SAO イーディスと逝くアンダーワールド (難波01)
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0.5

秘密裏に進められているプロジェクト。仮想世界を作り、いずれ兵器運用されるAIを作り出すもの。

 

 

 

プロジェクト・アリシゼーション

 

 

ダークテリトリー

 

 

 

 

SAO好きなら知っているであろう単語である。

 

SAOはゲームにフルダイブ、つまりはVRMMOを確立させた近未来が舞台の作品でゴブリンとオーク、その二種を使役するソーサラーに追われる彼の好きなアニメ作品の一つだった。

 

「感触はまさに現実(リアル)のソレ・・・・てか不幸だァァァ!!」

 

先程まで彼はSAOを題材としたアクションゲーム「SAOアリシゼーション・リコリス」をプレイしていた。

 

良くも悪くも話題になったゲームである。

 

進行不能バグとか色々でて、画面のフリーズなんて今に始まったことではないと彼はゲームを再起動しようとホームボタンを押した。

 

そして、意識のブラックアウト。単なる寝落ちかと思ったら冒頭の通りコレですよ。

 

目が覚めたら、まさかのダークテリトリースタート。

 

とある科学都市のツンツン頭、テメェの幻想をぶっ壊すでお馴染みの彼のような叫びを上げて逃げている彼の名はアバター名:シズク、「アリリコ」では二刀流を使用し、STRとAIGを中心にステータスを伸ばしていた。

 

故にゴブリンだろうがオークだろうがダークソーサラーだろうが追いつけるものなら追い付いて御覧なさい?脱兎の如く逃げるシズクさんを捉えることが出来たら褒美をくれてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げるなッ白イウム!」

 

「聞けない相談っ!!」

 

ダークテリトリーを爆走すること数十分、何でアンダーワールドにいるのかとか絶賛混乱中のシズクを他所にゴブリンとオーク、その後ろに構えるダークソーサラーの皆さんは怒り心頭である。

 

「死ねッ!」

 

人界、平たく言うとキリトやアリス、原作メンバーが奮戦している側へ通じる抜け穴から尖兵のゴブリンが働き蜂のようにわいて出てきて進路を塞ぐ。

 

一見積みに見えるこの光景、皆さんも子供の頃に鬼ごっことかして体験したことあるんじゃないか?あ、この場合、刑ドロか・・・どっちでもいいや。

 

「うっ・・・・ガハ!?」

 

まぁ、違うとしたら相手が殺意ましましで七・八メーターはあろうオークが棍棒を振り被って打ち据えてくるくらいだろう。

 

ゴブリンの振るった棍棒を避ければ、のそりと出てきたオークの拳をモロに受けて吹っ飛ばされたシズク。ピンボールのように何度か無骨な手掘りの洞窟の壁にバウンドしながら最終的に人界側へ出たらしい。てか身体頑丈・・・そんなにVIT振ってなかったと思うけど死に掛けてない?もしかしなくても死に掛けだよね!?

 

「さぁ霧舞、思いっきり吐いちゃえ~!」

 

全身打撲、ついでにどっかの骨が逝っているシズクが何とか頭だけ動かして、打ち出された洞穴に火炎ブレスを吹き込むドラゴンがいた。

 

うん、ドラゴン。飛竜、その傍らで刀を地面に刺して微笑んでいる少女がいる。

 

壊れてない?彼女、壊れてないかな?てか、ドラゴンを手なずける少女・・・・うん、普通じゃないわ。てかの鎧は整合騎士様が皆さん着ている物だよね?となるとここは人界ですか。しかもいきなり整合騎士と出くわすと。

 

「・・・・あっ」

 

洞穴が崩れるのを見届けた少女と視線を交えるとそう呟いた。

 

そして、シズクの態勢と自分の立ち位置からスカートを覗かれたと思ったらしい。一瞬の間を置いて死に体へ蹴りが飛んできた。

 

「この・・・変態っ!!」

 

「ぐぼほぅ!!?」

 

まさか、おもいっきり脇腹を蹴り上げられるとは。と言うか今のでデスったらどうする気だ!?死んでも死に切れん!シズクさんはM気質じゃない、美少女に蹴られて死ねるなら本望ですなんて言うわけないだろ!なんて台詞にはできない無言の抗議をしつつ、脇腹に走る激痛、いや全身痛いんだけども。に必死に耐える。

 

「グルゥ」

 

そんな主の凶行を先程までブレスを吐いて焼却活動に勤しんでいた飛竜・霧舞がシズクを口先で小突いて、顔を真っ赤にして今度は刀を抜いている少女を小突く。

 

あ、ファンタジーなペットの優しさが身に染みる。今は何されても激痛しか走らんけども。

 

「ごめん!生きてるかな?無事かな?」

 

少女の問いかけに何とか頷くことで応答するとパァ!と明るい笑顔を浮かべた。

 

あ、こういうのは普通に可愛いな。

 

「良かったよかった! じゃ、捕らえるね!」

 

「・・・・・っ!」

 

「・・・・取り合えず、喋れる程度には回復させてあげる」

 

そう言うとボロ雑巾よろしいシズクの身体を拘束具で締め上げる少女。うん、間違いねぇわ。今の神聖術・・・変なところで確信を得ることになろうとは、と言うか助けてください。天命値の回復を望みます、このままだと本拠地に運び込まれる前に死んじゃう自信しかない。

 

いや死なんけども、恨みがましく視線を送っていると少女は手を翳した。淡く光る掌と感じる暖かさ。安心感を得

たことで糸が切れたように意識を失った。

 

「え!ちょっと!?未だ生きてる・・・よね?はぁ、仕方ない。霧舞に乗せていくか」

 

こうして、シズクはセントラル・カセドラルに連行・・・と言うか運搬された。

 

抵抗?出来るわけないだろ、シズクさんは絶賛気絶中ですよ?

 

後に長い付き合いとなる少女にして整合騎士、イーディスとの出会いはこんな感じである。

 




思いつき。

アプリやったら意外とツボったイーディス。

コレはもうやるっきゃないと書いた。


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1

セントラル・カセドラルに連行されて早一週間、どうも俺ことシズクです。

 

回復を待たずに最高司祭・・・・まぁ、ゲームやっていたから名前は割れている。アドミニストレータがどうも俺に宿る力を気にしているらしい。

 

どゆこと?とお思いかと思うのだが言うなればSAO版幻想殺し(イマジンブレイカー)と言えば分かるだろうか?

 

ま、傷の回復はセントラル・カセドラルの中層にある天命値の回復が見込める大浴場に投げ込まれて湯でられた。理不尽!でもまぁ、回復したし取りあえず問題はそこじゃない。

 

俺の左手、手首から先は対神聖術にとってほぼ絶対の防御を誇っているらしい。

 

コレについてはあのちんちくりん達磨が「信じられマッセェ~ン!」とか抜かして生み出した炎の魔人を平手一発で消滅させたので間違いなくユニークスキルの部類で確実に効力を発揮している。てかSAO・・・アンダーワールド編に“とある”要素ぶち込んで良いのか?そこは気になるが現状、SAO界きっての最高上司ベルクーリ殿曰く「お前だけの力」とお墨付きすら貰った。

 

冷静に考えればアドミニストレータも左手・幻想殺し(仮)を解析し尽くす心算だろう。

 

何せ回復し尽くす前に俺は整合騎士十番目の従者とされてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私ことイーディスには最近悩みが出来た。

 

「・・・・はぁ」

 

そう、四六時中この男の癖にポニーテールにしているシズクと動かねばならないと言う物だ。何でこんな女々しい奴とと思わなかった時はここ最近ない。が、実力は確かなようで下位整合騎士が四人纏めて掛ろうともあっさりと勝ってしまうものだからベルクーリ様も一目置くのも分かる。

 

「溜息ばかりついていると幸せが逃げるぞ?」

 

「・・・・あんたのせいだからね?」

 

私は思わず言い返す。

 

シズクは首をかしげて二つのグラスに水を注いで持ってきていた。

 

うん、こういうところは気が利くと言うか私が今何が欲しいと聞いたかのような立ち回りで正直、少し不気味でもある。

 

一週間一緒に行動している問題は、最高司祭様がシズクにつけた枷にある。

 

「まぁ、そうしかめっ面をするな。俺だって好き好んでイーディスと風呂に入ろうとは思わないから安心しろぉ!?」

 

「今のは納得できないっ!」

 

思わず枕を投げる私、両手がふさがっているシズクが顔面に枕を食らってカエル踏まれたカエルような声を上げた。

 

私だって整合騎士である前に女だ、自分の失態で・・・掘り返すのは止めよう。

 

兎に角!私だって身体を見られて異性であるコイツが何も感じないと言うのはなんか悔しい。うん、悔しいから枕を投げた。

 

「おまっアブねぇ!?」

 

「それはアンタが入浴中に入ってくるからでしょ!?」

 

「コレのシステムを理解していなかったイーディスにも落ち度があると思うの!」

 

そう、シズクの首には最高司祭様がこさえた綱の代わり、細い首輪のような物がついている。これは私との主従を現す物らしくて、鎖の代わりに私が特定のワードを言うことで自動で神聖術が発動するようになっている。

 

聞けば、発動する神聖術を喰らえば意識くらい簡単に飛んでしまうんだとか。

 

最初は私が風呂に入っているときだった。

 

確かに、最初はキリモミ回転して浴槽に突っ込んできたシズクに私はギョッとして見られまいと湯船に沈めたっけ。

 

「~~っ!」

 

私とコイツは任務に就くことも寝食を供にすることも今は強要されていることを思い出して再び枕を持ってシズクに殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間前、イーディスの部屋に通されて直ぐに思ったことは寝具が一つしかない。

 

ま、俺ことシズクの登場なんて想定外だっただろうし仕方ない。と言うか整合騎士もミスするんだね。

 

俺と言うボロ雑巾の逮捕状は出ていない、元老長に俺と言う存在を尋ねられたイーディスは現行犯逮捕したと端的に伝えると「ダークテリトリーを闊歩する人界人なんているわけナイでしょう!?ボロ雑巾なんて捨ててきナサァイィ!」と叱咤され、騒ぎを聞きつけた騎士長・ベルクーリさんが俺の左手に気がつき、治癒術が満足に機能しないことを見抜いた。

 

俺と言う人間の価値は左手のユニークスキルで見出されたわけだな。んで、ベルクーリさん+イーディスとアドミニストレータと対面。

 

俺はイーディスの従者となった。

 

意図せぬ寝食の場をゲット!ってな感じで浮かれたのよ、このチョーカーの設定ミスとかアドミニストレータ抜かしやがったらしいけど絶対故意だよな?知ってるぞ、お前さんが絶対の存在(自称)なのを!

 

チョーカーの初期設定(と言うことにしておく)のせい、イーディスが入浴中だから脱衣所入り口で待っていたら殴られたように吹っ飛ばされて、否。この場合はトラックに撥ねられたような衝撃で湯船に突っ込んだんだよね。

 

イメージ的にはあれだ、犬夜叉のおすわり。

 

この時はそのタブーワードが何かイーディスも俺も知らされていなかった。

 

最初、イーディスとの取っ組み合いは二日目の夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

「意味分かんないことになったけど、お風呂に入ってるとそんなのどうでもよくなるな~」

 

あの時の私ことイーディスは、肩まで湯船に浸かって呟くと広い大浴場に台詞が反響した。

 

それほど大きな声を出した心算はないが、大浴場はよく声が響く。どんなつくりなんだろう?

 

「気にしてもしょうがないか~・・・それにしても最高司祭様を前にしてアイツ、面白かったなぁ!なんかすごい“がちがち”で「ふべらばぁ!!?」きゃぁ!?」

 

大浴場の扉、というか布を垂らして脱衣所と隔てただけなのよね。湿気が逃げないのは神聖術を施してあるからだとか・・・何気無く使っているけれど、私とセントラル・カセドラル建造に関わった人間の技量は違いすぎ。

 

比べるのも馬鹿らしいわ・・・じゃなくて!

 

「この建物はトラップダンジョンですか!?」

 

「何でいきなり入ってくるのよっ変態!」

 

「ぶぼほぉ!?」

 

さばぁ!と水柱を立てて現れたのは服を着たままのシズクだった。私は反射的にシズクの頭を掴んで湯の中に沈めている。

 

私は悪くない、入ってくるこいつが悪い!

 

手をバタバタさせて何かを訴えているがそこはソレ、私は身体を見られたくないし見せる気もない。

 

「おう、スゲェ音がしたんだが、誰か入ってるのかい?」

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

問題は立て続けに起こるものでちょっこりとベルクーリ様が顔を出した。私は思わず桶を手に取ると投げる。

 

ふべぇ!なんて変な叫びと供に目を抑える元老長が、いけない!ぜんぜん気がつかなかった。

 

「イーディス・・・その、お盛んなのは結構なんだが」

 

「え!?違いますべりクーリ様!!こいつが入ってきたんです!!」

 

「その、何だ?騎士としての職務に支障をきたさない程度に・・・な?」

 

「だから違うとっ!」

 

「私をおいて話を進めないでクダサァァァイィィ!!!」

 

「がばぼばぼぼ!」

 

「見るなダルマァァァ!!」

 

なにやら勘違いしたらしいベルクーリ様に弁解する私、痛みから復帰して文句をたれる元老長へ思わず二つ目の桶を投げてしまう。

 

凄い私!寸分狂わぬ軌道で元老長の顎を打ち抜いて崩れさせたわ!!

 

「さて、元老長は片付けるが・・・・・イーディス、ソイツ溺れちまうぞ?」

 

ぐったりとしたシズクを見て、ベルクーリ様はそう言い残して脱衣所を後にする。

 

「痛っ! あぁっ!!」

 

意識してシズクを沈めててたら、急に右目が痛くなった。焼けるような痛みで、頭がおかしくなりそう。気が狂いそうになってると、抑えてる手をシズクに退けられて右目を覗きこまれる。そこであたしは右目がおかしくなってることに気づいた。

 

シズクを見てるはずなのに、神聖文字が見える。その意味が何か分からなくて、見ようとしても痛みが強くなってくる。

 

「イーディス。何も見ようとするな。何も考えなくていい」

 

「シズ、ク・・・?」

 

「はいはい、貴女のシズクさんですよ~」

 

耳元ではっきり聞こえる大きさで囁かれる。気づいたらシズクに抱きしめられてて、背中をゆっくりぽんぽんって叩かれてる。

 

段々落ち着くことができて、私の右目の痛みも和らいできた。おかしいものが見えてた右目も、今じゃ元に戻ってる。

 

「はぁはぁ、っはぁ・・・なに、あれ・・・・」

 

「俺が知るか。まぁ、そのお蔭で俺は命拾いしたわけだが」

 

「・・・・・そうだね」

 

多少、おどけているコイツに救われた。一緒に思いつめてくれていたらソレはそれで私も考え込んでしまっていただろう。

 

騎士長なら知ってるかもしれないけど、アレはなんか聞かないほうがいい気がする。最高司祭にも、元老長にも言わないほうがいいかな。

 

シズクの胸に顔を埋めて、ふと気づいた。

 

「溺れてたんじゃないの?」

 

「ふっ!伊達に素潜り五分の記録は持ってないんでな」

 

「つまり、私の裸も見たと・・・」

 

未だにシズクの胸に顔を鎮めているが、私は自分でも顔が熱いことを自覚している。それほど赤面しているのだろう。

 

「・・・・非常時だったからね?見たことは否定しないけどコレは事故・・・」

 

見上げればシズクの目は泳いでいた。

 

見たわね絶対、コイツ確信犯・・・・。

 

「・・・・・そうねって、するかぁ!!神聖術で“がちがち”に固めてやるんだか、ら?」

 

目の前でシズクは電気でも浴びたように痙攣して、今度こそ意識を手放していた。

 

私としては記憶が飛んでいたほうが都合がいい。だってベルクーリ様の誤解を解くだけでいいんだから。

 

シズクの首輪(見た目は一方通行のチョーカーに近いソレ)は主・・・この場合は私の意志で神聖術が発動する防衛装置みたいな物なんだってベルクーリ様が教えてくれた。

 

なんでも最高司祭様は私とシズクにパスを繋いで、目に見える形で目印をつけたとか。

 

私がシズクに対して神聖術を発動する時は何時もの「システムコール」の掛け声はいらない。どんな風にとめたいと思えばソレに準じた物が発動するんだって。

 

昨日のは神聖術で麻痺させてやろうと思った、ソレが首輪から強力な電流に変換されたってことらしい。シズクの髪の毛がチリチリになってたのはご愛嬌だ。

 

最初の誤発動は、私が風呂で気を抜いて「もうどうでもいいや~」と思ってたところにシズクの「神聖術ってどんなんやろ?」と言う思考が重なり、禁句が偶々“がちがち”になったんだとか。

 

つまり、私がコイツを無理やり止めたい時は“がちがち”ってどんな風にしたいか念じながら言えばいいってことよね。

 

 

 

 

 

 

寝具についても問題はあった。

 

シズクは変なところで図々しいと思う。

 

「ベッドは一つか、イーディスさん?もしかして一緒に寝てくれたりします??」

 

「は、はぁっ!? 何言ってんの!? そんな事したら子供できるじゃん!」

 

「できるわけないだろ。頭大丈夫か?混乱してない?」

 

「・・・・。できないの?」

 

「え、子どもの作り方を教えないといけないの?」

 

すっごい嫌そうな顔してるし、たぶんあたしの考えてることじゃ、子どもはできないみたい。一緒に寝るだけじゃできないんだ。

 

「誰にそんなの教わったんだよ」

 

「誰ってそりゃあ・・・・誰だろ?」

 

「そこは親じゃないのか?まぁ、無理に思い出さそうとしなくてもいいさ」

 

「あたし達整合騎士に親なんていないよ。天界から召喚されてるんだから」

 

「召喚、か・・・」

 

「なに?」

 

「なんでもない」

 

軽く手をふるって答えるシズクを見て私は隠す気がないと思った。明らかに纏っている空気は別物になり、何処か悲しげですらある。

 

私もそんなに興味が引かれたわけでもないのでそれ以上追求はしなかった。

 

「じゃ、寝ようか?」

 

「うん。って言うと思った? 一緒とか子供できなくても嫌だからね?」

 

「けど寝る場所が他にないだろ。俺にも寝床用意してくれよ」

 

「明日には用意させるから、今日は床にでも寝てて。毛布はあるし」

 

「ヤダヤダ床とか!朝寒そう!」

 

「子供か! 痛っ!」

 

「イーディス?」

 

私は頭を抑える。駄々をこねるシズクの姿を見たせいなのかな。頭が痛い。言葉にし難い痛みがあって、よく分かんないけど胸が苦しい。何か穴が空いてる気分になる。

 

「とりあえず横になれ」

 

寝床の上に押し倒されて、布団をかけられる。別人なんじゃないかってくらい切り替わりが早くて、シズクのことが何もわからなくなる。少し分かったような気がしても、すぐにそれを惑わされちゃう。

 

けど、たぶん優しさはあるのかな。私を寝かせて、様子を見守ってくれてる。さっきの子供らしさから急に年上感が出てきたけど、そこはもう考えるのはやめた。

 

風呂での一件があるからさっきのはシズクの演技だったのかも・・・。

 

「ごめん、ありがと。・・・・何か下心とかあるでしょ?」

 

「何だ急に」

 

「だって、私から離れたら自由じゃん? それなのに私が隙を見せても逃げようとしないし、むしろ助けてくれる。なんで?」

 

「ん~・・・性分なんだよ」

 

「・・・嘘ばっかり」

 

「手の届く限りは、助けたいって思ってるだけさ。お人よしなの」

 

あ、コレは嘘じゃないな。シズクの心は闇を抱えているんだ、身内を亡くすとかそういう悲しみの類と不安。とても悲しそうな目をしていたから、直ぐに分かった。

 

「ふぅん・・・一人でダークテリトリー走り回るだけあって腕に覚えはあるってこと?」

 

「ま、ソレについても明日見せてやるかもだ。調子が悪いならお眠り・・・」

 

私は促されるまま瞳を閉じる。多分、シズクなら信頼できる・・・そんな根拠のない確信を小さな会話なの中で得た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えば、二日目は大変だったな。

 

俺ことシズクはイーディスの従者に、しかもアドミニストレータの奴が施した首輪(チョーカー)のせいで酷い目には遭うし。

 

既にゲームで知っていたとは言え、整合騎士でも禁忌目録に触れそうになると右目のリミッターが発動する。実際に見て思ったのは、この世界を生んだ一部の人間は間違いなく歪んでいたと言う事。

 

俺には現実の肉体がない・・・あるの?多分ない。

 

だから、キリトのように菊岡さんへ抗議することも儘ならない。イーディスたちと同じ一AIという扱いだろう。

 

(こうやって寝ている時は、歳相応の女の子なんだよなぁ)

 

イーディスの寝ているベッドは、新たに大きくツインサイズになっている。誤解したままのベルクーリさんが、申請を見た時に既存のシングルベッドと交換するよう根回ししたとか。因みに真ん中には柵があって間違いが起きないようになっている。

 

いや、がちがちの一言で俺死ねるんですけどね?

 

(こっちに来て、皆に会って実感した。俺はこの世界で生きていくしかないのか?ログアウト出来るのか?分からないことだらけだけど・・・)

 

こんな風に思うのは、きっと失礼だ。

 

整合騎士であるイーディスを守りたいなんてね。でも、俺にとって最初に出来た繋がりなんだ・・・・だから、きっとこれから起こるキリトとユージオによる突貫事案も最終負荷実験でも俺はイーディスの盾になろうと思っている。

 

過ぎた願いだ・・・けど、この世界は心が折れない限り、可能性はある。

 

「むにゃむにゃ・・・シズク、そこに直れ・・・」

 

「どんな夢だよ」

 

「がちがち・・・つぶれちゃえ~・・・むちゃむちゃ」

 

「ふげばっ!?」

 

うん、左手で壊せないかな?この首輪!?

 



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2

セントラル・カセドラルでの生活が始まって一ヶ月が過ぎる。

 

俺ことシズクの手の内はイーディスを初めに整合騎士の皆さんに見せきったと言って良い。

 

基本素手だし、上条スタイルだし。

 

確かに今なんて任地に行ったら足手まといこの上ないのはよく理解している。分かっているからこうして勝手に物色して良いと話題の武器庫に訪れたわけなんだけども・・・。

 

「ねぇ、シズクは武器を使ったことがあるの?」

 

どういうわけからんらんと目を輝かせているイーディスと供に物色をしているわけなんだけども。

 

この後、ベルクーリさんが組み手で見てくれるらしいんだ。

 

ほら、イーディスも部下で娘みたいなもんだって言ってったし。戦力に為るか査定だそうだ。

 

「片手剣・・・・」 

 

答えかけてふと考える。

 

アレ?無難に片手剣にしようしたけど・・・俺使えんの所謂アインクラッド流ソードスキルになるわけなんだけどもキリトとユージオは整合騎士相手に初見殺し的なところもあったような・・・・ないな。その程度で負けるなら整合騎士やっていないだろう。

 

「片手剣ね。まぁ扱いやすいし無難か、でもアンタ剣での読みあいとか弱そう」

 

「なんですと!?」

 

笑顔でそう言ったイーディスにカチンと来た。

 

そりゃあ、ゲームでしか剣に触れてませんし?それでもSAOリコリスって剣戟アクションキャラゲーやっていたし?あ、関係ない?でもこの世界アンダーワールドなわけで!

 

「・・・・何で日本刀があんの?」

 

いや、百歩譲ってアンダーワールドが作られて世界で刀っつってもイーディスの持つ固有の刀も純粋に日本刀と言うよりは形状がファンタジーよりに曲解されている。

 

あ~日本人として惹かれるわ~・・・・よし、新たな流派を整合騎士の皆さんにお見せしよう。出来るかは別、出来ると思えば何でもいける!それでこそのアンダーワールド!

 

「知らないわよ。ここの武器って最高司祭様が集めさせてるらしいから何処から集まっ

たかなんて私が知るわけ・・・・って何ソレ?刀?刀で行くの!?」

 

純粋に見間違う事無き日本刀を鞘から抜いてみる。

 

チャッ!と言う金属音の後に細い刀身が露に・・・・うん、切結ぶならともかくファンタジーの大本命:バスターソードとかと切結ぶとか駄目だな。刀が折れる。

 

おいおい、刀身が綺麗だな。実物は初めて見た・・・・。

 

てか失礼じゃないですかね?イーディスさん。

 

俺だって日本男児の端くれ、刀が使えるなら使うわ。そして、可能ならばあの流派で戦いたい。

 

幸いなことに我がステータスはAIGよりですし?出来ると思うんですわ。

 

「何だよ、俺が刀持ったら問題でもあるのか?」

 

「・・・ないけど。無いけど何か私と被る!」

 

「ベルクーリさんは好きな得物持ってこいって言っていたからな。さて、イーディスの仕事が増えるか否か・・・・行きますか?」

 

「任務が増えるのは嫌!」

 

珍しくごねるイーディス。ま、仕事が増えるのは嫌である。

 

拝借した日本刀を腰に挿してみる。

 

おお、ベルトの通しが意外と良い仕事したな。後は最初のオークに殴られた時のダメージで開いた穴ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、お揃いかよ」

 

武器庫から出ると待っていたベルクーリが呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「何っすか、べルクーリさんまで」

 

「まぁ、お前さんは左手に頼って神聖術による遠距離戦を潜り抜けて懐にもぐりこんで肉弾戦ってのがここ一ヶ月で分かったお前さんの型だ。武器を持ってもそれは一朝一夕に変わるもんじゃねぇ。ま、神器クラスのもんにならぁ自然と神聖力を帯びちまうから、弓なら左手で消せるだろうけどな」

 

膨れるイーディスは「何回も言ったのに」とぶつぶつ呟く。

 

どうやら、コンビと為るなら一対多が望める武器が良かったらしい。後はベルクーリさん曰く、俺に刀は向いていないとか。

 

ダークテリトリーに拳闘士って奴らがいるらしい、武器を望むなら手甲とかそういう拳系と思ったとか。酷いな、俺が突っ込むことしか能がないみたいじゃないか。

 

「木剣じゃ、騎士見習い達相手に負け無しだったんだろう?俺相手に一本取れたら、イーディスの同伴を認めてやる。負けたらもうちょいここに篭ってもらう」

 

「ウッス、もし一本取ったらイーディスの仕事量は?」

 

「魔獣討伐系を主にお前とやってもらうつもりだ。気張れよ少年!良いところ見せてやれ」

 

そう言いながら俺とイーディス、ベルクーリさんは鍛練場まで歩いていく。

 

鍛練場では下級騎士や見習いが組み手や筋トレ、素振りをしている。

 

ベルクーリさんを見かけるや「騎士長!?」「騎士長が何で!?」とか聞こえる。

 

おいおい、黙々と矢を射るデュソルバートがいるじゃないか。

 

「・・・それじゃあ騎士長、判断をお願いします」

 

イーディスがベルクーリに一礼し、コートの外に出た。

 

「それじゃ、殺す心算で掛って来い」

 

まるで親父が子供を構うように、リラックスしたベルクーリさんが木剣をゆっくりと構える。

 

俺は深呼吸して、腰を落として居合いのように構えて強く地を蹴った。

 

飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は目を疑った。

 

私ことイーディスの前で、騎士長の頭上をシズクは一瞬で取った。

 

シズクの瞬発力や膂力が高いのは、今までの訓練で分かっていた事だ。問題は一息で騎士長の頭上を取り、見たこともない流派の技を繰り出していること。

 

「龍槌閃!」

 

重力落下で威力を底上げして叩き斬る技のようだけど、その程度では騎士長を捉えられない。アレ?私じゃ危ないかも、あんないきなり視界の外から攻撃されたら対応に困っちゃうかな、アイツ神聖術効かないからなぁ~。

 

「お、やっぱり隠してやがったな」

 

「気がついてたんですか?人が悪いな・・・続いてっ!」

 

今度は全身の急所を乱撃する技、騎士長は捌いているけれど並の剣士なら決着が着いてるよ。私でも対応は難しいかな、武装完全支配術使わされそうな勢いの完成度を誇る技・・・本当にシズクは何者だろう?

 

「そら、もっと本気になれっ」

 

「なんのっ双龍閃!」

 

騎士長が打ち込んだ剣を右に身体を捻りながら避けて斬りかかるシズク。ソレを避けた騎士長、あちゃ~・・・見習いの子達引いているよ?

 

シズクの攻撃はコレで終わらなかった。

 

開いている左手で鞘を抜くと二撃目を騎士長の顎目掛けて抜き放つ。

 

「そ、そこまで!」

 

ピタリッ!と顎に添えられる鞘。思わず声を上げてしまったけどシズクって居合い使いなのね。

 

うわぁ、騎士長本気じゃなかったとは言えシズクが勝っちゃった。

 

あ、少し鼻高いかな。私の従者は神聖術耐性高く・・・と言うか効かなくて剣も強いのです!

 

よし、コレで私もアイツの知らない一面を知れたかな・・・本当に今まで何をしていたんだろう、殺しで喰っていたわけじゃないわよね?

 

 

 

 

 

 

 

よし、ソードスキルとして俺の、シズクの記憶にある過去に憧れた剣豪の動きは再現できる。と言うかこっちの方が絶対にアドバンテージあるわ、AIG上げるアイテム探そ・・・アレ?そんな便利アイテムあるの??

 

それは兎も角、飛天御剣流を主体に動いていこう・・・魔獣にも通用するよね?

 

「すごいじゃない!今までが嘘みたい」

 

「少しは見直しましたかい?イーディスさん」

 

「うん、直線的な奴じゃなかったんだね」

 

本当に驚いたのだろう、イーディスの表情は驚きと・・・何かいいことでもあったようで微笑みながら語りかけてくる。

 

「・・・・仕方ないでしょうよ、素手だったんだから」

 

「うん、コレだけ強いなら私も認識を改めなくちゃ。ここ一ヶ月のイメージが嘘みたい。単なる変態だと思ってた」

 

「おいまて、今までのは事故だって言ってんだろ!」

 

「し~らない♪」

 

「あのなぁ!?」

 

何時ものように口論を始める俺とイーディス。ベルクーリさんだけは暖かい目でこちらを見ている。

 

「おいおい、のろけんのも大概にしろ。シズクは文句なしの合格だ、しっかりソイツを支えてやれ・・・ってどうした?鍛練にもどれよー!」

 

唖然とする見習い騎士達にベルクーリさんが一喝することでこの場は納まった・・・・と思ったんですよ、後々に嫌になるほど味わうことになるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてはて、本格的に気になっていることがある。

 

「霧舞、確かに俺はお前の主と同室だ。だが、好んでイーディスにスケベを働いているわけではない」

 

そう、物凄く好かれている。

 

整合騎士が従える移動手段、飛竜にである。と言うか飛竜以外にも動物には好かれるかもしれない・・・アレ、飛竜って幻種じゃなかった?

 

「グルゥ・・・」

 

私にぼやかれましても、とでも言いたげに唸る霧舞。

 

俺は割とセントラル・カセドラル内を割と好きに動き回っていて(イーディスは怒るが)、最近の流行は主の愚痴を同じ主に仕える霧舞にぼやくこと。

 

霧舞も最初こそ反応はいい、何か大型犬を相手にしているみたいで心が和むんだけどどうにも飛竜のじゃれ付き方には心が慣れん。

 

いきなり頭をかぶりですよ?いや、本気で食い千切りにきてるわけじゃないし、甘がみでべろべろ舐めるだけだけどさ。

 

因みに他の飛竜たちも懐いてくれている。

 

なんだろうね、俺はシリカじゃないしビーストテイマーの経験もない。単なる動物好きだっただけ。ま、こんな経験するなんて思いもしないしね。

 

「んじゃ、戻るわ霧舞。ストレス溜まったらまた来る」

 

そう言って飛竜のゲージ(?)を後にすると「あ、結構です」と言うように吼える霧舞。

 

「何階を御利用でしょうか?」

 

「いつもの所で頼むよ」

 

「かしこまりました」

 

昇降係りに尋ねられて答えると特に追及なく上昇を開始する。

 

凄いよこの子、なんか行き着けの飲み屋みたいな感じで行けたわ。

 

「見つけた・・・」

 

イーディスの部屋がある階層に着くと部屋の前に黒髪の女性がいた。

 

俺を見つけるなり、つかつかと詰め寄ってくる。

 

「私と戦って欲しい。」

 

「あ、あの・・・何故?」

 

知ってるよ、うん。

 

整合騎士きってのバーサーカー、シェータさん。何でも斬っちゃうらしいよね、一応こっちじゃ初対面なので取り繕う。

 

「未知の流派で騎士長に一発入れたそうじゃねぇか」

 

おおう、物凄い棒読みだ。後入れてないし、めっちゃ手を抜かれていたから本気のベルクーリさんとやりあうなんて思いたくも無い。

 

死ぬわ、間違いなく。

 

どうも未知の流派ってのに興味を引かれてベルクーリさんのテスト結果でシェータさんの闘争心に火がついたらしい、その癖に極めて感情の起伏はなく能面のように表情が変わらない。

 

何この人、メッチャ怖いんだけど!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、どういう状況?」

 

私ことイーディスは、自室の前で立ち往生するシズクとシェータに一瞬戸惑った。でも良く考えるとシェータが動く動機って決闘しようとかそんなところよね。

 

「お、いい所に!イーディス、この方をどうにかしてくれ」

 

あ、珍しくシズクが泣き付いてきた。

 

私も苦手なのよね、シェータって何考えてるか良く分からないし・・・でも、今日は分かるわ。

 

「・・・・イーディスの従者は腰抜けなの?」

 

シェータが私を見るなり、いきなり挑発を始めた。

 

普段物静かなシェータが挑発までするとは・・・よっぽど戦いたいのね。

 

「シズク・・・」

 

「いや、戦わないからね?」

 

「そりゃあ残念だ」

 

「騎士長!?」

 

私が言葉を紡ぐ前にシズクが釘を刺す。シェータは殺る気だけどシズクは必要以上に剣を振るいたくない様子だし、でも挑発されっぱなしも癪だしと思い始めた時、背後から騎士長が現れる。

 

何時来たの!?と言うか騎士長、公務かまけてませんか?

 

「お前さんの力を皆に認めてもらういい機会だと思ったんだが」

 

「騎士長、楽しんでません?」

 

「そんなことはねぇさ。」

 

いや、騎士長は絶対に楽しんでるわね。

 

「未だに少年の実力を疑う声が多くてな。整合騎士相手に立ち回れると自分の目で確認できれば排斥しようなんて声も消えるからな、十分後に鍛練場だ。遅れるなよ、少年!」

 

心なしかシェータの背中から「うきうき」と言う擬音が見える。

 

私でも分かるわ、シェータさん嬉しそう・・・に比べてこっちときたら。

 

「どうしてこうなった・・・」

 

膝から崩れ落ちているんだもん。

 

「ほら、シズクも諦めなさい。私の従者が無能じゃないって所を皆に知らしめてきて!」

 

うん、私も気合が入っているようだ。

 

負けたら承知しないからね!?



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3

はい、俺ことシズクです。シェータさんと決闘することになりました。

 

一言いいですか?

 

 

何でさ!?

 

 

何でかベルクーリさんを初め、任務に出ていない&調整(と言う名の記憶改竄)中でない整合騎士の皆さんが勢ぞろいしてらっしゃる。

 

「お、随分と様変わりしたじゃねぇか」

 

俺を見るなりベルクーリさんが珍しい物を見たと語外に語る。

 

「いやぁ武器庫に袴があるなんて驚きました。防御力は皆無ですけどね、鎧で固めるよ

り俺はこっちの方が動き易い」

 

和装である。と言うかそんなこと言ったらベルクーリさんも和装でしょうよ!

 

「・・・・イーディス、よくもまぁこのような輩を従えようと思ったな?」

 

因みに剣心スタイルを見て最初に呆れたように口を開いたのは兜かぶった女性・ファナティオだ。

 

「見た目に反して案外やるわよ、シズクは」

 

「閣下に不要な職務を負わせた口でよく言ったものだ」

 

「本人が引き受けてくれただけよ。疑うなら直接聞いてごらんなさい」

 

「まぁ、そう喧嘩腰になるなよ。ファナティオもコイツを排斥すべきかは見てから決めりゃあ良い。」

 

どうやら犬猿の仲らしい、イーディスに食って掛かったファナティオと売り言葉に買い

言葉で喧嘩腰になってしまったイーディスをとめるベルクーリさん。

 

因みにアドミニストレータの勅命だと知っているのはベルクーリさんとイーディス、あとは元老長・・・じゃなかった達磨だ。

 

あ、レンリにいたってはソワソワして心配そうにこちらを見ている。

 

「騎士長閣下、何故我らにまで立会を?」

 

デュソルバートがベルクーリに尋ねた。

 

「一部の騎士からシズクを排斥しようって声が上がっていてな、シェータがどうにも決

闘するってんでついでにコイツの実力を見てもらおうって次第だ。シェータに匹敵するレベルなら皆文句ねぇだろ?」

 

喧嘩腰の二人と興味がなく、俺の存在はあんまり気にしていないデュソルバートへ説明するベルクーリさん。

 

あれぇ?適当に負けてお茶を濁そうと思っていた俺の思惑はたちまち潰されていく。

 

「少年、因みに真剣での立会いだ。負けてとか思ってたら本当に死ぬからな、その心算で行け。いざとなった止めるが手を抜いていると思ったら止めんからな」

 

「マジですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私ことイーディスの、否。今セントラル・カセドラルにいる整合騎士たちの前で二人が地を蹴った。

 

単純な速度なら、下手な話シズクの方が早いわ。シェータの頭上を取った。

 

騎士長との戦いで見せた技を繰り出したようだけど、急に速度を落として制動をかけたシェータの眼前を刃が過ぎる。

 

「イーディスの見立て通り剣の読みあいは苦手みたいだな」

 

騎士長が腕を組んで言葉を漏らす。

 

言わんこっちゃない。だから間合いの長い武器にしろっていったのよ、アンタには左手だってあるでしょうが。

 

「うっ!?」

 

「・・・・初見で見切られたのは初めて」

 

刀を抜く事無く、ごろりと横に転がるシズクに連続突きを終えたシェータが静かに呟く。

 

「それはどうも」

 

「・・・・貴方は読みあいが苦手」

 

再び物凄い攻防に入る。

 

シェータの連撃を何とか刀を抜いて捌くシズク。

 

急所狙うラッシュを最低限の動きで何とか避けて反撃を伺っているのが見て取れる。そう言えば似たような技をシズクは持っている筈だけど、どうして繰り出さないのだろうか?

 

「なら、時間を稼がせてもらう!」

 

シズクがそう叫ぶなり、抜刀と同時に鍛練場の床を刀で削って、その床片を衝撃波と共にシェータにぶつける。

 

時間稼ぎにもならないだろうけど、咄嗟の行動としては有効ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、土龍閃で僅かな隙を作って何とか体勢を立て直す。

 

デスガン戦のキリトと同じ状況だったわけだ。壁とも思える突きのラッシュをどうにかしないと始まらなかった。

 

俺ことシズクは再び鞘に刀を納めて、今度は出来るだけ早く切伏せるイメージで確実に防がれない複数の攻撃を繰り出す。

 

ゲームでやっていた時のように弾ければ良かったのだが、実際相対して直ぐにシェータの剣気に飲まれた俺も悪い。身体が慣れて切り返すのに数秒掛った。

 

実戦では命取りだ。

 

一度に九つの攻撃を、となれば整合騎士といえど受けきれない筈だ!

 

「飛天御剣流・・・・」

 

「・・・・!上等じゃねぇかっ」

 

踏み込みと同時にシェータも何か感じたらしい、にやりと笑って凶暴な笑みと共に速度が増す。

 

斬られる?考えるなッ今は相手を切伏せることだけを考えろ!一切の行動を中断せず、防御を捨てて、この技に!

 

「九頭龍・・・・「そこまでっ!」ふべぁ!!?」

 

本当に殺人も厭わない・・・その気概を持って放った九頭龍閃は、ベルクーリさんの一

言と同時に唐竹の一撃目を何かに逸らされて俺はバランスを崩して見事に鍛練場を顔面からスライディング、見学していた幼女二人の辺りの前で止まる。

 

「凄いです!あの速度で正確に殺す挙動を取るなんて」

 

「それにアレ、九連撃だよね?ソレもほとんど同時に打つなんて凄いじゃん!?」

 

「顔面血だけ、擦り傷だらけのボロ雑巾ですが・・・?」

 

皮肉を込めて答えてみる。

 

フィゼルとリゼルだ。実際見ると本当に殺しの技術に長けているようには見えない・・・実際、キリトとユージオの不意打ちには成功しているのだし、見てくれもアドバンテージになるのか。と言うかよ?フィゼルは何気に九頭龍閃をしっかり目で追えていたようだし、こんな子供もその域にいるのか?

 

整合騎士・・・本当に末恐ろしい。

 

「おう、少年。大丈夫か?」

 

「止めるならもっとマシなタイミングないんですかね?」

 

「ワリィな。お前等が白熱したからな、あのままじゃお前さんかシェータは大怪我だったぜ?」

 

ベルクーリさんが手を差し伸べ、俺はソレを掴んで不満を垂れてみる。

 

ま、初めて繰り出したって所もあってシステムの助けがあって身体は慣れてない。だから今回は踏ん張りが利かずにスッテンコロリンなわけだが。

 

「面白かった・・・またお願い」

 

対するシェータさんは物静かな笑顔を浮かべてそう言った。

 

あ~、あの拳闘士が落ちた理由分かるわ。普通に美人なんだよ、イーディスと違うベク

トルで・・・うん、いけない。イーディスから殺気を感じる。

 

「さて、これでも排斥を唱えるか?」

 

ベルクーリさんが振り返る。そこに先ほどまで俺を小馬鹿にしていたファナティオの姿はなく、無言で拍手を送る姿があった。つられる様に四旋剣の面々も拍手していく。

 

「すまぬ、貴殿を侮っていた。これからも精進されよ」

 

そう言ってデュソルバートが去っていく。

 

うん、成る程。素手のときの印象しかないもんね。取り合えず見返せたと思っていいだろう。

 

「凄いじゃないか!僕なんかよりずっと騎士に向いていると思うよ!!」

 

とベタ褒めを始めるレンリ。

 

「・・・好かれたわね?」

 

むすっと頬を膨らませて拗ねているイーディスが口を開いた。

 

「いや、好かれて無いだろ?」

 

「いえ、好かれたわ。シェータさんは普段あんまり口を開かないの!無音って言われるくらいなんだから」

 

イーディスの機嫌が急転直下、下がり続ける株価のグラフ並にヤバイ。

 

「それに、アンタ・・・まだ隠し玉あるでしょ!?」

 

「剣技のこと?まぁ、奥義まで出してないけどさ・・・何?何で前のめりなんですかね?というか幼女S.もなんで加わってんだ!?」

 

イーディスとリネル&フィゼルに絡まれてあたふたする俺をにやりと笑うベルクーリさんが生暖かい視線を送る。

 

「お前さん、女心を惑わすのも大概にしとけよ?後で苦労するぞ」

 

「・・・・え?これってフラグ乱立?嘘でしょ?と言うかベルクーリさんにはそう見えんの!?俺はロリコンじゃないぞ!!」

 

「ろりこん?って何よ」

 

ジト目のイーディスが問い質す勢いで詰め寄ってきた。

 

あ、あかん。経験則で分かる。コレ死ぬ奴や・・・・・・。




リゼルとフィゼル、ちょくちょく座学と実験を抜けて探検している。
そんな設定です


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東領の山岳地帯、シズクがダークテリトリーで侵攻を企む一団にフルボッコにされて

 

イーディスに出会った東の大門付近には遥か昔、神獣が巣くっていました。

 

その神獣は人々を愛しみ、ダークテリトリーからゴブリンが進行しようものなら人々の盾となってくれる優しい獣。

 

しかし、時が経つにつれて人々の間には伝承として語り継がれることになります。

 

質のよい鉱石が取れる、鉱石加工を天職とする者達の守り神のような存在として語り継がれる一匹の獣は今も尚、人々の為に身体を張り続けているのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

私ことイーディスは木刀を振りぬいて飛び掛ってきたシズクを弾き飛ばす。

 

うん、単純な力は私の方が強いのね。でも、やっぱりシズクの瞬発力は侮れない。

 

「流石はイーディス、単調な攻めじゃどうにもならないか」

 

「アンタの主だからね。そう簡単に負けてあげる気はないわよ?」

 

意地もあるしね、弟子とは違うけれどやっぱり従者に負ける主って言うのは格好がつかないし。何より、私は八割方本気だと言うのにシズクは未だ余裕を残している。

 

ん~六割くらい本気なんじゃないかしら?

 

シェータさんに使った九連撃も見せないし、まぁあれ出されたら私も迷わず武装完全支配術使って手数増やすわ。負けたくないもの。とは言え、シズクが完全に受け入れられて三ヶ月が経った訳なんだけどコイツって割と誰とでも話すから自然と私も話す機会が増えるのよ。

 

最たるのはシェータさんかな?ことあるごとにシズクを鍛練に貸して欲しいって呼びに来るし。

 

「さて、一度はイーディスに勝ちたいからな。連続で出し続けるとするか」

 

シズクは再び意識の外へ、物凄い成長速度で剣気の扱いに慣れてきている彼に思わず私は木刀を構えなおす。一秒満たないうちに私の意識内にシズクが現れる。

 

愚直に突っ込んでくるシズクへ私は木刀を振り下ろす。

 

「もらっ・・・・!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ことシズクが出せるソードスキルで返し技としては最も適した技を繰り出した。

 

龍巻閃・凩(りゅうかんせん・こがらし)

 

素直に迎撃に移ったイーディスの一太刀を回転による遠心力を利用して避けるとそのまま回転しながらイーディスの背後に回り込み後頭部や背中に打ち込む。

 

今回はピッタリと木刀がイーディスの首に添えられる形で止めるとイーディスが目を丸くしていた。

 

「漸く一勝・・・はぁ、整合騎士って対策早過ぎない?」

 

「え?嘘、アンタあんな絡め手隠してたの!?」

 

「どちらかと言うと返し技さ。イーディスが素直に打ち込んできてくれたからな、やりやすかった」

 

悔しがるイーディスにあっけからんと答える俺。

 

飛天御剣流の技は大抵試したことになる。魔獣など人型以外の存在ならば心意による強化は必須レベルだけど対して騎士や拳闘士相手なら十分通用する。

 

後詳しく分かった事もある。俺の左手の力は神聖術・・・平たく言えば意図的に使用されるリソース運用削除能力。

 

神聖術、もしもアンダーワールドにログインする別勢力が使用するであろう別次元の力に十分対応が出来る。分析したのは他ならぬ最高司祭・アドミニストレータだ。と後者は持論だ。

 

さて、左手の力をどう呼ぶか・・・何時までも幻想殺し(仮)では示しがつかないだろう。

 

「アンタ、次は本気で!私も本気でやるから!」

 

「朝から連戦は止めようか、バテる。それよか飯食いにいこうぜ?」

 

「・・・今は嫌かな」

 

「あ~時間的に元老長がいるのか」

 

俺が提案するとイーディスは渋り、その理由に気がつく。

 

ま、俺も得意なほうじゃないからな・・・あの達磨の相手をするの。出来るだけ出会いたくないって言うのは同意見だ。

 

「と言うわけだから私、お風呂に行ってくるわ」

 

「ま、汗くらい流さないとな・・・」

 

「入ってこないでよ?」

 

「入るか!」

 

イーディスが冗談っぽく言うと俺は即答した。

 

 

 

 

私ことイーディスとシズクは互いに汗を流すという事で交代で風呂に入ることになった。

 

あ、他の女性騎士がいたらシズクは待ってもらおうかな。でも汗だくの男と行動を共にするのは~・・・・うん、嫌かな。

 

「そう言えば、神器ってどうやって集めてるんだ?」

 

シズクがふっと疑問を投げた。

 

私も詳しいわけじゃない、最高司祭様が鍛えてくれるとかそんなんだった気がする。

 

「そうね、騎士長の神器は最高司祭様が鍛えたそうよ。」

 

「うへぇ・・・ま、そりゃそうだよな。でも全てが全てじゃないだろ?」

 

「うん、材料を調達して作ってもらうってパターンも然りね。これはシェータさんが該当するかな」

 

私は少し考えて知っている限り、神器の出自を思い出す。

 

あ、とか言う私の神器・闇斬剣の出自も詳しく知らないな。

 

「ってことは人界の何処かに神器が眠っているところもあるかもしれないと?」

 

「当てもなく探すとか言わないでよ?」

 

釘を刺すけど意味はないだろうなと私は最近感じている。だって、シズクは無理やり女性を襲うなんてことはしないし誰かの希望には出来るだけ応える人だと分かっている。そして気になった事は突き詰める節もあると私は気がついてしまっている。

 

「目ぼしい所は一つだけあるけどソレはソレ。遺跡とかになのかね?」

 

あ~駄目だ。シズクの目が輝いてる。

 

「良い?勝手に騎士長のところに行かないで。私が上がるまで待ってるの」

 

私は何処か諦めていながらもシズクに釘を刺した。

 

分かってるとは言うがコイツ、絶対に分かってない。あ~心配だなぁ、変な無茶苦茶な案件拾ってきそうだわ。

 

長風呂しないで速く上がって首根っこ掴まなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イーディスには釘を刺された。

 

確かにイーディスの担当地区は東側、北にあるルーリット村の先にある洞窟には青薔薇の剣があるだろう。けどそれは未来のユージオの物だ。

 

さて、となると別件を当たるしかないわけだけどダークテリトリーに入ろうなんて思っていないよ?普通誰も行かないだろうし、もしあると知っていても回収には動かないだろうから。

 

俺ことシズクが妄想を膨らませているとベルクーリさんがやってくる。

 

「よぉ、少年。そんな所で何している?」

 

「おはようございます、ベルクーリさん。主人が湯浴み中ですので」

 

「なるほどな、お前さんは入らないのかい?」

 

「死にたくないので」

 

「はっはっは!冗談さ。お前さん、尻に敷かれてんのな」

 

笑いながら冗談を言うベルクーリさんに肩を竦ませる俺。

 

ベルクーリさんとはこう言う世間話を良くする様になった。

 

ベルクーリさんの中では俺はイーディスの従者でイーディスの男・・・と言うことになっているらしく、以前の申請をダブルベッドに変更したのはベルクーリさんらしい。

 

今こそイーディスに信頼されているが最初は大変だったんだ。

 

「そう言うんじゃないですよ。朝の鍛練の後に汗を流したいからって待ちぼうけっす」

 

「そうか、少年。任務には何時でも出られるな?」

 

「ええ、勿論」

 

急に真顔になり、纏う空気もシリアスな物に変わるベルクーリさん。コレにはふざけることは出来ないので素直に答える。

 

「そうか。ならイーディスが上がったら俺のところに二人で来るように伝えてくれ」

 

そう言ってベルクーリさんは去っていく。

 

何だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

私、イーディスの予感は的中した。

 

「アンタね?あれ程騎士長のところに行くなと言ったはずよね!?」

 

「いや、どちらかと言うと俺が行ったんじゃなくて!」

 

言い訳をするシズクに詰寄る私。こうなれば仕方ない、暫く封印していたけど!

 

「“がちがち”!」

 

「ふんごっ!?」

 

突然床に伏せるシズク、こいつだけ感じている重圧は通常の百倍なんだから当然よね。

 

さて、騎士長が何を吹き込まれたかは知らないけど何とかして否定しなくっちゃ。

 

「な、なぁ?イーディス、その辺にしといてやれ」

 

「いいえ!騎士長はお優しいからシズクが付け上がるのです!」

 

「いや、俺が何か進言した「“がちがち”」ゆ、指一本動かん!」

 

若干引いている騎士長を他所にシズクに掛る重圧は三百倍にした。

 

あ、床にめり込み始めたわね。

 

「いや、俺は少年にお前さんが湯浴み中に会って気概を確認しただけなんだが」

 

「それならそうと早く言ってください!」

 

私は直ぐにシズクへ掛けている神聖術を解除する。

 

まるで道路で干乾びたミミズのような状態のシズクは何とか立ち上がろうと手を着いた。あ、べりべり音立ってるけど大丈夫かしら?

 

「少年、生きてるか?」

 

「大丈夫です、割と慣れっこなので。天命二割減です」

 

立ち上がろうと床の凹みから這い出るシズクに騎士長が声を掛けるとステイシアの窓を開いたシズクが淡々と答える。

 

「そうか、なら移動している間に回復術式を掛けてもらえ。東側で民が消えるって報告があってな。整合騎士は民との接触を禁ずる・・・コレに抵触しないシズクを従者にもつイーディスに向かってもらいたいんだが」

 

こうして、私とシズクの最初の任務が幕を開けた。



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セントラル・カセドラル三十層、そこから飛び立つ飛竜が一匹。

 

そう、霧舞である。

 

「ごめんね~。頑張って、霧舞」

 

私ことイーディスは愛馬ならぬ愛竜に声をかけると霧舞が唸って返してくれる。

 

うん、問題ないみたいね。

 

「悪いな、霧舞。こんなしっかりと装備を持ち込むなんて」

 

「まさか、日帰りで解決出来るなんて思ってないわよね?」

 

「・・・何だ?出来ないのか」

 

「出来るわけないでしょ!?今回は情報も足りてないからアンタ頼りな面もあるし、頑張りなさいよ!」

 

私は肩に掴まるシズクへ檄を飛ばす。

 

どうしてこう楽観主義と言うか、気軽に構えていられるんだろう?アンタの格好を見て

警戒しない民は居ないわよ?

 

「ああ、聞き込みについては任せろ。と言うか人攫いって禁忌目録に抵触しないのか?」

 

「すると思うわ。でも、人界の外に出てしまえば話は別よ。シズクの見立てを教えて」

 

シズクの疑問は尤もだ。私も思った事だから、互いの意見を交換し合っておく。シズクは変なところで鋭いから良いセン突けるかもって思ったんだけど。

 

「もし暗黒界の一軍が侵攻できていたとして、何で民を攫う必要がある?ゴブリンたちの台詞を思い返しても殺意しか感じられないからな。殺戮があったって言う方がしっくり来る」

 

「そうよね、私も同感。やっぱり、何かあるのかしら?」

 

霧舞の綱を握る手に力が篭る。

 

私は人界の平和を守る、この思いは誰にも負けない。負けてないと自負している。

 

ダークテリトリーからの侵攻なのか、はたまた別の何か・・・分からないけど咎は清算してもらうわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東側の山脈付近、最初に俺ことシズクとイーディスが出会った東の大門に近い所にキャンプ地を設営する。

 

持ち込んだ天幕と霧舞がのんびり出来る水辺がある洞穴を根城に、地形を生かして天幕の設営を始めるイーディスと俺。

 

「天幕一つで大丈夫か?」

 

「大丈夫、アンタは襲うなんて度胸無いでしょ?」

 

にっこりと微笑みながらイーディスが言った。

 

信頼されているのか、それとも男として見ていないのか実に複雑である。天幕の中には

簡易ベッドと簡易的な椅子とキャンピングチェアのような椅子がある。

 

まぁ、椅子でも寝れない事はないし・・・いいか。

 

「霧舞、俺は今複雑な気分だ」

 

「ルゥ・・・」

 

霧舞の脇に腰を下ろすと思わずぼやく。すると霧舞はずしっ!と頭を乗せてきた。

 

普通に重い。けどコレはコレで「気にするな」と言っているような気がする。

 

「飛竜の所によく行っていたのは知ってたけど、霧舞凄く懐いたわね!?」

 

その様子にイーディスが驚く。

 

何でも人語を理解する飛竜は乗り手である騎士にしか懐かないらしい。

例外として兄妹竜の乗り手なら懐くこともあるらしいが、俺にここまで懐いているとは思わなかったそうだ。

 

そりゃそうよ、俺だって竜に懐かれるなんて初めての経験だわ!

 

「昔から動物とは長い付き合いだからな」

 

思い出すのは、アンダーワールドに迷い込む前に飼っていた我が家のペット達。

 

あ、ジーンとこみ上げてくる物がある。

 

「ふーん、そう言えばシズクのこと良く知らないわね。」

 

「え?」

 

「気になることが多いもの、剣の腕以前に何で時折悲しげなのかも。出会う前はなにを

していたかも知らない」

 

イーディスが霧舞に圧し掛かられ(頭部のみ)大の字になっている俺の目を覗き込む。

 

くすりと笑うイーディスに俺は視線を逸らして呟く。

 

「聞いても面白みなんてないぞ?」

 

「でも聞きたいのは本当よ? 自分の従者のことは把握しときたい」

 

「まだ話す時じゃないと思うし、到底信じられない話だ」

 

「信じるよ。シズクのこと」

 

まっすぐな言葉、イーディスは変なところで純粋だ。

 

騙さないか心配である。

あ、騙されるような玉なら整合騎士やってないか、と言ってもアドミニストレータは整合騎士の記憶を改竄している。

 

公理教会に疑念を抱かせることに直結する、そうなると何時リミッターで苦しむことになるか分かったモンじゃない。

 

「今は無理だ、話せる時がきたら真っ先にイーディスに話す。それで良いか?」

 

「私に聞かれたら困ること?」

 

「ん、まぁ・・・今は誰に聞かれても困る」

 

「はぁ。それ、約束だからね? 破らないでよ」

 

「ありがとうイーディス」

 

イーディスが生真面目な人間じゃなくて助かった、これくらいなら許してあげるって範囲が他よりは広いんだろう。

そういうのに今回は甘えるとしよう、話すことではないのも事実。

 

俺がどこから来たのか。何故世界の仕組みを知っているかも。それを教えたらイーディスは世界の仕組みを知ることになる。

 

どれだけ必死に戦おうと、向こうの人間が軽く操作するだけでここの全てが泡となって消えるということを。

比喩ですらなく、完全な無になる、文字通りアンダーワールドが消える。

生けるすべての命が他人の手に握られている。

そんな事を知ったら、イーディスはどうなるんだろうな。

 

「グゥ!」

 

「うげぇ!?」

 

重い物が落ちてきて苦悶の声を上げる。我ながら珍妙な声を上げたものだ。

 

なにやら抗議するように霧舞が行ったようだ。

 

霧舞が「主を守ってくれるんじゃないのか?」と目で訴えているように見える。

 

いや、守りたいとは思うけども。

ま、キリトたちが関わる以上菊岡さん達もアンダーワールドがただの実験場ではないと知ることになるだろうしな。

 

「霧舞の心配は杞憂だから、安心しろ。後・・・加減して、重いんだが!?」

 

ぺしぺしと霧舞の口元を叩いている俺と微笑むイーディスがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シズクが情報収集に当たる間、私ことイーディスは拠点として洞穴で待機していることになった。

 

大丈夫かなぁ?アイツの格好って多分人界中探しても一人だけよ、きっと。

 

「でも、不思議と何とかしちゃうんだろうな」

 

あいつと暮らし始めてからと言うもの、私の人間関係は大分改善した。

 

元々騎士長とは馬が合ってたけど、シズクが絡んだことでまるで家族との会話ってこんなのだろうかと想像も出来るくらいフランクな物になったし、副長とも顔を合わせれば嫌味の応酬じゃなくなった。

 

ま、どっちの弟子が強いだろうとか言い合いは絶えないけど前よりは関係改善していると思う。

 

シェータとも話す機会が増えた。私自身も手合わせすることもあった。

 

レンリがアイツにアドバイスを求めに来ることもあった。

 

「と言うか霧舞、何時の間に懐いたの?」

 

私がふっと川の水を飲む霧舞に尋ねるとこちらを向いて首を傾げ、首を振るような仕草をして軽く唸った。

 

単純に愚痴をこぼしに来ていたシズクとソレを嫌々聞いていた霧舞と他の飛竜達。特別何かあるわけじゃないが、取り合えず懐きやすかった。

 

飛竜達は人語を理解しても喋れるわけじゃない。なので首肯とかそう言うボディランゲージで伝えるしかないのだが。

 

「ま、アイツが三十層に行っていた時よね。さて、私は私で騎士長から貰った情報を整理しておくかな」

 

そう言いながら私は天幕に戻る。

 

すると霧舞が唸るので様子を身に天幕から顔を出すとシズクが居て、

 

「意外と早かったわね。まさか、怪しまれて相手にされなかったとか?」

 

冗談めかして言うとシズクはムッとする。

 

あ、コレはちゃんと情報を仕入れてきたわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ことシズクが情報を集めに集落に訪れると男女比が可笑しい事に気がついた。

 

集落には男性と女性と言っても老人、あとは幼女しか見当たらず、攫われている民の年齢層と性別が一発で分かった。

 

15~20歳前後の女性ばかりだと推測がついた。

 

一様、集落の長に話を聞こうとしたところ衛兵に止められたがそこはソレ。

 

旅芸人と言う事にして、武器を預けるという条件の下集落入り。

衛兵が刀預けたら重い!と叫んでいたがそこは無視した。

 

武器庫にあるだけはあるな、無銘ながら優先度は神器に近いのか。

 

通された集会所、そこで長から聞いたのは近くにかつての戦争で使われた砦があって今はダークテリトリーに抜けることが出来るかもしれないという与太話があること。

 

職人の集落であるココを守る神獣の存在、そして、攫われた民達は決まって地面に沈んで消えたと言う。

 

(新手の神聖術か?イーディスに聞かないと分からないことだらけだな)

 

何故、攫われたと断言できるか尋ねた所、地面からゴブリンのような奴が飛び出してきたのを見た奴がいるという。

 

一応、目撃者にも話は聞いたけど・・・・うん、何だろう。何か大正時代で鬼を斬る話になかった?

 

俺はそんなことを思いつつ、帰路に着いたわけなんだ。

 

「ねぇ、一応聞いていい?」

 

「何よ?」

 

天幕に戻り、夕食の準備をしているというイーディスに尋ねる。

 

「イーディス、料理できるの?」

 

俺の目の前でイーディスがケバプ屋で見たような削ぐ前の肉塊を地面に突き立てている。

あ、霧舞は新鮮な川魚をタップリ食べている最中のようでザブザブ川の方から聞こえる。

 

「失礼ね、出来るわよ料理くらい。システムコール!」

 

いや、神聖術で焼いただけじゃねぇか!

 

 

 

思いの他、神聖術って用途広いんだなと実感した瞬間だった。

 

「どう、少しは見直した?」

 

切り分けて、何処か誇らしげに胸を張るイーディス。

 

確かに焼き加減は絶妙だけど、これはかなりアバウトだ、料理といえるのかかなり怪しい。

 

「・・・・おっとそうだ。イーディスのアバウト焼きに気を取られて忘れる所だった」

 

「あば?まぁ、いいわ。・・・その沈む神聖術を使うゴブリンのことでしょ、私も聞いたことないわ」

 

「となると根城かもしれない砦跡に乗り込んでみるしかないか」

 

「そうね・・・室内にいても攫われた。私達整合騎士が知りえない術式を使う相手か、本当にゴブリンなのかな?」

 

「分からん、一本角が生えていたという目撃情報も殆ど当てにならないだろうさ。後、ここいらに職人の集落以外に村ってあるか?」

 

俺の見てきた限り、あの集落に標的となる年齢層の女性はいなかった、隠れているという線も疑えるが室内にいても殆ど無音で攫う事が出来る。

 

その一点を考慮すると隠れるというのは大して意味はなく、そこに標的がいるということが大事なのでないか?

 

「無いと思うわ。元々この一帯はあまり人が立ち入らない物。加工職が天職の人だってそう多くないと思うし・・・」

 

イーディスが顎に手をあてて少し考えた後に答えてくれる、となると見た目年齢ならイーディスも丁度標的層に入るんだよね。

 

イーディスの存在が相手に露呈しているとは思えないけど、一応警戒するか。

 



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ダークテリトリーに傲慢な男がいました。

 

暗黒魔術師団に属していた男は、自分()()の“楽園”を作ろうと動き出しました。

 

男は才に恵まれていました。

 

暗黒術士団が数人で行う攻撃術式も、服従術式も拘束術式も結界術も一人でこなす所謂天才でした。

 

男は天才ゆえに孤立します。

 

暗黒術士団を預かる団長は男を認めず、男の行いから追放しました。ソレが今回の事件の発端になったのです。

 

東の大門近くに流れ着いた男は、人界の砦跡に抜ける地下通路を見つけました。

 

男にとってソレは幸運でした。

 

砦跡は、地下部分は今だしっかりとして崩落も進んでない。地上に伸びた見張り塔や大戦の傷が残る地上付近を除けば、今までの境遇と比べてさながらホテルのようでした。

 

そして、歪んだ男の理想郷計画は加速します。

 

先ずは、編み出した()()()()()()

を行使し、その持続時間を確かめ、次に索敵術式で狙い目の年齢層の女性にのみ限定して居場所を把握する。

 

男にとって最高の環境が整いつつありました。

 

唯一懸念とした神獣は、力も弱りきり殺すことは叶わなくとも追い払う事が容易だったからです。

 

そして、この地に現れた新たな標的を狙う為に動き出します。

 

男にとって狙った女性が整合騎士であろうと関係ないのです。

 

服従術式を掛けてしまえば、自分の意のままに命を奪う事が可能なのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ことシズクとイーディスはそれぞれ見張りを立てて仮眠を取ることになった。

 

天幕の簡易ベッド・・・と言うには余りも粗末な骨組みにのせたマットでイーディスが仮眠を取っている。俺はと言うと刀を抱えて天幕を隠すように張っている洞窟の入り口で霧舞と供に見張っているわけだが。

 

「・・・超暇」

 

思わず呟いてしまう。

 

だって、暗がりの中ずっと待ってるって結構苦行よ?勝手に仕掛けてくるって考えて警戒を強めてるんだけど、イーディスと交代して直ぐに仕掛けてこられたら俺休めないじゃん?

 

本当に○○の刃的な相手ならイーディスは初見で面食らうだろうし・・・と言うか俺、嗅覚で相手を追尾できんわ。

 

あ、もしもイーディスが攫われたらヤバくね?追えなくない?何とか手を考えないと!

対策を考える。俺は、現状最低限の神聖術しか行使できないので探査系なんて知らん。と言うかあるの?

 

勿論、風素を連続して爆発させることで飛行するなんて神業も出来ない。

 

霧舞に乗って・・・いや、目立つわ。と言うか俺、飛竜を一人で乗り回せないわ、走ろう。

 

人間誰しも立派な足がある!

 

「なぁ、霧舞・・・霧舞?」

 

またぼやこうと霧舞のほうを見ると霧舞が天幕の方を見て警戒している。

 

うん、まさかね?こんなお決まりの展開あるか、あってたまるか!少しは捻れよ!と文句を言っても意味がない。

 

疑いながらも天幕の五月雨を行きよいよく捲る。

 

するとイーディスの口を覆う青白い手と黒い帯状の何かが簡素な骨組みとマットを透けてイーディスを地中へ引き込んでいく。

 

イーディスと目が合うと助けを求めるように手を伸ばした、俺は飛び込んでその手を握ろうとする。

 

「クソッ!お決まりの展開で来るんじゃないよ!!あ、霧舞は待機!大丈夫、助けてくるさ!!」

 

俺は天幕から飛び出して、自分の獲物を腰に挿して闇斬剣を手に全力ダッシュ。

 

もっと気を張っていればと悔やむのは後にして、上げに上げていたAIG値に物を言わせて追いすがる。

 

目的地は砦跡!多分そこだっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ!」

 

私ことイーディスは何かに攫われた。

 

暫く呼吸が出来なかったのはまるで水の中に投げ出されたような感覚で、それでも何処かに向かって進んでいることは感じていた。

 

私を抱えるように進んでいたのは誰だ?幾ら神器がなくても神聖術があるわよ!?

 

「はっ!最後の娘がこんな上玉だとは、運がいい」

 

床からドプッ!と言う音を立てて上がってくる男、シズクが集めた情報通り額に一本の

角を携えた人型の魔物・・・闇黒人だ。

 

「何が目的なの?コレはシャスター将軍の命令かしら」

 

「将軍は関係ない!コレは俺のための俺による俺の楽園だっ!お前等は逆らう事も逃

げることも出来ないんだよっ!!」

 

私が尋ねると激昂する暗黒人、変なところでシズクの予想が当たるわね。

 

寝るときは地面から出来るだけ高いところで、なんて簡易ベッドって言ってもそれなりに高さあったんだけどなぁ、その程度じゃ駄目か。

 

最後に見た光景は、血相を変えたシズクの顔、手を伸ばしたけどこっちの方が沈むのが速かったわ。

 

アイツが追ってこれると信じて見ましょうか、いざとなったら自力で・・・。

 

「お前等は毎日俺を楽しませるためだけの存在だっお前等の存在価値はソレだけだ!」

 

未だに激昂する暗黒人、私は肩越しに振り返ると必要な三点しか隠していない女性達が身を寄せ合って怯えている。

 

壁かと思っていた所には僅かに神聖力を感じる繊維のような物が張り巡らされている。

 

プライベートなんてあったもんじゃない。これじゃ丸見えじゃない!

 

「それにな、女!お前にも既に術は施したっ!抵抗しようと思うな、俺の意思一つでお前をくびり殺せるんだからな」

 

「・・・出来るものならやってみなさいよっシステムコーッ」

 

私はハッタリだと詠唱に入ると暗黒人・男がグッと拳を握る、するといきなり呼吸が出来なくて詠唱どころではなかった。

 

「あーはっはっはっ!お前は腕に覚えがあるようだが残念だったな!?今夜はお前で楽しんでやる!!」

 

「が、はっ!・・・そう、貴方は神聖術に長けているの・・・」

 

私は冷静に、極めて冷静を装った。

 

女性をこんな風に虐げる男は最低!でも、油断した私もいけない、最高司祭様はこんな事態になるのも見越していたのかしら。

 

()()()から、私には余裕がある。

 

怯える少女達に笑い掛ける、男はいぶかしんでまた拳を握ろうとしているけれど直ぐにそれどころじゃなくなったようでパリンッ!と言う甲高い音が薄暗いこの空間に響いた。

 

「な、何で結界が壊れた!?」

 

狼狽する暗黒人、私は嘲笑ってやる。

 

「貴方が私を攫ったことで、居場所がバレたみたいね。アイツに神聖術、効かないの。それにめちゃくちゃ足速いのよ?」

 

「っ!?・・・ふん!だからと言ってこの複雑な砦を短時間でココにたどり着くなどっ」

 

この空間はざっと四方に20メルくらいなんだと思う。

 

暗黒人の背後十メルほどの所の天井が斬りおとされ、白銀の魔獣とシズクが飛び出してくる。

 

「神獣。一瞬でもいい、奴を止めてくれ!」

 

一人と一匹の快進撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ、俺ことシズクは伝承とか信じるタイプじゃない。

 

砦跡が目的地と言うのは分かっていたが、闇雲に走ったところで入り口に着くわけもなく山肌に建造された砦跡ぶち当たった。

 

と言うか割と近場だったのか!入り口何処!?

 

そんな感じで走り回っていると一匹の犬に出会った。

 

「剣士よ、手を貸せ」

 

神々しいが、何処か弱弱しい獣。それが神獣だと直感的に分かった。

 

だって喋るんですもん、飛竜だって言葉は理解しても喋りませんし。

 

下手すると俺の方が速く走っていらっしゃるし。

 

「アンタ、神獣か!?」

 

「うぬ、詳細はいるか?」

 

「一分一秒が惜しい!敵じゃないならそれでいい!!」

 

神獣・・・外見は四速歩行で狼っぽい、何でかアンダーワールドに訪れる前に亡くした愛犬によく似ている。

 

感傷は後だ!と自分に言い聞かせ、俺はぶっちゃけ面倒なので砦の壁に左手を突ける。

 

パリンッ!と石造りの壁がガラスのように砕けるではないか。

 

「術による幻じゃ、そのまま走っておったら入り口は見つけられん」

 

「よっしゃっ!次は・・・・・下か!?」

 

「攫われた女子らも限界が近い、ココを斬るが良い。お主ならソレができよう」

 

と言う感じで俺は刀を走り座間ない抜き放ち、床を斬り抜いて飛び降りたわけだ。

 

 

 

()()お前か!!?」

 

恐らく犯人であろういかにも魔術師ですという風貌の男が癇癪を起したように神獣へ光弾を放つ。避けているのを横目で確認しつつ、俺は滑り込むようにイーディスの元にたどり着いた。

 

後ろにいる大勢の女性陣を気にする余裕もなく、イーディスの肩を掴んで尋ねる。

 

「イーディスッ大丈夫か?怪我は!?変なことされなかったか!!?」

 

「あ、アンタどんだけ心配してくれるの!?でも、ありがと。変な術式施されたみたいだから壊してくれない?」

 

俺はどうやら物凄く変顔になっていたらしい、イーディスは苦笑すると今の状態を教えてくれる。

 

鎧を着ていないイーディスは、ノースリーブ姿なのだが、イーディスの首元・・・左肩に掛けて変な文様が浮かんでいる。

 

「すまん!今回は俺のミスだ。予想はできた展開だったのに・・・」

 

「悔やむのは後よ、今はアイツ!」

 

「お、おう。そうだな」

 

ぽんっと左手が文様に触れるとパリンッ!と砕ける音が聞こえる。

 

イーディスが無言で闇斬剣を受け取ると俺の足元に神獣が転がってきた。

 

「この魔獣は・・・・?」

 

イーディスの声が遠く聞こえる。

 

神獣の状態が、どうしてもあの最後に被って・・・。

 

「お前のせいでぇぇぇぇぇ!!!」

 

暗黒術士、呼称が分からんから術師にしよう。

 

術師がヒステリックな叫びと供に極太ビームを放った。

 

位置的には俺、神獣とイーディス、集落の女性陣で、受けないという選択肢はなかった。

 

アレがどんな攻撃手段なのかは分からなかったが神聖術の類なら!

 

「ふざけんなぁッ!!」」

 

 

 

 

 

 

私の、イーディスの目の前で戦争でもそうそう使われないレベルの術式が発動した。

 

きっとあの暗黒術士一人で発動したなんて嘘みたい。後、私は改めてシズクの力を認識した。

 

神獣の倒れた姿を見て、直ぐに激昂したシズクが左腕を突き出す。

 

濁流のように押し寄せた砲撃術式をシズクは左掌だけで処理し尽くしている。

 

「うむ、小僧になら・・・・」

 

神獣の言葉が遠く聞こえ、被るようにバキバキと聞こえる。シズクがぶれ始めた左腕を右手で支えた。

 

「イーディスッ!」

 

「ええっ!」

 

私もあの魔術師には御礼をしないと気がすまない。

 

何より、少女をそういう目的で攫っていたなら、この少女達は精神的にかなりダメージを受けている筈、婚姻前に行為に及ぶのは禁忌目録違反とされている。

 

この子達に咎はない、コイツの!

 

私が一息に踏み込み、剣を抜くとそこに魔術師の姿はなかった。

 

「シズクッ!」

 

肩越しに魔術師が床から飛び出て杖にも見える剣を振り被っている。

 

思わず私は叫けんで、踵を返す。が、シズクは大きく身体をひねりながら、鞘に納めた刀の鍔を親指で弾いて刀を矢の様に飛ばした。

 

「邪魔をするなっ小僧ッ!!」

 

術師が刀を弾く、意外にも接近戦もこなせるみたい。

 

「だが、断るっ!」

 

シズクが身体を捻った勢いを殺す事無く、術士の胸倉を掴んで一本背負い。

 

あられもない方向を向いた左手の指を掴むと力任せに()()()()拳を握った。

 

「ぶべらぁ!!?」

 

うわぁ、見てるこっちが痛いわよ。

 

そんな事しても天命は戻らない・・・じゃなくてそのまま術士を殴り飛ばしたから驚き。

 

下顎を打ち抜かれて意識を刈り取られた術士を放っておいて魔獣の脇にしゃがんでるし。

 

「・・・我よりも女子達を術から開放してやってくれ」

 

駆け寄ると私も聞こえた掠れるような魔獣の声、囚われた少女達を心配する優しい声だった。

 

怯える少女達に奴隷のような生活を強制していたであろう烙印(マーキング)をシズクは左手で触れることで破壊していく。

 

「アンタ、・・・・・そんな分けないか。」

 

私とて空気くらい読むし、冗談を言って和ませようと思ったが止めた。

 

いかに少女達が露出度が高くても鍛練で見せたことのないくらい鋭い拳を繰り出したシズク。

 

でも、その表情は最初に感じた寂しさを湛えた物だったから。

 

「き、さ、マァァァ!!」

 

ふらりと起き上がった術士が、気違い染みた声音を響かせる。

 

「このっ・・・・シズク?」

 

私は物凄い殺意を感じて振り返ると刀を拾って、ゆっくりと立ち上がるシズクが居た。

 

いや、いやいや可笑しいでわよ、こんな()()を支配するほどの殺気ってシズクから放たれてるの!?

 

ただ黙って、シズクは居合い技を繰り出した。

 

術士が、地面に潜るという退避手段を取るより速く、袈裟懸けに一太刀。

 

同じ刀使いとして憧れる(はや)さ・・・じゃなくて、剣のような仕込み杖ごと断ち切っている。

 

代償としては刀身が折れたことね。

 

「斬られて当然・・・・そんな人間は居ないけど、お前は俺の意思で殺す」

 

ヒュー、ヒューと浅い呼吸を繰り返す術士の喉下に折れた刀身を掴むと切っ先を向けるシズク。

 

私は、この時初めてシズクの抱える闇を垣間見た。

 

 

 

 

私は神聖術で少女達の記憶を飛ばすと同時に回復術を掛けた、と言うよりは整合騎士である私を見たという部分だけをぼやかしたに過ぎない。

 

少女達の記憶じゃ、シズクとこの魔獣が全部片付けたことになっている。

 

私はアレね、無謀な同じ被害者ってくらい。

 

術士にトドメをさして、魔獣の脇に座り込んだシズクを私は後ろから抱きしめる。

 

「イーディス?」

 

「何と無くよ、何と無くこうした方がいい気がしたの。アンタが抱えてる悲しみも分かった気がしたから・・・今くらい、主に甘えなさい!」

 

うん、改めて恥ずかしいけどシズクは私が攫われてから直ぐに動いてくれた。尾行するには距離で追って来てくれた。

 

あんまり期待していなかったけど私の予想を遥かに超えて頑張ってくれたから・・・ね。

 

「・・・・我、まだ死んでないんだけど?」

 

のそりと頭を起した魔獣が言葉を発すると改めてギョッとする私。

 

まぁ、神獣らしいし?人語を話しても不思議はないわね。

 

「お前のお蔭で助けられた。感謝している・・・・」

 

「私からもお礼を言うわ、ありがとう」

 

「何、礼には及ばん。我は娘らの天命を回復させる。それで我の天命は尽きるじゃろうて。何、お主に後は・・・・・」

 

そういうと神獣を中心に光が溢れた。

 

傷を負っていた、或いは天命が減っていた・・・術による弊害でか減り続けていた少女達の天命は完全回復。

 

昔に神獣たちは討伐命令がだされたとは聞いたことがあるけど、あの狼みたいな魔獣は本当に神獣だったのね。すごい・・・・。

 

驚いて少女達を見渡す私と膝をついて俯くシズク。

 

シズクにとっては二度目の別れってことよね。今は辛いだろうけど・・・?

 

「え?刀・・・」

 

「すまん、コレは持って行く。ベルクーリさんへの報告もあるだろ?」

 

「うん、そうね。」

 

私は刀を拾ったシズクの言葉に頷いて、少女達を避難させた後にダークテリトリーと繋がる横穴を発見。崩落させて今回の任務は終了した。



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セントラル=カセドラルは100階にも及ぶ超高層建築物で、長い年月をかけて出来上がった代物らしいのだがそれはいま関係のない話。

 

カセドラルの内部は階層ごとに用途が異なるようになっている、地下は牢屋、比較的低い階層に武器庫、騎士見習いたちの居住区だったり。

 

30階が飛竜の発着所。整合騎士の居住区は上の方に用意されているし、イーディスが大好きな大浴場も上にある。

 

他にもいろいろとあるわけだが、中層あたりには修練場がある。

 

その目的で作られたわけじゃないらしいのだが、特に装飾品や置物がなくて丁度いいということで、自然とそうなったようだ。

 

「おう、少年。いつでも打ち込んできていいぞ」

 

そう言うベルクーリさん、俺ことシズクの前には笑顔で神器・時穿剣を構えている。

 

俺にも変化はある。回収した刀・・・神獣が変化した神器が腰に挿してある。

 

銘は幻狼刀・・・なんだけども、何で最高司祭様(アドミニストレータ)まで見に来ているのでしょうか?

 

「イーディスちゃんもお手柄で幸福ね。あんな強く可愛い従者を得ることが出来たんですもの。これから期待しているわ」

 

「はっ!ありがとうございます」

 

にやりと笑うアドミニストレータと膝を付くイーディス、うん、マジで収拾つかない、と言うかちゃんと服着なさいよ!何か色々はだけちゃってるから、気になるから!

 

言うに漏れず、最高司祭様(アドミニストレータ)がいるということは元老長もいる。

 

「何時までつっ立っている気でスカ!早くしなさァァい!!」

 

「うるせぇぞ、元老長。」

 

ベルクーリさんが一睨みで黙らせる。

 

何でこうなったんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

任務が終わり、村娘たちが集落にたどり着くまで俺は護衛的な役割を担った。

 

少女達にはイーディスが貴族に見えて恐縮していて、俺は旅芸人と言えば直ぐに納得していた。

 

解せぬ。

 

さて、少女達に禁忌目録違反がいないと分かったのは翌日になって他の整合騎士が来なかったからだ。

 

あの術士が本格的に手を出していなかったのは幸いだった。

 

んで、俺とイーディスは霧舞と供にセントラル・カセドラルに帰還。

 

イーディスは一刻も早くお風呂に入りたかったようだが組織に属している以上「報・連・相」は大事である。

 

まぁ、実際ソレが出来ていない人が多い世の中だがソレはアンダーワールドに言えることじゃない。

 

「お、戻ったか。収穫もあったみたいだな」

 

ベルクーリさんが不敵な笑みを浮かべて、収穫・・・俺の腰に刺さっている二本目の刀を見ながらそう言った。

 

そこからはずっとイーディスのターン。

 

そりゃあイーディスは曲りなりにも地中をつれまわされたわけで、我慢できなくて水浴びまでしてたから気持ちも分からなくもないが怒涛の報告ラッシュ。

 

見てみなさいよ、ベルクーリさん唖然としてるよ。

 

「断片的過ぎていまいちわからねぇんだが?」

 

「シズクあとはよろしく!」

 

「お、おう」

 

「やっぱり敷かれてんじゃねぇか」

 

そんなわけじゃないから妙な頷きはやめてほしい、ここからイーディスが断片的に報告した所の補填作業だ。

 

「断片的だったが、なかなかデカイ山たったのは理解できた。補足説明頼むぜ」

 

「もちろんですよ」

 

順序だててベルクーリさんに報告していく。

 

今回の事件の黒幕と黒幕が扱った神聖術の詳細、これは憶測の域を出ないのでベルクーリさんに後は任せよう、そして、何より神獣のことも報告する。

 

「地面に潜る術と詮索術か、後者は俺らでも似たような術があるが・・・前者の地面に

潜るなんざ検討が付かねぇ」

 

「ベルクーリさんの経験で似たことは?」

 

「ねぇよ。ましてやダークテリトリーで最高司祭様がお前に施した似た術式を扱える者がいるなんて聞いたことがねぇ、いれば間違いなく将軍の側近クラスか暗黒術士団の長になってるだろうよ」

 

「なるほど」

 

「にしてもな、うーん・・・・」

 

顎に手を当てて熟考を始めたベルクーリさん、引っかかる部分があるのはわかる。

 

俺だっていろいろと引っかかってる。

 

「もし今後その手の敵が出てくると厄介だな・・・・。話を聞く限りお前の左手が相手と相性が良かったから勝てたわけだからな」

 

「イーディスでもやりようはあったと思いますけどね」

 

「それじゃ民が無事じゃすまねぇさ。お前さんの功績だ」

 

確かに、こと倒すだけに焦点を絞れば呪縛から開放された時点でイーディスにも勝機はあった、が、あの砲撃術式を防げたかといえばどうだか・・・・。

 

「ですが、そこまで危惧することでもないでしょう。」

 

「ほう、それはどうしてだ?」

 

「あの手の輩が複数いるなら、勝手な憶測ですが組織は動きにくいでしょう。その上、何時変な術を行使する輩を制御しないといけない。人体実験なんてダークテリトリー側でも禁止されているでしょうしね」

 

「ああ、うん。そうだな」

 

天才、そういう輩がどんな顛末を迎えるか以前の記憶から幾つかのアニメ・ゲーム作品を思い出してみて必ず孤立するか組織内でハブられたり、煙たがれる結果しか思い当たらなかった。

 

ベルクーリさんには今一伝わっていないようで曖昧な表情で相槌を打つに留まった。

 

「今回はお手柄だったな。お前さんの話でも、その『神獣』がいなければイーディスは辱められ、お前さんは今も走り回ってたと想像が付く」

 

「そうね、まさか見逃した神獣がこんな結果を生むなんて」

 

「何だい、最高司祭陛下が何のようで?」

 

後ろから一様白いドレスを着ているけれど色々と甘いアドミニストレータが歩いてくる。

 

げぇ、元老長いるじゃん。

 

「そうね?初の本格的な従者つきの騎士が任務を終えたから労いに来たのだけれど・・・面白い坊やね。実力だけなら整合騎士と互角なんて、それに神獣に懐かれるなんてまだまだ不思議なこともあるのね」

 

何かうっとりとして俺を評価しているアドミニストレータ。

 

アレ?スゲェ変人だけど人間味っていうのがあるのよ、この人。あの極悪非道なアドミニストレータですか!?と言うかアンタは見ていたんじゃないの?そういう術式もっているって話じゃ?

 

「これからも私の騎士のために頑張ってね?坊や」

 

そう言って踵を返すアドミニストレータ、今回の所感で言うと感情のようなものを感じたんだけど・・・ソレって何なんでしょうね?

 

「お、そうだ。一つ気になる事がある」

 

「何です?」

 

「術士の剣ごと断ち切ったっつうお前の剣だ。近いうちに俺と手合わせしてくれ」

 

「は、はぁ!?」

 

ギョッと驚く俺にベルクーリさんはいい玩具を見つけたばかりに肩を叩いた。

 

「俺だって剣士だぜ?お前さんが手の内を隠しているのは知っていたが、今回で獲物が耐えられないって言うのは良く分かった。その神器はお前が使え、俺が手配しといてやる」

 

「はぁ、どうも・・・ってコレ神器なんですか!?」

 

「ああ、神獣が変化したって推測だがソレは間違いじゃねぇと思う。お前さんの辛い過去と合致するってことだったから確認する余裕はなかっただろうけどな。間違いなく優先度は神器の域だぜ」

 

思わず呆けてしまった。

 

あの神獣、俺に人を守れというのか、いや、いずれ民を守るためにアドミニストレータと戦うことになるとは思いますけども。

 

「と言うわけだ。そういや、名前は何ていうんだ?」

 

「・・・・知りません」

 

「あのな・・・・。神器の名前を知るのは最低限必要なことだぞ。名前がないのなら命名者になる。神器を最大限理解して活用するためにもな」

 

たしかに信頼関係は大事。

 

相互理解だって必要だ、俺と神獣は生きた世界が文字通り違うし、その環境だって全く違う。

 

それは価値観の違いにも繋がってくる。神獣があわせてくれるという保証はない。

 

「ま、焦ることはねぇさ。神獣が変化した武器ってのは少なからず思念が残留する。心を落ち着かせて向き合えば分かることもあるからな。」

 

「はい、そうしますわ」

 

「っとそうだ。今より強くなりたいなら付き合ってやるぞ」

 

「単に戦いたいだけでは!?」

 

「ははは!そう言うなよ、知ってんだぜ?今じゃお前さん、皆から引っ張りだこらしいじゃねぇか?」

 

俺は今までになかった安心感をこの時感じていた。

 

何だろう、こう頭をわしゃわしゃ撫でられているのに嫌だと思えないのは不思議だなぁと思いながらベルクーリさんと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はぼうっと天井見ながら考える。

 

う~ん、ベッド広くなったわ。

 

騎士長の差し金らしいけど今じゃ慣れたものよ、この衝立だってシズクを信頼している今だからこそ要らないと思うときがある、と言うより私は気になるのよ、シズクの過去が・・・誰にでも触れたくない、触れられたくない過去があるのは想像に難しくない。でもあんなに冷たくなる物だろうか?

 

思い出すと私でもゾクッとするあの冷たい眼差し・・・・もしかすると。

 

「イーディス、起きてる?」

 

「起きてるわ、どうぞ」

 

殆ど報告をマル投げしたことと最高司祭様の登場等々、あったことを聞いて私は目を丸くした。

 

「え?最高司祭様まで来たの!?」

 

「ん、ああ。初の本格的コンビ騎士としてどうのこうって言っていたぞ?その帰還を労うとか言っていた。」

 

「待って、と言うことは元老長いなかった?」

 

「ああ、いた。イーディスが苦手なのは分かるよ。俺も苦手だ」

 

は~良かった。

 

最高司祭様にお言葉を賜るのは嬉しいけれど、あの達磨は邪魔よね。本当に余計なものだと思う。

 

「一つ、聞いていい?」

 

「まぁ、察しは付いているんだけど・・・・俺のこと?」

 

私は静かに頷いて、シズクの言葉を待った。

 

無理に聞き出すことじゃない、シズクも時が来れば話してくれると約束もした。

けど、あんな空間を埋め尽くすほどの殺気を普段の人懐っこそうなコイツが放てるなんて思えないのよ。

 

「あ、そう言えば神獣()()長い付き合いになるわけだし、あのことについては話すか」

 

「それって、任務中に関係あること?」

 

「ああ、ちょっと昔の話になる」

 

私は、シズクの過去の一片を知る、知ろうと望んだ夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ことシズクの過去、コレは世界の仕組みとか右目のリミッターに抵触しない話だから大丈夫だと踏んだ。

 

「昔さ、狼犬を飼ってたんだ。」

 

「え、狼型の魔獣じゃなくて?」

 

「そ、狼を祖先に持つ犬ね。その子と長年連れ添った、変な話・・・神獣はソックリだったんだよ」

 

思い出せば、神獣が天命を犠牲にすることはなかったかもしれない。イーディスに頼ん

で少女達を癒していれば・・・。

 

あの時も出来るだけのことをしたと思った、思いたい。

 

「・・・神獣がやられた時に怒鳴ったのって」

 

「情けない話だろ?最期を看取ったのは俺だったんだ。やられた神獣が、どうしてもクーに被った・・・押さえられなかったんだよ、変に力なんて力をつけたせいで」

 

「そっか。ごめん、辛い話させて」「ソレがこの姿の子なんだ?」

 

「「誰!?」」

 

しんみり空気が一転、ベッドで向き合って座って話していた俺とイーディスは思わず口走って周りを見渡す。

 

勿論、部屋には俺達意外誰もいない。

 

「・・・・まさかと思うけど、悲しそうな顔するのって思い出してたの?」

 

「そうだよ、代わりなんていないからな。」「それはこの子も幸せ者だねぇ、これから姿借りるけど」

 

「誰だ!?」

 

うん、イーディスが青い顔をして声高に叫んだ。

 

こともあろうか俺にしがみ付いて何処となく睨んでいる。

 

「あ、ここ」

 

ベッドに前足を掛けるあの神獣・・・と言うよりハスキー犬がいる。

 

アレ?セントラル・カセドラルってペット飼育可でしたっけ?あ、違う?そうですよねぇ、それ以前にアンダーワールドにシベリアンハスキーって犬種あります?

 

「な、ななな何で私の部屋にいるの!?」

 

あー・・・駄目だ、イーディス怯えちゃってるよ、幽霊とか苦手なのかな?まぁ、女の子だしね、仕方ないよな。

 

「クー!?」

 

 

 

 

私ことイーディスは闇の剣を扱うくせに幽霊は苦手。

 

こう、いきなり出てきたり物理的ダメージ与えられないのはずるいと思う。

 

いくら可愛い子犬に化けても駄目なんだから!とシズクの後ろで睨んでいるとシズクは子犬を抱き上げて酷く懐かしそうな、それでいて悲しげな表情を浮かべた。

 

「あ~、主人の心にこの姿は辛いの?でも、ごめんね。直近でアタシが写せる姿コレしかないの」

 

「犬が・・・喋ってる!?」

 

整合騎士になってから、いや!私の人生の中で初体験よ。なによコレ!?

 

「もしかして、剣に残る思念って・・・」

 

「うん、アタシだよ?」

 

シズクには心当たりがあるようで、神獣(子犬)に尋ねると小首をかしげて子犬は答えた。

 

あ、駄目、私疲れてるみたい。

 

「う、うう・・」

 

シズクが泣いていた。子犬に扮した神獣を抱いてすすり泣いている。

 

当然か、シズクにとって悲しい別れをした存在なんだ。

 

「・・・・仕方ないわね」

 

私はただそう言って、砦の時と同じようにシズクを抱きしめた。

 

恥ずかしいけど、放っておいたらシズクは潰れちゃう、そんな気がしたから。

 

「悪い・・・」

 

「いいわよ、今は甘えなさい・・・これでもアンタの主なんだから」

 

私は初めてシズクと抱き合ってベッドに倒れる。コレでもシズクも男ね、意外と重いかも。

 

半ば押し倒されるような感じでベッドに倒れ、私はすすり泣くシズクを撫でながら意識を手放した。



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布団の中でもぞもぞっとしてる時に目が覚めた。

 

寝覚めはだいぶ良くて、快適な睡眠を取れたんだなって実感できる。

 

このモフモフした抱き枕は何だろう?

 

あ、そう言えば昨日はシズクが少し過去について話してくれて・・・シズクの新しい刀、シズクの神器が任務中に遭遇した神獣だって話で偉くフランクに話しかけてきたのよ。

 

最初は少し威厳保とうとしていたようだけど、神器になって止めたんだって。

 

「っく、苦しぃ~」

 

「ってアンタか!」

 

一晩経って整理が付いたからか私は中央を隔てていた衝立がぬいぐるみのようにモフモフしていてソレを抱き枕に寝ていたことに気が付いた。

 

そう、神獣ことクー・・・・シズクの亡き愛犬の名を借りた神獣だ。

 

剣としての銘は幻狼刀らしい。

 

シズクの天命一割を貰い受けてこうして実体を持つことが出来るとか、いや、驚いたわ。

 

けど、クーのお蔭で私は快眠できたのよね。

 

「さっそくイーディスの抱き枕とは・・・・」

 

呆れたような声に振り向くとシズクがコップを持って立っていた。

 

あ、本当に先読みしてるんじゃないかしら?確かに喉は渇いていたけど。

 

「・・・おはよう」

 

「おはよう、クーの抱き心地はどうだ?最高だろ」

 

「随分落ち着いたね、昨日はアレだけ取り乱したのに」

 

「そう言わないでくれ、恥ずかしい。」

 

確かにシズクは憑き物が取れたような、とてもすっきりとした表情だった。

 

「そう、銘が分かってよかったじゃん」

 

「後は可愛い寝顔も入れたからな。何かと攻撃的じゃなければ最高だぞ、イーディス」

 

「・・・・私の寝顔見たのっ!?」

 

シズクに言われて僅かに寝ぼけていた頭が一気に覚醒する私。

 

え?何、コイツ私の寝顔見たの!?しかも可愛いって・・・・あぁ~!

 

思わず枕を投げて毛布を頭から被って悶えてしまう。

 

アレ?何で私悶えてるんだろ、恥ずかしいのは当然として何でこんなに意識してるんだろう?あ、そうだ、話を聞いてからクーが出てきて最初は違うって言い聞かせていたみたいだけど感情が爆発してシズクが泣いたのよね。

 

それで、確か抱きしめてあげて、こいつに押し倒されるような感じでベッドに寝そべったんだ・・・・アレ?私もしかして凄い恥ずかしいことした?冷静になれば確かに慰めるの域超えてなかった?男女のそれになってない!?

 

「安心していいよ、そういうことはシズクしてないから。」

 

「それじゃ何で中心を隔ててた衝立がないの・・・・?」

 

「あ、アタシが引き抜いたよ。抱き合って寝てた「寝てたない!」まぁまぁ、あの時は抱き合ってたじゃない」

 

目撃者がいた。

 

いや、神器なんだけど、意識を持ってさっきまで抱き枕になっていたクーがのそっと頭を布団に突っ込んで昨日の記憶を鮮明に説明しだした。

 

あ~!止めてっ恥ずかしい!!

 

「その、助かった。ありがとな・・・それと早く着替えちまえ、廊下で待ってる」

 

そう言ってシズクが部屋を出て行く。

 

「・・・・バカ」

 

私の呟きは空しく消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下に出るなり、俺ことシズクにとっては懐かしい感覚が残る。

 

(何か、嬉しそうだね?ご主人)

 

頭に響く声にふっと腰の幻狼刀へ視線を落す俺。

 

かつての愛犬と散歩しているような、いつも一緒にいたような感じだ。そこにいて当たり前、失って初めて気がつく感覚。

 

(何だ、この形態で喋れんの?)

 

念話的な、テレパシーに近い感じだろうか。

 

と言うか武器に意識が残ってるって不思議な話だ、心意が成せる業とでも言うか・・・アンダーワールド特有の現象だろう。

 

まぁ、俺はそのお蔭で一度は失った支えを再び得たわけだ。

 

正確には違うと言っても、やはり失った穴を埋めるには十分すぎた。

 

お蔭で多少の余裕は持てたしね。

 

(喋れるよー、ご主人限定だけどね)

 

(そっか。てかご主人って・・・・)

 

(この姿を写し取った時、ご主人の記憶に触れたんだ。最初に感じたとおり、誰かの為に頑張れる人だと思ったからアタシは神器としてご主人とあり続けると決めたんだ)

 

(そっか、でもそこまで大層な人間じゃないぞ?)

 

(ううん、気付いてないだけ。ご主人はイーディスだっけ?あの子を失いたくないと駆けた。頭じゃあの子の方が強いと分かっていてもね、手の届く所は守りたいって思ってるでしょ?行動には中々移せないよ。)

 

そこまで言われると悪い気はしない。

 

確かにイーディスのほうが強いってのは頭では分かっていることだけど、あの時は別だ。

 

相手がイーディスの先手を取った、対策もしているだろうと思ってたから必死になった。

 

(・・・・呼び方はクーで良いのか?)

 

(今更でしょ、アタシはもう神獣じゃない。ご主人の剣だよ・・・ご主人が許してくれるならそう呼んでくれると嬉しい)

 

僅かに口角が持ち上がる、やっぱり嫌なんて言われたらソレはそれでショックだった。

 

さて、ココで問題が発生。

 

イーディスを待っている間にクーと対話してソレで終わり・・・なんてことはなく、互いに理解を高めたからか成犬サイズになったクーがポンッと現れ、足元に座っていた。

 

え?そんなコミカルに出てくるの?なんて聞く間もなかった。

 

「シズク殿、その犬は?」

 

四旋剣の一人、ダギラさんに見られていたからだ。

 

「・・・・私の神器です」

 

ヤバイ、問題にしかならんぞコレは。

 

唯でさえお堅いファナティオの弟子だ、きっと考えも凝り固まっているに違いない。

 

「神器が犬の姿をとるなど聞いたことがないのですが?」

 

ですよね!?言い訳にも苦しゅうございました!

 

さて、どうしよう?ことを理解してくれそうなのはベルクーリさんなんだが残念なことに今は居ない。

 

イーディスを呼び出す?と言うか着替えるの遅いな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、イーディスが扉を開くとやっぱりと言うかクーを背に庇うシズクが助けを求めていた。

 

あ、やっぱり廊下で実体化したの。と言うか子犬サイズだったわよね?大きくなってない?

 

「イーディス、この犬は何だ?」

 

あ~案の定ね、四旋剣の誰かに見つかって副長の耳に入ったと、朝から面倒だな、出切れば何もなく・・・・無理か。

 

「シズクの神器に宿る神獣の意識が実体化した姿よ・・・ええ、信じられないでしょうけど本当なの。」

 

四旋剣の皆は私が言うと本当!?と驚いていたけど副長は違ったみたい。

 

疑念の視線がシズクとクーを見据えてる。

 

「任務先で神獣に遭遇して、神獣を素体に神器を鍛えたと?そんな与太話が信じられるとでも?」

 

「本当よ、騎士長にも報告してあるし素体にしたわけじゃないわ」

 

「そうですよ、正確には心意で神獣自ら剣に姿を変えました。ベルクーリ騎士長にも報告しましたし、ベルクーリ騎士長曰く“生物が変化した武器には意思が何とか”って言ってましたよ」

 

私に便乗してシズクが反撃する。

 

少し前まで流れに任せていたところがあったのにシズク、そこまで言うの?

 

「ええ、報告書は目を通しました。・・・そもそも神獣自体、遥か昔に討伐され尽くしているのですから」

 

「お、やっぱり妙なことになってるじゃねぇか」

 

副長の後ろから面白いことをかぎつけたって表情の騎士長が歩いてきた。

 

腰には時穿剣を携えてきた所を見るに鍛練かしら?でも、実剣を使って?

 

「ファナティオ、イーディスと少年の言うことは本当だ。」

 

「閣下!?」

 

「神獣の件に関しても最高司祭様が見逃した一匹だと、昨日酒の席で言っていたよ」

 

説明を始める騎士長、と言うか最高司祭様とお酒なんて飲んでいたの?時々顔色悪いときって二日酔いなのかな?

 

「そんなの!」

 

「と言うわけだ。イーディス、少年を借りるぞ。」

 

「は?ベルクーリさん、何か・・・まさか!?」

 

「おう。鍛練に付き合え、少年」

 

そう言って騎士長は副長との会話を切り上げるとシズクを引っ張っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、と言う感じで俺ことシズクはベルクーリさんと実剣を使用した模擬戦を行うことになったのでした。

 

ま、助かりましたけどね。

 

前話冒頭のとおり、アドミニストレータが見にいらしてたんですよ、しかも俺を発見したことはイーディスのお手柄的な感じでイーディスはお言葉を賜っている。

 

俺?俺はと言うと・・・、

 

「それじゃ、行きますよ。ベルクーリさん!」

 

「おう、何時でも来い。」

 

「見届け任は私が行います」

 

構える俺とベルクーリさんを双方見て、ファナティオさんが言う。

 

腹を決めてベルクーリさんへ跳躍。

 

頭上を取った、龍槌閃で一気にと思ったが野生の感と言うかあのまま行けば死んでいたんじゃないだろうか?と思える一太刀を何とか凌いだ。

 

(嘘だろ?虚を突いた筈だ・・・・流石は整合騎士のトップか)

 

「速度は流石だが、バカ正直に正面から来るとはな・・・」

 

ベルクーリさんが踏み込んだ。

 

真正面から一刀の唐竹割りを俺は直ぐに身体を捻って回避、そのまま龍巻閃・凩でカウンターを狙う。

 

「流石ッ!」

 

後ろに回りこんだ一太刀もあっさりと防がれる、続けて龍巻閃・旋へと派生。

 

錐揉み状に飛んで相手に突進し斬りつける技だ。

 

この際、殺してしまうかもと言う心配は捨てないと俺が死ぬ、間違いなく、模擬ではすまないと思う。

 

「ほう、やっぱ連続技があるじゃねぇか」

 

嬉しそうに口角を持ち上げ、こちらの剣を捌きながら笑うベルクーリさん。

 

「まだまだっ!」

 

更に龍巻閃・嵐へ派生。

 

龍巻閃シリーズはコレで全て、三連続で繰り出すがベルクーリさんには一太刀も浴びせられない。

 

掠ってもないよ、なんなのこの人!?

 

「そんじゃ、お前さんの危機感を信じて俺も一つ技を出すぜ。」

 

そう言ってベルクーリさんは一閃、俺が踏み込みであろう空間に斬撃を()()()。とっさに身体を捻って転がることで体を低くして横一閃の“空斬”を避ける。

 

うん、事前知識とココでの生活で養われた危機察知能力が役に立った、後、上げてたAIG値ね・・・マジかよ、空斬出してきたよ!

 

「あら、今ので終わらなかったのは何時以来かしら?ねぇ、ベルクーリ」

 

「さぁ?思い出せませんなぁ。面白い奴でしょう?」

 

感心しように呟くアドミニストレータと答えるベルクーリさん、今度は地面スレスレを滑るように間合いを詰めた俺をしっかりと見据えて抜き打ちの刃を止める。

 

「流石だ、少年!思っていた以上に出来るねぇ」

 

「いや、心意技ですよねアレ!?」

 

「おう、本気で来い。それこそ俺を殺す気でよ」

 

龍翔閃は初見のはずなのにあっさり破られた。

 

この分じゃ九頭龍閃も怪しい・・・と言うか奥義でも厳しいかもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、イーディスの目の前で信じられない事が起きている。

 

騎士長が心意技を放って、初見なのにシズクは避けて見せた。

 

間一髪のギリギリだけど、確実に太刀筋を把握した上で避けた。

 

そうなのよ、騎士長は正騎士になった騎士に一度本気の稽古をつける、その時だけは手加減抜きで神器使って、心意技も出す。

 

私も最初はアレ一回で負けた。

 

悔しいけど最初は何されたか分からなかったのよ。

 

後で種明かしされて漸く理解したって所もあった。

 

シズク・・・アンタって一体。

 

「イーディスちゃん、彼を大切にね?貴方の力になってくれるわ」

 

「はっ!」

 

跪く私に最高司祭様はそう言うと鍛練場を後にする、出切れば達磨も早くどっかいって、空気が汚れるわ。

 

「そこまで!」

 

副長の声が響いて、私は思わず視線を戻す。

 

「神速の二連撃か・・・・ソレが奥義かい?」

 

「全部受けきって何を言いますか!」

 

「え?ちょ、シズク!?」

 

倒れたシズクに驚いて私は駆け寄る。

 

別段斬られたとかそう言うわけではないようで騎士長と雑談をしている。

 

「そう言うな、勝ち負けで言ったら坊主の勝ちだ。ファナティオの一声が遅かったら脇腹斬られてたからな」

 

そう言って騎士長は着物を引っ張ってみせる、確かに左脇に切傷があるわ。

 

「騎士長閣下に“裏斬”まで出させるなんて・・・・シズク、貴方は何者ですか!?」

 

何か凄い驚いている副長、強いて言えば私の従者ね、私も言葉を失うくらい驚いている。

 

天翔龍閃、飛天御剣流の奥義で神速の抜刀術。

 

右足を前にして抜刀するという抜刀術の常識を覆し、その手の振りや腰の捻りの勢いを一切殺さないように抜刀の後に、左足を踏み出し、たった一歩ながらその踏み込みによって生まれる加速と加重が斬撃をさらに加速させ、神速の抜刀術を「超神速」の域の一撃に昇華する技。初撃が当たらなかった場合、斬撃が空を切ることで発生する突風が敵の行動を阻害し、その初撃で斬撃が通過した部分の空気が弾かれたことで真空の空間が生まれ、その空間の空気が時間差で急速に辺りの物体毎元に戻ろうとする作用で相手を巻き込むように引き寄せる。その自由を奪われた相手を、二回転目の遠心力と更なる一歩の踏み込みを加え、より威力を増した二撃目で追撃する。

 

私も聞くだけは聞いていたけど目にしたのは二回目。

 

一回目は任務で、二回目は今。

 

多分、コレでシズクは流派で習得した剣術を全て使ったと思う。

 

騎士長に“裏斬”を出させてソレを防御に回させた、神器でって聞いた時は血の気が引いたけど本気の殺し合いをしていたシズクに対して騎士長は何処か余裕があったようだけど、最後の一瞬は本当に焦っていたわ。

 

「剣術に限って言えば、整合騎士一かもな。整合騎士内で神速の剣士・・・いや、正確には整合騎士じゃねぇけども」

 

未だに唖然とする私達を差し置いて、騎士長は不敵な笑みを浮かべている。

 

あ、不味いかな?私とは違うベクトルの剣術だし、と言うか私じゃあの奥義みたいなの反応できないし・・・・シズクってアタシより強い?いやいや、私にだって武装完全支配術あるし?闇を支配するのが私の剣であって・・・勝てるイメージ沸かないわよ!?

 

「こりゃあ先が楽しみだ。武装完全支配術を会得したらまたやろうや」

 

「断固拒否してイイッスか?はっきり言ってそうそう死を予感したくねぇです!」

 

シズクは立ちあがると豪快に笑う騎士長へ抗議している。

 

流石にコレには私も副長と顔を見合わせて二人して呆れて笑ってしまう。

 

男の子って単純でいいわね・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシ、クー。

 

ご主人が偉い人と立ち会って皆に認めらたから割と自由にセントラル・カセドラルを歩き回れるようになったの!なったんだけど・・・。

 

「シズク殿、この可愛い生物は何ですか!?」

 

「俺の神器の神獣モード(仮)です」

 

「モード?時々聞きなれない言葉を使いますね、貴方は。と言うか神獣を自由にさせるのは控えなさい!皆が堕落してしまうではありませんか~」

 

「そういうファナティオさんが一番頬ずりしてません!?気持ちは分かりますけど」

 

ダギラって子がアタシに抱きついて、他三人も撫で始めてオバサン(クー視点:注ファナティオ)が頬ずり始めたの。

 

ご主人曰く見た目はイケメンの美人らしいけどアンダーワールドにハスキー犬なんていないから物珍しいんだろうけど。

 

まぁ、ご主人の記憶から最高の状態を模倣させてもらったから毛並みはつやつや!シャンプーしたての最高の状態だもん!

 

女性はアタシの魔力にモテモテよ!

 

「だからって私の部屋に集合は止めてもらえませんか!?」

 

毎晩アタシを抱き枕にして寝ているイーディスが悲鳴を上げた。



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さて、人界に回収されていない神器はある。

 

現に俺ことシズクに人を守れと言いながらも自分が神器へ姿を変えた神獣もいたほどだ。

 

お蔭で武器を気にせず奥義まで出せるようになったわけなんですけど。

 

俺ことシズクには専用の飛竜なんて物はない、てか飛竜も物じゃない、生きてるし。

 

あれから何度か任務をこなし、再びセントラル・カセドラルでの休日のことである。

 

「そう言えば、ダークテリトリーに繋がる場所って東の大門が代表的なところで北にも西も南にもあるわけだろ?」

 

「分からないわ、私達整合騎士は飛竜で山脈を越えるもの」

 

ふっと気になり、脇にいたイーディスに尋ねると案の定と言うか知ってたという感じの回答が帰ってきた。

 

そんなんだからゴブリンなんぞに裏をかかれるんだ。

 

少しは自らの足を使ってだな?

 

「担当区域以外には行かないからね?」

 

「もしもの話をするぞ。洞窟とかさ、ダークテリトリーに通じててゴブリンが偵察に入ってきていたら?」

 

「一発で分かるんじゃないかしら?もし村でも襲えば直ぐに私達整合騎士が使わされるでしょうし」

 

(それじゃ、遅いんだよねぇ)

 

俺の好奇心を見抜いてか先に釘を刺すイーディス。

 

そこに可能性の話を持ち込むとイーディスは事後対応になるんじゃないかと言う、すると民第一のクーは呆れたように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩いていると一方的に知っている少女がいた。

 

正確には、後の整合騎士30番となるアリス・ツーベルグだ。

 

「よっ」

 

「き、騎士様!?こんにちは!」

 

アリスは俺を見るなり、そう言って頭を下げる。

 

ベルクーリさんも浴衣メインで動いているし、袴姿の俺も似たような物なのか、と言うか何も知らないアリスからは騎士に見えるのか。

 

「ああ、かしこまる必要は無いよ。俺は騎士じゃないから・・・」

 

「そうそう、親しみやすいお兄さん的な?」

 

「魔獣が喋った!?」

 

「ご主人、アタシ初対面のたびにこういわれるの?ショックなんだけど」

 

ポンッ!とコミカルな音供に足元にあられたクーを見て、アリスは酷く驚いてクーは複雑そうな表情を浮かべた。

 

まぁ、仕方ない。

 

「コイツは俺の相棒でね、魔獣じゃない。人懐っこい犬みたいなものだ」

 

「・・・・犬よね?完全に」

 

うん、外見はね?大型犬だよ。

 

今のアリスに飛びついたら駄目だ、怪我をさせてしまうことは間違いない。

 

「ご主人、アタシが見境なく飛びつくと思う?」

 

「いや?」

 

クーは俺の考えを読める、元神獣で愛剣だけに、ソレはさて置き幼いアリスがココにいるということは既に禁忌を犯したことになる。

 

う~ん、北の洞窟の話題を持ち出すが遅かったか。

 

もう少し前に出会えていれば間違いなく警告は出来たんだが。

 

「俺はシズクと言う。コイツはクーと呼んでくれ。怖がらなくても噛みはしない、キミはどうしてココに」

 

「私はアリス・・・・禁忌目録に違反してしまったからよ。その知ってたって顔、キリトみたいでイラつくわ」

 

よし、現段階のアリスがキリトに抱く感情はむかつく幼馴染か、何してんだかあの二刀流は。

 

「悪い、それ以外ないからな。俺見たく例外はそう多くないだろうから」

 

「貴方はどうしてココに?」

 

「似たようなもんさ、ダークテリトリーを闊歩して今じゃ教導役だ」

 

そう、アドミニストレータとベルクーリさん、ファナティオさんの騎士トップ二名と最高指導者が協議した結果、俺の所謂天職は騎士達の教導役、つっても主に模擬戦の相手なんだけど。

 

「ダークテリトリーを歩いたの?嘘おっしゃい!」

 

「いや本当なんだなコレが。そう言えばアリス、キミの処遇はどうなった?」

 

「研鑽を積めば村に帰らせてくれるって」

 

「それ誰に言われた?」

 

「元老長」

 

しばしの間、と言うか幼女に何嘘吹き込んでだあの達磨?うん、今からでも遅くはない。解体しよう、試したい技もある。

 

「ちょ、ちょっと怖い顔して何処行くの!?」

 

「あの達磨を穿ちに」

 

「止めて!何を考えているの!?」

 

アリスに止められて、溜息をつく。

 

原作で言う所、ルーリット村じゃキリトが一回ログアウトしてユージオが一人孤独にギガスシダーを刻んでいるわけか。

 

「アリスがここにいるとなると、アリスの幼馴染は追いかけてきたりしないのかね」

 

「それは無理よ。わかってるでしょ? 天職があるのよ・・・キリトとユージオのこと話したかしら?」

 

「ま、これでも整合騎士の従者してるからな」

 

アリスにとっての希望は、2人が助けに来ることでもなく、誰かに助けられることでもなく、自力で努力すれば戻れるっていう虚偽なわけか。

 

さて、少し動くかね、これでも幼い少女に嘘を信じさせたまってのは心苦しい。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「その・・・・・また会える?」

 

「・・・・どうだろうな。俺も本来なら自由行動とかあまりできない立場だからな」

 

「そっか・・・・」

 

「悪い。これで最後って思っといてくれ」

 

「ううん。大丈夫。私頑張れるから」

 

「アリス」

 

「ひゃっ!」

 

名前を呼んでその小さな肩に手を置いた。

 

年も2桁になったばかりの少女、不安がないわけがない、寂しさを感じないわけがない。

 

アリスはそれを耐えられるだけの精神力を持っているだけだ。

 

「どうしようもなくなったら、イーディスを頼るんだ」

 

「イーディス、様?」

 

「話の通じやすい騎士で俺の主だ。大丈夫、困ったら俺の名前を出せばいい」

 

「・・・・・・そう。ありがとう、シズク」

 

「ああ。それじゃあな。アリス」

 

アリスと別れて俺はどうした物かとナイ頭をフル回転させる。

 

やはり、アドミニストレータをどうにかするべきだろう。

 

俺がこちらで戻るべき肉体があるか知る為にもシステムコンソールにたどり着くのは必須事項だ。

 

 

 

 

 

 

と思っていた俺の思惑を他所に、再び俺とイーディスには遠征任務が飛んできた。

 

駆け足でベルクーリさんから武装完全支配術を学んだ俺は、再び霧舞にイーディスと乗って飛行中である。

 

「ダークテリトリーに不穏な動きアリ・・・ねぇ?」

 

「東の大門の付近一帯を警備するって言うのが今回の任務よ。当てにしてるからね」

 

イーディスの言う通り、今回の任務で東側の警備に出ていた整合騎士は呼び戻されて俺とイーディスの二人のみ。

 

裏がありそうだなぁと思いながらも任務に従事する。

 

それ以外、今は出来ることがないから。

 

 

 

ま、四年も掛るとは思っても見なかったんですけどね!




シズクの基本スタイルは緋村剣心がベースとなっています。

ベルクーリが普段浴衣を着ているようにシズクは普段から和装、剣心スタイル(灰色基調)です。


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10

四年間の東の警護。

 

本来であればもっと任務期間は短いはず・・・と言うのはイーディスの談。

 

四年間の間、東の山脈付近を俺ことシズクは只管に駆け抜けた。

 

空からイーディスが霧舞に乗って警戒し、俺が洞窟とか怪しいところを潰す。

 

勿論、定期的にイーディスはカセドラルに定時報告に戻っていたけどソレは別の話。

 

俺の幻狼刀の武装完全支配術、コレがまた走り回るのに適しているんだ。

 

スタミナ無尽蔵化に加え、疲労無効に任意の人数分身可能。イーディスのように闇と言う記憶を武器に内包しているわけではないし、言うなればクーの全盛期を複写(トレース)しているのだ。

 

クーは神獣の頃、野山を駆け回って魔獣やゴブリンたちダークテリトリーの勢力から人々を守っていたのだから当然といえば当然の効力である。

 

実戦経験って言うのは大切だな。現在は百体まで分身が可能になった。

 

左手の力は本体しか現れなかったのは当然といえる。コレまで分裂したらメッチャ強いわ。

 

「シズク~!妹ができたの!」

 

戻って直ぐにイーディスが満面の笑みを浮かべてそう言った。

 

「・・・大丈夫か?頭打った?」

 

「違うわよ!新しく整合騎士になった子がいるって話」

 

「ああ、そういう」

 

因みに、帰ってきて直ぐに俺はシンセサイズって言うの?アドミニストレータから施されたけど何でも左手が邪魔するとかで何とかモジュールは組み込まれなかった。

 

対策はしていたんだがな、イーディスと同じ立ち居地まではこぎつけたと思っていいだろう。

 

幻想殺し(仮)は、未だに解析が終わらないところを見るに左手(コレ)はアドミニストレータに対して切り札足りえる。

 

「やっぱりアリスだよ、ご主人」

 

廊下を先行していたクーが戻ってくるなり、そう言った。

 

俺の地位はカセドラル内で整合騎士クラスとして扱われている。

 

イーディスと二人で一人の扱いをされているだけあり、ベルクーリさん曰く「シンセシス・テン・ツー」なんて呼んでいるとのこと。

 

それについては別に異議はないんだけど、元老長の「オマケ」呼ばわりはちょっと耐え難い物がある。

 

整合騎士を番号で呼ぶだけならまだしも何号とか、礼儀を欠いていると思うわ。

 

「初めまして、イーディス殿、シズク殿」

 

部屋を訪れた新たな整合騎士が俺達二人に挨拶に来て、イーディスは兎も角俺は目を見開いた。

 

くそ、アドミニストレータめ。四年前は厄介払いか?

 

「私はこの度召喚されました。アリス・シンセシス・サーティー、以後よろしくお願いします」

 

金紗の髪に金色の鎧、一様カセドラルにも見習い期間が存在したのか未だ神器を持たないアリス、あの少女の面影を残す整合騎士が目の前にいる。

 

「私はイーディス!もう知っていると思うけど実のお姉さんみたいに頼っていいからね?」

 

「え、ええ。よろしくお願いします」

 

イーディスの絡みが苦手なのか若干引いているアリスを見て、俺はどんな顔をしているやら。

 

事前知識ってのも厄介だな、こうなるとアリスが通る苦難の道をどう助ければ良いかばかり模索しちまう。

 

「? どうしたのですか、シズク殿。私の顔に何か?」

 

「あ、いや。何でもない・・・シズクだ、よろしく頼む」

 

「もう!アリスが可愛いから見惚れちゃってるのよ。手ぇ出さないでよ?」

 

「出すか!?」

 

「あはははっ!焦ってるじゃない、怪しい~?」

 

「・・・明日、稽古の時覚悟しろ?」

 

「もう、冗談よ。アンタが本気になったら騎士長くらいじゃないと相手にならないんだから」

 

「仲がよろしいのですね」

 

イーディスとじゃれているとアリスが微笑んだ。

 

確かに整合騎士で二人で一人扱いされているのは俺とイーディスだけだ、四年前と比べれば友達以上恋人未満くらいの間柄となっている現状、帰還してベルクーリさんに報告がてら挨拶に言ったら、出来たのかい?なんてからかわれたからな。

 

「約五年近くコンビ組んでるからね。アリスにもその内こうやって馬鹿を言い合う仲間が出来るさ」

 

「そうだと、良いのですが・・・」

 

そこは心配なのか、アリス。大丈夫、キリトとユージオはキミを諦めずにココに来るのだから。

 

「因みに、その獣は?」

 

「あ、コレは俺の神器に宿る意思みたいなもんだ。クーって呼んでくれ」

 

「よろしく~」

 

クーの口調に、出会った当初のような威厳はなく馴染みやすい口調である。

 

アリスの膝に擦り寄って撫でられている。

 

「よし、アリス。お風呂未だだよね?」

 

「え、もう済ませましたが」

 

「えぇ~!?」

 

「あ、アリス。気にするな。イーディスの持病が再発したんだ」

 

「持病ですか?」「ちょっと!何言ってんの!?」

 

「だから、気にするな。鍛練じゃよろしくな」

 

そう言って俺はアリスと会話を切上げ、無理にでも一緒に風呂に入ろうとするイーディスを引っ張って扉を閉じた。

 

後に廊下までゴォン!と言う音が響いたというのはアリス談である。

 

 

 

 

 

 

 

私ことイーディスはご機嫌だ。

 

四年ごしのカセドラル、帰ってきてみれば可愛い妹分が出来ていた。

 

もう最高よね、しかも騎士長の弟子だって言うじゃない?

 

シズクは今やカセドラルにいる間は見習い騎士の指導役だし、整合騎士の皆さんが鍛練する時、武装完全支配術込みでの鍛練を行える貴重な人材として引っ張りだこだし、これは関わる機会が多そうね!

 

それにしても今、鍛練場は寒気しかしない・・・・・。

 

「あの~シズクさん?」

 

「何かな?我が主、今日は地獄コースを所望していただろう?」

 

あ、口調が違う。

 

本格的に怒っている時ね、やっぱ昨日のかな?凄いたんこぶできちゃってるけど・・・。

 

「おい、イーディス。お前何したんだ?少年が激怒してる状態って聞いてねぇぞ」

 

「いやぁ・・・あはは、ちょっと昨日ですね?」

 

昨日の夜、アリスが去ったとのことを説明した。

 

確かに、私に落ち度があると思うけど大人気なくない?あ、騎士長が引いてる・・・。

 

「嬢ちゃん、今日アイツに関わるな。本当に命に関わるぞ」

 

「そこまでなのですか?小父様」

 

「本気のアイツは俺に匹敵する剣士だ。木刀とは言え、ひよっこには荷が重過ぎる・・・イーディス、アリスに手本見せてやれ」

 

「騎士長!あのシズクと打ち合ったら殺されちゃうよ!!」

 

「安心しろ、死んだら止めてやる」

 

「小父様、それでは遅いのでは?」

 

騎士長は本気で打ち合ってるからね、シズクの実力を嫌って言うほど理解している。

 

それは私も一緒!騎士長もこんな時に冗談言ってないで宥めて、宥めてよ!

 

あ~、アリスだけが真面目につっこんでくれる、流石は私の癒し!じゃなくて現実逃避しても意味がないのよね。

 

ほっといてもシズクの怒りが収まるわけじゃないし。

 

「少年、ちゃんと木刀使えよ?」

 

「ええ、その心算ですのでご心配なく!」

 

「仕方ない、行くわよ!シズクっ」

 

私は意を決して、何度も見た剣筋を頼りに生き残ることだけを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

「凄まじいですね!あんな剣筋見たことありません!」

 

「そりゃそうさ、あの流派は坊主だけのモンだからな」

 

アリスが興奮が冷めていないのか騎士長と話している、けど私はそれ所じゃない、腕痛い、足痛い、背中痛い。

 

神聖術で治癒できるからって思いっきりやらなくてもいいじゃない。

 

「どうかな、アリス。アレを捌ければ十分ゴブリンとも渡り合える」

 

「いや、ゴブリンどころか暗黒騎士連中も真っ青だろ」

 

機嫌が直ったシズクが目を輝かせるアリスにそう言うと若干引き攣った騎士長がつっこんだ。

 

「随分と朝から激しい模擬戦をしたのね・・・」

 

「お、ファナティオか」「ファナティオ殿、おはようございます」

 

ぐったりとする私を見て、四旋剣の皆と副長・・・ファナティオが呆れながら声をかけてきた。

 

朝食を取る為に食堂に集まっているけど、やっぱりあの鍛練を見ていた下級騎士達は近づいてこない。

 

鬼神って言えば良いのかしら?ソレくらいの迫力が合ったからね。

 

「おはようございます、ファナティオさん。そこまで激しくした覚えはありませんよ?

イーディスが鈍っていただけでしょう」

 

「アンタがソレ言う!?」

 

「お互いに知り尽くした太刀筋だ、俺が次に出す技くらい予想つくだろ?」

 

「今まで二十七連撃なんてしてこなかったもん!」

 

「お互い、たまには本気で打ち合わないと鈍るだろう!」

 

遠巻きでデュソルバートが「また痴話喧嘩か」と呟いた。

 

割と私もシズクも負けず嫌いで、模擬戦をするとこうなる、けどいきなり全開でするなんてことはないんだから、と言うかデュソルバート、何時もみたいに言わないでよ!

 

「気のせいでしょうか、イーディス殿が幼くなっているように見えるのですが」

 

「いや、嬢ちゃんの見た通りだろ。歳も近くてお互いに背中預けて戦った仲だからこその会話なんだろうな」

 

「見ているこっちが恥ずかしくなる・・・・」

 

アリスが口論を見て唖然とし、騎士長が分析して、兜を取ったダギラが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シズク殿とは五年間共に戦っているとお聞きしましたが、イーディス殿にとってシズク殿はどのような存在なのですか?」

 

朝食が終わり、私は食堂でアリスを含めてファナティオや四旋剣の皆、シェータも絡めて話をしている。

 

シズクは騎士長の鍛練に付き合うとか、あ~・・・アリスも一度見ておくべきだと思うわ。

 

「私にとってのシズク?」

 

アリスに尋ねられて改めて考える。

 

最初は邪魔だと思っていた。

 

だって整合騎士は任務は一人で十分こなせるし、無茶難題は任務に組み込まれない、元々一匹狼みたいな所があるし、私もそうだった。

 

最高司祭様がコンビを組めって言うから。

 

まぁ、一緒に仕事して助かったことの方が多いわね。

 

「う~ん、頼りになる相棒・・・かな?」

 

「それだけじゃないんじゃない?イーディスがピンチになったら毎回血相を変えて助けに来るって言うじゃない」

 

プライベートモードのファナティオが小突いてくる。

 

「それはシズク殿がイーディス殿の従者だからではないのですか?」

 

「少し違うんじゃないかしら?アリスも分かる時がくると思うわ」

 

アリスが質問を投げかけるとファナティオが含みのある言い方で答えている。

 

「確かに最初に二人で当たった任務は一人じゃ厳しかったわね。勝つには勝てても民が無事かは正直分からなかったかな・・・」

 

思い出してみるとそうだ。

 

敵の情報を憶測ではあるけど言い当ててたし、何よりアイツの左手に救われたのは大きい、神聖術は別に詠唱破棄も出来るけど「システムコール」の掛け声はやっぱり気構えをするって意味で必要だし。

 

呼吸を封じられたって時は厳しかったわね、神器も手元になかったし。

 

そう言えば、何度か右目がおかしくなった時は酷く優しかったような・・・ないない。私がその程度で落ちるなんてないわ、それもシズクにとって私は主人、あくまでこの生活の要なんだから。

 

「イーディス、気付いていないの?」

 

「何が?」

 

ファナティオが「え?嘘でしょ」と言いたげに尋ねてくる。

 

私は本当に何を言っているのか分からない、と言うか、騎士長と貴女の関係の方がもやもやするわ。早くゴールしなさいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かっかっ!と木刀と木剣の交わる乾いた音が響く。

 

俺ことシズクとベルクーリさんは、軽く打ち合った後に見習い騎士達を鍛えることになっているので余力を残さないといけない。

 

だってさ、神聖術ありで取り合えず俺を倒すって言うぶっ飛んだ修練工程だ、左手の使うタイミングとか、何処を防いで何処を流すとか色々勉強になるから俺にとってもプラスなんだけど。

 

「イーディスとは進展したのかい?」

 

「ソレは男女のってことっすっか?」

 

「それ以外に何がある?お前さんはイーディスのことをそういう目で見て居ないのは知っているが、イーディスと単なる主従関係って訳でもあるまい?」

 

「・・・・どうですかね?今までは任務で精一杯でしたから」

 

「・・・・・・そういうことにしといてやるよ」

 

何かを悟ったらしいベルクーリさんが悪戯な笑みを浮かべて言った。

 

まさかね、俺がイーディスを意識してる?アレ、確かに風呂上りとか色っぽいと思ったことはあるけど・・・アレ、コレって意識していることになるン?それってファナティオさんとかアリスにも言えることじゃ?

 

「意識してるよねぇ・・・・ご主人」

 

鍛練場の隅で寝ていたクーがボソッと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとなんでボロボロなの!?」

 

鍛練が終わったと聞いて私ことイーディスは戻ってきたシズクの様子に驚いた。

 

もう神聖術で天命は回復しているようだけど、ボロ雑巾・・・うん、最初に見つけた時みたいなボロボロ具合。

 

「いやぁ、ちょいと気を抜いたらこの様でね」

 

「クーが出てないところ見ると天命一割切ったんでしょ!?いいから大浴場行って来なさい!!」

 

大浴場は天命回復効果がある、今はコイツの天命を回復させないと!

 

「イーディス、俺を殺す気かおまえ!?今は下級女性騎士が入浴中だろ!」

 

「あ!・・・だったらこっちに来る!」

 

私はシズクをベッドまで引っ張っていくと神聖術をかける。

 

回復はしている筈だけどやらないと気がすまなかった、あんまり治癒系は得意じゃないけどやるしかない。

 

あ、そっか・・・シズクにとっての()のクーと同じだったんだ、私はシズクを失うのが怖くなってる。




さて、シズクとイーディスの関係も進展させますか。


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11

俺、シズクにとってイーディスは自分より強くて今の生活の基盤となる人物、そんな風に考えていたんだが、ベルクーリさんと他愛ない話の後に見習い騎士達を相手にしたとき、どうも気持ちにブレがあると気が付いた。

 

普段なら神聖術で放たれる土くれを左手で受け止めたりしないんですけどね?

 

幻想殺し(仮)は、神聖力が影響し続けている物体あるいは神聖力そのものを打ち消す効力がある。

 

リソース運用削除能力って言うのがアドミニストレータの出した結論だ。

 

なので既に発生した大玉サイズの土くれをかき消す力は無かったんだよ、良く知ってたはずなのに手を着いちまった。

 

「あ~・・・ご主人、心が乱れてるよ。改めて考えたら意識しだしちゃったのかもね?騎士長」

 

「なんだよ、クー。俺のせいだってのか?」

 

「そうは言ってないよ?」

 

見学していたベルクーリさんとクーが何が言っているのが見える。

 

別に止めなくてもどうにか持ち返すと思っているのかベルクーリさんはしてやったりと言う顔をしている。

 

あ、マジでヤバイ・・・尻もちついた状態から五人は厳しいって!

 

見習い騎士一同稀な好機に必死になるのは分かるけど、立たせてくれない?

 

「行きますっ指導役殿!」

 

「却下!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ココ数ヶ月間、私ことイーディスはシズクを目で追ってしまっている。

 

今はアリスが一対一で打ち合っている。

 

シズクも一対一なら余裕があるようで人界で主に使われる流派、ハイ・ノルキア流のような魅せる剣ではない実戦剣術である飛天御剣流で幾つか返し技を教えている。

 

これが意外と役に立つのよ、かく言う私も返しとか初動の潰しとか色々聴いているのだけど・・・いくら騎士長のお達しとは言え、最近アリスに付きっ切りじゃないかしら?

 

「試しに正面から打ち込んでみて、俺は後ろから剣を返すから」

 

「分かりました・・・てやっ!」

 

アリスの上達速度は凄い、教えたことを翌日には実践するし、既に神器の有り無し抜きにすれば正騎士レベルだ。

 

今は龍巻閃・凩によってシズクがアリスの首元で木刀を止めるとアリスは目をぱちくりさせている。

 

「多分コレは一刀の威力を追求するベルクーリさんやアリスの剣にも応用が利く脚運びだ。受けた感想は?」

 

「習った剣とはまったく正反対の剣技だと感じます。シズク殿の剣は速さを求めている」

 

「当たらずも遠からず。ま、アリスの師匠はベルクーリさんだ。違う流派の人間がとやかく言っても混乱するだけだろうから、実戦から吸収できる所を見つけてみるといい。」

 

どんな神器をアリスが賜るか分からないけど、私も負けてないはず、もうシズクのほうが私より強いの、ぶっちゃけ騎士長の次に強いんじゃないかしら?

 

整合騎士になっていないからあんまり話題に上がらないだけで。

 

「イーディスはご主人をずっと目で追ってるけど気になる?」

 

「ひゃっ!クー、そんな事ない・・・あるかぁ。クーは良く見てるもんね」

 

「漸く素直になった。大丈夫、聞いたことは黙っておくよ?アタシは勝手にご主人がどう思ってるか知れるから良いけど、今度こそ、ご主人のキューピットになってあげたいな」

 

クーに尋ねられて驚いてしまう、けど認めたほうが楽になる気がしたから認める。

 

ぶっちゃけ、同じ部屋だし、五年も同伴続ければ思うところも出てくる。

 

クーも()の記憶に触れたからシズクがどんなボヤキをしていたか知っているのか、気になるなぁ。

 

「きゅー・・・何?」

 

「あはは、何でもないよ。ご主人をよろしくね?」

 

「うん。任せなさい!因みに昔はどんな奴だったの?」

 

「それ、アタシに聞く?」

 

私はクーからでも昔のシズクを聞けるのではないかと尋ねてみたけど、あんまり意味はなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊や、あなたを呼んだのは他でもないわ。どう思う?」

 

「最高司祭様。主語、主語が抜けておられますぞ」

 

天蓋付きベッドで天を仰ぐ裸族、アドミニストレータは時折意味もなく俺ことシズクを呼び出す。

 

主に左手関連かと思いきや「貴方ならこの魔獣に勝てるでしょう?」とか言う無茶振りをしてくるがそこは断っている。

 

ま、大抵ベルクーリさんが一緒に拝見するわけなんだけども今回は一人、ソロである。

 

あ~キリトって凄いね、虎視眈々と狙う俺と違って化物(ラスボス)に「殺しに来たぜ!」とか言いそう。

 

実際言っていた記録は無いけど。

 

「後、服!服着てください!目のやり場に困ります」

 

「あら、イーディスちゃんのも見ているじゃない?今更でしょう」

 

「・・・・・それとこれとは話が別です!」

 

「あら、残念。まぁ、コレでいいでしょう?」

 

そう言って毛布を身体にかけた。

 

それでも心もとないけどこれ以上言って機嫌を損ねても面倒だから言わない。

 

「実はね、恋について考えることが多いのよ」

 

思わずずっこけた。

 

アドミニストレータが恋?淡水魚の鯉じゃなくて?なんでいきなり恋で俺に結びつくの?

 

「それで俺なんっすか?」

 

「ベルクーリから聞いているわよ、イーディスちゃんとは順調に仲を深めているそうね?毎朝痴話喧嘩が絶えないとか」

 

「・・・・・はい?」

 

思わず聞き返してしまった。

 

「整合騎士は歳を足らない、貴方も不完全とは言え“シンセサイズの秘儀”を施したのだから、天命凍結の一点については同様。それにカセドラルで今一番色づいてるのは貴方達よ?」

 

「ああ、失敗したアレですか・・・・チョイ待ってください。騎士長と副長がいるでしょう!?」

 

「私が見たいのはもっと若い子の恋路よ」

 

なんという事だろう、見てくれだけなら未だに若いと豪語できるアドミニストレータの興味がまさかの恋に向いているだと!?最終負荷実験早まったとか言わないよね?

 

「白状なさい、好きか嫌いか・・・どちらなの?」

 

何か強引だなぁ、こんなキャラだっけ?この人。

 

何かミステリアスレディと言う印象を実際見てから抱いていたが、この数秒で粉砕してきたな。

 

俺の意見なんて意味ないだろう、コレばかりは信頼とかそういう事の含めて答えがでているからな。

 

「好きですよ?いつも明るいし、話してても飽きないですからね。ま、妹分のことになると歯止めが聞かないのが玉に瑕ですけど」

 

俺が答えると新しい玩具を手にした子供のような・・・邪悪な笑みを浮かべるアドミニストレータ、知っていたけど嵌められたな、もはや諦めの境地である。

 

ベルクーリさんと組んで嵌めてきたんじゃあるまいな?違う?あ、そう。

 

「コレ、下の五十階層まで全てに聞こえているから。その心算でね」

 

邪悪な笑みを湛えて言うアドミニストレータ。俺は理解に数秒掛かったわ。

 

「はぁ!?どの辺りからっすか!」

 

「私の恋について~辺りからよ」

 

「ほぼ最初っ!?カセドラルに放送設備なんて・・・ハッ!くだらない事に神聖術使わないでくださいよ!!」

 

「いいじゃない、私だって漸く見つけた玩具を手放したくないのだから」

 

「ソレも聞こえていたら意味無いんじゃないデスかねぇ!?」

 

「大丈夫よ、私の台詞は綺麗に変換して響いているわ。勿論、今のやり取りもね」

 

「あんた詐欺師で食っていけるわ!!」

 

少しでも人の情が沸いたのかと思った俺が馬鹿だった。

 

アドミニストレータは、やっぱり残虐非道なアドミニストレータでした。

 

ああ、この後はどうしよう・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ、少年もついに言ったか」

 

「また、大胆な・・・・」

 

顔を真っ赤にしている私、イーディスの前で騎士長と副長・ファナティオは聞こえた声の主に驚きの表情を浮かべている。

 

主にファナティオが・・・・ね。

 

「最高司祭陛下も随分と大胆なことをなさる・・・下手するとカセドラル中に今の響き渡ってるんじゃねぇか?」

 

「はぁっ!?何よそれ・・・・大胆ってレベルじゃないでしょ~!!」

 

「良かったわね、イーディス。」

 

「コレはめでたいな、ココ百年ばかりこんな事なかったろ?」

 

「そうですね、閣下。お祝いしましょうか?」

 

何で二人共乗り気なのよ!自分たちは?

 

私が叫びたい気持ちを抑えて、何とか職務を終わらせてしまおうとする、が、集中なんて出来るわけも無く手につかない。

 

「イーディス殿、おめでとうございます。」

 

白亜の廊下で、すれ違う騎士達は口々に祝福してくれるが早とちりする者もいて・・・、

 

「イーディス、結婚するの!?」「イーディス、おめでとうございます!」

 

早々に自室の部屋に戻ってこの羞恥から逃れよう、そう思っている時に限ってフィゼルが飛び出してきた。

 

いやいや、飛躍しすぎでしょ!?しかも、フィゼルを避けたと思ったらリネルにつかまってしまった。

 

何時ものように腕を引き、ごねられる。

 

私はうんざりとして表情に出ていることだろう、アリスみたいな子ならいいんだけどリネルとフィゼルの相手は疲れるわ。

 

「あのねぇ!今の私は・・・!?」

 

思わず突き放して部屋に、と思った矢先にシズクが階段を下りてきた。

 

昇降盤ではなく、階段で・・・、シズクを直視できない。恥ずかしい!

 

「あ、水ぼらしい王子様の登場です!」

 

リネルが私を引っ張り、フィゼルも頷くと同調する。

 

うーん、思ったより強く引っ張るわね?ってこのままだと!こちらの存在に気がついていないシズクへまっすぐ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

勘弁して、マジで!?

 

俺ことシズクが、あの意地悪ババア(アドミニストレータ)のトドメを受けた。いや、デュソルバートとかレンリは純粋に祝福してくれたんだけど・・・ね?

 

イーディスと俺のやり取りを見ていたメンバーからすれば「やっとか。それにしても派手じゃね?」くらいにしか思っていなかったようで、デュソルバートは酷く淡々と、

 

「貴殿とイーディス殿を祝福する。二人の未来にステイシア神の加護があらんこと」

 

とか言っちゃうんだよ!?と言うかカセドラル中に放送された時点で気がついて?いや、最高司祭様万歳って言うモジュール効果でアドミニストレータの行動を疑わないんだろうけど・・・。

 

俺とて、神獣に好かれようが飛竜に懐かれようが人の子である。

 

なので流石にここまでお膳立てられてしまったら考えないようにすると言うのは無理な話でって背後に人の気配、いけない、考え事をしていた・・・イーディス!?

 

「シズク、後は任せたよ!」

 

イーディスの左手をフィゼルが引っ張って、

 

「最高司祭様に頼めば結婚式やってくれるのではないでしょうか!?」

 

リゼルとのコンビプレイ、二人で茹蛸状態のイーディスを思いっきり押し出した。

 

因みに俺の後ろは下り階段、ぶつかると思って振り返ったから割と至近距離まで気がつかなかった・・・・待とうか?この後の展開が容易に想像着くんだ。

 

「きゃ!」「うががががッ!?」

 

何とも可愛らしい悲鳴を上げて胸板に飛び込んできたイーディスを受け止めて背中から階段を滑り降りる俺、天命は尽きたりしないだろうか?この階段、無駄に長いからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、繋ぎを壊されても大丈夫ね」

 

アドミニストレータは酷く邪悪な笑みを浮かべながら、階段折り返しフロアで伸びる二人が映し出された空間を払う、すると先ほどまで今まさにその様子を投影していた鏡は霧散して再び天蓋を見上げる。

 

ベルクーリに並ぶ剣士、単純な戦力としては整合騎士がいる分、オマケ程度だが左手に宿る未知の力と知らない剣術。

 

それは整合騎士最強のベルクーリに迫る物だ、それが記憶開放術なしでと言うから驚きである。

 

そして、天蓋から降りて来た一つの水晶モジュールを手に取る。

 

「幸せな家族の記憶・・・抜けてしまっても無意識に求めるのかしら?」

 

それはイーディスがシンセサイズの秘儀で失った「家族との幸せな記憶」、特に強く見て取れるのは妹との時間だ。

 

イーディスは整合騎士になったアリスを妹と豪語して、擬似的に姉妹の時間を求めるのかもしれない。

 

「良かったわね、イーディスちゃん。玩具(シズク)なら貴女の夢を叶えてくれるわ・・・あはははっ!」

 

幼い少女、否。女性なら誰もが抱く「幸せな家庭」と言う夢は、幼かったイーディスも一度は夢見たこと、その記憶もシンセサイズの秘儀で忘れて整合騎士として従事していた。

 

水晶柱に結婚を夢見る幼いイーディスがチラつき、アドミニストレータは悪役特有の高笑いを響かせて光は消える。



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12

私、イーディスはダウンしたシズクを抱き起こすと直ぐに治癒を始める。

 

リネルとフィゼル、やって良いことといけないことがあるでしょうが!こともあろうか階段を下りる人に人押し出すとか信じられない。と今はシズクの治癒に専念しなけれ

ば。

 

「何をしているのです?」

 

物音を怪しんで執務室から出てきた副長・ファナティオが伸びるシズクと私を見つけて駆け寄ってきた。ソレも当然、シズクは額から血を流していてぐったりとしている。

 

「坊やじゃない!何があったの!?」

 

「私と階段から落ちたのよっ!私を庇ったりするから!!」

 

「おー、これまた派手にコケたな。生きてるか?少年」

 

ファナティオの焦る声に騎士長まで顔を出す。いや、騎士長。こけて額を切る人間なんて稀です、しかもただの下り階段で。

 

「・・・・俺死んだ!?」

 

「生きてるわよっ!」

 

ものの数秒、治癒術をかけているとガバッとシズクが起き上がるなりボケた。私は間髪いれずにつっこみを入れて抱きついた。

 

「あれ?ファナティオさんまで何でそんな心配そうにして・・・ベルクーリさん、何がどうなっているんですか?」

 

「貴方とイーディスは階段から落ちたそうよ、覚えてない?」

 

「あ~・・・・・あのチビ共!」

 

混乱気味なシズクにファナティオが優しく尋ねると僅かな間を挟んでシズクは立ち上がった。

 

せめて血を拭きなさい、額の傷は閉じたって言っても!

 

「イーディス、少年を連れて今日はもう上がれ。」

 

その様子を見て、騎士長が後頭部をボリボリ掻きながら言った。

 

「良いのですか?」

 

「ああ、カセドラルにいる内は休息日みたいなもんだからな。少年は教導役で休んだ気にならんだろうが・・・書類整理くらいは俺がやっておくさ。最高司祭陛下の気まぐれであんなのが流れたんだ、お互いに話すことがあるだろうからな」

 

「ああ、そうですね。閣下」

 

「ありがろう!騎士長、ファナティオ!」

 

私は騎士長とファナティオに頭を下げるとふらつくシズクに肩を貸して階段ではなく昇

降盤に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の、シズクの意識が完全にクリアになったのは既に見慣れた部屋のベッドの上だった。

 

四年前にクーが発現して以来、それまで“一応”とベッドを中央から分けて立てられていた衝立が今ではアンティークになり下がっている。

 

今度しっかりお仕置きを考えねば、リゼルとフィゼルにはやっていいことといかんことを教えねば。

 

普通に死ねる、戦場でイーディスか仲間を守って死するのはアリかと思うが・・・子供の悪戯で死ぬなんて恥ずかしすぎる。

 

「シズク、大丈夫?」

 

天井を仰ぐ俺の顔をイーディスが覗きこむ、イーディスは本気で心配したらしい、コンビを組んで早五年目。イーディスは楽観視する部分があるけど、怪我した場合は別だ。

 

「ああ、大丈夫。心配かけ!?」

 

「本当、無茶しないでよ!」

 

起き上がると急に抱きつかれて俺は固まった。

 

うん、今までに無いパターンだ。

 

やっぱり、最終負荷実験早まってない?起きた足でアドミニストレータに喧嘩売りに行こうか。

 

冗談はさて置き、イーディスってこんなに情熱的だっけ?

 

いつもバカ言ったり、何かと張り合ったり、アリスのことで暴走したりするけどココまでしおらしくなった事無いんだ。

 

冷静に思い返せば、任務中でしくじった時もなんだかんだいって民を優先する騎士精神の持ち主だ。

 

四年間の警戒任務中も戦闘になっても互いの背中を任せる間柄な訳で・・・。

 

「さっきの本当?」

 

うん、俺も分かっていた。

 

ベルクーリさんが何でイーディスと俺を早々に皆から遠ざけたのか?単純に悪魔(アドミニストレータ)の行いが招いた結果を収拾させるためだ。

 

せめて、当事者である俺とイーディスが何があっても対応出来るようにしておけと言う事だろう。

 

「さっき・・・・?」

 

「・・・・私は、アンタのことが気になって仕方なかったの。アリスと鍛練している時も、騎士長と稽古試合している時も、見習い騎士達を相手に稽古している時もずっとアンタを目で追ってた」

 

「イーディス?急にどうし・・・アレのせいか」

 

イーディスの熱が篭る台詞を他所に俺の頭には恐らく悪役特有の高笑いをしているアドミニストレータが浮かび上がる。

 

カセドラル中に響いた誘導尋問のような言葉に乗っかって嗾けられたせいで、恐らくそういう目で見ないようにしていたイーディスが思い切って告白してきているのだろう。

 

あ、俺も然りで今はイーディスを見ていると妙にドキドキする。

 

「頼もしいと思うことも多くなったんだよ?シズクがいてくれて助かったと思っている。最近アリスの稽古している時はずっとイライラしてたんだよ?取られるかもって。誰かを好きになるって初めてだから」

 

イーディスの言葉を聞いていて恥ずかしくなった俺は、秘めていた思いを解き放つことにした。当然、ソレがどういう結果になるかは分からない。

 

「イーディス!」

 

「ひゃい!」

 

肩を掴むと素っ頓狂な声を上げて固まるイーディスを真っ直ぐ見据えて口を開く。

 

「俺は、最初に出来た繋がりを守りたいと思った。」

 

「え?」

 

「四年前、イーディスが寝言で俺を〆潰しかけたあの夜にお前を守りたいと思った!正直、過ぎた願いだと思ったよ。それから一緒に仕事をこなす内にイーディスは俺にとって大切なものになった!」

 

「ちょっ声大きい!」

 

「頼む。これからも俺の横に・・・イーディスの相棒でいさせてくれ」

 

ただ、俺はそう告げて頭を下げる。

 

流されるままに付き合うのではなく、心に秘めていたことを伝えた。

 

イーディスがあくまで仕事のパートナーだと断じてしまえば俺はこれからそうある・・・・そうあるよう努力する。

 

「ふぅ。勿論、シズクと一緒にいてあげる。私からも言わせて」

 

「はい?」

 

「シズク。これからも私を助けて、私に助けさせて。」

 

「ああ、勿論だ」

 

「とっても不器用な告白だね、二人共」

 

俺とイーディスは今、言うなれば見詰め合っている状態だ。

 

ポンッ!とコミカルな音と供にクーが姿を現すと呆れたように言った。

 

「それでこそご主人。イーディス、こんなご主人だけどよろしくね」

 

「勿論!クーもひっくるめて私の隣にいて!」

 

イーディスはクーも巻き込む形で俺に抱きついて、そのまま俺はイーディスに押し倒されるように倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カセドラル・上位騎士居住区廊下、白亜の廊下に赤い絨毯が敷かれたシンプルな廊下には四旋剣でデバガメはしないといった二人を除いてダギラとジーロがイーディスの部屋の扉の前でコップを扉に当てていた。

 

更にその下にフィゼルとリゼルが同様に、呆れたようにその光景をアリスが見ていた。

 

見ているアリスとて結果は気になる、そんな様子を業務を片付けたベルクーリとファナティオが廊下の昇降盤付近で微笑ましく見ていた。

 

「お前さん達、そろそろ逃げた方がいいぞ」

 

ベルクーリの一言で四人は一斉に音響収集に使っていたコップをもって踵を返す。

 

後ろにいるのはアリス・・・のはずなのだが、クーがいた。

 

今、イーディスとシズクに挟まれているはずのクーが。

 

そんなクーと目があってぱちくりする四人。

 

「・・・・・ねぇ」

 

振り返ると扉は開いていて、私ことイーディスが低い声で尋ねる。

 

「・・・・聞いてた?」

 

「私は!何も聞いていませんっ熱烈な語りがあったなど決して!!」

 

「ダギラ、アウト!」

 

スパァッ!と凄まじい音と共に額を白い何かで唐竹割りされるダギラ。

 

誰に?決まっている、シズクだ。

 

「いったぁ!?」

 

「フィゼルとリゼルは安心しろ、今朝方のお礼も兼ねて鋼鉄製をくれてやる」

 

「それ死んじゃう!」

 

「シズクは私達を殺す気ですか!?」

 

「黙らっしゃい!こっちとらお前等の悪戯で何回死に掛けたと思ってんの!!?」

 

神聖術の式句を唱え、シズクは手に持った紙製のハリセンと言うつっこみ用の剣(?)を光沢と重量感のある一種の武器に変えていく。

 

伊達に神聖術を貪り学んでいないと感心してしまう私を他所にソレを見た二人は真っ青になってお互いに抱き合っていた。

 

因みに騎士長は笑って見ていた。

 

シズクが本気で叩くとは思っていないみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後

 

俺ことシズクとベルクーリさんは飛竜のゲージ(正式名称があるんだけどシズクが勝手に呼んでいる)にいた。

 

ゲージの中に卵から孵ったばかりの小さな幼竜がいる。

 

藍色の体躯で黒い瞳を見開いて珍入者である俺を見上げている、幼竜と言っても最初のクーと同じくらいのサイズ(ハスキー幼犬サイズ)だ、幼いと言ってもやっぱり竜なのだと思い知らされた。

 

「ほれ、こいつがお前さんの飛竜だ。」

 

「ベルクーリさん、俺は基本的にイーディスとセットですよ?」

 

「それはそうだが、お前さんも空を移動できたほうが何かと都合がいいだろう?幸いにもココで卵から孵った飛竜の一匹だ。後はココだけの話だが・・・・」

 

そう言ってベルクーリさんは話し出す。

 

何でも、数日前の恋に興味がって一件・・・アドミニストレータは最後まで、俺とイーディスの告白まで見ていたらしい。

 

それだけ聞くとあの性悪女も他の女性と変わらない・・・誰かの恋路が気になるとか可愛い所あるなぁと思っていたのだが、当然ソレで終わるわけは無く、イーディスと相棒で恋仲になった事を祝ってくれると昨晩に晩酌を共にした時に言っていたそうな。

 

「・・・・はい?」

 

「言っとくが俺は何も言ってないからな。ココ何百年で磨り減った人間らしい感情を少しでも思い出させたお前さんのおかげだ。」

 

感慨深く頷くベルクーリさんを他所に俺は嫌な予感しか感じていない。

 

ベルクーリさんが召喚された当初、アドミニストレータに人らしさがどれ程残っていたかは知らない。けど今回にいたっては多分、純粋に祝福する気なんてないぞ多分!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近い未来に自身を乗せてくれる飛竜と見習い騎士は共に過ごす時間を長く取る、と言うのはイーディスも通ってきた道なので俺の苦労を分かってくれる筈、今はクーと供に俺の頭に圧し掛かる幼竜を見てイーディスが台詞を選んでいる。

 

何せ人の手によって育った飛竜は言葉を理解する・・・なのであまり心もとない投げれば信頼関係は築けず、その飛竜は西帝国にある飛竜の巣に返すことになる。

 

「え?ここで卵から孵った子なの!?」

 

イーディスにベルクーリさんから聞いたことをソックリ伝えると酷く驚かれた。

 

「それじゃ、何が何でも信頼関係を気付かないとね。シズクなら心配ないだろうけど」

 

「まぁ、動物に懐かれやすいのは自負しているけど・・・雨崖(あまがけ)、頼むから降りてくれ。首が痛い」

 

そう言うと俺の頭の上で「クルァ・・・」と鳴く幼竜、名前は雨崖(あまがけ)。目が合っていたあの場で思いついた名だ。

 

降りる雨崖(あまがけ)、聞き分けの良い子だと思っていたら今度は裾をかみ始めた。

 

「あ~良いなぁ!」

 

「な、何が?イーディス、こうなった時の対処法知らん?」

 

「ソレ、甘えてるのよ。良いなぁ、霧舞はあんまり甘えてくれなかったからなぁ」

 

藍色の幼竜がすき放題する様を見て、イーディスはうっとりとしてそう言う。

 

霧舞の幼い時でも思い返しているのか、見かねてかクーが雨崖の前に来ると一言。

 

「ご主人をあんまり困らせたら駄目、貴方は立派な飛竜なんだよ?すぐにご主人を乗せて空を翔るようになるの。今は甘えてもいいけどね?」

 

すると今度は柱をかみ始める雨崖、どうやらかなりのやんちゃなようだ。



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13

二年の月日は、割と早く過ぎ去った。

 

幸い、あのカセドラル告白放送以来、アドミニストレータはなりを潜めている。

 

ベルクーリさん曰く「アリスに神器を下賜して直ぐ寝ちまった」らしい、それが一般的に人の睡眠時間をゆうに越えた年単位と言うから驚きだ。

 

特に小難しい任務もなく、イーディスと順調に仕事もプライベートもこなしていく毎日だった。

 

変化といえば俺ことシズクが霧舞に乗るのではなく、成長した雨崖に乗って移動しているくらいか。

 

そんなわけで俺は恒例となった本気(ガチ)の死合いに望む、ベルクーリさんもファナティオさんもイーディスが見守る中、斬った斬られたと言う物騒な立会いをする。

 

「シズク殿、今日は本気でお願いします」

 

アリスが頭を下げ、俺がSAOでアリスといったら金木犀の剣と知る・・・記憶通りの装備を手にして正騎士に格上がりしたアリスと対峙する。

 

「こちらこそ、整合騎士第三位の力を存分に発揮してくれ。俺もクーの力をより引き出そうと思う」

 

俺の神器が少々特殊なのか、これで出せる強化は終わりとクーに教えられた技能を試すべくアリスと立ち会っているわけだ。

 

因みに現在では奥義を封印して立ち会ってもアリスと互角、奥義ありならちょっと危ないくらいの力量差だ。

 

ベルクーリさん曰く「俺の後の整合騎士は皆範囲攻撃を選ぶ傾向にある」と言う忠告をもらっている。

 

後は簡単だ、範囲でもファナティオさんのようなビームでなければ、弾けると踏んでいる。

 

「それじゃ、本格的に危ないと思ったら止めるぞ。始め!」

 

ベルクーリさんの裂帛の気合が篭った掛け声と供に、俺は居合いの構えを、アリスは抜刀して式句を唱えた。

 

「エンハンス・アーマメント!咲けっ花達!!」

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地を蹴るシズクと刀身が黄金の花弁となった剣を振るうアリス、単純に見たら範囲攻撃ではなく剣術を主とするシズクが不利だ。

 

私ことイーディスの前で火花が散る。

 

幻狼刀の武装完全支配術は言うなれば疲れ知らずになれ、分身が出来る、シズクは最大百人に分身が出来、百人全てが本体と同じ強さだ、剣の速さ・正確さが一度に襲い掛かるわけ。

 

正直、一回だけダークテリトリーのゴブリンたちに全力を出したシズクを見たことがあるけどアレは酷いの一言に尽きる。

 

血の海に立っているシズク、ソレを仕立て上げた時間を知った当時の私はゾクッと背筋に寒気を覚えた。

 

アリスが成長したように、武装完全支配術を発動した所でシズクは剣術だけ。

 

アリスのように無数の花弁がその一枚に至るまで高い攻撃力を持つのではなく、術者を強化する珍しいタイプなのだ。

 

ガガガ!と花弁がシズクを捉えようと襲い掛かる中、シズクは文字通り消えた。

 

何度か見たし、長いこと一緒にいる私なら分かる。

 

シズクはアリスを斬らない、アリスの神器を初めて見たからどんな攻撃になるか見定めたのだろう。

 

「うぉ!行き過ぎたっ」

 

騎士長もファナティオも目を見張って言葉こそ発していないけど驚いている。

 

何分、鍛練場の真ん中で立ち会っていたにも拘らず一秒未満で端まで・・・十メル以上は移動してしまったいたのだから。

 

「なっ!?」

 

シズクの声を聞いて、金木犀の剣を操りながら肩越しで確認するアリス。

 

「さて、白夜みたいなタイプの攻撃か。刃か花かの違いはあるが・・・大丈夫だろう」

 

また良く分からないことを呟いてシズクは腰を落とした。

 

アリスは返しの刃で花弁を操った広範囲攻撃に転じている。

 

私はシズクの考えていることが分かった。

 

「弾く心算か・・・」

 

「何を言っているの?そんなことをしたら坊やは・・・やりそうね」

 

「まぁ、素であの速度だからな。開放術でより洗練されたとなりゃあ分からんさ・・・弾けるとは思えんが」

 

私の呟きに何処か最初こそ驚いたようだが何処か達観したファナティオが同意し、開放術なしの状態で奥義まで受けたことのある騎士長が挑戦的な笑みを浮かべている。

 

それからアリスが振るった四連続、武装完全開放状態なので凄まじい手数の花が襲い掛かる訳なんだけど。

 

「うん、一枚掠ったか」

 

その殆どを耳障りな騒音と供に叩き落して、シズクは右肩を裂いた一つの傷を抑え見ていた。

 

「シズク殿、真面目にやってください!」

 

直接こないことにアリスも腹を立てているようね。

 

「勿論、やっているとも。瞬歩は室内で使うの初めてだからコツがつかめなくてな?」

 

「んなっ!?」

 

「でももう掴んだ」

 

瞬きもしていない、アリスは間違いなくシズクを注視していた、にも拘らず一瞬で十メル以上はあった間合いを詰めたシズクが幻狼刀の柄で金木犀の剣をアリスの手から弾き、返しの刃でアリスの首に刃を添えた。

 

ぶわっ!と突風がアリスの髪をなでて、何が起きたか理解できないアリスと止める必要性がないとニヤついていた騎士長とハラハラしながら見ていたファナティオが歩を進める。

 

私も二人に続いて歩みだす。

 

「そこまでだ。コレにて打ち合いを終了とする」

 

鍛練場の中央で互いに剣を治める二人に騎士長が言葉をかける。

 

「その、シズク殿。言葉を荒くして申し訳ありませんでした。」

 

「いやいや、アリスのせいじゃないから気にしないでくれ。試運転に当てた俺も悪い」

 

ぺこりと頭を下げるアリスにシズクはそう言ったと同時に私がとろうとしていることに呆れた表情を浮かべる。

 

「坊や、何時の間にあんな動きを?」

 

「それは私も気になりま・・・シズク殿、また呆れ顔でどうしたので・・・ふっ!」

 

「きゃ!アリス、何で避けるの!?」

 

「イーディス殿、いきなり抱きつくなと何度言えば分かるのです!?」

 

「去年からっすよ、俺が勝っている一点を突き詰めたらこうなっただけ。にしても仲のよろしいことで」

 

「にしても尖らせ過ぎじゃねぇか?」

 

ファナティオが尋ねるとアリスを強襲した私が答えてアリスをちょっと悔しそうにしているアリスを慰め、呆れながらも神器の出生・・・元の性質と自分の性質がかみ合ったと語外に言うシズク。

 

やりすぎじゃねぇかと苦言を呈する騎士長がいた。

 

因みにシズク曰く「過去と未来を斬れる人に勝つにはコレくらいじゃ甘いだろ」らしい、ほんと負けず嫌いね。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻

 

ふぅっと一息つく俺ことシズクは考える。

 

アリスの範囲攻撃は洒落にならん。

 

瞬歩と名づけて去年から磨いていた武装完全支配術の一端を馴らすつもりでやったんだが、どうも予想以上に手数が多かった。

 

うん、戦闘スタイルが瞬歩を多用する時は剣心より一護よりになる。

 

定期的に瞬歩を使って身体を慣らす必要さえ感じる始末だ。

 

右腕が痛い、筋肉痛みたいな痛みだ、武装完全支配術の恩恵があってこの程度、瞬歩の速度を維持して九頭龍閃とか天翔龍閃を打ったら動けなくなるんじゃないか?

 

(馴れだよ、ご主人)

 

(・・・クーまで根性論を持ち出すとは思わなかったな。)

 

イーディスの部屋・・・・と言うより二人の自室で一人胡坐を掻いて幻狼刀と向き合って対話中、因みにイーディスはアリスと(無理やり誘って)90階層の大浴場に行っている。

 

許せ、アリス。イーディスの暴走よりも俺は対話を優先したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃぷん、とお湯に波紋が広がる。

 

私ことイーディスは、午前の立会いの後から悔しそうだったアリスと騎士長の三人で珍しく稽古をしていた。

 

私に流れてくる書類仕事?大丈夫よ、シズクがある程度片付けてくれてる。

 

「イーディス殿は、シズク殿の“アレ”をご存知だったのですか?」

 

胸までお湯に浸かったアリスが尋ねてきた。

 

「瞬歩なんて変な名前の歩行術でしょ?知っているわよ、弱点も。でも弱点はその内克服するでしょうね」

 

私は答えながら伸びをして縁に頭を預けた。

 

肩までお湯に沈むと暖かくて居心地が良い、布団とは違うけど眠気を誘うのは違いない。

 

「弱点まで知っているのですか!?」

 

「わっぷ!?」

 

ぐいっと迫るアリスの動きに応じてお湯の波紋は波へと変わって私の顔を直撃した。

 

昼間のは相当悔しかったみたいね、あのアリスが他人から弱点を聞きたがるなんて。

 

「大丈夫よ、アリスは強い。シズクも自分が他の整合騎士より勝っている部分を隠し切れないほど実力は均衡していたってことじゃない?」

 

騎士長に勝つためにシズクが編み出した瞬歩、もうそれは瞬間移動に近い速度で移動するものだ。

 

幾ら武装完全支配術の恩恵で疲労感が無いとは言え、その反動は確実に存在する。現にシズクは腕が痛いと言っていたから金木犀の剣を捌くのは相当無理をしたんだろうな、後で揉んで上げよう。

 

「そうでしょうか?」

 

「そうよ。私でよければ何時でも胸を貸してあげる。特訓の相手にだってなるわ」

 

「はい、ありがとうございます・・・これは興味本位なのですが」

 

アリスが一転して興味本位に、それでいて控えめに尋ねてきた。

 

「そうね、アレから進展があったか教えてくれるかしら?」

 

「ふぁ、ファナティオ!?」

 

入ってきたファナティオが、アリスの意を代弁。

 

後ろに控える四旋剣の面々も見て取れる。

 

 

ああ、長くなりそう。私・・・・のぼせないでいられるかな?

 



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14

それは起きるべくして起きた。

 

カセドラルに内線など存在しない、と言うか中世ファンタジーの世界感のアンダーワールドには電話と言うものが無い。

 

ま、当然だ。中世ファンタジーのゲームに「スマートフォン・通信機」なんてアイテムがあったらソレはソレで狙ったつっこみポイントだろう。

 

「・・・・イーディスが風呂に行って三時間が経つな」

 

「そうだね、ご主人。因みにこの後の展開って予想できる?」

 

俺ことシズクは、神器(クー)との対話を切り上げていた。

 

ま、三時間も話す内容があるのは話題豊富な女子高生とか本当に気が合う親友のどちらかだろう。あ、キリトのやらかし談話ならアインクラッドからGGOに至るまで話す内容は尽きないだろうな。

 

きっとアスナとシノン、リズベッド辺りが白熱する事だろう。この場には居ないし彼女達がアンダーワールドにINするのは少なくとも悪の根源(アドミニストレータ)を切り殺した後の話だ。

 

告白してから、時にクーが寝ていたツインベッドを二つに分かつ衝立は本格的に取っ払われて、今ではイーディスが神聖術でインテリアオブジェクトに変えてしまった。高位騎士の部屋は日当たりを計算されてか昼間はしっかり太陽(ソルス)の光が差し込む。そこには二本の刀を交差させた・・・所謂戦マークの元衝立オブジェクトがある。

 

トントン、と控えめに扉をノックされて俺はあらゆるパターンを想像しながら扉に向かっていく。

 

大体はファナティオさん始めとする女性陣に捕まって、告白(あれ)以来どうとか追及されていることだろう。前はアレだ、酒を飲ませて口を割ろうとしてイーディスはアリスに絡み酒となり、俺がイーディスを回収して事なきを得た。

 

俺?俺はベルクーリさんや時々デュソルバートさんと談義しながら酒を嗜みますとも。話す内容はぶっちゃけ、騎士の鍛練内容とか業務的なことが多いな。

 

ま、こんな俺でもカセドラル教導役が天職だし。

 

あんまり人に教えるって得意じゃないんだよな~アリスは良かったよ?一回歩法でも見せれば直ぐに自分のものにするんだから。

 

覗き穴から誰かを確認するとアリスとファナティオ、二人の肩を借りたイーディスがいる。

 

「今度はどんな手段で口を割ろうとしたんですか・・・」

 

「そんなに呆れた表情を見せないでください。私も絡まれた被害者なのです」

 

「酒盛りか・・・ファナティオさん、イーディスの酒癖知ってるでしょう?」

 

「坊やが思っているほど私達は酒を進めるなんてことは無いわよ?」

 

「そうです。イーディス殿は自ら瓶数本を開けてしまった・・・後は惚気たのです」

 

「ごめん、ソレ何処で?」

 

猛烈に嫌な予感が頭を過ぎる。

 

「食堂だけど・・・大丈夫よ、坊やが思っているような展開は無いから」

 

ファナティオがくすりと笑ってイーディスに凭れ掛かられる俺に告げる。と言うのも俺とイーディスが恋仲になり、ベルクーリさんが「結婚は何時だ?」なんてからかったことが端に発する騒動があった。

 

エンキだかネギだかそんな名前の二組が「イーディスが結婚!?」なんて早とちりしてわりと大騒ぎになり、アドミニストレータの耳に入った騒動があった。

 

古参の整合騎士と言ってもやっぱり人間だと痛感した事件だったな、誤報であそこまで踊らされるとは。

 

ソレよりも先にベルクーリさんとファナティオさんの式が先だろう、セッティング経験は無いがしっかり事前情報は仕入れてあるぞ。

 

「し~ず~くぅ~」

 

猫なで声で頬ずりしてくるイーディス、コレは相当酔っている。

 

あ、そんな目で見ないでください。アリス、哀れみの視線は違うと思うぞ!

 

「察してあげなさい、貴方もイーディスの酒癖は知っているでしょう?」

 

「なら飲ませないでください!」

 

確かに、と笑うファナティオ。アリスからイーディスが風呂に持ち込んだ小物を受け取ってドアを閉める。

 

アリスの視線は最後まで哀れみを孕んだ物だった。

 

ま、確かにあの時は苦労していたな。俺も我関せずを決めたのは悪かったが。

 

「酒臭!ドンだけ飲んだ?」

 

「何よぉ~たかが二本でくらいれぇ~」

 

表情を顰める俺の問いに半ば呂律が怪しいイーディスが答える。

 

カセドラルの食堂に完備されている物は最高品だ。酒にいたっても安酒などではなく最高の物がある。上級貴族が平民に栽培させている今季最高の葡萄を使ったワインとかが分かりやすい例だろう・・・なぜか日本酒もあるんだけど、俺としてはありがたいことで生まれ育った地の味を忘れることが無いのは実にいい。

 

流石に炭酸飲料とかは無い、珈琲の親戚のようなコヒル茶は既に飲みなれたので朝には欠かせなかったりする。

 

「イーディス、水飲んでもう寝なさい。悪いこと言わないから」

 

「う~・・・一緒に寝よ?」

 

イーディスをベッドに腰掛けさせ、コップに水を注いでくる。ぼうっとしているイーディスが水をのみ干すと同時にぶっ飛んだことを言い放った。

 

は?今なんと言った。

 

「・・・・ハァ?」

 

「寝るの!一緒に寝る!」

 

アレ?イーディスって絡み酒のほかに酔うと幼児退行するんだっけ?長いこと一緒にいるけど知らんぞ?

 

しかもあれだ、妙に粘って駄々を捏ねる時の口調だ。アリスが視線で訴えていたのはコレか。成る程、俺にはクリティカル(精神)だ。

 

「分かった。寝るから・・・・寝るから離れて?頼むから離れよう!?」

 

「ん~!“がちがち”」

 

「ソレはずるい!?」

 

嘘も方便とはよく言ったものだ、逃げ道は禁句で封じられて俺は半ば強引にイーディスによってベッドにダイブすることになった。

 

耐えて見せろ、俺!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私ことイーディスは、何時ものようにベッドで目が覚めた、妙に抱き心地の悪い抱き枕を抱えている気がする。

 

「あ、れ・・・?」

 

すぐに疑問に気がついた。

 

私、記憶がない。

 

えっと、大浴場でアリスが部屋での暮らしに変化はとか聞いてきて・・・ファナティオと四旋剣の皆が揃って、取り合えずのぼせない内に上がって食堂までは覚えてる。確かそこで騎士長が一人で晩酌してて、騎士長を含めて話そうってことになって逃げるに逃げられなくて・・・・あ、自棄気味に最近上納されたワイン飲んだんだ。

 

そうしたら干し肉のつまみと相俟って止まらなくなって・・・私、酔いつぶれた?

 

「何でアンタが抱き枕になってるの!?」

 

「・・・・イーディスが寝ようって言うし、禁句使って身動きとめたんでしょうが」

 

「変な事してないでしょうね!?」

 

「出来ると思うか?禁句で丸太のように身動きをとめられた俺が!?」

 

生殺しだわ!とシズクが訴える。と言うことは私、かなり恥ずかしいことしなかった?した気がする。具体的に何かは覚えていないけど、シズクに、それも他人の前で。

 

「うっ、二日酔いだ。頭痛い・・・」

 

「自覚なるなら飲酒もほどほどにね、ソレより離してくれない?」

 

「・・・嫌。もう少しこのままでいさせて」

 

私は赤面した顔を隠すようにシズクの背に頭を軽くぶつけた。

 

それから暫くして落ち着く私と対照的にやつれたシズクがベッドから起き上がる。壁に立て掛けてある二人の愛刀、闇斬剣と幻狼刀が目に付いた。

 

私が着替える為に外に出ようとシズクが、幻狼刀を携えていく。出て行った後にゴンゴンゴン!と音が聞こえた。

 

私が着替え終わって廊下に出ると額から血を流すシズクと打ち付けたであろう壁が一点だけ赤くなっている。

 

「ちょっと何してるの!?」

 

「あ~落ち着いた。雑巾あったよな?ちょっと壁拭くわ」

 

そう言ってシズクは部屋から雑巾を取ってきて拭いていた。

 

お、落ちついたって何が?

 

 

 

 

食堂に移動すると大抵の整合騎士はいる。勘違いした二人は任務に出たのか居ない。

 

騎士長は朝から酒瓶を呷り、癒しのアリスはファナティオと何か話をしている。

 

「おはようございます。イーディス殿、シズク殿」

 

「おっはよう!アリス、何食べてるの?」

 

「おはよう、アリス」

 

「その様子だと・・・・苦労したみてぇだな?」

 

「閣下、昨日の一件でイーディスが坊やを愛しているのは良く分かりました。坊やにとっては光栄でしょう」

 

朝食を取るアリスが私達に気がつくと挨拶をして、私はぱっと自分でも分かるくらい表情を明るくして駆け寄っていく。

 

「は?」「へ!?」

 

シズクがピタッと動きを止め、私もならう様に身体を震わせる。

 

「そうですね、部屋に着くなり頬ずりするほど愛おしいならば鍛練でとは言え取られるのは不快でしょう」

 

「アリス、何言ってんの!?」

 

「そうね、坊やに預けるなり頬ずりしていたもの」

 

「ファナティオまで!?」

 

「あ~からかうものその辺にしといてあげてもらえますか?イーディスは昨日の記憶が無いらしいんですわ」

 

驚き、わたわたとする私を見てシズクがフォローに入る。

 

「何を言うのです。実際にしていたではないですか」

 

「・・・・そうなの?」

 

恐る恐る確認するとシズクは目を逸らした。

 

「まぁ、酔った勢いと言う奴じゃないの?」

 

「やっぱ速いとこ結婚した方がいいんじゃないか?」

 

台詞を探すシズクに騎士長は半ば呆れながらからかい始めた。




本作のイーディスは酒に弱く、酒癖が悪い設定です。


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15

人界を守護する整合騎士、それはアドミニストレータが“シンセサイズの秘儀”を施して生み出した都合のいい騎士人形だと俺ことシズクは知っている。

 

だからと言って整合騎士たちを否定するわけでもなく、その行いを肯定する気もない。

 

実際問題、魔獣や侵入を図るダークテリトリーの勢力と戦うのは整合騎士だし民は顔も知らぬ整合騎士を崇めている上に民からも整合騎士へなれるチャンスがあると日々鍛錬に励んでいる。

 

貴族がその辺は顕著に出ているかも・・・。

 

ソレをちゃっかり任務の帰りとか人里や王都に足を運んでみてきた俺は思うようになった。

 

「本当にやるのか?エルドリエ」

 

俺の前で意気込む美青年に思わず尋ねる。

 

コレは鍛練でもなければ自分で吹っかけた決闘でもない。

 

「アリス様を我が師とするため、貴方を超えねばならない。何より整合騎士でもない貴

方の実力を確かめたい!!」

 

イーディスと供に見ているアリスは申し訳なさそうに頭を下げたのを見て俺は溜息を一

つ挟んで幻狼刀に手をかける。

 

「本当に全力で良いのか?」

 

「無論!貴方に騎士道の何たるかを教えて差し上げる!」

 

よし、九頭龍閃で〆よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ことの発端は、数日前に召喚された31番目の騎士・・・エルドリエ・シンセシス・サーティーワンがアリスに惚れ込んだのが始まりである。

 

彼が召喚されたとき、偶々任務でカセドラルを留守にしていた俺とイーディスは、帰って来るなりアリスに同情することになった。

 

「アリス様!ああ、アリス様は今日もお美しい!」

 

「エルドリエ、貴方は任務ではなかったのですか?」

 

「私のアリスに何か?」

 

「お言葉ですがイーディス殿、アリス様は貴方のものではありますまい?」

 

「何?妹に絡む輩を追っ払って何が悪いの!?」

 

コレである。

 

イーディス一人でも疲れ目になっていたアリスは、朝から付きまとってくる鬱陶しいの

が二人に増えた、お気の毒に。

 

「その、大丈夫か?アリス」

 

「シズク殿・・・恐らく貴方なら今の気持ちを共有できる筈です」

 

「ああ、酔った時のイーディス並みってのは見れば分かる。朝から苦労するな」

 

「ええ、正直困っていました。コレでは落ち着いて食事も出来ない」

 

コヒル茶を差し入れて、同情する俺にアリスも同意して苦言を漏らす。

 

エルドリエの神器下賜直後の模擬戦を担当したのはアリスで、案の定と言うべきかボコボコにしたらしい。

 

それで、大抵の騎士は先ずベルクーリさんの基盤となる鍛練を受ける、その後は個人の武器種にあったものへと変化していく。

 

どうも天才肌らしいエルドリエは、ソレをパス、師にベルクーリさんではなく、アリスを指名してきた、と言うのが一連の流れ。

 

「整合騎士でもない貴方が何故ココにいる!?」

 

ちょっとアリスと親しげに会話するだけでコレだ、正直やってられん。

 

「イーディスの従者だからだ。」

 

「一人でも十二分に任務をこなせる整合騎士が従者をとるだと?」

 

「そうよ、エルドリエも強いのでしょうけどシズクには及ばないんじゃないかしら?」

 

「そうですね、イーディス殿の言う通りでしょう。」

 

「なっ!イーディス殿は兎も角、アリス様までそう仰るのですか!?」

 

エルドリエはアリスの言葉に酷く驚いている。

 

うん、イーディスは兎も角ってのは納得できる。

 

自分の従者の実力は把握しているのは当たり前と言う物だ、イーディスは「もうシズクのほうが強いよ」何ていうこともあるが、武装完全支配術の相性は基本的に悪いのでどちらが強いなんて断言できない。

 

闇を操れるイーディスの剣は分身も闇から生み出せる、なのでこちらの限界数を出しても粘り勝ちされる可能性もあるんだ。

 

どっかの忍者みたいにまた分身ってできないから。

 

それにしても面倒だ、こういうプライドの高い奴は大抵実力差を認めないんだよね、正規の流派じゃないとか違反だとか言ってさ。

 

「それではこうしましょう、エルドリエ。シズク殿から一本取れれば弟子として認めます」

 

「はい?アリスさん、何を言って・・・」

 

「そのお言葉!お忘れなきようお願いします!!」

 

若干申し訳なさそうなアリスだが、どうにも俺が負けるとは思っていないようでお願いしますね?と念を押してくる。

 

エルドリエはやる気に満ち溢れており、俺がやる気ないよ?何ていっても挑発してくるだろう、容易に想像つくわ。

 

「いや、鍛練のときじゃ駄目か?」

 

「おや、主やアリス様の信頼を裏切るのですか?」

 

ホラね?これだから貴族上がりは嫌なんだよ、いや、エルドリエが元貴族かどうかは別として、プライドの高い奴は基本的に苦手なの。

 

「シズクが貴方に負けるというの?」

 

そして沸点が低いイーディスのコンボである。

 

可笑しい、普段はこんな沸点低くないはずなのだが特定のことになるとイーディスは短気になるのだ。

 

「その証拠にこうして決闘から逃げているではありませんか!」

 

エルドリエが勝ち誇ったように声高らかに言うと見習い騎士達が「ああ、アイツ死んだわ」と言うような表情でこちらを見ている。

 

安心しろ、皆の衆。コイツは九頭龍閃で勘弁してやる。

 

「シズクは平和主義なの。その時になったらエルドリエなんて目じゃないんだから!」

 

「では、是非見せてもらいましょう。イーディス殿の寵愛を賜るシズク殿の力を!」

 

どんどんヒートアップしていくイーディスとエルドリエ。

 

やめて!聞いてるほうが恥ずかしい単語を乱立しないで!

 

「ちょうあいって何ですか?」

 

ホラ見なさい!リネルが首を傾げてるじゃあ・・・いや、ワザとだわ、悪い笑顔してるわ。

 

「分かりやすく言うと愛されているという事よ」

 

ことは段々と大きくなり、リネルの問いにファナティオが答えている。

 

あ、ファナティオさん?そんな暖かな視線を送られても困るのです。

 

エルドリエの奴、見事に俺も込みでイーディスを攻撃してるな、しかも反論に困るタイプの言葉攻めだ。

 

「なんでぇ、シズクと戦いたいのかい?」

 

若干呆れ気味に、怖い物を知らんねぇと言いたげなベルクーリさんがイーディスとエルドリエの仲裁に入った。

 

一連の流れを聞いたベルクーリさんはファナティオさんと同じように暖かな視線で、

 

「妹分に頼られるなら本望じゃねぇか、シズク」

 

とか言い放った。

 

「叔父様!?」

 

「イーディスが譲ちゃんの姉なら、さしずめ少年は兄貴ってとこだろ?」

 

「火に油を注がないでくださいよ!」

 

「まぁ、そう言うな。お前がエルドリエに認めてもらうのも必要だろう?」

 

「シズク殿が・・・アリス様の兄上!?」

 

「エルドリエ、それは違います!」

 

ホラ見なさい、エルドリエは何か物凄い衝撃を受けたように数歩後ろにふらついて、テーブルに手を着いて呟いて、アリスがそれを否定して、イーディスが嬉しそうに俺の肩をバンバンと叩く。

 

「シズクも聞いた!?騎士長公認だよ!」

 

「はいはい、あんまり肩を叩くな。エルドリエ、決闘は受けよう。木剣か実剣どちらでやるんだ?」

 

もはやどうにでもなれ、諦めも境地に達すると達観出来るんだなと思いながら俺は尋ねる。

 

「シズク殿が全力を出せるのは神器のみと伺いました。なので互いに神器でお願いしたい!」

 

こうして、冒頭に戻るわけなんだが・・・・。

 

神器を使った決闘はもはや殺し合いだ。

 

立会人がいて、互いに全力ともなあれば武装完全支配術の使用もありえる。俺は使う気はない、今回にいたってはエルドリエにも使わせる気はない。

 

「それじゃ、この銀貨が地面に落ちたら開始だ。良いな?二人共!」

 

「はい!」

 

気合十分なエルドリエとは相反して俺は酷く億劫である。答えるのも嫌になるので頷くと騎士長が銀貨を指で真上に弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私ことイーディスは基本的に力量が伴えば、整合騎士だろうと見習いだろうと分け隔てなく接するし見下したりしない。

 

ま、シズクの影響を多少なりともうけているとは言え、整合騎士じゃないから弱いなんて固定概念には囚われない。だっていつも証拠が一緒にいるわけだし。

 

エルドリエは何かとシズクに噛み付く傾向にあったし、アリスのことで私も口論することが多かった。

 

「ねぇ、アリス。何でシズクに勝ったらなんて言ったの?」

 

脇で観戦するアリスに尋ねる。

 

さっきは私も頭に血が上って売り言葉に買い言葉だったから冷静でいられなかったのよね。

 

「エルドリエは、シズク殿の剣を知りません。一度完膚なきまでにやられる必要があると感じました」

 

「エルドリエってプライド高いモンねぇ・・・それにしてもアイツがアリスのお兄さんかぁ」

 

「それは!」

 

「良いじゃん、何かと頼っちゃいなよ。任務の時とか必要だなって感じたらね?」

 

「良いのですか?」

 

「取らないでしょ?」

 

「取りません!」

 

銀貨が宙を舞う中、私はアリスとそんなことを話す。

 

そして、銀貨は鍛練場の固い床に落ちて音を奏でる。

 

 

 

 

「そこまで!」

 

 

 

 

刹那で勝負はついた。

 

「いきなり九頭龍閃・・・実はシズクも怒ってた?」

 

それは何度も見たし受けたシズクの神速の九連撃。

 

受けたエルドリエは大の字に伸びており、シズクは何食わぬ顔で歩み寄る。

 

「どうですか?エルドリエ。整合騎士でなくともこれほどの実力を有している者もいるのです」

 

「あ、偏見をなくすためだったのか・・・・」

 

倒れたエルドリエに語りかけるアリス、シズクに決闘を振った理由はコレね、アリスもしっかり師匠をしているじゃない。

 

「エルドリエ、これで分かったろう?少年が何で最高司祭様からカセドラル教導役なんて天職を賜ったか」

 

「き、騎士長・・・私が間違っておりました」

 

そう言って騎士長がエルドリエの手を取って起き上がらせる。

 

「アンタ、本当に容赦ないね?」

 

「何を言うか、見習い騎士連中にもコレやってんだぞ?」

 

「良く死人がでないね!?」

 

「そりゃ、手加減してるからな。九撃全部刃を裏返してる。峰打ちだし突きは柄頭で突いているんだ、普通にやったら死ぬわ」

 

「だって、エルドリエ。」

 

私がシズクに言うと口を尖らせるシズク。

 

その言葉通りなら本気ではなかったという事だが、それは模擬戦で死人を出したら洒落にならないからと言う事らしい。

 

「私は・・・・・・私は」

 

「エルドリエ?本当に大丈夫か?」

 

何やら様子の可笑しいエルドリエを心配する騎士長、拳を震わせ、決心がついたかのような顔になると「シズク殿!」と叫んだ。

 

叫び声に反応したシズクは動きを止めて顔をエルドリエへ向ける。

 

「一つだけ、お願いがあるのです・・・・・・!」

 

「へ?」

 

間の抜けた声で聞き返すシズク、私としてはシズクがエルドリエにも認められて偏見の視線を向けられる事がなくなっただけでよかったんだけど。

 

「私を、私を弟子にしてくれないでしょうか!!!」

 

最大級の声量でそう叫んだ。

 

シズクは「は?弟子!?」と困惑し、私は無表情でエルドリエを睨んでいた。

 

私と過ごす時間が減るじゃない・・・・唯でさえ見習い騎士達の向上に買って出ているのよ?シズクは。

 

エルドリエはシズクの前まで歩き、跪く、まるで神様へ敬意を表すかのように。

 

「私は貴方を超えたい。目にも止まらぬその剣を、いつか私のものとしたいのです!だからどうか、どうか貴方の剣技をお教え願いたい!」

 

「止めてくれ!弟子ってエルドリエはアリスを師にとりたかったんじゃないのか!?」

 

「アリス様とはまた違った剣にこのエルドリエ、惚れこんでしまったのです!なのでどうか!!」

 

困惑しながらやり取りする二人を見て騎士長はニィッと口角を持ち上げる。

 

「アリスの譲ちゃんはこの結果を予想してたかい?」

 

「いえ・・・正直意外です。エルドリエがただシズク殿を認めるだけでなく師に仰ごうとは」

 

きょとんとして答えるアリス。

 

「俺は従者だ!弟子は取らないから師の件は他をあたれ!鍛練でなら嫌って程技を見せてあげるからそこで盗んでくれ!良いな!?」

 

シズクの悲鳴に近い声を聞いてアリスはハッと我に帰る。

 

そうなると私に帰ってくるのでは?と思ったらしい。

 

「どうしても駄目ですか!?」

 

「駄目!何度も言うけど弟子なんて取らないから!!」

 

平行線を辿るシズクとエルドリエのやり取りをみて、溜息をついた。

 

「止しなさい、エルドリエ。シズク殿が困っています」

 

「ですが、アリス様!」

 

「私もシズク殿の剣には興味があるのです。なので二人揃ってご教授していただきましょう」

 

あ、良い様に面倒を押し付けた。

 

シズクはもう「うん?良いよ、手加減しないからね?」と片言になっていた。達観したのか諦めたのか・・・どっちでも良いけど私といる時間もっと減らない?

 

「それじゃ私も・・・」

 

「嫌だ!」

 

「何でよ!?」

 

即答されちゃった。

 

そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない・・・・。



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16

セントラル・カセドラルが誇る犯罪索敵術式は、人界全てを網羅している。

 

早い話が事件が起きた前後三十分くらいを見ることが出来、確実に犯人を補足することが出来るのだ。

 

それが例え非人道的な行いだとしてもアドミニストレータが支配する今のカセドラルではまかり通っている。

 

俺ことシズクはイーディスと供に中間報告にカセドラルに戻ってくるとはっきり言って珍しすぎる殺人犯が出たという話を聞いた。

 

誰から?

 

あの達磨だよ・・・・長かったね、キリトとユージオがロニエとティーゼを変態貴族から救う為にバッサリ行ったアレだ。

 

アリスが翌日に回収に向かう・・・いやいや、我が主?アリスが可愛いからって代わるとか言うな。

 

これから大変なことになるんだから、長いこと待たせた“話せないこと”を話せるときなんだから・・・まぁ、キリトがアリスに打ち明けて、アリスが右目の封印破ってからなんだけどね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はキリトが()カセドラル最上階を目指す理由を知っている。

 

ま、リコリスシナリオ中に語られたしアニメも見た、なのでキリトはアリスを取り戻すという目的を持ったユージオと供に脱出を図る、できればその前に話をしておきたい。

 

「殺人とは思い切ったな、少年たち」

 

と言うわけで俺はキリトとユージオが幽閉されている牢獄まで足を運んだわけなんだが、当然のように警戒されている。

 

「・・・・何のようだ?取調べは明日じゃないのか?」

 

キリトの言葉の端々には刺があるし、流石は歴戦の猛者・・・言葉の端からは自信があふれ出ている。と言ってもそれがキリトの素なのかブラフなのか俺には見当がつかない。アンダーワールドに来て、“知っている”と“体験する”の違いは痛感したからな。

 

「取調べじゃない、世間話をしに来たんだ。それに俺は整合騎士じゃない」

 

「整合騎士ではないのにカセドラルの中を自由に行き来出来るんですか!?」

 

俺の台詞に驚いたのはユージオだ。

 

術師団とか特別な役職を除いて、一般人がセントラル・カセドラルに出入りすることは特例を除いて他に無い、上納だって、門前に設置された受付を通らなければ無いし大抵はそこで済んでしまう。

 

「俺は例外だ、整合騎士の従者をしている。声高にはいえないがキミらと同じ最高司祭の“裏”を知る一人だ。状況次第じゃ味方になるぞ?」

 

目を見開いて驚いているキリトと先を見据えているであろう相棒に驚くユージオ。

 

キリトは考えを見抜かれているのかと驚いたが、直ぐにある結論に至る。

 

裏を知り、それでいて内側から上を目指している・・・・となると自分と境遇が同じではないのか?

 

STLは数が少ないが別の方法、フルダイヴMMOアカウントをコンバートしたのではないか?方法は別に正規ログインじゃなくてもあるだろうと考える。

 

「ま、無茶せずに・・・・特に脱獄とかするな?」

 

とだけ振って立ち去った。

 

 

 

 

 

 

キリトとユージオは脱走した。

 

ユージオはアリスを取り戻しに来たわけだし、キリトはログアウトの為にシステムコンソールを目指している。

 

アリスの言葉で雲上庭園で待ち変えていたエルドリエは撃破された。

 

単純に技量ならエルドリエに分があると思ったが、そこは主役(キリト)らしい突破だ。

 

デュソルバートも撃破されたと早足に伝令が飛ぶ。

 

俺とイーディスの持ち場は95階層、90階層はベルクーリさんが湯浴みがてら担当するそうだ。

 

凄いよな、敵が攻めてきてるのに風呂入って待っているってんだ。

 

その下をアリスが担当する、アリスが負けるとは想像できないが相手はキリトとユージオ、正史においても互角までに成長を遂げた二人だ。

 

俺と言うイレギュラーの存在がどう影響するかは分からない。

 

「それにしても、この公理教会に攻め込むなんて・・・・・無茶な輩もいたものね」

 

「ん~・・・イーディス、達磨の台詞を信用できるか?」

 

それは恐らくキリトとユージオが脱走し、エルドリエをどうにか撃破してデュソルバートの追撃から逃れた直後にカセドラルに現存する整合騎士全員が厳戒態勢を他ならぬ元老長の言葉で敷くことになった。

 

「そうね、普通なら信じられないけど・・・・エルドリエが敗れた。アンタ自身が鍛えてきたエルドリエをただの罪人が倒せないと分かっているはずよ」

 

「そうだな、ただの罪人じゃない・・・・恐らくは戦闘経験においてベルクーリさん以上かも知れない化け物が上ってくる」

 

「シズクがそんなに殺気立ってるとなると嘘じゃなさそうね。気付いてる?シズク、今物凄く怖い顔してる」

 

「何だよ、真剣に話しているんだけど?」

 

「うん。分かってる。シズクが前に話せないって言っていた昔のことはこれから起こることに関係しているんでしょ?」

 

《暁星の望楼》は壁が存在しない、柱と庭園かと思うほど手の込んだ造りで戦場にするのは申し訳なささえ感じる。

 

そんな場所で、イーディスは俺の考えを見抜いている様に笑うと何時かの約束を口にした。

 

その通りだ。

 

任務先で一度、イーディスと俺は人界の守護龍・・・その亡骸を目にして「最高司祭の仕業」と不用意に言った事があった。それはイーディスに公理教会へ疑念を抱かせることになり、彼女は右目の封印が起動し、一時期苦しめられる事があった。

 

恐らく、次にアリスと再会すればアリスはキリトから真実を聞いて封印を打破した後だ。

 

アリスの(フラクトライト)は真実に耐え切って封印を打破した、ユージオは大切な後輩を守るために意志の力が封印を打破。

 

イーディスも打破できるとは限らない、もしかすれば魂が崩壊してしまうかもしれない。今となってはソレが怖い、話せば自分の手で彼女の魂を壊してしまうのではないか?そう考えると手が震えた。

 

「大丈夫だよ・・・・私はこれからもシズクの隣に居続けるから」

 

気がつけば、震える手をイーディスがそっと包む様に握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シズクが珍しく弱気な一面を見せた。

 

私ことイーディスは知っている。こういう時のシズクは、心の底で失う事を恐れている時の目。

 

侵入者に負けるなんて思ってない、別のこと。きっと右目の封印に関係する事で私に危害が出るかもって思っている。

 

「コラァー!そこでイチャツイテナイデしっかり警備をしなさァァァァイィィ!!」

 

「分かってるわよ!?」

 

階段から聞こえた元老長・チュデルキンの声に私は思わず叫び返す、私は疑問を持たずには居られない光景が飛び込んできた。

 

「何で、侵入者を抱えているの?」

 

勿論、チュデルキンからの返答は無い。

 

つかつかと上層に消えていくその姿を目で追っていると震えの止まったシズクが言った。

 

「・・・・・・そろそろ上ってくるぞ。」

 

「は?」

 

私が間抜けた声を発した直後、縁に誰かの手が現れて何とかよじ登ってきたのだ。

 

「はぁっ!!」

 

ギョッとする私と知っていたと言う様なシズク、両者がその登場を見守る。

 

しかし、二人して看過できない状態を発見することになった。

 

アリスを()()()()いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、アリス!起きろ!」

 

後ろで気を失っているか、寝ているか分からないアリスに叫びかけるキリト。

 

「ん・・・?お前!汗だくではありませんか!ああ、私の服にまでシミが!!?」

 

「・・・・よし、現地妻調達の達人キリトよ。言い残すことはあるか?」

 

酷く冷たい口調で俺ことシズクはキリトに尋ねる。

 

「何だよそれ!?」

 

「シズク殿!イーディス殿!お二人が守っておられたのですか!?」

 

抗議するキリトを他所に驚くアリスは、誰が何処で守りに着いているという事を知らない。それは整合騎士全員に言えることだ、俺はある程度ゲームでもアニメでも見たので知っている。

 

この《暁星の望楼》には守護者は本来配置されていない、アニメにおいてココは無人だった。

 

直ぐに下のベルクーリさんが待っている90階層へ戻り、キリトとアリスは“ディープ・フリーズ”を受けたベルクーリさんを発見する。

 

確かそんな流れだった筈だ。

 

俺と言う存在が影響させたイーディスが俺と供に《暁星の楼望》を警護するって言う結果、それは今後どのようなイレギュラーを発生させるか分からない。

 

「ああ、アリス。その様子から見るに右目は失ったな?」

 

俺の口調は酷く事務的で、一瞬だけイーディスは怪訝に思ったが思い当たる節があって言葉を呑んだ。

 

右目の封印、それを知る者なら破った時の代償は何なのかは容易に想像がつく。

 

「はい・・・・今の私は真に戦うべき相手が誰なのか見定める為に、キリトの言う事が本当かどうか確かめる為に最高司祭様の下を目指しています」

 

「ちょっと待って!アリスが誑かされたって言う事もありうるでしょ!?」

 

アリスの言葉を聞いて、イーディスが口を挟む。

 

「そうだな、その可能性もゼロじゃない。けど俺の生い立ちの話にも影響するからな・・・・イーディス、今が話すときだ。」

 

「結局、戦うんだな?」

 

「建前上な、俺は二人を逃がしても良いと思う。ソレが俺の知る物語(ストーリー)だからな。だが、納得できない部分もある。」

 

キリトが肩を竦めて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シズクが話したことは、私ことイーディスにとってうすうす感じていた事だった。

 

クーのモデルとなった犬種はアンダーワールドには存在しない、それは直ぐに分かった事だ。

 

時折見せる悲しげな表情は二度と会う事の無い家族へ向けた物、それでもここ二年ばかりで笑っている時間の方が増えた。

 

「シズク殿がキリトと同じだというのには驚きました・・・・ですが、何故それを話すのですか?」

 

「俺は、どう転んでも一度はアドミニストレータを倒すことが必要であると考える。何度も考えたけど、俺一人じゃ無理だ。俺は主役(キリト)じゃない・・・幾ら禁忌目録のリミッターに縛られていないと言ってもあの化け物に勝つにはそれ相応の力をつける必要があると感じていたからだ。そして、虎視眈々と力を蓄える時間は終わったというわけさ」

 

民の為に、神獣が姿を変えた・・・己の神器と同じ理念で動いているシズクだからこそなんだろうなと私は思う。

 

右目の視界に神聖語が浮かび上がる、じくじくと痛みも感じる。

 

シズクの言葉を借りるなら「転生者」としてこの世界で生きている彼を私は支えたいと思う。

 

「うっ」

 

そう思うと右目の痛みは強くなった。

 

「イーディス!無理に考えなくていい、何も考えるな!!」

 

「イーディス殿!?」

 

「アンタ!そいつの言う通りだ!(フラクトライト)が崩壊するぞ!!」

 

痛みに耐えかねて膝を着けば、シズクが優しく抱いてくれている。

 

思い出すな、最初にお風呂でのやり取り・・・でも、目を背けない。私はそう決めたんだ。

 

「だ、いじょう・・ぶ・・・・続けて」

 

私が搾り出すように言うとシズクは頷いた。

 

心配そうに覗き込むアリス、普段は見せない顔ね。

 

「アンタの存在は完全にイレギュラーだよ、多分リアルワールドにアンタが戻るべき肉体は・・・」

 

「覚悟はある。二人は先にベルクーリさんを確認してくるといい、下るくらいは見逃すから」

 

そう言うとキリトはまだ聞き足りないと顔に書いてあったが、ユージオが気になるのか下り階段に向かって駆け出した。

 

一度振り返るアリスにシズクがこう言った。

 

「大丈夫、アリスはキリトに着いて行ってやれ。どんな形になろうとイーディスには俺が着いている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖かったんだろうな」

 

「何がですか?」

 

階段を下りながらキリトが呟くとアリスが間髪いれずに尋ねた。

 

「アイツは過去を話すことであの女性が崩壊してしまうかもと思っていたんだ。ある程度公理教会に疑念を抱く内容も含まれていたからな。アリスみたいに反応が出ていた」

 

「イーディス殿は強い方だ。私は乗り越えてくれると信じています」

 

扉の前に差し掛かると酷く冷えていた。アリスは一瞬だけ身震いして扉を開く。

 

「叔父様!?」

 

見つけたベルクーリの状況に驚きながら駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は整合騎士イーディス・シンセシス・テン。

 

天界から召喚された・・・わけじゃない。

 

暖かな家族がいたんだ、可愛らしい妹も・・・ごっそり抜け落ちたように家族のことは思い出せない。

 

「イーディス!?」

 

私の顔を覗きこむシズクが見える。

 

文字が邪魔・・・・今にも泣き出しそうなシズクの表情、私はそんな表情(かお)を見たいわけじゃない。

 

それに()の自分に誇りを持ってる。

 

私は人界を守る騎士だ!何故こんな仕打ちを施したのか分からないけど、私は最高司祭様に確かめなければならない。アリスもきっと同じ気持ちだろう。

 

「私・・は!」

 

激痛に耐えながら私は決死の思いで叫ぶように天井を見上げた。

 

 

ぶしゃ!

 

 

刹那、右目が爆ぜて右側の視界が赤黒い物になった。




キリト&ユージオ、本格参戦


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17

書き方を変えました。


シズクとイーディス、二人が反旗を翻すことをアドミニストレータが予見していないはずもない。

 

天蓋に映る二つの光景、先ほど整合騎士に仕立て上げたユージオと戦うキリトと見守るアリス、その後を追うように95階層から消える二人を写す術式を消した。

 

シズクがベルクーリに勝つために練り上げた“極限速度(瞬歩)”、心意によって昇華された前者と左手は自分にとって脅威になりえる。

 

シズクが神聖術を使い続けること、神聖術で他者の命を奪って権限レベルが上がることに気がついた所で自分とは生きた年月に大きな隔たりがある。

 

どんなに足掻こうと埋まらない絶対的な差があるにも拘らず、アドミニストレータに安心の二文字は無い。彼女が培った術の全てが敵の前では無力でなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シズクとイーディスは先に上った二人を追う事を優先する、シズクとしてはしっかりイーディスの右目の治療を済ませた後に動きたいが生憎と時間が許してくれなかった。

 

最低限出血が止まるまで治癒術を施し、右目を閉じたイーディスが手巾で顔に付着した血を乱暴に拭き取った。

 

 

「俺が言えた義理じゃありませんがもうチョイ丁寧に拭きません?」

 

「良いから、さっさと追うわよ!」

 

 

ぐいっ!と力強く引っ張るイーディスにシズクは黙って懐から灰色の布を取り出すと急ぐイーディスを止める。

 

 

「イーディス。」

 

「ちょ、近いっ!こんな時に何するの!?」

 

 

振り向いた彼女に布の両端をもってシズクは近づいてイーディスの右目を覆った、シズクの胸を叩いて抵抗していたイーディスは直ぐに察したのか叩く事を止めてなすがままになっている。

 

 

「少し動くな、直ぐに済むから・・・気休めだけど眼帯だよ」

 

 

結び終えたシズクがそう言って離れた。右目部分を覆う布に触れてイーディスはぼそりと言う。

 

 

「清潔よね、コレ?」

 

「と、当然だろうが!伊達に転生してないんだ、こんな事もあろうかと準備は怠らな

い。・・・清潔云々ならアリスが使っていた眼帯のほうが心配だ」

 

「・・・そうだね、収監されてたキリトが清潔な眼帯に使える布持ってるとは思えないもんね。」

 

「と言うわけで急ぐぞ!飛ばすから掴ま・・・首に手を回す事無いんじゃないですかね?」

 

「何をいまさら、頼んだわよ。シズク」

 

 

一陣の風となって駆ける二人、シズクに抱えられて不謹慎だがまんざらでもないと思うイーディスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・最高司祭様。栄えある我らが整合騎士団は本日をもって壊滅いたしました。私の隣に立つ、わずか2名の反逆者の手によって。そしてあなたがこの塔と共に築き上げた、果てしなき執着と欺瞞故に!」

 

「ふぅん。それで?」

 

「我が究極の使命は、公理教会の守護ではありません!剣なき民の穏やかな営みと、安らかな眠りを守ることです!然るに最高司祭様・・・あなたの行いは、人界に暮らす人々の安寧を損なうものに他なりません!」

 

「だ、黙らっしゃ〜い!こ、この・・・半壊れの騎士人形風情がぁー!!」

 

 

アリスが一歩踏み出して金の鎧を鳴らし、青のマントをはためかせながら高らかに宣言した。その宣言が終わるや否や、チュデルキンが左手でアリスを指差しながら耳障りな金切り声で喚き散らし始めた。

 

 

「お前ら騎士どもは所詮、アタシの命令通りに動くしかない木偶人形なんですよっ!大体騎士団が壊滅したとか、ちゃんちゃらおかシィィィーンですよゥ!使えなくなったのはポンコツ一号二号を含めて10人足らずじゃないですかっ!つまり、アタシにはまだ20も駒が残ってるんですよゥ!お前一人がガタガタ抜かしたところで、教会の支配はピクリとも揺るぎゃアしねェんですよこのバカ娘ェ!」

 

「馬鹿はお前です、カカシ男。その丸い頭には、脳味噌ではなく麦ワラやボロ布が詰められているのですか?」

 

「なっ・・・・なぁぁぁにぃぃぃ!?」

 

 

なおもギャアギャアと喚き散らすチュデルキンと冷静に切り返すアリスを他所に、アドミニストレータが独り言のようになにかをブツブツと呟いていることにキリトが気付く、僅かに漏れ出す吐息に耳をすませ、口遣いに目を凝らしていた。

 

 

「白熱中失礼する!」

 

 

そんな努力を他所にシュッ!とキリト達の後ろに現れた二人、シズクがイーディスを下ろして、イーディスはアリスに並び立つ。

 

 

「お、どうやら親友は取り戻せたらしいな?」

 

 

緊張状態だったキリト達三人にとって、まるで旧友との再会を喜ぶような口調のシズクにユージオは混乱した。投獄中に世間話と姿を見せた男はアドミニストレータの危機にはせ参じたわけではなく、味方であることに疑問を抱く。

 

 

「貴方は!?」

 

「ああ、おかげさまでな!」

 

 

場違いなほどリラックスしたシズクとは対照的にキリトは気を張り詰めてアドミニストレータを睨んでいた。キリトとしてもシズクが何でリラックスしているか理解できない。

 

 

「最高司祭様、私は色々と聞きたいことがあります。」

 

「・・・・でしょうね。」

 

 

イーディスがはっきりと断言した。今まで頭をたれてつくばう事しかしなかった彼女が正面から異を唱えた瞬間だった。

 

 

「きぃーーー!何なんですかさっきからァァ~~!!」

 

 

耳障りな金切り声を上げて、チュデルキンを一睨みする一同。

 

アドミニストレータは鼻を鳴らしながら不敵に笑い、艶めかしい長髪を後ろに払いながらチュデルキンに言った。

 

 

「さて、チュデルキン。私は寛大だから、下がり切ったお前の評価を回復する機会をあげるわ。あの五人をお前の術で無力化してみせなさい。天命は・・・そうね、残り二割までは減らしていいわよ」

 

「ッ!?ささ、最高司祭陛下ぁ〜〜〜!!」

 

 

そう言って身を翻し、その場から離れようとしたアドミニストレータを、チュデルキンが必死に呼び止めた。するとチュデルキンは、突然両足を揃えて座ると、これでもかというほど額を地面に擦りつけながら叫んだ。

 

 

「元老長チュデルキン!陛下にお仕えした長の年月におきまして、初めての不遜なお願いを申し奉り上げまする~!小生これより身命を賭して反逆者共を殲滅しますゆえに!それを成し遂げた暁にはへ、陛下の・・・陛下の尊き御身をこの手で触れ!口づけし!い・・・いっ・・・一夜の夢を共にするお許しを!何卒!何卒!何卒頂戴したく~っ!」

 

「黙れ変態肉達磨」

 

 

チュデルキンが言い終わるより早く、どん引きするキリト達の中で一人つっこんだシズク。

 

「ふふっ、はは・・・あっははははは!!!いいわよ、チュデルキン。創世神ステイシアに誓うわ。役目を果たしたその時には、私の体の隅から隅まで一夜お前に与えましょう」

 

 

真実には実在しない神の名を語りながら、アドミニストレータが豊満な胸に手を添えながら言うと、チュデルキンは目、話、口から体液をぼたぼたと漏らし、嗚咽を混じえながら歓喜に打ち震えていた。

 

 

「おっ、うほおおおおっ!小生ただいま無上の歓喜に包まれておりますぅ〜・・・!もはや・・・最早小生!闘志万倍!生気横溢!はっきり言いますれば・・・無敵ですよぉ~!!」

 

 

金切り声を張り上げてチュデルキンが叫ぶと、赤と青の帽子を投げ捨て、綺麗に髪が禿げたスキンヘッドを軸にして逆立ちすると、チュデルキンの顔を濡らしていた体液がジュッ!と音を立てて一瞬で蒸発した。

 

 

「システムコォォォル!ジェネレィトォ!サァァマルゥゥゥ!エレメントォォォゥッ!」

 

 

チュデルキンが不自然なほどに式句の語尾を引き延ばしながら発音すると、靴と靴下を脱ぎ捨て、足の指、手の指全てを限界までかっ開いた。するとその直後、合計20本に及ぶ指先にルビーのような赤い輝きを放つ熱素が宿った。

 

 

「お見せしましょォォォウ・・・!我が最大最強の神聖術!出でよ魔人ッ!反逆者共を焼き尽くせェェェ!!」

 

 

そのあまりの熱量に、チュデルキンの眼窩が炭のように黒ずんだ。短い足、ありあまる腹、やたらと長い腕、そして頭には王冠。チュデルキンの熱素から作り出されたそれらが燃え盛りながら形を成した巨人は、まさに『炎の魔人』と呼ぶに相応しかった。

 

 

「来るぞ・・・っ!」

 

「コレ・・・本当に・・・・神聖術なの?」

 

「どうやらそのようです。あやつにこれほどの術が扱えるとは、私も知りませんでした」

 

「私もかな。ちょっと不味いかも・・・あの魔人相手にするにはアリスと私の武装完全支配術じゃ厳しいかなぁ~」

 

「すまん、アレは一発で消せない奴だ!」

 

 

息を呑む五人、うち一人は完全にチュデルキンを舐めていた。

 

アニメで、ゲームで知っているから対策はあると高を括っていたツケ、過去に一度消しきったと言う事実がこの慢心に繋がった。

 

それでも、炎の魔人を前にして飄々とした態度を崩さないシズクを見ていて頼もしいとすらイーディスは感じる。

 

目の前に立っているだけで、その暑さに全身が汗ばんでくる。まるで太陽そのものを相手にしているような張り詰めた空間の中で、やがてアリスが金木犀の剣を鞘走らせて言った

 

 

「残念ですが・・・あの実体なき炎の巨人は、私の花たちでは破壊できそうにありません。防御に徹しても、そう長くは持たないでしょう」

 

「アリスだけにやらせないからね?」 

 

「つまり、その間に僕たちの内誰かがチュデルキン本人を攻撃するしかない・・・ってことかいアリス?」

 

「そうなります。ただし、剣の間合いにまで接近してはいけません。最高司祭様はその機会を伺っているのですから」

 

ユージオが長年の時を超えて再会を果たした幼馴染に訊ねると、アリスは彼を一瞥しながら頷いた。アリスが防御に徹するなら自分もと名乗りを上げるイーディスに苦笑しつつ、シズクがアリスとユージオの肩を叩いて提案する。

 

 

「よし、少年の武装完全支配術は凍結系だな?」

 

「え、うん」

 

「・・・使えるか?」

 

「う、うん。心意技は無理かもしれないけど、青薔薇の剣があれば完全支配術は使えると思う」

 

「よし、キリトも来い・・・作戦を思いついた」

 

 

シズクの耳打ちに不安そうになりながらもユージオが頷くと、シズクはアリスとイーディス、キリトも交えて四人に自分の考えた作戦を小声で伝えた。そしてそれを伝え終わった瞬間、なおも逆立ちの状態を維持したチュデルキンが吠えた。

 

 

「ヒョ〜ホホホッ!作戦会議は終わりましたかぁ!?まぁそんなものしたところで、オメェ達が丸焦げになるのは変わらねぇってンですヨゥ!!」

 

「忘れたか?その術は一度左手(コレ)に破れているんだ!!」

 

 

炎の魔人が巨体をゆらゆらと揺らしながら迫り、躊躇なく豪腕を振り下ろした。シズクが臆することなく、四人を守る様に躍り出た。

 

ズドムッ!とサイズに見合う重量が左手に圧し掛かる。押し負けそうな左手に右手を沿えて堪えている、初めてシズクの表情から余裕が消えた。

 

 

「言わんこっちゃ無い!エンハンス・アーマメント!!」

 

 

世話を焼くような口調で、イーディスが闇斬剣の武装完全支配術を発動した。渦巻く闇がシズクを起点に渦となって支えに入る、発生源である闇斬剣を操るイーディスが必然的にシズクと寄り添う形になった。

 

優勢ではない、一息に潰されてもおかしくない状況でもシズクとイーディスの口角は持ち上がっていた。

 

何でだろう、二人一緒なら負ける気がしない!

 

 

「ユージオ、今だ!」

 

 

キリトが受け止めきった事を見るや親友に向けて叫んだ。

 

 

「エンハンス・アーマメントッ!!」

 

 

掛け声のようなキリトの叫びと共にユージオは逆手に持ち替えた青薔薇の剣を、最上階の床へと突き立てた。そして武装完全支配術の最後の式句を口にすると、バシィッ!という音を反響させながら永久氷塊がチュデルキンに伸びていく・・・ハズだった

 

 

「オ〜ホホホ!ちょっとは頭を使えってんですヨォ!そんなナヨっちい氷が、この私の神聖術の前に通用する訳ないでしょうが!バーカバーカ!」

 

「「ッ!?」」

 

「ヒィ〜ッヒヒヒヒ!これで最高司祭陛下の御身は私の・・・ヒョ〜ホホホホホホ〜!」

 

 

青薔薇の剣を中心に広がっていく氷の海は、支配術の起動とほとんど同時に溶解してただの水に変わり、瞬く間に蒸発してしまっていた。予想だにしていなかった事態に、キリトとアリスは最悪の展開を脳裏によぎらせた。そんな2人の青ざめた顔を見て、チュデルキンが揺るがぬ勝利を確信し高笑いする中、ユージオだけが青薔薇の剣の柄を握りしめて声高に叫んだ

 

 

「まだだっ!」

 

「ウヒョッ!?」

 

「僕の青薔薇の剣は!世界創生の頃から、果ての山脈で極寒の吹雪に鍛えられてきたんだ!こんな炎なんかに!負けてたまるかあああぁぁぁっ!!」

 

 

ユージオの瞳に、光が宿る。敵の手で植え付けられた剣の記憶を、懸命に自分の意思で塗り替えていく。太古より極寒の吹雪の中で孤独に佇む白銀の剣は、万物を凍てつかせる奇跡を持つ。その奇跡は、紛れもなく自分の手の中にある。そして、今隣に立っている最愛の幼馴染の懐かしい笑顔を守りたい。ただそれだけを願って、ユージオは武装完全支配術の、さらなる神髄である『記憶解放術』へと手をかけた

 

 

「リリース・リコレクション!!」

 

「ぎひっ・・・・!?」

 

 

バガァンッ!!という轟音が最上階全体を揺るがした。ユージオの手の中で青薔薇の剣が一際強く震え、灼熱で包まれていた熱気が、肌をピリつかせるほどの極寒に豹変した。地面から伸びる図太い氷柱には道化師じみた金切り声が悲鳴をあげる間も与えずに彼の矮小な全身を氷の檻へと封じ込めたチュデルキンの姿がある。

 

 

「今だっ!」

 

 

キリトが剣を水平に構え、ソードスキルを発動させる。

 

重突撃技・ヴォーパルストライク、それもただのヴォーパルストライクではない。

 

心意。仮想世界の事象を、感情の力、意志の力、明確なイマジネーションによって制御し『事象の上書き』を引き起こすことで、事象そのものを覆すシステム。その力が、本来の射程を大きく凌駕した物へ昇華させる。

 

 

「捉えましたっ!エンハンス・アーマメント!」

 

 

刹那、アリスも金木犀の剣の武装完全支配術を発動した。黄金の刀身が瞬く間に光り輝く数百の花弁に分離し、花吹雪のごとく舞い上がった。

 

 

「ーーー吹き荒れろっ!!」

 

 

金木犀の花弁は万物を砕く黄金の風となり、チュデルキンを封じた氷を飲み込んだ。そして金木犀の風と鋭いビームのような赤黒い突きが氷の海を通り過ぎる頃には、シズクとイーディスが食い止めていた炎の魔人は跡形もなく消え、後にはバラバラに砕けたチュデルキンの氷塊が転がっていた。




原作を読んでます。


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18

「ありがとう、イーディス。お蔭で助かった」

 

「当然!今の私達なら何とかなるってものよ、相手が最高司祭様でもね」

 

シズクが言うとイーディスは微笑んで答えた。そのままキリト、ユージオ、アリスに振り向くと勝利したと事を分かち合う様に笑う五人。しかし、宙に浮くアドミニストレータがチュデルキンの氷片に手を差し向けた瞬間に、五人は一斉に身構え直した。

 

「うふっ、そう怖がることでもないわ。ただそこのが邪魔だから片付けるだけよ」

 

そう言ってアドミニストレータが無造作に左手を振ると、部屋にばら撒かれた氷が軽々と吹き飛んだ。そして氷の欠片が壁に叩きつけられると同時に、中のチュデルキンごとさらに細かく砕け散った。

 

「な、なんということを・・・!?」

 

「あら。元々アイツを粉々にしたのはアリスちゃん達じゃない。まぁ退屈なショーではあったけれど、意味のあるデータはいくつか取れたわね」

 

「そういう事じゃない!人としての感情が殆ど希薄なのは知っていたけど、自分の為に命をとした人間に対する仕打ちかと聞いたんだ。あんたの仲間だったんだろう!?」

 

その光景に絶句したアリスをアドミニストレータが笑うと、シズクが彼女の態度に怒りを露わにしながら低く強い口調で言う。しかし彼女はそれでも態度を変えることなく、涼しげに両足を組みながら唇に指を添えて言った

 

「あっははは!仲間?最初から私にそんなものないわよ。それとも他人を大切に思うことがそんなに大事?ねぇ…『イレギュラーの坊や達』?」

 

「「・・・・・」」

 

「分かってないとでも思った?詳細を参照できないのは、非正規な婚姻から発生した未登録ユニットだからなのかな・・・って思っていたんだけれど、違うわよね?あなた、あっちから来たのよね?つまりは『向こう側』の人間。そうなんでしょ?特にシズクに至っては面白い(スキル)までその(アバター)に内包してね」

 

可愛げな子どものようなあどけなさを演じながら、アドミニストレータは首を傾げながらキリトとシズクに訊ねた。この女は、もう自分の素性を全てを理解している。そう実感したキリトは、否定することもせずに真っ直ぐ答えた

 

「そうだ・・・・」

 

「ま、俺に至っては調べる時間は嫌って程あったから仕方なしだな。だけど一つ違うぞ、アドミニストレータ。俺がカミングアウトしたことも聞いていたんだろう?」

 

ユージオにとっては何のことがわからなかった。

唯一ついえるのは、キリトは最初から記憶を失っていなかったかもしれないという事実。親友の眼がこちらに一瞬向けられた。黒い瞳に入り混じる感情の中で大きいのは俺を信じてくれと言う物だとユージオは受け取る。

 

「そうね、“転生者”って言葉は“向こう側”じゃ創作物に良く使われるものじゃないかしら?」

 

「お~そこまで分かってるなら話が速くて助かるよ。ひらたく言うと“向こう側”の更に“向こう”から来たんだ。俺は、フィクションに迷い込んだのさ」

 

ある程度説明を受けたイーディスでも、アドミニストレータとシズクの会話にはついていけなかった。ユージオとアリスは何を言っているのか分からない様子で、キリトは唖然としていた。

 

「とは言うが、権限レベルや力量(スペック)は知っての通りだ。アンタとは比べる必要も無い、多少の未来を知っていても不確定だからな」

 

「へぇ・・・例えば?下らない世間話じゃないわよね?」

 

当たり前だろと言わんばかりにシズクは溜息を一つ挟むと、険しい表情になって話し始める。

 

「近い将来、この世界は滅びるだろう。他でもないアンタの手によって」

 

アドミニストレータはそれをおかしそうに鼻で笑うと、宙で頬杖をついて呆れたように言った。

 

 

「私が?私の可愛い人形ちゃんたちを散々痛めつけてくれた坊や達じゃなくて、この私が滅ぼすって言うの?」

 

「コレは本来、キリトの役回りなんだけどな・・・・」

 

シズクがそう言ってキリトに眼を向けると、キリトは「続けてくれ」と眼で返答した。仕方ないとシズクは口を開く。

 

「簡単な話、アンタの勘違いだ。最初のミスは整合騎士を作ったこと。ダークテリトリーの侵攻に対して抑止力として整合騎士を生み出した事が最初のミスだ」

 

「ふふ、うふふふ!面白いわね、ソレもそちらで描かれた物語(ストーリー)なのかしら?」

 

唇を指で押さえながら漏れそうになる笑いを堪えるアドミニストレータは、シズクを見下しながら言った。するとシズクの横で、黄金の鎧を凛と鳴らしながらアリスが一歩前に出た。

 

 

「お言葉ですが、最高司祭様。来るべき闇の軍勢の侵攻に現在の騎士団では抗しきれないとお考えだったのは、騎士長ベルクーリ閣下もご同様でした。そして、私もです。無論、我ら騎士団は最後の一騎までも戦い抜き、最後には散り果てる覚悟も有りました」

 

 

「ですが、一つお聞かせ下さい。最高司祭様には騎士団なき後、無辜の民を守る手立てはおありだったのですか!?よもやお一人で、かの大国勢を滅ぼし尽くせるなどとお考えだったわけではありますまい!」

 

イーディスとシズクは、否。シズクはシンセサイズ前のアリスと少し話したことがあった。おてんばそうで頼れる人のいないカセドラルの廊下を歩くアリス・ツーベルグは心配になる程小さく見えて、シンセサイズされた後に出会ったアリスとのギャップは今でも覚えている。

事務的で感情を伺わせない、イーディスとじゃれ付いているのを見て見せた寂しげな表情を見て、根っこは同じだと確信できた。

アリスは、なおも表情一つ変えないアドミニストレータに対し、柄を逆手に握った金木犀の剣を突き立てて言った

 

「最高司祭様。私は先刻、あなたの執着と欺瞞が騎士団を崩壊させたと言いました。執着とはあらゆる武器と力を奪ったことであり、そして欺瞞とはあなたが我ら整合騎士をすら深く謀っていたことです!あなたは我らを家族や愛すべき者から無理やりに引き離し、記憶を封じ、ありもしない神界より召喚されたなどとという偽りの記憶を植え付けた!」

 

 

「私はそれを、民たちを守るために必要な行為であったと言うのであれば咎めますまい。ただ!どうして我ら整合騎士の公理教会と最高司祭様に対する忠誠と敬愛すらも信じてくださらなかったのです!?なぜ我らの魂に、服従を強制するような術式を施されたのですか!?」

 

 

思いの丈を吐き出し切ったアリスの隻眼からは、涙が溢れ出していた。右に立つキリトにそれは見えなかったが、ユージオとイーディスはその涙を拭いもしないアリスの姿に心を痛めた。

イーディスが胸のうちに秘めた“言いたい事”の大筋はアリスが言ってくれたので、沈黙を貫く。

 

「ここで余計な事を言う必要は無い、率直に言ってアンタの“造った”と言う言葉は不快だ。」

 

アドミニストレータが喋ろうと口を開きかけるとシズクが遮るように言う。

 

「そう、でも心外だわ。とっても信頼していたのよ?私の可愛いお人形さんですもの。あなた達にプレゼントした敬神モジュールこそ、私の愛の証だわ。あなた達がいつまでも綺麗なお人形さんでいられるように、下らない悩みや苦しみに煩わされずに済むように、そう願ってね」

 

「小父さまが・・・騎士長ベルクーリ閣下が整合騎士として生きた300年という長き日々の間に、僅かでも悩み、苦みもしなかったと・・・最高司祭様はそうお考えなのですか・・・?」

 

絞り出すような声でそう言ったアリスは、顔を俯かせながら奥歯を噛み締めていた。黄金の柄を握るその手は、力むあまり血管が浮き彫りになっている。

 

「誰よりも深い忠誠をあなたに捧げた人が!その心中に抱き続けてきた痛みを知らないと!あなたはそう仰るのですか!?」

 

「ええ、知ってたわよ。もちろん」

 

勢いよく顔を上げ叫んだアリスとは対照的に、アドミニストレータはさも当然であるかのように言った。そしてやれやれと言った具合に手を広げると、鋭い瞳のアリスに冷酷な視線を向けた。

 

「かわいそうなアリスちゃんに教えてあげるわ。一号・・・ベルクーリがその手の話にうじうじ悩むのは、初めてじゃないのよ」

 

 

「な、なんですって・・・・・・?」

 

「実はね。100年ぐらい前にもあの子は同じようなことを言いだした。だからね。私が直してあげたのよ」

 

「ッ!?」

 

「あの子だけじゃないわよ。100年以上経ってる騎士はみーんなそう。辛い事は何もかも忘れさせてあげたのよ。安心してアリスちゃん、今あなたにそんな悲しい顔させている記憶も消してあげる。何も考える必要のないお人形にちゃーんと戻してあげるわ」

 

 

歪んでいる。と、アリスを蔑んだ目で見下しながら語るアドミニストレータを見てユージオとキリト、イーディスは思った。もはやこの女は、何を言っても感情が動くことはない。そう思ったのはアリスも同じだったようで、これ以上は語るまいと最後に深く息を吸って言った。

 

 

「確かに、私は今胸を引き裂かれるほどの苦しみと悲しみを感じています。けれど私はこの痛みを・・・初めて感じるこの気持ちを、消し去りたいとは微塵も思いません。なぜならこの痛みこそが、私が人形の騎士ではなく一人の人間であることを教えてくれるからです!最高司祭アドミニストレータ!私はあなたの愛を望まない!あなたに私という人間を直してもらう必要はありません!」

 

「残念だけど、あなたがどう思うかなんて関係ないの。私が再シンセサイズすれば、今のあなたの感情なんて最初からなかったように、何もかも消えちゃうんだから」

 

「自分にしたように、か?・・・コイツが人だった頃の名前なんだっけ?キリト」

 

呆れたように後頭部をがしがし掻きながらシズクがキリトに尋ねた。

 

「クィネラだよ。・・・アンタは一体?」

 

「おっと、答えてやりたいが時間も無いから生きてでれたらな?」

 

カーディナルから聞いたキリトしか知りえぬ情報を言い当てるシズクを心底不思議そうに、そして怪訝な表情を向けていた。

キリトにウィンクして、アドミニストレータに向き直るシズクはコレまで笑みを崩さなかったアドミニストレータの怪訝な表情を初めて見た。

 

「・・・ねぇ、昔の話はやめてって言わなかったかしら?」

 

「聞いてないな、人間の子は人間だ。いくら半神半人だと名乗った所で人間として生まれた事実は消えないんだ。」

 

「人間、ね。じゃあ何?同じ人間なら向こう側から来てる俺の方が偉いぞ・・・ってことが言いたいのかしら貴方は?」

 

「何でそうなるかね?」

 

「人は間違えながら進む生き物だ。だけど、残念なことにアンタのミスは修正不可能な域まで来てしまっている・・・騎士団が半壊した今、ダークテリトリーの侵攻が始まったら、人界は滅ぶぞ!!」

 

 

沈黙を守っていたキリトが呆れたように言ったシズクの後を継ぐように言い放つ。

 

「・・・騎士達を壊して回ったのは坊やなのに、なんだか随分な言いようね」

 

 

これまでただ冷ややかに語っていただけのアドミニストレータだったが、キリトに向けて話す言葉には少しトゲのようなものがあった。しかし、キリトは彼女の高圧的な物言いや風格に気圧されることなく、なおも言った

 

 

 

「自分だけ生き延びられれば、その後で最初からやり直せばいい・・・どうせ貴女はそう思っているだろう?ところが、残念ながらそうはならない。向こう側にはこの世界に対して、真に絶対の権限を持つ人間がいるんだ。多分ソイツらはこう思うだろう。『今回は失敗だった。最初からまたやり直そう』ってな。そしてボタンが一つ押され、この世界の何もかもを消してしまうんだ。街も、山も、川も、空も・・・・貴女を含めた全ての人間もまた、一瞬で消滅するんだ!」

 

ユージオとアリス、イーディスは、またも自分達には理解の追いつかない会話を始めたキリトとアドミニストレータをただ見ていることしか出来なかった。彼女は退屈そうに息を吐くと、押し黙る四人の視線を無視して言った。

 

 

「それなら、あなた達向こう側の人間はどうなのかしら?自分達の世界がより上位の存在に創造された可能性を常に意識し、世界をリセットされないように上位者の気に入る方向にのみ進むように努力でもしているの?」

 

 

 

「・・・それは・・・」

 

「誤魔化すことないわよ。そんなはずないわよね?戯れに命と世界を創造して、いらなくなれば消し去ろうなんて連中だものね。そんな世界からやってきた坊やに、私の選択をどうこう言う権利があって?」

 

 

 

 

 

アドミニストレータの言い分は、実に正論を射ているとキリトは僅かながらにも思ってしまった。ただ一人だけ外部の存在を知覚し、その世界を意識して来た。そんな立場に立ったことのないキリトには、今の彼女の気持ちを推し量る術はなかった。

 

 

「そんなのゴメンだ、とでも言いたそうだな?」

 

「当然でしょう!?創造神を気取る連中に、存在し続ける許しを請うなんて惨めな真似はしない。私の存在証明はただ支配することにのみある。その欲求だけが私を動かし、また私を生かすのよ。この足は、踏みしだくために在るのであって!!決して膝を屈するために在るのではない!!!」

 

「ならば!貴女はこのまま人界が蹂躙されるに任せ、名ばかりの玉座で滅びの時をただ待つ心算なのか!!!」

 

「そんなわけないわよ。私はこのアンダーワールドをリセットさせる気はないし、最終負荷実験さえも受け入れるつもりはないわ。そのための術式はもう完成しているの。そしてその先にある・・・この世界の更なる上のステージだって私はすでに見据えているんだから」

 

「・・・何?」

 

「言い換えるなら、整合騎士なんてただの中継だったのよ。真に私が求める武力は、記憶や感情はおろか考える力すらいらないの。単純に最終負荷実験を乗り越える為なら、ただひたすらに目の前の敵を屠り続けるだけの存在であればいい・・・つまりハナっから人間である必要はないの。シズク、貴方ならこの後の展開を知っているんじゃないかしら?」

 

「未来は限りなく不確定だ。その通りになるとは限らない!!」

 

 

 

シズクが語気を強くして怒鳴る。そこまで言われて、キリトはぞわりと背筋を這う恐怖に寒気を覚えた。ニヤリと不気味な微笑を浮かべながら、アドミニストレータは天高く右手を掲げた。その仕草だけで五人の全身から血の気が引いていき、それを助長させるように永遠の若さを保つ手が怪しく光った

 

「さあ目覚めなさい!私の忠実なる僕!魂なき殺戮者よ!リリース・リコレクション!」

 

 

どこから取り出したのか、アドミニストレータの手の中には敬神モジュールが握られていた。そして彼女の口から紡がれたのは、記憶解放の意味を成す二つの単語。その三角柱に解放するような記憶があるのか?キリトがそう考えていると、部屋から響く微かな音を耳にした

 

 

「なんだ、これ・・・・?」

 

 

 

それが金属音だと気づくのに少し時間がかかった。なぜなら、部屋を見渡す間にその音が連続してずっと聞こえていたからだ。広大な広間を取り囲む何本もの柱に、それはあった。実に30本にも及ぶ模造の剣が次々に浮かび上がり、星のように煌めく天蓋の真ん中に集約していく。それを最初に見上げたユージオは、言葉を失いながら後ずさりした

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁ・・・・・・!」 

 

「チィッ!!」

 

神聖術に精通したアリス、アリスほどではないがその理を一修剣士よりも理解しているイーディスが、ユージオにならって集約していく構造の剣を見上げる中で一人だけアドミニストレータが持つ敬神モジュールを破壊せんと動いた人物がいた。

 

「あはははっ!僅かな希望に縋る、それが貴方の甘さ!!」

 

アドミニストレータが持つ敬神モジュールに刃が届く瞬間、その間に黄金の剣が割り込んだ。大小30本の剣は時に形を変え、実に巧妙に組み上がった。2本の腕、4本の足どころか顔や肋骨に至るまで、体の全てが金の実剣で出来ていた。黄金に輝くその巨体は、先にチュデルキンが召喚した炎の魔人には及ばずとも、それ以上の威圧感を放っていた。

 

 

 

「嘘・・・でしょ!?」

 

「あ、ありえない・・・同時に複数・・・しかも30もの武器に対して、これほど巨大な完全支配術を使うなど・・・術の理に反しています・・・!」

 

 

 

 

 

アリスとイーディスは眼に映る光景を疑いながらも、半ば呻くように呟いた。一際剣が密集する体の上部に紫の光が灯り、そこがこの剣の巨人の瞳なのだと分かる。そしてアドミニストレータは剣の巨人の頭部の上に浮かび、満足げに微笑みながら言った。

 

 

「ふふ、うふふ。どう?これこそ私の求めた力。永遠に戦い続ける純粋なる攻撃力。名前は、そうね・・・『ソードゴーレム』とでもしておきましょうか」



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19

「すまん。俺の・・・ミスだ・・・っ!」

 

 

四人の前に戻ったシズクが、誰にとも無く謝った。言い知れぬ恐怖を放ち続ける剣の巨人の出現をしていて尚、シズクは“違う未来”に進んでくれる事を心中では、藁にも縋る思いで祈っていた。

 

結果、その祈りは届くことは無かった。仮にも自分を仮想世界アンダーワールドに落し込んだ“神”いたのならば、キリト達が血の海に沈むような展開を避けさせなければと願いながら動いた五年は結局の所、無駄だった。

 

「さて、体を構成する剣の1本1本が神器級の優先度を持っているこのソードゴーレムに、あなた達は勝てるのかしら?私の貴重な記憶領域を限界まで費やして完成させた、目の前の敵をひたすら切り続ける史上最強の兵器に」

 

 

もう戦いの火蓋はいつ切られてもおかしくない。咄嗟にそう理解したキリトは愛剣を抜刀し、ユージオとアリスとイーディスもそれぞれの愛剣を鞘走らせた。そしてアドミニストレータは、天に掲げていた右手を振り下ろして高らかに謳うように言った。

 

「さぁ!戦いなさいゴーレム!お前の敵を滅ぼすために!」

 

「全員散開!回避に徹しろっ!!」

 

 

「やああああああ!!」

 

裂帛の気合いと共に先陣を切ったのはアリスだった。剣の巨人はその瞬間を待ちわびていたが如く大きく腕の剣を掲げると、彼女の懐に向かってそれを勢いよく振り下ろした。

 

 

「アリス!駄目ぇ!!」

 

 

悲鳴に近い声が響いた。アリスと黄金の凶刃との間に、アリスを庇おうとしたイーディスが割り込んだ。イーディスが受け止めきれる・・・わけも無く二人は凶刃に貫かれてしまう。

 

「「がはっ・・・!」」

 

激痛に悲鳴を上げる暇もなかった。そんなことをする間もなく、アリスとイーディスは血反吐が噴き出した。そして剣の巨人は、イーディスとアリスの丹田から胸にかけて縦に突き刺さった鉄の腕を血飛沫を散らしながら引き抜いた。その残酷な仕打ちと大切な二人を傷つけられた怒りのままに、シズクは剣を構えた。怒りのままに動いたのはキリトも同じで、悲鳴にも似た絶叫の声を上げながらソードゴーレムに向かっていく。

 

「う、あああああーー!!」

 

 

横一閃。

 

 

「ごふっ・・・!?」

 

 

ソードゴーレムの背骨と骨盤の間接部を狙ったキリトはソードゴーレムの背後を取っていた。その巨躯故に動きは緩慢だと踏んで直線的に攻める事をしなかったのは猛者ゆえのとっさの判断、シズクと十字砲火のような位置取りで攻めた。

 

ぐりん!と怪物(ソードゴーレム)は、二人の予測を上回る動きでキリトに対応して見せた。背骨を軸にそっくり回転し、その勢いのままキリトの腹を裂いた。

 

それは、まだ体が上下繋がっているのが不思議に思えるほどの強力な一撃だった。キリトは切断された腹わたからビチャビチャと血と臓物を撒き散らしながら転がると、やがて床に伏して血の池に沈んだ。

 

 

 

 

 

「あっ、そ、そんな・・・キリト・・・イーディス・・・アリス・・・」

 

 

 

「うふふふ・・・あーはっはっは!口ほどにもないわね!もう二人しか立っていないじゃない!」

 

 

 

「おおおおおっ!!!」

 

 

 

裂帛の気合と共にシズクがソードゴーレムの核・・・敬神モジュールに技を届かせた。

ガキィン!と言う撃鉄音と反動で仰け反ってしまうシズクは倒れまいと力を込めてバランスを取っている。その僅かな隙すらソードゴーレムは逃さない。残像を切裂く凶刃とイーディスに重なる様に倒れるアリスの前に現れたシズクの様子にユージオは唖然となった。

 

 

「避け、きれた・・と・・・思ったんだけど・・・なっ」

 

 

胸から腹、×字の傷を受けていたシズクも鮮血を吹いて、血反吐を吐きながらも剣を杖にして倒れることは無かった。それでも戦えないのは明白で、ユージオは戦慄を覚えた。

 

キリトとアリス、イーディスとシズクは今や人界最強クラスの剣士だ。こんな簡単にやられるはずが無い、四人は何時ものように直ぐ立ち上がって剣を構えてくれる筈だ。

 

元凶である剣の巨人を前にしてユージオは完全に足が竦んでしまっていた。しかし、感情を持たぬソードゴーレムが呆然と立ち尽くす彼に容赦などするはずがない。余りにも無慈悲な巨人の剣が、一人残されたユージオにも振るわれようとした時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

 

『ユージオ!短剣を使うのよ!』

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

その時だけは、ユージオの頭はなぜか冴え渡っていた。その言葉に、どこか今までずっと一緒にいたような親近感を覚えた。突如聞こえた声のままにキリトの方へ視線を向けると、彼の頭から何か小さな生き物が飛び出すのが見えた。

 

 

 

 

 

『時間は私が稼ぐわ!急いで!』

 

 

 

 

 

それは蜘蛛だった。ユージオとキリトがルーリッド村を出てからずっと影ながら見守っていたその蜘蛛の名は、シャーロット。彼女はキリトの頭から音もなく着地するやいなや、全長二メートルは超える巨大な黒蜘蛛に変化した。

 

 

 

『シャアアアアッッ!!』

 

 

精一杯の威嚇の叫びを上げながら、シャーロットは勇猛果敢に剣の巨人に立ち向かっていった。その鉄の巨体に体当たりした瞬間に、いくつもの切り傷を負ったのは間違いない。しかしユージオは必死の彼女の言葉を信じて、竦む足を必死に動かして昇降盤を目指す。

 

 

「・・・邪魔な虫ね」

 

 

 

 

 

短い宣告と共にアドミニストレータが指を鳴らし、その拮抗は3秒と満たない内に終わった。ソードゴーレムは左手を振るい、一瞬にしてシャーロットの左前脚を切り落とした。続いて右手を振りかぶると、彼女の胴体を串刺しにした

 

 

 

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

 

 

 

まるで害虫のように、シャーロットの体はあっさりと潰された。

 

意識が猛スピードで遠のく、抵抗できない感覚に襲われていたシズクが声を絞り出す。果たして声と形容していいのか分からない音を発した直後、部屋の一ヶ所から紫色の閃光が迸った

 

 

 

 

 

『よかった・・・間に合った・・・最後に、一緒に・・・戦えて・・嬉し、い・・・』

 

 

 

「ありがとう、僕たちを守ってくれた人・・・あなたの努力は、決して無駄にはしない!」

 

 

 

 

 

シャーロットはそう呟いて、絶命した。彼女の指示通り、ユージオは震える体を鎮めて昇降盤にたどり着き、カーディナルから受け取った短剣を床に突き刺していた。そして頬から一筋の涙が溢れ落ちると、最上階の空中に木枠の扉が現れ、雷にも似た眩い光線が、大質量を誇るソードゴーレムをズガァンッ!という轟音と共に一撃で横たわらせた。 

 

「・・・来たわね。大図書館の秘蔵っ子」

 

カチリ、とドアノブが回されたその扉の奥からゆっくりと、宙を滑りながらカーディナルが姿を現した。彼女の姿を見たアドミニストレータはくつくつと笑い、背丈よりも高い杖を持つカーディナルは彼女を一瞥しただけで視線を切りアリス達の元へ降りていった。

 

カーディナルは地に足をつけることなく宙を滑っていくと、アリス達の元で杖を一振りし、次にキリトの上で杖を振った。すると四人から出ていた血が本人の体に戻っていき、みるみる内に傷口が塞がっていった

 

 

 

 

 

「この頑固者。任を解き、労をねぎらい、お前の好きな本棚の片隅で望むように生きろと言うたじゃろうに・・・・」

 

 

 

 

 

最後にカーディナルは、小蜘蛛に戻ったシャーロットを両手で大切に拾い上げ、悲しげな瞳で数秒見つめた後に、自分のローブの裾に匿った。そして負傷から復活したキリトとアリス、イーディスが呻き声を上げながら立ち上がり、ユージオとカーディナルの元に歩み寄った。

 

ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が反転し、送り主が重い腰を上げる。

 

シズクはクーに運ばれるようにしてその場に着いた。そこは白一色の世界、自身に致命的な二連撃を見舞ったソードゴーレムは見当たらない、愛する人(イーディス)大切な妹分(アリス)も。物語(ストーリー)を読むたびにこうありたいと思わせてくれたキリトも、最高の相棒だと読んでいる時に思ったユージオも。

 

「こ、ここは?」

 

「平たく言うと死後の世界だね、ご主人」

 

「いやいや!このまま死なれたら私は非常に困るんだよ!!」

 

クーが答えると慌てふためく女性が走ってきた。白いロープ姿に杖をもっているグランドクソ女郎にソックリな女性は捲くし立てる様に言った。

 

「キミはこっちに来ちゃいけないんだよ!まだ天命値だって1残ってる!!せっかく特典をあげたっていうのにコレじゃ水の泡だ!!」

 

「誰だ?」

 

「仕方ないでしょ、神様。ご主人は皆と違って二撃受けてるんだよ?天命値が残っていても肉体的には死んでしまっても可笑しくないレベルなんだ」

 

「分かってるよ!?カーディナルだって間に合った。キミは決戦の地に戻る義務があるんだ!!」

 

「神様・・・と言ったな、何で俺には義務がある?」

 

 

俺が質問をするとホッとしたように胸を撫で下ろす神様(グランドクソ女郎)。息を整えてしっかり向き合うと口を開く。

 

「答えは至極単純、あの物語(ストーリー)の主役はキミなのさ!」

 

「SAOの主役はキリトの筈だ」

 

「分かってないなぁ?キミが整合騎士サイドに参加した事で生まれた・・・SAOの新たな未来(ルート)さ!キミが新たな展開を切り開く術は転生特典として与えたしね、キミはそうしてアドミニストレータが人間臭くなる可能性も切り開いたろ?」

 

神様が杖でコンッと床を叩くと、恋がどうのと言っていたアドミニストレータを床に映し出された。

 

「まさか・・・左手か?」

 

「そう。キミの魂は神様の生まれ変わりでもなければ、伝承に名高い幻想殺しでもない。けどね、私の偏見と独断で性能は調整させてもらったわけさ。名前はないから好きに決めると良い、使い方は心が覚えているはずさ!それに、キミの性格上彼ら放って死ぬなんて出来ないだろう?」

 

 

にやりと微笑む神様、床に映るのは肉体(シズク)を揺するイーディスとアドミニストレータを睨んでいるカーディナル達だった。このまま投げ出して死ねたらどんなに楽だろうと思った。しかし、俺は大切な者を放って死ぬなんてゴメンだ。

 

「ご主人はアタシが託した事も全うしてくれるしね」

 

クーがそう言うと幻狼刀に姿を変えた。手にして、神様に背を向ける。

 

「どうやって帰れば良い?」

 

「安心して良いよ、目の前の扉を通れば皆が回復するタイミングで帰れるようにしておいたから時間のズレはないよ。キリトと一緒にあの世界を守って欲しい。“虚無の者達”から世界を」

 

 

 

現れた某猫型ロボットが出しそうな扉を荒々しく開ける俺に、神様(グランドクソ女郎)は言った。



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20

シズクが意識を回復したのは、ホワイトアウトする直前だった。

 

負傷から復活した四人が呻き声を上げながら立ち上がり、ユージオとカーディナルの元に歩み寄った。

 

「キリト、この人は一体・・・」

 

 

「名前はカーディナル。え〜っと・・・簡単に言うと、200年前のアドミニストレータとの戦いで追放されたもう一人の最高司祭だ。頼りになる味方だよ。カセドラルに侵入した俺達を助けてくれて、ここまで導いてくれたんだ。」

 

「今までご苦労じゃったな。シズクとやら」

 

「別に俺は何も成せていない。結局の所、俺はキリトを当てにして同じ(ルート)を歩ませている・・・」

 

「何を言うておる!イーディスもアリスも、よくぞ剣を取ってくれたな。お主が奮起しなければ今この場にキリトとユージオ、アリスの三人しか居らんかったのだ。心強い事よ」

 

「それでも、あの様だけどな・・・・カーディナル、あの蜘蛛にフラクトライトは?」

 

「いや。お主の世界の言葉を借りれば、シャーロットはNPCと同じ存在じゃ」

 

 

 

悲痛な表情で俯きながら訊ねるシズクに対して、カーディナルはかぶりを振って答えた。キリトはシャーロットの最期を思い出しながら、悔しさを滲ませるように拳を握って、なおも問いただした

 

  

 

「・・・シャーロットは俺を救ってくれた。俺のために自分を犠牲にしたんだ。フラクトライトがある訳でもないのに、どうしてここまで・・・・・」

 

「こやつはもう200年も生きておった。その間ずっとわしと語らい、多くの人間達を見守ってきたのじゃ。お主に張り付いてからでも早2年。それほどの時を過ごせば、たとえフラクトライトを持たずとも・・・たとえその知性の本質が入力と出力データの蓄積に過ぎなくとも、そこに真実の心が宿ることだってあるのじゃ・・・」

 

 

シャーロット亡骸が眠るローブの裾に手を添えながらカーディナルが言うと、キリトは静かに目を閉じて彼女の冥福を祈った。そしてカーディナルは視線を鋭くすると、宙に浮かぶ自分の分身を睨みつけながら叫んだ

 

 

 

「そう!時として愛すら宿るのじゃ!貴様には永遠に理解できぬことであろうがな!アドミニストレータ!虚ろなる者よ!」

 

「ふん、来ると思っていたわ。その坊や達をいじめていれば、いつかはカビ臭い穴倉からゴキブリのように這い出てくるものだとね。それと、私だって愛だの恋だのを理解しようとしたのよ?そこのサンプルケースを見てね」

 

「少し黙れ・・・・」

 

「嫌よ、喋らせてもらうわ。・・・来ると思っていたわ。その坊や達をいじめていれば、いつかはカビ臭い穴倉からゴキブリのように這い出てくるものだとね」

 

 

 

アドミニストレータは鋭く睨むカーディナルの視線を見下しながら、未だかつてないほどの魔性に染まった笑いを見せた。そして数百年ぶりに及ぶ再会に、アドミニストレータは心を躍らせるように全身を打ち震わせていた。

 

 

 

「フンッ、しばらく見ぬうちに随分と人間の真似が上手くなったものじゃな」

 

 

 

「あら?そういうおチビさんこそ、その可笑しな喋り方は何のつもりなのかしら?」

 

 

 

「歳を取った故な。相応の喋り方に変えただけじゃ」

 

 

 

因縁の宿敵を前にして口調に力がこもるカーディナルに対し、アドミニストレータの声はどこまでも冷ややかだった。しかしキリトら五人との会話の時のような無感情な口調ではなくなり、どこか歓喜しているように口元から微笑が漏れていた。

 

 

「うふふふ。喋り方は変わっても、200年前私の前に連れて来られた時の心細そうに震える面影は残っているみたいね。ねぇ・・・『リセリス』ちゃん?」

 

 

「わしをその名で呼ぶなクィネラ!わしの名はカーディナル!貴様を消し去るためにのみ存在するプログラムじゃ!」

 

 

 

彼女の元の名を口にしたのであろうアドミニストレータに対し、カーディナルは声高に新たな自分の存在を謳った。そして彼女を生み出した支配者は、可笑しそうに笑いながら自分も同じように名乗った。

 

 

「あはは、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ。全てのプログラムを管理する者。迎えに行くのが遅れて悪かったわねおチビさん。あなたを歓迎するための術式を用意するのに、ちょっと手間取っちゃったものだから」

 

 

 

そう言うとアドミニストレータは高速で神聖術の式句を詠唱し、仕上げに指を軽く鳴らした。するとその瞬間に、大広間の窓から覗いていた夜空が更にどす黒い闇に支配され、床に足を付いているキリト達は体が少し浮いたように感じ、シズクは何かを感じとった様に叫ぶ。

 

 

 

「アドレスを切り離したか!」

 

「ご明察、前回からの反省点よ。200年前あと一息で殺せるという所でお前を取り逃がしたのは、確かに私の失点だったわ。あの黴臭い穴倉を非連続アドレスに設置したのは、私自身だものね?だから今回は、その失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫のいる檻にね」

 

 

 

 

それは窓の外の世界ではなく、世界とこのカセドラル最上階との接続の切断を意味していた。世界からただ一点だけ切り離されたこの空間でアドミニストレータは、狡猾な自分に酔いしれるようにくつくつと笑った。カーディナルは彼女の笑い方に軽く舌打ちすると、負けじと勝ち誇ったように鼻で笑って言った。

 

 

 

「ふん、それは結構なことじゃな。けれどこの状況ではどちらの陣営が猫で、どちらが鼠かわからぬと思うが?なにせ我々は6人。そして貴様は一人なのじゃからな」

 

 

「その計算はちょっとだけ間違っているわね。正しくは6人対『300人』なのよ。私を加えなくてもね」

 

 

「・・・さ、300人?」

 

 

 

アドミニストレータの口にした言葉の意味が分からず、キリトが怪訝そうにその人数を繰り返した。だが彼と違ってカーディナルはその意味を一瞬で理解すると、血相を変えて声を震わせた。

 

 

 

「まさか、貴様・・・!なんと・・・なんと非道な真似を!その者達は本来貴様が守るべき民ではないのか!?」

 

「民・・・民って・・・人間!?」

 

「それがアドミニストレータが導き出したダークテリトリーからの侵攻を防ぐ、最終負荷実験に対する答えだ!アイツにとって守るべき対象は人間である必要がないのさ!!」

 

 

カーディナルの言葉をうわ言のように呟いていたユージオが、その意味に気づいて声を荒げた。キリトとアリスの理解が漸く追いつき、低くどすの利いた声音で言い切るシズクに五人は注目した。

 

 

「ちょっシズクどういうこと!?」

 

「あら、もう隠すことはしないの?なら説明してあげなさいな」

 

 

驚くイーディスを見下しながら、彼女は下らない質問だと言わんばかりに笑って言う。

 

 

「言われずとも。支配者であるアドミニストレータにとって下界に存在するのが人間か物かの違いだ、整合騎士を繋ぎとして作り上げたソードゴーレム・・・それも試作品でダークテリトリーの総侵攻を乗り切るのに人界の総人口の半分をソードゴーレムに変換する心算だ!!」

 

「そうよ、正解!貴方を分析して、未来を知るのも悪くないかも知れないわね」

 

「ついでに言えば、ゴーレムが“人”と知った以上、カーディナルには破壊できない。ソレが狙いだろう?クィネラ!!」

 

 

シズクの語ったアドミニストレータの邪悪な思想に絶句した。もはや桁が違った。目の前の敵は、四万人という膨大な人の命をまるで自分の物としか思っていなかった。彼女は自分への恐怖に慄く5人を見下ろしながら微笑んだ

 

 

「どう?これで満足したかしらアリスちゃん。そんなに心配しなくても、あなたの大事な人界はちゃんと守られるわよ。半分という僅かながらも尊い犠牲の上に、ね」

 

 

「・・・最高司祭様・・・最早あなたに人の言葉は届かない。故に神聖術師として訊ねます。その人形を象る30本の剣、その所有者はどこにいるのです!?」

 

 

 

 一度は恐怖に言葉を失っていたアリスだったが、再び口を開いてからは決して剣の巨人とアドミニストレータに萎縮することはなく、堂々たる立ち振る舞いで彼女に真っ向から物申した。

 

 

「たとえ最高司祭様が、完全支配の及ぶ剣は一本のみという原則を破れたとしても、その次の理は破れないのです。記憶解放を行うには剣と主の間に強固な絆が必要となります。ですがその人形を形作る剣の源が罪なき民達だと言うのなら、司祭様が剣に愛されているはずがない!」

 

 

「ふふっ、本当に決まりごとに従順な子ねアリスちゃんは。いいわ、教えてあげる。答えはアリスちゃん達の目の前にあるわ」

 

 

「め、目の前じゃと?それは一体、どういう・・・」

 

 

 

そう言うとアドミニストレータは右手を上に掲げ、数多の星と神が描かれた天蓋を指差した。しかしそこには何が現れるでもなく、変わらず星が輝いているだけでキリト、アリス、イーディス、カーディナルは首を傾げたが、その中でユージオとシズクだけがそれを見て声を震わせながら呟いた。

 

 

「そ、そうか・・・そうだったのか・・・!あの天井の水晶、あれはただの飾りじゃない。」

 

「整合騎士から奪った記憶かっ!!」

 

「まさか、これが・・・全部・・・!?」

 

 

「おのれクィネラ!貴様はどこまで人を弄ぶつもりなのじゃ!」

 

 

 

 そしてそれが、モジュールの差し込まれていた場所に元々あった場所だと理解するのに、そう時間はかからなかった。カーディナルはその事実に歯噛みすると、怒りのままに声を荒げた。

 

 

「シンセサイズの秘儀で抜き取った記憶ピースを精神原型に挿入すれば、それを疑似的な人間ユニットとして扱うことは可能じゃ。しかしその知性は極めて限定され、とても武装完全支配術などという高度なコマンドを行使することはできん」

 

「じゃが、記憶ピースとリンクする時の情報が重複する場合は別じゃ。すなわち・・・整合騎士達から奪った記憶に刻まれた愛する人間達をリソースとして剣を作った・・・そういうことじゃな!?アドミニストレータ!」

 

 

カーディナルは床に杖を突き立てながらアドミニストレータに迫ると、銀の瞳でその怒りを見下ろす彼女は、それすらも余興であるかのように醜く笑った。

 

 

 

「えぇ、その通りよ。騎士達の模擬人格が望む願いはたった一つ。記憶してる誰かに触れたい。抱きしめたい。自分のものにしたい。そういう醜い欲望がこの剣の人形を動かしてるの」

 

「貴女は可哀想だよ・・・」

 

「いまさら何?気の迷いで見逃したのに、支配者である私に説教をたれるつもり?」

 

「愛は支配じゃないよ!!そんな俗語で汚して良い言葉じゃ・・・感情じゃないんだ!!!」

 

 

シズクの足元、床に突きたてた幻狼刀からクーが現れて醜く、満足げに笑うアドミニストレータに吼えた。神獣としてアドミニストレータがカーディナルと最初の戦った200年前、否。それ以前から人々の営みを見守ってきたクーにとってもアドミニストレータの言葉は耐え難いものだった。

 

 

この世界(アンダーワールド)が作り物だったとしても、そこに息づく人々の営みまでもがプログラムされたものだなんて言わせないと吼える。

 

 

クーの登場に眼を丸くしたキリトとユージオ、シズクの剣となった経緯を聞いたことのあるアリス。何より当事者だったイーディスは見ていた。結果的に命を落すことになろうとも、神獣は人の為に敵対者へ襲いかかった。

 

 

「同じ事よ?愚かな獣。愛は支配であり欲望でもある。その実態はフラクトライトから出力される信号に過ぎない。私はただ、最大級の強度を持つその信号を効率よく利用しただけよ」

 

 

 

クーの怒りを全く意に介さないアドミニストレータは、両の掌をソードゴーレムに向けて差し伸べると、揺るがない己の勝利を確信したかのように高らかに謳った。

 

 

「そこのおちびちゃんに出来たのは精々、無力な子どもを2、3人籠絡する程度。でも私は違うわ。私が作った人形には、記憶フラグメントも含めれば300ユニット以上もの欲望のエネルギーが満ち溢れている!」

 

 

「そして、カーディナルには破壊できない。これはさっき俺が言ったな!?」

 

 

「ええ、その通り!その事実を知った今、この世界の人の営みを是とするお前には決して人形を破壊できないということよ!なぜなら人形の剣たちは、形を変えただけの生きた人間なのだから!」

 

 

 

アドミニストレータはカーディナルを指で差しながら、毒にも等しい言葉を吐いた。大広間にその宣告が尾を引くように残響する中で次にカーディナルが発した声は、奇妙なほどに穏やかだった。

 

 

 

「あぁ、そうじゃな。わしに人は殺せぬ。その制約だけは絶対に破れぬ。人ならぬ身の貴様を殺すためだけに、200年の時を経て術を練り上げてきたが、どうやら無駄だったようじゃ」

 

 

「くくっ、くくくっ・・・なんて愚かで、なんて滑稽なのかしら。お前ももうこの世界の真実の姿を知っているはずなのに。そこに存在する命とやらが、書き換え可能なデータの集合に過ぎないということを。それでもなおそのデータを人間と認識し、殺人禁止の制約に縛られるなんて・・・・・・・・」

 

 

「違うな。彼らは間違いなく人だとも、クィネラよ」

 

 

 

愉悦に浸りながら語るアドミニストレータを、カーディナルはピシャリと塞き止めた。そして深く息を吸うと、今度は自分の番だとばかりに一息で言った。

 

 

 

「アンダーワールドに生きる人々は、我々が失ってしまった真の感情を持っている。笑い、悲しみ、喜び、愛する心をな。人が人であるために、それ以上の何が必要であろうか。故にワシは、彼らが人であると心の底から信じ、来たる敗北を誇りと共に受け入れよう」

 

「か、カーディナル・・・何言って・・・」

 

 

敗北、という彼女の言葉がキリトの耳にベッタリとへばりつき、嫌な悪寒が背中をなぞった。ユージオとアリスとイーディスも同様にその予感を感じ取ったらしく生唾を飲み込んだが、その予感は次のカーディナルの言葉で明確な形となった。

 

 

 

「じゃから、ワシの命はくれてやる。代わりに、この若者たちの命は奪わんでやってくれ」

 

 



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21

「っ!!?」

 

 

シズクはアドミニストレータに斬りかかるべきかと真剣に考えた。クーが消えて、床から抜いた幻狼刀を下段に構えた。キリトも同じようで剣の柄を痛いほど握り閉め、足の骨が軋むほどに床を踏みしめる。

 

キリトは自分の仮初の命とカーディナルの本物の命、天秤にかけるまでもない。しかし、キリトは斬り込めなかった。一か八かの博打にアリスとユージオの命まで巻き込むからだ。同じようにシズクもイーディスの命を巻き込むことに抵抗を覚えて、このまま記憶通りになる事を良しとしない理性と衝動のせめぎあいに陥った。

 

 

「あら、随分とおかしなことを言うのね。今さらそんな交換条件を受け入れて、私にどんなメリットがあるのかしら?」

 

 

 

「さっき言うたじゃろう。ひたすらに術を練り上げてきたと。200年前と比べぬ方がよいぞ。その哀れな人形の動きを封じながらでも、貴様の天命の半分くらいは削ってみせるぞ。それほどの負荷がかかれば、貴様の心もとない記憶容量がさらに危うくなるのではないか?」

 

 

カーディナルの言葉に、アドミニストレータはあくまでも微笑みを崩さず唇に人差し指を当てて考えを巡らせる素振りを見せると、やがてため息まじりに答えた。

 

 

 

 

「その程度で私のフラクトライトが脅かされるとは思えないけど、たしかに面倒ではあるわね。その交換条件、っていうのはこの閉鎖空間から坊や達を逃せば事足りるのよね?今後永遠に手を出すな、って意味なら拒否するわよ」

 

 

 

「いや、一度退避させるだけでよい。彼らなら、きっと・・・・・」

 

衝動が勝った。シズクが腰を落として、刀を鞘に納めて居合いの構えを取る。

最短、最速で真っ直ぐに殺す。ただその一点にのみ集約して踏み出そうとするとカーディナルの強固な『意志の力』に一瞬、抑え込まれてしまった。

 

「よさぬか!!」

 

「このまま見殺しに出来るかッ!!」

 

「ならばお主に、あの剣の巨人とアドミニストレータを一度に相手取って戦う術があるのか!?あの剣に一度胸を裂かれ、自分で分かっておるじゃろう!それでは無駄死になのじゃ!例えここで負けても、お主らは生きねばならんのじゃ!死んだらそこで終わりなのじゃ!最後にワシらが勝つためには、誰かがここから生きて帰らねばならんのじゃっ!!」

 

ある!と断言できなかった。シズクにとって、先ほど神様を名乗る存在との邂逅はただ幻想殺しみたいと名前を借りていた左手に宿る力、それは思惑通り切り札足りえた力だと理解させた。

 

力の本質を理解した今、解き放つことは可能だ。だが、左手に宿る力を使って確実にソードゴーレムを破壊し、アドミニストレータに一矢報いる・・・・そんな保証はなかった。そして、報いるだけでは駄目なのだ。

 

 

「・・・すまぬな、後を頼む」

 

 

言葉を飲み込むシズクに誰よりも人間を愛した管理者は、彼に優しく微笑んだ。そして再びアドミニストレータに向き直ると杖を捨て、両手を広げながら前に出た。

 

 

 

 

 

「さぁ、これでよかろう。こんなちんけな身体じゃが、煮るなり焼くなり好きにすれば良い」

 

 

 

「ふふっ、あははは!いいわよ。その方が私も楽しい遊びを後に取っておけるし、ね。じゃあステイシア神に誓いましょう。私は・・・」

 

 

 

「いや、神ではなく貴様が唯一の信頼を置くものに誓え。自らのフラクトライトに誓うのじゃ」

 

 

 

「・・・はいはい、そうですか。それじゃ私のフラクトライトに誓うわ。私はおちびさんを殺した後、後ろの5人は無傷で還してあげるわ。この誓約だけは私にも破れない。今のところは・・・ね」

 

 

 

「それで良い」

 

 

 

 

 

カーディナルがそう言って頷いた瞬間、彼女に向かって伸ばされたアドミニストレータの右手から一筋の紫電が迸り、躊躇なくカーディナルの体を貫く・・・筈だった。カーディナルの眼前から発生していた雷の余波が床を抉るという、想像を絶する一撃を甲高い音と共に“掻き消した”。

 

 

「悪い、カーディナル。やっぱ俺には無理だわ」

 

 

「何故じゃ!?お主は何故割り込んだ!!?」

 

 

「俺は、クーにも託されている。この世界の人を護ってくれって・・・・何より、この()は誰かを助ける為にあるっ!!!」

 

 

「あははははは!良いわ、どこまで耐えられるか実験してあげる!!」

 

 

高々とした笑い声を響かせながら、アドミニストレータは優に10を超える紫電をカーディナルの前に立つシズクへ放った。徐々に左手首に右手を沿え、衝撃に耐えるシズクを見ていて、キリトとユージオは無力感を嚙み締めていた。

 

 

(僕は、僕はなんて無力なんだ・・・!僕達を助けてくれた人達が無残に散っていく様子を、遠目に見ていることしかできないなんて・・・!)

 

 

(何か、何かないのか・・・!?あの化け物に勝つ方法は!!)

 

 

「さぁそろそろ終わりにしましょうか?さようならリセリス、さようならシズク!あはははははは!!」

 

 

 

 

 

弓のように体を反らせて笑うと、アドミニストレータは何とか堪えていたシズクに特大の雷撃を見舞った。それを逃げようともせず真っ向から受け止めたシズク。服が焦げたカーディナルが宙を舞う中、堪えきれなくなったキリトとユージオ、アリスが駆け寄ってカーディナルを起した。

 

 

「カーディナルさんっ!ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・僕は・・・・・!」

 

 

「ワシよりもあ奴は!?」

 

 

「大丈夫っ!!!」

 

 

服こそ焦げて、痛々しいダメージを物語っているがカーディナル自身は最後の一撃のダメージを余波で受けていただけ。ユージオに抱き起こされるとシズクの所在を確認するべく、痛みで閉じていた瞼を開く、同時にイーディスの声が届く。

 

 

「私の従者は、“誰かの為”なら際限なく強くなれるから!!」

 

 

 



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22

その一撃は、間違いなく人体が受けて無事でいられる代物ではない。本来ならば先ほどの一撃で二人の命は刈り取れていたはずなのだから。

 

「お前・・・その手は、何だッ・・・!!?」

 

キリト達の目の前で、先ほどまで絶対的な余裕を感じさせていてアドミニストレータが初めて焦りの色を見せた。紫電を受けたシズクの左腕は服が弾けて肩まで露になっていた。キリトとユージオ、アリスもその変化に言葉を失う。

 

「コレか?名前はない。強いて言えば、未来を掴む()だ!!!」

 

答えるシズクの左手は肘まで薄いオレンジ色の光を放っていた。その光は力強く、優しく暖かい物だ。

 

「最高司祭様、貴方に一つだけ感謝を・・・・」

 

一歩遅れて、カーディナルとキリト達に歩み寄ったイーディスは言う。この一点に関してはアドミニストレータの采配だから、ソレが例え、シズクを監視するための駒として自分に紐付けたとしても。

 

「貴方が私の従者として、シズクを与えてくださった事・・・私は貴女の人形から脱することが出来た。本当の敵が見えた!」

 

「黙れっただの騎士人形が!!」

 

アドミニストレータは分かっていた。イーディスとアリス、カーディナルかキリトやユージオを狙えばシズクが護りに入ると。シズクの一撃は受けてはならない、それはキリト達にも言えた事で、アドミニストレータが恐れるほどの威力をシズクは手にしている。

 

「アリス!行くよっ!!」

 

「はいっ!護れ、花達!!」

 

イーディスが闇斬剣の武装完全支配術を振るうと刀身から漆黒の闇が、掛け声に応じたアリスの金木犀の剣の花弁に纏わり着いた。シズクへ向けて放たれた紫電は、黒と金の花弁に阻まれて標的に届くことは無い。

 

「このっ!やらせると思うなぁぁぁっ!!」

 

ソードゴーレムが動く。無数の金属音を奏でて、一歩ずつ迫る脅威に向かって左腕を振り上げた。アドミニストレータが想定したように、傷つく事を厭わず、傷ついても只敵を殲滅するまで止まらぬ兵器として。

 

「させぬ!」

 

ユージオに支えられながらも、再び浮き上がったカーディナルが両手をソードゴーレムに向けてグッと力を込めた。念力のような、見えない力に拘束されたソードゴーレムが無理に動こうとして剣の体がミシミシと悲鳴を上げていた。

 

「ーーーッ!ちょこざいなぁぁぁっっ!!」

 

アドミニストレータは神聖術で発現させた鮮やかな銀で精製されたレイピアを手に取り、ゆっくりと、それでいて確かに近づいてくるシズクを直接斬り殺さんと向かっていった。

 

「でやあああああっ!!」

 

そこに黒の剣士が滑り込む。黒い愛剣を掲げて、銀のレイピアと切結ぶ。

 

 

「退けっ!!!」

 

 

「退くものかっ!」

 

 

「退けといったァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前でキリトがアドミニストレータを食い止めている。壮絶な攻撃をかろうじて、それでいて反撃に転じる良く知るキリトの姿に俺は苦笑する。

 

そうだ、お前(キリト)は何時でも誰かの英雄だ。

 

俺は漠然とそう思いながら、一歩ずつしっかり床を踏みしめる。左手に宿った(スキル)は一見して、掻き消してしまっている様に見えるけど、その実は吸収して何時か放つの瞬間まで威力をずっとキープし続けて、最高の一撃を見舞う拳。

 

くそ、神様とやらは何処で間違えたんだ?

 

「がっ!!?」

 

シズクがアドミニストレータから意識を逸らしたほんの一瞬、数秒のうちにキリトは頭上を舞っていた。黒の剣士を退けたアドミニストレータが迫る。

 

「避けよっ!!」

 

ごしゃぁ!と金色の鉄塊がアドミニストレータを押し潰した。アドミニストレータはにはあらゆる金属オブジェクトが無効になるため、傷こそ付いていないが、投げつけられた剣の巨人の質量には耐えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

「リセリスッ・・・・!」

 

 

 

「ザマァみろ・・・クソ女・・・・・・!」

 

 

忌々しげにカーディナルを睨みつけるアドミニストレータに、カーディナルはしてやったりと笑って、そう言った。

 

 

「咲けっ!青薔薇ッ!!」

 

 

剣の巨人ごとアドミニストレータはユージオの青薔薇の剣の完全支配術によって巨大な氷で拘束する。バキッ!とその氷塊に亀裂が走り、青薔薇の剣を逆手に持ったユージオが舌打ちした。

 

 

「この程度で私をとめられると思うなぁァァァ!!!」

 

 

「そうだな、コレくらいじゃないと止まらないだろう?」

 

 

ゆっくりと歩みを止めなかったシズクがアドミニストレータを射程に捉えた。イーディスが、アリスが、キリトとユージオが何故機敏に動かないかと疑問に思った。動かないのではなく動けない・・・左手の力を完全解放した状態のシズクは力の濁流を制御するのに精一杯で、他に気を回せなかったからだ。

 

最初こそ、薄いオレンジ程度の光がソルスよりも眩しく輝く“光の手”となっていた。アドミニストレータが焦り、氷の拘束から逃れようとするが間に合わない。この一打に自然神経を集中させて、シズクが拳を握る。

 

 

「さぁ、覚悟しろ・・・・」

 

 

「ま、待って!やめて―――――」

 

 

アドミニストレータの懇願を無視して、シズクは左拳を振りぬいた。

 

 

 

 

 

 

氷と拳が触れ合った刹那、カセドラルの最上階は閃光に飲まれた。



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23

「はぁ・・・はぁっ・・・!」

 

 

 

 

 

セントラル・カセドラルの最上階は、文字通り半壊していた。床は抉れ、壁は天蓋にかけて巨大な穴が空いていた。ところどころの石材が小刻みに震え、破損した壁や床の自動修繕に当たろうとしていたが、いかんせん破損箇所が大きすぎたのか、ほとんど意味を成していなかった。

 

 

「カーディナル・・・・キリト・・・ユージオ!!」

 

 

ダメージの残る体を引き摺りながら、シズクは先ずカーディナルを庇うように気を失っていたキリトとユージオに駆け寄るとステイシアの窓を開いた。

 

 

「おい、主役(キリト)は起きろ・・・・」

 

 

大分減ってはいるが、三人とも天命値がゼロになっているわけではなく先ほどの衝撃で気を失っているようだ。シズクはキリトの頭を元に戻った左手で小突く。

 

 

「痛っ!お前っ!!?」

 

 

キリトが飛び起きると苦笑するシズクが目に入る。キリトがユージオの様子に驚いて揺するとユージオは夢みが悪そうに呻いた。生きていることにホッとしたキリトが、ぺたりと尻餅をついたシズクと視線を交えて力なく笑う。

シズクの存在はユージオの死とカーディナルの犠牲を回避させた。

 

何とか乗り切った、そう思っていた二人が気の抜けた笑顔を向けあっている中で絶望が舞い降りる。

 

 

「・・・・兵器は想定どおり動いてくれないとね。あと一歩でも物質変換が遅れていたら危なかったわ」

 

 

 

「ッ!?!?」

 

 

 

 

 

ありえない声がした。その女は、半壊した最上階の上空に、亡霊のように浮かんでいた。艶のある髪が夜空に靡き、透き通るような肌は一糸纏わぬまま曝け出されていた。アンダーワールドの絶対なる管理者は、莫大な威力を誇るシズクの左拳を受けても健在だった。

 

 

「流石にアレを受けたら死になさいよ、人として・・・・」

 

 

「一応ね。あの光拳が直撃するほんの手前で、ソードゴーレムを何重もの障壁に変換したのよ。まぁそれでも無傷とはいかなかったけど」

 

 

「ソイツは光栄だな、お前の呪縛から300の人間を解放したわけだ。」

 

 

「乱発できる物ではないでしょう、ソレ。それに開放と言ったわね?どちらかと言えば貴方が300ものユニットを一方的に破壊したのではなくて?」

 

 

「・・・・痛い事を言ってくれる!」

 

 

キリトの目の前で、アドミニストレータの一言がシズクの表情を悲痛な物に変えた。シズクは自分と同じく、この世界の人々を救いたいと動いている別世界から来た(ログイン)人間と捉えたキリトはシズクのようにアドミニストレータへ向かう気力は無かった。

 

突きつけられた変えようも無い現実と自身の無力感が彼から剣を取り上げた。

 

そう言うとアドミニストレータは大理石の床に降り立ちながら、肩口からごっそりとなくなった、元は右腕のあった場所に視線をやった。それから唯一大広間で立って絶望しているキリトと剣の魔人に変換されてしまっていたとは言え、300人を消し飛ばした現実にくしゃりと表情を歪めるシズクを見ると、死の淵から還ってきた彼女は狂ったように笑い始めた。

 

 

「あは、あははははは!やっぱり最後に笑うのはこの私!公理教会最高司祭アドミニストレータなのよ!どうかしら坊や達?まだ何か策があるのかしら?あなた達2人だけが取り残されたこの状況でぇ?」

 

 

左腕のレイピアを刃に付着した何かを払うように振りながら、アドミニストレータはなおも体を反らせて笑い続けた。キリトとシズクはこの状況をひっくり返す術が無い。完全な詰み。その悔しさを滲ませてキリトが諦めかけていた時、彼の横にふらつく足取りで黄金の少女と支えあいながらうっすらと灰色ががった鎧の少女が並び立った。

 

 

「ぜぇ・・・違うわ・・・っ!」

 

 

「はぁ・・・ええ、違います!まだ、これが最後などでは・・・ありません・・・!」

 

 

「イーディス!」

 

 

「アリス・・・!」

 

 

「・・・ふぅん」

 

 

息も絶え絶えに言ったイーディスとアリスは、膝をガクガクと震わせ、互いに寄り添うようにして立っているのがやっとの状態だった。誰がどう見ても限界、もはや戦力にならないのは明白だった。しかし彼女達は、一度深く呼吸すると、アドミニストレータに向けて叫んだ。

 

「最後に笑うのが自分?ふざけないでよ・・・!!」

 

「最後に笑うのは、幸せを噛みしめる民達です・・・!あなたの支配と呪縛から解き放たれ、真の自由を手にした民が笑う、その瞬間に・・・天に約束された我らの勝利は叶うのです!!」

 

「そんな状態で、何を言っているの?もう立っているのだってやっとじゃない・・・」

 

二人を嘲笑うアドミニストレータは、レイピアの先に熱素を生み出した。矢の形状を取った熱素が、真っ直ぐイーディスとアリスに向かって射出される。二人が限界を向かえて崩れ落ちるの同時に僅かにイーディスは前に出た。アリスを庇うように痛む身体に鞭打って抱きこむように自身を盾にする。

 

「・・・いつもと立場が逆だな」

 

「ははっ・・・何だ、動ける・・・じゃない」

 

「ふふっ・・・ソレでこそです・・・・。」

 

甲高い音と共に熱素の矢は握り潰された。アリスを受け止めたキリトとイーディスを受け止めながら左手で迎撃したシズク、二人のイレギュラーにアドミニストレータは不快だと表情で語りながら舌打ちをした。

 

「・・・流石にそろそろ不愉快になってきたわ。お前達は何故そうまでして無為に、醜く足掻くの?戦いの結末はもう明らかだというのに。決定された終わりに辿り着くまでの過程に、一体どんな意味があるというの?」

 

「なんでも諦めたらそこで終了なんだよ・・・」

 

キリトは力強い瞳でアドミニストレータを見据えながら、前に立つ一人の青年に同時になんでここまで余裕を持てるのかと疑問に思った。所々で余裕をなくしては、直ぐに余裕を見せる不思議な男を。対してアドミニストレータは勝ち目など無い戦いに敢然と立ち向かっていく彼の勇姿を目の当たりにして剥き出しの怒りを露わにして叫んだ。

 

 

 

「なぜだ!なぜそうやって愚かにも運命に抗うのだ!?」

 

 

「当たり前だ!敷かれたレールの先が死だとしても、辿り着くまでどう歩こうが自由だ!!」

 

「ここは私の世界だ!招かれざる侵入者にそのような振る舞いは断じて許さぬ!膝を付け!首を差し出せ!恭順せよ!」

 

 

 

 

 

レイピアを掲げるアドミニストレータを中心にして、負の心意とも呼ぶべき闇の波動が渦を巻いた。シズクはその爆風から三人を護る様に立つと身を盾にして、歯を食いしばって耐え抜くと腰を落として幻狼刀の柄に手をかけた。

 

 

「お前の世界?少し違うな。お前はただの薄汚い略奪者だ。この世界の人間を、誰かが支配するなんてことは絶対に出来はしない!」

 

 

「小僧があああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

 

 

 

世界を支配する者と、世界に刃向かう者の叫びが世界の頂点で木霊した。アドミニストレータは残された左腕でレイピアを引き絞り、シズクは低く腰を落としたままの姿勢で駆け抜ける。

 



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24

キリトの眼前で、一つの結末を迎える戦いが繰り広げられていた。自分と同じ、もう一つの世界から来たと解釈する青年は力強く床を蹴ると滑るようにアドミニストレータへ間合いを詰めた。その瞬間、アドミニストレータはテレポートじみた速さでシズクを攻撃圏内に捉えると紫色のライトエフェクトが瞬き、目にも留まらぬ六連撃の刺突がシズクの体に突き刺さった。

 

「っ!!!?」

 

「なっ!?」

 

「細剣六連撃ソードスキル『クルーシフィクション』よ」

 

 

 

 

 

一瞬の内に走った六度の衝撃に、シズクはたまらずバランスを崩して転けた。完全に転がる事無くシズクはとっさに突き出した左腕をスプリングの役割を担わせ、アドミニストレータの頭上を飛び越えた。

 

「おおっ!!」

 

ガキィン!と刀とレイピアが撃鉄音を奏でて、鮮血を捲きながらシズクは今度こそ転がった。一回前転しながら勢いを殺してアドミニストレータを視界に捉える。

 

キリトは嘘だ、と呟いた。細剣六連撃ソードスキル『クルーシフィクション』、そんな技をキリトはユージオに見せていない。何よりキリト自身が使えないのだ。遥か昔にアインクラッドで目にした事がある程度なのだから。

 

「お前の手の内は分かっている!!」

 

「がっ!?」

 

シズクが完全に体制を整える前にアドミニストレータのか細い足が、シズクの顎を蹴り上げた。只でさえ少ない天命値を鮮血に変えながらシズクの身体は無理やり反らされ、完全に反りきったところでアドミニストレータの握られているレイピアの刀身が細身の刃ではなく、一般的に片手直剣と呼ばれる両刃の刀身に変化し、橙色のライトエフェクトを放った。

 

 

 

 

 

「片手直剣八連撃ソードスキル『ハウリング・オクターブ』」

 

 

 

「があああああっ!!?」

 

 

 

 

 

細剣と見紛うほどの高速の五連突きの後に、上下に行き交う切り下げ、切り上げ、切り下げの三連撃。身を刻まれてもシズクが倒れることは無かった。

 

「飛天御剣流――――――」

 

 

「刀単発ソードスキル『絶空』」

 

同じ刀系ソードスキルでも繰り出す速度が違った。剣の速さ、身のこなしの速さ、相手の動きの先を読む速さという三つの速さを最大限に生かし、最小の動きで複数の相手を一瞬で仕留めることを極意とし、一対多数の戦いを得意とする実戦本位の殺人剣である飛天御剣流を扱うシズクは本来なら、万全ならば騎士長ベルクーリからも先手を取れる神速の剣士。それもアドミニストレータには通用しない。

片手剣だったアドミニストレータの剣は刀に変化し、腰に据えた状態からそれを真一文字に振り抜いた。まさに神風のごとき迅さを誇る一閃は瞬く間にシズクの脇腹を切り裂き、彼の正面にいたはずの彼女は、いつの間にか彼の背後で刀を振り切ってトドメとばかりに回し蹴りを打ち込んで吹き飛ばした。

 

「何時まで・・・そうし・・てんだ・・・・?」

 

アリスを寝かせてその場で立ち尽くすキリトの前まで転がったシズクは血塗れでとても立てる状態じゃないにも拘らず、刃を床に付きたてて立ち上がる。

 

「お前は・・・相棒(ユージオ)にとって・・・・俺にとって・・・・っ!!」

 

「無理だ・・・勝てっこない・・・・!」

 

絶望と無力感に苛まれながらキリトは立ち上がり続けるシズクに叫んでいた。満身創痍のシズクはそれでも!と叫び返す。

 

「俺は・・・お前に見せてもらったからな!勝てる勝てないじゃなく・・・・・“勝つ”んだ!!って」

 

「いい加減鬱陶しいわね、楽になりなさい!!」

 

アドミニストレータが突き出したレイピアと雄叫びと共にシズクが床から引き抜いた幻狼刀が交わった。ぎゃりぃぃん!とレイピアと刀がぶつかり合うたびに金属音が鳴り響く。先ほどまでお世辞にも互角などといえないほど一方的だったのにキリトの目の前で互角に渡り合っている。

シズクの姿がイメージによる上書き現象で変わる。灰色の部分は朱色へ変化し、血で染まっていた袴は穢れを知らない白に戻る。シズクが今に至る道のりで培った全てが発露した。

 

それでも圧倒的な実力差は埋まらない。アドミニストレータと僅かに渡り合った時間にして一分と持たないうちにアドミニストレータが突き出したレイピアの切っ先が、シズクの脇腹を掠めた。

 

「二十七頭龍閃っ!!!」

 

天命が残り少ない上に満身創痍、そんな状態で放っていい技ではないのは承知の上でシズクはアドミニストレータよりも疾くほぼ同時に9連撃×3発の負担を省みない技を繰り出す。

アドミニストレータがどうやってソードスキルを知ったかなど、どうでも良い。今この場で殺らなければ!とシズクは自身を省みない攻勢に出たのだ。

ぶわぁ!っとアドミニストレータは銀に輝く長髪を矢のように広げてシズクに向けて放つとぎぃぃぃん!と撃鉄音が響いた。シズクの神速の剣技はほぼ全てがアドミニストレータの髪に相殺された。が、一太刀だけ二十七撃目最後の突きだけが僅かに狙いをそらされ、アドミニストレータの頬に一文字の傷を刻んだ。

 

「小癪な・・・小癪なあああああっっっ!!!」

 

頬に僅かな傷を負ったアドミニストレータの怒声が響く、同時にアドミニストレータの銀に輝く長髪が、カセドラルの最上階全体を覆うようにして蠢いた。そして測りきれないほど長く伸びた髪の先に炎、風、氷、雷、闇・・・ありとあらゆる神聖術の素因が発現し、一斉にシズクへ襲い掛かった。

 

「もう、いい・・・・」

 

あらゆる素因が濁流となって押し寄せ、その濁流は信じられないことに満身創痍の自分と同じ“イレギュラー”な存在によって掻き消されていた。いや、彼の左腕に宿る力が一撃の威力に変換・蓄積しているのか?そんな事を予測した所で、キリトは勝ち目があるとは思えなかった。

アリスと共に気絶しているイーディスが目についた。そして、キリトがアリスを未だに抱き支えていて、脇にはイーディスが気絶している。三人の前でシズクは満身創痍の体で踏ん張っていた。天命が尽きても可笑しくない、そんな無茶を突き通す。

 

「良いわけあるか・・・・っ!ここで諦めれば、お前を慕った者も死ぬぞ!?俺はゴメンだ!!」

 

シズクが吼える。自分は決して諦めないと吼えたのだ。圧倒的な力の差を前にして埋めようのない、超えようの無い壁を前にしながらも前進し続ける。素因の濁流を搔き分けるように小さく一歩前に出る。

左手が全ての素因を変換・蓄積できているわけではない。左手がぶれ始め、次いで左袖が再び弾け飛んだ。尚も自身の攻撃力に変換し続けるシズクは小さくとも一歩、また一歩と近づいてく。

 

()()で・・・護るんだっ!」

 

ぐっ!と素因がシズクを一歩押し返すと絞り出すように、誰かの英雄が奮い立つと信じて心中にお止めていた思いをシズクは吐き出した。

 

「俺だけじゃ駄目だ!・・・・駄目なんだ!!勝ち目が無いなんて、そんなことは無い!!」

 

素因の濁流が左手が放つ攻撃の威力に変換され、左腕は先ほどのように、眩い光を湛えたアドミニストレータが恐れる切り札(ジョーカー)として完成を見た。だが、彼女を屠るだけの威力を秘めた光拳を叩き込むための隙は存在しない。

 

「些細なことで良いんだよ・・・・この世界の人を、愛する人を護りたい。俺()はソレを知っている筈だ!!」

 

常人なら塵一つ残らない素因の濁流を耐え切ったシズクに圧倒的に優位なはずのアドミニストレータは直ぐにでも殺すといわんばかりの勢いで畳み掛けた。理由は至極単純、シズクは先ほどの攻撃力・・・・現状で自分を確殺できる拳を再び作り上げた。

 

「いい加減諦めたろ!勝ち目など無いっ!私の前で醜悪に抗うなっ!!いい加減死ね!!!」

 

片手直剣単発技『ヴォーパル・ストライク』。赤いライトエフェクトと共にアドミニストレータが放ったその剣技は、技という体こそ為していたものの、怒りに狂った所為なのか、余りにも粗雑な一撃だった。何処まで追い詰めようと、絶対とも言える力の差を見せ付けようと彼女にとって「未知の力」、その一点を行使して自分の命を脅かす存在を刈り取らんと躍起になった結果は―――――――。

 

 

「エンハンス・アーマメント・・・・・!」

 

 

ハッと我に返り、キリトが振り返ると青薔薇の剣を床に付きたて、立ち上がろうとするユージオの姿だった。向き直れば、ぶしゃっ!とキリトの眼前でシズクの右肩付近にアドミニストレータの剣が刺さって、貫通して鮮血を撒き散らす。

 

「この程度でっ!!?」

 

「いや、コレで終いだよ・・・・クィネラァァァァ!!!!」

 

ずりゅ!と剣が更にシズクの身体に沈んだ。いや、アドミニストレータが突き出した剣に向かって歩き出すシズクが射程にアドミニストレータを捉えた。右腕を断たれようと知らんと言うように、パンチと呼ぶより倒れ際にぶつけると言う表現がぴったりの一撃を見舞ったのだ。

 

全100階層を誇るセントラル・カセドラル全域が、激震した。

 

アドミニストレータは途方も無い衝撃を受けて半壊した壁まで吹き飛ばされ、一瞬の閃光は再びユージオの意識を刈り取りっていく。キリトは目の前で倒れ、起き上がることのないシズクへ這いよると治癒を始めた。自分程度では無駄だろうと思いながらも先ほど見せ付けられた後姿に習うなら、諦めないとキリトは再び心火を燃やす。

 

「・・・んふっ、うふふっ。意外・・・全く、意外な結果だわ・・・・」

 

一瞬だったのか、はたまた永遠だったのか、誰も知り得ない時間の流れの中で、その空間で最初に声らしきものを発したのは、世界の支配者たる女だった。漏れ出すような息の中で笑った彼女の全身は、シズクに打たれた胸板に拳一つ分くらいの穴があった。

 

「ここに残るリソースを・・・全て掻き集めてもっ、追いつかないほどに・・・天命を損なうなんて、ね・・・・・・」

 

拳サイズの穴から次第に亀裂が走り、アドミニストレータはよろめきながら、ぎこちない足取りで歩き始めた。

 

「ぐ、ふふっ・・・こうなってしまった以上、もう仕方がないわ・・・・」

 

誰に向けて言うでもなく一人呟くと、アドミニストレータは欠け落ちた大広間の北側の床を震える右脚で、とん、と踏んだ

 

「悪いけれど・・・どう勝負が転んだところで、最後の最後に笑うのは、この私であることに変わりはないのよ・・・・・・・」

 

するとその足の周りが円状に光り、直径50センチほどの柱が伸びた。そしてその上には、本来アンダーワールドには存在するはずのない、一台のノートパソコンがあった

 

 

「当初の予定より、随分・・・早いけれど、一足先に・・・行かせて、もらうわね・・・・・」

 

「いや、何処にも行かせはしない!」 

 

がりがりと床を剣の切っ先が擦る音が響いた。顔を上げることすら億劫になっていたアドミニストレータの視線に先ほどまで絶望していた剣士が映る。

 

「きさ、ま・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炬燵に足をつっこんでミカンの皮をむき始めた神様を名乗る彼女は、先ほど追い返したはずのシズクが再登場したことに驚きつつ、のそりと炬燵から這い出た。

 

「キミさ、私は多くの転生者を見送って来たけど最速で死んだね!?」

 

「仕方ないだろう?あんな化け物を殺すには刺し違えるほか無かった・・・最後にユージオが花を添えてくれたさ」

 

「馬鹿なの?馬鹿だよね!?自己犠牲で完結するほど世界は綺麗じゃないんだよ!?これなら特典は“死に戻り”の方がよかったかなぁ~・・・・」

 

やりきったような、諦めたような曖昧な表情のシズクを罵倒する神様。そんな彼女を相手にせず、無茶した事をきっとイーディスは怒るだろうなと考える。

このまま死ねば、二度とイーディスに小言を言われることは無いのだけど。

パァッ!と光の淵が正方形を形作る。そこからクーが出てきて裾を噛んでシズク引っ張る。

 

「ご主人、一人で死ぬのは駄目。アタシの約束はまだ果せてないでしょ?」

 

「いや、クー。もう俺も死んだぞ?」

 

致死量の出血に皮一枚で繋がっているような右腕、ソードスキルで潰された喉や切裂かれた腹と上げればどうして今まで動けたのかと思える傷の数々。既に痛覚が無いので無念ではあるが、代償としては致し方なしと割り切った。

イーディスには悪い事をしたとシズクは思う。

 

「いや、ご主人は殺しても死なない人だから」

 

「キミにしなれたら私は困るの!分かったら回れ右、神獣の開いたゲートで戻りなさいっ!!」

 

神様がシズクを光の正方形へ押し込んだ。シズクが何か抗議していたが知ったことではない。何せ、彼女・・・神様にとってシズクの死はifの未来(ルート)を歩み始めたアンダーワールドにとって必要不可欠な欠片なのだ。

 

「まったく、死者を蘇生させるのに私がどれだけ書類を書くと思っているのさ!?アチラから投げ込んだ私にも落ち度がるけれどこうもほいほい死なれたら擁護しきれないよ・・・ってもう聞こえないか」

 

神様は再び仕事机も兼ねた炬燵へ足を運ぶ。対面に半透明のウィンドを開き、そこに映し出される彼らを見ながら、皮のむいたミカンそっちのけで書類仕事を再開した。



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