死の外科医の双子妹の話 (四季7)
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1.フレバンスの悲劇

「将来、何になりたい?」

 

 

子どもの頃からよく聞かれるその質問に、私と、私の双子の兄であるローは、すぐに「医者!」と答えていた。2つ下の妹のラミは、医者か看護師かアイスクリーム屋かで、よく迷っていた。

 

私達の父は、フレバンスでいちばんの医者だった。母も医者で、2人はトラファルガー家が代々受け継いできた大きな病院を経営していた。そんな両親を、私達は心から尊敬し、自慢に思っていた。

 

(ローとわたしは、お医者さんになるってもう決めてるんだ!そうして、父さまや母さまといっしょに、たくさんの人のびょうきをなおすんだ。)

 

だから毎日、ローに負けないくらい勉強した。2人でいろんなことを話し合ったり、問題を出し合ったり、競ったり、時には父さまに具体的な手術の話を教えてもらったりした。ときどきラミも混ざって、一緒に勉強したり、遊んだりした。とても楽しかった。

 

きっと大人になっても、家族みんなで楽しく過ごすんだろうな、とこの時は思っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

一番下のラミが倒れたのは、突然の事だった。

 

その日、私とローはラミにせがまれ、父にも背を押され、母と3人兄妹でお祭りに行った。そして、大好きなアイスを片手に持ってはしゃいでいたラミが、突然胸をおさえて倒れた。みんなで慌てて駆け寄り、母がラミを抱き抱えて状態を見る。そして、右腕にある白い痣のようなものを見つけて、母は顔を青くし、私とローは言葉も出ないほどの衝撃を受けた。

 

体に白斑が現れ、それが徐々に広がっていき、いずれ全身が真っ白になる。それと同時に、激しい痛みが患者を苦しめる。

…ラミの症状は、当時フレバンスで急増し始めた病と、全く同じものだった。

 

それが“珀鉛病”と名付けられたのは、ラミが倒れてすぐのことだった。

 

 

 

*****

 

 

 

珀鉛病はフレバンス国内で一気に広がった。乳幼児から高齢者まで、ほぼ同時期に同じ症状が現れ、次々に倒れていった。そしてそれは、私たち家族も例外ではなかった。

 

ラミは家族の中でいちばん病の進行が早く、小さな体のあちこちに白斑が広がった。痛みを訴えて寝たきりの日が増え、日に日に衰弱していった。私やロー、両親にも、白斑が見られるようになり、かなりゆっくりではあるがそれは範囲を広げていた。幸いにも倒れるほどの痛みや発作はまだない。だが、もはやそれも時間の問題だろう。両親は、私達3人兄妹の体に白い箇所が広がっていくのを見るたびに、泣きそうな顔をしていた。

 

ラミの意識のない日が続くようになった頃、私とローは両親の目を盗んで、ラミと自分たちのカルテを探した。バレたらものすごく怒られることだったけど、「自分たち兄妹以外の他の人のは名前だけで、中身は見ないから大丈夫」という屁理屈を用意して探した。見つけたカルテによると、ラミは長くて数ヶ月、私とローは3年くらいの寿命らしい。国いちばんの医者である、自慢の父が弾き出した結論だ。きっと本当にそうなんだろう。余命の部分になると、いつもスラスラと走るように書かれている父の字が、わずかに震えていたのが印象に残っている。私とローは顔を見合せ、何を言うでもなく、黙ってカルテを元の場所へ戻した。そしてどちらからともなく手を繋いで、ラミの病室に帰った。

 

老若男女問わず同時期に発症した珀鉛病は、感染症だと恐れられた。当然、国内も国外も上から下までの大騒ぎだった。次第にフレバンスは、それまでの美しい白い町ではなく、感染症が蔓延する汚染都市として名前が広まるようになった。

 

そのパニックの最中、その後のフレバンスの運命を決定した出来事が起こる。

フレバンスの王族が突如国政を放棄し、世界政府の手を借りて国外へ逃亡したのだ。

 

国のトップが逃亡し、フレバンスは世界政府に通じる手段を失った。それで何が起きたかと言うと、どこへ助けを求めても誰も応答せず、海軍さえも動く気配がないということだ。つまりフレバンスは、王族がいなくなったために国としての機能がなくなったと見なされ、世界政府非加盟国と同列の扱いになってしまったのである。

 

対応に苦慮していた周辺諸国は、それに乗じて一気に態度を急変。一方的にフレバンスとの国交を断絶し、国境線には金網と有刺鉄線が設置され、防護服を着た兵士が常に目を光らせるようになった。フレバンスの住民が国境を越えようものなら、周辺諸国の兵たちは容赦なく弾丸の雨を降らせた。フレバンスの一般市民は完全に孤立し、檻の中に閉じ込められたのである。

病の苦しみと近づく死への恐怖に加え、王族の裏切り、周辺諸国からの冷遇。フレバンスの人々のやり場のない思いが、敵を殺さんとする狂気へと塗り替えられた。そもそも、フレバンスの人々は珀鉛病によって、残された時間は多くない。生きているうちに怒り、悲しみ、怨み、憎しみを少しでも晴らさんと殺気だつ人々が増えていった。そして皮肉にも、質のいい鉛玉や武器を生産するのに、フレバンスはあまり苦労しなかった。

 

武器を手に取ったフレバンスの人々と、国境を警備する兵士との小競り合いが頻発する中、医者である両親は、国内の他の医者と協力しあって珀鉛病の研究を続けた。医者の数は限られている。患者の治療を続けながらの研究だったため、かなり苦労していた。そしてついに、珀鉛病は感染症ではなく中毒だという結論にたどり着いた。増え続ける珀鉛病患者へのケアと治療法の研究を同時進行するためには、もう国内の医療では賄いきれなかった。すぐに父は、国外の知り合いに片っ端からでんでん虫をかけまくって事実を訴え、助けを求めた。国内では足りない医療設備や施設の確保、治療のための薬や血、さらに医療団の派遣を求めた。それが上手くいっていないことは、日に日に疲れの色が増す両親の顔を見ていれば、子どもの私やローでもわかった。

 

 

 

*****

 

 

 

ある日、私は父の診察室の扉の前に立ち尽くしていた。本当は、ラミの点滴が終わってしまうのを伝えるために診察室を訪れたのだが、中から父とは思えないほど切羽詰まった大声が聞こえ、思わず扉を開けるのを躊躇ってしまったのだ。そのため、後ろめたさを感じながらも、扉を小さく開けて中の様子をこっそりと探る形となった。

 

父はでんでん虫の受話器を握り、必死に救援を求めていた。珀鉛病は中毒だ、中毒だからこそ治療法はある、でも国内の医療では限界だから協力してほしい。そんなことを説明していたと思う。しかし、父の訴えを聞き終えたでんでん虫の向こうの人は、少しの沈黙の後、一方的に通話を終了させてしまった。相手のいない受話器を震えるほど強く握りしめ、父が悔しそうに言葉を漏らした。

 

 

「珀鉛病は、治るはずなんだ……どうして誰も取り合ってくれないっ…!!」

 

 

ガチャン!と受話器が乱暴に置かれる。驚いて後ずさったら、物音を立ててしまった。父がこちらに顔を向けて私の存在に気づいた。父は苦笑いしながら私に近づいてしゃがみ、そのまま私は父に抱き上げられる。

 

 

「ごめん、ローズ、怖がらせたね…」

「……ううん」

 

 

いつもの優しい父だった。でも、その声や表情は、疲れの色が濃かった。私は両腕を父の首に回して、父の首筋に顔を埋める。

 

 

「…ラミの点滴が、もう少しでおわっちゃうよ」

「もうそんな時間か……ありがとう、すぐに行くよ」

「……父さま」

「…ローズ?どうした?」

 

 

ぎゅ、と父の首に絡めた腕に力を込めて、父に呼びかける。私の体が震えていることに気づいた父は、焦った声で改めて問いかけた。

 

「どこか痛いのか!?」

「…いたくない……だいじょうぶ…」

「ああ…よかった……ローズ、ゆっくりでいいよ、言ってごらん」

 

父はぽん、ぽん、と背中を一定のリズムで優しく叩いて、私の言葉を待った。言っていいのか、全然分からなかった私は、なかなかその先の言葉が出てこない。忙しい上に疲れているはずの父は、それでも根気強く静かに、私の言葉を待ってくれた。私はますます強く抱きついて、震えそうになる声を必死に抑えながら、ぽつりと零した。

 

 

「……だれも、たすけてくれないの……?」

 

 

一瞬だけ、父の手が止まった。でもすぐに強く抱きしめられ、ぐりぐりと頭を強く撫でられた。

 

 

「大丈夫だローズ。珀鉛病は治る。ラミも、ローズもローも、すぐに元気になれるよ!」

「……うん…とうさまは、この国いちばんの、お医者さんだもんね」

「ああ!父様が絶対に、みんなを助けるよ。…さあ、ラミのところへ行こう。お手伝いしてくれるかな?」

「うん」

「よし、ありがとう!それじゃあ先にラミのところに戻って、待ってくれるかい」

 

 

最後にもう一度強く抱きしめた後、父は抱き上げていた私を下ろし、新しい点滴の準備に取り掛かる。私はそんな父の背中を少し見つめたあと、言われた通りにラミの病室へと走って戻った。

 

…父は私の問いに、正確には答えてくれなかった。

 

“誰も助けてくれないの?”

“大丈夫、珀鉛病は治る。”

“父様が絶対に、みんなを助けるよ”

 

父は、珀鉛病は治せると言った。でも、助けてくれる誰かのことについて、一言も触れなかった。 父のあの返事は、『誰も助けてくれない』という答えを隠す言葉だと、幼いながら私は気づいていた。

 

 

 

*****

 

 

 

ついに、大規模な衝突が勃発した。

防護服を着た兵士が、抵抗するフレバンスの住民を次々に殺している、という情報が流れた。

 

“抵抗したり反撃したりすると殺される”

“いや、珀鉛病の人間は無差別に殺されてるらしい”

“病院にいた患者は助けられて、国外に出してもらえた”

“心優しい兵士が、○○に来れば避難船を出してくれると言っていたから行こう”

“○○教会のシスターと子どもたちは、国外へ逃れたようだ”

 

真偽も定かではない情報が飛び交い、武器を持たぬ人々は右往左往した。病院や教会などには、噂に望みをかけ、助けを求める人々が殺到。しかし受け入れきれずにパンクしていくのがほとんどだった。両親の経営する病院もそうだ。両親をはじめ、共に病院を支える医者や看護師が走り回って、できる限りの人を受け入れようとした。しかし、この病院はもともと重症患者が運び込まれるような場所であったため、受け入れられたのはわずかだった。

 

 

 

******

 

 

 

外が騒がしくなってきた。まだ少し遠いが、銃声や怒鳴り声、悲鳴は確実に病院へ近づいている。閉ざされた病院の門の前に集まった人々の、助けを求める声や呻き声も聞こえる。夕方になり、次第にあたりは暗くなっているはずなのに、窓の外はオレンジ色の光でぼんやりと光っていた。焦げた匂いが、時間を追うごとにだんだんと濃くなっている。

 

私はラミの病室にいた。ローは今、兵士がどの辺まで迫っているのか、外の様子を見に出かけている。

ラミの体はほとんど白に染まっていた。髪の毛も、だんだん白くなってきている。ラミは青白い唇で、苦しそうな呼吸を繰り返していた。寝ているラミを起こすのもはばかられて、私は静かにその寝顔を見つめる。

私とローは、いちばん小さい妹が苦しむ姿を、ただ見ていることしかできない。医者になるためにたくさん勉強しても、まだ子どもだから、実際に出来ることはない。私もローも悔しい思いをしながら、唯一できることを探して、なるべくラミのそばにいるようにしていた。

 

少しして、ローが病室に戻って来た。「おかえり」と笑って私が言えば、ローもへらりと笑って「ただいま」と言う。ローは静かに扉を閉め、私の横に立った。2人でラミの顔を見ながら、話をする。

 

 

「どうだった?」

「……まだ距離はあるけど、けっこう近くまで、兵士が来てる。途中で、シスターとみんなに会ったよ。シスターが、子ども達を逃がしてくれる兵士があらわれた、一緒においで、って」

「…ラミを置いていけないよ…」

「ああ。おれもそう言った。……そしたら、避難船はまだあるから、後でおいで、って」

「……」

「……それと、シスターから伝言」

「?」

「『この世に絶望などないのです、慈悲深い救いの手は、必ず差し伸べられます。またあとで会いましょう』、って」

「……そっか」

 

 

隣に立つローを盗み見た。両の拳を強く握り締めてはいるが、ラミを見つめる硬い表情の中でも、目には少し光が見えた。たぶん、シスターの言葉に希望を抱いている、のだろう。

 

視線をローから外して、私は俯く。

…慈悲深い、救いの手。

日に日に疲れの色を増す、両親の顔を思い浮かべた。いつか、父の言葉を聞き入れて動いてくれる人が、現れるのだろうか。それは、どんな人なのだろう。想像しようとしたが、ピントが合わずぼんやりとしたままだった。

 

 

「……おにいさま…おねえさま……?」

「「っラミ! 」」

 

 

そのとき、ラミが意識を戻した。私もローも身を乗り出して、ラミに近づく。私は努めて穏やかな声で話しかけた。

 

 

「おはよう、ラミ」

「…からだが、いたい……からだが、どんどんしろくなる……!」

 

 

私の顔を見て、ラミは涙を滲ませながら訴える。今の私にできるのは、なるべくラミを不安がらせないことだけだ。怖がるラミを安心させるため、私はラミの手をぎゅ、と握る。その上から、ローも両手を重ねて握り、明るい声で答えた。

 

 

「もう少し辛抱しろ、父さまは国いちばんの名医だ。きっと治してくれる」

「そうだよラミ、もう少しだよ。父さまや母さまが、きっと治してくれるから」

 

 

そのとき、かなり近いところで銃声と悲鳴が聞こえた。私は窓の方に目を向ける。

 

 

「…ねえ……どうして、お外はうるさいの…?」

 

ラミの問いかけに、ローが引きつった笑みを浮かべ、ごまかして答えた。

 

「祭りだよ!フレバンスはいつでも栄えているから。早く元気になって、みんなで祭りに行こう!」

「……うん…!」

 

 

にこり、とラミは力なく笑って頷く。私がラミの頬を撫でると、ラミはそれに擦り寄るように身動ぎした後、また目を閉じて眠った。ローのごまかしには気づいていないようで、私とローはほっと息を吐いた。ラミはかなり衰弱していて、だんだんと音を聞き取れなくなってきている。だから、外が騒がしいことはわかっても、それが銃声や悲鳴であることまでは聞き取れていないようだった。今はそれがむしろありがたい。

 

私はローと目を合わせ、ラミを起こさないように小声で言った。

 

 

「……屋上、行ってくる。ロー、ラミをお願い」

「わかった。ローズ、危なくなる前に戻ってこい」

「うん」

 

 

お互いに緊張した面持ちで言葉を交わして頷く。そしてもう一度、ぎゅ、とラミの右手を握ってから、私はラミの手を離した。ローと場所を交代して、ローの肩を1度叩いたあと、私は屋上へと走った。

 

 

 

****

 

 

 

私が屋上に着くと、そこから目視できる距離まで兵士が迫っていた。兵士に追われた市民が、逃げ惑っている。片足を引きずる女性と、それを支えていた男性が銃殺された。その向こうでは、おじいさんと孫らしき子どもが、生きたまま焼かれている。音や悲鳴は聞いていたが、直接見たのはそれが初めてだった。吐き気がして口をおさえる。すぐ下を見れば、病院の門の前には数時間前よりたくさんの人が押し寄せていた。

 

 

先生助けて!

頼む開けてくれ!

中に入れて!!早く!!早くして!!!

ここを開けろぉ!!

 

 

銃声や悲鳴が近づき、パニックになりはじめていた。あきらめて門前から逃げ出し始めた人もいる、と思った瞬間に、その人達がバタバタと倒れた。遅れて、物陰から兵士が数人現れる。こんな近くまで来てたなんて!兵士たちは銃や火炎放射器を手に完全武装して、病院の門へと近づいてきた。誰だ、病院の患者は助けられたとか言ってた奴は。とても助けてくれるような様子ではない。急いで家族に伝えて逃げなきゃ、と私は走り出した。背後から聞こえる、たくさんの銃声と断末魔の叫びを振り切るように、私は屋上の扉を乱暴に開けて階段を駆け下りた。

 

 

 

思ったよりも兵士の動きは早い。ラミの病室の階に降りた頃にはもう、兵士がばたばたと院内を走り回っていた。見つからないように、何度か物陰に隠れてやりすごす。病院のあちこちから、物が壊される大きな音や銃声が聞こえてきた。何をされてるかなんて考えたくなかった。隙を見て廊下を走り抜けたら、仲の良かった看護師が血の海に倒れているのを途中で見つけた。驚きと恐怖に歪んだ顔で、事切れている。私は震えが止まらなかった。はやく、はやく行かなきゃ。焦りで足をもつらせながら走って、祈るような思いでラミの病室にたどり着いた。ラミの病室のドアが、壊れてる……!

 

 

「っラミ!ロー!!いる!?」

 

 

壊されたドアを飛び越えて部屋に駆け込んだら、ベッドの上にラミはいなかった。ローの姿もない。逃げ出せたのだろうか?部屋を見渡したら、血が見えた。クローゼットの中から、血が滴っている。そんな、まさか、と震える手でクローゼットをあけると、そこに、クマのぬいぐるみを抱えたラミが、血だらけで項垂れていた。

 

 

「あ、あ…そんな、ラミ、ラミ…っ!!」

 

 

手を伸ばしてラミの肩を揺らすと、ラミは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。瞳は閉じられ、額や体、あちこちから血が流れている。必死にラミの脈を測ったが、何も感じなかった。ラミは、死んでしまっていた。珀鉛病ではなく、誰かの手によって、殺された。

 

 

「っらみ、ラミ!いやあああああァァ……!!」

 

 

血まみれになるのもいとわず、ラミを抱きしめて泣いた。まだラミは温かかった。でも、ぴくりとも動かなかった。そのとき、「まだ誰かいるぞ!」という怒声が少し遠くで聞こえ、激しい銃声とガラスが割れる音が響いた。ラミの体をなるべく静かに置いて、窓に駆け寄ると、数人の兵士が発砲しながら外へ飛び出す姿が見えた。誰かを追いかけているようだが、それが誰なのかは分からない。もしかして家族の誰かだろうか。そうであってほしい、ローは、父さまは、母さまは?家族がどうなっているのか全然分からない。これからどうしようとぐちゃぐちゃになった頭で考えようとしたら、今度はこちらへ複数人の足音が近づいてきた。咄嗟に、ベッドの下へと滑り込んで隠れる。現れたのはやはり兵士たちだった。

 

 

「こっちからも子どもの声が聞こえたぞ!」

「くそ、駆除し損ねたのがまだいるのか…!」

「探せ!見つけ次第駆除だ!!」

 

 

漏れそうになる声を隠すように口を両手で押えていた私は、くじょ、という言葉に絶句した。“駆除”という言葉は、人に対して言う言葉だったか?まさか、私達は、人ではない害虫だとでも言うのか?恐怖で震えていた手が、今度は怒りで震えた。それでも、自分は子どもで、無力だ。何かやり返したくても、何も出来ない。悔しい。必死に自分を抑えて、兵士が去るのを待った。しばらくして兵士が去り、足音が聞こえないくらいに離れたことを見計らって、ベッドの下から這い出る。とにかく、他の家族が心配だった。ラミの頭を撫で、私はまた病室から飛び出す。今度はローを探しながら、両親の診察室へと走った。道中、運良く兵士とすれ違うことはなかった。別の場所へ移動したのだろうか。それでも怖かったから、所々で隠れて様子を伺いながら進んだ。やっとの思いで診察室にたどり着いたら、やはりそこも扉が壊されていた。中に飛び込んで、血溜まりに倒れる両親を見つけた。そこでもう足から力が抜けて、壊れた扉にずるずると寄りかかる。涙が止まらない。体が震える。どうにか這いずって、私は2人に近づいた。

 

 

「っ……かあさまっ……とぉ、さまぁ……!」

 

 

必死に2人の肩や体を揺さぶったが、なんの反応もなくただ揺れるだけだった。ラミと違って、2人はもう冷たかった。父さまと母さまは、お互いを庇うようにしながら死んでいた。それを理解して、私は呆然とただ座り込んだ。ラミが殺された。父さま、母さまも。ローは、どこだろう?探さなきゃ、でもどこに、もし見つけてもローまで殺されていたら、わたしは、どうしたらいいのだろう。すぐには動けなかった。

 

 

両親の亡骸のそばで、どれほど座り込んでいただろうか。ぱちんと何かがはじける音を耳が拾った。気づけば部屋中が煙ったい。はっと顔を上げて、転びながら廊下へ飛び出せば、大きな炎が見えた。辺りを見渡せば、病院内にはもう煙がかなり充満している。もう何も考えられなかった。ラミも父も母も置いて、火に飲まれる病院から無我夢中で逃げ出して、わたしは街をただ走り回った。

 

 

(っロー、ローはどこ、だれか、おとなでも子どもでもだれでもいいから、だれか生きている人は!)

 

 

あちこちに物言わぬ人々が転がっていた。

血の海に浸る人もいれば、焼け焦げた人、燃えかけている人もいた。みんな、恐怖で顔が歪んでいた。

自慢だった白い美しい街は、血と炎で真っ赤に染まっていた。生きている人間は、1人もいなかった。

 

どれくらい走ったのか、どこをどう走ったのかわからなくなった頃、見知った顔を見つけた。たくさん見つけた。シスターと、友達のみんなだった。みんな、銃で殺されていた。胸のロザリオを握りしめて地面に横たわるシスターを見た瞬間、色んな言葉が頭の中を駆け巡った。

 

 

 

『珀鉛病は、治るはずなんだ』

『どうして誰も取り合ってくれないっ…!!』

『大丈夫!父様が絶対に、みんなを助けるよ』

『……からだが、いたい……からだが、どんどんしろくなる……!』

『もう少し辛抱しろ、父さまは国いちばんの名医だ。きっと治してくれる』

 

 

(たすけるって、なおせるって、いった)

 

 

『病院にいた患者は助けられて、国外に出してもらえた』

『心優しい兵士が、○○に来れば避難船を出してくれると言っていたから行こう』

『○○教会のシスターと子どもたちは、国外へ逃れたようだ』

『シスターが、子ども達を逃がしてくれる兵士があらわれた、一緒においで、って』

 

 

(にがしてくれる人がいるって、いった)

 

 

『フレバンスはいつでも栄えているから。早く元気になって、祭りに行こう!』

『……うん…!』

『先生助けて!』

『頼む開けてくれ!』

『中に入れて!!早く!!早くして!!!』

『ここを開けろぉ!!』

 

 

(みんな、生きたいって、がんばったのに、必死だったのに、)

 

 

『くそ、駆除し損ねたのがまだいるのか…!』

『探せ!見つけ次第駆除だ!!』

 

『この世に絶望などないのです』

『慈悲深い救いの手は、必ず差し伸べられます』

『またあとで会いましょう』

 

 

「っ助けてくれる人なんて、だれもいないじゃない……っ!!」

 

 

 

……そこから先のことは、思い出したくない。

 

 

 

*****

 

 

(side.Law)

 

 

必死に逃げた。

死体の山に隠れて、国境を越えた。

家族も、友達も、帰る場所もなくなった。

全部が憎かった。おれの大切なものは全部奪われたのに、国境を越えたら、何も無かったかのように静かだった。フレバンスは壊されたのに、全部壊されたのに、世界が普通に回っていることが許せなかった。この世の全てが憎い。全部壊してやりたい。それだけしか頭になかった。

 

でもその時、死んだと思っていた妹を見つけた。

 

 

「ろー、ず……?ローズ、ローズっ!!」

 

 

数メートル先、川のそばに、もう死んだと思っていた双子の妹が立っていた。何度も大声で呼びかけたが、反応がない。よく見れば、ローズはナイフを自分自身の首に向けていた。まさか、自殺する気なのか。やっと見つけた家族を失いたくなかった。必死に走って、すんでのところでナイフを握るローズの手を掴んだ。ローズが一瞬固まっているうちに、どうにかナイフを奪って遠くに放り投げる。ナイフを奪われたローズは、それを理解した途端にめちゃくちゃに暴れ出した。慌てて腕を引っ張ったら、おれの手を叩いて走り出す。多分、ローズはおれだとわからずにパニックになってる。幸いにもローズは転んだから、すぐに追いついた。

 

 

「こないで、いや、いやああああ!!」

「っおいローズ!よく見ろ、おれだよ!ローだ!なあ!」

 

 

四つん這いで進もうとするローズの片手を掴んで無理やり引っぱり、こちらを向かせる。それでもローズは顔をあげようとせず、泣き叫びながら手を振り払おうと暴れて身を捩った。仕方なくローズの両肩を掴んで揺さぶって大声で呼びかけたら、ようやくぴたりとローズが動きを止めた。顔を上げて、やっと俺の顔を見る。ローズの頬は赤黒く腫れていて、鼻や口の端には血をぬぐったあとがあった。よく見れば、服がぼろぼろで血もついていた。何があったかなんて、子どものおれでもなんとなくわかって、ぎり、と唇を噛み締める。

 

 

「……ロー…?」

「そうだよ…大丈夫、もう大丈夫だから…落ち着け、な?」

「っ…ロー、ロー…!!」

 

 

火がついたようにわんわんと泣き出したローズが、おれに両手を伸ばして前のめりになった。それを受け止め、強く抱きしめる。みんな殺されたと思っていた家族が、生きていた。もう一度、会うことができた。それが嬉しくて、おれも泣いた。

 

 

「ローズっ……よかった、生きてて、よがっだ……!!」

 

 

そのまま、2人で抱きしめあって泣いた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ひとしきり泣いたあと、まだ泣いているローズの手を引いて歩き出した。同じ場所に居続けるのは危険だと思ったからだ。ローズは泣きながら、それでも大人しく手を引かれて歩いてくれた。歩き出してそう時間も経たないうちに洞窟を見つけて、すぐにそこに入った。ローズを見つけたことで緊張の糸が切れたのか、もうへとへとだった。火の起こし方なんて分からないから、手を握り、2人で身を寄せあって座る。

 

 

「……ケガは」

「……ほっぺは、いたいけど…他は大丈夫…」

 

 

そのまま、また沈黙が流れた。何を言えばいいのかわからなくて黙っていたら、今度はローズが口を開いた。

 

 

「……ラミ…ラミね、クローゼットにいたよ」

「……」

「ぬいぐるみ……わたし達が、誕生日にプレゼントしたやつ……かかえて……撃たれて…」

「っおれが、静かに隠れてろ、って…つれてった」

「…ちゃんと、最期まで、守ってたよ……」

 

 

ぎゅ、とローズが手を強く握ってきた。

 

 

「父さまも、母さまも、撃たれてた」

「…ああ」

「みんな、殺された…っ!」

 

 

ぐす、とローズが鼻を啜る。

それを聞きながら、おれは逃げる途中で聞いたことを、ぽろりと零した。

 

 

「……珀鉛病は、感染症じゃない」

「…?うん、父さまもそう…」

「政府はそれを知ってた」

「!」

 

 

がばっとローズが顔を上げる。目を見開いて、わなわなと唇が震えていた。その表情を見て、言ったのは間違いだったかもしれない、と少し思ったが、もう止めることは出来なかった。

 

 

「逃げる途中で、そう言ってる兵士がいた。本当かどうかはわからない」

「そんな…!もし本当なら、なんでっ…!」

「わからない……けど、もう、何も信じられない」

 

 

ローズは何か言いたげだったが、言葉を飲み込んでまた顔を伏せた。そんなローズを横目で見てから、また視線を前に戻す。薄暗い洞窟の虚空を睨みつけて、ローズと繋いだ手に力を込めた。

 

 

「……おれは、許せない」

「…わたしもだよ」

「全部が憎い」

「うん」

「全部壊したい」

「うん」

 

 

少しの沈黙の後、ローズが手を握り返す。

 

 

足りない(・・・・)よ」

「わかってる」

「……じゃあ、行かないと」

「ああ。行こう」

 

 

言葉は少ないけど、お互いの言いたいことは伝わっている。ただ逃げるしかできなかった自分たちでは、復讐も何もできない。その術を知らない。このままではすぐに殺される。でも、殺されるつもりは無い。死ぬまで、あと3年と3ヶ月。それまでに、できる限り目に映る全てを破壊する。そのためには、今のままではだめだ。

 

手を離して立ち上がる。ローズもゆっくりとは立ち上がった。どちらともなくまた手を握る。破壊するための術と場所を求め、2人で歩き出した。

 

 

 

 

【1.フレバンスの悲劇】 (終)

 

 

 

 

 

 




【メモ】

トラファルガー・ローズ

トラファルガー家長女。ローとは双子(妹)。
フレバンスいちばんの医者である父と、それを支える母を尊敬しており、自分も将来は医者になることを目指している。ローとは仲もよく、良きライバル関係でもあった。

ラミの病室でローと別れたあと、屋上で外の様子を見ていたら、病院に突入しようとする兵士を発見。急いでラミとローの元に戻ろうとするが、手遅れだった。ローともはぐれ、そのまま不運にもローとすれ違いを繰り返して会えずにいた。この後、ローズも国外へ脱出。自殺しかけたところでようやくローと合流する。ローと合流するまでにいろいろあったようだが、本人が語ることは無かった。ローと共に、残り少ない生を破壊のために使うことを決意し、再び歩き出す。




トラファルガー・ロー

トラファルガー家長男。ローズとは双子(兄)。
ローズと同様、父に憧れて医者を目指す。ローズは可愛い妹であり、良きライバルでもある。

ラミの病室でローズと別れたあと、ラミをクローゼットに隠れさせて両親の元に向かったが、既に両親は殺された後だった。そこで兵士にみつかり、ローズやラミを置いて病院から逃げ出す。実はフレバンス国内でローズとはニアミスしていたが、運悪く会うことができなかった。その後、遺体の山に隠れてフレバンス国境を越える。復讐に駆られてさまよっていた所で、自殺しようとしていたローズを偶然発見。ローズの自殺を未然に防いだ。ローズの様子から何があったのかはなんとなく察しているが、本人に聞けるはずもなく、確信はない。ローズと共に、残り少ない生で目に映るものを全て破壊することを決意し、力を得るために歩き出した。


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2.ドンキホーテファミリー

2話にして難産…小説を書くって大変ですね。

※基本は原作に沿ってますが、細かいところでアニメの描写を入れてたりオリジナルに変えてたり(発言者を変えるとか)しますのでご承知おきください。

※試行錯誤中ですが、登場人物視点のときはside.○○、とくになければ無表記です。難しい!!

【8/22 20:57 冒頭部加筆修正しました。のちのちのため…】


誰も助けてくれなかった。

家族も友達もいない。帰る場所もない。無我夢中だったが、わたしは自分の夢も自分の手で壊してしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

もう生きる意味なんてない、こんな思いするくらいなら、生きていたくない。だから、刃物を自分の首に向けた。

 

そこへ、死んだと思ったローが現れた。誰かもわからずに暴れるわたしを必死に止め、何度も呼びかけてくれた。

 

 

「……ロー…?」

「そうだよ、ローだ…大丈夫、もう大丈夫だから…落ち着け、な?」

「っ…ロー、ロー…!!」

 

 

夢だと思った。手を伸ばしたら、ローがわたしを抱きしめてくれた。夢じゃない、本当にローだ、ローが生きていた。それがわかって、大声で泣いた。

 

 

「よかった、生きてて、よがっだ……!!」

 

 

ローが泣きながらそう言ってくれた。嬉しかった。帰る場所もない、夢もない、もう生きるのがつらい。でも、ローのその言葉だけで、もう少し生きよう、ローのために生きようと思えた。

 

ローをサポートするのがわたしの役目、わたしの生きる意味。誰も助けてくれないなら、自分がやればいい。ローがやりたいことに集中できるよう、わたしがローを支えればいい。ローと一緒に泣きながら、そう誓った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ドンキホーテファミリーは、今北の海でいちばん勢いのある海賊団だ。破壊・略奪行為もするが、彼らは裏社会のビシネスにも手を伸ばし、北の海で次々に拠点を移しながらその勢力を拡大させていた。そしてここ、スパイダーマイルズに拠点を置いたのも、ラケシュという町の連中と取引するためである。

 

そのラケシュとの取引は、さしたる問題もなく順調に進んでいた。だがあまりにも順調すぎた。始めは駆け引きもあったが、今はラケシュはほぼ従順にドンキホーテファミリーの要求を飲み込む。ただ媚びへつらってるだけならそれでいいのだが、船長であるドンキホーテ・ドフラミンゴは、ラケシュの態度には裏があるとみていた。

 

その日、ドフラミンゴと最高幹部3人は、ラケシュのことについて話し合っていた。そこへ思わぬ客が飛び込んできたのである。

 

 

 

「「 海賊に入れてくれ」」

 

 

 

外が騒がしい、とピーカがぼやいたのは数分前だったか。放っておいたら、ドタバタという騒がしい足音の直後、少年と少女が入ってきた。見張りの部下が数人、遅れて追いかけてくる。

 

 

「オイ何だこのガキ共は…誰が敷地に入れた!」

 

 

たかがガキ2人にこの体たらく、相手なんぞしていられるか、とドフラミンゴが苛立ちのままに鋭い声で叱責する。顔を真っ青にさせた部下ががたがたと震えている。それさえも鬱陶しくて、ドフラミンゴが能力を使って子どももろとも部下を始末しようと手をかざしかけたときだった。

 

 

「目に入るもの、全部壊したい…!」

「あ?」

 

 

激情を押さえ込んだ少年の声。ゆらりと少年と少女が顔を上げたとき、ドフラミンゴは思わず動きを止めた。

 

よく似た顔立ちだった。兄妹と思われる2人の体には、手榴弾が巻き付けられている。今までもファミリー入りを希望する人間は山ほどいたが、爆弾を脅しに使った人間は初めてだ。しかもあの手榴弾は、ファミリーの取引で扱ってる武器。盗んだ挙句に脅しに利用するなど、子どもながら頭が使える上に度胸もある。そしてそれが成功して船長のところまで辿り着く程度には力があるのか、運がいいのか。しかし、ドフラミンゴを惹きつけたのはそこではない。2人の目だ。激しい怒り、憎悪、全て敵だと言わんばかりの鋭い目。その目にドフラミンゴには覚えがあった。

 

 

「町も、家も、人間も…!全部壊したい!」

「おれ達は“白い町”で育った…もう長くは生きられない」

「!?」

(―――なるほどなァ…)

 

 

「白い町」という単語に反応する最高幹部もいたが、ドフラミンゴだけは口端を吊り上げた。2人に何があったのか、おおよそのことは想像がついた。あの目も気に入った。あとはそれがどの程度のものか、試してみる価値はあるだろう。そう考えて、ドフラミンゴは2人の話に乗ってやる。

 

 

「口だけなら何とでも言える」

「ばかにしないで」「おれ達は本気だ」

「フッフッフッ…なら、その本気とやらを自分の力で示せ!おいディアマンテ、トレーボル、外で相手してやれ。こいつらの本気を見ようじゃねェか」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

(side.Doflamingo)

 

 

片足を手すりに乗せ、ワインを片手に下を覗きこむ。そこでディアマンテとトレーボルが、先程侵入してきたガキ2人の相手をしている。騒ぎを聞き付けたのか、すぐ近くでベビー5とバッファローが観戦している姿も見えた。

 

これまで、ファミリーに入りたいという輩は大人から子どもまで何十人と来ている。だが、あの2人はそいつらとは違った。うちから盗んだ手榴弾を体中にまきつけて乗り込むという酔狂な行動もそうだが、何よりもあの2人のクソみたいな目。ガキの頃のおれを見ているようだった。興味を引かないわけがない。

 

“白い町”といえば、最近滅亡したフレバンスのことだ。感染症を恐れた周辺諸国に見捨てられて滅んだというが、あの2人はその中でも富裕層の家のガキだろう。そんなガキの、全てが敵と言わんばかりの荒んだ表情に、懐かしさが込み上げる。思わず笑ってしまうのを止められない。

 

たかがガキ2人にディアマンテが本気になるはずがないのをわかってて、冷やかしついでに声をかける。トレーボルに至ってはただニヤニヤと見てるだけだった。

 

 

「――殺すなよ、ディアマンテ。ファミリーの見習いにする前の小手調べだからなァ」

「分かってるさ、ドフィ」

 

 

言い終わるや否や、ディアマンテが女のほうのガキを弾き飛ばす。女はがしゃんと派手な音を立ててゴミ山に沈んだ。ローズ!と男のほうのガキが声を上げる。それに答えるように女はすぐに片膝をついて起き上がる。しかし打ちどころが悪かったのか、まともに立ち上がれず、膝を着いたままその場に留まる。あの目はまだ死んでいない。そうしている間に、男のガキはディアマンテのほうに掛かりっきりになった。

 

不意に、女がこちらを見上げた。

ナイフのようにぎらついて血走る男のガキと比べたら、女のそれはぬとりと纒わり付くように鈍く光っている。女はじっとこちらを見上げたまま動きを止めた。こちらも目を逸らさずに観察していたら、女はにたりと笑って何かを呟いた。

 

ガシャン!と今度は男が吹っ飛ばされる。それで小手調べが終わった。飽きたのか、ベビー5とバッファローが遊びに戻る。ディアマンテとトレーボルも、ガキどもの相手をやめて倉庫に戻る。女のガキはゆっくりと、ときどき足をもつれさせながら、吹っ飛ばされた男のほうへと寄っていく。

 

 

(何を言ってたのかは知らねェが…いつまで続くか見物(みもの)だな)

 

 

女の手を借りながら男はゴミ山から抜け出した。そして体制を整え、2人で忌々しげにディアマンテとトレーボルの背を睨みつける。2人の眼には恐怖など一切なく、相変わらずクソみたいな目だった。

 

今までほとんどの者は2日もしないで逃げ出していたそうだが、果たして。ここまでおれに興味を持たせたんだ、期待を裏切ってくれるなと思いながら、おれは自室に戻った。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

(side.Rose)

 

 

フレバンスから逃げ出して約1ヶ月。盗みを繰り返して生き延びながら、これからについてローと話し合った。

 

余命宣告を受けた病気もちの子ども2人では、全てを壊したいと望んだところで、力も時間も足りない。だからわたし達は、どこかの組織の力を利用しようと考えた。破壊行為といえば、海賊だ。この辺りで活動しているのは、フレバンスにいたころに新聞で見たドンキホーテファミリー。今、北の海で勢力を拡大している海賊団。数ヶ月前のフレバンスでも、ドンキホーテファミリーが近くに来ているらしい、と噂になった。(その後すぐに王族が逃亡したり国境閉鎖が起きたりして、海賊どころではなくなったが。)

 

わたしとローは目的を達成するため、そのドンキホーテファミリーに入ることを選び、今後の計画を立てることにした。たかが子ども2人、初めはロクに相手にもされないだろう。だから下っ端に話しかけて無駄に時間を食うのはもったいない。船長、あるいは船長に近い人間に直で入団を訴えたほうが効率がいい。そう考えたわたし達は、ドンキホーテファミリーの武器庫から手榴弾を盗み出し、それを使って下っ端を脅しながら内部へ乗り込むことにしたのだ。うまくいくかどうかなんてわからなかったが、少しの可能性に賭けて行動を起こす。そしてそれは、案外あっさりと成功した。

 

その後、船長の一声で “小手調べ”が始まった。幹部の2人が相手として名指しされたが、実際に相手をしてるのは1人。なんかべたべたと汚そうな男は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて見てるだけだ。まあ、わたし達の相手など1人で事足りるから当たり前だろうが…

 

小手調べの途中で、わたしはゴミ山へ見事に放り投げられた。すぐに立ち上がろうとしたが、打ちどころが悪かったのか、視界が揺れて立つことができない。ローの声が聞こえたが、反応するのも億劫だ。当然、すぐにローは私を気にする余裕などなくなった。少しでも早くローを援護するためには、今は回復に集中するしかない。

 

ふと顔を上げたら、ドンキホーテファミリーの船長、ドンキホーテ・ドフラミンゴが、ワインを片手にこちらを見下ろしている姿が見えた。高みの見物とはいいご身分だこと。わたしが見上げていることに気づいたドフラミンゴは、笑みを深めてわたしに目を向ける。わたしも視線をそらさない。

 

何度も言うが、大それたことを言ってても、所詮わたし達は最近まで普通の生活をしてきたちっぽけな子どもなのだ。だから、この小手調べだって、勝とうが負けようがどうでもいい。ローには言わなかったが、「ドンキホーテファミリーの偉い奴に、わたし達(最低でもロー)の存在を認識させること」ができればもう成功だとわたしは考えていた。そして今、面白可笑しそうに幹部2人はわたし達を弄んでいるし、船長のドフラミンゴもそれを見て楽しんでいる。こうやってわたしがドフラミンゴを見つめれば、彼はオマケ程度のわたしからも目をそらさない。何かの歯車がうまく噛み合ったのか、おそらくドフラミンゴはわたし達に、ローに何かを見出して試してる。さらにさっきの言葉からして、わたし達をすぐに殺すつもりもなく、見習い程度にはしてくれるらしい。熱くなっているローは知らないが、こうなったら後はもう、こっちの思うように進むはずだ。わたしは顔がにやけるのを止められなかった。

 

 

「わたし達の勝ちだ」

 

 

意味もなく声に出して呟いてしまう。身体中は痛いけれど、私は気分が良かった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ローとローズは、少し遅れて幹部達が向かった部屋に入った。中に入ると、さっきまで小手調べの相手をしていたディアマンテとトレーボルがいるだけで、ドフラミンゴや他の幹部の姿はない。双子は扉の近くに立ち止まって、座っても背の高い2人をギロリと睨みあげた。先にローが口を開く。

 

 

「…さっきの船長は?」

「ドフィがいちいち新入りの相手するか」

「んねー、さっき“白い町”って言ったなァ?んーんーお前らが死ぬのはわかったよべへへへ!いつ?んねーんねーいつ死ぬんだ!?」

 

 

ディアマンテがサングラスを下げながら、半笑いで言い捨てる。ローズの前に座っていたトレーボルは立ち上がると、にやにやといやらしい笑みを浮かべてローズに近寄る。そして前かがみになって、自分よりずっと背の低いローズの顔を覗き込み、不愉快な程に顔を寄せて問いかける。ローズは少しも表現を変えず、ただ静かにトレーボルの顔を見返して、淡々と答えた。

 

 

「3年と2ヶ月後」

「んー?医者がそう言ったのかァ?」

「医療データを見ればわかる。死んだ両親が医者だった」

「べっへへへ!それを盗み見たってかぁ!」

「ウハハハ!賢いガキどもだ!」

 

 

余命の話をズケズケと聞いてきて、それをゲラゲラと笑うあたり、外道だな、とローズは思う。それと同時に、ここに来たのは多分正解だったとも思っている。さっきの小手調べで、自分たちと同じくらいの子どもがいるのを見かけた。このまま進めばあの子ども達と同じ扱いになるだろう、とローズは踏んでいる。そのためには、ここで動じたり、怯んだりしてはいけない。それはローもわかっていた。だから何度も一貫して、自分たちの主張を繰り返す。

 

 

「こうやってる時間ももったいない。わたし達にはタイムリミットがある」

「だから3年以内にたくさん殺して…全部ブッ壊したい!!!」

「ウハハ!!!頭のネジ飛んでるなァコイツら!――まァ、ウチはガキでも受け入れはする。が、今まで100人は来たが、殆どは2日以内に泣いて逃げ出した」

 

 

ディアマンテはそこまで言って、組んでいた足を戻す。双子を値踏みするようにたっぷり眺めてから、身を前に乗り出し、びっと人差し指を突き出してローとローズを指差した。

 

 

「さァ、お前らはどうだろうなァ?いいか、お前らはまだあくまで“見習い”だ。ウチに入りたきゃしぶとくへばりつけ、クソガキども」

「べへへ……ドフィは子どもでも気にしねェ。うまくやりゃあ出世も早いが、使えなきゃそれまで…ま、頑張りな」

「…言われなくても噛み付いてやる。ていうかいい加減離れてウザい!」

「いってェ!鼻出るわァ!」

 

さすがに痺れを切らせたローズが、相変わらず不愉快な程に近いトレーボルをべしっと払い除ける。げらげらと笑ってトレーボルは離れ、素直にソファへと戻った。そのとき、双子の後ろから子どもの声が響く。

 

 

「ニーン!!!トレーボル様ぁ、ディアマンテ様ァ!」

「コラさんが…って あァ!さっきの子ども!!」

 

 

振り返ると、さっきの小手調べで近くにいた子ども――ベビー5とバッファローがいた。こちらを指差して驚くベビー5に、ローズはだれ、と言いたげな目を向け、お前もガキだろ、とローはジト目で睨む。

 

 

「私ベビー5!こっちはバッファロー!あなた達の名前は?ファミリーに入る?いつ入るの?そういえば2人とも顔がすっごく似てるけど きょうだい?」

 

 

窓から室内に飛び込んできたベビー5が、その勢いのままキラキラと楽しげに質問を畳み掛けた。ローはぺらぺらと喋る彼女の相手をするのが嫌そうなので、代わりにローズが答える。

 

 

「…ローズ。そっちはロー。兄妹、というか双子」

「ふたご!?へー、初めて見た!!ふたごって男と女でもそっくりなんだね!!」

「んぐぐっ…ベビー5っ、お喋りは後だすやん!」

「あっそうだった!トレーボル様、ディアマンテ様、コラさんが帰ってきたよ!」

 

 

バッファローが窓枠に引っかかって焦りながら促すと、ベビー5は本来の目的を思い出し、幹部2人のほうへと走り寄って報告する。報告を終えたところでバッファローがようやく窓を通り抜け、ごろごろと転がりながらベビー5の横に並び立った。そのまま2人は振り返って外に通じる扉の方を向き、にやにやしながらじっと扉を見つめる。外の階段を誰かが登ってくる音が聞こえる。ディアマンテはベビー5とバッファローを指差しながら、双子に目を向けた。

 

 

「そいつらもガキだが、入団希望の“生き残り”だ…!うまくやれば、お前らと同年代のオトモダチってわけだ。そして、今帰ってくるのが…」

 

 

がちゃ、と扉が開いた。

 

現れたのは、大男だ。黒いふわふわなコートを羽織った、ピエロのようなメイクの大男。

だが扉を開けて1秒もしないうちに、その大男は何も無いところでズテーン!と派手にひっくり返る。とたんにベビー5とバッファローが大声で笑い出した。

 

 

「っきゃははははは!!こけたー!!」

「やっぱしコケただすやーん!!」

「「こっけた♪こっけた♪こっけた♪」」

 

 

心底楽しそうに、リズムに乗って“コラさん”が転んだのを囃し立てる。ローは表情を変えずに冷たい目で大男を見下ろす。ローズのほうは少し困惑してトレーボルとディアマンテのほうを見たが、2人は囃し立てる子どもを咎めることもなく涼しい顔のままだ。いつものことなのだろうか、とローズも大男に視線を戻すと、ちょうど立ち上がった大男がベビー5とバッファローを叩き飛ばす瞬間だった。数mくらい飛ばされてベビー5は床に倒れ、バッファローは壁に頭を強打する。ローは少し目を見開き、ローズは顔を引き攣らせて、片足をわずかに引いた。

ベビー5とバッファローは素早く立ち上がった。それぞれ叩かれた頬が赤く腫れているのにも関わらず、なぜかその顔はにやけたままだ。そのまま2人はいそいそと小走りで隣の部屋へ姿を消した。大男はドアの近くに立つ双子には目もくれずに歩を進め、ソファに腰を下ろした。幹部たちもただ黙って大男を迎える。突然現れた大男を、ローとローズは緊張した面持ちで見つめる。

 

 

「コラソン…!仕事は無事終えたのか?」

「……」

「なら売上をこっちへよこせ。金のことは誠実でなきゃいけねェ」

 

 

ディアマンテが大男――コラソンに問いかけると、コラソンは黙って頷いた。言われた通りにコラソンは黒いアタッシュケースをトレーボルに渡す。トレーボルはそれを受け取ると鍵を開け、ディアマンテと共に金の勘定を始めた。

 

そこへ、隣の部屋からベビー5とバッファローが戻ってきた。ベビー5が持つお盆には、紅茶の入ったカップがある。「コラさん、紅茶です!熱いです!」と言ってベビー5が差し出すと、コラソンはカップを受け取ってそれに口をつけた。が、すぐに吹き出してソファごとひっくり返る。ベビー5とバッファローがまたげらげらと笑って馬鹿にしている。今度はコラソンが手を出す前に2人は逃げ、掃除用具を持ってくると、テキパキとコラソンが割ったカップと汚れた床を掃除し始めた。暴力は振るうが、どうやらコラソンは2人に慕われて…というより、2人にからかいの対象にされているらしい。コラソンは立ち上がり、自分でソファを戻すと、何事も無かったかのように座り直して足を組んだ。

 

そうしてやっと、コラソンは双子へ目を向けて動きを止めた。ますます訳の分からないコラソンという男を、双子は注意深くじっと見つめた。コラソンもまた、サングラスの奥から双子をじっと観察した。なんとも言えない空気の中、ディアマンテが札束を数えながら口を開く。

 

 

「あー……ローズと…ローっつったか?今帰ってきたそいつも、おれ達と同じ幹部だ。名前は“コラソン”。注意力が足りねェマヌケだが、血筋のせいか腕は立つ」

 

 

ゆらりとコラソンは立ち上がって、ロー達にゆっくりと近付いた。ローズは両手を強く握りしめ、目を見開いてコラソンを見上げる。ローはコラソンのほうを気にしながら、ローズにも気を配った。コラソンがベビー5達を叩き飛ばしたあたりから、ローズの様子がおかしい。“小手調べ”でゴミ山に放り投げられても特に変化はなかったのに、コラソンのあれで怖気づいたのだろうか。とにかくローズの変化が気になった。ディアマンテは数え終えた札束をアタッシュケースに戻しながら話を続ける。

 

 

「コラソンは船長ドフィの実の弟だ。昔ショックな事件があったらしく、口は利けない。あとは…」

 

 

そこまで言って急に言葉が止まる。なんだと思って双子がつい視線をディアマンテに向けてしまった。そうしたら、ディアマンテとトレーボルがにたりと笑うのが見えた。それに気を取られたのが失敗だった。あっさりとローはコラソンに頭を鷲掴みにされ、ひょいと持ち上げられてしまったのだ。目を白黒させて驚くローとローズを嘲笑いながら、ディアマンテはもったいぶって言い淀んだことを早口で吐き捨てた。

 

 

「子供嫌いだ。気をつけろ」

「っロー!!!」

 

 

ローが窓へ投げ飛ばされたのはその直後だ。

投げ出されたローは窓ガラスを突き破り、デッキも手すりも通り越して、遥か下へと落ちていった。ローズは叫んで、すぐにローを追いかけようとするが、それをコラソンは逃さない。今度は後ろからローズの首を引っ掴むと、同じように窓へと放り投げて下へと落とす。

 

ベビー5とバッファローは割れた窓に駆け寄り、双子が飛ばされた方を覗き込んで顔を青くした。

 

 

「わ!!しんだ!!」

「鉄山につっこんだだすやん!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

ローは激しく痛む体にむち打ちながら、どうにか四つん這いになった。少しの時間を置いて、ローズも近くに落ちてきた。鼻血が流れ、グラグラする頭に手をやるとこちらも出血していて、ぬるりと手に血がついた。キッと建物を睨みあげれば、コラソンが器用に手すりの上でしゃがみ、タバコに火をつけながらこちらを見下ろしている。そのままなぜか火がコートに燃え移って火達磨になりかけたコラソンは、デッキへと転げ落ちてフェードアウトした。その後ろでピーピーうるさいガキの声と水音が聞こえる。

 

 

(くそっ……くそ、くそ…ッ!なんだあのイカレたやつ!!殺してやる!!!)

 

 

ローの頭の中は、コラソンという男への怒りで満たされた。馬鹿みたいなドジばかりする、ピエロのようなメイクをした変な大男に殺されかけたのが、とても腹立たしかった。

 

だが、今は傷の手当てをしなければ危ない。ローは立ち上がり、痛むからだを引きずりながらローズの方へと移動した。ローズも意識はあるようで、四つん這いになって荒い呼吸を繰り返していた。

 

 

「大丈夫か?」

「っ!あ、ろ、ロー?ごめ、っ…ごめん、なんでか分かんない、わかんないけどっ…」

 

 

肩に触れて声を掛けた途端、ローズは大袈裟なくらいに体を跳ねさせて、驚くほど素早くローから距離をとった。しかし自分に触れたのがローだとわかると、ぼろぼろと泣き出して分からないという。顔は真っ青だ。まさかと思って、ローズに断ってから彼女の体のあちこちを見たり触ったりして、骨の様子を確かめる。 一通り確認して、とりあえず骨折はないとわかってから、ローは泣きじゃくるローズを抱きしめて頭を撫でた。ローズはローの服を握りしめ、震えながら黙って泣いていた。早く手当てもしたいが、妹が落ち着くまではしばらくこのままでいよう、とローは思った。

 

 

ローは、再会したときからずっと、ローズの態度が少しおかしいことに気づいていた。しかし、何をどう聞けば妹に余分な傷をつけずに済むのか、何度考えても答えは見つからない。

 

再会した直後のローズの様子や状況を見れば、ローズの身に何があったのかはなんとなく分かった。でも、それだけじゃない気もしている。それが何かを本人に聞こうと思っても、聞き方が分からない。そもそも、聞いてはいけないことだとも思える。けれど、気づけばあの日から、夢に魘されて涙を流すローズを近くで何度も見ていると、やっぱり助けてやりたいと思い、また同じ思考のループに陥る。そのままずるずる過ごして、今日。コラソンと関わってから、ローズがますます不安定になった。ローズ本人も、何故自分がこれほど動揺しているのかが分からずに混乱している。夢に魘されるローズが泣くことは何度かあったが、起きているローズが泣いたのは、再会した時以来、初めてのことだった。

 

 

フレバンスから逃げ出し、奇跡的に再会してから約1ヶ月。ただ妹を抱きしめて頭を撫で、宥めることしかできない自分の不甲斐なさに泣きたくなった。

 

 

 

 




【メモ】

トラファルガー・ローズ

死にたかったけどローに「生きててよかった」と言われて死ぬのやめた。本当は生きることなんてどうでもいいけど、寿命までローのためだけに生きようと思ってる。ローと別れさせたら、すぐに自殺すると思う。
コラソンがベビー5達に暴力をふるう姿を見てなんかのスイッチが入った。本人も予想外のことで驚いている。
フレバンス脱出後、悪夢に魘されて泣く姿をローに何度か目撃されている。自分が悪夢を見て泣いていることはローズも自覚してる。目を覚ますと、たまにローが自分を抱き寄せててくれたりしてるから、ローに気づかれていることも知ってる。でも言いたくないしローも何も言ってこないから、黙ったまま兄の優しさに甘えてる。



トラファルガー・ロー

今は破壊か復讐か妹かで頭がいっぱい。手榴弾のことを最初に発案したのはこいつです。再会してから妹の様子がおかしいのが気になってる。でも聞けなくて悩み中。たぶんこの先ももだもだ考えて、結局何も聞けない。


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3.すれ違い

 

 

 

side.Rosinante

 

 

金の受け渡しを終えて戻れば、また子どもが増えていた。心は痛むが、いつもの方法でその2人を追い払うつもりだった。

2人はおれをじっと見つめている。おれもサングラス越しに彼らを見る。その瞬間、ぶわりと鳥肌が立った。ぞっとした。同じ目だ、あのときの兄と。この2人は、昔の兄と似すぎている。頭の中で警報が響く。あの日、最期に笑った父の顔と、兄の恐ろしい目と叫びと銃声が、脳裏に蘇る。

 

 

 

(ーー駄目だ。この2人は絶対に、早く追い出さなければ…!)

 

 

 

兄と同じ道を行かせては行けない。そう思ってすぐ、おれは2人を外へ放り投げた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ねーバッファロー、あの2人が来てどれくらいたった?」

「あと少しで1週間だすやん」

「あの2人、ファミリーに入れるかな?」

「さあ?」

 

 

 

ベビー5とバッファローが並んで座り、アイスクリームを食べながら話す。2人の視線の少し先には、海の方を向いて並んで座る2つの白い影がある。6日前、ファミリーに入りたいと爆弾を体に巻きつけて乗り込んできた、ベビー5達と同じくらいの子ども。双子で、名前はローと、ローズ。間もなく1週間が経とうとする今でも、双子はまだアジトの周辺にいた。いつもの入団希望者に比べれば、とても粘り強い。その2人の背中を眺めながら、ベビー5とバッファローは話を続ける。

 

 

 

「あのとき…若様とロー達が話してたときにさ、全部ぶっこわしたいとか、すごいこと言ってたよね」

「言ってた言ってた。あとはー…“白い町から来た”とか…なんのことだすやん」

「知らなーい。それにさ、長くは生きられないとも言ってた!2人とも元気そうなのに。なんで?」

「さあ……」

 

 

 

2人で顔を見合わせ、首を傾げる。

 

双子が船長のドフラミンゴのところまで行った時、騒ぎを聞きつけた2人は、部屋の外でこっそりと会話を聞いていたのだ。血気盛んな同年代とだけで、それはもうたいへんな関心を抱いた。その後すぐに行われた小手調べで、口の割には自分たちより弱っちかったから、結局は期待はずれだったのだが。

 

少しすると、ベビー5は溶け始めたアイスクリームと格闘を始め、それどころではなくなった。その横で、既に食べ終わって指についたアイスクリームを舐めとっていたバッファローが、新しい人影に気づく。そして心底気の毒そうな声を上げた。

 

 

 

「あー……またコラさんにやられてるだすやん…」

「うっそ、また?」

 

 

 

食べることに集中していたベビー5が顔を上げる。ちょうど、コラソンが1人をぶん投げているところだった。白い帽子をかぶっているから、あれはローか。ローズの姿はもうないから、多分先にやられたのだろう。

 

 

 

「あーあ…けっこう吹っ飛んだね、あれ」

「……そういえばコラさん、あいつらへのあたり、けっこう強いだすやん?」

「あ、バッファローもそう思う?いつもより強いし、ちょっとしつこいよねぇ。なんでかな?」

「めずらしく1週間もいるから……?」

 

 

 

どうにか食べ終わったベビー5が、唇についていたアイスクリームをぺろりと舐めとって、バッファローを見上げる。バッファローは自分の服で手を拭きながら、ベビー5の顔を見下ろす。しっくりきたような、そうでもないような。2人でまた首を傾げた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

双子がドフラミンゴに入団を迫った日から、ついに1週間が経過した。

 

最初はコラソンの暴力に取り乱していたローズだったが、その次の日にはもうけろりとしていて、それ以降取り乱すことはなくなっていた。根本的な原因が分からず何も解決していないから、とりあえずローはなるべく妹から離れないようにして様子を見ていたが、大きな変化はなかった。

 

見習いになって1週間。特に何かを任されるわけでもない。1日に何度かコラソンの暴力を受けて(たまに逃げたりして)過ごした。コラソンの存在自体が、子どもの入団希望のふるいにでもなっているのだろうか。双子にとっては、憎悪や復讐の感情、破壊の願望が何よりも勝っていたから、コラソンの暴力の痛みや恐怖などなんの意味もなかった。むしろ、コラソンへの復讐心が加わって、クソみたいな目にますます磨きがかかった。

 

 

 

「ご飯の時間だすやーん!」

 

 

 

海に近いゴミ山のてっぺんで双子が寄り添って座っていたら、アジトの方からバッファローの大声が響いた。1週間ここにいるが、ご飯の時間だと号令がかかるのは初めてのことだ。不思議に思いながら、2人は振り返ってアジトの方を見る。

 

1週間前のあの日以来、船長のドフラミンゴには会えていなかった。何度か侵入を試みても、さすがにもう成功しない。食事時を狙って行くこともあったが、ドフラミンゴの姿はないし、その他の奴にもほぼ相手にされない。むしろ飯をたかりにきたと思われた上に、面倒臭そうな顔で余り物(生ごみレベルのものも含む)を投げて寄越された。勘違いされるのが不愉快なので、よっぽどのことがない限り、食事時には近づくまいと双子は決めていた。

 

少し遠くにあるアジトをよく見れば、幹部らしき連中がばらばらと室内へと移動する姿が見えた。そのいちばん最後をゆっくりと歩くコラソンの姿を見て、思わずローは顔を顰めて歯ぎしりをしたし、ローズは目を細めて睨んだ。扉の向こうにコラソンが消えたのを見届けてから、ローズが口を開く。

 

 

 

「…幹部が集まってるね。昼ごはんのついでに、なんかの話し合いでもするんじゃない?」

「だろうな。なら船長のドフラミンゴもいるかもしれない。行こう」

 

 

 

そうして、2人はアジトへと走っていった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ここにいたのか」

 

 

 

双子が扉の前まで来たところで、後ろから声をかけられた。振り返ると、幹部のひとりであるセニョール・ピンクが立っていた。

 

 

 

「ドフィが呼んでる。お前らに聞きてェことがあるってよ」

「へえ。やっとお話してくれる気になったんだ?」

「ちょうどいい、こっちも聞きてェことがある!」

 

 

 

1週間前と変わらない態度の2人に、ここまで気の強い子どもも珍しい、とセニョールはある意味感心する。双子が侵入した事の顛末を、セニョールは人伝にしか聞いていないが、それでもなんと恐れ知らずの肝の据わった子どもなのだ、と舌を巻いたものだ。まあ、()()()()()()()から来たというから、そのようにならざるを得ない環境だったと言ってしまえばそれまでか。フレバンスで起きた悲劇を耳にしたことがあるセニョールは、顔には出さずに双子に同情する。

 

ついて来いと言いかけて、双子の背後に迫る影に気付いたセニョールは、つい口を閉じた。コラソンだ。にゅっと手を伸ばして双子の頭を掴み、いつかのように鉄山へと2人を放り投げた。宙に舞う2人が鉄山へ突っ込むのも見届けずに、コラソンは室内へと踵を返す。それをただ黙って見ていたセニョールは、わざわざ戻ってきてまで2人を投げ飛ばすコラソンの背中へ向けて、ため息交じりに呟いた。

 

 

 

「半端ねェな、コラソン…お前の子ども嫌いも」

 

 

 

セニョールは一応下を覗きこんで、双子の安否を確認する。2人とも生きてるし、およそ子どもらしくない、今にも噛み殺さんばかりの顔でこちらを見上げている。あれなら世話を焼かなくとも大丈夫だと判断したセニョールは、声をかけることなくコラソンに続いて室内へと入った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「――裏切りの代償は払ってもらう。始めるのは明日の10時だ。準備しておけ」

 

 

 

コラソンに投げ飛ばされた2人が、やっとの思いで食堂にたどり着くと、中からドフラミンゴの声が聞こえた。期待通りの展開で、双子は顔を見合わせて頷き合う。

 

扉を開けて中に入ると、既に昼食は始まっていて、ベビー5達も含めて幹部全員が揃っていた。ローは奥の方に座るコラソンを見つけて、飛びつかんばかりに睨んだ。ローズは室内にいる人間を一通り見渡し、ジョーラに目をとめた。以前食堂へ忍び込んだときに、飯をたかりに来たと勘違いして対応したのがジョーラである。ローズは顔を顰めた。当の本人は、薄汚い双子の入室に気づくと、やはり不愉快そうな顔を隠さずに語気を強めて言った。

 

 

 

「食事中になんの用ざます?なんてマナーの悪い…!さっさとつまみ出すざます!」

「呼ばれたから来たんだけど?」

「嘘おっしゃい!」

「よせ、ジョーラ。おれが呼んだ」

「えっ?若様が!?」

 

 

 

ジョーラは言い返してきたローズの言葉をぴしゃんと跳ね除けたが、まさかドフラミンゴがローズの言葉を肯定するは思わなかったため、目を点にする。ほら見ろ、と言わんばかりにローズがふんと鼻を鳴らしてジョーラを見るものだから、今度はジョーラが顔を顰めた。

 

 

 

「べへへっ!!んねーんねーローにローズ!!もう一週間だ、出ていく気になったか?ここに来てからコラソンにずーっとやられっぱなしだもんねー!!」

「ガキも逃げ出すが大人も逃げ出す。お陰でウチは精鋭揃いよ!!能力もねェガキがどこまで耐えられるか」

 

 

 

トレーボルとディアマンテの煽りに、返す言葉もないローは眉間にしわを寄せて2人を睨む。ローズはディアマンテの“能力”が何のことか分からなくて気になったが、とりあえずコラソンのことは捨て置いて言い返す。

 

 

 

「わたし達はここで海賊になる」

「そうだ、おれ達は絶対に出ていかねェ」

「だったら、何をされても“血の掟”は忘れるな。幹部の権威を傷つけては『ファミリー』は成り立たん!!」

「おれ一度ピーカ様を笑って拷問で死にかけた!!」

「きゃははは!」

「…そんなモン恐くねェ……おれ達は地獄を見てきたんだ」

 

 

 

ピザを片手に、いちばん年長のラオGが言い聞かせるように語る。コラソンに散々やられた双子へ向けられるラオGの目は、とても厳しいものだった。コラソンに復讐しようなどとゆめゆめ思うな、とその目が語っている。血の掟を破りかけたバッファローが面白おかしく体験談を話し、ベビー5が笑う。しかし、フレバンスの悲劇を体験した双子には、今更恐れるものなど無かった。

 

双子の言い返す態度を上機嫌に眺めていたドフラミンゴが、ラオGの言葉に加勢する。

 

 

「虚勢を張るのはお前らの自由だ…だが、コラソンはおれの大切な実の弟。切り傷一つでもつけた奴には、おれが死を与える!!」

「なら、傷つけないようにお部屋で大切にしまっておけば?」

「フッフッフ…!!」

 

 

 

決して怯まず口ごたえをする双子に、ドフラミンゴの機嫌はますます上昇した。2人の目は1週間前から変わらない、むしろ輝きを増したようにも思えるから不思議だ、とドフラミンゴは思っていた。

 

それと対極にいたのがコラソンだ。追い払うつもりで双子への当たりをかなり強くしてきたが、予想以上に彼らは粘った。むしろ双子の目の危険な輝きが増し、自分が思うよりもこの双子の闇が深いことを知る結果となった。ドフラミンゴも随分とこの双子を気に入っているらしい。素知らぬ振りをして食事を続けているが、内心ではまずいなと焦りを覚えていた。

 

 

双子とドフラミンゴの会話の横で、マッハバイスはローを凝視している。ローの服はもともとボロボロだが、さっきコラソンに吹っ飛ばされた際にボタンがさらに1つ飛んで、胸元が開いていた。そこから見える肌が、妙に白い。同じようにジョーラも、ローズの破れた服の隙間から僅かに見える肩を見て息を呑んだ。肌が不自然に白い。双子を蝕む病を理解したマッハバイスとジョーラが、ほぼ同時に叫んだ。

 

 

 

「こっ、コイツ肌が白イーン!!!」

「“珀鉛病”ざます!!伝染ったら大変っ!!」

「えー!?うつる病気!?気味悪ィ!!お前らすぐ出てけだすやん!!!」

「っ……!」

 

 

 

ガシャン!と皿をひっくり返るのも構わずにジョーラが立ち上がって素早くデリンジャーを抱き上げ、『伝染ったら大変』という言葉を聞いたバッファローが双子から距離をとるように壁へ張り付く。グラディウスは動きを止めて双子を凝視し、ベビー5は周囲をおろおろと見回して困惑している。双子に近いところにいたセニョールは、その様子を見て静かにため息を吐いた。動じずに食事を続けていたのはラオGと最高幹部達くらいだ。

 

一部の海賊団の態度に、ローズは顔を青ざめて固まった。服の裾を握りしめて立ち尽くす。カチンと頭にきたローが、激情のままに怒鳴ろうとしたときだった。バン!!と力強くテーブルを叩く音が響いた。誰もがビクリと震え、食卓は静まり返る。雷のような激しい音で流れをさえぎったのは、船長のドフラミンゴだった。

 

 

 

「ジョーラ、噂程度の知識を口にするな、見苦しい」

 

 

 

静かだが鋭い声でジョーラを叱責するドフラミンゴに、ローもローズも、思わず固まった。指摘されたジョーラはデリンジャーを抱えたまま気まずそうに、それでも警戒心を解かずに双子をちらりと見る。バッファローも壁際に張り付いたまま席に戻ろうとしない。そんなバッファローにため息をついて、ドフラミンゴは言葉を続けた。

 

 

 

「見ろ、バッファローが信じた…“珀鉛病”は中毒だ、他人には伝染しねェよ」

「「っ!!」」

 

 

はっきりと言い切ったドフラミンゴを、ローとローズは食い入るように見つめる。そして彼の表情から、その場しのぎで適当なことを言っているのではないことを悟る。バッファローが何かわめいていたが、驚く双子の耳には入らなかった。

 

納得していない者もいるが、ドフラミンゴの言葉を聞いてとりあえず全員がまた席についた。ローは罵倒する言葉を飲み込み、いからせていた肩をおろして細く長く息を吐く。ローズは俯いて、腹の前で両手を握りしめた。その手がぶるぶる震えているのを見ながら、ドフラミンゴは先にローへ問い掛ける。

 

 

 

「ロー。フレバンスにはお前ら以外の生き残りはいるのか?」

「……わからねェ……逃げるのに必死だった」

「お前らは2人で逃げたのか?」

「別々に逃げた。会えたのは偶然だ」

「どうやって逃げてきた?」

「死体の山に隠れて、国境を越えた」

「フフフ、なるほどなァ……ローズ、お前はどうだ」

 

 

 

ローの返答に吐き気を催す幹部もいたが、構わずにドフラミンゴは標的をローズへと変える。ローズはほんの少し逡巡し、そして顔を上げた。今まで聞けなかった内容に、ローは息を呑んでローズの言葉を待つ。ローズはドフラミンゴを真っ直ぐ見据えて答えた。

 

 

 

「兵士に引きずられて、国を出た。あいつら、実験体にしたいって、珀鉛病の生きた人間を探してて……だからそれを利用した。国境を越えたあたりで、隙をついて逃げた」

 

 

 

ローズの言葉を、ローはすぐに嘘だと思った。正しくは、まだ何かを隠している、と感じた。ドフラミンゴも、ローズが言ったのは真実ばかりではないということを感じている。しかし自分が本当に聞きたいのはそこではない。だからローズの言葉を鵜呑みしたふりをして流し、双子にいちばん聞きたい質問をした。

 

 

 

「お前達は、何を恨んでいる?」

「「もう何も、信じてない」」

 

 

 

双子はお互いの顔を見ることなく、声を揃えて即答する。その答えを聞いて、ドフラミンゴは笑った。

 

 

 

「死ぬのもこわくねェ!!――コラソン!」

 

 

 

突然ローに名指しされたコラソンは、一瞬だけ食事の手を止める。しかし目も寄越さずにまたその手を動かし、食事を再開させた。こちらのことに構いもしないコラソンに腹を立てながら、ローは苛立ちを滲ませながら、力強く宣戦布告した。

 

 

 

「お前、調子に乗るなよ。おれは必ず、お前に復讐するからな……!!!」

 

 

 

 

――スパン!!

 

「ちょっと、バカなの!?あんたきいてた!?そんなことしたらゴーモンよ、ゴーモン!『串ざしの刑』!!海賊ナメるんじゃないわよ!!子供ってバカだから泣いて謝ればすむと思ってんのよね!!」

 

 

 

…ベビー5としては、これからファミリーになるであろう後輩のために、先輩らしく忠告したつもりだ。ところがギロリと睨むローのあまりの怖さに負けて、ベビー5はバッファローにすがり付いて泣く。

 

 

その横で、ローズはじっとドフラミンゴの顔を見つめていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

side.Rose

 

 

 

珀鉛病だと一部の奴らが騒ぎ始めた時、ローは怒りを顕にして、何か言おうとしていた。それに対してわたしはどうだ。動くことも、声を出すこともできなかった。地面に縫い付けられたように固まった。珀鉛病だと罵られ、避けられると分かった途端、わたしを支配したのは恐怖だった。

 

しかし、直後のドフラミンゴの言葉で状況が変わった。わたしは本当に驚いた。だって、今までそんな人、いなかった。父様たち以外に、珀鉛病が中毒だと知っていて、感染しないと言い切って、しかも無意味に恐れる他人を諌める人なんて、ひとりも。あの瞬間、わたしの胸にじんわりと広がったのは…

 

そこまで考えて、唇を噛んだ。認めたくない、決して認めるものか。全部失った。死のうとさえ思った。今だって、そう思っている。でも、ローが、生きてて良かったって、わたしが生きてることを肯定してくれたから、ローのために生きようと思っているだけだ。今更、真実を知る人が現れたから、なんだと言うんだ。こんな気持ちなんて必要ない、ないのに、

 

 

 

「……ズ…ローズ!」

「!あ、あぁ…ごめん、なに?」

「さっきからぼーっとして…どうした?」

「…ううん、大丈夫」

 

 

 

ローがわたしを呼んでいた。考えこみすぎて気づかなかった。大丈夫と答えたわたしを、ローが疑うように見てくるから、ローの目を真っ直ぐに見返す。しばらくお互い譲らずにいたが、先にローが折れた。ため息をついてから「しんどかったらすぐ言えよ」と言い、わたしから視線を外して歩き出す。その後ろに付いて私も歩き出す。ローはまっすぐ前を見たまま話し始めた。

 

 

 

「ファミリー入りはいつだと思う?」

「…もう少し、じゃない?幹部を集めたときにわざわざ呼び出したのは、顔合わせさせる意味もあったと思うし…ドフラミンゴの反応も、そんなに悪くない。わたし達のファミリー入りを前向きに考えている…はず」

「…やるなら、その前だ」

「………?待って、なんのこと?」

 

 

 

ローが何を言っているのか分からなくて、前を歩くローの袖を引っ張りながら聞いた。振り返ったローは、目を細めてわたしを見る。怒っているような、それでいて泣きそうな顔で、わたしはますます戸惑って言葉が出なかった。戸惑うわたしの手をローは黙って振り払い、また前だけを見て歩き始める。

 

振り払われた手がジンとしびれた。質問にも答えてもらえなかった。力が抜けるような感覚が身体中を駆け巡る。でもローから離れるわけにはいかないから、もつれそうな足をむりやり動かして、慌ててローの背中を追いかける。だんだんとローの歩調が早くなった。早歩きでは追いつかなくなって、小走りになってそれについていく。ローは苛立ちを隠さずに早口で言った。

 

 

 

「血の掟?ドフラミンゴの実の弟?だからなんだ。おれ達の親も、妹も教会のみんなも死んだのに!!あんなっ…あんなバカみたいなやつが、生きてていいわけがねェ!!」

 

 

 

その言葉でやっと、ローがさっき言っていた意味がわかった。――それと同時に、自分の愚かさに泣きたくなった。ローのことを助け、ローのためだけに生きると決めたくせに、彼の考えひとつわかってやることができなかった。いまさら理解者が現れた程度で、何を馬鹿みたいに動揺していたのだろうか。さっきまでグダグダと考え込んでいた自分を殺したくなった。これでは、ローを助けるどころか、邪魔をしてしまう。

 

そのとき、ふとさっきのローの表情を思い出して、さっと血の気が引いた。

 

 

(――あ、わたし、ローに呆れられたんだ)

 

 

 

ぶわりと鳥肌が立つ。氷水に飛び込んだかのように、手足の先からどんどん冷たくなる。びりびりと痺れ、そして感覚が無くなる。ローがどんどん前へ行き、わたしとの距離がますます広がる。ローに、おいてかれる。待って、と言いかけて、口を噤む。わたしが悪い、やるべきことをやらなかったわたしが悪いんだ。そんな言葉を言う資格も、泣く資格も、わたしにはない。はやく、はやく何か言わなきゃ。ローがやろうとしていることを考えて、何か少しでも足しになるようなことを言わなければ。焦りで空回りしそうな頭で、今までの事を思い出し、何をどうやればいいのか、必死に考える。

 

立ち止まり、目を伏せ、ごくりと唾を飲み込んでから、顔を上げた。いつの間にかローが数メートル前で立ち止まって振り返り、こちらをじっと見つめている。こちらを探るような目で口を真一文字に引き結んだローにどきりとしながら、わたしは口をこじ開けた。

 

 

 

「コラソンを消すなら、もしかしたら明日がチャンス、かも」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

side.Law

 

 

 

何度目かの呼び掛けでやっと反応したローズを心配したら、当の本人は「大丈夫」と答えた。本心を探りたくて、ローズをじっと見つめると、ローズもこちらを真っ直ぐに見つめ返してくる。しばらく粘ったが、結局先に折れたのはおれだった。

 

ああなると、ローズはてこでも動かないから仕方ない。そう自分に言い聞かせながらも、ローズの本心に踏み込めない自分に嫌気がさす。

 

 

 

――なにが『大丈夫』だ、嘘つき。

 

 

 

喉まで出かけた言葉を飲み込んで、「しんどかったらすぐ言えよ」とだけ伝えた。どうせしんどくでも言わねェんだろうけど、と考えてしまい、悔しい気持ちが胸に広がる。自分の無力さに涙が滲みそうになる。奥歯を噛みしめて耐えたが、こんな情けない顔をローズに見られたくなくて、ただ前を見て歩いた。

 

 

 

「ファミリー入りはいつだと思う?」

「…もう少し、じゃない?幹部を集めたときにわざわざ呼び出したのは、顔合わせさせる意味もあったと思うし…ドフラミンゴの反応も、そんなに悪くない。わたし達のファミリー入りを前向きに考えている…はず」

「…やるなら、その前だ」

「………?待って、なんのこと?」

 

 

 

ローズに袖を引かれ、思わず振り向いてしまった。まだ情けない顔をしている自覚はある。事実、おれを見たローズは、明らかに困惑していた。ローズが固まっているうちに、ローズの手を振り払い、すぐに前を向いて歩き出す。数テンポ遅れてローズが動き出し、またおれのすぐ後ろを歩いた。

 

後ろにいるローズのことを気にかける余裕もなく、ただ前だけを睨みつけて足を動かす。恥ずかしい顔を見せてしまった焦りからか、自分の歩調がどんどん早くなっていくのも抑えられない。情けない自分への苛立ちを隠せないのが嫌で、その苛立ちをコラソンへの苛立ちにすり替えるために、ひたすら口を動かした。

 

 

 

「血の掟?ドフラミンゴの実の弟?だからなんだ!おれ達の親も、妹も教会のみんなも死んだのに!!あんなっ…あんなバカみたいなやつが、生きてていいわけがねェ!!!」

 

 

 

子ども嫌いだか何だか知らないが、おれはあの男が気に入らない。バカみたいな顔をして、バカみたいなドジを繰り返す。そのくせ、ドフラミンゴの弟だからとえらそうにして、一方的に暴力をふるってくる。こっちが何を経験して、何を考えているかも知らないくせに。あの野郎一体何のつもりだ。何を考えてやがる。あんなワケのわかんねェドジをするバカなやつが、生きてていいはずがない。あれが生きてていいなら、なぜおれは、おれ達は、家族を、友達を、知り合いを、失わなければならなかった?…そんなことを考えているうちに、自分への苛立ちよりもコラソンへの苛立ちで頭が爆発しそうになるくらいには、おれは単純らしい。

 

と、そのときになってやっと、後ろにいたはずのローズの足音が聞こえないことに気づいた。慌てて振り返ると、ローズが数メートル後ろで立ち止まって顔を伏せている。どうした、と声をかけようとして、さっきのやりとりを思い出し、おれはとっさに口を噤む。ローズは顔を上げ、おれを真っ直ぐに見据える。

 

 

 

「コラソンを消すなら、もしかしたら明日がチャンス、かも」

 

 

 

ひどく緊張した面持ちのローズが、そう言い出した。

 

 

 







【メモ】


トラファルガー・ローズ
→父様と同じことを言う人間に会って、なぜもっと早く現れなかったのかという行き場のない怒りと、理解者に巡り会えた喜びとで頭の中ぐちゃぐちゃ。いろいろ考えてたらあれ?なんだがローが冷たいぞ?と焦る。なんでなんでと考えて、自分が悪いという結論で納得。ローにおいてかれると思い込んで、目の前真っ暗になりかける。既に双子の片割れとの間にすれ違いが生じてるけど、「自分が全て悪い」で完結させるので全く気づかない。


トラファルガー・ロー
→頑なな双子の片割れに、諦めの気持ちが生まれ始めてる。本心に踏み込みたいけど、ローズを傷つけたくないし、自分も傷つきたくない(無自覚)ので、先に折れる。言葉にしないかわりに表情にはわりと出てる。もともとの目つきの悪さも加わって、ローの表情を見た双子の片割れはとんでもない勘違いをしているが、ローは気づかない。


コラソン
→双子の目に既視感。何がなんでも双子を追い出したいけど、今回の呼び出しで兄が2人をかなり気に入っていることをひしひしと感じ、やや焦り気味。



(呟き)
ドンキホーテファミリー加入時のロー(とローズ)は10歳なんですよね。小4くらい。こんな小4いるか?と思いながら書いてます


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4.ファミリー

 

コラソンを消すなら明日、と言ったまではいいが、ローズにとってそれはあまり自信の無い提案だった。一応、今までのことを振り返った上で考えをまとめたのだが、所詮は苦し紛れに絞り出したもの。その理由を説明しようにも、こうなるといいという願望や、あやふやな予測が多くなってしまう。それでも、あのまま何も言えずにいて、使えない奴だとローに思われてしまうのが怖かった。だから意を決して、無茶苦茶だと自分でも思うような根拠を述べる。

 

 

 

「わたし達が食堂へ入る直前にドフラミンゴが言ってたこと、聞こえた?」

 

「『裏切りの代償は払ってもらう、始めるのは明日の10時』」

 

「そう、それ。わざわざ幹部を集合させてそれを言ったということは、明日はあそこにいた人間が動くはず。でも、あそこに集められた幹部の中でも、上の立場にいる人達は、直接動かないと思う…そうじゃなきゃ、あの食事会を開く意味が無い」

 

「?」

 

 

 

意味が分からずに疑問符を飛ばすローに、ローズは説明を続けた。

 

 

 

「たぶん、裏切ったのは“ラケシュ”…町の名前なのか団体の名前なのかよくわかんないけど…わたし達が初めてここに乗り込んだ日、ラケシュって言葉が聞こえた。あのときドフラミンゴの他に、トレーボル、ディアマンテ、ピーカの3人がいたでしょ?裏切りの可能性があるラケシュについて船長から直接、前もって話をされるくらいだから……きっと、あの3人は幹部の中でも船長のドフラミンゴに近い立場。それに食堂でも、ドフラミンゴの近くはあの人達で固められてた。もし、上の人間だけで裏切り者を消すなら、あの日のように上の人間だけが集まればいい。でもそれ以外の幹部も集めたということは、明日は上の人間以外を動かすつもりなんだと思う」

 

「じゃあ、コラソンはどっちの人間だ?」

 

「たぶん上。コラソンは最後の方に食堂へ入ったはずなのに、奥の方の席に座ってた。だからあの座席、来た順とかじゃなくて、最初から座る位置が決まってるんだと思う。ドフラミンゴのテーブルマナーや食べ方も結構綺麗だったし、ジョーラもマナーがどうのってうるさそうだった。そのへんから考えても、あの席順にも意味がある可能性は高い。それに、ディアマンテがコラソンのことを『自分と同じ幹部』って言ってた。広い意味での幹部なのかもしれないけど、ディアマンテが上の方の幹部だと仮定したら、コラソンも同じ立場である可能性が高くなる」

 

 

 

一気に喋って、口の中がカラカラだった。でもまだ説明が足りない。ローの顔もまだ曇っている。

 

 

 

「仮に、コラソンが上の幹部だとして…明日がチャンスと考える理由は?」

 

「コラソンが幹部の誰かと一緒にいる姿なんてほぼ見たことない。明日、ラケシュの粛清に参加しないなら、たぶん1人で過ごしてると思う。それに明日は、アジトから幹部のほとんどがいなくなるかもしれない。つまりアジトの警備も少し手薄になる。いたとしても、初日にわたし達を捕まえることさえ出来なかった下っ端…大したものじゃない」

 

「……コラソンが1人になる時間がある上に、おれ達がアジトで何かをしても、誰かに見られる可能性が低い…ってことか」

 

 

 

うん、とローズが頷くと、ローは腕を組んで考え始めた。顔を少し伏せたせいで、ローの顔が帽子の影に隠れてしまい、その表情がはっきりとは見えない。

 

根拠らしきものを言い連ねたが、こじつけて屁理屈を並べただけだと言ってもいいくらいの内容だ。かなり自分に都合のいい考え方をしている。説明すればするほど自信がなくなって、ローズは苦し紛れに言ってしまったことを後悔した。

 

しかし言葉にしてしまった以上、それを聞いてくれたローの反応を待つしかない。でも沈黙には耐えられなくて、ローズの口からぽつりぽつりと言い訳が滑り落ちる。

 

 

 

「多分こうなるはず、とか、こうなってほしい、とかばかりで…正直、あてにならないけど……」

 

「…まあ、確かに、そうだな」

 

「っ……」

 

 

 

覚悟していたとはいえ、ローのその言葉は、ローズの胸にぐさりと刺さった。やっぱり呆れられた。捨てられる。どうしよう、どうしよう。ローズの頭の中がまたそれでいっぱいになる。言葉に詰まりながら、使い物にならない頭をまた必死にぐるぐると回して考えた。でも、とか、これなら、とか、やっぱりこうしたほうが、とか、いろいろ考えた。そしてやっと、ひとつの結論にたどり着く。

 

 

 

(やっぱり……だめだ)

 

 

 

ローズは顔を上げ、口を開いた。

 

 

 

「ごめん、やっぱりやめ」

「いや、明日やるぞ」

 

 

 

ローが驚いた顔をしてローズの言葉を遮った。ローズはぽかんとしてローの顔を見たし、まさか先に言い出したローズがやめるなんて言うとは思っていなかったローも、やはりぽかんとしてローズを見ていた。先に我に返ったローズが、慌てて止める。

 

 

 

「待って、自分で言い出しといてあれだけどっ…確かじゃないことが多すぎて危なすぎる!ローだってそう思ったでしょ!?」

 

「そうだけど、そんなの今更だろ?ここに乗り込んだときと似たようなもんだ」

 

 

 

本気で首を傾げるローに、ローズは頭を抱えたくなった。確かに、下っ端じゃなくて船長に直談判するといういちばん最初の策も、かなり無謀だった。それでもそれなりに時間をかけて調べたから、くすねた手榴弾で下っ端を脅すという計画を無謀なりにも立てられたのだ。それに比べれば、明日コラソンを殺そうと言うのは、自分達ができる最良の方法を調べる時間も、計画を立てる時間も、準備をする時間もない。さらに何か1つでも失敗すれば、死が確定している。どこがどう似てるんだ、とローズはローに詰め寄った。

 

 

 

「あのときと全然ちがうでしょ!やるにしても時間が無さすぎる!ね、ロー、明日はやめよう?やるならしっかり計画立てよう、わたしももっとちゃんと考えるから、だからお願いっ…!」

 

「ちょっ…と待て、泣くな、泣くなって…!わかったやらない、やらないから!」

 

 

 

ぐいぐい詰め寄るローズが、終いには泣き出すものだから、今度はローが焦った。ぐすぐすと嗚咽をあげ始めたローズの顔の前で、ローは両手を忙しく振りながら必死に前言を撤回する。顔を真っ赤にさせたローズが、黙り込んだまま、真意を探るようにローの顔を涙目でじっと見つめる。それからしばらくして、やっとローズは視線を外した。

 

 

 

「…ぜったいだからね。ぜったい、明日はだめだよ」

 

「わかったって……」

 

 

 

ばつが悪そうに目を逸らしながらそう言うローズに、ローはため息をつく。

 

確かにローズの考えは不確定なことが多すぎて危険だとはローも思う。しかし、その危険を顧みずにローズの提案を受け入れようとするくらいには、ローはローズの先を見通す力のようなものを信頼していた。最初にドンキホーテファミリーに入ることを提案したのは彼女だったし、ここに至るまでの様々な作戦だって、ローの考えをベースにしてさらに精度を上げたのは、他でもない彼女なのだ。もしも自分1人だったら、ここまで出来たかどうか疑わしい。逆に、彼女1人でもおそらくやりきれたかどうかわからない。2人だったから、そして何よりも、その相手が自分の双子の片割れだったからこそ、ここまで来ることが出来たのだとローは本気で思っていた。だからローは、ローズの考えを真っ向から否定する気はなく、むしろ自分たち2人ならできるのでは、とまで思えたのだ。馬鹿みたいな話だが、2人で考えてやれば、どんなこともできるような気でいた。残念ながら、ローズはそうではないようだが。

 

 

 

(でももし、明日本当に実行したとして、万が一のときは…)

 

 

 

そこまで考えて、ふとローの思考は止まった。目を逸らしたままのローズをじっと観察する。そしてローはわずかに眉間へ皺を寄せた。幸い、ローズはそ の険しい顔には気づいていない。

 

 

 

「……ほら、行くぞ」

 

 

 

なんとか表情を弛めたローは、努めて穏やかな声で言った。先にローが右手を差し出すと、ローズもおずおずと左手を伸ばす。控えめに出されたローズの左手を、ローが掴んでしっかりと握り直す。そしてその手を引いて、また2人で歩き出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

(やっぱり……だめだ。ろくに計画も立てられないような危ないことに、ローを付き合わせたくない。そんなの、わたし1人でやればいい)

 

 

昨日、ローズは錆び付いて回らない頭で必死に考え、結局、「全部1人でやればいい」と結論づけた。

 

運任せな予測に、ローを巻き込むことはできない。ローは、全てを破壊したいと望んでいる。ローズは、ローがいちばんやりたいことをやれるようにサポートしたいと望んでいる。だったら、危険なことは自分がやって、ローが破壊だけに集中できるようにすればいい。そもそも、コラソンを消すことなどローの本来の目的と全く無関係なものなのだから、ローの手を煩わせる必要が無い。そして何よりも、自分のいい加減な予測のせいで、ローを危険に晒したくない。自分のせいで、ローを失いたくない。だから、ローズは全て1人でやると決心したのだ。

 

ただ、何がなんでも実行しようとは思っていなかった。ローのために生きるというのが、ローズのいちばんの目的だ。だから、予想通りに事が運んでいるのであれば実行するつもりだし、1つでも違えばやめるつもりだった。

 

 

ところが、幸か不幸か、事はローズの予測通りに進んだのである。

 

 

日課である食料探しのときだけ、双子は別々に行動する。その時間を利用して、ローズは幹部達の動きを注意深く探った。1時間くらい前に、幹部のほとんどがアジトを出ていくのを確認した。その中に、上の立場と見ていた人間の姿はなかった。ローズの見る限りでは、ドフラミンゴ、トレーボル、ディアマンテ、ピーカは屋内から出てきていない。

 

そしてまさに今。ローズの視線の先、ゴミ山を下ったところには、1人で呑気に新聞を読むコラソンの後ろ姿があった。

 

コラソンはゴミに腰かけ、煙草をくゆらせながら新聞を読んでいた。周囲にコラソン以外の人影がないのは、もう確認済みだ。そしてローズの手には、ナイフがある。

 

――ついに、実行する条件が全て揃ったのである。

 

 

 

ローズは物陰に隠れてコラソンを睨みつけながら、どうやって殺すのか、頭の中でイメージを膨らませていた。最初に、高低差を利用して背中から刺すことを考えた。でもそれは難しい、とローズは頭を左右に振る。体も大きいし、子どもとはいえ双子をそれなりに遠くへ投げ飛ばせるくらいに、コラソンには筋肉がある。それにうまく体を貫いたとしても、貫いたナイフを抜かなければ致命傷になりにくい。戦い慣れしているだろう相手に、ナイフで貫いてそれを抜くというのは、あまりに難しい賭けだった。そもそも、ローズの手元のナイフでは刺すにしても致命傷になるほど深く貫けるかどうかさえわからない。それなら、どうする。ローズはまた考えた。このナイフを使って、なるべく小さい力で、1発で息の根を止めるには。

 

 

 

(……狙うなら、首……?)

 

 

 

その考えが浮かんだ瞬間、ローズは乾いた笑みを零した。コラソンから視線を外して、握ったナイフに目を落とし、鞘に収められたままのそれを見つめる。やっぱり、わたしはこういう人間(・・・・・・)なんだ。それを改めてローズは痛感した。ローズの、あの日から空いたままの心の穴に、冷たい風が吹き抜ける。そのときだった。

 

 

 

「おい」

 

 

 

突然、後ろから声をかけられた。

ビクリと身体を震わせたローズが、弾かれたように振り向く。後ろに立っていたのはローだった。

 

ローズは咄嗟にナイフを背中へ隠した。ローはローズの背中の向こう、離れたところにいるコラソンをちらりと見、すぐに双子の片割れへと目を戻す。ローズは隠したつもりらしいが、彼女の手にナイフが握られていたのを、ローはちゃんと見ていた。外れてほしい予想が当たってしまったのを理解して、手のひらに爪がくい込むくらい強く拳を握った。

 

昨日、ローはローで、いろいろ考えたのだ。

もしもローズの忠告を無視したら。明日、コラソンを殺そうとして、そして万が一のことがあったら、自分はどうするか。――何がなんでも、ローズを逃がす。その一択だった。そう考えてふと、「ローズならどうするのか」という問いが頭の中に転がった。そしてその答えもすぐに浮かんだ。たぶんきっと、ローズも同じことを考える。何がなんでも、自分を逃がそうとするだろう、と。

 

コラソンを殺したいという自分に、ローズは明日がチャンスと提案しながら、やっぱり駄目だと止めてきた。あまりに不自然で、違和感が拭えなかった。――もしかして、ローズは、危ないからおれの代わりにコラソンに手を下そうとしているのではないか?失敗してもおれに被害が及ばないように、こっそりやるつもりなのではないか?

 

 

(…明日は、気をつけたほうがいいかもしれない)

 

 

そう思って、ローはローズの動きを注意して見ていたのだ。そしたら案の定、ローズは1人で全てをやろうと動いていた。ローは思い切り眉間に皺を寄せ、口をへの字にしてローズを睨んだ。でもそれはローズに対する怒りではなくて、情けない自分への怒りだった。

 

再会した日、自殺しようとしていたローズの虚ろな顔を見て、「自分が守らなければ」とローは思った。全てを奪われ、失い、もう二度と会えないと絶望した矢先に、奇跡に導かれて再び巡りあえた、唯一の家族。この世でたった一人、生まれ落ちる前から濃く深い絆で結ばれた、双子の片割れ。もう絶対に奪われたくない。奪わせるものか。おれ達が生きることを世界が許さないというなら、また奪われるくらいなら、その前に全てを破壊してやる。そうやって他人の手を退けて、いずれ訪れる最期のその瞬間まで、ローズを守る。泣きじゃくるローズを抱きしめ、ローは自分も泣きながら、心の中でそう誓った。

 

それなのに、ローズはローに隠れてもがき苦しんでいる。表はうまく取り繕って、裏で泣き続けるローズを助けたいのに、臆病な自分は肝心のところで何ひとつ聞くこともできず、何かしてやることもできない。守ると誓ったのに、気づけばローズに守られてばかりのような気がして、悔しくて、情けなくて。挙句の果てに、コラソンのことまでも、ローズは自分に黙って、ひとりで片付けようとした。どういうつもりだ、何故おれに何も言わない、どうしておれを遠ざける、そんなにおれは、頼りないのか。ローの頭の中で言いたいことが洪水のように溢れかえり、どれをどのように吐き出せばいいかわからなくなって、何ひとつ言葉にならない。ローは、もごもごと口を動かしては、何も言うことが出来ずにまた口をへの字にして固く閉ざすを繰り返した。

 

そんなローの怒っているような、泣き出しそうなその顔が、昨日の顔と重なったから、ローズはまたその場で凍りついた。何を言われるのかわからなくて、怖くて、でもローの前から逃げるなんてこともできず、身を縮めて震えている。そんなふうにひどく怯えるローズを見ていたら、ローはもうローズに詰め寄ることはできなかった。ローズを傷つけるようなことは、絶対にしたくない。目の前で怯えるローズを、感情任せに罵倒して詰め寄って傷つけたら、きっとそれがとどめとなる。今度こそ彼女は、迷わず自ら命を絶つに違いない。それだけは絶対に阻止しなければならないから、ローは深く息を吐き出して激情を逃し、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと口を開けた。

 

 

 

「……おれがお前の立場だったらどうするか、考えた。危ないことに、ローズを付き合わせたくない。やるなら1人、もし何か失敗しても、絶対にローズを逃がす。……お前も、そう考えたんだろ?」

 

「……」

 

「なぁ……頼むから、1人でやるな。おれは……おれだって、自分のせいでローズを失いたくない」

 

 

 

喋りながらローズにゆっくりと近づき、ぐい、とローがローズの両肩を掴んだ。俯くローズを覗き込むように、ローは少し屈んでしっかりと目を合わせて言った。

 

 

 

「何があっても、おれ達は一緒だ。いいな?」

 

 

 

ローが声を震わせながら絞り出したその言葉に、ローズはぼろりと涙を零した。最期まで絶対にひとりにさせるもんか、とローの目が語っているようだった。きっと自分の欲目だろうとローズは思ったけど、それでも嬉しかった。ローズが目元を乱雑に両手で拭いながら無言で頷くと、ローは手を離してローズの頭をがしがしとかき撫でた。

 

 

ローはローズの頭から手をどかすと、ローズの背後のさらに先にいるコラソンのほうへ、鋭い視線を向ける。それに倣って、ローズもコラソンの方を見た。

 

 

 

「……結局、ローズの言う通りになったな」

 

「…うん。自分でも、驚いてるよ……幹部のほとんどは、アジトにいない。コラソンはひとりであそこにいる。それ以外の人間もいない。条件なら揃った。ただ、1発で仕留める自信が無くて…」

 

 

 

ローズが隠していたナイフを見せると、ローはそうだな、と呟く。コラソンの距離を目測で測りながら、ローが言葉を続けた。

 

 

 

「高低差を利用して飛びかかっても、それじゃあ頼りないな」

 

「わたしもそう思って…頸動脈狙いで首をとも思ったけど、あの無駄に大きなコートのせいで、首なんて小さい的、いまいち絞りきれない」

 

「――これならいけるか?」

 

 

 

そう言ってローが見せたのは、刀だ。子どもの身体で丁度いいくらいの長さ。ローズの持っているナイフより、ずっと刀身が長い。今までそんなのを持ってる姿を見たことがなかったから、ローズはちょっと驚いてローに問いかけた。

 

 

 

「どこでそんなの」

 

「小手調べのとき使ったやつだ。見つかるのを覚悟した上で、隠しておいたんだ。やつら、おれ達を随分ナメてるようで、回収しなかったらしい」

 

「あのときに隠したの?全然気づかなかった……ほんと、抜け目ないって言うか…」

 

「頼りになるだろ?」

 

「…うん、とっても。最高」

 

 

 

ローがにやりと悪戯っ子のように笑うと、つられてローズも笑った。二人でくすくす笑った後、ローズがその刀を受け取ろうとして手を伸ばす。しかしローはその手を遮った。どうして、とローズが怪訝そうな目を向けると、先程とは一転して再び鋭い目でコラソンの背中を睨みつけたローが、唸るように言った。

 

 

 

「おれがやる」

 

「でも」

 

「最初に言い出したのはおれなのに、ここまでいろんなことを考えくれたのはローズなんだ。……情けねぇけど、最後はちゃんと、言い出したおれが始末してケリをつけたい。だからローズはここで見てろ」

 

「……わかった」

 

 

 

この様子では、ローは譲らない。ローがやりたいのならと思い直して、ローズが折れた。ローズは数歩下がって、ローに場所を譲った。ローは物陰から身を出し、忍び足でさらに移動する。ここから飛び出せば、というところで、ローが立ち止まった。コラソンは、こちらの様子に全く気づいていない。ローは真っ直ぐに立ち、数回深呼吸をしてから刀を構えた。

 

 

 

(あんなバカが生きてていいわけねェ!!!黙ってりゃいい…誰も気にしねェ、クズ1人行方不明になっても!!!)

 

(ここまでうまくいってる…このまま誰にもバレずに黙っていれば、なんの問題もない…!)

 

 

 

双子の祈るような思いが重なる。ローズは手に汗を握って、ローの背中を見守った。そしてついに、ローがゴミ山を思い切り蹴って飛び出した。ほとんど音も立てずにゴミ山を一気に下り、ローがコラソンの背中へ飛び込む。ローの構えた刀が、コラソンの背中へ沈む。

 

 

 

(―――やった!)

 

ガシャン!

「っ!!」

 

 

 

思わぬ方向から音が聞こえた。

ローズがすぐに音のした方向へ視線を巡らせると、バッファローが目を見開いて呆然と立っているのが見えた。その視線の先には倒れ込むコラソンと、コラソンに覆いかぶさって刀を突き立てたローの姿。

 

 

(まずい、見られた…!!!)

 

 

状況を理解したローズが、バッファローのもとへ駆け出す。

 

 

 

「若様に……!!報告するだすやっ」

「待った!」

 

 

 

ローズはバッファローの後ろからぶつかって、大きな口を両手で塞いだ。でもバッファローとローズでは体格も力も違いすぎた。バッファローは少しよろけただけで、すぐに両足で踏ん張り直すと、口を塞ぐローズの腕を掴んでぐるりと体を回し、ローズを地面に叩きつける。背中を強打した上に、バッファローがローズの胴体に足を乗せて動きを封じたため、重い体重がローズの胸と腹にかかって比喩でもなく一瞬息が止まった。

 

 

 

「う゛っ……!」

 

「っお前もグルか!?“血の掟”を破ったヤツは串刺しの刑だすやん!まとめて若様に言いつけてやる!」

 

「――っ退けェ!」

 

 

 

異変に気づいたローが、真横からバッファローに思い切り体当たりした。バッファローがグラリと横に倒れかけ、重さから解放されたその隙に、ローズは身を捩らせて下から抜け出す。ローはげほげほと噎せるローズの腕を自分の肩に回させ、ぐっと引き上げて立ち上がるとバッファローから距離をとった。体当たりされたバッファローはすぐに体制を立て直し、逃がすまいと警戒心をあらわにして身構える。お互いの出方の探り合いが続いた。そこへ、「ただいまぁ」と間延びした声が割って入る。任務を終えて帰ってきたベビー5だ。状況は悪くなる一方で、ローは顔を顰めて舌打ちをする。ベビー5は威嚇するように身構えるバッファローと、自分を睨みつけるローと、ローに支えられて立つローズとを見て、目を白黒させた。

 

 

 

「え、なにこれどういう状況?どうしたのバッファロー?」

 

「良いところに!ベビー5、ローがコラさんを刺した!!ローズもグルだすやん!!」

 

「えええ!!?ホント!?」

 

「おれはここにいるから!早く若様に伝えるだすやん〜ッ!!」

 

「わ、わかった!!あっ、でも、えっと…ええっと……!」

 

 

 

ベビー5は迷った。任務の最中に聞いた、双子の境遇やフレバンスの悲劇を思い出した。本当にかわいそうな双子だと思った。血の掟を破ったのは許されないことだけど、酷い目にあった2人を殺してしまうのは、もっとかわいそうだと思って、とても迷った。そんなベビー5が、小さい声で「でも、2人はかわいそうな子だし、」と呟いたのをローズは聞き逃さない。理由は知らないが、ベビー5が自分達に同情してることに気づいて、それを利用することにした。ローズはローの肩に回していた手を素早く外すと、大袈裟なくらいに演技がかった様子でよろけてローの胸に縋りつき、涙が溢れんばかりに目を潤ませて叫んだ。

 

 

 

「お願いっ助けてベビー5!!!」

 

「えっ…!(わたし、必要とされてる!?)」

 

「ベビー5〜!!」

 

 

 

どきん、とベビー5の胸が高鳴った。頬が赤く染まる。いつもの悪い癖だと気づいたバッファローがベビー5を止めようと声を上げても、もう彼女には聞こえていない。完全にローズに釘付けだ。何をするつもりだ、とローは自分の胸に縋りつくローズを支え直しながらその顔を盗み見た。ローズは眉を下げて顔を歪め、涙で目を潤ませている。が、ローにはわかる。これは嘘泣きだ。間違いない。何か(ろくでもないこと)を思いついたらしいローズにこの場は任せ、ローは黙って観客に徹した。

 

 

 

「ローは悪くない、わたしが、わたしが悪いのっ!わたしのために、ローがコラソンをっ……お願いよベビー5、見逃して!あとついでにバッファローを止めて!」

 

「えっ、と、あー……うん、そうね、わかった、わかったわ!」

 

「は…?(今のでいいのかよ!?)」

 

「あ、ありがとうベビー5…!!(やった!)」

 

「何言ってんだベビー5!?」

 

「バッファロー、ローズ達はかわいそうな子なのよ!ローズ達が困ってるんだもん、わたし達が助けてあげなきゃ…!!」

 

「意味わからん!そんなの関係ないだすやん!それよりもファミリー!!“血の掟”っ!!」

 

「っうるさいわねバッファロー!5段アイス買ってあげるから黙ってて!!絶対言っちゃダメ!!!」

 

「えっ5段アイス!!?」

 

(おい本気かこいつら?)

 

 

 

バッファローの目が輝いた。お、とローズが片眉を上げて様子を伺う。ローは顔を引き攣らせてベビー5とバッファローを見る。今回だけだすやん、と双子に釘を刺したら、もうバッファローの目には双子は映っていない。どのアイスにするか指を折りながら考え出した。「嘘でしょ、ちょろすぎじゃない?」思わずぼそっとローズが呟いたのを、ローが小突いて黙らせる。

 

 

 

「これでバッファローは大丈夫よ!私も絶対に言わない!!…でもこれからあなた達、どうするつもりなの?」

 

「……行くぞローズ」

 

「うん、行こう。ばいばいベビー5、ありがとうね!」

 

 

 

我に返ったローがローズの手を引いてさっさと走り出す。ローズは慌ててベビー5に礼を言い残してから、ローと一緒に走った。それを見送ったベビー5は、バッファローの手を引っ張って、双子とは逆方向の街へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「よく、わかんねェけど…っ!このまま!港へ行くぞ!!あの口止めは当てにならねェ!!」

 

「わかってる!あれはただの時間稼ぎ!とにかく早く、この島からっ、逃げよう!」

 

 

 

走りながら、双子は会話した。ベビー5とバッファローの姿はもう見えない。アジトの建物の陰も、かなり小さくなっていた。ファミリーに関係の無い船が出る港までは、まだ距離がある。止まることは許されない、もうここからは時間との勝負だ。

 

全力疾走する中で、ローズはあることに気がついた。ローが、あの刀を持っていない。バッファローに体当たりしたとき、既にローの手にはなかった。途端に、ローズの顔が青ざめる。バッファローに見られたことに気づいて焦ったローが、コラソンから刀を抜いていなかったら。――アジトでは最悪の事態が起こっているかもしれない。

 

 

 

「っ急ごう、ロー……!」

 

「ああ!」

 

 

 

悲鳴を上げ始めた身体に鞭打って、双子は振り返らずに港まで駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

5段アイスを買ってから、ベビー5とバッファローがアジトへ戻ると、ちょうどジョーラとマッハバイスが出ていくところだった。どうしたんだろうと首を傾げたら、ジョーラがにこにこ笑いながら2人に問いかけた。

 

 

 

「あらお帰りなさい、ベビー5にバッファロー。丁度いいざます!あーた達、どこかであの双子を見てないかしら?」

 

「っ見てないよ!」「っ見てないだすやん!」

 

「?そう、それは残念……ということは、朝から誰も見かけてないことになるざますね。もしかすると…」

 

 

 

否定する声が重なった。妙な反応をする子ども2人を不思議に思いながらも、ジョーラは2人とすれ違い、マッハバイスと話しながら外へ続く方向へ歩いていった。

 

その2人の後ろ姿を見送った後、シュバっとその方向から顔を背けると、ベビー5とバッファローは体を寄せ合って縮こまり、だらだら冷や汗を流しながらヒソヒソ声で喋る。

 

 

 

「どういうこと!?」

 

「あれは絶対バレてるだすやん!」

 

「そんな、まさか!じゃあ2人はローズ達を殺しに…!?どうしようバッファロー!!」

 

「どうしようも何もっ…!!」

 

 

そのとき、2人の背後からこつん、と靴音が響いた。驚いてぴゃっと背筋が伸びる。さっきの2人が去っていた方向から、人の気配。ぎぎぎ、とぎこちない動きで後ろを振り向く。背後にいた人物を見て、2人はあっと声を漏らした。その人は黙って顎をしゃくる。邪魔だ、と暗に言われていることに気づいて、2人はサッと壁に張り付かんばかりに端へ身を寄せる。相変わらず無言でゆっくりとアジトの奥へと歩を進めるその人の背を見送りながら、バッファローがアイスをひと舐めして呟いた。

 

 

 

「……やっぱ、バレバレだすやん……」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

結果として、双子はジョーラ、マッハバイスの手で捕らえられた。港まで行けたが、あと一歩というところで追いつかれた。ローズはマッハバイスの小脇に抱えられ、ローはマッハバイスとジョーラにそれぞれの腕を掴まれて宙ぶらりんになっている。抜け出そうと暴れても、それは叶わなかった。

 

アジトの前まで来て、外階段を上り、ついにあの部屋……双子が初めてコラソンと会ったあの部屋の前に来た。すぐ近くで、こそこそとこちらの様子を伺うベビー5とバッファローの姿が見えて、ローが2人を睨めつける。ローズとベビー5の目が合うと、ベビー5は涙目になりながら小さく、それでも必死になって首を横に振った。――ちがう、私達じゃない。そう言いたいのだろう。それを見たローズは唇を噛み締めた。

 

コンコン、とノックしてからジョーラが扉を開けた。扉の真正面に置かれた大きなソファに、ドフラミンゴが悠然と腰掛けていた。

 

 

 

「若様、双子を捕まえて来たざます!!急に脱走する気になった様ざますね!!」

 

「港まで逃げてたイーン!!」

 

「「っ!」」

 

 

 

にやにや笑うドフラミンゴも不気味だったが、それ以上に不気味なのが、向かって右側のソファに座る人物。コラソンだ。ローが刺し殺したはずのコラソンが、腕と足を組み、煙草を燻らせて静かに座っていたのだ。ローは驚いて目を見開き、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 

 

 

(コラソン!!…くそォ死ななかったか…っ!これじゃあ死に損じゃねェか!!バッファローはアイスで買収したのに、自分で兄貴にチクりやがったな!確かに刃は体を貫いたはず…!平然としやがって!くそっ…ローズまで巻き込んじまった…!!)

 

(やっぱり生きてた……わたしの、わたしのせいで、わたしがあんなこと言わなければっ……!)

 

 

 

ローズは刀を持ってないローを見てからずっと、嫌な予感がしていた。その予感が的中してしまったのだ。やはり、ローはコラソンを貫いた後、コラソンから刀を抜かなかったのだろう。バッファローに気を取られて、それどころではなかったに違いない。体を貫けたとしても、そこから刃を抜かなければ死亡率は変わってくる。ローがやると決まった時に、何があっても刀を抜くように言葉でちゃんと伝えておけば。あの場にバッファローがいなければ。いや、そもそも昨日、焦った自分があんなこと提案しなければ。愚かな自分のせいでローを死の危機に晒した事実を前に、ローズは頭が真っ白になった。

 

 

 

(コラさん刺した件で拷問が始まるだすやん)

 

(ローズ達はかわいそうな子なのに…!)

 

 

 

窓からひょっこりと顔をのぞかせて、ベビー5が心配そうに、その後ろでバッファローが平然とした顔でアイスを舐めながら、中の様子を伺う。

 

ドフラミンゴは自分の膝に肘を置いて身を乗り出すと、こう切り出した。

 

 

 

「ロー、ローズ……お前らをここへ呼んだのは他でもねェ。お前達を正式に、『ドンキホーテ海賊団』の一員に迎えることにした…!!!」

 

「「!!?」」

 

(どういうことだ…!?あいつ、チクってないのか!?)

 

 

 

双子は絶句した。様子を伺っていたベビー5とバッファローも驚愕した。ジョーラとマッハバイスは知っていたようで、にやにやと笑いながら双子を見下ろす。明らかに動揺する双子の反応を面白がりながら、ドフラミンゴは続けた。

 

 

 

「最悪の体験から生まれるその無類のクソみてェな目つき…!!お前らには“素質”がある!!」

 

「……!?」

 

「オホホホ!!見込まれたわね、あーた達!!若様は将来を見抜く男よ」

 

(コラソンの事、まだ知らねェのか……!?何で…!?あいつ、“書いて”報告もできるはずだろう…!?どういうつもりだ……!?)

 

 

 

ジョーラが双子の頭を撫でる。ローはそれを鬱陶しそうに払い除け、混乱する頭でコラソンを見たが、コラソンは興味がないとでもいうような態度で、ただ煙草を吸うだけだった。ちらりとローズに目を向けると、ローズはジョーラの手を払い除けるのも忘れ、食い入るようにドフラミンゴを見つめたまま固まっている。驚きのあまり固まっているのだろうとローは判断して、ローが先に口を開いた。

 

 

 

「……将来を見込まれても……どうせ3年後におれ達は死ぬ……!!」

 

「フフフッ!!――それはお前らの運次第!!」

 

「!?」

 

「…説明して。どういうこと?」

 

 

 

ますます理解できない発言をするドフラミンゴに、ローはどう答えればいいかわからなくなる。それに代わって言葉を発したのが、ローズだった。動揺を隠そうとしても声が上擦るローに比べて、ローズは妙に落ち着いた声だった。度胸の据わった小娘だ、と思いながら、ドフラミンゴがローズの望み通りに説明を重ねる。

 

 

 

「ウチは闇取引が専門でな。ああ、お前らが前に盗んだ手榴弾も取引の商品だ」

 

「それであんなにたくさんあったんだ…で?それとわたし達の運と、どう関わるわけ?」

 

「その取引で扱う商品の中には、“悪魔の実”もある」

 

 

 

“悪魔の実”。

 

聞いたことの無い言葉に困惑するローに対して、ローズは、昨日の昼食時にディアマンテが言っていた言葉を思い出していた。

 

 

―――能力もねェガキがどこまで耐えられるか

 

 

 

「もしかして、昨日ディアマンテが言ってた『能力』ってやつと関係してる?」

 

「フッフッフ…!その通り。頭の回転はそこそこ早いようだな。――“悪魔の実”は『海の悪魔の化身』と言われる果実で、食べた者には特殊な能力がもたらされる。伝説と言われるほど希少な物で、だいたいは闇取引や、海軍、世界政府が絡んだところでしか扱われない。つい最近まで一般人だったお前らが知らねェのも当然だ」

 

「特殊な能力…例えば?」

 

「ピンからキリまで様々!超人的な身体能力を引き出す実もあれば、動物に化けてその力を奮うことのできる実も、天候や天変地異さえ操る能力をもたらす実もあるが、その全容は誰にもわからねェ。なぜなら、“悪魔の実”は時に人智を超える能力があるからだ!だったら、お前らの病気――不治の病と言われる珀鉛病を治す能力があってもおかしくない……!!」

 

「……」「“悪魔の実”……!!」

 

「お前達が運を持っていれば――リミット3年の間に流れてくる“悪魔の実”に、命を救われる可能性はある……!!!」

 

 

 

ドフラミンゴが立ち上がった。そのまますたすたと双子のすぐ前まで歩み寄り、しゃがみこんで視線を合わせる。ローやローズは、その場に止まったまま、それぞれがじっとドフラミンゴを見つめる。その目の光を見返しながら、ドフラミンゴは笑みを深めて言い切った。

 

 

 

「おれはお前らを……10年後のおれの“右腕”として鍛え上げてやる!!!」

 

 

 

その言葉に、その場にいたファミリーはみな驚いた。ドフラミンゴがそこまでこの2人を見出しているとは思わなかったからだ。ただ、コラソンだけは違う。ドフラミンゴが双子にただならぬ興味をもっていることなど、最初からわかっていた。初めからどうしようもなかったとはいえ最悪だ、と内心ほぞを噛む。ぐ、と人知れず強く自分の腕を掴んだ。

双子も、そこまで言われるとは思っていなかったから目を見開いて驚いた。でもちらりと一瞬、お互いに視線だけ合わせ、そしてすぐに目をドフラミンゴへ戻して言った。

 

 

 

「…“右腕”なんか興味ねェ」

 

「“悪魔の実”だってどうでもいい」

 

「おれ達はただ、目に映るもの全部ぶっ壊す」

 

「やりたいのはそれだけ」

 

「――フ、フフッ!あァ、それでいいさ!」

 

 

 

テンポよく放たれた双子の返事に、ドフラミンゴは満足気に笑った。立ち上がり、元いたソファへと戻ってどかりと座り直す。ジョーラはにこにこ笑って、双子の肩へ手を置いた。昨日の態度とは正反対のその様子に、双子は不快感を覚えて身を捩るものの、それに構うことなくジョーラは双子の背中を押して言う。

 

 

 

「さ、2人とも!ファミリーの一員たる者、そんな汚い格好は許さないざます!バッファロー、ベビー5、2人をバスルームへ!」

 

「了解だすやん!」「はい!ほら2人とも、こっちよ!」

 

 

 

開けっ放しの扉へいつの間にか移動していたベビー5とバッファローに導かれ、双子が部屋から出ようと扉の方へ振り返りかけた時だった。それまで静かに座っていたコラソンが噎せ、口にくわえていた煙草を慌ててテーブルの灰皿に押し付けた。そのまま僅かに前かがみになって、左胸の下あたりを押さえる。訝しげに思ったドフラミンゴがコラソンへ目を向けると、コラソンが押さえた手の辺りに、かなりの量の血が滲んでいるのが見えた。途端に空気がピリリと張り詰める。

 

 

 

「どうした、コラソン。誰にやられた?」

 

「「「「 !! 」」」」

 

 

 

事情を知っている子ども4人に、緊張が走った。ローは固唾を飲んで、コラソンがどう反応するのか見つめる。ローズも引きつった顔でコラソンを見ていた。ベビー5とバッファローはその場で固まり、今度こそ駄目かとハラハラしてコラソンを見たり双子へチラチラ視線を送ったりと落ち着きがない。

 

ドフラミンゴに問われたコラソンは、傷を庇いながらも淀みない動作で紙とペンを取り出し、さらさらと文字を書いて、ぺらりとその紙をドフラミンゴに見せた。

 

 

 

【てき】

 

「結構な深手じゃねェか……!?始末はつけたんだろうな」

 

【やっつけた】

 

「――ならいいが……気をつけろ」

 

(!?おれ達を、かばったのか……!?何考えてんだあいつ……!!)

 

 

 

ドクン、ドクン。五月蝿いくらいに心臓の音が耳に響く。ローがいつの間にか握りしめた手のひらは、汗でびっしょり濡れていた。ほ、と息を吐いたベビー5は、ごく自然に、それでも急いで双子の手を取ると、そのままぐいぐい引っ張って双子を部屋の外へと引きずり出す。噛み締めたローズの唇からは、血が滲んでいた。

 

 

 

 

 

【4.ファミリー】(終)

 

 

 

 

 

 

 




【メモ】


トラファルガー・ローズ

「全部自分が悪い」+「危ないことは自分がやればいい」。第3話よりこじらせてる感あり。全然自信のない仮説だったのに、概ねその通りになってびっくり。ローに「何があっても一緒」と言ってもらえたので、荒んでいた精神状態もとりあえずは安定した。この「何があっても一緒」という言葉が、今後のローズを支える言葉になる。




トラファルガー・ロー

ローズの異変に気づいて尾行。案の定の展開で泣きたくなった。双子の片割れを守りたいと思う気持ちは本当だが、その根底は「独りぼっちになりたくない」という気持ちであることには気づいていない。自分の気持ちの分析はあまりできてないが、ローズがかなり危険な精神状態なのはわかっているので、実は言葉を選ぶのに必死。だから自分のことまで頭が回ってないのかもしれない。






すれ違ってはいるけれど、お互いを大切に思ってるのだけは確かです。お互いに、その気持ちがちゃんと伝わっていれば、きっとこの先も大丈夫。


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番外編:兄弟と双子

番外編。【4.ファミリー】の日の夜。双子は出ません。ドンキホーテ兄弟の思いをつらつらと。勢いで書いたので消すかもしれませんがとりあえず。


 

 

side.Rosinante

 

 

夜空にぽかりと満月が浮かんでいる。雲ひとつない夜空で、辺りは満月の光で煌々と照らされている。ただ、照らし出されているのは海賊団のアジトやゴミ山なので、なんの風情もへったくれもない。おれはデッキの手すりに乗ってしゃがみこみ、ふうと口から煙草の煙を吐き出した。

 

 

 

「ロシィ」

 

 

 

後ろから本名を呼ばれた。実の兄の、ドフラミンゴだ。面倒だが仕方なく、煙草を咥えて顔だけドフィのほうへ向けた。ドフィはコツコツと静かな足音を立てながらおれに歩み寄る。そして手を伸ばし、おれの煙草を奪い取った。取り返そうとしたが、吸い始めたばかりの煙草はドフィの手でグシャリと揉み消されてしまった。すぐに懐から紙とペンを取り出して苦言を呈す。

 

 

 

【なにしやがる】

 

「怪我人は大人しく寝てろ」

 

 

 

背後から左脇腹あたりを小突かれた。途端に激痛が走り、バランスを崩してゴミ山へ落ちかけたところで、ドフィに腕を引っ張られて引き戻される。そのまま手すりからも引きずり落とされたので、仕方なくおれは手すりに背を預けてデッキに座り込む。「ドジも大概にしろよ」と上でドフィは言ってるが、今のはドジじゃなくてどう考えてもお前のせいだと伝えたい。でも痛みでそれどころではないので、傷がある辺りを手で押さえて息を詰める。痛みが去るのを待ちながら、ぎりぎりと奥歯をかみ締め抗議の意を込めてドフィを睨んだが、ドフィは全く意に介さずニヤニヤしている。しばらくしてやっと痛みが収まった頃、今度はピリピリと肌を刺すような感覚と、息苦しさ。見上げれば、真顔でこちらを見下ろすドフィ。たらりと背筋に汗が流れた。ドフィの野郎から覇王色の覇気が漏れている。寝静まった夜更けに迷惑な奴だな…

 

 

 

【はき めいわく】

 

「フフ…弟にそこまでの怪我を負わせたんだ、苛立つのも当然だろ?しかももう全部片付いてるときた……おれはどこにコレをぶつけりゃいい?」

 

【しるか】

 

 

 

これやったの、あの双子だけどな。心の中だけでそう付け加えながら、溜息を吐く。厳密には、刺したのはローで、ローズは遠くで見ていた、か。覇王色の覇気を収めたドフィはおれの隣に立って手すりに背を預け、月を見上げている。逡巡してから、おれは紙にペンを走らせた。書き終えた紙がドフィの視界に入るように掲げ、ぺらぺらと揺らす。

 

 

 

「あ?」

 

【ふたごにいったこと ほんきか?】

 

「あァ…右腕のことなら、本気だ」

 

【なんでそこまで】

 

「…それはわざわざ聞くことか?」

 

「?」

 

「お前にもわかっただろう?あの双子は、あの頃のおれ達だ」

 

 

これ以上、ドフィにあの双子へ関心をもたせたくない。だが否定したりはぐらかしたりするには、あの双子はドフィに似すぎている。結局答えあぐねて、次の紙に走らせかけたペンを持つ手が止まった。それを肯定とみたドフィは、ほら見ろと言わんばかりに笑って俺の頭に手を置いた。すかさずその手を振り払っても、それを不快に思った様子もなく笑い続けている。

 

 

 

【ふたりともドフィによくにてる】

 

「『おれ達』っつったろ。ローはおれで、ローズはお前だ」

 

 

 

ローズが、おれに?

驚いて見上げると、ドフィと目が合った。

理解できないという顔をしていたのがわかったようで、ドフィは肩を震わせ、心底愉快そうに答えた。

 

 

 

「フフフッ…アイツはあの頃のお前と違って、取り繕うのが上手いからなァ。だがアレはロシィ、ガキの頃のお前とそっくりだぞ」

 

 

 

あの頃のおれは、全てが怖くて、ただ泣いているだけだった。ドフィが父を殺したことが決め手となって、耐えられずに逃げ出した。ローズも、怖がっていると?―――いまいち、ピンと来ない。腑に落ちない様子もドフィには伝わったようだが、それ以上の解説はなく、ただ「似たもん同士仲良くやれよ」と軽口を叩かれた。もうその話題はおれには理解できそうもないので、別のことを問う。

 

 

 

【あくまのみ どうするつもり】

 

「どうもしねェよ。あいつらの運次第だ」

 

【なにかしらを さがす気だろ】

 

「検討はつける。が、特別に探す気はない。これからの取引の中で話が出れば追う。放っておけば3年で死ぬガキどもだ、それくらいの運がなきゃ、未来の右腕にはふさわしくねェよ」

 

 

 

そう言って、ドフィは背を預けていた手すりから身を離した。そのまま歩き出し、早く寝ろとだけ振り返らず言い残して、ドフィは去っていった。

 

ドフィの気配が完全に消えたのを見計らって、細く長く息を漏らす。実の兄とはいえ、おれの敵であり、潜入先の親玉だ。あいつの傍では少しも気が抜けない。いなくなったのをいいことに、新しい煙草に火をつけた。肺いっぱいに煙を吸い込み、ふうと吐き出しながら、昼間のことに思いを馳せる。

 

双子がドフィに正式なファミリー入りを許可されたあの時。誰にやられたと問うドフィに、おれは【てき】とだけ答えた。バラされると思っていたらしい双子のあまりの驚き様は、そのせいでドフィにバレるのではないかとおれが冷や冷やするくらいだった。

 

おれが庇ったことに、ローは明らかに困惑した様子だった。でも、その目にはおれを刺した時のような敵意は感じられなかった。真意が読めずにどうしたらいいのか分からないのだろう。そんなおれに対して、おそらくローはしばらく距離を置くはずだ。だが、問題はもう片方…ローズのほうだ。ベビー5に手を取られて退室するギリギリまで、ローズは敵意と憎悪の目でおれを見ていた。初対面の頃からそんな感じだったが、ローの陰に隠れて見える程度だったそれが、苛烈さを増している。天敵と見なされたんだろう。彼女がどんな行動をするか……正直、予測がつかない。ドフィは、ローズが幼い頃のおれと同じだと言うが、全くの正反対だとおれは思う。むしろあの苛烈さは、ドフィにそっくりだ。ローと同じか、もしかするとロー以上に。

 

吐き出した煙をぼんやりと目で追えば、空に浮かぶ月に辿り着いた。そういえば、あの双子も満月みたいな目だったな。同じような色なのに、双子とは全く違う輝きに、目を細める。…フレバンスの悲劇がなければ、あの双子の目もあれのようにきれいに輝いていたんだろうか。たらればの話に意味がないことなんて、おれ自身がよくわかっていることだ。それでも、悲劇を背負うには幼すぎる双子に、同情するのを止めることはできなかった。あの頃のおれ達には、周りに助けてくれる人間なんてひとりもいなかった。だが、あの双子は違う。おれが、どうにかしなければ。そう決意を固めて、短くなった煙草を消した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

side.Doflamingo

 

 

 

ワインのボトルを手に取り、栓を開ける。窓際に置いたテーブルの上にあったグラスにワインを注ごうとして、その横にある本に目が止まった。数日前に読み終えた、フレバンスの本。フレバンスの歴史や風土、珀鉛産業について書かれたものだ。

 

それによると、フレバンスは国の興りの頃から珀鉛が関わっていたらしい。だからフレバンスの歴史は、珀鉛産業の発達と共に語られている。――今となっては、始まりから破滅の道を歩んでいたことになるのだから、なんとも皮肉な話だ。本来背負う必要のない業を背負わされ、迫害された双子。破壊だけを望む荒んだ目。迫り来る死を恐れず、残り少ない生を全て破壊に捧げんとするその恨みの深さ。気に入らない理由がないだろう?

 

初めこそ、2人とも幼い頃のおれだと思った。だが今は違う。あの双子は、幼い頃のおれ達だ。昨日の昼間のあれから、ローズへの印象が変わった。

 

噂程度の話を真に受けたジョーラやマッハバイスが騒ぎ立て、何も知らない他の連中に動揺が広がったとき、初めて双子の反応に違いが見えた。ローの目に宿ったのは怒りで、ローズの目に宿ったのは恐怖だ。あまりにも情けないジョーラ達を叱責したことで、ローズの目が変わる。食堂を出るまで、そしてファミリー入りを正式に認めたときの食い入るようにこちらを見る目。縋り付くようようなその目。いつもなら鬱陶しく感じるものだが、不思議とローズのはそう思わない。それに、既視感があった。それが何かすぐには分からず、しばらく考えて、やっと思い出した。泣いておれの後ろについてきていたロシィだ。――ああ、ローズは取り繕うのが上手いだけで、本当は怖くて、助けてほしいのか。

 

ふ、と笑みがこぼれた。グラスに注ぐのをやめ、ワインボトルを持ち上げて中身を一気に煽る。窓の外の夜空には、満月が浮かんでいた。それが、ローズの助けを乞う目と重なって、ますます気分が良くなった。

 

おれ達は途中ではぐれ、十数年の時を経て再会した。だが、あの双子は違う。国を出た時は別々だったらしいが、幸いにもすぐに再会できた。おれ達とは違う運命を辿る、おれ達に似た双子。そんな存在を、そばに置かないはずがない。右腕として育てると決めたのは、おれ達ができなかったことをこの双子が見せてくれるに違いない、という期待があるからだ。果たして死ぬのが先か、それとも運を引き寄せて3年という余命を乗り越え、化けるのか。これからが楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

【4.5兄弟と双子】終

 

 

 

 

 






ドンキホーテ・ロシナンテ
兄の思考はやはり理解不能。誰がおれに似てるって?
双子のことが心配。似ているからこそ、兄と同じ道に行ってはいけないと思っている。



ドンキホーテ・ドフラミンゴ
ローはおれ、ローズはお前。そっくりじゃねェか。
双子に自分達兄弟を重ねて見ている。もしもあの時、ロシナンテと離れなければ。それを見たいという思いもあって、双子を引き取った。



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