっスよセイン。ここのパーツはこれと繋がるっス」

 

「えっと…ここはこの塗装でいいんだよねチンク姉?」

 

「あぁ、長曾我部が渡した設計図によるとここからこの部分までがこの色で塗るそうだ」

 

 

『カラクリ兵器の製造』という殆ど雑用に近い『訓練』であった…

 

ここはスカリエッティのアジトの外れにある物置だった小ホール。

元親はスカリエッティに頼んでここを無理やり改造し、自身のカラクリ兵器製造ドックとして使用していたのであった。

そして今、ホールの中心にはチンク、セイン、ディエチ、ウェンディの4人があれやこれやと話し合いながら、4本の足を持った巨大な鋼鉄製の兵器を組み立てている最中であった。

 

「あれれ?ここ、こんな構造だったっけ?」

 

「なんか設計図と違う気がするっス」

 

設計図と自分達の組み立てたカラクリの部品を見比べて首をかしげるセインとウェンディに横からディエチが慌てて注意する。

 

「あぁ!セイン、ウェンディ!それは『設計図 参』の組み立て方だよ!そっちは『設計図 七』の構造でやらないとダメなんだよ」

 

「えっ!?マジっスか!?」

 

「先言ってくれよ~。これ組み上げるのにどれだけかかったと思ってんだよ」

 

あ~だこ~だと騒ぎつつカラクリ兵器を組み立て続けるセイン達、すると彼女達とは反対側の部分を組み立てていたノーヴェが、叫び声を上げながら持っていた工具を投げ出した。

 

「だぁぁぁぁ!畜生!やっぱ無理!こんなチマチマした作業やってられっかよぉ!!」

 

一人愚痴るノーヴェを見てセインとウェンディが「また始まった」と言わんばかりにあきれた表情を浮かべながらチンクに向かって視線で助けを求め、

それを察したチンクがノーヴェに近づいて、彼女を宥め始めた。

 

「ノーヴェ。今度はどうしたんだ?また作業が捗らないのか?」

 

「チンク姉。アタシもう嫌だよ!こんな毎日毎日ディーゼル臭い部屋の中でガラクタ組み立ててばっかりなんて、もっと仮想シュミレーターとかを使った実戦的な訓練がしたいよ」

 

「そう言うな。それに実戦訓練ならちゃんとこの後、用意してあるじゃないか。長曾我部や黒田、上杉との組手とか…」

 

「あんなの訓練にならないよ! あの元親(海賊野郎)といい、最近セインと仲のいい官兵衛(鉄球引きずったおっさん)といい、景勝とかいう女のくせに男みたいな格好してる跳ねっ返りといい…! 揃いも揃って、アタシと組手する時だけ、やたら無駄に必殺技みたいのバンバン出してくるし!」

 

「それはノーヴェがいつもアニキ達に「ぶん殴る」とかいって殺気全開で挑んでるからっスよ」

 

「うるせぇウェンディ!お前は黙ってろ!」

 

作業を続けながらツッコむウェンディに、一喝するとさらにチンクに愚痴を言い出すノーヴェ。

 

「大体、なんでアタシらが奴の使う兵器の製造を手伝わなくちゃいけないんだよ!?そんなのガジェットみたいに自動製造ドックで造らせたらいい話じゃねぇか!?」

 

「わかってねぇなぁ。手作業で組み立てねぇと愛着が湧かねぇだろうが。カラクリってのはよぉ」

 

すると豪快な笑い声とともに、男の声で返答が返ってきた。

ノーヴェやチンク、そして作業をしていたウェンディ達が声のした方に顔を向けると、そこには碇槍を肩に担いだ元親が機嫌よさそうにドックに入ってきていた。

 

「おおぉ!『木騎』もなかなか好調に進んでんじゃねぇか!結構な事だ!」

 

元親は自身の進めるカラクリの製造の進み具合を見て満足そうな笑みを浮かべると碇槍をドックの壁に設けた専用の刀掛けに立てかけた。

 

「よぉ、ノーヴェにチン公!機嫌良さそうで…」

 

「よくねぇよ!!」

 

「だから普通に『チンク』って呼べと何度言ったら判るんだ!?」

 

声を揃えて怒鳴るノーヴェとチンクに元親が笑いながら謝る。

 

「ハハハハハ!相変わらず口の減らない奴らだな!…さて俺もちょっくら木騎の整備に参加するか」

 

そう言って工具箱に手を掛けようとする元親にノーヴェが即座に突っかかっていく。

 

「おい!その前にアタシと組手しろ!!今日こそ決着を付けてやる!」

 

「あぁ?お前昨日もそう言って派手に負けたばかりだろ?」

 

「うるせぇ!昨日は油断してただけだ!今日こそは勝つ!!」

 

「その台詞、もうここ2週間程毎日聞いてるんだけど?…」

 

意気込むノーヴェの言葉に、今度はセインがツッコミを入れる。

 

「うるせぇ!うるせぇ!!うるせぇぇぇぇ!!!とにかく勝負しろ元親!勝負だ!」

 

まるで子供のように騒ぐノーヴェを見て、元親は首を振りながら手に仕掛けた工具を工具箱に戻す。

 

「わぁったよ。この後全員での組手もあるから、軽く一戦だけだからな」

 

「フン!軽く済むと思わねぇ方が身の為だぜ。今日のアタシは本気だ!そっちも全力でかかってきやがれ!」

 

すっかり呆れた様子の元親と、一人奮起するノーヴェ。

まったく正反対の態度を見せながら二人は、それぞれ刀掛けに立て掛けた碇槍とその下の棚に置いてあったまだ調節段階のガンナックルを手に持つとドックの隣の部屋に設けた道場に向かう。

 

「ウェンディ、ディエチ。あれどっちが勝つと思う?」

 

「聞くまでもないっスね」

 

「うん」

 

もう慣れたような態度で二人を見送るセイン達の前で道場のドアが閉められた。

そして数秒程間を空けて…

 

「隙ありーーーーーー!!」

 

ドアの向こうからノーヴェの叫び声が聞こえた。

 

そして間を空けずに…

 

「…!…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

ドシンという鈍い音共に今度は悲鳴が聞こえた。

 

「ノーヴェ選手 只今の試合時間は4秒でした~」

 

セインがそう言ってからかうとウェンディはそれを聞いて笑い、ディエチはノーヴェが心配なのかあたふたと焦る仕草を見せ、

そしてチンクは「やれやれ」とため息を吐きながら首を横に振った。

 

 

 

 

しばらくして…

 

昼の休憩を兼ねてセイン、ウェンディ、ノーヴェ、ディエチはアジトの食堂へ、昼食をとりにやってきた。

食堂といっても普通の食堂と違って厨房や調理師といったものは存在しない、スカリエッティが開発した自動式の食料供給システムから配給される食事を順番に用意した皿に受け取る方式であり、ナンバーズは基本的にそれによって日々の食事を賄っていた。

ちなみに昼食の献立はオートミールに、3種類の栄養素のブロックビスケット、高糖分チョコレートに、オレンジ味のプロテインドリンク―――

 

「畜生!元親の野郎!!いきなり網でとっ捕まえるなんて反則だろうがよぉ!」

 

おでこには一枚の絆創膏を付けながら、ノーヴェはトレーに乗せた皿やボールに配給された食事を全て受け取ると、姉妹達と同じテーブルに腰を下ろしながら、誰に聞かれるまでもなく、先程の組手の敗因を憤然と語り始めた。

 

「『全力でかかってこい』って言ったのはどこの誰だった~?」

 

「うるせぇよ!!」

 

ノーヴェはセインの皮肉を八つ当たりで返しながらスプーンを手に取り、オートミールに糖蜜もかけずに、そのまま掻き込むように口に運び始めた。

 

「ガツガツ!…くそぉ!どうすりゃ元親の野郎に…ガツガツ!…勝てんだよあたしは…ガツガツ!」

 

「食べながら話すなっス」

 

口いっぱいにオートミールを頬張りながら話すノーヴェにウェンディが冷やかにツッコんだ。

っとそこへ…

 

「おぉ! セイン! 今日は妹達も一緒か?」

 

「よっ! オメェらも飯か?」

 

相変わらず鉄球を引きずりながら、枷を嵌められた両手におにぎりが山積まれた桶を運ぶという地味に器用な事をする元豊臣与力で今は外様扱いの武将 黒田官兵衛と、金串に刺さった岩魚を焼いたものを咥え、片手には同じ焼き魚の金串を5本、もう片方の手には清酒の一升瓶を掴んだ豊臣五刑衆 第五席 上杉景勝の2人が食堂へとやってきた。

2人の姿を見たセインとウェンディは顔を綻ばせ、ディエチは甲斐甲斐しく一礼し、ノーヴェは不愉快そうな表情を浮かべる。

 

2人の手にある食事を見ても分かる通り、ナンバーズと共にこのアジトで寝起きしている西軍の武将達の多くはこの食堂を使いこそすれど、ここで供給される食事には手を付けようとしない。

食事…と言ってもここの供給システムから配給されるそれは、各原料の粉末と科学調味料、香料、プロテインを合成しただけの疑似食品が主で、良く言えば栄養成分だけを重視した…悪くいうと味気のまったくなく食べ物を食べている気分さえも起きないものだった。

戦闘と破壊が半ば生きる意義である戦闘機人(ナンバーズ)にとってはそれが寧ろ、稼働に際しても効率が良い為、全く問題がなく受け入れられていたが、ここに逗留する事となった西軍武将達はそうではなかった。

 

三成や大谷などの一部を除いて、鮮度の良い素材を使い、味も香りも芳醇な“本物”の食事を食べ親しんでいる武将達は、これら合成食品を受け入れる事ができず、特に左近や景勝からは抗議の声も上がり、結局、スカリエッティとの話し合いの末、ここの食事を受けつける事のできない武将達は各自アジト周辺の山岳地帯で食材を仕入れ、それぞれ自分で賄う…所謂、自給自足をする事となった。

意外だったのは、左近や元親、景勝達は言わずもがな、あの他者を虐げる事しか興味がなさそうな五刑衆第三席 小西行長でさえも、自給自足する派に転じた事である。

その理由というのは「やはり食事は、血の流れるものが恋しい」という如何にも彼らしい残酷な理由からであったが…

 

っというわけで、景勝の要請を受けた元親は早速、アジトの一角にある空き部屋を改装して、簡単な炊事場を造り、自給自足派はそこでアジト周辺の山から入手してきた食材で各自食事を作る事となっていた。

幸い、アジトのある山は自然豊かで様々な動植物が生息しており、さらに近くには大きな渓流も流れている為、魚もよく採れる。

米や麦などの穀物に関しては食糧供給システムの素材として搬入されたものがあった為、そのうちの一部を拝借する事で補う事ができた。

 

「おっちゃん! もう謹慎部屋の外に出てもよくなったの?」

 

隣に鉄球を椅子代わりにして腰掛けた官兵衛にセインが尋ねる。

 

「まぁな。 又兵衛の奴が逃げ出したおかげで、すぐに動ける人員を控えさせる必要が出たとかで、小生の謹慎は一応解いてもらえる事になったのさ。まだ行動は色々制限されてるけどな…」

 

「そうなんだ。でもよかったじゃん。アジトの中は自由に動けるようになって」

 

「っというか三成に背いて“謹慎”で済んでいる時点で、ある意味奇跡だと思えよ?」

 

官兵衛の向かい側の椅子の上で胡座をかきながら、手に持った岩魚の金串をテーブルに突き立てながら景勝が軽口を叩いた。

 

「うるせぇやい! 五刑衆様々には、下請けの苦労がわかってたまるか!」

 

「おいおい。オレに八つ当たりすんじゃねぇよ。それにオレだって好きで豊臣の幹部やってるわけじゃねぇんだっつぅの」

 

そう言いながら、景勝は一升瓶の蓋を歯で抜いて開けると、それをラッパ飲みで煽り飲み始めた。

その女とは思えない豪快な振る舞いに見ていたセインとディエチとウェンディは呆気にとられた。

 

「か、景勝様…!? その…昼間からお酒なんか飲んで大丈夫なんですか…? それもそんな身体に悪い飲み方…」

 

ディエチが心配そうに尋ねる。

 

「ぷはぁっ! あぁ、へーきへーき。大谷から暫くはオレに仕事はねぇって言われたし…今日は特にやる事もねぇから、少し早い晩酌だよ」

 

景勝は手をひらつかせながら、そう言うと岩魚の腹わたを食いちぎり、それから一升瓶を煽る事で、清酒を流し込んだ。

 

「…かぁぁぁぁぁぁっ! 越後や会津の地酒に比べりゃ、月とすっぽんの出来の差だけど、ホント酒造る腕前は大したもんだな! あのカラクリ。メシはクソマズだけどよぉ」

 

少し酔いが入ったのか頬をほんのりと赤らめた景勝は上機嫌で、食堂の壁際に備えられた食料供給システムの装置に目をやりながら称賛する。

彼(女)(かのじょ)が飲んでいる清酒は、この食料供給システムを使って造ったものである。必要なメニューのプログラミングを組み込めば、自動的にそれを作成してくれるこのメカニズムを聞いた景勝は、故郷である越後の国や、東国制覇の拠点として豊臣から統治を任されていた会津で常飲していた大好物の清酒を試しに作らせたところ思いの他、良い出来のものが完成した。

この酒はこのシステムが作成できた唯一の日ノ本由来の品で、ここの供給する食事を受け付けられない武将達も、これだけは唯一口にする事が出来たのだった。

 

「おい景勝(雪獅子)。いくら美味いからって、今から酒かっくらいすぎて、ぶっ倒れるんじゃねぇぞ。 10番(ディエチ)の言う通り、いつ三成や刑部、怪尼(皎月院)にこき使われる事になるかわからねぇんだからな?」

 

「だぁから、だいじょーぶだっつぅの! それに、いざとなったらクロカン。お前代わりに行ってくれよぉ?」

 

「いや、なぜじゃっ!? なぜお前さんの代わりに小生が余計な仕事受けなきゃならんのじゃ!?」

 

「かったい事言うなよ。そんなしみったれた性格だから、いつまでも女にモテないんだぜ?」

 

「女を捨てているお前さんにだけは言われたくないぞ!!」

 

一升瓶をテーブルに置き、ヘラヘラと笑いながらからかってくる景勝に対し、おにぎりを頬張りながら突っかかる官兵衛だったが、そこへセインが口を挟む。

 

「まあまあ、おっちゃん。 おっちゃんはその身なりもなんとかしないと余計にモテないと思うよ」

 

「セイン! お前はどっちの味方だよ!?」

 

憎まれ口を叩き合いながらも、それなりに和気あいあいとした雰囲気で話し合う官兵衛とセインにウェンディ、ディエチも楽しそうに話を聞いていた。

元々、6番(セイン)以降のナンバーズのメンバー…後発組(稼働前のメンバーを除く)が西軍の武将で気を置く必要なく接する事ができたのは元親だけであったが、最近になって、官兵衛、そして景勝の2人が加わっていた。

 

先日の後藤又兵衛脱走事件の際に官兵衛がセインとウェンディを庇った事をきっかけに後発組は、元親に次いで官兵衛もまた西軍の面々の中では穏健派である事を知り、気を許すようになった。

豊臣の上級幹部である五刑衆の一員である景勝に対しては、当初は三成や行長のように冷酷無比な性格と思い、距離を置いていたが、何度か話す機会があり、それを繰り返す内に、その地位に反して、当人は寧ろ外様寄りな考えと元親のような小ざっぱりした性格の持ち主であった事がわかり、今ではこうして一緒に食事をとって談笑できるまでに気を許されるようになっていた。

 

(チッ……元親といい、コイツらといい……勝手に馴れ馴れしくしてきやがって。あたしはまだお前らを認めてるわけじゃねぇんだからな…!!)

 

そんな中、ノーヴェだけは未だに、対抗心全開な元親はもとより、官兵衛は勿論、(本人は捨てているが)同じ女性である景勝に対してもつっけんどんな態度で接していた。

 

「おっしゃ!ごちそうさま! お前ら、先に自主練行ってるから、いつまでもグダグダ喋ってんじゃねぇぞ!」

 

「おっ! 随分、ご精が出てる事だねぇ! 何をそんなに必死こいてんだよ?」

 

「うるせぇ! 大きなお世話だ! この呑んだくれ!!」

 

2匹目の岩魚を食べ終えた景勝に茶々を入れられ、ムキになりながら言い返すノーヴェ。

すると、話を聞いていたウェンディが補足する様に説明する。

 

「景勝様~。ノーヴェはずーっとアニキを倒す事に夢中なんスよ」

 

「アニキって…長曾我部の事か?」

 

一升瓶を傾けながら景勝が尋ねた。

ウェンディが頷く。

 

「実は、ノーヴェは一度アニキに挑戦してコテンパンにやられた事があるんスよ。それ以来、ずーっと、アニキへのリベンジに必死で…」

 

「って勘違いさせるような事言うんじゃねぇぞウェンディ! あたしは元親に負けたわけじゃねぇ! あたしが一本取る前にあいつが勝負を投げたんだ! つまり、アイツの『勝ち逃げ』だよ! アタシは負けた覚えはねぇ!」

 

「けど、背中向けた元親さんに尚も挑もうとして結局一撃でノックアウトさせられたよね…?」

 

「余計な事言うなディエチ!!」

 

必死に妹達の言葉を否定していくノーヴェ。

その様子を見て、景勝は「ほぅ」と何か悟った様子を見せた。

 

「つまり…アンタは長曾我部の鼻を明かしてやろうと、そうやって休憩もそこそこにする程、必死になってるってわけか?」

 

「ったりめぇだ!だらだらしてたんじゃ元親には勝てねえ!!」

 

「…っとまぁ、こんな調子で最近はアニキがいるいないに関わらず、『元親、元親、元親…』と…そればっかっスよ…」

 

すっかり呆れ返るウェンディに、ディエチも便乗する。

 

「ノーヴェ…こんなに挑んでも勝てないんだったら、もうあきらめた方が良いんじゃないの?」

 

「あんだとディエチ!」

 

「素人から見ても分かるよ。元親さんはノーヴェとは器量も能力も全然違う。それに元親さんはノーヴェと違ってこれまで様々な修羅場を経験しているし、一つの大きな軍隊を率いてた程の統率力もある」

 

「軍隊ったって、所詮海賊の頭だろ? 悪党上がりのにわか大将じゃねぇか」

 

ノーヴェの言葉に官兵衛が口を挟んだ。

 

「いいや。小生は豊臣の与力だった頃に四国征伐*1に際して、長曾我部(西海)と戦った事はあるが…アイツの率いている軍は、豊臣にも引け劣らぬ最先端の技術力もさる事ながら、率いている兵の団結力がとにかく凄まじいものでな。小生らも散々手こずらされて、結局、最終的には力づくで領土を奪う事は諦めて、不可侵と諸国安堵を条件に豊臣傘下に組み込む形で妥協する事になったくらいだからな」

 

「うぅ……あんな見るからにならず者っぽい見た目しているのにか?」

 

官兵衛の話を聞いて、ノーヴェは悔しそうに言葉を詰まらせる。

 

「見た目は関係ないよノーヴェ。それに元親さん自身の戦い方にしたって、一見粗暴な戦い方に見えるけど、あれはあれでちゃんと考えながら動いている。

猪突猛進な動きしかできない上に、実戦に出た事もない今のノーヴェじゃ、とても勝てる気はしないよ」

 

「同感っス」

 

自分の昼食のブロックビスケットを齧りながら頷くウェンディ。

 

「おいおい。妹達にまで散々な言われようだな…」

 

その景勝の同情半分、皮肉半分な一言がトドメとなって、ノーヴェは駄々を捏ねるように、その場で地団駄を踏みはじめた。

 

「うるせえ! うるせえ!! うるせえ!!! あたしは元親を超える!超えると言ったら絶対超える!!」

 

「でもノーヴェ。なぜそこまでアニキにこだわるんっスか?」

 

前から疑問に思っていた事を口にするウェンディ。

 

「あ、それ私も聞きたいな」

 

そうウェンディに続いたのはセインだった。

 

「ノーヴェがいけ好かない奴にとことん突っかかるのは今に始まった事じゃないけどさぁ…元親のアニキに対するそれは、なんか異常なくらいなんだよね~」

 

「それはあれだよ。ほら…さっきウェンディ(このバカ)がベラベラと喋りやがった初対面の時コテンパンにされたあれ!」

 

「本当にそれだけっスか?」

 

「あ…あったりめぇだろ!」

 

ジト目で睨み付けるウェンディに顔を赤くしてそっぽを向きながら答えるノーヴェ。

すると、その様子を見ていた景勝が確信づいた様な表情を浮かべる。

 

「……ははぁーん。なるほどなぁ…」

 

「な、なんだよ…?」

 

意味深に自分を見つめながら納得したように呟く景勝を見て、ノーヴェはたじろいだ。

 

「お前さては……“惚れた”んじゃねぇのか? 長曾我部に…」

 

「「「「え!?」」」」

 

景勝の言葉にこの場の空気が一気に固まった。

 

 

 

 

「ええええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

ノーヴェは頬を真っ赤に染め、驚愕して二、三歩後ずさる。

 

「ば、ばばばばばばばばばばばばば馬鹿じゃねーか!? なんであたしが、あんな大雑把で、ガサツで、乱暴で、金に汚くて、四六時中カラクリばっか造ってる、いけ好かねー海賊野郎なんかを!?」

 

「そら見ろよ。いつの間にか長曾我部(アイツ)の性格や趣向とか、ドンピシャリ言い当てちまってんじゃねぇか?」

 

「こ…こここ、こんなのの…一体何処が「好きだ」って証拠になるんだよ!悪口ばっかりじゃねーか!」

 

必死に反論するノーヴェだったが、そこへディエチが乱入する。

 

「でも前にチンク姉から聞いたけど、好きな人に対しては、好きな程相手の悪口を言ってしまうものだって」

 

「ほら。やっぱりだろう?」

 

景勝が手を叩きながら、茶化してくる。

 

「ディエチテメェ!余計な事言ってんじゃねぇぞ! だ…大体理由とか過程とか全然ないだろ! そんなんで好きとか何とか、あるわけねーだろ!」

 

「チッチッチッチ…」

 

すると今度はウェンディが、煽るように舌を打ちながらノーヴェに向かって人差し指を立て、メトロノームのように指を振ってくる

 

「甘いっスねぇノーヴェ。そういうのは、理由とか過程とか関係なく好きになる時だってあるんっスよ」

 

「な…にぃ!?」

 

完全に沸騰状態のノーヴェに、ウェンディはさらに攻撃をかける。

 

「ノーヴェは気付かないうちに一目惚れしたんっス。

ほら、確かに初対面の時、ノーヴェはアニキに悪印象を持ったかもしれないっスけど、多分それと同時に恋心ってのも抱いちゃったんっス。

だから形はどうあれ、いつもアニキのことを考えちゃってるんスよ」

 

「だからそれはあいつが嫌いだから…」

 

「ほんとに嫌いなら、その人の事はすぐにでも忘れたくなるのが普通じゃないの?」

 

「!?」

 

ディエチのその言葉で、完全に反論できなくなったノーヴェ。

そこへ景勝がマウントを決めにかかってくる。

 

「どうやらアンタの負けみたいだぜ? 諦めな、跳ねっ返り♪」

 

「う、うう……うるせぇぇ! テメェにだけは言われる筋合いはねぇよ! この呑んだくれの“漢女(おとこおんな)”がッ!!」

 

「の、ノーヴェ!?」

 

「うわっ! バカ!! それを言うんじゃない!」

 

明らかに負け惜しみとしか言いようのない暴言を景勝に浴びせたノーヴェに、セインと官兵衛が慌てて諌める。

景勝に対して『女』に関するワードは禁句なのは、官兵衛は勿論の事、ナンバーズの間でも周知の事実となっていた。

そんな景勝に対して堂々と『女』と吐き捨ててしまったノーヴェの命知らずな暴挙に官兵衛もセインも慌てふためくが、当のノーヴェはそれよりもこの羞恥心を吐き捨てる場所を探して必死だった為、自分の発言を意に留めていなかった。

 

「認めねえ…絶対認めねえーーーーーーーーーーーー!!」

 

ノーヴェは酷く赤面し、食堂から猛ダッシュで出て行った。

 

「あ~あ。ほんとノーヴェも素直じゃないっスねぇ~」

 

「そうだね」

 

ノーヴェの態度を見て、やれやれと首を振りながらも今までの彼女からは想像できない意外な一面を見た事で、微笑ましく思うウェンディとディエチであった。

 

一方、今しがたノーヴェから自分にとって最大のタブーを吐かれた景勝はというと…

 

 

「ハッハッハッハッ! アイツ、唯のきかん坊と思ったら意外と可愛いところあんじゃねぇか!! ヘッヘッ! なかなか良い酒の肴を見せてもらったぜ!」

 

 

意外にも、上機嫌な表情を崩すことなく酒を呑んでいた。

その反応に呆気にとられる官兵衛とセイン。

 

(あれ…? 意外と怒ってない?)

 

(ひょっとして、だいぶ酔いが回ってんじゃねぇのか?)

 

安堵半分、驚き半分な面持ちで見つめるセインと官兵衛だったが―――

 

「……あぁ、そうだクロカン。 ちょっと…」

 

「ん?」

 

不意に景勝が官兵衛を呼んだ。

何事かと思い、官兵衛が彼(女)(かのじょ)の方に身を乗り出したその瞬間―――

 

 

グサッ!

 

 

「へっ!?」

 

不意に、官兵衛の前髪に隠れた額に何かが刺さる感覚を覚えた。

ふと視線を上げると、そこには一本の金串が刺さっていた。

見ると、テーブルの反対側で一升瓶をラッパ飲みする景勝の空いている片手は何かを投擲した様な手つきだった。

 

「……ってお゛お゛お゛おおおおぉぉぉぉッ!!? 痛ってえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!なぁぜじゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

遅れて額に激痛が走り、官兵衛は金串の刺さったおでこを抑えながら、床にもんどりを打って転げ回った。

 

「官兵衛のおっちゃんーーーーーー!!」

 

「か、官兵衛のオッサン!?」

 

「官兵衛さん!!」

 

突然の事に仰天したセイン、ウェンディ、ディエチの3人が大慌てで駆け寄る中、景勝は一升瓶を一煽りして、「ふぅ」とため息をついた。

 

「さっきのオレに対する侮辱は、良い肴を見せてくれた事に免じて、今回はクロカンの身代わりで許してやるよ」

 

っと、官兵衛にしてみれば理不尽極まりない事を呟く景勝なのであった。

 

 

 

 

「あっくしゅん!!あぁ?誰か俺の噂でもしてやがんのか?」

 

食堂でそんなやり取りが繰り広げられている事など知る由もない元親は、廊下で一人豪快なくしゃみをしていた。

午前の訓練が終わった後も、元親は一人木騎の組み立て作業に徹し、ようやくそれも一区切り打ったところで自分も昼食をとろうと食堂に向かって足を運んでいたところであった。

 

「ん?」

 

鼻をこすりながら廊下の先を見渡していると、固く閉じられている部屋ばかりの廊下の中に一つだけ開いている部屋があることに気が付いた。

 

「なんだぁ?あの部屋は?」

 

元親が何となく気になり部屋に入ってみると、そこはテーブルと椅子が幾つか並べられている小さな部屋であった。

その椅子の一つにチンクが一人腰かけて紅茶が入ってるカップに、ミルクを入れていた。

 

「ん?長曾我部か?どうしたんだ?」

 

「あ、いや…部屋の戸が空いてたからちっと気になって入ってみたんだが。悪ぃ、邪魔したな」

 

そういって部屋を出ようとする元親に、チンクが軽く笑いながら声を掛ける。

 

「まぁ、待て。長曾我部、私も茶飲み仲間がいなくて少々寂しかったのだ。よかったらお前も飲んでいかないか?」

 

すると元親は足を止めてチンクの方を振り返る。

 

「そうか? じゃあ遠慮なく呼ばれるか。 まぁ、本当言えば俺は酒の方が嬉しいんだが…まだお天道様も真っ盛りだし、そうも言えねぇな。ハハハ!」

 

「フフッ…このアジトの中では太陽の高さなどまるでわからないであろう…」

 

元親はチンクの向かいの椅子に腰かけた。

するとチンクは空のカップを一つ手に取ると、慣れた手つきで紅茶を注ぎ、それを元親に差し出した。

元親はカップを、湯呑を持つような仕草で手に取ると紅茶を少し飲んだ。

 

「かぁぁ! やっぱ緑茶とは全然違う味に香りだな。本当にこれ茶か?」

 

「まぁな。 ドクターの開発した食糧供給システムは、食事は無機質だが、こうした嗜好品はそれなりの品ができる。

私も食事に関しては栄養さえとれたら別に良いので、味は構わんのだが、紅茶(コイツ)だけは別でな。いつもこうして一服用に、なるべく香りの良い一級品を用意して貰うようにしている」

 

「へぇ~。なかなか洒落者なんだな。チン公も」

 

そういって再び紅茶を飲む元親。

それを見て柔らかい笑みを浮かべるチンク。

そして自分も紅茶を飲むと、ふと思い出したように話し始めるチンク。

 

「そういえば長曾我部」

 

「なんだ?」

 

「いつもノーヴェがすまないな…事ある毎にお前に突っかかってばかりいて…」

 

「あぁ、その事か?」

 

チンクの言葉を聞いて、元親はなんでもないように首を振った。

 

「別に俺ぁ気にしちゃいねぇよ。まぁ確かに少々しつこい時もあるけどが、あれくらい跳ねっ返りなところがアイツらしくていいと思うぜ? それに、俺の知り合いの中じゃ、景勝(獅子姫)といい、井伊谷の直虎(戦乙女)といい、日ノ本にはあれくらいの跳ねっ返りは当たり前のようにいたからな」

 

「ノーヴェくらいのが“当たり前”か…なかなか殺伐とした国なんだな…お前の元いた世界は…」

 

「まぁ確かに殺伐とした世の中だったかもな? ダハハハハハハハハハ!!」

 

チンクが苦笑いと共につぶやくと元親は口を大きく開けて笑い出し、チンクも釣られて笑う。

笑いながらチンクは目の前に座る男に対し不思議な感情を抱いた。

 

 

(本当に変わった男だな…こんな奴は今まで出会った事がない。まったく未知なタイプの人間だな…)

 

 

しかし、チンクは内心この男が現れてから自分にも大きな変化がある事を自覚していた。

 

(しかし不思議だ…この男と一緒だと何故か心が和らぐ。今まで姉妹達以外に心を開く事などなかったのに…この男にだけは不思議と心を許せる…

何故だ? この男はあの冷酷な石田や、邪悪な大谷と手を結んでいるというのに…いや、そもそもなぜこんな性格の男が石田達のような連中に加担しているんだ?)

 

チンクは出会った当初から抱きつつあった疑問を思い切って本人に問う事にした。

少し間を空けた後に、チンクは思い切ってその話題を切り出す事にした。

 

「ところで長曾我部。前から聞きたかったのだが…」

 

「なんだ?」

 

「その……お前みたい男が、一体どうして石田みたいな凶気的な男に協力しているんだ?」

 

「!?」

 

チンクの問いかけに一瞬驚いた表情を浮かべる元親。

 

「それは…その……」

 

言いづらそうにそっぽを向く元親を見て、慌ててフォローを入れるチンク。

 

「い、いや……言いたくなければ言わなくていいんだぞ? 私も少し気になっただけで…」

 

「別にいいさ……こうして美味い茶も奢ってくれた事だし、それにお前は口が堅そうだから話しても大丈夫だよな」

 

元親はそう言うと一度紅茶を飲んで気持ちを落ち着けてから、チンクに話し始めた。

 

 

西軍と敵対する『東軍』の総大将 徳川家康とは親友であった事―――

 

その家康に留守中の自領を襲撃され、大勢の部下や領民を亡くした事―――

 

親友の裏切りを許容できず、部下達の仇を討つ為に西軍に参加した事―――

 

 

元親はチンクにすべてを打ち明けた。

 

 

「………そんな事があったのか…」

 

想像していた以上の過酷な経緯に言葉を失うチンク。

豪快で常に気丈に振る舞う元親からは想像できない悲惨な過去…

 

それを知ると共に、チンクはノーヴェが元親と初めて張り合った時に元親がノーヴェの顔を見て突然勝負の放棄を宣言した事を思い出し、その理由を察した。

 

「そうか…お前があの時、ノーヴェの表情を見て勝負を放棄しようとしたのも…その時の事を思い出して…」

 

「まぁな。 なんとなくあのときの俺が家康に対して抱いた憎しみと被って見えてな」

 

元親は話しながら残っていた紅茶を一気に飲み干した。

 

「確かに俺は一から十まで西軍に味方してるつもりはねぇ…同じ西軍でも、どうしてもいけすかねぇ、奴らは多いからな。あの得体のしれない妖術使いの大谷に…息をするように人を苦しめて楽しむ下衆野郎の小西…それから、あの皎月院とかいう三成の妾気取りでいる花魁女は特にそうだ。それに…ここにはまだ合流していないが、西軍には“毛利”の奴もいやがる」

 

「…毛利?」

 

チンクが尋ねた。

 

「……“毛利元就” 石田軍と双璧を成して、この西軍の中枢戦力となっている軍を率いる大将で……この俺がこの世で最も相容れない野郎だ」

 

元親はかつて日ノ本にいた頃、領土である四国と海を挟んで幾度も対峙していた日ノ本有数の勢力を誇る戦国大名の話をチンクに語って聞かせた。

 

毛利元就―――

安芸毛利家当主で、勝利の為には手段を選ばない常に冷徹な策略家で、兵士のことを「捨て駒」と言い放ち、策を狂わせかねない「情」というものを激しく嫌悪し、目的を果たす為ならば多少の犠牲さえも厭わず、それをさも当然の如く切り捨てる…

そんな冷酷極まる辣腕と、類まれな権謀を武器に日ノ本最強といえる水軍を率い、元親率いる長曾我部軍と幾度もぶつかってきた。

厳島の戦い、四国の戦い、高松城攻め、瀬戸内の決戦――何度も相対する中で元親は幾人の大切な仲間を失ってきたかわからない。

だが、失われた仲間の命へ報いる目的も去ることながら、元親は元就の掲げているその思想そのものを真っ向から否定し、毛利との戦いに勝つ事でそれを証明しようと考えていた。

 

そんな折、徳川によって四国を壊滅され、傷心する元親の下に元就から思いも寄らない提案が齎される事となった。

 

それが、休戦協定及び毛利、豊臣派諸勢力による連合軍『西軍』への参加の呼びかけだった。

 

まさか宿敵からの誘いに、長曾我部軍内は激しい討論の中、二分された。

 

 

「これは毛利の仕掛けた罠だ!」―――

「同盟とかこつけて我が軍を傘下に収める腹積もりだろう」―――

「しかし、唯でさえ大打撃を受けた長曾我部軍に他国からの侵略に耐えられるだけの力があるのか?」―――

「大国である徳川へ報復する為にはこちらも同じだけの強い勢力を味方にすべきだ!」―――

 

 

家臣達の様々な意見に耳を傾けた後…元親が下した決断は、休戦協定と西軍加盟への受理だった。

 

こうして、長曾我部軍は西軍の一員となって、豊臣・毛利の主導の下、天下分け目の戦いに向け、各地に侵攻を開始するが、その過程で同じ西軍の諸大名、そして毛利の仕掛けたものと思われる非道な策略により滅ぼされた国や脅かされる人々を目の当たりにし…そして時には直接、怨嗟の叫びとして直接浴びせられた事さえあった…

 

「人殺し!」―――

「アンタ達も死ねばいい!」―――

 

その都度、自分のこの判断は正しかったのか…元親は良心の呵責に苛まれる事となった…

 

 

「俺は…死んだ野郎共の為にも仇である家康を討たなければならねぇ……そう思って、俺は、絶対に相容れねぇと思っていた毛利と手を結び…気がつけば奴や豊臣と同じ穴の狢になっちまったわけよ…」

 

元親はここまで話すと、自嘲するかのように鼻で笑った。

 

「皮肉なものさ…かつては“鬼ヶ島の鬼”なんて粋がっていたこの俺が…気がつけば、大勢の人間の死体の上を歩いていく…冗談としても笑えねぇ本当の“人食い鬼”の仲間に堕ちちまったわけよ…」

 

元親は破れかぶれに話している、チンクは真剣な表情で頭を横に振った。

 

「違う…」

 

「ん?」

 

「それは違うぞ、長曾我部……私から見たら、お前は決して『人食い鬼』なんかではないぞ」

 

「? どういう事だよ?」

 

元親が首をかしげると、チンクは丁寧に説明し始めた。

 

「知っての通り私達は戦う為に造り出された戦闘機人だ。

私達はいずれ管理局と戦い、その際に多くの犠牲が出るかもしれない…

その時管理局側の連中からは私たちは人殺しの『悪』とみられるかもしれないな…

しかし、私達ナンバーズは、それぞれ『信念』を持って行動を起こしている。それは『善』か『悪』かなんて単純な二論で考える必要はない…」

 

チンクはグッと元親に顔を近づけると真剣な眼差しを送る。

 

「“元親”…『信念』というものはな…必ずしも『善』か『悪』かで決めてしまう必要はない…大切なのは自分が何を果たすか、果たした先にある何を見据えるかが大切なのだ……だから…自分自身のあり方に葛藤はしても構わんが…だからといって自分を『悪』と決めつけて皮下する事は、違うのではないか?」

 

「チン公…」

 

チンクはさらに言葉を繋げる。

 

「お前だからこそ打ち明ける。私は石田…否、厳密には大谷や皎月院といった方が良いか…彼らのやり方にはとても賛同できないし、正直言って彼らは我々戦闘機人の目から見ても、冷酷極まりない連中だ…

だから、姉も妹達も、奴らに賛同する西軍の将というものは皆、大谷達と同じだと思っていた。

だが…お前と出会い、お前の人となりを知った事で、少なくともそこに属するすべての者が『悪』であるとは思わなくなった…

上杉や黒田、島…それから石田でさえも、冷酷でいけ好かない奴ではあるが、少なくとも大谷や皎月院、小西のような下衆の類ではないと信じられるようになった…

そう姉の心を変えたのは紛れもなくお前だ…」

 

「………」

 

「少なくとも姉は、西軍の将の中ではお前の事を一番信用している。姉や妹達に親身になって接してくれるお前の事がな」

 

「……へっ…よせよ。照れるじゃねぇか。そう言われると…」

 

元親は恥ずかしそうに頭を掻きながら、照れ隠しなばかりに二杯目のお茶を注ぐとそれを一気に飲み干した。

しかし元親は内心、チンクの言葉を嬉しく思った。

 

最初西軍に入るか否かを決める際に元親は、悩みに悩んでいた。

西軍を取り仕切るのは『復讐』という名の狂気に駆られた石田三成に、そして今まで散々思想の違いで激突してきた元親の宿敵にして冷酷非道な策士 毛利元就…

彼らと手を結ぶということは、今まで自らが進めてきたやり方とは正反対の非道な道を行かねばならないという事であった。

 

そうなれば、今まで四国の総大将として人望も厚く多くの友好を築いてきた『長曾我部元親』という人間はどうなってしまうのか?

 

そんな葛藤を抱え戦ってきた自分がこんな事を言われるとは、考えてもいなかった。

 

だが、その言葉は半ば諦めかけていた自分にわずかながら自信を取り戻させてくれたように感じられた。

 

「でも…ありがとなチン公。感謝するぜ」

 

「……感謝するなら、いい加減名前くらい普通に呼んでくれてもいいのではないか?」

 

チンクが頬を膨らませ、少し拗ねたように言うと、元親は「悪ぃ悪ぃ」と軽く笑いながら改めて礼を言う。

 

「ありがとな…それから今話した事はお前の姉妹達には内緒にしてくれよな。…“チンク”」

 

「!? フフッ…あぁ、わかってる」

 

いい雰囲気に包まれる中、二人は憩のひと時を楽しんだ。

 

 

 

スカリエッティのアジト内 ナンバーズ専用道場―――

 

「1、2、3、4、5、6、7、8…」

 

さっきの景勝達の言葉を忘れようと必死に腕立て伏せをするノーヴェ。

 

(何でアタシが元親の事を…!? 駄目だ!元親の事なんて忘れろ!あんな海賊野郎なんざ嫌いだ…嫌いだ…嫌いだ…嫌い…)…!

 

腕立て伏せを止め、頭を抱えて床に崩れ落ちるノーヴェ。

 

「ああああああああああああああああああ!?忘れられないいいいいいい!!」

 

「ノーヴェ」

 

「元親なんて大嫌いだ!大嫌いだ!大嫌いだあぁぁぁぁぁあ!!」

 

「おい、ノーヴェ!」

 

「うるせ…って、元親!? それにチンク姉!」

 

背後にいた元親とチンクにようやく気付くノーヴェ。

 

「元親!アタシはお前なんて大っっっっ嫌いだ!!」

 

慌てて声を張り上げるノーヴェに、怪訝な表情を浮かべる元親とチンク。

 

「? 何を言ってるんだ?ノーヴェ」

 

「いつまでも訳のわかんねぇ事叫んでねぇで、これから午後の訓練に入るぞ。セイン達はどうした?」

 

「まだ来てねぇみたいだけど……ってそれよりも勝負だ元親!勝負!…」

 

ノーヴェがそう叫んでいつものように元親に突っかかろうとすると、遅れて道場にセイン、ウェンディ、ディエチ。そして、彼女らのトレーニングの様子を見に景勝がやってきた。

 

「おっ! 言ってた傍から早速おっ始めてやがんな!」

 

景勝がからかうようにそう言うと、セイン、ウェンディも便乗してからかいだす。

 

「お~お~、熱いねぇお二人さん。よっ! ご両人!」

 

「ノーヴェ~、やっぱりノーヴェはアニキの事―――」

 

「!? それ以上言うんじゃねぇぞウェンディ!でなきゃぶっ潰す!!」

 

ウェンディの言葉を慌てた様子で遮るノーヴェの様子を見て首をかしげる元親。

 

「なんだ?何の話だよ?ウェンディ」

 

「テメェは知らなくていいんだよ!! それより早く勝負しやがれ!!」

 

吠えるノーヴェにため息を吐く元親。

 

「ほんとしつこい奴だなお前も。俺と勝負したいならもっと強くなってから言いやがれ」

 

「テメーが出したトレーニングメニューも全部完璧にこなせるようになったよ!前のあたしと思ったら大間違いだかんな!」

 

「そうか?…んじゃあこうするか」

 

一枚の紙をノーヴェに渡す元親。

 

「なんだよこれ?」

 

「お前だけ今日から基礎訓練の量を6倍に増やしてやるぜ」

 

「何ぃ!?腕立て、腹筋、背筋それぞれ600回!?逆立ち15分!?素振り300回!?加えて滝打ち1時間に!?座禅1時間!?丸太運び30分だぁ!?てめぇアタシを殺す気かよ!?ふざけんのも大概に!!……」

 

「うちの野郎共ならこれくらい平気でやってたぜ? できないって言うならもっと量を減らしてやっても構わないけどどうすんだ?」

 

「んな!?…やってやろうじゃねーか!!うおおおおおおお!!1,2,3,4…」

 

顔を真っ赤にして腹筋を始めるノーヴェ。

それを見て苦笑するセイン達。

 

「あ~あ。完全にアニキのペースに乗せられてるねノーヴェ」

 

「そうっスね。でもこれではっきりしたっス」

 

「うん」

 

「? 何の事だ?」

 

食堂でのやりとりを知らないチンクが問うと、景勝がチンクに耳打ちで話す。

 

「ノーヴェの奴よぉ…どうやら長曾我部にほの字らしいんだよ」

 

「長曾我部の事が?」

 

チンクは一瞬驚いた表情を浮かべたら、すぐに面白可笑しそうに笑みを浮かべる。

 

「フフフ…そうか…ノーヴェも奴の事が気になり始めたか…これは一筋縄じゃいかなそうだな」

 

「おっ? それどういう―――」

 

チンクの意味深な言葉を聞き逃さなかった景勝は、どういう意味か問い直そうとするが…

 

「さて、長曾我部。私達も訓練を始めるか」

 

「よっし!じゃあ軽く組手でも始めるか」

 

問いかける前にチンクは元親の元へ行き、訓練を始めるのであった。

その背中を見た景勝は「はは~ん」と一人納得した様に頷いた。

 

「景勝様ぁ~。チンク姉がどうかしたんスか?」

 

ウェンディが尋ねるが景勝は、一人ニヤッと笑いながら元親、チンク、ノーヴェの3人をそれぞれ見つめ…

 

「そういう事ねぇ…野郎ばかりに好かれているとは思ってたけど、案外女受けも悪くねぇのかもな? 長曾我部の奴…」

 

「「「???」」」

 

 

何故か楽しそうに呟く景勝の言葉に、セイン、ウェンディ、ディエチの3人はわけが分からずに首を傾げるばかりだった…

 

 

「うおりゃあああああああ!!クソ元親め!覚えてやがれ!!てめぇだけは、ぜってぇぶん殴ってやっからな!!」

 

そして、そんな彼女達の事など気にも留めておらず、一人何も気づいていないノーヴェは、一人必死に腹筋をするのであった……

*1
四国征伐…(現実世界においては)1585年。天下統一に向けて動き始めていた豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)は小牧・長久手の戦いにおいて、徳川家康の味方につき、その後、四国統一を果たした長宗我部元親率いる土佐長宗我部氏に対し、領土明け渡しを求め、幾度の交渉の末に決裂。侵攻を開始した。この戦いで史実では長宗我部氏の領土は土佐一国に限定され、それ以外の三国は羽柴(豊臣)軍配下の部将に分知され、四国は豊臣の完全勢力下となった。ちなみにBASARAの世界観では長曾我部軍の抵抗でどうにか実効支配は避けられた事となっている。




っというわけで、第一回目の幕間短篇ラストは元親とノーヴェ、チンクが主役の話でした。

基本的な展開はオリジナル版からあまり変わっていませんが、リブート版では官兵衛、そしてオリキャラの景勝を絡ませる事にしてより濃い会話にする事ができました。

元親もチンクもノーヴェも作者お気に入りのキャラなので、本当はもっと活躍させたいところなんですけどね…

っというわけで次回からいよいよ次の長編に入ります。
オリジナル版では『なのは見合い篇』としてなのは、政宗と豊臣五刑衆の新たな刺客との戦いが繰り広げられましたが、リブート版はどんな展開になるのでしょうか…!?


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なのは見合い篇
第四十五章 ~お見合い騒動(パニック)!? 地上本部からの呼び出しとはやての奇策~


地上本部に呼び出されたなのは達に突然舞い込んできた見合い話…
しかも、相手はミッドチルダにおいてレジアス以上の権力を有するとも目される貴族魔導師『コアタイル家』の御曹司だった…

しかし、あまり評判がよろしくない相手もさる事ながら、この見合い話が明らかに政略的な意図を察した六課側はどうにかこの話を断る為の対策を考えるが……

成実「リリカルBASARA StrikerS 第四十五章! 出陣だぁぁぁぁぁ!! …腹減った…」


その日…ミッドチルダの首都 クラナガンでは、珍しくこれといって大きな事件や事故も発生せずに、とても平和な日常が広がっていた。

強いて言えば、地上本部司令官のレジアス・ゲイズ中将が、体調不良を理由に珍しく公務を休み、療養中である事くらいだが、それも特に大きな混乱を招くこともなく、平常通りに事が運んでいた。

 

そんな地上本部へ機動六課からリインを伴ったはやてに、フェイト、そしてなのはの通称“三隊長”が呼び出されたのは、そんな穏やかな日差しが照りつける昼下がりの事であった…

 

「珍しいね。地上本部から直接呼び出しがかかるなんて…しかも、はやてだけじゃなくて私やなのはまで一緒に…だなんて」

 

黒い執務官の制服を纏ったフェイトが話すと、同じく航空隊の白の制服を着こなしたなのはが、ちょっと不安げに呟く。

 

「ひょっとして…また機動六課(私達)の活動について嫌味言われちゃったりして?」

 

「呼び出したのがレジアス中将とかだったら、その可能性が高いやろうけどな。今回は幸い、そうとちゃうみたいやわ。レジアス中将は、しばらくは療養するみたいやし…」

 

そう応えながら、先頭を歩くはやては、いつもどおり左官の肩章の付いた制服姿であり、彼女の肩にちょこんと乗っかったリインも身体に合わせて作られた特注の制服に袖を通している。

 

「それに今回の呼び出しは、執政部のメアリング総議長からですしね」

 

リインがやや緊張を帯びた表情で言った。

公務時間である以上、制服姿なのは当然として、4人ともいつもよりもやや畏まった様子でいるのも、今回呼び出した人物が、この地上本部ではそれなりの地位にある人物であるからだ。

 

地上本部内のエレベーターで所定の階まで上がった3人はエレベーターを出てすぐの場所に設けられていた受付で、今回の来訪の目的と、呼び出した人物の名を説明すると、それからすぐに迎えにやってきた秘書の局員に、フロアの奥にある一際上質そうな扉のある部屋まで案内された。

 

「議長。失礼します。機動六課の八神はやて二佐と高町なのは一尉、フェイト・ハラオウン執務官がいらっしゃいました」

 

秘書が扉に向かってノックの後に呼びかけると、扉の向こうから「入って頂戴」と返事が返ってきた。

「どうぞ」と扉を開きながら、入室を促す秘書に3人は「失礼します」と一礼しながら、部屋へと入る。

 

地上本部のトップであるレジアスの執務室よりは数ランク程格落ちしている事は否めないが、それなりに豪勢な造りの内装が施された部屋の一角に用意された1メートル程の巨大な水槽の前に佇み、なのは達に背を向ける形で何かをやっている肩下まで伸ばしたウェーブのかかった茶髪の女性の姿が目に入った。

 

「機動六課 部隊長 八神はやて二等陸佐」

 

「同じく、分隊長の高町なのは一等空尉」

 

「同じく、分隊長 フェイト・T・ハラオウン執務官。 ご指示を受け、参りました」

 

「自分は八神部隊長の補佐を務めますリインフォース(ツヴァイ)であります!」

 

敬礼しながら、挨拶をする4人に深緑色のスーツを纏ったその女性は水槽の方に顔を向けたまま、応えた。

 

「ちょっと待って頂戴。今、日課のペットの餌やりをしているの。すぐに終わるから、それまでそこのソファーにでも腰掛けて待っていて頂戴」

 

「ペット…ですか?」

 

随分と呑気な事を言う女性に4人は、思わず彼女が熱心に“餌やり”をしているという水槽の中身を覗く。

水槽の中には、何故か甲羅にきらびやかなビーズやレース、ミニチュアの王冠やカップケーキなどでデコレーションされた小さな亀が心底鬱陶しそうに泳いでいた。

正直言って「悪趣味」極まりないその姿に、4人は思わず言葉を失う程にドン引きする。

 

「あ…あのぉ…それ…なんですか?」

 

恐る恐る尋ねたフェイトに、女性が振り返りながら、自信に満ちた声質で応える。

 

「素敵でしょ? 巷の若い子達ってスマートフォンとかに、こういう派手なデコレーションをするっていうじゃない? だから、私もそれを元ネタに亀の甲羅でそれをやってみたら、可愛くなるんじゃないかと思ったのよ。どう? ナウいかしら?」

 

そう話しながら、なのは達に近づいてくるその女性を見て、なのは達は思わず吹き出しそうになってしまうのを必死で抑えた。

っというのもその女性は、初めて見る者であれば思わず二度見、三度見してしまう事間違いなしな、とんでもなくインパクトある風貌であった。

 

決して顔貌は悪くはないなのだが、壮年の域に入っているであろう年を顧みず、ケバケバしい化粧で若作りしていた。

それだけなら、普通に思えるかもしれないが問題はその化粧のヤバさである。

我武者羅にファンデーションを塗りたくりすぎたのか頬…っというよりも顔面全体が人間離れしたような真っ白に染まり、どぎついマスカラをキメているつもりなのだろうが、方向性が根本から違う様で、完全に歌舞伎の隈取の様な状態になっていた。そして極めつけは厚く塗りたくりすぎて本来の唇の3倍大きく見えてしまっている口紅…と、ここまでくればその…言うのもあれだが…はっきり言ってしまうと「化け物」と例えられても決して過言ではない風貌だった。

 

一応、この化け物―――いや、女性の名誉の為に言っておくと、彼女はこれでも一応は、この地上本部の中では5本の指に入るお偉い様なのである。

 

エミーナ・メアリング―――

 

地上本部・首都執政部総議長で、年齢は53歳。

非魔力保持者の叩き上げ局員…っというよりは現在地上本部長官のレジアスが現在の体制を敷いた際に論功行賞と派閥順送りといった半ば成り行き任せの果てに気がついたら現在のポストについていたと、表現した方が正しいのかもしれない。

 

そんな人物が何故、これだけの重職に就けたのかというと、首都防衛長官のレジアス率いる強硬派…所謂『ゲイズ派』をはじめに地上本部に属する2つの派閥の双方が、それぞれ地上本部における実権を把握する為に、敢えてエミーナの様な人間を要職に置いておく事で、要事には実権を奪い取ろうという『神輿を担ぐ為の傀儡』とする為であるのではないかと、地上本部の各部隊だけでなく、本局の人間にもその噂がある程度出回っている程、半ば周知の事実となっていた。

 

そして、そんな彼女の傀儡ぶりにさらなる拍車をかけているのが、彼女自身の軽薄…どころか“何も考えていない”と言わんばかりにいい加減な発言や対応、そして彼女の壊滅的なメイクや、ペットの亀の惨状から見てもわかるとおり、その「ズレにズレまくっているセンス」が、余計に周囲から嘲られ、今では地上本部や陸士隊からも密かに『地上本部の女ピエロ』等と陰口を叩かれる始末だったが、幸か不幸か、彼女自身は自身の悪評など意にも止めていない…っというよりはそもそも自分がバカにされている事などわかっていない様子であった。

 

(り、リイン…『ナウい』ってどういう意味やっけ?)

 

(えっと…だいぶ古い言葉なのでよくわからないのですが…多分「可愛い」って意味じゃないですかぁ?)

 

「……そ、そうですねぇ…とってもナウいかと思いますよ…アハハ…」

 

エミーナのこれまたセンスのズレた言葉遣いに難儀し、リインの助けを借りながらどうにか応対するはやて。

すると、それに気を良くしたのかエミーナはニッコリと笑みを浮かべた。その笑顔は際どいメイクと合わさって、余計に化け物にしか見えない。

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ナイストゥーミーチュー」

 

「…そ、それ今使う言葉じゃないと思います…」

 

フェイトが冷や汗を浮かべながら指摘する。

 

「あら。ごめんなさい。私ったら、横文字の言葉を見ると日常会話についついねじ込みたくなっちゃうのよね。なんていうかその…かっこいいじゃない? 日頃から会話に横文字をねじ込んで喋るの。 ほら、例えばそう…「一緒にトゥギャザーしようぜ」とか「藪からスティック」とか「ザ・股間のバベルタワー!」とか…」

 

「どこのルー◯柴ですか!? っていうか最後のは色々と問題あるワードだと思います!」

 

フェイトがツッコミを入れるのを聞きながら、なのはは「政宗さんが聞いたら激怒するだろうな…」と思いながら、苦笑を浮かべた。

 

「そ、それよりもメアリング議長。私達にお話というのは…」

 

とはいえ、まだ話の本題さえも始まっていない現状をどうにか打開すべく、なのははちょっと強引に話を進めようとした。

それを聞いてエミーナも思い出したように手を打った。

 

「あらいけない。私ったらすっかり忘れてたわ。アイムソーリー・ソゲソーリー。 とにかく皆さん。座って頂戴。 ジミー、皆さんにミルクとクッキーを用意して頂戴」

 

「議長。普通はコーヒーか紅茶を用意するものです」

 

そう言うとエミーナは改めて執務室の中央にミニテーブルを挟む形で置かれたソファーセットの下座に3人を促しながら、部屋の隅に控えていた秘書に茶菓子を用意するように命じた。

ソファーに腰掛けながら、これはレジアスとはまた違う意味で色々疲れさせられる対談になると、なのは達は思うのだった。

 

 

「それで、用件というのはなんでしょうか?」

 

「そんなに固くなる必要はないわ。今日は貴方達に折り入って“良いお話”を持ってきたのよ」

 

「「「「良いお話?」」」」

 

エミーナは嬉しそうにそう語るが、4人は彼女の言った“良いお話”という意味深なワードに少々警戒心と懐疑心を覚えた。

彼女は、レジアスのような本局の局員を毛嫌いする強硬派ではないが、それでも自分達『機動六課』にとって、端的に言えばライバル部署の人間である。

故に、そんな人物が持ち込んできた『良い話』というものも、端からそのままの意図で受け止める事ができなかった。

 

すると、エミーナは不意になのはの方へ顔を向けて、何の前触れ無く言い放った。

 

「ことに高町“このは”さん。貴方…“お見合い”してみない?」

 

「ほえっ!?」

 

「「「へっ!?」」」

 

唐突に告げられた言葉になのはは、自分の名前を呼び間違えられた事にさえ気づく事なく呆ける。

同じく、話を聞いていたはやて、フェイト、リインも一瞬何を言われたかわからずに硬直する。

そして――

 

 

「「「「ええええええええぇぇぇぇーーーーーーーーー!!?」」」」

 

 

エミーナの執務室に4人の悲鳴のような声が響き渡った。

それを聞いたエミーナは…

 

「あら? お昼ごはんの時間を知らせる合図?」

 

「議長、違います。皆さんが驚かれた声です」

 

と呑気な事を口走って秘書にツッコまれていた。

 

 

 

「えっと…一体どういう事なのでしょうか?」

 

しばらくして、我に返ったなのはが、エミーナに尋ねた。

エミーナは秘書に用意させたクッキーを齧りながら、呑気な口調で説明してくれた。

 

「実はね…地上本部のさる御方が、今このミッドで話題になっている『機動六課』の中でも屈指の人気を誇る “エース・オブ・エース”である貴方を是非、ご自身の御子息とのお見合いにって…強くご希望されているのよ」

 

「さる御方というのは…?」

 

フェイトはまるで自分がお見合いを申し出られたかのように、気が気でない様子で尋ねる。

 

「貴方達もよく知っている人物よ…統合事務次官 ザイン・コアタイル少将。お相手はそのご長男でコアタイル家次期当主 で…えっと名前は…確か“フォー”だったかしら?」

 

「「「フォー?」」」

 

明らかに正解ではないであろう名前を聞かされ、首をかしげるなのは、フェイト、はやて。

 

「あっ、違ったわね。 えっと…“ファイブ”? “シックス”?」

 

「議長“セブン”です。“セブン・コアタイル”」

 

見かねた秘書がエミーナに助け舟を出した。

 

「あぁ、そうそう“セブン”さんね。なんだかまるで“メガネで変身する光の巨人”みたいな名前じゃない? セブンー、セブーン、セブーーン♪ …なーんちゃって! プークックックッ!!」

 

「…あの、すみません。ぶん殴っていいですか?

 

「は、はやてちゃん! 気持ちはわかりますけど、相手は執政総議長ですから!」

 

空気を読まずにいい加減な発言を連発するエミーナに苛ついてきたのか、はやてがとうとうニッコリと笑ったまま、眉間に青筋を浮かべて暴言を言い放ち、慌ててリインに諌められた。

すると、なのはも、今しがたのはやての口からでた暴言にエミーナが気づいていない事をいいことに、急いで話を進める事でごまかすことにした。

 

「セブン・コアタイル氏の事は私もお名前だけは存じております。確か第七陸士訓練校の主任教官でしたよね?」

 

なのはが尋ねると、エミーナは「そうそう」と頷きながら、ホログラムモニターを投影して、なのはの見合い相手となる男の顔写真とプロフィールを画面に投影してみせた。

画面の中に投影された小枠の中から、ブロンドのロングヘアにやや釣り上がった青い瞳に非常に端正な美男が気障なスマイルを浮かべながらこちらを見つめている。

 

「年齢は25歳。階級は准陸佐。所属はミッドチルダ北部第七陸士訓練校の主任教官。部隊の指揮経験はまだないけど、この歳で局の訓練校で要職に就けるなんて大したものだわ」

 

「まさに…絵に描いたようなエリート…ですね」

 

フェイトが複雑な面持ちで写真に写された今回のなのはの見合い相手である“セブン”なる男を睨みつけながら呟く。

一方、はやてはやや皮肉を効かせた様な物言いを写真に向かって投げかけた。

 

「うわぁ。見るからにえぇとこのお坊ちゃんって感じな人やなぁ…」

 

「勿論! なんたってこのミッドチルダではその名を知らない者はいない程の貴族魔導師“コアタイル家”の御曹司だもの。そんな御方に見初められるなんて、流石は本局の“エース・オブ・エース”ね」

 

「あははは……それは、どうも……」

 

何も知らずに煽ててくるエミーナに、苦笑を浮かべながら会釈するなのはであったが、内心では、とんだ“ハズレ”を引かされたと嘆きたい気持ちであった。

 

コアタイル家―――

 

それは旧暦時代から現代まで続く、ミッドチルダの魔法の術式を確立させる大きな功績を果たした大魔導師達の末裔…通称“貴族魔導師”の中でも現存する家系としては、最も歴史が古く、そして最上級に位置づけられる名家である。

歴史だけでなく、歴代当主をはじめ、数多くの偉大な魔導師を輩出してミッドチルダの魔導師文化の発展に貢献してきた功績から、時空管理局からも一目置かれ、局内において様々な重役の席に身を置き、そして様々な功績を上げてきた。

現在6代当主にあたるザイン・コアタイル少将は、先程エミーナが言ったとおり、地上本部ではNo.2に当たる『統合事務次官』に就き、一部からは防衛長官のレジアスをも凌ぐ程の権力やコネを有していると言われている。

 

そんな名門中の名門であるコアタイル家の御曹司とのお見合いと聞けば、普通は心を躍らせる筈であろうが、なのは達が全く気が進む様子を見せていないのは、コアタイル家…そして彼らがこのミッドチルダの一部の魔導師達の間で浸透している魔導師を絶対的優位とする選民思想“魔法至上主義”の最先鋒的存在である事…

それも、現当主であるザインと、その長男で今回のなのはの見合い相手であるセブンを含めたコアタイル本家の家人達は、その中でも特にその思想が強い傲慢な人物として有名であったからだ…

 

同じく、フェイトの義実家である『ハラオウン家』もまた、代々管理局の重役を司る人間を数多く輩出してきたエリート一族であるが、実はハラオウン家とコアタイル家とは以前から確執があった。

 

理由としては、フェイトの義母 リンディ・ハラオウンがコアタイル家とその信仰者達の集まり…所謂“コアタイル派”のあまりに露骨な非魔力保持者への差別視に一度抗議して、管理局上層部に物申して、同じく貴族魔導師出身である三提督の一人 ラルゴ・キール名誉元帥から、ザインに対して増長した行動を慎む様に忠言してもらった事を逆恨みされた事にあった。

 

その一件をきっかけに、ハラオウン家とコアタイル家…特に両家の家長であるリンディとザインは文字通りの犬猿の仲だった。

その為、フェイトもまた、コアタイル家を快く思っておらず、事もあろうか、そんな連中に親友であるなのはが見初められてしまった事に、心配と不愉快の2つの感情が複雑に絡み合った心中で話を聞いていた。

 

「メアリング議長。一つだけ、お尋ねしますが…どうして私や八神部隊長ではなく、高町空尉にお見合いのお話がきたのでしょうか?」

 

フェイトはできる限り冷静を保とうと努力しながら、尋ねる。

 

「いやねぇ、実は最初にザイン次官から、『是非に機動六課の幹部メンバーとセブン准陸尉(息子)との見合いの仲人を頼みたい』と言われたのよ。でも、ほらザイン次官とレジアス長官って、それこそ“猫と豚”みたいに仲悪いじゃない?」

 

「議長。それを言うなら“犬と猿”です」

 

秘書のジミーが訂正を入れた。

 

「あぁ、それそれ。…とにかく、私もどちらかに肩入れしたりすると、後になってもう一方から仕返しされるのが怖いから正直本当はやりたくなかったんだけどねぇ…私がそれで返事を渋っていたらザイン次官の手の者達に『仲人やらなきゃ、今のポストから閑職へ追っ払うぞ!』なんて脅しかけられちゃったもんだから仕方なく…」

 

「……貴方の保身目的に仲人になった経緯など聞いていませんけど…?」

 

(フェイトさん! 抑えて! 抑えるのですよぉ!)

 

フェイトが握りこぶしを固めながら、やや声質を低くして話しているのを見て、相当腹を立てている事を見抜いたリインが必死に彼女を抑え宥める。

 

「それでね…私としては“かなた”さんも、貴方も、“ほたて”さんも、皆相応に実力と実績があったし、年もセブン准陸佐に丁度釣り合うくらいじゃない?」

 

「あの…さっきからちょくちょく気になっていたんですけど…私“なのは”です」

 

「ついでに私は“ほたて”じゃなくて“はやて”ですので…」

 

エミーナの地味に名前を間違える小ボケにはやてだけでなくなのはでさえも、流石にイライラしてきた様子でツッコミを入れた。

 

「それで、3人のプロフィールを見比べてもらったところ、セブン准陸佐は“はるか”さんを見合い相手としてお気に召したと…そういう事なのよ」

 

「いや、だから“なのは”だっての…人の話聞いてます?」

 

「まぁきっと、能力や容姿は拮抗していたのだし…後はそうね。ザイン次官もセブン准陸佐も経歴を見て、最終的に一番潔白だった貴方を見初めたという事じゃないかしらね?」

 

無意識にちょいちょいと3人の癇に障るような事を挟んでくるエミーナに、なのはも、フェイトも、はやても、いよいよストレスがMAXレベルに差し掛かろうとしていた。

その様子を見ていたリインは、誰がいの一番に爆発しないかハラハラしながら見守っていた。

 

「とにかく、先方もすっかりその気になっているみたいだから、せめてお話だけでも聞いて貰えないかしら? そうしないと、私が八つ当たりで地方に飛ばされちゃう…なんて事になっちゃうかも? あぁ恐ろしい!」

 

「貴方は本当に自分のポスト守る事しか頭にないんですね」

 

はやてが軽蔑した眼差しを送りながら、ツッコんだ。

 

「それにあのザイン次官の事よ。貴方のお気持ちはともかく、お話さえも蹴ったりしたら、後で何されるか本当にわかったもんじゃないわよ? いくら、機動六課が本局の管轄下の部隊とはいっても、ザイン次官はレジアス長官と違って本局にだってそれなりに顔が効いている御方だから…」

 

メリーナの忠告を聞いて、なのははしばらく考えたあと、静かに頷いた。

 

「わかりました…とりあえず、お見合いのお話はお受けします」

 

「な、なのは!?」

 

「ほんまに、えぇんか?」

 

フェイトとはやてが心配そうに尋ねる。

 

(もちろんお見合いしたって、交際を受けるつもりなんてないよ。 大体、六課の仕事はこれからさらに忙しくなりそうだし、それに……私自身決められた人なんかと結婚なんて考えられないしね)

 

(まぁ、そら当然やろうな)

 

念話で話し合うなのはとはやて。

 

(でもザイン少将の事だから、お話も聞かずに断るときっとそれを口実に何かしらの嫌がらせをしてくるかもしれないし…だったら、断るにしてもちゃんと会って断った方が、少なくとも礼儀に反してはいないだろうし…)

 

(だけどなのは…ザイン少将達の性格から考えて、会おうが会うまいが関係なく、断った時点でどのみち嫌がらせ仕掛けてくるかもしれないよ?)

 

フェイトがそう懸念している事を念話で伝えるが、なのはは既に腹を決めた様子であった。

 

(いくら、コアタイル家が魔法至上主義の中枢的立ち位置だからって、流石に貴族魔導師の名家だし、面と向かってはっきり断られたら潔く諦めるくらいの最低限の礼儀は辨えているとは思うけどね…特に本家の次期当主ともあろう人だったら尚更…)

 

(それさえ弁えてなかったら、とんだ若殿…もといバカ殿っちゅう事やな)

 

はやてが皮肉を含めて呟く。当人と直接対面した事がないが、既に彼女のセブンに対する事前評価は最低なものとなっていた。

 

「まぁ、それはオポチュニティね。それじゃあ、ザイン次官には私から伝えておくから、具体的なお見合いの日にちと場所については後でメールで送信するからよく拝見しておいてね。それじゃあ、当日はよろしく頼むわね? “アムール”さん」

 

「……いや、最早“なのは”の文字どころか語感さえも原型留めてないじゃないですか。っていうか誰? “アムール”って…」

 

最後まで自由奔放なエミーナに、苛つかされっぱなしな、なのは達であった……

 

 

その夜―――

隊舎に帰投したなのは、フェイト、はやて、リインは早速、ヴィータ、シグナムと、武将達の中ではたまたま手が空いていた家康、政宗、幸村、慶次の4人を部隊長室に招集し、地上本部でエミーナから受けた話を説明する事にした。

 

「見合い…か…それはまた随分と唐突な話だなぁ…」

 

家康が怪訝な顔つきで率直な感想を述べる。

それは政宗達やヴィータ、シグナムも同じ気持ちだったのか、いずれも歓迎したり、祝福したりする様子は見せていなかった。

 

「しっかし…随分とまぁ、古典的なやり方するもんだねぇ。今やマッチングアプリで婚活するのが主流なこのご時世に、仲人を介してのお見合いだなんてさぁ」

 

「ついこないだまで、マッチングアプリどころかスマホもない時代を生きてたお前が言えた口か?」

 

スマホを操作しながら軽口を叩き、ヴィータからチクリとツッコまれている慶次を横目に、家康は話を続ける。

 

「けど、皆の様子からして、なのは殿にこういった話がきたのも今回が初めてってわけでもなさそうだな?」

 

その質問に答えたのはフェイトだった。

 

「うん。元々なのはは航空隊時代から、様々な方面にファンがいて、管理局の各部署の幹部の方とかには、よく見合いとかを勧められていたんだ。もちろんなのはにしてみれば結婚なんてまだまだ早いし、それに仕事の方も多忙だったから、話が来る度に体裁よく断ってはいたんだけどね…」

 

「それで六課が設立されてからは、しばらくこんな話は来なかったから、一先ず落ち着いたのかな?っと思っていたら、今日のこの話だもん…完全に油断していたよ~!」

 

なのはが、そう言いながら頭を抱えて項垂れる。

 

「そうだ。さっき、メアリング執政総議長を介して、お相手の方からなのはさん宛のメッセージが届いていたですよ」

 

話しながら、リインがホログラムコンピュータを操作し、メッセージの文面を画像にして皆の前に投影してみせた。

別段隠し立てする必要もない為、なのはだけでなく全員でそのメッセージの内容確認してみた。

 

「うわぁぁ……!」

 

「な、なんと……!?」

 

「あはは……随分とまた見え透いた文面だな」

 

皆が言う通り、メッセージ自体は一見、当たり障りのない挨拶的な文が書かれているのだが、その丁寧な言葉遣いでまったくぬかりのない文調や無駄に哲学的な言い回しや単語を用いている点が、逆に彼が猛烈的に自分を知的な人間であるとアピールしている事が窺えた。

故に皆は、ますます何とも言えない表情を浮かべていたが、中でも政宗は特に懐疑的な面持ちであった。

 

「Something’s fishy…見るからに、自己顕示欲丸出しな文面だが…なのは、コアタイルって言えば確か…?」

 

「うん。ティアナのお兄さんのティーダさんを辱めたあの“コアタイル派”の指導者 ザイン・コアタイルの家だよ」

 

「“コアタイル派”…か…」

 

政宗は怪訝な表情でモニターのメッセージにあった名前を睨みつけていた。

 

以前、ティアナが周囲への劣等感を暴走させた事件の際、彼女に強い反骨心と向上欲を植え付けるきっかけとなった兄ティーダの上司…その上司が属していたという、魔法を唯一無二の絶対的な力と信じ、魔導師を崇高な存在と崇め、それ以外の戦術を使う者や魔力を持たない者を塵芥の如く見下す選民思想を掲げる極右保守派集団『コアタイル派』…

その御大将というべき家の御曹司が相手という事を聞いた政宗は、今回の見合いが決して、純粋な動機に由来したものではないと直感で察するのだった。

そして、それは家康や幸村…遂には件の話を直接聞いていない筈の慶次でさえも同じ想いだった。

 

「俺もコアタイル家の話は、六課に来る前から旅の噂で聞いていたけどさぁ…魔法至上主義ってのもそうだけど、それ以上に相当お高く止まったいけすかねぇ上級国民共だって話だぜ? そんな連中が持ちかけてきたお見合いって時点で、恋もへったくれもないだろうよ」

 

慶次はそう怪訝な表情を浮かべながら言った。

恋愛に関しては相応にこだわりを持つ彼からしてみれば、幾らなのは自身が女性としても、魔導師としても相当なスペックを持った優秀な人物であったとしても、この手の遥か格上の身分にある人物から一方的に持ちかけられたお見合いというものは、半ば道楽目的か、“人材”としてのなのはを欲しているだけに過ぎない可能性が高く、信用するに足らなかった。

 

すると、黙って話を聞いていたシグナムも頷きながら慶次の意見に同調する。

 

「私も前田と同意見だな。コアタイル派は近年、本局や民間から優れた魔導師を表裏問わず、様々な方法で強引に味方に抱き込む形で勢力を拡大化させているという話だからな。そのセブンとかいう見合い相手の気持ちはわからんが、おそらく父親(ザイン)としては、六課(我々)と縁戚関係となる事でそれを利用し、あわよくば部隊ごと自分達の傘下に取り込むと同時に、後ろ盾にあるリンディ提督やクロノ提督、騎士カリムといった本局や聖王教会の重鎮方と繋がりを作ろうというのが本心であろう…」

 

「なんと!? それでは、完全に“政略結婚”ではござらぬか!!」

 

幸村が憤慨しながら声を張り上げた。

 

「正確には“政略お見合い”やな。全く、嫌な話やで…」

 

「ホントだよ…なんだか、なのはを賞品みたいに扱われているようで、気分が悪い…」

 

「ったく、あのメアリング執政総議長(ピエロババア)も、とんだありがた迷惑にもならない話持ち込んできやがって…!」

 

はやて、フェイト、ヴィータもそれぞれ大事な親友であるなのはを蔑ろに扱われているかのような今回の話に、それぞれ並ならぬ鬱屈した想いを抱えている事が伺い知れた。

 

「皆、そんなモヤモヤするこたぁねぇじゃんか? はやてもなのはちゃん達も皆、気持ちは「お断り」って答え出ているんだろ? だったら、直接会ってそのセブンとかいう御曹司にきっぱり言ってしまったらいいじゃんか。「結婚はできません」って。簡単な事だろう?」

 

慶次がそう言うと、その懐から飛び出してきた小猿の夢吉も肩の上に飛び乗って、主に便乗して励ましてきた。

 

キキィ! キッ!(てやんでぃ!)キキキキキィ! キッキーキキキキッ!!(なんならそのセブンとかいう)キキキッ!キーキッキッ!(ハナッタレ野郎に)

キキキッ!キーキッキッキッ!(「テメェの粗◯ン如きを迎えてやる程)キキキキキキッ!キィーッ! キキキ!(私の股間は緩かねぇんだよ )!!キーキィキーキィキーキキキッ!(そんなに女に飢えてやがるなら、)キーキキキキキキキキキ!!キィッ!(家に帰ってママのオッパイでも)キキキキッ!キィッキ(しゃぶりながら、近親相◯でもしていやがれ)キキキキィ( べらんめぇ」)!!キキキッ!キーキッキッキッ!(っとでも言ってやる気概でも)キィーキキー(見せてやりなベイベー)!」

 

(……え、ええぇぇ!?)

 

この面子の中で、慶次を除いて唯一夢吉の言葉を理解できるリインは、そのあまりに過激且つ下品極まりない啖呵に呆然となった。

 

「えっと…リイン。なんて言ってるの?」

 

「いえ…その……ゆ、夢吉君も「僕も慶次さんと同じ気持ちです!」って言ってるんですよ! アハハハ…!」

 

 

(((((絶対、違う事言ってるな……))))

 

 

とてもなのはに翻訳する事のできないような内容だったので、リインは一先ず(かなり強引な)意訳でごまかしたが、彼の言う事を精確に理解できる慶次と、既に彼の性格を知っているはやて、シグナム、ヴィータはそれがリインの詭弁である事と、夢吉が本当はとんでもない内容の発言をした事を見抜くのだった。

 

 

「あのなぁ前田。そんな簡単に解決するような話じゃねぇから、こうして皆で悩んでんじゃねぇかよ」

 

「? どういう事だい? ヴィータちゃん」

 

イマイチよくわかっていない慶次に、家康が代わりに解説してあげた。

 

「つまり…そのコアタイルとかいう奴らの性格から考えて、見合いの席で誠意を示して断ったとしても、先方が素直に納得して引き下がるとは思えないから、対処法に苦慮していると…そういうわけなんだな? なのは殿?」

 

「そういう事。ましてやお見合い自体を断ろうなんてしようものなら、エミーナ議長の言ってたとおり、コアタイル派からどんな嫌がらせされてしまうか、わかったもんじゃないからね…それもあったから、仕方なくお話自体は承知したんだけど…」

 

「地上本部からの嫌がらせは、レジアス中将だけで沢山やで…」

 

はやてが辟易した様子で言葉を添えた。

 

「やれやれ…ホント、とんだカス札掴まされちまったなぁ」

 

「なのは殿。心中お察し申すでござるよ」

 

慶次も幸村も、それぞれなのはに同情する。

するとなのはは、改めてこの見合いどう対処すべきか悩み、深い溜息を付いた。

その時、リインの開いていたホログラムモニターに新たなメッセージが受信された知らせが入る。

確認すると、それはエミーナからの、詳しい見合いの日時と場所が決まったという一報だった。

 

「どうやら向こうは、なのはの気持ちも知らずにすっかり乗り気な様子でいるらしいな…」

 

政宗が呆れた様子でそう皮肉った。

ちなみにメッセージに記載されていた見合いの日にちは5日後―。

当日は、ミッドチルダ東部 “ラコニア”と呼ばれる街にある一流ホテル『Cassiopeia Plaza』を丸々貸し切って会場としているとあった。

 

「ヘッ! 流石は貴族魔導師様々だな。見合いの為だけに一流ホテルを貸し切りするたぁ、大盤振る舞いじゃねぇか」

 

「しかし…それ即ち、見合いの席は完全にコアタイル派(向こう)が制空権を握っているようなものだ。しかも、聞くところによればコアタイル派は、あの地上本部唯一の精鋭軍と目される『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』を私兵化して、常日頃から護衛として伴っているという話もあるからな。おそらく、見合い当日も同伴させるに違いないだろう」

 

ヴィータの皮肉全開の言葉に対し、シグナムは冷静に自らの懸念を口にする。

 

「精鋭戦力まで味方につけているのか…そうなると尚更に、穏便に断る方向には運びづらいだろうな…」

 

家康が唸りながら考えていると、話を聞いていた幸村が天啓を得たかのように、自信有り気な面持ちで挙手する。

 

「ならば! 当日は我ら機動六課総出で会場に趣き、厳戒態勢でなのは殿を守り、こちらの誠意を相手方に理解してもらうというのは―――」

 

「お前バカかよ幸村!? 端から喧嘩売るばかりか、宣戦布告しに行くような事をしてどうするんだよ!!」

 

早速入るヴィータからのきつーいダメ出し。

 

「だ、ダメでござるか…!?」

 

「う~ん…幸村さんの実直な気持ちはよくわかるんだけど…もうちょっと後の事も考えなきゃね…」

 

フェイトもそうオブラートに包んだ物言いながらも、優しく諭す様に幸村の提案を却下してしまった。

すると、そこへ…

 

「いや。ちょい待ち、フェイトちゃん。…ユッキーのアイディアは全部やないけど、一部は案外使えるんとちゃうか?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

はやての一言に、部屋にいた全員の視線が彼女に集う。

 

「どういう事でござるか? はやて殿」

 

元ネタとなるアイディアを提案していた幸村が聞いた。

 

「つまり、相手が強気に出るのも思わず躊躇ってまうような手練を一人、なのはちゃんに同行させたったらえぇねん」

 

「手練って…一体誰の事?」

 

フェイトが尋ねると、はやてはニンマリと怪しい笑みを浮かべながら政宗の方に顔を向けた。

 

「!?」

 

はやてから怪しい視線を受けた途端、政宗の中で嫌な予感がした。

はやてがあんな表情を浮かべる時は、いつも碌でもない事を企んでいる時の表情だからだ。

 

「おい…なんで俺を見つめてるんだよ?」

 

「アホやなぁ政ちゃん。 こういう時こそアンタの『独眼竜』としての器量を見せるときやろ?」

 

「What…!?」

 

「はやて殿…まさかそれって…?」

 

政宗が愕然となり、家康が恐る恐る尋ねると、はやては自身満々に宣言する。

 

 

「政ちゃん! アンタ…なのはちゃんの『恋人』になり!」

 

「…Ah?」

 

「ほぇっ!?」

 

「「「「「へっ!?」」」」」

 

 

政宗が固まるのとほぼ同時に、なのは達も固まった。

その表情は若干青ざめており、そして―――

 

 

 

「「「「「「えええええぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」」」」

 

 

 

昼間、地上本部のエミーナの執務室でなのは達が放ったものの数倍のボリュームの悲鳴が響き渡った。

またしても、とんでもない発案をしてきたはやてに仰天する一同。

中でも、政宗となのはに至っては、同じタイミングと同じ仕草で仰け反りながら驚いていた。

 

 

「ちょ…ちょちょちょちょ!! な…なに言ってるのはやてちゃん!? なんでそうなるわけ!?」

 

「そ…そうだ! Body Guardならまだしも、なんでFiancéeなんだよ!? 意味がわかんねぇぞ!?」

 

 

お互いに顔を赤くしながら抗議するなのはと政宗。

しかし、当のはやては平然とした表情で答える。

 

「二人共、何をそんなに必死こいとるん? 簡単な話やないの。 お見合いの間だけ、二人にはちょこっとお芝居すればえぇだけやっちゅうてんの」

 

「それはわかってるけど! なんで、政宗さんなの!?」

 

「えっ!? だってなのはちゃんと政ちゃんって、最近えらい仲えぇし、それに並んでみたら結構お似合いやと思うけどなぁ?」

 

はやてにさり気なく茶々を入れられて、耳まで赤くなってしまうなのは。

すると、はやてはその隙を見逃さずに巧みな口撃を加えてくる。

 

「それともなのはちゃん。政ちゃんじゃ不満なんかぁ? だったらロングアーチの適当な男性陣から選んだってもえぇんやで? それこそヴァイス君とかでも―――」

 

「い…いや…別に政宗さんが不満っていうわけじゃ…少なくともヴァイス君は“問題外”だし…」

 

「おい…ヴァイスが聞いたら泣くぞ…」

 

「……かわいそうに…ヴァイス殿…」

 

さり気なくなのはに思いっきりディスられてしまうヴァイスに、シグナムと家康はボソリと同情の言葉を呟いた。

 

「なのはちゃん、よう考えてみぃや。 『私には既に心に決めた相手がいますので、今回のお話は受け入れできません』って言ってしまえば、断るにしたって筋もきっちり通った理由やろ? しかも、目の前にその相手もおったら、真偽を問う余地かて無い。断りの返事を返す上では完璧な回答例やと思わん?」

 

「そ、それは…そうかもしれないけど……」

 

なのはは、熟れたトマトのように赤くなった顔を反らしながら反論するが、その口調からは完全に動揺している事が伺える。

 

「ほな何なん? 政ちゃんが相手やとなんか都合の悪い事でもあるんか?」

 

「う…ううぅ… 」

 

完全にはやてのペースに踊らされるなのは。

こうなった彼女にもはや選択の余地はない。

 

「わ…わかったよぉ…政宗さんを恋人役にして、はやてちゃんの言う通りにお芝居するよ」

 

「それでえぇんや! ほなら、さっそく―――」

 

「って全然よくねぇだろうが!? 俺のOpinionはどうなるんだ!?」

 

そう吠えるのは、言うまでもなく政宗である。

 

「なんやもぉ! 政ちゃんまで、この計画に不満あるんか?」

 

「あたりまえだろうが! なんで、よりによって俺が偽のFiancéeなんて演じなきゃいけねぇんだよ! 面倒くせぇ!!」

 

「何をそんなにいきり立ってるんよ? ほんのちょっと芝居したらえぇだけの話やろ? そんなん簡単やないかぁ」

 

「なら別に俺じゃなくったって、真田や家康、前田の風来坊にでも頼めばいい話だろうが!!」

 

政宗の反論を聞いたはやては、やれやれと言った表情を浮かべながら頭を振った。

 

「わかってへんなぁ政ちゃんは。 家康君やユッキーは、確かに腕っぷしや器量は政ちゃんにも引けを取らないけど、肝心の“お顔”が優しすぎるから、相手を威嚇しきれずに、付け上がらせてまうかもしれへんやろ? だからって慶ちゃんに、なのはちゃんの恋人を演じさせるっちゅうのは……それは私にとって面白くないし…」

 

「はやて…後半は若干自分の私情踏まえて話してない?」

 

フェイトが冷や汗を浮かべながらツッコむのを無視して、はやては続ける。

 

「その点…政ちゃんのその暴走族の(ヘッド)の如し、威圧感満載の顔つきに、それをさらに演出する厨二心擽る右目の眼帯! そして、相手が誰であろうともズバッと自分の意志を物申し、我が道を貫かんとする侠気! こんな凶悪フェイスから威嚇でもされたら、どんなにしつこい相手でも一発でビビりまくって、最終的にチビリながら逃げ出す事間違いなしや!」

 

「Shut Up! 褒めるフリして、ボロクソ言ってんじゃねぇ!!」

 

「ま、まあまあ独眼竜!」

 

「落ち着くでござるよ! 政宗殿!」

 

吠える政宗を家康と幸村が必死で抑えながら、宥める。

 

「とにかくや! まさに今回のお見合いを無事に断る上で、政ちゃんは鍵となる人物として、まさに適任っちゅうわけやな? ニャーハッハッハッ!」

 

「勝手に適任にすんじゃねぇよ!! 俺は絶対御免被るぜ! そんなくだらねぇLow comedyなんかに付き合ってられるか! Nonsense!」

 

政宗はそう言い張り、断固として首を縦に振ろうとしなかった。

そんな政宗を、はやてはジト目で睨む…

 

「ふぅん。どうしても嫌なんかぁ? 政ちゃん?」

 

「当たり前だろ!」

 

すると、はやては思いっきり悪意の満ちた笑みを浮かべながら、政宗に向かって声高らかに告げた。

 

「えぇーお知らせしまーす。“伊達政宗”委託隊員は、部隊長命令無視により今後、三ヶ月“帯刀禁止”並びに“実戦任務及び模擬戦の参加自粛”の懲戒処分とさせていただきます♪」

 

「What!? はやて! テメェ、汚な過ぎだぞ!!」

 

「んー? なにか文句でもありますかぁ?」

 

まさに職権乱用…自分の発案した計画に乗らないと、政宗にとって三度の飯より好きな剣と戦を取り上げるというまさに脅迫同然の横暴極まりないはやてのやり口に、なのはのみならず、その様子を傍観していたフェイトや家康達も一瞬引く。

政宗に至っては、思わず腰に下げていた六爪を引き抜きそうになっていたがギリギリで怒りをこらえると、しばらくの葛藤の後、渋々頭を下げて、頷いた。

 

「お、OK……やればいいんだろ…! なのはのFiancée…」

 

「フフフ、わかってくれたらえぇんや」

 

これによって完全に政宗、なのはを手玉に納めたはやて。

まさに恐るべきチビ狸といえる狡猾ぶりに、呆れる家康やフェイト達であったが、はやてはそんな周囲の冷ややかな視線などどこ吹く風とも言わんばかりに得意満面なドヤ顔を決めていた。

 

「ほな、さっそく作戦会議と行こか。なのはちゃんも政ちゃんも、さっそく私の私室に来てくれるか?」

 

「はやてちゃんの部屋に? どうして?」

 

なのはが尋ねると、はやてはさも当たり前の様に答えた。

 

「決まっとるやろ? 2人の為に服をコーディネートするんよ。お見合いに備えて…」

 

はやてのこの言葉を聞いて、再び政宗は抗議し始める。

 

「ちょ、ちょっと待て!! そこまでするなんて聞いてねぇぞ!」

 

「なんでやねんなぁ? お見合いの席にちゃんとした服装を用意するのは、当たり前の話やろ?」

 

「んなもん普通に管理局の制服でいいだろうが! っていうか、あれでさえも俺にとっては窮屈でしかたねぇのに、その上、余計に堅苦しい装束に袖通さねぇといけねぇのかよ! 流石にそれは割に合わねぇ―――」

 

「“帯刀禁止”並びに“実戦任務及び模擬戦の参加自粛”の期間を“半年”に延長!」

 

捲し立てる政宗の言葉を遮るように、はやては鬼の首を取った様な笑みを浮かべながら宣言する。

 

「ぬおっ!? ぐぬぬぬ……!!? お、OK…これでいいだろ!!」

 

「判ればよろしい。政ちゃん、これもすべては、なのはちゃんの為を思ってやってるんやから、政ちゃんもしっかり人肌脱いでくれな。 大切な仲間を守るのも機動六課としての大事な務めでもあるんやで?」

 

「……どう見ても、半分遊んでるの丸わかりだけどな…」

 

ヴィータの遠目からツッコミを他所に、はやては語り続ける。

 

「心配せんでもえぇよ。何もペアルックとかそんな寒い格好させるつもりはないから。 ただ折角の機会やし、政ちゃんにもこの世界のファッションを色々試してもらいたいと、そう思っとるんよ。 ほら、普段と全く違う格好をする事でその人の新しい一面を開花させるってよく言うやない? 例えば、シグナムの“お姫様”然り――――」

 

「わ゛ーーーっ! わ゛ーーーっ!! わ゛ーーーっ!!! お、お戯れを! 主はやてええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

突然、はやての言葉を遮る様に顔を真っ赤にしながら狂乱して叫び始めたシグナムに、唯一その言葉の意図を知っている慶次を除いた部屋にいた全員が困惑する。

 

「ど、どうしたの!? シグナム!」

 

柄にも無くパニックになって叫ぶシグナムにフェイトが心配そうに尋ねる。

一方、ヴィータはシグナムによって無理矢理遮られたはやての言葉の最後にあった単語を聞き逃さず、眉根を寄せた。

 

「なぁ…一体なんの話だよ? 今“お姫様”がどうとかって―――」

 

 

ギャラクティカ“シグナム”!!!

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

「ごぶしっ!!?」

 

尋ねる間もなく、シグナムから腹のど真ん中に強烈なボディブローを叩き込まれたヴィータは白目を剥き、その場に前のめりに倒れ込んで悶絶した。

 

「「ゔぃ、ヴィータ(ちゃん)ーーーー!!?」」

 

「「ヴィータ殿ぉぉ!!?」」

 

フェイトとリインが悲鳴を上げ、家康と幸村が慌てて駆け寄る光景を見た、はやては今のうちに…と言わんばかりになのはと政宗の背中を押して、部隊長室に隣接している自身の私室の方へと促した。

 

「ほな。ちゃっちゃと準備にかかろうか。2人とも♪」

 

「えっ…!? でもはやてちゃん…」

 

「あっちで色々Chaosな事になってるけど、いいのか…?」

 

狂乱するシグナムを必死に鎮めようとするフェイトとリインと慶次に、気絶したヴィータを介抱する家康と幸村…っといったように混乱を極める光景に目をやりながら、心配するなのはと、呆れる政宗であったが、はやてはこれ以上、そっちに介入して時間を潰すつもりはない様子だった。




前々からちょくちょく話していましたが、今回からリブート版『なのは恋路篇』こと『なのは見合い篇』に突入していきます。

オリジナル版での同長編は、六課側に散々立ちふさがる何敵『コアタイル家』や新たな敵キャラが登場していましたが、リブート版ではどんなストーリーになるのか…?

そして、図らずも“恋人”を演じる事になったなのはと政宗の運命は…!?

新しい長編もお楽しみに!


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第四十六章 ~お見合い騒動(パニック)!? 伊達軍“大根”乱!?~

地上本部の巨大派閥“コアタイル派”の首魁にして、ミッドチルダの貴族魔導師の名門『コアタイル家』との御曹司とのお見合い話を持ちかけられたなのは。

当然、なのははそれに乗り気ではないが、相手が相手だけに下手に断るにも難儀な事になるのは容易に想像がつく…

そこではやてから提案されたのは『政宗を恋人役にして、同伴させる』というなのはにとっては嬉しいやら、恥ずかしいやらわからなくなるように奇策であった…


政宗「リリカルBASARA StrikerS 第四十六章! マヨネーズが足りないんだけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

成実「あれ? 兄ちゃんも食べるの? 『土◯スペシャル』?」

政宗「食うか! 中の人ネタで言っただけだ! 誰が犬の餌なんぞ…!」

成実「えぇぇぇ!? めっさ美味そうじゃん!」


部隊長室において、『なのはと政宗を恋人役にして、共にお見合いの席に立ち会って話を断る』という奇策が正式に決定されてから1時間後―――

 

「痛ててて! 勘弁してくれよぉぉっ! 兄貴ぃぃぃぃ!!」

 

機動六課隊舎2階廊下では、猫の如く襟首を掴まれた成実が、憤慨した小十郎に引き立てられていた。

 

「…ったくテメェというやつは…六課に正式に入隊して早々、俺の畑に忍び込んで盗み食いを働くたぁ、どういう了見だ!?」

 

「だ、だってさぁ! 今日はシャマルの姐さん、“けんしゅー”とかで一日留守にしてっから、飯食わせてもらう機会がなくて! 腹が減ったからちょっと食べさせてもらおうと思っただけなんだって!」

 

「だったら、食堂にでも行けばいいだろうが! なんで俺の畑に忍び込むんだ!」

 

襟を掴まれた成実が必死に弁解しつつ、隙あらば逃れようともがくが、小十郎はピシャリと一蹴し、がっしりと襟元を掴んだまま離そうとしなかった。

 

今日も今日とて、また隊舎屋上の小十郎の菜園に忍び込んで、人参をつまみ食いしていた成実であったが、見回りに来た小十郎に見つかって、壮絶な追いかけっこの果てに捕まり…この様へと至ったわけである。

 

「なんだよぉ! ちょっとくらい食わせてくれてもいいじゃねぇかぁ! 兄貴のケチ!」

 

「ダメだ! お前に“ちょっと”食わそうものなら、まだ熟していない野菜ばかりか、苗や肥料、挙げ句に埋めたばかりの種や、土の中にいるミミズまで食い尽くされかねないからな! 事実、そうやってこの世界で既に13もの農園を荒野に変えた“前科”がある以上、尚の事、ここでのお前の行動は厳しく取り締まる!!」

 

「そ、そんなぁぁ!? 兄貴“ごむたい”だよぉぉぉ!?」

 

「無体も大根もあるか!」

 

小十郎に一蹴され、成実はガックリと肩を落とした。

 

成実がミッドチルダに漂流してから機動六課にやってくるまでの間に菜園消去屋(ファーム・イレイザー)の異名で、甚大な被害を及ぼした農家や菜園に対する被害は六課の後ろ盾である本局の尽力によって、どうにか訴訟問題が起こる事もなく、無事に解決したものの、それをきっかけに小十郎は、成実の病的な食い意地と卑しん坊ぶりを見咎め、日ノ本にいた時以上に厳しく粛正する事を決めていた。

 

「とにかく! 今日という今日は、きっちりと政宗様にも、お前のその考えなしに喰らおうとする意地汚い素行を正してもらわねば―――んっ?」

 

ブツクサと呟きながら、小十郎が隊舎中央のメインエントランスの上階(アッパーロビー)に差し掛かった時であった。

 

「うわぁ~! なのはさんも、政宗さんもすごいですねぇ!」

 

「本当にお似合いですよ!二人とも!」

 

突然スバルとエリオの歓喜の声が聞こえてきて、小十郎は思わず足を止める。

そしてアッパーロビーの吹き抜けから下のフロアを除くと、エントランスの隅にある休憩コーナーにて、スバル達フォワードメンバーが誰かを囲むようにして騒いでいた。

 

「? あれ? スバル達じゃん? なにやってんの?」

 

「さぁ…どうやら、政宗様もいるみたいだが…」

 

小十郎は成実を掴んだまま、エントランスの階段を降りて、一階までくるとフォワードメンバーの囲んでいる人物を良く見てみる。

 

「んなっ!!?」

 

「ぅえっ!?」

 

しかしその姿を確認した途端、小十郎も成実も思わず口をあんぐりとさせて頭を木づちで殴られたような衝撃を受けた。

なにしろスバル達が囲んでいる人物は…

 

「や…やっぱり、変かなぁ? 政宗さん」

 

「いや…“変”っていう以前に…これ見合いじゃなくて婚礼の服じゃねぇか!!」

 

何故か白いウェディングドレス姿のなのはに、黒い紋付き袴姿の政宗であったからだった。

もちろんこの衣装は、言うまでもなくはやての私室で、彼女から突如着さされたものである。

 

当然、仕立てる際には、何故はやてが『ウェディングドレスや男性用袴なんて持っているのか?』というツッコミが政宗から飛んだものの、はやては「急に入用になる時に備えてや。用心、用心♪」とよくわからない言い分ではぐらかされたのだった。

 

「何言うてんねんな政ちゃん。 これくらい二人の熱愛ぶりをアピールするような衣装の方がインパクトあってえぇと思うよ」

 

二人の隣では、衣装を用意した張本人であるはやてがヘラヘラと笑いながら、二人に向けて親指を立ててサムズアップする。

 

もちろん、それは完全にはやてのデタラメであり、本当は彼女自身が二人にとんでもない衣装を着せて楽しみたいだけである事が丸わかりだが…

 

「ふざけんな! これならまだペアルック(matching)の方がマシだろうが!!」

 

政宗のツッコミにティアナやキャロは「ごもっとも…」と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。

 

「は、はやて部隊長。 政宗さんの言う通り、これは見合いというよりはもはや結婚式の衣装じゃないんですか?」

 

ティアナがそう指摘すると、はやては「なにいってるんだ?」と言わんばかりに答え出す。

 

「何言うてんねんなティアナ。こうしておけば、もし相手から『本当に真剣に愛し合っているのか?』とか聞かれた時に、『すぐにでも結婚する気でいます』って自然な返事を返す事ができるやないか」

 

「いや、それメチャクチャ不自然だと思いますよ…」

 

ティアナが冷や汗を浮かべながらツッコんだ。

 

「う~ん…はやてちゃん。やっぱりこれはちょっとやりすぎじゃないかな? 普通の正装でいいと思うんだけど」

 

当のなのはは、衣装自体は満更でもない様子を見せながらも、はやてに対して苦笑を浮かべながら物申した。

すると、政宗もはやてに懇願するように叫び出す。

 

「頼むからはやて。なのはの言う通り、普通の衣装にしてくれ! こんな姿を小十郎や成実にでも見つかっちまったら、色々と大変な事になるぞ!」

 

「その通りです…政宗様」

 

「ほら…小十郎さんだってこう言って――――えっ!?」

 

「「「「「へっ!?」」」」」

 

不意に聞こえてきた言葉の主に気づかないまま話していたスバルが、一瞬硬直する。

なのはやはやて、そして政宗も不意に挟んできた声の主の方に目をやり、そして思わずギョッとなった。

 

「政宗様…一体これはどういう事なのですか…ご説明願いましょうか…?」

 

「ごぶぅ!? 痛ってーー!!」

 

そこに立っていたのは、襟首を掴んでいた成実を床に落とし、ズズズ…と黒いオーラを放った小十郎。

その姿に、政宗だけでなくなのはやはやて、スバル達も思わず戦慄し、数歩程後ろに退いてしまう。

 

「いや…あの小十郎さん! これは違うの…!」

 

「そ、そう! これはあくまでお芝居…」

 

慌てて弁明しようとするなのはとはやてだったが、それを遮るように小十郎が呟きはじめる。

 

「政宗様…この片倉小十郎…政宗様が幼少期 まだ“梵天丸”の名で呼ばれていた頃から常に貴方にお仕えし続け…私用でも、戦場でも常に貴方の為にこの身を捧げ、貴方の為にこの身体を盾にして、お守りし続けてきました……それなのに…それなのに…」

 

怨嗟の呪文の様に呟くように延々と語る小十郎に、これはマズいと内心焦りだす政宗やなのは、はやてにフォワードチームの4人…

だが、次の瞬間、小十郎のとった行動は、政宗達の予想の斜め上をいくものだった…

 

 

サーーーーーーーーッ

 

 

なんと、小十郎は突然滝のように涙を流し出した。

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

まさかの小十郎の号泣に驚く一同。

 

「あ…あの小十郎さん!?一体どうしたんですか!?」

 

中でも小十郎とは何かと関わりの深いキャロは、彼らしからぬ過ぎる行動に半ば混乱してしまう。

 

「この小十郎に相談も無しに、高町と婚礼を開こうだなんて……そりゃあんまりといえばあんまりだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

突然、床に膝を付き、拳で地面を何度も打ちながら、悔しさを顕に号泣し始める小十郎。

 

 

「「「「「ええええぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」」」

 

 

なのは達は勿論の事、政宗でさえも見たことのない、小十郎のキャラ崩壊な姿に全員、思わず呆けた叫びを上げるばかりだった。

 

「政宗様ぁぁぁぁ!! まさか貴方に、高町の様な、出会ってまだ半年も経たぬ若い女子(おなご)を“身請け”しようだなんて俗な下心があっただなんてえぇぇぇぇぇぇぇ!! この小十郎! 失望の涙で目が見えませんーーーーーーーーーーー!!」

 

「おいぃぃぃぃぃ!? なんかとんでもない方向へ勘違いしてんぞコイツぅぅぅぅ!!」

 

天を仰ぎながら、頭を抱えて絶叫する小十郎に、政宗はどう対処していいかわからず混乱した様子で叫んだ。

すると、小十郎は今にもなのはに斬りかからんといわんばかりに、文字通りの血眼になりながら、ズンズンと詰め寄った。

 

「高町ぃぃぃッ!! 一体、何時の間に政宗様に言い寄ったんだ!? 婚礼の儀はいつ上げる気だぁ!? お前はその年にして、なかなか清楚で賢明な女だと一目置いていたのに、蓋を開けてみればそんな尻の軽い女だったとはなぁぁぁぁ!!?」

 

「え、えええええぇぇぇっ!? なんか私の事も変な風に勘違いされてるぅぅ!!?」

 

「小十郎!まずは俺達の話を聞けよ!!」

 

っとそこへ、さらに場の空気を混乱させる人物…成実が割り込むように詰め寄ってきた。

 

「兄ちゃん! ひでぇじゃねぇかよ! 俺に黙って、そこのなのはって姉ちゃんと“レンコン”食おうとしていたなんて! 俺にも食わしてくれよぉ!」

 

「“レンコン”じゃなくて“婚礼”だ! バカ!! っていうか“婚礼”でもねぇよ!! いいからお前は引っ込んでろ! 話が余計にこじれる!!」

 

成実(卑しん坊馬鹿)を脇に跳ね除ける政宗に、小十郎が涙と鼻水で汚れた顔をズイと近づけながら詰め寄ってくる。

 

「政宗様! 奥州筆頭ともあろう貴方がそんな不埒な結婚など、この小十郎が絶対に許しませぬぞぞおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「だから誤解だ!! つぅか、顔拭け!!」

 

「“ゴカイ”!? 兄ちゃん! レンコンだけじゃなくて“貝”まで食おうとしてたのかよ!?」

 

「だからお前は出しゃばってくんなっつってんだろうが!!!」

 

政宗をしつこく詰め寄る小十郎に、成実の根本的に方向性の違う食い物ボケまで挟まる事でこの場は完全に混沌の極みとなってしまった。

混乱極まる伊達軍の面々のやり取りに、なのはも、はやてもFW(フォワード)の4人も完全に介入するタイミングを失ってしまう。

 

彼らの姿からは、もはや『奥州の雄』としての威厳や風格は完全に失われていた。

 

「政宗様! もし本気でこの場で婚礼を考えているのであるならこの小十郎! かくなる上は腹を斬ってでも貴方の軽薄さをお諌めします!!」

 

そう叫びだすと、唐突に政宗の前で正座をする小十郎。

 

「お…おい!ちょっと待て!」

 

「待ちません! それが“竜の右目”としての小十郎最後の務めです!」

 

「いや、そうじゃなくて!…お前それ刀じゃなくて“大根”だろうが!?」

 

そう叫んで指摘する政宗が指さした先には、何故か刀の代わりに握られたのはどこからともなく取り出された大根…

もちろん、屋上の菜園で採れた野菜の一つである。

最早、意味不明な行動をとりだした小十郎に、これはいよいよマズいとFW4人(特にキャロ)も心配になる。

 

「小十郎さん! 僕達がちゃんと説明しますから、とりあえず気を確かにしてください!!」

 

エリオが必死に宥めるが、小十郎はそれが心外とでも言わんばかりに憤然となる。

 

「失礼な! 俺は正気だ!! 俺の言動のどこがおかしいというんだ!?」

 

これまたどこから取り出したのか、きゅうりをちょんまげのように頭の上に乗せながら自信満々に話す小十郎に、FWは全員ドン引きする。

 

「いや、それぇぇぇ! それ証拠だってぇぇぇ!!」

 

ティアナが声を張り上げてシャウトする。

この辺りから、場はますます混乱を極めていくようになる。

 

「とにかく止めるなお前達! 政宗様が…よりによって男としての最もあってはならぬ『ヤ◯チン』などに身を貶されるのを黙ってみているくらいなら、この片倉小十郎 例えこの場で腹を切ってでも、政宗様に目を覚まして頂く所存!!」

 

「こ、小十郎さん! ここロビーですから、そんな大声で『ヤ◯チン』なんて言っちゃダメですよぉ!!」

 

「…いや…キャロも思いっきり言っちゃってるし…」

 

ロビーいっぱいに響かんばかりのボリュームで叫ぶキャロに、スバルが失笑しながらツッコミを入れた。

っとそこへ、またしても余計な茶々入れを加えてくるのが、食べる事以外何も考えていないコイツ―――

 

「えっ!? 『ヤリ◯ン』って何? ヤリイカの仲間!? ちょうど兄貴も大根持ってるし煮付けにしようぜ!」

 

「いやいや成実君。 『ヤリ◯ン』とヤリイカは全然ちゃうってば。…まぁ、確かに『チン』ってイカみたいな臭いがするって言う話らしいけど…」

 

「はやてちゃん!! こんな時に下ネタなんか言わないで!!」

 

涼しい顔をしながらとんでもない事を言い出すはやてに、なのはが顔を真っ赤にしながらツッコんだ。

一方、ティアナは尚も大根を脇腹に充てがおうとする小十郎を制止しようと奮闘する。

 

「小十郎さん! とにかく一回落ち着きましょうよ! そもそも大根じゃ切腹できませんし!」

 

「じゃあ何なら斬れるんだ?! 人参か!? ごぼうか!? スイカか!?」

 

「だから野菜なんかで腹が斬れないって言ってるんですよ! ていうか最後に至っては円形のものになってるし!」

 

ラッシュで仕掛けてくる小十郎の小ボケに、ティアナが必死にツッコんでいく。

 

「まあまあ小十郎さん。ほら、チョコレートでも食べて落ち着き♪」

 

そう言いながら、はやては懐から、ミッドチルダではメジャーな『レイワ・ミルクチョコレート』という銘柄の板チョコを差し出してくる。

 

「おい、はやて。ガキじゃねぇんだから、そんなもんに釣られる奴がいるわけ―――

 

政宗のその指摘が終わらない内に―――

 

 

「…ウガアアアアアアアアアァァァァァ!! ソイツハ、オヤツ! オレノ、オヤツッ!!」

 

「って言ってるそばから、あっさり釣られてんじゃねぇよ! お前は!!」

 

成実が、空腹時に珍しい食べ物を見る事で起こす禁断症状『先祖返り』の発作を起こしてしまい、小十郎達を押しのけて、はやてに飛びかかろうとした。

 

「うわわわっ!? 成実君! はやて部隊長を襲おうとしないで!!」

 

「こんな時に、余計にややこしくなるような事しないでよ!!」

 

「ガルルルルルルルルルルッ!! オレハ、クウ! チョコレート、クウ!!」

 

慌てて、スバルとティアナが後ろから成実を羽交い締めして取り押さえるが、成実は白目を剥いたまま、獣の様な叫び声を上げながら、振り払おうと暴れまわる。

すると、それを見たはやては面白がり…

 

「はーい。成実くーん。取ってきて」

 

そう言って、チョコレートを遠くに投げてみせた。

 

「ウガアアアアアアアァァァァァッ!! チョコレートオオオォォォォォォォォ!!」

 

っとハッハッと大口を開けて舌を出しながら、チョコレートを追いかけて駆け出していく成実の姿は最早野犬以外の何者でもなかった。

その様子を見た政宗は、恥ずかしいやら、情けないやらで、柄にもなく顔を真っ赤にしながら、片手を顔に充てがう仕草をした。

 

「政宗のお心を改める為だ! ルシエ! モンディアル! 介錯を頼む!!」

 

「ダメです小十郎さん! 兄上が言ってましたが、武士は切腹する際には白装束を―――」

 

「そういう問題じゃないでしょエリオ君! っていうか、そもそも大根で切腹は出来ないってば!!」

 

 

「ウメエエエエエェェェ!! チョコレート、モットヨコセェェェェェェ!」

 

「うわわっ! 成実ってば!! チョコの包み紙は食べ物じゃないよ!!」

 

「野良犬か! アンタは!?」

 

 

一方ではしつこく大根で腹を斬ろうとする小十郎と必死に制止しようとするエリオとキャロ…もう一方でははやての投げたチョコを包み紙諸共かぶりつく成実にどんびきするスバルとティアナ…

傍から見れば『カオス』なロビーの窮状に、気がつけば、その唯ならぬ喧騒を聞いた六課の一般スタッフ達が各所から「何事か!?」と集まり始めていた。

もう収集が付かなくなった現場に、遂に政宗の堪忍袋が遂に切れ……

 

 

 

「お前らいいかげん、少し頭Cool Downしろ!! この野菜バカと悪食バカ共おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

怒り心頭と言った様子で怒声を上げ、混乱した現場を鎮めるのだった。

 

ちなみにそれを聞いたなのはが「あっ…私の台詞ちょっとアレンジしたみたい…」とメタ的な事を呟きながら照れたのはここだけの話である…

 

 

 

 

その後、政宗となのはが必死に事情を説明する事によって、小十郎の誤解やアホ化する程のキャラ崩壊は治まり、成実の先祖返りも、結局最終的にはやてが持っていた分だけでは足りず、ロビーの自販機から追加で購入した分を加えて合計35枚の板チョコを食べさせる事でようやく落ち着き(尤も、その前に成実は自販機ごと喰らおうと襲いかかろうとする一幕があったが)、混乱した事態は何とか終息した。

 

「…そ、そうだったのですか…。ならば、初めからそう言ってくださったらよかったのに…」

 

「だから俺達が説明しようとしたのに、お前が勝手に勘違いして暴走したんだろうが」

 

我に返った事で、流石にさっきの暴走が些かやり過ぎた事を自覚してか、バツが悪そうに言葉を詰まらせる小十郎に、政宗が呆れながら指摘する。

 

「それじゃあ、小十郎さん達もこの作戦協力してくれるん?」

 

はやてが尋ねるが小十郎の表情は未だ半信半疑な様子だった。

誤解は解けたとはいえ、『なのはと政宗を“恋人”に仕立てる』点に関しては、小十郎は素直に首を縦に振りかねるようだ。

 

「しかしだな……幾ら芝居とはいえ、政宗様と高町を夫婦にする意図がわからん」

 

釈然としない様子の小十郎であったが、はやても先程政宗に仕掛けた時の様に理不尽な『懲戒処分』をチラつかせながら、無理矢理懐柔する手立てを使おうとはしなかった。

 

万一に、ここで『屋上菜園没収』なんて強権を発動しようものなら、怒りに狂った小十郎が再び暴走して面倒な事になるであろう事は、この間の菜園消去屋(ファームイレイザー)事件や、つい今しがたの騒動を通して嫌という程理解していた。

 

「確かに、その高町の見合い相手だという“コアタイル”とかいう奴がいけ好かない事も、この見合いは蹴るべきな事も理解できる。しかし、その為にわざわざ政宗様を“伴侶”に仕立て上げようとする結論に至る理由が理解しかねると言っているのだ」

 

「せやから、その説明もさっき散々したやろ? 見合いの席に相手の恋人がおったら、真偽を問い詰められる余地かてない。まさにナイスな策っっちゅうわけや」

 

「……日ノ本じゃ、恋人を同伴させる非常識なお見合いなんかないぞ」

 

「いや、普通お見合いっていうはどこの世界でもそうですって…」

 

ティアナが脇から口を挟むように指摘した

すると、なのはが畳み掛けるように小十郎に語り始めた。

 

「まぁ、要するに…政宗さんの役目は、今回のお見合いを上手く潰す方向に運んでいける様に色々と横からサポートしながら、私を“牽引”していく役目。それ以上でもそれ以下もないから安心してください。ね?」

 

「う……うむ…そ、そうなのか…? そういうことなら納得……出来るような、出来ないような……?」

 

小十郎はまだ不承不承ながらも、少し受け入れる気持ちに傾いた様子だった。

一方、成実は……

 

「えっ!? “けんいん”!? お見合い潰すのに、なんで兄ちゃんがそこのなのはって女の、しょんべんなんか採る必要があるわけ? 畑の肥やしにでもするの?」

 

純粋な眼を向けたまま声高らかにそう尋ねるが、言われたなのは達は成実が一瞬何の話をしているのかわからず、戸惑ってしまい、その言葉を意図に気がつくのに数秒の間を要した。

 

「それは“検尿(けんにょう)”でしょうが大バカ! なのはさんが言ってるのは“牽引(けんいん)”!!」

 

とんでもない聞き間違いに、ティアナが赤面しながらツッコんだ。

見るとなのはも顔を真っ赤にしながら、顔を逸していた。

一方の成実は、なんでみんな恥ずかしそうな視線を投げかけてくるのかわからず、キョトンとしていた。

どうやらウケ狙いで下ネタをかましたつもりではなく、本当にわかっていない様子だった。

 

 

すると、見かねた政宗は頭を乱雑に掻きながら、なのはに耳打ちで話しかける。

 

 

「なのは。もう成実(このバカ)には、丁寧に説明してやるだけ時間の無駄だ。こうなったら、コイツを一秒で堕とす“Back hand”を使え」

 

「えっ!? Back hand(奥の手)って…?」

 

意味深なワードを聞いて戸惑うなのはであったが、それから政宗が暫く耳元で話す言葉を聞き、「えっ!? そ、それだけでいいの…?」っと困惑していたが、やがて頷き、成実の方を向いた。

 

「えっと……成実君って“お寿司”が大好きなんだよね? だったら今回の作戦に協力してくれたら、成実君が食べたいだけ“お寿司”ご馳走してあげるよ?」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 

いきなり子供だましも甚だしい提案をし始めたなのはに、FWの4人も思わず呆気にとられた。

 

「な、なのはさん……流石にそんな子供だましみたいな方法で…」

 

「仮にも彼は“戦国武将”なんですから、そこまで見くびった様な真似は……」

 

流石に成実を軽視し過ぎているかのような応対に、スバルとティアナは思わず一言物申す形でフォローを入れ、エリオとキャロは心配そうに成実を見つめる。

 

「……おい」

 

すると、当の成実はキッとなのはを睨みつけ―――

 

 

「何でも協力させていただきます!! “なのは姉ちゃん”ッ!!」

 

 

そう叫びながら、なのはの前に片膝を付いて、服従を示すポージングをとった。

 

 

ずしゃぁぁぁぁぁ!!

 

 

まさに政宗が言ったとおり、ものの“一秒”で堕ちた成実のあまりのあっけなさに政宗となのは、小十郎以外の一同がこけた。

 

 

「そ…それでいいの…? 成実…」

 

「アンタって…ホントおめでたいくらいバカね……」

 

 

床に這いつくばったスバルとティアナからツッコまれるが、当の成実本人は数ある好物の一つをご馳走してもらえればそれでいいと思っているのか、周囲からの呆れの視線など屁でもない様子であった…

 

 

「……Sorry なのは…俺、義理とはいえ、コイツが弟な事が恥ずかしく思えてきた…」

 

「…ゆ、愉快で楽しい子じゃない。あははは…」

 

そんななのはの気を使った言葉が余計に虚しく聞こえる政宗だった。

 

 

 

 

機動六課隊舎にて、お見合い打開の為の政宗となのはの『偽装恋人作戦』の最後の障壁であった小十郎が(渋々ながら)ようやく納得していた頃…

 

ミッドチルダ・首都クラナガンから北に500km程の場所に位置する街 プリンスロイヤル自治都市―――

 

ミッドチルダにおいて古来から続く由緒正しき貴族魔導師コアタイル一族によって代々に渡り統治されてきたこの街は、総人口約20万人の内、18万人近くが魔導師であり、ミッドチルダにおいても特に魔法が生活の大部分となっており、様々な行政サービスなどで魔導師が優遇されるなど統治者の掲げる思想をそのまま体現したような市政が敷かれている事から別名『魔導師の楽園』と皮肉を含めた名で呼ばれる街だった…

 

表向きにはミッドチルダの他の都市の例に漏れず、時空管理局の統治管轄下とされているが、実際には現在でも変わらずコアタイル家が統治権の殆どを把握しており、行政、公的機関を完全に支配下においている他に、独自に発案した法律までも存在するなど、世間では「九割区分独立国家」とされていた。

そんなほぼ独立国家に近い“魔導師の楽園”のランドマークが、街の中心部に建つ巨大な宮殿“ポラリスパレス”であった。

 

外見は台形型の基部となる“本丸”と7本の尖塔によって構成された荘厳な雰囲気の巨大な建造物で、中央に聳える最大の塔『“ドゥーベ”の塔』を囲むように並び立つ残りの6本の塔“メラク”、“フェクダ”、“メグレズ”、“アリオト”、“ミザール”、“アルカイド”と名前が付けられ、それぞれの塔を結ぶ回廊フロアは穏やかかつ高貴な雰囲気の中庭となっているまさに豪華絢爛な造りであった。

この宮殿の本丸の一部区画は、管理局に提供されており『ミッドチルダ北部第七陸士訓練校』として運営されてもいたが、その区画の丁度真上にあたる“フェクダ”の塔は、塔全体が第七陸士訓練校の中でも優等生の為に用意された教育・訓練施設となっており、その最上階に、校内の最高権力者にあたる人物の為の校長室が存在した。

 

その校長室の一角に設けられた応接セットに、向かい合って座る2人の男達の姿があった。

 

「なるほど……それで…来年、貴方の息子を、是非に我が第七陸士訓練校に入校させてもらいたいと…?」

 

上座の席に腰掛けながら、鼻持ちならない言い回しでそう話していたのは一人の若い男性だった。

年は20代半ば程、男ながら金色の髪を長く伸ばしながら、それでいて違和感のない端麗な容姿を持っていたものの、銀色の高級スーツに豪華な装飾品をまとい、自分を誇示するかのように派手に着飾ったその格好が些か、魅力を減点させているように見える。

 

「えぇ…まぁ…そういう事なのでございます…」

 

対する下座には、黒髪をポマードでしっかりと塗り固めて七三分けにしてメガネをかけた腰の低そうな中年が、小さくする様に座り、こめかみからとめどなく流れる冷や汗を度々ハンカチで拭う仕草をしながら、会釈する。

 

「…ヘラルド社長。貴方のお子さんを思うその気持ち。この“セブン・コアタイル”…とても感銘を受けたよ。けれども…僕も地上本部 統合事務次官…そしてこの第七陸士訓練校の理事長 ザイン・コアタイル少将の息子とはいえ、“名目上”はこの学校の主任教官に過ぎないんだよ? 生徒の“入学”を手引きするにも、それ相応に骨を折る事になるんだ。だからここで、おいそれと貴方と口約束を交わしても、果たして後に本当に言葉通りに果たすことができるかどうか…」

 

そう芝居をかかった様な動きを交えながら、意味深に言葉を焦らしつつ、「ヘラルド社長」と呼ばれた下座に座る男へチラリと視線を投げかける金髪の男……この男こそ、時空管理局・地上本部のナンバー2である統合事務次官 ザイン・コアタイルの息子にして、名門貴族魔導師『コアタイル家』の次期当主、そして此度のなのはの見合い相手である “セブン・コアタイル”准陸佐であった。

 

役職はこの第七陸士訓練校の主任教官…にも関わらず、本来ならば校内における最高権威者が使用する筈の校長室を、我が者顔で使っているこの様子から見てもわかるとおり、セブンは、この学校の理事長も務める父 ザインの権力を傘に来て、訓練校の校長を含む全教官をコアタイル家に従属する魔法至上主義派の局員 通称“コアタイル派”の面子で固め、実質的に校長以上の権力を得て、学校全体を支配する立場にあった。

故に教職員や生徒の選別も全て、彼の意のままに操れるのだ。

そんな彼が、敢えて自分の権威を半信半疑に評したのも、当然の事ながら謙遜からではない…

 

それを理解していたヘラルドも、彼の言葉と視線に促される様に慌てて、脇に置いていた手荷物のひとつだった紙袋から丁寧に梱包された菓子折りの箱を取り出してきた。

 

「とんでもない! 貴方様の権威はお父上に次ぐ崇高なものであると誰もが信じておられます。…こちらは些少ではございますが、セブン様の大好物の例の“高級クッキー”でございます。どうぞお納め下さい」

 

テーブルに置かれ、差し出された菓子折りの箱を見て、セブンは満足げな笑みを浮かべる。

 

「ほぉ、気が利くじゃないか。流石は我がコアタイル家御用達の製菓会社『ウィンカー社』社長。こうした気配りは抜かりないみたいだな」

 

話しながら、セブンは菓子折りの梱包を乱雑に開き、蓋を開けて、中に詰まった小分けにされた高級クッキー…を迷う事なく梱包紙と一緒に応接セットの脇に用意されたくずかごに投げ捨ててしまうと、その下の箱の底一面に黄金色に輝く金貨がぎっしりと詰められているのを確認した。

 

「……10万ワイズ金貨が……20枚か…?」

 

中身を確認したセブンは、少々期待外れと言わんばかりに失望した様な表情を浮かべながらボヤく。

 

このミッドチルダをはじめ、時空管理局の多くの管理世界内で広く流通している通貨『ワイズ』は、大きく部類して3種類に分けられている。

1つは『1』『5』『10』『100』『500』の5種類に分けられた硬貨―――

2つ目は『1000』『5000』『10000』の3種類に分けられた紙幣―――

そして3つ目があまり一般には出回らないが、固定資産としても活用される『100000』『1000000』に分けられた金貨である―――

 

セブンが受け取った菓子折り箱の中に詰まっていたのは外縁が金で、内側がプラチナでできた『100000』ワイズ金貨であった。

 

「あの……セブン様…? お気に召しませんでしたか?」

 

セブンの表情が曇っている事に気づいたヘラルドが恐る恐る尋ねると、セブンはわざとらしくため息をつきながら、頭を振った。

 

「ヘラルド社長…僕は確かに貴方の会社の“クッキー”は大好物だよ。しかし…“高級”と銘打っているのだから、もう少し“重い”ものだと期待していたのだけど…ちょっと貴方を買いかぶり過ぎていたかなぁ?」

 

「………!? も、申し訳ございません! 私とした事が、配慮が足りず…! の、後ほどもう一箱“同じ品”を送らせて頂きますので、どうぞご容赦のほどを!」

 

セブンの言葉の意図を察したヘラルドは必死で取り繕いながら弁解すると、セブンは小さくため息をつきながら、菓子折りをテーブルの上に置いた。

 

「……まぁ、いいとも。僕は“広い心”の持ち主だからね。それじゃあ、あとの事は任せておきたまえ」

 

「な、何卒よろしくお願い致します……では…失礼します……」

 

ヘラルドはヘコヘコと何度も頭を下げてから、手荷物を引っさげて、校長室を出ていった。

ヘラルドが部屋から立ち去ったのを確認したセブンは、残された菓子折りの箱を改めて一瞥しながら不機嫌そうに舌打ちをした。

 

「チィッ! 気の回らない凡人風情め…! この俺に図々しく頼み事をしておきながら、これっぽっちの“気持ち”しか示せないなんてな……これだから下級国民共の誠意はたかがしれているんだ!」

 

セブンがブツクサと愚痴を呟いていると、再び校長室のドアが開かれた。

 

「失礼致しますよ。セブン“坊ちゃん”。『ウィンカー社』のヘラルド社長は一体何用だったのですか?」

 

新たに部屋に入ってきたのは大柄な体格に、灰色に近い薄い茶髪を刈り上げた髪型に無精髭を生やした熊のような雰囲気の強面の男だった。

 

彼の名はオサム・リマック―――

時空管理局陸上特殊作戦群『星杖十字団』R7支部隊の部隊長を務める男だった。階級は三等陸佐。

 

「あぁ。いつもの事だよオサム。自分の息子を是非我が第七陸士訓練校に入校できるように俺の力を借りたいと、縋ってきたのさ」

 

脇に近づいてきたオサムに目をくれないまま、セブンは懐から革袋を2つ取り出すと、その内のひとつに菓子折り箱から取り出した10万ワイズ金貨を入れ始めた。

 

「ほぉ…いつもながら、第七陸士訓練校の人気は、このミッドにおける他の訓練校と比べても抜きん出て凄いものですな。して…ヤツの頼みを聞き入れるので?」

 

オサムが菓子折りに詰まった金貨に目をやりながら尋ねる。

 

「バカ言うな。誰があんな奴の息子など、ウチの訓練校に入れるものか」

 

「はっ?」

 

「当たり前だろう? この俺の手を借りたいというのであれば、相応の“誠意”を示すのは当然の話だ。 それを…こんな端金(はしたかね)を詰めた小包をひとつかふたつだけで済ませようとは、甚だ図々しい。そうだとは思わないか?」

 

「まぁ、確かにそれはそうですが。普通こういう時は最低でも100万ワイズ金貨を50枚程詰めてこそ、はじめて“感謝”と呼べるものを…」

 

傲慢極まるセブンの言葉に少しも疑う事なく頷いて肯定しながらも、すぐに懸念を口にするオサム。

 

「とは申せ…数はどうあれ“誠意”をお受け取りにはなられたのでしょう? でしたら、流石に約束を果たさなければ、きっとヘラルドも黙っていない筈ですぞ?」

 

「なぁに。「一応推薦はしたが、理事長の鶴の一言で反故にされた」…とでも言えば、アイツも否が応でも受け入れざるを得まい。それに奴の息子には代わりにそれ相応な訓練校の推薦でも廻してやるさ。下級国民に相応しい底辺校にでもな…」

 

ふたつめの革袋に金貨を入れながら、愉快げな笑みを零すセブンに、オサムは同調する様に笑った。

 

「流石は坊ちゃん。そうやってコアタイル家に追従する庶家から、第七陸士訓練校への裏口入学やご自身の顔が効く部隊・企業への不正な進学や配属、就職の為の斡旋をして、私腹を肥やす…まさに歴史ある貴族魔導師の次期当主である貴方だけに許された悪どい小遣い稼ぎですな」

 

「おい、オサム。人聞きの悪い事を言うなよ。これは“人材斡旋・職業紹介”という名の立派なビジネスなんだ。仕事や進学先を紹介して、相手から感謝の“気持ち”を受け取る事の何が悪いっていうんだ?」

 

「いえ。決して咎め立てしているわけではありません。ですが、世間にはそんな坊ちゃんの“ビジネス”でさえも法に触れる行為だと騒ぎ立てする奴らも少なくない以上、そうしたトラブルに備えて、私のような存在もまた必要不可欠であると…そう思って頂ければ…」

 

手を揉むような仕草をしながら、諂笑をかましてくるオサムに対して、セブンは意地の悪い笑みで応える。

 

「フン。欲張りめ…つべこべ言っているが、俺がこうして稼いでいるおかげでお前らも“お零れ”を頂戴している事を忘れるんじゃないぞ?」

 

セブンは話しながら、大小それぞれ金貨を移し終わった革袋のうち、小さい方をオサムに手渡した。

 

「10万ワイズ金貨が5枚…合わせて50万ワイズだ…俺の取り分が少ない分、お前も今日はこれで我慢してくれよ?」

 

「とんでもない。セブン坊ちゃんのご配慮にはこのオサム。いつもながら感服しております。どうぞ、これからもご贔屓に」

 

年齢は勿論のこと、階級の上でも自分よりも下な筈の准陸佐であるセブンに対して、上官どころか、まるで君主に接する様に平伏し、何度も頭を下げるオサム。

その異様な光景は、彼らコアタイル派が地上本部…ひいては時空管理局の中でも如何に歪んだ思想や常識に毒されているかを物語っているようだった。

 

「そういえば、坊ちゃん。聞きましたよ」

 

セブンから受け取った革袋を懐に収めながらオサムが言った。

 

「ん? 何がだ?」

 

「お見合いですよ。ザイン閣下が前々からお進めになられていた例の本局の実験部隊“機動六課”との見合いの話…正式に決まったそうですね?」

 

「あぁ。その話な…あの非魔力風船オヤジのレジアスにバレると色々と邪魔されそうだから、今までは水面下でコソコソと手を回しながら事を運んでいたのだが…そのレジアスが持病の発作とかでしばらく療養する事になったらしいから、今のうちに話を進めようと、トントン拍子に決まったというわけさ」

 

セブンはさも当然の事のように得意げな表情を浮かべた。

 

「それは実に幸運! それもお相手は、今やミッドチルダでも国民的英雄である、かの“エース・オブ・エース”! 高町なのは一等空尉とは! まさに坊ちゃんに相応しい人材ですな!」

 

「当然だろうオサム。なんたって、このコアタイル家次期当主である俺の見合い相手という名の栄光を与えられた幸運な女だぞ? それ相応の容姿、知性、経歴、魔導師としての技能(スキル)があればこその人選だ。強いて言うなら、ミッドの貴族魔導師の出身でなく、『チキュウ』とかいう管理外世界の辺境(ど田舎)の庶民の家出身という点だけが残念だが…まぁ、この際その点に関しては俺の“広い心”で大目に見てやるつもりさ」

 

この場になのはがいれば憤慨していたであろう侮辱的な暴言を平然と吐く。

このセブンという男…見合い相手であるなのはに対する愛情など微塵も感じていない様子であった。

そればかりか、『ミッドチルダで一番高貴な貴族魔導師の御曹司である自分には、本局最優クラスの魔導師であるなのはがふさわしい』という虚栄心や選民意識だけで彼女を求め、その内面にはこれっぽっちも興味を抱いていない。

彼にとって、恋人…ひいては妻となるべき女性でさえも自らの親や家の七光りによる権力を示すためのトロフィーのような扱いにしか考えていないのだ。

 

「しかし…ザイン閣下としては、坊ちゃんの嫁探しというよりは、機動六課そのものを我らコアタイル派に組み入れる事が目的のご様子みたいですが…?」

 

「それは俺も聞いている。しかし、本当の目的はそれだけじゃない。本局の三提督からも一目置かれた部隊と親戚になる事で、コアタイル家は一気に本局との距離も近づきやすくなる」

 

オサムが尋ねるが、セブンはそれさえも「何がおかしい」と言わんばかりに鼻で笑いながらあっさり肯定する。

息子も息子であれば、その家も家である…

 

「機動六課を架け橋に三提督やその他の重鎮方、ひいては聖王教会とのパイプを繋ぐことができれば、いずれ本局の実権もコアタイルの一族が掌握する…なんて事も夢じゃなくなるのだぞ? だからこそ“パパ”は―――」

 

「えっ?“パパ”…?」

 

饒舌に語っていたセブンの口から出た奇妙なワードに、オサムは思わず片眉を顰めた。

 

「あっ…! んん゛ッ! ち…“父上”は、敢えて貴族魔導師の出身者のいない民間部隊である筈の『機動六課』から見合い相手として選定したわけだ」

 

慌てて咳払いをして誤魔化しながらも、セブンは話を続ける。

 

「勿論…最終的な人選は俺が選んだのだがな。高町空尉の他には、あと2人…お前も知っているだろうが、“フェイト・T・ハラオウン”執務官…そして“八神はやて”部隊長の2人が候補にあったが…その2人に関しては確かに名声や実力、人柄、容姿こそ高町空尉にも劣っていなかった。それに、ハラオウン執務官は美貌、八神二佐は権力に関して言えば、高町空尉以上のものではあったが…2人共それぞれ“経歴”に些か問題があったからな…お前も知っているだろう?“P(プレシア)T(テスタロッサ)事件”や“闇の書事件”は…」

 

「えぇ。勿論」

 

「局の歴史アーカイブでも必ず名前が上がる程の2つの大事件にそれぞれ重要参考人として絡んでいた“犯罪歴”は流石に見過ごせないからな。…やはり、清廉潔白な高町空尉こそが俺の伴侶に相応しい女であると思ったわけさ」

 

「なるほど。しかし…“エース・オブ・エース”もラッキーな女ですな。容姿に優れ、類まれなる魔導師としての才覚を有していただけで、管理外世界の庶民出身の小娘が坊っちゃん程の御方と見合いできるのですから」

 

「あぁ、文字通りの“玉の輿”だな。俺はいずれミッドで一番の名門貴族の当主となる男だぞ? そんな俺とは、本来なら箸にも棒にもかからない筈の身分の出自でありながらも、妻にしてもらえるチャンスをやったのだから、高町空尉には大いに感謝してもらわないとな。クククク…5日後に彼女がどんな顔をして見合いの席にやってくるのか楽しみだ」

 

セブンは顔の下で手を組みながら、不遜な笑みを零す。

もしここになのはがいれば、感謝どころか、怒りに震えるような腐りきった会話が平然と繰り広げられていた。

地上本部においてナンバー2であり、ミッドチルダ最大の名門貴族の御曹司という自らの地位を鼻にかけ、この世界に住む者は誰であろうとも自分を崇め、称賛する事が当然…そんな傲慢極まりない思想が透けて見えるようだった。

 

「さてと……では今夜は前祝いにコイツで派手に遊びに行くとするか」

 

セブンはそう言うと、自分の取り分である10万ワイズ金貨15枚の入った革袋を抱えながら、立ち上がった。

 

「坊っちゃん。今夜はどちらに?」

 

「そうだな。いつものカジノでクラップゲーム…っといきたいが、残念ながらこの程度の端金では軍資金にもならないからな。久々に贔屓のキャバクラで、お気に入りのシェリー樽熟成のウイスキーを煽りながら、綺麗どころを呼んで、パァっとやるくらいで我慢するか」

 

「いいんですか? お見合いが近いというのに女遊びなんて…少々軽薄過ぎじゃないですか?」

 

オサムが尋ねるが、セブンはさも当然であるかの様に返す。

 

「だからこそだろうが。見合いの前に“女を抱く”予習をしておいて困るもんでもあるまい。なんたってあの“エース・オブ・エース”だ…いつでもあの身体を存分に“楽しむ”事になってもいいように入念に気合を入れておかないと…」

 

「…やれやれ。セブン坊っちゃんも本当にお好きなようで…」

 

「お前も来るか?“護衛”として…」

 

「勿論。お供致します」

 

愉悦に満ちた笑みを浮かべ合いながら、セブンはオサムを従者の様に伴いつつ、部屋を出ていく。

 

なのは達が懸念していた見合い相手は、その懸念していたものよりも、遥かに問題に満ちた人物であった――――

 

 

 

夜も更けてきた頃―――

なのはは、一人隊舎前の波止場に腰掛けていた。

 

遠くに見えるミッドチルダの夜景を眺めていると、大都会の真ん中に地上本部の超高層ビルが見える。

 

「……政宗さんと…恋人…か」

 

そう呟くなのはの脳裏に浮かんでいたのは、政宗の不敵な笑みだった…

 

伊達政宗…今まで自分が知り合ってきた男性とは一味も二味も違う男性―――

傲岸不遜かつ大胆不敵な絵に描いたような『俺様系』の性格で、普通に考えたらなのはの性格には、あまりにミスマッチな人物ともいえる。

 

しかし、今日のはやてから偽装恋人の案を告げられた時の露骨な動揺からわかるとおり、

 

最近のなのはは自分が完全に政宗に惹かれ、政宗を意識している事を、薄々実感していた…

でも一体何時…?

 

政宗達と初めて出会った時、ガジェットの新型に捕らわれた自分を助けてくれた時―――?

 

それとも、ホテル・アグスタで、親友のユーノと共に西軍の将 島左近に追い詰められた時に助けられた時―――?

 

はたまた、この間の六課が敵の潜伏侵略の計略にかけられた折に、自らも後藤又兵衛捕らえられた時に助けてくれた時―――?

 

 

「って。私ったら…政宗さんに助けてもらってばっかりじゃない…」

 

なのはは3度も政宗に助けられてばかりいる自分の不甲斐なさと、それ以上にずっと恋愛には無縁だった筈が、こんなあっさりと異性を意識するようになってしまった自分の“ちょろさ”の2つの意図を含めて、自嘲する様に苦笑を浮かべた。

 

その時だった…

 

「Why are you laughing? なのは」

 

「えっ!?…政宗さん!?」

 

聞こえた声になのはが慌てて振り向くと、そこには政宗が立っていた。

やや疲れた様な表情で笑いかけながら、なのはの方に近付き、彼女の真横に立つ。

 

「べ…別に!どうしたの?」

 

「Nothing much。さっきはいろいろ済まなかったな…うちの小十郎や成実が迷惑かけちまって…」

 

「う…ううん! 私達こそゴメンね。 はやてちゃんが勝手にあんなお話進めたせいで、政宗さんにこんな面倒な事押しつける事になっちゃって」

 

「That’s life…それにはやてとしては、こないだ俺が起こしたRunaway panicの落とし前のつもりで命令したんだろうな…」

 

「そ、そうかもね…にゃはは…」

 

半分諦めた様にボヤく政宗に、なのはは苦笑しながら応えた。

それからしばらくの間、2人は黙って夜のミッドの海を眺めていた。

 

「ねぇ…政宗さん」

 

「なんだ?」

 

不意になのはに呼ばれて、政宗は横目で彼女の方を見やる。

 

「どうしても嫌だったら…別にいいんだよ? お見合い……私一人で行くから大丈夫だよ」

 

「Ah?」

 

なのはは、やはり今回の見合いに政宗を巻き込む事に引け目を感じるのか、遠慮がちに彼の意見を求めた。

政宗が一緒にいてくれるのは心強いし、それに『偽装』とはいえ“恋人”になる事は嬉しいというのが今の自分の本音である。

 

それでも政宗の気持ちを聞かないで、彼に協力させるわけにはいかない…任感の強いなのはらしい考えであった。

 

「別に心配すんな。俺もとっくに腹は決めたぜ」

 

幸い、なのはの心配は杞憂であった…

 

「あれだけ前評判の良くねぇElite野郎との見合いなんだ。お前一人で行ったところでどうにか穏便に蹴れるわけがねぇ。正直、果たして俺がついていったところでTravelもなく解決できるかわからねぇしな」

 

「にゃはは…自分で言っちゃうんだ…」

 

なのはは冷や汗を浮かべながら小さく笑った。

すると、政宗は思い出したように話し出す。

 

「それにな…」

 

「それに?」

 

「実は言うと俺……これでもMatchmakingは何度も経験した事あるんだ」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

なのはが目を丸くしながら尋ねると、政宗は頭を掻きながら少し照れくさそうに話しだす。

 

「奥州を統べていた頃には、よく小十郎から『筆頭たる者、所帯を持つという事も経験しておけ』とかなんとか言われてな…やれ名門の庄屋の娘だとか、あの地方領主の娘だとかいろんなとこから俺のFiancé候補を連れてこられてたんだ。 まぁその都度、最後は決まって『天下をとるまでは愛人なんていらねぇ』ってSignature phraseと共に逃げてたんだけどな…」

 

「へぇ~…政宗さんが…フフッ…」

 

政宗の意外な経験に、驚きながらも可笑しく思うなのは。

 

「Ah? なにが可笑しいんだ? 俺が見合いするのは変とでも言いたいのか?」

 

「あっ! ゴメンなさい。別に悪い意味じゃないんだよ」

 

ムッと睨みつける政宗に、なのはが慌てて謝罪を入れる。

それを聞いた政宗は再び表情を崩して、なのはを安心させるように語りかける。

 

「まぁなんにしてもだ……俺は見合いの蹴り方に関してだけはそれなりに熟知してるから、Followはしてやる。 だから…お前は何も心配すんな。Just leave it to me!」

 

そう言いながら政宗はなのはの頭に手を置き、そのまま頭を撫で始めた。

 

「ひゃうっ!?」

 

突然の事に驚いたなのはは、一瞬政宗を見つめるが、見る見る内に顔が真っ赤に染まっていく。

 

 

「ま…まさむねさ…………ご…ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

なぜか謝りながらなのはは、赤くなった顔を隠すようにして慌てて踵を返して、隊舎に向かって駆け出していった。

 

「?……Ha! あいつ。今日はよく顔色が変わりやがるな……」

 

一人残された政宗は、一瞬呆気にとられていたが、すぐに面白おかしそうに笑うのだった―――

 

 

 

「ま…ままま…政宗さんに頭を…頭を…なで…なでられ…!?」

 

その後、フェイトとの共用である分隊長用の自室に戻ったなのはは、数人分も寝られるほどのスペースのある巨大なベッドに倒れ込み、ゴロゴロと横に縦に転がりまわっていた。

 

「どうしよう…恥ずかしいのに…恥ずかしいのに…♡」

 

なのはは、仰向けに寝そべって部屋の天窓から見える二つの月を見つめる。

 

「恥ずかしいのに……すごく嬉しい…♡」

 

なのはは呟きながら、胸が熱くなるような感覚を覚えた。

その恥じらい方は最早“偽装”ではない、正真正銘の“恋人”を意識した恥じらい方であった……

 

 

お見合いの日は近い…

 

 




っというわけで、オリジナル版同様に派手に暴走した小十郎と相変わらずマイペース卑しん坊バカな成実も加わって余計カオスな光景になる六課でしたw

っていうか、リブート版はオリジナル版よりも下ネタ率が高いような…(苦笑)

そして、オリジナル版よりもちょっと早く登場した、リリバサ最大のヘイト要員であるバカ息子―――セブン・コアタイル。
久々に書いたけど、ホントクズですねwコイツw
まさに(作者の)お前が言うなですが、こうして胸糞な場面書いていると、後々どんな風に鼻を明かす場面にしようかすごく楽しみになってきますねw

次回からいよいよ、波乱のお見合いに突入します。
果たしてリブート版ではどんな事になるのやら……?


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第四十七章 ~嵐を呼ぶ見合い 幕開けは前途多難!?~

はやての思いつきからはじまったなのはの見合い取り潰し作戦…政宗との『偽装恋人作戦』は、小十郎の勘違いからの暴走という不測のトラブルを招きながらもどうにか了承を得る事に成功した。

そして、いよいよ見合い当日を迎えるのだが……

小十郎「リリカルBASARA StrikerS 第四十七章…出陣だああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

キャロ「マイクが壊れちゃいました!?」



あっという間に5日の時が流れ、いよいよなのはのお見合い当日の朝を迎えた。

 

既にこの見合いに対する返事は「NO」と決めているなのはの心に対し、天上の神はまるで皮肉を投げかけるかのように、この日は朝から雲ひとつ無い快晴の天気であった。

初夏の日差しが照りつける清々しい天気は、なのはは好きであったが、今日に限っては少しだけ恨めしく思えた。

 

「…………………」

 

そして、その隣では、政宗がなのは以上に落ち着かない様子を見せていた。

だが、彼の場合はお見合いに対する不安というよりは自分の今の姿格好が落ち着かない様子だった。

 

勿論、一応言っておくが、前回はやてに着せられ、小十郎の発狂(笑)原因となった婚礼装束ではない。

 

なのはは、明るいピンク色で統一したワンピース姿であり、首にシルクのストールを巻いて上品さを増していた。

さらに首元には待機状態のレイジングハートをペンダント替わりに付けてファッションの一部に加えている。

そして、髪はいつものように結んでおらず、完全にストレートなロングヘアであった。

 

一方の政宗は黒いタキシードを纏い、プレーンノットに結んだ蒼色のネクタイを首に巻き、紐の形状が稲妻を模したデザインが施された小洒落た眼帯を付けていた。

これでも、はやてが可能な限り『動きやすい服装』としてチョイスした服装であったが、政宗にしてみればこれでもまだ、動きづらいのか、窮屈そうにしていた。

 

「やっぱり、こういう服は性に合わねぇな…」

 

「そんな事ないぞ独眼竜。なかなか様になっているじゃないか」

 

「うむ! どこから見ても、なのは殿の良き“夫婦(めおと)”に見えるでござるぞ!!」

 

改めて自分の格好を見下ろしながらボヤく政宗に対し、家康と幸村がそれぞれ政宗の格好を素直に称賛するが、政宗にしてみればそれは皮肉のように聞こえてならなかった。

そして、政宗以上に2人(特に幸村)の称賛を気に食わずにいたのは、言うまでもなく小十郎であった。

 

「真田…冗談でも俺の前で“夫婦”などと軽々しく口にするな…俺はまだ完全に此度の作戦を了承したわけではないのだからな…」

 

現在、機動六課に委託隊員として所属している戦国武将7人の中でも最も大きな威圧感の持ち主である小十郎であったが、そんな小十郎に正面から睨みつけられる事は、如何に伊達軍の好敵手として何度も相対してきた幸村もなかなか慣れるものではなく、思わず震え上がりそうになった。

 

「おい、片倉。見合い当日になってそんな事を言うやつがあるか? それに、結局見合いには政宗だけでなく、お前も行く事になったんだから、そんなに神経質になる事はないだろう?」

 

「う…うむ…それは確かにそうだが…」

 

シグナムは、そうしかめっ面の小十郎を宥めると、小十郎はバツが悪そうに返した。

 

あれから連日に渡り、六課では見合いに向け、入念に話し合いが繰り広げられ、その過程で政宗一人だけではなく、同じスターズチームの ヴィータと、この手の駆け引きに秀でた知将である小姑―――いや、小十郎を“立会人”として同伴させる事が決まったのだった…

 

なのはは、政宗と二人きりではなくなった事を少し残念に思いながらも、信頼できるヴィータと小十郎が同伴してくれる事になり、少なくとも心強さは倍増しになった。

 

ちなみに、小十郎とヴィータの2人はそれぞれ黒のスーツにネクタイと、シークレットサービスのような格好であったが、小十郎がそれを着用した姿を見たはやてや慶次は初見で「もろにヤ◯ザの若頭」と吹き出し、それを聞いた小十郎が刀で威嚇しかける一幕があった事はまた別の話である。

 

更に言えば、政宗と小十郎のそれぞれの愛刀は、当然ながら持っていけるわけがない為、朝からデバイスマスターのシャリオの下に預けてあった。

 

 

「いやいやいや、なんでだよッ!? なんで小十郎の兄貴は付いていけて、伊達軍特攻隊長である俺が兄ちゃんに付いて行っちゃダメなんだよ!!?」

 

そんな中、朝から騒々しいテンションで声を張り上げるのは、伊達軍随一のトラブルメーカー 成実である。

政宗だけでなく小十郎までも選ばれた今回の見合い同伴要員に自分だけ外された事に納得がいかず、こうして見合い当日の朝である今に至っても、まだ事ある毎に文句を喚いていたのだった。

 

「…だから、八神やハラオウンも、何度も言ってるだろ? 今回は如何に混乱を招かずに縁談を断る方向に持っていくかが重要なんだ。 頭を使う事など“からっきし”なお前の出る幕は微塵もない」

 

同じ説明を何度もしてきた事で疲れたのか、小十郎はやや気だるげな声質で言い放った。

 

「……な、なかなか容赦ないね。右目の旦那」

 

「こ、怖い先生みたいですぅ……」

 

そんな小十郎の話を聞いていた慶次とリインは引き気味に呟く。

 

 

ここ、隊舎のメインエントランスの待合スペースには現在、なのはと、政宗、小十郎、ヴィータの同伴者3人。

そして、はやて、リイン、フェイト、シグナムの4人と、長期任務の為に不在の佐助を除く6人の武将達が集まり、間もなく到着するというコアタイル家からの“使いの者”の到着を待っていた。

 

 

「う…うぐぅ…そ、そりゃ確かに俺ぁ、兄ちゃんや兄貴より頭使う事は得意じゃねぇけどさぁ…でもこれでも俺ぁ、ちったぁ頭良くなったんだぜ?」

 

小十郎の筋は通っている説法にたじろぎながらも、尚も噛みつこうとする成実。

すると小十郎は唐突にこんな事を問いかけた。

 

「ほぅ…では7×8は?」

 

7()8()!」

 

「はい。問題外!」

 

迷いなく即答した成実に、冷ややかな視線を投げかけながら一蹴する小十郎。

 

「掛け算もまともに出来ねぇのによく“頭良くなった”なんて言えるな!」

 

「いやいや、ホント良くなったんだって! 最近はやっと自分の名前もひらがなで書けるようになったんだからな! エッヘン!」

 

「威張って言う事かよ…」

 

ヴィータが呆れながらツッコみつつ、エントランスの壁に備えられた掛け時計を一瞥した。

 

「んで…コアタイルからの迎えってのは一体何時来るんだぁ? もうそろそろ約束の時間だってのに、一向に現れる気配がねぇんだけど…」

 

ヴィータは足の爪先をトントンと何度も床に打ち付けながら、苛立たしげに話す。

時刻は現在8時55分。コアタイル家からの送迎が到着するのは9時の予定であるが、未だに六課の正門の警備員から送迎の車が通った旨の方向は届いていない。

 

「もしかして道が混んでいる…とかじゃないかな?」

 

フェイトが自分の右手に付けた腕時計と、壁の掛け時計を見比べながら言った。

 

「それなら、普通連絡とかするもんじゃない? それに今日はクラナガン近辺の幹線道路もハイウェイも、どこも流れはスムーズだってあるぜ?」

 

慶次が愛用のスマホで渋滞情報のアプリを開き、確認しながら答えた。

こういうちょっとした調べ物の為にスマホを利用する癖は最早完全な現代人といえた。

 

「むむむ…迎えを寄越す側でありながら、遅刻とは何たる不躾な者共でござろうか!!」

 

「それか…所詮、『貴族魔導師と関わりのない官民混合の変わり者の部隊』って事で、俺達先方さんから見くびられているのかもしれないねぇ…」

 

元よりコアタイル家に対して快い印象を抱いていない幸村や慶次は、それぞれ奮然と憤ったり、遠回しに皮肉を吐いた。

 

お見合いの話が舞い込んでから5日間…政宗をはじめ、(勉学がからっきしダメな成実を除いた)六課にいる戦国武将達はコアタイル家をはじめとする『貴族魔導師』について、なのは達から教えてもらい、ある程度の知識を叩き込む事ができた。

 

“貴族魔導師”とは、古代ベルカの時代から管理局による次元世界の連合統治がはじまる新暦00年以前の時代にかけてミッドチルダにおいて様々な魔法に関わる術式や発明、文化を起し、現在まで続く次元世界の魔導師文化の礎を築いた偉大な魔導師達の末裔である歴史ある家系に属する魔導師達に対して使われる敬称の事で、『貴族』と銘打ってあるものの、一般的にいう『◯爵』等の官位は存在せず、そればかりか、一般魔導師とも正式な身分の別け隔てがあるわけではないのだという。

 

とは言っても、魔法の長き歴史に大きな功績を果たした名誉のある血筋である彼らの存在は、魔法の恩恵によって繁栄しているミッドチルダをはじめとする時空管理局の統治管轄内の一般社会の間では、決して蔑ろにするわけにもいかず、現在に至るまで実質的に殆どの貴族魔導師の家系の者は時空管理局において重役職のポストを得たり、一地域や都市の自治権を与えられたり、次元世界においても有数の巨大企業を運営する、魔導師、非魔力保持者問わず偉大な功績を果たした者に贈られるミッドチルダの名誉勲章『聖エムリス勲章』を授与される等、一定以上の地位、名声、富を得る事となる。

そんな現状あってか、この制度を否定する者からはこうした管理局を始めとする周囲の必要以上な厚遇が、彼らを増長させ、“魔法至上主義”などの悪辣な選民思想を芽生えさせるきっかけになったと指摘する声も少ないという。

 

そればかりか、ミッドチルダの一部の貴族魔導師が自治権を与えられている地方においては、統治者である貴族魔導師が主導となって魔導師を優遇したり、逆に非魔力保持者を侮蔑する様な独自の法制や特権制度を施行している街なども存在するといい、今回なのはの見合い相手であるコアタイル家が統治権を得ているミッドチルダ北部・プリンスロイヤル自治都市もそのひとつであるのだそうだ。

 

ちなみに具体的にどの様な制度があるのか家康が尋ねたものの、この時の講師役だったはやて曰く「聞いたところで、気ぃ悪なるだけやから、詳しくは聞かん方がえぇ」とことだが、それを聞いただけで、相当独善的で酷い制度があるのか容易に想像する事が出来たのだった…

 

 

「そもそもホンマに車で迎えに来るかもわからへんからなぁ。こないだのメッセージには『朝の9時に迎えを寄越します』って漠然なメッ―――メッ―――ふぁぁ…メッセージしか書いてなかったし…」

 

そのはやてが、小さくあくびを混じえながら話した。

 

「はやてったら…部隊長なんだから今のうちからシャキッとしなきゃ」

 

「んな事言うたかて、フェイトちゃん。あのコアタイル派の偉そうな方々を相手すると思うとどうにも、いつも程にやる気が起きひんわぁ」

 

フェイトの忠言に対し、辟易した様子で応えながら、ぐで~ん…っとソファーの上でだらけ始めるはやてを一瞥し、呆れながら頭を振った後、小十郎は政宗となのはの方を向いた。

 

「政宗様。この5日の間、幾度も口酸っぱくして申し上げたと思いますが…今日はあくまでも…あくまでも! “芝居”である事を忘れぬ様に! 常にそれを頭に置いて頂ますよう、よろしくお願い致します!」

 

「はぁ~…OK、OK……ったくこの5日の間にその台詞、何度お前から聞いたと思ってんだよ?」

 

「これも含めると“3678回”です」

 

「……具体的な数字覚えてんのかい!?」

 

政宗がツッコんでいると、横からなのはが苦笑いしながら助け舟に入った。

 

「小十郎さん。政宗さんなら大丈夫ですよ。私は政宗さんの事をしっかり信じていますし―――」

 

ところが、その一言がきっかけに小十郎の矛先が今度は向けられた。

 

「そういうお前も心配なのだ。高町。まさかとは思うが…お前、政宗様が“恋人”を演じられるのを、心做しか喜んだりしてないだろうな?」

 

「えっ!?」

 

図星を突かれたように呆気にとられた表情を浮かべるなのは。

 

「俺はそれを心配しているのだ。 偽装で恋人になるみたいなノリのつもりが、いつの間にか本当に恋人同士になりました…なんて展開は、ミッドチルダ(この世界)やお前の出身の地球(世界)じゃよくある話だそうじゃないか? それも偽装恋人作戦をきっかけに親しくなって、気がついたら本当にお付き合いしていました…みたいな展開は“お約束”であるとか…ブルルル! そんな軽薄な交際など、この片倉小十郎! 政宗様の右目として、断固認められん!!」

 

大げさに頭を振りながら、一人興奮して話す小十郎にシグナムとヴィータが冷ややかな視線を投げかけた。

 

「……最早、“右目”というよりは、唯の小うるさい姑だな……」

 

「…っていうか、んなラブコメみたいな話、誰から仕入れた情報だよ?」

 

ヴィータの言葉が聞こえた小十郎は迷うことなく、慶次とはやてを指差した。

 

「この2人から」

 

小十郎が宣言すると、政宗達の冷ややかな視線が慶次とはやてに集中する。

中でもなのはの視線は「余計な入れ知恵しやがって!」と言わんばかりにやや睨みつけているようにも見えた。

 

(な…なんか…なのはちゃんだけ、俺らの事、すっげぇ睨みつけてくるんだけど…なんで?)

 

(さ…さぁ…な、なんか気に障るような事したかな…!?)

 

なのはから向けられる理由のわからない気迫に怯える慶次とはやて。

その時、なのはに助け舟を出してあげたのは家康だった。

 

「片倉殿。そんなに固く考えすぎなくてもいいじゃないか? 独眼竜もなのは殿もこういう事については十分“節度”を弁えた性格だって、ここにいる全員保証付きだろう?」

 

家康のフォローの言葉にフェイトとヴィータ、シグナムが同調して頷くが、そんな中、幸村と成実だけは会話の趣旨をよくわかっていないのか、キョトンとした表情を浮かべながら尋ねる。

 

「お、各方。一体、“こういう事”とはどういう意味でござるか?」

 

「え、えぇっと…それは…」

 

説明に困ったフェイトが言葉をつまらせるが、そこへ慶次がヘラヘラと笑いながら…

 

「まぁ、要するに『恋人ごっこ』のし過ぎて、寝床の上にまで『ぱーりぃ・ないと!』持ち越すな」って話だよ」

 

余計な軽口を叩いて、なんとか穏便に収まりかけた場の空気を一変させる。

 

「け、慶次さん!?」

 

「余計な事吹き込むなよ! 前田!!」

 

なのはと政宗が慌てて窘めるが、もう手遅れだった。

慶次の話を聞いた幸村は……

 

「ね、ねね…寝床の上で…ま、政宗殿となのは殿が……ぱーりぃ・な……!!? は、破廉恥でござぶふううううううううううっぅぅぅぅッ!!!!」

 

「いやあああああぁぁぁっ!! 幸村さんがまた鼻血噴射して失神したぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

いつもの通り、真っ赤になった顔から蒸気と鼻血を噴射させて卒倒し、フェイトが悲鳴を上げ…

そして小十郎は小十郎で―――

 

ぱーーーーーりぃぃぃぃぃないぃぃぃぃぃぃぃと!!!!? そ、それは本気でございますか!? 政宗様ぁぁぁぁぁぁぁ!! それに高町いぃぃぃぃぃぃ!!」

 

っとまたしてもキャラを崩壊させて暴走モードに入りかけながら政宗となのはに詰め寄る。

 

「の、NO! NOに決まってるだろ! いちいち本気にするな小十郎!」

 

「っていうか、ここへきてまた暴走なんてしないでくださいぃぃぃぃ!!」

 

お見合いに出発寸前の今になって、またまた面倒な状況に立たされ、なのはも政宗も内心辟易しながら必死に抑えようとするが、そこへ拍車をかけるのが例によって成実…

 

「“ぱーりぃ”って何!? 兄ちゃんとなのは姉ちゃん。2人だけ、寝床でこっそり美味いもんでも食おうっての?! ずりぃって、そんなの!! 俺にもくれよぉ!!」

 

「だから、意味わかってねぇなら会話に入ってくんなお前は!! つぅか、お前ホント頭の中、食うことばっかか!!」

 

何もわからないまま、小十郎と政宗、なのはの口論に乱入しようとして、政宗に一蹴される。

このカオスな状況を見たシグナムとヴィータは原因を作った張本人である慶次を睨みつけた。

 

「前田ぁっ! このバカ! テメェが余計な事言うから、また小十郎が暴走しちまったじゃねぇか!!」

 

「一度あぁなった片倉を鎮めるのは楽じゃないのは、お前だってわかっている筈だろ! 本当に余計な事ばかりしおって!!」

 

「ええぇぇぇっ!? お、俺はちょっと場の空気を和ませようと思っただけだって!? まさかこうなるとは思ってなかったんだよ!?」

 

3組のゴタゴタを宥めながら、家康が頭を抱えた。

 

「み、皆! ここは少し冷静になって――――」

 

そう宥めようとしたその時だった―――

フェイトと一緒に幸村を介抱しようとしていたはやての前に、ホログラムモニターが投影される。

 

《八神部隊長!》

 

「グリフィス君。どないしたん?」

 

映像に映った部隊長補佐のグリフィスの切羽詰まった声がその場に響き、騒いでいた面々がピタリとその動きを止めた。

 

《それが…シャトルが一機、隊舎の敷地に向かってまっすぐ降下してきています! 間もなく、隊舎の裏手に着陸するものと思われます!》

 

「しゃ、シャトルやて! い、一体どこの―――!?」

 

はやての言葉を遮る様に隊舎全体を激しく揺れるような振動を伴うジェット音が政宗らエントランスにいた全員…否、隊舎にいる全員に襲った…

 

 

 

 

時はほんの数分前に遡る―――

機動六課の隊舎の裏手に広がる中庭に空から一枚の大凧が音を立てずに舞い降りてきていた。

それが完全に地面に堕ちる前に、その正面にしがみ付いていた一人の忍…猿飛佐助が回転を決めながら飛び降りてきた。

 

「はぁ~…やっと帰ってきたよ~。 いやぁ、流石に一週間ぶっ通しの張り込みは身体にくるねぇ~」

 

佐助は肩や首をゴキゴキと音を立てて廻しながら、爺臭い独り言を呟いた。

 

この一週間ほど、佐助ははやてらロングアーチから、入院療養を余儀なくされた地上本部総司令 レジアス・ゲイズ中将や彼の一派の動向監視を依頼され、首都クラナガン中央区画にある聖王教会病院・クラナガン総合医療センターへと張り込みを行っていた。

 

しかし、張り込み中は特にレジアスの派閥に特に大きな動きがあったり、レジアスの容態が急変するといった様子もなく予定通り退院し、私邸において在宅療養に移った事から、これ以上調査する必要がなくなった為、今日ようやく任を解かれ、久々に隊舎に戻ってきたのだった。

 

「とりあえず、ロングアーチに報告書を提出したら、一眠りさせてもらおうかねぇ…ん?」

 

そのまま隊舎の裏手口に向かって歩を進めかけた時―――

 

「♪~~~」

 

裏手口の方から、ヴァイスが鼻歌を唄いながら、水を汲んだバケツと洗車用の清掃道具を手にこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「あれ? ヴァイスの旦那?」

 

「ん? よぉっ!佐助っち! 任務上がりかい?」

 

「んまぁ、そんなとこ。ところでどうしたのさぁ? 随分、機嫌が良さそうだけど?」

 

「あっ、わかるぅ~?」

 

そう言って、ヴァイスの表情はニヤニヤと幸せの絶頂に達しているような満面の笑みを投げかけてきた。

 

「そ、相当いいことがあったみたいだな…顔がすっげぇ事になってるから…」

 

佐助が若干引きながら話した。

 

「んな大げさな事じゃねぇよぉ。 今から愛車のバイクの洗車するとこなんだよ。 バ・イ・ク♪ しかもご自慢のトカティのS2RXの最新モデルをさ♪」

 

「えっ!? あ、あぁ…! そっか。旦那のバイク、保険効いて戻ってきたのね」

 

話しながら佐助は、以前 政宗が引き起こしたクラナガン市街地への甚大な破壊被害 『クラナガンの暴れ竜騒動』の折に、六課が負った唯一の損害であったヴァイスの愛車であったバイクの災難を思い出す。

 

ヴァイスはあの事件で政宗(元凶は、独断で彼にバイクのキーを貸してしまったはやて)のせいで愛車のバイクを無残に破壊されてしまった。

 

それも敵ガジェットに向かって特攻に使われ、最後はヴァイスの目の前で『敵諸共木っ端微塵』という最悪な経緯でミッドチルダの海の藻屑にされたヴァイスのバイクは、その後、どうにか引き上げこそされたものの、既にバラバラのヘドロまみれのスクラップと成り果て、最後の望みをかけて六課の整備班のスタッフ達に直せないか相談してみるも…

 

 

「ヴァイス陸曹。それ本当に陸曹のバイクですか? 俺達ぁてっきり、海釣りしてて間違えて釣り上げちゃった鉄クズ寄せ集めて持ってきたのかと思いましたよ」

 

 

っと整備班の若衆達に大笑いされた上、診断する間もなく『直せる見込みなし』と判断され、そのまま廃車となった…

 

それからしばらく、ヴァイスは文字通り抜け殻のような状態になって過ごしていたのだが、その様子を見かねた佐助に慰められたのをきっかけに元気を取り戻し、それをきっかけに気が合う友人同士となったのだった。

それでも佐助は、ヴァイスの前でバイクに関する話題は慎むように気を使っていたが…

 

「フフフ…保険が無事に下りて、最新モデルになって戻ってきたんだよ~♪」

 

そう説明しながら、は身体をバレリーナのように回転させて舞い踊ってみせた。

相当、愛車が戻ってきた事が嬉しいことが嬉しいようである。

 

「あははは…そ、それはよぅござんしたね…」

 

「ありがとよ~。 まぁ、俺が壊したわけじゃないし、当然っちゃあ当然なんだけさぁ。っというわけで今日も今朝から熱心に磨こうと思ってさぁ」

 

「えっ? 普通、ガレージで磨かないの?」

 

佐助は尋ねるが、ヴァイスは「とんでもない!」と言わんばかりに頭を激しく振った。

 

「折角、納車仕立ての新車だぜ!? まだ、試し乗りも十分にしていないってのに! ガレージなんかで掃除できるかよ!? 他の車の排気ガスでせっかくのピッカピカのボディが台無しになっちまう! だから、空気のキレイな裏庭でワックスがけしようと思ってさぁ」

 

ヴァイスが話しながら、指差した先には、裏庭の木々に囲まれ、切り開かれたような場所にまるで、モニュメントの如く、大切に置かれた真っ赤なボディのバイクが駐車されていた。

 

「こ、こだわっているなぁ…旦那も…」

 

「そりゃバイクは俺の生きがいだからなぁ~…あっ、よかったら佐助っちも見る? 俺のピッカピカの愛車♪」

 

「………いや…遠慮しとくわ…」

 

ドン引きの佐助を他所に、ヴァイスはバケツと清掃道具を持ちながら、上機嫌に愛車の停めてある場所に向かおうとした。

 

「ピッカピッカに磨こ~ね~♪ バイ~ク……ん?」

 

「おっ?」

 

すっかり上機嫌になっていたヴァイスと、そんなヴァイスの浮かれっぷりに若干引いていた佐助は、自分達の頭の真上にくるまで、その物体に気が付かなかった。

不意に、バイクの置いてあった場所を中心に大きな影がかかり、何事かと2人が怪訝な顔を浮かべる間もなく、不意に耳をつんざく様なエンジン音が聞こえてきた。

 

「あっ? なんだ?」

 

2人が揃って空を見上げ―――

 

 

「「え゛っ!? ま、マジで!?」」

 

 

ステレオ放送のように見事に息ピッタリな口調で仰天した。

何と、遥か上空から一機のシャトルジェット機が空から舞い降りてくるところだった。

細長い三角形のシャープな造形の機体の後部に取り付けられた両翼に備えられたブースターから噴火の様に凄まじい炎と熱風を噴射させながら垂直で降下してくるそれは、明らかに目の前の裏庭に着陸しようとしていると察した佐助は慌ててヴァイスを抱えて、その場から逃れようとするが…

 

「ああああぁぁっ!? ちょ、ちょっと佐助っち! ストップ! ストォォォップ!! 俺の、俺のバイクが! 俺のバイクの上にジェット機がぁぁ!?」

 

「旦那! 今はそんな事言ってる場合じゃないって――――」

 

シャトルが降下してくる丁度その中心点に納車したてのバイクが置きっぱなしである事を思い出したヴァイスが、慌ててバイクを回収しに引き返そうとし、佐助がそれを必死に制止している間に、シャトルは轟音と振動と共に裏庭に着陸した。

 

グシャァッ!!!

 

当然、その真下にあったヴァイスのバイクを、靴で蟻を踏み潰すように、機首の真下から出した車輪でぺしゃんこにし――――

 

 

「ギニャアアアアアアアァァァァァァァッ!!」

 

「俺のバイクウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 

垂直着陸の逆噴射の熱風の風圧で佐助とヴァイスを紙人形のように軽々と吹き飛ばした後、シャトルはようやくエンジンを停め、隊舎全体を襲った風圧と爆音が静止した。

 

 

 

 

「い、一体何事や!?」

 

隊舎裏手口からはやてを先頭にした六課の隊長、副隊長陣と委託隊員の武将陣、朝食後のウォーミングアップ中だったフォワードチームや、ロングアーチ、そして最後に六課の一般スタッフらが続々と出てきて、シャトル機の周りを集まった。

はじめは、敵襲かとも思えたが、シャトルの尾翼に誇示する様に描かれた『“金と銀の色をした2匹の蛇によって構成されたウロボロスの輪”と、その中に収められた“ルビー、サファイア、エメラルド、アメジスト、アクアマリン、トパーズ、ダイヤモンドの7種類の宝石で構成された北斗七星”』の紋章を見た六課の隊員達はすぐにそれは違う事を察した。

 

その紋章は紛れもなくミッドチルダ最大の貴族魔導師“コアタイル家”の家紋であったからだ。

 

やがて、シャトルのドアが開かれ、同時に自動的にタラップが展開されて、地面との間を繋ぐと、開かれたドアの向こうから数人の管理局の魔導師―――それも一般の陸士隊や航空隊とも異なるレアメタル製の特殊な形状のヘルメット…古代ギリシャの騎兵の鉄兜のようなデザインのそれを被り、両手両足に金属質なデザインのプロテクターやレガースを取り付け、胸部には深緑色の防弾ベストを着用し、その上には金色の刺繍が施された黒いクロークを羽織い、その背中にまるで誇示するかのように金装飾の特注品の杖型デバイスを背負った異質な集団が現れ、優雅な足取りでタラップを下りてくる。

 

その様子を見ていた六課の一般スタッフやロングアーチ達は思わず息を呑んで、どことなく怯えた様な様子を見せた。

 

「家康さん!」

 

スタッフ達の間をかき分けながら、スバル達フォワードチーム4人が家康達に合流した。

 

「スバル。一体、彼らは……?」

 

家康が尋ねる間もなく、ティアナが苦虫を噛んだような表情で背後のシャトル機と下りてきた集団を見比べながら呟いた。

 

「“星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)”…どうして彼らがここに…」

 

ティアナの口から出た単語に、家康は一瞬デジャブを感じていた。

 

「星杖十字団…!? 確かそれって、地上本部の数少ない精鋭軍という…」

 

家康は、5日前にシグナムから聞いた話を思い出しながら言った。

 

星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)”――――

 

地上本部直轄の陸上特殊作戦群の通称であり、地上本部の中でも重鎮の護衛やその直接指揮による重要な作戦に際してのみ動員される文字通りの精鋭(エリート)師団の総称である。

 

全員が陸空問わず優秀な魔導師約1000人で構成され、それを十連隊に分けられており一個連隊の総数は平均100人程度。通常の武装隊と違い、各部隊は『R◯(Regiment-◯)支部隊』と呼称されるなど差別化が図られている他、一般隊員ですら全員が『曹』以上の階級を有し、通常の陸上警備隊(陸士隊)、航空警備隊(航空隊)はおろか、ミッドチルダ領内の一部の地域では本局付きの武装隊よりも上位の権限を有する時さえもあるのだという。

 

「その精鋭軍がどうしてまた……?」

 

家康が怪訝に思う中、シャトルから下りてきた魔導師達の先頭を歩いていた人物―――肩下で切りそろえた髪を跳ね上げるようにした金髪と碧い鋭い目つきが特徴の男装の麗人のような雰囲気を纏わせる女性が、この場に集まった人々の中からなのはの存在に気がつくと、冷徹な眼差しを向けたまま、ゆっくりと近づき、彼女の前に立つと、サッと背後に伴った隊員達と共に敬礼した。

 

「古代遺物管理部“機動六課”分隊長 高町なのは一等空尉ですね?」

 

「は、はい…。貴方は…?」

 

「申し遅れました。私は“星杖十字団”R7支部隊副官。“エンネア・フェートン”二等陸尉です。セブン・コアタイル准陸佐からのご命令により、貴方をお迎えに上がりました」

 

「はぁ…ご、ご足労ありがとうございます。ですけど、自家用機で迎えに来るのであれば、できれば事前に報告を―――」

 

「セブン様が現地でお待ちしております。詳しいお話は道すがら機内でお聞きしますので、早速参りましょう」

 

なのはの言葉を無理やり遮る形でエンネアは、彼女を半ば無理矢理にシャトルに乗せんと促し始めた。

 

「え、ちょ…ちょっと……」

 

困惑するなのはの手を無理矢理掴もうとした星杖十字団の隊員の手を、横からフェイトが叩く形で防いだ。

 

「なんですか!? 貴方達は!? いくら、迎えとはいえども、前触れもなくいきなり管轄外の部隊の用地にそんな巨大な航空機を着陸させた上、挨拶もそこそこに、高町空尉を連れて行こうとするだなんて、幾らなんでも不敬ではないですか!?」

 

地上本部の精鋭部隊相手にも少しも臆する事なく、フェイトはキッと睨みつけながらエンネアに噛みついた。

エンネアはそんなフェイトの方を振り向くとそっけない口調で言い出した。

 

「…我々はセブン様から「お見合いの開始時刻までに高町空尉をお連れするように」とのご命令を受けています。ここで貴方方といちいち問答している暇はないのです。何か抗議があれば、後ほど、我が部隊の広報課に申し付け願いましょうか? 同じく副隊長のハラオウン執務官殿」

 

「な、なにぃ! そっちが約束の時間ギリギリに来やがったくせに偉そうに―――」

 

「よせ。ヴィータ」

 

話を聞いていたヴィータが憤然としながら、抗議をしようとするが、シグナムが制止した。

 

「まだ何か?」

 

エンネアが軽く挑発するかのような口ぶりで尋ねてくる。

その目つきからして、とても六課とは友好的な関係には慣れそうな雰囲気ではなかった。

 

「では、参りましょうか? 高町空尉」

 

エンネアはなのはの背中に手を回して、軽く2、3度叩くと、改めてジェット機に向かうように促しながら、歩き始めた。

 

「待ってください!」

 

そこへはやてが慌てて声をかけた。

エンネアは心底鬱陶しそうにはやてを睨みつける。

 

「今度は貴方ですか? 機動六課部隊長 八神二佐…まだなにか?」

 

「おたくらは知らされているかわかりませんけど、今日のお見合い…我が機動六課からは “同伴者”を付けるつもりでおりますので、高町空尉の他にあと3人連れて行ってもらえませんか? フェートン陸尉」

 

対するはやては、そんなエンネアの鋭い視線にも怯む事なく、逆に毅然とした眼差しを返しながら言い放った。

 

「同伴者?」

 

エンネアは冷たい眼差しのまま訝しみ、傍にいた隊員の一人に目で合図を送った。

すると、その隊員はホログラムコンピュータを展開して、手短になにかのリストのような文面を表示して確認した。

 

「……いえ。特に送迎便の搭乗予定リストには高町空尉以外に登録されてはいません」

 

「そうか……だったら、搭乗させるわけには参りません。我が部隊はあくまでもセブン様のご指示があった者のみを送迎する様に承っていますので…」

 

融通の効かない様子を見せるエンネアであったが、そこへ―――

 

「おいおい。たかが、送迎の人数調節もできないっていうのか? Elite部隊とか大げさに名乗っているわりにガキのお使いLevelの融通も効かせられねぇとは、大した事ねぇ連中だな」

 

露骨に聞こえた一言に場の空気が凍りつく。

特にエンネアら“星杖十字団”の隊員達は一斉に刃物の如き視線を声の主の方に向ける。

そこにいたのは、言うまでもなく政宗だった。

 

「貴様ぁ! それはどういう意味だ!?」

 

「言うに事おいて、我ら地上(ミッド)唯一の精鋭 『星杖十字団』を愚弄するか!?」

 

エンネアの脇に控えていた隊員達が声を荒げるが、それに怯む政宗ではない。

そのやり取りを見守っていた六課のスタッフ達…特にロングアーチメンバーを始めとする非魔力保持者のスタッフは顔を青くしながら、政宗と星杖十字団を見比べる。

一方、家康や幸村、小十郎、慶次や、シグナム、ヴィータは政宗に同調する様に呆れたような表情で星杖十字団を見ていた。

 

「あのなぁ…見合いっつぅのは、例え呼ばれる側も、そいつのAssistとなる“立会人”が必要だろ? 俺やそこにいる2人は、その“立会人”として同伴したい。もちろん、これは機動六課部隊長であるはやてからの指示だ。なら見合いに立ち会っても文句を言われる筋合いはないってもんだろう? You see?」

 

後ろにいた小十郎とヴィータの2人を顎で示しながら政宗が言った。

 

「このっ…非魔力保持者の分際で…!!」

 

「待て」

 

政宗が魔導師でない事を確認した上で、この無礼千万な非魔力保持者に目にものみせようためか、隊員達が前に出ようとしたが、エンネアに制止された。

どうやら、エンネアは他の隊員同様に非魔力保持者への蔑視こそ抱けども、他の隊員よりは場の分別をわきまえる事ができる冷静さを持ち合わせているようだった。

 

「八神二佐。この男の言う話は本当ですか?」

 

エンネアが尋ねると、はやては毅然とした口調で返答した。

 

「えぇ。そのとおりです。幾らコアタイル派(そちら)に主導権のあるお見合いとはいえ、六課(私達)から一人も立会人を付けさせてもらえないなんて事はありませんよね? もし、そんな非常識なお見合いなのでしたら、流石に私達も今回のお話…お受けしかねますが、それでもよろしいですか?」

 

はやてが挑発する様に言った。

エンネアは不愉快気に睨みつけるが、言い返す言葉はないようだった。

 

「確かに筋は通っていますね…そういう事でしたら、仕方がありません。 いいでしょう。では貴方方の言う“立会人”の同伴は許しましょう。…ですが、我が部隊がコアタイル家より御貸与賜りし、プライベートシャトルジェット『グランデオス』は、本来ならば乗務員以外の非魔力保持者の搭乗が許されない特別便。 そちらの非魔力保持者の二人は乗務員用区画に搭乗して頂く形になりますので、あしからず」

 

「……OK。別に構わねぇぜ」

 

「こっちはテメェらからの饗しなんぞ、何一つ期待しちゃいねぇよ」

 

堂々と啖呵を切って返す政宗と小十郎に、エンネア以外の星杖十字団隊員は忌々しげに睨み返す。これがなのはの送迎という任務中でなければ、確実にその背中に背負ったデバイスを手にとって、攻撃を仕掛けていたであろう事は確実である。

エンネアもまた、彼ら程に露骨な敵意を向けているわけではないが、明らかに何か含めた様な冷たい眼差しで政宗と小十郎を一瞥すると、シャトル機の方へと引き返していった。

 

「それじゃあ、八神部隊長。行ってきます」

 

「うん。幸運を祈ってます」

 

なのはが手短にはやてに敬礼すると、同じく敬礼を返すはやてに見送られ、見合いの主役と立会人3人は、星杖十字団隊員達に続いてシャトル機へと向かった―――

 

 

 

 

「ふぅ…なんとか無事に送り出せはしたけど……」

 

「あの様子では、円満に見合いを断る方向には持っていけそうにないでござるな……」

 

なのは達が搭乗して、すぐに再び両翼のジェット噴射で垂直離陸し、あっという間に東の空に向かって飛び立っていくシャトル機を見送りながら、フェイトと幸村はそれぞれため息まじりでボヤく。

ちなみにシャトルが引き上げた事で、裏庭に出てきていた六課のスタッフ達の大半は隊舎に切り上げ、今この場に残っていたのは、はやて、フェイト、シグナム、家康、幸村、慶次とフォワードチーム4人だけだった。

 

「まあ、ヴィータや小十郎さんも一緒やし、そう無茶な事は起きひんとは思うけどねぇ…」

 

やはり不安げな面持ちを隠せないながらも言葉を添えるはやての隣で、ティアナは複雑な面持ちで空を見上げていた。

 

「まさか『星杖十字団』を迎えに寄越すだなんて…例の噂は本当だったって事ね」

 

「ティアさん。“例の噂”とはなんです?」

 

「エリオ。それについては私から説明するよ」

 

エリオの質問に対して、説明してくれたのはフェイトだった。

 

フェイトの言うところによると『星杖十字団』は、表面上は地上本部上層部の直轄下とされているが、実際のところは「当時首都防衛隊高官だった現在の統合事務次官 ザイン・コアタイルが、本局との戦力格差を憂う地上本部防衛長官 レジアス・ゲイズに“借り”を作らせる目的で、自らの個人的なコネや、コアタイル家やその一族によって運営される“B(ビック).D(ディッパー).財団』から私財を投げ打つことで人員や備品を集め、創設した」…っという設立の由来や、未だにB.D.財団から多額の出資を受けている事、その隊員の殆どはコアタイル家の総本山であるプリンスロイヤル自治都市出身者で構成されている為、ザインが指揮権の殆どを掌握している状態にあり、在籍する隊員もほぼ全員がコアタイル派という、実質的にザインをはじめとするコアタイル一族の親衛隊と言っていい存在と成り果てていた。

 

特に今しがた迎えにやってきたR7支部隊は、ザインの息子 セブンから、かなりの寵愛を受け、事実上、彼の私兵と化しているという話で有名だったそうな。

 

「わざわざ地上本部の数少ない優秀戦力を私物化できるだけ、自分達には権力がある…そう誇示しているつもりでいるのかねぇ…?」

 

「それか…腕づく、力づくでもなのはに「うん」と言わせるつもりでいる気でいるのかもしれないな…」

 

慶次とシグナムがそれぞれシニカルに呟いた。

 

「なのはさん…大丈夫かなぁ…?」

 

そう言って、既にシャトル機の機影が見えなくなった東の空に向かって不安げに見つめるスバルの肩に手を乗せながら、家康が励ます。

 

「大丈夫さ。独眼竜を信じよう。それに片倉殿、ヴィータ殿だっているんだ。そう大変な事にはならないと思うぞ」

 

「そうだといいんですけどね…」

 

スバルがそう話していると、キャロが落ち着かない様子で辺りを見渡して何かを探していた。

 

「あのぉ、そういえば、さっきから成実さんの姿が見えないんですけど…」

 

この言葉を聞いた家康達も思い出した。

そういえば、成実の奴がいない。

 

「えっ!? あ、確かに…皆でここに来た辺りから見かけていないような…どこいっちゃったんだろう?」

 

「トイレとちゃうか?」

 

フェイトとはやてがそう話していたところへ、隊舎の中から、戻って行った筈のシャリオが大慌てで駆け戻ってきた。

 

「部隊長! フェイトさん! 大変! 大変ですぅぅぅぅ!!」

 

「しゃ、シャーリー!? どうしたの!?」

 

「そ、それが…政宗さんと片倉さんから預かっていたお二人の刀をデバイス保管庫にしまっておいたのですが…ついでなので、ちょっと手入れでもしておこうと思って、今取りに行ったら、どっちも無くなっていて…慌てて、監視カメラの映像を調べたら、こんな光景が…」

 

駆け寄ってきたシャリオは息を切らせながらも、必死で報告しながら、皆が見える様に大型のホログラムモニターを展開して、同じく展開したホログラムコンソールを操作して、映像を映し出した。

そこに映っていたのは…

 

「「「「「し…成実(さん)(君)ッ!!?」」」」」

 

デバイス保管庫から堂々と政宗の六爪(りゅうのかたな)と小十郎の黒龍を片手に抱えて出てきた成実の姿だった。

 

「し、成実だよね!? これ!? どういう事なの!?」

 

「なんでアイツが政宗さんと小十郎さんの刀なんか持ち出すのよ!?」

 

わけがわからないと言わんばかりに叫ぶスバルとティアナだったが、映像の端に表示された時間が、丁度、星杖十字団と政宗が押し問答をしている頃であった事に気づいた家康やフェイト、はやて、シグナムはハッとした表情を浮かべる。

 

「しゃ、シャーリー! さっき、送迎機がここを飛び立つ時のここの様子が映った監視映像出してくれる?!」

 

「は、はい!」

 

はやてに促されたシャリオが急いで映像を切り替える。

新たに映し出されたのは、なのは達が搭乗した後、垂直に上昇していくシャトルジェットの様子であった。

映像の中ではある程度の高度に達し、シャトルジェットの着陸用の車輪が機体に収納される様子が映っていた。

 

「……!? シャーリー! ここで映像を停めて! そして機体の後部右側の車輪の辺りをアップしてみて!」

 

フェイトの言われた箇所の拡大化した映像を投影すると、探している者の姿があった。

望遠である為はっきりと映っていたわけではないが、そこには確かに映っている。

収納される車輪の上に必死にしがみついている蒼緑色のマタギ風の装束と編笠を被った一人の悪ガキ…成実の姿が…

 

「や、やっぱり着いて行っちゃったんだ……」

 

「あのバカが…あれだけダメだと言ったのに…」

 

フェイトが青ざめながら話す隣で、シグナムは頭痛をこらえるように頭を抱える。

 

「ど、どうするよ!? はやて! とりあえず、先方にこの事、伝えるか!?」

 

「いやいやいや! そらマズいって慶ちゃん! 許可もなく非魔力保持者がもう一人乗り込んどったなんてバレたら、それこそ向こうからどんな文句言われるかわかったもんやないで!!」

 

「それに、あのプライベートシャトルジェット『グランデオス』ってたしか、情報漏えい防止の為に飛行中の外部との念話は、完全遮断されている仕様だった筈ですよ」

 

シャリオが慌てふためきながら、補足を加えた。

 

「こうなったら、私が後を追って成実を連れ戻しましょうか?」

 

「無理やってシグナム! いくら空戦魔導師でも最新鋭のシャトルジェットに追いつくなんてできひんって!」

 

はやてがそう話しながら、頭を悩ませていると…

 

「あっ! はやてちゃん! 皆! ちょっと! 大変だってば!」

 

と裏庭の防風林の中から出てくる人物がいた。

 

先程、シャトルジェットの着陸の風圧でふっ飛ばされた佐助である。

吹き飛ばされただけでなく、地面に何度もバウンドして叩きつけられた為か、その迷彩柄の忍び装束はボロボロになり、顔も煤と砂埃に塗れ、髪の毛も葉っぱが付いてボサボサに乱れていた。

だが、彼に肩を貸してもらってようやく立つ事の出来ていたヴァイスはもっと酷い状態だった。

身なりが佐助同様の惨状である事に加え、それ以上に何か精神的なショックを受けたのか、文字通り顔色は『真っ白』になり、頬骨がはっきりと浮かぶほどに痩せこけてしまい、まるで生きる屍のような有様になっていた。

 

「佐助!? 一体どうしたっていうのよ―――ってヴァイス陸曹!? な、何!? 何があったの!?」

 

いち早く彼らの元に駆け寄ったティアナが思わず仰天しながら、叫んだ。

するとヴァイスは焦点の合わない目で必死にシャトルジェットが離着陸した跡を目で追いながら、掠れる声を上げる。

 

お…俺の……バイクは……?

 

「えっ!? バイクって…? あれの事でござるか?」

 

幸村がそう指を指し示した先にあったのは、シャトルジェットの車輪の跡を中心にバラバラに散らばっていたスクラップの山だった…

それを見た瞬間、ヴァイスは目を丸くした後…

 

お…俺の……帰ってきたばかりの……バイクが……またしてもバーラバラ………アーヒャッヒャッヒャッヒャッ!!

 

意味不明な笑い声を上げながら、そのまま白目を剥き、口から泡を吹きながら、仰向けにぶっ倒れて失神してしまった。

 

「ヴァイスの旦那ぁ!?」

 

「ヴァイス陸曹ぉ!?」

 

「バイク殿―――あっ、間違えた。ヴァイス殿ぉ!?」

 

慌てて呼びかける佐助とティアナ、幸村…そして、少し離れた場所ではヴァイスの事など意にも介する事なく成実の事についてどうするか話し合うはやてやフェイト達を見るにつけ、スバルはますます自分の不安が増長したように感じた。

 

「い、家康さん……本当に大丈夫なのかなぁ…このお見合い…?」

 

「う、うん……なんか…ワシも心配になってきたかも…?」

 

家康が冷や汗を浮かべながら、柄にもなく弱気な事をボヤくのだった…

 

 

果たしてこの見合い、どうなることやら…

 




いよいよ始まるお見合い…

オリジナル版と違って、レジアスに代わって、小十郎、ヴィータ、そしてこっそりついていった成実が居合わせる中、バカ息子 セブンとの会談は果たしてどんな事になるのか…!?

そして、納車間もなくスクラップにされたヴァイスのバイクはもう一度保険が下りるのか!?(笑)

ティアナ「……多分、無理でしょ」

佐助「いや、辛辣だな! おい!?」


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第四十八章 ~嵐を呼ぶ見合い 御曹司 セブン・コアタイル~

いよいよ迎えた見合い当日―――
なのは達の前に現れたコアタイル派の慇懃無礼な振る舞いに眉を顰めながらも、一先ず、なのは、政宗、小十郎、ヴィータの4人が無事に見合いの舞台となる街 ラコニアへと旅立った…
ところが、その機内に密かに成実が忍び込み、こっそりついていってしまった事が発覚する。

果たして、見合いはどんな事になるのか…?!

エミーナ「リリカルBASARA StrikerS 第四十八章 出陣しマン◯!」

はやて・慶次「「はい!自主規制ーーーーー!!!(怒)」」



ミッドチルダ東部・ラコニア―――

 

首都クラナガンから400km程離れた場所にあるこの街は、四方を小高い緑豊かな山に囲まれ、旧暦時代の遺跡が市内だけでなく都市周辺に多数存在する、風光明媚な地方都市である。

その影響から近未来的な大都会のクラナガンに対し、中世ヨーロッパを思わせる古風な造りの建築物が多いモダンな街並が特徴となっていた。

観光都市として非常に栄えているだけでなく、魔法史の歴史上としても重要な街である事から、考古学者の間では聖地と称し、ミッドの長き歴史を紐解く上では重要な土地のひとつと踏む者も少なくなかった。

 

当然、この街の観光業は周囲の街と比べても抜きん出て盛況であり、特にホテル業に至っては様々な有名所のホテルテナントが出店している他、歴史の長い名門ホテルなどが街のあちこちに軒を連ねていた。

 

そんなラコニアで、屈指の高級ホテルとして名高いのが、ここ『Cassiopeia(カシオペア) Plaza(プラーザ)』であった。

ラコニア市街地の中心部に位置するこのホテルは、旧暦時代のとある王朝風のデザインを基調としたまるで宮殿のような豪華絢爛な外観と、5階建ての建物の中心に聳える巨大な時計塔が、この街のランドマークになっており、一般の観光客のみならず、上流階級の間でも品位ある社交場として親しまれていた。

それを物語るかのようにホテルの周辺にはプールやテニスコートなどの運動施設は勿論の事、プライベートジェット用の小規模な飛行場までも隣接している。

その飛行場に、なのは達を乗せたコアタイル家のプライベート用シャトルジェット『グランデオス』が着陸したのは、機動六課隊舎を離陸してから1時間も経っていなかった…

 

「あっ! 政宗さん、小十郎さん!」

 

シャトルジェットからタラップで地上に降りたなのはとヴィータは、先に機内から降りていた政宗と小十郎に迎えられた。

2人共、心做しかその顔には既に疲れの色が浮かんでいる。

 

「? どうしたんだよ二人共? 機内で星杖十字団(アイツら)に何かされたのか?」

 

ヴィータが尋ねると、政宗は肩を回しながら、気だるげに答えた。

 

「その逆だ。アイツら、乗務員用の部屋とかいって、Engine roomの近くの壁の薄い部屋に俺と小十郎を一時間も押し込んで、放ったらかしだ。しかも座席は骨組みむき出しのpipe椅子みたいな奴だったから飛んでる間ずっと揺れてケツが痛ぇもなんのって…そっちはどんなFlightだったんだ?」

 

「えっ!? えっと…私やヴィータちゃんは……」

 

「……どうやら、俺達とはまるで違う、破格の待遇を受けたんだな」

 

気まずそうに言い淀むなのはの様子を見て、大まかに様子を察した小十郎が小さくため息をついた。

 

小十郎の言う通り、機内の最底部近くの“スタッフルーム”とされるエンジン区画ギリギリのエリアの部屋に追いやられた政宗や小十郎と違い、機内中央のメインキャビンに案内されたなのはとヴィータは、この僅かなフライト時間の間に、コアタイル家という家の財力と権力を改めて実感させられた。

 

やや暗い照明で照らされたキャビンは壁一面を深緑のビロードが張られ、まるで会員制の高級クラブの様な、落ち着いた豪華な内装が施されていた。

 

座席も通常の航空機と異なり、シートと言うよりは大型のソファーかミニベッドのような席がそれぞれ1メートル以上の隙間が空いた一列につき2席という贅沢な間合いで、それがほんの10席程度という、まさに量より質を最優先にしたような機内であった。

その代わりにサービスは本当に徹底されていた。

僅かなフライト時間の間にはフライトアテンダントが3回も飲み物を薦めてきた上に、その飲み物のバリエーションも豊富でオレンジジュース、アップルジュース。ダージリン、コーラ、コーヒーなどのメジャーどころは勿論の事、中にはベリーソーダ、ジンジャエール、ガラナ、オレンジペコ、アッサムといったこだわりどころや、果てはビールにウイスキー、ワインといった酒類までも揃っている始末。

勿論、なのは達は、これから見合いに挑む直前である事を理解してか、オレンジジュース一杯だけで遠慮したという。

 

「へっ! 俺達には水道水の一杯も寄越さなかったくせにな」

 

政宗は別に羨ましいとは思わなかったが、それでもこの待遇の差はあまり露骨過ぎるものだと呆れていた。

 

「他にもフライトアテンダントの人がメイクの直しや、マッサージとか、色々サービスしてくれるって言ってたんだけど…」

 

「それもなんだか異常なくらいにサービスし過ぎなんだよ。アタシが途中でトイレに行った時なんか、洗面台の前で女のアテンダントがタオルの載った盆持って控えていた上に、挙げ句に「ご希望であれば、用がお済みの後の“処理”もお承ります」だなんて真顔で言ってきやがったんだぜ。勿論、即断ったけど、流石にあれは引いたよ」

 

「なんだそりゃ…!? 最早、Attendantというよりは“Slave”だな」

 

ヴィータの話を聞いた政宗も引き気味にツッコむ。

 

「ホントそれ。なんだか奴隷をこき使ってるみたいで、逆に居心地悪くてさぁ……」

 

「…確か、あの航空機は、乗務員が全員非魔力保持者だったな…?」

 

小十郎が出発前にR7支部隊副隊長のエンネアが言っていた事を思い出しながら、もう一度、着陸したグランデオスの機体を一瞥する。

 

「俺や政宗様に対する待遇といい、連中が魔導師以外の人間をどう見ているのかがよくわかった気がするぜ…」

 

まだ、見合いは始まっていないばかりか、見合い相手であるセブンと顔も合わせていないというのに、この時点でなのは達は、彼が少なくとも“聖人”と呼ばれる類の良識を持った人間ではない事を教えられた様な気分であった。

 

その時、少し離れた場所でホテルの中と連絡を取り合っていたエンネアら、R7支部隊の隊員達がなのは達の方に近づいてきた。

 

「高町空尉。セブン様の準備が整ったとの事です。ご案内致しますので、こちらへどうぞ」

 

そして、エンネアの案内で一行はホテルへと続く小道を歩き始めた―――

 

 

それからほんの数分後の事…

整備員や乗務員達によって点検と清掃が忙しなく行われている『グランデオス』の着陸した後部右翼の車輪部から半分凍りついた若武将 成実が転がり落ちる様に出てきた。

 

さ…さ、さ…さみぃぃぃぃぃぃ…!! まるで氷室にブチ込まれた肉や魚になったみたいだぁぁぁぁ……ってんんっ!!」

 

ガチガチに震えながら氷像のように固まりかけていた成実であったが、その視線の遙か先に、ホテルへと向かって歩いていく政宗やなのは達の姿が目に留まった。

 

「み、見っけた!」

 

途端、成実の凍りつきかけていた目に再び生気と覇気が戻る。

 

「へ…へっへっへぇぇ!! 見つけたぜ!兄ちゃん!なのは姉ちゃん!小十郎の兄貴! 俺だけ除け者にしようったって、そうはホタルイカのぬた和えだっての! こうなったら、伊達軍特攻隊長の名にかけて、意地でも付いてってやるから覚悟しやがれってんだぁ!」

 

成実はそう言って辺りを見渡し…そして一台の荷物が積まれた軽トラックを見つけた。

幸い、辺りにいる作業員達は皆、成実の姿に気づいた者は一人もいない。

成実は誰の目にも留まっていない事を確認してから、コソコソと軽トラックに忍び寄り、まるで猫のように軽い身のこなしで荷台に忍び込むと手頃な大きさの木箱を見つけ、そこに入り込んで蓋を被った。

 

「ん? なんだ? 今の音は…」

 

運転席にいたホテルの従業員は、荷台から聞こえてきた物音に一瞬怪訝に思いながらも一通り荷物が積まれた事を確認し、車を発進させる。

 

「へっへーん! タ~ダ乗り~~~♪」

 

箱の中から顔を覗かせて上機嫌で呟く成実を乗せたトラックもまた、ホテルへと向かうのだった…

 

 

 

ホテルの中に案内された政宗達は、見合いの会場であるホテルの最上階にあるロイヤル・スイート・ラウンジに通され、そこでエンネア達R7支部隊員達は一旦引き下がった。

曰く、それぞれ前乗りでホテルに入っていたセブンや仲人のエミーナ・メアリング執政総議長はそれぞれ客室で待機しており、呼んでくるまでの間は、ここで待機していてほしい、とのことだった。

 

「Hum…送迎機だけならず、見合いの会場も抜かり無く豪華ってか…貴族って連中はどうしてこうも飾り立てるのが好きなもんかねぇ」

 

「う~ん…やっぱり“見栄”じゃねぇか?」

 

政宗やヴィータがラウンジの中を見渡しながら、ややシニカルにそんな事を話し合っていた。

派手な装飾品と豪華な家具で満ちたこの部屋は、いかにも余程の特権階級の人間でもなければ、利用するどころかお目にかかる事もままならない程の高級感に満ち溢れ、そして広さだけで見ても、機動六課隊舎のロビー程の広大さを誇る一室であった。

 

さすがは貴族魔導師の中でも最高位の御家がセッティングしたお見合い。これだけでも先方の相当な気合いの深さを感じ取る事ができた。

 

「……………」

 

一方、今回の見合いの主役であるなのはは、彼らほどに気楽に過ごす…わけにはいかない様子だった。

 

「なのは? 大丈夫か? さっきから顔色あんまりよくねぇぞ?」

 

「もしかして、緊張しているのか?」

 

話し合っていたヴィータと政宗がなのはの様子に気がついて、声をかけてきた。

 

「う、うん…それは勿論…だってこれからいよいよお見合いが始まるんだって思うとちょっと…」

 

なのはが不安げな面持ちでそう呟くのを聞いた政宗は、フッと小さく笑みを浮かべた。

 

「Don't worry. 何も一人で挑むわけじゃねぇんだ。ここには俺や小十郎、ヴィータだっている…そうだろ?」

 

政宗はなのはの傍に近づき、諭す様に話しかける。

 

「えっ…う、うん…」

 

「それに…」

 

「…?」

 

「Playとはいえ、今の俺はなのはの『恋人』なんだ。いざって時にはできる限りのfollowはしてやるつもりだ。だから…何も心配す必要はねぇ。な?」

 

そう話しながら、不意に自分の肩に手を置いてきた政宗に、なのはは思わずドキンと胸が昂ぶる様な感覚を覚えた。

 

「―――――ッ!!?」

 

政宗のさり気ない優しさを感じたなのはは、安心した様に…っというよりはまるで惚けるような瞳で彼の隻眼を見つめた。

それに対して政宗もワイルドで凛とした瞳で見つめ返す。

その時―――

 

 

「ゴホンッ!!」

 

「「ッ!!?」」

 

 

小十郎がワザとらしく咳払いして、2人の意識を自らに向けさせた。

 

「政宗様…くどいようですが、再度申し上げます。これはあくまでも『芝居』である事を念頭に置くように! 高町…お前もわかっているだろうな?」

 

「Ah…わかったっての。ったくシグナムの言ってたとおり、最早“小十郎”じゃなくて“小姑”だな」

 

「も、勿論わかってるってばぁ、小十郎さん……チィッ! うっせぇな…」

 

慌ててなのはの肩から手を離しながら政宗が宥め、なのはもそれに同調しながらも、一瞬顔を背けながら忌々しげな表情で舌を打ったのをヴィータは見逃さなかった。

 

(なんか……姑と嫁のドロドロの愛憎劇見せられてる気分……)

 

ヴィータが内心ボヤきながら呆れていたその時―――

ラウンジのドアが開いて、身なりの整ったホテルマンが入ってきた。

 

「失礼しますタカマチ様。セブン殿下らが到着なさいました」

 

ホテルマンの言葉になのはは頷いて立ち上がり、政宗達もそれぞれ彼女の下座の席の脇に立つとセブンらを迎える準備した。

 

すると部屋の一番大きな扉が開かれると、最初に星杖十字団R7支部隊の副隊長エンネアと、もう一人大柄の男が入って、直ぐにドアの両脇にそれぞれ跪いた。

 

「それでは…地上本部 統合事務次官 ザイン・コアタイルが御子息 セブン・コアタイル准陸佐のおな~~~~り~~~~!!」

 

男が張り上げた声に合わせて、どこからともなく流れたファンファーレの音色と共に、ラウンジの扉が開き、足音が聞こえる。

 

「おいおい…いつの時代のGrand familyのお出ましだよ…?」

 

「ここまで気取ってると、高貴というよりは唯のバカだな…」

 

優雅を通り越して滑稽ささえも感じる大袈裟なパフォーマンスを前に、政宗とヴィータが呆れていると、ドアの向こうから一人の豪華な服を着た男が現れた。

 

政宗達は一目でそれが、今回のなのはの見合い相手…“セブン・コアタイル”なる御曹司である事を理解した。

 

年は政宗と同い年か少し年上くらい辺りか…

前情報で送られていた写真のとおり、男でありながら金色の髪を腰の当たりまで長く伸ばしていた。

エリート特有の高飛車なオーラを漂わせながらも、少なくとも容姿だけであれば貴族の名に恥じぬ優雅さを感じさせる美男であった。

 

だが、問題はその装いである。武装隊の将校を示す袖付きの制服は、通常の茶色や、なのはの着る白、フェイトの着る黒、はやてが時折着る青色のものとも異なる。

高貴な紅に染まった特注品であり、その胸元には大小様々な形状の勲章が横一列に線を描くように並べられている。

 

更に足元をよく見ると、きれいに磨き上げられた靴にまで勲章が2、3個付けられており、まさに一人勲章ギャラリーの様なその姿は高貴さを通り越して最早滑稽以外の何物でもなかった。

本来、将校の勲章というものは胸元の片側に、多くても5、6個程度付けるだけの筈であるが、この男は全身に身につける事で自らの功績を過剰なまでに誇示している様だ。

 

政宗、小十郎、ヴィータの3人はセブンの自己顕示欲全開な服装を目視するなり、特大のため息をついた。

 

(性格や思想云々以前に、服のSensの段階で問題外過ぎるだろうが!? なんだありゃ!? ウケ狙いのつもりかよ!?)

 

(これは…想像してたものの3倍はクセの凄い野郎が来たな。赤だけに…)

 

(なんで、ここでガ◯ダムネタ?)

 

政宗が念話でツッコむ横で、小十郎とヴィータがやはり念話で漫才の様なやり取りを繰り広げる。

そんな彼らのやり取りを耳にしながら、なのはは一応は階級の上では自分の上であるセブンに向けて、敬礼をしながら迎える。

すると、セブンの後ろから、白塗り顔がインパクト絶大な女ピエロ…否、地上本部・執政総議長 エミーナ・メアリングがひょっこりと現れた。

 

「あら、“りの”さん! よかった無事に来てくれて! ドタキャンでもされちゃったらどうしようかと思ったぁぁ!!」

 

相変わらず空気を読まないテンションと、なのはの名前を覚えないテキトーぶりに六課側だけでなく、セブンや彼と一緒に部屋に入ってきたR7支部隊の隊員達からも「なんだ?こいつは?」と言わんばかりに非難の眼差しを投げかけられる。

しかし、相変わらず本人は素で気づいていないのか、ヘラヘラと軽薄な笑みを崩さなかった。

初めて、エミーナを見た政宗は言葉を失い…それから咳払いをして、隣りにいた小十郎に向かって念話を送る。

 

(小十郎…あのPierrotみたいな女についてはこの際、何があってもNo touchでいくぞ。OK?)

 

(しょ、承知……なんだか、あいつに触れたら二度と抜け出せない混沌に引きずり込まれそうな雰囲気を感じます)

 

エミーナを見た瞬間、本能的な危機感を覚えた政宗と小十郎は心の中でそう示し合わせるのだった。

 

「え、えぇ…本日は大変お日柄もよく、この様な日に議長の媒でお見合いをさせて頂き、光栄に思っています……」

 

なのはは必死に愛想笑いを浮かべながら、エミーナと握手するが、心做しか、その笑顔はやや引きつりがちになっていた。

 

「まぁ、そんなご謙遜を。ナイストゥーミーチュー♪」

 

「ゴホンッ! …そろそろ進めてくれないか? メアリング議長」

 

セブンの脇に立った先ほどの大柄の隊員が苛立たしげに咳払いをしながら、エミーナに催促する。

 

「あら、ごめんなさいね。それでは早速…ほうれい線は恋の活断層! 私、本日の仲人を務めさせて頂きます地上本部 執政総議長 エミーナ・メアリング! 53歳。結婚歴並びに恋人経験未だに無し! 即ち処女―――」

 

「貴様ではない!! セブン坊っちゃんの紹介をしろと言っているのだ!!」

 

得意満面に自己紹介をしだすエミーナに、大柄の男が電光石火のツッコミ。

 

「やぁねぇ、リマック部隊長。 お望みなら、今夜私の部屋にいらしてよくってよ?」

 

「黙れ!このピエロババア! 貴様が執政総議長でなかったら、恥辱罪で逮捕してやるところだ!」

 

「下がれ!」とピエロババアを一喝した男…R7支部隊部隊長 オサム・リマックは改めて、なのはに向かって、隣に立つセブンを紹介した。

 

「改めて……紹介しよう高町空尉。こちらにおわすお方こそ、セブン・コアタイル准陸佐である!

地上本部統合事務次官のザイン・コアタイル少将の御子息であり、名門貴族魔導師 コアタイル家の次期当主 そして若干25歳にして、時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第七陸士訓練校主任教官を務めていらっしゃる、まさに我が地上本部の未来を背負って立たれるお方だ!」

 

オサムが胸を張りながら紹介すると、セブンも得意げな笑みを浮かべながら、なのはに向かって、まるで施しを与えるかのように、薬指以外の全ての指に大きな宝石を散りばめた指輪を嵌めた手を差し出してきた。

 

「初めまして、高町一等空尉。私は時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第七陸士訓練校主任教官…っとまぁ、それよりもこちらの肩書の方がミッドでは広く知られておりますが…」

 

そう言いながらセブンは差し出していない方の手で、首に巻いた制服と同じ色のネクタイを少し正すと、強調するように声のボリュームを上げてアピールした。

 

「名門貴族魔導師 コアタイル家 次期当主 セブン・コアタイル准陸佐と申します」

 

セブンは態々、もう一度自分の身分を出自させてさっそくアピールを掛けてくる。

この時点で既になのは達の中で既に底辺に落ちていたセブンの評価は完全にマイナスの域に入っていた。

 

(おいおい。自分で『名門』とか言うか?普通。 まるで最上のGentlemanを思い出すぜ。いや…あっちのがまだ行儀は良かった方かもな…)

 

政宗は心の中で、日ノ本にいた頃に伊達の宿敵の一人である通称“羽州の狐”こと“最上義光”の気取った面長の顔と特徴的なカイゼル髭を思い出していた。

 

伊達家の隣国である羽州の国を治める“最上家”の当主であった義光は、隣接する伊達・上杉ともに犬猿の仲であり、政宗達とも何度か戦を交えた経験のあった因縁深い相手であったが、小田原の役以降の伊達軍の弱体化を機に東北の覇者になるべく行動を起こし、天下分け目の戦の折には、東軍総大将である家康に取り入る目的から、中立の構えを見せていた前田軍を卑劣な手段を用いて強引に東軍側に引き入れたという噂も上がっていた。

そんな文字通り“狐”の如き狡猾さと、大袈裟且つ胡散臭く、自分本位な言動から政宗ら伊達軍からも決して、人間性は好かれていなかったものの、このセブンという男はそんな義光でさえも可愛く思える程に腐りきった人間であると、政宗は本能的に直感した。

 

 

そう考えていた時、セブンの視線が不意に政宗、小十郎、ヴィータへと向けられた。

今まで存在を無視されていた感があるか、3人共特に気にしてはいなかった。

 

「おや。そこにいるのは貴方の部下ですかな? 高町空尉」

 

「あっ…いえ、部下というよりは、皆同じ“機動六課”の仲間です。私の分隊で副隊長をやっていますヴィータ二等空尉に、委託隊員の伊達政宗さんと片倉小十郎さんです。今日のお見合いには、六課からの立会人として同伴して頂きました」

 

なのはのその言葉を聞いたセブンは、3人…特に政宗や小十郎に対してまるで値踏みをするかのように、どこか嘲る様な眼差しでじっと見つめてきた。

 

「ふぅん…見たところ、そっちの男2人は魔導師でもなさそうだが…?」

 

「はい。こちらに送迎する際に確認しましたが、2人とも非魔力保持者です」

 

横に控えていたエンネアが淡々と説明していた。

途端にセブンは、小馬鹿にするように政宗と小十郎に向かってドヤ顔を決めてきた。

 

「やれやれ…機動六課とは魔力の有無や家柄、経歴を一切伴わない官民混合の実力主義の部隊とは聞いていましたが…まさかこの様な神聖な見合いの立会人に、非魔力保持者の委託隊員…それも見るからに愚連隊上がりな人間を寄越してくるとは、随分私も見くびられたみたいですね」

 

「…………」

 

「あっ?」

 

政宗の眼帯を着けた顔を見つめながら、厭味を吐くセブンの言葉に、小十郎は無言のまま眉を顰め、ヴィータもピクリと反応しながら不機嫌そうな顔を浮かべた。

 

一方、露骨に蔑まれた政宗は、表面上は冷静な面持ちを崩すこと無く、セブンの顔をじっと見つめていた。

そんな政宗とセブンを交互に見据えながら、なのはは少し語気を強めて反論した。

 

「セブン准陸佐…お言葉ですが、政宗さんや小十郎さんは今は訳あって次元漂流者として私達の部隊に逗留していますが、2人共、委託隊員としては至って真面目に任務をこなしております。素行は多少クセがあるかもしれませんが、決して『愚連隊上がり』などと蔑まれる謂れはございませんので、その辺りのところはご理解下さい」

 

なのはが少し怒っているかのような言葉にセブンは一瞬、呆気に取られていたがすぐに不遜な笑みを取り戻した。

 

「それはどうも失礼を。いやはや、高町空尉は本当にお優しいお方ですね。左様な非魔力保持者の委託隊員の浮浪者にも、慈悲深い心を向けるとは…このセブン・コアタイル。いたく感銘を受けましたとも。なぁ、オサム?」

 

「えぇ…仰るとおり。高町空尉は噂通りの慈悲深いお方ですなぁ」

 

セブンやオサムをはじめ、エンネアを覗いたR7支部隊の隊員達は口ではなのはを称賛するような事を言いつつも、その表情には明らかに嘲笑が浮かんでいた。

とても、初対面の見合い相手に対する態度ではないセブン達の態度に憤慨したのはヴィータだった。

 

「こいつら…調子乗んのもいい加減に――――」

 

「待て、ヴィータ。気持ちはわかるが、いきなりいざこざを起こすのはマズい。今は耐え時だ…」

 

ヴィータが歯を食いしばりながら踏み出しそうになるのを、小十郎が手で制した。

 

(で…でもよぉ、小十郎!)

 

(わかっている。俺も政宗様も気持ちは同じだ。見ろ)

 

そう念話で話しながら、小十郎が政宗の方を指差す。

見ると、政宗は確かに表情は冷静な面持ちを崩していなかったが、そのこめかみには、はっきりと青筋が浮かんでいるのが見えた。

自分や小十郎のみならず、それを庇おうとしたなのはの事さえも嘲笑したセブンの振る舞いに、表にこそ出ていないが、政宗の怒りのボルテージは格段に上昇した事が覗える。

 

ヴィータ同様にこの場で、その怒りを顕にしない事が不思議なくらいだった。

 

 

初っ端からギスギスしまくりな空気を知ってか、知らずか……否、おそらくは知らないであろうエミーナが、ここで、場違いにも程がある呑気な声を上げた。

 

「それじゃあ、ご両人方。ご親睦が深まったところで、まずはお席について歓談と参りましょう」

 

「いや、これのどこが『親睦が深まった』と思うんだよ!?」っと、ツッコみたい衝動を必死に抑えるヴィータや小十郎を尻目に、エミーナはセブンとオサム、エンネアをラウンジの中央にある大きな長テーブルの上座の席、なのはや政宗達を下座の席にそれぞれ促してから、自分は秘書官である男性局員のジミーを伴って、それぞれの間に用意された席に腰掛け、いよいよお見合いは幕を上げた。

 

既に自分の中では“最低最悪”の烙印を押していた政宗であったが、もう少しこのバカ御曹司…セブンの驕り高ぶる様を見守ってやろうと、その湧き上がる怒りや苛立ちが表に出ない様に必死に堪えるのだった。

 

「ささっ! 高町空尉! 私の事を知りたければ、ご遠慮無くなんでもどうぞ? 私はどんな質問でも、清く正しく誠実に、お答えしますよ!」

 

「は……はぁ………?」

 

セブンは態々、もう一度自分の身分を出自させてさっそくアピールを掛けてくる。

この時点で、政宗同様に、なのはの中でも既に彼の印象は最低最悪なものとなっていた。

できる事なら、これ以上こんな男の事など知りたくもない…

 

それでも、必死に自分の本音を抑えながら、なのはは引きつりそうになる笑顔を浮かべて、尋ねた。

 

「え、え~っと…それじゃあ…セブン准陸佐はその…ご趣味は…なんですか?」

 

「趣味ですか? 私はこう見えて“賭け事”が大好きでねぇ。毎晩カジノではVIPルームを貸し切って、仲間とポーカーかブラックジャックかバカラを楽しんでますよ!」

 

(えっ!? えぇ…えええぇ?!)

 

いきなり『賭博』という、見合いの席で言い出せば、即刻お断り間違いなしなNGワードを言い出したセブンの常識の無さに、なのはも、政宗達も思わず空いた口が塞がらなかった。

 

「驚かれましたか? なんたって私程の男となれば、カジノのVIPルームのひとつかふたつ。一晩単位で貸し切る事ができるものですからねぇ」

 

(そういう問題じゃねぇだろ!? 何、見合いの席に『Gamble』なんてLow impressionな趣味持ち出してきてんだよ!? 常識知らずにも程があるだろ、コイツ!!)

 

政宗は心の中で盛大にシャウトする。

小十郎やヴィータも同じ思いを抱いていた様で、目を閉じたまま、うんうんと同調する様に頷いていた。

 

「じゃ、じゃあ質問変えますね! 座右の銘とかってあるのですか?」

 

なのはもこれ以上、この質問に触れていたら、ますます常識外れな方向に進んでしまうと直感し、慌てて話題を切り替えた。

 

「座右の銘ですか? そうですねぇ…強いて言うなら『非魔力保持者のものは魔導師のもの、魔導師のものはコアタイル家のもの』……ですかねぇ?」

 

「…………な、なんですか? それ?」

 

(そんな座右の銘、聞いた事ねぇよ!!)

 

今度はヴィータがツッコミを決め込み、なのはの引きつった笑顔に冷や汗が浮かんだ。

 

「おっと失礼。これは私の実家に古くから伝わる直伝の辞書に記された偉言でした。まぁ、魔法の使えない下級国民や家柄の乏しい低級魔導師共には理解できないので、あまり私も公には口にしていないのですが…」

 

((((「魔法の使えない…下級国民」?))))

 

セブンの口から自然と溢れた意味深な言葉に政宗は隻眼の眉を顰め、なのはも思わず胸の内の不快感が顔に浮びそうになった。

彼の気品の仮面で隠した下劣な本性は少しずつながら、着実に垣間見えつつあった。

 

「ちなみに私は魔法史の中にある格言を集め、辞書を作る事も興味があります。偉大なる貴族魔導師達の格言を聞き、知識を高める事はとても至福の時と思えますからねぇ。尤も…私が一番至福を感じるのは、その自作の辞書を読みながら、大好物のヘンシェル諸島産のキャビアを肴に、シェリー樽熟成の高級ウイスキーを傾けている時ですが…」

 

ふてぶてしい程に気障なセブンの態度に、なのはもこれ以上、付き合いきれないと言わんばかりに辟易した表情が見て取れたが、政宗は人知れずなのはの背中を叩きながら励ました。

気持ちはわかるが、今は断るタイミングではない…もう少しだけ我慢させる必要があった。

 

「ず…随分とお洒落なものがお好きなのですね……ちなみに…嫌いなものとかは…?」

 

なのはは、心理的疲労を必死に胸の内に収めながら、困惑した笑顔で別の質問をする。

 

「嫌いなもの…ですか? あぁ…高町空尉には大変申し訳ないのですが、私、貴方の故郷の『地球』産の食文化“和食”という食事に何度か触れた事があるのですが…あれがどうも口に合わなくてねぇ…味付けにしても、見た目にしても、食材にしても、派手さがまるでなくて面白味がない……特にあの“ネギ”とかいう臭いだけの野菜を食べた時には豚の餌でも食べさせられた気分になりました。あんなものは芋虫も食べませんよ」

 

 

ベキッ!!!

 

 

刹那、変な音を耳にしたなのは、政宗、ヴィータが振り向くと、小十郎が椅子の手すりを握りつぶして悶絶していた。

直後、なのは達の脳裏にまるで魍魎の怨念の様な声が轟く様に聞こえてきた。

 

 

コ、コノクソガキガァァァ…イマスグココデ、テメェヲ、ヤツザキニシテ、ハラワタヒキズリダシテ、メンタマクリヌイテ、ケツノアナニゴボウツキタテテ――――

 

 

小十郎は顔を伏せて、なんとか向こうから表情が伺えない様にしながらも、その形相は真っ赤に染まった目から血の涙を流すというホラー映画顔負けの悍ましいものであったが、その理由は最早、語るまでもない…

“ネギ”は小十郎の大好物。

そのネギをあろうことか「豚の餌」と貶したセブンの傍若無人ぶりに、小十郎は今にも鬼神になり果てんばかりに激怒しつつあった。

 

(こ、小十郎! Stop! Stop!!)

 

(後生だから、もう少しだけ辛抱しろっての!)

 

政宗とヴィータが必死に念話で宥める中、その怒りを身に感じて震えながら、なのははセブン達の気が小十郎に向かない様に、話を逸らす事にした。

 

「そ、それにしても、お話を聞いていると、流石は名家の御嫡男でね…色々と気高いお考えを持っていらして……」

 

最早、褒めどころのないセブンに、どうにかお世辞の言葉を苦し紛れに絞り出しながら、なのはは話した。

まともな者が見れば明らかに無理矢理に褒めどころを見つけようと必死になっているのが目に見えているが、それさえもセブンは気づいていない様子だった。

 

「いえいえ。 これくらい、ミッドチルダ最高位の貴族魔導師の栄光なる“7代目”を継ぐ私にしてみれば当然。それに貴方は私を羨んでいますが、これでも私はいろいろと父上の重臣達からは色々と期待され過ぎていてねぇ。 輝かしい将来が約束されている者というのは、いろいろ面倒なものですよ」

 

「そ…そうなんですかぁ…アハハ……(何言ってんだろう? この人…)」

 

最早、ナルシストなんて可愛い話でない程に自惚れまくりなセブンに、なのはは失笑を浮かべ、とうとう心の中で明確に呆れるまでになった。

しかし、そんな事などお構いなしにセブンは芝居がかった仕草でさらに話し続ける。

 

「実は第七陸士訓練校の主任教官の役職を得られているのも、すべてはウチの家の栄光と功績があってこその賜物なのですよ。

っというのも第七陸士訓練校のそもそもの起こりは、私の祖父 コアタイル家5代目当主 ジーベン・コアタイルが設立した私立の魔術学校だったのです。同校が管理局の管轄となって以降も我がコアタイル家は第七陸士訓練校の名誉教員一族として、同校において如何に優秀かつ才能に溢れた魔導師の卵達の育成に尽力してきました。 勿論、私自身や私の妹、ここに控えますエンネアもまた、それぞれ同校を“主席”で卒業しています」

 

「そ、そうなんですか…」

 

ここへきて、セブンの話はコアタイル家の自慢話でしかならなくなってきているが、それでもなのはは“表面上は”笑顔のまま、そろそろ上手いこと断りの返事に持っていこうと考え、この話に乗る事にした。

 

「そして、父の威光を持って、地上本部に特殊作戦群『星杖十字団』が創設されてからは、我がコアタイル家は同組織との根強い連携をとる事となり、我が第七陸士訓練校は多くの卒業生を同師団に送り出してきました。特に我が右腕、オサムが部隊長、エンネアが副隊長を務めますR7支部隊は、ここラコニアの街に拠点を設け、街の周辺の古代の遺跡などを狙う盗掘者を日々取り締まる重要な使命を帯びています。

この街の治安が保たれているのは、彼らの目覚ましい活躍のおかげなのです! 本日、私がこの街を見合いの会場に選んだのは、貴方に是非、我が第七陸士訓練校のOB達の奮闘ぶりをその目で拝見していただきたいと思いましてね」

 

「は…はぁ…」

 

「そうだ。もしよかったら、この後、私と一緒にR7支部隊を視察しに参りませんか? 実はこの街の郊外にあるレシオ山という山の山頂に同部隊の隊舎があるのですが…」

 

セブンがそう言うと、オサムもそれに同調する様に頷いた。

 

「それは名案ですな坊っちゃん! かの“エース・オブ・エース”が、視察に訪れたとなれば、我がR7支部の一同、熱烈な歓迎を致すと思います! どうだね? 高町空尉」

 

「えっ…う、うーん…さ、流石にプライベートで前触れもなく視察というのはちょっとそちらの部隊に対してご迷惑かと思いますし…そういうお話はお見合いが終わる頃にお話ししませんか?」

 

「ハハハハハ! 高町空尉は本当に謙虚なお人ですねぇ! 大丈夫! もうご存知かと思いますが、このR7支部隊は実質私の意志に忠実な配下も同然です。貴方を私的に訪問させる事くらい造作もありませんよ。そうであろうオサム?」

 

「はっ! そのとおりであります!」

 

「……………」

 

なのはは、これを好機と踏んで、それとなく断る方向に持っていこうとしたが、セブンはその意図に気づいていない様子だった。

 

「ちなみに何故、R7支部隊に対して私がこれだけの、厚い加護を施すかお分かりですか?」

 

「…………ご自分の名前繋がりとか?」

 

なのはがやや気だるげに答えた。

すると、セブンは大袈裟な仕草を交えながら声を張り上げた。

 

「そのとおりです! “7”は私にとって…我がコアタイル家にとっても栄光のラッキーナンバー! ”7の数の下に一切の穢れは無い”をモットーに掲げて、教え子達にもそう教導している程に、私にとって7はとても思い入れ深い数字だからです!」

 

(こんな奴に思い入れられるなんて、まさに“lucky 7”も名折れだな…)

 

政宗は怒りを通り越して、冷ややかな目でセブンを睨みながら心の内で侮蔑した。

 

「教導…って事は、セブン准陸佐も訓練校では生徒達にご自分でお教えする事もあるという事ですか?」

 

なのはが何気なくそう質問を投げかけたが、それがセブンを余計に調子に乗らせる事になってしまった。

 

「えぇ。ご存知かと思いますが、我が第七陸士訓練校はミッドでも有数の魔法教育に力を入れた教育機関。常に優秀な魔導師を選出する為に、私が独自の訓練方法を提言し、それに基づいた訓練を行っております。すべては生徒達を魔法という絶対無二な力を持て余す事無く、有能にかつ完璧に使いこなせる素晴らしき魔導師に育てる為です」

 

ワザとらしく髪を掻き上げながら、セブンは得意げにほくそ笑みながら続ける。

その様子を見た政宗は、鋭い目つきをさらに鋭くさせる。

 

「へぇ…一体どういった訓練なんです?」

 

「そうですねぇ…まずは、第七陸士訓練校では入学する生徒達の選出も出自から選考します。貴族魔導師の家系の出身者は言わずもがな、管理局における優秀な士官の子息や息女、あるいは魔力などに才能の高い人材しか、私共のところでは入れる事はありません。才能のない凡人や、才能を使いこなせない愚か者は、それこそ平凡な訓練校にでも行っていればいいのです。ましてや魔力がない“下級国民”共など事務員や清掃係としてくらいしか、学校に入れる事もありません」

 

「「「「……はぁっ!?」」」」

 

セブンのその言葉に、政宗達だけでなく、とうとうなのはも苛立ちを押さえる事が出来ず、思わず不機嫌そうな声が漏れてしまう。

 

「そうそう。高町空尉は、たしか第四陸士訓練校の短期プログラムをご卒業なさったとお聞きしましたが……残念ですねぇ。貴方程の才能豊かな方なら、我が校に入ればきっと素晴らしい成績を残していた事でしょうに。 あんな凡人共が通う学校などではなく…」

 

ここが見合いの席である事を忘れているのか定かでないが、とうとうなのはの出身校までも罵倒し始めたセブンに、なのはのこめかみにも薄っすらとだが青筋が浮かんだ。

そんな彼らの怒りに気づいていないセブンは、そのまま『自慢』という名の凡人や民間人への嘲笑を続ける。

 

「我が校は、仮に入校できたとしても生徒各々の才能を引き伸ばせなければ意味はありません。

そこで私の考えた方針はまず訓練ごとに生徒達にノルマを与え、それが一定の数値を超える結果を出せなければ、その者は凡人と同じと見なして即退校処分。

そうしていく事でやがて学校には本当のエリートしか残らなくなる」

 

「で…でもセブン准陸佐。魔法以外にも何か生徒達の才能を引き伸ばす剣術や武術などの教訓はしていないのですか?」

 

なのはの質問にセブンは一瞬目を丸くした後…

 

「剣術? 武術?…アハハハハ! 高町空尉も冗談の上手い人ですねぇ!」

 

そう声を上げて笑い出す。

そんな彼の態度にますます不快感と怒りを覚えるなのは達。

 

「私は訓練校では魔法以外に何も教えてはいません。もちろん私に忠実なこのR7部隊の隊員達も全員魔法のみ特化したエリートばかりです。

武術なんて我々のような、真に高貴な貴族魔導師にとってはせいぜい体力づくりの為の基礎教育程度にしか役に立ちませんよ。

くだらない剣術(チャンバラ)武術(ステゴロ)などは、未だ古代ベルカやドミナリアの騎士道物語に憧れるような物好きか、それこそ魔法を使えない下級国民共が、せめて我ら魔導師と対等の位置に立ちたいが為に覚える愚の骨頂です。あんなものを覚える暇があるなら、射撃魔法の一つでも覚える方が賢明だと私は思いますけどねぇ」

 

「この野郎―――ッ!!?」

 

(待て! ヴィータ!)

 

自分達“ベルカの騎士”を愚弄する発言したセブンに対し、ヴィータが思わず、グラーフアイゼンをセットアップしながら、立ち上がりそうになるのを今度は小十郎が抑える事になった。

 

しかし、このセブンという男…悪い意味で典型的なエリート気質の男であると、政宗達は嫌という程理解できた。

 

魔法こそが最高の術であると信じ、それ以外の武術やそれを使用する者…そしてなにより魔法を使えない人間を『下級国民』と蔑み、徹底的に格下に見る…

 

まさに「高貴なのは表面だけの有象無象」という言葉がこれ以上似合う者のいない最低最悪の男であった……

 

 

「さて…随分私の事ばかり話してしまいましたが…どのみち、私としてはもう答えは出ているので、後は貴方の意見を窺うだけです。高町空尉」

 

散々、自分の自慢話を一方的にした挙げ句に、なのはの事を何一つ尋ねる事もないまま、セブンは急にプロポーズを切り出してきた。

 

「どうですか? 高町空尉。“エース・オブ・エース”の肩書を持つ貴方と、ミッドチルダ最高峰の貴族魔導師の未来を担う使命を持った私が所帯を持つことで、我々“コアタイル一族”はさらなる繁栄に向かう事は間違いありません」

 

「……………」

 

「そして…ゆくゆくは、非魔力保持者(下等国民)の分際でいつまでも我が物顔で地上本部防衛長官の椅子にのさばり続けているあの忌々しいレジアス・ゲイズをも追い落とし、地上本部を我々コアタイル派が掌握し、魔導師のための理想的な組織へと改変させる事も不可能ではない。そして私が新しい防衛長官の位についた暁には、貴方も統合事務次官の地位を与えますよ。私の“妻”という最高のポストと共に…ね?」

 

「…………………」

 

「素晴らしい未来でしょう? 今回の話、受けていただけませんか?」

 

最後は、よく飾り立てられた言葉を並び立てて追い込みを掛けようとするセブン。

しかしその言葉から伺える真の目的は、明らかになのはの幸せより、自分の名誉欲である。

こんなプロポーズ、なのはからして見れば、腹立たしい事この上無いものであった。

 

「どうした? 早く返事を返さないか。高町空尉」

 

なかなか返答を返さないなのはに、オサムが催促を促した。

 

「高町空尉。まさかとは思いますが…セブン様の申し出を断るつもりではありませんよね?」

 

すると、今まで黙っていたエンネアもまるで脅しを駆けるように言い添えてくる。

オサムとエンネアの放つ圧力に圧されそうになりながらも、なのはは意を決して断りの言葉を返そうとした。

 

「……ッ…あいにくですが―――」

 

 

 

「Ha! まさか、今のSubordinateなSpeechを、本気でProposalにしているつもりでいやがったのか? だとしたらアンタはJokeのSensも壊滅的ってとこだな!」

 

 

 

それよりも早く、政宗が広いラウンジ中に反響せんばかりにはっきりとした声量で堂々と言い放った。

 

「政宗さん!」

 

なのはの目が輝いた。

その挑発的な一言で、ここまで上機嫌だったセブンの顔から驕り高ぶった笑顔が一瞬で消えた。

そして、オサム、エンネアらR7支部隊の隊員達と共に、声の主である政宗を睨みつける。

 

「な…なんだお前は!? セブン様の告白を侮辱するなど無礼な奴め!!」

 

オサムが怒りに任せて声を張り上げる中、セブンも心底不愉快そうな怒声を政宗に向かって投げかける。

 

「私は高町空尉の意見を聞いているんだ! 立会人の出る幕などない! 下がっていろ!」

 

「Ah!?」

 

「「――――ッ!?」」

 

政宗は即座にそれ以上の睨みを返して、セブンとオサムを黙らせた。

エンネアでさえも、彼の放つ怒気と殺気に思わず息を呑んでしまう。

 

「…テメェらにひとつRevealしてやる事がある…俺はこの見合いに“立会人”のつもりで来たわけじゃねぇ…」

 

「な…なんだと!? では貴様は一体何なんだ!?」

 

オサムがやや及び腰になりながらも高圧的に問いかけると、政宗は徐に席を立ち上がったかと思いきや、突然なのはの首に両手を回して抱え込んでみせた。

 

「「「「「んなっ!?」」」」」

 

(ひゃう!? ま…政宗さん!?)

 

その光景を見たセブンやR7支部隊の隊員達だけでなく、ここまで蚊帳の外にされていた仲人のエミーナとその秘書官 ジミー、そして小十郎やヴィータ、なのは本人でさえも突然の事に驚き、なのはに至っては顔を真っ赤に染め、体温と心臓の鼓動が昂ぶってくるのを感じた。

 

 

 

「…見ての通りだ。俺は……高町なのはの“恋人(Fiance)”だッ!

 

 

 

「えぇっ!?」

 

「ば、バカな…!? それは本当ですか!? 高町空尉!?」

 

政宗が躊躇する事なく堂々とセブン達に向かって宣言すると、エミーナが思わず呆けた声を上げ、エンネアは動揺しながらなのはに確認をとる。

 

「そ…そうです! 政宗さんは私の……恋人です!!」

 

なのはは顔を赤らめながらも、はっきりと宣言してみせた。

忽ちセブン達の表情に動揺、そして怒りの色が浮かんだ。

 

「なにぃ!? するとあれか!? 貴様は自分の恋人を見合いの席に立ち会わせたというのか!? なんて非常識な女だ!!」

 

さっきまで、なのはを煽てていたはずのオサムが一転して、口汚く罵倒する。

それに対してヴィータは「テメェらが言えた口か!」と言わんばかりに軽蔑の視線を投げかけた。

 

一方、仲人のエミーナ達はまだ状況が理解できないのか口をパクパクと動かして呆然としていた。

 

「おい、セブンとかいったか? そう言う訳だ。悪いが、なのはの婚約者はもう間に合っている。つまり…出る幕がねぇのはテメェの方だ。You see?」

 

「おのれ無礼なッ! 坊っちゃんに対して何たる口の利き方を…!」

 

「まぁ、待てオサム」

 

政宗が不敵な笑みを投げかけると、オサムが、火が噴き出す如く激烈な睨みを政宗へとぶつけてくる。

それを制止したのは当のセブンだった。

 

「坊っちゃん!? し、しかしこの男は―――」

 

「そう取り乱すな。『金持ち喧嘩せず』という言葉があるだろう? ここで事を荒立てて、それこそ貴族魔導師としての品位を削ぐような真似をしては元も子もない。ダテ・マサムネ…とか言ったな? どうだろうか? ここはお互い大人同士、建設的に解決するというのは如何かな?」

 

「Hum…? どうするって言うんだ?」

 

政宗が挑発的な態度を崩さずに尋ねた。

 

「3000万…否、5000万ワイズ支払おう。 それで、高町空尉の事はきっぱり諦めてくれないかな?」

 

「んなっ!? テメェ! なのはを金で買うつもりかよ!?」

 

ヴィータが、怒りと嫌悪の感情の入り混じった様な表情を浮かべながら、奮然と立ち上がってセブンを糾弾した。

同じく、小十郎も「何を言ってるんだコイツは」と非難と蔑視の眼差しでセブンを睨みつけた。

だが、セブン自身は自分が言っている事がまるで当然の事と言わんばかりに自信満々な口ぶりで反論する。

 

「勘違いしないでほしいな。これは“示談交渉”だよ。非魔力保持者(力無き下級国民共)を相手にする時にはこうする事で、今まで全て平和的に解決してきたのさ。特に政宗()の様な品位のない野蛮な輩達を相手にした時には尚更ね…?」

 

セブンがあからさまに主を侮辱する言葉を嘯いた事に反応した小十郎が、椅子から立ち上がりそうになるのを、片手を差し出して制止すると、政宗は不敵な笑みを浮かべたまま語りかけた。

 

「……大した自信じゃねぇかRoyal Prince。 だがテメェの自慢のFatherからこんな事を教わらなかったか? 『人を見た目で判断するもんじゃねぇ』ってな?」

 

「なんだって?」

 

政宗の言葉に、セブンは怪訝な表情を浮かべながら聞き返した。

 

「…確かに俺は、魔導師じゃねぇし、魔力なんてものもねぇ。だが、それだけで俺の力量ってものを決めつけるのは、Eliteにしては些か早合点が過ぎるんじゃねぇかってちょっとしたAdviceだ」

 

「き、貴様ッ! 非魔力保持者風情が坊っちゃんにアドバイスだと!?」

 

またしてもオサムが、いの一番に激昂する中、セブンは一瞬高ぶりそうになる気持ちを鎮めるように鼻で笑いながら、頭を左右に振った。

 

「……ふんっ! そんなもの、お前みたいな下級国民から偉そうに教授される必要もない! わかりきった話ではないか! それともあれか…?」

 

そう言いながら、指をパチンと鳴らすと、彼の両脇を固めていたオサムとエンネア、そして彼らの後ろに控えていた星杖十字団R7支部隊の隊員達が一斉にデバイスを手に、いつでも攻撃態勢がとれるように身構え始めた。

 

明らかに一触即発な状況を前に、なのは達も椅子から立ち上がり、ヴィータがなのはを庇うように前に立ちながら、待機モードのグラーフアイゼンを構え、何時でもセットアップできるようにし、小十郎も政宗の脇に控えるように立って、主がいつ動き出しても良いように準備した。

 

一方、エミーナ達仲人席の者は、突然の事態にどうすればよいかわからず、冷や汗を浮かべながら、アワアワと狼狽えるばかりだった。

 

「我が地上最高の精鋭師団『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』―――その栄光の“7”の数字を携えしR7支部隊―――この強力な戦力を前にして、非魔力保持者であるお前が…しかも、事もあろうに“丸腰”で手向かおうだなんて、愚かな真似を考えてはいないだろな?」

 

「…………」

 

政宗は無言のまま、セブンの不遜に満ちたほくそ笑みを睨みつける。

すると、セブンは彼にさらなる絶望を与えるつもりなのか、取ってつけた様に言い添える。

 

「あぁ、そうだ。ついでに忠告してやろう。このホテル『Cassiopeia Plaza』には、R7支部隊の中でも主戦力といえる精鋭30人が集まっている。つまり、ここでお前達がどう抗おうが、勝ち目などないという話さ…尤も…お前達が魔力保有指数ゼロの時点で勝ち目など端から存在しないがな?」

 

セブンはそう言うと、既に敵将の首を取ったかのような愉悦と蔑みに満ちた視線を政宗に投げかけてきた。

 

(な…なんて嫌な人なの……!?)

 

(とんでもねぇド腐れ野郎じゃねぇか!?)

 

どこまでも、慢心と選民思想に毒された彼の振る舞いに、なのはは勿論、ヴィータでさえもドン引きを通り越して、恐怖さえ感じた。

 

「…さて…これで、わかってもらえたかな? 下級国民君?」

 

セブンがトドメを刺すかのように、政宗に畳み掛けるように尋ねる。

すると政宗は…

 

「………OK よくわかった」

 

「ま、政宗さん!?」

 

「お、おい! 政宗!」

 

小さく頷きながら、応える。

そんな政宗の返答になのはとヴィータが驚き、セブンがニヤリと口の端を釣り上げ、歯をむき出しにしながら厭らしく笑った。

 

「結構…では、立会人ではない以上、君にはここに居合わせてもらう必要はないので、お引取り願おうか?」

 

セブンがそう言ってオサムに目で合図を送ると、オサムは後ろに控えていた隊員の内、二人の男性隊員に手短に命令した。

 

「あの不敬な男をここからつまみ出せ」

 

命令を受けた隊員達は政宗に近づき、それぞれ両脇からその腕を掴もうとした。

 

次の瞬間―――

 

 

「グアッ!?」

 

「ガッ!?」

 

 

一人は政宗が鳩尾に打ち込んだ肘鉄により、もう一人は喉元に突き立てられた手刀により、それぞれ一瞬で地面に両膝を付いて倒れ込んでしまった。

なのはとヴィータが目を丸くして驚く一方、小十郎は政宗が不覚をとるはずがないと端から信じていたのか、庇う仕草さえもとっていなかった。

 

「「「「「なっ!!?」」」」」

 

まさかの政宗の行動と、隊員2人が一瞬で倒された様子にセブンとオサム、エンネア、そして他のR7支部隊員達が動揺する。

そして、政宗は首に巻いていたネクタイを外しながら、動揺するセブンに向かって不敵な笑みを投げかけながら、啖呵を切ってみせた。

 

「テメェには、絶対になのはを渡すわけにはいかねぇ! どうしても欲しいっていうなら、テメェが崇めるその“魔法”でこの竜の首を取ってから、力づくで奪ってみせな! Milky Boy!」

 

政宗の宣戦布告も同然なその言葉に、流石のセブンもその顔に怒りを顕にする。

 

「なっ!? お、お前! この俺を誰の息子だと思っているんだ!? 俺に逆らうという事は地上本部 統合事務次官にして、ミッドチルダの貴族魔導師達の最高権威であるザイン・コアタイルに逆らうという事と同じだぞ!? つまり、俺がその気になればお前を危険分子として勾留する事だってできるのだぞッ!?」

 

見下していた筈の非魔力保持者からのまさかの反論と挑発に驚くあまり、メッキが剥がれた様に、それまでの高貴な口ぶりをかなぐり捨てて、口汚い言葉で喚きはじめるセブン。

 

「そいつは大した力だな! んで、俺を勾留してくれんのはテメェか? それともテメェの両脇にピッタリ張り付いてる忠実なPet dog共か? はたまた俺の足元で気絶しているコイツらか?」

 

政宗がセブンと、オサム、エンネア、そして床に倒れている2人の隊員をそれぞれ一瞥しながら飄々とした口ぶりで更に挑発した。

それを聞いたセブンとR7支部隊…特に部隊長のオサムは眉間に大きな青筋を立てる程に怒りを顕にする。

 

「貴様ぁ! セブン様のみならず、我ら『星杖十字団』R7支部隊までもコケにするとは、もう堪忍ならん!! エンネア!お前達! 部隊長命令だ! あの男を坊っちゃんへの“侮辱罪”と、我々への“公務執行妨害”で逮捕しろ!」

 

オサムがデバイスの穂先を政宗に向けながら、叫んだ。

それに併せる様に他の隊員達が動き出す中、エンネアは戸惑いながら確認しようとする。

 

「し、しかし部隊長…! ここで抗争など起こせば、セブン様の見合いが…!?」

 

そんなエンネアの懸念を一蹴したのは、セブン自身だった。

 

「見合いなど知った事か! 我がコアタイル家に対して然るべき敬意を払わぬ愚か者は決して許さん! それが非魔力保持者であるのならば尚更だ! オサム! エンネア! あの無神経な不届き者を叩きのめせ! 手に余る様なら“潰して”も構わん!!」

 

セブンがそうR7支部隊隊員達をけしかけると、忽ち、隊員達は部屋中に円形を描くように展開し、政宗だけでなく、部屋にいる全員を逃さない様にしてしまった。

 

「あわわわわわわ…!? ぎ、議長どうしましょう!?」

 

知らず内に自分達まで巻き込まれた事を悟ったエミーナの秘書官 ジミーが涙目になりながら狼狽える。

 

「お、落ち着きなさいジミー! こういう時は…え~っと……あれよ! タイムマシンを探しましょう!!」

 

「いや、貴方が一番落ち着いてくださいよ! っていうかこんな時にそんなふざけた事言ってる場合ですか!?」

 

キレるジミーを他所に、部屋中に展開したR7支部隊員達は何時でも政宗に向かって魔法を放てるようにデバイスの穂先を彼に向けて構えていた。

流石の政宗も、これだけの数の魔導師を相手に素手で挑むのは無謀だと悟り、心の中で舌打ちをした。

 

「政宗様…ッ!!」

 

それを見た小十郎が部屋を見渡して、ふと自分のすぐ脇にある近くの壁に立てかけられたレリーフに☓の字を描くように飾られていた二振りの儀式用のサーベルが目に留まった。

しかも、好都合な事にその周囲にはR7支部隊員達は誰も立っておらず、邪魔される心配はなかった。

 

小十郎はセブンやオサム達の視線が政宗に一点集中しているのを確認すると、すかさずレリーフに駆け寄り、二本のサーベルを鞘から引き抜いた。

 

「政宗様! 一先ずこの場は、これでお凌ぎ下さい!!」

 

小十郎が主君の下に駆け寄りながら、手にしたサーベルの内、一本を手渡す。

 

「Oh! Thank you 小十郎! それでこそだ!」

 

政宗が不敵に笑いながらサーベルを受け取り、小十郎も笑みを返して応えると、そのまま政宗と背中を合わせるようにして佇み、自らもサーベルを構えてみせた。

 

「……無礼な非魔力保持者共が…下級国民が何匹増えようが結果は変わらないぞ! やれ!」

 

セブンが合図を送るように手を挙げる。

 

「なのは! こっちだ!」

 

「で、でもヴィータちゃん…!?」

 

ヴィータはなのはを守るようにして部屋の隅に下がり、距離を取った。

 

そして、それを待っていたかのように、一組の男女の隊員がデバイスの穂先を中心に魔力弾を出現させながら威嚇の声を上げた。

 

 

「さぁ! 命が惜しくば、無駄な抵抗はやめろ!」

 

「我ら『星杖十字団』の誅伐の魔弾を受けたくなければ、大人しくセブン様に――――!!」

 

「shut up!!」

 

「「ぐえっ!?」」

 

威嚇すれば抵抗を止めると勝手に踏んだのか、いつまでも魔力弾を発射しようとせずに、能書きを垂れ続ける2人の隊員を、政宗はサーベルの一太刀で叩き伏せる。

 

サーベルは装飾用であった為、当然刃の入っていない模造刀であった。

 

しかし、物自体はなかなか良い質の金属で出来ているのか、政宗が程々に加減しながら振りかぶった一撃だけで、難なく昏倒させたのだった。

 

「ベネッサ! マルクス!…おのれ!この期に及んでまだ我々に歯向かうつもりか!?」

 

「構わん! 撃て!!」

 

倒れた仲間の名を呼びながらオサムが憤慨し、エンネアが近くにいた3人の部下に指示を飛ばした。

 

すると、指示を受けた隊員達の構えたデバイスの穂先に同じ様に魔力弾が灯った。

だが、今度は出し惜しみする間もなく、そのまま政宗に向かって発射された。

 

放たれた魔力弾は一般の魔導師達が放つそれよりは格段に速い…

プロ野球投手が投げる剛速球と称される程のスピードで、政宗に向かって飛んでいった。

 

「Ha! 遅ぇ!」

 

「そうはいくか!」

 

しかし、政宗は余裕の表情を浮かべながら三発の魔力弾の内の二発を打ち弾き、残る一発も小十郎が逆手で叩き落して、防いだ。

弾かれた三発の魔力弾はそれぞれ床と天井で一発ずつ炸裂し、轟音と共にそれぞれに大穴を開ける。

 

「ぎゃああああああぁぁぁ!!」

 

そして、残る一発はテーブルの下に隠れようとしていたエミーナの隣りにいたジミーに直撃して、爆発と共に彼を壁際まで吹き飛ばした。

 

「まぁ! ジミー!」

 

慌てて駆け寄るエミーナの前で、ジミーは体中から白煙を上げながら丸焦げになって失神していた。

それを見たエミーナは、ホロリと目に涙を浮かべる。

 

「あぁ…ジミー…貴方があと2、3歳若かったら、夜の“お楽しみ”に誘っちゃうくらいに貴方のお顔は気に入っていたのに……さよならジミー。貴方の事は次のイケメン秘書官を雇う時まで忘れないわ…エイメン」

 

そう両手を組んで祈った直後…ジミーはがばりと起き上がった。

 

「って死んでねーよ! つぅかアンタと夜の“お楽しみ”なんてこっちから願い下げだわッ! バーカ!!」

 

ジミーはとうとう溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるようにタメ口で怒鳴るのだった…

 

 

「うぅ…ヴィータちゃん大丈夫…?」

 

魔力弾が炸裂した際に生じた爆風と粉塵から身を守る為に待機モードのレイジングハートを使って形成した障壁魔法(シールド)で身を守りながらなのはが隣りにいたヴィータに尋ねる。

それに頷いて返すヴィータは、既に騎士服(バリアジャケット)に着替え、セットアップしたグラーフアイゼンを手に持っていた。

 

「あぁ。お陰様でな……ったく! あのバカ息子と腰巾着連中が! 何が地上最高の精鋭師団だよ! いくら貸し切りとはいえ白昼のホテルで魔力弾ぶっ放しやがるなんて、無茶苦茶じゃねぇか!」

 

ヴィータがコアタイル派の強引なやり方に憤慨しながら、迫りくるR7支部隊員達をいなす伊達軍主従に向かって念話で呼びかける。

 

(政宗! 小十郎! 奴らの隙を見て、一回下がれ! アタシも手ぇ貸してやる!)

 

しかし、小十郎の返答は意外なものであった。

 

(いや…! ヴィータ、お前は高町を守れ! コイツらは俺と政宗様でなんとかする)

 

(なっ!? 何言ってんだよ!? まともな得物を持ってない今のお前らじゃ、全力を出して戦えねぇだろ!? アタシだったら、こんな魔法ばかりに特化した連中、ものの数分で全員蹴散らせる事ができる! だから―――)

 

戸惑いながらも尚も食い下がろうとするヴィータだったが、そこへ政宗が激しい戦いの手を止める事なく、冷静に念話で語りかけた。

 

(よく考えろ。仮所属である俺達ならともかく、正規隊員のお前までこのPartyに加わったら、連中に明確な敵対行為として目ぇつけられる可能性がある。それに…)

 

(それに…?)

 

(この井の中のFrog共には竜駆ける天のwideさってものを教えてやらねぇとダメみたいだからな!!)

 

政宗はそう言って、念話を遮断すると再び、R7支部隊との乱闘に集中し、ラウンジの窓ガラスを叩き割るとそのままホテルの外へと戦いの場を移した。

 

「逃がすな!! 絶対に捕まえろ! 別室で待機している連中にも収集をかけるんだ!!」

 

その様子を見たセブンやオサム、エンネアらは政宗と小十郎の後を追って、割れた窓からホテルの中庭の方へと出ていった。

その様子をヴィータは、むず痒そうに見つめていたが…

 

「ったくもぉ! 行くぞなのは!」

 

「えっ! あ、うん!」

 

自分達も中庭に向かうべくラウンジを出て、階段のある方へ向かって駆け出すなのはとヴィータ…

だったが、見合い用のドレス姿にも関わらず、なのははスカートを両手で摘みあげて走り、あっという間にヴィータの視界から消えた。

 

(…えっ!? ちょ……なのはって、あんなに足速かったか?)

 

その様子にヴィータは、思わず目を丸くしながら呆気にとられてしまった。




遂にリブート版で早く書きたかったストーリー上位5位に入るエピソードのひとつ…『なのはの見合いと、政宗VSセブン』が書けました。

自分で言うのもあれなんですが、リブート版のセブンは現時点で少なくともオリジナル版の3倍…否、5倍はクソ野郎にして胸糞野郎になっているかと思います。

読者の皆さん、コイツ(セブン)はどんどん罵倒しちゃってください!
そうした方が、後でコイツに対する胸スカシーンを書く際により力が入りそうです。

っというわけで、次回は早速その胸スカ回第一回目! 乞うご期待下さい!


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第四十九章 ~嵐を呼ぶ見合い 激突! 奥州伊達軍VS星杖十字団~

地上本部 統合事務次官の息子 セブン・コアタイル……
その想像以上に下衆な人間性に呆気にとられるなのは達だったが、遂に我慢の限界を迎えた政宗が介入。

お見合いは破綻し、とうとう政宗、小十郎とセブンと彼を護衛する星杖十字団 R7支部隊との抗争に発展する事なってしまった。

果たして戦いの行方は…?
そして政宗はセブンの毒牙からなのはを守りきる事ができるのか…?

成実「食の呼吸 壱ノ型…早食一閃!」

政宗「……どんな呼吸だそれ…?」

小十郎「リリカルBASARA StrikerS 第四十九章 よく来たね…私の可愛い野菜たち ...」

政宗「それじゃあ、唯の『ベジタリアンなお館様』じゃねぇか…」


ラウンジの窓からホテルの外へと出た政宗と小十郎の2人はホテルの中庭へと戦いの舞台を移していた。

先程のラウンジでの喧騒による激しい振動と爆音の影響か、中庭ではホテルの従業員達が悲鳴を上げながら、慌てふためいている。

もしこれが、貸し切りではない一般客もいる状態だったら、パニックが起こっていた事は間違いないであろう。

 

そんな一般人も入り乱れる状況にも関わらず、星杖十字団R7支部隊員達は容赦なく魔力弾や魔力レーザーを放ち、その隙を付いて政宗達に拘束魔法(バインド)をかけようとする。

 

「Yeah Haーーーッ!!」

 

「遅い!」

 

だが、政宗も小十郎も軽々とした身のこなしで飛来する弾幕を避け、身体に纏わろうとした輪っか状のバインドをサーベル型の模造刀で振り払ってみせる。

そして、魔力弾を発射し、次の弾をデバイスの穂先に灯そうとした隊員の一人に向かって、政宗は地面を蹴って迫ると、その手首を狙って模造刀を振り下ろした。

刃が無いため切断効果こそないが、それでも骨を砕く感触は覚えた。

 

「ぐあああぁぁぁ!?」

 

その隊員は苦悶の声をあげてデバイスを落とし、その場で膝をついて折れた手首を押さえた。

 

「くそぉ! 非魔力保持者の分際で―――!!?」

 

「そうはさせん!」

 

少し離れた場所にいた別の隊員が怒りに任せて、5、6個の魔力弾を自分の周りに投影し、政宗に向かって集中砲火を放とうとするが、その前に小十郎が政宗の背中を庇うように駆け出し、その隊員の鳩尾辺りに模造刀を突き立てた。

 

「うっ!? うぐぅぅぅぅぅ…!?」

 

隊員も地面に膝をつき、うめき声を上げながらうつ伏せに倒れた。

その様子を見ていたオサムやエンネア、そして他のR7支部隊の隊員達の間にも動揺が広がる。

 

「こいつら……本当に非魔力保持者か…!?」

 

「しかも、あんなおもちゃの剣如きで……」

 

エンネアやオサムが、信じられないと言わんばかりに呟くのを、彼らの後ろから見ていたセブンが苛立たしげに睨みつけた。

 

「えぇい! たかが非魔力保持者2人相手になんたる様だ!? しかも相手はまともな武器も持っていないのだぞ!? オサム! エンネア!これ以上、お前達の部下が不甲斐ない様を見せるようなら…上官であるお前達にも何かしらの責任をとってもらう事になるぞ!?」

 

「「っ!?」」

 

セブンの脅しをかけたような一言を聞いたオサムとエンネアの顔から血の気が引いていくのを、政宗、小十郎の視線からもはっきりと見えた。

 

「お…おのれ…無礼な非魔力保持者共め…! こんな連中のせいで、我らまでも坊っちゃんからの信頼を失いそうになるとは…」

 

「これ以上、貴方方如きに好き勝手させるわけにはいきません。全力でかからせてもらいます…」

 

そう言いながら、オサムやエンネアがセブンを守る様に前に出てきた。

彼らの持つデバイスは形状こそ他の隊員と同じ杖型であったが、それぞれ専用にカスタマイズされた特注品の様であった。

 

オサムは柄の部分が他の隊員の持つ物よりも半尺分長いロングタイプ。

 

エンネアは、反対に他の隊員達よりも柄を短めに切り詰めたタイプのものを2本携えた双銃ならぬ双杖スタイルをとっていた。

 

「政宗さん! 小十郎さん!」

 

と、丁度そこにようやくなのはとヴィータが追いついてきた。

 

「お願いします!セブン准陸佐! 皆さんを止めて下さい!」

 

必死に呼びかけるなのはだったが、セブンは顔に残虐な笑みが浮かべながら、それを一蹴する。

 

「高町空尉。残念だが、それは出来ない相談だね……貴方の部隊の委託隊員達は身の程も弁えず、畏れ多くもこの僕や星杖十字団に対して堂々と手向かってきたのだ。今更、泣こうが土下座しようが、あの2人……特に貴方の恋人などと宣ったあの“ダテ・マサムネ”なる無礼なサンピン男の事は、絶対に許すつもりはない!」

 

セブンが大見得をきりながら声高に言い放ったが、そんな安い脅し文句如きなど、政宗には毛ほども効果はない。

 

「随分、大口叩くわりには、ずっと部下任せか? アンタも名門貴族魔導師の御曹司っていうなら、自分の力でかかってこいよ? そうしたら、少しは骨のある奴だと認めてやってもいいぜ?」

 

軽く挑発する様に言い放つ政宗の無礼さに対して、オサムやエンネアは額に青筋が浮かぶ程に怒りを顕にするが、セブンは尚も不遜な笑みを崩さない。

 

「ふん! 何を寝ぼけた事を…俺は端から人を駒の様に動かす宿命(しゅくめい)の下に、生まれてきた男だぞ? ましてや、お前達下級国民共の相手を何故、俺が直々に請け負わないといかんのだ? これだからお前達、下級国民の考える事は野蛮で愚かというものだ!」

 

「そういうアンタは野蛮を通り越して下衆(Subordinate)だって事を自覚した方がいいぜ? Chicken野郎…」

 

政宗の不敵な挑発にセブンの表情が憎悪で歪む。

 

「……いつまでそんな生意気な口が叩けるかな? オサム! 例の“あれ”でいけ!!」

 

「!?……ハッ!!」

 

突然、セブンが意味深な命令を下すと、オサムは咄嗟に辺りを見渡し、そして事の成り行きを見守っていたホテルの従業員の中から、手頃な女性従業員を見つけると、自身の手にした他の隊員達よりも長めの杖型デバイスの穂先を向けながら、術名を唱えた。

 

「ウィトルウィウス・バインド!!」

 

拘束(Restraint)!》

 

「ッ!? きゃああああああああああああぁぁぁぁ!!」

 

デバイスが電子音を上げると共に突然デバイスを向けられた先にいた無関係の女性従業員がまるで十字架を掛けられたかのように両手両足を広げるような姿勢でバインドをかけられ、そのまま宙を浮遊させて、自分の手元に手繰り寄せた。

 

「「「ッ!?」」」

 

「んなっ!? テメェッ! 一体なんのつもりだ!?」

 

その様子を見ていたなのはや、政宗、小十郎が息を呑み、ヴィータがオサムに向かって非難の声を浴びせた。

だが、オサムは勝ち誇った様に引き寄せた女性の頭にデバイスを突きつけながら、政宗達に向かって言い放つ。

 

「これ以上抵抗をするのならば、貴様らと同じ非魔力保持者のこの女に傷がつく事となるぞ?」

 

「何…?」

 

政宗も小十郎も怒りを通り越して、思わず呆気にとられた。

自分達の形勢が不利と悟った途端…あろうことか、無関係の一般市民を人質にする。

とても管理局の精鋭部隊のする事とは思えない卑劣極まるやり口は、最早狂気さえも感じられた。

 

「テメェら…それでも時空管理局の優秀戦力か!? 守るべきはずの民を人質にとって、敵を無理矢理に制圧しようだなんて、んなもん『正義』でも、なんでもねぇ事もわかんねぇのかっ!?」

 

小十郎が模造刀を構えたまま、オサムに向かって怒号を浴びせる。

それに対して、オサムは「なにがおかしい?」と言わんばかりに嘲り笑った。

 

「我々『星杖十字団』が創設されたのは、この地上に蔓延る悪の掃討に追いつかずにいる不甲斐ない地上本部の代わりに一秒でも早く、多くの敵を掃討する為…その為には貴様らのような単純な腕っぷしや、機動六課の様な生温い優しさだけではダメなのだ! 時にはこうした情を捨てた“合理的”な戦法も必要!」

 

「…そのために、無関係な市民を巻き込む事も辞さないってか…? 『最強のElite部隊』などと聞いて呆れるクズ共だな」

 

政宗はまるで汚い物を見るような軽蔑の眼差しで睨みつけながら、忌々しそうに唇を噛んだ。

 

「ヴィータちゃん…」

 

「わかってるよ。もうこれ以上黙って見ているわけには―――ッ!?」

 

見かねたなのはは、密かにレイジングハートをセットアップしようとして、ヴィータも地面を蹴って、女性を助けに行こうとするも、そんな2人の前に、エンネアが立ちはだかった。

見ると、彼女の持つ二振りの短杖のデバイスの一つは集っていたホテルの従業員達の方に向けられる。

 

「貴方方も余計な真似はなさいませんように…それともここでもう一人、一般市民から人質が出てもよろしいのですか?」

 

「くっ……テメェら、ホント正気かよ…?」

 

「敵の制圧には多少のリスクは必定…これもまた“必要悪”なのです……」

 

そう胸を張って語るエンネアだが、彼女らの考えややっている事は最早“必要悪”の域を逸脱し、“卑劣”と言わざるを得ない……

そんな戦法を平然ととってみせるR7支部隊の冷酷極まるやり口に、ヴィータも、なのはも冷や汗を浮かぶ程に戦慄した。

一方、政宗達が抵抗できなくなったのを確認したセブンは勝利を確信してほくそ笑む。

 

「さてと、生意気な下級国民共。よくも僕らに楯突いた上に、随分と手を焼かせてくれたじゃないか…この“落とし前”はたっぷりとつけてもらうよ?」

 

「………俺らにどうしろってんだ?」

 

政宗が睨みつけたまま尋ねた。

するとセブンはニヤリと笑みを零し、勿体ぶった様子で宣告する。

 

「君達がやるべき事はひとつだ…そのオモチャを地面に置き、この僕に降伏しろ」

 

「…What?」

 

「何…っ!?」

 

「僕は“広い心”の持ち主だ。さっきは「絶対に許さない」と言ったが、正直これ以上、下級国民といえども無駄に血が流れる様な事も望んでいない。だから、特別に最後の慈悲を与えよう。君達がここで泣いて土下座し、これまでの自分達の愚かで無作法な振る舞いを詫びて、素直に高町空尉の事を諦めて僕に“献上”すると宣言するのであれば、今なら許してやらないでもないが、どうする?」

 

セブンの勝ち誇った様な宣言を聞きながら、政宗も小十郎もそれが嘘である事を直感的に見抜いた。

これだけ病的な自尊心や非魔力保持者への歪んだ優越感に毒された男だ。

そんな自分をここまで手こずらせた政宗達を、土下座くらいで許す筈がない。

 

おそらく、土下座した瞬間に部下達に命じて集中砲火を浴びせようという魂胆であろう…

 

《政宗! 小十郎! もう我慢ならねぇよ! アタシも手ぇ貸す! 一緒にこのクソッタレ共を叩きのめそうぜ!!》

 

セブン達の背後でエンネアの牽制を受けながらも、ヴィータが政宗達に向かって念話を飛ばしてきた。

 

(手ぇ出すなって言っただろ! ここでお前らまでこいつらと対峙したら、それこそ、このバカ息子一味の思うつぼだぞ! ここは俺と政宗様でどうにか乗り越える!)

 

《乗り越えるったって小十郎! この状況をどうやって凌ぐっていうんだよ!?》

 

(それを今考えている! とにかく、俺達の事は気にするな!)

 

そう返しながらも、小十郎は必死にこの状況を打破する一手がないか頭をフルに回転させて考える。

降伏の選択肢はない以上、強行打破しか手はないが、それでも無関係の人間を見捨てるわけにもいかない…

厄介なのが、刀や銃と違って、魔法は様々な手段で攻撃の効果を発揮する点である。

先程の魔力弾やレーザーから、バインド、さらには電撃や火炎など多種多様な超常現象を手先一つで、瞬発的に起こしてしまう。

こちらから下手に動こうとすれば、忽ち、人質にされている女性がどんな目に遭うかわからない。

 

特に、今彼女を拘束しているオサム・リマックなる男は、R7支部隊の部隊長だという。

仮にもセブンお気に入りの部隊の要職を務めているだけの男故に、どんなスペックの持ち主であるかまるで予想がつかなかった。

 

「さあ、どうするんだ? 泣いて許しを乞うか、ここで血を見るか…? どちらが良いか、まさかそれさえもわからない程にお前達も愚かではないだろう?」

 

「………Shit!」

 

厭味な笑みを浮かべながらセブンが言い放つ。

戦闘などの危険な事や汚れ仕事を部下に任せ、自分は安全な場所で偉そうにふんぞり返るという、どこまでも悪辣なセブンに対し、政宗が歯痒そうに睨みつける。

 

そんな政宗の顔を見て、セブンは愉悦に満ちた表情でほくそ笑んだ。

 

「無様な顔だなぁ…そう、その顔だよ。その顔を見るのが楽しみなんだ。 僕の手の内に踊らされた愚かな連中が苦しめば苦しむほど、楽しみは大きい! ましてや、畏れ多くもこの僕に楯突いて邪魔をするような痴れ者が、苦しむ様は余計にな!!」

 

「く………っ」

 

「なんだその目は? まだ降伏する気になれないのかな? だったらこれを見ればどうかな!?」

 

セブンは焦れた様子でそう言いながら、懐から金色のメダルが付いた略綬の様なものを取り出してきた。

 

「“W(ワイルド).SEVEN(セブン).”! セットアップ!」

 

セブンの掛け声と共にメダルは金色の光を帯び、瞬く間に杖型のデバイスへと形を変える。

その杖を見て、なのはは思わず驚きの声を上げた。

 

「れ…レイジングハート!?」

 

なんとそれは。なのはのレイジングハート・エクセリオンのエクシードモードに似た形状の穂先を持った模造品の様な品だった。

唯一の違いは、中央に虹を構成する七色の魔石が組み込まれ、レイジングハートよりも豪華絢爛な造りとなっていた事である。

 

「驚かれましたか? 高町空尉。私の愛用デバイス『W(ワイルド).SEVEN(セブン).』は、我がコアタイル一族が経営する企業『メラーク重工』から、私が第七陸士訓練校主任教官に着任した祝いとして、父上の発注で贈呈された特注デバイス。開発に当たって、研究班は貴方の『レイジングハート・エクセリオン』を参考にしてこれを造ったそうですよ。まさかこのような形で、貴方にこの杖の性能をお見せする事になるとは思いませんでしたが…」

 

そう言ってセブンが手に持ったW. SEVEN.に対して何かを指示すると、その穂先の魔石の内、黄色い魔石に光が灯った。

 

《Riot Sander!》

 

電子音と共にW. SEVEN.の穂先に青白い電流が走り始める。

 

「まっ、まさか…!?」

 

「マジかよッ!?」 

 

「Stop it!!」

 

セブンが今から何をしようとしているのか察したなのは、ヴィータ、政宗が声を上げる中、セブンは躊躇いなく、オサムの隣でバインドにかけられたまま浮遊させられている女性の脇腹をW. SEVEN.で突いた。

 

 

バリバリバリバリバリバリッ!!!

 

 

「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁ!?」

 

 

忽ち、女性の全身を雷が走り、女性は悲鳴を上げながら身を悶えさせる。

その様子を見た野次馬達からも悲鳴が上がった。

中には女性と親しいと思われる従業員の何人かが女性の名を呼んで泣き叫ぶのも聞こえた。

それを聞いた政宗の顔にさらなる怒りの色が浮かんだ。

 

「テメェ…聞きしに勝るDastardだな…どこまで性根が腐りきっていやがる…?! 仮にも時空管理局のImportant postの息子ともあろう人間が、関係ない一般人を平気で傷つけるだなんて…やっていい事と悪い事があるぜ!?」

 

政宗が鋭い視線でセブンを射抜きながら非難する。

 

「テメェがどんな名誉ある家柄の人間だか知らねぇが…こんな不条理なViolenceが、まかり通るとでも本気で思ってんのか!?」

 

「通るさ! さっきも話していたとおり、このラコニアの街は、俺の寵愛するR7支部隊が管轄し、全面的に治安維持に貢献している…そしてR7支部隊と共にこの街には我がコアタイル家が多額の資金援助をしているのさ。 故にこの街の連中は否が応でもコアタイル家に従うのは当然の義務! 特に非魔力保持者(下等国民)など、弾除けかこうした“駆け引き”の時にしか利用価値はないからな!」

 

「なんだと!?」

 

政宗からの糾弾をまるで意に介さず、セブンは得意満面に両手を広げるジェスチャーを交えながら、高らかに宣言する。

 

「まぁ…流石に“殺したり”、“後遺症が残る程の重症”を負わせてしまってはその限りではないがな…その辺りは俺も“広い心”で配慮してやっているから安心していいぞ? 今の魔法“ライオットサンダー”も最低限、後遺症の残らぬ程度に加減した暴徒鎮圧用の“安全”な魔法だ。だが、お前達が答えを出さない限り、彼女はいつまでも苦しみ悶える事になるぞ?」

 

「…!? Screw you! Are you crazy!!」

 

政宗が鬼のような形相で睨みつける。

まさに残酷極まる無茶苦茶な要求…

これには我慢出来ず、思わず飛び出しそうになる政宗を、小十郎が引き止めた。

 

(政宗様! お気持ちはこの小十郎も重々承知していますが、ここで短気に逸ってはなりませぬ!)

 

今、下手に自分達が動いても、人質が余計に苦しむ事になる。

命をとられる程の重い攻撃ではないとわかっているとはいえ、実際に人質に手を出された以上、ますます下手に動くわけにはいかないと小十郎は判断したのだった。

 

正面にいる政宗と小十郎、そして背後にいるなのはとヴィータは、それぞれに唇を噛み締め、セブン達の鬼畜な所業を睨みつけた。

 

 

「さあ、2回目といこうか?」

 

 

セブンは愉悦の笑みを浮かべながら、再度電撃を帯びたW. SEVEN.の穂先を女性に突きつけた。

 

 

「や…やめてください……お願いします………お願……い……っ」

 

 

先程の電撃で、髪が乱れ、服の所々が黒く焼け焦げ微かに白い煙が上がった女性が弱々しい声で嘆願する。

その言葉を満足気に聞きながら、セブンは悪辣な笑みを浮かべ、政宗と小十郎の方を一瞥した。

 

「恨むなら、あの2人を恨みたまえ。 アイツらが僕にしつこく楯突き続けるから、君が無駄に苦しむ事になっているのだ」

 

そう冷淡に言い放ちながら、セブンが躊躇いなくW. SEVEN.の穂先で、今度は女性の右頬に突こうとした時――

 

 

「待てッ!!!」

 

政宗の叫び声が中庭に響き渡る。

それを聞いたセブンの手が止まり、政宗達の方に視線が向いた。

 

「……小十郎」

 

「……はっ…」

 

政宗と小十郎は、お互いに頷いて示し合わせると、それぞれ持っていた模造刀を投げ捨てた。

 

「ま、政宗さん……!!」

 

政宗の苦渋の決断を垣間見た、なのはが思わず震える声を上げた。

ヴィータもまた、何とも言えない表情で政宗達を見つめていた。

 

「ほう…やっと、答えを出したか」

 

「これでOKだろ…? …そいつを解放しろ! 今すぐに!!」

 

「あぁ…そうだな…だが、その前に……」

 

セブンはニィッと歯をむき出しながら、前にいたオサムに向かって手短に命令を飛ばす。

 

「これだけの騒ぎを起して、我々の手を焼かせ、しかも関係のない一般人をも巻き込んだのだ。その償いというわけではないが…彼らにこのミッドで生きる上で必要な“礼儀”というものを教えてやれ。オサム」

 

「はっ!」

 

命令を受けたオサムが嬉しそうに頷きながら、ゆっくりと前に出てくる。

 

セブンの言っている事は最早、何もかもが筋違いというものだった。

乱闘騒ぎを仕掛けてきたのはセブン達の方だし、一般人を巻き込んだのもセブン達である…しかし、人質を痛めつけるという最低最悪な方法で政宗達を無力化した事で、完全に勝利を確信したセブン達はそんな不条理極まる理屈を平然と嘯きながら、政宗達に“償い”という名目の“報復”を決行しようとした。

 

「ダメ! 政宗さん!今助け―――キャアッ!」

 

遂に見ていられなくなったなのはが、首にかけていたレイジングハートをセットアップしようと手に持つが、その前に背後に回っていたR7支部隊の隊員2人によって両腕を掴まれる事で阻まれてしまう。

 

「なのは! この―――」

 

「動かないでください」

 

ヴィータがグラーフアイゼンを振りかぶるが、そこへエンネアが瞬間移動のように俊敏な動きで接近して、ヴィータの胸と顔の前にデバイスを突きつけて、動きを止めた。

 

「クッ…離して! やめてくださいセブン准陸佐! お願いだから、もうやめて!!」

 

「そうはいきませんね! 私は心の広い男ですが、ひとつだけどうしても我慢できないものがあるのです! それは…身の程も知らず、私に敬意を向けないばかりか、あろうことか楯突こうとする! そんな“非魔力保持者(下級国民)共の愚かさや無神経さ”ですよ!!」

 

セブンは最早狂気さえも感じさせる様な執念深い視線を政宗達に向けた後、高らかに言い放った。

 

「やれ! 嬲り殺しにしろ!!」

 

「ハッ! 仇なす愚者に粛正の閃光を…! 落ちよ!“雷鎚(トールハンマー)”!!」

 

オサムはデバイスを天高く掲げ、詠唱を唱える。

すると、政宗達の斜上の天上に4本の光の柱が現れた。

政宗や小十郎はその正体にいち早く気づき、歯を食いしばる。

 

「It's all over with me……!」

 

「……万事休すか…」

 

政宗と小十郎が覚悟を決め、目をキツく閉じた瞬間だった―――

 

 

 

「……ぐがッ!?」

 

 

ズブンッ!

 

 

「「「「「なっ!!!?」」」」」

 

 

政宗達に向かってデバイスを振り下ろさんとしていたオサムの姿が突然消えた―――

 

否、厳密には突然足元から地面に“何か”に引きずり込まれたのだった。

当然オサムが消えると同時に、政宗達に降りかからんとした光の柱は煙のように消失し、さらにバインドにかかって空中に拘束されていた人質の女性も、バインドが砕けて地面に落ちる。

 

その前に、同じく突然の事態に目を奪われていたエンネアの隙をついたヴィータが、地面を蹴って地表を滑るように滑空して、地面に叩きつけられそうになる寸前で女性を抱いて救出した。

 

「なっ…!? なんだ!? なにが起こったんだ!? オサムは…!? オサムはどこだ!? どこへ消えたぁ!?」

 

まさかの事態にセブンが露骨にうろたえた声を上げながら、オサムの姿を求め、中庭を見渡す。

 

すると突然、地面の下から、何かが暴れまわるような喧騒が聞こえてくる―――

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォン!!!

 

 

刹那、大きな音が響き、先程オサムが立っていた場所に丸い穴が開かれた

何か下から大きな衝撃がかけられた事でぶち壊されたらしい。

 

「ぐはああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「だぁっしゃああぁぁぁ!!おらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「「「「し、成実(君)ッ!!?」」」」

 

その穴から、全身を殴打されてボロ雑巾みたいな状態になったオサムが吹き飛ばされ、それを追いかけるように両手に白鞘直刀と木刀を握り、口に無柄刀を咥えた成実が飛び出してくるのが見えた。

 

まさか、ここにいるはずがない人間がド派手に登場した事に政宗、小十郎、なのは、ヴィータは声を揃えて仰天する。

 

ふっ飛ばされたオサムは、先程まで光の柱が出現していた辺りの高さまで吹き飛び、そこで上昇を止めて、重力に任せて落下しようとする。

 

そこへ成実が直刀と木刀を握った腕を交わすようにして身構えながら、オサムをちょっとだけ見下ろせるだけの高さまで舞い上がった。

 

三牙月流(みかづきりゅう)奥義… “いなずまどかん”!!」

 

技名を叫びながら、成実が文字通り電流の走る峰側に返した直刀と木刀を縦に振り下ろした。

 

「グバアァァァァッ!!?」

 

文字通り落雷のような速さで再び地表にあった穴へと叩き落されたオサム。

激しい轟音と砂埃を上げる中、成実は後を追うように落下しつつ、直刀と木刀を一度背中に戻し、代わりに口に加えていた無柄刀を手に持って、一層強力な電撃を溜めていく。

 

「吹っ飛べやぁぁぁ!!」

 

成実が投げ飛ばしてきた無柄刀がブーメランの様に回転しながら、砂埃の晴れないオサムの落ちた穴へと吸い込まれるように落ちた。

 

 

ドオオォォォン!!

 

 

直後、二度目の爆音と振動と共に穴の中から閃光が煌めいた。

そして穴の中から反射されるように戻ってきた無柄刀を口で受け止めた成実が政宗、小十郎の前に鮮やかな着地を決めて見せる。

 

一瞬だけ呆然としている彼らだったが…逸早く再起動した小十郎が成実に向って叫ぶ。

 

「成実! なんでお前がここにいるんだ!?」

 

背中から浴びせられた小言にビビった成実が振り返ると、そこに怒りと困惑を混ぜればこんな表情になるのだろうという様な表情をした小十郎がいた。

 

「あれほどダメだって言ったのに…なんでついてきたんだ!? いや! そもそもどうやってついてきた!?」

 

「あ、いや…これには色々と事情があってさぁ…!!」

 

小十郎の剣幕に狼狽えながら、必死に弁解しようとする成実だったが、そこへセブンの度を失った叫びが飛んでくる。

 

「な…なんなんだ!? お前はッ!? こいつらの仲間か!!?」

 

エンネアや他の隊員達も、謎の襲撃者によってオサムが倒された事に動揺し、唖然としたまま動けずにいた。

 

そんなセブン達に気がついた成実は、ニヤリと笑みを浮かべ、そして直刀と木刀を再び手に取りながら、名乗りを上げる。

 

「はっ! 俺は奥州伊達軍 特攻隊長……伊達藤五郎成実! 筆頭 伊達政宗の義弟(おとうと)だぁ!!!」

 

「ぐぅっ…つまり、その下級国民の係累というわけか!! フン! そんな蛮族みたいなガキと兄弟とは…流石は愚連隊上がりのサンピンだな!! エンネア! お前達! あのガキ共々、コイツらをやってしまえ!!」

 

セブンの命令を受けたR7支部隊の隊員達がデバイスを構えるのを見て、もう一度模造刀を手に取ろうとした政宗と小十郎だったが…

 

「兄ちゃん! 兄貴! そんなガラクタなんか使うこたぁねぇよ! ほら、これ!!」

 

成実がどこからともなく、2人にとって見覚えのあるものを取り出し、投げ渡してきた。

 

それは政宗の愛刀“六爪(りゅうのかたな)”に、小十郎の愛刀“黒龍”と“山吹”だった。

 

「俺達の刀…!? フィニーノに預けていた筈なのに、どうしてこれを……!?」

 

“黒龍”と“山吹”を受け取りながら、小十郎が尋ねる。

 

「いやぁ、こんな事になるんじゃないかと思って、こっそり シャリオ(メガネの姉ちゃん)とこからパクってきたんだよ! な! でも結果(オー)(ライ)じゃない? だからさぁ、勝手についてきた事については、これでチャラって事で頼むよぉ?!」

 

「調子の良い事言うな! それとこれとはだな―――!?」

 

成実の頼みに、小十郎は尚も憤然とした態度で窘めようとするが、政宗はフッと小さくほくそ笑んだ。

 

「いいじゃねぇか小十郎。OK、成実。勝手に着いてきた事に関しては、お前のこのFine playに免じて不問にしてやる!」

 

「政宗様…!?」

 

「やりぃ! 流石は兄ちゃん!!」

 

受け取った六爪を両腰に装備しながら、政宗の隻眼に再び闘気が宿った。

 

「それよりもどうだ? こうして奇しくも久々に伊達軍の筆頭・副将・特攻隊長(三幹部)が揃い踏みしたんだ! あの井の中でどっぷり温水に浸かって肥えまくったFat Frog共に“竜の(party)”ってものを教えてやろうぜ!?」

 

「………承知!」

 

「っしゃあぁ! 合点承知のはらこ飯!!」

 

そう言うと、政宗は腰に下げた鞘から六爪を全て引き抜いて、六爪流の構えをとった――――

政宗の右側に立った小十郎は、黒龍を左脇に構え―――

左側に立った成実は、口に無柄刀を咥え、両手に構えた白鞘直刀と木刀と併せた変則三刀流“三牙月流(みかづきりゅう)”の構えをとりながら、それぞれ立ち並んだ。

 

 

「さぁ! 行くぜ! Elite warriors!! テメェらに本当のPartyってもんを教えてやるぜ! Let's rock!!」

 

 

奥州伊達軍を率いる三匹の“竜”が、ここに集結した瞬間だった――――

 

「お……おのれぇ…! 非魔力保持者(下級国民)共ぉ…!!?」

 

怒りのあまりに、明らかに余裕が無くなった事が窺える声質でセブンが叫んだ。

 

「お前達みたいな愚連隊風情が、地上(ミッド)最強の精鋭師団である“星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)”に勝てるとでも思っているのか!?」

 

「Ha! その愚連隊相手に人質を使わないと太刀打ちできねぇ連中が『ミッド最強』を名乗りやがるとは、とんだ笑い話(Funny story)だな!」

 

「……せいぜい、吠えるがいい。 直ぐに笑えなくしてやる!!」

 

セブンは青筋を浮かべながらも、不敵な笑みと共に片手を上げた。

すると、政宗達を包囲する様に20人程の特殊な形状のバリアジャケットを装着した魔導師達が集まった。

 

それに併せるように、成実が造った地面の穴から全身黒焦げになったオサムが這々の体で這い出てきた。

 

「ぼ、坊っちゃん…! 申し訳ございません! このオサム…油断してつい、思わぬ不覚をとってしまい―――」

 

「黙れっ! この無能が!」

 

必死に頭を下げて詫びようとするオサムだったが、セブンはそんな彼の頬をW. SEVEN.の穂先で強かに打ち付けた。

 

「ぐぅ…!?」

 

「肝心な時にヘマしやがって、このトンマめ! その上、あんな田舎者の悪ガキ如きに不覚をとるだなんて、それでも神聖なる“7”の数字を預かりし部隊の隊長か! これ以上、俺を苛立たせる様な無様な姿を曝け出すようなら…今ここでその部隊長の肩書と佐官の資格を取り上げてやってもいいのだぞ!!」

 

「っ!?」」」

 

セブンのその一言に、オサムはまるで鞭を打たれたかのようにビクリと身体を震わせる。

 

「か、必ずや汚名を返上しますので…どうかそれだけは…!」

 

「だったら、さっさとあのサンピン共の首を取ってこい!! この能無しがぁ!」

 

最早、最初に見せていた貴族らしい気取った振る舞いや優雅な言葉遣いも完全にかなぐり捨てて、セブンは叫んだ。

 

その叫びに背中を圧される様にして、オサムは集結した隊員達の一歩前に進み出る。

 

「おのれぇぇぇ…非魔力保持者の愚民共ぉ……貴様らのせいで…貴様らのせいで俺はぁぁ…!!」

 

成実に食らった雷撃の後遺症と、オサム自身の屈辱と怒りで、こめかみだけでなく、顔の上半分全体に青筋が浮かび、目は半ば白濁して白目になりかけていた。

 

「貴様らだけは許さん…! 『星杖十字団』の名にかけて…貴様らをこの場でミンチにしてくれる!!」

 

「ミンチ…挽き肉! いいねぇ! どんな飯にしてくれんの!? つくね!? 肉団子?! それともこの世界で定番っていうハンバーグ!?」

 

「ほざけ!! 逆賊共おおおぉぉぉぉぉッ!!」

 

成実の食べ物ボケに対するツッコミの代わりに、オサムが特大の魔力レーザーを放った事で、伊達軍とR7支部隊の戦端は開かれた。

 

 

 

 

「皆さん! こっちです!!」

 

「早く逃げろ!」

 

星杖十字団隊員達の意識が完全に政宗達に集中している間に、なのはとヴィータは、不幸にもオサムに人質に使われ、セブンから理不尽な暴行を受けた女性を含む、ホテルの従業員達を安全な場所に避難させる事にした。

 

「大丈夫かな? 政宗さん達…」

 

助け出された女性に肩を貸しながら外へと逃がしながら、心配するなのはに対し、ヴィータが励ますように言った。

 

「大丈夫だって。小十郎もいるし、使い慣れた武器も手にできたみたいだからな」

 

ヴィータは轟音と振動で建物が揺れる度に、天井から壁の破片が崩れて、従業員に降り掛かってくるのを障壁(シールド)魔法で防ぎながら、中庭の方を振り返っていた。

中庭の方からは激しい戦闘の喧騒と男女の入り混じった叫び声が聞こえてくる。

どうやら、伊達軍三将とR7支部隊との激突は既に苛烈を極めている様子だった。

 

「ヘッ! あの成実(悪食バカ)が現れたのは予想外だったけど、今回ばかりは「よくやった」って褒めてやらねぇとな。ヤツのおかげで、逆転できたんだからな」

 

「でも…どうやってここまで着いてきたんだろう? 成実くん…」

 

「さぁな。アイツの事だから、飛行機の下にしがみついてでもきたんじゃねぇのか?」

 

「ま、まさか。いくらなんでもお猿さんじゃないんだから…」

 

ヴィータがさり気なく言った推測を、苦笑しながら否定するなのはだったが、その実、正解は『飛行機の車輪にしがみついて着いてきていた』というあながち間違いでもなかった事を、この数十分後に知ることとなるのを、なのはもヴィータも、まだ知る由もなかった…

 

 

 

「ぎゃあああああああぁぁぁぁッ!?」

 

中庭に、R7支部隊員の断末魔の叫びが響き渡った。

 

背中を合わせた竜の“右目”…副将 片倉小十郎と、“牙”…一番槍 伊達成実がそれぞれまた新たに隊員を一人ずつ討ち伏せたのだ。

勿論、本当に斬るわけにはいかない為、二人共それぞれ真剣は峰に返している

 

小十郎は額に汗のひとつ浮かべずに、いつもの冷静沈着な面持ちで、残る隊員達を見据えながら戦術を考え、成実は両手に携えた白鞘と木刀を手の上でクルクルと廻して弄びながら、無柄刀を咥えた口の端をニイッと釣り上げて、この戦いをまるで子供の遊びの様に楽しんでいる様子を見せた。

そんな、彼らの余裕な態度が癇に障ったのか、残っていたR7支部隊の隊員達は2人の前後左右に展開すると、デバイスの穂先を一斉に構え…

 

「「「「食らえ! クロスフォーメーション!!」」」」

 

声を揃えて叫びながら、四方からの射撃を仕掛けてきた。

それに対して成実は「ヘッ!」と鼻で笑いながら、三刀を構えてみせようとする。

 

「“下手な河豚(テッポウ) 数食ゃ当たる”ってか?! テメェらの遅ぇ弾なんか、俺の三牙月(みかづき)流で全部叩切って――――」

 

「成実! 跳べ!!」

 

「うぉっ!?」

 

突然、何かを悟った小十郎が成実の襟首を掴み上げると、そのまま空に向かって投げ飛ばし、自分もそれに続いて地面を蹴って跳び上がった。

 

直後、2人が立っていた場所を四方から4つの光弾が交差して交差した。

的を外した魔力弾はそれぞれ対峙していた相手のデバイスに吸い込まれるようにしてそのまま消失するが、その様子を見て、小十郎は小さく安堵の溜息を漏らしながら、成実の襟首を掴んだまま地に着陸した。

 

「な、何だよ兄貴! なんでそんな大げさな避け方すんだよ?」

 

体勢を立て直すと同時に敵に向かって斬りかかっていきながらも、文句を垂れる成実に対し、小十郎は再び撃ってきた魔力弾を黒龍で弾きながら、冷静に忠告する。

 

「油断するな。成実…今の攻撃、正面から迎撃しようとしていたらお前のどこかの急所に一発命中していたぞ」 

 

「へっ!? どういう事!? だって今のこの世界でいう鉄砲みたいなもんだろう? だったら当たる前に弾叩き落としちまえばいいじゃん?!」

 

素っ頓狂な口調で尋ねる成実を聞いて、小十郎は改めて、この伊達の若き猛将には改めて、この日ノ本とは異なる未知の世界“ミッドチルダ”における戦い方をちゃんと教導していく必要があるなと痛感した。

 

今だって、自分が昔教えたことわざをうろ覚えで引用していたが、『下手な鉄砲数打ちゃ当たる』が正解なものを見事に魚の河豚に置き換えたデタラメことわざになっていた。

 

「確かに“射撃魔法”は “鉄砲”の砲術とほぼ同じだ。しかし、魔法の弾は日ノ本の鉄砲と違って、撃った弾を自在に操って軌道を制御したり、今の連中の様に撃った弾を再回収するといった変則技が使える。厄介な戦術なんだ」

 

「はっ、はぁっ!? なんだよそれ!? ずっりぃっ!!」

 

ちょうど放たれてきた魔力弾を、身体を思い切り反らせて避けながら成実が叫んだ。

 

「それに、この世界じゃ砲術自体もかなりの進化を遂げている。今のは別方向に配置した射手から同時の的に向かって弾を放ち、的を交差させるように射抜く『十字砲火』というヤツの更に厄介な技だ。普通の鉄砲でこれをやろうとすれば、標的の先に味方がいたら同士討ちの危険性があるから、一度に二方向しか射手を置けないが…R7支部隊(コイツら)は味方が撃った弾ならそのまま回収する術があるらしい…だから“四方向からの同時射撃”なんて芸当が使えるわけだ」

 

小十郎の言う通り、今の攻撃を普通に迎撃しようとしていたら、あらゆる方向から飛来する魔力弾の全てを凌ぎ切る事が出来ず、一発はまともに食らっていたはずである。

 

しかも、味方へと誤射(フレンドリーファイア)の対抗策を興じているのか、味方の撃った弾ならばそのまま吸収する形で回収してしまうという特注のデバイスの仕様も併せる事で、浴びせる火力も倍増しさせる事ができる。

 

魔法を過信しすぎているが故の接近戦への対処の不慣れな一面が強い事は否めないが、仮にも地上本部傘下においては“最強戦力”と目されるだけの事あってか、魔法の長所を生かしたその戦術自体は、小十郎を持ってして『合理的』と認めざるを得ないものであった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!! 非魔力保持者めぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

突如、オレンジ色の熱線が、憎しみの篭もった怒号と共に小十郎、成実を狙って飛来してくる。

 

「どぉえぇっ!? 兄貴ぃ! これはどうすんのさぁ!?」

 

扇状に軌道を描きながら中庭の芝生を焼いて迫ってくる熱線を見て仰天する成実に対し、小十郎は手短に指示を飛ばした。

 

「全力で走って避けろ!!」

 

「ヘッ! それ俺が一番得意な避け方!」

 

成実は嬉しそうに笑いながらそう言うと、まるで野山を自由に駆け回る猿の様に軽やかに地面を蹴り、あっという間に熱線から距離を開いてみせた。

その様子を見ながら、相変わらず身体の頑丈さと身軽さだけは見事だなと感心しつつ、小十郎は別の方向に向かって地面を蹴る。

そして、魔力弾の弾幕を撃ってくるR7支部隊員達の間を駆け抜け、その先にいた熱線の正体である魔力砲を放つ、部隊長 オサムの姿を捉えた。

 

小十郎は魔力砲の真下を潜りながら、オサムの懐に飛び込み、その手元を狙って片手で黒龍を振り上げながら刺突を放つ。

 

「ふんっ!」

 

オサムは咄嗟に片手を突き出して、障壁(シールド)を張ると、小十郎の突き出してきた刃を防いでみせた。

その反射神経に、小十郎も舌を巻いた。

 

「今の動きを防ぐとは…流石は部隊長を務めるだけの事はあるか…?」

 

「笑止! 先程は油断していたが為に、思わぬ不意打ちに対処しきれなかっただけだ! 真正面からぶつかれば、魔法も使えぬ貴様らの攻撃など、恐れるに足らん!!」

 

オサムはデバイスを手の上で回転させてから、穂先を小十郎に突きつけつつ、宣言する。

 

「ここまで我々の誇りを踏みにじったのだ!最早五体満足で済むと思わない事だな! あの生意気な眼帯男や俺に恥をかかせた煩わしい毛虫小僧…そして貴様の首と引き換えに、俺はもう一度坊っちゃんから、側近として認められるのだ!!!」

 

「ほぅ…大した意気込みだな。そんなに大好きなご主人様からの信用を取り戻す事に必死か?」

 

対する小十郎は黒龍を脇に構えて、冷静に応える。

 

「言っておくが…テメェのそれは“忠誠心”でも、なんでもねぇ…! 唯、己の私利私欲の為に必死にあのバカ息子に追い縋って、媚び諂っているだけの情けねぇ“飼い犬”も同然だ!!」

 

「黙れぇ! 黙れ黙れ黙れ黙れえぇぇぇ!! 魔力無き逆賊風情に、俺の何がわかるううぅぅぅぅぅ!!!」

 

オサムが叫びながら、自身を中心に12個の魔力弾を投影し、それを一斉に小十郎に向かって発射した。

しかし、小十郎はそれを身のこなしで避けつつ、黒龍で斬り捨てていく。

 

「ぐぅッ!! ならば、これでどうだ!?」

 

今度は巨大な光球を手元に出現し、それをデバイスを使って打ち飛ばして、小十郎にぶつける。

魔力を持たない普通の人間の使う日本刀如きで、これだけ巨大な光球を食い止めたり、はたまた切断する事などまずは出来ないはず…

そう、オサムは確信していた…

 

しかし―――

 

「“十六夜(いざよい)”!!」

 

小十郎は光球に対して、逃げる事も、避ける事もせずに、自ら突進しつつ、☓の字を描くように連撃を浴びせて、その動きを止めた上、すかさず放った刺突で光球を貫き、まるでガラス細工が砕けるかの様にバラバラにして消滅させてしまった。

 

「んなっ!?」

 

非魔力保持者である筈の小十郎にできるはずがない芸当を目の当たりにし、オサムは激しく動揺を見せる。

よく見ると、小十郎の刀には青白い電撃が走っているようにも見えた。

 

「ば…バカな……!? 貴様は……非魔力保持者の筈であろう!?」

 

オサムはわけがわからないと言わんばかりに混乱しながら、糾弾する様な叫びを上げた。

 

確かに、今、自分達の前に立ちはだかっている3人の男達、いずれからも魔力の気配は全く感じられない。おそらく、3人とも魔力保有指数は0の筈である。

魔力が一切ない人間が、デバイスでもない何の変哲もない普通の刀を使って雷を操るだなんて普通に考えてもありえない。

 

だが、現に目の前にいる男の手にした刀…いや、全身に電撃がほとばしり、それでいて全く動じている様子さえも見せていなかった―――

 

「そうだな…確かに俺達は“魔導師”ではない…だが……ハァッ!」

 

小十郎がそう言いながら、構えた愛刀 黒龍に気合を入れてみせると、その刃の周りに青白い光が纏わり、今まで以上にはっきりと青白い稲妻が刀とそれを握る小十郎の全身を走った。

 

「このとおり、“魔導師”と肩を並べて戦うだけの力は持っているつもりだ!!」

 

「ッ!?……おのれぇ! 得体のしれん力を使う“異端者”がぁ! 構わん!お前達、 同時に攻めろ!!」

 

“異端者”…それはコアタイル派の人間の間でよく使われている。非魔力保持者の中でも、魔法とは異なる奇怪な戦術を駆使して、魔導師同様の超越した力を持った者に対する差別用語であった。

 

驚愕と恐怖を足したらそんな感情になるであろう凄まじい形相を浮かべながら、オサムが叫んで、近くにいた男女2人ずつのR7支部隊員に支援攻撃を命ずる。

命令を受けた4人の隊員達はそれぞれの方向から、先程オサムが撃った魔力砲よりは細身だがスピードのある熱線を同時に発射して、小十郎を一気に焼き払おうとしてきた。

 

「駆けろ! “斬月(ざんげつ)”!!」

 

小十郎は地面を蹴ると、魔力砲を発射するそれぞれの隊員達の懐へと迫り、すれ違いざまに峰側に返した黒龍でそれぞれの手と足を峰打ちして、へし折っていく。

 

「ぐあああああぁぁぁぁ!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「痛いぃぃぃぃぃ!!」

 

「腕が!? 足がぁぁぁぁ!!!」

 

悲鳴を上げながらのた打ち回る隊員達を背にして、小十郎は小さく笑みを浮かべながら、再度オサムと対峙する。

 

「…戦における軍隊の優劣を決定づけるのに最後の鍵となるのは心と技と身体の“経験”だ……テメェの部下共には、それが致命的に足りてねぇ」

 

「ぐぅ……おのれぇぇ……」

 

オサムは頭が混乱していた。

 

以前、どこかで『一部の次元世界では魔力を持たない者も、魔法とよく似た人間離れした術式を使えるようになる特別な術が存在する』という話を聞いた事があったが、所詮は非魔力保持者達が魔導師への妬みで興した噂話か妄想に過ぎないと全く相手にしていなかった。

しかし、今目の前にいる非魔力保持者が行使するそれは紛れもなく、その術である。それも想像していたものよりも遥かに強力なものだ。

 

(ぐぅぅ……こうなったら、市内周辺の所轄の部隊を応援に呼んで…)

 

オサムは、魔力で強化した身体能力を使って、一度この戦場をから退避し、さらなる応援を呼ぶ事を考えた。

相手が唯の非魔力保持者でなく、“異端者”であるとわかった以上、このまま考えなしに交戦を続けるのは得策ではない。

主君 セブンを前にして敵に背中を見せるなど、本来であれば言語道断な真似であるが、しかし今はそれにこだわっている猶予はない。

この異端者はここで確実に倒さなければならない…そのためには恥や外聞を捨てようが、方法は厭わないのが最善の策なのだ。

オサムは地面を蹴って、ホテルの屋根の上に飛び乗って、安全を確保してから、即座に所轄の部隊向けに緊急念話(エマージェンシーコード)を飛ばす事を考えた。

 

緊急念話(エマージェンシーコード)とは星杖十字団の各部隊長に与えられた作戦特権のひとつであり、それを発令する事で発令者の周囲50キロ圏内にいる陸上部隊の内、近い場所にいる部隊を最低3部隊、最大10部隊に強制招集をかける事ができる。

をかける事ができる。

 

そしてこのラコニア市内にいる陸上部隊は全てR7支部隊の傘下にある武装隊が5チーム配備されている。

彼らを招集すれば少なくとも400人の増援が期待できる筈だ。

 

『地上最強の精鋭』と名高い部隊としては屈辱的な戦略だが、背に腹は代えられない…大切なのは“勝つ”事だ…

屋根に向かって飛翔しながらオサムは密かにほくそ笑んだ。

 

しかし―――

 

「唸れ! “鳴神”!!」

 

「ガァァッ!?」

 

突然背後から聞こえてきた小十郎の叫びの直後、オサムの背中にまるで落雷を撃ち込まれた様な衝撃と激痛が走った。

バランスを崩したオサムは中庭へと落下する。

 

「オサム部隊長!?」

 

何人かの残っていた隊員達が悲鳴に近い声を上げた。

 

「が……ぐぁっ………ぁ…」

 

落下の衝撃で地面が抉られて出来たクレーターの真ん中にうつ伏せながら、オサムは苦悶の声を漏らして、僅かに顔を上げ、鋒から白煙を立てる黒龍を手に自分の目の前に着地した小十郎を睨みつける。

 

「そ…そんな………バカな……この俺が……こんな……異端者……ごと…き…に…っ!?」

 

そこが限界だったらしく、力尽きて顔を伏せ、意識を手放した。

 

「“非魔力保持者”の次は“異端者”呼ばわりか? その歪んだ選民思想にとらわれている限り、テメェらはいつまでも井の中で肥え果てるだけの蛙と同じだ!」

 

小十郎は、倒れたオサムを見下ろしながら、鋭く言い放つ。

すると、小十郎の周囲でその未知の能力と圧倒的な剣技を前に動きあぐねていたR7支部隊の隊員達が、部隊長を倒された事で怒り、一斉に小十郎の周りを取り囲んだ。

 

「おのれ、逆賊! よくもオサム部隊長を―――ガァッ!?」

 

だが、隊員の一人の威嚇が終わらない内に、小十郎はその隊員の頭を黒龍で峰打ちし、部隊長同様に地面に叩き伏せて失神させた。

荒々しい本性を滲ませた瞳で、自分を包囲するR7支部隊員達を睨み付けた。

 

「まだ本当の“戦”ってものを学び足りないってのか…? テメェらがそういうつもりなら、仕方ねぇ…もっと教えてやろう……その代わり…」

 

地の底から響くような声と共に小十郎は黒龍の刃を返し、その刃に眩い光を走らせる。

 

 

「ここからの授業料は……テメェらの“血”と“命”で払いやがれッ!!

 

 

「「「「「ひっ!!? ヒイイィィィッ!!!?」」」」」

 

 

小十郎が放った恫喝に、彼等の身体が震え上がった。

そして彼等は次々とデバイスを取り落として腰を抜かし、その場に尻餅を着いて動かなくなった。

中には失禁している者も少なくなかった……

 

 

「……やれやれ…これが『地上最強の師団』とはとんだお笑い草だな…」

 

 

滑稽な彼等の様子に、小十郎は思わず吹き出しそうになるしかなかった。

 

 

 

「食らえ!」

 

「Ha! slow過ぎてあくびが出るぜ!」

 

政宗はホテルの中へ再び戻り、長い廊下を舞台に、副隊長 エンネアと高速の追撃戦を展開していた。

魔力の恩恵があるとはいえ、流石はR7支部隊の副隊長を務めるだけあってか、それなりの速さと身のこなし…そして2本のショートカットされた短杖から放たれる、連射性に優れた魔弾の弾幕は並の人間ではとてもではないがさばき切れるものではなかった。

 

その速さに優れた魔法を初見で受けた時は思わず政宗も多少なりとも驚いたし、この時は成実が合流する前だった為、手元に六爪(りゅうのかたな)が無く、小十郎が咄嗟に持ち出した観賞用のサーベルを使っていたとはいえ、政宗とも互角に近い戦いを繰り広げる事になった。

 

だが、それだけだった…

 

こうして六爪を手に入れ、ある程度の交戦を交えた今となっては、政宗にしてみれば、その自慢のスピードもすっかり見切る事ができていた。

 

政宗は廊下の床だけでなく壁も使って走りながら、飛来してくる水色の魔力弾を六爪で弾き、斬りつける。

 

「やめときなCrossdressing woman。今のテメェじゃ、俺達には勝てねぇぜ」

 

「……減らず口な上に、その不遜な態度…つくづく虫酸が走りますね。貴方は」

 

諭すように話しかける政宗に対し、エンネアは冷静な物言いながらも、その声には明らかな怒りが含まれていた。

 

政宗は不意に足を止めて、踵を返すと六爪を振りかぶって、エンネアにかかっていく。

エンネアは咄嗟に二振りのデバイスを顔の前で交差させるようにして構え、身体を包み込むように魔法陣型の障壁(シールド)魔法を展開する。

6本の刀と障壁がぶつかり、閃光とガラスが打ち付けられるような音が半壊した廊下に広がる。

 

「貴方は確かに並の非魔力保持者よりは強い…それも圧倒的に…それは認めましょう。しかし…どんなに武芸を極めていても…所詮、魔力を得ていない人間に魔導師を超える事などできないのですよ!!」

 

エンネアは叫びながら障壁ごと政宗を無理矢理に押し戻すと、2本のデバイスの穂先に青白い光を収束させ、それを自分の身体の周りに円を描くように振るった。

するとその軌道上に長い羽の様な形を模した特殊な形状の魔力弾が投影され始める。

エンネアがもう一度、デバイスを振るうと、それはブーメランの様に一人手に回転し始めた。

 

霞の刃(ヴェロス・カラザ)!!」

 

「――――ッ!!?」

 

エンネアが両手を広げるようにして、デバイスを振るって合図を出すと、回転する羽型の魔力弾が一斉に政宗に向かって飛来してきた。

普通の魔力弾と違って、まるで生きた鳥の群れの様に牽制のとれたその魔力弾は青白い光の渦のように廊下の中を行き交い、豪華な装飾の柱や壁、床を容赦なく刳り、政宗の周りを縦横無尽に飛び交って翻弄する。

政宗はそれを華麗なバックステップで避けるが、ひとつの光の羽が頬を掠り、

僅かに切れた傷口から少量の血を吹き出させた。

 

(こいつは遊んでいると少し厄介だな……)

 

政宗は何を思ったのか、6本出していた六爪(りゅうのかたな)の内、5本を鞘に収めると、後ろに退きながら、残った一本の刀に意識を集中させるようにジッと構えつつ、乱れ飛び交う光の羽の群れを見据える。

 

「ハハハハハッ! どうですか!? これが魔導師と非魔力保持者との間を分け隔てる絶対的な力の差というもの! それを知らずに数々の悪口雑言を吐いた己の痴がましさを、後悔しなさい!!」

 

エンネアがその慇懃な口調の中に隠してきた他のコアタイル派同様の下衆な選民意識を顕にした様な尊大な言葉を叫びながら、デバイスを振るい、政宗に向かって光の羽の群れを殺到させる。

 

「“DRAGOON STRATHER(ドラグーンストレイザー)”!!」

 

直後、政宗は一刀の刀を振り払い、三日月型の斬撃波を打ち放った。

それは光の羽の群れにぶつかると斬撃波は蒼色の光でできた竜の形を模した気の結界となって光の羽を全て纏わりつくようにして拘束してしまった。

 

「ヘッ…!?」

 

その技を目の当たりしたエンネアは、目が完全な正丸の形になり、天上に浮かぶ、蒼い竜を見据えていた。

それまで見せてきた冷静沈着な面持ちからは想像もつかなかった様な間抜けな顔であった。

 

「な……なんで……!? なんで、非魔力保持者に……こんな芸当が……!?」

 

呆気にとられていたエンネアは、その間に政宗が自分の目の前に迫っていた事に気づく事が出来なかった。

我に返った彼女が慌てて、再度障壁魔法を展開しようとするが、その前に政宗は峰を返した一刀で、エンネアの腹を薙ぎ払う形で吹き飛ばした。

 

「ぐはああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

そのまま廊下の中を独楽の様に回転しながら吹き飛ばされ、突き当りの壁に激突し、そのまま外の中庭へと投げ出されていくエンネア。

その様子を見て、政宗はニヤリと笑いながら、不遜な口調で言い放った。

 

「覚えておきな! FantasticでunprecedentedなSupernatural powerに魔導師も非魔力保持者もねぇって事をな!!」

 

政宗はこの短い交戦の中で、この『地上本部最強の精鋭師団』の実情を大まかにだが把握する事ができた。

 

他の“星杖十字団”の部隊全てがこうであるとも限らないが、少なくともこのR7支部隊は、『セブンの側近』という彼らにしてみればこの上ない名誉ある役職であるが、精鋭部隊としては生温い任務にすっかり胡坐をかいてしまい、ここ最近は機動六課の様なまともな戦いらしい戦いを経験していないばかりか、鍛錬も怠っていた様である。

 

それは、下手に軍の高官などから贔屓された精鋭軍などが陥りやすい典型的な悪パターンのひとつだった。

下手に権力と特権を与えられ、“驕り”が生じてしまったら、どんな精鋭戦力も忽ち無用の長物への変化してしまう…

 

政宗が交戦したエンネアや、先程まで対峙していたオサムもまた、本来ならなのは達の様な優秀な魔導師として相応の活躍を見せるだけの逸材であろうものが、碌でもない飼い主に飼われてしまった事で、知らず内にその才能を溝に捨ててしまったのであろう。

 

政宗は僅かではあるがR7支部隊の隊員達に同情心の様なものを覚えるのだった……

 

 

「くそぉ…ッ!…たかが3人の非魔力保持者相手に、なんたる醜態……! 信じられん! まさかR7支部隊の質がここまで低いものだったとは…!!」

 

セブン・コアタイルの苛立ちは最高峰に達しようとしていた。

自らに歯向かってきた愚かな非魔力保持者(下級国民)達に手こずらされ、見かねて本来なら自ら腰を上げるべきでない戦いであるにも関わらず、重い腰を上げて援護してやったにも関わらず、一時は制圧寸前と思われた戦況を思わぬ新手の不意打ちで台無しにされ、3人になった非魔力保持者(下級国民)達相手にR7支部隊はさっきまで以上に太刀打ち出来ずに次々と倒れていく始末…

 

最早、コアタイル派…そして自分にとってはとんだ恥晒しである。

 

「せ、セブン様…! リマック部隊長、フェートン副隊長…両名方ともやられました…ッ!!」

 

R7支部隊の一人の男性隊員…准陸尉の胸章を付けた隊員がセブンに駆け寄り、恐る恐る報告する。

おそらく、残っている隊員達の中で一番階級が高い故に伝令役を押し付けられたのであろう。

 

「なんだって!? 残る戦力は?」

 

「私を含めて、13人です…准士官以上は私だけ…他は全員戦闘不能…!」

 

「チィッ! どいつもこいつもグズばっかが!!」

 

准陸尉はセブンのそんな表情やそんな言葉遣いをする場面を見た事がなかった。二度と拝む事がないように願いたかった。

 

「し、しかし……セブン様。相手は、並の非魔力保持者ではありません…魔法とは異なりますが、同様の技も使っています…恐らくは“異端者”の類ではないかと…!?」

 

「…黙れ! 今更、連中がただの非魔力保持者か“異端者”かなど、そんなものはどうでもいい!! これ以上、あの愚かな逆賊共に好き勝手させるなと言っているんだ!!」

 

「し、しかし…リマック部隊長やフェートン副隊長も倒された今、我々だけでどうやって―――」

 

准陸尉のその言葉は、最後まで言い切る事が出来なかった。

その前に、セブンが腹に突きつけたW. SEVEN.の穂先から放たれた鋭い閃光が彼を吹き飛ばし、背後にあった建物の壁へと叩きつけていたからだ。

 

「ほざけろよ、この腰抜けが…! 栄光の“7”の数字を掲げる崇高な部隊に、貴様の様な者など必要ない!」

 

セブンは吹き飛ばした准陸尉を一喝すると、残っている隊員達に圧力をかけるように檄を飛ばした。

 

「お前達もだグズ共! これ以上、俺を苛立たせるなよ…!?」

 

「「「「「―――ッ!!?」」」」」

 

セブンの言葉を聞いて、残存する12人の隊員達はそれぞれ子犬の様に震え上がり、怯えた。

 

「Ha! なんだ? あれだけ大口叩いてかかってきたくせに、もうPartyもFull swingか?」

 

「!?」

 

気がつくと、セブンの目の前には、大の字になって倒れているエンネアを尻目に、政宗が六爪を一本だけ抜いた状態で颯爽と歩み寄ってきていた。

微かについた掠り傷以外は大した怪我さえもなく、全く息を切らしていないところを見ると、苦戦らしい苦戦もしていない事が伺えた。

 

さらにセブンが視線を逸らすと、オサムは少し離れた場所に生じたクレーターの中で倒れ伏しており、彼を打ち倒した小十郎が自慢のオールバックを整え直しながら、同じく落ち着いた歩調で歩み寄ってくる。

 

そして、彼らの奥では、残る隊員達の内の何人かが、すばしっこく立ち回る成実を相手に必死に魔力弾を乱射して、攻撃を仕掛けていたが、それも半ば翻弄されており、明らかに劣勢な様子を見せていた。

 

「ちぃっ! こいつらぁ…! 揃いも揃ってとんだ役立たずじゃねーか…!!」

 

忌々しげに舌を打つセブンに、政宗は皮肉を含めて忠告を投げかけた。

 

「いい加減に負けを認めろよ? これ以上、抗っても見苦しいだけだぜ? Royal Prince」

 

「諦めるだって? バカを言え! なんで俺がお前達みたいな礼儀も教養もない下級国民如きに白旗を上げなければならないのだ? それに俺の今日の目的は、高町なのはだ。彼女をモノにするまでは決して諦めるものか」

 

「……テメェも相当なStalkerだな。Narcissistで傲慢な上に、そのしつこさとくりゃ、顔と家柄以外、褒められそうな点がひとつもねぇな」

 

政宗は完全に余裕をかました様子でセブンをこき下ろした。

 

「本当に減らず口が減らない愚民風情が…上等だ!…ならば、お前達に“偉大なる魔導師の息子”としての俺の力の真髄を直接味あわせてやる!!」

 

セブンはW. SEVEN.を誇示する様に振りかぶり、全身を金色の光に包み込むと、その服装は金色の鎧を纏い、紅のマントを翻したどこぞの王族の人間の格好のような豪華な仕様のバリアジャケットへと変わっていた。

 

変身を完了したセブンは、まるで格闘技の試合前に選手が見せる派手なパフォーマンスの様な大げさな動きを見せる。

 

(コイツ…今までまともな任務や実戦に出た事がないな……日ノ本(俺達の世界)の戦でそんな踊りをやっていたら、『先手を打ってくれ』とでも言っているようなもんだぞ……)

 

セブンの無駄だらけな動きに、小十郎は内心冷ややかに評しながら、黒龍を構えるが、そこへ政宗が念話で制止をかけてきた。

 

(待ちな、小十郎。このStupid sonはどうしてもこの俺との戦いをご所望みたいだ。ここはコイツの“やる気”を組んで、俺が直々に相手になってやる)

 

(政宗様。確かにこの男はR7支部隊(護衛)の連中程、脅威ではございませんが…それでもご油断だけは召されませぬように…)

 

(I know that…だが、こんな奴相手に両の眼を使うなんて野暮な真似すりゃ、竜の名折れってもんだ)

 

政宗はそう言って念話を切り、セブンと対峙する。

 

「覚悟しろ! 異端の力を使おうが、所詮お前は非魔力保持者(下級国民)! 偉大なる大魔導師の血を継ぐ俺の前には遠く及ばない事を思い知らしてやるぅぅぅ!!」

 

セブンはそう叫びながら、5つの魔力弾を投影し、そのまま政宗に向かって発射してきた。

先程戦ったエンネアに比べると、その速度は雲泥の差であったが、それでも一応エリートだけあってか、中の上くらいの速さと威力はあるようだ。

 

それを刀で凌ぎながら政宗は冷静に、セブンの力量を解析していく。

 

「ほらほらほらっ、どうしたぁ!!!? 俺の攻撃を前に怖気づいたのか!? ハッ! お前がどうやってエンネアを倒したのかは知らないが、どうせ安いトリックでも使ったんだろ!? 現にこうして、正攻法で戦えばお前は俺に反撃ひとつ出来ないではないか?」

 

この勢いを乗って、セブンは完全に余裕を取り戻していた。

政宗が飛来する魔力弾を一発消す度に、もう一発…それを消すと更にもう一発…絶え間なく出現させる魔力弾で政宗のスタミナが消費するまでゴリ押しで迫る戦法を取る様子だった。

 

そんなセブンの猛攻を前に政宗は……

 

(反撃できないわけじゃねぇよ…“まだ、してない”だけだ)

 

心の中で冷ややかにツッコんでいた。

勿論、これを言葉にして直接伝えたところで「虚勢は見苦しいぞ!」と一笑に付されるだけだろうと思い、口に出すつもりは毛頭なかった。

 

そして、既にセブンの実力について確定的な査定が下されていた。

 

 

この男ははっきり言って、自分がこのミッドチルダで出会ってきた人間の中で一番の“雑魚”である―――と…

 

 

魔法の心得こそは人並みよりちょっと上程度かもしれないが、長所らしい長所はそれだけの事…

簡単に激情に駆られ、冷静さを失い、出たとこ勝負な指示ばかり飛ばし、やっと重い腰を上げたと思ったら、攻撃も単調で、特異な技能も特に持っているわけではない…

ましてや、自分がこの世界にやってきてから出会った魔導師達は、なのはやフェイト、はやてやヴォルケンリッター…そして若手ですらスバルやティアナ、エリオ、キャロの様な優秀な才能を持った未来ある逸材ばかりを身近に見てきた為、彼女らに比較して見れば、オサムやエンネアらR7支部隊の隊員…そしてこのセブン・コアタイルという男の実力は、言ってみれば『子供のお遊び』レベル……身も蓋もなく言えば、それが結論だった。

 

「お前は畏れ多くもコアタイル家の後継者である俺に楯突き、その神聖な見合いを台無しにしてくれた…この不敬は万死に値する! 最早、許されるものとは思わない事だな! 身ぐるみを全て剥がして、我が家紋の焼印を背中に押し、大勢の民衆の前でバインドで磔にしてさらし者にして――――」

 

「だからテメェは、やる事、言う事、考える事がいちいち古いんだよ。“Jet-X”!」

 

「!!? ひぇっ!? “ロイヤルガード”!」

 

政宗は呆れた様にぼやきながら、刀を振るい、一発の小さな雷撃弾を発射して反撃した。

勿論、政宗にしてみれば子供を相手にするかのような手を抜きまくった反撃だが、それさえも危うく当たりそうになったセブンは慌てて、大げさにもクリスタルケージ製の障壁魔法を形成して、身を守った。

このバカ息子は、どうやら自分が傷つく事には全く慣れていないようである。

 

「はぁ…! はぁ…!…すー…はー…お、俺としたことが…少々調子にノリすぎてしまったみたいだな…!危うく下級国民の無力な手向かいなんぞに当たるところだったよ」

 

「……その割には冷や汗の量が半端ないけどな? もしかして、あんな虚仮威しにビビったのか? You idiot!」

 

「っ……!? いつまで身の程を弁えないつもりでいるんだ!? 下級国民が!!」

 

「その下級国民相手にいつまでも手こずらされているって現実を、アンタもいい加減に受け入れろよ? “上級国民”様……You’re dumb!」

 

「おのれぇぇぇぇ! 劣等人種の分際があああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

怒りで半分狂乱した状態のセブンが、政宗への殺意を込めて、既に何度目ともわからない咆哮を上げながら、距離を取り、W. SEVEN.を天に向かって掲げてみせた。

 

「我が崇高なるミッドチルダの魔導師の祖 ユリウスよ…偉大なる“7”の数字の名の下に、天に楯突く愚かな逆賊共に、今こそ制裁の鉄槌を下したまえ……」

 

セブンの詠唱に合わせて、W. SEVEN.の穂先に電磁波を帯びた巨大な金色の光球が形成され始めた。

その魔力量は計り知れないのか、収束に伴いセブンの周囲が小さな地震が起きたかのように振動し、ビリビリと空気が張り詰めていくような感覚を覚える。

 

「必殺……“ギルティフィーバスター”!!」

 

セブンが陳腐な魔法名を唱えると同時にW. SEVEN.の穂先の手からそんな雷撃の魔法が放たれた。

まるで発電装置が暴走したかのように、無造作に放たれた大量の細身の魔力レーザーが無造作に中庭中を飛び交う。

 

「ぬおっ! こいつは危ねぇ!」

 

「政宗様!…成実!気をつけろ!!」

 

「えっ!? ってなぁぁっ!!? なんだよあれぇぇ!?」

 

対峙していた政宗は勿論、見守っていた小十郎や、残りの敵兵を掃討していた成実も、まるでディスコライトのように中庭とその周囲の地面や建物を照射し、無尽蔵、無差別に焼き払っていく魔力レーザーの大群には流石に度肝を抜かされた。

 

勿論、政宗と小十郎にしてみれば、こんな無茶苦茶で制御のとれていない魔法を躊躇いなく実戦で用いてきたセブンのあまりの無神経、無配慮ぶりに、違う意味合いで度肝を抜かされたという事なのだが……

 

3人はそれぞれ、横に飛んだり、ジャンプしたり、走るなどして全力で回避していった。

 

「ギャアァァァ!?」

 

「せ、セブン様!? 私達もまだここに――――あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!?」

 

しかし、何十本も放たれた魔力レーザーはまるで怒り狂う蛇の様に、宙を蛇行して辺り一帯を焼き払い、遂には僅かに残っていた味方のR7支部隊員の若輩達を容赦なく吹き飛ばしてしまった。

 

 

(アイツ…!?敵も味方も関係なしか!?)

 

(最早、貴族や魔導師云々の話ではありません! あのロクでなしは、人の上に立ってはならない類の人間です!!)

 

政宗と小十郎は回避しながらも、念話でセブンの無茶苦茶な振る舞いをそれぞれに詰った。

 

「ハハハハハハハッ!! 見たか劣等人種共!! これぞ、崇高な貴族魔導師ならではの魔法! この技を解放してしまった以上、お前達の負けは確定したも同然! 力尽きてその身が消し灰にされるまで、この閃光の暴風が止まる事はない!!」

 

(Shit! 雑魚のくせに、面倒な技使いやがって! それに偉そうな口叩いてるが、とどのつまりは、テメェで技がControl出来ねぇって事だろうが!)

 

政宗は必死に魔力レーザーを回避しながら、セブンの虚勢だらけでいい加減なこの大技を心の内で酷く毒づいた。

おそらく、セブンはこの技を完全に習得しているわけではなく、その威力と見栄えの派手さだけを優先して、あとはデバイス自体の高性能に頼る事でどうにか放射こそできるものの、あとの制御は全くできていないようだ。

 

その証拠に、セブンのデバイスを握る手は激しく揺れ、かなり不安定である事が一目瞭然である。

自らの見栄と、政宗達への敵意の為だけに、完全に習得していない技を実戦に持ち出すという軍事組織のエリートとしては前代未聞な愚行を平然としでかすセブンに、政宗は苛立ちと呆れの溜息を吐いた。

 

それでも、この魔力レーザーの威力自体は凄まじいものである事は事実である。

このまま、闇雲に逃げ回っていたら、自分達だけでなく、ホテルの周辺にも被害が及ぶ可能性があるわけだ。

どうにか、これを止める方法はないかと政宗が考えを巡らせようとしたその時―――

 

「アクセルシューター!!」

 

突然、背後から飛来してきた一発のピンク色の魔力弾が魔力レーザーの発射元であった巨大な光球に命中して、相殺する形で消滅させた。

 

「何っ!?」

 

セブンが驚愕し振り向くと、そこにはバリアジャケットに着替え、アクセルモードのレイジングハートを構えたなのはが立っていた。

一瞬の出来事に、政宗達ですら呆気にとられてしまっている。

 

「いい加減にしなさい! セブン准陸佐!如何に貴方が統合事務次官の息子であろうとも…私のお見合いの相手であろうとも…これ以上の勝手な振る舞いは、機動六課の分隊長として見過ごすわけにはいきません!!!」

 

毅然とした口調で糾弾するなのはの隣に、ヴィータもやってきて立ち並んだ。

2人の姿を見た政宗は、無事にホテルの従業員達の避難誘導は完了した事を察した。

 

「セブン・コアタイル。これ以上無闇に暴れてこのホテルを破壊し、街に危害を及ぼすつもりでいるのなら…“乱心者に対する緊急措置”としてテメェを一時拘束させてもらうがいいのか?」

 

なのはの糾弾と、ヴィータの挑発的な問いかけを聞いたセブンの顔が怒りで激しく歪む。

 

「ふざけるなぁッ!! 所詮は本局の重鎮方のお気に入りなだけの成り上がりの分際で、このセブン・コアタイルに指図する気か!? 庶民風情がいい気になるなぁぁぁぁッ!」

 

なのは達の言葉はセブンの逆鱗に触れたのか、咆哮を上げながらW. SEVEN.の穂先を、彼女達に向けて構える。

最早、目の前にいる人物が直前まで見合い相手として固執していた人物である事など、最早脳裏にない事が、その血眼になった顔から十二分に伺い知れた。

 

「どいつもこいつも俺をナメやがって!! こうなったら、全員まとめ――――」

 

 

刹那、蒼い影が、サッとセブンの身体の脇を通り過ぎる。

同時に、セブンの握っていたW. SEVEN.に違和感を感じた。

一体何が起きたかと、少し動かそうとしたところ、豪華絢爛な杖型のデバイスは穂先から3段階に分けて、バラバラに切断され、地面に崩れ落ちてしまった。

同時にセブンの王族装束のようなバリアジャケットも、解けて、勲章を全身に着けた紅色の制服姿に戻った。

 

「なっ!? お、お…俺…俺の…!!? で…でば…でば…デバイス…ッ!!!?」

 

真ん中より先が斬り落とされ、柄だけになってしまった愛器を前に、声と身体を震わせるセブンが前を見ると、いつの間にかそこには背後で魔力砲から逃げ回っていた筈の政宗が刀を手に立っていた。

政宗だけではない。周りを見ると、自分を囲む様に小十郎、成実がそれぞれ愛刀を手に、何れも殺気を全開にしながら立っていた。

 

 

「Ha! なのは! NiceなTimingだったぜ! おかげで、このバカのSpecial trickを叩っ斬る絶好のChanceが出来たぜ!」

 

「えへへ…なんだか、美味しいとこ取りしちゃったみたいでごめんね♪」

 

まる汚いものを斬ったと言わんばかりに血糊もついていない刀を大きく振り払いながら政宗が言い放つと、なのはが照れくさそうに笑う。

 

「なっ!? ひ、卑怯だぞ!!」

 

セブンは舌を縺れさせながらも、自分達の事を棚に上げて、政宗達を非難する。

勿論、そんな説得力のない非難など政宗は微塵も意に介する事はなかった。

 

「人質とったりしたテメェが言えた口じゃねぇだろうが…それよりも……」

 

政宗はゆっくりと、一刀を手にしてセブンに近づきながら、落ち着いた…しかし、ドスの効いた声で語りかけていく。

 

「テメェにはっきり言っておいてやる。テメェは確かにこの世界の社会では相当なEliteなのかもしれねぇ…だがな、身なりはEliteでも、テメェのその心は、テメェが散々見下している“下級国民”以下のDustだ!!」

 

「お……俺が…下級国民以下……だと…!!?」

 

政宗の容赦のない一言に、怒りと慄きで震え上がるセブン。

 

「なのはは、テメェみてぇな、何もしねぇで自分は世界の中心とでも思い昂ぶった勘違い野郎と所帯を持つ気なんざまったくねぇし、ましてやテメェらの低劣な圧力に屈する事もねぇ! もしこれ以上、しつこく俺の女に言い寄るつもりでいるのなら――――」

 

政宗は話しながら刀を大きく振りかぶって見せた。

まさか、そのままセブンを斬り捨てようとするのかと、止めようとするなのはとヴィータだったが、次の瞬間には政宗の刀が一閃…振り降ろされた。

 

 

パサッ……

 

 

すると、セブンのチャームポイントのひとつだった女性のように艷やかな金色の長髪が頭の真ん中辺りでバッサリと両断され、バラバラと足元の周りに落ちる。

同時にセブンの着けていた自慢の勲章達も次々に真っ二つに切り裂かれて、足元に散らばる髪の毛にポトポトと落下した。

 

そして、政宗は呆気にとられているセブンの目の前…ほんの2,3ミリの差の距離まで刀の鋒を突きつけると、殺気を込めた隻眼の眼光を飛ばして、今までで一番のドスの効いた声で一言言い放った。

 

 

「今度はテメェのその悪趣味なLong hairじゃなくて、身体が真っ二つにされると、そう思え……」

 

 

政宗はそこで一度言葉を区切り、大きく息を吸い込むと…

 

 

 

「Understaaaaaaaaaaaaaaaaaaaand!!!!!?」

 

 

 

中庭中…いや、この界隈中に反響せんばかりのボリュームで怒鳴りつけた。

真正面からそれを喰らったセブンが吹き飛び、地面を転がり、ちょうどそこに転がっていた戦いの余波でへし折れた中庭にあったモニュメントに激突してようやく止まった。

幸い頭は打たなかったのか、直ぐに顔を上げるが、その目にはこれまでとは一転して、明らかな恐怖の色に染まっていた。

 

 

 

「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃぃッ!! お、おお、お助けええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

まるで金メッキが剥がれたかのように、貴族としてのプライドもへったくれもない様な情けない悲鳴を上げながら、セブンは倒れているオサムやエンネアらR7支部隊員達をそのままに、一人遁走しようとするが、腰が抜けてしまったのかまともに立ち上がる事もできず、床を必死に這えずりながら逃げようとした。

 

だが、そこへさらなる2つの容赦のない追い打ちがかけられる。

 

 

ガッ!

 

ザクッ!!

 

 

突然目の前に何かが刺さるような音が聞こえ、セブンが恐る恐る見上げると、そこにはそれぞれ鬼の様な形相をした小十郎と成実がまるで仁王像の如く立ちはだかってるのが見える。

さらに地面に這いつくばっていた両手へ視線を移すと、左右双方の親指と薬指の間の隙間…右手側には小十郎が黒龍を…左手側には成実が無柄刀を突き立てていたのだった。

 

「ぴぃぃ!?」

 

それを見た事で、セブンはさらに戦慄し、錯乱状態に陥った。

 

「兄ちゃんからのヤキだけで済むと思ってんのか? このどてかぼちゃ野郎…! 汚ねぇ手ぇ使って、兄ちゃんを散々苦しめやがった分…きっちり俺がヤキ入れてやっから覚悟しやがれ!!」

 

「それから…見合いの席では剣術はおろか、和食…特に“ネギ”を侮辱する様な戯言抜かしてやがったな…? その落とし前もたっぷりつけてやらねぇといけねぇな…」

 

それぞれ片手の拳を対する掌にバンバンと打ち付けるポーズをとったり、指をバキバキと鳴らしながら、それぞれ額に青筋を立てて宣言してくる成実と小十郎の背後には一瞬怒れる2匹の竜の幻影が浮かび、それがセブンの恐怖心に決定的な拍車をかけた。

 

 

 

「びええええぇぇぇぇぇ!!ぱ、パパァァーーーーーー!!」

 

 

((“パパ”ッ!!?))

 

 

股間から滝のように小便を垂れ流し、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、セブンはまるでゴキブリの如き速さで、地面を必死に這いながら、這々の体でホテルの中へと逃げていった。

 

その途中で衝撃的な父親への呼び方を、条件反射的に発してしまい、なのはやヴィータを驚愕させながら…

 

見合いが始まるまでとは正反対の、その惨め極まる姿は、実に情けなく、そして滑稽だった―――

 

 

「あっ!? 待ちやがれ! このヤロー!!」

 

慌てて追いかけようとする成実を、なのはが止めた。

 

「成実君、もういいよ。とりあえず、これでお見合い自体は破談になったし、セブン准陸佐も多分あれで懲りたと思うから……」

 

「えぇー!? でもどうせなら、一発ぐらいぶん殴って、あの憎ったらしい鼻っ柱へし折ってやった方がよかったんじゃないの?」

 

「いいじゃねぇか。とりあえず、なんとかはなったんだし…それに流石にあんな救いようのないバカ息子でも直接ぶん殴っちまうのはマズいからな」

 

そう言って、ぶーぶーと文句を垂れる成実や、やや不満顔の小十郎を窘めながらもヴィータは清々しい笑顔を浮かべる。

 

「それよりも…でかしたぞお前ら! アタシらの分まであのクソムカつく連中を叩きのめしてくれて!」

 

「フッ…正直俺も、胸がかなりすく戦いだったぜ」

 

小十郎が微笑を浮かべながら言った。

 

「特に成実! お前は特に大金星上げてくれたな! 勝手について来た事については後で問い詰めるとして、とりあえず褒めてやるぜ!!」

 

「えっ!? 金星ってなに?! 黄金色の金平糖みたいなやつ!? いやっほーい! 甘いものは大好きだぜ俺!!」

 

「あぁ! 甘いもんでもなんでも、後で食わしてやるよ!!」

 

盛り上がる3人を横目に、なのはが、刀を鞘に収める政宗に駆け寄って話しかける。

「政宗さん」

 

「Ah?」

 

「ありがとう…♡ 助けてくれて」

 

「Hum…悪ぃな…あんまりCoolじゃなかったな…」

 

「ううん。 政宗さんは私が言いたかった事を代わりに言ってくれたようなものだよ。 私もセブン准陸佐の態度は許せなかったから」

 

なのはがそう言って笑顔を浮かべると、政宗の表情も自然と緩んでくる。

 

「それにしても断れてよかったな。 あんなド屑なmilky boyと所帯なんて持ったら、お前の身が穢れちまうぜ」

 

「ふふふ。 彼には悪いけど政宗さんの言うとおりだね」

 

政宗の言葉になのはは、小さく笑った。

一先ず、お見合いは無事に破談に追い込む事ができた…

 

とはいえ、これで全てが終わったわけではない事が政宗もなのはもわかっていた……

おそらく、セブン達はこれで黙って引き下がる筈はない。

それに成り行きとはいえこれだけの大騒動に発展してしまったのだ…色々と各方面に説明をする必要がある……

 

それを物語るかの様に遠くから、警邏隊の緊急車両のサイレンが近づいてくるのが聞こえた。

 

まだまだ、政宗達がこの地でやるべき事は沢山ありそうだ―――




オリジナル版ではありそうでなかった伊達軍三大幹部集結戦!

これを書きたいが為に、リブート版では成実をオリジナル版よりも早く登場させたわけです!
いやぁ、書いててホント楽しかったなw


そして、我らがリリバサ最大のヘイト要員 セブンのバカ坊っちゃんと、リブート版より新たなに登場したその取り巻き共『R7支部隊』も見事に、この記念すべき初集結のかませ役として大暴れしてもらいましたw

さて、オリジナル版ではこの先、五刑衆のあの人が登場したり、本来はこの後に成実が合流する事になったのですが、果たしてリブート版の今後はどんな展開になるのか……実はまだ完全にプロットが完成されていなかったりするのはここだけの話w(おい!)


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第五十章 ~一触即発!? ここは湯の街、カマサ=ワギ温泉~

下衆な選民思想者 セブン・コアタイルとの見合いは、政宗ら奥州伊達軍の奮闘と、思わぬ乱入者、成実によって一先ず窮地を脱する事に成功した。

なのは達は結果の報告と今後の対応についてはやてと相談しようとするが……

一方、彼女達の知らないところでは、西軍もまた新たな動きを見せつつあった。

なのは「みんな大好き! 愛の魔導師!高町なのは!」

政宗「ってGenreが違う! それじゃ、別のtransform heroineだろうが!」

成実「そういう兄ちゃんだって、同じ時間じゃ蒼い狼の変身ヒーローだったくせに?」

政宗「誰が蒼い狼ガル!」

なのは・成実「「ほら、それ!」」

フェイト「リリカルBASARA StrikerS 第五十章 私…堪忍袋の緒が切れました!」


時は、なのはの見合い前夜にまで遡る――――

 

ミッドチルダ某所 スカリエッティのアジト…その最深部にあるスカリエッティの研究室では、西軍総大将 石田三成が、自分達をここへ招集した張本人であるこの部屋の主を忌々しげに睨みつけていた。

 

「スカリエッティ、こんな夜更けに一体何用だ…? 貴様の常軌を逸する与太話の聞かせ役を作るために呼んだなどとふざけた理由を述べると、ここで今すぐ斬首だ」

 

三成の、その手に持った長刀の様に鋭利な視線と口調で構成された詰問に対し、ラボの中心にある自分のデスクに腰掛けたジェイル・スカリエッティは少しも臆する事無く、飄々とした物腰で返した。

 

「相変わらず、三成君は気が短いね。安心したまえ。さしもの私も、君が人の聞き相手になるほど器用でない事くらいは、既に承知しているよ」

 

「ふん…厭味な奴め…では、率直に用件を言え!」

 

「まあまあ、話は、彼らが来てからでも遅くはないよ」

 

スカリエッティが話しながら、チラリと三成の肩越しに目をやった。

その視線につられて振り返ると、そこには同じ五刑衆の第三席 小西行長、第五席 上杉景勝両名の姿があった。

 

「おっ? なんだ、お前も呼ばれてたのかよ? 三成」

 

「珍しいですねぇ。今この本陣に集っている五刑衆全員が一挙に集うだなんて…」

 

気さくに話しかけてくる景勝や、優雅な物腰で嘯く行長を無視して、三成は再びスカリエッティの方に視線を戻す。

一応は同じ豊臣の最高幹部としての“同志”である彼らの姿を見ても、三成は特別情を抱く事などはなかった。

 

三成にしてみれば“豊臣五刑衆”などという大層な肩書ですらも、秀吉やその創設者であった竹中半兵衛が亡き今となっては、掲げたところで意味のない無用の長物であった。

 

秀吉、そして半兵衛が生きていた頃であれば、五刑衆の席位は言わば、覇王・秀吉の側近…手足として認められた存在であるという証であり、自らの山よりも高く、海よりも深い忠義の心の象徴と思えた。

 

当時の五刑衆は、言うまでもなく半兵衛が筆頭格である第一席“主将”であり、自らは第二席“凶将”の地位に立ち、秀吉の為にその凶剣を奮っていた。

しかし、半兵衛が死に、秀吉が斃れた後……残された豊臣の残党勢力達から、秀吉の後継者として担ぎ上げられる形で、畏れ多くも半兵衛の座位であった第一席“主将”の座に座る事となったが、それは自らが敬愛した秀吉や半兵衛から認められたが故の名誉ではない…

秀吉の栄名と偉業に対して、未だに追い縋って、その威光を傘に着ようとする“弱者”達が祭り上げただけに過ぎない“虚構”の称号や名誉など、三成にとっては毛ほどの価値も見出す事が出来なかった。

 

故に、ここに集う“今”の五刑衆の面子もまた、そんな“虚構”の名誉の中で集った仮初の同志に過ぎない。

現に、第三席の行長は、まるでかつての豊臣の宿敵である“魔王”織田信長とその支配下の者達の如く、豊臣の覇業の為を名目にして手前勝手に殺戮と加虐を楽しみ、第五席の景勝は与えられる仕事こそキチンとこなせども、その実、豊臣の幹部には相応しくない程に義理や情に絆されやすい一面がある…

 

はっきり言って今の五刑衆は、設立当初の本分であったはずの『“覇王”への忠義・貢献』といった意義を失っている。

それはその忠節を捧げる相手となる筈の秀吉がいない事もそうだが、それ以上に“五刑衆”という看板が、秀吉が現役の頃以上に『豊臣の力の象徴』という印象を、良くも悪くも豊臣軍内外双方に、強烈に植え付けてしまったからだ。

 

自らの右腕にして、現在の豊臣派勢力の統合組織である『西軍』を取りまとめている筆頭参謀の大谷吉継でさえも、五刑衆の偉名を『力』として解釈しているのではないかと微かに疑心を抱く時さえもあるくらいだ。

 

「皆、揃ったようだな…結構…」

 

その時、別方面の暗闇から聞こえてきた声に、三成をはじめとする三人の五刑衆の視線が集う。

噂をすれば影…空飛ぶ腰に乗った西軍筆頭参謀 大谷吉継と、石田軍外交尼 皎月院が、並んで暗闇から現れたのだ。

 

「景勝…行長…そして三成よ……こうしてぬしら“五刑衆”に集まって貰ったのは他でもない…我ら西軍にとって、今後の方針を左右する“吉報”が入ったのだ」

 

「吉報?」

 

三成の脳裏に浮かんだ言葉をそのまま、景勝が代弁してくれた。

 

「私や景勝殿だけでなく、三成殿にまでご足労願う程ということは…我ら豊臣にとってこの上ない“獲物”を狩る好機(チャンセ)がきたとでも仰るので?」

 

行長が右手の人差し指で、左手に掴んだ愛用の凶器である蛇腹剣仕様の鞭“黒縄鞭”の鋭利な刃を撫でながら、邪悪な毒蛇の如き冷たい笑顔を投げかけながら尋ねる。

これに対して、皎月院がやはり見た者の背筋を凍らせるような薄ら笑いを浮かべて返した。

 

「残念ながら、まだアンタが想像している様な最高の内容の“吉報”が届いたわけではないさ。行長…しかし、事と次第によってはそうなる日がくるのが、一日でも早くなる……っとは言えるかもしれないね」

 

「…何度も同じことを言わせるな! うた! 報告は簡潔明瞭に伝えろ! 貴様の回りくどい吟詠は沢山だ!」

 

苛立たしげに叱責する三成に対し、皎月院は作ったような失笑を浮かべながら、頭を振る。

 

「わかったよ。やれやれ、偶には物事を遠回りした観点から見据える事も悪くはないと思うんだけどねぇ…」

 

そう話しながらも、皎月院はわざとらしく間を置いてから、口を開いた。

 

「三成…それに行長…アンタ達なら一度は聞いた筈だね? ロストロギア“クライスラの遺産”の話は…」

 

その単語を聞いた三成と行長がピクリと反応する。

 

「……確か、貴様らが此度の“計画”に必要不可欠だという太古の時代に滅びた魔法文明の遺物…だったな…?」

 

それは、以前スカリエッティ一派が時空管理局本局・無限書庫所属の考古学者 ユーノ・スクライアから強奪した無限書庫のデータベースを解析した際にスカリエッティや大谷、皎月院がその所在地を探し求めていた無人世界ドミナリアに存在したとされる古代魔法文明『クライスラ帝国』の聖遺物3点“アヴァロンの果実”、“エルドラドの古文碑”、“シャングリラの魔杖”の総称であるロストロギアの名であった。

 

スカリエッティ達はなにかの目的の為に、管理局が特に厳重に管理しているそのロストロギアを求め、その所在地を探ろうとしたが、その前に無限書庫側によってデーターベースを強制封鎖されて、『現在はある管理局員の一派の下に管理されている』という情報しか知る事が出来ないでいたのだが…

 

「その『クライスラの遺産』のひとつ…“エルドラドの古文碑”に関する情報が少し解明できたのだ」

 

「…なんだと?」

 

「ほぉ…」

 

三成が片眉を上げながら呟く様に返し、行長は興味深そうに声を漏らす。一方、三成達が『クライスラの遺産』について聞かされた際には、まだその場にいなかった景勝は、「何の話だよ?」と怪訝な顔をしながら尋ねる。

 

「私の片腕であるナンバーズの1番 ウーノが解析できたデータによると、本来ならこの手の品は本局の総合歴史技研において研究が行われるはずだが、今はなぜか地上(ミッドチルダ)の民間の考古学研究組織の下で保管・研究が進められているとの事だ。…おそらく元の担当だった局員が独占目的で手を回した結果だろうね」

 

「その考古学研究組織とは?」

 

行長が尋ねた。

 

「残念ながらそこまでデータの解析は出来ていない。ミッドチルダには管理局の委託組織だけでも1000以上の研究機関があるが…果たして、どの組織が管理しているのか…?」

 

「それが…貴様らが大々的に宣った“吉報”とやらの全容か? だとしたら、とんだ肩透かしであったな…」

 

三成が失望した様に重い溜息を漏らしながら踵を返そうとするのを、大谷が止めた。

 

「そう逸るな。三成よ…話の本題はここからであるぞ。…確かに品の所在地は掴めていないが、その手がかりとなる組織の名は掴む事が出来たのだ」

 

「…さっさと話せ」

 

三成が鋭い視線を投げかけながら威圧的に命じると、大谷はそれを慣れた様子で聞き入れながら頷いた。

 

「然らば……スカリエッティの話すところによれば、解析された情報の内に「“エルドラドの古文碑”を本局から地上へ護送する際には、ある“部隊”がその任務を担った」という記載があったそうな…その“部隊”とやらを探れば、ひょっとすると、より確信的な情報を掴む足がかりとなるやもしれぬ…」

 

大谷の話を聞いた景勝が、何かを感づいたのか、指をパチンと鳴らした。

 

「……なるほどな。話の筋が読めたぜ大谷。とどのつまりは次の五刑衆(オレ達)標的(マト)はその“部隊”って事になるわけだな?」

 

「ふむ…それも“情報を掴む”…という趣旨が目的とあらば、ある程度の捕虜と拷問は必要不可欠……素晴らしい。久々に刑吏奉行冥利に尽きる仕事になりそうですねぇ、フッフッフッフッフッ…」

 

行長はそう言うと、服の袖で口元を隠しながら、粘着質な笑みを上げた。

既にその頭の中には筆舌し難い程に残忍で猟奇的な拷問の手段を考えているのであろう。

 

「行長君。君の期待に水を差すようで申し訳ないがね。生憎と今回の出撃要員は、既に私と大谷殿、皎月院殿との話し合いの内に決定済みなのだよ」

 

「…!? これはしたり。こういう任務は私の専売特許である事は、貴方も十分ご承知の筈ですよね? セニョール・スカリエッティ」

 

行長は袖を顔から離しながら、大仰なくらいに肩を竦めながら、露骨に抗議の意志を顕にする。

それに対して、スカリエッティは実に落ち着いた様子で応対してみせた。

 

「勿論。君の実力とこの任務との相性の良さは私も十二分に存じているよ。しかしながら、今回の標的(獲物)には、わざわざ“絞め上げてまで”引き出せるような情報を持っていそうな重要な人物はいない。故に不必要に捕虜を作ったところで無駄骨だと考え、敢えて君を実行役(侍大将)から外したというわけさ」

 

それを聞いて筋は通っていると納得しながらも、尚も行長の不満は拭えない。

 

「……然様ですか。しかし、捕虜にならぬならば、この際殲滅戦(皆殺し)でも喜んで承るというのに…特に私と景勝殿とが組めば、半刻(はんとき)*1も頂ければ、敵を全員血祭りにあげる事など造作もありませんよ?」

 

「おい、小西! 冗談言うなよな! オレはテメェの鬼畜趣味とは違って、無駄な殺しはごめんだし、テメェなんかと組むのも絶対ごめんだからな?」

 

「ほう。景勝殿は同じ五刑衆の同志である私を信用できないとでもおっしゃるのですか? それとも、ご自分は私とは違って武士としての崇高な志を掲げていらっしゃるおつもりですかな? いやはや、流石は名門“上杉家”の御当主でありますな。“軍神の跡取り”の名に恥じぬその気高く美しい心意気…まさしく“女性”が如くですなぁ」

 

「―――ッ!?」

 

途端に、景勝は目を光らせて行長を睨みつけた。

その慇懃無礼な言葉に含まれた自分の琴線に触れるワードと同じ数だけ、眉間に青筋が浮かんでいる。

 

「テメェ…言うに事置いてオレにとって禁句をよくもベラベラと…それに、無意味に人を甚振ったり、ぶっ殺したりして楽しんでるような下衆極まる毒蛇野郎のテメェなんかの汚ぇ世辞聞いてたら、耳が腐るっつぅの」

 

「おや、それは大変ですねぇ。「腐る」というのであれば、その耳はいりませんね? 私が引きちぎって、貴方の大好きな酒か、塩にでも漬けて差し上げましょうか?」

 

「その前にテメェのその気障な面ぁ叩き潰して、脳みそぶちまけて、酒樽にでも詰め込んでやるよ…!」

 

いつの間にか、景勝の手には愛剣である大斧刀(だいふとう)砕鬼丸(さいきまる)”が、行長の両手には“黒縄鞭(こくじょうべん)”が握られていた。

2人の周囲に凍てつくような殺気が帯びる。

ここに左近か元親でもいたら、慌てて2人を仲裁しに入るであろうが、大谷も皎月院もスカリエッティも全くそれをしようとしない。

そればかりか、これから始まろうかという凄惨な修羅場をまるでショータイムの様に楽しみにしている様子さえも伺えた。

 

「いい加減にしろッ! 行長! 景勝!」

 

不意に、殺気に満ちた研究室内に三成の怒鳴り声が響いた。

 

「此度の術策について人選は刑部やうたの考慮もあっての事であろう? ならば、その采配、西軍総大将である私の権限の下、全て彼らに任せる事とする! これ以上、無駄な争いで豊臣全体の足並みを乱す様な真似は、この私が許さない!!」

 

景勝がギロリと三成を睨みながら物申した。

 

「けどよ三成! コイツは、オレの最も癇に障る事を平然と突いてきやがったんだ! 武人として許しちゃおけねぇ! ここで白黒はっきりつけてやらねぇとオレの腹の虫が収まらねぇんだよ!」

 

行長も負けていない。

 

「ほぉ…五刑衆末席の貴方が、第三席の私に楯突くおつもりですか? …いやはや、てっきり私は、太閤殿下亡き後の豊臣における序列など興味もないと思っていたのですが、やはり貴方も戦国の世を生きる武士でしたか。 それとも…“軍神の跡取り”という矜持(オルヴォーリョ)故…ですか?」

 

「テメェ……!!」

 

景勝が今にも行長を殺しにかからんと言わんばかりに大斧刀を肩に担ぐようにして振りかぶった。

 

「くどいッ!!」

 

三成の二度目の一喝が研究室に響き渡った。

見ると、その手には長刀が何時でも抜きにかかれるように握られている。

 

「二人共、大人しく引け…これ以上打って出るというのであれば、貴様らの序列に関わらず、先に動いた方を斬首の刑に処する」

 

三成は2人に負けず劣らぬ程の殺気を解放しながら、2人を鋭い眼光で睨みつける。

三成の本気の殺気を前に、いきり立っていた2人の五刑衆も急速に沈静していく。

 

「もう一度告げるぞ…此度の策の采配は刑部達に一任する。お前達は下がれ! それからこれは無用な諍いを起こした罰だ! 貴様達は今後、私の許可が下りるまで互いに接触を禁ずる!!」

 

「あぁ、上等だよ! 誰がこんな毒蛇野郎の面なんか拝みたがるってんだ! おとといきやがれ!」

 

景勝は失った怒りの矛先を当てつけるかのように構えていた大斧刀で、近くにあった何も入っていない等身大の培養カプセルを叩き壊し、走るように研究室から出て行った。

 

「……やれやれ…せっかく、これを機にあの小煩い武者気取りの跳ねっ返り娘を斬り刻めると思ったのに…っと、わかりました。下がっています」

 

行長も闘志と虐気を向ける先を失い、結局、一滴の血も与える事のできなかった愛鞭を見下ろして腰に戻しながら軽口を叩くが、三成から本気で睨まれた為、苦笑しながら一礼すると、同じく研究室を去った。

 

「いやはや…“仲よきことは美しきかな”。実に愉快な仲間が揃っているねぇ、豊臣五刑衆とは……」

 

一先ず最悪な事態こそ避けられたものの、仰々しく重々しい雰囲気が色濃く残る研究室に相応しくない程に、軽薄な声でスカリエッティが三成に向かって特大の皮肉を投げかけてくる。

大谷は、つくづくこのスカリエッティという男は、欲や狂気だけでなく、肝の図太さもまた常軌を逸していると思うのだった。

一方の三成は最早この程度の皮肉で目くじらを立てる事さえもなくなったのか、完全に無視しながら、カチンッと長刀を鞘に収めて、下ろした。

 

「とはいえ…三成君の意外な一面を見れたのは、なかなか興味深かったよ。まさか君が仲間内の揉め事を自ら裁くとはね。てっきり、西軍総大将や五刑衆主将の位もあくまで飾りとしか思っていないものとばかり思っていたけど…」

 

「…勘違いするな。スカリエッティ。私は彼らの為にやったわけではない…」

 

三成は淡々とした口調で語る。

 

「今の五刑衆は、所詮は“幻想”や“追憶”の上に集った同志とはいえ、一応は豊臣とそれを信じ従う者達の“主柱”を担っている…どんな強固な軍船も、竜骨となる骨組みが罅だらけでは、敵に攻められる前に自ずと沈み果てる…然様な無様な事で、家康や奴の尻馬に乗せられた東の将達に付け入られでもすれば…冥土にいる秀吉様や半兵衛様に対して、面目が立たぬであろう!」

 

「なるほどね。そういう事か…」

 

スカリエッティが愉快げに聞き入った。

個人的に関心はなけれども、五刑衆の存在が西軍を構成する上で根幹として重要な意味を成している事は三成自身も理解している。

故に、その土台を最低限固める為に、必要に迫られると柄ではないが、筆頭的立ち位置である“主将”の地位を利用し、こうして自ら詮議を開いて、裁きを下す事もあった。

 

「それよりも刑部、うた……一体、貴様達は誰を刺客に選んだのだ?」

 

「あんたにとっては皮肉かもしれないけどねぇ、三成。実は、此度の作戦はアンタが今しがた言っていた“ “幻想”や“追憶”の上に集った同志”の一人の、この世界における“初陣”なんだよ」

 

「………なんだと?」

 

皎月院が発した意味深な言葉の意図を察した三成が、ピクリと眉を上げる。

 

「…やはり五刑衆は全員この世界に飛ばされていたというわけか…馳せ参じたのは、どちらだ? “凱将”か?“妖将”か?」

 

「“妖将”の方だよ。“凱将”はまだ具体的な所在地もわかっていない…まぁ、知ってのとおり、あっちは五刑衆の中でも一番手に負えない奴だからね…合流したらしたで後が苦労するだろうけど……」

 

肩をすくめながらボヤく皎月院を窘めるように大谷が言った。

 

「…これこれ、うたよ…大事な戦力をそう無碍に評するものではない…それに、われにしてみれば “妖将”の方も、あれはあれで、なかなかに一筋縄にいかぬと思うがな…」

 

「…“彼”の事は2人から聞いたが……流石“五刑衆”に名を連ねるだけあって、これまた面白い逸材じゃないか。是非とも、早くここへ招いて直に話を聞いてみたい」

 

嬉しそうに語るスカリエッティに対し、大谷が言った。

 

「“あれ”はあまり群れる事を好まぬ故な…果たして素直にここへ参ずるかわからぬが…とはいえ本陣(ここ)の場所は伝えておいた故、おそらくは事を終え次第、報告に現れるであろう…」

 

「つまり…既に“奴”は動いているのか?」

 

三成が尋ねた。

 

「然様」

 

「………目標(マト)は、如何なる勢力だ?」

 

大谷は包帯に包まれた口元をニヤリと釣り上げながら応える。

 

「……時空管理局地上本部付き特殊作戦群『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』R7支部隊…場所はその本拠点“ラコニア”と呼ばれる街ぞ……」

 

 

 

 

そして…時間は進み、現在―――

 

ラコニア市内の郊外にある小さな温泉街 “カマサ=ワギ温泉”。

巨大なイデアクリスタルの鉱山が近くにあるこの地はその天然の魔力炉を使った発電所と、それを起動する際に起きる自然地熱によって湧き出るという珍しい方法で出来た温泉が売りであるこの観光街は、賑やかな市内の中心部に比べると、人の入り様こそ変わらないが、やや落ち着いた雰囲気に包まれたラコニアを代表する観光名所のひとつだった。

山の峰を切り開く形で開拓された温泉街の一番高い場所に位置するのが温泉街屈指の有名ホテル『ピジョン屋』だった。

『Cassiopeia Plaza』に比べると大幅にランクダウンした庶民向けのホテルだが、値段は良心的で、少し値段を上げるだけで、街を一望できるパノラマビューが売りの中々良質な部屋に泊まれるという事で、人気の高いホテルであった。

そんなホテルの一室を借り、なのは、政宗、ヴィータ、小十郎、そして成実の5人が集まっていた。

 

ホテル『Cassiopeia Plaza』での騒動後、駆けつけた市内に配備されている陸士隊から軽く尋問を受けることになった政宗達であったが、なのはとヴィータが仔細を説明してくれたおかげで、然程時間をとられる事なく開放された。

 

政宗達がR7支部隊に対して働いた暴行行為については『正当防衛』が認められ、あまりやり過ぎると「過剰防衛」になるとお咎めがあった事以外は問題になる事はなく済んだが、これは見合いの仲人役だったエミーナ・メアリング執政総議長の口添えがあった事が大きかった。

尤も、口添えと言っても、乱闘騒ぎが集結した後、今更になって現れたエミーナはどうしたらいいかわからずに狼狽えてばかりだったが、なのはから

 

「セブン准陸佐やR7支部隊のやった行為は完全に管理局の部隊としての規律を逸脱する様な狼藉行為です。もしこれを地上本部に報告して、問題事案として取り上げなければ、貴方が叩かれるかもしれませんよ? 特にレジアス中将がこれを知ったら唯ではおかないと思います」

 

と遠回しに『自分の立場が危うくなる』とカマをかけられるなり、

 

 

「なんですって!? それはいけないわ! 安心して頂戴“さくら”さん! ちゃんとこの事はレジアス中将にきっちり相談して、ザイン事務次官にもお小言を言ってもらうようにするから!私にドン!と任せな―――ォエッ!ゲホッ!ゲホッ!!」

 

 

っと胸を叩いて激しく咳き込んでしまうというなんとも頼りにならなそうな様子でそう言い残して、早々に地上本部へと引き上げていってしまった。

 

当然、なのは達はエミーナを当てにするという“無駄な考え”は端からなかった。

彼女がコアタイル派、ゲイズ派双方から体の良い使いっぱしりとして軽んじて見られているという噂は、今日の見合いでの様子からして一目瞭然であった。

 

そんなわけで、『Cassiopeia Plaza』から脱出したなのは達は、一先ず場所を変えて、本部への報告と、今後について相談する為にどこかゆっくり話せる場所を探す事にしたのだが、正直言ってホテルを出るまでよりも難儀したのはそれからの方だった。

 

売られた喧嘩を買ったまでとはいえ、街の中心部にある一級ホテルで建物を半壊させる程の乱闘騒ぎ…それも街に駐留する部隊の中でも統括者的存在の精鋭部隊とそのメインスポンサーであるコアタイル家の御曹司相手に繰り広げ、あまつさえその御曹司を完膚なきまで叩きのめしたとなっては市民の関心を集めないわけがなかった。

ホテルの周囲には野次馬が集り、それらの目を盗んで脱出するまでに散々骨が折る事となったなのは達だったが、脱出したらしたで、苦労させられる事となった。

 

ホテルでの騒ぎは瞬く間に市内の各地に噂になって広がっており、下手にひと目につきそうな場所に寄ることもままならない事がわかったなのは達はそれから、しばらくの間落ち着いて話し合いのできそうな場所を探し求め…最終的に現地の警邏隊に相談した結果、郊外にあるこの『ピジョン屋』の一室を借してもらう事となったのだった…

 

こうしてようやくゆっくり話し合える場所にたどり着いた一行は、部屋に着くなり、早速ホログラムコンピュータで通信を開き、隊舎にいるはやてに事情を説明する事にした。

 

《さてと…成実君。ほんまやったら、あんたのやった事は重大な規則違反に値する事やってわかっとるかぁ?》

 

モニターの向こうからはやてにジロリと睨まれながら、成実は乾いた笑みを浮かべている。

半ば自分の父親的存在である兄貴分 小十郎の小言を連日のように食らっている為、はやての説教は、説教に思えないくらい優しく思えた。

とはいえ、この場所には小十郎もしっかりと居合わせている為、ちょっとでもふざけた態度をとると、忽ち脳天にゲンコツが降り掛かってくる恐れがある為、できる限り神妙な顔つきを浮かべるように努力しながら聞いていた。

 

「まぁ…そりゃ確かに勝手に着いてったのは悪かったけどさぁ…でも、おかげで兄ちゃん達の窮地を救ったんだからいいじゃねぇかよぉ」

 

《それはそうやろうけど…デバイス調節室に忍び込んで、刀を盗んだのは流石に問題やで》

 

実際、はやてが説教しているのは、成実が勝手に着いていった事ではなく、その前に政宗達が預けていた刀を盗んだ事であった。

いくら仲間内で、身近な人物の私物とはいえ、成実のやった事は、身も蓋もなくいえば『泥棒』と同じである。

 

《…まぁ、なのはちゃんやヴィータの言う通り、今回の騒動を凌ぐ事が出来たのは成実君のおかげでもあるし、その功労に免じて今回だけはお咎めなしで許しましょう。その代わり、もう勝手に任務に着いていったり、他人の武器持ち出したりしたらあかんで》

 

「へーい」

 

「『へーい』じゃねぇ! 返事は『はい』だろッ!」

 

「は、はいぃぃッ!」

 

気だるげな返事を返す成実だったが、即座に横から小十郎の鋭い視線と恫喝を浴びせられると、鞭を打たれたかのように慌てて背筋を延ばしながら、裏返った声でちゃんとした返事をする。

その様子を見て、政宗やヴィータは「やれやれ…」と呆れた様子で頭を振った。

すると、その様子を見て苦笑いしていたなのはが、思い出したように尋ねる。

 

「にゃはは…それにしても…成実君も、あの時よくあれだけの包囲網を掻い潜って駆けつける事ができたよね?」

 

あの時というのは、セブンがR7支部隊の隊長 オサムをけしけて人質をとって、政宗と小十郎を強引に無力化させた時の事である。

あの時に、『地中を掘って、足元から急襲』という予想を斜め上を行くようなゲリラ戦法で現れた成実によって、双竜主従の最大のピンチが脱せられ、その後の反撃の糸口につながったのだった。

 

「あぁ。俺さぁ、 “ひこうき”って奴の車輪に掴まって来たんだけど、そこがもう寒くってさぁ、危うくカッチカチになりそうになったんだけど、なんとか助かって、出てきたところに丁度、兄ちゃん達の姿が見えたから急いで後を追いかけようと思って、近くにあった“とらっく”…だったっけ? それにタダ乗りしようと忍び込んだんだけど、気がついたらあのでっかい館の地面の下に行っちまって…」

 

「あぁ、きっと地下駐車場の搬入口に行っちまったんだな」

 

ヴィータが補足を加えるように言った。

 

「それからなんとか上に出ようと思って地面に穴掘り進んでいたら、急に喧嘩の騒ぎみたいな音と兄ちゃん達の“匂い”がして、それに釣られて、掘って進んだ先で様子見たら、あのセブン(どてかぼちゃ)とその取り巻きのオサム(獅子唐野郎)が卑怯な手ぇ使って兄ちゃん達を追い詰めてたのを見て、慌てて、地面掘り進んで奴の真下から穴に引きずり込んで、タコ殴りにしてやったってわけよ!」

 

「う…うん…どこからツッコむべきかわからないんだけど、とりあえず大体わかったからもういいや」

 

「おいコラ、考える事を諦めるな」

 

頭痛を堪えるように頭を揉みながらなのはが、半ば強引に話を〆ると、政宗が呆れながらツッコんだ。

 

そんななのは達のやり取りを聞いていたはやてであったが、急にその表情が険しいものになる。

 

《…それにしても…セブン准陸佐も元々あまり良い評判がある人やないとは聞いとったけど…『聞きしに勝る嫌な奴』とはまさにこの事やな…まさか、そこまでやりたい放題やる人やったなんて…》

 

はやてが、そうセブンの事について話し出すと、政宗達は皆、一斉に不快感を全面的に顕にした表情を浮かべた。

 

「あぁ。根性が腐ってるどころか、ありゃ最早常識を疑うレベルだぜ。関係のない一般市民を平気で盾にするばかりか、仲間さえも平気で巻き添えにして魔法ぶっ放すなんてさぁ」

 

「俺にしてみれば、あんな無茶苦茶な事をしでかすような男を、野放しにするばかりか、あまつさえその走狗に成り果てているあの『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』もどうかしていると思うぞ。特にあのリマックとかいう部隊長と、フェートンとかいう女副隊長に至っては、完全にあのバカ息子の舎弟のような有様だったからな」

 

ヴィータと小十郎がそれぞれ憤然としながら、改めてセブンとその一味の醜悪さを酷評した。

 

「ほら、お見合いの時や政宗さん達と戦っていた時にセブン准陸佐も言ってたじゃない? 『この街にR7支部隊が拠点を設けている縁で、街自体にコアタイル家が多額の資金援助をしているから、その好で自分はこの街で多少の無茶は許される』って……それで、尋問の時に、私この街の所轄の陸士隊の人から詳しく聞いてみたんだけど…この街でのR7支部隊とセブン准陸佐の横暴な振る舞いは、以前から街の人達の間でも悩みの種になってたみたい」

 

なのはが顔を顰めながら説明した。

 

「どんな事されてやがるのか…さっきのTravelを見ただけで、なんとなく予想はつくがな……」

 

「うん…まさに政宗さんの想像どおりなの」

 

なのはは頷きながら、長々と語り始めた。

 

セブン准陸佐の父親 ザイン・コアタイル統合事務次官は管理局でのポストの他に、コアタイル家が主体となって興したミッドチルダでも有数の巨大な財団『B(ビック).D(ディッパー)財団』の代表も務めているそうだ。

その財団の資金力は計り知れず、ミッドの方々の土地の所有権も有しており、特にこのラコニアの街周辺に点在する歴史的価値の高い貴重な遺跡や史跡の土地の大半を『B.D財団』が所有権を有しており、現在はそこからラコニアの市政庁に貸し与える形で、街の収入源を大きく貢献しているとの事。

そうして、今やザインやB.D財団の機嫌一つで、街の財政は大きく変わってしまうという天秤を握られている状態にあるそうだ。

 

「I get it…それをいい事にコアタイル家(あいつら)はこの街のInitiativeを完全に我が者にしているというわけか…」

 

政宗が、苦虫を噛んだような表情で呟いた。

 

「しかもその手口がまた狡猾でね…」

 

さらになのはが、続けた話を聞いた政宗達は更に不快さと憤慨な想いに駆られる事となった。

 

コアタイル家とその一派は、市側が完全にコアタイル家に逆らえない様にする為に、行政側に過度の資金援助をしたり、コアタイル家に通ずる者を要職に置くなどして、街を裏側から支配してしまった。

 

「言ってみれば…この街ではコアタイル家が何をしようとも好き勝手できるってわけなの」

 

「…とんでもない話だな」

 

小十郎が重々しい溜息を混じえながら呟いた。

 

「それにコアタイル派の実質的私兵である『星杖十字団』が付け込んで、“重要史跡の警護”を名目に、自分達の一部隊に街を管轄下に置いてしまって後は勝手三昧。それもよりによって、コアタイル本家の嫡男 セブン准陸佐が寵愛するR7支部隊が派遣されたせいで、今や当の本人も街の市長気取りでいるんだとか…」

 

「それで、街の住人…特に非魔力保持者をSlave同然に扱ってるってわけか…Shit! 聞けば聞くほど反吐が出るような七光り野郎だぜ」

 

「まったくもっ手羽の塩焼きだよ! やっぱあん時、首根っこ捕まえてでも一発ぶん殴っとけばよかったぜ…!!」

 

政宗、成実ら義兄弟はそれぞれ対照的な態度…政宗は静かに、成実は思ったことをそのまま顕にする形で、それぞれセブンへの怒りを顕にした。

すると、そこへ同じく憤慨しながら話しだしたのはヴィータだった。

 

セブン(飼い主)が飼い主なら、そのR7支部隊(飼い犬共)も酷いもんだぜ? アタシがホテルのスタッフ達から聞いた話じゃ、R7支部隊(あっち)はあっちで、バカ息子の傘を着て勝手放題。市内のあっちこっちの店で、ツケで飲み食いするばかりか、月に一度の頻度で金をせびって回ったりしているそうだぜ。 表ッ面は“部隊活動の為の資金援助”を建前にしてるらしいけど、実際は連中の汚ぇ小遣い稼ぎだろうよ」

 

「ミッド有数の金持ちを後ろ盾にしている部隊が、市民から“資金援助”だと? もうちょっと現実味のある嘘を考えろよな」

 

小十郎は最早怒りを通り越して、完全に呆れている様子だった。

 

「しかも例によって非魔力保持者には特に当たりが悪ぃらしい。ちょっとでも金を払うのを出し渋ったり、文句言ったりすると「非魔力保持者のくせにミッド最精鋭の魔導師である我々に歯向かうつもりか!?」っとかお決まりの台詞と共に、“違法経営”だのと適当な罪をでっちあげて、営業停止処分にしたり、酷い場合だと逮捕するとか…どうしようもねぇ連中だよ。 実際、Cassiopeia Plaza(あのホテル)も前々から連中にかなりの金巻き上げられて迷惑していた上に、今日の貸し切りだって、数日前に突然告げられて、前から入っていた宿泊予約とかを無理矢理全部キャンセルさせられてまでセッティングさせられたそうだ。「言うとおりにしないと無期限営業停止処分を下す」って脅し付きで」

 

「ひどいね…」

 

「あぁ。飼い主同然にホントにカスな連中だぜ」

 

「まっ、実際戦ったら腕っぷしもカスみたいな奴らだったじゃん♪ あのセブン(どてかぼちゃ)に至っては、しょんべんちびりながら「ぱぱー!」なんて泣き喚いてさぁ! 兄ちゃんから昔教えてもらったけど、「ぱぱ」って確か英語(竜の言葉)で「父ちゃん」って意味なんだよなぁ?」

 

なのはと政宗の周りに漂う不愉快な気分に満ちた空気を知ってか知らずか、不意に成実がケラケラと笑いながら言い添えてくる。

 

成実の一言で重く沈みかけていた場の空気が一変する。

 

「お、おい成実。政宗が言ったのはそういう話じゃなくてな……プッ!プププ!」

 

ヴィータが呆れの中にも笑いを耐えられぬ顔を浮かべながら、成実の見当外れな発言を窘めようとするが、話している間に自分もセブンが最後に見せた無様極まる醜態を思い出してしまい、思わず吹き出して笑いそうになった。

 

《ま…確かに「パパ」はないわぁ…プププッ!》

 

「高町…アイツ確か、政宗様と同い年とか言ってたよな…? クッ…クククッ…!」

 

「う、うん…今年“25歳”だって…プフッ! ウフフフッ…!」

 

「とぅ…“25(Twenty Five)”の男が「パパ(Daddy)」はねぇだろ…「パパ(Daddy)」は…プークックックッ!!」

 

成実の何気ない一言がきっかけで、モニター越しに話を聞いていたはやてだけでなく、小十郎やなのは、政宗でさえも、セブンが見せたまさかのファザコンぶりがツボに嵌ってしまい、それぞれ顔を背けたり、俯いたりしながら、必死に笑いをこらえ、場の空気を乱さないようにしていたが、それぞれ完全に吹き出してしまっており、それは最早無意味な努力と化していた。

 

そんなわけで、しばらく話し合いは中断して、皆の笑いが収まるのを待たなければならなくなってしまった…

 

 

 

「コホン…それじゃあ、本題に戻るけど……とりあえず、今回の見合い自体は破談に出来たけど…問題は、セブン准陸佐達がこのまま大人しく引き下がるとは考えられない事だね」

 

なのはが、そう今後の事について懸念を口に出すと、モニターに映ったはやてが言い加えてきた。

 

《いや、セブン准陸佐もそうやけど、それより今後用心せなあかんのは、ザイン統合事務次官や。 ここまで息子の見合いをメッチャメチャにされたんやで? きっと、私達に何かしらの仕返しをしてくる筈やわ》

 

はやての言う通り、コアタイル派はその権力の強さもそうだが、何より一度プライドに泥を塗られると徹底的な報復を仕掛けようと考え、その為には手段を選ばない程に相当、執着深い事でも有名だった。

それは今日の見合いにおけるセブンに従属していたR7支部隊の言動から見ても察せられた。

 

《クロノやロッサにも聞いたんやけど、本局のお偉い様方も良識ある人は、あのコアタイル親子を相手にしないそうや。中には「レジアス中将の方がまだ扱いやすい」って言う人もおるくらいやし…とにかくクロノ達も、これから本局だけでなく、いろんな方向の人達と力を合わせて、コアタイル家や魔法至上主義に毒されとる貴族魔導師達をなんとか抑えていくつもりでおるみたいやけど…》

 

「しかしだな八神、あのバカ息子も、ただのしつこいだけの七光りってわけでもなさそうだぜ。相当執念深そうな感じだったな…ましてや、今日は『見合い』という、奴にとっては人生の大きな転機を迎える筈だった門出を、コアタイル家(奴ら)にとっては最も忌むべき『非魔力保持者』である俺達にぶち壊された上に、自分の寵愛する兵隊を完膚なきまでに叩きのめされ、挙げ句に衆目の中であんな大恥までかかされたんだ…親子揃って、その恨みと怒りは凄まじい筈だ」

 

小十郎が渋面を拵えながら話している様子を見て、政宗も少しバツが悪そうな表情を浮かべた。

 

「Sorry…なのはを守る為とはいえ、俺達ももう少しCoolに行動すべきだったかもな…」

 

「そんな…! 政宗さん達は何も悪くないよ!」

 

《そうやで。例え政ちゃん達が暴れずとも、なのはちゃんが見合いを断った時点で、コアタイル派(あっち)から目ぇつけられてまう事は、端から想定内やったんやから。政ちゃん達は何も気にする事あらへんよ》

 

なのはとはやてがフォローを入れると、それを聞いた成実もバンバンと政宗の肩を叩きながら軽い口調を投げかける。

 

「そうそう。あのどてかぼちゃ共が、またちょっかいかけてきたら、もっかい返り討ちにして、今度こそたっぷりヤキ入れてやりゃいいんだってば! 気にしない、気にしない!」

 

「お前は『気にしなさすぎ』だ、成実。ちょっとは用心しろ」

 

政宗はピシャリと注意してから、モニターの向こうにいるはやてに疑問を投げかけた。

 

「大体……そのザインとかいう、奴のFatherも何を考えているんだ? 仮にもミッド有数の名家の後継者としている息子が、あそこまで無茶苦茶やってるのなら、普通は止めるなり、咎めたりしねぇと、それこそ御家のPrideに自分達で泥を塗りたくってるようなものだぞ」

 

《それがなぁ…これもまたロッサから聞いた情報なんやけど……》

 

はやてが溜息を漏らしながら、更に悪い補足を付け足してくる。

 

《どうも、ザイン統合事務次官もたちが悪い事に、嫡男であるセブン准陸佐を相当溺愛しているんやって。 なんでも、コアタイル家にとってはラッキーナンバーである『7』の数字を肖る記念すべき“七代目当主”を無事に襲名させる為に、息子の素行を咎めるどころか傷が残らない様、息子が問題を起こす度に、コアタイル家の権力を使って揉み消したりしているとか…》

 

「What?」

 

「どういう事だ?」

 

政宗と小十郎がそれぞれ顔を顰める。

 

「政宗さん達もわかっていると思うけど、セブン准陸佐達のやっている事は、時空管理局の局員としての規則を大きく背いた問題行為。このラコニア市内は勿論、ミッド各都市の市民の人達や所轄の地上部隊からも、何度も地上本部や本局の監査部に抗議や直訴した事があるみたい。通常なら、そんな触法行為を平気で犯すような素行不良な士官は、即解任して、階級と資格も剥奪した上で、海上隔離施設への勾留などの処分が課せられる筈なんだけど…」

 

なのはが言う『海上隔離施設』とは、ミッドチルダのとある海域の海上に設置された犯罪者収容施設の事である。

年少者や若年者の魔導犯罪者、または時空管理局内で違法行為を働いた者が収監され、適切な教育を施し、更正・社会復帰を目指す事が目的という、牢獄的な意味合いより更正施設としての性格が強い施設である。

 

《うん。 実際、ロッサらも何度か監査を行ったみたいやで。せやけど、いずれも『証拠はなし』っちゅう結論なって、何の処分も下せへんかったみたいやわ》

 

「証拠隠滅か…それだけコアタイル家には力があるって証拠だな」

 

はやての話を聞いた小十郎が歯がゆそうに唸り声を上げた。

 

「噂によると、ザイン統合事務次官は敵対者に情け容赦のない御方らしいけど、唯一家族に対してだけは人並み以上の愛情を持っているのだとか…でも皮肉にも、その数少ない愛情ある一面が息子のやりたい放題な振る舞いを増長させてしまっているみたい」

 

政宗は、なのはの弁を引き継いだ。

 

「…歪んだ愛情…っというよりは“親バカ”ならぬ“バカ親”ってとこだな…」

 

《いずれにしても、この先、何もないということはまずありえへんやろうね》

 

「はやて。これから、どうするんだよ?」

 

ヴィータが不安げに尋ねた。

 

《さっきも言ったとおり、幸い私達にはクロノやロッサ、リンディさんやレティさんをはじめとする本局の良識ある方々が多数味方に着いとる。コアタイル派(向こう)が何かしらの報復を仕掛けてきても、よほどの事がない限りは、今すぐに『部隊取り潰し』みたいな無茶苦茶な処分にかけられるような事はあらへんよ》

 

「それならいいんだけど…」

 

《とは言え…これ以上はコアタイル親子を下手に刺激せぇへん事が得策やろな。 今日のホテルでの乱闘騒ぎかて、政ちゃん達がR7支部隊だけやのぅて、セブン准陸佐にまで直接暴力を振るってしまっていたら、その場で問答無用にしょっぴかれて、もっとややこしい問題になってたやろうし…》

 

はやての結論を聞いて、政宗も安堵した様子で頷いた。

 

「それでいえば、今回の騒動はセブン(アイツ)が勝手に熱り立って、手駒共をけしかけて返り討ちに遭って、泣き喚いて小便漏らしながら逃げていっただけだからな……少なくとも、俺達は何も罪に問われるような事はしてねぇしな…」

 

「なぁんだぁ。結局、アイツぶん殴ってたらダメだったわけか…」

 

成実がガッカリした様子でボヤく隣で、小十郎が顎に手を当てて、何か考え込むような仕草をとっていた。

 

「しかし、政宗様。 目下のところ、R7支部隊の動向が気がかりです。特にあの部隊長のリマックにしてみれば、今回の一件でセブンからの信用を大いに失ったのです。意趣返しに政宗様に難癖をつけて、何かしらの報復を仕掛けてくる可能性もあるかと思いますが……」

 

「…確かにな。これ以上、連中を刺激するような揉め事を起こさない為にも、早々にこの街から退散(Dispersal)するのが良さそうだ」

 

政宗の意見も尤もだった。

 

「退散するったって、政宗。 アタシらが乗ってきた送迎機はもう使わせてもらえないし、この街の最寄りの空港だって、もうクラナガンに帰る飛行機は終わっちまった頃だぜ?」

 

ヴィータが部屋の壁にかかっていた時計を指差しながら話す。時刻は現在、17時30分過ぎである。

ラコニアの街の周囲は遺跡への振動や騒音などの負担を考慮し、他の土地に比べて非常に厳格な飛行規制が設けられている為、街の最寄りの空港であるラコニア空港も首都クラナガン方面への定期便の最終フライト時間が17時であり、空港自体も18時に閉鎖してしまうのだった。

つまり、今から空港に行ったところでクラナガンに帰る為の飛行機はもうないのだった。

 

「やはり…ヴァイスの奴にヘリで迎えに来てもらうのが一番手っ取り早いんじゃねぇか?」

 

そう提案する小十郎だったが、それを聞いたはやてがホログラムの向こう側で何故か失笑を浮かべ始める。

 

《い、いやぁ…それがな。小十郎さん…残念やけど、ヴァイス君は、今日はちょっと、ヘリを動かせる状況やないんよ…》

 

「「「「はぁ?」」」」

 

なのは、政宗、ヴィータ、小十郎が怪訝な声を揃えた。

 

「どうしたの? 何か具合でも悪くなったの?」

 

《いや…身体の不調っというよりは…なんて言ったらいいかな……? 心の不調…? って言うべきやろか…? 実は、R7支部隊がなのはちゃんを迎えに来た時に、(やっこ)さんのシャトルジェットにヴァイス君の、保険で返ってきたばかりやったバイクが潰されてしもうて…》

 

「What!? アイツまたMy Bikeを潰されたってのかよ!? よくよく運がねぇ奴だなぁ!」

 

「いや、その最初の一回は、お前がぶっ壊したんだろ!」

 

思わず吹き出してしまった政宗に即座に横からヴィータのツッコミが飛んでくる。

 

《まぁ、そういうわけで、ヴァイス君はショックのあまりに泡吹いて卒倒してもうてな…今、医務室で石膏像みたいに真っ白になって硬直しながら失神しとるわけ》

 

「なるほどね…それは確かにヘリを飛ばせるどころじゃないね…」

 

なのははそう言って、同情する様に苦笑を浮かべた。

 

「それじゃあ、アルトはどうなんだよ? アイツ確か、ヘリパイロットのライセンス取るって言ってなかったか?」

 

ヴィータが思い出したように提案したが、これもはやては頭を横に振った。

 

《確かに今、ライセンスはとってる最中らしいけど、まだ“仮免”の段階みたいなんよ。っとなるとやっぱり、ヴァイス君が回復するまで待つしかないやろうな》

 

「ダメか……」

 

ヴィータはアテが外れた様な顔を浮かべながら、そっぽを向いた。

 

《こうなったら…早くその街を出たいのはわかるけど、今夜一晩だけ、今いるホテルに逗留するしかないわ。なんとかこっちでもヴァイス君が早くヘリを飛ばせる状態にまで回復させて、明日の朝一にはそっちへ迎えに寄越すようにしとくから》

 

「おいおい、一晩、敵の目と鼻の先で過ごせっていうのか?」

 

政宗は呻く様に呟くと部屋の窓から見えるラコニアの街、そしてその向こうに聳える山の頂上一帯を切り開く形で聳え立つ古来の城塞のように高い壁に囲まれた建築物を見据えた。

なのはの話によれば、まるでラコニアの王宮の如く鎮座するあの建物こそ、星杖十字団R7支部隊の隊舎であるのだという。

流石は地上本部傘下で最も力のある部隊だけあって、その敷地の規模は機動六課隊舎の3倍はあろう事が遠目から見ても、一目瞭然であった。

 

《しゃあないやないの。幸いにも、今皆がおるカマサ=ワギ温泉は、ラコニアの市街地から少し離れた場所やし、一晩身を潜めるだけやったら大丈夫やろ。 それにせっかく、温泉に来たんやったら、この際、ゆっくりお湯にでも浸かって、お見合いで受けた心身共の疲れを癒やすのもまた一興やと思うで?》

 

「いや、こんな状況で疲れを癒せるとも思えねぇが…」

 

「いいんじゃないかな? 政宗さん」

 

政宗は尚も渋った様子を見せるが、そこへなのはの声がかかる。

 

「なのは…」

 

「帰る手段がない以上、下手にここから動く方がかえってトラブルを招くかもしれないし…それに今日は政宗さん達には特に苦労をかけちゃったから、せめてここの温泉にでも入って疲れを癒やすのも悪くはないんじゃないかなって思うんだ」

 

なのはが政宗の手を優しく握りながら、そう言うと、政宗もどう返答すべきか迷っているのか、気まずそうに小さな唸り声を上げた。

 

「お…お前がそこまで言うなら……別に構わねぇけどよ。まぁ、確かに俺も温泉自体は嫌いじゃねぇからな」

 

「ホント!? よかったぁ!」

 

政宗が了承してくれてどことなく嬉しそうに話すなのは。

その様子をモニター越しに見ていたはやてが、「おっ!?」っと何かを察したような顔を浮かべた後、面白いものを見つけたかのように意味深なニヤケ顔を浮かべだした。

 

「待て高町!」

 

そこへ小姑…否、小十郎の異議が飛んできた。

 

「なぜ、政宗様とこの温泉に湯治するとなった途端にそんなに嬉しそうにするんだ? まさか…まだ見合いの“芝居”を続けている気じゃねぇだろうな?」

 

小十郎は腕組みをして、鋭い目線でなのはを睨んでいる。

 

ところが、今回はなのはも負けてはいなかった。

 

「あれぇ小十郎さん? 潜伏とはいえ、私達はまだ敵の射程距離の中にいるんですよ? つまり、どこで敵の目があるかわかりません。この街を出るまでは政宗さんと“恋人”同士として振る舞っている事も別に可笑しいとは思えませんけど?」

 

なのははいつもの穏やかな声で返しつつも、その瞳にははっきりと小十郎に対する反骨意識が宿っていた。

 

「なんだと…? 高町。 お前、急に言動が大胆になったようだが…まさか見合いの席で政宗様から『恋人宣言』を受けた事で、勝手にのぼせ上がってるつもりじゃねぇだろうな?」

 

「何言ってるんですかぁ。あれはお芝居だって、耳にタコができるくらい言ってたのは小十郎さんでしょ? “4789回”も…」

 

「違う! “3678回”だ!」

 

「同じだと思いますけどねぇ…4000回も3000回も…そんなにまるで“お姑さん” の様に口喧しく言われたら…」

 

なのはのその言葉に小十郎のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「誰が“お姑さん”だ! 俺はお前を政宗様の“嫁”として認めたつもりはねぇ!」

 

「えっ? 私、別に“政宗さんの”なんて言ってないですけど?」

 

「ぬぉっ!? こ…コイツ…! 人をおちょくりやがって…叩っ斬られたいか?!」

 

「小十郎さんこそ…そんなに熱り立ったらダメですよ。少し、頭冷やしますか?」

 

しまいにはバチバチと火花をちらしながらメンチを切り始めた小十郎となのは。

正に一触即発の状態が暫しの間流れた。

 

そして、両者が動こうとした次の瞬間―――

 

「ストーーーーーップ!! 何やってんだよお前ら!!」

 

「兄貴! なのは姉ちゃんも、タンマ!タンマ!」

 

2人の間に飛び込んで来たヴィータがなのはを、成実が小十郎をそれぞれに制した。

2人の声を聞いた途端、なのはがハッと我に返った様な顔つきを浮かべる。

 

「お、おい…どうしたんだ? なのは、小十郎も…?」

 

突然喧嘩を始めかけた2人の挙動が把握できていない政宗が、困惑した様子で尋ねてくるのを見て、なのはは、堰を切ったように慌てて政宗と小十郎の双方に向かって頭を下げ始めた。

 

「…ご、ごめんなさい、政宗さん! 私ったら、つい“お芝居”に変に気持ちが入りすぎちゃってたみたい…小十郎さんも、ごめんなさい! なんだか失礼な事言ったみたいで…」

 

「あ、あぁ…俺もつい大人気ない対応をしてしまったな…すまない…」

 

必死に頭を下げる様子に、なのはが本心で謝っているのを察した小十郎は頭を掻きながら詫び返した。

 

(わ、私ったら…意識の内になんで小十郎さんにあんな強気に出ちゃったりしたんだろう…? 政宗さんと温泉に泊まれる事になったのが嬉しかったから?)

 

なのはは、決してしらを切っているわけではなかった。

本当に自分が突然、小十郎の小姑的振る舞いに対して無意識に強気に打って出た意味が自分でも理解できなかったのだった。

 

一方、モニターの向こうにいるはやては、一連のやり取りを見て、納得するように頷きながら、なのはの戸惑う姿をニヤニヤと楽しんでいるかのように見ていた。

 

「な、なに…? はやてちゃん……」

 

《…いいや別に…それよりも、ホテルに事情説明して、今夜そっちに5人泊まる様に部屋確保してもらうように頼んどかないとあかんで》

 

「あっ、う…うん……! そうだね! 私、フロントに行って話してくる。ヴィータちゃん、一緒に来てくれる?」

 

「お、おぉ…」

 

なのはは落ち着かない様子で頷くと、ヴィータを連れて、部屋を出ていった。

すると、小十郎も強く咳払いをしながら政宗に告げる。

 

「そ、それでは政宗様! 小十郎は政宗様の分のお召し替えを受け取りに参ります。先程、隊舎のシャマルから、転送便で我々のいつもの装束をここへ手配してもらったそうなので…! 成実! お前も手伝え!」

 

「えぇぇっ!? 俺今、腹四分目だからあんまり動きたく―――」

 

「いいから、さっさと来いッ!!」

 

「ひぇぇっ!? が、合点承知のはらこ飯ぃ!! …って、なんでそんなに気ぃ立ってんのぉ!?」

 

成実を半ば恐喝同然に引き立てた小十郎も部屋を出ていき、最終的に部屋に残ったのは、政宗のみとなった。

 

「…ったく。なのはも、小十郎も、一体どうしちまったっていうんだよ?」

 

わけがわからないと言わんばかりに頭を掻きながらボヤく政宗だったが、モニターの向こうにいるはやてはニヤニヤと笑いながら見つめていた。

その様子に気づいた政宗が思わずギョッとしてしまう。

 

「なっ…なんだよ…? はやて」

 

《いやぁ~政ちゃん……アンタも憎い男やねぇ。よっ! 伊達男な伊達政宗!》

 

「Ah? 何の話だよ?」

 

怪訝な顔を浮かべる政宗だったが、はやては笑いながら一人で喋り続ける。

 

《政ちゃん…アンタ、この先クセの強い嫁と姑に挟まれて苦労する運命やろうけど、せいぜい頑張りや。ほんじゃ、あとはこっちに任せて、そっちはゆっくり温泉で羽延ばしてきぃや》

 

「お、おいはやて―――」

 

はやては最後まで何かを楽しんでいるかのような笑顔を崩すことないまま、通信を切り、政宗の目の前でホログラムが消えた。

 

「……ったく。どいつもこいつも、わけがわかんねぇよ」

 

政宗は一人愚痴りながら、もう一度窓の外に広がるラコニアの街を見下ろすのだった。

*1
現代で言う30分。




政宗の「フィアンセ」発言でなのはも無意識の内にどんどん嫁モードに入りつつあり、小十郎とも熾烈な嫁姑バトルを展開していくことに!?

オリジナル版以上にアグレッシブになりつつあるなのはの恋路は果たしてどうなっていくのか…?!

そして、一連の騒動の裏で動き始めた新たな五刑衆『妖将』の正体とは…オリジナル版と同じ人物なのか…それとも違う人物か…!?


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第五十一章 ~束の間の安らぎ 告白は湯気の向こうで…~

お見合い騒動をきっかけに自分の中にある政宗への想いが急速に高まりつつあるなのは…

そんな中、図らずも政宗の気持ちを少し知ったなのはは、その夜遂に思い切って政宗に自分の胸に秘めたる想いを打ち明けようとする。

ラコニアの街に迫る新たな“脅威”の存在に気がつく事なく……


※ここでクイズです。
リブート版におけるセブンの新しいイメージCVは誰でしょうか?
ヒントは次のタイトルコールより…


セブン「リリカルBASARA StrikerS 第五十一章 俺が必ず――お前を救ってみせる!」

政宗「……コイツには最も似合わねぇ、決め台詞だな…」


「はぁ~、いい気持ち~♪」

 

カマサ=ワギ温泉一番の温泉ホテル『ピジョン屋』。

このホテルの一番の売りは、併設された建物内や敷地の各地に点在する大小様々な温泉である。

その温泉のひとつである露天風呂につかり、なのはは一人弾んだ声を上げて、感想を上げていた。

湯船からは、夕日に照らされて仄かに温かい黄昏の雰囲気に包まれたラコニアの街が一望できる。所謂、展望風呂であった。

 

「ここ数日はお見合いの事でずっと気疲れが溜まっていたから、それも相まって気持ちぃ~」

 

お湯に浸かりながら、なのはは背伸びをしたりしてリラックスする。

 

「はやてちゃん…『宿泊代は六課の経費から落とす』言ってたけど、なんだか申し訳ないなぁ。成り行きとはいえ、こんな中々良いホテルでゆっくり温泉なんか入っちゃって…」

 

湯船に浸した手拭いで頬を撫でながら、なのはは申し訳無さそうに呟いた。

今日のお見合い会場だった『Cassiopeia Plaza』に比べたら、良くも悪くも数ランク庶民向けの二流ホテルであるが、それでもこの『ピジョン屋』は、このカマサ=ワギ温泉一番のホテルとして、観光客からの人気が高く、帰る手段が無くなった為の急場凌ぎで泊まるには贅沢といえるホテルであった。

 

「それに…フォワードチームの皆が訓練やってる裏で教官の私がこう呑気な事してるのも―――」

 

「別にいいじゃねぇか、なのは。 ここしばらくお前もずっと働き詰めだったんだし、滅多にない機会なんだから、今くらい素直に羽伸ばせよ」

 

独り言のつもりで発した言葉に、不意に言葉を返され、驚いて声のした方を見ると、それは遅れて露天風呂に入ってきたヴィータだった。

風呂に入る為、いつもはお下げにしているその髪も解いてロングヘアになっている。

 

「あれ? ヴィータちゃん? どうしたの」

 

「なんだよ? 一緒の風呂に入ったらダメなのか?」

 

自分が来たのに不思議そうな顔したなのはに、ヴィータは聞く。

 

「いや、そうじゃなくて…ヴィータちゃん。シグナムさんにテレビ電話で今日のフォワードの皆の訓練の様子を聞いてたんじゃなかったのかな?って思っただけで」

 

「あぁ、それならもう終わったよ。 フォワードチーム(ひよっこ達)全員今日の訓練も何事も無く無事に終了。 まぁ、教官役の家康と幸村がしっかりやってくれていたから、監督役だったシグナムやフェイトの出番も殆どなかったらしいけどな…」

 

なのはが先に風呂に行くことになった時、ヴィータは部屋に残って、隊舎にいるシグナムとホログラム通信で連絡をとり、今日の隊舎での動向を確認していた。

それによれば、今日の訓練はスターズは家康、ライトニングは幸村が、それぞれ教官として担当し、なのはが前もってお願いしていたプログラムに基づいて、無事に全ての基礎訓練の工程を終えたとの事だった。

家康は勿論の事、最初は武田流のやり方に肖り過ぎて、エリオ以外は殆どついてこれないような無茶苦茶な訓練を課していた幸村も、最近になってやっと少しは武田軍以外に併せた訓練を課せるだけの柔軟さが板に付いてきたようである。

 

「にゃはは…スバル達、私やヴィータちゃんがこうしてのんびり温泉入ってるって知ったら、どう思うだろうね…?」

 

「…さぁな。 別にちょっと羨ましがるくらいで、それ以上はなんとも思わねぇんじゃねぇか?」

 

そんな他愛もない会話を少ししていた2人だったが、やがてしばらく沈黙が続いた。

何か話題を…と考えていたヴィータは、ふとあることを思いだす。

 

「そういえばさぁ、なのは」

 

「ん?」

 

「お前、さっき小十郎とバチバチに張り合ってたけど、急にどうしたんだよ? いつもだったら、アイツに恫喝されたら政宗共々しどろもどろになってたのに、見合いの前後辺りから、急に強気になってさぁ…」

 

「…………」

 

それを聞き、再びなのは黙る。

 

「……どうしたんだ? なのは」

 

いつもと様子が違うなのはにヴィータは声をかける。

よく見るとなのはの顔はちょっと顔を真っ赤に染まっているが、どうも湯船に上せたわけではないらしい。

 

「………うん…ヴィータちゃんは、口は固いから言ってもいいかな…?」

 

「うん?」

 

顔を真っ赤にしながらも、なのはは意を決した様に口を開き、しゃべり始めた。

 

「実は…政宗さんの事なんだけどね……」

 

「あ? 政宗がどうかしたのかよ?」

 

突然、政宗の話題を切り出されて怪訝な顔になるヴィータだったが、なのはは突然、湯船から立ち上がり、宣言する。

 

「私ね…政宗さんの事が……“本当に”好きになっちゃったみたいなの!」

 

「…………へっ?!」

 

ヴィータはなのはの思わぬ告白に、しばらく唖然となってしまう。

 

 

「え、ええええええええぇぇーッ!!?」

 

 

そして約十秒の間を空けた後、頭の中で大爆発が起きた様に驚愕の声を上げた。

まさかのなのはの告白に、ヴィータは驚くあまり、湯船の中でひっくり返りそうになってしまった。

 

見合いの前後から小十郎の気迫にも負けず劣らずに張り合う姿勢を見せ始めていた一連の挙動の正体が、まさかの芝居ではなく政宗への“本当の好意”だったなんて予想しなかったからだ。

 

「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待てよ、なのは!? なんでだよ!? だって、“仮想恋人作戦”ははやてが筋書き書いた芝居だぜ!? それなのになんで、マジで惚れちまったんだよ!?」

 

元々半ば無理矢理強いられた作戦だったにも関わらず、何故なのはが政宗に“本当の”好意を抱く結果になったのか問いただすヴィータに、なのはは再び湯船に浸かりながら、照れくさそうに話し始める

 

 

「…実はね。ヴィータちゃん……私、はやてちゃんに今回の偽装恋人作戦を提案される前から、政宗さんの事が気になっていたの……政宗さんと初めて出会った時…ホテル・アグスタでユーノ君が西軍に狙われた時…そして、私が後藤又兵衛の罠にかかって捕まった時……その度に私、政宗さんに助けられていたけど…3回目の後藤又兵衛の一件の後の頃から、時々、政宗さんの事が何故か頭の中で浮かびあがっていたの……」

 

「……その矢先に今回の見合い騒ぎがあったわけか……?」

 

「うん。勿論、始めは私も恥ずかしかったんだけど……日を重ねる毎にどんどん『嬉しい』って気持ちが強くなっていって……政宗さんの方は“お芝居”のつもりでやっているのかもしれないけど、恋人として接してくれるのを見る度にドキッってなって……今日のセブン准陸佐から私を守ってくれようとした際に「高町なのはの“恋人(Fiance)”だッ!」って宣言した姿を見て、私やっと自分の気持ちに気づいたんだ……私は、芝居なんかじゃなくて、本当に伊達政宗さんが好きなんだって…」

 

「マジかよ…?」

 

ヴィータは呆れているのか、悩んでいるのか、片眉を顰めながらガシガシと、おさげを解いた赤い髪を掻く。

 

「ったく。はやてに続いて、お前まで戦国武将相手に色恋話作っちまうなんてなぁ…」

 

ヴィータのボヤきを聞いて、なのはは思い出す。

はやてははやてで、慶次に一目惚れして、二人は一先ず“友人”として順調に交際の段階を踏み出していたのだ。

そんな中、その事情を知る者=はやての守護騎士“ヴォルケンリッター”の中で唯一それをあまり歓迎していないヴィータにしてみれば、まさかはやてだけでなく、なのはまでもが機動六課が保護したパラレルワールドとはいえ歴史上の人物に惚れてしまうという事態を前に、どう受け止めていいかわからないのだろう。

 

「大体さぁ…お前にはユーノがいるじゃねぇか?」

 

ヴィータは、10年前からの仲間で、長らくなのはのパートナー的存在であったユーノ・スクライアの事を口に出した。

なのはが魔導師としての道を歩み始めるきっかけになった『P.T.事件』や、ヴィータら“ヴォルケンリッター”との出会いとなった『闇の書事件』…

なのはの“エース・オブ・エース”としての華々しい活躍の創世記をずっと支えてきた彼は、今ではなのはを1人の女性として愛している事は、なのは以外の仲間達の間で噂になっていた。

 

「うん…ユーノ君は確かに私にとっては大切な“仲間”だし、性別の垣根を越えた大切な“親友”だよ。けどね……正直言うと、“恋人”としてお付き合いしたい…ってわけじゃないんだよね」

 

「お、おい……」

 

どうやら、なのは自身としては、ユーノに対する意識は、あくまでも“仲間・親友”止まりである様であった。

そんなとんでもなく残酷な事実をしれっと話すなのはに、ヴィータは思わず呆気にとられてしまう。

10年来の付き合いで、しかも魔導師の世界へ導いてくれた張本人という決して浅からぬ縁を築き上げてきた自分ではなく、出会って半年もない筈の政宗にあっさり靡かれてしまったなんて、ユーノが知ったらどれだけのショックを受けるのだろうか…?

ヴィータには全く想像できなかった。

 

(絶対ユーノにはバレねぇように気をつけないと…知ったらアイツ、ショック死するぞ……)

 

ヴィータはせめてこの事が、ユーノの耳に一日でも届くことがないように願うのだった。

 

「ま、まぁ…恋愛は人それぞれだし、それに政宗(アイツ)も言うこと成すことはハチャメチャだけど、根は悪い奴じゃねぇしな…良いんじゃないか?」

 

「ありがとう。ヴィータちゃん」

 

なのはが嬉しそうに笑いながら言った。

対して、ヴィータはやや疲れた様な溜息を漏らす。

 

「まぁ…アタシは別にいいけどさぁ…やっぱ一番のネックは小十郎だろ? アイツ、もしお前が政宗にマジ恋したなんて知ったら、それこそお前の分の白装束と短刀用意して、「腹切れ」って地の果てまで迫ってくるぜ?」

 

「そ、それは嫌だなぁ……」

 

なのはは冷や汗を浮かべながら失笑を零した。

 

「今日の『Cassiopeia Plaza』や、ここへ来てからだって見ただろ? アイツの神経質な反応…散々、皆が芝居だって言ってるのにあんな敏感になってやがるんだぜ? これでもしお前が政宗に『ホントに惚れた』なんて聞いたりすりゃ…」

 

話しながら、ヴィータは青ざめ、首を激しく横に振り出す。

 

「ぶるるるー! ああぁ!ダメ、ダメダメ! 絶対、ダメだって! 今から想像するだけで、おぞましいっつぅの!」

 

「えっ!? 小十郎さんが?」

 

「小十郎だけじゃなくて、おめーもだよ! さっきの模擬嫁姑バトルもう忘れたなんて言うんじゃねぇよな?」

 

「あっ、あれはつい“本能的”に…」

 

「本能であんな強気に出られたら、巻き込まれる身としたらたまったもんじゃねーよ!!」

 

ヴィータがそうツッコんでいた。その時だった…

 

 

「Hu~! こいつがこのHotel自慢のPanorama Bathか! Excellent!」

 

隣の男湯から大声が聞こえてきた。この声は政宗だ。

 

「ま、政宗さん!?」

 

「噂をすれば影だな…」

 

まさか今しがた噂をしていた意中の人物の登場に少し動揺するが、なのははヴィータと共にそのまま、男湯の方に聞き耳を立ててみる事にした。

 

「イヤッホーイ!誰も入ってねぇからとっつげきーーーーーー!」

 

今度は成実のはしゃぐ声と共にドッボーンと何かが水に落ちたような音が聞こえ、巨大な水柱が上がるのがなのはとヴィータのいる女湯からもはっきりと見えた。

まるで小学生の様なノリとテンションだが、これでいて成実は17歳…ティアナよりも年上なのである。

 

「成実!! 湯船には飛び込むな! それと風呂に入る時はちゃんとかかり湯を浴びろ!!」

 

今度は小十郎の怒声が聞こえてきた。

成実が何かをしでかす度に叱責を浴びせる姿は最早、父親と子供のようなやりとりに思えた。

 

「まあ、いいじゃねーか小十郎。 風呂の中に小便されるよりはよっぽどマシだろう?」

 

「政宗様…その冗談は笑えませんぞ。実際、この成実にはそれをされた事があったではありませんか?」

 

「おっ? Ah~そういえば、あったっけな? そんな事……確か、3年前に青根*1の湯に湯治に行った時だったか?」

 

「違うって兄ちゃん。 あれは去年の正月に鳴子*2に行った時だって」

 

「そうだったなぁ。青根じゃ、風呂桶をソリ代わりにしてSkateの真似事していたら、露天風呂の雨屋の柱に激突してへし折っちまって、そのまま湯殿を半壊させやがったんだったな」

 

 

「ッ!!? …プフフッ!」

 

「いや、なにやってんだよ。あのバカは…」

 

女湯と男湯を隔てる壁の向こうから聞こえてくる成実のとんでもエピソードの、あまりのシュールさに、なのはは思わず吹き出し、ヴィータは呆れた表情を浮かべながら男湯との境の壁を見据えていた。

 

 

「なんでもいいから、せめて風呂に入る前には身体を洗え、それが温泉におけるしきたりだぞ」

 

「へーい」

 

小十郎に促された成実は素直に湯船から出たのか、水音が聞こえてきた。

それから、少しして2人分の湯に浸かる音が聞こえてきた。

 

「Hu~!なかなかにいい湯じゃねぇか! コイツは」

 

「然様ですな。奥州の温泉とはまた違った趣で…」

 

「そうだな…」

 

それからしばらく男湯からは、恐らく洗い場で成実が身体を洗っているのであろうバシャバシャとやたらと騒がしい水音が聞こえてくる以外は特に何も聞こえてくる事がなかった。

政宗達は無言で風呂に浸かる派であると悟ったなのはは諦めた様に湯船から出ようとしたその時だった…

 

 

「そういえば。政宗様…」

 

「What…?」

 

不意に男湯から再び会話が聞こえてきて、なのはの動きが止まる。

 

「不躾ながら唐突にお尋ねしたい事が…」

 

「別に構わねぇよ…で? なんだ?」

 

「……政宗様は、高町の事をどう思っていらっしゃるので?」

 

壁の向こうから聞こえてきた小十郎の質問に、なのはとヴィータが反応した。

2人共聞き漏らしがない様に、しっかりと男湯の方に耳を欹てる。

 

「どう思ってって…何がだよ…?」

 

「いや…此度は成り行きとはいえ、政宗様と“恋人”という体裁で此度の急場を凌ぐ事が出来ましたが…しかしながら、実際のところ、政宗様は高町に対してどのような印象をお持ちであるのか? その心中を確かめたく思いまして…」

 

小十郎の思い切ったような内容の質問に、なのはは勿論の事、話を聞いていたヴィータまでもがドキドキと胸の鼓動が高まっていく感覚を覚えた。

 

「俺がなのはをどう想っているかってか…?」

 

「「……………………///」」

 

壁の向こうから聞こえてくる政宗の言葉になのは達は固唾をのみながら聞き入る。

 

 

「そうだな……俺としては“嫌いじゃねぇ”。いや…寧ろ、女として見れば、中々

好印象(Good impression)を抱いてるぜ」

 

 

「ブフォッ!!!?」

 

 

壁を隔てて飛んできた政宗の返答を聞いた途端、なのはは顔をヴィータの髪の色にも劣らぬ程に真っ赤にして、頭から蒸気を吹き出しながら、思わず湯船の中でお尻を滑られてそのまま派手にひっくり返りそうになり、思わず水面を激しく揺らして音を立ててしまった。

 

「Ah? なんだ今の音…?」

 

その音は男湯の方にも聞こえてしまったのか、政宗の怪訝な声が聞こえてくる。

慌てて、ヴィータがなのはの肩と口元を手で抑えて、これ以上怪しまれそうな音が出ないようにした。

 

(バカ! 動揺し過ぎだっつぅの!)

 

(ご、ごめん…ヴィータちゃん…!)

 

幸い、これ以上怪しまれる事はなかったのか、男湯では政宗と小十郎の会話が再開されていた。

 

「なんと!? では、やはり政宗様は―――」

 

「おいおい。勘違いするなよ小十郎。俺は別に今回の芝居にかこつけて、ちゃっかりなのはを物にしようとか、そんなNastyな事は企んじゃいねぇよ。っていうか、そんな事したら、完全に俺もあの七光りのセブン(Stupid son)と同じ穴の狢だろうが?」

 

「も、勿論。政宗様が節度をお守り下さる御方である事は、この小十郎も信じておりますが…しかしですな」

 

すると、政宗の辟易したような大きな溜息が聞こえてくる。

 

「じゃあ何だって言うんだよ? 小十郎。 仮に俺となのはが付き合う事になったからってそれに不満でもあるのかお前は? なのはは別に女としても、人間としてもなかなか出来た奴じゃねぇか?」

 

「はぁう!!?///」

 

(だから、いちいち反応すんなっつぅの!?)

 

政宗の素直な評価を聞き、なのはは頭から二度目の蒸気を噴射してしまい、ヴィータの念話でのツッコミが飛んだ。

 

「い、いや…この小十郎は、別に高町のことを見くびっているつもりはございません。 ですが、貴方は“奥州筆頭”として、いずれは日ノ本の天下をとる御方。やはり男女の交際という人生において大事な指針を左右させる大事な物事にも、もっと厳かに構えなければ…」

 

「お前は固く考えすぎなんだよ小十郎。最近、六課のStaff連中の間でお前密かになんて呼ばれているか知っているか?「ガチガチ堅物の片倉小十郎(こじゅうろう)ならぬ“片倉小姑(こじゅうと)”」だとよ」

 

壁の向こうから聞こえた政宗の話に、なのはもヴィータも「うんうん」と頷いて強く同意した。

 

「こ、この小十郎が…小姑ですと!? おのれ! 一体誰がそんな事を―――ッ!?」

 

「猿飛とヴァイスの奴が若い連中と酒盛りしてる時に言い出したんだとか…」

 

「あいつら…今度見かけたら、ケツに筍ぶっ刺してやる! …ってそういうお話ではなくてですね! この小十郎が言いたいのは、恋愛というものは紐の切れた凧のようなふらついた中途半端な好意を擦り合うようなものではなくて、きちんとした手順を―――!?」

 

「…つまりあれか? 俺がなのはにProposalでもして、お互いに意思確認して、両思いだったとわかれば…お前は“小姑mode”にならずに黙って見守るっていうわけか?」

 

 

「「「―――ッ!?」」」

 

 

不意に飛び出した政宗の大胆な一言に小十郎、そして壁を挟んで聞いていたなのはとヴィータが言葉を失う程の衝撃を受ける。

 

(ま、政宗さんが……!? 私に…ぷ、プロ…プロ…ッ!!?///)

 

(アイツ…ホント意味わかって言ってんのかよ!?///)

 

なのはもヴィータもすっかり温泉の温かさを感じられないほどに体温が上昇し、顔だけでなく一糸纏わぬ全身が真っ赤に染まる程に赤面していた。

 

「で…では政宗様…そこまで仰るという事は…やはり政宗様は高町を…?」

 

壁の向こう側で緊張を含んだ声で尋ねる小十郎の問いかけに、なのはとヴィータもドキドキと激しい自分の胸の鼓動を耳にしながら、聞き入る。

 

 

「……俺は…」

 

 

((…俺は?))

 

 

それに対して、いよいよ政宗の口から、なのはへの本当の想いが出てくるのかと、なのは、ヴィータの2人がそれぞれに息を呑みながら期待していた……

 

ところが…

 

 

「………っておい! 成実!! なにやってんだお前!?」

 

なのは達の予想に反して、男湯から飛んできたのは政宗の怒声だった。

意表を突かれたなのはとヴィータが何事かと戸惑っていると…

 

「何って、温泉で卵を煮たら“温泉卵”になるっていうじゃん! だから、野菜でも茹でたら、美味い野菜になるんじゃないかって思ってさぁ」

 

「だからって、温泉の湯船で“にんじん”放り込んで茹でる奴があるか!!」

 

また、例によって成実が何かバカな事をやらかしたらしい。

政宗と小十郎は今しがたの会話も忘れて、意識は完全に成実の方に向いてしまった。

 

「まあまあ、これがホントの“温野菜”…ってね! っというわけでおひとつどう? 兄ちゃんや兄貴も?」

 

「「いるかぁ! そんな人の浸かった浴槽にぶちこんだニンジンなんか…!」」

 

「ええぇぇっ!? 結構いけるけどこれ…バリバリッ!」

 

「「って食うなぁぁぁッ!!!」」

 

っという感じで、すっかり男湯はいつもの伊達軍のノリに戻ってしまったのだった。

その喧騒を壁越しに聞いていたヴィータは呆れるように言う。

 

「…やれやれ…もうちょっとってところで、成実のバカのせいで、肝心な部分が聞き出せずじまいだな…」

 

「あはははは…そ、そうだね……チィッ!」

 

「いや、だからこえーよ…」

 

苦笑を浮かべながらも、顔を背けるなり、露骨に悔しそうに舌を打つなのはの豹変ぶりにドン引くヴィータだった……

 

 

 

 

カマサ=ワギ温泉街から然程遠く離れていないとある山…

同じくラコニアの市街地を囲む山々のひとつであるその山は、カマサ=ワギと違い、特にイデア・クリスタルの鉱脈や遺跡・史跡があるわけではなく、普段から人の手入れどころか、出入りさえも殆どない寂しい場所であった。

その山の頂き付近にある少し切り開かれた様な場所に、一人の怪しげな少年の姿があった。

 

縁の張った形に縫い、頂部に高い突起をつくり、縁から白い薄い布を垂れ下がる菅笠…所謂『市女笠』と呼ばれる日本の公家の人間がよく被る様な高貴な笠を目深に被ることで顔を隠し、その顔貌の仔細は判然としないが、背丈からして、恐らくは十代半ばか少し年を重ねた成実くらいの年齢であろうか…?

 

奇異なのはその装束である。

右半身が黒と灰色を基調とした肩当てと胴巻、具足の戦装束、左半身が白と灰色を基調とした道服、双方の衣装を繋ぐように上半身に☓の字を描くように交差した長い数珠を巻きつけるというアシンメトリーな服装に身を包んだその手には光沢が走る黒い六尺棒程の長さを誇る『能管』と呼ばれる横笛が握られていた。

 

「…………………」

 

日も完全に沈み、無数の灯りに包まれて神秘的な輝きを灯しだすラコニアの市街地をじっと見据える少年。

否、その視線はそれの遥か先…街を挟んで対面する一際高い山の頂きに聳える城塞の様な広大な建物だった。

 

……あれが、大谷(屍野郎)が言っていた『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』とかいう連中の砦か…? なかなか狩りがいがある山城じゃねぇか。のぉ、主ぃ?

 

その時、どこからともなく少年に話しかける声が聞こえ、それから間髪を入れずに、少年の影が波打つように蠢き出し、そして少年の目の前で地面から飛び出して実体と化すと、瞬く間にそれは異形の姿を形作っていった。

 

体長はリインフォースⅡよりも少し大きい約50cm程―――

首から上は烏の頭部…背中には黒い翼…爪先が鋭く発達した両手と、猛禽類の様な両足を持った獣人の様な姿をしていたそれは黒がかった紫色の光のオーラに包まれながら、少年の目の前を浮遊する。

 

少年は突然現れたそれを見ても、全く動じないばかりかほぼ無反応な様子で、再びラコニアの街の方に目線を向けた。

 

おいおい、シカトかよ? 仮にも異世界に渡って初めての仕事前なんだからよぉ、ちったぁ打ち合わせぐらいしようぜ?

 

「……………」

 

烏の獣人がそう尋ねると、少年は無言で自分の手の指を肩にトントンと当て、その上に乗るように促した。

それを見た烏の獣人は呆れた様に頭を振る。

 

今回も俺様の采配に任せるってか? やれやれ…これじゃあ、どっちが“屍鬼神(しきがみ)”なのかわからねぇな……

 

聞き慣れない単語を混じえながら烏の獣人が少年の肩に乗ると、少年はスッと踵を返し歩きだした。

 

大谷(屍野郎)の言うことにゃ、今回は殲滅戦(皆殺し)でいけとの事だとよ。 それに相手は術と権力に胡座をかいた一流気取り共とはいえ、一応はこの世界でも指折りの精鋭の端くれだそうだ。 こちらも相応の“駒”を用意しておくべきだと思うぜ?

 

「…………(コクリ)」

 

饒舌に語りかける烏の獣人に対し、少年は沈黙を貫いたまま、微かに頷いて反応する。

 

(あるじ)の今回の目的はあの山城を徹底的に探り、『クライスラの遺産』とかいうこの世界の古い文明の宝に関する手がかりを見つけ出す事だ。生き証人共は当てにならないが、物の手がかりは必ずなにか掴める筈だと、あの皎月院(魔女みたいな花魁)もえらく自信ありげだったしな…

 

「……………」

 

それから、今回石田(総大将様)が手を組んだっていう“スカリエッティ”とかいう陰気な性悪野郎は、今回の(あるじ)の成果次第で相応の報酬を寄越してくれるみたいだが…そいつはいつもどおり、俺様が代わりに頂戴して構わないよな?

 

「………(コクリ)」

 

少年が頷く。

 

相変わらず、欲の無い(あるじ)様だねぇ…まぁ、欲を持っちまったら、屍鬼神(俺様達)を行使する事はできなくなるし、それはそれで困りものなんだけどな…

 

「………………」

 

市女笠の薄布(ベール)で隠れた少年の顔を見据えながら、烏の獣人がニタリと不穏な笑みを浮かべる。

相変わらず、少年は全く無反応だった。

 

それじゃあ、早速“ご挨拶”に伺うとするかぁ…“R7支部隊”とやらへ…

 

獣人は口先で呟くようにそう言うと、再度歪な笑みを浮かべるのだった…

 

 

 

 

思わぬ形で、政宗の気持ちを聞き出す事ができるチャンスにめぐり逢いながらも、成実の起したバカなトラブルのせいで肝心な部分が聞けなかったなのは。

おまけに中途半端に政宗からの自分に対する評価が然程悪いものではないと知ってしまったせいか、風呂から上がってからは余計に政宗を変に意識し過ぎてしまい、返ってしどろもどろな接し方しかできなくなってしまったのだった。

そのせいか、夕食もせっかく、豪華な山の幸をふんだんに使った懐石御膳が出てきたというのに、その味は殆どわからなかった。

尤も、その席では例によって成実が皿や箸まで平気で食べたり。小十郎の分のおかずをネコババしようとしてゲンコツを食らうなどの一幕が絶えず騒々しく、違う意味で食事の味を堪能する余裕がなかったのであるが……

 

そんなわけで、せっかく意中の人と温泉に来ているというのに、なのははまともに政宗と一対一で話す事もままならないまま、時間だけが過ぎていくのだった…

 

「はぁ……」

 

「なのはぁ、そんなクヨクヨすんなよ」

 

時刻は21時過ぎ…ホテルから支給された浴衣姿のなのはとヴィータはホテルの展望室を兼ねたラウンジに併設されたベンチに腰掛けていた。

そして、ベタなくらいに不器用な様を曝け出す自分の不甲斐なさに落ち込むなのはにヴィータは呆れながらも励ましていた。

 

「そんな事言ったってヴィータちゃん…私、お風呂から上がってから、政宗さんの顔もまともに見れない有様なんだよ…せっかく、こうして温泉に来たっていうのに普段よりお話できなくなっちゃってどうすんの…って話だよぉ」

 

「そ、そりゃ気持ちはわかるけどさぁ。けど別に今日機会を逃したからって、政宗とはしばらく会えないってわけでもないんだぜ? だから、そんな固く身構え過ぎなくてもいいんじゃねぇか?」

 

「身構えてる…っていうよりは、政宗さんの気持ちをちょっとだけ知っちゃったせいで、勝手に私の心の中で余計に政宗さんへの想いが強くなっちゃって…///」

 

「…ダメだ。こりゃ重症だ…」

 

既に温泉に入ってから数時間経過しているにも関わらず、まるで湯上がりの様に顔を真っ赤にして一人のぼせあがるなのはに、ヴィータは冷ややかにツッコんだ。

 

「言っとくけど、アタシは前田とかと違って、この手の甘酸っぺー話題には端から興味ねーから。お膳立てなんか宛にすんじゃねぇぞ?」

 

「も、勿論! ヴィータちゃんに迷惑をかけるつもりはないよ! それに…ヴィータちゃんに“恋愛”なんて、まるで縁のないお話だって事はわかりきってるもの」

 

「………いや、事実なんだけどさ…なんかすっげぇムカつく言い方だな……」

 

眉間に青筋を立てたヴィータがボヤいていると、そこへ、またしても噂をすればなんとやら…この2人が現れた。

 

「おっ! なのは姉ちゃんに、ヴィータの姉御!」

 

「なんだ? お前らも夕涼みか?」

 

成実を伴った政宗である。

2人ともなのは達と同じく浴衣姿だったが、成実は浴衣に着慣れていないのか、帯がぐちゃぐちゃになっており、かなり着崩れてしまっていた。

 

「はぁぁう!? ま、ままま、まま、まひゃむねひゃんッ!!?」

 

「って動揺しすぎたろバカ! ちょっとは落ち着け!」

 

言ってる傍から露骨な動じぶりを晒し、横からヴィータに窘められるなのは。

明らかに挙動不審な態度であるが、幸いにも政宗は少し怪訝に思う程度にしか気にしなかった。

 

「? どうしたんだ? なのは」

 

「はっ!? う、うぅん! な、なんでもないよ! それより、政宗さん達はどうしてここへ?」

 

ある程度落ち着きを取り戻したなのはが尋ねる。

 

「あぁ。せっかく温泉に来た事だし、成実と一緒に温泉街の方でも回ろうかと思ったんだが…小十郎に「R7支部隊の手の者が出回っているかもしれないから自重しろ」って言われて、仕方ねぇからホテルの敷地内のGardenにでも夜の散歩に出ようかと思ってな…そうだ。どうだ? お前らも一緒にどうだ?」

 

「えっ!? わ、私達も…!?」

 

なのはがドキリとしながら、尋ね返す。

そんななのはの気持ちに気づいていない成実が呑気な口調で声かける。

 

「いいじゃん! 一緒に行こうよ!? 姉ちゃん達も!」

 

すると、話を聞いていたヴィータが咄嗟に何かをひらめいた様に手を叩いた。

 

「あぁ、そうだ! 成実。お前ちょっと面貸せ」

 

「ん? なんで?」

 

「昼間の礼…と言っちゃあれだけどよぉ、売店行ってアイスでもおごってやろうと思ってな」

 

突然のヴィータからの呼び出しに、怪訝な顔を浮かべていた成実だったが、続いて聞かされた「アイス」という単語を耳にした途端、その目がキュピーンと強く光り輝く。

 

「マジで!? ぃいやっはぁぁぁぁぁ!! 流石は姉御! 太巻き寿司ぃ!」

 

「… “太っ腹”って言いたいのか? まぁいいや。っというわけだから政宗。ちょっとだけ、成実を借りるぜ?」

 

「Ah~…OK.I don't mind.」

 

政宗の了承を得たヴィータは成実の襟首を掴んで早々にラウンジの出口に向かう。

 

「よっし! そんじゃ行くぞ。成実!」

 

「せんきゅー姉御ぉ! 一体いくつ奢ってくれんの!? 500個くらい?」

 

「バカヤロッ!! アタシの財布を空っけつにする気かよ!? 1個に決まってんだろ! 1個ッ!」

 

「ええぇぇっ!?」

 

政宗の了承を得たヴィータは成実を連れてラウンジを出ていくが、その際になのはにだけわかるようにウインクしてアイコンタクトを送っていた。

それを見たなのはは、ヴィータが自分と政宗を二人きりにするために成実を連れ出してくれたのを察するのだった。

口では「当てにするな」と言いながらも、しっかりとお膳立てしてくれる親友のさり気ない気遣いに、なのはは心から感謝するのだった。

 

 

 

 

こうして、念願の政宗との二人っきりになる事が出来たなのはは、ラウンジから建物の外へと出て夜の庭を散歩する事にした。

ホテルの敷地内なのでR7支部隊と鉢合わせる心配はなかったが、それでも万が一の護身用の為に、なのはの首には待機状態のレイジングハートがぶら下げられ、政宗の腰には六爪の内の一振りが下げられていた。

 

「A likely。 夏入りとはいえ、やはり夜は涼しいもんだな。なのは」

 

「そ…そうだね……」

 

庭園だけでなく、ホテルを囲む野山から聞こえてくる虫の大合唱を聞きいれながら、2つの月の輝く夜空の下、2人は整備された散歩道を歩いていく。

 

「Hu…ここにいると忘れかけていた奥州の風景を久々にゆっくりと思い出す事が出来るぜ。 クラナガンの周りはSeeばかりでMaunntennは殆どねぇからな…」

 

「そ、そうなんだ。確かに東北地方は緑豊かな山が多いからね」

 

こんな調子でしばらくは取り留めのない話を繰り返しながら歩いていた政宗となのはだったが、やがてその話題も尽きてしまい、2人共沈黙してしまう。

 

(ど…どうしよう!? なにか話題を作らないと……!?)

 

どうにか、話題を作ろうとなのはは必死に頭を働かせる。

 

「「……あ、あのね(な)!!」」

 

唐突に口を開くなのはであったが、ちょうど同じタイミングで政宗も話し出してしまい、ダブってしまった2人は余計に気まずい沈黙に包まれてしまう。

 

「…そ、Sorry…」

 

「う、うん。別に大丈夫…先に言っていいよ」

 

「いや…別に他愛もねぇ事だから、お前から先に言ってくれよ」

 

「そ、そう…? それじゃあ、お言葉に甘えて…」

 

政宗の譲渡されたなのはは、意を決した様子で話し始める。

 

「政宗さん。その…改めて、本当にありがとう。私の為に色々と苦労かける事になって…」

 

「What? なんだよ急に改まって…今日のこの見合い騒ぎはお前だけじゃなくて機動六課全体に関わるProblemだったんだから、俺が一肌脱ぐのも当然だろ? っていうかはやてに無理矢理押し付けられたからでもあるけどな…」

 

政宗はそう苦笑しながら語りかけるが、なのはは歩きながら首を横に振る。

 

「うぅん。 このお礼は今日の事だけじゃなくて、政宗さんが六課にやってきてからお世話になってきた事全てに対するお礼……」

 

「Ah?」

 

その言葉の意味がよくわからなかったのか、首をかしげる政宗に対し、なのはは空を見上げながら思い返すように口を開く。

 

「恥ずかしい話なんだけどさぁ。政宗さんがこの世界に来てから今までを思い返してみたら…私って政宗さんに助けられてばっかりだったなぁって、今日改めて思ったんだ」

 

「…そうか?」

 

「そうだよ。敵の潜伏侵略にかかった時や、ホテル・アグスタでユーノ君が狙われた時…それに政宗さんとはじめて出会った時だって、私助けてもらったんだよ?」

 

なのはの言葉を聞いて政宗はようやく思い出すことができた。

確かに言われてみると、自分は六課と協力するようになってから3回もなのはの窮地を救っている。

しかし、政宗にしてみれば、それは目の前で凶行を犯そうとした敵…ガジェットドローン、島左近、後藤又兵衛…数ある火の粉を払い除ける為であり、特別にお礼を言われるものでもないと思っていた。

 

「…本当にありがとう…政宗さん……///」

 

なのはは顔を赤くし、政宗から目をそらしながら改めてお礼を言った。

 

「だからなにもそんな改まって言うもんでもねぇだろ? っていうかお前、顔赤いけど大丈夫か?」

 

「あっ!? う、うぅん! 別に!」

 

顔を覗きこもうとしてくる政宗に、なのはが慌てて頭を振って誤魔化した。

 

「歩き疲れたのか? だったら少し休憩していこうぜ。 ちょうど休憩所も近いみたいだしな」

 

「う、うん」

 

散歩道の脇にある立て看板を指差しながら、エスコートしてくる政宗に対し、なのはは少しでも顔の赤らみを解そうと、頭を冷やす努力をする事にした。

 

 

それから2人は散歩道を抜けた先に広がっていた崖の傍を切り抜いて造ったような展望台も兼ねた休憩所に辿りつく。

そこは、温泉街はもちろん、ラコニアの市街地やその奥に聳えるこの辺り一帯の最高峰 レシオ山と、その山頂にあるR7支部隊の拠点である城塞。その他にも街を囲む周辺の山の景観も楽しめる絶景ポイントであった。

 

さらに、夜である今は2つの満月が真上に眺められてその周りに広がる夏の星空を満喫できる非常に美しい場所であった。

 

「Hu~…こりゃいい眺めじゃねぇか」

 

政宗は崖ギリギリの柵に寄りかかりながら星空とラコニアの街の夜景を見下ろし、楽しんでいた。

一方のなのはは、展望台にベンチ代わりに置かれた大きな丸太に腰掛けたまま、まだ顔を赤らめているのだった。

 

「おい。 さっきからどうしたんだなのは?」

 

「!?…いや別に…!」

 

「別にって…お前さっきからずっと、顔が赤いじゃねぇか。それにこのホテルに着いてからなんか挙動もちょっとおかしかったしな…」

 

政宗はなのはの隣に座ると、顔を頭上の星空に向けたまま、さりげなく話しだす。

 

「何か悩み事でもあるのか? よかったら話してみろよ」

 

「で…でも……」

 

「思っている事があるなら、溜め込んでねぇで、素直に吐いちまった方がスッキリするぞ?」

 

穏やかに諭してくる政宗の顔を見て、なのははドクンと再び大きな鼓動を感じた。

 

「う…うん…」

 

なのはは固唾を飲むと、ゆっくりと口を開き始めた。

 

「ま、まま、政宗さん!…わ………私……ね……///」

 

これ以上ないくらい顔を真っ赤にしながらも、なのははついに政宗に自分の胸の内を率直に打ち明ける事を決意する。

 

 

 

「私………政宗さんの事が………好きです…!!///」

 

 

 

「―――ッ!? Oops!?」

 

 

突然のなのはの告白に思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう政宗。

普段の彼であれば、絶対に出ないような間抜けな声だった。

 

潜伏侵略騒動以来、心の奥底で芽生えていた初めての想い…それは政宗に恋をしたなのはの初恋であった。

 

 

「……Sorry…Throw a wet blanketな質問かもしれねぇが、一応確認だけさせてくれ。 それは“芝居”で言ってるんじゃないんだな?」

 

沈黙を破って、政宗が尋ねた。

 

「………はい…///」

 

「…Realでか?」

 

「うん……Realで……///」

 

再三確認してくる政宗に、小さな声で返事をしながらも、なのはは顔を真っ赤に染めながら頷く。

 

「………Oh my god…ッ!!」

 

政宗はネイティブな発音で動揺しながら、どうしたらいいかわからず、首を左右に振りながら動揺する。

 

「それで……政宗さんの気持ちとしては………どうなのかな?///」

 

「お…俺の気持ちか……?」

 

今度は政宗が赤面しながら、動揺する事となってしまった。

こういう状況に慣れていない政宗は、どう返事を返すべきなのか全くわからない為、いつもの大胆不敵な物腰は消え、軽くパニックを起こしそうになっていた。

 

(お、落ち着け! Coolで行け! 俺! それがこの独眼竜のPolicyじゃねぇか…Shit! なのになんで…!? なんでこんなに動揺するんだ…!? 畜生! どうしたらいいんだ!?)

 

必死に冷静さを求めようとする政宗の思考と裏腹に、胸の鼓動は高まり、目は激しく泳いで定点が定まらず、額には冷や汗が大量に浮き出てくる。

 

それも、必死に威厳を保とうと、軽く咳払いをしてから、こちらを見つめてくるなのはを見据え、重い口を開く。

 

 

「き、聞いてくれなのは…」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

「………お……俺は―――」

 

 

 

 

政宗がなのはの告白に対する自分の返事を返そうとした…

 

 

 

その時だった――――

 

 

 

ドオオオオオオオォォォォォォォン!!!

 

 

 

「「―――ッ!!?」」

 

 

二人の周りを包んでいた甘酸っぱい雰囲気、そして静寂を切り裂くような爆音が遠くから聞こえてきた。

 

一体何事かと2人が音の聞こえてきた方に目をやると、それはラコニア市街を挟んで向かいに聳える山 レシオ山の頂…その山の頂上一帯を締めていたこの街の負のランドマークともいえる星杖十字団R7支部…その荘厳且つ強固な雰囲気に包まれていたあの城塞が……

 

 

「ッ!? うそっ!?」

 

「お、おい! あれって確か、あのR7支部隊(あのバカ息子の取り巻き連中)の拠点だっていう……」

 

 

なのはは口を掌で押さえ、政宗も隻眼を大きく見開きながら、遠くに聳える城塞を見つめる。

 

いや…正しくは城塞“だった筈”のものを見つめていた。

 

っというのも、2人の視線の遥か先にあるそれは、何か大きな爆発が起こったのか、真っ赤な炎に包まれ、敷地の四方を囲っていた遠目から見ても頑丈さが伺えた筈の城壁も所々で崩れるという、まるでそこだけ巨大な震災に見舞われたかのような惨たらしい有様となったからだった。

 

 

「まさか…!? R7支部隊で何かあったっていうの…!?」

 

「Can't wait! 急いで、小十郎達に知らせるぞ!」

 

 

政宗となのはは立ち上がると、脱兎の如き速さで急いでホテルの中へと駆け出すのだった……

*1
青根温泉…宮城県柴田郡川崎町にある温泉。仙台伊達家の湯治場として1528年に開湯して以来490年以上の歴史を誇る名湯で、歴代仙台藩主専用の湯治場であった青根御殿が置かれるなど、仙台藩の御用湯のひとつとして愛された。

*2
東鳴子温泉…宮城県大崎市鳴子温泉郷にある温泉。かつて平家の落人によって発見されたという伝説がある名湯で、青根温泉と共に仙台藩主専用の湯治場である御殿湯が置かれた。




遂に、なのはが告白しちゃいました。

っていうかこの手の場面でそういう告白しちゃうのは、完全に死亡フラ―――ゲフンゲフン!!

とにかく肝心の政宗の返事については、もう少しお預けとなります。
っとは言っても、もうほとんど予想はつくかと思いますけど(苦笑)

っというわけで、次回からなのは見合い篇 後半戦へと突入します。

果たして、謎の物怪“屍鬼神”なるものを従える少年の正体とは…!?


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第五十二章 ~戦慄! “妖将”が奏でし魔笛の鎮魂歌(レクイエム)

お見合い騒動をきっかけに、ついに自分の中にある政宗への好意を自覚したなのは。

二人きりになったところへ、思い切って政宗への告白を強行してみせる。

突然の事に動揺しながらも、政宗が出した答えは…突然、2人の目の前でラコニアの街の負のランドマークだったR7支部隊隊舎が爆発するという想定外の事態によって遮られる事となってしまう。

一体、R7支部隊で何が起きたのか……!?


※今回のイメージCVクイズ。
リブート版初登場のキャラ 白粉バカ議長ことエミーナの新しいイメージCVは誰でしょうか?
ヒントは次のタイトルコールより…


エミーナ「リリカルBASARA StrikerS 第五十二章 プリンセスをナメるんじゃねェよ バーカ!!」


なのは「…貴方はプリンセスというよりはピエロですけど……」


時は、数十分程前に遡る…

 

なのは達が泊まる『ピジョン屋』のある小高い山から、ラコニアの街を挟んだ先にちょうど向かい合うような形で聳え立つ一際高い山 レシオ山の頂に『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』R7支部隊隊舎があった―――

 

有力な戦力の少ない地上本部にとっては、数少ない精鋭師団である上に、『7』の数字に肖って、創設者の御曹司 セブン・コアタイルから隊ぐるみで寵愛を受けているだけあって、隊舎は他の地上本部の部隊と比べても豪華且つ最新鋭の設備が整っており、敷地の四方を重々しい壁に囲まれ、所々に監視塔までも備えたそれは、一見すれば一部隊の隊舎というよりは小規模の要塞の様にも見える。

 

メインスポンサー兼上官…っという名の飼い主であるセブン並びにコアタイル家の影響と意志をそのまま受け継ぐ形で、病的な『魔法至上主義』に因われたこの部隊は、魔法でラコニアの街の治安を“守る”というよりは“抑えつける”事で、魔導師や特権階級などの一部の人間だけを優先とした“偽り”の平和を作っていた。

 

そのため、まるで街を監視するかのように聳え立つこのR7支部隊の隊舎は同部隊の隊員や一部のコアタイル派の魔導師を除いて、ラコニアの市民からは決して愛される事のないランドマークと見做されていた。

 

そんな、R7支部隊の隊舎の一室…特殊部隊のオフィスというよりは会社の重役のオフィスや高級ホテルのサロンの様な豪華な内装を施された部隊長室に部隊長 オサム・リマックと副隊長 エンネア・フェートンの姿があった。

 

二人共、奥州伊達軍との交戦で負った怪我の治療痕である包帯や絆創膏が顔や手足、頭のいたるところに見受けられて痛々しい様である。

 

本来であればこの隊舎で一番偉い筈のこの2人が、今は部屋の壁に投影されたホログラムモニターに向かって膝をつき、冷や汗を浮かべながら萎縮していた。

 

そのモニターに映るのは、彼らが『主』として崇める男 セブン・コアタイルである―――

コアタイル家専用のシャトルジェット機『グランデオス』の機内からの中継であるようで、ソファーのような上質なシートに、まるで玉座に君する王族のように深々と腰掛け、片手には琥珀色のウイスキーの注がれたグラスが握られている。

 

昼間までは清楚に梳かれていた筈の長いブロンドの髪は、政宗にバッサリと切り落とされた影響で、今やまるで落ち武者の様なザンバラ頭になってしまっていた。

何も知らない者が見たら思わず吹き出してしまう様な滑稽な姿であるが、オサムもエンネアも勿論、笑わなかった。

 

万が一にもそんな不敬極まる事をここでしでかそうものなら、即座に自分のクビが飛ばされる事になるとわかっていたからだ。

 

《顔を上げろ。この役立たず共…》

 

明らかに怒りが滲み出た様なセブンの声に、オサムとエンネアの身体がビクリと震えた。

 

《俺が…どうしてこんなにも腹を立てているのか…今更言わずとも、わかっているよな?》

 

「……そ、それは……」

 

《なんだ…? 言ってみろよ? エンネア》

 

モニター越しで鋭い視線を投げかけながら、セブンは高圧的に尋ねた。

 

「…ご…護衛の任を与えられた身でありながら、セブン様の御身の安全を守れなかった私達の失態―――」

 

《違う!》

 

「「ッ!?」」

 

セブンの怒声が部屋に響く。

その剣幕に、普段は冷静沈着なエンネアの顔にも明らかな恐怖の色が浮かんでいた。

 

《誤魔化すなエンネア! 今日のお前らR7支部隊がしでかした事は“失態”だなんて綺麗言で片付けられるようなもんじゃない! “醜態”…否、“終態”と称しても過言でないぞ! 高町なのはとの縁談をブチ壊しにされただけにいざしらず、俺の側近ともあろうお前らが、あんな非魔力保持者(下級国民)のサンピン共に散々翻弄され、惨敗し、挙げ句に俺は……自慢の髪や勲章までも台無しにされたんだぞ!!》

 

セブンはモニターの向こうで、持っていたウイスキーの注がれたグラスを力強く握りしめて、その屈辱を顕にした。

 

《特にオサム! お前には本当に失望したよ! まさかお前がこれほどまでに無能な奴だったとはな!》

 

「お…お待ち下さい! 坊っちゃ…いや、セブン殿下! 確かに此度の我が隊の不甲斐ない戦果は、私の至らぬところがきっかけで招いた事態! 己の力不足、判断ミス、そして慢心が原因で、殿下に拭えぬ心の傷を負わせてしまった事は…このオサム・リマック…一生の不覚!…猛省の致すところであります! さすれば…今一度、この猛省を糧に、汚名を返上できる機会を与えていただきたく―――!」

 

《黙れ!》

 

セブンの怒声がオサムの弁解を遮る。

 

《そうして、与えてやったチャンスを潰して2度までも非魔力保持者…それも最も忌むべき“異端者”共に出し抜かれたのはどこのどいつだ!?》

 

「ッ!?」

 

烈火の如き怒りを顕にして叫ぶセブンに、オサムの体がビクッと震えた。

 

《お前らもわかっていた筈だろう!? 今日の見合いにお前達R7支部隊の主力を同伴させたのは、地上(ミッド)最強の戦力である“星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)”でさえもどうとでも操れるという俺やコアタイル家の力を高町なのはや機動六課の連中に、知らしてやろうが為だったのに…! 仮にあの女が俺に色よい返事を返したくなくとも…俺やコアタイル家に逆らうと、今後はミッドチルダで大手を振って歩く事さえもままならなくなるという事を思い知らしてやろうという…そういう魂胆だったのに!!》

 

「「…………」」

 

《それなのに……あの生意気なサンピン共の邪魔立てと、お前らのヘマのせいで、全てが水の泡になってしまった!! いや…! そればかりか、今日の一件が噂で広がり、所轄の部隊ばかりか、民間人からも嘲笑や糾弾の材料にでもされたらどうする!? 特にあのレジアスの耳に入れば、絶対にこれをダシにして日頃の意趣返しを仕掛けてくるに違いないぞ!》

 

捲し立てるようにセブンは怒鳴った。

 

実は、セブンとしても此度の見合いですんなりと了承を得られるものとは考えていなかった…

 

見合い相手である“高町なのは”という女性は、賄賂や裏工作といった類を最も嫌い、金や権力をチラつかせても決して靡くことはないバリバリの硬派であり、その有り余る才能を全て世のため、人のために使う…まさに時空管理局の“表”の正義を体現したような清純潔白な性格である反面、仲間思いな一面の強い人物である事を知っていたセブンは、縁談を成立させる為に、遠回しに彼女の今の所属部隊である『機動六課』を天秤にかける事で断りづらい状況に少しずつ追い込む事を企んでいた。

 

そのために、実質的に神輿の上に担いでいるだけの無能な高官を仲人として選び、自分が実質的に私兵として置いているR7支部隊の拠点であるラコニアを見合いの会場に選び、警備を名目に、R7支部隊で会場の周りを固める事で自分の持つ権力を示し、無言の圧力をかけることで、自ずと承諾の方向に運ぼうとする…

 

その意図を含めて入念に下準備をしてきた今日の見合いも、あの“伊達政宗”なる男に邪魔され、完膚なきまでにぶち壊されてしまった。

 

しかも、あの男はあろう事か、非魔力保持者という己の身の程を弁えずに、ミッドチルダでは地上本部防衛長官をも凌ぐ権力を有している大魔導師を父に持った自分に対して、堂々と楯突き、挙げ句に自分の自慢だった長髪までも無惨にも切り落としたのだ。

 

あまりに無礼千万、屈辱極まる狼藉にセブンは腹の虫が収まらずにいた……

 

《さっきパパにも見合いの結果を報告したら、一度“ポラリス(パレス)”で詳しく話を聞きたいそうだ。俺はまだプリンスロイヤルへの帰還の途上だが、向こうに着いたらすぐにパパに合流して、事と次第を一から報告するつもりだ! 勿論、R7支部隊(お前達)の醜態と“しかるべき”処遇についても、全てパパに言上するからな!!》

 

怒りのせいなのか、それとも既にあれだけ大々的に宣言してしまったが故の開き直りか、セブンは、それまで初対面の人間や公の場ではおろか、オサムやエンネアのような気の置けない部下達を前にしても大っぴらに使用する事を避けてきたザインへの個性的な呼び方『パパ』を最早隠し立てする事なく堂々と言ってのけていた。

 

「お…お待ち下さい! セブン殿下!!」

 

オサムがモニターに映るセブンに追いすがるように嘆願した。

 

「な…何卒…何卒!…我々にもう一度…!! もう一度だけ、ご猶予を頂けないでしょうか?!! 必ずや、今夜中に今日の汚名を全て払拭するだけの成果を上げ、埋め合わせさせて頂きたく存じます!!」

 

《…くどい!》

 

またもセブンが怒鳴った。

 

《さっきも言ったと思うが…既に一度、慈悲で与えてやった猶予を見事に無駄にしたくせにどの口が言っているんだ? お前如きが何度チャンスを貰ったところで、無意味な事であると何故悟らない? お前は無能な上にバカなのか?》

 

「そ、そんな…ッ!?」

 

まさに取り付く暇もない様子のセブンに対し、今度はエンネアが声を張り上げた。

 

「で……でしたら、このエンネアからもお願い致します!! 私達に…R7支部隊にもう一度チャンスを! そうすれば、今度こそ私達はセブン様のその屈辱を晴らしてご覧に入れます!」

 

《…それで俺がチャンスを与えたところで、どうなる? お前達はどのようにして俺が受けたこの図り知れない屈辱を晴らしてくれる?》

 

セブンの射抜くような視線は、モニターを介して見ても、底しれぬ憎悪と怒りを感じさせ、オサムとエンネアに恐怖を与えた。

 

《たかだが3人の非魔力保持者(下級国民)さえ抑える事のできなかった能無しのお前達に…今更一体何ができる?》

 

「の、残っているR7支部隊を総動員し…“ダテ・マサムネ”以下、セブン様に歯向かった機動六課委託隊員3人を今度こそ捕らえ、改めてセブン様の下に差し出してみせます。幸いにも機動六課一行は、まだこのラコニアの街に逗留中との情報を掴んでいます。 今夜中に探し出して、捕らえて参ります」

 

《……既に一度返り討ちに遭っているお前達になど、全く期待は持てないがな…》

 

セブンは鼻で笑いながらそう言うと、ウイスキーの入ったグラスをシートに設置されたミニテーブルに置く。

その拍子に、グラスの中でロックアイスがカランと音を立てたのが、モニター越しにいるオサムやエンネアの耳にも届いた。

 

《だが知っての通り…俺は“心の広い”人間だ。 お前達の今日までのその俺に対する“忠義”に免じて、特別に“最後の慈悲”を恵んでやろう…送迎機もない上に、この時間だ…恐らく連中は、今夜は街のどこかのホテルにでも宿泊している筈だろう…徹底的に宿改(やどあらた)めをして見つけだせ! 市内中の一流ホテルから庶民向けの二流、三流ホテル、下級国民が使うような民宿(犬小屋)モーテル(兎小屋)もだぞ! しらみつぶしにかけてでも奴らを探すんだ!》

 

「は、はいっ!」

 

《いいか…オサム、エンネア…! これは本当に、俺からの“最後の慈悲”だからな? 明日、パパと一緒にもう一度ラコニア(そっち)へ赴く。それまでにあの忌々しいサンピン共がR7支部隊隊舎の勾留施設に入っていなかったら…お前達の部隊長、副隊長の地位と士官階級は剥奪! それどころかお前ら2人が奴らの代わりに海上隔離施設に入る事になると思え…!!》

 

「「ッ!? …しょ、承知しました…!」」

 

跪いたまま、オサムもエンネアもまるで処刑宣告を受けたかのように顔を強張らせながら、深々と一礼した。

 

《フン! まっ、せいぜい足掻く事だな。役立たず共め…》

 

セブンは最後に厭味を言い残して通信を切り、目の前のホログラムモニターが消えた。

 

 

 

「くそぉっ!!?」

 

オサムは苛立ちをぶつけるように床に拳を叩きつけた。

上質な大理石でてきた床に大きなヒビが走る。

 

通信を切る直前に見せたセブンの顔はまさしく、自分達に対する失望、そして軽蔑の眼差し…それは紛れもなく、長年一途に忠誠を向け、その手足となって尽くしてきた主からの信用が既に皆無に近い状態にある事を示す証であった……

 

代々コアタイル家に従属する「リマック家」の嫡男であったオサムは、幼少期よりコアタイル家とその宗家の家人達を君主の如く、崇め、忠節を尽くす事を教えられてきた。

その教えを受けながら、コアタイル派に従属する魔導師の息女達が集うエリート校『第七陸士訓練校』に入校し、その実力とコアタイル家への忠誠を糧に成果を上げ、主席で卒業した後、やがてコアタイル家の当主 ザインに認められ、彼の後ろ盾に創設された『星杖十字団』へ入隊を果たすことが出来た。

そして、ザインの息子であるセブンがその第七陸士訓練校に主任教官として赴任すると、同校の栄誉あるOBという好から、彼がこよなく愛する『7』に肖ったR7支部の隊長に昇進。

以来、隊のこの上ない後見人として何かと恩恵を与えて下さるセブン、そしてコアタイル家への御恩に報いる事を誓い、己を捧げ、その御身の護衛から、セブンが裏で営む“ビジネス”の手伝いに至るまで…方々でセブンの手となり、足となって、尽くす事で、その期待と信頼を築き上げる事ができた。

 

しかし…その築き上げてきた信頼関係が、たった数人の非魔力保持者如きに台無しにされそうになっている。

 

奴らはセブンに楯突き、自分達に楯突き、そしてコアタイル派に楯突いた…

 

それだけでも許し難いというのに、あろうことか奴らは魔法とは異なる奇怪な術を用いて、自分達を蹂躙し、セブンの誇りをズタズタにした。

 

ありえない…そんな事は…

 

このミッドチルダにおいて最も崇高な戦術…“魔法”―――

その魔法に特化し、魔法を極めた我々“星杖十字団”―――

中でも総本家 コアタイルの御家より特別な寵愛を受けた我々『R7支部隊』が、魔法でない別の戦術を駆る者に手も足も出なかっただなんて…あってはならないのだ。そんな事が……

 

 

「……部隊長…冷静になってください」

 

エンネアが冷や汗を浮かべながらも、そう宥めた。

 

「これが冷静になどいられるか!? 今や俺だけでなく、我がR7支部の威信は地の底に落ちたも同然だ!」

 

オサムは拳を震わせて、その屈辱に打ち震える。

 

「その上…明日坊っちゃんと閣下がお越しになられるまでにあの無礼な眼帯の男達を捕らえなければ、我々の地位や階級までも取り上げられてしまう…即ち、我々はクビだぞ! 破滅だぞ!? コアタイル家に見限られた人間がどんな顛末を迎えるかはお前だってわかっているだろう?!」

 

そう取り乱すオサムの目には明らかに怯えの色が浮かんでいた。

一方エンネアは浮かぶ冷や汗をどうにか拭い切ると、再び冷静な面持ちを取り戻すことができた。

 

「だからこそ…そうならないためにも、嘆いている暇があるなら今すぐ部隊を上げて出動し、ラコニア市内中のホテルを改めるべきではないのですか?」

 

エンネアはそう宥めながら、部屋の外や建物の外が騒々しくなっている事を確認した。

ミッドチルダの魔導師は複雑な詠唱と唱えながら、基本的な動作行動を同時にこなす必要がある為、同時に2つの思考を働かせる事はお手の物である。

エンネアは取り乱すオサムを窘めつつ、一方では既に念話で隊舎にいるR7支部隊の実働隊員に招集をかけていた。

 

エンネアの諌言を聞いて、取り乱していたオサムも冷静さを取り戻した。

 

「う、うむ……しかし、見つけ出せたとしても、どうやって逮捕する? 奴らは非魔力保持者とはいえ、異形の力を駆使する“異端者”…並の連中よりは遥かに厄介な相手だという事はお前とてわかっているはずだろう?」

 

「えぇ。正面から無策に挑んでも、昼間の二の舞になるだけでしょう…ですから、宿改(やどあらた)めは極力外部の者にバレないよう隠密に行うべきかと思います」

 

「どうするのだ?」

 

「まずはラコニア市内の宿泊施設の組合に連絡し、組合に入っている全てのホテルの宿泊客の名簿を収集するのです。勿論、組合に登録していない民宿、民泊施設などにかんしては覆面調査員を現地に送り、秘密裏に名簿を調達しましょう。勿論、偽名を使っている場合も想定し、念の為に防犯カメラのデータも手に入れるべきかと…」

 

「うむ…」

 

「そして、該当者の宿泊場所が判明したら、隊総出でそこを包囲し、隠密に行動して、やつらの不意を突いて制圧……それが確実な戦術かと思います」

 

「なるほど! 強襲作戦ならば、如何に奴らが手練であろうが太刀打ちも出来まい! よし! その策でいく! 直ぐに司令室(H.Q)に、市内全ホテルの宿泊客の名簿と防犯カメラのデータを集めるのと、調査員の手配をする様に指示を出せ!!」

 

光明を見出し、絶望しかけていたオサムの顔に再び覇気が戻り始める。

 

「既に指示を出しました。 1時間もあれば市内の全ての宿泊客の所在地を調べ上げられるかと…」

 

「でかした! では、実働部隊にいつでも出撃できるように待機しておくように伝えておけ!」

 

オサムはそう言うと、部屋の窓際に置かれた自らの専用デスクに溜息を漏らしながら腰掛けた。

一先ず、自らの首を守る為の具体的な手段こそ見出す事が出来たものの、これをしくじってしまえば破滅は免れない。自らの立場が進退窮まる状況にある事には変わらないのだ。

 

「しかし…万が一にも奴らが我々の強襲さえも凌ぐ程の実力を見せてきたらどうすればいい……?」

 

オサムはデスクの上に両腕の肘を置き、手を口元の前で組みながら考え込むようなポーズをとりながら、呟いた。

 

これを認める事は、非常に腹立たしく、そして屈辱極まる事であるが…今日、自分達に楯突いてきたあの3人の非魔力保持者は魔力こそ無いが、魔導師である自分達とも十二分に渡り合えるほどに強い。

確かに、強襲作戦であれば先手を打って、相手が抵抗する間もなく制圧できる可能性は十分にある。

 

しかし万が一…万が一にも、彼らが、自分達が制圧する前に抵抗してきたらどうする?

 

正面からぶつかって勝てる自信はあるのか?

 

否…エンネアの言うとおり、考えなしに真正面からぶつかっても、昼間の二の舞になるのがオチであろう。

 

しかもR7支部隊の中でも有力な隊員達は、今日の『Cassiopeia Plaza』へ動員して、そして、多くが医務室送りにされてしまった。

今すぐに動かせる戦力は確かに精鋭ではあるものの、R7支部隊の中で言えば、二軍、三軍といえる凡人勢達である。

 

もしこの状態で、“万が一”の事態が起きてしまったら…R7支部隊は確実に負ける。

そうなると、セブンから恵んでいただいた慈悲の汚名返上のチャンスをまたも潰す事になる。ましてや最初の失態と同じ轍を踏む形で失敗したなんて事にでもなったら最後…自分達は二度と忠誠を誓う主人の御顔を拝むことさえも許されない事となるだろう…

 

そんな事は、断じて避けなければならない!

 

その為には…どんな手であろうとも、“確実”に奴らを抑えられるだけの力を用意すべきなのかもしれない…そう…“確実”に……

 

その単語が頭に過ぎった時、オサムは自ずとある答えを導き出した。

 

 

「……そうだ…!? “アルハンブラ”だ…! あれを引っ張り出して、もしもの時に備えて、控えさせておこう!?」

 

「……ッ!!?」

 

 

オサムがふと口にしたワードを聞いたエンネアの表情が一変する。

その顔には、驚きと動揺の色が浮かんでいた。

 

「“アルハンブラ”って……まさか!?…この隊舎の地下に幽閉している“古代竜”…!?」

 

エンネアの質問に、オサムは暗く、歪な笑みを投げかけながら話した。

 

「そうだ…お前は3年前にR7支部隊に配属されたから、直接その姿を見たことはないだろうが…話だけは聞いた事があろう?」

 

「は、はい……」

 

エンネアが重々しく頷いた。

 

「“アルハンブラ”…かつてコアタイル家が、本局から横流しで入手した第一級ロストロギア“クライスラの遺産”のひとつ“エルドラドの古文碑”に記されていた(いにしえ)の召喚術によって召喚された古代魔炎竜…」

 

ゴクリと固唾を飲みながら、エンネアはさらに続ける。

 

「ですが…古文碑の解析が十分でない状態で半ば強引に儀式を強行してしまったせいで、召喚されたそれは、召喚士ですら制御する事ができず、大勢の魔導師が犠牲になる程の力を見せ、最終的にはザイン閣下のお手を借りてようやく沈静化させ、仮制御にまで持っていけた程の恐ろしい魔法生物と聞いています」

 

「……回答案としては“40点”ってところだな。エンネア。まず訂正するが…古文碑の解析が十分でなかった事は事実だが、それは解析を担当した委託研究員が召喚の儀に必要な工程の説明が書かれた文面を見落としていたからだ。 決して、コアタイル派(我々)の失態ではない」

 

オサムは話の後半部を特に強調した様に話しながら補足と修正を加える。

 

「それともう一つ……“クライスラの遺産”は決して“横流し”で得たものではない…あれは、ミッドチルダ式魔法のルーツにもなったとされる、失われし古代魔法文明『クライスラ帝国』と共に喪失した、より神に近し万能の魔法の、実在性とその方式を解き、我らコアタイルの魔法をより高度で偉大なものへと昇華させる為にザイン閣下が先頭に立って、自らその謎を解かれようと本局に掛け合って、お譲り頂いたものだ」

 

「………些か不躾でした…お許しください」

 

エンネアは一礼しながら謝罪するが、やはり、直に話した事でこの隊舎の地下に厳重に幽閉されているとされている古代竜の危険性に唯ならぬ不安と恐怖心を覚えた。

 

古代魔炎竜“アルハンブラ”―――

それはこのR7支部隊に配属されたものであれば、誰もが一度は聞いた名前……

しかし、その姿を直接目の当たりにしたものは殆どいなかった。

 

また、その存在はコアタイル派の手の内にある部署を除いた管理局の膨大なデータベースにも殆ど記載されていない。

即ち、それだけ非常に危険な存在でもあるのだ。

 

そんな、本来ならばもっと専門的な機関が丁重に扱うべき代物を、特殊精鋭とは申せ、地上本部傘下の一部隊に過ぎないR7支部隊が管理する事に至った経緯は、5年前…

本局より、ミッドの考古学研究機関…っという名目のコアタイル家のある分家の所有する博物館へ、3点のロストロギア“アヴァロンの果実”、“エルドラドの古文碑”、シャングリラの聖杖”を秘密裏に運搬する事を依頼された星杖十字団R7支部隊は、無事にその任務を遂行させ、主君であるコアタイル家からその信頼を買われ、3点のロストロギアのひとつ“エルドラドの古文碑”の一端に刻まれていた古文から発見したという古代の魔竜の召喚・行使術の再現プロジェクトへの参加を許される事となった。

 

それは現代の竜召喚士が召喚・行使する竜よりも遥かに強かったとされる古代の魔竜を復活させ、使い魔として行使するというコアタイル家が総力を上げて行う壮大な計画だった。

 

そして、儀式に必要な工程が刻まれた古代文字による説明文に従い、コアタイル派以外には秘密裏の内に準備が行われ、第89番無人世界『チヴチ』にて、実際に竜の召喚儀式が強行された。

 

しかし、召喚された魔竜の力はプロジェクトに参加した者達の予想を遥かに上回る強大なものであった。

その場には竜召喚士が5人もいたというのに、その誰も制御下に置くことが出来なかったばかりか、全員が力を併せて尚も、竜は服従を激しく拒み、禍々しい炎の力を操って、その召喚士達を含む儀式に参加していた大勢のコアタイル派の魔導師達を焼き殺し、食い殺し、暴虐の限りを尽くした。

そこで、プロジェクトの責任者であった。現コアタイル家当主 ザイン・コアタイル統合事務次官が自ら立ちはだかり、激戦の末にどうにか弱体化させる事に成功。その隙に警護要員であったR7支部隊が万が一に備えて開発されていた特殊な制御装置を装着させる事で、どうにか制御下に置く事に成功できたのだった。

 

最終的に45人の犠牲者を出しながら、かろうじて目的を果たしたコアタイル家だったが、当然この事件は表向きには『無人世界調査中に起きた地殻変動による災害』として処理され、一般には勿論の事、時空管理局の公式記録にさえも残っていない。

ザインが秘密裏に情報工作を命じ、事実を隠蔽したからだ。

 

そして、これだけの被害を及ぼした恐るべき古代竜だが、ザインはこれの処分ではなく、厳重な幽閉の下、管理する事を命じた。

 

外法といえども、その強大な力を一応は制御下に置けた事で、もしも『御家を脅かす程の敵が現れた時に対する切り札』として使えるのではないかと考え…

 

そして、その幽閉先に選ばれたのが、現在R7支部隊が隊舎としているこの城塞だった。

 

元々、ラコニアの古い城跡を改装、増築したこの建物は強固な壁と、付近の最高峰 レシオ山の中枢部まで続くまるで迷宮の様に広大な地下施設を備えており、魔竜を幽閉するにはうってつけであった。

 

そして、この城の最深部に幽閉された魔竜の監視を引き換えに、ザインを除く唯一の運用権を与えられたR7支部隊は、表向きは市内周辺の遺跡の警護を名目に、この城塞を拠点とするようになったのだった。

 

現在、魔竜の解放・運用権は部隊長であるオサムのみが有している。

つまり、オサムの一存があれば、今すぐにでも地下深くに眠るこの恐るべき古代の竜を引き出す事が可能であるのだ。

 

「……しかしながら、部隊長…アルハンブラの実態はコアタイル家関係者を除き、殆ど公にはされていません。一応管理局には我が隊に属する竜召喚士が操る“普通の竜”として登録こそされていますが、万が一にもその強大な力をひと目に触れるような事になれば……」

 

エンネアはそう懸念を口にするが、オサムはフンと吐き捨てる。

 

「だから、“万が一”の場合に備え、現場付近へコンテナに固定して運び、控えさせるだけだ。私だって、出来るものならあれは解放したくはない…それだけ奴の力は強大なのだ…」

 

オサムは苦虫を噛んだ様な表情を浮かべ、肉付きのよい身体をブルッと震わせた。

 

オサムは部隊長に就任してから一度だけ、アルハンブラを任務で仮開放し、運用した事があった。

 

それは4年前…ラコニア近くの魔法遺跡を違法魔導師の傭兵達を主力とする盗掘集団が占拠する事件が発生した際、出動したR7支部隊と違法魔導師達の間で激しい魔法戦が展開されるも戦力は拮抗し、膠着状態のまま数日が経過しようとした。

これ以上、時間をかけて、コアタイル派の面目を貶すような事は出来ないと焦ったオサムは、状況を打破する切り札としてアルハンブラを投入する事を思いついた。

 

勿論、ザインでさえも完全に制御下に置くことの出来なかったそれを運用する事の危険さは重々承知していたが、それでもこれ以上の堂々巡りはR7支部隊の沽券に関わる事であり、また、一方ではコアタイル派の精鋭40人以上を屠った程であるその魔竜の力をもう一度見てみたいという好奇心が少なからずあったのもまた事実である。

 

それが間違いだった…開放されたアルハンブラはプロテクター型の制御装置を身にまとって尚も、R7支部隊の管理下を殆ど逸脱する程ような暴れぶりを見せた。

口から紫色の禍々しい炎を吐いて人も無機物も関係なく一瞬で灰に変え、その巨大な翼で大空を自在に舞い、大気をかき乱し、激しい雨や風、雷を伴う積乱雲を発生させ、そしてその巨体で、歴史ある史跡を叩き潰し、文字通り荒野に変えてしまった……

 

結局、この時事件発生から4日経過していたが、アルハンブラの投入によって1時間と経たない内に事件は解決するも…その結果は、“実行犯36人。人質7人全員死亡。鎮圧側も陸士隊員3人、R7支部隊1人が重症を負うという悍ましい結果となった……

 

この事件もまた、アルハンブラの実態とコアタイル派の落ち度とされないようにザインの手で隠蔽されたものの、魔竜の力の恐ろしさを改めて見せつけられる事になったオサムは、その後、R7支部隊が本当の窮地に立たされない限り二度と、アルハンブラを世に放つ事はないと決心したのだった……

 

だが、今まさにその“本当の窮地”といえる状況が今まさに訪れようとしている……

 

非魔力保持者の“異端者”達によって、主君 セブンからの信用を失いかけ、翌日までに汚名を返上しなければ、何もかも失い、破滅する…

それだけはなんとしても避けなければならない。

 

その為には絶対に彼らを仕留めるだけの力を備えておく必要があるのだ。

例えそれが、恐ろしい力を有する古代竜であろうとも……

 

それは、一歩間違えると取り返しのつかない事態を招くかもしれないリスク極まる行為…

 

ましてや、何の罪もない人々を危険に晒しかねない行為である…

 

それはオサムとて、全て承知の上だった。

 

ミッドの人々の安全を守る時空管理局にあるまじき、危険な判断なのはわかっているが、そんな事を気にする猶予は自分達にはない。

 

自らの…R7支部隊の失いかけている信頼を取り戻す為ならば、手段を選ぶつもりはない。

 

それに、あくまでも強襲が上手くいかなかった時に備えての“保険”なのだ。本当に解放するのは最後の手段だ。

 

その為に地下の封印を解いて、外へ運び出すだけでも、後でザインから多少のお叱りは貰う可能性もあるが、それでも非魔力保持者にいいようにしてやられたまま、御前に立たれるよりは遥かにマシだ。

 

「…………では、担当の者に命じて、早速護送の準備にかからせます。出撃準備と合わせ、しばらくお待ち下さい」

 

「あぁ…頼んだぞ……」

 

オサムはエンネアにそう指示を飛ばすと、デスクの上に置かれていた樫の木で出来た高級なシガーケースを開けると、中から一本の葉巻を取り出し、引き出しから出してきた小刀で先端を切り落とすと、オイル式のライターで火を付け、口に咥えて蒸し始めた。

 

この葉巻もまた、一般市民はおろか所轄の局員達もめったにお目にかかれない程の高級品であり、この星杖十字団 R7支部隊隊長という立場があるからこそ嗜む事ができるのだ。

 

「おのれ……異端の技を使う非魔力保持者に、礼儀知らずな成り上がり魔導師共め…!」

 

葉巻を強く噛み締めながら、オサムは再び怒りがどんどんと膨れ上がっていく。

 

政宗ら伊達軍に対してだけではない…彼らを博し、魔導師と同じ立場に置く“機動六課”…特に優秀な魔導師でありながら、政宗のような礼儀も教養もない無法者を“恋人”などと宣い、あまつさえ見合いの席に立ち会わせるという無神経極まる行動を平然ととり、セブンに大恥をかかせた“高町なのは”もだ。

 

どいつもこいつも、このミッドチルダにおいて最も大事にするべき“敬意”や“常識”というものがまるで成っていない。

そんな痴れ者共の為に自分がこうして皮一枚で首を繋がれた状態に立たされている事が不条理に思えて仕方がなかった…

 

「坊っちゃん…そして我々を甘く見ていると、どんな目に遭うか…今度こそこの手で思い知らせてやる…!!」

 

固く握りしめた拳を震わせ、報復の炎を瞳の奥に滾らせながら、オサムは小さく宣言するのだった。

 

 

(全く…セブン様といい…この男といい……思慮が足りなさ過ぎる)

 

オサムの一人怒りを増長させる姿を見据えていたエンネアは、念話を使ってH.Qや部下達に指示を飛ばす一方で、上官に対して冷ややかに毒づいていた。

 

盲目的にセブンへの忠誠を誓うあまりに、現実を見失いがちなオサムや他のR7支部隊の隊員達とは違い、冷淡なまでに利己主義を貫くエンネアは、この部隊の隊員の中では一番、主君 セブンの性情を正しく理解している存在であった。

 

セブン・コアタイルは、ミッドチルダ最大の名門貴族魔導師 コアタイルの宗家の世継であり、その男としての美貌と、富、権力、コネこそは確かなものを持っていた。

 

だが、逆を言うと“それだけ”の男なのだ。

 

魔導師としての魔力保有指数は、決して低くはないものの、それでもお世辞にもギリギリで“非凡”という域に少しだけ…ほんのちょっとだけ足をかけた程度のものである。

 

魔導師ランクも本人は“S”と豪語しているが、実際は昇格試験の際に、父親のコネを利用したり、試験官に金を握らせるなどして、不正合格を繰り返した事で得た偽りのランクで、エンネアの見立てでは、実際の魔導師としてのレベルは、B+かA-程度であろう。

当然、特異なスキルなども持ち合わせていない。

はっきり言ってしまえば、魔導師としては“中の下”程度の実力しかないのだ。

それは、今日の機動六課との騒ぎの中で、あの“ダテ・マサムネ”なる男に追い詰められた際に、デバイスを打ち飛ばされ、まともに抵抗できずに髪を切られ、失禁して泣き叫ぶという醜態を晒した様子からも一目瞭然だった。

 

また、エンネアのように、セブン自身の魔法至上主義やプライドの高さ故の虚勢に満ち溢れた人間性や、短慮で威厳の無い振る舞いを『コアタイル家次期当主としては不適正でないか?』と冷ややかに評価する声が、コアタイル派を含めた他の貴族魔導師や時空管理局の局員からもチラホラと上がっているのが現状で、おそらくはセブン自身にも少なからずその自覚があるのであろう。

 

今日の見合いだって、セブン自身は“自分やコアタイル家の力の誇示”と豪語していたが、本当のところ、自分の魅力だけで高町なのはを口説き落とす事は難しいと端からわかっていたからこそ、自分達R7支部隊を暴力装置的存在として従えて、腕づく、力づくで首を縦に振らせようという魂胆だったのであろう…

 

家の政治的思惑があるとはいえ、見合いの席にまでそうした卑怯な裏工作を用いようとするセブンの器の小ささ…

そして、それらの企みが何一つ上手くいかなかった責任を全て自分達、R7支部隊に押し付け、あまつさえ自分とオサムに対して理不尽に解雇まで示唆してきた事に、エンネアは内心、並ならぬ不信感を抱いていた。

 

確かに、今日の敗北のきっかけとなったのはオサムの油断が招いた新手の不意打ちであったし、自分もまた、あのダテ・マサムネなる男の事を「所詮は非魔力保持者」と見くびった事から打ち倒され、その結果、セブンにあのような屈辱を負わせてしまう事となった。そこはエンネアも認めていた…

 

しかし…オサムをけしかけて人質をとらせたり、挙げ句に自ら打って出たものの無差別に広域魔法を放つというセブン自身の考えなしな行動によって、R7支部隊の残存勢力を『味方討ち』という情けない理由で壊滅させてしまった事も、また大きな敗因のひとつである。

実際、『Cassiopeia Plaza』から搬送された隊員達の内、一番重症だったのはセブンの威力制御も出来ていない『ギルティフィーバスター』を受けた隊員達だった。

 

聞けば、ザイン統合事務次官の中では、そろそろセブンを星杖十字団の何れかの部隊の部隊長に推挙しようかと考えがあるそうだが、今日のあの杜撰極まる采配や、その結果至る事となった無様な惨敗ぶりを見れば、それが“時期尚早”と例えるのも痴がましい程に論外な有様である事は、言うまでもないだろう。

エンネアは、ザインの事は偉大な魔導師として尊敬していたが、唯一、息子のセブンに対する盲目的な偏愛だけは『親バカ』と玉の瑕に思う事があった。

 

そんなセブンに対してシニカルな評価を抱くエンネアであったが、勿論、彼女とてR7支部隊の副官として、セブンからは並ならぬ寵愛を受けているし、それに一度か二度、オサムの助っ人としてセブンの“ビジネス”に手を貸した事で星杖十字団から下りる給与の3倍はあろう巨額の報酬を得た事もあった。

 

だからこそ、今この役職やセブンの側近としての立ち位置に不満があるわけではないし、できる事ならこの“おいしい”立場を失いたくはない……

 

それに、この任務さえもしくじったら今度こそ後が無くなり、破滅に至る危機的状況に立たされているのは、エンネアとて同じだ。

自らの名誉、立場、生活を守る為にも、今度こそ、あの非魔力保持者達に『星杖十字団』の実力、そしてコアタイル派に仇なす事への愚かさを思い知らせ、そしてその身柄を差し出す事で、セブンからの信頼を回復せねばならない。

 

とはいえ、隊舎に封印されている古代の魔竜を持ち出してまで、政宗達を始末しようと躍起になるオサムの判断には、正直一握の不安が拭えなかった。

 

オサムと違って、アルハンブラの力を直に目の当たりにしたわけではないのだが、その力の恐ろしさと、その一片を覗かせる暴れぶりをみせた4年前の事件の話の真相を副隊長権限で知らされていたエンネアは、然様な危険な代物を持ち出す事で、余計に自分達コアタイル派の面目を潰すような事態を招く事にならないかという懸念があった。

 

とはいえ、アルハンブラの運用権を有しているのはオサムであり、彼はこのR7部隊の部隊長だ。つまり、オサムが権限を行使するならば、隊員である自分達はそれに従わなくてはならない…この世界では上官の命令が絶対なことは当たり前。

特に目上の人間への態度に厳しいコアタイル派の中ではもはや“常識”であった…

 

思うところはあるが、とにかく部隊長の指示ならば従わざるを得ない。

オサム同様にエンネアもまた、手段を厭う余裕などなかった。

 

(ブラヴォーリーダーから作戦班へ…出撃の準備は出来たのか? グレン、アダムス。経過報告を―――)

 

エンネアは、出撃準備が整ったであろう実働部隊の中で責任者である士官の名を呼んだ。だが応える筈の声が返ってこない。

 

(?…ブラヴォーリーダーより作戦班 グレン? アダムス? なにをしている…!? 応答しろ)

 

いつもなら、エンネアが呼びかけるとすぐに返ってくる筈の声が何故か全く聞こえてこない事に首を傾げ、語気を強めながら再度呼びかけてみるも、やはり念話に応えるものはない。

そこで、今度はH.Q.(司令室)に呼びかけてみる。

 

(ブラヴォーリーダーよりH.Q.! 実働部隊は何をやっているんだ!? こちらからの呼びかけに全く反応しないぞ!………H.Q.?! 聞こえたら、応答しろ!!)

 

だが、H.Q.(司令室)からも返ってくる筈の応答が全く聞こえてこなかった。

混線かとも一瞬疑ったが、この隊舎の中は念話妨害対策の魔法も万全にかけられている。念話が途切れる事なんてありえなかった。

 

「?……どうした?」

 

葉巻をデスクの上の灰皿に押し付けて消しながら、オサムが怪訝な顔で尋ねた。

 

「申し訳有りません部隊長。 作戦班とH.Q.からの念話応答が途絶えています…恐らくは一時的なものと思われますが、状況を確認してまいりますので、しばらくお待ちを…」

 

「なんだと…!? ったくアイツらは…今は一刻も惜しいという時に一体何をやっているのだ…!?」

 

苛立たしげに嘆息を吐くオサムを見て、これ以上、無駄に腹立たせて八つ当たりでもされたらたまらないと危惧したエンネアは足早に部隊長室を出ようと、部屋の出口に向かい、ドアを開けた。

 

 

「……ッ!? なっ!? こ、これは!!?」

 

 

ところが、エンネアがドアを開けると、そこに広がっていたのはあまりにも予想外な光景であった……

 

ドアの向こうに広がるR7支部隊隊舎の廊下には累々と横たわる隊舎に仕える職員達の姿があった。

まるで、糸が切れた人形のように倒れ伏す職員の姿にエンネアは最初、有毒ガスでも散布されたのかと息を止めて辺りを確認するが、そのような気配はまるでなかった。

 

「おい! どうした!? 一体何があったんだ?! 答えろ!!」

 

エンネアは一番近くにいた隊員の襟首を掴み上げて、揺さぶりながら呼びかけるが、既に彼は事切れており、ピクリとも反応しなかった。

 

「……くそっ!?」

 

「どうしたエンネア!? 一体何事……なっ!? これは一体!?」

 

エンネアの半ば取り乱した声から只ならぬ事態が起きた事を察したオサムが、後を追って部屋から出てきて…そして廊下の惨状を目の当たりにし、驚愕する。

 

「部隊長! 危険です! 一先ず部屋へ下がってください!!」

 

エンネアはオサムに向かって呼びかけながら、両手に二振りのショートカットモデルの杖型デバイスを手にとった。

 

その時、エンネアの背後の頭上の壁にゆっくりと這う小さな影があった。

影はデバイスを構えたままこちらに向かって背中を晒すエンネアをジッと見据え、そして隙をついて飛びかかり、耳障りな羽音を立てながら、一気にその首元を狙って飛来した。

 

「ふんっ!」

 

エンネアは光を帯びた短杖の片方で宙を薙ぐようにして、飛びかかってきた何かを叩き落とした。

わずかに漏れる“それ”が見せた殺気を感じ取り、不覚をとらずに済んだのだった。

エンネアが床に落したそれを見ると、それは一匹の羽虫だった。

 

羽虫といっても、それは明らかに普通の虫ではない…

灰のようにくすんだ黒の身体に刃のように鋭い羽が二対…赤い閃光のように光る目、顔には鋭い2本の牙と尾には水道管の様に太い針を持ち合わせた今まで見たことのないような禍々しいフォルムの虫だった。

 

「こ…これは……虫か…!? まさか…皆、この得体のしれない虫に…!?」

 

「エンネア! 一先ずお前も下がれ!!」

 

部隊長室の中からオサムの声が聞こえ、エンネアは部屋へと引き返し、ドアを締めた。

勿論部屋の鍵をかけ、念の為にドアに障壁魔法(シールド)をかける。

 

一先ず安全を確保すると、既にバリアジャケットを着用し愛用の柄の長い杖型デバイスを携えたオサムが口火を切って叫んだ。

 

「い、一体何が起こっているというのだ!? 敵襲か!?」

 

「その可能性が高いです。 しかも…唯の侵入者ではなさそうです」

 

「ぐぅ…この大変な時に…! 一体どこの不届き者が……!?」

 

オサムが苛立たしげに叫んでいたその時…

 

 

おいおい。賊相手にそんなに取り乱すなんて、それでよくこの世界の“精鋭”の一端を豪語できるもんだなぁ!

 

「「ッ!!?」」

 

不意に背後から声が掛かり、オサムとエンネアは瞬時に後ろを振り向く。

 

そこには一人の少年らしき人物が立っていた。

左右で服装が異なるアンバランスな戦装束、胸元にある野球ボール程の大きさの珠を中心に、身体に巻き付いた長数珠…手に持った黒い六尺棒程の長さの横笛、そして顔をすっぽりと覆い隠すベールの付いた奇妙な形状の笠…

 

見るからに怪しい姿の少年だったが、それに輪をかけて異質なのは、少年の肩に乗った人間ではない謎の小人程の大きさの獣人だった。

首から上は烏の頭部…背中には黒い翼…爪先が鋭く発達した両手と、猛禽類の様な両足を持ち、黒がかった紫色の光のオーラに包まれたそれは、召喚獣の様に見えるが、明らかにそれとはまた違った存在であるようだ。

そして、今の挑発的な言葉は、この獣人が発したものらしかった。

 

「き…貴様ら! 何者だ!? どっから入ってきたんだ!!」

 

「魔力を全く感じない…魔導師ではないな!」

 

あぁ。勝手に土足で上がったのは悪かったな。だけど、素直に『入れてくれ』って挨拶したところで、アンタ達も俺様達を入れる気はなかったんじゃないのか?

 

「当然だ! 貴様らのような得体のしれない者を、我が“星杖十字団”の神聖な隊舎の敷居を跨がせるなど普通に考えてありえない事! それが非魔力保持者であるのならば尚の事許し難い!!」

 

オサムやエンネアは、少年が非魔力保持者であると見るや、口々に罵倒混じりの糾弾を浴びせながら、デバイスの穂先を少年に向けて構える。

 

「我々のスタッフ達をやったのはお前か? 一体、何の真似だ!? 返答によってはお前が子供といえども容赦はしないぞ?」

 

エンネアの鋭い声に対し、答えたのは小柄な獣人だった。

 

おいおい!色っぽい見た目してるのに殺気立った姉ちゃんだな。まぁ、聞けよ。俺様の(あるじ)様が、お前さん方に尋ねたい事があるんだとよ

 

「尋ねたい事だと?」

 

そうだ。アンタ達が昔、関わったとされる『エルドラドの古文碑』なる宝…そいつに関わる重要な“秘密”がこの砦には眠っているって話らしいな? 素直にその在処を教えてくれるというのなら、アンタ達の事は見逃してもいい…っとの事らしいが?

 

「そのガキが言っているのか…?」

 

オサムは一瞬目を大きく見開いて驚く様子を見せるが、直ぐに不敵な嘲りの表情に変わり、そして鼻で笑って見せた。

 

「笑わせるな! 我が隊員達をどのようにして倒したか知らぬが、所詮は非魔力保持者のガキ! 姑息なトリックでも使ったのであろう! だが、所詮は虚仮威し! 我らが駆る万能の戦術“魔法”を前にすれば、無力に等しい!」

 

オサムは唾を飛ばして叫びながら、何時でも射撃魔法を放てる様にゆっくりとデバイスの照準を少年の脳天に向けて合わせた。

設定は勿論、“殺傷設定”だ。

その様子を見て少年…の肩に乗った烏の獣人が呆れた様に頭を振る。

 

おいおい。どこまで自信家なんだぁ? テメェは? まぁ、仕方ねぇな…おい、(あるじ)よぉ。こいつらは予定通り、やっちまうしかねぇぜ?

 

「………(コクリ)」

 

獣人の言葉を聞いた少年は黙って頷くと背中に背負っていた細長い何かを手に取り、ゆっくりと身構えて見せた。

黒光りして長い短めの物干し竿のような長さのそれは、よく見ると笛なのか、所々に指止めの為の小さな穴が空いていた。

それを見たオサムとエンネアは思わず吹き出しそうになった。

 

「お前…まさかそれで私達と戦うつもりか…? フッ…フフフ…『無知も過ぎると滑稽』とはこの事だな」

 

「アハハハハハハッ! まさか、命乞いの為にその笛で演奏でもするつもりか? だったら、一曲だけ聴いてやるぞ?! 勿論、その後にはお前を八つ裂きにしてやるがな!!」

 

浴びせられる嘲笑を前に、少年は微塵も動じる事なく、スッとベールに隠れた顔の口元に長笛の筒先を宛てがい…

 

「フッ!」

 

笛を奏でるように息を吹き込むと、その反対側…オサムへと向けられていた筒先から、風を切るような音を伴いながら何かが飛び出し、刹那――――

 

パァァァン!!!

 

弾ける様な音と共に、突然オサムの右肩から先の感覚が無くなり、続いて大量の液体が吹き出すような激しい水音が聞こえた。

 

 

「へっ…!?」

 

 

何が起きたのかとオサムがふと、自分の右肩に目を配ると、そこにはあるはずのものが無くなり、代わりに真っ赤な鉄の臭いを漂わせている赤い液体…血が吹き出しているのが見えた。

そして、その無くなったものは、すぐオサムの足元に転がり落ちているのに気づいた。

 

 

そう……彼の“右腕”が………

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ギャアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、オサムはこれまで経験した事がない様な苦痛に襲われ、凄まじい叫びを上げながら、千切れた右肩の傷口を抑えながら、その場に蹲った。

 

「お、オサム部隊長!?」

 

突然何が起こったのか理解できず、混乱した表情を浮かべたエンネアが、慌ててオサムの下に駆け寄るも、オサムは尚も傷口を抑えながら、自らの血溜まりが出来た大理石の床をのた打ち回る。

 

「貴様……一体何をした!?」

 

オサムの突然の片腕の損失の原因が、目の前にいる非魔力保持者の少年と察したエンネアは、少年を睨みつけながら、鋭い叫びを上げる。

すると、それに対して、やはり少年の代わりに烏の獣人がせせら笑いながら言った。

 

いやぁ、大した威力だろう? 我が(あるじ)様の使うこの笛はただの笛とは違ってね。とある特殊な“金属”で出来た特注の品でな。叩けば金棒、吹けば吹き矢にもなるっていう代物なんだが…この吹き矢にもまた特別な術がかかっていて、それをまさか真正面から食らっちまったもんだから、腕丸々持っていかれたんだろうよ

 

「なんだと…!?」

 

獣人の話を聞いたエンネアの表情が一変する。

 

「まさか……? 貴様らも“異端者”だというのか…?」

 

“いたんしゃ”…? まぁ、お前らにしてみれば、そういう部類なのかもしれねぇな…? しかし、生憎と、我が(あるじ)様の操る力はお前らの言う“異端”の力でもかなり特異とされるものなのだよ

 

獣人の言葉に合わせるように、少年はサッと、被っていた市女笠をあっさりと外し、その素顔をオサムとエンネアの前に晒してみせた。

 

年は16か17か…隊舎の薄暗い照明で余計に強調される様に白い顔と、冷静さを伺わせる切れ長の目とすっと通った鼻筋、並びの良い歯、紅を縫ったかのように赤々とした唇が特徴的な、一見女性と見間違えてしまうかのような端麗な顔つきの美少年であるが、その髪はまるで老人のように真っ白であり、それが彼の雰囲気を妖艶というよりもミステリアスなものに昇華させている。

 

少年は相変わらず、貝のように口を固く閉じ、何も話す様子はなかった。

 

尻尾を巻くなら今のうちだぜ? そうすれば、命までは奪ったりしねぇからよぉ?

 

少年の肩に乗った烏の獣人が明らかに挑発的な口調でそう嘯くも、これに対してエンネアの顔が屈辱で激しく歪む。

 

「……ず、図に乗るな異端者が! 所詮は得体のしれない術に頼る非魔力保持者の分際で……私達に情けをかけるつもりかぁ!?」

 

エンネアは少年に一矢報いろうと、叫びながらデバイスを握る手を瞬発的に動かした。

 

霞の刃(ヴェロス・カラザ)!!」

 

エンネアの詠唱と共に、十八番である回転する羽方の魔力弾が二発、少年に向かって飛来していく。

しかし、少年は即座に口に当てていた長笛を、混棒を構えるように持ち替えると、撃ちだされた魔力弾を前にそれを薙ぎ、2発とも呆気なく弾き打ち消した。

 

「そ…そんな……!? 魔力を持たぬ非魔力保持者にどうしたらそんな芸当が…ッ!?」

 

まるで子供騙しの小手先技をいなすように自分の魔法を防がれてしまったショックのあまりに、その手から2つの短杖型デバイスを取り落としてしまうエンネア。

すると、少年の乗っていた烏の獣人がこんな事を言い出した。

 

おい魔導師。そこで片腕ふっ飛ばされて泣き喚いている男は、さっき自分たちの事を『万能』って言ったなぁ? 本当に『万能』ならば、こういう事は出来るんだろうな?

 

「…………ッ!!?」

 

「よぉ、(あるじ)様。こいつらに見せてやろうじゃないか。“屍鬼神《しきがみ》”の力を……」

 

「…………《コクリ》」

 

獣人に唆されるように少年は長笛を横に構えながら、演奏の構えを取る。

 

 

 

《♪~~~~~ ♪~~~~~~ ♪~~~~~》

 

 

 

すると、笛からは心に語りかけてくる様な美しくも、冷たく、暗く、そしてどこか悍ましさをも感じる様な妖艶な音色が辺りに響きわたった。

 

 

 

「な…なんだ……? この不気味な音色は…? 一体何を…!?」

 

 

エンネアが、恐る恐る少年に問いかけようとしたその時だった。

 

 

「「「「「グアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」」」」」

 

「―――ッ!?」

 

 

突然、背後からまるで猛獣の咆哮の様な叫び声が聞こえてきた。

何事かと、エンネアが振り返ると同時に轟音と共に障壁魔法の張られていたドアの両脇の壁がビスケットのようにボロボロと崩れ、大量の何かが部隊長室へと押し入ってきた。

 

 

「ひぃっ!? こ、これは……!?」

 

 

エンネアが二、三歩程後ろに仰け反り、戦慄して、悲鳴のような声を上げる。

 

 

壁に空いた穴から入ってきたのは、つい今しがた廊下で倒れていたR7支部隊の職員達…の面影を持った顔ながら、身体全体が歪に肥大化し、両手両足の爪が異常に発達。顔は腐敗し、歯や舌が異常に伸びた醜悪な姿をした得体のしれない化け物達であった。

 

 

 

そいつは、狂獄卒(きょうごくそつ)といってな…さっきアンタが撃ち落とした異形の虫…屍糧蜂(かがでばち)に寄生された人間が(あるじ)様の笛の音色を聞くことで変貌する鬼人魍魎の輩だ。コイツらは我ら屍鬼神(しきがみ)の中でも特に凶暴でな…目につくものは容赦なく殺戮、破壊するとんでもねぇ化け物共だぜ

 

「な、なんだと…ッ!?」

 

獣人の説明を聞いたエンネアがハッとした表情で辺りを見渡すも、時既に遅し…

自らの四方八方完全にその化け物…“狂獄卒(きょうごくそつ)” に囲まれていた。

 

 

「う、ううわあああああああああああぁぁぁっ!? く、来るな! 近づくなあああぁぁ!!」

 

 

口々に涎を垂らし、獣のような唸り声を上げて自分を取り囲む悍ましい巨漢の怪物達を前にエンネアの戦意は完全に折れ、必死に少年に懇願して最後の命乞いをする。

 

 

 

「た、頼むっ! や、やめてくれ! こ、降参だ! 負けを認める!! だから早くこの化け物共を止めてくれッ!!」

 

おいおい。今頃になって命乞いかよぉ? 見たか? こんな欲深な女だけど、どうするよ? (あるじ)様…

 

 

烏の獣人の問いかけに対して、少年は顔色ひとつ変える事なく、ここでようやくその閉ざされた口を開き、その若く、何気ない口調で淡々と述べた。

 

 

 

「興味ないね………殺したければ、好きにしたらいいよ……」

 

 

 

少年の突き放すような言葉に唖然となるエンネア。

そんな彼女の視界に最後に見えてきたのは、少年の一言と同時に自分達に向けて牙を向けながら飛び掛ってくる狂獄卒(きょうごくそつ)達であった。

 

 

一体目の狂獄卒(きょうごくそつ)が右肩に組み付くと共にエンネアが大きな悲鳴を上げた。

その間に、身体のあちこちの部位を他の狂獄卒(きょうごくそつ)達に次々に食らいつかれていく。

ある者からは鋭利な牙で脇腹を食いちぎられ、ある者には刀のように屈強で鋭利な爪で手足を刺し貫かれてしまった。

 

R7支部隊副隊長 エンネア・フェートンはこの世のものとは思えぬ激痛に悶え、悲鳴やを上げながら床を野垂れ打ちまわる。

 

そこへ獲物を求めて次々と狂獄卒(きょうごくそつ)達が集り、その身体を貪り喰っていく。

その度にエンネアから出る断末魔の叫びは大きくなっていった。

ものの数秒のうちにその場にいた彼女の身体は完全に巨漢の怪物の群れに覆い尽くされた。

 

 

「あ、ぎゃあっ!!?…ひぎ、ひぎぃぃッ!!?…た、ただ…だじげでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

肉が喰い破られ、咀嚼される音に混じって、エンネアの悲鳴が聞こえる。

しかし、その悲鳴も徐々に小さくなっていった…

 

少年と烏の獣人は眉一つ顰めず、エンネアが怪物に貪られる様を眺め続ける…

 

 

やれやれ……相変わらず、俺様の(あるじ)様は、本当に何もかも無関心・無感情なお人だねぇ。少しは関心示したらどうなのよ?

 

「…………………」

 

そう軽口を叩く烏の獣人だったが少年は再び口を閉ざしてしまった。

 

…まぁ、いいか。それより、これでこの砦にいる邪魔者は全員排除した……予定通り、捜し物を探す事にしようか。幸いにも、面白い“おもちゃ”がこの砦の地下にあるってご丁寧にこの間抜けな部隊長さんがベラベラと喋っていたからな

 

獣人はそう言って、出血多量により、既に虫の息となっているオサムの姿を一瞥する。

少年は、それに促されるように、身体に巻いていた長数珠の中から一つの珠を取り外し、床に置くと、再び笛を口に当てて構えた。

 

 

「…召神雅楽(しょうじんががく)……(いで)よ。屍鬼神(しきがみ) “鏡獏(きょうばく)”…」

 

 

少年が唱えながら、長笛を奏でると、それに合わせるように地面に置かれた珠に怪しい光が宿り、一人出に宙に浮かぶと、それは瞬く間に四足歩行の魔獣の姿へと形作っていく…

鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラの特徴を併せ持ち、背中には、古い時代の銅鏡のような形の金属具が埋め込まれている1m程の大きさのその魔獣…“鏡獏(きょうばく)”と呼ばれたそれは、姿を顕にするなり、瀕死のオサムの頭にゾウの様な長い鼻を宛てがった。

 

すると少年は、そんな鏡獏(きょうばく)の背中の銅鏡に手を当てると、ジッと目を閉じ、しばし瞑想した。

数秒の間を開けて、少年は目をゆっくりと開くと、掠れるような声で呟く。

 

 

「…………地下5階……最重要遺物管理室……入室には網膜認証と、正解の番号を合わせる事で解除できる特殊な鍵…番号は『19910304…』」

 

あぁ、別にいいって(あるじ)。それだけ記憶を“吸い上げ”たら十分だ。幸い、網膜も既にこの“鏡獏(きょうばく)”の記憶に模倣済みだ

 

烏の獣人は満足そうに話したその時―――

激しい爆音と振動…そして、獣の咆哮の様な叫びが隊舎内の至るところから聞こえてきた。

 

どうやら…先に蜂共を植え付けておいた他の連中も狂獄卒(きょうごくそつ)へ無事変異して、おっ始めやがったみたいだな?

 

「………………」

 

少年は何か懸念する様な眼差しで肩に乗った獣人を見据えた。

 

なぁに心配するな(あるじ)様。なにせ広さだけは無駄にある砦だ。“探しもの”は奴らに任せるとして…俺達はまずコイツの言ってた“魔竜”とやらを見に行こうじゃないか。場合によっては面白い事に使えるかもしれないぜ……

 

「………(コクリ)」

 

獣人の提案に、少年は頷き、歩き出そうとした。

…だが、数歩歩いたところでふと足を止め、振り向き、部隊長室の窓…その遥か先に見える山とその半分を切り開いて作られた様な街の遠景を見据えた。

 

…どうした?

 

「……感じる。 とても“強い力”が2つ……」

 

んあ? “強い力”?

 

少年の言葉を聞いた獣人が片眉を顰めて尋ねた。

 

こいつらの生き残りか?

 

「…………《フルフル》」

 

少年は頭を横に振り、否定する。

 

 

「ひとつは魔導師(彼ら)と同じ……でもそれよりももっと強い…飾り気のない白く大きな“希望の光”…もう一つは僕と同じ(くに)の“臭い”と“気”の力の持ち主…荒々しくも気高い“蒼い竜”だね……」

 

 

少年のその言葉を聞いた烏の獣人の目が大きく見開かれた。

 

(あるじ)様と同じ(くに)の“臭い”と“気”の持ち主の“蒼い竜”だってッ!? ちょ…そりゃまさか……!? 奥州の“独眼竜”じゃねぇのか!?

 

「………わからない」

 

少年は表情を変える事なく、冷淡な口調で返した。

 

…う~~~む…そう言えば、あの大谷(屍野郎)皎月院(花魁女)も言ってやがったな! 徳川家康や東軍方の将と、寝返った武田が味方している魔導師の連中の部隊があるって…その話が本当だとすると…(あるじ)様が感じたのは、やは独眼竜と、東軍に味方してるという魔導師か…?

 

獣人は少年の肩の上でブツブツと呟きながら、一人考え込む。

すると、珍しく少年の方から獣人に尋ねてきた。

 

「どうする…? “烏天狗”……?」

 

んあ…? そうだな…(あるじ)様が感じたというそいつらが邪魔立てしてくるようなら、オサムやエンネア(こいつら)同様に返り討ちにしてやればいいじゃねぇか? もしそいつらが本当に“独眼竜”とその仲間であるというなら、後々、相応の褒美が頂戴されるかもしれねぇぞ? 悪い話じゃないぜ?

 

頭の中で情報を整理した烏の獣人…“烏天狗”は咄嗟にでた結論を口にし、少年に最終的な決断を委ねる。

 

「………全て、“烏天狗”の判断に任せるよ」

 

結局それかよ? …あいよ

 

少年はそれだけを言うと、屍鬼神(しきがみ)鏡獏(きょうばく)”を伴い、部屋の出口に向かって歩き始めた。

その間でも隊舎の至るところで、小さな爆発と地震の様な振動は絶えず続いているが、少年は全く意にも留める様子を見せない。

そんな少年の肝の据わった…っというよりは異常なまでの無感情な振る舞いに烏天狗は若干、戦慄さえも覚えるも、同時にこの無感情さこそが自分達“屍鬼神(しきがみ)を存分に操る為の大きな原動力になるのだから…例え、今近くに迫ってきているのが日ノ本有数の猛将の一人 伊達政宗であったとしても、恐るるに足らぬだけの自信があった。

 

烏天狗は、先程少年が目をやっていた方向を振り向き、その先にいるというまだ見ぬ憎き敵に不敵な視線を投げかけた。

そして――心の中で呟く。

 

誰であろうとも……我が(あるじ)様に歯向かう愚者共には皆、相応の死に様を与えてやろうじゃないか……豊臣五刑衆 第四席 “妖将”… “宇喜多秀家”様の御名…そして我々“屍鬼神(しきがみ)”の怖ろしさを、その骨の髄までしかと刻み込んで…な…

 

烏天狗を肩に乗せながら少年……豊臣五刑衆 第四席“宇喜多秀家”は歩きゆく。

有象無象に暴れ狂う巨漢の屍鬼 狂獄卒(きょうごくそつ)達が無造作に暴れ狂い、破壊の限りを尽くし、あちこちから出回った火が真っ赤に辺りと照らし、床には屍が無数に転がる地獄のような光景の中でいて、その整った顔は微動だにも動じない……

まるで、端から感情など存在し無かったかのような無表情を貫き、均一した歩調で歩き続ける。

 

見た目は、まだあどけなさも感じさせる若者でありながら、その身体から発する覇気と貫禄は紛れもなく常勝豊臣の最高幹部に名を連ねるに相応しいものであった―――




っというわけで、数話前からその正体を仄めかしていた謎の少年の正体は…


リブート版に伴い、設定を大きく改変した“宇喜多秀家”でした!


武器を羽扇から長笛へ…操る化け物も邪蟲から屍鬼神(しきがみ)へ…性格もより冷徹・無感情に……全てをグレードアップさせた秀家を前に、果たして政宗やなのは達はどうやって立ち向かう!?

そして、オリジナル版の66部隊に相応する立ち位置で、秀家のかませとされてしまったR7支部隊のオサムとエンネアですが…少しだけネタバレになりますが、彼らの出番はまだここで終了というわけではありません。

この後に、今回のリブート版秀家の真骨頂といえる“ある事”を行う際に2人は利用される事になるのですが…これ以上は次回をお楽しみに!


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第五十三章 ~面妖 煉獄の城塞と百鬼遣奏の夜行遣い~

R7支部隊を襲撃した若者…豊臣五刑衆 第四席“妖将”宇喜多秀家は、“屍鬼神(しきがみ)”と呼ばれる幽魔を遣い、支部隊長 オサム・リマックや、副隊長 エンネア・フェートンを容赦なく手にかけてしまう。

そして、秀家の次なる狙いはR7支部隊隊舎に厳重に封印されているという古代の魔竜 “アルハンブラ”だった……

烏天狗「リリカルBASARA StrikerS 第五十三章 出陣だ。…って、主様よりも先に屍鬼神の俺様が先にタイトルコール担当しちまっていいのかねぇ…?


これ見がよしに地上に聳え立っていたR7支部隊隊舎の城塞は半壊し、その大部分が業火に包まれていたが、古風な外見の地上部と違い、地下エリアはミッドチルダの未来的な技術の叡智が反映された最新鋭の設備が備わっていた為、殆ど崩壊する事もなく、また火災の影響を受けた様子も無かった為、かろうじて無事だった隊員やその他施設スタッフの何人かはそこへ避難していた。

だが、間もなくその地下エリアにも地上部から雪崩込んできたつい数分前までの仲間達の成れの果て…狂獄卒(きょうごくそつ)なる異形の屍の兵隊による破壊と殺戮が繰り返され、徐々に地上に広がる煉獄は地下へと広がりつつあった。

 

そんな阿鼻叫喚の中を、この地獄の生みの親である豊臣五刑衆 第四席 “妖将” 宇喜多秀家は表情一つ変える…っというよりは変わる表情など最初から無いかのように顔の全ての部位をピクリとも動かさないまま、颯爽と歩き続ける。

 

床一面に散らばる壁や天井の残骸と思しき瓦礫や、スクラップ、そしてその元の姿形を想像するのも億劫になるような得体のしれない肉片…

 

そしてどこまで行こうとも途絶える事のない燃え上がる炎から発する鼻孔や気管支、肺に焼き付くような熱気と血肉の不快な異臭を混じえた黒煙を前に鼻や口を庇い立てする仕草さえもとらず、唯虚空を見つめるような眼差しで、特定の場所へ向かって吸い寄せられる様に機械的な歩調で歩き続けた。

 

「き、君!? こんなところで何をしているの?! ここは危ないから一緒に逃げ―――」

 

途中で、避難しようとしている途中であろう隊舎のスタッフらしき生存者の女性と鉢合った。

何も知らず、秀家を同じく不幸にもこの原因不明の災厄に巻き込まれた生き残りと思い込んでしまい、声をかけながら不用意に近づこうとしてしまった彼女は即座に、秀家を守る様に彼に近づこうとしていた自身の前にいきなり姿を現した小柄な烏頭の獣人型の屍鬼神“烏天狗(からすてんぐ)”に阻まれ、その手に持った黒い羽で出来た扇による一閃で、首を落とされてしまった。

 

チィッ! 意外にしぶとく生き残った連中もいるじゃねぇか…(あるじ)様よぉ! こいつぁ、少し急いだ方が良さそうだぜ!

 

「……………《コクリ》」

 

烏天狗が促すと、秀家は床に倒れた首の無い女性の亡骸を眉一つ動かさずに踏みつけながら、相変わらず無言で頷く事で自分の意志を示した。

 

それから、秀家は目先に現れる障害に一切目もくれずに地獄の道を征く亡者の様に、騒乱の渦中にある地下通路を進み、やがて隊舎の地下エリアの最深部…地下5階にある巨大な金庫の扉の様に厚い特殊金属で出来た頑丈なドアの前に立った。

ドアの左に備えた巨大な取っ手の脇には二列のナンバーロック式の電子錠が重々しく備えられていた。

 

ここだな…?

 

「……《コクリ》」

 

烏天狗が尋ねると、秀家は頷き、身体に巻いた長数珠から一つの珠を手に取る。

翡翠色に輝くその珠は、先程部隊長室で屍鬼神“鏡獏(きょうばく)”を召喚したものと同じ珠である。

 

それを胸の前に掲げた黄金で出来た球体型の大きな装飾具の中心にある、ちょうど長数珠を構成する珠と同じ大きさの(かた)に嵌め込むと、背負っていた長笛を手に取り、再びあの神秘的ながらも不気味な曲調の音色を奏で始めた。

笛を奏でる毎に、秀家の瞳の色が、それまでのくすんだ灰色から胸に填めた珠と同じ翡翠色に変わっていく。

 

一節分を奏で終わると、秀家は笛を背中に戻し、特殊なドアに近づいた。

そして、電子ロックのメインボタンを押して、キーパッドを起動させると、慣れた手つきで、早々と暗証番号を入力していく。

その手際の良さは、まるで昔からこの施設の事を熟知しているかのように俊敏としており、それも30桁以上はあるコードを一度も間違える事なく正確に打ち込んでいった。

 

ガチャリ!

そして、二列目の暗証番号を入力したところで鍵が解錠された様な音が響き、電子錠の上部にあった小さな鋼鉄製のカバーが外れ、今度は網膜認証式の別の電子錠が現れた。

秀家は躊躇う事なく、指紋認証式の電子錠に近づくと、備えられた覗き穴に目を近づけて、中から照射される赤いセンサーに翡翠色の瞳を晒してみせた。

 

《…………認証確認……ライセンスレベル“上級職員”…“オサム・リマック三等陸佐”確認しました。扉を解錠します…》

 

電子錠から機械的な声でアナウンスが入ると巨大な扉は一人手に開き始めた。

それに対して、特に感動を見せる様子もなく、秀家は後ろに下がり、扉が完全に開かれるのを待った。

その様子を見ていた烏天狗が代わりに感心するかのように小さく笑った。

 

屍鬼神“鏡獏(きょうばく)”の能力……瀕死の人間を通して、そいつの記憶を探り、頭だけでなく“目”の記憶までもそっくりそのまま反映しちまう…ものの使いようによってはもっと面白ぇ事だって出来るかもしれねぇのに、(あるじ)様も仕事以外には屍鬼神(俺達)を極力使おうとしねぇんだからよぉ。なんでだよ…?

 

「……………別に…他人の記憶なんて興味ないよ…」

 

饒舌な軽口を叩く烏天狗に対し、秀家は相変わらず言葉足らずな返答をそっけなく返すだけだった。

対極的な2人の態度は傍から見れば、完全に逆転した立場に見えた。

 

そうしている内に巨大扉が完全に開かれた。

 

まぁ、それもまた(あるじ)様らしいんだけどな。…よし、扉が開いた。行こうぜ

 

「………《コクリ》」

 

烏天狗を肩に乗せた秀家は、再び機械的な歩調で歩き出し、扉の奥へと入っていった。

 

扉の先は、今しがた隊舎中に広がる喧騒など嘘の様に、静寂に包まれた漆黒が広がっていた。

秀家は一切躊躇う事なく、漆黒の中へと足を進めていく。

サッカー場の様な広大なフロアには極力無駄な設備が設置されておらず、文字通り何もない広間となっている様子だった。

 

やがて、秀家達の耳に、巨大な何かが唸るような音と、金属と同等以上に固い何かが擦れ合う音、そして、それに伴う様に生温かく湿ったような風が暗闇の中から秀家達の全身に吹き付け、その歩みを阻もうとしてくる。

勿論、そんなものに翻弄される事なく、秀家は更に先へと進んでいくと、やがて、一連の不穏な音と風の出どころがはっきりと見えてきた。

 

広間の中央に地面や天井から伸びた分厚い金属製の鎖で何十…否、何百にも繋がれた巨大な黒い身体を持つ竜が地面に這いずる様な形で拘束されていた…

 

腕と一体化した巨大な翼―――

爬虫類のように光沢の輝く鱗に包まれた漆黒の身体―――

鋭く長い尻尾―――

頭と両翼の前縁、胴体、尻尾に付けられた古代の鎧のようなフォルムの金属質なプロテクターとそれにまるで血管のように走る赤いライン―――

これぞまさしく、ミッドチルダでも珍しい存在とされる魔法生物…竜である。

それも機動六課のキャロが操る子竜 フリードリヒとは違い、その禍々しさが全面的に現れた、見るからに凶暴そうな雰囲気を漂わせていた。

 

これが……あのオサム(マヌケ)がほざいていた…“古代火炎竜 アルハンブラ”か?

 

「………《コクリ》」

 

烏天狗が確認すると秀家は頷き、肯定する。

 

よし! それじゃあ、さっさとコイツを―――

 

「………待って」

 

お目当てのものを見つけた、意気揚々となった烏天狗が、早速古代竜に近づこうとするが、それを珍しく秀家が制止した。

 

なんだ? どうした? (あるじ)

 

「…………」

 

秀家は拘束された古代竜をじっと見つめる。

竜自体は厳重に拘束されているが、その周囲には特に障害物らしきものは存在しなかった。

 

《♪~~~~~》

 

秀家は、徐にもう一度長笛を取り出すと、今度は手短な曲調を奏でてみせた。

すると、秀家達の入ってきた扉の方から鈍重な足音が聞こえてくる。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

それは一体の狂獄卒であった。

狂獄卒はまるで古代竜を狙っているかのように真っ直ぐ突進し、秀家達の脇を通り過ぎると、そのまま古代竜に向かって飛びかかりながら、巨大に発達した爪を振りかぶった。

しかし……

 

 

「ガアアアァァッ!?」

 

 

突然、古代竜の前の空気が震えて、紫色の電磁波が走ると、狂獄卒は悲鳴の様な咆哮を残して燃え上がり、あっという間に灰となって地面に零れ落ちた。

 

―――ッ!?…ま、マジかよ…?

 

「…………特殊障壁結界…」

 

思わぬ罠が発動した事に驚く烏天狗に対し、秀家は無表情のままその正体を言い当ててみせた。

古代竜の周囲には、不用意に人を寄せ付けない為の結界魔法が張られていた。

 

「普通の障壁と違って、ただ攻撃を阻むだけのものじゃない…触れたものに特定の効果のある魔力を直接注ぎ込むんだ…僕らの様に魔力を持たなかったり、素質の低い人間であれば、今みたいな事になる……」

 

……そいつもあれか? オサム(マヌケ)が仕掛けた罠か?

 

烏天狗の質問に、秀家はコクリと頷く事で答えた。

 

チィッ! あのヤロー! 見掛け倒しな腰抜けのくせに余計な小細工仕込む事だけは達者みたいだな! どうするよ? (あるじ)様?

 

烏天狗が苛立たしげに尋ねるが、秀家は至って、冷静に懐から金属製の特殊な吹き矢を取り出してきた。

 

なんだぁ? そいつは…

 

「………今回の“依頼”を受ける時に、刑部様と皎月院様から、いざって時に備えて託してくださった特殊な吹き矢…この世界で新たに豊臣と手を組んだ技術者に頼んで作らせたみたい」

 

あぁ。例の“スカリエッティ”かいう胡散臭い男だな? 大丈夫なのかぁ? そんな奴が供給してきた代物なんざ使っちまって…?

 

懸念する烏天狗を無視して、秀家は吹き矢を長笛に装填すると、そのまま古代竜の前に張られた結界魔法に向かって、その筒先を向けた。

 

「……………“死笙針(ししょうじん)”」

 

秀家は呟くように技名を唱えながら、自分の口元に向けた長笛の筒先に軽く息を吹き込んだ。

それと同時に、まるで吹き矢が一人出に飛び出したかのように筒先から弾丸もかくやの様なスピードで飛び出していった。

 

バリイイイイィィンッ!!

 

まるでガラスか陶器が砕けるかのような物音を立てながら、結界が粉々に砕かれた。

その様子を見た烏天狗も思わず目を丸くして驚いた。

 

へぇ~。意外と使えるもんじゃねぇか。一体、どういうカラクリなんだ?

 

烏天狗が尋ねると、秀家は懐から次の吹き矢を取り出しながら答える。

 

「……よくわからない。皎月院様のいうところでは、“アンチ・マテリアル・フィールド”という魔法を無効化させる作用のある技術が使われているとか……」

 

んっ? あんち・まて……えぇい! 横文字の言葉はややこしいぜ! とにかく、これで生意気な結界はなくなったわけだ。さっさとやろうぜ(あるじ)

 

「………《コクリ》」

 

秀家は頷きながら、今度は吹き矢の後部に長数珠から取り出した新たな珠を取り付け、そのまま装填させると、今度は古代竜の本体…その胴体部の上部にあるマンホール程の大きさのある巨大な赤い水晶部へと筒先の狙いを定める。

 

そして………秀家の長笛から2発目の吹き矢が古代竜に向かって飛んでいった。

 

おっ! やったぜ!

 

矢が見事、狙いのポイントに刺さったのを確認した烏天狗が歓声を上げると、秀家はそのまま長笛を横に持ち替えた。

 

 

「…召神雅楽(しょうじんががく)……()でよ。屍鬼神(しきがみ) “繰駆足(くりからで)”…」

 

秀家が詠唱と共に、笛を奏でると、古代竜の胴体のプロテクターの水晶部に刺さっていた吹き矢に付いた珠が赤色の光りに包まれ、瞬く間に今度は小さな虫の様な姿をした屍鬼神(しきがみ)へと形を変えていく。

 

15センチ程の大きさのそれは、3つの赤く光る眼球と二本一対の大小合計四本の牙と甲殻類のような外質を持った一見すればムカデの様な姿をしており、今までの屍鬼神に比べると些か地味に見えるのが否めなかった。

しかし、秀家…の肩に乗った烏天狗は召喚された新たな屍鬼神(しきがみ)を頼もしそうに見つめていた。

 

そして、召喚されたムカデ型の屍鬼神(しきがみ)はそのまま古代竜のプロテクターを這いずり、そしてその隙間から巨大な胴体へと入っていった…

 

 

「―――ッ!!!? ギョオアアアアアアアアアアアッ!!! グオアアアアアアアアアァァァァッ!!!?」

 

 

刹那、それまで大人しくしていた古代火炎竜 アルハンブラが、まるで致命傷を負わされたかのような苦悶の咆哮を上げ、強力な電撃を流されたかのようにその拘束された身体を激しく捩り、暴れ始めた。

その迫力に、烏天狗でさえも思わず驚いて仰け反るが、秀家はこれにも全く反応を見せる事がなかった。

 

お、おい…!? 準備は出来たし、一回引き下がろうぜ…? ここで火でも吐かれたら、(あるじ)様は蒲焼き、俺は焼き鳥になっちまうぜ?

 

「………大丈夫だよ……」

 

烏天狗に急かされながらも、秀家は全く動じる事なく、暴れ狂う古代竜を背にして、元来た道を相変わらずの歩調で引き返し始めた。

 

開かれた大きな扉の下をくぐり抜けた事で、ようやく身の安全を確認した烏天狗は安堵の息をつきながら、語り始めた。

 

しかし、とりあえずやってはみたものの…この世界独自の動物…それも“竜”なんて大層な大物を、果たして繰駆足(くりからで)程度に“操る”事なんて出来るものかねぇ…?

 

「……ダメだったら、最後のこれを使うまでだよ……」

 

秀家は懐から3本目のA.M.F.仕様の吹き矢を取り出しながら言った。

 

なんだよ? あの大谷(屍野郎)め! それ3つしかくれなかったのか?! ケチだなぁ!

 

「……試作品だって言ってたから、しょうがないよ……」

 

秀家は何でもない様子で呟くが、烏天狗はやや不満げな様子で文句を言った。

 

ったく。(あるじ)様も五刑衆なんだからもうちょっと連中に強気に出ていってもいいっつぅのによぉ……まぁ、仕方ねぇ。とりあえず、一度上の様子を見に行くとするか。狂獄卒(兵隊)共が何か見つけたかもしれねぇからな…

 

「………《コクリ》」

 

秀家と烏天狗はお決まりともいえるやり取りを交わしながら、背後からは暴れ狂う魔竜の咆哮…前方からは暴れ狂う亡者の群れに翻弄され、泣き叫び悶える人間達の悲鳴に挟まれながら、表情一つ崩す事なく、冷徹無表情のまま歩くのであった……

 

 

 

 

『ピジョン屋』の庭園から、R7支部隊隊舎が爆発・炎上する光景を間の当たりにしたなのはと政宗は、急いでホテルに駆け込み、ヴィータ、小十郎、成実に事の次第を伝えると、直ぐに状況確認と救出に向かうべく動き始めた。

ラコニアの街を挟んだ先にあるレシオ山に向かうには、やはり空戦魔導師であるなのはとヴィータに空輸して貰う形が一番手っ取り早いが、流石に大の大人を3人も同時に運ぶ事は出来ない。

そこで、なのはは自分が政宗を、ヴィータが成実を抱えて運ぶ形で、空を飛んで、R7支部隊隊舎へ向かい、小十郎は六課本部や周辺の陸上部隊と連絡をとり、後から応援を率いて向かう方針で決まった。

 

ちなみに、なのはは自分が政宗の空輸役を担う事に対して小十郎からの抗議を受ける事を、ちょっとだけ懸念していたが、幸いな事に、小十郎も今は状況が状況なので、この方針に対して一切文句を述べる事はなかった。

伊達に『竜の右目』と呼ばれるだけあって、公私の分別はきっちり割り切る器量があり、なのはは内心ホッとした。

 

そして今…

バリアジャケットを纏ったなのはは、ラコニア市街地上空を飛行し、目先に聳える高い山…レシオ山に向かって急行している最中だった。

その手に抱えられる形となっている政宗は夕方に隊舎から転送されていたいつもの蒼い甲冑の戦装束に着替えている。

 

「空から向かうplanは正解だったみたいだぜ。なのは。 見ろよ…街中がpanicだ…」

 

政宗の話を聞いたなのはが、ふと真下に広がる街を見下ろすと、ラコニアの街では、同じくR7支部隊隊舎が爆発・炎上する様を目の当たりにしたラコニア市民によって、大混乱が生じていた。

どこの通りも人で溢れ返り、そして皆それぞれにレシオ山の方を指差したり、興奮気味に叫んだり、スマートフォンで撮影するなどしているのが微かに伺える。

中には、半ば街の鼻つまみ者であったR7支部隊の身に何か良からぬ災厄が降り掛かったと察した一部の市民達がまるで祝祭の様に熱狂して盛り上がり、暴動になりかけている様子もちらほらと見受けられた。

 

なのはと同じ様に成実を抱え、すぐ後ろを飛んでいたヴィータは、その光景を見て呆れているのか、その顔はやや顰めっ面であった。

 

「なんだぁ? アイツら。目の前で大変な事が起こってるってのに祭りみたいに騒いでるぜ? R7支部隊(アイツら)がムカつく奴らなのはわかるけど、もう少し緊張感持てっつぅの!」

 

そう珍しくシニカルな事を言う成実の両手には、先程ホテルでヴィータに奢って貰っていたソーダ味とバニラ味の2種類のアイスキャンディーが1本ずつ握られていた。

ちょうど食べかけていたところへ、なのは達に招集された為、そのまま持って出てきたのだ。

 

「いや、お前が言うなよ! これから事件現場に赴くって時によく呑気に食ってられるな?!」

 

「ふぇっ? だってこれ奢ってくれたの、ヴィータの姉御じゃん? 1個って言ってたのに、結局気前良く2個奢ってくれてさぁ」

 

「いや…それはお前が何時までも1個に絞りきれねぇのがまどろっこしくて見てられなかったから…!…って、余計な事言ってねーで、さっさとアイス食っちまえ! バカッ!」

 

「ふぇーい」

 

成実に見せた細やかな優しさを暴露されて、恥ずかしくなったのか、ヴィータは頬を赤らめながらそっぽを向きつつ、照れ隠しに怒鳴りつける。

それに対し、アイスキャンディーを咥えながら呑気に返す成実のやりとりを聞いて、思わず吹き出しそうになるなのはと政宗だった。

 

……案外、ヴィータと成実(この2人)は相性が良いのかもしれない。

 

僅かの間ながら、張り詰めた気を紛らわせてくれるきっかけを与えてくれた2人に感謝しながら、なのはは再び、炎上するレシオ山の頂を見据え、再び目つきを鋭くするのだった―――

 

 

烏天狗と秀家は再び部隊長室へと戻ってきたが、そこはさっき、彼らが初めて訪れた時とは全く異なる雰囲気へと変貌していた。

 

荘厳且つ豪勢な雰囲気の大理石の床は穴ぼこだらけ…木目調の豪華な造りの壁は亀裂が走り、クリスタルの様に磨き上げられていた窓ガラスは、今やその全てが粉々に砕かれ、山の頂上特有の強い風が全て室内に吹き付け、悲惨な光景を余計に際立たせていた。

 

そして、そんな半壊状態になった部隊長室の床に等身大以上に広がった血だまりのなかで片手を抑えながら、自らの血に塗れた悲惨な姿のオサムと、無数の狂獄卒達に貪られ、全身に切り傷や噛み傷が残り、自慢の男装の麗人ともいえる端麗だった顔も見る影もない程にズタズタにされたエンネアが、それぞれ大の字になって倒れ込んでいた。

2人共、微かに息はしている様子だったが、それも、もうあと数分と保つかわからず、今更どんな回復魔法を施しても手遅れな状態なのは一目瞭然であった。

 

そんな二人の痛々しい様を前にしても、秀家も烏天狗も全く表情を変える事なく、まるで道端の石ころが転がっているかのように完全に無視を貫いていた。

烏天狗はオサムのデスクにあった書類から一枚を適当に手にとって見た。

 

………“エルドラドの古文碑”に関する記述はねぇ…どうやら、ここに手がかりはなさそうだな…

 

烏天狗がそう言うと、傍に佇み長笛を吹いていた秀家もその手を止めて、ゆっくりと再び灰色に戻った目を見開いた。

 

「……狂獄卒(きょうごくそつ)の群れも何か手がかり的な物を見つけた様子はないみたいだね……」

 

チィッ! となると、やはりあの竜が今回の“依頼”で唯一無二の“成果”となるわけか……こうなったら、敵の応援が来る前に、とっとと事を終えて、引き上げようぜ?

 

「……………もう来たみたいだ…」

 

秀家がガラスの無くなった窓から外を見据えながら、呟くように言った。

 

ッ!? なんだって!?

 

烏天狗が慌てて窓枠に駆け寄り、秀家の見据える方向へと視線を向ける。

すると、遥か上空からこちらに向かってくる数人の人らしき姿が確認できた。

姿形ははっきりとは見えないが、それぞれ一人ずつ誰かを抱えている様子が伺えた。

 

…そういやぁ、この世界の魔導師の中には空を飛べる奴もいると皎月院(花魁女)も言ってやがったな? ちぃっ! よりによって面倒な助っ人が来ちまったもんだな! どうするよ? (あるじ)

 

「……………しばらく…見守ろう……」

 

何故か数秒の間を置いた後にそれだけを言って、その場に胡座をかくと、静かな曲調で笛を奏で始めた。

そんな意味深な秀家の様子に一握の嫌な予感を覚えながらも、一先ず主人の意志を尊重する事にする烏天狗だった……

 

 

 

「こ…これは…酷い……」

 

「……まるで、Infernoだな……」

 

ようやくなのは達がR7支部隊隊舎の中庭に着地した時。

あまりにも予想以上の“惨劇”がそこには広がっていた…

否、“惨劇”という言葉では生温い…そこは政宗が呟いた言葉のとおり、文字通りの“地獄”へと成り果てていた…

 

巨大な城砦の形を成していた筈の隊舎は砂で出来た山が崩れる様な形で半壊し、その所々では火災も生じていた。

 

これだけだと、自然が引き起こした大災害の現場に見えなくもないが、この現場のあちこちに場所に横たわる異様な“死体”がこの光景に異様な気配を漂わせていた。

無残に斬り裂かれ、上半身と下半身のどちらかしか存在しないものから、首や手足を何か鋭利なもので切り裂かれた遺体もある…それが1つだけではない…無数に転がっているのだ。

周りに残された遺留品などから、かろうじてこれら死体がR7支部隊隊員やその他、ここで勤務する非魔力保持者のスタッフの物である事を察知させた。

 

そんな悲惨な光景を目の当たりにしたなのはは、口を押さえて言葉を失う。

 

「こりゃひでぇ…これは大量殺人なんてレベルじゃねぇぞ…!!」

 

「あぁ…まさしくGenocideだな…誰がやったのか知らねぇが、舐めたマネしやがるぜ…!」

 

ヴィータや、政宗も、驚愕…そしてこの災厄を引き起こした元凶に対する義憤を露わにし、眼を見開きながら呆然と呟いていた。

 

能天気な成実でさえも、予想していたもの以上に凄惨な現場に、先程までの楽天的な態度は鳴りを潜めて、思わず目を背けてしまった。

 

「う、うう……」

 

すると崩落した隊舎の出入り口から微かな呻き声と共に、一人の若い男が這々の体で外へ出てきた。

 

「生き残りか?!」

 

誰よりも早く気づいた政宗を先頭に、4人は急いでそこへ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

 

倒れ伏し、呻き声を上げるその男性をなのはが抱き起こした。

服はボロボロに切り刻まれていたが、服装を見ると、男はR7支部隊の隊員らしかった。

さらにその顔には政宗も見覚えがあった。

今日の昼間『Cassiopeia Plaza』で政宗達と小競り合いを起した隊員の中にいた、オサムとエンネアが敗れた後に、セブンから理不尽な理由で吹き飛ばされていた准陸尉の男性隊員だった。

 

准陸尉はなのはの声に反応してゆっくりと閉じていた瞼を開ける。

 

「あ……貴方は……高町…空尉…? ……どうして……ここへ……!?」

 

「今はそれどころではありません! それより、一体ここで何が起こったのですか?」

 

なのはの問いかけに対し、准陸尉が、思い出したかのように怯えだす。

 

「……ひ…昼間の騒動で……負った怪我の治療の為に……医務室にいたら……その……い……いきなり……化け物が入ってきたんです…」

 

准陸尉のか細い声から、なのは達は何があったのかを聞いた。

 

准陸尉の話によれば、彼をはじめとする『Cassiopeia Plaza』での戦いで負傷した隊員達は全員、医療用の病棟で休んでいたのだが、突然、隊舎の部隊長室や備品庫や出撃待機室などがある本棟で爆発が起き、それに合わせて獣の咆哮のような叫びが聞こえてきたらしい。

何事かと准陸尉をはじめとするその場にいた病棟にいた全員が動揺していると、そこへ身体全体が歪に肥大化し、両手両足の爪が異常に発達した異形の怪物が多数雪崩込んできたのだ。

さらによく見るとその顔は腐敗し、歯や舌が異常に伸びた醜悪なものと変わっていたが、皆、自分達の同僚であるR7支部隊の隊員達であったという。

 

この事態に驚愕しながらも、准陸尉をはじめとする怪我の軽い者達は万が一に備えて病床の脇に置いていたデバイスを武装して怪物を止めようとしたが、怪物達の力は強く、如何にエリート部隊の隊員といえどもとても怪我を抱えた身では防ぎきれず、防戦一方となる中で隊員の一人の障壁が壊され、怪物達が一気に彼に群がったと思えば、なんとその身体は1分でバラバラに解体されてしまったらしい。

その光景によってパニックを引き起こした彼らの防御体制は一気に崩壊し、怪物瞬く間に隊舎全体に広がり、そこにいる人間を次々と血祭りに上げてしまった…

 

「あれは明らかに唯の魔法生物や魔法による洗脳操作なんかの類じゃない…まさに不死身の怪物だ…! 負傷していた私達は言わずもがな、出撃可能だった他の仲間達や…オサム部隊長、エンネア副隊長達とも連絡がつながらない……まさかとは思うが…皆、もう奴らに……」

 

語り終えた准陸尉は静かに泣き始めた。

 

「あの図体ばかりでかいBearみたいなおっさんや、Crossdressing womanもか…!?」

 

政宗は、昼間自分達が刃(と杖)を交えた相手が最悪の末路を辿った可能性があると聞かされ、その光景を想像し、表情を歪ませる。

 

「とにかく…まずは他に生存者がいないか確認すべきだぜ?」

 

「うん、そうだね。 一先ず、この人を安全な場所に―――」

 

この場の責任者であるなのはがそう指示を出そうとしたその時―――

城塞から上がる炎によって茜色に照らされていた彼女の身体が、背後から差し込んだ大きな影の下に呑まれる。

気がつくと同じ様な形の影が、政宗達や准陸尉は勿論の事、周りの至るところに現れてふわふわと動いた。

炎の熱気で、辺りはサウナの中にいるように熱い筈なのに、なのはは体中に冷気を浴びたような感覚を覚えるが、それは紛れもなく“悪寒”によるものだと察した。

そして、その悪寒の原因となった幽魔の怨念の如し視線を感じる。

 

なのは達はゆっくりと、上を見上げた…見たくない筈なのに、衝動が抗えなかった。

 

「ぐぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ…!!」

 

なのはの背後……亀裂まみれになった城塞の上には、見たこともない怪物が複数体唸り声を上げて立っていた。

 

姿形こそ人間に限りなく近い…しかし、そのは歪な形に肥大化し、両手両足の爪は猛獣の様な形状に発達している。

その顔は半分崩れかけた様に明らかに腐敗していたが、それでもそいつは息をして、荒い呼吸を繰り返し、だらしなく開いた口からは蛙の様に伸びた舌がだらりと垂れ下がり、眼球が白く白濁した目は片方が腐敗のあまり、眼孔から垂れ下がってしまい、かろうじて本来の位置にあったもう片方の目はまばたき一つせずになのは達を見つめていた。

 

「!?…ヒィィィ!! や、奴らだぁぁ!」

 

ヴィータに支えられて立とうとしていた准陸尉が突然怯え、取り乱した声を上げる。

すると、その声に反応する様に怪物達が一斉に獣の様な咆哮を上げて、その発達した手を振りかぶりながら、城壁からジャンプする。

まるでゴムまりの様にしなやかに天上高く筈んだ怪物達はなのは達目掛けて猛禽類の如き速さで落下してこようとしていた…

 

 

突然、中庭の方から聞こえてきた今まで以上に激しい喧騒の音は、部隊長室にいた秀家や烏天狗の耳にも届いていた。

最初はまだ辛うじて残っていた生き残りが不幸にも狂獄卒達の餌食になったものと思っていた烏天狗だったが、やがて今度の喧騒は今まで聞こえてきたものと違い、魔力弾を我武者羅に撃つような音や、苦悶の悲鳴のようなものは殆ど聞こえない。代わりに剣と剣がぶつかり合う様な音や、怒号のようなものを含めているものに気づいた。

 

チィッ! どうやらさっき見えた応援の魔導師共だな! …しかし、やけにしぶといな…? 狂獄卒の群れ相手にここまで食いつくとはなかなかやるじゃねぇか

 

烏天狗が皮肉交じりに称賛するのを他所に、秀家は何を思ったのか、突然、オサムのデスクにあったホログラムコンピュータを起動しして、慣れた様な手つきで、コンソールを操作し始めた。

この世界独自の文明の利器の使い方も全て、先程、屍鬼神“鏡獏(きょうばく)”を使ってオサムから吸い上げた“記憶”によって習得できたものである。

 

そして、秀家はとある映像を投影してみせた。

それは、今現在の中庭の様子だった。

 

《Shit! 一体なんだっていうんだ!? このMassiveなLiving Dead共は》

 

《青葉山*1にも猿は沢山いたけど、この山の猿は随分と物騒な見た目してるじゃねぇの》

 

《バカッ! こんな気色の悪い見た目の猿がいてたまるかッ!? 》

 

《皆! 落ち着いて! 正体はさておいて、明らかに友好的ではないから迎撃を! 必要なら殺傷設定を許可します!》

 

モニターの中では群れで襲いかかる狂獄卒達を相手にそれぞれデバイスや刀で奮闘する男女2人ずつの姿が映っていた。さらにそれから少し離れた場所ではピンク色の球型の結界魔法が張られ、その中に生き残りと思しき一人の男の姿が見えた。

 

 

その中で蒼い鎧甲冑を纏った男を見た途端、烏天狗が表情を一変させる。

 

こ、コイツは…!? 奥州の独眼竜…! “伊達政宗”!? こ、コイツらやっぱり来ていやがったのか!? この地に…!?

 

先程、秀家からその存在が近くにいる事を示唆されていた烏天狗は、実際に件の人物が現れた事に流石に狼狽する事となった。

一方、映像を出した秀家はまるで最初からわかっていたかのように、全く動じる様子を見せなかった。

 

……それに、一緒にいる魔導師共も…R7支部隊(ここの連中)とは違って、見掛け倒しでもなさそうだな…! 狂獄卒相手にあそこまで渡り合ってやがる…!?

 

烏天狗が見据える先には、オサムやエンネアが使っていたものとは異なる形状の杖から放つ薄桃色の魔力弾で狂獄卒達を的確に狙撃していく白い服を纏った女性と、鉄鎚を振りかぶって、狂獄卒達を蹴鞠の様に弾き飛ばして回るお下げ髪の紅い服を纏った少女の姿が映っていた。

 

「………それで…どうするの…?」

 

秀家が無表情のまま尋ねた。

それに対して、烏天狗は「うーん」と唸り声を上げる。

 

くそぉ…! ここでまさか日ノ本(同郷)の連中が現れるとは予想外だったな…! 仕方ねぇ…! あんまり気は乗らねぇが…猫の手ならぬ“馬と牛”の手を借りるか…ちょうど、“依代”もご丁寧に2つここにあるからな!

 

烏天狗は床に斃れるオサムとエンネアをそれぞれ見据えながら言った。

 

「…………わかった」

 

その意図を理解したのか、秀家は長数珠から新たに黒と白、それぞれ2つの珠を取り出すと、今度は新たに、右手の袖の服から赤い紙で出来た2枚の呪符、左手の甲冑にある手甲部から二本の短刀をそれぞれ射出させて、それらをあざやかに宙で受け取った。そしてそれぞれ呪符を倒れていたオサムとエンネアそれぞれの身体に短刀突き立て、それを釘代わりに呪符を縫い付けた。

既に虫の息で致命傷を負っていた2人は最早この程度では何の反応も見せなかった。

 

そして、黒い珠をオサムに、白い珠をエンネアに、それぞれ縫い付けた呪符の上に置いた。

 

そして、準備ができた事を確認すると、秀家は彼らから少し離れた場所に立ち、長笛を構える。

 

 

「…召神雅楽(しょうじんががく)……()でよ。屍鬼神(しきがみ) “牛頭(ごず)馬頭(めず)”…」

 

 

秀家が吹く笛の音色に合わせて、妖艶な光の篭もった珠はまるで吸い込まれるように赤い呪符、そしてそれを突き立てていた短刀と一つになり、全てそれぞれの身体に取り込まれていく。

 

「「―――ッ!?」」

 

すると、今の今まで瀕死の状態だった筈のオサムとエンネアの目がそれぞれ大きく見開かれ…

 

 

 

「「がっ…ガガッ、ぐあああああああああああぁ!!? ぎっ、ひぎいぃぃいいい!! か、身体が!? 身体があああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」」

 

 

 

突然、この世の全ての苦悶を一挙に受けたかのような壮絶な苦悶の叫びを上げて、床の上で悶え始める。

文字通り、何か異質なものが身体に入り込んで、それを必死に拒絶するかのようにありったけの悲鳴を零しながら、瀕死の身体を物ともせず、ジタバタと床の上で激しくのた打ち回った。

 

そんな壮絶な光景を前にしても、秀家も烏天狗も全く動じる事はない。

 

 

ぐぎぎぎぃぃぃ!! ぎぁっ、や…やめろおぉぉ!! 俺の頭に……入ってくるなぁぁあああああ!!? い、いっその事…一思いに殺してぐれえ゛え゛ええええぇぇぇぇっ!!!

 

ああああああっ!! い、いやだぁぁぁぁッ!!? 誰か助け…ッ!! お、おか…おかあさぁ゛ぁ゛ああぁぁぁん!!!

 

 

オサム、そしてエンネアの悲痛の叫びと共に、2人の体に纏うように現れた黒がかった紫のオーラがバチバチッ!っと音を立てて弾ける。

 

 

 

「「グウオオオオオオオオアアァァァァァァァァ!!!!!」」

 

 

 

直後、2人の口から人間とは思えない様なおどろおどろしい咆哮が飛ぶと、オーラが弾け、彼らの体が瞬く間に変化し始めた。

バチッ!バチバチッ!という音と共に全身に紫電が走り、二人の身体は風船の様に巨大に膨れ上がり、瞬く間に5m程の巨体に肥大化していった。勿論、肥大化に合わせてその身を包み込んでいた特注仕様のバリアジャケットは内側から引き裂かれる形で破れ去られ、代わりに全身を刺々しい装飾の付いた甲冑の様な形状の防具が形成され、2人の新たな衣装へと変わった。

それに伴い、オサムの強面顔はまるで闘牛の様な太くたくましい二本の角が生えた牛頭に、エンネアの整った顔は軍馬の様に整いながらも猛々しい面持ちの馬頭に変貌していった。

そしてあらわになった上半身には禍々しい刺青が刻まれ、両手先は鋭い爪が目立つ悪魔の手と化し、足は3本の指とやはり鋭い爪の伸びた異形の形となっていた。

 

変異した2人の姿はまさに、『怪物』と呼ぶにふさわしい姿をしていた。

 

2人…否、二体の怪物はゆっくりと立ち上がると、オサムだった牛頭の怪物は赤…エンネアだった馬頭の怪物は青…それぞれに異色に輝く瞳で周りを見渡して自分達がどこに入るかを確認すると、大きく息を吐いた。

 

 

グアッハッハッハッハァァ!! これはこれは、我らが(あるじ)様に老師 烏天狗殿! お二人共、まだ生きていらした様で重畳な事で! のぉ、馬頭(めず)よ?―――グアッ?!

 

オサムの声を更に低く仰々しい声質に変換した様な声が牛頭の怪物がそう軽口を叩いて傍にいる馬頭の怪物に声をかけるが、直後に馬頭の怪物から拳で頭を殴られてしまう。

 

牛頭(ごず)! 我らが主 秀家様に然様な無礼な口を叩くのではない! 我らがこうして、外界に再び“現生(げんせい)”できたのは、単に秀家様の存在があっての事…!

 

僅かにエンネアの声を断片的に覗かせながらも、同じく地の底から響くようなテノール調の中性的な女声で馬頭の怪物が窘めた。

 

フン…! いいじゃねぇか。これが我なりの挨拶だ。それにしても…こうして現生してみると、関ヶ原で受けた屈辱がまるでついさっきのように感じるぜ! それもこれも、あの小早川のチビ豚が寝返りなんぞ姑息な真似をしやがったせいで……くそぉっ! なんだか無性に腹立たしくなってきやがったぜぇぇ!!

 

出現早々怒り狂いはじめた“牛頭(ごず)”と呼ばれた巨大な屍鬼神は、素体となったオサムが片腕を失っていたせいか、隻腕の腕を乱雑に振りかぶりながら、暴れようとした。

 

やめんか! 現生早々闇雲に暴れようとする奴があるか!

 

即座に烏天狗の一喝が飛んでくる。

 

…ったく。だから、お前ら…特にお前を呼び出すのは躊躇ってたんだよ! いいか! 怒る気持ちは判る! だが、関ヶ原で小早川からの裏切りで酷い目に遭わされたのはお前だけではない! (あるじ)様や我ら屍鬼神全員同じなんだ! その怒りは、せめて我らが(あるじ)様の為に使い、そして先の屈辱を晴らすだけの活躍を果たす事で晴らせばいいだろ!? わかったか!?

 

……チィッ! 口やかましい鳥ジジイめ!!

 

烏天狗の一喝に牛頭は憎まれ口を叩きながらも、とりあえず高ぶりかけた心は静まる事ができた。

すると、横にいたもう一体の屍鬼神“馬頭(めず)”が秀家の前に膝をついて、一礼する。

 

…申し訳有りません。折角のお呼び出し早々に、我が片割れがお見苦しい様を見せてしまいました。秀家様…我らへの御用の趣は?

 

慇懃な口調で尋ねる馬頭の姿を見て、烏天狗は二者一対の屍鬼神なのにどうしてこいつらはこうも落差が激しいのかと、内心嘆きたくなった…

 

その巨体をフルに生かした怪力と、業火を操る牛頭(ごず)と、その体格に反して、俊敏な速さと、水を一瞬で凍らせるだけの冷気を操る馬頭(めず)の2体は、文字通り、二人揃う事でその力の真価を発揮する屍鬼神(しきがみ)である。

 

しかし、今のやり取りから見ても察せられる通り、牛頭は力こそ圧倒的だが少々頭が足りず単純な性格なのが欠点である。

その点、馬頭はこうして礼儀をわきまえるだけの良識や冷静さを併せ持っているため、正直烏天狗個人の意志としてはこの2体の評価の差は雲泥程にあった。

勿論、そんな事は口が裂けても当人達には告げられない。

下手に牛頭の機嫌を損ねて暴れられても困るし、それに再度述べるがこの2体は揃ってこそ初めてその真価を発揮する。その為、敢えて両者の歩調を乱す様な事は極力避けたかった。

 

そうだ。お前達には…ここに映っている連中を片付けて欲しい。方法は構わん。お前達の“好きなように”叩き潰せ!

 

ようやく本題に入った烏天狗は牛頭と馬頭にホログラムモニターに映った政宗、なのは、ヴィータ、成実の4人の姿を指し示して教えた。

 

なんだぁ? 相手はたった4人かぁ? ケッ! しけた仕事だぜ! どうせならもっと何千何万の人間を叩き潰してやれたら最高だってのによぉ!

 

そう吐き捨てるように露骨に不満を顕にする牛頭を、馬頭が横からたしなめた。

 

牛頭。 頭数の問題ではない…わざわざ我らが呼び出されたということは、彼らが決して侮れない手練という事…そうですね? 老師

 

馬頭の言葉に烏天狗は満足そうにうなずいた。

 

そういう事だ。しかしまぁ…強いて言えば、お前達にはこの野武士の小僧とお下げの小娘を相手にとってもらいたいね

 

すると、話を聞いていた秀家が尋ねた。

 

「………どうして?」

 

独眼竜は、東軍総大将 徳川家康からの信頼も厚い、東の主力を担う実力者…ここで首級を上げれば、西軍における(あるじ)様の地位は更に上る…かつて宇喜多家の近習であったくせに、今や五刑衆では自分の方が格上の第三席にのし上がったからと言って調子に乗っているあの“蟒蛇の行長”の鼻を明かす事も出来るかもしれないってもんだろう?

 

烏天狗は、今では秀家同様五刑衆の一席を担う豊臣の有力与力の一人 小西行長の気障で毒蛇の様に厭味ったらしい微笑を浮かべた笑顔を思い浮かべながら吐き捨てる様に言った。

 

かつて五刑衆に成り上がる以前、行長は豊臣直参の家臣として、重臣の一人であった宇喜多家に一時近習として仕えていた経験があった。

その恩義があったにも関わらず、共に五刑衆に選ばれ、立場が逆転した現在では自分の立場を鼻にかけて、かつての主の後継者である筈の秀家に対して事ある毎に体の良い汚れ仕事を押し付けてくる事を烏天狗は快く思っていなかったのだった。

 

その為、秀家に少しでも豊臣軍閥における地位向上の好機があれば、それを掴もうとしないわけにはいかなかった。

 

烏天狗にとって、悩みの種なのが当の秀家本人が因縁ある行長への対抗意識や反骨心がまるでない事だった。

それもまた、行長から余計に下に見られる原因であると烏天狗自身が何度か忠告したこともあったが、秀家はそれでも全く興味を抱く様子はなかった。

こうなったら、実質的な彼の代弁者兼参謀役である自分が秀家の地位向上の為に尽力するしかないと踏んだ烏天狗は何度もこうして事ある毎に秀家の地位向上と、憎き行長を出し抜く為の策謀を練るのだった。

 

あの白服の女魔導師の力量はわからねぇが、さっきから独眼竜と背中合わせで戦っているところを見る限り、お前達の素体にした魔導師とは違って、確かなものを持っているようだ。事と次第によっては独眼竜に並ぶ一級品の獲物になりうるかもしれねぇ

 

んで、我らは残るチビ2匹を残飯処理ってわけか…やっぱりしけた仕事だぜ。それに…

 

牛頭は話しながら、片腕を欠損した不完全な身体を一瞥して、不満げな声を漏らした。

 

久方ぶりの出番だってのに、なんだよ? この中途半端な身体は? 一体、どんなに傷だらけの素体を依り代にしやがったんだ? …全く、こんなんじゃ張り合いも出りゃしねぇ

 

文句が多いぞ牛頭。それに秀家様の手にかかったら、その程度の腕の不足くらい簡単にどうにか出来る事は知っているだろう?

 

そう言って窘める馬頭の言葉に合わせるように、秀家は牛頭に近づくともう一度右腕の服の裾から今度は青い紙を用いた呪符を取り出し、牛頭の欠損した腕に貼り付けた。

 

そして、長笛を構えると、これまでとは異なる穏やかな音色を奏でてみせた。

すると、音に合わせるように青色の呪符を貼り付けた場所が白い光を帯び始め、瞬く間に欠けていた腕の形を作っていき、馬頭の言う通り、あっという間に牛頭の失われていた腕を完成させてしまった。

 

ふぅ~。これで完全な身体になったわけか…ありがとうよ。(あるじ)様。さて…気は乗らねぇが仕方ねぇ。言われたとおり、俺達は関ケ原の鬱憤でも晴らしに行くとするか。行くぞ馬頭

 

鬱憤晴らすのはいいが、熱くなりすぎて、秀家様の獲物まで手を出すような事がないようにな…

 

話しながら、牛頭と馬頭は連れたって壁に生じた大きな穴を使って、部隊長室から出ていった。

2体の巨大な屍鬼神の足音が遠ざかっていくのを耳にしながら烏天狗が嘆息をついた。

 

全く。『猫の手ならぬ牛や馬の手を借りる』とは言ったものの…果たしてあの木偶の坊共が役に立つものかねぇ…?

 

「………僕は、烏天狗の判断を信じるよ……」

 

秀家はそれさえも、然程気にしていないのか無表情のまま淡々とそう返すのだった。

 

「それで……僕達はどうすればいい?」

 

秀家が尋ねると、烏天狗はニィッとその嘴の端を釣り上げた。

 

そうだな。それじゃあ、俺様達も挨拶に行くとするか。独眼竜に……

 

「………わかった…」

 

秀家はそう頷くと、烏天狗を肩に乗せたまま、自分達も部隊長室を出ていくのだった…

 

 

 

「DEATH FANG!!」

 

六爪を鞘から抜いた政宗は、中庭を駆け抜けながら襲いかかってくる巨漢の亡者達に片手に3本ずつ掴んだ刀による爪の様な斬撃で斬り捨てていく。

そんな政宗の攻撃を辛うじてくぐり抜けた何体かは彼の背中に回り込むと、太く鋭利な爪を振りかぶり、その脳天へ目掛けて振り下ろさんとした。

 

「アクセルシューター!」

 

それを数十メートル離れた場所からなのはが、出現させたピンク色の魔力弾で狙撃していく。

それぞれ、脳天と爪を撃ち仕留める事で、仮に致命傷にならずとも、戦線復帰はすぐにはできないであろう。

 

「Thanks! なのは!」

 

政宗が斬撃の手を止めないまま礼を述べると、それに対してなのはウィンクしながら左手の親指を立てると、穂先の尖った“バスターモード”になったレイジングハートを構え直して次の標的に向かって魔力弾を投影する。そして桃色の光弾を放つと、小さな爆発と共に5体もの亡者が倒れ伏した。

 

だが、それを見た別の亡者達が怒りともとれる咆哮を上げながら、一斉になのはに向かって襲いかかろうとしてきた。

 

「…ッ!?」

 

「任せろ!」

 

身構えるなのはだったが、その前に迫りくる亡者達に向かってヴィータが飛びかかっていった。

 

「シュワルデフリーデン!」 

 

ヴィータがグラーフアイゼンで撃ち放った5つの鉄球は赤い魔力弾となって、亡者達を一撃で粉々にしてみせた。

 

そのまま、近くにいた亡者に向かって、その小柄な身体をフルに活かした宙返りを披露しながら、それぞれ腐臭漂う巨体目掛けてグラーフアイゼンを振り下ろしていき、容赦なくその脳天を粉砕して、亡者達を動かぬ屍へと還す。

 

それから少し離れた場所では同じ様に亡者達の間を跳ね回る様にしながら移動しつつ、三本の個性的な刀を振るう成実の姿があった。

 

「“みかづきとばし”!!」

 

成実は裸足の指先で無柄刀を掴み、虚空に向かって回し蹴りを繰り出す形で、正面から迫っていた亡者に向かって投擲すると、柄の無い刀は見事にその眉間に突き刺さる。

異形の屍が糸が切れた人形の様にその場へ倒れ込む間に、成実は両手に白鞘直刀と木刀を手にし、迫ってくる亡者に果敢に踊り込んでいく。

その巨体が繰り出す爪を木刀で受け止め、直後にその首を白鞘で跳ね飛ばす。

成実の操る“三牙月流(みかづきりゅう)”は型こそどこの剣術の流派にも沿っていない我流であったが、その威力はまさに野性味溢れる殺人剣であった。

 

 

思わぬ奇襲ではあったが、どうにか軍配はこちらに上がった。

亡者の怪物達は全員斃されて戦闘不能になり、中庭にはもう動く屍は残っていない。

再三それを確認したなのは達は、一先ず安堵の息を吐いた。

 

「皆ッ! 大丈夫!?」

 

怪物の群れが全滅したのを確認すると、なのはが全員の無事を確認する。

多少息継ぎは荒いものの、政宗もヴィータも成実も傷一つ負っていなかった。

 

「あぁっ…どうにかな。急な不意打ちで焦ったけど、戦ってみたら案外呆気無かったな」

 

「ヘッ! なんなら、まだ奥州の里山のカモシカ共の方が、手応えがあったってもんだよ!」

 

ヴィータや成実もそれぞれグラーフアイゼンや無柄刀に付いた返り血を払いながら話した。

 

「まぁな…にしても、このLiving Dead共…この世界特有の魔法生物かなにかか?」

 

政宗が、首を失って元の物言わぬ屍に戻った怪物の傍に近づいてその異形な身体を覗き込みながら話す。

 

「とんでもない。 流石にミッドチルダの魔法もゾンビなんて作れないよ」

 

なのはがそう答えるの対し、ヴィータは嫌悪と義憤の感情を顔に浮かべながら、斃れる死体達を一瞥する。

 

「何にしても…この虐殺を引き起こしたふざけた野郎は、唯の違法魔導師なんかじゃねぇって事だな……」

 

「!? そうだ! 生存者の方を…!」

 

ヴィータの言葉を聞いたなのはは、戦闘の間、中庭の隅の方に匿っていたR7支部隊准陸尉の存在を思い出した。

勿論、彼の周りには結界魔法を張っていた為、一定の安全は確保されていた筈であるが、それでもこんな危険な場所にいつまでも置いておくわけにはいかない。

 

「すみません! もう出てきて大丈夫ですよ!」

 

なのはが中庭の隅に現れていた半球体のピンク色の結界魔法を解除すると、中から半分パニック状態になった准陸尉が転がり出てきた。

 

「ひっ、ひいいぃぃ!! こんなところにいたら、俺も殺されちまう! 頼む! 早く俺をここから逃してくれ!!」

 

准陸尉は半ば狂乱した様子で、なのはに詰め寄り、彼女の胸倉を掴んで揺さぶりながら、必死に叫び乞う。

 

「お、落ち着いて下さい! ちゃんと貴方の安全は確保しますから、その前に、もう一度内部の状況だけ、詳しく教えて下さい! 他に生存者がいたら助けに行かないといけませんので!」

 

「他の奴らなんかどうでもいいよ! どうせ皆、バケモノの餌食になっているに違いないさ! とにかく今は何より大事なのは俺の命だ! いいから早くここから逃―――」

その准陸尉の独善的な命乞いの叫びは最後まで続かなかった。

その前に、彼の胸に、風を切る音と共に何か小石程の大きさの固形物が刺し貫いたからだ。

 

「ふぇっ……う、うそ………!?」

 

血が吹き出し、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる准陸尉の瞳から光が失われ、そのまま後ろに仰向けで倒れながら、絶命する。

 

「そ…そんな……ッ!?」

 

目の前で人が殺される様を目撃し、唖然となるなのは。

一緒にその様子を目の当たりにした政宗達も、突然の事態に驚き、言葉を失ってしまった。

 

「……畜生ッ! 今度は何だってんだよ!?」

 

いち早く、その呆然状態を脱したヴィータが、准陸尉を無慈悲な死に追いやった原因を探して辺りを見渡す。

 

「姉御! そこに何かあるぜ!」

 

すると、成実が絶命した准陸尉の亡骸の近くの地面に光る小さなものに気づいた。

ヴィータが近づき、手にとって見てみるとそれは、先端の尖ったダーツの様な形状のものだった。

 

「こいつは…!? 吹き矢かッ!?」

 

ヴィータの言葉を聞いた政宗は少しずつ火の手が広がりつつある城塞を見上げる。

城塞の中からは重々しく、そして禍々しさをも感じる血の香りの混じった空気が漂ってきた…明らかに、建物の中には魔導師ばかりか人ではない何かが蔓延っている証拠である。

 

「チィッ! どうやら賊には、今のLiving Dead共よりも賢い野郎がいるようだな!」

 

「なのは! どうするよ!?」

 

政宗が舌打ちをしながら呟く傍らで、ヴィータがなのはに指示を仰ぐが、彼女からの返事はない。

 

「なのは?」

 

ヴィータがなのはの顔を伺うと、その顔は未だ愕然とした顔で虚空を見つめるようにハイライトの消えかかった眼差しで、今しがた狙撃され命を落した准陸尉を見つめていた。

 

「………そ、そんな……ひ、人が…眼の前で……!」

 

まさかの目の前で起きた惨劇に、なのははショックのあまり自我を失いそうになってきた。

これまで、幾度となく魔法に関連して凄惨な事件の現場を目撃してきたなのはであり、当然中には自分達の奮闘の甲斐もなく無情にも人の命が奪われる様な事になった事例も決して一度や二度ではなかった。

 

しかし…流石に、自分の目の前で今しがたまで話していた人物が突然命を奪われる様を見たのは、意外にもこれが初めてであった。

 

その心に感じたのは恐怖や嫌悪よりも、大きな無力感だった……

 

「なのは…!? おい! 大丈夫かよ!? しっかりしろよ!」

 

そんななのはの異変に気づいたヴィータが呼びかけるが、なのはは反応しなかった。

 

パンッ!!

 

そこへ突然なのはの頬が乾いた音を立てる。

政宗がなのはの前に立ち、その頬を平手打ちしたのだ。

 

「ま、政宗さん……ッ!?」

 

「pull yourself together…! Shockingな気持ちはわかるが、ここは戦場だ……目の前で掴み損なった命を想い、悔やむ為の場所はここにはねぇ! 今は、お前に出来る事だけに集中しろ!」

 

「…………ッ!?」

 

政宗の喝を受けて、なのはの消えかかった瞳のハイライトが再び灯り、我に返る。

 

「…ご…ごめんなさい……政宗さん…私ったらつい…」

 

そう謝りながら叩かれた頬を擦っていたなのはだったが、やがて気を引き締め直す様に頭を振ると、改めて政宗達の方を向くと、自失仕掛けていたロスタイムを埋め合わせる様に手短にこれからの行動方針を説明していく。

 

「…それじゃあ改めて…じきに小十郎さんが呼んだ応援部隊も来ると思うけど、私達はそれまで生存者とこの事件を引き起こした容疑者の捜索に当たろう。少しでも活動範囲を広げる為に、二手に分かれよう。私と政宗さんは私と一緒に屋上から上層階を…ヴィータちゃんと成実君はそこの入り口から低層階を捜索して!」

 

「了解! 任せとけ!」

 

「合点承知のはらこ飯!」

 

「中にはまだ得体のしれないCreature共がウヨウヨしている可能性が十分あるからな! 2人共決して気を抜くんじゃねぇぞ!」

 

それぞれ全く衰えていない士気を見せながら応えるヴィータと成実に、同じく強気な声質で忠告する政宗…

皆、それぞれいつも通りの反応だった。

自分より多くの修羅場を経験し、乗り越えてきているだけあってか、3人共、心に余裕がある様で、それが、今のなのはにとってはすごく頼もしく感じられる。

 

「それじゃあ、行動開始!」

 

「OK!」

 

「おぉっ!」

 

「あいさー!」

 

こうして、なのはは政宗を抱えて、城塞の一番高い塔の上へ…

ヴィータと成実は、さっき准陸尉が逃げてきたルートを逆に辿る形で1階から城塞の中へと入って行くのだった―――

*1
青葉山…宮城県仙台市青葉区にある丘陵、仙台平野の西を縁取る丘陵群の一つ。伊達政宗が築いた仙台城(青葉城)もこの地に存在した。




今回秀家が新たに召喚した屍鬼神“牛頭”と“馬頭”。
彼らの詳しい能力については次回明らかにする予定ですが、一般兵的存在な狂獄卒に対して、彼らの立ち位置は陣大将レベルの中ボスと例えたら良いでしょうか…?

ちなみに、秀家の屍鬼神を召喚する際に出てくる『召喚』と『現生』の違いですが、『召喚』は普通に実態を持たない姿で姿を表す事で、烏天狗もこの状態で現れています
それに対して『現生』は今回の話で、牛頭と馬頭がオサムとエンネアを依代にして召喚された様に、人間の身体に屍鬼神を取り憑かせる事で実体を持って、この世に現れる事を意味しています。
牛頭、馬頭のような強大な力を持った屍鬼神は人間を依代にしなければ現生できませんが、繰駆足のような単体の力は強くない屍鬼神は依代無しで現生できる種類もいます。

そして、屍鬼神に依代にされた人間はというと『憑依されたと同時にその人物の魂は喰われ、消滅する』…つまり、人間としてのオサムとエンネアは今回で死…否、消滅したというわけです。合掌…


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第五十四章 ~奏征 魔を操りし妖将 宇喜多秀家~

R7支部隊に降り立ったなのはと政宗、ヴィータ、成実の4人だったが、そこは見たことのない異形の怪物達によって地獄絵図と化していた。

絶望の光景の中でも、どうにか生存者を救おうとするなのはだったがそんな彼女の想いをあざ笑うかのように隊舎を壊滅に追いやった犯人は、生き残りを非情な手口で惨殺していく、それでもどうにかこの事件の終息の為に煉獄と化した城塞へと乗り込んでいくなのはや政宗達だったが……


※ここでクイズです。
リブート版における秀家の新しいイメージCVは誰でしょうか?
ヒントは次のタイトルコールより…


秀家「リリカルBASARA StrikerS 第五十四章 次は何をすればいい?」

信之「み……三◯月……!?」

幸村「兄上! それは最早ネタバレでござるぞ!!」


ヴィータと成実の二人は、崩れ落ちた壁に開いた穴から建物内に入ると、そこは食堂だったらしく、木目調の長机や椅子が無造作な方向に置かれたり、倒されたりして、散漫した状態となっていた。

中にはあの中庭に現れた亡者達にやられたのであろう、巨大な爪に引き裂かれた死体が何体か転がっているのが見えた。

 

「姉御ぉ。中に入ったはいいけど、これからどうするわけ? たった2人でこんなだだっ広い砦を探すのはそう楽じゃないってのに…」

 

成実が若干面倒くさそうな言い草で尋ねてくる。

やや緊張感に欠けた物言いにヴィータは一言注意しようかとも思ったが、成実はフォワードチームの4人とは、いろんな意味で少々異なる思考の持ち主である事を思い出し、ここは注意するだけ無駄だと思い、敢えて無視する事にした。

 

「そうだな…とにかく、エントランスホールに行ってみるか。まずはこの隊舎の構造を知る必要があるし、そこにいけば地図があるかもしれねぇ」

 

「“えんとらんすほーる”……!? それって美味しいの?」

 

 

ズコーッ!!

 

 

一先ずの行動指針を決め、気を引き締めようとしたヴィータだったが、成実の食い物ボケな発言で思わずその場で派手にすっ転んでしまった。

 

「要するに、この砦の玄関入ってすぐの部屋を調べるって意味だよ! ったく、こんな時にまでしょうもねぇ、ボケかますな!!」

 

「えぇぇーっ!? だって、俺腹減ったからさぁ」

 

「つい今さっきまでアイス食ってただろうが!?」

 

っとこんな調子でイマイチ締まりのない凸凹コンビなヴィータと成実は、エントランスホールへと向かうルートを探す事にした。

二人が入った食堂の入り口付近は既に炎に包まれていた為、それを避ける為に食堂にあるドアで唯一火の手が上がっていなかった厨房を通って、廊下へと出る道筋を選ぶ。

厨房もまた、悲惨な状態だった。

器具や食材などが床中に散らばり、10個以上の口があるコンロは上に備えてあったダクトが崩落して落下したショックで火の手が上がったのか、巨大な火の玉の様に激しく燃え上がっていたが、幸い、煙はすべて剥き出されたダクトから外へ出ていっていた為、部屋の中は然程煙に巻かれていなかった。

 

前を歩くヴィータは、いつ敵が飛びかかってきてもいいように、グラーフアイゼンを構えていた。

勿論、生存者の存在もないか、索敵も怠らなかったが、幸か不幸かこの辺りの破壊と殺戮は既に完了してしまっていたのか、荒廃した部屋には物言わぬ骸以外誰もいなかった。

 

「チィッ!…コイツは久しぶりに見る凄惨な現場だぜ……成実。とにかく、生存者にしても敵にしても、どこに隠れているかわからねぇ…少しでも怪しいところを見つけたら、徹底的に調べ上げるぞ?」

 

「合点承知のはらこ飯! この伊達藤五郎成実。 どんなに小さくとも怪しいもんはズバッと見つけちまうやるからよぉ!」

 

そう自信に満ちた声で話しながら成実は、いつの間にくすねていたのか、バスケットに積まれた大量のリンゴに齧りついていた。

 

「……おめーの言う“怪しいもん”っていうのは、リンゴなのか?」

 

額に青筋を浮かべたヴィータが静かにキレる。

 

R7支部隊(ここの奴ら)って、ゴキブリみてぇな連中だったけど、飯は随分いいもん食ってたみたいだな。こりゃ、中々上物のリンゴだぜ? 火で焼けちまって、所々ちょっと炭になりかけてっけど…」

 

「いや、んなもん食うなよ!? 火災の現場で、半分燃えたリンゴを躊躇いなく食うってどんだけ無神経な悪食なんだよ! おめーは!?」

 

「姉御も食べふ?」

 

「食えるかバカヤロッ! つぅか、食いながら喋んな! 腹立つんだよ! その『食べふ?』って言い方が!」

 

「ええぇぇぇ!? 焼きリンゴって結構いけるのに?」

 

「いいからその籠そこに置いてけ! そんなもん持って、捜索なんか出来るわけねぇだろ!」

 

「ふぇーい」

 

っと返事こそ間延びしたものであるが、成実は素直にヴィータの言う通り、リンゴの入った籠を近くの棚の上に置いた。

代わりに籠に残っていた半分焼けたリンゴのうち3個を手に取ると、腰に下げていた巾着袋に入れた。

 

「? おい、成実。なんだよその巾着?」

 

ヴィータが尋ねる。

 

「あっ、これ? いざって時に備えて色んなものを入れてる俺の『ひじょうぶくろ』!」

 

得意満面に巾着袋を翳してみせる成実を、ヴィータは白けたような目で見つめながらボヤく。

 

「色んなものって……どうせ食いもんか、ゴミしか入ってねぇんだろ?」

 

「いやいや。どんな事が起こっても大丈夫な様に色々入れてるんだよ。 え~っと、何入れてたかな?」

 

成実は話しながら、巾着袋の中を探り…中から糸に繋がれた黒ずんだ小袋を出してきた。

 

「……なんだよ。それ?」

 

「え~と…30回くらい使った緑茶のティーバッグ(出殻し詰めた小袋)

 

のっけからゴミじゃねぇか!! なんで、んなもん入れてんだ!? ってか、どんな時に使うんだよ!? んなもん!

 

「いや、こいつすげぇんだって! 姉御! これを口に含んで急須からお湯を飲んだら、あら不思議! 口の中で緑茶が出来ちゃうのだー!」

 

口の中、火傷するだろうが!! これはそういう使い方じゃねぇんだよ!!

 

ツッコミながら、成実からティーバッグをかっさらったヴィータは「捨てとけ!」と叫びながら、それを近くで燃えていた火に放り込んだ。

 

「あああぁぁ!! あと20回くらい使えそうだったのにぃぃ!!」

 

「うるせぇよ! そんなに使ったら、袋破けるだろうが! っていうかその袋の中、絶対碌なもの入ってねぇだろ!絶対砂とか入れてるだろ!?」

 

すっかり成実のペースに乗せられたヴィータは周りの殺伐とした現場の光景を忘れて、ツッコみ続ける。

 

「えぇっと…どうだったっけなぁ? あっ! 例えばこれ…さっき食ったアイスの棒!」

 

それも完全にゴミじゃねぇか!? ゴミ箱に捨てろよッ!

 

「それから…あっ!今日のホテル(旅籠)の晩飯に出されたマグロの刺し身も出てきた! そういれば後のお楽しみにと思って一切れとってたんだっけ?」

 

この大バカヤローッ!! 巾着袋に生もんなんか入れんなッ!!

 

「それから………砂!」

 

やっぱり、砂入れてたんかいッ!!

 

喉を振り絞って、ヴィータはツッコんだ。

 

「えぇっと他には…」

 

そう言って、まだ巾着袋に片腕を入れて弄る成実を、ヴィータは無理矢理に制止する。

 

「もういいわ! ほっとけば、その内に犬のウ◯コとか出してきそうでこえーよ!!」

 

「……いや、流石の俺もウ◯コは食わねぇって…」

 

成実がそうボヤきながら、巾着袋から手を出そうとして、ふと手を止める。

 

「あっ! これ入れてたの、すっかり忘れてた!」

 

成実がそう言いながら取り出したのは、黒い野球ボール程の大きさの金属製の球体だった。

 

「なんだよそれ?」

 

「奥州での天下分け目の戦の折に、対上杉用に伊達軍で拵えた特注の“手投げ爆弾”だよ。万一に備えて、俺も足軽達から一個貰ったっきりどっか行っちまったと思ってたけど…こんなところにしまってたんだ」

 

「って危ねぇな! 爆弾を、食いもんやゴミと一緒にしまってんじゃねぇよ!!」

 

「いや、その気になれば“非常食”にしようかなぁと思って…」

 

「なるかぁ! つぅか、前から思ってたけど、お前ホントに人間かよ!? 土とか石とかしまいにゃ爆弾まで食おうだなんて、最早カー◯ィじゃねぇか!!」

 

「? 何? カー◯ィって? この世界のメシ?」

 

「ちげーよ! カー◯ィっていうのは、はやて達の時空の日本の有名なゲームのキャラ…ってんな事はどうでもいいんだよ! いいからしまっとけ、そんな“ゴミ袋”!!」

 

「“ゴミ袋”って…殺生だなぁ、ヴィータの姉御も……」

 

とうとう成実の巾着袋を『ゴミ袋』呼ばわりしながら一喝するヴィータに、成実は不満げにぶー垂れながら、巾着袋に手投げ弾をしまうと、そのまま袋を腰に戻すのだった。

 

「とにかくさぁ。ヴィータの姉御も、もうちょっと俺の事信頼してくれよぉ。俺、こう見えても伊達軍じゃ一番槍として名を馳せてる男なんだから、姉御も“舟盛り”に乗ったつもりでいてくれていいんだって!」

 

「……それを言うなら“大船”だろ? アタシは刺し身じゃねぇよ」

 

「えっ!? 刺し身? 姉御、さっきの俺がとっておいたマグロ食いたいの?」

 

「違うわバカ! つうか、誰が何時間も巾着の中に入れてたマグロなんか食うか! 絶対腹壊すだろ!」

 

「そう? だったら俺が試しに食って―――」

 

「食わんでいい!」

 

成実と二人きりになってから、止まる事のない彼のボケラッシュにツッコミが途絶えないヴィータは内心辟易しながら、思うのだった…

 

 

 

(なのはぁぁぁーーーー!! コイツとのコンビ疲れるってぇぇぇぇぇ!!?…(TОT) )

 

 

 

そんなボケとツッコミを交わしている内に、ヴィータと成実の二人は火の手の広がる通路を通って、どうにかエントランスホールまでたどり着いた。

 

R7支部隊隊舎のエントランスは機動六課の隊舎とは比べ物にならないくらいに広かった。メインホールだけでサッカーコート並の広さはあろう。

ホールは4階までが吹き抜けになっており、2階までは中央から伸びる大階段、更に2階部分のアッパーロビーの左右には3階、4階まで続く階段がある構造となっており、階段の手すりやホールの壁には豪華な装飾が施され、壁や吹き抜けの通路には古代の神殿の石柱を模した丸太のように太い柱がいくつも生え、まるで宮殿の様に豪華絢爛な造りとなっていた。

だが、それも今となっては、壁は蜘蛛の巣の様に大小様々な亀裂が走り、数時間前までは塵一つ落ちていないピカピカに磨かれたものであったあろう床には穴や、砕け散った装飾品やシャンデリア風の照明器具、柱などの残骸や崩れ落ちた天井の一部が無数に散乱し、燃え広がった炎はホール全体を包み込まん勢いで燃え盛り、最早どこが火元であったかさえも特定出来ない有様となっている。文字通りの“地獄絵図”と化していた。

 

「生存者どころか、敵の姿も無し……か……」

 

「姉御! あそこ!」

 

ヴィータが小さく呟いていると、ホール内を見渡していた成実の声がかかる。

成実が指差した先にあったのは壁にかかっていたこの建物の地図と思われる案内板だった。

しかし、それも今は破壊と火災によって、その役目を果たせない状態にあった…

ヴィータは目的の品が使い物にならない事を理解すると、舌打ちをした。

 

「仕方ねぇ。こうなったら時間はかかるけど、怪しいと思った部屋を手あたり次第に当たっていくぞ。思ったよりも火の回りも早ぇ。うかうかしていると、アタシらも炎に巻かれて消し灰になっちまうぞ!」

 

「おう! 合点承知のはらこ―――」

 

成実がいつものお決まりの合いの手を打とうとしたその時―――

突然、彼の全身にビリリと電流のような感覚が走った。

 

「―――ッ!!? 姉御! 上だぁぁッ!!」

 

「ッ!!?」

 

即座にあらん限りの声で叫んだ成実に、ヴィータは驚きながらも、長年の騎士としての感からそれが自分に対する警告であると察し、本能的に声に従って、成実を抱えると後ろに飛び退避する。

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 

 

「「ウガァアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」」

 

 

直後、エントランスホールの吹き抜けの天井が爆発と共に粉砕され、巻き起こる粉塵の中から凄まじい咆哮を上げた2つの巨体がその超重量に任せて落下してきた。

 

「へっ!?」

 

「伏せろぉッ!!」

 

明らかに人間ではない何かが現れた事に呆然とする成実にヴィータは叫ぶように呼びかけながら、その頭を掴むと、無理矢理に組み伏せるようにして床に這いつくばる。

直後、巨大な岩石が落下したかのような激しい衝撃と、轟音、そして風圧が2人に襲いかかる。

無防備に佇んだままこれを受けていたら、確実に2人共吹き飛ばされて、壁に叩きつけられていたであろう。

 

「い…一体……!?」

 

ヴィータは顔を上げると、粉塵立ち込める視界の先を見据え、2つの巨体の正体を探る。

そして、粉塵がある程度薄れたところで、それを知る事となった…

 

先程までヴィータがいた辺りの地表を完全に粉砕し、出来たばかりの巨大なクレーターの中に佇む2体の巨大な怪物…

 

それぞれ5メートルはあろうその巨人達は、それぞれに牙の生えた馬と丸太の様に太い二本の角を構えた牛の頭部を持ち、馬の頭の方は体型や膨らんだ胸の形から僅かに女性である事が示唆されているが、どちらも筋骨隆々の鋼の様に黒く光った肉体の持ち主である。

そして明らかに温厚さなど微塵も感じさせない赤く光る眼でヴィータと成実を睨んでおり、両者の口からは呼吸の度に蒸気が噴出している。

 

「ゴリラみてぇなゾンビ共の次は、牛面と馬面の巨人かよ…!? とんだお化け屋敷に来ちまったもんだぜ……」

 

ヴィータは冷や汗を浮かべながら、吐き捨てるように言った。

すると、牛頭の巨人はヴィータ達を見据えると、嘲る様に鼻を鳴らした。

 

フンッ! コイツらがこの新たな外界における我らの初の獲物か……!!

 

それに続く様に馬頭の巨人も落ち着いた声質でヴィータ達に話しかけてくる。

 

……貴様達に恨みはないが…これも全ては我らが(あるじ)様からの命……

 

馬頭の言葉に合わせるように、牛頭の巨人は僅かな振動を伴いながら重量感のある足音を鳴らしつつ、数歩前に進み出ると、ふと足元に転がっていた大木のように巨大な石柱が目に留まった。

そして、それを掴み上げるとまるで小枝の様に軽々と片手で振り回して見せた。

 

……コイツはなかなか使えそうだな。さぁ、来い“チビ”共!! この屍鬼神(しきがみ) 牛頭(ごず)が、お前達などすり胡麻にしてやるわ!!

 

 

「「ッ!? 誰が『チビ』だ! この牛野郎!!!」」

 

 

牛頭(ごず)と名乗った巨人の露骨な侮蔑を耳にした途端、その異形の姿に僅かに衰えそうになっていたヴィータと成実の闘志のボルテージが一気に上昇する。

『チビ』…それは見た目は幼い少女であるヴィータや、お世辞にも高身長とは言い難い成実ら二人にとってはこの上なく屈辱的な一言であり、半ば『禁句』ともいえる一言だった。

お互いに同じ琴線に触れられ、激昂する姿に、当人達も驚いたのか一瞬お互いの顔を見据える。そして、少しだけ笑い合った。

 

「どうやら、アタシら初めて息が合ったみてぇだな…」

 

「そいつは嬉しいね姉御ぉ…俺、あの牛野郎を叩っ斬って、“たたき”にしてやりてぇよ」

 

「おぅ、たたきでも、牛丼でも、ステーキでも、なんにでもしてやれ。アタシも手ぇ貸してやるから」

 

「じゃあ、シメちゃう?」

 

「シメるか」

 

ヴィータがそう言うと、二人は顔を見合わせて頷き、互いに胸に宿った激情を一気に噴火させた。

 

 

「「…ぶっ潰すッッ!!!」」

 

 

ヴィータは戦鎚からスパイク状の器具の飛び出た接近戦特化形態“ラケーテンフォルム”になったグラーフアイゼンを握りしめ、成実は口に無柄刀を咥え、両手に直刀、木刀を構えた変則三刀流“三牙月(みかづき)流”の構えをとりながら、濃密な憤怒と殺気を全開にしながら、異形の巨人達に向かって突進していった。

 

フハハハハハハハッ! 威勢の良いチビ共だな! こういう奴らの熱い戦意をへし折りながら叩き潰してやるのもまた一興!!

 

牛頭は愉快そうにそう叫びながら、振りかぶった武器代わりの石柱を、突進するヴィータと成実の正面から猛烈な勢いで振り落としてきた。

 

「ヘッ! バカが! そんな石で出来た柱なんざ、この鉄の伯爵(グラーフアイゼン)が一撃で粉微塵にしてやるぜ!!」

 

ヴィータは不敵な笑みを浮かべながら、グラーフアイゼンを振りかぶって、振り下ろさせる石柱に向かって、対抗して勢いよく薙ぎ払ってみせた。

 

ガキイイイィィィン!!!

 

ところが、グラーフアイゼンとぶつかった石柱は、粉砕される筈が何故か強固な金属音の様な音を立てて、その強烈な一撃を相殺してしまった。

勿論、石柱には亀裂一つ走っていない。

 

「な、なにぃ!? 唯の大理石の柱が、なんでこんなに固ぇんだよ!?」

 

「姉御! だったら俺に任せとけって!」

 

すると、鍔迫り合っていたヴィータの背後から成実が猿のような身のこなしで、飛び越えてくると、ヴィータのグラーフアイゼンによって受け止められていた石柱の上に飛び乗り、そのまま石柱の上を走る形で牛頭に向かいながら、変則三刀を構える。

 

「“とにかくきる!”」

 

技名になっているのか微妙な技名を叫びながら、成実は両手に持った直刀、木刀で、牛頭の頭に激しい乱打を繰り出していく。

 

しかし…牛頭の頭もまた、分厚い鋼のように固く、木刀は勿論の事、真剣である直刀さえもまともに傷一つつける事が出来なかった。

 

フハハハハハ! なんだそのひ弱な攻撃は!? これならまだ蜂に刺された方が痛いくらいだぞ?

 

「ま、マジかよッ!? コイツ、どんだけ固ぇ身体して――――グハァッ!!?」

 

全く刃を通せない巨人の身体に驚愕していた成実は、突然、横から途轍もない速度で飛来した一発の白い羽の形を模した巨大な光弾によって、勢いよく吹き飛ばされてしまった。

編笠が外れ、エントランスの床に叩きつけられた成実はそのまま数メートル程の距離をゴロゴロと転がり、大の字になって斃倒れる形でようやく止まった。

 

「成実ッ!? …くそぉ!」

 

ヴィータはグラーフアイゼンのカートリッジを1発リロードさせ、魔力を強化させると、どうにか受け止めていた石柱を振りほどき、その隙に成実のところまで飛んで、退避する。

 

「大丈夫か!? 成ざ――――ッ!!?」

 

この屍鬼神(しきがみ) 馬頭(めず)の存在も、忘れるでないわ!

 

だが、ヴィータが成実に声をかける間もなく、声の主…もう一体の馬面の巨人 “馬頭(めず)”が叫びながら、その指の一本一本が鉤爪のように太く、鋭利な両手から新たな羽型の光弾を乱射してきた。

ヴィータは急いで自分と成実の身体が隠れる程の大きさの三角形の紅い魔法陣の形をした障壁魔法(シールド)を張って、自分達を守るが、シールドにぶつかって弾けた光弾の衝撃は事の他強い衝撃を発し、それを食い止めるヴィータも耐えきるのに精一杯となる。

 

(こ、これは!? 射撃魔法!? 嘘だろ!? なんであんな化け物が魔法なんか使えるんだよ!?)

 

苦しそうに表情を歪めながら、ヴィータは目の前で起きている状況が理解できずに脳裏で焦燥と混乱の声を上げた。

馬頭(めず)と名乗ったあの馬面の巨人の放つそれは、ミッドチルダ式ともベルカ式とも異なる単純に魔力をエネルギーに置き換えただけのシンプルな構造の術式だったものの、放たれてくる光弾からは相応な量の魔力が感じられた。

 

ヴィータは一瞬、目の前にいる二体の巨人…牛頭と馬頭は自分の知らない魔法生物なのかとも考えたが、すぐにその推測を自ら一蹴する。

あの二体から放たれる禍々しい気の波動…それは明らかに唯の魔法生物が放つそれとは違う…恐らくはこの世界にない術式によるものであろう。

 

「痛てててて…背中思いっきり打っちまったぁぁぁ…!!」

 

その時、倒れていた成実がゆっくりと起き上がった。

ヴィータの予想に反し、あれだけ強力な魔力弾が直撃したにも関わらず、成実は多少打ち身の痛みに顔を歪ませている以外は特に重症を負った様子もない。

 

「成実!? お前…大丈夫なのか!?」

 

ようやく止まった魔力弾の射撃を耐えきったヴィータが尋ねる。

 

「おうともよ! 伊達にガキの頃から奥州の野山駆け回ってきてねぇんだ!! 兄ちゃんや小十郎の兄貴からも“身体の頑丈さ”だけは伊達軍一番ってお墨付き貰ってるくらいなんだよ!!」

 

その言葉を証明するように成実は、宙返りを決めながら立ち上がると、床に落ちていた無柄刀を足で拾い上げて、空中に投げると、それを口で咥えてみせ、両脇の床に刺さっていた直刀、木刀を引き抜いて構え直してみせた。

その様子を見たヴィータは、成実の驚異的な、打たれ強さに驚きながらも、一先ず自分の心配が杞憂だった事を知り、胸を撫で下ろした。

 

グハハハハハハッ!! 馬鹿め! 隙を見せたな!! 落ちよ!“雷鎚”!!?

 

「「ッ!?」」

 

不意に聞こえた牛頭の声にヴィータと成実が顔を向けると、そこには自身の頭上に4本の巨大な光の柱を出現させる牛面の巨人の姿が目に見えた。

それが馬頭の放った羽型の魔力弾と同じ魔法である事を直感したヴィータは、咄嗟に成実に向かって指示を飛ばした。

 

「やべぇ!? あれはアタシのシールドでも防ぎきれねぇって! 成実! 一先ず広い場所へ出るぞ!」

 

「が、合点承知のはらこ飯!!」

 

成実が返すと同時に、牛頭の振り下ろした片手に従う様に、4本の光の柱はヴィータと成実に向かって真っ直ぐ突き刺さりにいくように飛んでいった。

 

「走れぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ヴィータが叫ぶのを合図に、彼女は地面を蹴って、床から1メートル程離れた上を低空飛行し、成実はその野山で鍛え上げたアスリート顔負けの脚力をフルに活かして疾走して、エントランスホールから正面玄関をくぐって、城の城塞を目指して逃げ出した。

2人の後を追って、追尾弾と化した光柱もその背後に張り付いて建物から飛び出していく。

 

バカめ!! 逃げても無駄だぞ!! チビ共が!!

 

絶対に逃さない…

 

その様子をあざ笑う牛頭と、呟く様に戦意を高めた馬頭もその巨体に違わぬ素早さ…それも馬頭に至っては成実にも劣らぬ脚力を見せながら、激しい地響きを鳴らしつつ、後を追っていくのであった……

 

 

一方…政宗を抱えて空を飛んだなのはは、城塞の一番高い塔の屋上へ降り立つと、そのまま、螺旋階段を降りて城塞の中への侵入に成功した。

2人が侵入したエリアは、比較的荒廃の度合いが少なく、火の手も回っていなかった為か、城塞全体を襲っている災厄が嘘の様な静寂と薄暗闇に包まれていた。

それでも窓の外から差し込む城塞各所から上がる火災の焔の橙色の光が不穏な明かりとなって無人の廊下を照らしつけている。

だが、完全に人の気配が無いかと言えばそうではなく、時折、遠くの方から人でも獣でもならざる不穏な叫び声が聞こえてくる。

 

「まるでUnder Worldだな…この地獄を作り出した野郎のSenseの無さが伺い知れるぜ……」

 

索敵がしやすい様に六爪の内の五本を鞘に収め、一刀だけを手にとった政宗は重々しい声で呟いた。

中庭と違って見える範囲に凄惨な死体なその痕跡は見当たらなかったが、遠くから吹き付ける熱い空気に混じって漂ってくる血の臭いが、ここが凄惨な事件の現場である事を否が応でも思い出させる。

 

先程、自分達の目の前で非情にも命を奪われた隊員といい、ここでどれだけの人間が無惨な形で命を奪われたのか…?

この手の修羅場には慣れている筈の政宗でさえも今はあまり考えたくはなかった。

 

「……………」

 

そして、そんな政宗の後ろについて歩くなのはに至っては、さっきの様に茫然自失になりかける程ではなかったが、やはり少なからずショックを引きずっていたのか、その顔色は決して良くはなかった。

 

「……なのは?」

 

そんななのはの異変に気がついた政宗が、なのはの方を振り返って尋ねる。

 

「……ッ!? ご、ごめん政宗さん。私はもう大丈夫だから…」

 

そう言って、頭を振りながら気を持ち直すなのはを政宗は、じっと見つめた後…何かを悟った様に小さく溜息をついた。

 

「…Sorry なのは。さっきは咄嗟だったとはいえ、手を上げちまうのはあまりCoolなやり方とはいえなかったな…」

 

「い、いや…そんな事はないよ。政宗さんに頬を叩かれてなかったら私、あのまま気が動転してどうなってたかわからなかったし…その…眼の前で人が殺されるところをまともに見たのって…初めてだったから……」

 

なのはは、青ざめた表情でそう説明する。

魔導師になって、かれこれ10年になるなのはは、これまで様々な事件や災害の現場を目撃し、大勢の命を救ったり、悪と戦ってきた。

当然、中には自らが手を差し伸べようとしたものの救える事の出来なかった命もあるし、時空管理局という一種の軍事組織に属している以上、非情にも人の命が奪われる事など当たり前の事だと、なのは自身頭の中ではしかと割り切って考えていた。

 

しかしながら…頭では理解できても、やはり目の前でそんな凄惨な光景が繰り広げられるとどうしても心の動揺を抑える事ができない。

ましてやなのはは、元来不要な争いを嫌い、どんな悪人でも救える余地がある人物であれば手を差し伸べようとする心優しい性格の持ち主であった。

そんな彼女が、目の前で人の命が無惨に奪われる光景を目撃すれば、思わずパニックを起こしそうになってしまう事も無理のない話だった。

 

「……なのは、お前は確か9歳の時に魔導師を始めたって言ってたよな?」

 

不意に、政宗がそんな事を尋ねてきた。

 

「えっ? う、うん。そうだけど…?」

 

「…実はな。俺も大名としての初陣は、9歳(ここのつ)の時だったんだ」

 

「えっ!?」

 

政宗は昔話を語るような口ぶりでなのはに話し始めた。

 

「相手は、“蘆名”という奥州の地方領主だった。軍自体も、それを率いる敵将(Head)も、お世辞には手練と呼べる程でもなかったが、そいつらは狡猾にも当時、伊達のTopを務めていた俺の親父を人質にして、戦の主導権を握ろうとしやがった。

けど、俺は奴らの要求に屈する事なく、力技で敵軍を“全滅”させる事に成功した。その頃には俺も既に剣術叩き込まれて、伊達領の中で山賊や野武士を相手に暴れまわったりしていたからな。戦自体は楽だった。だがな…」

 

政宗の顔が暗くなった。

 

「……俺はその戦で初めて、真剣を握って…そして敵を斬り…そして、部下達にも“皆殺し”を命じた…」

 

「……“皆殺し”…」

 

「それまでの山賊や野武士共は木刀で痛めつけて、後は家臣共に任せていたから…この時、俺は初めて人間の“死”というものを目の当たりにする事となった……」

 

「…その時、政宗さんはどんな気持ちだったの?」

 

なのはが聞いた。

政宗は手にした一振りの真剣を小さく振った。

 

 

「怖かったぜ……途方もなくな……」

 

 

それから、思い出したように言葉を付け加えた。

 

 

「それから、人間のLifeっていうものは本当に呆気ないものなんだなって事を、ガキながらに悟らせてもらった……」

 

 

そう語る政宗の表情は、いつになく悲しそうに見えた。

 

その表情は、なのはを大いに驚かせた。

彼と出会ってから、そのような表情を浮かべるイメージなどなかった政宗が見せた新たな表情……それは、彼の語るこの物語には、今の言葉以上になにか壮絶な悲話が隠されている事を物語っている事を意味しているとなのはは直感した。

政宗でさえも言い淀むその悲しき物語の一片…それをさらに突っ込んで聞いてみたいという好奇心と、これ以上政宗の古傷を抉る様な事をしてはならないという良心の呵責とが、なのはの脳裏で複雑に相殺しあっていたその時―――

 

 

《♪~~~~~ ♪~~~~~~ ♪~~~~~》

 

 

「「ッ!!?」」

 

どこからか不思議な音楽が2人の耳に届く。

妖艶で重々しく…それでいて、意識の奥へと滑り込んでくる様な不思議な音のそれは、笛の音色のように聞こえた。

 

「政宗さん!」

 

「あぁ! こっちだ!!」

 

二人は顔を見合わせ、頷くと笛の音の聞こえてくる方向へ向かって駆け出していった。

長い通路を駆け抜け、そのフロアの一番奥にある部屋に辿り着いた。

笛の音は確かにこの部屋の中から聞こえてくる。

なのはも政宗も、それぞれレイジングハートと竜の(かたな)を握りしめて、どんな相手と相対してもいいように気を引き締めた。

この非常事態な状況下の中、こんな優雅な曲調で笛を奏でる時点で、部屋の中にいる人物はまともな人間ではない事は既に明確である。

 

政宗は部屋の二枚扉の部屋のドアの右側、なのはは左側に立った。

 

「大丈夫。結界や障壁は、かかっていないみたい」

 

なのはがドア付近に罠がない事を確認すると、政宗は片手でジェスチャーを交えながら小声で指示を送った。

 

「……3(Three)2(Two)1(One)で踏み込むぞ? OK?」

 

なのはが頷いて了承すると、政宗は小さく深呼吸を整えてから、秒読みを開始する。

 

3(Three)2(Two)1(One)…Go!」

 

 

政宗が合図と共に扉を蹴りつけ、それをなのはが片手に込めた魔力を変換した軽い衝撃波で吹き飛ばし、2人は部屋の中に突入した。

 

部屋は多目的ホールだったのか、バスケット用のコートが4つ分はあろう大広間だった。狭く見積もっても50畳程の広さはあるろうか?

 

 

《♪~~~~~ ♪~~~~~~ ♪~~~~~》

 

 

そして、その大広間の一番奥…窓枠に腰掛け、優雅に六尺棒程の長さを誇る横笛を吹く少年の姿が2人の目に止まった。

 

年は成実と同い年か、1つ年下くらいの年齢か?

下半分が白く染まった黒髪を肩の下まで伸ばし、右半身が黒と灰色を基調とした肩当てと胴巻、具足の戦装束、左半身が白と灰色を基調とした道服という左右全く趣旨の異なるアンバランスな服装…そして、その上半身に拘束する様に巻き付いた色鮮やかな珠の連なった長数珠…

明らかにこの世界の人間のものではない少年の服装に、なのはは警戒する。

 

この世界でこの様な衣装を纏う人間…それは即ち、政宗達と同じ時空の古の時代の地球からやってきた“戦国武将”であるという証……

 

 

そして、政宗もまた、この少年に既視感を覚えた。始めて会うはずなのに、彼が自分と同じ世界の戦国武将であること、それも相当な猛者だということがわかる。

 

そして……この少年があの異形の怪物達を操り、R7支部隊隊舎を壊滅に追いやった張本人であるということも…

 

「テメェ…何者だ?」

 

政宗は刀を少年に向けつつ、静かに殺気を上げて問いかけた。

 

「…………」

 

少年は答えない。

代わりに、笛を奏でるのを止めると、ゆっくりと2人の方へ振り向いてみせた。

 

美少年と呼んでも差し支えない程に端麗な顔つきながら、生気のない白い肌がどことなく不気味さをも感じさせるミステリアスな雰囲気を漂わせる。

そして、その虚ろ気な薄紫色の目からは想像もつかない程に強い殺気と覇気の篭もった眼光が二人を射抜く。

政宗となのはは、少年の顔を見た瞬間、冷汗を浮かべる。

 

開かれた窓からは相変わらずミッドチルダ特有の2つの月の穏やかな明かりが薄暗い大広間を照らす。

まるで、地上で何が起きようとも、天上はまるで関わりがないと主張するかのように、月明りはいつもとまるで変わらぬ穏やかさで、大広間にいる三人の男女の姿を照らした。

その一人…政宗は、刀を少年に向けて構えてながら静かに近づいた。

後ろに立つなのはもレイジングハートを構えながら警戒する。

すると2人の警戒の対象…少年の前に、紫色の光のオーラに包まれた烏の頭と翼を持ったリイン程の大きさの獣人が姿を現した。

 

これはこれは、“奥州筆頭”伊達政宗殿とお見受け致す。 お会いできて光栄の至りだぜぇ

 

「ッ!? なんだ、テメェは!?」

 

突然現れた新たな異形の姿に驚きつつも、政宗は刀を向けたまま問いかける。

すると、烏の獣人は気障な物言いで、返してきた。

 

これは失敬。アンタの噂は予々聞いてはいたのだけれど、こうして直接相対するのは初めてだったもんだからなぁ…

 

「テメェら…豊臣の人間か?」

 

刀を構えつつ問いかける政宗に対し、少年は頑なに口を開こうとしないが、その代わりに獣人が気取った様な振る舞いで、その場で一礼しながら口上を述べ始めた。

 

すまないなぁ。俺の(あるじ)様は無駄な口を叩く事がお嫌いな性分でな。代わりに俺が自己紹介してやろう。 こちらにおわす御方こそ、豊臣軍与力 宇喜多家当主…そして、豊臣五刑衆 第四席“妖将”…!!

 

獣人はまるで従者の如く傍に立つ少年を、立てる様な仕草で紹介する。

 

宇喜多(うきた)備前宰相(ひぜんさいしょう)秀家(ひでいえ)”様にあらせられる! そして俺様は、その秀家様の軍師を務める屍鬼神(しきがみ)“烏天狗”だ!

 

「「―――ッ!!?」」

 

少年…秀家の名とその肩書きを聞いた政宗となのはは、自分達が初見で感じた覇気の理由がよく理解できた。

 

「き、君が……豊臣五刑衆…?」

 

「宇喜多……秀家…だと!?」

 

政宗は秀家自身の顔を見るのは初めてだったがその評判は風の噂で耳にしていた。

 

豊臣軍全盛期、『豊臣三武神』と呼ばれる特に武力に秀でた猛将の一人に数えられていた西国の梟雄 “宇喜多直家”を父に持ち、自身も若干、16歳で豊臣軍重臣 宇喜多家の当主となり、豊臣軍与力として恐るべき戦果を上げているという。

さらに、彼の行く先にはこの世のものとは思えぬ悪鬼魍魎達が蔓延り、見た者達を瞬く間に血祭りに上げる事から『夜行遣い』『魔界童子』の二つ名で畏れられる等、西軍の中でも要注意人物の一人とされていた。

 

「Ha! コイツはSurpriseなGuestだぜ…! まさかこんな場所で、3人目の五刑衆に蜂合うとはな…!」

 

政宗は不敵な口調で話しながらも、その手は何時でも刀を振りかぶりながら、飛びかかれる様に身構えている。

そして、その隣に立ったなのはも、レイジングハートの穂先を秀家に向けて構えながら、厳しい口調で尋ねる。

 

「この隊舎を襲ったのも…あの怪物を生み出したのも……すべて、貴方達の仕業なの…?」

 

なのはは鋭い視線を投げかけながら、秀家と烏天狗双方に目的を問う。

秀家はやはり口を開こうとしなかった。

 

「答えなさい! 一体何が目的なの!!?」

 

なのはが、毅然と声を荒げて秀家に迫る。

しかし、その内心この少年から発せられるどす黒い殺気と覇気に圧倒されそうになるのを必死に耐え忍んでいた。

 

否…厳密にはこの少年からではない。

この少年に纏わりつくように渦巻いた何十、何百もの有象無象の人ならざるなにか……

それらが放つ、欲望、殺気、憎悪がこの少年の身体を介して、自分達に向かってその底知れない負の感情を放ってきているのを感じた。

 

緊張で汗が流れる。自然とデバイスを握る手に力が入る。

そして、それは隣で刀を構える政宗も同じの様だった。

窓から吹き入る熱い夜風が、三人の頬を撫でた。

 

どうしたよ独眼竜? そこの魔導師の姉ちゃんも…さっきからボーッと突っ立ってるだけかぁ?

 

秀家の前に浮かぶ屍鬼神…烏天狗の鋭い目が、二人を射抜くように見つめた。

 

せっかく、こうして相対したんだから、2人共…

 

刹那、烏天狗の声質がそれまでの軽薄なものから、その異形の姿に相応しいドスの効いた声に切り替わる。

 

 

 

「……我が(あるじ)様の西軍本隊への手土産とする首級(みしるし)を差し出せや! 今だ(あるじ)様!

 

 

 

烏天狗がそう叫びパッと煙のように姿をくらますと同時に、秀家は持っていた長笛を吹き矢の様にして構え、筒先の照準を政宗に向けて構える。

 

「………“死笙針(ししょうじん)”」

 

微かに溢れるように唱えた技名と共に、秀家が軽く息を吹き込むと、長笛の筒先から弾丸の如き速さで一発の小さな矢が射出された。

 

「Shit!!」

 

政宗は一刀で宙を薙ぐようにして、飛来してきた矢を弾き飛ばした。軌道を逸らされた矢は大広間の壁に命中すると、特殊な分厚い壁を粉微塵に粉砕し、小さな穴を開けてしまった。

その威力に圧倒されながら、政宗はある事に気がついた。

 

「I got it! さっきなのはが助けようとした生き残りを仕留めたSniperもテメェだな! だったら尚の事、手加減する必要はねぇみたいだ! Don’t away!!」

 

政宗は叫び声と共に地面を蹴り、秀家に飛びかかると、真正面から刀を振り下ろした。

まだ六爪は引き抜いていないが、それでも直撃すれば間違いなく頭に太刀が深く喰い込み、絶命する程の勢いである。

 

だが、秀家は表情を変える事なく、軽々とその攻撃を長笛で受け止めて見せた。

その小柄且つ運動慣れしていなさそうな風貌に反し、攻撃を受け止めたその身体はミシリと、床に罅を走らせながら、その場所から微動だにもせずに余裕で踏みとどまって見せた。

 

「華奢な見た目のわりには力あるじゃねぇか。 これくらいのPlay ballは微温かったか?」

 

「……興味ないね…」

 

秀家はそう言うと、長笛を棍棒の様に回し、構え直した。

その手付きは非常に鮮やかなものであり、決して素人ではない腕前である事がよくわかった。

 

「Hu~…Fluteが得物とは、随分独特なBattle styleじゃねぇか。この竜の太刀筋相手にそんな個性的な得物でどこまで食らいついて来られるか見ものだな!!」

 

政宗は叫びながら、もう一度秀家と距離を詰め、今度はその眉間を狙って、刺突を放って見せた。

 

ガキイィィィィン!!

 

だが、秀家は長笛を中断に構え、突き出されてきた刀の切っ先をその指止めの穴に通す事で、刀を受け止めてみせた。

 

「むっ!?」

 

政宗は力づくで刀を長笛の穴から抜いて戻すが、構え直す前にその隙をついて秀家が動いた。

 

「“千尋神楽(せんじんかぐら)”……」

 

秀家が唱えると同時に、風を切る音と共に政宗めがけて、目にも留まらぬ速さで長笛による刺突の乱撃を返してきた。

その予想以上の素早さに、政宗は思わず舌を巻いた。

切っ先の動きが目で追いきれない。刺突の乱撃で、政宗を持ってして完全に目に捉えきれる速さを見せるのは、好敵手の幸村ぐらいしか知らなかった。

政宗はどうにかそれを後ろに飛び退いてそれを避ける。

 

「DEATH FANG!」

 

政宗は体勢を直しながら、そのまま刀を上に打ち払い電撃を放つが、秀家は身体を回転させながら長笛を薙ぎ払い、電撃を弾く。

 

明らかに長笛としては異常な程の頑丈さに目を丸くしながらも、政宗はそれを表に出す事なく、駈け出して再三秀家との距離を縮めると、秀家は次々に振り下ろされてくる政宗の刀を長笛で華麗に受け止め、弾いていった。

 

「チィッ!」

 

政宗は秀家の首や急所に向けて刀を薙ぎ払おうとするが、秀家は鮮やかな手つきでそれを防ぎ、凌ぐのだった。

やがて、そのやりとりを数十回繰り返した後、秀家は軽く飛び上がり、手に持った長笛をそのまま目にも留まらぬ速さで回転させ始めた。

 

「… “輪廻囃子(りんねばやし)”」

 

秀家は回していた長笛を政宗目掛けて投げ飛ばしてくる。

長笛は回転したまま、政宗に目掛けてブーメランの様に飛来してくる。

 

「ッ!? Jet X!!」

 

政宗もすかさず迎撃しようと、刀を振り下ろして、刃先から電撃を撃ち飛ばした。

電撃と長笛がぶつかり合って、互いに相殺され、長笛が宙に大きく舞い上がった。

その隙を見逃さず、政宗は走りだす。

 

「MAGNUM STEP!!」

 

蒼い電流が走る刀を突き出して、政宗が秀家に向けて突進する。

だが…

 

「………甘いよ」

 

「―――ッ!? 何!?」

 

秀家はまるで軽業師のように軽々と飛び上がる事で、政宗の突進を回避してそのまま空中で宙返りすると、長笛をキャッチして、そのまま政宗に向けて振りかざす。

 

「“翔之一舞(かけりのいちぶ)”」

 

秀家はそのまま滑る様に地を移動し、政宗の横を通り過ぎ様に長笛を政宗の腹部に向けて横に振り下ろした。

避けきれず、鋭い薙ぎ技が吸い込まれるようにして腹部へとぶち当たった。

 

「グハアァァァァッ!!?」

 

そのあまりの衝撃に、政宗は刀を取り落し、少量の胃液を吐きながら背後にあった大広間の壁に向かって勢いよく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

その衝撃はかくや、あまりの勢いで粉々に破砕され、政宗の身体は大量の瓦礫と共に廊下に叩き出されてしまった。

 

「政宗さん―――ッ!?」

 

なのはが悲痛な叫びを上げる間もなく、秀家が次の標的であるなのはへと狙いを定め、地面を蹴って迫る。

 

なのはは、即座にレイジングハートを掲げ、ピンク色の魔力弾を自分の身体の回りに囲むように8個程浮遊させる。

 

「シュート!!」

 

なのはがレイジングハートを振り下ろすのに合わせて、8個の魔力弾が秀家目掛けて発射される。

まるで弾の一つ一つに意志があるかのように、8個の弾は秀家の急所を狙って飛来していく。

 

しかし、やはり秀家はその身のこなしひとつで、軽やかに避けながら、なのはに向かって迫り、長笛を振り下ろしてくる。

 

「ッ!? レイジングハート!!」

 

《Yes sir! “Round Shield”!》

 

なのはは、咄嗟に障壁魔法“ラウンドシールド”を張って、秀家の繰り出してきた打撃を受け止めるが、軽く振り下ろしただけにも関わらずその威力は絶大で、本来敵の攻撃を跳ね返す効果のある筈のラウンドシールドでさえも秀家を押し戻す事が出来ず、逆にシールドを支えていたなのはの片手にその衝撃だけで鈍い痛みが走るくらいだった。

 

「ぐっ……うぅ……ば…“バリアバースト”…!!」

 

なのはが、ラウンドシールドに追加で魔力を送るとのピンク色の円形型の魔法陣の形をしたシールドから突然衝撃波が放たれ、真正面からそれを受けた秀家は、流石に耐えきる事が出来ず、今度は自分自身が回転しながら背後の壁に勢いよく吹き飛ぶ事になった。

粉塵を上げながら壁に叩きつけられる秀家を見たなのはは、今のうちに政宗の元へと駆け寄った。

 

「政宗さん! 政宗さん!! 大丈夫!?」

 

そうなのはが声をかけた瞬間、倒れていた政宗がゆっくりと起き上がった。

駆け寄ってきたなのはに支えられて、近くに落ちていた一刀を拾い上げながら、粉塵が立ち込める秀家の叩きつけられた大広間の反対側の方を睨みつけ、首をコキコキと鳴らす。

 

「あぁ…Sorry。少しばかし気ぃ抜きすぎたみたいだ……しかし…一体、アイツはなんなんだ…? あのガキとは思えねぇ腕っぷしといい、あの鉄骨みてぇに強ぇ笛といい…見かけは華奢でもやはり五刑衆…それも上杉景勝(の鬼姫)より格上だけあって、実力は本物…か…これはこっちも本気でかからねぇとマズいようだな」

 

政宗は舌打ちをしながら腰に下げていた残っていた五本の刀を引き抜き、ゆっくりと六爪の構えをとった。

すると、ようやく薄れてきた粉塵から、秀家がゆっくりと歩み出てきた。

今の一撃で大きなダメージを負った様子はなかった。

 

「………………」

 

やはり、特定の感情を浮かべる事なく、まるで虚空を見つめるように見据えてくる秀家に、なのはも、政宗も冷や汗を浮かべながら睨み返した。

 

(……コイツは久しぶりにDangerousなEnemyだな……)

 

それは、自分が今まで相対してきた敵とは異なる未知の存在と戦う恐怖なのか…それとも武人として強い者と戦う事への胸の昂りなのか…?

 

理由のわからない心拍数の上昇を抑えながら、政宗は六爪を構える。

なのはもそれに合わせて、レイジングハートを構えた。

 

「………そうだね……僕もそろそろ本気で行こうか……」

 

「……かかってきな……宇喜多秀家……」

 

 

“独眼竜”と“エース・オブ・エース”……対峙するは、未知の物怪“屍鬼神”を操る“夜行遣い”…果たして…三者の戦いの行く先に待つものとは…!?




遂になのは見合い篇後半戦も本格的なバトルが始まりました。

とりあえず、緒戦はなのは&政宗VS秀家、ヴィータ&成実VS牛頭&馬頭という構図で開始されましたが、これが今後どのような形に変化していくかはお楽しみに。

それにしても、秀家のキャラ変は今の所好評みたいですが、リブート版ではオリジナル版みたいにキャラ立ち出来ずに影が薄くならない様に気をつけていきたいと思います。

っというわけで次回もお楽しみに!


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第五十五章 ~血風大堅城! 屍鬼神達の進撃~

二手に分かれ、城塞に侵入したなのはと政宗、ヴィータと成実の前に、それぞれ豊臣五刑衆第四席 宇喜多秀家と、その配下である屍鬼神(しきがみ) 牛頭、馬頭が立ちはだかる。

それぞれ未知の力を駆使する輩を前に、苦戦するなのは達に果たして勝機はあるのか…!?

烏天狗「リリカルBASARA StrikerS 第五十五章…進軍するぜ!」


「Get up!! Ya――――haッ!!」

 

「……………ッ!」

 

政宗と秀家は互いに地を蹴り、相手目掛けて疾走する。

それぞれの瞬発力に後衛を担うなのはは思わず目を見張った。2人共に駆け抜ける姿は文字通りの迅雷と烈風に例えても過言でない…

瞬く間に間合いを詰め、互いに得物を交える。

 

「Ha! 得体のしれない化け物に頼っているかと思ったら…俺の六爪(りゅうのつめ)にこれだけ立ち会えるたぁ、中々見どころのあるガキじゃねぇか!!」

 

まさに天上で荒れ狂う竜が如く、振り乱される六振りの(かたな)

 

「………取らせはしないよ……ッ!」

 

それに対し、秀家の長笛はその凶爪を尽く、受け止め、弾きながらバックステップで距離をとると、落ち着いた物腰のまま反撃に移る。

 

「………“死笙針(ししょうじん)”」

 

長笛の筒先を政宗に向ける様に構えた秀家を見た政宗は片眉を顰ませながら、六爪を構える。

秀家の放つ吹き矢は、直撃すれば人体は愚か、強固に造られている筈の要塞の壁すらも軽々と粉砕する程の威力を持っている事は、政宗も既に認知済みだった。

 

《Chain Bind!》

 

しかし、広間に聞こえた電子音声と共に、長笛の筒先に息を吹き込もうとした秀家の手が止まった。

見ると秀家の足元の床にはピンク色の魔力光でできた円形の魔法陣が形成され、そこから生える様にして伸びた複数の鎖が秀家の両足と胴体、両腕を絡め取っていた。

 

「……これは…………!?」

 

これには流石の秀家も僅かながら驚いたのか、僅かばかし怪訝な表情を浮かべていたが、そこへ強い視線を感じ、その方向に目を向ける。

そこには政宗の後ろでレイジングハートをこちらに構えるなのはの姿があった。

 

「手を動かせなかったら…その笛も意味はないよね…?」

 

レイジングハートの穂先を秀家に突きつけながら、なのはは少し口角を釣り上げながら話しかける。

その様子を見た秀家は、この拘束魔法が目の前にいる白い魔導師の仕掛けた罠である事に感づいたが、それでも動揺したり、怒りを顕にする様な事もなかった。

まるで人形の様に目の前の危機的状況に際しても事務的な対応をする秀家に、なのはは不気味ささえも覚えた。

 

「Good Job! なのは! Have a Party!宇喜多秀家!」

 

なのはのアシストに感謝しつつ、政宗は片手に握りしめた三振りの刀を振り上げながら飛びかかっていく。

あとはこのまま秀家を一太刀で斬り伏せてThe end!…その筈だった。

 

「………我が身に宿れ…屍鬼神(しきがみ) “烏天狗”」

 

だが、その前に秀家は静かに詠唱すると同時に、秀家の巻きつけていた長数珠の中で、心臓の辺りの部分に翳されていた一際大きな珠が突然紫色の光を放ち、それに併せるように彼の全身が、突然、黒いオーラに包まれ、同時にその身体から強い“気”の様な衝撃波が発生して、斬りかかろうとしていた政宗の身体をその圧力で押し返すだけでなく、身体に巻き付いていた鎖型の拘束魔法を砕いてしまったのだった。

 

「What!?」

 

地に滑るように着地しながら、政宗は驚きの声を上げながら再び眉を顰めた。

隣に立つ、なのはも同様の表情を浮かべて戸惑っている。

 

一方、謎のオーラに包まれた秀家の身体には変化が起きていた。

髪の上半部を染めていた黒い部分が、下半部の白い部分にまるで墨が染まる様に侵食していき、完全な黒色へと変化していく。

その瞳も虚ろ気な薄紫色から、まるで血に飢えた獰猛な獣のような赤く光った禍々しいものへと変化していく。

 

やがて、秀家を包み込んでいたオーラは漆黒の靄の様になって秀家の身体を完全に包み隠してしまった。

やがて、それが突然煙のようにパッと消えた時……秀家の姿はまるで別人の様に変わっていた。

 

武者装束と道服のアシンメトリーだった服装は、一転して黒と薄紫を基調とした修験者の服装のような完全な道服姿となり、首には山伏がつけるような、細長いきれ地3筋を緒で結んで連ね、所々に丸型の菊綴をつけた結袈裟(ゆいけさ)と呼ばれる装飾具を掛け、その背中からは同じく漆黒の双翼を生やし、髪の色もまた、翼と同じ完全な黒一色へと変わっている。

そして、口元はカラスの嘴を思わせる、尖った黒い覆面で覆い隠されていた。

 

「………チィッ! やはり、二対一とあれば流石の(あるじ)様も“素”で戦うのはキツいみたいだな…!!」

 

「ッ!? その声は…烏天狗(crow野郎)か!?」

 

政宗が驚いて問いかけた。

覆面で隠された秀家の口から出てきたのは、先程まで彼に代わって自分達と問答していた烏型の獣人の発していた声と同じものだった。

 

「その通りだぜ独眼竜。俺は、(あるじ)様が付けている“大心珠(おおしんじゅ)”に俺様の魂の宿った珠を予め取り込ませて置いて、何時でも主様が念じるだけで、こうして“憑身(ひょうしん)”出来るように仕込んでおいたのさ! テメェらがどんな技を仕掛けてこようともすぐに応対出来るように!!」

 

手品の種を明かすような饒舌で語りかける秀家…の身体を借りた烏天狗。

その中には聞き慣れない単語がいくつか混じっていたが、政宗となのははそのうち一つ『大心珠(おおしんじゅ)』とは、今しがた秀家の豹変の際に真っ先に異変が生じていたあの長数珠の中にあった一際大きな珠の事であろうと、予想する事ができた。

 

「……つまりは…今の秀家()の身体は烏天狗(貴方)が借りているという事?」

 

「そういう事になるな。 まっ、それが俺達屍鬼神(しきがみ)を操る者の最大の強みだからな」

 

得意げに物語る秀家(烏天狗)に対し、なのはが問いかけた。

 

「ねぇ…そもそも、貴方達…“屍鬼神(しきがみ)”って……一体なんなの?」

 

秀家(烏天狗)はなのはの問い掛けに暫く黙った後、ゆっくりと語りだした。

 

「日ノ本の遥か古の時代…『平安』と呼ばれていた時代だ…当時、天下統一の野望を果たすために残虐な侵略を繰り返した末に帝の地位を確立させた『平家』の長 “平清盛(たいらのきよもり)”は、その長きに渡る覇道の中で、武芸を極めた僅かな者のみが習得できる異質な力『気』の存在を発見し、それを上手く活用すれば、日ノ本だけでなく、天上天下全ての世界を制する事が出来るのではないかという野心を懐き、そいつを利用してどんな強固な軍勢も圧倒できる『不死身の兵隊』を作るようにある高名な2人の陰陽師に依頼したのさ。その男達の名は“安倍晴明”…そして“道摩法師”……」

 

秀家(烏天狗)の口から出た人物の名前になのはも政宗もそれぞれ目を見開いて驚いた。

 

“安倍晴明”はなのはの世界においては日本を代表するSF系の創作物でよくテーマにされる程に著名な陰陽師であり、政宗達の世界の日ノ本でも同じく、歴史に触れた者であればその名を知らぬ者はいない。

 

対して、“道摩法師”はそのライバルにして、敵役だったという意見もあるなど、晴明よりはどちらかといえば悪名高い陰陽師であった。

さらに、政宗達の世界ではもう一つ、彼の名を知らしめる偉業があった。

 

大谷吉継(Mammy野郎)が使う“呪術”と呼ばれる類の礎を築き上げたのも、その“道摩法師”って野郎だって話を聞いた事があるぜ…」

 

政宗がまるで独り言のような口ぶりで、なのはに補足を入れた。

対して、秀家(烏天狗)は引き続き語り続ける。

 

「2人の陰陽師は、“気”には二種類の力…森羅万象あらゆるものから発せられる「外気功(がいきこう)」と、鍛錬の末に悟りの境地に達する事の出来た選ばれし人間が、『チャクラ』と呼ばれる人外の力が封じられているとされる人体の極秘部位を開く事で放たれる「内気功(ないきこう)」との二種類に分けられる事を突き止め、晴明は内気功を駆使して人間そのものの可能性を広めようとしたが、それに対して、道摩法師は外気功を利用して、人ならざる物の怪…“妖魔”を作り出そうと考えたのさ。

そして、人間の放つ悪意、欲念、邪心、絶望などの心の“闇”と外気功を呪法で練り合わせる事で、最終的に九十九(くじゅうく)もの妖魔を生み出した……」

 

「それが… “屍鬼神(あなたたち)なの?」

 

なのはが尋ねた。

秀家(烏天狗)は頷き、まるでそれが誇りであるかのように、仰々しく、声高らかに宣言してみせた。

 

「そうだ! 人間の業から生まれ、人間の陰我を糧に力を得る俺様達は、お前達人間の事は全て知りつくしている! その愚かしさ! 醜さ!というものを!!」

 

秀家(烏天狗)は突然、糾弾するかのような口ぶりで、政宗となのは達に向かって言い放ってきた。

 

「人間は弱い! 富、名声、力…あらゆる俗の物を前に、それを持たぬ者は見苦しくそれを追い求め、実際にそれを手にした者は驕り、決して満たされる事のない欲に振り回され、溺れてゆきながら、100年と満たない儚い人生を過ごす! …この城塞にいた“えりーと”だのと豪語していた魔導師共が良い例だ!!」

 

秀家(烏天狗)の言葉は明らかに嘲りの色が濃くなってきた。

 

「同じ有象無象とはいえども、この“ミッドチルダ”とかいう世界の人間の質は日ノ本(俺達が住んでいた世界)よりも大分低いって事がよくわかった! 日ノ本(あっち)は成り上がる為の欲に飢えた弱者が多かったが、こっちの人間は“魔法”なんて力があるばかりに、驕り昂ぶった弱者が多いみたいだな! 同じ“弱者”でもまだ欲に飢えた連中の方が獲物としては手応えがあると思うぜ?!」

 

秀家(烏天狗)の指摘に、なのはは返す言葉がなかった。

この城塞の主 『星杖十字団』R7支部隊の人間は彼の言う通り、自分達の特権に胡座をかき、魔法の力を過信し、魔法を持たぬ者を偏見だけで蔑視する程の慢心に溺れており、その結果、政宗ら伊達軍のみならず、秀家が操る屍鬼神達に成すすべもなく、壊滅の顛末を迎える事となった。

そんな格好の実例を前に、投げかけられた嘲りに、反論する言葉がなのはは思いつかなかった。

 

「Ha! そういうテメェも随分、偏見が過ぎるんじゃねぇか? カラス野郎!」

 

だが、政宗はそんな秀家(烏天狗)の嘲りに対しても少しも臆する事なく、堂々と啖呵を切って返した。

 

「確かに“魔導師”って連中は、謙虚な奴らだけとは限らねぇ…R7支部隊(ここの連中)セブン・コアタイル(その飼い主)のように欲に飢えた腐りきった特権階級もいる…しかし、それが何だってんだ? それを言えば、日ノ本(俺達の世界)にだって力や欲に溺れた連中は大勢いる! 現にこうして“天下”を狙うこの俺をはじめとする群雄割拠の武士共…勿論、テメェのMasterの豊臣(Boss)だって、テメェに言わせたら愚かしく、醜いってもんだろうよ! だが…そんな醜くとも、そいつなりに真っ直ぐ生きようって奴はいるもんだ!」

 

話しながら、政宗は真剣な眼差しを秀家(烏天狗)に向けた。

 

「それにテメェの言い分じゃ、まるで魔導師である事そのものが、この世界の連中を弱くしているみたいに評してるみたいだがな…力そのものに良し悪しなんて存在しねぇ!」

 

「「…………ッ!?」」

 

今度は政宗が糾弾するような口ぶりで反論し始めた事に、秀家(烏天狗)だけでなく、話を聞いていたなのはも驚く。

 

「少なくとも、ここにいる“高町なのは”のような、バカ正直な程に真っ直ぐに自分の信じる道を進もうとする、純粋さ、直向きさを持った骨のある魔導師だって沢山いる。そんな人間の強さの可能性も触れてもいないくせに、そんな得意満面に人間を語るなど、片腹痛いってもんだぜ!」

 

(ば、バカ正直ッ!?)

 

政宗の啖呵を聞いて、なのはは自分達魔導師を擁護してくる事を嬉しく思った反面、使われた言葉のセンスにややショックを受けたのか、思わず白目を浮かべる程、愕然としていた。

 

対して、秀家(烏天狗)は政宗の糾弾に多少驚かされながらも、すぐに不敵に笑って返してた。

 

「ほぉ、かの“独眼竜”が、この世界の紛い物な戦士(もののふ)共に肩入れとは滑稽だな」

 

秀家(烏天狗)はそう言いながら、その両手に白と黒の羽扇を出現させて、手にとった。

 

 

「それじゃあ、見せてもらうじゃないか…アンタのいう、この世界の魔導師共の“強さの可能性”というものをなぁ!!」

 

 

秀家(烏天狗)が二色の羽扇を勢いよく振り下ろすと、強烈な旋風がその場に巻き起こり、既に半壊状態に近かった大広間の床に転がっていた瓦礫やガラス片を巻き上げながら、2人に向かって迫っていく。

 

《Ovall Protection!》

 

レイジングハートから技名が鳴ると同時になのはは地面に手を当て、政宗と自分を包み込むようにしてピンク色の球体型の障壁魔法(シールド)“オーバルプロテクション”を張って、突風から身を守った。

だが、それを想定していたのか、最初からそうなるのが狙いだったのか、この隙に秀家は二色の羽扇からそれぞれ4本ずつ両刃で出来た骨を生え伸ばすと、地面を蹴って2人に向かって突進していく。

政宗もまた、六爪を構えると同じく地面を蹴り、両者は真正面からそれぞれ得物を振り落として激突した。

 

六本の刀と2つの羽扇が衝突する度に火花が飛び散り、周りの熱を加速させる。

凡人には目で追うのがやっとなぐらいに目まぐるしい剣戟を数十回交わした後、両者は互いに大きく後退した。

 

「やはり…独眼竜相手にまともに剣戟で挑むのは骨が折れるな…ならば…!」

 

秀家(烏天狗)は目標をなのはに切り替え、彼女目掛けて突進しながら、羽扇の片割れの黒い方を横に薙ぐ事で、その首を一太刀で刎ねようとした。

 

《Flash Move!》

 

「ッ!?」

 

しかし、その前になのはが、同じく地面を蹴ると自分に向かって突進をかけてきたのを見て、思わず驚愕の表情を浮かべてしまった。

その隙になのはは秀家(烏天狗)との間合いを詰めながらレイジングハートを振り上げる。

 

「フラッシュインパクト!」

 

なのはが技名を叫びながら、レイジングハートの穂先を秀家(烏天狗)に目掛けて振り下ろす。

その動きの鋭さなどは政宗の剣技には遠く及ばないが一応形にはなっていた。

その薙ぎ払いを秀家(烏天狗)はあっさりと羽扇の片割れでいなしつつ、もう片方の羽扇で改めてなのはの喉を切り裂こうと薙いでくる。

 

ピカッ!!

 

「!? ぐあっ! な、なんだこの光は!?」

 

秀家(烏天狗)の羽扇とレイジングハートの穂先がぶつかりあった途端、突然炸裂音と同時に強い閃光を放ち、それをまともに受けた秀家(烏天狗)は思わず顔を庇いながら後ろに飛び退いてしまう。

なのはの数少ない近接戦闘用魔法“フラッシュインパクト”は圧縮魔法を施したレイジングハートによって近接攻撃打撃を加える格闘魔法である。

圧縮した魔力は、命中時に閃光を伴って炸裂することで、一時的に相手の視界を奪う効果があった。

 

「ショートバスター!!」

 

思わぬ一手に面食らった秀家(烏天狗)へ追い打ちをかけるように、なのははカートリッジを1発リロードさせながら、レイジングハートの穂先を秀家(烏天狗)に向け構えると、ピンク色の魔力光によるパイプ管程の太さの魔力レーザーを放つ。

全力は…流石に屋内である為、危険と判断したなのはによって、ある程度加減調節されたレーザーが大広間の床を裂くように焼き切っていき、後退していた秀家(烏天狗)を追い詰めるように迫っていった。

 

「小癪な! 風よ守れ!!」

 

秀家(烏天狗)が忌々しげに叫びながら、羽扇を持った両手を胸の前で交差させるように構え、振り払うような動作で広げると、彼の身体を包むように風の障壁が球形に形成された。

 

すると、秀家(烏天狗)を壁際に追い込み、そのまま直撃する筈だった“ショートバスター”は風の障壁に弾かれ、防がれてしまった。

 

「ふっ……どうやら、“牛頭(ごず)”、“馬頭(めず)”の憑代にしてやったここの長とその片棒の魔導師共よりは腕は立つみてぇだな…しかし、所詮は術式ありきのトーシローだな。 素振りの力はまるでなってねぇな」

 

秀家(烏天狗)がなのはの実力をそう評す中、それを聞いたなのはと政宗は彼の言い放った言葉の前半部に含んだ意図を察し、眉を顰める。

 

「ここの長と片棒の魔導師って…!? まさか…リマック三佐とフェートン二尉の事じゃ…!?」

 

「アンタ…アイツらに一体何しやがった…?」

 

「リマック? フェートン? あぁ…あのマヌケ共はそんな名前だったのか?フッ…何をしたかだと?」

 

秀家(烏天狗)は嘲るように鼻を鳴らすと、それに応えるかの様に突然、城塞の外の方から獣の様な咆哮と、複数の建造物が砕かれる様な轟音を伴った喧騒が聞こえてきた。

 

「この叫びを聞けば判るだろう?…2人共、我が同胞の屍鬼神の良き憑代にして糧となってもらったのさ。どうせ、欲を貪るだけの無用の命だ。奪ったところで問題ないだろう? …にしても、この様子だと、お前らと一緒にいたチビ助2人も今頃奴らにたっぷりと可愛がられているのだろうよ?」

 

「なんですって!!?」

 

目を見開きながら叫ぶなのは。

改めて、目の前の少年…というよりは、その少年が操る異形の怪物『屍鬼神(しきがみ)』の情け容赦無さに戦慄するのだった。

 

「……それじゃあ貴方は…リマック三佐とフェートン二尉を屍鬼神(しきがみ)の生贄にしたって事なの!? なんて酷い事を…!」

 

なのはの非難を受け、秀家(烏天狗)は皮肉るように目を細めながら再び鼻を鳴らした。

 

「おいおい! あんな欲に溺れたクズ共なんかを憐れむなんて、アンタもどんだけお人好しなんだぁ!? おい、独眼竜よぉ! これがアンタの言う、そこの“高町なのは”とかいう女の“強さの可能性”って奴かぁ?!」

 

「Shut up! Crow野郎!!」

 

秀家(烏天狗)の嘲笑を聞いた政宗がその怒りで力を解放した途端、周りの闘気がさらに高まり、身体と六爪に蒼い電撃がほとばしる。

 

「その優しさこそがテメェの知らねぇ人間の良さのひとつだ! コイツは俺が出会って来た人間の中で、誰よりもその“優しさ”ってものに溢れていやがる! それを侮辱する事は…この独眼竜が許さねぇぞ!!」

 

「政宗さん……!?」

 

なのはが思わず唖然となって政宗の方を見据えていると、政宗はなのはの方を向き、軽く微笑みかけた。

その隻眼の目線には、なのはへの信頼と敬意の念の込められているように見えた。

なのははその視線に戸惑いながらも、やがて小さく微笑みながら頷き返した。

 

「やれやれ…どうやら“奥州の独眼竜”っては、噂よりも、とんだ腑抜けだったみてぇだな!」

 

そう秀家(烏天狗)は不愉快げにフンと鼻を鳴らしながら、侮蔑する。

 

「それとも…? この微温湯の様な世界に居着いている間にそこの女のくだらねぇ“情”に絆されちまいやがったってかぁ!?」

 

「Whatever!あまり俺達を舐めていると火傷じゃすまねぇぜ? Show time!!」

 

「ほざけぇっ!!」

 

政宗と秀家(烏天狗)は叫び合いながら、それぞれの刀と羽扇を手に、地面を蹴った…

 

 

 

爆発と共に巻き起こる爆風と黒煙、それに乗って吹き飛んだ城塞の壁の残骸に紛れながら、ヴィータは転がる様に城塞から飛び出すと、そのまま気流に乗る様に飛び立ち、地表すれすれの高度で、レシオ山の森の木々の間を掻い潜って移動していた。

 

待て! 逃がすものか!!

 

グァッハッハッハッハッ!! こうしてネズミ共を追い立てていると、関ヶ原での蹂躙を思い出すわ!!

 

二人の後方から馬頭(めず)が羽型の魔力弾を手裏剣の様に投擲し、牛頭(ごず)が手にした石柱と、その巨体の双方を駆使して、木々をなぎ倒しながら追い立ててくるのを僅かに振り返りながら確認したヴィータは、「チッ」と舌打ちをする。

 

「コイツら…頭は足りねぇが、身体はかなり頑丈みたいだな」

 

「急げ姉御! このままじゃ追いつかれちまうって!!」

 

そう成実は、飛行するヴィータの背中に乗りながら、けしかけるように叫んだ。

 

「………って重ぇぇよ!! 何当たり前みてぇに人の背中に乗ってんだテメェ!!」

 

当然、ブチ切れたヴィータにそのまま遠くまでぶん投げられてしまうのは…当たり前だよねw

 

「ぶいよん!!」という謎の悲鳴と共に深々と木々が群生した場所に放り込まれた成実に続いて、ヴィータもその後を追うように飛び込んで、身を隠した。

2人を見失った2体の巨大な屍鬼神は、慌てて疾走していた足を止めり。

 

「ブルルッ」とまるで本当の馬の様に荒く息を吐きながら、馬頭は辺りの森を伺った。

 

…普通には逃げ切れぬと踏んで、身を隠したか……

 

ヌッハッハッハッハッ! 今度は“かくれんぼ”か! よい! ならば森の木々ごと薙ぎ払って見つけ出してくれるわ!!

 

牛頭はそういうなり、手にした石柱を力任せに振り回し、近くにあった木を次々にへし折り始めた。

 

待て! そんな手当たり次第な探し方では見つかるものも見つからないぞ!?

 

そう言って窘める馬頭に対し、牛頭はフンと一際強い鼻息をついた。

 

ハッ! どうせこの辺りの森は全て潰すのだ! だったら、今吹き飛ばしてしまうのも同じ事だろうに!

 

そういう問題ではない! 無尽蔵に動けば、相手に不意打ちを入れる隙を与える事に――――

 

聞き分けのない悪ガキを諌めるように馬頭が荒々しい口調で諭していると、突然、森の木々の隙間から一陣の風が吹き付けてきた。

その直後―――

 

 

「おおおおおりゃあああああ!!」

 

怒気篭もった掛け声と共に、ギガントフォルムに変形させたグラーフアイゼンを振りかぶりながら、ヴィータが木の上から滑空して迫ってきた。

対する牛頭は攻撃を受ける寸前、上手く石柱で受け流す。

 

不意打ちがなんだって? どうせ当たらなければ、恐れるに足らぬ事!!

 

そう叫びながら、牛頭は力強く、一太刀で巨大な大木をまるで木の枝のように軽々とへし折ってしまう程の凶悪な威力の打撃をヴィータに向かって容赦なく振う。

それに対し、ヴィータは複雑に伸びる大木の枝を伝うなどしながら、牛頭の回りを俊敏に飛び回る事で攻撃を避けていく。

 

「あんまり私を舐めんじゃねぇぇぇぇ!」

 

ヴィータが牛頭への敵意をむき出しに叫びながら、牛頭へと飛びかかりながら、等身以上の巨大な鎚の形態になったグラーフアイゼンを、容赦なくの頭部に向けて振り下ろす。

だが、牛頭は石柱をふりかざして、ギガントフォルムさえも先程と同じ様に受け止めてしまう。

しかし、今度はより重量ある形態だった為か、先程よりはややヴィータに優勢に競り合う事が出来ていた。

 

愚かな! 我が憑代より手に入れた術を受けよ! 霞の刃(ヴェロス・カラザ)!!」

 

馬頭がそういって牛頭と力比べで競り合うヴィータ目掛けて人差し指を突き出すと、その指先に先程撃ってきていた羽の形をした魔力弾が形成される。

 

「………ッ!? その技名って…!? まさか…!?」

 

競り合っていたヴィータが馬頭の言葉を聞いて、目を見開いて驚く。

そして、白い魔力弾がヴィータを狙い放たれようとしたその直前…

 

「ぜぇいやああああああああああああああああああ!!」

 

馬頭の足元の地面を突き破って飛び出してきた人物…それは成実であった。

成実は砂塵と小石を撒き散らしながら、ロケット弾のような勢いで地面から飛び上がりながら無柄刀を片足の指で掴んだ右足を蹴り上げる。

無防備な人間が食らったら、確実に一刀両断にされるばかりの鋭い斬撃が馬頭の胴体を左脇腹から右胸にかけて、傾斜に走る。

思わぬ不意打ちを受けた馬頭の指先から魔力弾が消滅した。

しかし、一撃自体は、馬頭の鋼の様な肉体にとっては浅い傷しか刻む事が出来なかった。

 

「ぐぅっ…!? ほ、ホントなんだよコイツら!? クソ固ぇ!!」

 

然様な脆刃! 我らには通じん!!

 

馬頭は叫びながら、両手の爪を鉤爪のように鋭く延ばしながら、宙にいる成実目掛けて、それを振り払ってくる。

 

成実は華麗な宙返りを決めながらすぐ後ろにあった大木の枝に飛び乗ると、そのまま、隣の木の枝に向かって身を躍らせ、飛び移ってみせた。

それと同時に、成実が最初に乗った枝のあった大木は馬頭の振り下ろした鉤爪によって、一太刀でバラバラにされる。文字通りの“粉砕”であった。

 

痛っ!?

 

その一部…バラバラになった枝の一本が馬頭の頭を通り過ぎて、背後で競り合っていた牛頭の頭に直撃する。

勿論、牛頭にしてみれば小石がぶつかった程度のダメージにしかならないだろうが、それでもグラーフアイゼンと石柱による競り合いの最中であったヴィータにとっては、一気に押し切る為の格好のチャンスだった。

 

「吹っ飛べえええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」

 

ヴィータの気合の掛け声と共にカートリッジがリロードされ、魔法の力を受けたグラーフアイゼンが猛烈なパワーを発揮し、振動する。

そして、一気に牛頭の巨体を石柱ごと吹き飛ばしてみせた。

 

ぐおっ!?

 

ぐはっ!?

 

弾かれた牛頭の巨体が後ろにいた馬頭、そして、今しがた馬頭が吹き飛ばした大木の後ろに生えていた数十本の木を巻き込みながら地面の上を滑り、やがて粉塵を上げながら轟音と共に止まる。

 

その隙に成実が木の枝を伝って、地面に着地したヴィータの元に戻ってくる。

 

「やっりぃ! やるじゃん姉御!」

 

「バカ。油断は禁物だ。ギガントフォルムでさえも砕けねぇ身体してんだ。今の一撃も対したダメージにはなってねぇ」

 

ヴィータの懸念は、すぐにそのまんまであった事が証明された。

薄れる砂塵からは大した怪我を負った様子の見えない牛頭と、馬頭が地面を大きく揺らしながらゆっくりと歩み出てきた。

 

あててて…おい、馬頭! 何やってんだよ!? お前がヘマこくから、我までもあのチビに一矢報いられちまったじゃねーか!!

 

……大して痛くもないのだから、別に構わないだろ?

 

ゴキゴキと音を立てながら首を整えつつ文句を述べる牛頭と、それに対して冷ややかに答える馬頭の姿を見据えて、ヴィータは重々しい溜息を漏らした。

 

「…案の定、ピンピンしてやがる…どんだけ頑丈な身体してるんだ?」

 

「どうするよ? もっかい逃げる?」

 

成実が尋ねると、ヴィータは啖呵を切る様な口ぶりで返した。

 

「何の為にコイツらをここまでおびき寄せたと思ってんだよ? ここなら、こっちも全力全開で打って出られるってもんだ! ついてこい! 成実!」

 

ヴィータはそう叫びながら再度、グラーフアイゼンを振りかぶりながら、滑空して突撃する。

そんなヴィータに続くように成実も無柄刀を口に咥え、両手に直刀と木刀を構えながら全力で疾走して後を追う。

 

小癪な!! 場所を変えても同じ事だ!!

 

馬頭が嘲るように叫びながら、突き出した左手の指先から再三羽型の大型の魔力弾を乱射する。

 

しかし、ヴィータは得意のアクロバット飛行で、成実は軽業やパルクールのようなバク転や側転でそれを巧みに避けつつ、2体の怪物との距離を詰めていく。

緒戦では全く未知な能力に翻弄される事となったが、しばらく後退しつつ、ある程度その能力の全容を、ヴィータは数百年分の守護騎士としての勘、成実は奥州の野山の中で培った野生の勘によって、それぞれある程度技を見切れるまでになっていた。

 

「ギガント…ハンマァァァァーーーー!!!」

 

ぐおおおおおおおおおぉっ!!!

 

三牙月流(みかづきりゅう)奥義…“まぐなむすとらいく”!!」

 

貴様の脆刃は我が身体には通じないと言っただろうに!!

 

ヴィータと牛頭、成実と馬頭がそれぞれ激突した。

 

 

ガキィィィィンッ!!!

 

 

とりわけヴィータの打撃魔法『ギガントハンマー』は、全力で打ち込めば要塞の壁さえも打ち砕くだけの威力がある。

しかも、相手が明らかに人間ではないとわかっている以上、手加減する余地もない。

初めから全力全身で振りかざして放った正真正銘の全力全開だった。

 

しかし、その一撃は牛頭の持っていたあの手にしていた当人同様に異常に強固な石柱を粉々に粉砕しただけで、牛頭自身はそれを耐えきってみせた。

 

……ほぅ。我が手にしたものはどんなものでも我の皮膚と同じ物質に変換されるというのに…そいつを打ち砕くとは、貴様…チビにしては中々力があるみたいだな

 

「あんまり、“チビ”、“チビ”って言うんじゃねぇーぞぉぉ!!!」

 

いちいち自分の癇に障ってくる事を容赦なく突いてくる牛頭の不遜な態度に、ヴィータは憤懣を顕に叫んだ。

 

 

その隣では、鉤爪を振り立てた馬頭が、変則三刀(?)を構えて向かってくる成実の一撃を真正面から受け止めた。

 

成実の変則三刀(?)と馬頭の鉤爪が激突して、火花が散る。

しかし、牛頭と馬頭(彼ら)の耐久力が一国の城塞以上のものである事は、流石の成実だって、十二分に理解しているし、ましてやヴィータ程のパワーもない自分が同じ様に力比べに挑むような愚行はしなかった。

成実はすぐに武器を戻して、後ろに飛び退いた。

 

……野猿にしては少しは知恵も働くみたいだな。ならばこれでどうだ!?

 

馬頭はそう言って両手を素早く振りかざすと、成実の直ぐ側にあった大木の群れに向かって白色の魔力刃を斬撃に乗せて飛ばした。

 

「ぅおっとッ!!?」

 

成実の真上から魔力刃に斬られた大木の大きな枝が落石のように次々と降り掛かってくる。

まともに食らえば、軽症では済まないだろう。

 

「そうはホタルイカのぬた和え!! 夜間の森における戦闘に限っては小十郎の兄貴以上と目される俺を舐めんじゃねぇーぞ!!」

 

成実はそう言うと、落ちてくる大木の破片に向かってジャンプしてみせると、それを足場代わりにして巧みに宙に向かって登って行ってみせた。

 

なんだと!? アイツ…本当に猿じゃないのか!

 

成実の予想外な動きに、馬頭は驚きと呆れの感情を兼ね揃えた声を上げる。

その間に、成実は一番高い場所を飛ばされていた枝の破片に飛び乗ると、天上に浮かぶ双月をバックに、地上にいる馬頭に向かって得意満面に叫んでみせた。

 

「へっへ~ん!! 見たか、この馬野郎!! この伊達軍一番槍 成実にかかりゃ、例え火の中、草の中、森の中! …あっ、でもやっぱ火の中はちょっと無理か…とにかく森での戦闘は俺にとって得意中の得意なんだ!! ここじゃどんな小細工仕込んだところで―――」

 

残念ながら、成実の勝ち誇った啖呵を最後まで言い切る暇は与えられなかった。

成実の話を途中まで聞いた馬頭が、途端に近くにあった大木を手でへし折り、そのまま自分に向かって投げつけてきたのである。

 

「ふぇっ!?」

 

ミサイルもかくやのような速度で飛来してくるそれを避ける余地は成実になかった。

 

「ゲゲッ!? 嘘で―――ぶいよんッ!!?

 

呆気なく、大木が直撃した成実はそのまま大木諸共、近くの森へと墜落したのだった。

その様子は、地上で牛頭と交戦中だったヴィータの目にもはっきり捉えられていた。

 

「成実ええええぇぇぇぇぇぇッ!!? ったくだから油断すんなって言ったのに、あの大バカーーーッ!!!」

 

直前に自身が忠告した傍から、あまりにマヌケなミスをしでかした成実に怒り心頭に叫びながら、ヴィータは牛頭の拳を避けると、急いで成実の後を追って、また森の中を低空飛行で逃げる羽目になった。

 

……どうやら、知性も猿同然みたいだな……

 

…ったく、ちょこざいなチビ共だな!!

 

良くも悪くもアホ丸出しな成実に呆れる馬頭に対し、牛頭は文字通りの『二度手間』な戦闘にまどろっこしさを感じたのか憤然とした様子で、再び、森を舞台にした“鬼ごっこ”に興じるのだった……

 

 

 

 

「行くぜ!」

 

「「っ!?」」

 

烏天狗を“憑身(ひょうしん)”させた秀家は、憑身させる前とは比べ物にならない速度で突進しながら、羽扇を振りかざしてきた。

それは読んで字の如く、天狗の様な素早さだった。

 

髑髏渦(どくろうず)!!」

 

「くっ」

 

秀家(烏天狗)が両手を交差させるように振ると、2つの羽扇から人間の頭蓋骨が浮かんだ小さな竜巻が2発放たれた。

 

一発は政宗が六爪で弾きながら回避。

 

もう一発は背後にいたなのはに向かって飛来し、なのははそれを手先に浮かべた障壁魔法(ラウンドシールド)を盾にガードした。

その間に秀家(烏天狗)は羽扇を素早く政宗の首目掛けて、斬り結んでくる。

 

「Be slow!!」

 

「ッ!?」

 

……しかし、政宗も黙ってそれを受けるわけがない。

六爪を構えてから、秀家に対抗して、踏み込んでくる速度は一刀時の比ではない。

秀家(烏天狗)は咄嗟に防御の姿勢をとった。

政宗はそれを見越した上で、右手に持つ三爪を渦を巻くように回転させ――

 

「MAGNUM!!」

 

その勢いのまま、秀家(烏天狗)の心臓目掛けて突き出した。

 

扇風陣(せんぷうじん)!」

 

「ぐぅ…ッ!?」

 

しかし、秀家(烏天狗)は咄嗟に羽扇を振るい、突風を起して政宗を無理矢理に押し戻した。

思わぬ反撃に政宗は思わず、吹き付ける猛風に圧されそうになるも、どうにか足に力を込めてその場に踏みとどまり、六爪をもう一度秀家(烏天狗)に向かって振り下ろした。

秀家も刃を露出させた羽扇を振り、両者は剣戟を交わす。

金属音と共に火花が薄暗い大広間を一瞬だけ明るく照らした。

お互いに、一撃一撃が速く、重い。

 

「そろそろだな…Charge!」

 

「なにっ…ぐあっ!?」

 

突然、頃合いを見切っていたかのように意味深な一言を呟いた政宗に、秀家(烏天狗)が怪訝な顔を浮かべるが、その直後、六爪の斬撃を弾いた羽扇を握る手に太い針を刺されたかのような刺激が走った。

 

「…ちぃぃっ…電撃か!?」

 

よく見ると、政宗の持つ六爪に青白い光が宿り、時折ビリビリと小さな稲妻が走っている事に気づいた秀家(烏天狗)はそれが、政宗が気で生じさせた電気である事に気づき、舌打ちをした。

 

危うく得物を落としそうになるも必死に堪え、その痺れを振りきるかのように羽扇を横薙ぎに払う。

その一撃を後ろに跳んで回避し、余裕とばかりに笑う政宗。

 

「Ya! 眠気覚ましには丁度良かっただろ?」

 

「……チィッ…やはり俺だと白兵戦は不利か……」

 

秀家(烏天狗)は電撃で痺れた手を庇いながら、悔しそうに呟いた。

どうやら、屍鬼神も、人間同様に得意、不得意が存在する様で、今秀家の身体に取り憑いている烏天狗も、移動速度や風を操る術が使える反面、真正面から剣戟を交わす事は苦手であるようで、一見政宗と渡り合っている様に見えて、その実、練達者であれば見過ごす事のない隙を作りやすい様子だった。

 

(なのは! 俺が合図したら、奴に魔法を撃ち込め!)

 

政宗はバックに着くなのはに念話越しにそう指示を出した。

 

(どうするの?)

 

(Crow野郎の動きは掴んだ! 俺に考えがある!)

 

なのはに問いかけに政宗はそれだけを応えると、再び秀家(烏天狗)に向かって斬り込んでいく。

再び、剣戟を仕掛けようとする政宗に対して、秀家(烏天狗)は同じ轍は踏まないと言わんばかりに、再度羽扇を振って、風を操り、それを刃代わりにして政宗と切り結ぼうとした。

しかし、それを見た政宗は思い通りの行動に出てくれたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべた。

 

(今だ!なのは!奴の背後の壁を撃て!)

 

政宗が念話で指示を出すと、なのはは言われるがまま、レイジングハートの穂先を秀家(烏天狗)ではなく、その後ろにあった壁に狙いを定め、その周辺に5つの魔力弾を投影した。

 

「アクセルシューター! シュート!」

 

先程のショートバスター同様に半分くらいの威力に調節した魔力弾を発射する。

それに気づいた秀家(烏天狗)は一瞬、羽扇を振り払って、もう一度風で避けようかとも考えたが、その間にも容赦なく迫ってくる政宗の斬撃のラッシュの存在に気づき、やむなく横に跳んで避けた。

直後、魔力弾が壁にぶつかって炸裂し、巻き起こった爆風が秀家(烏天狗)を吹き飛ばす。

 

「隙を見せたな! PHANTOM…」

 

そこへ政宗は、容赦なく電撃をチャージした六爪を振りかぶりながら、飛びかかる。

狙いは勿論、一刀両断。

 

「ぐぅ…!?」

 

しかし、秀家(烏天狗)もまたそれに気づくと即座に身を躍らせ、どうにか直撃は回避しようとしたが、完全に避ける暇はなかったらしく、政宗の振り下ろした青白い六本の巨大な斬撃は秀家(烏天狗)の数メートル前で炸裂した。

 

「ぐああああぁぁぁぁぁッ!!」

 

斬撃で発生した雷撃を伴った衝撃波が秀家(烏天狗)を包み込む。

直後、彼のいた場所だけでなくその後ろの壁…遂には大広間の天上や床さえも吹き飛ばし、実質的に部屋を半壊させるほどの威力を見せつけた。

 

「政宗さん!」

 

確かな手応えを感じた政宗が六爪を振り払っていると、後ろにいたなのはが駆け寄ってきた。

その表情には安堵の色が浮かんでいた。

 

「Thanksなのは。Nice Assistだったぜ」

 

「えへへ…よかった…///」

 

サムズアップを決めながら褒めてくれた政宗に、なのはは思わず頬を赤く染めながらも彼が無事であった事に安堵する。

 

しかし…

 

 

 

 

「……烏天狗を打ち勝つなんてね……やはり、日ノ本でも有数の武将なだけの事はあるね…流石だよ。伊達政宗……」

 

「「ッ!!?」」

 

外壁のひとつと半分、天井も殆どふっとばされた大広間に、響いた声に、緩みかかった政宗となのはの表情が一転する。

2人が視線を向けると、半壊して吹きさらしになった大広間の端…崩れ落ちて先端になった床の絶壁に、再び元の姿格好に戻った秀家が立っていた。

手にしていた得物も再び長笛に戻っていた。

 

「……あれだけの一撃を受けて、無事だとはな……つくづく“豊臣五刑衆”ってのはMonster揃いみたいだな…」

 

「…別に無事じゃないよ……今の一撃で烏天狗も相当な負荷を負った……しばらくは“憑身(ひょうしん)”出来ないだろうね……」

 

再び元のポーカーフェイスに戻り、冷淡な口ぶりで話す秀家に、政宗は再び六爪を構えながら言った。

 

「それじゃあ、ここからはテメェが相手になるってか?Creatures Tamer」

 

「………いや……僕だけじゃないよ……」

 

秀家はそう言うと、長笛を横に構えて、突然演奏を始めた。

 

 

《♪~~~~ ♪~~~~~》

 

 

「!?」

 

秀家が奏でだした音楽は今まで政宗達が聞いたことがなかった音調だった。

 

その曲を聞いた途端、政宗もなのはも突然、背筋にゾクリと冷たく重いものが伸し掛かった様な感覚を覚える。

 

ここまで見せてきた下手な召喚術とは明らかに違う…

 

何か途方もなく強大な何かを呼び出そうとしている予感を感じさせた。

一体何をしようとしているのかわからないが、このまま秀家を放っておくと大変な事が起こりそうな予感がする。

 

そう直感したなのはは、レイジングハートの穂先を秀家の頭を狙って構えようとしたが……

 

 

「グオアアアアアアアアアァァァァッ!!!?」

 

「「ッ!!?」」

 

 

突然、地の底から響くような咆哮が聞こえ、それと共に城塞全体が激しく揺れ動いた。

あまりの振動になのはも政宗もその場に立つ事さえままならず、思わずよろけてしまう。

 

「ま、政宗さん!? これって……」

 

「今度は何だってんだ!?」

 

なのはと政宗の額に冷たい汗が流れる。

明らかに容易ならぬ事態が起こった事を察した2人は顔をこわばらせていた。

 

 

ドゴオオオオオンッ!!!

 

 

突然、一際大きな轟音と振動が走る……

 

 

同時にバサリと何か羽ばたかせるような物音が、切り開かれた部屋の大穴から見晴らす夜景に響き渡った。

 

 

その直後、“それ”は政宗となのはの前に堂々と姿を見せた。

 

 

漆黒の巨体…

 

禍々しい形をした翼…

 

鋭く長い尻尾…

 

頭と両翼の前縁、胴体、尻尾に付けられた古代の鎧の形を模した重厚感溢れるプロテクターとその表面を血管のように走る赤いライン…

 

このミッドチルダにおいても早々に目にかかる機会の少ない存在が、そこにいた。

 

 

 

「こ……これは…まさか……」

 

 

なのはが戦慄し、顔を引きつらせながらその正体を呟いた……

 

 

 

 

「…魔竜…!?…それも滅多に存在しない“古代竜”……!!?」

 

 




遂に、姿を見せたR7支部隊の切り札…もとい、秀家が手に入れる事に成功した格好の戦力 古代魔炎竜 アルハンブラ…

コアタイル派さえも扱いに苦慮した程のこの超危険生物を前に、なのは、政宗はどう立ち向かうのか…!?

一方、牛頭、馬頭の強固な肉体を前に決定打を見いだせないヴィータと成実の運命は…!?

次回、更に波乱不可避!?


ちなみに1日過ぎてしまいましたが、昨日8月6日は、「リリカルBASARA StrikerS -The Cross Party Reboot Edition-」連載開始一周年の記念日でした。

本当は今回の更新分も昨日の内に投稿したかったのですが間に合いませんでした…(苦笑)

そんな杜撰な投稿体勢ですが、これからも引き続きよろしくお願い致します。


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第五十六章 ~覚醒! 古代魔炎竜 アルハンブラ~

豊臣五刑衆第四席 宇喜多秀家の操る未知なる物怪 屍鬼神(しきがみ)とそれを駆使した多彩な戦術に苦戦を強いられる政宗となのは。

どうにか即席のコンビネーションでこれを耐え凌ごうとするも、そんな彼らを翻弄するかのように秀家は思わぬ新戦力を呼び出してくる。

それは、R7支部隊が密かに封印していた古代竜 アルハンブラだった!


牛頭「リリカルBASARA StrikerS 第五十六章…進軍だぜ!!」


竜―――

それは魔法世界 ミッドチルダをはじめとする時空管理局の管理内世界においても希少な召喚生物の一種である。

 

他の魔法生物とは比較にならないほどの力を持ち、中には人間に近い優れた知能を持つ種もいるとされる。

 

だが、その力の強大さ故に召喚魔法で行使する事は非常に難しく、仮に召喚できたとしても、暴走を招く恐れもあり、その際に負うリスクも計り知れない。

 

時に召喚した召喚士さえも食い殺してしまう事などまだ穏やかな方で、最悪の場合、街ひとつが丸々消失した事例も過去に何度か起きた事が確認されている。

 

ましてや、(いにしえ)の時代より生きている竜…“古代竜”と呼ばれる種類であれば余計にその力と、危険性は大きくなる……

 

一般的な生物のご多分に漏れず、竜もまた、年季を重ねる程にその力は強大さを増していく。

つまり、太古の時代から生きてきた竜程、より強く、より賢く、そしてより凶暴なのである。

 

 

機動六課の竜召喚士 キャロ・ル・ルシエもまた、子竜 フリードリヒの他にもう一体 古代竜を召喚する力を持っているが、やはりその力の強大さ故に、まだ完全には制御できておらず、実質的に封印状態にある事を、なのはは以前、キャロを機動六課の隊員に推挙する際にフェイトから聞かされていた。

 

そもそも、時空管理局に属する竜召喚士達の中でも“古代竜”を日常的に召喚、行使する人間など、少なくともなのはの知る者達の間では聞いた事がなかったし、ましてや古竜を戦力として用いるなどというハイリスクな運用方法を行っている組織・機関など勿論、存在しないものと思っていた。

 

せいぜい、魔法生物の生体研究を専門とする部隊や機関が、調査目的の為に半封印状態で飼育しているくらいであり、そうおいそれとその姿を目にかかる機会など早々にないものと思っていた。

 

しかし……今、自分達の目の前…

対峙していた少年武将…豊臣五刑衆第四席 宇喜多秀家が奏でた魔笛の音色に乗って、姿を現したそれは…紛れもなく本物の“古代竜”だった…

 

「どうして……こんなところに、古代竜が……?」

 

なのはは理解が追いつかず、狼狽しながら、呟くばかりだった…

R7支部隊において、古代竜を召喚できる程の竜召喚士がいるなどという話は、今まで聞いた事がない…

しかし、その竜の姿は紛れもなくこの次元世界のそれもかなり古代の魔法生物の特徴が現れており、とても秀家自身の召喚した屍鬼神(しきがみ)であるとも思えなかった。

 

っという事は……この古代竜は、この城塞に封印されていたという事なのか…?

 

それを秀家が何らかの方法を使って、制御下に置いたというのか……?

 

 

必死に頭を回転させて、憶測を並べるなのはに対して、秀家は現れた巨大な魔竜を前にしても、少しも動じる事なく、静かに口を開いた。

 

「うん……どうやら“繰駆足(くりからで)”は上手く定着したみたいだね…」

 

まるで、恐怖さえも感じていないかのようにその口ぶりは穏やかだった。

それが、逆にこの宇喜多秀家という人間の異常性を引き立たせているように見えた。

 

「おいCreatures Tamer…この見るからにヤバそうなWyvernは、テメェの操る屍鬼神(しきがみ)とかいう悪趣味なMonsterとは違うみたいだが…一体どうやってそんな物騒なDragonを手懐けちまったんだ?」

 

政宗が六爪を構えたまま尋ねた。

 

「……手懐けたわけじゃないよ」

 

秀家は翼をはためかせる古代竜の方にゆっくりと歩み寄りながら話した。

 

「僕も詳しくは知らされてないけど、この竜は、今は失われたある古代の魔法文明の遺物に記されていた召喚術で召喚された古代竜……名前は確か…『古代魔炎竜 アルハンブラ』だったかな…?…僕がここへ来た使命は、その古代文明の遺物に関する手がかりになる品を回収する事にあったけど……他に手がかりらしいものも見つからなかったし、これを持ち帰ればいいのかな…?」

 

「なんですって…!?」

 

その話を聞いていたなのはが思わず戦慄する。

 

西軍の最高幹部である秀家が“使命”を受けたという事は、当然彼にその“使命”を下したのはおそらく、なのは達が追っている広域指名手配犯 ジェイル・スカリエッティ、そして彼に協力する石田三成、大谷吉継率いる豊臣軍であろう。

もしも、古代竜なんて危険な代物が、彼らの手に渡る様な事があれば、それこそ後々どんな厄災がこのミッドチルダに降りかかるかわからない。

それだけは、なんとしても阻止しなくてはならないと、直感したなのはは、瞬間的にレイジングハートの穂先を秀家に突きつける。

すると、途端に秀家の足元に円形の魔法陣が浮かび、そこから伸びた複数本の鎖が秀家に巻き付く形で、彼の身体を拘束した。

 

「動かないで! その古代竜……アルハンブラを貴方の好きにさせるわけにはいかない!!」

 

なのははレイジングハートを構え、強い口調で言い放った。

だが、拘束された筈の秀家はなのはの方を振り返りながらシニカルな口調で語り返す。

 

「………僕を拘束するのもいいけど……竜は放っておいてもいいのかな?」

 

「えっ!?」

 

秀家の言葉に促される様にして、なのはが魔竜 アルハンブラの方を見ると、アルハンブラは羽ばたきながら明後日の方向を向いていた。

どこを向いているのかと、その視線を辿って見ると…その先にあったのは、麓に広がるラコニアの街だった。

 

「この古代竜は今、その身体に寄生させた僕の屍鬼神 繰駆足(くりからで)によって僕のこの笛…“操妖笛(そうようてき)祇音操邪(ぎおんそうじゃ)”の音である程度その行動を操ることが出来る……しかし、この魔竜自身が抱え持つ破壊衝動は完全には制御しきれない……だから、ここで魔竜が放たれてしまったら、僕でも抑える事は出来ないかもね…?」

 

「なっ!? …ふざけんな! そんな事させて――――」

 

「………もう手遅れだよ。独眼竜…」

 

政宗が制止する間もなく、古代竜 アルハンブラは身を翻すと、そのまま大空に向かって飛翔した。

途中で崩れかけていた城塞の城壁にその巨体をぶつけ、一瞬で強固な壁をボロボロと崩壊させてしまった。

 

「Shit!」

 

「そんな…!?」

 

政宗となのはが慌てて、視線を追うと、城塞から飛び立った竜は山に沿る形で街の方に向かって滑空していくのが見えた。

 

「大変! 街の方に向かってるッ!」

 

「ひとしきり暴れ回る気だな!!あんなのを野放しにしたら取り返しがつかなくなるぞ!!」

 

政宗はなのはの方を向き、今までにない…今日の昼間『Cassiopeia Plaza』でセブンを一喝した時ですらなかった程に、怒気含んだ表情で、叫ぶように言った。

 

「なのは! お前は飛んで、奴を追え! それから街にいる小十郎や他の管理局の奴らにも知らせて、街の奴らを避難させろ!!」

 

「でも政宗さんは―――」

 

「今は、呑気に話し合ってるGraceはねぇ!! このCreatures Tamerは俺に任せて、お前はすぐにあのWyvernを追え!! OK?!」

 

政宗は半ば強引に、手短く指示を出した。

ほぼ怒鳴るような口ぶりが、Coolを信条とする彼らしからぬ焦燥を感じさせた。

 

「……う、うん。わかった! それじゃあ、政宗さんはここをお願い!」

 

「I trust you! 俺もココが片付いたらすぐに後を追う!」

 

「うん! 政宗さんも気をつけて!」

 

「You too!」

 

手短に言葉を交わした後、なのはは、浮遊すると、そのまま全速力で切り開かれた大穴から建物の外へ飛び立ち、次の瞬間には魔竜を追い、大空に向かって飛び立って行った…

その背中を見送る政宗に向かって、秀家はまるで皮肉を投げかけるように呟いた。

 

「……果たして、彼女一人であの古代竜を止められるのかな……? 僕の屍鬼神でさえも完全に制御しきれないというのに……」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねぇぞ…Creatures Tamer」

 

政宗は六爪を手にゆっくりと秀家に近づきながら、静かにその怒りを燃やす。

 

「それよりもテメェは自分の心配をしたらどうだ?」

 

政宗の指摘する通り、秀家の身体はなのはのかけた鎖型の拘束魔法“チェーンバインド”によって拘束されている。

辛うじて手先を少しだけ動かせて、あとは自力では微動だにも出来ない…傍から見れば、危機的といえる状態だった…

 

「……そうだね。これは少しマズいかな…?」

 

だが、秀家自身はまるで動揺した様子を見せていない。

至って、平時と変わらずに落ち着いた…っというよりは感情を感じさせる事のない淡々とした声で呟く様に話す。

その様子を見た政宗は、からかうように微笑を浮かべた。

 

「……っと言いたいところだがな。ここでR7支部隊の自称“Elite”共だったら、完全に勝ちを確信して無防備にテメェに向かって行き…そこをテメェの新たな術策で返り討ちにするって腹なんだろうが…生憎と俺に、そんな子供騙しの小技は通用しねぇ…次の手を考えているなら、遠慮なく出しな」

 

「…………やれやれ。やはり、独眼竜相手だと一筋縄ではいかないか……」

 

秀家は期待が外れた様に少しだけ、がっかりしたような重い溜息を漏らした。

 

「…君が言うなら…遠慮なくそうさせてもらうとしよう……我が身に宿れ…屍鬼神(しきがみ)殺凄羅(あすら)”」

 

秀家が再び詠唱すると、彼の胸の前に翳された大きな珠が再び突然紫色の光と衝撃波を含んだ黒いオーラを放ち、秀家を拘束していたチェーンバインドを打ち砕きながら、その身体を包み込んでいく。

すると、秀家の髪の色が、今度は銀色の短髪へと変貌し、その両目は禍々しい光る真紅の瞳を宿し、鋭い牙と槍のように尖る一対の角が生えた黒がかった紫色の着流し姿の流浪人の様な姿へと変貌し、その手にあった愛武器の魔笛が煙のように消えた。

 

新たな風貌に変わった秀家は、辺りを見渡すと、ゴキゴキと首を回すようにして鳴らすと、静かに口を開いた。

 

「へぇ。久々のお呼びと思ってきたら、なかなか面白そうな修羅場じゃねーか」

 

秀家の声に重なる様に高飛車な女の声が聞こえた。

どうやら、新たに彼に宿った屍鬼神は女の物怪らしい。

 

「……新しい屍鬼神だな……テメェは一体何者だ?」

 

政宗が六爪を向けながら、秀家に宿った何かに向かって尋ねる。

すると、それに気づいた屍鬼神は牙の生えた口を釣り上げ、そしてまるで極上の獲物を見つけたかのようにペロリと舌を出した。

 

「あたいの名は“殺凄羅(あすら)”…秀家様に仕える冥府の刀将さ……そういうあんたの名前はなんだい?」

 

そう言って、秀家に宿った女屍鬼神…“殺凄羅(あすら)”はまるで一騎打ちに望む武士の様に政宗の名を尋ねてきた。

 

「なんだ?俺の名が気になるってか? Monsterの分際で随分律儀な奴だな」

 

「自分がこれから斬り刻んで喰おうと思う奴の名前くらい覚えておこうと思ってね…特にアンタみたいな剣士はあたいにとっては大好物だ。食っちまってそれでおしまいにしてしまうなんて勿体ないじゃないか? それよりも…さっさと名前を教えてくれよ」

 

「………Ha…やっぱり、屍鬼神(テメェら)は碌な趣味持ってねぇな……そんなに知りてぇなら、教えてやる…俺は、奥州筆頭 “伊達政宗”! だが生憎と俺は、大人しくテメェの餌になる気なんざねぇ!!」

 

政宗がそう言いながら、両手に掴んだ六爪を振りかぶりながら、地面を蹴った。

それを見た秀家(殺凄羅)は再び口の端を歪ませて、笑った。

 

「いいねぇ! その闘志! そしてその見たこともない剣術…お前の様な強い剣士は、その心をへし折った時や、その後に切り刻んだ時の快楽や、それから喰らう骸の味もまた格別だろうよ!!」

 

秀家(殺凄羅)は狂気に満ちた目でそう言い放ちながら、両手に黒と白のオーラをまとった日本刀をそれぞれ一振りずつ出現させて、その手に握る。

 

すると、その背中から青白い火で出来た四対八本の手が生えてきた。しかもその手にはそれぞれ一本ずつ刀剣が握られている。

 

即ち、秀家(殺凄羅)は合計十本の刀剣を操ろうというのだ。

 

 

ガキイイイィィン!!

 

 

政宗の持つ六本の刀と秀家(殺凄羅)が取り出した掟破りの十本の刀がぶつかり、組み合う。

当然、政宗にしてみても、前人未到の十刀流の使い手である殺凄羅の能力に思わず片目を大きく見開く程に驚いた。

 

「十刀流だと…!? こりゃ確かに人間では絶対に成せない芸当だな…!?」

 

「当然だろ! あたいの剣は人間如きには誰も真似出来ねぇ! そらよ!!」

 

秀家(殺凄羅)は組み合っていた十本の刀の内、鬼火の手に握られた4本を競り合いから外すと、そのままそれぞれ鬼火の手ごと長く伸ばして、それぞれ政宗の頭と両足に向かって突き立てようとしてきた。

 

まさに空気を裂く程の強い刺突。

まともに直撃すれば、それだけでその部位をふっとばしてしまう程であろう。

それを察した政宗は無理矢理に秀家(殺凄羅)を弾き飛ばした。

距離を取り、政宗は言い放つ。

 

「なるほど……俺もSword Summitは嫌いじゃねぇが…こいつは久々にとんでもないSword manと相対する事になったみたいだな……」

 

「フフフフ…あたいもアンタみたいに骨がある獲物と相見えるのは久しぶりだよ。関ヶ原じゃ雑魚ばかり相手にして、思ったよりも肩透かしな戦いだったからね……ここでたっぷり、溜まった溜飲を下げさせてもらおうじゃないか」

 

「やってみな。Spider man! 否、Spider Ladyというべきか?」

 

政宗は軽口を叩きながら六爪を構える。

秀家(殺凄羅)も十刀を構えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「ふっ…これだけ刀の数で勝っているあたいを相手にそこまで啖呵を切れるだけの肝っ玉がある男は久しぶりに見たねぇ。いいねぇ、ますます切り刻み甲斐や、食べ甲斐があるってもんだよ」

 

「刀の数だと?」

 

政宗はそれを鼻で笑い飛ばした。

対する秀家(殺凄羅)はその態度を不快に感じたらしく、顔を顰めた。

 

「なんだぁ? 何笑ってやがんだよ?」

 

「ああ、笑えるぜ。 アンタ…Monsterにしちゃ中々侍然としていると思ったが……肝心なところを見誤っているところを見るに、やっぱり唯のAmateurだな」

 

政宗は、六爪の内、片手に握った三本の刀を秀家(殺凄羅)に向かって突きつけて見せる。

 

「強さとは得物の数で決まるもんじゃねぇ。 大切なのは、そいつ自身の素質と鍛錬、そして心意気だ! 例えテメェが刀を十本使えようが…百本使えようが、千本使えようが、この独眼竜の操る至高の六爪を容易くへし折るなんて、甘ったれた事考えてんじゃねぇぞ!!」

 

政宗は秀家(殺凄羅)に堂々と宣言してみせた。

自分の六爪流は、秀家(殺凄羅)の十刀流にも負けない事を…

 

「ここで証明してやるぜ! この独眼竜の爪は、本物の物怪をも超えるって事をな!!」

 

「戯言を! その無駄な根性! お前の六本の刀と一緒に、へし折ってやる!!!」

 

対峙する2人から莫大な闘気と殺気が放たれる。

互いに相手を鋭い視線で睨みつけた後…全く同じタイミングで地面を蹴った…

 

 

 

ラコニア市内の中心部を走る幹線道路の途上では、片倉小十郎が乗った管理局のパトロールバンがレシオ山へ続く道の途中で、無数に続く車の渋滞に挟まれて、難渋していた。

幹線道路は、R7支部隊隊舎(城塞)の爆発・炎上を目撃した街の人々でごった返していたのは勿論、道行く車も次々に止まって、その様子を一目見ようと勝手に車を降りてしまうなどして、運転手のいない車があちこちに放置されるなどして、すっかり芋洗状態といえる程の渋滞と化していた。

バンの助手席に座っていた小十郎は、堂々と幹線道路の真ん中に出てきて、「R7支部隊陥落バンザイ!」とバカ騒ぎしている不良の集団を一瞥しながら忌々しげに舌を打った。

 

それぞれなのはとヴィータに空輸してもらう形で、R7支部隊隊舎へ向かった政宗、成実と分かれた後、小十郎はその足で、カマサ=ワギ温泉街にあったラコニア市内配属の陸士066部隊の分舎に駆け込み、事情を説明すると、機動六課への報告と、応援要請を頼み、自身もまたすぐに動ける陸戦魔導師5人を含んだ20人もの陸士隊員と共に三台陸路でR7支部隊隊舎のあるレシオ山へ向かった。

しかし、市内に入って間もなく、この大渋滞に巻き込まれた小十郎含む066部隊の車団は完全に立ち往生してしまう事となってしまったのだった。

 

「くそッ! これじゃあ、山の麓へたどり着くまでに夜が明けちまうぞ! なんとかならねぇのか!?」

 

小十郎は隣の運転席にいるバンの運転手の陸士隊員を責めるように睨みつけ、怒鳴る。

 

「一応、市内に配属されている全警邏隊員を動員したとの事ですが…何分、この街の人員配置は全てR7支部隊と後ろ盾のコアタイル准佐が担っていたもので。基本、非魔力保持者が主力の警邏隊は申し訳程度しか配置していなかったせいか、殆ど手が回らないのが現状なんです」

 

バンの運転手…陸士066部隊のフォード陸曹長は、そう震える声で説明する。

 

「やっぱり、あのバカ息子のせいか…! ったく! つくづくあのガキは人間としても、将兵としても、碌な事しねぇな!!」

 

「な…なんかすみません…我々、陸上部隊のお恥ずかしき醜態をお見せしてしまって…」

 

そう一人憤慨する小十郎の剣幕を見て、フォード曹長は完全に萎縮した様子を見せていた。

そんな彼の怯える姿に気づいた小十郎は、流石に申し訳ないと思ったのか、慌てて出来るだけ声を穏やかに加減しながら、諭した。

 

「あっ…いや…お前達に対して怒ったわけではない。すまん。少し気が立っていた…」

 

「い、いえ、お気になさらず。それに我々、所轄の陸士隊やラコニア市民(彼ら)としてもコアタイル准佐や星杖十字団の横暴にはほとほと参っていたのですからね…」

 

笛を吹き鳴らしながら駆けつけた警邏隊員に歩道の方へと追い立てられていく不良達を見つめながら、フォード曹長が説明した。

 

「実は貴方方『機動六課』が今日の昼間にR7支部隊の主力部隊との諍いに勝利したという噂は、夕方頃には市民の間でもすっかり話が広がっていたのですよ。

唯でさえ、皆、忌々しく思っていたR7の奴らが、あぁして派手にやられたとあってか、それまでの鬱憤が晴れたとテンションが上がっていたところへ、あの事態ですからね……完全に収拾がつかないまでになってしまったのです」

 

「それだけ、この街の連中も思うところがあったという事か……」

 

小十郎は、車窓からまだ遥か向こうに見えるレシオ山と、その頂きで炎上し続けるR7支部隊隊舎の城塞を見据えながら、シニカルな口調で語った。

おそらく、政宗達は既に現地に辿り着いて、あの堅城を崩壊に追いやった原因を探っている頃であろうか?

 

そう考えていると、その時、出し抜けに車内の通信システムが小鳥が囀るような音を発し始めた。

フォード曹長が運転席に搭載された機械を操作すると、助手席との間の空間に小さなホログラムモニターが投影され、そこに機動六課・分隊長 フェイト・T・ハラオウンの姿が映し出された。

 

《機動六課のハラオウンです! 片倉小十郎委託隊員はいらっしゃいますか?》

 

モニターから聞こえたフェイトの声を聞いたフォード曹長はすぐにモニターのカメラを小十郎の座る助手席側へと切り替えた。

 

「ハラオウン、俺だ! そっちの状況はどうだ?」

 

《小十郎さん! さっき、本局から正式に出動許可が降りたよ! 私とシグナムは先発組として飛んで向かっているからあと30分程で着くと思うけど、フォワードチームの皆と家康君、幸村さん、リインは、ヴァイス君のヘリで向かってもらうから、そっちに着くまであと2時間はかかるかもしれない》

 

「…2時間か…しかし、お前とシグナムが先に来てくれるだけでもありがたい。 ラコニア(こっち)はとにかく一人でも人手が欲しい状況だ。現場の様子を見に向かった政宗様や高町達からの連絡は未だ無いし、何よりも市内全体が混乱して、所轄の部隊だけではとても対処しきれねぇんだ。かくいう俺もなんとか政宗様達を追いかけようとはしているが…酷い渋滞で、このままじゃ夜明けまでに市内を抜ける事すらできねぇ」

 

《わかった。ラコニアに着いたら、R7支部隊隊舎(現場)に入る前に小十郎さんを拾いに向かうよ。それから、必要があれば、私も所轄部隊の指揮に協力するから》

 

「あぁ。頼む」

 

報告を終えると、フェイトの顔を投影していたホログラムモニターが消えた。

 

「聞いた通りだ。俺達、機動六課も出来る限りお前達に力を貸す! 苦しい状況かもしれないが、お前達も決してめげるんじゃないぞ!」

 

小十郎の激励にフォードはこの緊迫した状況を前に強張っていた気持ちが少しだけ綻ぶような気持ちだった。

出会って間もない上に、半ば素性のしれない次元漂流者であるにも関わらず、この片倉小十郎という男は不思議と頼もしさを感じる…そんな魅力をフォード曹長は感じていた。

 

その直後であった…

 

 

「グオアアアアアアアアアァァァァッ!!!?」

 

 

 

そんなフォード曹長の僅かばかりの安心感をも打ち消す巨大な獣の咆哮がラコニア市内全体を包む様に届いたのは……

 

 

 

 

「おいこらそこ! 道の真ん中で酒盛りなんかすんじゃねぇ! とっとと片付けろ! そこの2人も車の上に乗って自撮りなんかすんな!!」

 

幹線道路の脇に停まった宣伝車の屋根の上から、メガホンを使って、車や人のひしめく道路に向かって絶えず怒鳴りながら、時空管理局 陸上警邏予備隊の ダニエル・アリオン一等陸士は、ここしばらく運に恵まれていないが、今日は特に厄日だなと内心毒づきたい衝動に駆られていた。

 

通常の警邏隊と違い、警邏予備隊は特定の街を管轄とせず、一定期間ごとに、それぞれ担当する地区の中の各地を回り、その都度当地の警邏隊の応援として加わるのが主な仕事である。

ダニエルの所属する第33地区担当班は2週間前からこのラコニア市内の警邏補佐の職務についていた。

 

ダニエルは警邏予備隊の職務の中で、このラコニア市内の警邏補佐の仕事を一番億劫に思っていた。

理由は言わずもがな。この街の実質的な支配者であるコアタイル派とその手先である星杖十字団R7支部隊による絶対的魔導師優位な選民思想…魔法至上主義と、それに基づく権威主義、そして強権的な振る舞いだった。

 

自分を含め、魔導師が配属される事などまずない警邏予備隊などは、コアタイル派に組み入れられたエリート部隊…ましてや星杖十字団のようなコアタイル派の後ろ盾による精鋭部隊からしてみれば、一般市民同然の下の下といえる部隊であり、文字通り毛ほどの価値もない底辺部隊である。

 

普通に魔導師もいるはずの一般の武装隊でさえもR7支部隊からは雑兵同然にこき下ろされているのであるのだから、警邏予備隊などは最早、下僕同然に扱われる有様だ。

現に査察と称して、R7支部隊員達が警邏隊の拠点にやってきた際には、自分達、予備隊員達はもっぱら彼らの接待役としてお茶くみや鞄持ちといった使用人同然にこき使われていた。

 

そんなR7支部隊でなにかトラブルが起きたのか、やつらがまるで自分達の特権を誇示し、街全体を監視する様に配置されていた巨大な城塞が、突然爆発して炎上した事は正直「ざまぁみろ」とも思ったものの、その為にせっかくの休日を返上する羽目になったのを考えるとすぐに下りた筈の溜飲が再び戻ってきた様な気分になった。

街の連中は唯々、R7支部隊がなにか不幸な目に遭った事を単純に喜び、狂乱しているものの、もしもこれで後々になってR7支部隊…ひいてはコアタイル派から報復としてさらなる暴政がかけられるような事にでもなったらどうするのだろうか…?

その辺りのところも考えてはいないのだろうか?

 

折角の休日が返上になっただけにいざしらず、この先の不安と、ぬか喜びである事も理解せずに無責任に浮かれ騒いでいるバカな連中を相手にする事への疲労とがダニエルの心に大きな重石となって、唯でさえここ最近は不幸が続いていて気が重くなっているのをさらに増長させているように思えた。

 

中でもとりわけ不幸を感じたのは約一ヶ月前、首都クラナガンで久々の“恋人”とする予定だった意中の女性 ソフィー相手に、あともう少しで一線を越える寸前まで持ち込めたというのに、連れて行った高級ソープリゾートに突然乱入してきた一台のバイクによって全ておじゃんにされてしまい、自身は局部を強打したせいで全治2週間の怪我を負い、おまけにソフィーにはやや理不尽ともいえる動機で去られてしまう羽目になった。

勿論、越えられるはずだった一線も儚く夢幻と消えたのであった……

 

思えば、あの事件で何か縁起でもないものを取り憑かれてでもしまったのか、以来自分は何かとツキに恵まれていないような気がする。

 

この任務を終えて、返上した休暇の埋め合わせの有給が貰えたら、一度占いにでも行って見てもらうべきなのかもしれない。

 

そうダニエルが考えていたその時だった……

 

ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた街の気分をかき乱すように、突然、R7支部隊のある山の方から聞いたこともないような低くおどろおどろしい咆哮がラコニアの街の上の夜闇をつんざいて、街一帯に響き渡った。

 

表に出ていた市民は全員驚いて、空…否、咆哮の聞こえてきた先であるレシオ山の頂…つまり、今まさに市内にいる8割以上の人間が注視していたR7支部隊隊舎の方を仰いだ。

 

大通りに出て馬鹿騒ぎをしていた若者達も皆、表情を一変させ、燃え上がる山頂の方を見つめている。

 

「おいおい…一体なんだって言うんだ?」

 

周りの有象無象と共にダニエルもまた訝しげに遠くに見える城塞を見つめていた。

 

次の瞬間、燃え上がる城塞の壁が爆発と共に吹き飛んだ。

それはまるでレシオ山に隠されていたマグマが突然活性化し、火山としての活動を開始させたかのようなまさに噴火のような爆発だった。

 

突然の事にダニエルも、大通りにいた群衆も皆、飛び上がる。

崩れた城塞の周りにもくもくと黒い煙が上がるが、それは次の瞬間には瞬く間にかき消される事となった。その黒煙の向こうから巨大な城塞と比較しても負けず劣らぬ巨大な“何か”が切り開くようにしてこちらに向かって飛び出してきたからだった。

 

城塞から飛び出したそれは一度大空を高く舞い上がり、ミッドチルダでは常識である2つ重なる様に浮かんだ2つの月をバックにその姿をラコニアの街にいる全ての人間から否が応でも見える様に堂々とその全容を晒してみせた。

 

前足の代わりに持つ巨大な翼…所々に赤く光る血管のようなラインが走る身体…鋭く長い尾…そして人間の想像をあざ笑うかのような途方も無い巨体…そのフォルムは紛れもなくダニエルやこの街にいる誰もが知っているあの希少な魔法生物であった。

 

「りゅ、りゅりゅ……竜だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

群衆の中の誰かが狂乱した声質で叫んだ。

 

ダニエルもまた恐怖のあまりに凍りついていた。

同時に頭の中に収めた管理局員としての知識や経験が全て抜け落ちて、空っぽになっていくような感覚を覚えた。

話には聞いていたが所詮は自分みたいな非魔力保持者の警邏予備隊員の自分には一生かかっても縁のないものと思っていた巨大な化け物を実際に前にして、これまでの訓練や経験など何の役にも立ちそうにない。

そもそも…一介の警邏隊員に何が出来るのかという話である。

 

 

「皆ぁぁぁぁ! 逃げろおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

それでも、ダニエルは最低限、警邏隊員としての職務だけは果たさねばと考え、無意識のうちに宣伝車の屋根の手すりを両手で掴み、腹の底から放り出した大声で叫び、通りにいる全ての人間に聞こえる様に呼びかけた。

恐らく、ソフィーとのデートを台無しにしたあの忌まわしきバイクが現れた時でさえもここまで大きな叫びは上げなかったであろう。

 

「地下だ! 近くの建物の地下室、地下道、地下水路! どこでもいい! とにかく地下に逃げるんだああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

それで100%身の安全が確保できるのかダニエル自身わからなかった。

しかし、このままここにいたら、あの竜に蹂躙され、確実に命の保証はないだろう。

 

ダニエルの呼びかけを耳にした群衆は忽ち、言われるがままに、近くの地下室がありそうな建物や地下道、地下水路に繋がっていそうなマンホールを求めてそれぞれに走り始めた。

 

ラコニア市内は突如として、今度は違う意味で大パニックとなった―――

 

 

 

 

「なっ!? なんだあの怪物は!?」

 

幹線道路の別の場所では同じく城塞から現れた巨大な影を前に、集まっていた群衆が一斉に逃げ惑う中、小十郎は車内に備え付けてあった双眼鏡をフォード曹長から拝借すると、パトロールバンから飛び降り、逃げ惑う市民の間をくぐり抜けて、近くで持ち主に置き去りにされて放置されていた青いセダンの屋根に飛び乗った。

望遠レンズと、2つの月が浮かぶ空に向け、突然現れた得体のしれない影の正体を探し求める。

そしてレンズ越しに見えた影を見つけ、その正体が、弟子のキャロが常に伴っているパートナー フリードリヒと同じ“竜”である事がわかった―――

 

まるでどこから、攻めようか品定めをしているかのように目下に広がる街を見下ろしてい姿が確認できる。

街では警邏隊が発令したアラートが鳴り響き、それを聞いた逃げ惑う人々の悲鳴や怒号も一段とボリュームが上がった様に感じた。

誰かが言いだしたのか、「地下だ! 地下に逃げろぉ!」と口々に叫ぶ声も聞こえてくる。

 

 

R7支部隊隊舎崩壊の原因が奴にあるのかはわからない…しかし、あれがフリードとは違い、我々人間に対して、微塵の友好感もない事は長年の勘から察する事が出来た。

 

小十郎は双眼鏡を下ろし、セダンの上から飛び降りると、急いでパトロールバンの周りに集まっていたフォード曹長以下、約20人の陸士隊員達の元に駆け戻った。

彼らの顔には様々な度合いの恐怖と戸惑いと驚きが浮かんでいた。

 

「我々はどうすれば…!?」

 

集った陸士隊の誰かが泣きそうな声で尋ねてきた。

見ると、全員が小十郎の方を見ている。

急ごしらえの招集で連れ出す事が出来た隊員達は主に将校階級も持たない陸士達が中心だった。

実質、小十郎の副官として付いたフォードでさえも階級は陸曹長である。

彼もまた、他の隊員達と同じく強張った顔で小十郎を見据えていた。

 

これまでの言動から、この中では一番経験的に優れていると踏んだ小十郎にこれからどうすればいいか、行動指針を仰ごうとしていた。

 

それを察した小十郎の反応も速かった。

 

「よく聞け! とにかく、まずはこの幹線道路にいる人間を出来る限り道から遠ざけるんだ! 見てのとおり、あれだけデカイ巨体の怪物だ! こんな広い場所にいたら格好の餌だ! とにかくまずはこの大通りから人を離せ! それと魔法が使える奴は避難場所に障壁や結界を張って守りを固めろ! どうやら皆、地下を避難場所にするらしい! 地下道周辺に安全地帯を作るんだ!」

 

皆動揺しているせいか、小十郎の指示にすぐに反応できなかったが、フォード曹長が身動ぎして、皆に発破をかける。

 

「話を聞いただろう。魔導師は安全圏の確保、それ以外の隊員は市民の避難誘導にかかれ! 行け!」

 

フォード曹長の指示を聞いた陸士達が一斉に動き、散り始めた。

小十郎はもう一度、空に目をやると、月をバックに滞空していた翼を持った巨大なモンスターは遂にどの地点から襲うのか心に決めたのか、まるで地表に身を潜める獲物を見つけた猛禽類のように、一気に地表に向かって急降下していく…

 

幸か不幸か、奴の目標とする地点は小十郎達がいる幹線道路から東の方に見える繁華街の方だったが、巨竜は滑空しながら、その大口を開き、その奥の口腔から白がかった紫色の炎のブレスを放射した。

凄まじい火焔が街中を駆け抜けて…立ち並ぶ建物を吹き飛ばし、飲み込み、そして焼き尽くしていく。

忽ち、その区画は火に包まれ、街に響き渡る人々の悲鳴がまた一段と大きくなった……

 

 

果たして、その内の何割が“断末魔”の叫びであるか等と、小十郎は考えたくもなかった……

 

 

 

 

なのはが城塞を飛び立った時、古代魔炎竜“アルハンブラ”は、既に最初に襲う街の区域に狙いを定め、そこへ向かって降下している最中であった。

猛スピードで降下していきながら、その巨大な口を開いたかと思うと、次の瞬間、紫色の炎を行く先の街のビルや家屋に向かって吐きつけ、あっという間にそのエリア全体を火の海に変えてしまっていた。

 

その禍々しい程の威力に戦慄しながらも、なのはは飛行する速度を更に速めて、魔竜の後を追いかける。

既にこの未知なる強敵と戦う覚悟は出来ている。

今ここで自分があの魔竜を止めないと、何千、何万のラコニアの市民が犠牲になるかもしれない…なのはには迷う事はおろか、考える暇さえなかった。

 

《おい、なのは! 一体、そっちで何があったんだ!? さっき飛んでったドでかいバケモンは何なんだよ!?》

 

この時、なのはの耳にヴィータからの念話が入った。

切羽詰まった様子の声質からして、あっちもゆとりある状況ではなさそうだった。

 

「ヴィータちゃん! 時間がないから手短に説明するね! R7支部隊隊舎に古代竜が封印されていて、それが蘇っちゃったの!」

 

《なっ、にぃぃっ!? 古代竜だって!?》

 

なのはは、詳しい経緯を省いて、現状が最低限伝わる点だけを念話で伝えた。

 

「詳しくは追々説明するから! とにかく、相手はかなり凶暴で、少しでも人手が欲しいの! ヴィータちゃん! そっちは今どこに!?」

 

《アタシと成実は今、レシオ山の山中だ! 本当ならすぐにでもそっちに手ぇ貸してやりに行きてぇけど…! 生憎と、こっちも今、厄介な化け物とぶつかっちまってんだよ!》

 

「化け物…!?」

 

ヴィータの念話に含まれたワードを聞いたなのはは、直感した。

恐らく、ヴィータと成実の元にも秀家は配下の屍鬼神(しきがみ)を送り込んだのであろう…

それも接近戦では無類の強さを誇るヴィータが苦戦しているというのだから、その屍鬼神もまたかなりの強敵の筈だ。

 

「わかった! ヴィータちゃん! こっちは私がなんとかするから、ヴィータちゃんは成実君と一緒にそっちを集中して!」

 

《なんとかするって…!? ホントに一人で大丈夫かよ!? その様子だと、政宗もいなさそうだし…》

 

「わかってる。小十郎さんの連絡が行っているとしたら、フェイトちゃん達が応援に向かってきてるかもしれないし、もしまだなら、私が直接要請するよ! とにかく、もう無茶な事はしないように気をつけるから!」

 

なのははそう嘆願する様に念話を飛ばす。

すると考えていたのか少しの沈黙を挟んで、ヴィータから返答が返ってきた。

 

《わかったよ。けど、約束だからな! くれぐれも一人で無茶な事だけはすんなよ! アタシもここを片付けたらすぐにそっちに加わるから、決してそれまでは行き急ぐ事だけはすんな!》

 

「うん。お願いね!」

 

キツい口調の中に含んだヴィータの心から心配する言葉に、なのはは嬉しさと共に頼もしさを噛み締めながら、返答し、念話を切ると、今度は市内にいる小十郎に繋げた。

 

「小十郎さん! 聞こえる!? こちら、なのはです!」

 

《高町! 無事なのか!? あの竜らしき怪物は一体!?》

 

「小十郎さん! 説明してる時間がないの! それより、六課本部への連絡と出動要請は?!」

 

《あぁ、それならもうすぐハラオウンとシグナムの2人がラコニアに着く。少し遅れるがフォワードと徳川、真田達も今こっちに向かっているとさっき連絡を受けた!》

 

自分の思う良い返答が返ってきた事に、なのはは少しだけホッとした。

 

「よかった…! とにかく、危ないから小十郎さんは出来る限り離れて! フェイトちゃん達が到着するまでは私がなんとかするから!」

 

《………分かった。死ぬなよ!》

 

そう小十郎もまた、ヴィータと同じ様な返答と共に念話を切った。

それを聞いたなのはは一瞬だけ、自分は生き急ぎすぎている風に見られているのかと疑問に思いかけるも、すぐにそんな雑念は振り払い、アルハンブラの後を追う事に集中する。

 

ふと、真下を見下ろすと、ラコニアの街の至るところで、一直線を引くように家屋が火に包まれていた。火焔ブレスによって焼き払われたのであろう。

 

「いた!」

 

やがてほどなくして、街の住宅街に次々と火を吹き付けながら飛行する古代竜 アルハンブラの姿を捕捉した。

 

 

「グオアアアアアアアアアァァァァッ!!!」

 

 

まるで破壊を楽しんでいるかのように、飛び回りながら、炎を吐きつけて、街の建物を次々と焼き払っていく…

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「助けてぇぇぇぇ!!!」

 

「たすけてくれええええぇぇぇぇ!!!」

 

 

通りでは焼け落ちる建物からなんとか逃れようとする人々が逃げ惑っていた。

これ以上、あの魔竜を好き勝手にさせるわけにはいかない。

なのはは、その場に止まり、滞空したまま、足元に魔法陣を展開すると、レイジングハートの照準を少し離れた場所を旋回しながら火を吐くアルハンブラの脳天に向けて構えた。

 

魔力カートリッジを2発装填させると穂先にピンク色の魔力光を集束させていく。

 

「ディバイン……バスターーーーーーーー!!!」

 

魔力リミッターがかかっていて、どれだけの効果を発揮できるかわからないが、自分の砲撃魔法の中でも五本の指に入る技“ディバインバスター”を放つ。

レーザー状の魔力砲がアルハンブラの頭部に直撃。

次の瞬間、オレンジ色の巨大な火の玉となって炸裂した。

 

しかし、炸裂した閃光、そして白煙が晴れた時…そこに平然とした様子で羽ばたき続ける古代魔炎竜の姿があった。

砲撃が直撃したと思われし頭部の上半分のプロテクターは黒い煤が付いていたが、傷を負った様子などは微塵も見られない。

 

「流石は古代竜……どうやら…簡単に撃ち落とさせてはくれなさそうだね…」

 

なのははゴクリと固唾を飲みながら、バスターモードの形状になったレイジングハートの照準を向けたまま、目の前にいる古代竜と対峙する。

 

対する古代竜も、なのはの存在に気づくと標的を目下の有象無象から、強い魔力の持ち主である彼女に切り替えたのか、彼女の方を向くと、そのプロテクターに覆われた紅い目で睨みつけてくる。

頑丈な顎の奥で、子供の背丈を優に超える大きさの牙がギラリと光った。

刹那、その大きな口がひらかれて、敵意に満ちた咆哮が街中に響き渡った。

咆哮と共に空気が激しく揺さぶられ、なのははその振動に思わず晒されそうになるもどうにかその場に踏みとどまる。

 

そして、まるで挑戦ともとれるような咆哮に応えるかように、白の魔導師(エース・オブ・エース)は古代竜に向かって臆する事なく向かっていった―――




前回更新の折にリリバサリブート版一周年記念をお祝いするコメントを頂き、誠にありがとうございました。

リブート版はオリジナル版みたく途中で力尽きる事が内容に頑張っていきたいと思います。

P.S. 前回軽く予告していたヴィータ&成実VS牛頭、馬頭戦の続きは諸事情で今回の話に入れる事が出来ませんでした。申し訳有りません。
次回こそお送りするように気をつけたいと思っています。


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第五十七章 ~邁進 鉄槌の騎士と竜の牙~

ラコニア市郊外にある『星杖十字団』R7支部隊隊舎を襲撃した豊臣五刑衆 第四席 宇喜多秀家は、屍鬼神と呼ばれる怪物達を操り、部隊長 オサムや、副隊長エンネアをはじめとするR7支部隊員を次々に虐殺し、その亡骸を利用して凶悪な怪物へと仕立て上げ、駆けつけたなのは、政宗、ヴィータ、成実達を襲撃させ、さらに封印されていた危険な古代竜 アルハンブラを復活させ、ラコニアの街を窮地に陥れる事となる。
蘇った古代竜にたった一人挑もうとするなのはであったが……

その頃、オサム、エンネアを依り代にした屍鬼神 “牛頭”と“馬頭”と戦うヴィータと成実というこれまたクセの強い凸凹コンビも、敵の強大な力に苦戦を強いられていた……

馬頭「リリカルBASARA StrikerS 第五十七章…出陣する…」


「ここを片付けたらすぐにそっちに加わるから」

 

そう念話越しに、なのはに向かって啖呵を切ってみたはいいものの、今の自分の置かれたこの状況から考えて、自分の発言を果たして有言実行出来るかどうか微妙なところだなと、ヴィータは今更ながら自分の発言は少々自信過多であったかと後悔しかけていた。

 

どこだぁ?! どこに隠れたんだぁ!? 出てこいチビども!!

 

気を緩めるな牛頭。奴らは、頭は猿並だが、少なくとも腕っぷしは我が主様にも引け劣らない程の強さだ。あまり舐めてかかり過ぎると、さっき以上の不覚をとるかもしれないぞ

 

木々が次々とへし折られ、薙ぎ倒されていく音と共に、ズシリと振動を伴った鈍重な足音、そして屍鬼神(しきがみ) 牛頭と馬頭の話す声が聞こえてくる。

会話の内容がはっきりと聞き取れる事からして、彼らはもうずっと近くまで迫ってきているのであろう。

 

ヴィータは大木の間を覆い隠すように群生していた野生のブラックベリーの茂みに張って入り、身を隠していた。

幸いにも小さなベリーの木は平均的な成人男性もギリギリ身を隠せるだけの高さまで伸びていた為、(当人としては不本意であるが)小柄なヴィータにとっては身を隠すにはうってつけの場所だった。

ヴィータはブラックベリーの葉っぱを片手で押しのけながら、音の聞こえる方向を覗く。

幸いにもまだヴィータが見える範囲の木々が倒れる様子はないが、まもなく奴らはこっちに来る。

それまでに、どうにかしてあの文字通り『鋼をも越える固い身体』を打ち砕く術を考える必要がある。

 

(でも、どうすりゃいいんだ…?)

 

ヴィータは自問自答を繰り返す。

相手はハンマーフォルムではびくともしなかった上に、最重量のギガントフォルムさえも正面から打ち合ってみせるだけの耐久力を持ち合わせた怪物…それも二体もいるのだ。

 

しかも、自分のコンビ相手は、油断から敵の攻撃を真正面に食らってふっとばされた後、未だにその安否が確認できていない…

まさか、あの一撃で…ヴィータの脳裏に最悪のシナリオが浮かびかけたその時、突然ヴィータの背後でブラックベリーの木の枝がガサゴソと大きく動いた。

 

「誰だ!?」

 

まさか、自分の存在を察した奴らに気づかぬ内に回り込まれていたのか…?!

ヴィータがグラーフアイゼンを片手に掴みながら、音が立った方向に目を向けると。

 

あふぇふぉ(姉御)ふぉへはふぉ(俺だよ)…ムグムグ…」

 

口いっぱいにブラックベリーの果実…が実っている枝や葉っぱごと頬張った成実が張って出てきた。

多少、戦装束が土や泥で汚れてはいたものの、特に大きな怪我を負った様子はない。

 

「し、成実!? おまえ、無事だったのか!?」

 

成実が五体満足である事を確認すると、ヴィータも思わず顔を綻ばせる。

この際、成実がまたしても意地の汚い行動をしている事には敢えてツッコまない様にしようとしたが…

 

「ふぁーへ、ふふふぉほほほい、むんがむんがむーん」

 

「いや、何言ってるかわからねぇよ! まず口の中のもの飲み込め! そしてこんなシリアスな時に食うな!!」

 

ベリーを頬張ったまま喋ろうとする成実に、結局我慢できずに声は抑えながらもツッコむ事になった。

成実は口に含んでいたものを飲み込むと、改めて話し始めた。

 

「まぁね。俺多少の怪我なら何か食ったらすぐ治るんだよ。さっきのあれはなかなか痛かったけど、ぶっつけられたのがデケェ“クヌギ”の木だったから、その“樹液”を啜ってすぐに動ける程度まで治してやったぜ」

 

「いや、樹液って…お前は、カブトムシかクワガタかよ…」

 

またひとつ、人間が到底食べられそうにもないものを食せる事をさらっと宣言してみせた成実に、ヴィータは改めてその常軌を逸した悪食ぶりに半ば引いた。

 

「それで、急いで戻ろうとしていたら、丁度姉御がこの美味そうな実がなってる木に隠れるのが見えたから俺も腹ごしらえついでに来たってわけ」

 

「腹ごしらえ“ついで”って…お前にとってあたしはメシより優先順位下なのかよ…?」

 

ジロリと睨みつけてくるヴィータに対し、成実は意に介する事なく、目の前に生えていた幾つかの黒がかった赤色のベリーが実った枝を躊躇いなく噛みちぎった。

 

「それで、あの“牛タン”と“馬刺し”共はどうなってんの?」

 

「食いもんに例えた呼び方すんな。 相変わらず2体共ピンピンしてやがる。こっちもなんとか色々いい手がないか色々考えを巡らせてはいるんだが、今のところ梨の礫だ…」

 

「マジかよぉ…」

 

ウンザリした様にボヤく成実にヴィータは更に悪い知らせを言伝た。

 

「それに、お前はふっとばされて気づいてなかったかもしれねぇけど…さっきR7支部隊の要塞から新たにとんでもない化け物が飛び出してきやがった。それもかなり強力な“古代竜”だ。今はなのはがそいつを食い止めに当たっているから、アタシとしてはさっさとあの牛野郎と馬野郎を片付けて、応援に向かいたいところなんだがな…」

 

「竜!? この世界って竜がホントにいるのかよ!?」

 

成実は何故か微妙にズレたところへ食いついてくる。

 

「ツッコむところそこかよ!? っていうか、お前六課で既に竜見てるだろ!? ほら、キャロと一緒にいるあのフリードって白い子竜…」

 

「ええぇっ!? フリード(アイツ)って“竜”だったの!? 俺ぁてっきり、非常食用の“鶴”かと思ってたぜ! そういえば、やけにずんぐりむっくりしてブッサイクな鶴だと思ってたけど…」

 

無神経極まりない事を宣う成実にヴィータは改めて礼節について説教でもしようかとも考えたが、流石に今はこんな状況だけに必死に口を噤んで堪えた。

 

(……とりあえず今の会話は、キャロが聞いたら泣くから黙っておこう…)

 

ヴィータがそう心の中で教え子への細やかな気配りをするのを他所に、成実はマイペースに話を進めていた。

 

「だったら、このままうかうか逃げ回っているわけにもいかねぇってわけか。まぁ、俺も兄ちゃんの様子が気になるし、早くアイツらを片付けたいって姉御の気持ちには賛成―――」

 

「ッ!? シッ!」

 

突然ヴィータが成実を目顔で黙らせ、ベリーの葉の隙間の向こうを指した。

100メートル程先にある木々がバキバキと大きな音とともに倒れ、その奥から牛頭と馬頭の巨人が辺りを注意深く見渡しながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「来やがった…」

 

ヴィータが緊張を抑え、ラケーテンフォルムのグラーフアイゼンを掴みながら、成実の方を見据えた。

 

「いつ見つかってもいいように、お前も備えておけ」

 

「合点承知のはらこ飯!」

 

成実は頷くと、腰に下げていた『非常袋』から、先程R7支部要塞の厨房で拝借していた半分焼けたリンゴを取り出すと、それを徐に齧り始めた。

 

「ってそうじゃねぇよ! こんな状況で何リンゴ食おうとしてんだよ?!」

 

そうヴィータは極力声を抑えながらも、成実の頭をパカンと一発叩いてツッコむ。

 

「いや、だってこの木の実、味はなかなかいけるけど、いまいち腹に溜まらねぇんだよ。これだけじゃ、すぐに腹が減っちまうって…」

 

「だからって、状況考えたらわかることだろ! 『備えろ』っていうのはいつでも戦闘になって――――ッ!!?」

 

成実を叱咤していた最中、ふとヴィータの脳裏に考えが浮かんだ。

そう言えば…成実の『非常袋』の中身には確かひとつだけ戦闘に使えそうなものが入っていた筈…それもかなり強力な――

 

「…そうだ! おい、成実! お前確か、その非常袋の中に……持っていたよな?! あれ!」

 

「あれ? あれって何? お楽しみにとっていたマグロの刺し身?」

 

「それじゃねーよバカ! そうじゃなくて爆弾だよ! 爆弾! お前が“非常食”にしようとかなんとかほざいてた手投げ爆弾!」

 

ヴィータの言葉に促される様に、成実は非常袋の中身を弄り、特注の手投げ爆弾を取り出した。

 

「そうそれ! そいつはたしか、対上杉戦の為に拵えた特注品だって言ってたよな? つまり、かなり強力って事か?」

 

「そうだとは聞いてたけど…一応城塞をふっとばすだけの威力はあるって」

 

「それだ! 成実、あたしが合図をしたら、そいつを思いっきりあたしに投げつけろ。そいつをアイゼンでぶっ飛ばして、奴らに叩きつけてやる。もしかしたらそいつで奴らにダメージが与えられるかもしれねぇ」

 

「なるほどどじょうの柳川風! そいつはやってみる価値ありそうじゃん! 流石はヴィータの姉御! あったまいい!」

 

「こ、こんくらいの事、ちょっと考えたら誰でも思いつく事だろーが…無駄に煽ててんじゃねーよ…///」

 

妙に必要以上に称賛してくる成実に軽く赤面しながらそっぽを向くヴィータ。

成実としては純粋にヴィータの機転の良さを褒めているつもりで、それが世辞ではない事はわかっているが、やはり褒められる事には慣れていないのか、些か羞恥心を覚えてしまうのだった。

 

 

「ほぉ? 自分達から姿を見せるとは…潰される覚悟が出来たのか?」

 

木々を張り倒しながら進んでいた牛頭が、切り開いた様な場所の真ん中でそれぞれグラーフアイゼンと三牙月流(みかづきりゅう)を構えながら待ち受けていたヴィータの成実を見つけ、嬉しそうに挑発した。

 

ヴィータと成実の挙動は、牛頭の隣でその様子を見ていた馬頭に言わせれば「無鉄砲極まりない」ものだった。完全無策のまま、とりあえず再合流出来たから戦いを再開しようとしているとさえ思えるくらいだ。

 

しかし、その佇まいからこの2人が決して、我武者羅に自分達に再度戦いを挑もうとはしていない事を馬頭は見抜いていた。

 

「気をつけろ牛頭。何か考えがあるのかもしれないぞ?」

 

「何をしてこようが、我が身体に砕けぬものなどないわ!!」

 

馬頭の忠告を聞き流しながら、牛頭は倒した大木を手に取り、それを先程までの石柱と同じ要領で振り回しながら2人に向かって突進していく。

 

「アイゼン!“フォルムツヴァイ”だ!!」

 

《ja! Raketen form Form Zwei!》

 

グラーフアイゼンが発光と共に柄が2倍程伸び、鎚の後部側の推進ユニットが3基の推力偏向ノズルに形が変わった事を確認すると、全身を砲弾のように投げ出して体当たりをかましながら、牛頭の脳天を目指して、推進ユニットからジェットを噴射させながら鉄鎚を振り下ろす。

牛頭はそれを黒いオーラで包んだ大木で受け止めた。先程まで使っていた石柱同様に大木もまた、元の素材ではありえない鋼の様な耐久力を持ち合わせていた。

 

「チィッ! ホントに手にしたものならなんでも自分の身体と同じだけ頑丈な武器にしちまうんだな!」

 

舌打ちをしながらそうぼやいたヴィータは何を思ったのか、今度は早々に打ち競り合いを切り上げると、そのまま後ろに飛び退いて距離を空けた。

 

馬鹿め! 三度も逃してなるものかぁぁぁぁぁぁ!!!

 

牛頭の咆哮の様な叫びと共に振り下ろされる大木を、巧みに飛び躱すヴィータを狙い、後方から馬頭が羽型の魔力弾で狙撃し、援護攻撃を加えてくるが、ヴィータはそれさえも宙返りを交えた華麗な機動飛行で避けると、カッと目を見開きながらどこへともなく声を張り上げた。

 

「今だ! 成実!! あれを出せ!」

 

瞬間、大樹の隙間から成実が2体の巨体の前に飛び出してきた。

 

「おうよ! 頼むぜ姉御ぉぉ!!」

 

叫びながら、成実は『ひじょうぶくろ』から取り出したそれを真上にいたヴィータに目掛けて素早く投げた。

回転しながら飛んでいったそれをヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶりながら待ち受け、渾身の力で振り下ろして打ち付けると、牛頭の顔に向かって打ち飛ばした。

 

 

 

ピシャッ!! ヒューーーーーン…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベチャッ!

 

 

 

 

 

「……へっ!?」

 

ところが、予想していた音とは全く異なる間の抜けた効果音と共に、予想していたものよりも明らかに質量が小さく、物質も異なり、そしてちょっと生臭いものが牛頭の顔に向かって飛んでいき、牛頭の額に当たったのを見て、ヴィータは思わず間抜けな声を上げる。

それを見た成実は…

 

 

 

「いっけねぇ! 間違えて、お楽しみにとっておいた“マグロの刺し身”ぶん投げちゃった!!」

 

『ひじょうぶくろ』から本来投げる筈だった爆弾を取り出しながら間抜けな声質で叫んだ。

 

「バッカヤローーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

刹那の速さで地表に向かって急降下して、成実の胸ぐらを掴む形で回収すると、猛スピードで飛んで退避しながら、叱咤する。

 

「もっかい言ってやる! このバカヤロッ!! 生ゴミなんか投げつけてどうすんだよ! 無駄に怒らせただけじゃねぇーか! なんでお前はこうも肝心な時にヘマすんだよ!!」

 

「ぐげげげ…!? そ、そんな事言ったって咄嗟だったんだからさぁ…! って姉御せめて、掴むなら襟首にしてよ! このままじゃ俺窒息しちまうってぇぇ…!?」

 

「うるせぇ! むしろ一回窒息しろ、アホーー!」

 

「そんなご無体なぁぁ…!ぐええぇ…!!」

 

成実の大失態を叱責しながら、またも森の中を飛んで逃げる羽目になったヴィータの後方から羽型の魔力弾を乱射した馬頭と、額に成実の投げつけてきた鮪の刺身を貼り付けられた牛頭が怒りに吼えながら木々をなぎ倒しつつ追いかけてくる。

 

おのれ、どこまでもふざけ腐ったチビ共め!! もう勘弁ならんぞ!! 我らをコケにするとどんな事になるか思い知らせてくれるわ!!

 

牛頭はそう怒号を上げながら、額に張り付いていた鮪の刺身を鬱陶しそうに手に取ると、躊躇う事なく口に含んで、噛まずに飲み込んでしまった。

 

 

「あああぁぁっ!? あの牛野郎!俺のお楽しみにとってたマグロ食いやがった!! ひっでぇぇや!」

 

 

「言ってる場合か! それより逃げるぞ!!」

 

 

必死に低空飛行で逃げる2人を、牛頭は両手に持った大木を振り乱しながら、森の中を突き進んでいくのだった。

 

 

 

 

六爪を構える政宗と、新たな屍鬼神“殺凄羅(あすら)”を憑身させ、十本の妖刀を操る剣術遣いとなった秀家の2人は要塞の四方を囲む巨大な城壁の上へと戦いの舞台を移し、対峙していた。

先程までの激戦の舞台となっていた隊舎の本館は既にその3分の2が紅蓮の炎に包まれつつあり、その明かりは政宗達のいる城壁は勿論の事、要塞のあるレシオ山の森の木々をうっすらと紅に染め上げている。

 

秀家(殺凄羅)は青い鬼火で出来た八本四対の腕で掴んだ八振りと、生身の腕で掴んだ二振りを併せて十刀の妖刀を構え、殺生欲の抑えられない狂気的なギラつく瞳で政宗を睨みつけていた。

 

「へへへ…アンタなかなか粘るねぇ、早くその身体たっぷり切り刻んで食ってやりたいよ」

 

秀家の言葉に併せて、年若い女性の様な声が重なって、政宗に向かって挑発的な言葉を投げかけてくる。

 

「Ha! 腕っぷしを褒めてくれるのは結構だが、後半の悪趣味なWordは蛇足だろう?」

 

「いいや。むしろ、あたいとしてはそっちのが本心なんだぜ」

 

秀家(殺凄羅)は背中に生えた鬼火の腕に持った八刀を頭上に掲げ、腕ごと高速で回転させるように振り回し始めた。

対する政宗は六爪を構えたまま、じりじりと両足の爪先をにじるように前に推し進め、いつ秀家(殺凄羅)が斬りかかってきても良いように備えていた。

 

「食らいな! 死閃十裂(しせんじれつ)!」

 

秀家(殺凄羅)が技名と共に飛び上がり、鬼火の腕を回転させたまま、それぞれ斜め十字に振り乱しながら振り下ろしてくる。

政宗はそれを後ろに飛び避ける。

刹那、政宗が立っていた場所の地表は巨大な爪で抉り取られるように消失した。

その斬撃の威力と刀数に物を言わせた攻撃の悍ましさを、政宗は改めて思い知ることとなった。

 

(コイツ…剣術のskill自体は大した事ねぇが、やはり10本も同時に刀を使われると、色々と面倒だな…)

 

心の中でそう吐き捨てていた政宗の面前に、秀家(殺凄羅)が着地から再び飛び上がり、今度は八本の鬼火の腕を大きく回しながらの斜め切りで襲いかかってきた。

政宗がそれさえも避けると、その機動力が厄介と踏んだ秀家(殺凄羅)は、再度着地すると、今度は身を沈ませてからの、突きに転じる。

刀刃の切っ先が夜風に舞い散る火の粉を反射し、ギラギラと光を放ちながら、政宗の身体を串刺そうと鋭く躍った。

 

先程、政宗が秀家(殺凄羅)に説いた言葉にもあるとおり、武器とは、決して数にものを言わせて所有すればするほど優位に事を運べるだなんて子供じみた理屈は通じないものである。

むしろ、操る武器が多ければ多い程、操り手はそれを片手ひとつで扱い、使いこなすだけの腕力や、技術が求められる。

政宗の出身である時空の戦国時代はともかく、少なくともなのは達の出身の地球・日本の歴史に二刀流の使い手の武人が少ない事もそういった理由からである。

 

しかし、秀家(殺凄羅)はそうした複数以上の得物を同時に使いこなす上のネックなど全く感じさせずに、自由自在に扱いながら、政宗を追い詰めていた。

対峙したまま、少しずつ後ろに追われている政宗の背のほんの数メートル後方で城壁が崩壊して、絶壁のような状態となっている。

 

「トドメだ! バラバラにしてやるぜ!!」

 

「Ha! Things don't! Yeah ha!!」

 

ここで政宗が六爪に電撃を走らせて、青白く発光させた三本二対の刀を爪のように斜めに振り上げた。

追い詰めたと油断した隙を突いて、相手が刺突を放とうと身構えたところを雷撃を含んだ斬破を打ち飛ばして、形勢を転じる一手にするつもりであった。

 

だが、秀家(殺凄羅)は鬼火の腕で掴んだ八刀を身体の前に組み交わせる様に防御の構えをとると、呆気なく防ぎ、砕いてしまった。

勿論、秀家(殺凄羅)には僅かなダメージも負った様子はない。

 

組んでいた八刀を解れる奥で、秀家(殺凄羅)の嘲りの笑みが不気味に浮かぶ。

 

「Shit!! 読んで字の如く冥府のAsuraの笑い顔ってか…!!」

 

「フヘヘ…! アンタを喰らう時にはもっと良い笑顔を浮かべているだろうよ」

 

凍りつきそうな邪悪な声で語りかけてくる秀家(殺凄羅)。

政宗は改めて、この年端も行かぬ若者が『豊臣五刑衆』に連ねている理由を思い知らされるような気がした。

 

「流石、大したものだぜ。テメェの主人は…扱うMonsterはどいつも中々の手練…テメェみてぇな“香車”の駒でさえ、この腕前とくりゃ、他にはどんな伏兵を持っているか興味が湧いてきたぜ」

 

政宗が話している間も、両者共に動きを止めていなかった。

 

「アハハハハハ! そうか、そうか! 我が主の強さに興味をいだき……んっ?」

 

政宗の話を聞いて愉悦の笑いを上げかけた秀家(殺凄羅)だったが、話している最中にその言葉の意図に気が付き、笑いを止める。

 

「待ちな! テメェ! あたいを“香車”の駒だとか言いやがったな! “金将”や“銀将”、“飛車”、“角行”ならまだしも何故、“香車”なんだよ!?」

 

「気づいたか? Spider Lady刀の数と人外の力に物を言わせて強引に押し寄せようとするBattle Styleなテメェにはピッタリな例えだと思ったんだがな?」

 

そう言って、政宗は意図返しと言わんばかりに不敵な嘲笑を返してみせた。

 

「――――ッ!? 身の程知らずの人間風情が!」

 

一転して激昂した秀家(殺凄羅)は後ろへと後退し、距離を空ける。

 

「餌にしようと思ったが気が変わったぜ! テメェはここで灰にしてやる! “焼却乱舞(しょうきゃくらんぶ)!!」

 

すると、秀家(殺凄羅)の操る十本の刀に異変が起こる。

それぞれの刀身の周りに纏わりつく様に炎の渦が走り、瞬く間に妖刀を燃え盛るトーチの様に紅の炎に包み込んでしまった。

秀家(殺凄羅)は躊躇う事なく、それらを振りかぶりながら、身体を弾ませて政宗に迫り、乱れ斬りを放って、その四肢をバラバラに切り裂こうとする。

だが、政宗はその時を待っていたかのように咄嗟に地面を蹴ると、突っ込んできた秀家(殺凄羅)の背面に周り込んだ――――

 

「何ぃッ!?」

 

一方目標を失い、虚しく空気を切った事に動揺する秀家(殺凄羅)の背中に政宗は躊躇なく六爪の片割れの三刀を突き立てながら、解説する様な口ぶりで言った。

 

「何時の日か、小十郎と遊興で将棋を指していた時に教わったのさ…『前に一辺倒しか進む事の出来ない香車を取りたい時には自前の駒を後ろから回し込んで挟み込め』ってな…今がその時ってわけだ」

 

「が…!? がが……ッ!?」

 

政宗は決して追い詰められていたわけではなかった。

追い詰められている様に装いながら、新たに秀家がその身に宿した屍鬼神の特性を見定めていたのだった。

そして一通り把握した後、相手が十分に気を緩めた時、一気に攻勢に転じた結果、勝負はあまりにも呆気なくつく事となった。

 

殺凄羅の十刀とそれを操る鬼火の腕、そして火を宿す妖刀は確かに強力だ。

しかし、実際に刃を交えて分かった事は、“それだけ”の存在でそれ以上の特異な強さが感じられない。

恐らく、秀家の従える屍鬼神の中でもあまり重要な存在ではないのであろう。

 

「あ……あたいが……こ、こんな…人間風情に……!?」

 

秀家(殺凄羅)が驚いた表情で自分の胸から突き出た三本の刃先を見下ろす。

 

「だから言っただろう? 『強さとは得物の数で決まるもんじゃねぇ』って」

 

「だ…黙れぇ!!」

 

政宗の言葉を必死に否定するかのように、秀家(殺凄羅)は激昂の言葉を上げながら無理矢理に背に刺さっていた刃を引き抜くと、振り返りつつ、火が消えた十刀を闇雲に振り回した。

 

「DEATH BITE!!」

 

政宗は身を微かに沈めながら、引き抜かれた三刀を地表に向けて構えながら、間合いを詰め、一気に天上に打ち上げる様にして振り上げた。

 

「ぎゃああああああぁぁぁぁッ!!?」

 

青白い雷光のような三重の斬破が秀家(殺凄羅)の身体を紙人形の様に吹き飛ばし、そのまま崩壊した城壁に開いた巨大な亀裂の反対側の壁の絶壁へと打ち飛ばし、叩きつけた。

政宗に勝利の余韻に浸る暇はなかった。

街に向かって飛んでいった古代竜を単身追跡に向かったなのはの安否が気になる。それに、別行動している成実やヴィータ達も何かしらの刺客が向けられているのかもしれない…

刹那、そんな政宗の不安を確証させるかのように麓のラコニア市内の各所から火の手が上がり、レシオ山の中腹近くの森からは轟音と共に木が巻き上げられるのが見えた。

 

「Shit! 一難去ってまた一難…か。 無事でいてくれよ…なのは……」

 

政宗は、苛立たしげに呟くと、10メートルはあろうかという城壁から地表に向かって飛び降りると、着地と同時にまずは木々が巻き上がった森に向かって駆け出して行くのだった。

しかしこの時、政宗は気が付かなかった。

 

 

 

砂埃の消えた城壁の崩れ出てきた絶壁に叩きつけられた筈の秀家の姿がどこにもいない事に…

 

 

 

 

あのチビ共め…! あまり我らをコケにしているとどうなるか思い知らせてやる!

 

大樹を次々となぎ倒しながら、牛頭は奮然としながらも、追い立てた獲物を弄ぶのを楽しんでいるかのような嗜虐的な声を上げながら森の中を進んでいた。

 

牛頭…弄ぶのは勝手だが、そろそろ奴らの息の根を止めないとな…あれは小さいがバカじゃない。特にあの紅の雌ガキは見かけに反して相当な猛者だ。恐らく今にも我らの鋼の肉体を砕く術を考えつくかもしれないぞ…

 

その横を走る馬頭が言った。

 

現にさっきも失敗したみたいだが、何か我らを倒す良い思案を上げていた様子だったからな

 

フン! 生魚の切り身を顔にぶつける嫌がらせが良い思案ってか? 馬頭よ! 我らも随分と見くびられたようだな!! それか奴らは相当なバカだという事であろう!

 

…まぁ、あの雄の野猿がバカなのは間違いないようだが…それでも油断をしない方が―――

 

馬頭がそう話していた時、一際大きな大樹を押しのけ、木々がない切り開かれた広場の様な場所へと出てきた二体の前方にグラーフアイゼンを構えたヴィータと、変則三刀の内、何故か木刀だけを片手で構えた成実が立ち、待ち受けているのが見えた。

 

ほぉ。とうとう逃げるのを諦めて、我らに叩き潰される決心がついたようだな。いやはや、殊勝な事で結構だ

 

「生憎、アタシも成実(このバカ)もおとなしく潰されにきたわけじゃねぇ。さっきはコイツのヘマで出鼻くじかれちまったが、今度はキチンとテメェら纏めてぶっ飛ばしてやる!」

 

ほぉ、大した自信だな…! ならばやってみせるがいい! チビどもが!

 

 

怒声と共に牛頭が大地を蹴り、右腕に掴んだ大木を勢いよく振り上げた。

その瞬間、ヴィータはキッと目を鋭く尖らせながら脇に控える成実に向かって叫んだ。

 

「今だ成実! 今度はしくじんなよ!!」

 

「合点承知のはらこ飯! 姉御!」

 

成実が元気よく返しながら、手ぶらの筈の片手を腰に下げていた『ひじょうぶくろ』の中に突っ込むと、今度は間違える事なく、中から野球ボール程の大きさの爆弾を取り出した。

それと同時にヴィータはハンマーモードに戻ったグラーフアイゼンを野球のバッターの様に大きく振りかぶって構えてみせる。

 

「思っきりかっとばしちまえ! 姉御ぉ!」

 

「シュワルベ……」

 

成実が叫びながら手を振り上げ、爆弾をヴィータの目の前に投げる。

 

「フリーデン!!!」

 

それを見計らい、ヴィータは黒い鉄製の球体に向かってグラーフアイゼンを力を込めて振り下ろすと、鎚の中心に見事に命中させ、そのまま飛びかかってくる牛頭に向かって打ち放った。

 

「させるか!!」

 

しかし、ヴィータの打った爆弾が牛頭の脳天に命中する直前、その背後から馬頭が山野を揺るがすような怒声と共に羽型の魔力弾を放ち、牛頭に直撃する前に爆弾を炸裂させてしまったのだった。

 

 

ドオオオオオオオオオオン!!!

 

 

薄暗い夜の森を一瞬だけ昼間に変えてしまう程に眩い閃光と共に爆弾が炸裂し、白煙と共に熱く、凄まじい圧力の爆風が広場中に吹き付ける。

それを真正面に受けたヴィータと成実は吹き飛ばされながらも、どうにか地面の上で受け身をとって、体勢を大きく崩して、隙を見せてしまう事は避ける事ができた。

しかし、肝心の牛頭は…?

 

2人がすぐに正面を警戒し、白煙が晴れていくのを待っていると…

 

ふぅ……今のは直撃していたらまずかったかもな。ありがとよ馬頭よ…!

 

「何ッ!?」

 

「マジソン!?」

 

角の片方が折れながらも、それ以外は全く傷を負った様子のない牛頭が勝ち誇ったように鼻息を立てながら現れた。

その様子を見て、目を見開くヴィータと、大袈裟な仕草で仰天する成実の反応を見て、牛頭の隣に立ちながら馬頭が不敵な笑みを零す。

 

馬鹿め…一度しくじった手の内が通じるとでも思ったのか? しかし、それもどうやらもうお終いみたいだな…

 

「……チィッ!」

 

「どうするよ? 姉御?」

 

苛立たしげに舌を打つヴィータに成実が尋ねる?

ヴィータは振り向く事のないまま小さく頷いた。

 

「仕方ねぇ……やるぞ」

 

ヴィータは言うと同時に成実を背後から抱えると、そのまま空に向かって地面を蹴って飛び立った。

突然の挙動に思わずビクリとした二体の屍鬼神だったが、それがすぐに例の如く敵前逃亡と理解すると、すぐに余裕を取り戻した。

 

フハッハッハッハッ! 哀れだな。せっかくの切り札も通じぬと踏んで逃げるとは…!

 

天上高く舞い上がっていく2人を見据えながら、牛頭は嘲りの色を濃くしながら哄笑を上げる。

 

しかし…最早、貴様らの茶番に付き合っているのも飽きたわ。馬頭、撃ち落としてしまえ

 

…任せろ

 

馬頭は頷きながら牛頭の横を進み、前方へと歩み出ると、片手を天上に向けて構えてみせた。

一方、地上から50メートル近くの高度まで達していたヴィータは地上の様子をちらりと確認するや否や…

 

「……しめた! いくぞ成実!!」

 

「おうよ! ドーンと言っちゃってくれよ!!」

 

何を思ったのか、突然その場で成実を手放すと、手にしたグラーフアイゼンをギガントフォルムへと変形させる。

一方の成実は宙で膝を抱え、まるで球体を作るように丸くなる姿勢をとってみせた。

 

「……全身の骨が粉々に砕けちまってもしらねぇからな!? ヴィルデス…ゲシュッツウゥゥッ!!!」

 

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

初めて唱える技名と共にヴィータがギガントフォルムのグラーフアイゼンを全力で薙ぐと、その等身大以上の大きさの鎚でなんと成実をボールの様に打ち飛ばしてみせたのだった。

 

「「ッ!? なんだと!?」」

 

「っしゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!! 三牙月流奥義………!!!」

 

そして、打ち飛ばされた成実はそのまま空中をピンボールのように高速回転しながら、隕石もかくやの様な速度で、地表に向かって突進していく。

完全に油断していた馬頭も牛頭も、自分に向かって回転しながら落下してくる成実を前に回避もしくは防御の構えをとるのが僅かに遅れてしまい、慌てて迎え討とうとしたその時には成実は馬頭の懐の前に迫っていた。

 

「小十郎の兄貴命名…“三剣爪牙(みけんそうが)”ぁッ!!!」

 

グハアァッ!?

 

次の瞬間、馬頭の巨体の背中を突き破って、口に無柄刀を咥え、両手に直刀と木刀を咥えた成実が大量の黒がかった大量の血と共に現れ、文字通り隕石のように大きな轟音と衝撃、噴煙を上げながら地面に着地…っというよりは“着弾”するのだった。

 

わ…我の身体…が……貫かれた………だ……と……ッ!?

 

口から血反吐を吐き、何が起こったのか理解できないと言わんばかりに濁った声を上げながら、屍鬼神“馬頭”はゆっくりと地面に倒れ伏す。

思わぬ攻め手で相方を斃されたのを見て、牛頭は何が起こっているのか理解できなかったのか、ほんの一瞬だけたじろいだ。

その隙を突くように、天上に逃げていた筈だったヴィータがそのまま引き返してくると、その垂直降下の勢いに任せながら、グラーフアイゼンをもう一度振りかぶってみせる。

 

「ギガント…ハンマァァァァーーーーーッ!!!!」

 

牛頭の横をすり抜けながら、ヴィータは全身を回転させる様に身の丈以上の鉄槌を斜めに振り下ろし、牛頭の残っていたもう片方の角に向かって叩きつける事に成功した。

巨大な岩石が砕けるような音と衝撃を伴いながら、牛頭の残っていた角は僅かに付け根の部分を残して、粉々に粉砕されたのだった。

 

グオオオォォッ!?

 

くぐもった悲鳴を上げながら、牛頭が数歩後ろに仰け反った後、そのまま背中を地面に打ち付けるようにして倒れ込んだ。

 

初めて、大いに手応えのある一撃を加えられた事を確信しながら、ヴィータは地面に着地すると、倒れ伏した巨体の前で今だ白い砂塵が巻き上がったままのクレーターの方を振り返った。

 

「成実!? おい、成実! 大丈夫か!?」

 

自らやった事とはいえ、巨大な岩はおろか、巨大な鋼鉄の壁をも容易く打ち抜く程の威力を誇る、グラーフアイゼンの…それもギガントフォルムの強打を全身で受けるという前代未聞の命知らずな事をしでかしてみせた成実が果たして無事でいるのか、ヴィータは攻撃が成功した事を確認して尚も心配で仕方なかった。

バリアジャケットを装備した魔導師でさえも四肢のいずれかの骨が複雑骨折する事は避けられない。ましてや一般人で、後進的な文明の粗雑な防具しか身に着けていない成実が受けようものなら、それこそヴィータが最初に懸念していたとおり、全身の骨が粉砕されてしまう事はおろか、最悪人の形も留めていない肉塊へと成り果てている可能性だってあったのだった。

もしそんな事にでもなったら、政宗や小十郎になんて詫びを入れたら良いかわからない…そんな不安を抱えながら、薄れかけた白煙に向かって呼びかけるヴィータだったが、そこへ…

 

「痛ててて…珍しく打ち身が出来ちまったよ……こりゃしばらくアザが残るな…」

 

地面に生じた3メートル程のクレーターの中から砂埃に塗れた成実が這い出てくるのが見えた。

一瞬、それが四肢の骨を折って起き上がれないのかと危惧するヴィータだったが、その直後、成実は何事もなかったかのように立ち上がってみせた。

 

「し、成実!?」

 

「成実!? おま…大丈夫なのか!? どこも骨折れてねーか!?」

 

「あっ? ちょっとばかし背中が痛ぇーけど、別にどこも骨は折れてねーからだいじょーぶだって」

 

そう言いながら、両腕を大きく回しながら、その場で跳ね上がってみせる成実を見て、それが決してやせ我慢ではない事を理解したヴィータは胸を撫で下ろしながらも、最早人外ともいえるその強靭な身体に軽く引き気味になっていた。

 

「そ、そうなのか…? だったらよかった…って言うべきなのか…? お前のその打たれ強さにどん引くべきなのか…? ま、まぁ、無事だったんならそれでいいけどよぉ…」

 

本当であれば安堵すべき場面であるのだが、何故か釈然としない様子でボヤくヴィータであったが、一先ず成実が生きていた事を確認して胸を撫で下ろした。

 

次の瞬間、倒れていたはずの牛頭が勢いよく起き上がった。

 

おのれえぇぇぇぇ! チビどもめ!! よくも、よくも我が片割れを…!! 許さん…許さんぞおぉぉぉ!!

 

発狂寸前ともとれる咆哮を上げながら、振り下ろされる豪腕を、ヴィータと成実はそれぞれに真横に側転する事で回避してみせた。

 

「アタシの全力の“ギガントハンマー”でも倒れないとは…その頑丈さはまさに生きた要塞だな」

 

黙れぇぇ!? 貴様のナマクラ如きに倒れるなどありえぬ!! こうなれば我が全ての力を尽くして、その小さな体叩き潰してくれようぞ!!

 

ヴィータと牛頭は言葉を交わし、互いの全ての力を懸けてぶつけ合おうとした。

その時だった……

 

 

 

ぎゅるるるる~~~~!!

 

 

 

シリアスな空気の中に突如鳴り響く不穏な音…

 

おぉ!?

 

突然叫び声と共に顔を絶望に歪ませて牛頭が腹を押さえ出す。

 

「なっ…なんだぁ…?!」

 

あまりに予想外な展開に再度グラーフアイゼンを構えようとしていたヴィータも思わず唖然となる。

 

は……腹が……!? な、なぜだ!? 何故、急に……!?

 

「腹ぁ!? な…なんで!? なんで急に…?」

 

牛頭の口から出た思わぬ言葉にヴィータはますます困惑した様子を見せた。

すると、話を聞いていた成実が手を打ちながら、何か思い出したように頷く。

 

「あっ…! ひょっとして、さっきテメェが食ったマグロの刺し身…あれやっぱ腐っちまってたのかも?」

 

「ってあれかよ!?」

 

あまりに予想外にして間抜けな理由を聞かされ、ヴィータが思わず声を張り上げてツッコむ。

まさかここへきて、一番役に立たなそうなゴミ同然のものが思わぬ切り札になった事に、ヴィータは今の自分の感情をどう表せばいいかわからなくなりそうだった。

 

 

ぐああああああああああああぁぁぁぁぁ!! こ、こんなふざけたような戦術で……我がしてやられるだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?

 

 

牛頭は腹を抱えながら、その巨体を投げ出すようにもんどり打った。

 

「っしゃあ! 今なら叩き潰せるぜ! 姉御!!」

 

「…なんかイマイチしっくり来ないけど……やるか!」

 

成実に促されたヴィータが動いた。

経緯はどうあれ、トドメを刺すには絶好の機会ができた事に変わりはない。

ヴィータは成実をもう一度抱えると、そのままもんどり打つ牛頭のずじょう30メートル程の高さまで上昇していく。

 

「アタシはヤツの脳天を! オマエは土手っ腹を! 同時に打ち込むぞ!」

 

「合点承知のはらこ飯!」

 

「それ!」と掛け声と共にヴィータは成実の身体を離し、彼を地表に向けて落としたかと思うと、すぐに自身も直滑降に降りて、彼の横に並ぶ形で、地面に仰向けに倒れる牛頭に向かって落下しながら、グラーフアイゼンを振りかぶり、。

それに合わせて、成実も三牙月流(みかづきりゅう)の構えをとってみせた。

 

 

 

「ギガント……メテオーアァァァ!!!」

 

「兄ちゃん直伝……です・ふぁんぐ!!!」

 

 

一瞬の後、再び隕石が堕ちたかのような激しい爆音と振動がレシオ山の森に響き渡る。

そして間髪を入れずに数本の巨木がへし折れて、地面に倒れ打つ音が追従した…

 

 

 

 

土煙の立ち込める巨大なクレーターの底に、ヴィータの鎚撃で頭の上半分を叩き潰され、成実の斬撃で胴体を真っ二つに裁断された牛頭が動かなくなっていた。

 

ヴィータと成実はクレーターから這い上がりながら、荒れた呼吸を整えつつ、今一度自分達が討ち取った化け物がもう動かない事を確認する為に振り返ってみる。

 

ぐ……ぐぐっ………おの…れ……チビども………これで…終わった……と…思うなよ……

 

半壊した顔で必死に恨み節を絞り出し、多量の黒い血反吐を吐きながら牛頭は、最早その姿を捉えているかもわからないヴィータと成実に向かって言い残す。

 

我……ら……屍鬼神(屍鬼神)は………欲深……き……咎人の………骸がある限り………何度……でも……蘇る………ぞ………

 

最後にそう言って完全に動きを静止した巨大な牛顔の巨人から魂と思しき青白い発光体をスッと天に向かって抜けていくのが見えたかと思うと、瞬く間にその体を縮ませていき、遂には一人の男の亡骸へとその姿を変えた。

 

「…コイツは…!?」

 

「あっ! あの見掛け倒しのヘタレ隊長じゃね!?」

 

亡骸の男に、ヴィータも成実も見覚えがあった。

顔は潰されているものの、その服装と体躯は間違いなく星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)R7支部隊長 オサム・リマックのものだった。

 

「っという事はまさか…!?」

 

ヴィータが何かに気がついた様に、少し離れた場所に倒れ伏しているであろう馬頭の下へと駆け寄って確認した。

すると馬顔の巨人の代わりに残されていた一人の女性らしき遺体を見つけ、その傍に立って、顔を確かめてみた。

 

「やっぱりそうだ……副隊長のフェートンだぜ」

 

「どういうことなの?」

 

成実が両手に持っていた直刀と木刀を背中に戻しながら歩み寄って尋ねた。

 

「つまり、あの化け物の正体はR7支部隊のオサム(隊長)エンネア(副隊長)を殺して、その死体に取り憑いたものだった…って事だよ」

 

「ゲゲッ!? って事は俺たち、さっきまで“人間の死体”と戦ってたって事!? マジかよ、あの牛野郎の肉焼いたら美味そうって思ってたのに、人間の死体は流石に食えないって! エンガチョー!」

 

「いや、そもそも牛の巨人の化け物を食おうって考える時点で『エンガチョー』だっつぅの…」

 

激戦を制したばかりにも関わらず、相変わらずのペースで話し続ける成実に呆れ顔のヴィータであったが、一先ず手こずっていた強敵を倒せた事を実感し、ホッと胸を撫で下ろした。

だが、その安堵も森の木々の向こうに望むラコニアの街の各所に広がる赤い炎…そしてその上空を閃空する大きな影とそれを追うように飛ぶピンク色の閃光を見て、直ぐに消えた。

 

「成実! どうやらぼんやりしてる時間はねぇみたいだ! 街が危ねぇ! すぐにアタシらも行くぞ!」

 

「マジで!? それじゃあ、その前にちょっと腹ごしらえを――――」

 

そう言って呑気に腰に下げていた非常袋に手をかけようとする成実だったが、その前にヴィータは天上目掛けて飛び立ちながら、その襟首を子猫のように掴み上げてしまう。

 

 

「いいから急げ、成実!! メシは後!!」

 

「えええええぇぇぇぇぇぇっ!!! そんなの殺生だってば姉御おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

ドップラー効果の混じった成実の悲痛な叫び声を響かせて、2人は市街地の方へと飛んでいくのだった…




みなさん。約2ヶ月ぶりです。

また更新間隔を開けてしまい申し訳有りません。

ホントに調子良い時と悪い時の差が激しすぎるのはなんとかならないものかと悩んでいるところです。

とりあえず、今回はどこまでペースを上げられるかわかりませんが、飛ばしすぎて『燃え尽きる』事がないように気をつけたいところです。


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第五十八章 ~響天 魔竜の進撃~

元旦どころかもう1月も後半入っちゃいましたが、2022年初更新! 皆さん、今年度も宜しくお願い致します。

政宗「…っていうかアンタこれ、去年と同じようなPatternじゃなかったか?」

ギクッ!?

なのは「うん。2020年~21年の時も10月くらいで急に萎えて、クリスマスも年越しスペシャルも書けずに、2月くらいに再開してたよね?」


ギクギクッ!?


政宗「とどのつまりは……2年連続で同じ事繰り返してるって事かあああぁぁぁ!!!?」


アイムソーリィィィィィィッ!!

政宗「無理矢理英語使って謝るな!!」


……はい。ホントに、読者の皆さん申し訳ありませんでした。
何故か年末年始が近くなると決まって鬱&スランプが悪化するのがここ数年の悪癖になっていて、我ながら本当にどうにか出来ないかと悩んでいるところです。

そんなわけで、リリカルBASARA StrikerS 再開します。

家康「だから、そのフレーズも去年やってたんだっての…」

スバル「い、家康さんも言うようになりましたね」

家康「だってワシ、本編でもしばらくほったらかしだし…」

スバル(完全に拗ねてる!?)



第一管理世界 ミッドチルダの中でも有数の歴史情緒溢れた観光都市 ラコニアであったが、それが今や無残な戦場へと変わり果てていた。

街のあちこちから上がった火の手が天上の夜闇を紅く照らし、既に市街地中心部では3分の1もの建物が巨大な獣のかぎ爪によって抉られ、崩れ落ち、悲惨な地獄絵図へと変わり果てていた。

 

その悲惨な地獄絵図の真上では、街をこのような有様へと変えた張本人である古代魔炎竜 アルハンブラが飛び交っている。

 

時折、地上から武装隊の魔導師が発砲したものであろう魔力弾が空を俊敏に飛び交う魔竜に向かって飛来するのが見えるが、巨体を誇る翼竜相手には文字通り“蚊が刺す”程度にしかならず、竜の気を引くことすらままならない有様だった。

ただ一人…魔竜の背後から張り付くように、追跡しながら飛行し、その行く手を阻むように魔力弾を撃ち込む航空魔導師…“エース・オブ・エース”高町なのはを除いて……

 

古代竜を追って街に入ってから10分経っていた…

なのはは古代竜 アルハンブラをどうにか地表へ落し…とまではいかずとも、せめて制止せんとしていたが、彼女の力を持ってしても古竜の進撃を止める事はできない。

レイジングハートの柄を握る手は汗ばみ、額からは冷や汗が流れ落ちていた。

 

中遠距離用魔法に特化している反面、近接戦闘用魔法のバリエーションに乏しいなのはにとって、一定の距離を保ちつつも、戦闘に持ち込むほか勝ち目はないように思えたが、如何せん、古代竜の方もその図体に見合った巨体に似合わず機敏であり、なかなか懐に飛び込めないのだ。

加えて、相手は相当なタフぶりを見せている。

先程放ったディバインバスターに全くダメージを負った様子を見せなかったのが何よりの証だった。

 

(このままじゃジリ貧だ……)

 

なのはは、内心焦りながらも必死に打開策を考える。

するとその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

Master(マスター)!》

 

(レイジングハート?)

 

それは、いつも自分を支えてくれる愛機である相棒の声であった。

 

《|The armor of that old dragon has a special magical power.《あの古竜の装甲は特別な魔力がかかった魔装具です》。|First of all, unless you remove that armor, the master's attack will not pass properly!《まずはあの装甲を剥がさない限り、マスターの攻撃はまともに通りません!》》

 

(……やっぱりそうか…どおりでリミッターありきとはいえど、私のディバインバスターをまともに受けて、あの調子だものね…)

 

なのはは、前方で天上の双月に向かって上昇しようとするアルハンブラを見据えながら心の中で呟いた。

依然、その巨体にさしたるダメージは負っておらず、まだまだ絶好調といった調子だ。

 

しかし、それでも…なのはには自信があった。

確かに出力リミッターが掛けられ、AAクラスまで能力を制限されている今の自分の攻撃は、厄介な魔装具の装甲に身を包んだ古代竜相手には分が悪いかもしれない……

だが、この愛機(レイジングハート)とは何度も死線を潜り抜け、幾多の修羅場を共に乗り越えてきた間柄なのだ

…… そんな相棒が自分の力を信頼しないわけがなかった。

 

(やってみせるよ。レイジングハート!!)

 

なのはの心強い返事を聞き、嬉々として答えたかのようにレイジングハートは先端部分を光らせる。

 

Yes my Master(了解しました)! Looking forward to your next moves Avatar-Lv.2 (次の行動予測を行います)……Standby Ready(準備はいいですか)?……》

 

レイジングハートの言葉を受け、なのはは力強く頷いた。

そして再び前を向き、飛行する古代竜の姿を視界に収めると、レイジングハートの先端部分から、複数の光の玉が浮かび上がってきた。

この間になのはの脳内には、これから行うべき戦術プランが展開される。

 

刹那の後、なのはは即座に行動に移った。

古代竜を追うなのはの前に、いくつもの桜色の閃光が瞬く。

その閃光の正体は、なのはが自身の周囲に展開した誘導弾である。

誘導弾はなのはの意思に従い、アルハンブラに向かって飛翔していくが、当然のようにアルハンブラは上空へと回避する。

 

しかし、その動きは既になのはも想定済みだった。

なのははすぐさま追撃用のアクセルシューターを射出する。

誘導弾に続き、今度はなのはが得意とする射撃魔法であるアクセルシューターが発射される。

 

高速で飛ぶアクセルシューターは、空中へ逃れようとするアルハンブラに対して追随し、次々と着弾していった。

誘導弾、砲撃魔法と立て続けに攻撃を受けたアルハンブラは、煩わしそうに吼えながら降下を始める。

そこへ、なのははさらに追い打ちをかけた。

 

なのはの右手に握られた白銀の杖型デバイス…愛機の銘を冠した真紅の宝石のような意匠を持つそれを前方に突き出すと、先端に環状の魔法陣が展開され、そこから巨大な砲門が出現する。

なのははその砲身に膨大な魔力を流し込み、照準を合わせると……

 

《Divine Buster!》

 

「シューート!」

 

引き金を引いた。

撃ち出された魔力の奔流は一直線に、まるで流星の如く、夜空を駆け抜ける。

大気との摩擦によって生じたプラズマを伴いながら、なのはの放った一撃――ディバインバスターは、そのままアルハンブラの巨体を覆う装甲…それが無い唯一の箇所…頭部と胴体をつなく朱色の爬虫類質な表皮を持った首を狙って、一直線に飛んでいった。

 

直後、大爆発が巻き起こる。

 

「……命中した…ッ?!」

 

なのはは制止しながら、思わず呟いてしまい、すぐにそれがあまり縁起の良くない一言であった事を思い出した。

 

(こういうのって“フラグ”って言うんだっけ…)

 

なのはが、うっかり滑らせてしまった一言に忸怩を思う間もなく、宙に立ち込める白煙の向こうから…

 

「グオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!!」

 

空をも揺るがさんばかりの古竜の咆哮と共に煙が一瞬にして一閃の旋風と共に振り払われる。

勿論、アルハンブラの身体には傷一つついていなかった。

 

(ぐっ……命中直前に身体を僅かに逸らして、胴体の装甲に当てる事で防いだのね……)

 

意外に頭の回転も回る敵の厄介さに、珍しく唇を噛み締めて、昂ぶる感情を顕にするなのは。

そんな彼女に対し、アルハンブラは口元を大きく歪めさせると、大きく息を吸い込んだ。

そして次の瞬間、大気を震わす程の轟音を伴って、炎熱のブレスを放ってきた。

灼熱を帯びた深緑色の業火が、真っ直ぐになのは目掛けて襲いかかってくる。

 

「くぅ……ッ」

 

咄嵯の判断で、なのはは障壁を張って防御を試みる。

しかし、いくら強固な防護壁とは言えど、この近距離では直撃を免れない事は明白だった。

それでも、なのはは必死に堪えようとした。

だが、その抵抗は虚しくもあっさりと破られてしまう。

 

「きゃあああぁぁッ!?」

 

障壁越しにも伝わる衝撃と爆圧に耐え切れず、なのはは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。

その先には、市街地の中心部から少し離れた場所にある広場を中心とした市民公園があった。

 

「うわああっ!?」

 

なのはが、悲痛な叫びを上げて吹き飛んだ先で待ち構えていたものは、硬い地面ではなく柔らかな芝生に覆われた公園の広場だった。

なのはの事を受け止めてくれた芝草がクッションとなり、なのはは痛みを感じることもなく、無事に着地することができた。

なのはが無事であることを確認するように、レイジングハートが点滅する。

 

Minor damage(損傷軽微)

 

レイジングハートの声を聞き、なのははホッとした表情を浮かべた。

幸いなことに、なのはが受けたダメージはバリアジャケットが守ってくれたおかげで殆ど無かった。

しかし、それはあくまで表面上の話であり、なのはの心の中には焦燥感が募っていた。

 

(このままじゃまずい……なんとかしないと……)

 

状況は依然変わらず、なのはの劣勢である。

そもそも、なのはは最初から単独で勝てるとは思っていなかった。

相手は古代竜と呼ばれる存在で、本来ならば人間が敵うような存在ではないのだ。

だからこそ、なのはは初めから勝つ気など毛頭なかった。

今なのはが出来ることはただ一つ――奴の動きを少しでも止めて、ラコニアの街の被害が広がる事がないように時間を稼ぐことだけ…。

 

「高町!」

 

背後から聞こえてきた声になのはが振り向くと、片倉小十郎がこちらに向かって駆けつけてくるのが見えた。

 

「小十郎さん!」

 

「高町! 一体何が起こっているっていうんだ!? なんなんだあの竜は!?」

 

「それが…」

 

今は時間が惜しい為、なのはは話の要点のみを抑えた簡潔な説明をしていく。

それでも、R7支部隊の惨状と、“宇喜多秀家”なる豊臣五刑衆の一人と出会った事、そして秀家の手でR7支部隊が封印していた危険な古代竜 アルハンブラが復活した事を話した。

 

「……宇喜多秀家……そういえば豊臣の与力の大物の一人として“宇喜多”の名を聞いた事は知っていたが……まさか五刑衆の一人がそいつだったとはな…」

 

小十郎は呟きながら、2つの月をバックに飛ぶアルハンブラを睨みつける。

 

「にしても…またとんでもないものをけしかけてきたものだな…それでどうする?」

 

尋ねる小十郎になのははバリアジャケットに付いた砂埃を払いながら答えた。

 

「なんとか、私が止めてみせる。倒す…のは流石に無理かもしれないけど、それでも応援が来るまで少しでも街の被害を抑えないと! 小十郎さん! 六課からの応援は!?」

 

「ハラオウンとシグナムが先行して向かっている。アイツらもこの街の状況は遠目から見えている筈だから、一刻も早く駆けつける筈だろう。ただ、真田や徳川、フォワードの4人はヘリで向かっているからもうしばらくかかりそうだ」

 

「そっか…でもフェイトちゃんとシグナムさんが来てくれるだけでも、百人力だよ」

 

「成実やヴィータはどうした? それに政宗様は?!」

 

小十郎が問いかける。

 

「ヴィータちゃんと成実君は、別の敵と遭遇したみたいで、2人共まだレシオ山で戦ってるみたい。政宗さんは私にアルハンブラの対処をお願いして、一人宇喜多秀家を相手にR7支部隊隊舎に残って…」

 

「そ、そうか…まったくあの御方はまた無謀な事をなさる……」

 

そう呆れるような声質でため息を零す小十郎であったが、次の瞬間にはその表情は緊張で強ばった。

今、2人がいる公園に空から吹き付ける風の“圧”が変わったからだ。

なのはも小十郎もそれがなにか巨大なものが天上から迫ってきているのであると感知し、同時に空を見上げる。

案の定、空からは魔竜アルハンブラが大口を開けながら、急降下してきているのが見えた。

 

「来るぞ! 構えろッ! 高町!」

 

「くっ!?」

 

なのはは、再びレイジングハートを構えると、迫りくるアルハンブラに対して迎撃態勢を取り、小十郎も右腰に下げた愛刀“黒龍”を引き抜いて、上段の構えをとってみせた。

 

「やああぁぁっ!!!」

 

「唸れ… “鳴神(なるかみ)”!!」

 

気合の声とともに、なのはは目の前に展開した魔法陣から無数の誘導弾を、小十郎は突き出した刀に青白い電撃を走らせ、鋒から一筋の閃光として放つ。

放たれた誘導弾と電撃の閃光は真っ直ぐアルハンブラに向かって飛んでいくが、アルハンブラは再び口を大きく開くと、そこから黒炎を吐いて、向かってきた誘導弾と電撃を全て焼き尽くしてしまう。

 

「そんな!?」

 

「ぐぅ…ッ! やはり俺の“鳴神”程度の技では、あの巨体を貫く事はできないのか…」

 

小十郎が歯痒そうに唸るが、その間にアルハンブラは眼前にまで迫っていた。

 

「危ない! 小十郎さん!…ショートバスター!」

 

なのはが杖先を向けると、アルハンブラに向かってディバインバスターよりも一回り程小規模な太さの桃色の魔力砲が発射される。

狙いは勿論、装甲に守られていない首――

しかし、アルハンブラは、やはりその巨体に合わぬ身軽なローリングを披露して、砲撃を回避してみせると、そのままなのは達の方へと突っ込んできた。

 

「避けて!」

 

「ぐっ!」

 

なのはの叫ぶ声を合図に、2人はそれぞれ反対の方向に向かって地面を蹴り、大きく身を撥ねさせながら、地表に向かって体当たりをかましてくるアルハンブラの巨体をどうにか避けるも、その衝撃で巻き起こった風圧で、それぞれ吹き飛ばされてしまった。

 

「きゃあぁっ!!」

 

勢いよく地面に叩きつけられたなのはは苦悶の表情を浮かべながら、何とか立ち上がろうとするが、全身を襲う痛みのせいでうまく力が入らない。なのはが立ち上がれないままでいる間にも、アルハンブラはゆっくりと地面を這って、近づいてくる。

その光景を見て、なのはの心中に恐怖心が生まれる。

そして、遂にアルハンブラがなのはのすぐ目の前までやってきた時、アルハンブラは大きく息を吸い込むような動作を見せる。

 

(まずい!?)

 

アルハンブラの行動を見たなのははすぐに危険を感じ取り、身体を動かそうとするが、やはり思うように動かない。

次の瞬間には、アルハンブラの口から先程と同じ黒い炎が吐き出されるだろう。

 

「やい魔竜! 余所見してんじゃねぇ!」

 

だが、その前にアルハンブラの背後から小十郎が飛び出してくると、サッと背中に飛び乗ってみせると、それを覆う黒い装甲めがけて、電流の走る刀を突き立てようと、振り下ろした。

 

ガキィィン!!

 

しかし、装甲は突いた刃を全く通さないばかりか、まるで水面の様に円形に広がる赤黒いオーラの波紋を浮かばせたかと思いきや、次の瞬間にはバチバチと弾けるような音を立たせながら、刀を一人手に押し返してしまった。

 

「ッ!? こいつは…唯の鎧じゃねぇのか!?」

 

小十郎が弾かれた黒龍を見据えながら、戸惑う声を上げていると…

 

「ギャオオォオッ!!」

 

それを察知したアルハンブラが翼を大きく広げ、その場で回転し始めてしまう。

 

「なにぃ!?」

 

慌てて小十郎は振り落とされないようにしがみつくが、あまりの遠心力によって、次第に手の力だけでしがみついている状態になってしまう。

 

「ぐぅ…! こいつはとんだ……暴れ馬ならぬ暴れ竜だな……!!」

 

それでも諦めず、小十郎は必死に食らいつき続ける。

その間、なのははというと……

 

(動けない……! このままだと、私も小十郎さんも……!)

 

アルハンブラの回転に巻き込まれまいと、なのははその場から動こうとしたが、今しがた吹き飛ばされた際に地表に何度も叩きつけられた衝撃で一時的な脳震盪を起したのか、中々視点が定まらずに起き上がる事ができなかった。

その間にも遂にアルハンブラは小十郎を振り落とすように回転する速度を上げていき、遂に耐えられなくなった小十郎はその背中から振り落とされると共に、公園を囲むように広がっていた木々に向かって、まるで砲弾のような勢いで吹き飛ばされてしまった。

数本の木々をなぎ倒しながら吹き飛び、一際大きな大木に激突した事でようやく止まった。

 

「ぐはぁ……ッ!?」

 

「小十郎さん!?」

 

額から血を流しながら、力なく項垂れる小十郎を見て、なのはが思わず悲痛の声を上げるが、そんな彼女に向かってアルハンブラは口を開き、再び黒炎を吐こうとする。

 

(もうダメ……!)

迫りくる死の気配を前に、なのはは目を閉じて覚悟を決める。

だがその時――

 

「なのは!」

 

不意に頭上から聞こえてきた声に、なのははハッとして目を開く。

 

そこには自身のアルハンブラの間の地表…その数メートル上空に黒を基調としたバリアジャケットに白色のケープを羽織り、金色の光刃で出来た大鎌を模したハーケンフォームの愛機 バルディッシュを構えたフェイトが、なのはを庇うように背中を向けて浮遊していた。

 

「フェイトちゃん!」

 

「なのは、遅くなってごめん! 今の内に…!」

 

「あ、うん!」

 

フェイトに促されるまま、なのはは起き上がると、もう脳震盪も治った事を確認してから、地面を蹴って再び空に向かって舞い上がり、駆けつけてくれた親友の隣に並び立つ。

 

「ギィヤアァーーーー!!!」

 

突如、アルハンブラが雄たけびを上げると、口から黒い炎を吐き出した。二人はそれを躱しつつ、一定の距離を離そうと更に空の方へと上昇した。

 

「なのは。あれってひょっとして、古代竜…?!」

 

「うん。今は説明している時間がないから簡潔にしか説明できないけど……新しい豊臣五刑衆が現れて、その子がR7支部隊で封印されていたあの竜を解き放ったの」

 

上空へ上昇しながら、なのはとフェイトは眼下にいるアルハンブラの姿を見ながら会話をする。

 

「新しい五刑衆…!? それに『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』が古代竜を封印…!? 一体、どういう事?」

 

「それが…、私も色々とまだわからない事だらけで……確かな事は、あの竜は性質も能力もかなり危険だって事と…! このまま野放しにしていたらラコニア(この街)が焦土と化してしまう事…! なんとしても私達で止めなきゃ!」

 

「わかった! でもどうやって?」

 

「それは……」

 

なのはがそこまで言いかけた時だった。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!」

 

口を大きく開いたアルハンブラが空気を震わせる程の怒号を吼えると、翼を広げ、上空にいるなのはとフェイト目掛けて、一直線に突っ込むように飛翔し始めた。

2人は咄嗟に二手に分かれる様に飛んで、アルハンブラの突撃を回避する。

地上と違い、巻き起こる衝撃は然程大きくはなく、回避に成功した2人はアルハンブラとの一定の距離を置きながら、もう一度空中で合流した。

 

「そういえば、シグナムさんも一緒に先行していたんだよね? シグナムさんは?」

 

「私ならここにいる」

 

なのはの問いに答えたのは、いつの間にか背後にいたシグナムであった。

さらに彼女の横には、肩を借りる形で支えられた小十郎の姿もあった。

 

「小十郎さん!? 大丈夫!?」

 

「あぁ。なんとかな…ハラオウンがお前の救援に現れたのと同じ時に、シグナムが駆けつけて最低限の処置は受けた…しかし、空中戦となると空戦魔導師でない俺は出る幕がなさそうだな…」

 

シグナムの肩を借りながら小十郎は歯痒そうな表情を浮かべながらそう呟いた。

するとシグナムも、火を吐きながら暴れるように飛ぶアルハンブラを睨みつつ、唸るように話す。

 

「片倉の話からして唯ならぬ事が起きたとは予想していたが…よりによって“古代竜”が相手とは……久しぶりだな。竜を相手にとるのは…」

 

そう話すシグナムの小十郎を支えていない方の手は既に愛剣のデバイス レヴァンティンの柄にかけられていた。

 

「シグナムさん、フェイトちゃん。レイジングハートの話ではあの竜が纏っている装甲は強力な魔力耐性のある魔装具なの。だから、ただ魔法を撃ち込むだけじゃダメみたい」

 

なのはがそう2人に忠告すると、小十郎も補足する様に言い添える。

 

「その上、あの装甲そのものが相当固ぇ。俺の黒龍もまるで刃が通らなかった…おそらく魔法だけでなく“気”の力も通じねぇ…」

 

「なるほど。つまり、あの竜に対する最も効果的な攻め手は……」

 

「…装甲を覆っていない箇所を近接用の技を打ち込む!」

 

シグナムの言葉にフェイトは遠くにいるアルハンブラの姿を見据えながら、今ある戦法で一番有効であろう戦略を口に出した。

 

外見は、赤い鱗に覆われたワイバーンのような外見のアルハンブラの身体の内、漆黒の装甲に守られた箇所は頭部、胴体、3本の巨大で鋭利な爪先、そして長く太い尾と、両翼の前縁部分である―――

つまり、首と翼の前縁以外の部分と、足首はむき出しの状態であるというわけだ。

 

「よし。 奴は私とテスタロッサ…否、ハラオウン隊長と2人で相手する。高町隊長は一度片倉を地上にいる陸士隊の医療班に預けにいくついでに、ご自身の回復と装備の補填を…」

 

任務中との事で公務モードで話しながら、シグナムは肩を貸していた小十郎をなのはに預けてくる。

そして、なのはは小さく「はい」と返事をして、小十郎に肩を貸しながら抱えた。

 

「小十郎さんを届けたら、すぐに戻ってきます。それまで少しの間お願いね」

 

「すまない2人共…こんな時に力になれなくて……油断するんじゃないぞ」

 

なのはの肩を借りた小十郎がフェイトとシグナムに向かって頭を下げながら言った。

それに対し、2人は振り返りながら頼りがいのある微笑を浮かべながら頷いた。

 

「まかせて」

 

「無論だ」

 

その言葉を聞いた小十郎は安心したように笑みを浮かべると、なのはに連れられて地上の街に向かって降りていった。

 

 

 

 

その頃―――レシオ山の山中では、獣道を街に向かって駆け下りて行く政宗の姿があった。

宇喜多秀家を一先ず退けた後、他に彼の放った屍鬼神や生存者の姿がない事を確認してからR7支部隊隊舎を出ようとした政宗であったが、その時になってようやく、自らが街へ降りる為の手段がない事を失念していた事に気づいたのだった。

 

アルハンブラの出現によってその対処のために、ここへ訪れる際には空から空輸してもらったなのはを、一足先に街へと送り出してしまった。それに、彼女以外で空を飛ぶ事のできるヴィータは成実と共に別の敵と戦っている。

こうなれば自力で街へと降りるしかなかった政宗であったが、日ノ本の国と違って、馬などそうおいそれと見つかる環境ではない。

それならば、せめてこの世界(ミッドチルダ)に来てから習得したバイクはないかと壊滅した隊舎の敷地を探し回ったものの、結局見つかる事はなかった。

 

「Shit! まさか、五刑衆相手に打ち合った直後にTrail Runningなんざする羽目になるとはな! 今日はとんだHard Scheduleだぜ!」

 

政宗は一人悪態をつきながらも、木々の間を掻い潜る様にジグザグに走り、岩や木の根などで凸凹の激しい細道を、慣れた様に身軽な足取りで駆け抜けていった。

そして、ようやく山の中腹にある切り開かれた場所まで辿り着くと、彼はそこで大きく息を整え、呼吸が整った所で改めてそこから見えるラコニア市街の様子を伺う。

 

しかし、そこに広がっているのは惨劇であった。

建物の多くは崩れ去り、あちこちから火の手が上がっている。

そして、その惨状を作り出したであろう元凶の魔竜と思しき巨大な影が火を吐きながら街の上空を旋回する様に飛び交っていた。

時折、その周りで閃光が何度か光るのが微かに見えたが、その閃光を放っているのがなのはなのか、それとも応援に駆けつけた別の魔導師なのかはここからでは確認する事ができなかった。

 

「こいつはマズいな…早く山を下りて、せめて小十郎と落ち合わねぇと……!」

 

焦る気持ちをどうにか抑えつつ、政宗が再び麓へと続く道を駆け出そうとしたその時だった。

 

「急げって姉御ぉ! もっと速く飛べないのさぁ!?」

 

「うるせぇ! お前がいなかったらともっと速く飛べるっつぅの!! いいから黙ってろ! バカ成実!!」

 

背後の森の奥から聞き慣れた2人分の騒ぎ声がふいに聞こえてきた。

一瞬でその声の主達が誰なのかわかった政宗は、声のした方へと振り向く。

すると、政宗の視界の先に広がる木々の向こうから、成実を抱えながらこちらに向かって地表から2、3メートルのところを低空飛行で飛んでくるヴィータの姿が見えた。

 

「成実! ヴィータ! Stop! Stop!!」

 

「―――ッ!? 政宗!?」

 

「あっ! 兄ちゃん! 無事だったの!?」

 

政宗の姿に気づいたヴィータは、慌てて飛行速度と高度を落とすと、政宗と数歩分の距離を開けたところに着地しながら、抱えていた成実を雑に投げ出した。

 

「ほびろん!?」とマヌケな声を上げながら、地面に顔からダイブする様に落ちる成実を尻目に、ヴィータは単刀直入に政宗に問い詰める。

 

「政宗! 一体、どうしてまたあんなバケモンがR7支部隊の隊舎にいたんだよ!? なんでお前はなのはと一緒じゃないんだよ!? アタシらと分かれた後に、一体何が起きたんだぁ!?」

 

「落ち着けヴィータ。気持ちはわかるが少しCoolになれ。詳しくは道行きでゆっくり話してやるから、まずは俺をなのはの下へ連れて行ってくれないか? あのDragonを追って先にDown Townに向かったんだ」

 

政宗の説き伏せる様な落ち着いた声のおかげで彼以上の焦燥に駆られていたヴィータも少し頭をクールダウンさせる事ができた。

 

「あぁ。アタシもなのはからの念話で、それは聞いている。よし、アタシが抱えてやるから、一先ず街へ行こう。まずは小十郎にもこの状況を説明しないといけないしな」

 

「It’s up to you…」

 

そう言って、先程まで成実を運んでいたように、今度は政宗を抱える形で飛び立とうとするヴィータだったが、そこへ成実が慌てて起き上がりながら詰め寄ってきた。

 

「ちょ、ちょちょちょちょっとヴィータの姉御ぉ!? それじゃあ俺はこっからどうすりゃいいんだよぉ?!」

 

「「走って下りろ」」

 

政宗とヴィータから声を揃えて返ってきた答えに、成実は思わず「ゲゲェッ!?」と顔を顰める。

 

「日頃から奥州の野山駆け回ってるお前の足なら、こんな山の獣道くらい10分もあれば下りられるだろ?」

 

「ええぇぇぇっ!? んな事言ったって、俺今空きっ腹で、山を駆け抜けるだけの体力残ってない―――」

 

「Go for it! …ヴィータ頼む!」

 

「あぁ!」

 

成実の抗議を最後まで聞きもせずに、政宗はヴィータを促し、2人はそのままラコニア市街地に向けて、飛んで行ってしまった。

 

「うおいいぃぃぃぃっ!!! ちょっと、兄ちゃんんんん! 姉御おぉぉぉぉ!!」

 

「そりゃあんまりといえば、あんまりだああああぁぁぁ!!!!」と成実の悲痛な叫びを背中に浴びながら、2人は市街地に向かって山を沿う様に飛びながら、下りだした。

そして、ようやく成実の声が届かなくなったところで、盛大にため息をついた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ…! これでやっと、無駄に神経尖らせる必要がなくなった…」

 

ヴィータの言葉を聞いた政宗は、すぐにその理由を悟る。

 

「この様子だと…だいぶ振り回されたみたいだな。成実(アイツ)に…」

 

「振り回された…なんてもんじゃねぇよ。ったく、もう成実(あの食いしんぼバカ)とコンビなんざ絶対組まねぇぞ!」

 

心底疲れた様子でそう息巻くヴィータの様子に、政宗は一時でも抱いていた彼女や成実への心配が杞憂であったと確信し、失笑するのだった…

 

 

 

 

小十郎を抱えたなのはが地上へ降りていくのを確認したシグナムは再びアルハンブラの方を向いてレヴァンティンを鞘から引き抜いて、構えを取る。

同じくフェイトも、バルディッシュを構えた。

 

「さて…では始めるとするか」

 

「うん。だけど、まずはあの竜の動きを止めないと」

 

「うむ…ならば、私が陽動を行う。テスタロッサはその隙に翼を狙ってくれ」

 

2人は視線を交わし、頷いた後、それぞれ別の方向へ飛び立つ。

フェイトが狙ったのは、アルハンブラの首元だった。

アルハンブラはフェイトの存在に気付いたのか、首をぐるりと回すようにしてフェイトの姿を視界に入れる。

 

だが、その時既にフェイトはアルハンブラの真上に到達しており、バルディッシュを振りかぶっていた。

 

「行くよ! ハーケンセイバー!!」

 

叫び声と共に振り下ろされた一撃は、アルハンブラの右の翼を斬り裂く。

しかし、翼膜を傷つける事に成功しただけで、肝心の本体には傷をつける事はできなかった。

 

「硬すぎる……ッ!?」

 

悔し気に表情を歪めながらも、フェイトは更に追撃を加えようと再びバルディッシュを構えるが、そこでアルハンブラは突如首を大きく仰け反らせ、天に向かって口を開く。

そこから吐き出されたのは、業火の如き炎の渦だった。その攻撃の正体に気づいたフェイトは、慌てて障壁魔法(シールド)を張りながら回避行動を取り、何とか直撃は免れたが、余波に巻き込まれて地上にある中層階の建築物の屋根に叩きつけられてしまう。

それでも、どうにか受け身を取って着地すると、すぐに屋根を蹴って、空中へと戻ってみせた。

 

一方、シグナムの方はというと、アルハンブラの左の翼を狙っていた。

なのはと違い、こちらは装甲に守られていない翼の表面にある”体側膜”と呼ばれる部位を狙ったのだが、やはりこれもダメージを与えはしたものの、致命打にはならなかったようだ。

 

「…!? 翼の装甲とまではいかずとも、違う意味で、高い耐久性があるようだな……」

 

シグナムの接近に気づき、今度は逆に自分の方から距離を詰めてくるアルハンブラに対し、シグナムは冷静に対応し、振り下ろされる前足を避けつつ、反撃の機会を窺う。

そして、アルハンブラが攻撃しようとするタイミングを見計らい、一気に懐へと踏み込むと、胴体部分に対してレヴァンティンを振るった。

 

斬撃自体は、硬い鱗に覆われた皮膚を切り裂き肉まで達する事ができたものの、骨にまで刃を通す事はできない。

だが、それこそが狙いだった。

 

シュンッ!

 

レヴァンティンを引き戻し、間髪入れずにシグナムは次の攻撃を繰り出す。

それは、カートリッジを使った魔法によるものだ。

 

レヴァンティンが魔力で生成した炎に包まれると同時に、刀身に刻まれた古代ベルカ語で文字が浮かび上がる。

 

――"紫電一閃"―――

 

シグナムの持つ剣技の中で最速を誇るその一撃は、アルハンブラの身体を一文字の傷跡を残して両断する…その筈だった。

 

ガキィンッ!!

 

しかしその直前、何かに阻まれる様な音を立てて、シグナムの攻撃が弾かれる。

何が起こったのか分からず、一瞬呆気にとられてしまうシグナムだったが、次の瞬間にはその原因を理解する事になる。

シグナムの放った高速の一太刀目を防いだのは、アルハンブラの前足の爪だった。

 

「この竜…こんな芸当までできるのか!?」

 

シグナムが目を見開きながら驚愕していると、それを好機と踏んだのか、アルハンブラはすかさずもう片方の前足を繰り出してきた。

シグナムは咄嗟に身を捻りながら避ける。

しかし、完全に避け切る事ができず、アルハンブラの鋭い爪先が左肩の甲冑(バリアジャケット)の一部を引き裂いた。ビリリッと肩から全身にかけて痺れるような痛みが走り抜ける。

思わず顔をしかめるシグナムであったが、すぐに態勢を立て直すと、一旦距離を取った。

 

「シグナム!」

 

そこへ、空中に戻ってきたフェイトが合流した。

フェイトもアルハンブラのあまりの硬さに驚きを禁じ得なかったが、それでも持ち前の沈着さを乱す事なく、その脳裏には次の手を考案しつつあった。

 

(シグナムの『紫電一閃』を足の爪だけで弾くなんて…!? やっぱりあの竜は、ただの古代竜じゃない…! あれだけの巨体と魔力を有しながら、その上知性までも、他の古竜と比較して格段に高い…! 恐らくは古代ベルカか、その時代に繁栄した高度な魔法文明の時代からの産物……ッ!)

 

つまりは、通常の竜を対処するのとはまるで異なるという事だ。それが分かっているのはフェイトだけではなく、シグナムも同じであった。

彼女もまた、先程の攻防で相手が並の竜ではない事を実感し、改めて気を引き締め直していた。

 

そして、二人揃って視線を向ける先には、既に次なる攻撃の準備を終えている巨大な魔獣の姿があった。

再び開かれた口から吐き出されるのは、灼熱の火炎である。

二人はそれぞれ左右に別れるようにして回避するが、その炎の射程距離は凄まじく、そのまま二人がいた場所を突き抜けて、そのまま地上にあった教会らしき古調な建物へと命中し、瞬く間に建物全体を火に包み込んでしまった。

 

「しまった!?」

 

「な、なんて威力だ…!?」

 

アルハンブラの予想を超える火力に驚愕するフェイトとシグナムだが、炎に包まれたあの建物の中に逃げ遅れた人がいないか、それを案ずる間も与えられなかった。

すかさず、アルハンブラの方から仕掛けてきたからだ。

今度は前足ではなく、装甲に包まれた尻尾を器用に振りかざすようにして、突進してくる。

 

当然、その標的となっているシグナムとフェイトは、その場から飛び退くようにして回避したが、アルハンブラはその動きを読んでいたかのように素早く方向転換すると、今度は横向きに回転しながら尻尾を振り回してきた。

 

シグナムとフェイトは慌てて防御に入るが、やはりアルハンブラの尻尾による攻撃は凄まじく、二人は簡単に吹き飛ばされてしまう。

それでも、咄嗟にフェイトがそれぞれの背面に三角の魔法陣型の障壁魔法(シールド)を張り、それをマット代わりに受けさせる事で、地上への落下は避ける事ができた。

 

とはいえ、衝撃までは吸収しきれなかったようで、背中を強く打ち付けられたシグナムは、息が詰まりそうになる。

一方、アルハンブラの攻撃はそれだけでは終わらない。

再び口を開き、そこからまたしても火炎を吐いてくる。

 

「クッ……!」

 

シグナムは咄嵯にレヴァンティンで前方を切り払うように振い、薙ぎ起した旋風で、炎を防ごうとするが、相手の方が一枚上手だった。

シグナムが起こした風圧はアルハンブラの吐き出す炎によって相殺されてしまい、忽ち巻き起こった爆発により、フェイト、シグナムは風に煽られて一気に数十メートルも後ろに押し戻されてしまう。

そこへ、アルハンブラが追撃を仕掛けてきた。鋭い牙が並ぶ顎門を開いて迫りくる様は、まさに死の宣告に等しい。

 

(シグナム! だったら、二人で同じ箇所を狙ってみよう! 一人の技では届かなくとも、二人同時にやれば…!)

 

(よし…! やってみるか)

 

シグナムとフェイトは、態勢を整え直し、即座に技を繰り出す体勢を取る。

 

「バルディッシュ!!」

 

《Yes! Sir!》

 

「レヴァンティン!!」

 

《Ja!》

 

フェイトとシグナムの声に応えて、それぞれの相棒(デバイス)が返答し、それぞれ魔力カートリッジを数発分リロードさせる。

それに合わせるように、柄を握るフェイトとシグナムの両手にも力が籠った。

 

「ハーケン…セイバーッ!!!」

 

「紫電……一閃ッ!!!」

 

裂帛の気合いと共に、フェイトがバルディッシュを、シグナムがレヴァンティンを、それぞれ渾身の力を込めて振るう。

次の瞬間には、目映い閃光が瞬き、大気を引き裂くような甲高い音を立てて、金色と薄紫色に輝く2つの剣閃が放たれた。

それは、一瞬にしてアルハンブラの胴体の背に命中した。

命中した2人同時に放った斬撃は装甲の魔力によって、それぞれ本来の技が与える威力の半分以下にまで抑えられてしまった為、アルハンブラの生身の肉体にこそダメージを負わせるには至らなかったものの、その分重なり合うように放たれた2つの剣閃の重みは、流石の強固な装甲をも斬り裂く事ができ、遂にはその一部をタイルのように剥がし落してみせた。

 

「効いてる……ッ!?」

 

「いや……まだだ」

 

シグナムの言葉通り、アルハンブラは全身を覆う装甲の一部が欠け落ちた事で僅かに動きを止めたものの、すぐに何事も無かったかのように再び前進を開始する。

しかも、それだけに留まらず、今度はアルハンブラの方から仕掛けてきた。

 

「ガアァアッ!!」

 

これまで以上の怒気で迫ってきたアルハンブラを前にして、フェイトとシグナムはすぐさまその場から離れようとするが、その前に、アルハンブラに異変が起きた。

なんと、こちらに向かって飛んでくるアルハンブラの周囲に巨大な円形の魔法陣が展開され、その周りを取り囲むように複数の巨大な魔力弾が形成されだしたのだ。

それも、魔法陣に描かれているのはミッドチルダでも古代ベルカの文字でもない、フェイトもシグナムも今まで見たことがない楔形の未知の文字であった。

 

「なッ!? なんだあれはッ!?」

 

「魔法陣!? ただの竜にそんな高度な魔法が使えるわけが…ッ!?」

 

これにはシグナムだけでなく、フェイトまでもが驚愕する。

だが、アルハンブラは口を大きく開きながら、2人に向かって突進しつつ…

 

「があああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

咆哮と共に周囲に投影させた巨大な魔力弾を2人に目掛けて同時に撃ち放って見せた。

 

アルハンブラの口から発射された魔力弾の数は全部で6つ。

シグナムとフェイトは、慌ててそれぞれ左右に分かれて回避飛行に移る。ところが……

 

「ッ!? 誘導弾!?」

 

アルハンブラの放った魔力弾は右側に回避したシグナムに向かって3発、左側に回避したフェイトに3発とそれぞれ標的を狙って、自我を持っているかのように的確に追跡にかかってきたのだ。どうやら、あの魔力弾には誘導性が付与されているらしい。

シグナムとフェイトは、それぞれの魔力弾に追い立てられるように地上へと降下していく。

しかし、このままの状態で街に入れば、どこかの建物に命中してさらなる被害を出してしまう事は明白なので、二人はそれぞれ、ギリギリ上空圏に踏みとどまる形で態勢を整え直し、まず先に追ってくる魔力弾を迎え撃つ事にした。

 

フェイトは、バルディッシュを振り被り、魔力刃を形成して向かってくる巨大な魔力弾を撃墜する構えをみせた。

シグナムも同様の考えにレヴァンティンを構え、カートリッジを1発リロードさせて迎え撃った。

 

「ハアァッ!!」

 

シグナムがレヴァンティンを振るうと、刀身が炎に包まれ、それを横薙ぎするように振り払った瞬間、自分に向かってくる3発の魔力弾に向かって炎の斬撃が飛ぶ。

そして、フェイトも同じく魔力刃を放って飛来する魔力弾を相殺しようと試みる。

二人同時に放った斬撃は、見事に魔力弾と衝突し、火花が散ったかと思うと、砕けるように爆ぜ、その直後、凄まじい閃光と高熱を帯びた爆風が二人に直撃する。

 

「くうぅっ!」

 

「ぬあぁッ!!」

 

長年の戦歴から得た反射神経のおかげで、爆風が身体を吹き飛ばす寸前のところで、それぞれ障壁魔法(シールド)を張って身を守ってみせたが、それでも間近で食らうその爆風の威力たるや、フェイトもシグナムも思わず顔を顰める程にビリビリと強い衝撃が身体を走り、シールドを張る片手が小刻みに震える程であった。

 

「ぐぅ…ッ!? 一体あの竜はなんなんだ!? さっきの芸達者な動きといい、古代竜といえども、野生の竜にこんな性能や魔法陣を張る程に強大な魔力弾が撃てる筈がない!!」

 

「…とにかく…! これ以上厄介な新技を出される前に、さっきのフォーメーションでもう一度、あの竜の装甲を剥がしていって―――」

 

「グオオォオッ!!」

 

そう指示を出そうとするフェイトだったが、彼女の言葉が終わらない内に、煙幕のように立ち込めていた土埃を割って、アルハンブラが大口を開けて真上からフェイトに食らいつきにかかってきた。

 

「テスタロッサ!!」

 

「ッ!? く……ッ!!」

 

シグナムの声に反応して咄嵯に身を翻すフェイト。すると次の瞬間、直前までフェイトがいた空間をアルハンブラの顎が通過し、そのまま真下にあった市街地に墜落するように着地し、勢いを殺す事なく、街の家屋を次々とぶち抜き、なぎ倒しながら土煙を上げて滑走する。

そして、アルハンブラが動きを止めた場所は、不運にもラコニア市の中心部に位置する広場だった。

旧暦時代から残る宮殿を改装したという市庁舎を中心とし、元はその庭園であったというこの広場は、定期的に露天市場が開かれるなど、市民の憩いの場として利用されていただけでなく、有事に際しては臨時の避難場所としての機能を果たしていた。

 

そう…即ち、大勢の市民が避難していたこの場所にアルハンブラは突っ込んでしまったのだ。

 

「「「「「きゃああぁぁぁーッ!?」」」」」

 

「「「「「うわああぁぁぁぁッ!?」」」」」

 

広場に避難していた市民からは突然現れた巨大な怪物を前に、次々と悲鳴が上げ、あちこち逃げ道を探さんとパニック状態となった。

アルハンブラはそんな人々の悲鳴などを気にもとめないようにまるで何かを探すように、何度も首を巡らせて辺りを見回していた。

そこへ、上空から後を追ってフェイトとシグナムが舞い降りてきた。

 

「皆さん! 逃げてください! 早く!」

 

フェイトが無辜の人々を少しでもアルハンブラから遠ざけようと必死に呼びかけるなか、シグナムはアルハンブラを牽制する様にその前に立ちはだかり、レヴァンティンを構えた。

 

「ぐぅ…! よりによって更に戦いにくい場所に堕ちてきてくれたものだな…ッ!」

 

シグナムは、忌々しげに吐き捨てると、改めて眼前の敵であるアルハンブラと対峙する。

先程までの戦いの舞台であった空中と違い、ここには大勢の民間人が大勢いる。こんな場所でさっきみたいな強力なブレスやましてや魔力弾など使われてしまったら、それこそ一瞬で数百…否、数千もの命が失われる事になりかねない。

そして、こちら側の放つ魔法や技も、場合によっては周囲に被害が及ぶ危険性があるものも少なくない為、当然技の威力にも加減を掛ける必要がある。

唯でさえ、魔力リミッターがかかって本来の実力の3分の1程度に抑えられている自分達にとって、手加減を強いられるのはなかなかに酷な状況であった。

 

「こうなったら…どうにかして、もう一度空中に押し返すか、人のいない場所に誘導しながら戦うしかないね」

 

そう行ってフェイトもまたシグナムの隣に降り立ち、バルディッシュを構える。

 

シグナムとフェイトは徐々に悪化していく状況下の中で、アルハンブラとの2回戦(セカンドラウンド)へと突入する事となった…




あぁぁぁ、去年(2021年)に続いてまたやってしまいました……3ヶ月以上の空白期間。
まぁ、今年は辛うじて1月中に続きが書けましたが…ってそんな問題じゃないか(苦笑)

とりあえず、今年の目標はずばり『年末バテしないように気を付ける事』と『年末特別編を書く事』とします。まだまだ先の話ですが…


とにかく、調子がいい時もあまり勢い付けすぎてガス欠しないように上手く加減しながら今年もどうにか作品が一話でも多く更新できる様に頑張っていきますので、皆様、遅くなりましたが本年もよろしくお願い致します。






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第五十九章 ~轟叫 灰燼の上の竜退治~

【前回までのリリカルBASARA StrikerS】

豊臣五刑衆第四席 宇喜多秀家の手で解き放たれた古代竜 アルハンブラは、ラコニアの街を我が物顔で蹂躙し、止めようとするなのはや小十郎をもまるで意にも止めず、その凶悪な能力で彼らを苦戦させ、遂には小十郎を戦線離脱に追いやる。

そこへ応援に駆けつけたフェイトとシグナムが交代するも尚も圧倒的な強さを見せて暴れるアルハンブラは遂には街の中心部へと落下し、戦いは更に混線を極める事となる…!

一方、それぞれ相対していた敵をどうにか退けた政宗とヴィータも急ぎ、なのは達の元へと駆けつけようとしていたが…


なのは「リリカルBASARA StrikerS 第五十九章。出陣します」


時折聞こえてくる轟音と、それに合わせる様に下から突き上げるかのように響く振動に身体を揺さぶられる度に、なのはは自らの代わりに必死で戦っているであろうフェイトとシグナムの救援に行きたいと思ったが、しかし、今自分達がいるこの場所の状況を見ると、むやみにこの場を離れる事への抵抗感が生まれ、そんな中、目の前で新たに手助けが必要な場面を目の当たりにすると、身体が勝手に手を貸しに行ってしまうのだった。

 

負傷した小十郎を連れて、戦線を離脱したなのはが向かった先は、ラコニア市内で一番大きな医療施設とされる“コアタイル記念ラコニア統合医療センター”だった。

その院名を知った時は、おそらく病院の出資先と思われるコアタイル家やR7支部隊のような選民思想で患者や避難民を選り分ける様な愚行を行っているのではないかと心配したが、実際に訪れてみると、その院名に反して中身は普通の総合病院だったのか、それとも今が緊急事態なだけあってか、院内は魔導師や非魔力保持者など関係なく、多数の重軽傷患者を含めた避難民で溢れかえっており、病院側も決してそれを選別する事もせずに公平に受け入れている事がわかり安堵した。

兎にも角にも、病院全体が救急外来か最前線の野戦病院と化していると称しても過言でない程に内部は緊迫していた。

病院の医師や看護師達はひっきりなしに担ぎ込まれてくる怪我人の手当に追われ、警備についた陸士隊はパニック状態の避難民を宥めつつ、未だに街の上空で暴れ続けている未知の敵への警戒もしなければならず、それぞれに多忙を極めていた。

そんな中、なのはは自分の消耗した魔力と装備の補修を済ませた後、同じく中度の重症患者として処置室に運ばれた小十郎の安否を心配し、こうして簡単な検査と治療が終わるのを待っていた。

 

「全く。この世界(ミッドチルダ)にきて数ヶ月になるが、こっちの医療技術や魔法の便宜ぶりを間近で体験すると、未だに鳥肌が立ちそうになるぜ…」

 

トレードマークである土色の陣羽織(ロングコート)の右腕の裾を捲くり、手の甲から二の腕にかけて包帯が巻かれ、額にも同様の処置を施された小十郎がそう呟きながら、処置室から出てくるのを見つけ、なのはは行き交う人にぶつからない様に注意しながら小走りで近づいていく。

 

「小十郎さん! 怪我は大丈夫?」

 

「あぁ。右腕が折れて、眉間に罅が走っていたらしいが、幸い魔導師の医務官がスタッフにいたおかげで、なんとかすぐに治癒魔法で骨は繋いでもらえた。だが、医者からは「今夜一晩は動かすな」と釘を指された。コイツが(利き腕)じゃなかったのがせめてもの救いだぜ」

 

そう言いながら小十郎は負傷した手に目を配った。ちなみに、本来なら、魔導師ならば治癒魔法による施術を受けた後、自身の魔力を消費する事で自己治癒能力を少し向上させる事で、骨折程度であれば治療後の完全回復までのインターバルも必要とせずに治せるのだが、生憎と非魔力保持者である小十郎にはそれができない。

戦いと違って、彼の操る”気”ではどうしても代用する事ができなかった。

 

なのはと小十郎は一先ず、病院の外に出て、アルハンブラと戦っているであろうフェイトやシグナムの戦況を目視で確かめに行く事にした。

二人が病院のエントランスホールを抜けて正面玄関に向かっていく間にも、引っ切り無しに擦り傷や煤に塗れた市民が駆け込み、すれ違っていく。

 

新人達(フォワードチーム)を乗せたヘリは今どの辺にいると?」

 

小走りで駆けながら、小十郎が尋ねた。

 

「5分前にリインと情報交換をしたけど、まだここまで100km圏内に入っていないって。早く見積もってもあと30分はかかるかな…?」

 

「30分か……今のこの街の状況にしてみたら、悠久の時に思えるぜ……」

 

小十郎の言う通り、ラコニア市内はアルハンブラが引き起こした被害によって既に市街地の4割近くの建物や道路が破壊され、多くのエリアで大規模な火災が発生しているという有様だった。

この病院を始め、各地に設けられた緊急避難場所の施設やシェルターは必死でこの災厄から逃れようとする人で溢れかえり、それぞれ従事する医療関係者、救急隊、そしてそれらを指揮・統括する陸士隊もとにかく人手が足りない状況だった。

 

「高町。お前も治療が済んだのなら、早くハラオウンやシグナムの援護に行ってやれ」

 

正面玄関を抜け、病院の前の広場へ出ながら、小十郎はそう促すが、なのはは前線に戻る前にどうしても確認しておきたい事があった。

 

「けど、ヴィータちゃんや成実君…そして政宗さん達が無事かどうかだけ、確認しておきたいの」

 

なのははそわそわしながら、呟くように言った。

レシオ山の『星杖十字団』R7支部隊隊舎で豊臣五刑衆の新手 宇喜多秀家と相対した政宗は、解放されたアルハンブラの対処をなのはに任せ、一人秀家と相対する為に一人隊舎に残り、その前に分かれて行動していたヴィータや成実も新手の強敵に出くわしたという情報を聞いて以来、それぞれ音沙汰がない。

当然、先程ヘリと連絡をとる前になのはは、政宗やヴィータ、それぞれに念話で安否確認をとろうと試みていた。

 

しかし、街の上空を飛び交うアルハンブラが発する強大な魔力による影響か、まだ街から距離を飛んでいたヘリにいるリインと違って、ラコニア市郊外の山にいるはずの政宗達にはいくら念話を飛ばしても、応答がなく、そればかりかこちらの声が届いている様子さえもなかった。

 

「高町…」

 

なのはの言葉を聞いて、小十郎も足を止めた。

確かに彼女の気持ちもよくわかる。特に政宗が相対しているのは豊臣が誇る5人の最高幹部の一翼を担う人物だ。

 

その秀家という者が、五刑衆の”次席”なのか”第四席”なのかはわからない。また彼がどんな能力を駆使する人物なのかは具体的にわからない状況だ。

それでも、これまでそれぞれ六課や東軍を前に、強大な実力を示してきた第三席 小西行長や、第五席 上杉景勝と肩を並べる程の者であるのだから、一筋縄でいかない事は確かである。

何よりも、これだけの被害を生む程の力を有した魔竜を解放したというのだから、それだけでも並の武芸者ではない事は確かである。

 

主 政宗の実力を疑うわけではないが、それでも未知数の強敵に一人で挑みに行ったと聞かされてから、小十郎は気が気でならなかった。できる事なら、このまま政宗がいるであろうR7支部隊隊舎に向かいたいところではあるが、片手を負傷し、おそらく六割程度の実力しか出せないであろう今の自分が応援に駆けつけても力になれるかどうかわからない。

そう思うと、この窮地を前に、手傷を負う事になってしまった己の不覚に、小十郎は怒りさえも覚えそうになる。

 

その時、病院の施設外から新たな陸士隊員達が慌ただしく駆け込んでくるのが見えた。

見ると、彼らに守られるようにして重軽傷患者や子供を中心とした避難民達が慌てふためきながら逃げてきていた。

小十郎は彼らを誘導する陸士達の中に見知った顔がいる事に気づいた。

自身と共に街を襲ったアルハンブラの最初の災厄に遭遇した陸士066部隊のフォード陸曹長だった。

初遭遇の後、魔竜を追おうとした小十郎と分かれて、自身の部隊の隊員達を連れて、市民の避難誘導と避難場所の造設に向かった彼の無事を知って小十郎は思わず安堵の笑みが溢れた。

小十郎は急いで彼の元に駆け寄る。

 

「フォード!」

 

小十郎に気づいたフォード曹長は、同伴していた陸士達へ「先に行け」と手短に指示を飛ばして、先に行かせた。

 

「片倉さん、それに…高町空尉!? これは失礼。陸士066部隊のレーザー・フォード陸曹長です!」

 

フォードは小十郎と一緒にいるなのはに気がつくと、慌てて敬礼しながら迎えた。

 

「ご苦労さまです。それより、これは一体?」

 

「何か起きたのか?」

 

なのはが手短に敬礼を返しつつ尋ねると、小十郎も追従する様に質問した。

 

「はっ! 我が部隊は先程まで市庁舎前の広場において造設した臨時の避難センターにおいて避難民の保護を行っていたのですが…そこへあの魔竜が突如乱入してきて、今現地は大混乱となってます!」

 

「「なっ…!?」」

 

「こうして重傷者と子供を中心に可能な限りここまで避難させていますが、それでも広場にはまだ大勢の市民が取り残されています!」

 

フォードの報告を聞いて、2人は絶句した。

 

あの魔竜が大勢の人が集まっている場所へ…!?

 

奴と戦っているフェイトやシグナムはどうなっているのか…?

 

それが脳裏を走った瞬間、なのはは迷わず行動に出た。

 

「小十郎さん! ここをお願い! 私は市庁舎の方へ行きます!!」

 

言うなり、なのはは返事を待たずに待機モードに戻していたレイジングハートを再びセットアップしながら走り出し、そのまま浮遊すると、一気に加速して飛び立った。

 

「わかった! 政宗様やヴィータ達の事は俺に任せておけ! そっちは頼んだぞ!!」

 

なのはの姿が病院の真正面に並ぶ建物の向こうへと消えていくのを見届けた小十郎は、右腰に下げた愛刀を確認しながら、フォードの方を向いた。

 

「フォード。すまないが、機動六課のヴィータ二等空尉宛に緊急用の念話を飛ばせないか試してくれないか?」

 

「はぁ…しかし、あの魔竜の放つ強大な魔力波の影響か、今は念話を含めてラコニアの全ての連絡手段が繋がり難い状態になっているのですが…」

 

「それでもいい!今はとにかく、仲間の無事と現在地を確認したいのだ!」

 

小十郎の鋭い声に、フォードは反射的に武者震いをしてしまうのであった。

 

 

 

 

一方、市庁舎前の広場にて相変わらず力衰えぬ魔竜と対峙するフェイトとシグナムはというと…

 

「ハアァッ!!」

 

まだ大勢の人々が逃げ惑う広場の中、魔竜アルハンブラの牙が罪なき一般市民に向けられる前に、どうにかシグナムが先制して奴の関心をこちらに向けさせようと、正面から斬りかかるも、やはりその攻撃は、その巨体にそぐわぬ俊敏な動きであっさり回避されてしまう。

 

「チィッ!! あれだけの高さから落ちたというのにまるで堪えていない…! 流石は古の時を生きた魔竜というべきか……!」

 

「シグナムッ! 私が後ろから援護する! 貴女はとにかくあの竜を避難する人達からできる限り離して!」

 

「了解した!!」

 

フェイトはシグナムの返事を聞くやいなや、飛行魔法で宙に飛び上がり、一気にアルハンブラの懐に入り込むと、今度はシグナムの邪魔にならないように、背後に回り込んでから連続攻撃を仕掛けた。

 

「てぇりゃあああぁッ!!」

 

 

ザシュッザシュッ! ドゴォンッ!

 

 

だが、フェイトの攻撃はどれもアルハンブラの装甲に弾かれるばかりで、有効なダメージにはなっていないようだった。

 

「くぅッ…!? あれだけの勢いで地面に叩きつけられたのなら、多少は脆くなってるかと期待していたけど…」

 

フェイトとしては高所から落下した衝撃で装甲の耐久性が僅かでも衰えている事を期待しての攻撃であったが、相変わらず強固に弾く様子からみて、その希望的な可能性は無いようだった。

 

(それなら…”ソニックムーブ”!)

 

《Sonic Move!》

 

ならばとばかりに、フェイトはソニックムーブで足回りを強化しながら、アルハンブラの背後に一瞬で回り込むと、装甲に覆われていない尻尾の付け根を狙い、全力を込めた一撃を放った。

 

 

ガギインッ

 

 

しかし、渾身の魔力を込めて放った筈のバルデッシュによる攻撃は、まるで小枝を叩き折るように呆気なく受け止められてしまい、逆に反撃と言わんばかりの強烈な尻尾による薙ぎ払いを受けてしまう。

 

 

 

バキイィンッ!! ズダアンッ

 

 

咄嵯に防御結界を張って直撃は免れたものの、その凄まじい勢いまでは殺せず、そのまま数十メートルも吹き飛ばされ、その先にあった陸士隊が

設営していた救護所のテントへと突っ込み、倒壊させてしまった。

幸いテントの中にいた人達はアルハンブラが襲来した時点で真っ先に逃げ出していた為、既に無人であったが、フェイトは崩れたテントの上に思いっきり身を投げ出される事となってしまった。

それを見たアルハンブラは、フェイトの下へと向かわんと、身体の向きを変えようとするが、それを防ごうと、シグナムが立ちはだかり、正面からレヴァンティンを振り下ろして、アルハンブラの顔を纏う装甲に激しく打ち付けた。

 

 

ガギャンッ! ギンッ! ギャリンッ!

 

 

「ぐぅぅッ…! せめてヴィータと二人がかりであれば、罅の一つでも付けられる筈だが……!!」

 

装甲の強固さと、アルハンブラ自身の力の強さに、苦虫を噛み潰しながら呟くシグナム。

 

「シグナム!」

 

その隙にフェイトは再び飛行魔法を発動させて上空へ舞い上がると、体勢を立て直そうと試みる。

一方、アルハンブラの方はというと、シグナムの攻撃を受けながらも、まるで意に介さず、彼女の存在など無視するかの如く、首を捻って彼女を払いのけてしまうと、フェイトがいる上空に向かって、大きく口を開いた。

すると次の瞬間、開いた口から猛烈な風圧が吐き出されたが、フェイトはその中に雨の様に細かな液体のようなものが混じっている事に気づいた。

本能的にそれがまともに食らったらマズいものであると悟ると、咄嗟に横に逸れる形で回避した。

直後、アルハンブラの吐き出した謎の雨が地上…今しがたフェイトが突っ込んだ崩れた救護テントに落ちたかと思うと、途端にジュウッという音を立てながら、テントの残骸や地表を覆っていた石畳が白い煙を上げつつ、ドロドロの粘土状に溶けていってしまった。

 

 

「これは…!?」

 

それは紛れもなく酸性のブレスであった。

フェイトとシグナムはその光景を目の当たりにして驚愕する。

この竜はどうやら炎だけでなく、このような厄介なものを吐き出すだけの芸当を持っているようだ。

しかも厄介なのが、その威力…今しがた吐きつけられた酸の雨は、降り掛かった箇所に散らばっていた救護テントの残骸を跡形もなく消失させてしまった。

この周りに人がいなかった事がせめてもの幸いであったが、もしも今の攻撃が、まだ広場の各方面に避難しようと逃げ惑っている市民に降り掛かっていたら……

フェイトは改めて、アルハンブラの吐いた酸の雨の恐ろしさを実感する。

 

「テスタロッサ! どうにかしてヤツをここから人のいない場所へ誘導するぞ!! あの火炎は勿論の事だが、今の強酸の雨をこれ以上ここで撒き散らされたら、被害は甚大な事になるぞ!!」

 

シグナムはそんなフェイトの傍らに来ると、アルハンブラに向けて構えを取りながら声を掛けた。

 

「そうだね。せめてもう一度空へ誘導できれば…」

 

フェイトはそう答えながらバルディッシュを構え直し、アルハンブラの動きに注意を払う。

だが、二人の目論見は外れる事となる。

何故なら、アルハンブラが次に攻撃行動を取ったのは、二人ではなく、自らがいる場所から一番近い広場の出入り口の方向……つまりはこの場から離れようとしていた人々に対してだったからだ。

アルハンブラは大きく翼を広げて羽ばたかせると、暴風のような強風を発生させ、広場を囲むように建っていた周囲の建物を破壊しながら、次々と避難しようとしている人々を襲っていく。その様子はまさに獲物を見つけた猛禽類のようにも見えた。

人々は悲鳴を上げながら必死に逃げようとはするが、突然発生した突風に足を取られてしまい、転倒する者が続出している。

 

「マズい!」

 

「やめろぉぉぉぉぉッ!!!」

 

フェイトとシグナムは急いでこれを止めんと、それぞれバルディッシュとレヴァンティンを構えながら、翼を羽ばたかせるアルハンブラの背中目指して、突進をかける。

 

「シグナム! さっきと同じ、もう一度同じ箇所に連続して攻撃を当ててみよう! 今の時点で、私達の攻撃で僅かでも手応えがあったのは微妙だけど、少なくとも一瞬でも動きを止める事はできるかも知れない!」

 

「そうだな…。よし、ならば奴の頭を覆う鎧を狙うぞ!!」

 

二人は同時にアルハンブラの頭部を守る兜状の装甲に狙いを定めると、まずはフェイトの方がバルディッシュの魔力刃を巨大化させた一撃を叩き込むべく、振り被る。

だが、アルハンブラはそれを予期していたかのように、今度は逆にフェイトの方を向き、大きく口を開く。

するとそこから、またもや強烈な風圧のブレスが吐き出されようとした。

だが、フェイトはこれを素早く回避。

アルハンブラが口を開けたままの姿勢では、どうしても攻撃に移れないと判断したのか、すぐに閉じようとする。

そこへシグナムがすかさず斬りかかった。

 

ガギャンッ! ギンッ! ギャリンッ!

 

しかし、彼女の渾身の斬撃を受けてもなお、アルハンブラの身体を覆う装甲には傷一つ付いてはいなかった。

その事に舌打ちしつつ、一旦距離を取るシグナムだったが、その間にフェイトは再度アルハンブラの背後へと回り込み、バルディッシュを振り下ろす。

だが、やはりこれも弾かれてしまう。

そしてフェイトが離れた隙を狙って、再びアルハンブラはフェイトの方を向くと、大きく口を開き、先程と同じように強力な風圧のブレスを吐き出そうとする。

フェイトがそれを察した瞬間、アルハンブラの口から、またしても風圧のブレスが吐き出された。

 

今回は酸の雨こそ含まれてはいないものの、その分勢いは更に強くなっており、まるで竜巻のような渦巻き状になっていた。

これでは避ける事もできず、シグナム共々巻き込まれるのは明白であった。

フェイトは思わず顔を青ざめる。

 

(マズい!)

 

次の瞬間、アルハンブラの吐き出すブレスがフェイト達を飲み込もうとした時……

 

 

ドンッ!!

 

 

アルハンブラのブレスが吐き出されたと同時に、突如として上空から一発の魔力弾が落下してきて、フェイトとシグナムを包み込んでいたブレスに命中すると、それを相殺する様に空中で大爆発を起した。

それにより、フェイト達は何とか難を逃れる事ができた。

一体何が起こったのかと、二人が視線を上に向けると、そこには自分達のいる位置よりも遥かに高い位置に、レイジングハートを構えたなのはの姿があった。

 

医療センターを飛び立ったなのはは、市庁舎目掛けて真っ直ぐに飛行していたが、その最中に、アルハンブラに苦戦するフェイト達を遠目に気付き、慌てて砲撃魔法を放って援護した。

 

「フェイトちゃん! 大丈夫!?」

 

なのはがフェイト達の元に降り立ちながら、心配そうな表情を浮かべて声を掛けてくる。

 

「うん、私達は平気だよ。それより小十郎さんは大丈―――」

 

「グオアアアアアアアアアァァァァッ!!!?」

 

フェイトがそう言いかけたところで、アルハンブラが咆哮を上げながら、なのは達の方に向かって飛来しながら突進を仕掛けてきた。

咄嗟にそれぞれ飛び退いて回避する3人だが、すれ違い様によく見ると、今の爆発による風圧を真正面から浴びたせいか、アルハンブラの身体を覆う装甲がまた何枚か剥がれたのか、先程までよりも生身の表皮を晒している箇所が増えているのが確認できた。

 

「いいぞ! 装甲がなければ、こちらの攻撃もヤツに届くやもしれん!」

 

シグナムはそう言うと、改めてレヴァンティンを構える。それを見て、フェイトもバルディッシュを構え直した。

一方、射撃・砲撃魔法がアルハンブラの装甲に通じない事を知っていたなのはは下手に前に出ようとせず、二人の様子を横目に見ながら、アルハンブラの動きを警戒していた。

しかし、アルハンブラは何故か追撃してくる事はなく、その場で滞空したまま動かない。

どうやら、自分の攻撃を邪魔をしたなのは達に怒りを覚えているらしく、3人を睨み付けている。

その間に一時狙われかけていた市民の殆どが、無事に広場から避難する事に成功した。

 

「おい、なのは! テスタロッサ! 奴の様子が変わったぞ!」

 

「「え?」」

 

シグナムの言葉に促されてアルハンブラの方を見ると、確かに先程までの血に狂った猛禽類を思わせるような狂気を含んだ鋭い眼光とは違い、今はどこか理性を失ったかのような濁った瞳をしており、明らかに様子がおかしい。

すると、次の瞬間―――

 

「グルルル……」

 

突然、アルハンブラは喉の奥底から絞り出すように低い声を発し始めると、その両翼を大きく広げる。

そして、その翼を羽ばたかせ始めた。

 

ゴオォッ! ブワアァッ!

 

すると、アルハンブラの周囲に強風が発生し始め、それによって周囲の瓦礫などが舞い上がり、なのは達が立っている地面が激しく揺れ動く。

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだこれは?……ッ! テスタロッサ! あの風に触れるなよ!」

 

シグナムが何かに気付いたかのように、慌てた様子でそう叫ぶ。

だが、その時には既に遅く、暴風に晒されるフェイトは、身体のバランスを保つ事ができなくなりかけていた。

しかしそれでもなんとか耐え抜き、吹き飛ばされないように堪えていたが…

 

「きゃあぁっ!?」

 

突如、アルハンブラがこれまで以上の速さで飛び立つと、そのまま3人に向かって体当たりを食らわせようとしてきたのだ。

3人はどうにか直撃だけは回避したものの、その衝撃によってフェイトが大きく後方に吹っ飛んでしまう。

 

「フェイトちゃん!」

 

なのはは咄嵯に飛んでフェイトを受け止めるが、アルハンブラはその隙を突いて再び2人に向かって飛びかかって行く。

 

「させるかぁッ!」

 

しかし、今度はシグナムが間に合い、アルハンブラの突撃はフェイトの代わりにシグナムが受け止める事となる。

 

ガキイィンッ!

 

シグナムは、突進するアルハンブラの頭部の装甲をバルディッシュで受け止めると、魔力カートリッジを2発リロードして強化させつつ、そのまま力任せに押し返そうとするが、アルハンブラの巨体を前にしては、流石にそう簡単にはいかなかった。

 

「く……この……! 刀身の強度を上げてもダメなのか…!?」

 

「グウゥッ!!」

 

「ぬおぉ!?」

 

シグナムが押し返すよりも早く、アルハンブラが首を大きく振り払いシグナムを天上に向かって大きく突き弾いてしまった。

すると、アルハンブラは不意に、自身の翼に一筋の黒い稲妻を走らせる。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!」

 

そして咆哮と共に両翼を一閃振り下ろすと、打ち上げられたシグナムに向かって、黒い稲妻が空を走り、体勢を直す為に一瞬無防備になっていたシグナムに直撃した。

 

「ぐああぁぁ!!」

 

「「シグナム(さん)ッ!!」」

 

なのはとフェイトが悲痛な声を上げる中、空中に投げ出されたシグナムは苦痛の声を上げながら、更に吹き飛ばされ、そのまま地表へと叩き落とさてしまった。

 

「がはあっ!」

 

シグナムはそのまま地面に落下し、全身を強く打ちつけてしまう。

そこへ追い打ちと言わんばかりにアルハンブラが口を大きく開くと、再びあの凶悪な威力の火炎弾を発射する構えを見せた。

 

「く……ぐうぅ……」

 

まだ意識はあるようだが、立ち上がって回避行動を取るだけの余力は残されていないようで、シグナムは苦しげに声を上げながら、トドメの業火を吐きつけようとするアルハンブラを見つめていた。

しかしその時――

 

《Plasma Lancing!》

 

シュンッ!

 

突如として現れたプラズマランサー5本が、アルハンブラへと命中し、攻撃態勢をとっていた魔竜の関心を背けさせる。

 

「お前の相手は私だ!」

 

基本形態であるアサルトフォームの形をとったバルディッシュを構えながら、フェイトがアルハンブラに向かってわざと挑発する様に叫んだ。

どうやら先程の一撃は、フェイトがアルハンブラの注意を逸らすために放ったものだったらしい。

だが、今のアルハンブラにはそんな事は関係なく、ただ自分の邪魔をする存在にしか見えていないらしく、フェイトの方を振り向きもせず、すぐにシグナムの方を睨み付ける。

 

「グルル……」

 

「こっちだよー! 来ないなら、今度はその鎧が取れちゃったところに当てにいくけどどうするー?」

 

すると、フェイトの隣に並んでいたなのはもレイジングハートをバスターモードの状態で構え、アルハンブラの気を引こうと、少しおどけてみた様な口調で語りかけた。

すると、その一言に反応したのか、アルハンブラは標的をシグナムからなのは達の方に変えて飛びかかった。

 

「グオォッ!」

 

「よし! 今のうちに!」

 

攻撃を回避しながら、フェイトは地上にいたシグナムに向かって叫ぶ。

 

「恩に着る…!」

 

2人が時間を稼いでくれている間に、シグナムはどうにか立ち上がる事に成功すると、すぐに戦線に戻るべく飛び立とうと試みた。

しかし、先程の黒い電撃のダメージは深刻だったのか、体中に強いしびれが残り、思うように力が入らない。

まだすぐに動くことは無理だった。

 

(シグナムさん、大丈夫!?)

 

シグナムの脳裏になのはからの念話が届く。

 

(あぁ、どうにかな…しかし身体が動かない……どうやら唯の雷撃ではなかったみたいだ…)

 

シグナムは内心で舌打ちをした。

まさかこの自分が、いくら古竜といえども、古代ベルカの時代から幾度も相手取り、討ち取ってきた竜を相手に不覚をとるとは……。

しかし、後悔している暇はない。今はとにかく、少しでも早く戦場に復帰する事が最優先事項なのだ。

その為にも、まずは飛行魔法を発動させようと試みるが……。

 

「……っ!?」

 

シグナムは愕然とした表情を浮かべた。

何故か、魔法が発動しないのだ。

それだけではない。魔力変換資質『風』を持つシグナムは、本来ならば自身の周囲に風の防護フィールドを発生させており、それがシグナムの防御の要となっていたのだが、それすらも発生しなかった。

つまりそれは、自身の身を守る術がないという事に他ならない。

 

(くそ! 一体何が起こっている!?)

 

シグナムは自分の身に起きている事態に困惑するが、原因を考える前に目の前で戦っている2人の危機が迫っていることを思い出し、シグナムは歯噛みした。

 

「く……動け、私の体よ……ッ!」

 

シグナムは必死に動こうとするが、やはり上手く体が言う事を聞かない。

 

(まさか…!? さっき食らったのは魔法を封じる"呪法”とでもいうのか……!?)

 

そう考えると、全ての辻妻が合う気がする。

現在のミッドチルダを始めとする時空管理局の管理下の世界で知られる”封印”の魔法は、ロストロギアをはじめとする強大な魔力を伴った遺物を封じる為に使われる術や、なのは達をはじめとする強大な力を持った魔導師が、力を抑制するという目的から敢えて魔力の出力を抑える為のリミッターなどが主である。

 

だが、シグナムら守護騎士(ヴォルケンリッター)が知る古代ベルカの時代には、攻撃と共にそれを受けた者の力を封じ込め、使えなくしてしまう、今でいうところの「呪法」と呼ばれる攻撃魔法が存在した記憶がある。

しかし、それは古の時代の魔導師の中でも特に一部の者しか使われる事はなく、また、その難解さ故に時代と共に廃れ、今となってはその術式は殆ど残っていない筈だった―――

その失われた筈の呪法を、人間ではなく竜が使用した事例など、現代のミッドチルダはもとより、シグナムが知る古代ベルカの時代でさえも、見た事がなかった。

 

(バカな…いくら古代竜とはいえ、”呪法”までも使う竜だなんて規格外にも程がある!! あれは、一体どこの魔法文明の産物なんだ…!?)

 

シグナムは内心で驚愕しながらも、何とか立ち上がろうと試みたが、やはり体は思うように動いてくれない。

その間にもアルハンブラは、空を飛び交いながら、なのはとフェイトに向かって炎弾を放ち続けていた。

2人は何とかアルハンブラの攻撃をかわし続けているが、それもいつまでもつかわからない状態になっていた。

 

 

「グオオォッ!」

 

 

「きゃああ!」

 

「うわあっ!」

 

アルハンブラの放った炎弾の一つがなのはとフェイトに命中し、2人とも悲鳴を上げて落下していく。

更にそこへ追い打ちをかけるように、アルハンブラは口から灼熱のブレスを吐き出す。

どうやらアルハンブラは、自分の邪魔をする存在は全て排除するつもりらしい。

そして、そのままなのはとフェイトに向かって急降下していった。

このままではあの2人が危ない。

シグナムは、なんとかして立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。

 

 

(く……こんな時に……!)

 

 

シグナムが己の不甲斐なさに苛立つが、その間にも2人に目掛けてアルハンブラが突っ込みながら、徐々にその大きな口を開ける。

何も吐きつけようとする予兆が見られないところをみると、単純にそのまま二人に喰らいつこうという事が察せられた。

 

「マズい! テスタロッサ! なのは! すぐに回避しろ!!」

 

シグナムが2人に向かって叫ぶが、既に遅かった。

アルハンブラは大口を開けて、二人の身体にかぶりつこうとした。

 

しかし次の瞬間――――

 

X-BOLT(エックスボルト)!!!」

 

不意に広場に響いた叫び声と共に突如として、青白い稲妻が3本ずつ十字に交差して出来た雷撃がシグナムの背後から飛来し、2人を喰らおうとしていたアルハンブラの頭を直撃した。

それによって、アルハンブラの軌道は大きく逸れて、広場の端の方へと落下していくが、それでも地面に向かって落ちてくるなのはとフェイトは止まる事がない。

シグナムは慌てて二人を助けようとしたが、先程の電撃によって体が麻痺していたせいでまだ素早く動く事が出来ずにいた。

 

(ダメだ…! 間に合わない!)

 

シグナムは思わず目を瞑りかけたその時だった。

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

今度は聞き覚えのある威勢の良い男の声が聞こえてきたかと思うと、シグナムの真上を紅と蒼の影が高速で通過していった。

そして、シグナムの目に紅の影の正体がヴィータである事に気がつくと同時に、ヴィータは両手に抱えていた蒼の影の正体…政宗を落下してくるなのはに向かって力の限り投げつけてみせた。

 

「In time!」

 

「フェイト!」

 

宙に投げ出された政宗は鮮やかな一回転を決めながら、地面に激突するギリギリのところでなのはを両手に抱える様にキャッチしてみせた。

同じく、ヴィータも政宗を投げた勢いのまま、少し離れた場所に落ちかけていたフェイトの下へ飛ぶと、見事その身体を受け止める事に成功した。

 

「Hu~…まさにjust in timeだったな。Are you OK?」

 

突然現れた自分の想い人の腕の中に抱かれた事で呆然としているなのはに対して、政宗が声を掛ける。

 

「ま…政宗……さん…!?」

 

すると、それに答えるかのようになのはは自分が今、政宗の両手の上に全身を任せている…所謂”お姫様だっこ”な状態である事に気がつき、ハッとなって、顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。

 

「あ、え、えっと、これは……!い、いきなりそれは、ちょっと大胆というか……! って、ち、違うの! その、大胆っていうのは、決して変な意味とかじゃなくて……」

 

「What? 何の話をしているんだ? それより状況見ろ」

 

軽くツッコミを入れながら、政宗は、アルハンブラが広場の端の方にあるまだ残っていたビルを押しつぶす形で落ちたのを確認してから、フェイトを間一髪受け止めたヴィータ、そしてシグナムの方をそれぞれ目視で確認する。

 

「政宗! ヴィータ! お前達、無事だったか?!」

 

シグナムが、ホッとした表情を浮かべながら言葉をかけると、ヴィータはフェイトを地面に下ろしながら答えた。

 

「あぁ、色々な事がありすぎたが、なんとかこの通りアタシも政宗もこのとおりピンピンだ!」

 

そう言いながら、ヴィータは政宗の腕の中で恥ずかしげに俯いているなのはを一睨みする。

 

「なのは! お前もいつまで政宗の腕の上でのろけてんだよ!?」

 

「…ハッ! ご、ごめんヴィータちゃん!」

 

ヴィータに指摘されて我に返ったなのはは、慌てて政宗の手から降りた。

一方、フェイトは先程のアルハンブラの炎弾によって裾が焦げたバリアジャケットのケープを脱ぎながら、ヴィータに尋ねる。

 

「それにしても2人共、よく私達がここにいるってわかったね」

 

「小十郎がフォードって所轄の陸士隊員を通して、念話でここまでの大まかな戦況込みで知らせてくれたんだよ。ちょうどアタシと政宗の2人もレシオ山を降りて街に入ったところだったから、そのままここへ直行したら、この状況だったってわけだ」

 

そう話すヴィータの言葉を聞いて、なのはが気がつく。

 

「ちょっと待って、ヴィータちゃん。政宗さんと2人って言ってたけど、成実君はどうしたの?」

 

R7支部隊隊舎で分かれる際にはヴィータと組んでいた筈の成実の姿がない事に気づいたなのはが指摘すると、ヴィータはさも当然の様に言いのけた。

 

「アタシ一人で二人も運べる筈ないだろ? だから、成実(あのバカ)には自力で山降りてくる様に言って置いてきたんだ」

 

(((おい…)))

 

思わず思い浮かんだなのは、フェイト、シグナムの3人のツッコミの言葉が奇跡的なシンクロを起した。

 

「……そんなんで良いの?」

 

冷や汗を掻きながら言うフェイト。

まぁ、聞かなくても良い訳無いのだが…

 

「まぁ、大丈夫だろ? 成実(アイツ)にとって野山なんざ庭みたいなもんだ。それにアイツの脚力なら今頃山を降りて街に入っている頃だと思うぜ」

 

義弟に対する信頼か、責任放棄か、軽々しくそう言ってのける政宗になのはもフェイトも思わず苦笑を浮かべるのだった。

しかし、その一瞬生じかけた束の間の緊張の綻びも、倒壊した建物の残骸を押しのけながら、魔竜アルハンブラが再び姿を表した事で終わりをみせた。

 

「よぉっ! テメェもまるで元気みてーだな。Magic Dragon…しかも、ウチの小十郎に手傷負わせてくれやがったみたいだな…」

 

政宗はなのはを受け止める為に一度鞘に収めていた愛用の6本の刀…”六爪(りゅうのつめ)》”を引き抜きながら、不敵な笑みを浮かべて呟く。しかし、その隻眼は全く笑ってはいなかった。

 

その隣ではフェイトもまた、バルディッシュを構え直しながら、必死に瓦礫を払おうと藻掻く巨大な古代竜の姿を見据え、その身体を覆っていた装甲がまた剥がれて大分少なくなっている事に気づく。

全身を覆っていた黒い鈍重な装甲は今は頭と首筋、そして両翼の前縁と翼角の部分と、片足と胴体の一部分を残すのみとなっており、大部分は赤い爬虫類の様な生身の表皮を晒している状態にあった。

 

「……装甲が大分無くなってる。今なら私達の攻撃も通じるかも!」

 

「よっし! 久しぶりの竜退治といこうじゃねぇか!」

 

フェイトの言葉を聞いた、ヴィータが気合を入れるように紅いバリアジャケットの片袖をまくりながらグラーフアイゼンを振りかぶる仕草を見せるが、そんな彼女達にシグナムが忠告を言い放つ。

 

「待て! 決して油断はするな! さっきの様子からして、装甲が無くなった分だけコイツの動きは更に俊敏になっているはずだ! それにコイツは唯の古竜ではない! 魔法を封印する”呪法効果”を含んだ攻撃も放ってくるぞ!」

 

「「「えっ!?」」」

 

シグナムの言葉を聞いたなのは、フェイト、ヴィータの3人が同時に驚きの声を上げる。

 

「本当なのか!?」

 

政宗がシグナムに確認を取ると、彼女は小さく頷いて返した。

 

「あぁ、間違いない。実際に私はさっき、奴が放った黒い電撃を受けてから…魔法が使えない」

 

そう言いながらシグナムは自分の愛機のレヴァンティンをかざして、今の自分の状況を診断させてみる。

 

Vorbehalt! Aufgrund ungeklärter Faktoren(原因不明の要因により) kann Magie nicht eingesetzt werden(殆どの魔法を使用する事ができません)!》

 

「ッ!? そ、そんな…!?」

 

「マジかよ…!?」

 

「う、嘘でしょ……?」

 

レヴァンティンが発した警告の意味を理解したなのは、ヴィータ、フェイトは動揺の色を見せた。

政宗も苦々しい表情を浮かべ、話を聞いている。

 

「お前達も気をつけろ。恐らく、あの竜には、飛行能力だけでなく殆どの魔法を使う為の魔力すら封じられる術があるようだ」

 

「そ、それってかなりマズい事じゃない!? シグナム、無理をしないで。ここは私達に任せて貴方は後方に―――」

 

実質的に魔導師として戦えない状態になったシグナムを案じ、撤退を進言するフェイトであったが、シグナムは首を横に振った。

 

「心配はない。幸い、念話を使う事や、魔力を身体の強化に充てる程度はできるようだ」

 

そう言いながら、シグナムは尚も闘志折れる事なくレヴァンティンを構えてみせようとする。

だが、そんな彼女の言葉とは裏腹に、既にシグナムの纏っていた騎士甲冑には無数の亀裂が生じており、そこから覗く肌からは血が滲み出ている様子が見て取れた。

おそらく、先程の電撃によって、身体に施していた強化魔法の多くが封じられた事でそれにより補っていた身体のダメージが一気に現れているのであろう…

 

「シグナムさん!」

 

「お、おい!」

 

「案ずるな。この程度の傷、大した問題ではない……」

 

思わず駆け寄ろうとするなのはとヴィータだったが、シグナムはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がり、戦列に加わろうとする。

しかし、その顔色はやはり青白く、普段のような覇気が感じられない状態であった。

 

「無茶言わないで! どう見たって、まともに戦える状態じゃないよ! 万一に備えて救急センターで応急用のアンプルを幾つか貰ってきてあるから、これを打って今は少し身体を休めて!」

 

なのはがそう言って、取り出してきたのは澄んだ青色の薬剤の入ったインスリン注射器のような細長い箱型のアンプルだった。

これは、回復魔法程、傷を劇的に癒やす力はないものの、それでも出血や体温の消耗を一時的に止め、体力を多少なりとも回復させるだけの効果がある。そのため、時空管理局では救急の現場などで回復術士による本格的な治療までの応急的な処置として重宝されていた。

 

「し、しかし…」

 

「なのはの言う通りだシグナム。 ここはこいつらに任せておけ」

 

そう諭しながら、政宗はシグナムに代わって、なのはから応急用アンプルを受け取った。

 

「それより、早く構えろ。奴がくるぞ」

 

「わかった。政宗さん、シグナムの事をお願いね」

 

政宗の言葉を受けたフェイトは、一言だけ言い添えると、アルハンブラの方を向き直りつつバルディッシュを構える。

そして、その隣ではなのはもレイジングハートを握り締めて、政宗の方へと振り返る。

 

「政宗さん!」

 

「I know! こっちは心配するな! お前らはDragon退治に集中しな!!」

 

「はい!」

 

なのはが力強く返事をしたのとほぼ同じタイミングで、ようやく全ての瓦礫を払い除けたアルハンブラを誘導する様にフェイト、ヴィータと共に、天高く舞い上がった。3人の視線は既に、古代竜アルハンブラの姿を捉えている。

 

「グオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!」

 

アルハンブラは咆哮を上げながら、その巨体を大きく震わせると、身体に残っていた全ての装甲を払い落とし、完全に全身生身の姿を曝け出した。

鈍重な金属音を響かせながら、アルハンブラの払った装甲の残骸が崩れ落ちた瓦礫の上へと落ちて土煙を立てる。

それと同時に、その赤い巨体に黒い稲妻が走り、周囲の空気が震え上がる。

 

「気をつけろ! その稲妻は絶対に受けるな! 浴びれば魔法を封じられるぞ!!」

 

地上からシグナムの声が響くと、なのはとフェイト、ヴィータは揃って大きく首肯してみせた。

 

「わかった! フェイトちゃん!ヴィータちゃん! 行くよ!」

 

「うん!」

 

「おぅ!」

 

3人は互いに目配せをしてから、それぞれ空を蹴って加速しながらアルハンブラに向かって飛翔していく。

 

「ハアァァッ!!」

 

そして、先に仕掛けたのはフェイトであった。

半実体化した魔力刃を備えた大剣型の”ザンバーフォーム”の姿に変えたバルディッシュを振り被りながら、一直線にアルハンブラの元へと向かうと、アルハンブラが魔法を封じる黒い稲妻を放つ寸前のところで、すれ違い様にその左翼の付け根の辺りを狙って渾身の力を込めて振り下ろす。

 

ザシュッ!

 

「ギャオアアアアァァァァァァァッ!!!」

 

「効いてる…!」

 

すると、装甲が無くなった事で、さっきまでとは嘘の様にフェイトの一閃はアルハンブラの胴体に傷を付け、アルハンブラは苦悶の声を上げながら身を捩らせた。

しかし、フェイトは攻撃の手を止めない。

そのままアルハンブラの脇を通り過ぎると、再び上昇し、今度は逆側の翼に向けて袈裟斬りを仕掛ける。

 

「ガアッ!?」

 

またもや同じ箇所を切りつけられ、怒りが頂点に達したのか、口を大きく開いたアルハンブラはフェイトを焼き払わんと、巨大な炎の渦を放射する。

だが、その直前にフェイトは急上昇しており、熱波は虚しくも空を焦がすのみであった。

 

「こっちだ! バケモノ!!」

 

そこへ、ヴィータが打ち放った魔力弾が次々と飛来する。

放たれた光球の数は全部で5つ。いずれも、アルハンブラの顔や腹といった急所ばかりを狙い撃ちにしていた。

 

ドゴオオオオオォォォン!!!

 

「ギャオオオオオォォォォォォォォッ!!!」

 

 

そして、5つの魔力弾が着弾した直後、その全てが炸裂し、アルハンブラは叫びを上げつつ、爆煙に包まれる。

 

「なのは! 今だ!」

 

ヴィータが合図をすると、既になのははカートリッジを1発ロードした状態でレイジングハートを構えていた。

 

「OK! 今ならこれも通じるね…全力全開!」

 

なのははそう言うなり、更に2発のカートリッジを立て続けに装填したレイジングハートを振りかぶると、一気に加速した。

 

《Divain Buster!》

 

電子音と共に。レイジングハートの先端から桃色の閃光が解き放たれる――――その直前だった。

 

「グアアアアアアアアァァァァァァァッ!!!!!!!」

 

突然、一際大きな咆哮と共に空が揺れ、爆煙が切り開かれたかと思いきや、アルハンブラの赤い巨体が瞬く間になのはの目の前にまで迫ってくるのが見えた。

まさに不意をついた早技になのはも思わず呆けてしまい、回避行動が僅か一瞬遅れてしまった。

それが仇となって、次の瞬間にはなのはの身体はアルハンブラに弾き飛ばされていた。

 

「きゃああぁっ!!」

 

「「なのは!!」」

 

悲鳴を上げながら吹き飛んでいくなのはを見て、フェイトとヴィータは慌てて救援に向かおうとするが、すかさず2人めがけてもアルハンブラの暴風の如き突進が飛来する。

 

「うわぁっ!?」

 

「くぅ…ッ!!」

 

辛うじて直撃こそ免れたものの、凄まじい勢いで身体を吹き飛ばされた2人だったがフェイトはどうにか途中で体勢を立て直すと、得意の高速移動で、空を飛び交うアルハンブラを必死に食らいつく勢いで追跡し始めた。

 

(シグナムの言ってたとおりだ…! 装甲が剥がれて身軽になっただけ、スピードが劇的に上がっている。失った耐久力をカバーする為に俊敏性で翻弄するつもりか…!?)

 

アルハンブラはフェイトを引き離そうと、その翼を大きく羽ばたかせると、周囲に嵐の様な突風を巻き起こし、フェイトはその風に煽られてバランスを崩しながらも、何とか堪えてみせる。

 

「フェイトちゃん!」

 

すると、いつの間にか後ろに、先に吹き飛ばされていたなのはがついて、追撃に加わっていた。

 

「なのは!? ケガはない!?」

 

「うん! 突進を食らう直前にシールドを張ったからギリギリまともに受けるのだけは回避できたんだ!…っと言っても流石に全身が痛いけど

 

「そっか、よかった……。でも油断しないで! あの竜、装甲が無くなった分、スピードで私達を翻弄するつもりみたい!」

 

フェイトの言葉に、なのはは小さく首肯してみせた後、改めて前を見据えながらレイジングハートを構える。

 

「わかってる。けど、逆を言うと、どうにかして動きを止めて、そこへ私の”全力全開”の一撃を撃ち込めば、倒せる可能性があるって事だろうけど…さっきみたいなただ踏みとどまってディバインシューターを放つだけじゃ、また不意打ちを受けるか、避けられる可能性が高いだろうし…」

 

なのはは悔しげな表情を浮かべながら呟いた。

先程は、相手が予想外の速さを見せた事で意表を衝かれた事もあり失敗してしまったが、その前のフェイトの斬撃やヴィータの魔力弾が通じていた事からみて、さっき撃とうとしていた”ディバインシューター”ならば、今の耐魔力仕様の装甲に守られてはいない今のアルハンブラには通用する可能性が高い。しかし、その肝心の魔法を当てる為の隙を作る事が出来ないのだ。

なのはが考え込んでいる間にも、アルハンブラは2人を引き離す事に躍起になっているのか、次々と翼を羽ばたかせながら風の刃を乱射してくる。

だが、フェイトもまた飛行速度では負けじと食い下がり、互いに譲らず、空中を駆け巡り続ける。

 

「おい! アタシの事も忘れんじゃねぇぞ!!」

 

その時、向かってアルハンブラの先の方から、威勢の良い掛け声が聞こえてきた。

2人が目をやると、そこにはグラーフアイゼンを振りかぶりながらアルハンブラ目掛けて突っ込んでくるヴィータの姿が見えた。

 

「ラケーテン…ハンマァァーーーー!!」

 

気合いと共に振り下ろされたグラーフアイゼンだったが、アルハンブラはそれをあっさりとかわすと、反撃に口から灼熱の炎弾を放ってきた。

 

「ちぃ!」

 

ヴィータは舌打ちしながら咄嵯に身を捻りながらそれをかわすが、その際、大きくバランスを崩してしまい、そのまま失速していく。

その間にフェイトのなのはが追い抜くと、急いでヴィータも方向を転換し、フェイトの後ろを飛ぶ、なのはの横に並んだ。

 

「ヴィータちゃん! 大丈夫?!」

 

「なんとかな。にしても…やっぱり速さでアイツにまともに渡り合えるのはフェイトくらいか…畜生! シグナムが魔法を封じられてさえいなけりゃ…」

 

ヴィータはそう毒づきながら歯噛みする。

今、この場にはシグナムがいない――つまり、アルハンブラへの対抗打としては最も適正であろうスピードと剣技による近接戦闘を行えるのがフェイトしかいない。

だからこそヴィータはせめてもの援護として自分の持ち味である打撃攻撃や、中距離からの砲撃などを駆使してアルハンブラの動きを制限しようと試みたものの、今のアルハンブラから全く機敏さが衰えていない様子からしても、そのどちらも決定打とはなり得ていないようだった。

 

「くそっ! そうなるとやっぱり、なのはのどデカイ一撃を浴びせるっきゃねぇのか?」

 

「うん。私も同じ事を考えてはいるんだけど…まずはあの竜の動きを止めないといけなくて…」

 

「止めるっつったって…フェイトでさえ食いつくのがやっとな程に素早い奴なんだぞ!?」

 

「うん。だから、どうにかしてフェイントをかけてみれば、動きを止められるかな?…っとも考えてはみたんだけど」

 

「フェイン……? えっと……よくわかんねーけど、要するに腕づくでなくて、頭でアイツを止める手はないかって事だよな?」

 

「うん。それで、何かいいアイディアとかあるかな? 私、ヴィータちゃんやシグナムさん程、竜との戦いとかって経験がないからあんまり慣れてなくて…できれば、皆が無茶をしなくて済む方法が望ましいんだけど」

 

「…なかなか無理難題な注文してくるよな」

 

なのはが困ったような顔をしながら訊ねると、ヴィータは呆れた様子で答えた後、しばらく黙考してから、ふと思い出したように口を開いた。

 

「……そうだな。一応、ひとつだけなら思い浮かばなくもないぜ?」

 

「本当!?」

 

なのはが驚いた声を上げると、ヴィータは自信ありげな笑みを浮かべてみせる。

 

「あぁ。けど、それはあくまでもフェイトにそれをやれるだけの魔力が残っているかに限る。それに、そもそもあの竜相手にこんな猫騙しみてぇな技が通じるかどうかもわからねぇ。それでも聞くか?」

 

「うん!」

 

「わかった。じゃあ、詳しく説明すっから、フェイトにも念話を繋いでくれ」

 

ヴィータの言葉になのはは素直に従い、少し離れた前方を飛ぶフェイトに念話を送った。

 

(フェイトちゃん、聞いて! ヴィータちゃんがアルハンブラを倒す為の作戦を思いついたの!)

 

(えっ!? それって一体?)

 

フェイトは驚きながらもすぐに反応を返す。

 

(今から説明する。二人共よく聞けよ)

 

そして3人はアルハンブラを追跡しつつ、念話を通して作戦を練り上げると、それぞれ小さく首肯した。

 

「これでいいな…? じゃあ行くぞ!」

 

「わかった!……なのは! 上手く言ったら、すぐ合図をするから準備しておいて!」

 

「うん! 二人とも気をつけて!!」

 

 

3人のやり取りを終えると、フェイトはアルハンブラの追跡をスピードでは及ばない筈のなのはに交代し、自分とヴィータはそれぞれ左右に分かれるように、わざと軌道を外れていった。

その様子は地上にいる政宗とシグナムの目もはっきり見えた。

 

「…アイツら。何を始めるつもりだ?」

 

「……………」

 

空を見上げながら政宗は怪訝な顔つきで呟き、シグナムは珍しく何かを懸念する様な不安の籠もった眼差しで空を飛ぶ仲間達を見据えていた。

 

 

一方、突然離れていく様に左右に展開するフェイトやヴィータに気づいたアルハンブラは懐疑心の籠った目つきでそれぞれを睨みつけていたが、やがて興味を失ったかのように視線を外すと、再び前を向いて飛行を再開した。

唯一自らと互角近くに渡り合える速度で飛行できるフェイトが離れた以上、自らの背後には驚異がないものと判断したのか、僅かにその速度が落ちる。

 

(今だ! フェイト!)

 

ヴィータから届いた念話に反応したフェイトは即座に身体を返しながら、バルディッシュを介してある魔法を発動させる。

 

《Blitz Action!!》

 

「Go!」

 

フェイトが心の中で合図すると同時に彼女の身体は文字通り閃光の如き速さで空を駆け抜け、次の瞬間には、アルハンブラの進路上に先回りする形でその姿を移動させた。

戦線を離れようとしていた筈のフェイトがいきなり目の前に現れた事で、アルハンブラは一瞬驚いて動きを止めるものの、すぐに目の前に現れた相手を敵と見なし、その巨大な顎門を開いて噛み砕こうと、一気に加速して接近していく。

しかし――

 

「食らいやがれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

真横から、ギガントフォルムに変形させたグラーフアイゼンを構えたヴィータが砲弾の如き速さで突っ込んでくると、フェイトに食らいつかんと伸ばしかけていたアルハンブラの首に渾身の一撃を叩き込んだ。

 

ガキイィィンッ!

 

硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡ると共に、アルハンブラは首を横に振り払うようにしてヴィータを振り払おうとするが、ヴィータはその勢いに逆らわず、あえてそのまま吹き飛ばされるような形で距離を取った。

 

「……なのは!!」

 

それを見ていたフェイトがどこへともなく叫んだかと思うと、先程と同じ閃光の如き速さでアルハンブラの目の前から姿を消す。

この意味深な挙動の意図が理解できないアルハンブラがふと、背後を振り返ろうとしたその時―――

 

「ディバイン…バスタァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

突如として、振り返ってみた前方で桃色の光が輝いたかと思いきや、その巨体に同じ発光色の光で出来た巨大なレーザーが直撃した。

そして、その閃光の発生源には、レイジングハートを構え立つ、なのはの姿があった。

 

なのははフェイトが機動魔法”ブリッツアクション”を利用した瞬間移動の如き速さと、その隙をついたヴィータの不意打ちでアルハンブラが翻弄されている隙に、呪文詠唱や魔力の増強、そして照準合わせと、諸々の準備を整えていたのだ。

そして、フェイトの合図と共にそうして準備を整えたディバインバスターを撃ち込んだのだった。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!」

 

アルハンブラが初めて明確に苦悶に満ちた叫びを上げながら、バランスを崩す。

そして、閃光が途切れると同時に、背中から白煙を上げつつ、力が抜けるように地上に向かって落下していく。

しかし、なのは達の攻撃はまだ終わっていなかった。

落ちていくアルハンブラに向かって、フェイトが急降下しながら、バルディッシュを振りかぶって飛びかかっていく。

 

「スプライトザンパァァーーーーー!!!」

 

技名と共に振り下ろしたフェイトの斬撃が巨大な閃光の様な斬撃となって、落下しつつあったアルハンブラの首を捉える。

 

ザシュッ!!!

 

刹那、アルハンブラの巨大な首が一太刀の下、胴から引き離され、宙を舞った。

それはまさに華麗なる死神如き、鮮やかな一閃であった。

なのはの全力の一撃とフェイトの怒涛の一閃を立て続けに受けたアルハンブラは地上に落ち、広場のランドマークであった女神像を中心とした彫刻の施された噴水を下敷きにして地響きと轟音を立てながら、地面に叩きつけられる。

少し間を空けて、少し離れた場所に斬り落とされた首がゴトリと落下し、横たわった。

首の無くなったアルハンブラの胴体は激しく痙攣し、やがて動かなくなった。

その様子を見届け、なのは達はそれぞれ顔を見合わせて小さく笑みを浮かべると、アルハンブラの死体の前へと降りてきて、着地した。

広場の各入口の方ではなのは達の戦いを遠巻きに見守っていた人々が歓声を上げているのが見える。

するとそこへ、政宗とシグナムが駆けつけてきた。

 

「3人共、無事か!?」

 

「はい。どうにか」

 

「久々に手応えのある敵だったけど、この通りなんとか傷らしい傷は無しだ」

 

「私も大丈夫だよ!」

 

順にフェイト、ヴィータ、なのはがそれぞれ返事をするのを見て、シグナムは胸を撫で下ろしつつ、微笑を浮かべた。

 

「A job well done. それにしてもあのMagic Dragonもそうだが、お前らも随分とまた派手に暴れやがったな」

 

政宗は呆れ半分感心半分といった様子で苦笑いしつつ、殆どの建物が崩壊し、辺り一面が荒野の様な惨状を晒した広場を一瞥する。

 

「まぁな。でも、むしろこんな得体のしれない古代竜相手によくこれだけの被害で済んだってもんだぞ」

 

ヴィータはそう言って目の前に転がっている首の無いアルハンブラの死体を見ながら、肩をすくめる。

一方、シグナムとフェイトは改めて、この古代竜の姿をまじまじと見つめていた。

 

「しかし、一体何なんだったんだ? この竜は? 外見や能力の特徴を見ても、ミッドチルダとも、古代ベルカとも違うが…」

 

「キャロの出身の“ル・ルシエ”族が行使する竜にもここまで奇怪な能力を行使する竜は聞いた事がないよ…もしかして、私達も知らない全く別の魔法文明のものかも…?」

 

フェイトが緊張を帯びた顔でそう仮説を上げるのを聞いていたなのはが思い出したようにシグナムに尋ねた。

 

「そういえば、シグナムさん。あの竜が倒されたって事は、シグナムさんにかけられた魔法封じの呪いも解けたんじゃない?」

 

なのはに指摘されたシグナムは、急いでレヴァンティンをもう一度手にかざして、自身の状態を診断させてみた。

その結果は…

 

Tut mir leid, Sir.(申し訳ありません)Der Zauber des Siegels, das auf den Herrn(まだ、主に施された呪法は) angewendet wurde, wurde noch nicht aufgehoben(解除されていません)

 

「ダメか…」

 

レヴァンティンからの診断結果を聞いて、シグナムは残念そうな表情を浮かべた。

 

「えぇっ! そんな…どうして!?」

 

フェイトが慌てて、シグナムの持つ剣身を覗き込む。そこには確かに先程までは無かったはずの、赤黒い禍々しい魔力光を放つ文字が浮かび上がっていた。

それはまるで何かしらの文字そのものが、それ自体意思を持っていて、シグナムの体に纏わりついているかのように見えた。

 

「シグナム、それって…?」

 

「うむ…この魔法文字(ルーン)はミッドチルダ語でも古代、近代、両ベルカ語でもない…すると、やはりこの呪いはどちらのものとも異なる文明発祥の魔法か…」

 

シグナムが険しい顔つきのまま、そう呟くのを聞いたフェイト達が驚きのあまり言葉を失う中、政宗は顎に手を当てて、考え込んだ。

 

「異なる文明の魔法の力を操る古代竜だと? なのは。こいつはますます、きな臭ぇ話になってきたんじゃねぇか?」

 

「うん。こんな危険な魔法生物が、どうしてまた『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』の支部隊舎から現れたのか…? どうしてその竜を豊臣五刑衆の一人が解放して、街を襲わせたのか……? もうわからない事だらけだよ」

 

何気なしに話す政宗となのはだったが、ふと気がつくと、フェイト、シグナム、ヴィータが目を丸くしながら自分達の方を見ている事に気がつく。

 

「お、おい、なのは! 『豊臣五刑衆』ってどういう事だよ!? まさか、あのR7支部隊の隊舎を壊滅させて、化け物屋敷みてぇな有様にしたのも西軍(やつら)のしわざだったっていうのか!?」

 

「そ、それよりもこの竜が『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』の隊舎に封印されていたってどういうことなの!? 一体、あそこで何があったっていうの!?」

 

「えっと…それは…」

 

「そういや、フェイト、シグナムは元より、ヴィータにもR7支部隊で二手に分かれた後に俺達が見た事、具体的には話してなかったっけな?」

 

ヴィータ、フェイトからそれぞれ投げかかる質問に、なのはと政宗はどこから説明したら良いのかと迷っていた。

その時だった―――

 

 

♪~~~~~ッ ♫~~~~~~ッ ♪~~~~ッ

 

 

突然、どこからともなく風に乗って笛の音が聞こえてきた。

フェイト、シグナム、ヴィータの3人は「なんでこんな時に笛の音が?」と怪訝な表情を浮かべるが、この笛の音に聞き覚えのあるなのはと政宗は一気に顔に緊張が走る。

 

「こ、この笛の音は…!? まさかあの野郎! まだくたばってなかったのか!?」

 

「政宗さん! 政宗さんがここに来たって事はあの後、政宗さん一度はあの子に勝ったんだよね?!」

 

「あぁ! だが、少し釈然としねぇGame overだったから妙だとは思っていたんだが…」

 

「おい! だから一体何の話だって―――」

 

話しながら、それぞれレイジングハートと六爪を構えようとするなのはと政宗に、ヴィータがさらに問い詰めようとしたその時だった。

風に乗って響く笛の音に合わせて、地面に倒れ伏して死んでいた筈のアルハンブラの胴体がその全身を激しい振動で震わせたかと思いきや、メキメキと不穏な音を罅効かせながらその背中の表皮が中から何かが蠢いているかのように波のように激しく揺れ動く。

そして、真っ直ぐ裁断された首の切れ口から血肉を激しく飛び散らせながら3匹…否、5匹もの巨大な“それ”が顔を出した。

 

「「「「「ギョアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」

 

「「「「「ッ!!!?」」」」」

 

人一人丸ごと飲み込めるだけの胴回りを誇る大蛇の如き体躯を誇る“それ”の正体は、巨大な2本の牙と顔の大部分を占める程に巨大な3つの赤く光る眼球が特徴的なムカデのバケモノであった。




ようやく『なのは見合い編』のバトルも佳境に入ってきました。

っといってもまだまだ魔竜との戦いも終わってませんし、聞き覚えのある笛の音がしたという事は当然“彼”も……苦笑


そして、これは私事ですが…とうとう身内からコロナ患者が出てしまいました(泣)
まぁ、一緒に住んでいたわけではなかったので私が濃厚接触者になったわけではないのですが、私の住んでいる場所は全国でもダントツに感染者の多い都道府県なので、どこで貰ってくるかもわからないもんで、日々落ち着けません…オミクロン怖ス…
皆さんもコロナは元より、風邪やインフルにかかる事がないよう手洗い、うがい、マスクを徹底しましょう(今更!?)


スバル「コロナっていえば、今公開中のバイオハザード ウェルカム・トゥ・ラクーンシティって面白いらしいね♪」

ティアナ「不謹慎でしょうが!!」


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第六十章 ~混沌する戦場 夜行遣いと屍鬼神の恐怖~

【前回までのリリカルBASARA StrikerS】

ラコニア市内中心部で遂に集ったなのは達機動六課の“エース”達…
しかし、魔竜アルハンブラの圧倒的な実力は集ったエース達をも翻弄していく。

更にシグナムがアルハンブラの放った呪いを伴った一撃により、魔法を封じられる事態が起きるなど、大苦戦を強いられる事となるなのは達だったが、それでもなんとか長年の経験から得た知識、そして仲間同士の連携を武器にする事で、遂にアルハンブラの首を落とす事に成功した。

しかし、そこへ突如として鳴り響いた笛の音に導かれるようにして、倒した筈のアルハンブラの身体から新たな異形の怪物が現れ、戦いはさらなる泥沼へと続く事となってしまう…!!


政宗「リリカルBASARA StrikerS 第六十章。Let's Party!」


激闘の末にようやく魔竜アルハンブラかを討ち果たす事に成功したと安堵していたなのは達は、目の前で起きた事態を前に、まさに青天の霹靂を目の当たりにしたかの如く、一瞬目の前が遠くなりそうな感覚を覚えた。

首を切断されたアルハンブラの巨体から、容姿も大きさも全く尋常でない巨大ムカデが5匹も、喪失した首に代わる新たな首を担うかのように、うねうねと蠢き、それに伴い、倒れ伏して動かなくなっていた筈の魔竜の亡骸が再び動き出したというのだ。

 

「うわっ……うわあああっ!!」

 

「気持ち悪ぃッ! 今度はなんだってんだよ!?」

 

「くっ! どおりで私の魔法も封じられたままだったというのか!?」

 

その光景を目の当たりにしたフェイト達は、思わず戦慄し、驚愕した。

遠まきで見守っていた野次馬の方からも再び悲鳴が上がり、「武装隊を早く呼べ!」と叫びながら、さらに遠くへと逃げだすのだった。

5匹の巨大な蜘虫類の化け物が一斉に鎌首を持ち上げると、その頭部にある赤い3つの眼を光らせる。

 

次の瞬間、それぞれの個体が凄まじい勢いでその巨体を空中へと躍らせたかと思うと、そのまま上空からなのは達に向かって襲いかかってきた。

 

「くそったれが!! 腐ったゴリラみてぇな動く死体に、牛や馬の顔した巨人、得体のしれない呪いをかける古代竜ときて、お次はバカでかいムカデ型の寄生虫かよ!? ハロウィンでも、もうちょっとマシなお化けが出てくるってもんだろうが!」

 

迫りくる巨大な蜘虫類に対して、ヴィータはグラーフアイゼンを手にとりつつ横に飛び退きながら、うんざりした様子で毒づいた。

 

「言ってる場合じゃないよ! とにかくまた暴れだして被害がさらに広がる前に、もう一度倒さないと!」

 

なのはもヴィータと同じく横に飛んで攻撃を避けつつ、左手に握る相棒(レイジングハート)を前に突き出すようにして構えを取る。

政宗も同じように身を屈めながら、愛刀の六本の刀を全て指の隙間に挟み、独特な六爪流の構えを取る。

 

「なるほどな…あのMonster tamerがこんなバカでかいDragonをどうやって操っていたのか、これで合点がいったぜ…アルハンブラ(コイツ)もまた、あのガキがけしかけた屍鬼神(得体のしれないMonster)のMarionetteにされちまってったってところだろうよ?」

 

おいおい、”得体のしれないバケモノ”とは言ってくれるじゃねぇか。せめて、”人の歴史の業を司る妖神”とでも呼んでくれたらいいのによぉ

 

政宗の零した呟きに、どこからともなく響いたおどろおどろしい声が応じた。

突然聞こえた聞き慣れない声に、フェイト、ヴィータ、シグナムは虚をつかれたように背筋を伸ばし、一瞬の後に、「誰!?」と叫んだフェイトの声を合図に辺りを見渡した。

同時に政宗となのはも弾かれた様に反応し、声の聞こえてきた方を振り向くが、2人は他の3人と違って、聞こえてきた声に対し、先程の笛の音と同様聞き覚えがあった。

 

「あっ! あそこ!」

 

「んな!? いつの間に!?」

 

気がつくと、なのは達の向かい、5匹の巨大な蜘虫類の化け物が首から伸びたアルハンブラの骸の前に立ちふさがるようにして、左右で色が分かれた黒白の道服、上半身を拘束するかのように巻かれた長い数珠を着けた白い長髪の美少年…政宗がR7支部隊隊舎で打ち破った筈の豊臣五刑衆・第四席 宇喜多秀家が殆ど無傷の状態で佇んでいた。

 

「……あの子は…!? スバル達と同い年くらいに見えるけど、どうしてこんなところに…!?」

 

本能的にバルディッシュを構えつつ、フェイトが訝しむ。

しかし、その直後、目の前に立つ少年の肩に霞が浮かぶようにして、リインフォースⅡと同じ程の大きさの烏の頭部を持った僧衣を纏った小獣人が現れるを見た瞬間、彼が唯の戦いの場に迷い込んだ一般人などではない事に気がついた。

一方、既に彼らの正体を知っている政宗となのははこの時点で顔を顰めながら臨戦態勢をとっていた。

 

「皆、気をつけて! あの子、あれでも”豊臣五刑衆”の一人だから!」

 

「「「えっ!?」」」

 

なのはの言葉を聞き、フェイト達は思わず耳を疑う。だが、その直後には彼女らはすぐに納得していた。

何故なら、目の前にいる謎の少年から発せられる冷たく、重々しい殺気、闘気はまるで、並の違法魔導師や次元犯罪者などのものとは異なる。

特に実際に同じ”豊臣五刑衆”の第三席 小西行長と一戦交えた経験のあるヴィータは、目の前に立つ少年の放つ猛者としてのオーラが、自らが目の当たりにした行長が発していたものとよく似ている事に気づいていた。

一方、政宗は先のR7支部隊隊舎で交戦した際に、倒した筈の屍鬼神(しきがみ)・烏天狗が霊体とはいえ、既に復活していた事に驚きをみせていた。

 

「Hu~…生身の人間だったら、とっくにくたばっているか、当分動く事もできねぇ重症Levelの一撃を与えてやったってのに、もう復活しやがったのか? crow野郎。 流石はMonsterとはいえ神様だな」

 

当たり前だろうが。俺達屍鬼神は魂の宿った珠さえ砕けなない限り、不死身の存在なんだよぉ。っといっても、さっきの一撃は聞いたぜぇ、おがけで今宵はもう、主様の身体に憑身(ひょうしん)して暴れる事もできねぇ

 

政宗の皮肉に対し、秀家の肩に乗った半霊体の小獣人 屍鬼神”烏天狗”はせせら笑いながら返した。

 

殺凄羅(あすら)の馬鹿もブチギレてたぜ? せっかく久しぶりに外界で一暴れするつもりだったのに、テメェみてぇな青二才に邪魔されたんだからよ

 

「あのSpider Ladyか? 刀の数に物言わせるだけの三流剣士じゃ、シャバに出たところで出来る事なんざたかが知れてるとでも伝えてやっておけ」

 

更に皮肉を含めた軽口で返してみせる政宗に対し、シグナムが尋ねた。

 

「政宗…一体何者なんだ? あの少年といい、肩に乗っている異形の者といい…」

 

「…奴の名前は“宇喜多秀家”。豊臣五刑衆・第四席で、奴の肩に乗っているcrow野郎も含めた“屍鬼神(しきがみ)と呼ばれるバケモノを召喚したり、身体に取り憑かせたり得体のしれない戦術を使うMonster tamerだ。おまけに白兵戦(サシ)でぶつかっても、なかなかに出来るぞ」

 

政宗はそう答えつつも、目の前に立つ秀家を油断なく見据える。

すると、その話を聞いたヴィータが鋭い眼光で秀家を睨みつけながら、スッと一行の前へと躍り出た。

 

「やっぱりそうか…今夜の騒ぎ…全て西軍が裏で糸を引いてやがったって事か!」

 

「ヴィータ! 血気に逸るな! いくら、子供といえども相手は―――」

 

「皆まで言うんじゃねぇよ!シグナム! 五刑衆(アイツら)のバケモノみてぇな強さは、身を持って知ってんだ! けど、アタシだって、もう今度は油断して両腕をもぎ取られるつもりはねぇからな!!」

 

ヴィータがシグナムの忠告を押し退けて、グラーフアイゼンを構える。

鈍重な得物を使うのに反し、小柄な体躯を生かした身軽なフットワークが身上の”紅の鉄騎”が、地面を蹴って勢いよく少年…秀家に殴りかかろうとした。

だがその前に、秀家の背後に立っていた巨大蜘虫類がその大きな口を開けて5匹同時に飛びかかってきた。

 

「おっと! 危ね!」

 

ヴィータは咄嗟に後ろに身を翻す事で、ムカデ達の毒牙を避ける事に成功したが、ムカデ達の操るアルハンブラの骸は再び起き上がると、秀家を庇うようにその真横に佇み、こちらを警戒する様子を見せた。

 

「ちっ! 死んだ竜なんざ手懐けやがるとは、小西行長とは違う意味で悪趣味な奴だぜ! しかも頭が落ちた首から5匹の大ムカデが生えているとか、どんなホラー映画のクリーチャーかよ!!」

 

地面を滑りながら着地しつつ悪態をつくヴィータの下へ、なのはが、慌てて駆け寄る。

 

「ヴィータちゃん! 大丈夫?」

 

「あぁ、視覚的に気分が悪い事以外は問題ねぇ…にしてもあのガキ。さっきから一言も喋らねぇどころか、まるで人形みてぇに感情がねぇな」

 

ヴィータは不気味そうに顔を歪めつつ、改めて秀家と向き直った。

彼女の指摘する通り、秀家はR7支部隊隊舎でなのは、政宗と会遇した時と同じく、この場所に現れてからも屍鬼神を取り込んだ時を除いて、絶えず、その表情には喜怒哀楽全ての”感情”がまるで浮かんでこない。

文字通り、輝きのない瞳のまま、無気力な表情で佇んだままだった…

そんな秀家の様子を見つめていた政宗は小さく鼻を鳴らす。

 

「Hum…さしずめ、屍鬼神共を取り込む為に何か特殊な呪法でも使って感情を殺したか封印したか…したんだろうな。アイツからは『死』というものに対する恐怖心はおろか、そもそも関心というものが完全に欠落しているように見えるぜ」

 

「それは……どういう意味なのだ。政宗?……」

 

政宗の言葉に、シグナムが怪訴そうな顔を浮かべて尋ねてきたので、彼は肩越しに振り返りながら言った。

 

「言葉の通りの意味だぜ、シグナム。つまりはあのガキ自身が、Monster共に動かされるだけの傀儡みてぇなもんだって事だよ」

 

「「「「……!?」」」」

 

政宗の告げた真実を聞き、シグナムのみならず、なのは達も息を呑む。

 

「豊臣五刑衆……知れば知る程に身の毛もよだつ集団だな」

 

「スバルやティアナとあまり変わらない歳くらいな子を…そんな兵器みたいにするなんて…」

 

改めて、『豊臣五刑衆』ひいてはそれを組織した豊臣軍やその後継組織である西軍の非人道的なやり方にヴィータやフェイトはそれぞれ不快感や哀れみを覚えていた。

だがその時、秀家がおもむろに口を開いた。

 

「……お喋りは済んだ…? 僕もそろそろ今宵の仕事の”仕上げ”にかかりたいんだ…………」

 

抑揚の無い声で話す秀家の声を聞いたなのは達は思わず身構えた。

 

「仕上げ? 一体何をするつもり?」

 

バルディッシュ・ザンバーを構えたフェイトが警戒心むき出しで問う。

 

「………ひとつはこの魔竜アルハンブラの血肉を得て、養分と共に様々な”記憶”を吸い上げた屍鬼神”繰駆足(くりからで)”を回収する事…」

 

本当は、生きた魔竜を回収するつもりだったのに、お嬢ちゃん達に倒されちまったからなぁ

 

秀家の肩に乗った烏天狗が皮肉のような補足を言い添えてくる。

 

「そして…………もうひとつは……」

 

「「「「「―――ッ!!!?」」」」」

 

不意に、秀家から発せられた禍々しい殺気になのは達は、(魔法を封じられているシグナムを除いた)全員が反射的にカートリッジをロードしながら後退して距離を取った。

しかし、この中で唯一魔導師ではなく、気の力を行使する政宗は、後退しつつも既に、六爪を顔の前に交差させるように構え、守りの姿勢をとった。

その次の瞬間には、政宗の目の前に愛武器である黒鋼の如き質感の長笛を振りかぶった秀家の姿が現れたかと思うと、容赦なくその脳天を目掛けて身の丈以上の長さを誇るそれを振り下ろしてきた。

 

 

ガキィィィィィン!!!

 

 

激しい金属音と共に火花が飛び散る。政宗は秀家の一撃を受け止める事に成功すると、そのまま鍔迫り合いに持ち込むべく押し返そうとしたが、秀家はピクリとも動かないばかりか、徐々に政宗の方へと押されていく。

 

「屍鬼神達…特に烏天狗が君に受けた雪辱をどうしても晴らしたいんだってさ……奥州筆頭・伊達政宗…!」

 

次の瞬間、秀家の全身から凄まじい量の気が噴き出したかと思った刹那、彼の身体はまるで重力に逆らうかのように軽々と宙に浮かび上がった。

 

「ぬぉ!?」

 

政宗が驚く間もなく、秀家は空高く舞い上がると…

 

「“死笙針(ししょうじん)”」

 

長笛の筒先を口に宛てがい、気をコーティングして遥かに射程距離と威力を増強させた吹き矢を連続で発射してきた。しかも、ただ連射するだけでなく、時には回転させながら四方八方から政宗に向かって撃ち込んでくる。

 

「ちぃ!!」

 

政宗は舌打ちしつつ、身を捻って紙一重でそれらをかわしていく。

 

「「政宗(さん)ッ!!?」」

 

「お、おい! あの吹き矢って確かR7支部隊隊舎でアタシを襲った…!?」

 

「大変! すぐに援護しないと―――」

 

ヴィータとシグナムが叫ぶ中、なのはが、政宗を翻弄する様に跳ね回りながら攻撃を仕掛ける秀家に向けて、どうにかレイジングハートの穂先を向けようとするが…

 

おっと! お前らの相手はコイツだぁぁ!!!

 

そこへ先程、秀家が”繰駆足(くりからで)”と呼んでいた5匹のムカデの化け物を新たな首とした魔竜アルハンブラが飛びかかってくると、交戦する政宗と秀家のあいだにを塞ぐように着陸して妨害をかましてきた。

よく見ると、真ん中の繰駆足(くりからで)の頭にはいつの間にか烏天狗が胡座をかいて座っているのが見えた。

 

「くっ!?」

 

なのはは咄嵯にレイジングハートを構え直し、繰駆足(くりからで)の傀儡と化した魔竜アルハンブラを迎え討つ体勢を整える。

 

「仕方ねぇ! まずはこの気持ち悪ぃムカデの化け物をなんとかするぞ!!」

 

「で、でも政宗さんが…!?」

 

ヴィータの言葉になのはが焦りを見せるが、そこへシグナムがレヴァンティンをの剣尖を下に向けて切っ先を地面に向けた状態で鞘に納めたままの状態で両手に握り締め、いつでも抜刀できる体勢を取った。

 

「ちょ!? シグナム!?」

 

シグナムの行動を見たなのはとフェイトは、慌ててシグナムを止めようとするが、その前にシグナムはそれを手で制する。

 

「心配は無用だ。さっき、なのはが寄越してくれた応急用アンプルのおかげで、やっと身体の痺れも取れて、出血も止まった。”紫電一閃”をはじめとする剣技魔法が使えない事こそ痛手ではあるが、剣戟同士の渡り合いであれば、少なくとも足手纏いにはならないだろう…」

 

「シグナムさん…」

 

シグナムの言葉の意図を悟ったなのはが驚いた様子で見つめる。

 

「政宗の援護には私が回る。お前達はどうにかしてもう一度、魔竜を沈静化してくれ」

 

「……わかりました。それじゃあ、シグナム副隊長は政宗さんの援護をお願いします。その代わり、今の状態で宇喜多秀家()と交戦する事に無理を感じたら、すぐに戦線から離れてくださいね」

 

「フェイトちゃん?」

 

なのはは、今の魔法が使えない状態のシグナムが戦線に加わる事を了承したフェイトを不安げに見つめた。

すると、フェイトは念話でなのはに囁いた。

 

(大丈夫だよ。シグナムは魔法抜きにしても、政宗さん達にも劣らないくらいの剣術の使い手だから。それに”誰かさん”と違って、自分の頑張りきれる限界や引き際の線引だって、ちゃんとわかっているだろうしね)

 

途中でややイタズラっぽい余計な一言を交えたフェイトの言葉になのははちょっとムッとした様子を見せた。

 

(うぅ~、ちょっと納得いかないけど……でも、確かに今は一人でも政宗さんの援護に回らないといけないし……)

 

なのはは渋々ながらも、シグナムを政宗の援護に回す案に同意するのだった。

 

「よし。それじゃあ、アタシらであのバケモノを引きつけるぞ。シグナムはその間に政宗のところへ」

 

「承知した」

 

ヴィータの指示に従い、シグナムが魔竜(アルハンブラ)の脇を回る様に駆け抜けて、その向こう側にいる政宗の下へと向かおうとする。

当然、それを妨害せんと、魔竜の新たな顔になった5匹の大ムカデ達は一斉に鎌首をもたげ、そして地面を蹴って突き進むシグナムに向かって喰らいつこうとした。

そのタイミングを見計らいながら、なのはとフェイトは互いに目配せをして、再びそれぞれの愛機を構えた。

 

「いくよ! バルディッシュ!」

 

《Yes sir!》

 

「レイジングハート!」

 

《All right. My master》

 

なのははレイジングハートの穂先を真下に向けると、魔力弾を生成し始めた。

 

「アクセルシューター・コンビネーション!!」

 

なのはがそう叫ぶと、レイジングハートの穂先に生成された4発の魔力弾が、まるで意思を持ったかのように高速回転しながら飛翔していき、それぞれ1匹の繰駆足(くりからで)に向かっていった。

 

一方、フェイトはカートリッジをロードさせて、右掌に作り出したフォトンスフィアから光の矢を放った。

放たれた光属性の魔力を帯びた金色の閃光は真っ直ぐに飛んでいき、先頭にいた2匹の繰駆足(くりからで)の胴体に命中して貫通。2匹はそのままアルハンブラの首の根元から抜け落ちると地面に倒れ伏す。

しかし、残りの3匹の繰駆足(くりからで)はその攻撃を回避しつつ、シグナムの進行方向へ食らいつこうとした。

 

そこへヴィータが、アイゼンを振りかざして突撃していく。ヴィータが振り下ろした鉄槌型デバイスが、立ち塞がる繰駆足(くりからで)の頭部に命中する。

だが、その一撃は硬い殻に覆われた頭部を砕くには至らず、逆にヴィータが弾き飛ばされてしまった。

 

だが、それによって生じた隙になのはの放った4発目のアクセルシューターが追い討ちをかけるように飛来し、先頭の1匹に直撃。その身を貫いて串刺しにする。

さらにそこに、フェイトの放った最後の1撃である金色の閃光が走り抜けた。

その瞬間、シグナムの進路上に向かって鎌首を下ろそうとしていた繰駆足(くりからで)はまとめて真っ二つに両断され、そのまま崩れ落ちていった。

その間にシグナムはアルハンブラの胴体の脇を無事に駆け抜けて、その先で、激しい剣戟を交える政宗と秀家の下へと向かう事ができた。

それを見届けたなのは達は残り一匹となった繰駆足(くりからで)に集中する事にした。

 

「ハンマーでぶっ潰せねぇってなら、コイツでどうだぁ!?」

 

繰駆足(くりからで)の正面に浮遊したヴィータはどこからともなく4つの鉄球を指に挟みながら取り出すと、それを一気に投擲した。

 

「シュワルベフリーゲン!!」

 

ヴィータの声と共に打ち放たれた4本の鉄球はそれぞれ別々の軌道を描きながら、こちらに食らいつこうと一直線に進んでくる繰駆足(くりからで)の頭部に激突し、衝撃で大きく仰け反らせる。

そして、その動きが止まった一瞬を狙って、なのはは右手に握ったレイジングハートの穂先を向け、収束砲撃魔法を発動させた。

 

「ディバインバスター!!」

 

なのはの杖の先端にはめられた赤い宝玉から桜色の光が溢れ出し、それが一筋の閃光となり伸びていく。そして、狙いを定めた繰駆足(くりからで)の腹部に先端部分が触れると、そこから爆発的に膨張し、その体を内側からはじけ飛ばさせる。

思いの他、呆気なく5匹の大ムカデの形をとった屍鬼神(しきがみ)は倒れ、その様を見ていたヴィータは思わずガッツポーズを決めた。

 

「よっし! ヘッ! 図体はデカくても、所詮は死体を操って動かしていただけの寄生虫だな! ”生きた”魔竜に比べたら全然大した事ねーじゃねぇか!!」

 

さぁて。そいつはどうかなぁ?

 

得意げにそう言って鼻を鳴らすヴィータだったが、そんな彼女の言葉に水を指すような嘲笑が聞こえてくる。

ヴィータが顔を顰めながら、声のする方に目をやるといつの間にか上空の方に移動していた烏天狗が笑っていた。

 

「あぁ? それどういう意味だよ!? チビガラス!」

 

ヴィータはすぐに挑発的な物言いで問いかけ返したが、その発言が烏天狗の癪に障ったのか、鋭い眼光でヴィータを睨みつけてきた。

 

”チビガラス”だぁ…!? 天狗の中でも高貴とされるこの俺を、そこらの有象無象のカラス共と一緒くたにされるたぁ聞き捨てなんねぇ…! ”憑身”さえできりゃ、テメェなんざこの手でふっ飛ばしてくれるのによぉ…!

 

「上等だ! やれるもんならやってみやがれ!」

 

「ヴィータちゃん! 落ち着いて!!」

 

今にも烏天狗に飛び掛からんばかりの勢いを見せるヴィータをなのはが慌てて宥める。

一方、フェイトはあくまでも落ち着いた表情を崩さずに烏天狗に向かって問いかける。

 

「それはどういう意味なの…?」

 

論より証拠だっての。ほら、見てみろよ

 

烏天狗が愉快そうに、指を指し示した先…全ての繰駆足(くりからで)が倒れて、再び元の首なしの死体に戻った筈のアルハンブラの方へと3人が視線を向けると…

 

「「「「「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」」」」」

 

全滅した筈の繰駆足(くりからで)が、5匹全て何事もなかったかのように再生され、不快な鳴き声を上げながら元気に蠢いており、再び魔竜の死体は命を吹き込まれて起き上がろうとしていた。

 

「まさか!? 再生してる!?」

 

「マジかよ!? たった今、全部退治したはずだろ!?」

 

「どうして!? まだ身体の中に潜んでいたっていうの!?」

 

なのは、ヴィータ、フェイトがそれぞれ驚愕の声を上げる。

 

テメェが言ってただろうが、そこの紅いチビヤロー。『図体は大きくても、所詮は死体』だってな。つまり、その大ムカデ共は魔竜の血肉を糧に育ち、出来上がった身体だから、いくらムカデ共を潰そうが宿主の血肉がある限り、いくらでも次のムカデが現れるって腹さ

 

「なんだよ、そりゃ!?」

 

「ど、どうしよう!?」

 

「…………」

 

烏天狗の言葉を聞いて、ヴィータとなのはは動揺し、フェイトも額に冷や汗を浮かべながら息を呑んだ。

そんな彼女たちの姿を見て、烏天狗は愉快そうにさらに饒舌に語りだす。

 

ちなみに、その繰駆足(くりからで)の一番の特色は宿主となった生き物の能力を全て読み取って、自分のものにできるというところだ。つまり、この竜が使っていた力は全て把握済みという事だ

 

「えっ!? って事はまさか…」

 

ご明察♪

 

烏天狗の発言にフェイトは思わず目を丸くする。それに対して、烏天狗は茶化すように答えた。

確かに大ムカデ達の宿主となった魔竜は生前、強力な火炎や、強酸の雨を含んだ風のブレス、そして当たった者の魔法を封じ込めてしまう呪いを含んだ黒い稲妻を行使できた。つまり、この大ムカデ達がその全てを自分の能力にしているという事は……

 

フェイトの脳裏に浮かぶ前に、その最悪なシナリオは現実となった。

ムカデ達はそれぞれの口からアルハンブラの放っていたものと同じ豪炎を吐きつつ、なのは達に目掛けて迫ってきた。

 

「危ねぇ!!」

 

ヴィータの声を合図になのは達はそれぞれ後ろに飛び退いて突進を避けつつ、ムカデ達の吐く火炎から障壁魔法(シールド)で身を守らねばならなかった。

しかし、それで終わりではない。

 

 

「ギィイイアアア!!」

 

「ギョアアア!!」

 

 

大ムカデ達は再び一斉に口を大きく開けると、今度は強酸の雨を大量に含めたブレスを吐き始めた。

しかも今度はただのブレスではなく、強酸の雨が野球ボール程の球体の形をしており、地面に着弾するとまるで散弾のように広範囲に撒き散らし、そこにあるものを容赦なく溶かしていく

これは明らかにアルハンブラが使用していた時よりも厄介であった。下手に防御に徹していたら、全身に強酸を浴びてしまい、今度は自分達が溶かされてしまう。ならば……

 

「バルディッシュ! カートリッジロード!」

 

《Yes,sir》

 

フェイトはすかさずデバイスを構えて魔力刃を展開させると、向かってくる無数の強酸性の球体に向けて振り抜いた。

ザンッ!! 鋭い音を立てて、斬撃によって切り裂かれた球体が辺りにバラバラと飛び散っていく。

だが、それでも防ぎ切れない程の多さであり、いくつかはなのは達にも降り注いだ。

 

「あっつ!?」

 

「きゃあっ!!」

 

「ぐうぅ……!!」

 

強酸性を帯びた雫が跳ね、3人はそれぞれ悲鳴を上げる。

シールドとバリアジャケットのおかげで直に大量に浴びる事は避けられたものの、手や足にかかった僅かな雫だけでもその痛みはかなりのものだった。

 

「うぅぅ…やっとあのアルハンブラ(魔竜)を倒したと思ったら、今度は巨大ムカデの怪物を相手にしないといけない上に、その全部が魔竜の能力を完コピしてるなんて……」

 

「冗談じゃねーよ! これじゃあ、実質あの魔竜が5体に増えたのと同じ事じゃねぇか!」

 

そういう事だな! さっきお前らは魔竜に勝利したと悦に入っていたが、その実、さらに数が増えたそいつと戦わなくちゃならん事になったわけだな!

 

すっかり滅入った様子を見せるなのはや、歯噛みするヴィータらを煽る様に烏天狗が言った。

実際問題として、烏天狗の言う通り、魔竜との戦いが終わった直後に現れた新たな敵に対して、3人は完全に動揺しており、それを見た烏天狗はますます愉快そうに笑った。

 

どうした、どうした、お嬢ちゃんたち。もう心でも折れたかぁ?

 

「うるせぇ! それよりもさっきから黙って聞いてりゃ、横からゴチャゴチャと他人事みてぇに解説しやがって!鬱陶しいんだよ!!」

 

実際、他人事だろうが。俺はどのみち、今宵は”憑身”できない身だから、この戦いに介入する事ができねぇ。だからその分、じっくり見物させてもらうつもりだぜ。まっ、なんならお前らが、すぐに繰駆足(コイツら)の歯糞にされないようにご祈祷でもしてやってもいいぞ?

 

「こ、こんのクソカラスがぁ…ッ!! 覚えてろよ!! このバケモンが片付いた後には絶対にテメェも―――」

 

「ヴィータちゃん! 前! 前見て!」

 

「へっ!?」

 

烏天狗に怒鳴りつけるヴィータであったが、それを遮るように響いたなのはの叫び声で我に返ったヴィータが前を向くと、5匹の大ムカデ達が一斉に襲いかかってきているところだった。

 

 

「ギィイイアア!!」

 

「ギョアッ!!」

 

 

「うわっとぉ!?」

 

ヴィータは慌てて、後ろに飛んでムカデ達の突進を避ける。しかし、大ムカデ達はまるで意志を持っているかのようにそのままUターンをしてヴィータを追いかけてきた。

ヴィータは舌打ちを交えつつ、追いかけてくるムカデ達に魔力弾を放ってけん制しようとする。

だが、大ムカデ達は器用に体をくねらせて、ヴィータの放った魔力弾を次々にかわしていった。

 

「くっそ! ちょこまかと…!!」

 

「ヴィータ!」

 

フェイトが声をかけながら、後ろから追いすがってくる5匹に向かってバルディッシュを振り下ろし、一匹でもその鎌首を落とそうと試みた。

しかし、それもやはりムカデ達の素早い動きによって簡単に回避されてしまった。

そして、そのまま大ムカデ達は一斉に口を大きく開けると、先ほどと同じように強酸を含んだブレスを浴びせようとしてきた。

 

「…ッ!?」

 

フェイトは咄嵯に身体を覆う様にゲージ型の結界(フィールド)魔法を展開して強酸の雨を防いだものの、これでは完全に防戦一方であった。

別の方面ではなのはが、同様に大ムカデの吐きつける酸の雨を回避しながら、なんとかこの猛攻を止める手立てを考えようとしていたが、その前にまた他の個体に妨害されてしまう。

 

(早くこのムカデをなんとかしないと…! もしこの状態でまた、街で暴れだしたら、今度は五倍の被害が出てしまうかもれない! それに政宗さん達だって、あの秀家って子と戦っているっていうのに…!?)

 

なのはは焦っていた。

ここで、無限に増殖する大ムカデ達が操るアルハンブラ(の骸)を街に逃してしまったら、文字通り、攻撃を加える頭数が増えている分、被害もさらに広がりやすくなり、当然被害者もさらに増える事になってしまう。それだけは避けなければならない。

それに、アルハンブラの向こう側では、政宗、シグナムと、宇喜多秀家が交戦しているのだが、彼らの戦況がどうなっているのかまだはっきりと確かめる事ができていない…考えれば考える程、なのはの焦燥感は高まるばかりだった。

しかし、今の状態ではその懸念を払拭する事ができない。

ならば、現状打てる手を打つしかない。

このまま手をこまねいていては、いずれ数の暴力に押しつぶされて負けるのは目に見えている。

 

「フェイトちゃん! ヴィータちゃん! こうなったら隊舎に連絡して、はやてちゃん…否、部隊長に私達の魔力リミッターを解除して貰うように申請しよう!!」

 

「え? リミッターを?」

 

「うん!」

 

「だけど、今この状態でリミッター解除してくれなんて頼んだら、また『無茶すんな』とか怒られるんじゃねーか?」

 

「それは……」

 

ヴィータの言葉に、一瞬言葉に詰まる。確かに彼女の言う通り、この時点で3人、特になのははアルハンブラ相手に激しい交戦の末、手傷を負っている上に魔力を大きく消耗した状態にある。確かに、ここでリミッターを解除すれば、魔法の威力を上げるだけでなく、喪失した魔力をリミッターで抑えていた分だけ補う事ができるが、当然そうなると身体にかかる負荷も倍増しになるわけである。

あまつさえ、なのはは過去に長年の無理が祟って大きなケガに繋がる失敗を犯した事がある為、極限下の状況におけるリミッター解除申請に関しては、政治的な事情はもとより心境的な事情においてはやてからは特に慎重に扱われていたのだった。

 

しかし、今は一刻を争う事態である事は明白である。

ならば、ここは腹を決めて決断しなければならないだろう。

そう思い、なのはは意を決して念話の回線を開き、はやてからの指示を仰ごうとした。が――

 

「二人共! 来るよ!」

 

 

「ギィイイアアアア!!」

 

 

「うわっ!?」

 

「ひゃあっ!?」

 

ヴィータとなのはが話し合っている最中にも、大ムカデ達は容赦なく襲いかかってきた。フェイトの警告でそれに気づいたヴィータとなのはは、それぞれ襲いくる大ムカデの攻撃をかわしていくが、その度に2人の体力は大きく削られていった。

 

「なのは! ヴィータ!…プラズマランサー!」

 

すかさずフェイトが複数個の黄色のフォトンスフィアを成形して、なのは達を襲う大ムカデ達に向かって射出するも、大ムカデ達は多足類ならではの柔軟な動きでそれを躱すと、そのままフェイトの方にも襲いかかってきた。

しかも、大ムカデ達はなのは達が攻撃をかわすと、そのままUターンをして再び彼女達の後を追いかけてくるのだ。まるで、どこまで逃げても無駄だと言わんばかりに…

 

「くっそ! しつこいんだよテメェらはぁ!!」

 

ヴィータが悪態をつく。しかし、いくら彼女が大声で罵声を浴びせようとも、大ムカデ達は一向に怯む様子を見せない。

それどころか、更に動きを速め、それぞれの顔から炎や強酸の雨を撒き散らしながらなのは達を追いかけてくる始末だ。

 

「これじゃあ、おちおち念話を繋ぐ事もできないよ!!」

 

「畜生ぉ!! どうすりゃいいんだよぉぉぉ!!!」

 

なのはは必死に、ヴィータは半ばヤケクソ気味に、フェイトはどうにかこの状況を打破する手立てを思案しつつ、迫りくる大ムカデ達を相手にしながら、とにかく全力で飛行魔法を行使し続けた。

 

 

 

 

そして、なのは達が苦戦するアルハンブラの身体を乗っ取った屍鬼神・繰駆足(くりからで)達の脇を抜けたシグナムは、その少し離れた先でそれぞれ六本の刀と長笛を得物に、激しく打ち合う政宗と秀家の姿を捉えた。

 

DEATH FANG(デスファング)!」

 

「“輪廻囃子(りんねばやし)”…」

 

政宗は体勢を直しながら、そのまま刀を上に打ち払い電撃を放つが、秀家は長笛を棍棒の様に回転させ、電撃を弾いてみせた。

それでも政宗は焦ることなく、地面を蹴って一気に秀家との距離を縮める。

それに対し、秀家は振り下ろされてくる政宗の三重の斬撃を長笛で受け止め、弾いてみせた。

 

「“千尋神楽(せんじんかぐら)”…」

 

秀家の掠れる様に唱えた技名と共に、その声の儚さとはまるで釣り合わない威力と速さを伴った乱れ突きを放ってくる。

政宗はどうにかそれを六爪でしのぎつつ、秀家の首や急所に向けて刀を薙ぎ払おうとするが、秀家の突きはどこをとってもまるで隙がなく、反撃を仕掛ける余地がなかった。

 

「チィッ!」

 

政宗はこの剣戟で反撃に転じるのを諦めると、舌打ちをしながら、後ろに大きく飛び退いて、体勢を直してから、もう一度斬りかかろうとした。

すると、秀家はその場に片膝をつくようにして屈むと、長笛を右手の掌に乗せるようにしながら、筒先を政宗の方に向ける様にして構えをとった。

 

「……“魍魎砲(もうりょうほう)”」

 

呟く様に技名を唱えると、秀家の左手に青白い光が灯り、すかさずそれを笛の管頭…つまり政宗に向いた方向と反対の端に打つ。

すると、政宗の方に向けられていた筒先の前に大玉程の大きさの巨大な気弾が形成されたかと思うと、それが政宗に向かって撃ち放たれた。

政宗に向かって飛来してくる気弾の表面には髑髏の様な紋様が浮かんでおり、それはその名の如く、悪鬼魍魎の魂に見えた。

 

「ッ!? X-BOLT(エックスボルト)!!」

 

新しい技を目の当たりにし、驚愕しながらも、政宗はすかさず六爪を薙いで、迫ってくる巨大な気弾に向けて六本の電撃波を撃ち飛ばす。

電撃波と気弾がぶつかり合って、互いに相殺され、大爆発を誘発した。

爆風に乗って、火の粉や土や砂、瓦礫が飛び散る中、政宗はもう一度地面を蹴って、風に乗るように地面を滑りながら、秀家へと迫っていく。

 

PHANTOM DIVE(ファントムダイヴ)!!」

 

蒼い電流が走る三本の刀を振りかぶりつつ政宗が秀家に向けて突進する。

だが…

 

「“太平八方(たいへいはっぽう)”」

 

「!?…何!?」

 

秀家は長笛を地面に突き立てると軽々とその身体を笛の先に持ち上げる様にして、政宗の斬撃を回避すると、そのまま空中で宙返りを決め、その体勢から長笛を政宗に向かって振り下ろした。

 

「shit!」

 

政宗は舌打ちをしながら六爪を引きぬきながら落とされた長笛を頭の上で防いでみせた。

しかし、秀家の体重をかけた一撃は大人顔負けに重く、六爪を構える政宗の手先に鈍い痛みが走る。

 

「Ha! これだけの武芸に、不気味なMonster軍団を操るだけの妖術…おまけに何考えているか、まるで読めねぇそのPoker face…ある意味、小西行長や上杉景勝(他の五刑衆)よりもDangerousな野郎かもしれねぇな…テメェは…」

 

「……そう…」

 

政宗は冷や汗を浮かべながらも、口元を吊り上げながら秀家に向かって皮肉を吐き捨てる。

一方の秀家は、相変わらず必要以上に口を開く事もなければ、表情を変える事もないまま、身を翻すと、再び政宗から数歩分の距離を保って着地した。

そして、すぐにまた長笛を構えてみせる。

 

「ヘッ。 相変わらず、余計なtalkはしねぇってか? 本当にあの烏天狗(お喋りな参謀)がいねぇと殆ど口数がめっぽう少なくなるな」

 

「政宗!」

 

政宗が軽口を叩いていると、ようやくシグナムが駆けつけてきた。やってきたのが彼女一人だけであるところを見るに、なのは達はまだ魔竜の身体を乗っ取った大ムカデ達と戦っているのであろう…

 

「お前一人か?」

 

「あぁ…今の魔法を封じられた私では、なのは達の戦列へ並ぶにも無理があるからな。それより、こちらもまだ拮抗しているようだな…」

 

シグナムがレヴァンティンを引き抜き、秀家に向かって構えながら尋ねた。

対する秀家は、相手方に増援が加わったにも関わらず、やはり表情を変える事もないまま、ただ黙ってこちらを見据えている。

 

「?…何故だ? 何故動かん…?」

 

秀家の意図を計りかねるシグナムは、彼の得体のしれない雰囲気に、思わず怪しみの声をあげる。

するとその時だった。

 

「………我が身に宿れ…屍鬼神(しきがみ)(みずち)”」

 

秀家の詠唱と共に、彼に巻きついていた長数珠の中から、右腰の辺りに翳されていた珠に紫色の光が宿り、秀家の体を黒いオーラが覆っていく。

 

「なっ、なんだ!? あれは!?」

 

「気をつけろシグナム! あれは、あのMonster Tamerの厄介なPaworのひとつだ!!」

 

突然の事に何が起きたのかと戸惑うシグナムだったが、この現象の正体を見知っていた政宗は早くも警戒心を全開させていた。

 

すると、秀家の白一色だった髪が瞬く間に黒へと反転すると同時に、肩下で切りそろえられていた筈が、一気に腰を過ぎて足元近くまで伸びきる。

更にその戦装束の色合いも変化し、白と紫を基調とした道服姿となった。

そして、秀家が閉じていた目をゆっくりと開くと、その目の色は金色へと代わり、さらにいつのまにか口からは八重歯が伸びているのが確認できた。

 

「あら…久しぶりに及びがかかったかと思ったら……なかなか威勢の良い男と女がいるわね……貴方達が今宵の私の“餌”かしら?」

 

突然饒舌になった秀家の声に重なる様に聞こえてきたのは女の声だ。

と言っても、政宗がR7支部隊隊舎で戦った女の屍鬼神“殺凄羅(あすら)”とは異なる、遊女のような妖艶な雰囲気の声質のものであった。

 

「なるほど…これが奴の力の真髄か…」

 

「あぁ、あのMonster Tamerは、『屍鬼神(しきがみ)』とかいうMonster共を召喚するだけでなく、その身に宿す事で一時的にMonsterの力を借りる事ができるってわけだ…」

 

政宗はシグナムの言葉に補足するようにそう説明してみせる。

 

既に彼はR7支部隊隊舎で秀家と対峙した際に、秀家が屍鬼神を取り憑かせる技…“憑身”をする事で、それぞれ異なる戦闘スタイルを披露したのを目の当たりにしていた。

秀家の片腕ともいうべき屍鬼神“烏天狗”を“憑身”させた際には二つの羽扇を使った風を操る技を…女屍鬼神“殺凄羅(あすら)”を“憑身”させた際には八本の刀と火を操る技を、それぞれ行使していた事からして、この新たな女屍鬼神もまた、彼らや秀家本人とはまるで異なる新たな技を持っているのであろうと、政宗は予想していた。

 

「テメェも屍鬼神(しきがみ)なら他の連中みたいに名前があるんだろう? 一応聞いておいてやってもいいぜ」

 

「あらあら。もののついでみたいに私の名を尋ねるなんて、無作法な坊やね……でもいいわ。……私は“(みずち)”…坊や達みたいな強い魂を持った若い子達が大好物♪」

 

政宗の問いかけに対し、秀家…に新たに“憑身”した屍鬼神”蛟”は、どこか嬉しそうな声で答えてみせる。

その妖艶な声に潜んだ邪悪な気配に、政宗達が一瞬戸惑った隙をつく形で秀家(蛟)姿が消えたかと思いきや、一瞬にして政宗の眼前に現れる。

 

(速ぇ!!)

 

「うふふ…坊やはどんな鳴き声を上げながら、食べられてくれるかしら? 楽しみねぇ♪」

 

言うなり、秀家(蛟)はいつの間にか長笛から変化した三叉の細い短刀のような暗器を政宗の顔面めがけて振り下ろしてくる。

 

(コイツは確か…(サイ)って武器か? 珍しいもん使いやがるぜ…!)

 

政宗は一撃を避けつつ、秀家(蛟)の持つそれが、本来は琉球や大陸などの異国の地で使われている武具の一種である事に気がつく。

武具に精通した行商人の世間話や、異国に関する文献などでしか聞いた程度ではあるが、本来は捕物の為の武器であるが、小回りが効かせやすいという事から、中には暗器として用いている者も少なくないそうだ。

つまり、今の秀家(蛟)の戦闘スタイルはスピードと小回りの効いた暗殺者の様な攻撃が売りという事だと、政宗は予想した。

 

「政宗!」

 

そこへ、秀家(蛟)の背後からシグナムがレヴァンティンを振りかざしながら斬りかかっていた。

だが、秀家(蛟)は振り返る事のないまま、頭の上に両手を回し、両手に持った釵で受け止めてしまう。

 

「なっ……!?」

 

「うふふふ…貴方もなかなか強いみたいね。でもその見た目にしては、ちょっと歳を重ねすぎてるわね…」

 

言いざまに、秀家(蛟)はシグナムの腹に強烈な蹴りを打ち込んだ。

吸い込まれる様な勢いでシグナムの鳩尾に秀家(蛟)の蹴りが刺さる。

 

「ぐあっ……!!」

 

その衝撃によって、シグナムは後方に吹き飛ばされてしまった。

政宗は咄嵯に駆け寄りながらシグナムを抱き起こす。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……問題ない……」

 

政宗に支えられながら、腹部を押さえながらもどうにか立ち上がるシグナム。

しかし、そこへ秀家(蛟)が再び瞬間移動の如き速さで現れると、2人に目掛けて両手に持った釵を袈裟斬りで振り下ろす。

殺気を感じ取った政宗とシグナムは瞬時に左右に跳び退き、秀家(蛟)の攻撃を回避した。

 

「ほらほら~。ぼんやりしてたら、あっという間に貴方達の心臓に私の釵が刺さっちゃうわよぉ~♪」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべる秀家(蛟)を見て、シグナムは苛立ちを隠せない様子で歯噛みする。

 

(くぅ…! 魔法が封じられてさえいなければ、加速魔法で奴の速さを超えて、こちらに勝負を運べるというのに…!!)

 

シグナムの使う『騎士(リッター)』の魔法にはいくつか種類があり、その中の一つに身体強化系の魔法である『加速(アクセラレート)』が存在する。

これは自身の速度を数倍にまで引き上げる事ができるというものだが、魔法を封印された今のシグナムでは当然、それを行使する事はできない。

せいぜい、比較的高い自身の基礎運動能力に魔力を充てがうことで、辛うじて政宗や、それと相対する秀家(蛟)ら気の使い手達についていけるだけの運動能力を発揮できる程度であった。

だが、それでもシグナムは決して諦めてはいない。

 

(そうなると…やはり我が専売特許である剣技の技で補うだけか…!!)

 

シグナムはいつもの様にいかない戦いに悔しげな表情を浮かべつつも、更に闘志を燃やすように、レヴァンティンの柄を強く握りしめ、地面を蹴って、秀家(蛟)の迫ると、激しく剣を振るう。

 

だが、秀家(蛟)はそれを軽々と回避し、逆に隙だらけとなったシグナムの胴へ、今度は片手の釵を横薙ぎに振るってきた。

しかしシグナムも、軽やかな身のこなしで、どうにかそれを避けていく。

その様子からは、とても魔法の大部分を封じられ、最低限の身体能力の向上程度しか出来ていない状態にあるようには見えない。

 

「うふふふ…やるじゃない、貴方。久しぶりに現世に出て最初に相手取ったのが貴方程の女武者だったのは幸運だったみたいね。早く、この手で八つ裂きにして、その血肉をゆっくり味わいたいわ」

 

本来の秀家とはまるで違う、妖艶さと狂気に満ちた声で笑い声を上げる秀家(蛟)。

そんな彼女に対して、シグナムもレヴァンティンを構え直しながら、睨み付けるようにして言い返す。

 

「ふん、生憎と我が身体は普通の人間とは少し異なった構造でな…貴様の期待する人間の味とは非なるものと断言しておこう。まぁ…それ以前に貴様の贄になるつもりなど毛頭ないがな」

 

「あら、それは残念ねぇ……。でも、その強気な態度もいつまで続くかしら? すぐに泣き喚かせてあげるから楽しみにしてなさい!」

 

秀家(蛟)は言うなり、再び瞬間移動の如く高速で動き出き、更に強烈な蹴りを放った。

だが、シグナムはその蹴りに対しても冷静に対応し、素早くレヴァンティンを峰側に振るい、秀家(蛟)の動きを妨害する。

秀家(蛟)はバランスを崩す事なく着地したが、そこへシグナムの容赦ない追撃が加えられる。

シグナムの鋭い斬撃が、秀家(蛟)の全身を切り刻む様に襲い掛かった。しかし、秀家(蛟)の方もまた、両手に持った釵を巧みに操り、それらの攻撃を受け流していく。

 

「余所見してんじゃねぇぞ!」

 

そこへ、地面を滑る様に移動しながら政宗が接近し、三本の刀で秀家(蛟)を斬り上げる。

その攻撃を、身を反る様にして避ける秀家(蛟)だったが、政宗の攻撃は終わりじゃない。

 

DETH FANG(デスファング)!!」

 

そのまま空中に上がり、もう片方の三本の刀を振り下ろしてくる。

 

「あら、なかなか良い技ねぇ。でも、当たってはあげないわよぉ♪」

 

秀家(蛟)が地面を蹴って後ろに跳び、三刀の猛攻を難なく避けた。

政宗は舌打ちしながらも、即座に五本の刀を鞘に収め、残る一本の刀を大上段に構えながら突っ込んでいく。

一方の秀家(蛟)は余裕の笑みを浮かべたまま、両手の釵を手の中でくるくると回転させた。

 

「そろそろ私も小手先の技を披露してあ・げ・る♪ “流刃(りゅうじん)”!!」

 

秀家(蛟)が釵を振り上げると、空気を切り裂いた筈のところから、濁流が発生し、政宗達の方に向かって水を含んだ真空波が押し寄せてくる。

 

政宗とシグナムはそれに対し、それぞれの竜の爪(愛刀)レヴァンティン(愛剣)で受け止めるように防ぐも、大量の水を含んだ斬撃は本物の大波の如き強さで二人を押した。

 

「うおっ!?」

 

「くっ……!」

 

その衝撃を受け止める二人であったが、あまりの威力に後方へと吹き飛ばされてしまう。

どうにか二人は地面を踏み締め、体勢を立て直す事に成功するものの、そこへ更なる攻撃が迫る。

 

「まだまだ行くわよ~! “荒波刃忌(あらはばき)”!!」

 

秀家(蛟)が上空に飛び上がると同時に、その足元に大量の水が溢れ出し、それは巨大な濁流から最終的に大波を形作ってその小柄な身体を乗せた。

そして、大波に乗った秀家(蛟)はそのまま政宗やシグナムの方へと真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

「ちぃっ!」

 

「ぬぅ…ッ!」

 

二人はそれぞれ左右に飛び退き、迫り来る大波を避けるが、そこでまたしても秀家(蛟)は新たな攻撃を仕掛けてきた。

 

「あら? どこに行くのかしら?」

 

そう言って、秀家(蛟)は大波の上から飛んで、回転しながらシグナムの前に着地すると、今度は地面に手を付いて、そこから無数の小さな水の塊が湧き出したかと思うと、それらは瞬時に人の形を取り始めた。

 

「”水の舞踏”…さぁ、踊ってみせなさい、カワイイ水達♪」

 

不敵に笑う秀家(蛟)の前にシグナムの姿形を模した水の分身が出現し、彼女を取り囲むように、ゆっくりと回り始める。

 

「どう? 貴方って顔貌は悪くないから、水の分身(この子達)の模範にしてみたけど、なかなか美しく出来ているでしょう?」

 

「……ふん、実にくだらん趣向だな。まとめて薙ぎ払ってくれる!」

 

シグナムはレヴァンティンを真横に振り払う。

水で出来ているだけあって、斬られた分身達は呆気なく唯の水へと返っていく。

 

「どうやら見た目にこだわるあまり、肝心の兵装としての性質に欠いているみたいだな」

 

シグナムがシニカルに言い放つと、秀家(蛟)は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふ、果たしてそれはどうかしらぁ?」

 

次の瞬間、突如シグナムの目の前に先程の倍以上の数となった水の分身が現れ、一斉に襲いかかってきた。

 

「ぐぅ…! 数でものを言わせるつもりか…!?」

 

シグナムは一気に増えた水の分身に驚くも、すぐにレヴァンティンを振るい、水の分身を斬り捨てていく。

数が多い上に、瀑布の如く怒涛の勢いで迫り来るため、次第にシグナムの表情には疲れの色が浮かんでくる。

しかも水の分身を切り捨てるだけ、足元に広がる水たまりは徐々に大きく広がっていく。

 

そこへ政宗が駆け寄りながら、助太刀に加わろうと刀を振り上げたところで…ふと、シグナムの足元に広がる水たまりが不自然に揺らいでいるのが目にとまった。

更に、その様子を少し離れた場所で見ていた秀家(蛟)の顔がニヤリと不穏な笑みを零しているのにも気づく。

 

「ッ!!? おい、シグナム!! それ以上、その分身を斬るな!!」

 

「えっ…!?」

 

政宗は嫌な予感がし、急いでシグナムに警告しようと叫んだ。その時だった。

 

 

ザバァァァァァッッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

突然シグナムの背後の水たまりから巨大な水柱が噴き上がったかと思いきや、それは巨大なスライム状の球体となり、さらにそこから伸びた水の触手が品無の手足に絡みついた。

 

「な、何ッ!? これは…ッ!? うわぁっ!?」

 

「シグナム!?」

 

瞬く間に水たまりから現れた巨大な水の球体は彼女の身体を飲み込んでしまった。

 

「あらあら、だから言ったのにぃ~? さしずめ貴方のお仲間さんは見た目に惑わされるあまり、搦め手の性質を見誤ったってところかしらねぇ~」

 

秀家(蛟)はクスクス笑いながら政宗に告げると、彼はギリっと奥歯を噛み締めて、彼女を睨んだ。

 

「テメェ…最初からこれが狙いか……!」

 

「あははは! 今頃気づいたって遅いわよぉ? さぁて…中身は古いかもしれないけど、見てくれは中々生きが良さそうなこの子の身体…じっくり味わって食べてあげる♪」

 

秀家(蛟)はそう言うと、シグナムを取り込んだ巨大水球を自らの方へと引き寄せてみせた。

すると、巨大水球は秀家(蛟)の真上に浮遊する。

 

「Screw you! シグナムをそこから出しやがれ!」

 

政宗は叫びながら、地面を蹴って詰めた。

そしてその勢いと共に秀家(蛟)の首目掛けて刀を袈裟斬りに振り下ろす。

しかし、秀家(蛟)はその攻撃を読んでいたかのように後ろへ飛び退き、政宗の攻撃を回避した。

 

「チィッ!」

 

「安心しなさい。貴方もすぐにこの中に入れてあげる。そして彼女の様に苦しみ藻掻きながら死んでいった後に、私が死体を骨までしゃぶり尽くしてあげるから♪」

 

秀家(蛟)は水の球体の中で暴れているシグナムを愛おしそうに見つめながら言った。

 

(くそ! 同じ悪食でも成実が可愛く感じてくるぜ!!)

 

政宗が嫌悪感を全開にしながら舌打ちをしながら、もう一度、斬撃を振り下ろした。

しかし、これも秀家(蛟)の突き出した釵によって又も受け止められていた。

 

「ほらほら~。早くしないと彼女、死んじゃうわよぉ~?」

 

秀家(蛟)が微笑を浮かべ、政宗をあからさまに挑発する。

政宗の額に密かに青筋が浮かんだ。

 

「テメェいい趣味してるぜ…これなら、無駄な口叩かねぇ秀家(テメェのMaster)の方がよっぽどマシだな!」

 

「あら、ご主人様の事褒めてくれるのぉ? 嬉しいわねぇ、それじゃあ貴方を食べた後にでも、“遺言”としてご主人様に言付けておいてあ・げ・る♪」

 

「Shut up!!」

 

政宗の刀と秀家(蛟)の蹴りが、再びぶつかり合った。

 

 

 

 

政宗達のいる場所から少し離れた広場の端の方では依然として、なのは、フェイト、ヴィータの三人が、魔竜の骸を借りて暴れ狂う大ムカデ達を相手に戦況を変える為の有効な一手を繰り出せぬまま、激しく襲い来る猛攻から飛んで、逃れるのがやっとな状況だった。

 

(はぁ…!はぁ…!このままじゃ、全員魔力切れになって、ホントに奴らのエサになっちまうぞ!)

 

(わかってる…早く本部に取り次いで、私達の魔力リミッターを解除してもらわないと…!)

 

 

(だけど、それにはまず、あの大ムカデの猛攻をどうにかしなきゃ!)

 

念話の中にまで疲労の色が出てきながらヴィータが急かすが、フェイトもなのはも焦りを覚えつつも、自分達だけではどうしようもないこの状況に苛立ちを募らせていた。

その時だった。

 

「ッ!? なのは!」

 

ふと、なのはの視界に迫りくる大ムカデの群れが映った。

 

「えっ!?」

 

咄嵯にフェイトに声を掛けるも、間に合わない。

5匹の大ムカデ達は一斉に炎を吐きつけてきた。

 

「危ぇッ!」

 

「ッ!!」

 

咄嗟にヴィータが魔法で加速しながら、なのはの懐に飛び込むと、彼女の身体を突き飛ばし、ついでに自分も前方へ転がるように飛ぶ。

二人が弾かれるように飛んで転がった直後、なのはが一瞬前までいた場所を巨大な炎の渦が通過していく。

 

「うわぁっ!」

 

「ひゃあっ!」

 

その熱風に煽られながら、空中へ投げ出される。

なのははどうにか体勢を直してとどまる事ができたものの、ヴィータはそのまま地上へと落下し、ゴロゴロと瓦礫の山の上を何回転もし、遂には

大きなコンクリート壁の残骸に背中からぶつかる形でようやく止まった。

 

「ヴィータちゃん!?」

 

「ヴィータ! 大丈夫!?」

 

空中からなのはとフェイトが呼びかける。

土煙が晴れると、そこにはヴィータがコンクリート壁の残骸を背にして、両脚を高く上げながらひっくり返っていた。

 

「いつつ……っ!」

 

紅いドレス調のバリアジャケットは所々擦り切れ、全身泥だらけになり、しかも姿勢が姿勢だけにスカートが淫らに捲り上がって、その裏側にある細い素足や赤いショーツを晒してしまっていた。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「ヴィータちゃん!」

 

なのはが慌てて、ヴィータの下へ駆け寄ろうと地面に向かって降下していく。

だが、その隙を狙うかのように大ムカデの一匹がなのはに向かって喰らいにかかった。

 

「ギシャアアアッ!!」

 

「うわっ!?」

 

噛み付いてくる大ムカデをどうにか避けるなのはだったが、その時、魔竜アルハンブラの首から伸びていた大ムカデ達の中から一匹、溢れる様に身体から抜け落ち、地面に落下するや否や、百足ならではの俊敏な動きで、地面に倒れていたヴィータ目掛けて真っ直ぐに向かっていった。

通常の百足さえも、走る姿はなかなかにグロテスクであるというのに、それが大蛇程の大きさを誇る大ムカデとなれば、その嫌悪感や恐怖心は半端なものではない。

 

ましてや、今のヴィータは先程の攻撃を避ける際に、思いっきり尻餅をつくような形で転倒し、頭を打った衝撃で軽い脳震盪状態になっているのかいつものようにすぐに避けるか迎撃するかのどちらかをとるはずが、起き上がる事さえできないでいた。

そこへ迫る大ムカデ……。

 

「う……あ……」

 

ヴィータは震える手でなんとか、傍に転がるグラーフアイゼンを掴もうとするが、とてもじゃないが、間に合いそうもなかった。

 

「くぅッ! 止まれぇぇ!!」

 

フェイトがフォトンランサーを放ち、ヴィータに迫る大ムカデを止めようとするが、大ムカデは軽々と、地面に落ちる魔力弾の弾幕を避けながらヴィータへと迫っていく。

それならばと、なのはが空からヴィータのもとへ近づき、救出を試みるが、それをアルハンブラの骸に残った他の大ムカデ達が妨害する様に襲いかかった。

 

「邪魔しないで! …レイジングハート!」

 

《Accel Shooter!》

 

なのははレイジングハートにアクセルシューターを放つよう指示を出し、数発の魔力弾を放った。

それらは正確に大ムカデ達の頭部を撃ち抜き、それぞれを打ち倒す事に成功したが、急いでなのはが救出しようとヴィータを見下ろした時、そこにはいよいよヴィータの目の前にまで迫った大ムカデが、動けないでいる彼女に喰らいつこうとしているところだった。

 

「ヴィータちゃぁぁんッ!!?」

 

「ヴィータ!!?」

 

思わずなのはとフェイトは悲痛な声で叫んでしまう。

そして大ムカデの巨大な牙がヴィータの身体を挟み潰そうとした。

その時だった―――

 

 

「テメェはこれでも食ってろおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「シャァアアッ!?」

 

突然、怒鳴り声と共にヴィータの倒れていた壁の残骸の真後ろから飛び超えて投げつけられてきた何かが、ヴィータに迫っていた大ムカデの口にすっぽりとハマり、ヴィータを挟み込もうとしていた大ムカデの牙をガッチリと食い止めた。

直後、ヴィータの倒れていた瓦礫の山の裏から一つの影が飛び出してくる。

 

「「成実(くん)!!?」」

 

それは木刀と白鞘の直刀を構えた伊達が誇る野生児 成実であった。

彼はそのまま空中で一回転して大ムカデとヴィータの間に着地してみせた。

 

うっしゃあああっ!! 奥州の荒ぶる特攻隊長、伊達藤五郎成実!! 参ッッッ上!!!

 

「う、うわ…!?」

 

「み、耳が痛い…!」

 

まるで殴り込みをかけにた暴走族の如く、両手を広げて二振りの得物を掲げつつ、広場中に響かんばかりのボリュームで叫ぶ成実。

そのあまりの声のでかさになのはとフェイトは、本来なら安堵で顔を綻ばせる筈のところなのに、反対に顰めながら耳を抑えなければならなくなった。

成実の目の前では、大ムカデが口に投げ込まれたもの…成実の3つ目の愛刀である無柄刀で牙を抑えられ、苦しそうに藻掻き、暴れている。

 

「あっ! ヴィータの姉御ぉ! 大丈夫かぁ!?」

 

「……っせぇな…! お前の大声のせいで余計頭がガンガンするじゃねぇかよぉ…!」

 

まだ若干ふらつきながらも、ヴィータはどうにか立ち上がってみせる。

そこへなのはとフェイトも降下して、駆け寄ってくる。

 

「ありがとう成実君。でもなんでここに?」

 

「へ? いや、姉御と兄ちゃんに山の中置いてかれてった後、俺あれから一人で山駆け下りて、登山口まで戻って来た時にちょうど管理局の応援連れて来てた小十郎の兄貴と出くわして、それから兄ちゃんやなのは姉ちゃん、姉御達がここで竜と戦ってるって聞いて、それから応援の部隊と分かれて、兄貴と一緒にこっちに来る事になったんだけど、俺だけ近道通って先に駆けつけたんだよ。そしたらちょうどあの様だったわけ」

 

「そうだったんだ……」

 

どうやらレシオ山でヴィータと政宗に置いていかれた後、偶然にも成実は壊滅状態となったR7支部隊隊舎の救援に向かう所轄部隊の案内をしにレシオ山へ向かっていた小十郎と出会い、そこから市内に引き返す彼に同伴したという事だった。

成実の説明を聞いたなのは達は納得したように頷き合う。

 

「まさかもう合流して来るとは思ってもいなかったよ。…ってかあの山、結構標高高かった筈だぜ?」

 

フェイトの手を借りながらも、どうにかふらつかずに立つ事ができるようになったヴィータが呆れながら言った。

 

「ヘッヘヘ~ン! 伊達に物心付く前から奥州の野山で鳥、兎、蛙を追い回し、ザリガニや芋虫やマムシをたらふく食って精を付け、伊達軍の若衆の間じゃ“摺上原の韋駄天”と呼ばれた俺の足の速さ恐れ入ったかー!」

 

「「「………」」」

 

バカ丸出しな台詞と、それを自信満々に言い放つ成実に、なのは達…特にヴィータは呆れて言葉を失ってしまった。

 

((……この子、本当に凄いのか、ただのアホなのかよくわからないなぁ……))

 

なのはとフェイトそんな事を思っている間も、成実が投げ込んだ無柄刀によって押さえ込まれていた大ムカデは、まだじたばたともがき続けている。

更に後方では、アルハンブラの首の断面から再び大ムカデ達が次々と這い出てくるのが見える。

 

「…っとお喋りしている場合じゃなかった! 今のうちに…!私とフェイトちゃんで、アルハンブラ(本体)の方の気を引きつけるから、その間に ヴィータちゃんは隊舎に念話を繋いで、はやてちゃんにリミッター解除の申請をお願い! 成実君はヴィータちゃんが本部に連絡をとる間、この一匹だけはみ出した大ムカデをお願いね!」

 

「うん!」

 

「わかった!」

 

「合点承知のはらこ飯!」

 

なのはの指示にそれぞれが返事を返し、すぐに行動を開始する。

なのははレイジングハートを、フェイトはバルディッシュを振りかざし、大ムカデの方へと向かっていった。

すると、ようやく成実と対峙する大ムカデの口から無柄刀が外れた。せっかくの獲物にありつくところだったのを邪魔された事に怒りだしたのか、余計に暴れだした大ムカデを見据えながら、成実は目の前の地面に刺さった無柄刀を足で器用に拾い上げ、空中に投げると口に咥える事で三牙月(みかづき)流の構えをとった。

 

「さぁ、かかってきやがれ、大ムカデ! 干物にして食ってやるぜ!!」

 

「いや、食おうとすんなー!」

 

ヴィータのツッコミを背に受けながら、成実は大暴れする大ムカデに向かって走り出した。

 




スランプを挟みながらもどうにか進めてきた『なのは見合い編』もようやく終盤に差し掛かってきました。

この調子で、最悪、この長編を投了するまで再び魔のスランプが降り掛かってくる事がないようになんとか頑張っていきたいものですが…そういう事を言ってるとまたスランプになるのが哀しい性であり…(泣)

とにかく頑張って、早く家康やスバルを登場させてやりたいもんです。
ってかあの2人って本編でいつから出てなかったっけ?(幸村も)

家康・スバル「「おい作者ーーー!!(怒)」」


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第六十一章 ~ラコニア総力戦!コアタイルの介入と暴童武騎の大奮闘~

【前回までのリリカルBASARA StrikerS】

ようやく倒したと思った魔竜アルハンブラの亡骸から、屍鬼神“繰駆足(くりからで)”が出現するという予想外の事態に加え、一度は退けた『豊臣五刑衆』が一人 宇喜多秀家の襲撃を再度受けた政宗達。

更に秀家は新たな屍鬼神“(みずち)”を憑身させて政宗、シグナムに襲いかかる…

一方、なのは、フェイト、ヴィータはアルハンブラの死体の血肉を触媒に無限に現れる“繰駆足”にさらなる苦戦を強いられ、いよいよそれぞれの魔力リミッターの解除の必要を迫られるまでになる…!

そんな中、遅れて駆けつけた成実が到着するが……!!


ヴィータ「リリカルBASARA StrikerS 第六十一章。出陣だ」


時同じくして、首都クラナガン近郊…

機動六課・前線部隊本舎司令室―――

 

《こちらロングアーチ04。現在私とフォワードチーム、家康(イレギュラー01)幸村(イレギュラー04)を乗せたヘリは、ラコニア市手前の山岳地帯まで差し掛かっています。この山間を抜けたら、街の様子が見えてくると思います》

 

「了解。先発したハラオウン隊長やシグナム副隊長からの提示連絡がない事から見て、既に現地でその未知の敵を相手に交戦している可能性が高いはずや。仔細がわかったら、すぐに教えて頂戴」

 

はやては通信モニター越しのリインフォースⅡからの連絡を受けると、そう指示を出した。

 

《はいですぅ。それでは、また何かありましたらご報告します》

 

「うん。フォワードチームや家康君、ユッキーのフォローもよろしくな」

 

はやてがそう言うと、通信が切れた。

 

「八神部隊長。現地の陸士隊からの報告によると、『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』R7支部隊は既に“壊滅状態”との事です。それと……」

 

「わかっとる。現地で『竜』と思われる未確認の巨大生物も暴れまわってるみたいやけど、そちらについては詳細不明という事なんやろ?」

 

補佐役であるグリフィス・ロウラン准陸尉からの報告を聞きながら、はやても早い内に別方面から入っていた内容だったので特に驚く事はなかった。

 

「しっかし、話には聞いていたけど…ミッドチルダ(こっち)じゃ本当に“竜”なんてのが生き物として存在するたぁ、不思議なもんだねぇ」

 

「竜なんて、私達にとってもそうそうお目にかかるもんやないで。 だからこうして、皆てんてこ舞いになっとるんや」

 

忙しなく働くはやて達の邪魔にならないように、司令室の端の方に身を寄せた前田慶次が、ロングアーチ達の交わす会話の中で度々上がる『竜』というワードに驚きと関心を寄せるように呟いた。

するとそれが聞こえたのか、はやてが自分のデスクに備えたホログラムコンピュータのコンソールを叩きながら、片手間に答えた。

 

「へぇ~! それだったら、俺もフォワードの皆や、家康や幸村(虎の兄さん)に便乗して、出かけりゃよかったなぁ~!」

 

「何を言うとるんよ。慶ちゃんは私らと同じロングアーチ。それも部隊長警護役なんやから、おいそれと出撃なんてしたらあかん!」

 

「つれないねぇ…。わぁったよ。っといってもここだと警護の必要はないし、外野はここで、どっしりと必要な時まで構えている事にするよ」

 

そう言って、慶次は壁に背を預け、懐からスマホを取り出すと、『アルパカ娘 プリティーマウンテン』というアプリゲームをやりだした。

そんな慶次の自由奔放さにグリフィスは呆れた様子で頭を振った。

 

「全く、前田さんは…いくら次元漂流者で、部隊長の警護が主な仕事といえども、一応は我々ロングアーチの一員なんですから、少しは司令室でのデスクワークのひとつも覚える気になってくださいよ…」

 

「まあまあ、グリフィス君。そない言わんと。慶ちゃんには慶ちゃんなりの働き方っちゅうもんがあるんやから」

 

はやてが苦笑を浮かべつつ、グリフィスを宥めた。

 

「部隊長…部隊長は少し前田さんに甘すぎます」

 

「大丈夫やって。それよりも、さっきの報告についてやけど…グリフィス君としてはどない思う?」

 

「そうですね………状況から考えて、今現在ハラオウン隊長やシグナム副隊長、そして先に現地にいた高町隊長達は、その『竜』と交戦しとる可能性が高いと思われます。とにかく、現段階での情報が足りなさすぎるので、ヘリが現地に入ったら、その『竜』がどんなものか確かめた上で、フォワードチームやイレギュラーを戦線投入するか判断する事でよろしいかと」

 

「わかった。それじゃあ、グリフィス君は引き続き、リイン曹長と連絡を取り合って―――」

 

はやての話を遮る様に、彼女のデスクに備えられた念話用の受信機が鳴った。

 

《はやて―――じゃなかった! ロングアーチ00へ! こちらスターズ02 、ヴィータ! ラコニア市内より緊急通信!》

 

「ヴィータ!?」

 

突然受信機から聞こえてきたヴィータの声に、はやてだけでなく、側にいたグリフィス達、そして離れた場所にいた慶次も驚いて、それぞれの作業の手が止まった。

 

「ヴィータ! ずっと報告なかったから心配しとってんで! ってかそっちで一体何が起こってるの!? 」

 

はやてがマイクに向かって叫ぶように問いかける。

それに対して、ヴィータからの返答は実に手短なものとなっていた。

 

《色々と悪い事ばかりだけど……特にやべぇ事は、得体のしれない”古代竜”とそれに勝るとも劣らないバケモノが暴れてる! とにかく強さも性質もすごく凶暴で、アタシら六課の隊長陣が総出でかかっても抑えきれねぇくらいに強ぇんだ!!》

 

「え……ちょっ…待って、それどういうこと!? 竜が暴れてるのは報告に入っとるけど、”古代竜”って何や!?」

 

はやてが驚きに声を上げる。

司令席に近づいてきた慶次は、はやての話している話に含まれる『古代竜』というワードの仔細はわからなかったがそれでも、それが竜の中でも相当に強く、やばいものであるという事は理解できた。

 

《のんびり説明してる暇がねぇんだ! とにかく、すぐに高町隊長、ハラオウン隊長、そしてあたしの魔力リミッターの解除を!》

 

「それは勿論えぇけど…シグナム副隊長はどないしたん?」

 

《シグナムはその竜に変な呪いをかけられちまったみたいで、殆ど全ての魔法が使えなくされちまったんだよ!》

 

ヴィータの報告を聞いて、はやてだけでなく、隣りにいたグリフィスさえも驚きのあまり目を見開いた。

 

「な、なんやそれ!? なんで、竜がそないな芸当を…!?」

 

《アタシだって、わけがわからねぇんだよ! とにかくそいつを倒すにはリミッターがかかっていたらダメなんだ! だから頼む!》

 

「……了解。すぐに3人のリミッターを解除します!」

 

はやてはそれだけ言うと、すぐにグリフィスへと視線を移した。

 

「グリフィス君! 聞いたとおりや!! 諸々の手続きとかお願いね!」

 

「わかりました!」

 

すぐにコンソールを操作し始めるグリフィスを横目にしながら慶次は、はやてに問いかける。

 

「大丈夫か? 緊急とはいえ、そんな思いつきで隊長陣三人同時のリミッター解除なんかして…? 結構、後処理が大変だっていつも愚痴ってただろ?」

 

「状況が状況やしなぁ。背に腹は代えられへんよ」

 

はやては険しい表情を浮かべながらそう答えつつ、席から立ち上がると、魔法陣を展開し、3人の限定解除を行うことにした。

 

「高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、ヴィータ、能力限定解除各2ランク承認……リリースタイム120分……リミット・リリース!!」

 

能力限定解除されると同時に、はやての翳した手の先にベルカ式の魔法陣が展開され、力が解放された。

 

「リミット解除完了! 3人共、2ランク解除でAAA+、2時間に設定しといたで!」

 

《ありがと、はやて!》

 

「けど、くれぐれも無茶はしたらあかんで! もうまもなく、リインやフォワードの皆や家康君、ユッキーもそっちに着く筈やから」

 

《ああっ、わかってる! こっちに余裕ができたら、もっと詳しい事を説明するから!》

 

「うん、頼んだで!」

 

ヴィータとの念話が切れた後、はやては顎に手を当てて考え込むように、席に腰を下ろし直した。

 

「どうした? はやて」

 

「あっ…うん。ちょっとな…」

 

斜め後ろから慶次が尋ねると、はやては顔を上げながら、ふと隣の席にいるグリフィスの方に顔を向けた。

 

「グリフィス君。あのラコニア市周辺に保護研究センターみたいな“竜”に関係する施設があるとかって聞いた事ない?」

 

「いえ……あの街は旧暦時代の史跡が多数点在していますが、その中でも生きた竜を保護しているみたいな施設はありませんね」

 

グリフィスは端末を操作する手を止めずに答える。

 

「ふぅん……っという事は、違法魔導師の召喚士による召喚…っとも考えられるけど、普通に考えて古代竜を召喚できる召喚士なんて、聞いた事あらへんしな……」

 

はやては少しだけ思案するように腕を組む。

 

「まさかとは思いますが…例の”噂”が本当だったという事でしょうか?」

 

グリフィスの言葉に、はやては「う~ん」と小さく首を縦に振った。

「噂?」っと怪訝な顔つきを浮かべる慶次を尻目に、はやては会話を続ける。

 

「実際に『古代竜』が現れた以上、そういう可能性も捨てきれんと思う。まぁ、それを考察するのは、現地で暴れとるその『古代竜』を退治してからでも―――」

 

と、そこまで言ったところで、グリフィスとは反対側の部隊長席の隣にあるシャリオ・フィニーノ一等陸士の通信席に備えてあった通信装置が緊急連絡を知らせる電子音を鳴らせる。

 

「はい! こちら機動六課H.Q.……えっ!? こ、これは、どうも! お世話になっています!」

 

「「「?」」」

 

通信を受信したシャリオが突然、慌てふためきながら応対する様子を見て、はやて、慶次、グリフィスが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「えっと……はい……はい、了解しました! すぐに部隊長に繋げますので、少々お待ち下さい!」

 

そう言ってシャリオは通信を保留状態にすると、はやてに向かって慌てた様子で報告する。

 

「はやて部隊長! 地上本部から緊急の通信です!」

 

「えぇ!? この忙しい時に、なんでまた?」

 

はやてがうんざりした様な顔をしていると、グリフィスが代わりに尋ねた。

 

「シャーリー。 一体、地上本部の誰からなんだ? まさか、レジアス中将じゃないだろうな?」

 

「いや、グリフィス君。それはないやろ。だって、レジアス中将は今、療養休暇中の筈やで?」

 

「い、いや…それがですね……」

 

グリフィスの問いにはやてが苦笑しながら返すが、シャリオの顔色は更に青ざめていた。まるで最悪の事態でも起きたかのような反応である。

そんなシャリオをはやて達が訝しんでいたその時、不意に司令室のメインモニターに通信の相手の映像が映し出された。

 

 

《…久しぶりだな…古代遺物管理部機動六課部隊長。 " 八神はやて"二等陸佐…》

 

威圧感と威厳溢れる落ち着いた声と共に、モニターの中に時空管理局地上本部の上級将校である事を示した腕章付きの青い制服を身に纏い、その上に大魔導師の象徴ともいえる深緑色のケープを羽織った一人の老紳士が現れた。

白髪交じりの銀髪をオールバックにし、完璧に整えられた口ひげを蓄え、若干黒ずんだ肌に、銀色の瞳が光る狼の如く細長く鋭利な目と、見るからに冷徹さを感じさせる風貌に自然と圧を感じさせる。

その姿を見て、はやてだけでなく、グリフィスやシャリオ、アルトやルキノなど司令室にいたロングアーチメンバー全員が驚いたような顔を見せる。

それはレジアス中将と双璧を成す形で、地上本部では知らない者がいない人物であった……

 

「こ、これは…“コアタイル”少将! ご無沙汰しております!」

 

はやてが慌てて立ち上がり、姿勢を正して敬礼しつつ、いつもより少しだけ張り上げた声で返答すると、それに続くようにグリフィスら他のロングアーチ隊員も立ち上がって敬礼した。

 

「!? なぁ、はやて。あのオッサンって確か――――」

 

「「前田(慶次)さん!! ちょっと静かにしててください!」」

 

「ぐぉっ!!?」

 

唯一この中で正式な管理局員ではない慶次は、空気を読まずに、怪訝そうな顔を浮かべながら、はやてに耳打ちしようとしたが、慌てて横からシャリオとグリフィスに両肩を掴まれて、無理やりデスクの下にその身体を隠されてしまった。

 

《……うむ…今日は、我が息子が”色々と”君の隊の人間に、世話になったようだな……》

 

モニター越しに映る男は、鋭い眼差しのまま、小さく頷きながら開口一番に皮肉を投げかけてくる。

その様子を司令席のデスクの下から覗いていた慶次は、男を一目見た時から既視感があった理由を思い出した。

 

この男こそ、時空管理局・地上本部ナンバー2に当たる”首都防衛統合事務次官”にして、現在まで続く時空管理局と魔導師文化の礎を築いた偉大な魔導師達の末裔達、”貴族魔導師”の肝煎である名家『コアタイル家』の当主。

そして今日、なのはの見合いをし、政宗ら伊達軍三将の手で無傷ながら屈辱極まる惨敗を喫したというセブン・コアタイル准陸佐の父親…“ザイン・コアタイル”少将であると……

 

「い、いいえ! とんでもございません! こちらこそ、せっかくのご縁談をお断りさせていただいただけにいざしらず、ウチの委託隊員がセブン准陸佐に対しても大変ご無礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした!」

 

はやてがは普段であればめったに見せる事のない平身低頭な態度で、冷や汗を浮かべ、緊張した面持ちで頭を下げながら、背筋が凍るような緊張感を覚えた。

このタイミングでの、ザインからの緊急通信…それは言うまでもなく、昼間の『Cassiopeia(カシオペア)Plaza(プラーザ)』ホテルで行われたなのはと、息子 セブンとのお見合いの一件についてであろう事は明白だった。

 

(最悪やぁぁぁ! この大変な時に、また違う方向で大変な人から連絡がくるやなんてぇぇぇぇぇ!!!)

 

はやては心の中で頭を抱えて絶叫した。そんなはやての心の声を知ってか知らずか、ザインは続けた。

しかし、何故その件に関してわざわざザイン自らが、しかもこのタイミングで、通信を入れてきたのか?

グリフィスやシャリオら他のロングアーチ達が首を傾げる中、ザインは特に怒るわけでもなく、あくまでも冷静沈着な態度で淡々と告げた。

はやて達にとっては逆にそれが恐ろしくて仕方なかった。

 

《……見合いの返事については、別に謝ってもらう必要はない。そちらの高町空尉がその気ではなかったというのならば、こちらとしてもそれ以上無理強いするわけにもいかないだろう……》

 

「そ、そうですか……」

 

ザインの言葉を聞いて、はやて達は思わずホッとした表情を浮かべた。

だが、それも束の間……次にザインの口から出た一言で、はやての消えかかった冷や汗が再び浮かび上がる事となる。

 

《……とはいえ、見合いの席に恋人…それもどこの馬の骨ともしれん非魔力保持者の“委託隊員”なんぞを立ち会わせるとは…少々、非常識にも程があるのではないか?》

 

と、言い放った瞬間、はやての顔色が一瞬にして真っ青に染まり、同時にアルトとルキノがビクッと身体を震わせた。

グリフィスとシャリオに至っては、はやて以上に顔面蒼白となり、シャリオなどは「あわわわ…」とあからさまに狼狽する様子を見せていた。

その様子をデスク下で聞いていた慶次は、ザインの厭味な態度に不快感を顕にしていた。

 

《君達がどんな意図をもってそうしたのかは、この際深く追求はせんが…そんな事をされたら、私の息子の面子が立たなくなるとは、考えなかったのかね?》

 

と、どこか呆れたような口調で尋ねるザインの言葉を聞き、はやては血相を変えて立ち上がった。

 

「ちょっ…ま、待って下さい! その話、一体誰から聞いたんですか?」

 

《……今、君自身が言ったではないか。『ウチの委託隊員がセブンに対して無礼な事をしてしまった』と…息子に無礼を働いた『ダテ・マサムネ』なる若造が非魔力保持者だとは、息子から聞いたが、まさかそんな無頼の徒が六課の委託隊員だったとは、ますますもって驚きだな》

 

「あっ……!!」

 

はやては「しまった!」という顔になって固まってしまい、その隣ではグリフィスが頭痛を抑えるように眉間を揉み、反対側ではシャリオが「あちゃ~」っと言いたげな様子ではやての顔を見つめ、デスク下では慶次が失笑を浮かべていた。見ると、アルトもルキノも、呆れたような顔をしていた。

 

《見合いの結果については、コアタイル家(我々)も『縁がなかった』という事で素直に諦めもつけられる……しかしだ。見合いの席で君達の仲間が見せた“無作法”についてはどうしてもこのまま黙って見過ごすわけにもいかないのでな…ましてや、それが“委託隊員”によるものであったと聞けば、尚の事許しがたい》

 

「…………」

 

もはや、ぐうの音も出ずに絶句するしかないはやて。ここで下手な言い訳をすれば、自分の首だけではなく、なのはや政宗達は元より、六課全員の首にまで危険が及ぶ可能性があるからだ。

グリフィスをはじめ、シャリオやアルト、ルキノも緊張を含んだ顔ではやてを見守っていた。

 

《……とはいえ。私とて、血も涙も無いわけではない。何より、その様な事で今すぐ君達に処分を下したりなどすれば、『公私混合』として他の官僚…特にあのレジアスの奴から小言を言われる口実を与えかねん。そこでだ。私から今回の騒動について、双方共に穏便に事が片付く良案がある》

 

「え……? ほ、本当ですか!?」

 

はやてが目を輝かせて身を乗り出すと、ザインは相変わらず冷徹な眼差しのまま、不意に話題を大きく切り替えてきた。

 

《先程、部下から報告があったのだが…ラコニア市内に”古代竜”が出現して、暴れているとの事らしいな?》

 

「え……はい!」

 

《それでもって、偶然にも、まだ街に滞在していた高町空尉以下、機動六課の隊員がこの古代竜の対処に当たっていると?》

 

「はい! その通りです!」

 

《そうか…それで、今現在の戦況はどうなのだ?》

 

仮にもコアタイル家の影響下の強い街で事件が起きているというのに、まるで定時報告を尋ねてくるかのような冷淡さで尋ねてくるザインに対し、はやては一瞬違和感を覚えながらも、包み隠さずに事の全てを報告した。

未知の能力をも行使してくる古代竜に六課隊員達は各自苦戦を強いられている事…つい今しがた、なのは、フェイト、ヴィータの3人の魔力リミッターの解除を行った事…その全てを報告した。そして最後に、まもなく増援に送ったフォワードチームが到着する事を告げると、通信機の向こう側からザインの溜め息混じりの声が聞こえて来た。

 

《そうか……ならば、丁度良い》

 

その言葉を聞いて、はやて達が思わず首を傾げる中、ザインは冷たい声で告げる。

 

《…ではここからが話の本題であるからして、よく聞きたまえ。今現在、地上本部では事の重大さを考慮した結果、特殊作戦群『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』のなかで、最もラコニア市に近い場所にいたR3支部隊に、先程出動命令を下した。

従って、君は、現在ラコニア市内で活動中の機動六課の全隊員に“ただちに前線より退却し、R3支部隊到着まで標的の『古代竜』の監視と、行動の抑制に徹すること”を命じたまえ。そして、R3支部隊が現地到着後は、“この事件に関する全ての捜査権を『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』に一任し、今後、一切機動六課は関与しないこと”を約束するのだ。この条件を呑むというのであれば、此度の見合いの席で起きた事については全て無かったこととしよう》

 

「「「「「えッ!?」」」」」

 

突然告げられたその一言に、はやてを始め、司令室にいたロングアーチ全員が驚きの声を上げる。一方、そんな六課側の反応を見て、ザインは小さく鼻を鳴らした。

 

《なんだね? 何か不都合でもあるのか? これは君達に取っても決して悪い話ではないはずだぞ? 本局が誇る”エース・オブ・エース”たる高町空尉を筆頭に、機動六課ご自慢のエースが3人もリミッターの解除を要求するという事は……相当彼女達もその古代竜に苦戦を強いられているという事なのであろう? ならば、“陸上のエースチーム”とその名を誇りし、我がコアタイル家…おっと、失礼。“地上本部”の精鋭師団である『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』に後を任せて、自分達は真っ先に“撤収”できる上に、そうすることで君達の仲間が起した不始末で、六課の栄光に泥が塗られる様な心配もなくなるのだからな》

 

「……………」

 

《……それとも、まさかとは思うが…このまま君達の取るに足らない自己顕示を優先して…委託隊員(高町空尉のフィアンセ)を“犯罪者”にしてしまいたくはないだろう?》

 

そう言って、ザインは底冷えするような声で脅しをかけてくる。

 

「そ、それは……」

 

はやては一瞬口籠りながらも、副官であるグリフィスの方に目をやり、意見を求めた。

対するグリフィスは苦い顔を浮かべながらも、小さく頷いた。

それを見たはやては小さくため息をつきながら、モニターの方を向き直して、頷いた。

 

「わ、分かりました……すぐに、仰せのままに下命致します……」

 

「そ、そんな!? 部隊長、どうして―――!?」

 

話を聞いていたシャリオが驚きと納得がいかないといった表情を浮かべ、抗議の声を上げた。

しかし、はやてがそれを手で制したところで、ザインは冷静な態度の裏に隠した不遜な心をわざと滲ませているかのような微笑を浮かべながら、椅子の背もたれに深く身を預けた。

 

《流石はその歳で佐官に上り詰めただけの事はあるな。実に賢明な判断だ……よろしい。では、この件に関しては以上とする。通信終了》

 

それだけ言うと一方的に通信を切り、ザインはモニター画面から姿を消した。

もう出てきても大丈夫と悟った慶次はゆっくり、デスクの下から顔を出して立ち上がった。

 

「部隊長!」

 

開口一番、シャリオが抑えていた衝動を発散するかのように、司令室全体に響かんばかりの大声で声を張り上げた。その声には明らかに怒りが含まれていた。

 

「何や? シャーリー」

 

「何だじゃないですよ! いいんですか!? あんな理不尽な要求を黙って受け入れて!!」

 

彼女が怒る理由…それは、言わずもがな今しがたザインから下された理不尽な内容の下知であった。

 

「なのはさん達が今、街を守る為に必死で古代竜と戦っているというのに、それをいきなり横からズカズカと割り込んできて、こっちの状況も無視して、『手を引け。さもないと、昼間のお見合いで起きた騒ぎで政宗さんを罪に問う』だなんて…いくら意図返しの嫌がらせのつもりでも、無茶苦茶じゃないですか!!」

 

「シャーリー…」

 

まくし立てるシャリオを、アルト、ルキノは心配そうに見ていたが、グリフィスは腕を組んだまま瞑目して、話を聞いている。

はやてと慶次は、彼女がここまで怒りを顕にするとは思ってもいなかったのか、少々面食らっている様子だった。

 

「大体、何が『“陸上のエースチーム”とその名を誇りし、星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』よッ!! その一部隊であるR7支部隊が、真っ先に壊滅したっていうのに、今更別の分隊を応援に寄越したところで、焼け石に水どころか火遊びにしかならないだろうってわかりきってるはずなのに!? そんな事もわからないのかしら!? あの憎たらしい銀狐オヤジ―――!!」

 

 

 

ダンッ!!

 

 

 

 

いい加減にしないか! シャーリー!!

 

 

 

突然、グリフィスが机を叩きながら立ち上がり、怒鳴り声を上げた。

めったに感情を昂ぶらせる事のないグリフィスが見せた初めてともいえる剣幕に、興奮気味に捲し立てていたシャリオのみならず、その場にいた全員がビクっと体を震わせた。

 

「……あ」

 

グリフィスからの叱責を受け、シャリオは自分が立場を忘れて感情的になりすぎてしまった事に気づき、ハッとして口を閉ざす。

 

「えっと……その……」

 

狼狽えるシャリオに対し、グリフィスは静かに息を整えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「シャーリー。ザイン少将からの要求内容に納得がいかないという事は、僕らだってよくわかる。しかし、少しは八神部隊長のお気持ちも察してやれ。部隊長だって本心では誰よりも心苦しいんだ」

 

「……そ、それは…分かっています!……でも……!」

 

諭すように語りかけるグリフィスの言葉を聞きながらも、シャリオは尚も食い下がる。

そんな彼女に、グリフィスは再び口を開いた。

 

「もしあの場で、考えなしにザイン少将に逆らっていたところでどうなる? 結果は目に見えているだろう。それに、どんな事情や経緯があったからって、弱味を握られているのは機動六課(ぼくたち)なんだぞ? つまり、あの場ではどんなに無理難題な要求であっても、黙って了承するというのが最善の選択だった…否、それ以外に方法はなかったんだ」

 

「…………」

 

グリフィスの言葉を受けて、シャリオは押し黙った。

グリフィスの言う通りだと、頭の中で理解しているのだが、それでもやはり、今こうしている間にも未知の強敵と必死に戦っているであろう、なのは達の姿を想像すると、その手柄を身勝手な理由だけで全て横取りして、水泡に帰そうと目論むザインの態度がどうしても許せなかったのだ。

もちろんそれは。グリフィス、そしてはやてとて同じである。

 

しかし、相手は地上本部では、首都防衛長官のレジアスに次ぐナンバー2の統合事務次官のポストに就く男…言わずもがな階級だって、はやてよりも上である。それも、このミッドチルダにおいては地上本部長官以上の権力とコネクションを持っているともいわれる大名家の家長なのだ。

そんな相手に、いくら本局や聖王教会の強い後ろ盾があるとはいえど、立場上はたかだか一部隊の隊長に過ぎない自分が何を言ったところで無駄なのだ。

下手に逆らえばそれこそ部隊の評判に響くばかりか、唯でさえ地上本部との折り合いがあまり良くない現状を更に悪化させてしまう恐れがある。

はやては、ザインからの無理難題に対して、どうすることも出来ない現状に歯痒さを感じずにはいられなかった。

その悔しさをどうにか堪えながら、はやては自らを落ち着かせるかのようにフゥと小さなため息をつく。

 

「……まぁ、確かにグリフィス君の言う通りやで。私かて、ホンマはこんな理不尽な命令従いとうない。でも、今回ばかりは逆らうには、相手もリスクも悪すぎるわ。下手に逆らったら、政ちゃんが犯罪者として拘置所送りにされてしまうんやで? シャーリーはそれでもえぇんか?」

 

「そ、それは……」

 

はやてからの問いかけに、シャリオは何も言えずに押し黙る。

するとそんな彼女の心境を考慮した慶次が、この場には不釣り合いなくらいに陽気な口調で話し始めた。

 

「そうそう。ただでさえ、独眼竜ってば、既に一回“街中ぶっ壊しドライブ”なんてお縄寸前のとんでも事やらかしたってのに、これでマジもんのお縄になっちまったら、洒落になんないでしょうに」

 

慶次はいつもの調子でおどけたように笑って見せたが、それがここに集った全員を和ませようとわざとしている為であると察したグリフィスは、その笑顔を見て申し訳なさそうな表情になる。

 

「すみません…前田さんにまで気を遣わせてしまって……」

 

「いいって事よ。グリリン♪」

 

「ぐ、『グリリン』ってなんですか!?」

 

グリフィスは突然、変なあだ名で呼ばれて困惑する。

だが、そんな慶次の小ボケを挟んだトークのおかげで、シャリオの風船の様に限界まで膨らんでいた憤りの気持ちは、急速に空気が抜けるかのようにしぼんでいき、冷静さが戻ってくる。

 

「言われてみたら……そうですよね…一番辛いのは部隊長だっていうのに……すみません。私ったら、つい感情的になって……」

 

シャリオはそうはやてに向かって頭を下げると、シュンとなって椅子に座り直す。

 

「ええんよ。シャーリーが謝ることやあらへん。気にせんといて」

 

はやては小さく微笑むと、今度は慶次に視線を向けた。

慶次はその意図を察すると、小さくウインクをして見せる。

 

「それに、グリフィスも……ごめんなさい」

 

「いや、僕の方こそ…急に怒鳴ったりして、すまなかった……」

 

シャリオとグリフィスは再び互いに謝罪の言葉を口にした。

その様子を微笑ましそうに見つめながら小さく頷いた慶次は、改めてはやてへと向き直った。

 

「さてっと。一段落収まったところで…こっからどうするよ? はやて」

 

慶次からの問いかけに対し、はやてもまた難しい顔をしながら、腕を組んで考え込む。

 

「せやなぁ。あぁは言ったものの…やっぱりこのまま黙ってザイン少将(あっち)の言いなりになって、現場に退却命令出す…っちゅうんは、どうもいけ好かへんなぁ」

 

「そいつぁ同感。俺だって、あんな狐みたいな厭味ったらしいおっさんの、横車を押す様な命令に黙って従うなんて、傍から見てても胸糞悪ぃし、なによりも、そんな筋の通らない事、はやてらしくないと思うぜ?」

 

「嬉しい事言ってくれるなぁ、慶ちゃんはぁ…/// っとは言っても、このままどうにもなぁ……グリフィス君。何かえぇ知恵はあらへんやろうかぁ?」

 

「……そうですね…」

 

はやてはそう言って再び困り果てたような顔を浮かべながら、グリフィスに意見を求めた。

グリフィスは顎に手を当てて考える仕草を見せる。そして、少しの間を置いてからふと思い出したかのような顔つきになった。

 

「…ッ!? 待てよ……確か、R3支部隊といえば…!」

 

グリフィスは慌てて自分の端末を操作すると、ディスプレイ上にある資料を呼び出して、皆に見えるように掲げる。

そこに映し出されていたのは、今回の事件の現場となっているラコニア市と、その周辺地方の地図であった。

グリフィスが画面を操作し、広域マップに切り替えると、そこには一つの光点が点滅していた。

グリフィスはその光点付近を拡大する。

そこには、ザインが機動六課に代わる古代竜への対抗部隊として向かわせる予定の『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』R3支部隊を示すマーカーが記されていた。

 

「やっぱり……R3支部隊は、この街からラコニアへ向かうつもりなのか……」

 

グリフィスは、一人ブツブツと呟きながら、表示されたマップの簡易的な略図を指差す。

そこは今現在、古代竜と交戦中のなのは達がいるラコニアからは東に約200キロ程離れたセントクレアという都市であった。

グリフィスはそこを拡大表示すると、説明を始めた。

 

「ザイン少将はこの街に展開しているR3支部隊を応援に寄越すと言っていました。ですが、この辺りは山岳地帯が多く、道も細く入り組んでいる地域が多い……航空隊であれば、空戦魔導師が飛行して20分もかからずに到着できる距離ですが、確か『星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)』は陸戦魔導師を主とする部隊…陸路で向かうとすれば2時間以上…輸送ヘリを使っても少なくとも1時間はかかるはずです」

 

グリフィスの説明を聞いていたシャリオがハッとした様子を見せる。

 

「そっか! つまり、あのR3支部隊が現地に到着するまでは、まだなのはさん達に時間があるって事かぁ!」

 

「そういう事だ」

 

シャリオが手を叩きながら話すと、グリフィスは小さく微笑んでうなずいた。

しかし、同じく彼の説明を聞いていたルキノが懸念の表情を浮かべながら尋ねた。

 

「けど、グリフィスさん。ザイン少将は、『すぐに六課の退却命令を出せ』って要求してきているのですよ? その辺りはどうやってごまかすのですか?」

 

確かに、R3支部隊到着までは六課で事を解決させる事ができるチャンスがあるが、もしそうなれば、R3支部隊が到着した時に、ザインの要求を六課側が叛意して、六課へ撤退の指示を出さなかった事が明白となる。そうなれば、もう言い逃れなどできないだろう。

だが、それを聞いていたはやてが「いいこと考えた」とばかりに笑みを見せた。

 

「アルト。今現在のラコニア市内周辺の通信や念話回線の状況はどないなってる?」

 

突然の質問に、アルトは一瞬キョトンとするが、すぐに我に返って自分のコンソールを叩く。

 

「あ、はい。現在ラコニア市内の主要拠点や各管理局施設、ミッドチルダ東部方面の基地局……いずれも依然として混線や古代竜と思われる強大な魔力波の影響で繋がりづらくなっているみたいです」

 

「ふぅん…つまりはまだ市内の通信回線は全然回復しとらんっちゅうことやなぁ…」

 

アルトの言葉を聞きながら呟いたはやての意味深な一言に、他のロングアーチ達は首を傾げていたが、いち早くその意図を察した慶次が納得したような顔でポンと手を叩いた。

 

「あっ!! いくらこっちから撤収命令を出そうとしても、念話や通信が混線して、肝心の命令が向こうに“届かなかった”ら…」

 

「そっ! そうなったら、誰のせいやない。私達はザイン少将のご要望通り、前線におる六課の隊員に撤収するよう指示を送ったのに、通信網が混信したせいで、その指示を現地におった隊員は誰も気がつけなかった…つまりこれは“やむを得ない状況によって生じた不幸な過失”…っちゅうわけや♪」

 

はやてがニコッと笑いながら説明すると、グリフィス達もようやく彼女の言わんとしている事に気づいたのか、「ああ!!」と声を上げた。

すると、慶次が突然芝居がかった様な仕草で揉手をしながらはやてに近づいた。

 

いやいや、相変わらず考える事が、強かで悪どぅございまするなぁ~。流石はお代官様! イーッヒッヒッヒッ!

 

フッハッハッハッハッ! 越後屋!お主程でもないわぁーッ!

 

 

「………あの…部隊長…前田さんも……なにやってんですか?いきなり…」

 

突然前触れもなく始まった慶次とはやてによる時代劇のワンシーンを真似た陳腐な寸劇を見て、ルキノが困惑しながら尋ねる。

そんな彼女に対し、二人はさっきまでの真面目な雰囲気を一変させて、ドヤァ…っと胸を張る。

それを見たロングアーチメンバーは、思わずズッコケそうになった。

 

「けどさぁ、はやて~。越後は俺にとっても縁ある土地だからあんまり悪役にはしたかねぇんだよ。せめて他の地名に変えられない?」

 

「そうなん? ほな、今度から“越中屋”か”越前屋”にしようかと思うけど……グリフィス君、シャーリー。どっちがえぇと思う?」

 

「「どうでもいいですよ、そんな事!! ってかこんな時にふざけないでください!」」

 

息ピッタリにツッコんだグリフィスとシャリオに対し、テヘッと舌を出して誤魔化すはやてと慶次達のコントの様なやり取りを見て、ルキノとアルトは肩をすくめつつ、苦笑しながら思った。

 

((ホントこの人達って、いつもノリピッタリだなぁ…))

 

……と。

 

 

そんなわけで横道に逸れてしまったもの、一応はやての提案してきた方法は、言い訳としては十分筋が通っていた。

 

「でも、やっぱりちょっと無理があるのでは……? それに、もしそれでザイン少将の機嫌を損ねることにでもなれば…」

 

ルキノは尚も、不安そうに言うが、はやてはニッコリと笑って返した。

 

「大丈夫やって。実際、通信が混乱しとるのは事実なんやから。あとはグリフィス君が交代部隊を通して、現地の陸上部隊とかと帳尻合わせとけば、いくらでも誤魔化しは効くやろ。 それに、万一に備えて、私の方でも上手い事言い逃れる為の方便のひとつかふたつ考えておくから心配せんでええよ♪」

 

「おっ! だったら、そいつは俺に任せときな、はやて! 「相手を煙に巻く為の方便を考えろ!」とくりゃ…この風来坊!前田慶次の専売特許よ!」

 

「は、はぁ……」

 

自信満々なはやてと慶次の様子を見て、ルキノはどこか釈然としないながらも頷くしかなかった。

すると、同じくやや呆れ顔を浮かべていたグリフィスも腹をくくるかのように、頭を振った。

 

「……まぁ、確かに交渉の際の駆け引きにおいて主導権の握りやすさでいえば、僕らよりも前田さんの方が一日の長がありますからね……。わかりました。では、我々は交代部隊と連携して現地の陸士隊との帳尻合わせを…部隊長と前田さんは万が一の場合に備えての交渉の準備をお願いします」

 

「うん。よろしく頼むわ」

 

「任せときな!」

 

グリフィスが今後の方針をまとめ終えると、ロングアーチメンバーはそれぞれに動き出した。

今尚も危険な最前線で死闘を繰り広げている仲間達の使命、そして誇りを守る為に…

 

 

 

 

首都クラナガン郊外にある隊舎にて、はやてらロングアーチが星杖十字団(せいじょうじゅうじだん)。そしてコアタイル派の介入から、仲間達の尊厳を守るべく奮闘し始めた頃―――

 

機動六課が誇る隊長陣…なのは、フェイト、ヴィータは古代竜を相手に今もなお激戦を繰り広げている最中であったが、その最中、突然に身体をそれぞれのイメージカラーの魔力光のオーラが包んだかと思いきや、急にのしかかっていた重石が取れるかのように身体が軽くなる感覚と、それに伴って抑えられていた力が湧いてくる様な感覚を覚えた。

 

「なのは! これって…?」

 

「うん。魔力リミッターが解除されたのかも…?」

 

ここまでのリミッターがかかった状態で激しい戦闘と、強力な砲撃魔法を連発した代償か、本調子の時に比べて格段に落ち込んでいる魔力ではあったが、それでも通常の魔導師ならば、本調子の状態であってもなかなかお目にかかれないであろう、オーバーAAAランク相当の魔力量へと一気に膨れ上がった事になのはとフェイトは驚いた。

そこへヴィータからの念話が届く。

 

(なのは! フェイト! やったぞ! はやてがリミッターを2ランク解除してくれた! リリースタイムは120分! これなら、いけるぜ!!)

 

それはまさに、待ち望んでいた朗報だった。

これでようやく、自分達も本来の力を取り戻す事ができる。

なのはとフェイトは互いの顔を見合わせ、同時に力強くうなずいた。

 

「よし、行こう! 今度こそあの魔竜を倒して、それを操ってる秀家(あの子)を止めよう! フェイトちゃん!!」

 

「うんっ!」

 

なのはとフェイトは、揃って空高く舞い上がり、その身に寄生した大ムカデ…屍鬼神(しきがみ)繰駆足(くりからで)”が切断された首からだけでなく、胴体や尾、翼の付け根部分からも新たに数匹その身を踊らせ、合計10匹も身体から這い出て、さらにグロテスクな風貌へと成り果ててしまった古代竜アルハンブラを見下ろし……っとふと、そこでフェイトが、アルハンブラの遥か後方で、交戦する政宗と秀家達の方で見えるある異変に気づいた。

 

「ッ!? シグナム!!」

 

「えっ!?」

 

フェイトの叫び声を聞いて、慌ててなのはも彼女の視線を追った先に目をやると、すっかり荒野と化してしまった広場に広がる瓦礫の上で激しく打ち合う政宗と秀家、その真上に浮かんだ水球と思しき物体の中にシグナムが囚われているのが見えた。

 

「シグナムさん!?」

 

なのはが驚愕の声を上げる中、シグナムは必死になって拘束から逃れようと暴れるが、しかし、水球の中の彼女にはなす術がない様であった。

一方、政宗は、先程までの長笛とは違った武器を持っているらしい秀家と剣戟を交えつつ、どうにかシグナムの囚われた水球を壊そうとしている様子だったが、秀家に邪魔されて、中々近づく事ができない様子であった。

それを見たなのはとフェイトの決断は早かった。

 

「なのは! ここは私に任せて! なのはは、シグナムの救出と政宗さんの援護を!」

 

「わかった! 任せたよ、フェイトちゃん!」

 

言うなり、なのはは、飛行魔法を発動させながら政宗達の下へ高速で向かった。

リミッターが解除されているだけあって、その加速速度も今までとはまるで桁違いであった。

 

 

 

 

「Shit! 邪魔すんじゃねぇ!」

 

「うふふふ…その血の気の多いお顔もなかなかカワイイわよ」

 

政宗は叫ぶと同時に手に持った一刀(竜の爪)を振るい、両手に握った釵を俊敏に振るう秀家(蛟)の斬撃を打ち払う。

だが、その時、政宗が逸る気持ちで放った一撃によって体勢を崩しかけてしまった瞬間を狙って、秀家(蛟)が、あの瞬間移動の如き速さで懐に飛び込んできた。

そして、右手に構えた釵を大きく振り上げてくる。

――しまった! と思った時にはもう遅かった。

 

「はい、隙あり♪」

 

次の刹那、秀家(蛟)の右手に握られた釵が深々と政宗の左肩を抉った。

 

「ぐあぁあっ!!」

 

鋭い痛みが走り抜け、鮮血が飛び散る。

政宗はその衝撃に思わず悲鳴を上げてしまうが、すぐに歯を食いしばってその痛みに耐えた。

 

「あらあら…後ろに焦って勝負を急ぎ過ぎちゃった?」

 

秀家(蛟)の挑発を受けながら、政宗はどうにか片手で刀を構え直す。

 

――まだだ! この程度、なんという事はない!!

それに、早く助けなければシグナムが…!

 

『ごぼ』と、シグナムが喉元を抑え苦しげに呻いた。

水球に閉じ込められてから、どうにか酸素を温存しつつ、息継ぎをしていたようだが、それもとうとう限界が近くなってきているようだった。

早く助けなければ、秀家に取り憑いている性悪な女屍鬼神の言っていたとおり、シグナムは水球の中で溺れ死ぬ事となる…

 

「ふふふ…いよいよ、時間切れみたいね。ざんね~~~ん♪」

 

「どけぇっ! Syaaaaagh!!」

 

政宗は、怒りを込めて叫びながら刀を振り上げる。その瞬間だった。

 

「ディバイン…バスター!」

 

突然、政宗の叫びに応じるかのように、真横から凄まじい勢いで、桜色の魔力光の奔流が吹き荒れる。

 

「えっ!? ちょ…どういうこ―――キャアアァァッ!?」

 

その威力は凄まじく、瞬く間に、そのまま一直線にシグナムが囚われていた水球を跡形もなく消し飛ばし、さらにその衝撃の余波で政宗へと斬りかかってきた秀家(蛟)がそれに気づき驚く間も与えずに、その身体を紙人形の如く吹き飛ばしてしまった。

 

「……!?」

 

政宗は、何が起きたのか分からず一瞬呆然としたが、すぐにハッとなって、砲撃魔法の飛んできた方向に目をやる。

するとそこにはーーー

 

「お待たせ。政宗さん、シグナムさん」

 

肩で荒々しく呼吸しながら、レイジングハートを構えたなのはの姿があった。

どうやら、今の砲撃は、彼女が行ったものらしい。

 

「なのはか! 助かったぜ!」

 

政宗は、なのはの姿を見て心底ホッとした表情を浮かべた。

水球から解放され、地面に投げ出されたシグナムも、ゲホゲホと咳き込みながらも、なのはの顔を見て安堵と感謝の念の混じった様な微笑を投げかけた。

なのははそのまま地面へと降り立ちながら、シグナムの元に近寄る。

 

「シグナムさん、大丈夫ですか?」

 

「あぁ、危うく宙に浮きながら溺れ死ぬところだったがな…」

 

シグナムはそう言いながらよろめきつつも立ち上がると、なのはに支えられつつ、秀家(蛟)が吹き飛ばされた方に視線を向けた。

そこへ、政宗も駆け寄ってきたが、なのはは彼の左肩から流れ出る決して少なくない血に気づいた。

 

「政宗さん、その傷は…!?」

 

「心配するな、こんなものScratchesだ…」

 

政宗は、なのはに向かってニヤリと笑いかけるが、なのははそれでも不安そうな顔のまま政宗に言った。

 

「痩せ我慢しないで! 明らかに軽い怪我なんかじゃないでしょ!? さっき、シグナムさんにも渡した応急用アンプルがもう一つあるから、それを使って!」

 

そう言って、ポケットの中から取り出した注射器型の薬剤を政宗に差し出す。

しかし、政宗はそれを受け取ろうとしなかった。彼は苦笑交じりに首を横に振った。

そんな彼に、なのはは怒ったような口調で言う。

 

「政宗さん! お願いだから言うことを聞いて!」

 

意固地なくらいに強く薦めるなのはを、隣で聞いていたシグナムは意外そうに見つめる。

いつもの彼女ならば、政宗が多少強引に事を押し通しても、それが彼の性格であると諦め、彼の意志を尊重して、ここまで強く意見する事などまず無いだろう。

だが、今は違う。

この騒動のせいで有耶無耶にされたものの、自分の正直な“気持ち”を伝えたばかりである想い人である政宗が、万が一にも取り返しのつかないような事になってほしくはないという気持ちが強かったのだ。

 

「……OK。そこまで強く言われたんじゃ仕方ねぇ。使わせてもらうぜ」

 

政宗は、なのはの手から受け取った注射器を首筋に当てると、躊躇なくその中身を体内に注入する。

すると、みるみると政宗の出血が止まり、やがて完全に止まってしまった。

 

「That's a big one. 流石は魔法の国の薬…効果覿面だな。恩に着るぜ、なのは」

 

政宗は、満足げに呟くと、改めて秀家(蛟)の方へ向き直る。

すると、瓦礫の山の中からゆっくりと起き上がってきた秀家(蛟)の目は、先程までの翻弄する様な妖艶な目つきではなく、他の屍鬼神と同じ憎悪と怒りの籠った鋭いものへと変わっていた。

 

「……よくもやってくれたわね……せっかくのお楽しみをよくも水の泡にしてくれたわね!」

 

秀家(蛟)は、ギロリと政宗たちを睨みつける。

その迫力に、なのはとシグナムは思わず気圧されそうになるが、政宗は怯むことなく不敵に笑いながら言い返した。

 

「これが本当の『水に流される』ってやつだな! 水を操るMonsterのくせによぉ!Ha! つまらねぇjokeだぜ!」

 

政宗の言葉にカチンときたか、秀家(蛟)は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 

「うるさいっ! たかが人間風情が生意気を言うんじゃないわ! いいわ、もう許さない! ご主人様! 悪いけど、すぐに“現世(げんせい)”させて頂戴! この生意気な小僧は、私が直接食べてやるんだから!!」

 

秀家(蛟)がそう言うや否や、突然バチッと何かが弾ける音と共に秀家の身体が一瞬力が抜けた様にその場に跪き、それと共に彼の髪や服の配色、そして武器が再び本来のものへと戻っていった。

どうやら、秀家に憑身していた屍鬼神が抜けたようだ。

その証拠に頭を上げた秀家の表情は再び感情を感じさせない無気力なものへと戻っていた。

 

「………わかった………召神雅楽(しょうじんががく)……()でよ。屍鬼神(しきがみ) “(みずち)”…」

 

秀家が詠唱と共に、再び二振りの釵から戻った長笛を奏でると、秀家の足元に転がった水色の珠が光を帯びて、それは瞬く間に、新たな異形の巨体を形作った。

政宗達の前に阻むように現れた新たな怪物は、巨体をずどんと横たわらせ、長い首を持ち上げて、その全貌を晒してみせた。

 

「蛇……じゃない! 半人半蛇の大蛇……!?」

 

「しかも、身体の大きさだけではあの大ムカデさえも、しのいでいるぞ!?」

 

なのはとシグナムは目の前に現れた巨大な化け物に圧倒されるかのように声を上げる。

それは、なのはの口にしたとおり、本来鎌首にあたる部分が髪の長い人間の女性のような上半身となった大蛇であった。しかし、その姿は、ただの大蛇ではない。

女性の頭部には、まるで竜を思わせるような二本の角が生えており、下半身の胴体部分も鱗で覆われているものの、その表面からは無数の節足がうねっており、更に、背中の部分では巨大な翼の様なものが生えている。また、全身を彩る色合いは青を基調とした色をしており、見る者に嫌悪感を与えるものであった。

その外見を見た瞬間、政宗は、十八番である軽口を叩くようなシニカルな感想を述べた。

 

「Hu~…それがテメェの正体か? やっと、その腐った本性を具現化させてきたってところだな」

 

政宗の挑発とも取れる言葉を聞いた半人半蛇の屍鬼神(しきがみ)(みずち)”は、口を文字通り蛇の様に大きく開きながら、秀家の身体を借りていた時の色気に満ちた声とはまるで異なる、低く掠れる様な声で吐き捨てる。

 

黙れ。下等な人間風情で我が高貴な肉体を愚弄するか…? その不敬は貴様らの血肉、そして魂を私の贄に捧げる事で償ってもらうぞ!

 

蛟は、そう言い放ち、その身をゆっくりと起こすと、政宗たちに向かって凄まじい勢いで飛び掛ってきた。

そのスピードたるや、胴回りだけで約2メートル、長さでいえば約40メートルもあろう巨体さを一切感じさせず、まさに飛ぶかのような速度で襲い掛かる。

政宗たちは、慌ててその場を離れ、攻撃をかわすが、巨体に似合わず素早い動きに翻弄されてしまう。

すると、そこへ秀家がサッと地を蹴り、宙を回りながら荒れ狂う蛟の頭の上に飛び乗ってみせた。

 

「…………暴れるのは構わない………けど、僕がいる事を忘れちゃダメだよ。蛟……」

 

心配ご無用です。ご主人様…ご主人様の面子を潰すような無粋な真似は致しません……然らば、ご主人様の手足として、あの愚かな生き餌を共に誅伐いたしたく……

 

「……………好きにしたら、いいよ…」

 

秀家が眉一つ動かさないまま答えた。次の瞬間、頭上に乗った秀家を全く気にする様子もなく、再び大きな口を開き、政宗達に向けて、毒液を吐き出してきた。

 

「なっ!?」

 

二人は、驚きながらも咄嵯に飛び退いて難を逃れるが、その威力たるや、あの魔竜アルハンブラの吐いた強酸の雨にも勝る程で、既に灰燼に帰していた広場の地面を大きく溶かして、あっという間にその場所を瘴気の毒沼へと変えてしまう程だった。

 

「うええぇぇっ!? 強酸の次は猛毒!?」

 

「ったく今夜はとんだ季節外れのHalloween Nightだな!! こうも次から次にMonsterの大進撃とくりゃあ、流石の俺もうんざりしてきたぜ!!」

 

なのはが、あまりの理不尽さに思わず悲鳴を上げ、政宗は悪態をつく。

だが、そんな事を言っている間にも、今度は秀家が蛟の頭から飛び降りると、政宗に目掛けて長笛を高速で回転させながら振り下ろしてくる。

 

「“輪廻囃子(りんねばやし)”…」

 

「Hum! テメェのそのバカに頑丈な笛の動きも、いい加減に読めてきたんだよッ! Monster Tamer!!」

 

政宗は舌打ちしながら、手にした刀を振り上げ、振り下ろされる長笛と激しく打ち合うのだった。

 

 

 

 

一方、隊舎への連絡とリミッター解除申請の大役を見事に果たし終わったヴィータが、仲間達の戦況に目を配ると、一番に瓦礫の山の上を這い回りながら暴れ狂うはぐれ大ムカデと、それに果敢に立ち向かい、変速三刀流を振るう成実の姿が真っ先に目に入った。

 

「うぉっ!? テメ、コノヤローッ! でっけぇ図体のわりにちょこまかと動きやがって!!」

 

成実が振るう三牙月流の刃は確かに巨大である大ムカデを簡単に捉える事は出来たが、百足ならではの表皮の屈強さに加え、それが本来のものの数万倍も大きな身体に加え、宿主であった魔竜アルハンブラの装甲の性質を受け継いだのか、流石に本物には及ばずともその表皮は非常に固く、攻撃が中々通らない。

しかも相手はその大きさに反してやたらと素早く、成実が我武者羅に奮った太刀筋など、まるで蝿の突進を振り払う様に、あっさり躱し、逆にその巨体をぶつけられた成実の方が弾き飛ばされてしまう。

 

「痛ってぇぇッ!? こんにゃろー!! 足が百本あるくらいで調子こくんじゃねーぞ!!」

 

だが、それでも成実は決して諦めず、意味がわからない内容の負け惜しみを吐きながら、体勢を立て直すと再び地面を蹴った。

しかし、既に大ムカデは成実の攻撃範囲から逃れており、成実が再び追いつこうとした瞬間、成実の背後にあった瓦礫の山に飛び込むと、そこから地面へと潜り、地面をメリメリとめくりながら、広場の出口の方へと向かって猛烈な速度で進んでいった。

 

「あれ!? お…おい! どこ行きやがる!?」

 

「成実ぇぇッ!!」

 

突然の事態にあっけにとられ、静止した成実の下にヴィータが駆け寄ってきた。

 

「あっ! ヴィータの姉御!! あの大ムカデ、いきなり地面に潜って逃げやがったんだよ!!」

 

「えっ!? ちょっと待て! 地面に潜ったぁ!? それで奴はどこに!?」

 

ヴィータが慌てて辺りを見渡すと、先ほどまで自分達がいた場所から、大ムカデのものと思われる巨大な地響きと、何かが這っている様な音が響いているのに気付いた。

 

「まさか……この広場から逃げ出すつもりなのか!?」

 

ヴィータの呟きに、成実は目を丸くして驚いた。

 

「えぇっ!? それマズい事?!」

 

「マズいどころじゃねぇぞ! 大マズだ! アイツきっと、街の地下を這い回って、地中から街の人達を襲うつもりだ!!」

 

「マジで!? それヤベーじゃん!」

 

ヴィータに指摘された事で成実はようやく事の重大さに気づき、焦りだす。

 

「それで、どうすんだよ姉御!?」

 

「決まってんだろ! ヤツを追うぞ!」

 

そう答えるや否や、ヴィータは大ムカデの通った地面の隆起跡を辿り、サッと踊るように空に向かって飛び上がる。

 

「成実! お前も来い!」

 

「が、合点承知のはらこ飯ッ!!」

 

成実も慌ててヴィータの後を追い、瓦礫の山の間を駆け進んで助走をつけながら、彼女の背中へと迫っていく。

 

「走ってたら、間に合わねぇ! 手ぇ貸してやるから飛べ!!」

 

「あいさー!」

 

ヴィータが肩越しに成実に向かって叫ぶと、成実は頷きながら走る速度を速め、少し先にあった一際大きな瓦礫の山までくるとそれを踏み台にして、一気に高く舞い上がった。

それを見たヴィータはそのまま成実の手を取ろうとしたつもりだった…が、成実はそのままぐんぐんとヴィータよりも上に跳ね上がったかと思いきや、そのまま一回転を決めながらその背中目掛けて真っ直ぐ両足を突き出す…所謂“ドロップキック”の要領で落ちてきた。

 

「えっ!? ちょ、おま……なにやって―――」

 

予想外の成実の行動にヴィータは思わず声を上げるが、成実の足裏はヴィータの背中に着地……っと同時に彼女の背中を思いっきり、地面へと蹴り落とす。

 

「げぼこぉっ!!?」

 

奇妙な悲鳴を上げながら、ヴィータと成実の2人は土煙を上げながら地面に落ちると、瓦礫の上をゴロゴロと勢いよく転がり進み、そしてようやく止まった。

 

「ゲホッ! ゴホォッ!? い、いきなりなにしやがんだよ!? このバカしげざ―――!」

 

盛大に尻餅を着く形で止まったヴィータが咳き込みながら、この状況を作り出した元凶である成実に文句を言おうとして、ふと下を見下ろすと、そこにはヴィータの下敷きになった状態で仰向けになっている成実の姿があった。

 

「い、いてて……あ、姉御~~~…背中乗せてくれるならちゃんと受け身とってくれよぉ~~……」

 

成実は力なく、弱々しい声で何故か逆に文句を言ってくる。

そんな事を言われてもヴィータとしても何の事かわからず、困るしかない…っとそこで自分が尻餅をついているのが成実の腹の上である事に気がついた。

当然、バリアジャケットは思いっきりはだけ、顔だけ起こそうとしてる成実の目の前に見えているのは……自前の赤の下着(ショーツ)という事になるわけで……

 

ってわあああああぁぁぁっ!!? なにやってんだよ! この大バカァァッ!!

 

そこまで考えたところで、ヴィータは慌てて成実の上から飛び退くと、顔を真っ赤にした。

一方、成実は片手で頭を抑えながら起き上がりつつも、ヴィータがなんで赤面しているのかわかっていない様子で首を傾げた。

 

「え? なに? どったの姉御? 蛇苺みたいに顔真っ赤にして?」

 

「ま、“真っ赤”って…!? テメェ、思いっきり見やがったなぁぁ!?」

 

「へ!? ちょ、だから何の話だってぇの!? ってあっっぶな! グラーフアイゼン(それ)でぶん殴ったら死ぬってぇぇぇぇ!!」

 

「うっせぇ! 死ねぇぇぇ!!」

 

完全に逆上したヴィータは成実に向かって何度も鉄槌を振り下ろし、それを成実は必死になって避け続ける。

傍から見たらまるで鬼ごっこをしているように見える光景だが、当事者達にとってはそれどころではない。

 

「だいたいテメェ! いきなり、背中蹴ってきて、なんの真似だよ!?」

 

「へっ!? だって、姉御が“手ぇ貸してやるから飛べ”って言ったから、俺ぁてっきり“背中乗せる”もんだと思って…」

 

あっけらかんと話す成実に、ヴィータはあんぐりと空いた口が塞がらなかった。

ヴィータとしては先程の屍鬼神“牛頭、馬頭”との戦いのように成実を両手で抱えつつ、飛行するつもりでいたのだが、その為に呼びかけた言葉から、成実がまさか『背中に乗れ』と解釈するなどとは思ってもいなかった。

 

「なんでそうなるんだよ!? さっき、レシオ山でもずっとお前の事抱えて飛んでたじゃねぇか!今度もそうするつもりだったに決まってんだろうが! このあんぽんたん! バカか!? アホなのか!? それとも、わざとやってんのか!? 殺すぞ!!

 

「姉御ぉ~! ちょっと間違えただけじゃんかよぉ~!いい大人なんだから笑って許してくれよぉ~! 見てくれは“タカノツメ”みたいだけど…」

 

「今なんつったコラァ!! “チビ”って言いたいのか、コノヤローッ!!」

 

「じょ、“冗九(ジョーク)”だって姉御! 奥州冗九(ジョーク)だよぉぉぉ!!」

 

2人は取っ組み合いをしながらギャーギャーと言い争いを続ける。

しかし、その茶番は、ヴィータが振り上げた鉄槌(グラーフアイゼン)が成実の顔面を捉えようとした瞬間、広場の出入り口付近の建物が轟音を立てながら崩れていくのが2人の目にとまった事で強制的に終了となる。

 

「やっべぇよ姉御! アイツ広場の外に逃げちまうって!」

 

「誰のせいだと思ってんだよ!? それより追うぞ! …それと後でお前にはたっぷり説教だからな!」

 

「ひでぇぇぇ!? 姉御の女片倉ーッ! 一味唐辛子ーッ!」

 

「意味わかんねーよ!!」

 

おそらく、彼なりに非難の言葉を投げかけているのであろう成実の首根っこを掴みながら、ヴィータは崩れ落ちた建物から市街地の中へと飛び出していく大ムカデを追って、再度地面を蹴って、低空飛行で飛んで、追跡を再開する。

 

幸い、逃げた大ムカデを追いかけるのは簡単だった。

不自然に細長く破壊された跡が、一直線に伸びていた。まるで鉄道車両が無理やり通っていったような跡だった。

 

「姉御! あそこだ!!」

 

破壊された家屋を幾つか超えていった先、何筋目かの大通りに出たところで暴れる大ムカデを発見した。

その通りには、まだ逃げ遅れた大勢の人達が逃げ惑っており、先程の広場程ではないがパニック状態の群衆により騒然となっていた。

 

幸い大ムカデは逃げる人々に襲おうとして通りに散らかるように捨て置かれた自動車に阻まれて、難儀しており、苛立つようにその巨体を振り回して次々と自動車を薙ぎ払っているところだった。

 

「よし、このまま人を襲う前に一気にケリをつけるぞ!」

 

「合点承知のはらこ飯ッ!!」

 

大ムカデに向かってヴィータが抱えていた成実を投げ飛ばすと同時に、手にグラーフアイゼンを出現させ、成実は宙返りを決めながら、両手に木刀と白鞘を、左足の親指に無柄刀を挟み込むスタイルをとった。

 

「「行くぜ、ムカデ野郎!!」」

 

先にヴィータがグラーフアイゼンを振り上げる。

すると、それに呼応するようにカートリッジが1発排出され、赤い魔力光がアイゼンの先端に集まった。

 

「ラケーテン…ハンマァー!!」

 

そして、ヴィータが叫ぶと共に振り下ろされたグラーフアイゼンは、先端から勢いよく噴出した真紅の魔力光によって推進力を得て加速し、大ムカデに向かって放たれた。

 

それに対して、成実は空中で回転しながら、右手の木刀と左手の白鞘を十字に交差させる構えを取り、無柄刀を親指に挟んでいた左足を飛び蹴りの要領で突き出す。

 

三牙月(みかづき)流…“みずきり・さんれん”ー!!」

 

成実が技名を叫びながら、大ムカデの腹めがけて、無柄刀を挟んだ状態で飛び蹴りを、その真上に大ムカデの鎌首を狙って『ラケーテンハンマー』を繰り出したヴィータが並ぶようにして、飛んでいく。

 

ガキィィィィィン!!

 

次の瞬間、大ムカデは飛んできたヴィータと成実の攻撃に対し、一際強固な頭を突き出す事で、それぞれ攻撃を防いで、弾き返してみせた。

 

「うわっ!!」

 

「どあぁぁぉッ!!」

 

しかし、ヴィータはどうにか空中に踏みとどまり、成実もバックステップで着地を決めると同時に足の親指で挟んでいた無柄刀を地面に突き立てる事で、これ以上吹き飛ばされるのをどうにか防いだ。

 

「くそっ! 屍鬼神(しきがみ)とかいうバケモノは、どいつもこいつも硬すぎんだろ!」

 

「うへぇぇぇ! 守りの固い敵なんざ、もうこりごりだってぇの!!」

 

その硬さを見て、レシオ山で対峙した屍鬼神(しきがみ) 牛頭・馬頭を思い出したヴィータと成実はそれぞれ眉を顰ませながら悪態をつく。

だが、そんな2人に構う事なく、大ムカデは攻撃してきたヴィータ達に対して反撃を開始しようとしていた。

大ムカデはその長い身体を使って、2人を包み込むように旋回を始める。その速度は徐々に増していき、回転の速度が上がるにつれて2人の視界が歪んでいった。

 

そして、大ムカデは2人が回避行動を取るよりも早く、ヴィータ達に突撃を敢行する。

 

「まずいッ!」

 

「姉御ォ!!」

 

大ムカデが突進してくるのが見えた瞬間、ヴィータは反射的に防御態勢をとり、成実は彼女を守ろうと前に出て、彼女を庇う形で噛み付いてきた大ムカデの巨大な顎に挟まれてしまった。

 

「ガフッッ!!?」

 

「成実ぇッ!?」

 

大ムカデに両脇腹を噛まれて、血を吹き出す成実を見て、ヴィータは悲鳴じみた声を上げる。

 

「……こ、こんにゃろぉ…今のはちょっと…痛かったじゃねぇかよぉ……!」

 

咄嗟に両手の木刀と白鞘で押さえつける形で、どうにか身体を噛み砕かれる事は避けられた様であるが、今の一撃はそれなりに効いたようで、その証拠にヴィータのグラーフアイゼンで殴られても多少の身体の痛みだけで済ませていた成実が、あの時よりも明らかに苦痛で顔を顰めていた。

 

「この野郎ッ! 成実を離しやがれ!」

 

ヴィータはグラーフアイゼンを再度振り上げ、大ムカデの頭に叩きつけた。

しかし、今度は大ムカデは頭を引いてそれを避けると、そのままヴィータに向かって大ムカデの巨体を横薙ぎに振るった。

 

「うわあああっ!!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

ヴィータは、それを両腕でガードするが、それでも勢いまでは殺しきれず、まるで大型トラックにはねられたかのように、軽々と吹き飛ばされてしまう。

その拍子に成実も大ムカデの顎から飛ばされ、大通りの端にある建物の壁に叩きつけられて、ズルリと壁伝いに落ちていく。

 

「……あ、ぐぅ……し、成実……!?」

 

地面を転がりながらも途中でどうにか体勢を立て直すことができたヴィータであったが、ダメージはかなり深刻らしく、全身から汗を流しながら苦悶の表情を浮かべている。

 

「……くっ……お、おい、成実……大丈夫か?」

 

「………うぅ……あっ……姉御ぉ……」

 

ヴィータは、自身も決して軽傷ではない身体を引きずるようにしながら、急いで倒れている成実の下に駆け寄り、声をかけるが、彼は意識こそ保っていたが、既に起き上がるだけの力はないのか、弱々しく返事をするだけだった。

 

「ちくしょう……こんなところで……万事休すってか…!」

 

ヴィータは悔しそうに歯を食い縛りながら呟き、そして、せめてもの抵抗として、再び大ムカデに向けて構えを取った。

その時だった。

 

「あっ…姉御………」

 

「んっ……なんだよ、成実。なんか言っ―――」

 

不意に成実が、ヴィータに何かを訴えかけてきたので、彼女がそちらに視線を向けると、成実は震える様な声を必死に絞り出しながら言った。

 

「く…食いもんだ…食いもんくれよぉ……そうすりゃ、これぐらいのケガなんて、すぐ治っちまうからさぁ……。だから…早く何か食わせてくれぇぇ……」

 

それは、一見すればあまりにも場違いとも言える発言であった。

確かに成実の特異な体質からしてみれば、それが一番重要かもしれないが、今この状況では余りにも間抜け過ぎる言葉であり、ヴィータも思わず呆気に取られてしまった。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇぞ!! こんな時に何寝ぼけた事抜かしやがんだ! !」

 

だが、成実は本気で言っているようで、口から血の混じった泡を吹き出しながらも、ヴィータに懇願するように手を伸ばしてくる。

 

「お願いだぁ姉御ぉ……さっきの一撃で血が思いっきり抜けちまってやがる……なんでもいい……とにかく何か腹に入れてぇんだ……!」

 

「そ、そんな事言ったって…こんなところで食いもんなんか……!?」

 

ヴィータがそう言って辺りを見渡しながら狼狽えていると、ふと少し離れた場所に見覚えのある小汚い巾着が落ちているのに気づいた。

 

「あれは…?…そうか! 成実の“『非常袋』”!!」

 

ヴィータは、それが成実が小腹を空かせた時やいざという時の切り札とする秘密兵器…そしてその他、ゴミ同然のよくわからないものなどを諸々詰めている『非常袋』である事を思い出すと、すぐにそれを拾い上げる。

 

「ひょっとしたら、こんな中になにか食いもんが…!?」

 

一握の期待を胸に袋の中に躊躇いなく手を突っ込んだヴィータは、適当に掴んだそれを取り出してみる。するとそれは…

 

 

クネッ…

 

 

白いゲル状の質感の表皮を持った体長約10センチ程の巨大なカブトムシの幼虫であった……

 

 

ギャアアアアアアァァァァァッ!! なんちゅうもん入れてんだよ! この悪食バカああぁぁぁぁ!!」

 

ヴィータは、それを地面に叩きつけるように投げ捨てると、そのまま必死にバリアジャケットの裾で手を払いながら、大声で叫んだ。

 

「あぁ……ちょっと姉御………せっかく、美味そうだから捕まえてとってたのにぃ……」

 

「知るかああぁぁッ! つぅか、リンゴや爆弾ならまだしも、生きたイモムシなんか袋に入れてんじゃねぇよ!!」

 

ヴィータのその叫び声を聞きながら、大ムカデは、ゆっくりとその顎を開き、またもヴィータに向かって襲い掛かろうとした。

 

「だぁぁぁぁ!! くそぉ! こうなったら仕方ねぇ!! 成実! ほら、コイツを食え!」

 

ヴィータは半ばヤケクソ気味に、投げ捨てた幼虫を摘むと、それを成実の口に目掛けて投げた。

 

「ぺやんぐっ!?」

 

だが、既に虫の息の成実の口に入ることはなく、彼の顔面に直撃してしまう。

 

「ちょっと姉御ぉ…!ちゃんと狙い定めてくれよぉ…!」

 

「うるせぇ! だったら自分で取れ!」

 

「無理だってのぉ……もう身体中痛くて動かねぇし………」

 

成実は、そう言いながら、どうにか顔を器用に動かす事で、鼻の上にいた幼虫を口に運び入れる事ができた。

 

「むぐむぐむぐむぐ…………んっ?…」

 

「どうしたんだよ?……まさか、それ毒虫だったんじゃねぇだろうな!?」

 

「…ね……」

 

「……ねっ…?」

 

成実は顔を一瞬顔を伏せて静止したかと思いきや…次の瞬間には、まるでバネ仕掛けの人形のように跳ね上がり、歓喜の声を上げた。

 

ハーハッハッハァァァァァァァァ!!! 燃料補充完了ぉぉぉ! 亞癖流(アクセル)全開ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!

 

うそだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!?

 

成実が突然元気を取り戻した事に驚いたヴィータだったが、そんな彼女を尻目に、成実は今の今まで虫の息だったのが嘘の様に、思いっきり地面を蹴ると、目の前に迫ってきていた大ムカデに飛びかかりながら、指に無柄刀を挟んだ左足で力の籠った回し蹴りを繰り出してみせた。

 

「ちょ、おま……どんだけ、でたらめな体質してんだよっ!?」

 

ヴィータが呆れた様に叫ぶが、成実はそんな事など気にせず、華麗に着地を決めて、復活をアピールした。

 

「うっしゃあぁぁ! 流石に本調子とまではいかねぇけど、これならまだまだ戦えるぜぇ!!」

 

成実がそう言って意気込むと、足で掴んでいた無柄刀を投げて口に咥えると、先ほどまで虫の息だったとは思えない程に軽やかな動きで、大ムカデの懐に潜り込み、再び渾身の一撃を放つべく両腕を振りかぶった。

 

三牙月流(みかづきりゅう)…“まぐなむすとらいく”!!」

 

 

ガキィィィィィン!!

 

 

無柄刀を口に咥えたまま、白鞘と木刀をそれぞれ手の中で回転させつつ、敵に突っ込み、一閃する剣技…義兄 政宗の技『MAGNUM STRIKE』を三牙月流(みかづきりゅう)として昇華させた必殺剣が大ムカデの顔に命中する。

相変わらずその表皮の硬さ故に斬り伏せる事は出来なかったが、自身に深手を負わせた顎の片方の牙を砕く事に成功し、顎の一部を失った大ムカデはそのまま巨体を仰け反らせた。

 

「ちぃ! やっぱり、まだ力が入らねぇ……! でも、今なら!!」

 

成実は、自身の体調に舌打ちしながらも、宙の上を大きく舞いながら、地上にいるヴィータに向かって叫ぶ。

 

「姉御ッ!! 俺がこいつの土手っ腹に無柄刀をぶっ刺すから、姉御はそいつをグラーフアイゼン(自慢の槌)で思いっきり打ってくれよ!!」

 

「はぁぁッ!? なんだそりゃ!? このバカは、また変な技思いつきやがって…!!」

 

成実の提案に、ヴィータは呆れて怒鳴りながらも、どこから満更でもないのか、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「まぁ…変な技だけど、やってみる価値はありそうだな! よしっ! 任せろ!」

 

「へへっ! 流石、ヴィータの姉御は話がわかるぜ!」

 

成実もまた、ヴィータの返答に満足げに笑い、そのまま空中で体勢を整えると、両手に持っていた白鞘と木刀を手放すとバチバチと弾ける音を立てながら、電撃の走り始めた両手で、無柄刀をしっかりと握りしめる。

そして、顎の片方を失って暴れている大ムカデを真下に見据えて狙いを定めた。

 

「さっきのお返しだぜ!! 堅焼きせんべい野郎!」

 

成実は、そう言い放つと同時に、無柄刀を握ったまま、身体を縦に回転させつつ、大ムカデの頭に目掛けて真っ直ぐ落下していく。

そして、その頭に着地すると同時に、振り絞れる限りの力を込めて無柄刀を突き立ててみせた。

 

 

グチャッ!!

 

 

大ムカデの頭部に突き立てられた無柄刀は、その固い外皮を貫き、肉を切り裂いて脳にまで達すると、成実はちょうど自分が舞っていた高さまで上がってきたヴィータを見上げて、叫ぶ。

 

「今だ、姉御!! 思いっきりやっちゃって!」

 

「おう! 任せておけ!!」

 

成実の言葉にヴィータは大きく返事をすると共に、手にしていたグラーフアイゼンを振り上げながら、成実と同じ動作で真っ直ぐ大ムカデの頭に向かって突っ込む様に降下していく。

それを見計らって、成実は大ムカデの頭の上から飛び退いた。

 

「トール……ハンマぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

ヴィータは即興で思いついた技名を叫びながら、大ムカデの頭に突き立てられた無柄刀を、釘に見立てて思いっきり打ち付ける。

 

ゴガンッ!!!

 

ヴィータの一撃を受けた大ムカデは一瞬ビクンと痙攣を起こし、動きを止める。

 

ドオオオオオオオオオオオオン!!!

 

次の瞬間、大ムカデの鎌首を貫通する形で無柄刀が落雷もかくやの速さで、轟音と衝撃を伴いながら地面へと突き刺さり、同時に大ムカデの頭がまるで電気カッターを貫通させたように綺麗に切断された。

首を失った大ムカデが力なく倒れ伏し、しばらくビクビクと震えていたが、それも数秒の事であり、完全に動かなくなる。

 

「はぁ……はあ……」

 

大ムカデの巨体がボロボロと灰の様に崩れ落ちる様を見て、ヴィータは肩で息をしながら、地面に降り立つ。

 

そんな彼女に、地面に落ちた白鞘と木刀、そして無柄刀を回収した成実が駆け寄ってきた。

 

「っしゃあぁぁ!! やったぜ姉御ぉぉぉぉぉッ!!!」

 

「うるせぇ!」

 

成実は無邪気に全身を使って喜びを表現しながらヴィータに抱きつくが、ヴィータは鬱陶し気にそれを払う。

しかし、その表情にはどこか嬉しさが入り混じっているように見える。

 

「ふぅ……なんとか勝てたか……ったく、お前はホント、やることなすこと先が読めねぇな」

 

ヴィータは溜息交じりにそう呟きながらも、その顔には笑みを浮かべていた。

 

「……で、でも…今回は色々助けてもらったし…感謝するよ……ありがとな…成実…///」

 

ヴィータは照れ臭そうに頬を掻きながらも、小さく成実に礼を言う。

対する成実は、ニッと自慢の八重歯を覗かせながら、いつも通り屈託のない無邪気な笑顔で返した。

 

「ヘヘンッ! これで姉御も、俺が兄ちゃんや小十郎の兄貴に負けてねぇくらいにすげぇって事がわか――――ッ!?」

 

そう言いかけたところで、突然成実は、力が抜けた様にガックリと膝を着いて、項垂れしまった。

 

「!? お、おい! 成実ッ!?」

 

突然の事に驚いたヴィータがその顔を覗き込むと、そこにはまたも顔面蒼白になっている成実の顔があった。

 

「ど、どうしたんだよ!? まさかやっぱりさっきの傷が…!?」

 

ヴィータは心配そうな声を上げるが、当の本人は先ほどまでの元気はどこへやら、青いを通り越して真っ白い顔で口を開く。

 

「は…」

 

「は?」

 

 

 

腹減った……

 

 

ぐううううぅぅぅぅ………

 

 

ハァッ!!?

 

 

成実の口から出てきた間抜け極まる一言を聞いて、ヴィータは素っ頓狂な声を上げると共にズッコケる。

 

「アホかテメェはッ!! 人を心配させやがって!!」

 

「いやぁ、最後の姉御との合体技で一気に“燃料”を使いきっちまったみたいなんだよぉ……やっぱカブトの幼虫ってのは、味は悪かねぇんだけど、どうも腹持ちがよくねぇや…」

 

心配して損をしたと言わんばかりに、ヴィータは再び深い溜息をつく。

 

「はぁぁ……今日は色んなバケモンを見てきてるけど…成実(お前)が一番 “バケモン”に見えてきたぞ…」

 

ヴィータは呆れたような口調で言うのだった……

 




家康、スバルや幸村の登場はまだかと期待の声を頂く中…また今回もヴィータと成実メインに活躍させてしまいました(苦笑)

さて、世間では今日はバレンタインデー…なんていう都市伝説の日だそうですけど、ソンナモノ、ホントウニアルノデスカネー(棒読み)

…っと女っ気のないひとりもんの虚しい愚痴は置いておいて…

何気に政宗×なのはのオリジナルカップリング以上に良きコンビになりつつある成実とヴィータのチビ&ガキコンビ。何気に私自身リブート版の新要素として特に気に入っているので、これからどんどん推していきたいですwww

スバル「…だから、私と家康さんのカップリングは…?(泣)」

ティアナ「その……ドンマイ。スバル…」


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第六十二章 ~ラコニア総力戦!増援の到着と恐怖の無限百足地獄~

【前回までのリリカルBASARA StrikerS】

魔竜アルハンブラの死体を触媒に無限に現れる屍鬼神『繰駆足(くりからで)』の猛威に苦戦するなのは達は遂に、自分達の魔力リミッターを解放するという手を打ち、反撃に乗り出す。

その一方、機動六課司令室では政宗に撃退されたなのはの見合い相手であった貴族魔導師 セブン。コアタイルの父 ザイン・コアタイル統合事務次官からの謎の圧力がかけられるなど、別方面において不穏な雰囲気が漂いつつあった…

果たして、この激戦の先に待つものとは……?

フェイト「リリカルBASARA StrikerS 第六十二章。出陣します」



宇喜多秀家と交戦する政宗のもとへなのはを送り出したフェイトは、一人、無限に出てくる大ムカデの怪物によってその身体を完全に乗っ取られた魔竜と対峙していた。

しかし、リミッターを解除され、魔力が一気に増強された今のフェイトは、射撃、砲撃魔法の威力はもちろん、飛行速度や近接用の斬撃の太刀さばきの速さも、先程までとは比べ物にならない程に向上している。

 

「はああああぁぁぁ!!」

 

夜の帳を明るく照らす輝きを放つ黄色の魔力刃を纏った愛機(デバイス) “バルディッシュ”を目にも止まらぬ速さで繰り出したフェイトは、噛みつかんとしてきた大ムカデの鎌首から胴体までにかけて斜めに切り裂く事に成功する。

そこへ左右双方から挟みこむように2匹の大ムカデが火を噴きかけてきた。だが、それも予め予想していたフェイトは大きく後ろに飛んで回避すると、すぐさまカートリッジを再ロードして魔法陣を展開させる。

そして放たれたのは雷光の槍。それは、一瞬にして1匹目の大ムカデを貫き焼き尽くすと、そのまま2匹目を貫通し、更に奥にあった大木に突き刺さってようやく止まった。

しかし、これで終わりではない。早くも再生した1匹を加えた3匹の大ムカデが魔竜の胴体から身体を綱の様に伸ばしながら、顎を大きく開き一斉に襲い掛かってきたのだ。

だが、それに怯むことなくフェイトはカートリッジをロードしながら飛び上がり、空へと逃れる。それと同時に展開させたのは巨大な環状魔法陣だった。

 

《Plasma Lancer》

 

バルディッシュがそう唱えると、金色のスフィアを中心に4つの環状魔法陣が浮かぶ。そして次の瞬間にはその全てのスフィアからプラズマランサーが発射される。

合計9本の槍状になった雷撃が高速回転をしながら次々と大ムカデ達を貫く中、最後の1本だけ外れてしまうものの、それを空中で掴み取ると再び撃ち出す。

今度は見事に命中するも、やはり決定打にはならないのか、大ムカデ達はまだ健在だ。だが、フェイトの攻撃はまだ終わっていない。

 

《Arc Saber》

 

今度は頭上に展開していた魔法陣より魔力刃が形成される。そしてそれを手に取ったフェイトは、大ムカデ達の頭部を次々と斬り落としていく。

この光景を見たものは誰もが思うだろう――まるで流れる水のように滑らかな動きだと…

 

しかし、フェイトはこのまま、この大ムカデを倒し続けていてもキリがない事は理解している。

それは先程、カラスの様な姿をした小さな獣人型の屍鬼神(しきがみ)が語っていた事から明らかである。

あの時、奴はこう言っていた……

 

―――その大ムカデ共は魔竜の血肉を糧に育ち、出来上がった身体だから、いくらムカデ共を潰そうが宿主の血肉がある限り、いくらでも次のムカデが現れるって腹さ―――

 

つまり、本体となる首を失った魔竜をどうにかかぎり、永遠に湧き出てくるという事なのだ。ならば、ここで決めるしかない……

しかし、一人で出来るのか…? なのはは政宗の救援に向かい、シグナムは最後に目撃した時には秀家に囚われの身になっており、無事に助け出されたのかもまだ確認できていない。

ヴィータは成実と共に、魔竜の亡骸からこぼれ出た一匹の大ムカデを追って、広場を出て行ったのが見えた。

そうなると、この怪物を止める事ができるのは今ここにいるのは自分しかいない……

 

「やるしか……ない!!」

 

そう覚悟を決めたフェイトは、バルディッシュを構え直すと、眼前の大ムカデ達を見据える

そして一気に急降下して魔竜の懐に飛び込む。大ムカデ達は反応できていない。フェイトは勢いのままに右下から左上へ斜めに振り上げた一閃を放ち、切断された首から生える大ムカデの一匹の胴体を真っ二つにする。

さらに返す刀で横薙ぎの一閃を放ってもう一匹を両断し、とどめに後ろ回し蹴りでもう一匹の頭を蹴飛ばして粉砕する。

 

(残るはあと1匹…! 例え無限に再生されるといっても、5匹全てを同時に倒せば、再生させるにも時間がかかるはず…! ちょっと残酷だけど、その間に魔竜の四肢を『ブリッツアクション』で一気に斬り落としてバラせば、再生されても、少なくともこの場から動く事はできなくなるはず…!)

 

しかし、そんなフェイトの考えなどお見通しと言わんばかりに、残る大ムカデはその巨体をうねらせながら、口から黒い炎噴いて牽制を図ってきた。

慌てて後ろに飛んで回避したフェイトは、着地と同時に土煙を立てながら、激しい勢いで後方に押し下げられてしまう。

どうにか足を踏ん張って堪えたものの、その隙をついて残り1匹の大ムカデが、先程ヴィータを襲った個体の様に魔竜の骸から抜け出ると、フェイトに向かって突進しながら、顎を開いて噛み付いてきた。

咄嵯に左腕を前に出して魔法陣型の障壁魔法(シールド)を張って、受け止めるも、あまりの力の強さに思わず苦悶の声を上げてしまいそうになる。

そこへ更に追い打ちをかけるように、全ての大ムカデがいなくなった魔竜アルハンブラの骸の表皮が再び中で何かが蠢く様に波打ったかと思いきや、次々と新たな大ムカデ達が這い出してきたのだ。

しかも、今度は切断された首だけでなく、胴体の背中から2匹、両脇腹から3匹ずつ、ついには尻尾をぶち抜いて新たに這い出た一匹が尻尾の代わりを担うなどして、今までよりもその数は増え、14匹となってしまった。

 

その光景を見て戦慄を覚えたフェイトは、冷や汗を流しながら必死にバルディッシュを握り、自分に迫っていた魔竜の身体から抜け出た大ムカデの長い胴体の回りを光の様に駆け抜け、一太刀でその胴体を切り刻んで撃破しつつ、再び空に上がるが、大ムカデの数が増えて更にグロテスクな見た目になった魔竜の死体を見下ろして愕然としてしまう。

 

「こんな数……一体どうすれば……」

 

そう呟いた時だった――

 

突然、自分の視界の隅…魔竜の死体から生える大ムカデの大群とは反対の方角の空から、高速でこちらに接近してくる一機のヘリが映り込んだ。

 

「あれは……!?」

 

よく見るとそれは、自らが所属する機動六課が保有するJF704式ヘリコプターである事に気づいたフェイトは、その機体が自分に接近するにつれて聞こえてきたローター音に混じり、自分の耳に聞き覚えのある念話の声が届いてハッとする。

 

《フェイト隊長。遅くなりました! ロングアーチ05 リインフォースⅡ! 並びにスターズ、ライトニング両03、04、イレギュラー01、04による応援部隊、到着ですぅ!》

 

「リイン!! よかった! 最高にナイスなタイミングだよ! …はああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

フェイトは嬉しさのあまりに叫び声を上げると、そのまま両手を振り上げて大きく振り下ろす。

すると、それに応えるかのように、彼女の周囲に魔力弾のスフィアが無数に現れ、一斉に大ムカデの大群の方へと向かっていった。

 

「はああああっ!」

 

そして、フェイトの掛け声と共に無数の魔力弾が、まるで雨のように降り注ぎ、大ムカデ達を貫いていく。

しかし、それでも数が多すぎるため、撃ち漏らした大ムカデが何匹もフェイトに襲いかかってきた。

だが、そこへ上空へ飛来し、停滞したヘリの後方のハッチが開かれるや否や、中から大小それぞれ異なる背丈の2つの人影が飛び出してくる。

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」

 

熱苦しい雄叫びの様な掛け声とともに出てきたその人影は……

 

 

「ッ!? 幸村さん!? それに…エリオ!?」

 

それぞれ紅の二槍と、ストラーダを構えながら降下してくる真田幸村と、エリオ・モンディアル……“熱血兄弟”コンビであった。

勿論彼らはフェイトと違って飛行能力はないが、若き虎達はそんな事などお構いなしと言わんばかりにそれぞれ、有り余る闘志を眼に一杯に滾らせながら、真下で暴れる大ムカデの群れを見据えていた。

 

「ようやく戦場(いくさば)へ到着したと思ったら、何やら得体のしれぬ物の怪の気配! しかし! そんな魔の者など、この熱き二槍の前には恐れるに足らず!!」

 

「はいっ! 兄上ッ!!」

 

幸村とエリオはそれぞれ愛槍を交差させ、天に掲げる。

 

「「天ッ!!」」

 

交差させた槍を一回離し、足元でまた交差または一閃する。

 

「「覇ぁ!!」」

 

切っ先を真下にいた大ムカデのそれぞれ標的とした個体に見据え、そして…

 

「「絶槍ぉぉ!!」」

 

 

ドオオオオオオオオオオオオン!!

 

 

その脳天に突き立てながら大ムカデを踏みつける形で地面に着地してみせた。

 

「……………………」

 

さすがのフェイトも、2人のインパクト絶大な登場に思わず目を丸くして呆気に取られながら大ムカデ達のいた場所に巻き起こった土煙を見据えていた。

そして晴れた土煙の中から、それぞれ槍を構えた幸村とエリオが、“フェイトの方を”向いて臨戦態勢をとりながら、口上する。

 

「甲斐武田軍総大将代行、そして機動六課 委託隊員! 真田源二郎幸村!」

 

「同じく…機動六課 チームライトニング隊員 エリオ・モンディアル!」

 

「「見ッッッ参!!!!」」

 

勇んで名乗りを上げる2人を見て、フェイトはどう言ったらいいかわからないような困惑した苦笑を浮かべつつ、気まずように念話を送る。

 

(あの…二人共……敵はこっちじゃなくて“反対”側なんだけど……?)

 

フェイトがそう指摘すると、幸村は「へっ?」っときょとんとして首を傾げ、エリオは慌ててフェイトが指差す方角を見やった。

すると、ほんの数メートルしかない先で首のない巨大な竜の死体から無造作に生えた大ムカデ達が、突然の乱入者に怒り狂っているのか暴れ、悶ていた。

 

「うわわわわっ!? 兄上ッ!! いつの間にか僕らは敵の胸中にいたようです!!」

 

「なんとッ!? おのれ、物の怪共!! いつの間に我らの目と鼻の先に―――」

 

《アンタ達が、リイン曹長や家康さんの静止も聞かないで、闇雲に飛び出して行ったりするからでしょうがッ!!!》

 

念話越しにティアナの盛大なツッコミの怒声が響く。

その声につられフェイトが見上げると、上空のヘリのハッチの降下口には、バリアジャケット姿のスバル、ティアナ、キャロ、リイン、そして黄色の戦装束を身に着けた家康が立っているのが見えた。

どうやら彼女達もフェイトと同じく幸村達の派手な出陣に唖然としていたらしい。

特にリインは家康の隣に浮遊しながらプンスカ怒っている様子だった。

 

「まったくもうエリオってば! リインがフェイトさんに現場や敵の状況を確認し終わるまでは、キャビンのハッチが開いても待機って言ったのに、何勝手な事してるのですかぁ! しかも監督しなきゃいけない幸村さんまで一緒になって!」

 

「まあまあ、リイン曹長、ティアも。 おかげであのバケモノに不意打ちかける事が出来たみたいだし、結果オーライって事で…。それにフェイト隊長も無事みたいだし…とりあえずよかったじゃない♪ ねっ、家康さん」

 

幸村、エリオの独断専行に怒るリインやティアナを、スバルが宥めながら、家康の方を見る。

 

「あぁ、これも真田達らしいと言えば、そうかもしれないな…。とにかく、こうなったらワシらも降りて参戦しよう! 皆、準備はいいか?」

 

家康の言葉を受けて、スバル、ティアナがリボルバーナックルとクロスミラージュを…キャロが手にはめたケリュケイオンを光らせながら、腰に下げた小太刀を構える。

 

「「はい!」」

 

「いつでもいけます!」

 

それぞれの返事を聞き届けてから、家康は腕を振り下ろす。

 

「よしっ! ヴァイス! もう少しヘリを下げてくれ! リイン殿はここから現場の状況確認とあの怪物の解析を頼む!」

 

「了解ですぅ!」

 

《………わかりましたぁぁ……》

 

家康の指示を受けて、パイロットのヴァイスが何故か気の抜けた様な返事を返しながら、ヘリを少し下げ、魔力や気で強化した身体であれば、飛び降りても問題ない高さまで下がってきたのを確認するや否や、家康は飛び降りながら拳を振るった。

 

「行くぞ!!」

 

「「「はいッ!!」」」

 

「気をつけるですよ!」

 

リインに見送られる中、家康に続いて、スバル、ティアナ、キャロが飛び降りると、それに気付いた大ムカデ達は一斉に彼女達に襲いかかってきた。

しかし……

 

「はぁッ!!」

 

ガキイィィン!!

 

「ギャッ!?」

 

ドオオォンッ!!

 

先頭の大ムカデが、家康が振るう金色の手甲を纏った拳によって頭部を殴られ、轟音を上げながら地面に叩きつけられた。

さらにそこへ続けざまに襲いくる別の大ムカデに対し、今度はスバルが構えたリボルバーナックルを装着した右ストレートを放つ。

 

「吹っ飛べぇぇぇ!」

 

「ギヤアアアアアアアアアアアァァァァ!!」

 

スバルの拳を受けた大ムカデは悲鳴を上げながら大きく仰け反りながらも、反撃と言わんばかりに顎の先に巨大な火炎球を形成してスバルに向かって放とうとする。

だが、そこへ間髪入れず、ティアナが左手に握った双銃(クロスミラージュ)の片割れを突き出し、銃口から魔力弾を放った。

 

「当たれ!」

 

放たれた魔弾によって火炎球が大爆発を起こし、大ムカデの上半身を吹き飛ばす。

だが、その程度で大ムカデ達が怯むはずもない。むしろ仲間を殺された怒りからか、数でものを言わせる様に着地した家康達を取り囲むようにして迫ってくる。

 

「そうはさせん! エリオ!」

 

「ハッ! 兄上!!」

 

幸村の呼びかけに答え、エリオは手に持っていた槍型のデバイス、ストラーダを構えて魔力刃を形成する。

同時に彼の全身からも魔力光が溢れ出した。

 

Escalate(加速)

 

ストラーダの電子音が鳴ると同時に、

その姿が掻き消えるように見えなくなる。

そして次の瞬間には、既に彼は目の前に迫ってきていた2匹の大ムカデの背後へと回り込んでいた。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!! 燃えよ…我が槍、我が魂!!命の限り道を開けぇ!!」

 

一方正面からは幸村が、それぞれ穂先に炎を宿した二槍を回し、雄たけびをあげながら2匹の大ムカデに迫ってくる。

前後双方から迫りくる二人に対して、大ムカデ達は回避も防御する素振りも見せず、ただ迎え撃つかのようにそれぞれ顎を開いて迫る。

この行動が意味する事など、幸村はもちろん、エリオにも分かっていた。

だからこそ、二人は躊躇わずにそれぞれ食らいついてきた大ムカデ達の口腔内に得物を突っ込む。

 

「スピーアアングリフ!」

 

「“陣風煉(しんぷうれん)”!」

 

刹那、 大ムカデの口内に差し込まれたそれぞれの槍の穂先から電撃と業火を伴った刺破が大ムカデの頭を貫いた。二人の同時攻撃により、一瞬にして絶命し倒れ伏す大ムカデ達。

 

しかしそれでも今度は3匹の大ムカデが魔竜の骸から身を伸ばしながら家康達に襲いかかろうとする。

手始めに先頭にいた大ムカデが一行の中からキャロに狙いを定めて、正面きって襲いかかろうとした。

おそらく、この面子の中で一番非力そうに見えたキャロを真っ先に狙おうという魂胆なのだろう。

 

「キャロ!?」

 

その様子を上空から見ていたフェイトが反射的に助けにいこうとしたが…

 

キャロは自分に向かってくる大ムカデを冷静に見据えながら、腰に下げていた小太刀を引き抜き、その刀身に薄ピンク色の魔力光を宿しながら、脇に構えてみせる。

 

「片倉流秘剣……“十字の太刀(クロスストレイザー)”!」

 

キャロが技名を唱えながら、小太刀を大きく振りかぶると、十字を描く様に魔力の宿った斬撃波が放たれる。それは向かってきた大ムカデの顔をあっさり切り裂いてみせた。

さらにそれだけでは終わらない。

斬破が命中した大ムカデの頭を中心に魔法陣が形成し、そこから召喚した薄ピンク色の無数の鎖が大ムカデの身体を巻き付いて、その動きを止めてしまった。

 

「ギィヤアアァァッ!!」

 

突然自由を奪われて暴れ回る大ムカデだったが、キャロが念じると大ムカデの巨体に絡まった鎖が更に強く絞まり、大ムカデは完全に動きを封じられてしまった。

直後、拘束された大ムカデの脇を抜けて、別の2匹の大ムカデが家康達に迫りながら、その体に黒い稲妻を走らせ始める。

それを見たフェイトは、この予備動作が示す意味をいち早く察した。

 

「スバル! 気をつけて! その大ムカデが放つ黒い稲妻に当たれば、殆どの魔法を使う事ができなくなるから!!」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「来るぞ! 避けろ!」

 

家康の警告と同時に大ムカデ達が口から黒い雷撃を放つ。

雷鳴と共に、2匹の大ムカデの口から黒紫色の閃光が放たれるが、それを察知していた家康達は素早く回避して事なきを得た。

 

ドオオオオオオオオオン!!

 

その直後、彼女のいた場所が凄まじい轟音と振動を伴いつつ爆ぜた。

その威力の強さに家康やスバルは顔を思わず強張らせる。魔法を封じられる云々以前に、今の攻撃を直撃してしまったらひとたまりもない事は明らかである。

しかも、これ程の攻撃を繰り出す怪物が、次から次へと死んだ竜の身体から這い出てくるのだから、その悍ましさは想像を絶するものがあった…

 

しかし、だからといってここで恐れていては始まらない。

家康とスバルは、互いに顔を見合わせ頷き合うと、ほぼ同時に地面を蹴り、こちらに向かってくる大ムカデ達に躍りかかっていく。

 

絆光弾(きこうだん)ッ!!」

 

「シューティングエアァッ!!」

 

地面を飛ぶ様にして駆け抜ける家康と、両足に装着したマッハキャリバーから火花を散らしながら滑るスバル。

それぞれが、技名を上げながら利き手の拳を振るい、それぞれ左右の大ムカデの頭部に目掛けて、それぞれのイメージカラーに輝く気弾を発射して牽制する。

それが命中し、大ムカデ達が怯んでいる隙に二人はその数歩分の距離のところまで迫ったところで、地面を蹴って天に向かって舞い上がる。

そして、それぞれ大ムカデ達の頭上へと超えたところで両掌に魔力光の輝きを発生させながら、眼下の大ムカデ達に向けて、拳を振り上げる。

 

絆合の芯拳(きあいのしんけん)!!」

 

「スレッジハンマァァー!!」

 

家康とスバル、それぞれの手甲、リボルバーナックルを嵌めた拳が大ムカデ達の頭に打ち付けられると同時に、釘を打ちつけるように、数回のパンチ(突き)を常人の目には止まらぬ速さで小刻みに打ちつけてみせた。その衝撃によって生じた細かな振動が大ムカデの長い身体を伝っていく様に波走り、それが全身に行き届いた瞬間、2匹の大ムカデ達の身体が木っ端微塵に砕け散った。

 

この“絆合の芯拳(きあいのしんけん)”は、幼かった家康が当時得物として使っていた槍を捨て、己の拳のみで戦う事を決めた時、修練の末に最初にものにした技であった。

気を纏わせた拳を、瞬間的に小刻みに打ち付ける威力を嵩上げさせるだけでなく、衝撃が奥まで浸透し内部から標的を破壊する…これは並大抵の者では習得するのは至難といえる拳技で、極限まで極める事ができたら、山をも一撃で砕く事が出来るというが、まだ家康にはそこまでの境地には至っていない。ただ、それでも、この技は相手の硬い装甲を持つ相手に対して絶大な効果を発揮する。

実際、先ほど放った拳打による打撃は、大ムカデを内部から破裂・粉砕させていた。大ムカデ達は、体内から破壊されるという想像するだけで悍ましい倒され方に悲鳴を上げる間もなく絶命し、そのまま文字通りに塵と化した。

 

一方のスバルが行使した、家康から教わった“絆合の芯拳(きあいのしんけん)”を自己流にアレンジしてみせた"スレッジハンマー"は、家康程に拳擊自体の威力が及ばない事を補う為、マッハキャリバーに内蔵されているカートリッジシステムを用いて、圧縮強化魔法を発動させる事で、“絆合の芯拳(きあいのしんけん)”をほぼ忠実に再現して見せた一撃である。

一見すると、その見た目が巨大な鉄槌の如く見える事から名付けられたこの攻撃方法は、威力だけなら家康にも匹敵するが、その反面、使用者への反動も大きく、一度使えば使用後の腕の負担が半端ではない。

なので、普段はおいそれと使おうとはしないスバルだったが、今回はそうはいかなかった。

 

「やったっ!」

 

「気を抜くな、スバル!! 次、来るぞ!!」

 

「え?……あっ!?」

 

家康の言葉を受け、スバルはハッとした表情を浮かべつつ、慌ててその場から離れようとしたその時、彼女がいた場所に再び黒い稲妻が降り注ぎ、轟音と共に爆ぜた。

慌てて、稲妻が飛来した方を向くと、倒れた大ムカデ達を尻目に現れた新手の大ムカデが黒い電撃を纏わせながら、こちらに向けて狙いを定めている。それも三匹同時に…

おまけに、新手達は家康やスバルの動きを読んで、狙いを定めているらしく、今まさに発射しようと構えている。

 

このままではまずいと、焦燥感に駆られたスバルは咄嵯に防御障壁を展開させようと魔力を集めようとするのだが……

 

「アルテマ…シュート!!」

 

突然、技名を叫ぶ声と共に、大ムカデ達の上空より無数の魔力弾が降り注いだ。

ドガガガッ! と、次々と着弾した魔力弾の雨によって、黒い稲妻を放とうとした大ムカデ達の体が撃ち抜かれていく。

 

「「「ギヤアアァァッ!?」」」

 

悲鳴を上げて地面に落下していく大ムカデ達にスバルと家康が驚いて、声のした方に目をむけると、ティアナがクロスミラージュを天上に展開した巨大な魔法陣に向かって構えながら、呟く。

 

「…こないだの即興技…やっと新技としてものにできたわ」

 

どうやら彼女はこの間の“潜伏侵略事件”の際に、豊臣五刑衆 第五席 上杉景勝と交戦した折に、即興で披露した“天上に向けて魔力弾を撃った後、目標地点に魔力弾の雨を降らせる技”を更に改良させ、それを実戦で使えるレベルにまで昇華させる事ができた様だ。

そんな彼女を頼もしそうに見つめて微笑を浮かべながら頷いた後、家康はそれぞれ奮戦する仲間達に向かって檄を飛ばす様に叫ぶ。

 

「よし、その調子だ!! このまま、一気に片をつけるぞ!!」

 

家康がそう言った直後、彼の近くに降りてきたフェイトが叫んで注意を促す。

 

「家康君! 皆! 待って! その大ムカデ達はただ倒すだけじゃダメなの! なにか特殊な方法で、宿主にしている竜の死体を触媒にしていて、倒しても無限に新しい個体が出てくるみたい!!」

 

「なんだって!? 死体を触媒にして無限に出てくる…だと…!?」

 

フェイトの報告を受けた家康は、信じられないとばかりに大きく目を見開き、大ムカデ達の方へと振り返る。

見れば、先ほど倒したはずの大ムカデ達の代わりに新たな個体が次々と竜の死体から這い出てきていた。

しかも今度は一体だけではなく、十体近くが一斉に……。

その様子を見て、家康は何か思い出した様に眉を顰める。

 

「するとこれはやはり…!? どこか見覚えのある魔の物とは思っていたが……ッ!?」

 

「ど、どういう事なんですか?」

 

事態を飲み込めていないスバルが尋ねていると…

 

そのとおりだぜ、東の大将さんよぉ。関ヶ原じゃ、おたくら徳川軍も散々手こずった西軍の雄 宇喜多が誇る秘密兵器“屍鬼神(しきがみ)”の恐ろしさ。覚えていてくれて嬉しいぜぇ…

 

突然、どこからともなく、誰のものでもないしわがれた声が愉快そうに話しかけてくる。

家康達と共にフェイトが咄嗟に声のした方を向くと、自分達を見下ろすように上空で黒い翼を羽ばたかせたさっきの烏頭の屍鬼神がこちらを見下ろしながら笑っていた。

 

「なっ!? なんなのあれ!?」

 

「ユニゾンデバイス…でもないわね。召喚獣…!?」

 

スバルとティアナが突如現れた不気味な存在に驚く中、家康が険しい表情を浮かべながら呟く様に屍鬼神に呼びかける。

 

「お前は……豊臣五刑衆 第四席 宇喜多秀家の腹心の妖怪…“烏天狗”!?」

 

家康の声に応じるかのように、黒い翼を持つ鳥人型の小さな屍鬼神はニタリと不気味に笑う。

 

ほほう…主様だけでなく俺様の事も覚えていてくれたのか? 光栄だなぁ……東軍総大将・徳川家康公。それともこう呼んだ方がいいかぁ?…『卑怯卑劣な東の国盗り狸』と…

 

「ッ!?」

 

「なっ……なんて事を…!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、家康とスバルは揃って表情を強張らせた。

特にスバルにとっては自分の恩師である家康を明らかに侮辱する内容の呼び名に怒りの感情が湧き上がったらしい。

すると、エリオ、キャロと共に近づいてきた幸村が、烏天狗と呼ばれた屍鬼神を見て、ハッと気づいたような顔になる。

 

「き、貴殿は…秀家殿が伴っていた物の怪の…」

 

おおっ。これは、これは。親愛なる“同志”真田幸村じゃあぁりませんかぁ。久方ぶりだなぁ…確か武田と豊臣の同盟締結の折に主様共々、大坂城で顔を合わせて以来だったような……しかし、なんでまた西軍として戦っていた筈のアンタが、徳川家康(敵の総大将)と一緒にいるんだぁ?

 

「そ、それは……」

 

幸村は思わず口ごもりながら、チラリと家康の方へ視線を向ける。

そんな彼に気づかれないよう、家康は小さく首を振って答えないように指示を出した。

 

まあいいか…どうせ、アンタも小早川のションベン垂れ小僧や、その他有象無象の尻軽連中同様に、家康(コイツ)の口八丁手八丁に乗せられて東軍に寝返ったってオチなんでしょうがよぉ?

 

「そ、そうではござらぬ! 某は―――」

 

幸村の弁解を阻むように、烏天狗は叫んだ。

 

言い訳はいいんだよ、薄汚ぇ裏切り野郎が! 豊臣を裏切った連中はどのみち我が主 秀家様の名の下に俺達“屍鬼神”の餌となって死んでいく“神罰”を下される運命だからな! 言わずもがな、お前さんもだぜ! 家康公よぉ!

 

「……」

 

烏天狗の言葉を聞き、家康は無言のまま鋭い眼差しを彼へと向ける。

すると、それを挑発と受け取ったのか、彼は不遜な口調で言い返した。

 

おっと、勘違いしないで欲しいねぇ。俺様は生憎と今宵はもう“現界”できない身の上でねぇ。アンタ達に直接“神罰”を下す事は出来ないんだよ。だからその代わり…

 

烏天狗は、ニヤリと笑いながら片手を上げて、パチンと指を鳴らした。

すると、その背後で、魔竜の亡骸から、全ての大ムカデが再生され、今度は次々と身体から這い出てきて、家康達を取り囲むように動き出した。

 

「なっ!? さ、さっきより数が多くなってる!?」

 

「ひぃっ……気持ち悪い!!」

 

その光景を見たエリオとキャロが悲鳴を上げる。

唯でさえ嫌悪感を覚えるフォルムのムカデがとてつもなく大きいサイズとなって、しかも大量に辺りを蠢いている状況を前に、キャロは元より、スバルやティアナ、エリオでさえも、生理的な恐怖を覚えて、鳥肌を立てていた。

一方、フェイト、家康、幸村は円陣を組むように背中を合わせながらそれぞれデバイスや武器を構えた。

 

「家康君、大丈夫!?」

 

「ああ。だが、こいつは予想外だな……ここに屍鬼神がいるという事は、秀家も…?」

 

「……うん。今、政宗さんやなのは達が戦っている…」

 

「!? なのは殿や…政宗殿が!?」

 

フェイトの返答を聞いて、幸村が驚きの声を上げた。

あの豊臣五刑衆の第四席 宇喜多秀家が現れただけにいざ知らず、今現在、なのはや政宗達と交戦しているのは、流石に予想外の事態だった。

 

カーカッカッカッカッ! お友達が心配かい? その前に自分が喰われちまいそうな事を心配しろよ! 遠慮はいらねぇ、繰駆足(くりからで)! こいつらまとめて挽き肉にしてやれ!!

 

烏天狗の命令を受け、大ムカデ達は一斉に家康達に向かって飛びかかった。

それに対して、フェイトはザンパーモードとなったバルディッシュを構え直し、魔力刃を展開すると、光の如き速さで向かってくる大ムカデ達を次々にバラバラに裁断する。

一方の幸村もまた、手にした二槍を振り回し、襲ってくる無数の大ムカデを串刺しにしていった。

そして、家康は、自分を取り囲んできた数十匹の大ムカデの群れに対して、両手で構えた拳打による衝撃波を放って、その巨体を吹っ飛ばしていく。

しかし、数が多すぎた。いくら家康の拳の威力が強くても、相手は巨大なムカデである。

打撃系の攻撃は、あまり効果は期待できず、すぐに起き上がって再び襲いかかってきた。

それも次から次へと悪鬼魍魎の如く、魔竜の死体から這って出てくるのだからたまったものではない。

 

「このぉ! いい加減にしてよぉッ!!」

 

スバルは、苛立ち紛れに大声で叫ぶと、リボルバーナックルを装着した右腕を前方に突き出して、魔力カートリッジを2発リロードさせながら、魔法を発動させた。

 

「ディバインバスター!」

 

彼女の叫び声と共に、拳の前に形成された魔力波が高速で発射される。

放たれた魔力波は、迫ってきていた数匹もの大ムカデを吹き飛ばす事ができたものの、それでも、次から次に新たな個体が現れて、彼女に襲いかかろうとしていた。

 

「くぅ! キリがないよ!」

 

「あぁもう! 鬱陶しい!! こうなったら、私がやるわ!!」

 

ティアナはそう言うと、足元にオレンジ色の魔法陣を展開しながら腰を入れ、ワイドスタンスで構えながら、愛機 クロスミラージュの銃口の先に巨大な光球を形成する。

 

「ファントム…ブレイザァァーーーッ!!」

 

次の瞬間、強烈な閃光が走り、大爆発が巻き起こった。

 

「うひゃあっ!?」

 

その凄まじい破壊力を目の当たりにしたスバルは思わず目を覆ってしまう。

 

「……やった?」

 

「ティ、ティア!?」

 

爆煙が晴れると、そこには十数体にも及ぶ大ムカデの死骸があった。

しかし、それでも大ムカデの大群は魔竜の身体から流れ落ちる水の様に無尽蔵に現れてはこちらに迫ってくるのだった。

それを見たエリオが叫んだ。

 

「フェイトさんの言う通り、ムカデだけを倒してもダメなんです! 大元である竜の死体をなんとかしないと!」

 

「なんとかって言っても、どうやって!?」

 

ティアナが困惑気味に呟く。

その時、幸村が何かを閃いたの様な表情を浮かべると言った。

 

「そうだ! ならば、あの魔竜の亡骸を原型を留めぬまでに刻むのは如何でござろうか!? 少々、慈悲の無いやり方でござるが…」

 

「うん。実は私もさっき、その方法を考えていたんだ。でも、この猛攻の中をどうすればいいかまではまだ…」

 

フェイトが幸村の案に同意しつつも難しそうな顔を浮かべた。

すると、その会話を聞いていた家康が言った。

 

「よしっ…ならば、ワシに任せてくれ!」

 

「え? 家康君?」

 

「ひとつ、献策がある………スバル! ウイングロードを張るんだ!!」

 

「えっ!? は、はい!!」

 

突然、指示された事に戸惑いながらも、スバルは言われた通りに足元に魔法陣を展開し、魔力を溜める。

 

「……ウイングロード!!」

 

そして技名を唱えると、魔法陣から空に向かって、光の道…ウイングロードが展開された。

 

「よし! 真田! フォワードチームを連れて、ウイングロードの上へ待避してくれ! フェイト殿も空へ!」

 

「えっ!? それじゃあ、家康さんは!?」

 

スバルが不安そうな眼差しで見つめながら尋ねる。しかし、家康はフッと笑みを浮かべると、拳を構えて答えた。

 

「心配無用だ! 必ず、道を切り開いてみせる!!」

 

家康の自信に満ちた表情を見て、フェイト、幸村、スバル達は少し驚いた様に目を見開く。

しかし、いち早くその意図を汲んだ幸村が気を取り直すと、他の皆に呼びかけた。

 

各方(おのおのがた)! 今は家康殿の申される通りに! さぁ、早く!!」

 

「急いで!」

 

「「は、はい!!」」

 

「わかりました! 兄上!」

 

「了解です!」

 

幸村とフェイトに促され、それぞれ返事をしたフォワードチームの4人は、家康の指示したとおり、スバルが作ったウイングロードの上に退避する。

一方、家康は迫り来る無数の大ムカデの群れを睨みつけながら、拳を握りしめると、グッと腰を落として構えを取る。

 

「陽岩割り!!!」

 

家康は技名を叫びながら、金色に輝く気のオーラを纏った拳を振り上げ、それを足元の地面に打ちつける。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォォォォン!!!

 

 

次の瞬間、轟音と共に、まるで地面そのものが隆起するかの如く、巨大な衝撃波が円形に放たれて、四方八方から襲いかかってきた大ムカデの大群を土煙と共に空に打ち上げた。打ち上げられた大多数の大ムカデの身体はバラバラになって宙を舞い、残りの個体は空中で体勢を立て直そうと必死にもがく。

そんな中、家康は間髪入れずに、上空へと跳躍すると、右手の掌底を突き上げるようにして構えながら、気の光球を作り出すと、金色の気のオーラに包まれた左手を真っ直ぐ前に突き出す。

 

天網快来(てんもうかいらい)!!」

 

そして、突き上げた右手の先にあった気の光球をそのまま前方に打ち出した。

次の瞬間、巨大な光の弾が炸裂し、大爆発が起こると、打ち上げた大ムカデの群れを遥か上空まで押し返すだけでなく、その発生源であった魔竜アルハンブラの死体までも空へと吹き飛ばした。

 

「今だ! フェイト殿! あの竜の死体を撃つんだ! 真田とフォワードの皆は、打ち上げられたムカデ達をフェイト殿に近寄らせぬように、援護だ!」

 

家康がウイングロードの着陸しながら呼びかける。

 

「ッ!? わかった!!」

 

フェイトはそう返事をすると共に、バルディッシュを構えると、カートリッジを2発リロードして、目の前に魔法陣を展開させ、砲撃魔法の準備をとる。

一方の幸村は、ウィングロードの上を駆け抜けながら燃え上がる二槍を振り回して、打ち上げられ、落下ながらもフェイトに食らいつかんとする大ムカデ達を次々に切り裂き、近づかせないようにした。

 

そして、スバルもまた、リボルバーナックルを両手で握りしめて、魔力を込めていく。

 

「これ以上、こんなバケモノ達の…好き勝手にはさせない!!」

 

そう叫ぶと同時に、スバルは思い切り腕を後ろに振りかぶる。すると、彼女の背後にあるウイングロードの上に落ちてきた大ムカデが咆哮を上げながらスバルに目掛けて襲いかかった。スバルは振り返ると同時にリボルバーナックルを足元に打ちつけながら叫んだ。

 

「シャイニング…カノンッッ!!!」

 

次の瞬間、スバルの掛け声とともに、打ちつけたリボルバーナックルから小さな風の波が放たれたかと思いきや、それがウイングロードを突き抜けていく内に瞬く間に大きくなり、大ムカデの元に到達した時には、その巨体を飲み込み、中で巻きおこた風の渦でその身体を粉砕してしまう程の大きさと威力となっていた。

そして、風が止むとそこには真っ二つに引き裂かれた大ムカデの姿があり、それを少し離れたところを通ったウイングロードの上から見た家康は感心したような声を上げた。

 

「ほう、やるじゃないか!」

 

「えへっ! 前から考えていた新技です!」

 

家康の言葉に、嬉しそうな笑みを浮かべながら答えるスバルだが、その真上から、別の大ムカデが落下しながら喰らいつこうとする。

 

「ッ!? スバル! 上だ!」

 

「へっ!? うわぁ!?」

 

家康の声に慌てて反応するスバルだったが、その瞬間には既に眼前まで迫っていた大ムカデに思わず顔を青ざめる。しかし、そこへ……

 

「トリックスナイプ!!」

 

突然聞こえた掛け声と共に突然、スバルの足元にあった影が水面の様に波打ったかと思いきや、突然オレンジ色の魔力光が真上に発射され、スバルに食らいつかんとしていた大ムカデの三つ目に命中して炸裂する。

目を潰された大ムカデは着地ポイントを見誤り、そのままスバルの脇を抜けて、地表へと落下していった。

 

「な、何?」

 

「大丈夫? スバル!」

 

「あ……ティア!?」

 

驚きながら視線を向けた先にいたのは、クロスミラージュの空になったカートリッジの薬莢を排出しながら、ウイングロードの上をこちらに走ってくるティアナであった。

 

「まったく、油断大敵よ! 新技が成功して喜ぶのもいいけど、ちゃんと周りもよく見なさいよね!」

 

「ごめん…。でも、そういうティアだって、今ちゃっかり新しい技使ってたよね?」

 

スバルは今しがたティアナが自分を援護する際に使った『自分の影を通して、標的を撃つ』という変わり技が新技である事を指摘する。

 

「えぇ、まぁね。 佐助から教わってる忍術を射撃魔法にも応用できないかと思って、試行錯誤しながら思いついた技よ。自分の影に魔力弾を撃ち込んで、弾を目標とする相手の影へ転送して、足元から不意打ちする…できればもう少し遠距離から発動できる様にしたいけど、まぁものにしたてだし、最初の内はこんなものよね?」

 

さり気なく話したティアナの一言を聞いて、スバルは目を丸くしながら、軽くショックを受ける。

 

「ええぇっ!? それって……ひょっとして今、私を新技の実験台にしたって事!?」

 

「……ちょっとだけね。さっき家康さんに自慢してるアンタのドヤ顔見てたら、なんかイラッときたから…」

 

「ちょっ!? ひどいよぉ!! いくらなんでもそれは、ないんじゃない!?」

 

「結果的に助かったんだから、いいでしょ。 それよりほら! また新手が来るわよ!」

 

ティアナが指差す方向に目を向けると、今度は5匹程の大ムカデが天上から、スバル達に食らいつかんと、顎を開きながら落ちてきていた。

 

「もう! 本当にしつこいなぁ!」

 

スバルはそう言うと共に、再びリボルバーナックルを地面に打ちつけて、先ほどと同じ要領で大ムカデに向けて風の渦を放つ。

 

「もう一発! シャイニング…カノンッ!!」

 

そして、大ムカデ達は空中で粉々となり、バラバラになって地面へと落ちていった。

 

別のウイングロードの上ではエリオとキャロが背中を合わせながらそれぞれ、ストラーダと小太刀を手に、落ちてくる大ムカデを弾いたり、なんとかウイングロードに飛び乗るなどして地表に落ちないように抵抗する大ムカデを蹴落としていた。

 

「はあっ!!」

 

「えいや!!」

 

それぞれに、本場戦国乱世を生きる武将達から直に仕込まれた槍術と太刀術、そしてそれを駆使するエリオとキャロの息の合った動きによって、次々と落とされていく大ムカデだが、それでもまだかなりの数が残っており、しかも2人を取り囲むように、四方八方から一斉に襲いかかってきた。

 

「くっ…ッ! まるでキリがない!」

 

「でも、なんとかフェイトさんが砲撃魔法を発射するまでの時間を稼がなきゃ―――きゃあ!?」

 

その時、エリオとキャロの二人のいるウイングロードの上に一匹の大ムカデが落ちてきて、2人に目掛けて炎を吐きつけてくる。

 

「危ない!」

 

咄嵯にエリオがキャロを飛びかかって倒れ込み、その身を盾にして庇うが、その直後その背中を火炎放射が掠り、バリアジャケットを焦がした。

 

「ぐぅ!?」

 

「エリオ君!」

 

苦痛で顔を歪ませるエリオを見て、真下にいたキャロが悲鳴を上げるが、エリオは無理に笑顔を作りながら答える。

 

「だ…大丈夫…! これくらいの火…耐えられなければ、武田の熱血武士の名折れだから…!!」

 

「痩せ我慢しちゃダメだよ! すぐに回復魔法(ヒーリング)をかけなきゃ―――」

 

慌てて身を起こそうとするキャロだが、そこへ更にウイングロードの反対側から大ムカデが二人に向かって迫ってきた。

もはやこれまでかと思った次の瞬間、2人に襲いかかろうとした大ムカデの胴体が突如爆発し、木っ端微塵となった残骸が周囲に散らばった。

 

「エリオ! キャロ殿! 無事か!?」

 

直後、幸村が紅い二槍を手の中で高速で回転させながら、エリオとキャロに襲いかかろうとしていた2体の大ムカデ達の長い胴体をバラバラに切り裂きながら、2人の目の前に鮮やかに着地を決めた。

 

「兄上!?」

 

「幸村さん!?」

 

突然現れた幸村に驚きながらも、エリオとキャロはすぐに立ち上がりながら、それぞれストラーダと小太刀を構える。

 

「エリオ! 大事はないか!?」

 

「えっ!? は、はい。なんとか―――痛ッ!!」

 

エリオは幸村の問いに答えようとしたが、その背中に激痛が走り、思わずその場に片膝をついてしまう。

その背中には先程、大ムカデが噴き付けられた火炎放射によって炙られた火傷跡が痛々しく走っていた。

 

「むむっ!? これはいかん! キャロ殿! 早く、回復を!」

 

「は、はい!」

 

「待って下さい兄上! これくらいの火傷なら―――!」

 

幸村はエリオの言葉を遮る様に、珍しく厳しい目つきを向けながら忠告する。

 

「確かに『心頭滅却すれば火もまた涼し』は我が師 信玄公(おやかたさま)の教え…! なれど、手傷を癒やすべき頃合いを見誤る事は、時にそれが己が命取りに繋がるやもしれぬのだ。エリオ。今は然と、その火傷を癒す事に徹しろ」

 

「…は…はい」

 

幸村に諭され、エリオは少しだけシュンとしながら俯いた。

そんな彼にキャロが近づいて、ケリュケイオンを嵌めた右手先に魔力光を灯し、エリオの背中の火傷の患部に当てた。

すると、柔らかな薄ピンクの光がエリオの背中の火傷を徐々に癒していく。

 

「ありがとう…キャロ……」

 

「うぅん。酷い火傷じゃなくてよかった。それより、まだ動けそう?」

 

「うん。もう大丈夫だと思う」

 

エリオの返事を聞いて、キャロはホッとした表情を浮かべた後、改めて幸村の方へ向き直った。

 

「幸村さん! お待たせしました!」

 

「うむ! 各々、抜かりはないか!?」

 

「「はい!」」

 

「では、参ろうぞ!」

 

そして、3人はそれぞれの得物を手に、迫り来る無数の大ムカデ達へと向かっていった。

 

 

家康や幸村、そしてフォワードチームが奮戦してくれたおかげで、フェイトは、大ムカデの群れに邪魔される事なく、砲撃魔法を放つ為の魔力をチャージする事が出来た。

 

(よし……! これだけ溜めたら、一発であの魔竜の亡骸を粉砕…上手くすれば焼失させる事だってできる!!)

 

フェイトは身体の前で展開していた魔法陣に向かって翳していた手の先に形成されていた光球へ十分魔力がチャージできたのを確認すると、標的である大ムカデの群れの触媒と化した魔竜の亡骸へと照準を合わせる。

家康の大技で空高く打ち上げられたそれは、再び地表へと落下しており、間もなく広場の真ん中に落下するところであった。

そして、その身体からは更にそこへ、今まさに数十匹の大ムカデ達が顔を出そうとしていた。

そこへ、フェイトが片手を構えながら叫んだ。

 

「トライデント…スマッシャーッ!!!」

 

次の瞬間、なのはが放つディバインバスターとも互角とも劣らぬ程に巨大な、3本の金色の魔力光の奔流が、大気を震わせながら一直線に発射された。撃ち出された膨大なエネルギーを内包した閃光が空気を切り裂くように駆け抜けていく。

 

 

「「「「「ギャアアアアアアアアアァァァァッ!!!」」」」」

 

 

ドオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 

その威力は凄まじく、身体から新たに生まれようとしていた大ムカデ達は一瞬にして蒸発して消え失せ、本命の的である魔竜アルハンブラの亡骸もその肉片を完全に焼き消すまでにはいかなかったものの、木っ端微塵に吹き飛ばす事には成功した。

 

「やった!」

 

「見事だ! フェイト殿!!」

 

大ムカデの群れを相手にしている家康も、フェイトの攻撃に喝采を上げた。

だが、すぐに彼は眉間にシワを寄せて呟いた。

 

「いや……待てよ?……何かおかしい」

 

家康の視線にあったのはフェイトの砲撃魔法“トライデントスマッシャー”で粉砕された魔竜アルハンブラだった肉片が大量の血と共に広場の真ん中に土砂降りの雨の様に落ちていくというグロテスクな光景だった。

しかし…よく見るとそこへ形成された血溜まりの池が不気味な光を帯びて、そこから新たに大ムカデ達が形成されているのを見て、家康は思わず目を疑った。

 

「あれは……まさか…ッ!?…肉片や血でさえも触媒に出来るというのか!?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

家康の驚愕の声に、フェイトや幸村、フォワードチームの4人も驚いた様子で声を上げる。

一方、魔竜の亡骸が消滅し、その跡に残った血の池が触媒となって新たな大ムカデが生まれようとしているその中心で、いつの間にか姿を見せた屍鬼神(しきがみ)烏天狗が血の池の上で胡座を組んで浮かびながら、愉快げに天を仰いでいた。

 

カッカッカッ! 宿主の魔竜を粉々にするたぁ大胆な戦法を打ちやがったなぁ! しかし、生憎それだけではまだまだ繰駆足(くりからで)の増殖を止める事はできないぜぇ!

 

そう話している烏天狗の真下で、血溜りが波打ち、そこからまた新たに数十匹を超える数の大ムカデ達が這い出てきた。

 

「「「ガアアッ!!」」」

 

「「「キシャアアアァァッ!!」」」

 

しかも、今度の大ムカデ達は外見も今までとは違っていた。

上半身から上こそ今までの個体と同じであるが腹の真ん中辺りで異様な程に膨らみ、その両脇から明らかにムカデのものとは異なる歪な形の翼が生えているのだ。

その形はまるで…

 

「あ、あれは…あのアルハンブラ(魔竜)の翼…!!?」

 

フェイトが愕然としながら叫ぶと、烏天狗がニヤリと笑った。

 

ご名答ぉ! この繰駆足(くりからで)は再生される程、宿主の能力ばかりでなく、ついには姿までも模倣して無限に進化していく屍鬼神(しきがみ)! その宿主が強い生き物であればある程、より強固なバケモノの群れが生まれるってわけなのさ!

 

「そ、そんなッ!? それじゃあ、このままじゃ、あの大ムカデの軍団がゆくゆくは…竜の軍団になっちゃうって事ッ!!?」

 

スバルが戦慄した表情を浮かべながら叫んだ。

 

そういう事になるねぇ。ま、俺様らにしてみれば、大歓迎なんだけどよぉ。あれだけの力を示した“魔竜(アルハンブラ)”が一気に一万…二万の大軍となって主様、そして豊臣の戦力になるんだから…カッカッカッ! コイツぁ、凶王三成(きょうおうさんせい)も喜ぶ、いい手土産になりそうだなぁ!

 

「「「「「…………ッ!!!」」」」」

 

烏天狗の言葉に、その場にいる全員が息を呑んだ。

つまり、この大ムカデ達が、完全に魔竜へと進化し、その上で、一万にも二万にもなるような事態になれば、もはや家康達の力ではもはや手に負えない。

 

「どうしましょう?……家康さん…」

 

「兄上……」

 

スバルとエリオが不安そうな声で尋ねる。すると、家康と幸村は真っ直ぐに烏天狗を見据えて言った。

 

「決まっているじゃないか。スバル…」

 

「然り……ならば、確実に滅するのみ…!…奴らが完全な進化を遂げる前に…!」

 

家康と幸村の瞳には、既に決意の光が灯っている。それを察して、フェイトも力強く首肯した。他の皆も同様だ。

家康達は、改めて大群となった大ムカデ達を前に身構える。

 

「こうなれば方法はただひとつ…あの血の池を完全に消し去る事のみだ…!」

 

家康はそう言って、フォワードチームや幸村、フェイトに視線を向ける。

 

「でもどうやって…?」

 

スバルが首を傾げると、自信に満ちた顔つきで、家康は答える。

 

「先程の策の様に、ここにいる全員の力を合わせれば、必ずや出来る筈…!だが、その為にはまず、あの血の池の中から這い出てくる大ムカデ共を止めないと……!」

 

「それで、その策は?」

 

家康の言葉に、フェイトがその策の仔細を尋ねようとする。

だがそれに気づいた烏天狗が声を上げた。

 

「おっと!…そうはいかないぜ! 者共かかれ!!」

 

烏天狗の指示を受け、血溜りから這い出ようとしていた大ムカデ達が一斉に襲いかかってくる。

しかも、中には既に進化して得た翼を使って飛び立とうとしている個体までもいる。

 

「皆! ワシがあの血の池の真ん中から、”葵の極み”を発動して、一気に消し去りにかかる!フォワードチームとフェイト殿! 真田は援護してくれ!」

 

「「「了解!!」」」

 

「わかりましたッ!!」

 

「承知ッ!!」

 

家康が手短に説明した策を聞き、フォワードチームが一斉に散開。

それぞれ魔力弾を展開しつつ、向かってくるより魔竜然とした姿へと変貌した大ムカデの群れに向かっていく。

一方、フェイトはバルディッシュをハーケンフォームに切り替えると同時に、大鎌型の魔力刃を展開。空に向かって飛び立とうとする大ムカデの進化態を次々に切断していく。

 

「一匹も空に逃しちゃダメ! 絶対にここで食い止めるよ!」

 

「「「はい!」」」

 

「心得ました!」

 

声を揃えて答えるスバル、ティアナ、キャロ達と、一人だけ幸村に触発された様な言葉を返すエリオの返事を聞き、フェイトは頼もしそうに見つめながら頷くと、大きく跳躍していく。それを追うように次々と翼の生えた大ムカデ達が空へ上がっていこうとした。

それを見たティアナは、咄嗟にキャロの方を向いて指示を出した。

 

「キャロ! フリードを呼んで、元の大きさに戻すのよ! それからエリオと二人でフリードに乗って空に上って、フェイトさんを援護して!」

 

「はい! …フリード!」

 

キャロは指笛で相棒の子竜フリードに指示を出すと、リインと共にヘリの護衛についていたフリードが駆けつけてくるように飛来してきた。

すると、キャロがフリードに向かってケリュケイオンをかざすと、フリードは薄ピンク色の巨大な魔力光につつまれ、キャロの足元には菱形の召喚用魔法陣が現れた。

 

「蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり、天を駆けよ…」

 

キャロが詠唱を唱えると共に、両手に嵌めたケリュケイオンが発光する。

 

「来よ、我が竜、フリードリヒ、竜魂召喚!!」

 

キャロが詠唱を完了すると共に、光球を突き破るようにして、航空機程の大きさを誇る白い飛竜の姿に戻ったフリードが現れた。

 

「な、なんと!? フリードが…巨大な竜に…!?」

 

何気にフリードの本来の姿を見たのはこれが初めてであった幸村は、驚きの声を上げた。

家康も実際に見るのは初めてであった為か思わず見とれてしまう。

 

「過去の映像資料で見た事はあったが…実際に見ると実に荘厳だな…!」

 

家康がそう呟いている間に、本来の大きさに戻ったフリードはキャロ達の傍に降り立ち、即座にその背に二人を乗せた。

 

「いくよ! フリード!」

 

「キュルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

巨大になったフリードはキャロとエリオを乗せると力強く羽ばたいて上昇し、そのまま、フェイトを追って空へと舞い上がる。

その様子を見上げていた烏天狗は、舌打ちした。

まさか、敵方にも竜を行使する者が現れるとは思わなかったからだ。

 

……コイツはあんまり遊んでばっかもいられねぇようだ…!

 

烏天狗は、不意に何かを探すように血の池の中を飛び回りはじめた―――




っというわけでお待たせしましたw
第四十七章(2021年07月10日投稿)以来、15話ぶりに家康や幸村、フォワードチームの4人が登場しました。
しかもこの間、更新停止期間も挟んだので実質的に半年以上ぶりの登場という……(苦笑)

こんな扱いですが、一応この作品の主役は家康とスバル…って事になっているんですよね…一応w
(まぁ、実際は完全に政宗となのはになってますけど)

家康・スバル「「“一応”って何!? “一応”って!!?」」

まぁ、『なのは見合い編』が終わったら彼らを主役に置いた話も考えていますのでお楽しみに。

政宗「……まぁ、この作者の場合、そういう予告しても大抵、その通りいかない事が多いんだけどな…」

なのは「シッ!!」


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