終焉を求めて (ショウマ)
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始まりの終わり

 遥か昔、多くの悲劇を生み出した大きな戦争があった。

 

 

 天から地上に降臨した三柱の神々。『鬼神』、『魔神』、『女神』が互いに争った――戦争。

 

 

 その戦いの中で、『三闘神』と呼ばれた三柱の神々は、地上の生き物を『幻獣』という力ある存在に変えて従え、さらに幻獣の力で『魔法』が使えるようになった人間――『魔導士』をそれぞれの勢力に加えた。

 

 

 神同士による三つ巴の戦いは、永きに渡って繰り広げられた。世界を破壊し尽くし、過ちに気付いた三闘神が『眠り』につくまで。

 

 

 私が『生まれた』のは大戦の最中だった。きっかけがあれば、別の形で『産まれて』いたかもしれないが……。

 

 

 とある城で育まれていた、幻獣と呼ばれる存在と、人間の互いを想い合う心。環境と立場がお互いを阻み、状況が二人を永久に引き裂いた。

 

 

 私はその時を、誰にも聞こえない絶叫を上げて見つめる事しか出来なかった。

 

 

 戦いの中で散っていった多くの幻獣達。その力が集い、『父様』と『母様』の想いが力を……身体を作るまでの、無力な時間。

 

 

 後少し……、数秒でも早ければ、母様だけでも救えたかもしれないのに。

 

 

 母様が永劫の石と化し、両親を私から奪った魔導士が踵を返そうとした時に……

 

 

「――ぅゎぁああああーーっ!」

 

 

「――ッ!?」

 

 

 雄叫びと共に、私は生まれた。右手に持った、二人の想いで出来た剣と共に。

 

 

 誰かに祈りを捧げるかの様な姿で石化した母様。そこから光に包まれながら飛び出した私の斬撃を、敵の魔導士はぎりぎりの所で避けた。

 

 

 剣を振るった先に有った水瓶と、石床数枚に一直線の筋が入る。

 

 

 右手の剣を一振りして、上に繋がる階段に立つ魔導士へと向き直る。

 

 

「何だ? 娘、どこから現れた? それに、それは幻獣の力か?」

 

 

 突然現れた私を見ても、魔導士は慌てる事なく誰何してくる。

 

 

「貴方が知る必要はない。貴方が未来を見る必要もない」

 

 

 私が剣を腰だめに構えると、魔導士も魔力を集束し始める。――石化の力。

 

 

「なるほど、では誰でも良い。お前も石となって永劫の時を過ごすがいい」

 

 

「――貴方が知るのはただ一つ」

 

 

 この時、先程の水瓶が左右に分かれて倒れると同時に石床数枚も割れる。

 

 

 それを合図に、数メートルの距離を一気にお互いが詰めて交錯する。

 

 

「私の剣の軌跡のみ。脳裏に刻んで、冥界に逝きなさい――ただし」

 

 

 

 魔導士の首が胴から離れるよりも早く、その体が燃え上がる。

 

 

「骨も魂も遺さず、焼かれた身で逝けるなら――ね」

 

 

 私の纏った黒いドレスとマントを、炎が赤く照らす。この部屋を、これ以上汚すわけにはいかない。

 

 

 私は母様の前まで歩み寄ると、その場でひざまずいた。頭を下げた拍子に、暗赤色の前髪が垂れる。

 

 

「……母様、一人でも多く、民を救って参ります。戦の犠牲者を一人でも減らすために」

 

 

 立ち上がり、階段の方へと踵を返す。腰まで伸びた髪が歩く度に揺れる。

 

 

 最後にもう一度、母様の方を見て階段を上り、隠し部屋だった筈のその場所を魔力を使って閉ざす。

 

 

 幻獣達の力の結晶である私の封印ならば、そうそうは解かれない筈。

 

 

「な、何者だ!?」

 

 

「まだ敵の生き残りがいるぞ!」

 

 

 部屋を出ると、あちらこちらから敵兵が現れる。私の道を阻む様に立ち、こちらに武器を構える兵士達に、私も剣を突き付ける。

 

 

「言っても無駄でしょうが、一度だけ言いましょう。逃げるか、冥界か、選びなさい」

 

 

 私の言葉に、一人だけ意匠の違う鎧を身に付けた兵がせせら笑う。

 

 

「小娘が何を言っ……」

 

 

「私も言っただけ。この城を襲った者達は、皆冥界に逝ってもらいます」

 

 

 私は既に彼等の背後。私の道を阻む事は――出来ない、させない。

 

 

「そして……」

 

 

 遠方から飛んできた二発の火球――〈ファイガ〉の魔法を切り捨てる。

 

 

 切り捨てられた〈ファイガ〉が霧散した時には、私は剣を振りかぶって魔導士二人の正面に立っていた。

 

 

「は、はや……!?」

 

 

「いつの間に……!?」

 

 

「私の前に、魔導士は立たないことです」

 

 

 迷う事なく剣を振り抜き――少し離れた場所からは、凍り付いた後に砕け散る複数の音が響き渡り、二つの炎が少女の近くから燃え上がる。

 

 

 邪魔な敵兵を切り捨てながら少女は進む。

 

 

 やがて、少女は目的場所の一つに辿り着く。

 

 

 城内の大広間。そこにも大勢の敵兵がいた。味方の兵は、全員が地に伏している。中には、死んでからも武器を突き立てられた者もいる。

 

 

「…………」

 

 

 力尽きたこの城の兵達に、目だけで黙祷を捧げ……。死した戦士の魂を傷付けた者達。

 

 

「女が居るぞ!」

 

 

「かなり可愛いじゃねぇか」

 

 

「ほら、お嬢ちゃんこっち来いよ」

 

 

 下卑た声を上げた兵士達を私は見渡し、言われた通り一人の兵士の近くにゆっくりと近寄っていく。

 

 

「へへ、じゃ、早速お楽しみと……」

 

 

 手を伸ばしてくる兵士を素通りして、私はその兵士の向こうに立つ――八本足の馬に跨がったまま石化した大形な戦士の元へ。

 

 

 背後の兵士の首が、四肢が斬り離されて胴体が崩れ落ちる。

 

 

 この場所で、そういう発言をした者も――。

 

 

「ひ、ヒィッ!?」

 

 

「ば、化け……!?」

 

 

「冥界へ旅立ちなさい。私の雷が、この地で倒れた者達に代わり貴方達へ下す裁きです」

 

 

 無数の雷球が大広間に浮かび上がり……逃げようとした、逃げ惑う兵士達を打ち倒していく。

 

 

 中央の大形な戦士と、床に倒れた味方の兵を避けて、大広間を雷が荒れ狂う。

 

 

「ただし、この雷は魂も砕きますが」

 

      ・

      ・

      ・

 

 

 私以外、動く者が居なくなった大広間で、戦士に――父様に剣を掲げる。

 

 

「父様の分まで、私は虐げられた民を守り、戦士の誇りを傷付けられた者達の無念を晴らします」

 

 

 何かを成すために、戦いを挑む事は良い。

 

 

 犠牲が出ることも、やむを得ない事もあるだろう。

 

 

 私がしたことも、見方や立場を変えれば唯の虐殺に過ぎない。

 

 

「しかし、越えてはいけない一線はあります」

 

 

 

 私はその日、城に攻めいってきた敵兵のほぼ全てを倒した。

 

 

 亡くなった者達を弔い、僅かばかりの生き残った者達を連れて、彼等が過ごせる地を探して旅に出る。

 

 

 私は必ずこの地に戻る事を、母様と父様に誓って城を出た――。

 

 

      ・

      ・

      ・

 

 

 時が流れる。

 

 

 あれから、生き残った者達がドマと呼ばれている国で迎え入れられ新たな生活の場を手に入れてからも、私は立ち塞がる魔物を、敵を倒し続けた。

 

 

 悲劇を生み出す戦を終わらせる為に。

 

 

 戦い続ける中で、幻獣との交流の果てに魔導士になるものが居れば、我欲の為に他者を強制的に魔導士にするものが居ることを知った。

 

 

 

 戦を生み出した根源の三闘神には、私でも勝てない。私に宿る力の大半は、三闘神が作り出した幻獣達の遺した力なのだから。

 

 

 戦を終わらせたいのに、出来ない無力感に私は苛まれた。

 

 

 諦めてあの城に戻ろうと思った時、私の中の幻獣達に導かれる様に、戦に疲れた幻獣達が身を寄せる場所に辿り着いた。

 

 

 私は彼等に請われ、この地を守ることにした。少しずつ人数が増えていくこの地を守れば、魔導士の数も減らせると思った。

 

 

 戦を終えられなくても、少しでも縮小出来ることを願って、私は剣を、力を振るい続けた。

 

 

 そして、その日がやってくる。

 

 

「この戦争が終わる……? それは本当ですか?」

 

 

「ああ、間違いない。既に、全ての幻獣達にこの地に集まる様に指示が出てる」

 

 

 集落から離れた場所で見張りをしている私の元に、巨人族の彼が伝えに来たのは、にわかには信じられない話だった。

 

 

 いつから始まったのか覚えてもいない、この永き戦いが終わるなど……。

 

 

「既に神々は、強大な力を持った怪物達を封じて、俺達に自分達が復活しないように言いつけて封魔壁の奥に移動している」

 

 

「封魔壁? 内部の魔力を押さえ付けるという?」

 

 

「そうだ。互いの力を中和しながら石と化し、その破壊の力が外に漏れ出さないようにな」

 

 

 互いの力を……中和……。

 

 

「おっと、変な考えはしないでくれよ。ようやく、この戦争が終わるのだからな」

 

 

 失敗すれば、いくところまで戦争は続いてしまうだろう。死の世界に変わるまで……。

 

 

「……分かっています。それで、貴方達はどうするのですか?」

 

 

 終わりの見えなかった戦が終わるのだ。素直に喜ぶべきなのだろう。

 

 

「俺達は全員、封魔壁の奥に移住する。神々を見守ると同時に、魔法の……人間達に使われる魔導の力で二度と悲劇が起きないように」

 

 

「そう……ですか。確かにそれで、この戦争は終わりを迎えますね」

 

 

「お前はどうする? お前は俺達とほぼ同じだ。永劫の時を変わらぬ姿で過ごすのは、人の世界では辛いことだぞ? 長達から、共に行こうと言伝を預かっているが……」

 

 

 長達だけではなく、知人や友人からも同じ事を言われそうだが……、私の答えは決まっている。

 

 

 あの日、あの時からずっと――。

 

 

 私はもたれていた木から背中を離し、巨人族の彼を見上げて微笑を浮かべる。

「ありがとう。でも、私は行けません。父様と母様の元に戻ると決めているのです」

 

 

「……そうか。分かった、皆には俺から伝えておこう。涙を流して、感謝していたとな」

 

 

 以前チラッと言った私の話を覚えていたのか、間はあったが頷いてくれた。……それにしても……

 

 

「巨人族というのは目が悪いのですね。移住したら目を鍛えた方が良いですよ。あそこまで攻めこむ者は居ないでしょうが、私が居ない分、何かの時に発見が遅れたら一大事です」

 

 

 黒いドレスとマントをひるがえしながら彼に背を向ける。

 

 

「ああ、そうだな。無二の友人の最後の忠告だから聞いておく。山向こうの人の軍勢が見えなくなる程度の視力が、これ以上落ちたら大変だ」

 

 

「貴方の取り柄の一つですしね」

 

 

 何故か滲み、霞む視界をそのままに、私は腰を落とし左腰の愛剣に右手を添え、震えていたかもしれない声で宣言する。

 

 

「貴方が知るのはただ一つ。私の剣の軌跡のみ」

 

 烈迫の気合いと共に抜き放った剣閃は、遥か遠くの敵の頭上の空間を斬り裂いた。

 

 

 斬り裂かれた空間からは、無数の隕石が降り注いでいる。

 

 

「残念だろうが、俺はもう一つ知っている」

 

 

 〈メテオ〉の結果を見ていた彼も背中を向けて、集落の――封魔壁の方へと歩き始める。

 

 

「封魔壁の完全封印が終わるまで、誰も通しません。……友よ、皆に感謝を。もう、会うことは無いでしょう」

 

 

「分かっている。サラバだ、我が永久なる友。『幻獣の守剣』ライディナ・ターシャス」

 

 

 お互いに振り返る事なく、進むべき方向に飛ぶ。

 

 

「魔法が、幻獣達の力を利用した魔導の力が失われる事を恐れてでしょうが、その様な目的の者達を進ませるわけにはいきません」

 

 

 私が降り立った地には、先程の〈メテオ〉で倒れた者達以上の数の敵が待ち受けていた。

 

 

 数で圧倒しようとする敵に対し、私と、私を支援するためにドマから時が流れても派遣されて来ていた戦士達は、各自の武器を構える。

 

 

「これが大戦の最後になることを願います」

 

 

「以前ドマが受けた恩を返す時がきました!」

 

 

「ドマの誇りを、魂を見せ付ける時!」

 

 

「命は無駄にしないで下さいね。ドマの為にすることが、皆さんには残っているのですから」

 

 

 士気は高いですが、話を聞いているのかは不明ですね。命の捨て場所にはしないでほしいのですが……。 私は指揮官がいると思われる敵陣を見定め、数百メートルの距離を駆け抜ける。阻もうとした敵は、容赦なく斬り捨てていく。

 

 

 慌てふためいている陣が間近に見えてきた……そんな頃合いで足を止めた私は、斬りかかってきた兵士達を薙ぎ払って、大きく後退する。

 

 

 瞬間、大地が無数の兵士達を乗せたまま数ヶ所隆起し、大空高くはね飛ばしながら下から巨大な四足獣が複数現れた。

 

 

「人造魔獣……まだ残っていましたか」

 

 

 神々が産み出した獣を人の手で改良した魔獣と違い、目の前で唸り声を上げている数匹は人間達の力だけで作り出した、魔獣を模した人工生命体。

 

 

「想いで生まれた私と、技術で生まれたあなた達。近くて遠い存在……ですね」

 

 

 人造魔獣の背中、人の手の名残がある部分が唸りを上げて動き出す。

 

 

「我は力。弱き生命よ……我が力で、消え去れ!!」

 

 

 大地を震わせるような大音量の声で口々に言い放ち、こちらに迫ってくる魔獣達を前に、私は真っ直ぐに剣を突き付ける。

 

 

「貴方達が知るのはただ一つ。私の……私達の生きた証の、軌跡のみ」

 

 

 私の身体から幾種類もの光が放たれ、それは右手に構えた剣へと伝わっていく。

 

 

 数十メートルの距離を、その巨体に似合わぬスピードで一気に詰めてきた一匹の首元に斬りつけながら、私は空へと舞い上がる。

 

 

 上空にいる私を狙い、下から炎や雷が放たれ、竜巻が巻き起こる。

 

 

 もちろん、人造魔獣達だけではなく付近の兵士達からも矢や魔法が飛んでくる。

 

 

 一部の魔法や矢はそのまま弾き、避け、竜巻は迂回し……光の尾を引きながら私は空を、戦場を駆け巡る。

 

 

「ただし、この戦争ごと……霊界への列車に乗ってもらいますが」

 

 

 振るわれた爪の攻撃を掻い潜り、人造魔獣の腕を斬り飛ばしながら私は思う。

 

 

「いつか、その時が来たら……私やあなた達もどこかに逝くのでしょうか?」

 

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 世界を破壊し尽くし各地に大きな傷跡を残した、この『魔大戦』と呼ばれた永き戦いは、戦をもたらした三闘神が互いに力を中和しあって自分達を石化させた事で終わりを告げた。

 

 

 幻獣達も、三闘神が封印された地に移住し、人との交流を絶った事で新たに魔法を、魔導の力を持つものは現れなくなった。

 

 

 しかし、それ以前に使えた者達の力は残っていた。やがて、魔大戦の悲惨さから魔導士の力は恐れられ、不当な裁判を用いてまでの魔導士狩りが行われた。

 

 その際、黒衣の少女が魔導士の一部を逃がしたとされるが、詳しい資料は残っていない。

 

 

 魔大戦以前から存在する王国であるドマには、当時の記録が――伝承に度々現れる魔大戦時に活躍したという黒衣の少女の記録があったそうだが、遥か昔に紛失したとされている。原因は分かっていない。

 

 

 そのドマの口伝には、魔大戦終戦時に少女と共に派遣されていた部隊が帰国した後に、再び少女と共に旅立ったらしい話がある。ぼやかされて伝わっているため、やはり肝心な所は分かっていない。

 

 

 どこから現れ、どこに行ったのか、最早知る手がかりは残っていない。 

 

 

 

 

 

 とあるお城の最深部。祈りを捧げる様な姿勢の、身なりの良い女性の石の前に、黒いドレスの少女は腰を下ろしていた。膝掛けの様にマントをかけ、鞘に納められた剣が隙間から見えている。

 

「この城は地中に在り、地上と繋がっていた洞窟の入り口は崩しました。隠し部屋であるここを知る者も、もういません。大戦も終わり、ようやく帰ってくる事が出来ました。……後は、夢の世界で」

 

 

 魔力を解き放つと、私を取り囲むように正四面体のクリスタルの様なものが現れ、私の意識がゆっくりと無くなっていく。

 

 

「母様、父様。私は……想いに応えら……れました……か?」

 



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終わりの終わり 前編

 

 世界大破壊。

 

 訪れた地の生き残った人々はそう呼んでいた。伝説の魔大戦に続く二度目の……大きな悲劇。

 

 森が、山が、海が、大地が、大陸が、世界が――“神”の放った裁きの光によって引き裂かれ、多くの生命ある存在が失われた。

 

 “神”を自称する、心壊れ狂える魔導士……ケフカによって。

 

 彼は1000年前――伝説の魔大戦終結時に失われた力、“魔法”を得るのと引き換えに心を……いや、限られた感情と、それに連なる興味以外を持てなくなった。

 

 彼の、失われて虚無となった心を満たす唯一のモノ――破壊。

 

 発端は……結局何から始まったのか?

 

 南の大陸の大国――ガストラ帝国が建国された時?

 

 野心持つガストラ皇帝が封印の地――幻獣界を見つけた時?

 

 世界制服に憑かれた皇帝とガストラ帝国により、人造魔導士計画が持ち上がった時?

 

 その計画の最初期――不安定だった魔導の力をケフカに注入した時?

 

 それとも――あの魔大戦というコインが投じられた時だろうか?

 

 ……いや止そう。今更それらを挙げて言っても仕方無い。

 

 至るまでの経過と、今ある結果が全てなのだから。

 

 つまり、一年前ガストラ帝国が、我が国フィガロを含む北の大陸に攻め込み、私達――反帝国勢力“リターナー”との戦いになったこと。

 

 必然や運命とも呼べる、“偶然”の中で出会った仲間達と……一部の者と密接な関わりが有った、伝説の魔導――魔法の力と幻獣達。

 

 幻獣の怒りに触れた帝国の崩壊と、そこに至っても野心を捨てていない皇帝とケフカによる、禁忌の場所――三闘神の眠る地“魔大陸”の復活。

 

 二人を止める為に、私達は空に浮かぶ魔大陸に乗り込んだ。危険を承知で乗り込んだ私達を待っていたのは、その地名に相応しい死闘に次ぐ死闘。

 

 レディ達を守る――男としての当然を貫きつつ、魔獣を退け辿り着いた最奥の場所で、私達が見たもの――。

 

 それは皇帝を殺し、三闘神の力を我が物にしようとするケフカ。彼が、三神の封印を無理矢理解こうとした結果、今にも暴走しようとする力を前に――私達は無力を噛み締めながら、撤退を余儀無くされた……。

 

 崩壊が始まっていた古の浮遊大陸。ギリギリ近くまで仲間が寄せてくれた飛空挺に、私達の脱出時間を稼ぐため、直前までケフカを食い止めてくれていた寡黙な暗殺者と共に飛び乗った。

 

 だが……。

 

 崩壊の余波は天駆ける船を捕らえ、仲間達を分かつ様に、足掻く翼を引き裂いていった。

 

 破壊による崩壊。そこから来る絶望が、生き残った生ある存在達に宿る一年だった。

 

 しかし、生き残った私――エドガー・ロニ・フィガロは決して諦めず、希望を捨てず、また信じていた。

 

 仲間達も生き残り、再会し、共にこの闇に閉ざされた世界に、希望の光を灯す事を……!

 

 そう。出来る男は最後まで、決して諦めないモノなのだよ。もちろん、レディへの気配りは語る迄もなく、出来る男の必須条件だ。

 

 

 

 そして、私の読みは外れていなかった。

 

 地中潜行すら可能とする、我が砂漠の機械国家フィガロ。

 

 そのフィガロが潜行中の事故で、地中に取り残されている事を知った私は、フィガロの牢から脱出したという盗賊達に、盗賊ジェフとして接触した。

 

 彼等との間に信頼を築きリーダーとして迎えられると、表向きはフィガロの宝を狙って――真実は呼吸が出来無くなりつつある城内の人々を救う為に、彼等に先導させてフィガロに潜入することにした。

 

 そんな矢先、訪れていたとある港町で、彼女達と“偶然”再会した。

 

 元ガストラ帝国の女将軍にして凛々しきレディ――セリスと、幼き日の病弱だった頃の面影が欠片も残っていない、筋肉マッスルな格闘家にして我が双子の弟――マッシュ。

 

 再会の言葉をかけてくる彼女を、しかし私は人違いだと冷たく突き放す。

 

 喜びは勿論ある。信じていたが、生きていてくれた事に嬉しさも感じる。

 

 だが、私の正体を知られる訳にはいかなかった。

 

 今ここで、盗賊達と袂を分かつ事は出来ない。フィガロを救うには、彼等の協力が必要なのだ。万が一にも、私がフィガロ王だと知られて失敗する訳にはいかない。

 

 私は彼女達の仲間であると同時に、民を救う王なのだから。

 

 この時、僅かにいぶかしむ様な表情を見せたものの、マッシュが何も喋らなかったのは私の正体を見破った上で、私を信じてくれたからだろう。

 

 双子なのだ。お互いの事はよく分かる。

 

 ……一年前に、城から出たアイツと十年振りに再会した時は、最初はその変貌振りに目を疑ったが。

 

 仲間の可憐なレディに、クマ呼ばわりされた弟のフォローが出来なかったのは、今では懐かしい思い出だ。

 

 ――フィガロに潜入し、地中に取り残された原因を突き止め、それを排除するために盗賊達を宝の元に向かわせ、後ろから追いかけてきていたセリス達と共に、フィガロを救う事に成功する。

 

 宝を回収し戻ってきた盗賊達に、私が死んだように思わせてやり過ごした後は、再び二人と共に旅立つ。

 

 私達の様に、どこかで生きている筈の仲間を求めて――。

 

 ケフカを止め、悲劇を終わらせる為に。 

 

 

 それから幾ばくかの時が流れ。

 

 私と三人の仲間達はフィガロを訪れていた。

 

 セリスやマッシュ達との仲間を探す旅は、あの後とある街の酒場で酒に溺れていたギャンブラーを更生させ、彼の友人の形見という飛空挺を入手してからは、まぁスムーズと言って良いほど順調に事は運んだ。

 

 自称“トレジャーハンター”な、“彼女のハートをトレジャーハント”な男など、若干の紆余曲折は有ったが。

 

 かつての仲間達全てが揃い、新たな仲間も加わって、今は最後の決戦を前に皆休養を取っていた。

 

 なに、急ぐ旅だが闇雲に突撃しても意味がないからね。力を出しきる為にも、戦士には休息が必要なのだ。

 

 皆が休んでいる間に、私はフィガロを訪れる事にしていた。潜行時に違和感があると、担当の者から聞いていたからだ。

 

 決戦後に戻ってきたら、国が無かった!……等という事は避けたいからね。もちろん、決戦に支障が出ないように、無理をしない範囲で調べるに止めるつもりだ。

 

 ちょっと息抜きにと声をかけたメンバーが、何故かレディばかりだとしても、他意は無いんだ。

 

 だと言うのに……!

 

「はぁ……」

 

 潜行中に違和感があるという場所に向かった所、確かに何かが引っかかる様な感じがあった。

 

 この間の事故が、おかしな触手だったこともあり、今回もその可能性は考えていた訳だが……。

 

 そこはどこかの洞窟と繋がっており、仲間に声をかけておいた自分の先見の明を褒めたい所なのだが……。

 

「はぁ……」

 

 共に来たメンバーを見て、溜め息が漏れる。

 

「溜め息なんか吐いてないで早く行こうぜ、アニキ!」

 

「うむ。決戦の前でござるからな、早目に終えて戻るでござるよ。しかし、思わぬ良い修行になりそうな気がするでござるな」

 

「未知の洞窟と繋がってるなんてな。何かお宝が有るかもしれないな!」

 

 どうしてこうなった?

 

 マッスルモンクな我が双子の弟――マッシュ。

 

 崩壊前、ガストラ帝国……いや、ケフカが水源に流した毒により滅びたドマ国の、サムライオヤジ――カイエン。

 

 そして、“彼女の……”な友人、額のバンダナがトレードマークのロック。

 

 もう一度言おう。どうしてこうなった? レディとは程遠いじゃないか。

 

「あ……あの、大丈夫、エドガー? 気分が悪いなら、戻って休んだ方が……」

 

 そう私を心配してくれたのは、結果的に紅一点となった心優しきレディ――ティナ。

 

 人と幻獣の間に産まれ、長期に渡ってガストラ達に操られていた、悲運の少女。

 

 懸命に、“人の心”を知り、学ぼうとしていた彼女も、この一年で成長を遂げていた。周りの者達とは違う自分に怯えていた、“呪縛”から解放されたばかりの彼女を知る私としては、非常に感慨深いものもある。

 

 出生を知り、自分の力と向き合って、手探りでも少しずつ前に進んでいく――そんな彼女だが、優しい心根は今も昔も変わらない。

 

 素直過ぎるのは少し心配ではあるが……。

 

「大丈夫だよ、ティナ。ただ、一番最初に君に話しておいて良かったと、思っていただけだから」

 

「そう? 良く分からないけど……」

 

 首を傾げる姿もまた良い。持っている武器が、破壊の光の剣というのはあれだが。持たせたのは、セリスかリルムだろうか?

 

「アニキー、結構深そうだぞー!」

 

「何故この様な場所に、拙者と同じサムライがいるのでござろう?」

 

「へへ、宝箱はっけ……ぅおっ!?」

 

 動くときは四人単位で行動という“決まり”を、暇だの面白そうだのであっさり破って付いてきた彼等。

 

 ティナに声をかけた後、続けて見付けたセリスとリルムに声をかけた途端、私は横から現れた彼等に半ば強引に連れ出された。他の常識外……理解が出来ないメンバーよりは良いが……。

 

 決まりやルールがあるからこそ、それを守ることに意味が――自由が輝くのだというのに。

 

 私のレディ達への配慮を、固いこと言うなよと規則を破ってまで妨害した彼等にやれやれと小さく呟いて、隣で光の刃を放つ剣を構えるティナを促した。

 

「助けに行こう、ティナ」

 

「うん!」

 

 埃で顔が汚れない様に白い仮面を被りながら、左腕のオートボウガンで狙いを付ける。敵を貫け! と、兜代わりのドリルが唸りを上げる!

 

「あの、エドガー……?」

 

「チチチ、いつも言っているだろう?」

 

 何か言いたそうな表情を浮かべるティナに、私はまだ武器を持っていない右手の指を左右に振って見せた。ウインクもオマケに付けよう。

 

「これが私の、正装だ!」

 

 ボウガンの矢を放ち、右手に構えた別のドリルと共に、私は敵に躍りかかっていった。

 

 雄叫びと共に振るわれる拳が、刀が、短剣と飛剣が、次々と襲いかかってくる敵を倒していく。

 

 矢が射抜き、ドリルが貫き、太陽の光を冠した名の機械が洞窟内を照らし、光の刃が振り下ろされる。

 

 そんな事を繰り返しながら、やがて洞窟を抜け――。

 

「ここは……それに、あそこに見えるのは城か?」

 

 かなり旧い城だ。外観はまだその名残を留めているものの、争いでもあったのか、朽ち果てていると言っても過言では無い。

 ……いや、まさか……。

 

「これは、まさか1000年前の……」

 

「え、あの伝説の……魔大戦で滅びた都市でござるか!?」

 

 私が言おうとした推測を、サムライオヤ……カイエンが驚きながら口にした。そういえば、彼の国――ドマ国は、魔大戦の時代よりも前に建国されたらしい。そのドマ城暮らしだった彼の事だ、何かの機会にこの城の事を聞いたことがあるのかもしれないな。

 

「俺も、古い言い伝えで聞いたことがある」

 

 真剣な表情で言葉を継いだのは、ロック。

 

「どこかの地に、魔大戦で滅び、何者かに封じられた都市がある、と。しかし、もし見付けてもそのままその地に触れず、可能なら封印せよってな。何で封印するのかは分からずじまいだったが」

 

 トレジャーハンターらしい情報力だ。

 

 

「封印せよ……か。しかし、この砂漠の下に1000年前の都市が埋まっていたとはな」

 

「アニキが知らねぇんじゃ、俺が知らなくても当然だな!」

 

 清々しいまでの発言だ。だが、頭も良くないと武道にも勝てないぞ、マッシュよ。

 

「――呼んでる……」

 

「ティナ?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡していたティナが、不意に城の方に意識を傾け始めた。

 

 ティナ自身が呼ばれているのか、誰かを呼ぶ声が聞こえているかまでは分からないが……、どちらにしても。

 

「幻獣……か?」

 

「多分……。お城の方から聞こえる」

 

「行こう。警戒は怠らないようにな」

 

 皆が頷くと、私達は警戒しながら城の方へと歩き始めた。

 

 

 

「――石化した幻獣……」

 

 城の大広間らしき場所で、石になった幻獣――大形な八本脚の馬に跨がった、こちらも大形な戦士の像を見つけた。

 

「1000年前に石になったのならば、それでも尚伝わってくるこの気配。さぞや、名のある武人だったのでござろうな」

 

「ああ、こうして立っていても、何か気迫の様なモノを感じるぜ」

 

 カイエンとマッシュが話している通り、像からは私にも分かる位、威厳の様なモノが伝わってくる。

 

「だが、かなりの年数――本当に1000年位が経っているみたいだな。今にも砕けそうだぜ?」

 

 像に手を触れない様に調べていたロックが、予測を口にした。

 

 つと、私達の視線が一人に集まる。

 

 視線を受けて、ティナが前に進み出た。

 

 像の前で足を止め瞑目する彼女と、幻獣が淡く光を放ち始める。

 

 私達はその光景を、固唾を飲んでただ見つめ――数分も経たずに光が収まる。

 

 

 石像があった場所には、幻獣が死した時に遺す魔力の結晶――魔石が浮かんでいた。

 

 ティナがそっと手を伸ばし、両手で包み込む様に手にした。

 

「オーディンさん、あなたの力をお借りします」

 私が見渡すと、柱や天井、床に至るまで深い傷跡が遺されていた。それは、この場で激しい闘いが行われた事を物語っていた。

 

「あ……」

 

「どうした、ティナ?」

 

 魔石を持ったまま、ティナが大広間から繋がる一本の通路の方を見ていた。

 

「オーディンさんの魔石が、奥に進んで欲しいって言っているの」

 

「奥に?」

 

 私がロックの方を見ると、彼は頷いて先頭を歩き始めた。

 

 念の為に罠を警戒するロックの後をティナが歩き、私が続いて、マッシュとカイエンが後方を並んで歩いている。

 

 火でも放たれたのだろう、所々黒ずんだ通路、破壊された扉やそこから確認出来る荒れ果てた部屋をいくつか通り過ぎて――。

 

 私達がオーディンの魔石に導かれたのは、他のとは趣が異なる一室だった。

 

「立場ある女性の……恐らく王女の部屋……か?」

 

「よく分かるなアニキ」

 

「入ってすぐ分かるのはさすがと言うか何と言うか……」

 

 一歩足を踏み入れての私の言葉に、弟からは尊敬混じりの、友人からは呆れ混じりの声。

 

 これ位、誰でも出来ると思うんだが……。

 

「じょ、女性……!? しししかも、その様なご身分の方の部屋に、みだりに足を踏み入れるなど!?」

 

 けしからんでござる! と言っているサムライを部屋の入口に残し、私達は部屋の探索を始めた。

 

 見渡すだけのマッシュは放置し、この様な作業は私達の役目だからとティナには待ってもらいながら、ロックと私で手分けして部屋を調べ始める。

 

 

「これは……日記かな?」

 

 私が手にしているのは、表紙に宝石が煌めいている一冊の本。

 

 当然、随分痛んでいるそれを慎重に開く。

 

 最初の方は既に読めない状態だったために、逆に最後のページから見てみる。

 

 お主ら姫の日記を読むとは! とか誰かが言っているが、気にせずロックと共に古の文字を解読していく。

 

 分かる部分だけではあるが、そこから読み取れたモノは……。

 

「人と幻獣の恋……」

 

 手にしている魔石に視線を落とし、ティナがしんみりと呟いた。自身がそうであるために、人一倍その想いは強いだろう。

 

「何と、ろまんてぃっくでござるな」

 

「昔にも、ティナみたいな話があったんだな」

 

 

 マッシュはともかくとして、サムライオヤジも何だかんだで話は聞いていたらしい。

 

「だが、ティナの時みたいにはいかなかった……んだろうな。だとしたら、切ない話だ」

 

「そうだな……」

 

 この城の状態と、石化していた幻獣。そして、ここで終わっている日記。そこから導き出される答えを思い、私はロックに頷きを返した。

 

「オーディン……さん?」

 

 ティナが手にしていた魔石を前後左右に向け始めた。やがて、床の一点に向けられる。

 

 それを見て、壁に背を預けて話を聞いていたロックが、その場所を調べ始める。

 

「――ん? 何か、変だな……っと」

 

 現れたのは地下に続く階段。

 

「行くぜ?」

 

「気を付けろよ、ロック」

 

 ロック、マッシュ、ティナ、私、オヤジの順に下りていく。

 

 そこは広目の部屋になっていた。

 

 上に良く似た趣のある部屋。綺麗に両断された水瓶が階段脇に転がっていたが、そんなものはどうでも良い。

 

 それよりも大事なことが三つもある。

 

 一つは、祈りを捧げているかの様な女性の石像。先程の幻獣の時と同様なら、かなりの年数が経過している筈だ。そして、その女性が誰なのかも……。

 

 二つ目。女性の像よりも目立つ――何だろうな? 祈りを捧げる女性像の正面にある、正四面体の青い水晶の様な何かと――その中で眠るかの様な誰か。

 

 だが、私の直感がレディだと告げていた。

 

 水晶が邪魔で見難い為に、近くで良く見ようとした私。

 

 その時、あえて無視していた三つ目がノソリと身体を起こした。

 

 それは細長い体つきをした青い竜。

 

 威嚇するようにこちらに向かって唸る竜に、それぞれが得物を構える。

 

 争い事が嫌いなティナは、威嚇するだけの竜に迷っていたようだが、護身の為にも破壊の光剣を構えた。

 

 そして、私も――。

 

「すまないが、レディの為なんでね」

 

 埃避けの白いマスクを被ると、頭のドリルが回り始める。

 

 右手に構えた機械式ノコギリのスイッチを入れると、頭上のドリルと合わせて回転音が室内を満たしていく。

 

「邪魔しないなら良し。邪魔をするなら、容赦しないよ」

 

 何故か、私に向かって竜が襲いかかってきた。

 

 やれやれ。私みたいな一目で分かる平和主義者に襲いかかってくるとは、理解しにくい生き物だ。



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終わりの終わり 中編

「……激しい、戦いであった――」

 

 少し広めの空間。城の住人の、避難先として造られたであろう部屋。

 

 一ヶ所だけ黒ずんでいた石床が砕ける! ……拳で。

 

 壁が横一線に切り裂かれる! ……刀で。

 

 飾られていた甲冑が次々と粉砕される! ……振り回された機械式ノコギリで。

 

 光の刃が、浅く鱗を斬り裂く。

 

 室内に刻まれていった戦いの経過。荒々しく暴力的な、青い竜の遺した爪痕。

 

「戦いとは、虚しいものだな……」

 

 そんな惨状を前にして、世の儚さを想い、私は白い仮面越しに溜め息を吐いた。

 

「エドガー! まだ終わってないからな!」

 

 私のアンニュイな気分を壊しながら、ロックがこちらを見て叫んだ。

 

 目の前の青い竜――ブルードラゴンは、その細長い体を巧みに使って、こちらを翻弄していた。

 

 床を、天井を、壁を、空中を這うように移動し、爪を牙を尾を振るう。

 

 何よりも、鍵爪の手で器用に持った剣が、私達の身に付けた鎧や盾を――熱したナイフがバターをカットするかの様に、易々と切り裂いていく。

 

「厄介でござるな。下手に打ち合えば、拙者の天のむら雲や正宗も保たないでござるよ」

 

 帰ったら刀を研ぐのが大変でござる、と私の隣に並びながらサムライが嘆いていた。

 

「床もボコボコで走りにくいぜ、アニキ!」

 

 ちなみに、主に砕いたのは、マッシュ。お前の技だ。

 

「どうするエドガー?」

 

 両手に持った短剣を構えながら訊ねてくるロックに、私は当然の様に答える。

 

「無論、あの二体のレディ達に傷を付けない様に戦うんだ」

 

 そう言ってティナの方に視線を向けると、竜の振るう剣と破壊の光剣で、一進一退の斬り合いを演じている所だった。

 

 不意を突くように振るわれる尻尾を、ホラー風味の盾から変化した盾で弾き返し、逆に尾に剣撃を浴びせる。

 

 気になるとすればあの竜。水の力を司るようだが、あの二体――女性像と水晶体に効果が及ばない様にしていた。それには、何か意味があるのかもしれない。

 

「カイエン、ロック。私とマッシュで仕掛けるから、念のために盾装備で身を守っていてくれ」

 

 私の言葉に二人は頷くと、ロックは左手のナイフと持ち換えながら――亀の甲羅に酷似した盾を構えた。

 

「承知!」

 

「俺達はエドガー達と違って、戦闘経験が少ないからな。ここは頼んだ!」

 

 調べによれば、ケフカの立て籠る場所はかなり広く、恐らく様々な仕掛けもあるだろう。

 よってパーティーを分担させて進む事になりそうなのだが……何故か私とティナ、そしてセリスとリルムというレディ達を除くと、弟のマッシュ以外は戦闘経験が多くない。実に不思議である。

 

 幻獣達の遺した、魔力の結晶たる魔石。そして、彼らが認め、力を託した者に与えられる様々な恩恵。その内の一つが“魔法”。

 

 幻獣と人間との間に生まれたティナや、人造魔導士のセリスとは違って、自力で魔法を習得出来ない私達にとっては大きな手助けとなってくれた。

 

「行くぞ、マッシュ!」

「おお!」

 

 石床を蹴って、私達兄弟が駆ける!

 

 頭と右手に持ったドリルが激しく回転。そのまま速度を落とすことなく、私はティナと刃を交わす竜へと突き込んだ。

 

 タイミングを見計らったティナが刃を受け流したおかげで、バランスを崩したブルードラゴンの身体に吸い込まれる様に、右手のドリルが突き刺さった。

 

 ドリルの身体を抉る一撃に、苦悶の声を上げる竜。

 

 そこに、鋭い風切り音がするや否や、竜の顔にめり込む――拳。

 

 その衝撃で、刺さったドリルが竜の身体から離れ、私もバックステップで距離を取る。慣れているもので、ティナもその場から離れている。

 

「うおおぉっ! 究極奥義! 夢幻……闘舞っ!」

 

 暑苦し……勇ましい雄叫びを上げて、竜の周りを高速で――両手を高く上げた状態で回る弟。

 

 余りにも速すぎる拳打と蹴撃の動き、小技と小技の繋ぎがあの構えの関係で起こる現象である。

 

 その証拠に、辺りには短く断続的な重低音が響き渡っている。

 

 最後に一発、大きな音を響かせて、マッシュが竜の身体を蹴り宙に弧を描きながら離れる。

 

 竜はそのままバランスを崩し――たお……吼えた!?

 

 完全に理性が飛んだらしい竜の周囲に、無数の魔力で出来た水泡が浮かぶ。

 

 灰色の雲が天井すれすれに発生し、そこから水滴――雨が降り始める。

 

 雨?……いや、これは……。

 

「酸性雨か!? みんな、魔法防御を!」

 

 私の警告を聞くや否や、各自が魔法防御を高める魔法――〈シェル〉を唱える。

 

 カイエン達も覚えていた事に安心して、私も同じ魔法を唱える。

 

 そして……。

 

「え、エドガー……!?」

 

「アニキ!? どうして石造を庇ってるんだっ!?」

 

 ドリルを投げ捨て、着ていたシェルの効果があるコートを脱ぎ、レディの石造に被せる私に、ティナとマッシュからは驚きの声が。

 

「何を言ってるんだ。これは当然の事だろう? 抵抗力の無いレディの像が、酸性雨で傷付いたらどうするんだ」

 

 本当ならティナも庇いたいが……悲しいかな、この私の身体は一つ。

 

 まあ、彼女は盾とシェルで防いでいる為、大丈夫だろう。

 

 もちろん、酸性雨で衣服が傷付いているようなことがあれば、後からコートを着せてあげるのは紳士として当然の事だが。

 

 それと、竜と私達(私とレディの像)の間にある水晶体は、大丈夫だよな?

 

 チラッと視線を向けると、ぼんやりとだが、どこかで見たり感じた様な不思議な輝きを放つ水晶体の中身が、少しだけ見えた。

 

 レディの像と向かい合う形で、黒いマントを膝にかけて座っている黒いドレス状の服を着た……セリスやティナよりはやや年下に見える、少女。

 

 マントの端からは、剣の柄が……見たようなこしらえな気がするが、水晶越しでは良く分からない。

 

 そんな少女の表情は、思わず引き込まれそうになるほど――優しい微笑みを浮かべていた。

 

「アニキ、んなこと言っている場合じゃ……ぶわっ!?」

 

「マッシュ!? ……きゃっ!」

 

 二人の叫びに意識が引き戻される。

 

 ブルードラゴンが解き放った水泡が滝の様な水撃となり、壁の華と化していた二人の方へと、マッシュを吹き飛ばした。

 

 ティナの方にも向かっていたが、盾と光剣を使い水圧に圧されつつも、何とか防いでいた。

 

 そして、私の方には――。

 

「え、エドガー!? 避けてぇ--っ!」

 

「エドガー、何やってんだ!」

 

「エドガー殿!」

 

「アニキー-!!」「ぐふ!」「ぬわ!」

 

 竜の右手が……それに握られた剣が、振り上げられていた。

 

 こちらへ真っ直ぐに振り下ろされる剣を、残った唯一の武器である頭上のドリルで受け止めようと、頭を振りかざす。

 

 ……いくら何でも無理だな。回転していないドリルは、ただの棒に過ぎないのだから。

 

 せめてレイズ……いや、アレイズで生き返れる程度の損傷で済めば良いが。

 

 そんな私の意識を断ち切るように、何か(恐らくドリルだろう)が砕け散る音が響き渡った。

 

 剣で切り裂いているのに、砕け散るというのも凄いな。

 

 そうだ、さっきの水晶体の光。あれは、幻獣達のものと同じものだ。

 

 ……って、おや?

 

「……生きてる?」

 

 頭上の重みも変わっていない。

 

 逃避していた意識がはっきりと戻ってきた私が見たのは、目の前にある白銀の刀身。

 

 それは下から振り上げられた剣の。

 

「この部屋での狼藉は許しません」

 

 

 宙を舞う、鍵爪の付いた竜の手。

 

「それに、父様の剣まで使うとは」

 

 構えられる、良く似た作りの二振りの――雷を纏わせた剣。

 

「この後、貴方が知るのはただ一つ」

 

 それは静かな怒りの込められた、目の前に立つ少女からの宣告。

 

「私の剣の軌跡のみ!」

 

 優雅に、華麗に。ダンスでステップを踏むかの様に。

 

 残った鍵爪を、尾を掻い潜り、懐へと入り込んだ少女。その見た目からは想像も出来ない、幾筋もの剣閃が竜の身体を走る。

 

 それは竜というキャンバスに雷光で描く、芸術。

 

「その魂に焼き付けて、霊界に逝きなさい」

 

 剣を止めてそう言うと、竜に背を向ける。

 

 一見、竜の身には傷一つ無いように見えるが、良く見れば先程までの剣閃が示した通りの、無数の跡が残っていた。

 

 やがて息絶えていた竜は、そこから発生した空間の裂け目――次元の狭間へと飲み込まれていった。

 

「ただし、貴方の身体は次元の狭間に放逐しますが。母様の前に、死骸を晒す訳にはいきませんので」

 

 彼女からはそんな一言があったが、目の前で滅多斬りは良いのだろうか?

 

「エドガー、大丈夫?」

 

「勿論だよ。レディ達を残して、私が死ぬわけにはいかないからね」

 

 刃を消した光剣を、ベルト部分に戻しながら駆け寄るティナに、私は笑いながらそう告げる。

 

「うん、いつもの変なエドガーのまま。良かった。じゃあ、私は三人の方を見てくるね」

 

 あの三人なら大丈夫と思ったが、マッシュが吹っ飛んだ際に直撃を受けた二人は心配だな。

 

 しかし、ティナの看護を受けるとは……。夕食を一品ずつ抜いて、気が付いたら飛空挺に居た雪男にでもあげようか。

 

「いくつか質問があるのですが、構いませんか?」

 

 やや低めだが澄んだ声に気が付けば、私の前に立ちこちらを見上げている、勇ましきレディが居た。

 

 背はティナより高く、セリスよりは低いな。

 

 暗赤色――黒に程近い赤色をした、サラサラと揺れる腰までストレートに伸ばされた髪と……何故か剣呑な光が宿っている、同じ色をした瞳を持つ強気そうな眼。

 

 それにしても、今にも斬りかかってきそうなこの雰囲気は一体……?

 

「言葉は……通じていますよね?」

 

 言葉使いは丁寧な確認だというのに、剣呑な光を宿す目が細められている。

 

「あ、ああ。大丈夫、通じていますよ、レディ」

 

 いかんいかん、美しきレディを前にして。この私が恐怖なんか感じる筈が――。

 

「レディ……? 良く分かりませんが、私の事でしょうか? ですが、それは後です。いくつか質問があります」

 

「何なりと、勇ましきレディ? 私で答えられる事なら何でも」

 

 

 随分と大人びている感じだが、疑問を浮かべた時に僅かに首を傾げた姿も美しい。

 

 変に殺気だっていなければ、なお良かったのだが。

 

「ありがとうございます。最優先事項なのですが、この部屋の惨状は貴方方も関与している……で、合っていますか?」

 

 レディ用のスマイルを浮かべる私に返されてきたのは――その身体から発せられる殺気と、剣呑な光を放つ眼と、水晶越しとは別の印象を抱かせる彼女の微笑。

 

 両手に持つ、たった今伝説の七竜を斬り刻んだ二振りの剣で、部屋を指し示しながら……。

 

 物語に出てくる戦乙女を思わせる彼女は、口許だけの微笑みを私に見せた。

 

 ……さて、どうしようか。

 

 




 
 
 
(注)

 闘舞の説明については、作者のせめてこういう理由で……という願望です。

 レベルに関しては、当時の育成であり決して差別でh


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終わりの終わり 後編

 

 

 この世界で唯一無二の絶対的な存在、それが“神”を名乗るケフカ。

 

 彼の怒りに触れれば――もしくは気紛れで、今この瞬間にも滅びそうなこの世界。世界の命運は、彼の掌中にある。

 

 その“神”の住まう“神の塔”。

 

 世界崩壊……一年前に彼がもたらした世界大破壊。真っ先に破壊されたガストラ帝国の帝都ベクタを始めとして、世界中の残骸を使って彼の魔力で建てられた通称“瓦礫の塔”。

 

 塔に仕掛けられたトラップを、種々様々な魔物を、魔獣を、伝説の竜を! あの時――復活した魔大陸に乗り込んだ時以上の死闘を乗り越えて、最奥を目指して進み続ける。

 

 ケフカの仕掛けたギミックの関係上、パーティーを三つに分けての同時進行。

 

 何故か敵に襲われる事もなく進んだパーティーが一つあったものの、ケフカの待つ本塔だけを目指し進んでいた。

 

 そして、立ち塞がったのは、“神”を守る最後の番人――三闘神。この世界の魔法や幻獣を生み出した、正真正銘“真実の神”。

 

 闘いは熾烈を極めた。

 

 双方の魔法が飛び交う中、傷付く事を恐れず近寄って武器を振るう。その名に相応しい脅威的な力を、見たこともない技を使われ、戦闘不能に追い込まれる事も一度や二度では無い。

 

 それでも、私達はこの先に――ケフカの元に行かねばならない。この世界の悲劇を終わらせる為に……。

 

 

 ――彼等の多くは、特別な力を持たない、ただのどこにでもいるような人間だった。違う所があるとすれば、それは本質である芯――“心”の在り方。

 

 ――出会い、喪失や裏切り、別離に世界の崩壊……様々な経験を重ねていくなかで、平和を願う心と“愛する心”が彼等をここまで育て、導いてきたのだから。

 

 ――そんな彼等の事を見抜いていたからこそ、幻獣達も認め、力を託して逝ったのだろう。

 

 ――背後にある存在を守るのは“あの時”と同じ。そう、永く続いた……続きすぎた戦を終わらせるため。ただあの時と違うのは、永久の終焉。

 

 ――これで最後。そして、この愚かしく永い悲劇の幕を引くのは、彼等にこそ相応しい。

 

 ――だからこそ……

 

 

 

 瓦礫の塔の最上階で、奴は私達を待ち構えていた。一年前に苦渋を味わったあの時と同じ姿で、ただし最早狂気ですら無いものをその身に宿して。

 

 私達が来るのを確信していたらしく、一生懸命考えたというこの最後の舞台に相応しい口上を述べながら、奴はゆっくりと私達を見渡す。

 

 道中を無理矢理突破してきたらしいマッシュ、ロック、シャドウ、カイエン。

 

 

 モグ、赤いの、ガウ、ストラゴスのパーティーは道中は何ごともなく進んでいたが、三闘神との闘いでは苦戦を強いられることとなった。

 

 そして、私、ティナ、セリス、リルムのパーティー。

 

「いやー、それにしても皆さん。良くここまで来て下さいました。でも、変ですねー。出涸らしの三体を倒したら、全てのモンスターがここに集まるようにしてあったのですが。余興が始まりませんね?」

 

 大袈裟な身振り手振りで話すケフカに、私は防塵用のマスクをはめ直す。

 

「仲間が戦ってくれてるよ。私達に願いを託して、命懸けでね」

 

 一番この場に来たかったであろう、彼女が。

 

「つまらん! 滅ぶと分かっていてなぜ作る? 死ぬと分かっていてなぜ生きようとする? 死ねば全て無になってしまうとのに」

 

「大切なのは結果じゃないだろう?」

 

「今、何のために生きているのか、何を作り出すことが出来たのか、守るべきモノは何なのか」

 

「生きている間に、人がその答えを見つけることが出来れば、それで良いんじゃないのか?」

 

 ケフカに対して私が肩を竦めながら答えると、その後にセリスとロックが続いた。

 

「あたしはまだまだ先は長いんだ! さっさと倒されろ、このうひょひょ野郎ー!」

 

「ちょっと……いや、かなりおいたが過ぎたな。痛い目を見てもらうぜ?」

 

「お前一人のせいで世界中の人が苦しんでるでござる! 許せんでござるよ!」

 

「お前は……このままにはしておけん」

 

 リルムが、マッシュにカイエン、寡黙な暗殺者のシャドウまでが口を開いた。

 

 その様子を黙って見つめていたケフカ。やがて、大仰な仕草でやれやれとこぼした。

 

「気に食わないですねぇ。揃いも揃って口答えして。ま、世界の皆さんに知ってもらいましょう。お前達を始末して、希望を持つのは無駄だとね」

 

 そう、最早この場での話などは無意味なのだよ。

 

 生きるか、死ぬか……

 

 否。勝って、未来を勝ち取る……! 世界中の、レディ達の為にもね。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 あの後――かけがえのない場所で、目覚める筈の無い眠りについていた私が、意識を取り戻した後。

 

 大事なあの部屋を破壊したことを認めた彼を断罪しようとした直前で、母様の像にかけられたコートが視界に入り思い止まる。事情を聞いてから、改めて対応することにして。

 

 優しい笑みを浮かべながら、私をレディという変な名前で呼ぶ――頭におかしな物を付けた青年に名前……と言ってもライディナの方だけを教え、“今”起きていることの話を聞いた。

 

 私にとっては少し前の出来事であるあの永い戦い――この時代では魔大戦と呼ばれているものが終わって、およそ1000年が経過していた。

 

 その後の機械文明の発展と、魔法――魔導の再着目とそれに関わるある帝国の栄枯盛衰、そして一人の男の顛末を。

 

 終わった筈のあの悲劇がまた起きていることに、正直ショックを隠せず……目覚めた時に流れ込み、覚えた言葉が間違っていたのではと……思いたかった。

 

 しかし、私の元に集まってくるこの時代に死した多くの幻獣達の想いが、目の前の彼等と共に在った魔石が、それを真実だと教えてくれた。

 

 それならば、私が取るべき手段はただ一つ。

 

 私のことを訊ねてきた青年に、特に隠す事もないため説明をした。ところで、途中の質問にあったスリーサイズとはいったい? 幻獣達も知らないようで、何かの暗号かとも思うも、彼の仲間達から色々言われてその質問はうやむやで終わる。

 

 私の話を聞いて特に反応したのは、青年のパーティーにいた二人。

 

 一人は所縁あるドマ王国の戦士。あの国が今も続いていたことに驚き、また嬉しく思うも、一年前に滅ぼされたということを知らされた。

 

 そのドマに代々伝わる秘中の口伝に、私の城や私らしき少女のことが、ぼやかされて伝わっていたという。ただ、語り継いでいた者も先の件で亡くなったため、最早確認が出来ないとも。

 

 そして、もう一人は……幻獣と人間との間に産まれた子。あり得たかもしれない、私のもう一つの可能性。

 

 あの大戦時だからこその出会い、大戦時だからこその許されぬ状況、大戦時だからこその……終焉。果たされなかった想い。

 

 やはり、この悲劇を終わらせなくてはならない……! この瞬間にも、父様や母様達のような想いが育まれ、新たな命が産まれているのかもしれないのだから。

 

 飛空挺という空飛ぶ船で仲間達を紹介され、私も簡単に自己紹介を行う。そこには子供や、人間以外の者も含まれていた。種族も年齢も性別も超えて、全員で掴む希望。

 

 私も彼等と共に行く約束をするも、その前に自分の目で見に行く場所がありました。

 

 幻獣界を。

 

 帝国との争いで、幻獣達の多くがその命を散らしてしまった。大戦時に共に戦った巨人族――雪巨人だった彼も、幻獣界を護るために戦い……逝ったという。青年――エドガーの仲間に雪男と呼ばれる者がいたため、ふと思い出してしまった。顔などは全く似ていませんが。

 

 飛空挺を飛び立ち、空から見た――あの時代と似た、荒れ果てた世界に胸を痛める。途中立ち寄ったドマで黙祷を捧げると、すぐにその地を後にし、複数存在していた幻獣界に繋がる道を確認していく。

 

 ほとんどの道が塞がっていたものの、一本だけまだ繋がる道を見つけた。

 

 ようやく辿り着いたそこには、何もなかった。幻獣達も、封印された筈の三闘神の像も。話にあった通りに。

 

 確認を終えると、私はすぐにエドガー達の元へと急ぐ。

 

 本当は、直接頂上に行くつもりでしたが、三闘神の力で張られた結界に阻まれて断念。

 

 そう、三闘神。根源にして、元凶。

 

 そして、その“先に待つもの”を、私は理解していた。彼女の方は、理解しているのでしょうか?

 

 飛行したまま近くの入り口から突入し、魔物を斬り捨てながら奥へ。

 

 途中から飛行速度が落ちたものの、趣味の良くない塔の内部を時に駆けて、最奥――本塔への扉を抜ける。そこでは傷付いた異色のパーティーが三闘神の一柱、『魔神』と戦っていた。

 

 迷うことなく、そのまま突進した私は魔神へと両手に持った剣を突き立てた。あの時の様な威圧感も迫力もない、まるで中身がない抜け殻の神に。

 

 他二体もそうであれば、それの意味するものは一つ。ケフカという者に、奪われたのだろうと結論付ける。

 

 魔神が消滅した後、倒れていた者を甦生して、助かったことにだろう――喜ぶご老人と、その異色のパーティーと共に奥に進もうとした所で、急速に高まりつつある殺気に気が付く。

 

 本塔から出ると、他の通路からエドガーのパーティーも外に飛び出してきた。

 

 通ってきた道から迫ってくる、数え切れない気配と……並の戦士なら立っていられない程の殺気。

 

「ライディナ! 君も奥へ!」

 

「ダメです、エドガー。それをすれば、奥で待つものと挟み撃ちされます。幸い、パーティーのいる両端の通路は段差で塞がれているため、真ん中の通路に集中できます。念のために、その入り口も塞ぎます。ですので、早く奥へ!」

 

 エドガーに答えながら、飛行と言うよりは滑空で、斜め下の主通路へ降りる。

 

「駄目だ! マッシュのパーティーがいる場所は、外と直接繋がっているんだ! 奥で合流した方が良い!」

 

 小型の機械で、他のパーティーとやりとりしているエドガー。

 

 それなら……。

 

「そのパーティーに魔石があれば、その繋がっている所に向けて下さい」

 

「それをして……」

 

「早く! 時間がありません」

 

 既に、敵はこの主通路に繋がる扉の前まで迫ってきている。

 

「したそうだ!」

 

 気配を探る……。離れた所に居る幻獣達と繋がり――視覚をリンクさせる。そして、見える穴。

 

「カーバンクル、ゴーレム。力を貸して下さい――封結晶」

 

 頭上の穴を青いクリスタルが覆う。私が眠る時に使ったものと同じもの。ただし、私の力はこの後使うため、大部分をカーバンクルやゴーレム達の力で補う。

 

「ライディナさん!」

 

「ライディナ、あなたも早くこっちに!」

 

「急ぐゾイ!」

 

「ティナ、セリス、ご老じ「わしゃ、まだ若いゾイ!」……ストラゴス。あなた達は、倒すべき者を倒して下さい。それが、世界の人々が望んでいることです」

 

 再深部に通じる最後の大扉を背に、私は主通路の真ん中で待ち構える。

 

「13人で全てと戦うよりも、12人で早くあれを……終わらせて下さい、この悲劇を」

 

「それであんただけ犠牲になってどうすんのさ!」

 

「リルム、私は死にませんから大丈夫ですよ。それに問答の暇があれば、早く倒してきて下さい。その分、私も楽になりますから。……楽に――」

 

「ライディナ。あなたも、もしかして……」

 

 セリスが気付いたようですが、続きを遮る轟音と共に扉が破られる。乱入してくる魔物達。

 

「行こう、みんな! ケフカを軽く倒して、戻ってくればいい!」

 

「ここは私に任せて行きなさい、希望の戦士達! 私の願いも、託します……!」

 

 大型のキマイラを斬り裂き、炎に包まれたモルボルが後続を巻き込んで燃え上がる。

 

「後で、必ず会おう」

 

 乱闘の中で、叫ぶ訳でもないその声が確かに聞こえた。

 

 一瞬だけ振り返れば、心配そうなティナにエドガーが何か言いながら扉の中へと消えていく所だった。

 

 飛行する機械兵を雷撃で攻撃し、墜ちてきたものをそのまま両断すると、段上の扉もクリスタルで塞いでおく。

 

 中からも開かないが、彼等が終えて下りて来る頃には消えている筈。何も、問題はない。

 

 私の力は幻獣達の遺した力。結界に阻まれ断念したものの、懸念事項が一つ。それは、幻獣達を生み出した三闘神の力を奪ったケフカと戦えば、私がどうなるか分からないということ。

 

 消滅させられるなら……もちろん無念ではありますが、まだ良い。問題は、操られて彼等の敵となること。

 

 それだけは避けたかった。

 

 何よりも、この舞台に幕を下ろすのは、私よりも彼等の方が相応しい。

 

「――だからこそ……」

 空飛ぶ目玉の悪魔を切り裂きながら。

 

 あの時と同じ――

 

「ここから先へ進ませる訳にはいきません!」

 

 剣の汚れを振り払い、魔物の返り血を聖火で浄化させながら――。

 

 通路を埋め尽くしながら迫る魔物達を前に、両手の剣を構え直す。

 

「貴方達が知るのはただ一つ。私の剣の軌跡のみ! 私より少し先に、逝きなさい」

 

 

 




 
 
 
next episode ending

 →終焉の時


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終焉の時

 

 

 “神”――ケフカと、彼に挑む戦士達の闘いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。

 

 ケフカへと挑みかかろうとする者達の前で、もはや人の姿を捨てたケフカは背中の三対六枚の羽を使って、大空へと舞い上がる。

 

 そして、戦士達の足下――瓦礫の塔の天井部分から飛び出してきた悪趣味なオブジェを材料に、まるで塔のような像が組み上げられていく。

 

 その像を構成するパーツの中には、三闘神やケフカを模したような物が散見され、神々の像とも言うような様相を見せており、それらからも肌を刺すような膨大な力――魔力が感じられる。

 

「カイエンに〈カッパー〉ゾイ!」

 

「ゴゴー! マッシュの真似をしろ!」

 

 後方からは、誘惑の力を持つ魔物の力を宿した少年に守られながら、老魔導士が攻守や支援魔法をとばし、その横にいる自然の力を扱うことに長けたモーグリは、今では見かけない緑豊かな草原の力を感じさせながら一心不乱に踊っている。

 

 トレジャーハンターの青年は、時に像のパーツの一部を巧みに引き抜き、時に短剣で攻撃を加えながら、仲間に声を飛ばしていた。

 

「マッシュ殿、ゴゴ殿! 奴に狂乱闘舞をしかけるでござるよ!」

 

「「おう!」」

 

 愛刀を鞘に納めて槍へと持ち換えたカイエンは、魔法で一時的に姿を変えて、マッシュと彼の動きを完璧に真似をする――『ものまね師』を自称する以外の全てが謎のゴゴと共に、神々の像へと飛び掛かっていった。

 

 冷静で寡黙な暗殺者が投げた手裏剣は、構成パーツの中でも厄介な力を使うモノを見抜いて、正確にそこへと突き刺さっていく。暗殺者自身が狙われても、彼の勇猛かつ忠実な相棒である愛犬が攻撃を弾き、逆に大きく縦に回転しながらの反撃で砕いてしまう。

 

 ――だが……

 

「こいつら、砕いてもすぐに戻ろうとしやがる!」

 

「おそらく、ケフカからの魔力供給を絶たないと駄目ゾイ!」

 

 ロックが焦りを滲ませながら言うと、魔力を消費し疲労の色が出てきたストラゴスが、上空にいるケフカを見上げながらそう推測した。

 

「「それなら、アニキ! ここは俺達に任せて、アニキ達はケフカを頼む!」」

 

「上は任せたでござるよ!」

 

「奴を……仕止めろ」

 

 仲間達の言葉を受けて、エドガー、ティナ、セリス、リルムは顔を見合わせると頷き合った。

 

「みんな、行きましょう! ケフカを止めに!」

 

 その身に流れる幻獣の力を解放しながら、ティナが。

 

「ケフカ、これで終わりにするわ! 力を貸して、バハムート!」

 

「よーし! すぐに楽にしてあげるよ、うひょひょ野郎ー! 飛んで、ヴァリガルマンダ!」

 

 魔石に宿る幻獣の力を借りて、セリスとリルムが。

 

「ケフカ、永い永い舞台の……幕を引こうか。ラクシュミ!」

 

 頭上のドリルを激しく回転させながら、エドガーも幻獣の力を借りて舞い上がった。

 

 像を蹴りながら、下からせり出している岩の様な物を足場に、四人とケフカは対峙する。

 

「こらー! いい加減にしろー!」

 

「足りない……足りナーイ! もっと、もーっと壊さなくては!」

 

 リルムの怒声を浴びながら、しかし叫び返すケフカからは狂気とは別の何かが、一層強く感じられるようになった。

 

「もう止めて! これ以上の破壊は無意味よ!」

 

「意味のある破壊などつまらん! 意味もなく壊すから楽しいんだよ!」

 

「それなら……私達はあなたを倒して、世界を守るわ!」

 

「無駄だ! 世界も、お前達も、すぐに消える」

 

 ティナとセリスにそれぞれ言葉を返すと、ケフカは魔力を片手に集め始めた。

 

 それを見て身構える一行を気にせず、その魔力は小さく圧縮されていき、やがてケフカの手の中から完全に消えた。

 

 その行動を訝しむ四人を見渡しながら――

 

「命……夢……希望……どこから来て、どこへ行く? そんなものは、この私が破壊する!!」

 

 狂笑を上げながら、ケフカは宣言する。

 

「足下にいる鬱陶しい連中も……その下の目障りな奴もな」

 

 エドガー達は瞬時に理解した。先程の魔力が、この場に魔物を行かせないように足止めをしている、ライディナに向けられたのだということを。

 

 しかしそれに気付いた時には既に、彼らの周りを色とりどりの魔力光が取り囲んでいた。

 

 妖しく流星の様に――ただしゆっくりと、四人の周りを乱れ舞う。

 

 光は徐々に、“神”に仕える天使の姿へと――虚無という神に仕える、心無き天使へと変わっていく。

 

「それでも、止められるかな? この私を」

 

「――止めてみせるさ。世界中のレディーが、私を待っているのだからね。それに、待ち合わせもしているんだ」

 

 機械兵装を手に、ケフカに向けて放ったエドガーのその言葉が、最後の闘いの始まりを告げた。 

 

     ※ ※ ※

 

 

 一閃! 首が。

 

 一閃! 腕が。

 

 一閃! 足が。

 

 本塔から頂上へと繋がる主通路には、押し寄せる魔物達を前に孤軍奮闘を続ける、黒衣の少女の姿があった。

 

 魔大戦の時代に悲劇で引き裂かれた両親の想いと、様々な要因で力尽きた数え切れない幻獣達の遺した力で生まれた少女は、主通路に凄まじい数の死骸の山を築き上げていた。

 

 

 自身と同じ力で出来ている、共に魔大戦を駆け抜けた愛剣と、父の形見である斬鉄剣を手に。

 

 ライディナは無心で剣を振るい続ける。過去の大戦の最後がそうだったように、背後へはただの一体も通していない。

 

 だが――

 

「……はぁはぁ」

 

 右手の愛剣と同様に、自身と同じ力で出来ている黒いドレスはあちこちが破れ、再生が追い付いていない。

 

 左手の斬鉄剣の刀身にも、無数のひびが入っていた。

 

 少女の魔力の大半も、最終戦の場に続く道を塞ぐ為の結界に費やされていた。

 

 押し寄せて来た最後の一体を何とか斬り倒すと、ライディナはその場に膝から崩れ落ちた。

 

 存在しない血こそ流れていないものの、その身体にはいくつか傷跡が残されていた。

 

「……これで……はぁはぁ……こっちに来たのは全部……くっ……ですね」

 

 倒れた体を、何とか立たせようと両手に力を込めるが、上手く力が入らない。

 

 敵はまだ、外壁から侵入しようとしている敵がまだいる筈だが、最早ライディナにはそこまで行く力は残されていなかった。

 

 手すりも使って、ようやく体を通路の壁にもたれさせる。

 

 そのような状態で、何故かライディナは満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「ふふ……あの者達は、上手くいっているようですね。三闘神――その力を持った者を倒せば、この世界から魔導の力は全て消える。そう……全て」

 

 自身から少しずつ消える力は、三闘神の力が失われていっている事を示していた。

 

「私は、母様の所に逝けるのでしょうか? せめて、幻獣達と一緒の所に逝ければ良いのですが」

 

 体を壁に伝わせて、持ち上げていき、身体の傷跡だけは消す。

 

 そして、せめて“魔大戦”の終わりだけでもこの目で見ようと、上階に向かおうとした時――

 

 忽然と、ライディナの目の前――頂上部に繋がる扉の前に、異形の大型生物――魔獣が現れた。

 

 その体には、壊れた歯車などの機械部分も見られる。

 

「な……!?」

 

 余りにも唐突な出現にライディナは虚を突かれ、そして消耗仕切った身体は咄嗟に動けずに、魔獣が無造作に振るった前足の一撃をそのまま受けてしまう。

 

「――かはっ!?」

 

 吹っ飛び床に叩き付けられると、身体に走る激痛に顔をしかめる。

 

「まさか……より強く、直接的に三闘神の力を宿した……くぅっ……魔獣ですか……」

 

 消耗とは別に、幻獣を生み出した源である三闘神の力は、直接ライディナの力を削っていた。

 

「我が名はアルテマ。太古に作られし最高の力にして、時の彼方に忘れ去られし存在。朽ち果てる前に、我が導き出した答えを改メてシメそう。弱きセイメイタイよ、キエサレ!!」

 

 魔獣から放たれた膨大な量の炎を、ライディナは避けようともせず……いや、避けようにも、起き上がろうとして片膝を着いたまま動けない状態で浴びる。

 

 いつもならば吸収出来る筈の炎は、ライディナに回復と消耗、二つの効果をもたらした。

 

 炎の中で、少女がふらつきながらも立ち上がるのを見て、魔獣も普通の炎は無意味と悟り止めた。

 

 姿勢を低くして身構える魔獣を見て、ライディナもまた荒い息を吐きながら二剣を構える。

 

「私が倒されるか……魔獣を倒すか……決着前に魔導の力が消えての相打ちか……」

 

 互いに少しずつ、間合いを調整する。

 

 魔獣は離れ、少女は詰める。

 

「どちらにしても勝者はいな……いえ、上の決着が付く前に倒される訳にはいきませんね。上に行かれて、パワーバランスを崩す要因になられては、厄介です」

 

 ケフカと魔獣が両方生き残ってしまえば、自分達は完全に敗北になってしまう。それは、ライディナには看過出来ないこと。

 

「それにしても、私の最期の相手が貴方とは。よくよくこのタイプの魔獣とは、縁があります……ね!」

 

 消えそうな程弱々しい魔力光に包まれて、淡い光の尾を引きながら少女は地を蹴って魔獣に斬りかかっていった。

 

 魔導の力が消えれば消え行く運命の一人と一体の闘いは、互いに消耗した状態で開始された―― 

 

 

 闘いは膠着状態……いえ、私の方が押され気味で進んでいた。

 

 消耗した状態で始まった私と違って、あちらはある程度の魔力を持った上で、尚も供給され続けているため。

 

 その証拠に、魔獣はその高い知性を活かして、時々私が吸収や防げない魔法を放ってきている。

 

 半ばから折れてしまった斬鉄剣で、〈バイオ〉の魔法を薙ぎ払って打ち消すと、私はかろうじて残っていた手すりに背中を預ける。

 

 私の周囲――主通路やその周辺は既に、その殆どが原型を止めていない。

 

「しかし、どうやら私達の勝ちのようですね。あの戦士達は、ケフカを……魔導の幕を引いてくれそうです」

 

 近くの二ヶ所の扉を封じていたクリスタルも解除して、私の消費を抑えている。

 

 私の愛剣も、いつ砕け散るか分からない状態。

 

 それでも――

 

「あの大戦から続く、悲劇に巻き込まれた全ての命の為に……ようやく得られる、終焉を求めて……!」

 

 ふと、彼等との別れた際の言葉が思い出された。

 

 預けていた背中を手すりから離して、私は魔獣に向けて愛剣を突き付ける。

 

「私は貴方を倒し、先に進ませてもらいます」

 

 後で会うというのなら、ここで負けるわけにも、この場で消滅するわけにもいきませんから。

 

 私からの攻撃の意思を理解したのか、魔獣がその魔力を解放し、巨体を強い魔力光が包んでいく。

 

 それは魔獣の名前と同じ名を持つ、究極の魔法の光。

 

 そして、今の私が斬りかかるより早く、魔獣の魔法が発動する。

 

「〈ア ル テ マ〉!」

 

 迫り来る、破壊のために作られた魔獣からの破壊の魔法。

 

 狭い通路状で私に出来るのは、腕をX字に組んで防御に集中することだけ。

 

「防結晶!」

 

 私の前面に青いクリスタルが、透明な壁状に広がっていく。究極魔法が、壁面に沿って迸っていく。

 

 やがて、眼を明けていられない輝きの中で、何かが砕けていく音が聞こえ――。

 

 甲高い澄んだ音を上げてクリスタル壁が砕け散ると同時に、私の身体は簡単に弾き飛ばされ部屋のどこかの壁へと叩き付けられた後、意識が途切れる。

 

 意識を無くしていたのは、ほんの数秒だったようですが……。

 

 壁にめり込んでいる、痛みを感じなくなってきた身体を動かす。

 

 今のアルテマは、私の中の幻獣達の力をかなり削り取ったらしく、左腕の感覚が全くありません。

 

 父様の剣、後で探さなくては……

 

 片眼を開けると、霞んでほとんど見えない視界の中で、ゆっくりとこちらに迫る巨体の姿がぼんやりと映る。

 

 あの魔獣も、万全の状態ではない様子。恐らくは、彼等に倒された個体に魔力を注いで、一時的に蘇生させたものなのでしょう。

 

 魔法を使う程の魔力が残っていないのか、トドメを刺すべく近寄る魔獣。長い尻尾らしきものが振り上げられている。

 

 しかし、剣を構成されていた力も失われ、私自身にももう動く程の力は……

 

 そんな時、視界の端に暖かい光が……

 

 あれは、魔石?

 

 それに、魔石から放たれるあの光は……

 

 光に照らされ、床から浮かび上がる折れた剣。

 

 光が徐々に形作られていく。

 

 八本脚の大型の馬と、それに跨がる大柄な戦士。

 

「父……様……?」

 

 私の声に呼応するかの様に、父様の駆る馬は空中を走り、折れた斬鉄剣で私に向けられた尾を両断する。

 

 私の周囲に、どこからか七色の光が集まってくる。

 

 強い魔力を秘めたそれらは一つに合わさると、魔石へと姿を変えると、私の方へと――

 

「この力は……まさか……さんと」

 

 魔獣を翻弄していた父様は私の左腕に、魔石は私の胸元に重なる。

 

 折れた斬鉄剣を持った左腕が再生され、身体に魔力が満ち、傷付いた身体が癒されていく。

 

「『我等の過ちゆえに』『多くの血を流しすぎた』『消え行く我等の残滓、汝に託そう』」

 

 私の口から出たのは、三柱の声。

 

 右手を見ると、姿を取り戻した相棒たる剣の姿。

 

 そして、三柱の神々が語る通り、身体に満ちた魔力はすぐに尽きることだろう。

 

 今はまだ繋がっていますが、もし、目の前の魔獣にケフカが三闘神の力を移して自分から独立させてしまえば、ケフカを倒しても魔導の力は消えないのかもしれない。

 

 その魔獣を封印してしまえば、私も在り続けられるのかもしれない。

 

「しかし、魔導の力は多くの悲しみを生み出しすぎました。必要ないのです、この力は……!」

 

 ティナ。貴女にはまだ、まだ可能性があります……。

 

 どうか、貴女だけでも……

 

「――今再び、魔導の力流るる時。この世に遺すはただ一つ、我等が魂の軌跡のみ!」

 

 溢れんばかりの魔力を放ち、魔獣に向かって私は飛ぶ。

 

 怒りの咆哮を上げて、振るわれる前足を斬り飛ばす。

 

 宙を舞ったそれは、そのまま消滅していく。

 

 そのまま、魔獣の身体に深々と剣を突き込むと、刀身に伝わらせた魔力を――かつては天地を崩壊させたと言われた力を解き放った……

 

 

 

 かすかに身体に伝わる振動。

 

 意識を取り戻した私が見たのは、白い毛に覆われた顔――確か、彼等の仲間の雪男。彼に抱き抱えられているようです。

 

 かろうじて動く首を動かし周りを見ると、心配そうにこちらを見ている戦士達。

 

 ここは、塔の頂上部のようです。

 

 飛空挺で待機していた二人が居るということは、彼等の救援に来たのでしょうか。

 

「ケ……フカは……?」

 

「倒した。終わったんだ」

 

 私の問いかけに、エドガーが答えた。

 

 終わりましたか……。

 

「ケフカの野郎が、魔力で作っていた塔が崩れる前に、脱出しようぜ!」

 

「よし、テレポで……!」

 

「いけ……ません」

 

 魔法が消えつつあるこの状況でテレポを唱えるのは、リスクが大きすぎます。

 

「ケフカを倒して魔法が消えつつあるのなら、テレポが変に発動するかもしれないわ」

 

 セリスが私の言いたい事を察してくれたようです。

 

 

「走って出るしかないか。みんな、急ぐぞ!」

 

 メンバーが順に下りて行く中、私は雪男に一言告げると、外が見える一角に下ろしてもらう。

 

「ウーマロ? ライディナ、どうした? 急がないと――」

 

 エドガーがそれに気付いて声をかけてきますが……

 

「私は……ここで」

 

「何を……って、そうか……そういうことか」

 

 私のことに思い至ったようです。

 

 下に向かわずに、私の所に駆け寄ってきたエドガー。

 

 そんな彼に、私は左手に握ったままだった折れた剣を手渡した。

 

「また……行くことがあれば……この剣をあの城に」

 

「分かった。任せてくれ」

 

「では、行って下さい。最期は……見られたくありませんので」

 

「助けられなくて、すまない」

 

「助けてもらいました。貴方達は世界を救い、私の願いを叶えてくれました……十分です。さぁ、崩れる前に」

 

 立ち上がった彼は、一度だけ振り返りはしたものの、ウーマロと一緒に仲間を追いかけていった。

 

 誰も居なくなった場所で、私は残っていた魔力を塔へと伝わらせる。

 

 彼等の脱出まで、僅かな時間でも保てば……

 

 感覚が無くなったこの身には、もう時間の感覚が有りませんが、やがて塔の下部から伝わる崩壊の振動。

 

 そして、私の身体は少しずつ無数の光の粒子となって……

 

 

 

 “どこか”に向かう私が最期に見たのは、蘇る緑と海を眼下に、青空の中を飛ぶ一隻の空飛ぶ船。

 

 銀髪の青年が操る飛空挺とそれに乗る戦士達、その船首に立つ――人間と幻獣から産まれた少女。

 

 貴女だけでも、人間として残れて……良かっ……た……。

 

 

 

 それが

 

 戦乱の時代に生まれ、戦の終焉を求めて駆け抜けてきた少女が

 

 どこかへと消え行く間際の、最期の想いだった。

 

 

 時のフィガロ国王が、一つの城を封じたという話がある。

 

 その城にあるのは三つの石像のみ。

 

 祈りを捧げる女性の像と、馬を引き、女性の像に折れた剣を掲げる大柄な騎士像。

 

 そして、その両者を微笑みながら見つめる少女の像があるという。

 

 しかし、それがどこにあり、嘘か真実かさえも誰にも分からない。

 

 記録には何も残されていないのだから……

 

 

    ーfin ?ー




 
 
 
 

終焉を求めて の閲覧ありがとうございました。

この様な終わり方となりましたが、いかがでしたでしょうか?

読まれての感想、要望等ありましたら遠慮なくお寄せ下さい。

なお、モルボルやトンベリを引き連れての脅迫等はご遠慮下さい(切望)


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