Cheers (冴月)
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1

小説版バンドリ、通称「ベタドリ」の二次創作となります。
よろしくお願いいたします。


 まるで、夢を見ているみたいだった。

 

 各々が思いを乗せた音楽(キズナ)が調和し、調律され、心と心が繋がっていく感覚。

 胸の奥から留まることなく湧き上がってくるこの感情を、どうしても沈められないこのもどかしさ。

 学園祭でのライブの後の、有咲の蔵で打ち上げをしていた最中。香澄は、そんな熱を持った心を抑えるべく、持ってきていたきゅうりをポリポリと一心不乱に齧っていた。

 

「うむ、やはりきゅうりには味噌が合う」

 

 りみは、自前の白味噌の封を開けて、きゅうりを味噌の海へと沈めた。それを肴にするように、たえの実家(東久留米)で取れたきゅうりの浅漬けを続けて食べて、幸せそうな表情を浮かべる。

 

「……って、またきゅうりばっかりじゃない!」

 

 半分ほど齧りながらも、有咲は声を上げた。

 

「だ、だって……。安売りで沢山買っちゃったって言うし……」

 

 指と指をピトッとくっつけながら、香澄は言う。

 

「それにしても限度があるでしょ」

 

 と言いつつも、たえが器用に剥いたきゅうりを齧る有咲だった。

 そのまま1本丸々食べ終えた有咲は、前の反省会の時にはなかったパンを取る。

 

「にしても、バンドリキュウリパンだなんて……。なんてものがあるのよ」

 

 前回も、きゅうり尽くしであったこの反省会。2回目もまさかきゅうり尽くしになるとは、香澄も思っていなかった。

 少々呆れたような表情を見せた有咲が、マジマジとバンドリキュウリパンを見る。

 ホットドックのようで、ややモチモチしたパン生地包まれた1本のきゅうり。濃いめのマヨネーズが、きゅうりの間にこれでもかと挟まれたパンだった。

 真剣な表情でパンを見つめる有咲に微笑みながら、パンの作者である沙綾は口を開く。

 

「いやー、香澄ちゃんに前回きゅうり尽くしだったんだよ! ……って聞いたから、つい」

「……かすみんのせいじゃない!」

 

 有咲が、批判の声を上げた。

 

「ま、まぁ。きゅうりばっかりっていうのもポピパらしくていいと思うっす!」

 

 それって、私達カッパか何かじゃないだろうか……?

 香澄は、メンバーの頭に水の入った皿を幻視していた。

 

「それにしても、すごい反響だったよね。私、あんなの初めてだったよ」

 

 思い出すようにして、沙綾は語る。あの楽しくて、嬉しくて、ジャンプして、弾けちゃうようなライブは、香澄達の胸に十分すぎるほど残っていた。

 

「うむ。うちも、低音の神様が微笑んでいた。ベースの刻みもバッチリだった」

「それにしては、最後の"イエバン"の時かなり走ってたっす」

「知ってた!」

「あはは……。でも、りみりんのベースやりやすかったよ」

「う、うむ。……そんなに褒めてもー、うちから出るのは米だけやで」

 

 りみがよく分からない関西弁を披露する。

 そんな彼女達の様子を見て、有咲は誇らしげに胸を張った。

 

「ふふん。これで晴れて"最後のワンピースを求めて(チェイスザレインボー)"は本当に達成ね」

「チェイス……え?」

 

 沙綾が首を傾げる。

 

「最後の1人ってこと。Poppin’Partyは、"沙綾"っていうドラムがいてこそ完成するのよ!」

 

 ビシッと、沙綾を指さす有咲。

 みんなの視線が有咲の指先から、沙綾へと向かっていく。

 

「……えへへ。なんだか照れるなぁ」

 

 恥ずかしそうに、頬を掻く沙綾なのであった。

 その後、仲睦まじい談笑が続いていき、きゅうりも段々と無くなっていく。

 おにぎりも、きゅうりもあと1個……と言ったタイミングで、香澄は思い出したように言った。

 

「有咲ちゃん、私クエストの報酬貰ってない!」

「クエスト? ……ああ、渡してなかったわね、そういえば」

 

 "成り上がりノート"を、ペラペラとめくりながら言う。

 たえとりみ、沙綾が重なるようにしてそのノートを覗き込んだ。

 

「文化祭のライブが気になりすぎて、忘れちゃってたわ」

 

 ノートをたえに渡し、ガサゴソと壁に掛けてあったバックを探る有咲。

 少しすると、何かチケットのようなものを人数分取り出した。

 

「報酬は……これよ!」

 

 5枚、扇状にして見せつけてくる。「LIVE HOUSE CiRCLE」と書かれたそれは、何やら時間と金額が記載されていた。

 

「むむ、それは噂に聞く福引券か。何円以上買うと、貰えるとかいう……」

「違うっす。ライブハウスのチケットっす」

 

 コントを繰り広げる2人へ先に、チケットを渡す有咲。1人1枚を手に取ったのを確認し、有咲は言った。

 

「おたえの言う通り、これはライブチケットよ。ちょっとしたコネで、何とか手に入れたの」

 

 ペラペラと、見せびらかすようにチケットを揺らす。いつの間にか近づいてきていたザンジが、獲物を見る目をしてシッポを揺らしていた。

 

「チケットってことは……生のライブが見れるの?」

「ええそうよ。蔵のアンプなんか比にならないくらいの、ロックなものをね」

 

 ギュイーンと、音を轟かせるギタリストが頭に浮かぶ。ドンドンと響いてくる重低音の中、切り裂くようなギター音に香澄は鳥肌が立っていた。

 

「なるほど、殴り込みというワケだな。私達ポピパによる、初めての道場破りと言う事か」

「んなわけないでしょ。ただのライブ観賞よ。今後の参考の為のね」

 

 自分のスマートフォンで地図を開く。拡大し、近づけた先には「LIVE HOUSE CiRCLE」と書かれていた。この蔵から、あまり遠くないところにあるようだ。

 

「確かに、他の人のライブを直接見た事って、私無いかも」

 

 なんだかドキドキしてきた。

 自分が演奏するのとまた違う鼓動が感じられるような気がして、香澄は期待を込めながらチケットを見つめる。

 

「ふむ。新曲のアイデアを思いつくには、良さそうではある」

「そうっすね! ライブするだけじゃ分からないこととか、分かるかもしれないっす!」

「どんなロックな人が出るんだろうなぁ」

 

 りみ、たえ、沙綾もかなり乗り気のようだ。

 全員がノリノリでやいのやいのと話している中、有咲は立ち上がる。

 

「さて! それじゃあ行くわよ」

「行くって……何処にっすか?」

 

 たえが、残ったきゅうりを齧りながら聞く。

 その様子を見た有咲は、不思議そうに片眉だけを上げた。

 

「何処って、ライブハウス、CiRCLEよ。このチケット、今日のライブの分よ?」

「「ええっ!?」」

 

 急に声を上げたことにより、ポカンとする有咲。

 

「なによ、そんな大声出して。チケットに今日の日付書いてあるじゃない。……行くわよ!」

「え、いや、その、有咲ちゃん! 待ってー!」

 

 Poppin’Partyは、ドタバタと蔵のの階段を駆け下りて行った。



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2

 ライブハウス、「CiRCLE」に着いた。

 初めて来るライブハウスという事で、ちょっと緊張気味の香澄だったが、「CiRCLIE」に入っていく人達の姿を見てほっとする事になる。

 

「なんだか、普通の人ばっかだね」

「……普通の人ってなによ?」

「んーと、良くライブハウスにいるような激しい感じの人達じゃないって言うか」

「かすみんセンパイ、それは激しい偏見っす」

 

 ライブハウスと言うものは、やっぱりロックで激しい人達が多いーー。というイメージがなかなか抜けていない香澄。以前、練習で使用したライブスタジオもそうだったのだが、なんだか清潔感があるといか想像と違うというか。

 それに合わせるようにライブに来る人たちも、優しそうな人達が多い。むしろ、私達のが変なんじゃないかと思うくらいだった。

 ともかく。香澄の妄想は、いい意味で裏切られていた。

 

「師匠、アソコに飲み物の売店があるぞ。物凄い種類ある! ……うおっ! なんやこのピンクの飲み物!」

 

 ーーりみりん、それはいちごのシェイクだよ。

 興奮している様子のりみ。運ばれていくピンク色の飲み物を指さし、騒いでいるのを見て心の中でツッコむ。香澄は、音を立てずにカウンターへと向かうりみを後目に、溜息をついた。

 

「最近は、ガールズバンド用のライブハウスっていうのも増えてるみたいだね」

 

 沙綾が、配っていたフライヤーを見せてくれた。なんでも、今日は「Roselia」というバンドがワンマンでライブをするらしい。

 

「高校生バンドなのに、プロレベルらしいわね。色んなところが狙ってるだとか何とか」

「自分、動画見たことあるっす! ギターの人とか、正確無比な演奏で凄すぎるっす!」

 

 たえと有咲が、フライヤーとスマホの記事を覗き込んで各々感想を言い合っている。そんなにも凄いバンドなんだぁ……と、香澄はフライヤーを見ながらぼんやり考えていた。

 黒いドレスのような衣装に身を包んだ、5人組のガールズバンド。蝶をモチーフにしたアクセサリーや、青い薔薇を装ったマイクが先ず目に入る。高校生というのだから、歳も近いのだろう。自分達と近い人達が、どんな演奏をするのか、楽しみで仕方なかった。

 りみが、買ったドリンク5人分を器用に持ってくる。それらを受け取りながら、ポピパはCiRCLEの中へと向かう。

 

 とりあえず受付しよう。とのことで、ボーダーシャツにジャケットをはおった女性の所へと赴く。

 

「こんにちは! ライブ見に来た人たちかな?」

 

 ''月島まりな''と書かれた名刺が見えている。隣には、ポニーテールの黒髪の人が、忙しそうに荷物を整理していた。

 

「はい。……えと、5人です」

「……! か、かすみんが……」

 

 ……?

 有咲ちゃんが、驚いてる……? どうしたんだろ。

 

「か、かすみんが……他人(ひと)と話してる!」

「ええっ!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

 追い打ちをかけるようにして、りみが口を開く。

 

「師匠……。師匠の秘術である"ナ・ニモ"を、こうも断ち切ってしまうとは」

「かすみんセンパイ! 頼もしいっす!」

 

 ええ……。そんな尊敬の眼差しで見られても……。

 沢山の人に見られる中、香澄は戸惑ってしまう。

 

 ーー沙綾ちゃん、助けて!

 そんな眼差しを沙綾に向けるものの、本当に変わったなぁ……と言った感じで、暖かな笑顔による黙殺をされてしまった。

 

 たえとりみが騒ぎ立てる中、それに有咲が加わったということは、つまり収集がつかなくなるということ。

 周囲の視線が集まることにより、余計に緊張し始めた香澄は、たった今あったばかりのまりなに助けを求めた。

 

「あはは……。仲良いんだね、あなた達」

 

 なんと、聖母のような微笑みをしているではないか。香澄は、しばらくこの騒動は収まらないなと確信した。

 

「……続けても良いけど、ここ受付だからね。申し訳ないけど、受付は済ませてもらうよー」

 

 微笑みながらも、チケットを受け取り処理をするまりな。香澄は、処理が終わるまでの約2、3分。この羞恥に耐え、何とかステージへと向かうことに成功した。

 精神的にどっと疲れながらも、なんとか場所を確保する香澄達。目新しいものばかりで、当たりをキョロキョロと見回していると、りみが臨戦態勢に入る。

 

「む、どうやら敵陣地内のようだな。異国の装いをした者が複数人……」

「何言ってんのよ。"Roselia"のファンの人達でしょ……ってこら、手裏剣構えんな!」

 

 りみが、ゴスロリ衣装を着た集団に手裏剣型ピックを構えるものの、有咲に抑えられる。

 けど、異国の装いってのは同感出来なくもない香澄だった。

 

「凄い、こんなにファンがいるんだ……。黒い服人達、みんな"Roselia"に会いに来たのかな」

「多分そうっすね。"Roselia"のファンの人達は、ああいった格好をするって、どっかに書いてあったっす」

 

 たえの豆知識に、沙綾が声を上げた。

 

 ……そんな中、部屋の照明が突如として落とされる。

 思わずビクッと反応してしまったが、ステージを照らす紫のスポットライトでそれがライブ開始の合図だと気がついた。

 

「……いよいよだね」

「ええ。どんな演奏をしてくれるのか、楽しみね」

 

 "Roselia"の5人が登場してきた。

 

 黒髪ロングの大人しそうなキーボーディスト。

 紫髪ツインテールの元気そうなドラマー

 茶髪ハーフアップの派手そうなベーシスト

 ウェーブがかった水色髪のギタリスト。

 銀髪のボーカリスト。順番で登壇してくる。

 

 それぞれが自分の楽器構え、準備終えるとボーカリストは口を開く。

 

「……こんにちは、Roseliaです。まずは一曲ーー」

 

 ーーBLACK SHOUT。

 

 香澄達は、彼女らの音楽に取り込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3

 ライブ後。香澄達は、興奮冷めやらぬ様子でCiRCLEを出た。

 なんというか、足の先から頭の先まで「頂点を目指す音楽」に染っているような感覚だった。

 

「す、凄かった……」

 

 ほんのりと頬を赤らめて、漠然とした感じで感想を言う香澄。何時なら、りみが

 

「師匠、師匠!」

 

と香澄にじゃれついてくるものだが、今はそんな場合ではなかった。

 Roseliaーー頂点を目指す人達による音楽。

 それは最強に思えて、最高に思えて。"こうなりたい"という思いを具現化した様なバンドだった。

 

「あのギターの人の技術、もの凄かったっす。あれだけガンガンに弾いているのに、全然走ったりしていないなんて……」

 

 たえが、腕を組みながら考える。続けて、沙綾も口を開いた。

 

「あのドラムの子も、私より年下だよね。なのに、あんなに難しいフレーズを、あんなに楽しそうに叩けるって。……相当練習してる」

 

 憧憬。そんなものを、沙綾から感じた。

 

「あのベーシスト、かなり目立っているように見えたが、激しいギターとキーボードを、そしてボーカルをしっかり支えきっていた。……ベンケー殿、私達も負けてられないぞ」

 

 りみが有咲に視線を向ける。有咲は、瞑っていた目を開いて言った。

 

「……そうね。あんな演奏を見せつけられたら、私達だって負けてられないじゃない」

 

 有咲が真面目な表情で香澄を見る。

 

「……かすみん!」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 急に大声を出す有咲。ついでに指を刺された香澄は、不意な呼び掛けに変な声を上げた。

 

「追加クエストよ!」

「つ、追加……?」

 

 香澄がポカンとしている。たえと沙綾は、香澄と同じように首を傾げ、りみは「任務か! 腕が鳴る!」と、ノリノリだった。

 

「そう! 私とかすみんの……ううん。おたえ、りみりん、沙綾による()()()! ピュアでハイで、バカでクレバーで、熱くてクールで! 最高でサイテーな物語!」

 

 いつの日だったか。香澄が、深紅のランダムスターと出会った時と、蔵にあった "夢"を撃ち抜いてみたあの瞬間と同じことを言う。

 有咲は、近くにあった登り階段にジャンプして飛び乗った。

 

「そんな私達の物語は、まだまだ続いていくのよ! ……題して!」

 

"まだ見ぬ未来へ突き抜けろ!(ジャンピン'ガールズ)"

 

 蔵の王は、そんな事を言った。

 

「制限時間は無限! 私達が、Poppin’Partyの歌が! 私たちの想いが! 沢山の人達に届いた時がクリアよ!」

 

 ビシッと、夜空に輝く月を指さす。

 

「私達の、歌が……皆に……!」

 

 ドキドキする。とくん、とくんと言う"星の鼓動"が香澄の中で瞬き始める。

 香澄は、自らの胸に手を当てて。自分の鼓動を確認していた。

 

「ええ! 誰かを感動させたり、記憶の中に永遠に残ったり! 誰かの支えになったり、誰かの勇気になったりするようなことを伝えに行くのよ!」

 

 夜月に照らされた、蔵の王だった。腰に手を当てて、高らかに宣言するその姿に、かつて蔵弁慶と呼ばれた面影は存在していないように見えた。

 

「……す、凄いっす! 自分、感動したっす!」

 

 ぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねながら、感情を爆発させるたえ。隣に居た沙綾も、夜空を見上げながら言った。

 

「……うん。ポピパに入って感じた事とか、私も誰かに伝えてみたいな」

 

 いつも以上にキラキラと輝いて見える星空。沙綾は、視線を香澄達に戻して笑った。

 一方のりみは、いつの間にか用意していたベースを持ってべべベンと弾き始めていた。

 

「り、りみりんいつの間に……」

「うむ、修行するなら早い方がいいと思ってな」

 

 べべべべん! と、ひとフレーズを弾き終わったりみ。いつの間にか集まっていた人達に手を振ると、パチパチパチと拍手が上がっている。

 その人の集まり具合に香澄がじわじわと緊張して始めていると、りみが近寄ってきた。

 

「師匠、時間は待ってくれないぞ。課せられたらやる、思いついたらやる。その心意気こそが、ニンジャになる秘訣なんやで」

 

 ーーニンジャには、別にならなくてもいいかな。

 ポツリと、香澄は心の中で呟いた。

 

「別にニンジャにはなりたくないけど……。りみりんの言う事は確かね。時間は待ってくれないわ」

 

 有咲の言ったことを反芻し、思い返す。

 春にバンドを始め、学園祭までの期間。辛いこともあったけど、それ以上に楽しかった数ヶ月。有咲ちゃん、りみりん、たえちゃん、沙綾ちゃんという最高の友達と奏でる無敵の歌。それを"届けたい"と言う情熱的な思いは、香澄の過ごした約90日間をあっという間に通り過ぎていった。

 ……楽しい事をしているとあっという間に時が過ぎると言うが、流石に経ち過ぎじゃあないだろうか?

 そんな事を考えてる香澄の他所で、段差から飛び降りる有咲。着地の衝撃にふらつきながら耐えた後、胸を張りながら言った。

 

「"今"を大切にして、1秒ごとに新しい私達に変わっていきましょ!」

 

 なんでだろう。有咲ちゃんの言葉が、自分の放った言葉のように聞こえて、そのイメージが脳裏に浮かんでくる。

 雨上がりに掛かる2つの環状線。二重の虹。耳を澄ませば、キラキラと音が聞こえてくるようなーー。

 

「それじゃあ、帰るわよ。明日もあることだし」

 

 有咲の言葉で、脳裏の虹は霧散した。

 こちらを見ずに踵を返す有咲を、香澄達は急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4

 次の日。学校を終え、4人でせかせかと有咲の蔵へと向かった。

 沙綾の授業は17時半に始まる。その為、17時位までが平日5人で練習出来るリミットだった。時間を可能な限り取る為には、急いで帰ることが必須なのである。

 

「……獅子メタル殿、今戻ったぞ!」

 

 一番にドアを開けるのは、やはりりみだった。

 普段から、電車と併走するくらいの脚力をもつりみは、5人の中でも屈指の走力を持つ。そんなりみを追うようにして、たえ、香澄、有咲の順番で蔵へと飛び込んでくるのが日常だった。

 そんな4人を、沙綾はソファに座りながら待っている。定時制の生徒である沙綾は、蔵で練習をした後に授業へと向かう。これもポピパの日常となっていた。

 だから、沙綾は4人が来る1時間くらい前に蔵に来て、お菓子やジュースを用意して待っている。

 

「ふふっ。おはよう、りみりん」

 

 りみに微笑みかける。随分と勢いのいいお辞儀と、敬礼でそれに応えたりみは、ソファに倒れ込むようにして飛び込んだ。

 

「わっ、ちょっとあんた飛び込むんじゃないわよ。ホコリ舞っちゃうでしょ」

 

 舞うホコリを手で払いながら、有咲がソファに座る。相変わらず疲れた様子で、背もたれに体を預けた。

 

「かすみんセンパイ、今カッパのメダル送ったっす!」

「ありがとうたえちゃん! じゃあ私からも……」

「え? ……こ、これは最近出たばかりのジゴにゃん!? いいんですか、かすみんセンパイ!」

「いいよー、私も欲しいメダル貰ったし!」

「か、かすみんセンパイ……!」

「たえちゃん……!」

「かすみんセンパイ!」

「たえちゃん!」

 

 手の平と手の平を合わせて、瞳をうるうるとさせている2人。香澄が元々やっていた"妖怪メダル"のスマホアプリ版が新しくリリースされていたらしく、たえと2人で一緒にプレイしているのだとか。

 ただ、その熱があまりにも深すぎて、バンド練習にまで支障が出てることもしばしばあった。

 

「かすみん、おたえ。楽しそうなのはいいけど、練習始めるわよ!」

 

 いつの間にか定位置に着いていた、りみと有咲と沙綾。2人が見ないうちに、そこそこの時間が過ぎてしまっていたらしい。

 

「ご、ごめん! すぐ準備するね!」

「すいません!」

 

 ギター組2人が、急いで支度をする。チューニングをさっさと済ませた香澄は、歌いやすいように制服のリボンを少しだけ緩ませた。

 

「……ごめん、お待たせ!」

 

 マイクを模したスタンドの前へと立つ。りみ、たえ、有咲、沙綾の順で目を合わせた香澄は、近くに置いてあった楽譜代わりのタブレットに触れた。

 

「えっと、準備したけど何やろう?」

「うーん……。とりあえず、オリジナル曲振り返ったらどうかな。"イエバン"から、"はしきみ"まで!」

 

 沙綾が三本のスティックを構える。ハイハットにスティックを構え、イエバンを叩く気満々だった。

 

「おっけー、じゃあそれで行こう! ……沙綾ちゃん、お願い」

「うん! ……ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 ここからは、私達の時間だった。

 音と音を結び、繋ぎ、編んでいくようなこの感覚。5人の音楽(キズナ)が音圧となり、うなっていくこの衝動は、何度体験しても新しく、そして楽しかった。

 

「……ふぅ」

 

 "はしきみ"までの演奏が終わり、一息つく。各々は飲み物を飲んだり、出怪しかったフレーズを振り返ったりする。

 

「獅子メタル殿、うち走りすぎてなかったか?」

「大丈夫だよ! いつも通りやりやすかった!」

「有咲センパイ、ここのフレーズなんですけど……」

「あー、ここね。私もちょっと違和感あったから、もう1回練習しましょ」

 

 みんなのモチベーションが上がっていた。

 昨日、"Roselia"の頂点を目指す音楽を見たことで、ポピパ達の熱は再び上昇している。

 

「私も、頑張って新曲の歌詞考えないと……」

 

 香澄には1つ、また新曲の歌詞を作ることを課せられていたのだ。学園祭も終わり、Roseliaのライブを見てちょうど熱がある今だからこそ、「作ろう!」という事になったのである。

 だが、構想は思いつかない。新しく完成させた「1000回潤んだ空」も練習していく中での作詞の為、なかなかスムーズに進まない。

 というか、歌詞が上手く刺さらないのだ。どんなものを書きたいかという構想はぼんやりとあるものの、それが香澄の中の言葉達とマッチしない。

 

「うーん……」

 

 香澄は、皆が楽器を持つ中一人で机に向かっていた。「うーん……」とか、「うーむ……」とか。声上げながら悩むその姿を見て、沙綾が香澄に声をかける。

 

「香澄ちゃん、悩んでるねぇ」

 

 ドラムスティックを仕舞いながら、沙綾は言った。ペダルとかその他もろもろは、全て有咲の蔵に置いていくつもりらしく、持っているものはカバンだけだ。

 沙綾は、手提げカバンを肩に背負って立ち上がった。

 

「沙綾ちゃん、もう時間?」

「うん。ほんとは、もうちょっと練習したいんだけどね」

 

 しょうがないといった感じで、にこやかに笑った。

 ーーいつの日か、沙綾ちゃんとも夜遅くまで練習できる日が来るのだろうか……。

 

 などと、香澄が思っている内に。沙綾は「それじゃあ、行ってきます!」と言って、蔵から登校して行った。

 

「……ところで師匠。その歌詞なんだが、どんなものを入れるつもりだ?」

 

 りみが、香澄に後ろから寄りかかってくる。軽い彼女の体重で、少しばかり前かがみになりながら、香澄は答えた。

 

「うーん……。とりあえず、ドキドキするような歌詞を入れたいかな。キラキラーって、してるようなイメージの……」

「ふむ、なるほど。なら、ホットケーキとかはどうだろうか。ハチミツでキラキラしているし、食べるとドキドキだぞ」

 

 ……えと、りみりんはホットケーキ好きなのかな?

 そういえば、ポピパの名前を決める時もホットケーキって言っていた気がする。休日練習の時、作って持っていつまであげようかな……。

 

 そんな雑談をしている最中でも、時間はどんどん進んでいく。

 香澄は結局、歌詞を完成することなくこの一日を終えた。

 

 

 



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5

 学校が終わってから、夜遅く迄ーーでは無いけれども。8時くらいまで、ポピパはただただ練習した。

 休みの日にはスタジオを借りて、5人で合わせる。何度やっても慣れない一体感と、それから感じる高揚感に香澄達はドキドキしっぱなしだった。

 

 

 練習以外にも色々やった。この前、"Roselia"のライブを見たライブハウス。"CiRCLE"でのライブを申し込んでみたり。あーだ、こーだいいながらセットリストを考えたりもした。それに向けての余興として、たえとりみといっしょにストリートライブをしてみたり。(沙綾は時間の都合上合わせられなかった。有咲には全力で拒否された。)

 

 そんなことをしていくうちに、ポピパ達の技量はぐんぐんと上がっていく。

 左手も踊れるようになった有咲。弾けるフレーズが増えたりみ。何故か寝ギターもできるようになったたえ。本来の音を取り戻しつつある沙綾。

 そして、どんどんと自分の音を奏でられるようになった香澄。ギター&ボーカルという、初心者にしては難しいと思われる立ち位置に、香澄は見事に対応していたように見えた。

 

「かすみんセンパイも、かなり余裕が出てきたっすね!」

 

 たえとマンツーマンでギターの練習をしている最中、香澄はたえから褒められていた。

 自分の事のように褒めてくるたえに少しだけ照れつつ、香澄は答える。

 

「まだまだだよ。歌ってたら歌だけに集中しちゃうし、どっちかが疎かになっちゃってて」

「でも、前よりずっと安定してるっす!」

「そうかなぁ」

「そうっすよ!」

 

 自分も負けてられないっす!

 そう言って、たえはスウィープ奏法の練習を始めていった。

 

 次々と音を奏でていくたえの奏法を香澄がぼんやりと眺めていると、有咲から声がかかった。

 

「かすみん。そういえば、新しい歌詞は完成した?」

 

 キーボードの上からザンジを下ろしつつ、有咲は尋ねてきた。

 

「……実は、まだなんだよね。パッとしないって言うかなんて言うか……」

「ふうん。まぁ、何時までとか決まってないから、かすみんの満足する出来になったら見せてね」

「……うん!」

 

 今回は、前の"スタビ"の時のように切羽詰まってはいない。自分の満足するまで何度も書き直して、作り直して、完成させればいい。

 

「よーし。……それじゃあ、みんな! 今度のCiRCLEライブのセトリ決めるわよ!」

 

 有咲が声を上げると、練習していた面々がソファーへと集まってきた。机の真ん中に広げられたA4ノートを、5人はなにか何かと覗き込む。

 

「私達に与えられた時間は30分。曲数は4つってとこね」

「となると、オリジナル以外はやらない感じ?」

「そうっすね。腕がなるっす!」

「うむ。今こそ、うちの温め続けていたアンプを解き放つ時……」

 

 各々が気合いの言葉を吐いていく。その様子を見た有咲は、監督のように頷きながら言った。

 

「それじゃあ、何やる? 私、イエバン入れてもいいと思うのよね」

 

 ノートに"イエバン"と書入れる有咲。その様子を見て、たえが真っ直ぐに手を挙げた。

 

「自分、新曲やりたいっす! まだライブでやってない、"1000回潤んだ空"やりたいっす!」

「いいね、私も賛成だな」

 

 たえと沙綾がノリノリだ。沙綾は、有咲からペンを受け取ると"1000潤"とノートに書入れた。

 

「それでは、ここいらでノリのいい"夏色SUN! SUN! SEVEN!でも入れておくか」

 

 沙綾からペンを受け取り、"夏色"とりみは記入した。……それとは別に、

りみは続けて何かを書入れる。

 

「えと、新曲……?」

「せやで。……ということで、師匠が書いてる新曲を最後にやったらどうだろうか」

 

 ぐるぐると「新曲」と書かれた部分を囲う。円、とは言えない渦巻く螺旋を見て、有咲は少しだけ眉を寄せた。

 

「いいかもしれないけど、それはかすみんと相談ね」

 

 香澄の方を向く。有咲は、少しだけ首を傾げながら聞いた。

 

「ライブまでは後1ヶ月くらい。新曲を新しく作って演奏できるようにってなると、時間との勝負になっちゃうわ。さっきはあんなこと言ったけど、どう?」

 

 1ヶ月で、出来るのだろうか……。

 ちょっとした不安が、香澄に積もってくる。技術的にも強くなれたとは思う香澄だったが、新曲の歌詞がなかなか完成しない現状を考えると、なかなか「はい!」とは言い出せなかった。

 

「わかんない……。けど、学園祭後の久しぶりのライブだし、やりたいって気持ちはあるかな」

 

 胸に手を当てる。どんな曲になるかわからないけど、とにかくやってみたい気持ちでいっぱいだった。

 "スタビ"みたいにテーマを与えられたものではなく、"1000回潤んだ空"みたいに、今までとこれからを歌うような曲じゃないもの。例えば、大きく書いた円の上を、もう一回り上回るような。Poppin'Partyとして新生した。私たちの始まりになるような曲が、香澄は作りたかった。

 けど、私の納得できるような曲が出来るのだろうか……。

 猛練習のさながら作詞をする為、そんな不安も香澄にはあった。

 

「なら決まりね。かすみんの新曲ができるまでは、今の3曲をひたすら練習。新曲ができたら、その曲も含めて猛特訓よ!」

 

 ポーズを決めて活気づく有咲と、それに伴ってテンションが上がる3人。

若干不安を感じながらも、香澄はその雰囲気に置いてかれないように振舞っていく。

 



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6

 朝5時。まだ、活動している人も少ない時間に、香澄はベットから這い出てきた。

 布団に恋する乙女だった香澄だが、早朝となると一層強いものになる。そんな愛しの布団を起きた勢いだけで引き剥がし、香澄はまだ鳴っていない目覚ましを止めた。

 探るようにしてメガネを探し、装着。大きくあくびをしながら、香澄は立てかけてあったランダムスターを装備した。

 

 最近の習慣にした、ギター教本による勉強とその実技練習。学校がある日もない日も関係なしに、毎朝行っていた。

 ちょっと辛いけど、大丈夫。これも上手くなるためだと思い、香澄は奮起しながらコードを押さえていく。

 

 G、G、G、G、A、A、A、A、G、G、G、G……。

 D、A、G、D、G、D、A、D、A、G、D、A……。

 

 循環する三つの協和音(スリーコード)と、パワーコードの弾きなれたフレーズを指慣らしとして奏でていく。

 ギターを始めた頃、まともに音が出たのはパワーコードの"E"だけだった。

 ハンドグリップを数週間ばかり続けたおかげか、GでもAでもDでもBでもなんでもコードチェンジできるようになっていた。

 

「……前よりは成長してるのかな」

 

 今では、"イエバン"や"はしきみ"などといった曲を丸ごと弾けるようになっている。数ヶ月間とはいえ、かなりのハイペースのような気がしていた。

 もう少しだけ指鳴らしをしてから、今練習中のを1000回潤んだ空"を弾き始める。

 冒頭こそ、ピアノソロから始まる曲ではあるが、1番は丸ごと有咲とのマンツーマンで弾くことになっているちょっと変わった曲であり。冒頭少し経ってから、中盤くらいまでに全員が合流していき、最後は皆で息を合わせるような曲になっていた。

 難しいフレーズは無いものの、ほぼソロのようなもののため余計に緊張する。香澄は、冒頭の部分を念入りに反復していった。

 

 1時間ほど練習したら、朝ごはんを食べに台所へ降りた。お姉ちゃん2人が眠そうな顔をしている(片方に至っては机に突っ伏して二度寝している。)中、ギター練習のおかげでバッチリと目が覚めている香澄は、朝ごはんのトーストをハムハムと食べる。

 

「香澄。ここずっと朝早くから起きてるみたいだけど、何してるの?」

 

 暖かいカフェオレを入れた母親が、ふと思い出したように尋ねる。その表情は、単純な疑問と少しの心配する感情が読み取れた。

 

「ギターの練習してるんだ。バンドも組んでるし、もっと上手くなりたくって」

 

 赤色のコップを受け取りながら、香澄は答える。香澄が食べ終えた皿を回収しながら、母親は言った。

 

「そう。……頑張るのもいいけど、あんまり無理はしないようにね。最近の香澄、なんだか疲れているように見えるし」

 

 それだけ言って、母親は台所へと消えていった。香澄は、少ししか減っていないカフェオレをぼんやりと眺める。

 確かに、香澄は母親の言う通り、少しばかり身体に怠さを感じるようになってはいた。けど、それもじきに慣れるだろうと楽観視も同時にしていた。

 夏から秋に変わろうという、気温差。時期的なもので、身体が適応していないのだろうと自分の中では納得するようにしていた。

 

「……それでも、頑張らないと」

 

 そろそろ登校の時間だ。残ったカフェオレを一気に飲み干して、香澄は学校へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、珍しくバンドの練習がない日だった。

 普段なら、学校で皆と別れた後すぐに家に帰ったり、図書館で本を読んでいた香澄だったが、最近は違う。

 電車に乗ることなく、学校帰りのその足でCiRCLEに向かっていた。

 

「……」

 

 人通りも少なく、ちょっと細い道を通るのがCiRCLEへの近道だった。するすると猫のように細道を抜けていく中で、香澄はふと、若干の視線を感じた。

 バッと、勢いよく後ろを振り返る。上下左右と視線を動かし索敵していく中、古い張り紙がされている換気扇に違和感を感じた。

 ーーあのちょこんと出てる髪の毛って、りみりんのだよね……?

 

 なんとか通信と書かれた張り紙の上から、ちょこんと生えている黒髪。ピンク色のさくらんぼのような髪留めが、半分だけ顔を出している。

 

「……りみりん、何してるの?」

 

 呼ばれた途端、ぴくっと震える。

 りみは、ふっふっふと怪しげに笑いながら換気扇裏から出てきた。

 

「流石だな師匠。修行途中の身とはいえ、私の"ナ・ニモ"を見抜くとは」

 

 そう言って、香澄の後ろにピタリと張り付いた。

 肩に両手を置き、りみが後ろから香澄を覗き込む。

 

「師匠、ギターを持っているがもしかして修行か?」

「うん。ちょっとでも触っておこうと思って」

 

 通学カバンに着いている星が揺れる。りみは、香澄の方から手を外して、腕を組んだ。

 

「ふむ。そう言うことなら、六弦だけでは足りないだろう」

 

 りみが背負っていたベースを見せてくる。

 

「リズム隊である私がいれば、その修行は何倍にも為になるぞ」

 

 今にも弾き出しそうな勢いで、りみはネックレスに着いていたピックをかちりと外した。

 

「……本当?」

「うむ。ちょうど、私のベースも弾いてほしそうだったしな」

 

 香澄は、素直にそれを喜んだ。

 バンドを組んでいるのだから、当然一人一人の音は合わせなければならない。

 一人よりは二人。二人よりは三人。三人よりは五人と、バンド練習の相場は決まっている。

 香澄とりみは、取り留めのない話を続けながらCiRCLEへと向かった。

 

 

 

 

 



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7

期間あいてしまい申し訳ないです!


 今日は、バンドでのスタジオ練習の日。みんなが練習してきた各パートを合わせる日だった。

 ライブハウスだが、スタジオもあるCiRCLEに皆で向かう。りみがふざけ、たえがツッコみ、香澄が巻き込まれ。それを2人が暖かく見守りながら歩く。

 

「……あ! この前、Roseliaのライブ見に来てた子達だよね? みんな久しぶり!」

 

 CiRCLEに入ると、受付で作業をしていたまりなが声をかけてくれた。合わせるようにして、受付のポニテの人も手をひらひらと振ってくれている。

 

「はい。こんにちは、まりなさん」

 

 有咲が代表して答えた。受付の用紙をまりなから貰うと、ペンを借りて記入していく。

 まりなは、楽器を背負った私達を見て思い出したかのように言った。

 

「そういえば、キミ達もバンドしてたんだね。私、今度のライブエントリーしてくれるまで、全然知らなかったよー」

「まぁ、まだ2回しかライブした事ないですし……」

 

 そう、実はお祭りでのライブと、学園祭でのライブの2回しかやっていないPoppin’Partyである。

 香澄としても、ポピパとしても。せっかく5人揃ったことだし、ライブは沢山やりたい。ふつふつと、湧き上がってくる感情を沈めながら、香澄は指定部屋へと向かう。

 

「さて。今日は、3週間後のライブセトリ総復習していくわよ」

 

 みんなが準備を終えた後、有咲がそんなことを言った。

 3週間後のCiRCLEでは、いくつかの新人バンドを招待したガールズバンドパーティとやらが開催される予定になっている。香澄達Poppin’Partyも、そのイベント開催を知ったたえにより、そのパーティに参加することになっていた。

 

「沙綾、お願い」

「うん、……いくよ。ワン、ツー、スリー!」

 

 沙綾の掛け声で香澄は曲を奏でていく。

 

 

 

 

 

 一度通した後は、互いに足りないところを言い合った。

 ここが走りすぎた……だとか。こんなアレンジはどうだろうか……だとか。香澄達は話し合った。

 

「かすみんセンパイ、ギターめちゃくちゃ上手くなってるっす! なんだかビリビリきたっす!」

 

 話し合いの最中、同じギター組として話していたたえからそんな言葉が出た。

 

「本当? 毎朝練習したかいがあったなぁ」

「毎朝って……。かすみんセンパイ、尊敬するっす!」

「そんな事ないよ。たえちゃんがやってた頃よりも、半分くらいしか出来てないし……」

 

 たえから尊敬の眼差しが飛んでくる。むず痒さを覚えながら、香澄はそんなことを言った。

 

「ふーん……」

「……有咲ちゃん?」

「ううん、なんでもない。ほら、反省が終わったらまた合わせるわよ」

 

 パンパンと手を叩く。飼い主を慕う犬のように、香澄達は楽器の元へとするする集まった。

 

「……うっ」

 

 ちょっとだけふらついた。立ちくらみで、香澄の視界が一瞬視界が点滅する。

 

「師匠!」

 

 機敏な動きで寄ってきたりみに支えられた。香澄は、りみに少しだけ体重を預けた。

 

「香澄ちゃん、大丈夫!?」

 

 沙綾とたえが心配して駆け寄ってくる。不安げな表情で見つめてくる双眸を見つめ返しながら、香澄は笑顔を作る。

 

「……えへへ。ちょっとした、立ちくらみだよ。大丈夫大丈夫!」

 

 自分の力で立ち上がる。ギターを抱え、香澄は再びマイクの前に立った。

 

「……ねぇ、かすみんほんとに大丈夫?」

 

 両手を腰に当て、怪訝そうな顔で香澄を見つめる有咲。そんな有咲の心配を吹き飛ばすべく、香澄は満面の笑みを再び作る。

 

「大丈夫だよ! さ、練習の続きしよ!」

 

 空元気を見せる。少なくとも、有咲からはそう見えていた。

 そんな香澄を心配しながらも、ポピパの面々は練習を続けた。

 

 

 



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8

「……あれ? かすみんは?」

 

 次の日の学校。いつもの集合場所に、香澄は現れなかった。指定の時間よりも少し遅れて歩いてきた有咲は、香澄の姿を探してキョロキョロと辺りを見回す。

 

「かすみんセンパイおそいっすね」

 

 たえがしきりに携帯を眺めている。連絡が来ることを期待するように、メッセージアプリを下に引っ張り、しきりに更新していた。

 

「ふむ。時刻は守る師匠だった筈だが。……はっ! まさか、何者かに攫われたのか!」

「そんなワケないでしょ。寝坊とか、なにかでしょきっと」

 

 カタカタと、慣れた手つきでスマホを弄る有咲。「かすみん大丈夫? 先行ってるよ」と文章を打ち込み、メッセージを飛ばした。

 

「さて、私達も遅刻しちゃうわよ。早く行きま……うん?」

 

 ピコンと。メッセージが一つ、有咲、たえ、りみのスマホに飛んできた。沙綾からかな……と、まず先に有咲がスマホを覗き込むと、

 

「……えっ?」

 

 有咲から驚きの声が上がった。

 後ろにいたりみとたえが、自分のスマホを確認する。

 

「ややっ!」

「うぇっ!?」

 

 声を上げる。

 それもそのはずだった。だって、いつもの通学路にいなかった香澄は、

 

「……ゴホッ。うう……」

 

 風邪をひいていたのだ。

 

 

☆☆☆☆☆

 

「……師匠! 具合は!?」

 

 バタバタと忙しない足音が聞こえた後、勢いに任せて扉を開けたりみは敵襲にあったかのような気迫で声を上げる。

 香澄からの連絡を受け、一足早く部屋に来ていた沙綾がドアの音に驚き、身体を震わせた。

 

「りみりん、しーっ。香澄ちゃん、具合悪いんだから」

「う、うむ。すまん」

 

 沙綾に諭され、たじろぐりみ。そんなりみに続いて、たえと有咲が部屋に入ってくる。

 

「か、かすみんセンパーイ……」

 

 ふらふらと香澄のベットまで寄ってくるたえ。ちょっと泣きそうになりながら、横になっている香澄の手を握った。

 

「かすみんセンパイ、具合はどうっすか?」

たえちゃん、大丈夫だよ。熱ももうそこまで高くないし、薬も飲んでるし」

 

 少し小さな声で、掠れた声で話す香澄。顔色はすごく悪いという訳でもなく、若干回復してきているようで血色はいいように見えた。

 たえの手をそっと握り返しながら、香澄は静かに答えていた。

 

「まったく、睨んでた通りね」

 

 後ろから様子を見ていた有咲が、香澄の元へとズカズカ歩いてくる。ちょっと怒ったような、それでいてちょっと心配そうななんとも言い難い表情をしていた。

 

「なーんか、いつもと違う感じしてたから、まさかとは思ったけど」

 

 寝ている香澄の視線に合わせるように、有咲はベットの傍に座り込む。

 

「違う……?」

「うん。結構前から、無理してるように見えてね」

 

 持ってきてくれたスポーツドリンクを、香澄に向ける。香澄は、それを受け取りながら上半身だけベットから起こした。

 するとどうだろう。何処からか美味しそうな匂いが漂ってきている。

 

「師匠、うちの米で作ったお粥だ。熱いから気をつけて食べてくれ」

「うわっ、りみりんいつの間に……?」

「獅子メタル殿に言われた後すぐにだ。米料理なら任せろ!」

 

 フンス! ドヤ顔をしながら胸を張るりみに、部屋の空気が和んだ。香澄はその様子に少し笑いながら、りみの作ってくれたお粥に意識を向ける。

 ほんのりと乗せられた青海苔と紅鮭のフレーク。混ざりあった潮の匂いが、香澄の空腹感を程よく誘ってくる。

 ーーそういえば、朝から何も食べてなかったな。

 そんな事を、香澄は思う。

 

「香澄ちゃん、はい、あーん」

「うん、あーん……。うぇっ!?」

 

 スプーンで1口分に救ったお粥を、沙綾が香澄に寄せてきていた。

 ーーこ、これは、噂に聞く「はい、あーん」というやつじゃ……。

 よそられたお粥と、沙綾とを交互に見ながら香澄は思った。にこやかな沙綾から向けられる純粋な目を見ていると、香澄は自分ドギマギしている事が恥ずかしくなってくる。

 とりあえず、沙綾沙綾のスプーンからお粥を1口口にした。

 

「師匠、どうだ……?」

「……うん! 美味しいよ、りみりん」

「せやろー、せやろー。丹精込めて作ったから、ゆっくり食べてな!」

 

 作ったはいいが、味が合うか心配だったらしい。りみは香澄の言葉を聞いて、心底安心しているようだった。

 着々とお粥を食べ進めている香澄を見つめる4人。(さすがに途中から自分で食べていた。)少し遅いペースながらも、黙々と食べる香澄を見て面々は安心したようだった。

 そんな香澄がお粥を食べ終わったのを見計らい、沙綾は口を開いた。

 

「香澄ちゃん、ちょっとごめんね……」

 

 そう言いながら、沙綾は香澄の額に自らの額を重ねた。香澄の体温を測るように、香澄の体温を掬いとるかのように目を瞑る沙綾に、香澄はドキッとした。

 

 ーーさ、沙綾ちゃん……! か、顔が近い……!

 

 何でもないように行われたその行為は、香澄にとって未体験のものだった。今の体温を測る行為にも関わらず、香澄の体温は恥ずかしさでぐんぐんと上昇していく(ような感じがする)。

 

「ん……、朝よりもだいぶ低くなったね。やっぱり、風邪の時は寝るのが1番だよ」

 

 にっこりと笑う。香澄は、沙綾と触れ合ったおでこを何度も何度も確かめながら、触りながらこくこくと頷いた。

 

「朝……? サアヤセンパイ、朝から居るっすか?」

「うん。お店お父さんに任せて、すぐ駆けつけちゃった」

 

 何故かは分からないが最近元気になってきたという沙綾の父親。そのおかげもあって、香澄が起きた頃にはもう沙綾が部屋にいてくれていたのだ。

 見た目通り健気な所に、香澄は心を打たれていたのは秘密だ。

 

「ほら、かすみん。ご飯ばっかじゃなくて水分もとりなさいよ。じゃないと、今度は脱水症になっちゃうよ」

 

 スポーツドリンクの蓋を開けて、香澄に飲むように促してくる。香澄は、何とかお礼を言いながらそれを受け取り、口にした。

 心地いい甘さが、身体中にしみ渡る。香澄の火照った身体を冷やすのには、ちょうど良かった。

 ポピパが、友達が、仲間がこうして私を心配してくれる。その事実が、風邪をひいている香澄にとってたまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9

「……36.7度、か。ちょっと高いけど、明日には下がりそうね」

 

 有咲が、体温計を見ながらそんなことを言った。

 ご飯も食べ、水分もちゃんと取ったこと。そして何より、ポピパの仲間達が来てくれたことが功を奏し、香澄は朝とは違う血色を取り戻していたのだ。

 

「ありがとうね、みんな」

 

 四人にやんわりと笑いかける。

 しかし、香澄は少し表情を曇らせて言った。

 

「……駄目だね、私」

 

 自分に対する、悪態を吐いた。

 CiRCLEで行われるライブまで、2週間と少ししかない。セトリこそ決まってはいるものの、やる予定の新曲もまだ出来上がっていない上に、まだまだ詰め足りていない。

 もっともっと、やらなければいけないのだ。

 

 ただ、それに伴う結果がついてきていない。その現状に嫌気がさしているのも、同時に感じ取っている香澄だった。

 

「ライブ直前で、練習もしなくちゃいけないのに。練習し過ぎて、風邪ひいちゃうなんて」

 

 ドロドロと、表情が沈んでいく。最近の香澄からは見る影もなかったその様子に、たえは慌てるようにして声を上げる。

 

「かすみんセンパイ、ダメなんて言っちゃダメっすよ。言ったら言っただけ、ほんとにダメになっちゃうっすよ」

 

 たえが励ましてくれる。ただ。

 

「……うん」

 

 

 そうしてくれたにも関わらず、香澄の顔にはするすると影が落ちていく。

 ……四人が、何も言わない香澄を見つめる。やるせないというか、最近の香澄の様子とは打って変わったその姿に、以前の香澄の姿被さって見えた。

 

 ーーさあさあと、いつの間にか雨が降ってきていた。晴れ予報だったにも関わらず、どんよりとした曇が空一面を覆いつくし、大粒の雨を降らせている。

 沈黙した部屋の中響く雨音が、酷く気持ち悪かった。

 

「……」

 

 ーーみんなは頑張っていて、走り始めているのに。私はちょっと頑張ったらすぐ転んでしまう。止まってしまう。

 そんな風な自分が、たまらなく嫌だった。今は多少無理をしても頑張るべき時なのに、私だけ脱落してしまっている現状がとてつもなく嫌だった。

 転んだらみんなから置いていかれるようで。私だけ取り残されているようで。せっかく絆を奏でることが出来たのに。みんな、みんな離れていってしまうようでーー。

 

「……かすみん!」

 

 有咲に頬を抓られた。項垂れている香澄に喝を入れるように、結構な強さで捻りあげる。

 

「い、痛いよ有咲ちゃん……」

 

 つねっている有咲の手を、香澄が掴む。

 有咲は、香澄の頬から手を離した。そして、香澄の手を外側から温かく包み込む。

 

「かすみん、どうしてそんなに弱気なのよ。あんた、伝えたいことがあるんだって、あんなに意気込んでたじゃん」

 

 あのバンド……。Roseliaの音楽を聞いた時を思い出す。

 "私達の音楽が、沢山の人達に届くまで。Poppin’Partyは走り続ける。"そんな決意は、間違いなくなされていたはずだった。

 自分達の音楽を、信じることが出来たはずだった。

 けど、どうだ。今の私は、なんのなかみもない抜け殻のようだ。

 

「……なんだろう。なんか、自信が無くなっちゃった」

 

 しおらしく、蕾のまま萎れかけている花だった。

 香澄の言葉に、たえが反応する。

 

「自信……すか?」

「……うん、自信。練習しても上手くいかなくって。ちょっと沢山練習しちゃったら、体壊しちゃって。挙句の果てに、友達達にまで心配をさせちゃう自分が、嫌になっちゃって」

 

 香澄の言葉に黙り込む面々。ただただ虚しく、雨音だけが部屋中に響いていく。

 

「頑張っても頑張っても。報われないなら、成果が出ないならやる気がなくなっちゃうよね。たえちゃんも、りみりんも、沙綾ちゃんも有咲ちゃんも。皆私よりも成長してるのに……」

「何よそんなの。かすみんだって、私からしたら十分成長してると思うよ」

 

 有咲の、香澄の握る手が強くなる。香澄は、有咲の言葉に顔を上げた。

 

「成長なんてね、人それぞれでしょう。私は私、かすみんはかすみんなんだから、成長する幅なんて違うに決まってるじゃない」

 

 語尾強く言う有咲。そんな有咲の言葉が若干でも届いたのか。香澄は、若干目を潤ませていた。

 

「……そうかもしれないけど。けど、それだと! ……私が足引っ張ることになっちゃうし」

 

 ギリギリ届くくらいの声で言う。弱々しいその姿は、普段ライブで見るハツラツとした姿とは程遠かった。

 そんな姿の香澄に対し、有咲が口を開こうとした時。りみがそれをさえぎって前に出てきた。

 

「師匠。師匠は、私達を置いていってしまうのか?」

「……え?」

 

 りみの質問の意味が分からなかった。香澄はりみに聞き返す。

 

「師匠は、自分が先頭を走っている時。着いてこれない仲間を置いていってしまうのか?」

 

 ……そんな、絶対にない。こっちだよって手を伸ばして、引っ張り上げて。皆で相談して、手を繋いでいく。

 誰かが止まっちゃいそうになっても、意志と勇気を仲間に伝えて。魔法の言葉を唱えて"一緒に"走り続ける。それが、運命を共にするバンドというもののハズだ。

 そう思った香澄は、反射的に声が大きくなってしまった。

 

「い、行かないよ!」

「ふむ、だと思ったぞ」

 

 りみが有咲の手の上から香澄の手を包み込む。温かなその手から、りみの思いが伝わってくるようだ。

 

「私は、最初頑固だった。そこに居る蔵ベンケーと、バチバチに言い合うくらいな」

 

 蔵ベンケー、と呼ばれた有咲がピクリと反応する。しかし、りみの真剣な表情を見て静かにそのまま納まった。

 

「その時に、師匠は置いていかなかった。どっちかを取ることをしないで、言い合ってる私達に待ったをかけて、叩きつけてくれた」

 

 有咲とりみが、蔵で言い合っていたあの時を思い出す。

 膠着状態(デッドロック)だった2人に、自分の感じている事を、気持ちを叩きつけることで、蔵の王とニンジャが仲間になった。世界一のバンドを目指す、鼓動が同調し、伝播する。運命のパーティータイムのはじまりだった。

 続けてたえが口を開く。

 

「かすみんセンパイは、不器用だった自分に手を差し伸べてくれたっす。準備不足で失敗したくないって思っていた自分に……歌に気持ちを乗せて、届けてくれたっす」

 

 一緒にバンドがやりたい! だからこそ完全な準備をしたかったたえ。

 けど、そんな事よりも運命を感じたのだ。"Yes! BanG_Dream!"のメロディを探していたたえと、伴奏(コード)をさがしていた香澄達。その言葉に導かれるように出会ったたえを、一緒に涙を流したたえを香澄は離さなかった。

 たえが、自分の手をりみの手の甲に重ねる。

 沙綾が、思い出すかのように目を瞑りながら、口を開いた。

 

「諦めてた私に、またバンドをやりたいって思わせてくれたのも香澄ちゃんだもんね。……まさか、待ってくれないなんて言うとはびっくりしちゃったけど」

 

 前のバンドの、みんなの夢を壊してしまった沙綾。

 そんな沙綾に対して、香澄は"どんな事があっても歌う"と言った。歌は、流れ、繋がれ、再び歌われる時を待っているから。そうする事で、音楽は人を救うから。

 大切なものを壊してしまっても、何度だって出会える。そう言ったのは沙綾だったが、気づかせてくれたのは香澄だった。

 最後に悪戯っぽく舌を出す沙綾。そしてたえの上に手を重ねた。

 

「……かすみん。これでもまだ、"足を引っ張っちゃう"とか言う?」

 

 有咲、りみ、たえ、沙綾。全員が全員、香澄に引っ張られてきたのだ。音楽(キズナ)を奏でるバンドだ。運命共同体だ。夢を共有する大切な仲間だ。

 その事を再認識した途端、香澄の頬に涙が伝う。

 

「でもね、分かるよ。頑張って頑張って、頑張りすぎて、余裕がなくなっちゃったのよね。でもね、かすみん。"かすみんは私達じゃない"の。違うカタチで、同じ日を生きてるんだよ。誰かに合わせていつも以上に頑張ったりしちゃうと、余計に伝えられなくなっちゃうよ」

 

 みんなの心が伝わってくる気がする。

 繋がれた手から、違うココロが重なり合って生きていく。閉じたままの蕾が、開いていく。

 

「かすみんは、かすみんのペースで伝えて言っていいんだよ。それでも足りなかったら、私達が居るから。私達、Poppin’Partyでしょ?」

 

 1番近い、有咲が涙ぐむのがわかった。りみが鼻をすするのが聞こえた。たえと沙綾が涙滴流すのを我慢していた。

 

「有咲ちゃん……。皆……!」

 

 みんなで走ればいいのだ。皆に置いてかれるとか、そういう事じゃない。自分のペースで頑張って、伝えていく。それでも足りなかったら、上手くいかなかったら、運命共同体(Poppin’Party)のみんなを信じる。

 信じて欲しいことを、信じていれば、こんなふうにそばに居てくれる。誰かが止まりそうになっても、みんなで指を繋いで1歩を踏み出せる!

 見えなくなった時にこそ、分かるものがある。

 

「……ううっ……! みんな……ごめんね……! ありがとう……!」

 

 香澄は、大粒の涙を流した。うわわーんという壮大な茶番のように、泣いた。

 泣いて泣いて泣いて、落ち着くまで4人は手を握っていてくれた。

 

 

 涙の中、香澄は思う。

 支えてくれた皆のことを、今度は私が支えるんだと。信じたい事を信じて、仲間が挫折しそうになったら、何度でも救いあげるんだと。

 バンドは運命共同体だ。Poppin’Partyも、運命共同体だ。みんなとなら、ふくろう星雲まで行けるのだ、誰1人として置いていく訳には行かない。

 

 ……けど、また誰かが間違ってしまうこともあるとも思う。今みたいに、また暗くなっちゃうことだって、あるかもしれない。得体の知れない真っ暗なナニカで、止まってしまうかもしれない。

 

 その時は、歌おう。何度も何度も、歌って歌って歌って奏でて。何度だってサヨナラをしていけばいい。そんな思い出が、私達を形作(つく)るのだから。

 香澄は、泣きながら。4人に包まれながら、そんな事を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で、「何度だって人間は間違えちゃう。人生は魔法じゃないから」

というお話でした。

元ネタは、ClariSの"CheerS"です。


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