異種族ハーレムを作るぞ? (Amber bird)
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プロローグ
第1話


「どうして……どうして、こうなったんだろう?」

 

 見上げれは雲一つない晴天。

 

 長閑な平原には遠く険しい山々が、左を見れば見事な透明感漂う湖。

 その畔には古代ヨーロッパの石造りの城塞都市みたいなモノが見える。

 

 正に王道ファンタジーな世界だ……

 

 しかも僕の周囲には人間は一人も居ない。そう、一人もだ!

 右隣を見れば、素直クールでスレンダーなゾンビ美少女。左隣を見れば、女王様で巨乳な下半身ヘビな美女。

 

 頭の上には……

 

「ほら、お兄ちゃんボヤボヤしない!次の敵が来るゾ」

 

 肩車の要領で頭にしがみ付く美幼女幽霊。彼女はしっかり者のツンデレ幽霊だ……

  正面を見れば、草原を走ってくる狼のような動物。その数五匹。

 

 狼のようなと言うのは、アレに頭が二つ有り大きさが牛ほどあるからさ。

 僕の知識ではケルベロスみたいだけど、此方では双頭狼らしい。まぁ僕らは狼モドキって呼んでるけどね。

 

 とにかく、明確な敵意を示す相手に適切な対応をしなければならない。

 

「ゾン子ちゃん!接近されるまで弓で攻撃」

 

 隣で既に臨戦態勢なゾンビっ娘に声を掛ける。

 

「ゾン子ちゃんって言わないで……ちゃんと名前ある。君はいつも人の言うことを聞かないね」

 

 文句を言うが、素直に弓を構えてくれる。

 

「ヘビ子様。ブレスの準備を……攻撃範囲に入ったら一声掛けて攻撃してください」

 

「ふふふふ……その呼び方を直しませんと、今宵も主様をベッドの上で締めますわよ」

 

 妖艶な笑みを向けてくれますが、締めるとは文字通りそのヘビな部分で体を三重巻きにされます。

 あはは・うふふ、な展開でなくデッドかアライブな関係ですから。

 

「ツンデ霊子!皆に補助魔法の準備を。僕も弓で迎え撃つが、ヘビ子様のブレス後は突っ込むよ」

 

 頭の上に浮いている美幼女に声を掛ける。

 

「なにそのツンデ霊子って?お兄ちゃん変な薬でもキメてないよね?」

 

 ポカポカと頭を叩かれるが結構痛い。それに怯まずクロスボゥを構え、大まかな指示を出す。

 

「ゾン子ちゃん、先頭のヤツを同時に狙うよ」

 

 先頭の狼モドキの額を狙い攻撃。和弓のゾン子ちゃんは曲射。クロスボゥの僕は直射。

 互いに狼モドキの顔を射抜いた。血飛沫をあげて倒れる狼モドキ。しかし他の四匹は怯まず接近してくる。

 

 そのスピードは思ったより速く、二射目は間に合わない。

 

「主様、ブレス逝きますわ!」

 

 ヒュウと息を吸い込んだヘビ子様の口から、青白い炎が残り四匹の狼モドキを舐めるように燃やしていく……

 灼熱の炎が狼モドキと大地を燃やしていく。毛皮が焦げる何とも言えない異臭が辺りに漂い始めた。

 

 しかしいつ見ても凄い威力だよね。

 

 種族的能力らしいが、別に体内に炎を生成する器官があるわけでなく、舌の上に現れる魔力の篭った炎を吐き出す感じだ。

 因みに毒の息や吹雪を吐く亜種の方々も居るらしい。では弱って足を止めた狼モドキ達に追撃だ!

 

「みんな、補助魔法掛けるよ。ブースト」

 

 ツンデ霊子の掛け声と共に、キラキラと体に光る粒子が纏わり付いて体が軽く力強くなった。

 僕はクロスボゥをその場に置いて、腰に差していた片刃の剣を抜く。ゾン子ちゃんは薙刀、ヘビ子様は長柄の斧を各々構えた。

 

「突っ込むぞ!」

 

 弱り切った狼モドキに襲い掛かる。一番近くのヤツの脇腹に剣を突き立てれば、狼モドキは絶叫を上げながら息絶える……

 

「次っ!」

 

 残りの狼モドキを攻撃しようと振り返れば、残りは既に絶命していた。首を刎ねられれば、幾らなんでも生きてはいまい。

 ゾン子ちゃんは薙刀で綺麗に首を切断し、ヘビ子様は力任せに叩き切っていた……返り血の付いた彼女達は、恍惚の表情だ!

 

 美しいのかスプラッタなのか判断に困る。

 

「ピロリロリロリーン!」

 

 突然、頭の中でファンファーレが鳴り響く。ああ、レベル上がったのか……脳内で文字が流れる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

Level 28

HP+12

MP+18

筋力+3

体力+3

知力+7

素早さ+5

運+2

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 うん、微妙に運が低いのが現状にマッチして悲しいけど納得だ。

 しかも知力のみが上がってくんだよね、数値の上がりによって持てなかった物が持てるようになったり理解できないことが何となく分かったり……

 だけど肉体を酷使した戦闘で知力が上がるって何だろ?アレかな、作戦を考えるから?

 

 日々の筋トレが無意味なシステムだが、経験値が分からないので戦闘以外でレベルアップするのかが不明なんだ。

 

「お兄ちゃん、ボサッとしない!ファイヤー」

 

 最後の一匹が僕に飛びかかってきたところをツンデ霊子の魔法の炎で撃退する。

 

「キャイーン!」

 

 断末魔の鳴き声をあげながら、燃えていく狼モドキ……プスプスと黒焦げになった亡骸から、良い匂いが辺りに漂う……

 

「ぐう……」

 

 ブレスは生焼けで体毛が焦げて嫌な臭いだったが、ツンデ霊子の魔法で更に焼かれた狼モドキは良い匂いがする。

 なので盛大にお腹の虫が騒ぎ出した。モンスターの焦げた匂いで空腹を感じ、思わず真っ赤になってしまう。

 

 随分とこの世界に馴染んでしまったものだ……

 

「あらあら、主様のお腹は正直ですわね。ではコレで昼食にしましょう」

 

 ヘビ子様は、これでも元主婦のために料理の腕は良い。

 旦那様も同種の方だったらしいが、意に沿わない相手だったらしく……それって怖い話で詳細は聞けなかった。

 彼女は黒焦げの狼モドキの皮を剥ぎ、肉を削ぎ落としていく。

 程良く焼けて食べられる部分を選別し不要な脂身や筋を取り分けば、あら不思議?ローストビーフっぽい何かに早変わり!

 

 その仕草は台所に立つ若奥様のようだが、使っているのはハンドアックスと大振りの鉈だからなー……器用だよね?

 

 力が大変強い彼女は、厳つい武具が大変よく似合う。別にムキムキじゃなく普通にしなやかで柔らかいんだけど。

 何故か上半身はビキニアーマーに薄いショールを纏うだけなんだよね。

 鋼鉄製のブラジャーみたいで、屈んだりすると隙間ができてえらいことになるぞ!

 

 いや、なってますぞ!

 

 彼女は紫のロングヘアーを無造作にバレッタで纏めている。瞳の色は金色で肌は抜けるように白い。上だけ見れば絶世の美女なんだが……

 

「私は生焼けの方を貰う」

 

 ゾン子ちゃんは自分が首を刎ねた狼モドキの腹に手を突っ込み食べ始めた。コラコラ、手掴みはマナー違反ですよ。

 それにモツは火を通さないと、お腹を壊すって!

 

 彼女は黒と白を基調としたゴスロリファッションで、頭に小さな帽子を載せている。ヘビ子様同様に防御力はとても低いだろう。

 黒い瞳に黒髪のボブカット。青白く不健康な肌色だが、不思議と腐敗はしていない。短いスカートにオーバーニーソックス。

 

 動きが機敏なゾンビって、物凄く不条理だよね。

 

 因みにパンチラ見放題のサービス精神が旺盛な女の子だ。大体パンツは縞パンで、青白を多用しているが他にも何種類かある。

 僕的には薄いピンクに白が良いと思う。誘うようにヒラヒラ捲れるスカートの中には、何時も女性の神秘が隠れているんだ!

 一人称が僕だし、素直クールな美少女だが死して200年物の大変貴重なゾンビ?っ子だ。

 

「私は良いや。今晩、お兄ちゃんの精気貰うから」

 

 頭上の美幼女は、この世界に飛ばされて初めて憑かれた幽霊だ。

 本来は廃墟となった城に棲み憑いていたのだが、ひょんなことから僕に鞍替えした。

 気を抜くと、足腰立たなくなるまで精気を吸いやがる危険な洋ロリだ。普段は薄く透けているが、実体化もできる。

 どこかの幼稚園の制服みたいな物を着込み、金髪をツインテールにしている。

 瞳の色がエメラルドで高貴な雰囲気を醸し出しているので、生前は貴族の娘さんだったのだろう……

 

 頭の上で捕食者が騒いでいるのを無視して、リュックからランチョンマットと食器を出して食事の準備を手伝う。

 並べたお皿にヘビ子様が粗塩と胡椒で味を調えた肉を乗せてくれる。

 

「はい、主様。沢山食べて精力を付けてくださいな」

 

 500グラムはありそうな肉の塊。だけと食べやすいように切り分けられている。

 そこにヘビ子様の愛情を感じてしまうが、肉オンリー肉だけの昼ご飯。だけど我慢できないほどの良い匂いだ。

 

「……頂きます」

 

 最初は抵抗があったモンスターの肉。しかし、この世界では当たり前の食材だ。

 一切れ口に入れて噛み締めれば、野趣溢れる味だが不味くはない。

 

 意外と旨い!

 

 猪とか熊や鹿に馬とかも食べられるんだし、モンスターは食べられないって先入観はいけないよね?

 ランチョンマットの上で、下半身ヘビな美女と向かいあって肉を食べる。

 

 隣ではダイナミックな手掴みで食事をするゾンビ美少女。

 

 頭の上でフワフワ浮く幽霊。

 

 僕が放り込まれた世界は、めっさファンタジーだった!

 

「ヘビ子様、お代わり下さい」

 

「はい。今夜も張り切るためにたくさん食べてくださいな。それとちゃんと名前で呼んでくださいね」

 

 新しい肉をお皿に乗せながら、サラリと危険なことを言ってくれましたぞ。

 

「ははははは……お手柔らかにお願いします」

 

 ゾン子ちゃんもヘビ子様も普通の食事で栄養補給ができるが、効率が良いのは人間の精気らしい。

 そして僕の精気は、この世界では有り得ない濃度らしいが……ツンデ霊子は精気のみで体を維持している。

 実体を常に持たない彼女には、飲食は無理らしい。

 

 因みにヘビ子様の精気を吸う方法は、体を巻き付けてのキス。

 ゾン子ちゃんは、ハグしながら体のどこかを甘噛みだ。

 

 二人共、ワザとなのかスキンシップしまくりの食事方法だが、それだけだ。それ以上には進展しない。

 多分、その先に進むと取り殺されるくらいに精気を吸われてしまうのだろう……だから一歩手前で我慢してくれているんだ。

 

 その心遣いは大変嬉しいが、問題はソコじゃない!

 

 因みにツンデ霊子は……僕の肩車しながら頭をポカポカ叩いたり、髪の毛を引っ張ったりすると補給できるそうだ。

 なんの旨味も無い方法で、僕の精気を毟り取る洋ロリめ!上の二人を少しは見習えよ。

 

 でもヘビ子様のキスは情熱的で嬉しいが、感極まると締め付けがえらいことになるので程々でしか楽しめない。

 ゾン子ちゃんのハグも同様に、興が乗ってくるとマジ噛みになるので喰い千切られそうになるんだ。

 

 エロも命懸けだが、寸止めなんで笑えない。

 

 こんなファンタジーな世界でも、人間は簡単に死ぬし怪我の治りも悪い。

 体力を回復したり傷を癒やしたりする魔法もあるが、間に合わないときはアッサリ死ぬからね。

 狼モドキの肉を咀嚼しながら、この世界に飛ばされたばかりの頃を思い出す。

 あれから6ヶ月ほど過ぎたが、全く帰れる手段も方法も手掛かりさえも分からない。

 

 日々、彼女達とハンターモドキな生活の日々。

 

 黄昏から戻ってみれば、彼女たちが狼モドキの牙を抜いていた。

 このファンタジーな世界では、モンスターを倒してもお金もアイテムも落とさない。全て現地調達だ!

 だから動物系なら牙や毛皮を剥ぎ、人型なら装備品を頂く。人間の盗賊も同じ扱いだ。襲ってきたら倒す。

 

 倒したら装備品・所持品を根こそぎ奪う。

 

 たまにショボいヤツが大金を持ってたりするのが楽しい。

 逆に苦労して倒しても、ボロボロにすると買取が安くなり美味しくない。この辺が妙にリアルな設定だ。

 

 僕は、この世界をゲームの中に取り込まれたんじゃないかと思っている。

 もしかしたら夢なのかもしれない……しかし夢にしては体感時間が長すぎる。

 幾ら何でも半年以上の日常を体験するには一晩の夢では不可能だ。

 

 仮に、仮に最悪の場合。

 

 本体が怪我か病気で植物人間みたく寝たきりってことも考えられるが……それならば余計に意識が戻る確率は低いだろう。

 半年も寝たきりの病人が回復するとも限らない。仮に回復はしたが、重大な後遺症が残るやもしれない。

 どちらにしても、この世界には魔物は居るが魔王は居ない。貴族や王様は居るが勇者は居ない。

 

 温いロープレな世界観。

 

 神の視点で分かる自分や他の連中のステータス。だけど死ぬことは簡単な世界……

 ゲームの死亡はリセット可能だが、それを確かめる勇気も無い自分。

 

「お兄ちゃん、ボケっとしない。ほら、早く片付けて移動するヨ!」

 

「主様。あと何匹か狩ったら帰りましょう。大分換金が楽しみですわ」

 

 彼女の持つリュックの中身は、倒したモンスターの体の一部が詰まっている。換金すれば、一月は働かなくても大丈夫な金額になるだろう。

 

「分かった分かった。さて、出発しようか」

 

 ランチョンマットから立ち上がり、お尻を叩いて埃を落とす。

 食器類は既にヘビ子様が片付けているので、あとはランチョンマットを畳むだけで出発だ。

 



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おませなツンデ霊編
第2話


 気が付けば抜けるような青空を見上げていた。

 首の後ろには芝生に寝っ転がったみたいに、チクチクした感触と瑞々しい草の匂い。

 

「アレ? いつの間に外で寝てたんだっけ? 確か夕べは新入社員の歓迎会で横浜で飲んで、終電を逃してタクシーで帰ったはずでは……」

 

 昨夜の自分の行動を思い浮かべる。

 

 19時から会社の新入社員歓迎会で、近くの焼鳥屋に飲みに行った。店を出たのは21時過ぎだ。

 その後、同僚数人で二次会で贔屓のキャバクラに行って女の子たちと1時間ぐらい馬鹿話をしたな。

 目当ての女の子のメアドをゲットできたんで、明日にでも一人で行こうと思ってたんだ。

 キャバクラで盛り上がったんで、三次会にカラオケに行った。

 

 終電が心配だから駅前のシダックスに行って……

 

 結局、延長しちゃって店を出たのが0時を過ぎていた。で、終電が無くてタクシーで帰ったんだ。

 

 よし、ちゃんと覚えてるぞ。

 

 1時半頃自宅に着いて、風呂に入って目覚まし時計を7時にセットして寝た。たしか2時半頃だった……

 記憶が確かなら、この拉致られて此処に放り出されるまで、そんなに時間は経ってないはずだ。

 空腹感も無いし、太陽の位置からしても午前中な感じだし……

 

 僅か6時間程度で、僕をここまで運べるわけが無いじゃん!

 

 とにかく、起き上がって服に付いた汚れを払う。

 右手で叩いた服を見れば、ゴワゴワして肌触りの悪い分厚い生地の長袖・長ズボン?

 

「こんな服、持ってたかな? 田舎で農作業するような格好だけど……何だろう、コレは棍棒?」

 

 左手が重いと感じていたら、何か先端に向けて太くなっている全長1mほどの棒を持っていた。

 他に何か有るかと服を触りまくっていると、腰に括りつけた袋が3つ。

 1つ目の袋には、歪な銀色の硬貨が80枚ほど入っていた。

 

 何だろう、どこの国の硬貨だろう?と考えたら突然、頭の中に『80G』の文字が!

 

「なっ?何だ……いきなり文字が頭の中に?電波か?電波なのか?」

 

 辺りをキョロキョロと見回して、更なる異常に気が付いた。

 

「ココドコ?ワタシはナゼにコンナばしょにイルんダ?」

 

 混乱のあまりセリフにカタカナと平仮名が混ざってしまった。無理も無いと思う。

 

 見渡す限りの平原、相当遠くに険しい山々。

 

 割と近くには小川があり、その先に芥子粒のように見えるのは、石造りの城塞都市? 常識的には有り得ない。

 拉致されて大自然のど真ん中に放置プレイなんて!どうやって家に帰れば良いんだ?そもそも日本か?

 あんな視界の果ての街まで、どうやって移動するの?

 

 自慢じゃないが会社の定期健康診断では毎回運動不足を指摘され、体重は右肩上がり。これが営業成績なら、どれだけ嬉しいか……

 

「取り敢えず落ち着け。深呼吸、深呼吸するんだ!ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」

 

 多少落ち着いたので、残りの袋を確認する。2つ目の袋を開けてみる。

 

「なんだ、この草?ホウレン草みたいだが?コッチの草はルッコラみたいだけど……」

 

 何故か青々とした葉野菜が入っていた。また頭の中に文字が浮かぶ。

 

『薬草×8 毒消し草×8』

 

 薬草?毒消し草?何だろう、某竜のクエストみたいなんだけど?

 

「まっまさか?僕の中の中学2年生が暴走中?すると僕は……ゆっ勇者ダー!」

 

 雄叫びと共に、拳を天に突き上げる!今度は頭の中にパネルが表示された。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

職業 : 見習い戦士

称号 : 薄幸の異邦人

レベル : 1

HP : 20

MP : 2

筋力 : 8

体力 : 5

知力 : 4

素早さ : 6

運 : 1

装備 : 棍棒 布の服

所持品 : 薬草×8 毒消し草×8

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何てコッタイ、僕の中の中学2年生は現在進行形でヤバい方面に大暴走中だ……ヤバイヤバイヤバイ、頭がイカれちまったのか?

 その場で頭を抱えてしゃがみ込む。いい歳をして鼻水を垂らしながら泣いてしまう。

 突然訳分からない場所に放り込まれ、周りに誰も居なければ仕方ないだろ?今後の方針すら決める要素が全く無いんだ!

 

 途方に暮れて、声を殺して泣き続ける……どれくらいだろうか?

 

 涙が枯れて鼻水で顔が酷い状態になり、すっかり疲れ果てた状態で寝てしまっていた……

 周囲を見回せば、すっかり薄暗くなり、昼間の爽やかな雰囲気から一転し不気味な感じがしだした。

 

「ヤバイぞ……運1の僕でも分かる、良くない感じがヒシヒシしてるぜ」

 

 何か変な音が聞こえる……

 

「何だろう?お祭りの屋台で買った水風船で遊んだときのバインバインって音に似ている」

 

 水ヨーヨーのアレな音だ。音のする方を確認すると……アレは何だろう? 直径50cmぐらいの何かが跳ねながら近付いてくる。

 

「何だ、あのバランスボールみたいな物は?」

 

 バインバイン跳ねてくる塊は3つ。馬鹿面下げて近くに来るまで見つめてしまった。

 いや、頭の片隅では分かっていたが認めたくないとフリーズしてしまったんだ。

 目の前に現れたそれは、多分ファンタジーな世界で有名なスライムって奴だ。

 

「僕の中の中学2年生は絶好調じゃねーか! うわっ、地味に痛ぇし」

 

 突然の体当たりに、思わず動揺してしまう。

 

「うわっ、痛い痛いって……」

 

 続け様に残りの2匹の攻撃脇腹と太股に受けた。ドッヂボールを至近距離でぶつけられた痛み。また頭の中に文字が浮かび上がる……

 

『野良スライム×3』

 

「野良って何だよ?飼えるのかよ?」

 

 どうやら攻撃は交代制のようだ……先制攻撃か不意打ちかは知らないが、野良スライムは一度攻撃した後はその場でバインバインと跳ねている。

 手持ちの武器は……棍棒だけか?僕は思い切って振りかぶり、真ん中の奴に棍棒を振り下ろした。

 

「こんちくしょーが!」

 

 ガッて鈍い音と共に、棍棒は大地に深く突き刺さる!

 

『痛恨のミス!』

 

「何じゃそりゃ?」

 

 頭の中に浮かんだ文字に突っ込みを入れてしまった。

 

「痛っ、痛い痛いって……」

 

 また三連続で攻撃を受けた。

 

『ダメージHP-1×3 残りのHP14』

 

 頭の中で浮かび上がる文字に突っ込む。

 

「こんな攻撃でも、あと14回受けたら死ぬんかい?」

 

 確かに痛いが、痛いダケで我慢できる痛みで死んでたまるかー!

 怒りに任せて棍棒を振り下ろす。バチュンという水風船が弾けたような音がして、体液を飛び散らかしてスライムを倒した。

 

 あと2匹だ。

 

 飛びかかってくる野良スライムの動きをよく見たせいか、今度は避けることができた。落ち着いて殺れば勝てる。

 残りの野良スライムを倒すために棍棒を構えなおす。混乱しているが、ここで戦わないと死ぬことは理解できる。

 

「うわぁー!」

 

 雄叫びをあげながら、野良スライムに吶喊(とっかん)した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ブヨブヨした不透明の体液がこびり付いた棍棒を放り投げる。周りには粘液が飛び散り、自分自身もベトベトだ。

 最後の野良スライムを倒した直後、頭の中に浮かんだ文字。

 

『経験値+3』

 

 ああ、野良スライムは一匹当たり経験値1か……お金は落とさないんだ。中途半端なリアル設定め!

 どうやら僕はゲームの世界に入り込んでしまったらしい。

 

 理由は分からない。前兆も無かった。定番の神様にも会ってないし、能力も貰ってない。

 

 何故か頭の中に文字が浮かび、ゲームのようなデータが分かるが僕以外の人間もそうなのか?

 それとも僕だけなのかも分からない。

 

 今、言えることは……「体中に付いた野良スライムの体液を洗い流さないと」顔から服からベタベタだ。それに少し生臭いし……

 

 確か近くに小川があったはずだ。体を洗うために移動する。5分も歩けば、川幅2m深さ0.5mぐらいの小川に到着した。

 周りを見回しても人っ子一人居ないのだがら、迷わず全裸になり川に入る。

 汗ばむほどの気温でもなく、日本なら春先くらいの陽気だが水は大変冷たい。

 我慢して顔と髪の毛を洗い、体を洗ってから服をジャブジャブと洗濯する。

 

 匂いと色が気にならないほどに落ちた時点で、体が冷え切ってしまった。

 

「僕、馬鹿だ……着替えも無いのに真っ裸で水浴びなんて……はっハクチュン!」

 

 このままでは肺炎になってしまう。何処か暖が取れる所を探さなければ……

 慌てて見回せば、小川の辺に何本かの高木が生えており、その脇に廃墟みたいな建物が見えた。

 薄暗くなっても明かりが見えないのだから、多分無人なんだろう。

 濡れた服は余計に体温を奪うと聞いたことがあるので、皮のブーツだけを履いた変質者ルックで移動する。

 水を含んだ皮のブーツは、歩く度にギュッポギュッポ五月蝿いな。

 近付いて見れば、小さな学校くらいの大きさのある廃墟だ。

 壁や屋根のある部分が少なかったので、遠目にはただの廃墟に見えたのだろう。

 

 僅かに建物の形状を残している部分に近付く……

 

 ちゃんと石畳になっている敷地内は、隙間なく石が敷き詰められているせいか雑草も生えていない。

 城壁は崩れ去っているので敵が攻めてくれば危険だが、その前に肺炎で死にそうだ。

 両開きの玄関扉を残した建物は、現代感覚で言えば西洋風の教会に似ている。

 

「すみません、お邪魔いたします……」

 

 木製の扉は、今でも原型を保っている。

 しかし建付けは最悪で力一杯取っ手を引っ張ると、ギギギギギっと不快な音をたててユックリ開いた。

 もし教会なら神の住処に全裸で侵入する罰当たり者だが、扉を開けたために差し込んだ僅かな光で確認した室内はガランとしている。

 言い換えれば何も無い状態だ。湿った土と黴のような匂いがするが、我慢できないほどではないな。

 

「雨風が凌げれば上等だろう……」

 

 奥にまだ部屋があるのだろう、扉が見えた。できれば毛布か、無ければ布切れでも良いから何かあればと思い扉を開ける。

 暗くて分からなかったが、扉の四隅には何か紙が貼ってあったみたいだ。扉を開けたときに、ハラリと紙が床に落ちた。

 

「ん?何だろう……お札みたいだけど?」

 

 床に落ちた紙を拾えば、長さが縦25cm巾5cmほどの紙に知らない文字が書かれていた。英語?ラテン語?

 日本語やハングル文字じゃないのは分かるが、何語だろうか?

 

 火が有れば燃やして暖が取れるのだが、あいにくライターは持ってない。取り敢えず落ちた2枚の札を持って奥へ進む。

 

「おっ?痛ぇ……何か蹴っ飛ばしたぞ」

 

 唯一入り口の扉から差し込む光を頼りに足元を見る。

 

「これはなんだろう?綺麗なガラス玉かな?いや水晶?」

 

 無色透明っぽいリンゴ大のガラス玉と、それが乗っていたらしい台座。それに床に何やら魔法陣みたいな線が……

 

「綺麗なガラス玉だな。貰っておこう」

 

 そのガラス玉を何故か持っていた3つの袋の最後のヤツに入れる。

 

「さて……他に使えそうな物はあるかな?」

 

 大分暗闇に慣れてきた目で周囲を見回すと、部屋の隅に藁?が小山になっていた。

 

「藁かな?ハイジのベッドになるかな?」

 

 濡れた服を藁の上に広げて置いてから、藁の中に潜り込む。チクチクとして新しい性癖に目覚めそうな感触だが、文句は言ってられない。

 感触さえ我慢すれば、中は暖かくイグサのベッドだと思えば問題ない快適さだ。

 

「おやすみ……起きたら僕の中の中学2年生が落ち着いて、元の世界に戻っていることを願って……」

 

 不思議と空腹感は無かったので、このまま寝てしまうことにした。



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第3話

 どれぐらい寝ていたのだろうか?突然の尿意で目が覚めた。

 現代人は布団やベッドのような均一で柔らかい物の上で寝慣れてるからか?

 藁の山は柔らかいとは言え凸凹だし、チクチクしてるからか体が痛いし痒い。

 

 ポリポリと腹や背中を掻く……

 

 小部屋の扉は開けていたはずだが、閉まってしまったか真っ暗だ。

 方向感覚は全く無く、どっちが扉側だかも不明だが壁伝いに触っていけば分かるだろう。壁は石造りで扉は木製だったから。

 ノソノソと藁の中から這い出し、途中で触れた服を確認したが未だ乾いてない。

 靴だけは履いていたので、相変わらず真っ裸でブーツだけ履いている変態ルックだ。

 腕を前に突き出し取り敢えず壁を探して前進すると、硬い物にブチ当たった。

 

 ヨシ壁だ……

 

 左手で壁を触り右手を前に突き出しながら、時計回りにゆっくりと歩いていく。でもソロソロ膀胱が限界っぽい。

 しかし室内での放尿は言語道断だ!

 

 漸く違う感触が左手から感じた……カサカサの木の感触、その感触の付近をベタベタと触ると取っ手を探り出せた。

 ノブを回して建付けの悪い扉を開く。やはり扉が閉まっていたのか。

 

 小部屋の外は隙間から差し込む月の明かり?で仄かに明るい。

 

 真っ暗の小部屋の中に居たせいか、広い室内の様子が朧気に分かる。夜目に慣れたからかな?

 出口の見当が付いたのでゆっくりと扉に向かい歩いていくが、唐突に何かにブツかった。

 

「キャ!」とか聞こえて、柔らかな何かを弾き飛ばした感触が有る。

 お腹辺りに髪の毛の感触を感じたし、聞こえた声は女の子の物だった。

 

「えっ?ごめん、誰か居たの。見えなかったから……ごめんね、大丈夫かい?」

 

 もしも少女だったら悪いことをしたと思う。突然暗闇でブツかったのはお互い様だが、注意する必要があるのは大人の方だ。

 

 ん?女の子?こんな廃墟で暗い場所に、女の子だって?

 

「もぅ、私を解放してくれたから我慢するけど、普通なら殺しちゃうところだゾ」

 

 可愛い声で物騒なセリフが聞こえた。ゆっくりと首を下げて声の聞こえた方を見れば……尻餅をついた金髪の幼女が、ボンヤリと輝いていた。

 意志の強そうな感じの切れ長の目が印象的だ。ツインテールにどこかの制服のような服装だな。

 

 しかし、アレか?美幼女だから後光が差してるって奴か?

 

 いや彼女自身が発光しているし、彼女の顔と同じ高さには膀胱が限界で肥大した僕の息子が!

 

「「あっ」」

 

 お互い同時に気が付いたせいか、ボッという擬音が聞こえそうなほど速攻で真っ赤になった。

 

「おっおおおおお、お兄ちゃん?いいいいい、いくら解放してくれたからって、いきなり体を要求するってなによ?」

 

 正確に息子を指差しながら、トンでもないことを言う幼女。

 

「ちっ違う。濡れた服を洗って着替えが無いから、裸でいただけなんだ。

その……トイレに行きたいだけで、そんな邪な要求は……」

 

 とにかく、状況を説明しないと、傍から見ればトンでもなく変態行為を幼女に要求している。いや、していると思われている。

 

「とにかく、ソレはしまってよ。じゃないと根こそぎ精気を吸っちゃうよ、ほら早くしまう」

 

 聞き捨てならないセリフがあったが、取り敢えず建物の外に飛びだし近くの塀の影で用を足す……

 湯気を立てながら信じられない量のオシッコが出た。

 

「ひゅう……スッキリした……しかし、あの幼女は誰なんだ?

こんな所に一人で来ているはずはないし、両親か保護者が近くに居るはずだ。見つかったら大問題だぞ」

 

 下半身はスッキリしたが、気持ちがモヤモヤしてきた。人が居ないから全裸族だったのだ。

 誰かが居れば、途端に恥ずかしくなってしまう……トボトボと室内に入り、途中で声を掛ける。

 

「君ぃ、まだ居るの?僕が服を着るまで、他を向いていてほしいんだけど?」

 

 暗い室内に声を掛けるが反応が無い。まぁ暗いから着替えを覗かれる心配も無いんだけど……でもあの子、何故か光ってたよな体が?

 まぁ、居なくなったら居なくなったで構わないけどね。もう眠いから問題事は明日起きてから考えれば良いや。

 

 異常な体験をしているせいか、自分の感覚も不用心だった。普段なら深夜に廃墟で小さな女の子が居るなら、不審に思うはずだ。

 しかも体がぼんやり光ってるなんて、幽霊以外の何者でもないだろう。

 

 でも、それを疲れて眠いからと放置して寝てしまうなんて……小部屋に戻り、ゴソゴソと藁の山に潜り込む。

 

 今度は、ちゃんと扉は開けて僅かでも光が差すように注意して。ああ、眠気が直ぐに……余程、異常事態に体も心も疲れているのだろう。眠気に身を委ねて……

 

「お兄ちゃん?ねぇ、お兄ちゃんったら?私を放っておいて寝ちゃうの?ねぇ、寝ちゃうの?」

 

 ユサユサと体が揺すられる。耐えられない眠気のせいか、中々返事ができない。瞼が鉛のように重い……ああ、彼女が戻ってきたのか?

 幽霊かと思ったけど、ちゃんと実体があるじゃん。

 なら安心だな……せめて明日の朝に話を聞かせてほしいと、伝えようとするが中々意識が覚醒しない。

 

「ねぇ?無視されると悲しいんだよ?ねぇ、起きてってば!」

 

 それでも何度か体を揺すられる。段々乱暴に揺らされる。でも小さな温かい手で揺すられるのって気持ち良いんだな……

 

 寝ぼけて半覚醒のときに、耳元で「お兄ちゃん。私を放っておいて寝ちゃうなんて良い度胸だよね。罰として死なないくらいに吸っちゃうゾ」と、物騒なセリフと共に体が急速に重くなってしまった。

 

 ただ、頭を抱きかかえられるような感触と温かさ、それに良い匂いがしたんだ。

 

「ご馳走様。ゴメンね、吸いすぎちゃった。でっでも、無視したお兄ちゃんが悪いんだからネ?」

 

 その言葉と共に、僕は意識を失うように眠りについた……ちゃ、ちゃんと翌朝になれば目覚めるよね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「体が重い……やはり風邪をひいたみたいだ……」

 

 のろのろと藁のベッドから這い出して、取り敢えず乾いた服を着る。ブーツを確認し袋を腰のベルトに挟み込み、最後に棍棒を持つ。

 この異常な世界で、持ち物がこれだけとは心細いな……昨夜は開けっ放しのはずの扉が、また閉まっていて室内は隙間から差し込む光だけで薄暗い。

 

「変だな?ちゃんと扉は開けておいたはずだぞ?風で閉まるほど、建付けは良くないのに……」

 

 さて、今は何時頃だろうか?それに何故、体がこんなにも重いんだろうか?

 突然、頭の中にパネルが表示される。

 

 中々慣れない仕様だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

職業 : 見習い戦士

称号 : 薄幸の異邦人

レベル : 1

経験値 3 必要経験値 4

HP : 6/20

MP : 2

筋力 : 8

体力 : 5

知力 : 4

素早さ : 6

運 : 1

装備 : 棍棒 布の服

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 ん?新しい項目が増えてるな……経験値と必要経験値か。こりゃ本当にロールプレイングゲームだな……

 あと野良スライムを4匹倒せばレベルアップか。あれなら苦労はするが倒すのは難しくないはずだ。

 やはりレベルアップは必要だよね。レベル1じゃ村人Aと大差ないからな。

 

 次はHP?あれ?HPが6……6って、ええ?

 

「なんだよ、ロープレなら一晩寝れば全快だろ?おかしいだろ、このゲームシステム!」

 

 文句を言っても仕方ないって言うか、文句を言う相手が分からない。

 

「取り敢えず、顔を洗って水を飲むか。熱は無いみたいだし喉も痛くないから、風邪よりは疲労なのかな?」

 

 ノロノロと小部屋から出ると、良い匂いがしてきた。何だろう?

 この胃袋に直撃する香ばしい匂いは……魚を焼いている匂いに似ているが?

 

 建物の外に出ると、暖かい春の日差し。多分、この世界の季節は春なんだろう。

 草木も青々としてるし朝晩の冷え込みを考えると、日本の4月か5月ぐらいかな?暫し目を瞑り、太陽の日差しを堪能する。

 

「グゥゥゥゥゥ……」

 

 周囲に漂う焼き魚の香りに我慢できず、空腹感が耐えられないほどに!

 キョロキョロと匂いの元を探せば建物の直ぐ近くに焚き火があり、串に刺した魚を焼くツインテールな金髪幼女。

 

「グキュゥゥゥゥ……」

 

 魚を焼く幼女と目が合った。生意気そうな笑顔で手招きをする幼女。フラフラと近付く僕。

 

 彼女の前に立ち、何か言おうとしたら「おっお兄ちゃんのために焼いたわけじゃないけど、あっあげても良いわヨ」ナイス、ツンデレ!

 

 視線を微妙にズラし、頬を染めながら言ってくれました。

 

 

 語尾が変なイントネーションだが、こちらを見てふて腐れたように生焼けの魚を差し出してきた。

 

「はい、感謝して食べてよネ。余り物だけど感謝してよネ」

 

 その差し出された小さな手から串を受け取る。

 

「あっああ、有難う。えっと、夕べの子だよね?1人なの?お父さんかお母さんは?」

 

 話し掛けながら空腹に耐えきれず焼き魚を見れば、生焼けだ……焚き火で魚を焼き直す。

 無言でソッポを向く彼女を観察するが……本当に綺麗な金髪をツインテールにしている。

 目は綺麗なエメラルドで、透けるような白い肌をしている。

 

 透ける?アレ、透けて向こうの景色がミエマスヨ?

 

「あー、あのお嬢さん?」

 

「なっ何よ、気持ち悪いわね!私を解放してくれたお礼なら、してあげても良いわヨ。もっ勿論、イヤイヤなんだからね」

 

 頬を薄っすらと赤く染めて視線を逸らす彼女は、その外観年齢を伴って大変愛らしいです。

 おもむろに立ち上がり、両手を後ろで組んで片足をブラブラさせながら、チラチラ視線を送ってくるのはアレか?

 

 ツンデレの幽霊?つまりツンデ霊ってやつか。

 

 何か不穏な言葉もあったけど、こんな異常な世界なんだ。幽霊が居ても不思議じゃないよね?

 

「有難う。えっと、僕はココに急に連れてこられちゃってさ。この世界のことがよく分からないんだけど、教えてくれるかな?」

 

 可愛い幽霊を見れて心が和んだが、疲労は回復しない。焚き火の前に座り込んでしまう。

 焼き魚が良い感じに仕上がったので、横腹を齧る。ジュワッと脂がのった身はとても野趣溢れた美味しさだ。

 

「うん。美味い……」

 

 食べだすと止まらない。彼女は残念だが、料理は苦手なんだろう。

 川魚は鱗がないから良いのだが、内臓も出してないし味も付いてない。でも空腹は最高の調味料ってのは本当だ。

 僕の食べっぷりに驚いたのか、向かい側にペタンと座って残りの魚を黙々と焼いてくれる。

 合計5匹の魚を食べ終えて、やっと落ち着いた。体力が回復した感じがする。

 

 突然、頭の中にパネルが表示される。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

職業 : 見習い戦士

称号 : 薄幸の異邦人

レベル : 1

経験値 3 必要経験値 4

HP : 20

MP : 2

筋力 : 8

体力 : 5

知力 : 4

素早さ : 6

運 : 1

装備 : 棍棒 布の服

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 良し、体力が回復した。

 

 このゲームシステムだと食事をすると体力が回復するのかな?喉が渇いたので、小川から直接水を飲む。

 水筒か何かを見つけないと、あの街までは到底たどり着けないぞ。

 まだまだ問題は多いが、この世界のことを聞ける相手が見つかったのは幸いだ。

 

「それでさぁ、色々聞きたいんだけど……あれ?」

 

 振り返ると彼女は居なくなっていた。

 

「ちょ、おい。何処へ言ったんだよー?」

 

 この世界の手掛かりは、あっさりと居なくなった。



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第4話

 糞忌々しい神官に宝玉に封じられて多分30年くらい。

 あの神官、お父様に便宜を図ってもらっていたくせに裏切りやがった。

 確かにお父様は病弱で死んでしまった私のために禁忌の呪文に手を染めたわ。

 

 生命を甦らせる禁忌の呪文。

 

 お父様は代々我が家に伝わる古文書を読み解き、そして実行してくれた。しかし呪文は不完全……

 私は生き返られずに、幽霊としてこの地に括られた。儀式に必要な秘薬は高価で希少価値の高い物ばかり。

 

 二度目の試みは物理的に不可能だ。

 

 でも、お父様と再びお話しできることに私は喜んだ。

 お父様も完全復活は無理でもコミュニケーションは取れるのだからと、微妙ながら私を受け入れてくれた。

 しかし現実的に私達親子が普通に暮らすのは無理だ。タダの幽霊なら問題は無かったかもしれない。

 でも私は幽霊になると同時に、体を維持するために生き物の精気を必要とした。

 

 最初は家畜で十分だった……

 

 しかし精気を吸えば吸うほど、私の魔力は高まっていった。元々、高位神官の娘。

 魔力の素養はあり、お父様も色々な魔道書を持っていたので習得は容易だったわ。

 あるとき、私の存在に気が付き危険視した下級神官を精気を吸いつくして殺してしまった……あのときの快感と高揚感は初めてだった。

 あの快感を覚えてしまっては、もはや家畜では我慢できなかったわ。

 

 これが魔に堕ちるということなのね。

 

 それから私は夜な夜な人々を襲った。勿論、殺すようなことはしなかったけど、それが私を早期に追い詰めた。

 それはそうよね。被害者が生きていて、周りに話すんですもの。

 

 バレるのは時間の問題。

 

 人々は被害を収めることを高位神官たるお父様に懇願したわ。

 人に害なす存在が居るので退治してほしい、と……お父様は悩んだ末に私を逃がそうとした。

 しかし、あの腐れ神官が私の存在に気付き不意を突いて宝玉に封じてしまった。

 お父様は怒り狂い、その神官に戦いを挑んだが……負けてしまったわ。

 

 ヤツは、その戦いの余波で崩壊した教会に私を封じ込め人払いの結界を施し、この地を去った……

 

 兄と慕っていたのに、私とお父様を裏切った男。確かにお父様の弟子の中では、抜きん出た才能の持ち主だったからね。

 宝玉に封じ込められたとはいえ、思考はできる。私の体感で30年くらいと思ったが、実際は分からない。

 

 暗く退屈で屈辱な世界。

 

 この世界から解放してくれる人が居るなら、最大限の感謝をしよう。そう思っても中々そんな人は現れない。

 人払いを施せば、人は当然来ない。それは同時に宝玉に封じ込められた私に害なす存在も来ない。

 

 アイツの僅かながらの善意かしらね?

 

 しかし人の手が入らなければ教会は廃墟と化し、段々と崩れていった。このままでは、瓦礫の下敷きとなり永遠に私は解放されないわ。

 そんなときだった。人払いの結界を物ともせず、小部屋に施された結界をも解除し、私を宝玉から解放してくれた恩人。

 

 そう!「全裸の救世主(ヌーディストメサイア)が現れたのよ!」

 

 何故、何故全裸なの?何故、私を無視して部屋の隅の藁に潜り込むの?

 確かに、この小部屋は物置だったから色々ガラクタはあるけど非道くない?

 暫し呆然としてしまったが、せっかく解放されたので外の様子を見に行ったわ。

 

 しかし時は、とても残酷……

 

 私の中の思い出の詰まった教会は、既に廃墟となり記憶の中とは全然違ったわ。

 昔の思い出にも浸れず室内に戻り呆然と立ち尽くしていた私は、突然突き飛ばされた。

 慌てて注意を向けてみれば、真っ裸の男が困ったようにこちらを見下ろしていた。

 

 真っ裸?ナニ、コイツ変態ナノ?

 

「えっ?ごめん、誰か居たの。見えなかったから……ごめんね、大丈夫かい?」

 

 慌てて謝ってくれたけど、何故真っ裸なのかの説明は無い。そもそも全裸にブーツのみって何なの?

 危険人物には間違いないが、全然強くなさそうだ。私の貞操が危険……いや、幽霊だし肉体無いから安心?

 でも私を見て随分驚いているわ。何故、解放してあげた相手を見て驚くのかな?女の子を突き飛ばすなんて紳士じゃないわよ。

 

「もぅ、私を解放してくれたから我慢するけど、普通なら殺しちゃうところだゾ」

 

 少し脅してあげる。でも大して怖がっていないわね……私の噂を知らないで解放したのかな?

 

「「あっ」」

 

 って何故ナニをオッきくして見せつけてるの?ソレをマジマジ見たのは、お父様とお風呂に入って以来だけど。

 知識でしか知らないオッキくなる形状を見せつけるなんて……ボッという擬音が聞こえそうなほど速攻で真っ赤になった。

 

「おっおおおおお、お兄ちゃん?いいいいい、いくら開放してくれたからって、いきなり体を要求するってなによ?」

 

 見た目は幼女の私に何てモノを見せるのよ!コイツ、私の体が目当ての変態なんだ。肉体の無い私に欲情しても無理だよ!

 ヨシ、コイツは精気を吸いつくして殺そう!その方が、この世界の為になる気がしてきた。

 そう思って襲いかかろうとしたら、慌てて外に飛び出していった。

 

 何か言い訳をしながら……何だったんだろう、あの真っ裸な変態お兄ちゃんは?

 

 もう良いや。もっと自分の置かれた状況を把握するために、周辺を探索しましょう。

 お兄ちゃんが戻ってきたのと入れ替わりで外へ出る。まだ真夜中だけど、私には持ってこいな時間帯だわ。

 

「久し振りの夜景……

変わらないのは夜空の星だけで、私の住んでいた街も家も無くなっちゃった。お父様やお友達の皆は、どうなったのかな?」

 

 既に30年くらいは経っているから、皆既に中年ね。会っても私の方は分からないかな?

 などと考えながら、ふよふよと教会の周りを探索する。でも、本当に何にもないわね。

 これはお兄ちゃんに最近のことを詳しく聞かないとダメだわ。最初はお礼を次は貞操の危機を回避するために精気を吸いつくそうと。

 

 今は自分の置かれた状況を把握するために、話し合いをしようと考えている……

 

 でも、でも多分だけど久し振りに人と話せるのが嬉しいんだと思うわ。

 孤独はもうイヤなの……たとえ、どうしようもない変態性欲者でも人と話したいんだわ。

 此方から歩み寄ろうと小部屋に行ってみれば、コイツ寝ようとしてるわ!

 

 ちょっと私を放置プレイって、どんな性嗜好なの?

 

「お兄ちゃん?ねぇ、お兄ちゃんったら?私を放っておいて寝ちゃうの?ねぇ、寝ちゃうの?」

 

 ユサユサと体を揺する。我関せず的に無視するなんて、泣いちゃうよ!

 

「ねぇ?無視されると悲しいんだよ?ねぇ、起きてってば!」

 

 声を掛けて何度も体を揺らすが反応が鈍い。段々乱暴に揺らす。

 ついでに足でグリグリしてみる。何故かニコニコしだしたわ?お兄ちゃんってドM?

 

 もう怒ったから、私怒ったんだから!

 

「お兄ちゃん。私を放っておいて寝ちゃうなんて良い度胸だよね。罰として死なないくらいに吸っちゃうゾ」

 

 これだけ脅しても反応しないなんて……もう我慢しなくても良いわよね?

 お兄ちゃんの頭をかき抱いて精気を吸う……久し振りの精気は、とても新鮮で美味だわ!

 

 でもナニ、ナニこの精気は!

 

 まるで、この世のモノではない異質な……この世界では有り得ない感じがするわ。でもでも、それでいて悪くはない味だわ。

 

 不思議……こんな精気は味わったことがないわ。

 

 ヤバっ!

 

 つい吸い過ぎちゃった。えへへ、久し振りだから仕方無いわよね?散々私を無視したお兄ちゃんがいけないんだよ。

 でも、取り敢えずは謝ろう。

 

「ご馳走様。ゴメンね、吸いすぎちゃった。でっでも、無視したお兄ちゃんが悪いんだからネ?」

 

 白目を剥いて気絶したお兄ちゃんに向けて一言、お礼は言っておこうかな。

 

「お兄ちゃん、ご馳走でした!めっ珍しいからしばらく一緒に居てあげてもいいわ!たっただ珍しいのとお礼の意味だから、勘違いしないでネ」

 

とても良いツンデレ具合だが、白目を剥いて倒れている男に聞こえているとは思えなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 この爆睡して、だらしなく涎を垂らしている男を改めて見る。

 うん、全然私を解放しに来たとは思えないショボさだ……装備品なんて、棍棒と薬草数種類だけ。

 この世界はモンスターの脅威があるために点々と城塞都市があり、その周辺に農村が点在している。

 城塞都市には権力者や商いをする者達が住み、広大な土地を必要とする農民は周辺を耕し有事の際には権力者の庇護を求める。

 大切な民と食料を守るために、権力者は兵を差し向けてモンスターを退治するのが普通だ。

 つまり城塞都市は国であり、隣接する他の都市とは距離がある。

 

 しかし……しかし、この男の装備はちょっと街の外に行ってくるみたいな軽装だ。

 

 弱い者は群れないとモンスターには勝てない。でも、どう見ても強者には見えないの……

 素養はありそうな感じだし、極僅かだが魔力がある。魔力とは先天的な力だから万人は持ってない。

 

 これは、この感じは、まるで力ある子供だ。

 

 成人してるのに全く鍛えてない、まるで成長してないなんて……血統は良いはずだよね?

 魔法を使える一族なんだし、本当に権力者のボンボンかしら?いや権力者なら護衛団は強力だし、本人に権力者のオーラは皆無。

 

 考えても全く分からない。

 

 取り敢えず、お腹がグゥグゥ鳴ってる男のために食事の支度をしよう。

 私の食事は今のところこの男だけだし、放っておけば野垂れ死に確定だし……人差し指で頬をグリグリと突っつく。

 

「世話が焼けるよ、お兄ちゃん!」

 

 食べられる物か……確か小川が近くにあったから魚でも焼こうかしら?

 木の実や動物は難しいわね。森は遠いし、この場所から離れるのは危険だし。

 

 小川に向かい適当に弱めた威力でサンダーの魔法を唱える。水面に白いお腹を見せて、プカプカとお魚が浮いてくる。

 

「うん、お魚取ったドー!」

 

 それなりの大きさの魚が5匹穫れたわ。後は調理だけど……適当に焼けば良いのかな?

 小枝に刺して魔法で灯した火で炙る。でも物に触るって実体化しないと駄目だから大変だわ。

 

 またお兄ちゃんの精気を貰わなきゃ!でも労働に対する正当な報酬よね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 途中、食事を振る舞い少し意地悪をして消えてみせたら慌てて泣きそうになってたわ。

 しかし幽霊な私を見ても動揺しないのは、やはり私の事情を知っているのかな?

 焚き火を囲んで向かい合わせに座る。改めて自己紹介!

 

「改めて初めてましてかな?私の名前はアリスよ。お兄ちゃんは?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目の前のロリっ子幽霊をマジマジと見る。どうやら他人のステータスは確認できるみたいだ。

 

 

職業 : レイス

称号 : 取り残された孤独な幼女

 

レベル : 35

HP : 129

MP : 173

筋力 : 35

体力 : 18

知力 : 72

素早さ : 54

運 : 40

 

 

 レイス?確か北欧を起源とする幽霊の一種だよな。ゴーストもスペクターも同じ意味だが、彼女は北欧系なのかな?

 妙に無い胸を張りながら、此方を見る幼女幽霊。

 

「ああ、宜しくね。アリスちゃんで良いかな?」

 

 アリスってペルソナのアリスを連想するよね?

 

「死んでくれる?」とか、即死系の凶悪な魔法だったし……

 

「うん。お兄ちゃん、仕方無いからよろしくしてあげるわ。ほんとーに仕方無くだけどね!」

 

 輝く笑顔で言ってくれました。

 

 ナイス、ツンデ霊!

 



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第5話

 ツンデ霊ことアリスちゃんの昔話を聞いた。

 

 迫害されてこんな廃墟に封印されるなんて、RPGでも王道なヒロイン級の不幸だ。

 ただし、ヒロイン級とは言え僕は幼女は攻略対象外だし、そもそも彼女には肉体が無いじゃんか!

 仮に生き返っても結ばれるまでに4~5年は待たないと成長しないだろうし、どんな焦らしプレイだよ?

 

 しかし……しかし、訳ワカメな状況の唯一の情報提供者だから無下に扱うことはできない。

 

 それに数値的には僕より何倍も強い子だ。そもそも実体の無い幼女に負ける筋力とか何だよ!

 チラリと浮かぶ彼女を見るが、あの透けている二の腕が僕より力強いのが信じられないんだけど……

 確実なのは、この世界では僕の持っている常識は使えない。何が常識で何が非常識だかは全く分からないんだ。

 食事一つ取っても現状は彼女に頼らないと駄目だし。

 

 うーん、どうしたら良いんだろう?

 

「ねぇ?これからどうしたら良いと思う?」

 

 器用に浮きながら女の子座りで此方を見つめている彼女に話し掛ける。

 外人の幼女と話したことなんて無かったから緊張する。しかも見た目の幼さと違い彼女の目は知性がある。

 子供じゃない大人の知性を秘めた目だが、ギャップに萌えるロリ属性は僕には無いんだ!

 

「ソレを私に聞くかな?お兄ちゃんは主体性が無いのかな?甲斐性無しのヒモなの?」

 

 目の前でフヨフヨ浮いてる非常識な存在に指を差されながら叱られました!

 しかも驚いたのが、こっちの世界でも甲斐性とかヒモって言葉があるんだ。

 

 弱くなった焚き火に薪を放り込む。パチパチと燃え上がる炎を見ていると、少しだけ冷静になれた。

 

「普通なら一番近くの街へ行くための準備とレベルアップに勤しむことだよね?でも僕は、この辺の地理なんて知らないし地図も無い。

君には30年も昔の記憶しかないから、ソレを頼るのは危険だと言った。そうすると当分の間だけど、此処を拠点に生活するしかないだろ?」

 

 普通のRPGなら体力を回復できる安い宿屋を拠点にレベルアップに励むんだけど……この世界では食事がHPの回復方法みたいだ。

 つまり寝るだけじゃHPは回復しない。

 僕が潜り込んだ部屋は物置だったらしく、明るくなってから色々と調べたらそれなりの物資が保管されていた。

 何故建物を放棄した連中が持ち出されなかったかと言えば、封印されているとはいえ世間を騒がしたアリスが居る部屋には入りたがらなかったのか?

 

 そんな余裕も無かったのか?物が貴重な世界観だと思うのだが、残していく意味は何だったのか?

 

 まぁ僕的には助かってるから良いけどね。床に並べた戦利品を見る。古びてはいるが衣服も武器の類もあった。

 服は粗い生地だがシャツとズボンが数組。武器は鉈やナイフ、それに所謂ショートソードと呼ばれる短めの剣だ。

 因みに剣の類は、その辺の瓦礫のレンガで研いで錆びをある程度落とした。表面が錆だらけだったが地金の輝きが甦って中々の物だ。

 

 逆に食料品の方は殆ど全滅だ。

 

 人除けの結界の所為か動物に荒らされることは無かったみたいだ……ただし、食料品は朽ちていた。塩はガチガチに固まり穀物は風化している。

 野菜らしき干からびた何かも山積みだが、フリーズドライじゃないんだし、水に浸しても元には戻らないだろう。

 つまり塩があり魚は確保する術はあるが、野菜類は全滅。ビタミンとかの補給はどうすればよいんだ?

 

「暫くはお兄ちゃんのレベルアップに励まないと駄目でしょ!

そんなレベルじゃ野垂れ死にだよ。低レベルで出歩くなんて死にたいの?自殺志願者なの?」

 

 更にキツいお言葉を貰った。平和ボケした日本人の危機管理能力の低さは世界でもトップクラスだ!

 

「じゃレベルアップするの手伝ってくれる?」

 

 懇願するように両手を胸の前で握り締め、彼女の目を見て頼む。僕は他人に依存するのもトップクラスだ!

 

「はぁ……お兄ちゃんって……」

 

 両手を広げて呆れた表情をするツンデ霊幼女。ふよふよ浮いていたが、今は実体化して地上に降りて地面に座っている。

 まぁレイスって表示されてるからモンスターだと思うが、こちらの世界では認知されてるかもしれない。

 絶賛混乱中の僕は、この世界の唯一の協力者がモンスターでも幽霊でも構わないと思っている。

 

 そんな彼女に、本当にヤレヤレな感じで溜め息をつかれた……小枝を持ち地面をツンツンしている。

 

「全く甲斐性無しの計画性無し。力は並み以下だけど、私を助けてくれたのは確かなんだよね。

私の全裸の救世主(ヌーディストメサイヤ)は全くの役立たず……はぁ、私がしっかりしないと野垂れ死に確実だし。

だけど精気はとってもとっても美味しいし。

もう!

全く仕方の無いお兄ちゃんだよね。良いわ、私が面倒をみてあげる。だっ、だけど勘違いしないでよね。

お兄ちゃんを放っておくと野垂れ死に確実だから、仕方無くなんだからね?」

 

 目を逸らし少し頬を赤く染めながら、しかしツンツンな態度で頼まれてくれました。

 

「うん、これから末永くよろしく!」

 

 ニパっと笑う彼女の表情に、少しだけドキドキしたのは僕だけの秘密だ。

 薄い胸を仰け反らせる幼女幽霊に一抹の不安を感じるが……この摩訶不思議な状況だが、何としても彼女に縋り付いて生き延びてやる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ほら、お兄ちゃん!頑張って戦わないと死んじゃうよ。ほらほら、頑張れ頑張れ」

 

「少しは手伝ってー!」

 

 現在絶賛追いかけっこを実施中です。それも捕まったら死ぬ系の……

 僕の後ろにはアリスがふよふよ浮いていて、その後ろには犬擬(いぬもど)きが一匹追い掛けてきてます。

 犬と言ってもペット感覚でなく、ドーベルマン張りの凶暴な奴だ。

 

「普通はスライムとか最弱系モンスターから地道に倒すだろー!何で最初からあんなヤバい奴を相手にするんだよー!」

 

 土佐犬みたいな外見に短い足のためか、今は追い付かれてはいない。

 しかし犬擬(いぬもど)きに追い付かれるのは時間の問題だ。

 自慢じゃないが子犬にだって追い付かれるのが僕なんだー!

 

「お兄ちゃん、スライムを捕食するモンスターだって居るんだよ。

スライムばかり群れているわけじゃないのよ。ちゃんと食物連鎖があるんだって」

 

 だが、ハァハァと言う自分の息遣いを聞いて体力の限界が近いのが分かる。

 

「そんなリアル設定なんてイヤー!」

 

 100mくらい走ったが、もう無理だ、息が続かない。周りを見渡しても隠れそうな場所も登れそうな木も無い平原だ。

 逃げ切れなければ戦うしか無いが、棍棒で勝てるのか?思い切って振り向くと、牙を剥いた奴が飛びかかってくるのが見えた。

 

 ああ、死んだな……そう思ってギュッと目を瞑り体を固くする。

 

 走馬灯のように今までの平凡な人生が……あれ?幾ら待っても痛みがこないので、不思議に思い恐る恐る瞼を開くと……

 

「もう、お兄ちゃん?戦いの最中に目を閉じちゃ駄目だって。本当に死んじゃうよ」

 

 プスプスと黒焦げの犬擬(いぬもど)きの上に、アリスが誇らし気に浮いている。流石は高レベルのレイスってことか……

 

「うん……ごめん。でも最初はスライムを探してよ。じゃないと暁を見る前に屍を晒します」

 

 パンパンと服に付いた汚れを払い立ち上がる。スライムなら三匹相手でも勝てたんだ。

 

「お兄ちゃんってさ。難しい言い回しをするよね。もしかして吟遊詩人?」

 

「まさか!そんなわけ無いじゃんって、アリスちゃん?何処?」

 

 カラオケは得意だが、作詞作曲なんてできるわけが無い。

 

「おー、丁度スライムが三匹居るよー!お兄ちゃん、右側30mぐらい先にスライム発見。今度は情けない格好をみせないでよね?」

 

 声のする上を見ると、アリスが5mくらい浮かんで周りを見回していた。うん、見張り番には打って付けだよね、飛べるし。

 

 でも……

 

「コラ!はしたないぞ、パンツ見えてるって。僕の真上に浮かぶ必要は無いだろ?」

 

 その、短めのスカートのためか女性の神秘が丸見えなんです。

 何故、実体が無いのに服を着れるのか?何故、言葉が通じて数の単位が同じなのか?

 なぜ中世っぽい時代背景なのに色っぽい現代風なショーツを履いているのか?

 

 この類似性の多さには疑問ありまくりだ。

 

「やだ、見ないでよ。お兄ちゃんのエッチ、変態、異常性欲犯罪者!

初めてのときも幼女の私に〇〇〇を見せ付けたのって、故意犯なんだね」

 

 自分両手で体を抱き締めてイヤイヤしながら遠ざかっていく。

 

「ちっ違うって!アレは偶然だって。ほら、僕はアリスが居るの知らなかったんだよ。だから……」

 

「寄らないでスケベ変態!妊娠しちゃうよー」

 

 スカートの前を押さえてイヤイヤする幼女に土下座して謝罪する。

 今思えば、アレは凄い変態行為でしかない。誰かに話されたら、僕は社会的に抹殺されてしまう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何とか彼女を宥(なだ)め賺(すか)すことに成功。此方に近付いてくるスライムの迎撃の準備をする。

 

 準備と言っても棍棒を構えるだけだ。

 

 ショートソードを腰に差してはいるが、スライム程度に損傷する武器を使うわけにはいかない。

 ショートソードは二本しか無いが、棍棒なら鉈でその辺の木を切れば代用できる。

 初めて遭遇したときと同様に、バインバインと跳ねながら近付いてくるスライムは三匹だ。

 

 ヨシ、今度は負けないぞ。

 

 棍棒を振りかぶり射程に入るのを待つ。

 

3m……2m……1m……

 

「今だ!これが俺の全力全開!」

 

 ゴム鞠みたいなスライムの脳天に必殺の一撃を……

 

『痛恨のミス!』

 

「またかよ!」

 

 前回同様、頭の中に流れる文字に突っ込みを入れる。

 

「あたっ、痛いって……」

 

 これも前回同様に反撃を食らう。だが最初の一匹の攻撃は受けたが、 次の奴らの体当たりは体を捩って避けることができた。

 スライムから距離を取り、体制を整える。その場でバインバインと跳ねているスライム。

 前回はターン制かとも思ったが、犬擬(いぬもど)きのことも考えれば違う。

 一番手前のスライムが飛び上がった瞬間、バッティングセンターよろしく棍棒をバットに見立ててフルスィング!

 水風船を殴った感触を残してスライムは弾けた。

 

「あと二匹って、おわっ?」

 

 体当たりしてくるスライムを転がって避ける。素早く体勢を立て直し、攻撃直後でその場で跳ねているスライムにフルスィング!

 見事に僕は顔面にスライムの体液を浴びた。

 

 生臭い粘液を左手で拭い、最後の一匹を探せば『スライムは逃げ出した』中々慣れない頭の中に流れる文字。

 

 勝ったのか……

 

『ピロリロリロリーン!』

 

 突然、頭の中でファンファーレが鳴り響く。ああ、レベル上がったのか……

 某竜のクエストでお馴染みのメロディー、それと脳内で文字が流れる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

HP+5

MP+1

筋力+3

体力+1

知力+3

素早さ+2

運+1

 

 

 レベルが2に上がった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 運の上昇が1って何だかなー……リアルに現状を表していて辛い。レベルが上がりステータスが、どう変わったか確認する。

 ステータスと思うと、頭の中でパネルが開く。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

職業 : 見習い戦士

称号 : 薄幸の異邦人

 

レベル : 2

 

経験値 5 必要経験値 10

 

HP : (22/25)

MP : 3

筋力 : 11

体力 : 6

知力 : 7

素早さ : 8

運 : 2

 

装備 : 棍棒 布の服

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あとスライム五匹でレベルアップか。しっかし低い数値だな……

 アリスだって筋力35もあるんだぜ、実体の無いレイスなのに。

 僕の数値だと村人Aではないけど、筋力・体力・知力が均等に伸びて運が極端に低い職業ってなんだろ?

 

 一応だがMPも有るから魔法戦士か?ウンウンと悩んでいるとアリスが後ろから頭を抱きかかえられた。

 

「お兄ちゃん、やればできる子だね。えらいえらい」

 

 完全に子供扱い年下扱いだけど、実体化してフワフワした感触は暖かくて気持ち良い。ボーっとしてしまう……

 

「ごっ御免なさい、つい精気を吸っちゃった。テヘッ、許してね、お兄ちゃん」

 

 遠くなる意識の中、また無断で精気を吸いやがったなと照れるレイスを見て思う。

 

 腎虚で死ぬ前に強くならないと駄目だ……

 



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第6話

「はい、お兄ちゃん!お魚焼けたよ」

 

 少し早めな昼食、野外で美幼女と差し向かいで食べるなど、今までの生活では考えられなかったことだ。

 春のような陽気であり、本来ならピクニック気分の楽しいイベントだろう。串に刺さり程良く焼けた川魚を差し出すアリス。

 甲斐甲斐しい仕草と可愛い容姿と相俟って大変魅力的だが、僕が疲労困憊(ひろうこんぱい)で伏している原因の八割が彼女の所為だ!

 

 右手を動かすのすら辛い。

 

「精気を吸うのをさ、加減してくれよ。モンスターの攻撃より身内の栄養補給がダメージ大きいって、本末転倒じゃないか?」

 

 草むらに大の字に寝ていたが力を振り絞って起き上がり、何とか焼き魚を受け取る。

 栄養補給のために野趣溢れる焼き魚の脇腹にかじりつく。ジュワっと脂が滲み出て振り掛けた塩と相俟って美味い。

 

 力が漲ってくるようだ……

 

 塩は倉庫にあった岩塩みたくなった物を砕いた。人間は塩分摂取が必要。

 だが魚と塩だけではいずれ必要な養分が足りずに栄養失調で倒れるかも……

 

「えへへ、お兄ちゃんの精気ってさ。スッゴく美味しくって麻薬みたいな常習性があるんだよ。

きっとアリス、お兄ちゃんから離れられなくなるよ。嬉しいでしょ?」

 

 女の子座りをして両手を胸の前で組み、頬を赤く染めながら告白してくれました。文面だけ見れば熱烈な愛の言葉とも思える。

 

 金髪美幼女を虜にした僕の精気って、ナンダカナー……

 

 それ、どんなエロゲ的な展開?だがアリスに手は出せない。幼女かつ幽霊(レイス)だから、男の欲望は空回りだ!

 実体化はできるみたいだが、だからどうしたって感じだ。僕はロリコンじゃないから更に辛い。

 成長しない美幼女の好意をどうしたら良いの?ロリコンに成れれば苦労はしないのだが……無理!

 

「確かに世話になりっぱなしだからさ。お礼は構わないが、限界まで吸わないでよね。

精気はHPやMPとは無関係みたいだけど、体力満タンでも精気不足じゃ動けない」

 

 ステータスを確認したがアリスが精気を吸っても、どの値も下がらない。

 隠しパラメーターがあるのかもだが、知る術が無い。ポカンとしてるアリスを見て不思議に思う。

 

 何か変なことを言ったかな?

 

「HPとかMPってなに?」

 

 アレ?コッチじゃ読み方が違うのかな?

 

「体力のことをHP、魔力はMPって言わないの?」

 

 焼き魚を食べ終わると、直ぐに甲斐甲斐しく二本目を渡してくれる。

 

「言わないよ。お兄ちゃんの故郷ではそう言うんだ」

 

 即答だけど、言い回しや発音とかが違うのかな?それとも元々そんな言い方はしないのかな?

 

「うーんと、レベルとか経験は数値化してる?」

 

 二匹目はゆっくりと味わって食べる。この魚は元の世界のニジマスみたいな感じだ。

 だが微妙に僕の知っている生き物達と違う。この魚も模様がパンダみたいに白黒なんだ。

 鯉にはそんな模様もあるが胴回りが鯉のように丸くなく細身だ。類似性はあるが、似て非なる世界……

 

「レベル?経験?数値化?なにそれ美味しいの?

前もレベルアップを手伝えって言ってたけど、てっきりモンスター退治を手伝えって思ってたよ。

具体的に誰が何レベルなんて、普通は言わないよ」

 

 不思議なことを言うね、お兄ちゃんって変!とか言われて笑われた。

 何が楽しいのか分からないが、彼女は無邪気に笑う。こんな可愛い妹なら欲しいと正直に思う。

 うーん、この世界ってレベルやパラメーターって概念が無いのかな?

 ゲーム内じゃ当たり前な自分のステータス確認だが、この世界じゃ僕だけ脳内メッセージが流れるのか?

 

 電波受信は僕だけの変態仕様か?

 

「アリスは自分のレベルやパラメーターの数値って分かる?レベル35とか知力72とかさ?」

 

彼女のステータスは

 

レベル : 35

HP : 129

MP : 173

筋力 : 35

体力 : 18

知力 : 72

素早さ : 54

運 : 40

 

と明らかに僕より強い。

 

 そもそも幽霊に負ける筋力ってなんだ?僕より3倍以上も筋力が高いって何だよ!

 

「レベルって自分の職階のこと?私は高位神官の娘だけど、生前は未だ見習い神官だったよ。経験って試練のことかな?」

 

 職階?会社の役職みたいだけど?それに試練って何だろ?課題をクリアすれば良いのか?

 

「職階って色々あるのかい?」

 

 三本目の焼き魚を貰う。これは鯰(なまず)ににてるが、黒っぽくなく銀色だ。

 

「見習い神官から下級神官、上級神官へと続くよ。司祭とか副司祭とかもあるけど、これらは上級神官になってからなれる役職だよ」

 

 職階や役職なんて、まんま企業と同じだ。

 

「ふーん、どうやったら職階が上がるんだい?」

 

 四本目の焼き魚を受け取る。食べるペースが速いが大体五本で満腹感を得られる。そろそろ腹八分目ってところかな。

 

「見習い神官になるには魔力があることが条件だよ。一定の見習い期間を経て幾つかの魔法を覚えてから昇格試験が受けられるの。

大体5年から遅くても8年くらいで下級神官になれるの。8年以上掛かると見込み無しとして放逐されるよ」

 

 すっ凄いリアルな昇格条件なんだけど?思わず焼き魚を食べる手を止めてアリスを見る。

 ニコニコとこちらを見てる彼女は、昼間に毒舌(言葉責め)を吐いた人物とは思えない穏やかさだ。

 しかし経験を積んで試験をするって現代日本と変わらないぞ。

 

「魔法って、どうやって覚えるの?僕でも使えるのかな?」

 

 彼女は雷や炎の魔法を使っていた。僕にも僅かだがMPがあるってことは、魔法が使えるのかな?童貞で長い年月を経て魔法使いになるより簡単か?

 

「お兄ちゃんも魔力を感じるから使えると思うよ。魔法はね、あるときにいきなり頭の中に閃くの。

これは人それぞれだけど、あらかじめ使える魔法が何かの拍子に解放されるのよ。後は学ぶの。

私は回復系は閃いたけど攻撃系は書物を読んだり教えてもらったりして使えるようになったんだ。

人間で魔力の資質を持つのは、王家や神官の家系以外だと10000人に1人くらいなんだよ。完全な血の繋がりによるものなの」

 

 なるほどな……あるときに閃くとはレベルが上がると自動的に覚えるのだろうか?だが学べは使えるってのは良いな。

 

「僕がアリスに教えてもらえる魔法ってあるかな?」

 

 遂にRPGみたく魔法が使えるようになるのか!実は少しだけ勇者や魔法剣士に憧れている。右手を突き出して「爆発しろ!」とかやりたい!

 

「閃いた魔法を習得してから学ぶんだよ。魔法を使う使える感覚を掴んでからじゃないと、学ぶ魔法は使えないよ」

 

 現実?は非情だ……そう簡単に厨ニな体験は、させてくれないみたいだ……自力で魔法を覚えてから、余所から学べるのか。

 

「えー、そうなの?最初に閃くって、どれくらいで閃くのかな?」

 

 某竜のクエストだと、最初に覚えるのは確か回復の呪文だ。曖昧な記憶だがレベルも5前後だったと思う。

 僕は現在レベル2だから、もう少しかな?後スライムを5匹倒せばレベルが3になる。

 

「私は8歳のときにヒールを覚えたよ。普通、素質があると10歳前後で最初の閃きがあるの。

お兄ちゃんは既に大人なのに閃かないなんて、何か欠陥があるのかな?」

 

 大丈夫、私が養ったげるとか笑われてしまったが、幼女レイスのヒモってどうなんだ?

 

「うーん、僕の住んでいた所だと特定の条件下(童貞)で年を重ねると魔法使いになれる伝説が有ってね。まぁ頑張るよ」

 

 そう言って食べ尽くした魚の頭や骨を埋める。ゴミは地に返すのが、この世界の流儀だ。

 

「さて、取り敢えずスライムを五匹倒したい。だから探してね、無理せず二匹くらいの奴らを……」

 

 レベルを3にして検証してみよう。僕は非童貞だから、魔法使いには成れないかもしれない。だが少しでも魔力があるなら可能性はあるはずだ。

 

 勇者・魔法剣士・魔法使い・僧侶・賢者……称号は見習い剣士だが、転職やジョブチェンジができるかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パチパチと燃える焚き火を見ながら、川魚の焼き加減を調整する。今回は犬擬きの骨付き肉も一緒に炙っている。

 この世界のモンスターは食材でもあるらしい。

 生き物を解体するなんて初めてのことで、恥ずかしながら空腹なのに食欲が無い矛盾を抱えている。

 魚はアリスが採ってくれたので、ほとんどヒモだ……今、彼女は不思議なモノを見るような目で僕を見ている。

 

 嫌悪感を覚えないのが唯一の救いか……

 

「お兄ちゃん、やっぱり普通じゃないね。アリス困っちゃうよ」

 

 あれからスライムを重点的に倒し、レベルを5にした。

 必要経験値も5→10→20→40と二倍に増えてるが、レベル3からは犬擬きとも戦えるようになった。

 犬擬きは経験値が3で合計7匹倒した。スライムの3倍強いと思っている。

 午後いっぱいで60匹近いモンスターを倒したのだが、普通に考えて遭遇率がおかしくないか?

 

「なぁアリス。モンスターの遭遇率が高過ぎないかな?半日で60匹遭遇って、普通なら人が住める環境じゃないよね?」

 

 命を奪う連中がゴロゴロ居るんだよ。普通ならもっと安全な場所を探すよね?

 この街が廃墟になったから、モンスターが増えてるのか?

 

「うん、アリスもそう思う……街が廃墟化して30年以上経つけど、それでも多いね。

普通なら半日探して半分くらいだよ。後は定期的に討伐をしていたけど、廃墟化して放置したから自然に繁殖して増えたかだね」

 

 人の手があったときは定期的に討伐してたのか。ならば、この異常な遭遇率も納得なのかな?

 

「それでも半分くらいなの?そんなに危険なの?異常だよね」

 

 この世界のデンジャラスさは、治安の悪い外国のスラム街以上だ!定期的に危険を排除しないと住めないなんて。

 

「平地に現れるモンスターは弱いからね。お兄ちゃんだって後半は余裕で倒してたでしょ?

初めて会ったときは、魔力があるだけの村人以下の感じだったんだよ。

それが半日モンスターと戦っただけで、下級兵士並みの強さに感じるの。有り得ないよ!

下級兵士は見習いから5年近く修行しないとなれないんだよ。彼等が領地の周辺を廻ってモンスターを定期的に退治するの。

今のお兄ちゃんなら、どこの街に行っても領主様が雇ってくれるよ」

 

 下級兵士とは新しい単語だな。確かにゲームだと村人Aはレベル1でパラメーターもオール1とかだ。

 お城の兵士もモブか精々がやられ役程度だから、ゲーム設定だとレベル5から20くらいだよね。

 つまり村人Aからお城のモブ兵士Aに昇格したんだな。

 だけどステータスが見れないのに、外見を見ただけである程度の強さが分かるアリスってスゲーな。

 

 流石はレベル35のレイスだ。

 

 試しにステータスと思うと頭の中に情報が浮かぶ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

職業 : 見習い魔法剣士

称号 : 美幼女のヒモ

 

レベル : 5

 

経験値 70 必要経験値 80

 

HP : 18/35

MP : 8

 

筋力 : 21

体力 : 15

知力 : 12

素早さ : 15

運 : 5

 

魔法 : ヒール

 

装備 : ショートソード 布の服

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 見習い戦士から見習い魔法剣士になったぞ。どっちも見習いだが、ヒールが使えるようになったから戦士から剣士に変わったのか?

 

 てか、ヒール!これで死ぬ確率が各段に下がる。回復最高!

 

「なぁアリス」

 

「なに?お兄ちゃん。魚は未だ焼けないよ。川魚は生焼けだとお腹を下すんだよ。

お肉も未だ駄目。焦って食べるとお腹を下すから我慢だよ。もう少し待ってね」

 

 衣食住をアリスに頼り切りだから、称号がヒモなのね……でもレイスの餌とかじゃないから良いのか?

 

「あのね、魔法が使えるらしいんだ。回復の……」

 

「はぁ?」

 

 本日何回目かの彼女の驚く顔を見ながら、早く魔法を使いたいと思う。何だかんだと、このふざけた世界に結構順応してきたんだな。

 



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第7話

「お兄ちゃん、魔法が閃いたって突然だよ。アリス困る」

 

 何故、アリスが困るのかは分からないが……オラ、ワクワクしてきたぞ!

 

「どうやって魔法を使うのかな?回復魔法みたいなんだけど、アレか?内なる力よ、我の傷を癒したまえ!とかかな?」

 

 ねぇねぇ、ポーズは?指先とか光るのかな?嬉しくて内なる中学二年生を解放してしまった、反省。

 

「えっと、回復魔法の初級はヒールだよ。

魔法を掛ける対象に向かってヒールって言えば発動するはずだよ。その……内なる力よとか恥ずかしいよ」

 

 若干引き気味のアリス。何故か具現化していたのを幽体に戻して、少し距離を置かれた。

 

 やはりか……この世界でも僕等の中に居る中学二年生を解放しては駄目なのか。

 

「ちょ、ちょっとだけ嬉しくて暴走しただけだよ。大丈夫、もう言わないから大丈夫だ。

さてと、丁度体力が減ってるから回復するよ。んー、ヒール!」

 

 自分の右手で胸を触りながら呪文を唱えた。少しだけ光の粒子が右の掌の周りに浮かぶ。

 少しだけ体が暖かくなったから成功?試しにステータスと思い浮かべる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

職業 : 見習い魔法剣士

称号 : 美幼女のヒモ

 

レベル : 5

 

経験値 70 必要経験値 80

 

HP : 35/35

MP : 6/8

 

筋力 : 21

体力 : 15

知力 : 12

素早さ : 15

運 : 5

 

魔法 : ヒール

 

装備 : ショートソード 布の服

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ステータスを確認するとHPが17回復しMPが2減った。

 最大回復量は分からないが、少なくとも二回魔法を掛ければ完治する。

 最大MP8で使用MPは2だから四回魔法を掛けられる。これでレベルアップが少し楽になる。

 

「本当だ!確かに回復魔法だね。でも最初に覚えたのが回復ってことは、お兄ちゃんの先祖に神官が居るのかな?」

 

 魔法を成功させたためか、アリスが実体化してくれた。床にペタンと女の子座りをして、不思議そうに僕を見る。

 まるで上野にパンダが初めて来たときみたいだね。

 

「いや、宗教関係者は居ないはずだよ。勿論、僕は王族でもないよ」

 

 そうだよねー、王族にしては威厳が無いよね。そうお腹を押さえてクスクス笑うアリス。

 確かに一般ピーポーな僕に威厳とか何とかオーラがあるわけない。少しふてくされると、彼女が機嫌直してね?

 そう言って程良く焼けた川魚を渡してくれた。これは鰻や穴子に似たニョロニョロした体型だが、色がニジマスだ。

 一口かじれば、ジュワっとした脂が口の中に広がる。

 

 味は……鰻の白焼きだ!

 

 チューブのような体型で骨も固いし多いので食べ辛いが、味は絶品。直ぐに完食する。

 

「はい、次はお肉だよ。熱いから気を付けてね」

 

 犬擬きのモモ肉の丸焼きを手渡してくれる。見た目はマンガ肉と言うか骨付き肉だ。

 立ち上る湯気を嗅ぐと、少し獣臭い。ガブリと豪快に噛みつくが、固い……何度か噛んでようやく千切ることができた。

 モグモグと噛みしめると、独特の臭みもありあまり美味しくないな……本来は土に埋めたり塩漬けにして臭みを抜くらしい。

 

 だが塩の補給が未定のため、余った肉は大量に塩を使う塩漬けにはせず、内臓を取り出してから水洗いをして塩を擦り付けて干した。

 気候が春先みたいだから、腐らないで干し肉になると思う。駄目なら燻製にするかして保存食にしなければ。

 

 ゲーム内の勇者は飲まず食わずで何日もモンスターを倒してるが、リアルに置き換えると衣食住の重要性が分かる。

 人間は衣食が足りて礼節を知ると言うか、明日をも分からない生活だと荒んでしまう。

 レイスだけど人間ですらないけど、アリスの存在が僕を非現実的な世界から救ってくれてるんだ。

 できれば美女か美少女が良かったと思うのは内緒だ!

 

「アリス、有難う。君の存在が僕を救ってくれている。もし君が居なければ、僕は自暴自棄で死んでただろう」

 

 深々と頭を下げる。勿論、焼き肉は完食した後で口の周りも確認した。間違っても食べカスを付けながらの謝礼じゃないぞ!

 

「なっ何よ、お兄ちゃん。改まってお礼なんて気持ち悪いよ」

 

 彼女は真っ赤になって両手を前に突き出して振っている。互いに気恥ずかしくなり、その後爆笑した。

 何か二人の未だ間にあった壁が取り払われた感じがした……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 面白い、お兄ちゃんは本当に面白い。

 

 お礼を言ってくれたのでお返しに膝枕をしてあげたら、直ぐに気持ち良さそうに寝てしまった。

 草原の真ん中で食事の後の昼寝よね。春先の陽気は本当に気持ち良くて、たまに吹く風も爽やか……

 鼾(いびき)をかいてムニャムニャと寝言も言う、お兄ちゃんを見て思う。

 

 普通は精気を啜るレイスなんて化け物に、膝枕をされて寝れるだろうか?

 

 二度と目の覚めない永遠の眠りに誘う存在なんだよ、私は……もしかして短期間に私に全幅の信頼を寄せている?

 

 私のことを信じている?

 

 私が怖くないの?

 

 分からない、本当に分からない。寝返りをして私の股間に顔を埋めたときは、思わず頭を膝から払おうと思ったが寸前で止めた。

 お兄ちゃんに悪気もイヤらしさも無い。ただ寝相が悪いんだ。しかし年頃の娘の股間に頭を埋めて眠るって、人としてどうなの?

 生前の私の周りには居なかったタイプだ。

 

 まぁ見習いや下級とは言え、お堅い神官を目指す連中だったから色事には縁が薄かったけど……

 

 何となくお兄ちゃんの髪を梳く。少し脂っぽいがサラサラだ。まるで王家の方々みたいに手入れが行き届いている。

 異常に綺麗好きで、春先とは言え沐浴するほどだ。市井の民なら、この時期は未だ沐浴しない。精々が体を布で拭く程度だ。

 

 それに生きるのが精一杯なら髪の毛の手入れもできないのが現実。やはり魔力を受け継いでいるだけあって、良い家の子供なんだろう。

 だけど成長速度が異常だ。最初は股間を見せ付ける変態だと思った。次は素養はあるが全く成長してないアンバランスな子供みたいな男。

 そして半日で、その辺の子供から下級兵士並みの力を得た。直ぐに魔法も使えるようになったし、異常過ぎる存在だ。

 

 それに……それに、この精気の味と言ったら別格だ!

 

 生前食べたどんな料理より、レイスとなってから吸ったどんな精気よりも美味しい。

 

 嗚呼……美味しい。至福の時間だわ……

 

「って、嗚呼お兄ちゃん?ごめん、つい美味しいから吸い過ぎちゃって……ごめんね、お兄ちゃん」

 

 てへ、考え中に無意識に精気を吸っちゃった。白目を剥いて痙攣するお兄ちゃんに謝ったけど、聞こえてないかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「アリス、しばらくは精気を吸うの禁止!さっきは三途の川を半分渡ったぞ。

気付くのが、後五秒遅かったらら引き返せなかったぞ!」

 

 あの後、回復したお兄ちゃんにお説教されてます、体育座りで。

 サービスに膝を立ててパンツを見せてるけど、お兄ちゃんも怒りながらチラチラ見てる。

 やっぱりお兄ちゃんはエッチなんだな。その所為で叱られてるけど怖くないもん。

 

「三途の川って?人は死ぬとお空の上の死者の国に逝くんだよ。そこで生前の罪を神様に裁かれるの。

善と悪を天秤に掛けられて、悪に傾いたら魂が消滅しちゃうんだよ」

 

 私も見習いとは言え神官だったし、そもそもお父様は高位神官だった。

 教義については詳しいつもりだけど、この世界の一般常識を不思議そうに聞いている。

 おかしい、魔力を継ぐほどの一族なのに知らないなんて有り得ないよ。

 

「ふーん、世界が違っても考え方は同じなんだな」

 

 世界?国別のことかな?でも、この大陸で違う宗教は無いはず。種族によっては精霊信仰もあるけど、全く知らないのは異常だよ。

 それに考え方が同じってことは、類似する宗教があるのだろうか?

 

「お兄ちゃんは精霊信仰なの?私達が崇める神様とは違う神様を信仰してるの?」

 

「うーん、実家の宗派は浄土真宗だけど熱心な信者じゃないからな……

日本人はクリスマスも正月も祝うし、仏教・神道・キリスト教のどれだ?」

 

 頭を抱えて何かブツブツと言っているけど、どうやら私達の崇める神様とは違うみたい。

 私もレイス化したから魔族の仲間だし、関係ないか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食後のうたた寝でちょっとしたトラブルがあったが、何とか回復した。レイスとはいえ可愛い幼女の膝枕は初めてだった。

 いや、女性の膝枕が初めてだからちょっとだけ嬉しかった。でも死ぬほど精気を吸うのは止めてもらいたい。

 もう日も傾きかけているから、午後の2時を過ぎているだろう。だが、もう少しレベルアップに励みたい。

 

 武器を棍棒からショートソードに持ち替える。

 

 筋力が21に上がった所為か、最初は重かったショートソードも軽々と振り回せる。ステータスの上昇が如実に反映されてるな。

 

「アリス、効率良くレベルを上げたい。犬擬きを中心に探してくれ!」

 

 上空5mほどで浮かんでいるアリスに声を掛ける。

 

「レベルを上げるって分からないけど、犬擬きを探すのね。分かった、ちょっと待ってね」

 

 そう言って左右を見回す。しばらくすると何かが現れた……

 

「右側30mくらいに土煙が上がってるよ。うーん、お兄ちゃん!おっきなカエルが跳ねてくるよ。アレは私も知らない奴だよ」

 

 カエル?陸地にカエル?いや日本語と同じ固有名詞のモンスターなの?

 アリスが指差している方には、確かにカエルが一匹飛び跳ねている。オレンジと黒の毒々しい体色、見た目がまんまヒキガエルだ!

 ただし体長は1mを超えてるな。

 

「うわっ!気持ち悪い奴だな。触りたくないぞ」

 

 何かテカッてるし皮膚の表面もヌメヌメしてそうだ。だが向こうも僕らを見付けてるのだろう、真っ直ぐに向かってくる。

 

「アリス、手伝ってくれない? 知らないモンスターとは戦いたくないけど、逃がしてはくれなそうだよ」

 

 多分だがトドメを刺さないと経験値は入らないと思うんだ。パーティー編成とかすれば違うのかも知れないけど、そんな機能は無いし……

 

「アリスが倒そうか?でもアイツ、そんなに強い感じはしないよ。確かに気持ち悪いけど……

10mまで近付いたらファイアで燃やすから。15m……13m……11m……ファイア!」

 

 アリスの指先から30㎝くらいの火の玉が真っ直ぐ巨大カエルに向かっていく。目でやっと軌道が追えるから、時速100㎞以上のスピードだよな。

 

 当たればタダでは……「グギャ!」あろうことか巨大カエルが火の玉を喰った?いや、偶然口の中に入ったのか?

 

「ギャギャギャ?」

 

 火の玉を味わうようにモグモグしてる。

 

「せっ、戦略的撤退!アリス、逃げるぞ」

 

「うん、アレやだ。気持ち悪い。牽制するからダッシュだよ。ファイア、ファイア、ファイアー!」

 

 アリスが火の玉を三個飛ばすのを見て、廃墟方面にダッシュする。レベル5じゃ勝てないかもしれない。

 ゲームオーバー=死で、生き返る保証も無いんだ。慎重過ぎるかもしれないが、試してリセットできないから逃げるぞ!

 割と余裕があったのか、そんなことを考えながら走った。

 

 走る僕にアリスが併走……いや併飛?飛びながら並んでくれた。

 

「ごめん、お兄ちゃん。あの巨大カエル、火に耐性があったみたい。

キモいから慌てちゃったけど、落ち着いて対処すればラクショーだよ。凍らせちゃった、テへ」

 

「凍らせた?じゃ倒したの?」

 

 頷くアリスを見て、その場にヘナヘナと座り込む。考えれば僕はレベル5だけど、アリスはレベル35。

 レベル35がどれだけ強いか分からないけど、倒せない相手じゃないのか……

 

「慌ててビビって逃げ出したことが恥ずかしい」

 

 その場で大地に平伏す。何て恥ずかしいんだ……

 

「ほら、お兄ちゃんは未だ弱いんだから。気にしない気にしない。大丈夫、アリスが守ってあげるから平気だよ」

 

 慰めの言葉が耳に痛いです……

 



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第8話

 あれからアリスの献身的なバックアップもあり、順調にレベルを6にした。

 あのカエルも落ち着いて対処すればダメージを与えることができた。見た目の気持ち悪さに騙された、反省。

 だけど、慎重に行動することは大切だよね。勇気と蛮勇は違うし無警戒で行動するのは良くない。

 

 この世界は直ぐに死ねるのだから。

 

 例えばアリスの不注意で精気を吸われ過ぎとか……ヤバい、昇天しそうです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 モンスター退治の初日。

 

 レベルは順調に上がり6になった。頭の中でステータスと思い浮かべれば

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

職業 : 見習い魔法剣士

称号 : 美幼女のヒモ

 

レベル : 6

 

経験値 155 必要経験値 160

 

HP : 35/42

MP : 2/10

 

筋力 : 24

体力 : 17

知力 : 14

素早さ : 18

運 : 6

 

魔法 : ヒール

 

装備 : ショートソード 布の服

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 うん、運が無い。

 

 他が2から3は上がるのに、運だけは毎回必ず1しか上がらない。絶賛不幸進行中だから、上がるだけましなのか?

 アリスのステータスと比べると分かる。だがアリスはレイスだから比べるのも違う気もするんだよな……

 やはり普通の人間と比べたいのだが、見渡す限り周りにホモサピエンスは居ない。

 夜は廃墟に戻りアリスを封印していた教会で寝泊まりをする。

 

 今夜の夕食のメニュー……

 

 それは犬擬きの焼き肉、以上!焚き火に炙られた肉は脂を落としながら良い匂いを撒き散らしている。

 臭みがあるが肉は肉。腹持ちも良いので継続的に狩っては捌いている。

 動物を捌くことには抵抗が無くなってきた。剥いだ皮も水洗いをして干している。

 ゴワゴワだが何かに使えるだろう。今は換金や物々交換もままならない。

 

 ああ、でもこれって冒険じゃなくてサバイバルだよね?

 

 無人島0円生活を思いだしたが、使える知恵が何もない。

 よゐこ……あの番組は「穫ったどー!」「浜口くーん、たーすけてー!」くらいしか記憶に無いぞ。

 

 石畳のメイン通路の真ん中で焚き火をしている。

 室内でもスカスカな建物だから一酸化炭素中毒とか平気だけど、煙くって大変だから外で焚き火だ。

 この世界でも動物も知性の低いモンスターも火を恐れるから防犯・防衛上でも丁度良いのかな?

 流石に寝る時は室内に入り戸締まりをするが、現代感覚の施錠でなくて突っかえ棒だから……心配です。

 相変わらずアリスはパンツを見せる座り方をする。

 幼女のパンツなんて見ても楽しくはないのだが、不思議と目がいくのはレイスの魅了の魔法だろうか?

 害は無いので注意はしないが、他人と一緒のときは注意しよう。

 因みにパンツは野暮ったいが現代風の生地で、木綿っぽいが薄く柔らかそうなんだよね。

 

 この世界の文化レベルってどうなんだろ?ビキニアーマーとか実在するかもしれない。

 

「なぁアリス。明日もレベルを上げたいんだが、スライムや犬擬きじゃ効率が悪いんだ。他に僕が倒せそうな奴が居ないかな?」

 

 レベル6までで必要な経験値は合計で155、レベル7になるには経験値が160必要だ。

 このまま倍々ゲームみたいに必要経験値が増えれば、スライム狩りじゃ行き詰まる。

 レベル7の必要経験値160なら1日頑張れば何とかなる。レベル8でも320だから2日で何とかなる。

 だが仮に640・1280・2560と増えていけば、必要日数も4・8・16日と増えていくからな。

 レベル15だと256日必要だしレベル16に上げるには一年以上必要だ。

 

 アリスのレベル35が、如何に凄いかが分かる。

 

「うーん、山岳地帯や森林まで行けば強い連中は居るけど、片道に数日は掛かるよ」

 

「山岳地帯や森林って、平原の果てに見える奴だろ?確かに遠いし効率を考えるなら拠点ごと移さないと無理か……」

 

 最初に見た遥か遠くに見える美しい山々や森か。行くなら拠点を引っ越すぐらいの準備をしないと無理だし、ここに居座る意味も無い。

 

「うーん、拠点を移すっていっても近くに街は無いし……それに街の周りは比較的安全だよ。だから強いモンスターはいないんだよ。

そうだ!

私が飛んで周辺を探してみるよ。もしかしたら私が封印されてる間に生態系が変わってるかもしれないし……」

 

 アリスの提案を考えてみる。彼女はレイスであり霊体だから、飛行が可能だ。

 元々の土地鑑もあるアリスなら昔の知識と摺り合わせで調べれは……効率の良い狩場や、もしかしたら野菜とか果物を見付けてくれるかも!

 

「うん、お願いするよ。できればモンスターだけじゃなくて食べられそうな野菜や果物も探してほしいな」

 

 勿論だよ、お兄ちゃんの健康状態は精気の味に関わるからね。アリスが養ってあげるから安心してね!

 輝く笑顔でそう言うと、そのまま呼び止める間もなく飛んでいってしまった。

 

「アリス、もう夕方だから危ないって!もう聞こえないか……」

 

 だが、養ってあげるって……だから称号が美幼女のヒモなのね。もう握り拳くらいの大きさになった彼女に手を振って見送る。

 

 暗くなれば帰ってくるだろうし……

 

「さて、独りで留守番か……もう夜だしアリスが居ないと緊急時に対処できず死んじゃうから、大人しく待ってよう」

 

 焼けた肉の串を掴んで、一人寂しい食事をする。少し焼き過ぎてしまい固くなった肉をモグモグと咀嚼する。

 

「侘びしいな……」

 

 人工の光が何もない半壊した廃墟。

 

 焚き火の灯りが自分の影を崩れた建物の壁に移し、ユラユラと蠢いている。レイス(幽霊)が実在する世界だからな。

 アリスみたいな可愛い娘ばかりじゃないだろうから、リアル怨霊とか出たら怖いな。

 

「怖いな……」

 

 空を見上げれば月も星も輝いているが、現代感覚の夜とは全く違う本物の闇がここにはある。

 

「寂しいな……」

 

 僅か数日しか一緒に居なかったのに、彼女が居なくなると急に心細くなった。

 駄目だ、アリスに依存し始めているからヒモなんだ。独り切りの夕食を終えてトイレを済ませた頃、アリスは戻ってきた。

 

 照れながら「暗くて全く周りが見えなかったよ、お兄ちゃん」と言う彼女を無言で抱き締める。

 

 慌てる彼女の背中をポンポンと叩いてから抱き締めていた腕を緩める。

 照れ臭くなり、そのまま寝床へ向かってしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パンツを見せたりしたので、お兄ちゃんが欲情して襲ってきたのかと思えば違った。確かにいきなり抱き付いたのは驚いたが……お兄ちゃん、泣いていた。

 

 何故だろう?

 

 私が居なくなって寂しかった?それとも夜の闇が怖かった?

 

 生前、年の離れた男の人と接する機会はそれなりにあった。

 見習い神官だった私は、他の見習いや下級神官達と一緒に修行したし統括指導する上級神官だったアイツとも話す機会は多かった。

 下級神官だってほとんど男性で大体二十歳前後だった。お兄ちゃんって何歳なんだろう?

 精々25歳だと思うから彼らと大して変わらないと思うんだ。魔力を持つ者は使いこなせれば将来を約束されている。

 逆に将来が確定してしまっているのだが、安定した生活に数々の優遇措置は魅力的だろう。

 

 元々、血筋の良い連中だから選民意識があり傲慢だ。

 

 少しでも他者の弱い所を責めたりして、自分の優位性を優先する。そんな連中が民を導くんだからお笑いだ。

 だが下級神官まではなれても、上級神官やその先の司祭や副司祭にはなれない。

 そこが昇格試験の凄い所で、人格が不適格な者には責任ある役職につけない。

 

 実技試験の他に交代で複数の司祭が面接を行う。

 

 当日にならなければ面接官が誰だか分からないから買収も無理だし、複数いるから全員を買収できないだろう。

 そもそも司祭の権力は絶大だから、圧力も掛けられない。だから無能は下級神官止まり……

 しかも事前に身辺調査をされるから、上級職を狙う者は普段から品行方正でなければならない。

 

 水面下で激しくライバルを蹴落とすために蠢くなんてザラだった。

 

 だからレイス化した私の正体がバレたときは、奴らは敵意剥き出しだった。

 アイツが私を封印したのは不思議だが、司祭を狙っていたし慈悲深さをアピールでもしたのだろう。

 アイツの外面の良さには周りは騙されていた。

 お父様はアイツの本性に気付いていたけど、私を庇ったために……もし会うことがあれば、その聖人君子した面を思いっ切り殴ってやるわ!

 こんな人外の化け物となってしまった私に普通に接してくれたお兄ちゃん。

 

 泣いていた……

 

 寂しいのかな?悲しいのかな?それとも辛いのかな?

 

 私だってコレからの長い人生を独りで生きていくのは嫌だ!

 お兄ちゃんは放っておくと直ぐに死にそうだし、常識を知らないし……

 私が居なくちゃ直ぐに野垂れ死に確定だから、一緒に居てあげないと駄目。

 それに精気はとっても美味しいし、私だってもう離れる気持ちは……

 

「ちっ違うわ!私は精気を吸うために、お兄ちゃんと一緒に居るの!寂しくなんてないもん」

 

 私はちっとも寂しくないけど、お兄ちゃんのために一緒に寝てあげよう。

 まだ封印を解いてくれた御礼をしてないから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルプスの少女ハ○ジのベッドと言えば聞こえは良いが、様は藁の山が寝床だ。

 シーツ代わりに見付けた大きめの布を藁山の上に被せた。

 大きめの布は一枚しか無いから布団は無い。だけど30年の月日に耐える服や布って凄い丈夫だよね。

 

 肌触りは悪いが、藁山に潜るよりはマシだ。

 

 さっきは寂しさからアリスに抱き付いたが、それって凄い恥ずかしいよな。

 大の大人が幼女に抱き付くなんて変態だ、反省……即席藁ベッドにダイブする。

 富士山形に藁山を作り布をかけたからバランスが悪いが、真ん中にダイブすれば沈み込んで丁度良い形になる。

 

 チクチク感が全然違うな……

 

「ふぅ、アリスには悪いことをしたな。男性恐怖症にならなければ良いけど……ああ、眠いや」

 

「誰が男性恐怖症なの?」

 

 突然空中に現れたアリスは、霊体化してプカプカと浮いている。

 丁度、腹の上の辺りに50㎝くらいの高さで……霊体時は体が僅かに発光してるので、暗闇でもよく見える。

 

「いや、突然抱き付かれれば男に苦手意識が生まれるかなって?ごめんな、アリス」

 

 彼女の頭を撫でるが、霊体だからスカスカだ。本当に物理法則を無視してるんだな……

 

「大丈夫だよ、ほら!」

 

 急に実体化して、そのまま落下した。

 

「グフッ、腹が痛い……」

 

 当然だが幼女一人分の体重を腹で受ければダメージはある。

 無邪気に抱き付かれたのでダメージに耐えて彼女を見ると、胸の上辺りに顔があり目が合った。

 

「話そうよ、お兄ちゃん!お兄ちゃんのことを教えてよ」

 

 実体化しているが彼女の体重は40kgも無いので、何とか耐えられる。

 

「うーん、僕のことって言われても何が聞きたいんだい?アリスが喜びそうな話は……」

 

 正直、アリスの喜びそうな話題が無い。僕に子供や妹が居れば、或いは気の利いた話題も振れるんだろうが……

 下ネタやパチンコ、ゲームやアニメのネタじゃ駄目だろ?そんな話をしたら無邪気な笑顔が冷笑に変わってしまうよ。

 

「うーん、じゃ何故アリスのパンツをチラチラ見るの?結構バレバレだよ」

 

「グハッ……死ぬる……幼女にそんなことを言わせるなんて、社会的に不適格人物じゃん」

 

「アハハハハ、だからアリスが養ってあげるから平気だよ。ヒモって男の憧れの職業らしいよ?」

 

 何を話してもクスクス笑うアリスと夜遅くまで話し込み、知らないうちに寝てしまった。

 あれだけ寂しい悲しいと思ってたのに、幸せな気持ちで寝ることができたんだ……



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第9話

「お兄ちゃん、ちゃんと留守番してるんだよ。変な物を見付けて食べちゃ駄目だからね?拾い食いすると、お腹壊すんだよ」

 

 両手を腰に当てて、お姉ちゃんみたいに小言を言うアリス。だが、背が低いので見上げているからイマイチだ。

 

「分かったから、大丈夫だよ。アリスも気を付けるんだぞ」

 

 レベル35の彼女に気を付けろも何だと思うが……じゃ行ってくるねー!って元気良く飛び出す幼女レイスを送り出す。

 こちらを振り返り振り返り飛んでいく彼女に、大きく手を振って応える。

 

「さて、では日用品の確保のために探索するかな……」

 

 彼女が見えなくなるまで手を振り、見送りを終えてから自分の仕事を始める。

 今日は廃墟を細かく調査して、必要な物が残ってないか探し出すことだ。

 教会だけでも、かなりの物資が残ってたから期待が持てると思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昨夜はアリスの質問攻めで、気が付いたら眠っていた。

 彼女をお腹の上に乗せて抱き締めながら……幼女特有のプニプニ感と高い体温にドキドキしたのは僕だけの秘密だ。

 

「僕はロリコンじゃない!僕はロリコンじゃない!僕はロリコンじゃない!」

 

 某守銭奴な美人霊能者の高校生助手みたいな葛藤をしばらくしてしまったのは、僕だけの秘密だ。

 だが、見た目は幼女でも僕より年上だから合法だ。でも世間的・倫理的に犯罪臭さが満載なんだ……よな?

 

 アレ?

 

 世間的って、周りにホモサピエンスは居ないぞ。倫理的って、そもそも人間じゃないんだよな。

 犯罪臭さって、誰が取り締まるんだ?青少年育成条例なんて無い世界だし、中世くらいの文化レベルだと早婚じゃないのかな?

 

 日本だって昔は12歳ぐらいで嫁ぐなんてザラだった……ほんの15年くらい前でも女性はクリスマスを過ぎたら、いき遅れと言われた。

 25歳と25日を掛けたブラックジョークだが……文明が未成熟なほど、結婚適齢期は下がるよね。

 

 駄目だ、理論武装したり脱線したりして我慢しようと思ったけど、端から崩壊してしまう。

 小一時間ほど葛藤していたが、アリスが身じろぎをした時点で現実に戻れた。

 ムニャムニャと目を擦る彼女を見て、急速にエロい気持ちが引いていった。

 

「おはよう、アリス」

 

「うにゅ……おはよう、お兄ちゃん」

 

 無警戒の笑顔を見せられたら、下世話な気持ちなど吹き飛んでしまう。彼女の両脇に手を入れて持ち上げる。

 所謂高い高いだが、レベル1ではかなり無理をしたが今では軽々だ。

 流石は筋力がレベル1の8からレベル6の24まで上がった甲斐がある。

 数値が三倍に増えたが、持てる総重量も三倍ってわけじゃない。大体60kgくらいが今の持てる限界だと思う。

 

「さて、朝食の支度をしようか」

 

 今日も犬擬きの串焼きか、手間だが魚を採るか……

 

「今日はお魚にしよう。同じメニューだと飽きるでしょ?川で魚を採ってくるから焚き火の準備しててね」

 

 そう言って霊体になると、壁抜けして外に行ってしまった。便利だな、霊体って……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕は壁抜けはできないから、ちゃんと扉から外へ出る。コッチに来てから早起きだし、早寝になった。

 人工の灯りが無いし焚き火だって薪に限りがある。だから必要以上は燃せないんだ。

 火種はアリスの魔法頼りだから、石を並べた即席竈(かまど)に枯れ木を並べ枯れ草を盛る。

 これで魔法で火を点けてもらえれば完成だ。

 

 絞り出した現代知識を総動員しているが、サバイバル知識は皆無に近い。

 焚き火で残った木炭を集めておいたり、石を並べた竈擬きくらいしか活用できないんだよね。

 これから寒くなるし、鍋を手に入れたい。

 温かい汁物が食べたいし、焼くだけの料理じゃ寒さは凌げないはずだ。冬支度を済ませないと、多分だが死ぬ。

 

 アリスに聞けば、この辺も雪が降るらしいし寒さは厳しかったそうだ。

 今寝泊まりしている隙間だらけの建物の補強もしなきゃ駄目だし……

 

「アレ?レベルアップのために拠点を移すなんて無理じゃん。先ずは生きるためにしなきゃならないことばかりだ……

普通、異世界に飛ばされた連中って日常生活に困ってる描写なんてあった?」

 

 ラノベや漫画じゃなく、十五少年漂流記とか読んでおけば良かったと後悔する。しばらくするとアリスが川魚を五匹ほど採ってきてくれた。

 魚を受け取り下拵えする間に火を点けてもらう。川魚は鱗がないので内臓を取り出して洗い、串に刺して塩をかければ完成だ。

 今日の獲物は金魚にそっくりだが、色が黒い。大きさは30㎝程度で肉厚だ。焚き火の周りに魚を並べていく。

 

「アリス、おいで」

 

「うん!」

 

 アリスの食事は僕の精気だから(後に物を食べても栄養を摂取できると聞いてショックだった)飛び込んでくる彼女を抱き締める。

 座っている僕に抱き付くので、腰に手を回してお腹に顔を擦り付ける感じだ。

 

「いただきます、お兄ちゃん!」

 

 胸に抱き付いた後に立ち上がり僕の頭を彼女の薄い胸板に押し付けるように抱き締める。

 薄いがちゃんとある女性特有の柔らかさと良い匂いに頭がクラクラする。

 このクラクラが曲者で、精気を吸い取られ過ぎた目眩と区別がつかないんだ。

 

「吸い過ぎに注意してくれよ……」

 

「大丈夫、気を付けてるから……うん、御馳走様」

 

 軽い目眩に襲われるが、腹一杯食べて少し休めば大丈夫。

 ツヤツヤのアリスを前にして、初めて捕まえた金魚擬きを背中からガブリと食い付く。

 

 うん、川魚特有の泥臭さの他に脂が多いな。

 

「アリス、この魚はあまり美味しくないな。名前を知ってるかい?臭みと脂が強過ぎるよ。でも肉厚だし栄養価は高いのかな?」

 

 ニコニコと頬杖をつきながらこちらを見るアリスに聞いてみる。

 

「うん、本来は香草にくるんで蒸し焼きにする魚なんだ。ごめんね、私レイス化してから食べ物に関しての記憶が緩くなってるみたい」

 

 うーん、食物に関して疎くなるのは仕方無いか……食べられないなら興味は薄くなるわな。

 

「美味しい物を食べれば僕も元気になるから頑張って探してね。動物や魚ばかりだと栄養バランスが悪いから、野菜とか果物もよろしく」

 

 食生活の改善は急務だ。お腹一杯食べていても栄養面で偏りがあれば成分不足の栄養失調もあるんだ。

 医者の居ないここで怪我や病気は……怪我は魔法で治せるけど病気は治せない。

 

「なぁアリス?怪我はヒールで治せるけど、病気ってどうなの?」

 

 神官を父親に持つ彼女なら、他の治癒魔法も知ってるかもしれない。

 

「うーん、毒・麻痺・精神錯乱・沈黙・盲目とかの一時的な状態回復はあるよ、その逆もね。

病気は纏めて祈りで神の奇跡をお願いするの。司祭様か副司祭様なら大抵の病気は治せるよ」

 

 何と言うチートな世界!これは病死なんて無いんじゃないか?

 

「簡単に治せるなら病死なんて無いんじゃない?司祭様や副司祭様って凄いんだね」

 

 アレ?変な顔したな。もしかして、この世界で病気の心配って非常識だったかな?

 

「司祭様も副司祭様も数が少ないし、順番待ちだけど大抵は権力者が割り込むから……

魔力もたくさん使うから日に何回も無理だし。だから普通の人々は無理だよ。それに寄付も高額だから大変なんだ」

 

 この世界の権力の仕組みが垣間見えた気がする。神官達の持つ絶大な権力は、この地を治める連中には不都合だと思った。

 だけど自分たちの健康と長生きに貢献できる唯一の連中になら……現代みたいに信仰心のみが頼りの連中じゃないのか?

 

「世知辛い世の中だね。さて、食べ終わったから僕も留守番がてら街を探索するよ。何か使える物が見付かるかもしれないからね」

 

 話しながら焼き魚を食べ終えてしまった。臭みも脂も慣れれば、それなりに美味しくはないが食べられる。

 贅沢は言えない環境だからね。

 

「お兄ちゃん、ちゃんと留守番してるんだよ。変な物を見付けて食べちゃ駄目だからね?拾い食いすると、お腹壊すんだよ」

 

 そう言って元気良く飛んでいってしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最初の頃は周りを見る余裕も無いから、教会と大通り周辺を囲む崩れた城壁くらいしか見てなかった。

 だが、この廃墟は意外と広いんだ。

 多分だがアリスの言う人除けの結界こそ街全体を覆っていたが、建物を保護する魔法は教会周辺だけ。

 石造りの建物は富裕層だけで一般人は木造だった。だから現代建築よりも貧相な木造家屋の殆どが、風雨により倒壊した。

 見渡せば何軒か石造りの建物が残っている。ここは正確には普通の街じゃなく、教会を中心とした神官関係者たちの街なんだ。

 

 だから破棄して移転が可能だったんだな……

 

 ボケッと考えていても仕方無い。立ち上がってパンパンと尻に付いた埃を払い焚き火の始末をする。

 木炭は集めて食べカスを埋める。

 

「さて、先ずはトイレを済ませてから探索するかな……」

 

 トイレだけは壊れていたのを修復した。

 もっとも周りを板で囲って真ん中に深い穴を掘り、板を被せただけの原始的なトイレだが、現代人の感覚では排泄中を見られるのは嫌だからね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふぅ、スッキリした!さて探索するか」

 

 先ずは教会周辺の石造りの建物から見ていこう。大通りにそって何軒か残っているが、ほとんどの家は窓もドアも無い。

 

「お邪魔します……」

 

 最初に入った建物は、何かの商店だったんだろう。手前にカウンターがあり、奥の壁には一面の棚だ。

 この時代は客が商品を勝手に見れるわけじゃなくて、いちいち店員に言って持ってきてもらうのかな?

 奥の棚にはほとんど品物は無かったが、埃を被ったナニかが幾つか見える。

 手に取ってカウンターに並べていく。

 

「これは……何かの草の束だな。これは素焼きの壷だな。水が漏れなければ使えるな。他にも皿があるな」

 

 種類が分からないが、束ねられた枯れ草。素焼きの壷が一つと小皿が三枚、大皿が一枚。それに椀が一つ。

 他にもあったが欠けたり割れたりしてないのはコレだけだった。だが壷は嬉しい。

 毎回川まで水を飲みに行くのは面倒だったんだ。

 

「幸先が良いな。ヨシ、次は隣の家に移ろう」

 

 見つけ出した戦利品を一旦カウンターに並べて次の家に移動する。隣の店も商店みたいな造りだ。

 やはり商品棚はカウンターの後ろ側に有る。品物が少ない所為か客が直に商品を手に取れることはないんだな。

 

 残念ながらここには何も無かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから大通りに面した六軒の建物を調べたが、特にめぼしい物は無かった。

 素焼きの食器類はそれなりに集まったので早速洗って使おう。

 最後に調べた建物から出ようとしたとき、大通りを歩く団体を見つけた。

 丁度焚き火をしていた場所に集まっている。思わず声を掛けようとしたが、身なりも人相も良くない連中だ。

 

 世紀末救世主伝説のヤラレ役の下っ端な雰囲気が……

 

 意外と距離は近い、20mも無いだろう。話し声も何となくだが聞こえる。物陰に隠れながら奴等の会話を盗み聞きする……

 

「お頭、やっぱり未だ暖かいっすよ。近くに誰か居ますぜ」

 

「探すか?女でも居れば楽しめるぜ。ギャハハハハ」

 

 ああ、間違い無く盗賊の類の連中だ。会話を聞いただけで腰が抜けたように座り込んでしまう。

 幸い音は出さなかったが、逃げるときに体が動くか心配だ。

 

「まぁ待て。

確かに煙が立ち上ってたから念のために来てみたが……ここは殺人を繰り返した神官見習いを封じ込めた教会っぽいぜ。

今まで近くを歩いてたのに気が付かなかったのは、結界が壊れたのかもな」

 

 お頭だろうか?野太くデカい声が聞こえる。殺人を繰り返した神官見習いってアリスのことか?

 

 彼女はそんなに酷い娘じゃないぞ!

 

 知りもしないのにアリスを悪く言う連中に怒りを覚えた。アレはツンデレだが優しい幼女なんだ!

 抜けた腰に力を入れてゆっくりと立ち上がる。とにかく、情報を集めなきゃ駄目だ。

 



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第10話

 初めてアリス以外のホモサピエンスに遭遇した。アリスは正確にはレイスだが関係無い。

 奴らは世紀末救世主伝説に登場するヤラレ役の下っ端みたいだった。

 だが奴らの盗賊丸出しな会話を聞いて、僕は腰を抜かしてしまった。

 モンスターは何とか倒したが、元は一般人なんだ。人間相手に争いなんて、したことが無い。

 だが、奴らはここがアリスが封印されていた教会だと見抜いた。

 彼女を殺人鬼呼ばわりすることに怒りを覚えたら、腰が抜けた体に再び力が戻った。

 会話の内容から、奴らはアリスに害をなす気がする。

 

 まずは情報を集めなければ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「まぁ待て。

確かに煙が立ち上ってたから念のために来てみたが……ここは殺人を繰り返した神官見習いを封じ込めた教会っぽいぜ。

今まで近くを歩いてたのに気が付かなかったのは、結界が壊れたのかもな」

 

 野太くデカい声だ。頭だろうか?しかし、焚き火の煙で奴らを呼び寄せてしまったのか……

 

 迂闊だったな。

 

「お頭!ここにもお宝があるかもしれないぜ。虱潰しに探そうぜ」

 

「そうだぜ、お頭!封印されてたんなら、一緒に財宝があるかもしらないぞ」

 

 お宝?財宝?最初に見付けた水晶玉のことかな?確か腰に下げた袋に入れっぱなしだけど……

 

「馬鹿やろう!

ここには、お宝なんか無いぞ。それより殺人鬼と鉢合わせないうちに移動だ。

奴はレイスらしいが、俺たちは悪霊に効く武器や道具も無いんだ。本命はラミアだ!

奴は何人もの人間の精気を喰らい財宝を集めている。全部横取りする計画に支障が出ちゃならねぇ。

それにかなりの美女らしいから、弱らせれば楽しめるぜ。予定通りラミアを狩りに行くぜ!」

 

「ギャハハ、そりゃ楽しみですぜ。妖魔は人間の女より具合が良いって言うしな」

 

 下品な会話をして盛り上がる盗賊たち……聞いていて胸がムカムカしてきた。しかし、ラミア?狩る?

 

 ラミアって下半身蛇な美女たっけ?

 

 何人もの人間の精気を喰らうラミア……考え込んでいると、盗賊たちが移動する足音が聞こえる。

 結構近いぞ……息を殺し足音が過ぎ去るのを待つ。10秒ほど数えた後に思い出した。

 

 そうだ!

 

 僕は他人のステータスが見れたんだ。慌てて外を窺うと、既に10m以上離れている。

 僕は頭の中でステータスと念じて去り行く盗賊達を見る。

 

 

 

職業 : 下っ端盗賊

 

称号 : 街のチンピラ

 

レベル : 8

 

HP : 12

MP : 0

筋力 : 5

体力 : 4

知力 : 2

素早さ : 4

運 : 10

 

 

 

職業 : 古参の盗賊

 

称号 : お頭の右腕

 

レベル : 30

 

HP : 86

MP : 0

筋力 : 45

体力 : 38

知力 : 15

素早さ : 21

運 : 20

 

 

 

職業 : 盗賊

 

称号 : 男色の猿

 

レベル : 18

 

HP : 59

MP : 0

筋力 : 28

体力 : 25

知力 : 5

素早さ : 22

運 : 18

 

 

 

 後ろを歩く三人しか情報を得れなかった。

 

 最初の一人は下っ端だけあって能力も低い、低過ぎるだろ。

 アレは初期パラメーターがオール1の村人Aが、無理矢理レベルアップした感じだ。

 次の古参の盗賊は、お頭の右腕だけあって能力が高い。ほとんど僕の倍は強いが、レベルで比較するとパラメーターの上昇が低い気がする。

 同じレベルまで上げれば僕の方が強くなりそうだが、現状は圧倒的に向こうが上だ。お頭は当然だが奴より強いのだろう。

 

 最後の奴……男色の猿って何だ?

 

 ホモなのか、ホモの猿なのか?攻めか受けで危険度が段違いなんだけど!猿って絶倫って意味だろ?

 猿にオ○ニーを教えると、衰弱するまでヤリ続けるって聞いたことがあるし……色んな意味で危険過ぎる連中だ。

 

 アリスが戻ってきたら相談しないと駄目だな。

 

 この廃墟に居ることがバレた時点で、いつかは襲ってくるのは確実だ。奴らはアリスがレイスと知っていた。

 ならばラミアを狩った後に装備を整えてアリスを狩りに来るかもしれない。それは何としても防がないと。

 だけどラミアって本当に居るのかな?

 

 名前がラミアで普通の人間だったらどうするんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 奴らが廃墟を離れるまで、隠れながら様子を見た。

 芥子粒みたいに小さくなるまで見届けたから、しばらく戻ってくることはないだろう。

 

 漸く全身の力を抜いて座り込む……背中を嫌な汗が流れる。

 

 肌寒い季節なのに額からも汗が頬を伝う。喉も渇くし緊張し過ぎだろ!

 

「何とか見付からずに済んだ。しかも少しながら情報も得られた。あの盗賊たちはズダ袋や背嚢しか持ってなかった。

つまり徒歩でも到達可能な場所に街がある可能性は高い。

仮に盗賊のアジトかもしれないが、奴等だって街に用事があるから遠くに拠点はおいてない」

 

 言葉にすると考えが纏まって論理的な感じがする。この教会の廃墟だが、人除けの結界が壊されたのは確かだ。

 まぁ、壊したのは僕らしいけど……つまり盗賊の他にも来る連中は必ず居る。

 今の僕たちには、他の人間に会うことはデメリットしか無いような気がする。アリスの件をよく考えないと駄目だ。

 

「考え過ぎても駄目だ。ヨシ、探索を再開しようか」

 

 知らぬ間に座り込んで考えてしまったが、勢い良く立ち上がり尻に付いた埃を払う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 引き続き午前中いっぱい、廃墟の探索をするが、考えることが多くて中々身が入らない。

 だが成果は、それなりにあった。素焼きの壷が三つと小皿が十枚、大皿が四枚に深皿が二枚に椀が二つ。

 農工具らしい鍬みたいな物が一本。先端の鉄の部分も錆びてはいるが使えるだろう。

 毛布らしき大きな布に大小の袋が数枚。麻っぽい紐が二巻き、長さは10mくらいだ。

 よく分からないが長さ2m直径5㎝くらいの棒が10本。木剣みたいな物も一緒にあったから、練習用の武器なんだろうな。

 

 実戦では使えないから置いていったのか?

 

 物の少なそうな世界だから、残置物はそんなに無いのだろう。全ての戦利品を教会に運び込む。

 太陽の高さからして昼を少し過ぎた頃だろうか?ようやくアリスが戻ってきた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お兄ちゃん、ただいま!何か見付けられた?

アリスね、綺麗な泉と洞窟を見付けたよ。その周りには林もあるから移住するなら良いかも。

モンスターのレベルもここより一段階高いから、お兄ちゃんのレベルアップにも有効だよ!」

 

 尻尾があれば左右にパタパタ激しく振ってると容易く想像できる。

 所謂褒めて褒めて状態のアリスの頭を撫でる。サラサラの金髪が指の間から流れるように梳いていく。

 

「そうか、丁度良かったよ。

ちょっと前だけど盗賊の一団が廃墟に来たんだ。奴らは焚き火の煙を見付けて様子を見に来たんだ。

近くにラミアが居て、狩りに行く途中らしい。

だがお頭らしき男が、アリスのことを……教会に封じ込められたレイスのことを知っていた。

奴らは対レイス装備じゃないからと去っていったが、用心のために引っ越そう」

 

 彼女の目を見て話す。いくらレベル35のレイスとは言え、女の子なんだ。危険に晒すわけにはいかない。

 

「有難う、お兄ちゃん。

盗賊連中に知られたなら、そのうち噂は広まるね。

アイツに私が解放されたって伝わる前に、この廃墟からは引っ越さないと駄目かな。

私は人間に害なすモンスターだからね。討伐隊が来るかも……お兄ちゃんも危ないと思ったらアリスを置いて逃げてね」

 

 アリスの悲しそうな顔を見て、胸が苦しくなる。理由はどうあれ、彼女を悲しませてしまった。

 

「お昼にしよう、お兄ちゃん。未だ慌てなくて大丈夫。でも二三日中には引っ越そうね。朝は魚だったし昼はお肉にしよう」

 

 気丈に振る舞うアリスのことが愛おしく思う。

 

 思わず彼女を抱き締める。

 

 この両手にスッポリ収まるアリスが、小さな女の子のアリスが、討伐されなきゃならないって何だよ!

 

「大丈夫、大丈夫だ。僕はアリスから離れない。もっともっと強くなってアリスを守ってみせるから、大丈夫だ」

 

 彼女と行動を共にするということは、人間たちに追われる危険性がある。だが、僕は彼女を見捨てることはしない。

 アリスが居なければ、僕は遅かれ早かれ死んでいただろう。ならば、この腕の中に収まる女の子と一緒に居て守れば良い。

 討伐隊が来るなら逃げれば良いんだ。都市国家群みたいな世界だし、他の都市に逃げ込めば大丈夫かもしれない。

 写真も無い時代だし、精々が似顔絵か噂程度だ。何とでもなるさ!

 

「有難う、お兄ちゃん。アリス……嬉しいよ。

レイスになってから優しくしてくれたのは、お父様だけだったんだ。私、本当にお兄ちゃんと一緒に居て良いの?」

 

 涙を浮かべて見上げる金髪美幼女にクラクラする。もうロリでも良いよね?

 

「ずっと一緒だよ……」

 

 アリスが感極まって僕を抱き締めてきた。僕のお腹に顔を押し付けて泣き出してしまった。

 彼女が泣き止むまで、優しく背中を撫でていた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 隙間から日差しが差し込む教会の一室。藁に布を掛けただけのハイジのベッドで目覚めた。

 お腹の上には美幼女レイスのアリスが乗っている。僕が身動ぎした所為が、眠っていたアリスも目覚めたみたいだ。

 綺麗な睫毛がピクピクと動いている。

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おっおはよう、アリス」

 

 互いの息を感じるほど近くで見つめ合って、朝の挨拶を交わす。あの後、彼女が泣き止んでからお互い気恥ずかしくなってしまった。

 だがアリスを守ると言った以上、遊んではいられない。

 午後は今まで以上にモンスターを倒し、夕方ヘトヘトになる頃にようやくレベルが上がった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

職業 : 見習い魔法剣士

称号 : リア充なロリ

 

レベル : 7

 

経験値 315 必要経験値 320

 

HP : 60/60

MP : 14/14

 

筋力 : 28

体力 : 20

知力 : 17

素早さ : 22

運 : 7

 

魔法 : ヒール

 

装備 : ショートソード 布の服

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 数値的には古参の盗賊の奴と殆ど同じくらいになったが、相変わらず運は低い。下っ端盗賊より低いってのが納得できない。

 もしかして盗賊って職業補正か何かで運が高いのか?少なくとも、もう1レベルぐらいなら直ぐに上がるはずだ。

 そうしたらアリスが見付けた洞窟に引っ越そう。

 

「お兄ちゃん、何を考えているのかな?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昨日もお兄ちゃんと一緒の布団で寝た。

 正確にはお兄ちゃんの腹布団の上で現在進行形で寝ている。胸が規則正しく上下するから揺り籠みたいで気持ち良い。

 それにお兄ちゃんの体は凄く温かい。こんな禁呪で産み出された化け物の私と、ずっと一緒に居てくれるって言ってくれた。

 

 最初は変態な人だった。

 

 ブーツ以外は何も服を着ない裸族だったし、股間を見せ付けるし。だけど封印を解いてくれたし、お礼をしたら別れるつもりだった。

 

 次は変なお兄ちゃんだった。

 

 常識を知らずなのに変な知識は持ってるし、どこかのボンボンかと思った。

 

 次は異常な人だと思った。

 

 とにかく、成長速度が異常なんだ。街の子供から下級兵士レベルまで一日で成長するなんて聞いたことが無い。

 それに、この世の者とは思えない精気の味!もう麻薬みたいに毎日吸いたいと思った。

 嗚呼、この男性(餌)から離れない、吸い尽くすまでは離れられないと感じたの。

 だからなるべく良好な関係を築こうと努力した。

 

 でも、でも……

 

 打算で接する私に、お兄ちゃんは本気で心配してくれた。精気を吸う妖魔は人間の天敵だ。

 一緒に居るだけで討伐されるくらい、人間たちにとっては危険な存在、裏切り者と思われてしまう。

 だから高位神官で司祭のお父様でさえ殺された。でも、でもお兄ちゃんは、そんな化け物の私と一緒に居てくれるって。

 無防備に化け物の私をお腹に乗せて寝ていることで、お兄ちゃんの本気度が分かる。

 お兄ちゃんは、私を信頼してくれている。こんなに嬉しいことはないわ……

 

 あっ、お兄ちゃんが起きそうだ。

 

 少し寝た振りをしよう。お兄ちゃんがモゾモゾし始めたので起きたのだろう。

 寝た振りをしているが、何故か可笑しくなって睫毛がピクピクしちゃう。もう駄目、目を開けよう。

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おっおはよう、アリス」

 

 満面の笑顔で朝の挨拶をする。お兄ちゃん、少しどもって顔も真っ赤だ。

 顔が近過ぎて恥ずかしいから伏せるようにお兄ちゃんの胸に頬を付ける。

 トクントクンと心臓の鼓動が聞こえる。体から滲み出る精気を少し吸うと、変な気持ちになっちゃう。

 

 お兄ちゃんも私のことを意識してくれて……る?アレ?何か別の事を考えている顔だ。

 

 むぅ?ここにこんなにお兄ちゃんのことを考えている女の子がいるのに、こんなに密着しているのに別のことを考えちゃうんだ?

 

「お兄ちゃん、何を考えているのかな?」

 

 顔を上げて聞いてみる。可愛い女の子よりも考え事をしてるなんて駄目だぞ。そっとお兄ちゃんにキスをする。

 

 唇が軽く触れるだけの、本当に軽いキスを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 の心算だったけど、啄ばむようなキスを何度もして普通のキスもしちゃった。キスしながら少しずつ精気を吸ったのは秘密。

 

 精神的な幸せと物理的な満腹感が得られるって凄い!

 

 お兄ちゃん、何故か悶えて「俺はロリじゃない」とかブツブツ言ってるけど無視した。

 だってディープキスだと、根こそぎお兄ちゃんの精気を吸ってしまいそうだから。愛しいって相手の全てが欲しくなるんだね。

 

「ごっゴメンね、お兄ちゃん。

だってアリスがこんなに近くに居るのに、他のことを考えているから悪いんだよ。

アリス、放っておかれると寂しくて死んじゃうんだからね?」

 

 思わず精気を吸いすぎてしまい、痙攣しているお兄ちゃんに謝る。密着し過ぎると理性に歯止めが利かなくなっちゃうよ。

 これは制御を訓練しないと、お兄ちゃんと子作りができないかも……

 



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美女但し下半身はヘビ編
第11話


「しばらくのあいだ、お兄ちゃんとはマジチュー禁止だよ!」

 

「何故?」

 

 せっかくロリコンを自覚したその日に、アリスに言われたマジチュー禁止令には納得がいかない。

 右手で僕を指差し左手を腰に当てて、足は軽く開くくらいでポーズを取るアリスは可愛い。

 体を少し斜めにしている所がまた良い。だが、せっかくAを済ませて大人の階段を駆け上がる段階でストップが掛かった。

 

 故に納得できない。僕等に障害は何も無いはずじゃないか!

 

「アリス、本気でお兄ちゃんが大好き。だからマジチューして感情が高ぶったら歯止めが利かないよ。

お兄ちゃん干からびても生きていけるなら良いけど、アリスが制御できるまで我慢しないと、その先は駄目だよ」

 

 なるほど、確かに毎回三途の川を遠目で見ているが、最近距離が近いづいてきたなと思ったよ。

 だが漢には命を懸けても成し遂げなければ……

 

「マジチューは駄目だけど、お触りはオッケーだよ。その、アレだよ。アリスの頭を撫でれ!」

 

 何と言うことだ!ボディタッチOKって喜んだら頭を撫でるの限定?

 

 駄目だ、アリスは僕の命の心配をしてくれているが、僕は命を懸けても先に進みたいんだ!

 心の中は葛藤しているが、アリスを膝の上に乗せて頭を撫でていると……

 

「コレはコレで有りだ……癒されるな」

 

 安上がりに納得してしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 散々アリスの頭を撫で回して気持ちを落ち着けた。サラサラの金髪は撫で心地が大変よい。

 アリスは水浴びやお風呂に入らないのだが、何故こんなにもサラサラなんだろう?

 

「レイスだからだよ。汚れてもレイス化してから実体化すれば綺麗になるんだよ。便利でしょ?」

 

 心の中の疑問を答えてくれてビックリだ!

 

 さて、今後の話を進めなければならない。廃墟と洞窟。

 利便性や居住性を考えれば廃墟化したとはいえ、人間が住むことを前提とした方が自然の洞窟よりは断然便利で住み心地は良い。

 安全性を考えても洞窟は入り口が一カ所だから、そこから外敵が攻めてきたら逃げられない。

 

 袋の鼠状態だ!

 

 だが人払いの魔法か結界が解けた廃墟に留まると、封印されていたアリスを討伐しに来る連中が……

 既に盗賊連中には知られてしまったからな。彼女の安全のためには引っ越すべきだ。

 

「アリスが見付けた洞窟だけど、ここから歩いてどれくらいかな?」

 

 いつもは大通りの真ん中で焚き火を囲んで話すのだが、見付かる危険性を減らすために僅かに残った屋根付きの建物の中に居る。

 石造りの建物の中はヒンヤリと涼しい。窓からは廃墟の入り口の門が見えるので、塀を乗り越えて侵入されない限りは発見できる。

 

「うーん、お兄ちゃんの足なら丸一日かな。朝早く出れば日が沈む前に着くよ」

 

 何故か向かいで体育座りをするアリス。揃えた足の隙間から白い布地がチラ見してます。

 

 グッジョブ!

 

「早朝に出て夕方か……つまり休憩時間を抜いたら丸々10時間以上か。

草原で一泊とか危険だけど、洞窟の中の安全が確認できないからな。

やはり途中で一泊して明るい時に洞窟を調べた方が良くないかな?」

 

 徒歩で半日だが、アリスが飛べば半分以下なんだろうな。

 彼女の積載能力が高ければ荷物も運んでもらえるのだが、飛ぶときはレイス化するので物は持てないそうだ。

 

「うーん、そうだね。アリス洞窟は見付けたけど、中には入ってないんだ。

確かにモンスターとか住み着いていたら嫌だよね。お兄ちゃん、賢いね」

 

 誉められたが、アリスならたとえモンスターが居ても倒すか逃げるかできるだろう。

 

「最初は荷物は最小限にして行こう。または途中に隠してからかな。

廃墟に戻ったら誰か居ましたじゃ意味が無いし。アリス、途中で品物を隠せそうな場所があったかい?」

 

 フワフワと浮いているアリスに聞いてみる。この子は飽きっぽくて一ヵ所にジッとしていない。

 今も体育座りのままクルクルと回っているし……

 

「ん?丁度半分位くらいの距離に大きな岩がゴロゴロしてる場所があるよ。あそこなら品物も隠せるし、泊まれるかな」

 

 草原の真ん中に巨石がゴロゴロ?ストーンヘンジみたいな?だけど身を隠せるほどに大きな岩なら丁度良い。

 

「じゃ荷物を半分持って岩山?に隠してから、残り半分を翌日持ち出そう。そこを拠点に洞窟まで行けば良いかな」

 

 初日に荷物を半分運んで廃墟に帰る。二日目に残りの荷物を運んで一泊。

 三日目に最小限の荷物を持って洞窟へ向かえば、昼過ぎには到着するから明るいうちに洞窟内を調べられる。

 どんなに急いでも盗賊連中が対レイス用の装備を整えてくるのは三日後くらいだし間に合うはずだ。

 

「分かった、それで良いよ。じゃ早速支度して出掛けようよ」

 

 起きて直ぐに精気を吸われたから朝食がまだなんだ。

 保存食は犬擬きの干し肉と干した魚しかないが、時間が勿体無いから我慢する。

 焚き火の煙が狼煙代わりとなり、周りに封印の解けた廃墟の存在をバラしてしまった。

 なので成るべく煙を出さないように、以前からより分けていた木炭を使い肉を焼く。

 いつもより余分に焼いているのは、昼のお弁当分だ。冷めると固くなるし不味いのだが仕方ない。

 癖のある野趣溢れた味だが、人間の適応能力って凄いよね。

 

 臭みが強くても筋張って固くても、そんなに気にならなくなってるんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初日は重たい物を持っていく。素焼きの壷に唯一の調味料の塩と干し肉を詰める。

 もう一つの壷には水を入れる。大切な物から運んだ方が良い。

 二つの壷は紐で結んで長い棒の両端に吊した。所謂天秤の要領だ。

 この棒も廃墟で見付けた物だが、多分だけど武術の練習用の武器だ。

 総重量は20kgは超えるので肩に食い込むが、肩当てとして布を丸めて棒と肩の間に挟んだ。これでだいぶ運びやすくなったな。

 

「お兄ちゃん、流しの物売りさんみたいだよ。そうやって籠細工とか加工した保存食を売り歩く人が居たよ」

 

「どこにでも同じように考える人は居るんだね。さてアリス、案内してくれよ」

 

 アリスにはショートソードと鉈を持ってもらっている。途中でモンスターと遭遇したらレベルアップのために戦うつもりだ。

 因みにショートソードと鉈も鞘が無いから抜き身で手で持っている。天秤担ぎが思った以上に大変なので、僕は丸腰だが仕方ない。

 唯一ナイフだけは布に巻いて腰紐に差している。だが転んだら危ないことになりそうだな。

 春先の陽気でも重たい荷物を持てば汗もかく。幸いと言うか筋力が上がった為か息切れとか筋肉痛とかは無い。

 比較的見通しの良い草原をアリスとノンビリと歩く。途中でスライムや犬擬き、カエル擬きと遭遇するが無難に倒していく。

 荷物になるし時間も無いから犬擬きは捌かず放置する。勿体無いが、比較的遭遇しやすいので問題無いだろう。

 太陽が頭の真上に来た頃に、ようやく目的の岩山が見えてきた。確かに巨石が不規則に並んでいるが、自然にできたようには見えない。

 比較対象が無いから正確には分からないが、全長5m以上の巨石が林のように乱立している……

 

「なぁアリス?あの岩山って自然にできたのかな?」

 

「うーん……

分からないけど、言い伝えでは太古に今とは違う文明があって何かの儀式に使ってた……そんな話もあるよ。

実際にあの岩は、この辺りでは採れないんだって。遠くから運んだらしいけど、あんなの魔法でも無理だよね」

 

「古代文明の遺跡ね……確かに人力じゃ運ぶのは無理そうだね。いや、運搬用の魔法ってあるの?」

 

 肩に食い込む天秤の苦労が無くなるなら、運搬系の魔法を覚えたいよね!

 

「肉体強化とかの補助魔法のことだよ。でも魔法をかけられる側の基本スペックの何割増しだから、素で岩を持てる人じゃないと無理だよ」

 

 首を傾げながら少し考え込むように、記憶を思い出すように話すアリス。

 オーガーとかサイクロプスが複数ならできるかもね?そう言ってケラケラ笑うアリスは可愛いのだが、そんなムキムキ系モンスターが居るのか?

 

「そのオーガーとかサイクロプスってさ。普通に居るの?」

 

「オーガーは深い森の中に、サイクロプスは岩山が生息地だよ。

異種間交配が可能なオーガーは定期的に人里を襲うから気をつけないと駄目なんだよ。

でも奴等は脳筋だから大抵は罠にかけてから仕留めるんだって。凄い精力旺盛だけど不味いんだ」

 

 何気なく話しているが、この世界は普通にモンスターが襲撃してくるんだ。

 しかもスライムや犬擬きなんて足元にも及ばない連中が……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 岩山を見付けてから30分くらい歩いて、漸く到着した。間近で見て分かる。

 

 これは人工的に作られた物だ……

 

 だって岩が垂直に立って根元が埋まってるんだよ。

 これが自然にできるとは思えないが、じゃあ何のためにと言われても分からない。

 適当に開けた場所の手頃な岩の上にドッカリと座り込む。布で額や首筋の汗を拭き一息ついてから、壷から昼飯を取り出す。

 

 川魚の丸焼き三匹……

 

 犬擬きの肉は冷めると本当に固くなるから川魚にしました。

 大きな葉っぱに来るんだ鯉擬きの魚を取り出し、背中からパクリとかじる。

 

「うん、美味い……わけじゃないが空腹は最高の調味料って意味を再度実感した」

 

 冷めた焼き魚も旨くは無い。くるんだ葉っぱの風味を移るから尚更だ。

 冷えた脂は口に残るし身も水分が抜けてパサパサ。鯵の開きを焼いた後、一日放置した感じと言えば分かりやすいかな?

 モグモグと時間を掛けて咀嚼し、水と共に飲み込む。食事中、アリスはただニコニコと僕を見ているだけだ。

 彼女の食事は僕の精気だから、極力夕方の寝る直前にしてもらってる。じゃないと体力的に持たないからだ。

 味気ない食事を済ませ運び込んだ荷物を巨石の隙間に隠す。

 

 丁度倒れ込んだ巨石が寄り掛かるようになった岩の間に荷物をしまい、布を被せてから更に枯れ木と落ち葉で覆う。これなら一見では分からないだろう。

 

「さて、一休みしたら廃墟に戻ろうか?」

 

「うん、アリスこの先の洞穴までの道のりを先に見てみるね。もしかしたら休憩できる場所や飲み水の湧いてる場所があるかも」

 

 そう言ってレイス化して飛んでいった。今回の引っ越しで苦労した点……それは飲み水の移動方法だ。

 素焼きの壷は確かに水を溜めておける。だけど非常に重い。人間は一日に2リットルの水が必要らしい。

 でも既に4リットルくらい入る壷の三分の一は飲んでしまった。帰りは途中まで流れていた小川まで三時間は水無して移動しなければならない。

 元の世界のペットボトルの有り難みが身にしみて思う。軽くて丈夫、落としても割れないペットボトルの凄さが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アリスを待つ間、平べったい岩に登り横になる。

 石は冷たくて運動して火照った体を適度に冷やしてくれる。仰向けに寝転んで空を見上げると、鳶みたいな鳥がゆっくりと旋回している。

 

「長閑だな……」

 

 頬に触れる風が心地良い眠気を誘う。可愛い彼女(レイスで外見ロリだが)もできたし、この世界も悪くないかもな。

 あれだけの美幼女なんて元の世界じゃ知り合うことすら不可能だったはずだ。運が7しか無いが、どうして幸運なんじゃないかな?

 この世界に神様が居るなら、僕は祝福されてる?幸せを噛み締めていると、人が近付く気配を感じた。

 

「アリスかい?早かったね?」

 

「こりゃ美味そうな若者じゃないか?

俺はラミアなんて半妖は嫌だから別行動を取ったけど、案外当たりだったな。おぃ兄ちゃん。俺と楽しもうぜ」

 

 振り返った先には、小汚い中年が立っていた。片手に剥き身のロングソードを持った男。

 最近見たことのある中年が、股間を膨らませながらギラギラした目で僕を見ている。

 

「お前は……男色の猿……」

 

 どうやら、この世界の神様は僕が嫌いらしい。カエル擬きに遭遇した以上の絶望が僕を支配した……



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第12話

 

「こりゃ美味そうな若者じゃないか?

俺はラミアなんて半妖は嫌だから別行動を取ったけど、案外当たりだったな。おぃ兄ちゃん。俺と楽しもうぜ」

 

 振り返った先には、小汚い中年が立っていた。片手に持った抜き身のロングソードが陽光を浴びて光る。

 僕のショートソードと違い良く手入れをされているんだろう。

 最近見たことのある中年が、股間を膨らませながらギラギラした目で僕を見ている。

 

 アレは肉欲をたぎらせた目だ……

 

「お前は……男色の猿……」

 

「ほぅ?兄ちゃん俺を知ってるのか。もしかして両刀使いか?それとも昔ヤっちまったかな?まぁ良いや、ヤ・ラ・ナ・イ・カ?」

 

 勝手に僕をホモか過去の被害者だと決め付けるな!寝転んでいた大きな石から飛び降りる。

 負ければ男としての尊厳が穢れてしまう。せっかくアリスという可愛い彼女ができたんだ。

 

「ヤラれる前にヤる!」

 

「なんでぇ、同好の士かよ。でも俺は受けじゃねえ、攻めなんだぜ。諦めてケツを出せよ」

 

 そのヤるじゃない、殺すと書いて殺るだ!

 

 大岩に立て掛けていたショートソードを握る。

 

奴のステータスは

 

 

職業 : 盗賊

 

称号 : 男色の猿

 

レベル : 18

 

HP : 59

MP : 0

筋力 : 28

体力 : 25

知力 : 5

素早さ : 22

運 : 18

 

 

僕のステータスは

 

レベル : 7

 

 

HP : 60/60

MP : 14/14

 

筋力 : 28

体力 : 20

知力 : 17

素早さ : 22

運 : 7

 

 

 レベルは半分以下だがパラメーターはほとんど同じだ。僕の方が知力が高く運が低い。純粋な戦闘スペックはほぼ同じか……

 

「ほぅ?ヤる気かよ?俺は手足が無くてもケツだけありゃ構わねぇからよ。死なない程度に遊んでやらぁ!」

 

 突然奇声を上げて飛び掛かってきた。上段から袈裟懸けの一撃!

 辛うじて後ろに下がってかわすが、どう見ても殺す気だ。心臓がバクバクいっているし一瞬で全身から汗が噴き出した。

 額から汗が流れ落ち、ショートソードを握る手もベタベタしている。マトモに受けたら左肩からパックリ裂けてただろう……

 

「お前、端っから殺す気だろ!」

 

「15分くらい生きてりゃ良いんだ!手足がなくてもよ。死にたくなけりゃ武器を捨ててケツだせや!」

 

 最悪だ……最悪のバイオレンスほも野郎だ。

 

 よく小説とかで読む初めての殺人を躊躇う描写が書かれている。

 現代日本人の感覚では殺人を禁忌な物として刷り込まれていて苦悩する主人公。人間として正しいことなんだろう。

 だけど自分の男としての尊厳を踏みにじろうとする相手に、そんなことは考えられない。

 

 僕が異常なのか?

 

「世界中のノーマル男子のために、ここでお前を殺す」

 

 明確な殺意、そこに慈悲は無く迷いも無い。ショートソードを中段に構える。

 

「ほぅ?大きく出たな。俺がケツを掘った奴は100人は居るぜ。お前は特別に時間を掛けて楽しんでやる、ゼェ!」

 

 台詞の最後の掛け声と共に最初と同じ上段からの袈裟懸けの一撃。左から来る刃に向けてショートソードを叩き付ける。

 

「おっ、ととと……」

 

 体勢を崩し多々良を踏んだ奴に追撃する。振り上げたショートソードを奴の首目掛けて振り下ろす。

 

「甘いぞ、兄ちゃん!」

 

 奴は難無く体勢を立て直し左側へ転がって避ける。

 振り回したショートソードの遠心力に耐えられずに体勢が崩れたときに、奴のロングソードか僕のショートソードを叩き落とす。

 右手を押さえて後ろに下がる。まだ鉈があったはずだ。

 

 目だけ左右に動かし鉈を探すが……無情にも奴の後ろに落ちていた。

 

「丸腰だな、さぁ楽しもうぜ!」

 

「何故ズボンを脱ぐんだ!」

 

 奴は腰紐を解いて、ぶら下げていた革袋を大地に降ろす。そのままズボンを脱いで下半身を露出した。天を突く粗チン、奴は短小だった。

 

「ぐふふふ、楽しもうぜ。痛い目を見ないうちに素直にケツをだせや!」

 

「黙れ、粗チン野郎!」

 

 下半身を露出し同性に迫る変態オヤジをどうするか?必死に考えるが妙案が浮かばない。

 

「戦略的撤退!」

 

 無理に戦わずに逃げれば良い。そんな簡単なことをようやく思い付く。その場でクルリと後ろを向いて走り出す。

 

「ちょ、お前!待て、待ちやがれ!」

 

 岩場を走りながら最後の武器のナイフをくるんだ布から出して右手に持つ。

 解いた布に途中で拾った握り拳大の石をくるむ。素早さは同じ22だから簡単には差が縮まることは無い。

 

 一際大きな岩を見付けて回り込む。直径10mはある巨石が直立して乱立しているうちの一つだ。

 

「チョコマカと逃げるな!男なら戦えよな」

 

 声からして直ぐ後ろに居るのが分かった。ほんの3~5mくらいの距離だ。

 

「死ね!」

 

 振り向き様に石をくるんだ布ごと奴の顔目掛けて投げつける。中途半端に布が広がり中の石と分かれて奴の顔に飛んでいく。

 二種類のスピードで顔面に迫る物があると、人間は一瞬だが判断を迷う。

 

「うおっと!」

 

 奴は両手をクロスして顔面ガードする。両方から守るためにだ。ナイフを腰だめに構えて体ごと奴にぶつかっていく。

 奴は下半身を露出しているので防具は上半身しか着ていない。

 

 だから臍の辺りを目指して突き刺す!

 

「ぐふっ、お前……不意打ちとは……卑怯だ……ぞ」

 

 答える代わりにナイフを時計回りに捻込む。消化器系を損傷した所為か口から大量の血を吐いてしがみ付くが、構わず何度も刺す。

 

「ゲハッ……ゲホッ、ゲェ……」

 

 ズルズルと僕にしがみ付きながら倒れた。ガチガチに固くなった両手を何とか解いてナイフを地面に落とす。

 

「嗚呼……人間を殺した……罪悪感はまるで無いが、恐怖心が凄い。何故だ、何故なんだ?」

 

 人殺しをしたのに、自分の行動に怯えるだけで罪悪感が無いなんて……胃袋から込み上げる物があり、その場にしゃがみ込んで吐いてしまう。

 体に染み付いた血の匂いと粘着いた感触が気持ち悪いからだ。

 胃袋の中身を全部吐き出して胃液以外に吐く物が無くなり漸く吐き気が治まる。

 

 酷い有り様だ……

 

 ナイフをくるんでいた布で口元を拭う。そのまま、その場に仰向けに倒れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん、大丈夫?どうしたの、その格好は!」

 

 呆然としていたので何時間経ったのか分からないが、アリスが僕の胸に飛び込んできた。

 暖かく柔らかい彼女をギュッと抱き締めて首筋の匂いを嗅ぐ。クンカクンカしながら彼女の柔らかい背中やお尻を撫で廻す。

 

「ひゃ?お兄ちゃん?どうしたの?大丈夫?痛い所があるの?」

 

 アリスは大人しく撫でられてはいるが、心配そうに声を掛けてくれる。

 ひとしきり匂いと柔らかさを堪能してからアリスから離れる。

 

「昨日廃墟に来た盗賊だ。奴に襲われて逆に殺してしまったんだ……」

 

 血溜まりの中に俯せに倒れている下半身を露出した盗賊の死体を指差す。

 

「お兄ちゃん……大丈夫、もう大丈夫だよ。アレ?なんでアイツは下半身が裸なの?」

 

 汚い尻が丸見えだ!小さな悲鳴を上げて僕にしがみつくアリス。彼女は異性の裸に慣れてない純真無垢な女の子なんだな。

 

「奴は同性に欲情する変態だ。僕も性的に襲われたから殺してしまったんだ……」

 

 思わず身震いしてしまう。男の僕に対して股間を膨らませていた醜いオッサンを思い出してしまったから……

 

「お兄ちゃんを……性的に……襲った?あの盗賊が?燃え尽きろ!」

 

 アリスは右腕を凪払うように振るうと、オッサンが燃え上がった。

 

「燃えろ、燃えろ、燃えろ!お兄ちゃんを食べて良いのはアリスだけなんだよ!薄汚いオヤジは燃え尽きろー!」

 

 何度も腕を振るい火の魔法を叩き付ける。その度に奴の体がビクビクとのた打ち、そして燃え尽きた……

 その間中、僕はアリスを後ろから抱き締めていた。

 

 ああ、落ち着く……ホモは滅びたんだ。

 

 ようやく男の尊厳を守り通し、且つ自分の恋人の体を堪能したことで恐怖心が治まった。

 アリス、良い匂いだし柔らかいし本当に触っているとホンワカして安心するなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 男色の猿こと、盗賊のオッサンは消し炭となった。

 

 忌まわしい記憶だが、オッサンの持ち物は大変有り難い物ばかりだ。

 ズボンを脱いだときに腰回りにぶら下げていた皮袋には、お金・宝石類・火打ち石・各種薬草・周辺地図・ナイフなどのサバイバルに必要な物とかがたくさん詰まっていた。

 これはそのまま使える。テレビで見た革製の水筒も有り難い。これで素焼きの壷を持ち歩かなくて済む。

 

 ロングソードに鞘も有り付属の紐で背中に背負える。走るときは腰に差すより背負った方が断然良い。

 なるほど、盗賊の装備とは機能性が高いんだな。貴重な水を使い血だらけの体を拭いて服を着替えた。

 オッサンの吐いた血で汚れた服も洗えば未だ使えるから捨てない。物が圧倒的に無いのだから捨てるなんて勿体無いんだ。

 

「少し遅れたけど予定通り廃墟に戻って残りの品物を運び込もう」

 

「そうだね。残りの盗賊がどこに居るか分からないけど、残してきた品物も大事だもんね。アリスが周囲を警戒するから大丈夫だよ」

 

 レイス化して僕の周辺を飛び回るアリス。見晴らしの良い草原なら、高い方が先に敵を見付けられる。

 しかも帰りは手ぶらだから行きより断然速いスピードで移動できる。

 暫く歩いて小川に出ると、革製の水筒を洗い中身を入れ替える。

 やはりホモが使っていた水筒をそのまま使うのには抵抗があるからね。

 

 内外を綺麗に洗い川の水を入れる。大体だが1リットルは入る感じだ。

 

 予定より大分早く日が暮れる前に廃墟に到着。アリスの作ってくれた焼き魚を五匹食べて、彼女を抱きながら早めに眠る。

 

 今日は色々な意味で疲れたから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目が覚めてステータスを確認したらレベルが上がっていた。

 不思議だが、昨日の男色の猿を倒したことが原因か?中ボス扱いなのか初の対人戦に勝利したからなのか?

 

 謎は謎だが嬉しい。

 

 

 

職業 : 定住せぬ魔法剣士

称号 : リア充なロリ

 

レベル : 9

 

経験値 1280 必要経験値 2560

 

HP : 85/85

MP : 24/24

 

筋力 : 40

体力 : 28

知力 : 23

素早さ :32

運 : 9

 

魔法 : ヒール・スリープ

 

装備 : ロングソード 布の服

 

 

 レベル2も上がった所為かパラメーターの上昇も凄い。何気に新しい魔法も覚えたがスリープとは微妙だ。

 何となくだがレベル差によっては相手に効かないかも……

 

 相変わらず運が低いし、職業から見習いは取れたが「定住せぬ」って何だよ?まるで住所不定みたいで嫌だな。

 

 だが盗賊の三人のうちの一番強い奴のパラメーターと数字が近い。古参の盗賊のレベルは30だったはずだ。

 アリスとの会話で分かったが、この世界にはレベルという概念は無く役職・職階が強さの基準だ。

 そして昇進・昇格には試験や試練がある。この世界は色々と考えさせられることが多い。

 レベルが上がれば基本スペックは上がるが技量は上がらない。

 

 つまり剣術は拙いままなんだよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 色々と悩み考えたが一人では検証のしようも無く当初の予定通りに荷物を岩山に隠して一泊し、早朝から目的の洞窟に向かって歩いている。

 天気は良く適度に追い風なので汗もかかない。上空ではアリスが旋回して索敵をしてくれている。

 

 万全の態勢だ!

 

「お兄ちゃん、泉と洞窟のどっちから行く?」

 

「先に洞窟かな。もし洞窟に敵が居たらさ。近くの泉で休憩なんかしてたら危ないよ。先に安全確保をしよう」

 

 気を抜いているときに先に気付かれて襲われたらたまらないからね。歩くこと30分、小高い丘の中腹に目的の洞窟が見えた。

 見えたのだが様子が変だ……

 

「なぁアリス。洞窟の周り、煙がモウモウとしてないか?」

 

「うん、人も倒れてるね」遠目から見ても煙が立ち込めているし人らしき物も倒れている。

 

「危険だな。あの洞窟に何かが潜んでいて討伐されてるのかな?」

 

「うーん、アリスには分からないよ。でも倒れている人って盗賊みたいだよ」

 

 盗賊?盗賊……ラミア……襲う……襲われて、奪われて、殺される?

 

「アリス、奴ら廃墟に来た盗賊だと思う。襲われているのは、多分だがラミアだ」

 

「あのホモ野郎の仲間なのね?でもラミアって最強種の竜の一族だよ。戦えば被害は甚大、私の秘密を知ってる連中を始末できる」

 

 アリス、怖い美幼女……だが逃げても見て見ぬ振りも危険の確率は変わらない。

 奴らが生き残れば次はアリスが襲われてしまう。

 

「アリス、ラミアに加勢しよう。できれば盗賊達は倒しておきたい。僕等の安全のために……」

 

 アリスの討伐回避のため、封印が解けたことがバレるのを少しでも先延ばしするため、奴らはここで始末するぞ。

 



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第13話

「僕とアリスの幸せのために、ホモ盗賊の仲間よ……悉(ことごと)く滅べ」

 

 ビシッと右手人差し指を洞窟に向けて言い放つ!

 

「お兄ちゃん、台詞格好良いけど誰も聞いてないよ」

 

 頭にハテナマークを浮かべた純粋に不思議な表情をしているアリス。二人の間に冷たい春の風が吹いた……

 

「うん、言ってみたかっただけなんだ。だけど……どうしようか?」

 

「お兄ちゃんって本当にお茶目さんだよね。アリス、対応に困っちゃうよ」

 

 美幼女に本気で心配されたぞ……今後気を付けよう、うん。まずは状況の確認だ。

 僕達から洞窟までの距離は大体20m。今は腰高の低木の陰に屈んでかくれている。

 観察すれば洞窟の手前に焚き火があり、多分だが生木を燃してるためか煙が洞窟内に流れている。

 風向きにもよると思うが、あの洞窟は反対側とかにも出口が穴が開いているはずだ。

 

 風が抜けるから煙が入るんだし……外に倒れているのは四人で、全員が盗賊風の格好をしている。立っている奴は居ない。

 

 怒鳴り声や金属音は聞こえないが、残りの連中とラミアは洞窟の中か?それとも反対側の出口にでも行ったか?

 

 洞窟は山の中腹にあり、抜けた煙が周辺から上がっていない。

 

「アリス、盗賊は洞窟の中でラミアと戦ってるみたいだ。だけど外に倒れている奴が居るのは……」

 

「煙を入れられて苦しくなって出てきて盗賊を倒した。それで外で未だ戦ってるのかも?

ラミアは植物の脂(やに)の煙を嫌うから洞窟の中には留まってないと思うよ」

 

 そうか、わざわざ外に出て盗賊を倒して中に入ることはしないよな。苦手な脂(やに)の煙を吸い込んだらどうする?

 うがい手洗い顔洗い……

 

「ラミアは泉に逃げて盗賊は追っていった?」

 

 元気良く頷く彼女の頭を撫でる。サラサラな手触りは病み付きだ!

 

「あの林の中に泉が湧いてるよ。行ってみよう!」

 

 アリスが指差した先には確かに20本くらいの高木が見える。距離にして50mくらい先だが、あの中に泉があるのか……

 倒れている盗賊を確認しながら近付くと、全員が斧で叩き切られたような傷を負っている。

 

「うわぁ、グロいな……でも確実に一撃で倒してるよな。

頭に脇腹、それに背中か……おっ、コイツらは全員弓を持ってるな。

つまり煙を送り込み苦しくなって出てきたところを射殺(いころ)すつもりだったのか……」

 

 和弓に似ているが弦の長さは1.5m程と少し短い。和弓は7尺程度だから2m近いはずだし。

 試しに落ちている矢を引き絞って使えるか試してみるが大丈夫そうだ。

 確か弓の中心より少し下を持ち、持ち手を突き出して引き手を胸の辺りまで引き絞って……狙いを定めて矢を放つ!

 かなり力が要るが、矢は直線で20m程飛んで岩肌に当たった。

 カツンと音を立てて落ちたが、音からして当たったときの威力はありそうだ。

 

 命中精度は狙った場所から1m以内だから……下手だな、実戦では牽制くらいにしか使えないだろう。

 周りを見回せば矢筒が有り12本の矢が入っている。

 

「命中率は悪いが牽制くらいにはなるな。アリス、泉に急ごう」

 

「うん、分かった。でも無理はしないでね。危険なら逃げることも考えて……」

 

 心配そうに見上げる彼女の頭を優しく撫でる。

 脳漿(のうしょう)や腸(はらわた)の巻き散らかされた惨殺現場に立っているのだが、気持ちはホンワカしている。

 やはり可愛い彼女に心配されるのは嬉しいのだ。

 

 男って単純な生き物だよね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 泉に近付くと話し声が聞こえてきた。

 

 泉を背にしてラミアと見られる女性がいて、盗賊らしい汚い男たちと対峙している。

 泉は直径10mくらいで浅そうな感じだから水に潜って逃げるのは無理か?

 泉の周りは開けていて樹木の陰に隠れているが、これ以上近付けば気付かれる。

 アリスは別として僕は奇襲しか勝てる要素が無い。

 

 そしてラミアは傷だらけだ……

 

 上半身はビキニアーマーを纏った美女だが、下半身はブッとい蛇。

 そして蛇の部分には矢が何本か刺さっており、血が流れている。

 

 鱗って強度が低いんだな……

 

 槍の先に斧が付いている武器を杖代わりにして息も上がっている感じだ。

 そんなに時間は残されてないな。慌てて三人の盗賊の、ステータスを見る。

 

 

 

職業 : 盗賊のお頭

 

称号 : 強欲な脳筋

 

レベル : 38

 

HP : 80

MP : 0

筋力 : 60

体力 : 38

知力 : 2

素早さ : 18

運 : 27

 

 

 

職業 : 古参の盗賊

 

称号 : お頭の右腕

 

レベル : 30

 

HP : 86

MP : 0

筋力 : 45

体力 : 38

知力 : 15

素早さ : 21

運 : 20

 

 

 

職業 : 下っ端盗賊

 

称号 : 不良中年

 

レベル : 10

 

HP : 15

MP : 0

筋力 : 7

体力 : 4

知力 : 2

素早さ : 5

運 : 9

 

 

 

 うーん、高レベルだな……

 

 強欲な脳筋って事は追い払っても再度襲ってくる。

 あの三人は盗賊団のNo.1とNo.2が揃ってるから、闇雲に突入しても殺されるだけだな。

 

「アリスはここにいてくれ。

僕は弓の射線上にラミアが居るから45度右側に移動して、先ずはスリープの魔法を掛ける。

一人(下っ端盗賊)は寝かせられるだろう。その後に弓で攻撃するから、奴らは僕に近付く。

ラミアとの射線上からズレたらアリスの魔法で攻撃。残りは全員で倒すしかないね」

 

「うーん、アリスがレイス化して飛び出すよ。物理的な攻撃は効かないから平気……」

 

 心配してくれた彼女の頭を少し乱暴に撫でる。クシャクシャと髪型が乱れるが、囮役を代わるつもりはないんだ。

 

「時間が無い。行くよ……」

 

 ノロノロと屈みながら進むのは格好悪いが、奇襲はバレたら意味が無い。

 ようやく目的地に到着、アリスの方を見れば手を振ってくれた。盗賊との距離は20mくらいだが、何とかなるだろう。

 精神を集中して魔法を唱える。

 

「スリープ……」

 

 勿論、小声でだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「もう観念して武器を捨てろや!楽しませてくれれば生かしておいてやるぜ。もっとも俺が飽きるまでだけどよ」

 

「お頭が飽きても俺らが楽しむから安心しな」

 

「俺、俺もヤリタイっす!ラミア初めてっす」

 

「ふざけ……ない……でください。誰が薄汚い……お前たちに体を……許すと?死んだ……方がマシ……だわ……」

 

 ラミアの強さは強靭な肉体と腕力だ。それに強力なブレスを吐くが、一日に何度も使えるわけじゃない。

 それに生木に混ぜた毒の煙で喉も潰している。

 出血も酷く体力も落ちているだろうから、一発やったら終いだな。

 

 まぁ手下にゃ死姦だって構わないだろ。

 

「そろそろ終わりにしようぜ……くっ、何だ?急に猛烈な眠気が……これは魔法か……」

 

 意識を強く持ち何とか睡魔に耐える、駄目だ地面に倒れて寝たい……

 

「ぐはっ!誰だ?」

 

 眠気を堪えていたら太股に矢を受けた。丁度良い、眠気が完全に覚めたぜ。

 矢が飛んできた方を見れば、男が弓を構えている。あの距離で当てたなら大したモンだがよ。

 背中に留めていた盾を取り顔面に構え、体を低くして突撃する。

 

「死にやがれ、餓鬼がぁ!」

 

 誰だか知らねぇが、ラミアより先にお前を殺してやるぜ。

 

 ぐはっ!

 

 何だ?脇腹が焼け付くように痛いぞ……左手で触るとザラザラした感触と温かい何かが……

 

「俺の血か……これは?グハッ!」

 

 続け様に激痛を感じて振り向けば、魔法の炎が自分に向かってくるのが分かる。

 畜生、ラミアには仲間が……魔法使いが居やがったのか……

 薄れゆく意識の中で見たものは、自分の右腕と信じていた仲間の頭が斧で潰されるところだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 奇襲は成功した。

 

 スリープの魔法はお頭以外の二人を眠らせることに成功。

 続けて敵のボスに向けて矢を放ち足に当たったが致命傷ではない。

 僕を見て凶悪な笑みを浮かべた後に盾を構えて突進してきたが、アリスのファイアが何発も被弾して倒れた。

 眠らされて倒れ込んだ盗賊はラミアの斧で頭を潰されて終わり。

 

 盗賊団は壊滅した……

 

 ラミアさん、あの細腕で軽々と長柄の斧を振り回し躊躇無く盗賊たちの頭を潰した。

 そして今、僕らの前に倒れ込んでいる。ステータスを確認するまでもなく瀕死状態だ。

 倒れたラミアの傍らに屈み込み、回復魔法を唱え続ける。

 

「ヒール、ヒール、ヒール……体力は回復するけど流れ出した血とかはどうなるんだろう?」

 

 アリス曰わく刺さった矢は早めに抜かないと駄目らしい。筋肉が収縮して鏃を抜け難くするらしい。

 ある程度体力を回復してから矢を抜き、傷口に掌を当ててヒールを唱える。

 全ての矢を抜いてヒールを掛けて傷口が塞がったのは10分後だった。

 持っていた布を泉の水に浸し、血だらけの彼女の体を拭いていく。

 下半身の蛇の部分だが、血糊をふき取ると艶々でしっとり感溢れる鱗だ。

 

「アリス、この人大丈夫かな?僕じゃ彼女を洞窟までは運べないけど、ここで寝かせて平気かな?」

 

 直接地面に横になってるが、少なくともシーツくらいは敷いてあげたい。

 水場近くの土だから湿気を多分に含んでいるから、体温を奪ってしまうだろう。

 

「うーん、竜種だし基本的なスペックは人間を遥かに上回るから平気だと思うよ。

本当ならアリスがラミアを見て、お兄ちゃんが生き残りの止めを刺して物資を回収してほしいんだけど……

動ける敵が居るかもだから、大人しく彼女を見ていてね」

 

 そう言うとレイス化してフヨフヨと飛んでいった。適材適所ですか?

 仕方無くラミアの隣に体育座りをして彼女の顔を見つめる。

 

 紫色の髪の毛に真っ白な肌、睫毛長いし見たこともない外人美女だ。

 

「あの……ありがとうございます。助けていただいて……」

 

 ヤバい、顔をガン見していたのがバレたかな?

 

「あまり話さない方が良いですよ。傷は塞ぎましたし体力も回復させましたが、血もたくさん流れましたし……」

 

 ステータス的にHPは八割ぐらい回復しているが、魔法が増血作用まであるのか分からないからね。

 

「何故、私を助けてくれたんですか?大したお礼はできないかもしれませんよ?」

 

 仰向けに寝ながら、薄目を開けてこちらを見る美女を前に緊張する。うん、緊張して手に汗握ってしまう。

 決して視線の先の蛇な下半身がウネウネ動いてるのが怖いわけじゃない、はずだ……

 

「あの盗賊たちを生かしておけば、僕の大切な女の子が危険に晒されるから……だから奴らは全員殺すつもりだったんです。

ラミアさんが襲われていたのを偶然見付けたときに、便乗して倒そうとね。だから正直に言うと、貴女を善意で助けたわけじゃないんです」

 

 アリスが感情を制御できれば、18禁な展開になるんです。待てないんです、はい。

 

「あの飛んで行った子のことかしら?でも貴方は人間、あの子は妖魔じゃなくて?」

 

 ウネウネしていた尻尾の先端を泉の中に入れるラミアさん。何の意味があるのかな?

 

「うーん、確かに種族の壁って大きいんでしょうね。でも僕らは大丈夫だと思います。

たとえアリスが妖魔でもレイスでも大丈夫なんです」

 

 彼女は僕の答えに何も反応してくれない。

 かなり恥ずかしい台詞だったんだが、気を遣ってのスルーだったら恥ずかしくて死んでしまう!

 しかもスンスンと匂いを嗅いでるし。風呂に入ってないから?

 

「ねぇ?」

 

「はい、何ですか?」

 

 恥ずかしくて体育座りのままの僕に、後ろから抱き付いてきた。

 

「あっあの……体は大丈夫なんですか?動いちゃ駄目ですって!」

 

 彼女は顔を僕のすぐ近くまで寄せてきて「ごめんなさい。少しだけ精気を下さい。もう、この匂いに我慢できなくて……」そう言うとラミアさんは僕の首筋に噛み付いた。

 

 鋭い痛みの後に強烈な脱力感が……

 

「凄い、美味しいわ……ああ……あっ、ごめんなさい。つい吸い過ぎてしまったわ。ねぇ?大丈夫?ねぇ?」

 

 またこのパターンかい……

 

 散々アリスで培った経験を生かし、僕は意識を手放した。

 看病していたのに、僕が回復するために安静にしなきゃ駄目って何だよ?

 



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第14話

 お姫様抱っこ。

 

 古今東西、思春期には男女共に憧れる言葉だろう。ご多分に漏れず僕も憧れた……可愛い彼女をお姫様抱っこしてベッドに運ぶことを。

 だが別の意味で自分がお姫様抱っこをされることになるとは、屈辱だ!

 

「すみません、もう少しで洞窟まで運べます。ベッドがありますから、地面に横になるよりは良いですから……」

 

 心配そうに僕を気遣う真摯な瞳。だが僕が疲労困憊なのは、問答無用で彼女に精気を吸われたからなんだが……

 

「お気遣いなく……慣れてますから……」

 

 華奢なラミアさんの腕に抱かれ、下半身の蛇な部分を器用にくねらせて僕は運ばれている。

 そう、彼女にお姫様抱っこをされた状態で!

 

 しかも軽々とだ。

 

 未だ名前も聞いてないのに、精気を吸われてダウン。

 謝罪した彼女を許して彼女の住まいの洞窟のベッドまで運ばれている途中だ。

 本来なら弱っていた彼女を僕が運ぶ予定だったのに、どこで何を間違えたのかな?

 

「すみません、揺れませんか?恥ずかしいですが、もっと抱き付いても平気ですよ」

 

「誤解を招く表現は止めてください。抱き付くどころか、僕は腕に力が入らずに垂れ下がってますから……」

 

 実際に両腕には力が入らず、だらんと下に垂らしている状態だ。

 

「あらあら、でしたら……これでどうでしょう?」

 

 お姫様抱っこから抱かれてる左手を持ち上げられると、お互いの顔が近くなって彼女の金色の瞳と薄く紫色に輝く髪の毛が鼻の近くに……

 

「ブクシュ!」

 

 髪の毛が鼻を擽りクシャミが出てしまった。多分だが涎は飛んでないから大丈夫?

 

「風邪でしょうか?早くベッドに寝かせて暖めなくては……」

 

「ちょ、ちょっと貴女!お兄ちゃんにナニをしているのよ?」

 

 声のする方に視線だけ向ければ、アリスが浮かんでいる。勿論、私怒ってます的に両手を腰に当てている。

 擬音は「ぷんぷん」が似合うだろう可愛い怒り方だ。やはりアリスは可愛い、僕の自慢の彼女だ!

 

「アリス、大丈夫だ。ラミアさんにヒールを掛けすぎたら疲れただけだよ。少し洞窟で休ませてもらえば平気だから」

 

「私の名前はデルフィナですわ。ラミアは種族名です。デルフィナと呼んでください」

 

 デルフィナさんか……

 

「私はアリス!種族名はレイスよ。お兄ちゃんは私のモノだから返してほしいの」

 

 ふよふよ浮いていたアリスが、デルフィナさんの正面に移動した。

 何故だか背中に黒い炎が見えるんだけど……擬音は多分「ゴゴゴゴゴ……」かな?

 

「駄目よ、私は未だお礼をしていないもの。

盗賊から助けてもらったことと、素晴らしい精気を吸わせてくれたことに。だから私の家で休んでもらいます」

 

 吸わせた違う、吸われたんです!そこを都合の良い風に捏造しないでください。心の中で突っ込みを入れたが、声には出してない。

 

「精気を吸ったの?アレはアリスだけのご馳走なんだよ!泥棒蛇め、お兄ちゃんを今すぐ降ろして」

 

 一触即発な状態だが、指一本動かせないのでもどかしい。

 目と口しか動かせないんだけど、この状況を何とかしないと美女と美幼女が大岡裁きになりそうだ。

 内心は嬉しい、以前の生活では考えられないことだが部分的に不幸なのはリアルラックが低いからか?

 

「アリス、デルフィナさん。

争いは止めてください。今は体力を回復したいので休ませて……

アリス、僕は大丈夫だから盗賊連中の装備をひっぺがして死体は燃やそう。

死肉を喰いにモンスターが集まるのは避けたい。デルフィナさんも良かったらアリスを手伝ってください」

 

 長い台詞を言い切ったら体力も切れた……みたい……だ……

 

 目の前が真っ暗になり、僕は意識を手放した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 なにやら話し声が聞こえる……

 

 どうやら洞窟の中のベッドに寝かされているみたいだ。頬に触れる空気はヒンヤリして心地よい。

 体には毛布か何かが掛かっているのか温かい。それに真っ裸ではなく、ちゃんと服も着ている感じもする。

 

 薄目を開けて見れば、周りは薄暗く揺らめく灯りが……焚き火か篝火だろうか?

 

 目を凝らして見れば、体には何かの動物の毛皮みたいな物が掛けられている。

 鞣(なめ)してあるみたいだが、ゴワゴワしている。

 下に敷いてある物もチクチクしていて、触り心地は剥製の猪みたいだ。

 お腹は空いてないから、そんなに時間は経ってないと思う。

 

 しかしアリスたちの会話は物騒な内容だなぁ……

 

「結構持ってましたね。これなら街で色々と揃えることができます」

 

「でも失敗したね。

一人生かしておけば、溜め込んだお宝も貰えたのに。絶対に奪った物を溜め込んだアジトか拠点があると思う」

 

「留守番くらいは残していると思います。討伐隊が戻らなければ様子を見に来るわ。そこを捕まえて吐かせましょう。

私たちを襲ったのですから、相応の報いを与えなければなりません。勿論誰一人生かしてはおきませんが……」

 

「そうだね、私たちとお兄ちゃんの安全のためにも根絶やしにしておかないと駄目だよ。

アイツらの仲間がホモ野郎で、お兄ちゃんを襲ったこともあったんだよ。勿論、お兄ちゃんの貞操は無事だしホモ野郎は燃やしたけどね」

 

「そんなことが……

ならば遠慮は入りませんね、搾り取れるだけ絞りましょう。

ですが討伐隊として移動する連中がコレだけ持ってるなら、期待できるわ。これぐらいの装備なら徒歩で三日くらいでしょう。

仮に私を倒して真っ直ぐ帰って三日後、二日は待つとして五日後に様子を見る連中が旅立つとすると……

一週間以降は注意しないと駄目かしら?捕まえて情報を吐かせなきゃ駄目ね」

 

「お宝は山分けよ!勿論、お兄ちゃんを含めて三等分だからね」

 

「わっ私の取り分は少なくとも構いません。

ですから、彼の精気を少しで構わないので下さい。あの味を知ってしまったら、他の男などカスです塵芥(ちりあくた)です」

 

「ダメ!お兄ちゃんの精気はアリスのなの!

アリスだって自制心を鍛えるまではマジチュー我慢してるの!お兄ちゃんだって、次のステップに進むのを我慢してるんだよ」

 

「あらあら、お二人共に奥手で慎重なのね。

彼は盛るしか能の無い他の雄とは違うのかしら?確かに種族を越えた愛みたいなことを言ってましたし……」

 

「うん!ちゃんと我慢してくれるんだよ。

普通なら発情したら我慢できずに後先構わず押し倒してくるよね。でもお兄ちゃんは違うよ」

 

「私の親から押し付けられた番(つがい)の方々も無理矢理迫ってきたので、全員精気を吸い尽くしてあげましたわ。

流石に族長も三人目を吸い尽くしてからは番を押し付けられることはなくなりましたが……村には居辛くなり、ここで一人で暮らしてました」

 

 なにやらデルフィナさんの辛い過去話を聞いてしまったな。

 

 彼女、若く見えても×三なのか?

 

 旦那の精気を吸い尽くして殺したように聞こえたけど、聞き間違いだよね?しかし、この世界の男って本能全開の猿なのかな?

 盛るしか能の無いって種馬と同じじゃないか……物騒な会話は聞こえなかったことにしよう。

 

 僕の可愛いアリスは、あんなに黒くない。

 

 清楚系美女なデルフィナさんも、あんなに黒くない。

 

 僕の聞き間違いだから、もう少し寝よう。きっと目が覚めれば、夢だったと思えるはずだ。

 女性陣の本音トークに心が悲鳴をあげそうなので、眠ることで精神の安定化を図ることにする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「むぅ、お腹が空いた……」

 

 空腹と喉の渇きに耐えかねて目覚めた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

 直ぐに彼女たちから声を掛けられたが、ずっと様子を窺ってたのかな?

 

「おはよう、二人共。もしかして僕は丸一日寝ちゃってたのかな?」

 

 途中で意識が戻ったときは揺らめく灯りしか見えなかったが、今は自然光が洞窟内に入り込んでいる。

 

「そうですわ」

 

「そうだよ、お兄ちゃん」

 

 二人共に輝くばかりの笑顔で答えてくれた。やはりアレは夢の中の出来事だったんだな。

 ベッドから起き上がり、彼女たちが座っているテーブルへと移動する。

 立ち上がっても大丈夫だから、気力体力共に回復したみたいだ。

 自然石のテーブルに簡素な木製の椅子。座ると素焼きの器に白湯を入れて出してくれた。

 

 一口含むと程よい温度に冷めていたので一気に飲んだ。

 

「お代わり下さい」

 

「はい、さっきよりも少し熱いですよ」

 

 石田光成の三茶みたいな展開だが、確かに少し熱めのためにゆっくりと啜る。

 

「お兄ちゃん、朝ご飯にしようよ。食べながら今後について話し合わないと」

 

「そうですわ。これからは私も行動を共にさせていただきます」

 

 デルフィナさんの言葉に特に反応しないアリス。僕が寝てる間に何か話し合ったのかな?

 昨夜の感じだとあまり仲は良くなさそうだったけど……

 ただ頷くだけの僕とキビキビと食事の準備を始めるアリスとデルフィナさん。

 だがテーブルに並べられる料理を見て、空腹が我慢できなくなる。

 何故ならいつもの素材の味を楽しむワイルドなご飯でなく、ちゃんと調理された料理が出てきたからだ!

 

「野菜のスープにナンみたいなパン。それに何かのステーキ……凄く旨そうだ!」

 

 尾頭付きの川魚の丸焼きでもモンスターの骨付き肉でもない、野趣溢れた手料理だ。

 

「遠慮しないで食べてください。お代わりはたくさんありますから、大丈夫ですよ」

 

 この世界に飛ばされてから初めてのスープに、恐る恐るスプーンで掻き混ぜて一口。

 

「うん、美味い!」

 

 野菜の旨味が引き出されており、味付けは薄い塩味のみだが十分に美味しいスープだ。

 ナンっぽい何かはやはりパンみたいだが、酵母菌が無いためか柔らかさが足りない。

 少しちぎってスープに浸して食べる。これも美味しい。残りのステーキも一口食べるが、どれも最高に旨く感じる。

 気が付けば殆どの料理を平らげてしまい、素焼きの器をデルフィナさんに差し出していた。

 

「お代わり下さい!」

 

「はい、沢山食べて精力を付けてくださいね」

 

 具だくさん山盛りスープの入った素焼きの器を受け取りながら、何か不自然なことに気が付く。

 大量に用意された料理だが、テーブルの上には僕の前にしか並べられてない。彼女たちの前には白湯を入れた素焼きの器しかない。

 

「アリスたちは食事したの?」

 

 頬杖をしてこちらを楽しそうに見るアリス。テーブルの上に両手を乗せて微笑むデルフィナさん。

 

「ううん、まだだよ」

 

「私もまだです」

 

「…………良かったら食べます?」

 

 手渡された素焼きの器を差し出してみる。黙って笑顔で首を横に振る二人……

 

「ははは、お腹いっぱいですか?」

 

 結果は分かり切っているのだが、足掻いてみた。

 

「「お腹は空いてます」」

 

 回復した気力体力を更に回復させるために、温かいスープを啜り具材を頬張った。

 野菜の優しい旨味が体に染み渡る。だがまだ足りない、これからのことを考えると。

 結局スープ二杯、ナン三枚にステーキを完食した。この世界に来て初めて、お腹がパンパンに膨れた。

 

「ご馳走様でした」

 

「「お粗末様でした」」

 

 食事に対する感謝の言葉を交わしたが、彼女たちの期待に満ちた目が痛いです。

 

「アリスからおいで……」

 

「うん、お兄ちゃん!優しくしてね」

 

 優しくしてほしいのは僕の方なんだけど……両手を広げると、文字通りアリスが飛び込んできたので抱き締める。

 子供特有の体温の高さが心地よい。

 

「お兄ちゃん、頂きます!」

 

 軽く触れるだけのキスだが、何度もすれば疲労感を覚える。

 

「はい、おしまい。これ以上はヤバそうだから……」

 

 アリスの嬉しそうな顔を見れば精気の少しくらいなら何でもない。問題は頬を赤く染めてモジモジしているデルフィナさんだろう。

 

「あっ、あの……その……私も……お願いします」

 

 アリスを見ても不貞腐れてはいるが、反対しないのは彼女にも吸わせても良いってことなのかな?

 

 でも僕が四人目にならないように注意しなければ駄目じゃん!

 



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第15話

「冒険者ギルド?無いよ。てか、お兄ちゃんの説明の意味が分からないよ」

 

 可愛く首を傾げるアリス。

 

「冒険者ですか……浪漫溢れるお言葉ですが、流石にそのような組織は有り得ないかと思います」

 

 困った表情をするデルフィナさん。

 

「えっ?全否定されたぞ……」

 

 困惑気味に僕を見つめる美女と美幼女の姿に、僕自身も困惑した。だって冒険者ギルドに所属するって異世界物じゃ鉄板じゃん!

 クエストをこなしてレベルを上げてお金を稼ぐ。仲間を募り名声を得てハッピーエンド!

 何より身元保証を行ってくれるのが冒険者ギルドしゃないの?

 

 この世界って、どうなのよ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 事の始まりは、今後どうするかの相談だった。

 デルフィナさんが僕等と行動を共にすることになり、全くこの世界の常識を知らない僕と数十年間封印されていた過去の人(レイス)アリスだけでは無理だった最新の情報が手に入る。

 なので異世界物の鉄板である冒険者ギルドに登録して生活基盤を作りたいと提案し、冒頭の意見を貰った。

 

 だが全否定だったのだ!

 

「お兄ちゃんの住んでいた場所にはあったのかもしれないけど、ここじゃ無理だよ。だって王様や領主様に次ぐ権力だよ。

人を集めて管理するって、それだけで凄いことだし。

しかも他の領地とも連携してるなんて、トップの領主様同士でさえ連携できずに反発してるのに無理!」

 

「そのような組織が仮にあったとしても、直ぐに弾圧されます。どう見ても武力組織です。

権力者にとっては、あってはならない組織ですよ。

モンスター討伐は領主が常時依頼をしてますから、わざわざ管理組織は不要ですし、大きな仕事は騎士団が定期的に募集をします。

発想的には便利な仕組みですが、現実的には有り得ませんわ」

 

「教会だって権力者と癒着してるから存在するんだよ。でも私兵は囲えないから独自の戦力は低いの。

権力者の脅威になりえず、でも価値ある癒しの魔法が使えるから共存できてるんだよ」

 

 言われてみれば納得できる部分が多い。

 

 確かに国家間を越えて繋がっている組織なんて、権力者から見れば脅威でしかないよな。

 モンスターを狩ったりできるってことは戦闘を生業とする集団だ。

 ランクによりピンキリだろうけど、逆に選別された戦闘集団を各国に独自に抱えていることになる。

 しかも情報も共有してるとかになると、それだけで統率された軍隊と変わらない。

 そりゃ冒険者ギルドなんて存在できないよね……こうして僕の冒険者ライフは始まる前に終了した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 机の上に突っ伏して指でのの字を書く。

 

 憧れていた冒険者にはなれない。ならばアリスを養うにはどうしたら良いんだ?

 そもそもだけど、この世界の仕組みってどうなんだろう?

 

「デルフィナさん、この国の仕組みを教えてください。僕らが街に行ったらどうなるんだろう?納税の義務とかあるのかな?」

 

 何やらアリスと盗賊たちから剥ぎ取った革鎧を弄っているデルフィナさんに聞く。

 機嫌が良いのか尻尾の先端をユラユラと揺らしています。

 アリスは鼻歌を歌ってるが、こちらは賛美歌に似ていると思う。

 ディアマリア?の旋律に近いと思う、流石は元高位神官の愛娘だね。

 

「そうですね……

この国は王都を中心に八人の領主が各々の領地で取り囲んでいます。

先ず王様や領主様は自分の領地と住んでいる人を外敵から守る義務があります。

城砦都市の中や外部の街には貴族・商人・職人が主に住み、農民が村単位で外部に住んでいます。

納税の義務があるのは決められた地域に住む人々で、それ以外に住む人々には納税の義務はありません」

 

 平民層って、もっと過酷な環境かと思ってた。

 

「街や村に住まなければ納税の義務が無いの?」

 

「そうです。

納税者が住む場所には被害が及ばないように、領主は定期的に軍隊を派遣してモンスターを狩ります。

安心して暮らせるから人々は税を納めるのです。因みに税は三割を納めます」

 

 意外とマトモなシステムじゃないかな?ギブ&テイクじゃないけど納得はできる。それに三割って悪い数字じゃない。

 昔の日本なんて四公六民でも良い方だったし、安全が守られるなら納得できると思う。

 

「納税の義務の無い連中って、どんな人たちなの?」

 

「自己防衛・自給自足のできる連中は自らの集落を作り暮らしてるわ。

人間以外の種族の多くは自分達だけの村を作っているわね。私の種族、ラミア族もそうよ」

 

「あとは盗賊とか街や村に住めない犯罪者の集団とかもよ。ほとんどが人間だから他の種族の村には攻められない。

地力が違うからだけど、その代わりに同じ人間を襲ったりするの。盗賊は捕まると問答無用で死罪よ」

 

 デルフィナさんとアリスの説明は対極的だ。

 つまり人間の軍隊の庇護が不要な強い種族は街や村には住まずに、自分たちのコロニーを作るのね。

 そして犯罪者は犯罪者で自分たちの拠点を作る。

 

 デルフィナさんを襲った連中のことか……

 

 だから二人は生き残りを罠に掛けて拠点のお宝を奪おうと計画してるのは、この世界では一般的な考え方なのかもしれない。

 確かに生きていては周りに害悪しか撒き散らさない連中だが、現代日本的な思考を持ってる僕からすれば考え方が怖いんだ。

 

「僕らはどうしたら良いかな?三人だし秘密も抱えてるし生活基盤も弱い。

税金が三割なら何とかなりそうだけど、安定した収入が無いから厳しいよね?」

 

 そもそも年収が不確定なのに、三割とか計算できないじゃん!

 

 デルフィナさんはともかく、僕もアリスも訳有りだ。街や村には住めないよね?

 革鎧の調整が終わったのか、今度は革靴の手入れを始めたデルフィナさんに質問する。

 単に安全だけを考えるなら、街や村に住んだ方が良い。

 だが収入の無い僕等じゃ税金を払えるか分からない。納税を怠ると、どんな罰則があるか分からない。

 仮にも国家権力に逆らうわけだから、最悪の場合は死刑?

 

「ここに住めば良いですわ。モンスターを狩って街の騎士団駐屯地でお金に替えて生活すれば良いと思います」

 

 モンスターを狩って生活できるなら、冒険者ギルドは要らないか。生活用品とかは最寄りの街や村に行けば手に入る。

 何と無くだが、この世界で生きていく希望が見えたかな。

 

 要はハンターだ!

 

 ドラ○エかと思ったが実はモン○ンだったんだよ、この世界は。

 

「ありがとう、何と無くだけど生きていくことに希望が見えたよ。僕はハンターとして生きるよ!」

 

 革靴の手入れを終えてロングソードの手入れを始めた彼女たちに微笑む。

 僕の異世界ライフはモ○ハン張りのハンターとして、これから……

 

「「まずは盗賊の生き残りを捕まえて、拠点を襲うわよ!」」

 

 ハモッたぞ、怖いことを言ったのにハモッたぞ!

 

「絶対に逃がさないですわよ。主様(あるじさま)は生活力が低そうですから、奴らから取れるだけ搾り取らないと駄目です」

 

「当然だよ!お兄ちゃんを襲ったホモ野郎の仲間なんて、悉く滅べば良いよね。アリスも頑張って燃やすから大丈夫」

 

 嗚呼、夢現(ゆめうつ)つで聞こえたアレって現実だったのか……それに主様って何だろう、怖くて聞けないや。

 凄い良い笑顔で仲良さそうにガールズトークを始めたが、内容は肉食系狩人でしかない。

 会話は盛り上がるが、彼女たちは丁寧に刃物の手入れをしているんだ。

 キラリと煌めく鋼の刃をウットリした表情でボロ布で拭いているんだよね。

 

 僕は思わず目を逸らした……

 

 確かに盗賊たちには同情はするが、自業自得だろう。

 この生きるには厳し過ぎる世界では、普通なんだと思うことにする。

 結果的にアリスとデルフィナさんが仲良くなれれば、僕は盗賊が壊滅しようが構わないんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食事が改善され寝床も簡素ながらベッドを使えるようになった。勿論、彼女たちとは別々だ。

 洞窟だから敷居も何も無くて仲良く並んでいるが、一応別々だ。

 隣で寝ているデルフィナさんを見ると男の何かが芽吹くのだが、シュルシュルと動く下半身を見ると萎え……いや、平常心に戻るから不思議だ。

 

 因みにアリスだが、寝るときは一緒だ。

 

 理由は湯タンポ代わりだから……美幼女は、とっても温かいんだぜ。

 どうやら性欲は湧くのだが、精気を吸われると同時に発散か昇華されるらしい。

 だから僕は美女と美幼女と共に生活をしていても暴走せずに済んでいる。さて食事と寝床が充実したら残りはコレです。

 

「風呂です、風呂!温泉です、露天風呂です、最高です!」

 

「主様が綺麗好きで嬉しいです。ラミアは蛇ゆえに水浴びが大好きなのです。

そろそろ冬になりますから、温かい水が湧き出るここは大切な場所なんですよ」

 

 デルフィナさんが教えてくれた、取って置きの場所とは温泉だった。

 水場が非常に重要なラミア族だけあり、綺麗な泉に温泉の湧き出る岩場が近くにある洞窟を見付けたときは凄く嬉しかったそうだ。

 だが、火山や地熱とかの概念は無いらしく、何故お湯が湧くかは分からないそうです。

 岩場の窪みにお湯を張って掛け流しにしているので、常に綺麗な温泉だが効能は単純泉だと思います。

 特に硫黄の匂いもヌメヌメした感触も無く無色透明なお湯だから……

 岩場は狭く六畳ほどの広さで深さは70㎝くらいだが、デルフィナさんと混浴しても十分な広さがある。

 因みにアリスはレイスゆえに汚れが気にならない種族なので、温泉に浸かることに興味が薄い。

 そして混浴に対して、そんなに忌避感は無いらしく常にデルフィナさんとは一緒に入っている。

 

「主様、もう少し寄った方が良くないですか?そんな隅に居なくても大丈夫ですよ」

 

「いえ、大丈夫です。近いと色々と不都合がありますです、ハイ」

 

 ラミアなデルフィナさんはトグロを巻いた状態で湯に浸かってます。

 つまり近付くと、その蛇な胴体に腰掛けるみたいになるので遠慮してます。

 

「そうですか?色々なんですか?」

 

「ええ、色々です」

 

 温泉に入るのは大抵寝る前なので夜です。

 月明かりの中で幻想的に湯に浸かるデルフィナさんを見ると、まるでビーナス誕生みたいに絵になるなぁ……

 

「あまり見つめられると恥ずかしいですわ。本来なら旦那様にしか肌は見せないのですよ」

 

 微かに頬を赤らめて胸を隠すデルフィナさんを見て思う。混浴に忌避感が無いって言ってませんでしたか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「剣はあまり使ったことはありませんが、幾つかの型を体に覚え込ませることが上達へのコツです。まずは基本からです」

 

 レベルの上昇により肉体的なスペックは上がっていくが技術的なものはそのままという素敵仕様を何とかするために、デルフィナさんに教えてもらっている。

 彼女は長柄の武器を得意とし、接近戦ではハンドアックスを使う。

 剣術は齧った程度と言うが、ズブの素人よりは数倍もマシなので教えてもらっている。

 

 先ずは武器に慣れること!

 

 数日間、ひたすらにロングソードを振るだけだ。

 最初の頃は切る・突く・払うの動作を各100回も行えば直ぐに疲れてしまったが、最近は倍程度は平気になった。

 デルフィナさん曰く余計な筋肉を使わずに自然に剣が振れ始めているらしい。

 

「だいぶ慣れてきましたね。最初より鋭さが段違いですよ。では次は私の振るう槍を躱すか払ってください。実地訓練です」

 

 近くで見ていたデルフィナさんが、いきなりそう言いだすと槍を構えた。

 

「ちょ、いきなり?」

 

「行きます!」

 

 直線で突いてくるので何とか払えるが、当然の如く押され気味だ。

 

「相手の動きをよく見てください」

 

「ちょ、無理……だよ!全然見えないんだけど?」

 

 僅か2分で完敗だった。首筋に槍先を突き付けられ両手を挙げて降参する。バタリと大地に仰向けに倒れこむ。

 

「はーしんど……全然無理だよ」

 

「動きは悪くないですよ。私の本気の突きを躱せるなんて、ビックリしました。主様は剣の素質がありますよ!」

 

 この状況では素直に喜べない。訓練あるのみだ!

 

 

 



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第16話

「所変われば常識も変わるか……日本人が平和ボケしてるって言われるのも分かる気もするけどさ、やり過ぎじゃね?」

 

 自分が襲われた相手に情けなど不要。復讐は正当な権利であり、それを行使しない方が異常なのだ。

 勿論復讐には相応の力が必要で返り討ちに遭う恐れもあるのだが、それらは自己責任らしい。

 

「主様、敵は五人ですが油断は禁物です。様子を見に来た盗賊を締め上げてから既に三日過ぎてます。

留守番の連中にすれば、彼らを派遣して一週間以上経ってますから、増員された可能性もありますよ」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。

盗賊団の中で三番目の参謀的な奴が残ってるから、戦力増強は有り得るよ。それで、どうする?」

 

 美女と美幼女から熱い視線を投げ掛けられてます。さて、どうしたら良いのだろうか?

 盗賊団の調査隊を捕まえて、肉体言語で情報を教えてもらった。

 彼らのアジトは破棄された坑道なのだが、内部の様子は詳しく聞けなかった。

 だが長い間、放置されていたので水が溜まって半分以上は水没しているらしい。

 つまり出入口は見えている一ヶ所だけだ。犯罪集団のくせに退路を確保してないのは無用心過ぎるだろ!

 

 常に襲う側とでも思ってるのかな?

 

 見張りは一人だが、気を付けないと分からない程度に隠れている。

 坑道の入口はカモフラージュで半分岩やガラクタで塞いであり、ガラクタの隙間から見張りが周りを警戒している。

 まぁこれ見よがしに見張ってたら、ここがアジトですって宣伝してるだけだからな。

 その辺は用心してると考えても良い。つまり中途半端な盗賊団なんだよね。

 

 総勢20人前後の中規模な盗賊団だが奪うしかしない連中を20人も賄うためには、何倍もの人達が不幸になってるはずだ。

 だから全滅させるのに、反対はできない。

 

 さて危険だからと、半ば強引に同行したわけだが……どうしようかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先ずは情報を集めたい。奴らが何人居るのか?強さはどれぐらいなのか?ステータスの確認は、僕が直接見なければ分からない。

 つまり洞窟に籠もられていては分からないし、見張り役は交代しても全員が下っ端だろうから意味は無い。

 実際に一日中見ても三交替で全員が下っ端レベルの雑魚でしかない。

 ならば参謀役と武闘派が残ってる可能性が高い。

 

 水は坑道内に溜まったものを利用しているし、食事の煮炊きも外ではしていない。

 トイレすら中で済ませているとなると、中の環境は劣悪だろうな。

 

 この文化レベルだと、そんなに深く長く掘れないだろうし……奴らのアジトを監視できる場所にベースキャンプを設置する。

 

「暫く監視したけど、下っ端の三人しか確認できなかった。少なくとも中に居る二人は下っ端以上の力があるよね。

交替時間もマチマチだから分からないけど、見張りを倒せば交替の二人目までは気付かれずに倒せる。

警戒されずに倒せるのはここまでだ。見張り二人が帰ってこなければ警戒されて待ち伏せされる。

後は地力の勝負で力押しするしかない」

 

「三対三ですね。

ですが奇襲できる私達が有利です。見張り交替なら一人は戻ってくるので多少の音は誤魔化せます。

後は奇襲のときに強い奴らを見付けられるかですね。流石に襲われれば、私達の存在はバレます」

 

 そう、奇襲は一回だけ。それを凌がれたら相手のフィールドでの戦いを強いられる。

 

「では見張りが交替してしばらくしたら最初の奴をスリープで眠らせる。

できれば中の情報を聞き出したい。そして交代要員が来たらソイツは倒す。二人減らしたら洞窟内に侵入して奇襲だ。

駄目元でスリープを掛けてみよう。奴らのボスにも多少の効果はあったし、一瞬でも気を逸らせれば儲け物だ。

アリスは火の魔法を多用してほしい。灯りが必要だし何かに燃え移り煙が充満しそうなら直ぐに外に出よう。

待ち伏せすれば良いし、最悪籠城されたら入口をガラクタで塞いで待てば良い。

補給の無い奴らはいずれ干上がるし、ずっと中に居るわけにはいかないからね」

 

 補給も応援も無い籠城は勝てない。仮に籠もられてても、交渉の余地はある。

 それにボス以上の強い奴は居ないから、最悪の場合でも力押しで勝てる。

 

 問題は、デルフィナさんだ……

 

 尻尾を含めると4m以上もあるから、狭い場所では行動に支障が出るよね。

 

「デルフィナさんは狭い場所だと動き辛いから、先頭は僕が行く。

とにかく、人数を一人か二人に減らせれば後はデルフィナさんに任せるよ。直線的な坑道ならブレスも良いと思う」

 

「アリスだってレイス化すれば気付かれずに奴らの後ろに周りこめるよ!お兄ちゃんばかりが危険だよ、この作戦は」

 

 あっアリス、声がデカいって……彼女を抱き締めながら口を塞ぐ。

 右手で口を左手で胸を押さえると、至福の感触が……幼女体型でも胸は柔らかいのである!

 

「ムグムグ、プハァ!お兄ちゃんのエッチ、変態、野外プレイは早過ぎるよ」

 

 右手だけ放すと真っ赤になりながらワタワタと小声で文句を言われた。何この可愛い生き物?

 

「ごめんごめん、だって見付かったら大変だからね?」

 

 今は盗賊のアジトを襲撃しようとしてる最中だ。些細なことでも細心の注意を……

 

「私も主様のイケナイ手を見付けましたわ。いつまで揉んでいるんですの?」

 

 そう言われて左手をツネられたが、結構痛い。

 

「うっ……すみません。つい柔らかくて……」

 

 言い訳にならないようなことを言ってしまう。デルフィナさんって、色事に対して緩そうで実は貞操観念は強い。

 普段は無用心な程に胸を見せたり押し付けてくるのだが……アレは天然というヤツなんだろうか?

 

 取り敢えず、その場で二人に土下座をする。

 

 この世界に土下座文化は無いらしいが、何とも居たたまれない雰囲気になるらしく大抵のことは許してくれる。

 勿論、毎回土下座はしない。これは切り札なのだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「見張りが交代してしばらく経ったね。それじゃ始めるよ」

 

 小声で両隣に居る女性陣に話し掛ける。いよいよ襲撃だ。

 

「スリープ」

 

 対象物を直視しながら呪文を唱える。下っ端盗賊は、うつらうつらし始めた後に座り込んだ。

 

「成功だ、行くよ」

 

 完全に動かなくなったのを確認して、なるべく音を立てずに下っ端盗賊に近寄る。

 倒れて眠っている盗賊をデルフィナさんが縛り上げて草むらへ連行。

 彼女たちが尋問し僕はこの場で待機、見張り交替が来たら……音を出さずに殺す。

 洞窟から見えない場所に隠れて、盗賊が出てきたら口を塞いでナイフで刺す。

 これはアリスでは小さ過ぎて体格的に無理があり、デルフィナさんでも同じく体長が長過ぎて隠密性が悪くて無理。

 

 だから僕が、僕しかできないんだ。

 

 幸い力は下っ端盗賊よりも倍近く強いから問題無く拘束し殺せるはずだ。

 魔法で眠らせることも考えたが、異常を察して大声を出すかもしれないから物理的に口を塞いで処理をするしかない。

 僕はこの世界に来てから既に一人を殺している。ホモの盗賊を正当防衛と男の尊厳を守るために。

 

 今回はアリスとデルフィナさんを守るために。

 

 理由を付けないと人殺しができないが、理由無く人殺しをするよりはマシだと思いたい……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ほら、起きてくださいな」

 

 盗賊の後頭部を軽くロングソードの鞘で叩く。長柄の武器は洞窟内では取り扱いが難しいので、主様のを借りた。

 主様は弓とナイフだけだが、構わないと言ってくれました。主力に良い装備を集めるのが当たり前だと……気遣いが嬉しいですね。

 

 それに比べて、この不潔で嫌らしい盗賊ときたら!

 

 口に猿轡を噛ませて手足も拘束している。起きても騒いだり暴れたりはできないですわね。

 

「ほら、起きてくださいな」

 

 二度目は強く叩く。主様と同じ台詞での起こし方だが、片や優しく体を揺らすのとでは雲泥の差だ。

 彼は私の愛しい人(美味しいご飯)であり、コレは殺す敵でしかない。

 あのとき、主様が加勢してくれなければ私は女性としての尊厳を踏み躙られた後で殺されていた。

 今の私が生きていて、生まれてから初めて味わう幸せ(精気)を与えてくれたのは主様。

 種族間の壁を気にせず妖魔と呼ばれる私たちに普通に接してくれる珍しい人間。

 

 この足元で呻いているゴミとは違う不思議な人。

 

「デルフィナ、コイツ喜んでるよ。ハァハァ言ってる、気持ち悪いよ」

 

 主様のことを考えていて注意が逸れてしまったが、この盗賊は私に叩かれてもアリスのスカートを見上げて悶えている。

 

「騒ぐと殺す、黙って質問に答えなさい」

 

 ロングソードの切っ先を喉に押し当てて脅しをかける。勿論、聞き出すだけ聞き出したら殺す。

 盗賊は捕まったら死刑。だから気に病む必要は無い。

 

「分かったのなら合図しなさいな。それとも、このまま死ぬ?」

 

 ブルブルと首を振るから、薄皮一枚切れてしまったわね。ロングソードで猿轡を切る。少し頬が切れたが問題無いわ。

 

「洞窟内には何人居るの?貴方以外にですよ」

 

 切れた頬をロングソードでペチペチと叩く。

 

「よっ、四人だ、四人居るぞ」

 

 完全に怯えているのだが、何故か少し恍惚としてないかしら?

 

「洞窟の出口は一ヶ所だけかしら?」

 

 黙って頷くが、やはり興奮してるみたい。目が潤んでるし鼻息も荒い、それに汗が凄いわ。

 生理的に受け付けない気持ち悪さがある。

 

「洞窟内に居る連中で注意しないと駄目な奴は居るかしら?」

 

「ち、注意とは?」

 

「特殊能力があるとか魔法を使うとかよ。又は洞窟内に仕掛けてある罠とかね?」

 

 何か考えているみたいね……もう少し脅そうかしら?

 

「言わないと耳を削ぐわよ」

 

 何か怪しい行動をすれば直ぐに殺すために首に当てていた刃で耳をなぞる。盗賊の怯えの色が濃くなったわ。何故かしら?下半身が熱くなるわね。

 

「わわわ、罠は無い。無いが、中には魔法使いが一人居る。後は剣を使う連中たけだ……」

 

 魔法使い?

 

「それは……」

 

「デルフィナ!お兄ちゃんが見張りの交替の奴と揉み合ってるよ!」

 

 聞きたいことは聞けたので、首にロングソードを突き刺す。刃を抉って傷口を広げ、一振りして着いた血を払ってから草むらを飛び出す。

 主様に何かあったら大変だわ、急がねば!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 眠りこけた見張りを草むらに連行する二人の背中を見る。うん、逞しく頼りになる?

 見張りが居なくなれば警戒して様子を見に出てくるだろう。だから洞窟の左側の壁に張り付く様に立つ。

 出てきたら後から口を塞いでナイフで刺す。行動は簡単だが、気持ちは複雑だ。

 

 僕はコレから人殺しをするのだから……

 

 汗で濡れた掌をズボンで拭いて深呼吸をする。息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す動作を二度三度と繰り返す。

 

「うん、落ち着いた……アリスとデルフィナさんの幸せのために。何よりも僕の幸せのために、出てくる奴を殺す!」

 

 どれくらい待っただろうか?中から声が聞こえた。

 

「オイ!持ち場ぁ離れるなよな!オイ、ションベンか?」

 

 ダミ声が近付いてくる。右手のナイフを握り直し、洞窟の出口に集中する。

 

「アレ?どこだ?」

 

 無用心に外へ出てきた奴を後から抱き付き口を塞ぐ。成功、右手のナイフで脇腹を突き刺すが……刃が刺さらない?

 

 しまった、ベルトか何かで防がれた?

 

 再度刺そうとするが、暴れだしたので片手では押さえ切れない。床に倒れて揉み合いになる。

 間近に見た盗賊は、目は血走り無精髭だらけで口は臭い。仕方なくナイフを放り投げて両手で首を締める。

 これなら相手を喋らせずに倒せるが、抵抗が凄い。最初は脇腹を殴られ続けたが、何とか耐えた。

 苦しくなったのか僕の腕を引っ掻くが痛みに耐えて締め続けた。ようやく力無く動かなくなったので、絞めていた手を離す。

 

 もの言わぬ骸となった盗賊を見て僕はその場で、吐いた……



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第17話

 人を殺した、二人目だ。

 

 生きるため、自分のため、愛する人のため。理由はあれども現代人の感覚では最大級の禁忌を犯した。

 頭では割り切れていたつもりだが、体は違ったみたいだ。

 

 僕は二人目を殺して……その場で吐いた。

 

「グッ、ゲハッ……ハァハァ……オェ……」

 

 跪いて吐く、吐く物が無くなれば胃液を吐く。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「主様、これで口を濯いでください」

 

 気が付けば、アリスとデルフィナさんが背中を擦ってくれていた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だ……」

 

 デルフィナさんの差し出す皮袋の水筒から温い水を含み口を濯ぐ。

 仄かに皮の味がする不味く温い水だが、今は美味しく感じるから不思議だ。

 倒した盗賊の体を漁り使えそうな物を探す。片刃のショートソードが使えそうだ。

 

「洞窟の中に入るよ」

 

 奪ったショートソードを腰に差し、手には弓を持つ。作戦は奇襲。

 僕の弓とアリスの魔法で先制し、デルフィナさんを主力として突っ込む。

 

「主様、敵には魔法使いが居ます。先に倒した方が有利かと……それと、主様」

 

「なっ?デルフィナさん」

 

 デルフィナさんが僕の手を掴むと躊躇無く自分の胸へと……初めて触る彼女の胸は柔らかいのに、握ると抵抗する反発力が凄い。

 

 ゴム鞠みたいだ!

 

「手が震えてますよ。落ち着いて、大丈夫ですわ。私たちなら、あん!そこは摘んでは駄目な場所です……」

 

 調子に乗り過ぎて彼女の蕾を悪戯して、アリスに噛み付かれた。

 叫び声を上げるのを我慢するのが大変だったが、彼女の柔肌は僕を落ち着かせるには十分だった。

 

「ありがとう、それじゃ行こうか!」

 

「続きは事を片付けてから、ゆっくりしましょうね」

 

 艶っぽく微笑むデルフィナさんにクラッとくる。アリスとは寸止めだから、期待が胸の中で高まるな……

 

「ダメ!お兄ちゃんとのニャンニャンはアリスが先なの!」

 

 ごめんなさい、アリス。そうだった、僕はアリスと付き合ってたんだ。

 何となくデルフィナさんとも関係しても良いと、ハーレム主人公的な考え方に……

 

「あら?アリスは制御を学ばないと駄目でしょ?」

 

 そうなんだけど、アリスを刺激しないでください。

 いつもの上品で丁寧な物腰の彼女でなく、挑発的な態度もギャップに萌えます。

 

「デルフィナだって、お兄ちゃんに揉まれてるときに尾で岩を圧壊させたじゃん。お兄ちゃんを潰す気?」

 

 諍いの声が大きくなりそうなので止める。

 

「しっ、静かに……中の連中に気付かれるって!」

 

 そのときにデルフィナさんが尾で音も無く巻いていた岩を圧壊させていたのも確認した。

 

 彼女も寸止めだ……

 

 ニャンニャン中に抱き付かれたら、考えたくない最後を迎えられる。神様、これは罰なんですか、それとも呪いですか?

 極上の美女と美幼女に懐かれても、最後までは結ばれないのは?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 洞窟の中を窺う。

 

 音はしないが、微かに排泄臭か腐臭がする……洞窟内の不衛生さか分かるな。

 洞窟の入口付近は自然光が入り込んでいるので明るいが、10mも進むと緩やかに下り右側に曲がっている。

 警戒しながら進み、曲がり角で顔だけだして様子を窺う。

 

「ヤバいな、簡素ながら木板の壁があって扉がある。扉を開ければ音でバレるよね?」

 

 アリスがレイス化して扉まで近付いて中の様子を窺う。浮遊すれば足音はせずにレイス化すれば気配も薄まる。

 

 諜報に便利だな……

 

「お兄ちゃん、中で話し声が聞こえる。でも内容が聞き取れないから、扉から離れた所に居るよ。

隙間から覗くと中に灯りがあるのは分かったけど、扉を開けたら外の明かりが差し込むから……」

 

「ゆっくり開けても漏れた光でバレるね」

 

 暗い部屋で明かりが差し込めば、幾ら何でもバレない方がおかしい。夜を待つにしても交代要員が戻らないから疑う。

 

「ここは強行突破しかないですわ。弓と魔法で先制し、混乱に乗じて突撃しましょう」

 

「うん、突撃する前にしばらく目を閉じて。明暗の差がある場所に入るから暗闇に目を慣らそう。

相手からは僕らはシルエットしか見えない。僕らは薄暗い中で奴等を見付けないと駄目だ。

アリス、ファイアの魔法で攻撃。とにかく、中での灯りを確保しよう。

デルフィナさん、ブレスの準備を。

アリスがファイアの魔法で灯りを確保し、おおよその位置が分かればブレス攻撃。

僕は発見次第に弓で攻撃するけど、ブレス後にデルフィナさんが突撃したら補助に回る。

ブレス攻撃で一人も倒せなかったら一旦引こう。目を閉じて………………いくよ!」

 

 普通に扉を開けて中に入る。やはり建付けが悪く軋み音が出てしまった。

 素早く扉を開けたときに差し込んだ光で中を確認、奥のテーブルに座りカードゲームをしている盗賊たちを見付けた。

 

 一人は背中を向けて二人は横向きだ。

 

 素早く右側に避けてデルフィナさんのブレスの動線を確保、引き絞った弓を射つ!

 

「ファイアー!」

 

 僕の弓は外れ、アリスの魔法は背中を向けていた盗賊に当たった。

 

「畜生、敵襲か?」

 

 立ち上がった右側の男に弓を射かける。今度は腹に当たった。

 

「デルフィナさん!」

 

「逝きますわ!」

 

 口元に手を添えて青白いブレスを吐き出す。舌の上に青白い球体が浮かび、其処から殺虫剤を噴き出したように魔力の籠もった熱線が放射される。

 

 最強種族、ドラゴンの固有能力は盗賊三人を炭化させるのにさほどの時間も掛からなかった……念のために引き絞っていた弓を下げる。

 

 ブレスを吐き終わり確認のためにロングソードで突いてみるが、既にこと切れていた。

 

「終わった……呆気ない気もするけど、奇襲でラミアとレイスが居れば当たり前なのかな?」

 

 案ずるより産むが何とかか……惚けているとデルフィナさんが、後ろから抱き締めてくれる。

 

「そんなことはありませんわ。主様の作戦が的確だったのです。さぁ、お楽しみの宝探しの時間ですわ!」

 

「そうだよ、お兄ちゃん!何が出るかワクワクしちゃうよね」

 

 女性陣が宝探しに興じる間、僕は洞窟の入口で見張りをすることにする。

 奴らの仲間や敵対勢力が居ないとも限らないから……逞しい女性陣に押され気味だが、油断は禁物だからね。

 

「これで盗賊の脅威は無くなった。しばらくはアリスが解放された事もバレないだろう。次は街に行ってみたいな……」

 

 洞窟内から漏れ聞こえる楽し気な声を聞きながら、次の行動を考えたた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お兄ちゃん、家捜し終わったよ。見て、盗賊たちは結構溜め込んでたよ」

 

「この規模の盗賊としては、まぁまぁですわ」

 

 テーブルに乗せられた戦利品を嬉しそうに披露してくれる女性陣。皮の袋にパンパンの貨幣、質の良さそうな武器や防具。

 幾つかの宝石に、魔法が掛けられた品々。それと多分だが革表紙の巻物。三人で何とか運べるかなって量だ。

 

 残念ながら食料品は保存状態が良くなかった。

 

 盗賊たちはカビていようが、腐り掛けでも構わず食べていたのだろう。

 アリスやデルフィナさんが腹下しとかは嫌なので、そのまま一ヶ所に山にしただけだ。干し肉や瓶詰めの酒は持ち出すことにする。

 

「これは?」

 

 削りだした石とか束ねた羽根とか民芸品のお土産みたいな物を指差す。

 

「護符ですわ。

この石を削りだした物は防御力を羽根を束ねた物は敏捷性を高める力を宿しています。効果は微量ですが、無いよりはマシですわ」

 

 能力値UP効果の有る装備品か……初めて見たな、造りはお土産屋レベルなのに不思議だな。

 

「アレ、コレって?」

 

 中世の武具・装備品の中で異彩を放つ黒い鞘に収まった短剣。どう見ても日本刀の脇差だ。

 鞘から抜いて刃を見ても、反りのある片刃は日本刀なんだけど……

 

「珍しい短剣ですわ。主様が装備なさってはどうですか?」

 

「お兄ちゃん、使いなよ」

 

 日本刀……か。男なら一度は憧れるモノだけど、この世界で実戦で使うには無理じゃないかな?基本的に西洋の剣は肉厚で重い。

 この世界は盾や鎧も金属が多用されるから、余程の技量が無いと防御力の弱い継ぎ目とかを狙えない。

 まともに金属部分を切ったり、剣と刀で切り結べば直ぐに刃零れをおこすだろう。

 

「切り裂くに特化した剣みたいだし、僕の技量じゃ直ぐに刃を潰して終わりだよ。

手入れだって方法が分からないし……珍しいなら高く売れるかな?」

 

 何故、脇差がこの世界にあるのかを調べれば元の世界へ帰る方法が分かるかもしれない。

 もしかしたら他に同じ境遇の人と出会えるかもしれない。本来なら手放さないで、使わずとも保管しておけば良い。

 

 多分だが、僕が脇差を売りたいのは元の世界に帰りたくないから……アリスやデルフィナさんと別れたくない気持ちが大きいからだ。

 

 残りの僅かな気持ちは……人を二人も殺しておいて、元の世界で普通に暮らせる自信がないんだ。

 

 よく小説やマンガで、どんなことをしても元の世界に帰りたいって人たちも居るけど……余程大切なことや人が居ないと無理じゃないかな?

 薄情と取るか適応と取るかは、本人にしか分からないだろうけどね。

 今の僕にとっては、元の世界に帰るよりは彼女達と一緒に居たいんだ。

 

「やっぱり売ろうよ。宝の持ち腐れは勿体無いよね。デルフィナさんは力があるから、切り裂き系の武器は使い辛いでしょ?

アリスはレイス化するから武具の必要性は低い。僕は未熟だし、技量が必要な高価な剣より丈夫な方が使いやすいよ」

 

 それに持ち歩いていると、いつか元の世界に関係することに巻き込まれる感じがする……

 

「そうですか?主様が良いのなら構いませんが……」

 

「でも珍しい短剣だから、盗まれた持ち主が分かるかも。盗賊から奪った品だって言わないと疑われるかもね」

 

 ああ、元の世界でも盗品を売り捌くのが一番大変だって言ってたな。

 確かに珍しい短剣なら、誰が持っていていつ盗まれたとか噂になってるかも。

 

「デルフィナさん、盗賊から奪った品だけど元は盗品じゃないですか。売り捌くのには問題がありますかね?」

 

 そう言うと僕の手から脇差を受け取り調べ始めた……

 

「うーん……

銘も家紋も刻まれてないですし、特に売るときに身元の確認もされませんから平気だと思いますわ。

盗賊は討伐した者がお宝を所有できるのが、暗黙の了解です。家宝とか特別な品で領主様から依頼がなければ平気ですわね」

 

 右人差し指を頬に当てて考え込む仕草が好きです。

 デルフィナさんって品が良いんだけど、ラミア族の中でも良家の娘さんなんろうか?

 

「前に討伐依頼を領主様が出すって言ったよね。街に入ったら最初に確認して、この短剣を探してなければ売ろう」

 

 これで元の世界と僕を結ぶかもしれない脇差は手放すことになった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 盗賊たちのお宝を根こそぎ集めて不要な物は山積みにした。やはり男所帯だと衛生的にも良くない。

 腐敗臭や排泄臭の籠もる洞窟内は長く居ると苦痛になってくる。

 

「お兄ちゃん、本当に燃やすの?」

 

「ああ、不衛生だしね。また他の盗賊たちに住み着かれても嫌だろ。

だから使えそうな家具とか腐り掛けの食料とかも、全て燃すんだ。流石に奥の汚い部分は無理だけどさ」

 

 洞窟の奥の方には水が貯まっていて、飲料水や生活用水に使っていたらしい。

 綺麗な湧水じゃない薄い茶色の溜まり水をだ。

 他にも枝分かれした所がトイレ代わりに使っていたりと不衛生極まりない。

 腐り掛けでも食べられるなんて、奴らの胃袋は現代人に比べて丈夫なのかも知れないね。

 

 でも良かった……捕らえられてる人とか居たら、それが女性だったりしたら凄く嫌な思いをしただろうから。

 

 女性陣を先に外に出してから、山積みにした家具や食料に火を付けた……最初は燻っていたが、徐々に火力が強くなる。

 

「盗賊のアジトに押し入って皆殺しの上で放火か……もう元の世界には帰れないな……」

 

 僕の未練と共に燃やし尽くせ!

 



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第18話

 盗賊団を殲滅し蓄えたお宝を根こそぎ奪った。

 

 これでアリス解放の件はしばらく広まらないで済む。モクモクと黒煙を出す洞窟から急いで離れることにする。

 新たに他の盗賊の住みかにならないようにと燃やしたけど、黒煙により場所がバレバレだ!

 黒煙に気付いて誰か来る前に奪ったお宝と共に移動するが、結構重い。

 特にお金は言ってみれば金属の塊だから……

 皮袋を抱えるようにして持ち、背中にショートスピア腰にロングソードと脇差を括り付ける。

 アリスは食料品と宝石類、それに護符をデルフィナさんは防具類を持っている。

 

 昔の「坊や」だった頃では持って動くなど不可能だったはずだ。

 

「そういえば最初に身に付けていた三つの袋があったよな。ずっと腰に括り付けてたけど、確か80Gとか何とか……」

 

 洞窟から歩くこと10分、大体1㎞くらい離れた所に少し開けた草むらがあったので休憩する。

 重い物を担いでの移動は思った以上に体力と気力を消耗するんだな。もうクタクタです……

 一応、一番重そうなお金の袋と武器類を持ったのだが、何となく一番金目の物を取った守銭奴っぽくて嫌だな……

 

「はー疲れた……腰が痛いよ」

 

 お金がパンパンに詰まった皮袋を投げ出して座り込む。多分だが10㎏くらいはあるぞ、コレ。

 自分の腰を揉んでいると、先程考えていた皮袋に手が当たった。

 確か80Gと頭の中にッセージが流れたけど、皮袋自体は膨らみが少なくないか?

 試しに皮袋を逆さまにして中身を全部だすと、明らかに皮袋よりも小山になったコインの方が大きい。

 もう一度、皮袋に80Gを入れてみるが……

 

「あら、主様。それはマジックアイテムですね。収納系は高価で希少なんですのよ」

 

 体力は僕よりも優れているデルフィナさんも汗をかいたのか、布で拭いている。

 男は汗をかくと臭いのに、女は汗をかいても良い匂いなのが不思議だ。

 

「マジックアイテム?収納系?」

 

 聞き慣れない言葉に、驚きながらも皮袋をデルフィナさんに渡す。その際に彼女から漂う匂いも堪能するが、やはり良い匂いだ。

 

「これは……強い魔力を感じますわ。どれくらい入るのかしら?」

 

 パンパンに詰まった皮袋からコインを移し替えていく。ザラザラと音を立てて中に入っていくが、無くならないよね?

 

「まぁ?全部入ったわ。取り出せるかしら?」

 

 皮袋に手を突っ込んで引き抜くと、ちゃんとコインを掴んでいる。

 しかも片手で皮袋を持っているから、重量も緩和されてるらしい。

 試しに持ってみると久し振りに脳内にメッセージが流れた。

 

 『3278G』か……1枚3グラムとして3000枚以上なら10㎏にはなるね。

 

「凄い便利な皮袋だね……、お兄ちゃん!」

 

 アリスが興奮して僕の首に抱き付くが、自分の臭いで気を悪くしないかと思うと少し恥ずかしい。

 

「そうだね、実は知らなかったんだよ。まだ二つあるんだ。

コッチは薬草と毒消し草が入っていて、コッチは廃墟で見付けた玉を入れてある」

 

 彼女の脇の下に手を入れて、高い高いの要領で無難に引き離す。

 試しに薬草と毒消し草が入っている皮袋をひっくり返すとバサハザとほうれん草の束が落ちた。

 やはり皮袋の大きさと収納物の大きさが違い過ぎる。

 それに葉っぱが瑞々しくて、とても皮袋の中に入れっぱなしな状態じゃない。

 

 手に取って葉っぱを一口齧る……

 

「苦い、けと新鮮で瑞々しい。これはアレか?鮮度も保てるのか?」

 

 口の中には野菜特有の青臭さと苦味があるが、不味くはない。

 最近のビタミン不足解消のために、もっと食べたいぐらいだ。

 そういえば、この世界に最初に来たときには有名なドラゴンのクエストだと思ったんだよな。

 実際はモンスターでハンターな世界だったけどさ。あのときは道具や皮袋に対して深く考えなかった。

 

 ゲーム機能ならお金や持ち物は重さも大きさも関係無いと思ってたし……

 

「収納系のマジックアイテムの中には食品の鮮度を保つ物もあります。

こちらの皮袋にも拳大の宝玉が入ってますね。凄いです、三つもマジックアイテムを持っているなんて。

お金専用、衣料品と食料品専用、武具や防具等の道具専門にしましょう。

ほら、ロングソードが入りますわ。皮鎧は無理ですね。やはり皮袋の口の大きさ以上の物は入れられないのですね」

 

 デルフィナさんの意見に大賛成だ。

 

 これで移動が楽になるし、物資を多く持てれば、それだけ長期・長距離の行動が可能になる。

 確かに大きさの違う皮鎧は無理だが、ロングソードやショートスピアと脇差は入れられた。

 違う物を入れた場合、取り出す時にどうするか試しに皮袋に手を突っ込んだが……

 

「痛い……」

 

 ショートスピアの先で指を切ってしまった。感じとしては中はドラム缶くらいの大きさで品物はソコに入っている。

 だから皮袋に手を入れて探れば、触れた感じで品物を選別できるぞ。

 中は常に水平垂直らしく水物も零れないで済みそうだ。

 指先にヒールを掛けて傷を治そうと思ったが、アリスに吸われてしまう。

 

「んーちゅぱちゅぱ……えへへ、お兄ちゃんの血液も美味しい」

 

「あー!ズルいですわ、ならは私も……んっ、んんん……」

 

 美女と美幼女に指先を舐められるって快感だ!嗚呼、力が抜けて……力が……抜ける?

 恍惚として舌を出して指を舐め合う彼女達は明らかに発情しているが、僕の命は枯渇しそうだ。

 互いの舌を絡ませ合いながら、指を舐めている姿をもっと見たい。

 

 見たいが、もうヤバい。

 

「すっ、ストップ!もう駄目、枯渇しちゃうから駄目……」

 

 引き際を間違えてしまった。

 二人のエロい表情を見たいが為に、限界一歩手前まで精気を吸わせてしまった……

 そのままデルフィナさんの胸元に倒れこむが、鎧を着てるので柔らかい感触は感じない。

 失敗した、アリスのフニフニお腹にすれば良かった……

 

「今日はここで野宿しよう。ご飯を用意して……精気が枯渇寸前な気がするよ。肉を肉を食べないと……」

 

 抱き留めてくれたデルフィナさんが、器用に自分の下半身をトグロ状にして僕を寝かせてくれた。

 ヒンヤリしてスベスベで弾力があって気持ちが良い。端から見れば大蛇ベッドだ。

 でも地面に布を敷いて横になるのが普通ならば、見た目以上に快適かも……

 

「主様は休んでいてください。アリス、料理をしますわよ」

 

「ハーイ!

デルフィナ、今夜は豪華にしようよ。お兄ちゃんを回復させないと、私達の夕食にも響くよ」

 

 まだ足りないんですか?嬉しそうに干し肉を刻んで土鍋に入れているアリス。

 土を掘り石を並べて焚き火の準備をするデルフィナさん。

 器用に下半身をくねらせて揺り籠みたいな心地よい振動を与えてくれるから……僕は意識を放棄した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「頂きます」」

 

 僕とデルフィナさんは生身の肉体を持っているので食物を摂取する必要があるが、アリスはレイス故に精気だけで良い。

 だから食事は二人だけだ。夕食は干し肉と雑野菜を塩で味付けし煮込んだスープ。素朴な味だか普通に美味い。

 後は小麦粉を練って固く焼いたナンみたいな保存食。それを割ってスープに浸して食べる。

 

 盗賊から奪った食材は干し肉と酒だけ。

 

 お酒は地ビールみたいに琥珀色で微炭酸なモノだが、名前はビールらしい。

 常温で飲むビールは正直美味くないが、飲料水の消費を抑えるためには仕方ない。しかもコップが無いから回し飲みです。

 

「ふーっ、お酒は久し振りなんです。嗜好品でしかありませんから、手に入れる優先順位が低くて……」

 

 素焼きの瓶を豪快に煽る彼女は、既に半分出来上がっている。

 ほんのり頬に赤みが差し色っぽい表情をして、尻尾をユラユラさせて楽しそうだ。

 僕は度数の低くて温いビールはイマイチなので、あまり飲まずにデルフィナさんに勧めた。

 

「確かに生きるために必要なモノじゃないですよね。良かったらもっと飲んでください」

 

 確か蛇はお酒が大好きだよね、ヤマタノオロチとかもそうだったし……

 

「ふふふふふ、私を酔わせても何も出ませんわよ?」

 

 尻尾がブンブン揺れているので、お酒が飲めて相当嬉しいんだな。だから全部飲んでもらっても構わない。

 

「僕はスープの方が好きだな。アリス、お代わり頂戴」

 

 物を食べる必要が無いアリスは、ニコニコと僕らを見て給仕を進んでしてくれる。良くできた美幼女なのだ!

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「主様、あの先に見える集落がベルレの街ですわ」

 

 良かった、始まりの街とか言われるかと思った。

 デルフィナさんが指差した先には、丸太や板を張り巡らせた壁に矢倉が立った砦みたいな物が見える。

 遠目だが周囲に堀も見えるし白い煙が幾つも立ち上っているな。お昼時だし、煮炊きをしているのだろう。

 周辺は拓けており、畑には青々とした苗みたいな物が風になびいている。

 周辺にも集落みたいな建物群もあるが、街と言うだけあり1000人くらいが住んでいそうだな。

 

「デルフィナさん、街に着いたらまず何をする?」

 

「不要な武具・防具を売って必要な物を買いましょう」

 

「野宿ばっかりじゃ疲労が取れないでしょ?一泊して美味しい物でも食べなよ」

 

 アレ?聞き方が不味かったかな?素で買い物とか食事とか楽しそうに言われた。だから空気を読んで再度聞いてみよう。

 

「うん、久し振りにベッドで寝たいし美味しい物も食べたいね。替えの服とかも見たいな……

デルフィナさんは、あの街はよく行くんですよね?」

 

「よくは行きません。私の家からは、もう一つ近い街が有りますから。年に三回ぐらいでしょうか?」

 

 人差し指を頬に当てて考え込む仕草がグッドです!

 

「じゃあ最初に街に入るときは何をする?何をされるかな?」

 

 この質問で気付いてくれたのか、立ち止まって僕を見た。そう、僕らは異端だ……

 僕は身元不明の不審者、アリスは封印されていたレイス、デルフィナさんは普通だがラミア族なのに人間と行動を共にしている。

 しかも僕は盗賊から奪った皮鎧を着た薄汚れた剣士だが、アリスは幼稚園の制服みたいな上等な衣装でレイス特有の特技で常に新品だ。

 デルフィナさんも上半身は所謂ライトアーマーを着込み長柄の斧を持っている。さぞかし怪しい組合わせだろう。

 

「確かに……まず街の出入口は一ヶ所しかありません。最初に……」

 

 

 

 

 デルフィナさんの話を纏めるとこうだ。

 

 最初に街に来た理由を聞かれて割り符を渡される。その際に宿泊する場合は割り符の種類が変わるが、一泊までしかできない。

 連泊する場合も一回外に出て再入場の手続きが必要。基本的に夜に門を閉めるので宿泊しない連中は全員外へ出される。

 街の中に入る場合、武器は全て守衛に預けなければならない。

 簡単な割り符だと偽造できるので、高価な武器の場合は1G払って金属製な割り符にしてもらう。

 

 これなら一泊程度では偽造は無理だ。

 

 割り符の片割れが盗まれても自己責任で、嫌なら街の外で仲間に預けて手ぶらで入れか。

 武具・防具の買取販売は守衛所の手前にある。売るからと街に持ち込みも不可だ。

 

 良くできているシステムだな。

 

 丸腰なら犯罪を起こしにくいし、宿泊しなければ夜には外に出されてしまう。

 身元の確認が難しい世界ならではのシステムか……僕らはマジックアイテムがあるから、ある程度は持ち込み可能だ。

 だけどデルフィナさんの斧や売る予定の武具・防具は皮袋に入らないから無理だ。

 

 街の外の集落は、そういう連中のための施設か……

 

 現代と違い身元の証明なんか無理だからこそ、不審者を弾くのではなく丸腰にしたうえで入退場を管理しているんだな。

 本当に良くできたシステムじゃないか。

 

「じゃ全員で入っても大丈夫だね。念のためにお金は普通の皮袋にも移しておこう。売る物は、ここから手に持って行かないと不自然だよね」

 

「わかりましたわ」

 

「久し振りの街は楽しみだなー」

 

 ようやくこの世界で初めての街に入れるな!

 



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第19話

 ベルレの街……

 

 アリスの封印されていた場所は石造りの城塞都市みたいだったが、この街は外壁は丸太や平板を多用しているので日本の戦国時代の砦みたいだ。

 聞けば石を用いた城塞は、もっと規模も大きく主要な都市だけだそうだ。しかも何十年単位での建設期間が必要だから、歴史ある街がほとんどだ。

 確かに石を切り出して積み上げるよりも木の方が安価で早い。

 

 だが、それでも街の規模はデカい。

 

 周辺の街や村を統括している偉い人が居るらしい。故に騎士団も常駐しており、有事の際に派遣する。

 まだ1㎞以上あるが既に周りは畑だ。農道みたいな一本道が真っ直ぐ街まで繋がっている。

 土が露出しているが、長い年月を踏み固められたのが分かる。

 まだ街の住人とは接触してないが、遠目に農業に従事している人影が見える。

 

 長閑だなぁ……

 

「主様、武具・防具ですが売るのは鎧だけにしませんか?」

 

「何故だい?」

 

 立ち止まりデルフィナさんを見る。未だ短い付き合いだが、彼女は思慮深いので考え無しなことは言わないのを分かっている。

 だけど持っている皮鎧と脇差類を売ると決めたはずだ。何故、意見を変えるのだろうか?

 

「先程はマジックアイテムの存在を知りませんでした。武器は消耗品です。

お金に余裕はありますし、皮袋の中に収納できるなら売ることはありません。

それと主様の皮鎧は正直盗賊が使っていた物ですから質が良くないです。

ですから手持ちの鎧を全て売り、主様用の新しい防具を揃えましょう。新品でも300Gくらいで買えますから」

 

 立ち止まって考える……

 

 確かに僕の装備品は全て盗賊から奪った物だ。

 彼女たちが手入れをして仕立て直してくれたから着れるが、正直汚いしサイズも微妙に合わない。

 皮って水洗いすると縮むしゴワゴワになるし、この皮鎧は部分的に膠(にかわ)か何かで固めている。

 

 だから見た目が汚いんだよね……

 

 移動に邪魔な皮鎧を売るのは分かるし、僕の装備品を揃えてくれるのも嬉しい。

 

 だが、あの脇差は手放したいのだけど……

 

「そうだね!お兄ちゃんの防御力を高めるのは賛成。それに正直その皮鎧は汚いし臭いよ……」

 

 いつも笑顔なアリスが、少し曇った表情をした。

 

「ありがとう、そうしようか!」

 

 あっさりと前言を翻す。

 

 だってアリスに「お兄ちゃん、くさーい!」とか言われたら、自分でも理解してるから恥ずかしくて悶絶してしまう。

 デルフィナさんにも「主様、私は気にしませんから大丈夫ですわ」とか言われたら、更に恥ずかしくて悶死してしまう。

 とにかく、彼女たちに嫌われる要因は減らすべきだ!

 

「では街に着いたら直ぐに見立てましょう。交渉は私がしますわ」

 

 大阪人の血が流れてない僕では値切り交渉は無理なので、素直にデルフィナさんにお願いし500G入っている皮袋を渡し売る予定だった脇差とロングソードや弓を他人に見られないように皮袋にしまう。

 僕の武器はショートスピアとナイフで、これを守衛所に預ければ良いだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 歩くこと10分、漸くベルレの街に到着した。

 

 街の出入口は閑散としているが、武装した守衛が見た目だけで四人。

 金属製の鎧(ライトアーマー?)を着込み剣を腰に下げて、更に槍を持っている。

 櫓の上に弓を携えた武装兵が二人居る。見えない部屋の奥にも兵士が詰めているんだろうな。

 デルフィナさんが慣れた様子で守衛に話し掛ける。

 

「防具の売り買いと街で日用品の買い出し。今夜は街の中で泊まりますわ。三人共です」

 

 ラミア族が珍しいのか、最強竜種が怖いのか?

 

 守衛は少し引き気味に木製の割り符を三枚渡したが、デルフィナさんが僕の分を含めて2G渡して金属製の割り符を貰い武器を預けた。

 アリスは非武装だから木製の割り符だ。

 

「主様、防具の買取場所はこちらですわ」

 

 優しい笑顔で教えてくれる彼女は、やはり品があるな……

 

「「あっ、主様?お前が?」」

 

 アレ?主様って変な言い回しなのかな?凄い驚いて僕を指差してるんだけど……

 少しイラッときたが、わざわざ波風立てるのは嫌なので彼らをチラっと見るだけにする。

 

 だがステータスは確認させてもらおう。

 

 

 

レベル : 10

 

 

HP : 26/26

MP : 14/14

 

筋力 : 13

体力 : 10

知力 : 17

素早さ : 22

運 : 5

職業 : ベルレの街の守衛K

称号 : 野菜嫌いな偏食家

 

 

 

レベル : 12

 

 

HP : 39/39

MP : 4/4

 

筋力 : 25

体力 : 18

知力 : 9

素早さ : 8

運 : 9

職業 : ベルレの街の守衛M

称号 : 世話好きな脳筋

 

 

 

 久し振りに脳内に情報が流れる。

 

 うーん、この数値が高いのか低いのか判断がつかないし、MとかKとか少なくとも守衛は10人以上は居るんだな。

 わざわざ街の守衛と敵対する必要もないので、直ぐに視線をそらして買取カウンターに向かう。

 

「はい、いらっしゃい。武具の買取希望かな?」

 

 まだ10代後半かギリギリ20代前半な青年が愛想良く対応してくれる。

 

「コレとコレ、それに主様の着ている皮鎧の買取のお願いと新しい鎧を見せてくださいな」

 

 買取希望品は皮鎧が三着だけだ。急いで自分の着ている皮鎧を脱いでカウンターに乗せる。

 

「はい、査定いたします……」

 

 そう言って皮鎧を点検する店員さん。最初に外観を次に内側や傷の有無をチェック……

 五分ほどで全てをチェックし終わり

 

「はい、右から順番に80G60G120Gとなります。合計で260Gですね」

 

 因みに一番高いのは僕が着ていた皮鎧だ。

 これはデルフィナさんとアリスが手入れや仕立て直しをしてくれた皮鎧だから、少し嬉しい。

 値段交渉を始めたデルフィナさんをボンヤリと見つめる。

 

 ああ、やはり美人だなぁ……おっ、尻尾が嬉しそうに振られたぞ。交渉は成功かな?

 

「主様、皮鎧は全部で273Gで買い取ってくれるそうですわ。

代わりに新しい武具を買うことが条件ですけど……私の見立てでは、こちらの皮鎧が良いです。着てみてください」

 

 そう言うと部分的に金属を貼り付けた皮鎧を甲斐甲斐しく着せてくれる。

 

「主様か……ラミア族が人間を選ぶとは摩訶不思議だねぇ……」

 

 店員の呟きを無視する。

 着せてもらった皮鎧は腹回りが内側に小さな金属を短冊状に貼り付けて補強されている所謂ブリガンダインだ。

 外部は部分的に肩や心臓部分の皮をワックスで煮込んで硬化処理してある。

 外側に金属で補強するとスケイルメイルと呼ばれるが、何故補強を内外で変えるのかは知らない。

 一説にはブリガンダインの方が、装着時の動きやすさと破損時の修復が楽らしい。

 見えない内側なら多少見栄えが悪くても補修しやすいからか?何より新品で臭くないのが良いな。

 

「うん、軽くて動きやすいね。コレが良いや……」

 

「分かりました、ではコレに決めますわ」

 

 その後、デルフィナさんが再度店員さんと交渉を始めた。因みに店員のお勧めはラメラーアーマーだった。

 これはスケイルアーマーと区別が付き難いが、レーム (Lame = 薄片 薄板)と呼ばれる小さな板に穴をあけた物を紐などでつなぎ合わせた鎧だ。

 だが、デルフィナさんの選んでくれたブリガンダインの方が、見た目も良いし着心地や動きやすさも良い。

 300Gから280Gに値切り、最後は買取の皮鎧と物々交換に持ち込んだ。

 

 つまり273Gまで負けさせたわけだね。

 

 その代わりに皮のブーツと皮の小手を180Gで一緒に買うことになった。因みに今履いていたブーツの下取り込みの値段だ。

 

「ありがとうございました……」

 

 若干魂が抜けていそうな店員さんの声に見送られてようやく街の中に入る。

 ベルレの街、それは久し振りに見る混雑という名の人の群れだった!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 メインゲートを潜り抜け最初に見たのは幅が6mぐらいの大通りだ。

 左右には最初の廃墟で見たようなカウンター式の店舗が並んでいる。

 

「主様、通行の邪魔ですからこちらへ」

 

「お兄ちゃん、田舎者丸出しだから隅へ寄るよ」

 

 彼女たちに両手を引かれて大通りの隅へ寄る。周りの連中がこちらを珍しそうに眺めているが……

 平凡な若者にラミア族の美女と人間(本当はレイス)の美幼女。アリスと僕は似ていないから親子も兄妹も無理だ。

 不思議な取り合わせだが、別行動は無理だから仕方ないと割り切る。

 

「デルフィナさん、最初はどこに行きますか?」

 

「盗賊のお宝を換金してから食事をしましょう。売れた金額により宿屋のランクを決めますわ」

 

 宿屋のランク?この世界の宿屋は初めてだけど、民宿→旅館→高級旅館とかランクに分かれてるのかな?

 

「ランクって、どんな違いがあるの?」

 

 疑問に思ったことは直ぐに聞く。

 

「そうですね。

一番安いのが大部屋です。夕方に入って朝には一斉に出されます。雨風が凌げるだけで野宿と変わりません。

一般的な宿屋は小部屋に分かれたタイプですが、鍵もありませんし食事やお風呂は別料金です。勿論寝具もありません。

貸し出しもありますが不衛生ですし高いです。自前の物を使った方がマシでしょう。

どちらに泊まるにしてもあらかじめ街で食事やお風呂に入ってから宿屋に泊まるのが一般的ですわ」

 

 なるほどね、基本的に屋根のある場所の提供で大部屋か小部屋かって差だけか……

 

「鍵付の個室とかだと高いのかな?」

 

「小部屋は内側から鍵が掛けられます。勿論、つっかい棒くらいですから蹴破れば入れますよ。高級な宿屋は見張り要員が居るらしいです」

 

 うーん、江戸時代の防犯と変わらないレベルだ……でも一般的な家庭でも鍵なんて無いんだから、宿屋の各部屋なんかには無いよな。

 基本的に自己管理・自己責任だから、他人に任せちゃ駄目なんだろう。

 それに布も貴重品だから不特定多数が使うのに大量に用意できない。

 仮に用意できたとしても、毎回洗えば生地は傷むから洗わずに使い回しになるが……

 それなら清潔な空き部屋を提供して、自前の寝袋とかを使ってもらった方が良いわな。

 

 ぐぅ……

 

「お兄ちゃん?アッチの露店で何か食べようよ。たくさん精力付けて頑張ろうね」

 

「ふふふふ、たくさん食べて精力を蓄えてくださいね」

 

 彼女たちの艶っぽい表情と言葉に周りのヒソヒソ話が……あの中年女性の冷ややかな目とか、あの若者の嫉妬に熱い目とか。

 寒暖の差が激し過ぎるんですよ!

 

「露店行こう、露店に!何か食べようね」

 

 急いでその場を離れた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 露店街は賑やかだ。

 

 店を構えた対面カウンターの接客と違い商品が直に並べてあるので、珍しい品々を見ることができる。

 本当に何でもあるな……衣類・家具・装飾品・工具農具・食器・魚や捌いた肉、生きている家畜みたいな動物も売られている。

 食べ物は基本的にテイクアウトだから串焼きは葉っぱに乗っている。

 単純な焼き魚や固いパン、チーズっぽい物や香辛料に岩塩か……味噌や醤油は流石に無いが、胡椒や酢みたいな物は売っている。

 特に気になったのは、何の肉だか分からないが鶏肉系の淡白な物のタレ焼きだ。見た目がほとんど焼き鳥なんだよね。

 

「デルフィナさん、あの串焼き肉が食べたいな」

 

「あら、おいしそうですわね。お兄さん、串焼き下さいな。1Gで何本かしら?」

 

「1Gなら10本だよ、それで良いかい?」

 

 ん?買いたい本数を言わずに1Gで何本買えるかって聞いたな。何だろう、あの串焼きの値段設定って何なんだ?

 兄ちゃんは素焼きの壺に入れてある炭火で軽く温めてから、大きな葉っぱに乗せて渡してくれた。

 イメージはパプアニューギニアとかの現地の方の食事みたいだ……

 

「はい、主様どうぞ」

 

「うん、ありがとう……ん、美味いな。このタレだけど、何だろう柑橘系の酸味が……」

 

 ゴルフボール大の肉片が三個刺さっている串焼きは、結構食べ出があるな。

 配分は僕が五本、デルフィナさんが四本でアリスが一本だ。

 モグモグと肉を食べながらブラブラと商品を眺め、そしてさっきの疑問を聞いてみる。

 

「デルフィナさん、さっきの串焼き買うときに何本欲しいじゃなくて幾ら買えるって聞いたのは何故?」

 

「ああ、アレですか?

基本的に個人で使用できる通貨は一種類なんです。1Gは銀ですが1000Gで金の板になります。

金属の価値が、そのまま通貨の価値なのです。だから最低単位の1Gで何本買えるか聞いたんですよ。

お金以外に物々交換もできますが……」

 

 確かに統一通貨とか無さそうだし鋳造技術も未熟そうだ。貨幣の種類を増やしても管理し切れないか。

 だから金や銀の本来の価値で、お金として利用する。現代の金本位制みたいな物かな?

 しかし串焼き10本で1Gってことは、イメージは1G=1000円くらいだろうか?

 

 何となく、この世界の物価が分かった気がするね。

 



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第20話

 ベルレの街の大通りまで戻り、宝石類の買取のできる店に来た。

 流石に単価の高い品物を取り扱うだけあり、入口には二人の武装した警備員が立っていた。

 店の中も当然商品は陳列されてなく、カウンター越しに店員と交渉するシステムだ。

 カウンターの中には愛想笑いをした筋肉質のオッサンが座り、見習いみたいな少年が後ろに立っている。

 ウチの交渉担当がオッサンに話し掛ける。

 

「宝石と護符を買い取ってください」

 

 営業スマイルを浮かべて交渉に入るデルフィナさん。

 

「これはこれは、ラミア族の方が人間といらっしゃるとは珍しい。では買取希望商品をこちらに……」

 

 そう言って木製のトレイを差し出す。そこに丁寧に宝石類を並べていく。

 宝石は一つ一つ布に包んで傷付けないようにしている。

 

 オッサンはその場で宝石を調べていく……ルーペみたいな物で表面の傷を調べて天秤計りで重さを量る。

 

「ふむ、質の良い宝石類ですな。

こちらから1200G、850G、210G、これが一番高くて3500Gで如何でしょうか?護符は一つ30Gですね」

 

「凄いな、宝石類だけで5760Gか……」

 

 思わず呟いてしまった。1Gが1000円なら、感覚的には600万円近い。

 

「ほぅ、貴方は商人ですか?瞬時に暗算できるとは」

 

 チラリと僕を見るオッサンの細めた目は、何やら値踏みする感じで嫌だな。

 

「実家が商売を営んでまして、子供の頃から叩き込まれまして……まぁ店は当然兄が継ぎましたので、今は気儘に暮らしてます」

 

 勿論嘘だが、識字率も低そうな世界だからな。アンバランスな教養は、それだけで疑われてしまう。

 聞けば家長制度もあるらしく、兄弟が多くても長男が家を継ぐのが普通だ。だから下は長男を手伝うか独立するしかない。

 

「そうですか……では護符を含めて5820Gですが、サービスで6000Gで買い取りさせて頂きます」

 

 デルフィナさんを見れば、黙って頷いたのでOKなんだな。

 

「支払いは金で?それとも通貨で良いですか?」

 

 6000Gで約18㎏か……持てない重さじゃないが、嵩張るし目立つな。

 

「では通貨で1000Gと残りは金でお願いします」

 

 暫く待つとパンパンに膨らんだ皮袋と金の板が五枚、トレイに乗ってきた。

 袋に触ると1001Gのメッセージが……デルフィナさんが躊躇なく数え始めた。

 鎧の買い取りは実質的に物々交換だったから、ブーツなどの支払いだけで良かった。

 だから支払いも一枚ずつ数えて払っても時間が掛からなかったが、千枚は流石に……

 

「あら、1G多いわ。はい、返しますね」

 

 そう言って通貨を一枚返して皮袋に詰め直す。金の板を僕に差し出してきたので、商人に背を向きマジックアイテムの皮袋にしまう。

 

「それでは……」

 

 そう言って店を出るときにオッサンを見たら、後ろに立っていた少年を軽く叩いて叱っていた。

 スパルタ教育は思う所があるが、この世界では普通らしい。無言で扉の前に立っていた警備員が体をずらし扉も開けてくれる。

 上客だから最初とは対応が違うのは当たり前だな。

 それから少し早いが公衆浴場に行き体を洗ってから夕食を食べて、中クラスの宿屋に泊まることにする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 公衆浴場って大浴場だけじゃなくて個室もあるんだ……

 

 案内された公衆浴場はベルレの街に三ヶ所ある中でも一番高級な所だ。

 

「デカい……だが古代ローマでは既に風呂文化は円熟していた。だから、この世界の時代設定でも有りは有りだよな。

確か紀元前80年頃には既に浴場をテーマにした世界最古の建築理論書があった。ウィトルウィウスの建築十書とか……」

 

 テルマエなロマエはお風呂漫画でも有名な古代ローマ風呂。別名はバルネアとも言われるアレだ。

 それと酷似した状況が目の前にある、ええ、あります。

 

「混浴バンザイ!」

 

 脱衣場は一ヶ所で、男女が出入りをしている。つまり混浴だ!

 

「駄目です、こちらにいらっしゃい」

 

「お兄ちゃん、アリスやデルフィナの裸を他人に見せても良いの?」

 

 器用に両耳を摘まれ引っ張られた。正直、混浴のインパクトで彼女たちのことを忘れていた。

 

「ここは個室浴場もあります。一回50Gと値が張りますが広くて清潔。

何より荷物を見張れながら入れますから盗難を防げます」

 

 一回50G?日本なら個室付き特殊浴場の高級店並みの価格設定だぞ!僕だって、そんな高級店はボーナスを貰ったときにしか逝けなかった……

 

「ごめんなさい、アリスたちのことを忘れてた。申し訳ないです」

 

 素直に頭を下げる。僕は自分の彼女の裸体を他の男たちに見られることを考えてなかった。

 

「大丈夫ですわ。いつも私と混浴ではないですか?ここも個室浴場がありますし、アリスと三人で入りましょうね」

 

「うん、お兄ちゃんの背中を流してあげる。だから他の女と混浴しちゃ駄目だよ」

 

 周りの男共の反応が過敏過ぎるぞ。親の敵みたいな目で見られると、普通に申し訳なくなるのが不思議だ。

 僕は悪いことはしてないのに……だが、予想以上に悪目立ち過ぎている。アリスの件も有るし自重しなければ駄目だ!

 

「じゃ個室の方に行こうか……」

 

 そそくさと人目から隠れるように移動した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「結構広いんだね。浴槽が二つあるのは……一つは水風呂か。こっちは適温だな、40℃ぐらいかな?」

 

 個室浴場と言ってもデカい。浴槽は8畳ほどの広さがあり、同じ広さの洗い場兼脱衣場がある。

 備品は香油に清潔な麻布がたくさん、それに垢擦り金具?因みに石鹸の類は無い。

 

「ゆっくりしましょう。呼べば食べ物や飲み物も運んでくれますわ」

 

「蜂蜜水とか果物が頼めるらしいわ。ほら、壁にメニューが書いてあるし」

 

 アリスの言葉にメニューを見ようと振り向けば……

 

「おわっ?」

 

 大胆に服を脱ぐ二人を見てしまった。特にインナーをたくし上げて“ぶるん″と現れた双房に釘付けだ!

 

「お兄ちゃん?ナニを見ているのかな?」

 

 それはデルフィナさんの、たわわに実った果実です。全ての精神力を振り絞り、何とかデルフィナさんから視線を外す。

 ズバッて擬音が付くくらいに潔く彼女は服を消した。レイスならではの技で、スッポンポンになり僕に飛び付いてきた。

 

 プニプニで温かい彼女を受け止めた反動で浴槽に飛び込んだ……

 

「うふふふふ、水妖の私に水の中で勝てると思ってるのですか?」

 

 スルスルと体をくねらせて浴槽の中に潜っていく。浴槽で戯れつく(溺れている)二人の真ん中に現れて主様を二巻きしてホールド。

 その豊満な胸の谷間に背中が付くように後ろから抱き留める。

 

「いつもは恥ずかしがって洗わせてくれませんが、今日は体の隅々まで綺麗に洗って差し上げますわ。覚悟してくださいね」

 

 駄目、それは絶対に駄目!そんなことをされたら新しい趣味に目覚めてしまう。

 

「まずはよく暖まって垢擦りをしましょう。その後で、タップリと香油を塗ってマッサージしますわ。アリス、手伝ってくださいな」

 

「うん、アリス知ってるよ。自分の体を香油塗れにして、お兄ちゃんに抱き付いてスリスリするんだよね?」

 

 それ、違うプレイだから!

 

 幾ら高級個室浴場だからって……

 

「まぁ!それが人間族の入浴マナーなんですか?確かに私の上半身を使えば、お互い綺麗になりますわね。

でも、それは垢を落として綺麗になってからのお楽しみかしら?」

 

 何でスト?ダブルで泡々な踊りをシテクレルですと?

 

「お兄ちゃん、言葉遣いが変だよ。ナニを興奮してるの?」

 

「三人でお風呂にはいるのは初めてですわね。アリスも帰ったら岩風呂に入りましょう」

 

 極楽浄土とは、天国とはここなんですね?神様ありがとう、僕をこの世界に飛ばしてくれて!

 僕は今、世界でも上位にランキングされたリア充……

 

「でっ、デルフィナさん?苦しい、苦しいです。アリス、首筋を舐めちゃ駄目だって。あっ、コラそこは……」

 

 僕は、この世界で初めて湯中(ゆあた)りした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あら、のぼせて気を失ってしまったわ。でも鼻血を垂らして嬉しそう」

 

「少しサービスし過ぎたかな?でも、お兄ちゃんが嬉しそうだったから止められなくなっちゃって」

 

 浴槽から主様を出して脱衣所の寝台に寝かせる。

 

「さて、主様を隅々まで綺麗に洗いましょう。いつも恥ずかしがって見せてくれない場所も綺麗にしましょうね」

 

「アリスはお兄ちゃんのイケナイ場所を見たよ。正確には見せ付けられたの。お父様のより大きくてビックリしちゃった」

 

 幼いアリスに股間の暴れん棒を見せ付けたの?主様って、そういうイケナイ趣味が?

 ゆっくりと寝台に寝かせてオデコに掛かった髪の毛を払う。

 

 幸せそうな顔を見ると、そんな変態さんには見えないけど……幸せそうな顔を見てから視線を下にずらす。

 線は細いが引き締まった体をしている。

 

 そして視線を更に下に……

 

「良かったわ、私たちラミア族の男性と変わらないわね……」

 

 安心したわ、これなら最後まで進んでも平気だわ。

 

「さてアリス、主様の体を隅々まで洗いましょうね」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 主様の体に香油を掛けて丁寧に伸ばし刷り込んでいく……最初は胸板から、そして両手を終えてから腰へ。

 

「ねぇデルフィナ……」

 

「なっ何ですか、アリス?」

 

 思わず声が上ずってしまう。主様の大切な場所を凝視していたから……

 

「私のことをお兄ちゃんは曖昧に説明したじゃない?実は私は高位神官の娘でね、病死した私をお父様が秘術を使い蘇らせたの……」

 

 レイスは特殊性により後天的に生まれる種族。

 魔力を高い者が死後に自然とレイス化したり秘術を使い生きたまま姿を変える者も居る。アリスは死後に秘術を使い生まれ変わったのね。

 

「そうなの、珍しいレイス化ね」

 

「元人間のレイス、お父様は私の存在を隠してくれたけど……私は妖魔だから体を維持するためには、他の生物の精気が必要。

最初は家畜で我慢してたけど……」

 

「最終的には人間を?」

 

 黙って頷くアリスを見て思う。確かに私たち妖魔にとって生き物の精気は必要。魔力が強い者ほど、その味は美味しくなってくる。

 知性ある生き物の中でも人間は最下層でしかない。我々妖魔を魅了する精気をあれだけ内包する主様は奇跡に等しい。

 同族を吸い尽くしても、アレだけの快感は得られないのだから……

 

「そう、そして人間達に追われて封印されたわ。80年も前の話よ」

 

 80年も前に封印されたレイス?

 

「アリス、貴女もしかして……」

 

「そう、私は封印されし妖魔アリス。たくさんの人間の精気を吸って殺した悪名高きレイスのアリスよ。

もし私の封印が解かれたことを人間たちが知れば、私たちは追われる身になる。だから私のことがバレたら……」

 

 古代都市一つを丸々封印した妖魔の話は有名だわ。人間以外の種族にまで、その噂話は広まっている。

 

「もしもバレたら?」

 

 真剣な表情を私を見るアリスを見つめ返す。

 

「私を置いて、お兄ちゃんと逃げてほしい。かつて私が負けた人間たちは、数の暴力で来るから。

お兄ちゃんは大丈夫だって、守ってくれるって言ったけど……もしもの時の心構えは必要だよね?」

 

「イヤよ、主様がアリスを守ると決めたなら私は従うわ。それに私たちは既に仲間でしょ?」

 

 見つめ合うこと数秒……でも私とアリスは分かり合えたと思うわ。

 それに私はラミア族だから、主様以外の人間なんて餌以下の存在でしかない。

 だから主様やアリスに危害を加えるなら、何人でも排除すれば良いわ。

 

 私には主様だけが居てくれれば良いのだから……

 

「でっ、デルフィナ!それ握っちゃ駄目、強く握っちゃ駄目な棒だよ。お兄ちゃん痙攣してるよ?」

 

 棒?握る?あら?つい主様の大切な棒をニギニギしてしまいましたわ。

 

「さぁアリス、主様の体の隅々まて綺麗にしますよ。先ずはいつも隠しているココからです」

 

「うん、デルフィナ!ありがとう、これからもよろしくね」

 



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第21話

 気が付くと体がスベスベのツヤツヤになっていた。そう、全身がだ。

 自分の体を隅々まで見回すが……股間もお尻もスベスベのツヤツヤで顎髭も綺麗に剃られている。

 

「僕に何があったの?」

 

 デルフィナさんの尻尾にぶら下がるアリス。楽しそうに笑っているが、僕が湯当りしているうちに何があったの?

 何で君たち仲良くなり過ぎてるの?

 

「お兄ちゃん、蜂蜜水とドライフルーツ食べない?」

 

「せっかくですから夕食もここで済ませましょう。日替わりの食事がありますからね。私は蜂蜜水でなくビールを瓶(かめ)で頂きますわ」

 

 質問を笑顔でスルーされたが、怖くて更に聞くことができない。

 それに瓶(かめ)でビールって飲み過ぎですよ。確かに古代ローマの風呂は現代感覚の体を清める以外に、色々な意味があった。

 食事や休憩、社交場でありスポーツ場でもあったんだ。

 市民の憩いのほとんど全てが、そこに集約されていた。この世界の公衆浴場も同じ役割なのかな?

 

「宿屋は寝るだけらしいし夕食もここで済ませようか……注文は任せるけど、僕は新鮮なフルーツが食べたいな」

 

 寝台から起き上がり浴槽の縁に座る。香油塗れの体を洗いたいが、湯船に油だらけで入って良いのかが悩み所だ。

 取り敢えずザバザバと足だけ洗ってみる。お湯に薄く油膜が張ったから駄目だな。

 

 最後に掛け湯で洗い流すか……

 

 この世界に来てから甘味は殆ど食べていない。偶然見付けたブルーベリーみたいな果実を数個食べただけだから楽しみだ。

 彼女たちは自分の体に麻布を巻いて、扉を開けて従業員を呼んでいる。慌てて僕も腰に麻布を巻く。

 

 デルフィナさんが「アリス?主様ですが、ちゃんと股間を隠しますよ」とか言ってる。

 アリスが「アレおかしいな?確か初めて会ったときは露出して見せ付けてたんだよ」とか応えてるが、アレは誰も居ないと思ったのとトイレが近かったんだ。

 

 不幸が重なった不可抗力な事故だったんだ!

 

「僕に露出趣味も、そういったアブノーマルな性癖もありません。至って健全で普通だから!」

 

 生温かいアリスの視線が痛かった。やはり最初の出会いで股間を見せ付けたことが、トラウマになっているのか?

 徐々に見せて慣らさないと……いや、それじゃただの変態露出狂じゃないか?

 一人悩んでいると食事の用意が整っていた。串焼き肉に生野菜サラダ、魚のスープに固いパン。

 簡素だがデルフィナさんの家庭料理とは違う、お店の食事感の漂う感じがする。

 

 頼んだフルーツはオレンジみたいな果汁だ。ドライフルーツは杏(あんず)だろうか?

 

 新鮮な野菜や果物を食べられるのが、流通の拠点たる街の利点だろうな。

 三人でテーブルを囲み、如何にしたら僕が彼女たちに香油を塗ることができるかを考える。

 夏の浜辺でサンオイルを塗りたくる恋人同士のアレをやるために……

 

「主様、食事が終わりましたら私たちにも香油を塗ってくださいな」

 

「そうだね、お兄ちゃん塗ってよ」

 

 少し頬を赤くして、微妙に視線を彷徨わせて提案してくれた彼女たちは恥じらいもあって大変よろしい!勿論、僕が隅々まで塗りたくりますよ。

 

「勿論だ、任せてくれ!」

 

 良い笑顔でサムズアップする。デルフィナさんのイケナイ双房やアリスのプニプニなお尻に香油を塗りたくりまくるぜ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結果的に言えば、僕の学習能力は低いのだろう。

 

 調子に乗って彼女たちをいたずらに興奮させてしまい、返り討ちに……精気を吸われ寝台に横になり休憩中です。

 

 だが、一片の悔いも無い!

 

 デルフィナさんの胸は盗賊の潜む洞窟を襲撃する前に少しだけ触らせてくれただけだった。

 だが今回は……薄目を開けてアリスとデルフィナさんを見るが、惜し気もなく裸体を晒して仲良くふざけている。

 何かしらの垣根が無くなった感じがするんだけど……換気用に開いている格子窓を見れば既に辺りは暗い。

 

 時刻は夜7時を過ぎてるくらいかな?

 

 お腹も気持ちも膨れているし、もう少し休んだら宿屋に行くか。公衆浴場は夜8時には閉店しお客は全員出されるそうだ。

 因みに開店は15時からだ。お湯を沸かしたりするには燃料も必要だから営業時間が短いのは仕方ないのかな?

 

 これだけの設備だし維持メンテも大変なんだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 宿屋は可もなく不可もなく本当に小部屋だった。

 

 窓は無く板で仕切りを作っている簡素な部屋だ。一人5Gで三人で15G、ランプと油も貰えたが2時間も点ければ無くなるだろう。

 あと瓶に入った水とお椀が人数分。鍵は扉の内側から閉めるスライド式で、一般的には閂?

 

 ランプの灯りを頼りに戸締まりをして寝袋を用意。

 

 念のためにデルフィナさんにはロングソードを渡した。何かあれば盗賊から奪ったと言えば良い。

 盗賊は問答無用で死罪だし、証言も信用無いだろう。

 僕等は守衛に武器を預けているから、最悪は盗賊の持ち物としてロングソードを没収されるだけだ。

 こんなことなら手頃な棍棒くらいは袋に入れておけば良かったよ。

 三人で川の字に横になるのだが、部屋が狭くてデルフィナさんの尻尾が扉を塞ぐように横たわった。

 これなら扉が開けば直ぐに気付くので安心だ。

 

「じゃランプの灯りを消すよ。おやすみ……」

 

「お兄ちゃん、おやすみ」

 

「主様、お休みなさいませ」

 

 左右の温もりを感じると安心するな。文明社会からは程遠い暮らしだが、自分の順応性に驚いたよ。

 直ぐに寝息が聞こえてくるが、日が暮れれば寝て朝日が昇れば起きる。こんな生活も良いよね?

 

 この世界に来てから初めての街、ベルレの夜が更けていく……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 本当に日が昇ったら起きられた。

 

 窓は無いのに起きられた、朝日なんて射し込まないのに体内時計がこの世界基準になったのかな?

 

「おはようございます。今日は日用品を買ってから帰りましょう」

 

「おはよう、お兄ちゃん。荷物が嵩張っても平気だし、お兄ちゃんの服を多めに買おうね」

 

 ようやく僕も下着が着れるのだ!今はズボンを直履きなんだよね。盗賊たちから服も奪ったが、流石に下着は嫌だったんだ。

 収まりの悪かった股間がようやく安定すると思うと嬉しくなってきた!

 

 宿屋を出ると6時くらいだと思うが、既に街の人達は活動していた。

 屋台で固いパンと魚のスープの朝食を取り、安い露店商を見て周り必要な物を買っていく。

 下着や替えの服、香辛料や塩などの生活必需品を買い揃えると既に日が頭の真上に来ていた。

 基本的に値段は交渉次第なので結構な時間が掛かるのだ。

 お昼は軽めに串焼き肉になり、昨日と同じお店で買ったので一本オマケしてくれた。

 

 僕ら三人は記憶に残りやすいんだろうな……

 

 正午過ぎに日用品の買い物を終えて正門まで到着。行きに見忘れた領主からの依頼をチェックする。壁に板に書かれた依頼が幾つかある。

 

「驚いた、会話が成立してるからな。もしかしてと思ったけど文字が読めるや」

 

 日本語でも英語でもない、多分地球上の文字じゃないのに読める。

 

「あの剣についての依頼は無いですわね……モンスター討伐軍への短期参加依頼に、此方は領主軍への入隊希望者の受付ですわ」

 

 詳細は受付で尋ねるようにか……確かに板にインクみたいな物で書かれているが、皆に見えやすいように文字が大きい。

 細かい物までは書けないか……

 

「兄ちゃん、何て書いてあるんだい?」

 

「ん?ああ、二件書いてますよ。モンスター討伐軍への短期参加依頼と領主軍への入隊希望者を募集してます。詳細は受付で聞いた方が早いですよ」

 

 ハーフプレートを着込んで無精髭を生やしたオッサンが話し掛けてきた。

 オッサンの後ろには10代後半の少年が二人、共に皮鎧を着ている。

 

「文字が読めるんて商売人かい?貴族にゃ見えないが、品は良さそうだし」

 

 世間話を装っていて、柔和な笑顔を張り付けているが、逆に粗暴な感じのオッサンが笑顔なのが気になる。

 オッサンは偽装しているが、子供たちが思いっきり警戒してるのが不自然だ。

 僕たちの表情を見逃さないように注目してるのがね。普通に話し掛けるだけなら、しかも警備の守衛が近くにいるのにだよ。

 

 文字が読める?ああ、この世界は識字率が低いんだっけ。

 

「実家が商いをしてましてね、兄貴が家を継ぐときに飛び出したんですよ。今は気楽な暮らしをしてます。じゃ、これで!」

 

 どんどん自分の嘘設定が固まっていく。中途半端な知識が、あやふやな立場なんだろうな。

 字が読めたり暗算ができるのは、その立場や商売に必要なスキルなんだ。つまり僕は怪しい人物ってことか?

 

 さり気なくアリスの背中を押すときに様子を窺ったが目が合った。

 

 僕達は6000G近い金を持ってるから用心するに越したことはないな……最後に武器屋を冷やかす。

 

 剣・槍・斧・棍……オラ、ワクワクしてきただ!

 

「あら、これは同じ剣かしら……」

 

 デルフィナさんが何かを見付けたみたいだ。

 小さな声だけど、随分驚いたようだけど……彼女が指差す物は、何と日本刀だった。

 

「デルフィナさん、それは……」

 

 同じ剣とか言ってしまったぞ。口止めしてないから仕方ないけど、変なオッサンに注目されてる時にだ!

 

「お目が高い!

それに目を付けなさるとは、流石はラミア族のお嬢様ですな。同じ剣とは、どこかで見られましたか?」

 

 揉み手をする店員に気付かれてしまった。だが無造作に棚に飾られたソレは、間違い無く日本刀だろう。

 実は僕が警戒し過ぎで普通に売っている物なのか?

 

「珍しくロングソードですね。盗賊が持っていたのは、ショートソードだと思ったけど……」

 

 デルフィナさんが何かを言う前に言葉を重ねる。

 

「ほぅ?短いですか?この刀は大小一組が本来の姿なんですよ。

その盗賊が持っていたのは、この刀の対かも知れませんね。良ければ、その盗賊について教えて頂けませんか?」

 

「そいつは俺も聞きてえな!元々その刀は、俺が買おうと思ってたんだ。対の刀が有るなら両方欲しいぜ」

 

 さり気なく脇に居るオッサン。

 

 偶然にしては出来過ぎている話の流れだ。偶々話し掛けられた相手の欲している日本刀が店に陳列されている。

 これは情報収集の手口に引っ掛かったのか?

 別に盗賊のアジトを襲ってお宝を根こそぎ奪ったことは悪ではない。

 僕の勘が、ただ脇差絡みのことに関わり合いになりたくないだけなんだ。

 

「実はですね……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 即興で考えた言い訳はこうだ。

 

 

 ベルレの街に向かう途中、街道脇の森から盗賊の一団が現れた。

 不意討ちもせず、ただ飛び出してきた連中に偶然に遭遇した感じがした。

 実際に盗賊達は何かに追われていたらしいが、ついでにとか目撃者は危険だとか言って襲ってきた。

 だが息も絶え絶えに走ってきた連中に負けるはずもなく、何人かを返り討ちにした。

 昨日ここで売った皮鎧は盗賊から剥ぎ取った物だ。その中の一人が変わったショートソードを持っていた。

 切るに特化した薄い刃を持つショートソードだが、デルフィナさんは長柄の斧を僕は折れてしまったがロングソードを使っていた。

 

 あんな細いショートソードじゃ打ち合ったら折れるか曲がるかするだろう。

 

 実際に盗賊も分かっていたんだろう、直ぐに逃げ出した。そう説明し話を締め括った……

 

 

「盗賊?襲われた場所は、どの辺だ?」

 

「ここから西の街道沿いで半日歩いた辺りでしたよ」

 

 実際に盗賊のアジトがあった辺りだが、信憑性を高めるために正直に話した。

 

「確か謎の煙が上がったとか聞いた辺りだな……兄ちゃん、ありがとよ。

何か噂を聞いたら教えてくれよな。武器屋の親父に言ってくれれば良いからよ、礼はするぜ」

 

 そう言って肩を力一杯叩いて離れていった。何だったんだ、あのオッサンは?

 

 その後、僕らは後を警戒しながらベルレの街を後にした……

 



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第22話

「領主様、裏を取りますか?」

 

「ああ、山から昇った煙も気になるな。探索隊を編成しろ。人数をケチるな、最低30人は用意しろ」

 

 足早に街を去る三人組を見送りながら矢継ぎ早に指示をだす。

 

 あの男……

 

 正体を偽っていた俺のことを最初から警戒していた。あの日本刀と言われる大小で対の刀は、我が家に代々伝わる宝刀。

 末の息子が悪戯で脇差だけ持ち出し、そして攫われて奪われた。身代金は奪われ息子は骸となり戻ってきた。

 

 勿論、盗賊は全て捕えて拷問し宝刀の行方を聞いた。

 

 だが既に脇差は売られ、買った商人も行方不明。手掛かりを求めるために残りの太刀を飾り情報を求めた。

 初めて餌に食い付いた連中は、どうにも胡散臭い。だが今の世に用心は必要だから、あの男の用心深さは分かる。

 知らねぇ男が馴れ馴れしく話し掛けてくれば警戒もしよう。

 

 ましてや女を二人も連れているし良からぬ思いで近付く奴も多いだろう。

 

 だが、それだけで納得するほど俺は甘くない。アイツは俺じゃなく連れの息子の表情を見て警戒しやがった。

 

「おい、あの三人組の街での行動を調べろ。

何を食ったか買ったか、どこに泊まったかは当たり前だが、何を話したか聞いたかもだ!」

 

 アイツは不自然過ぎる。

 

 そこそこ強いし読み書き暗算ができるらしいし、行儀も良いが気品は無い。

 普通なら裕福な商人の息子と思うし、本人も長男が店を継いだことを機に家を飛び出したと言った。

 家を継げない兄弟は手伝うか独立するかしかない。だが、ラミア族でも名高い戦士デルフィナが、主と認めた男だぞ。

 

 必ず何か秘密を持っているはずだ。

 

 それが俺にとって良い事か悪いことか分からないが、何かの手掛かりになるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ベルレの街を出て10分ほど歩き周りに通行人が居なくなってから話し掛ける。勿論立ち止まらずに歩きながらだ。

 

「後を警戒してくれ。だけど振り向いたりしちゃ駄目だよ。あのオッサンは怪し過ぎる。

後を付けられたら面倒なことになりそうだ。場合によっては遠回りしてでも振り切るしかない」

 

 デルフィナさんの洞窟を知られるのは不味い。

 最初に襲ってきた盗賊が知ってるくらいだから調べれば分かるだろうが、わざわざ案内する必要は無い。

 

「主様、あの男ですが……私、あまり人間の顔の判別はつかないのです。

興味が無かったので。ですが、多分あの男はベルレの街の領主だと思いますわ」

 

 はい?

 

 領主だって?あのオッサンが?何故に?思わず横を向き彼女を見る。何かを思い出すような思案顔をしている。

 

「僕らは悪いことはしてないよね?何故、わざわざ領主自らが僕に絡んでくるんだ?」

 

 やはりだ、やはり脇差はフラグだったんだ。良かった売らなくて……売ったら売ったで余計な詮索をされそうだし。

 

「領主自らが情報収集って、あのショートソードを探してるんでしょ?

でも騎士団の掲示板には書いてなかったよ。もしかして、曰く付きかな?」

 

 手を引いているアリスの言葉に、更に考える。太刀を餌に脇差を探している。

 それは大々的に探せない訳があるんだな。奪われたか失くしたことを知られちゃ不味い訳が……

 

「つまり公にできないんだな。盗賊が持ってたってことは奪われたんだ。

奪われたことを秘密にしたいのかもね。

アリス、デルフィナさん。本当なら直ぐにでも返さないと駄目かもしれないけど、しばらく秘密でお願いします」

 

「依頼が無ければ盗賊を退治して奪った物は自分の物にできます。

ですが今回は持っていることを秘密にしてしまいました。しばらく様子を見ましょう」

 

「そうだね、盗られた方にも少しは責任あるんだし。分かった、お兄ちゃん!アリス誰にも言わないよ」

 

 デルフィナさんの言う通り、盗賊から奪ったことは悪くない。

 だが、あの場で脇差があることを教えるというのは不味かった。

 僕らはマジックアイテムを使い不正に街に武器を持ち込んでいた。

 領主自らが探すくらいだ、隠してあるから取ってきますと言ってもついてくるだろう。

 監視の目を盗んで脇差を出すのは難しいし、バレたら領主を騙した罪を背負わされそうだ。

 

 返すにしてもタイミングが悪い。

 

 まさか帰りに同じ盗賊に襲われて返り討ちにして奪いました?無理だ、怪し過ぎる。

 無理矢理に理由を付けて脇差を返して領主に恩を売る?そして元の世界へ帰るヒントか手助けを得られる?

 

「やはりフラグかイベントアイテムだったか……」

 

 僕は元の世界には帰りたくないのに、この世界は帰還への道筋を僕に用意してるとでも言うのか?

 

「フラグ?旗ですか?」

 

「イベントアイテム?何それ何なの、お兄ちゃん?」

 

 僕の独り言に女性陣から突っ込みを頂きました。

 

「いや、何でもないよ。どうやら追跡はされてないみたいだね」

 

 ベルレの街からは直線の一本道だから、アリスに話し掛けながら横目で見ても確認できる。少なくても1㎞以上は誰も居ない。

 

「そうですわね。

もう少し進めば道が曲がりますからベルレの街からも私たちは見えませんわ。

脇に入り荷物を収納しましょう。重たい荷物を持つことは体力を消耗しますわ」

 

 今はデルフィナさんの洞窟へ、我が家に帰ることを優先しよう。少なくとも丸々三日は歩かないと駄目だからな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「領主様、捜索隊が戻りました」

 

「うむ、話を聞こう」

 

 二日後、捜索隊が帰ってきた。街での彼らの行動は既に報告済みだ。

 日用品の買い出しと宝石と護符の売買。買い取られた宝石のうち、上質なルビーは街道沿いで盗賊に奪われた物だった。

 この街で商人が買い求めた物が、また戻ってきたのだ。目立つ連中ゆえに街の連中も覚えていた。

 

 宝石を売り露店で日用品を買い漁り、風呂に入って宿屋に泊まった。

 外部の連中が、この街に滞在する理由そのものだな……だが街の連中からの聞き取りは大変興味深い。

 どうやらデルフィナが、あの男にご執心らしい。

 

「たくさん食べて精力を付けてほしい。私たちの裸を他の男に見せても良いの?か……」

 

 どう見ても恋人同士の会話だが、片や異種族片や幼女だぞ。

 女は二人共に精力どうこう言っていたことも考えて、そういう関係なのだろう。

 だが、ラミア族はともかくも幼女は妖魔なのか?人間に酷似する妖魔は殆ど居ない。大抵は種族別な肉体的特徴がある。

 肌の色の違い、耳や角それに尻尾とかがな。

 だが風呂で世話した下女曰く幼女は普通の人間だったそうだ。

 

 つまり、あの男は異種族の女性や未成年な幼女を性の対象にできるのだ。

 

「確か王太子が水棲妖魔の少女に懸想してるらしいが……同類の変態か」

 

 王太子も王太子だ!

 

 お前は同族の世継ぎを孕ませ無ければ駄目なのに、何故妖魔の幼女なんだ!あの男もあの男だ!

 まだ10歳前後の幼女に性を仕込むとは見下げ果てた奴だが、辺境では早婚が当たり前らしい。

 15歳で行き遅れとも言われてるので変態と断ずるのはいかんな。

 どうやら俺は、あの男に対して偏見があるのかもしれん。いや、軽い嫉妬かもしれんな。

 

 ラミア族の戦士に認められた者が、自分より貧弱なことが気に入らないのだろう。

 

 末の息子を殺され妻は悲しむあまりに心労で後を追うように病死。残された二人の息子、カインとアベルは俺から見ても平凡だ。

 あれだけ情報収集のときは警戒されないように心掛けろと言ったのに、あからさまな不審者に向ける目をしおって。

 脇差が戻らねば、跡目を継ぐことはできない。跡目襲名の儀には大小対の宝剣を前に誓いを……

 

「領主様、捜索隊の隊長が報告にあがりました」

 

 部屋の外から声が掛かる。もうそんな時間か……少々思考に沈み過ぎたか?

 

「よし、入れ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今回の捜索を任せた百人隊長のコッヘルが入ってくる。俺が信用する数少ない脳筋じゃない男だ。

 基本的に力押しな連中が多いウチで頭を張れるのは、他に二人しかいない。

 

「フェルデン様、只今戻りました」

 

 巌つい顔に無精髭、頬に古傷と歴戦の強者だが礼節正しい男だ。

 

「ご苦労だったな。で、どうだった?」

 

「はい、実は……」

 

 

 

 盗賊のアジトと思われる洞窟を発見。

 

 外部からは見付からないように偽装されていたが、程度は低かったそうだ。中は酷い状態だった。

 家具や食糧が山積みされ燃されていた。 これが煙の原因だな。

 洞窟内は焦げて判別不能な遺体が三人分、死因は分からなかったそうだ。

 だが外に拘束され首を突かれて死んだ、盗賊然とした死体があった。何故、わざわざ死体を燃やしたか?

 

 怨恨か証拠隠滅か……だが相手はモンスターではないのは明らかだ。

 

 奴らの装備は長柄の斧にショートスピア、首を切られた傷跡は剣だったのでドチラも適合しない。

 奴らでは突くか叩き切るしかできないだろう。では彼らではないのか?

 

「アイツらは偶然遭遇した盗賊は、何かに追われ慌てていたようだと言った。

証言とは合うな、モンスターに襲われたんじゃない。人間か妖魔のどっちかだろう……」

 

「それだけではありませんな、少し不審なことがありますぞ」

 

 む、コッヘルは俺の推理に反対なのか?だが状況は少なくても嘘じゃないぞ。

 

「洞窟から街道沿いまでは深い森を歩いて10分以上は掛かります。襲われて逃げるのは普通でしょう。

だが襲撃者はモンスターでない人間か妖魔なのは私も同意します。

ですが私なら隠れて追跡者をかわすか不意討ちします。匂いや音で追えるモンスターと違います。

ましてや相手は盗賊ですよ。不意討ち奇襲はお手の物でしょうし、息を潜めるのも同様。

更に地の利もあります。まぁ余程の恐怖を味わえば、その限りではありませんが……

無様に街道に飛び出すほど、怯えますかね?」

 

 なるほどな、そういう考えや行動もあるだろう。だがそれはお前基準だぞ。鍛えられた戦士と盗賊は違う。

 

 奴等は己の欲に正直で、弱い者にしか強く出れないカスだ!

 

 俺の息子を殺した連中もそうだった。女子供を攫い弄んで殺す。だが軍隊には敵わず恥も外聞も捨てて媚び縋るクズなんだ。

 

「何より盗賊団の一つが壊滅したのは幸いだ。だが逃げ延びた連中が自棄になり悪事を働くやもしれん。警戒するように呼び掛けろ」

 

 街道沿いに根を張る盗賊団は一つだった。それが襲われたのは嬉しいが、死体が四体は少な過ぎる。

 奴らは三十人は居たはずだから、少なくとも残り二十人以上は行方不明か。

 

「奴らが盗賊団を壊滅させてベルレの街に来た?まさかな……」

 

 幾ら精強なラミア族の戦士と言えども少数で盗賊団を壊滅にまで追い込めまい。

 やはり他の武装勢力がベルレの街の近郊に潜んでいる危険性が高いな。今は警備巡回に力を入れるしかできない。

 

「他に盗賊団を殲滅できる武装集団が居るかもしれません。警戒と巡回を徹底しましょう」

 

「そうだな、騎士団にはしばらく苦労を掛けるが警備を強化しよう。手配は頼んだぞ。バラムとゴンザにも声を掛けてくれ」

 

 一礼して出ていくコッヘルを見て思う。ベルレの街を守るためにも有能な子供と養子縁組をするか後妻を貰い新しく子を作るか。

 娘が居れば有能な若者に嫁がせるのだが、養女を嫁にやっても相続権は……

 

「親の考えることじゃねぇな。実の息子が二人も居るのに、早々に見切りを付けるなんてよ。

しゃあねぇな、鍛え直すか。ちったぁマシになるだろ」

 

 勿論、後妻も貰って子供も生ませる。出来の良い息子なら儲け物、娘なら有能な若者に嫁がせれば良い。

 俺やコッヘルが現役で居られるのは精々が15年だろう。

 

「本当に人生はままならないな……ご先祖さんよ、あの刀に認められるって何なんだよ?

俺も親父も爺さんも、あの刀には認められなかった。あの刀の真なる力を解放できる者を待てとは何なんだ?」

 

 ただの言い伝えであり、過去に刀に認められた先祖は居なかった。

 

 初代のみ刀の真なる力を使いこなしたそうだが、年月と共に変わってしまったのかもしれん。

 



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第23話

 無事に我が家だけど戻ってこられた、元はデルフィナさんの洞窟だけど。

 あのオッサンに追跡されてないか注意しながらの移動は精神的に辛かった。

 

 追跡を見破ったら、それはそれで問題があるわけで……いきなり襲ってくるかもしれないからね。

 

 相手に気付かれずに姿を消すのが理想だが、どうやら追跡はされてなかった。

 まぁデルフィナさんの知名度を考えれば、追跡しなくても住んでる所が分かるのかもしれない。

 実際に盗賊は襲ってきたからな。悩み事か尽きないとは、これ如何に?これが守る者が居る責任と重圧?

 だが他に特に何事も無く洞窟に辿り着けたのは良かった。

 

 旅の疲れを癒すために三人で露天風呂に入る。

 

 今まではアリスは種族的特性で汚れなかったために露天風呂を使わなかったのだが、公衆浴場で何かを感じたのか一緒に入るようになったのは単純に嬉しいです、ハイ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「デルフィナ、お風呂って気持ち良いね!レイスだけど命の洗濯?お兄ちゃん、何で隅に居るの?コッチにおいでよ」

 

 バシャバシャとお湯をはねさせて遊ぶのはマナー違反だよ、アリス。

 

「そうですわ、主様。もう私たちは互いの総てを見知った仲です。何の遠慮も要らないのですよ?」

 

 胸を布で覆い隠してはいるが、張り付いて胸独特の形状が丸分かりだ!

 そして湯の中の尻尾で、僕を軽く突いたり撫でたりと尻尾プレイを仕掛けてきます。

 これがアナコンダとかだとショック死モノだが、彼女の尻尾だと不思議と楽しい。尻尾の先端を摘むと嬉しそうに微笑む。

 

 尻尾プレイ万歳!

 

 月明かりの中、露天風呂の縁石に座るデルフィナさんとアリス。

 お風呂限定だが、僕の前では完全に裸になることに抵抗が無くなったみたいだ。

 特にアリスは常に全裸だが、デルフィナさんは自分の手とか布とか、時にはアリスを正面に抱いて胸を隠してくる。

 

 たまに無防備なポロリがご馳走なのです!

 

 確かに恥じらいも必要だが、必要以上に警戒されては彼氏としては良くない!

 僅かな月明かりでも分かる、その白い肌は輝くばかりに魅力的だ。だが敢えて言わせてもらえば、それ(露出癖)は誤解だ!

 総てを見られたのは僕だけで、君たちの総てを僕は見ていない。しかも彼女たちは僕に露出癖があるが如く対応する。

 

 まるで「えっへっへ、お嬢ちゃん。見てくれよ、ほらぁ!」みたいなベタな露出癖が……

 

 僕は見たい派で見せたい派じゃないと、ここで明言しておきますよ。

 

「ふぅ、長旅でお風呂に入れないのは辛いですわ」

 

 肩まで湯に浸かった彼女が自分の肩を揉みながら、しみじみと言う。

 

「三日間だけじゃん!そのうちの一日は川で水浴びしたでしょ」

 

 アリスは湯の上に浮いている。湯あたりしたのかいつもは雪のように白い肌が薄ら桜色ですし、大事なお尻が丸見えですよ!

 彼女たちの会話を聞きつつチラ見しながら肩までお湯に浸かり筋肉を解していく。

 

 確かに現代人の感覚で風呂無し三日間はキツいよな……

 

「主様、明日から特訓しますわ」

 

 いきなり話を振られた。確かに強くなるために特訓と言うかレベルアップは必要だ。

 

「何故に?いや強くなるのは賛成だよ。でも、いきなり過ぎないかな?」

 

「そうだよ、デルフィナ。お兄ちゃんの育成は必要だけど、急に言いだすからビックリしたよ」

 

 アリスも同じ意見だったみたいだ。いつも思慮深く理路整然とした物言いの彼女にしては、珍しく突然な特訓宣言だったから……

 

「アリスも特訓よ。主様もそうですが、獲物を捌くことを覚えましょう。

お金を稼ぐにはモンスターを解体し素材を買い取ってもらわないと駄目なんです。それにアリス?」

 

 デルフィナさんが先生モードになっているので呼ばれたアリスがピクリと反応する。器用に湯の上に浮かび正座する。

 

「なっ、何かな?」

 

「魚の内臓も出さずに焼くのは駄目よ。川魚でも体内に毒を持っているのも居るし、今の時期は魚は虫も食べるでしょ。

魚には効かなくても人間には危険な毒虫も居るの!主様?」

 

「はっ、はい!何でしょうか、デルフィナさん?」

 

 僕も湯の中で正座する。

 

「動物を捌けないのは仕方ないですが、今後はちゃんと素材と食材を切り分けますよ。

幾らなんでも太股の肉しか食べないのは効率が悪いです。分かりますね?」

 

 確かに内臓とか触りたくないから、いつも手足の肉しか食べずに残りは捨てちゃってたな。

 太股の肉って漫画の骨付き肉みたいだったし、毛皮も何回か剥いだが内臓はそのままにしてたからな。

 基本的に臓物にはノータッチだったが、それでは商品価値のある毛皮は剥げないんだ。

 移動中は荷物になるから保存食に加工しなかったけど、今後は必要な技能だよな。

 

「「はい、デルフィナ先生!」」

 

「よろしい。明日は毛皮と保存食の確保のために、また主様の特訓を兼ねて頑張りましょう」

 

 さて、そろそろ上がらないと逆上せてしまうな。混浴はね、女性達が浴槽から出るときを見るのも楽しい……

 いや、アリスは飛んでいくしデルフィナさんもシュルシュルと尾っぽをくねらせて出ていった。

 

「まぁ跨いだりしないよね、残念……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「一概に戦闘技能を磨くと言っても相手により変わります。

獣タイプのモンスターは基本的に武器のリーチが狭いのです。牙や爪、強靱な肉体を武器に接近戦を挑みますから。

勿論、ブレスや尻尾などで中遠距離攻撃をする相手も居ます。

人間タイプのモンスターは武器や魔法を使います。基本的に前者は本能で動き後者は思考してから行動します。

ここまでは良いでしょうか?」

 

 洞窟から少し離れた平原でデルフィナさんから戦いについての注意点を教わる。

 人と獣の差についてだが、僕はスライムと犬擬き、カエル擬きと盗賊としか戦闘経験は無い。

 確かにレベル差のせいか獣タイプのモンスターと戦ったときは半分作業みたいだった。

 

 だが盗賊相手には無い知恵を絞ったな……

 

「はい、デルフィナ先生!分かりました」

 

 デルフィナさんに眼鏡と白衣を着せたい!この世界では無いかもしれないが、脇差があるのだから元の世界の道具とかもあると思いたい。

 

「はい、良い返事ですよ。

今日は午前中は何体かのモンスターを狩って解体作業を覚えてもらいます。昼食後は私たちと模擬戦をしましょう。

見たところ、主様は肉体のスペックに技能が追い付いてないと思いますから……」

 

 流石はデルフィナさん!

 

 僕のアンバランスさを正確に見抜いている。聞けば彼女はラミア族の中でも有名な戦士らしい。

 

「分かった、頑張るよ!」

 

 意気込みは最初だけだったんだな……コレがさ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 元の世界だと近い動物は、多分アリクイだ。長い顔に尻尾、フサフサな体毛。手足も長く先端の爪は鋭い。

 動きは機敏ではないが、手足のリーチを生かした攻撃は決定打を体に打ち込むことが難しい。

 ロングソードを構えて相手の攻撃をいなし、側面に回り込んで柔らかい脇腹を斬り付ける。

 突き刺さないのは最悪ロングソードが抜けない場合に、無防備で反撃を受けてしまうから。

 一度切り付ければ相手の動きが徐々に弱くなるので何度か繰り返して、止めは頭を切り落とすかカチ割る。

 

 ロングソードとは本来は圧し切る武器だ。切れ味を抑えて頑丈さと重さを増しているから。

 

 二体のアリクイ擬きを倒し木の下に移動したら、最初にカマドを作り湯を沸かした。

 そして次に穴を掘った。直径1m、深さも1m。掘るだけで一時間は掛かりましたよ!

 

「先ずは血抜きをします。後ろ足を縛って木に吊しますよ」

 

 最初に倒したアリクイ擬きをデルフィナさんと二人掛かりで引っ張り上げる。体重は50㎏はあるだろう。

 

「血抜きは太い血管を切り裂きます。首が一般的ですが、脇の下や太股にも太い血管はあります。

本来は倒して直ぐに血抜きをしますが、今回は手順を学ぶためですから。

はい、どうぞ」

 

 ハイって笑顔でナイフを渡されたぞ。

 

 因みにナイフは煮沸消毒済みです、熱湯に10分は浸けてました。

 汎用性のあるナイフは色々と使ってるから、確かに消毒しないと駄目だ。覚悟を決めて喉の辺りと脇の下を切り裂く。

 ダバダバと流れて穴に滴り落ちる光景を見て吐き気が喉元まで来るが、何とか飲み込んで耐える。

 

「良くできました。

次は速やかに獲物の内臓を抜きます。最初は私が実践しますから、よく見ていてくださいね。

最初に肛門の周りをグルリと切り取り口を縛ります。これは何かの拍子に傷を付けて便が漏れだして肉を汚さないためです」

 

 そう言うと肛門周りを丸く切り裂き直腸を現すと紐で口を結んだ。

 肛門括約筋をゾリゾリと切り裂く姿を見て、お尻がキュンって締まったのは僕だけの秘密です。

 

「次に腹をナイフで縦に切り裂きますわ。このときに膀胱や胆嚢を破かないように注意が必要です」

 

 小刻みにナイフを動かし縦一文字に腹を裂く。慣れだろうが、手際が良すぎます。

 腹を裂いていくと内臓が自重で下がってくるのが分かる。

 

「首元まで割いたら臓物が下がってるのが分かりますね?ここで横隔膜を切ります」

 

 スパッとナイフを煌めかせると綺麗に横隔膜が切れた。そして臓物がドバドバと掘った穴に落ちる。

 穴が大きめが良いのは、獲物の内臓が意外に多いからだった。

 

「内臓で食べられる所もありますが、加工も保存も難しいから今回は埋めます。

モンスターにはよく分からない器官もあるのです。毒袋とかですね……

心臓やレバーは食べられますよ。特に心臓は輪切りにして軽く焼くと美味しいです」

 

 レバ刺しとかモツ煮とか確かに美味しいけど、臭味を消す調味料が無いと辛いと思う。塩胡椒だけじゃ無理だな。

 

「内臓を取り出したら次は皮を剥ぎます。

出来により買い取り値段が変わりますから、慎重に行いますわ。

先ずは腹を縦に裂いているので、そこから手足の中心を手首・足首に向かって切ります。手首・足首はグルリと切っておくと剥ぎやすいです。

因みに皮下に脂がのっているので、肉の方に付けるようにナイフを使い少しずつ削いでいくと良いですよ。脂の乗った肉は焼くと本当に美味しいですから」

 

 見惚れる笑顔なのですが、血だらけのナイフを片手にじゃ笑えません。本気で怖いです、ハイ。

 

「最後に皮を剥いだ肉の切り分け作業です。

作業台で切り分ければ簡単なのですが、普通は雑菌が怖いので吊したまま切り分けます。

手足の肉は関節の周辺にナイフを入れて反対側に折れば簡単に取れます」

 

 膝の部分を反対側に曲げれば、パキンと軽い音がして取れました。

 

 これは簡単だ!

 

 前は力任せに捻切ったので筋肉の繊維がブチブチと千切れて見た目も悪かった。けどコレなら普通に形の良い骨付き肉だ!

 

「モモ肉は大腿骨に添ってナイフを入れれば切り離せますわ」

 

 スッスッスッとナイフを滑らせれば簡単に切り分けられていく……肩ロース・モモ肉・肩肉と部位毎に小分けに切り分けて終了。

 デルフィナさんの手際は本当に凄い。此処まで僅か15分くらいだよ。

 これが牛や豚なら舌とかも食べるのだけど、流石に獣タイプのモンスターでも無理かな……食中毒とか未知の細菌とか無いのか心配だ。

 

 O157やO111、またはカンピロバクターや黄色ブドウ球菌とか考えだしたらキリがない。

 

 だが何と魔法には解毒や麻痺を治せる物があり、アリスは解毒魔法のキュアポイズンが使える。つまり食あたりは大丈夫そうだ。

 

「さて、主様。次は主様の番ですわ。教えた通りに実際にやってみてください。アリスもですよ」

 

「はーい、アリス頑張るよ、エイッ!」

 

 デルフィナさんが吊ってくれた二匹目のアリクイ擬きの喉をスパッと切り裂いた。返り血が飛び散り、アリスの頬を汚す。

 

「さぁ、お兄ちゃんも脇の下をスパッと切り裂いてよ!」

 

 頬に返り血を付けて笑ってはいけません!

 

「う、うん。そうだね、頑張るよ……」

 

 女性は血に強いって本当なんだな。



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第24話

 獲物の捌き方についてデルフィナ先生の指示の下で実践した。

 スプラッタな現実を突き付けられた、現代人はパックに入った精肉しか見慣れてないから……結果としてメンタル面で少し強くなったと思う。

 但し、女性陣のヤンデレ率が高くなってる気がする。頬っぺたに返り血を付けてニコッと微笑まれると、アレですよ!

 

「Nice Boat?」

 

 ハーレムになりつつある二股野郎な僕の未来を垣間見た気がした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アリクイ擬きから剥ぎ取った皮は売り物として綺麗に洗い干してある。

 そのままではゴワゴワして使えないので鞣(なめ)さなければ駄目なのだが、これは専門の連中に任せるそうだ。

 簡単に鞣(なめ)すなら自分で皮を噛めば良いのだが、顎が疲れて歯もすり減りそうだからやらない。

 数日掛けて相当数の獲物を倒し僕のレベルもかなり上がった。

 獲物の解体作業も機械的にできるくらいに慣れた。慣れって怖いよね?

 

 頭の中でステータスと思い浮かべる。

 

 

 

職業 : 魔法剣士

称号 : 異形の主

 

レベル : 15

 

HP : 150/150

MP : 47/47

 

筋力 : 52

体力 : 36

知力 : 39

素早さ : 45

運 : 15

 

魔法 : ヒール スリープ ライト キュアパラライズ キュアポイズン

 

装備 : ロングソード 異国の刀 皮鎧 皮の小手 皮のブーツ

 

 

 うん、かなりステータスアップしたが、運以外がほとんど均等に上がってる。

 しかも職業から見習いが取れたよ。でもコレって器用貧乏じゃないかな?

 魔法剣士も本来はどっち付かずの中途半端職な感じだし……それに脇差が異国の刀って名前でサブウェポン扱いになってる。

 一度も装備せずマジックアイテムの皮袋の中に入れっぱなしなのにだ。

 

 何かしらのフラグには間違いないな……

 

 しかも覚えた魔法が治療系のみって魔法剣士よりロード(君主)じゃないかな、ウィザードリィ的には?

 いやモンスターハンター風な世界だから違うのか?ウィザードリィなら侍は攻撃系の魔法を覚えるし。

 

 いや、前提条件が違うのかもしれないし、安易に知ってるゲームの枠に嵌め込むのは危険だ。

 思い込みは時に真実を隠すから、与えられた情報で判断するしかない。

 

 因みにアリスのステータスだが……

 

レベル : 36

HP : 135

MP : 189

筋力 : 37

体力 : 19

知力 : 80

素早さ : 57

運 : 45

 

 

 出会ったときよりレベルが一つ上がっている。流石はレイスと言うか魔法特化のステータスだな。

 

 因みにデルフィナさんは

 

 

レベル : 50

HP : 387

MP : 67

筋力 : 120

体力 : 89

知力 : 46

素早さ : 65

運 : 67

 

 

 比べるのがおこがましいですね、ハイ。

 

 こちらもさすがはラミア族というステータスなのか、本人の資質なのか?

 物理攻撃特化+種族的スキルのブレスを持つ戦士職のデルフィナさん。魔法特化で攻撃と回復の両方を扱えるアリス。

 魔法剣士としてドチラも中途半端な僕……

 

 ほとんど魔法を使わず物理攻撃だけで敵を倒してるのに、レベルアップの方向は魔法剣士。

 魔法はほぼ自分の回復に使っている。だから治療系の魔法ばかり覚えるのかな?

 でも構成メンバー的には悪くはないんだよね。隙が無い分、特化メンバーより爆発力が無い。これにシーフ的なメンバーが入れば理想的?

 

「お兄ちゃん、何をウンウン唸ってるの?」

 

「主様、悩み事ですか?刃物を使いながらの考え事は駄目ですよ」

 

「あっ、ああ……すみませんね、手元がお留守だったかな?」

 

 今は狩った獲物の解体中だった。今回は食用でないモンスターなので、見晴らしの良い場所にて行っている。

 外敵の接近が分かりやすく、序に移動が面倒なので倒したその場で解体してます。長閑な草原で牛擬きの腸や腱を抜き取り、角を剥ぎ取る。

 腸や腱は弓の弦に使い角は工芸品の材料になる。こんな生きるのに厳しい世界でも美術品や工芸品に需要かあるのね……

 

「皆に協力してもらってレベルアップ……いや、強くなってるけどさ。何か方向性がね、器用貧乏になってないかな?

僕は剣と魔法を使えるけど、ドチラも中途半端じゃない?」

 

 あれ?デルフィナさんに溜め息をつかれましたよ。アリスはヤレヤレってポーズだよ。何だろう?呆れられているようで傷付きます……

 

「主様、主様の成長速度は異常です。

初めて会ったときは普通の城勤めの兵士程度でした。それでも平均以上の強さなのですよ。

今の主様は隊長クラスの強さと見習い神官クラスの魔法の使い手なのです。決して器用貧乏ではありません」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。

魔法はね、限られた人しか使えないんだよ。大抵は魔法が使えることが分かれば、それを伸ばすけど極めるまでに膨大な時間が掛かるんだよ。

お兄ちゃん、立て続けに呪文を覚えてるけど普通よりも随分早いんだよ。アリスだって解毒や麻痺解除を覚えるの大変だったのに……」

 

 どうやら僕は、僕の成長速度は異常らしい。

 だがレベルという概念の無い世界で他人とステータスを比較できる僕には、自分がチートとは思えない。

 肉体のスペックが高くても技能や技術を磨いた連中には簡単に負けるのだから……

 

「うん、ありがとう。自分では実感無いんだよね。二人には全然勝てないし、盗賊にだって普通に殺されそうになったしさ」

 

 慌てないで時間を掛けて強くなればいいや。この世界は普通の悪人は居ても魔王や邪神は居ないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食を終えて寝る前の団欒を楽しむ。

 

 娯楽の少ない世界だから、最近の話題は盗賊から奪った革の紙だ。所謂宝の地図なんだけど、表記が曖昧過ぎる。

 

「これがデルフィナさんの住処の印が付いた地図かな?」

 

 書かれている文字は「最寄りの街から東南東に徒歩で三日」だけ。

 後は地図とも言えない簡単な絵で、最寄りの街と丘の中腹の洞窟、近くには泉と森が簡単なデザインで描かれているだけだ。

 この世界には方位磁石は一般にはほとんど無い。普通の人が気軽に携帯できるほど安い物ではなく、軍隊や商船が使うらしい。

 では一般人はどうするかと言えば季節の星を見て方向を知るらしい。

 長距離を移動する必要が無いから、周りの景色を覚えておけば大抵は大丈夫らしい。

 例えば現在地から北には頂きに雪を湛えた険しい山脈が見える。

 ソレを見れば自ずと右側が東で左側が西、後ろが南だ。後は太陽は東から昇り西へ沈む。

 午前中は太陽を見れば右側が南で左側が北だ。

 ある程度街道も整備されているので、迷子にはなり難いだろう。

 

「そうですね。

この但し書きの『盗賊から奪ったお宝を溜め込んでいる可能性が高い』

これが気に入りませんが、確かに何回か盗賊を退けていますから、彼らが疑うのも分かります。

ですが実際は実入りは良くなかったですわ」

 

 なるほど、これは宝の地図と言うよりは盗賊たちの情報共有と討伐依頼みたいな物だな。

 宝の地図よりは余程信用がおけるが、時期も内容も曖昧過ぎる。

 

「お兄ちゃん!

このアリゲーターの巣なんてどうかな?キングアリゲーターが確認されてるらしいよ。

奴らの卵は滋養強壮として珍重されて高値で買取られてるよ」

 

「主様の成長を考えるならマウントコングの討伐ですわ。

奴らは道具を使いますから、より対人に近い戦闘経験を積めます。

それに光り物を集める習性がありますから、思わぬお宝を巣に溜め込んでいるかもです」

 

「僕は不死の王が眠る遺跡が気になるんだけど……」

 

 三者三様に意見が分かれた。もっとも僕の意見は単なる好奇心で、実際に不死の王の眠る遺跡になど行きたくはない。

 アリゲーターは鰐、マウントコングはゴリラだよな?ゴリラに光り物を集める習性なんてあったかな?

 

 確か奴らの握力は200㎏以上ある。

 

 掴まれたら握り潰されるような連中と戦えるのか?鰐は食用として肉は淡白で野趣溢れて美味とは聞くが水辺の主だろ?

 水棲生物と戦うのは水辺しか無理だけど、水中に引き込まれたら負ける。

 

 ドチラもハードルが高い……

 

「アリス、キングアリゲーターって水棲生物じゃない?僕らは陸でしか戦えないけど、水中に引き込まれたら負けるよ。

マウントコングは怪力だよね。一発食らっても掴まれても負ける気がする。そもそもドチラも大型じゃないの?」

 

 素直に疑問をぶつけてみた。僕の知識は元の世界基準だから、もしかしたら似ているが違う生物かもしれないし……

 

「お兄ちゃん、キングアリゲーターは体長2m以下の陸地に穴を掘って卵を産むモンスターだよ。

大体20匹ぐらいの群れを作る習性があるんだ。ただし、攻撃力に反して臆病で危険を察知すると直ぐに逃げる習性があるの。

でも、卵がある場合は凄い攻撃的なんだよ。最後の一匹が死ぬまで戦うの。そろそろ産卵の時期だから狙い目だよ」

 

 なるほど盗賊たちは巣の位置が確認できていて産卵の時期まで待ってたのか……だけど凄く可哀想じゃないか?

 卵を守るために最後の一匹が死ぬまで戦うって、メンタル的にキツい。しかも貴重種みたいだし……

 

「なるほど、よく分かったよ……デルフィナさんのお薦めのマウントコングって、どんな連中なのかな?」

 

 目をキラキラさせているアリスから、そっと視線を逸らす。つまりキングアリゲーターの卵って高値で取引されるんだな。

 食に興味が薄い(僕の精気以外)アリスは、金銭的なことには興味が強い。

 経済観念がしっかりしていると喜ぶべきか、守銭奴と悲しむべきか微妙だ……

 

「マウントコングも群れをなすモンスターです。

オス一匹に対して複数のメスと子供たちで構成されます。子供たちはある程度育つと群れを離れるそうです。

主様の言う通り彼らの力は強力ですし連携もします。そして何より武器を使ってきます。

単純な棍棒程度ですが、稀に倒した人間の武器を使う場合もあります。

彼らは光る物を集め、より光る物を多く持つ個体が沢山のメスを囲うのです。

自然界で光る物など少ないですから、必然的に人を襲い金属や宝石や硝子類を奪い集めます。

結構な掘り出し物が見付かりますよ。基本的に10匹前後で行動しています。

私だけでは無理ですが、主様とアリスが一緒なら討伐可能です」

 

 光り物の量でメスを囲う数が増える。人間に例えると金持ちほど愛人を囲える。

 実力ある者が多くの子孫を残せるのは、厳しい世界では当たり前だ……と思う。

 デルフィナさんも僕のレベルアップと経済観念を併せて考えてるな。

 

「それに主様は人を殺すのに未だ罪悪感を覚えています。

それは素晴らしいことですが、悪人と敵には罪悪感を抱いては駄目なのです。

ですからまずは人型のモンスターを倒して徐々に慣れなければ駄目ですわ」

 

 ああ、ありがとうデルフィナさん。確かに僕は人殺しに抵抗があります。

 最初は正当防衛のために次はデルフィナさんを守る為に……自分を誤魔化す理由を用意していた。

 

 だけど、盗賊討伐なんて直接自分たちに被害が無かった相手を殺すことができるかと言われれば、躊躇しない自信が未だ無いんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局、デルフィナさんの案が採用となった。

 

 僕のためにと言われれば、アリスも反対しなかった。相談を終えて何となく一人になりたくて彼女たちから離れた。

 デルフィナさん、本当に僕のことを考えてくれている。生き物を殺す禁忌感は簡単には克服できないのは確かだ。

 逆に簡単に克服できたら異常だろう。

 

 下半身が蛇で伝説上の架空の生物だと思われていたラミア。

 そんな人外の美女に心を許している異常さを僕は普通と受け止めている。

 

「アリスにデルフィナさんか……いったい僕の何が気に入ってくれたのかな?

やはり精気……いやいや違うよね?僕にだって男としての魅力があるはずだよね?」

 

 視線の先で仲良く料理をする二人に、弱気な僕の呟きが聞こえなかったのは幸いかな?



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第25話

 不死の王が眠る遺跡……

 

 何ともゲーマーの心をくすぐる言葉だ。レアアイテムや武器などが必ずある、ゲームならね。

 今回のモンスター狩りは、デルフィナさん提案のマウントコングに決めた。

 人殺しに禁忌感のある僕のために人型のモンスターと対峙して慣れろってことだ。ついでに彼らは光り物を集める習性がある。

 自然界に光る物なんて中々無いから、彼らは必然的に人から奪う。

 大抵は武具などの金属類だが、稀に貴金属や宝石なんかも持っているそうだ。

 

 まさに一石二鳥の育成計画?

 

 そしてマウントコングが確認された場所の近くに、不死の王が眠る遺跡もある。

 無謀とは思うが、どんな場所か見てみたい。遺蹟の中に入らなければ大丈夫だと思うんだけど……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕らのスィートホームな洞窟から歩くこと丸一日。地図によるマウントコングの居場所を示した場所にようやく到着した。

 何をするにも移動は日単位なんだよね。

 

 現代なら電車やバスを利用すれば60㎞くらいは1時間程度だが、徒歩なら10時間は掛かる。

 

 レベルアップの恩恵か最近長時間歩いても疲れなくなっているんだ。

 それは良いのだが、持ち運べる荷物の量に限りがあるので精々が往復10日以内だ。

 人間は1日に水を2Lは必要とするから、アリスは別としてデルフィナさんと合わせて4L。

 10日だと40Lだから40㎏も必要だし、他にも食料や夜具とか山盛りだ。

 マジックアイテムの皮袋が無ければ一泊程度の遠出しかできないだろう。

 現代の秘境や険しい山々に挑む冒険家や登山家の凄さが分かるわ。必要な物をリュックサック一つに纏める収納テクニックを教えてほしい。

 

「主様、あの林が彼らの住む林です。

ですが木々の中では木登りが得意な彼らの得意なフィールドです。頭上からの攻撃は脅威ですから……」

 

 時刻は昼前、丁度頭上近くに太陽がある。そして500m先には確かに林が見える。

 前に人の手が入ったものが林で手付かずが森と聞いたけど、林で良いのかな?

 林は人の手で生やす、森は自然に盛り上がる。そんな語呂合わせみたいなことを聞いたような気がするが、確証は無い。

 

 デルフィナさんが林と呼ぶなら林で良いや。

 

 1㎞四方の木々の間隔が疎らな林を見つめて考える。群れをなし連携する奴らのイメージはゴリラ、所謂類人猿?

 木に登られたら、僕の中距離攻撃手段は弓だけ。アリスは攻撃魔法、デルフィナさんはブレスを吐けるが、僕は弓だけだ。

 これじゃ僕の修業にはならない。

 奴ら全員が木の上なら最悪は中距離攻撃でゴリ押しできるが、修業にはならないだろう。

  だが、連携するなら地上にも敵は居て接近戦を挑んでくるだろう。手持ちの武器が弓では地上の連中には対応できない。

 だが剣や槍では頭上がお留守になって危険だ。木の上の連中の攻撃方法は、精々が投石ぐらいだろう。

 弓とか使えるなら勝ち目は無いが、物を使えると言っても棍棒程度だ。

 だが投石だからといって威力が低いわけじゃない。力の強い彼らが拳大の石を投げてくるのだ。

 

 当り所が悪ければ即死だな……

 

「普通はどうやって戦うんだい?」

 

 女性陣に聞いてみる。盗賊連中でも戦える相手ならば、方法があるはずだ。

 

「奴らが林から出るのを待ちます。

基本的に餌は林の中だけでは賄えません。勿論水も飲みますから、大抵は水場で待ち構えます。

群れをなしてますが食料調達は分担制ですし、水を飲みに来るのもバラバラです」

 

 ふーん、結構付け入る隙はあるんだな。やはり自分だけの常識で考えるのは危険なんだよね。

 異世界に現代日本の常識が通用する方が変と考えなきゃ駄目なのに、どうしても自分の経験に基づく常識を信じちゃうんだよな……

 思考を切り替えて、前にも教えてもらった情報も思い出しながら考える。

 奴等は1匹のボスの雄(♂)と10匹前後の雌(♀)の群れで構成され、繁殖期には子供が居るそうだ。

 今は繁殖期じゃないから成体だけのはずだし、狩りの連中が何匹出てくるかだが……大抵は半数くらいらしい。

 

 つまり雌のマウントコングが5匹から6匹を平地で迎え撃てば良い。

 

「デルフィナさん、アリス。

奴らの探知能力ってどれくらいかな?臭いとか音とかで50mくらい手前で気付かれるとかある?」

 

 デルフィナさんとアリスが目を合わせた。何かを考えているみたいだけど……

 

「特に耳や鼻は人間と同じ程度ですが、目は猟師並みに良いそうです。待ち伏せが気付かれた話は聞きませんね」

 

「でも一旦気付かれたら凄い鳴き声で知らせるから油断はできないよ。どうする、お兄ちゃん?」

 

 やはり盗賊連中でも対処できるから危険度は低いな。

 元々は僕のレベルアップのために選んでくれた相手だから、無謀な能力差は無いんだけど……

 

「主様、食料調達部隊が現われましたわ」

 

 彼女の言葉に思考中から呼び戻される。林から出てくる一団を見て僕は度胆を抜かれた。

 ヒョコヒョコと上半身を揺らす独特の歩き方をする連中は、一見すればアメリカンまっちょバトルに登場する連中にワッキー並みの体毛を生やした連中だ。

 

「ゴリラかと思えば原始人か……

まさかイエティやビッグフットみたいな伝説上の連中みたいな奴らだとはね。先入観って凄いや」

 

 想像と全然違いゴリラみたいに全身ビッシリの毛むくじゃらじゃない。精々が毛深い人間程度だ。

 だが、よく観察すれば手が長く掌も大きい。これは確かに掴まれたら握り潰されそうだ。

 髪の毛はボサボサで伸び放題、後ろで纏めて縛りポニーテールみたいにしている。

 雌なのに髭も生えていて大きなオッパイは丸出しで、下半身は毛皮の腰巻き?脚は体全体の長さに比べて短くガニ股、当然素足。

 本当に人間に近い姿形をしている。全員が片手に棍棒を持っているが、中には奪ったナイフを括り付けてピッケルみたいにしているな。

 物を組み合わせる知能があるわけだ。これなら聴覚や嗅覚が人間並みなのも納得できる。

 

 そして……人殺しに慣れるのには最適な相手だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「さて、どうしようかな?狩りに向かった連中は6匹、半数として合計で12匹だ。

僕らは先ず狩りに向かった連中を倒して、戻りが遅いのを怪しまれる前に残りの連中も倒さねばならない。

少なくとも鳴き声が聞こえない距離を離れる必要があるな。大体1㎞くらいかな?」

 

「主様は慎重ですね。

彼らは群れに厳格な順位があり雄が頂点に居ます。なので狩りの連中が帰らなければ、残りの雌が探しに行きます。

雄は最後まで残るので、林から出てくる連中を待ち伏せて二回も倒せば林の中に入っても平気ですよ」

 

 二回ということは、残りの半分ずつが探しに来るのかな?何故最後まで雄は出てこないのか……

 集めた宝物を置いて移動はしないのか、ラスボス気取りなのか?

 ハーレムを維持するなら率先して外敵と対峙するんじゃないのか?

 

「先ずは対人戦に慣れることと武器を扱う連中に慣れることだよね。じゃ、距離を置いて奴らを追おう。

獲物を捕まえれば戻ってくるから、途中で待ち伏せできる場所があると良いな」

 

 流石に6匹は今まで対峙した中で最大数だ。こちらは3人だが戦力的には負けないだろう。

 視線の先でヒョコヒョコ歩くマウントコングを見て思う。

 心配したことが杞憂なくらいに彼らを倒すことに禁忌感が無いんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 丁度良い待ち伏せ場所は無かった。そうそう都合良くはいかないだろう。

 途中で軽自動車並みの大きさの岩と数本の木がある場所を発見。ここで待ち伏せすることにする。

 やり過ごして後ろから攻撃はできない。

 何故ならデルフィナさんの尻尾が長いから、隠れきることは無理だろう。

 だから近付いたところに正面から躍り出るしかないが、弓は初撃だけ射てれば上出来。当たれば儲け物程度に思っておくか。

 待つこと一時間、岩影から盗み見ていたが、ようやく彼らの気配を感じられるまで近付いてきたな。

 ウホッウホッと聞こえるが、あれでコミュニケーションが取れているのだろうか?デルフィナさんとアリスに目で合図をする。

 デルフィナさんの得物は長柄の斧、アリスは魔法専門、僕は最初は弓で次はロングソードを使う。

 

 用意していた弓に矢をつがえタイミングを計って正面に飛び出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「シッ!」

 

 何故か短く声を吐き出しながら、先頭のマウントコングに矢を放つ。ピンポイントに急所は狙わず体の中心を狙い確実に当てることにした。

 タイミングがイマイチで奴らとの距離は10m程度あったが……初撃は予定通り先頭の奴の腹に刺さった。

 相手が呻きながら膝をつくのを確認し、もう一度射てるかなと矢をつがえて狙いもそこそこに射つ。

 今度は膝をついた奴の肩に当たった。これで少しは行動が鈍るだろう。

 

「主様、バラバラに逃げられる前に倒しますよ!」

 

「お兄ちゃんは真ん中の2匹、私たちは左右の2匹をそれぞれ倒すよ!」

 

 デルフィナさんが長柄の斧を構えながら飛び出し、アリスが炎の魔法を唱える。

 彼女の周囲にサッカーボール大の炎の塊が複数浮かび、腕を振り下ろすタイミングに合わせて発射された。

 

「グホッ、ギャギャギャ」

 

 顔を焼かれて転がり暴れる二匹。

 僕の担当の無傷の奴がアリスの引き起こした惨劇に気を取られた隙に、弓を放り投げ腰からロングソードを抜いて走りだす。

 

 そして勢いを付けて大上段の構えから一気に肩口に向かって振り下ろす!

 

 最初の手応えで鎖骨に当たったのが分かったが、そのまま勢いに任せて振りきる。右肩口から肺の辺りまでを切り裂くことができた。

 頬に返り血が付くが、目には入らずにすんだ。

 どうやらレベルアップの恩恵で筋力が上がった影響だろうか?奴らを力任せに叩き切ることはできる。

 仰向けに倒れる奴から矢で怪我をした方に視線を向ければ、棍棒を構えて僕に振り下ろす直前だった。

 

「おっと、危ない」

 

 何とか左側に転がるように避ける。その直後に凄い音と小さな石が飛んできた。

 棍棒が地面を強く叩いたので小石や土が跳ね飛んだのだろう。何とか起き上がり、更に棍棒を振り上げているマウントコングと対峙。

 振り上げていれば振り下ろす動作しかできないと踏んで駆け出す。

 

 棍棒が振り下ろされるのを何とかかわし、バットと同じ要領でロングソードをフルスイング!

 

 マウントコングの顎から上を切り飛ばした。冗談みたいに傷口から血が噴き出す。

 ゆっくりとスローモーションみたいに倒れこむ奴は、本当に人間臭い仕草だった……だが最初に心配していた禁忌感は覚えなかった。

 だがこれで僕の担当の2匹は倒した。デルフィナさんとアリスを援護しようと見れば、既に勝負はついていた。

 

 速攻で倒したつもりでも僕が一番遅かったのか……

 

 頭部が消し炭のように炭化して死んだ2匹はアリスの魔法による物だろう。デルフィナさんは2匹共に首を切り飛ばして倒している。

 全員が一番効率の良い頭部を狙ったわけだ、僕は偶然だったけどね。

 

「主様、ご苦労様です。

大分動きも良くなってますよ。目で見て攻撃が避けられるようになれば一人前です。

それに型はマダマダですが剣速も威力も申し分ないですわ。

切れ味の悪いロングソードで筋肉質の彼らの上半身を切断することは中々できませんよ」

 

 言われてみて改めて彼らを見れば凄いスプラッターな光景だが、それでも禁忌感は覚えない。

 ロングソードを振って付着した何かを飛ばして更にボロ布で拭く。手入れを怠るのは怪我に、最悪は死に直結するから気を付けないとね。

 ムッとする臭いする場所から移動をする。マウントコングは食用にはならないし、したくもない。

 放置すれば血の匂いに誘われたモンスターたちが片付けてくれるだろう。

 

「次は残りの半数、3匹前後が出てくるんだろ?多対一の戦闘も経験したいから一人でやらせてくれないかな?」

 

 少なくともアリスとデルフィナさんを守れるくらいまでは強くならないと駄目だな。まだまだな自分を不甲斐ないと思った……

 



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第26話

 マウントコングの第一陣、食料調達部隊を倒すことができた。奴らは群れをなす連中で半分の6匹を倒した。

 だが、群れは1匹の雄(♂)を頂点に無数の雌(♀)で構成され厳格な順位がある。

 人間だとハーレムの順位は好みやバックヤードの勢力によるけど、奴らは純粋に力。

 強い順の雌をより強い雄が率いている。つまり今日倒した連中は群れの下位陣であり雑用係だ。

 1匹だけ棍棒じゃなくてナイフを加工してピッケル代わりに使っていたが、アレが食料調達部隊のリーダーだったんだろう。

 残りの連中は全員が棍棒以上の武器を持ってると思って良いだろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 捜索隊が現れるのは明日以降だそうだ。毎回半日くらいで全員分の餌が確保できるわけじゃない。

 彼らも十分な餌を捕るまでは帰れないだろうから、遅くなるときもあるだろう。

 騒ぎだすのは日が替わってから、奴らの空腹感が我慢できなくなってからだ。

 待ち伏せした場所は夜営に適しているが、倒した奴らが酷い状況で転がっている。

 死体を漁るモンスターも寄ってくるだろうから、奴らが捕ったアルマジロ擬きを貰って待ち伏せの第二候補の場所へ移動する。

 歩くこと15分、6本の枯れた木々と1本の倒木のある場所だ。

 

 何故第二候補かと言えば単純にデルフィナさんの尻尾が隠れないから……頭隠して尻隠さずじゃ待ち伏せにならない。

 

 日も沈みかけてきたので夕食の準備に取り掛かる。最近覚えた獲物の解体方法を思い浮かべながら、初めて見るアルマジロ擬きを捌く。

 

「このアルマジロ擬きの外殻?って凄いね。これは剥げないな……」

 

血抜きと臓物の抜き取りは完了。だが皮を剥ぐのと身を切り分けるのが難しい。アルマジロ擬きとはいえ外殻は亀みたいだ……

 

「主様、このモンスターの外殻は防具、兜や鎧の関節部分に使われます。

ですが棍棒で叩かれた所為で亀裂が入ってますね。肉は外殻の内側に沿ってナイフの刃を入れます。こう削げ取るように……」

 

 慣れた手つきでナイフを小刻みに動かし捌いていく。流石はデルフィナ先生だ、綺麗にアルマジロ擬きが外殻から外れた。

 赤身で全体的に脂身が少ない。剥がした身を関節部分て切り分け野趣溢れる焼肉にする。

 肋骨部分はスープに放り込んで具兼出汁とした。

 アリスが食用になる野草、蕗(ふき)擬きを採ってきてくれたのでスープの具に、小麦粉も練って丸めて団子にして水とん擬きにする。

 基本的に知らない食べ物は全て煮るか焼く。加熱殺菌の要領だ。

 そして寒い夜に食べる温かいスープは、それだけで最高の調味料だろう。

 

 夜営ゆえに手間の掛かる料理はできない。

 

 だから時間も掛からずに夕食が完成、焚き火を囲みながら食べる。素焼きの器は意外に熱を通す、つまり熱い。

 縁の部分を持って、フゥフゥと息を吹き掛けながらスープを啜る。

 

「体が暖まるね……」

 

 肋骨の部分の肉をカリカリと噛るが、これも美味い。

 

「流石に遠征中ですから、私もアリスも主様の精気は我慢しますが……嗚呼、禁断症状がですね。

主様の精気は我々妖魔にとって麻薬と同じです」

 

「うん、分かる。我慢し過ぎると手が小刻みに震えるの。保って一週間だよね?」

 

 なにやら女性陣が怪しい会話を始めたので、無言で食事をして体力を蓄えることにする。

 今回は僕の修業の他に奴らが溜め込んだお宝を奪うことも大切だ。またベルレの街に行って公衆浴場に入りたいし変わった物も食べたい。

 

 特に甘味に飢えているから、果物が食べたいんだ!

 

 空を見上げれば驚いたことに見慣れた星座が見える、一角獣座にうさぎ座・エリダヌス座・おおいぬ座……

 有名な双子座に牡牛座まであるが、これって日本の冬の星座だっけ?

 

「もしかして他の星に?いや、見え方は日本の冬の星座だし、まさかな……」

 

「主様、夜は冷えますわ。さぁ私の上に乗ってください」

 

 文字だけ読むと大変疑わしいが、デルフィナさんの巻いてくれた尻尾の上に乗るんです。

 凄いスベスベで柔らかくて、それでいて弾力があるベッドなんだよね。

 地面だと固くて冷たくて寝にくいって言ったら、デルフィナさんから提案してくれた。肉布団ならぬ蛇布団だが嬉しいです、はい。

 お言葉に甘えて尻尾の上に布を敷いて横になる。

 

「先に寝るね。じゃ交代の時に起こして……」

 

 デルフィナさんが、ゆっくりと尻尾をくねらせてくれる。これが揺り籠みたいで気持ち良いんだ。

 

 僕は直ぐに意識を手放した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お兄ちゃん、直ぐに寝ちゃったね。

デルフィナ、お兄ちゃんを甘やかせ過ぎじゃない?ラミア族は尻尾を他人に触られるのが嫌だって聞いたよ?」

 

 揺り籠みたいに尻尾をくねらせて、お兄ちゃんを微睡みに引っ張り込むデルフィナを見て羨ましいと思う。

 私じゃ自分が上に乗るなら良いけど、お兄ちゃんに乗られたら潰れちゃうよ。

 

「そうね、私たちは伴侶か家族以外には触らせないわ。

異種族に触らせるなんて、ましてや乗せるなんて普通じゃ考えられない。アリスも乗せてるでしょ?そういうことよ。

それよりも、主様の成長って異常じゃないかしら?それは良いことだけど、他の人族と違い過ぎない?」

 

 確かに毎回思うが、お兄ちゃんの成長は異常だ。

 普通の人間が城勤めの小隊長クラスになるのに、少なくとも10年以上は修業しなければならない。

 20代後半でもエリートクラスだけど、お兄ちゃんは一月にも満たない期間で成長してる。

 普通と比べたら成長速度は100倍以上じゃないかな?

 

「うん、経験値とかレベルとか不思議なことを言ってたよ。

何となくだけど、お兄ちゃんには他人の能力が分かるみたい。私たちが相手の力量を何となく分かるのよりも詳しく……」

 

 むにゃむにゃと幸せそうにデルフィナの尻尾に頬擦りしている、お気楽な見た目とのギャップに萌える。

 昔戦ったことのある、私を討伐しに来た神官と大隊長クラスの兵隊と見比べても力量は近付いたのに威厳は全く比べようが無いくらいに乏しい。

 

「でも人族の上位陣って私達を蔑む目で見るじゃない?あんな風に育ってはほしくないわね。主様には、今のままの優しい主様で居てほしいの」

 

 繁殖力の高い人間は爆発的に増えるから数の暴力が酷い。個の力は弱いのに少数の種族を見下す傾向がある。

 勿論、彼らに比べて少数な種族も個の力で劣る人族を見下している。

 

「それは同感。

威張り散らすようなお兄ちゃんはお断り。デルフィナ、しっかりお兄ちゃんを育てないと駄目だよ!」

 

 元人間で現レイスの私には、両方の思いが分かるから……お兄ちゃんには、そんな人になってほしくない。

 

「そうよね。殿方を自分好みに調教……いえ、育成できるなんて。

昔話にもあったわ、確か“ひかるげんじプラン″でしたか?言葉の意味は分かりませんが、内容は合っているはずです」

 

『ひかるげんじプラン』か……

 

 懐かしいな、言葉の意味は不明だけど最初に実行した人の名前かな?

 

「うん、聞いたことがあるよ。

幼児を攫って自分好みに育てるんだっけ?子供の頃にお父様によく言われたわ。

良い子にしないと『ひかーるげんーじ』が攫いに来るぞって。

てっきり王侯貴族か金持ちのハーレム要員確保か人攫いの犯罪者の類(たぐい)かと思った。でもラミア族にも伝わってたんだね」

 

 ラミア族は一夫一婦制だと思ったけど、やはり族長辺りはハーレム作るのかな?

 

「そうね、言われてみれば不思議な話だわ。ラミア族にはハーレムなんて無いのに……何故かしら?」

 

 二人してウンウン悩むけど、曖昧な記憶しかないし言い伝えの元に興味も無いから良いかな。

 

「お兄ちゃんにとっては私たちが居るから既にハーレムだね。

でも、もう増やさないよ。日々鍛えて精気の総量は増えてるけど、やっぱりたくさん吸いたいもん!」

 

「そうですわね。総量は増えましたが、味の濃さは変わりませんし。ああ、早く吸いたいですわ……あら?主様が、うなされてますわ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「むぅ、嫌な夢を見た気がする……」

 

 デルフィナさんの尻尾ベッドは快適なはずなのに、嫌な寝汗をかいたな。あれから深夜に見張りを交代し、明け方に二度寝をした。

 刻んだとは言え十分な睡眠時間は取れたのに、妙に疲れている。

 

「まだ野宿は慣れませんか?」

 

「お兄ちゃんって意外に繊細だよね?私に股間を見せ付けた時の大胆さが嘘みたい」

 

 悪気は無いと思いたいが、もしも股間を見せたときにあの笑顔だったら……僕は洞窟に引き籠もって出たくなくなる。

 

 そんな無邪気な笑顔だった……

 

 彼女たちとの会話を楽しみながら?マウントコングの捜索隊を待ったが、ようやく昼前に現れた。

 遠目で確認すると予想通り3匹だが、2匹がハンドアックスを1匹は鉄製のメイスを持っている。

 メイス持ちを先頭に三角形のフォーメーションで近付いてくるな。岩陰から隠れて覗くが、既に20mくらいしか離れてない。

 覚悟を決めて飛び込むしかないな!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「アリスとデルフィナさんは待機してね。危なくなったら援護よろしく!」

 

 そう言って岩陰から飛び出しマウントコングの群れに対峙する。

 今回は弓を使わないから奇襲は無理だし、慌てた行動には隙ができやすい。

 

 先ずは久し振りのステータス確認だ。

 

 

 

マウントコング

 

レベル : 8

 

HP : 52/52

MP : 4/4

 

筋力 : 38

体力 : 26

知力 : 9

素早さ : 15

運 : 11

 

 

 

 ちょっと前の僕なら筋力と体力がほとんど同じだったな。デルフィナさんの訓練は本当に的確だ。

 突然飛び出してきた僕に一瞬だが驚いたが、奴らはニヤニヤ嫌な笑いをしだした。

 まるでネギを背負ったカモが向こうからやってきたみたいな?

 本来なら全員で連携攻撃だと思ったが、奴らは三方向に取り囲もうと広がった。逃げられないように?

 マウントコングは全員右に得物を持っているので左に移動している奴を最初に狙う。

 相手の左側、利き腕と違う方向に移動している奴の進行方向から斬り付ける。

 これなら武器も振り辛く重心も反対側に移し難い。つまり避け難い!

 

「ウギャ、ギャン!」

 

 初撃は当ったが致命傷にはならなかった……武器で受けるか、しゃがむか、反対方向へ避けるかと思ったが、後ろへ跳んだ。

 だが傷は浅いが首の近くを切り裂いたので、戦うには辛いはずだ。

 これで戦力は1対2.5、怪我した奴を庇ってくれれば更に優位になるだろう。

 味方を庇いながら戦うのは難しいから、上手くすれば庇うのを優先して攻め手は一人に……

 

「ウキャッキャ!」

 

「ウホッ、ウホウホ!」

 

 アレ?庇うどころか手を叩いて喜んでるよ。怪我した奴は傷口を押さえて苦しそうなのに……奴らって厳しい序列があるって言わなかった?

 仲間意識が強いから捜索に来たんじゃないの?群れとして弱った個には厳しいのなら対応を変えるべきだ。

 

 一旦バックステップで無傷な二匹が同時に見える位置まで下がる。

 

「スリープ」

 

 そして未だ無傷の奴らに向けて眠りの魔法を掛ける。グラリと眠気で片膝を突いた奴に飛び掛かり、脳天にロングソードを振り下ろす!

 顎まで刃が食い込み両手に嫌な手応えを感じる……これは刃が骨に食い込んだか?

 引き抜くのに時間が掛かりそうなロングソードから手を離し、予備のショートソードを抜くと残り一匹と対峙する。

 頭を振って眠気を飛ばしているが、スリープの魔法自体は効いてるな。戦いに集中できない敵など怖くはない。

 何回か浅い傷を負わせた後で、出血で弱った頃を見計らい首を切り裂いて止めを刺した……

 

 

「魔法剣士らしいと言えば、らしい戦いだったな。でも僕には剣技で複数を圧倒は無理だ……」

 

 やはり僕は戦う手段を増やして搦め手で戦う事が理想かな?それとも魔法使いか僧侶に方向転換した方が良いかな?

 群れのリーダーを倒した後に再度レベルアップの方向を考えるか。

 



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第27話

 マウントコングの第二陣を倒した。

 

 剣技だけでは無理だったので魔法を併用し何とか一人で倒せたが……成長の方向性がブレる思いだ。

 剣か魔法に特化するか魔法剣士として応用力を高めるか?

 残りのマウントコングはリーダーの雄と残り三匹程度の雌だけだろう。

 第二陣まで倒したから、三分の一まで減らした。奴らの序列を考えると残りは上位陣、全て何らかの道具を使うだろう。

 つまりようやく本来の対人戦に近い戦いができる。

 

 一旦戦場から離れて考えを纏める。

 

 200mほどの距離を移動し、少し草木が茂った場所を背に地面に胡坐をかいて座る。座れば少しは草木で体が隠せるはずだ。

 空を見上げれば、太陽はまだ真上を過ぎた辺り……

 時刻は昼過ぎ、夜襲を掛けるにしても、このまま突撃するにしても移動を考えると微妙な時間なんだよね。

 せっかく襲撃の時間をこちらで選べるのだ。考え無しで突撃とか無駄で危険なことはしたくない。だから信頼している仲間と話し合う。

 

「デルフィナさん、アリス。どうしようか?」

 

 戦いで汗をかき草原の爽やかな風で冷えた体を暖めるために、彼女たちはお湯を沸かしている。

 地面に穴を掘り周りに石を並べて竈(かまど)を作り、その上に水を入れた素焼きの壺を置く。

 枯れ枝を燃料に魔法で着火して、お湯を沸かす。冷えた体には白湯でも嬉しい。

 できれば紅茶か珈琲が飲みたいが、この世界では未だ出会っていない。

 嗜好品としての飲み物は果実水と酒がメインらしい。でも日本刀があるくらいだから、他にも何かしら流れてきた物がありそうだ。

 

「残りの雌が出てくるまで待ちましょうか?雄はそれなりに手強いですわ。最初に取り巻きの雌を全て倒しましょう」

 

 慎重派のデルフィナさん。

 

「残りは四匹くらいでしょ?こっちから襲撃しようよ。取り巻き全てを先に倒したら、残された雄は凄い警戒するよ」

 

 積極派のアリス。

 

 両方共に理由があるから悩むな……差し出された椀の白湯をチビチビと飲む。

 うーん、熱くて不思議と土の味がするのに美味いな。一夜干しの肉を串に刺し炙り始めると、脂の焦げる良い匂いが漂う。

 これは昨日捌いたアルマジロ擬きの肉だ。

 

「デルフィナさんの言った対人戦の練習なら、このまま戦いを挑む方が良いよね。勿論、馬鹿正直に突撃はしないよ。

夜襲は相手の同士討ちも狙えるかもしれないが、敵を倒すまで留まるなら不利かな。僕らは夜目が利かないからね。

やるなら早朝だ、そのままお宝を回収して立ち去れる。

夜襲だと日が昇るまで待たなければ見落としがあるかもしれないし、血生臭い場所に長く留まるのは危険だよね」

 

 串焼き肉が食べ頃に焼けたみたいだ。アリスからアルマジロ擬きの串焼き肉を貰い頬張る。

 息を吹きかけて冷ましたら一口かぶりつく……筋張って固いがモチャモチャと咀嚼して飲み込む。

 すっかり調味料無しの食生活に慣れた。所謂、素材の味を楽しむ?

 

「そうですわね。ですが四対一は危険です。

最初は全員で襲い掛かりボスを主様が一人で戦ってみては如何でしょうか?ピンチになったら私がボスをミンチにします」

 

「そうだね。

お兄ちゃんの訓練のためにアリスも頑張って協力するよ。危なくなったらボスを火達磨にするから安心して」

 

 デルフィナさんの慈しむような微笑みも嬉しいです!

 

 アリスの輝くような笑顔が凄く眩しいです!

 

 後半の台詞が凄く怖いです!

 

 もしかして彼女たちってヤンデレ化してないかな?それとも、この世界の恋愛って束縛系?

 この世界に彼女たち以外の恋愛相談ができる知り合いなんて居ないから分からないけど、標準的な恋愛観は知っておかないと街中でボロを出すかも。

 でっ、でもハーレムは否定されてないはずだ。

 勿論、男の甲斐性次第らしいけど稼ぎがあれば複数の女性と付き合っても良いんだ。思考が脱線しかけたが頭を振って元に戻す。

 

 ボスと一騎討ちか……

 

 武器を扱い人間より強い力を持つマウントコングと戦えれば、何かが掴めるかもしれない。

 今後の成長の切っ掛けを……よく考えたら普通のゲームは、どんなに高レベルなプレイヤーキャラでも必ずダメージを受けていた。

 やり込み要素が売りのゲームでも同様。属性無効はあれど完全に被弾0のゲームは無いと思う。

 つまり無傷で敵を倒すのはロールプレイングゲームよりアクションゲームの感覚だ。

 この世界は僕の知るゲームの世界観に近いが、現実は殴られれば痛いし切られれば血も出る。

 

 バーチャルリアリティーでも説明がつかない。

 

 レベル・経験値・ステータスと突っ込み所は満載だが、ゲーム感覚を捨てないと危険かもしれないな。よし、決めたぞ!

 

「早朝に奇襲をかけよう!最初に取り巻きの雌を皆で倒す。ボスの雄は、僕一人で戦ってみるよ」

 

 扶養家族のはずが逆に養ってもらってるからな。何とかしないと格好がつかないや……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 日が昇る前に移動し、マウントコングが潜む林の近くに到着した。

 僅かに風が吹いているので、大回りして風下から近付いた。僅かな警戒も怠らない、僕は大して強くないから。

 暫く待つと東の空が明るくなってきた。

 徐々に暗闇から薄暗く周りが見えにくい状態までになったことを確認し林の中に侵入する。

 どうしても小枝や砂利を踏み締めるために僅かな音を立ててしまうが、幸いにも獣道があったので真っ直ぐに巣まで近付けるだろう。

 

 大して広くない林だからか、警戒しながら歩いても5分と経たずに目的地へ……

 

「うほっ、うほうほ……」

 

「あっ、ああっ、あっ……」

 

 えーと、耳を澄ますと悩ましい声が聞こえるんですけど?ハーレムを作るだけあって、お盛んなのね。

 思わず照れて赤面する顔が見たくてデルフィナさんとアリスを見る。だが二人共微妙な表情で僕を見返している。

 

「あの……今って繁殖期?」

 

 仕方なく何とか真面目な顔を作り質問する、内心残念だ。

 

「マウントコングは一年中発情期らしいですわ。何回か私が戦ったときは、このようなタイミングは無かったですが……」

 

「丁度良いから、やっちゃおうよ!今なら注意力も散漫だよ……」

 

 小声で淡々と言葉を返してくれる女性陣。だけど彼女たちからは照れや恥じらいは全く感じられない。

 アレかな、僕らが犬猫の交尾に興奮しないのと同じことかな?いや、少し違うか……

 

「とにかく、突撃しよう。僕が真ん中、左右に分かれて別々に一匹ずつ倒す。

初撃を終えたら後に下がって一旦距離を取ろう。二撃目で致命傷を与えられるならよし、無理なら距離を取る。良いかな?」

 

 静かに頷く二人……

 

 気まずいが視線を先に向ければ後から雌を攻めるボスと左右にだらしなく寝そべる雌が居る。

 汚いケツを見せるな、テンションが急降下中です。慎重に距離を詰めるが、あと10mくらいで姿を隠せる障害物が無くなった。

 

 相変わらず雌を攻めるボス……

 

 鞘からロングソードを抜き鞘はその場に置く。持ち歩いたり腰に吊しては行動に邪魔だ。

 深呼吸をして息を整えロングソードの握りを確認するが、手汗で滑りそうだ。ズボンで掌の汗を拭き取り握り直す。

 

「いくよ!」

 

 小声で合図をして体を隠していた藪から飛び出す。七歩目で飛び上がり、ボスの脳天めがけてロングソードを振り下ろす。

 左右に仲間が居る状態でロングソード横に振り回すのは同士討ちが心配でできない。だから縦に振り下ろすしかないのだが……

 

「グギャ?」

 

 無防備状態の後から叩き付けるように切った所為か、頭半分まで刃が食い込んだ。

 奴の背中に右足を蹴り付ける様にして体ごとロングソードを後ろに引き抜いた。

 

 ヨシ、脳天をカチ割られて血が噴き出し前のめりに倒れたぞ。

 

 そのまま後に三歩ほど下がって状況を確認!デルフィナさんは僕と同じように敵の頭を潰した。

 アリスはファイアの魔法を連射したが致命傷には至ってない。相手は地面を転がりながら火を消そうとしている。

 ボスの下敷きになった雌は無傷だ。体を起こして左右に揺れながら僕らを威嚇している。

 

「二人共、手を出さないでくれ。一人でやってみるよ」

 

 ロングソードを一振りして刃に付いた血を飛ばして構える。相手もいつの間にか手に武器を持っているが……やはり棍棒だ。

 長さは1mくらいだが、所々を金属で補強している。棍棒と言うよりはメイスかな?手が長い分、短いメイスでも攻撃範囲は広い。

 僕の攻撃範囲では奴の攻撃を躱さないとダメージを与えられないぞ。待っていたら火傷を負った奴も戦いに参加するだろう。

 

「いくぞ!」

 

 相手の武器に注意を払いながら真っ直ぐ突っ込む。

 

「うほっ、うほほー!」

 

 奇声を上げて此方を威嚇しメイスを構えているが、僕が近付くとリーチを生かしてメイスを水平に振る。

 敵の攻撃をロングソードで受けるが、弾き返せずによろけてしまった。何とか踏み留まり、二撃目をバックステップでかわす。

 やはり相手は横にしか振り回さない。しゃがむか後ろに下がるか武器で受けるかしかできない。

 

 何かに気を引かせないと近付くことさえ無理かな?

 

 少し距離を取りロングソードを左手に持ち替え右手を背中に回す。ベルトに差したダガーを掴み奴の顔目がけて投げつける。

 当然真っ直ぐには飛ばず、クルクルと回りダガーは奴の顔に当たって地面に落ちた。

 

 思わず両手で顔を覆った今がチャンスだ!

 

 ダガーは当然だが刺さりはしないからダメージはほとんど無いだろう。度胸一発、奴に接近してガラ空きの腹を横に切り裂く。

 ロングソードを振りぬいたが、思った以上に軽い手応えだ。骨を切り裂いた感じがしないが手応えはあった。

 バックステップで距離を取り傷を確認するが、やはり浅かったかな?腹筋は切り裂けたが、内臓まではダメージが行ってない。

 

 奴は傷をモノともせずにメイスを振り回す。

 

 だが、鈍い金属音と共に今度は攻撃を弾くことができた。何故ならば答えは簡単、腹筋の傷により踏ん張りが利かないから。

 痛みに負けて押し負けるんだ。視界の隅に火傷を負った雌が起き上がり、こちらを窺うのが見えた。

 

「ごめん、二人共……もう一匹までは対処できないから倒して。僕はコイツを何とかする」

 

 そう言って奴の攻撃を弾き返してチクチクと手傷を負わせ、弱ったところで首を切り裂いた。

 

「ふぅ、何とか倒せた。でもなんとなくだけど僕の攻撃スタイルが思いうかんだ……」

 

 僕に足りないのは防御力とリーチ。だが、コレは両立しない。防御力を付けたいなら盾を装備すれば良い。

 だけど両手剣から片手剣になるので、今使っているロングソードより短くて軽くしなければ扱えない。

 リーチを得るには長柄の武器を使えば良い。例えばデルフィナさんのポールアックスみたいに……

 だが、アレはデルフィナさんの筋力あっての武器だ。僕では上手く扱えないだろう。

 槍や短槍では突くしかできず、槍に斧を付けたハルバートは重すぎる。だが僕は知っている。

 

 リーチがあり比較的軽くて突いたり切ったりできる武器を……

 

「薙刀を手に入れるかな。無理なら作れば良い。

ファルシォンみたいな反りのある片刃剣は売ってたから加工すれば……」

 

 ベルレの街に行ったときに鍛冶屋にでも頼んでみようかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦いの後のお楽しみはお宝発見だ。

 

 マウントコングは光り物を集める習性があり、元の世界と違い光り物など金属か宝石くらいしか無い世界だ。

 期待に胸が高まる。倒した奴らの周辺を念入りに探す……

 

「主様、ありましたわ!」

 

「お兄ちゃん、大量だよ!」

 

 そして、それは直ぐに見付かった。奴らは寝床の後にお宝を積み上げていたんだ。

 デルフィナさんとアリスが嬉々としてお宝を選別していく。

 

 一番多いのは武器だ……

 

 ロングソードにショートソード、スピアにダガー。業物は無いが武器は消耗品だから助かる。

 汚れとかは落とせるけど本格的な手入れは無理だし、製鉄技術が低いのか直ぐに刃こぼれとか折れたりするんだ。だから予備の武器は欠かせない。

 

 他には金属製の盾が二枚。

 

 所謂スモールシールドかな?円形で直径が40cmくらいの金属板とA3程度の長方形の盾。

 前者は全金属製で後者は木板に金属を貼り付けている。どちらも腕にベルトで固定するタイプだから、両手で武器を持つこともできる。

 

 後は宝石類か……

 

 デルフィナさんがルビーを太陽に透かして傷を確認しているが、彼女の笑顔を見れば中々の品質なんだろうな。

 光り物が好きなだけあり、よく磨かれて手入れもされている。

 

 戦利品は、武具防具がロングソード5本・ショートソード3本・スピア2本。ダガーやナイフが合わせて8本・スモールシールド2枚だ。

 宝石と装飾品は、宝石は全部で28個で、そのうちの5個は大玉だ。

 

 珍しいのは銅鏡があり綺麗に磨かれていてよく映る。イメージでは緑青だが、アレは単純に錆々だったんだな。

 マウントコングも銅鏡が一番のお気に入りだったのだろう、宝物の中心に安置してあった。

 

 覗き込むと魂まで吸われそうな綺麗な銅鏡……

 

 その他の金属片や壊れた武器・防具は屑鉄として鍛冶屋が引き取ってくれるそうだ。今回も首尾良く儲けることができて良かった。

 

 因みにレベルが上がっていた……

 

 

 

職業 : 魔法剣士

称号 : 異形の主

 

レベル : 17

 

HP : 172/172

MP : 53/53

 

筋力 : 58

体力 : 39

知力 : 43

素早さ : 49

運 : 17

 

魔法 : ヒール スリープ ライト キュアパラライズ キュアポイズン

 

装備 : ロングソード 異国の刀 皮鎧 皮の小手 皮のブーツ

 

 相変わらず運は1つずつしか上がらないのか……

 

 



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第28話

 マウントコングの溜め込んだお宝は結構な量だった。

 

 宝石類は前回の盗賊を襲ったときより質も量も良さそうだ。特に銅鏡は女性陣が喜んで使っている。

 確かに木製の櫛は現代でも通用しそうな完成度の物をデルフィナさんが持っている。

 

 歯の揃った櫛自体は古い、元の世界でも縄文時代の佐賀市東名遺跡から出土している。

 材質は骨・竹・木製と豊富だが、実は櫛は衛生用具として頭皮や髪の手入れに用いた。

 この世界も入浴や洗顔が一般的なので櫛の普及は当たり前だろう。デルフィナさんは自慢の髪を梳いて手入れをしているが、それを見るのは楽しい。

 まるで絵画を見ているようなんだよね、手入れの際は上着を着ないから余計に……ロングソードの刃面も磨けば鏡に近いが、微妙な凹凸で映り込む顔が歪む。

 銅鏡は凹凸無く均一に磨くので大変手間が掛かるんだろうな。

 

 あんなに喜ぶならマウントコングを倒しに行って良かった。

 

 だけど銅鏡のデザインが手鏡タイプと違い円形で古墳から出土する物と似ているのが気になるんだ。

 特に裏面の模様とか国宝の海獣葡萄鏡に似ていて、この世界には似つかわしくない……しかも連弧文という文字で銘文が書かれている。

 

「久不相見、長毋相忘」

 

 これは、『ひさしくあいまみえず、ながくあいわするるなからんことを』って読めるんだ。

 吉野ケ里遺跡(弥生時代中期後半頃)の甕棺墓(かめかんぼ)から出土した銅鏡に書かれていたのと同じだ。

 ここには小学生のときの社会見学で行って体験工房でレプリカ銅鏡を作ったことがある。

 勿論、材質も本物の青銅ではなく低融点合金といってスズとビスマスの混ぜ物合金だ。

 この二つの金属は融点が138℃だから鍋で暖め、型に流し込みむだけ。大きさも直径7㎝くらいで後は水ヤスリで磨けば完成。

 全ての工程が一時間半で終わる小学生用のお遊び体験だが、鋳型は皆同じ物だし有名な出土品のレプリカだから裏面の模様と連弧文という文字の銘文は内容も細かく説明された。

 意味は『永く会えなくとも忘れないでほしい』だったと思う。

 

 過去に……

 

 この世界に飛ばされた人が、残した大切な人たちを思い作ったと考えるのは考え過ぎかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一旦拠点の洞窟に戻り戦利品の手入れをする。僕たちはテーブルに腰掛けて各々がボロ布で戦利品を磨いていく。

 薄暗い蝋燭と焚き火の明かりが頼りの手作業だ。

 まだまだ夜は冷え込むので焚き火は暖を取るためにも必要、定期的に薪をくべる。

 

 パチパチと燃える音を聞いていると、不思議と心が落ち着くね。

 

 女性陣は宝石をテーブルの上に並べて楽しそうに話している。

 鑑定は昼間のうちに太陽の光に透かして傷などのチェックは済んでいるが、大きさとか形を比べては楽しそうに喋ってるね。

 ガールズトークは慣れないので僕は蚊帳の外だ……

 不思議と自分では身に付けず、売ることばかり話しているが、やはり彼女たちに何かアクセサリーを贈るべきだろう。

 一般的なら指輪かピアス、ネックレスも良いが、彼女たちには何が似合うかな?ぼんやりと考えながら手は動かす。

 売るにしても綺麗な方が高く買い取ってくれるからね。今回は防具は盾だけだが、これは売らずに自分で使おうと思う。

 

 所謂左手に固定するスモールシールド?ラウンドシールド?を綺麗に磨いて固定の金具を自分の腕に合わせて調整する。

 これはアイロン型と言われ固定することで盾を腕全体で支えられるので、より強い衝撃に耐えられる。

 全金属製と木材に金属で補強した二種類だが、重みはあまり変わらない。

 補強した方が軽いかと思ったが、下地の木材が強度を保つためか割と厚く重い。しかも内側にナイフを1本仕込める。

 金属補強を施した木製盾は厚み3㎝ぐらいあるのだが、全金属製は1㎝も無い。

 だが、全金属製よりも打撃の衝撃は緩和してくれそうだ、直接腕に衝撃が届くので緩和される方が使いやすいだろうか?

 

 スモールシールドの利点は何だろうか?

 

 相手の攻撃から身を守る、殴れば打撃攻撃ができる、構えることで相手の攻撃方向を制限できる。

 

 じゃ欠点は?

 

 足元の攻撃に弱い、重いから長期に行動すると疲労が溜まる、片腕が塞がれるので片手持ちの武器しか使えない。

 だが腕に固定すれば、防御を捨てれば両手武器は持てる。

 盾を使う場合は両手持ちの武器は使い辛いだろう……この世界には金属製の武具・防具はたくさんある。

 だが、鎧に関しては展示品を見たが、実際に全金属製の全身鎧(プレートアーマー)を着ている人には会ったことが無い。

 デルフィナさんのライトメイルも上半身タイプで金属全体の80%くらいで残りは補強の皮だが、それでも重さは20㎏近い。

 全金属製の兜を含んだ全身鎧だと40㎏以上になるだろう。

 それに武器を持ったら普通に動けないと思うのだが、他国との戦争時には騎士は全身鎧を纏い戦うそうだ。

 

 戦闘と戦争は違うことを思い知らされた。

 

 我々は移動を妨げない程度の防御力の鎧しか着れない。やはり防御力UPとリーチの長い攻撃方法を考えないと駄目だな。

 今は80cmだから、あと30㎝くらい長ければ随分と違うんだよな。

 だけど槍は直線的で点の攻撃しかできないから、突く切るを合わせた軽くて使いやすい武器が欲しい。

 日本の武器なら小薙刀か長巻、西洋ならグレイヴか両手剣辺りかな?やはり専門家の意見を聞いた方が良いかな。

 もしかしたら僕が知らないだけで良い武器があるかもしれない。

 僕たちのフォーメーションは前衛アタッカーのデルフィナさん、後衛魔法使いのアリス。

 僕は魔法剣士と微妙な立ち位置なんだよね……剣も魔法も決定的な攻撃力が無く中途半端な存在、器用貧乏だ。

 だが、魔法は選べるわけじゃなく突然頭の中に浮かび上がるから、狙って成長はできない。

 ならば剣技はと言っても修練度とか低いから、ただ闇雲に武器を振り回しても上達しない。

 どっちもどっちだが、少なくともレベルが上がればステータスは上がる。

 基本スペックが上がれば素早く力強くなれるから、他に何かを+αできれば強くなれるだろう。

 魔法を組み込んだ戦術を考えてみるか、不意討ち以外で……先ずはリーチを伸ばした武器を手に入れることから始めるか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二回目のベルレの街への訪問。

 

慣れた街道を三人でのんびりと歩く。今回は宝石と不要な金属類の買い取り、新しい武器の購入がメインだ。

 僕的には公衆浴場を楽しみたいと思う。アレ(個室家族風呂)は良い物だ!

 

 混浴バンザイ!大切だから繰り返しましたよ。

 

「主様、顔が綻んでますが?」

 

「お兄ちゃん、絶対エッチなこと考えてるよ!」

 

 すかさず女性陣から厳しい意見を頂くが、あの香油の塗りっこは止められない止まらない。

 

「違うよ、三人でのんびりできるのが嬉しいんだよね。あとフルーツをもっと食べたいんだ」

 

 甘味が圧倒的に少ない世界だから果糖が貴重なんです。前回は柑橘類だったから今回は他の物が食べたい。

 バナナとかメロンとかあれば良いな……この世界に来てから数少ない娯楽のあるベルレの街に行くのは楽しい。

 暫く歩くと前に盗賊を襲撃した場所に近い街道に差し掛かった。

 

 確かここから街道を外れて洞窟を探したはずだ……

 

「主様、あの盗賊たちの洞窟の近くですわね」

 

 何気ないように街道脇の森を見詰めるデルフィナさんの表情は真剣だ。自分を襲い逆に壊滅させた連中のことだから何か思う所があるんだろう。

 

「うん、デルフィナさんを襲った連中だ。同情の余地も無い。もう気にしないで……」

 

 そう言って横を這う彼女の手を握る。彼女の下半身は太いヘビだから歩くより這うで良いのだろうか?

 

「そうだよ、悪は滅びたんだから気にしないで」

 

 アリスも僕の手を握ってきたから三人で横並びで歩くことになったが、人通りはほとんど無いから平気かな?

 しばらくは彼女たちの手の柔らかさと温もりを堪能した。だが遠目で見れば、若夫婦と娘に見えるかも?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そろそろベルレの街の城壁が見えてきた。あと1㎞くらいだろうか?

 

 前回同様に街の周りは広大な畑で青々とした作物が風に揺られている。

 作物はジャガイモみたいだが、中世ヨーロッパってどんな作物を育ててたかな?

 ジャガイモ・トマト・蕪・キャベツ・ニンニクくらいしか思い浮かばない。湿った土と青臭い植物の匂い……

 

「そろそろ売る荷物を出そうか?」

 

「そうですわね。収納系のマジックアイテムを知られるのは不味いですわね」

 

 街道を逸れて畦道を少し歩き枯草の山に身を隠すように座る。周りを確認したが人は居ないな。

 皮袋から品物を取り出していく。武器類は取るときに怪我をしないように慎重に皮袋に手を差し込む。

 今回の売り物はロングソード2本とスピア2本。これは質の悪い物を売ろうと思う。

 中距離武器としてスピアは有利なんだけど、少し練習してみたが自分には合わない気がした。

 長さも2m近くあり使うには場所を選び携帯も大変だ。なので全部売る。

 ダガーやナイフは日用品としても使うので全部残す。

 

 目玉の宝石は全部で28個、そのうちの5個は大玉だ。その他の屑鉄が麻布に一杯詰まっている。

 

「今回は前よりも多いから売値が楽しみだね、幾らになるかな?」

 

 宝石類と屑鉄の詰まった麻布はデルフィナさんが、武器類は僕が持つ。麻布は30㎏近くあるのに彼女は軽々と持つ。

 これがステータスの筋力の違いだな。僕の筋力は52だが彼女は120も有る、二倍以上の差は大きい。

 昔は振り回すのはショートソードが精一杯だったが、今はロングソードも扱える。

 レベルを上げて筋力が上がれば、いつかは重量級の武器も扱えるだろう。両手剣や長柄の武器を……

 

 だが現段階では力不足だから、やはり武器で対応するしかない。

 

「そうですわね……

10000G、いや15000G以上は固いと思いますわ。でもオーダーメイドの武器は高いです。

できるだけ高く引きとってもらえるように頑張りますわ!」

 

 ガッツポーズをするデルフィナさんが頼もしいです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二回目となるベルレの街の出入口に到着した。

 

 前回同様、数人の守衛が警備をしている。門に二人、矢倉の上に二人。中にも守衛の詰所があり有事の際には飛び出してくるのだろう。

 何故か僕らを見て一瞬考え込む仕草を見せた守衛に話し掛ける。

 

「武器と屑鉄の売買と日用品の買い出しで一泊します。三人ですが内二人は武器を預けます」

 

 そう言って守衛に2Gを渡す。確か武器の有り無しで割り符が木か金属かで違い、金属製は預り賃が1Gだ。

 

「ん、ああ……

預ける武器はこちらへ、売り買いはそっちのカウンターだが買った武器は帰りに受け取るんだぞ。ほら、割り符だ」

 

 口調は怖いが親切に指差して場所を教えてくれた。

 武器を守衛に預けてまずは不要な武器を売るために買取カウンターへ向かう。

 

「いらっしゃい、しばらくぶりですね。今日は武器ですか?」

 

 若い、ギリギリ10代か20代前半の男が馴れ馴れしく声を掛けてきたが……しばらくぶり?

 

「ええ、ロングソードとスピアを二本ずつ。あと、できれば屑鉄類を」

 

 カウンターの上に買取希望品を並べていく。

 

「よく磨かれてるけど質はあまり良くないね……」

 

 ロングソードを鞘から抜いて品定めをしている若い男に言われてしまった。

 

「マウントコングの集めていた品物の余剰品だからね。新しい武器も買うからオマケしてよ」

 

 一応交渉の真似事をしてみるが、効果はイマイチだ。

 

「へー、マウントコングを殲滅したの?見た目より腕が立つんだね。

じゃロングソードは二本で120G、スピアは同じく二本で80Gでどう?屑鉄はオマケして15Gかな」

 

 合計で215G、日本円に換算して約22万円か……チラリとデルフィナさんを見ると頷いたから適正値段なのかな?

 

「買取はこちらもオマケして、その値で良いですわ。その代わり新しく買う武器を値引きしてくださいね」

 

 うわ、笑顔で値切り交渉に入ったよ……さすがはデルフィナさんだな。店の兄ちゃんも顔が引きつってるし。

 

 この顔……ああ、前回と同じ店員か!

 

「何が欲しいんですか?希望があれば在庫を用意しますよ」

 

 気を取り直したのか笑顔で交渉を始めてきた。

 

「普通のロングソードよりもリーチが長くて重くない武器ないかな?突くだけじゃなく斬ることもできる奴が良いな」

 

 曖昧な言い方で相手からの情報を聞き出す。

 

「ふむ、リーチね……スピアは……売るくらいだから嫌なんだな?グレイヴなんてどうだ?」

 

 奥の棚からゴソゴソと武器を取り出してくれた。まだ日本刀は飾ってあるけど、脇差の情報は集まってるのかな?

 因みにグレイヴは木製の長柄にファルシォンを付けたような武器だ。手に取り構えて軽く振ってみる。

 

 意外に先端が重いが、悪くはない。

 

 だが200㎝以上ありほとんどスピアと長さが変わらない。携帯に不便だし取り扱いも難しそうなので、この武器は却下かな。

 だが思った以上に軽い、5kgくらいかな?

 

「少し長いな……もう少し携帯に便利な短いの無いかな?」

 

「短いのね?グレイヴは刃物部分が50㎝くらいが普通だから柄を短くするとバランスが悪いよ。コレなんか短い方かな」

 

 刃物部分は同じ40㎝くらいで柄が120㎝ほどかな?ソレでも160㎝はあるが……

 使ってみると確かにバランスが悪い、全体の中心あたりを持たないとブレるな。

 今使っているロングソードの倍のリーチだが、使いこなすには時間が掛かりそうだ。

 

「うーん、微妙だな。もっと短いのないかな?」

 

 そう言ってグレイヴを返す。注文が多く漠然としているためか店員も困惑気味だ。

 

「それなりの重量のあるグレイヴを普通に振り回せるんだから良いと思いますが……思い切って両手剣の長い奴を使ってみますか?」

 

「両手剣か……」

 

 店員がカウンターに置いたのはツーハンデッドソードだ。

 

 長さは柄も含めて150cmぐらい、刃の幅は意外と狭く根元の部分で5cmもない。先端に行くほど細く尖り、どちらかと言えばレイピアかスピアに近い使い方じゃないかな?

 振り回してみれば意外にシックリと来るし重さも3.5kgほどだ……

 

「それが振り回せるならコッチも大丈夫じゃないか?」

 

 もう一つのお勧めはツヴァイヘンダーだ。

 

 長さは柄も含めて180cmぐらい、刀身は140cmで更に重く5kgはあるかな?だがツーハンデッドソードは突くに重点を置くが、コッチはロングソードと同じ叩き切る戦法が使える。

 軽く振ってみるが、重さも然程気にならない。

 

「お客さん凄いな!なかなか様になってるし、ヒョロイのに力は強いんだな。で、ドッチが気に入ったんだい?」

 

 ステータス的には守衛よりも力が倍近く強いわけだし、筋力により使える武器が違うのかもしれないな。

 

「うーん、甲乙つけ難い感じかな?因みに幾らだい?」

 

「ツーハンデッドソードは1000G、ツヴァイヘンダーは1200Gで良いよ。持って振り回せる連中も少ないから中々売れないんだよね」

 

 うーん、流石に新品武器は高いなぁ……チラリとデルフィナさんを見ればニッコリと微笑んでくれたので、交渉担当変更かな?



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第29話

 店員のお薦め武器を試しに振り回していたら注目を集めてしまった。

 

 聞けば重量級の武器は取り扱いが難しく使い手も多くない。

 確かにベルレの街にたくさん居る衛兵を標準とすればレベルは15、筋力は20ぐらいだろうか?

 怪力モンスターのマウントコングですら筋力40を超えてない。

 僕はレベル15で筋力は52だから、実はパワーファイターだったのか?

 おかしい。魔法剣士として頑張るつもりが、重剣士に方向転換か?

 

 性格的には中遠距離戦を主に接近戦は控えたいんだけど……

 

 確かに軟弱ボーイだった頃から比べて倍以上の数値アップたが、元の基本数値と上昇率が他の連中より高い気がする。

 アリスやデルフィナさんのステータスを考えれば、その辺のモブ的な衛兵と比べて喜んでちゃ駄目なんだが……

 チートなのか違うのか微妙なんだよね、相変わらず運低いし。

 

「両手剣のお薦めはツーハンデッドソードとツヴァイへンダー。

どちらも甲乙付け難いが、ツーハンデッドソードは突きに特化しツヴァイへンダーはロングソードと同じ使い方ができる……デルフィナさん」

 

 うちの交渉担当に話し掛ける。

 

「なんでしょう?主様」

 

 シュルシュルと近付いてくれるが、彼女の目は真剣だ。

 

「リーチのある武器として欲しいのは、この二本なんだけど……デルフィナさんから見て質はどうかな?どちらが良いかな?」

 

 目利きスキルは全く無いので武器の良し悪しが分からないんだよね。精々が見た目の良さだが、実はナマクラだと大損だ。

 1200Gと1000Gとか今着てる鎧が300Gなのに比べても相当高い。それだけ金属加工が大変だって事か?

 

「ふふふ、分かりましたわ。主様の信頼に応えましょう。

普通は自分の武器選定を他人に委ねたりはしないのですよ。まずは……」

 

 あれか?武器には魂が宿る的な?

 うーん、江戸時代は武士の魂的存在の日本刀も少し遡れば道具の扱いだったそうだ。だけど命に関わる武器を委ねるのは信頼の証なのかな?

 手に持ってバランスを確認したり歪みや欠けを調べたりと真剣に目利きをするデルフィナさんをアリスを膝の上に乗せながら見つめる。

 

 どうやらアリスは飽きたみたいだ……

 

「二本で2000Gでどうでしょう?」

 

「いやいや、いきなり下げ過ぎですよ!おまけして2100Gです」

 

「いえ、長く飾られてのでしょう。使用前に研がなければ……」

 

 長い交渉になりそうだな。膝の上のアリスが退屈そうに欠伸をし始めたぞ。

 

「アリス、せっかくデルフィナさんが頑張ってるんだから起きてなさい」

 

 両手で目を擦るアリスの頭を撫でる。うん、癒されるな……

 

「分かりました!合わせて2025Gでどうですか?これ以上はまけられません!」

 

「良いですわ。鞘はおまけしてくださいね」

 

 これ以上無理と言わせた後に無料で鞘を要求するデルフィナさん、流石です素敵過ぎます。

 

「分かりました……毎度ありがとうございます、ゲフッ」

 

 ガックリとうなだれる店員と満面の笑みのデルフィナさん。周りの野次馬も結果を確認して満足したのか、散り散りに離れていく。

 ベルレの街に来るなり最初から注目を集めてしまったな、反省。受け取りと支払いは帰りになるだろう。

 

 僕の武器だけの高い買い物になってしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「フェルデン様、面白い者たちを見ましたぞ。前にフェルデン様が調べさせた連中を私も見ました。今、ベルレの街に来ております」

 

 巌ついオッサンが笑みを浮かべて執務室に入ってくるな、キモいわ!

 

「何だコッヘル。あの若者たちがまた来たのか?一月ぶりくらいか……」

 

 ラミア族の戦士デルフィナと幼女を伴い我が街に来た不自然な若者。

 

「ええ、報告ではショートスピアを使うソコソコの使い手とありましたが……両手剣を買い求めていました。

中々どうして軽々と振り回してましたぞ。荒削りで技量は低そうですが、鍛えれば強くなりますな」

 

 楽しい玩具を見付けた顔だな。コッヘルも大剣の使い手として名を馳せた強者。

 それが興味を持つとは素質はあるというわけか……

 

「ふむ、両手剣を使えるのか。危険な連中とも思えんし、無理な干渉は控えろよ。

他にも色々と忙しいし、お前にはカインとアベルの鍛練も任せたはずだ。暇なら仕事を増やすぞ」

 

 血の繋がった我が子たちだが、自分で鍛えるのは色々と問題があった。俺の落胆した顔をアイツらに見せるわけにもいかないからだ。

 どうしても失望が先に来てしまう、俺の息子たちは凡庸だ……

 

「ははははは、フェルデン様の御子息様たちは失礼ながら武の才能は無いですぞ。自衛くらいはできるようにはしますが、一角の武芸者にはなれますまい」

 

 時間の無駄か、才能の無い者の指導は面倒臭いのだろう。俺も我が子のことは悩んでいるから分かる、見切りを付けた奴の面倒は大変だ。

 親としては失格だが、領主として有能な後継者を育てることは義務だ。

 

「はっきり言うな、分かってる。後妻と側室を早く孕ませる。

有能な男、駄目でも女を生ませれば……カインとアベルには悪いが仕方ない」

 

 後継者争いをするならば、俺の手で我が子を殺さねばならないか……

 

「分かりました。フェルデン様か、そこまで覚悟しているのならば従いましょう」

 

 お互い苦々しい顔のままコッヘルは部屋を出ていった。だが、あの若者が両手剣をだと?

 ラミア族の戦士デルフィナが主と認めた男だけのことはあるか、前はそこまでの強者とは感じなかったが……

 考えても仕方ないな、有能ならコッヘルが対処するだろう、勧誘するなり排除するなり。

 

 まずは机の上の仕事を終わらせないと、妻と側室の寝所に行けないか……山積みの書簡を見てため息をつく。

 

 領主って奴は武芸よりも内政の適性の方が重要じゃないのか?物理的外敵に直接当たる必要は領主には無い。

 確かに戦意高揚で前線に出るのは効果的だが、頭が潰されれば大軍とて瓦解する。

 最適な人員と補給を用意するのが領主の仕事の一端だろうに。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 宝石類は思った以上に高値で売れた。単品では前回の大玉ルビーには敵わないが、数が多かったので合計16200Gと笑いが止まらない。

 

「主様、ニヤニヤを止めてください。そんなにも混浴が楽しみなのでしょうか?少し恥ずかしいですわ」

 

「お兄ちゃん、自重だよ!がっつく男は余裕が無いと思われちゃうよ?」

 

 両手の花から酷い言葉を貰いました!

 

「ちっ、違うぞ!確かにお風呂は楽しみだけど宝石類が高く売れたことがだね……」

 

「はいはい、分かりましたがまずは食事をしましょう。前回は市場の露店で串焼きを食べましたが、今回は食堂に行きましょう」

 

「そうだね、先ずは腹拵えだよ!精力を蓄えないと、干からびるまで絞り取るゾ!」

 

 アリスの語尾が変だった!デルフィナさんの目も捕食者のソレになっちゃってます。

 

「はははは……お手柔らかにお願いしますね」

 

 たくさん食べないと彼女達に絞り取られて死んでしまう。

 流石に死ぬまでは精気を吸わないと思うが、発情して理性を無くしたら分からないからな。

 両手を繋がれて某宇宙人ばりに食堂へ連行されました……

 初めて入る食堂、イメージは開拓時代のアメリカだろうか?木造の建物、木製丸テーブルに椅子。

 四人掛けのテーブルが10組ほど配され既に半分ぐらいが埋まっている。

 皮鎧を着込んだ一団や家族連れ、爺さん一人だけと多種多様な客だ。だが、全員が僕らのことを気にしてチラチラ見ている。

 

 大抵は酔客に絡まれたりするんだよな、お約束で……

 

 怪しいのは皮鎧の一団だが、さほどの脅威も感じない。咬ませ犬なら丁度良い相手だが、テンプレな展開は流石に無いかな?

 正面にはカウンターがありガッチリした親父が座っている。うん、睨みを利かせてるようで怖そうだな。

 

「料理の種類はありません。定食と飲み物だけです。私は麦酒ですが主様とアリスは蜂蜜水でよいですか?」

 

 頷くとデルフィナさんが親父のもとへ行き何か話してお金を渡している。当たり前だが先払いなんだな。

 しかし室内では彼女の尻尾は面積を取るな。

 混んでる場所だと尻尾を踏まれそうだよ、知らない人に尻尾を触られるのを嫌う彼女だから配慮しないと駄目だな。

 

 因みにデルフィナさんは椅子を使わない。

 

 器用にトグロを巻いている姿はソフトクリームみたいです。デルフィナさんは麦酒の瓶だけ受け取りテーブルへ戻ってきた。

 尻尾の先が揺れているのは嬉しい証拠だ。言葉遣いも丁寧で所作も上品なのに、何故か麦酒は瓶から直接飲むんだよね。

 

 豪快に飲む姿は男らしいです。

 

「ふぅ、美味しいですわ」

 

 ニッコリと微笑むデルフィナさん。口の端から少し麦酒が零れてますよ。皮鎧集団もチラチラと彼女を盗み見ている、やはり咬ませ犬か?

 

「はいよ、これが今日の定食だ。川魚の香草焼きに野菜スープ、それにパンだ。蜂蜜水は瓶ごとだな」

 

 

 オッサンが葉っぱに包まれた魚三匹とラーメン丼みたいな具だくさんスープ、それに拳大の丸いパン六個。

 麦酒よりも二回り小さい瓶と素焼きの椀をテーブルに置いた。ボリューム満点だな。

 

「ああ、ありがとう。頂くよ」

 

 瓶から椀に蜂蜜水を注いでアリスに渡す。アリスは食事をほとんど必要としないが甘い蜂蜜水は好きだ。

 飲み物が全員に渡ったことを確認して「乾杯!」と軽く椀を持ち上げる。

 まずは具だくさんスープだが、何と薩摩芋っぽい甘い根菜がゴロゴロ入っている。

 

「うん、美味い美味い」

 

 酸っぱいスープに甘い薩摩芋が合うね。丸いパンは手に取り半分に割ってみると柔らかい。固いパンがデフォだったので感動モノだよね!

 スープに浸して食べれば格別だ。香草焼きは鯰擬きに似ていたが、臭みが消えて食べやすくなっている。

 

「たくさん食べてくださいね。追加でお代わりもできますわ」

 

「本当にお兄ちゃんは美味しそうに食べるね。アリスのも食べて良いよ」

 

 ほとんど手を付けていない(食べられない)スープ皿を僕の方へ押しやるアリス。

 美女と美幼女に見守られて食事を終えた。お腹いっぱいで余裕ができたので周りを確認するが、あの皮鎧の一団は既に居なかった。

 どうやら咬ませ犬じゃなかったんだな。

 

「おぅ、若い男が蜂蜜水ってなんだよ?ああ、酒を飲めよ、奢るからさ。

そっちのラミアのネーチャンも良いだろ?オヤジ、酒だ!瓶ごと三つ持ってこいや」

 

 巌ついオッサンが太い腕で馴れ馴れしく僕の肩を抱いてきた。

 

「ちょ、何ですか?いきなり酒を飲もうとか……」

 

 片に回した腕で器用に背中を叩く、力いっぱいだ!

 

「美女と美少女を侍らせて蜂蜜水じゃ格好つかないだろ?食事代も奢ってやるから付き合えよ。なぁアンタらも良いだろ?」

 

 ニヤリと邪気の無い笑顔を浮かべるが、これは何てイベントだ?ただ巌ついオッサンと仲良くなるイベントなんて知らないぞ。

 

「そうですわね……確かに主様にもお酒の楽しさを分かってほしいですから。良いでしょう」

 

「まぁ後はお風呂に入るだけだし良いのかな?」

 

 二人が仕方ないわね的にOKを出したならば、悪い奴じゃないのかな?ならば断ることもないか、黙って頷く。

 

「よっしゃ!オヤジ、麦酒の瓶三つと適当に摘み頼むわ」

 

 黙って巌ついオッサンが頷くのを見て、違和感を覚える。メニューに無い物を頼んでOK貰えるってことは、馴染みの客かお得意様だ。

 少なくとも普通の対応じゃない。改めてオッサンを観察すれば、鍛え上げられた筋肉を纏ってるな。

 

 これは日常的に鍛練を積まないと駄目な肉体だ……

 

「オッサン、まさか偉い人じゃないよね?」

 

 恐る恐る聞くとニヤリと笑われた。

 

「兄ちゃん、何でそう思ったんだ?」

 

 無言でテーブルに麦酒の瓶が並べられる。そして山盛りの串焼き肉。串焼き肉を一つ摘んで齧る。

 

「メニューの無い店で無理を言えるのは常連客かお得意様だけでしょ。奢りってことは金回りも良い。

オッサンの鍛えられた肉体は継続的に鍛練してるものだ。デルフィナさんもアリスも奢りを認めたなら少なくとも悪人じゃない。

金持ちで鍛えられた肉体の持ち主が普通とは思えない」

 

「クックック……気に入ったよ、兄ちゃん。じゃ乾杯すっか」

 

 瓶ごと酒を持ち上げるオッサンに対して、同じように瓶を持つ。

 

「じゃ乾杯!」

 



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第30話

 酒、それは大人の嗜み。

 

 お酒は二十歳を過ぎてからが現代人の常識だが、異世界では飲酒の境界が曖昧だ。自立して稼ぎがあれば飲んでも問題無いみたいな?

 酒、アルコール度数により酔い方が変わる。強ければ早く、弱ければ中々酔わない。

 強い酒は少し飲んでも酔うし、弱い酒はたくさん飲まなければ酔い辛い。

 そしてよく分からないが蒸留の技術が低いと強い酒はできない。

 

 醸造酒って極論で言えば水とエタノールの混合だから、沸点の低い(水100℃エタノール約78度)ことを利用してエタノールを濃縮、アルコール度数を上げるのが蒸留だ。

 この世界の酒は精々が低アルコール度数で2%くらいだ、普通の麦酒の半分くらいかな。

 材料があれば家庭でも作れる「どぶろく」でもアルコール度数10%ぐらいはあるのに、何故低いのかな?

 因みに日本でアルコール度数1%以上の酒を造るのは違法です、密造酒です。

 

 じゃ家庭で作る梅酒とかは密造酒かと言うと厳密には違う、自分で飲む分ならば酒類と他の物品(酒類以外の物)との混和をする場合については種類によっては大丈夫だそうだ。

 梅やカリンはOKだが葡萄や米・粟・ヒエなどの穀物類は駄目らしい。

 果汁を絞るカクテル類も飲む直前なら良いそうだ、駄目なら居酒屋のサワー系のほとんどが違法になるから納得かな。

 因みに酒税は大衆から税金をたくさん集めるのに都合の良い税金だそうです。発泡酒に税金を掛けようとか、まさにそうですよね?

 

 コンパや接待宴会を数多くこなし一気飲みとかの無茶な飲み方に慣れ親しんだ僕は、量を飲まないと酔わないんだよね。

 アルコール度数の低い酒は水分を多く摂るからお腹パンパンなんです。

 酔う酔わないの前に水分の摂り過ぎで膀胱が破裂秒読みです、カウントダウン入ってます。

 

 そしてデルフィナさんは生粋のウワバミ。

 

 そんな二人に挑んだオッサンは……丸テーブルに突っ伏していた。

 

「何だよ、呑めないのかと思えば酒に強いじゃねえか……」

 

 グダグダのグデングデンに酔っ払ってるよ。真っ赤になって唸るオッサンは居酒屋でよく見る上司の愚痴を酔って晴らすサラリーマンに似ている。

 所謂「部長のバッキャロー!」だね。

 

「オッサンが弱すぎなんだよ。こんなアルコール度数の低い酒で酔えるかって」

 

「主様がお酒も強いなんて感激ですわ。今度、私とトコトン飲み明かしましょう」

 

「アリス、もう飽きたよ。早くお風呂に入って、お兄ちゃんとイチャラブしたいな」

 

 奢る連中から散々な言葉を掛けられて涙目のオッサン。

 

「そろそろ店を出たいんだけど平気かい?」

 

「ゲフッ、平気だそ……こんな酒くらい……ウッ……」

 

 突然立ち上がり口を押さえて店の中へと走り出したが、多分トイレでリバースかな?

 変なオッサンだが、実は呑み比べと言いつつ接待宴会テクニックで僕よりたくさん飲ませた。

 多分だが瓶二つくらい、デルフィナさんも同じくらいで、僕は瓶半分ほどかな?既に食事も済ませて満腹なのに更に水分を摂るのは無理だからね。

 

「ちょっと様子を見てくるよ。

急性アルコール中毒だったらヤバいからね。ヒールかキュアポイズンが効くかな?

それとデルフィナさん、奢りって言われたけど……

お勘定を精算しといてください。オッサンの様子を見たら店を出よう」

 

「そうですわね。あの方の飲んだ量は大したことは無いですもの……」

 

 はははは、デルフィナさんは先に瓶二つの麦酒を飲んでたから合計四つだった。それで頬に赤みが差すくらいなんて、どんだけ酒豪なんだよ!

 店のオッサンに声を掛けて奥のトイレに向かう。この店は宿泊施設も兼ているらしく、二階が客間らしい。

 階段の所に案内が書いてあるが、食事の後に直ぐ寝れるのは良いな。

 

 勿論、大部屋で雑魚寝の低いランクの宿泊施設だが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ゲホッ……ゲェ……ハァハァ、このコッヘルとしたことが……ゲェ…不覚。

飲ませても顔色すら変えぬとは、どんだけ酒豪なんだ、あの二人は……」

 

 腹の中の物を全て出してようやく落ち着いた。個室を出て廊下の壁に寄り掛かりズルズルと座り込む、全く恥ずかしい。

 

 こんな醜態は久々だ。

 

「オッサン大丈夫かい?」

 

 心配そうにこちらを窺ってやがる、全く善人なんだか……

 

「む、これしきの酒など大丈夫だ!大丈夫だが、今日は体調が悪かった。まぁ、今回は俺の負けで良いぜ」

 我ながら恥ずかしい言い訳だな、兄ちゃんも苦笑いしてやがるし……

 

「楽しかったから良いけどさ。

無理に大量の酒を飲むと急性アルコール中毒で危ないんだぜ、全く酒に酔って死んだとか嫌だろ?……キュアポイズン」

 

 右肩に添えられた掌が輝くと、酷い酔いが醒めた?まさか、この若者は神殿関係者か?それに急性アルコール中毒ってなんだ?

 古い酒や腐った酒は毒だってアレか?

 

「兄ちゃん、神聖魔法が使えるなんてスゲェな……神官だったのか?」

 

 神聖魔法の使い手が放浪の身とは納得いかない。神聖魔法の使い手を教会が手放すとは考えられない。

 魔法も使えて剣も人並み以上なんて聞いたことが無い。まさかベルレの街を調べに来たのか、何を調べに来たんだ?

 

「違うよ、適性があっただけだよ。楽になったかい?」

 

 まさか貴重な魔法を酔い醒ましに使うとは驚きだな。

 普通なら治療でも高いお布施を取られるのに、断りも無く神聖魔法を使ったから無料(ただ)なのか?

 

「ああ、大分楽になったぜ。じゃ2ROUNDに突入するか?」

 

 未だ俺は負けてない、負けてないぞ!

 

「もう嫌だよ、精算しといたから少し休んでから帰りなよ。楽しかったよ、オッサン」

 

 ポンと肩を叩かれて笑いながら立ち去る兄ちゃんの後ろ姿を見ながら、奢りと誘って奢られたことに気付いたのは暫く経ってからだ。

 ノロノロとトイレから食堂まで移動する。相変わらず無愛想なオヤジがカウンターの中で店内に睨みを利かせてるぜ。

 

「オヤジ、すまんが水をくれよ。ふぅ、アイツらは先に帰ったみたいだな」

 

 カウンターに座りいつも無表情なオヤジに、酔い醒ましの水を頼む。

 神聖魔法で酔い自体は醒めたが、口の中がネバネバでいけねぇ。

 椀に水を入れてカウンターの上に置いてくれたオヤジに礼を言って一気に飲む。

 

「ふー、やられたな。しかも誘った方が奢られたら立場が無いぜ」

 

「コッヘル様、奴らは何者なんですかい?」

 

 無表情なオヤジが警戒するように聞いてくる。危険分子と勘違いさせちゃ駄目だな、借りができちまったし……

 残りの水を飲み干し、お代わりを貰うために椀をオヤジに差し出す。

 

「ん、できれば領主軍に引き込みてぇんだ。未熟だが素質はあるし脳筋じゃねぇのが良い。

ウチの連中は突撃と撤退しかできない馬鹿ばっかりだから、考えられる奴ぁ貴重なんだ。オヤジ、世話になったな」

 

 本当にウチには考えられる奴が足りねぇ。

 

 だが、女連れで充実している奴が領主軍に入ってくれるとも思わねぇ。少なくともベルレの街に居るうちに借りは返しとくか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「主様、変な男でしたが強い力を感じました。人間にしてはですが名の有る戦士でしょう。

何か目的があって近付いてきたと思いましたが、酔って潰れてお終いとは……何がしたかったんでしょうか?」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。あのオッサンだけど、私たちのことを調べに近付いたと思うよ。

お兄ちゃん、武器屋で目立ち過ぎたもん。だから無害を装い同席を許可したんだ」

 

「ああ、ちゃんと理由があったんだね。ごめんなさい、直感だと思ってた」

 

 腹ごなしを兼ねて市場を散策してるが、オッサンと同席を許した意味を聞いて驚いた。

 でも偉いオッサンだったんだな、領主軍の上の方だろうか?

 同類(人間)の男と普通に世間話とか話したのは初めてだったから、少し無警戒に話し過ぎたかもしれない。

 店の連中とは話したが、基本的に商売絡みだから会話じゃなくて交渉だし。

 市場に来たのは人混みに紛れられると思ったから……宝石商から出てきたんだ、お金目当てに様子を窺う連中も多いだろう。

 何軒かの露店を冷やかし急に路地へと入るが、慌てて後を付けてくる奴は確認できない。追跡されてはいなかった。

 

「さて、公衆浴場に行こうか。前とは違うのにしようか?それとも同じにする?」

 

 ベルレの街には複数の公衆浴場があるそうだ。微妙に価格とサービスが違うらしいが、前回の公衆浴場は中くらいらしい。十分満足だったけどさ。

 

「慣れてる方が良いでしょう。話し込み過ぎたので、今から新しい公衆浴場を探すのも億劫ですわ」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。早くお風呂に入りたいな!」

 

 確かに夜8時には追い出されちゃうからな、早めに行かないと楽しい時間が無くなっちゃうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「バインバインとツルンツルンも最高だった。人生って素晴らしい、生きてるって素晴らしい。ありがとう神様!」

 

 宿屋をチェックアウトして大通りに出た。まだ夜7時前と爽やかな空気を胸一杯に吸い込む。

 ああ、昨夜はこの世の春を堪能した。公衆浴場で混浴を堪能し宿屋で川の字で寝ることも堪能した。

 

 まさに幸せの堪能尽くし……

 

 最高です、今は周りに対して優しくなれると思います。

 

 この優しさを誰かに……

 

「よう!また会ったな、兄ちゃん。暇なら少し付き合えよ」

 

 

 後ろから野太い声が掛かり爽やかな気持ちが半減した。

 

「オッサン、ストーカーかよって……やっぱり偉い人だったんだな」

 

 振り向けばハーフプレートを着込み背中に大剣を背負ったオッサンが居た。ベルレの街中で武器を持ち歩けるのは領主軍だけだ。

 そして金回りが良くて強いオッサンは、領主軍の中でも地位が高いとみた。

 

「そんなに偉くねぇよ。上から数えれば軍じゃ領主の次だ。領主軍大隊長コッヘル、それが俺の名前だ!」

 

 領主の次って軍のトップじゃん!

 

 デルフィナさんとアリスの表情を窺うが、能面みたいに無表情になってる。

 警戒してるんだろうな、特にアリスは過去に討伐され封印されてたし。

 

「僕らは日用品を買ったら帰ろうかと。午前中に出発しないと夜に危ない場所を通る羽目になるんですよ。何か用ですか?」

 

「おいおい、そんなに警戒するなって!大剣を初めて使うんだろ?少し稽古を付けてやるぜ。

俺は大剣使いとしちゃ、それなりに有名なんだ。昨日の奢りの礼だから、安心しろって」

 

 正規軍人の大剣使いか……久し振りに相手のステータスを盗み見る。

 

レベル : 28

 

 

HP : 173/173

MP : 8/8

 

筋力 : 67

体力 : 41

知力 : 31

素早さ : 36

運 : 20

 

職業 : 領主軍大隊長

称号 : 燻銀(いぶしぎん)の苦労人

 

 

 おお、最近稀に見るステータスの高さだ。そして苦労人なんだ……運が低いのには親近感が湧いた。

 だが高い筋力と体力、それに素早さだ。およそ理想の剣士のステータスではなかろうか?

 

「主様、手解きを受けてはどうでしょうか?」

 

「そうだね、実質ベルレの街のNo.2のお願いだから断れないよ」

 

 僕の両手の花からの言葉に、確かに権力者のお願いという命令を無碍に断れば大変だと感じた。

 彼女たちの平坦な口調からも読み取れたし……

 

「おいおい、俺はどんな悪人なんだよ。

深く考えるな、俺は昨日大剣を振り回す兄ちゃんに興味を持っただけだ。素質はあるが技術が低過ぎる。

別に領主軍に入れとは言わないが、少しは腕を上げさせてやるぜ。なに、気に入ったからには早死にしてほしくねぇんだ」

 

 やはり目立ち過ぎたのね……

 

「分かりました。手解きをお願いします、コッヘル様」

 

 ニカッっと男らしい笑みを浮かべるオッサン。領主軍の大隊長ともなれば貴族階級かもしれない。

 僕は平民の商人の次男坊設定だから、下手に出なきゃ駄目か……最悪無礼討ちとかでも言い訳できないかも、散々オッサン呼ばわりしたし。

 

「様は要らねぇよ。んじゃ付いてきな」

 

 コッヘル様の後に付いていくと、どうみても領主の屋敷みたいな街の中央の豪邸に来ました。罠だったらどうする?

 いや、コッヘル様は街の人たちから親しげに声を掛けられていた。悪人ではないが、親切だけで剣の手解きをしてくれるのだろうか?

 正面ゲートの両脇に立っている警備兵が僕らを訝しんで見るが、コッヘル様が手を上げると引き下がった。

 

「ほら、遠慮するな。奥に練兵所があるからよ、そこで軽くやろうぜ」

 

 ズンズン進むコッヘル様の後を追うが、どうみても屋敷中の連中が興味を持ってしまってる。

 巌つい大隊長に連れられた貧弱な若者と美幼女、それにラミア族の美女なんて不思議がらない方が不思議だ……

 屋敷中の連中の興味を引いた一団はようやく広い空間に出た。室内練兵所は日本で言う武道館みたいな板張りの大広間だ。

 

「ほらよ、大剣を使うならコレくらいの木剣は使えるだろ?」

 

 無造作に放られた木剣は長さが150㎝はあるしかなり重い。

 

「じゃ始めっか?」

 

 いや、心の準備ってモノがですね?まだなんですが……

 



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第31話

「おいおい、見世物じゃないんだ。お前らはどっか行ってろよ」

 

 ニヤニヤ笑うコッヘル様がムカつきます。

 

「こんな楽しい見世物を見逃すことはできないっすね」

 

「全くだ、噂の大剣使いの実力を見せてもらおうか」

 

「女連れ、しかも美女と美幼女……モゲれば良いんですよ」

 

 屋敷詰めの兵士たちが練兵所に集まってくる。広さは20畳ほどで床は木板が敷き詰められている。

 屋根は有るが壁は無い、故に見やすくギャラリーが多く集まるよね。

 

 既に10人以上が集まっているが、早朝なのに暇なのか?

 

 まぁギャラリーが集まるのは当たり前だろう、正面入口からゾロゾロ歩けば目立ちまくりだよね。だけど気になる会話があった。

 

「噂の大剣使い」だと?

 

 まだ二回しか訪ねてない街で噂になるのは変だ、おかしい。前回は身分を隠した領主に、今回も身分を隠した大隊長に声を掛けられた。

 

 何故だろう?手渡された木剣を両手でしっかり握り締める。

 

 大剣を使うのは初めてだ、僕は剣道とかもやってないから実戦経験は盗賊とマウントコングだけ。

 レベルアップの恩恵でステータスは上がった。筋力と素早さがアップしたことで、力強く素早く動けるようにはなったが技術は無い。

 

 見よう見真似で木剣を構える。

 

「野次馬は気にするな。初手は譲ってやるから掛かってこいよ」

 

 木剣を左手で持ち肩に掛け、右手でオイデオイデをして挑発された。確か利き腕は右のはずだ、昨日は椀を右手で持っていたし……

 圧倒的な経験不足、相手は軍人で戦争の達人、僕はド素人に毛が生えた程度。端から手解きを受けるので、勝つことは無理だろう。

 

 いや、勝てる要素は一つも無い。

 

 だけど一矢報いるくらいはしたい、プライドもある。技術も無いから、自分にできる最高の攻撃をするしかない。

 大剣は突きも切りもできる武器で、僕は突きはほとんどしたことがない。いつも振り下ろして叩き切る、それだけだ。

 今回は魔法や弓での不意討ちも駄目。ならば左手一本で持つ木剣で受け辛い攻撃は?

 

「行きます!」

 

 突撃しながらコッヘル様の右肩に向かい水平に木剣を振り抜く。

 

「おっと、危ないな」

 

 バックステップで真後ろに下がる、木剣は未だ担いだままだ。

 筋力52は振り抜いた木剣を止めることができるので、今度はコッヘル様の左脇腹に向かって水平に振り抜く。

 

「力はあるんだなって?おい、俺より筋力ないか?」

 

 木剣を片手で操り僕の攻撃を受けたが、力任せに振り抜くことができた。つまりコッヘル様を弾き飛ばせたんだ!

 

「「「おおっ、見た目より筋力があるんたな!」」」

 

 野次馬達も驚かせたようだ……右に振り抜いた木剣を強引に引き戻し、後に飛び跳ねる。

 一瞬、ほんの一瞬でコッヘル様は体勢を立て直して僕の腹を突いてきた。

 二歩ほどよろけて何とか踏み止まるが、全身の毛穴から嫌な汗が吹き出した。

 

 攻撃と共に発せられた殺気に心臓が止まる思いだ。

 

「やるな、兄ちゃん。俺の剣筋が見えたのか?本気だったんだが……お前、俺より力強く素早くないか?」

 

 コッヘル様、僕の肋骨を粉砕する勢いで攻撃しませんでしたか?

 

「いや偶然ですよ。嫌な予感がしたから後に跳んだだけで剣筋は見えなかったです……」

 

 僅かに見えたが、ほとんど勘で避けたに過ぎない。単純に運が良かっただけだ。乱れた息と動悸を整えるために、ゆっくりと話す。

 

 駄目かも、手が震えてる……

 

「そうかい、楽しいぜ。次は最初から本気で行くから、上手く避けるか受けろ!」

 

 一瞬で距離を詰められる。

 

「ちょ、速いっす!うわっ、はっ、よっ、ちょー」

 

 突きと払いを連続で仕掛けられ、五回目の攻撃を受け切れずに左脇腹に食らってしまった。

 

「ぐふっ、げはっ……まっ、参り……ました……」

 

 ああ、痛みで意識が……僕は視界の隅に、飛び出してくるデルフィナさんとアリスを見た。

 意識が薄れゆくのを根性で耐える、意識が消える前に彼女たちが僕に触れるのが分かる。

 

「アリス、回復魔法を使っちゃ駄目だぞ。アリスは普通の女の子なんだから……」

 

 薄れゆく意識の中で、何とか伝えることができただろうか?

 デルフィナさんに尻尾枕をされて痛い腹を揺らすアリスの頭を撫でながら、やっぱりコッヘル様には勝てなかったかと思った。

 痛みで意識を失うのは初めてじゃないかな?

 

 いつもは精気を吸われて……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よう、目覚めたか?ラミアのネーチャンに膝枕?されるたぁ珍しい奴だな?」

 

 意識が戻って最初にオッサンの声を聞くと凹む。だが見上げればデルフィナさんの豊かな双房を下から見上げている、眼福だ。

 

 下乳最高!

 

 息を吸うと脇腹に痛みが走る、アリスは約束通り回復魔法を使わなかったんだな。左脇腹に手を添えて回復魔法を唱える。

 

「ヒール、ヒール……ふぅ、楽になった」

 

「便利だな、自分で怪我を治せるのは凄く便利だ。割と本気の攻撃だったが打撲傷で済んでるはずだぞ。

普通なら冷やして終わりなのに、回復魔法ってのは便利だな」

 

 デルフィナさんの尻尾のスベスベ感を味わっていたいが、そうもいかない。腹筋に力を入れて起き上がる。

 泣きそうなアリスを膝の上に乗せて頭を撫でる。うん、癒されます……

 

「いや、イチャイチャされても困るんだがよ。兄ちゃん素質は有るし地力も高いな。

俺より力強く素早く動けるだろ?アンバランスだが強くなるには絶対に必要なことだ」

 

 べた褒めと言って良い評価じゃないか?周りを見る余裕ができたので見回せば、場所は練兵所だ。気を失っていた時間は僅かなのか?

 

「完敗です、手も足も出なかったです……」

 

 両の拳に力が入るのは悔しかったんだな。何だかんだ言って今まで負けたことは無かったから、負けは死に直結だったから。

 

 アレ、アレレ、涙が……畜生、涙が止まらない……

 

「悔しくて泣けるなら見込みがあるぜ。簡単に諦める奴なんざ男じゃねぇ。

兄ちゃん、三日間俺の扱きに耐えろよ。今よりは強くしてやるぜ」

 

 ガッチリと大きな手で僕の肩を叩く、絶妙な力加減だ。

 

「何故ですか?何故、僕を鍛えようとするんてす?僕は領主軍には……」

 

「兄ちゃんが気に入ったからだ。領主軍に入らなくても構わないぜ。

勿論、入ってくれれば嬉しいが女連れは軍隊にゃ不向きだ。同じ大剣使いだからな、知り合って知らないうちに死んだじゃやりきれねぇ」

 

 三日、たった三日間で強くなれるのか?

 

「お兄ちゃん、手解きを受けなよ。アリスとデルフィナは宿屋で待ってるよ」

 

「そうですわね。私では大剣の使い方を教えることはできません。私たちは大人しく留守番していますわ」

 

 二人に言われたら断るのも失礼だ、それに僕は強くなりたい。アリスのことがバレたら戦うことになるかも知れないけど、今は教えを請おう。

 

「コッヘル様、よろしくお願いします」

 

 ジャパニーズ土下座をして頼み込む。日本人にとって一番の礼は……

 

「兄ちゃん、それは土下座だろ?何故、兄ちゃんが土下座を知ってるんだ?」

 

 アレ?土下座しちゃ駄目だったかな?日本刀や脇差が重要なアイテムなら、日本式の行動ってタブーかフラグか?

 

「一番礼を尽くすなら土下座と聞いたことがありましたが……違いましたか?」

 

 如何にも誰かから聞きました的に返したが、微妙な顔を見れば怪しまれたかもしれない。

 

「いや、間違ってないが随分と特殊な方法を知ってるから驚いたんだ。

さて、兄ちゃんと連れの女性は家で家内に世話させるぜ。まずは朝飯を食おう。今度こそ奢りだ!」

 

 やっぱり騙せてないみたいだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 コッヘル様の家は屋敷の直ぐ近くにあった。

 

 見た目は瓦屋根を板葺きに変えた武家屋敷、木造平屋建ての大きな家だ。門を潜ると正面玄関?そこに一人の美少女が立っていた。

 

「お帰りなさいませ」

 

 ペコリと頭を下げる仕草が可愛いが、年齢は中学生くらいだろうか?この世界に来て初めて見た人間の美少女だが娘さんだろう。

 他の連中より身なりが良かったし装飾品も付けていた。働く使用人は指輪やネックレスは着けないだろう……

 

「おぅ、帰ったぜ。まずは酒と飯だ!客人分も用意してくれ」

 

「お邪魔します」

 

「お世話になるね」

 

 僕とアリスは言葉を発しデルフィナさんは頭を軽く下げた。奥の部屋に通されたが、やはりテーブルと椅子で日本式の畳は無い。

 どこまで日本文化が浸透してるのかが分からない。ドカッと椅子に座るコッヘル様は嬉しそうだな。

 

 様付に違和感を覚えないのは一般ピープル感覚が抜けないからかな?

 

「可愛い娘さんですね」

 

 無言が辛いので、当たり障りの無い身内を褒める作戦に出た。

 デルフィナさんもアリスも訓練自体は賛成してくれたが、積極的に関わるつもりは無さそうなんだよね。

 片やラミア族、片や封印されし妖魔、人間には複雑な感情がありそうだし……

 

「ん?娘さんだ?アレは家内だぞ」

 

 家内?奥様?嫁?コッヘル様を見る、巌つい40代後半のオッサンだ。さっきの美少女は精々15歳だぞ……

 

「何だよ、自分は異種族のラミアの美人に幼女を侍らせて俺は駄目なのか?ミーアは後妻だ。

俺は先妻に先立たれてな、跡継ぎを作るためにだな、周りから勧められて……

ミーアの家系は多産系だし若ければ何人も子供を産めるだろ?」

 

 真っ赤になって照れるオッサンは正直気持ち悪いのだが、この対応だとコッヘル様はミーアちゃんを大切にしてるんだな。

 流石は異世界、オッサンに周りから美少女と再婚しろと勧められるとは!

 僕の感性だったら犯罪だ、後ろから棍棒で殴っても文句は言われないぞ。

 

「はぁ、大変ご馳走様でした。奥様を大切にされてるんですね、分かります」

 

「なぁ?お前はどうなんだ?ラミア族の戦士デルフィナと言えば有名だ。

人間と異種族には正直越えられない壁があるんだぜ、普通はな」

 

 越えられない壁か……元の世界だって国や宗教、肌の色の違いで何百年も争ってることを知ってるから綺麗事は言えない。

 

「それは……」

 

「勘違いをしないでください。

私は人間とラミア族の垣根を越えたとかで主様を選んだのではありません。主様だからです。

正直に言えば主様以外の人間には、言われた通りの感情を持ってますわ。あくまでも主様は特別な方なのです」

 

「そうだよ、お兄ちゃんは特別なの!年の差なんて関係無いんだよ」

 

 デルフィナさん、アリス、ありがとう。でもデルフィナさんの特別は精気のことも含むよね?

 世界で一番美味しい特別な精気って言ってたし。

 アリス、年の差なんてって言うが封印80年物のアリスと僕の年齢差って……

 

「そりゃスゲーな。ある意味最高の愛の言葉だぞ。兄ちゃん、実は凄い奴なんだな」

 

「いえ、それほどでも……凄く嬉しいですが、彼女たちに見合うだけの男にならないと駄目なんです」

 

 真面目な恋愛相談みたいになってますが……

 

「あなた、お食事の用意ができましたわ。随分と楽しそうでしたね。あなたがあんなに笑うなんて久し振りですよ」

 

「ん、んん。まぁ何だ、この色男にだな。色々と言っていたところだ」

 

 コッヘル様、幼妻に頭が上がらないのですね?分かりますよ。

 

「いえ、コッヘル様が如何に奥様を大切にしているかをお聞きしまして。大変に夫婦仲が良いそうですね、羨ましいです」

 

 あら、嫌ですわ。あなたったら人前で……とか照れるオッサンとミーアちゃん。

 

「デルフィナさん、アリス。ありがとう、僕も君たちに見合う男になるように頑張るから」

 

 そう言うと彼女達が抱き付いてきた。左右からだが、アリスが飛べるのを隠すために慌てて腕を巻いてホールドする。

 昨日の混浴時に揉み込んだ香油の匂いが仄かに匂ってきて……

 

「おい、兄ちゃん!人ん家で朝からイチャイチャすんな。午後からミッチリ鍛えてやっから覚悟しろよな!」

 

 しまった、朝食を呼ばれたのに恋人と抱き合って発情しましたじゃ人として最低かも……



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第32話

「じゃ仕事に行ってくるぜ。ミーア、コイツらの面倒を見ててくれや」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 玄関に僕とミーアちゃんだけが並んでコッヘル様の見送りをする。

 デルフィナさんたちは客間で寛いでいるが、コッヘル様も彼女たちのことは気にしないと言ってくれた。

 流石は大隊長だけあり、午前中は領主の屋敷に詰めて政務をこなし午後は兵士の鍛練を監督するそうだ。

 僕は午後に一般兵士に混じって訓練を受けるのかと思えば、コッヘル様は領主の息子たちに個人指導をしているらしい。

 そこに参加させてもらうみたいだ。少人数制だからこそ、細かい指導ができるのだろう。

 

 しかし、領主の息子たちということはエリートなんだろうな……

 

「ふふふ、主人があんなに楽しそうなのは久し振りなんです。最近は愚痴ばかりで……

お昼までは部屋で寛いでいてください。後でお茶をお持ちしますわ」

 

 幼くても人妻だけあり、仕草が艶っぽいですね。色々聞かれるかと思ったけど、心配し過ぎだったかな?

 しかしコッヘル様、美少女幼妻なんて貰って配下の兵士から刺されないのかな?

 

 しかも娘みたいな年下の彼女に愚痴ですか!もしかして慰めてもらってるのかな?

 

『ミーア、聞いてくれ。今日なんだけど……あらあら、それは大変でしたね、ヨシヨシ』

 

 自分の想像に可笑しくなってしまうね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 客間は六畳くらいの洋室にテーブルと椅子が用意されていた。そしてテーブルの上には、オレンジっぽい果実。

 流石は大隊長の家だけある、市場でも果物類は高価だったが客間に置いてくれるなんで。

 厚めの皮を剥けば、やはりオレンジと同じ中身だ。一房食べると柑橘系の酸っぱさが口の中に広がる。

 

「酸っぱいけど新鮮で美味しいね。

まさか酔っぱらいのオッサンが領主軍の大隊長とは思わなかったけど、稽古を付けてくれるのは嬉しい。だけど借りを作ったことになるんだよね」

 

 今後の作戦会議をこの場でやろうと質問を投げ掛ける。女性陣は果実には手を出さないのかな?

 

「個人としては悪い人ではないでしょう。でも軍人としては、どうでしょうか?」

 

「そうだよね、立場は人を変えるから心配だよ。鍛えてもらうことには賛成したから今更だけど……」

 

 軍人としての立場か……

 

 オレンジ擬きを食べ終わり皮を丸める、残りは五個だから一人当たり二個だね。

 確かに万が一にでも領主に僕たちを拘束しろって言われたら、僕たちの味方はしないだろう。逃げれば反逆罪?とかで指名手配かな?

 

「余程のことがなければ大丈夫だと思う。訓練してくれるだけなら、騒ぎは起きないよ。

でも街の宿屋って連泊できるのかな?チェックアウト後の昼間はどうする?

ラミア族のデルフィナさんと人間のアリスの二人連れは目立つよね。僕なんかより余程心配だよ」

 

 美女と美幼女だから、ちょっかい掛けてくる奴は居るだろう。僕よりも強い二人だが、アリスは秘密を抱えている。

 デルフィナさんも一緒に行動するってことは一蓮托生で巻き込まれるかもしれないんだ。

 

「確かに人間の街に私達が長期滞在は……ですが数日なら大丈夫ですわ。

宿屋に少しばかりお金を握らせれば、連泊で昼間も滞在させてくれるでしょう」

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。でも三日間も精気を吸えないのは我慢できるかな?」

 

「流石にそれがバレたら不味いと思うぞ。人間の常識だと、多分精気を吸われるのは良くないことじゃないのか?」

 

 精気を吸われたことで人間たちはアリスを迫害し封印したんだ。つまり吸精行為を見られては駄目です!

 それに午後からは多分だけどハードな訓練を行うことになるから……

 

『デルフィナ、今のうちにお兄ちゃんの精気を吸っとく?駄目ですよ、主様は午後から訓練なのですよ。

でも少しだけ、少しだけなら大丈夫かな?うーん、でも……』

 

 女性陣のヒソヒソ話が怖いです。僕は万全の体調で訓練に挑めないかも……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食はミーアさんと我々だけだった。

 

 驚くべきことに彼女の腕には赤ん坊が抱かれている。まだ一歳未満と思われる可愛い赤ちゃんだ。

 コッヘル様、ヤルことはヤッてたのね……すると仕込みは13歳くらい?ヤバイな、訓練に俄然やる気が出てきたぞ!

 

 一発殴りたいです、はい。

 

「可愛いお子様ですね、男の子ですか?女の子ですか?」

 

 離乳食をスプーンで掬って息を吹き掛けて冷ましているミーアさんに聞いてみる。

 因みに僕らの昼食は雑穀の雑炊だ。麦や粟が入っていても久し振りの米にテンションが上がる!

 因みに米はベルレの街の東南部の湿地帯にて栽培しているらしい。

 

「男の子ですわ。最初が女の子でして一姫二太郎ですわね」

 

 この美少女幼妻は二児の母だと?

 

「ふーん、そうなんですか……幸せなんですね、羨ましいです。午後の訓練が楽しみだなぁ……」

 

 やはり一発殴りたい、無性に殴りたい。貼り付けた笑顔の下で正義の鉄槌を下すことを誓った。

 

「そうですね、私もアリスさんの年頃のときに嫁ぎましたわ。貴方も色々言われるかもしれませんが、頑張ってくださいね」

 

 そっだった、人のことを言えない立場だった。しかも僕は二股してるんだ。

 人の振り見て我が振り直せ、同類相哀れむ、同じ穴のムジナ……コッヘル様への怒りが急速に萎み親近感が芽生えたぞ。

 

「そうですよね、彼女たちを幸せにするためにも頑張ります」

 

 微妙な顔で見つめていた彼女たちが、僕の最後の言葉を聞いて笑ってくれた。

 きっと先ほどまでは筋違いの嫉妬に燃える男に思われていたかもしれない。

 

 ミーアちゃんの言葉に救われたな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食後のお茶を楽しんでいる最中に、コッヘル様が帰ってきた。二人の少年を連れて……

 

 やはり前回会った二人だった。

 

 因みに最初から憎しみの籠もった目で見られてるのは何故?

 

「この二人がフェルデン様の御子息、カイン様とアベル様だ。俺は支度してくるから、挨拶しておけよ」

 

 カインとアベル……旧約聖書に出てくるアダムとイブの息子。

 

 父親の情を独り占めするために兄弟で殺しあうんだっけ?いや一方的にどちらかが殺されるんだっけ?

 映画エデンの園をよく見ておけば良かったが、権力者の息子たちに付ける名前じゃないよね。

 

「ふん、平民のくせに生意気な奴だな」

 

「兄さん、コッヘルのお気に入りだから仕方ないよ」

 

 最初の上から目線がカイン様、次の弱気な言葉がアベル様。二人共、未だ二十歳を過ぎてはいないだろう。

 言葉と同じく兄は強気な弟は弱気な顔をしている。

 共にイケメンなのは両親の造形が良いからか?華美な装飾が付いた皮鎧を着ているが、性能は良さそうだ。

 装飾品に高そうな腕輪をしていたりと、見るからに金持ちのご子息様だ。どちらも僕に対しての印象は良くない。

 

「カイン様、アベル様。

三日間と短いですが、コッヘル様との訓練に参加させていただきます。よろしくお願いします」

 

 年下だが礼を尽くさないとコッヘル様の立場が無いだろう。邪魔するなよ的な返事を貰ったが我慢しよう。

 そんなやり取りをしているとコッヘル様が皮鎧を着て来た。手には木剣を四本持っていて、三本を我々に投げてきた。

 慌てて受け取るが、僕のは大剣を覚えるために長く、他は普通の片手剣サイズだ……

 

「先ずは二対一で戦ってみな。力の差って奴が分かるぜ。ただし急所への攻撃は無し、殺すなよ。じゃ、始めろ」

 

 ここでですか?ただの庭ですよ?広さは20畳近くありますが、地面には草が生えて石が転がってます。

 転んだら痛いじゃ済まない怪我を……

 

「やるぞ、アベル!舐めやがって打っ叩いてやる!」

 

「分かったよ、兄さん。仕方ないけど倒してやる!」

 

 ほとんど離れてなかったので木剣を振れば当たる距離だ。

 兄弟共に木剣を振り上げるが「見える、私にも見える」剣筋と言うか振り下ろす軌道が分かる。

 微妙に左右対称に振り下ろされた木剣をバックステップで躱す。

 

「当たらなければ、どうということはない!」

 

 地面に突き刺さり衝撃を両手に受けた二人の動きが一瞬止まる。木剣を横に薙払い二人の木剣を吹き飛ばす。

 本気で振り抜いた所為か庭の隅まで吹き飛んだ。短い悲鳴を上げた二人に木剣を突き付ける。

 

「勝負有りだな。二人掛かりで一分も保たないとは……これが純然たる力の、素質の差だ」

 

 両手を握り締めて悔しそうに睨まれても、僕としてはハンデ有りなことに文句を言いたい。

 だが、コッヘル様にも文句がある。

 

「何故、彼らを貶めることを言うのですか?」

 

「己を知るのが必要だからさ。矮小な自分を理解し、それでも努力すりゃ何とかなるかもしれん。

名も無い旅人に手も足も出ないとなりゃ、変なプライドも粉々だろ。それでも俺に教わりたいか?」

 

 凄く悔しそうな顔で此方を睨んだ後、二人とも逃げ出してしまった。

 

「ちょ、君たち……走って逃げちゃったけど、良かったのですか?彼らは領主の息子たちじゃ……」

 

 何も言わずに、言えずに走り去る兄弟を見送る。あまりにも可哀相な仕打ちだ。

 

「奴らは領主を継げない。跡継ぎは優秀な血縁者でなければなならい。

フェルデン様は後妻と側室を迎え跡継ぎを作ることに励んでいるからな。

早いうちに変なプライドを壊して一から鍛え直すつもりだったが、逃げちまった。もう見込みはないな」

 

 何て厳しい世界だ……力無き者は権力者にはなれないのか?

 

 統治される民衆は優秀な者がなった方が良いのは分かるけど……

 

「上に立つ者は腕っぷしの強さだけじゃ駄目だと思います……」

 

「ああ、俺もそう思うぜ。領主が戦いの最前線に出る必要は無い。じゃ何だと思う?戦いで領主に必要なモノは何だ?

この世は小競り合いも含めて危険なんだぜ。ベルレと言えどもな」

 

 三國志の群雄割拠時代みたいな感じかな?今の軍隊で重要なモノってなんだろう、うーん……

 

「一定練度の兵士と物資の確保と安定供給、補給と治療の手配でしょうか?

最前線で無双する領主も戦いでは兵士の士気を高めたりできますが、多方面作戦とかだと無理ありますし。

兵士って備品と食事、それに治療施設があれば戦うんじゃないかな。士気は食事内容や戦う意義で賄えると思います。

後は恩賞かな……特に何かを守る戦いは、それだけで戦う意味がありますし」

 

 脈絡なく言いたいことを言ってしまったけど、全て分かり切ったことだよね。

 文明レベルが古代ローマくらいとしても、集団戦を主とした時代でも同じことはしていた。

 斬新でも何でもない定石みたいな意見だ、今思い返すと恥ずかしいぞ。

 

「まぁ当たり前のことを偉そうに言いましたが……」

 

「いや、武勇を誇ることが大切って風習の中で補給を考えられる奴は少ない。もう少し聞きたいな」

 

 後から野太い声が掛けられたので振り向けば、前回掲示板の前で会った男が立っていた。

 周りの話を総合すれば、彼がベルレ領主のフェルデン様だ。取り敢えず直立不動から90度腰を曲げてお辞儀する。

 僕は日本人気質だから権力者に弱いです、はい。

 

「そう固くなるなよ。コッヘルから聞いてるぜ。大剣使いの素質を持ちながら神聖魔法も使えるそうだな。

しかも中々頭も回るみたいだ。どうだ?小隊長で俺に雇われないか?」

 

 ああ、酔いを魔法で治したの教えたんだ。うん、満面の笑顔だが猛禽類と変わらないな……

 

「申し訳ないです、連れが居ますので軍隊には入れないです」

 

 同じく直立不動から90度腰を曲げてお辞儀する。

 

「中隊長ならどうだ?家を買える稼ぎがあるからな、この街に住めば良いだろ?」

 

 この手の好意は必ず裏か落し穴があるんだよね。既に領主の息子たちからは恨まれてるし……

 

「申し訳ありませんが、ラミア族の彼女には人間の街は居辛いので無理です。僕は彼女と離れることはできませんから」

 

 本命はアリスの秘密だが、異種族が人間の街で暮らすことだって大変だから説得力はあるだろう。

 頭を上げてフェルデン様を見ると断られたのに晴れ晴れとした顔をしていた……



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第33話

 変なフラグが立っていたのか?脇差を持ち主に返さなかったことへの罰なのか?いや罰って誰が誰にだよ?

 ベルレの街の領主軍大隊長コッヘル様だけでなく、領主フェルデン様と二人の息子たちとまで知り合ってしまった。

 どう見てもフラグだ。そして息子たちには確実に嫌われたと思う。

 

 コッチは死亡フラグだ。

 

 領主直々に勧誘されたが、秘密を多く抱える僕たちはベルレの街に留まりここで働くのはリスキーだ。

 沢山の人間たちと生活を共にすれば、秘密がバレる危険が高い。

 もしアリスが人間でなくレイスだとバレたら……人間に害する妖魔として知られてしまう。

 そして廃墟に封印されていた妖魔が解き放されたと噂が広まれば、関連があるかもと考える奴が出てくるかもしれない。

 たとえ中隊長という好待遇とはいえ断るしかない。そもそも軍隊の戦闘指揮官とか無理過ぎる。

 

「おぃおぃ、即断たぁ畏れ入ったな。中隊長と言えば100人からの部下を扱えるんだぞ。

このベルレの街にだって13人しか居ないんだ。もっとよく考えろよ」

 

 物凄く呆れたような感じで言われてしまった。確かに好待遇を即断するとは思ってなかったのだろう。

 世間知らずと呆れたのかもしれないな。何故ならベルレの街の実状を事細かく教えてくれた。

 

 聞けばベルレの街は全軍合わせて約1300人。大隊長は3人、中隊長は13人、小隊長は130人。

 小隊長は最大10人の部下を持ち中隊長は小隊長10人を配下とする、つまり中隊長は100人前後の部下が居る。

 大隊長は兵種により配下の人数が違うらしいが、コッヘル様は歩兵を率いるために6人の中隊長が居る。

 

 後は騎兵と弓兵と守衛兵、それと補給部隊だ。

 守衛兵は街の治安維持のために、その他は周辺のモンスター討伐を主な仕事としている。警察と自衛隊みたいな区切りかな?

 

 因みに歩兵は槍も扱う戦闘の主力部隊だ。

 騎兵や弓兵は戦場を選ぶが、歩兵はどんな条件でもある程度対応できる。

 

 僕はコッヘル様の配下の兵が増えたために小隊長を増やすつもりだったので誘われたわけだ。

 もっとも小隊長を断ったので、今度は待遇を中隊長に変えて誘われたのだが、勝手に中隊長が増えたら軍は混乱しないのかな?

 

「惚れた女のためならば、それくらいは蹴る覚悟があります。もっとも僕では100人も人を使えるとも思えませんから、断る理由は半々です」

 

 先方のプライドもあるから、女性の……しかも異種族のラミア族のために勧誘を断られたでは不味いと思いフォローする。

 この世界が男尊女卑や人種差別が普通だった場合、僕は異質に思われるからね。

 

 勿論、半分以上は本音だ!部下100人を扱うなんて無理。

 

「ちっ、しゃーねーな。なら、俺の側近でどうだ?

お前、神聖魔法が使えるし文字も読めて暗算とかもできるんだろ。色々と役に立ちそうだ。待遇は中隊長と同じにしてやるぞ」

 

 何故、そこまで僕に拘るんだろう?別に僕じゃなくても同等以上の能力を持ってる連中なら他にもたくさん居るはずだ。

 嬉しいが素直に受け取るのは危険、何か裏があるかもしれない。

 

「ありがとうございます。僕なんかに領主様が直々に声を掛けて勧誘してくださるなんて本当に感激です。

ですが、僕の意見は同じです。デルフィナさんは、この街に馴染めないので申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げる、土下座は微妙な対応をされたからな。

 

「見た目によらず頑固だなぁ……分かった、無理強いはしない。

だが、今後もし俺に雇われたいと思っても次は一兵卒からだ。好待遇はもう無いぜ」

 

 そう言って帰ってしまったが、特に気を悪くした感じはなかったのが救いだ。最後は豪快に笑ってたから、変な奴だなって。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お前、勿体無いぜ。俺だって中隊長になるには10年近く掛かったんだぞ!それを女のために蹴るなんてよ、普通じゃないぜ」

 

 コッヘル様に強く背中を叩かれ、よろめいてしまう。上司の誘いを無下に断ったからだが、無理なものは無理だ。

 

「本当にすみません。でも、軍隊生活は無理なんです」

 

「まぁ俺も無理強いしない約束だったからな。さて訓練を始めるぞ。構えろ!」

 

 細かいことは気にしない性格だからか、豪快に笑うと木剣を構えた。

 

「お願いします」

 

 5mほどの距離で向かい合う。コッヘル様は右手に木剣を持ち、ダランとして自然体に構えている。隙だらけなのか隙が無いのか分からない。

 だが注意してよく見れば剣筋は見えるので、上手く体を動かせれば攻撃が躱せるはずだ。

 

「行くぜ、上手く避けろよ」

 

 無造作とも思える足取りで接近し、木剣を振り上げる。前と同じ連続攻撃!

 

 突き、払い、払い、突き……

 

 変幻自在にランダムに攻撃を加えられ、防御するので精一杯だ。相手の木剣を払い躱すが、必ず次の攻撃は受け辛い方から来る。

 

 少しも気を抜けない……

 

「ホラホラホラ、どうした、しっかりしろや?」

 

 力は互角かもしれないが、体が泳いで踏張れないから押し負ける。

 

「腕の力だけじゃ押し負けるぞ。下半身の動きを考えろ!上半身だけの動きで躱せると思うな」

 

 剣筋を目で追うと、どうしても足元まで神経が回らない。その場で動かずに腕だけで対処してしまう。

 

「足を止めるな。

馬鹿野郎、ただ動くだけじゃ上半身の動きとチグハグになるだろ。自分の足を見るな、俺から目を離すな!」

 

 駄目な点を言われるが、正直頭が回らない。コッヘル様の攻撃を躱すことで一杯一杯だ。極度の緊張と精神集中で頭が痛くなってきた。

 

「ほら、足が隙だらけだぞ」

 

 右太股を叩かれて動きが悪くなるのと踏張りが利かなくなる。次の一撃を受け切れずに、よろけてしまう。

 そして木剣を跳ね飛ばされて僕の負けが確定する、その場でしゃがみ込み荒い息を整える。

 

 酸素が酸素が足りない……

 

「ハァハァハァ……もう一回お願いします」

 

 五分も保たずに息は上がるし身体中が痛い。だが、何と無くだが剣を扱うということが分かりかけてきた。

 

「ふん、今度は俺に攻撃してこい。防御だけじゃ勝てないぜ」

 

 挑発に近いニヒルな笑みを浮かべるコッヘル様に、せめて一太刀当てたい。

 

 この幼妻を孕ませたダンディーな羨ましいオッサンに、せめて一太刀!

 

 木剣を両手で握り締めて、彼に向かって走りだす。

 

「気合い十分だな!揉んでやるぜ、かかってこいやー!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼らから少し離れた場所で訓練の様子を窺う女性陣。庭先での訓練だから縁側に座って見ることができる。

 

「旦那様の連続攻撃を五回以上躱せる人は少ないのです。あの方、中々の素質があるのですね。神官と伺っていたので驚きです」

 

「お兄ちゃんは回復魔法も使えるけど神官じゃないよ。多分だけど先祖の誰かが使えたみたい。その血を強く受け継いだんだって」

 

「魔法は血筋が全てですから、その通りなんでしょう……ですが珍しいですわね」

 

 本当はお兄ちゃんに神官の血筋など無い、前に聞いたときに教えてくれたから。

 だが、教会の縁者と思われるのは、この場合は良くないと思う。このミーアって娘、年相応の笑みを浮かべてるけど私は騙されない。

 私を封印した、いけすかない男と雰囲気が似ている。

 

 人畜無害なふりをして相手に油断させる、そんな嫌な手口に……

 

 お兄ちゃんと離(はな)れ離(ばな)れにならないためにも、私の秘密がバレないようにしなきゃ駄目。

 まぁ大隊長の本妻ならば、油断ならない人物なのは当たり前。私達の素性や危険の有無を調べたいのね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目の前で繰り広げられている訓練に目を奪われる。最初はぎこちない動きだった主様が、段々とスムーズに動けるようになっている。

 

「主様……

僅かな訓練でメキメキと力を付けますわ。凄い、あの連続攻撃が全て見えている。

目で捉えてはいるけど、体の動きが追い付いてないだけだわ。体捌きを鍛えれば、もっと強くなる」

 

 妙な気迫と共に攻撃を躱し、10回に1回くらいで攻撃を加えている。

 

 手数は相手が圧倒的だが、時間を掛ければ反撃の……嗚呼、良いのを貰ってしまったわ。

 

 何とか起き上がったけど、そろそろ限界かしら?でもあの大隊長さんが、段々と余裕が無くなってきたわね。手加減が力具合だけになってる。

 

「結構粘るな!

大剣使いはな、長さと重さを生かした攻撃が肝なんだ。しっかり見ろよ、これが俺の決め技だ!」

 

 そう言うと大隊長さんは体を回転させながら主様に近付き、遠心力を利用した薙払いで木剣を弾き飛ばしたわ。

 ただグルグル回っただけみたいだけど絶妙の距離を保っていた。

 近付き過ぎず自分の大剣の先端20㎝くらいでピンポイントに狙った場所を薙払う。

 初撃は主様が後ろに下がって空振りだったのに、二撃目はちゃんと体捌きと腕の伸縮で調整して……水平だけじゃなく角度を変えての連続の回転攻撃。

 常に一定のリーチを保たれての一方的な連続攻撃を受けてしまう。

 

 でも相手から一瞬とはいえ目を離すのに、何故あんなに何度も正確に距離を計れるのかしら?

 

 普通なら戦う相手から目を離すのは自殺行為なのに……流石は領主軍の大隊長ということなのね、今の主様より二枚も三枚も上手だわ。

 木剣を弾き飛ばされて止めの一撃を受け、地面に大の字に倒れている主様に駆け寄る。

 あの連続回転攻撃を三回まで耐えたのは凄いわ、流石は私が見込んだ(特別の精気の持ち主)男ね!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「幸せそうな顔して気を失いやがって。初見で俺の取っておきを三回転までさせるとは、将来が楽しみだな」

 

 回転剣舞は四回転が限度、五回目以降は敵を知覚できない。勿論、技術的には八回転までできるが命中精度は格段に落ちる。

 呑気にデルフィナの尻尾に乗せられ揺られている男に軽く嫉妬するぜ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お前らは三日間は家(うち)に滞在しろ。気絶してる兄ちゃんを動かすのも悪いしな。ミーア、部屋と布団を客間に頼むぜ」

 

「はい、あなた。さぁこちらへ、布団の準備と冷やす水を用意しますわ」

 

 下半身蛇ってスゲェな、人を乗せても落とさずにクネクネと動けるのか……ミーアに任せておけば大丈夫だろう。

 幼妻と散々からかわれたが、前妻と変わらぬ手際の良さで家を仕切っている。

 

 俺だって頭が上がらないんだ、良い嫁を貰ったもんだ。

 

「コッヘル様」

 

「む、なんだ?」

 

 庭で黄昏ていたら部下が来るのが分からなかった。少し鍛え直さないと駄目だな。

 

「巡回の兵士より報告。

ナドレの丘周辺でアンデッドモンスターの目撃者が増えています。目撃されたアンデッドモンスターは下級ですが、彼の地は……」

 

 膝を突き報告する兵士の顔は不安でいっぱいだな。下級とはいえアンデッドモンスターは強力だ、動きは鈍いが牙や爪に毒を持つ厄介な奴だ。

 稀に麻痺や呪いを受けることもあるし、討伐するなら準備が必要だな。しかもナドレの丘の近くには不死の王が眠るという噂の廃墟がある。

 

「討伐隊を編成しろ。

俺の部隊から50人選抜し準備を進めるんだ。出発は三日後、1週間分の物資を用意しろよ。

教会にも協力を要請、下級神官を最低でも二人は回してもらえ。

あとは傭兵の募集をするか……30人程度は集めてくれ。物資は余裕を見て100人分だ。

最悪の場合、一時的に住民を保護する可能性もある。逃げるときに食料を持ち出す余裕があれば良いがな……

フェルデン様には俺から報告する」

 

 今は目撃報告だけだが、頻繁に目撃されてるなら直ぐに被害が出るだろう。

 直ぐにても行きたいが、軍って奴は準備が掛かるから面倒だ。だが、人数を集めなければ返り討ちに遭うかもしれん。

 できれば領主軍だけで編成したいが、ベルレの街の守りを薄くするわけにはいかないからな。

 統制の取れない烏合の衆だが囮か壁ぐらいにはなる。兄ちゃんの訓練が終わったら討伐か、忙しくなるぜ。

 

 今夜はミーアを可愛がっておかないと拗ねるかもしれないぞ。

 



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第34話

 コッヘル様との特訓で何となく漠然とだが、自分の戦闘スタイルが掴めてきた。

 同じ大剣使いのコッヘル様は回転を利用した薙ぎ払いを得意とするが、僕はむしろ突きの方が馴染む。

 大剣の長さと腕の長さを足したリーチが得られるのが良いのと、筋力とスピードを生かした連続突きができる。

 今は三回で腕に疲労が溜まり動きが鈍くなるが、レベルを上げて筋力と速さが上がれば回数も増えて精度も上がるたろう。

 凄く有意義な訓練だ、やはり命懸けだと試したいことなんてできずに確実な攻撃ばかりしてしまうが、色々と試行錯誤できたのが嬉しい。

 結局、コッヘル様からは一本も有効打を取れなかったが、それは当り前で仕方のないこと。

 

 逆に三日程度の訓練で大隊長から一本取れたら、凄いチート野郎だ。

 

 それはそれで問題になり無用な注目を集めるだろう。三日目の訓練の後、最後の仕上げとして……何故かミーアちゃんと戦うことになった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「兄ちゃん、この三日間は驚きの連発だったぜ。

まさか俺の扱きに耐えられるとはな。しかも必殺技擬きまで身に付けただろ?

三段突き、俺でも避けに徹しないと駄目な攻撃だぜ。まぁ仕上げにミーアと戦ってみろ。

変わった得物だが、自分よりリーチのある相手と戦う経験も必要だぜ」

 

 そう言われてミーアちゃんと戦うことになったのだが、てっきり槍かと思えば……

 

「薙刀とは驚いた……最初に目を付けた武器だったからな。どう対処したら良いんだろう?」

 

 ポニーテールに鉢巻きをして袖を捲った彼女が構える武器は、棒の先端に幅広の片刃が付いていた酷く見慣れた武器だった……

 

「あら?薙刀を御存知だったのですか?我が家に伝わる秘技なのですが、博識ですわね。では、行きます!」

 

 槍のように水平に構えず、切っ先を地面スレスレにしている。掛け声と共に切っ先を振り上げて切り掛かってくる。

 

「速い、だが見えないわけじゃない」

 

 切る突く払うと万能攻撃のできる薙刀だが、コッヘル様の連続攻撃で鍛えた目と体捌きで何とか躱せる。

 薙刀だけじゃなく彼女の体の動きも確認しながら攻撃を予測する。

 木剣で払うように捌けば、込めた力が流される、相手の体勢を崩すことができるのだ。

 

「やりますわね。ならば、これならどうですか?」

 

 ミーアちゃんは一旦後ろに下がり深呼吸をして息を整えている。力いっぱい薙刀を振り回しても空振りみたいに躱されたら体力も減るよね。

 

「行きます!」

 

 薙刀を頭上で回転させると、突きを連続で放ってきた。肩、手首、脇腹、太股と的確に突いてくる。

 それらの攻撃を体捌きで避け、最後の太股を狙った突きを躱して前に踏み込みミーアちゃんの脇腹を軽く突く。

 本来なら手加減したと相手からしたら激怒モノだが、本気で睨むコッヘル様が怖かった……

 

 もし本気で突くか払ったら、僕の命は保証できなかったかもしれない。それぐらいにコッヘル様の目力は凄かった、このロリコン愛妻家め!

 

「参りましたわ……」

 

 薙刀から手を離して両手を上げるミーアちゃんを見て、こちらもようやく緊張を解く。

 

「いや、こちらも危なかった。最初にコッヘル様と大剣の訓練をしてなければ確実に負けたと思います」

 

 今までのロングソードのリーチで拙い体捌きでは、近付くこともできずにジリ貧だっただろう。リーチの差とは、かくも大きな問題なのか……

 前の世界では武術に程遠い生活だったので新鮮だ。

 興奮すらしているが、命の価値が軽い世界なので浮かれないようにしなければ駄目だな。

 

「それでも凄いですわ。私だって中隊長クラスでも互角に戦えるのですよ。

貴方、本当に何者なんです?薙刀を知っているのはベルレの街でも極一部なんですよ。それを木製の模擬……」

 

「ミーア、余計な詮索はするな。兄ちゃんには兄ちゃんの事情があるんだ。さぁ夕飯の前に風呂に入るか。兄ちゃん付き合えや」

 

 ミーアちゃんの追及をコッヘル様が止めてくれた。それでも納得してないような不審な目を向けてくる。

 しかし、どうして僕はウッカリなんだろう?あれだけ気を付けると考えているのに、いつもポロリとヘマをする。

 これがリアルな運の低さなんだろうか?

 

 いや、単なる不用心なだけなんだろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 カポーン……

 

 ※むさい男二人の入浴シーンの詳細は省略させていただきます。

 

「ふぃー、生き返るな……風呂は命の洗濯だぜ」

 

 流石は大隊長の邸宅ともなれば、広い風呂がある。流石に毎日は無理だが、二日おきくらいに入らせてもらっている、つまり二回目だ。

 男二人が並んで足を伸ばしてもぶつからない広さのある浴槽。

 

 備え付けの石鹸に驚いたのは内緒だ、ある所にはあるんだな……

 

「そうですね、確かに風呂は命の洗濯です。昔、無理矢理命の遣り取りをさせられた子が言ってました……」

 

 あの逃げちゃ駄目な子の気持ちが少し分かった気がする。

 いきなり一般人が生きるか死ぬかの世界に放り込まれたら、逃げ出したくなるのは当り前だ。

 僕は自分と二人の好きな娘のためだけど、あの子は見たこともない全人類のためだったからな、背負うプレッシャーは段違いだろう。

 

「ほぅ?兄ちゃんの知り合いは面白いな。まぁこんな世界じゃいつ誰が命を落とすかも分からないからな。しっかり生きろよ」

 

 豪快に笑い肩を叩かれる、結構痛い。

 

「ミーアの言ったことは気にするな。

アレで負けず嫌いだから、結構悔しいんだろう。それにアイツは頭が良過ぎるから余計な詮索をするんだ。

俺が明日から遠征だから余計に寂しいんだろう。まぁ今夜も可愛がるから、明日には機嫌も回復するさ!」

 

 お前も気にせずにガンガンヤッちまえって言われたが、僕達は寸止めなんです。

 ガンガン行くと本当に逝っちゃうんです、僕が干からびて死にます、枯渇死?

 

「遠征って戦争ですか?」

 

 下ネタ会話を打ち切るために話題を変える。軍の遠征ってことは大事だろうか?

 

「ん?ああモンスター討伐だ。

アンデッドモンスターが増殖してんだよ。三日前から報告が上がってきてる。

奴等は下級とは言え厄介な毒や麻痺を持ってる。纏まった兵士で当たらないと被害が多くなる。

街でも募集してるが、メインは兵士だからな……」

 

「アンデッドですか。ゾンビでしたっけ?動きは鈍いが牙や爪に毒を持つ嫌なモンスターですよね」

 

 デルフィナ先生のモンスター講座で聞いた内容を思い出す。人型のゾンビは被害者が感染者なのか違うのか分からない。

 この世界のゾンビは噛まれても毒や麻痺状態になるが、ゾンビ化はしないんだ。

 なら何故、元人間っぽいゾンビが生まれるのかが分からない。因みに、この世界のゾンビは頭を切り離すか破壊しないと倒せない。

 

「それに発生場所が問題なんだ。

不死の王を封印した廃墟近くに目撃情報が多い。遠征はアンデッドモンスターの討伐と廃墟の調査も含む。

兄ちゃんも参加するか?報酬は安いが実戦経験はつめるぜ」

 

 不死の王の廃墟と言えば前回マウントコングを倒した場所の近くか……不死の王の廃墟を調べる。

 未だ人型モンスターに躊躇いがあるから、人の死体たるゾンビと戦うことはプラスになるだろう。

 だけどデルフィナさんたちを討伐隊に参加させるのはマズいよね、他の人と連携なんてしないだろうし、アリスが魔法を使えるのも秘密にしたい。

 三日間もお世話になって更に特訓までしてもらったのに、じゃサヨナラとか言えるのか?それは、しちゃいけないことだと思う。

 

「遠征期間は?

流石に月単位は無理ですよ。それにデルフィナさんとアリスは参加させられません。

アリスは論外、デルフィナさんは軍との連携は無理だと思います」

 

 魔法攻撃というウチの最大火力を持つアリスを人目に曝すのは危険だ。デルフィナさんは、僕以外との連携は無理っぽい。

 かと言って二人で討伐に参加すると、アリスが一人になってしまう、ジレンマだ!

 

「退屈かもしれんが家に居てくれると助かる。ミーアも気晴らしになるだろう。

兄ちゃんは募集に参加した連中と行動することになるだろうな。

軍だと縛りがキツいが、募集した連中は割と自由だ。期間中に生き残れば良いからな。

兄ちゃん、神聖魔法が使えるだろ。ヒールとキュアポイズン以外に何か使える魔法があるか?」

 

 そういえば二種類の魔法は使ってみせたな。スリープは内緒にした方がよさそうだ。

 バシャバシャと湯で顔を洗う、少しだけタイミングをズラすために……

 

「キュアパラライズまでは使えますよ。今は魔法の精度が低いですがね」

 

「ほぅ、今回の討伐にはピッタリだな。ゾンビを一撃で粉砕する大剣を使い、解毒・体力回復・麻痺回復まで使えるなんてよ。

教会から派遣される下級神官より使えるかもな」

 

 教会の連中と、下級とは言え神官と接点ができるのは厄介だな。アリスの秘密に繋がるかもしれないし。

 

「何人か神官の方々も来るんですか?」

 

 それとなく聞いてみる。

 

「ああ、二人な。

悪いが軍の方に同行させるぜ。募集連中には治療魔法は回せないかもしれん。

悪い言い方をすれば、募集で来る連中は何があっても自己責任なんだ。

アンデッド討伐って知ってるんだ、解毒の薬草も持ってくるさ。

討伐期間中に指示に従い生き残れば安くない報酬を貰えるから準備はしてくるだろう。

神官連中は軍が金を払って呼ぶからな。兵士を優先するのは仕方ない。

兄ちゃん、無闇に神聖魔法を安売りするなよ。教会が煩いからな。

まぁ俺が指揮をとるし大船に乗った気でいろ。ちゃんと配慮はしてやるぜ!」

 

 よくモンスターを討伐する際に証明部位を持ってこいとか言われるけど、討伐遠征って関係無いの?その期間、指示に従い生き残れば良いの?

 コッヘル様に聞き返すのも変に思われるから、愛想笑いで誤魔化した。後でデルフィナ先生に教えてもらおう。

 無駄に会話が進み長湯し過ぎて、二人共に湯中りしそうになったのは内緒だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食は豪華だった。

 

 明日から遠征に行くコッヘル様のためにミーアちゃんが奮発したからだ。

 その席で僕も討伐に同行することを話したら微妙な雰囲気になってしまった。

 でも訓練してもらった恩を返すためと説明し、何とかデルフィナさんとアリスからOKを貰えた。

 期間も一週間だし、アンデッドモンスターとは言え比較的弱いのが決め手だったのかな?

 

 ミーアちゃんが今日のうちに僕の分まで仕度をしてくれるそうだ。

 

 携帯食料・水・衣料品・着替え等々、言われて全く用意してないのに気付いて、顔から火が出るくらいに恥ずかしかった。

 しかも武器を未だ買ってないんだよね、ツーハンデッドソードとツヴァイへンダーを仮押さえしただけだ。

 朝一番に買いに行き参加するしかないな。

 切るより突く方に適性を感じたのだが、首を刎ねるか頭を潰すのが有効なゾンビには切る方が有利。

 

 得意な武器にするか有効な武器にするか悩む。だけど突きじゃ不利だな、叩き切る方にしよう。

 

 ツーハンデッドソードとツヴァイへンダー……今回はツヴァイへンダーにしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 コッヘル様がミーアちゃんの肩を抱きながら出ていった。後ろ姿の身長差が犯罪チックなのは気の所為だろうか?

 僕らも与えられた寝室へと向かう。

 

「ごめんなさい、勝手に遠征に参加するとか決めて。でも恩には報いたいんだ」

 

 部屋に入るなり先制で頭を下げる。どっちにしても彼女たちを一週間も人間の街に放置するんだ。

 大人しくしてないと駄目だからストレスは溜まるだろう。

 

「ううん、お兄ちゃん……我慢する、アリス我慢するよ」

 

「そうですわ、主様。人の上に立つならば不義理は駄目です。頑張ってください、大人しく待ってますわ」

 

 嗚呼、言葉だけなら感動的だ……だけど二人共、目を爛々と輝かせて僕に迫ってくるのは何故?

 

「「心は一生待てますが身体は一週間も我慢できません、頂きます!」」

 

 僕は彼女たちに布団に押し倒された。

 



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僕っ娘はゾンビガール編
第35話


 討伐前の最後の食卓は和やかだ。妙に肌が艶々なアリスとデルフィナさん。

 凄く機嫌が良いミーアちゃんと普通なコッヘル様。

 

 そして疲労困憊な僕……

 

「何だよ、昨晩は激しくお楽しみだったんだな。音が五月蝿かったぞ。随分げっそりしてるが大丈夫か?」

 

 半分理性を無くした二人の愛情表現(吸精行為)をいなすのが大変だった。

 二人して迫ってくるのは夢見心地だったが、気を抜くと文字通りに昇天しちゃうんだよね。

 まさかコッヘル様との特訓で体得した体捌きが役に立つとは驚きだった。

 まぁ逃げ回ったとも言うが、部屋の中を縦横無尽に動き回れば音も凄かっただろう……

 

「ええ、ハッスルし過ぎまして……コッヘル様は大丈夫みたいですね」

 

「当り前だ!ミーアは華奢だから無理なことはしない。壊れちまうだろ!」

 

 少しだけ頬を赤くして視線をミーアちゃんに向けるオッサン。きっとミーアちゃんを腫れ物を扱うように優しく抱くのだろう。

 子供を二人も仕込んだことやミーアちゃんがご機嫌なことも考えると、優しく抱かれても彼女自身は性的にも満足してるんだな。

 

「それはそれは大変ご馳走様です。では頂きます」

 

 体力を回復するためにも沢山食べなければ!

 目の前に並べられた料理をムシャムシャと食べはじめる、主にたんぱく質を優先的に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食を終えてトイレに行き身嗜みを整える。

 朝シャンとかできないから寝癖を水で濡らして整えるくらいだから直ぐにできる。

 玄関に向かうと既にコッヘル様が待っていた、完全武装とまではいかないがライトメイルを着込み帯剣している。

 

「じゃ行くか。ミーア、留守を頼む」

 

 軽くハグる年の差夫婦を横目に、僕らもハグとキスをする。

 

「じゃ行ってきます」

 

 暫しの別れを惜しみ、ミーアちゃんの用意してくれた荷物を背負う。

 

「はい、丈を合わせておきましたわ」

 

「僕にですか?ありがとうございます、外套ですね」

 

 ミーアちゃんから焦げ茶色の外套、あれですよマントですよ、を貰った。

 正直凄く嬉しい、今までは盗賊から奪った服が多かったので真新しい外套は前回来たときに買った皮鎧と同じくらいに嬉しい。

 

「おお、似合うな。夜営のときに布団代わりになるからな。ミーアの手製だ、大事にしろよ」

 

 早速羽織るが中々良いと思う。だが内側に荷物を背負ってるので後ろ姿はイマイチだ。

 コッヘル様は配下の輸送隊が居るが、募集で参加する連中は食事から何から全て自前だ。

 門を出て直ぐに別れる、コッヘル様は領主様のもとへ、僕は武器屋へと急ぐ。遅刻は恥ずかしいからね。

 武器屋に顔を出せば既にミーアちゃんから連絡が行ってたのだろう店員が待ち構えてた。

 挨拶もソコソコにツヴァイへンダーを受け取る。鞘は背中に背負うタイプらしく抜くのは簡単だが逆は大変そうだ。

 既に食料やら衣料品やらを詰め込んだ袋を背負っているからな、先に大剣を背負い後からリュック擬きを背負う。

 

 更に外套を羽織ると……外套は畳んで袋の中にしまった。

 

 しかし慣れないと格好良く抜いたりはできないかも、練習が必要だな。

 

「兄ちゃん、ゾンビ討伐に参加するんだろ。サブの武器はどうだい?」

 

 背中の荷物を気にしているとサブの武器を勧められた……

 マジックアイテムの皮袋にはダガーやショートソードが入っているが、破壊力が足りなくないかな?

 首チョンパか頭を潰さないとゾンビは倒せないんだよな。

 

「何だよ、不審そうな顔してさ。これだよ、ハンドアックスかメイスなんてどうだい?ゾンビの頭を確実に潰せるぜ。

それにツヴァイへンダーは高い武器だから、ゾンビ切りまくったら刀身が傷むんだよ。頭蓋骨って固いからな」

 

 確かに雑魚に最上級の武器を使うのも考えものだ。

 

「獅子は鼠を襲うのも全力全開なんだぜ!」

 

 みたいな厨二全開は遠慮したい、状況に合わせて武器を使い分けるべきか……店員のお勧めはハンドアックスにメイスか。

 ハンドアックスと言っても30㎝くらいの棒に片刃の伐採斧だ、武器以外でも汎用性は高そう。

 メイスは60㎝ほどの木製の柄を皮でグルグル巻きにして補強し先端に鉄の丸い柄頭が付いている。

 完全に凶悪な殴打武器だ、星型のモーニングスターやピック型のもあるが重そうでサブ武器しゃない。

 

 比較的造りは粗いが叩くや叩き切るだから問題無いのか?どっちもイマイチだと思い壁にぶら下がる武器を眺める。

 

「おっ?そのナタを見せてよ」

 

 刃渡り30㎝握りは20㎝、武骨で肉厚の刃は斬るより叩き切る表現がしっくり来る猟師の武器だ。これなら脳天カチ割れるだろう。

 

「コレかい?確かに破壊力は有るけど高いよ、300Gだよ。ハンドアックスは70Gでメイスは60Gだ。どれにするんだ?」

 

 300Gだと?手持ちが無い、正確にはマジックアイテムの皮袋から出してない。

 ツヴァイへンダー分と予備の100Gしかあらかじめ出して持ってないんだ。馬鹿正直にマジックアイテムの存在を教えるのは嫌だな。

 

「手持ちが無いんだ……じゃメイスで良いかな」

 

 ナタは残念だが無理する必要は無い、所詮はサブの武器だしツヴァイへンダーで十分だ。両方刃物よりはメイスの方が面白いかもしれないしね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 門の守衛に討伐参加を伝えるが、既にコッヘル様から連絡が行っていた。

 僕とデルフィナさんの預けた武器は継続で保管してくれるそうだ。

 教えられた集合場所は門の直ぐ前で、既に領主軍の兵士は整列している。50人近く居るんじゃないかな?

 荷駄隊は馬車を二台、両方共にほとんど樽を積んでいる。つまり飲み水だな、水は重いから支給してくれるそうだし。

 

 コッヘル様は軍馬に乗っている、流石に大隊長は格好良いな。他にも二人軍馬に乗っているが、彼等が副官かな?

 それにユッタリした服を着て杖を持ってるのが神官かな、二人居る。

 神官って祭事用の杖やフレイルみたいな武器を持ってるのかと思ったけど魔法使いの杖っぽい。

 その後ろには幌馬車があるので、神官用かもしれない。流石は軍隊、整然としてるな。

 

 それに比べて……

 

 その脇に屯(たむろ)するのが募集に参加した一般の方々だ。妙に若い連中で固まったグループ、多分だが10代後半の男女。

 女性と言うか女の子が三人、全員素朴で可愛い感じ。

 二人ほど弓を持っているが残り八人は明らかに農民だな、手に鎌や鍬を持ってる。

 農耕具が武器って西洋系ならピッチフォークとか無かったのか?武器としては心もとないな。

 当たり前だが誰も鎧は着ていない、全員簡素な布の服。

 

 他に男六人グループが居るが、彼らは食堂に居た連中だ。

 皮鎧にロングソードで武装している、何人かは木の盾を持っているね。

 

 同じく男四人のグループが居るが、こちらは身なりが比較的に綺麗だし装備も良い。

 皮鎧に皮の盾・ロングソードにショートスピアを持っているが一人だけマントを羽織っている。

 羽振りが良いのは強い証拠だろう、彼等が一般募集の主力かな。

 

 残りは僕と同じ個人参加だろう、それなりに装備の整った連中が四人、勿論全員が男だ。

 

 あと異彩を放つのが二十歳くらいの金髪美人が居ます。

 だけどハーフプレートにロングソード二刀流みたいです、腰の両脇にロングソード吊してるし。

 いや少し短いかな、ショートソードよりは長いが中途半端な感じだが重量の関係かな。

 皆と距離を置いて難しい顔をしてる、協調性は無さそうですゼロです。

 

 暫く観察していると、コッヘル様から話があるそうだ。兵士達に注目しろって怒られました。皆さん渋々と整列し話を聞く態勢になる。

 

「良く集まってくれた!

今回はナドレの丘周辺に集まるアンデッドモンスターの討伐と近くの遺跡を調べる。

特に指示が無ければ独自に動いて良いが、逃亡は許さん。最後まで同行した者にのみ報酬を渡す。

水は支給するが、残りは自前だ。では出発!」

 

 カッポカッポと軍馬に跨り先頭を進むコッヘル様。その後ろに荷駄隊と幌馬車を囲む様に領主軍で、最後尾に一般募集の連中がついていく。

 目的地には一泊して明日の昼前に到着予定だ。徒歩がほとんどだからコッヘル様もスピードを調整してくれている。

 

 長閑な田園地帯を抜けて草原を歩く……

 

「長閑だなぁ……」

 

 頭上には名の知れぬ鳥が旋回し適度に吹く風が草を揺らす。

 僕は兵士の直ぐ後ろを歩いているが、後ろの連中はグループおきに会話が弾んでいます。

 下卑た笑い声や楽しそうな笑い声を聞くと複雑な気持ちになる。

 皆さん金髪美人に話し掛けるが、全く相手にされてないみたいだな。

 

 悲惨なセリフで滅多切りされてる、例えば「失せろ下郎が!」とか「口が臭い、話し掛けるな」とか……

 

 二時間も歩けば疲れたのか皆さん無言になった。休憩まではまだ一時間近く歩かないと駄目だから、体力を温存してるのだろう。

 誰かとコミュニケーションを取りたいけど難しい。

 金髪美人は先ほどの対応を見れば分かる、僕じゃ怒鳴られるか無視されて終わりだろう。

 オッサングループは却下だが、年下グループも無理。やはり孤独な一週間になりそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よーし、休憩だ。各自飯を食って休めよ。二時間後に出発だ!」

 

 見通しの良い草原のド真ん中で昼休みとなった。直ぐ脇に小さな池があるので飲料水には困らない。

 コッヘル様の号令の下、各自が食事を始める。二時間は長いと思うが、煮炊きするんですよ。

 やはり温かい食べ物は体力を回復させるからね。

 

 僕も適当な枯れ枝を集めて素焼きの椀を鍋に見立ててスープを作る。

 干し肉を刻んで入れて塩で味を整えれば完成。それに固く焼いたパンを浸して食べる。

 

 ミーアちゃんが用意してくれた雑穀は夕飯に取っておく。雑炊を作る予定なので楽しみだ。

 

 一人の食事など直ぐに終わってしまう。荷物を枕に外套を布団代わりにして昼寝と洒落込むかな。

 用心のためにツヴァイへンダーをしっかりと抱いてね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふざけんな!お高く止まりやがって、痛い目みたいのかよ!」

 

「下郎、喋るな!息が臭いのだ、私に近付くな」

 

 気持ち良く寝ていたのに、何やら騒がしい声で目が覚めた。薄目を開けて周りを窺えば、金髪美人と誰かが揉めている。

 どうやら相手は、あのオッサン六人組の連中みたいだ。

 

「何だと!淋しそうだから一緒に飯を食おうって誘っただけで下郎呼ばわりかよ!」

 

「私に構うな、迷惑だ!」

 

 典型的な売り言葉に買い言葉だな。兵士の人たちは楽しそうに見てるだけだ、娯楽ぐらいに考えているのかもね。

 言い合い?はヒートアップして、ついには互いに武器に手を掛けたぞ。それでも誰も止めないのか?

 

 オッサン六人が金髪美人を取り囲むようにして今にもロングソードを抜きそうだ。

 完全に厄介事だが誰も止めようとしない、知らないうちにコッヘル様も近付いていたが腕を組んで笑っている。

 金髪美人も凄惨な笑みを浮かべて両手をロングソードの柄に乗せた、いつでも抜ける体勢だ。

 

「よう、誰か金髪の姉ちゃんに加勢しろよ。おぃ大剣使いの兄ちゃん、加勢してやれよ」

 

 コッヘル様、完全に楽しんでますね……オッサンのうちでリーダー格の奴のパラメーターを確認する。

 

 

 

中年狩人のリーダー

 

レベル : 12

 

 

HP : 39/39

MP : 1/1

 

筋力 : 18

体力 : 13

知力 : 7

素早さ : 15

運 : 12

 

 

 

 うーん、低い低すぎる。因みに金髪美人の方は……

 

 

没落貴族のお嬢様

 

レベル : 9

 

 

HP : 45/45

MP : 10/10

 

筋力 : 26

体力 : 14

知力 : 13

素早さ : 22

運 : 18

 

 

 

 うん、強いけど六人に対しては苦戦するかも……コッヘル様が話を振ったからには、何かしら対応しなければ駄目なんだろうな。

 

「分かりました、女性側に加勢します」

 

 手にメイスを持って無造作に近付いていく。

 

「何だと、兄ちゃん!舐めんじゃねーぞ」

 

「ええ格好するじゃねーか?なら先に死ね」

 

 オッサン二人がロングソードを抜いて襲い掛かってきた。男だから容赦無いのか、躊躇なく殺しにきやがった。

 

「だが遅い!」

 

 初めて使うメイスだが、結構使いやすいぞ。撲殺するのは気が引けるのでロングソードの根元をメイスで思い切り叩く。

 良い音を立てながら吹っ飛ぶロングソードは安物のためか曲がってしまった。

 

 良かった人に当らなくて……

 

 この世界の剣は鉄製で焼き入れ法が普通だが表面しか硬化させることができないので、殴ると衝撃で硬化した皮膜が剥れて柔らかい芯部分が露出し曲がるんだ。

 鋼の武器は高価で数が少ない。

 

「安物だね、身を守る武器には金かけなよ。これ以上やるなら脳天カチ割るけど?」

 

 クルクルとメイスを振り回す、ヤバイこれ凄く楽しいぞ。渋々とオッサン達が金髪美人から離れていく、捨て台詞は忘れずにだが。

 後には此方を睨む金髪美人だけが残った。

 

「一応助けたつもりなので睨まないでほしいな」

 

 彼女はツンデレかもしれない。

 



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第36話

「一応助けたつもりなので睨まないでほしいんだけど……」

 

 名指しでコッヘル様に言われたのだが、一応助けたことに変わりはないはずだよね?それを親の仇を見るような目で睨まれるのは辛い。

 リアルツンデレって、こんな感じなのかな?本やテレビで見るのと大違いで面倒臭いです……

 

「別に助けてくれと頼んでないわ!」

 

 リアルツン、美人からキツい言葉を言われるのは辛い、元は平凡な小市民ですから余計に。

 周りに視線を送れば、皆さんニヤニヤしてやがる。オッサン六人組も睨んでるので睨み返した……視線を逸らされたぞ。

 

「金髪の姉ちゃんよ。

実際、兄ちゃんが加勢しなきゃ負けてたぞ。ソイツらより倍強くても六人じゃ押し負ける。

楽しい余興だったが、今後諍いを起こしたら有無を言わさずに厳罰だ。兄ちゃん悪かったな、美人に嫌われたみたいぜ」

 

 うーん、流石と言うべきなのかな?一回問題を起こさせて解決し、次に同じようなことをしたら厳罰。

 分かりやすい懲罰に皆さん納得した顔だし……

 

「いえ、問題ありません。味方同士で傷付け合うのは馬鹿げてますから」

 

 コッヘル様と、討伐部隊の責任者との馴れ合いはできない、姿勢を正して頭を下げる。

 

「大剣背負ってるのにメイスを使うとは、随分と手加減したんだな。

別に殺しても構わなかったんだぜ、軍隊で規律を乱す奴は極刑が基本だ。お前らも兄ちゃんに手加減されて命を救われたんだ、感謝しとけよ」

 

 最後に脅し文句と共に殺気をバラ撒かれたし、後ろに控える兵士達も睨んでいる……

 僕は訓練で散々浴びせられて慣れたが、初めての連中には辛かったみたいだ。

 

 若いグループなんて涙目だぞ、コッヘル様。

 

 ミーアちゃんに向ける優しさの1%でも彼らに分けてあげなよ。立ち去るコッヘル様に再度一礼して元の場所に戻る。

 もう一時間くらいは休めるだろう。荷物を枕にゴロリと横になり外套を被る。

 

 うん、暖かいな……

 

 前の世界より格段に体力は向上したが、半日も休みなく歩けば疲れるんだよね。

 暫く微睡(まどろ)んでいると誰かが隣に座った気配がした。薄目を開ければ、例の金髪美人さんだ。

 チラチラとこちらを窺ってるけど、話しかけてくる感じはしない。僕から話しかけないと駄目なのか?

 

「えっと、何かな?」

 

 相変わらず睨んでます、しかも今は見下ろす感じです、上から目線?ちょっとだけゾクゾクしたのは僕だけの秘密だ。

 

「一応、お礼を言っておくわ。あ、ありがとう……でっ、でも私だけでも倒せたのよ、余計なお世話だったのよ」

 

 巨大なツンツンの後に微弱なデレ来ました。何と言うか、赤くなって目を逸らしながら言われたらデレだけと……

 睨むのを止めて無表情で言われても萌えない、逆に萎える。勿論、僕にはアリスとデルフィナさんが居るから浮気は絶対しないけど。

 

「気にしないで良いよ。僕はコッヘル様から名指しで言われたんだ。

加勢しないわけにはいかなかった。あの場で加勢しなければ、僕が大変だったろ?

コッヘル様、実は怒ってたみたいだし、あの場で加勢しなければ、僕も大変な目にあったかも?」

 

 現実は傍観していただけで助けるつもりがあったかは微妙なんだ。

 体育座りをして膝に頭を付けている彼女の表情は見えないが、隣には荷物も有るからお礼を言って移動はしなさそうだ。

 

「少し休んだ方が良いよ。

荷物を持った移動は思いの外に体力を消耗する。出発したら夜営地まで休みなしだと思うよ」

 

「そうね、貴方の隣ならチョッカイかける奴も居ないわね」

 

 虫除けのために近付いたんかい?思わず彼女を見れば体育座りのまま休むみたいだ。

 仄かに香る彼女の甘い匂いを嗅ぎながら暫しの休憩を楽しんだ。少しキツい欧米人っぽい体臭だな。

 

 アリスの甘いミルクの匂いに似ているが、彼女は控え目な匂いだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「コッヘル様、彼ですか?お気に入りの若者は」

 

「ああ、スゲーだろ。

てっきり覚えたてで新品の大剣を使うかと思えば、安物のメイスだぜ。しかも武器破壊とかよ、楽しめただろ?」

 

 力を誇示したがる風潮の中で、敢えて自分の得意な力を隠せる奴は少ない。

 まさか連中も刃物を棒っきれで壊されるとか信じられないだろう。

 

「確かに、リーチの短いメイスでやられたら力の差を余計に感じますな、しかも礼儀正しいし女の扱いも上手い。

もう二人きりで何やら話しているし。どこぞの貴族の三男坊ですか?」

 

 確かに並んで座ってるけどよ……兄ちゃん、美人が隣に座ってるのに嬉しそうじゃねぇな。家に残してきてる彼女たちが心配か?

 

「いや商人の次男らしいぜ。

親父が死んで店を長男が継いだのを機に家を飛び出したんだと。女の扱いについては単に距離を置いてるんだな。

極上の美女と美幼女を囲ってるから余裕があるんだろ。ガツガツしなくても良いなんて羨ましいじゃねぇか」

 

 俺だってミーアが居るから変な女なんて要らねぇ。寄ってくるだけで不快だぜ、仕事柄誘惑が多いが本気で迷惑でしかない。

 

 ミーアは側室の一人も囲えと言うが要らん!

 

「コッヘル様が羨ましいとか言われますか?ミーア様がいらっしゃるのに?一途ですよね……」

 

「ばっ、馬鹿野郎!そんなんじゃねぇよ」

 

 確かにミーアは俺には勿体ないけどよ。まぁ余裕のある男って奴がモテるんだろうな。

 兄ちゃんが金髪女に手を出したら、ちゃんと報告はするぜ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「そろそろ時間かな?兵士達が撤収の準備を始めたよ」

 

 辺りが五月蝿くなり始めたな、出発時間が近いんだろう。起き上がり外套に付いた埃を払い丁寧に畳む。

 大剣と荷物を背負い周りを確認すれば、皆さん準備が終わりそうだ。

 

「よーし、出発するぞ!」

 

 コッヘル様の掛け声と共に歩きだす、あと四時間くらい歩くだろう。

 しばらくは無言で歩く、草原地帯を越えて剥き出しの地面にゴロゴロ転がる石が目立ってきた。足元に注意して歩かないと転びそうだ。

 

「ねぇ、何でメイスなんて武器を使うのよ。そんなの剣士の武器じゃないわ」

 

 何故か歩調を合わせて隣を歩く金髪美人。一緒に歩いて一時間以上経ってからようやく話しかけてきたよ。

 

「ゾンビ程度に大剣を使ってたら刀身の傷みも早いだろ?頭を破壊すれば倒せるなら刃物よりは打撃武器だ。予備の武器だよ」

 

 本当は所持金不足で買えなかったんです、気に入ったナタがね。

 

「首チョンパすれば良いじゃない。剣士の武器が棒なんて格好悪いわよ」

 

 首チョンパって、美人の台詞じゃないぞ。

 

「武器は消耗品だよね、幾ら丁寧に使ってもいつかは壊れる。戦いの最中で壊れたら最悪死ぬかもしれないし、用心する事は大切だろ」

 

 彼女の双剣を見れば握りや鞘にも結構な意匠が施されている。かなり高価で大切な武器じゃないのか?

 

「男なら見栄を張りなさいよ。貴方って貴族なの?」

 

「貴族?まさか……僕は商人の次男坊さ。店を継げないから飛び出したんだよ」

 

 なによ、言葉遣いが丁寧だったり高い武器持ってるからてっきり、それに商人でも次男坊じゃ……とか、小声でボソボソ言われた台詞は聞こえてますよ。

 彼女は没落貴族らしいから、御家再興とか考えてるのかな?有力貴族の血縁者とか金持ちの商人とかと知り合いになりたいとか……

 

「君はどうなんだい?その双剣、見事な装飾だし業物っぽいよ。普通の人が中々持てる武器じゃないよね?」

 

「私?私はムール家の一族よ」

 

 ムール?貝か?いや家名しか名乗らないぞ、この女。

 

「へー、そうなんですか……」

 

 田舎者だからよく分かりません的な態度を取る。彼女が没落貴族だって知ってるのは秘密だし、街の外の連中なら貴族名など知らなくても普通だ。

 彼女も反応の薄さにヤレヤレ的な顔してたし……悪い娘じゃなさそうだが、関わり合いになるのは遠慮した方が良いと思う。

 それでも30分に一回くらいの割合で話しかけてきたが、それなりな対応をした。

 遠慮はしたいが、美人に話しかけられて無視はできない、協調を重んじる日本人ですから。

 

 太陽が地平線に差し掛かる前に、本日の野営地に到着した。

 

「ここは、廃村かな?簡素ながらも屋根の残ってる家も井戸もあるね。

外周の柵はほとんど意味をなさないか……だけど全員は家に入れないから野宿かな」

 

 現存する建物は八棟、僕等は80人近く居る。多分だが領主軍で一杯だろう。

 元々野宿の予定だし枝振りの良い樹木も豊富だ、寝る場所には困らないか……コッヘル様が馬から降りて近付いてきたから指示があるだろう。

 

 話を聞きに行きますか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「よーし、今夜はここに泊まるぞ。見張りは二時間交替だ、お前らは西側を担当しろ。人選は任せた。じゃ解散!」

 

 アバウト過ぎる指示だが西側が今まで歩いてきた方向で見通しが良い。

 北側と南側は雑木林となっていて東側は西側と同じように見通しが良い。

 一番信用度の低い連中に簡単な方向を任したんだね。

 建物は諦めて廃村の中心に近い場所て大きな木の下に陣取る、この枝振りなら雨が降っても少し濡れるくらいだろう。

 なにより敵襲があっても東西南北どの方向にも逃げられる。

 序でに領主軍の野営地にも近いから、つまらないイザコザにも巻き込まれないと思う。

 

 コッヘル様も気を使ってくれるはずだしね……何故か当然のように金髪美人も隣に座る。

 

「ねぇ、見張り番どうするのよ?私は見張り番なんて嫌よ」

 

 このツンツン美人は、本当に見張り番が嫌みたいだが交代制だから無理だろ。誰かが代わりにやれば文句は言われないが、誰がやるんだ?

 

「見張り番は義務だから嫌でもやるしかない。明け方は冷えるし中途半端な時間帯も睡眠時間が細切れになるから嫌だ。

ならば一番最初が楽かもね……ほら、一般参加の連中が集まってるから行こう」

 

 装備の良い連中を中心にオッサン六人と若手グループが集まってる。彼らは建物の中に入ろうとして兵士に追い出されたみたいだな。

 最初から諦めれば良いのに……近付くと見張り番の件で揉めている。

 装備の良い奴の取り巻き連中が仕切ってるみたいだが、それに残りの連中が反発してる?

 

「何でお前の指示に従わなきゃいけないんだよ!」

 

「そうです!僕らはアンタの家来じゃない、偉そうにするな」

 

「大体グループ毎に見張り番を行うって単独参加はどうすんだよ?」

 

 大体の話は分かった……他の連中とは一緒に行動したくないってわけか。だが、二時間交替て見張りしろってコッヘル様に言われたんだよ。

 装備の良いグループと若手とオッサンのグループ。人数の多いのは3グループしかない。個人参戦は僕と金髪美人さんと、他には四人。

 

 4グループで二時間交替なら最大でも六時間寝られるけど効率悪いな……

 

 それは人数の多いグループが有利だ、自分たちの中でローテーションできるからね。

 個人参加の僕らは一人1グループとか言われたら最悪だ。

 

「早く見張りに立たないと怒られますよ。グループ参加は三組、他は個人参加。

ならば個人参加全員で見張り時だけグループを組みましょう。ならば四組になります。

悪いけど二人、僕と一緒に最初の見張りをしましょう。歩き詰めで疲れているところに悪いですけどね」

 

 最初は疲れてるから悪いねって強調しながら個人参加組の四人に話しかける。若者から中年まで幅広いが全員男だ。

 彼らは一人ゆえにグループ間の言い争いには参加し辛いだろうし。

 

「何故、私と一緒の見張りじゃないんだ?」

 

 金髪美人が文句を言ってるが、君と一緒に見張りしたらサボるのが目に見えているからだ!

 

「誰が荷物番をするんですか?あの場所も譲る気が無いので番をしてください」

 

「勝手に話を進めるな。何故我々がお前の言うことを聞かないとならないんだ?」

 

 装備の良い皆さんから反発が来たが、自分たちが中心じゃないと嫌なのかな?

 

「じゃ貴方達が我々に納得できる指示を出してください。兵士さんたちは配置に着いてますよ。我々が最後ですよ」

 

 こちらを睨む兵士達が増えてきてるから早く見張りを立てないと駄目じゃん。

 見張り番を決めるだけで揉めるなんて、この先が思いやられるよ。

 



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第37話

「勝手に話を進めるな。何故我々がお前の言うことを聞かないとならないんだ?」

 

 装備の良い皆さんから反発が来た。自分たちが中心じゃないと嫌なのだろうか?

 

「じゃ貴方達が我々に納得できる指示を出してください。兵士さんたちは配置に着いてますよ。我々が最後ですよ」

 

 僕らは雇われの身だから立場が低いんだ。

 本隊の兵士さんたちが既に見張り番を立てているのに、僕らがまだってマズいと思わないのかな?

 コッヘル様も居るのにゴタゴタはお断りなんだけど……急かす意味も含めて連中を見て、ついでにステータスも確認する。

 

 

古参の傭兵部隊

 

強運のベルガッド

 

レベル : 27

 

 

HP : 49/49

MP : 6/6

 

筋力 : 24

体力 : 16

知力 : 10

素早さ : 18

運 : 58

 

 

 

 うーん、微妙だ……数値は金髪美人と同程度だがレベルは高い。運が異常に高いことを考えるとアレかな?

 幸運に助けられて生き残ったのか、危険察知能力が優れてるのか?

 

 称号も強運のベルガッドってなってるし、ベルガッドさんって名前なんだな。

 他の三人も似たり寄ったりのステータスだが、運は普通だった。

 

「まぁ良いでしょう。私はベルガッド、この傭兵団のリーダーだ。君の提案に乗るよ、個人参加の連中の責任者は君で良いんだよね?」

 

 サラリと責任を押し付けてきた、この辺も強運で生き残るってことなんだろうか?

 

「いえ、違います。元々個人参加の連中は自己責任が基本ですよ。

ただ、貴方の提案だと個人参加の連中も一グループ扱いで不利だったから、見張りの時は協力しようってことです。

安易に責任を押し付けないてください。それとも貴方が傭兵チーム全員のリーダーをやりますか?

勿論、直接雇われているわけじゃないから言うことは聞かないかも知れません。でも責任は取れますか?」

 

 命令はしたい、責任は取りたくないは駄目だろ。こんな腹に一物抱えた連中を無償で纏めるなんて無理だし嫌だ。

 

「ハッハッハ!

そうだな、責任なんて取りたくないな。じゃ最初の見張りは君たちで良いよ。次を決めようじゃないか?」

 

 強運って言うくらいだから生存率はたかそうだね。何かのときは彼らの行動を真似れば生き残れるかも……参考にさせてもらおうかな。

 

「さて、残り二人誰が見張り番をやってくれますか?」

 

 問いかければ二人名乗り出てくれた。

 

「俺はバール」

 

「ズールだ、よろしく」

 

 バールさんは30代後半くらいのムキムキさん、イメージは木こり。何故なら髭モジャで皮鎧を着込み武器が両刃斧だから。

 ズールさんは20代後半くらいの中肉中背、若ハゲさん。見事なくらいに頭頂部に毛が無い。

 布の服だが所々皮や金属で補強している、武器はロングソード。二人共に悪い感じはしない、信用云々は別としても一安心だ。

 

 あからさまに敵対する人たちだと疲れるから……

 

「よろしくお願いします。早めに配置に着きましょう。兵士さんたちが睨んでますから……」

 

 そう言って荷物を取りに金髪美人さんのもとへ。急いで荷物を持って見張りの場所へ向かう。

 途中で何故荷物を持っていくのかをムールさんに聞かれたが、クッション代わりに座るからと答えた。

 別に見張り番だからと言って直立不動じゃなきゃいけないわけじゃない。

 本音は盗まれるのを警戒してだ、現代日本と違い防犯感覚を高めないと駄目だから。

 

「お待たせ、じゃ始めようか……」

 

 僕等の担当の西側は柵は壊れてるが大体幅が30mくらいあるので中心で見張れば見渡せる。暗くなる前に焚き火をして明かりと暖を確保するか。

 

「焚き火の準備をしましょう。夜は冷え込むし照明代わりにもなる。モンスターには火に寄ってくる習性は無いですよね?」

 

 野生動物は火に弱いが、この世界のモンスターってどうなんだろう?

 

「そうだな、柵から10mくらい離れて焚き火をするか?近過ぎても発見が遅れて不利だろ。俺が林から薪を拾ってくるから穴掘ってくれ」

 

 バールさんの提案に頷く。流石はイメージ木こりだけあり薪は任せろ的な?

 

「分かった、じゃやるか」

 

 若ハゲのズールさんが地面を眺めて土の柔らかそうな場所を探して掘り出した。

 人が通る踏み固められた地面の脇は草が生えて比較的柔らかいので木の枝でも十分に掘れた。

 僕は適当な大きさの石を集めて穴の周りに並べて簡単なカマド擬きを作った。

 バールさんの集めた薪をくべて火を点ければ完成。

 因みに兵士さん達も同じような焚き火を用意してきるが、煮炊きにも使うみたいだ……準備は整ったので後は周囲を確認すれば良い。

 万が一に備えスモールシールドを左腕に装着、外套を羽織りツヴァイへンダーを両手に持つ。腰にはメイスを差せば完璧!

 

 うん、スタイリッシュな感じがするので良いな、如何にも戦士って感じだろ?

 立ったままだと大変だから荷物をクッションにして座り前を見る、今の僕は誰が見ても格好良いよね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 焚き火を囲む様に周囲を警戒する。見張りを開始して既に1時間は過ぎたかな?

 周囲が暗くなり月明かりを頼りに周りを確認するしかできない。

 時々雲が月を隠し真っ暗闇になるが、焚き火の明かりで周囲が何となく分かる。

 

「アンタが噂の大剣使いかい?」

 

「噂の?どんな噂なんですか?」

 

 ズールさんが神妙な顔で変なことを聞いてきたが、僕も噂の出所が気になっていたので渡りに船だ。

 

「ん、まぁ人から聞いた話だけどさ。

武器屋で大剣を振り回す兄ちゃんは、ラミアの美人と人間の美少女を連れていたって噂だよ。

確かに大剣使いは少ないし、それにラミアが一緒ってことで珍しがられてる」

 

「そうだな。

妖魔って奴らは人間を襲うこともある。精気を吸われて衰弱死とかさ。割と有名な話だろ?」

 

 ああ、そうか……

 

 人間と異種族の壁とかって奴だな、ミーアちゃんも気にしてたし。

 やはり僕とデルフィナさんの関係って、噂になるほど珍しいんだな。

 下手したら敵視されかねない人間の街に行くのにデルフィナさんは楽しそうだったが、種族的上位の余裕なのだろうか?

 

「ラミア族のデルフィナさんのことだね?精気を吸われて衰弱死なんてことは(まだ)無いよ。

大丈夫、ちゃんと自制してるからね。それに精気以外の食事でも大丈夫なんだよ。お酒とか大好きだし」

 

 他のラミア族には会ったことが無いから分からないし、会うことも無いと思う。

 僕の精気の味がバレたらラミア族内で諍いになるから絶対に他のラミア族には近付くなっていわれてるし……

 多分だけどデルフィナさん以外のラミア族さんは僕の所有権を争うみたいな感じなんだろうな。

 

「スゲー惚気だな。背中に気を付けろよ」

 

「全くだね、強くなきゃ虐めるところだ」

 

 しみじみと嫌な台詞が聞こえたが、彼らの目は本気と書いてマジと読むアレだ……ヤバい、話題を変えよう。

 

「なぁ、あの装備の良い連中って知ってる?あと他のグループも……あの農民の集団とか気にならないかな?」

 

 焚き火に小枝を折って放り込む、パチパチと揺らめく炎は僕の心と同じだ。

 

「アンタに絡んだ連中は、ベルガッド率いる傭兵なんだが……決して突き抜けた強さは無いが安定して生き残れるので有名なんだ。

温い仕事だけじゃない、激戦でも必ず生還してるちょっとだけ有名な連中だ」

 

 ああ、なるほど、称号通りの内容でした。やはり悪運か強運の持ち主なんだな、でもそんなに強くないのに態度はデカいのは不思議だな。

 そういう連中こそ、自分の能力を把握してないかな?

 

「あの若い男女混合のグループは?如何にも農民してるよ。鎌や鍬で戦えるのかな?」

 

 如何にもな農業従事者の団体のことも聞いてみる。オッサン六人組?いや情報は要らないです。

 

「アイツらはベルレの北側の村の連中だ。農作物の育ちが悪くて次男三男たちが出稼ぎのために来たんだ。

全員同じ村なんだろうな。果たして生き残れるかが疑問だが、囮くらいにはなるだろ」

 

 結構突き放した言い方だが、討伐参加は自己責任だから無償で助けてはくれない。精々邪魔にならないことを祈るだけとか?

 彼らは生活苦で外に働きに出た若者たちか……基本的に戦闘したことがあるのだろうか?

 だが厳しい農作業をこなしてるんだ、基本的なスペックは高いと思う。

 もしもステータスが村人Aとかだったら、それこそ囮も怪しいだろう。

 

 後でステータスを確認しておくか……

 

「今回の討伐に集まった連中は少ない。だから彼らも人数合わせで参加できたんだ。

募集30人でぴったり30人だったからな。普通はもっと多くて篩(ふるい)に掛ける。

実は最近まで大規模な山狩りをしていたんだ。それが終わった直後だったからな」

 

 定員割れギリギリだったから全員参加できたのか。運が良かったのか悪かったのか分からないな、命の危険が高過ぎるぞ。

 

「山狩り?何でまたそんなことを?危険なモンスターでも出たのか?」

 

 山狩りなんか人を襲った熊を狩るくらいしか思い浮かばないが、モンスターが普通に居るぐらいだから有り得るぞ!

 

「ベルレの街の近くの街道沿いに潜んでいた中規模の盗賊団が何者かに壊滅させられたんだ。

洞窟を焼き討ちされて皆殺しらしいぜ。危ない連中だったんだな。そんな武装組織が街の近くに居るのは脅威だろ?

だけど一月近く被害も無いし探しても見付けられなかった。

結構な人数が募集に応じてたからな、今回続けての参加は少なかったんだ。一仕事終わって直ぐに遠征は辛いだろ?」

 

 危険なキーワードに幾つも反応してしまう。盗賊・街道沿い・壊滅・火事、全て僕たち絡みだ。

 

「へっ、へぇ……そんな事情があったんだ。じゃ仕方ないよね」

 

 それって僕らがアジトを襲って壊滅させた盗賊団のことだと思う。

 確かに街の近くに盗賊団が居て、それが全滅してたら同業者による襲撃とか考えるよね。

 もしかしたら脇差の話をフェルデン様にしたから、その捜索も含まれていた?

 彼らが逃げ出すときに持っていたと考えるのが普通だろう。

 フェルデン様は盗賊が持ち去った脇差を大規模な山狩りをしてまで取り返したかったのか……しまった失敗した。

 早く返すべきだったのかも……いや、考え過ぎだ、偶然だよ、僕らは悪くないよね?

 

「どうした?黙り込んで?何か思い当たることでもあるのか?」

 

「いや、知らなかったんだ。先月も来たんだけど危険な時だったなんて……」

 

 知らないってことは幸せだよねって誤魔化したが、結構ヤバかったんだ。

 少し不審な目で見られたが、まさか僕たち三人が盗賊を壊滅させたとは思うまい。しばらくは無言で真面目に見張りを続ける。

 約束の交代時間が来たのだろう、兵士たちも入れ替わりを始めた。

 

 僕らの交代は……

 

 先ほど話した農民グループの内、五人がやってきた。男四人女一人の編成だが、半々に分けたんだな。

 

「お疲れ様、交代だよ」

 

 前回の話し合いで彼らのリーダーっぽかった男が話しかけてきた。

 

「ありがとう、焚き火は消さないように注意してね。特に異常はないよ」

 

 応えながらステータスと念じる。

 

 

 

ペレの村人

 

青年団の副リーダー

 

レベル : 7

 

 

HP : 15/15

MP : 1/1

 

筋力 : 10

体力 : 10

知力 : 6

素早さ : 8

運 : 8

 

 

 

 低い、完璧に村人Aだ……他の四人も見たけど似たり寄ったりの数値だ。

 だがレベルは上がってるからモンスターを倒しているのか、日常の作業でも経験値が得られるのか?

 彼らと別れてムールさんの居る樹木の下に向かう。彼女は樹木に寄りかかってボーッとしていた。

 

「疲れたのかい?」

 

 声を掛けて隣に荷物をおろす。

 

「ん?いや、暇だったので星を見ていた」

 

 星を見ていたか、女性らしいロマンチックな話だけど、この世界の星って日本から見えるのと似ているんだよね。

 

「良い趣味だね、確かに星は綺麗だから……」

 

 そう応えながら夕飯の準備をする。今夜は雑穀粥と干肉の炙り焼きにしよう。準備していると、何故かムールさんの視線を感じた。

 

 見つめても、あげませんよ?

 



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第38話

 見張り番を終えてムールさんの脇に座る。

 

 実は最初にやった方が途中で起こされないから楽なんだよね、秘密だけど……ミーアちゃんは毎食分を袋に小分けしてくれている。

 手触りで雑穀の入っているのを捜し出し袋を開ければ、二合ぐらいの雑穀に干した肉と野菜が入っている。

 野菜雑炊と干肉の炙り焼きが夕飯のメニューだ。前回同様、大きめの素焼きの椀を鍋に見立てて煮炊きを行う。

 

 串に刺した肉を炙れば後は待つばかりだ……

 

「随分と手慣れているんだな。こういう遠征は慣れてるのか?」

 

 流石は没落中でも貴族のお嬢様だけあるな、こういうことはしないのだろう。

 

「遠征慣れと言うよりは旅慣れかな。獲物を狩るのも日帰りじゃ無理だから必ず一泊程度の準備はするよ」

 

 雑炊が椀から噴き出さないように火を調節する。味付けに少量の塩を入れて味をみる……

 

「うん、丁度良い塩梅だな……」

 

 塩梅か……無性に梅干しのオニギリだ食べたい。冷えたコーラやハンバーガーを食べたい。干肉の炙りも良い焼き加減だな。

 小さい椀に雑炊をよそり、息を吹き掛けながら食べる。うん、体が暖まるな。炙り肉を噛れば、脂が滲み出る。

 

 ミーアちゃん、干し肉に下味付けてくれたんだな。

 

 流石はコッヘル様が溺愛する幼妻だけのことはある。ムールさんの視線を痛く感じるのは何故だろう?

 

「あの、見られてると食べ辛いです」

 

「ん、ああ悪かったな。私が調理不要の携帯食料を食べてるのに、隣でバクバク普通の料理を食べてるのが憎らしかったんだ」

 

 貴族の携帯食料ってなんだろう?雑炊のお代わりを椀によそり食べ始める。

 

「どんな携帯食料を?」

 

 参考までに聞いてみると、袋からゴソゴソと取り出して見せてくれた。

 

「これは……固パンに干した肉と魚、野菜と果物。それに乾麺かな?」

 

 流石は貴族様!

 

 携帯食料はどれも質の良い材料ばかりだし、小麦粉を練って伸ばした乾麺みたいな物もある。

 そもそも調理不要の食べ物じゃない、調理必要の食材だ。これだけの材料がありながら、何故僕の雑穀雑炊が食べたいのか何となく分かった。

 

「あの……これだけの材料があれば美味しい物が作れませんか?少なくともスープを作れば固パンは浸して食べれば美味しいですよ」

 

 まさか、この女は料理ができないとか?

 

「……私は料理などしたことが無い。精々干した肉を炙るくらいなんだ」

 

 ああ、そうだよね。慣れないとカマドとか作れないよね、僕もデルフィナさんと出会う前は肉や魚を炙って食べるだけだったし……

 

「慣れないと困りますよ、料理は旅の必須スキルですから。明日の朝食は一緒に作ってみますか?」

 

「む、そうか……そうだな、よろしく頼む」

 

 カマドの作り方と煮炊きの仕方を覚えれば大抵の食材は美味しく食べられるだろう。

 食事を終えて片付けをしてから荷物を枕、外套を布団にして眠りについた。

 

 勿論、ツヴァイへンダーはしっかり抱いて寝ます!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「敵襲!急げ敵襲だ!見張り番を残して東側に集合だ」

 

 暗闇に響く野太いオッサンの声が響く。どうやら敵が襲ってきたみたいだが、盗賊かモンスターかは分からない。

 起き上がり周囲を確認すれば既に兵士たちのほとんどが東側に走りだしている、流石に団体行動は早いな。

 月が真上に来ているので深夜だろうと当たりを付ける。目覚めは悪くないから四時間以上は寝れたか?

 掛けていた外套を荷物の上に乗せて東側に走りだす。

 

 直ぐに敵を確認できた……

 

 ユラユラと蠢く連中がアンデッドモンスターの最下級のゾンビだろう、その数は百体近いと思う。

 見える範囲で百体ならもっと居ると考えよう。傭兵たちの集まっている場所に行くとまだ半数くらいだ。

 全員完全武装なのは流石だが、オッサン六人組とベルガッドさんたちと単独参加の僕とムールさんだけだ。

 てかオッサンたちも地味に凄いんだな。伝令の兵士が駆け寄ってきた。

 

「お前たちは手薄な右側に向かってくれ、たのんだぞ!」

 

 右側……なるほどな。左側にはコッヘル様が奮戦しているから右側に人数を投入するわけだな。

 

「ムールさん、行こうか。単独より二人で戦った方が安全だろ?僕に力を見せてよ」

 

「良いだろう、我が力を見せてやろう」

 

 この手のプライドの高い方は挑まれると答えは一択なんよね。

 他のグループと連携とか無理だし、彼女とのコンビなら何とかなるだろう。

 ツヴァイへンダーは背負っているから、先ずはメイスで様子見だ!

 ムールさんと共に右側に走り寄る、兵士たちも二人ペアで戦っている。流石に強いが数も多いので戦う相手には困らない。

 一匹でユラユラと歩いてくるゾンビに狙いを付けて駆け寄る。

 普通の布の服を着た中年オヤジのゾンビが両手を前に突き出している。

 

「フンッ!」

 

 擦れ違い様に頭を狙い水平に振り抜くと、嫌な手応えを感じる。腐った西瓜を殴った手応えが近い、ゾンビの頭は粉々に吹っ飛んだ!

 

「次っ!」

 

 こちらは若い男だが上半身裸でズボンだけ履いている。僕に気付いて近付いてくるが待ち構えてメイスを頭に振り下ろす。

 グシャりと頭が割れるのを確認してヤクザキックで蹴り飛ばす。危なかった、正面から殴るとリーチの関係でゾンビの爪が届く。

 距離を考えないと弱くても毒や呪いを受けそうだ。

 

「お前、私の戦い方が見たいと言いながら先に行くのは失礼だ!」

 

 いかん、ムールさん忘れてた。

 

「すみません、様子見してました。次どうぞ!」

 

 前には二体のゾンビが近付いてくる。母親と子供だと思う、中年の女性に10歳ぐらいの男の子だ。

 

「ハッ!」

 

 母親は両手を斬り飛ばした後に首チョンパ、子供も首チョンパ。両手剣は手数が多く剣も業物なので切れ味が凄い。

 母子を斬り飛ばしたのを見るのは、クルものがあるがモンスターと割り切ろう。

 

 二人で互いを確認しながら前に出る。

 

 互いの死角を無くすように、またゾンビが複数で固まっている場合は左右から攻めて取り囲まれないようにと、にわかコンビとしては良くやれたと思う。

 結局右側の最前線まで来てしまい、二人で30体以上は倒した。

 まぁ20体から先は数える余裕は無かったが、メイスという打撃武器の有効性は理解した。

 破壊力があり丈夫で扱いやすい、もう少しリーチを長くすれば更に使える武器となる。

 スモールシールドも相手の攻撃を払い体勢を崩すこともできるので、相手の隙を作ってメイスで一撃しドカンと倒すのも良いな。

 大剣で突き特化は必殺技として、サブ武器で打撃も有効だ。

 特に防御力の強い敵には刃物より鈍器が有利らしいし……僕の成長の方向性が漠然とだが決まった気がした。

 

「いや、お前ら頑張り過ぎだな。大体150体ぐらい攻めてきたが、30体くらい倒したろ?

ウチの連中が後ろで見学してたぞ、楽で良いってよ。兄ちゃんの背中の大剣は飾りか?」

 

 余韻に浸っていたら直ぐ隣にコッヘル様か居た。剥き身の大剣を肩に担いでニヤリと笑う姿は嫌になるくらいにダンディーだ。

 

「いえ、その……戦いの中で戦い方を掴んだみたいな……そんな感じなんです。

大剣の突きが必殺技ですが守りの固い敵には打撃が有利なんだと……この戦いで何かを掴んだ気がします」

 

 不思議な顔で僕を見たが、軽く肩を叩いて去っていった。

 去り際に「活躍には報酬に色を付けるぜ!」って格好良過ぎるな……

 倒れているゾンビの中で程度の良い服を着てた奴の服を剥ぎ、メイスに着いた汚れを拭き取る。戻ったら再度手入れをしよう。

 

「さて、戻りましょう。死体はこのまま野晒しにするそうです。

全部埋葬か燃やすのは大変ですし、この辺には民家も無いから良いのかな?」

 

「貴方、凄いのね!腕も凄いけど、大隊長に認められたのよ。遠征から帰ったらスカウトされるかもしれないわ」

 

 目をキラキラさせてるムールさんがキモいです。

 いや、美人にキモいって表現は間違ってるかもしれないけど、直感で思ってしまった。

 

 だけど一回スカウト蹴ってるから無理なんです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 廃村に戻ると微妙な空気が漂っていた。

 

 兵士たちは怪我人は出たが下級神官がヒールを掛けて全員無事、討伐遠征に支障は無いのだが……あのペレの村の農民チームから二人死者が出た。

 しかもリーダーだった若者も含まれている。泣いて縋る女の子は妹さんらしい。

 地面に横たわった二人は瞼こそ閉じているが苦悶の表情をしている、無念だったろう。

 死亡原因は首を噛みちぎられたことによる出血死かな?

 

 深く関わるのも躊躇われたので樹木の下に向かう。置きっぱなしの荷物を点検したが異常は無かった。

 出発まではしばらくあるので少しでも休んでおこう。目を閉じて寝ようとしたが、ムールさんが話しかけてきた。

 

「ねぇ?あの子たちだけど生き残れるかしら?」

 

「無理だと思うけど途中棄権は禁止されている。僕は彼らの戦い方を見てないから何とも言えないけど……」

 

 ゾンビはアンデッドモンスターの中で最下級、物理攻撃が効くし動きも鈍い。ゾンビ程度で苦戦してたら、この先生き残るのは無理だろう。

 

「私は見たわ、まるで素人よ。ゾンビ一体に全員で襲い掛かるのだけど、鎌なんてリーチが短い武器だから……掴まれて噛まれたのよ」

 

 確かにリーチの大切さは十分理解した。敵の攻撃を受けずに一方的に攻撃するために、リーチの長さや盾による敵の攻撃を受け躱すことが大切なんだ……

 

「集団戦なのに統率が取れてないのは致命的だね。攻撃力も低いしリーチも短いか……」

 

 今回の戦いに参加して思ったのは本職の兵士でさえ三人組くらいで戦っている。

 コッヘル様や僕は例外中の例外だ、何故なら五月蝿かったベルガッドさんたちが畏怖の目で見るから……

 変なテンションと女言葉に戻ったムールさんが変り者なんだろう。

 

「自己責任だけど大変だよね。だからと言って誰かが守るのもいけないことだし……」

 

「そういうことね。自分のことは自分で、助けを求められたら対価を貰って助けるわ。誰かの助けを待ってるだけじゃ駄目なのよ」

 

 そう言うとムールさんも外套を頭まで被った。話は終わりということの意思表示だろう。

 先程の会話の内容をもう一度考えてみる……手助けは人の為に成らない?厳しい世界だから甘やかしは駄目ということかな?

 

 ずっと面倒を見ることはできないし、今回は助けても次回は無理だ。

 何か現代で言うと野生動物に餌を与えることが良いか悪いかみたいだね。

 餌付けは動物の為にならない、怪我を治すのも餓死寸前でも餌を与えないのも自然の摂理だから余計なことはするな、が偉い学者さんの意見らしい。

 確かに生物の頂点に君臨する人間の目線で考えれば、正しいのかもしれない。

 生態系を壊すなとか色々意味はあるのだろう。でも動物の目線で考えたらどうだろうか?助かるなら助けてほしいと思わないのかな?

 

 いや、止めよう。

 

 この手の問題は絶対的な正解は無いと思うから、深く考えるのは無意味だ。要は自分の行動に責任を持てば良い。

 安っぽい同情や憐れみでなければ良いと思うんだ……難しいことを考えたためか結論が出たら急に睡魔が襲ってきた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、まだほとんどの人が寝てる時に起きて彼らのもとへ向かう。

 廃村の隅にひっそりと墓ができていて、茫然自失で座っている彼らに声を掛ける。

 

「おはよう、寝れなかったみたいだね」

 

 声を掛けても反応が鈍いが、僕を認識したら何人かが立ち上がった。酷く怯えてるように見えるんだけど?

 

「はっ、はい。何でしょうか、僕らに何かご用ですか?」

 

「アンタみたいな達人が、僕らに何か?」

 

 完全にマイナス思考って言うか、ネガティブ?

 

「君たちも生き残りたいだろ?このまま死なれても寝覚めが悪いから、少しだけ戦い方を教えるよ。

別に何かを要求はしないし、やるやらないも君たち次第だよ。どうする?」

 

 八人が顔を見合わせて、それでも誰も何も言わない。30秒くらい待ったけど反応が……

 

「分かりました、お願いします」

 

 確か亡くなったリーダーの妹さんだったかな?何故か挙手をしてから立ち上がり頭を下げた。

 



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第39話

 ヤラない善よりヤル偽善?

 

 このままでは全員死ぬかもしれない農民チームに救いの手を差し伸べた。反応は薄かったが、亡くなったリーダーの妹さんが応えてくれた。

 やはり切羽詰まったときは女性の方が強いんだろうな。彼女を中心に残りのメンバーも立ち上がる。

 だが彼らの瞳には絶望の色が濃い、当たり前だな。

 最初の戦いで最も信頼しているリーダーが死ぬなんて、集団が自滅するパターンだ。

 

「先ずは道具集めだよ。2mくらいの真っ直ぐな棒を6本、同じく2mくらいで先が二股に分かれている棒を二本。

後は鈍器として殴る棒を四本探してきてね。はい、始めて……」

 

 棒なんてどこで?とか、そんな物で何が?とか言っていたが妹さんが彼らを励ましながら林へと向かっていった。

 ノロノロと歩く彼らを見て本当に大丈夫なのか不安になる。

 だが、これから教える方法は現代でも保母さんとかが不審者を取り押さえるのに行うから大丈夫だと思う、いや思いたい。

 彼らが向かった林を眺めているとムールさんが近付いてきた、凄く呆れた顔だなぁ……

 

「昨夜の話、聞いていたでしょ?何故、救いの手を差し伸べたの?

頼まれてもないのに、押し付けの善意は良くないわ。それとも強い貴方は弱い者に情けを掛けたのかしら?」

 

 腕を組んで責めるように言われたが、この世界では彼女の言い分が常識だ。金髪美人の怒った顔は何故か綺麗に見えた。

 

「僕の国にはね……

ヤラない善よりヤル偽善。情けは人の為ならず。って二つの言葉があるんだよ。

それと何故言葉遣いが女性っぽくなったの?」

 

 ちょっとだけ頬が赤くなり目を逸らされたが、これこそが照れか?前の謝罪のときよりも万倍良い!

 

「最初の言葉の意味は何となく分かるわ。聖職者が言いそうな綺麗事よね。

でも二つ目の言葉が分からないわよ。情けは人の為ならず……だから他人に情けを掛けるなって意味でしょ?」

 

 僕も大人になってから本当の意味を知ったんだよね、トリビアでさ。

 

「最初のはその通りだよ。

僕たちよりも若い連中を無駄に死なせるのはさ、僕が嫌な気持ちになるじゃん。だから情けを掛けるんだ。

二つ目のはね、他人に情けを掛けるのは自分のためって考え方だよ。

いつか巡り巡って何かが自分のためになってくれるって意味。まぁ後で恩返しをしてくれるってことで良いよ」

 

 両手を広げて呆れてくれても良いよアピールをする。

 

「全く変な人ね、貴方って。そんな考え方をする人は初めてよ。

その……言葉遣いはね、こういうの初めてだから他人に舐められないように虚勢を張ったのよ。

でも貴方を見てたら馬鹿らしくなって……

だって腰の低い話し方をする情けない人かと思ったら、実力で相手を黙らせるんだもん!

虚勢を張る私が馬鹿みたいに思えて恥ずかしかったから、だから普段の言葉遣いに直したのよ。

ほら、彼らが棒を持ってきたわよ。で、どうするの?」

 

 ムールさんと大分話し込んでしまったのか、頼んだ棒を探してきたぞ。でも未だノロノロ行動だ、先が思いやられる。

 僕の前に棒を並べるが、ムールさんを見て何故か萎縮してる、まぁ良いか。少し怒った風な年上の金髪美人は誰だって怖い。

 

「簡単に説明するよ。

先ずは真っ直ぐな棒の先端に鎌を取り付けるんだ。そう、そうしたら二股の棒は二人で持つんだ。

残り二人は鎌を持つ、四人でチームを組むんだよ。

先ずはゾンビを仰向けに倒すことが大切だ。俯(うつぶ)せ駄目だよ、起き上がるのに力が入れやすい。

二人で二股の棒をゾンビの首に向けて力強く押して後ろに仰け反らせるんだ。

そのときに鎌はゾンビの足に引っ掛けて手前に引く。バランスを崩して倒れるだろ。

ゾンビが倒れたら二股の棒を二人で押さえて起き上がらないようにしっかりと押さえる。

鎌を持ってた二人は鈍器か鍬で頭を潰す。

これならゾンビに攻撃されずに一方的に倒せる。

注意点は常に周りに気を配る、ゾンビが密集してたら誘き出して孤立させてから襲う。

倒せなかったら一旦距離を取って再度行う。後は自分たちで戦い方を工夫するんだよ」

 

 そう言って二回程実演させてから彼らと別れた。何だかんだ言ってムールさんも最後まで付き合って、アレコレ指導してくれた。

 30分ほどの訓練だったが、少しでも彼らの生存率が高まれば良いかな。妹さんが率先して練習させてるから、大丈夫だろう。

 後は本当に自己責任だから頑張ってくださいね。太陽が完全に大地から顔を出した、もう朝だ。

 

 あと一時間と少しで出発なので早目に朝食を食べて準備をしなければ……

 

 荷物を放置しちゃったから心配だったけど、何も盗まれてなかった。それをムールさんに言ったら笑われた。

 

「貴方の不興を買うようなことをする連中は居ないわよ。それより私との約束の料理の仕方を教えてよね」

 

 完全に忘れていたが、勿論真実は言わずに喜んで一緒に料理を作って食べました!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「やはり温かい料理は美味しいわね。貴方の一食毎に袋に小分けするアイディアは頂くわ。変に几帳面なのね」

 

 ムールさんとはだいぶ打ち解けたが、この討伐遠征が終われば次に会うことがあるかは分からない。

 一期一会を大切にってことかな?

 食後の白湯を飲みながら余韻に浸ってると、コッヘル様が二人の兵士を伴い近付いてくるのが見えた。

 真っ直ぐ僕の方を見て向かってるよね?立ち上がり目の前に来たときに頭を下げる。

 

「コッヘル様、何か僕に用事ですか?」

 

 真剣な顔なので、問題が起こったのかと考える……僕は悪さはしてないですよね?

 

「先程避難民を保護して聞き取りをしたんだ。

この先の集落が昨夜襲われて命からがら逃げてきたんだが……彼らの目撃情報だと、敵の中にオークゾンビが混じってる。

少なくとも八体は居るんだとよ」

 

 オークゾンビ?デルフィナ先生のモンスター講座を思い出す。

 中級アンデッドモンスターで強い力と生命力を持つ大型のモンスターだ。

 強さはゾンビの比じゃない相手だったかな?だが物理攻撃の効く相手だったな。

 

「それは強敵ですね……」

 

「あんまり心配じゃなさそうだな。

オークゾンビとマトモに戦えるのは俺と兄ちゃんくらいだ。兵士は10人の小隊規模で当たらねばヤバい。

兄ちゃんには悪いが、オークゾンビが出たら率先して倒してほしい。

本来は戦う相手を決め付けるのは契約違反なんだが、五組しか小隊編成はできないし他のゾンビ対策もあるから実際は無理だ。

受けちゃくれないか?」

 

 今回は兵士は50人くらいだから一斉に攻められたら80人は居ないと駄目だよね。

 確か小隊長は10人の部下が居るって、このことだったのか。強敵には連携の取りやすい小隊規模で当たる。

 

「分かりました、良いですよ。

でも傭兵ごときが良いんですか?そんな目立つ行動はコッヘル様が不利になりませんか?」

 

 軍隊が同行してるのに、それを差し置いて活躍って不味くないのかな、主にコッヘル様の立場が?

 

「兄ちゃんは妙な所に気を回すな、大丈夫だ。

ベルレには伝令を走らせたから増援が来るが、それを待ってるのは駄目だ。少しでも敵を倒し原因を掴まなくちゃな。

悪いな、兄ちゃん。

報酬には色を付けるぜ。今回は報酬は80Gだが、兄ちゃんには500G払うぜ。

それとオークゾンビ一体につき100G上乗せする。準備ができたら先頭に来てくれ。頼む、期待してるぜ!」

 

 バシッと肩を叩かれて豪快に笑われたが、流石に軍隊って逃げ出す選択肢は最後の最後なんだろうな。

 オークゾンビか、メイスで倒すとかは言ってられない相手だ。

 

 ツヴァイヘンダーを使う時が来たか……

 

「凄いわね、コッヘル様から直々に頼まれるなんて……貴方、本当に何者なの?

本職の兵士が50人以上居るのに、コッヘル様と同等って評価されたのよ、凄いことなのよ。実質彼がベルレの街では最強なんだから!」

 

 目をキラキラさせて嬉しそうなんだが、本来なら討伐対象にヤバい奴がたくさん居るって驚く場面でしょ?

 ムールさんだって危険度が跳ね上がったんだよ?すっかり冷えた白湯を飲み干し準備をする。

 コッヘル様から手解きを受けた大剣をようやく使う時が来たのだが、何気に報酬とか条件とかって全く聞いてなかったことに呆れた。

 

 本当にしっかりしないと駄目なのに、うっかりが酷いよね最近は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「まさかオークゾンビが八体以上居ると聞いて、単独で相手をしろって話を受けるとは思いませんでしたぞ。無知ゆえにでは?」

 

 側近からの疑問も当然だろう。大隊長クラスが対応できるモンスターの相手をしろっと話だ。普通の奴なら断るな。

 

「いや、モンスターについてはラミアの姉ちゃんに色々叩き込まれてたぞ。ちゃんと戦う相手のことを理解して大丈夫と受けたんだ。

俺でさえ防御に専念しなきゃヤバい必殺技を持ってるし、手解きの時に奴の強さは確認済みだ。問題無いだろう」

 

 俺が苦戦する奴が、俺が倒せる奴に負けるわけが無いだろ。オークゾンビは力強くタフだが動きは鈍い。

 兄ちゃんはスピードと一撃の破壊力があるから相性が良いはずだ。俺だけだったら増援を待ったかもしれないが、運が良かったぜ。

 

「それは凄いですね。遠征が終わったらスカウトしますか?」

 

 有能な奴なら軍に引き込むべきだろう。

 兄ちゃんは協調性もあるし物腰も丁寧だからな、大抵の強い奴はアクも強いから、団体行動が原則の軍隊じゃ扱い辛い。

 

「いや、既に振られてんだ。

何でもラミアが恋人だから人間の街には住めないってよ。即答だったぜ、出世より女を優先するたぁな」

 

 俺だってミーアが大切だが、同じ条件なら即断はできねぇぞ。何がそこまで欲を抑えられるのかが知りたいぜ。

 だがミーアの命が掛かってるなら、俺も即断できる。

 

 アレを失うことは自分が死ぬのと同じだ……

 

「コッヘル様?独り言が駄々盛れです、ミーア様への偏愛……いえ、溺愛……いえ、愛情が溢れてますよ」

 

 睨み付けると段々言葉を変えたが、偏愛とか溺愛って何だ?

 

 40過ぎのオッサンが15の嫁を大切にしちゃ駄目だってか、ああん?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 カッポカッポ歩く馬の脇を歩く。

 

 勿論、馬にはコッヘル様が乗ってるわけだが僕の歩く速度に合わせてくれてるので大丈夫だ。

 荷物も馬車に積んでくれたので、僕は今スタイリッシュな戦士の出で立ちだ。

 大剣を背負い皮鎧を着込み、左手にスモールシールドを装着して外套を羽織る。一応腰にはメイスを差している。

 完璧な出で立ちだが、現代日本なら重度のコスプレイヤーだよね。

 

「なぁ兄ちゃん、朝っぱらから若い奴らに何を教えてたんだ。面白い戦法じゃねぇか?

倒して押さえてタコ殴りたぁ地味に有効だな。ロープや網で敵の動きを封じるのは聞くが、あんな棒でもできるんだな」

 

 サスマタの歴史って新しかったかな?投網はローマのコロッセオだかで奴隷剣士が使ってたし、ロープはカウボーイのイメージが強い。

 

「ああ、サスマタのことですね?

今回はゾンビだから首狙いですが脇の下とかも有効ですよね。要は起き上がり難くすれば良いだけです。

彼らは農民ですから集団で戦わないと死ぬ危険性が高いですから……」

 

 暫くは無言で歩くが、前方にユラユラと蠢く集団を発見した。ゾンビだけでも100体以上いるが、その中に小山のようにデカい何かが居る。

 

 アレがオークゾンビか……

 

「コッヘル様、不味いですよ。オークゾンビの周囲にもゾンビが群れてます。大物と戦ってるときにゾンビまで対応は……」

 

「分かってる!

第三隊と第四隊は兄ちゃんに付いて露払いをしろ!第一隊は俺に付け。

傭兵部隊は第五隊と一緒に動け。第二隊は予備だ、後方で待機しろ。さぁ狩るぜ!」

 

 コッヘル様は右側に、僕は左側に離れて敵に近付いていく。先ずは一番近いオークゾンビに狙いを付ける。

 

「すみません、オークゾンビの前の連中を倒してください」

 

 兵士さんたちにお願いすれば、駆け出してゾンビに襲い掛かってくれた。みるみる倒されるゾンビ!

 

 流石に本職は強いな!



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第40話

 アンデッドモンスターの討伐遠征に参加した。

 

 最下級のゾンビだけかと思えば中級のオークゾンビが八体以上混じっていると避難民からの情報が……

 中級と言えども本職の兵士が10人連携で倒せる相手だ。

 圧倒的に物量が足りないが、コッヘル様は自分と僕なら単体でも相手になると言った。

 恩有るコッヘル様の頼みを断ることは辛いので、申し入れを受けた。

 

 コッヘル様は露払いで二部隊も付けてくれたので、先ずは先頭のオークゾンビに戦いを挑む!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 オークゾンビは、その回りに多数のゾンビを侍らせていたので正面の四体を兵士さんたちに倒すようにお願いする。

 流石は戦うことが本職の兵士だけあり、僕とオークゾンビの間に一瞬の空白地帯ができた。

 

「出し惜しみはしない。いくぞ、刺突三連(しとつさんれん)!」

 

 適当な技名を言いながらオークゾンビに向かって駆け出す!

 

「ウガァー!」

 

 両手を上げて威嚇するように吠えるが、丁度良い。ツヴァイヘンダーを水平に構えて接近、飛び上がりながら突きを連発する!

 

 両目と口の中にツヴァイヘンダーを連続で突き刺す。

 

 三度目の突きで勢いが止まったので、オークゾンビの胸を蹴って後ろに飛び去る。

 着地をして周囲を警戒、ゆっくり後ろに倒れるオークゾンビを確認するが倒せたみたいだ。

 

 念のためにツヴァイヘンダーを薙ぎ払いオークゾンビの首を刎ねる。

 

「凄い、一撃だぞ……」

 

「よく分からないうちに倒したぞ」

 

「刺突三連、格好良いじゃないか!」

 

 周りの兵士が褒め称えてくれるが、独り言の技名をしっかりと聞かれてたのが赤面モノだ、厨二病が発病だ!

 

「周りに注意してください!次は右側の奴を倒します。周囲のゾンビを倒してください」

 

 一体目は成功、難なく倒せたが運が良かっただけだ。両手を上げて威嚇してくれるなんて、何て親切なモンスターなんだ!

 次のオークゾンビに辿り着くには十体以上のゾンビが居る。

 僕はツヴァイヘンダーを本来の用途である叩き斬るに変えてゾンビの首を刎ねていく。

 両手を伸ばして振り抜けば圧倒的なリーチがありゾンビの攻撃は全く危なくない。

 三体のゾンビの首を刎ねれば次のオークゾンビに辿り着いた。

 先程は急だったから余裕が無かったが今回は違う。

 

 オークゾンビをゆっくり観察するが……酷い格好だな。ボロボロの腰布を纏った筋肉と脂肪の塊な肉体。

 黄色く濁った目に上を向いた団子っ鼻、唇は捲れ上がり汚い牙と涎が垂れている。

 コイツは右手に丸太を握っているから、武器を使うという程度には思考能力があるんだな。

 

 しばし睨み合うが奴は唐突に丸太を投げてきた。クルクルと回転する丸太を右側に飛んで避ける。

 

 コイツ、意外に頭が良い。

 

 両手を前にして掴むように接近してくるので右足で踏ん張り膝を曲げて、更に伸ばすことで反動を付けて後ろに飛ぶ。

 僕を掴み損なった奴は前屈みの体勢だから、丁度頭が僕の腰の高さにある。

 迷わずツヴァイヘンダーを振り下ろしオークゾンビの頭を真っ二つに叩き斬る!

 勢い余って地面まで切ってしまったが、固い地面を叩いたことで両手が痺れた。

 

 何とかツヴァイヘンダーを引き抜き、周りを警戒する。

 

 お付きの兵士20人が周囲のゾンビを近付けないので、最悪な隙を突かれることが無くて安心した。まだだ、まだ僕は未熟なんだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おいおいおい、僅かな時間でオークゾンビ二体を倒したぞ!負けられねぇな、おい」

 

 俺をも守りに徹させる独自の連続の突きを入れて一体目を倒した後、ぎこちない体捌きからの一撃でオークゾンビの頭をザクロみてぇに砕いて仕留めた。

 

 まだ一体も倒してない俺の立場がねぇぞ!

 

 兄ちゃんは突出し過ぎていたので警戒しながら後方の仲間の援護に向かった。

 中々できる判断じゃねぇな、普通なら敵を目指してドンドン先に進むだろう。仲間の危険にまで気を配れるのは将として必要だ。

 兄ちゃんの戦い方を観察し危なげないことを確認してから自分も敵を倒すために行動する。

 

「オラオラオラ!邪魔だ、どきやがれ!」

 

 目の前のゾンビ三体を薙ぎ払い、奥に居るオークゾンビに駆け寄る。

 

「回転連舞三連!」

 

 飛び上がりながら必殺の一撃を見舞い、オークゾンビの頭と両手を切り裂く。

 

「ヨッシャー!次だ、向こうの二体を攻めるぜ。付いてきやがれ」

 

 オークゾンビ二体を中心にゾンビが五体、だが周囲に気を取られて俺には気付いてない。

 後ろから回り込み、足を切り裂いて跪かせて頭を刎ねる。これで二体、兄ちゃんと同じだぜ!

 

 三体目を見れば、兵士の頭を丸太で潰していた。しまった、突出し過ぎたか?周りを見れば遠巻きにゾンビに取り囲まれた。

 

「一旦引くぜ、俺に続け!」

 

 俺には10人の兵士を付けたが、一人やられた。態勢を立て直さないとヤバいぜ、数で押し込まれたら危険だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一旦部隊を後ろに下げて態勢を整える。

 苦戦している傭兵部隊の所に向かい、ムールさんが相手にしていたゾンビの頭を刎ねた。

 

「大丈夫かい?」

 

「ありがとう、数が多くて一対一に持ち込むのが大変なのよ」

 

 そう言って双剣を器用に使い、ゾンビの両手を斬り飛ばした後に首チョンパしたぞ。ムールさんも中々の使い手なんだな。

 

「一旦引いて追ってくる奴を倒すんだ。ゾンビは獲物を認識しないと動きは緩慢だから距離を置けば良いよ」

 

 そう言ってから農民チームを探すと……居た!隅の方でゾンビを押さえ付けてタコ殴りにしている。

 様子を見に近付いてみると、妹さんが丸太でゾンビの頭を連打してた。

 

 返り血で頬を濡らし目が完全にイッてる……

 

「兄さんの仇(かたき)、兄さんを返して、兄さんに謝れ!シネシネシネ、死んで兄さんに謝れ!」

 

 息も絶え絶えに、でも殴るのを止めない彼女に正直ドン引きだ。

 アレは関わり合いにならない方が良いな、初めて見るがヤンデレ?いやデレは無いから病んでる系?

 撲殺ハッピー状態の彼女から気付かれないように慎重に距離を取る。

 漸く安全圏まで離脱し目を逸らすと、コッヘル様がオークゾンビ二体に向かって走りだすのが見えた。後を追うように10人の兵士たちが走っていく。

 

「コッヘル様、無謀じゃないか?」

 

 見ている最中に既に一体目を倒して二体目に向かい難なく倒した。

 だが、三体目のオークゾンビをコッヘル様に近付けないように牽制していた兵士が丸太で殴られたぞ……

 

 アレは死んだな、頭が潰れてしまった。

 

「僕はコッヘル様のサポートに向かいます。

兵士さんたちは態勢を整えてから進軍してください。もう大勢は決したので、コッヘル様を守れば僕らの勝ちです!」

 

 僕に20人も付けるからコッヘル様が危険になるんだ。戦況は悪くない、このまま油断無く戦えば間違い無く勝てる。

 だからコッヘル様に、遠征の責任者に怪我をされたら困るんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 無謀とも思えるほどに真っ直ぐ走り、途中でフラフラしているゾンビを薙ぎ払う。

 ツヴァイヘンダーがゾンビの体液で汚れ切れ味が悪くなるが、本来は叩き斬る武器なのでまだ大丈夫。

 日本刀みたいなデリケートな武器なら、もう使えなくなってるな……

 

「コッヘル様、一旦態勢を整えましょう。露払いしますから、そのオークゾンビは頼みます」

 

 漸くコッヘル様の近くまで辿り着いたが、苦戦している周りの兵士たちに加勢しゾンビから倒す。

 ようやく周りのゾンビを倒してコッヘル様を見れば、四体目のオークゾンビを切り刻むところだった。

 残りのオークゾンビは三体、見回すとまだ距離があるのが救いだ、一息つける。

 

「兄ちゃん助かったぜ。俺も熱くなると周りが見えないタイプだな。部下を一人やられちまったぜ……」

 

 苦悶の表情が本当に部下を亡くしたことを悔いているのが分かり、周りの兵士たちも下を向いたり目を閉じたりして死者の魂に祈りを捧げた。

 

「コッヘル様、周りのゾンビ達は全て倒しました。

残りは前方のゾンビ約50体と……オークゾンビは三体だけど近付いては来ませんね。

隠れる場所も無いから不意討ちも心配する必要も無い。兵士さんたちも集まりましたが、態勢を整えてもう一戦しますか?」

 

「勿論だ、一体残らずブッ壊すぜ!

兄ちゃん、悪いが遊撃として苦戦してる仲間を助けてやってくれ。俺は指揮を執る、もう熱くなって無謀な突撃はしないぜ」

 

 そう言うと部隊に細かい指示を出し始めた。自分の非を認められるって凄いんだろうな……

 

 特にコッヘル様は大隊長として軍のトップなのだから、誰も責める人は居ないし突撃も悪い判断じゃないはずだ。

 敵の主力を早目に潰せば味方の被害も抑えられるから……

 

 三人一組で走りだす兵士たちを見ながら、傭兵部隊の様子を見る。ムールさんは無事だな、肩で息をしてるから疲労してるな。

 汗のために前髪が額に張りついているし双剣もゾンビの体液でドロドロだ。

 近くに寄って無事を確認するが、仄かに体臭が漂ってくる。

 

 女性は汗をかいても良い匂いなのね、オッサンは耐えられない臭さなのに……剣技は凄くても貴族のお嬢様だからスタミナは少ないのは納得だ。

 

「ムールさん、怪我は無い?」

 

 ヤン系の妹ちゃんを見た後だとムールさんが素晴らしく見える、当社比二割増しだ!

 

「ええ、大丈夫……薬草を食べたから体力は回復したわ。

でもスタミナが少ないのが分かったのが今後の課題ね。走り込みでもしようかしら……」

 

 スタミナを付けるのにマラソンか、このお嬢様も自分に足りない物を認めて伸ばすことができる。

 厳しい世界だからか、貴族様たちも有能な人が多いのかな?フェルデン様も後継者に対して厳しかったし。

 僕の中の想像の貴族たちは腐敗してる奴が多かったのだが、単に思い込みと偏見だったと反省する。

 

「そうだね、スタミナは必要だよね。

僕も瞬発力とスピード重視だけど、直ぐに息切れじゃ戦えない。確かに走り込みは必要かも……」

 

 レベルが上がれば基本スペックも上がる、だけど使いこなす技量とかはレベルに依存してない。

 

「貴方が鍛錬不足ならほとんどの人が鍛錬不足よ。ねぇ?あの農民の娘、何だか怖いわ。どうするの?」

 

 正面から見ずにチラ見をするのだが、この強いお嬢様が格下の妹ちゃんに対して震えている。

 

 やっぱりムールさんも怖いんだ!良かった、同じ感性の人が居て。

 

「放置かな……

彼らには生き残る術を教えたから、後は彼ら次第だと思うよ。全員生き残れば640G貰えるから生活の足しにはなるだろ?」

 

 僕は基本報酬が500Gでオークゾンビを二体倒したから上乗せ200G、合計で700Gだ。悪くない稼ぎだな、ヒモじゃなくなったのが嬉しい。

 

「私は80Gなのに、何か納得できないわね。倒した数は圧倒的に私の方が多いのに……」

 

 僕が700G貰えるとか言ったら更に不機嫌になりそうなので黙秘する。わざわざ教える必要は無いのだから……

 

「さて、少し休めたしムールさんの無事も確認できたから僕は行くよ。ムールさんは無理しないでね」

 

 見回す限り苦戦している仲間は居ない。ゾンビだけなら注意すれば大丈夫なはずだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「漸く片付いたな。兵士の治療を急げよ。

終わったら、この先の集落まで行くぞ。奴らに襲われたらしいが生き残りが居るかもしれん」

 

 コッヘル様の指示を倒木に座って休みながら聞く。もう30分くらいは休めるだろう。

 要らないボロ布でツヴァイヘンダーに付いたゾンビの体液を拭き取り荷物から取り出したメンテ用の油を薄く塗り伸ばしていく。

 流石に高いだけあり、見た目には刃零れも湾曲も認められない。

 

 デルフィナさんの目利きは本当に信用できるなぁ……ツヴァイヘンダーの手入れを終えた頃には兵士の治療も終わったみたいだ。

 

 死者三人、軽傷15人。

 

 農民チームから二人の死者が出たのは単純にゾンビに力負けしたから。転ばして押さえ続けることができなかったそうた。

 残り七人だが女の子三人は生き残っていた、やはり女性は強いわけだな。

 目をギラギラさせて隈を作っている妹ちゃんがお辞儀をしてくれたが、本気で恐かった。

 顔立ちは可愛いのに血だらけだし髪は乱れまくってるし手には血と体液が付着した棒を握ってるし。

 

 僕はぎこちない笑顔を浮かべて軽く会釈をした。

 



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第41話

 ゾンビの集団に襲われた村に来た。

 

 ここが被害の最前線のはずだ……オークゾンビ対策で僕はコッヘル様と共に最前列に居る。

 

「いやに静かですね……

モンスターに襲われた割には建物の被害も無いみたいですし。やはり奴らは生きている人間だけを襲うのか……」

 

 既に時刻は早朝だろう、東の空が明るくなり始めている。薄暗いなかで見回したたけだが、普通の集落に見える。

 途中で何度か小休止だけの強行軍で急いで来たが、村の中には生存者は居なさそうだ。

 それに不思議と村人やゾンビの死体も無い、腐臭や血の匂いもしない。

 

 本当にちょっと前までは住人が居たような気がする。

 

「おい、家屋を調べて生存者を探せ。まずは村の中だけだぞ!

篝火を焚いて明かりを確保しろ。それと周囲の見張りを忘れるな」

 

 コッヘル様の指示が飛び兵士達が慌しく動く。

 

「兄ちゃんは俺と一緒に休め。敵が居たら直ぐに一緒に行ってもらうから、今は体力を回復しようぜ」

 

 近くの家屋からテーブルと椅子を出してきて座る。見通しの悪い室内は危険だからかな?

 家屋には調理途中の雑穀スープが釜戸にあったりして、ゾンビの襲撃が急だったことが分かる。

 悪いとは思ったけどコッヘル様が兵士に指示をして雑穀スープを温め、固パンを出してくれた。

 

「食って回復するぜ。オークゾンビが未だ徘徊してるはずだし、奴らが居るってことはだ……」

 

 一旦言葉を区切り、僕を見つめるコッヘル様。その先を考えて答えろってことだな。

 

「他にも強力なモンスターが居る可能性があると?」

 

 コッヘル様が黙って頷くが目は笑っていた、つまりは正解だったんだ。

 この近くには不死の王が封印された廃墟があるから、もしも封印が解けたのならアンデットモンスターが他にも現れるかもしれない。

 

 それも、もっと強力な奴がだ。

 

「そうですね、不死の王の封印が解けたのならゾンビやオークゾンビ以外の奴らが現われても不思議じゃないのかな?」

 

 木の深皿に並々の熱い雑穀スープ、拳大の固パン。空腹に耐えられずお腹が鳴ってしまった。思わず頬が熱くなるのを感じる。

 

「遠慮せず食えよ。しかしアレだな、兄ちゃんよ。三日間の訓練と僅かな実戦で見違えるほどの成長だな」

 

 お言葉に甘えて固パンをちぎり雑穀スープに浸し柔らかくして食べる。

 スープの味付けは薄いが麦や刻んだ野菜が入っており、疲れた体に染み込む旨さだ。

 

「コッヘル様の指導のお蔭です。大剣の使い方と体捌きを覚えられたのが幸いです。あと、鈍器の使い方をこの遠征で学びました」

 

 メイスと言うか鈍器って楽しいな。武器を扱うのが楽しいって不謹慎かもしれないけど、刃物とは違う扱い方がね。

 

「うん、まぁなんだな。俺が兄ちゃんの師匠なわけだが、お前の成長スピードは変だぞ」

 

 ダンディにスープを飲むコッヘル様、流石は貴族だけありマナーは様になってる。悔しいが所作が洗練されていて格好良い。

 

 ムールさんも貴族らしいが絶賛没落中らしいし……

 

「変ですか?」

 

「ああ変だ!」

 

 即答されましたよ、真面目な顔で!

 

 木のスプーンで底に溜まる麦を掬って食べる。麦があるなら米の代用として麦飯が食べられるかな?

 この世界は穀物は煮るがメインで炊くは見たことが無い。でも素焼きの器でも蓋をすれば蒸せるし、今度試してみよう。

 

 麦飯ができれば塩だけでオニギリも……夢が膨らむな。

 

「自分ではわからないです。確かに一般の人たちよりは強いと思いますが、勝てない人もたくさんいますし」

 

 単体ならアリスやデルフィナさんは勿論、コッヘル様にも勝てないぞ。

 

「慢るよりはマシだが、少しは武を誇れよ。兄ちゃんは俺が認めた男なんだからな。

あまり卑屈になっても舐められるだけだ。自信を持てよ、十分中隊長以上の力があるぜ」

 

 邪気なくニヤリと笑われると恥ずかしくなる。

 

「はい、努力します」

 

 僕は調子に乗って失敗するのが目に見えて分かるから、そんなに増長できないんですよ。それに秘密がたくさんあるし……

 しばらくコッヘル様と他愛ない話をしていたが、周辺を捜索した兵士たちが帰ってきたので報告を一緒に聞いた。

 曰く周辺には誰も居ない、村人もモンスターもだ。

 連戦のために今日はここで一泊し、早朝から再度周辺を広範囲に捜索し、何も無ければ不死の王の封印された廃墟を調べることになった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「特別待遇って奴はムズムズするな……」

 

 傭兵なのに何故か民家の一室を与えられた。案内してくれた兵士さんも曖昧な笑顔だったな、いや愛想笑い?

 彼たちも大隊長が親しげに接する僕の扱い方に苦慮してるんだろう。

 民家と言っても雨風が凌げるだけで床は土だし窓にも扉が無い。そして微妙に不潔感があるのだが、人が生活するゆえでの汚れって言うか……

 

 高床式住居と変わらないけど、雨風は凌げる。だから天気の良いときは外の方が気持ち良いかも?

 一応部屋の隅に寝床用の藁は山になってるが、蚤とか居そうだからテーブルの上に寝ることにする、簡易寝台だね。

 明日はここを中心に広範囲に残敵を調べることになるだろう。

 今日の探索は夜営のための危険回避と住人の捜索だが、ドチラも見付からなかった。

 残りのオークゾンビを見付けて倒すまでは先には進めないだろう。

 

 擦れ違いでベルレの街を襲われたら、討伐遠征を指揮しているコッヘル様の責任問題だろうし……色々考えたら眠くなってきたな。

 見張りは免除されてるから十分に休ませてもらおう。

 

「そうだ、ムールさんに何も言わなかったな。あの娘ってツンデレだから拗ねてるかも?」

 

 彼女の拗ねた顔を思い浮かべながら深い眠りに落ちていった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 不意に目が覚めた。

 

 辺りを見回しても暗いので未だ日の出前だろう。起き上がり窓の外を見ると月明かりでホンノリと周りが見える。

 村の所々に篝火が焚かれ見張りが巡回しているから敵襲ではなさそうだ。

 

「嫌な予感がしたんだけど考え過ぎなのかな?

でも、この感覚は……アリスやデルフィナさんが理性を失いかけたときと同じ感覚だ。

命の灯火が消えかける恐怖感と同じだぞ。近くに吸精の妖魔が居るのか?」

 

 気になって仕方ないのでいつでも動けるように準備をする。寝間着に着替えて寝てないから、そのまま外套を羽織り背中にツヴァイヘンダーを背負う。

 スモールシールドを左腕に装着し腰にメイスを吊す。椅子に座りいつでも飛び出せるように待機するが、嫌な予感が止まらない。

 

 冷や汗が額を伝う……

 

「駄目だ、やはり気になって仕方がない。アリスやデルフィナさんに匹敵する吸精妖魔が近付いているんだ」

 

 だがコッヘル様には言えない、あくまでも感覚だし根拠が薄い。待つ間、民家を見回せば隅に斧が二本立て掛けてあった。

 柄の長さは60㎝ぐらい、多分だが薪割り用かな?手に取って確認するが、刃はナマクラだが造りは確かだ。ありがたく使わせてもらおう。

 

 神経をすり減らして待つこと、一時間くらい……兵士たちの怒号が聞こえてきた。

 

 やはり敵襲だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 小屋を飛び出し周辺を確認する、西側が騒がしいな。

 

 駆け付けると目測50m先にオークゾンビが三体、それにゾンビ多数。その後ろには……いや、オークゾンビが全部で八体見えるぞ。

 普段なら獲物を襲う以外はユラユラと宛てもなく歩くように移動するのに、何故か真っ直ぐ向かってくる?

 

「兄ちゃん早いな。って、オイ……ありゃ何だよ?オークゾンビが八体だと?」

 

「ええ、何故か真っ直ぐ向かってきますね……正面から当たれば犠牲がデカい。

一旦引いてオークゾンビを各個撃破に持ち込まないと押し負けるでしょう」

 

 真っ直ぐ向かってくるが、スピードは鈍い。だが50mなど3分もしないで到着するぞ。

 

「冷静だな、兄ちゃん。

一旦引いて各個撃破か……だが少し時間が欲しいぞ。ただ逃げるだけなら荷物は要らないが、戦うなら物資は必要だ」

 

 コッヘル様と話していると用意のできた兵士たちが集まってきた。流石は戦いが本職、圧倒的な敵に誰も怯えてない。

 

「じゃ、やりますか?

二人で連携すれば5分は稼げます。後は悪いとは思いますが集落に火を付けましょう。

火を嫌い迂回してくれれば儲け物。駄目でも留まって時間稼ぎするにも明かりは欲しい。どうです?」

 

 放火は自分たちも危険だが、民家は適度に離れて建っているので火に囲まれて逃げ道無しにはならない。暗闇は奴らの領分だから何とか明かりが欲しい。

 

「採用だ!本気で兄ちゃんが部下に欲しいぜ」

 

 無駄にダンディーな笑みを浮かべるコッヘル様。僕では逆立ちしても不可能なカリスマが滲み出ている、一瞬だけ部下でも良いかなって思ったぞ。

 

「部下は上司を共に危険地帯に放り込みませんよ。コッヘル様、死なないでください」

 

 バシンと頭を叩かれた。

 

「それは俺の台詞だ。

ヨシ、俺と兄ちゃんで時間を稼ぐから撤収の準備と家に火を放て!

200m先に林があったな、そこに潜んでいるんだ。全く指揮に専念するつもりが突撃かよ。

だが、これで分かったぞ。増援を待って再戦だ、今は悔しいが撤退だ!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 既に10mくらいまでオークゾンビ達が近付いている。民家に纏わり付く炎が奴らを赤く染め上げる。

 

「コッヘル様、我らもお供します、最後まで……」

 

 有志で残ってくれた兵士たちは12人、残りは撤収中だ。

 

「縁起が悪いだろ?お前らはゾンビを頼む、俺と兄ちゃんに近付けるな。さてと、殺るか?」

 

「ええ、どうやら大多数のゾンビは炎が恐いらしいですね。歩みが止まった。先手は頂きます!」

 

 突出しているオークゾンビは二体、後は適度に距離が開いている。正直助かるのだが、奴らには連携とかって考えは無いのかな?

 民家から持ち出した斧を両手に一本ずつ持ち奴らに向かって走りだす!

 そして目の前のオークゾンビの膝に向かって、右手に持っている斧を振り下ろすように投げつけた。

 

 クルクルと縦回転をして狙い通りに膝にヒット!

 

 だが柄の部分が当たったのか跳ね返された。続けてもう一本の斧も同様に投げ付ける!

 

 コッチは狙い通り膝に刺さった。

 

 堪らず唸り声を上げて片膝を突いたオークゾンビの頭にツヴァイヘンダーを振り下ろす。嫌な手応え、飛び散る肉片!

 ミーアちゃんに貰った外套に返り血がたくさん付いてしまう。

 

「まず一体目、次行きます!」

 

 最初に投げて弾かれた斧を拾う。次の獲物は最初から僕を見て近付いてくる、その距離6m。今度は顔に向かって斧を投げる!

 オークゾンビは反射的に両手をクロスして顔を庇うが、斧は囮だ。ツヴァイヘンダーを水平に持ち擦れ違いざま右太股を切り裂く。

 オークゾンビは堪らず膝を突いたが、位置が悪い。

 真横からだと頭が狙い辛いな、角度的に肩が邪魔で振り下ろせない。

 

 ならば首を狙い突き刺す!

 

 一度でなく三度突き刺すと、オークゾンビは前のめりに倒れた。

 

「これで二体目!次は……」

 

 残りの敵が近付いてないかを確認するために辺りを見回すが、兵士たちがゾンビを牽制してくれているのが流石だ。

 コッヘル様が大剣を肩に担いでニヤニヤしている。

 

「なぁ、兄ちゃん?俺らだけで殲滅できるんじゃねぇか?

でも無理すんな、オークゾンビが十体以上現れるなんて稀だ。やはり封印された廃墟に何かあったな」

 

「不死の王が復活し、アンデッドモンスターが活性化してると?」

 

 黙って頷くコッヘル様は先ほどのニヤニヤでなく真面目な顔をしている。不死の王の復活、さっき感じた吸精妖魔の気配。

 それらは関係無いとは思えない。

 燃え盛る炎に照らされて残りのオークゾンビが近付いてくるのが見える。

 

 次は三体か……

 

 炎の明かりが届かない奥に、まだまだアンデッドモンスターが居るのだろう。

 予定通り時間を稼いで一旦引くしかないかな。

 投げた斧を拾いながら面倒なことになったと深くため息をついた……

 



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第42話

「次の三体は俺が貰うぜ。兄ちゃんにばかり良い所を取られたくないからな。それに目立ち過ぎはマズいだろ?」

 

 ある程度、大物を倒しておかないと追撃されてしまう。だが何体倒せば、いつまで戦えば良いのかが分からない。

 だからコッヘル様に同行を願った、そんな判断は僕には分からない。

 

「いえ、最高責任者を最前線に引っ張り出した責任があります。まずは僕が……」

 

 自分より大きい相手の倒し方がなんとなく分かってきた。バランスを崩して一撃入れる、相手の土俵には立たない。

 卑怯っぽいが周りも何も言わないから良いのだろう。

 

「じゃ連携するぞ、兄ちゃんが牽制して俺が止めだ!」

 

 コッヘル様、僕が活躍し過ぎて拗ねたとかじゃないな。軍の立場上、民間人が活躍し過ぎるのは互いに良くないんだ。

 

「了解、サポートします。奴らのバランスを崩しますから止めの一撃入れてください」

 

 僕も興奮して周りが見えていなかった……ベルレ領主軍の最強戦士コッヘル様より目立つことはデメリットしかない。

 このウッカリと言うか考えが浅いのを何とか直さないと、今に取り返しのつかない失敗をするだろう。

 僕は成り上がりたいんじゃない、訳ありのアリス達と幸せに暮らしたいだけなんだから。

 

「ヨシ、まずは先頭の奴からヤルぜ」

 

 単体でノシノシと歩くオークゾンビは腹が裂けて臓物か覗いているが、奴らって何なんだろう?アンデッドモンスターの定義って何だかな?

 

「分かりました、師匠!」

 

 不敬だったらすみません……

 

「おい、師匠って何だよ?」

 

 ツヴァイヘンダーを背中に差して斧を二刀流宜しく構える。僕はオークゾンビの膝を破壊し、バランスが崩れたところをコッヘル様が止めを刺す。

 師匠と呼んだのは兵士たちに僕等の関係をより上下関係の厳しい師弟と思わせるためだ。

 流れの傭兵が活躍するより、大隊長の弟子が活躍した方が受けが良い。自身の保身のためが八割以上だが、師事したいのも本当だ。

 先頭のオークゾンビは僕を近付けないように棍棒を振り回しているが、斧は投げられるんだぜ。

 顔面に向けて投げ付ければ、オークゾンビは庇うために意識を集中する。

 

 躱すか両手で防ぐかだ!

 

 だから足元がお留守になるので膝の部分に簡単に斧を振り下ろせる!

 

 膝関節の皿を砕くように斧がめり込む。凄い悲鳴を上げて膝を押さえるために屈むオークゾンビの首を刎ねるコッヘル様。その断面は滑らかだ……

 コッヘル様は切り裂くのに特化した剣技を好むが、基本的に大剣は叩き切るだから使い続けると切れ味は悪くなる。

 僕の得意技は突きだからマシだが……

 

「ヨッシャー!ヤッたぜ、次いくぞ。左の奴をやるぜ」

 

 前のめりで倒れたオークゾンビを確認すると、汚い腰布が捲れて汚い尻が見える。しかも、このオークゾンビは片玉が潰れていた!

 どうでも良い情報を知ってしまったが、本当にどうでも良いな。

 

 気を取り直して左右のオークゾンビを見るが、左の方が近い。右は何かを警戒するように、その場で左右を気にしている。

 まだ距離もあるし何かを気にしているなら丁度良い。

 

 左の奴を倒すことに専念できる!

 

 膝に刺さった斧を抜き取り軽く振って血糊を払うが、剣と違い意味が無かった……

 最初の奴は丸太の棍棒だったが、コイツは加工されたメイス擬きを持っている。

 丸太の先端に鉄屑を括り付けただけだが、ただの丸太の棍棒より破壊力が高い。

 

 顔は醜悪だが、その目には此方を見下すような嫌な感じだ……モンスターの知性は個体差があって強く長生きな連中ほど狡猾らしい。

 現代でもカラスやネズミがそうだ。害虫駆除で捕まるのは幼獣が成獣でも若い個体ばかり。

 成熟した個体は中々捕まらないんだ。

 

「師匠、コイツは今までの連中と違いそうです!狡猾な感じがします」

 

 よく見れば最初の奴より一回り大きく全身傷だらけだ。体長3mくらいの筋骨隆々の凶悪アンデッドモンスター、それがオークゾンビ。

 

「そうだな……手に持つ武器もそうだが、動きも良いぜ。兄ちゃん、本気出すか?」

 

 今もほとんど本気だが、兵士の士気を上げるための台詞かな?豪快な見た目と性格なのに細かいことにまで気を配れるのが流石だ。

 

「ええ、本気で行きます。左右から攻めますか?」

 

 ニヤリと笑って応えるがイマイチ恥ずかしい、僕はダンディーには程遠いな。

 

「遅れるなよ、行くぜ!」

 

 様子見で顔に向かい斧を投げたが、メイスで弾かれた!その隙にコッヘル様が接近するが、メイスを一振りして牽制しやがった。

 コイツ、力技だけじゃないぞ、それなりの技量も持っている厄介な奴だ。

 

「ならば、コレならどうだ!」

 

 左右からの攻めを前後に変える。

 オークゾンビの真後ろに回り込むが、奴も体を動かして僕とコッヘル様が両方同時に視界に入るようにする。

 

「師匠、奴の隙を作りますから自分のタイミングで攻撃してください!」

 

 先ずは一投目を顔に向けて斧を投げ付け、続いて腰に差していたメイスを二投目として股間に向けて投げる。

 股間なら刃が無くてもメイスでも大ダメージを与えることができるだろう。

 最後にツヴァイヘンダーを抜いて駆け出す。

 

 急所に連続して投げたのに両方躱しやがった。顔は右腕で股間は膝で守りやがった!

 

 そして僕を迎え撃つためにメイスを振り上げるが、視線から外れたコッヘル様が真後ろからオークゾンビの両足を切り裂く。

 堪らず前屈みになったところをツヴァイヘンダーで頭を叩き割る。

 

「どうよ、師弟の連携は!残り一体だ、気張るぜ」

 

 格好を付けたかったが返り血をモロに浴びてしまった、酷くスプラッターだな。シャツの袖口で顔だけ、目の周りを重点的に拭う。

 

「あと一体ですね……アレ?」

 

「ああ、ありゃ誰だ?」

 

 残りのオークゾンビを倒そうと見れば、何故か仰向けに倒れていて、その傍に……

 

 小柄な女の子が一人で立っていた、その手にモーニングスターらしき鈍器を持って。鈍器から血が滴っているしオークゾンビは頭がザクロ状になっている。

 状況的に考えて彼女がオークゾンビを倒したのだろう。だが、彼女のファッションは、この世界では有り得ない。

 

 何たってミニスカのゴスロリだし、頭に小さなシルクハットを載せているし、極め付けはオーバーニーソックスだし。

 アリスの私立幼稚園の制服みたいな服装も驚いたが……あのファッションもヤバい感じがする、この世界の常識と逸脱している。

 

 しかも彼女を見てから手の震えが止まらない。

 

 用心のために斧を拾い構えると、ゆっくりと彼女が僕らの方を見た。かなりの美少女だ、僕と同じ黒髪をボブカットにして瞳も黒いが、胸は薄い……

 

「君は誰?」

 

 言葉は聞こえなかったが唇の動きで、彼女が何を言ったのかが分かった。

 

「君は誰?」

 

 再度、問い掛けられた。カラカラに渇いた喉が痛い、何かを言いたくても言葉が出ない。まるで蛇に睨まれた蛙だ……

 

「俺たちはベルレの街から来た領主軍だ。俺はコッヘル、コイツらを率いている」

 

 コッヘル様が油断無く大剣を構えて少女に向き合った。流石は大隊長、でも彼女の異常さは理解しても危険性は感じていなさそうだ。

 

「私?私はロッテ」

 

 名前を教える時も何故か僕を凝視している。無表情なのが余計に怖い。

 

「ロッテは、この集落の住人か?他に生き残りは居るのか?」

 

 どう見ても寒村に居るレベルの美少女じゃないですよ、コッヘル様!

 

 異常を感じてください、危険ですって!

 

 周りの兵士たちも遠巻きだが警戒している。当然だ、オークゾンビを撲殺できるんだ。

 

「居ない、私に仲間は居ない、他の人も知らない」

 

 無表情かと思えば淡々とだが悲しそうに応える。周りの警戒が少し薄れたのが分かる。

 美少女の憂いには皆さん同情的なんですか?

 

「そうか……俺達はアンデッドモンスターの討伐の途中だ。一旦下がるが一緒に来るか?

希望するなら安全な場所まで送ろう。もっとも増援が来たらベルレの街に負傷者を帰すのに同行させる。道中、近くまでならだ」

 

 首を傾げて考えるロッテさんは中々可愛い。少なくとも兵士たちは警戒を更に緩めている。

 

「君は?」

 

 トコトコと目の前まで接近されて指差された。無警戒じゃなかったのに、易々と接近されてしまった。

 

「僕かい?僕は、この遠征が終わるまでは……」

 

「そう、なら付き合うわ」

 

 少しだけ微笑み、軽く手に持つモーニングスターを振ってから肩に担いだが、この娘……力が強いぞ、半端無く。

 

 近くでじっくり見たモーニングスターは全金属製で、少なくとも10㎏はあるだろう代物だ。コレを片手で軽々持つなんて普通じゃないだろ?

 レベルアップした僕でさえ、片手で軽々は無理だぞ。

 

 ステータスを確認……

 

「ヨシ、兄ちゃん。

姉ちゃんの面倒を見てやれ。かなりの使い手だから、同行してくれるのは嬉しいぜ。

姉ちゃん、報酬は払うから力を貸してくれ!アンデッドモンスターの討伐と不死の王の遺跡の調査だ」

 

 コッヘル様にワシワシと頭を力強く撫でられてしまった。

 

「不死の王?遺跡の調査?分かったわ、手伝う」

 

「しっ、師匠?僕が面倒を見るんですか?無理ですって!」

 

 ニヤニヤ笑いやがって、このロッテさんは間違い無く妖魔だ、僕には分かる!

 しかも強力だし、もしかしたら復活した不死の王と関連が……コッヘル様に肩を抱かれて引っ張られ、ロッテさんから距離を取った。

 そして耳元で囁かれる。

 

「弟子は師匠の言うことを聞くもんだろ?

なぁ、愛弟子の兄ちゃんよ。少なくとも女をこんな危険地帯に一人で居させるわけにはいかないだろ?

領主軍は領内の民を守らねぇと駄目だ。だが本音は怪しい女だと思うぜ。

オークゾンビを倒せるほどの奴だからな。アレに対抗できるのは俺か兄ちゃんぐらいだ。俺はミーアが嫉妬するから駄目だ。

女はお断りだぜ、だから観念して面倒を見な」

 

 ポンと肩を叩かれたが、状況が分からない。もう一度周りを確認するが……

 燃え盛る集落、炎を嫌い近付かないゾンビ、撤退を開始するコッヘル様と兵士達。

 

 それと僕の外套を摘むロッテさん。

 

「どうして、どうしてこうなったんだ?何が悪かったんだろう?」

 

 端から見れば美少女に懐かれた、だが、彼女の瞳には飢えた野獣の凄みがある。

 

「君、君から妖魔の匂いがするよ。ボクと同じ妖魔の匂いが……多分、レイスとラミア?」

 

 スンスンと目を閉じ匂いを嗅がれてます。しかも僕と同じ妖魔とかカミングアウトされた?

 コッヘル様が手招きしてるから、早く来いってことなんだろうけど……

 

 今僕は捕食者と並んで居るんです!

 

「ん、まぁ……ね。

ラミア族のデルフィナさんとね、一緒に暮らしてるんだよ」

 

 直ぐに襲ってこないと判断し恐る恐るだが撤退を行う。

 要はロッテさんと一緒に歩いているのだが、彼女も何も言わずに付いてきてくれている。

 

「そう、ラミア族の……貴方はデルフィナの餌?」

 

 ああ、ヤッパリ吸精妖魔にとって美味しい精気の持ち主は餌扱いなのか……

 

「違うよ、恋人さ」

 

 自分の台詞が凄く恥ずかしかったが、敢えて恋人と言った。ハーレム、いや二股の片方とは言いたくないから。

 ロッテさんは少し目を見開いて驚いていたが「ふーん、そうなんだ。君、珍しいね」と珍獣扱いだ。

 

「急ごう、皆が待ってるよ」

 

「君、気に入ったよ」

 

 ニコって僅かに微笑んでくれたけど、気に入ったのが異性としてでなく食糧としてなのかが気になるのだが……隙を見て彼女のステータスを見た。

 

 

職業 : グーラー

称号 : 寝起きの不死美少女

 

レベル : 28

HP : 255

MP : 104

筋力 : 79

体力 : 57

知力 : 40

素早さ : 66

運 : 35

 

 うん、寝起きってことは封印から目覚めたとか?

 

 でも不死の王としてならパラメーターが低い気がする、何か見落としがあるのか?

 

 因みに僕のステータスと比べると違いが分かるな、僕だって順調にレベルは上がっているのだが……

 

 

職業 : 魔法剣士

称号 : アンデッドキラー

 

レベル : 19

 

HP : 188/188

MP : 59/59

 

筋力 : 63

体力 : 41

知力 : 45

素早さ : 54

運 : 19

 

魔法 : ヒール スリープ ライト キュアパラライズ キュアポイズン

 

装備 : ツヴァイヘンダー メイス 皮鎧 手作りの外套 皮の小手 皮のブーツ

 

 うん、称号が格好良くなったのが嬉しいな。

 



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第43話

 グーラーのロッテさんと並んで歩く、何故か外套の裾を掴まれているのだがアレか?

 

 美味しい食事(精気)は逃がさない的な思い?コッヘル様や兵士さんたちがチラ見してはニヤニヤしている。

 あのね、君たちが思っているような甘々な関係じゃないんだ。

 

 狩人と獲物の関係なんだぞ!

 

「ロッテさんは何故、あんな場所に居たんだい?」

 

 それとなく情報を得ようと話し掛ける。それと友好的な関係を築きたいです。

 

「そうね、気付いたらあの場所に居たの?」

 

 疑問形で返されたぞ、寝起きの不死美人ってことは本当に目覚めたばかりか?

 無表情で言葉にも抑揚が無いんだよな、クールな感じだ。

 

「家族とか仲間とか知り合いとかも居ないの?」

 

「分からない。私たちは本体たる精霊(ジン)が新しい死体に入り込んでグーラーになるから。

この娘の家族や仲間とかも居ないと思う、もう何十年も前の話だから……」

 

 人じゃないってカミングアウトしたぞ!

 

 周りに聞こえてないか思わず首を左右に振って確認するが大丈夫みたいだ。

 危険な台詞が聞こえたのなら、からかうような視線は送ってこないだろう。アレ?何で僕は彼女の心配をしてるんだ?

 

 危険な妖魔なら討伐対象……ああ、そうか。

 

 僕は彼女にレイスのアリスやラミアのデルフィナさんを重ねているんだ。人間より妖魔が好きなのかも知れない、ヤバい変態じゃね?

 

「ゴメン、悪いことを聞いたね。

でも君が妖魔だってことは内緒にしてほしい。周りの連中は不死の王が眠る廃墟を調べに来てるんだ。

当然だけどアンデッドは討伐対象なんだ、ゾンビとかオークゾンビとか……」

 

 吸精妖魔は人に危害を加えたことがバレると討伐対象になるんだよな。

 なんとなくだが吸精妖魔たちも他種族(人間)に危害を加えた奴は守らない的な暗黙の了解があるが……

 力有る種族が人間を対等に扱ってるとは思えないときもあるのが現実だ。

 

「僕はあんな下等な連中じゃないよ。一緒にしないでくれるかな?」

 

 珍しく表情が少し責めるようになったぞ。今までは歩きながら前を向いての会話だったが、立ち止まって僕の方を向いた。

 

 ロッテさん、僕っ娘なんだ、僕っ娘クール美少女なんだな。

 

「ごめんね、そういう意味じゃないよ。

ただ討伐目的の集団だから無用な疑いを掛けられないようにってことだよ。ロッテさん、もしかして廃墟に居たことがあった?」

 

 再び歩きだす……

 

「廃墟?僕は……僕は眠る前は……分からない、頭の中に靄(もや)が掛かったみたいに……でも永い間眠っていたと思う」

 

「そうか……思い出したら教えてね。何かしら力になれるかもしれないからさ」

 

 一時避難場所の林に到着した。

 

 撤退のはずだったがオークゾンビはほとんど倒せたしゾンビたちは火を嫌って歩みが鈍い。

 だが集落に残って防衛戦をしたら勝てたか疑問だ。

 受け身で四方から数に任せて攻められたら、僕らは大丈夫だけど兵士や傭兵の被害は分からない。

 

「兄ちゃんよ、どうする?この場に留まるか?」

 

 林の中で立ち話のように今後のことをコッヘル様と相談する……あれ?僕って、そんな参謀的な立場だっけ?

 周りの兵士さんたちも特に何も言わないし、ロッテさんは平然と隣に居る。

 

 あっ?ムールさんが睨んでるけど何故?

 

 口をパクパクさせてるけど“ウ・ラ・ギ・リ・モ・ノ″って読めるんだけど……

 周りを見渡して色々と不要な情報も得てしまったが、枝ぶりや広さから言っても、この林は総勢80人足らずが身を隠すには十分な林だ。

 定期的に人手が入ってるのだろう、切り株や獣道より広い道とかもあるし。馬車は切り取った枝とかでカモフラージュしている。

 

「残りは数体のオークゾンビにゾンビが多数、でも歩みは鈍い。集落の炎は後一時間も保たないでしょうね。

我々の睡眠は六時間くらいですか……

体力はある程度回復しているし、師匠と僕とロッテさんが協力してくれれば戦力は大丈夫ですね。

ですが一旦引いて増援と合流することを提案します。アンデッドたちがアレだけなら強行しますが……」

 

 ロッテさんクラスの敵が現れないとも限らないし。もし廃墟が本来は不死の王が眠るだけじゃなくて彼らアンデッドを封印していたなら?

 まだまだ敵は居ると思うんだ。

 

「そうだな、敵の総数は未知だからな。だが連中を野放しにはできない。ここで見張って不用意に近付いてきたら殲滅だ!」

 

 それが無難かな、当座の敵は集落の周りに居る連中だけだし、前を通れば奇襲もしやすいだろう。

 

「ロッテさん、ゾンビたちと戦うの手伝ってもらっても平気かな?」

 

 無表情で隣に立たれてると周りの目がね、好奇心いっぱいで辛いのです。オークゾンビたちとの対応を見ても仲間意識は無いと踏んでお願いしてみる。

 

「ん、別に構わない」

 

「おお、それは有難いな。頼むぜ、姉ちゃん」

 

 コッヘル様も戦力として期待できるから有難いとは思うが、警戒は解いてないんだろう。

 剣の柄に手を置いてるからな、油断はしないか?

 僕が一緒なのも警戒のうちなんだろうが、結構辛い。なんたっていつ喰われるか分からないんだよ。

 

「じゃ、兄ちゃんは姉ちゃんの面倒をよろしくな」

 

 ダンディーな笑みで軽く肩を叩かれた。

 

「ええ、まぁ……分かりました、師匠の言い付けですから仕方ないですね」

 

 周りにアピールしておく、嫌々だが師匠たるコッヘル様の言い付けだから仕方ないんだと。

 取り敢えず体を休める場所を探そうとキョロキョロと周りを見回すと、笑顔のムールさんが手招きをしている。

 丁度良い倒木が有り並んで座れそうだ。

 

「撤退戦で殿(しんがり)を務めた割には余裕ね、可愛い女の子の面倒を見るなんて」

 

 何となく分かる、理不尽に怒ってます的な?ムールさんの隣に座るが、ロッテさんは僕の隣に立ったままだ。

 

「ロッテさんも座りなよ。彼女はムールさん、この討伐部隊の仲間だよ。

彼女はロッテさん、撤退戦で助けてもらったんだ。単独でオークゾンビを倒せる強者なんだよ」

 

 あのモーニングスターは防御不可だから躱すしかない。

 

「へっ、へぇ……凄いのね」

 

 ムールさんが固まった、多分だがそんなに強いとは思わなかったんだろうな。

 

「少し休もう。悪いけど僕は見張りを免除されてるから少し寝かせてもらうね……」

 

 緊張の連続で疲れた、でもロッテさんも取り敢えずは敵じゃないから安心かな?

 倒木に寄りかかり外套を毛布替わりにする。民家から借用した斧を外套の下で握り締める。

 何故かロッテさんとムールさんが左右に座り寄りかかってきた、周りからの嫉妬でうなされそうだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「やれやれ、ようやく落ち着いたな。兄ちゃんは両手に花か、不思議と女にモテるんだな」

 

 仲良く三人で並んで寝ているが、端目にもうなされるのが分かるぞ。

 まぁ女っ気の無い遠征中に美女二人も独り占めすれば、周りからの嫉妬は凄いだろうぜ。

 思わず口元が緩むぜ、しっかり見張りと面倒を頼むぞ。ありゃ訳有りだろうからな……

 

「全く羨ましいですな……彼はコッヘル様の弟子だったんですね。

安心しました、あまり優遇するのは問題だと思いましたが弟子なら大丈夫でしょう。

兵たちからも不満は出ていません……いや、そろそろ嫉妬の不満が出るかもしれませんね」

 

 む、そうか……

 

 急に師匠と呼んだのは、そういうことだったのか。確かに幾ら強いとは言え金で雇った傭兵は捨て駒だ。

 優遇し過ぎると正規兵から不満が出ると考えたか……

 変な所に気を回す奴だと思ったが、俺が知らないだけで気を遣われたわけだ。

 あの怪しい姉ちゃんを押し付けたのは悪かったか?

 

「まぁな、愛弟子だ。

アイツは強くなるぜ、なんたって俺が手解きをしたんだ。それに遠征中にも強くなっている、型に填まらぬ武器を使うからな。

メイスや斧を効果的に使っているし、斧なんていつの間に用意してたんだ?」

 

 この遠征で感じたが成長は異常なものの、マダマダ甘い所がある。ラミアの姉ちゃんを落とした時点で普通じゃねぇのは分かってたけどよ。

 それに常に冷静に対応することもできるし度胸もある。

 

「それは討伐遠征が楽になりますな。コッヘル様はお休みください、アレに動きがあればお知らせします」

 

「おぅ、頼む。俺も少し休むぜ……」

 

 大きな岩を背に寄りかかる、下は適度に草が生えているので冷たくはない。

 燃える家屋の近くで戦っていたから身体中が煤(すす)臭いぜ。ミーアにただいまのハグをするのは風呂に入ってからだな。

 カイン様もアベル様も兄ちゃんの半分でも素質があれば、フェルデン様も安心できるんだが……

 根性も忍耐も無ければ武の素質も低い、あの二人は領主の器じゃねぇ……

 

 新しく迎えた側室が生んだ子が成人するまで15年くらいなら、まだ俺らも現役ギリギリで頑張れるだろう。

 ベルレの街を支える人材確保が必要だな、だが兄ちゃんは無理か……

 

「ヤレヤレ、早く我が子を鍛えるしかないか。ベルレの街の次代を担う奴を」

 

 林の中から見上げる月は妙に赤い気がするぜ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの後、ゾンビたちは僕らを追っては来なかった。

 

 見張りの連中も視界の届く範囲では見なかったそうだ。大きく迂回したか引き返していったのかは分からない。

 結局建物は燃え尽きたが井戸は無事だった集落で応援を待った。

 丸二日の滞在だが周辺の捜索や食料になるモンスターを狩ったりと忙しかった。

 ムールさんとロッテさんは反りが合わなかったが何故か僕を挟んで一緒に行動している。

 元々は一週間の遠征期間だが延長することになり少し揉めたが報酬も掛かった日数掛ける10Gに決定。

 

 僕は500G+出来高払いだからそのままだ。

 

 遠征の延長は領主軍からミーアちゃんに伝わるから、デルフィナさんとアリスにも話してくれるだろう。音信不通にならなくて良かった。

 

 そして増援部隊との今後の方針を決める話し合いに何故か僕とロッテさんも参加している。

 辛うじて焼け残った民家の一室にコッヘル様と先発隊の小隊長五人、増援部隊の小隊長三人とミッチリだ。

 因みに増援部隊は三小隊で三十三人に補給部隊が十人、下級神官が一人で傭兵は居ない。

 

「まずはこの二人を紹介しておく。単独でオークゾンビを倒せる二人だ。

兄ちゃんは俺の愛弟子、姉ちゃんは避難民だが傭兵として参加してくれている。

姉ちゃんはもう良いぜ、紹介だけだったから席を外してくれ。次に状況だが……」

 

 取り敢えず話し合いに参加させられたのは、戦力の要となる僕らの顔見せだったのか?僕は退出できないのは何故だ?

 

「……と、いうわけだ。

アンデッドモンスターが異常に湧いているのは、不死の王が眠ると言われる遺跡が原因だと思う。

彼の地はここから半日程度だ、行って調べる必要があるだろう」

 

 コッヘル様の説明に黙って頷く小隊長たち、軍隊だから上官の意見には逆らわないと思う。

 実際に彼らの表情は真剣そのものでコッヘル様を疑っていない。出てくる意見も方針に沿った提案ばかりで反対意見は無いな。

 

「兄ちゃん、何か意見はあるか?」

 

 打ち合わせも最後の方になってコッヘル様から意見を聞かれた。黙ってばかりだから気を遣われたのかな?

 

「いえ、ありません。僕はコッヘル様の弟子とは言え傭兵として参加していますので作戦に従います」

 

 どうやら応援の小隊長達から睨まれているので当たり障りの無い受け答えになってしまった。

 応援の彼らとは一緒に戦ったわけでもないし、幾らコッヘル様の弟子とは言え傭兵ごときが軍の作戦会議に居ることすら嫌なのかもしれないな……

 ここは下手に出るか一線を引いた距離で接した方が良いだろう。

 

「そうか?何か気になるなら遠慮なく言えよ。俺は兄ちゃんに期待してるんだからな!」

 

 ダンディーに笑うコッヘル様の横で僕を睨み付ける新しく来た小隊長にため息をつく。

 

 コッヘル様、もう少し周りの空気を読んでください……

 



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第44話

 増援と合流し兵士約80人、神官3人を主力とする討伐遠征部隊は不死の王が眠る廃墟へと向かっている。

 

 僕とロッテさんはコッヘル様の軍馬の脇を歩いている。

 抜けるような青空を見上げるとトンビモドキが旋回している、長閑(のどか)だ……

 頬を撫でる風も重装備で動いて汗ばむ体には心地よいが、僕は今もの凄く汗臭いんだろうな。

 因みにトンビモドキは死肉を食べるモンスターだ、行軍中に倒したゾンビを食べたりしてるが腐肉だが大丈夫なのか?

 そして奴らは我々と行動を共にすれば餌に困らないと学んだみたいだね。

 知恵あるモンスターが敵だったら僕らの位置が丸見えだぞ。

 

「なぁ兄ちゃん?」

 

「何ですか、師匠?」

 

 もはや僕はコッヘル様との師弟関係を表に出さないと周りの兵士さんたちが納得しない立ち位置に居る。不本意ながらNO.2の主力として、ベルレ領主軍に深く食い込んでしまった。

 

「オークゾンビより上級アンデッドが出たらどうするよ?」

 

 何でもないようにトンでもないことをサラリと言われた。

 

「上級ですか……」

 

 デルフィナ先生のモンスター講座でアンデッドモンスターについては色々と教わった。

 アンデッド最上級はレイスやグーラーだ。レイスとはアリスだが、彼女はレイス化すると物理攻撃がほとんど効かない。

 その分本人も魔法攻撃力特化で物理的な攻撃力は低い。

 一方グーラーは物理攻撃力特化で魔法は補助的なモノしか使えない。

 

 まぁ彼女たちは例外として……

 

「物理攻撃の効く相手なら手はありますが、肉体を持たないモンスターが出てきたら逃げるしかないでしょうね。

神官たちが浄化の呪文が使えれば別ですが、今回従軍してるのは下級神官だけと聞いています」

 

 オークゾンビの上位種は結構たくさん居る。要はゾンビ化する前のオークより強い種がほとんど当て嵌まる。

 オーガー・ワイバーン・キメラ・ドラゴンと存在が確認された種類は多い。

 でもキメラ以上は伝説級らしいから現実的にはオーガーゾンビ辺りかな?

 

「レイスか……そんな伝説級のアンデッドモンスターなら逃げるしかないがよ。オーガーゾンビ辺りならどうだ?」

 

 オークの上位種オーガー、そのゾンビか……

 

「一体に我々三人で当たれば負けないと思います。逆に一人か二人では無理ですね。

所詮は怪力頼りの連中ですから、連携してターゲットを絞らせないように撹乱して戦えば大丈夫だと思います。

ですが一発でも攻撃が当たれば戦闘不能ですよ」

 

 一発当たれば即死だが動きは緩慢なのがアンデッドモンスターたちの特徴だ。

 

「三人掛かりで一体をか……」

 

 考え込むコッヘル様を黙って見つめる、無理な戦闘配置なら異を唱えるつもりだ。

 

「そうだな、確かに戦力差はそれぐらいあるだろうな」

 

 良かった、無理な戦闘はしないで済みそうだ。

 

「後は罠に嵌めるかですね。今回の遠征は遭遇戦ばかりで正面から正々堂々でしたが、本来強力なモンスターは罠に嵌めるのがセオリーです」

 

 正規兵の皆さんは正々堂々を好むと思うが、傭兵の我々は生きるか死ぬかの中で綺麗事は言えない。

 戦力差があるなら如何に埋めるかが問題なわけだ。

 

「罠ねぇ……兄ちゃんは何か思い付くか?」

 

「何かって……そうですね。

まだ廃墟を見てないので何とも言えませんが大型モンスターに対する罠ならば、落とし穴ですね。重たく巨体な連中は足元が弱点な連中が多い。

別に全体が穴に落ちなくてもバランスを崩して急所の頭部を下げるだけでも十分な効果がありますよ」

 

「確かに落とし穴は有効だが、そんな時間は無さそうだぜ。強敵が出た場合は俺達が三人連携で戦うしか無いか……」

 

 途中で意見を遮られたが罠は防衛側が有利なんだよね、攻めを基本的とした討伐軍では難しいか。

 

「それでも騎士は正々堂々と戦うべきです!モンスターごときに罠を張るなど情けないですぞ。我らベルレの領主軍は……」

 

 居たよ、面倒臭い人物が!

 

 彼は見覚えが無いから増援部隊の小隊長かな?いつの間にか馬に乗った全身鎧に身を包んだ壮年の男性が横に並んでいた。

 武器は普通のロングソードだが煌びやかな装飾がなされている。

 貴族とか騎士か身分の高い面倒臭い人物だと勝手に認定することにした。

 もしかしたら騎士道とか信念とか理念とか僕の知らない理由があるのかもしれないが、適用は対人間だけにしてほしいのが本音だけどね。

 

「ベータ、気持ちは分かるがよ、兵を預かる立場としては玉砕は認められん。それは対人戦でやってくれ!もう廃墟が見えたぜ」

 

 300mくらい先にアリスが封印されていたのと同じような石で造られた建物が見えた。

 ぐるりと城壁に囲まれた四階建てぐらいの石の要塞に見えるが、所々崩れていて永い間雨風に晒されていたのが分かる。

 

「不死の王が眠る廃墟ですか……軍事要塞みたいですね、又は砦かな?

外敵からの防御に重きを置いた城壁に弓を射るための小窓がたくさんあるし……」

 

 アレは対攻城戦用の設備だよな、日本の戦国時代の平山城にも同じような物があったし、あの塔は矢倉じゃないのかな?

 

「不死の王はよ、元は砦を任された有能な守将だったらしいぜ。

それがアンデッド化したので部下たちが慌てて砦の最深部に閉じ込めたって噂だ。

それから何人もの傭兵たちが宝探しに向かったが、何かを見付けたとは聞いてねぇな」

 

 ん?アリスと同じように手に負えなかった妖魔を封印したんだよね?それって……

 

「手に負えなかった妖魔を封印したんですよね、あの砦に?

でしたら財宝なんて一緒に入れないと思うのです。偉人の墓には副葬品とかありそうですが……」

 

 疑問を聞いてみた。

 

「俺もそう思うぜ。

だが噂って奴は信じられない伝わり方をするからな。それを信じた奴も多いってことだ。

誰もが俺や兄ちゃんみたいに論理的に考えられるってわけじゃない。欲の皮が突っ張った連中はよ、意外とたくさん居るんだぜ。

さて……そろそろ廃墟も近い、警戒するぞ!」

 

 バシンと肩を叩かれて、この話は中途半端に終わってしまった。それから10分ほどで、僕らは不死の王が眠る廃墟へと到着した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「近くで見ると余計にデカさが分かるな。本当に砦だったのか……

最深部ってことは地下もあるんだろうが、地上部分の建物も調べるのかな?」

 

 思わず独り言を呟いてしまった。高さ5m程度の崩れかけた外壁の内側には、石造りの四階建ての砦があった。

 全体的に傷んでいるがまだ当分大丈夫な感じがする、少なくとも10年くらいじゃ崩壊しないだろう。

 この世界の文明って昔の方が発達してる場合があるよね?

 アリスの封印された元教会とかも今の技術じゃ造れないような……

 地球でも古代巨石文明とかあったし同じか?実は莫大な労働力さえあれば時間を掛ければできるみたいな?

 

「まずは建物の中を調べるか……松明を用意しろ」

 

 ボーッと廃墟を見上げているとコッヘル様が兵士さんたちに指示を出していた。

 

「ねぇ、この廃墟ってアンデッドモンスターの巣窟なんでしょ?」

 

「僕、お腹空いた」

 

 討伐遠征軍の数少ないの女性二人は何故か僕の隣に居るんだぜ、周りの男性陣からの視線が突き刺さる。

 少なくともロッテさんはコッヘル様の命令で面倒を見ているんだけど……

 

「そうだね、噂を元にすればここには不死の王が封印されている……らしい。

信憑性は低いよ、この廃墟は有名だから財宝の盗掘目的で何人も訪ねてるってさ」

 

「財宝?お宝?ねぇ、本当にあるの?」

 

 実家が絶賛没落中のムールさんの目が煌めいた!上手くすれば一発逆転ありの財宝話だからね、気持ちは痛いほど分かるけど……

 

「無い、と思う。

コッヘル様曰く過去にこの砦の守将がアンデッドモンスター化して、部下たちが何とか最深部に封じ込めたらしい。そんな場所に財宝なんて隠すと思う?

僕なら必要な物は根こそぎ運び出すね。偉人の墓だったらさ、副葬品とかあるかもしれないけど……」

 

 僕の話を聞いたムールさんがガックリと肩を落とす、まさか割と本気でお宝があると信じてたのか?

 

「私の聞いた噂だと盗掘に来た連中の装備品や所持品を溜め込んでいるとか、不死の王の復活を恐れて大量の貢ぎ物があるとか……」

 

 噂ってさ、伝える人が全てを正確に言わないよね。そこに憶測や希望的観測が入るんだよね、大体さ。

 この噂を広めた人は自分が探しても何も見付からなかったけどさ、見栄でも張って何かを見付けたとか言ったのかな?

 

「うん、今思い出したけどさ……

前に盗賊を返り討ちにして奪った所持品の中に、ここを示した地図があったんだよ。

結局近くにあったマウントコングの巣を狙ってここには来なかったんだけどさ」

 

 僕は財宝発見に男の浪漫を求めたんだけど、あまりに怪しすぎて却下されたんだよね、女性陣にさ。

 今思えば賢明な措置だった、マウントコングの溜め込んだお宝は結構な金額になったし……

 

「マウントコングですって?一人で?アレって金銀財宝を溜め込むモンスターよね?」

 

 またムールさんの目が煌めいたぞ、彼女にお宝話は厳禁かも……

 

「流石に一人じゃ無理ですよ。三人で挑みましたよ」

 

 お宝山分け三等分……とかブツブツ呟いているムールさんをスルーする。

 視界の隅に農民チームの妹ちゃんが入ったのでチラ見確認したが、眼の下に隈ができているが身嗜みは整っている。

 普通に高校生時代で言えばクラスでも上位五位に入るくらいの可愛い子なんだけどね。

 僕の視線に気付いたのか、こちらを見てニッコリ微笑んでくれた。

 

 だが背筋を伝う汗が止まらないのは何故なんだろう……

 

 ぎこちなく微笑みを返すのがやっとだった、僕は病んでる系には耐性が無いんだな。

 

「僕、お腹空いた」

 

 一難去って又一難?ロッテさんのお腹空いたってアレだよね?僕の精気が欲しいとかだよね?

 

「お腹空いたなら、何故さっき食べなかったのよ?もう廃墟に着いちゃったからしばらく休憩は無いわよ」

 

 ムールさんの指摘は当然なんだけどさ、ロッテさんが食べたいのは多分だけど僕の精気なんだよね。

 だから人間の食事は食べなかったんだろうな、元々荷物なんてモーニングスターしか持ってないし。

 

「もう少しの我慢だよ、探索になれば多少の自由は利くと思うし……」

 

 ロッテさんに視線を送って彼女がグーラーで精気が欲しいことは黙ってるようにお願いする、いや本当にお願いしますよ!

 

「むぅ……僕、我慢する。我慢するから後で頂戴」

 

 意味深な視線を送られたが、ムールさんは何だか分からないといった感じだ。

 本来なら彼女を助ける義務も必要も無いんだけど、妖魔(アリス&デルフィナさん)を彼女にしている僕としては何とかしてあげたい。

 

「ねぇ?何か私に隠してない?」

 

 拗ね気味のムールさんが上着の袖口をツンツンと引っ張る。最初と違い随分と可愛くなったよな……初めの頃は男に対して下郎とか臭いとか言ってたもんな。

 

「別に隠してないよ。彼女はコッヘル様からも頼まれているけど、少しだけ変わった子なんだよ。

さて、僕とロッテさんはコッヘル様と組んで最前線に行かなくちゃ。ムールさんも無理しないでね」

 

「……ええ、分かったわ。貴方も無茶しちゃ駄目よ」

 

 僕とムールさんとの遣り取りを不思議そうに眺めているロッテさん。

 

「さぁ、コッヘル様の所に行くよ」

 

 廃墟の調査は僕ら三人が先頭で進まなければならない。強敵が現れた場合の対処のためにだ!

 近くに人が居ないのを確認して顔を近付けながらロッテさんに小声で話し掛ける。

 

「あまりお腹空いたとか言うと怪しまれるよ。ロッテさんはアレでしょ?精気が食べたいんでしょ?」

 

「そう、僕は君の精気が食べたい」

 

 そう言ってペロリと頬を舐められた!

 

「なっ、なななな、ナニするんですか?」

 

「ん、塩(しょ)っぱいけど不思議と美味しい……もう少しは我慢できるけど限界も近い」

 

 キョどる僕に冷静にトンでもないことを言うロッテさん。マズいことに周りの注目を集めてしまった。

 

 どう誤魔化せば良いんだ?

 



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第45話

 端から見れば僕っ娘クール美少女に頬を舐められたリア充野郎な僕だ。

 

 大変不本意だが、周りのヒソヒソ話が辛い。

 多分だが僕は強いけど女性を独り占めにする男の敵として認定されただろう、それは嫉妬と呪いの籠もった視線で分かる。

 嫉妬パワーで人が殺せるなら僕はダース単位の回数で死んでいるぞ。

 

「兄ちゃん、姉ちゃんの面倒を見ろとは言ったが嫁にしろとは言ってないぞ」

 

「違います、全くの誤解です」

 

 そんな誤解をされて、万が一帰ったときにアリスやデルフィナさんに変な風に吹き込まれたら大変だ。

 ここはハッキリと否定しておかねば!

 

「いや、説得力ねーし……兄ちゃん、自分の姿を見てから言えよな」

 

 ん?自分の姿?別に変な所は……アレ?

 

「ロッテさん、外套掴むの止めてください」

 

 ロッテさんが僕の外套の裾を掴んでいた、まるで子供が母親から離れないためにするのと同じように。

 

「イヤ、僕は君と離れたくない」

 

「オイオイ、熱々じゃねえかよ。兄ちゃん風紀は乱すなよ、続きはベルレに帰ってからにしな」

 

 全く、何人の女を誑かせば良いんだ?俺がミーア一筋なのにラミアと幼女に続いて美少女たぁ節操無しじゃねぇか!

 

「コッヘル様!小声の部分、聞こえてます!」

 

「遊びはここまでだ!砦に入るぞ、松明に火を付けろ。第一隊と第二隊は槍を装備して同行しろ。

第三隊と第四隊は入り口付近で待機、残りは周辺の捜索だ。行くぞ!」

 

 槍は今回の増援部隊が持ってきた武器だ。

 狭い室内では取り扱いが難しいと思うが、集団で槍襖(やりふすま)みたいにすれば敵の接近を止められる。

 邪魔なら手放せば良いだけだからな。照明係の兵士さん二人の後ろにコッヘル様、両脇に僕とロッテさん。

 その後に槍を構えた兵士さんが二十人と中々の大所帯だ。

 

「結構広いですね……」

 

 今歩いてる廊下だが幅は3m高さは2mはあるだろう。

 廊下の左右に小部屋があるが、扉なんて既に無いから廊下から見れば中が空っぽなのが確認できる。

 この砦は大岩を積み上げて建てたみたいだ。

 壁の石積みの形状は不揃いながらも1m角クラスの大岩を組み合わせている。

 現代で言うと城の石垣のイメージだろうか?

 コツコツと靴音、ガチャガチャと鎧の金属部分が擦れる音が響く。

 少し埃っぽいが生物の居る臭いがしない、腐敗臭とか糞尿の臭いがだ。

 

「そうだな、何にも無いな……突き当たりに階段か。ヨシ、二階へ上がるぜ」

 

 真っ直ぐな廊下、左右に小部屋、突き当たりに階段と砦としては単純な構造じゃないか?

 軍の施設って普通は侵入した敵が迷うように入り組んだ造りを……色々と考えながら階段を上ると二階に着いた。

 二階は大広間だ、柱しか無い大空間の突き当たりに同じような階段が見える。

 窓も多いので自然光が差し込み松明が要らないくらいに明るい。

 

「凄い大空間ですね。これだけの空間を柱だけで支えるなんて凄い建築技術だな……

天井は一枚板形状の岩を使って梁を無くして柱だけで構造体を保たせてるのか。プレハブみたいだな?」

 

 一枚当たり数トンもの巨岩をどうやって積み上げたのだろうか?古代の神秘を考えさせられるな、暫し幻想的な空間を見つめて……

 

「なぁ兄ちゃん?土木か建築の技術にも詳しいのか?梁とか柱とかさ、それにプレハブって何だ?」

 

「えっ?その、まぁ……興味がありまして……独学で……色々です」

 

 まただ、また疑われるようなことを言ってしまった。いくら感動したとは言え、このウッカリ属性は酷くなってないか?

 コッヘル様が、しどろもどろな僕の肩を叩いて先を促す。うーん、色々と疑われてるかもしれないな。

 

 三階に到着したが、この階は一階と同じ造りだ。真っ直ぐな廊下の左右に小部屋があり突き当たりに四階に続く階段。

 先頭の照明係が周辺を照らしながら歩いていくが、特に何も居ないし無い。

 

 そのまま進み最上階に続く階段を上がる。

 

 最上階である四階に到着、だがこの階は半分屋根が重みで崩れていた。

 そしてトンビモドキの巣があり突然の侵入者である僕らを威嚇している、その数は八匹で巣は複数あり雛がピャーピャー鳴いている。

 

「降りるか、雛の親を殺すのは忍びないぜ」

 

「そうですね、僕等はアンデッド出現の討伐が任務ですし……」

 

 我が子を守る親の姿はたとえモンスターと言えども美しいものだ。槍を携えた兵士たちが先に階段を降りていくのを見ていたが頭上に影が通ったので見上げると……

 

 腐敗した液体を撒き散らしながら羽ばたくロック鳥ゾンビがトンビモドキの巣に降り立った。

 

 羽根を広げれば5m以上はあるロック鳥は鋭い嘴(くちばし)と爪が武器だ。ロック鳥のゾンビ化なんて初めて見たぞ。

 我が子を守るために群がる親鳥を威嚇しながら雛を食おうとしている。果敢にロック鳥ゾンビに襲い掛かる親鳥を羽根の一振りで弾き飛ばす。

 

「飛ばれたら逃げられる……殺るなら今しかない!」

 

 雛鳥を三匹一度に咥え上を向いて飲み込もうとしている奴の胸に目がけて斧を投げ付ける!

 縦回転が掛かるように振り下ろして二本共に投げた後、ツヴァイヘンダーを抜いて真っ直ぐ駆ける。

 投げた斧は二本共に刺さらなかったが、打撃力はあったのだろう奴の胸の辺りの肉が飛び散った!

 クェェェーと耳障りな鳴き声を聞きながら、先ずは逃げられないように右羽を根元から叩き切る。

 片羽だけでも2m以上の長さがあるが、腐りかけているためか何とか切断できた。

 

「危ない!」

 

 振り下ろした体勢は無防備、僕の首に鋭い嘴で突こうとしていたのを横に転がって躱す。だがトンビモドキの巣を潰してしまった。

 慌てて逃げる雛鳥を潰さないようにして後に飛び去る……

 

「君は無謀……」

 

「兄ちゃん、先走るな!」

 

 コッヘル様とロッテさんが兵士から槍を受け取り連続して投げ付ける。

 ロック鳥ゾンビは残された左羽根で槍を払おうとするが数には勝てずに胴体に二本刺さった。

 止めを刺すタイミングを計っていたが、ロック鳥ゾンビは不利を認めたのかヨロヨロと逃げようとするが片羽では飛び上がることもできず……

 建物の端によろけていって、奇声を上げながら四階から一階へと落下していった。

 

「えっと、下の連中は大丈夫か?」

 

 慌てて下を覗き込めば、入口付近で待機していた第三隊と第四隊の連中にタコ殴りにされていた。

 暫くして勝鬨(かちどき)が聞こえたので上手く倒せたのだろう。

 

「良かった……何とか倒せましたね」

 

 ホッとして、その場に座り込んでしまったがコッヘル様から脳天に拳骨を食らった。

 

「痛い、痛いです、師匠……」

 

「馬鹿野郎、無理するな!確かに飛行するモンスターの羽を切り飛ばした判断は正しい。

もし奴が飛べたら俺たちは危なかったがな。でも一声掛けろ、無茶はするんじゃねぇ!」

 

 結構本気で殴ったのか僕が石頭だからか、コッヘル様は自分の右手を振りながら説教をくれた。

 

「すみません……先走ってしまって……」

 

 頭を下げたが殴ったその手で今度はワシャワシャと撫でられた。

 

「いや、良くやってくれた。助かったのは俺たちだ。だが、もう無理はするな、お前は俺の愛弟子なんだからな」

 

 そうダンディーに笑いながら兵士たちと一緒に下に降りていった。

 愛の鞭にしては本気で痛かったが、本当に心配してくれたのが分かってニヤニヤと笑ってしまった。

 頭を擦ると大きなタンコブができていたがご愛嬌だろう。取り敢えず僕が転がって壊してしまった巣を直す。

 直すと言っても散らばった巣材の枯れ枝とかを掻き集めてドーナツ型に形成するだけだが……

 粗方直してからパンパンと手を叩いて埃を払う。

 そろそろコッヘル様の後を追おうと振り返るとロッテさんが立っていた。

 そういえば彼女が危ないと叫んでくれなければ攻撃を受けてしまったんだよな。

 

 未だお礼を言ってなかった……

 

「有り難う、ロッテさん。君が叫んでくれなかったら危なかったよ」

 

 頭を下げながら僕は皆にお礼を言ったり謝ったりばかりだなと思った。頭を上げると目の前にロッテさんが……

 

「僕、君を助けた。だからお礼が欲しい」

 

「お礼?ん!」

 

 頭を抱えられて唇を奪われ……精気も奪われ……

 

「ん……んん?これは……んー」

 

 ビックリした顔でキスを一旦止めたロッテさんだったが、更にディープなキスをしてきた。ヤバい精気の減りが……

 

「グギャ!グギャギャ!」

 

 意識を失う前にトンビモドキたちがロッテさんに飛び掛かり、驚いて彼女は僕を放してくれた。

 

「あ……ごめんなさい。僕、吸い過ぎた。でも凄く濃厚で美味しい。君って何者?」

 

 瞳が輝きを放っていた深紅から徐々に黒に変わりながらロッテさんが僕を見つめる……

 

「いや、僕は普通の……って痛い、痛いよ、止めて……」

 

 どうやらトンビモドキたちは僕を助けてくれたわけじゃなくて僕らを巣から離したいんだ。

 嘴でお尻を突かれながら僕等は建物の中へと逃げ出した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「やれやれ、酷い目に遭ったね……」

 

「ごめんなさい。僕、吸い過ぎたけど大丈夫?」

 

「違うよ、トンビモドキたちのことだよ。せっかくロック鳥ゾンビから助けたのにさ、お尻を突くなんて酷いよね?」

 

 親鳥五羽にお尻を突かれながら逃げ出したことが恥ずかしかった。

 いや、モンスターだから倒しても良かったんけど、親子の愛を見せられた後だとね……

 

「変な人だね、君って。モンスターを助けたり妖魔の僕を怖がらなかったり……決めた!僕、君と一緒に行くよ」

 

「どこに?」

 

 確かにベルレの街に戻るけど、その後はアリスとデルフィナさんと一緒に家に帰るんだけど……

 

「君の恋人のラミアと話をつける。

君をシェアしたい、その代わり他の妖魔から協力して君を守る。君の存在が他の妖魔に知られたら大きな諍いが起きるから……」

 

 ムン!みたいな感じで小さくガッツポーズをしてるけど、何言ってるの?

 

「何を言ってるの?僕をシェアするって何だよ!僕は物じゃないんだぞ」

 

 テコテコと前を歩くロッテさんに文句を言うが無表情で首をかしげられて終わりだ。僕は妖魔の美少女に(餌として)好かれたらしい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おう、兄ちゃん!遅いぜ、ナニやってたんだよ?」

 

「壊した巣を元通りにしていました。コッヘル様たちこそ何をしてるんですか?」

 

 下に降りると兵士たちが倒したロック鳥ゾンビの解体をしていた。腐肉を取り外し骨や羽根を集めているけど……凄く臭いです。

 

「ああ、ゾンビ化したとは言え元はロック鳥だからな。素材としては貴重なんだぜ。

それにロック鳥は固く輝く物を飲み込む性質があるからな、お宝が見付かる場合があるんだ」

 

 光り物を集める性質ね?

 

 マウントコングもそうだったな、武器に宝石に銅鏡も見付けたっけ。

 どの道遠征中に発見した物の権利は雇い主にあるので僕は関係無いか……

 

「良い物が見付かると良いですね。僕は少し休ませてもらっても良いですか?緊張が取れたら疲れてしまって……」

 

 まさかロッテさんに精気を吸われて疲労困憊(ひろうこんぱい)ですとは言えないのだが、正直立ってるのも辛い。

 

「ん?そういえば眼の下にも隈ができてるな?今日の功労賞は兄ちゃんだからな。

構わないぜ、休んでな。おい、神官に兄ちゃんの治療をさせな!」

 

 コッヘル様の恩情で砦の一階の小部屋を与えられて休むことができた。神官さんにヒールを掛けてもらうと気持ち楽になったのだが……

 

「何で貴女が居るのよ?」

 

「僕?僕は護衛。彼は貴重だから奪われないように守らないと駄目だから」

 

 ムールさんとロッテさんが狭い小部屋の中で睨み合っているんだ。

 中年の神官も、程々にしないと干からびるぞ!とか訳の分からないことを言って肩を軽く叩かれた。

 

「ヤレヤレ、あのロック鳥ゾンビがボスだったら討伐遠征は終わりだが他にも居るのかな?」

 

 僕の呟きを女性陣は聞いてくれなかった……

 



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第46話

 ロック鳥ゾンビからの素材は羽根と骨が大量に採れた。

 

 特に鳥類の骨は飛ぶために軽量化されているので軽くて丈夫、しかも空洞になっているので色々と需要があるそうだ。

 お楽しみの胃袋からは大量の宝石類が見付かった。何故、糞として排出されないのかが疑問だよね。

 残念ながら美味といわれた肉や卵は全て腐っているので無理。嘴(くちばし)や爪は全て揃っていた。

 

 ベルレの街に戻ってフェルデン様に報告してから売却し討伐遠征参加者には僅かながら支給されるそうだ。

 だが、傭兵連中は支給を待てないので当初報酬80Gが100Gになる。

 僕は基本報酬も上げてもらい、なおかつオークゾンビを倒すと出来高報酬も貰えるので関係無いかな。

 これ以上欲張っても碌なことにはならない。

 

 考えるよりも今は少しでも休むことが大切だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 しばらく休んだのでだいぶ体力が回復した。

 

 目を覚ますと何故か左右にロッテさんとムールさんがしがみ付いて寝ていた。

 

「最近疲れてるんだな……働き過ぎだよね、幻覚が見えるなんて重症だな。これは幻覚、見なかった」

 

 しがみ付かれていた外套を脱いで外に出る。砦から出ると日がだいぶ傾いていた、お腹の空き具合からして午後三時過ぎかな?

 頬に当たる風が少しだけ冷たいな。

 

「お目覚めか?随分疲れてたんだな、まぁ良いがよ。

周辺の探索して見付けたんだかな、砦周辺の石畳が陥没していた場所があった。

下は洞窟に繋がっていた……まだ探索はしてねぇ」

 

 師匠、つまり僕が回復するまで待ってましたか?探索するメンバーに僕とロッテさんが入ってるんですよね?

 

「いつ入りますか?でも夜は危険ですよ、今夜は見張りを立てて明日の朝から調べますか?」

 

 ゾンビ系の定番としては深夜に穴からゾロゾロってありがちじゃないですか!

 

「そうだな……砦にゃ地下なんて無かったし、噂の部下たちが押し込めた最深部って何なんだ?」

 

 僕らの会話を兵士たちが遠巻きに聞いているがちょっと前までの嫉妬の籠もった視線じゃない。

 きっとロック鳥ゾンビを倒して特別ボーナスが出るから周りに対して優しい気持ちになれるんだろう。

 優しさとは余裕が無いと中々難しい、人は切羽詰まると他人を思いやる余裕なんて無いからね。

 

 余裕が無いのに常に優しさを振り撒ける人は……仏陀様くらいじゃないのかな?

 

「噂は所詮は噂ですが、一部に真実が混じっている場合もあります。砦の下に洞窟、しかも石畳で隠されていた。案外本命かもしれませんよ」

 

「嘘に混じるひと欠片の真実か……ミーアが言ってたな、嘘をつく場合は本当のことを混ぜるとバレ辛いってな。

分かった、穴は見張ろう。明日は朝から洞窟探検だぜ!」

 

 噂(うわさ)と嘘(うそ)って字は似てるけど意味は違うと思うけど……コッヘル様、相当ミーアちゃんに入れ込んでますね。

 でもミーアちゃんって不思議な感じがするよな、年相応じゃない落ち着き方と考え方をしている。

 

「了解しました」

 

 洞窟探索は初めてだな、盗賊のアジトも坑道みたいだったが基本的に一本道だったし条件が違うだろう。

 夕飯は兵士たちからの炊き出しが振る舞われた。温かいスープと固いパンが二つだが十分だ。

 

 それに(僕の精気を吸って満腹な)ロッテさんが自分の分も僕に食べろと渡してくれたので久し振りに満腹感を味わえた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「多分だけど深夜に奴らが穴から出てくると思う、テンプレだから……」

 

「「テンプレ?」」

 

「ありきたりな展開ってことだよ。オークゾンビに続いてロック鳥ゾンビが現れた。

普通じゃないよね?次も何かしら出てきてもおかしくないと思う」

 

 昼間仮眠を取らせてもらった小部屋をそのまま使わせてもらっている。勿論?だが当然のようにムールさんとロッテさんが居る。

 寝る前に一応相談をして今夜の対応を決めておく。

 

「穴を見張るのは兵士達が小隊単位で行ってるわ。その分砦周辺の警戒は薄いけど……

砦だけに周辺に障害物がない見晴らしの良い場所だから大丈夫だと思う」

 

 元々敵の侵入を防ぐ目的の建物だから外部に関しての見張りはしやすい。だけど城壁の内部の穴は……

 コッヘル様は小隊単位で警戒させてるのは、何かが現われても直ぐに戦えるからだ。

 この小部屋は建物の出口に一番近いのは、僕とロッテさんが直ぐに飛び出せるためだろう。

 コッヘル様は指揮官で責任者だから最前線で剣を振るわずに後方指揮をする。

 逆に僕とロッテさんが最前線で戦う。

 

 この待遇の良さだって裏を返せば一番危険な役回りだからだよね。

 

「噂で気になってるのが元守将を砦の最深部に封じ込めたって伝わってるじゃん。

でも、この砦って地下は無いのに何故最深部なんだろう?石畳が陥没して穴の開いた場所は結構遠いよ。でも洞窟って……」

 

「この砦の下に通じてる可能性がある?」

 

 ロッテさんが僕の言いたいことの続きをドヤ顔で……無表情で無関心かと思えば、ちゃんと考えてるのか。

 

「そうだよ、この小部屋も床は石畳と同じだ。叩いても石が厚いから下が空洞かは分からないけどね。

用心のために僕らも交代で見張ろう。周りが騒がしくて起きるのと誰かが異変を感じで起こすのじゃ早さが段違いだ」

 

 あの有名なゾンビ映画も監獄に立て籠もった主人公たちを内部から穴を開けてゾンビは襲ってきた。

 幸い三人居るんだ、命懸けの仕事なら保険は掛けるべきだよね?頷(うなず)いて同意を示す女性陣……

 

「先ずは僕から見張るよ、三時間くらいで交代すれば一回ずつで終わるよね」

 

 この世界に時計は無いが夜なら月の位置とかで大体の時間は分かる。

 

「最初は私が見張りをするわ。悔しいけど私は戦力外ですからね、一番危険な時間帯は深夜でしょ?それまでは二人は体を休めるべきだわ」

 

 確かにムールさんの提案はもっともだと思う、この中では彼女が一番弱い……ならば一番危険な時間帯は僕が起きているべきだろう。

 

「分かった、最初はムールさん。次が僕で最後がロッテさん。

人間が相手なら一番気の緩む明け方とかも考えられるけど、アンデッドモンスターなら自分の力が一番高まる時間帯に攻めてくるだろうし……」

 

 念のため、フル装備で仮眠することにする。この遠征が終わったら打撃系武器を探そう。

 この斧は使いやすいが基本的に薪割り用だからイマイチなんだよね。

 

 丈夫で長持ち、汎用性もある武器は便利だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「起きて、交代の時間よ……」

 

 体をゆすされて目が覚めた、交代の時間か。壁の開口から月明かりが小部屋に差し込んでるので周りがなんとなく見える。

 

「ん……おはよう、ムールさん。見張り番ご苦労様、何か変わったことは無い?」

 

 首と肩を回して凝りを解す、両手で顔を擦るとようやく眠気が覚めた。

 

「特に何も無いわね。何回か兵士が私たちの部屋を覗きに来てたわよ。

注意を払ってくれてるのか単なる覗きかは知らないけど……あの子寝相が悪いのよ。

その、スカートが短いから下着が見えそうで見えないの……」

 

 胎児のように丸まって寝ているロッテさん、確かに足を両手で抱えるようにしてはスカートの中身が見えそうだ。

 僕は自分の外套を脱ぐとロッテさんに布団代わりにかけた。ムニャムニャと幸せそうな寝顔だ。

 

「そろそろ深夜に差し掛かるか……」

 

 ゴソゴソと自分の寝床を作り潜り込むムールさんを横目に見ながら考える。

 美女と美少女と一つ屋根の下か……コッヘル様に口止めを頼み込むしかないな。

 直ぐに寝息を立てる彼女の寝顔は、いつもの凛々しさが無くて年相応の可愛さがあった。壁の開口部分に座って外の様子を見る。

 砦には小部屋や大部屋があるから全員中に入れるのにほとんどが外で寝泊まりしているみたいだ。

 幾つもの焚き火が焚かれ数人単位で巡回している、見張りはバッチリだろう。

 まぁ明日は洞窟探索隊以外は待機で休みみたいなモノだからな。逆に今夜はバッチリ警戒しておこうってことか?

 

 暫く座って外を見ていると農民チームの妹ちゃんが近付いてきた、見張りの交代だろうか他に二人……全員女の子だな。

 ここにはロッテさんとムールさんが寝ているし話し声で起こしたら悪いので外に出る。

 ゆっくりと近付いてくる妹ちゃんは目の下の隈も取れていて見た目は素朴で可愛い女の子だ。

 

「こんばんは、見張りの交代かい?」

 

 残りの距離が5mくらいのときに僕から声を掛ける、小声でだ。

 

「はい、これから見張りです。

色々教えてもらったのに、まだちゃんとしたお礼もしてなかったから……その、ありがとうございました」

 

 ペコリと体を90度に曲げてお礼を言ってくれた、残りの二人も一緒にだ。

 

「気にしないで良いよ。僕が好きでしたことだからね……」

 

 病んでると思われる彼女の神経を逆立てないように軽く微笑んでおく。別にお礼は要らない、関わり合いにもなりたくないのが本音だ。

 妹ちゃんは何か言いたそうだったが、他の二人に連れられて行ってしまった。途中で振り返って頭を下げられたので小さく手を振っておいた。

 

 遠目でも分かるくらいに笑ってくれたが、不思議と背中から汗が流れ落ちる……

 

「ロック鳥ゾンビにだって恐怖を感じなかった僕の手が震えている?まさかな、彼女は純朴な田舎娘だぞ。まだ鍛練が足りないのか……」

 

 僕から関わったのに今更距離を置きたいとは失礼な考えだよな。農民チームは知らないうちに五人に数を減らしていた……

 度重なる襲撃に耐えられなかったのだろう。

 気を取り直して元の場所に腰掛けて夜食用に貰った干肉を懐からだしてチビチビと噛る。

 これは肉を濃い塩水に漬けて陰干ししただけだが、噛めば噛むほど味が染みだしてくるので美味い。

 

 味が濃いから喉が渇くので皮袋の水筒から直接水を飲む。

 

「うーん……」

 

 寝言?かと思ってムールさんを見ると布団代わりの外套を蹴飛ばしているぞ。貴族のお嬢様なのに寝相は悪いんだな。

 彼女に外套を掛け直してあげたときに蒸せるような体臭を嗅いだ。

 

「やはり、やはりだ。オッサンは汗臭いのに女性は汗をかいても良い匂いだ、何故なんだろう?」

 

 因みにロッテさんは体を丸めているために頭しか見えないが、汗もかかないみたいにサラサラの髪の毛が頬に被っている。

 彼女は無臭に近いな。元現代人としては早く風呂に入って体を洗いたい、髪の毛を洗いたい。

 僕は自分の体臭が気になって仕方がないんだけどね、脇の下や首まわりが特に気になるんだ。

 

「討伐遠征は洞窟を調べ終わるまで帰らないだろうな。水浴びか体を拭きたいが危険な場所じゃ無理だし、当分臭いままか……」

 

 一応持参した布を支給された水に浸して顔や首まわりを拭いた、少しだけ楽になったかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 月が天辺辺りに差し掛かったとき、それは大地に開けられた穴より現れた。

 最初からモンスターが現れると想定していたのに、ソレが地上に現れたときに兵士たちは呆然として見上げてしまったんだ。

 誰もがソレから発せられた威圧感に呑まれてしまい、声も上げられず指一本も動かせないでいた。

 呆然とする人間たちを見渡したソレはニタリと嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 そして、ソレは天に向かって咆哮した……

 

 重低音で周囲に響き渡る咆哮!

 

 漸く金縛りを解かれたみたいに兵士たちがワラワラと逃げ出し始めた。

 

 ソレは悠然として体を震わせながら砦の方に向かって歩いていく。

 

 ドラゴンゾンビ、地上で最強種のモンスターの最悪なアンデッドだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「なんだ?今の叫び声は?」

 

 寝ずの見張り番をしていたのに、近くで獣の咆哮に似た叫び声が聞こえた。

 まさかと思い穴の方を見れば、小山のようなナニかがこちらに向かって悠然と近付いてくるのが見えた。

 

「なんだ、何なんだアレは……まさか、ドラゴンゾンビか?」

 

 未だ30m以上離れているのに、何故かソレと目が合った気がした……

 



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第47話

「ドラゴンゾンビだって?まさか最強種がアンデッド化とか最悪だ。しかも砦に向かってきてる……」

 

 威圧感が半端無いぞ!

 

「ロッテさん、ムールさん起きろ!ヤバい相手がこっちに向かってきてるぞ」

 

 声を掛けると二人とも飛び起きた!ロッテさんから外套を受け取り砦の外に飛び出す。

 一瞬だが砦の中に籠もろうかと思ったが逃げ道が無いから止めた。

 ドラゴンゾンビは見張り番の兵士たちに襲い掛かっている。

 鋭い前脚の爪と牙、それと太く強靭な尻尾の一撃に粉砕される兵士たち……

 

「流石はアンデッド化しても地上最強種のドラゴン……強さが桁違いで笑える。

ムールさんは距離を取るんだ。僕とロッテさんはコッヘル様のもとに行くよ。

逃げるか戦うかはコッヘル様次第だ。だが所詮はデカいトカゲだから勝てないわけではない」

 

 落ち着いて見れば確かに強いが尻尾まで含んでも全長7mくらいのデカいトカゲだ、直立しても4m程度。

 強靱な防御力を誇る鱗も所々剥がれているので、そこを狙えば攻撃は効きそうだな。

 問題はブレスを吐けるのかだが、これは分からない。

 

 取り敢えず周囲を見回しコッヘル様を探すが……居た!兵士たちを取り纏めているので駆け寄る。

 

「コッヘル様、ドラゴンゾンビとは厄介な相手ですが……殺りますか?」

 

 コッヘル様も慌ててはいるが夜間襲撃は想定内のことだからね、ちゃんと完全装備だ。

 

「兄ちゃん、相手はアンデッドとは言えドラゴンだぞ。簡単に殺るとか大丈夫か?

アレは遠巻きに遠距離攻撃で弱らせてから接近して一気に止めを刺すしかないぜ」

 

 コッヘル様は落ち着いているが、周りの兵士たちを見れば恐怖に耐えているのが分かる。

 何かあれば逃げ出すかも知れないぞ、現に傭兵たちはほとんどが逃げ出してる。

 

 僕もムールさんを逃がしたけどさ……

 

「大丈夫、たかがデカいトカゲですよ。落ち着いて戦えば勝てます!

幾ら防御力が凄いドラゴンとは言え腐って鱗が剥げてる部分が多い。

まずは僕とロッテさんが牽制のために接近しますから、兵士たちは死角から槍で鱗の無い部分を攻撃してください。

さぁ急がないと被害が増えるだけです!」

 

 ニヤリとダンディーに笑うコッヘル様……この渋さは年齢を重ねないと出せないな。

 

「おぅ!皆、聞いたか?ドラゴンなんてデカいトカゲだとよ。しかも腐ってやがるんだ。俺たちなら勝てるぜ!

ヨシ、全員槍を装備だ。奴を取り囲んで攻撃するぞ、味方の敵討ちだぜ!」

 

 小隊一つは全滅してしまったが貴重な時間を稼いでくれた。

 

「ロッテさん、行こう!」

 

「ん、僕はどこまでも君と一緒に行く。君は必ず僕が守る」

 

 モーニングスターを軽く持ち上げて、端から聞けばプロポーズみたいな台詞を言われた……

 

「嬉しいけど多大な誤解を周りが……いや、ありがとう。それじゃ行くよ!」

 

 自分も槍を一本貰いゾンビドラゴンに向かって走りだす。

 奴は悠然として僕らが近付いてくるのを待っているが、その余裕が僕らの付け入る隙だと教えてヤルよ!

 ゾンビドラゴンの手前8mで止まる、この距離なら尻尾の一撃は届かない。

 

 見れば見るほどに腐りかけてるな……顔も右側が腐り落ちていて頭蓋骨が丸見えだし眼球も無いぞ。ん?眼球が無い?

 

 試しに右側に回り込むと僕の動きに合わせて首を動かした、つまり死角があるんだな。

 

「皆、コイツ目の無い右側が死角だ!僕らが左側から牽制するから死角から攻撃してください。鱗の無い部分に槍を刺して!」

 

 そう言って今度は左側に移動する……ヨシ、首を回して僕らを見てるな。

 

「ロッテさん、兵士たちの攻撃に奴が注意を向けたら攻撃するよ。ロッテさんはモーニングスターで奴の膝を砕いてくれる。

僕は槍と斧を鱗の剥げた脇腹に投擲(とうてき)したらツヴァイヘンダーで同じように脚を攻める。

動けなくしてから頭を潰そう」

 

 直立すると4m近いから急所の頭部まで攻撃が届かないんだ。後脚にダメージを与えて立てないようにしないと……

 

「ん、分かった。君って凄いね、普通ドラゴンを見たら逃げ出す」

 

 尊敬の眼差しが痛い……

 

「いや、怖いよ。でもアイツ、僕か君から視線を外さない。他の奴と戦っているのにだよ。どうやら僕らに用があるらしい。

逃げ出すと後が怖そうだ、ここで倒した方が良いって思うんだ」

 

 両手の斧を握り直したが掌に汗がビッショリで気持ち悪い。

 

「そうね、妖魔は良くも悪くも君に惹かれる。君は私たちの特別だから……」

 

 特別?精気が?女性妖魔以外にも?会話しながらも奴の左側に移動しながら隙を窺う。

 なるほど、僕を見つめる瞳が情熱的だね、思わず食べちゃうみたいな?涎たれてるぞ、いや腐液?

 死角の兵士たちが攻撃を開始したみたいだ。奴の注意が一瞬逸れる。

 

「チャンスだ!」

 

「チャンス?」

 

 しまった、こっちには無い言葉だったか?攻撃した兵士たちから注意を逸らすためにも攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 接近して右手の斧を奴の左膝目がけて振り下ろす!

 

「ヨシ、刺さった!」

 

「追撃!」

 

 ロッテさんのモーニングスターが斧ごと左膝を粉砕する。たまらず悲鳴を上げるドラゴンゾンビ!

 

 マズい、膝を曲げたのは尻尾で攻撃する気か?残りの斧を奴の顔目がけて投げつけて後に後に下がる!

 顔を仰け反らせて避けたせいか尻尾の軌道が上に逸れた。風を切り裂いて頭上を通過する尻尾は確実に即死級の破壊力がある。

 

「あ、危なかった……当たれば即死だったね」

 

「左脚は潰した、次は右脚……」

 

 腐ってもドラゴン、強いや……ってドラゴンゾンビは最初から腐ってるよ。オヤジギャグを言ってしまった。

 

 気を取り直して奴を観察する……左脚を粉砕したために移動が困難みたいだ、その分用心深くなって周りをよく確認している。

 故に攻めあぐねている、近付くと威嚇して尻尾を振ってくるんだ。

 投擲用の斧は二本共に使ってしまった、残りはメイスとツヴァイヘンダーだけだ。槍は消耗が激しく兵士に渡してしまったんだ。

 

「消耗戦ならアンデッドの方が有利だ。こちらの体力があるうちに倒そう」

 

 腰からメイスを引き抜き右手に構える、狙いは太さが30㎝は有る尻尾の付け根だ。

 丁度鱗の剥げている場所があるのでツヴァイヘンダーなら叩き切れるだろう。

 

「ロッテさん、僕が気を引くから自分のタイミングで攻撃して。兵士さん、牽制お願いします!」

 

 左に回り込みながら奴の顔目がけてメイスを投げ付ける。奴の手は短いから避けるには首を振らなければならない。

 僕から視線が外れたときに兵士達が腹に向かって槍を突き出す。

 ダメージを受けたことで相手を見るために体を捩った隙に尻尾の付け根にツヴァイヘンダーを振り下ろす!

 

「グォォォォォッ!」

 

 見事に尻尾を切り飛ばした。すかさずロッテさんが右膝にモーニングスターを振り下ろす。

 

「グォォォォォッ!」

 

 ロッテさんの追撃のお陰で後は手順を間違えなければ勝てる。両足を無くしたために移動はできず、尻尾が無いので距離のある攻撃もできない。

 

「コッヘル様、止めをお願いします!」

 

 ガリガリと頭を掻いて困った感じを醸し出しているが、僕だって目立ち過ぎるのは困るんです。

 

「あー……兄ちゃん、気を使い過ぎだぞ。まぁ後は任せて下がってな!野郎共、止めを刺すぞ!」

 

「「「ウォー!」」」

 

 コッヘル様の号令の下、兵士たちがワラワラとドラゴンゾンビに群がる。既に脅威は牙だけだから攻撃範囲にさえ注意すれば問題無く倒せるだろう。

 彼らを見ながら城壁から崩れただろう手頃な岩に座る。

 直ぐにロッテさんと近くで様子を窺っていたムールさんと、何故か妹さんと二人の女性も集まってきた。

 どうやら傭兵チームで逃げ出さなかったのは彼女たちだけみたいだ。

 

「ロッテさんありがとう、助かったよ。流石は地上最強種の元ドラゴン、アンデッド化しても強かった。

もっとフレッシュだったら倒せなかったと思うよ。片目が見えなくて鱗が剥げてたから何とかなったんだ……」

 

 冷静に考えて無理じゃないと思い戦ったが、実際はギリギリだった。詰めを間違えれば死んでいたな……

 

「ん、気にしないで。君を守るって僕は約束したから……でもロック鳥ゾンビにドラゴンゾンビって立て続けに大変だった」

 

 確かに濃い一日だった、普通に考えれば異常な遭遇率だ。

 

「そこ!二人の世界を作らないの!私の立場が無いじゃない!」

 

「私たちもです、遠目で見ていただけですから……」

 

 ムールさんと妹ちゃんが少し拗ね気味だけど適材適所だから仕方ないじゃん!

 

「いや、適材適所だから……今回はロッテさんが居なければ危なかったよ。

僕もコッヘル様も斬撃系だから打撃系のモーニングスターは本当に有り難かったんだ。

ドラゴンゾンビの両膝を砕いたのはロッテさんだからね」

 

 尻尾は何とか切れたけど膝は関節部分で丈夫だからツヴァイヘンダーと言えども両方粉砕するのはできなかった。

 

「皆さん凄いんですね。私たち、普通の農民だから……兄さんも青年団の皆も死んでしまって、うっ……ううう……」

 

 妹ちゃんに泣かれてしまった、確かに兄さんを最初に数を半分に減らしたらしいし、今は女性三人しか居ないか。

 連れの女性二人が妹ちゃんを慰めて泣き止むまで、僕は黙って見ているしかできなかった……

 何か分からないが下手に慰めると危険な気がしたのと、一応現在も戦闘中なので万が一の時に助けに行くためにコッヘル様たちを見てなければ駄目だったから。

 しばらく居たたまれない雰囲気だったが、ドラゴンゾンビの断末魔の叫び声が響き渡ったことで切り替えることができた。

 どうやら止めを刺せたみたいだな、兵士たちが勝鬨(かちどき)を上げている。

 

 また素材剥ぎで忙しくなるかもしれないね。

 

「何にしても勝てて良かったけど、今回は被害が大きい。ドラゴンゾンビに見張り番の一小隊は全滅させられた……一旦引き揚げかな?

でもコッヘル様の立場では洞窟を調べないで放置は無理か。やはり明日、洞窟を探検するしかないか……」

 

「まだ戦いは続くんですか?」

 

 妹ちゃんが縋るように聞いてきた、もう命懸けの戦いなんて嫌だろう、瞳に涙が溢れて今にも零れそうだ。

 

「うん、洞窟の調査次第だろうね。まだ洞窟内に敵が居れば戦う必要はある。でも被害も大きいから一旦撤収かもしれない」

 

 こればっかりは雇われ傭兵には決められないことだから正直に言うしかない。

 

「まだ終わらないんですか?」

 

 多分だが妹ちゃんたちは心細いんだろう、肉親と知り合いの死に見たことも無い敵との戦い。先の分からない遠征じゃストレスも半端無いだろう。

 

「君たちの面倒はできるだけみるから大丈夫だよ。勿論、遠征中の安全についてはだけどね……」

 

 遠征後のことは知らないけど、せめて遠征中ぐらいは気を遣ってあげよう。じゃないと農民チームは全滅しそうだし……

 

「ありがとうございます、本当にありがとうございます。私たち、凄く心細かったんです」

 

 妹ちゃんに拝むように感謝された……

 この話の流れで突き放すのはどうかと思ったので言ってしまったが、ムールさんは気に入らなかったのだろう、腕を軽くツネられた。

 前にも少し話したが自己責任の件なのは分かるが、それに気付いた妹ちゃんたちとムールさんは微妙な溝ができたみたいだ……

 ロッテさんは我関せずみたいだけどね、流石は僕っ娘クール美少女。因みに他の傭兵たちもチラホラ戻ってきている。

 

 あの、誰だっけ?

 

 悪運だか強運だかのベルガッドさんも初日一緒に見張りをしたバールさんとズールさんもちゃんと生き残っていた。

 オッサン五人組は四人に減っていたな……

 しばらくしてお祭りみたいに素材の剥ぎ取りを開始した兵士たちを横目に、コッヘル様に断りを入れて休むことにした。

 既に東の空が薄らと明るくなり始めている……

 もう夜も明けるだろうから新しいアンデッドモンスターが穴から出てくることは無いだろう。

 



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第48話

 ドラゴンゾンビ撃退の翌朝、少しだけ仮眠を取らせてもらい起きたら……

 

 砦の小部屋が修学旅行の女子部屋みたいになっていた。

 ロッテさんとムールさんは当然のように僕の両脇に寝ているし向かい側には妹ちゃんたち三人が寝ている。

 生き残りの男二人はどこにも居ないね……

 

 狭い小部屋に女の子が五人も居れば、幾ら開口が多いとはいえ匂いが籠もる。

 男は臭いのに彼女たちは全員良い匂いだ……畜生、男女で何がこんなにも違うんだ?僕だけ汗臭いって何なんだ?

 

 顔を洗うために外へ出ると、夜通しドラゴンゾンビの素材を剥ぎ取っていた兵士たちが変なテンションで挨拶してきた。

 止めを刺した彼らこそが「ドラゴン(ゾンビ)スレイヤー」を名乗れるのだから嬉しいんだろう。

 ロック鳥ゾンビと同じように肉は腐っているが鱗と骨、牙と爪は使えるはずだ。

 特に一枚が広げた掌ほどの大きさのある鱗は加工して使えば、金属製より軽くて丈夫な防具ができる。

 しばらく彼らを観察していたがコッヘル様を見付けたのでコレからの予定を聞きに行く……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはようございます。すみません無理言って休ませてもらいまして……お陰で体力は回復しました」

 

 腕を組んで仁王立ちで作業を見つめるコッヘル様も大分お疲れなのだろう。目の下に隈ができているし少し血走っている。

 

 それも当然か……

 

 コッヘル様に止めを刺すのを任せたうえに、その後の素材剥ぎ取りも手伝わなかったので頭を下げてお礼を言う。

 

「おう、早いな……兄ちゃんと姉ちゃんはドラゴンゾンビを倒すのに一番貢献したんだ。全然構わねぇぜ」

 

 ダンディーさもお疲れ具合が見て取れる……

 

「いえ、ドラゴンゾンビを倒したのはコッヘル様と領主軍です。僕らは露払いですよ、ドラゴンスレイヤーはコッヘル様です」

 

 アレの止めを刺したのはコッヘル様の必殺技で有る「回転剣舞三連」だった。

 素早くドラゴンゾンビの懐に飛び込み鋭い回転を伴う斬撃の三連続で奴の首を切り飛ばしたんだ。

 だからドラゴンスレイヤーを名乗れるのはコッヘル様だ!

 

「兄ちゃんよ……気の遣い過ぎは禿げるぜ?だが確かに助かるのが本音だ。

ロック鳥にドラゴン、倒したことは山盛りの素材が証拠だからな。骨格はほとんど全て揃ってるから、どれだけのサイズの奴かも分かる。

二匹共標準以上だ……王家や周辺諸国からも注目を浴びるだろう。

素材の半分以上は王家に献上しなきゃ駄目かもしれん。勿論、相応の見返りはあるだろうがな。

静かに生活を送りたい兄ちゃんには有り難迷惑でしかないからだろ、手柄を譲ったのは?」

 

 その通りだったが王家とかまで話が広がるとは思ってなかったぞ。

 精々がベルレの街の領主、フェルデン様から不審に思われないための措置だったんだ。

 

 悪目立ちはアリス達に危険が及ぶと思って……しかも新しい妖魔娘、グーラーのロッテさんとも知り合ってしまったから。

 

「すみません、ご迷惑ばかり押し付けるみたいで……僕もロッテさんもあまり目立つことはしたくないんです。

コッヘル様、その辺のことをよろしくお願いします」

 

 ガリガリと頭を掻いて悩んでいる、確かに仕えるフェルデン様やその上の王家に黙ってるのは厳しいのか……

 

「全てを秘密にするのは無理だ。今回は80人以上居るんだぜ、必ず兄ちゃんたちのことは広まる。

だが人間って奴は自分が不利益になることは良い辛い。今回は二匹共領主軍が止めを刺したのが良かったな。

奴らもわざわざ兄ちゃんが瀕死の状態までお膳立てしてくれたなんて言わないぜ。

勿論今回の討伐遠征の報酬以外に二匹を倒した報酬も払うから余計にだ。

傭兵連中は無理だな、兵士たちは俺からも念を押せるが彼らは基本的に今回のみの付き合いだから諦めろ。

確証の無い噂程度で収まるだろ?」

 

 まぁ兄ちゃんが脅せばアイツらだって口をつぐむさ!

 

 農民の女連中を部屋に引っ張り込んだらしいじゃねぇか!お盛んなのは良いが刺されるぜ?とか冗談とも取れないことを言われたぞ。

 

 てか、いつの間に知ったんですか?妹ちゃんたちが僕らの小部屋に来たことを……

 

「兄ちゃん、しばらく穴の見張り番を頼むぜ。

夜通し働かせたからな、アイツらにも飯を食わせて二時間くらいは休みを取らせたい。回復したら……あの穴は埋めるぜ」

 

「中を確認しないんですか?」

 

 あの洞窟の奥にアンデッドモンスターが湧き出した秘密があるのは確実だと思うんだけど……

 腕を組んで仁王立ちのまま僕を見ずにコッヘル様は説明してくれた。

 確かに洞窟は怪しい、だがアンデッドモンスターがもう居ないとは限らない。

 ロック鳥ゾンビもドラゴンゾンビも広い場所で総力で当たれたから勝てた。

 

 だが狭い洞窟内で少人数で戦ったら?

 

 多分だが負けるだろう、だから問題と思われる穴を塞ぐ。

 幸い穴の周りには何とか動かせる岩も多いので穴に落として隙間に土を入れれば完全に塞がる。

 更にその上に岩を並べれば土が崩れたら岩も下に下がるから余計に退かし難くなる。

 幾ら強力なモンスターでも山と積まれた岩を下から退かすのは難しい。

 雨が降れば詰めた土は流れてしまうから隙間無く岩を並べるのが重要だ。

 

 幸い兵士たちは復旧工事で土木作業には慣れている。

 5m×5m程度の陥没開口なら洞窟内に岩を落として並べるのは二日くらいでできるだろう。

 僕はロッテさんと少数の兵士たちと洞窟内を調べさせられると思っていたので拍子抜けした……

 だけど、それは確かに無茶なことだと分かった。もし狭い洞窟内でドラゴンゾンビと戦うことになったら?

 

 奴も尻尾攻撃はできないけど常に正面から戦わなければならないので、強力な遠距離攻撃方法を持たない僕らでは勝てないだろう。

 僕とロッテさんとムールさん、それと何故か妹ちゃん達が穴の近くで見張ることになったが、幸いアンデッドモンスターは湧いてこなかった……

 しかし妹ちゃんたちも何故、危険な見張り番を一緒にしたがるのだろうか?

 

 ムールさんが妹ちゃんを警戒して僕にピッタリ付き纏うのに困ったのは秘密だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 不死の王が眠ると噂された廃墟に滞在すること丸二日、ようやく陥没した穴が塞がった。

 結局ドラゴンゾンビ以降は穴からアンデッドモンスターが出現することも無く安全に穴を塞ぐことができた。

 人間同じ場所に滞在すると色々と不便を感じて何とかしようと思うものだ。

 何も無かった砦の小部屋はテーブルや椅子、ベッドなどが完備されて過ごしやすくなっている。

 勿論コッヘル様や小隊長クラスの連中だけだが、一般の兵士達も床に座って飯を食べずに済む程度の設備は整っている。

 

 本当に人間の適応力って凄いや……

 

「ようやくベルレの街に帰れますね。予定よりも掛かってしまいましたが、収穫はありましたから良いですね」

 

 二台の馬車にはロック鳥ゾンビとドラゴンゾンビから剥ぎ取った素材が山積みだ。これを全て売却すれば一財産だろう。

 

「簡単に言うなよ、兄ちゃん。

問題を先送りしただけだからコレからが大変なんだぜ。特に主力だった二人が抜けるんだからな、難易度は高くなるんだ」

 

 椅子に座り組んだ両手をテーブルに乗せているコッヘル様。大分疲労は取れたみたいだ……

 

「ベルレの街には他にも使い手が居ると聞いていますよ。しがない傭兵は礼金を貰ったら少しだけ豪遊して帰ります」

 

 公衆浴場の魅力にハマってますから、ベルレの街に帰ったら先ずはお風呂ですから!

 

「兄ちゃん、悪いことは言わない。

領主軍に入るつもりが無いなら直ぐに街を出るべきだ。兄ちゃんは良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎた。

フェルデン様は豪快なお方だから問題は少ないが王家が出てくると……

なんたってドラゴンゾンビとタメ張る奴を野放しにゃできねぇな、必ず勧誘されるだろう。王家の勧誘は強制と同じだ」

 

 真面目なコッヘル様もダンディーな魅力に溢れてるな。

 だが言われてみれば当然か、大隊長クラスの活躍をする連中を野放しにはしないな。

 現代社会と違い封建的なこの世界に人権なんて言葉すら無い、この提案はコッヘル様個人の僕に対する純粋な善意だ。

 

「ありがとうございます。確かに言われる通りですね、でも僕が逃げ出してコッヘル様は大丈夫ですか?」

 

 お世話になりっぱなしで迷惑まで掛けるわけには……

 

「構わんよ。

兄ちゃんは遠征軍の恩人だ、恩には報いるのが当たり前だろ?何より俺の唯一の愛弟子だ。

報酬は俺のポケットマネーから直ぐに出すしドラゴンゾンビの尻尾分の鱗は兄ちゃんの物だ。やるから持っていきな」

 

 ドラゴンの鱗か……防具には最適だよな。でも貰い過ぎじゃないかな?

 

「あの……」

 

「無表情な姉ちゃんも訳有りなんだろ?ベルレの街に着いたら直ぐにラミアの姉ちゃん達と合流して出発しろ。

なに、半年もすりゃほとぼりも冷めるだろう。そうしたら遊びに来い。分かったな?」

 

 コッヘル様は優しい目をして僕の肩を軽く叩いて部屋を出ていった。

 流石は大隊長まで駆け上がった猛者だけあり男気も溢れまくってるな。

 カリスマってコッヘル様みたいな漢のことなんだろう、お言葉に甘えて直ぐにベルレの街を出るか……

 公衆浴場は魅力的だが、風呂のためにアリスやロッテさんを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 僕は部屋から出ていったコッヘル様の方に深々と頭を下げる。

 

 師匠との出会いは僕にとって凄く有意義だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 帰りは比較的順調だ。

 

 途中でモンスターに遭遇することも無く、兵士がたくさん居るから盗賊も警戒して襲ってこない。

 積み荷はトンでもないお宝だが情報は流れてないだろう。

 三日目には遠くにベルレの街の城壁が見えた……あと半日も歩けば到着だ、長かった討伐遠征も終わる。

 前日の夜営場所の近くに小川があったので冷たいのを我慢して水浴びして体を清めた。

 デルフィナさんやアリスに汚い身体で会いたくないためにだ。

 小川の中で座り込みボロ布でゴシゴシと体を擦ると、垢がポロポロと剥がれて驚いた!

 

 どれだけ汚なかったんだ僕は?

 

 冷たい水の中だったが一心不乱にボロ布で身体中を擦ってたら寒さを感じなかった。

 でも同じことを考えていたのだろう、入れ違いでコッヘル様も布を片手に小川に来たんだ。ミーアちゃんのために身体を清めに来たんだな。

 因みに僕の水浴び姿をロッテさんがガン見していたのに驚いた!

 

 無防備な僕の安全のために自主的に見張り番をしたって建前と、綺麗になったらより美味しそうだとか何とか本音を言われた。

 砦の屋上でのキス以来、彼女は僕の精気を吸ってないから我慢の限界が近いのかもしれない。

 ムールさんには僕らが悪目立ち過ぎたために直ぐにベルレの街を去ることを教えた。

 凄く残念がってくれたが、王家からの仕官を断った場合は良くて拘束、悪くて処刑だから仕方ないと納得してくれた。

 

 やはり権力者の意に添わないと処刑なのか……

 

 それとムールさんの名前を教えてくれた。

 本来は貴族の娘は妄(みだ)りに本名を教えないそうだが、僕は特別だそうだ。

 ほとぼりが冷めてベルレの街に来たら必ず訪ねてきなさいと約束させられた。

 

 顔を近付けて囁くように教えてくれた彼女の名前は……

 

「私の名前はエレーナよ、忘れずに必ず会いに来てよね!」

 

 因みに妹ちゃんたちとは普通にサヨナラをした。彼女も僕の両脇にロッテさんとエレーナさんが居ては何も言えなかったみたいだ。

 僕としても何もできないので良かったのだが、彼女の目が一瞬光ったのが凄く気掛かりだ。

 

 僕は病んでる彼女の支えにはなれないのだから……

 



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第49話

 ようやくベルレの街の近くまで来た、あと少しで留守番しているアリスとデルフィナさんに会える。そう思うと歩くスピードも速くなるな。

 

 思えばこの世界に来てから彼女たちと、こんなに長いこと離れたのは初めてだ。

 当初は一週間の予定だったがハプニングの連続で大幅に遅れての帰還だ。

 

 だが、この討伐遠征で得る物は多かった!

 

 武術の師匠であるコッヘル様との出会い。戦いの中で打撃系武器の有効性と取り扱いを学べた。

 豊富な実戦経験、ロック鳥ゾンビやドラゴンゾンビなど早々戦える相手じゃない。

 

 まぁ、望んで戦いたくもない相手だけど……

 

 新しい出会い、絶賛没落中の貴族令嬢ムールさん改めエレーナさんと、訳有りグーラーのロッテさん。

 農民の病んでる妹ちゃんは微妙だ、正直彼女とは距離を置きたい。彼女のことを考えると何故か歩みが遅くなる。

 一度は救いの手を差し伸べたが、ずっと面倒を見るつもりは無いのだ。

 僕には守りたい相手が別に居るのだから……良いこともあれば悪いこともあるのが人生らしい。

 

 悪いことは……

 

 まず僕とロッテさんは悪目立ち過ぎた。オークゾンビ程度なら構わなかったと思うが、ロック鳥ゾンビやドラゴンゾンビは別格だ。

 幾ら止めを刺すのを他人に任せたとは言え、瀕死まで持っていったのは僕らだから注目はされるだろう。

 同行した兵士たちも僕らに対する評価はマチマチだ。

 

 コッヘル様の弟子として活躍を喜んでくれた連中も居れば、女性陣を独り占めにしている嫌な奴と嫌っている連中も居る。

 特に増援部隊の兵士たちは苦楽を共にした時間が短いからか好意的な連中は少ない。

 彼等からすれば傭兵なんて金で雇う捨て駒でしかなく、活躍されちゃ困るのかもしれない。

 本来ならば武力を示し仕官の道が開けたとなるのだけど、封印されていた妖魔のことを秘密にしているアリスや訳有りグーラーのロッテさんのことを考えると、人間の街で暮らし軍隊で働くのは無理だ。

 いつか妖魔であることがバレて迫害されるかもしれない。

 共存できるなんて甘い考えは無しだ、物凄く努力して運も味方に付ければ、あるいは共存への道が開けるかもしれないがリスクが大き過ぎる。

 じゃ誘いを断れば良いかと思えば、それも簡単には無理。

 封建的な世界で領主や王家からの誘いを断れば、不敬罪で処罰されてしまう。

 

 この世界には人権とか職業選択の自由なんて言葉すら無いんだ。

 なのでコッヘル様の個人的な厚意に甘えて、騒ぎになる前に早々にベルレの街を出ることにした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ベルレの街の正門に到着したのは正午を少し回った時間だった。

 

 先に伝令を走らせていたので出迎えの準備は完了している。準備と言っても門番に話が通っていてスムーズに街に入ることができるだけ。

 僕ら傭兵は武器を預けなければ街の中に入れないので、優先的に手続きをしてもらい順番待ちをしなくても済むくらいだ。

 戦利品や残った物資は速やかに所定の場所に運ばれて、コッヘル様以下の小隊長達は身を清めてから領主のフェルデン様に報告に行く流れだそうだ。

 僕はエレーナさんと妹ちゃんに別れを言ってコッヘル様と共に屋敷に向かう。

 昨夜のうちに別れを済ませていたので問題は少ししか無かった。

 

 エレーナさんは別れ際に軽くハグして頬に触れるくらいのキスをしてくれた。

 彼女のキツ目の甘い体臭を嗅ぐのもこれで最後かと思うと淋しくなってしまった。

 

 妹ちゃんにはその場で泣かれてしまったが、それは何とかスルーすることができた。人間は時に心を鬼にしなければならないのだ?

 

 周りの突き刺すような視線はこの世界に来る前の僕だったら死んでしまうくらいのプレッシャーが含まれていた。

 良く耐えられたと自分を褒めてあげたい。早くアリスとデルフィナさんに会って無事を知らせてなくては。

 

 コッヘル様と共に屋敷に早足で向かう、コッヘル様も早くミーアちゃんに会いたいのだろうほとんど駆け足だ。

 そんな僕の隣には外套の袖を掴むロッテさんがピッタリと寄り添って走ってるので、誤解を与えないように言葉と行動に細心の注意が必要だろう。

 もうコッヘル様の屋敷が見えてしまっている、早く考えを纏めないと駄目なんだが頭の中が真っ白だ。

 

 ロッテさんは命の恩人であり、行く宛ても無い可哀相なグーラーなのだ!

 

 そこを強調して……

 

「お兄ちゃんの浮気者ー!新しい女を連れてきたー!」

 

「主様?浮気ですか?私たちでは満足できないのですか?」

 

 門を潜った瞬間に弾丸のように飛び込んできたアリス!僕は突発的な出来事に対応する能力は低いらしい。

 何とか彼女を両手で抱き留めると追撃でデルフィナさんが右腕に抱き付いて、ロッテさんを弾き飛ばした?

 

 いや、ロッテさんはデルフィナさんの尻尾の一撃を軽く躱して飛び去ったんだな。

 ちょっと女三人で修羅場っぽい展開になってるー?

 

 いや……そんな目で見ないでください、ミーアちゃん。

 

 自分はしっかりコッヘル様の胸に顔を押し付けて抱き締められながら、僕を氷のような眼差しで見ないでください。僕にはご褒美になりません、拷問ですよ!

 

「あー……その、何だ。

兄ちゃんは浮気してないぜ。姉ちゃんは遠征の途中で保護して俺が兄ちゃんに面倒を頼んだんだ。

まぁ色々あったんで説明するから家の中に入ろうぜ。積もる話があるんだ」

 

 コッヘル様が微妙なフォローをしてくれたが、それで納得してないのがアリアリてすよ!

 俺たちは関係無い的に感動の再会を実演中のコッヘル様が恨めしいぞ。

 ミーアちゃんの肩を抱きながら家の中へ入っていくコッヘル様を見て、自分もあんな風に再会を楽しみたかったのだが只の浮気男に成り果ててしまった……

 取り敢えず着替えもせずに客間に全員集まった、勿論お茶も出ない。

 

 コッヘル様はミーアちゃんに人払いまで頼んでくれた……

 

「時間が無いから簡潔に説明するぜ。今回の討伐遠征は予想を上回る困難だった。

ゾンビだけかと思えばオークゾンビも大量発生、原因と思われる不死の王が眠ると言われる廃墟に行けば……

ロック鳥ゾンビとドラゴンゾンビが出やがった。ソイツらを何とか倒せたのは兄ちゃんと姉ちゃんのお陰だ」

 

 オークゾンビ辺り迄は問題無かったが、流石にロック鳥ゾンビとドラゴンゾンビは不味かった。ミーアちゃんですら涙目になっている。

 

「旦那様……良くご無事で……ありがとうございます。貴方が居なければ旦那様は……」

 

「お兄ちゃん、無理しないって約束したのに!」

 

「主様!あれほどモンスターについて教えたのに、何故ドラゴンと戦うなんて無茶苦茶なことを?」

 

 三者三様、感謝されたり怒られたり呆れられたり……

 

「兄ちゃんに無理言うな!

遠征に参加した傭兵たちは軍に雇われているんだぜ。戦いたくないとか勝手なことは許されない。

それに随分と気を使って俺たち領主軍に止めを刺させたんだ。

たが瀕死まで追い込んだのは兄ちゃんだ、普通なら問題無く中隊長クラスで仕官できる功績だぜ。

兄ちゃんは訳有りで軍には入らない。後は言わなくても分かるな?」

 

 一同を見回すコッヘル様……

 

「そんな実績を上げた人を軍は放っておきません。ドラゴンを倒せる人を国が野放しになんて……」

 

 代表でミーアちゃんが現状と今後の展開予想を話してくれる。ドラゴンを倒せる危険人物を放置するほど、国家は甘くない。

 自軍に囲えないなら、敵に回る可能性があるなら、排除くらいは考える奴は居る。

 

「俺はまだフェルデン様に報告してねぇ。急ぐぞ、公式に報告したら俺だって命令にゃ逆らえないんだ。

ミーア、金庫から有り金持ってこい。俺はドラゴンスレイヤーの称号を貰える、その礼は金でしか返せない。

討伐遠征の報酬をノコノコ貰いに行ったら待ってましたと拘束されるぜ」

 

 ミーアちゃんが客間から飛び出していった。急展開だがコッヘル様の話は終わらない。

 

「ラミアの姉ちゃんとお嬢ちゃんは先にベルレの街から出ろ!一緒だと目立ち過ぎる。外で待ち合わせて合流しな」

 

 大きな袋を抱えてミーアちゃんが客間に戻ってきた。

 

「あなた、家にあるだけのお金を持ってきましたわ。通貨で3000G、金の板が五枚よ」

 

 幾ら何でも8000Gは貰い過ぎじゃないのか?

 

「俺の予備の大剣を持ってこい。門番宛てに一筆書けば持ち出せるだろう」

 

 予備の大剣って……コッヘル様クラスが使う武器なら3000Gくらいするんじゃないの?両方合わせて10000G以上って貰い過ぎで怖い。

 

「いえ、貰い過ぎです。元々は80Gの報酬から始まって500Gと出来高払いで……」

 

「兄ちゃんよ、俺はドラゴンスレイヤーの称号を授かったら褒賞としてそれ以上の金が貰えるんだ。

それぐらい、ドラゴンを倒したことは凄いんだぜ。さぁ時間が無い、先ずは姉ちゃんたちが先に街を出ろ。

兄ちゃんはしばらく経ってからだ。俺がフェルデン様に、兄ちゃんは俺ん家で待機してると報告する。

必ず迎えを寄越すだろうが、兄ちゃんはミーアからドラゴンを倒す手伝いをしたら凄いことなんですよと言われ遠慮して街を出たことにする。

フェルデン様も兄ちゃんが居なければ俺が倒したと王家に報告する。んで、俺は晴れてドラゴンスレイヤーだ。

まぁ実際はそんなに簡単にはいかないと思うが、それは兄ちゃんが心配する必要は無い。

精々新しい女の言い訳を考えろよ。そしてほとぼりが冷めたら必ず会いに来い!」

 

 ロッテさんのことをアリスとデルフィナさんに説明する前に別行動となってしまった。

 合流場所だけ慌ただしく決めて女性陣は先に街から出ていった。僕はコッヘル様と風呂に入った後、玄関で別れた。

 

 別れ際、涙が溢れてしまいコッヘル様にバレないようにずっと頭を下げていた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「で?貴女はお兄ちゃんとナニしたの?」

 

「ナニ?僕は一回だけ彼の精気を吸わせてもらっただげ」

 

「そう、禁断の林檎を食べてしまったのね……」

 

 女三人がベルレの街を出ること自体は怪しまれなかったわ。アリスやロッテでは手続きが怪しいので私が纏めて行った。

 ベルレの街を出ると暫くは田園風景が続く、だが林や小高い丘も有り周りから見えない場所も結構ある。

 今は大きな岩の陰に移動して主様の新しい女を観察する。

 聞けば既に主様の精気は吸った後、あの麻薬のような精気を味わってしまえば主様の虜になってしまうのは仕方ないわ。

 

 だって私たちがそうだもの……

 

「彼は特殊、他の妖魔に見付かったら大変。私たちで守る必要がある。僕は助けてもらった恩があるから無理矢理には吸わない」

 

「お兄ちゃんは私たちが守るから平気だよ!もう他の妖魔は要らない」

 

 私も心の中ではアリスと同じ気持ちだわ。でも……

 

「貴女がラミア族のデルフィナね。彼が教えてくれた、僕の彼女だって。それで貴女がレイス、名前は教えてもらってないわ。私はグーラーよ」

 

「「グーラーですって!」」

 

 グーラーと言えば吸精妖魔の中でも上位種、流石は主様と褒めれば良いのか呆れれば良いのか……何故ピンポイントで強力な妖魔ばかりを魅入らせるの?

 排除するにしてもグーラーでは私たちでも無事では済まない。

 

「ふぅ……仕方ないわね。

アリス、悔しいけどグーラー相手では戦えば私たちでも無傷ではいられないわ。それに主様も悲しむと思う。まずは主様と合流して話し合いましょう」

 

「むぅ、お兄ちゃんが助けた相手を私たちが害したら……確かにそうだね、お兄ちゃんが悲しむ。このことは後でキッチリ話し合うからね!」

 

 問題の先送りだけど仕方ないわ。

 

 ここで主様を待って合流したら直ぐに我が家に帰りましょう。

 よく考えたら主様は長期の討伐遠征で疲れている、まずは温泉に入って疲れを癒してもらわないと。

 混浴をして体をマッサージしてあげるのも良いかしら?

 

 その後は少しだけ精気を頂いて……

 

「デルフィナ?笑顔が怖いよ?大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫てすわ。久し振りに主様にたくさん可愛がってもらわないとね」

 



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第50話

 コッヘル様と別れて真っ直ぐ城門へと向かう。

 

 ツーハンデッドソードはデルフィナさんが受け取ってくれる段取りだ、極力手間を省いてくれている。

 城門に配されている守衛たちに顔見知りは居ないのが幸いした。

 コッヘル様から貰った大剣はマジックアイテムの皮袋に入れてある、一筆書いてもらったが手紙を見せると僕らの関係が明るみに出てしまう。

 僕はコッヘル様の屋敷で待機中なのに大剣を持って外出を許可とか疑わしい。

 平静を装い守衛に割符を渡してツヴァイヘンダーを受け取って背中に背負う。

 サブ武器のメイスはドラゴンゾンビに投げつけた後で失くした。

 気に入っていたので残念だが仕方ない、また機会があれば打撃系の武器を買おう。

 守衛は事務的に流れ作業で手続きをしていたので平静を装っていれば大丈夫と思い頑張ったんだ。

 何とか問題無くベルレの街から出ることができた。

 

 城門を潜る際に「また来いよ!」ってリップサービスを言われたときは一瞬焦って硬直したけど、ぎこちない愛想笑いで誤魔化す。

 早足にならないようにキョロキョロせずに真っ直ぐ前を向いて歩く……

 悪いことはしてないのに逃げるようにベルレの街から離れた。

 

「少し寂しいな……

できればコッヘル様とミーアちゃんとは討伐遠征の成功を一緒に祝いたかたった。いや、問題を先送りしただけでコレから大変なんだっけ?」

 

 あの廃墟の洞窟と大穴だけど他の場所も崩れる危険性はあるんだよな。コッヘル様は軍を再編成してもう一度行かないとダメみたいだ。

 ベルレの街から数日歩けば到着する場所からアンデッドモンスターが湧き出すんだからな、原因を掴まないと駄目だよね。

 

 できれば手伝いたかったが、それは無理だ……今度は必ず軍に編成されてしまうよな。

 

 前回の殊勲者を傭兵扱いにはできず指揮下に置くには入隊させるしかない。ある程度歩いてから振り返りベルレの街を見る。

 

「コッヘル様、ありがとうございました」

 

 腰を90度に曲げて一礼、しばらくそのままで……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃんさ。一皮剥けた感じがしない?」

 

「そうですわね……しばらく見ていなかったので美化と贔屓を抜いても男らしくなりましたわ」

 

 相変わらず腰が低いし丁寧な言葉遣いだが、二週間前とは雰囲気が別人だわ。男らしく逞しくなったみたいね。

 ロック鳥ゾンビやドラゴンゾンビと戦ったことで、人間として男として大きく成長したのは間違いないわ。

 

「嬉しい誤算だわ。主様が成長されるのは私たちの喜び!」

 

「悲しい誤算もあるよね。一人増えたよ、デルフィナ!お兄ちゃんが成長しなかったら精気を吸い過ぎて枯渇しちゃうよ?」

 

「駄目、彼は私が守るの。吸い過ぎは認めない」

 

 街道から逸れた大きな岩の陰に居たために主様から見付からずに盗み見ているが、三人の話し合いが長く掛かったのも事実。

 太陽の位置からすれば一時間以上、話し合いをしていた計算になるわね。

 

「不毛な話し合いは終わりよ。主様が先に行ってしまうわ」

 

「大変、お兄ちゃんを追い掛けよう」

 

「同意、彼を追おう」

 

 慌てて岩陰から飛び出す!

 

「お兄ちゃーん!」

 

 機動力では飛べるアリスには敵わないわね。ビックリした主様の顔を見れたのが嬉しくて私も胸に飛び込んでいく。

 少し汗臭いが懐かしい主様の匂いを胸一杯に吸い込む。

 

「お帰りなさい、主様!」

 

 先ほどは言えなかった言葉をようやく言うことができたわ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 先に行ってるはずのアリス達が後ろから飛び込んできたことには驚いた。どうやら大岩の陰に隠れて僕を待っていてくれたらしい。

 ようやく聞きたかった「お帰りなさい」をデルフィナさんが言ってくれた。勿論、アリスやロッテさんも言ってくれたよ。

 

 美女・美少女・美幼女とジャンル別に揃ってしまったので目立つこと……

 

 途中で擦れ違う連中が必ずガン見するので追跡されたら目撃者が多くてバレるかも。

 でも久し振りのアリスやデルフィナさんとの移動のため、話すことはたくさんあって苦にならない。

 夕方近くに夜営の場所を探したが、街道脇に小川が流れていて丁度良い空き地が見付かった。

 

 今夜はこの場所に泊まることにした。夕食の準備も女性が三人も居れば華やかだ。

 少しずつだがロッテさんも会話に参加し最初よりは和やかに……

 

「お兄ちゃんは雑穀とお魚が好きなの!」

 

「野菜も多めに食べないと栄養のバランスが……」

 

「精気回復のためにはとにかく大量に食べさせないと駄目だと思う」

 

 良くできた嫁であるミーアちゃんが慌しく出発したにもかかわらず食材を多めに持たせてくれた。

 特に雑穀粥が美味しいと言ったことを覚えてくれていたらしく、全員が食べても三食分くらい用意してくれたのが嬉しい。

 女性陣が仲良く?食事の準備をしている間は何もすることが無い……仕方なくツヴァイヘンダーの手入れをする。

 先ずはよく絞ったボロ布で刀身の汚れを拭き取る。

 腐った連中を切りまくった所為か酷く汚れていたので何回かボロ布を濯(ゆす)いで拭き取りを繰り返す。

 ボロ布に汚れが付かなくなったら乾いた布で水分を拭き取り、最後に油を薄く塗り込む。

 

 これで完璧だ!

 

 焚き火の灯りで刀身を照らすが特に歪みや傷、欠けは無さそうだ。ついでにツーハンデッドソードも同じ手順で手入れを行う。

 こちらも納得の行く仕上がりに満足した頃、食事の支度も終わったみたいだ。

 

 良い匂いが辺りに漂っている……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食のメニューは焼いた魚を解して野菜と一緒に煮込んだ雑穀雑炊、それに大量の干肉の串焼き。

 三者三様の意見が全て詰まったメニューだ、魚・野菜・肉を万遍無く食べられるからね。

 焚き火を囲み夕食を皆で食べ始める。

 

「はい、お兄ちゃん!たくさん食べて元気になってね」

 

「うん、ありがとう」

 

 素焼きの椀に山盛りの雑炊を受け取る。素焼きは熱を通し易いから熱いんだけど、アリスは不思議と平気なんだよな。

 やはり仮の肉体だからか?山盛りの雑炊をフゥフゥ息を吹き掛けながら食べる。

 塩を振って焼いた魚から良い味が出ていて美味いし、野菜も歯応えがある根菜がアクセントになって食べ始めたら止まらない。

 いつも思うが僕が食事してると皆さん見てるだけなんだよな……

 

「あの……皆さんは熱いうちに食べないの?」

 

 全員首を縦に振る。

 

「お腹空いてないの?」

 

 全員首を横に振る。

 

「ははは……」

 

 美女・美少女・美幼女から熱い視線を一身に集めて嬉しいけど微妙だ。

 

「今夜は私とアリスだけですわ。ロッテはお預け、遠征中にたくさん吸ったからです」

 

「そうそう、私たち心配して待ってたんだからね!」

 

 よく分からないが三人で話し合いは済んでいるらしい、ロッテさんも不満顔だが何も言わないし。

 

「毎回言うけどさ、程々にしてね?」

 

 黙って頷く二人だが、本当に大丈夫かな?最近自制が外れるときが多いよね?よね?

 艶っぽく僕を見つめる二人のために体力を付けようと串焼き肉に噛り付く。ジュワって口の中に広がる脂が食欲を掻き立てるぞ!

 

 とにかく体力と精力を回復させるためにたくさん食べるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その夜は趣向を変えてみた。

 

 いつもは抱き付いてキスされるのだが、今夜は三人で小川で水浴びしながら精気を吸われている。冷たくはない。

 腰から下の部分はデルフィナさんの尻尾に包まれている、端から見れば捕食のためにトグロの中心に居るみたいだろう。

 でも実際は彼女の体温を直に感じられて温かい。

 

 その状態で向かい合ってるので見事な双房が無防備に丸見えだ!

 

 最近オッサンと腐った連中ばかりの相手をしていたから感動で涙が出てしまった。

 正面から抱き付き胸板で、たわわに実った感触を味わうが首筋を甘噛みされて精気を吸われる。

 

 まさにギブ&テイク?意識がポーッとして天にも昇る気持ちだ……

 

「お兄ちゃん?昇天しちゃダメだよ!デルフィナ、ストップ。久し振りだからって吸い過ぎだよ」

 

 危うく腹上死ならぬ腹中死するところだった。

 

「えへへ、今度はアリスの番だよ!」

 

 そう言って全裸で背中に抱き付いてきた!子供特有のプニプニ感と高い体温が気持ち良い。

 

「久し振りにお兄ちゃんの味を確認します!」

 

 ペロペロと小さな舌を使い僕の首筋を舐め始める。擽ったくて気持ち良い不思議な感覚だ。

 

「嗚呼……二人に挟まれて昇天しそうだ……」

 

 僕は久し振りに意識を手放した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 イチャラブ珍道中を終えて漸く我が家に帰ってきた。半月ぶりの我が家は何も変わっていなかったが、今ならあの有名な台詞が言える。

 

「あー我が家が一番だね!」

 

 しみじみ言う感が良いんだ……

 

「君が言うと不思議だね、本当に自分の家に帰ってきた感じがする。僕には家なんてないのに」

 

 結局ロッテさんと廃墟の関係は分からなかった。本人も記憶が曖昧で何故あの場所に居たのか分からず、気が付いたらオークゾンビを倒していたそうだ。

 

「全く……本当に仕方ないから貴女を家に招いたのですよ!」

 

「そうだよ、ここは私たちの愛の巣だったんだよ。ロッテも混ぜるのは仕方なくなんだよ!」

 

 何故女性陣の話が纏まって一緒に暮らすことがOKなのかは分からない。

 だが、敢えて突っ込むよりは知らない振りをして放っておいた方が良いだろう。

 取り敢えず居間として使っている部屋に集まりテーブルに座る。

 四角いテーブルだったので椅子も三つじゃバランス悪いので四つ作ったのが良かった、全員座れた。

 

「さて、今後だけど……どうする?ベルレの街にはしばらく近寄れないよ」

 

 僕としてはほとんど自給自足も可能だが、不足の品々を手に入れるためにも定期的に集落には行きたい。

 

「ベルレの街ほどの規模はありませんが幾つか集落はあります。日用品は問題ありませんが武器や防具の品揃えは悪いですね」

 

 武器か、確かにメインの大剣は三本あるけど消耗品だから雑魚には使いたくない。

 

「うーん、武器は当分必要なくない?大剣は三本有るしロングソードもまだあるよ。デルフィナの斧も予備があるでしょ?」

 

「私のモーニングスターは簡単には壊れないから平気」

 

 女性陣の武器も当分は問題無いか……

 

「ヨシ、武器については雑魚には壊れて良いのを使おうよ。まだ余裕あるし今派手に動くのも問題だ。

僕は大剣使いとして知れ渡ると思うからしばらく鈍器を使うよ」

 

 兵士たちには大剣使いの方が知れ渡ってるから違う武器を使えば、ある程度は誤魔化せる。

 この世界に写真はないから口伝の噂しかないからな。

 

「なら偽名を使えば更に良い。君、僕たちの偽名を考えてよ」

 

 偽名?偽名か……

 

 ラミアの戦士デルフィナと噂の大剣使い、それにロッテさんも美少女鈍器使いとして噂になりそうだな。

 

「偽名か……デルフィナさん、どうかな?」

 

 この非常識の塊のメンバーの中で唯一の常識人であるデルフィナさんに聞く。彼女が効果が薄いと言ったら駄目だろう。

 しばらく考え込んでから、少し困った表情をした。

 

「在り来たりですが効果的ではあります。

ただし、偽名を使った集落にはバレたら二度と行けませんよ。偽名なんて何か良からぬことがあるから使うのですから……」

 

「ヨシ、決まり!

デルフィナが言うなら大丈夫だよ。ほとぼりの冷めるまで、規模の小さい集落に行くときだけ使おうよ。じゃ、お兄ちゃん考えてね」

 

 僕が?偽名を?

 

 飼い犬や飼い猫にポチやタマとしか名前を付けられない僕が?皆の期待に満ちた目を見れば断れないな、しばし熟考する。

 

「決めた!アリスはツンデ霊子、デルフィナさんは蛇子様、ロッテさんはゾン子ちゃんだ!」

 

 女性陣の目が明らかに失望している。

 

「嫌だった?」

 

「もう良いです、ソレで……しばらくは我慢しますわ」

 

 ヤレヤレ的に言われてしまった。だが、この偽名は僕は結構気に入って彼女たちをしばらくこの名で呼ぶようになる。

 

 僕の新しく楽しい人生は人間以外の女の子と一緒に続くんだ。

 




これにて一旦完結とさせて頂きます。続編は……テンションやアイデアの関係で今の所考えてはいません。
短い間でしたがお付合い頂きまして有難う御座いました。


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登場人物紹介

登場人物紹介

 

主人公(男)

 

 何故、こんな世界に放りこまれたか分からないが、何とか生き延びようと努力している。

 出会う女性の殆どが人間以外の異種族である異常さに動揺するも、それを受け入れられる図太い神経の持ち主。

 意図的に運を低くしているが、どうみても(女性運は)幸運なので悩み中。

 ついに専用の武器(大剣)を決めてレベルアップでは補えない技量を磨きつつある。

 

 

ツンデ霊子 

 

 本名は、アリス 種族は元人間 現レイス

 生前強力な魔法使いがアンデッド化した者。

 幼稚園の制服みたいな物を着た、金髪・碧眼のツインテール幼女。

 栄養補給は主人公の精気を吸うこと、方法は肩車しながら頭をポカポカ叩いたり髪の毛を引っ張ったりする。

 マジチューすると精神が高ぶり枯渇するまで精気を吸ってしまうので現在制御を学んでいる。

 主人公のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ、妹属性も有り。

 

 

ゾン子ちゃん

 

 本名は、ロッテ 種族はグーラー

 アラビアの食人鬼、埋葬された死体にジンが入り込んだ者で死肉を貪る。

 黒と白を基調としたゴスロリファッションで、頭に小さなシルクハットを載せている。

 短いスカートにオーバーニーソックス。

 大体パンツは縞パンで、青白を多用しているが他にも何種類かある。

 黒い瞳に黒髪のボブカット、青白く不健康な肌色だが不思議と腐敗はしていない。

 僕っ子の素直クールな美少女だが死して200年物の大変貴重なゾンビ?っ子だ。

 栄養補給は主人公の精気を吸うこと、方法は主人公をハグしながらの甘噛み。

 次章でいよいよ登場。

 

 

ヘビ子様

 

 本名は、デルフィナ 種族はラミア。

 ギリシャ神話に登場する多淫なゼウスに見初められ本妻ヘーラーに八つ当たりされ魔物化したリビアの王女がモデル。

 上半身が美しい女性、下半身がヘビ。鋼鉄製のブラジャーみたいなビキニアーマーと薄いショールを纏っている。

 金色の瞳に抜けるように白い肌、紫色の髪を無造作にバレッタで纏めている。

 栄養補給は主人公の精気を吸うこと、方法はヘビな部分を体を巻き付けてのディープなキス。

 主人公のことを「主様(あるじさま)」と呼ぶ。

 ラミア族の中では有名な戦士でもある。

 

 

ベルレ領主フェルデン

 

 家宝の日本刀のうち、脇差を盗賊に盗まれ末の息子も誘拐され殺されている。

 ダンディでワイルドなオッサンだが有能、後継者について悩んでいる。

 残った息子は二人、カインとアベル。

 だが二人とも凡庸な若者で父親からは期待されていない。

 跡継ぎを作るために後妻と妾さんを娶った。

 旧約聖書『創世記』第4章に登場する兄弟を参考にしています。

 

 

大隊長三人衆 コッヘル バラム ゴンザ

 

 領主が信頼しているオッサン三人衆。

 

 

 コッヘルは大剣使いとして主人公に剣の手解きをする。

 ミーアという幼い(結婚時12歳)後妻がいて二人の子供を儲けている世が世なら性犯罪者。

 大酒飲みだがアルコールには弱い。

 後妻のミーアを溺愛しているが、本人は隠しているつもり、でも周りにはバレバレ。

 

 

ミーア

 

 コッヘルの妻が子を成す前に亡くなったので、周りから薦められて後妻となる。

 結婚は12歳で既に二児の母。

 年上の旦那が頼り切るほどの良妻賢母である。政略結婚で自分の3倍以上の年齢差があるが本人は幸せを感じている。

 

 

王太子(名前は考え中)

 

 主人公と同じく異種族の幼女に入れあげている変態。

 彼を登場させる前に一応の完結。



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