日出づる国、異世界に転移す 非公式外伝『GW』 (島スライスメロン)
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第1話 荒涼たる新世界?

※今回の話は2020年8月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
G描写があります。Gが嫌いなどといった方は読まないことをお勧めしいたします。
この作品はギャグ時空につき、キャラ描写につきましては原作作品と異なる場合がございます。ご注意ください
ではどうそ。



この話は2045年に特務機関『別班』のメンバーと宇津木一等陸士(当時)が、アムディス王国に対し魔伝でファーストコンタクトを取った際(本編第8話参照)に、ひょんなことから彼らが関わることとなった、とある事件の顛末である。

 

その事件は、その恐ろしい内容から、政府内のごく限られた者のみがその資料の閲覧を許され、それ以外の人間は知ろうとすることさえ許されなかったという第一級の機密資料を、当機関が独自の調査術で入手し、独自の推測を加えたうえで公開に至ったものである。

 

 

【日出づる国、異世界に転移す 非公式外伝『GW』

                          荒涼たる新世界?】

 

 

  *   *   *

 

 

その日、夜も更けたまだ暗い森の奥で、何人もの男たちが一か所に集まって、何やら怪しげなことをしていた。

 

その男たちは、宝石のような物体を前にして、持ち込んだ道具を駆使して色々と何かを試しているようだった。

 

そうしてしばらくの間その場に留まっている男たちは、何かの試行錯誤を続けていき、様々な苦労は確実な経験として蓄積されていって、その成果を見せ始めていた。

やがて朝日が昇り始めるほんの少し前の時間に、問題の最適解を見つけた男たちは、完成した道具を使ってどこかの誰かに話しかけ始める。

 

最初は雑音が混じっていたその行為だったが、やがてどこかに繋がると、しっかりとした綺麗な音声に変わり、男たちの会話をしっかりと成立させた。

 

その後、交信先の相手と長く真面目な話を続けた男たちは、朝日が昇ってしばらく経つ頃にはどうにか目的を成功させたことによって、その交信を終了させた。

 

密かに喜ぶ男たちはしかし、自分たちが行っていた数々の行動によってその道具から大量に放出されていた魔波や電波、その彼らには感じ取ることができない微弱な振動エネルギーが、この周辺一帯に密かに与えていた影響を一切預かり知らず、この森で密かに、しかし確実に進行し始めた恐るべき事態に対して、未だその存在を察知することをしていなかった。

 

 

  *   *   *

 

 

森の奥に、『それら』は初めから存在した。

自身の感覚に触れる違和感―魔波や電波-を感知した『それら』は、未知の感覚に戸惑った。

 

人間を含めた高等生物固有の高度に発達した脳を持たずに、神経系の反射だけで生きている『それら』はしかし、その優れた反射反応を武器にすることによって、幾億年にも渡って形質を大きく変えることなく過酷な生存競争を生き残った、生物界における精鋭中の精鋭である生物種の中でも、進化の経路樹の末端ほどに属しており、『それ』はその生物種の中でも、体格という部分を異常に発達させた系統に属していた。

 

『それら』は、その体長だけで『地球における同種』の数百倍にも迫るものを有しており、質量に至っては、『地球種の同種』との比較で数十万倍程度にも達する、この世界固有の異常な生命体であった。

 

それはこの世界に満ちる、魔力という未知の力によるものなのか。

本来であれば自らの体格を支えることさえもできないほどに、物理法則を無視して誕生した『それら』はしかし、現実として自らのその巨体を維持し、歩行し、跳躍さえ可能としていた。

 

その異常なまでの生命力、高い戦闘力を備えた『それら』は、普段は森の中に住み、人の世界に降り立つことは殆どない。

しかしもし万が一、人里に『それら』が降り立った場合、そしてそのその秘めたる戦闘力が人類に対して向けられてしまった場合、『それら』は人類を容易く殺傷し、多大な被害を齎しかねなかった。

 

それは人族の悪夢である。

 

歴史上、人類は幾度も『それら』を根絶やしにしようと軍を編成し、派遣し、そして多大な犠牲を払ってその数を減らしてきたのにも関わらず、『それら』は未だに絶滅に至っていなかった。

 

その理由として、『それら』自身の備えた強靭な生命力と、高度な感覚器官による生存率の高さというのもあるが、それ以上の厄介な性質である繁殖力-1つの卵から10匹が生まれるそれを、100日つきに1つ程度、定期的に産み落とす―によって個体数を維持するという性質によって、成り立っていた。

 

そんな恐ろしいその生物である『それら』を、人類は畏怖の念を込めて『森の掃除屋』と呼称しており、そんな別名を持つにいたるほど、『それら』は人類の自然開拓における障害として、広く認識されていた。

 

その掃除屋達が、人工的に作り出された魔波や電波に導かれることによって、おそらく遭遇するであろう『獲物』を狙うために、今密かに動き出した。

 

  *   *   *

 

 

ロイメル王国とアムディス王国の国境となっている森林帯にて、特殊な機材で現地の魔伝石を解析して日本の通信機にて魔伝通信を行えるようにしたうえで、アムディス王国とコンタクトを取り、交渉にて戦争を避けるという日本国の作戦は、別班のメンバーと宇津木の誰にも知られることはない地道な努力によって、無事成功させることができた。

 

午前五時台の熱烈なモーニングコールは、遅寝遅起きにすっかり慣れ切った日本人と違って朝の活動が早い異世界人(もしくは徹夜してた)に対して、十分な効果を与えたのである(もし熟睡していたら大変だっただろう)。

 

そうして異世界で初めてとなる重大な任務をなんとか終えた別班と宇津木は、夜通し働いていたこともあって既に睡魔と疲労を感じ取っていたが、これからまたロイメル王国の王都や港町に戻らなければならないこともあり、未だ気を緩めずに周囲に注意を払っていた。

 

とはいえそこは人里離れた森の奥、周辺にいるのは朝日の昇りとともに目を覚ましてさえずり始めた野鳥か、野鼠、山猫など、どれも彼らにさほど脅威とならない小動物ばかりであった。

 

長閑とさえいえる雰囲気に、宇津木が気を緩め始めていたころで、突如別班の隊長である鈴木(仮)氏が、その人並み離れた超感覚と洞察力で何かを察知して、一同に警戒を促した。

 

「全隊停止」

 

鈴木の命令で、別班のメンバーと宇津木は何か異常事態が発生したことを察知し、鈴木の指示通りにその場で移動行動を停止して鈴木の言葉を待った。

そして出した指示通りに一行が停止したことを確認した鈴木は、自身の感覚が何を察知したのかを言葉として紡いだ。

 

「何かが我々の存在に気付き、近づこうとしている模様だ。各自警戒態勢に入れ」

「何か?それはこの森の生き物か……まさかアムディス王国の兵士でしょうか?」

 

宇津木は、先ほどの交渉で好感触を得たおかげでアムディス王国に対する度警戒レベルを下げてしまっていたが、もしかしたら末端の部隊には話がまだ伝わっていないか、もしくは先ほどの交渉が上手くいったこと自体がこちらを油断させるための罠だったか?と、不安を抱いた。

しかしそんな宇津木の不安を察したのか、鈴木は彼に情報を与える。

 

「今の所アムディス王国の兵士がどんな姿をしているのかはわかりませんし、どのような生物や遠隔操作兵器を使役しているのかは、ロイメル王国の人々の話を総括するにまだ謎ですが、この相手は軽く人間以上、少なくともロイメル王国の翼龍並か、それ以上の体格をした、かなり大型の生物のようです。

それが複数、こちらに向かってくる気配がします。

距離は凡そ南東から900(メートル)、といったところでしょうか?

相手の目的は不明ですが、とりあえず様子を見てみましょう」

 

宇津木は鈴木の理屈の見えない超然的な感知能力の披露に、山奥で仙人にでもあったような非現実的でもどかしい、喉の奥がつっかえる時ような感情を抱きながらも、とりあえずやってくる可能性がある存在を迎え撃てるように、警戒態勢を取った。

その場に緊迫した空気が漂う。

 

自然と、しんと静まったその場の沈黙の空気を、目標を感知している鈴木だけがそれに囚われることなく打ち破り、目標の動きを逐一一行に伝える。

 

「移動はわりと早い、時速約30(km)といったところか。この様子だと、あと数十秒程度でこちらと遭遇するだろう。

各自対獣装備を用意して、安全装置を外し攻撃に備えろ。光学迷彩も起動しろ。

攻撃に関してだが、交戦は避けられないと判断するまでは控えろ。それまで余計な動きは控えて、待機しているように。では状況開始」

 

隊長の鈴木の言葉で、別班のメンバーはそれぞれが今回異世界の害獣に備えて特別に持ち込んだ対獣装備を用意して、起こるかもしれない戦闘に備えて安全装置を解除し始める。それを終えると、ステルススーツの光学迷彩を起動して、人間の可視域から姿を消して、速やかに各々が距離を取りながらも援護できる位置について迎撃態勢を整える。

 

そんな状況の中、ただ一人部外者として今回の作戦に参加した宇津木は、一人孤独な気持ちを抱えながら、スーツの暗視装置に組み込まれている、データリンクと連動したリアルタイム・オーグメンテッド・リアリティシステム(本来光学的に観測できないステルススーツを、ネットワーク上においてリアルタイムで再現し、インターフェイスで視覚化する)によってその場に姿や状態が表示される他のメンバーの動きに注意しながら動いていた。

 

「(彼らの練度はかなり高い……いや、それだけではないな。雰囲気がどこか普通ではない。味方だと分かっていても、どこか異質だ。そう、まるで暗闇のような『そこに在って無い不気味な感じ』……でも、そんなこと気にしていられないな)」

 

緊迫した空気によって一秒が普段よりも長引く中で、巨大な何かが森の空気を揺さぶりながら接近してくるのを宇津木は感じ取る。

 

やがて震えるのは空気だけではなく木々、大地と増えていき、巨大な何かが接近するごとにその存在感を肌で、耳で感じ取れるのを認識する。

そして巨大な何かの接近開始から50秒を少し過ぎた時……状況が、動いた。

 

一行の前方100メートルほどの位置で、巨大な何かが森の木々の影から一行を覗き見るかのように立ち止まっているのを、宇津木は確認した。

 

数は三つほどだろうか、森の木々や伸びた草が日の光を遮って影を作る上、目標そのものが暗い色合いをしているせいではっきりと確認できないが、最低でも3つほどはいることを確認できた。

 

目標はそれぞれが、ガリッガリッという固い何かを擦り合わせるような音を立ており、存在を隠し立てする気があるのかないのかは分からないが、とにかく観察のような行動をとっているであろうことは確実そうであった。

 

そんな目標に対し宇津木は思考を巡らせる。目標が視覚で一行を確認しようとしているのなら、光学迷彩を起動中のステルススーツに身を包んだ一行の姿を、見通しの悪い森の中で100メートルも離れていたら発見は非常に困難なはずで、そうなると、現行の日本製ステルススーツでは軽減・攪乱しかできていない放射熱や匂いによって探知することになる。

相手の熱視覚や嗅覚がどの程度なのかは不明だが、もし万が一感知されるようなら面倒なことになりかねない。

 

どうにか相手に気づかれずにいたい……そう考えながら、緊張した感情を秘める宇津木の様子を知ってか知らずか、鈴木がスーツ側の無線機越しに話しかけてくる。

 

「相手は茂みの中からこちらを観察しているようですね。

ステルススーツの性能である程度こちらの存在は隠蔽されている筈ですが、相手はどうやらこちらの存在をなにかしら掴んでいる様子です。

敵か味方か、判断を迷っているような気配を感じます。このままやり過ごすのが一番賢明ですが、相手がそれを許さなかった場合は、躊躇なく攻撃します」

 

その鈴木の言葉に、より気を引き締めた宇津木。だがその直後、謎の相手が新たな行動を起こした。

 

―ぶわっ―

 

何かで風を喘いだような音が鳴り、木々に隠れた謎の相手の一体から何か羽のようなものが出てきたかと思うと、即座に振動を始めた。そして目標が足のようなものを駆動させ跳躍したのもつかの間、目標は高さ10メートル前後の木々よりも高い場所に移動して、空を飛翔しながら一行に向かって突撃してきたのである。

 

―明らかにこちらにとって危険な行動だ!―

 

そう全員が認識しながらも、目標の行動目的を確認できないうちは、攻撃行動を控えて隠密活動を優先すべきと判断したのは、冷静さがあったからだろうか。

目標は、その巨体どおりのパワフルさで強引に重力を振り切りながら飛翔しており、その速度はむしろゆっくりとしたまるで気球のような飛行であった。

 

そのゆらりゆらりとした飛行はしかし、確実に一行に進路が向いており、やがて一行の頭上あたりに到達すると、その場で降下する素振りを見せ始める。一行に対し強烈な体当たりが仕掛けられようとしていた。

 

「全員回避行動ッ!潰されるなッ!」

 

鈴木がスーツの無線で全員に支持を送って回避行動を取らせるのと同時に、目標が自由落下によって着地する。

 

鍛え上げた肉体の身体能力と、ステルススーツのアシストによる瞬発力で一行はそれをかわす。

そのかわした後に降り立ったそれは、そこに濃縮させた1つの『闇』を顕現させたかの如く、凶悪に君臨していた。

その『闇』を間近で垣間見た誰かは、人が持つにはすぎた代物であるあまりに矮小な脳髄にてその存在を理解する。

 

「嗚呼、これは……なんということですか」

 

別班の隊員の誰かが、その物体を見て思わず声を上げる。

 

「はあ?これは……」

「むう……」

「ウーーム」

「おいおい、冗談だろ……?」

「ugly……!!」

 

他の別班のメンバーたちも、自分たちに襲い掛かった目標の姿を確認して、各々が言葉を漏らし始める。

そんな彼らをネットワーク化された暗視装置越しに横目に見ながら、宇津木もまた、その『闇』の存在に、本能的な圧力を感じていた。

だがそれは仕方のない事かもしれない。何故なら、一行の前に姿を現した存在の姿形は、この世のものとは思えないほど、あまりにも醜く、悍ましいものだったのだから。

非現実的な状況に置かれたことで、後天的な知性や理性を超越する人間の基幹本能が覚醒していく。

 

「これは……なんて黒くて、大きくて、そして素早い『蟲』なんだ……」

 

人間の本能が、覚醒していく……

 

 

―音が、聞こえる

誰かの耳に、奴らの足音が聞こえる。

誰もの耳に、奴らの足音、仄暗い闇の底からやってくるそれの存在を知らしめるように。

かさかさ、かさかさ

かさかさ、かさかさかさかさ

かさかさ、かさかさかさかさ、かさかさ、かさかさかさかさ

かさかさ、かさかさかさかさ、かさかさ、かさかさかさかさ

かさっ

……遺伝子に刻まれた人の本能が、それを『敵』だと認識した―

 

 

……

……

……

 

 

『それ』は―

 

全てが『黒』だった。

 

―――顔。胴体。脚部。そして、雰囲気や気配までもが『黒』だと感じた。

 

 

……名前は伏せるが、おそらく読者の皆様はお察しであろう、そいつの正体を。

それは額から二本の長い触角を伸ばした、家の台所や冷蔵庫の裏に潜む、六本足の黒くて素早いあの虫の、あの地球にいるあいつの異世界版である。

 

何が異世界版かというと、大きさが尋常ではないのである。

 

存在の右側面10メートルほどに離れた位置で立ちつくす宇津木との比較でいうと、高さだけで軽く1メートル程度はあって、全長はおそらく10メートルを超えているだろう。地球上のそれと非常に酷似した形態をしていながらも、異世界のそれは明らかに地球の同種とは違った、別種の怪物であった。

 

しかしその二つに共通する部分がある。それは知性ではなく神経反射で行動するということだ。

今しがた自分が押しつぶそうとしたのに、まだ周囲にのさばっている生き物を感知して、そいつはどこに声帯がついているのか、そもそも本当に言葉として発しているのかすらも定かではないが、例のあれを呟いた。

 

―じ ょ う じ―

 

その時森の中に、なぜか突然鴉に似た野鳥の断末魔の叫び声が響き渡った。

 

 

  *   *   *

 

 

鴉に似た野鳥のギャアーッという生命の危機を体現したような耳に響く喧噪の中、一人冷静さを保っていた鈴木が真っ先に言葉を漏らした。

 

「デ カ イ」

 

その言葉に妙な違和感を感じた宇津木が、何故かはわからないが、思わず反応して突っ込んだ。

 

「何故でしょうか、デカイという言葉を聞くと、『小並感』という考えが浮かんできてしまうのですが……」

 

何やら『メタの領域』に足を突っ込んだような宇津木の突っ込みに、鈴木は気を悪くすることなく意見を返す。

 

「小並感……?気のせいですよ、きっと。世の中には、決して触れてはならない領域というものがあるんですよ」

 

鈴木の答えに、どこか釈然としない気持ちを抱えつつも、宇津木は至近に舞い降りた存在を観察して、感じたことを述べる。

 

「しかし、これはなんというか、こういうことを言うのははばかられますが、悍ましいという表現がしっくりきますね……」

「いやあ本当に大きいですね。この大きさ、力強さ。色はもしかして黒ですか?だとしたらまるで森林に君臨する昆虫の王者、そう、いわばモリムシキn」

「あの、それ以上は多分不味いことになるのでやめたほうが。というか、黒くてもカブトムシとは似ても似つかない生物ですよ、これは」

 

悪ふざけのような鈴木の危ない発言に対し、すかさず静止を入れる宇津木。

そのせいで台詞を言い切れなかった鈴木だったが、なぜか満足そうな態度を見せていた。

 

「隊長、こいつボディがツルツルピカピカに黒光りの油テラテラフォームですよ。ここはひょっとして火星かもしれません」

「いきなりなんですか貴方!?というか誰でしたっけ!?」

 

突然会話に割り込んできた別班の隊員に、不意を突かれた宇津木はすかさず突っ込む。

 

「自己紹介をしたようなしてないような記憶は定かではないですが、俺の名は『粕谷(カスヤ)』。カスタニでもカシワタニでもない、ああでも偶に入れ替わるのか?とりあえずK、A、S、U、Y、Aで綴るカスヤです。以後お見知りおきを。まあコードネームですけど」

 

粕谷という新たな人物の登場に、今一度隊員の名前を確認しようかな、と宇津木は考えていたが、そういえば謎の生物が襲い掛かってきていたのだったと考えを戦闘状態に切り替える。

 

そうして思考を切り替えると、至近距離にいる黒い『それ』が非常に恐ろしく思えてきた。

 

というか普通に恐ろしいではないか。

そう考えた宇津木の筋肉が、ほんの僅かだが強張る。

 

そうして至近で攻撃的なガリっガリッという歯ぎしりか何かの音を立てている未知の脅威を前に、少なからぬ動揺を見せている宇津木に対して、鈴木が彼を鼓舞させる言葉をかける。

 

「まあこれの正体が何かは分かりませんが、攻撃を仕掛けてくるあたり、どうやら友好的な相手ではなさそうです。

危険そうなのでとりあえず殺しましょうか!

全隊、攻撃開始!」

 

そういった矢先、サプレッサー付きM4カービンを『それ』に向けた鈴木が、フルオートモードで射撃を開始する。

ダダダダダダッ……と、サプレッサー付きゆえに音は控えめな射撃音が鳴り響くと、発射された弾丸を右頬に受けた黒いアイツはしかし、意外にも脆かった黒光りする甲殻から、硬い鉄板にハンマーを叩きつけたような甲高い音を何度も響かせながら、磨いたように滑らかで艶やかだった表面層を割れ抉られた金属のように変えた。

内部まで銃弾が届いたのか、黒いアイツは反射的に怯む。

 

「まるでブリキ缶だな。大した事ある新型とかいなければいいんだが」

 

そう言いながら一旦M-4の引き金から指を離した鈴木は、今度はM-4の銃身下に取り付けられた追加の装備品に備わっている引き金に指をかける。

 

直後、ダーン!!という発砲音とともに弾丸が発射され、それはいくつもの小片に分かれて広範囲に拡散し、黒いアイツのボディに重い衝撃を与えた。

 

 

―『M26 MASS』 (M26 Modular Accessory Shotgun System)

アメリカ軍が開発した、M-16及びM-4系列小銃用オプション・アクセサリーである。

元々『Lightweight Shotgun System』のコードネームで開発が進められていた装備であり、主に特殊部隊向けの火力増強目的装備である。

仕様される弾は対人散弾の他、対物目的のスラッグ弾、暴徒鎮圧用ゴム弾、催涙弾など、様々な弾種を状況に応じて使い分けることができ、多くの場面で活躍を見込むことができる。

今回は異世界固有の大型害獣類との交戦を想定して、急遽用意された対獣散弾が選択されている―

 

 

追加の衝撃で怯み続ける『それ』。だがしかし、『それ』は怯みながらもその生命活動を弱らせる気配が一向になく、また逃げようとする素振りも見せなかった。

一体何が『それ』を突き動かしているのかはわからないが、どうやら交戦は確実なものとなったようであった。

 

銃撃によるダメージを受けながらも、『それ』は6本ある脚部で跳躍するかのように、鈴木たちに突貫する。

 

その速度、凡そ時速60キロといったところか。

 

装甲車両の突撃に匹敵する勢いで襲いかかるそれを、鈴木たちは鍛え上げた身体能力と直観力と、ステルススーツのアシストの合わせ技で2メートル以上垂直に飛び上がって回避する。

 

鈴木たちを轢き跳ね飛ばすのに失敗した『それ』は、近くの木に突っ込んでなぎ倒して勢いを止めたが、すぐに転換してまた鈴木たちを襲撃しようとする。

更にこの騒ぎにつられたのか、他の2体の個体も飛翔しながら一行のもとに現れ、状況は3対複数という混沌としたものとなった。

 

この状況で、誰より先にまず鈴木が機先を取る。

 

「粕谷、長谷部はグレネードで奴らを攻撃しろ。他は俺と共に銃撃にて目標の動きを牽制し、2人の攻撃を援護しろ」

 

いつの間にか撃ち終えたM-4のマガジンを外して次を装填した鈴木は、粕谷とあと一人、長谷部と呼ばれた二人の部下に支持を飛ばすと、その2人以外の隊員と共に射撃行動を続行し、集結した『それら』に攻撃を当てていく。

飛翔中に羽を銃弾で打ち破かれた2体の黒いアイツらは地面に墜落しながらも、すぐさま突撃行動に入って一行を襲撃する。

 

「これでも食らいな!」

「名古屋名物、朝のゆで卵とコーヒーです」

 

墜落と同時に突撃してくる2体の黒い巨体に向かって、粕谷と長谷部がM-4の銃身下に装備されている兵装を使用する。

それは先ほど鈴木が使用したM26MASSとは別の装備で、引き金が引かれるとグレネード弾が発射された。

爆発の熱と衝撃が2体の黒い巨大甲殻蟲を包む。

 

 

―『M320 グレネードランチャー』

ドイツのヘッケラー&コッホ社の開発した40mm口径のグレネードランチャー。

様々な種類の弾薬に対応していることや弾丸の不発射時対応に強いのが特長-

 

 

粕谷と長谷部の放った2発のグレネードによって高いダメージを受けたはずの2体だったが、それでも突撃を止めることなく一行目掛けて突撃をかけていく。

それをまたも垂直跳躍でかわしていく一行。

 

「ほう、一撃では死なないらしいな。仕方がないが、各自、相手が逃げるか、息の根を止めるまで攻撃を続けろ」

 

隊長の鈴木の指示によって、一行は戦闘を続行する。

 

そして数10秒ほどが一気に経過する。それだけの時間が経過しても、未だ戦闘は続いていた。

100を超える銃弾を無防備に食らい、粕谷と長谷部による追加のグレネード弾攻撃や、各自が装備した手榴弾の攻撃を食らったのにも関わらず、3体いるうちの1体もまだ活動を停止していない。

頭は潰れ、胴体も表面はクレーターだらけになっているというのに、未だ動きを鈍らせない『それら』の怪物じみた凄まじい生命力に、宇津木はつい気圧されてしまう。

 

「うっ!……うううおおおあ……っ!?」

 

敵の予想以上の不死身さに、怯みそうになる宇津木。別班のメンバーは彼よりも態度に余裕があったが、それでも

 

「大したタフ野郎だ、まるで完全生命体や機械の抹殺者だな……」

「2029年はとっくに過ぎてるし、宇宙船の中でもないんだけどな!」

「昔ロシアのサイボーグ熊と山中でやり合ったのを思い出すなあ……チッ、まだ動けるか、タフだな」

「あの現大統領のペットか。あれは飼い主の方が強かったよな。結局両方倒せなかった、しぃっ!!ええい、いい加減怯め糞虫野郎!!」

 

などと、冗談交じりの口調を交えつつも、各自相手の無尽蔵に思えるタフネスさを前にして、手を焼いている様子を見せ始めていた。

 

「こちら粕谷!もう一発グレネードを打ち込む。これが最後だ!」

「こちら長谷部、同じく最後のグレネードで攻撃を加えるぞ」

 

何度かグレネードを打ち込んでいた粕谷、長谷部であったが、彼らの弾薬はもう尽きようとしていた。

そんな会話を聞いていた宇津木も、自分の行える行動を言葉に発した。

 

「宇津木です。最後の手榴弾で相手を攻撃します!」

 

3名の言葉に、了解、と返す別班のメンバーたち。

仲間の返事を聞いた3名は、最後の攻撃となる榴弾攻撃を、それぞれ1個体ずつ、別々の相手に食らわせていった。

 

「どうだっ!」

 

各自の最後の榴弾が爆発し、3匹の『それら』を包み込んでいく。

そしてそれが終わった時、その場に3体分の遺体が横たわっていた。

一行は『それら』を、黒くて大くて素早い完全生物を、撃破することに成功したのである。

 

「こちら鈴木、目標の沈黙を確認。しかし万が一に備えて警戒を続けろ。俺が生死を確認する」

 

隊長の鈴木が『それら』に近づいて、手を触れて生命反応を確認する。

数10秒に渡るそれを3体全てに行った鈴木は、改めて宣言する。

 

「こちら鈴木、目標はおそらく死亡した。全隊、状況終了だ」

 

その言葉に、緊張を解いた宇津木が思わず安心の言葉を漏らす。

 

「ふう……なんとか誰も犠牲にならず、無事に終わったようですね。しかしこの生物、どう見てもあの黒いアイツですね……」

 

戦いが終わったことで、じっくり相手を観察する余裕ができた宇津木は、改めて襲撃者の姿を細部に渡って見回す。

 

黒くて光沢のある全身、背中の翼、額の細長い2本の触角。

それらの特徴は、地球にも生息するとある生物のそれと一致するものであり、サイズが異常に大きいことを除けば、この生物が地球上のそれと非常に近しい生物種であることを宇津木は理解した。

 

「しかし結局こいつらは何だったのでしょうか?アムディス王国の兵器なのか、それともこの森の野生生物なのか……?」

 

宇津木は、この突如一行を襲撃した生物の正体に関して、未だ答えを見いだせていなかった。

そんな宇津木の疑問に対し、鈴木が一つの意見を提示した。

 

「人為的な制御は、おそらくですがほぼなされていないと思います。

行動が単純すぎたし、この生物が戦闘行動をしている間に、我々を観察するような気配がこの生物からも、また周囲からもほとんど感じ取れませんでした。

それよりも、自らのテリトリーに入ってきた異物に対する警戒心を強く感じました。偶然我々に襲い掛かった野生生物という可能性が高いでしょう」

 

鈴木の言葉に、宇津木はほっとした。

しかし続く鈴木の言葉は、宇津木に別の懸念を抱かせた。

 

「……もしかしたらこの世界そのものが、我々を排除しようとした、のかもしれませんね」

「この世界が……?」

 

鈴木の唐突な言葉に、宇津木は虚を突かれる。

 

「我々はこの世界において異物であり、それを排除しようとする免疫のようなものが働いたのだとするならば、このような生物が今後も現れ、日本の脅威になるかもしれません」

 

まあ冗談ですが、と最後に付け加えられた鈴木の言葉を、しかし宇津木は重く受け取り始めていた。

 

「異物、ですか、我々は……では何故我々はこの世界に来てしまったのでしょうか。神の企てか?悪魔の意思か?これが新世界の……我々が今後戦うことになるかもしれない相手……」

 

ちょっとした運命のいたずらによって地球とは全く異なる道を進んでしまった、この未知の異世界と、そんな場所に突如転移してきてしまった日本が今後進んでいくであろう行き先を、人並み程度のあまりに不完全で脆弱な知能で想像して、軽い眩暈のようものを感じた。

 

そのように心を迷わせつつある宇津木の様子を、正面から観察していた鈴木は、だからこそだろうか、彼の不安を払って諭すように、真面目に言葉を紡ぐ

 

「宇津木さん、今回の作戦では当初の想定通りに成功した部分もあれば、予想外の事態に陥ってあわや失敗という事態になりかねない部分もありました。

そのことであなたが心配する気持ちもわかります。

この未知の異世界では、おそらく地球の常識が通用しない場面が多々出てくる。

そんな状況に我々は何度も遭遇しなければならないでしょう。

だからこそ我々一人一人が、今回のように手を組んで支え合うことが大事になるでしょう。今日、この場で生き残った我々は日本の足高蜘蛛のような存在。

必要とあらばこのような害虫の退治を請け負ってでも、日本を守ります。それが我々『別班』の存在意義ですから。

だからあなた一人で悩みや不安を抱え込む必要はありません。

我々は常に、日本の未来を絶やさず、築いていくために活動しているのですから」

 

鈴木の弁舌によって、彼の胸に秘めた意外な熱を知った宇津木は、彼という人物に尊敬の念を抱き、心を許し始めていた。

 

「鈴木さん……」

 

少し親し気な気持ちを含ませながら、宇津木は鈴木に礼を述べようとした。

 

が、しかし。

 

「しかしこの大きさ、日本に持ち帰って全国の子供たちに見せたら喜ぶんじゃないですか?

とりあえず後で回収しておきましょう」

 

宇津木の心情など一切知る由もない鈴木は、雰囲気をぶち壊しにするかのような言葉を、感情が昂っている宇津木の前で平然と言い放った。

 

「貴方、なんでか知らないですけど発想がかなり最低ですね!?

無垢な子供達にこんなの見せたら、絶対トラウマになりますよ!」

 

最後の最後までマイペースを貫く鈴木に振り回されたことですっかり疲労を蓄積させた宇津木はその後、戻ったロイメル王国の王都にて手配された宿泊用の宿にまで行って、用意された部屋に入るなりばったりと倒れるようにして寝床に入ると、安心したかのようにじっくりと熟睡していたが、しばらくすると呻き声を上げながら苦しみ始めたらしい。

 

その理由を後日、本人に問いただしたところ、『現実とは思えないほどデカくて黒くて素早いアイツが大量出現して、こちらを囲みながら触手を伸ばして胴上げしてくる夢を見たから』だと、死んだ魚のような眼をして語っていたという。

 

こうして今回の事件は、黒いアイツら以外に誰も犠牲になることなく、ひっそりと幕を下ろした。

 

  *   *   *

 

これが、今回公開された事件の全容である。

地球上の生物が、他の世界にも存在した場合、それは地球と同じ姿をしているとは限らない。

この世界の『それ』のように、異常な進化を遂げている可能性があるのだ。

 

ちなみに黒いアイツは1匹見つけたら100匹程度は既に近くにいるらしい。

もし今回3匹だけじゃなくて100匹のアイツらが同時に襲い掛かってきていたら、一行は間違いなく全滅していたであろう。

もしかしてそっちのほうが読者にはよかっただろうか?(本編との矛盾?   チッ)

 

さて今回一行が遭遇したこの事件であるが、最初に記述した通りこれは政府の機密文章である。そのため口外は避けるように、くれぐれも注意願いたい。

これで今回の話は終了である。

 

なお、この資料は閲覧後自動的に消滅する(バシュッ

 




今回のお話いかがだったでしょうか。
アレ関連のネタを押し出しすぎて、出オチ感半端なかったかもしれませんが、すいませんこういう作風なんです。真面目に原作に接してる方には大変申し訳なく思います。
さて、今回のタイトルは某昆虫人間バトルアニメのOPからとっています。
聖なる物に飢えてII(ふたた)び蘇った悪魔の方々が歌っているやつですね。
他国人を悪魔と見做しているペルム教徒が本物?の悪魔を見たら、どういった反応を見せるでしょうか?

話は変わりますが、今回出てきたやつの設定です。↓

・『それ』
地球にいる額から二本の長い触角を伸ばした、家の台所や冷蔵庫の裏に潜む、六本足の黒くて素早いあの虫の、異世界巨大版。通常のそれとは異なった大型種であり、主に森の中に生息して、生きた小動物や大型動物の死体、腐葉土を常食することから、森の掃除屋や、黒いアイツなどと呼称される。

高さだけで1メートル前後にもなり、全長は10メートルを超える。
中には15メートルクラスに達する個体もいるらしい。

脳は持たないが神経系が全身にあり、頭を潰されてもそう簡単には死なないし、動きを止めない。

走行速度は時速60キロ以上。個体によっては70キロ以上。

表面が脂ぎった甲殻は硬いが、個人携行火器で損壊・貫通できないことはない程度。生体強化プラスチックといったところか?

アレ譲りの敏感な感覚器官である二本の触角を有し、電波や魔波を感知することができる。今回一行に襲い掛かったのは、それによって一行の存在を感知したため。
背部に収納式の羽を備えており、飛翔能力を持つが、重さとエネルギー効率の悪さ故に長時間飛行は得意としない。

繁殖力は、1つの卵から10匹が生まれるのを、100日つきに1つ位の間隔で、定期的に産み落とす程度。
地球にいる同類と比べると繁殖能力は控えめだが、これは進化の過程で過度の繁殖よりも、少数でも能力が高い個体がいるほうが生存率が高かったせい。

稀に人里まで下りてくることがあり、万が一家畜の味や人間の味を覚えると、その戦闘力の高さからかなりの脅威となるため、これの生息地域付近に住む人間や地域の軍などが定期的に駆除に入るが、危機を察知して逃走する能力も高いため、未だ絶滅には至っていない。

……まあざっとこんな感じです。
このサイズで繁殖力までアレ並だと、人類滅亡まったなしになてしまうから調整せざるを得ないというのは大人の事情。まあ繁殖力が高いと共食いで個体数が淘汰されるとかあるんですよきっと。

身体能力に関しても、アレの能力をそのまま数百倍数万倍に上げたわけではなく、大きい分エネルギー効率が下がって動きは鈍っています。
でなければ走るだけで人類滅亡待ったなしです。光の巨人呼んで来い案件。

因みに作中でも既述したように、定期的に軍などがこいつの個体数を減らしに出兵します。

でないと真面目に人類がやばいので。

中ノ鳥半島の方にはいません。土が合わないのかもしれない。
というか基本的に黒いあいつの大型種は、その生息地域が異世界レベルでいうとかなり少ないようです。

よくわからないけど生息条件があるらしい。アレのくせに。
ぶっちゃけ作者もこいつをあまり出したくないらしい。
そういうわけで今後もたまに出てくるかもしれませんけど、基本的には出さない方向でいきますので、虫嫌いの方もご安心ください。

・『ロシアのサイボーグ熊』
かつて別班がロシア連邦内のどっかの山の中で戦った驚異のサイバネ生体兵器。
半分生物、半分重機の100%メイド・イン・ロシア。
ロシア語で考えているのか熊語で考えているのかは不明。
ロシアの大統領(2045年時)が飼っているペットらしい。
何故別班がロシアの国内でこいつと大統領のタッグと対峙することになったのかについて、明かされる予定は今の所一切ないらしい。
なお全く関係ないが、とある日本の製薬会社にて、開発中の育毛剤が盗み出された事件があったらしい。

まあざっとこんな感じです。
今回はこんな感じでしたが、次回以降からはまた違った感じにしたほうがいいでしょうかね?
ネタは色々考えているんですけどね、出せるかどうかは今の所怪しいです。

二次創作の許可を許していただいたワイアード先生、ありがとうございます。
この作品でもしかしたらそちらにご迷惑がおかかりになるかもしれませんが、その場合責任は取らせていただきますので、どうにか温かく見守っていただけますでしょうか?

とりあえず今回はこれで以上です。ではいずれまたお会いしましょう。


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第2話 陰謀者たちの事件簿その1 カーネギー公暗殺未遂事件①

※今回の話は2020年8月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。ご了承の上お読みください。
残酷な描写があります。苦手な方は読まないことをお勧めしいたします。
この作品はギャグ時空につき、キャラ描写につきましては原作作品と異なる場合がございます。ご注意ください。
ではどうそ。

※2020年9月5日、台詞の一部を改訂いたしました。


これは、偶然居合わせた名探偵のような何かに謎(陰謀)を暴かれてしまった陰謀者たちの、緻密な計画と実行の記録である。

 

「さて、何から話そうか……」

 

 

 

【シリーズ『陰謀者たちの事件簿』その1 カーネギー公暗殺未遂事件①】

 

 

 

  *   *   *

 

 

『カーネギー公暗殺未遂事件』……!!

ベルマード皇帝亡き後のテスタニア帝国で政治改革を始めようとするカーネギー・ルガー公が、それを阻止しようとする弟のロスキーニョ・ルガー侯爵奴隷長官に襲撃を受け、危うく落命しかけた事件である。

兄を殺害し、日本にまで魔の手を伸ばそうとしたロスキーニョであったが、事件は彼の思いもよらぬ展開へと発展していく……

 

 

  *   *   *

 

 

かつて第1世界において、多くの使役奴隷によってその栄光と繁栄を得ていた狂気の帝国テスタニア。

そのテスタニアにおいて、国家の狂気を体現していた狂皇帝ベルマード・サルゥ・ミルガンドの側近として名を馳せた男がいた。

その人物とは、テスタニア奴隷管理長官ロスキーニョ・ルガー侯爵その人である。

かの名候カーネギー・ルガーを兄に持つこの男はしかし、その性質がカーネギーとは全く正反対にあり、異常な野心と支配欲を抱いた陰謀者であった。

ベルマード皇帝の側近として、国内貴族にも国外貴族にも顔が利く彼は、その地位を利用して多くの悪事を成し、自らの懐を膨らませてきた。

だがしかしその裏には、誰にも知られることのない苦労の数々があったのである。

 

 

  *   *   *

 

 

テスタニア帝国帝都ロドム。

 

帝国内部の都市でも一際発展しているそこでは、朝早くから多くの人々が石造りの絢爛な商店や飲食店や、簡易なテントの露天市場、それに街のあちこちに憩いの場として築かれたベンチや噴水などの公共施設に多くの人々が行きかっており、非常に活気がある……ように見えて、その所々から、無理やりここに連行・誘拐されてきて、反抗を許されないまま市民たちに酷使されている、哀しき奴隷たちの苦悶する声が街中に響き渡っており、その活気を上書きしていた。

 

しかしその荒涼とした風景は、この国では至極当たり前の平穏な日常に属し、市民の誰も疑問を抱かない……いや、現皇帝ベルマードの冷酷無慈悲なる治世の下、奴隷に対する同情や哀れみの情や、それに端を発する現政権への反感を『抱けない』―現政権への批判は即座に処刑の対象となり、また批判と言えないような進言ですらも、それが皇帝の機嫌を少しでも損ねるものであるのならば容赦なく拘束され、囚人として強制労働や、闘技場(コロシアム)で行われる残酷な見世物試合への出場という形で、肉体と精神を共に使い潰される―ようになっており、それはこの国を現在進行形で蝕んでいる『狂気』という名の病であるといえた。

 

そんな砂上の楼閣のような、儚く脆い幻想の郷と化している空虚な帝都の中心に聳え立ってるのは、この国の見せかけの繁栄と実体としての荒廃を体現したような、石造りの巨大かつ広大な建物である。それこそがこの帝都ロドムだけでなく、テスタニア帝国そのものの象徴ともいえる皇城である。

 

それは帝国の長い歴史の中で幾度も改築と改装が繰り広げられており、現皇帝の君臨以前、今から凡そ10数年前の先代皇帝リウマード・サルゥ・ミルガンドの治世下であった頃は、見る者に威圧感を与えることのないようにという皇帝の意向により、全体が橙色と黄色の暖色2色で塗られ、見る者に安心と活力を与えていたのだが、現ベルマード政権が発足してからは、彼の嗜好に合わせて血のような赤黒い色に上書きされており、以前の城が持ち得ていた、それを見るものに対する精神面での配慮が尽く消え失せていた。

 

そんな皇城の廊下などに備わった、この国の特産物である魔鉱石を加工して作られている特製の大窓からも窺うことができる、現帝都の凄惨な風景を横目にしながらも、それに特に気に留めることもなく涼し気な様子で闊歩するのは、この国の奴隷を取り仕切っている奴隷長官の役職かつ、現ベルマード皇帝の側近役筆頭を務めているロスキーニョである。

 

現帝国の惨たらしい姿をベルマード皇帝と共に作り出している彼は、朝早くからベルマード皇帝に呼び出されており、謁見の間まで足を運んでいた。

狂皇帝の側近として数々の悪政に手を貸している彼は、今日はどのような用件を任されるのかと、職務に関して思考を巡らせていた。

 

謁見の間に辿り着くと、既に玉座に座していたベルマード皇帝が、いつも通りに背後に裸にひん剥いた様々な種族の女性奴隷たちを侍らせながら、足を左右に組んで右頬を拳を作った右手で支えている太々しい態度で、傅くロスキーニョに対し命令を下した。

 

「おいロスキーニョ、お前、炎龍捕まえて来い」

 

「は?」

 

皇帝の言葉に、一瞬思考が停止する。

炎龍?炎龍という言葉が聞こえた気がするが、気のせいかな~?と、ロスキーニョは思わず動揺する。

 

「だから炎龍だよ。必要だから今から炎龍を捕まえに行ってこい」

 

だがそんなロスキーニョを前にしつつも、ベルマード皇帝は先ほどの言葉を押すようにして、再度言った。

 

あ、やっぱり間違いじゃねーんだなと理解したロスキーニョは、しかし状況が全く理解できないため、皇帝に言葉を聞きなおした。

 

「炎龍?炎龍というと、あの炎龍ですか?」

「そうだ」

 

それを聞いたロスキーニョは、やれやれ面倒なことになったぞと、心の中で頭を抱えた。

 

―『炎龍』―

それはこの世界の生態系の上位に君臨する『龍』と呼ばれる生物種の中でも、一際突き抜けた凶暴性を備えた、生きる戦闘兵器である。

 

大きさは凡そ全長20メートル前後、一般的な航空戦闘用翼龍の2倍強であり、質量は火山地帯に生息し、その場の物質を取り込んでいることから比重が重く、上記の航空戦闘用翼龍の15倍程度になる(一立方メートルあたりの比重は1.3倍ほど)。

 

それでいて水平飛行速度は翼龍の3倍超……一般的な翼龍が時速150キロ前後は叩き出せることから、少なくとも時速450キロ程度の速度で飛行できるとされており、戦力換算にして一頭で龍船30隻分以上に相当する戦闘力を有する。それは30頭で一個団を編成するテスタニア翼龍部隊の、10個団分以上に相当する。

 

そんな強力な炎龍であるが、一般的に人間が飼いならして使役している地龍や翼龍、母龍、闘龍などと比べると、戦闘力においては非常に優れる反面、他者からの支配に抗う本能的な凶暴さからその制御は大変に困難であり、『炎龍を操る者は世界を制する』という言葉が民草の間で広く知れ渡っているほどに、その飼育管理は困難なのである。

 

無論その捕獲自体も非常に難易度が高く、通常火山地帯に生息している炎龍に近づくだけでも大変危険が伴うのである

 

この世界の歴史上、『炎龍』を戦争の道具として利用できた国は存在しない…『炎龍』を倒す事は高度文明国家…いや5大列強国でも不可能と言われている。

 

この世界の歴史上、『炎龍』を戦争の道具として利用できた国は存在しない…『炎龍』を倒す事は高度文明国家…いや5大列強国でも不可能と言われている。

 

大事なことなので二回書きました☆

まあメタ的には後々覆されるんですけどね!大人の事情ってやつはつくづくおそろしいね☆(小並感)。

 

 

さてそんな炎龍を、ロスキーニョを前にして不敵な笑みを浮かべるベルマード皇帝は、捕獲して来いというのである。

 

いったい何の気まぐれで、炎龍などを捕獲せねばならないのか、ロスキーニョは阿保面かました目の前の皇帝にどう問いただそうか思案する。

 

皇帝は、そんな至極当たり前の反応を示すロスキーニョを見ながらも、しかしその「愚劣」さ故にそれに気づかず、言葉を続けた。

 

「当たり前だろう、馬鹿か?お前は。

我が国の世界覇権の為に炎龍を捕まえてくるんだよ。

できなければコロシアム行きだからな?」

 

現在、テスタニア帝国は5大列強国のうちの一つであるハルディーク皇国から、『魔獣』と呼ばれる人工生物兵器を輸入している。

 

それらは制御不能であるという根本的な問題を抱えつつも、その並外れた戦闘力の高さから、テスタニア帝国の軍事的切り札としてその活躍を見込まれているが、その切り札の補填を他国に依存している状況というのは、非常に心もとない。

恐らくベルマード皇帝もそれを見越して、自力である程度は戦力を揃えておきたいとでも考えているのだろう。

 

だが曲がりなりにも自身に従う忠臣に対して、平然と切り捨てをちらつかせるベルマード皇帝の様子を見て、ロスキーニョは嫌な上司の相手は面倒くさいと密かに思いながらも、なんとか気を返させて命令を撤回させるべく舌を回す。

 

「え?はあ~あの皇帝陛下、一体何の冗談でしょうか?何故奴隷長官の私が、炎龍捕獲の任などを……?何かのお遊びでしょうか?友人方からなにを唆されたのかは存じ上げませんが、どうかお考え直してください」

 

私は陛下が馬鹿ではないことをご存じですぞと、ロスキーニョはベルマード皇帝に通じるように言葉を選んで嘆願した。

しかし無慈悲なベルマード皇帝は、思慮に富んだ部下の言葉をにべもなく聞き流し、再度自身の意見を押し上げる。

 

「ロスキーニョ、これは冗談でも遊びでもない。お前は私のために炎龍を捕獲してくるのだ。この命令に変更はない。では早速行って参れ」

 

そういって玉座から立ち上がったベルマード皇帝は、奴隷たちを従えて謁見の間を出ていった。

謁見の間に一人残されたロスキーニョは、座るものがいない豪華絢爛な玉座を見つめながら、心の中で大きな叫び声を上げた。

 

「(何でだよ!!……こ、この阿保皇帝がァ~ッ!!)」

 

心の中で精いっぱいにベルマード皇帝に悪態をつくロスキーニョ。

だがしかし、それで状況が覆ることは一切なく、かくして彼の炎龍捕獲任務が始まることとなった。

 

 

  *   *   *

 

 

―1週間後―

 

「ここが炎龍の巣か。耐熱魔法がかかった装備のおかげで熱さが和らいでいるとはいえ、凄まじい熱気だな……」

 

銀色の甲冑の上から、耐熱性の繊維を編み込んだ上で魔法を付与した魔導耐熱ローブを纏ったロスキーニョが、過酷な環境を見て思わず言葉を漏らした。

煮えたぎる溶岩から煙が立ち上る火山……ここはテスタニア帝国内にある『ヘトヴィヒ火山』である。

 

気温が地球単位換算で摂氏50度を超える過酷な環境の中を、魔道具である耐熱装備に身を包んだ地上兵士たちが、地球でいうところの鳥脚類、恐竜イグアノドンに似た、四足歩行の地龍と共に行進する。

 

その地龍の大きさは、地球でいうところのサラブレッドと同じ程度の大きさであり、この世界の龍の中ではさほど大きいものではないが、人間が扱いやすいことと熱さに強かったことから今回の炎龍捕獲作戦に用いることが決まり、主に人の移動や物資運びに利用されている。

ロスキーニョも地龍にまたがって、疲労を抑えながら移動している。

 

上空を見上げると自軍の戦闘用翼龍が地上の環境などどこ吹く風といった様子で飛んでいる。

 

何故一行の将であるロスキーニョがそれに騎乗しないのかというと、テスタニア帝国の翼龍はその飼育方法上、目の前の生き物は何でも食べる習性があり、捕食を避ける手段を知らない素人が迂闊に近づくとそのまま捕食されてしまうからである。

 

普段戦闘用翼竜に触れる機会の少ないロスキーニョでは、捕食を避けて騎乗することは難しかった。

そんな理由で地龍を操ることとなったロスキーニョの横で、副官が彼に意見を進言する。

 

「侯爵閣下!この過酷な環境では、兵たちの士気も体力もあまり長くもちません!

急いで炎龍を捕獲しなければ、帰還することすらもできなくなります」

「う、うむ分かった。偵察兵、直ちに炎龍を捜索せよ」

 

なぜか自ら兵数1000を数えるの軍を率いることになったロスキーニョは、副官の言葉に勧められて、急いで航空偵察兵及び地上偵察兵を出し、炎龍捕獲に備える。

その後一時間もかからずに、偵察兵が帰還して炎龍発見の報告を持ってくる。

 

「現在炎龍は火口付近にて睡眠中。攻撃のチャンスはあるかと思われます」

「よ、よーしでは全軍進軍開始!目標は火口付近の炎龍!生け捕りを優先せよ!」

 

そうしてロスキーニョたちの軍は、偵察兵の誘導のもとに火口付近まで登り、火口付近にて眠りについてる炎龍の姿を瞳に収めた。

 

「これが炎龍か……翼龍と比べ、なんと強大なことか……」

 

炎龍は、一般的な翼龍が全身緑色の丸禿頭という姿をしているのに対し、全身が赤熱化した岩や木炭といったような、明るい赤色をしている。

 

頭は非常に大きく、人間程度は丸のみにできるのは勿論、爪先から肩までの高さが170センチほどで、鼻先から尻尾の先までが4メートルもある騎乗地龍ですら一口で呑み込めてしまえそうな口を備えている。

 

更に、その額に通常の翼龍には付いていない1本の角がそそり立っており、その角は反れた片刃の刃物のような形状をしている。

 

そんな頭部を支える首は、太く短い。

 

また手足の四肢に加えて、飛行用の翼肢を備えており、空を飛びながらも物を掴むことができると思われる。その6肢に備わる爪は太くて鋭く、まるで牛の角のようである。

 

そんな炎龍の恐ろしくも畏敬の念を呼び起こさせる容貌を見て、ロスキーニョは少年心を思い出して気分を高揚させるのと、大人としての警戒心とが同時に脳裏に渦巻いていく。

 

しかし彼個人がそうなっているのとは別に、捕獲隊全体では炎龍の存在に臆していた。

 

訓練された兵たちは、だがしかし炎龍という未知の相手を前に緊張を表に出し、使役獣たちは震えながら恐怖を露わにしている。

ロスキーニョはそんな一行に、一旦隊を落ち着かせよ、と命令を発し、兵と使役獣たちを落ち着かせる。

 

そうして兵と使役獣がなんとか落ち着きと安心を取り戻すと、密かに興奮しているロスキーニョは、一行に巨大な鎖を用意させる。

 

炎龍を拘束するために用意された特製のそれは、一応高熱にも耐えられるように加工されていて、万が一炎龍が高威力の火炎ブレスを放射しても、ある程度耐えられるようになっているらしい。

 

真偽のほどは不明であるが、製作者の言葉を信じて眠っている炎龍に近づくロスキーニョ達炎龍捕獲隊一行。

 

彼らはとりあえず30名ほどを先に行かせて、鎖で身を縛ろうとする。

そうしてなんとか炎龍の足元まで近づいた捕縛部隊たち。

彼らはすぐさま鎖で炎龍を縛り上げようとした。

が、その時

 

ぱちり。

 

炎龍の巨大な黒い目が見開き、ロスキーニョ達炎龍捕獲隊を捉えた。

その様子に警戒する一同。

 

「侯爵!味方の犠牲が出ます!ここは一旦退避を!」

 

副官がそう言った刹那、炎龍の足元にいた30名の兵士が、炎龍の口から放射された高圧高温の火炎のブレスで軽く薙ぎ払われてしまった。

 

兵士たちは耐熱ローブやフード、マントに加えて、耐熱皮鎧、耐熱盾で身を守っていたが、炎龍が体内にため込んでいる魔力を、これまた体内に溜め込んでいる金属分子と有機化合物質と結合させることで発生する粘性発炎物質を、圧縮した高温高圧空気にて体外に放射する、ハイパー・ブレスと呼称される炎龍の生態魔法攻撃の前では、それを用いる者の期待に足るほどの効力を発揮しえなかった。

 

アフターバーナ―で強化されたジェット流のような強烈な衝撃を最初に伴うそれは、まず耐熱性を備える装備ごと兵士の身体を圧迫して、皮膚、筋肉、骨、内臓の順番で肉体にダメージを与える。それだけでも兵士の戦闘力や生命を奪うのには十分な威力があるといえる。

 

だが、ハイパー・ブレスの効果はそれだけで終わりではない。炎龍の放出するその魔法には、物質を腐食させる作用もあり、装備ごとひしゃげた兵士たちの全身をその特性により溶かしながら、高熱で炎上させて焼き尽くすという念が入った潰し方が行われ、その結果、その場には耐熱装備だったものの残骸がその形状を大きく変形させた状態で僅かに残るだけとなり、30名の兵士たちの痕跡は殆ど残らなかった。

 

僅かな沈黙の後、炎龍が目覚めの雄叫びを咆哮する。

 

 

―ギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!―

 

 

その咆哮を受けて、炎龍捕獲隊の動きは統制を失い。大いに乱れ始める。

 

「ギャーーーースッ!!!!」

「う、うわあーーっ!」

「こ、侯爵!ご指示を!」

「(……うわあすごいなあ。ひととしえきじゅうがごみのようだあ)」

 

暴れる炎龍と、取り乱す兵と使役獣いう現実を前につい心が屈してしまったが、それだとあまりに危険なので、なんとか気を取り直したロスキーニョは、とりあえず指示を飛ばす。

 

「と、とにかく落ち着けお前たち!炎龍に睡眠魔法具を使え!もう一度眠らせて鎖で縛るぞ!」

 

そうして兵と使役獣を落ち着かせつつ、中和剤接種!の一言で自身とその配下の兵たちは、瓶に入った『中和剤』という液体を飲み下し、それに次いで、兵隊総がかりで大笛型―地球でいうところの、スイス辺りの地方で民謡楽器として使われているアルプホルンというものに形が酷似している―魔道具から、睡眠魔法(眠りを促す指向性音波及び気体の合わせ技。中和剤の体内接種にて対処可能)を発生させ、暴れ回るどうにか炎龍を眠らせようと奮闘する。

 

大笛型魔道具は、使用者の呼気によって内部に組み込まれた魔鉱石仕掛けが働くようになっており、そのため使用者には強い肺活力が求められる。

この魔道具を扱うのに必要なのは、知力でも技術力でもない。ただ純粋に肉体に宿る鍛え上げられた―

 

「(フィジカルッ!……魔法使うのって、意外とフィジカルッ……!!)」

 

―フィジカル(物理力)である。

さて、そうして肉体から絞り出したフィジカル・パワーを全力で駆使して、炎龍に睡眠魔法をかけ続けるロスキーニョ。

 

炎龍の肺活量から放たれるブレと、人間の肺活量から放たれる睡眠魔法のフィジカル対決が始まり、ロスキーニョは必至で抵抗する。

 

大笛型睡眠魔法具はその仕様上、音波と気体が相手に到達しなければ効力を発揮しえないが、その有効範囲は凡そ50~100メートル程度。

 

使い手の肺活量で左右されるそれは、意外にも稀有な肺活量を有していたロスキーニョは、炎龍から80メートル程度の距離から睡眠魔法を発動するが、その距離は炎龍のブレスの有効射程(最大200メートル)から言うと、全く安全な距離ではなかった。

 

炎龍はそんな彼に視線を合わせ、ハイパー・ブレスを発射する態勢に入る。

息を大きく吸い込んで体内に圧縮し、体内の金属分子と特殊な可燃性有機化合物、それに魔力が結合した粘性発炎物質を放射せんと、炎龍が牛の角のような牙が2列に並んだ大口をあんぐりと開ける。

 

「(あ、終わった)」

 

死を間近にすることで、これまでの人生が走馬灯のように脳裏をよぎっていくロスキーニョ。

 

―――

 

……まず思い出したのは幼少の頃、まだ彼と兄カーネギーが純粋に兄弟として慣れ親しみがあった、今となっては遥か過去の時代。

その時は、実家で父と母、兄と自分、職業奴隷(自ら志願して奴隷になった者)の召使い数10名が、帝都ロドムの中心部にある公爵家屋敷で暮らしていた。

家長である父は、厳しいながらも優しい人物であり、兄弟はそんな父と、母の愛情を受けてすくすくと育っていた。

しかし、ロスキーニョには人には言えない悩みがあった。彼は兄カーネギーと比べて、勉強、礼儀作法、その他様々な習い事や、遊戯においても、劣っていたのである。

家族はそんなロスキーニョに対して、それを決して責めたり貶したりすることはなかったが、ロスキーニョ自身はずっと引け目を感じていたのである。

そしてそれは何時しか、優秀な兄に対する羨望と、嫉妬に変わっていったのである。

それから時が経ち、立派な成人となったカーネギーとロスキーニョは、それぞれ別の道を歩んでいた。

兄カーネギーは外交官として国の未来を背負う立場になったのに対し、弟ロスキーニョは、リウマード・サルゥ・ミルガンド皇帝の執政下でその規模が縮小されていた奴隷庁に入り、日々心満たされないまま、職務をただ淡々と作業的に行うようになっていた。

ロスキーニョは、一生このまま日の目を見ないで、社会に埋没して消えていくのかと後ろ向きに考えていた。

15年前に、リウマード皇帝が崩御するまでは……

 

―――

 

無意識的に睡眠魔法を起動し続けていた彼の努力が通じたのか、炎龍はハイパー・ブレスを放出する直前で睡魔(睡眠魔法なだけに)に屈し、急速に眠りに付いていた。

 

危機一髪で危機を回避することに成功したロスキーニョは緊張が一気に解けて、騎乗している地龍の項に顔を伏しながら、生存を喜んだ。

 

「ハーーーーーッッッ!!!!!さぁて、どうにか炎龍を沈黙させることに成功したぞォ……かなり人数が減ってしまったがァ……さあこれであとは鎖で体を縛って持っていくだけ……ハァァァァ、ゼーハー」

 

そう、あとは鎖で縛って、帝都まで連れていくだけである。

 

あとは鎖で縛って、首都まで連れていくだけである。

 

フィジカルのままに、鎖で縛って、首都まで連れていくだけである。

 

……先ほどまで総員で大笛型魔道具に肺活力の全てを注ぎ込んでいた兵たちは、皆息も絶え絶えになっており、とてもではないが炎龍を巨大な鎖で縛り付ける余裕がある様子ではない。

 

しかし、彼らの体力が回復するまで時間を空ければ、睡眠魔法が解けて炎龍が再び目覚めるかもしれない……

そう思い至ったロスキーニョは、やむを得ないと知りつつも唯一の解決策を実行する。

 

―兵たちが使えないのなら、自分でやればいい―

 

兵たちが動けずにいる間、ロスキーニョは巨大な鎖をどうにか力を振り絞って引っ張り、眠っている炎龍の元まで行くと、まずは高低差3メートル前後の滑り台と化している背部の左翼をよじ登り、背中まで到達する。

次いで、今度は右翼を下り降りて、上から見ると肩から足の方へかけて↘の形に見えるように鎖を置いた。

次いで、右翼を下から潜り抜け、鎖を↘(↑)と通す。

右翼をよじ登って、鎖を↘(↑)↓と通して、一先ず左翼根本を占めると、今度はまた下から潜り抜けて、↘(↑)↓(↑)という風に鎖を巻いたら、今度は下から通した鎖を、炎龍の背中の上で右翼根本前部分から左翼根本後方に通し、炎龍の背中で鎖を交差させ、X(↑)↓(↑)という形にする。

その後左翼根本も縛って、最終的に

 

※横書き表示推奨

               /頭

  左翼\        〇

     〇(↑)↓(↑)X(↑)↓(↑)〇

             〇\胴体     \右翼

              \尻尾

 

という形で縛り上げた。

……読者の皆様には炎龍の縛り方の説明が分りにくい?書いてるこっちだってどう説明したらいいのか分からないんですよ……

 

「フー!苦労したがなんとか鎖を巻きつけることに成功したぞ……一生分のフィジカルを使い切った気分だ」

 

その後、後方に待機させていた輸送用翼龍部隊を魔伝通信で呼び寄せて、体を持ち上げてから首や胴体、尻尾にも鎖を巻きつけ、また腕や足も錠で拘束する。

 

最後に目隠しや口の開閉防止のために、顔を布で巻いて覆い隠した後、念を押して睡眠魔法を発動させる特殊な安眠導入魔法装置(幅約1メートルの香炉のような形の道具)を顔に取り付けて、ちょっとやそっとのことでは眠りが覚めないようにしてから、輸送用翼龍部隊に炎龍を帝都まで空輸させた。

 

かくして多くの犠牲を払いながらもどうにか静まった炎龍に対し、眠っている間に全身を鎖で縛り、口も開けないように縛って塞いだロスキーニョは、捕まえた炎龍にこの火山からとって『ヘトヴィヒ』と名付けた。

 

 

  *   *   *

 

 

苦労して炎龍を捕獲し、帝都ロドムに凱旋するロスキーニョ。

住民たちは国の勇者たる彼とその部下一同を見て、興奮して歓声と喝采を浴びせていた。

 

「聞いたかよ?ロスキーニョ侯爵率いる軍が炎龍の捕獲に成功したらしいぞ!」

「本当かよ!?やっぱりテスタニア帝国は偉大な国だな。列強国なんて本当は我が国の足元にも及ばないんじゃないか?」

「テスタニア帝国万歳!皇帝陛下万歳!ロスキーニョ侯爵万歳!」

 

市民の盛大な声援を受けながら、街の大通りを通過して皇城に到着するロスキーニョ。

すぐさま謁見の間に赴くと、ベルマード皇帝が大義をなした彼を出迎えた。

 

「よくやったなロスキーニョ侯爵。貴様は我が国繁栄の礎として、1000年は名を語り継がれるであろう」

 

ベルマード皇帝の言葉に、表向きは部下らしく傅いて誠意を見せるロスキーニョ。

だがしかし、その心の内には皇帝に対する罵詈雑言が忍んでいた。

 

「はっ!陛下光栄でございます!今回の私の活躍は、陛下あっての物種であります。この国と、陛下に栄光を!(おのれ愚皇帝め!気まぐれで私を死地に送り込みおって!いつか謀殺してくれるぞ!)」

 

心に悪意を潜ませながら、言葉にもないことを平然と口にするロスキーニョを見るも、ベルマード皇帝は全く真意を知りえなかった。

そんなベルマード皇帝は、さて、と前置きして

 

「ところでお前にもう一つ、頼みがあるのだが」

「は!何でございましょう陛下」

 

やれやれこの愚皇帝は今度はどんな無理な要望を出してくるのか……ロスキーニョは、次

の言葉に自身の耳を疑った。

 

「あと一体、炎龍を捕まえてきてくれないか」

 

ロスキーニョは、その皇帝の言葉に思わず呆然とする。

 

「……は?あの、あと一体ですか……?」

「そうだ。既に一体を捕まえているお前なら、もう一度でもできるだろう?」

 

あまりに馬鹿げた要求に、呆れずにはいられないロスキーニョ。

だが自身の浅はかな思慮に酔っているベルマード皇帝は、そんなロスキーニョの様子を見ながらも、特に気に掛ける様子すらもなく、先ほどの言葉を補強した。

 

「いいか、私の言っていることは何も難しいことではない。我が国の強大な軍事力があれば、他の下劣な国家では不可能なことでも、可能にすることは造作でもない。

やってくれるな、ロスキーニョ」

 

「(こ、この阿保皇帝がっーーー!こちらの苦労も知らずに、阿保能天気にもう一匹捉えてこいだと?そんなこと……できるかーっ!)」

 

思わず叫びだしたくなる気持ちを、その邪悪な精神力でなんとか抑えこみ、表向きはやんわりと否定するロスキーニョ。

 

「いや、しかしですね陛下。今回の遠征で、兵は皆疲れ果てております。貴重な魔装備も失いましたし、もう一度炎龍を捕獲するのはしばらく不可能かと……」

「安心しろロスキーニョ。貴様が遠征に行っている間、奴隷の労働ペースを上げて魔装備の増強をしておいたぞ。

兵の訓練も既にしている。今すぐにでも出られるぞ」

 

「は?」

 

「今すぐにでも出られるぞ」

 

皇帝のその言葉に、一瞬思考が停止するロスキーニョ

しかしすぐに意識を取り戻すと、彼の胸にふつふつと憤怒の感情が巻き起こってきた。

 

「(なんでそんな余計なことするんだこの阿保はあーーーっ!

そんな余裕があるのなら、書物でも読んでまともな知恵を持ちよれ!

この頭緩々男が!)」

 

心の中でベルマード皇帝に対する罵りをしながら、ロスキーニョは、どうにか自分以外の人間に厄介ごとを押し付けようと、ベルマード皇帝に進言する。

 

「あの、私でなければなりませぬか、陛下?他の名だたる将軍などは……」

 

「私はお前と違って暇ではないのでな。本当は皇帝である私が行くべきなのだろうが、面倒くさいから代わりに行ってくれ。わかったな」

 

別に聞いてもいないのに俺本当は行きたいんだけど~、などと語りだし、更に暇ではないのに面倒くさいという矛盾論理を繰り出したベルマード皇帝を見て、話が通じない以上命令を覆すのは不可能だと判断したロスキーニョは、仕方なくもう一度炎龍の捕獲に乗り出すことになった。

 

なった。

 

 

  *   *   *

 

 

そして二回目の炎龍捕獲遠征。

またも自ら部隊を率いることになったロスキーニョ。今度は人員が増量されて、3000名程度の兵を率いることなった。

 

「(これだけの数の兵……下手な領地軍に匹敵するのではないか?)」

 

そんな考えを抱きつつ、炎龍が生息するとされている帝国内の火山に向かった。

二体目の炎龍が生息しているのは、帝国西部の『シュナーベル火山』である。

そこは、火山でありながらも熱に強い木々が生い茂っており、一見して枯れ枝のように見える黒い細針状の葉が、山を覆いつくしている。

 

「(これは捜索が難しいな)」

険しさを感じさせる山を前に、ロスキーニョは早速偵察隊

を出し、炎龍探しを開始する。

 

……3時間後、山の中に入っていった偵察隊が出戻り、ロスキーニョに状況を報告する。

 

「ロスキーニョ閣下。炎龍は山の麓にある洞窟にて潜伏中、睡眠をとっております」

 

その報告を聞いたロスキーニョは、早速部隊を動かして、炎龍が潜む洞窟を目指す。

そして……

 

「ほう、これがここの炎龍か。最初の炎龍と比べると、少し小さいか?」

 

洞窟の中に潜んでいた炎龍は、まだ若いのだろうか、『ヘトヴィヒ』と比べると少し小柄に見える。

とはいえ翼龍に比べると巨大であることに間違いはなく、ロスキーニョはあくまでも慎重に動く。

 

「念のため睡眠魔法装置で眠りを維持するぞ……用意せい!!」

 

ロスキーニョの指示で、兵たちが香炉によく似た睡眠魔法装置を持ってくる。

その道具を持った兵士が、ゆっくりと炎龍の頭に近づく。

 

「起きるんじゃないぞ……」

 

そう願うロスキーニョ。だが、とある事件が意外な理由で発生した。

 

ロスキーニョの指示により、香炉型睡眠魔法装置を持ち運んでいる兵士。

炎龍の顔に近づくそいつは、密閉された空間内で、炎龍が吐き出す寝息を吸い込んでしまっていた。

すると、たまらずせき込んだのである。

 

 

「くっさ!ゲホゲホ」

 

 

……炎龍は、体内に硫黄などが混ざった可燃性物質をため込んでいるとされる。

そしてそれは、呼気の度に体外へと放出される。

つまり炎龍の息は、物凄く臭いのである。

その匂いは、ひと昔前のごみ処理場の空気に匹敵するんだとか……

 

さて、そんな事も露知らず、密閉された空間内で避けようがない強烈な悪臭に襲われたその兵士は、思わずせき込まずにはいられなかった。

それどころか、立っていることすらも難しくなり、倒れ伏してせき込むこととなった。

 

「あ、あいつ一体何をやっておるのだ……!?」

 

しかしそんなことは全く知らないロスキーニョは、倒れこんでせき込む兵士に、焦燥せずにはいられなかった。

 

そして、そんな状況のなかで、それは起こってしまった。

 

 

―ぱちり―

 

 

眠りに付いていた炎龍が、目の前で騒がれたため目を覚ましたのである。

炎龍の巨大で重そうな瞼が瞬時に上がり、闇を固めたように真っ黒い瞳が現れる。

その光景を間近で目にした兵は、なんとかしようと咄嗟に睡眠魔法装置を起動しようとする。

 

しかし、炎龍が動いたのが僅かに早く、彼は炎龍の餌として捕食され、口の中へと消えた。

 

バリバリモグモグと、あっという間に兵士を捕食した炎龍は、ゲフッとげっぷを吐き、周囲に沢山の『餌』があることに気が付くと、寝ぼけ眼を擦りながら、大きく息を吸い込んだ。

 

まさかハイパー・ブレスか?とロスキーニョ達が慌てて距離を取ろうとすると、炎龍は吸い込んだ空気をそのまま吐き出した。

 

―もわーん―

 

濃縮された臭気を含んだ大量の吐息-炎龍の生態魔法の一つである腐臭ガス放射―が洞窟内に蔓延して、ロスキーニョ達は思わず意識を飛ばした。

 

―――

リウマード皇帝の治世下で、それぞれ別の道を歩んでいたロスキーニョとカーネギー。

状況が変わったのは、15年前、リウマード皇帝が崩御した頃であった。

リウマード皇帝の死後、その後釜に就いたのは当時齢13になったばかりのベルマード皇帝であった。

先代リウマード皇帝が彼にどんな教育を施していたのか、ベルマード皇帝はしかし、先代とは全く正反対の人格を宿していた。

彼は先代皇帝の死後、国の政治の方向性を全く変え、平和な国家であった帝国を、侵略を生業とする奴隷狩り軍事主義国家へと変貌させてしまったのである。

だがしかし、ロスキーニョにとってそれは天の恵みであった。

ベルマード皇帝の下、閑散としていた奴隷庁は一躍国の富を左右する重要部門となり、瞬く間に権力を増大させていった。

いつの間にか兄に迫る地位についていたロスキーニョは思った……これこそが、自分の本当の地位だと。

そうして棚ぼた的に手に入った権力に、いつしか彼は心支配されていた……

―――

 

 

さて、一瞬意識を落としたロスキーニョであったが、すぐ目を覚ますと状況を判断して、指示を飛ばした。

 

「ゲホッゲホ!だ、脱出―!」

 

余りの匂いにたまらずロスキーニョは洞窟内からの脱出を指示し、それを聞いた兵たちは、我先にと脱出口へと押し寄せた。

 

「ええい押すな押すな!順番に出ていくんだ!」

 

洞窟の入り口が軽く渋滞を起こしていたものの、ロスキーニョが必死で部隊の行動を統制して、どうにか安全に脱出することに成功する。

 

しかし、そんな彼らを追いかけて、炎龍が洞窟から出ようとする。

 

「むっ来おったな。待ち伏せ隊、鎖を用意しろ!」

 

炎龍が洞窟から出てくる可能性を考えて、予め洞窟の入り口の上に待機させていた部隊が、炎龍の上から鎖を落とし、更に大笛型の睡眠魔法具で睡眠魔法をかける。

それで炎龍の動きを止めた彼らは、炎龍が眠っている間に全身を拘束して、捕獲に成功した。

 

2体目の炎龍は、生息していた火山の名をとって、『シュナーベル』と名付けられた。

 

 

  *   *   *

 

 

帝都ロドムにたどり着き凱旋するロスキーニョ。

またも名声を勝ち得た彼の権力は、以前にも増して強大なものになりつつあった。

 

「よくやったロスキーニョ。民たちの歓声がこの皇城にも届いておるぞ。

お前はこの帝国の誇りである」

「はっ陛下!身に余る光栄であります」

「ところでロスキーニョ。お前にまた頼みがあるのだが」

「はっ!何でございましょうか閣下!」

 

 

「三体目、捕まえてきてくれ」

 

 

「 」

 

 

かくしてロスキーニョは、三体目の炎龍捕獲に赴くこととなった。

 

 

なった。

 

 

 

  *   *   *

 

 

『ヘトヴィヒ』『シュナーベル』に次ぐ三体目の炎龍を捕獲するため、ロスキーニョ率いる総動員兵数5000を超える海軍の軍勢が、帝国東部の海域に位置する小島に向かって、船舵を取っていた。

 

今回の捕獲作戦で、ロスキーニョはもはや着慣れた青い耐熱性ローブを身に纏いながら、翼龍に騎乗していた。

 

万が一の時に備えて、海上では機動力のある翼龍に乗っていたほうが、生存率が高そうだと判断して、過酷な騎乗訓練を経て念願の翼龍騎士になったのである。

……こちらを捕食しようとしつこく狙ってくる翼龍の攻撃を、華麗なステップ捌きで避けられるようになるまでの苦労は、とても語りつくせない。

 

さて、そうして苦労の果てに優雅な空の旅を満喫しているロスキーニョであったが、彼は今回の任務にしかし、弱気な姿勢を見せていた。

 

「今回は海上戦か。海の上という慣れない環境で、一体どこまでやれたものか」

 

普段陸に住んで海にさほど出ないロスキーニョは、海の上という陸とは違った環境で、うまくやれる自信がなかった。

 

海上とはいわば果てしない底なし沼と一緒なのである。落ちたら這い上がるしか生き延びるすべがないそこで、船という心もとない乗り物にどこまで心を任せることができるか。

 

波の動きに揺れ続けるそれは、人間の三半規管に確実な負荷をかけてくる上、どこからともなく流れてくる潮の香りが、ロスキーニョの感覚では違和感としか感じられず、彼は参ってしまっていた。

 

早く炎龍を捕まえて帝都に帰りたい……そんな気分で翼龍を飛ばしていると、偵察兵が大急ぎで彼のもとに近寄ってきた。

 

「か、閣下!こちらの進路から右前方、南東より高速で飛来する物体あり!その特徴から、おそらく炎龍かと思われます!」

「むっ!早速来おったか!全隊戦闘準備!向かってくる炎龍を迎撃しろ!」

 

魔伝により出された指示に、艦隊戦力が一斉に動きを見せ始める。

 

今回の主力戦力である30隻もの龍船が一隻当たり10体の翼龍を一斉に発進させて空の一角を緑色に染め上げ、護衛のために龍船に付き添う戦列艦群ではその甲板上で弓矢やバリスタ、カタパルト(投石器)、火薬噴射装置(火薬を噴射する装置。地球世界でいう『ギリシア火薬』に相当。装置自体の形状は巨大な喇叭のような形状)、それと今回特別に用意した、対大型害獣用催眠音波発生装置(こちらも火薬噴射装置に似た巨大な喇叭のような形状だが、それよりも更に細かい部品が多く備わっており、テスタニア帝国の技術水準では非常に複雑な機構を備える)の発射用意が進む。

 

これらの装備の中では、最後に挙げた対大型害獣用催眠音波発生装置はその数が少なく、50を超える船数のうちの、僅か10隻にしか搭載されていない。

 

更にその機構の複雑さから、稼働率は半分あれば十分という有様すらも晒している。

また射程も短く、炎龍クラスの魔法生物に対する有効射程は凡そ300メートル程度であろうと推測されており、その点では心もとない。

 

それでも、時速450キロメートルで飛行する炎龍に対して、その三倍近い速度で命中させることができうる音波という現象に対する期待は大である。

 

そのため装置を積んだ船には、射程の短さを補うために船を改造して、特別に旋回する台を備え付けている。これによって、空中を素早く三次元機動する炎龍に対して、ある程度追従性を発揮するだろうと思われていた。

とはいえ今回の主力はあくまで数の多い翼龍であり、対大型害獣用催眠音波発生装置は、翼龍による炎龍の無力化が困難な場合に、その補助役を担うべく投入される予定である。

 

さて、そんな装備群が稼働態勢に入り、炎龍の登場を待ちわびるのが終わったのは、偵察兵による炎龍発見の報告から10分が経ったころであった。

 

艦隊右前方の上空5000メートルから現れた炎龍が、人間や翼龍たちの発する闘志……匂いなのか、温度なのか、それともそれらとはまた違う第6感覚で感じえる『気配』というものなのかは不明だが、おそらくそういった類のものを察知したのだろう、炎龍の闘争本能に火が付いて、その個体特有の特異な白い眼玉をかっと開きながら、艦隊目掛けて迷うことなく襲撃をかけていった。

 

そんな炎龍を迎え撃つテスタニア軍は、その予測以上の降下速度に脅威を感じた。

 

「早い!翼龍とは全く違う!」

 

水平飛行だけで時速450キロに達する炎龍であるが、その降下速度は更に早く、時速600キロ以上はたたき出していたのである。

そんな猛烈な速度で艦隊に降下してくる炎龍を、まずは上空にて待機していた翼龍部隊30騎が迎撃の魔法攻撃を繰り出しての牽制を試みる。

 

「迎撃!火炎弾攻撃用意!」

 

部隊の中からその言葉が発せられるや否や、先ず上がったのはオーウ、オーウという獣のようなオウ、オウという獣のような声きであった。

それは魔法騎士が魔力の籠った肺と胃の空気を押し出し、喉元で震わせて魔力を励起したものであり、翼龍が仲間同士での会話に用いる言葉をある程度再現したものである。

 

今魔法騎士の発した魔呻(ましん)は翼龍への攻撃の合図であり、翼龍が敵を目の前にした際に湧き上がる、本能的な激しい激情を捏造する。

 

魔法騎士の捏造した攻撃計画の合図を受けた翼龍は、覚醒した闘争本能の赴くままに体の内から湧き上がる衝動……魔術式の構築と、それに伴う魔力の活性化に、狂おしいといわんばかりに身悶えた。

 

気分の高ぶりによって熱くなる体、それを冷ますためか、翼龍の二つの眼は見開き、口は大きく開いて咽頭が露出し、その先端部分に翼龍の体内に溜め込まれた金属分子と有機化合物、それが魔力と結合した、透明な半固形の粘土のような性質の団子が形成される。

形成過程で団子の中に取り込まれた大気中の酸素、それが団子の中心部で濃縮されながら有機化合物と反応することで、透明な団子の内部には高温の炎が発生し始めた。

 

―『火炎弾(ファイアーボール)』

体内に溜め込まれた金属分子と有機化合物、それを魔力と結合させて透明な半固形の粘土のような性質の団子を形成し、その形成過程で団子の中に取り込まれた大気中の酸素を、団子の中心部で濃縮されながら有機化合物と反応させることで、内部に高温の炎を内包した魔力の弾丸を形成する炎系魔法である―

 

それは翼龍が得意とする攻撃魔法であり、また魔法技術に長けるのならば人種族であっても(若干の仕様は異なるものの)用いることができる魔法なのであるが、人が発動する場合は主に手―そこは人体の中でも神経が集中しており、魔法の行使に適する―から発動するのに対し、龍の場合は咽頭に神経網があり、また体内からの魔力が触れやすいこと、魔法に耐えるだけの頑強さを備えていることなどが相まって、口内から魔法を発動することに生物学的な合理性が存在する。

 

更に付け加えるのならば、龍の使う『龍言語』―普通の人間の耳には聞き取れないが、龍同士や一部の亜人、また熟練した上で特殊な鍛錬を乗り越えた魔術師などが聞き取ることのできる、特殊な魔法現象―によって、龍の魔法はその制御に関して、より精密な補正が掛けられるため、その構造強度は人間や他の亜人たちを凌駕し、威力も非常に高くなるのだ。

 

そんな翼龍たちの魔法攻撃の準備が、彼ら彼女らを管理する魔法騎士によって整えられると、今度は各自がタイミングを合わせて攻撃を開始することが求められた。

先走りや出遅れは禁物であり、そしてそれを防ぐために必要な統制は、部隊の責任者である隊長にその役目が求められた。

 

「……!」

 

集団の統制を求められた隊長は、場の空気の変化全てを戦場における肌感覚の鋭敏化によって感じ取ると、一瞬息を詰めて緊張する気分を悉く処理し終えて、号令を発した。

その声は一人の人間の勇み気の全てを表したかのように力強く、そして落ち着き払って冷徹であった。

 

「全隊攻撃開始!火炎弾発射、撃て!!」

 

瞬間、1騎につき1発ずつ、計30発にも及ぶ炎の弾丸が、連携のとれた動きによって同時に放たれた。

 

「……フン、……」

 

炎龍に向かって向かって飛翔する30個の火の玉。炎龍はそれを不気味な白い瞳の端にほんの僅かだけ収めると、翼龍に優越する速度性能で回避し、避けられない分は体で受け止めた。

 

「……シャッ!」

 

火山地帯で生息してきたが故に兼ね備えた高耐熱性の鱗の表面で、10発前後のファイアーボールが、その粘土のような粘性を発揮してへばりつくも、炎龍は体を回転させながら振り払ってみせる。それによって最初の翼龍部隊の攻撃は全て失敗に終わった。

 

「わが隊の魔法攻撃、目標に対し効果……見られず!」

 

「ならば次だ!大型ボウガン隊、行け!」

 

炎龍に対しあまり効果を見せなかった魔法攻撃に次いで、大型対物ボウガンを備えた翼龍から、その長さが成人男性の背丈ほどの長さ―テスタニア人の平均は凡そ170cm程度―の矢が放たれるが、それはある程度は炎龍の鱗を叩いて罅やへこみを作り、更には場所によっては運よく貫くこともあったが、炎龍は持ち前の生命力をもって動じることなく耐え忍び、やがて一隻の龍船に衝突寸前の高度まで下がって接近すると、そこで口を大きく広げ、喉の奥から先ほど翼龍が発射したものと同じような大きさのファイアーボールを5発ほど連射し、最後にハイパー・ブレスを発射する。

 

まず先に発射したファイアーボールが龍船に着弾し、その衝撃で爆ぜたファイアーボールは内部の空気と外気との圧力差によって、空気を入れて膨らませた袋を割ったときのようにパン!という鋭い音を連続5回響かせた。

中の船員が思わず怯んだ声を上げる。

 

「うわ!被弾した!」

 

龍船は、魔法による耐熱処理が船体に施されていたおかげもあって、先に来た5発のファイアーボールでのダメージは軽減して船底まで貫通されることは防いだ。しかし……

 

”バリンッ!”

 

甲板の木材が割れる音が鳴り響き、その直後に圧力を持った炎が船の一角を吹っ飛ばした。

 

「ひいっ!」

 

不幸にもハイパー・ブレスの被弾位置に居た船員は炎に飲まれて瞬く間に絶命し、更に他の多くの船員もその船員と同じ運命を辿った。

龍船は、最後に降り注いだハイパー・ブレスによってその耐性が限界を超え、船体の前半分の喫水線より上が全て炎上し、それによって竜骨を喪失したことでバラバラになりながら沈没した。

 

「ギャオオ……!!」

 

ブレスによって龍船を木っ端みじんにしながらも、自身の降下に制動を掛けた炎龍は海面に叩きつけられることなく上昇する。

白い瞳がぎろりと輝き、口元が僅かに開いて牙が垣間見える。闘争心に満ち満ちているのだろうか。

 

そんな炎龍に対し、近くの戦列艦から攻撃が飛ぶ。

 

弓矢やバリスタ、カタパルト、火薬噴射装置が炎龍向けられて投射されるが、炎龍はその速度を生かして攻撃を回避し、逆にファイアーボールを連射してそれらの船を次々に海の藻屑に変えていった。

 

「か、閣下!5隻の艦があっという間に……」

「あれが炎龍の本気の戦闘力か。これまでの炎龍は睡眠時を狙っていたおかげで助かっていたな」

 

海上で繰り広げられる、炎龍による人間蹂躙劇に、ロスキーニョはこの世界の過酷さを実感した。

だがしかし、人類も手をこまねいて、一方的に狩られていくだけではない。

 

「全軍に告ぐ!遠方からの攻撃によって炎龍に負傷を蓄積させつつ、肉薄して沈黙させよ!」

 

ロスキーニョの指示により、戦列艦群が炎龍に対し艦首を向けながら、バリスタやカタパルトといった投射兵器を凡そ400メートルの距離から稼働し、質量物を投射する。

 

50隻以上の艦から矢継ぎ早に放たれ続ける質量弾による攻撃を、炎龍はその高速飛行で避けながらもファイアーボールを連射しながら接近し、わずか数秒で艦に肉薄する。

 

そうして接近してきた炎龍に対して、肉薄された船はその船首に備わった火薬噴射装置を作動させて牽制を掛けるが、それは砲口から炎の花が咲くような派手なエフェクトを見せる割には、炎龍にさほどダメージを与えた様子もなく、だがしかし発射時の爆音に不快感を感じた炎龍の激しい怒り、その暴力をまともに受けると、炎龍の6肢を使った強力な打撃によって搭載船の船体は破壊されていった。

 

巨大な翼を振り落として艦首を潰し、爪の生えそろった前腕が甲板を剥がし、地団太を踏む逞しい脚が竜骨までもへし折りながら、船の内部にいる乗員に直接ブレスや腐臭ガス、ファイアーボールを放射し、確実に船の、否、人間の戦力を奪っていく炎龍。その様子はまるで癇癪を起した巨人が、蟻を巣ごと殲滅せんとするかのようであり、圧倒的な力の差はそれが戦闘であることを差し引いても惨たらしく、絶望的である。

 

そうして炎龍が船舶攻撃に集中している間に、上空の翼龍部隊が炎龍のがら空きの頭上や背部から攻撃を行うが、炎龍はそれらの攻撃に対してファイアーボールで反撃し、更に攻撃前の翼龍に対しても、連発式と比べて射程の長い単発のファイアーボールで牽制をかけていく。

 

そうして海と空からの攻撃を尽く跳ね返している炎龍に対して、テスタニア軍が手をこまねいている中、彼らの秘密兵器がようやく登場した。

「装置右旋回!魔鉱石魔力放出開始……撃てーっ!!」

 

戦列艦の甲板を占有する対大型害獣用催眠音波発生装置の一つが、炎龍に対し指向性催眠音波を照射する。

 

その戦場には似合わない穏やかな音に、最初炎龍は戸惑いを見せたが、その音を発する船が1隻、また1隻と増え、全部で5隻に達した時、先ほどまでは闘争に震え明瞭としていた意識が、突如朦朧としてきたことから、これは危険なものだと判断した炎龍は、その音を発している船を最優先で破壊することを決める。

 

翼を羽ばたかせて瞬時に数100メートル上昇し、音の効果範囲から飛び出すと、炎龍は記憶を頼りにして音の発生個所と、それを出していた物を認識して、それを積んだ船を遠距離から攻撃し始める。

 

射程300メートルの対大型害獣用催眠音波発生装置に対して、その倍の600メートルから単発式の長射程ファイアーボールを発射していくと、運よく―当たった方にとっては運悪く―指向性催眠音波を発生させていた対大型害獣用催眠音波発生装置が破損し、まずば1隻が戦力として喪失した。

 

その後も何度か同じように遠距離攻撃を続け、残りはあと1隻だけとなった時、炎龍は勝利を確信していた。

 

さて、あと1つ黙らせてやれば、この玩具達を面白おかしく破壊する遊戯もクライマックスだ、と炎龍がその邪悪な知性を発揮していた、その時。

 

頭上から、あの心地よいのに不愉快な音が降り注ぎ、しかもそれがだんだんと近づいてきているということに気が付いた。

 

炎龍が咄嗟に頭上を見上げると、青いローブを纏った翼龍騎士が、自身に向かって降下してきているのが見えた。

 

「攻撃を続ければ、物量で勝るこちらが負ける道理などない。

全隊攻撃続行!矢尽き、魔力枯れ果てようとも、奴を必ず沈黙させ、捕らえるのだ!!」

 

繰り返される攻撃は、炎龍に確実にダメージを蓄積させているはずである。

そう言い放ちながら、悠然と炎龍に向かっていくロスキーニョ。

彼を先頭とした一団が、炎龍に上方から攻撃を仕掛けていく。

 

「睡眠魔法具!」

 

ロスキーニョは、もはや使い慣れた大笛型の睡眠魔法具で炎龍の体ではなく意識に攻撃を仕掛け、その行動を止めようと試みる。

睡眠魔道具から放出される催眠音波と催眠ガスが炎龍に眠気を齎す。使用している自分たちは中和剤によって無事であるが、炎龍には確実にその効力を発揮しているはずである。

 

そんなロスキーニョの考えは当たっており、炎龍は僅かにではあるが、自分たちに対する攻撃の精度が低くなっており、紙一重で連射されるファイアーボールや、広範囲のハイパー・ブレスをかわすことができた。

 

そのまま炎龍の鼻先を掠めるようにして、海面向かって降下していくロスキーニョ達翼龍隊。

 

「よし、いいぞ!!総員降下し、奴を引き付けた後に反復攻撃。再度睡眠魔法で奴を夢魔の世界に落としてやるぞ!」

 

その言葉に従って、ロスキーニョを先陣とした一団は海面に炎龍を引き付けるように

降下していく。

 

睡眠魔法の影響で冷静さを失いつつある炎龍は、先ほど自身が何故上昇したのかすらも忘れて、その一団の動きに釣られるように海面に向かって降下していく。

 

そうして高度が下がった炎龍に対して、船団に残っていた最後の対大型害獣用催眠音波発生装置が起動し、炎龍の意識を瞬く間に、眠りに対する本能的な欲求で満たしていく。

それによって炎龍は動きを確実に鈍らせていった。

 

「よし、いいぞ!反復して攻撃を続行だ!」

 

ロスキーニョは反転し、もう一度炎龍に睡眠魔法をかけようとする。

が、しかし

 

「グアアア!!」

 

咆哮ともに放射された炎龍のファイアーボールが、彼を騎乗する翼龍ごと焼滅せんと襲い掛かる。

咄嗟にそれを回避したロスキーニョであったが、僅かに行動が遅く、翼龍の右翼半分がファイアーボールの熱で燃える。

痛みに苦悶して失速していく翼龍と共に、ロスキーニョは海上へと墜落していった。

 

リウマード皇帝の死から3年後、ロスキーニョとカーネギーの母は死んだ。

流行り病によるもので、あっさりと死んでしまったのだ。

葬儀に出席した参加者たちは皆悲しんだし、ロスキーニョとカーネギーも同じように悲しんだ。

それから2年後、今度は父が、突然の心臓発作で亡くなり、また再び関係者が集まって葬儀が執り行われた。

ロスキーニョは思う。父と母は、兄と自分、どちらを愛していたのだろうかと。

だがしかし、2人がこの世から去った今では、もはや真偽を確かめようもない。

 

落下の衝撃で意識を落としたロスキーニョであったが、運よく溺死寸前で意識を取り戻し、急いで海面に向かって泳いで空気を吸い込んだ。

戦場では、物量で勝るテスタニア軍が炎龍を押しており、やがて炎龍は沈黙して眠りに付いた。

眠りに付いた炎龍はそのまま漁業用の大型網で捕らえられ、その身を拘束された。

戦闘終了後、救助船によって回収されたロスキーニョは、その様子を他人事のように見ていた。

 

それから数時間後、捕獲された炎龍は、近くにあった島から名を取って『ツェプター』と名付けられた。

 

 

  *   *   *

 

 

後日、またも帝都ロドムに凱旋したロスキーニョは、皇城でベルマード皇帝に報告を行ったが、そのロスキーニョの報告を聞くベルマード皇帝の顔は、何故だかとても冷めていた。

 

「なあロスキーニョ、ちょっといいか」

「はい、何でございましょう陛下」

「冷静になって考えてみたんだが……炎龍捕獲って、別に奴隷長官の仕事ではないよな」

 

 

「……は?」

 

 

「いやすまない、最近、何か妙な肩こりがしておってな、何故だろうと考えた結果、ああそうか、奴隷長官の仕事とは奴隷を管理することだったと、今になって気づいたのだ。

これまで苦労を掛けてすまないな、ロスキーニョ・ルガー奴隷長官殿よ」

 

「(今!?今気づいたのか、それ!?いやいやいや、最初に疑問を持つ部分だろ、ソコォ!!)」

 

「まあお前は私の無茶な要望にも応えてきたし、ここは皇帝として、寛大さを示してやろう。

というわけで、ロスキーニョ奴隷長官、ここに皇帝の名のもとに宣言を出す。

もう炎龍捕獲に行かなくてもいいぞ」

 

「(どこが寛大だっ!この……大馬鹿皇帝がァーーーーっ!!!!!!!!!)」

 

かくしてロスキーニョが大いに苦労した、3度にわたる炎龍捕獲は幕を下ろしたのであった。

 

 

  *   *   *

 

 

皇帝の暇つぶしが終わったことから、無事平穏な日常に舞い戻ったロスキーニョ。

彼は皇城内に備え付けられた執政室で、各所から上がってきた奴隷関連書類を裁きながら、日々充実した生活を送っていた。

時折側近役としてベルマード皇帝の仕事に付き添いながら、自国や各国の重鎮と面談する仕事もこなしていた彼は、その時も外国の特使との面談のため。皇城内を移動していた。

 

皇城内の廊下で、彼はある人物が対面からやってくるのに気が付く。

その人物はロスキーニョに気が付くと、

 

「これはロスキーニョ候、ご機嫌麗しく。これから某国の特使と面談ですかな」

「……カーネギー公」

 

ロスキーニョの兄、カーネギー・ルガー氏である。

 

何時頃からか、この兄弟はお互いを家族ではなく、国の定めた役職でその身を隔てた他人として、どこか一歩引いたところに立ちながら接し合うようになっていた。

子供の頃は、社会や世間の難しい仕組みなどなんのその、我ら兄弟を隔てる壁などなしといった関係であったのにも関わらずである。

 

「ええそうです。某国の特使とこれから茶会でしてな。その特使は自らも茶淹れを嗜むとのことで、色々と用意しているようです」

 

「それはそれは、羨ましいですな。では私も用事があるので失礼させていただきます」

 

そういって廊下を通り過ぎていく兄の背中を見ながらも、あくまでも事務的な挨拶で自身との会話を済ませていったことに、軽蔑の念を抱く。

 

「(フン、兄上よ。かつては貴方のことを、手の届かない高みにいるように思っておりましたが、今となっては私の方が貴方よりも遥かに上になりましたな。

未だ先代皇帝の流儀を押し通しているようですが、もはや我が国にとってそれは邪魔でしかない。

そのうち貴方のことは、理由をつけて消すことにしましょう。精々気を付けなさるがよい……)」

 

ロスキーニョは、もはや実の兄に対する尊敬や情愛がない事を自覚しながら、兄をいつか策に陥れることを密かに誓い、その場を後にした。

 

 

  *   *   *

 

 

さて、これまで散々苦労した様子を描写されてきたロスキーニョであるが、彼はこの国の権力ピラミッド構造の中でも割と上位に座し、その分優秀なのである。

そしてその優秀さを駆使して様々な陰謀を巡らせており、そのおかげで割と権力基盤がしっかりとしていた。

そのことを思い浮かべつつ、彼は今後のことについて考える。

 

「(ククク、着実に基盤が固まっていっている。この調子ならいつかあの馬鹿を出し抜いて皇帝の座に就くことも不可能ではあるまい。

私の野望に気づく、優秀な内偵がこの国にいない限り……な!)」

 

ククク……と人知れず心の中でほくそ笑む。

 

が、しかし……

 

 

  *   *   *

 

 

「突然ですが、尋問させていただきます」

 

職務中に突然尋ねてきた知らない男が、何人かの人員を引き連れて、ロスキーニョを皇城の個室に連れ込んで、拘束した。

 

「なんだお前は?」

 

鋭い眼光でロスキーニョを見る男は、自己紹介がまだでしたなと前置きして、名を名乗る。

 

 

「私は警邏隊内偵課の者です」

 

 

!?

 

 

 

つづく☆




以上、第2話です。
今回のお話いかがだったでしょうか。
今回は某名探偵の孫漫画の外伝作品の方を参考に、話を組み立てさせていただきました。

まあ、元の話での凶事が事前に時間をかけて仕組んで行った犯行ではないので、今回は事件が起こる前日譚というか、日本転移前のテスタニア帝国で、暴虐な皇帝に色々と苦労する中間管理職?ロスキーニョの話を描くことになりましたが。

一応炎龍捕獲と絡めて、ロスキーニョが兄殺しという凶事を実行するに足るような、兄カーネギーに対する『わだかまり』みたいなものを描きたいと思いましたが……うーん、上手く説得力を持たせられたのか。

今回は色々とオリジナルの設定や道具を出しましたが、これは作者の趣味が多量に反映されております。
翼龍が緑色の禿げ頭で、炎龍が赤くて角が付いて3倍速いとか、もう確実に国民的ロボットアニメの影響です。認めたくないものだな、自らの若さゆえの過ちというものを。

さて次回は、本格的に事件が起こって、それに絡んで様々な出来事が起こる様を作者の独自解釈によって再構築していきますが、これが果たして本編との描写と合致するのかに関して、あまり自信がございません。

そもそも今回の炎龍捕獲だって、あれハルディークが持ってきたんじゃないっけ?ってなりますし(一応魔獣の中に炎龍の名前は出てなかったはずですが)。


今回出てきた奴の設定↓
・炎龍
この世界の生態系の上位に君臨する『龍』と呼ばれる生物種の中でも、一際突き抜けた凶暴性を備えた、生きる戦闘兵器。

大きさは凡そ全長二十メートル前後、一般的な航空戦闘用翼龍のニ倍強であり、質量は火山地帯に生息し、その場の物質を取り込んでいることから比重が重く、上記の航空戦闘用翼龍の十五倍程度になる(一立方メートルあたりの比重は一.三倍ほど)。

それでいて水平飛行速度は翼龍の三倍超、一般的な翼龍が時速百五十キロ前後は叩き出せることから、少なくとも時速四百五十キロ程度の速度で飛行できるとされており、戦力換算にして一頭で龍船三十隻分以上に相当する戦闘力を有する。それは三十頭で一個団を編成するテスタニア翼龍部隊の、十個団分以上に相当する。

高い戦闘力を秘めた炎龍であるが、一般的に人間が飼いならして使役している地龍や翼龍、母龍、闘龍などと比べると、戦闘力においては非常に優れる反面、他者からの支配に抗う本能的な凶暴さからその制御は大変に困難であり、『炎龍を操る者は世界を制する』という言葉が民草の間で広く知れ渡っているほどに、その飼育管理は困難である。

無論その捕獲自体も非常に難易度が高く、通常火山地帯に生息している炎龍に近づくだけでも大変危険が伴う。

この世界の歴史上、『炎龍』を戦争の道具として利用できた国は存在しない…『炎龍』を倒す事は高度文明国家…いや五大列強国でも不可能と言われている。

しかし、それはテスタニアなど世界情勢に関する情報収集能力が低い低文明国家における認識であり、実際にはバーク共和国のように、炎龍を捕獲した後に教育、飼育環境下に置くことで制御し、軍事戦力化している国家も存在しているようである。

炎龍は、一般的な翼龍が全身緑色の丸禿頭という姿をしているのに対し、全身が赤熱化した岩や木炭といったような、明るい赤色をしている。
その表面を覆う鱗は頑丈なだけではなく、耐熱性、断熱性も高い。

瞳の色は一般的には黒色だが、稀に白目の個体もいるようである。白目の個体は詳細は不明であるが、周囲の霊的存在を感知する感覚器官となっているのではないかという説がある。

頭は非常に大きく、人間程度なら丸飲みできるのは勿論、軍馬や騎乗用地龍などを収納できる巨大な口を備えており、その口の内部では太いナイフのような牙が上下とも2列に並んでいる。

炎龍は額に通常の翼龍には付いていない一本の角がそそり立っており、その角は反りの付いた片刃の刃物のような形状をしている。この角は実際には刃物ではなく、魔力などを探知するセンサーとしての役割を果たしており、繁殖期になると遠方の同族の発する『真の龍言語』をこの器官を使うことで感知し、同族同士でコミュニケーションを取り合うことで、番となる者を選ぶ。

巨大な頭部を支える首は太く短い。

手足の四肢に加えて、飛行用の翼肢を備えており、空を飛びながらも物を掴むことができる。その六肢に備わる爪は太くて鋭い。形状、サイズ共に牛の角に似ている。

飛翔の際は、その肉体から火の粉上の物質を放出するが、それは汗腺からにじみ出た金属物質であり、僅かであるが魔性と磁性を帯びている。発光の理由に関しては、魔力によって鉄の酸化速度を加速させ、熱エネルギーを生み出し大気の温度を上げていると考えられる。

その機能に関してであるが、飛翔の際に魔性と磁性を帯びた質量物を周囲に散布することで、大気中や水中に高強度の立方格子の力場を形成してその空間そのものの粘性を上げ、更に鉄の酸化反応に伴う発熱によって大気の上昇流を生み出すことで、揚力を増していると考えられる。

炎龍は、龍という生物種に属するものの特徴として、非常に優れた魔法制御能力を保有している。以下はその例である。

◇フライ
 肉体から外部に放出した魔力によって大気の流れを制御し揚力を確保する、この世界の大型飛翔生物特有の生態魔法。
炎龍の場合は、体内の金属物質も同時に体外に放出し、それによって通常より効力を高めている。

◇ハイパー・ブレス
炎龍が体内にため込んでいる魔力を、これまた体内に溜め込んでいる金属分子と有機化合物質と結合させることで発生する粘性発炎物質を、圧縮した高温高圧空気にて体外に放射する生態魔法攻撃。

粘性物質といえども質量をもった物質がアフターバーナ―で強化されたジェット流のような強烈な高圧で放出されるそれは強力な衝撃エネルギーを発生させる。

その反動の大きさから、主に地上にて姿勢を維持したうえで使用することが多いが、場合によっては空中で用いることも可能。ただしその場合、反動によって大きくバランスを崩す恐れがあり、それによって墜落に至ったケースも報告されている。

この魔法には物質を腐食させる作用もあり、また高熱も伴い激しい炎上を起こすことから、炎龍という名称の由来ともなっている。

◇腐臭ガス放射
炎龍が体内に蓄積した硫黄や硝酸などを口部から放射する無音瞬殺魔法。
この世のあらゆる腐敗物を濃縮したような、形容しがたい強烈な臭いがする。
おまけとして炎龍本体のワキガ臭も同時に食らう。くっさー。

◇火炎弾(ファイアーボール)
体内に溜め込まれた金属分子と有機化合物、それが魔力と結合して透明な半固形の粘土のような性質の団子を形成し、その形成過程で団子の中に取り込まれた大気中の酸素が、団子の中心部で濃縮されながら有機化合物と反応することで、透明な団子の内部に高温の炎を発生させる炎系魔法。

ヒトなど他の生物も使用でき、龍種の場合でも基本的な原理、性質は同じであるが、龍種の場合は主に口部から発動される。

その理由としては、龍の咽頭には神経の網があり、また体内からの魔力が触れやすいこと、魔法に耐えるだけの頑強さを備えていることなどが相まって、口内から魔法を発動することに生物学的な合理性があることと、龍種固有の『龍言語(普通の人間の耳には聞き取れないが、龍同士や一部の亜人、また熟練した上で特殊な鍛錬を乗り越えた魔術師などが聞き取ることのできる、特殊な魔法現象)』によって魔法の制御に補正を加えているからとされている。

龍種がこの魔法を発動すると他の種族よりも規模と威力が高くなるのはそのためである。

炎龍の場合、翼龍と比べると威力、射程、連射性能で上回っており、一度に5連射したり、800メートル先まで投射することなどが可能となっている。

・大笛型睡眠魔法具
地球世界でいうところの、スイス辺りの地方で民謡楽器として使われているアルプホルンというものに形が酷似している魔道具。

睡眠魔法(眠りを促す指向性音波及び気体の合わせ技。中和剤の体内接種にて対処可能)を発生させることができる。

使用者の呼気によって内部に組み込まれた魔鉱石仕掛けが働くようになっており、そのため使用者には強い肺活力が求められる。

この魔道具を扱うのに必要なのは、知力でも技術力でもない。ただ純粋に肉体に宿る鍛え上げられたフィジカル(物理力)である。

その仕様上、音波と気体が相手に到達しなければ効力を発揮しえないが、その有効範囲は凡そ50~100メートル程度。携行性や使用時の手間などを考えると、人間同士の戦場ではあまり役に立ちそうもない。

中和剤を飲むことで効力を無効化できるのもそれに拍車をかけている。

もっぱら野生生物捕獲用の道具である。

・安眠導入魔法装置
幅約1メートルの香炉のような形の魔道具。
別に軍向けの道具というわけではなく、民間向けのものが様々な商会から割と発売されている類の生活商品であり、起動すると内部に入れられた薬剤に応じて様々な香りや薬効の気体を放出して、体をリラックスさせてくれます。
熱で薬剤を温めて気化させるタイプと、音波で気化させるタイプがあるらしい。

・火薬噴射装置
火薬を噴射する装置。地球世界でいう『ギリシア火薬』に相当する。
主に戦列艦の艦首に装備されている。エネルギー充填120パーセント、うてー!
ただし装置の品質に問題があり、火薬のエネルギーに耐えられる構造と強度になっていない(具体的には砲口付近がラッパのように広がっている。砲身が火薬の燃焼ガスにちゃんと耐えられず、砲口付近で生じる圧力の変化で砲口が花のように広がる)ために装薬の威力を上げられず、またエネルギーも拡散して弾がちゃんと真っ直ぐ飛んでくれない。
皇帝陛下がまともな銃や大砲を欲しがるわけである。

・対大型害獣用催眠音波発生装置
巨大な喇叭のような形状の魔法兵器。テスタニア帝国の技術水準では非常に複雑な機構を備える。
そのせいか、あまり稼働率はよろしくないようである。50パーセント出るか出ないか。

個人携行の大笛型睡眠魔法具と比較すると、睡眠ガスを放出しない点で劣るっているように思えるが、ガスなんて使用すればするほどその場に滞留するので、艦隊の全員に態々中和剤を配らなければならなくなるから面倒くさいガスはいらない、となった。

その分音波の射程が個人携行品よりも延長されている。効果もかなりあるそうである。

だが所詮は対大型害獣用である。船の下に付ければ魚が眠りまくって、取りまくれそうって?
いやいや魚は寝ても海面まで浮かんでこないから。

・リウマード・サルゥ・ミルガンド
テスタニア帝国先代皇帝。
穏健かつ開明な人物で、民主制度の導入や奴隷制度の廃止など、開放的な政治改革を目指していたが、(作中2046年の)15年前に惜しくも崩御する。
因みに趣味は地獄絵図集めだが、息子の性格がああなった理由はわからない。

・ベルマード・サルゥ・ミルガンド
・テスタニア帝国現皇帝。28歳。
先代皇帝とは真逆の残虐かつ冷酷無比な人格の人物であり、齢13歳の時に君臨してから奴隷制度の拡張や言論弾圧などの非人道的政策をリードした。
因みに父親の趣味は地獄絵図集めだが、本人の性格がああなった理由はわからない。

・ロスキーニョ・ルガー
テスタニア帝国の侯爵であり、奴隷長官。現皇帝ベルマードの側近役筆頭を務めている。
今作では昔から優秀な兄に劣等感と嫉妬心を抱いている設定となっており、原作とは異なった人物像となっている。
皇帝の様々な無理難題に振り回される中間管理職として、様々な苦労を背負い込んでいるのではなかろうか。
趣味は吹奏楽であり、自宅には大量の楽器が保管されている。
肺活量はそれなりに強いようである。
最近は登山やステップダンス、水泳なども学び始め、ますます肺活量に磨きがかかりつつある。


今回は以上です。次回またお会いしましょう、では。


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第3話 陰謀者たちの事件簿その1 カーネギー公暗殺未遂事件② ☆おまけ付き

※今回の話は2020年9月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品はギャグ時空につき、キャラ描写につきましては原作作品と異なる場合がございます。ご注意ください。
ではどうそ。



・前回までのあらすじ

テスタニア帝国の奴隷管理長官ロスキーニョは、ベルマード皇帝の気まぐれ発案による炎龍捕獲任務に出征し、見事3体の炎龍の捕獲に成功する。

この成功に国内での権力が盤石になる中、悪道を突っ走る彼のもとに警邏隊の内偵を名乗る男が現れた。

数多くの贈賄にて経歴真っ黒焦げの彼の身は、一体どうなってしまうのか!?

因みにロスキーニョは難を逃れます(ネタバレ☆)

 

 

【シリーズ『陰謀者たちの事件簿』その1 カーネギー公暗殺未遂事件②】

 

 

  *   *   *

 

 

「私は警邏隊内偵課の者です」

 

!?

 

突然訪ねてきた男の存在に、疑問を抱いていたロスキーニョは、彼が国内、特に政府の悪事を探り、断罪の刃にかける恐るべき存在、内調であることを知り、動揺していた。

 

「(いるのかよ!内偵いるのかよ!)」

 

動揺するロスキーニョは、もしや自身の関わってきた数多くの悪事がばれたのか!?と思い、額に静かに汗が流れ始める。

そんなロスキーニョの様子を気にしているのかいないのか、特に表情や態度を変えることもない目の前の男は、言葉を続ける。

 

「昨日、この皇城内で賄賂の受け渡しが行われていたというタレコミがございました。侯爵閣下には念のため、昨日の行動についてお話を確認させていただきます」

 

それを聞いてロスキーニョは、心の内で人知れず動揺する。

何故なら彼は、昨日どころか何度も莫大な賄賂を各所から受け取っているからだ。

 

「(くそ……!!祈るしかない、この内偵がポンコツであることを祈るしかない……!!)」

 

ロスキーニョ絶対のピンチ!果たして彼はこの危機を乗り越えることができるだろうか!?

尋問後……

 

「失礼いたしました侯爵閣下! あなたが賄賂を受け取った証拠はございませんでした!我々は引き続き贈賄事件を捜査いたします」

 

そういった内調の捜査官は、引き連れた部下と共に帰っていった。

 

「(よしっ!!ポンコツだ!!)」

 

内偵の無能さのおかげで賄賂の受け取りがばれずに済み、安心するロスキーニョ。

彼は、さて疑いも晴れたことであるし、今後も賄賂をじゃんじゃんもらい受けるぞと、気持ちを新たにしていた。

 

がしかし、彼に待ち受ける困難は、これで終わりではなかった。

 

 

  *   *   *

 

 

「侯爵!捕らえた炎龍ですが、非常に衰弱しきっております」

「……なんだと?」

 

尋問の翌日、執務室で積み上げられた書類を前に、承認のサインを筆記する仕事をしていたロスキーニョは、突然の部下の報告に対して意表を突かれていた。

 

「どうやら地下牢の環境が合わないようでして、まるで雨に濡れた子猫のように弱っております」

 

そう報告した部下は、閣下いかがなさいますか?とロスキーニョに支持を仰いできた。

こうして内偵調査での尋問に引き続き、ロスキーニョは炎龍の飼育問題に直面することとなった。

 

「(あれだけ苦労して捉えた炎龍……万が一死んだら、また捕獲に送らされる!)」

 

もしまた炎龍の捕獲などに送られたら、今度こそ命はないかもしれない。

炎龍の痰で頭かち割られて死んでたまるかと、ロスキーニョはすぐさま部下に指示を飛ばす。

 

「よし!私の許可で魔導士を遣わそう!いいか、絶対に死なすのではないぞ!」

 

そして急遽呼んできた龍生物専門の医療魔導士に、地下牢の中で衰弱しきっている炎龍の様子を診せる。

衰弱しきった炎龍を診た魔導士は、ロスキーニョに診察結果を伝える。

 

「運動不足ですね。狭い牢屋の中で、すっかり筋肉が硬くなってしまっています。それと栄養状態もよくありません。ストレスによる肉体の負荷も相当に蓄積しております。こんな状況では、とてもじゃないですが闘獣としての活躍は見込めないでしょう」

 

「どうしたらよいかね?」

 

ロスキーニョの質問に対して、魔導士は冗談のない至極真面目な顔で返答する。

 

「いいですか、よく聞いてください……彼らを自由に遊ばせてあげてください」

 

「……は?」

 

「しっかりと餌をあげて、広い場所で遊ばせてストレスを発散させてあげてください」

 

「え、炎龍を解き放てと?」

 

「ペットの世話は飼い主の義務ですよ、ロスキーニョ侯爵閣下」

「(こいつ炎龍をペットって……私はあいつらの飼い主じゃないわーっ!)」

 

そう思いながらも、何故か管理権が自身のものになっていた(皇帝直々の勅令による)ことから、どうにか対処しないといけないため、知恵を絞っていた。

 

「うーむ、どうしたらよいだろうか。炎龍たちを運動させねばならないといっても、勝手に外に出したら粛清されるし、かといってあの皇帝に意見を仰ぐのも嫌だからな……困ったものだな」

 

そこに部下の男が、何やら報告書を持ってくる。

 

「閣下、首都水道局に派遣する奴隷についてですが……」

 

部下が偶然言った、水道という言葉にロスキーニョは反応し、名案を思い付く。

 

「そうか!水道だ!」

「は?あの、閣下……?」

 

後日、水道局から首都地下の地図を取り寄せたロスキーニョは、その図面を見て自身の名案の成功を確信した。

 

「やはりそうか……私はついている」

 

テスタニア帝国の首都には、膨大な数の住民の生活を支えるための大水道が走っている。

そして炎龍を隔離している牢屋の斜め下にも、地下大下水道の空間があったことから、そこを改造して炎龍の運動スペースとすることを、ロスキーニョは思いついたのである。

 

水道局の長官と会談し、特殊な交渉術(贈賄)で水道工事を行うことを約束させ、皇帝に秘密でこっそり地下大水道と炎龍の牢を繋ぐ工事を行い、地下牢と下水道を繋げる秘密の抜け穴をくり貫いた。

 

大勢の帝国民が毎日出す膨大な量の生活排水が流れてくるそこは、密閉された熱い空間の中で、水と共に流れ着いた生ごみや糞尿などの様々な有機物が腐敗を起こし、発酵することで様々なガスを発生させており、人間にとってあまり過ごしやすい環境とは言えなかった。

 

しかし、元々火山地帯で過ごしていた炎龍にとっては、その空間はむしろ本来過ごしていた火山に近く、むしろ快適な空間となっていた。

 

そんな空間を与えられた三匹の炎龍たちは、限られた空間ではあるものの、牢屋より広くて身体のこりをほぐせる運動が行えることから、不調が治っていった。

 

更に、地下に出没する新鮮な生き物たちを食らうこともでき、更に発酵した食べ物という『嗜好品』と、あらゆる栄養素が詰まった『下水』という御馳走に囲まれたこともあって、みるみるうちにストレスを晴らしていった。

その結果……

 

「なんだか最近炎龍元気じゃないか?」

「そうだな。あれなら皇帝陛下の機嫌を損ねることはなさそうだ」

 

炎龍の世話をする兵士たちの会話を聞いて、ロスキーニョは一先ず安心する。

彼は最近すっかり日課となった、秘密の抜け穴を塞ぐ隠し扉を魔導仕掛けで解放する仕事にすっかり慣れ切っており、牢から水道に移動してくつろぐ三体の炎龍の様子を、巧妙に隠蔽して設けられた水晶製の隠し覗き窓から見て、心を和ませていた。

 

「ははは、最初は恐ろしい怪物だと思っておったが、こうしてみると実に可愛らしい蜥蜴ではないか」

 

ロスキーニョは、自身が世話を取り仕切っている3体の炎龍に対して、愛着が湧きつつあった。

 

「なんだろうなこの感覚。世間の荒波を離れてゆっくりと落ち着ける……これが幸せというものか」

ロスキーニョは、苛烈な職務の合間にほんの少しだけ挟まれる何事もない時間に『癒し』を感じながら、心を穏やかにしていた。

 

昼間に地下牢の秘密扉を開けて炎龍たちを広大な自由空間を持った『牢屋』として改築された地下大水道の一区画に移動させ、夕方の日の沈むころに他の区画からくみ上げた水を流し込むことで炎龍たちを地下牢まで戻す、そんな単純な作業が、ひたすらに平穏の象徴あった。

 

「できることならこのまま一生、ここで炎龍を見ながら余生を過ごしたい……」

 

心を穏やかにするロスキーニョは、そんな密かな願いを胸に秘めつつ、日々帝国を牛耳る陰謀を巡らして、充実した毎日を送っていた。

 

だがしかし、そんな状況はある日を境に一変してしまう。

 

日本国の出現である。

 

 

  *   *   *

 

 

突如として異世界に出現した地球世界の国家、日本。

2045年の時間からやってきたその強大な国家は、その優れた技術力と人間力をもって、瞬く間にロイメル王国とアムディス王国含むドム大陸国家と国交を結び、勢力を増大させた。

そして、そんな日本に愚かにも宣戦布告してしまったテスタニア帝国は、動員した兵20万のうちの18万が4日も経たずに全滅し、更に奴隷の突然の大量失踪と、それに同調した反乱もあって、瞬く間に敗走していった。

 

「悪いがベルマード皇帝はここまでの男のようだ。もはや見捨てるしかない。

まあ、あれはあまりに愚かすぎたからな、当然の報いといえよう。

さて、私は日本国と兄上に協力し、隙を見てこの国を支配してやることとしよう。

恐らく一番の障害は兄上だな。ここは私直接動くとするか……」

 

ロスキーニョの予想通り、ベルマード皇帝は瞬く間に進軍してきた日本国の自衛隊に捕らえられそうになった。隙を見て逃げ出したものの、どこかに消えて未だ姿を現さない。

恐らく戦闘のどさくさに紛れて死亡しただろう、と推測したロスキーニョは、戦闘終了後、早速怪しげな動きを見せ始めたカーネギーの後をつけ、その目的―先代皇帝と共に葬られた法案の復活―を知って、自らの野望が阻まれようとしていることを理解すると、実の兄であるカーネギーを自らの手で謀殺した。

ボウガンの矢が体に突き刺さり、帝都郊外のファムスの丘の高台から落ちて、下にある川に流されていくカーネギーを見ながら、ロスキーニョは呟く。

その声は冷酷でありながらも、どこか哀しみの色を帯びていた。

 

「……永遠の別れだ……兄上………(例え血を分けた兄弟といえど、邪魔ならば廃除するのに躊躇はない。

あれの失態は先代の皇帝を敬愛しすぎたが故に、時流の読みを間違えたこと。

それで私が勝った。最後の最後で愚かだったな、兄上よ。

これからは私が帝国の皇帝として、あなたに代わりこの国を導いて行きます

そう、この国をより強大な『力』でね……)」

 

皇帝と兄いう2人の邪魔者が消えたことで、遂に表に表れ始めたこの男の野心。

テスタニアはこのままロスキーニョの持つ『狂気』という名の闇に支配されてしまうのか?

 

 

が、しかし。

 

 

ロスキーニョが兄であるカーネギーを謀殺した数日後、日ロア同盟との会談を前にして、突如失踪してしまったカーネギー公に代わる代表者を選定する会議に、ロスキーニョは出席していた。

無論野心溢れる彼は素直に日本と会談するつもりなど微塵もなく、ある計画を立てていた。

 

「(ククク、会談に表れる日本、ロイメル王国、アムディス王国の特使を捕らえて人質にし、例の『雌エルフ』との交換のだしに使う……奴らは確実に要求に応じるだろう。その愚かさゆえにな。

そして『雌エルフ』を手に入れて、その力を利用することで、私は炎龍たちを完全に支配下に置く。

手元に置きながらも、頬を撫でることすらもできない炎龍たちを……

ハルディーク皇国も狙っているようだが、3体の炎龍を操る我らならば、かの国をも退けることができよう。

そして列強国を超えた力で、私は世界の全てを……

……フフフ、我ながら名案だな。絶対に我が国をより強大な帝国へと変え、かの列強国すらも凌ぐ世界最強の支配者として君臨するのだ!)」

 

自身の壮大な野心計画に酔いしれるロスキーニョは、筋書きどおりに事を進めるべく、予め内通者としてリマーベル・サナル伯爵、クリフトフ・ビュース伯爵、ベーデル・ビョルリンゲル子爵を用意した。

万全の態勢を整えた彼は、会議という名の茶番劇の始まりを今か今かと待ちわびていた。

 

さて、そうして彼が赴いた会議会場では、参加者たちが絶対に姿を現すことのないカーネギーの登場を待ちわびるも、ロスキーニョの策略によってそれは実現しなかったため、カーネギーがいないまま始まることとなり、この場に邪魔者などいないと密かに喜んでいるロスキーニョが会議を私物化するべく動く。

 

が、しかし。

 

「では……先ずは立候補者を―」

会談のために代表者を選定し始めた議長の言葉に、即座に反応したロスキーニュは、キタッ!と思いながら自ら躍り出る。

「(キタッ!)では私―」

 

まずは先手を取る、そうすれば議会の流れを掌握できると思い、ロスキーニョは先走った。だが、事態は彼の予想外の方向に進んだ。

 

「―確認する前に、議長である私から1人推薦者がいる!」

 

 

「―が立候補を……(……ん~?)」

 

思いもよらない議長の言葉に、機先を取ろうとしたロスキーニョは困惑した。

 

「(……うわあ思いがけないフライングスタート!?なんだなんだ?一体全体何が起こったぁ?)」

 

まさかの事態に思わず困惑するロスキーニョ達を余所に、議長は突如ギリガン・スウォルト侯爵を推薦したいと思っている、と言葉を続け、ロスキーニョを驚愕させた。

議長の推薦に、普段は銀鎧を着た猛将としての姿を広く知られているものの、今回は地球でいうところのトーガに似た白い衣服で身を整えているギリガンが、喜んで引き受けましょう、というと、その場の議員たちは興奮してオォォォーーーーーーーーー!!と雄たけびと喝采を上げた。

議長の先の読めない言動によって状況が思いもしないものになったことに困惑しながらも、ロスキーニョ以下の陰謀に関わる面々はどうにか支配権を握ろうと、あの手この手で会議の流れを自分有利に整えようとする。

まず動いたのはクリフトフ氏である。

 

「ちょ……ちょっとお待ち下さいッ!」

 

クリフトフは語る。

ギリガン侯はつい数年前に『侯爵』の称号を与えられたばかりであり、侯爵として働いた経歴、経験が浅いこと。

それに先日の海戦で、大敗を喫しながらもおめおめと逃げ出した、所詮腰抜けであったこと。

そんな人物がこの栄えある帝国の代表者として選ばれることに、自身は納得出来ないが、皆はどうであるのか、と。

 

クリフトフの咄嗟の機転に、人知れずロスキーニョはガッツポーズを上げた。

 

「(いいぞクリフトフ伯爵!さすが私が見込んだ小物、こういう場面で頼りになるな!そのままギリガン候を扱き下ろしてくれ!)」

 

そしてクリフトフの機転によって、議会の流れが自の望む方向に変わり始めたのを見たことで、ロスキーニョは人知れずほくそ笑んだ。

 

が。

 

「別に『侯爵』になったばかりでも良いではないですか?それに……海戦で戦った相手は『ニホン国』、負けるのは(かつてと違いその実力が判明した今でこそ言えることですが)致し方なかったでしょう。

むしろ(絶望的な状況下で)兵を悪戯に減らさずに賢明な判断力で撤退というある意味勇気のいる行動を取った。

(問題が全くないとは言いませんが)彼は十分代表者としての資格はありますよ、そうは思いませんか、クリフトフ殿?」

「よ、ヨドーク公……!?」

 

クリフトフの意見は、ヨドークによって冷静に退けられてしまう。

突然の横やりに、思わず挙動が乱れてしまうロスキーニョ一行。

 

「(くそう!折角議会の流れが変わってきていたのに!クリフトフやっぱり役立たず!)」

 

事態に対応しきれないリマーベル、クリフトフ、ベーデル達3名は、揃ってロスキーニョへ視線を向け助けを求める。

 

「(ロスキーニョ侯爵……ボスケテ……)」

 

そんな三名の情けない失態に、ロスキーニョはかなり焦る。

 

「(うわあこいつら……凄く役立たず。3人寄れば文殊の知恵とは何だったのか)」

 

何故か日本の諺を知っていたロスキーニョは、どうにか話をそらそうと、話題の焦点をずらすために議長に話を振る。

 

「少し宜しいでしょうか議長殿?

確かにギリガン侯は軍人としては非常に優秀なお人です。それは私も認めています

(そう、確かに軍人としては優秀な部類に入るのだろう、だが……)」

 

ロスキーニョは口ではギリガンを讃えたものの、心の内では『最も、兄上に似て甘い理想主義などに陶酔するような、所詮頭の緩い愚かな老人に過ぎないがね……』などと、ギリガンに対する蔑視の念を抱えて嘲笑していた。

ロスキーニョの言葉は続く。

 

「ですが……そんな根っからの軍人をこの国の代表者とするのはいかがなものかと思います(という理屈で納得しろ!)。

ましてや一度敗戦を喫した軍人など……納得しませんよ、私は(理屈なんぞどうでもいいが、私は絶対認めん!)」

 

ロスキーニョは、一度はギリガンを讃え上げることで歪んだ自己愛に凝り固まった悍ましい本質を他者に悟られないように工作した上で、最もらしい理屈をつけてギリガンの能力不足疑惑を浮き上がらせてみせた。

この巧みな弁舌技術こそが、これまで皇帝の側近を務めあげてきたロスキーニョの得意とする、他社を蹴落とす必勝の策略術の根幹であり、咄嗟の機転を利かせたロスキーニョのその巧みな弁舌に誘導された周囲の議員は、議長のギリガン推薦に反論を立て始めた。

 

「い、言われてみれば確かに……そんな気がしないこともないかなあ?」

「確かに軍人を国の代表者として行かせるのは……チョットなぁ、まずいかも」

「そうですな、あの男は、一度この国を敗北へと導いた男だ!……そんな男に会談など任せたら、またどんな失態を犯すか!」

 

「(フフフ、例え権力の座に着いていようと、所詮こいつらはノリと勢いで生きている下劣な存在……賢人が小難しい言葉で語る真実よりも、阿呆が大声で叫ぶ支離滅裂な嘘を信じ込む愚かなサルに過ぎん……)」

 

野次馬と化した議員達に、いいぞお前ら!と密かに声援を送り始めるロスキーニョ。

議会の流れが自分優位になってきたのを見計らった彼は、ここで勝負に出る。

 

「国の代表者には『知識』『教養』『統率力』『支持率』が必要だ。

そしてカーネギー公にはその全てを兼ね揃えていた……」

 

嘘さ、兄上にそんなものはない、あるのは私だというのがロスキーニョの真意。

だがこの男は勝負に勝つためならば、いくらでも外面の良い嘘を吐き続けることができる。

そしてそのことに対し、この男が疑問や迷い、躊躇を抱くことはなく、反省もない。

彼こそはロスキーニョ・ルガー。権力欲に凝り固まり、他者を蹴落とし続けてきた悪魔のような男であり、時代の覇者の座を狙う陰謀者である。

その陰謀者の演説が、最高潮に達する。

 

「だがしかし!!そのカーネギー公が『賊徒に射られ死んだ』今!!

その代わりとなる新たな逸材人を代表者にする必要がある!!

よって……代表者にはカーネギー・ルガー公爵の弟である……この『ロスキーニョ・ルガー侯爵が引き受けます』!!」

 

やるべきことはやりつくした、後は周囲の反応次第だ、と身構えるロスキーニョ。

 

その演説が終わった時、まず一瞬の静寂があった。

だがそれはすぐに熱狂へと変わった。

 

―おおおおお!―

 

ロスキーニョの演説に感銘を受けた議員たちが盛り上がる。

 

ロスキーニョの演説で使われた言葉も仕草も、全ては計算の上に成り立つ偽りだらけのはったりだ。

 

だがそのはったりを利かせた欺瞞塗れのロスキーニョ一世一代の大芝居に、リマーベル、クリフトフ、ベーデル達も乗っかかり、場の空気はロスキーニョ一色に染まる。

そして議員たちが喝采し始め時、ロスキーニョは勝利を確信した。

 

「(決まったな!これであとは会談に赴き、計画を実行するだけ……)」

 

もはやこの流れは誰にも止められない。議長やギリガンといった障害に思わず焦ってしまったが、最後はやはり自分の思い通りになる、それこそがこの窮屈で下らない世界の法則であり、神の作った絶対真理なのだ……そうロスキーニョが勝ち誇っていたその時であった。

 

先ほどから沈黙し、静かにロスキーニョの演説を観察していた議長が口を開いたのは。

 

「それは……少し可笑しな話ですなぁ、ロスキーニョ候」

 

突如議長が、場の熱狂に水を差すような一言を漏らしたことで、場の空気が覚め渡り、しんと静まり返ったような緊迫した空気に変わる。

 

「…それは……一体どういうことでしょうか?(!?……何に気が付いたのだ!?)」

 

議長は特徴的な髭を何回か撫でた後、ロスキーニョ侯の方に威圧的な目を向けながら答える。

ロスキーニョはその議長の不審な態度に、つい気圧されてしまう。

 

「(な、なんだこいつ……目力が凄い。まるで4択クイズの答えを精いっぱい引き延ばす、色黒の司会者のそれなんだが!!)」

 

なぜかまた日本人にしか通用しない、しかも微妙に古い例えを頭に思い浮かべながら、顔を僅かに強張らせるロスキーニョ。

その妙な態度に気づいたのか、議長は一瞬にやり、と不敵な笑みを浮かべ、こう言い放った。

 

「ロスキーニョ侯―私は……

 

カーネギー公が『死んだ』などとは一言も『言っていませんが?』」

 

「―なっ!?」

 

ロスキーニョはその瞬間あっ、しまった、と思った。

彼は理解してしまったのである。自らの犯した、全てを台無しにする失態に。

 

そんなロスキーニョの前で、議長のロスキーニョに対してのみ残酷な言葉は続いていく。

 

「フゥム、実に可笑しな話だ。

私は、カーネギー公は『不在』と言った。

だが、貴方は『死んだ』と答えた……それも『賊徒に射られた』という理由も付けて……

それは何故でしょうか?」

 

議長の言葉を聞いたロスキーニョ候は、そう、そこだと、自らの犯した覆しようのないミスを振り返り、悔しんだ。

先ほどの『賊徒に射られた』というくだりは、後日捜査が入った際に誤魔化すために、予め用意していた『虚偽の事件内容』だったからだ。

本来なら買収した捜査員に語らせるはずだったそれを、先ほど冷静さを失った際に思わず言ってしまったのだ。

自ら発案した策に、自らの掘った墓穴で嵌る……それはロスキーニョのような陰謀者にとって、最大の屈辱であった。

そして、議長の指摘をきっかけにして、他の議員も先ほどまでのロスキーニョたちの不審な行動に気づき始める。

 

「そういえばそうですな。一体ロスキーニョ侯はどこからそのような情報を得たのでしょう?―不自然だ」

「自身の兄を簡単に『死んだ』という人は普通いませんね―その実行に関わった者でなければ」

 

議員たちが口々に不審点を上げ始めると、追い詰められ始めたロスキーニョは、だがしかしこの状況に心が追いついていなかった。

 

「(野次馬、心変わりはっやい)」

 

ロスキーニョは、変わり身の早い議員たちの動きに、もはや警戒すら通り越して、(疾きこと風の如く……これが野次馬騎馬隊かあ~)と、賞賛の意すら湧き上がっていた。

 

「そういえば先ほどからリマーベル伯、クリフトフ伯、ベーデル子爵もやたらとロスキーニョ侯を立てているような?はて、一体どのような事情があるのでしょうかねぇ?……」

 

妙に鋭いことを言う議員たちの言葉に、もはやロスキーニョの世間体は崩壊寸前であった。

 

「(ええいおまえら……やめろ、やめてくれ、揃いも揃って、みんなの前で行動の粗を言うのはもうやめてくれっ!!)」

 

あまりの屈辱に、『恥』という言葉が何度も脳裏をよぎっていくロスキーニョはしかし、無駄と理解しつつも自らの置かれている逆境を覆そうと試みようとした、その瞬間。

その場に、ロスキーニョが一番予想していなかった人物が現れ、遂に事件の真相が明らかになったのである。

 

「もう苦しい言い逃れはよせロスキーニョ侯」

「ッ!? その声、まさか……(まさかまさかまさかまさか!馬鹿な!?)」

突如聞こえてきたのは、ロスキーニョにとって『とても聞きなれた声』であった。その声がする方向へ議会の一同が一斉に目を向けるとそこには……彼が自らの手で殺め、川に落ちたはずのカーネギーが立っていたのである。

 

「あ、兄上ッ!?(なんで生きてるの!???????????)」

 

死んだはずの兄のまさかの登場に、ロスキーニョの顔が思わず真っ青に染まる。

 

「幽霊ではない……ホラッ!足もちゃんとあるぞ」

 

目の前の兄が幻ではなく、生存した本物の兄であることを理解したロスキーニョは、更に顔を青く染め、むしろカーネギー以上に幽霊のような姿を晒す。

 

「(ああああ足なんてあんなの飾りだろう兄上ェェ!?)」

 

80パーセントの完成度の理論―何の理論かは不明―で所詮偉い人であるカーネギーに口出ししそうになったロスキーニョはしかし、その言葉を口に出すことができないほど焦燥しており、焦燥のあまり口から黄色いビームのようなものが吹き出そうになっていた。だがそれを出すとCERO的に大変なことになるので、必死で留めていた。

 

「(ああ、不味い出そう……それはそれとして、問題なのはあの状況で兄上は確実に死ぬはずということ!何故生還を……)」

 

そう思いながら兄を動揺した目で見ていたロスキーニョは、カーネギーが少し横に動いた時に背後から姿を現した、兎獣人バンデットバニーの子供に気が付く。

「(なんだこの子供は?兄上の小姓か?)」

ロスキーニョはそれをカーネギーの『奴隷』だと思ったが、その子供が発した言葉に、思わず自らの耳を疑った。

 

「戦争が終わって……母さんと『父さん』と一緒に国へ帰ったんだ…。

その後すぐに『父さん』は「大事な用があるから」って言って、直ぐにお城へ行ったんだ。

僕は人目のつかない川沿いの森で一人で遊んでたら……聞こえたんだ。

だんだん弱くなってくる…『父さん』の心臓の音が……そしたら」

 

怪我をしたカーネギーが見つかった、というわけである。

 

ロスキーニョは最初、『父さん』が誰のことを指しているのか理解していなかった。しかし目の前の兎獣人の子供を優しく撫でる兄の姿と、そんな兄を安心しきった目で見つめる子供の姿を見て、全てを悟った。

 

「(お父さん!?……兄上に息子だと!?

兄上に獣人の子供がいるなんて、そんな報告一切受けてないぞ!?

私身内なのに!?なんですけど!?)」

 

ロスキーニョは、身内の突然のカミングアウトに頭がついていけない、中高年の悲しい性を発揮して、状況を理解しながらも現実として受け入れることができなかった。

 

そして、子供が兄を助けたこと、その兄が生きてこの場にいることで、その場の全員が事情を悟ったことを、ロスキーニョは思い知ることとなる。

 

やがて数人の警備兵に取り囲まれたロスキーニョは、最後の望みとして、議会席にいたリマーベル伯達に助けを求める目を向ける。

 

「(そうだ、リマーベル伯!クリフトフ伯!ベーデル子爵!助けてくれ!頼む……なあ……)」

 

しかし、彼らはシラを切るような素振りを見せ、目立たないようその場を後にした。

 

だがそのことがかえって、ロスキーニョの『黒さ』を証明することとなったのである。

 

(はぁッ!?……あ……あぁ……なんで……なんであいつらあああっっっ!!!!)

 

ここで望みを絶たれたロスキーニョは……『狂った』。

この時彼の胸の内に宿ったのは絶望と憤怒、憎悪、そして『悦楽』。

これまで自身が纏ってきた嘘という名の鎧を取っ払って、裸の本性を現したことで、この世の全てを下らぬ茶番と嘲笑いながらも、激しく嫌悪し否定せんとする狂人の精神領域に足を踏み入れてしまった……

否、既に足を踏み入れていたものの、これまで表層に出てこなかった醜い部分が、ようやく自制の窮屈さから解放されて誕生の産声を上げたことで、実体を得たのである。

そして狂人と化した彼は、その感情の対象をこの国の全てに対し向けることで、人の姿をした『悪魔』へと変貌した。

 

「ヒヒヒ……ィ」

 

狂ったロスキーニョは声を上げて大きく笑う。新たに地上に生まれた悪魔の産声が、世界を埋め尽くさんとするかのように……

 

「ヒィ〜ヒヒヒヒッ!

アヒャッ!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャー!

ケヒィーッ!短けぇ夢だったか………もう………

 

もういらねえやこんな国!があああああああああああっ!」

 

そうしてテスタニア帝国を手に入れることを諦め、滅ぼすことを独善的に決定したロスキーニョは、周囲の警備兵に取り押さえられながらも、隠し持っていた携帯用魔伝石を使って、炎龍の閉じ込められている『赤門』を管理している、常勤の兵に門を開放する指示を伝えることに成功した。

 

 

「(陰謀って……最後は結局フィジカル!キヒッ!)」

 

 

  *   *   *

 

 

……さて、ロスキーニョが密かにそんなことを考えている頃、彼の連絡を受けた赤門では、駐留する兵士たちによって炎龍を解き放つための作業が慌ただしく行われていた。

 

赤門の近く、地下に建設された赤門管理室の中で、兵士たちが壁に開けられた穴から出ている、何処かに繋がった紐を引っ張って、赤門の仕掛けを駆動していた。

 

「Fours gate open! (4種の拘束制御術式解放!)

Force gate open!(軍用拘束制御術式解放!)

Quickly! Quickly! horse gate open!(早く!早く!軍馬の疾走のように拘束制御術式を解放せよ!)

Fourth gate open!(第4拘束制御術式解放!)

20 seconds before. All out! Pull the throttle! All right Let's go!(20秒後、水道弁開き牢内に注水を開始せよ!)」

 

厳重に施された4種の軍用魔法防壁が解除され、まず第1防壁である巨大な魔鉱金属板張りの木製扉(大きな一枚の鉄板を作れないため木材に小さな魔鉱金属板を何枚も張っている)の地上3か所の赤門が、特殊な魔法仕掛け(魔導蒸気を使った古代ローマ式自動扉開閉)によって左右に開いていく。

その中には地下に続く坂道が見えるが、その途中には地上赤問と同じような扉が3枚続いており、それらも地上3か所の第1門と同じように魔法仕掛けで開いていく。

その厳重な扉の奥にこそ、炎龍たちが隔離されている地下牢が存在していたが、その地下牢では地下大水道からくみ上げられた水が、秘密裏に通された水道を通して地下牢の天井や側面の壁などに設置されているスプリンクラーから放出されることで、地下牢が水浸しになって沈み始めていた。それにより、そこにいる炎龍たちは強制的に牢から追い出される。

 

ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ〜ッ!という地響きが地上を震えさせるほどに、その工程は大掛かりであった。

 

そうして強制的に地下牢から這い出てきた炎龍は、久しぶりに見る太陽照り付ける地上世界に、猛烈な鬱陶しさを感じながらも、自由という概念を記憶の底から蘇らせて、これまでの地下生活の鬱憤を爆発させていた。

 

―ギャオオオオオオオオオオオオオッ!!!!―

 

憤怒の籠った咆哮を高らかにあげるのは、ロスキーニョが苦労して捕獲し、その後も色々と趣向を凝らして飼育していた3体の炎龍。

 

―『ヘトヴィヒ』―

 

―『シュナーベル』―

 

―『ツェプター』―

 

巨大な翼を羽ばたかせるたびに、多量の火の粉を蝶の鱗粉か、さもなくば名探偵の孫のジッチャンのフケのように撒き散らしながら、大空を優雅に飛行する。

地下に這いつくばる亡者から、空の王者としての権威を取り戻したそれらは、もはや人間の支配を受けつけることなく、破壊者としての本能のままに帝都を襲う災害と化した。

 

 

   *   *   *

 

 

ロスキーニョが苦労して捕獲した3体の炎龍が地上に解き放たれる。

地下の密閉空間で長い年月に渡って、寝て食って遊ぶ自堕落生活を送っていたことですっかり英気が養われていた炎龍は、久々の地上に興奮しながら、空と大地という広大な世界を支配していたことを思い出すかのように、激しく暴れ回り始めた。

このまま地上は地獄に変わってしまうのか?

 

「いいぞ、ヘトヴィヒ シュナーベル、ツェプター!このままこの国を亡ぼすのだ」

 

3体の炎龍の活躍に心振るわせ、興奮するロスキーニョ。

生まれ育った世界への未練を断ち切るかのように、悪意に塗れた凶悪な心をさらけ出す。

その解放感は、これまで仕方なく抑圧していた分の反動で、実に快適な気分を味わっていた。

世界の全てが自分のもののような万能感に、精神が肥大化していくロスキーニョ。

が、しかし。

 

 

―「『新しい友達』に助けてと伝えるんだ」-

 

 

カーネギーの秘密の作戦によって、日本国航空自衛隊の戦闘機であるF-35Jが颯爽と登場したことによって状況は一変する。

 

F-35Jは地球の先進科学によって実現した、炎龍をも凌ぐ高度な戦闘能力をもって、瞬く間に3体の戦闘力を奪っていった。

F-35Jから投下される細長い槍状の形をした巨大な武器―ミサイル―が、その後部から爆炎を吹かせながらこの世界のどんな弓矢よりも凄まじい速度で飛翔し、更に風や重力による影響に縛られない自由かつ意図的な軌道を描いて炎龍に着弾する。

 

―ドドドドォォーーーーーーンッ!!―

 

地球世界製の高性能炸薬を凡そ10数キロほども積むことで、大型爆撃機ですらも破壊しうる威力を発揮する中距離空対空ミサイル。この世界の対空兵器で比類するものがないほどに強力な破壊力を秘めたそれの爆発をまともに食らい受けることで、瞬く間に重傷を負っていく炎龍たち。

養った生命力のおかげか、3体の炎龍たちはミサイルの一撃にもなんとか耐えることに成功していたが、爆発の衝撃と飛散した破片によって、大木のように太ましい腕は無残に千切れ、要塞の壁のようだった鱗は掘り返したように捲れ剥がれており、肉体の半分以上から出血するほどの深刻な傷を負っていた。

警備兵に身を拘束されながらも、議員達と共に避難しながら偶然空を見上げた時にそれを目撃したロスキーニョは、あまりの事態に驚きを露わにする。

 

「な、なんだあの武器はっ!?ヤバイ!!!」

 

爆発する兵器自体はロスキーニョも知っている。所詮火薬というものは、低い文明に属するテスタニアにおいてもその存在を知られており、多少の保有もしている(だからこそ銃や大砲も製造に踏み切ったのだ)。

しかし日本の未知の兵器から放たれた武器の破壊力は、ロスキーニョの、いやこの国の全ての人間の知る火薬の破壊力とは、あまりに格別した凄まじい威力を発揮していたのだ。

 

「日本の力があそこまで強力だとは予想外だ……に、逃げるのだ炎龍よ、ヘトヴィヒ、シュナーベル、ツェプター……!!」

 

重傷を負いながらも、その瞳に闘争心を燃やしてF-35Jとの戦いに挑む3体の炎龍。

しかし炎龍がF-35Jを獲物として捉える以上に、炎龍を獲物として捉えていたF-35Jは、ロスキーニョの悲壮な願いを木っ端みじんに討ち砕くかのように、再度ミサイルによる大変遺憾である無慈悲な攻撃を行い、そして今度こそ炎龍の肉体に致命打となるほどの損傷を与えた。

 

―ドドドドーーーン!!!!―

 

それによって最後の生命力を喪失した3体の炎龍の肉体が、地上に墜落していく。

ドシン、という轟音と共に大地を打った炎龍の肉体は、もはやそれが魂の抜けた肉殻ですらなくなって、静かに横たわっていた。

その光景を見たロスキーニョは、あまりの大きな悲しみに、肉体の力全てを使って慟哭した。

 

「ヘトヴィヒー! シュナーベルー! ツェプターーーー!うおおおおおっーーーー!!!!

……アーハハハハハハハ!!!!!なんてこった!アーハハハハハッ!!しんじまった!!えんりゅうが、さんびきのえんりゅうがバアーンって、バアーンって!!!!

 

……嘘だ嘘だ嘘だッ!こんなこと起こってたまるか!はははあぁっ!!」

 

三頭の炎龍を失って、ロスキーニョは慟哭した。

ロスキーニョにとって、彼らは皇帝の無理難題によって芽生えるストレスからロスキーニョを守る、心の支えとなっていたのだ。だがそうであったからこそ、彼らの喪失で心に強い衝撃を受け、そしてそのことが彼の狂った心を激しくかき乱して、一周回って奇跡的に正常な思考に戻った。

 

だがしかし、正常な思考を取り戻しながらも今の自身の状況に納得がいくはずもないロスキーニョは警備隊に取り押さえれれながらも、その場で暴れだしていた。

 

そんな取り乱している彼の哀れな様子を見て、冷たく声を投げ掛ける者がいた。

 

「哀れなものだなロスキーニョ、私の弟よ」

 

ロスキーニョの兄であり、陰謀によって命を落としかけたカーネギー公その人である。

彼は、人が目を背けるような陰惨な陰謀術の限りを尽くして権力の座を掴みながらも、それが覆された途端に全てを失ったロスキーニョに対して、役職に縛られた公人の立場ではなく、家族として―血を分けた実の兄として―の言葉を掛ける。

 

「ハハハハハッ……あー……兄上、兄上ェッ!!」

 

警備隊に取り押さえられる中、ロスキーニョは声を掛けたカーネギーに対して、その怒りと悲しみに満ちた視線を、刺し殺さんばかりの気魄を込めて向ける。

そんな態度を見たカーネギーはしかし、特に責め立てるような様子もなく、ただ淡々と、しかし冷酷な言葉を吐き出し始める。

 

「金、名声、権力、力……それに囚われ、追い求めるばかりだと、いつしかそれらに支配され、自らの意思すらも見失ってしまう。

悪魔に身を捧げ、その魂を差し出すことは、自らを奴隷に貶める可能性を秘めているのにも関わらずだ」

 

そんな兄の厳しくも甘い言葉に、ロスキーニョは思わず反論した。

 

「臆病者の貴様が、何を言い出すのか兄上よ!

貴様は先代の皇帝の影を追い求め、帝国の現状を変えようとすらしていなかったではないか!

あの、我が国の主要産業である奴隷貿易を潰し、国を衰退させんとした、愚かなる皇帝リウマードの影をだ!」

 

それに比べて、帝国を今のように立派に発展させたのは私だ。私がいなければこの国はとっくの昔に衰退していたであろうに、それを未然に防いだ私はなんと素晴らしく、そして兄上はどうしようもなく愚かなのかと、ロスキーニョは上機嫌に捲し立てる。

だがそんな弟の様子を冷めた目で黙って見ていたカーネギーは、こう言葉を返した。

 

「だがしかし、そうやって目先の利益ばかりを追い求めたが故に、我が国の臣民の目は何時しか曇りきって、国を愛する無名ながらも勇敢なる者たちが、戦の最も危険な場所に無思慮に送り込まれて、その代えがたい命をなんとも下らないことで使い潰されるようになってしまった。

 

しかもその裏では、金回しの算段ばかりを好んで自ら死地に立つことすらも忘れた、哀れな金の亡者たちが、これぞ我が世だとでもいわんばかりにのさばり、そしてそんな者たちの元に、我が国を搾取せんという悪行を目論んで近接してくる、他国の夷敵達が訪れるようになったのにも関わらず、その危険性を軽視して受け入れ、関係を癒着するようになったがために、この国の貧しき民たちを支えるはずの富が、個人の見栄のためや、異国の誤った発展のために浪費されるようにもなったのではないか?

 

 

そのような国は果たして……そう、金の亡者たちが義者を使い潰し、誰も彼もが見てくれの美しさと、卑しいけだもののごとき本性のために疑心暗鬼に駆られて自己の利益ばかり追い求める徳無き国が、足元が崩れ始めたときにそれに気付きを得て対処することが可能であろうか?

心ある他者から、善意による救いの手を差し伸べてもらえるだろうか?

 

先代のリウマード皇帝陛下は、我が国がそのような砂上の楼閣になることを危惧し、だからこそ改革を図ろうとしたのだが……その先代の努力を、お前は残念なことに台無しにしてくれたな。

 

ロスキーニョ、お前の敗因はこの私を殺め損ねたことではない。

この国の、いやあらゆる世界でそこに暮らし住む、普通の人々の中においてさえ普遍的に存在する、他者を思いやる優しさ、そして種族や立場を乗り越えて、算段なく純粋に他者に手を差し伸べて協力する勇気、そんななんの変哲もなく、だがしかしそれ故に尊いものにこそ、お前は敗れ去ったのだよ。

 

今のお前にはもはや理解できないことかもしれないがな。

亡者の髑髏の上に立つ、不安定な雪の玉座を夢見ている、今のお前にとっては」

 

カーネギーは友人のギリガン侯とヨドーク公に、無名ながらも国のために貢献している前線の多くの兵士たち、これまでの過酷な扱いから反乱を起こしながらも、過度の復讐行為を抑えて理性的に行動した奴隷たち、今回の戦争に巻き込まれながらも手を貸してくれた日本人たち、そして今は亡きリウマード皇帝の姿を思い浮かべながら、弟の語る現在の『素晴らしい』帝国の有り様に疑問を呈した。

 

即ち邪智暴虐なる皇帝の下で、限られた一部の人間ばかりが他者の支配や蹴落とすことで身を富み続けることの危険性。またそのような者たちが、貧しいながらも真に国を憂うものを陥れて、足を引っ張ったり騙して利用することで安易に保身を図るような体制。

 

そんなものは、脆く崩れ去る儚い幻想でしかなくなるかもしれないが、それがお前の望む素晴らしい帝国とやらで、そしてお前はそんな掃きだめのような所の皇帝になどなることが、本当の幸せだと考えているのか、と。

 

そんなカーネギーの言葉を聞いて、だがそれでもなお意地があって自論を引き下げないロスキーニョと、そんなロスキーニョを鋭い眼差しで見据えるカーネギー。

 

「ロスキーニョ……」

「兄上……いやカーネギー……」

 

相反する二人の対立はしかし、お互いに引くことはなく、一触即発の空気をその場に生み出す。

 

このままでは際限の無い争いに発展してしまう……そんな張り詰めた空気はしかし、そこに急遽飛び込んだ第三者によって、唐突にかき乱された。

 

「やめて……父さんに関わらないで」

 

カーネギーの義理の息子カリムが、カーネギーを守るために、ロスキーニョとカーネギーとの間に立って、ロスキーニョを牽制した。

 

「ヒャー……この子供……兄上の!」

「そうだ。私が保護して育てている、私の義理の息子カリムだ。

お前に会わせたのは初めてだったな」

 

先ほどの衝撃的な新家族発表の時は思わず動揺してしまってたが、カーネギーによって正式に宣言されることで、ロスキーニョは改めて事態を把握する。

兄上よ、貴方は私を非難していながらも、自らも人飼いを?……ロスキーニョはそんな視線をカーネギーに向けながら、心無き傲慢な言葉を浴びせる

 

「ははは、所詮兄上も私のことをとやかく言えませんな。義姉上との間に御子が生まれないからといって、そのような兎を代わりに飼っておいでとは。

ですがこのような獣など、獣人など所詮我らヒトの奴隷、家畜に過ぎない。しかしこの兎は実に状態が良―

 

「僕は奴隷じゃない!!」

 

―い……!?」

 

自身の言葉を遮るように、カリムが大声を上げたのを見て、ロスキーニョは気圧される。

そんなロスキーニョを押すほどの威圧感を出しながら、カリムは言葉を続ける。

 

「僕は……僕たち獣人は、誰かの奴隷なんかじゃない。

僕たちはただ、人と獣の間に生まれただけなんだ。

獣の血が混じっていても、ヒトの血が薄くても、僕らはどちらの世界でも腫れ物なんかじゃない。

 

僕たちはただ、姿かたちが違うだけの『人間』なんだ……

だから父さんは……本当の父さんではないけれど、僕のせいで行き場を失いそうになったこともあるけれど、それでも沢山の愛情をくれた。

行き場のなくなった僕に行き場を与えてくれたんだ。

 

だから獣人のことを悪く言う人は勿論、父さんのことを悪く言う奴も、僕は絶対に許さない……!

 

僕には父さんの言葉も、貴方の言葉もまだ難しくてよく理解はできないけれど、それでも僕は、父さんの作ろうとしている世界が、どこよりも正しくて、皆に優しい世界になることを信じてる!そして貴方のように、皆の世界を壊そうとする者は、誰になんと言われようと必ず倒して、平和を守ってみせる。

それが僕の生まれた意味で、これから生きていくことの全てだ!!」

 

そんないつもとは違う殺伐とした雰囲気を纏う息子を見たカーネギーは、自身のことを心から慕っているが故の事態だと即座に理解し、故に優しく頭を撫でながらも、諭して落ち着かせる。

 

「カリム、いいんだ、お前がそこまで私のために気負う必要なんて、お前のこれからの人生は、他の誰かの為ではなく、お前自身のために生きるべきなのだから。

それでなカリム、この男は、いやこの人はね、私の弟……カリムから見ておじさんにあたるんだよ。そう、私たちは家族だった……今この時までは」

 

そう述べたカーネギー公は、戸惑いながらも弟に対する敵意を消さずに警戒するカリムに対し、少し下がっていなさいと優しく諭すと、一歩前に出てロスキーニョと正対する。そして引き締まった精悍な表情で少し思案した後、彼はカリムの横やりに呆然としている弟に対して、顔の力を緩めながらため息を吐き、落ち着いた態度で、しかし心は真剣にして話を切り出した。

 

「なあ兄弟よ。我らは何時頃から……そう、何時頃からお互いのことを、家族としてではなく他人として見るように……いや、違うか。

先にお前を突き放したのは私の方か」

 

それは、カーネギーがロスキーニョに対し長年抱いていたわだかまりであった。

彼は家族でありながらも自身の忌み嫌う奴隷管理長官の座に就いた弟に対して、愛憎の入り混じった感情を、狂気という名の災厄がこの国を蝕んできたこの十数年の間、ずっと抱き続けていた。

 

振りかざせば安堵と平穏を得るが、同時に苦しみと悲しみを背負うことになる『正義』という名の空しき武器を恐れて胸に仕舞い続けながらも、ふとした拍子にそれを振りかざしてこの国の全てを葬り去りたくなる自身の『狂気』に歯止めをかけ続ける日々は、特に自身と正反対の道を歩んでいった弟のロスキーニョに対し、激情を募らせていたのである。

 

しかし良心故に心に巣くう魔獣を解き放つことを抑えなければならなかったカーネギーは、弟を打倒し引導を渡す代わりに、距離を置いてお互いが傷つくことのないようにしてしまった。

 

それが、結果として両社の間に壁を築いてしまうことになったのである。

見えることのない心の壁という名の障害越しに、相手の出方を窺う緊張した偽りの平和……いつ終わるかもしれないそれはしかし、今日この瞬間、唐突に終わりを迎えた。

長年続いた孤独な闘いに決着を付ける時が、ようやく来たのである。

それを自覚し、改めて決意を固めたカーネギーは言葉を続ける。

 

「権力というものを手にしてから、我らの人生は少しずつ、だが確実に別の道を進んでしまったな。

外務官の私は忙しさを理由に家族と向き合うことを避け、いつしかそれが当たり前のようになってしまっていた。

本当は、狂っていくこの国の中で、変わってしまったお前と会うのが恐ろしかったからだというのに……

母上が死に、父上が死んで、私は二人から託された一族を守るという使命を、しっかり守り切れていなかったかもしれない」

「兄上、貴方は……」

 

ロスキーニョは思い出す。優しかった父母のことを。そして二人のもとで、共に育った兄、カーネギーを見て、自分が歩んできた道と対称な人生を歩んだことに対し、思いを馳せる。

そして、自分のことも……

 

その上でロスキーニョが選んだ道は―

 

「ヒヒヒ……もはやすべては過去のことだ。時は戻らず、ただ流れていくだけだ。

兄上、人生とはなんであろうな。一度進んだ道で栄光をつかみ取ることもあれば、ふとしたきっかけで転がり落ちることもある。

我々兄弟は、2人そろって別々の道を行き、そして完全に目的地を違えてしまったようだな。

だが、もはや戻れんのだ。どれだけ苦悩を抱えても、過去へ逆行することは……誰にも、できない……」

「ああ、そうだ、そうだな。もうかつての場所には戻れない……」

 

ロスキーニョはカーネギーに対してとても自重めいた言葉を、哀しげな感情を乗せながら絞り出した。そしてそんなロスキーニョを見るカーネギーの瞳もまた、悲しみに揺れていた。

 

少しだけ、そう瞬き一回ほどの瞬間を、お互いに黙り合って思考の整理に費やしたのち、まずはカーネギーが話を切り出した。

 

「警備兵たちよ。その男……奴隷管理長官にして、我が弟であるロスキーニョ・ルガーを、早急に牢に移送せよ。

彼の方が階級が上だからといって決して遜ったり、或いは臆する必要はない。そのような風潮はもはやこの国には相応しくなく、そして廃れていくべきものである。

 

彼はもはや我が国の……我々自身が作り替えていく、新しい在り方の国においては、単なる一人の罪人であり、更生させるべき身の上である。それは実に軽蔑すべきことである。

だがしかし、だからこそ丁寧に……これまでの罪人のように、暴力によって肉体と精神を屈服させるのはもう沢山だ。

 

これからの罪人は、国の法を犯し、そこに住まう人々にありとあらゆる脅威を与えるが、そうであろうともこの国にいる間はその人間としての有り様を尊重され、価値を認められなければならない。

そうすることがこれまで世の中の法則をより良き方へと導いてきた先人たちに対する礼儀であり、そしてこれから生まれ来る新しい時代をその手で築いていく者達への餞別となるのだから。

 

だから彼の……弟の体を、あまり痛めつけて、傷付けたり命を奪い取ったりせずに、きちんと移送するように頼む。家族が居なくなるのは……もう沢山だ」

 

カーネギーの身を切るような辛さを悟った警備兵たちは、困惑しながらも気の狂ったロスキーニョを安全に抑えようとする。そんな彼らを見るロスキーニョは咄嗟に体をこわばらせたが、やがて憑き物が取れたかのように安堵して―或いは単に諦めたのか―警備兵たちに己の身を委ね、その場から移送されていった。

 

その場を感慨深そうに眺めていたカーネギーを、カリムが心配そうに眺めている。

そんなカリムの視線に気づいたカーネギーは、心を落ち着けるべく近くにあったベンチにカリムと一緒に座り込んだ。

 

やがてそんな彼らの下に議長が訪れて、カーネギーの右側に座るカリムとは反対側、つまりカーネギーの左側に腰かけると、彼は今回の件について振り返り出した。

 

「まさか彼があんなに危険な人物であったとは……追い詰めておいてなんですが、よくもまああんなに変貌したものですね」

 

一見して理知的に思えたロスキーニョの意外な本質に議長は驚いたが、カーネギーは幼きと時同じ時を過ごした間柄であるが故に、彼の本質を遥か昔に見抜いていた。

 

「議長、ロスキーニョ侯は、恐らくずっと誰かに認めて貰いたかったのです。

上級貴族の息子としてでもなく、カーネギー・ルガーの弟としてでもなく、ただありのままにロスキーニョ・ルガーという個人を認め、受け入れてくれる誰かが……

しかしその誰かが欠けたままでいたせいで、自分で自分を慰め続けるしかなかった……

私がもう少し、彼の心を埋めていれば今回のようなことにはならなかったのかもしれない」

 

ロスキーニョの身内であるカーネギーの口から語られた真実の欠片に、議長はカーネギーの心の傷を垣間見た。

そしてそんな彼の心の傷に触れないように、話題を変える。

 

「ロスキーニョ侯の話術の巧みさに、一時はどう彼を追い詰めたものか悩みましたが、まさか彼自身の失態が状況を打開する切っ掛けとなるとは。

こちらとしてはそれで作戦が上手くいったので喜ばしいというべきなのでしょうが、あの理知的だったロスキーニョ侯は何故あそこで襤褸を出してしまったのでしょうか?

私はそこが気がかりでして」

 

議長の抱く疑問に、カーネギーは少し理由を思索して、そしてもしかしてという理由に辿り着くと、自身と同じように謎の答えを探し求めている議長に意見を出した。

 

「きっと私を超えられたことが嬉しかったのでしょうね」

 

「嬉しい?」

 

「子供のころ、弟と遊ぶと大体は私が勝って彼が悔しがるのですが、偶に彼の方が勝ったときには、それはもう大きく喜んだものですよ。

 

でも大人になると、お互い勝負するようなことはめっきり減ってしまい、そんな光景を見ることは無くなってしまいましたが。

でも弟にとっては大人になった今でも、どこかで私と張り合いたい気持ちがあったのでしょうね。そしてそれが叶ったことで、本人も思わぬ内に心に隙が……

 

まさかそれが実現する瞬間が、こんな事態を引き起こしてしまうとは、人生は余りに波乱に満ちています」

 

ルガー兄弟だからこそ理解でき、そしてルガー兄弟でなければ理解できない道理や感覚を、議長は想像で補おうか迷ったが、知らない方が良い絆もあるのかもしれないと、詮索することを止めた。

例え理解できない事象が存在しようと、それはそういうものとして、それのありのままの性質を受け入れる柔軟性こそきっと、尊いものであろうのだから。

 

 

「カーネギー公、傷は痛みますか?」

 

議長はカーネギーの身を案じて、矢が突き刺さった跡が今もまだ残る彼の右脇腹の具合について聞いてみたが、カーネギーの一番の痛みはそことは別のところから生じていた。

 

「ええ、とても痛みます。そう、余りに痛くて、耐え難いほどに……」

 

カーネギーの辛そうな様子を見た議長は、その理由を察して、先に議場に戻りますと言ってその場を去った。

 

残されたカーネギーとカリムは、しばらくその場に腰を据えたままであったが、やがてベンチから立ち上がって、彼らを待つ者達の下へと去っていった。

 

 

   *   *   *

 

 

その後、カーネギー達新政権のメンバーによって反乱罪を勧告されたロスキーニュは、法の捌きの下に命を奪われることを避けられた代わりに、奴隷のいなくなったリノーロ監獄に囚人として収監された。

 

国を蝕んだ『狂気』という名の病の責を一身に背負い、地位、権力、名誉、仲間、その全てを失ったこの男は、リノーロ監獄の片隅に設けられた特別収容牢、その厳重に管理された脱出困難な密閉空間の中で、かつての栄光という幻想に取りつかれながらも、現実の苦境に対し苦悶し、それを時折自嘲しながら、不自由な日々を送っている。

それはきっと永く続くだろう―彼の魂を導いて、肉体という軛から解放する役目を持った使者が現れるその時まで―。

 

 

   *   *   *

 

 

リノーロ監獄の面会室で、収監中のロスキーニョが『我々』と面談している。

 

―あの出来事の裏にそんないきさつがあったんですね―

 

「私だって陰謀者とか色々言われるがね、散々苦労もしてきたんだぞ、分かっているのかお前たち」

 

―今回の敗因は何ですか?―

 

「兄上が運と人望に恵まれすぎた……」

 

―ぶっちゃけ過ぎですよ……―

 

「でも、殺したはずなのに生きているだの、拾った子供に助けてもらっただの、議長を味方につけてたとか全く予想しておらんし、挙句の果てに異世界からやってきたヤバイ奴らと知らない間に通じていたとか、もうそんなのこちらの努力ではどうすることもできないだろう……

私の運はベルマードが皇帝になった時が最高潮だったようだ。それ以降はその遺産を食いつぶしながら、上手く世渡りしていたに過ぎんよ。それがあの議会の時に枯渇して、従わせていた連中は瞬く間に離れていった。

運と人望に恵みに恵まれて、それだけで世渡りしていける……どこかにいないかね、そんな陰謀者が」

 

そうして今回の出来事を語り終えたロスキーニョは、長い話を喋り終えたことに安堵して、全身を脱力させながら深く長い呼吸すると、さて、と前置きして『話を切り替えた』。

 

 

「ところで……『お前たちは何者だ』。

どうやって私と面会の許可を取った。

そもそも、何故私と面会したのか。

目的は一体何なんだ?

旅途中の僧侶だなどと語っておったが、明らかにお前たちの気配はそんなものではない……」

 

そうである。

この話は最初から、『何かがおかしかった』。

何故ロスキーニョが長々と自身の身の上を語り明かしたのか。

何故『あなたたち』はそれを認識し続けたのか。

これまでのいきさつに疑問を浮かべる彼に対し、黒いフードで顔も体も隠す『我々』は必要な情報だけを与える。

 

「……いえ、世を渡って行きつくままに修行を積む我々ですが、旅の途中で辺境の国で炎龍が捕らえられるも、制御できずに国が滅びかけたところを、とある国がその危機を打ち払ったという話を聞きまして、大変興味がわいたので是非現地の者に話を伺いたかったのですよ」

「日本の情報か……で、それを手に入れて、お前たちは何をどうするつもりだ?」

 

「我々の目的は単純ですよ。その国と我々が共に手を取り合えるのか、それとも互いに腫れ物として関わり合うのか……

そのどちらに転ぶのか、それは現段階では何とも言えません。

しかしあなたの話を聞いたうえでは、かの国はとても優れた『力』を持っているようだ。

それに『志』も素晴らしい。敵対していた者に悪意無き慈愛の手を差し伸べられるなど、そう簡単にできることではない。

その強さ……我々としても非常に興味深いところです……」

 

そう語る『我々』を見るロスキーニョの眼光はしかし、鋭く警戒を示すままである。

別にそれを気にしているわけではないが、表面上は波立てることなく会話を続けているほうが得策であると判断して、話を切り替える。

 

「ああそうそう。話は少し変わりますが、貴方は『これ』をご存じでしょうか?」

 

そう言って『我々』の中の一人が、懐から長さ30センチ程度の瓶と小皿を取り出し、蓋を開けて中身の液体を小皿に取り分ける。

その液体は、『黒くドロドロとしており、非常に刺激の強い臭いを発していた』。

ロスキーニョは、その液体を『以前見たことがあった』。

 

「む……?それは我が国の鉱山地帯から出てきた妙な液体と同じものではないか。何故そんなものを?」

 

そのロスキーニョの言葉を聞いた『我々』は、自分たちの予想があっていたことを確認して、彼に気づかれないように表面上は無反応を装いながらも、密かに『警戒心』を強くした。

『これ』の価値に未だ気づいていない様子のロスキーニョを見ながらも、『我々』はその目的上、不要な情報開示は伏せる。

 

「いいえ、偶然我々も同じものを見つけたので、同じように『これ』を見つけた貴方なら、何か知っているのではないかと思いましてね。その様子だと、貴方も『これ』のことはよく知らないようですね」

 

『我々』は言葉に平然と嘘を混ぜ、この男がこれ以上話に踏み込むことを牽制する。

最も、このような『分かりきった芝居』、見抜けない方がどうかしているため、ロスキーニョも『これ』が何か、自身の知らない価値を秘めたものだと漠然と察し始めた様である。

……権力を失って牢屋に閉じ込められたこの男には、もはや何かを成すことなどできはしないが。

 

そう、今のこの男は大した脅威ではない。脅威があるとすれば……この男が破滅するきっかけとなった、『未知の勢力』であろう。

……正直『我々』でも正面から立ち向かうことを避けなければならない相手であることは、この男を始め、各地で聞き込みを行った者たちの話からも明らかである。

くれぐれも注意しなければならない。

 

「さて、そろそろ日も暮れてきたようですし、かなり長い時間話し込みましたから、今日はもうこれでお開きとしましょう。

貴重なお時間を取らせていただき、誠にありがとうございます、ロスキーニョ『元』侯爵閣下。

 

さて、『我々』は閣下の推測通り、旅の僧侶などではありません。

 

『我々』の存在は有名であるため、余計な騒ぎを避けるために敢えて名を伏せて接触させていただきました。ご無礼をお許しください。

遅ればせながら名乗らせていただきます。『我々』の本当の名は……」

 

いつの間にか監獄の外は空が曇り、雷が轟音を伴って地上世界を揺るがす中で、『我々』はロスキーニョに対し、その正体を明かす。

それを聞いたロスキーニョは、僅かな間を開けた後に、記憶の底から知識を引っ張り出した様子で、その顔を驚愕させる。

 

「馬鹿馬鹿しい。一体何の冗談だ。お前たちが『あれ』であるなどと、そんな話信じられんよ」

 

「フフフ、貴方が信じようが信じまいが、我々は確かに実在するのです」

 

そう言って『我々』の中の一人が、懐から1枚の四角い紙を取り出して、ロスキーニョに見せる。

その紙の片面には、真ん中に位置する赤い円を中心として緑、青、桃色の外縁がそれぞれ取り囲むように描かれている。

その赤い円を中心とした3重の輪の中には、十字型の黄色い星のシンボルが散らばっており、その他にも龍や鳥、獣や昆虫など様々な生き物の姿が小さく描かれている。

―『曼荼羅』と呼ばれるその図像は、何やら宗教的な意図を含んでいる気配を放っていた―

 

「『まず言葉ありき、そして光あれ』……聖なる燔祭の日、それらは聖なるものに飢えたる清浄なる不朽の亡者たちと共に、聖なる星の祭壇にて運命の神楽を演じ舞う。

愚者たちは煌めきに焼かれ知るであろう、その者たちの名を……」

 

そう語る『我々』の―全身を黒いフードで覆いながらも漏れ伝わる、圧倒的な『威』の気配を有する13人の姿―を見ながら、ロスキーニョは訝し気にその名を口に出した。

……今はもうこの世界には存在していない、過去において滅亡した筈の『我々』の名を。

 

「まさか実在したのか……?『アルサレム王国』の『赤い円卓』……『星壇13守護霊団』」

 

 

そうだ、我々はここにいる。ここにいる……

 

 

            シリーズ『陰謀者たちの事件簿』その1 カーネギー公暗殺未遂事件 終了―

 

 

―――

 

☆今回の第2部にしておまけ『 荒涼たる新世界?後日譚 -PLANET THE HELL-』

 

苦戦しながらも黒いアイツらを倒して、再び帰路につく別班と宇津木たち一行。

森の中をしばらく移動していると、粕谷が茂みの中に何かを発見した。

 

「隊長、何か妙なものがあります」

「妙なもの?何だ?」

「なんだか卵か繭のような、細長い物体が茂みの中にあります」

 

そういって粕谷が指を向けた方向に一同が目を向けると、確かに彼の言う通り、卵か繭のような黒くて細長い、大きさ1メートル幅30センチ程度の楕円状の物体が、茂みの中に横たわっていた。

 

「まさか先ほどの怪物の卵なのでは?」

 

先ほど遭遇した怪物が頭をよぎり、警戒心を最大に高める宇津木。

しかしそんな宇津木を余所に、鈴木は部下に指示を飛ばした。

 

「よし長谷部、あの物体を確かめろ」

「了解」

 

あの、危険なのでは、と止める宇津木を余所に、鈴木の指示に従って楕円形の物体に近づく長谷部。

 

「一体なんなんだあ?さっきの化け物だったら、今度は成長する前に仕留めてやるぜ」

 

そう言いながら物体に触れようとした瞬間、物体が蠢き始めた。

 

「隊長!攻撃の許可を!」

「まだだ!正体を確認するまでそこを動くな!」

 

鈴木の無慈悲な命令に、危険と理解しながらも従わざるを得ない長谷部。

なんでこんなことを!と鈴木の指示を取り下げさせようとする宇津木を、しかし鈴木は無視して、物体の動きに注意を配る。

 

「内側から何かが出てくるぞ!備えろ長谷部!」

 

鈴木の言葉が長谷部に届いた刹那、物体が内側から割れて、中から黒い物体が飛び出す。

 

― じょうじ!(おぎゃー!) ―

 

それは、先ほど一行が駆除した蟲型巨大生物、それの小型版である、卵から孵化したばかりの幼虫であった。

 

「報告!物体は先ほどの敵の卵でした!隊長!攻撃許可を!」

「長谷部!……よし、攻撃許可認定!いつでもやっていいぞ!」

「うおおおお!」

 

フルオートモードのM-4AAに指をかけた長谷部は、飛び出した幼虫と、その背後の楕円形の黒い卵に対し、無慈悲な弾丸を与える。

バリバリ、ブシャアッという音を立てながら、謎の粘液をまき散らしながら砕け散る幼虫と卵。長谷部はそれを見て、無感情な言葉を発した。

 

「目標沈黙、動きなし」

「状況終了。よし、移動を続けるぞ」

 

遭遇した敵を撃退した一行は、再び移動し始める。

そして数十分後。

 

「隊長、また先ほどと同じ物体を発見しました」

「よし、今度はすぐ攻撃開始だ」

 

2個目の卵は、先ほどとは違って発見されてから即時破壊され、幼虫が飛び出すことすらなかった。

再び移動を開始する一行。

 

「あの、隊長。二度あることは三度あるといいますし、またあの卵が出てくるんじゃないですか」

「粕谷さんですか。やめてくださいよ縁起でもない」

 

粕谷のジンクスめいた言葉に、先ほどから不安な気持ちを何度も味わっていた宇津木は即座に言い返す。

その時、長谷部がまた何かを発見し、指さした。

 

「隊長、三つ目です。またあの卵ですよ」

 

二度あることは三度ある。粕谷の言葉が現実を引き寄せたか、再びあの卵が姿を現す。

 

「隊長。また即時攻撃しますか?」

長谷部の言葉に少し思惑した鈴木は、悩みを打ち明けるかのように言葉を発した。

 

「なあ、3つも見つかったんだから一つくらい持ち帰らないか?」

 

その後全体一致で反対されたため、卵は全て無事駆除されることとなった。

破壊された卵と幼虫を前に、鈴木は次の言葉を語ったという。

 

「うーん、残念!」

 

こうして日本の危機は人知れず去ったのである。

 

……

 

……

 

……

 

……かさっ

 

 

☆おわり☆




以上、第3話です
今回の話では、前回に引き続きテスタニア帝国において展開されたカーネギー公とロスキーニョ候の、お互いの意地をかけた陰謀バトルの裏側を描かせていただきました。
兄を葬るロスキーニョは無論悪なんですけど、それに対して策で対抗するカーネギー公もまた、方向性が違うだけで陰謀巡らせているといえますよねえ?(強引理論)

まあそこらへんは軽く流すとして、本編では炎龍を開放するところで本人の出番が終わってしまった、ロスキーニョ・ルガーというベルマード皇帝を超えるテスタニア編の真ボスの話をじっくり書こうと思ったのは、家族の対立というわりかし重くなりがちな話を、ゆるふわなな雰囲気の中で綿あめよりも軽い笑いのノリを交えることで重さを軽減させながら書いてみたかったからです。

兄と弟という関係で、残念ながら敵対することになってしまったルガー兄弟のわだかまりを、二次創作を通じて疑似的に解消することで、テスタニア編という希望が見えながらもどこか暗さの残るオチで終わった話に、自分なりの決着を付けてることができた気がします。
最後の最後に謎に満ちたオリキャラ軍団が出てきましたが、割とやらかしたと思います。キャラが多いので上手く動かせないかもしれませんwまあそこらへんは今後詰めていくとしましょう……

今回はおまけをつけてみました。序盤からシリアスなノリで終わらせたくなくて、オチで軽い笑いを取ればバランスが取れるかなあと。
晩節を汚す……になるかもしれませんけど、それでもどうにか温かい目で見守ってほしいというのが個人的な希望です。


今回出たやつの設定です↓
『カーネギー公暗殺未遂事件』
・警邏隊内偵課の男
城内で賄賂の受け渡しが行われているという通報を受けてロスキーニョを尋問した人物。
だがしかし、杜撰な取り調べによって特に陰謀者の尻尾を掴むこともなく帰っていった。一体何をしに来たのか。
こんな男が内偵なんかをやっているテスタニア帝国の腐敗っぷりが心配である。まあおそらく新政権下でこいつの首は飛ぶだろうが。

・地下大水道
テスタニア帝国の地下に建設された大規模な水道。
多くの住民や奴隷、家畜などが使用する水や、使用した下水などが流れる都市の血管。
全長20メートルの炎龍が3匹入ってこられる程度には広いようである。
首都水道局が管理しており、時折維持のために整備工事を行う。現在はそれの労働力として奴隷が数多く駆り出されている模様。
長年捨てられてきた排泄物やごみなどを栄養源として様々な生物が生息しており、ネズミや黒いアイツ(この世界基準で中型サイズのもので、大きくても全長70センチくらいとやっぱりデカい)、どこからか迷いこんできた家畜や、野生の魔獣などがその存在を確認されている。
また、その性質上様々な有害ガスなども発生しており、空気の循環も非常に悪いことから臭くて暑くて息苦しい空間となっているが、火山地帯という極限環境に生息する炎龍にとってはさほど問題にはならないようである。
区画の一つが偶々炎龍用地下牢の近くを通っていたことから、炎龍の飼育用スペースとして改造、飼育檻と化している。
炎龍が逃げ出さないように、区画の区切り部分には鉄の柵や鎖、網などが設置されている。
また、水をくみ取って炎龍のいる地下牢に送る魔導ポンプが設置されている。
赤門開放後、その存在が新政権により発見され、現在は元に戻す工事が奴隷抜きで行われている。

・地下牢
炎龍を閉じ込めていた地下牢獄。元々炎龍とは関係なく存在していたらしいが、その本来の用途に関しては今の所明らかになる予定がない。
作中では改造工事を請けて地下大水道と繋がるトンネルができた。このトンネルには隠し扉がついており、魔導仕掛け(魔導蒸気の力を使う原始的な機構)により開閉される。
天井や壁などに水を放出するスプリンクラーや蛇口が付いている。
水晶製の隠し覗き窓なるものが存在し、内部の炎龍に気づかれないように巧妙に隠蔽されているんだとか。

・赤門
捕獲した炎龍が地下牢から出てこないように建造された特殊な防壁。地上に出口が三か所存在する。
四種の軍用拘束制御術式が施された厳重な魔法防壁が4つ配されており、巨大な魔鉱金属板張りの木製扉(大きな一枚の鉄板を作れないため木材に小さな魔鉱金属板を何枚も張っている)が、特殊な魔法仕掛け(魔導蒸気を使った古代ローマ式自動扉開閉)によって左右に開閉する。
第一防壁の下に地下に続く坂道が続き、その坂道に第ニから第四までの防壁が設置されている。この厳重な扉の奥にこそ、炎龍たちが隔離されている地下牢が存在している。
因みに4種の拘束制御術式の詳細は以下の通り
・感覚を麻痺させる魔法
・空間認識を誤らせる魔法
・魔力の使用効率を下げる魔法
・地下牢全体の強度を底上げする
富士山麓の地球防衛軍基地やクロムウェルは関係ない。

・『ヘトヴィヒ』『シュナーベル』『ツェプター』
テスタニア帝国が秘密裏に保有していた三体の炎龍。
全体雌。

・星壇13守護霊団
『守護天使の騎手』『星霊預言士』『救世主の癒し手』『アルサレム王国の赤い円卓』など、『今はもうこの世界には存在していない、過去において滅亡した集団』、それが最も多く使っていた名称。
彼らに何があったのか、何故滅んだはずなのに存在しているのか、それが明かされる時に何が起こるのか、恐らく誰にも予想することはできないだろう。
―今はそれしか明かせない―


・『荒涼たる新世界?後日譚 -PLANET THE HELL-』
・黒いアイツの卵
黒いアイツが生み出した卵。
卵一つから十匹の幼虫(ベビー)が誕生する。
誕生した幼虫は、別に人間の顔に張り付いたり胸を突き破ったりはしないようだ。
地上では悲鳴ってわりと人の耳に届く。

・M-4AA
作者が「あれ?素のM-4にBURST(フルオート)モード付いて無くね?」と気づいて咄嗟に考えた架空銃。
特殊部隊向けのM-4A系列の2040年代モデル。
単発、BURST、セーフティーモードを切り替えられる。
またナノマシンを使用した使用者認証機能も付いており、敵に奪われた際の対策にもなっている。
現状は銃本体だけに付いている機能だが、そのうち銃弾の方にも付いたりするのだろうか?アイ・アム・ア・ローウ



今回は以上です。次回またお会いしましょう、では。


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第4話 月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ①

※今回の話は2020年11月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください。


月灯りに導かれ、心繋いだ物語―

 

 

嘘は言ってないはず(根拠は無い)。

 

 

 

 

【月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ①】

 

 

  *   *   *

 

 

【2045年6月 鹿児島県鹿屋市】

 

昼間の正午を過ぎて西側に位置し始めた、異世界の白く眩い1つの太陽の光に照らされる地上世界で、1機の飛行機が滑走路に降り立った。

 

その機は全35.6 m、幅:30.4 mの単葉固定翼機であり、細長い円筒形の胴体の中心より少し前側辺りから左右に伸びている一対のテーパー翼(胴体の付け根部分から先端に行くにしたがって細くなる、直線寄りの台形状の翼)は、地面に対して水平より多少上向きな傾斜角度が掛かっており、その中ほど辺りには細長く捻じれたバターナイフを思わせる4枚の羽根が十字に並んだプロペラエンジンがそれぞれ2つずつ、計4発搭載されている。

 

海上自衛隊の保有する哨戒機、P-3Cである。

 

海上哨戒飛行による水上船舶の監視から潜水艦の発見任務、また救難作業に物資・人員の輸送作戦など、様々な場面で活躍できる機能を有する本機は、世界有数の高度な海上戦力を保持した組織である海上自衛隊にとっても非常に重要な機体であり、その運用は何時の時代でも多くの人々に支えられてきた。

 

しかし2013年に後継機P-1の導入が開始されてからは入れ替えを目的とした退役が行われ始めたため、2045年現在日本が保有している機体数は非常に少ない。飛行可能な機体ともなると更に希少であるが、その機体は状態が良好であるのか、その希少な飛行可能機体に含まれるようである。

 

そのP-3C-垂直尾翼に描かれた3280という機体番号からサンニーハチマルを略して「サニハマ」と密かに呼ばれている―が今降り立ったこの場所は、海上自衛隊の施設『鹿屋航空基地』である。

 

日本の南西海域の安全保障と、奄美群島から甑島列島に及ぶ広大な海域・離島の海難・急患輸送等を目的としたこの施設では、哨戒機や救難ヘリコプターが配備されており、日夜日本とそこに住む人々の安全な生活のために稼働している。

 

滑走路から駐機スペースに移動した機体はその場でエンジンを停止し、胴体横に備わった乗降扉が開くと、機内の人員区画に収納されたタラップが展開されて、機体のクルーが続々と降りてくる。

 

その総勢10名を超える部隊は、この基地に所属する第1航空群第1航空隊の隊長を務める古橋牧夫(ふるはし まきお)一佐―精悍な顔つきをしていつつも、最近腹回りの恰幅が良くなってきた41歳男性―率いる古橋班である。

 

さて、機体から降りた古橋班の隊員たちであるが、彼らは降りてまず、今降りたばかりの機体を見回って、機体に違和感が無いかを確認し始めた。

―パーツの欠損・脱落を確認しているのである―

 

就役から半世紀以上が過ぎ、老朽化の進んだP-3Cには、常にパーツの欠損・脱落のリスクが付き纏っている。

 

機体の耐久年齢はもはや風前の灯であり、これを飛ばすこと自体がもはや好事家の趣味とさほど変わらない非常に手間がかかるものとなっている。

国内どころかメーカーに在庫がない正規パーツを、海外のまだP-3Cを使っている、あるいはかつて保有していた国から取り寄せる。

それすらなければ特注のパーツを企業に作ってもらう。そんなことが日常風景であった。

 

実際近年では幾度かパーツの脱落事故を起こして、世間を騒がせることもあった。

―それでもこのような機体が毎年退役を免れ、維持費が抽出されているのは、超法規的な理由があるからだというのが、もっぱらの推測である―

 

さて、そのような事情で機体の離陸直後点検を行っている隊員たちは、隊員の誰よりも年上であるこの『先任のロートル士官殿』を、まるで老人を労わるかのように手厚く扱わなければならなかった。

 

〔隊員A〕

「隊長、2024年とかならいざ知らず、今は2045年ですよ。俺たちは何時になったら後継の機体に回されるんですか」

 

隊員の1人が、毎回続くこの面倒な『介護』に思わず不満を漏らす。

この点検は言うなればお漏らしチェック、おむつの確認に等しい作業であった。

……時は西暦2045年、少子高齢化社会の波がこんなところにも!―

 

さて、若い隊員のそんな不満を聞いた古橋は、まあ分からないでもないんだがと胸の内では同意しながら、言った。

 

〔古橋〕

「上が予算をもぎ取るまでだよ」

 

それがいつになるのか、古橋には未知だった。

 

異世界の6月は、地球のそれよりも期間が長いらしい雨期の影響で、割と雨が降りやすい。今もまた空には雨雲がかかって、地上を水浸しにしようとしていた。

 

 

  *   *   *

 

 

どうにか雨が降る前に機体の確認を終えた古橋は今回の飛行任務の報告のために基地司令部に向かうと、この基地を統括する第1航空群司令の桐山勲留(きりやま かおる)海将補(49歳 男性)と対面し、今回の任務の内容について述べ上げた。

 

〔古橋〕

「報告いたします。今回の飛行任務では―」

 

古橋の報告を聞く桐山司令。彼は古橋の報告を聞き終えると、彼に次の任務を与えた。

 

〔桐山〕

「古橋1等海佐、君の部隊に対して雑誌記者が取材に訪れている。ブリーフィングルームに向かわせるので対応するように」

 

桐山司令の指示を受けた古橋は、部隊の他のメンバーを何名か集めるとブリーフィングルームへと向かう。

ブリーフィングルームに入ると、先に入室していた雑誌記者が落ち着いた様子で待っていた。

年齢は30代前半といったところか、焼けた肌色をした雑誌記者の男性は入室してきた古橋たちを一瞥すると、ニカッと屈託のない笑みを浮かべた。

他者に対する遠慮というものをさほど持っていない様子の記者に対して、今回の取材を対応する隊員たちは自己紹介を行う。

 

〔古橋〕

「お待たせしてすいませんでした。鹿屋航空基地付、第1航空群第1航空隊所属の古橋牧夫1等海佐です」

 

〔成川〕

「同じく第1航空隊所属の成川2等海尉です」

 

〔理恵〕

「第1飛行隊所属、理恵阿達(たかえあだち)2等海尉です」

 

〔元原〕

「どうもこんにちは。私は烏賊スルメ出版の元原橘樹(もとはら たちばな)です。今回は当誌の取材に協力していただきまして、大変感謝いたします」

 

元原が名刺人数分を差し出すと、成川たちはそれを受け取って一瞬目を通した。

 

―烏賊スルメ出版所属 雑誌月間JAS―WINGS取材記者 元原橘樹―

 

その目を通した名刺全員がをポケットに仕舞い込むと、その光景をさっと流した元原がさっそく取材開始を催促する。

 

〔元原〕

「早速ですが、取材を開始させていただきたいと思います。よろしいでしょうか」

 

〔古橋〕

「はい、構いません」

 

〔元原〕

「では、始めさせていただきます。今回古橋1佐たち第1航空隊の面々は、日本の国境外に突如現れた未知の組織勢力、つまりはドム大陸国家群を発見し接触を図ったとのことですが、そのことについて細かくお話をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」

 

〔古橋〕

「ええ、あれは先月の中旬のことでした―」

 

 

  *   *   *

 

 

【同時刻 ドム大陸 禁断の地北東部】

 

 

日本とは打って変わって雨の降る気配のない晴れ空の下にて広がっている、緑の葉を纏わせた木々が生い茂る森の中には、ぽっかりと切り開かれた場所が存在した。

その場所は上空から見ると長さ3km、幅最大500mほどの楕円形となっており、段差や傾斜のない平らな面となっているその切り開かれた内側の地面の上には、多数の長方形の木板が敷かれて、舗装道を形成している。

 

その舗装道の横には、牧場の牛舎に似た木造の建物―龍舎―が2つ設置されている。どちらもその大きさは牛を収めるのに必要な大きさを遥かに超えているが、片方は内部に体長が8メートルにも及ぶ翼龍が何体も収容されている。凡そ30体ほどが収容されているがその内部にはまだ余裕があり、あともう5、60体ほどは収容できるのではなかろうか。

 

更にもう片方の龍舎には、全長が25メートルにも及ぶ母龍と呼ばれるより大型の翼龍を2体収容しており、ここもまだあと2体ほど収容できる空間的余裕があるようだ。

 

二つの龍舎の横には、見張り塔を兼ねた木造の砦が建設されている。

 

他にも翼龍のクッションとなる干し草の保管庫や、保存食の入った食糧庫、戦闘時に武器となる石や砂を積んだ小山などが散って配置されており、ここが軍事施設であることは一目同然であった。

 

そこはロイメル王国翼龍騎士団の訓練場を兼ねた砦、通称『キャンプ・ガイチ』である。

 

ロイメル王国本土より離れること凡そ数100km、大陸最北東部の海岸線から150km程度内陸の場所に位置するこの施設は、数年前に同国が禁断の地の開拓を公式に発表した時よりも、更に以前から建設が始まっており、同地の来るべき開拓に際してまずは行われるべき原生の自然脅威、野獣や野鳥、野蟲に怪奇植物などの駆除を行うための前線基地として、また他国との戦争に備えるための軍の遠征訓練の拠点としての機能を持っている。

 

貨物の空輸に際して用いられる龍籠や龍車の離着陸の為に簡易舗装である木板滑走路を備えており、荷物を満載した母龍が離着陸を繰り返しても耐えられるようになっているし、また雨天時においても大地のぬかるみに左右されることなく滑走路としての機能を果たしてくれる。

 

さて、そんなキャンプ・ガイチにおいて今から空戦訓練に挑まんと滑走路に待機しているのは、クック氏の率いる第8翼龍騎士団、団結を現す黄色い円形のシンボルを団旗に頂く『円陣の突破兵(サークリット・ブレークスロハー)』である。

彼らは団長であるクックを先頭に、20を超える隊員たちが離陸の時を待ちながら翼龍の背中で待機していた。

 

さて、翼龍の離陸は規則正しく行われなければならない。8メートルを超える体躯を誇るライト級戦闘翼竜―ひと口に翼龍などと言っても実際の所は様々な品種が存在し、ロイメル王国で主に運用されているのは、トカラと呼ばれる比較的従順で操作しやすい品種である―は最高速度が150km以上にも達し、万が一衝突事故など起こせばその衝撃で飛行姿勢を崩して制御が困難となり、最悪地面へと墜落してしまう。そうなれば翼龍も、それを操る騎士も負傷は免れないだろう。

 

それ故に離陸前に近接する翼龍との距離を一定以上に保ち、更に前方の翼龍がある程度高度を取ったのを確認してから、離陸を行わなければならない。

 

とはいえ普通そのようなことは翼龍騎乗訓練の最初の時点で習うことであり、熟練した騎士と翼龍ならばそれらの手順に全くもたつくことなくできる程度のことである。

稀に事故を起こすものも出現するが、その理由の大半は注意散漫であったり、あるいは精神的な不調を抱えたまま態と事故を誘発したというような、呆れたものとなっている。

 

さて、その様な事情を踏まえつつも、定められた規則に従って行動することが求められる軍隊という組織においては、訓練というものは欠かすことができない。

良い兵隊とは良い訓練から生まれるものであり、訓練とは規則を精神と肉体を鍛えるのと同時に、規則を叩き込むことであるといえる。

 

そんな彼らの姿を、いつもは人のいない滑走路の横で、黒い箱のようなものを背負って居構えた者たちが捉えていた。

 

その黒い箱―ビデオカメラ―は、ロイメル側のそれが精々非常に粗いセピア色の静止写真を焼ける程度であるのに対し、鮮やかかつ精密な色のついた精巧な写真を、動画という時間軸のある形で焼くことができるという点で、ロイメル側にとっては非常に画期的なものである。

 

そんなビデオカメラを保持する日本からの訪問客、外務省や文部科学省、それに防衛省などから派遣されてきた調査員の傍で、数名の現地人―地球でいうところの南欧人の風貌に近しい―が様々な話をしていた。

 

〔現地人A〕

「……現在我が国の航空戦力は、大陸内においてアムディス王国、フラルカム王国に次ぐ第3位の規模を誇っておりますが、国際情勢の不安定化を受けて現在急速な増員を―」

 

現地人のうちの一人で、どうやらロイメル王国の翼龍騎士団の現状について話しているらしい人物は、50代前後の初老の男性であり、顔の作り自体は精悍ながらも穏やかで柔和な表情をしてみせ、日本からの来客に居心地の良さを与えようという気遣いが垣間見える。

 

ロイメル王国航空軍第5群司令並びにキャンプ・ガイチ基地司令を務めるフォンク・ロソン副将軍(51歳、男性、猿人と人間の間に生まれた半猿人。若干毛深いが、人間と見た目でさほど違いはない)である。

 

〔現地人A改めフォンク〕

「さて、翼龍と交流する上で大切なのはその龍を思いやり、気持ちを理解することです。翼龍の気持ちは鼻息や声色、体温に、体の振るわせ方や目の動かし方など様々な特徴を総合的に洞察することでわかります。彼らはとても高度な知性を持っており、賢い。善悪を見抜く倫理感を持ち、虐げられた弱者を助け、邪悪に立ち向かう正義と勇気を持つ、人間のパートナーなのです」

 

彼は客人を持て成す必要から、相手を退屈させないように様々な話題を自ら切り出して、解説していた。

 

ロイメル王国及びドム大陸の軍事から、文化、風習などに至る話は日本人の興味を引き、話をする彼は満足そうであった。またその一方で、彼もまた日本人について興味深々であった。

 

今彼らが使っているビデオカメラ、それだけでもロイメル側にとっては驚異的であるというのに、日本人が国を説明するのに用いた『幻影を発生させる道具』で、基地の作戦室に出現した未知の世界『日本』の光景は、彼に強い衝撃を与えるものであった。

 

海の波のように地上を行きかう大勢の人間に、天を貫く摩天楼。灰色、黒色、白色、ガラス、それに草木の緑などが合わさった都市の風景。夜でも明るい不夜城。

そんなロイメル王国よりも遥かに高度な文明都市を築き上げたかの異世界の国は、こちらの世界と違って魔法が存在せず、それ以外の技術のみを用いているというまさに驚くべき幻想の如き代物であった。

 

そんなロイメル王国を凌駕する文明を築き上げた偉大な彼らはしかし、この世界に飛ばされてきたことに不安を覚えているようであった。

常識から何から違うところから、突然やってきてしまったのだから無理もないが、それでも今こうして彼らのようなものが自分たちとの交流を模索していることに、どこか夢のような浮遊感がある。

 

『禁断の地』……今から200年前、大陸の開拓を推し進めた先祖たちに起こったとある悲劇から、誰もが手出しを控えていた場所。未だに原因の分からぬ未知の災害はしかし、今後同じことが起こることもなく、200年の時を経たことで安心しきった人間たちは再びこの地に足を踏み入れた。

 

だがそんな人々が遭遇したのは、『神の涙』に匹敵する魔化不思議な現象であった。異世界人、転移、新しい未知の国。果たしてそれが大いなる神の如何なる意思によるものなのか、人間の浅慮では測りかねた。

 

そんな現状を鑑みながら、フォンクはふと思い出す。彼等日本人と初めて出会った時のことを。

 

 

  *   *   *

 

 

さて、事の起こりは地球時間の西暦2045年4月中頃である。

その日、日本は突如異世界に転移した。

その2週間後の4月30日の夕方、広瀬内閣は公式記者会見を開き、日本の食糧・エネルギー資源に関する現時点での推定備蓄量と、現状の消費量が続いた場合の『すべての国民の健康で文化的な最低限度の生活』態勢が維持できる限界点(つまりは国民総飢餓状態までのタイムリミット)を発表。

 

これによってどれだけ国内の対象資源を節約しても、1年半程度経過すれば現状の国民生活を維持できないことが現政府によって公式に認められ、その対策として民営の食糧・エネルギー資源関連企業並び事業者の半公営化推進と、現行の社会福祉・社会保障制度の見直し、また国内の永久在住権を保有しない外国人旅行者及び留学生、労働者の在留権の暫定的延長に、それら外国人に対する居住地及び食料・衣類の提供など、様々な緊急時特例の発動が決定した。

 

ただ、それらの節約策だけでは本質的に問題の時間延ばしにしかなりえないことは誰の目にも明らかであり、また将来の社会の発展のために、文化レベルを以前の地球世界時程度までに回復、あるいはそれ以上のレベルに上昇させるためにも、現状の備蓄資源に代わり得る新資源の発見及び確保が日本政府の第一種優先課題となった。

 

内閣はこの問題の解決のために、特例法を施行して自衛隊の活動範囲並び行動圏を延長、

国内並び国外における日本国民の安全確保に必要と判断された場合の、武力の行使が暗に明言され、また定められた日本の国境並び防衛識別圏を越境し、現状確認の取れない未知の外部領域の調査を行うことが正式に決定した。

 

この発表に基づいて、陸海空並び航空自衛隊宇宙作戦隊は直ちに部隊並び人員を選抜し、調査隊を編成して各地に派遣した。

 

異世界という未知の環境で、国境の内外を問わずに様々な調査活動を実施した自衛隊はしかし、海洋や新発見の島々で地球上の生態系上存在しない数々の新種の生物種を発見するものの、それらは主に周辺海域に生息する魚介類であったり、海藻や海草、それらを捕食する鳥類や、大型海洋哺乳類や爬虫類などで、土質で育った野菜類や穀物類が圧倒的に不足していた。

 

そもそもまともな大地が存在していなかった。見つかった島々の多くは海底火山やサンゴ礁、生物の死骸や排泄物が堆積して出来たと思われる岩石質の小島ばかりであり、野菜どころか鶉の卵ほどの小さな果実が実りそうな木々が生える余裕すらもなさそうな島ばかりであった。

 

確かに野菜や穀物、果実がなくても、それ以外の食糧で食い繋いでいくことは可能であろう。

だがしかし、豊食によって洗練され肥え切った現代日本人の衣食観念が、果たしてそれを許容できるのかというと、それは非常に困難であるといえるだろう。

地球世界との断絶によって多くの嗜好食品、某有名メーカーM社のハンバーガーや大佐おじさんのところのフライドチキンなどはもとより、製造にスパイスを多用する東亜国家発祥の辛くて茶色黄色い飲み物の国民食や、海外産の養殖海老を具として用いる某インスタントラーメンとその系譜、砂糖を用いる市販の菓子や飲料などの大半が、製造が軒並み制限ないし停止し始めたことなどもあって、国民の豊食に対する要求は日に日に高まっていたのだ。

 

そんな状況の中、周囲の期待を背負いながらもさほど成果を上げられていなかったことに現場が先行きの不安を感じつつあった調査開始2週間後のある日、事態を大きく動かす出来事が発生した。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE 5月中旬】

 

〔コック長〕

「ゲーハッハ!梅ジャムとチリを融合!顕現せよ特性ソース!」

 

広瀬内閣の公式発表から2週間後。

その日の早朝、鹿児島県鹿屋市に存在する海上自衛隊の施設『鹿屋航空基地』の食堂では、厨房から響き渡るコック長の地獄の魔王の如き圧を秘めた上機嫌な雄叫びをBGMとして、多くの平隊員たちが朝食を取っていた。

 

昔から燃料供給地として在日アメリカ軍の来訪も多いこの基地は、半ば日米共用施設状態だと言われてきたが、数年前に起こった第二次朝鮮戦争の際により多くの米海軍や米海兵隊が訪れたことをきっかけとして、食堂を含めた施設は多くが新調され、ますます日米共同施設の色を濃くしている。

 

食堂はスペースが大きくなり、大人数が入ることができる。椅子や卓も心なしか平均的な日本人用よりも少しだけ大きいように見えるが、実際に少し大きく、そして頑丈で『重い』。

……基地内に密かに広がる噂によると、有事の際にはこれでバリケードを作って敵の侵攻を食い止めるらしいが、所詮椅子や卓にどこまで強度があるのかは不明である。

 

さて、そんな鹿屋航空基地の食堂であるが、その日の朝食の献立は、梅ジャムとチリソースが入った特性ミートソースと、パルメザンチーズ、キャベツが白米の上に乗ったタコライス丼(仮称)、わかめの味噌汁、それに様々な豆の煮つけという、タコライス定食のような何かであった。

 

食堂を訪れた基地の隊員たちは、凡そ一般的な家庭や外食でまず見ることのないこの独特なメニューを、特に臆することもなく手慣れた様子で自分のプレートに盛っていく。

沖縄県の辺野古基地からやってきた軍付きのシェフがもたらしたとも、現コック長が辺野古シェフとの殴り合いの末に力づくでレシピをもぎ取ったとも言われるこのメニューは、いつしかこの基地の隠れた珍名物(?)となりつつあるという。

因みに味に関しては、『好き嫌いが分れる味』とのことである。

 

さて、そうして基地の隊員が集まって朝食を取っている食堂の一角で、物を食べながら会話を交わしている男たちがいた。

 

第1航空隊所属の鎌田2等海士、内海1等海士、風森1等海士、鉄尾海士長、竜馬(たつま)海士長、島郷2等海士、本塁(もとるい)1等海士の7人である。

 

場の話題は話は主に竜馬が牽引している。

 

〔竜馬〕

「おう鎌田、内海。近場のコンビニを一通り回ってみたが、今の所カップラーメンなんかは無事だぜ。ただパン類や総菜類が少なくなってきているな。

あと今週のヤ〇グマ〇ジンだけどな、休刊してたわ。グラビアと〇岸島掲載楽しみにしてたのによ」

 

竜馬の振った軽い内容の世間話を適当な相槌を打ちながら豆の煮つけを咀嚼している内海の隣で、鎌田は竜馬の話題に乗っかった。

 

〔鎌田〕

「それまだ続いてたんですか……もう2045年ですよ?まあ食料が足りないのはしょうがないですよ。今後のことを考えると、どこも出荷を抑えざるを得ないでしょう」

 

〔竜馬〕

「ま、だから俺らが調査に出て食料と紙とインクの原料、それに青少年の幼気な貞操観念を揺さぶるようないいグラビア写真を撮影するに足る、秘境のビーチを探さにゃあならん訳だ。今は基地でこうやってちゃんと飯を食えるわけだが、何時までも現状のままだとこの先献立が貧しくなっちまうし、ヤ〇グマ〇ジンも廃刊しちまう。それは避けにゃあならん」

 

〔風森〕

「全く竜馬先輩は……まあ、かれこれ2週間経ちますが、見つかるのは鳥の群れやよくわからん海洋巨大生物、それに猫の額ほどちっぽけな岩ばかり。全くまともな資源が見つかるのはいつのことになるんすかね」

 

〔本塁〕

「全く、俺たちはつくづく運がいいのか悪いのか……海外派遣から戻った直後にこんなことになっちまうとはなあ。

日本は今の所相変わらず平和だが、元の世界のことが気がかりだぜ。

アフリカとか中東とか、あの辺りはずっと昔から今に至るまで、地域を巡る利権や対立なんかが国際関係も含めて不安定になりがちだし、最近も割ときな臭い感じだったからな」

 

本塁の言う海外派遣とは、海上自衛隊が行っているアフリカや中東での海賊対処や情報収集などの任務のことである。

 

先ず前提として、現在の日本は海洋国家であり、国家を富ませるための多くの資源を国外に依存している。

その資源の行き来する交通網の範囲は広く、遠く中東やアフリカ、場合によってはヨーロッパなどにも到達している。

 

しかしそれら海外の地域においては、治安の乱れた場所も存在し、そしてそのような地域に住む人々や、その地域に対して外部から何らかの目的を持って干渉しようとしている者達が、海上を征く船舶を狙って海賊行為やテロを仕掛け、被害を齎すような事件も起こる。そしてそんな事態が発生したり、或いは未然に防ぐためには、防犯のために治安維持戦力を現場に送り込み、事態を解決する必要がある。

 

特に、アフリカ北東部に位置し、中東やヨーロッパに繋がるために日夜多くの船舶が航行していくソマリア沖やアデン湾あたりの海域は、海上輸送の大動脈とでも形容すべき世界の物流における重要な場所であり、それ故に船舶に積まれた荷物や乗員の身を狙う海賊の活動が活発であった。

 

そこは日本にとっても重要な物資流通網であり、日本から出航する船や、日本を目指す船がこの海域において海賊に襲撃されて被害を受けないようにするため、海上自衛隊は2009年から米国などを含めた各国の海軍や海上司法機関と共にこの海域を警邏しており、その拠点をジブチ共和国に設置し、人員と機材を部隊ごと交代制でこの地に派遣している(なお陸上自衛隊や航空自衛隊も、この地に共に派遣されている)。

 

その努力の甲斐あってか、当該海域における海賊事案の発生件数は低下し、ほぼ根絶することができた。

 

そして2020年からは、オマーン湾、アラビア海北部及び、バブ・エル・マンデブ海峡東側のアデン湾の三海域の公海―これには沿岸国の排他的経済水域が含まれる―において、自衛隊による『情報収集活動』を実施し始めることとなった。

 

その目的は以前の海賊対処のためのものというよりも、国際情勢の変化により日夜危険性を増していくであろう中東地域において、日本関係船舶の安全確保に関して政府が一体となった取り組みを行うこととされる。

 

これの具体的なものとしては各国の『軍事的な動向』を観察し、政府の外交政策や自衛隊の有事に対する事前準備に反映することがあり、これはもはや海賊対処の域を超えたものであり、警察活動からより軍事的な段階への推移であるといえよう。

 

日本の平和を守るため、また世界の平和を守るために、自衛隊は活動を続けてきた。それは隊員の誇りであり、信念でもあるといえよう。

 

竜馬はそれを噛みしめながら、話を続ける。

 

〔竜馬〕

「それと……やっぱり『大陸』とか『北の連邦』のほう、それと『半島』なんかの動きだな」

 

〔本塁〕

「……ぁあ~」

 

竜馬がその語を出すや否や、場の空気が嫌悪感で満場一致した。

 

〔竜馬〕

「今世紀が始まって以来、あの『大陸』は経済発展を背景として他国に積極的な裏工作を仕掛けて、多くの国と人に迷惑をかけているし、『北の連邦』は周辺国への軍事的恫喝に事欠かない。

 

それに『半島』。あそこは結局『大陸』と地続きで、海を挟んで欧米と共に発展していった日本とは違うんだな。儒教だかなんだか知らないが、よくもまああんなにいい加減な国民性が出来たもんだよ。6年前の戦争の時だって、あいつらのせいで

日本がどれだけの被害を被ったか……

 

失われたもんは二度と戻ってはこない。そんな当たり前のことを踏みにじって、世の中に多くの混乱を振り撒こうとしている連中のことは一切許せんし、だからこそ俺たちは地道な努力を積み重ねてきたのに、まさかここにきてそれが崩れてしまうような事態が起こっちまうなんて、俺は一体この憤りをどこにぶつければいいんだ、たくっ!

 

俺らがいない間に、地球はどうなっちまうんだろうな。アメリカやヨーロッパなんかは確かに強いが、だからこそ弱い立場にある者達のことが心配でならないぜ。

ふとしたきっかけで、平和なんて崩れちまうからな」

 

竜馬は、胸に秘めた滾る熱情を発露し、それは周囲にも多少の影響を与えた。

 

〔島郷〕

「同意っす。はあ~アデン湾やジブチの平和を、もう俺たちは守ってやれないんだなあ」

 

〔内海〕

「あれからもう3か月なんですよね」

 

 

〔鎌田〕

「自分は先月配備されたばかりですけど、先輩方は大変な人生を歩んできたんですね」

 

アデン湾やジブチなど、日本から海を隔てて距離的に遠く離れた海外地域に派遣された経験のある、竜馬などの先輩集団の話を聞いて、新入りの鎌田は感慨深そうに反応していた。

 

〔鉄尾〕

「アフリカの空気や中東の空気、お前にも吸わせてやりたかったよ。

そう、戦場の空気をな……」

 

鉄尾海士長が地球を思い出して、頬に走った二本の傷跡を撫でた。

その様子を見た鎌田は、経緯は知らないもののその傷に込められた何か触れがたい事情を察知して気圧される。

縮む鎌田を見て竜馬がその場を和ませようと気を遣う。

 

〔竜馬〕

「鉄尾、お前な……

まあなんだ、鎌田、お前もすぐここの空気に馴染むさ。

馬鹿は多いがどいつも根はいい奴だと思うぜ?扱いをミスったら悲惨だけどな。

それより飯食おうぜ。ここの飯はうまい」

 

そう言って匙でタコライスを口に掻き込む竜馬の気の良い態度を見て、鎌田は今日こそ何か調査に進展があることを祈りながら味噌汁を啜っていた。

味噌汁を漂うわかめは、地球世界にいたころと変わらずわかめの味であった。

 

 

  *   *   *

 

 

同じころ、一般兵用食堂とは別に存在する幹部用食事室で、基地の幹部たちが会して朝食を取っていた。メニューは食堂と変わらないが、盛り付け方や食器など見た目に関する部分は一般兵よりも多少等級が上がり、リッチな感じとなっている。

そんな食堂とは多少異なる空気を纏う室内で、その場を取り仕切る基地司令の桐山が話を切り出した。

 

〔桐山〕

「哨戒機による調査開始から早2週間、任務に対する隊員たちの様子はどうだろうか?」

 

桐山の質問に古橋が答える。

 

〔古橋〕

「隊員たちは士気を保っております。ですが、やはり現在の状況下ではそれもいつまでもつものか。この未知の惑星は我々にとっては刺激が多すぎます」

 

古橋が指摘したのは、地球とは異なる未知の惑星の調査が、本来地球人が持っていた常識との齟齬を引き起こすことによって、隊員たちの精神に負担となっていくだろう、ということであった。

古橋の言葉を吟味した桐山は、自身の考えを打ち明ける。

 

〔桐山〕

「この広い宇宙において、異なる惑星の生命が出会ったことが、悲劇を招かないことを目指して、我々は奮戦しなければならん。そうでなければ我々は、地球でも、この惑星からも、我々自身の尊いものを永久に失ってしまうだろう。各員それを胸に刻んで、任務に励んで欲しい」

 

暗に、辛い状況でも人間の尊厳を失うな、という叱咤を受けた幹部たちは、各自桐山の言葉を食事と共に噛み締めた。

 

〔桐山〕

「さて、真面目な話をしておいてなんだが、皆昨日の晩餐のメニューを覚えているだろうか?」

 

桐山の唐突な質問に、意図が分からないながらも成川2等海尉が答える。

 

〔成川〕

「魚の煮つけでしたが……」

 

〔桐山〕

「うむ、そう魚の煮つけだ。実に魚らしいいい味だったが、今後は食料の備蓄的に、ああいった地球からの備蓄分の海戦物類は出しにくくなる。また備蓄中の畜肉類も同様の扱いを受けるだろう。しかし動物性蛋白質がない食事というものは物足りないところがあるだろう。そこで……」

 

そういった桐山は、そんなものをどこにしまっていたのか、食卓の下からA-4サイズほどの大きさのボードを取り出して、それにプリントされた図を幹部士官たちに見せた。

それを見た瞬間、場に戦慄が走る。

 

〔幹部A〕

「あの桐山司令、それは……」

 

〔桐山〕

「うむ、これは最近コック長が釣ってきた魚なんだが……可食食材だそうだ」

 

〔幹部A〕

「は?」

 

桐山のボードに描かれていたもの、それは地球においてラブカと呼ばれる深海魚―2016年に公開された怪獣王映画において、その作品中の怪獣王のモチーフとなったことは記憶に新しい―と、イボガエルをニコイチしたような容貌の、奇妙な生物の写真であった。

日本人が凡そ食欲をそそりそうもないそのような生物の姿を見せられたことで、幹部士官たちの食欲は一気に消え失せた。

そして、桐山の言葉の文脈から出題者の言わんとしていることを理解してしまった幹部たちの表情は、みるみると青ざめていく。

 

〔成川〕

「あの、桐山司令、もしや昨日の食事はその生物を……?」

 

〔桐山〕

「いや、昨日の魚は備蓄分の冷凍ブリだが、近いうちに我が基地の食事にこれを取り入れられることとなったので、是非皆に一目見て頂こうと思ってな、今日はこの写真を用意させていただいた。見た目は多少不細工に思うかもしれないが、味の方はコック長が保証するレベルだ。今夜あたりにでも試食品として出てくるかもしれないので、皆期待していてくれ」

 

期待どころか処刑宣言ではないか?と幹部士官一同は思ったが、当の基地司令は心臓に毛でも生えているのか、状況を特に気にする様子もなく、その気分を損ねるわけにはいかないので皆黙り込むしかなかった。

その後の朝食において、彼らの味噌汁に浮かぶわかめが本当にわかめだったのかは定かではない。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

その日、キャンプ・ガイチに向かって飛行する翼龍と騎士の一団があった。

翼龍騎士団総長ラーツを団長として君臨する第1翼龍騎士団である。

彼らは昨日本国を出発し、本国とキャンプ・ガイチの中間にある中継基地にて1夜を明かし、そして今日キャンプ・ガイチに到着する予定である。

アラスカ程の広さを誇る広大な樹々の海の上を飛ぶ25騎の翼龍の編隊は、なんともちっぽけなものであった。

 

〔若い騎士〕

「昨日から、どこまで行っても森しかないですね」

 

ついひと月ほど前に第1翼龍騎士団に入団したばかりの新米騎士ロイが、自然の作り出した壮大な光景を前にしながらも、うんざりしたように言葉を漏らす。

それを見たラーツは、中世的な美顔を微笑ませながら、若輩者を揶揄い可愛がるような声色で諭した。

 

〔ラーツ〕

「なんたってドム大陸で一番広大な土地だからな。殆ど人の手も入っていないし、目印も我々が設置したものが少しある程度だ。おかげで今自分たちがどこにいるのか大雑把なことしか把握できない。一応先ほど確認した地上の標識からして、目的地まであと300kmほどだな」

 

ラーツの言葉に、ロイははあ、とため息をつく。

 

〔ロイ〕

「あと2時間もここを飛ばないといけないなんて、気が滅入りそうです」

 

〔ドイル〕

「ロイ、弱音を漏らすな。忍耐は騎士の重要な資質だぞ」

 

〔ドイル〕

「分かってますよドイル副団長。ところでなんで我々は、禁断の地で訓練なんてしているんでしたっけ?」

 

新米騎士のロイが唐突にふとした疑問を口にする。それは自身の任務を再確認するためであって、別に読者への説明とかじゃないんだからねっ///

さて、ラーツがロイの素朴な質問に答える。

 

〔ラーツ〕

「おいおいロイ。ちゃんと説明しただろうが。現在我々の属するロイメル王国は、海を越えた北方にテスタニア帝国、西に森を挟んだアムディス王国といった軍事国家の脅威に晒されている。それらの脅威に対抗するために、個々の兵士の技量と体力を養い、物量に勝る敵に対し質で対抗する。そのために遠征を繰り返し行う必要があるわけだ。過酷なようだがそれでもやらねばならないのだ」

 

ラーツの説明にロイは自身の任務を理解した。

 

〔ロイ〕

「この遠征を何度も繰り返さなければならないなんて。はぁ~、大変だなあ」

 

〔ラーツ〕

「なあに慣れていくのさ。そのうち自分でも分かるようになる」

 

〔ロイ〕

「ところでこの『羅針盤』なんですが、これってどういう理屈で方角を示すんでしたっけ」

 

ロイが龍のうなじに括り付けられた道具を見ながら、またも疑問を口にする。

その道具は革のベルトで固定されたメーターのようなもので、そのおかげで翼龍は首に腕時計がまかれたような外見となっていた。

その質問にも、ラーツが答える。

 

〔ラーツ〕

「うむ。『羅針盤』は方角を示す道具だが、その原理は磁石の性質を利用している。

この世界の北と南にはそれぞれ磁石の極が向くようになっているから、それを利用しているな」

 

〔ロイ〕

「なふほど。ところで磁石と磁石が引き合うのって、魔力によるものなんですか?」

 

〔ラーツ〕

「いいや。魔力を帯びない磁石でも同じように引き合うから、磁力と魔力は別の力らしい。ただ、魔力を帯びた磁石の方がより強力な引力を発揮するらしい。風の噂によると、強力な魔力を持った者はそれ自体が強力な磁力を持つ磁石人間になることもあるんだとか。そういう者の場合、近くの金属全てを引き付けてしまうため、鎧を着て過ごさなければ飛んできた物で怪我をしてしまうため生活が大変なんだと」

 

〔ロイ〕

「なるほど。それは大変そうですねえ」

 

そんなこんなで2時間後、第1翼龍騎士団はキャンプ・ガイチに到着した。

キャンプ・ガイチでは先に送られていた第8、第9翼龍騎士団が彼らを出迎え、少し奮発して箔のついた食事が、長距離から移動してきた第1翼龍騎士団の面々の疲労を癒していた。

 

午後からは早速この地での訓練が始まるため、皆英気を養った。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE】

 

朝食を終えた第一航空隊の面々は班ごとに分かれて、その日の業務を行う。この後飛行を控えた班もあれば、遅番で夕方や夜間まで自宅や寮に戻って休憩を取る班もある。

次に飛行任務を控えていた成川2等海尉の班の班員はブリーフィングルームに向かった。今日の任務の確認とフライトプラン作成を行うためである。

とは言っても任務内容はここ2週間ほどは殆ど陸地調査飛行の繰り返しであり、精々フライトプランを組むくらいしかすることはない。

 

第一航空隊P-3C運用小隊の1つ、成川班を率いている成川二等海尉―彫りの深い精悍な顔つきで、鼻が鋭く耳たぶが大き目なのが特長―が、『黒板』(昔ながらのそれではなく、大型の多機能電子ディスプレイ)に今回の任務に関する情報を、専用の付属タッチペンを用いて図や文字で描きながら説明し、それを同じ機に搭乗する他のクルーが聞きながら細かい質問やプランの積めなどを行うと、時間はあっという間に進んであっさりとブリーフィングは終了した。

 

そうしてフライトプランを該当部署に提出して、ようやく実機への搭乗が開始する。

今回成川班が搭乗する機は機体番号3373(さざなみ)のP-3Cである。

 

1978年の調達開始(実機の引き渡しは81年)が開始されたこの機種は、その後随時導入機数を増やしていき、97年度時点で通算101機ほどが海上自衛隊に配備された(事故による損耗を含む)。

 

その後は装備の旧式化に伴って随時退役が行われ、また後継機P-1の導入がその流れを更に加速させもしたが、何故か今から凡そ6年前の西暦2039年に勃発して、東アジア地域を震撼させた第二次朝鮮戦争の時点で、既に運用開始から半世紀を過ぎていたにも関わらず、以前より随時実施されていた幾度にも渡る改良と機体の延命措置のおかげで、事故で失われた機を除く大半の機体が無事に混乱に塗れた戦乱の時代を乗り越えて、2045年現時点においても何機かの機体は現役で稼働運用を続行中なのである。

 

維持の理由としては、海外への遠征機材として喪失の惜しくない旧式機を残している、ということらしい。そのせいでもはや日本版B-52Hと化しているなどと軍事趣味者からは言われているらしい。

 

性能はもはや原型を残していない等級で向上しているのだが、具体的にどの辺りが強化されたのかというと……それは後々述べられることとなるので、ここでの説明は控えさせていただく。

 

さてそんなP-3Cであるが、今回の飛行任務に当たっては、機外に武器を搭載せずに飛行することになっている。

 

P-3Cは対艦ミサイルや対地ミサイル、それに自衛用の近接空対空ミサイルなどの攻撃・防御兵器を機外に搭載することができるが、今回の調査任務に当たっては、未知の異世界でどのような勢力と遭遇するか不明であるため、相手をなるべく刺激しないようにそれらの武器を相手から見える位置に設置しないことになっている。

 

万が一P-3Cに敵対的攻撃行為を行う勢力などと接触した場合は、なるべく逃走行動を取って戦闘を避けるか、もしくは相手側の誘導に従って穏便に接触できることを祈るかのどちらかとなっている。

 

なおこの際の勢力とは、人類に該当する高等知的生命体に限らず、単体ないし群れで行動する生物全体を指してそう呼称することになっている。つまり渡り鳥の群れなどが偶然ではなく意図的に調査隊を攻撃してきた時などにも、上記の対応策を取るということである。

さて、一見して不用心であるかのように思える対応策であるが、無論問題点を考慮し、それを補う策も同時に取っている。機外に武器を設置することはできないが、反面機内に武器を持ち込むことは、任務の危険性を考慮して認可が下りていた。

そのため……

 

〔隊員A〕

「鉄尾海士長、準備は出来ましたか?」

 

〔鉄尾〕

「装備があまりに貧弱極まりないことを万全というのなら、済んでいる」

 

そう言って銃―テーザーライフルと呼ばれる非致死性の武器―を背負った防護服姿の男が、皮肉の混じった返答を同僚に返した。

 

彼、鉄尾海士長は『フライト・キャビン・トルーパーFlight Cabin Trooper(航空機内室付騎兵、FCT)』と呼ばれる役職の隊員である。

FCTとは、主に哨戒機の隊員を護衛するために第二次朝鮮戦争後に新設された新しい区分の役職であり、その任務は哨戒機が敵対勢力による襲撃を機内もしくは機体そのものにて受けた状況で、携行火器を使用して敵対勢力から味方を保護することであり、所詮民間航空機におけるスカイマーシャルに相当すると考えていただいて宜しい。

 

この様な役職が誕生した背景には、ドローンや航空型WALKER、また個人用の滞空装備といった兵器の発展によって、飛行中の航空機内部侵入という前世代においては荒唐無稽とされていた戦術を実際に採ることが可能となってきたためである。

 

旧来では想定されていなかった新種の脅威が確実性・有効性を年々増していくことを警戒した先進国の軍隊は、それら航空機の脅威を取り払う戦闘要員を哨戒機や輸送機、その他航空機全般に搭乗させておくことを推奨するようになり、海上自衛隊もその例に漏れずP-3Cなどの航空機に戦闘要員を搭乗させることで、飛行中のハイジャックに備えている。

 

武装は機内の設備に被害を与えないように、威力の調整が利き取り回しにも優れた電磁棍棒やテーザーガン、指向性電磁波の照射兵器が主であるが、万が一の状況を想定して20式小銃やベネリM3T散弾銃、またスーパーハンドアローこと91式携帯地対空誘導弾改2(SAM-2C)なども携行される。とはいえ強力な火器の使用に関しては、使用すればほぼ確実に機体に損傷を与えるため、主に低空飛行時や海上・陸上への着陸時など機体の損傷による被害が比較的少なく済む状況下で使用することが推奨されており、またその仕様状況も機体の外部に取りついた外敵を内部からの攻撃によって吹き剥がすことが前提となっている。

 

〔鉄尾〕

「もっと優れた装備が欲しいところだがな。空では貧弱な人間の生存は保証されない」

 

〔隊員A〕

「またそんなこと言って。先輩が一見かっこつけているけど、実際はスーパーメカデスドSキリストの奥さんの尻に敷かれていているヘタレだって割と皆知ってるんですからね.。知らないのは新米の鎌田くらいでしょう。それに皆が皆白兵戦狂いのケンカ馬鹿じゃないんですよ。これ以上窮屈になりたくありませんよ」

 

〔鉄尾〕

「フッ妻のことはよせ思い出すだけで恐ろしい」

 

そう語る鉄尾の足はガクガクと震えていた。

 

〔隊員A〕

「目そらさないでこっち見てくださいよ」

 

そう言って鉄尾の同僚は、パワーアシストで駆動する防護服に身を包んだ自身たちの境遇を自嘲した。

 

P-3Cの乗員は機体の与圧が喪失した時―即ち機体の損傷を意味する状況―に備えて、与圧服を兼ねた防弾服を装着している。

戦闘機パイロットのそれに似た与圧防弾服はしかし、場合によっては瞬間9G以上にも達する急加速の強烈な反動・衝撃に備え、また高高度を超音速飛行中の機体から機外に脱出する際に肉体を保護する強度を併せ持つ高度な機能のそれとは違い、高高度の低圧から最低限度乗員を保護することと、ある程度の爆風や破片を防ぐ程度の性能となっている。

この装備はその重量から確実に機体のペイロードを圧迫するが、それでも搭乗員の生命を確保する効果から導入されている。

 

……2045年のアフリカや中東では、このような装備の有無がそのまま兵士の生存を左右した。海賊たちが海を跋扈し、無人航空兵器が鎬を削るかの地域では、多少高度を取って飛行したところで、極超音速機以外の航空機に対して物理的距離が安全を確保してくれることなどは、非常に稀であったからだ。

 

念のため捕捉させていただくと、それなりに重量があるといっても基本的に自身の配置されたポジションから離れることがない哨戒機の乗員にとっては、装備による動作の低下はさほど作業効率を低下させない。

 

機内での会話は肉声によるもの以外にも、骨伝導インカムを通じても行われる。

これがあることで、全長が35メートルもあり、また機外に4発ものエンジンを載せた機体の中でも迅速に意思疎通を取ることが可能となっているのだ。

機内では、離陸発進に向けて隊員たちの作業が進む。

 

〔隊員B〕

「各計器正常に作動。与圧装置正常。空調、機内大気正常」

 

一方その頃別の格納庫では、とある機体が最終調整を受けていた。

その機体は複合材製の灰色のボディを持つ航空機型ドローンで、名を八咫烏といった。

日米の共同開発によって製造された機体であり、グローバルホークを参考にしながらもその機体規模は巡航ミサイル程度に留まっており、地上施設だけでなく護衛艦のヘリ格納庫への収容が可能となっている。

なおコンパクトな反面、速度性能を優先したために既存の同規模ドローンよりも燃費が非常に悪化しており、長距離・長時間の飛行に際しては増槽の追加ないし空中給油機による支援を行わなければならず、その分運用コストが高く付くという短所が存在する。

そして今、機体に飛行距離延長用の増槽が取り付けられていた。

 

〔整備員〕

「管制室、こちら5番格納庫。八咫烏の発進準備が完了しました。コントロールをそちらに移します」

〔管制官〕

「こちら管制室。コントロール受け取りました。発進に移るので1番格納庫前に機体を移動させてください」

〔整備員〕

「了解」

 

コントロールを管制室に移動しながらも、格納庫から滑走路手前までの移動は現場の手を使うこととなっている。

八咫烏移動用の小型車両で機体をけん引し、滑走路手前まで移動すると、既に滑走路前で待機している成川隊のP-3Cがあった。

エンジンを弱稼働させいつでも滑走路内に侵入できる態勢のP-3Cの機体は、先ほどから降り出していた雨に濡れていた。

 

〔管制官〕

「3373、『八咫烏32』のコントロールを譲渡します」

〔隊員C〕

「八咫烏データリンク完了。コントロール入手しました」

 

管制塔が整備班から八咫烏の制御権を譲渡されたところで、P-3C 3373号機の機長

及びパイロットを務める成川からの無線通信が入電する。

 

〔成川(P-3C 3373号機 機長兼パイロット)〕

「離陸準備完了……管制室。こちら3373。発進許可願う」

〔管制官〕

「こちら管制室。滑走路侵入良し」

〔成川〕

「了解。1番滑走路クリア。これより発進する」

 

P-3Cのエンジンが唸りを上げ、プロペラの回転数が上昇すると、機体は次第に加速していきV-1(離決心速度)、V-R(機首引き上げ速度)、V-2(安全離陸速度)を超過して、機体は浮遊し空へと飛びあがった。

P-3Cが離陸した後の1番滑走路に、今度は1機の航空機型ドローンが姿を現す。

灰色の機体はジェットエンジンを稼働させて、離陸の時を待っていた。

P‐3Cの機内から、ドローンのオペレーターが管制室にドローンの離陸許可を要請する。

 

〔隊員C〕

「管制室。『八咫烏32』の離陸発進許可を願う」

〔管制官〕

「状況クリア。発進どうぞ」

P-3C機内からの遠隔操作で離陸した八咫烏は、先に発進していたP-3Cを追い抜いて先行していく。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

歓迎を兼ねた昼食の後、第1翼龍騎士団の面々は早速訓練に乗り出した。

晴れ空の下、基地の滑走路に居並ぶ25騎の翼龍たちのうち、特殊な一騎を除く24騎の背中には、石を詰めた箱を積載している。

これは彼らにとっての武器である。一定の強度と重さ、大きさを備えた石は使い方次第で凶器と化すが、翼龍騎士がそれを使う際はつまり地上より高い高度から、100km以上の速度を持って地上に降り注ぐことを意味する。例え鋼鉄製のヘルメットを装着していても、重さが数kgから10kg以上にもなる単なる石の直撃が戦闘力の喪失を招きかねないのである。

 

〔ロイ〕

「でも地味ですよね、投石って」

 

新米のロイがそんなおのぼりな発言をしたのを聞いた先輩騎士の1人が、初心者を揶揄う。

 

〔先輩騎士〕

「じゃあ『アレ』使うか?第8の連中が使ってるんだが」

 

そう言って先輩騎士の指さした先にある『ある物』を見たロイが、予想外の代物に拍子を突かれてつい間が抜けてしまう。

 

〔ロイ〕

「え!?『アレ』って武器なんですか?」

 

〔先輩騎士〕

「いや、本来は建築材とか燃料なんだけどな、だが『アレ』を武器として使う変わり者も多いぞ。とにもかくにも筋力(フィジカル)が必要だけどな。1度使い慣れたら片手で振り回せるようになるぞ」

 

〔ロイ〕

「じょ、冗談ですよね?」

 

〔先輩騎士〕

「ところがどっこい。世の中には冗談みたいな連中がごちゃまんといるものさ。例えばかの有名な吸血鬼ハンターの男は、とある島で『アレ』を武器に大立ち回りしたらしいぞ」

 

〔ロイ〕

「吸血鬼って実在しないんじゃ?」

 

〔先輩騎士〕

「教育機関じゃそうなっているがな。だがどうしたわけか、世間じゃあ吸血鬼の噂に事欠かない。もしかしたら本当にいるのかもな、吸血鬼ってもんが」

 

〔ロイ〕

「ひェー」

 

〔ドイル〕

「こらババッダ!ロイを揶揄うな。ロイも馬鹿な先輩の相手をまともにするんじゃないぞ」

 

〔先輩騎士改めババッダ〕

「すいませんドイル副隊長!さてロイ、精々訓練に励んで一丁前の翼龍騎士(ワイバーンライダー)になるとしようか」

 

〔ロイ〕

「精進します」

 

 

そんなこんなで時間を使っていると、ラーツの宣言が始まった。

 

〔ラーツ〕

「よーし訓練開始だ。私の合図で離陸するんだぞ」

 

そうして訓練が始まった。第1翼龍騎士団の団員はまず最初に離陸して上空に待機したラーツの咥えた、ホイッスルに似た角笛の合図に従って翼龍を発進させていく。

まず団は第1、第2の2小隊に分かれ、そこから更に3人1組の班に分かれて行動する。

ロイはラーツ、ドイルと一緒の班なので、彼らと共に行動する。

そして基地から約1時間ほど飛行した地点で、投石訓練を行うこととなった。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE】

 

〔鎌田〕

「飛行開始から2時間ほどで雨が止んだおかげでその後は視界が良好だったけど、今回新しい収穫は無かったな」

 

洋上を飛ぶP-3Cの機内で、鎌田が今日の調査について思いを巡らせた。

基地で雨に晒されたのもつかの間、飛行から2時間経過して日本から距離が置かれると、空は晴れて洋上の視界は良好となった。だがしかし、それでも見つけられたのは怪鳥の群れやそれを襲う怪魚など、以前から見られるものばかりで、新しい情報はあまり得ることができなかった。

そうしている間に飛行開始から6時間ほどが経過し、そろそろ調査を打ち切って「さざなみ」は基地に帰還しようという間際になった。だがしかし……

 

〔内海〕

「成川二尉。レーダーに反応あり。南西約250㎞。かなり大きな飛行物体と思われます。速度は約150㎞」

 

日本から直線距離で凡そ1000km付近にて、改良型を搭載して従来より索敵範囲が伸びていた対空レーダーに、南西約250kmの距離を時速150kmの低速で飛行する正体不明の飛行物体が検知された。

レーダーの反射電波の波長数値から、RCS(レーダー反射面積、Radar Cross Section)は凡そ数メートル規模だとレーダー員の内海は推定し、上長の成川に報告を上げた。

報告を聞いたパイロット兼機長の成川は帰還の予定を撤回して、直ちに新しい指示を繰り出す。

 

〔成川〕

「総員警戒態勢。レーダーや外に目を光らせろ。これから目標に接近し、正体を確認する。

進路を南西に向かって250kmに向けるぞ。

DCO、至近の八咫烏を目標物体に対し接近させろ。コントロールは主導するように」

 

成川の指示により、「さざなみ」の上空1000メートルを自動追尾飛行モードにて追従していた八咫烏1機が、成川隊のドローン・コントロール・オペレーター(DCO)である八田青木3等海尉―童顔で、もう30半ばに差し掛かろうとしているのに高校生甲子園球児くらいにみえないこともない―による操作を受けて飛行モードを自動から手動モードに切り替えられて、目標の存在する座標へと向かっていく。

 

なお自動で目標座標まで飛行させることも可能であるが、今回は調査飛行であるため何か不測の事態が起こった場合にすぐさま引き返すことができるように、手動による制御を行っている。

 

そうしてオペレーター主導の飛行を行っていた八咫烏が積載したテレビカメラの視界に、陸地を捉えられ始める。鎌田、鉄尾、それに八田の視線はドローンからの情報がフィードバックされるモニターに釘付けになった。

 

〔鉄尾〕

「……陸地だ」

 

〔八田〕

「かなり大きな島、いや、もしかしたら大陸の可能性もありますね」

 

八田が思わずそうつぶやくと、他の隊員も同調して黙って頷きはじめる。

テレビモニターに映りこんだのは、夕暮れの西に沈みゆく、赤い太陽の光に照る黄昏の世界の中で、波がぶつかり飛散する岩の沿岸に、緑の葉を生い茂らせている樹々の森、黄緑色の草原、それに岩肌見せる山々の連なりなど、広大な地上の光景であった。

 

その広さはテレビモニターに収まりきらないほどで、ともすれば島というレベルを超えて、大陸である可能性すら感じさせるほどのものであった。

八田は早速機長席にいる成川に報告を上げた。

 

〔八田〕

「な、成川二尉!陸地です!日本から南西約1200㎞地点に陸地が確認できます!」

 

〔成川〕

「う、うむ!ではレーダーが捉えた飛行物体はどうだ!?確認できたか?」

 

今日の午前から6時間ぶり、いや、調査が開始して2週間目にして、国外にてまともな陸地を見つけた事に鎌田たちは気分を高揚させたが、すぐにレーダーが捉えた飛行物体の事を思い出し、DCOの八田が八咫烏を操縦して目標座標に向かわせる。

 

目標座標に到達した八咫烏は八田の操作で機首下の円いセンサーポッドをぐるぐると動かすと、件の物体の姿を捉える。

 

その画像が通信によって「さざなみ」機内のテレビモニターに移しだされたとき、DCOの八田が思わず言葉を漏らす。

 

〔八田〕

「ド、ドラゴン?……」

 

〔複数の隊員〕

「「え?」」

 

〔八田〕

「ドラゴンといっても往年の〇ルース・リーじゃありませんよ。羽を

 

(ミシミシ)

 

生やした

 

(ミシミシ)

 

デカい蜥蜴が

 

(ミシミシ)、

 

背中に人間を背負って

 

(ミシミシ)

 

飛んでいます!」

 

八田は自身の知識を動員して分かりやすく光景の説明をした。それ自体は見事な解説であった―がこの時、何故か急に横から突風が吹いて機体を揺らし、その揺れで外板とフレームが軋んで異音が生じたため、成川は上手く聞き取ることができず別の理解してしまった―

 

〔成川〕

「八田、〇ルース・リーを生やしたデカい棘がセナ缶人間をCEOってとんでも埼玉ってなんだ?」

 

〔八田〕

「ファッt!???????」

 

 

それが日本人が異世界にて初めて龍―地球世界において進化論的に発生せず、この世界においてその発生が生じた未知の生態系―に遭遇した瞬間であり、また異世界の人類の存在を確認した瞬間であった。

そして、成川に難聴天然属性が付き、八田に突っ込み常識人属性が付いた瞬間でもあった。

 

1つの太陽と、それに付き従う1つの明星の光にて暮れなずむ星の片隅で、何かが起きようとしていた。

 

 

つづく☆




以上、第4話でした。

原作は元々作中年代が2024年だったのが途中で2045年に変更されたのに際して、妙なところで奇天烈怪奇なところ(2045年時点でP-3Cが就役中)ができてしまったので、そこをネタにしてみました。

現実にはB-52Hという上には上がいる状態(?)ですが、もうあれは例外中の例外ということでw

他にもいろいろと突っ込めそうなところは突っ込んでいきますので、適当に笑って流していただければ。

ただ今作はあくまで外伝なので、ここでの描写が絶対正しいということはないです。
変な横文字(『翼龍騎士と書いてワイバーンライダー』とか)もあくまでここ限定のオリ設定ですw原作には一切出てきません。

あと今回から台詞の上にそれを発してるキャラの名前を記載しています。キャラの書き分けがあまり出来てなくて読んでて分りにくいかな?と感じたので。

今回のタイトルの元ネタは某ゲーム曲から引っ張ってきてます。書きたい作品内容と曲のイメージが合ったので(なお実際出来上がった内容は)。

さて、今回のお話はもうちょっとだけつづきますので、次回もお楽しみに。

※2020年11月19日、成川二尉の役職をパイロット(機長)だと明記しました。
また、一部文章及び台詞を改訂いたしました。


今回出てきた奴の設定↓
・P-3C
ロッキード社(現ロッキードマーティン社)が開発した航空機、P-3シリーズのタイプC。愛称はP-3の頃から一貫してオライオン。
P-3シリーズは旅客機のL-188エレクトラを改造し、哨戒機化したもの。

P-3シリーズのアメリカでの初飛行は1958年(運用開始は62年から)であり、海上自衛隊における調達も78年から97年までと、作中の2045年時ならば古い機体なら確実に半世紀、最終調達機もほぼ半世紀と、就役期間の長さが伺える。2013年に運用を開始したP-1と随時置き換えている筈であるが、随分と長生きの機体もあったものである。

作中での維持理由としては、作中でも述べた『海外への遠征機材として喪失の惜しくない旧式機を残している』というのが専らの理由である。

自衛隊はジブチやアデン湾などの海外にも展開しているが、その様な遠征先だとP-3Cより大型のP-1が格納庫に入りきらなかったりする(マジ)ので説得力はあるが、それは現在(2020年)での話であって、四半世紀後になってもP-1がちゃんと入る施設を新しく造らないものなのだろうか?
まあ実際のところ、アフリカや中東までP-1送り込まなきゃいけないほどの危険が起こることは現状なさそうである。じゃあ既にある機材を使い回そうか。

パーツも確保が難しくなっている筈であるが、何故態々維持を?それは神(ワイアード氏)のみぞ知ることかもしれない……

一応本作では機体寿命の延長措置や、様々な改造によって2045年時においても通用しうる機体にする予定であり、その詳細は次回以降明らかになる。

因みに自衛隊ではP-3Cから導入を開始したため、書類上でもP-3ではなくP-3C表記だったりする。割とどうでもいいことだが。

・八咫烏
グローバルホークを参考にして、日米にて共同開発を行った航空機型ドローン。
その機体規模は元となったグローバルホークの半分以下であり、巡航ミサイルに近いものとなっている。その機体規模の小ささからフリゲートや駆逐艦規模の艦艇での運用や、輸送トラックなどからの射出が可能。

滞空時間よりも速度性能を追求し,既存の巡航ミサイルへの搭載等で実績のあるウイリアムズF-107をベースとした改良型ターボファンエンジンを搭載することによって最高時速950kmを発揮するが、その分既存の同規模のドローンと比較すると燃費効率の点で劣り、増槽や空中給油による支援の必要性が増しているため運用コストも高額化している。

固定装備として3連装式12.7mm機関銃GAU-19を機体下面に装備している。余談だが回転型砲身の機関砲という点で近代航空機用機関砲の傑作であるバルカンことM61と混同されがちであり、メディア等ではバルカンと表現されることもあるが、政府や開発企業の公式文書にてバルカンがこの銃の通称として用いられたことはない。

・キャンプ・ガイチ
ロイメル王国が禁断の地北東部に築いた軍事施設。
森を切り開いて建設しており、その際に出た木材を施設の建築などに流用している。
翼龍の離発着に備えて木板を敷き詰めた滑走路を置いており、龍車を引いた母龍の運用が可能となっている。

本来は禁断の地の開拓に際する前線基地としての役割を果たすはずなのであるが、開拓があまり進んでいないため作中ではもっぱら遠征訓練施設としてしか機能していない。

基地司令はフォンク・ロソン副将軍。彼はロイメル王国航空軍第5群(禁断の地方面を活動地とする)の司令を兼ねている。彼が家族に一緒に移住することを提案したら却下されたため、基地近くに小屋を建てて独り単身赴任している。さみしい。

・トカラ
ロイメル王国の翼龍騎士団の用いる翼龍の品種名。比較的従順で操作しやすい。

ロイメル王国の翼龍騎士団の場合、戦闘用として用いるのは8メートル前後のライト級(他国のウェルター級やヘビー級と比較した等級)と、それより上の母龍級(25メートル)になり、それより下の5メートル程度のものはもっぱら訓練や連絡用、軽攻撃用の汎用個体と位置付けられている。

航空戦力としての能力は世界レベルで見ると平凡であるが、闘龍などのように飼育に特殊な手間が掛かるということがないためロイメル王国のような低文明国家においては比較的重宝されていると思われる。

因みに同じ名前のトカラという品種の馬が日本の在来種として存在する。元ネタか(ry

・フライト・キャビン・トルーパーFlight Cabin Trooper(航空機内室付騎兵、FCT)

主に哨戒機の隊員を護衛するために第二次朝鮮戦争後に新設された新しい区分の役職であり、その任務は哨戒機が敵対勢力による襲撃を機内もしくは機体そのものにて受けた状況で、携行火器を使用して敵対勢力から味方を保護することであり、所詮民間航空機におけるスカイマーシャルに相当すると考えていただいて宜しい。

この様な役職が誕生した背景には、ドローンや航空型WALKER、また個人用の滞空装備といった兵器の発展によって、飛行中の航空機内部侵入という前世代においては荒唐無稽とされていた戦術を実際に採ることが可能となってきたためである。

旧来では想定されていなかった新種の脅威が確実性・有効性を年々増していくことを警戒した先進国の軍隊は、それら航空機の脅威を取り払う戦闘要員を哨戒機や輸送機、その他航空機全般に搭乗させておくことを推奨するようになり、海上自衛隊もその例に漏れずP-3Cなどの航空機に戦闘要員を搭乗させることで、飛行中のハイジャックに備えている。

2045年における平均的な装備は、機内の設備に被害を与えないように、威力の調整が利き取り回しにも優れた電磁棍棒やテーザーガン、指向性電磁波の照射兵器が主であるが、万が一の状況を想定して20式小銃やベネリM3T散弾銃、またスーパーハンドアローこと91式携帯地対空誘導弾改2(SAM-2C)なども携行される。とはいえ強力な火器の使用に関しては、使用すればほぼ確実に機体に損傷を与えるため、主に低空飛行時や海上・陸上への着陸時など機体の損傷による被害が比較的少なく済む状況下で使用することが推奨されており、またその仕様状況も機体の外部に取りついた外敵を内部からの攻撃によって吹き剥がすことが前提となっている。

WALKERではなく人間の歩兵がこの役職についているのは、人員も含めた機内の設備に対する細心の注意を払えるほどにWALKERのAIシステムが発展していないためと、あと作中の捜索任務では未知の勢力と遭遇した際に交渉を行うことなども考慮されているため(AIに交渉は任せられない)。

・テーザーガン、テーザーライフル
スタンガンの一種であり、電気を通す針(ワイヤーで銃本体と繋がっている)を射出し、電気的ショックを対象に与える武器。

主に攻撃力を抑えた非殺傷兵器として用いられるが、状況によっては殺傷兵器と成り得、実際に死傷者が出ているため扱いには十分注意が必要。
これは玩具ではなく、立派な武器である。

作中では主に航空機内や船内など、火器の使用が限定される状況で用いられる。
対WALKER仕様の電圧を上げたタイプがあり、これは主にWALKERの電子機器類にダメージを与えることを目的としているが、その分取り扱いは非常に危険であり、くれぐれも漏電などには注意。とりあえずラバースーツと竹でも纏おうか?

・電磁棍棒
棍棒の一種であり、接触による通電によって対象にダメージを与えることを目的としている。

スタンガンよりも通電範囲が広い分誤爆の可能性も上がっているため、取り扱いには十分な注意が必要。とりあえずラバースーツと竹でも(ry

対WALKER仕様のものも存在するが、こんなものがWALKER相手に役に立つかというと……万が一に備えた最低限の装備にして、最後の武器。使う時は相手と刺し違える覚悟を決めよう。必死で抱き着けば多分当てやすいはず(なお巻き添え)。

なおコーラをぶっかけると威力倍増である。えっなんでかっていうと詳しくは通りすがりのサラリーマン『ウインド』が作中最強な漫画作品(隠す気無い)の第一巻でも読んで頂ければ……分かるはず(説明が遠回りだって?察しろよ)。


・タコライス丼
鹿屋基地の名物料理。

梅ジャムとチリソースが入った特性ミートソースと、パルメザンチーズ、キャベツが白米の上に乗った丼もので、沖縄県の辺野古基地からやってきた外人シェフがもたらしたとも、現コック長がシェフとの殴り合いの末に力づくでレシピをもぎ取ったものとも言われている曰くつきのメニュー。

因みに味に関しては、『好き嫌いが分れる味』とのことである。料理に自身のある方は実際に作ってみてはいかがだろうか?


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第5話 月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ②

※今回の話は2020年11月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。
ご注意下さい。


・前回までのあらすじ

政府からの発表によって異世界探査を行うこととなった自衛隊。

海上自衛隊第一航空隊に属する鹿屋航空基地のP-3C部隊成川班は、日本から約1200km地点の陸地にて、大型飛翔生物とそれに騎乗した人型生物を発見する。

赤い夕暮れに染まる異世界にて、異世界人との初遭遇を果たした彼らに待ち受ける運命とは?

P-3C「俺もう引退してもいいんじゃないかな?」謎の勢力「ダメです」P-3C「チクショウ……」

 

 

【月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ②】

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメル視点】

 

昼食後に始まった第1翼龍騎士団の対地攻撃訓練は、夕暮れが近づき空が最も赤く染まった頃になって終了した。

1つの太陽と1つの明星の輝きが支配する黄昏の世界の中、後は渡り怪鳥の群れなどが大陸に接近していないかを確認するべく、半島周辺の偵察を行ってから引き揚げようということになりかけたのだが……

 

〔翼龍〕

「ギャァァァァオ!!!!」

 

―ゴォォォォォ……―

 

〔ラーツ〕

「あれは……龍か!?だが、なんとも不気味な呻きだ……」

 

突如として3人の翼龍が威嚇の声を上げ始め、更に灰色をした謎の飛行物体が,『呻き声』とでも形容すべきあまり聞きなれない奇妙な音を伴って、北東の方角から翼龍以上の凄まじい速度で飛来したため、急遽予定を変更しその物体の正体を探ることとなった。

 

まずは今起こった出来事を本国の軍上層部への報告として上げるために、副団長のドイルが魔伝―魔法伝令具―を使って、そのまま本国の魔伝部隊に直接連絡……はしない。正確にはできないのである、魔伝の性能上。

 

魔伝とは、魔鉱石の発する魔波と呼ばれる空間を伝わるエネルギー波を、受信体となる別の魔鉱石が受信することによって始めて通信の送受信が成り立つ。だがしかし、魔波のエネルギーは空間を伝う内に拡散・減衰していくし、それにこの世界で魔波は自然・人工含めて空間中にありふれたエネルギーであり、魔伝による通信は距離を伸ばせば伸ばすほどにノイズに紛れてその精確性を喪失していく特徴があった。

 

そのため魔伝で長距離通信を行う場合は魔波を伝道しやすい素材を用いた有線魔伝を用いるか、もしくは中継局を置いて減衰する魔波を増幅・送信する必要があるが、前者はとてもかさばる上、物理的な線を使う以上物質に引っ掛けて切らないようにしなければいけない(必然翼龍に携行できない)。

後者は有線よりはましなものの、それでも装置は大掛かりであり(数10km以上を中継するものの場合、重量が少なくとも50kg以上必要な上、操作も複雑で専属の操作員が必須)、最前線で直接戦闘行為を行う翼龍に積むことは、騎のペイロード的にも、また作戦遂行能力的にも困難となり、事実上運用不可能なのである。

 

そこで翼龍騎士団の場合は、龍の操り手と魔伝の操作士の2名がタンデム式に騎乗する長距離無線魔伝令専属騎を1個団あたり1騎ほど置き、その騎が部隊の魔伝を統括と長距離通信に必要な作業を担うこととなっている。なお無線伝令役の騎は積載量が多く、またその積載物も衝撃などに弱い精密機器であるためにどうしても動きが鈍くなりがちであり、そのため最前線よりも1歩ほど後方に引いた場所にて待機し、必要に応じて通信を管理する。

 

ドイルは自騎から100kmほど離れた場所にて滞空している筈の通信騎と交信を図る。

 

〔ドイル〕

「こちら『イのロ(ドイルのTACネーム)』、『イのハ(第1翼龍騎士団伝令兵のTACネーム)』、応答せよ』」

 

〔第1翼龍騎士団伝令兵〕

“こちら『イのハ』”

 

〔ドイル〕

「至急ナイチ(本国)のアガリオソイ(東方面の司令部)に報告しなければならないことがある。繋いでくれ」

 

〔第1翼龍騎士団伝令兵〕

“了解”

 

ドイルの通信を受けて、騎の伝令役翼龍に跨る2名の伝令兵のうちの魔伝操作士が、様々なメーターやスイッチ、ダイヤルの付いた大型の魔伝装置を操作し、まずはキャンプ・ガイチに通信を繋ぐ。

 

〔第1翼龍騎士団伝令兵〕

“こちらイのハ。部隊イからアガリオソイに通信を繋ぎたい。どうぞ”

 

〔キャンプ・ガイチ通信兵〕

「了解。こちらの中継器を経由させる」

 

イのハから通信を受けたキャンプ・ガイチの魔伝室の職員が施設の魔伝中継器を手動にて起動・操作し、イのハの通信を本国のイリオソイに中継する手筈を整える。中継器の操作が人の手によるのは、自動化するほどの技術がまだないためである。

 

これでキャンプ・ガイチからアガリオソイに通信を直接送れるのかというと、実はそうではない。キャンプ・ガイチで増幅された魔波は、今度は更に禁断の地各所に設置された通信中継器を経由して本国内の通信中継器へと伝わり、そうしていくつもの中継器を経由してようやくロイメル王国軍の西方面司令部、コードネームでアガリオソイと呼ばれるその場所に、現場からの通信が入るのだ。

 

このような数多くの手順を踏むことによって、禁断の地から数100キロ先の本国に伝えられる魔波信号は、ノイズを紛れさせることも少なく、人が言葉をしっかり認識できる範囲の、明瞭な音声情報を保持するのである。

 

魔伝の操作室と司令部室としての機能を併せ持った広大な1室、そのロイメル王国の西側の軍事情報を統括するその場所に、禁断の地の第1翼龍騎士団からの通信が入る。

 

〔ドイル〕

「アガリオソイ、こちらイのロ。ケガレ(禁断の地)半島部のニシアガリ(北東)からアンノウン(正体不明の飛行物体)が出現。目標の大きさは翼龍と同じ程度だが、速度は翼龍を遥かに凌ぐ。脅威度は不明なれど追跡は不可能。目標はこちらの追跡を振り切ったのち、再度ニシアガリ方面へと飛び去った―」

 

その通信を受けた西方面司令部は寝耳に水を受けたような衝撃を受け、その場の勤務幹部によって第8、第9騎士団を増援として派遣することを即座に決定したのちに、直ちに首都の総司令部にこの件の指揮権を譲渡してその判断を仰ぐこととなった。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE】

 

日本国外南西側方面の調査を担当していた海上自衛隊鹿屋航空基地第一航空群第一航空隊所属のP3-Cの内の1機、成川二等海尉(当時)が率いていた機は、日本の南西約1200km地点に、かつての地球世界の地形に存在しない未知の大陸を発見した。

 

同機が指揮管制する無人偵察機八咫烏と共にこの地域上空に侵入した成川は、未知の大陸発見直前に機載レーダーにて探知していた登録データのない未確認飛行物体を捜索し、その物体を八咫烏の搭載テレビカメラで確認したところ、古代の地球にかつて存在していた肉食恐竜ティラノサウルスに似た胴体を持ち、背中から蝙蝠に似た巨大な翼を生やした全長8メートル規模の未知の大型飛翔生物の姿が映し出された。

 

〔八田〕

「ファンタジーな世界だとは思っていたけど、まさかこんなのまでいるとはなあ……」

 

その姿は地球のヨーロッパ世界で伝説上の存在として扱われてきたドラゴンと呼ばれる架空生物に非常に酷似しており、一同は思わず唖然とすることとなった。

更に一同を驚愕させたのが、その生物は顔の部分に兜を被り、そこから伸びた紐によって背中の上に騎乗した人間、甲冑を装着した騎士のような風貌の人物たちが操っていると思しき光景が見られたことであった。

 

そのことはこの異世界において日本以外にも人類が存在し、それが一定レベルの文明を有した知的な存在であることを理解するのに十分な光景であった。

 

―後にそれが異世界特有の大型飛翔龍類『翼龍』を操るロイメル王国翼龍騎士団の隊員であることが発覚したことについては、この物語の原作を既読している読者の方々なら既にご存じのことであろう。

だがしかしこの時の彼らにとっては、それらは生まれて初めて遭遇した未知の存在であり、その正体について知りえていなかったが故にその光景に驚愕していたことについて留意していただきたい―

 

さて、そうして異世界にて衝撃のファーストコンタクトを果たした彼らであったが、その感想は各々違っていた。

 

〔八田〕

「まるでス〇ルバーグ監督の映画みたいな光景だな、空飛ぶティラノサウルスがいるなんて。

イスラ・ヌブラル島が実在したとは、是非本人に見せてやりたいな」

 

〔鎌田〕

「でも『ジュラ紀の遊園地』に甲冑を着た人間はいないでしょう。どちらかというと『親戚の家の階段下に住んでた両親が魔法使いの少年』や「指輪を巡る冒険物語」の方では?」

 

〔八田〕

「すまんがその映画見たことないんだ。だからあまりピンとこない」

 

〔鎌田〕

「マジですか八田先輩」

 

〔八田〕

「だって俺が生まれた時には恐竜のやつと違ってシリーズ終わってたし、見たことあるやつの方が少ないだろ」

 

〔鎌田〕

「まあ確かに今2045年ですからね。30年以上も前の映画なんて知ってるのはおっさんくらいでした。件の恐竜映画シリーズは時折続編が作られ続けていますが……ところで、ス〇ルバーグって今存命でしたっけ?」

 

〔八田〕

「ああ、それなら……」

 

〔成川〕

「おいお前ら、今は任務に集中しろ」

 

成川が無駄話に興じる鎌田と八田を叱咤したことで、混沌としつつあった現場の空気が引き締まった。

 

〔成川〕

「一体何がどうなっているのかは分からないが、とりあえず様子を窺おう。だが近づきすぎると相手側を威圧してしまうかもしれないから、あまり近づきすぎてはいけないな。DOC!」

 

成川の指示を受けた八田が八咫烏を操作して、目標の周囲を旋回させる。

目標の動きは非常に緩慢で、八咫烏の速度に全く追いつけていない。

 

〔八田〕

「目標の速度は非常に低速。八咫烏に追いつく気配はありません」

 

〔成川〕

「フム、とりあえずこちらから近づかなければ危険はないということか。とりあえず今日はこの場を離れて、基地に帰投しよう。基地に連絡を取る。他の機を中継するので、連絡を」

 

本来なら衛星経由で基地と連絡を取るところだが、今はその衛星が存在しないため、他の機に通信の中継役を任せなければならない。

 

また、長距離通信に適した短波の利用に関しても、現状この世界の電離層の性質などがまだ調べ斬られておらず、通信不能エリアが以前よりも多くなっていたため、長距離通信に関しては近隣の機を介して行う手筈となっていた。

 

〔成川班通信兵〕

「了解。理恵(たかえ)2尉の機が一番近いです」

 

〔成川〕

「よし、では理恵班の機を中継して基地に連絡を入れるぞ」

 

そうして基地と連絡を取った成川班は、その場から離れた。

八咫烏もまたP-3Cの後を追ってその場から離れていく。

と、その時。

 

〔通信兵〕

「ん?これは相手の無線周波数かな……」

 

通信機のセンサーに引っかかった微弱な電波、それに気づいた通信兵はその周波数を記録した。

 

〔通信兵〕

「成川2尉、相手の無線周波数と思しき微弱な電波を感知しました」

 

〔成川〕

「うむ。相手は無線機を有する程度の技術力は有しているということか……」

 

 

  *   *   *

 

 

一方連絡を受けた基地では、交渉可能かもしれない高等知的生物の勢力の発見という事態に、このような事前に備えて政府からあらかじめ配られていた緊急時対応マニュアルに従って行動することとなった。

それによると、最寄りの外務省職員に連絡を取って、基地に連れてこさせることとなっていたため基地周辺の外務省職員に連絡を取った。

 

だがしかし、連絡を取った職員から返ってきた答えは、鹿屋航空基地の隊員たちの予想を裏切る、意外なものであった。

 

〔外務省職員〕

「申し訳御座いませんが、今回の調査に関して我々外務省は、もう少しの間職員の同行を見送らせて頂きたいと考えております。

貴方方自衛隊が文明的な人類と思しき勢力を発見したことは、送られてきたデータを参照するに恐らく事実でしょうし、その成果は素直に称賛致しましょう。

ですが、相手の文化様式も一切不明であるにも関わらず、不用意に接触することは、少し性急にすぎるように思われます。

数日、或いは数週間ほどは様子を見て、安全を確認できた上で接触を図りたいのです。よって、今日今すぐというのは承諾できかねる事案なのです。

無論時が来て、準備が整ったら我々も調査に同行いたします。しかし今日今からというのは反対させて頂きたい」

 

確かに、異世界人発見という素晴らしい成果を上げたことは誇るべき成果であり、それは肯定されてしかるべきであるが、だからといってそこから一気に物事を調査から直接接触に移行しようというのは、少し性急に過ぎたのかもしれない。

そういうわけで、その職員と電話でやりとりしていた基地司令の桐山は、一旦連絡を切ってしまおうとした。

だがしかし、電話先の外務省の職員は、”ですが……”と前置きを置いたうえで、次のような話を持ち出したのである。

 

〔外務省職員〕

「ただ、官ではなく民間人ではありますが……このような不測の事態、そう安全性すらも確保されていない土地で、それでもなお相手との交渉に臨み得る、荒事においても役立つであろう実力を持った、専門職の男を用意することは可能です。その人物の為に、最大限の支援を約束いただけるということであれば、協力することは構わないのですが……」

 

その意図不明の提案に、桐山は狐につままれたような感覚を覚えたものの、どうしたわけか彼の思考の低層の、無意識の海とでも言うべき領域において、雷の閃光が走るかのような衝撃と、泡がぶくぶくと大量に沸いて、しゃぼん玉のようにふわりと浮き上がるかのような感情の静かな盛り上がりがあって、第6感レベルの感覚において、”なんとなくだが、同意したら良さそうか?”という言葉が脳に走りだした。

桐山は、冷静に考えることも重要ではあるが……と自身の心に理性で語り掛けた上で、自身の第6感の囁きに、自分の感を信じて、ここは一つ身を委ねてみるか?という結論を出した。

 

〔桐山〕

「分かりました。ではその、貴方の紹介する人物に対し、我々は最大限の支援をお約束致しますので、是非ともご協力の契約を取り次げて頂くことを、海上自衛隊海将補、桐山勲留の名において外務省にお願い申し上げます。

……今回の調査は、今後我が国がこの新世界において地歩を築き上げるための、重要な任務なのです。よって我々としても、何とか成果を上げなければならないのです」

 

桐山の誠実な態度に、電話越しに思いを汲み取った外務省職員が深く理解を示し、言葉を返した。

 

〔外務省職員〕

「貴官のご要望、確かに承りました。では今度は我々の方も誠意を示すこととしましょう。

必ずや貴官のもとに、かの人物を用意致します。少々お待ちください」

 

そして、鹿屋基地と外務省職員との連絡は終了した。

突然の官同士の真面目なやり取りに、鹿屋基地の通信室は妙な空気に包まれたものの、とにかくその人物とやらを待つこととなった。

そして成川班の連絡から一時間後……

 

―突然だが異世界の月、それは地球のそれとは少しばかり形態が異なる。

月『本体』は地球のそれと似て黄色ないし白、灰色がかった球体であり、また大きさも体感的には違いがない。しかし、異世界の月は地球の月とは決定的に異なる点がある。

異世界の月は、その周囲に木星や土星、天王星・海王星の周囲を取り巻くそれとよく似ていながらも、それらと違い虹に似た多色のスペクトルの輝きを放つ奇妙な『環』が掛かっているのだ。

 

それは岩石や氷塊、またはガスなどが漂って形成されていると推測されているのだが、太陽系における惑星の環が地球よりも遥かに巨大な質量を持つガス惑星の強力な重力がその形成に関わっているのに対し、衛星規模の天体がこのような環を形成し得ている理由については、天文学者、物理学者たちの頭を非常に悩ませている。

 

仮設によると『暗黒物質(ダークマター)』がこの現象に関わっているのではないか?という予測が立てられており、現在調査を施行中である―

 

さて、幻想的な光景が空の一部を彩る夜の時間帯になって、ようやく外務省職員によって紹介された人物が基地に表れた。

その人物は、応接室にて待機していた桐山の下に訪れると、次のように名乗った。

 

〔謎の民間人の男 【曽我】〕

「フリーで交渉人をしています、『曽我勇吾』と申します。

この度はお呼びいただいて誠に恐縮です」

 

鹿屋基地を訪問した―正確には迎えを出して連れてきた―のは、遊び人のお兄ちゃんといった風貌の、人の良さそうな笑顔を浮かべた30代半ばくらいの男性であった。

中肉中背の体型で、髭はしっかりと剃って清潔な顔をしている。髪は伸ばしているが後ろで縛ってきちっと纏められており、肌は健康的に焼けている。

 

服装は派手なオレンジ色の登山用ジャケットで、濃緑色のリュックを背中に背負っており、今から登山に行くと言われても違和感のない雰囲気を纏った曽我はしかし、これから行われる国家的な重大事において彼を連れていくのが果たして適任であるのか、甚だ疑問であるように思える。

 

そんな曽我の存在に、基地司令の桐山以下鹿屋基地の面々は困惑したが、とにかくこの人物が事態を動かすことになっているために取り合えず歓迎をすることとした。

 

〔桐山〕

「当基地司令の桐山です。さっそくですが曽我さんには我が基地の航空機に搭乗して、現地に向かって頂きたいと思いますが、宜しいでしょうか?」

 

〔曽我〕

「念のため伺いますが、安全のほうは?」

 

〔桐山〕

「与圧防護服と脱出用パラシュートを用意してあります。また護衛の隊員を2名、それと、医務士官を1名を同行させます」

 

武装した護衛を付けるのはともかく、医務士官も同行させるのは、この世界の病について情報が足りないためだ。

万が一何らかの病疫に羅感した場合に備えて、医務士官は必要であった。

 

〔曽我〕

「お気遣いをどうも。パラシュートの使い方は知っていますが、念のため後で使い方を教えてください」

 

〔桐山〕

「分かりました。えー装備は用意させていただきましたが、これでもまだ安全を保障できないかもしれません。大変申し訳ない」

 

〔曽我〕

「いいえ。未知の相手と交渉をする以上、危険を避けられない場面は想定していますので。念のためこちらでもいくつか道具を用意させていただきました」

 

勿論危険なものはありませんので心配しないでください、そう言って持参してきたリュックを開け、中身の道具―鏡や髭剃り用のT字型カッター、歯ブラシと歯磨き粉、コップに石鹸、下着類などの日用品は現地での滞在を考慮すると持っていても不思議ではないし、ミネラルウォーターや様々な種類の何らかの薬剤、恐らく下痢止めや抗生物質の類も現地の飲食の安全が未知であるため持参は考慮できるが、チョコレートや飴、ガムにタバコなどの嗜好品も入っていたのは、交渉に赴くというよりもキャンプに行くといった感じだ―を呑気そうに取り出して見せた彼の様子を見て、桐山は相手の人間性や能力などは測りかねると思った。

 

〔桐山〕

「(外務省の職員によると、彼は『国内外において数々の交渉をこなしてきたプロ』だということだが……信用してよいものだろうか)」

 

桐山は曽我の一筋縄ではない人間性を感じ取った。

一体どのような人生を送ってきたのか、それは桐山の知るところではないし、知るべきことでもない。それ故追及はしなかった。

 

〔桐山〕

「さて、紹介しましょう。今回護衛を担うことになります、竜馬喜平海士長と南戸入江(みなと いりえ)1等海兵、それと医務官の佐笹原多摩王寺(さささはら たまおうじ)3等海尉です」

 

紹介された三人の男たちが、曽我に対し自己紹介を始める。

まず名乗ったのは、ひょうきんさと精悍さを程よく併せ持った風貌が特徴の、竜馬喜平である。

 

〔竜馬〕

「竜馬喜平海士長です」

 

竜馬は平均より若干身長が高く、180cm前後だ。

 

竜馬に次いで、今度は南戸入江が名乗った。

 

〔南戸〕

「南戸入江1等海兵です」

 

南戸は竜馬より少し背が低いものの、それでも175mよりは上に見える。

 

 

最後に名乗ったのは眼鏡をかけた白衣の男であり、先端部が外に向かってカールしたセミロングの髪型が特徴のその男は、一見ひょうきんな感じがするものの、元の顔立ちがとてもよく、精悍な男らしさを秘めていた。

 

〔佐笹原〕

「佐笹原多摩王寺3等海尉です。軍医として貴方の健康や衛生を管理致しますので、気分や肉体に異常を感じた場合は、遠慮せずに申し出て下さい」

 

既に武装を完了している護衛の竜馬、南戸と、医務官として白衣を羽織った佐笹原が曽我と挨拶を交わす

三人の中で一番年長なのは医務官の佐笹原で、37歳。逆に最年少なのは南戸で27、因みに竜馬は31歳である。

 

〔桐山〕

「早速で悪いですが、既に用意した航空機の準備は整っております。今すぐ出せますが、いかがなさいますか」

 

〔曽我〕

「今すぐ出ましょう」

 

桐山の提案に、曽我は即座に返答した。

 

そういうわけで交渉人を載せたP-3Cは、夜の空の向こうにある未知の大地目指して発進することとなった。

 

〔曽我〕

「夜の闇を照らす人の光、これが消えないようにしなければならないな」

 

遠ざかる日本の地―雨が上がり夜空に万月がその姿を堂々と君臨させているその下で、月光に照らされながらもかき消えぬ、無数の人工の輝きを灯す夜を征服した文明―の光景をP-3Cの窓から覗いた曽我は、人知れずそう呟いた。

そこにあるのは1人の人間の覚悟であった。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

『それ』を持った男は、大勢の男を前にして雄叫びを揚げた。

彼の名はクック……ロイメル王国の大8翼龍騎士団『円陣の突破兵(サークリット・ブレークスロハー)』の団長にして、規律と団結を重んじる武人である。

彼はよく整えられたカイゼル髭に荒い鼻息を当てながら、部下に激を飛ばした。

 

〔ロイメル王国第8翼龍騎士団団長 【クック】〕

「みんな丸太は持ったな?行くぞぉ!!」

 

〔男の集団〕

―ウオオオオオ―

 

〔????〕

「ほう……」

 

それを少し離れたところから見ていた見た目麗しい女性騎士が、関心を示しながら言葉を呟く。

彼女の名はアンドゥイル……第9騎士団『夜行する戦乙女団(ヘロディアス・ハサーズ)』の団長を務める女傑である。

 

〔第9翼龍騎士団団長 【アンドゥイル】〕

「クック殿たちの丸太はいい丸太だな」

 

〔若い女性騎士〕

「いやいやいやどういう状況ですか隊長?!丸太って何?!なんであんなの持ってるんですか!意味が分かりませんよ!」

 

その日、夜間飛行訓練を目的としてキャンプ・ガイチに遠征に来ていた第8、第9翼龍騎士団は、突如本国から下った命令に驚きつつも、本来よりも予定を早めて出撃することとなった。

 

予想だにしない不意打ちのような出撃命令に、幾人かの団員は動きをもたつかせたものの、それでもなんとか体裁を整えて今出撃せんとする両団だが、アンドゥイル率いる第9翼龍騎士団が槍や弓矢、ハンドボウガンなどで武装しているのに対し、何故かクック率いる第8翼龍騎士団の面々は……『丸太』を装備していた。

 

太くて長い丸太を両手で抱えながら雄叫びを揚げる、そんな屈強な男たちを横目に、第9翼龍騎士団のとあるうら若き乙女―ロイと同じように、ひと月ほど前に入団したばかりの新米で、紫色の髪をした犬獣人―は唖然としながら、異常な光景を普通に流しているアンドゥイルに突っこんだ。

 

〔アンドゥイル〕

「お前にもいつか、丸太の良し悪しが理解できる日が来るようになるさ」

 

〔若い女性騎士〕

「は……?」

 

若い女性騎士は隊長の言葉を理解できずにいたが、第8騎士団の屈強な男たちはそんな彼女の状況に戸惑う心境など全く知る由もなく、熱狂に包まれていた。

その熱狂に包まれた集団は時を経るごとにどんどん精神を高揚させていき、やがて所々で高笑いが始まった。

 

〔第8翼龍騎士団団員A〕

「アヒャヒャヒャヒャ!今日も頭がラリパッパーだぜ!」バンバンバン!

 

手にした丸太を激しく地面に叩き付ける様は、もはや正気を失っている。

そんな様子に女性騎士が引いているところ……

 

〔第8翼龍騎士団団員B〕

「正気に戻れーっ!!」ガツンッ

 

〔第8翼龍騎士団団員A〕

「グワー!!」

 

横からその男の同僚が割って入り、正気を失った男の頭を後ろから思い切りぶん殴った。丸太で。

同僚のバッティングによって吹っ飛ばされる男。まさか死んでしまったのか?と若い女性騎士が異常な事態に顔面蒼白になる中、男はフラフラしながらもなんとか立ち上がり、こう言った。

 

〔第8翼龍騎士団団員A〕

「おれはしょうきにもどった(迫真)」

 

まるで何事も無かったかのように淡々とした態度の男に、若い女性騎士は呆気に取られた。

 

が。

 

〔第8翼龍騎士団団員B〕

「まだ治っていなかったか!今度こそ正気に戻れー!!」ガツンッ!!

 

 

一度正気に戻った男を、先ほどの同僚が二度目の、今度は先ほどよりも強い一撃を食らわせて再度ぶっとばした。

 

〔第8翼龍騎士団団員A〕

「グワー!!」

 

〔若い女性騎士〕

「なんで!?」

 

とんでもない凄惨な光景に、もはや突っ込まずにいられない若い女性騎士は、団を率いるアンドゥイルにその答えを求めた。

 

 

〔若い女性騎士〕

「だ、団長、何がどうなっているんですか……!?何故彼らはあんなことを?」

 

動揺する新米騎士の質問に、アンドゥイルが状況に見合わない呑気な声色で答える。

 

〔アンドゥイル〕

「あれだけ馬鹿に興奮しているのは、『例の強壮剤』、と『満月の魔力』……強壮剤は夜間の睡魔を追い払うために食事で接種したが、今夜は満月だから少し精神の安定性が乱れやすい。まあ、これも騎士の鍛錬の一環だから心してかかるように」

 

〔若い女性騎士〕

「ええぇっ……?」

 

アンドゥイルの言った『強壮剤の接種〛と『満月の魔力』、その言葉を聞いた女性騎士は驚きと困惑双方の理由から素っ頓狂な言葉を漏らした。

 

〔第8翼龍騎士団団員A〕

「フフッ、お前の一撃かなり効いたぜ。おかげで目が覚めたぜ」

 

〔第8翼龍騎士団団員B〕

「友よ、やっと分かってくれたか」

 

そう言いながら何事も無かったかのように彼らが拳同士を突き合わせる様を、さも自然の、ごく当然な出来事だとでも語っているかのような、感情の激しい揺さぶりのない平常心の感じられる瞳で見ていたアンドゥイルは、呆けた若い女性騎士を狂気の道に導くような魔性の言葉をかける。

 

〔アンドゥイル〕

「所詮翼龍騎士などというものは、いつもいつも目まぐるしくグルグル回って。グルグル、グルグルグルグル、グルグルグルグル回り続けた果てに頭がクルクルアッパラパーになるろくでなしの狂戦士さ。まともな感性は消えていく。

 

ああ、お前がやけに興奮しているのも『強壮剤』と『満月の魔力』の作用だよ。まあこれくらいなら問題ないが、精神圧と血圧の上昇にはくれぐれも注意しろ。上げれば上げるだけ後の疲れが酷いし、それに……アレの日も重くなる(ボソッ」

 

〔若い女性騎士〕

「ぅわんぉっ///!!はぁ~……」

 

その隊員はアンドゥイルの発言で赤面するほど恥ずかしくなって妙な嬌声を上げつつ、この先騎士団勤務大丈夫かなあなどと思った。

 

〔クック〕

「よし、そろそろ出発するぞ!全員私に続け!」

 

団長のクックの言葉で、それまでの狂気が嘘のように厳粛な空気を纏い始めた第8翼龍騎士団の面々は、粛々と出発を始めた。

 

〔アンドゥイル〕

「よし、我々も続くとするか。全軍、離陸用意!我等第9翼龍騎士団、夜の戦女神の名の下に、その名を深淵の闇に刻め!」

 

斯くして出撃を開始する第9翼龍騎士団。若い女性騎士は、急速に変わり続ける状況に振り回されながらも、どうにか追いすがろうと必死に食らいついた。

 

空に飛び出した計50騎もの翼ある肉塊たちは、一路北東の方向へと向かって行った。

 

その後両団は凡そ1時間ほどかけて第1発見者として現場に留まっていた第1騎士団のラーツ・ドイル・ロイと合流し、本国へ帰投しなければならない彼らから警戒任務を引き継いだ。

 

その頃になると空はすっかり暗く染まって月が闇夜を照らしていたが、視界が極端に低下する夜間飛行というものは非常に危険なものであり、灯りとして魔導カンテラを持っていても時として不幸な衝突事故を招くため、慎重な行動が要求された。

 

 

  *   *   *

 

 

さて禁断の地の広さは地球世界でいうアラスカほどであり、面積は日本の約4倍にも及ぶ広大な土地である。デカイ(ゆるふわな語彙力)。

 

そんな広大な土地を、精々北海道ほどの大きさしか持たないロイメル王国が事実上保有しているのは、この土地が禁断の地だから、という理由だけではない。

 

過去、それこそ200年ほど前までは、ロイメル王国以外の国々もこの地域の支配を目指して開拓団を送ったことがあった。何があるかもわからない未開拓の土地というのは、その時点での重要性は低くとも後々何らかの価値が出てくる可能性があるからである。

しかしそれはなぜか尽く『何者かの妨害』によって壊滅させられ、そして200年前の神の涙事件によって数千もの犠牲者が出たことを境にして、誰もがこの不吉な土地から手を引くこととなった。

 

この土地に何が存在するのか、実際の所ロイメル王国もよく知らない。わかっているのは、一見して無害に見える広大な森林地帯が、突如として人知を超えた牙をむくことがあるということである。

 

先ほどの飛行物体は、もしやその『何か』に関係があるのではないか、という危機感を共有するロイメル王国の人々はしかし、自分たちにできる精いっぱいのことを淡々とこなしていくことだけが救いになることを信じて行動するしかなかった。

 

 

  *   *   *

 

 

翼龍の巡航速度は凡そ150km程度であるため、禁断の地から数100km先のロイメル王国へは数時間掛かってしまう。

 

そんな遠征軍を行ってから空戦機動訓練を行うことなどは兵にも家畜にも不要な疲弊を与える為、森の各地に龍と騎乗者が休憩を取るための簡易休憩所が設置されている。

 

翼龍が3匹、母龍なら1匹が着陸できる程度に切り開かれたスペースに、大体4人程度が軽い休憩を取れる小屋がぽつんと建てられているだけの代物であるが、それでも一息つくことができる場所であることに変わりはなく、ラーツ達3名と3体の翼龍たちは思わぬ長時間勤務となってしまった今日の任務の疲れを取っていた。

 

長時間翼龍に騎乗していると、どうしても腰の辺りに疲労が蓄積してしまう。翼龍騎士にとっては休憩もまた任務のために重要な任務なのだ(因みに、休憩小屋などが見つからなかった場合に備えて翼龍には個人用の簡易テントやマットなども積載されている)。

 

〔ロイ〕

「しっかし隊長。なぜ自分らは基地に戻らず、態々本国まで強行軍を?」

 

新米のロイがふと疑問を口にする。

報告のためならば本国まで戻らずとも、キャンプ・ガイチまで戻ればよい話であり、それが何故本国まで戻ることとなったのか?

その答えは、ラーツが答えた。

 

〔ラーツ〕

「実はあの物体を目撃した時、これに姿を収めてな」

 

そう言ってラーツが取り出したのは、一斗枡ほどの大きさ(縦横に約31.82cm、太さ約17.82cm)の正方形の箱の真ん中に、ガラスの丸いレンズが付いた道具であった。

 

〔ロイ〕

「それは『撮影機』ですね」

 

撮影機とは地球のカメラにあたる道具で、ロイメル王国のものは精々原始的なカメラ程度の性能である。

 

内部にプリズムとしての機能を持つ魔鉱石と火の魔鉱石や光の石が内臓されており、火や光の魔鉱石の光で照らした物体から反射してレンズから入り込んだ光を、プリズムで増幅し写真となる鏡板や金属板に焼き付けることができる。

 

画像はセピア色で、また精度も粗いが、それでも短い時間―数秒から数10秒程度―レンズを向けておくだけで風景を記録できるため、軍では地形の記録であったり、個人情報の管理や、戦果確認などのために写真が用いられており、特に偵察能力の求められる翼龍騎士にはとりわけ重宝されている。

 

〔ラーツ〕

「うむ。写真を撮った以上は、これを直接情報部までとどけなければならないからな。遠距離から直接遠方まで画像を届ける術がない以上、誰かが運搬せねばならない」

 

〔ロイ〕

「それで直接本国まで戻るわけですね」

 

〔ラーツ〕

「お前とドイルが写真を運ぶ私の護衛なのだから、しっかり休んで任務を果たせよ」

 

〔ラーツ〕

「護衛より強い保護対象じゃないですか」

 

そうして休憩して疲れを取ったのち、3名は本国目指して翼龍を飛ばした。

東の空に浮かぶ満月がその存在感を放つ空を背中に、ラーツは呟く。

 

〔ラーツ〕

「今宵は満月……月の魔力が最も高まるとされる夜。

地上の生命はその魔力の影響を受けて生体活力を活性化させ、また不可思議なことも起こり易いとされている。

何らかの災いの前兆でなければいいのだが……」

 

胸に抱えた不安を呟く彼を余所に、夜の空に浮かぶ巨大な月は、何も言うことなくただ君臨していた。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE 古橋班P-3C】

 

異世界の夜空を飛ぶP-3C。その内部で寛ぐ曽我は、機内の設備を色々と興味深そうに眺めていた。

 

〔曽我〕

「この機体はとても古いですね。日本にもこんな機材がまだあったとは驚きです」

 

素人の曽我から見ても1発で見抜かれるほど、P-3Cの機内設備は古かった。

というか、ぼろかった。

明らかに古い機材や新しい機材を強引につぎはぎした機内設備は、1部にはゴリラがシンボルキャラクターとなっている、某有名強力接着テープのようなもので繋ぎ止めたような部分すらも存在した。

 

〔古橋〕

「新鋭機を用意できずに申し訳ございません」

 

〔曽我〕

「あー、まあ構いません。我々は特攻隊同然だということは存じておりますから」

 

〔古橋〕

「あの、それは……」

 

曽我の言うことは半ば事実であった。

未知の相手との接触、それが平穏にいかない可能性があるため、最悪『切り捨てても構わない』ようなもの―人と道具―が用意されたのだ。

実に非情な扱いである。

そのような上からの個人の人権を貶めるような扱いをしかし、肝が据わった様子で受け入れている曽我を見る古橋は、この男に対する疑問―何処の何者であるのか―を抱かずにはいられなかった。

 

〔曽我〕

「自分が異世界で交渉人第1号になれるなんて、とてもワクワクしますね。多少の危険なんて飲み込みますよ」

 

曽我はこの危険かもしれない状況を、むしろ楽しんですらいるのかもしれない。

 

〔古橋〕

「大変申し訳ございません。ですが必ず貴方の身柄の安全は確保いたしますので」

 

古橋は、曽我の言葉を聞いたうえで、自分たちが切り捨て可能な存在であっても、そんなことはさせぬと心に誓った。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

禁断の地から北東に約800km。

 

白く力強い月光を放つ満ちた真円の月と、輝き放つ無数の星々が闇に満ちた地上の者達を導く灯りとなる夜の洋上を、幾何かの光の粒が飛び交っている。

 

翼龍の背中に固定装備されたカンテラの灯りによって照らし出されるのは、ロイメル王国の翼龍騎士団、その第8、第9番隊である。

 

火の魔鉱石を加工した発光体を組み込んだ魔導カンテラは、松明と違って風に煽られて辺りのものを燃やすことはないし、それにその光量も松明より明るかった。

昼間と比べて視界が大幅に減衰する夜間の飛行に際しては、こういった照明器具の使用が推奨されている。

 

さて、翼龍騎士団員とその騎乗翼竜達は既に7時間以上飛行していたが、最後に取った食事の際に魔鉱石を加工した『強壮剤』を同時接種したおかげで魔力と集中力を維持し、夜間の哨戒飛行を続けられていた。

 

この強壮剤は水晶状の結晶構造を持つ『女王冷晶(クイーン・コールド・クリスタル)』と呼ばれる魔鉱石を粉砕して粉末状にした『フィロポヌス(労働愛)』と呼ばれる薬剤で、パン生地などに混ぜ込んでから丸め固めて団子状にしたり、粉をそのまま水に溶いたりしたものを飲食することで効能を発揮する。

 

ロイメル王国においてはその魔力と集中力を長時間維持する性質から軍部、特に翼龍騎士団においては利用されることがある。

 

効果時間後に精神の変調や肉体の不調などを引き起こす副作用や、依存性などがあるためその使用には慎重を要し、また使用後には精神の診断や『毒抜き』などを行うこととなっているのだが、それでも毎年『幾何か』の兵士がこの強壮剤の影響で廃人と化しており、その対策については現在対応法を模索中である。

 

さて、そんなわけで夜間の飛行任務を続けている彼らであったが、ラーツ達の報告にある灰色の飛行物体とやらは、一向にその姿を現していなかった。

 

翼龍は強壮剤の接種によって2000km程度は連続飛行できるとはいえ、もう既に半分の1000kmほどを飛んでしまっている。あと10分ほどして何も見つからなければ帰投しなければならないとクックもアンドゥイルも思い始めていたところで、彼らの元に伝令兵が報告に来た。

 

魔伝を使わず直接来たのは、魔伝そのものがまだ翼龍騎士団全体に行き渡っていないためである。

ロイメル王国の翼龍騎士団の場合、魔伝は翼龍12騎から成る小隊1個につき1つ配備し、1個団は小隊2つと伝令用の独立翼龍1体から編成されるため、1個団あたりの魔伝配備数は計3つということになる。

 

魔伝の管理については、魔伝の扱いに長けたものから選抜されることになっており、例えばラーツ総長率いる第1翼龍騎士団第1小隊の場合はドイル副団長がそれに該当する。

なお魔伝の扱いの上手い下手とは、放出する魔波の調整が上手いとか、あとは喋り声が明瞭かつ耳が良いということも要素に入る。これらが良くない場合

 

―ロイメル語でおk-

 

などと言われ重要な問題に繋がる。

 

さて、クック、アンドゥイル両団長の元に来た伝令兵は、北東方向に飛行物体2つを発見したことを報告した。

それを聞いたクックは第8の半数、第1小隊を率いて北東に向かい、更に半分を第9と共に残留させて、自身の目で目標を追跡することとした。

 

その約20分後、クック率いる第1小隊は遂に謎の正体不明の飛行物体―自衛隊の航空機―を発見した。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE】

 

〔古橋班隊員A〕

「目標を確認。大型飛翔生物と、それに騎乗している人型生物です」

 

〔竜馬〕

「どれどれ、八咫烏からの映像を見せてくれよ……ってなんじゃこりゃあ?」

 

 

日本出発から約50分後、古橋の率いる古橋班のP-3Cと八咫烏は、自機前方から飛来する複数の飛行生物と、それに騎乗する騎士を視認した。

 

基地から離陸して凡そ40分後には機載のレーダーにてその存在を探知していたためすぐに接近することができたが、相手はレーダーや暗視装置に類する探知手段を持っていないのか、こちらの存在に長らく気付いていないようであった。

 

だが竜馬を含めた搭乗員の目を引いたのは、騎士達の様子ではなくその騎士達が右手に持ち構えている丸太であった。

 

〔竜馬〕

「丸太抱えていやがるぜ。吸血鬼の出てくる島が舞台のホラーギャグ漫画かよっ」

 

〔隊員A〕

「不思議なこともあることものですね。漫画のような出来事が、まさか現実でお目にかかれるとは」

 

〔竜馬〕

「そこいらに豚汁があったり刀が自生していたりはしないよな?」

 

〔隊員A〕

「あったよ燃料、でかした!ってやつですね」

 

未知の世界であるから、何でもありかもしれないと思い始めている竜馬。無論それは半信半疑ではあるものの、そういった期待を抱かせた。

 

さて、自衛隊員たちは彼らの様子を暫く観察していたものの、相手の速度は精々が150km程度であり、P-3Cと比べると緩慢極まりなかった。

 

八咫烏の巡航速度は時速約800kmほどで、目標との相対速度は約時速650kmから600km程度。つまり目標は時速約150kmから200km程度の速度で飛翔していることになる。

 

つまり地球世界の近代兵器に対抗しうる速度性能は持たないということか、と古橋班の一同は理解し、その余裕故に古橋は、こちらから相手の能力に合わせてやることにした。

 

〔古橋〕

「速度を75ノット(時速138.9km)まで落とそう。お客人もいるから慎重にな」

 

キャビンにいる古橋が無線でコックピットにいるパイロットに指令を下す。

 

〔パイロット〕

―了解、速度75まで落とします―

 

古橋の指示を受けて、機体の速度を低下させていくパイロット。

 

 

ところで突然だが、『失速速度』という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 

 

それはその航空機が揚力を確保しうる低速度の限界値であり、その速度を下回れば即ち文字通り失速を起こし墜落する値ということである。

固定翼機の場合は機体によってその速度はさまざまであるが、大抵の機体でほぼ間違いなくそのような低速飛行の限界が存在する。

 

なおP-3Cの場合、本来のスペックでは機体の失速速度は133ノット(246km/h)(フラップアップ時)ないし112ノット(207km/h)(フラップダウン時)程度となっている。時速75ノットの飛行はそれを遥かに下回るので、そのような速度を目指したら機体を浮揚させている揚力は失効し、機体の墜落は避けられないはずなのである。

 

避けられない筈なのである(大事なことなので2回書くよ☆)。

 

それを遥かに下回る低速飛行、そんなものが果たして可能なのであろうか?

 

……

 

ええ~本当に可能でござるかぁ?(しつこい煽り。ぶっちゃけ楽しい)

 

 

 

だがそんな事情など知らぬといった様子のP-3Cは、左旋回を行いながら現在ロイター飛行中につき2発だけが稼働中のプロペラの回転数を落として速度を低下させる。

 

P-3Cの改良点その1、『エンジンの変更』がその効果を発揮する。

 

従来以上の低回転に対応させた改良型エンジンは、既存の運用を遥かに下回る低回転に至っても停止を起こすことなく、その正常な回転動作を続けていた。

 

更に遠征任務機化した際に既存の翼から交換された、新規設計のBLC(境界層制御)装置付き主翼がフラップ部より強制的に空気を排出し、空気の剥がれを防ぐことによって失速状態に陥ることを回避する。

 

P-3Cの第2の改良点、『翼の変更』は無事その役割を果たした。

 

そうして速度が最小抗力速度を下回るところまで下がると、それまで正の値を保っていた縦方向の静安定及び横の安定(上反角効果)が中立または負の値に反転し、航空機の飛行特性が逆になる。この領域を主にバックサイド(不安定領域)などと呼称するが、この領域での機体の運動はパイロットの操舵意図とは反対方向に動く。

 

即ちフロントサイド(安定領域)での操舵において上昇する場合はパイロットが操縦桿を引いて、機首を上向きにすることで揚力が増して上昇がなされるが、バックサイドにおいては機首を上に上げた際に機体にかかる抵抗の値が急増して速度の低下を引き起こし、そのことによって揚力不足を起こした機体は下降していくといったことが発生する。

 

このパイロットの操舵に対する機体の反応から実際の機体に起こる挙動への応答は非常に急激であり、操舵による操縦は困難を極める。そのためバックサイドにおける機体の姿勢制御は操舵ではなくエンジン推力(スロットル)の操作によって行わなければならない。

 

しかし機体の僅かな動作が大きな状態の崩れを引き起こすバックサイドにおいては、手動によるエンジンの微調整による飛行の安定もまた困難を極める。

 

そのため、低空低速飛行を目的として施されたP-3C第3の改良箇所である『フライバイライト化されたエンジン制御システム』が、エンジンの挙動を逐一管理・修正していくことによって機体の安定が試みられる。それによってようやくP-3Cは、本来の性能では在り得ない時速150キロ以下の飛行を実現した。

 

……改良型のP-3Cは、机上計算上で最大65ノット(時速120.38)までの低速飛行に対応している。これは対海賊船対策であり、ヘリコプターには及ばないものの滞空能力を向上させることで哨戒能力を引き上げる意図がある。

 

 

言っておくが本来のP-3Cではこんなの無理である。都合よく☨魔☨改造されててよかったね☆(ニッコリ)

 

 

なおP-3Cに随伴する八咫烏は、機首を迎角75度ほどに上げたのちに、主翼と尾翼、機体後部に備え付けられたベクタードスラスター(推力偏向ノズル)の動作をそれぞれ機敏に制御することで、時速150km以下の飛行を行っていた。

 

翼の揚力などほぼ発生し得ないような状況でも墜落することなく飛行を続けているのは、それだけ優秀なエンジンと飛行制御システムを備えているということの証であり、これを成し得た米国の軍事技術の先進性と、それに引けを取らない日本の技術力の高さを暗に物語っていた。

 

さて、そうして翼龍の追跡にあえて追いつかせるつもりになったP-3Cと八咫烏は、相手が食いついてくれることを祈って接近した。

機体に付いた照明類を起動しながら接近すると、相手はそれでようやくこちらの存在に気付いたようであった。

 

それからは、相手は八咫烏とP-3Cに食らいつかんばかりの勢いで必死に食いつこうとしてきた。そんな必死な翼龍たちが、敢えて追いつかせようと合わせたP-3Cにようやく追いついたのは、数分後のことであった。

 

数分に渡る追跡劇の果てに、ようやく一人の騎士がP-3Cのコックピットに近づき、カンテラの光を向けてコックピットの中を覗いた。そして、コックピットのパイロットもまたその騎士の姿を見た。

 

月光に照らされるその騎士は、精悍な顔付をした、初老の男性であった。

 

日本人の彼らが始めて見る異世界人の顔は、日本人とは違うものの、ヨーロッパの白人種に近い、極めて地球人に近しい容貌であった―

 

〔コパイロット〕

「機長!相手と目が合いました。外人です!」

 

そもそも相手が外国人なのは当たり前だったのだが、コパイロットは相手の容貌が日本人と違って白色人種に似ていたことから、思わずそう言葉を漏らした。

それを横で聞いて可笑しく思ったパイロットは、少し苦笑しながら興奮したコパイロットを宥めるように言葉を選ぶ。

 

〔パイロット〕

「うむ。暗くてあまりよくは見えないが、ヨーロッパの白色人種に見える容貌かな?

だがしかし……」

 

パイロットは一拍ほど置いて言葉を紡ぐ。

 

〔パイロット〕

「相手が勇敢、いや無謀だったおかげで無事第一種接近遭遇成功、だな」

 

〔コパイロット〕

「は?」

 

古橋班のP-3Cパイロットがふと呟く。それを聞いたコパイロットは意図が分らず呆然とした。

 

〔パイロット〕

「UFOや宇宙人との接触で、至近距離でその姿を目撃することをそう呼ぶらしい。UFOが周囲の環境に影響を与えることが第二種接近遭遇だ」

 

〔コパイロット〕

「はあ……」

 

〔パイロット〕

「我々にとって彼らが異星人である様に、彼らにとっては我々のほうが異星人というわけだ。最も、我々が操縦しているのは葉巻でも円盤でもないが。それが実に可笑しいことだと思う」

 

そう言ったパイロットの表情は、僅かながら緩んでいた。

それを見たコパイロットは、そういうことなら共感できると思い、同じように笑った。

 

〔パイロット〕

「少し速度を上げようか。今彼らと交渉するかどうかを、お客人に委ねなければならないからな。その時間を稼ごう」

 

P-3Cは旋回しながら速度を上げ、北東に向かって飛んで翼龍たちを引き離した。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

謎の2つの飛行物体を追跡するクックたちは、遂にその物体を発見した。

ロイメル王国での常識から、それらを『龍』として認識したクック達であったが、灰色の龍とその母龍と彼らが認識している物体2つは、彼等の常識に合致しない姿形をしていた。

灰色の龍は尻尾がまるで海洋生物の尾びれのようであったし、母龍のほうは翼に剣のようなものが高速回転する器官が左右にそれぞれ2つずつ、計4つ付いている。

何より、大きさが翼龍とは比べ物にならないほど大きかった。

それらの飛行物体は、同じ場所を、翼龍と同じ程度の速度でぐるぐると旋回し続けている。まるで何かを観察することを目的にしているかのように、だ。

それこそ自分達翼龍騎士を観察しているのではないかと、クックは感じ取った。

 

〔クック〕

「灰色の方はともかく、あの母龍はなんという大きさだ、昔北方の海から来た炎龍を見たことがあるが、あれよりも更に大きい。

何故だか動きが緩慢だが、それでもあれの戦闘力がこちらを上回っていたなら……」

 

クックは、自身の遭遇したものがどのような能力を持っているのかに冷や汗を流さざるを得なかった。

 

クックはかつて北方の海、現在テスタニア帝国の支配下にあるゾハン公国のある方角から、ロイメル王国に飛来してきた炎龍を向かえ撃ったことがあった。

 

炎龍とは、翼龍をも超えた高い戦闘能力を備えた生物であり、その性質は好戦的にして神経質、粗暴、執着的にして狡猾と、凡そ性悪的と言わざるを得ない『生きた災害』とされる存在である。

 

炎龍の能力だが、翼龍の大型個体である母龍と匹敵、若しくは上回る体格を持つ上で、速度、強度、攻撃能力は母龍を遥かに凌駕する。例えば、昔フラルカム王国が炎龍に襲撃されたときの話であるが、その時の相手の体長は全長約26m、弩の直撃を弾くほどの表皮を備えた上で、その速度は翼龍の3倍以上、ブレスの到達範囲は母龍の全長の10倍ほどの長さであったといわれている。

 

高い戦闘能力を持つ炎龍は一時的に追い払うだけでも、翼龍騎士団が少なくとも3個団ほどは必要であり、打ち取るならば少なくとも10個団以上は必要であるとされている。それはテスタニアのような軍事大国ならともかく、ロイメル王国のような軍事的には弱小国といって差し支えない国では成し得ないような難題であった。

 

結局、ロイメル王国は炎龍の迎撃に4個団を投入し、1個団が全滅するほどの犠牲を払ってどうにか炎龍を『禁断の地』の方向まで誘導したことでその時は難を逃れたが、もしまた炎龍が襲来することがあれば、今度はどれだけの犠牲を払わなければならないのかということで頭が痛くなる。

 

そんな炎龍と匹敵するだけの戦闘力を、もしこの相手が保持しているならば……

汗で鎧の下が蒸れる中で、思考がよくない方向に向かっていることを、彼は自覚していなかった。

 

―ああくそう、強壮剤が欲しくなってきた、今強壮剤があれば心を落ち着けることができるのに―

 

能力の底知れない相手を前に、そんな考えさえ頭をよぎり始めながらも、誇り高き騎士の使命を胸に、クックは相手に追いすがった。

そして彼がようやくその『母龍』の顔を覗いた時―その母龍の透明な瞳の奥に、2人の人間が座していることを確認したクックは、その事実にとても驚嘆した。

 

「人だ!!人が乗っている!」

 

それは、彼の知るあらゆる知識の中にない『現実』であった。

自らの頭の中の知識を、金槌で思い切り叩かれて揺さぶられたような衝撃を受けた彼は、だがしかし騎士の本能として未知の物への理解よりもまず、相手の行動への対処が思考の優先順位度としては上であった。

 

「(人が乗っているということは、即ちなんらかの人為的な目的のために来たということ!どこの者かは知らないが、人であるのなら尋常に縄に付くがいい!)」

 

その母龍は突如北東に向かって左旋回してクック達に背中を見せると、独特な羽蟲の羽音ような音を立てながらあっという間に引き離していった。

それに付き従う灰色の龍も、同じように行動する。

 

〔クック〕

「やはりワザと遅く飛んでいたのか!!」

 

その様子を見た他の騎士団は、凡そ翼龍とは比べ物にならないほどの俊足を持ってあっというまに距離を反していく『それら』を逃がすまいとする。

 

〔騎士団の隊員たち〕

「お、追え追え!恐らく敵だ!仕留めろ!」

 

受けた動揺からつい闘争心が逸る隊員たちを見たクックは、このまま追跡を続けるべきだろうかと思った。しかし……

 

「(いや、今この場の戦力であれらを追っても、返り討ちにあるのが関の山であろう。

一旦戻って戦力を整えることの方が重要か)」

 

かつて炎龍と戦ったことのあるクックは、迂闊な行動が人の犠牲に繋がることを理解していたため、あえて冷静な判断を自身に下した。

クックは声を上げて、部下たちを制止する。

 

〔クック〕

「やめい!このまま引き上げるぞ!……伝令兵、『禁断の地』に残っている者達に魔伝だ!良いな!」

 

クックの指示を受けた伝令兵が、自身も今起こったことに動揺しながらも騎士としての矜恃として上官の指示に従うことを優先する。

 

〔伝令兵〕

「ハッ!」

 

伝令兵の力強い返事を聞きながら、クックは未知の飛行物体が消えていった北東の方向へと目を向けて、言葉を呟いた。

 

〔クック〕

「奴らは一体……」

 

その問いに答えられるものは、まだその場にいなかった。

 

~数10分後~

 

拠点であるキャンプ・ガイチに向かって帰還行動に入っていたクックは、アンドゥイルたちと合流して『謎の龍』の情報を共有していた。

 

〔クック〕

「……というわけだ」

 

先ほどクックが体験したことを聞かされたアンドゥイルは、だがしかしあまり要領を得ない様子であった。

 

〔アンドゥイル〕

「瞳の奥に人間が座す龍か。うーむ、そんなものは聞いたことが無いが、とにかく巨大である以上は相応の戦闘力を有しているということであろうし、どうにか戦力をかき集めなければならないな」

 

〔クック〕

「今『禁断の地』にいる部隊だけでなく、増援を要請するべきだろう。でなければ、またいつ炎龍襲撃に匹敵する事態に陥るのか分かったものではない」

 

〔アンドゥイル〕

「といっても、あまり本国から戦力を動かしすぎるのも難しいだろうし……

ん?……クック殿」

 

〔クック〕

「ああ、どうやら運命は我々を安全な場所へは導いてくれないようだ」

 

アンドゥイルとクックは、翼龍のほんの僅かな行動の機敏―呼吸のリズムのコンマ単位での変化―から、状況の変化を読み取った。

そして翼龍が威嚇の唸り声を立てるよりも迅速く、部隊に警戒令を発する。

 

〔クック、アンドゥイル〕

「「総員、警戒態勢!何者かがここに飛来するぞ!」」

 

2人の隊長のほぼ同時の指示に、訓練によって記憶された肉体の動きが追従して、即座に翼龍の飛翔速度を増させた部隊は、向かってくる相手を捕捉するべく各自が視線を動かし始める。

 

〔隊員A〕

「後方より何らかの飛行物体が接近中!」

 

その言葉に全員が後方を見ると、2つの飛行物体が翼龍とは比べ物にならない速度で接近しているのが見て取れた。

 

〔クック〕

「アンドゥイル、例の龍だ!」

 

〔アンドゥイル〕

「あれがそうか!」

 

2人の隊長の警戒をよそに、その龍らは編隊を右横から追い越していった。

 

〔クック〕

「むっあれは!」

 

編隊を圧倒的な速度で追い越した母龍の背中に、『それ』が現れたのをクックは見た。

 

〔クック〕

「青白い……騎士!」

 

 

  *   *   *

 

 

【日本SIDE】

 

P-3Cのキャビンでは古橋と曽我が異世界人とどう関わるかについて話し合っていた。

 

〔古橋〕

「曽我さん、彼らの姿形は地球人に非常に近いようです。ですが精神面で地球人と近しいかはわかりません。もしあなたがこの場での交渉を行わないつもりなら、我々はすぐに日本へ引き返します」

 

P-3Cに乗り込んだ時点で、曽我が異世界人と交渉を行うことになるのは決定している筈である。だがしかし、古橋はあえて客人の今の精神状態を優先した。

曽我が答える。

 

〔曽我〕

「その気遣いは、この機に乗った時点で不要のものです。私は覚悟を持ってやってきました。何もせずに帰ることはしません。今すぐ彼らと交渉を開始しましょう」

 

曽我は穏やかながらもしっかりとした芯の力強さを感じさせる言葉で答えた。

 

古橋はコックピットに連絡する。

 

〔古橋〕

「今すぐ彼らのもとに引き返せ。我々は今から彼らとの交渉に入る」

 

北東を向いていたP-3Cの機首は、再度南西の方向へと振り向き直った。

 

~数分後~

 

〔パイロット〕

「目標の群れを発見。これより追い越します」

 

高度2000m程度の場所にいる翼龍の群れを目視にて確認したパイロットは、その群れの右側から追い越しを図る。

精々時速200kmにも満たない程度の速度しか出せていない目標を、P-3Cはあっという間に追い越して、前方に出ることに成功した。

 

〔パイロット〕

「目標の追い越し成功」

 

〔古橋〕

「よし、作戦の第2段階に入る。竜馬!」

 

〔竜馬〕

「はっ!竜馬海士長、これより『機外活動を開始します』!」

 

古橋班のFCTである竜馬は、低高度につき与圧が外れたキャビンの扉を開放すると、そのまま機外に出た。

 

竜馬の装着した青白い色の特殊戦闘服には手足各部に特殊な機械式吸盤が備わっており、内臓したコンピューターが装着者の僅かな動作などを判別して吸着力のオン・オフを切り替えることで、航空機の機体表面を這うことができる。

 

それによって搭乗機体が飛行中でも機外戦闘活動を行うことが可能なのであるが、時速200kmを下回っているとはいえ上空2000メートルを飛ぶ機体に吹き付ける風は非常に強く、気を抜くと低温症と風圧で意識と肉体が同時に機体から剥がれ落ちてしまいそうであった。

 

そんな環境を竜馬は心底面倒くさい、と思いながらも、ヘルメットに取り付けられた電灯の光を頼りに機外を這って機体の上部に移動し、そして立ち上がると時機を取り囲む羽根つきの恐竜たちを見渡して、現実感のない状況にふと笑みを漏らした。

 

〔竜馬〕

「へへっ笑えらぁ……」

 

竜馬は来るなら来やがれ蜥蜴共、と相手の出方に警戒心と恐怖、それと起こるかもしれない戦闘に対する期待を抱きながら、腰にぶら下げた懐中電灯を抜き、右手に構えて振り始めた。

 

それを見た翼龍騎士たちは警戒の構えを見せるが、それを見て相手も自分と同じように未知の相手に対し臆する部分があるのだと共感する部分を見出した竜馬は、挨拶変わりだと掲げた右手を横に振り、なるべく友好的と相手に思わせられるように自身を制御した。

~今から数分前~

 

〔古橋〕

「相手と円滑にコミュニケーションを取るために、誰かが姿を見せたほうがいいだろう。というわけで竜馬、FCTのお前は目標を発見後、機外に出てコミュニケーションを図ってみてくれ」

 

〔竜馬〕

「やり方がまともじゃありませんね、隊長。ですがそういうのやりがいがありますよ。異世界人と初めてコミュニケーションを取った男として、歴史に名を連ねて見せましょう!」

 

こうして竜馬は、飛行中のP-3Cの機外に出て作業することとなったのであった。

 

……現在に戻る。

 

機外に出てジェスチャーによるコミュニケーションを試みていた竜馬は、依然として懐中電灯を手にどうにか相手と意思疎通が取れないか試行していた。

〔竜馬〕

「そうら、異世界人の皆さん、地球人の参上ですよ。何か反応を見せてくれよ」

 

そんな竜馬の行動を見た翼龍騎士は、警戒心を解かないままでもほんの少し安心した様子を見せ、お返しとばかりにカンテラを揺らした。

 

「よし、まずまずだな」

 

しばらくそうして竜馬が相手の気を引いていると、集団の先頭にいた龍が速度を落としているP-3Cに近づいてきた。

―クックの龍である―

 

〔竜馬〕

「こちら竜馬、まず1人が近づいてきました」

 

〔古橋〕

「相手に呼びかけるぞ、機外スピーカー起動。通信兵、呼びかけを」

 

〔通信兵〕

「“異世界の者に告ぐ。我々は海の向こうにある『日本』という国の者だ。我々は突然この世界に迷い込んでしまった。ここは何処か?貴方方は何者か?聞きたいことがあるので交渉の席を設けたい―”」

 

異世界人との交渉のために翼龍の群れの前方を飛ぶP-3Cは、その搭載機器の性能を駆使して情報収集を開始した。

 

〔隊員B センサー員〕

「近づいてきた人物が何か言っているようです。音声出します」

 

―センサー員が収音マイクにて拾った音声を機内のスピーカーに出力した丁度その瞬間、

『ここ』とは異なるとある空間において、密かにある『処理』が行われた。

だがこの場にいる誰も、それを認識することすらもままならないのだった―

 

 

 

  *   *   *

 

 

【■■■■■■領域】

白い霧に包まれたその空間は、那由他にも上る無数の呻きが反響していた。

その空間の中でいくつかの電光が瞬く。その無数の雷光は、人間の理解しうる全ての色を内包していた。

それを形容するならば、雷光の形をした虹、とでも表現するべきであろうか。

その空間に在るのは白い霧と、那由他の呻きと、虹の如き雷光のみであった。

 

 

  *   *   *

 

 

〔謎の騎士(クック)〕

「『こちらはロイメル王国第9翼龍騎士団である。貴君は我々の訓練空域に侵入している。

こちらの誘導に従い、制限飛行を行うべし

万が一聞き入れない場合は、攻撃もやむを得ない、繰り返す―』」

 

〔隊員B〕

「日本語!?彼らは日本語を理解しています!……いや?何かおかしい。なんか妙な違和感が……?」

 

〔古橋〕

「違和感?なんだ?」

 

〔隊員B〕

「もう一度音声出します」

 

そうして再度、『ここ』とは別の所に存在する空間において、雷光が走ったが、そのことを認識した者はいない。

 

〔謎の騎士(クック)〕

「“OIRUHU ROIMEL CINGDUMU RODAN NUYTODUN DADDO”( こちらはロイメル王国騎士団である)

“UNURAHA OITUTYNO BUGEYCODOWGIOWNY HUYYTE SYTEYRU”

(貴君は我々の訓練空域に侵入している)

“BUNGUYTY KYKANTO CHESTO SUDDO“

(万が一聞き入れない場合は、攻撃もやむを得ない)」

 

〔隊員B〕

「聞き間違いでしょうか?知識にない言語だと思うのですが、何故だか自然と、日本語として頭が理解しているような……?

なんだか相手の言葉を聞いていると、頭の中に熱っぽいものを感じる感じが……あります」

 

〔古橋〕

「なるほど、確かにこれは何か妙な、頭痛ではないが妙な違和感を感じるな?どういうのだ?だがとにかく、相手がこちらと意思が通じ合えたことは大事だな。とりあえあず相手の誘導に従ってみようか。竜馬はそろそろ戻ってきていいぞ」

 

〔竜馬〕

「了解。機内に戻ります」

 

斯くして、P-3Cと八咫烏はロイメル王国の騎士達に誘導されることとなった。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

凄まじい速度で編隊を追い越した龍らのうち、母龍の方の横腹から青白い甲殻のようなものを身に着けた人間が現れた。

ヤモリのような動きで母龍の背中まで移動したその人間は、光る何かを手に、それを様々に動かしている。

 

それを見たクックは、問答無用で敵対するつもりはなさそうであると悟り、警戒心を捨てないまでもいくらか安心することができた。

 

〔クック〕

「こちらと話し合いを望んでいるのだろうか?」

 

彼が―見た目からして恐らく男だろう―何者であるのかは分からないが、何かを知ることができそうである。

 

〔クック〕

「接近して接触してみる」

 

〔アンドゥイル〕

「気を付けろよ」

 

アンドゥイルの励ましを受けて、謎の龍らに近づくクック。

すると母龍から人間の声が発せられた。

 

―異世界の者に告ぐ。我々は海の向こうにある『日本』という国の者だ。我々は突然この世界に迷い込んでしまった。ここは何処か?貴方方は何者か?聞きたいことがあるので交渉の席を設けたい―

 

突如大きいほうの灰色の物体から響いた声に驚きながらも、騎士は答える。

 

〔クック〕

「こちらはロイメル王国の騎士である。貴殿は我が国の訓練空域に侵入している。こちらの誘導に従わない場合、攻撃も辞さない」

 

―了解、ロイメル王国の騎士殿よ。こちらはそちらの誘導に従う。指示は音声にて行って欲しい―

 

〔クック〕

「協力に感謝する。では私の後を飛ぶように」

 

こうしてクックは、P-3Cを誘導することになった。

 

 

  *   *   *

 

 

【約6時間後 キャンプ・ガイチ近域】

 

〔クック〕

「あそこが我々の基地だ。貴殿達にはあちらに着陸していただく」

 

ロイメル王国の騎士に誘導されているP-3Cは、正面に無数の橙色の光を見た。

その光は平行に伸びる2列の線を描いており、暗がりのためによく確認はできないが2列の光の線の中に滑走路のようなものが垣間見える。

 

翼龍と呼ばれる飛行生物が使うのか、それとも他の飛行物体の為のものなのか。文明の程度は不明だが、それでも滑走路として使えそうなものがあってよかったとP-3Cのパイロットは思った。

 

〔パイロット〕

「ちゃんとした滑走路があるとはな。万が一の時はお客人と護衛をフライトジェットパックかパラシュートで降ろして、P-3Cは森への胴体着陸をさせることも覚悟していたからな……事態が穏便に済みそうでよかった」

 

さて、今回の交渉任務になぜヘリやティルトローター機(CV-22Jなど)、それにC-3(C-2の次なんだから順当に行ったらC-3の筈)山鯨を使わず、態々P-3Cを用いたかというと、哨戒機故の高い情報収集能力があるからだ。

 

あと古いから万が一喪失してもさほど問題もなかったりする……うん、理由(こじつけ)にちょっと無 理 が あ る わ こ れ

 

滑走路があるかどうか分からない土地に向かうんだから素直にヘリコプターやティルトローター、ティルトジェットなど垂直離着陸機(VTOL)を送ったほうがいいはずなのだ。

 

P-3Cに垂直離着陸能力を追加すれば問題は解決だって? Ohナイスアイディア!   馬鹿じゃねえの?(マジレス)

 

これ以上P-3Cを弄ったら、もうそれ形がP-3Cそっくりなだけの 空 中 巡 洋 艦 ス ー パ ー メ カ デ ス オ ラ イ オ ン になっちまうじゃねーか。イスカンダルまで遥々望むのか?いっそ波動砲とか積んじゃうか?いくらなんでも無理すぎるわ!(ガチギレ)

 

だが本編第5話の描写で、初接触にはおそらく何故かP-3Cを使ってしまっているだろうので(或いは本当は山鯨だったのかもしれないけど)、 理 由 は 定 か で は な い け れ ど も とにかく無理やりP-3Cを使わざるを得ないのだ まる

 

……ワイアード先生、何故あんな無理のある描写を?(困惑)

 

敷いて理由をこじつけるなら、山鯨はウランベースのタービンやらのせいで整備性と運用の問題があるのかもなとか、オスプレイ(陸自機とは別の海自所有機の場合)なら空母艦隊に付いてる分ぐらいしかなくて、日本本土の基地に常駐してないのかもとか、ヘリだと情報取集能力に不安がとか、そんな感じになると思われる。

 

えーさて兎にも角にも、向かった先に滑走路が無くて燃料切らして墜落という、人知れないながらも超基本的な重大危機の回避に一息つくパイロット。犠牲者はいつもこうだ。文句ばかりは美しいけれど。

彼は念のため、拡声器で外部の騎士にこちらの必要な動きを知らせる。

 

〔パイロット〕

「我々が着陸するためにはそちらの舗装道をかなり長く滑走しなければならない。よろしいか?また舗装道の状況を見極めるために、一度低空を通過させて頂きたい」

 

〔クック〕

「構わない。そちらの常識と勝手が違うのか、同じなのかはわからないが、滑走路を使ってくれ」

 

滑走路利用の許可に安堵したパイロットはP-3Cの着陸脚を下ろし、その着陸脚に備わった指向性ライトを起動する。

夜間低空飛行において地上走査レーダーと同等、場合によってはそれを上回る重要な機能となる機体の前方下面を照らすライトを頼りにP-3Cは光の線に徐々に近づき、やがて森の中に切り開かれた滑走路の様子を鮮明にする。

 

コンクリートやアスファルトではなく、何かの木材を敷き詰めていることを確認した。機体の離陸滑走の妨げとなるような凹凸は確認できなかった。

滑走路の状況を確認した後、侵入のためにP-3Cは上昇旋回する。

 

〔パイロット〕

「未知の地での着陸だ。この機体の強化タイヤと着陸装置は不整地でも着陸できるが、それでも万が一ということがあり得る。お客人を怪我させないように慎重にいくぞ。アプローチ開始」

 

〔コパイロット〕

「了解」

 

パイロットとコパイロットは気を引き締めて、突然の横風や上昇気流などに備えつつ機体の速度と高度を下げていく。

そしてまだ暗がりの滑走路がライトで照らされる距離まで近づき、そして着地の衝撃がコックピットの座席越しにパイロットとコパイロットの臀部を突き上げたことで、無事着陸に成功したことを彼らは悟った。

 

〔パイロット〕

「ふう。結構燃料を食ってしまったな。これは日本まで帰るのは無理そうだ」

 

今回、無理のある低空低速飛行を何時間も行ってしまったせいで、燃料を大量に消費してしまっていた。残りの燃料ではとてもではないが日本までは戻れないと悟りながらも、これから始まる異世界人との交渉が上手くいくことに望みをかけた。

 

パイロットの意思を汲み取った現場責任者の古橋一佐が日本に長距離テレビ通信を行う。

 

〔古橋〕

「こちら第一航空隊の古橋。我々は現地勢力の基地に到着した。現在地の座標を送る」

 

発信された電波の中には、画像・音声データだけではなく機体の存在を他の機に知らせるデータも含まれており、それを受信した至近のP-3C-数100kmほど後方で、ずっと古橋班の動きを追跡していた―がそれを更に鹿屋航空基地へと送信した。

 

〔鹿屋基地 通信兵〕

「古橋班より入電。班は現在現地勢力の施設へと到着。機関燃料が無くなったもののその他に問題は無いそうです」

 

〔桐山〕

「うむ、よくやったな古橋。通信兵、古橋班はそのまま現地活動を続行せよと伝えてくれ」

 

〔通信兵〕

「は!」

 

昨日から徹夜で事態の動向を見守っていた桐山は、肩の荷を下ろしてふぅっと安堵の息を吐いた。

 

〔桐山〕

「とりあえず一難去ったな。だがしかし、本当に大変なのはむしろここからかもしれんな。私はここから動けないし、あとは現場の人間に任せるしかない。

さて、上手くいってくれるといいが」

 

疲労を混じらせた声色で言葉を呟いた桐山は、仮眠で睡魔を取り除くために休憩室へと向かった。

 

 

  *   *   *

 

 

【キャンプ・ガイチSIDE】

 

夜明けの近づく森の中に作られた基地の中で、幾人もの兵隊が慌ただしく動き回っている。

その原因は、今しがた翼龍用滑走路に降り立った2つの飛行物体……灰色の翼龍と、巨大な母龍のためであった。

魔道具の照明に照らされる基地の中、高く築き上げられた見張り台から外の様子を窺う男が、この場を物理的に俯瞰していた。

 

〔????〕

「あれが謎の客人ですか。実に奇妙なものですが、さて、これから何が起こるのでしょうか」

 

今の状況を図りかねて困っている様子の男は、だがしかし、少し今の状況が興味深いとも思っていた。

そんな男の所へ、兵隊が会談を駆け上がってやってきた。

 

〔兵隊A〕

「フォンク司令。東司令部からの入伝です。『対象と接触を図れ』と」

 

兵隊の持ってきた伝令に、見張り塔に佇む男……キャンプ・ガイチ基地司令のフォンク・ロソン副将軍は、やれやれといった様子を見せながらも対応することとした。

 

〔フォンク〕

「では、対象を出迎えるとしましょうか」

 

 

……

 

 

異世界の地で、遂に異世界人と接触した日本人たち。

自らの世界で、異世界人と接触してしまった異世界人たち。

果たして未知の土地で彼らを待ち受けるものとは?

 

 

次回につづく☆

 

 

  *   *   *

 

 

【次回】

 

遂に異世界人との接触を果たした日本国。未知なる異世界での出会いは両者に何を齎すのか。

問われる存在意義。

「貴方がたは何者か、どこから来たのか」

そして日本人は地球世界との決定的な違いを思い知る。

「魔法?」

「なに?魔法を知らないだと?」

そして始まるサクセスフル☆ストーリー。

「ゲーハッハ!貴様もケーキの材料にしてくれる!大人しくジャムになりやがれ」トントンシャカシャカブチブチグシャアッコトコトドジャアーン

「な、なんという気迫……これが異世界の魔王か!?」

 

果たして未知の世界で日本を待ち受ける未来とは!?

次回 第6話『月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ③』 お楽しみに!

(因みに実際の内容は制作状況により、多少変更される場合がございます。あらかじめご了承ください)




以上、第5話でした。

長時間飛行なんてそれ自体が過酷なのに、レーダーも暗視装置もなしで夜間に集団で飛ぶとか、もうシ〇ブ決めるしかないじゃないの……というわけで本編でちらっと出た『特殊な餌』はシ〇ブになりました☆ 原作の内容とは別に矛盾ないから外伝としてはセーフですよね(別の意味でアウトだが)。

※後で翼龍騎士団の描写ちょこっと増やしてみました。うーんこれはひどいw

この世界の月に関しては、原作であまり描写がないのでかなりオリジナル設定を盛り込みました。異世界なんだから多少わけわからん感じ(ルナティック)でもいいよね。

P-3Cですが、実機からかなり変更されています。エンジン翼別物でフライバイライトまで載せる……ってかなり無茶苦茶ですが、原作の描写やろうと思ったらあれぐらいむしろ改造が足りないくらいでしょう。山鯨とかあるし原作の日本なら垂直離着陸能力付けようと思えば付けられそう。P-3Cってなんだっけ?(哲学)

えーさて、ようやくタイトル通り異世界人と日本人が月夜に接触したわけですけど、次の回からは月夜関係なく話が進みます(タイトルの意味よ)。まあ話の中盤辺りでタイトル伏線回収ノルマ果たしたから問題ないはず。
次回予告?参考にならないよ(あれ?)。

※2020年11月27日の21時頃に、本文の一部内容を改訂いたしました。

※2020年12月8日、翼龍騎士団の描写を加筆・修正いたしました。


今回出たやつの設定です↓

・P-3C TECP ストライクオライオン/第二次空中巡洋艦計画
1986年(昭和61年)頃、P-3Cを母体に、E-2Cと同じAN/APS-138レーダーを搭載して早期警戒能力を付与し、さらにAN/AWG-9レーダー・火器管制装置とAIM-54 フェニックス12発を装備した機材で船団の防空を行うという「空中巡洋艦」とも称される大型戦闘機構想が検討されていたが、防空範囲は在空空域周辺に限られ、作戦柔軟性や迅速性に乏しく、護衛艦隊の都合に合わせて一体運用できないといった理由から早々に検討対象から除外された。

しかしその後、海外への海賊対処任務派遣などの導入時とは異なる運用環境に置かれたことを考慮して、P―3Cマルチロール化計画、通称第二次空中巡洋艦計画(ストライクオライオン)が立ち上がり、最終にP-3C遠征海賊対処仕様Type-Expedit Counter  Piracy(TECP)化計画として2024年に導入が決定された。

後継のP-1ではなくP-3Cが改良され使われ続けている理由としては、海外派遣任務(中東海域の海賊対策など)に際し、その国の航空整備環境ではより大型のP―1を格納庫などに収納できない場面がある問題があったためである。

実際の機体の改造は2026年度に開始し、翌27年に改造機一号機がロールアウトした。
以下は主な改造内容

■レーダー近代化プログラム(Radar Modernization Program:RMP)
従来より検知能力に優れた捜索レーダーを搭載した。これにより従来よりも哨戒能力が向上している。

■各種兵装への対応。
海賊船艇対策において有効な空対地、空対艦装備の対応枠を増やし、あらゆる兵装の搭載を可能とすること。
また航空ドローン対策のための従来型(AAM-1~5)及び将来型空対空ミサイル(AAM-6 JNAAM 、AAM-7、AAM-8)への対応。
搭載するミサイルの改変に際し、翼を新規設計品に換装している。これは滞空時間を延長化するのと同時に、低空低速飛行能力も高められており、海賊対策などの海外派遣時の運用にも貢献している。
なおこの翼の設計には以前開発された飛行艇US-2での経験が反映されており、BLC(境界層制御)装置付き主翼がフラップ部より強制的に空気を排出し、空気の剥がれを防ぐことによって失速状態に陥ることを回避する。

■各種データリンク能力の強化。
従来のデータリンクシステムへの対応は勿論、2030年代には無人機のオペレートシステム搭載に対応し、管制能力の強化も行われている。

■エンジンの変更
従来以上の低回転に対応させた改良型エンジンは、既存の運用を遥かに下回る低回転に至っても停止を起こすことなく、その正常な回転動作を続けてられる。

■フライバイライト化されたエンジン制御システム
エンジンもそうだが、操舵もフライバイライト導入で運動性能が上がっている。

最終的にTECP 化を受けたP-3Cは、机上計算上で最大65ノット(時速120.38)までの低速飛行に対応している。
ヘリコプターには及ばないものの滞空能力を向上させることで、より高度な哨戒作戦を行うことが可能となった。

P-1使えよ。

・八咫烏
推力偏向ノズル(ベクタードスラスター)が付いてて運動性能抜群。コブラ機動できるよ!サイコガンは付いて無いけどな!(コブラ違い)

・月(異世界)
地球のそれとは少しばかり形態が異なる。
月『本体』は地球のそれと似て黄色ないし白、灰色がかった球体であり、また大きさも体感的には違いがない。
しかしその周辺には木星や土星、天王星・海王星の周囲を取り巻くそれとよく似ていながらも、それらと違い虹に似た多色のスペクトルの輝きを放つ『環』が掛かっており、それは岩石や氷塊、またはガスなどが漂って形成されていると推測されている。

この環は惑星に対して面側を向けており、太陽光を反射する『第二の月面』としての性質を備えているため、異世界の夜は地球よりも幾分か明るい。またこの反射光には『月の魔力』と呼ばれるエネルギーが含まれているとされ、そのエネルギーは惑星上の生物の生態に深く影響を及ぼしているようである。

太陽系における惑星の環が地球よりも遥かに巨大な質量を持つガス惑星の強力な重力がその形成に関わっているのに対し、衛星規模の天体がこのような環を形成し得ている理由については、天文学者、物理学者たちの頭を非常に悩ませている。
仮設によると『暗黒物質(ダークマター)』がこの現象に関わっているのではないか?という予測が立てられており、現在調査を施行中である。

・【■■■■■■領域】
謎の空間。
白い霧に包まれたその空間は、那由他にも上る無数の呻きが反響している。
その空間の中でいくつかの電光が瞬いている。雷光の形をした虹とでも形容すべき無数の雷光は、人間の理解しうる全ての色を内包している。
この空間がどのような意図で登場したのか、それについては今後の物語にて明かされる予定。

・撮影機
撮影機とは地球のカメラにあたる道具で、ロイメル王国のものは精々原始的なカメラ程度の性能である。

内部にプリズムとしての機能を持つ魔鉱石と火の魔鉱石や光の石が内臓されており、火や光の魔鉱石の光で照らした物体から反射してレンズから入り込んだ光を、プリズムで増幅し写真となる鏡板や金属板に焼き付けることができる。

画像はセピア色で、また精度も粗いが、それでも短い時間―数秒から数10秒程度―レンズを向けておくだけで風景を記録できるため、軍では地形の記録であったり、個人情報の管理や、戦果確認などのために写真が用いられており、特に偵察能力の求められる翼龍騎士にはとりわけ重宝されている。

・強壮剤/特殊な餌
水晶状の結晶構造を持つ『女王冷晶(クイーン・コールド・クリスタル)』と呼ばれる魔鉱石を粉砕して粉末状にした『フィロポヌス(労働愛)』と呼ばれる薬剤で、通称『特殊な餌』。パン生地などに混ぜ込んでから丸め固めて団子状にしたり、粉をそのまま水に溶いたりしたものを飲食することで効能を発揮する。

ロイメル王国においてはその魔力と集中力を長時間維持する性質から軍部、特に翼龍騎士団において利用されることがある。

効果時間後に精神の変調や肉体の不調などを引き起こす副作用や、依存性などがあるためその使用には慎重を要し、また使用後には精神の診断や『毒抜き』などを行うこととなっているのだが、それでも毎年『幾何か』の兵士や龍がこの強壮剤の影響で廃人・廃龍と化しており、その対策については現在対応法を模索中である。
ぶっちゃけ異世界版ヒ〇ポンである。
翼龍騎士やめますか? 
人間やめますか? ←はい

・FCT用特殊戦闘服
FCT用の特殊な戦闘服。
特徴としては、拳銃弾や爆発物の破片を防ぐ装甲やパワーアシストに加えて、簡易の酸素供給マスクが備わっていることと、簡易の与圧機能、温熱機能があること、手足各部に特殊な機械式吸盤が備わっている点があり、これを内臓したコンピューターが装着者の僅かな動作などを判別して吸着力のオン・オフを切り替えることで、装着者が航空機の機体表面を這うことができる。
これによってFCTは航空機の機外において戦闘行動を取ることが可能となる。

FCTによる機外戦闘の意義についてだが、ドローンや飛行機能を備えた航空型WALKERなどが飛行中の航空機に取りつくのを防ぐという点で有効性を認められており、今日(2045年)のFCTの訓練・任務内容には機内戦闘だけではなく機外活動も織り込むことが常識である。

とはいえ、実際にFCTが機外活動を有効に行うことができるのは航空機の与圧装置を解除し、ドアを開放することができる高度約2,970フィート(約3000m)以下の低空域であり、それ以上の高度に達した場合、航空機の与圧装置が働きドアもロックされるためにFCTは機体の外に出ることも、逆に機内に入ることも困難になり、また備わった酸素マスクや与圧・温熱機能は、航空機がその速度や高度を激しく変化させた場合には対応が追い付かず、短時間しか有効に機能し得ないという点で、現高度2,970フィート以上における機外活動、特に戦闘行為の有効性は低いと言わざるを得ない。

更に軍用WALKERの登場もFCTの存在意義を低下させており、将来的には非常に限られた状況範囲内においてのみ、その存在が見られるようになると思われる。

というか人間の兵隊全般イラネ。全部AIに置き換えられるわw(いいのか?)

戦争の全てがAIに置き換えられたとき、人間が、戦士が取るべき道とは―

ま、なるようになるでしょう☆ぶっちゃけそこまで書く気はない(なお原作は)
ワイアード先生の書くオチに期待してまァァァァス!!!!!(届けプレッシャァァァッ!!!!!)


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第6話 月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ③ ☆おまけ「魔王(コック長)の休日」」

※今回の話は2020年12月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品は基本ギャグ時空となっております。キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください。
本作には独自設定が登場する場合がございますが、公式ではない点をご留意ください。
今回の話にはサービスシーンが盛り込まれております。是非じっくりとご堪能下さい。


・前回までのあらすじ☆(TAKE1)

アイドルを志して禁断の地にやってきた高校1年生・桜ロイ乃は

翼龍荘の住民の売れない(元)子役のラーツや

ミュージシャンのドイル、

ボディビルダーのクックとともに、

新人アイドルユニット「腐龍蔦龍途(ふるーつたると)」を結成!

取り壊しの危機に瀕する翼龍荘を掬うため、ゲイ能界のおち〇こ掘れた血が

アイドル活動に七転び八起き!?

 

〔西谷〕

「これ『お〇こぼれフ〇ーツタ〇ト』のあらすじパクったやつじゃねーか!

しかもなんか腐ってるし!!

何やってんだ根津ゥ!」

 

〔根津〕

「ごめんね西谷君、ついやっちゃった☆ 許しててへぺろ☆(・ω<)」

 

ごめんなさい浜〇場双先生!ああおちフル尊いんじゃあ~ 流れがキテるんじゃあ~

今回はこの一発ネタのために原作から西谷&根津をお呼びいたしました。

なお本編での出番はございませんのであしからず。

気を取り直してTAKE2

 

・前回までのあらすじ(真面目なやつ)

異世界の調査を進める海上自衛隊は、日本から南西約1200kmの地点にて、現地の文明勢力と思しき『騎士』の姿を確認した。

これと接触し交渉するために先発隊を結成した海上自衛隊は、深夜遅くまで警戒態勢を敷いていた彼らの一団を発見し、幾度かの観察を経た後に遂に接触を果たした。

そして彼らの誘導を受け森の中に築かれた基地に降り立つことになった先発隊は、日本の今後を見据え、異世界との交渉を開始せんと活動を始めたのであった。

 

……

 

【月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ③】

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE】

 

その時、キャンプ・ガイチは騒然としていた。

昼に第1翼龍騎士団が到着してその歓迎会で盛り上がったのもつかの間、夕刻の日も沈もうとしている黄昏時になって突如として入電した1つの魔伝通信。それは北東の、沿岸や海が広がるばかりで特に珍しい何かがあるわけでもない筈の場所から、未知の翼龍のような飛行物体が現れたのを目撃したという緊急報告内容であった。

 

基地の作戦室では司令を含めた幹部が直ちに追撃隊兼ねた緊急捜索隊の出動を決定し、夜間飛行訓練に備えていた第8、第9翼龍騎士団の任務を変更し、予定よりも早めに出撃を決行した。

 

数時間にも及ぶ夜間捜索の末に、陸地から850km離れた海上で遂に目標の物体を捉えた捜索隊は、それが日本国なる未知の勢力に属することを知り、国防の権利に基づいてこれを拘束、指導し、遂に基地に連行することに成功した。

 

満月の光に照らされた、木製の舗装滑走路上に駐機する未知の物体を見張り塔の上階から見おろす基地司令のフォンク(51歳、男性、半猿人)は、魔鉱石を利用した照明の光に照らされた2つの物体の奇怪さに思わず言葉を漏らした。

 

〔フォンク〕

「灰色の龍蟲(ギガネウラ)のようなものはともかく、もう一方はかなり大きいようですね。母龍以上、もしかしたら昔北方の海から襲来した炎龍よりも大きいかもしれない。

報告によると、『人が乗っている』とのことですが、一体どこからやってきたのか。

『魔法力の反応も無い』ことも相まって、理解し難い……」

 

フォンクがそう呟いたのには、次のような理由がある。

ロイメル王国では、翼龍を運用する基地施設においては周囲の空の魔力反応を感知する探知機が備え付けられており、これは地上の魔力を探知することはあまり得意でないが、空を飛ぶ物体から発せられる魔力反応は比較的探知でき、その方向、高度、それに大まかな大きさなどを知ることができる。

 

なお魔力反応を表示する特殊な魔鉱石製のモニターは、魔力受信アンテナで受信した魔力反応がこの内部で増幅し、球形の雷電とでも形容すべき可視エネルギーに変換されるという構造で、探知した魔力反応が大きいほど可視エネルギーの膨らみ加減や光量が大きくなるという性質に基づいて、専門の知識と技術を持った者が魔力の有無や大きさ、それに目標物の数などを推測する代物となっている。

 

普段はこの基地周辺を飛ぶ訓練中の翼龍などをきちんと探知してくれるのだが、今回現れた未知の物体に対しては、通常見られるべき魔力反応を捉えることができなかった。

 

〔フォンク〕

「恐らく機器の故障が原因ではないという事は、あの物体をここまで誘導した翼龍騎士団の翼龍たちの反応はしっかりと捉えられていることからそうだと思うのですが、しかし魔力を用いずにこれだけの規模の物体を飛行させることなど可能であるのでしょうか」

 

この世界において魔力とはあって当たり前のエネルギーであり、地球世界のそれが電気や

磁力、熱、重力であるように、魔力が第5の力として普遍的に存在し、用いられているのである。あえて魔力を使わないのは非効率であるし、不可思議なことなのである。

 

それは人類がどうこう以前に、この惑星の生態系、この世界の龍や幻獣、亜人種に、その他様々な生物にとってそうなのだから、そういう考えがあるのが自然なのである。

 

なおこの世界の人間の大半は自力で魔法を行使するほどの魔力は持たないが、それでも高魔力物質である魔鉱石を介することで魔法を発動できる程度には魔力を保持しているし、魔力無しというのはまず無い。その程度の魔力量を探知しようと思えば高度な技術力が必要で、所詮ロイメル王国程度の技術力では難しかったりするのはまた別の話だ。

 

話を戻すとこういうことになる。

 

 

『宇宙から反重力エンジンを積んだUFOが宇宙人を乗せてやってきた!』

 

 

いやハリウッド映画のあらすじではなくてですね、そういう例えが近いということです!

 

ともかくそのような非常識な事態を前にして、一介の軍人でしかないフォンクはどう対処すべきか悩んだ。

 

〔フォンク〕

「(一応こちらの誘導に従ったということは、相手はコミュニケーションが可能な知的存在である可能性が高いと思うのですが……さて、何の話を切り出すべきでしょうか?)」

 

通常ならこういった場合は尋問室に連れて行って尋問を行い(場合によっては拷問もある)、逮捕するか相手の国に返すか、場合によっては処刑……といったところであるが、相手の正体が未知過ぎて、迂闊に通常の手段をとってよいものか、そこが疑問となった。

念の為歩哨による対象の包囲を手配し、警戒態勢を取らせているものの、相手の出方を見なければ、何もできなかった。

 

そんな緊迫した状況に、フォンクが人間と猿人との間の子である証拠として生まれつき臀部から生やした短い尻尾をズボンの中でうずうずとさせていると、部下の1人が報告にやってきた。

 

〔部下A〕

「司令、対象の包囲は完了しました。次はいかがなさいますか?」

 

歩哨長のヒュ・セブ(43歳、男性、蛇人と人間の間に生まれた半蛇人。見た目がツタンカーメンに酷似)が、その特徴的な横に伸びたコブラの如き鰓に松明の光を反射させながら次の指示を仰いだ。

 

〔フォンク〕

「うむ、とりあえずあの物体の中にいる者に出てくるように呼びかけましょう。そしてやってきた目的を聞きましょうか。戦闘はなるべく避けたいので余計な攻撃などは極力避けるように」

 

〔部下A 改めセブ〕

「了解いたしました」

 

フォンクの指示を受けたセブは包囲網を引いた現場へと向かうと、その場の地面に置かれていた喇叭とマイクを合わせたような道具を持って、自らの声を吹き込み、拡張した。

 

〔セブ〕

「侵入者に次ぐ。直ちにその物体から出てきなさい。こちらの指示に従えば安全は保障するが、もし無視するのなら攻撃も止むを得ない。繰り返す、直ちにその物体から出てきなさい」

 

セブのその言葉から数10秒後、物体の横に備わっていた扉が開き、また内部に収納されていた梯子も展開され、まず1人目が下りてきた。

 

その人物は青白い色をした革鎧のような装備を付けており、何らかの戦闘手段を有していそうな感じであったが、交戦の意思はなさそうで、むしろこちらからの攻撃を警戒していた。

 

その人物は慎重に動き回って安全を確認した後、更に後ろにいる人物をエスコートし、降ろさせた。恐らく最初の1人は2人目の人物の護衛なのだろう。

2人目の人物は、派手な橙色の上着を着た男で、あまり覇気や威圧感を感じさせなかったが、どこか肝が据わったような雰囲気を纏わせていた。

外務省職員の代理人として、日本政府の意思を代弁しにここにやって来た謎の交渉人、曽我勇吾である。

 

〔曽我〕

「私たちはあなた方と騒動を起こそうという意図はありません。意図せずそちらの領域を犯した無礼に関しては、深くお詫び申し上げます。不必要な不安と不快感を与えてしまったこと、大変申し訳ございませんでした。

ですが私たちは突然この近くに迷い込んでしまったので、意図しないままに周囲を捜索せざるを得なかったのです。貴方方の誘導に感謝します」

 

橙色の上着の人物からの思わぬ感謝の言葉につい虚を突かれたセブであったが、気を取り直して質問を行う。

 

〔セブ〕

「貴方方は何者か。どこから来たのか。迷い込んだとはどういう訳か」

 

〔曽我〕

「私たちは日本人です。日本という国から来ました。日本は突然元あった場所から移動して、海の向こうに現れてしまったのです。異世界から、何らかの超常的な現象で転移してきたのです」

 

〔セブ〕

「異世界とは何か、超常的な現象とは何か?」

 

〔曽我〕

「異世界は異世界です。そうとしか言いようがありません。超常的な現象とは、我々もあまりに突然で、理解すらできないのでそうとしか形容できない現象です」

 

〔セブ〕

「冗談か?」

 

〔曽我〕

「冗談ではありません。信じられないかもしれませんが、私の言葉に嘘はありません」

 

〔セブ〕

「とにかく拘束させていただく。抵抗する場合は武力行使する」

 

〔曽我〕

「了解しました。そちらの拘束を受け入れます」

 

〔セブ〕

「そちらの物体に入っているのはそれで全員か?内部を調べさせて頂く」

 

〔曽我〕

「全員ではありません。ですが我々もこの機体を守らなければならない理由があるので、幾名かを内部に残らせていただきたい。そちらが内部に入ることは認めます」

 

セブとしては、相手が未知の存在なのでできることならば問答無用で拘束したかったが、如何なる抵抗手段を用いるのか分からなかったので不本意ながらも相手の言い分も聞き、受け入れることとした。

 

〔セブ〕

「……いいだろう。3人だけその物体に残ることを許そう。こちらの人員をそちらに向かわせる」

 

セブは部下の幾人かを未知の人物の拘束と内部の物体の調査に向かわせ、場を制圧した。

 

〔歩哨たち〕

「尋問させていただくので移動して頂く」

 

〔日本人組〕

「分かりました」

 

最終的に10名がセブたちに連行され、パイロットとコパイロット、それに通信兵が機内に残った。

さて、拘束された者たちと入れ替わるようにP-3Cの機内に入った歩哨たちは、皆未知の光景に困惑を隠せなかった。

 

〔歩哨A〕

「なんだろうな、これは……全く未知のものだらけだ」

 

P-3Cの機内にあるプラスチック製の内壁に、天井の電灯、それに各種機器類や休憩スペースに置かれた保温機に至るまで、近代科学によって作られたものは彼らの理解の範疇を超えていた。

因みにFCT用の武器類は頑丈な鍵付きのケースに入れたので、万が一にもこの場で誤使用される危険性は無い。なお万が一ケースごと持ち出されそうになったら『ある事』が起きる。そのある事というのは……まあ別に重要でもないので後で話そう。

 

とにかくP-3Cの機内にて調査を行う歩哨たちであったが、護衛として残った通信兵が彼らの行動を監視し、余計な行動を控えるように注意を払っていながら、彼らの質問に答えていった。

 

〔通信兵〕

「ここにあるものは全て俺たちの道具だからな。立ち入りは許したけど勝手に触ったりするんじゃないぞ」

 

〔歩哨A〕

「なんだと?」

 

〔通信兵〕

「不用意に触ると、何が起こるかちゃんと分かっているんだろうな?」

 

〔歩哨A〕

「何が起こるというのか……これは何だ?」

 

〔通信兵〕

「それは通信機。遠くの人間と通信機を介して話をする道具だ。まあ、こちらにもそういうものがあるんじゃないのか?」

 

通信兵は、成川班の得た情報の中に未知の通信電波と思しきものが使用された形跡があったということを念頭に、相手にも通信機の概念が通じるのではないかと思って答えた。

無論ロイメル王国には魔波方式の通信機、魔伝があったので、歩哨も通信機という答えそのものに驚きはしなかった。最も、相手の言っていることが真偽不明であったので警戒したが。

 

〔歩哨A〕

「見せて見ろ」

 

本当に通信機なのかを確かめたい歩哨は、通信兵に行動を促した。

 

〔通信兵〕

「いいぞ……ほら」

 

本来はレーダースクリーンとしての機能を果たす液晶表示版を、少しだけ操作してテレビ通信モードに機能を切り替えた通信兵は、この場所から凡そ400kmほど離れた場所にて現在滞空している他の班のP-3Cと通信を行う。

 

〔通信兵〕

「こちら3280。3110応答せよ」

 

〔P-3C3310号の通信兵〕

「こちら3110」

 

〔歩哨A〕

「うおお!!??」

 

モニターに映った通信兵の姿に驚く歩哨。ロイメル王国には『テレビ』という概念が存在せず、今見たものが理解の範疇を超えていたのだ。

 

 

〔通信兵〕

「これはデモンストレーションだ。繰り返す。これはデモンストレーション。現地の人間にこちらの装備を紹介している。すぐに切る」

 

〔3310〕

「了解」

 

〔歩哨A〕

「我が国ではあり得ん……凄まじい魔導科学だ」

 

通信兵は、歩哨の漏らした魔導科学という単語に、意識の焦点を当てた。

 

〔通信兵〕

「(マドーカガク?知らない言葉だ)」

 

モニターに映った人間の姿に驚く歩哨を余所に、今度は他の歩哨が他の機器の説明を求める。

 

〔歩哨B〕

「こちらのこれはなんだ」

 

〔通信兵〕

「それも通信機だ」

 

〔歩哨B〕

「そこのとは形が違うのだな」

 

〔通信兵〕

「機能は一緒だ」

 

そうして色々な機器を、本来の用途を隠しながら通信機だと誤魔化して説明していった。

……因みにモニターの付いた機器類には緊急時用に通信モードが付いていて、状況に応じて機能を切り替えることができるように元の機材から改良されている。

 

〔歩哨C〕

「この箱はなんだ?」

 

〔通信兵〕

「中身は食べ物だよ。俺らの食べ物だが、どうしても欲しいのなら分けても構わない。但し安全は保障しないぞ。なんたって異世界の食べ物だからな。俺らは無事だけどあんたらが大丈夫かはわからん。

ちなみにこの丸いやつはドーナツだぜシャーリーン。ほほ笑みデブが大好きなアンクルトムの店で買った」

 

〔歩哨C〕

「(シャーリーンってなんだ?ほほ笑みデブ……?)遠慮しておく」

 

通信兵がキャビンにて歩哨たちを牽制している頃、コックピットではパイロットとコパイロットが監視を受けながらも、彼らもまた相手を監視していた。

 

〔パイロット〕

「……トイレに行っていいかな。この機体の後ろの方にあるんだが」

 

〔歩哨D〕

「俺も行くが?」

 

〔パイロット〕

「ああ、ついてきて構わない」

 

パイロットがトイレに向かうと、監視の歩哨も本当に付いてきた。

パイロットは赤の他人の視線を受けながらも機内のトイレで用を足し、その後休憩スペースでコーヒーを飲んだ。

 

〔歩哨D〕

「その黒い飲み物はなんだ?」

 

〔パイロット〕

「これはコーヒーといって、焼いた豆で味と香りを付けた飲み物で―

 

(-外に出た仲間たちも安全だといいんだが……)」

 

各々が相手を監視し、監視されながらも、機内に残った3名は仲間の無事を祈った。

 

 

  *   *   *

 

 

一方拘束された曽我たちは、基地に備わった作戦室で尋問を受けていた。

この基地には侵入者を捕縛した時に備えて尋問室も備わっているが、そこは狭くて10人も同時に入らないので、臨時尋問室として作戦室を使用することとなった。

 

魔鉱石ランプの灯りに照らされる室内で、基地司令のフォンクと歩哨長のセブ、それに第8翼龍騎士団団長クックと、第9翼龍騎士団アンドゥイルが、日本からやってきた曽我たちの尋問を開始した。

 

〔フォンク〕

「貴方たちのお名前をどうぞ」

 

〔曽我〕

「曽我勇吾です。今回の調査及び交渉の責任者です」

 

〔古橋〕

「古橋牧夫です。彼の護衛をしております」

 

〔佐笹原〕

「佐笹原多摩王寺です。医師をしています」

 

〔他の隊員たち〕

「自分の名前は―」(以下省略

 

そうして日本人組が名を名乗った後、代表である曽我が話を切り出した。

 

〔曽我〕

「ここは何処でしょうか?そして、あなた方は何者ですか?我々を誘導した者は、ロイメル王国翼龍騎士団だと名乗っておりましたが?」

 

曽我からの質問に、真偽を図るようにあえて無表情を貫くロイメル王国側が答える。

 

〔フォンク〕

「ここはロイメル王国が管理しているエリアキャンプ・ガイチで、我々はロイメル王国航空軍に属するものです。貴方方は昨日我々の訓練空域に無断で侵入した容疑で、拘束されている、その認識はおありですか?」

 

〔古橋〕

「知らなかったとはいえ、無断で進入禁止区域に侵入したことは謝罪申し出ます。大変申し訳ございませんでした」

 

〔フォンク〕

「まあ、その辺りのことは後回しにすることとしましょう。嘘をついているようには思えませんし。さて、ここからが本題ですが……」

 

フォンクはアンドゥイルに無言で視線のサインを送ると、意図を悟ったアンドゥイルが発言を代わる。

 

〔アンドゥイル〕

「もう一度窺うが、貴方方が日本という国からやってきたことは確かか?」

 

〔曽我〕

「はい」

 

〔アンドゥイル〕

「だが我々は日本という国を知らない。海の向こうに異世界から転移してきたというのが引っかかるが、それを事実だと証明できるだろうか?例えばどの辺にあるのだ?」

 

〔曽我〕

「日本はこの陸地の沿岸から北東に大体1200kmから1500km程度の場所にあります。貴方方がそこまで行くことができるのかが不明ですが、もし行く手段があるのならご確認ください」

 

そう言って曽我は、尋問の前にリュックから出され、机の上に並べられた数々の道具の中から方位磁石を選び、大体あの辺りだと指さして説明した。

因みに地球製の方位磁針であるが、異世界においても正常に機能することは確認されていた。

フォンク達も方位磁針を知っていたので、そこに疑問は抱かなかった。

 

〔フォンク〕

「1200kmなら、船に翼龍を載せればいけないこともない距離ですね。

最も、この未開拓地域の更に北東、1200km離れたところは殆ど何もないような海域だった筈ですが……」

 

〔曽我〕

「我々のほうも質問があるのですが、何故異なる言葉をお互いに話している筈なのに、意味を理解できるのでしょうか?」

 

曽我から質問を受けたフォンク達は、曽我のいった質問の意味を分かりかね、混乱しながらも、返答を行った。

 

〔フォンク〕

「言っている意味が分かりません。確かに世界中に色々な言語があって、発音も文法も異なりますが、『意図的に隠そうという、明確な隠蔽の意思が乗らなければ』、大抵の場合は意味が通じるのが『普通です』。それともそちらはそうではない特殊な言語圏なのでしょうか?」

 

その答えを聞いた曽我たちは、意味が分からず混乱した。

発音も文法も異なるのなら、普通は言葉が通じあう訳がないはずである。それをフォンク達は、むしろおかしいのはそちらではないかと言ってきたのである。

一体異世界というのはどういう物理法則が働いているのか、日本から来た者たちは腑に落ちないところがあったものの、とりあえず質問の答えから状況を把握した曽我が話を進める。

 

〔曽我〕

「お互い常識からして異なるようですね……ですが、まあ話が通じる原理については追々専門家にでも調べさせるとします」

 

〔フォンク〕

「うむ。そちらもこちらとは齟齬があるようですが、まあとりあえずその話は一旦置いておくべきでしょうな。ところで、あの物体や貴方方の道具を調べてみたところ、魔力反応が出てきていないのですが、一体どういうわけでしょうか?何故魔力反応が出ないのでしょうか?」

 

日本人組は、フォンクの口から飛び出した魔力という突拍子もない単語に、思わず首をかしげる。

 

〔古橋〕

「魔力?」

 

〔曽我〕

「あの、魔力とは何でしょうか?」

 

〔佐笹原〕

「魔力というと、こちらでは創作物に出てくる架空のエネルギーのことですが、まさか魔法とかそういうのが有ったりするんですか?」

 

それを聞いたフォンク達は、まさかといった疑いの考えを抱かずにはいられなかった。

 

〔フォンク〕

「何ですと?むむむ?」

 

〔アンドゥイル〕

「まさか、魔力や魔法をご存じないのか?」

 

〔クック〕

「冗談だろう!?」

 

〔セブ〕

「魔力や魔法が架空のエネルギー?創作物だと?そちらこそ何を言っているのか」

 

それを聞いた日本側は、驚きの感情をいだきながらも、やはりそうかといった納得の感情も同時に抱いた。

 

〔古橋〕

「未知の星、未知の生態系に、未知の技術……ここはやはり地球とは全く異なる異世界だ」

 

〔佐笹原〕

「しかし魔法か……若いころは私もゲームや漫画なんかでそういったものの知識に触れたこともあったが、まさかこの年になって現実でそれに出くわす機会が来るとはなあ」

 

〔竜馬〕

「ハ〇ウッドのモ〇スターハ〇ターってなんで異世界転移ものになったんだ?向こうでも流行ってんのかね、モ〇ハン自〇隊」

 

〔佐笹原〕

「それは関係ない、多分ないのだ。単なる偶然だ竜馬」

 

〔竜馬〕

「あっはい佐笹原3尉……(メタ的に不味いネタってことか)」

 

……少しだけ話が横道にそれつつも、日本側の面々はこの世界の事情というものを大体理解した。

 

―曰く、この世界には未知の生態系がある―

―曰く、この世界には未知の物理法則が働いている―

―曰く、それは龍や魔法などといった、地球においては想像上の産物に過ぎないものである―

 

その驚愕すべき事実に日本側が対応に困っているところを見たロイメル側の面々は、そんなことこそ有り得ないという驚愕に包まれた。

 

〔アンドゥイル〕

「まさか本当に魔法を、魔法を知らないのか……?」

 

〔クック〕

「そんな馬鹿な……」

 

生まれて初めて自身の常識を否定されたロイメル側の人々の受けた衝撃は、正に宇宙人との初遭遇として相応しいものといえただろう。

 

―異世界人、地球星人と遭遇する。恐らく創作物ならそのような煽りが付けられてもおかしくない場面であった―

 

〔曽我〕

「我々の……」

 

異世界人が強い衝撃を受けたのを見た曽我は、彼らが知るべき話を始めた。

 

〔曽我〕

「我々が元居た世界……といっても地球という惑星内に限ったことですが、その世界では貴方たちの言う魔法という言葉自体はあります。ですがそれは現在『架空の法則』として捉えられています」

 

〔フォンク〕

「では、あなた方は普段どのように生活しているのですか?あの謎の道具を見るに、相当に高度な文明を有していると思えるのですが?」

 

〔曽我〕

「我々の元居た地球という世界では、科学文明が発達しており、人々はその恩恵によって暮らしています」

 

〔アンドゥイル〕

「その科学というのは、魔導術によらない純粋な物理法則科学のことか?こちらではあまり進んでいない分野だが……」

 

〔曽我〕

「さて、そこが肝心なところなのですが……貴方方のいう魔法や魔力とは一体何のことを指し示しているのか、まずはそこら辺をはっきりさせましょう。もしかしたら我々にとっては別の言葉に当てはまる力や法則のことかもしれませんので」

 

曽我のその言葉に、ロイメル王国側の多くはううむと悩まし気な態度を見せたが、纏め役のフォンクはただ一人、日本人組が何を求めているのかを明瞭に悟り、自身の持つ知識を用いて説明を始めた。

 

〔フォンク〕

「魔法というものに対して、普段この世界の住民はそれがあって当たり前だ、という

認識に基づいて受け入れてしまっているため、その特異性に違和感を持ったり、疑うことが稀になってしまっていますが、あれは本来この世界にとっては異物のようなものなのです。

我々にとって魔法……そう魔法とは―」

 

曽我のその言葉に、どこか釈然としないものを抱えながらも、フォンク達異世界人は魔法と魔力について説明を始めた。

 

〔フォンク〕

「『『火』、『水』、『風』『地』の4つの基礎属性の魔力と、それとは別に存在する第5の『黄金の魔力』を用いて起こす現象のことです」

 

異世界人による、魔法という未知のものの説明の開始に、日本人組は雑念を消し去って話に集中し、またロイメル王国側も普段自分たちの身近にある魔法というものの、フォンク個人の認識に興味を抱いて聞き浸る。

 

〔フォンク〕

「5つの魔力はそれぞれ異なる性質を持ち、異なる働きをします。

 

『火』の魔力……これは『熱にして乾』、熱と光を生じさせて物質を熱します。即ち火の性質を持った魔力であり、燃焼によって物を燃やしたり、発光させることができます。

 

また火はその在り様として『ゆらぎ』があります。実体がなくそこに己を成り立たせる芯が無いのに、それでも『ゆらぎ続ける』ことによって空間に共鳴現象を発生させ、そこに疑似的な『実体』……それは触感で感じる「熱」であり、目で感じる「光」であり、そして心の内でその感触を確かめることのできる「命」の脈動などなのですが、火の魔力はそのような事象を生み出します。

 

「ゆらぎ」こそが我々にとっての命であり、また命ある限り我々が求められ続けるものこそ、何時か終わりを迎えるものの、それでもその瞬間までは決して止まることのない「ゆらぎ」。それこそが火の魔力の特徴であり、命を持つ我々にとって欠かすことのできない性を体現する重要な魔力なのです。

 

 

さて次の『水』の魔力は……『冷にして湿』、水の性質を持ち、物質に冷気と潤いを与えます。

 

水の性質とは即ち『形状変化』。如何なる状況に対しても、その形状を変化させることで破壊を免れることで、例えば瓶に入れられればその瓶の形に沿い、グラスに注がれればそのグラスの形に変わり、そして地面に零し注がれたのならば……その地面の形に沿って、魔力が集まって溜まりを作った上で自身を支える地面に浸透し、地面を単なる泥の塊に変えてしまいます。

 

そして風に吹かれたのならば、風の速さに便乗して、どこまでも共に飛んで行っく。その風はやがて天に昇り、そして天の環境の作用で風と分離した水は、一滴の雨と化して地面に引かれて落ちていき、地面を流してその場所の地形を変えていく。

 

そんな絶えず変化し実態を他者に掴ませぬのに、自身は常にありのままの姿で居続けて他者の動きを翻弄してしまう、悠久不変の事象にしてただ一瞬の今を繰り返して生まれ変わり続ける完全物質、流体。

それこそが水の魔力の特徴です。

 

また水の魔力の性質はそれだけではなく、例えば物質や事象に『浸透』し、柔く、脆く、そのものの有り様を内外双方からの作用で歪に屈折させることもでき、そしてその現象に囚われてしまったが最後、浸透された物質はやがて時を経るにつれて水の魔力に実体を『吸収』されて、後も残らず消化された『無』の状態が残ります。

そんな恐ろしい可能性を秘めた部分もまた、水と言い表される所以です。

 

『風』の魔力は……『熱にして湿』の気体の性質を持ち、物質から熱と冷気を奪います。

 

実体を持たず、されども実体に干渉する風の法則に基づいて、音や衝撃などを伝搬する媒体としての性質を持ち、事象の効果範囲を広げる作用を発揮します。

 

この魔力の特徴といえば、兎にも角にもやはり「流れ」と「共鳴」。

障害物が何もない無の空間には、物理的な作用や魔法現象によって突発的な『ゆらぎ』が生じることがございますが、風の魔力はそんなゆらぎに指向性のある流れを与えてあるべき方向へと導くのと同時に、自身もまたゆらぎの影響を受けてゆらぎと同じ性質に『励起』し、振動を起こすことによって、他の事象との間に大きな『共鳴』を生んで、最終の目的地へと向かって邁進していきます。

 

そのような他者との共存性こそが、この世界に満ちる風の性質を体現する風の魔力の性質です。

 

 

そして『地』の魔力、これは物質から熱と潤いを奪う『冷にして乾』なる力です。

実体を、より頑丈な幻想という鎧の枠に押し込めることで、あらゆる物質を霊的次元へと導き、高めていきます。火は燃え尽きて灰になり、水は凍って雪や氷に、空気ですら地にこびり付く一欠けらの埃に代える点は、現世への干渉力という面で他の属性に勝ります。

 

最後に『黄金』の魔力、これは熱も持たずに光を放ち、冷気を持たぬのに霧を生み出し、揺れもないのに形を崩し、また流れや停滞させるものもないのに動き回ったり、逆に留まったりと、他のものとほとんど干渉せず、されず、ただそこに『在る』ということが性質であるかのような融通無礙なる空の性質の魔力です。

 

謎が多く、その全てを解明し再現できたものはいないとされるほど、その在り様は難解なものとなっており、一説にはこれこそが全ての物質や事象に宿った

『霊魂』という神の奇跡を体現するものなのではないか?と言われているほどです。

 

さて、これらの魔力、その正体とは……」

 

魔法と魔力の起源に関するフォンクの話に、その場の皆が耳を傾ける。

この世界における魔法、魔力とは何なのか?その謎の一端が明かされようとしていた。

 

〔フォンク〕

「『原初の神』と……それに連なる『悪魔』たちのものであった、と言われております」

 

 

〔曽我〕

「ふむ?」

 

  *   *   *

 

フォンクの語り始めたこの世界についての話―それが単なる宗教の話なのか、それともこの世界における真実の歴史であるのかは、地球人である日本人には理解もできない―を、曽我たちは理解しようと思った。

 

〔フォンク〕

「……かつてこの世界には数多くの『悪魔』がいました。

 

―火を用いて水すら燃え上がらせるものたちの軍団-

―水を用いて風すら澱ませるものたちの軍団-

―風を用いて地をも削るものたちの軍団-

―地にあらゆるものを取り込ませるものたちの軍団-

―そしてそれらの悪魔たちの軍団を統率する『黄金の柱』-

 

これらの悪魔は……最初、神々が僕として使役するために生み出したものでした。

 

火の悪魔は原初の創造神が作り出した『真の火』を模して造られ、水の悪魔は真の水を、風の悪魔は真の風を、地の悪魔は真の地の再現を、そして黄金の悪魔は『原初の神が持っていたとされる真の完全性』の再現を試みて生まれました。

ある時は従順な僕として、またある時は敵対する神を倒すための家畜として使役され、愛され、憎まれていましたが、最終的には神々の支配を離れ、自らの驕りのままに生を謳歌しようとしたのです」

 

〔曽我〕

「ううむ。あくまで魔力というものは、それの元となる火や水、風といったものがあって、それを模したいわゆる模造品、偽物であるということですか?」

 

〔フォンク〕

「そうですね。魔法とは魔力を用いて再現したいものを再現する技術であり、また新しい現象を生み出す術でもあります。火と風を合わせることで熱風を、水と地を合わせることで泥や粘土を作り出すように。

とにかく、魔力というのは、神々が作り出した悪魔たちの在り様そのものであり、その力のことだとされています。

 

生まれつき強大な力を神々によって与えられた悪魔たちは、その力の使い道を違え、自身を生み出した神々も、それ以外のあらゆる生き物も屈服させようとしました。

 

しかし、創造物でありながらも自らの手を離れ、好き勝手に活動を始めた悪魔の暴虐に対し決起した『13柱の勇気ある聖獣』が率いる、戦軍団との戦いの末に打ち倒されます。

 

敗北した悪魔たちは、蘇ることも、蘇えさせられることもないようにその身を焼かれ、砕かれ、溶かされて、錆びた鉄の塊に変えられたのちに火山に放り込まれ地下に沈んでいきました。

 

やがてその火山が噴火すると、悪魔たちの力を含んだ石や空気、燃える水が吹き上げられて、それらは空気に散ったり、地面にめり込んだり、また地面に染み込むことで、今日我々が目にする魔鉱石(ペンタクル)という形に収まったのです」

 

〔曽我〕

「魔鉱石(ペンタクル)?」

 

〔クック〕

「魔鉱石(ペンタクル)とは魔力を秘めた鉱石のことであり、魔法の媒体のことだ。

強力な魔力を持たない人類種の大半は、これを用いなければ魔法を行使すること自体ができない。

まあ一部生まれつき或いは後天的に強力な魔力を身に宿し、魔鉱石を用いずともある程度の魔法を行使しうるものも存在するが……それは希少な部類だ」

 

〔アンドゥイル〕

「まさかそちらには魔鉱石が存在しないのか?」

 

〔曽我〕

「我々の元居た世界には、そのような不思議な力を秘めた石というのは存在しませんでしたね」

 

〔アンドゥイル〕

「なんと。魔法も魔力も、魔鉱石すらも存在しないまま、あの巨大な龍を使役していると?」

 

〔古橋〕

「龍?飛行機のことですか?あれは科学技術で作られた機械ですが……」

 

その言葉を聞いて、P-3Cに接近して接触を図ったクックは驚く。

 

〔クック〕

「なんと!あれは自然の生き物ではなく、人工的な生物だと!?」

 

常識のズレから、事実を勘違いしているクックに古橋が間違いを指摘する。

 

〔古橋〕

「飛行機は生き物ではありません。命を持たない単なる道具、乗り物です」

 

〔クック〕

「あれが馬車や船のような道具、乗り物だと……!では、あれはどうやって動いている?自然の風の力で飛ぶほど軽いようには見えないし、何らかの生き物が引っ張っている様子もなかったのだが」

 

〔古橋〕

「エンジン動力によってプロペラを回し、人為的に発生させた強力な風の流れで浮かせて飛んでいます。エンジンというのは、爆発の力を動力に変換する装置です。分かり易く言うと人工心臓のようなものです」

 

〔クック〕

「人工心臓だと!?なんと、そんなものが存在するとは……」

 

地球の科学知識の一端に触れて、カルチャーショックを起こすクック。

彼のせいで剃れた話を、フォンクが本来の筋に修正する。

 

〔フォンク〕

「……とまあ、大体簡単に略すると、一般的にはそのように言われているわけですが、ご存じありませんか?」

 

〔曽我〕

「いいえ、全く」

 

〔フォンク〕

「フム?この世界では割とポピュラーな伝承なのですが……あなた方はやはり、どこか異質な方々のようです。

さて、魔法についてより詳しく知りたければ『経典』でも見てくれればよろしいと思われます。伝承が沢山載っていますので。

では今度は我々の番ですが、貴方たちのいう地球、異世界とは一体何なのでしょうか?魔法を知らないといいますが、一体どういうことでしょうか?今話したように、魔力はこの世界のいたるところにあるはずで、知らないというのは考えられないのですが?」

 

〔曽我〕

「何度も言うようで悪いですが、地球とはこの世界とは別の世界のことです。貴方方の知っている範囲よりも世界は広く、広大で果てがないほどの規模で、遥か遠いところです」

 

〔アンドゥイル〕

「……哲学とか宗教の話かな?」

 

〔曽我〕

「いやそういうのではなくてですね、とにかく世界は広くて常識からして異なる場所があるわけです。そしてそんな場所の一つ地球という場所があり、その中に我々の国である日本があるわけです」

 

〔セブ〕

「……あー二ホン、二ホンねえ……チキュウとか二ホンとかてんで知らないですな」

 

〔曽我〕

「我々もここに来るまでここのことを知りませんでしたよ。まあ兎に角、本来は遠い場所にあるはずの国なのですが、一か月ほど前に突然元の場所から、ここの北東を1000km以上も行ったところに移動してしまったわけです。どういう国なのか分かり易く説明しますので、ちょっとその赤い板使わせていただいてもよろしいですか?」

 

〔アンドゥイル〕

「構わないが、その漆を塗った木とガラスを合わせたような板はなんなのだ?」

 

〔曽我〕

「これは『リアリティア・インターフェイス・ツール」、『リアリイン』と言ってですね……取り合えずこれを見て頂きましょう」

 

そう言うと曽我は、手に持ったその板上の電子機器のタッチパネル画面部分を指で操作して、あるソフトウェアを起動させた。するとその端末に備え付けられたライトから光を放射されて―空間上に大きさ30cm程の『少女』が形成された―

 

“異世界の方々へ、はじめましてこんにちは。

私は皆さまの為に日本について説明をさせて頂きます外務省広報課の日ノ本阿尼子と申します”

 

突然その場に表れた少女に対して、ロイメル王国の人々は不意を突かれて呆然となった。

 

〔フォンク〕

「は?」

 

〔セブ〕

「うおおっ!?」

 

〔アンドゥイル〕

「幻影……?」

 

〔クック〕

「驚いたな。これは一体……?」

 

出現した少女はくりっとした目元を持つ可愛らしい風貌が特徴的で、柔和な笑みを浮かべながら、さらりとした美しい黒髪を風の吹かない室内でふわりと靡かせていた。

突然妖精のような存在が出現したことに心底驚くロイメル王国の人々を余所に、曽我は言葉を続ける。

 

〔曽我〕

「これは立体映像。この電子端末機器……『リアリイン』の機能によって作られた、拡張現実です」

 

〔フォンク〕

「拡張現実……?」

 

『リアリティア・インターフェス・ツール』……通称『リアリイン』とは、21世紀初頭に急速な発展を遂げた携帯型コンピューター端末、所詮携帯電話やスマートフォン、それに幾多ものタブレット端末の発展形であり、高度に発展しもはやもう一つの現実とも呼べるほどになった3DCG基盤インターネット『リアリティア・ネットワーク』と現実の人間とを繋ぐ通信・独立端末機器のことである。

 

旧来の携帯電話やスマートフォンのようにインターネットワークへ接続する事や、各端末同士での閉じたネットワークを形成することはもとより、人間の身に着けた端末やインプラント(埋め込み)型譚端末とリンクして、ヴァーチャルリアリティ(仮想現実)やオーグメンテッドリアリティ(拡張現実)を使用者に与えることができる、というのを謳い文句とした製品群のことである。

 

具体的にどういうものかというと、今しがた曽我がやって見せたように立体映像をその場に投影したり、また3D対応カメラによって、取った画像を3D映像の写真として残したりすることができる。

 

音を出せば立体音響にできるし、また会話に際して言語を解析することによって、方言や外国語を翻訳したり、既存の言語体系にない新しい言語を制作する機能まで搭載している。

そして曽我は、その高度な機能を備えた新時代の情報端末を使って、異世界人との交流を円滑化するつもりであった。

 

〔曽我〕

「この立体映像は、政府の友好の意思を示すために、預かってきたものです。日本という国のことを皆様によく知っていただきたいので、どうかみて頂けないでしょうか?」

 

曽我は、政府から受け取った日本を紹介するビデオのデータを再生していた。

異世界人に日本のことを紹介するに際して、兎にも角にも日本という国のことを知ってもらうために様々な情報―それにはリアリインに備わった様々な機能、立体映像の投影や立体音響の生成、その他にもある様々なものも含める―が詰め込まれていた。

日本の技術力、文化、風景、それらの情報を実際の場所に赴かずにその場で提供するその術に、類似する術を持たないロイメル王国人は驚愕していた。

 

〔フォンク〕

「そのような小さな道具で空中に幻影を生成するとは……かなりの技術力ですね」

 

〔アンドイル〕

「伝説上に登場するような道具を、まさか実際に目にすることになるとはな……」

 

〔クック〕

「凄すぎて理解が追いつかん」

 

〔セブ〕

「実際スゴイ。アイエエエ……!!」

 

おおなんたることか、日本人という未知の存在に遭遇したことによって、ロイメル王国の人々はNRS-日本人リアリティショック―を引き起こしてしまった!!

 

……まあそれは一先ず置いておくとして、兎に角ロイメル王国の人々は日本という国のことを急速に知った。

 

つまり、『日本という国の技術力は、ロイメル王国の文明を遥かに凌駕している』ということである。

 

さて、そうして驚くべき事実を知ったロイメル王国の人々を余所に、立体映像の少女は日本に関する講義を開始した。

 

“さて、日本国についてですが……”

 

少女が解説を始めると、その周囲に様々な背景が形成される。日本の地図や都市の風景、それにグラフなどが、立体映像によってその場に現れていく。

その様子は立体映像と立体音響によって、その場に作り出される現実感、即ち『リアリティ』を体現していたといってもよい。

 

その『リアリティ』によって、ロイメル王国組は日本という国を朧気ながらに理解することとなった。

 

〔セブ〕

「なんと巨大な都市なのだ!連なる建物がまるで山脈のようだ!」

 

―王都など比べ物にならないほどに大勢の人々が行きかう巨大な都市があった-

 

〔アンドゥイル〕

「夜間にこれだけの光源を稼働させるとは、資源や財力はどれほどのものなのだ!?」

 

―夜でも尽きぬ活気があった―

 

〔クック〕

「荷車が家畜もなしに自ら動いている!船も帆やオールを用いずに進むのか?むむ、電車、ヘリコプター、それに飛行機だと?

なんだこの食べ物は?なんだこの曲は?なんだあの製造工程は!?」

 

―見たこともない乗り物や道具、食べ物、音楽、製造技術の数々があった―

 

〔フォンク〕

「美しい海、川、滝、山々、それに見事な木々ですねえ……ふむ、桜ですか、風景に彩がありますねぇ」

 

―優雅さを秘めた、見事な自然の風景があった―

 

それらを始めて見聞きするロイメル王国の人々は、ただ圧倒されていく。

『日本』という未知の国、それが如何なる国であるのかを知るほどに。

説明はなおも続けられる。

 

“近年では、発展したAI技術によって架空現実空間の充実も図られております。人々は家に居ながら出勤したり、病院の医師の診察を受けたり、その他様々なことがリモートにて行われます。

また、現実の人々を繋ぐだけではなく、人間を補助する高度な人工知性プログラムの利用も進められており―”

 

〔フォンク〕

「しかし、この『動く絵』の少女……日本は『人造生命(ホムンクルス)』の製造すらも成功しているのですね」

 

〔曽我〕

「我々の定めた生物の定義からは大きくずれております。

彼女に『自我』と呼べるものはありません……ただ、第三者視点で『自我』を感じることはありますね。精密な人工物ですよ」

 

因みにそれら日本の情報について説明をしている『日ノ本阿尼子(ひのもと あにこ)』

という少女は、『実在の人間ではない』。

 

彼女は、外務省広報課の公式マスコットキャラクターであり、AIテクノロジーによって人工的に電脳空間上に製造された『データ』……プログラムである。

 

データである阿尼子は、2D、3Dの姿を自由に切り替えられ、またその服装も着物や巫女服など多彩に渡り、存在そのものが幻想的で捉えどころがなく、また人格も持たないが故に、実際の人間よりもむしろ受け入れられ易いようになっている。

 

人類の背負った不完全、我、原罪、それを持たずに誕生したアダム・カドモン。無我の菩薩―それが阿尼子を含めた『ヴァーチャル・データ・キャラクター(VDC)』であり、WALKERと並ぶ新時代の人類の相棒であった―

 

さて、その阿尼子の存在も含めた、明らかに高度に発達した文明の目撃はしかし、嵐や竜巻のようにあっという間に過ぎていった。

現実の時間にしてそれは2時間ほどであったものの、体感としては正にそう形容すべきものであったのだ。

 

“……という訳です。異世界の皆様、どうか私達日本人と、日本国との親交を、考えてはいただけないでしょうか?”

 

その言葉と共に霧散した立体映像。後に残された何もない空間を見て、ロイメル王国の人々は呆然としながらも言葉を紡ぎだした。

 

〔セブ〕

「……なんだか凄かった///」

 

〔アンドゥイル〕

「こんな国が存在したとは……異世界から来たというのは本当かもしれない」

 

〔フォンク〕

「……えー、貴方方が非常に進んだ文明に属することは理解できましたが、ならば何故我々と接触を?

あなた方の乗り物は翼龍を容易く引き離す能力を持っているはずですが」

 

フォンクの疑問は、高度な技術を持っている日本という国が、ロイメル王国のようなあまり文明が発展していない(これは自嘲でもなんでもない事実だと彼は思った)国と態々接触した理由である。かの国なら、こちらのことなど無視して独自に生きていける筈であり、態々厄介ごとを背負いに来た理由が全く理解できなかったのである。

 

〔曽我〕

「まず、我々は突然この世界に来てしまったため、国民の為に必要な食料が十分に確保できていないのです。その為に我々は、この未知の世界において我々に食糧を輸出してくれる友好的な勢力を探しています。

出会ったばかりで何も分からない相手がこんなことを言うのもなんですが、どうかご協力をしていただけないでしょうか?」

 

〔アンドゥイル〕

「あれだけの技術力がありながら、食料が足りないと?」

 

〔曽我〕

「恥ずかしながら」

 

〔アンドゥイル〕

「もし協力を拒否した場合は……」

 

〔曽我〕

「無論拒否されたからといって、暴力を行使したりはしません。その場合はまた他の勢力を頼ることになるでしょう。我々はあくまで相手の自由を尊重する所存ですので」

 

〔フォンク〕

「そうですか……正直助かります。貴方方のような強大な国に無理強いなどされたら、我が国などあっという間につぶれてしまうでしょう。ただでさえ最近は物騒であるのに」

 

〔曽我〕

「?最近何かあったのですか?」

 

〔フォンク〕

「それがですね、最近このドム大陸では―」

 

曽我たちはそこで、現在ドム大陸を取り巻く危機を知った。

鎖国国家アムディス王国。長い間他の国々との関りを拒絶していたその国が、突如として蜂起し、強力な軍事力で国際情勢を悪化させていること。

そしてその侵略の牙が、ロイメル王国にもいつ向くか分からないということと、その備えの為に、ロイメル王国本土から離れたこの未開拓の土地にて訓練を行っているという事をである。

 

〔曽我〕

「うーむ。きな臭くなってきましたね。まだ戦争が始まっていないとはいえ、いつ戦争が始まるかもしれない場所の人々と接触してしまうとは。場合によっては日本も巻き込まれる可能性がありますね」

 

〔古橋〕

「どうなりますか?交流を控えることになるんでしょうか?」

 

〔曽我〕

「いや、それは早計ですね。ここの人々と関わらなければ日本は安全、だなどと行かない可能性があります。

侵略主義を掲げる国が、現実として侵略行為を行っている以上、いつか日本とも接触してしまうかもしれません。そうなれば悲劇が起こり得ます。

この世界は日本にとって未知の世界であり、日本の技術力を凌駕する国があっても可笑しくはないのです。

どうにか情報を集めて、その国の侵略主義を食い止めなければいけません。そのためにはなんとしてもこの国と正式な国交を開く必要があると思います」

 

〔古橋〕

「難しい話ですね」

 

〔曽我〕

「まあ、そういった諸々の大事なことは、今後政府が本格的に検討をしていくでしょう。

 

フォンクさん。貴方方の事情を鑑みて、そのアムディス王国の原罪の侵略主義の件は我々にも恐らく無縁ではないと考えられます。私たちの国とあなた方との間で協力関係を築くことで、互いに侵略行為に備えることも相互に考慮に入れなければいけないというのが私個人の考えではありますが、いかがでしょうか?」

 

〔フォンク〕

「ふむ。確かに現在の国際情勢を鑑みると、新しい交流相手が必要かもしれません。

そもそも我が国としても穏便な交流を求める相手を拒むのは本意ではないでしょうし、その点も交えて、本国に問い合わせてみましょう」

 

〔曽我〕

「フォンクさん。我々もこの情報を本国に伝えたいので、我々の乗ってきた飛行機に戻らさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか」

 

〔フォンク〕

「ふむ?それはこの基地からあの飛行機とやらで貴方方の国に帰るという事でしょうか?

それともあの飛行機とやらには、長距離通信機は積まれていて、こちらにいたままあなた方の国の方に伝えるおつもりでしょうか?」

 

〔曽我〕

「古橋さん、ここからでも本国と連絡は取れますか?」

 

〔古橋〕

「大丈夫です。この場所からでも日本と連絡が取れるように、中継を繋いでいますから」

 

〔曽我〕

「そうですか。フォンクさん、私たちは通信機で本国と連絡を取りたいので、飛行機に戻りたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

〔フォンク〕

「分かりました。貴方方があの飛行機とやらに戻ることを許可しましょう。

念のため監視は付けます。セブ」

 

〔セブ〕

「はい」

 

 

  *   *   *

 

 

斯くして、日本政府とロイメル王国政府の交渉、その下準備が始まった。

部屋の外ではいつの間にか夜が明けて、朝が訪れていた。

夜、その巨大な存在感で世界を支配していた異世界の月は、朝になってその存在感を薄れさせつつも、その姿を青空に掻き消すことなく浮かんでいた。

満月の朝の訪れである。

その頃、ロイメル王国の王都ロクサーヌでは、深夜遅くから始まった緊急政務官会議-八咫烏と第1翼龍騎士団の接触に端を発する―が執り行われており、また日本の東京でも日を跨いだ遅い時間帯から、閣僚一同が会しての緊急会議が夜通し行われていた。

両国はそれぞれが同じ時間の別の場所において、それぞれの部下の報告を受けて行動を開始することとなった。

 

〔曽我〕

「日本国としましては、是非あなた方の国と交流をさせていただきたいとのことでした。正式な政府の外交使節を送る用意があるとのことです」

 

連絡のために一旦P-3Cへと向かった日本人組であったが、日本との連絡を終えた後にロイメル王国側との情報のすり合わせを行うため、キャンプ・ガイチの作戦室へと戻っていた。

 

同じく本国への連絡を終えて情報のすり合わせのために作戦室へと戻ってきたフォンク達が、本国からの通達を述べる。

 

「我が国としても、是非ともあなた方の国と交渉させていただきたいとの結論が出ました。こちらも外交使節を用意する手筈を整えるようです。

さて、そのようなわけでこの時より晴れて私達ロイメル王国と、貴方方の国日本との交渉が始まります。お互い大変でしたが、今後は両国の発展の為に、頑張っていきましょう」

 

〔曽我〕

「はい。お互い頑張りましょう」

 

曽我とフォンクはお互いをたたえ合い、一礼した。

遂に始まった日本とロイメル王国の交渉だが、本格的なそれは今後お互いの正式な外交職員同士が対面してから行われるだろう。

この時点では結果が分からないものの、明るい先行きが見えたことに日本人組は安堵した。

 

〔曽我〕

「気が付けばもう朝ですね。そろそろお腹が空いてきましたし、一旦食事にしたいのですが」

 

〔フォンク〕

「それでしたら是非我が基地の料理をお楽しみください。こういう場所柄ゆえ大したものは用意できませんが、できる限りの持て成しをさせていただきたい」

 

〔曽我〕

「そういうことでしたら喜んでお受けいたします」

 

〔佐笹原〕

「私は医者だから、万が一異世界の食材が我々に悪影響を及ぼした時のことを考えて、辞退させていただくよ。レーションを持ってきたのでそれを頂こう」

 

〔古橋〕

「佐笹原3尉……」

 

フォンクの発案により異世界の料理を体験することとなった佐笹原以外の日本人組。彼らは作戦室を簡易の食堂にして、料理を待った。

そして、運ばれてきた料理は、以下のようなものであった。

 

【本日の献立:りんごっぽい果物と人参っぽい根菜と小豆っぽい豆とよくわからんどんぐりの入った薄い金色のスープ、紫色の穀物が入った麦粥、干し肉を油で炒めたもの、緑色のジュース、細かいチーズの入ったパンを切って分けたもの、飛蝗と芋虫の佃煮?】

 

陶器に盛られた料理を前にして、日本人組はまず観察をする。

 

〔古橋〕

「これが異世界の料理か。見た目は安全だな。虫の佃煮?以外は」

 

〔フォンク〕

「いかがなさいましたか?見た目がどうという話でしたが」

 

〔古橋〕

「あ、いいえ。虫食は見た目から好き嫌いが分れるという話です」

 

〔フォンク〕

「ああ、そういうことですか。まあこちら側でも確かに虫食は見た目で好き嫌いが分れがちですからねえ。味は問題ないと思うのですが……」

 

〔古橋〕

「まあ最近は食品加工技術も進んでいますし、それに虫食文化を見直そうという動きもありますので、虫食に対する忌避感は薄れていますがね」

 

21世紀の地球世界では日夜、現行の、また将来の食糧危機に備えて食に関する様々な研究や活動が進められていた。無論昆虫食もである。そういった研究や推進運動のおかげで、虫食に対する偏見は以前よりは薄れつつあった。

そこに来て起こった今回の異世界転移騒動は、日本人の食文化を見直させる重要な転機であったといえるかもしれない。

 

〔フォンク〕

「ところで、その袋に入っているものがあなた方の食べ物なのですよね?一体どのような食べ物なのでしょうか?」

 

フォンクが指摘したのは、佐笹原が持ち込んだ袋についてであった。

その袋はいくつかあり、様々なおかずを揃えてきたのがわかる。

 

―『戦闘糧食Ⅲ型』

自衛隊の採用している携行糧(レーション)食。通称パックメシ。陸上自衛隊で採用されていた戦闘糧食Ⅱ型をベースとして、3軍共同としたもの。

レトルトパウチ包装されたおかずや無菌包装の米飯などが真空包装パックにセットで入っており、また食器や加熱材も入っていてどこでも温かい食事がとれる。加熱せずとも摂取可能。

なおナノテクノロジーの応用によって分子レベルで密閉性に優れた容器や食品添加物(人体にほぼ無害)を開発することに成功したため、レトルトでありながら缶詰以上の長期間保存が可能。

因みに大人気メニューはカレーライス。簡単旨いパックメシ。

 

~とある風景。

 

黄色い部屋の中にいる『アレ』。

そこに突如縄にぶら下がって現れる男。

アレ「兄さん!?」

アレの兄さん「おーい今日のメシははパックメシだぞ」

アレ「うわヤッター!!」ドーン!

家の屋根をぶち抜き宇宙空間へと飛び出していくアレ。ジャスティス?

 

……

 

陸自以外でも採用されているのは、本来の非常食としての役割を求められてのこと。救命艇や脱出装置に備わってます。

 

〔佐笹原〕

「うむ、今回はカレーライスやハンバーグ、それに漬物なんかを持ち込んでみました。宜しければいかがでしょうか?何個か持ってきましたので」

 

〔フォンク〕

「ふむ?では試しにこの給使の子に食べさせてみましょう。君、異世界の方々の食べ物を食べてみないかね?」

 

〔給使の少年〕

「え?異世界の食べ物?どういうことですか?」

 

「驚くかもしれないが、彼らは異世界から来た別の国の人間でね、いい機会だしそこの食べ物を経験してみないかね?」

 

〔給使の少年〕

「ええっなんだかわかりませんけど、とりあえず食べてみます」

 

こうして給使の少年は、ひょんなことかた異世界人で初めて(毒見を兼ねて)日本の料理を体験することとなった。

 

「では今から加熱しますので、少々お待ちください」

 

そういうと、佐笹原は戦闘糧食セット付属の加熱パックを開封する。

今回持ち込んだ戦闘糧食の加熱パックは加水発熱タイプであり、パック内に水を入れることで発熱が開始するため、佐笹原は持ち込んだ水筒から水を注いだ。

 

〔フォンク〕

「ほう。火を使わずにものを温めることができるのですか?」

 

〔佐笹原〕

「袋の中に特殊な薬剤が入っていて、水を加えると熱くなるんです」

 

〔アンドゥイル〕

「それは便利だな。火を使うと煙が出たり燃え広がったりする危険性があるが、それなら面倒くさくなさそうだ」

 

さて、そうやって加熱されたパックを開けると、スパイスの香ばしい香りが作戦室の中に広がった。

そのパックの内容物は、同じく温められていた白米のパックに注がれた。因みにパックに入ったままのご飯を半分に分けて、折るようにして半分のご飯をもう半分のご飯の上に乗せると、パックの半分がおかずを入れる空洞になる。

刻まれた肉や野菜が入ったその茶色いソースが簡易の器となったパックの半分を埋め尽くしたのち、加熱せずにいた別のパックから黄色い漬物が白米に乗せられると、その料理の完成である。

 

〔給使の少年〕

「茶色いソースと白い麦か何かですね?独特の香りがします」

 

少年は始めて見る料理を前に、興味半分怖さ半分といった様子でいた。

 

〔フォンク〕

「お皿と食器が行き渡りましたね。では早速いただきましょう―『ミルクハミサビル(いただきます)』」

 

〔アンドゥイル〕

「クワッチ(馳走になる)」

 

〔クック〕

「ヨカモノクウ(食べる)」

 

そうそれぞれ別々に食前の言葉を言うと木の匙を手に取って、料理を食べ始めた。因みに給使の少年とセブは黙って食べ始めた。

日本人組はその光景を不思議に思い、フォンクに質問してみた。

 

〔曽我〕

「あの、『ミルクカミィサビル』や『ヨカモノクウ』など、食事の際の言葉が皆さんそれぞれ異なるのですね。一体何故?」

 

〔フォンク〕

「ああ、我が国は他民族国家ですので様々な文化が入り混じっていて、色々なルールを尊重し、許容しているのです。

因みに『ミルクハミサビル』は私の家系での食前の挨拶です。『食べ物を口で噛んで食べる』という意味ですね。先祖代々の、食べ物とそれを司る豊穣神への感謝の言葉です。

食事のルールなどその一族、その個人それぞれ。黙って食べるのも厳格にルールに従うのも自由です。少なくとも私はそう考えますし、我が国ではその様な考えが一般的となっています。

日本では違うのですか?」

 

〔曽我〕

「いいえ違いません。では我々も……いただきます」

 

〔フォンク〕

「それがそちらの『習慣』ですか。どういった意味をお持ちですか?」

 

〔曽我〕

「ああ、いただきますというのは―」

 

文化の違いで致命的な事態にならなくてよかったと安心した日本人組も、木の匙やフォークなどの食器を手に食事を開始した。

 

〔日本人組〕

「うーん、なるほど、このおかゆ、味はあっさりしていますね」

「このジュース、味はグレープフルーツって感じだな」

「スープは果物で味付けしているのか。すっぱあまいが見た目より濃厚だな」

「なんの肉か分からないけど、淡泊な感じですね」

「佃煮うめえ」

 

初めての異世界料理に、日本人組は各々感想を述べあいながら食事に盛り上がった。

 

一方、日本の料理を始めて体験することとなった給使の少年は、白いなにかの実か卵のように見えるものに、茶色いソースがかかっていて、更に付け合わせとして黄色い漬物も付いた未知の食べ物-カレーライス(沢庵付き)-の味に、衝撃を受けていた。

 

〔給使の少年〕

「うーん美味い!香ばしい香味と肉や野菜の濃厚な味、それに薬草の辛みがみずみずしい白い実とマッチして、匙が進みます!それに付け合わせの黄色い漬物もいいアクセントになってて、これはとても上品な料理ですよ!昔『香辛料の国』で食べた料理を思い出します」

 

〔フォンク〕

「ほう?君は海外に居たことがあるのかね?」

 

「あ~、うちの爺様の料理修行を兼ねた食べ歩きに付き添って、あちこち巡っていたんですよ」

 

〔フォンク〕

「一応聞くが、我々が食べても問題などは無さそうかね?」

 

〔給使の少年〕

「うーむ、俺は香辛料の経験があるから食べても大丈夫でしたけど、この茶色いソースはかなり味が強いので好き嫌いが分れそうですね。

子供やお年寄り、それに女性なんかにはあまり好まれないかもしれません。果物や蜜、乳なんかと一緒に食べて味を口の中で調整したほうがいいですね。

白い実はみずみずしくて淡泊な味で、この茶色いソースの味をまろやかにしてくれるので相性がよかったです。このソース以外にもいろいろな料理に合う万能性を感じました。

黄色い漬物は塩辛くなくて、それでいて程よい酸味と甘みがあります。この漬物と白い実だけでも食事としてはなりたちますね」

 

給使の少年の考察を面白そうに聞いていたフォンクは、日本の食べ物の安全が確認されたら自分も試してみようと思った。

 

……

 

食後、フォンクは日本人組に食べ物の感想を聞いてみた。

 

〔フォンク〕

「皆さん、お口に合いましたか?」

 

〔曽我〕

「美味しかったです。このような食事のある貴国とは友好的な関係を築いて、お互い交流していきたいところです」

 

〔フォンク〕

「そうですか。それは嬉しいお言葉です。まあ念のため様子を見て、『拒絶反応』などが出なかったらまた食事をお出ししましょう

ところで、あなた方はいつまでこちらに滞在するおつもりでしょうか?」

 

〔曽我〕

「そうですね、確かこの土地の先に貴方方の国、ロイメル王国の本土があるのでしたね。

我が国がロイメル王国本土に正式な使節を送るための準備として、まず現地の位置を知らなければなりません。

その為には現場の地図の用意もそうですが、実際に現場に向かって精確な位置を確認したいのです……あの、あなた方の国はここから大体どれくらい離れているのでしょうか?」

 

〔フォンク〕

「翼龍で約6時間半(※翻訳の影響で日本人には異世界で使われている単位が既存の地球単位として認識されています)ほどの距離です。翼龍の飛翔速度は凡そ時速80ノット(※翻訳の影響でry)ほどになります」

 

〔古橋〕

「つまり、凡そ975kmほど先という事ですか。P-3Cなら1時間半ほどで到着できます」

 

〔クック〕

「なんと!あの飛行機とやらは、翼龍の4倍以上の速さで飛ぶというのか!」

 

〔アンドゥイル〕

「速度は炎龍以上か。俄かには信じられないな」

 

〔曽我〕

「とにかく、そこまで遠い距離という訳ではなさそうですね。

ただまあ、我々のようにまだ正式の国交を結んでもいない者が、勝手にあなた方の国に向かうのは問題でしかないですし、関係機関への根回しなども考慮して、あと3日から4日ほどこちらに滞在させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

交渉人の曽我の発言に加え、この場の自衛隊を取りまとめる古橋も続けて発言する。

 

〔古橋〕

「それと、我々の飛行機の燃料が不足していることと、現場に我々が向かっている間にこちらとそちらとのやりとりを担ってくれる通信機材と連絡員を用意したいので、1度補給部隊を呼び込みたいのですが」

 

〔フォンク〕

「(燃料?高空で暖でも取っているのでしょうか?)

えーその補給部隊というのはどのくらいの規模なのでしょうか?

あの飛行機やらのように巨大なものにぞろぞろと来られると、この基地の滑走路が埋まってわが軍の活動が止められてしまうのですが」

 

〔古橋〕

「えー飛行機の燃料に関しても、また通信機材や連絡員に関しましても、飛行機本体をこの基地に着陸させる必要はございません。燃料は空中で補給して、通信機材や連絡員に関してはそれのみをこちらの滑走路上に投下いたします」

 

古橋の説明に、自衛隊員ではないフォンクは疑問を抱く。

 

〔フォンク〕

「通信機材と連絡員を投下?そんなことをして大丈夫なのですか?」

 

〔古橋〕

「大丈夫です。どちらも落下傘や飛行装置などで緩やかに着地することで、衝撃を緩和して安全を確保できます」

 

〔フォンク〕

「(傘?)とにかく、空中から重いものを落としても大丈夫だということですか?」

 

〔古橋〕

「はい、その通りです」

 

〔フォンク〕

「うーん、我が国でも『凧』を用いて空中から物資や人員を投下することはありますが、どちらも危険を伴うため、あまり実用性がないのです。

あなたがたの国はそんなところも克服しているのでしょうか」

 

〔古橋〕

「凧、ですか?」

 

古橋は、物や人が凧に括り付けられて、例のドラゴンから飛び立っているのを想像すると、風に流されて危なさそうだと思った。

 

実際、ロイメル王国の凧を用いて物や人員を空中から地面に放り出す方法は、落下傘を用いたものに比べると減速性能や飛行時姿勢制御の点で問題があり、幾人もの人間が成功を目指して挑戦して哀れに失敗し大怪我を負ったり、また死亡したりしていた。

 

日本では時代劇などで忍者が凧を用いて華麗に空を舞ったりするシーンがあったりするものの、現実にそれをやるのは創作物と違って危険なので実用化されることは無かったと言えば、その無茶ぶりは想像していただけるだろうか?

 

日本と技術力の差があるために、落下傘と飛行装置を用いた物資や人員の投下をあまり理解できていない様子のフォンクを見て、言葉で言ってもあまり相手に伝わらないことを悟った古橋は、だがしかしとにかく相手を納得させることを優先した。

 

〔古橋〕

「まあ信じられないかもしれませんが、実際に見れば分かると思いますよ。まあそんなに派手なものではないので、驚くというほどのものはないと思われます」

 

〔フォンク〕

「ほほう」

 

古橋の説明を聞いて、フォンクは期待に胸を躍らせた。

 

〔フォンク〕

「えーでは、本日この時から、4日後の夕刻までの滞在、それとあなた方の国の補給隊及び物資と人材の受け入れを承諾いたします」

 

フォンクからの許可を得て胸の重荷が取れた古橋は、ほっと息を漏らした。

一方の曽我のほうは、無邪気にほほ笑みながらありがとうございますと礼を述べていた。

 

〔古橋〕

「では我々は連絡のために自分たちの機に一度戻らせていただきます」

 

〔フォンク〕

「あの乗り物ですが、我々に中を見せて頂いても?」

 

〔古橋〕

「ええ、構いません」

 

そういうわけで、フォンク、クック、アンドゥイル、それにセブはP-3Cの機内を見学することとなった。

 

 

  *   *   *

 

 

〔古橋〕

「待機班、戻ったぞ」

 

〔通信兵〕

「ご無事でなによりです。話し合いの様子はいかがでしたか?」

 

〔古橋〕

「まあ、割と穏便にいっているぞ。今から鹿屋のほうに補給の手配を頼むところだ」

 

日本人側は、数時間ぶりに戻った機内でいつも通り行動していた。

一方、初めて飛行機という乗り物に触れたロイメル王国側は、少し興奮気味であった。

 

〔クック〕

「ふむ、凄いな。夜間は気づかなかったがこれは金属で出来ているのか。金属でこれだけのものを作るとは……」

 

〔アンドゥイル〕

「中の素材も未知のものばかりだな」

 

〔セブ〕

「お前たち、監視ご苦労だったな。監視を入れ替えるから飯にいっていいぞ」

 

〔監視の歩哨たち〕

「「はっ!了解しました」」

 

ロイメル側の人員が行ったり来たりして少し忙しくなったが、監視の入れ替えが終わると落ち着いた雰囲気になった。

 

古橋は通信兵に代わり、自身が鹿屋基地とテレビによる通信を行う。

電子画面に向こう側の通信兵の姿が浮かび上がる。

 

〔古橋〕

「鹿屋基地、こちらP-3C・3280機、古橋だ。我々は現地の勢力との交渉に関して、その約束を取り付けることに成功した。正式な日時に関しては追って連絡する。

 

交渉の為に現地の調査を行う必要があるが、その為に現在燃料が不足しているP-3C及び八咫烏の燃料が必要であるため、補給を申請する。

 

補給方法に関しては、現地の航空機受け入れ施設の規模的に輸送機の着陸は難しいため、航空自衛隊の空中給油機による補給を希望するものである。

 

また、調査中も現在地の勢力との通信を維持するため、通信機材及びそれを扱う連絡人員の派遣も申請する」

 

〔鹿屋基地〕

「了解。3280、そちらに燃料及び通信機材と人員を送ることを検討する」

 

テレビ通信を間近で見ていたロイメル王国側は、これに興奮と興味を示した。

 

〔アンドゥイル〕

「これはすごいな。遠方までこちらの風景を送れるとは!いちいち偵察兵を行き来させるような、面倒な手間がいらないな」

 

〔クック〕

「この乗り物の速さもそうだが、こんな連絡手段まであるとは、戦い方もさぞ高度なものだろう。恐ろしいな」

 

騎士団を率いる2人の団長は、軍事の面から日本の技術力を考察した。

 

〔古橋〕

「さて、連絡も済んだことですし、あとはしばらく休ませていただきます。昨日から徹夜なもので」

 

昨日の夕方に翼龍と龍騎士を発見した連絡が入って以降、日本人組は徹夜で働いていたため、疲労が蓄積していた。

その為一旦休憩を取る必要があった。

 

〔フォンク〕

「我々も同じです。ではお互いしばらく休むとしましょうか。話し合いの続きは今夜また、ということで」

 

ロイメル王国側も、昨日の夕方に正体不明の飛行物体の出現を報を受けてから働きずくめだったので、こちらも休憩を取ることとなった。

 

〔古橋〕

「さて、では機体の周りにテントでも敷こうかな」

 

古橋たちは、現在滑走路上に駐留しているP-3Cと八咫烏の周囲にテントを敷こうと思っていた。

それに対し、フォンクがそれなら、と言葉を挟む。

 

〔フォンク〕

「もしよろしければ、基地の宿舎をご利用ください。一応ベッドなどがあって横になれますよ。

使ってない部屋もあります」

 

〔曽我〕

「ではお言葉に甘えて、そちらの宿舎をお使いさせていただきます」

 

斯くして、キャンプ・ガイチの宿舎を借りることとなった日本人組は、一路現場へと向かう。

 

キャンプ・ガイチの宿舎では、1部屋あたり木製の2段ベッドが2つ設置されており、4人が共同生活するスタイルのようであった。

窓部分には黄緑色の細い糸で作られた目の細かい網の戸があり、虫よけと風通しのよさを両立している。

 

〔竜馬〕

「持ってきたテントセットは使わなくて済みましたね。機外にテントを張るか、最悪機内で雑魚寝するところでしたから」

 

〔古橋〕

「サバイバル訓練にならなくて残念か、竜馬?」

 

〔竜馬〕

「一宿一飯の恩義には心の底から感謝しかありません、隊長!」

 

そういうわけで、各々4人ずつに分かれた日本人組は、夜まで休憩することとなった。

 

木製のベッドはクッションも置かれておらず、硬かったものの、曽我以外全員自衛隊員ということもあって、眠りにつくことができた。

また曽我も、このような就寝環境に臆することなく眠りに付いていた。

 

 

  *   *   *

 

 

一方その頃、キャンプ・ガイチの一角にある2つの大部屋で、第8及び第9騎士団の面々が集まって、とあることを行っていた。

その部屋の中は湯気に包まれており、その2つの大部屋、第8と第9用にそれぞれに振り分けられた部屋の中で、隊員たちは鎧や装備を外して、体を布で隠したり、或いは全裸になって屯していた。

なお全裸になった隊員は、何故か立ち込める湯気によって肝心なところが絶妙に隠されていたので、安心して全年齢対象だ。

 

〔第8翼龍騎士団隊員A〕

「ふ~ 仕事の後の風呂は最高だぜ」

 

鍛え上げられたむさ苦しい肉体から湯気を立ち上らせる男が、椅子に腰かけながら気持ちよさそうに言葉を漏らす。

 

〔第8翼龍騎士団隊員B〕

「『毒抜き』の為とはいえ、こんな森の奥深くの辺境の地でもサウナに入れるのは役得だよな。最も、俺は本当は桶に浸かるほうがもっといいんだが」

 

〔第8翼龍騎士団隊員A〕

「俺だって桶に貯めた湯に思い切り浸かるのに勝る風呂は無いと思うが、ここじゃ水に限りがあるからな。贅沢は言ってられないさ」

 

おっと水を足すぜと言いながら杓子で水を掬って熱した石に掛ける同僚。

もわっと上がる湯気が部屋の中を包むと、空間は更に熱くなって、汗で肌がべとべとになった男たちのせいでむさ苦しさを増した。

 

〔クック〕

「お前たち、入浴を楽しんでいるか?」

 

日本人たちとの交渉に一旦区切りをつけ、ようやく仕事から解放されたクックがサウナに登場すると、隊員たちは出迎えの言葉をかけた。

 

〔第8翼龍騎士団隊員A〕

「はい隊長。我ら一同、風呂で心身共に回復しております。今回の任務は大変でしたが、なんとかなってよかったです」

 

〔クック〕

「うむ。休むことも騎士の仕事だ。じっくり風呂を堪能するぞ」

 

〔第8翼龍騎士団隊員たち〕

「「了解です!」」

 

以前お話ししたように、ロイメル王国の軍、取り分け翼龍騎士団では、兵士及び使役する生物の活動時間を伸ばすために、特殊な強壮剤及び餌を用いている。

 

その強壮剤は使用すると疲労感の軽減や集中力の増大などの恩恵をもたらす反面、効果時間後に精神の変調や肉体の不調などを引き起こす副作用や、依存性などがあるため、定期的に『毒抜き』を行わなければならない。

 

その『毒抜き』の方法に関してだが、体内の血を外部に放出する所詮瀉血療法や、強力な下剤や発熱薬を用いた新陳代謝の強制増進などといった手段に並んで、入浴による新陳代謝の緩やかな活性化というものがある。

 

湯や湯気の熱気により肉体の新陳代謝を高め、体内の異物を汗を通じて外部に放出することがそもそもの目的ではあるが、入浴を通じて不安定化した精神状態を安定化させられること、また集団入浴によって人間間のコミュニケーションを円滑にすることによって、集団内における精神的な負荷を軽減・克服する効果もあり、入浴は治療行為を超えた娯楽(レクリエーション)として推進されている。

 

〔クック〕

「今日の香薬は薔薇か。いい香りだな」

 

なお現在は、特殊な薬剤を混ぜた水やお湯を利用することが流行しており、それには体に良い成分を肌越しに浴びるという実用の面だけではなく、精神的に心地よくなる香り成分などを含ませそれを楽しむなどといった、遊びの要素を含んでいるという面も含まれている。

 

〔クック〕

「やはり風呂は人類の生み出した最高の発明だな」

 

クックは立ち上る蒸気に包まれて、至福の時を過ごしていた。

 

 

  *   *   *

 

 

第8翼龍騎士団の風呂場、所詮『男湯』がむさ苦しい絵面を形成しているのに対し、もう片方の『女湯』、第9翼龍騎士団の風呂場もまた、乙女たちがあられもない姿でいる光景が作り出されていた。

 

〔第9翼龍騎士団隊員A〕

「はぁ~ お風呂は癒されるわ~」

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「薔薇の香りも素晴らしいけれど、百合も中々オツなモノよねぇ」

 

タオルにて体を隠しサウナ入浴している彼女たちだが、水分を含んだタオルは乙女たちのボディラインを浮かび上がらせており、スリム、スレンダー、THE ガッツ!(タ〇さん!?)に、巨、貧、無()など様々な艦隊がひしひしと集結している様は、もはや歓待コレクションではなかろうか?(因みに筆者は戦艦が大好き!大甘巨峰主義ばんざーい)

 

さてそんな乙女の花園では、人前で聴かせられないような際どい会話が繰り広げられていた。

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「それにしてもあんた、最近また果実が実ってきてるんじゃないの?」ムニュッ

 

〔第9翼龍騎士団隊員A〕

「ちょっ、勝手に触んないでよ!」

 

そばかす顔が特長の第9翼龍騎士団隊員Bが、金髪が特長の第9翼龍騎士団隊員Aの胸に実った見事な果実-形容するならばカボチャ(果実じゃねえ!?)―を遠慮なしに揉む。

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「いーじゃん女同士なんだから、こんなにたわわな果実を実らせちゃって、捥がせてくれって言ってるようなもんじゃない。ほら、新人ちゃんも一緒に揉もう?」

 

〔新米女騎士〕

「(なんで私!?)え、遠慮しておきます」

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「そっか……じゃあそっちを触らせて♡」

 

〔新米女騎士〕

「ひゃっ///!!!」

 

そんなこんなでいきなり自身のオレンジ(比喩表現)を掴まれた犬亜人の新米女騎士の少女は、咄嗟の出来事に思わず嬌声を上げてしまう。

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「ムフフ、これはこれは実に育てがいのある果実ですな。」

 

〔第9翼龍騎士団隊員A〕

「やめい」トスッ

 

〔第9翼龍騎士団隊員B〕

「あたっ!……はいはい分かってるって、本気にしないでよ」

 

〔第9翼龍騎士団隊員A〕

「分かれば宜しい」

 

調子に乗っている第9翼龍騎士団隊員Bの頭に軽い手刀を食らわせた第9翼龍騎士団隊員Aは、頭をさすって反省するBの姿を見て、全くいつまで経っても子供みたいにはしゃいじゃってと半ば呆れた態度を表しながら、呆然としている犬亜人の新米女騎士を宥めた。

 

〔第9翼龍騎士団隊員A〕

「こいつちょっとお調子者でおバカだからさ、何かしても本気にせず軽く流しちゃってね。でないとこいつも暴走して後に引けなくなるからさ」

 

〔新米女騎士〕

「は、はぁ……」

 

そう言って痴女(第9翼龍騎士団隊員B)を手懐けている様子の先輩を見て、未だ身も心も清い新米女騎士は少し困惑しながらも、取り合えず頷いた。

 

〔アンドゥイル〕

「いやあ我々の風呂時間というものは、何時だって喧噪に包まれているなあ。ま、悪くないがね」

 

そう言いながらタオルに包まれたメロン(比喩表現)を揺らす彼女は、なんともリラックスした表情を浮かべて、湯気に包まれたサウナの風景を見つめていた。

 

 

  *   *   *

 

 

〔古橋〕

「司令ッ!?一体どうしたのですか、その体は……?」

 

〔桐山〕

「ああ古橋、どうやら異世界の生物を食べすぎると、体がこうなってしまうらしいんだ」

 

動揺する古橋の目の前では、肉体の右半分がイボガエルのように変質した桐山が、にっこりと笑みを浮かべながら料理の乗った皿を右手で支えていた。

 

〔桐山〕

「なあに心配することはない。我々はこの世界で、この世界のものと一つになるだけなのだから」

 

そう語る桐山の肉体は、絶えず変化を重ねており、イボガエルのような姿かと思った次の瞬間には、頭のあった位置から蝙蝠のような翼を生やした龍が生えだしていた。

 

〔古橋〕

「司令、やはりこの世界は異常です!一刻も早く元の世界に戻る手段を探さなければ……!」

 

〔桐山〕

「フフフ、もはや手遅れだよ。見ろ、お前の体を……!」

 

桐山の言った言葉に従い古橋が自身の肉体を見ると、それはすでに……

 

〔古橋〕

「わ、私の腕が……鰤とワカメに!」

 

先ほどまで人間の腕であった古橋の両腕は、右腕が鰤に、左手がワカメに変形していた。

 

〔古橋〕

「い、嫌だ!このままどうなってしまうんだ!?私は人間でいられるのか?頼む、誰か助けてくれぇー!!」

 

〔桐山……の群れ〕

「「ハハハハハハハハハ!!!」」

 

そう助けを求める古橋はしかし、いつの間にか数十体に増殖し自身を取り囲んでいた桐山の笑い声の中で、意識を薄れさせていった。

 

〔現実SIDE キャンプ・ガイチ基地 宿舎〕

 

〔古橋〕

「う、うーん……」

 

古橋は、異世界に来たことによるストレスの影響か、悪夢を見ていた。

その後起床した古橋は、『なんだか分からないが、とても恐ろしい夢を見た気がする』と語ったという。

 

 

  *   *   *

 

 

異世界の地で、どうにか現地の人々と穏便な接触を果たした日本。

彼等はこのまま無事、日本の土地を再び踏むことができるか。

 

 

つづく☆

 

 

【おまけ☆ 魔王(コック長)の休日】

 

鹿屋航空基地の厨房に勤務するとある男……その男は、その身に纏った威圧感から『魔王』などと呼ばれている(本名のイニシャルはY・Hだが、特殊な事情に付き名は伏せさせて頂く)。

 

その男はそこでコック長を務めており、現場では時に厳しく、時にもっと厳しく(あれ?)仲間を纏めあげていた。

そんな彼の最近の趣味、それは

 

 

   『 ア ニ メ 鑑 賞 』 ! !

 

 

特になにがきっかけであったということはない。ただ深夜にテレビで流れる人気があるらしいアニメやら、これから人気になるかもしれないアニメなどを、休日の日に酒盛りなどしながら見ているうちに、『最近アニメが面白い』といった気分になっただけである。

 

特に好きなジャンルはないが、とりあえず色々と見ることにしている。

 

そんな彼の選んだ今日の一本は、『異世界に魔王として召喚されたコックさんが、料理と喧嘩術の腕を振るう(?)』という、なんとも時事ネタ(?)に乗っかった代物であった。

 

彼は早速、自身のリアリインを使って自身の加入している動画配信サービスのサイトに入ると、そのアニメを再生した。

リアリインの映像を空間に投影する機能により、何もない場所に10インチほどの平面の映像が現れる。

 

2045年現在、アニメは空間立体3D投影に対応した『3DCG立体映像タイプ』と、旧来の『2D平面型』に分かれる。前者は迫力がある反面製造コストが高く、後者は迫力で劣りがち(見せ方次第で3DCG立体映像タイプに勝ることもある)だがコストが低く抑えられる。

 

コック長が今から見るアニメはコストが低い方のアニメであり、一般向けよりも多少内容がディープなものといっていい。

 

さて、早速アニメが始まると、彼は缶ビールを開けてつまみを食べ始めた。完全に休日のリラックスモードである。

 

〔※アニメの音声〕

「ゲーハッハ!貴様もケーキの材料にしてくれる!大人しくジャムになりやがれ」トントンシャカシャカブチブチグシャアッコトコトドジャアーン

「な、なんという気迫……これが異世界の魔王か!?だが私だってアイスクリーム屋の端くれ、奴よりも早くサンデーを完成させてみせる!」モリモリモリモリ

 

何やらスイーツ対決が始まったらしいそのアニメを見ながら、コック長は『このアニメ見終わったらスイーツでも作ろうかな』などと考えていた。

 

数分後、そのアニメを見終えたコック長は、スイーツを作るために冷蔵庫を開けた。

 

冷蔵庫の中身】

バター:1箱、うめぼし:1箱 ジンジャーエールペットボトル2L:1つ、味噌:2箱

缶ビール:たくさん、その他スイーツの材料にならなさそうなもの:多数

 

「……食材買いにいくか」

 

雨上がりの昼下がり、コック長は食材を求めて街へと出た。

 

おわり☆

 

【次回】

日本とロイメル王国との国交樹立に向けて奮闘する両国の人々。

大きな物事には準備が大切である。何事もなければいいんだけどな。

 

次回 第7話『月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ④』 お楽しみに!

 

(実際の内容は制作状況により、多少変更される場合がございます。あらかじめご了承ください)

 




以上、第6話でした。
今回はこの世界の魔法及び魔力に関して、本作独自の設定を提示いたしました。今後はこれに従って物語に反映されていきますので、今後原作作品と矛盾が生じた場合に関しましても、原作と本作の設定は違うということを念頭に置いてください。

さて、話が進むごとにだんだんと本文が長くなる本作ですが、読者の皆様は付いてこられているでしょうか?
筆者の執筆速度はさほど早くないので、その分じっくり書いていきたいというのが本音ですが……それでますます投下が遅くなっている面もあって、読者をもやもやさせているのではないかと気になってしまいます。

本作の感想は非ログイン対応のフリー仕様ですので、ちょっとしたことでも述べて頂けたら嬉しいです。遠慮なく書き込んでいってください(単なる暴言、誹謗中傷、または卑猥な書き込みは取り締まり対象ですが)。

※2021年7月13日、本文中の記述を一部変更しました。
旧:また日本の東京でも、昨日から大臣一同が会しての緊急会議が夜通し行われていた

新:また日本の東京でも日を跨いだ遅い時間帯から、閣僚一同が会しての緊急会議が夜通し行われていた

改訂理由としては、後の話との統合性を合わせる為です。既にこの話をお読みになった方には申し訳ございませんが、変更内容を念頭に置いて頂きますようよろしくお願いいたします。

今回出た設定↓
・魔法
『『火』、『水』、『風』『地』の4つの基礎属性の魔力と、それとは別に存在する第5の『黄金の魔力』を用いて起こす現象のこと。
それぞれの属性の性質は以下の通り。

■『火』の魔力:『熱にして乾』、熱と光、電気を生じさせて物質を熱する。即ち火の性質を持った魔力であり、物質の化学反応速度の促進や魔力自体の燃焼作用によって物を燃やしたり、乾燥させたり、発光させることができる。

火はその在り様として『ゆらぎ』が存在する。実体がなくそこに己を成り立たせる芯が無いのに、それでも『ゆらぎ続ける』ことによって空間に共鳴現象を発生させ、そこに疑似的な『実体』……それは触感で感じる「熱」であり、目で感じる「光」であり、そして心の内でその感触を確かめることのできる「命」の脈動でとも言い表すことができるような超自然的なものであり、魔法という現象を言い表す際に用いられる表現の中でも、取り分けて神秘的なものであるその事象を生じさせることができる。

「ゆらぎ」こそが我々にとっての命であり、また命ある限り我々が求められ続けるものこそ、何時か終わりを迎えるものの、それでもその瞬間までは決して止まることのない「ゆらぎ」。それこそが火の魔力の特徴であり、魔法や魔力といったものの本質であるといえよう。

■『水』の魔力:『冷にして湿』、水の性質を持ち、物質に冷気と潤いを与える。

水の性質とは即ち『形状変化』。如何なる状況に対しても、その形状を変化させることで破壊を免れることで、例えば瓶に入れられればその瓶の形に沿い、グラスに注がれればそのグラスの形に変わり、そして地面に零し注がれたのならば、その地面の形に沿って、魔力が集まって溜まりを作った上で自身を支える地面に浸透し、地面を単なる泥の塊に変えてしまうようなことさえ起こり得る。

そして風に吹かれたのならば、風の速さに便乗して、どこまでも共に飛んで行っく。その風はやがて天に昇り、そして天の環境の作用で風と分離した水は、一滴の雨と化して地面に引かれて落ちていき、地面を流してその場所の地形を変えていく。

そんな絶えず変化し実態を他者に掴ませぬのに、自身は常にありのままの姿で居続けて他者の動きを翻弄してしまう、悠久不変の事象にしてただ一瞬の今を繰り返して生まれ変わり続ける完全物質、流体。
それこそが水の魔力の特徴である。

また水の魔力の性質はそれだけではなく、例えば物質や事象に『浸透』し、柔く、脆く、そのものの有り様を内外双方からの作用で歪に屈折させることもでき、そしてその現象に囚われてしまったが最後、浸透された物質はやがて時を経るにつれて水の魔力に実体を『吸収』されて、後も残らず消化された『無』の状態が残る。
ただしそこまで行くのには、通常膨大な魔力と複雑な魔力制御が必要であり、通常の魔法現象ではそこまで強力な効能を発揮し得ることなどは非常に稀。

なお浸透した物質の沸点を低下させる性質を持ち、こと冶金においては水の魔力を用いることで加工の難易度を下げられるメリットがある反面、加工後の製品の維持という点ではデメリットを含むため、金属製品製造における水の魔力の注入及び排出には十分な注意が必要。

■『風』の魔力:『熱にして湿』の気体の性質を持ち、物質から熱と渇きを奪う。
実体を持たず、されども実体に干渉する風の法則に基づいて、音や衝撃などを伝搬する媒体としての性質を持ち、事象の効果範囲を広げる作用を発揮する。

この魔力の特徴とは「流れ」と「共鳴」。障害物が何もない無の空間には、物理的な作用や魔法現象により突発的な『ゆらぎ』が生じることがあるが、風の魔力はそんなゆらぎに指向性のある流れを与えてあるべき方向へと導くのと同時に、自身もまたゆらぎの影響を受けてゆらぎと同じ性質に『励起』し、振動を起こすことによって、他の事象との間に大きな『共鳴』を生んで、最終の目的地へと向かって邁進していく。

即ち事象は風に乗せることで力は増幅し、風もまたそれを支えることで、事象の元の力のみで本来発揮し得るもの以上の、大きな効果を発揮し得るのである。

■『地』の魔力:物質から熱と潤いを奪う『冷にして乾』なる力。
実体を、より頑丈な幻想という鎧の枠に押し込めることで、あらゆる物質を霊的次元へと導き、高めていく。火は燃え尽きて灰になり、水は凍って雪や氷に、空気ですら地にこびり付く一欠けらの埃に代える点は、現世への干渉力という面で他の属性に勝る。
即ち結合の媒体であり、地が力による干渉を減衰し拒み排することで、物質の強度は保たれる。

■『黄金』の魔力:熱も持たずに光を放ち、冷気を持たぬのに霧を生み出し、揺れもないのに形を崩し、また流れや停滞させるものもないのに動き回ったり、逆に留まったりと、他のものとほとんど干渉せず、されず、ただそこに『在る』ということが性質であるかのような融通無礙なる空の性質の魔力。

謎が多く、その全てを解明し再現できたものはいないとされるほど、その在り様は難解なものとなっており、一説にはこれこそが全ての物質や事象に宿った
『霊魂』という神の奇跡を体現するものなのではないか?と言われているほど。

そのためなのかどうかは不明であるが、何故か盲目の人間でもその明るさを感知することができるらしく、一般に言われる霊魂論を後押しするかのような、精神や霊的存在に何らかの作用を与えるものなのではないか?と推測されている。

これらの魔力とは『原初の神』と、それに連なる『悪魔』たちに由来するものであるとされている。

火の魔力は『真なる火』、水の魔力は『真なる水』、風は『真なる風』、地は『真なる地』、黄金の魔力は『原初の神が持っていたとされる真の完全性』の再現性を目指し作られたものである。

これら『真の物質』の正体について、研究者たちの意見は分かれている。
即ち『真の物質』とは魔力を持たない原始的な純物質のことだとする説もあれば、魔力も含んだ上で更に何らかの要素を加えた完全物質のことだ、とする研究者もおり、その答えは未だ導き出されていない。

だがしかし彼らに共通する意見がただ一つだけ存在する。それは『この世の全ては不完全なもの』だという点である。

即ち、この世界に生まれた以上は必ず滅びの定めが付き纏い、如何なるものも変化せずにはいられないが故に、この世界は未だに人を含んだ生命体が存在できているのである。

もし永劫普遍の完全なる物質が存在したとするならば……それは即ちこの世の何ものとも干渉しないが故にその性質を保持できているのだろう、と。

・悪魔
かつてこの世界に存在したとされる存在。また概念。
主なものとしては
■火を用いて水すら燃え上がらせるものたちの軍団
■水を用いて風すら澱ませるものたちの軍団
■風を用いて地をも削るものたちの軍団
■地にあらゆるものを取り込ませるものたちの軍団
■悪魔たちの軍団を統率する『黄金の柱』

などがいたとされている。
これらの悪魔は最初、神々が僕として使役するために生み出したものであったとされる。

火の悪魔は原初の創造神が作り出した『真の火』を模して造られ、水の悪魔は真の水を、風の悪魔は真の風を、地の悪魔は真の地の再現を、そして黄金の悪魔は『原初の神が持っていたとされる真の完全性』の再現を試みて作られたとされる。
神々によって作られた悪魔は、ある時は神々の従順な僕として、またある時はある神が敵対する他の神を倒すための家畜として使役されるなどして、神々の寵愛を受け、また憎まれてもいたが、最終的には神々の支配を離れ、自らの驕りのままに生を謳歌しようとしたという。

生まれつき強大な力を神々によって与えられた悪魔たちは、その力によって自身を生み出した神々も、それ以外のあらゆる生き物も屈服させようとしたという。

しかし、創造物でありながらも自らの手を離れ、好き勝手に活動を始めた悪魔の暴虐に対し決起した『13柱の勇気ある聖獣』が率いる、戦軍団との戦いの末に打ち倒される。

敗北した悪魔たちは、蘇ることも、蘇えさせられることもないようにその身を焼かれ、砕かれ、溶かされて、錆びた鉄の塊に変えられたのちに火山に放り込まれ地下に沈んでいった。

やがてその火山が噴火すると、悪魔たちの力を含んだ石や空気、燃える水が吹き上げられて、それらは空気に散ったり、地面にめり込んだり、また地面に染み込むことで、今日この世界の大地から採掘される魔鉱石(ペンタクル)という鉱物の形に収まったのだという。

このような伝承が世界各地で多少形を変えながらも存在していることから、歴史上における真実ないし、真実を元した寓話ではないか、という意見が歴史研究者の間では普及している。

・リアリティア・インターフェス・ツール(通称『リアリイン』)
21世紀初頭に急速な発展を遂げた携帯型コンピューター端末、所詮携帯電話やスマートフォン、それに幾多ものタブレット端末の発展形であり、高度に発展しもはやもう一つの現実とも呼べるほどになった3DCG基盤インターネット『リアリティア・ネットワーク』と現実の人間とを繋ぐ通信・独立端末機器のことである。

旧来の携帯電話やスマートフォンのようにインターネットワークへ接続する事や、各端末同士での閉じたネットワークを形成することはもとより、人間の身に着けた端末やインプラント(埋め込み)型譚端末とリンクして、ヴァーチャルリアリティ(仮想現実)やオーグメンテッドリアリティ(拡張現実)を使用者に与えることができる、というのを謳い文句とした製品群のことである。

具体的にどういうものかというと、今しがた曽我がやって見せたように立体映像をその場に投影したり、また3D対応カメラによって、取った画像を3D映像の写真として残したりすることができる。

音を出せば立体音響にできるし、また会話に際して言語を解析することによって、方言や外国語を翻訳したり、既存の言語体系にない新しい言語を制作する機能まで搭載している。

なお20世紀末の第一次携帯電話ブームを知るものからは、この手の電化製品は未だに『ケータイ』とも呼ばれている。間違ってはいないが。

・ヴァーチャル・データ・キャラクター(VDC)
AIテクノロジーによって人工的に電脳空間上に製造された『疑似人格データ』……プログラム。
高度に発展した3DCG制作技術とAIプログラムによる疑似知性によって成り立つ人造人格。
WALKERと並ぶ新時代の人類の相棒で、向こうが実体を持つ相棒ならばこちらは非実体の相棒である。

・日ノ本阿尼子(ひのもと あにこ)
くりっとした目元を持つ可愛らしい風貌が特徴的な、黒髪の日本人の少女、という設定のキャラクター。この時代の外務省広報課の公式マスコットキャラクターの内の一つであり、彼女の他にも外務省の公式マスコットキャラクターは存在する。
断じてリーベングイスではない。オマージュです。

・戦闘糧食Ⅲ型
自衛隊の採用している携行糧(レーション)食。通称パックメシ。陸上自衛隊で採用されていた戦闘糧食Ⅱ型をベースとして、3軍共同としたもの。
レトルトパウチ包装されたおかずや無菌包装の米飯などが真空包装パックにセットで入っており、また食器や加熱材も入っていてどこでも温かい食事がとれる。加熱せずとも摂取可能。
なおナノテクノロジーの応用によって分子レベルで密閉性に優れた容器や食品添加物(人体にほぼ無害)を開発することに成功したため、レトルトでありながら缶詰以上の長期間保存が可能。
因みに大人気メニューはカレーライス。簡単旨いパックメシ。

~とある風景。

黄色い部屋の中にいる『アレ』。
そこに突如縄にぶら下がって現れる男。
アレ「兄さん!?」
アレの兄さん「おーい今日のメシはパックメシだぞ」
アレ「うわヤッター!!」ドーン!
家の屋根をぶち抜き宇宙空間へと飛び出していくアレ。ジャスティス?

……

陸自以外でも採用されているのは、本来の非常食としての役割を求められてのこと。救命艇や脱出装置に備わってます。ジャスティス!!

・風呂
身体の洗浄を目的とした設備。
地球世界における現在考古学的、歴史学的に確認できる最古の風呂は紀元前4000年前のメソポタミアにあったとされる。

水風呂サウナバスタブ混浴人間洗濯機など、古今東西様々な形式の風呂が編み出されており、2000年以上前のローマ人も現代の日本人もこと風呂に関してはこだわりがあると思われる。

この世界においても風呂への入浴は人々の生活様式として一定の地位を築いており、身体を洗浄するのみでなく時に治療として、或いは休息として、または人々の交流を促す娯楽としてその存在を広く認識されている。
地球世界における入浴剤なども存在が確認でき、またサウナ用の特殊な香薬も存在するようである。

異世界の軍においては、毒や薬の効果を抜くために風呂が活用されることもあるようである。

創作物、特に2次元ものにおいては風呂への入浴シーンとはとどのつまり『サービスシーン』を意味する。サービスサービスゥ!

・丸太
木の枝を落として輪切りに伐り出したもの。主に木製品の材料として用いられる。
名は木を切った断面は大抵丸いことに因む。

キャンプ・ガイチは森を切り開いて建設されたため、また周辺地域の開拓作業なども相まって、大量の丸太が確保されている。

ロイメル王国本土に輸送するのも手間なので、基地の一角などに山として積まれており、燃料や建材、また硬さと重さを生かしたトレーニング機材や、武器として利用されている。

丸太には、人を引き付けるものがある。みんな丸太は持ったな!!いくぞォ!!

・『召喚魔王の異世界チートスキルクレイジークッキング ~厨房ごと召喚されたんだが取り合えずお前ら俺の嗜好の料理を食え~』
アニメーション会社ベイルアウト制作の2045年春期新作テレビアニメ。原作:もちもちおっぱぷりん、監督:矢那瀬昌行、脚本:旗振棒ひろと、全13話。

とある商店街で洋食屋を営む主人公植戟相馬が、召喚された異世界で襲いかかる刺客と料理対決を行うクッキングバトルファンタジー。

元々とある小説投稿サイトにて連載が行われており、その後KABOKAVA文庫より書籍化、メジャーシーンに躍り出て、アニメ化に至る。

その不安定な作画、理解不能な物語に、アイドル系声優のゴリ押し、更には海外資本の横槍を匂わせる原作にないシーンの強引な挿入などが重なって、ネット上での評価はもっぱら「クソアニメ」。原作者の分身としか思えない主人公を揶揄して「プリン太郎」「大陸臭いプリン」などと呼称されている。


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番外編 Neighbormind ~リアリティア・ネットワークについて~

※今回の話は2020年12月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品は基本ギャグ時空となっております。キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください……でも今回は特にギャグないのよね
本作には独自設定が登場する場合がございますが、公式ではない点をご留意ください。



『リアリティア・ネットワーク』……それは、西暦2030年代において急速に3DCG基盤化したインターネットを指し示す名詞であり、また形容詞の単語である。

 

単語の初出は西暦2036年9月にアメリカで発売されたインターネット・電子機器総合雑誌「UNDER P .о.l.i.C.e.」に掲載されたハマー・パスの記事『REALITI“A”』が元だというのが一般に出回っている通説である。

 

この記事内においてハマーが論評した現代ネットワークの新しい流れ、即ち立体視装置及び立体映像投射機器の普及によるWEBサイトのプログラム改変、従来の平面画面を基準にした画像プログラムではなく、映像の立体視及び立体映像投射を前提とした3DCGプログラムの折り込みが常識化してきたことによって、ヴァーチャルリアリティ(仮想現実、VR)、オーグメンテッドリアリティ(拡張現実、AR)による現実とネットワーク間の境界は従来よりも薄れ、人々の意識は現実世界と高度なネットワークによって形成された、限りなく現実である架空の世界、即ちリアリティ・アナザーとを絶え間なく行き来するようになったという現象を指して、リアリティアと評した氏の推論は正しいものと言える。

 

リアリティアな世界では、ネットワークと現実は融合し、リモートによる教育機関への登校や企業への出社、また医療機関の診察と治療などはその完成度が成熟段階にあるといってよい。高度なネットワーク社会の中に住む人々は、その会合・対面すらもネットワークの内部にて済ませることが可能なのである。

更に、人々がネットワークを介して対面するのは現実の人々だけではない。高度に発展したAIシステムを利用することによって、より高度な情報社会を築き上げているのである。

 

例えば検索エンジン。ネットワーク上に散らばる無数のWEBサイトの中から、特定のワードに関連するサイトを捜索し利用者に提示するシステムは、高度なAIシステムの賜物であるといえるし、また機械を用いた異なる言語間の翻訳作業も、AIシステムによるネットワーク利用者への重大なサービスであるといえよう。

 

近年ではAIによる疑似人格プログラムも、人々を補助するツールとして発展を遂げている。これら疑似人格プログラムが人間に近しい思考プロセスを経ることによって、情報端末機器やWALKERの取る動作を、比較的命令者の意図するものに近づけている。

 

AI制御に基づくネットワークの用途は娯楽面にも及び、例えば2030年代に大ヒットしたとあるゲームアプリ―2016年に登場して世界中の人々を熱狂させた、スマホ画面越しに存在する『現実空間の』モンスターのキャラクターを捕獲する、オーグメンテッド・リアリティ系ゲームの系統に属する―は、ネットワーク接続機器に搭載されたGPSなどの座標識別装置によって利用者の現在位置を特定し、立体映像投射装置によってモンスターのキャラクターを画面越しではなく現実空間のその場所に『実際に生じさせることで』、架空のキャラクターとのより親密な交流を実現し世界的なヒットを記録した。

 

無論これらには高度なネットワーク網の、ハードウェア面での敷設も無関係ではない。

 

2045年現在、無線通信網を指す世代は第7世代、7Gと定義づけられている。

公共無線通信網の世代は、約10年ごとに1段階上がっているとされる。80年代に誕生した第一世代の1Gから5G段階まで到達するのに要した時間は凡そ40年。そこから更に約10年後に6Gに移行してからは、通信速度の高速化、データ容量の大型化、通信可能エリアの増大及び接続許容数の増大が、その動作に要するエネルギー量の低消費化、低コスト化と共にますます高度化していったことは、その時代を生きた人々にとっては懐かしい思い出であろう。

 

ネットワークの発展が人類社会に多大な恩恵をもたらしたことに関しては、何ら疑うことはない事実である。だがしかし、それと同時に新たな問題を生み出しているという点もまた、無視すべきではない。

 

例えば、高度なネットワークはその結果として社会の記録や個人情報などの記録・管理を担うようになったが、それに伴ってサイバー攻撃に伴う情報流出とそれに伴う犯罪被害という負の面すらも出現したし、特にとある世界規模のサイバーバンクへのハッキング攻撃による膨大な額の仮想通貨流出という事件が、世界経済に及ぼした影響に関しては、もはや無視できる段階を超えていた。

それ以外にも、ネットワークに繋がれた公共施設や公共作業ロボット―ドローンやWALKER-の制御を奪い取ることによるテロ攻撃や、偽造情報による愉快犯的な社会攻撃は、ネットワーク社会の負の面を象徴するものとして一般にも広く知れ渡っている。

 

また近年では、立体視装置や立体映像投射機器によってネットワークと現実の境界が曖昧化したことも問題となっている。先に例に挙げたゲームアプリに関しても、従来よりも架空存在と現実における距離が縮まったことによってこれに熱狂しのめり込み『すぎる』者が続出し、部外者の進入が禁止されたエリアに侵入したり、場合によっては路上に立体映像を投射したことによって自動車に搭載された自動運転装置の安全機能を作動させ、人身事故に繋がった例も存在する。

 

 

例え高度なAIによって個人情報や社会システムが保護されているといっても、人が作ったものである以上は必ずそこに貧弱性、システム上の落とし穴が存在する。

将来、ネットワークが人類の制御を離れ、AIによる完全制御の時代が来ると言われいてる。しかし、それは倫理的な問題を解決しなければ、実現に際して危険性が伴うため、その実現はまだ先のことであろう。

つまりはもうしばらくの間は人間によるネットワークの管理の時代が続くのである。

我々人類はその点を踏まえた上で、この社会を生き延びなければならない。

 

 

   ―2045年3月発売の雑誌、『月間PCNICK 4月号』掲載の記事「Neighbormind ネットワークの発展と今後の社会の展望 我々は如何にして〈隣人〉と接していくか(著:南田高志)」より抜粋-




以上でした。2020年はもう投稿しないと言ったな。すまんありゃ嘘じゃった(おい)。いや一発ネタ思い付いたんでね、別に嘘つこうと思って言ったんじゃないのよ、うん

さて、なんでこんな話書いたのかというと
『立体映像の技術が確立された時代のネットワークシステムってどうなるんだろう』
『スマホなんかに立体映像投射装置が乗るようになったら、ポケ〇ンGOなんかも今の画面にキャラが映るやつじゃなくて、立体映像でその場にキャラクターを投射すんじゃね?』
って話です。2045年って立体映像投影の技術確立してるし、スマホ(本作中だとリアリイン・ツール)なんかにももしかして乗ってるんじゃないかな?って思ってます。勝手にだけど。

自動運転の安全機能云云は、路上に立体映像を投射されると、自動運転のAIがそれを「障害物」と誤認してブレーキが掛かったり進路を変えたりします。近頃(2045年)は改善されて立体映像と実体を識別できるようになりましたがね。
因みに人身事故の実例としては、
・車の運転手が自動運転のおかげでゲームに熱中
・うっかり車の前方に立体映像を投射
・それを認識した自動運転装置が急ブレーキかける→スリップしたり、後方からの車が衝突して事故る
って感じのがあったりします。運転スマホダメ、絶対。

AIがどうのとかそういう小難しい話は読み飛ばしていいっすwぶっちゃけ筆者は社会の変化とか技術と人間の付き合いかたとか、研究者じゃないから考えねーよ。

因みに今回のサブタイトルは『スパイダーマン・ ファー・フロム・ホーム』の日本版主題歌から取ってます。ネットワークと立体映像が現実と虚構の境界を難しくするのよね。
目に見えている世界が現実とは限らない。大衆にとってのリアルなんて情報管理でどうとでも捏造できる。そんな時代が来る日も遠くない。

まあアシダカグモマンの鈴木(仮)さんなんかはスパイダーセンスめいたものもってそうなので光学迷彩も立体映像も通用しないだろうけど。さすが地獄からの使者だ(違)。


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第7話 月詠月夜(ファーストコンタクト) ~情景は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ④

※今回の話は2021年5月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品は基本ギャグ時空となっております。キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください。
本作には独自設定が登場する場合がございますが、公式ではない点をご留意ください。


・前回のあらすじ

 

禁断の地にて異世界人と接触した鹿屋航空基地第1航空群第1航空隊の面々は、地球とこの世界との違いについてより多く知る機会を得、また異世界人たちもまた異なる世界からの来訪者たちによって変革の時を目前としていた。

されども憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》。異なる世界同士の接触は、湖と海水の交わりの如きもので、それは即ち生存競争を誘発する臨海の天変地異である。

 

まず言葉ありき。「光あれ」。

 

万象滅相の信(いのり)の下、赤い悪魔の心臓が脈を打ち、龍の尻尾を擽ったがために、破滅の光がそこに生じた。

 

混沌とした異世界にて吹き荒ぶ、幾多もの国家による苛烈なる覇権主義という名の脅威を前に、日本が取り得る行動とは?

戦後100年の夜明けは希望の未来か、それとも……

 

 

【月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ④】

 

 

【ロイメルside】

前回ラストより時は少し遡り、まだ日を跨ぐ前の夜の時間。

 

ロイメル王国の東側、禁断の地と呼ばれる森林地帯の入り口あたりに、3頭の空駆ける翼龍と、それに跨った3人の男たちの姿があった。

 

玉虫色に輝く金属素地に獣の毛皮などを組み合わせた野性的な意匠の兜や胸甲、手甲を装着した逞しい戦士たちの正体は、ロイメル王国第1翼龍騎士団のラーツ、ドイル、ロイ団員である。

彼らは昨日の夕刻、森林の訓練地帯における戦闘訓練中に、突如謎の飛行物体―自衛隊の航空機―と遭遇し、その際入手した情報を情報部に届ける為に、数刻かけて本国へと帰投したのである。

 

〔ロイ〕

「やっと人里のあるところに出ましたね」

 

3人の中で一番若い、訓練兵上がりの新人ロイは、夜通しの飛行に疲れた声を漏らす。

 

〔ロイ〕

「隊長、ちょっと休憩していきましょうよ~ どこか空いてる店に入って、一息つきたいですよ」

 

後輩の情けない姿に、ドイルが呆れを表す。

 

〔ドイル〕

「こらこらロイ。確かに訓練からそのまま長時間任務に入ってしまったのは大変だが、騎士たるものそう簡単に弱音を吐くものではないぞ」

 

〔ラーツ〕

「しかし、ロイの気持ちも分かるな。人目の着かないところで少し休憩しようか」

 

ラーツは、第一発見の関係者だからといってこの任務に新人のロイを連れてきたことは判断ミスだったか?と思ったが、今さら引き返すこともできないので、取り合えずロイを気遣いながら任務を続行することにした。

 

〔ドイル〕

「了解です。さあロイ、目的地まであと少しだぞ」

 

〔ロイ〕

「あとどれくらいですか?」

 

時間か距離か、兎に角早く任務を終わらせたいロイは、疑問を口にした。

 

〔ラーツ〕

「本当にあと少しだから、頑張れロイ」

 

それは誤魔化しであり、ロイのほうもそれを理解していたが、あえて聞き返すのも面倒なのでそっと流した。

 

その後、人や家畜の目に付かないように集落から外れた場所を飛行し続けた彼らが目的地に着いたのは、更に数時間後のことであった。

 

 *   *   *

 

ロイメル王国の王都ロクサーヌは、周辺を壁で覆った城塞都市である。

なだらかな丘を中心に発展し、外郭を土壁や石壁で防護したその都市は、平時には国内の他集落からやってくる様々な人種とその隊列で賑やかだが、いざ籠城を開始すれば攻略せんと迫る敵を殺伐とした戦意のもとに迎撃するであろうことが、容易に想像できた。

最も、それは計20万を号する某覇権国家の軍団を食い止めるには、些か規模が小さく頼りないものであったが。

さて、そんな城塞都市内部、丘の東下側には、四方数キロに渡って平らに均された土地が存在する。

ロイメル王国王都空軍基地と称されるその場所は、同国最大級の軍事施設のうちの1つであり、航空戦力の主力である翼龍は勿論のこと、補助戦力である大型鳥類や蟲も数多く配備された、正に同国最強の戦力を示す場所なのだ。

そんな場所にラーツ達はいた。

 

〔ラーツ〕

「ではしばらくの間、彼らの世話を頼む」

 

〔翼龍飼育員〕

「はい。ラーツ団長たちもお気をつけて」

 

夜の闇が魔導仕掛けの照明で照らされる中で、夜勤の隊員は夜中の訪問客であるラーツ達を見送る。

禁断の地から飛行し続けて数時間、ようやく首都までたどり着いたラーツ達は、翼龍を預けておくために一旦基地に立ち寄り、それから基地の馬車を借りて外に出た。

翼龍は騎士にとって掛け替えのない相棒であるが、だからといってどこにでも連れていけるわけではない。翼龍に乗って飯屋や風呂屋に立ち寄ろうものなら、あっという間に騒ぎになってその責任を追及されてしまう。

 

そういうわけで、よほどの急用でもない限りはこうして翼龍を預けておける施設に入れておくのが一般的である。

なお、ロクサーヌ内部において翼龍が離着陸できる場所はもう一か所あり、そちらは半官半民で運営される商業空港で、通常軍所属の航空家畜が敢えて利用することはないが、空軍基地が使えなくなった緊急時にはそちらも使用する。

 

さて、空軍基地を離れたラーツ達は、馬車に乗って南に数キロ下り、とある施設に入った。その施設は、人の目線よりも高く積まれた石壁で周囲を覆い、その内部を警備兵が徘徊するなど、簡単に入れる場所ではないことがわかるが、ラーツ達は任務の令状を通行証として提示して入ることができた。

 

その場所は外に表札すらないが、名を空軍情報部本部といった。

 

ロイメル王国空軍はその規模こそ小さいものの、自前の情報機関を保持しており、国内外で集められた様々な情報がここで解析を受ける。

 

現在の主な任務は対アムディス王国の諜報・監視・偵察であり、陸軍情報部や海軍の情報部、それに外務局の諜報機関などと足並みを揃えながら、自国の安全保障に関わる情報を整理して王政府に提出している。

 

情報部本部の施設内に聳え立つ石造りの二階建ての館で、ラーツ達は職員に『写真撮影機』―初歩的な技術を用いたカメラ―を渡すと、とある部屋に案内された。

そこには木製のイーゼルやキャンバス、それに描画道具があり、そこでラーツ達は自身の目撃した物体のスケッチを描く。

光と火の照明魔道具の明暗間隔が不規則な明かりに照らされる部屋の中で、数時間前の記憶を頼りにスケッチを描いていると、職員が中に入ってきた。

 

〔情報部本部 職員〕

「現像が完了しました」

 

〔ラーツ〕

「どれどれ……ふむ、こんな感じか」

 

〔ロイ〕

「うわー、ほぼほぼ輪郭じゃないですか」

 

職員は、撮影機内部の金属板を現像した写真を取り出すと、ラーツ達に見せた。

その写真は、カメラ自身の性能がさほど高くないこと、夕刻という明かりの不足した時間帯に撮られたこと、また被写体自身の高速性や、撮影機を操作したラーツ自身の体の揺れなどからあまり鮮明ではなかったが、兎に角資料として完成した模様だ。

こうして作られた情報資料は、ラーツ達の証言などと合わせて解析が行われる予定である。

 

〔情報部本部 職員〕

「それと、キャンプ・ガイチからの連絡がありまして、第8、第9翼龍騎士団がこの正体不明の物体と思しきものと接触したようです。

現在、キャンプ・ガイチまで誘導中とのことです」

 

〔ラーツ〕

「そうですか。これで正体が判明しますね……っと、これがスケッチです」

 

ラーツは描いていたスケッチを職員に見せる。

そのスケッチは、細部などが写真よりも精密に描かれており、写真ではぼやけた部分を補正するのに十分使えそうである。

 

〔情報部本部 職員〕

「では、次は聴収を行いますので部屋まで……」

 

そうして導かれるままに聴収室に移動したラーツ達は、昨日起こった出来事を話した。

 

そして数分後。

 

〔職員〕

「……では、今回の聴収は以上となります。今回の事件に関しましては、事実を確認したのち報告結果が届けられます。

場合によっては再度の聴収もございますので、ご了承下さい。

ご協力ありがとうございました」

 

〔ラーツ〕

「ふう、疲れたな。二人とも、取り合えず王都基地に戻って休もうか」

 

〔ロイ〕

「はあー、やっと終わったんですね」

 

粗方の情報を出し終えたラーツ達は、情報部本部から立ち去ると、長時間勤務の疲れをとるために首都空軍基地へと戻り、宿舎に戻って一度睡眠をとったのち、風呂に入ってから木のような見た目の細長い根菜を乾燥させたらしき、見るからに固そうな保存食で空っ腹を満たし、また再度宿舎のベッドに潜り込んで本格的な二度寝をした。

結局彼らは正午過ぎまで睡眠し、何も入っていないことにストレスを感じた胃袋の、決して無視することのできない脈動を目覚ましの鐘代わりとして、目を覚ますこととなった。

 

 

 *   *   *

 

 

【日本side とある研究機関】

またも時間を遡り、時刻が日を跨いで少し経った辺りになる深夜。

人里離れた山の中に聳え立つ何らかの研究所の内部において、職員がキーボードやマウスを操作して目の前のモニター画面に表示された生物に関して、様々な解析を行っていた。

 

〔研究員〕

「うーん、やっぱり画像だけでは不明な点が多いな

やはり実物を確保しないことには……」

 

彼が解析を行っているのは、昨日海上自衛隊の哨戒機部隊が遭遇した現地生物、翼を有した蜥蜴とも形容すべき容貌を有した翼龍及びそれに騎乗した騎士である。

画像には通常の有視界範囲で撮られたものの他に、赤外線域で撮られたものもあり、またレーダー技術を応用して物体の内部をある程度透過スキャンにかけたものや、磁気探知や超音波を駆使したものもあった。

しかしそれらの画像は主に汎用機材を用いて遠距離から撮られたものであり、可視光と赤外線以外のそれでは正確性に欠けていた。

 

〔研究員〕

「対象の画像から推測される筋力、体温と、飛行高度、速度、それに周辺温度が我々の推測値と異なる……一体何をどうしたらこんなことが起こるんだ?」

 

その研究員は、送られてきた動画とコンピューター・シミュレーションによる計算結果とを比べて、その違いを計測していたが、地球の常識では不自然な点がいくつか存在することが発覚した。

まず翼龍の肉体構造から推測される推定筋力では、動画通りの高度で、動画と同じ速度を出すのに不足すると考えられ、また体温及び周囲の温度も計算よりも若干高めになっていた。

 

〔研究員〕

「この惑星の環境は、やはり地球とは異なるな……っと、おっともうこんな遅い時間か。

うっかり熱が入ってしまって時間をかけたけど、取り合えず続きは明日に回して、今日はもう上がろうか。

新築のぉー、宿舎があー、私の帰りを待っているううぅー、っと」

 

研究員は少しアップテンポのリズムを組んだ呟きをしながら、部屋を出た。

 

 

 *   *   *

 

 

【日本SIDE 鹿屋航空基地】

 

〔海上自衛隊員A〕

「昼飯だあァァァャァァ野郎ども(ファッキンガイズ)ッ!!!」

 

時刻は進んで、昼間の正午頃。ランチタイムが始まった基地の中には、和気あいあいとした空気が満ちつつあった。

普段厳格な態度で訓練に励む自衛隊員たちにとって、飯の時間は健全な身体と精神を形作るのに大切な娯楽の一つだ。

 

海上自衛隊における飯の提供は大きく2つに分かれる。一般隊員たちが曹士食堂を利用するのに対し、尉官以上の幹部たちは幹部食堂に集まる。

 

その幹部食堂の中で、卓を囲む桐山や成川たちの前に置かれているのは、まずは鏡のように程よく磨き上げられて光を反射する白い陶器の皿に盛られた、野菜がたっぷりと入ったキーマカレーである。

 

水分と熱でぷっくらと膨らんだ艶やかな暖かい白米の上に、玉ねぎ、ナス、ほうれん草がミンチされた豚肉と絡んだキーマカレーがかけられた様は、その芳醇な香りと相まって食欲をそそった。付け合わせに福神漬けとラッキョウ、それに温泉卵がついているのが料理として完璧だ。

 

だが今回、その完成されたキーマカレーのカレーの横には、これまた白い皿に葉野菜とともに盛り付けられた白身魚のムニエルが、まるで付き添うかのように置かれていた。焼きすぎず、ほどよい火加減で焼かれた身に、茶色のソースが上からかけられているそれは見るからに美味しそうである。

 

そのムニエルは、先日コック長が釣ってきて味と安全性を確認したラブカとイボガエルを融合させて顕現したような異世界の魚-名前はまだないが、暫定的に“イボラブカ”と呼称することにした―を、高速艇―官給品ではなく、桐山の私物―を用いて沖まで漁に出ることで大量に捕獲・確保し(なぜか桐山は基地周辺海域の漁業権を持っていた)、コック長の手によって加工された料理である。

 

〔桐山〕

「さあ諸君、いよいよ異世界の食材の試食だ。じっくり味わって感想を聞かせてほしい」

 

〔コック長〕

「俺の作った料理なんだから美味いに決まってますよ司令!」

 

ゲーハッハという魔王の如き圧の籠った高笑いを上げながら、コック長はご機嫌そうな笑顔を浮かべていた。

この料理長、己の料理を他人に食わせることに生きがいを見出しており、時折その時の気分で料理を作っては、基地の隊員たちに食べさせている。その手法は強引で、いつの間にか食堂に追加されていたシャッターを起動させてその場を「監獄」状態にして、その場の全員に振舞うのだ。

一応どの料理も平均以上に美味しく作られているのが救いと言えば救いだ。なお基地司令の桐山はこれを黙認している。理由は『隊員たちのレクリエーション』になるからだとか。

さて、そんな強引な2人によって開かれることとなった実食会は、実行者二人によって進行していく。

 

〔桐山〕

「では全員実食!」

 

桐山の一声で料理を食べ始める幹部たち。

 

〔成川〕

「ふうむ、淡泊な味に、烏賊や蛸に似たしっかりとした歯ごたえ……見た目よりは刺激が少ない味ですね」

 

〔桐山〕

「酒のツマミに良さそうだな」

 

異世界の魚は、見た目のおどろおどろしさとは違って、意外と食べやすかった。

 

〔理恵〕

「でも、本当に安全なんですか、これ?なんかすごい見た目の生き物でしたけど」

 

奈良の大仏のようにガタイの良い大男である理恵阿達(たかえあだち)2等海尉-38歳男性、牡牛座-は、その強そうな見た目とは裏腹の小心を発揮して、桐山に疑問を投げかけた。

そんな部下の心配そうな様子を見た桐山は、アルカイックな表情を浮かべ、こう言った。

〔桐山〕

「ヘッヘッヘッ心配スル事ハ無イ」

 

桐山の笑顔の裏の得体の知れなさを垣間見た理恵は、恐怖を胸につぶやきを漏らした。

 

〔理恵〕

「南無……」

 

理恵は別に仏教徒ではないものの、ふとした瞬間に経を唱えることがあった。

一体何がきっかけなのか、物心ついたころにどこかで耳にした誰かのお経が心に深く刻まれているのか、或いは中学時代の修学旅行で行った奈良の寺院での出来事が本人の思っている以上に心に残っているのか、若しくは天啓、考えられる理由はいくつかあるが、当人にとってそれは割とどうでもよいことであった。

理恵は小心者だが、それはそれとしてどうでもいいことは特に気にすることもない男であった。

 

因みにその日の牡牛座の運勢は、〇ジテレビの朝のニュース番組の占いによると6位であったが、理恵はその番組を見ていなかった。

 

昼飯は、特にアクシデントもなく穏便に終わった。

 

 

後日、基地の新メニューとして正式に加わった『イボイボラブカ至極のムニエル』は、そのネーミングに是非はあったものの、見事隊員たちの腹を満たすこととなり、開発者であるコック長の機嫌を良くすることになるのだが、その話は本筋とは全く関わりのない話のため割愛させていただく。

結局食材の安全性はどうなのかって?ヘッヘッへッ心配スル事ハ無イ。

いや本当心配することはなかったんですよ、ハイ。

 

 

  *   *   *

 

 

桐山とコック長による楽しい楽しい人体実験であった昼食の後、桐山は理恵を呼び出して、ある任務に関する辞令を彼に下していた。

 

〔理恵〕

「武装勢力の調査ですか?」

 

思わず疑問を口にした理恵に対し、桐山の説明が入る。

 

〔桐山〕

「うむ。古橋たちが接触した集団はどうやら別の武装勢力、というか国家なんだが、それらはこの世界で現在進行形で聖戦と称する侵略戦争を行っており、しかもそれは範囲が広がっているという。いずれは古橋たちの接触した集団とも衝突の可能性があるらしいし、そうなると日本もまた巻き込まれる可能性が出てくるかもしれない。というわけで、今日はもう午後に別の任務が入ってるから無理だが、明日からは

調査のために現地に飛んでほしい」

 

〔理恵〕

「了解です。本日の任務から帰投後、新たなフライトプランを作成します」

 

〔桐山〕

「念を押すが、我々はこの世界の文明レベルを把握していない。現地にどのようなテクノロジーが存在しているのかは、はっきり言って未知数だ。

くれぐれも注意してくれ」

 

〔理恵〕

「はい、現地では慎重に行動し、隊員に危害の及ばぬように細心の注意を払い、任務を遂行します」

 

斯くして理恵はアムディス王国の偵察に向かう任務を帯びることとなった。

その任務が一体どのような結果を齎すのか、この時点ではまだ誰にも答えが分からない。

全ては明日以降にかかっている。

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルside】

 

昨日から続いた徹夜明けの勤務の後に、キャンプ・ガイチを総轄する基地司令フォンクの好意によって宿舎の一角を使わせて貰うことになった古橋たちは、そこで睡眠休憩を取って午後5時頃までゆっくりと時間を潰していた(一応念のため、2時間ごとに交代制で見張りを置いてはいた)。

 

日の暮れまではまだ時間があるものの、夕方に入り始めたといっていい時間帯であり、夜に働く者達が遅くまでかかる仕事に備えて目覚め始めるような頃合いであるといっていい。

 

古橋たちは、佐笹原の持ち込んだ携行糧食で遅めの昼食と早めの晩餐を兼ねた食事を取って腹ごしらえし、その後6時過ぎにフォンクやセブが待つ作戦室へと向かっった。そして日本が今後この世界と関わっていくために必要とされるであろう国際情勢の知識について、基地司令であるフォンクに話を伺った。

 

〔フォンク〕

「この世界には、公認されている国家が57ヶ国あるとされております。その内でドム大陸にある国の数は両手の指で数えられる範疇です」

 

要するに10個もないということである。後からしれっと増えるかもしれないが。

 

〔フォンク〕

「まずは我々の国であるロイメル王国の話から始めましょう」

 

そう言ってフォンクは、部屋の壁に貼られた横幅1メートル、縦幅50cm程度の大きさをしたドム大陸の地図の、北から東南に至る範囲を棒の先端で囲うかのように示した。

とどのつまりそこがロイメル王国の国土だということである。

 

〔フォンク〕

「我が国は200年以上の歴史を有する国であり、ルファー王朝政府の管理する国法によって人と亜人が対等の権利を有します。基本どの領地でも人と亜人が同じ領地内で暮らし、領地間の移動や交流、転居も許されております。

 

あらゆる種族が職業選択の自由を有し、転職や起業も盛んに行われます。逆に、固定職業への強制はこれを厳しく禁じられ、これを破った場合例え有力貴族であろうとも王政府により厳格に罰を与えられます。当然国民が奴隷を有することは禁止されており、また国外からの奴隷の持ち込みや、他国人が国民を奴隷として有する行為は、これを固く禁じられております。

 

国教はあえてこれを定めておりません。これは特定団体の優遇を防ぐためです。基本的に信仰の自由が認められておりますが、国内の治安を維持するために、過度の武装や残虐行為を行った団体に関しましては、王政府配下の官憲による査察及び取り締まりが行われ、場合によっては禁教認定を受けます。

 

禁教に認定された場合、その団体の国内における団体としての発言権や行動の権利はこれを一切禁止されます。

 

異種族間の婚姻及び養子縁組に関しては、当人間および保護責任者による同意が認められればこれを取り締まられることはありません。しかし当人及び保護責任者の同意を得ずにこれが行われる場合、官憲によって取り締まりを受けます。

 

このような国は、この大陸では他にはクドゥム藩王国しかありません」

 

その話をフォンクの横で聞いているセブは、彼の言葉を感慨深そうに聞きながら、こくこくと頷いていた。

 

異世界人に遭遇したばかりの日本人にとって、こちらの世界の人種問題は余り実感がないものの、それでもここが地球人とほぼ瓜二つの見た目を持つ人種と、それ以外の非地球人的な容貌の人種に分かれているであろうことは、コブラのような横に膨らんだ頚部と、皮膚表面に張り付いた鱗を持つセブを見れば、いやでも理解できたし、フォンクに関しても、日本人基準で若干毛深いというのはともかくとして、喋る時に垣間見える巨大な犬歯-まるで獣のそれであるかのように、人間のものとしては不釣り合い―の存在を考慮すると、ひょっとして彼もまた……ということは、なんとなくであるが察することができた。

 

そして、そのような見た目の違いが差別を生み出すであろうことも。

 

その上で、この世界の亜人とか異種族という言葉が一体何を指すものなのかの知識がない古橋たちは、そのことについて触れようとした。そしていの一番に発言した曽我が、フォンクに皆を代表するように疑問についての質問を行った。

 

〔曽我〕

「あの、そもそも亜人とは何ですか?我々の元居た世界ではそういった生き物自体が実在しませんでしたので、よくわからないのですが」

 

この世界の常識に疑問を投げかけられたフォンクは、亜人を知らぬと素直に口にした曽我に、興味深そうな声色で解説する。

 

〔フォンク〕

「なるほど、あなた方のいた世界には亜人が存在しませんか。ふぅむ世界が違うと常識も異なるのですねぇ。

えーさて、亜人とは、分かり易くいうと人間を模倣した模造生物であり、高等霊長類に属します」

 

フォンクは話を続ける。

 

〔フォンク〕

「亜人の出自に関してですが、神族や悪魔が、原始の創造神に倣い純粋な人間、つまり人族を作ろうとして生まれた存在だとされています。

特徴としては人族と共通する身体部位を持ち、また人類との意思疎通を可能とする高度な言語能力を保持することが挙げられます。

 

霊長類の中でもこれに当てはまらない、例えばワオキツネザルは人族と同じように直立歩行などを可能としますが、ろくにコミュニケーションが取れないのであれはただの猿であり、下等霊長類と呼ばれ人や亜人とは厳格に区別されます」

 

〔日本人一同〕

「(この世界ワオキツネザルいるんだ……)」

 

しかしどういうチョイスでワオキツネザルなのだろう。一体フォンクとワオキツネザルとの間にどのような関わりがあるのだろうか?

それは本人のみが知るが、語られることは多分ない。

 

〔フォンク〕

「えーさて、ワオキツネザルの話は取り合えず置いておいて、亜人の多くは、災女族(パンドラズ)のような例外はあるものの創造主の趣向を反映して純人族とは異なる容貌、能力を持っております。

 

獣人族は獣の形態を。

エルフ族は優れた魔法技術を。

そしてドリアード族は高い霊的感覚をといった具合にです。

 

なお、現在亜人は大きく分けて7つの種族に分類されます

 

魔力と魔導技術に生まれながらにして恵まれたエルフ。

 

豪胆かつ精微なる肉体と精神を併せ持ったドワーフ。

 

水棲生物の水人。

 

神龍の落とし子たる龍人。

 

霊能に優れたドリアード。

 

そして、悪魔の眷属と恐れられし魔人。

 

この7種族が主流亜人族と呼ばれ、古代から恐れられております。

 

最も、魔人は今ではかつての繁栄を失い細々と生きており、またヴァルキア人のように上記のどれにも当てはまらないものの、魔人よりも栄えているとされる種族もあるため、この定義は今では些か古いものとなってきているようですが……」

 

〔佐笹原〕

「うーむ、この世界には色々な人種があるのですね。

しかし、だとするとこの世界における人の定義とは一体何でしょうか?

一体どのような条件を満たせば、人とみなされるのですか?」

 

〔フォンク〕

「胸を開くと心臓に『人』って書いてあります」

 

フォンクがそう言った瞬間、場が静まった。

 

〔佐笹原〕

「え?」

 

日本人たちの混乱した様子を見たフォンクは、いたずらに成功したことを喜び、微笑んだ。

 

〔フォンク〕

「いや冗談です。心臓に『人』なんて文字が書いてあったらむしろ私が驚いてしまいます。

 

えー人の定義とは、外見的には直立歩行や道具を扱う手があるとか、それに言葉を話す、といったものがあります。

 

内面的には……自我で己を人と定めることと、他社に人であると認識されることでしょうか。

例え健康体で生まれずとも、例え正常に成長できなかったとしても、人を人たらしめる『何か』を求めて己を制御せしめるならば、それは人という存在と呼べるでしょう。

 

逆に、五体満足で生まれようと、流暢な言葉を口にし道具を上手く扱えようと、怪物の道理を突き進むのであればそれは人ではなく『害獣(モンスター)』であると私は考えます。まあ、人が何であるかという話は、私が定義づけるには少し大きすぎる問題ですな」

 

とどのつまり、人とは何かという定義、その認識はアバウトでいいということだ。

お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな。

ゆるふわな少女ファイッ。

 

フォンクの説明を軽く聞き流した古橋は質問を続ける。

 

〔曽我〕

「人と亜人が対等な国が少ないということですが、なぜほかの国では人と亜人が対等ではないのですか?」

 

〔フォンク〕

「主に物量と文明力、あと精神性も含めた種族レベルでの性質の差が原因です。

 

亜人種族が個々の能力を重視し、個性や個々の人格の尊重に重きを置いているのに対し、人族はその弱さゆえに個人の能力や個性よりも全体としての団結を重視し、時に個人の人格を否定することすらも厭いませんでした。しかしそれでも、いやだからこそ人族の社会は個人の亡骸を土台として積み上げて、文明を押し高めることができたのです。

 

人族は亜人族より先行して、原初の創造神に生み出された神々の兄弟であり、亜人はそれを後追いする存在だと『統一宗教』にて教えられていることも差別を後押ししています。

 

『統一宗教』は人族の大半が信仰しており、その影響力は良くも悪くも計り知れません」

 

〔曽我〕

「あの、『統一宗教』とはどのようなものなのでしょうか?」

 

〔フォンク〕

「これは世界各地の人族の土着宗教を混合、調整させたものであり、その成り立ちは今は亡き古代の国家にあるとされております。

 

この世界には高度な文明国が20ほどあるとされておりますが、それらの大半は元をたどると1つの古代帝国にまで起源が遡るとされています」

 

〔曽我〕

「なるほど」

 

〔フォンク〕

「そこは人族が他国に先んじて『神の雷』……今日でいう”火薬”の大量製造に成功したことと、哲学的アプローチによる世界の真理の追及によって、繁栄を極めたといわれております。

 

活発に燃え盛る火山より採取される硫黄と、当時としては比較的緻密な計画に基づいて管理・実行された大規模農業と畜産、奴隷産業によって生じる大量の堆肥から生成される硝石、これによって発達した火薬学は、容易に神秘学・軍事学と結びつきました。

 

―我々は何故優れた武器を生み出すのに至ったのか?……人は同じ創造主(おや)から生まれた神々によって加護(ちょうあい)を受けたに違いないからだ!―

―我々の戦が常に上手くいくのは何故だ?……兄弟たる神々の加護のおかげだ!―

―神々の一族であり血筋に連なる我々人族は、所詮神々や悪魔に作られた『奉仕種族』たる亜人種族よりも優れているのだ!人よ、亜人を飼い慣らせ!―

 

 

……とこのようにして、火薬の運用に基づいた戦術と武道を構築した古の国家は、周辺国との力関係において優位を確立し、また多くの亜人が住む地域であり、強大な兵力を有する東側世界(オリエンタル)との対峙においても、力の均衡を取ることを可能としたのです。

 

……最も、その古代国家は資源の枯渇や自然災害、疫病や戦争、それに権力者間の争いなどによって滅んでしまい、今の分裂した形に収まってしまったのですが。

 

ですが、過去の帝国によって生まれた統一宗教や文化、技術は、過去から現在まで続く【人族優越思想】の物理的な裏付けであり、また同時に原初の創造神と、その血筋たる雷神などの高位神を頂点と頂いた、多神族信仰の台座でもあるのです」

 

〔佐笹原〕

「はあ~、それはまた壮大な話ですな」

 

〔曽我〕

「しかし、だからこそ厄介そうですね」

 

〔フォンク〕

「なお、古代帝国に始まる大きな連携を持つ人族に対し、それと歴史上対立してきた亜人種族ですが、こちらは人族と比べると特定技術に関しては種族全体の平均能力は高いものの、種族的特性による居住地域の限定や、異種族排除的傾向と純血主義、特定技術産業への傾倒によって総合的な技術水準という点では人族国家群に比べると厳しく、特に畜産の規模が人族に比べると限定的になりがちなことが多々あります。

 

そのため火器の安定運用を可能とした人族に年々押されてきており、差別や迫害が加速しております

今のところ全面戦争には至っておりませんが、残念なことにそれは時間の問題でしょう。いずれどこかの国が国家規模で亜人と戦闘を始めることは、現実的な話なのです。

 

それほどまでに、現在人と亜人の関係は劣悪で、そして状況が人族有利に傾きつつあり、我が国としては両社の間を取り持つために種族に関わらず受け入れを行っているのですが、これがなかなかに大変で、人族同士、亜人族同士ですら対立があります。

一応数の上で多数を占める人族はある程度協調路線を辿っていますが、亜人族は種族が違えば嗜好も生活様式も異なるので……」

 

真水と淡水は交わらないということである。

 

なお、フォンク、否この世界人は気づいていないが、人族と亜人種族がこと団結力という点で差が生じてしまった理由は実はもう一つ存在する。

 

後年日本の学術調査によって判明したことであるが、この世界の亜人種族はとある能力で人族と決定的な差があることが判明した。

 

その差のある能力とは【ダンバー数の上限】である。

 

ダンバー数とは、分かりやすく言うと『一人の人間が、自身以外の他者を一体何人まで仲間として認識できるのか』という能力のことだ(こう書くと専門分野から色々と反論を突っ込まれそうだが、今回はそこまで専門的な話はしないのでどうか大目に流してねっ)。

 

発見は西暦1990年代、イギリス人霊長類学者ロビン・ダイバー氏の霊長類の群れにおける行動の観察研究から導き出した暫定の数式が、未開地域の部落・村落の人工調査から得られた実際の集団の数と結果が一致したことによって、人間の平均的な集団は凡そ一つあたり150人程度の人数から成り立ち、それが一つの区切りになっている(実際には集団が晒されている環境や脅威によって100~230程度の揺れ幅がある)とする理論を説明する言葉である。

詳しいことは石の世界でクラフトワークする漫画でも読んで察してくれ。

 

多くの場合、亜人種族は身体の運動能力もさることながら、魔法技術や手芸技術、また武術などにおいて人族とは異なる能力を持つ。

別にすべてが人族よりも優れているわけではなく、例えばエルフであれば魔法技術と武術、ドワーフの場合は手芸技術において、人族よりも優れた能力を発揮する。

 

その秘訣は何か?

 

その理由としては、肉体構造の違い、住む環境による身体や思考の形成も理由ではあるものの、脳の構造についても実は技術と結びついている。

 

エルフの場合、彼らの肉体は魔力を生成・蓄積しやすく形成されているが、いくら魔力を保持していたところで、それを有効に制御する技術がなければ宝の持ち腐れとなるのは誰の目にも明らかである。

 

では果たしてエルフは魔法を行使する技術において人族よりも劣っているのか?

というと、個人の差を踏まえた上においても、種族平均において人族の、それも一般的に一人前と認められる程度の熟練した魔術師よりも高い能力を発揮するとされているのだ。

 

それは、エルフの脳細胞が魔法を制御する際に活発に機能することによってそのような結果を叩き出すためである。

 

しかし、魔法の制御においてエルフの脳細胞は優れた能力を発揮する反面、仲間の認識といった事象に関してはあまり活発に活動することがなかったという。

 

その理由としては、魔法の制御能力と仲間の認識能力の両立が難しいためではないか?と推測づけられた。

 

その学術調査を行ったある脳学者はこう語る。

「別にエルフの共感能力が劣っているわけではない。むしろ彼らの共感能力は高いくらいだといえるだろう。

しかし、それは視野の広さを意味しない。

むしろ特定の、狭い範囲の事柄に視野が集中してしまうせいで、広い範囲の環境というものを認識することが難しいといえるでしょう。

彼らは基本同族同士でのみつるみ、他のコミュニティに対しては時に攻撃的であるといえるほどの排他性を発揮し、また自身の興味を引くことのない事象に関しては、冷酷であるといえるほどに全くの関心を持つことをしない

彼らの中の少なくない数の個体が一生を自身の生まれた森の中で過ごし、外に出ることなく死んでいくという事実が、この調査結果の信頼性を大きく支えている」

 

なお人族であっても、亜人族に比較的性質が近いと診断されるような、生まれつきないし後天的に高い魔法素質を保持する者の場合、ダンバー数の少なさや知覚機能の異常などを抱えている。

 

―天才とは孤独で、孤高の存在なのか?―

 

因みに長々とダンバー数の話しちゃって”ああ今回の話と関係あるくだりなんだな”と思ってる方、すいませんこれ今回の本筋とは何の関わりもない単なる蘊蓄ですw

後々思い出したようにこれの話題が出る可能性がありますが、多分さらっと流されると思います。期待していた方には申し訳なく思いますが。

ところで宇宙の心って結局なんのことだったんだカトル(唐突なメタネタ)。

 

 

閑話休題、フォンクは話を続ける。

 

〔フォンク〕

「我が国は開放政策をとっているため、大陸を目指す様々な種族が訪れます。特に新天地を目指す亜人種などは定着してくれることも多いので、我が国の開拓において非常に助かっております。

なお我が国はさほど有用な希少資源もなく、されども国内の食料はある程度余裕がある状態なので周辺国との大きな対立は今のことろございません。そもそも国内の開発すらもまだ進んでいないのでそんな余裕もありませんがね。

そうそう開発といえば、この辺りも開発予定区域なのですが、余り進む気配がなく、今のところ軍事訓練区域としてしか使っていないのです」

 

〔曽我〕

「大体どの辺りまでが現時点で開発済みの範囲なのでしょうか?」

 

曽我の質問に対し、フォンクは大陸中心北部分を棒の先端で円を描いて示し、答えた。

 

〔フォンク〕

「現在我が国が開発を行った範囲は大陸の北部分が主であり、大陸の4分の1ほどを占める広大な森林地帯は殆ど手付かずとなっております。

その最大の理由は、この土地に纏わるある事情が関係しております」

 

〔曽我〕

「ある事情?」

 

〔フォンク〕

「200年前、我が国がこの広大なる森林地帯を開発すべく足を踏み入れました。しかしその時空から巨大な炎の塊が降ってきて、森の一角を人々ごと焼き払ったのです」

 

古橋たちは、自分たちが今いる場所がそんな曰くつきの場所だと知って、ちょっとした驚きと同時に過去に出た犠牲者たちに憐れみの情を抱いた。

 

〔フォンク〕

「当時の人々は、それをこの土地に人間が入ったことで神が怒り嘆き、天罰を与えたのではないかということで、この地を神聖な地と定め、何者も立ち入りを許されぬ『禁断の地』として放っておくことになったのです。

それから200年ほどは、この土地の開発が話題に上ることはなかったのですが、近年になってあれ以来何もなかったのだから神の天罰など存在しなかったのではないかという話になり、今はどうにか開発できないか苦慮しているところです」

 

〔曽我〕

「この土地はどうなるのでしょうか?」

 

〔フォンク〕

「今更天罰などなかったなどといっても、長い間忌避していた土地ですので、ここに腰を据えたいものが中々に集まりません。よって軍事訓練区域として使い続けることになるでしょう」

 

他の使い道があれば良いのですがねえ……、と言って、フォンクは話を締めた。

 

〔フォンク〕

「話を変えましょう。我が国は温暖な気候ですので、一年を通して農作物がよく育ちます」

 

因みに我が国の特産物はこれです、と言って、フォンクは拳二つ分程度の大きさをした、丸みをおびた木箱を取り出し、蓋を開けて中身を見せた。

そこにあったのは、茶色がかった黒色の四角い物体で、それが沢山詰め込まれていた。

何かの飴玉のようである。

 

〔フォンク〕

「我が国に自生するシダ類の樹液を固めた糖蜜飴です。我が国では開拓民でも手に入れられるほどポピュラーなものですよ。いかがですか?」

 

それを勧められた古橋たちは、一つずつ摘まんで口に葬りこんだ。

 

土のような独特のえぐみがあるが、甘味としての糖度は十分にあった。地球のものでいうと黒糖あたりが近いだろうか?

 

〔古橋〕

「おばあちゃんちのお菓子って感じですねえ」

 

〔フォンク〕

「糖蜜はそれ自体の美味しさに加えて、使い方によっては食べ物の保存期間を延ばすことなどもできるので便利です。

また、発酵させればお酒も造れますので、我が国を訪れた際は是非糖蜜酒をご堪能下さい」

 

今日から毎日、ジャムを焼いてラム酒を呑もうぜ?

 

〔フォンク〕

「さて、次はクドゥム藩王国についてお話しましょう。

この国は我が国の南側にある隣国であり、ドム大陸から海を越えて東に位置する大陸に存在する、獣人国家ヴェルディル王国と同盟関係にあります。

我が国と同じく亜人種族との人材交流が盛んで、ヴェルディル王国からの移住者が多くいます。

政府の組織力が小さく、国内の意識統制を行うことが難しいため、国針は基本日和見主義的ですね。仮にロイメル王国がこの国に軍事同盟を申し出ても断られる可能性が大きいです。まあ正直な話大した戦力がないので同盟を組んでも大きなことはできませんが……」

 

〔古橋〕

「件のアムディス王国とやらが攻めてきた場合は……」

 

〔フォンク〕

「まあ無血開城する可能性が高いですな。ヴェルデル王国が同盟を結んでいるといっても、距離が遠すぎて軍を送ることは難しいですからね。

そもそも同盟自体、軍事的連携ではなく人材と技術の交流、それと国際的孤立を避けることを目的としたものですので……」

 

事実上の国際姉妹都市みたいなもの、なのであろう。

 

〔フォンク〕

「さて、続きましては……」

 

フォンクはいくつかの国を紹介して、古橋たちに大陸の国際情勢について説明した。

フラルカム王国、ラザール共和国など、ロイメル王国周辺の国々についての講釈が行われる。

そして……

 

〔フォンク〕

「さて、次はアムディス王国についてですね。ここは我が国の西側に森林を挟んで存在する『国交のない隣国』です。

この国は長年鎖国体制を取っており、入国者は勿論、脱国者もほとんどいないため謎に包まれております。しかし、近年突如『聖戦』を大儀として掲げて大陸の秩序を犯しはじめました」

 

そのことで現在、当事者のロイメル王国は勿論のこと、異世界での生存を模索しこの大陸とできれば関わりたい日本にも、良くない影響を与えているといえる。

 

〔フォンク〕

「話によりますと、かの国の現在の兵の数は推定20万であり、これは我が国の兵力の4倍強に上ります。

支配国から奴隷兵を追加すれば、更に数万は増えるでしょう。

さて、この国の特徴は独自の国教『ベルム教』にあります。これも詳細は不明ですが他民族を悪魔の同類と見做して拒絶するほどの過激な教えのようです」

 

古橋たちはふうむと息を漏らす。

何を持ってそんな過激な思想がぶち上げられたのかは正直分からないが、とにかくうさん臭さに満ち満ちている。そしてそんな過激な思想を掲げる集団が、一定の力を保持していることは、その文明の発展具合を別としても、軽視することはできないだろう。

 

今後どのような対策を取るにしても、最終的には衝突が起こり得る。

 

〔古橋〕

「因みにこの国との戦いに敗れた国は、今どのような状況なので?」

 

〔フォンク〕

「えー奇妙なことに、アムディス王国は打ち負かした国の支配はそこそこに、医療従事者の連行を行っているようです」

 

〔古橋〕

「医療従事者の連行?」

 

〔曽我〕

「それはまた、どうしてでしょうか?」

 

古橋たちは、意外な情報に疑問を抱いた。

 

〔フォンク〕

「アムディス王国では伝染病でも蔓延しているのでしょうかねえ?」

 

よく分からないが、重要な情報の可能性もあると古橋は頭の中に刻んだ。

 

〔曽我〕

「気になりますねえ」

 

曽我もまた、この情報に何か裏を感じているようである。

 

〔フォンク〕

「まあ、ここで考えたところでどうにかなるわけでもないでしょうし、話を戻しますね。

 

アムディス王国の強さの秘訣は無論大陸内の国家でも有数の大軍がまず一番の理由なのですが、実際のところ、この国の強さは表面上の兵数の多さだけではないようですね。

 

他国から流れてきた情報によりますと、アムディス王国の軍団が会戦や都市攻略を開始するのと同時に重鎮の暗殺やスキャンダルの暴露、それに都市内部での大規模火災や水源汚染などの騒乱が起こったそうです。

 

おそらく事前に侵入させた工作員を使って攪乱を行っているのでしょう。我が国も早急に対策を行うべきですが、どれだけ予防できるか。

 

それに、工作員を抑え込めたところで圧倒的な兵力の差はなんとも覆せないところですし、とどのつまり我が国の戦局は戦う前から不利であり、貴国は我が国との交流を熟慮せねばならないということですね。

 

以上で大陸の国際情勢についての説明は終わりです。ご清聴ありがとうございます」

 

フォンクは、日本と大陸との交流について、言葉を選んだうえで遠回しに『やめとけ』と言った。いいところ親切心といったところであろう。

 

アムディス王国について話すときのフォンクの言葉は諦観に満ち、その言葉は抑揚が平坦であった。

亡国の危機というどうしようもない現実を前にして、かえって冷静になっているということであろうか?

 

〔古橋〕

「部外者が差し出がましい質問をするようですが、貴国はそのアムディス王国と対峙するつもりですか?」

 

古橋の問いにフォンクはふうむと唸ってから答えを返した。

 

〔フォンク〕

「国王陛下がどのような決断を下すのかはまだ分かりませんが、戦闘を命じられればそれに従うまでです。

そのためにこれまで国から養って頂いたわけですから、従うのが筋というものでしょう」

 

軍隊などというものはろくでなしそのものである。

普段何を生産するでもなく訓練に明け暮れ、偶に人助けなどを行うものの、いざ戦争が始まれば敵を殺すか、味方を守るためと称して敵を殺すかのどちらかしか道がない。

それで勇猛果敢に戦って戦果を上げれば適当に英雄だのと持ち上げられるが、結果が伴わなければ味方どころか後世の歴史家如きにすらもこき下ろされ、名誉をぼろ糞に乏しめられるのだ。

そんな全く以て労力に見合わない仕事をはした金を元手にこなす、詐欺師同然の軽薄集団だと言われればそれはそのとおりである。

 

そんな異世界人の屑に自分と同じものを見出した古橋は感銘を感じ、少しばかり友情というものを抱いた。

そして同時に、未来に待つかもしれない悲劇を想像して、憐れんだ。

 

〔古橋〕

「そうですか。お答えいただきありがとうございます」

 

〔フォンク〕

「では、次は大陸の外についてお話を……」

 

 

  *   *   *

 

 

〔古橋〕

「魔法とはどういったものなのでしょうか?」

 

国際情勢に関してフォンクからあらかた話を聞いた後、古橋たちは魔法に関して話を聞きだしていた。

 

この世界に魔法と呼ばれるものが存在することは、少しだけフォンク達の話によって教えられたが、実際のところどのようなものが存在するのか、またどういった仕組みで動くのかなど、そういった具体的な話に関しては余り聞けていなかった。

 

古橋たちによる基本的な事柄に関する質問に、フォンクは特に嫌がる様子もなく素直に解説を開始する。

 

〔フォンク〕

「魔法とは生物の願い、祈りを魔力を用いて現実化する技術の事で、特に魔術師が行使するものです。

 

魔法は、それを発動させるために強い精神力と、魔力に耐えるための肉体が求められます。

 

強い精神力が無ければ魔力に指向性を持たせることはできず、また肉体の強度が十分でなければ、魔法の反動によって使用者自信を傷ついてしまいます。

 

人族の場合、魔術師の素質を生まれつき保有するものは少なく、後天的な肉体の改質や鍛錬によってこれを身に着けることが多数です。

 

獣の類であっても高度な魔法技術の獲得には成長や親の教育が欠かせませんが」

 

まず語られたのは魔法の概論。魔法とはどのようなものであり、それを起こすために必要な物事や道具を、どのように扱うことで魔法という事象が発生するか、といったことである。

フォンクのいうように、魔法とはまず生物の願い、祈りを実現するために必要な技術であり、魔力とはそのために必要なエネルギーである。

魔力が用いられて動くからこその魔法であり、またそのためには、魔力を管理するに足る強い意志や肉体が必要で、つまりはそこに地球で発達した科学との違いが存在するわけである。

それを理解し踏まえた上で、曽我が質問を行う。

 

〔曽我〕

「どういったことができますか?」

 

曽我はフォンクに具体例の提示を求め、求められたフォンクは分かり易い例を挙げた。

 

〔フォンク〕

「色々です。火を灯すこともできれば、物質を潤したり、風を起こしたり、硬化させるなど、魔法はありとあらゆる分野に応用されています。

これによって人々は豊かに暮らすことができ、また害獣のや災害などの脅威から安全に守られています。

最も、その使い方次第で人々を苦しめることも、害獣や災害を生み出すことも出来てしまいますが……

ところで、そちらの科学技術では、どのようなことが可能でしょうか?」

 

古橋や曽我たちが魔法に疑問を抱いているのと同じように、フォンクもまた地球の科学というものに興味を抱いていた。

曽我が彼の質問に答えを返す。

 

〔曽我〕

「我々の科学もこちらの魔法と同じく、火を灯すこともできれば、物質を潤したり、風を起こしたり、硬化させるなどは可能で、また使い方次第で良い結果も悪い結果も引き起こせてしまいます。

 

現在の科学技術では、熱や電気が主要なエネルギー源ですね。これらは燃料や発電装置によって発生します。例えばこのような情報端末は、内部に蓄えた電気によって内部の機構を全て作動させていますし、P-3Cはエンジン内部で燃料を燃やし、それを電気に変えて様々な機能を使います」

 

曽我は、自身の持つ情報端末―リアリイン・ツールーを起動させ、フォンクに見せた。

曽我の説明は、科学の総轄論としては半ば大雑把ではあったものの、道具という科学の精神を体現する実物を前にすれば、細かい道理や説明などは、科学というものを理解する上での大きな問題にはなりえないであろう。

現に、曽我の持つリアリイン・ツールを観察するフォンクの表情は、科学というものの実態はともかくとして、それの持つ可能性については非常に興味深いものであると理解したようで、楽しそうに微笑を浮かべていた。

 

 

〔フォンク〕

「なるほど。まあ、我々の文明力では恐らく理解はできませんが、興味深いものだということは分かりました。では魔法の話に戻りましょう。

魔法の場合は物質に蓄えられた魔力を制御することによって、様々な現象を生み出しますが、その為には必要となる現象に対応した魔力が必要で、火を起こすならば火、水なら水と分かれています。そのため種族や地域、また個人ごとに得意分野がそれぞれ異なってしまうのです。因みに私は火と風の魔法が得意で、畜獣の操舵や魔伝の操作が得意です」

 

〔佐笹原〕

「魔伝とは一体何でしょうか?聞いた感じ連絡手段のようですが……」

 

〔フォンク〕

「魔伝とは魔法伝令通信、魔波を使うため魔波伝令とも呼びますが、火と風の魔力を含んだ物質同士を共鳴させることによって通信を成り立たせる技術のことです。

火の魔力は雷を生じさせ、その生じた雷は風の魔力の生み出す流れに乗って天地を伝っていくため、魔伝に要するのです」

 

フォンクによる魔伝の説明に、古橋が思い当たるふしがあるように唸った。

 

〔古橋〕

「ふむ……実は気になることがあったのですが、我々があなた方と遭遇した時、こちらの電波探知装置に反応があったのですが、もしかするとあなた方の魔伝というものを探知したのかもしれません。

念のため確認させていただきたいのですが」

 

〔フォンク〕

「というと?」

 

〔古橋〕

「あなた方に一度魔伝というものを使っていただき、それにこちらでどの程度干渉できるのかを試してみたいのです」

 

〔フォンク〕

「なるほど、そういうことでしたら協力いたしましょう」

 

そういう訳で、一行は早速魔伝について実験調査を行うこととなった。

 

実験の内容はこうである。

まず基地の魔伝と翼龍に積んだ魔伝同士で交信を行う。

次にその魔伝の通信波を、P-3Cの電波探知機を使って受信する。

最後は、通信機から魔伝に対して送信ができるのかを試す。

 

今回の実験では、クック団長率いる第8翼龍騎士団が協力してくれることとなった。

障害物になるべく通信波を遮断されないように龍舎から開けた滑走路に出た翼龍と、基地に備え付けられた魔伝との間で、通信が開始される。

すると早速、P-3Cの電波探知機に反応が出始めた。計器のモニターにも様々な波長や数値が表示され、またヘッドフォンが人の声を出力し始める。

 

〔Pー3C通信兵〕

「通信波を探知。微弱ですが、一定の規則性を見出すことができます。通信の内容も拾うことが可能な模様……”テストテスト、本日は晴天なり、繰り返す、本日は晴天なり、月が奇麗ですねテストテスト……”」

 

どうやら、魔伝の通信波が電波のようなものであることは立証されたようだ。

なお、異世界でもマイクテストの掛け声は日本とさほど変わらない様子だ。テストテストって……(因みに異世界では月が奇麗ですねという言葉に特別な意味はない。そのまま月の状態を表す言い回しである)。

次いで、今度はP-3C側から魔伝の方に干渉を試みる。

探知した魔波を元に通信波を作成したP-3Cは、基地と翼龍の魔伝に送信を試みる。

 

〔基地通信兵〕

「魔鉱石内部の火の魔力が活性中。凄い反応です。しかし、風の魔力が不活性なため音を出力できません」

 

魔伝用の魔鉱石はP-3Cからの通信電波を受け取ることには成功したものの、それを音声として出力することはできなかった。

実験に立ち会ったクックが、自身の携帯魔伝にて実験に参加中の部下に話を伺う。

 

〔クック〕

「翼龍の方はどうか?」

 

〔翼龍の通信兵〕

「魔鉱石内部の火の魔力は活性化していますが、風の魔力がうんともしません。これじゃあ向こうの通信音声を拾うのは無理ですね」

 

どうやら、魔波を電波アンテナで拾うことは可能であるが、逆に魔鉱石で電波を拾った場合、魔力の反応が限定的で上手く受信できないようである。

 

〔フォンク〕

「そちらの通信はどのような仕組みになっているのでしょうか?」

 

〔古橋〕

「電波通信は、音声や画像をの振動や光を電気信号に変換し、更に空間を伝わる電気の波に変換して、それを受信機側で受け取った後再度電気信号にして、電気で音や光を発生させる機器を使って音や光を出しています」

 

〔クック〕

「つまり、魔鉱石とは違うわけだな」

 

さて、ここで魔伝について少し『メタ』な説明をしよう。

魔伝では、魔力を持った音、魔音が魔鉱石の結晶構造に振動を起こした際に発生する共鳴振動波及び魔電熱が、風と火の魔力の波に変化して空間を伝わり、他の魔鉱石の共鳴反応を誘発する。

云わば『超音波を使った電話を、電波のエネルギーで駆動する』とか『電波がそのままスピーカーを駆動する電力となり、超音波を増幅し通常音波に変える』とでも形容すべき原理が用いられているらしい(ただ、魔波が空間を伝わる速度は音波よりも高速で、周波数や波長の維持力も高い)。

 

云わば電気を帯びた音波のようなものが魔伝の通信波の正体なのであるが、そうであるがゆえに電波だけを拾えばよい地球の電波探知機が魔伝の通信波を傍受できたのに対し、音波と電波双方を拾わねばならない魔伝は地球の電波のみからなる通信波を傍受することができないのである。

 

〔古橋〕

「しかしそうなると、そちらからこちらに通信を行うのに問題はないのですが、こちらからそちらに対し連絡を取る際に、不便になりますな。やはりこちらと連絡を取り合える通信機材を早めに用意しなければ」

 

古橋は昨日、日本本土の鹿屋航空基地に、P-3Cや八咫烏の補給用燃料のほかに、日本側とロイメル側が互いに連絡を取り合えるように通信機材の用意も要求していた。

恐らくそれらは急いで用意されているだろうと思うが、それでも本日中に届くことはないだろうと思われ、古橋たちはもうしばらくこの場所で異世界人との交流と、得た情報を日本本土に知らせる役割を担うことになる。

 

〔フォンク〕

「我々としても、いつまでもあなた方をここに滞在させたままでは、正式なもてなしなども出来ないので、早めに公式な交流をしたいところです」

 

先ほどフォンクは、日本がロイメル王国と関わることは日本のためにならないからやめた方がよいと遠回しに言ったが、それはそれ、やはり国同士の正式なやり取りで、ちゃんと相手をもてなした方がよいという考え自体はあるようだ。

 

〔フォンク〕

「さて話は変わりますが、今日の会合はこのあたりでお開きにして、続きはまた明日に、ということにしませんか?

昨日はあなた方との遭遇でこちらは色々と急な仕事が舞い込んで慌ただしくなってしまいましたし、あなた方も一旦体と心を落ち着けて、健康的な生活サイクルに切り替える必要があるのではないでしょうか?

この基地を預かる身としては、部下や客人の健康管理には気を付けたいところなのですが」

 

古橋たちはフォンクの指摘を受けて意識したが、確かに気が付けば時刻は夜の9時に迫っており、確かに夜更かしをしない健康的な生活サイクルを実現するためには、そろそろ就寝の準備に取り掛かったほうがよさそうである。

 

〔古橋〕

「確かに、一旦昨日からの徹夜生活サイクルをリセットして、早朝起床に切り替えるべきですね。

ええ、今日はこのあたりで解散して、続きはまた明日にしましょう。

曽我さんもそれで宜しいでしょうか?」

 

〔曽我〕

「そうですね、そうしましょう」

 

そしてその日の会合はそこで終了し、古橋たちと曽我は明日に備えて早めの就寝を行うことになった。

彼らの居る宿舎の真上には、輝く星々と月が君臨していた。

夜空に浮かぶ輝きの月が、彼らの平穏な眠りを守る守り神となるかは、未だ未定である。だがしかし、それでも月の光は今日もこの世界を優しく照らし、迷える魂たちを鎮める役割を果たそうとしていた。

 

突然の出会いに困惑しながらも、寄り添い合わんとする魂。

月は果たして、彼らを最良の方向へ導いてくれるのだろうか。

 

 

次回につづく

 

 

  *   *   *

 

 

【次回】

穏やかな交流によってお互いの事を認識していく日本人とロイメル人。その関係は良好なものになりそうであり、将来に期待が持てそうだ。

一方、危険な武装勢力であると目されるアムディス王国との接触を目論んでドム大陸西側に向かった理恵は、そこで異世界の現実を目の当たりにする。

事件が日本にもたらすものとは?そして明かされる事実に、世界は揺れ動く。

 

次回 第8話『月詠月夜(ファーストコンタクト) ~憧憬は真実から遠い羽化登仙《ライアニズム》~ ⑤』 お楽しみに!




以上、第7話でした。
ダラダラグダグダ書いてたら前回の投下から半年も間が空いてしまいました。
続きを期待していた方、絶望させて申し訳ない!><
しかも久々に更新してなんですが、なんと次の投下もしばらく間が空いてしまうんだぜ!もはや白けるだろう?私もそう思う。だがこれが現実だ(迫真)。
書くのに時間かけすぎて、話がブレブレになったのは超反省点になる説。

では久々の設定公開だ☆ これをやるために態々かったるい本編なんかを書いているといっても過言ではないんだぜヘヘッ

……

うわーんパパッと文章を書きたーい!書けない気分に憂鬱すぎておっパブに入り浸りそうな今日この頃(行ったことないけど)。

※話を当初公開していたものから、少し出来事の時系列などを変更いたしました。
古橋たちの会合が後ろに回って、鹿屋基地の下りが先に変わりました。
前回古橋たちとフォンクたちの会合は夜に行うって言ったのに、うっかり一夜明かしてしまいましたよ……
半年もかけてダラダラ書くから時系列がすっぽ抜けるのだ、反省。

※情報部の設定変えました。どこの所属かわからんふわっとしたものから空軍所属機関になります。

↓今回出た設定
・空軍情報部
ロイメル王国空軍はその規模こそ小さいものの自前の情報機関を保持しており、国内外で集められた様々な情報が最終的にここで解析を受ける。

現在の主な任務は対アムディス王国の諜報・監視・偵察であり、陸軍情報部や海軍の情報部、それに外務局の諜報機関などと足並みを揃えながら、自国の安全保障に関わる情報を整理して王政府に提出している。

本部は首都ロクサーヌ内にある館施設。警備はこの国だと厳重なほう、だと思われる。

・亜人
亜人とは、人間を模倣した模造生物であり、高等霊長類に属する。

神族や悪魔が、原始の創造神に倣い人間を作ろうとして生まれた存在だとされている。
特徴としては人族と共通する身体部位を持ち、また人類との意思疎通を可能とする高度な言語能力を保持することが挙げられる。

霊長類の中でもこれに当てはまらない単なる猿などは、下等霊長類と呼ばれ人や亜人とは厳格に区別される。具体的には動物として扱われる。残当。

亜人の多くは、災女族(パンドラズ)のような例外はあるものの創造主の趣向を反映して純人族とは異なる容貌、能力を持っている。

獣人族は獣の形態を。
エルフ族は優れた魔法技術を。
そしてドリアード族は高い霊的感覚をといった具合に。

現在亜人は大きく分けて7つの種族に分類される。

■魔力と魔導技術に生まれながらにして恵まれたエルフ。

■豪胆かつ精微なる肉体と精神を併せ持ったドワーフ。

■水棲生物の水人。

■神龍の落とし子たる龍人。

■霊能に優れたドリアード。

■悪魔の眷属と恐れられし魔人。

この7種族が主流亜人族と呼ばれ、古代から恐れられているが、魔人は今ではかつての繁栄を失い少数が細々と生きており、またヴァルキア人(というかルタロスタ人)のように上記のどれにも当てはまらないものの、現状の魔人よりも栄えているとされる種族もあるため、この定義は今では些か古いものとなってきているようだ。
近年は人族に対し劣勢にあるようで、物量や文明の発展具合なども併せて対抗は難しい様子。
だが彼ら自身が変わろうとしない限り、その力関係は未来永劫続くだろう。そしていずれ恐竜のように滅びる。それがさだめ。

・ダンバー数
分かりやすく言うと『一人の人間が、自身以外の他者を一体何人まで仲間として認識できるのか』という能力のこと(こう書くと専門分野から色々と反論を突っ込まれそうだが、取り合えず本作ではそういう『設定』のものとして、現実との乖離については考慮しないこととする)。

発見は西暦1990年代、イギリス人霊長類学者ロビン・ダイバー氏の霊長類の群れにおける行動の観察研究から導き出した暫定の数式が、未開地域の部落・村落の人工調査から得られた実際の集団の数と結果が一致したことによって、人間の平均的な集団は凡そ一つあたり150人程度の人数から成り立ち、それが一つの区切りになっている(実際には集団が晒されている環境や脅威によって100~230程度の揺れ幅がある)とする理論を説明する言葉である。
この世界において、人族と亜人との間における差異として、このダンバー数の違いも存在し、亜人はダンバー数が人に比べて少ない(=団結力において劣る)ため、生来的に一見人族に対し能力で優勢にあるように見える亜人は、人族との戦いおいては物量の差、連携の差で追い詰められる。
物量の差をひっくり返すためには、圧倒的な質の差が必要であるが、残念なことに亜人と人族との間にある差は決して大きくはない。
亜人は人より強いが、それだけだ。決して個人で津波や雪崩を押し返すほどに強くはなく、海に飲まれれば泡のように消え去るのみ。非情だが、それが現実。

・古代の帝国
過去に存在した人族の帝国。
知識人による哲学的アプローチからの世界真理の追及(魔導科学の基礎理論解明や社会組織の役割と働きの追及、個々人の行動心理などの解剖など)を行うだけの生活的余裕や、火薬を製造する程度の技術力があったものの、資源の枯渇や自然災害、疫病や戦争、それに権力者間の争いなどによって滅んでしまい、その後分裂した国土が現在の高度文明圏の元となっている。
その影響力はかつての領土は無論のこと、ドム大陸のような僻地にまで及んでおり、この時代に築き上げられた文化体系の根の深さは深く、広い。

・統一宗教
世界各地の人族の土着宗教を混合、調整させたものであり、その成り立ちは今は亡き古代の国家にあるとされている。

様々な神々や怪物、悪魔、そして英雄たちの織り成す壮大な歴史浪漫的叙事詩をベースに、個人や社会への訓示や教義が教えられている。

古来より人族は他種族と争ってきたため、人族の心の拠り所となる人族優位及び亜人への敵意を煽るような思想が目立つ。

こんなのでも、なかったら世界の大半の人族なんぞ原始共産制の蛮族一直線になりかねない程度には文明的だったりする、のかもしれないし、そんなことはないのかもしれない。結局のところよく考えてないもといわからない。

人族の言語や文字はある程度共通しているが、その理由としては統一宗教関連の、『神秘暗号』処理を施されてこの世界の自動翻訳機構の対象外となった聖句を聞き取ったり、書物を読むため、というものが大きく、魔法関連の技術の発展度合いは亜人族とは別の方向を向きながらも高度である。故に人族と亜人種族の対立は現実的に起こる。

・糖蜜(飴)
ロイメル王国に自生するシダ類の樹液を固めた、茶色がかった黒色の四角い物体。
。ロイメル王国の特産物で、現地では開拓民でも手に入れられるほどポピュラーなもの。
土のような独特のえぐみがあるが、甘味としての糖度は十分。地球のものでいうと黒糖あたりが近いだろうか?

糖蜜はそれ自体の美味しさに加えて、使い方によっては食べ物の保存期間を延ばすことなどもできるので便利。ジャム。
また、発酵させればお酒も造れるようだ。味はラム酒に近いそう。
今日から毎日、ジャムを焼いてラム酒を呑もうぜ?

・魔伝
魔伝では、魔力を持った音、魔音が魔鉱石の結晶構造に振動を起こした際に発生する共鳴振動波及び魔電熱が、風と火の魔力の波に変化して空間を伝わり、他の魔鉱石の共鳴反応を誘発する。
云わば『超音波を使った糸電話』、『電源がそのままスピーカーにもなる』とでも呼ぶべき原理が用いられているらしい(ただ、魔波が空間を伝わる速度は音波よりも高速で、周波数や波長の維持力も高い)。

云わば電気を帯びた音波のようなものが魔伝の通信波の正体なのであるが、そうであるがゆえに電波だけを拾えばよい地球の電波探知機が魔伝の通信波を傍受できたのに対し、風の魔力と火の魔力(正確には火の魔力から生じた電波)双方を拾わねばならない魔伝は地球の電波のみからなる通信波を傍受することができない。

・ワオキツネザル
霊長目キツネザル科に属する霊長類(サル)。ワオキツネザル目に属する唯一の霊長類(サル)。
地球におけるアフリカ大陸の、マダガスカル南部に生息する固有種であり、体長は約38m半~45cm半ほど。灰色の背面に、明色で先端の白い四肢や胴、それに尻尾に走る白と黒の輪っか状の斑紋が特徴的で、特に尻尾の斑紋はこの生物の和名である「輪尾狐猿」の由来となった部分である(尻尾白黒狐猿じゃあいかんかったのか?)。

だがしかし、この生物の最大の特徴は尻尾が白黒だとか、実はメスの股間にアレがついているだとか、そんなものではなく、二足で直立した上で行う「横跳び移動」であろう。
作者が昔ど〇ぶつ奇想天外!で見たこいつらの生態といえば、大地の上を集団でホーホー言いながらジャンプしまくるヤバい光景であった。ぶっちゃけ騒がしくて愉快すぎる件。

地球だとマダガスカルにしか生息していないが、異世界だとどうなんだろう?まあ、多分今後出ることはない筈。予定がない。


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番外編:月詠月夜・裏面① ~日本SIDE編~

※今回の話は2021年7月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品は基本ギャグ時空となっております。キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください。
本作には独自設定が登場する場合がございますが、公式ではない点をご留意ください。
※2022年2月7日、本文内容を修正いたしました。以前投稿時とは少し変わってます。


※今回のお話は月詠月夜の裏場面編です。③④で古橋たちがドム大陸にいる間に日本で起こっていたことを掲載いたします。

 

 

  *   *   *

 

 

―前回のあらすじ―

禁断の地にて異世界人との接触を果たした、鹿屋航空基地第1航空群第1航空隊の面々は、元居た地球と新世界との相違点に関して、ここに古から住まい続けてきた現地の先人たち、その彼らが遥かに遡る先祖の代より長きに渡って懸命に蓄積してきた、経験からくる知識と推察により多くのことを知り、この世界に自分たちの地歩を築き上げる機会を手にした。

それは、異世界転移による未曽有の混迷という事態からの脱却、その救済の道に繋がる可能性のある機会である。

 

そして今回の話は、そんな一縷の望みに望みをかけた者たちによる、決して表に出ることのないであろう、隠された影部分の物語である。

 

 

【番外編 月詠月夜裏面① 日本SIDE編】

 

 

【海上にある小島群】

海上にポツンと浮かぶ岩の窪みで、数十羽もの鳥が羽を休めている。

窪みの外では、空に浮かぶ灰色の雲から降り注ぐ多量の雨が猛威を振るっており、飛び出せば鳥たちの体は低体温症に見舞われるだろう。鳥たちは身を縮ませ、体温の維持に努めていた。

 

その岩の小島から離れた場所にあるまた別の小島では、鳥ではなく蝙蝠が先ほどの鳥たちと同じように岩の窪みの中に身を隠し、雨が上がるのを暗闇の中から窺っていた。

 

雨に打たれる海面の下では、頭上の喧騒など何吹く風といった具合で遊泳する魚群が、自らより小さいプランクトンなどを捕食したり、また自身がより大きな海洋生物に捕食されたりしていた。

 

鳥、蝙蝠、魚。生き物の種類は様々で、どれも特徴が異なるが、だがしかし共通してどの生き物もその瞳はぎらつき、自らの生存の為に原始の炎を灯していた。

生存競争の渦中にあるもの皆が持つ、その熱を。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本国 東京都 首相官邸 首相の部屋】

 

日本国総理大臣広瀬勝首相は、昼食後の休憩時間において、束の間の仮眠を取っていた。

 

安寧を貪って、彼は静かに思索する。胃に食べ物を入れ、血糖値が変化をすると急速な睡魔に見舞われるのは人間の生まれ持った肉体的な性であるが、年齢を積み重ねて、余り無理のある体と脳の使い方が出来なくなってからは、このような生理的欲求には若い時分の頃と比べて我慢が足りなくなり、誘惑につい屈してしまいがちになったと。そして、高い地位についたおかげで時間の使い方に余裕が出来たのが、せめてもの救いであるだろうか、とも。

 

思えば遠くに来たものだ。昔の自分は、別に今の自分のような総理大臣を目指していた訳ではなかったと思う。否、正確には目指していたからこそ今の総理大臣としての自分があるのだが、当時はそんなことよりも先ずは自分の欲求に正直になることを第一に考えていて、それを実現するために我武者羅になっているうちに何時の間にか総理大臣などになっていた、というのが恐らく正確な経緯である筈で、だがしかし、今こうして政界のトップに立ってそれで万事満足しているかというと、それは違うと思う。むしろ総理大臣になってもなお、それは人生の通過点に過ぎないとして次の目的に万進することを望んでいる自分がいる。きっとそれが広瀬勝という人間の在り様なのだろう……と、広瀬は自身という存在を見極め、理解しようと問答した。それはきっと気の緩みであり、退屈潰しという趣の事象であるのだろう。

 

彼は続けて考える。だがそれにしても、先ほど食した鯖の味噌煮の実に美味なこと。鯖の旬である秋季から冬季にかけての時期からは外れているものの、それでも脂の乗った鯖の身に、濃厚な味噌がしっかりとしみ込んだ上質な鯖の味噌煮は、臭み除けの生姜や長葱、それに食用酒の効能も相まって、ふっくらとジューシーな食感に仕上がっていた。それを口に含んだ時に広がるのは、海と陸地の見事なハーモニー(調和)である。鯖の身を歯で噛みしめると、魚肉はその度にほろりと解れて、鯖という魚が持つ海の辛さと苦さと甘さなどが、味噌や生姜、長葱など陸の食材の持つ辛さや甘さなどの土の風味と複雑に絡み合い始める。そうやって口の中で食材が踊っているところに、次は酒の醸し出す旨味がやってきて、全ての味を存分に引き立てるのだ。

たかが鯖の味噌煮であり、されど鯖の味噌煮に過ぎないのであるが、美味いものは誰が何と言おうが美味い。それは宇宙の真理なのである。

 

その美味い料理であるが、それは其処ら辺に自然に実っていたものを、あるからただ取ってきた、などというものでは無論断じて違う。美味い料理を作るために、料理人が手間暇かけて調理したからこそ、美味い料理が出来上がるのだ。

 

それを踏まえた上で広瀬は、やはり権力にものを言わせて、吉田茂以来数十年ぶりに『官邸料理人』を復活させてよかった、と思った。ただ美味いものを食いたいという、俗人的な、あまりに俗人的なる私欲を満たしたいという、ただそれだけの理由で彼は、官邸料理の本場フランスに留学修行に行った経験のある超一流の調理スキルを持つ人材を、日本政府の持つ権限を存分に駆使して官邸料理人として雇い入れたのである。そしてそのシェフは、見事なまでに自身に与えられた役割を果たしているといえた。その人物の料理を、広瀬首相はあえて稚拙なまでの語彙力で表現する。そう、それは正に『セ・トレボン(まいう~)』なのだ……そうやって広瀬は自身のあげた功績を、人知れず密かに自画自賛した。

 

さて、しかし夜通しの緊急会議は大変だったと、広瀬は先ほどのことを思い出して、自分なりの見方で事態を振り返っていた。

 

 

  *   *   *

 

 

自衛隊が異世界の大地と文明的な住民を発見したという報告は、すぐさま官邸、というより各大臣の元に上げられた。

とはいえ、その時点ではまだ情報の詳細は不明であり、政府としては即時に何らかの行動をとるということはなく、一先ず様子見してみるという判断を下さざるを得なかった。

 

そんな政府を横目に、自衛隊はより精密な情報を得るために、政府の作成要綱を参考にしながらも独自の判断ですぐさま精密調査隊を用意して、先行の部隊が発見したという未知の地へと調査隊を突入させた。そして、日を跨ぐ前後の時間帯になって再度異世界人を発見し、それからは彼らの動きを追跡した。そして彼らが活動の拠点としているであろう場所へとたどり着いたのが、追跡開始から更に数時間経過してのことであり、その時には既に日を跨いでいた。

 

それはある意味で迂闊な行動であり、だが結果論的には懸命な判断になるかもしれない。調査隊の派遣はともかく、現地人との接触を急ぎすぎたのは時期尚早と言えて、万が一の事態を考慮するのならば、もう少し時間をかけて観察を重ねてから、安全性を確認した上で接触を果たすことのほうが良かったのかもしれない。しかしそれを踏まえた上で、とんとん拍子に事態を進歩させていったことによって、国の抱えた問題―資源や食料、それに土地問題など―を多少早めに解決できるかもしれない機会を得たのだ。

 

これが吉と出るか、それとも凶と出るのかは、今後の行動次第であろう。ある意味では政治家の腕の見せ所かもしれないと、広瀬首相は状況を俯瞰して、そのシュールさに笑気を込み上げさせた。それは或いは、ただ単に正気ではなくなったということでしかないのかもしれない。

 

そうして広瀬が多少気を触れさせながらも、緊急の秘密閣僚会議に出席したのが日を跨いだ深夜の時間であった。急な招集も相まって、会議室内には今回招集された大臣及びその補佐官たちの睡魔と倦怠感、それにいら立ちを抱えた空気が満ちていた(一応、深夜に会議を開く旨を前もって告示し、食事と短時間睡眠を各々に取らせてはいる)。

 

周囲のそんな様子を横目に見ながら、自身もまた倦怠感を抱えていた広瀬はしかし、職務と地位役職に対する義務と責任感から、会議の開始を宣言することとした。

彼は席から立ち上がり、気と表情、それと姿勢を正す分の筋肉を引き締めて言葉を発する。

 

「各大臣及び補佐官の諸君。今日は急な会議の招集に参加して頂き、誠にありがたく思う。ではこれより、自衛隊の国外調査による新国外勢力の発見及び接触に関する事態進展度の説明会議を開催致する……と、取り合えずかたっ苦しい敬語はこれぐらいにして、皆本音で話し合おうか。今回は全会オフレコで行く」

 

半ば形式だった会式演説は、凡そ政界の慣習に基づくものであり、広瀬も役人の歴史を背負う立場から従ったが、それはそれ、直ぐに何時ものリラックスした状態に戻って、その場の空気を和ませた。

 

〔広瀬〕

「ではまずこれまでの調査結果と、それから今までに至る事態の流れについて、久瀬、説明を頼む」

 

広瀬の支持を受けた久瀬防衛大臣は、はっ、と了承の言葉を発して、事態の説明を開始した。

 

昨日の夕方、緊急特例に基づく国外広域調査任務を行っていた海上自衛隊鹿屋航空基地所属の第1航空群第1航空隊は、日本の南東約1200kmの地点において、データーベースにない大型飛行物体の反応を航空機のセンサーにて補足。その反応を頼りに、接近追跡を試みた第1航空隊は、その飛行物体の周囲に大規模な大地を発見。

そして飛行物体の正体を、航空機搭載の光学カメラで補足できる距離で確認したところ、飛行物体の正体である未確認生物と、その背部に騎乗した文明的な人類を発見するに至る。

未知の勢力を発見した第1航空隊の面々は、航空機のセンサーを駆使して相手の様子を確認したのち、航空機の燃料不足及び隊員の休養のために、一旦調査を中断して鹿屋航空基地へと帰還する。

 

その後、帰還した調査部隊と交代するものとして、短時間で第2次調査隊を発足・出動させた鹿屋航空基地は、数時間後に再度の現地勢力発見の報告を第2次調査隊より受報、更なる調査のために現地勢力を追跡し、そして先ほど現地勢力の拠点と思しき施設に到着した模様である……

 

現在の状況について整理した情報を、プロジェクターなどを交えて説明した久瀬は、あらかじめ用意していた資料を机上に置いて、周囲を見渡しながら最後にこう述べた。

 

〔防衛大臣 久瀬〕

「以上で、現状の説明に一度区切りをつけさせて頂きます。これまでの説明で、質問のある者はいらっしゃいますか?」

 

久瀬の発言に、真っ先に挙手して質問を投げかけたのは、官房長官の小清水であった。

 

〔小清水〕

「久瀬、質問があるんだが。

今回の自衛隊の調査において、外部から政府に関わりのない民間人を参加させたという説明があったが、それは一体どのような経緯を経てのことであるのか、説明頂きたいな」

 

小清水の発言に、他の大臣もざわつき始める。

 

〔経済産業大臣 渋川〕

「たしかに、自衛隊の調査隊に民間人が関わっていたとは……一体どういうことなんだろうか?」

 

〔厚生労働大臣 田嶋〕

「それって法的に大丈夫なのですかねえ?」

 

大臣たちのざわつきをよそに、久瀬は答弁を開始する。

 

〔久瀬〕

「それが、その部隊を統括する基地の指揮官に事態のあらましを問いただしたところ、どうやらその基地司令は、政府によって発行された緊急時対応マニュアルに従って、基地周辺の外務省職員にコンタクトを取ったところ、その職員からの紹介によって、問題の民間人を基地内部に受け入れ、調査隊に参加させた模様です。

 

そのことに関しましては、現在安住外務大臣が詳細に通じておりますので、彼に説明の代行をさせて頂きますが宜しいですか?小清水さん」

 

久瀬の弁に、小清水はうむと頷く。

 

〔小清水〕

「了解した。では安住、今回外務省職員が、自衛隊基地施設内への民間人の受け入れを示唆したということは事実だろうか?説明を頼む」

 

安住大臣が席から立ち上がり、説明を開始する。

 

〔外務大臣 安住〕

「はい。今回外務省の職員が、当該の基地司令官に対して、自衛隊基地施設内への民間人の受け入れを示唆したことは事実です」

 

安住の説明と、今回の事件に関する対応に、会議室内がざわつく。その中で渋川が安住大臣に質問を投げかける。

 

〔渋川〕

「安住君、それは一体どのような経緯からそういったことが起こったのか、説明をお願いできますか?」

 

〔安住〕

「はい。まず昨日の夕方、鹿児島県内の外務省関連施設内に居た外務省職員の狭間達夫氏は、現地の官宿舎に戻っていたところを、鹿屋航空基地司令官桐山勲留氏より連絡を受け、新世界における人類型勢力の発見について知らされます。

 

狭間氏は、暫定的規定対応策に基づいて、外務省としての事態に対する対応行動、即ち現地勢力の安全性が確認されるまでの間、外務省としては自衛隊の調査内容の精査に徹し、直接の接触を避ける方針を示しましたが、その直後、彼独自の判断において、民間人である曽我勇吾氏が自衛隊の現地調査へと関与することを桐山勲留氏に提案致しました。その後の動向に関しましては久瀬さんの仰る通りです。

 

つまり、今回の海上自衛隊国外調査活動に対する民間人の関与の示唆に関して、これは外務省の総意によるものではなく、現場の人間による独断であると断定させて頂きます」

 

安住の答弁に、場がざわつく。

 

〔田嶋〕

「安住大臣も今回は災難だねえ、部下が暴走してしまうなんて。

それで、その狭間氏と曽我勇吾氏の関係だけど、それは一体どういうものかね」

 

〔安住〕

「はい。今回今回狭間氏の示唆によって現場に派遣された人物、曽我勇吾氏ですが……彼は確かに民間人ではあります。それは決して間違いではなく事実です。

ですが、彼はただの民間人ではありません。何故なら彼は……あの世界的に有名な人材派遣会社『EDGEVIS(エッジビス)』の元職員であり、狭間氏とは以前同地で行われた国際親善イベントにて出会い、共に仕事をした関係だとのことです」

 

〔田嶋〕

「むっ……?」

 

〔参加者たち〕

「なんと」「EDGEVISだって?」

 

田嶋や他の幾人かの参加者たちは、安住の言った『EDGEVIS(エッジビス)』という言葉に反応した。それは予想外の展開に対する驚きと困惑を含んだ態度であった。

何故彼らはそのような反応をしたのか?その理由は、話を続ける安住によって明かされる。

 

〔安住〕

「さて、元EDGEVIS職員である曽我勇吾氏ですが、彼は同社の内部は無論のこと、国内、いや世界的に見ても稀な能力を持った人物であり、単なる民間人として扱ってよい人物とは言えません。

 

何故なら彼は、EDGEVISの中でもその特異性が強調される『CS』……『コマンドサポート』と同社内で呼ばれる、同社保有の『民間軍事部門』、その部署において類稀な功績を称えられたものにのみ与えられる、『等級A』の資格(ライセンス)を取得した特別な職員だったからです。

つまり、彼の元の職業は広義の『傭兵』に当たります。それもかなり凄腕の、です」

 

〔幾人かの参加者たち〕

「「!!」」ざわざわ……

 

安住の発言に、またも場がざわつくが、今度のそれは先ほどのように状況が不明であるが故の困惑によるものであったのに対し、今度のざわつきは意味を理解したが故の、驚愕によるものであった。

 

〔田嶋〕

「EDGEVISのCSと言えば、やはり数々の怪しげな噂の絶えない『軍需複合体』、あのEDGEVISのCSのことか。安住君の口から出たから一瞬聞き間違いかもしれないと思ったが、やはり聞き間違いではなかったか」

 

〔渋川〕

「田嶋さん、軍需複合体というと語弊がありますよ。当該企業のCS部門は確かに非常に高度な依頼遂行能力と、独自の先端技術開発能力などがありますが、さすがに一部門だけでそこまでの政治的な影響力は持ちえませんよ……最も、同社が本気を出した場合、国際情勢にすらも影響を与える、といった具合の『与太話』はちらほらと聞こえてきますがね」

田嶋、渋川の語りは、場の空気を反映しながらも多分に解説的であり、会議参加者たちの内心を代弁したものであった。

 

『EDGEVIS』。その会社は正式名称を『Expert Dispatching General Enterprise that acts on Behalf of Various Industries in Society(社会の様々な業種を代行し援助する専門家派遣総合企業)』といい、世界規模での活動範囲と、現代社会において要望される広範な種類のあらゆる依頼に対応した、様々な職能を持った専門技術者たちを擁する人材派遣・業務代行の会社である。

 

個人家庭のベビーシッターから、地域規模での紛争解決まで、その対応業務は非常に広範であり、そのどれもにおいて、自社の提供しうる範囲内での最善の資質を持った人材を、自社及び依頼先からの判断で選抜。そして選抜した人材を実際の業務現場に送り込み、依頼者の抱えた問題を解決することで、自社の利益と評価を上げていく。そうやって人材派遣業界においてのし上がってきた会社であるのだが、この会社の特徴は、時代に合わせたAIシステムの採用や、先進的なサイバー技術の導入といった先端技術の活用などといった面において他社に勝る、のというのもあるのだが、やはり一番目立つのは、人材派遣会社としては基本的ともいえる、優秀な人材の保持といった面で高い評価を得ている、ということだろう。

 

どんな困難な依頼も達成する鋼の精神力と技術力を兼ね備えたプロ集団。それがEDGEVIS職員の世間でのイメージであり、また会社が目指すものである。そして実際に、どんな無理な依頼を幾つも達成して見せたからこそ、今現在名声を得ているといえる。

 

さて、そんなEDGEVISの中においても特に優秀な、真のプロと目されているのが、安住の言った『A級職員』である。

現在EDGEVISのCS部門の職員には、実際の正規軍隊における階級のように、その能力に応じた3つのランクが割り振られている。

一般人と同等以上の能力を持つものはC級職員。プロ中のプロと目される者はB級職員になる。そして真のプロであり、不可能を可能にする『真の企業戦士(ビジネスファイター)』たる存在であり、CB級職員よりも遥かに上位の階級にあるのが、安住の言う特別な存在であるA級職員である。

 

A級職員とそれ以外の階級の違いは、難関試験突破の有無と、功績である。C級からB級への昇進は、ある程度の経験や評価の蓄積、それと簡単な試験(これも一般人には難関で、プロ中のプロと普通のプロという一般人にはなんのこっちゃな区別を生み出す要因となっている)の突破によってなされるのであるが、A級はB級職員に更なる試験を課して、その試験を突破できたものだけがようやく選定基準に到達できる領域だとされている。

 

その試験の内容は社内機密であり、社外にその詳細は一切漏れていないが、噂によるとその試験内容は正に職人としての命と物質的な命、双方の掛かった苛烈なものであり、中には試験突破に失敗してプロとしての道を閉ざされた者や、命を落としたものまで存在するといい、そこまでして職員を淘汰選別していく様を指して、EDGEVISを『軍需複合体(しのしょうにん)』などと揶揄する輩も、世間には存在するという。

 

さて、そうしてようやく選定基準に到達した者達は、そこから更に各自が実際に上げた『功績』を評価に加味されていき、専任のA級職員選定評価官が昇進の最終決定を下すことによって、それでようやくA級職員の階級と、その証である『資格(ライセンス)』が与えられる。この資格は実際の軍隊のものに置き換えると、米軍における準最高位勲章である各軍の殊勲十字章に匹敵するとされるほどの権威の光を持っており、これを持つものは世界の大半の軍事組織において、特別な客人として手厚く持て成されることは間違いないであろうと目されているほどに、個人の権利を保障するものである。

 

そんなEDGEVIS-CSの中で、正体不明の曽我勇吾なる人物は、選ばれしA級職員なのであると語った安住の発言は正に、議場内に衝撃を与えたのである。

 

〔田嶋〕

「しかし安住大臣の発言が真実だったとして、あくまで元傭兵で、今は一端の民間人に過ぎないであろうものを危険な調査に加えるのはなあ。

マスコミにばれたら面倒なことになるのでは?」

 

〔渋川〕

「いや、むしろ見事な選択かもしれませんよ。

未知の土地に公務員を送り込んで、態々危険に晒すよりは、『戦争馬鹿』にそれを代わって頂くというのは。

それに所詮傭兵のやることですから、仮にマスコミが騒いだとしてもすぐに話題が立ち消えになりますよ。しかも相手は元EDGEVIS職員とはいえ、今は個人業だというではないですか。そんな小さな規模では、仮にマスコミに知られたところで大した騒ぎにならないのではないですか?」

 

〔田嶋〕

「渋川さん、幾ら民間軍事会社の元職員だとは言え、一般の国民に対して『戦争馬鹿』は余りに言葉の暴力が過ぎるのではないですか?

その粗暴さ、政治家には命取りになりますよ。今後失脚したくなければ、お気をつけなさったほうがよろしいかと。

まあ、20年前ならいざ知らず、今は『民間軍事法』もあって、そこらへんの違法性はだいぶ薄れているのは確かに事実ですし、そうですね、問題というほどのものにはならないかもしれませんねえ」

 

田嶋の注意を受けて、緩んだ気を引き締めなおす渋川。また田嶋の方もまた、渋川の言葉を一考の余地ありと受け入れた。

そんなこんなで一旦空気が落ち着いてきた会議は、更に進んでいく。

 

〔副総理大臣 南原〕

「安住、今回調査に加わった曽我勇吾氏が、民間軍事法に基づいて傭兵として扱われるに足る人物であることは分かった。

しかし、それでもなお気になるのは、何故そのような人物が態々今回の自衛隊の調査任務に関わることになったのかであり、またその結果どうなったのかということだ。

外務省の見解を述べてほしい」

 

南原副総理大臣の質問に、安住は自己の意見も交えた外務省の意図を述べていく。

 

〔安住〕

「そのことに関して説明させて頂きます。まずは既に意見に出たように、まず第1の理由としては外務省の職員の身をむやみに危険に晒すようなことは、なるべく控えたいということ。この未知の世界にどれだけの国や団体が存在するか未明な以上、情報を揃えて安全性が認められるまでの間は、不用意な人員の派遣は出し控える必要があります。

 

これには、現在外務省は国内にいる残留外国人の扱いを巡り、当事者及び各省庁などとの間で調整や対応に奔走しており、今暫く外交準備のための時間が必要となっていることも理由として上げさせて頂きます」

 

南原は安住の説明に関して、ああまずはその点を上げるかと、冷静に納得した。

現在の外務省は、国外に出ることが出来なかったため、その仕事内容が国内の事項に対して集中している。即ち、転移減少に巻き込まれてしまった、日本への永住権を持たない観光客やビジネスマン、それに外交官に関する処遇を決めて、それを実行していくことである。

 

今の所は、暫定的に仮宿舎としてホテルや民宿などへの追加滞在の要請や、緊急のホームステイ制度施行による一般家庭への滞在、それに仮説の就寝場所の設置などを行うことによって凌いでいるが、転移現象という事態の解決に見通しが立ってない以上、どこかで限界が来ることは想像の範囲内であり、その対処のために外務省職員が奔走していたのだが、その余波として本来国外にて活動を行うべき人員ですらも、緊急事態に備えて国内に留めなければならないという本末転倒な事態すらも引き起こしてしまっていた。

 

―この会議の後の出来事であるが、日本がロイメル王国への外交特使派遣において、その航続能力から日本―ロイメル間を結ぶのに十分な能力を持っていた特殊輸送機山鯨や、その派生型である飛行艇『勇魚(いさな)』の出動を控え、敢えて速力に劣る輸送艦『おおすみ』をその足として用いたのには、山鯨の稼働コストや機体の内装設備、またロイメル側の大型航空機の受け入れ施設の不備といった問題以外にも、外務省内部にこのような問題があったためであり、つまりEDGEVIS職員の派遣とは、単に本来外交官が負うべき、未知の勢力圏において起こり得る危険な事態による被害を外部に肩代わりさせるだけではなく、そうした人員的、時間的余裕のない状況を計算に入れて採った、外務省による一種の代行案でもあったわけである―

 

安住は更に話を続ける。

 

 

〔安住〕

「次に第2の理由として、未知の勢力との接触に際して起こり得る、文化の違いに基づく暴力的な衝突の発生に際しても、非公務員である代理交渉人の存在を挟むことによって、その後の交流において後々まで禍根を残さないようにするため、という点を述べさせて頂きます。

 

発見された未知の勢力に関しまして、その文化様式は全くの未知であり、ちょとした行いが大規模な衝突の原因となり得ることも想定されています。

 

我々の常識においては友好の証である握手や、ハグ、それに挙手などが、相手にとってそうであるとは限りません。もしかしたらそれは宣戦布告の合図であるかもしれず、或いは降伏合図と受け取られる可能性もあります。それは向こうからしても同じであり、相手が友好の証としていきなり刃物で切り付けてくるなどといった可能性もあります。

そういった事態に陥り双方に被害が出た場合に、相手との関係を一度初期化して最初から交流を開始するために、政府関係者の派遣を一旦差し控えておく必要があったわけです」

安住の説明に、参加者達はううむと唸った。

 

確かに安住の言う通り、現状異世界の現地勢力の持つ文化様式は未知であり、友好の証として攻撃してくる可能性も皆無ではない。そうした事態に直面しながらも、双方に友好の意思がまだ潰えず残っている場合には、一度起こったことをリセットし、最初から事に当たらなければならない。

 

しかし、一度起こった出来事を無かったことにすることは容易ではなく、事件の被害者やその直接の関係者は無論のこと、事件を知った国民が怨恨や反感を持つ可能性がある。その点、所詮傭兵という存在であるのならば、国民の事件に対する悪感情は小さくなる。なにせ、自分から好んで危険を背負っているのだから、酷い目に合おうが自業自得であろう、という風に世論の方向を誘導するのが容易であるためだ。外務省の職員が被害にあうよりも、政府としてはよっぽど都合がよいわけである。

実際に被害にあう曽我勇吾氏及びEDGEVISに関しても、そもそも危険のある依頼であったことは事前にわかっていたはずであり、それを理解した上で依頼を承認したのだから、政府などに責任追求するのは民間軍事会社としての企業体制に問題がないか、などと主張して、政府に対する訴えなどにも反論することが可能であり、対応に抜かりはない。

 

参加者たちは安住の腹芸に思わず唸った。だがそれでも未だに安住及び外務省に対する疑惑の念は残っており、田嶋大臣が質問を投げかける。

 

〔田嶋〕

「安住大臣。あなたの言う公務員の安全を目的とした代理交渉人派遣の意図は分かった。

しかし、実際のところ能力も未知数なその曽我勇吾なる人物の、危険な調査活動への関与に関しては、任務の達成率などの点から賛同の意図を図りかねるが、それに対する説明はいかなるものだろうか?」

 

〔安住〕

「回答いたします。実は私は、個人的に曽我勇吾氏の能力に関しまして、実際に知っており、今回のような危険性を孕んだ調査活動においても、過度な問題の発生は避け得るであろうと判断し、氏の行動及び外務省と自衛隊の判断を容認する所存です。

これが曽我勇吾氏の協力を支持する第3の理由でもあります」

 

〔田嶋〕

「では曽我勇吾氏の能力、つまりこれまで上げた実績の説明をお願いします」

 

〔安住〕

「では、私が実際に氏の能力を間近で確認した、5年前の『AI博』における……『ウォーカー・クラッシャー事件』での氏の活躍と功績についてお話させて頂きます」

 

〔参加者A〕

「お?」

 

〔広瀬〕

「ふぅぅん?」

 

〔小清水〕

「ほう?そう来たか……」

 

安住の発言を聞いた参加者たちは、皆それぞれに強い衝撃を受けた。

何故なら、2045年の日本において『ウォーカー・クラッシャー事件』といえば、誰もが知っている大事件であったからだ。

 

〔田嶋〕

「あの大事件に関わっていたのが、件の曽我氏だと?」

 

〔渋川〕

「そういえば聞いたことがあります。あの事件の解決には、あるEDGEVIS-CS職員が関わっていたらしいと。

つまり曽我氏がその、事件解決に功績を上げた人物だということだね、安住?」

 

田嶋や渋川の反応に、安住はそれを今からお話ししますと、回答した。

 

〔安住〕

「では、まずはウォーカー・クラッシャー事件の概要について、改めて整理させて頂きましょう。この事件は―」

 

そうやって安住が始めた話に聞き入る参加者たち。

その反応は様々であったが、皆共通して緊迫感を持って聞いており、野次を飛ばしたりするものはいなかった。

そうして重苦しい時間が過ぎていき、気が付けば時計の針は十分以上も進んでいた。

そして安住が話を終えたところで、場の緊張感が一斉に崩れ落ち、ほっとしたため息で場が満ちた。

 

〔安住〕

「―というわけで、私としましては氏の高い能力に全面的な信用を置くものであります。田嶋さん、いかがでしょうか?」

 

安住に話を振られた田嶋は、そういえば自分が話を振ったのだったなと思い出して、返答した。

 

〔田嶋〕

「ううむ、なるほど。安住大臣ほどの男がそういうのなら、曽我氏の今回の活躍に期待が持てるかもしれないな。

安住大臣、長い話ご苦労だったよ」

 

安住の構想に、大臣たちは先ほどの懐疑的な態度とは打って変わった賛同的雰囲気を持ち始めた。

 

広瀬はそれを見て、事態を纏めにかかる。

 

〔広瀬〕

「取り合えず俺は今回の外務省の行動を、処罰なしってことで支持したいんだが、皆はどうだろう?

賛同の者は挙手してほしい」

 

広瀬の促しに乗った大臣たちは、大半の者が挙手をした。よって、安住及び外務省への処罰はなしということになった。

 

〔広瀬〕

「じゃあ次は、今回曽我勇吾氏の調査任務参加の依頼を実際に出した基地司令官の扱いに関してだが、久瀬、これに関して何か報告は?なぜその司令官は、傭兵とはいえ外部の人間を参加させた?」

 

〔久瀬〕

「説明させて頂きます。当該の、鹿屋航空基地司令桐山勲留氏ですが、氏は現行の民間軍事法に今回の任務を照らし合わせた上で、部隊を預かる立場から曽我勇吾氏に依頼を出したようです。

つまり、法的には問題はありません。

 

そして参加依頼を出した理由に関してですが、彼は外交交渉が求められるかもしれない今回の難易度の高い任務を、佐官がいるとはいえ現場自衛官のみで遂行するのには不安があり、現場の行動を補佐する人間を欲していました。

 

そして先ほどの外交官狭間氏に協力を求めたわけですが、その狭間氏は自身の代理交渉人として曽我勇吾氏を紹介したため、その紹介に従って曽我勇吾氏に今回の調査への協力を求めた、ということです」

 

〔広瀬〕

「なるほど。ま法的に問題がないのなら、何らかの処罰を下す理由はないな。

今回の防衛省及び桐山勲留氏の行動に関する処罰の不問に関して、何らかの意見があるやつは?」

 

首相の問いかけに、挙手したものはいなかった。

 

〔広瀬〕

「では政府としては、防衛省並び桐山勲留氏に対して、何らかの処分を行うことはなしとする」

 

こうして、取り合えず曽我勇吾氏の自衛隊の活動への関与に関する問題は終わり、会議の本筋である自衛隊の調査の話に戻った。

 

〔広瀬〕

「じゃあ、会議の本筋である自衛隊の調査内容について、今一度協議しようか。誰か質問のあるやつはいるか?」

 

広瀬の催促に、一人の男が挙手し話を切り出す。

文部科学大臣、朝倉である。安住に負けず劣らずの巨漢であり、学生時代は野球部でエースバッターとして名を馳せていたらしい。

朝倉は特徴的なまでに大きな丸い鼻を揺らして、質問を行う。

 

〔文部科学大臣 朝倉〕

「現地の勢力に関してですが、調査隊の報告の中に何らかの電波信号を確認したというものがございました。現地勢力の文明段階が電波を用いる段階にある場合、無線通信を介したコンタクトを採ることも可能だと思われますが、それに関しまして今後の調査における通信機の活用は如何なるようになるでしょうか?

私としましては、事態を穏便に済ませるためにも積極的に活用していくべきだと思っておりますが」

 

〔久瀬〕

「調査任務における通信機の活用に関しましては、現在衛星を用いた通信の中継が行えないため、航空機や船舶にその役割を代用してもらっているところです。

航空機は活動時間が短いため、新世界の勢力とのコンタクトに関しましては、その活用時間は短時間に限られます。今後新世界調査の発展度合に合わせて、現状の海洋上の船舶を用いた中継や、気球を用いた中継、それに新世界への通信施設設置などを随時行っていき、その頻度を増やしていく予定です。

最も調査隊の報告から推測するに、現地勢力の電波使用頻度は非常に低いものと思われ、現に調査隊も殆ど拾うことができなかった模様であるため、そのことを踏まえた現状で、自衛隊の調査活動における交信電波の使用は、その有効性が未知であると述べておきましょう。私からの答弁は以上です」

 

〔朝倉〕

「ご答弁ありがとうございます久瀬さん」

 

〔南原〕

「朝倉大臣に続いて質問のある議員はおりますか?」

 

朝倉に続いて話を切り出すものはいなかった。

 

〔広瀬〕

「ではこのあたりで一時会議を休会する。しかし緊急で事態が動く可能性があるため、閣僚各位は議員宿舎にて待機しておくこと。では解散」

 

そうして会議は一時休会することとなった。

 

 

  *   *   *

 

 

数時間後、議員宿舎ではなく首相官邸内の首相室で休憩していた広瀬は、秘書官から事態の進展に関する緊急の報告を受けて、またしても会議室へと戻った。

会議室には、広瀬と同じように官邸内に残って待機していた南原や安住、久瀬などが集まっており、広瀬は取り合えず今いる彼らと話の擦り合わせを行うこととした。

 

〔広瀬〕

「調査隊からの報告が入ったようだな。どうやら現地勢力との正式交渉の段取りを取り付けることができそうだと」

 

広瀬からの質問に、安住が答える。

 

〔安住〕

「ええ。取り合えず調査隊は現地勢力との武力衝突は穏便に回避できた模様です。そのため、正式に外務省の方から交渉使節を派遣することを決め、調査隊にその旨を伝達しておくように鹿屋基地の桐山司令官に伝えました。

今テレワークシステムで自衛隊鹿屋基地と通信が繋がっております」

 

安住がそう述べると同時に、久瀬が防衛省の上級職員以上のみが保持できる専用の通信端末―市販品よりもずっと厚みのあるタブレット端末で、一見すると使い難そうであるが、防衛省を含む自衛隊関連施設とのみネットワークが繋がる特別なシステムを搭載しており、外部からのハッキングに強い上物理的・電子的防御強度も高い―の画面を広瀬に見せた。

 

画面には精悍な顔つきをした中年男性が映りこんでおり、彼が桐山司令官なのだろうと察した広瀬は、画面越しに彼に挨拶をした。

 

〔広瀬〕

「桐山司令官だね?私は日本国内閣総理大臣、広瀬勝だ。今回は新世界調査任務で、君の部隊が成果を上げてくれたようだね。国を纏めるものとして感謝する」

 

〔桐山〕

「鹿屋航空基地第1航空群所属、桐山勲留海将補です。総理のご感謝、誠に感慨無量です。この場に居ない部下たちも、総理のお声がけを知ればきっと喜んでくれるでしょう」

 

〔広瀬〕

「突然ですまないが、君にも会議に参加してもらう。通信端末越しに話を聞いてもらうだけだが、それでも今回実際に動くことになる君たちには我々の成すことを知る権利がある。会議の進展次第では、君に特別な任務を下すこともあるため、予め承知して貰いたい」

 

〔桐山〕

「ッ!」

 

〔安住〕

「ええっ!?」

 

〔久瀬〕

「広瀬さん、それは……」

 

広瀬の有無を言わさぬ強引な態度に、安住は驚き久瀬は絶句し、桐山も少し引いてしまうが、それでもすぐに気を取り直して広瀬の求めに応じた。

 

〔桐山〕

「了解しました。では通信は繋いだままにしておきます」

 

かくして桐山も閣僚会議に参加することが決定した。

 

広瀬はまだ固まっている安住と久瀬の間に立つと、二人の肩を強引に寄せて耳打ちした。

 

〔広瀬〕

「別にいいだろ、それくらい。どうせまだまだこっちの事情で振り回すんだから引き込むぞ」

 

広瀬の強気な発言を前に、安住と久瀬は額に汗を浮かべて苦笑するしかなかった。

 

 

  *   *   *

 

 

閣僚たちが再招集に応じて会議室に集まったため、会議が再開した。

 

会議はまず久瀬が現在の状況を纏めなおし、先ほどの会議時点の後事態がどう動いたのかを参加者たちに説明した。

 

数時間前現地勢力の拠点に到着した第2次調査隊は、その後現地勢力による臨検を受けながら、安全を確認した上で現地勢力との交渉を開始。

 

そして現地勢力が(如何なる原理かは不明であるが)、何らかの現象によって言語でのコミュニケーションが『自動翻訳』されることで、障害や露語などが少なく意志の疎通が可能であること―これに関しては、国内において転移後に日本人―外国人間での言語の自動翻訳現象が発生したことから、ある程度可能性が立てられていた―が判明。

 

調査隊はその偶発的利点を生かしながら相手の情報を探り、対象勢力が少なくとも前近代国家ないし初期近代国家と同程度の発展段階と規模があることや、周辺地域の情勢などを確認しつつ、現地の責任者を介して現地勢力の政府と、日本政府間の正式交渉開始に関する事前の言質を取ることに成功した。

 

第2次調査隊は今現在も現地にて未確認勢力と交渉中であり、この任務は数日後まで行われる予定である……と、そこまで話した上で、そこから更に踏み入った内容、即ち新世界における現地勢力の現状と、その安全を脅かしつつある脅威に関してまで説明が及んだところで、田嶋からの質疑が飛んだ。

 

〔田嶋〕

「久瀬さん。現在現地勢力、名称ロイメル王国は、同大陸地域内に存在する覇権国家との間に衝突の危険性を孕んでいるそうですが、もし我が国とロイメル王国が友好条約を結び、それが防衛協定での同盟締結にまで話が進んだ場合、我が国は如何なる対応を取る御積りでしょうか?

自衛隊の活動に関しまして、その活動範囲を我が国の国内と国民の安全確保から広げるか否かを、ご説明のほどをお願いします」

 

田嶋の発言に、場の空気が再び引き締まる。

参加者たちの視線の集まる中、久瀬は質問に回答する。

 

〔久瀬〕

「防衛省といたしましては、このような事態に対して真相に関し精査しつつ、同盟国の安全保障のための自衛隊の防衛出動に関しては、当事国の要請があった場合にはこれを国会にて協議し、文民の支持を得た場合においてのみこれを実行する所存です。

ただ私個人としては同盟国に対する安全保障レベルでの支援に、それが日本の国益上やむを得ないのであれば支持賛同する立場です」

 

〔参加者〕

「「!」」ざわざわ。

 

久瀬の回答に場がざわつく中、田嶋は追求を施行する。。

 

〔田嶋〕

「それは、地球における自衛隊及び防衛省の活動を踏まえた上で、ということでよろしいですか?」

 

〔久瀬〕

「はい。地球において我が国を取り巻く軍事情勢は極めて不安定であり、数年前の第2次朝鮮戦争は我が国がそのことに真摯に向き合わなかったがために起こった悲劇的な事件でありました。

そのような事態の再発を防ぐために、我が国は積極的に我が国の周辺を取り巻く国際情勢に対し、関与していくべきものであると認識しております」

 

〔田嶋〕

「久瀬さんの意見は兎も角、例え防衛大臣といえど自衛隊を個人的に動かすことは文民統制上不可能であり、最終的な判断は内閣総理大臣に委ねられるものですね。

それを踏まえた上で、広瀬さんはどのようにお考えでしょうか?

我が国は周辺地域の治安に関して、自発的ないし受動的にどう動くか、ご回答お願いします」

 

指摘を受けた広瀬は、ようやくこの質問が来たかと事前に予測していた質問の到着に、気を引き締めながら自身の意見を述べ始めた。

 

〔広瀬〕

「今我が国が国外にて唯一存在を認識しているロイメル王国に関してだが、俺は友好関係を築くことに賛成の立場だ。

 

これには国内で不足する食料や燃料、それにその他資源の確保は無論のこと、この世界の住民たちと交流していくことによって、圧倒的に不足している『情報』の入手に関する我が国の負担を軽減する必要があるためだ。

 

現在我が国は衛星は無論のこと、地球において備わっていた『世界規模でのインターネット』や、『情報の蓄積された電子サーバー』へのリンクが途絶しており、つまりはこの世界に関する情報は無論のこと、元居た世界に関する記録すらも少なからず損失してしまったわけだ。

 

このことは、我が国の近代的発展を支えてきた情報技術における大規模な衰退を余儀なくする出来事であり、またそれに関わってきた各産業に対する被害をも齎したわけだ。

このような状況をいつまでも放っておくことは、我が国が新しい世界で生き抜いていく上では大きな不安要素であり、また国内の混乱の種にもなる。

 

古来、中国の著名な偉人である孫子は『敵を知り、己を知らば百戦危うからず』という言を兵法として残した。それが実際の戦争や、政治の場においては、行動の指針となる人の世の真理法則であることは、地球における数々の歴史的事象が物語っている。

 

100年以上前に我が国がアジアに対して、また欧米の列強国に対して行った長きに渡る不毛な戦争が、結果として我が国の国体の破壊と、それに伴う朝鮮半島分割や、大陸における中国共産党の跋扈に基づくアジア情勢の不安定化を齎したように、無知を抱えて行動することは、自己が破滅するのは無論のこと、他者に対しても不必要な被害を要求して、世にしこりを残すものであり、それを深い思慮を持って慎まなければならない。

 

それは世界の動きに対して追従するということではない。我が国は主権を持ち、国際社会に対して責任をもって関わり貢献していく立場にある。それはこの国の発展を支えてきた先人たちの知恵であり、工夫であり、また成果だ。

 

主権とは自由を主張する権利のことだ。そして自由とは、あらゆるものに対して好き勝手に振る舞うことではなく、また他者の横暴を黙認して無視することでもない。あらゆることの責任は自己に責任があるものとして背負い、義務を果たしていくことである。それを果たさぬ限り、我が国は自由ではないし、国が発展して国民が幸福になることもない。

幸福とは義務から与えられたそれを、他者に促されるままに肯定するものでは決してなく、自ら追求していくことそれ自体が幸福でありまた幸福を手にする過程なのだと俺は思う。

 

現在我が国を取り巻く状況は決して安泰したものではなく、事態は破滅的な方向へと刻一刻と近づいている。事態の解決を図るためには、この世界と一生関わっていく覚悟を持って突き進まなくてはいけないだろうこともまた、それに拍車をかけている。

俺たちの進む場所は希望のある未来か、それとも破滅しかない未来か、それを選択していくためにこそ、先ずは行動をしていこう。

 

今、俺たちの目の前には危険な闇が広がっている。その中には静かにして平和に暮らしている者もいれば、或いは瀕死の重傷を負って死に絶えたものたちもいる。他者の命を狙って、牙や爪を研いでいる野獣もいるだろう。俺たちはそれに対して目を閉じ、耳を塞いで生きていくのか?そうすれば、事態は勝手に変わっていくのか?

 

或いはそうかもしれない。だが例えば、俺たちが暗闇の中に火を灯して、闇の中を照らす光を齎したのなら、それは皆に等しく恩恵を与える希望ってやつになるんじゃないか?

夜の闇を払って朝の訪れを告げる、そんな希望の光ってやつにこそ、俺たちが求める何かがあるのだと、俺は信じたい。

 

或いはそれは無謀で、何の意味も持たない間違った道なのかもしれない。だけど俺は、自分で道を選べるのなら、光の道を歩みたいと思う。自分一人で死に絶えるよりも、誰かに道を示して死んでいったほうがきっと満足できるはずだと、自分に言い聞かせている。それがこの世に自分が生まれてきた理由だと信じてな。

 

何故俺たちだけがこの世界にやってきたのか、それはまだ分からない。だが、この世のことに何か意味があるのなら、いや、例え答えなどなくとも、成すこと全てに納得のいく答えを出していかなければ、俺たちは生きていることに何の感動もなくなってしまう。

そんな人生はいけないと、誰とも関わらず、一人で殻に閉じこもって一生を終えていく生き物にはなるなと、俺は親から、友人から、或いは一瞬であっただけの赤の他人にすらも言い聞かせられてこれまで生きてきた。

 

或いは他人はそんな人生を送ってこなかったのかもしれない。理由があって、一人で殻に閉じこもって生きていかなければならない事情を背負って一生生きていくやつもいるかもしれない。だけどそんな奴らにだって、生きていく権利があるのなら、俺は自分を苦しめる殻などいらないし、他者を苦しめる殻だって打ち壊してみせる。それが日本国総理大臣にまで上り詰めた広瀬勝って人間だと、俺はこの世界で名乗りを上げてやる。

 

日本と関わった国が戦争に巻き込まれる?そのことが日本自身をも戦争に巻き込んで、この国を危険に晒す?ああそうかもしれないな。

だが、だったら俺はその責任を背負って、国民がこれまで関わらずに済ませてきた問題や危機、その責任を一身に背負う覚悟を持って、戦争や政治に加担してやる。

 

国民は反対するかもしれないし、或いは首相の座を引きずり降ろされるかもしれない。だが、俺はそんなことよりも、日本という国が今後も生き抜いていくために必要なあらゆる物事を、この国の為に行ってから退陣したい。

 

資本家や経営者、一端の労働者を追い立てて、自衛隊を命令一つで死地に送り込んで、全国民から一斉に罵倒されようとも、この国を残すためのあらゆることの責任を果たしていく覚悟を見せていきたい。

それが内閣総理大臣広瀬勝の個人的見解だ、田嶋」

 

広瀬の見解をじっと静かに聞き続けていた田嶋は、広瀬首相の見解が終わったのを見計らうと、瞳を細めて静かにそうですかと、述べたのちに、こう切り出した。

 

〔田嶋〕

「つまり首相は、友好国の危機を『口実に』自衛隊の出動を行うこと、これを容認し、我が国の国際社会における立場を、軍事力によって強引に確立することに関してはこれを容認し、賛成する可能性を持ったまま政権の座に就き続ける、そう仰っているということで宜しいですか?」

 

田嶋の厳しい追及に、広瀬はまて田嶋、と一旦前置きしたうえで反論を挟む。

 

〔広瀬〕

「そこまでは言っていない。俺は別に自衛隊を使って国内や国外に対して過度の弾圧や侵略、占領行為を行うことに関しては割と反対の立場だし、自衛隊の派遣を含めた活動に関してはこれを議会並びに、国民の選挙結果に基づいて行うことは間違いないものだ。

 

ただ、米軍やNATOといった我が国と協力関係にある軍事勢力が軒並み消失・減少した状況では、我が国の防衛環境が国民の安全を保障する上で十分であるとは言い難い。そのため、自衛隊の活動範囲及び権限を広げることを国民に提示していくつもりだ。

国民だって、今が大変な状況であることは理解してくれるだろうからな」

 

〔田嶋〕

「そうやって一見国民や議員に選択の権利を与えるように印象付けながらも、実際のところ自衛隊の活動権限が広がれば、それは政府や国民の手から制御が離れていくように思われますが、そのような意図は御座いますか?」

 

〔広瀬〕

「はっきりと言おう。無い。俺はこの国と、それを守る国民と議員たち、そして自衛隊を信じている。そしてその期待と信頼がある限り、俺はそれを裏切ったりはしない。

それが俺の『政治理念』だ」

 

広瀬の言葉を聞いた田嶋はしかし、その言葉を聞いてどこか苦しさを感じるところがあったのか、瞳を閉じながら何かを堪え、やがてふっと力を抜いたかと思うと、言葉を絞り出すかのように語りを始めた。

 

〔田嶋〕

「政治理念、ですか……そうですね、確かに貴方はこれまでも国民や我々議員、それに自衛隊や警察機関、その他公的機関などを信頼して、その活動を支えていく努力をしてきました。そのことに欺瞞がないであろうことは、私もその活動を見てきた以上は知っています。

 

ですが……例えそれがどれだけ純粋な誠意に基づいたものであったとしても、貴方がこれまで積み重ねてきた功績が輝きを放っていたとしても、それでもなお私は……私だけではなく、国民や議員、それに公的機関に属するこの国の人々は、貴方という人を……『広瀬勝』という人間のことを『信頼してもよいのか』?

そんな問題が残っているということを、貴方自身は認識しておいででしょうか?」

 

田嶋の思わぬ首相批判発言に、会議室内がざわつく。

広瀬首相の取り巻きの一人であり、政権発足以来その活動を支えてきたはずの田嶋が、今この場で広瀬の人格を疑うような発言をしたのだ。そのことは、与党である民自党内部において、騒乱の種となるであろうことは明白であり、幾ら民自党の国内における権力体制が盤石であるとはいっても、野党である他政党が利することになる危険性を秘めており、こと現状のような緊急時において、そのような波乱が幕開けることは、その問題の影響が政府内部だけではなく国内の事情全てに影響を及ぼしかねないという点に関して、実に爆弾発言となったのだ。

 

田嶋の発言のその意図に関して、批判を受けた広瀬本人が説明を催促する。

 

〔広瀬〕

「どのような意図があってそんなことを言ったのかはわからないが、今の発言が非常に危ういことは理解しているか、田嶋?」

 

広瀬の態度の中に、怒りの情は含まれていなかった。心震えるような悲しみもなく、遊びに興じているような楽しみもなく、感動的な喜びもない、ただ答えが求められる問題に対して、冷静沈着に答えを問う論理的探求心が実体を帯びてそこにあるだけであった。精神状態がほぼ熟達の域にあるといってもよい。そんな広瀬を認識しながら、田嶋は自身の意見を述べていく。

 

〔田嶋〕

「無論私とてこの党の幹部の一人です。安易な発言がどのような危うい事態を引き起こすかは十分理解しております。ですが……

 

最近、とある筋から真偽の疑わしい噂に関するリークを受けましてね。

広瀬さんと久瀬大臣、それに幾名かの者が、この事態においてゼネコンやロボット・AI関連企業、それにJAXAなどを訪れて、とある計画を進めているようである、と。

 

その計画は、既存の我が国の地下開発や海底開発、宇宙開発の規模を超えた、膨大な予算と人員をつぎ込むことになる前代未聞の規模の事業であり、膨大な予算と人員が注ぎ込まれる可能性があるとね。

 

『神州警固番役計画』……この言葉に、覚えがございますね?」

 

〔広瀬〕

「……ったく、どこからそれが漏れたんだろうな。やれやれ」

 

田嶋と広瀬の発言に、参加者たちはどよめいた。

神州警固番役計画という謎の計画、それには広瀬と久瀬が関わっており、自分たちの知らぬ裏で何か大きな事態が動いている……そのことを察し、多くの閣僚たちが困惑し始めたのだ。

そんな参加者たちに対し、広瀬は説明を開始した。

 

〔広瀬〕

「どうせいつか話すことになると思って先延ばししていたんだがな。だが話題に出たのではしょうがない。この場で説明することとするか。

 

『愛と平和』、その実現に向けた秘策について、その概要をな」

 

そういって広瀬は椅子から立ち上がり、専任の秘書官(外見から老若男女を見分け辛い相貌)と耳打ちで何らかのやり取りを行うと、秘書官は立体映像プロジェクター装置の所に移動して、操作員が動かしていた装置を、代わりに動かし始めた。

 

そうしてまず空間に投影されたのは『計画:Z611』という文字であるが、それを見た田嶋は僅かに瞳孔を収縮させた。驚愕や諦観が入り混じった複雑な感情による生理現象であった。

表向きは知られていないが、国家事業の計画名にZの頭文字が付く場合、それは機密等級が最高だという意味であり、神州警固番役計画やらの危険さを伺わせた。

 

次いで出た映像は地球の立体図であり、それを見ながら広瀬が話を開始する。

 

〔広瀬〕

「皆、日本が元の世界で周辺国家、いやアメリカや欧米、中東なども含めた世界全体の情勢の影響で、嘗てないほどの軍事的緊張に晒されていたことは既に知っていると思う。

南下を狙うロシア、太平洋進出に執着する中国。

それに紛争の続く中東に、EU体制崩壊で対立する欧州、原発事故後ますます環境汚染の進むインド、そして……未だ記憶も色濃いアメリカの『ホワイトハウス争奪戦争』に、その後の『第二次朝鮮戦争』。どれもこれも、一歩間違えば世界大戦に繋がる危機を孕んでいたが、我が国はそれに対し常に受け身であり続けた。

 

それは、我が国が100年前の国体変更以降国際問題の武力による解決を否定し、世界の平和に貢献するためだったが、変化し続ける国際情勢の中では、我が国本位の一方的な『事勿れ主義』は、その傲慢さと無責任さから常に国際紛争の要因となりつつある問題のある国是であり、その事が第二次朝鮮戦争も含めたアジアや世界の混乱に対する、悪意を持った者達の増長と暗躍を招いたことは明らかだ。

 

それ故我が国は戦後長い間討論の的となっていた『憲法9条』の改定に手を付け、その内容を変更するに至ったわけだが、それはつまり我が国が我が国を中心とした、世界の安全保障を担う新体制を構築するという意志表示であったと俺は考える。

 

世界の安全保障を担う新体制とは、即ち我が国の保持する技術、資源、それに築き上げてきた民族の文化・文明を駆使して、世界の混乱を狙う悪意ある者から善良な人々の尊厳と生命を保護するものであるべきだ。まずはそれを踏まえて頂きたい」

 

広瀬の唐突な個人的世界観暴露に、参加者たちは呆然としながらも、話し続ける広瀬の言葉を追うように耳を傾ける。

 

〔広瀬〕

「日本や世界の安全を脅かす事象は多々ある。地震や台風、それに洪水や豪雪などの自然災害や、暗躍するテロリスト、それに世界の経済・物流の流れなどは、日本の国民の生活はもとより、世界中の人々にとってもいつその身に災が及ぶかもしれない重要な問題だ。

日本はその問題に対し、真摯に向かい合わなければならない。そのための鍵が神州警固番役だ」

 

地球の立体図が変化し、別のものになる。その物体は砲身のような大型カメラや、様々な形状の電磁波アンテナ類などのセンサが幾つも配置された野暮ったい下面と、昆虫のそれとも鳥類のそれともつかない、羽上の何かとしか言いようのない半透明の薄い六角形の板の集合体が6基ほど生えた上面からなる、何らかの機械装置であった。

それを見た者は思う。羽があるということは、きっと天で活動するモノなのであろうと。そしてその推測が正しいことが、広瀬によって明かされる。

 

〔広瀬〕

「即ち、高高度に坐する自律観測衛星により世界中の状況を見張り、何らかの問題が起これば直ちに必要な物資と人員を招集、現場に派遣し発生した事件を解決する。なんてことはないよくありがちな警備システムだ。最も、使用されるテクノロジーが自律式中央管制型AIによる配下AIの一斉制御という、非常に難易度の高いものであることを除けばだが」

 

自律式中央管制型AIの導入という言葉に、幾名かの参加者からは息をのむ音や緊張した様子の生理現象が生じる。

広瀬の説明にだがしかし、彼の真意をまだ得ない田嶋もまた代謝を上げながら更なる質疑を重ねていく。

 

〔田嶋〕

「それだけではないのでしょう?」

 

その言葉から田嶋が計画の内容の更に深い部分まで知っているであろうことを理解した広瀬は、田嶋の希望に沿って計画の中身を更に開示して見せる。

 

〔広瀬〕

「ああ。防衛用海底基地設置による海域レベルでの安全確保に、緊急時避難用地下都市の建設。気象制御装置による天候の操作に、海岸周辺への大規模な堤防設置、あとは……

 

そう、労働力確保のために、WALKERの配備数を増産するだけでなく、人間の労働者の能力を根本的部分から工学的『向上(アップグレード)』することも検討の視野に入れてはいるな。

 

具体的には、現在認可の下りている埋め込み型チップによる肉体制御や健康維持の技術などを踏まえながらも、高齢者や身体障碍者などの一部対象者にはWALKERの部品等を『組み込む』肉体置換処置に関する制限を、現行よりも解除する。

 

そうすることで高齢化して能力の衰えた労働者たちを、人間の判断力と、AIの精密動作性、そしてWALKERの頑強さを掛け合わせた複合体(ハイブリッド)にする。

日々労働力が失われていく現状に対して、最新技術の導入という観点から延命の策を図ることは、この国の未来に繋がる重要な鍵になる。

 

無論技術的・倫理的な高難度の問題があり、先ずはそれを解決しなければならないがな」

”ざわっ!”

 

広瀬の言葉がそこまで進んだ所で、参加者たちの中から驚愕の声が次々と上がり始める。衛星などへの自立型AIの積極活用という案は、その現実性はともかくこの時代ならありがちな構想である。少子高齢化の進む日本においては、AIの活用は慎重を喫しながらもなるべく積極的に導入していくべき国策であり、他の国家と歩調などを調節しながらも進めてきたことである。

しかし、これが人間の工学的な能力向上に関わるとなると、話は大きく変わる。

 

2045年の現在、少子高齢化の進む日本においては、労働年齢の上昇及び労働期間の長期化が社会問題となっている。年金制度の実質的な崩壊に伴い、少なくない数の国民が老後生活で十分な経済的余裕と時間的余暇を得ることが困難という状況に直面し、労働を余儀なくされているのであるが、この状況に更に若年層の技術職離れという社会問題も絡んで、事態はより深刻になっている。

 

嘗ては技術大国として世界に名を馳せ、経済的に豊かとなった日本であったが、20世紀末期のバブル崩壊に伴ってその経済成長は停滞。長年日本企業や公的組織独自のシステムであった年功序列の見直しが求められ、実力主義が導入された結果各産業にてリストラが横行。時をほぼ同じくして、経済成長を狙う海外の新興経済国による人員の引き抜きによって、多くの技術者と技術が海外に流出して、日本の海外における競争力は低下した。

国内に残ったのは選別された機械のような労働者と、その労働者を酷使する経営陣、そしてその双方にもつかない非労働者であった。

 

ニート。元来イギリスにおいてNot in Education, Employment or Training(非通学、非労働、非職業訓練)という一文を略した語として誕生したこの単語は、だがしかしバブル崩壊後の日本文化に瞬く間にその概念を浸透させ、市民権を得るに至った。そして、それは新しい被差別階級の誕生をも意味した……否、彼らは被差別階級でなければならなかった。

 

ニートの大半は、社会の為の生産物を何ら生産することがなかった。また彼らの大半は社会から何ら恩恵を受けることもなかった。それ故彼らは自ずと『不可触民』となった。食って寝て遊ぶだけの彼らに対し、労働者が関わるのは何ら意味がなかったし、政府もまた救済などしようとは思わなかった。政府を牛耳る経済界にとって彼らは体の良い『搾取対象』であったためである。別にニートが特別金銭を持っていたわけではなく、碌な学歴や社会経験のない彼らは資本家からしてみれば騙しやすく、絞りやすい鴨であったためだ。ただそれだけの理由で、ニートは資本家から適度に可愛がられて、不要になれば容易く切り捨てられた。代わりなどいくらでもいたし、事実上の消耗品でしかなかったが、ニート自身が望んでそうなったのであるから、どのような末路を辿ろうと自業自得であったといえただろう。

彼らは観客のいない舞台でひたすら馬鹿騒ぎに興じる、道化以上のものではなかった。賑やかしですらなく、役者とすらも呼べない虚無であった。

 

さて、状況に困ったのは労働者である。経営者からは酷使され、ニートはお荷物。経営者に立てつく根性もない惰弱で哀れなる彼らは、だがしかし経営者たちの愛玩動物であるニートに対してすらもストレスをぶつけることはできず、ただひたすらに働き続けた。働いて、働き続けて、身は細り、命も絶えだえとなった。彼らに残るのは生に対する執着と世の理不尽に怒りだけであり、それは時に絶望からくる死への願望へと転換されたりもしたが、だがしかし彼らは生き延びた。

 

そうして労働者が怒りを胸に生き延びていると、突然奇妙なものが現れた。

スイスというチーズフォンデュと時計産業、それに金融業と雄大なアルプスの山々くらいしか取り柄がないような、自然豊かな欧州の田舎だか都会だかよくわからないところから出てきた、とある一人の技術屋―それくらいしか人間としてできることがなかった不器用な人間という意味で―が開発したそれは、出現当初では先行して世に出た数多くの同系列技術の中に埋もれ、その有効性を早くから見出していた一部の個人や団体以外からはさほどその存在を容認されてはいなかった。むしろまるで創作物の中から飛び出したかのように滑稽さを感じさせる奇抜な造形から、敬遠すらされていた。

 

製作者の欠落した倫理、技術に対する余りに楽観的な観念により、無秩序に世に放出されたそれが、凶悪犯罪などを引き起こしてしまったことも、世間からの冷たい評価に拍車をかけた。

着火した人々の危機感によって反AI団体の活動が活気づき、勢力が拡大したことによって、マイノリティであったそれが政治的な権限すらも有する有力団体へと成長していった。

 

だが幸いというべきか、或いは不幸な悲劇というべきか、資本をスイスに握られている資本家や政府要人による必死の宣伝で、それは警察機関や軍事組織、医療機関、それにゼネコンや発電会社、先端技術開発企業などの大規模な企業における新規の労働力として徐々に採用されるようになり、またAI推進団体と反AI団体間の長きにわたる闘争の果てに確立した、それの扱いに関する現実的妥協点の裁定及び監視体制の確立により、世間のそれに対する奇異の視線は徐々に鎮静化を見せ、十年以上の時を経る頃には一定の市民権を得るに至っていた。

 

人々はその奇妙な物体―機械を人の形に組み立てたもの―全般を、従来のロボットやアンドロイドといった概念ではなく、悲劇的な末路を辿った開発者の面子を立てて、彼の作品と同様に『WALKER』と呼称した。

 

WALKERは従来人間だけが持ち得ていた高度な判断力や学習能力を備え、人間と同じかそれ以上の精度・速度で人間の労働を代行することが可能な倫理思考型労働機械である。

 

予め設定されたプログラムは無論のこと、経験を蓄積することによって動作の精密性を洗練させていくことができ、それは実際の動作は無論のこと、言語による対話に対しても反映され、稼働初期は文脈上の単語選択ミス、即ち実際の社会における人間文化と照らし合わせた場合の、ちぐはぐな言葉使いなどが見られる可能性もあるが、最終的には人間と変わらぬコミュニケーション能力を有することが理論上可能であり、そして現実に2040年代ごろには、WALKERの倫理観は少なくとも現代的な社会機構の維持・発展に寄与するのに不足しない段階まで向上している。

 

そうなると、人間のWALKERに対する親密性は一気にその心理的距離を縮めた。見た目は機械の集合体であるWALKERはだがしかし、そうであるが故に人間からの羨望を浴びるようになった。モーター駆動の四肢、感情を排した頭部、それに人工物由来の動力は、その人間がどれだけ鍛え上げようと決して到達しえない、肉体的な限界を超えた無機人工物質ゆえの高性能を備えていたのである。

 

何時間もの連続稼働に耐える耐久性。破損しても簡易に交換できる機能性。そして過酷な労働に対して寡黙に耐え続ける様は、WALKERと同じ現場で働く労働者からは特に良く見られた。そして彼らはこう思うのだ、『自分もWALKERのようになりたい』と―。

 

人間の動作を拡張する補助機器は既に市場に出ていた。ボタンや操縦桿によって操作される重機、腕力や脚力を向上させるパワードスーツ。それに人間の動作などと連動したり、人間の感覚を拡張させるウェアラブル機器。これらはその性能故に個人の所有が制限されるWALKERと比べて、その普及範囲は広範であった。

 

機能はものによってはその性能に制限が欠けられ、また使用目的に関しても法や技術的な手段による限定などが掛けられたりもしたが、それでも社会全体に普及しつつあった。

 

或いはそれは人間の進化の必然であった。人間の技術の進歩とは、四肢の延長という目的を多分に含んでいたものであるためである。

重機の開発が人間に山を開拓する能力を与え、パワードスーツが人間の筋力そのものを疑似的に重機の域にまで向上させ、そしてウェアラブル機器が人間と機械を繋ぐ神経となった。人は機械の創造主であり、また機械を支配する頭脳であった。

 

されども、人間はそれで満足はしなかった。重機が自らに変わり力のいる労働を行い、パワードスーツが労働の負担を軽減させ、そしてウェアラブル機器があらゆる機械の操作を簡易化させてもなお、人間の肉体そのものは機械と比べて相対的に貧弱であった。ハンディキャップと言ってもよい。

 

元来それだけが人間の持ち得る全てであった時代は時の流れと文明の進歩と共に過去のものとなり、いかに肉体外部の機械を使いこなすかが人間の生き方の大半を占めるようになったが、そうであるが故に人は自らの生身の肉体の弱さに対し、厳しい眼差しを向けるようになった。

 

容易く損壊する肉の肉体が恨めしい。環境で、使い方で、また単に経年劣化によってその機能を低下させていき、最後は全く用をなさなくなる臓器なるものの、なんとも重い障害であることか。人間もWALKERのように、強靭なる不朽の容器(からだ)を持てないものか……そんな思いを抱くものが、一定数出始めるようになった。

 

需要という意味では、それは確かに経済的な活性を見込めるものであった。要らない臓器を、より品質の優れた機械に置き換えることの、何が不況を生み出すというのか。むしろ労働年齢と期間が延びているのにも関わらず、実際に働く者たちの肉体的な問題を解決せずして、この国の発展などを如何に臨み得るというのだろうか。それはこの国を支える者たちからの、淀みのない社会に対する不満であり要望であった。

 

だがしかし、幾ら労働者たちが肉体の工学的改造を切望したとて、社会の仕組みがそれを許さなかった。

WALKERの存在がそれを阻んだというのが、大きな一因であった。

 

確かに、登場初期のWALKERは犯罪に多用された。

人間以上の身体能力、人間以上の思考能力を持って、強盗や誘拐、テロ活動などに安易に用いられた。

偏にWALKERの管理体制の不備がその原因であった。

 

されども稼働当初に問題を孕んでいたWALKERの管理体制は、その重大性から国家を超えた国際社会レベルで瞬く間に整備され、少なくとも個人が国家機関の許可なくこれを所持及び製造することは、これを固く禁じられ、制限されるようになった。

即ち、違反者は情け容赦なく処罰されることが決まって、それが故にWALKER犯罪の件数は目に見えて減るようになったのである。

 

だがそうであるが故に、人間の工学的改造、即ちWALKER化に対する制限は掛けられることになった。

WALKERの安全性とは、即ち国家等級の管理体制があって初めて成り立つものであり、これを個人そのものに対して与えることと限りなく同質である人間のWALKER化などは、その根本的な問題点から頓挫することになった。

個人の肉体の権利を他者に委ねる案もあったが、それは個人の人権の保護という観点から早々に却下された。

 

また技術的な問題もあった。人間の肉体を人工物に置き換えるに際して、製品自体の品質不良の発生や、肉体の異物に対する拒絶反応を如何に乗り越えていくのかといった課題が、人間の有機機械化の早期実現に対する技術的な壁となって立ちふさがった。

 

即ち人間の工学的機械化とは、倫理的な問題と技術的な困難から、その実現に停滞を余儀なくされったのであり、それはまた同時に労働者の敗北をも意味した。

労働者に許されたのは、ナノマシンを用いているとはいえ本質的には古来よりの薬学的治療と大きく異なることのない有機的肉体の修復による治療と、電子チップ埋め込みによって神経や筋肉の電気的制御の補正をかけることで、衰えた肉体の酷使することを可能とするという、凡そ慈悲的とは言えない工学的延命であった。

 

さらに言えば、それですらも経済的に豊かな労働者のみが得られる医学的恩恵であり、貧しい者は従来と同じように自身の肉体に鞭を打って、精神力のみを頼りに活動を続けるしかないのである。

 

そんな現在の日本の状況に対し、広瀬は人間の工学的改造の制限解除によって流れを変えようという。あまりに世界の潮流に反した計画の内容に、会議の参加者たちからは多くの反発が飛び出した。

 

曰く、他国との歩調はどうするのか。実行した場合、大きな反感を買うのは確実であり、国際問題に発展するという者。

 

またある者は、ただでさえ国民に負担を強いているのに、より大きな重荷となる計画の実施は国民の生活と安全を保障するという政府の存在意義に反する重大な造反であり、計画の実施は許されないという意見を繰り出し、広瀬はそれらの批判―広瀬本人への直接の抗議ではなく、独りごとのようなつぶやきという形ではあった―を浴びてなお、動じることなく不動の姿勢を保っていた。

 

実際、精神も肉体も全く動じてはいないのであろうことを、田嶋は確信していた。

それが広瀬勝という人間の持つ、怪物『鬼』の如くに凡人離れした強みの資質であることを知っていたためである。

 

〔田嶋〕

「首相、それに久瀬大臣。貴方がたはこの新世界で一体何をされる御積りですか?

私は貴方の言う『希望のある未来』が、恐ろしい災厄のように感じられます。

脅威となる他国のいない今、何故そのような大規模な計画が必要であるのか、ご説明頂きたい」

 

〔広瀬〕

「そうだな。他国の在せぬ今は内政の安定事がまず第一に優先されるべき事項であり、そこに認識の不備はない。ではその後は?

 

例えば現在我が国には、転移現象に巻き込まれ故郷への帰路を失った外国人が少なからず在留している。

だが故郷を失った異邦人たちを、いつまでも国内に留めておくのが健全な対策であるとは、俺には思えない。いずれ彼らにも日本の国籍を与えて国民として扱うか、新天地を与えてそこを居場所として活躍させるべきだろう。

 

言っておくが安易な同化政策は駄目だ。追い詰められている者に選択の余地のない指示を突き付けることは、ほぼ確実に大きな反発を招く。彼ら自身に非がないからだ。例え考え得る最善の策であったとしても、彼ら自身に選択権を与えてから選ばせなくては、彼らは日本政府に対し疑惑と反感を持つだろう。

 

前提としてまず、俺たちは完全じゃない。間違いのない道なんて誰も、誰にも提示してやれない。政府にできることは、人々が幸福を得るための選択肢を確保してやることだけだ。

国民も外国人も人としての能力は平等だ。それ故に人権もまた等しく扱われなければならない。

 

外国人だからといって低い賃金で長時間過酷な仕事を与えてぞんざいに扱うなど言語道断だ。彼らもまた、愛する者もいれば命がけで立ち向かわなくてはならない者がいる。それを軽んじれば、それは人道の堕落と損失を招き、やがて積み重なった怨恨の縁によって生じた因果の応報が、俺たちの行く先を闇に閉ざして消してしまうだろう。

 

これは決して真偽の怪しい空想などではない。人間のあらゆる行いは縁の線というもので全てが繋がっていて、それは宇宙規模での科学法則とも言える。

 

鬼を切る者は鬼の悪意によって首を跳ね切られ、仏を滅するものはまた仏の法力によってその身を滅ぼされる。物事に真の自由などはなく、色即是空、空即是色と経を唱えたところで、人間が煩悩から逃れられることはなく、我はそれが個人の内に帰結するがために真我という完全に到達することはない。

 

物事の因縁や在り様とは元来そういうもので、その法則は生身の人間程度がどうこうできるようなものじゃない。

 

それを忘れて驕り昂ぶり、成すことを誤れば、俺たちは安易な悪政執行者に堕ちて、腐り落ちる国の中に飲まれるぞ。

それを避けるためには智的精神が必要だが、故にまずは精神的な余裕を生むに足る、全体ないし個々の生活の安定が重要であり、その為に国力の立て直しと増強は必要だ。

 

今という危機的状況だからこそAIや労働者の力が必要なんだよ、田嶋」

 

田嶋は広瀬の一見静かな口調で紡がれる言葉の裏に、本気の熱量を垣間見た。その熱量は赤い未熟な火種を超えて、青く揺らめく強い炎であるように見えた。そう、田嶋は確かに見たのだ、広瀬の体から立ち上る、青く揺らめく鬼の火を。

 

田嶋はその火を見て、自身の肉体から霊魂とでも呼ぶであろう何かが剥がれ落ちそうになるのを感じ取った。意識を保ったまま肉体の動作が停止しそうだといってもよいし、意識の流れと肉体の動きに齟齬が生じかねないといってもよい。

 

とにかくそんな摩訶不思議な現象が起こり得そうなほどに、広瀬の熱量はその威力を発揮したのだが、田嶋はそれを意に会することなく、丹田に力を込めながら精神強度を向上させることによって広瀬の火に耐え、広瀬の理念に臣下としての忠告を上納した。

神秘的事象の否定といってもよいそれは、長年政界で戦い続けた彼のような者にとっては成し得て当然の事象であり、そこに青臭い感動などなければ、さりとて年老いさらばえた耄碌なども一切含まず、成熟した合理的精神があるのみである。

 

〔田嶋〕

「広瀬さんはかつて、その苛烈な行動から『護国の鬼』と呼ばれたことがあるらしいですが、私は貴方が単なる鬼ではなく、生者を死地へと誘う『鬼火』になることを懸念しております。国力の立て直しと、それに伴う体制の変革。それを受け入れる者も中にはいるでしょう。或いは大多数の国民がそれを望んでいるのかもしれません、ですが。

 

現実問題として、エネルギーと資源が不足している問題に対しどう対処される御積りでしょうか。現在国内にある分のエネルギーでは、地球にいたころと同様の経済活動や国家事業などをするにしても、さほど長持ちはしません。WALKERの稼働、生産、出荷などに要するエネルギーは元より、宇宙開発や海底開発に要する資源とエネルギーの確保は、いかにして行われるのでしょうか。

具体策を仰っていただきたい」

 

〔広瀬〕

「エネルギー、そうエネルギーの確保は確かに重要だ。現在の文明は何事もエネルギーの確保なくしては成り立たないからな。

だが幸運なことに、その問題はなんとかなりそうだぞ田嶋。

朝倉、例のエネルギー確保策について、今ここで概要を説明してくれ」

 

広瀬の推し薦めを受けた朝倉文科大臣が、大きな体をよいしょと持ち上げ話を始める。

 

〔朝倉〕

「さて、突然のことですが皆さん、現在日本のエネルギー資源が不足状態にあることは、既にご存じかと思われます。

文明の維持発展に要する資源の大半を国外に依存している我が国では、石油は勿論、その他のエネルギー資源も国外からの輸入品で賄っており、それが今回の転移に際して、問題が表面化してしまいました。その事はこの国にとって大いなる不幸です。

 

ですが、不安に苛まれるのはまだ早期です。確かに我が国はエネルギー資源の大半を輸入に頼ってきましたが、だからといってそれを良しとし自ら資源を産出する努力を怠っていたわけではありません。

作物から生産できるバイオ燃料は無論の事、海底のメタンハイドレートや地熱、ダムを利用した水力など、我が国は自前の資源を有効活用して、エネルギーを確保することを目的とした事業や研究を長年模索しております。

 

それらの中には期待に応えたものもあれば、失敗し投資した資本を還元することすらままならないものもあり、千差万別であります。

 

今更何故このようなことを説明するのかというと、実はもうすぐ有効なエネルギー確保策が成功しそうだからです」

 

朝倉の言葉に会場がどよめいた。

現在のエネルギー不足問題に対する有効な対策とは何か?そのことに参加者達の好奇心は釘付けとなる。

参加者達の視線を一身に受けながら、朝倉が話を進める。

 

〔朝倉〕

「ところで皆さん、『ナトリウム』をご存じでしょうか?恐らく学生の頃、理科の時間に学んだことを覚えている方もおりますでしょうが、ナトリウムは元素番号11番、第1族元素に属するアルカリ金属であり、原子量は22.99。医学や工業的にはソジウムとかソーダなんて呼んだりもしますが、取り合えずこの場ではナトリウムで呼称を統一しましょう。

 

さてこのナトリウムですが、地球上の環境において、ナトリウムは特に海水に多く含まれる元素であり、その比率は海水1kgに対し、ナトリウム10.5~10.8gとなっており、これは海水中の金属の中で最も多いといってもよい量です。

 

そのナトリウムですが、不純物を取り除いた純ナトリウムは、水と反応を起こすことによって水素を発生させます。この時化学反応によって電気が生じるわけですが、この原理を発電に応用すれば、海水から無尽蔵のエネルギーを取り出すことが可能です。

 

これまでは海水からナトリウムを取り出す際の効率やナトリウムの危険性の観点から実用化には至っておりませんでしたが、近年その効率を急速に高める技術が開発されたことで、実用化に向けた研究が各国にて活発化しておりました。

 

我が国も例外ではなく、海洋に国土を多く面する我が国にとっては、この海水から抽出するナトリウムを用いた発電は、次世代を担うものとして日々研究が進められております。

さて、ここまで話したところで話が本題に進めましょう。我が国の次世代エネルギー研究機関は、転移現象の起こった4月中旬ごろ、海洋上にてとある実験を行っておりました。その実験は残念ながら転移時の余波で失敗に終わってしまいましたが、その後周辺海域の海水サンプルを取ったところ、とある重大な発見をしました」

 

〔安住〕

「その発見とは何でしょうか?」

 

〔朝倉〕

「先ほど、地球の海洋においてはナトリウムが1kgあたり10.5~10.8gほど含まれるという話をしましたね。さて、この世界の環境は地球とは多少異なるものであることは、これまでの学術調査の結果から参加者のみなさんも既にある程度理解されていると思われます。それを踏まえてこの世界における海水中のナトリウム含有量を説明させて頂くと、なんとこの世界の海水中には1kgあたり平均42グラムも含まれているということが発覚したのです。

 

即ちこの世界の海水からは、地球の4倍程度のナトリウムを採取することが可能であり、これは海水を原料としたナトリウム発電機の実用化に対し、大きな技術的ブレイクスルーを生み出すのに十分な比率なのです」

 

〔安住〕

「即ち、将来的にエネルギー不足は解決の見通しがたつ可能性があるということですか?」

 

〔朝倉〕

「完全な埋め合わせがいつ頃になるかはなんとも言えませんが、少なくとも1年半ほどの研究に投資を許可して頂けたのなら、取り合えず現在のエネルギー不足問題に関して、数年間は5パーセントから10パーセント程度補える可能性がありますし、その後事業が軌道に乗った場合は更に増加が見込めます」

 

朝倉の発言に、場がざわざわと盛り上がる。当面の問題であったエネルギー問題の解決に、多少の余裕ができたのだから無理もない。

その参加者たちの盛り上がりの中で、田嶋はただ一人冷静に状況を分析していた。

 

〔田嶋〕

「盛り上がっているところ悪いですが、その成果というのは研究が上手くいったときの話でしょう?現状成果を上げているわけでもないのに、そのような安易な目測を立ててよいのでしょうか?」

 

〔朝倉〕

「確かに現状大量生産の目途がまだ立ってはいませんが、それに関しましては既存の技術を組み合わせたとしても、多少の遅れが生じる程度と見積もられており、遅くとも2年からプラス3か月程度でエネルギー問題の解決を見込むことが可能です」

 

それを聞いた田嶋は、面倒くさいことになったぞと内面でふてくされたが、それが表情などに出ることはなかった。それは偏に政治家としての経験の豊富さゆえである。

 

〔朝倉〕

「首相の仰る神州警固番役計画なる新体制発足計画に関しましても、今すぐとはいかずとも、今後10年というスパンで実現することは不可能ではないと思われます。

……というより、急がないと少々まずいことになると思われます」

 

〔田嶋〕

「?というと?」

 

〔朝倉〕

「兎に角これを見て頂きたい」

 

そういうと、朝倉はプロジェクターを操作している総理秘書官に近づいて、板状の情報記憶媒体を渡した。

立体映像が、新しい像を投影する。様々な生物のものである。

 

〔朝倉〕

「これは転移に国内のにて捕獲された新種の生物群であります。海洋由来のものが大半を占めますが、中には飛翔能力を持った哺乳類や爬虫類などもおります。

なお飛翔生物群ですが、1m未満の常識的体格の個体の他に、全長で3メートル級、翼幅は更に大型な個体が複数捕獲されました。体重も一部個体は100kgを超えるなど重量級です。

 

なおこれらの生物は体格こそ巨大ですが、共通して非常に臆病かつ繊細な性質で、原動機の音や排ガスなどに対して強い警戒心を抱き、近くでそれを感知するとその場から逃げ去りますし、人間に対しても積極的には襲い掛からないようです。ですが問題はそれとは別方面です」

 

次の画像をと朝倉が秘書官に言うと、次に映し出されたのは細菌やウイルスなどのCG図であった。

それを見て、事情を察した参加者は緊張で額に汗が張り付く。

 

〔朝倉〕

「これら生物の体内から、少なくとも70から80種ほどの未知の病原体やウイルスが検出されました。その多くは地球上において過去に存在が確認された物に酷似しており、それらに対する免疫手段を我々は幸運なことに保持していますが、肝心なのはこの世界の生態系に関して、現状我々が無知に過ぎるということです」

 

朝倉の発言は、いつの間にか場を静かにさせていた。話は続く。

 

〔朝倉〕

「これらの生物が、どこに生息しどの程度の活動圏を有するのか、我々は知りません。

ですが、画像の生物のように海洋渡航能力や飛行能力を有する生物が、遥か遠方から群を以て侵入してきた場合、我が国の生態系や社会基盤が崩落する恐れがあります。

新世界の生態系は我々にとって脅威です」

 

明らかになった残酷に、会議室内が凍り付く。

 

〔朝倉〕

「我々はナノマシンの製造技術を有して、過去よりも病原体に対する強力な対抗策を有しております。

ですがそれらとて、完全に未知なる病原体に対しては、その機能を十全に発揮することが出来ません。

現状では、マシンの過剰反応がアレルギーなどを誘発する可能性がある為、マシンの稼働能力に制限を加えております。

即ち設定の範囲を超えた稼働を抑えることによって、被治療者の心身に無用な害を及ぼさないようにしているわけであります。

むしろ無用な被害をいかに抑えるかということにこそ、今日のナノマシン医療における技術的・倫理的な命題があるといってもよいでしょう。

 

よって新型の病原体に対しては、都度専用のものを開発・製造するのが最も有効ですが、そうなるとそこに莫大なエネルギーを投じることになり、また感染拡大を防ぐために人の往来に対し制限を掛けなければならなくなり、国の機能が停滞してしまいます。

過去の世界規模の感染症流行がそうであったようにです」

 

沈痛な空気が場を包み込む。この場に居る者は皆、過去に幾度も起こったそれを経験している。それが齎す事態を知っている。それは個人の経験においてもそうだが、それ以前に、人類の本能という部分で、未知の脅威に対する警戒心を持っているのだ。

 

人類も含めた生命は皆、微小な生物から始まった。時間と環境が変化作用を生み出し、やがて弱肉強食という原理を生み出した。細菌と細菌が食らい合い、勝った方が生き残り敗者は滅ぶ、それを幾十億年も繰り返した末に生命は海を這い出て地に上がり、地に沈んで生態域を広げ、多様な生態系を築いた末に人類が誕生した。

 

人類は高等生物である。単細胞生物やウイルスとは比べ物にならないほど複雑な構造と機能を有する巨大な個の怪物モビーディックであり、また群体(レギオン)たるリヴァイアサンである。

有した免疫は、細菌やウイルスなどの病原体を駆逐し、無力化させるものの、だからと言って下等に対して常に優勢にあるかと言えばそうではなく、時として自身より遥かに規模において劣る筈のそれらに対して、敗北を喫することも稀ではない。

即ち生物の優劣とは生存と勝利を決定づける絶対条件ではなく、生存は様々な要因を積み重ねた結果論であるに過ぎない。

色即是空、万物は常に誕生を繰り返して変化し続けるが故に永遠不変などはなく、生存と死滅とは絶えず変化を続ける生命の有り様そのものであるともいえる。

大宇宙の原理の前に、人間などは矮小な蚤に過ぎないのだ。

 

〔朝倉〕

「また問題は他にもあります。

すいません秘書官さん、天候の項目の6番画像を表示お願い」

 

画像が生物のものから、景色を映したものに変わる。海上で複数の竜巻が発生しているものだ。

 

〔朝倉〕

「これは先日南東900kmの地点にて捉えられた画像です。

見ての通り複数の竜巻を捉えたものですが、これらは海上の大気の温度差から生じ、海水を巻き上げながら北上を続けていきました。

その移動速度は相当なもので、最高時速が100km前後ほどに到達していました。

推測ですが、恐らくこの惑星のコリオリ力などの影響によるものです」

 

朝倉の説明の意味を理解していない様子の閣僚が、疑問を呈する。

 

〔閣僚A〕

「どういうことですか?」

 

〔朝倉〕

「ここ一か月半の調査から、この惑星は推定ですが地球よりも遥かに大型の可能性があります。衛星を飛ばせていないので水平線などから導き出していますがね。

 

しかし、今我々の一日のサイクルは地球とさほど変化しておらず、日の出から日没までは凡そ地球での5月の平均時間とさほど変化がありません。

ですが、それはつまりこの惑星の自転速度は地球よりも高速であるということであり、それに伴って上空の偏西風や、地表のコリオリ力なども地球よりも強力になっているということです。実際航空機や観測気球による高高度調査で、それが確認できています。

 

さて、そのことによってどのような問題が起こるのか?渋川さん、地球において毎年のように日本の南東側から飛来する気象現象がございましたね」

 

突然話を振られた渋川は、動揺しながらも回答した。

 

〔渋川〕

「……えー、『台風』ですか?」

 

〔朝倉

「その通りです。地球ではほぼ毎年台風が発生し、日本に飛来していました。この世界においても、台風が発生し日本に飛来する可能性があります。

しかも、その脅威度は地球よりも深刻だと考えられます」

 

一旦息をつきつつ、朝倉は更に話を続ける。

 

〔朝倉〕

「先ほど申した通り、この惑星の自転速度は恐らく高速であり、上空の偏西風や地表付近のコリオリ力は強力です。これらの作用によって台風は地球のそれよりも高速で移動してくるでしょう。

 

更に、この台風には海洋に含まれる膨大なナトリウムが含まれており、上陸地点に深刻な塩害を齎します。それで農産業が被る被害は、大規模なものになるでしょう。

この世界の海洋は、我々に恵みだけでなく災いも齎すのです。

 

さて、それを踏まえた上で、総理の進めております神州警固番役計画、まあ略して神警番計画としましょう、それが我が国にどのような利を齎すのかというと、即ちこれまで上げた新世界の脅威の被害を低下させることができます。

 

観測衛星による災害発生の早期発見と、それに基づく迅速な避難。

脅威生物飛来による感染症蔓延に対する予防と撲滅。

労働力の充実による経済発展や災害時の早期復興の実現。

更に、軍事力を背景とした周辺地域の監視及び物流や生物移動の管理を行うことで……」

 

〔官僚A〕

「周辺地域の監視及び物流や人移動の管理?軍事力を背景?

首相はそんなこと言ってませんよ?」

 

〔朝倉〕

「まだ言ってなかったので代わりに言っておきました。

広瀬さん、別に私が説明しても構わないでしょう?」

 

〔広瀬〕

「癪だが、どうせ言うつもりだったしいいぜ。

ここにいるみんなに、はっきりと言ってやればいい。

余分な遠慮や忖度はいらない。完結、明確に言って、そしていやというほど理解させてやってくれ。

俺たちの計画が、いかに重大かを」

 

〔朝倉〕

「はい。という訳で説明させて頂きますが、神警番計画は国内は無論のこと、国外の広い範囲まで含めて行う予定となっております。

 

我が国内部だけ監視しても、より遠方から飛来する脅威は防げない訳ですので、現在の我が国の領土領海を超えた所まで活動圏を広げて、脅威となる生物はこれを発見次第直ちに捕獲・調査、場合によっては最低限のサンプルのみを残して残りは殲滅することも想定しており、その為には軍事力を背景とした強い活動力が必要な訳です。

 

その様な理由で、今後我が国は軍事富強国としての道を歩んでいくことになるでしょう

言っておきますが、時間の猶予は皆さんが思うほど無いと考えたほうが良いです。

今こうしている間にも、この新世界の脅威が日本を襲来するかもしれませんから、最善よりも最悪を想定した方が生産的です。

他はともかく、監視・管理体制だけでもどうにかして敷くべきです。

 

私からの説明は以上です」

 

朝倉の嵐のような喋りに、思わず参加者たちは呆然となったが、話の内容を吟味するうちに気分が高揚してえーっ!!という驚愕が場を満たした。

 

〔官僚A〕

「状況が無茶苦茶過ぎてワロタ。

これは早くも日本終了のお知らせのようですね。

自由は失われ、人々は独裁国家の奴隷になるんだ。

愛と平和という名の暗黒時代開始です。

 

何が国だよク〇ニしろオラァ!」

 

〔官僚B〕

「やめろ馬鹿。お前はどこの〇田〇庸だ。最後の一文は幾ら何でも不味いって。

童貞とかク〇ニとか、〇米田〇治にいじられるぞ絶対。

取り合えず謝罪しよう、な」

 

〔閣僚A〕

「お騒がせして申し訳ありませんでした…

 

あー羽黒刑務所行きてェー。パ〇プカットすれば男の俺でもメデューサ症候群発症するかなあ?

殺〇少女たちの中でレ〇ハーレム作るのが俺のTSドリームなんだ」

 

〔官僚B〕

「こいつ、全然反省してねえ……全く反省しない上で更にその上を行きやがった……

その生きざま、正に悪魔付き。サスペンス×エロス×ヴァイオレンス!

知らないやつは全く知らないネタが平気で飛び交うこの作品の如く、〇田〇庸は正しく講〇社の怪物だぜ……!」

 

〔官僚C〕

「〇田〇庸や講〇社に限らず漫画家なんて大体どこのどいつも怪物なのでは?ボブは訝しんだ」

 

作者の気分を反映して妙なテンションになった場を鎮めるために、安住は広瀬に縋りつく。

 

〔安住〕

「広瀬さん、いくら何でも過激すぎませんか?

こんなの聞かされて冷静でいられるほど、僕らは下劣な畜生ではありませんよ!

幾ら広瀬さんが血の代わりにWALKER用のオイルが流れ、脳の代わりに電子チップで駆動する冷徹なサイコパスロボットだとしても、あんまりです!!

せめてフ〇ーザ編後の孫〇空程度の慈悲を持ち合わせて下さい!」

 

〔広瀬〕

「誰が宇宙の悪魔〇イヤ人だ!

俺も流石に『死んでもでえじょうぶだ、〇ラゴン〇ールで生き返れる』なんて言えるほどに異星人メンタルしてねえよ!

少なくとも鼻の無い〇リリンよりは地球人的だよ、おいっ。

 

取り合えず落ち着け安住。動揺したからってキャラをブレさせるな。誰が誰だか読者が分からなくなるだろうが。

 

朝倉の言い方だとちょっと問題ありげだが、実際には国内の状況に合わせて、修正などを加えつつ段階的に施行していくからな?何も最初から全部やるってわけじゃない。

だが最終的には、計画の完遂を目指して進めていくつもりだ」

 

〔田嶋〕

「総理、そこまでして計画に拘る理由とは?」

 

田嶋や安住、その他の閣僚の注目が集まる中、広瀬は自身の本意を晒す。

 

〔広瀬〕

「こういうと胡散臭いように思われるかもしれないが、俺の望みは簡潔にただ一つ。

 

『愛と世界平和』。この実現こそが俺が総理になった理由であり、人生の目標だな。

 

言葉にすれば簡単だが、これの実現には多くの困難が付き纏う。対話は大事だが、武力も必要だろう。それだけだ。

 

例え転移がなく地球に居た場合でも計画は施行していたが、まあなんとも面倒なことになったもんだ。

 

新世界で零からやり始めようぜ、この国の歴史ってやつをよ」

 

〔田嶋〕

「強引ですな。撤回の意思は?」

 

〔広瀬〕

「無い。強行採決あるのみだ。どのような妨害にあっても絶対に計画は通す、絶対だ」

 

広瀬が真顔で語った唐突な理想論に、田嶋はやれやれと肩を竦めながら、ため息を漏らした。

 

〔田嶋〕

「総理、我が国はあくまで民主制国家なのです。いくら個人や政党が強引に物事を進めようとしたところで、国民の支持が無ければ権力を維持することは出来ません。

 

そして、総理の言い分を国民が飲んでくれるかどうかは未知数です。国民が物資とエネルギーの不足に貧窮しつつある現状で、多くの物資とエネルギーのリソースを割りかねない大規模な事業を強行することは、致命的な失策になりかねないのです。

 

仮に総理のお考えが正しい可能性があってでもです。例え正しさを含有しようと、国民がそれを否定したら即ち間違っているということになります。正しさとはあくまで結果論なのです。例え理屈が通ていなくとも、納得が通てしまえばそれは即ち正しいのです。個人の主観などというものは、物事の発生過程における些末な障害に過ぎないのです。

 

それを踏まえたうえで、一体どのように国民を納得させるのか、お考えを聞かせて頂きたいのですが」

 

田嶋の問いを、広瀬は奇妙な笑いを浮かべて受け取った。まるで田嶋の質問を事前に待ち望んでいたかのように。

その様子に、田嶋は引っ掛かりを覚える。

 

〔広瀬〕

「ククク、なあ田嶋、人に納得を与える方法って何だと思う?

真実をありのままに話すことか?まあそれも悪くはない。悪くはないがそれじゃあ50点ってところだ。真実ってやつは時として残酷で、人の心を容易く傷つけちまう。そんな状態じゃあ納得なんてしにくいってもんだ。

 

だからな……場合によっては『嘘』を練り混ぜることも必要なんだよ。

嘘っていうのは普通悪いもののように思えるが、ところがどっこい場合によっては下手な真実よりも人の心を支える良薬になるんだ、これが」

 

〔田嶋〕

「……?一体何を仰いたいので?」

 

広瀬は答えを大げさに答えた。

 

〔広瀬〕

「要するにだ、政治家が国民を導く時にも、それっぽい理屈を作ればあとは国民の側が自分で納得してしまうってことだ。

 

だから俺は、ある件に関して重要な嘘をつく……というか『もうついた』んだよ」

 

〔田嶋〕

「……なんですと?一体何を?」

 

戸惑った様子の田嶋の疑問に広瀬は解答を用意する。それは実に禄でもない話であった。

 

〔広瀬〕

「2週間前に記者会見を開いて、日本の残存資源とエネルギーについて説明しただろ。確か1年半位しか持たないって話だったよな。

 

まあそれ実は真っ赤な嘘なんだよ♡」

 

ざわ……と、場がどよめく。かなり予想外の事実であった。

田嶋もとても驚き、即座に広瀬に突っかかる。

 

〔田嶋〕

「え、えーッ!?

なんですと……あんなに重要な話が嘘だったとは一体……?これまでの話し合いの意味とは……?

じ、実際はどうなんですかっ!?」

 

田嶋の問いに対し広瀬はにこやかに笑いながら万歳した……両手を目一杯広げて。

その意図を理解した田嶋は、唖然とした。

 

〔田嶋〕

「ま、ま、まさか……

 

あと『10年』は戦えるとぉ……ッ!?

 

ほげェーッ!!!!」

 

〔広瀬〕

「うーん日本驚異のメカニズムってやつだな♡

資料の数値をチョイチョイっと弄ったらできたぜ、驚くほど簡単にな」

 

とんでもないことを何でもないことのように軽い態度で話す広瀬に、田嶋は怖気つきながらも追及は忘れないで行う。というか、そうせずにはいられなかった。

 

〔田嶋〕

「そんなことして、本物の資料が流出したらどうするんですか!?国を揺るがす大問題ですぞ!!」

 

田嶋の必死の追及にしかし、広瀬は

 

〔広瀬〕

「流出、そんなことはありえねーんだ田嶋」

 

〔田嶋〕

「なんですと!?何故!?」

 

〔広瀬〕

「日本の資源とエネルギーの備蓄量の調査、そんなもんはな……

 

ハナから実在しねーんだ、少なくとも国として公式にやってはいない」

 

広瀬の爆弾発言に、場が凍り付く。

 

〔田嶋〕

「え、え、え? い、いつから……」

 

〔広瀬〕

「そこらへんは内緒だが、俺の任期中にやったことは一度たりとてない、な」

 

広瀬は更に爆弾発言を続けていく。連鎖爆発発生中。

 

〔田嶋〕

「何故そんなことを……?」

 

〔広瀬〕

「仮に外国からの物流が止まっても、国を維持するためだな。

ああでも、じゃあなんで10年なんて数字を俺が上げたかっていうと別に適当じゃなくて、個人的なツテで調べたらそんくらいは算出できた。

案外表に出さない隠し資源貯めこんでる連中って国内にいるんだな。まあ俺もやってるけど。

とにかく、国民が思っている以上の資源とエネルギーが、この国にはあるんだぜ」

 

心理的な爆発事象が続けて起こる中、田嶋はビビりながらも弁を走らせていく。そうしなければ、立ち止まったら吹っ飛ぶとでもいった感じで。

 

〔田嶋〕

「何故態々国民に嘘を……?」

 

〔広瀬〕

「そりゃもちろん防衛上の懸念からだよ♡

危機感を募らせれば厭でも腹が据えるってわけだ。

訳の分からん世界で生活する上では、防衛力の向上は絶対条件だからな。多少の嘘は大目に見ろ」

 

〔田嶋〕

「これまでの我々の話し合いは一体何だったのか?さきの朝倉大臣の話とか……」

 

田嶋の様子はもはやほぼ泣きに入る直前であったが、そんなことを広瀬は気にせず、自身のペースで田嶋を宥めた。

 

〔広瀬〕

「ん-、ほら、敵を欺くにはまず味方から欺けと古来より言うだろう?一体だれがそんなこと言い始めたのかは知らないが、いいこと言うよな役に立つわ。

 

ぶっちゃけ世の中敵だらけだし、信じられるのは絆した親兄弟と、姉妹、子供、それと飼いならした愛玩動物ぐらいだっていうのがこの世の真理なんじゃねえかな。なに?そんなこと俺が言っても薄っぺらい?そうだなそれもまた真実だ。飢えて乾いて、そうして縋ったものを至高の真実として受け入れたのなら、人は幾らだって強くなれるし生き延びればそれが力になる。俺はそんな人間をこそ愛したいね。

 

まあそういうことということで、ホントすまないな皆。でもな、騙されるやつが悪いんだぜ?今回の件は俺とお前らで責任を折檻ということで、話は終わらせよう。いいな?」

 

今回の件は特に深い理由などはなく、多分ノリでやったぽい。

まあ、そんな大事じゃないしいいよね!(よくない)

 

〔田嶋〕

「これバレたらどうするんですかねェ……」

 

〔広瀬〕

「本当は資源が余分にあることが分かったら、国民は喜んで使いつぶすぜ。

だからこそ、嘘でも危機感を演出しないと先がないんだ。

つまり、神警番を阻む資源的、エネルギー的問題は実はないということだな」

 

〔田嶋〕

[(こ、この総理大臣、一切信用できない……言うこと成すことの信憑性が悉く薄っぺらすぎて、まるでこれじゃあ鬼は鬼でも天邪鬼ではないですか。

かの物の怪は言うことすべてが事実と反対になるといいますが、広瀬首相の場合は真偽の判断すらも疑わしい……

と、取り合えずこの手の相手にまともに向かい合ってはいけない。こちらもまたのらりくらりと舞い躱す姿勢をみせなければ飲み込まれる)取り合えずこの件は保留ということで」

 

〔広瀬〕

「本当にそんな曖昧な答えでいいのか?」

 

〔田嶋〕

「今の件は余りに急な話がすぎて、まだ検討すべき点が多いと判断しますので」

 

かくして、広瀬総理の鬼の所業こと神警番計画はその賛否決定が保留されることとなった。やり方がえげつない。

 

さて、場が落ち着いたところで、機会を窺っていた南原が会議の進行を進め始める。

 

〔南原〕

「さて、田嶋大臣の次に質問のある議員はいますか?」

 

南原の催促に、安住が挙手して身を上げた。

 

〔安住〕

「どうやらこの世界では人間間の場合なら、使用言語に関わらず意志の疎通が可能であることが、国内での事例及び今回の調査で発覚しましたが、その原因に関する調査はどの程度進んでいるでしょうか?

久瀬さん及び朝倉さん、ご説明の程お願いします」

 

安住の質問に対し、先ずは久瀬が説明を開始する。

 

〔久瀬〕

「俺から先に話そう。調査隊からの報告では、現地勢力にとっても原理は不明なようだ。ただ、我々との意思疎通に関してそれを可笑しく思うような態度が見られなかったことから、恐らくこの世界における普遍的な現象であると思われる。俺から言えることは以上だ。国内での調査に関しては、朝倉さん、お願いします」

 

久瀬に続き朝倉が現状の調査結果を述べる。

 

〔朝倉〕

「現在国内で発生している言語の自動翻訳現象に関してですが、調査の結果遺伝子に未知の物質が混入していることが判明しており、その物質が脳や神経系の一部に変化を与えているらしいことが判明したことは以前にもお話しましたね。

 

言葉を発する時や文字を記載する際、また逆に言葉を聞いたり文字を見たりする際に、脳内から質量の微細な変化を齎す重力波のようなものが計測されると。

 

更にAIに関しましても、量子コンピュータを搭載したWALKER等高性能電子製品の場合、対話インターフェイスの駆動時に同様の現象が発生するらしいことも判明し、これは量子コンピュータに何らかの作用が働いているものと考えられます。

 

仮説としては、我々の次元とは異なる時空間に人間のやAIのコミュニケーションを補助する何らかの存在が予測されますが、その原理や正体に関しては依然不明のままであり、また人間の肉体や精神に与える影響も不明です。

まあ、何もわかっていないということですね」

 

朝倉の説明に、参加者たちは面倒くさそうにため息を漏らす。

 

日本が地球からこの世界に転移した際、国内において言語による意思疎通の障害が突如消えた。何語を喋って聞いても、見ても書いても、誰もがその意味を程度の差はあれ理解できるようになった。

一応未就学児や就学初期の児童などに、成熟した大人が用いるような複雑な言い回しを使っても、蓄積した知識や人生経験の差から意味や意図をはっきりと理解するようなことはなく、また『わび・さび』や『人道』、『善悪』『正義』『真理』などといった抽象的、観念的な概念に関しても、理解度が個々人によって異なるらしいことが判明している。

 

言ってしまえば翻訳は機械的な性質であり、抽象的な物事の明確なる観念的本質(イデア)を訳することは叶わず、ただ単にある単語をそれに該当する別の語に置き換えているというだけのものであるようだ。

 

何故そうであるのかは謎だが、それは全人類の知性が一つに結混合されたなどというわけではなく、個々がその個性と自立性を保ったままに、膨大なデータを保持しているサーバーベースとでも言うべきものに接続され、必要に応じて限定的に個に対して情報が落とされ、用が済むたびに個の内部から消去されるというものなのではないかと推測されている。

 

それを裏付けるように、自動翻訳現象が記憶や知識の根本的な上昇には繋がってはいないということも判明していた。

 

つまり足し算を覚えたばかりの小児が、二次関数やフェルマーの最終定理などのより高度な数学を理解するなどといったことは起こっておらず、科学者が未知の理論を発見するなどということもなかった。

 

即ち地球に居た頃知らなかった物事を理解するという事象は、言語のみを別枠として生じていなかったのだが、何故言語という限られた事象においてのみ、このようなことになったのかに関しては、それが意図のあることなのかそれとも偶然なのかすらも未知である。

そういった事象に対して、便利だと楽観視するものもいれば、知らない間に個々の人格に干渉されているようで本能的、生理的に気持ち悪いという不快感を感じるものもまた少なくなく、原因の解明が急がれている。

 

〔南原〕

「さて、他に質問のある者は?」

 

南原の催促に名乗り出るものはいなかった。

 

〔広瀬〕

「いないようだな。さて、そろそろ意見が出そろったと思うし、そろそろ会議を纏めようと思うんだが、日本が国を挙げてロイメル王国と国交を成立することに賛成の者は挙手を頼む」

 

広瀬の促しに、参加者たちの中で次々に挙手するものが現れる。全員一致ではないものの、過半数を超える参加者が賛同の挙手をした。

 

〔広瀬〕

「では今後我が国はロイメル王国と正式な国交を開くために、交渉を開始することとする。

外務大臣の安住は交渉者の選定をお願いする。

久瀬は交渉者の移動手段と派遣する護衛官の選定について、安住大臣と話を交えつつ行ってほしい。

では今回の会議は以上にて解散。安住と久瀬はこの後の記者会見に備えて準備してほしい」

 

かくして調査任務の報告会を兼ねた会議は終わり、参加者たちは会議室から出ていったのであった。

 

その後、広瀬と安住、それと久瀬は今回の調査内容及び政府の方針を(未確認の武装勢力であるアムディス王国の存在や自衛隊出動の可能性など、一部情報を隠しながらも)マスコミの前にて発表し、かくして日本は異世界文明との接触という一大事に向けて、国をあげて動き出すこととなった。

 

 

  *   *   *

 

 

【東京 とあるビル街】

多くのビルが立ち並ぶ経済区域の中に、そのビルはあった。

高さや規模は周囲と比べても特別巨大ということもなく、平均前後であるそのビルは、デザインも平凡な四角いコンクリートビルであった。

 

EDGEVIS日本支部の本社である。

 

世界的企業であるEDGEVISは、どちらかというと質実剛健なことを尊ぶ社風であり、社内の雰囲気も華やかさや絢爛さは余りないものの、それでも質の高いもので満たされている。

床は頑丈な石を。絨毯は頑丈な絨毯を。壁も、エレベーターも、階段や手洗い、施設内を照らす電灯などの光源類に至るまで、まずは頑丈さが優先された。とはいえ素材の安全性も考慮され、発がん性物質などはなるべく用いられないようになっている。物持ちのよさは道具だけでなく、人間に対しても同様であり、厚生福利は充実しているらしい。最もその分職務内容は難しく、入社もまた困難である。

 

社内には様々な部署があり、事務は無論のこと宣伝広報部もあり、またその逆に世間の情報を収集し分析する情報部なる部署も存在する。情報部では日々新聞や雑誌、ラジオ、テレビ、コンピュータなどのマスメディアから世間の流行や情勢を探っており、更に独自の調査隊が自前で世界のニュースを追跡したりもしている。

 

そんな情報部の一室、テレビ情報収集室の中では、室内の壁一面を占める膨大な数のテレビとそれを見る分析官がいて、その時もテレビに流れる政府の緊急記者会見を見ながら、独り言を呟いていた。

 

〔EDGEVIS 社員A〕

「新世界に人類発見、孤立した我が国に希望の光が、かあ。

さて、経済が活気づくまであとどれくらいかかるかねえ」

 

〔????〕

「楽しそうだな、お前」

 

〔EDGEVIS 社員A〕

「あ、CS部門の茂瀬部長。ご無沙汰しています」

 

分析官から茂瀬と言われた男は、EDGEVISの民間軍事部門コマンドサポートを統括する茂瀬拓海(もせ たくみ。45歳既婚男性、快活な質の男)その人である。

一見すると気の良さそうなおっさんであるが、その実態は歴戦の戦士であり、彼の存在がCS部門の地位と評判を向上させ続けている。

 

〔茂瀬〕

「新世界に人類発見か。景気がよくなりそうでいいなあ」

 

〔????〕

「そうですねえ」

 

〔茂瀬〕

「お、明海女史じゃないか。相変わらず苦労しているかい?」

 

茂瀬が存在に気づいたのは、艶のある黒髪を長く伸ばした相貌麗しい女性であった。明海美子(あけみ よしこ。35歳未婚女子。広報宣伝部のエース)。

 

〔明海〕

「今は混乱している日本経済ですが、これをきっかけに立ち直るといいですね」

 

〔茂瀬〕

「なるさ。きっと。交渉人になった『アイツ』がどうにかする」

 

〔明海〕

「!?どういうことですか?『彼』とこの件と何の関係が?」

 

〔茂瀬〕

「詳しいことは後で話そう。だが、面白いことになるってことは確かだぜ。

数年前の『ウォーカー・クラッシャー事件』でも活躍したアイツのことだ、きっと何かしてくれるぜ」

 

茂瀬と明海の謎の会話に分析官が疑問を浮かべたものの、そんなことはお構いなしに二人は話し続けた。

 

〔茂瀬〕

「そう、アイツ……曽我勇吾は只者じゃあない。どこで何やってようがそれは変わらないさ。A級資格を取ったアイツならな」

 

茂瀬は、嘗ての部下に対して『上官』としての期待を掛けていた。

 

 

  *   *   *

 

 

【日本国 東京都 首相官邸 首相の部屋】

 

午前を振り返って、今日もまた忙しいと思いふけた広瀬は、もうすぐ赴かねばならない午後の職務に億劫な思いを馳せながら、溜息を洩らした。

 

〔広瀬〕

「しっかし最近は会議と待機ばかりで体が鈍ってしょうがない。まあこの好機に放置してきた問題に手を付けられたが、それでもまだまだ問題は山積みだし、先が思いやられるな。

 

まあ、それでも『こいつ』を稼働する必要があった就任時ほど切羽詰まってはいないのは、幸いと言えるか。

俺とこの国を守る、最終手段ともいえるこいつを……」

 

そう呟く広瀬は、職務檀に備わったボタンを押した。途端……

 

―床と天井、部屋の壁全てが分解した。部屋を構成する物質的要素の悉くが、亀裂を走らせながら自ら崩れ去った。―

 

それは天変地異、地震や台風、火山の噴火の暴力によるものであるのか。人為の破壊工作、爆弾やもっと原始的な暴力によるものか。否である。部屋の破壊的変化の原因は何らかの暴力によるものではない。それはこの部屋に予め仕組まれた仕掛けによるもの、機械的な機構に基づく変形のそれである。その証拠に、崩れた部屋の天井や壁はガシャガシャと音を立てながらも、その奥にある第二の床であり、天井であり、また壁である銀色の金属の中に収容されていく。そうして収容された床や天井、壁に変わるように、ロボットアームや箱が銀色の壁内から出現する。

出た箱はひとりでに開くと、中には武器が入っていた。銃や刀剣、それ以外のもの。それらが大量に出そろう。

首相官邸の一室内は瞬く間に『武器庫』へと変貌した。

 

そして刀剣や鈍器、それに軽火器や重火器などの無数の武器の中に、その赤黒く彩られた鎧はあった。それは戦国時代頃の具足を意匠としつつも、所処が機械で構成されている強化外骨格であり、骨格に装着された装具群によって、まるで骸骨の侍が不動の姿勢で立っているかのように見えなくもない。

 

〔広瀬〕

「『鬼武者』……俺の半躯、俺の力、そして日本の武威の象徴。

人類とAIの融合体にして、それを分け隔てる鎧。

内閣総理大臣用強化外骨格、最終戦争対応型生命維持機関。

人の身で鬼に成るための拘束具、義体、そして棺桶。

決して表に出ることのない亡霊、か」

 

内閣総理大臣広瀬勝用強化外骨格『鬼武者』。それがその鎧の名であり、今はまだ活動していない戦術級機動兵器である。

生産性を度外視して最新の科学技術を惜しみも無く投じたその装備は、内閣総理大臣の身に危険が及んだ際の緊急時生存維持装備であり、国家の存続を阻む脅威に対して内閣総理大臣自身がそれに対峙するための決戦兵器でもある。

 

骨格単独でも並のコンバット・フォース・ウォーカー(CFW)と同等以上の戦闘力を備える上、人間が装着することによって機械的な反応速度の低下等と引き換えに人間的哲学倫理を獲得。人間のみが可能な非合理的なる感情行動の施行を補助し、数学的道理を超越した駆動を可能とするそれは、AIによって常に合理的行動を優先するWALKERでもなく、また感情に基づく非合理的行動をする人間でもない、双方を併せ持ち、双方を超越した複合体を体現する存在であった。

 

その鬼武者に、広瀬は歩み寄って寄り掛かると、淡々とした口調で呟いた。

 

〔広瀬〕

「偶には使って馴らすか。鬼武者装着、メンテナンスモード」

 

それに応えるのは中性的な機械合成音。様々なサンプルを基にして設定されたそれは、人の温かさと機械の冷たさを併せ持った、不気味の谷の呻き声のようである。

 

〔鬼武者AI〕

「了解、メンテナンスモードで起動します」

 

刹那、鬼武者の骨格が蠢き、広瀬を飲み込むかのようにして身に纏わりついた。

広瀬の手は鬼武者の手。広瀬の足は鬼武者の足。広瀬の胴は鬼武者の胴であり、またその頭は広瀬のものでありながらも、鬼武者に飲み込まれその身の一部となることで、つまりは広瀬の脳を持った鬼武者の頭となった。

 

機にして鬼、甲冑の現人鬼鬼武者、ここに推参。

 

鬼武者を纏った広瀬は、近くにあった武器の中から拳銃と刀を右手と左手にそれぞれ割り振ると、またしても淡々とした口調で自身以外誰もいない室内にて言葉を呟いた。

 

〔広瀬〕

「訓練、状況、室内。目標、CFWレベル2、2体。邪魔なものを片付けろ」

 

広瀬の呟きを拾った鬼武者のAI及び室内のAIが、その意図を推測して最も確立の高いものを選択する。即ち模擬戦の為に室内の邪魔な武器やら装飾品やらを、邪魔にならないところに移動させたのだ。

天井や壁から延びるロボットアームが、迅速に室内を片付ける。20秒もかからずに室内はすっきりして、人一人が運動するのに十分な空間ができた。

部屋の片付いたのを確認した広瀬は、呟く。

 

〔広瀬〕

「訓練開始。立体映像投射」

 

広瀬が言い追えるのと同時に、広瀬の目前に一体のCFWが出現する。立体映像によるダミーであるそれは、出現後直立姿勢を取ったのち、両手に持った口径12,7mmの拳銃を拳を放つかの如く同時に突き出した。刹那、騨ッ!という発砲音が響く。発射された12.7x99mm弾が音速以上で跳ぶが、広瀬は発射より先にしゃがんで回避していた。その上で自身も右手の12.7mm拳銃をCFWに向け、引き金を引く。

 

発砲音が響くのとほぼ同時に、拳銃の弾がCFWの顎―人間でいうその辺りという意味―に着弾、頭部を揺する。CFWの特殊合金製装甲は12.7mmにも耐える強度を誇るが、部位によっては衝撃などを殺しきれないこともあり、顎はその弱点となる部位である。無論ただ闇雲に撃った所でCFWの認識速度と反射行動の前では例え拳銃騨であろうと回避されるのがオチであり、だがしかしそうであるにも関わらず広瀬の銃撃がCFWに直撃したのは偶然ではなく、CFWの回避を計算に入れて、その行動パターンを推測した上で未来位置に弾丸を置いたというつまりは純然たる理論によるものであった。

 

〔広瀬〕

「Bingo!反応は良好!」

 

顎への拳銃弾直撃によって光学センサの焦点が僅かにブレたCFWはしかし、その後も6.3秒間で2発の追撃を受けながらも背後に飛び退くことで、それ以上の被害を抑制。姿勢を奇麗に拳銃を再度突き出したところで、しゃがんだ姿勢から低空跳躍を行った広瀬の繰り出した切り上げの斬撃によって、2つの拳銃を同時に失った。

CFWの武器を無力化した広瀬は、逆手に構えた高周波刀を突きあげた姿勢のまま垂直跳躍し、左膝蹴りでCFWの左手をえぐり取る。その反動で地面に戻る広瀬は更に、右足で蹴りを繰り出してCFWの左わき腹を蹴り飛ばした。その感触が右足にかかる。立体映像を相手にしているのに感触や反動があるのは、鬼武者のAIが人間の肉体に振動や電気信号を流しているためだ。

 

さて、そうして一体のCFW―①-を相手取っている広瀬の背後に、拳銃弾の衝撃が走る。鬼武者の装甲は12.7mm程度なら防いでくれるため大事には至らぬが、背後からの奇襲は戦略的に痛い失点である。

広瀬が振り返ると、CFW―②-がもう一体いた。広瀬は2体のダミーCFWを出していた。

広瀬は拳銃を捨て、刀を片手逆手持ちから両手持ちに構えなおして、突貫した。

CFW②の拳銃弾を装甲や刀の刃で受けつつ、距離を詰めた広瀬は上段から刀の刀身を叩きつける。

 

ガキィンという衝突音が広瀬の耳を打つ。CFW②が腕部収納の高周波ブレードを露出したのだ。高速振動する物質同士の衝突はエネルギーの拮抗を生んで、二つの刃はその破壊力を失ったため必然切り結びあった。だがCFWは鬼武者の刀の相手を左手に任せ、右手を自由に鬼武者の手首を切り落としにかかる。

 

〔広瀬〕

「見える!追える!戦いの流れを感じるぞ簡単に……破ッ」

 

だが、その意図に気づいた広瀬は左手の甲を咄嗟に迫る刃に向けて、刃を受け止めた。手甲からの高周波によって高周波ブレードの威力を減じさせたのである。想定外の出来事にAIの判断力を鈍らせるCFW。広瀬は手甲の高周波出力を上げると、刃の上を走らせてCFW②の右腕まで到達させ、高周波ブレードの基部ごとCFW②の右腕を粉砕する。そうしてCFW②が右腕を失ったことで、広瀬の左手は自由になり、再度両手の力を乗せた刀を押し込んで、左手も右腕同様に高周波ブレードの基部ごと粉砕した。

 

両手を失ったCFW②に密着した広瀬は、刀を腹部に斜め下から突き刺して、CFW②の内部を破壊しながらその背中から貫通するまで押し込んだ。更にCFW②の頭部に手甲の高周波を叩きつけて頭部の外装を破壊し、また内部のカメラ類もその衝撃で損壊してパーツがぽろぽろとこぼれた。

 

両手と頭部を失ったCFWはしかし、残った脚部や内部のシリンダー、ジャイロバランサなどの駆動部を我武者羅に動かし続ける。闘争の意思の潰えぬそれを広瀬は両手で抱え上げて、力のままに地面に叩きつける。

 

〔広瀬〕

「圧倒的な力!まるで凶戦士になったかのような全能感!恐れを感じず破壊に興奮する!」

 

”ズドンッ!”

 

地面に落ちたCFW②を、広瀬は足で踏みつけて体重をかける。広瀬自身の体重に加えて鬼武者の重量も乗った質量の拷問に、CFW②の機構がミシリと異音を発する。もはやそれは堂々たる戦いではなく、蹂躙。

 

3回繰り返した広瀬は、だがしかしそこで中断して背後を振り返る。

 

〔広瀬〕

「忘れてはいない。相手は一体だけなじゃない」

 

先ほど拳銃を破壊されたCFW①が、高周波ブレードを展開して広瀬に突貫してきたのを、恐らくそうなるであろう、と予測した上での行動であった。

 

〔広瀬〕

「一体既に死に体ってことは、こうなるということだ!」

 

広瀬は突貫してくるCFW①に対して足元のCFW②を蹴飛ばす。突貫してくるCFW①は、センサにてそれを確認していたであろうにも関わらず、構わずに突っ込んでいく。回避を選択せず、そのまま突っ込むことを選択したらしい。当然衝突する2機のCFW。ガシャンという音を立てながらも、されどCFWはそれを気にする様子すらも無く、止まらずに立ち向かってくる。

AIに執念などないはずだが、それを感じさせる気迫。勝利への最短距離を突っ走る躊躇の無い合理的な疾駆であり、愚鈍ですらある。

 

刹那、足元のCFWを蹴り飛ばすと同時に踏み込んでいた広瀬の刺突が、突貫するCFWの眉間に刀の刃を突きたてる。その上で突貫の勢いを削いでCFW①を浮かせた広瀬は、CFWの両手をアッパーカットで穿ち、腕ごと胴体を破砕した。

そして木偶と化したCFW①を、またも地面に倒れ伏させた広瀬は、先ほどと同じようにCFWを三度足踏みしたが、唐突に動きを止めた。

 

〔広瀬〕

「訓練終了。装着解除。室内を通常状態に移行」

 

途端、広瀬の相手取ったCFWは消え、また解除された鬼武者が最初室内に現れたのと同じ位置に自動で戻り、ロボットアームによって壁の中に収納された。それと入れ替えに配置され直される装飾品が、部屋の景観をほぼ最初の状態に戻す。床の絨毯だけは鬼武者の走り跳び回ったことによりその痣の如き破壊の後が残っていたが、それも床絨毯修復用ロボットー家庭向け清掃ロボットに似た小型円形のもので、機能がほんの少し違うだけのもの―が、破壊された絨毯を瞬く間に修復することによって、それも消えた。

広瀬の撃った拳銃の弾も、そもそもが立体映像であり、反動は鬼武者側の機能で再現されたものの、実際に発射されたわけではなかったために、壁などに跡などはなかった。正にリアリティア的事象。高度に発展したAIと立体映像、それに機械工学が、人間から現実(リアル)を奪った。高度に発展した科学技術は現実すらも捏造し、欺瞞する。唯一無二の現実は、幾多もの要素を積み重ねによって如何様にも変化する。確かなものなど何もない。色即是空,空即是色。

 

先ほどの戦いが嘘のような静けさの支配する室内で、広瀬は淡々と呟く。口調は平坦ながらも、彼の肉体からは抑えきれぬ熱が漏れ出していた。鬼火の如き青き熱が。

 

〔広瀬〕

「今この時、俺は平和を尊び、全てを愛している。

 

『故に神羅万象を破壊し、戦争を体現する』。勝利を以て全てを制する。

 

愛と平和とは、得てしてそういうモノだろう?なあ。

 

俺は鬼になる。鬼の力で世に泰平を齎すために、広瀬勝は……既に死んでいる。

 

俺は、鬼だ」

 

自分だけの世界で、彼は瞳にギラついた原始の炎を灯しながら、誰に問うでもなくその言葉を発した。

 

まず言葉ありき。光あれ。彼は信(いのり)を魂に刻まれたものである。

戦の真の如き信、その言葉と光を。

 

 

  *   *   *

 

 

【鹿児島県 鹿屋航空基地 司令官室】

 

〔桐山〕

「しかし大変なことになったな。敵になる可能性が高い勢力を調査してこいとは

 

今朝の閣僚会議後、広瀬と久瀬から新世界の人間世界について調査するように命じられた桐山は、現在現地にて猛威を振るっているらしい勢力を偵察しなければならなくなったため、悩んだ。

 

〔桐山〕

「いくら推定で文明レベルが劣るであろう相手とはいえ、未知の世界で安易なことはできないからな。誰を送るべきか。

成川はちと頭が固くて融通が利かないし、理恵でいいか。柔軟ではないが慎重さがあるし、取り合えず決定。飯の後で話をするか」

 

桐山は重要な任務に思いを馳せながらも、この後始まる昼食に対してこそ先ずは真摯に向かい合おうと決めた。

 

その後、異世界の食材を用いた料理の試食は何事もなく進行し、桐山は胸中の感情と腹を満たした。

 

その後理恵阿達(たかえあだち)2等海尉を呼び出した桐山は、今後の任務について話を行ったのだが……

 

〔桐山〕

 

「―念を押すが、我々はこの世界の文明レベルを把握していない。現地にどのようなテクノロジーが存在しているのかは、はっきり言って未知数だ。くれぐれも注意してくれ」

 

〔理恵〕

「はい、現地では慎重に行動し、隊員に危害の及ばぬように細心の注意を払い、任務を遂行します。

ところで指令、早速質問なのですが」

 

〔桐山〕

「なんだ?」

 

〔理恵〕

「アムディス王国って一体どこにあるんでしょうか?現地の地形や国家の勢力図について知らなければ、偵察しようにもできませんが」

 

〔桐山〕

「……あー、まあなんだ、古橋達調査隊が調べてくれるだろう。多分後で送られてくるから、それまで待ってくれ」

 

〔理恵〕

「後でとは、具体的にいつ頃でしょうか?」

 

〔桐山〕

「……今日の夕方から現地勢力と色々と情報の擦り合わせをやるようだから、それ以降だな」

 

〔理恵〕

「明日以内で間に合いますかね?」

 

〔桐山〕

「……どうだろ?」

 

上からの指示で大事な任務を賜った桐山と鹿屋基地。だがしかし実際の所、前途多難であった。

 

 

  *   *   *

 

 

ロイメル王国編につづく




以上、番外編でした。
今回のお話は、タイトル通り月詠月夜④の番外編であり、古橋たちがキャンプ・ガイチに居る間裏で起こっていたことを書きました。
日本編とあるように、次いで投下するロイメル王国編に続きます。本編の更新はどうしたって?ば、番外編書いてからでいいっすかねえ?(泳ぐ目)

えーさて、今回は日本政府の動向に関して描写しましたが、広瀬首相、絶対あんな青臭い理想論を長々と喋るキャラじゃないよね(メタァ)。田嶋大臣のキャラ付けといい、なんか調子に乗って色々と盛った内容にしちゃったけど、原作のキャラたち絶対あんな性格じゃねーよ。なんだよ愛と平和って。しかも最後『故に神羅万象を破壊し、戦争を体現する』って、一体どこの中二病だよ(白目)。

……えー、なんであんな原作とかけ離れたキャラになったかっていうと、一重に作品の最大の「ラスボス」にするためです。ラスボスってなんだよって話ですが、この作品はあらすじにある通り『西暦2045年の地球から転移してきた日本が出現してしまって』『異世界国家群が日本と対峙する』話なわけです(嘘は言ってない)。で、日本と対峙する異世界の国家にとっては、広瀬首相以下日本政府の人員は皆倒すべき強大な『敵』なわけですよ(この時点で何かおかしい)。

づるにすって原作もそうですが、この作品も話は基本王道的な英雄物語です。善の英雄が悪しき敵を打ち倒すという過程を、色々説明やら装飾やらして盛り上げながら、最初から決まっているオチに持っていくわけですが、んじゃあ個々の物語の出来なんて最初から意味ないじゃん、全部予定調和なんだから途中でどれだけ困難だの苦悩だの挟んだところでエンディングでは登場キャラが集まって大団円なんだろ?そうなんだろ?と読者が白けてしまうことがあるわけです。それは否定しません。

それを踏まえると、じゃあ凝った物語を制作するよりも、キャラの描写盛ったほうが読者の気を引くにはよくね?っていう意見も出てくるわけですよ(どこからだw)。
例え筋書きが詰まんねえ作品でも、個性的キャラクターが突き抜けた動きをしてくれれば、読者に愛される理由になります。原作でも自衛隊とか日本ってもはや背景設定じゃなくてキャラクターだよねってくらい動いていて、そこが読者受けしてるんじゃねーのと一読者の個人的意見を述べさせて頂きますが、つまりはそういうことなんですよ、キャラを動かすと受けるっていうのは。
最も、簡単に言葉にできることが実践できるかというとそうじゃなくて、つまりはそういう拙さが原作と本作の乖離を生んだわけです。原作通りを期待しているファンの方には、そこの部分で低評価されてしまうかもしれません。ですが、そこを踏まえた上で敢えて原作とは違うキャラ描写をしたのは、キャラと世界設定の持つポテンシャルを踏まえたからです。

原作は近未来SFであり、SFガジェットが多く登場します。AI、ロボット、強化外骨格、その他さまざまなガジェットが登場し、その描写が作品を盛り上げているわけですが、ではそれと関わるキャラのほうはどうなのかというと、まあ割と平凡、この話の広瀬首相みたいになんたら計画で愛と平和が破壊で戦争とか言い出すヤベー奴ではなくて、ちょっと行動が過激な政治家のおじさんってレベルであり、それはそれでいいんですけど、じゃあそれで印象に残るかっていうと、ちょっとパンチ力弱い感じです。パンチングマシーンでは100出すかもしれませんけど(そういうことじゃない)。

それを踏まえて、内閣総理大臣ってキャラにどう命を吹き込むのかっていうと、これはもう徹底的に胡散臭く書くしかないんですよ(?)。
というのも個人的に政治家っていうのは胡散臭い職業、役職だと思っていますので、その中でもトップに立つ首相なんかはもー胡散臭くてしょうがない。ならその通り書くしかない。書いて、一目で政治家だってわかるキャラにしなくちゃいけない。本作の広瀬首相が歯の浮いた胡散臭い理想論を吐くのは、そのためです。ラスボスなのだから、滅茶苦茶胡散臭くないと駄目だったのです。ただ外から見てちゃんとそう見えるのかは微妙ですが。読者の方、どうでしたか?あくまで個人の意見ですけれども、賛同する方いるかなぁ?(いないと断ずる)。

というわけで本作は原作と全然違う作風なわけですが、あくまで非公式ですのであしからず。原作の広瀬首相はここのよりもっとヤベー奴だからそっちを愛でて下さい(風評被害)。

しかし毎度のことながらパロネタのネタが10年以上古い件。最新のネタなんて知らんし、うっせーわタ〇ホームの壁にすんぞ(Ad〇感)。

あー最近某島〇争が更新したようで。3年って長いね、事実上エタ―ってた。この作品もああならないように注意しないと。まあプロットがメルトダウンしたからそれどころじゃないんだけど。


今回の設定↓

・官邸料理人
広瀬首相が個人的に美味い料理を食べたいがために、吉田茂以来数十年(というか1世紀近く)ぶりに復活させた、官邸直属の料理人。表向きには料亭政治の廃止なんかを制度発足の理由にしているらしいが、作中でそんな設定が役に立つことはきっとない。

官邸料理の本場フランスに留学修行に行った経験のある超一流の調理スキルを持つ人材を、日本政府の持つ権限を存分に駆使して官邸料理人として雇い入れた。
或いは〇力〇芽や〇藤〇沙にクリソツな女性シェフなんかがいるかもしれない。セ・トレボン。(またマイナーなネタを……)

・EDGEVIS(エッジビス)
正式名称を『Expert Dispatching General Enterprise that acts on Behalf of Various Industries in Society(社会の様々な業種を代行し援助する専門家派遣総合企業)』といい、世界規模での活動範囲と、現代社会において要望される広範な種類のあらゆる依頼に対応した、様々な職能を持った専門技術者たちを擁する人材派遣・業務代行の会社である。

個人家庭のベビーシッターから、地域規模での紛争解決まで、その対応業務は非常に広範であり、そのどれもにおいて、自社の提供しうる範囲内での最善の資質を持った人材を、自社及び依頼先からの判断で選抜。そして選抜した人材を実際の業務現場に送り込み、依頼者の抱えた問題を解決することで、自社の利益と評価を上げていく。そうやって人材派遣業界においてのし上がってきた会社であるのだが、この会社の特徴は、時代に合わせたAIシステムの採用や、先進的なサイバー技術の導入といった先端技術の活用などといった面において他社に勝る、のというのもあるのだが、やはり一番目立つのは、人材派遣会社としては基本的ともいえる、優秀な人材の保持といった面で高い評価を得ている、ということであろう。

どんな困難な依頼も達成する鋼の精神力と技術力を兼ね備えたプロ集団。それがEDGEVIS職員の世間でのイメージであり、また会社が目指すものである。そして実際に、どんな無理な依頼を幾つも達成して見せたからこそ、今現在名声を得ているといえる。

■『CS』
『コマンドサポート』と同社内で呼ばれる、同社保有の『民間軍事部門』。
非常に高度な依頼遂行能力と、独自の先端技術開発能力などがあり、同部署が本気を出した場合、国際情勢にすらも影響を与えるともされるが、真偽は不明。
大方手の込んだ誇張、『与太話』の類であろう(と、思われるが真相は……?)。


■ランク
EDGEVISのCS部門の職員には、実際の正規軍隊における階級のように、その能力に応じた3つのランクが割り振られている。
一般人と同等以上の能力を持つものはC級職員。プロ中のプロと目される者はB級職員になる。そして真のプロであり、不可能を可能にする『真の企業戦士(ビジネスファイター)』たる存在であり、CB級職員よりも遥かに上位の階級にあるのが、安住の言う特別な存在であるA級職員である。

A級職員とそれ以外の階級の違いは、難関試験突破の有無と、功績である。C級からB級への昇進は、ある程度の経験や評価の蓄積、それと簡単な試験(これも一般人には難関で、プロ中のプロと普通のプロという一般人にはなんのこっちゃな区別を生み出す要因となっている)の突破によってなされるのであるが、A級はB級職員に更なる試験を課して、その試験を突破できたものだけがようやく選定基準に到達できる領域だとされている。

その試験の内容は社内機密であり、社外にその詳細は一切漏れていないが、噂によるとその試験内容は正に職人としての命と物質的な命、双方の掛かった苛烈なものであり、中には試験突破に失敗してプロとしての道を閉ざされた者や、命を落としたものまで存在するといい、そこまでして職員を淘汰選別していく様を指して、EDGEVISを『軍需複合体(しのしょうにん)』などと揶揄する輩も世間には存在する。

そうしてようやく選定基準に到達した者達は、そこから更に各自が実際に上げた『功績』を評価に加味されていき、専任のA級職員選定評価官が昇進の最終決定を下すことによって、それでようやくA級職員の階級と、その証である『資格(ライセンス)』が与えられる。この資格は実際の軍隊のものに置き換えると、米軍における準最高位勲章である各軍の殊勲十字章に匹敵するとされるほどの権威の光を持っており、相応に個人の権利を保障するものである。

・神州警固番役計画
広瀬と久瀬がその実現に向けて密かに進行している国防計画。
日本や世界の安全を脅かす事象は多々ある。地震や台風、それに洪水や豪雪などの自然災害や、暗躍するテロリスト、それに世界の経済・物流の流れなどは、日本の国民の生活はもとより、世界中の人々にとってもいつその身に災が及ぶかもしれない重要な問題。それらを解決するための手段の確保が、当計画の概要だとされる。

世界中の状況を見張り、何らかの問題が起これば直ちに配下AIの一斉制御によって必要な物資と人員を招集、現場に派遣し発生した事件を解決する自律式中央管制型AI搭載の自律観測衛星の配備や、防衛用海底基地設置による海域レベルでの安全確保、緊急時避難用地下都市の建設に、気象制御装置による天候の操作、海岸周辺への大規模な堤防設置などの対災害設備の充実に加え、労働力確保のためのWALKERの配備数を増産や、人間の労働者の能力を根本的部分から工学的『向上(アップグレード)』する『複合体(ハイブリッドヒューマン)』の実現などを目指している。

これは、現在認可の下りている埋め込み型チップによる肉体制御や健康維持の技術などを踏まえながらも、高齢者や身体障碍者などの一部対象者にはWALKERの部品等を『組み込む』肉体置換処置に関する制限を、現行よりも解除するものであり、そうすることで高齢化して能力の衰えた労働者たちを、人間の判断力と、AIの精密動作性、そしてWALKERの頑強さを掛け合わせた複合体(ハイブリッド)化。日々労働力が失われていく現状に対して、最新技術の導入という観点から延命の策を図ることを目的としている。

だがこれらの案には無論技術的・倫理的な高難度の問題があり、先ずはそれを解決しなければならない為、早期の実現は困難。

その為計画の完遂には10年以上という長いスパンを要し、立案者である広瀬及び久瀬の意思を引き継ぐ政権の確立が求められるが、その問題に対しどのような対応策を取っているのかは不明。

ただ、この両者は密かに若く有能な人員を招集した『個人塾』を開いているとされ、そこでこの計画の実施に向けた何らかの工作を行っているとも推測できるが、実際の所その実態を知るであろう者は固く口を閉ざしている。
表に出ない政府の闇が明かされるときはくるのであろうか?未来にあるのは希望か、それとも……

・内閣総理大臣広瀬勝用強化外骨格『鬼武者』
文字通り、広瀬勝専用の強化外骨格装備であり、生産性を度外視して最新の科学技術を惜しみも無く投じたその装備は、内閣総理大臣の身に危険が及んだ際の緊急時生存維持装備にして、国家の存続を阻む脅威に対して内閣総理大臣自身がそれに対峙するための決戦兵器でもある。

骨格単独でも並のコンバット・フォース・ウォーカー(CFW)と同等以上の戦闘力を備える上、人間が装着することによって機械的な反応速度の低下等と引き換えに人間的哲学倫理を獲得。人間のみが可能な非合理的なる感情行動の施行を補助し、数学的道理を超越した駆動を可能とするそれは、AIによって常に合理的行動を優先する。WALKERでもなく、また感情に基づく非合理的行動をする人間でもない、双方を併せ持ち、双方を超越した複合体を体現する存在である。

その装甲は一部ではあるが高周波発生機構が仕込まれており、既存の火器だけでなく高周波兵器に対しても一定の防御性能を発揮する。実際性能試験では、手甲などによって既存の軍用高周波兵器の威力を抑制する効果が確認されており、その性能は現行兵器よりも1~2世代ほど跳びぬけていることはほぼ確実であるといえよう。

いくつかの固定内臓武器を備える他にも既存の装備の運用が可能であり、12.7mm拳銃や高周波刀などの他にも、データベースに保存された大量のデータによって様々な装備に対応している。

この場合の対応とは単に持って使うというだけではなく、持った武器に合わせた最適な照準計算や威力予測計算、また操作・操縦方法のガイドやメンテナンスの方法に至るまで全てを可能とするという意味であり、これは日本だけでなく地球上に存在するあらゆる種類の兵器に対応させることが可能。

またそれだけでなく、未知の道具の場合もデータベースに保管された既存の道具や事物のデータをもとにして、その機能や性能を搭載AIによって推定、算出して使用可能とする機能も備わっている。
即ち『既存の技術体系の延長線上にあるものならば』全て武器として使用可能。魔法?日本が魔導科学の研究推し進めれば使えるんでねえの(適当)。

サイズさえ合うのなら戦車だろうと戦闘機だろうと乗りこなし、軍艦の単独指揮すらも可能とするであろう。

無人機に至っては、国内製は元よりハッキングに成功さえすれば他国製のそれであろうとも支配下に置き、操作することが可能であり、その為の電磁戦能力も備えているなど、その性能は既存の汎用人型兵器を超えた万能の領域に達している。

なお米国やロシア、英国など日本以外の先進国も同様の装備を配備しているとされるが、その真偽や性能、活動内容は重度に秘匿されている。これもまた政治というものであろう。断じて混沌の〇タル〇ルフとか〇イケル・〇ィルソン・Jr的なものではない。How do you like me now ?レッツパーリィィィィ!(これが作者の〇統領魂だ)

・『何が国だよク〇ニしろオラァ!』
書いていいんだアレ

ネタ元は10年以上前だと?こんな古いものを!(戦慄)


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番外編:月詠月夜(ファーストコンタクト)裏面① ~ロイメルSIDE編~

※今回の話は2022年2月に投稿されたものです。
その後の本編の描写と矛盾などがある場合がございます。
ご了承の上お読みください。
この作品は基本ギャグ時空となっております。キャラ描写につきましては、原作作品と異なる場合がございます。くれぐれもご注意ください。
本作には独自設定が登場する場合がございますが、公式ではない点をご留意ください。


※今回のお話は月詠月夜④の裏場面編です。ラーツたちが昼に目覚めてから、古橋たちが夕方に講義を受けるまでの間、話の裏側で起こっていたことを掲載いたします。

内容としては、事件の翌日にロイメル王国内部で起こったことが主題となります。日本国の出現に対してラーツや本国の政務官たちがのように事態を捉え、また向かいあうのかまでを、前回までの記述を抑えた上で記述していこうと思います。

 

※例によって今回もかなりのキャラ崩壊がありますが、あくまで非公式だと思って軽く流して頂けることを推奨いたします。

それではどうぞ。

 

  *   *   *

 

―前回のあらすじ―

禁断の地にて異世界人との接触を果たした、鹿屋航空基地第1航空群第1航空隊の面々は、元居た地球と新世界との相違点に関して、ここに古から住まい続けてきた現地の先人たち、その彼らが遥かに遡る先祖の代より長きに渡って懸命に蓄積してきた、経験からくる知識と推察により多くのことを知り、この世界に自分たちの地歩を築き上げる機会を手にした。

 

また彼らからの接触を受けたロイメル王国人達に関しても、異なる世界からの来訪者たち、その突如出現した彼らの存在によって、先人たちの代から長らく築き上げられてきた自己らの常識を、その前提となる部分から大きく覆される。

更には来訪者たちがその心の根底に抱きたる無垢なる好奇心が、自己らの世界の構造に関する素朴かつ難解なる哲学的な疑問を呈したることによって、世界には自分たちの考えも及ばぬほどの未知なる事象と、未踏の領域が存在することを理解し、大いなる変革を迎える時を目前としつつあった。

 

そして今回の話は、そんな苦労を背負い込むこととなった者たちによる、決して表に出ることのないであろう、隠された影部分の物語である。

 

 

【番外編 月詠月夜裏面① ロイメルSIDE編】

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメルSIDE 王都ロクサーヌ 軍務局本部】

 

〔軍務局局長 ドルメル〕

「夜更かしはお肌に悪いからあまりしたくないんだが、わかるかねラーツ団長」

 

〔ラーツ〕

「はぁ……」

 

ロイメル王国の王都ロクサーヌ内に置かれている、王国軍務局本部施設の一室で、この国の軍務局局長でありこの施設を取り仕切る政務官でもあるドルメル・ガーナンドは、第1翼龍騎士団の団長にして翼龍騎士全団の総団長を務めるラーツと対面していた。

 

時刻は昼の13時過ぎであり、数分ほど前に時刻を知らせる時計塔の鐘の音が、昼の13時を意味する5回鳴っていた。

昼13時に鐘を5回打つのは、この国では春から夏にかけては、日の出始める朝の5時頃にまずは1回日の出を知らせる鐘を打ち、その後2時間経過するごとに、打つ回数を一回ずつ増やしながらその時の時刻を知らせる為に鐘を打っていくためで、これは日没まで行われるのだが、その場合鐘の音5回は昼の13時……ロイメル王国風に言うと、鐘5回の時間になるためである。

 

なおロイメル王国の時計は、主に日時計及び月時計を利用しており、日時計は太陽の光を要するため日中の晴れた日に、月時計は月光を必要とするため夜間の晴れた日においてのみ正常に機能するため、曇りや雨など天候によっては鐘の音がならないこともある。

 

閑話休題、ドルメルは昨日の夜に行われた緊急招集政務官会議の後は、翌日の仕事に備えて自宅に帰り、何時もより遅い休養を取った。

 

そして今朝はいつもよりも遅れて出勤した上で、普段から日常的に行っている書類仕事に励んでいたのだが、正午少し前に昼食を取って少しゆったりとしていたところ、彼のもとに元々の予定にない急な要件が舞い込んできたのである。

 

それは昨日に正体不明の謎の飛行物体(無人航空機八咫烏)の姿を目撃し、その報告のために首都までやってきたラーツが、普段よりも遅い休養を終えてようやく出勤し、そして昨日の事件に関しての詳しい報告を、ロイメル王国空軍将軍カーギュ氏(45歳、半鳥人、男)や情報部の職員ケック(40歳、種族不明、男)などを交えて行いたいので、是非対面をお願いいたすという要望であった。

 

それに対しドルメルは、彼自身が昨日問題となった謎の飛行物体に対して興味を持ち、その情報を欲していたため面会の要望に対して了承を行い、施設内の自身の職務部屋に訪れるよう要件を伝えに来た部下に言いつけ、そして約束通りに職務部屋でラーツ達との面会を、これから行う予定であった。

 

そう、予定であった。

 

なんか初っ端気の抜けた台詞が飛び出しっちゃったけどな!空気を読んで真面目な雰囲気醸し出す役割は見事職務放棄されました。なんでぇ?(困惑)

 

それもこれもこの作品がギャグ小説なのが悪いのだ。作者はきっと性根が捩じれ腐れてるクソ野郎よ。誰なのよこの作品の作者って。あ、俺だ(てへっ)。

 

さて、ドルメルは困惑するラーツを置き去りにして、自分のペースで話を続ける、というか嫌味をねちねちとひねり出す。

 

〔ドルメル〕

「いや昨夜緊急の会議が行われてな。それは君が報告した例の謎の龍……つまり二ホン国からの調査隊に関して、どう扱うかということを議題にしたものなわけだが、夜分遅いのに会議を招集しなくてはならなかった重責を君は理解できるかね?

サボったら国王陛下に降格させられるだろうから仕方なく働かなければならない、重要な役職の責務という面倒事の意味を。

定時に上がって家で夕飯をとり、さあこれから家族の夜のお楽しみタイムだという時に、夜勤組の不躾な魔伝のせいでここに出向かなければならなくなって、残念がる家族を他所に出勤したら国王陛下への報告と、各政務官への通信に追われることになり、そのまま休むことなく会議に赴いて徹夜するのがどれだけ心身に堪えるのか、一介の騎士に過ぎない貴殿に理解できるかぁ?」

 

ドルメルのねちっこさはラーツの精神を逆撫でした。

 

〔ラーツ〕

「それは大変ですね。私のような若輩者には閣下の背負う重い責任などとても理解できません」

 

嫌味には嫌味を。ハンムラビ法典あたりにそんなくだりがあるかどうかは知らないが、そんなこととは無関係に言葉による嫌味の応酬が始まる(メソポタミア文明じゃないので)。

 

〔ドルメル〕

「その苦労を背負ったのは君の部隊の報告の所為なんだよ。君が騎士という役職に誠実だから、上司の私が働かないといけないではないか。こんな不条理なことを、私が黙って受け入れると思っているのかね」

 

〔ラーツ〕

「ほう、ではどうするおつもりで?」

 

ラーツの質問に、ドルメルはフフフという不敵な笑い声を漏らしつつ、ゲスっぽい満面の笑みを浮かべてこう叫んだ。

このドルメル、自信満々である。

 

〔ドルメル〕

「どうするか……いいだろう、こういうのはどうかね?

 

若い女子達との夜通しパジャマパーティーのセッティングをしてもいたいのだが宜しいか?」

 

ラーツは鼻で笑った。目上の人間に対する敬意など欠片もなしに。

その上で挑発した。挑発の言葉で返答した。

 

〔ラーツ〕

「お断りします」

 

ラーツによる挑発。効果は抜群だ。

 

〔ドルメル〕

「……うおお チクショー!!

 

チ ク シ ョ ォォぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

自身の要求を跳ね除けられたドルメルは、物凄く悔しそうにプルプルと、そう、おっ〇いプルンプルンとか言いそうな感じに悶絶したが、それを見るラーツの態度は冷ためであった。

悔しかるドルメルはラーツに詰め寄る。

 

〔ドルメル〕

「ラーツなぜだ、理由を言え!私が若い女子たちと懇意になることの何がいけないのかを!」

 

面倒くさく絡んでくるドルメルを面倒くさそうな目で見つめるラーツは、やれやれと前置きをしながら断った理由を説明する。

 

〔ラーツ〕

「だって、軍務局長をパジャマパーティーに誘ったら、

 

私が 奥 様 の 御 相 手 を し な け れ ば な ら な く な る ではないですか」

 

意外な答えにドルメルは唖然とした。

 

〔ドルメル〕

「……それの何に問題が?」

 

気の抜けたドルメルをよそに、ラーツは言葉を紡ぐ。

 

〔ラーツ〕

「どこの世界に ジ ャ イ ア ン ト オ ー ガ の メ ス に言い寄られて嬉しがる男がいるんですかね?」

 

ラーツの発言に、ドルメル、キレた。

 

〔ドルメル〕

「妻のことを悪く言うな!

 

一日中デートさせるぞ!」

 

〔ラーツ〕

「ホワオやめて!未知の扉こじ開けられちゃう!自分の知らないウブな部分覚醒させられちゃう!尻子玉がキュウリでこじ開けられてパンパンになっちゃう!そんなのイヤじゃァッ!」

 

〔ドルメル〕

「……ウゲー!(口から黄色い液体をドバドバだすドルメル)」

 

……男二人がこれだけ気持ち悪く悶絶するドルメル局長の女房とは一体何者なのか、いつか語られるかもしれない……嘘です一切語りません。何故なら出オチだから。

 

さて、結婚女性への風評被害はさておき、一しきり悪ふざけしていたドルメルとラーツに手厳しい静止の一手が繰り出された。

 

〔同行者の男(実は空軍の将軍) カーギュ〕

「ラーツ君、それとドルメル軍務局長。我々帰っていですかね?

あなた方二人の夫婦漫才に付き合っている暇はないので」

 

〔ドルメル〕

「だだだだれが同性婚カップルじゃい!ちげーし!こいつが勝手に絡んできただけだしぃ?」

 

〔ラーツ〕

「はーっ!!自分のこと棚に上げといて、その言い分説得力無ァー!こっちこそそっちが絡んできてすげー迷惑なんだわ」

 

〔ドルメル〕

「お前とはソリが合わんわ。もうお前とのコンビ解消な!」

 

〔ラーツ〕

「いいよじゃあ解散な。あーここで解散の議を行いましょうか」

 

〔ドルメル〕

「いいぜメーン!」

 

〔ラーツ〕

「よし、ではお互いの手のひらを向け合って」

 

ラーツの言葉をきっかけにお互いの手のひらを向け合った二人は、相手の手のひらを叩き合った。

 

パパパンという音が子気味よく幾度も鳴り響く。そして……

 

〔ドルメル〕

「すまない、私が愚かであった。君がパジャマパーティーを開いてくれないばかりに、つい自分の感情を抑制できずに」

 

〔ラーツ〕

「いいえ、こちらこそムキになってそちらの言い分を聞くことを忘れていたようです。

そうですね、ジャイアントオーガとの逢瀬も百歩譲る分にはセーフです」

 

〔ドルメル〕

「ではパジャマパーティーは諦めて、代わりにビンゴ大会を開こうかラーツ団長」

 

〔ラーツ〕

「景品は全てそちら持ちですよドルメル局長」

 

〔ドルメル、ラーツ〕

「「こうして二人の友情は修復し、更なる深みへと沈んでいったのだった。つづく」」

 

〔カーギュ〕

「もう満足ですかね?」

 

〔ドルメル、ラーツ〕

「「あ、はい。この報告会が終わったらさっさと家帰って寝ます」」

 

〔カーギュ〕

「……(無言無表情で言葉を聞き流す)」

 

〔ドルメル〕

「えーでは、昨日の状況を整理しようか、ラーツ団長」

 

〔ラーツ〕

「はい。では昨日私が遭遇した状況を、詳しく説明させて頂きます。まず昨日の夕方―」

先ほどの文字数稼ぎもといいらないゴミのやり取りがまるで無かったかのよう態度を一変させ、真面目な報告を行うラーツ。

ラーツの報告は、時間にしては僅か数分程度で終わった。実際ラーツが日本の航空機である無人機八咫烏を目撃したのはそれほど長い時間ではなく、それ故に報告する内容もそこまで長くしようがないのである(因みに日本国の存在に関しては、軍務局を訪れる前に空軍基地で空軍の将軍から話を聞かされた)。

 

それでも、実際に事件に対面したラーツによる日本の飛行物体に関する説明はラーツ自身の弁舌の質もあって内容が濃く、また余計な誇張などもなくて正確なものであり、ドルメルや同行した空軍の将校たちも満足のいく報告であった。

 

〔ラーツ〕

「―というわけで、私の『二ホンの飛行物体に関する報告』は以上となります。

皆さま、何かご質問などは御座いますでしょうか?」

 

さて、そうしてラーツから日本の飛行物体の実態を聞き出したドルメルたちは、少し思索した後にこう切り出してみた。

 

〔カーギュ〕

「ラーツ団長、貴方が遭遇した例の二ホンの飛行物体とのやり取りについて、確かに相手は攻撃行動などは取らなかったのだね?」

 

地球でいう南アジアあたりの地域衣装であるクルタパジャマ(パジャマと言っても寝間着ってわけではない)に酷似する、長袖と長ズボンの組み合わせながらも襟がなくゆったりとした衣装―清涼で着心地にも優れているがために、惑星の中心付近に位置していて気温も高くなりがちなドム大陸においては、実用上の理由からもごくありふれることになった伝統衣装だ―を見事に着こなして身を飾る褐色肌のカーギュが、ラーツに情報の精度に関して確認を取る。

 

〔ラーツ〕

「はい。相手は優速を活かしてこちらから距離を置きながら、同じ空域にて幾度か旋回機動を繰り返して、恐らくこちらへの様子見などをしたのちに、進路を変更して飛び去っていきました。

それは攻撃のような動作ではなかったと思います」

 

〔カーギュ〕

「そうか」

 

カーギュは、ラーツの言葉に納得をする。

次いでケックー半袖の衣装を身に着けた剛毛な人物で、金色の体毛が絡んであちこちに毛玉が発生しているのが見た目の特徴である―が質問を呈した。

 

〔情報部の職員 ケック〕

「ではその物体から、君の感覚は魔力などは感じ取れたかね?

例えば君の指摘した、奇怪な唸り声と思しき音からは」

 

さて、この世界の人間は魔法現象に囲まれている影響か、魔力を感覚で感じ取る能力を持っている。正確には、人間の体内に含まれる魔力が外部で強く励起した魔力と共鳴し、それが五感を刺激するのだ。

 

強力な火の魔力は体内の火の魔力を励起して熱を生み、水の冷気は冷却作用を、風は心臓の鼓動、血の巡りを促進させて、そして地の魔力は肉体の硬直を生み、憂鬱とした興奮、倦怠と狂気を生じさせるが故に、魔力は実在を肯定される……といえば大層なもののように思えるだろうが、実際のところは通常の生態的な活動に容易く埋没する程度に些細なものであった。

 

その要因は人という種の内包魔力の少なさに起因し、火の魔力の生み出す熱は、精神的な興奮作用に容易く上書きされ、水魔力による冷却作用や風の魔力による肉体感覚の鋭敏化、それに地の魔力による硬直作用ですらも、肉体の作用の中で容易く掻き乱されて表層化することは稀といえた。

 

それは例えば、一般人の魔力感知能力では感知範囲が良くても精々目視できる距離・範囲以内に留まり、鍛えることで漸くその範囲を少し超えられるといった程度でしかない所に現れていた。

 

故に人の魔力感覚とは、生まれつき鋭敏か、後天的な環境や行動習慣で意識して鍛え上げなければさほど用を為さないものである。

 

自己の感覚ないし知識によって、自己の肉体の状況を客観的に分析できる―そういった能力を獲得した―ものだけが、魔力の反応というものを表層意識下に言語化できるという程度の、極めて専門的な技能というのがこの世界における一般的認識である。

 

魔力感覚が主に役立つのは戦闘という状況で魔法現象に晒されやすい戦闘員であるため、大抵どこの国の武装組織でも所属員の魔力感覚に磨きをかけることは重要である。

 

さて、ラーツは武人としては極めて平凡なほどに実直で、己の能力を向上させることに真摯であった。

 

故に魔力を感じ取る感覚能力は龍騎士として恥とならない程度には洗練されているといってよい。

そのラーツが言葉を紡ぐ。

 

〔ラーツ〕

「いいえ、物体からは魔音も含めた一切の魔法の気配や魔力を感じませんでした。

或いは相手が高速すぎ、また相手の出していた奇怪な唸り声によって気が散らされたせいで上手く捕捉できなかったのかもしれませんし、若しくは敵意がないため魔力の発振が小さかったのかもしれませんが、もし仮に意図して魔力の発振を抑えられるのならば、相手の探知は非常に困難を極めます。

 

『ダークエルフ族のそれと同じように』」

 

ダークエルフ、というラーツの発した単語を聞いた空軍の将軍はそれを噛み締めるように思考に沈んだ。

 

〔カーギュ〕

「ううむ。君ほどのものがそういうからには、本当にそうなのだろうな。

ダークエルフ……優れた魔術技能によって、時には魔力の反応すらも隠してしまう優れた隠密種族。

彼らは裏社会の住人であり、情報に通じた闇の智者であり、そしてその強さの程故に多種族から、実体ある恐怖の影と畏れられる暗殺者、か……」

 

この世界では、魔力というエネルギーを用いた魔法という技術が発達しており、それは人為的なものは勿論、野生の生物や、場合によっては自然現象によっても発生し、そうであるが故にこの世界の人間を含めた生物はそれを前提とした生態なり文明なりを築き上げている。

しかし世界には、それとは真逆の方向へと向かった存在もいた。それが『ダークエルフ族』である。

 

人に比較的近しい容姿でありながらも、決定的に異なる程に長い耳を持つ褐色肌の亜人種族であり、その特性は優れた魔法技術の素質。魔力の保有量、制御量が多く、また容姿が美形に生まれ易い。奸智を重んじる種族の社会性から話術や奸計にも優れ、多種族に近づいては魅了の魔術や人を惑わせる話術、それと場合によっては性的な技で翻弄したり、或いは洗脳して手駒に変える彼らの用いる技術の中に、魔力を隠すというものがある。

 

この世界の生物は通常表層意識、無意識双方で魔力を励起し、魔波を発振している。それは魔法の行使によるものであったり、或いは体内に蓄積された魔素の作用によるものであるが、これらは何も対策をしなければそのまま周囲に影響を与え、魔力を持つものや魔法を行使したものの存在を周辺の者に気づかせてしまう。こうなると、他者を術に陥れたり或いは隠れて行動することが難しくなってしまう。つまり魔法という現象と魔力という存在は、この世界における隠密活動を困難にしているのだ。

 

しかしダークエルフは、間者を警戒するものが魔力や魔法の存在を警戒することを逆手に取ったうえで、魔力や魔法による魔波の伝播を消す特別な手段を使い、それらを?い潜る術を身に着けた。詳細は不明であるが、魔波を中和することで魔力の感知を無効化するものだとされる。そしてこの技術の存在こそが、ダークエルフが隠密として優れた種族だと評価させるものであった。

 

ラーツ達もそこに考えを及ばせて、二ホン国もダークエルフのように優れた技術を以て、魔力や魔法の存在を感知させない不思議な現象をおこしたのだろうか?と考えたが、それが何なのかは詳細が不明なため、頭の隅に留めておくことにした。

 

〔ケック〕

「ふむなるほど、そうか。

キャンプ・ガイチからの報告でも、二ホン国は我々の知る既存の魔法技術の基準では到底考えもつかぬ、非常に高度かつ奇怪さに満ちたる未知の技術を用いるらしいとの話が上がってきている。

 

今の所その正体は掴めていないが、魔法を使わずに翼龍や炎龍などに匹敵する巨大物体を翼龍以上の速度で高速飛行させるなど、その技術力はこの国を含めたドム大陸全土の既存国家を凌駕し、高度文明等のそれに相当する可能性があるらしい。

 

もしそれが事実だとするならば、二ホン国の行動が及ぼす影響は我が国内部だけでは留まらず、クドゥム藩王国やフラルカム王国などの他国も含めたドム大陸の広範囲、もしかすると大陸外にまで及びかねない可能性がある。

 

そうなれば、現在の世界情勢の均衡が変動してしまい、その影響で噂に聞く『5大列強国』等が動きだすことも……もしかしたら起こり得るのやもしれない。

世界の未来は、まさに晴れぬ霧の中に飲まれることになるだろうな」

 

〔ドルメル〕

「むぅ……」

 

それを聞いたドルメルやラーツ、空軍の将軍は思わずひやりとした。

 

現在この世界には50を超える国家が存在するが、その50国は国力によって『高度文明圏』と『低度文明圏』とに等級を大きく分別され、その扱いが明確区別されている。

 

神の神秘もまだ色濃く残る過去の時代には高度低度の明確な区別はなく、各自が国家の国力を己の尺度で判断していた時代もあったものの、人類の文明が発展するに従って世界から神秘と謎が消化され、人の神と、神の作り給いし世界に対する恐れと敬いが消え去っていくようになると、一部の国が国際交流の場で強い発言力を有するようになり、強い国と弱い国、善い国と悪い国が明確に線引きされるようになった。

 

そしてそれらはいつしか、高度低度という分類で明確に区別されるようになった。智を積んだ識者たちなどが語るところによると、それは文明と野蛮の仕分けだという。

 

そしてその仕分けが時代の進歩で更に推し進められた結果が『列強』という区分であり、その列強ですらも更に仕分けが成されて、今は特に国力の強い5つの国が5大列強国と称されている。

 

現在5大列強国に分類されるのは次に説明する5国。

 

幾つもの島々に散らばる種々多様な民族群が犇めき合って、色とりどりの群雄割拠の光景を織り成す、王なき南海の寄合所帯『バーク共和国』。

 

機械技術が奇怪に発達して、回帰するかのように空に向かって落ちていく『サヘナンティス帝国』。

 

恵まれた自然環境が国の発展と守護の双方に大きく影響を与えている、豊かで美しい『レイス王国』。

 

常軌を逸した蒸気文明に大気が淀み、大地が腐り、空が閉ざされたとて尽きることなき欲望を抱えた魔獣『ハルディーク皇国』。

 

そして……30年前に突如その存在をこの世界に顕現させ、当時存在したある2つの列強国を打ち破ることで列強国の座に就いた謎の軍団『ヴァルキア大帝国』。

 

この5つの国家が世界の国々の頂点に君臨し、世界の物事の大半を動かす強大な権限を駆使することによって世界の行く末を決定づけている。

 

かの国々からの支援によって未来の発展を約束されている未開の地域も存在すれば、逆に干渉によって衰退を余儀なくされるかつての開拓国もあり、今の所ロイメル王国のあるドム大陸まではその権限が及んでいるとは余り言い難いものの、それでもいずれの機会において干渉が強まるであろうことは自明の理であり、ドム大陸内部においては列強国の支持又は不支持における意見と立場の違いに基づいた、集団同士の諍いなども珍しくはない

 

さて、そこまで説明したうえで、何故日本の存在が5大列強国の動きを刺激することに繋がるのかというと、それはつまり日本の持つ技術力が高度であり、世界の力の均衡を崩してしまいかねないためである。

 

例えば、現在世界の多くの国では、軍事における航空戦力として翼龍や巨虫などの幻獣類が用いられている。それらは速度や輸送量の差などにおいて優劣があるものの、そのいずれもが魔法生物であり、使用すると魔法の反応が出てしまう。

 

そして魔法の反応は、現在程度文明圏にまでその使用が広まっている魔法探知機によって捉えられ、その情報が防御側や攻撃側の迎撃作戦に組み込まれて有効活用されている。

 

しかしここに、魔法の反応を出さない航空戦力が出現したとしよう。それらは魔法探知機による察知を免れて、敵の反応から迎撃準備までの時間的余裕を奪い取り、奇襲攻撃の実行を容易くしてしまう。そしてそのことは、戦闘の趨勢そのものにも影響を及ぼしかねないのだ。

 

日本の飛行物体は、高速であることもまたその価値自体は非常に高いが、それ以上に魔法反応を見せないという点において、ドム大陸周辺の地域において軍事的な脅威なのである。

 

今の所日本の動きはないようだが、それでも今後日本がその国家の活動として謎の飛行物体の使用を続けていくようであれば、自ずと目立っていくであろうことは目に見えている。そして、ふとしたきっかけで軍事行動を開始してしまえば、魔法に頼り切った現行のドム大陸やその周辺地域では、日本の行動を止められない恐れが出てくる。

そうなれば、やがて5大列強国との衝突すらも現実問題と化して、そしてドム大陸は日本と、5大列強国間の衝突に巻き込まれてしまうことも起こるかもしれないだろう。

情報部長たちの懸念とは、正しくそういったものである。

 

〔カーギュ〕

「いや、まさかそんなことは……いや、確かに相手の技術力が高度文明レベルに達している可能性はあるものの、それですぐ5大列強国というのはなあ」

 

〔ドルメル〕

「いいや、ケックの言う通りかもしれないぞ。突然現れた得体の知れない国が活動しているとなると、様子見の為に5大列強国の視察などが行われるやもしれない。

 

そしてそれを口実として大陸に干渉などということも……もしそれが純粋に協力であるのならばこちらにとっては得だが、万が一強引に『地域の治安の平定』などを名目とした軍の派遣などが行われようものならば、こちらの平穏など簡単に吹っ飛んでしまう!

そんなことは避けなければならん!」

 

ドルメルの懸念とは、即ち今回の事件を名目とした、5大列強国による大陸情勢への露骨な干渉である。

未知の国家が出現した以上、その正体を探るために各国が調査隊を派遣するであろう可能性は高い。ロイメル王国とて、日本という国の正体を探るためには、調査隊を送る必要があると事態を把握しているくらいなのだから。

しかし問題は調査にかこつけて、他にも様々なことを行うかもしれないということである。

例えば、調査隊の安全を確保するためと称して、大規模な兵員を動員してドム大陸に軍事的な活動を行うための駐留や、拠点づくりなどを行うこと。これは明らかにドム大陸の軍事活動や経済活動に影響をきたしかねないし、何よりやってきた者たちが現地の住民と諍い騒動などの衝突を起こす可能性がある。

万が一屁理屈をこねられてこちらの暴発を誘発し、それを名目として暴れられてはたまったものではない。一端の町の酒場における喧嘩騒動が、いつの間にか侵略戦争のきっかけになっていましたなどという事態は、歴史を振り返ってみれば有り得ない話ではないのだ。

そしてそうであるが故に、弱小国は大国の動きに関して、逐一察知し対応を取っていかなければならない。現実にそれは困難なことであるとしても、そういった心構えをしなければ、弱い国は強い国によってあっという間に滅ぼされて、惨めな占領を受けることとなってしまうのだ。

 

〔カーギュ〕

「とはいえ、ではどうするのか。我々が好むと好まざるとに関わらず、日本は存在するのですぞ?

それに、我々にとって当面の脅威はやはり活動を活性化しているアムディス王国です。あの国の覇権主義は、もはや傍観できる規模ではない。

現状動きのわからない日本のことを後回しにしてでも、先ずはそちらの対処に尽力すべきではないですか?」

 

〔ドルメル〕

「ぐぬぬぅっ、本当面倒臭いなっ事態が!だがまあ実際優先順位としてはアムディス王国の対処が優先的だな。

丁度良い機会だし、一旦現状について皆の報告や意見を聞かせてもらおうか。

将軍、空軍の動きについてだが、開戦への備えはどの程度整っているだろうか?」

 

〔カーギュ〕

「そうですね、対アムディス戦の準備に関しましては、現在各地に掩体壕及び野戦滑走路を増設しておりますが、いかんせん人手が足りないため設置後の設備維持が十分ではなく、実稼働には不安が残ります。

また装備に関しましても、劣化の進んでいた部隊間魔伝の更新が間に合ってなんとか全騎士団に配備できましたが、個人用携帯魔伝の配備に関しましてはその実装がまだまだです。本当なら全団員に装備させたいのですが」

 

〔ドルメル〕

「ふむ……やはりそこは厳しいか」

 

カーギュの説明に出てきた魔伝とは魔法伝令の略称であり、この世界独自の通信手段である。

 

魔石と呼ばれる魔力を多く含んだ物体間の共鳴作用を用いた通信手段であり、地球における電信に近い代物であるのだが、その精度は魔石の魔力量及びそれを使う生物の魔法技術の練度によって左右され、質の悪い魔石や技術の拙い者がこれを実行してもその情報伝達の精度は余りよくはなく、通信可能距離の短さや雑音の混じりなどが生じてしまう。

 

逆に質のいい魔石や技術の優れた者が行えば通信距離は伸び、雑音も混じりが少なくなる。

しかし魔石の質にしろ、魔術技術にしろ、そう簡単に向上できるものではない。

ことロイメル王国に関しては、質の良い魔石の確保や技術の向上がさほど進んでいないせいで、個人用の携帯型魔石どころか大型の魔伝装置ですら配備が滞っている状況である。

最も、火器導入未満の低文明圏国家にしてはどちらかというと頑張っているほうであり、ロイメル王国よりも技術はともかく物資面では比較的恵まれているだろうとされるテスタニア帝国ですらも、個人用携帯魔伝の全翼龍騎士兵士への配備などは出来ていないともされるので、ロイメル王国が一概に酷いとも言えない。

 

なお個人で扱えるほど性能が良く操作も簡単な携帯魔石、というよりも魔伝装置の大量生産に成功しているのはこの世界では列強クラス以上からになる。

 

それですらも携帯電話などの個人用無線通信端末が民間レベルまで普及した日本と比べれば、その範囲は軍や役所などの公的機関や一部の商業会社など限定的であり、『扱うのは個人でできるが、保有は個人でするわけではない』代物である。

 

……日本だって日露戦争くらい昔のころは、敵の発見を無線で知らせる為にまず島や村を渡るレベルの移動が必要だったりしたらしいのだが、この世界における低文明圏国家及び準列強、それに5大列強国でも開発の進んでいない一部田舎地域などではその程度の技術水準であると推測してもよいと思われる。

 

ピッチやらポケベルやらケータイやらスマホやらが当たり前のように身近にある環境で育ってきたナウなヤング新人類にはその辺りの感覚理解できるかな?まあ筆者もピッチは兎も角ポケベルとか見たことな(ry

 

えー2020年代の通信規格5Gの110年以上前が日露戦争だと考えると、地球の通信技術ここ100年で進歩しすぎでしょ。インターネッツ万歳。

 

えーさて、どこぞの誰かがそんな俗なことを考えているとはついも知らぬラーツ達は、至ってシリアスに事態を展開させていた。

 

〔ドルメル〕

「なんだか現状が悲しくなってくるな……まあいい。情報部のほうはどうか?」

 

〔ケック〕

「間者の炙り出しに関して、情報提供に褒賞をかけることで告発者を募っておりますが、中々有益なものはまりませんね。

ただ、少し妙な情報が上がってきましてね」

 

〔ドルメル〕

「ん?なんだ」

 

〔ケック〕

「最近王都内部の魔伝が『誤作動』を起こす事件が多発しており、またそれらの中には妙な『ノイズ』が混じっているものもあるということです」

 

〔ドルメル〕

「ふむ」

 

〔ケック〕

「我々はこれが、敵による何らかの工作、魔伝網に対する大規模攻撃で王都を混乱させることを意図したものの練習か、或いは別の意図から起こされたものではないかと推察しております。

例えば遠方に対する魔伝……国内から国外に何者かが魔波による連絡を行っており、、そのために用いる強力な魔波が、王都内の魔伝に誤作動を引き起こしているのでは?と」

 

〔ドルメル〕

「ふぅむ、そんなことが。して、その現象の調査手段は?やはり魔伝の傍受装置を使って、魔波を辿っていくものか?」

 

〔ケック〕

「そうですね。魔伝の傍受装置で怪しい通信を解析、発信源を特定しています。ですが……」

 

〔ドルメル〕

「ん?なんだ?」

 

〔ケック〕

「列強国クラスだと、従来の魔伝傍受機関での解析が困難な特殊な暗号方式を用いるという話があります。

 

万が一アムディス王国がそれに相当する特殊通信装置を持っていた場合、我々の捜索方法では内容の傍受が困難になると考えられます。

 

そして……実際アムディス王国に対して、列強国による何らかの接触が行われた可能性があるらしいのです」

 

〔ドルメル〕

「なんだと!?それはどこからの話だ?」

 

〔ケック〕

「テスタニアの港湾都市に潜入中の協力者からです。国家の特定までは出来ませんでしたが、何処かの列強国から訪れた何者かが、テスタニアを経由してアムディス王国に赴いた可能性があると」

 

〔ドルメル〕

「なに、テスタニア?大丈夫なのかね、その協力者は。

あの国はあからさまに我が国を下に見ているし、我が国に関わる人間に対して暴行を働くことを屁にすら感じないはずだ。

もし協力者だと知られれば只では……」

 

テスタニア帝国は、ドム大陸から見て北の方角側の海を越えた先に存在する国である。

15年ほど前までは先代皇帝のリウマード氏による平和的な政策によってその強大な軍事力が内に抑えられていたものの、リウマード皇帝崩御による現ベルマード皇帝への代替わりをきっかけとして危険な侵略国家へと転身、周辺国家を攻め落として支配下に収めてしまった実績を持つ。

 

現在は攻め落とした国からの収奪によって文明の発展を実現しているものの、その強引な手腕や、主要労働力たる奴隷の酷使、特に亜人種族への人権侵害も甚だしい非人道的な扱いに反発する国も少なくなく、ロイメル王国もどちらかというと反テスタニアの立場を取っている。それがテスタニア人の抱く自民族優越主義精神を逆なでして、ロイメル王国に関わる者は肩身の狭い境遇を強いられていた。

 

〔ケック〕

「そうですね、確かにあの国の人間は、我が国の人間に対しては躊躇もなく平気で酷い行いをしてきます。もし事が発覚したら、協力者は只では済まないでしょう。

しかし、実際のところ協力者が隠れる余裕があると私は睨んでおります。

何故ならあの国は今、外部からの間者で溢れた荒くれ者の天国と化しているためです」

 

〔ラーツ〕

「なんと、それは本当ですか?」

 

〔ケック〕

「現皇帝の『成り行きまかせの行き当たりばったりな』国営は、見せかけの繁栄と引き換えにあの国の内部構造に余所者の付け入る間隙を生み出しました。

 

今、あの国では富を巡る過激な競争によって国民の間では急速に格差が広がっており、今日までの成功者が翌日には路地裏で銭なしの物乞浮浪者と化していることも珍しくないようです。

 

いや浮浪者になるならまだましで、多くのものは奴隷に落ちぶれて自身を蹴落とした者たちのために尽くすことを強要されたり、また闘技場に送られて群衆の見世物となるべく戦いを強要され、最後は生存不可能な条件の戦いへと駆り出されて惨殺されてしまい、そして殺された後も獣の餌として遺骸を物のように扱われて、処分されてしまったりしまうのです。

 

そして、そんな環境に落ちぶれながらも生き延びた者の中には、自身を蹴落とした成功者への恨み妬みから、国や社会に対して復讐や反逆を狙うものも少なくありません。今はまだ毒が溜まりきっておりませんが、いずれ量が超過したこれらがかの国の脅威になることは間違いありません。

 

さて話を戻しますが、国や社会に復讐することを狙う者たちは、国内だけでなく国の外から来る闇社会の住民たち相手でも平気で協力します。その者たちが国を、社会を滅ぼすことを願っているからです。奴隷たちは奴隷同士でかばい合い、かくまい合い、そして力を蓄えていつか来る反逆の時に備えます。

 

それに気づき事前に潰そうとするものもいますが、そういう時に活躍するのが外部からの間者、協力者です。彼らは奴隷から得た情報で敵を先回り、奴隷の協力で迎撃の準備を行い、そして邪魔者を返り討ちにします。

奴隷と間者の関係は互いに得し合うものであり、これを崩すのは困難。そういうわけで、現在あの国の地下では外部からの侵略が静かに進行しているわけです。そこに我が国の付け入る隙があります。

 

テスタニア帝国軍でも精鋭と称され、裏の仕事を請け負うとされる『無(ヌル)』の存在は確かに厄介ですが、国中の奴隷を監視するほどに、彼らの数は多くはない。精々脱出してほしくない奴隷たちがいるところに集中配備されている程度です。

 

更にいうならば、あの国の事業計画にはあまりに杜撰なところがあります。かの国の社会にはより多くの労働者を用意し動かすことに権力の価値があるという風潮があるのですが、そのために本来必要な分以上の人員を不用意に動かす悪癖があり、それによって別の場面で人手が手薄になることが多々起きます。

 

その最大のものがかの国の軍事パレードであり、これは現皇帝の指示で年々兵の投入人数が増えておりますが、それによって兵力の減った地方で奴隷や、都市部の開発に人手を取られて貧困化した過疎地の民たちによる反乱が起こったことが幾度かあります。なのにかの皇帝は失敗を学習することなく幾度も同じ失敗を繰り返しているのです。これには呆れるしかありませんね。

もしあの国全土の奴隷や貧困者層が、軍事パレードに合わせて一気に反乱を起こしたら、かの国は崩壊不可避ですね」

 

〔ドルメル〕

「そこまでか。なんというか拍子抜けしてしまうな」

 

〔ケック〕

「もはやあの国にまともな理性など存在しないのでしょう。とはいえ様々な国の間諜が鬩ぎあっている毒の坩堝である以上、あの国の裏部への潜入は命がけですし、それにかの国からの刺客には一応注意しなければならないためさほど余裕はありません。

彼らに対抗するためにはダークエルフ族のような優れた隠密集団が必要であり、何としても彼らの接収を図るべきです。

なのに何故いつまで経っても政務官方はアルフヘイム神聖国に働き掛けないんですかね。

かの地ではダークエルフは厄介者としてエルフとは対立しているというではないですか。

我々が彼らを受け入れればエルフ・ダークエルフ双方からの支持が得られるでしょうに」

 

〔ドルメル〕

「うむ、それはそうだ。それはそうなんだがなぁ……

どうも我が国の人間は物事を深く考えるのが苦手な性質でな、そこら辺の政治感覚が今一身につかないのが自他共に分かる弱点なのだよなぁ。

まあ情に熱いのは個人同士付き合う上では美徳ではあるが……

 

それに、ダークエルフ族の接収と言っても、彼らが素直にそれを受け入れてくれるだろうか。

彼らは利に目ざとく、雇い主が利益を生まないと察したらあっさりと見捨てていくというぞ。

今の我が国に、彼らをとどめて置けるほどの富を生み出す手段は……」

 

南方の気質とでもいうべきか、ロイメル王国の住民は物事を論理的に詰めていくのが苦手であり、感情に任せて勢いで突っ走りがちな面がある。国の重鎮同士の話し合いでも、声を張り上げて勢いまかせに喋りがちであり、それを抑えるのもまた張り上げた勢いまかせの弁舌だというのがもっぱらの状況であった。

 

また、重鎮同士の心の距離が近く、会議が世間話の駄弁りの場になりやすくもあり、またそういった風潮もさほど強く叩かれない緩い雰囲気があって、それを正そうとすると逆に「空気が読めてない」「真面目カッコつけ」「面倒くさい」などと煙たがられる傾向にあり、この体質を改善するのには長い手間と時間がかかるだろうことが目に見えていた。

 

かくいうドルメル自身も、実際のところは堅苦しい話し合いを行うのはあまり好きではないほうである。

 

〔ドルメル〕

「せめて禁断の地で資源でも取れればよかったのだろうが、結局有益なものは何も見つからないからなぁ。

むしろ、『怪しげなもの』が見つかったせいであの地の利用がますますし難くなっってしまった」

 

〔ケック〕

「そうですねえ。かつて『神の涙』が落ちたと推測される窪んだ場所と、そこから発見された、正体不明の『謎の物質』……既存の魔鉱石のいずれとも異なる特徴を持ち……そして『祟りを齎す呪い』を帯びているとしか思えない、禍々しい経歴を持ったあの『神の涙』を」

 

〔ラーツ〕

「ああ、あれですね。私も話を聞いたことがあります。あの土地と物質に纏わる奇怪な話を……神官たちは畏れから、あれを決して呪いだなどとは称しませんが、しかしどう考えたとてあれは呪詛的な力を感じます。

そう、発見者を始め、所持者を次々に『失踪』させた、触れ得ざる異物の由来は……」

 

〔ケック〕

「そう、まさにあれは我々の理解を超えた出来事ですね、事の始まりは10年前の……」

 

ドルメルたちは、話題に出すことを憚りながらも『禁断の地』と『神の涙』に纏わるとある出来事について再整理し始めていた。

 

〔ケック〕

「200年前、我が国はあの土地の開拓のために調査団を派遣しましたが、その調査団は突如天から落下した『神の涙』によって壊滅し、その出来事を畏れた当時の神官たちや政府の重鎮によって、長らくの間かの地に立ち寄ることは法度とされた。

 

しかし10年前に再調査の話が持ち上がり、そしてその時発見されたのが神の涙が落ちたことで出来たであろう窪みと、あの謎の物質。

 

まず奇妙だったのはあの窪み。あの内部の草木は周囲よりも成長が早いのか、周辺のそれよりかなり大きく育っていた。だがしかし、その形は余りに歪。

 

表皮や茎、蔓や枝が……まるで人の形を模したかのように捩じれていたのだから。それも、まるで地獄で苦悶しているのかのような形に」

 

〔ラーツ〕

「ええ、一つの木や草に人間の顔のような模様や膨らみ、窪みが無数もあったり、枝が手足のように先端が5つの小枝に分かれていたり、影が人の形になるとか、それに木々を吹き抜ける風の音すらも、どこか人間の声のようであったとか。

『スワンプマン』、いやかの地の実情と合わせて『プラントマン』とでもいうべきものですね……単なる『パレイドリア』や『シミュラクラ』とは思えない、意図的な意思を感じます。そう、まるで当時犠牲になった調査団が現世に干渉しようとしているかのような……」

 

ケックとラーツの言葉をきっかけに、皆が息をのむ。彼らの脳裏には、人伝手に聞いたかの地の植生の形が練られていた。

 

ラーツのいうパレイドリアとかシミュラクラというのは、心理学や認識学でいうパレイドリア現象やシミュラクラ現象(類像現象)といった錯覚を指す語である。

 

例えば、∵←次のような三つの点が三角形状に並んだ図や文字を見て、人の顔のようだ、と思うことはないだろうか。何故人はそのように錯覚してしまうのだろうか?

それは脳が人の顔を三つのパーツに分割された……2つの目とその下の一つの口からなるものとして認識しているためである。

 

目と口の形状を単純化すると、凡そ円や多角形、線など、そういった境界が明確な形状に行き着く。いわばアナログのデジタル化であるが、人間の脳は3次元上に浮かぶ境界が曖昧なアナログな事物を、一旦2次元的で境界が明確なデジタルな事物として情報を単純化し、それによって正確かつ迅速な情報処理とそれに基づく判断を生み出している。

 

こと人の顔に関しては、まず社会生活を送る上で自分以外の同胞ないし敵を区別することは必須であるし、そうであれば人間を人間と認識する上でまず問題となる個体差‐人の顔は皆異なる―を除外しつつも、人間という共通の特徴を見出すためには、物理的な共通点を定めて区別する必要がある。

そのための思考論理(プログラム)が人の脳には本能としてインプットされている。

 

その上で、何故人間は壁のシミや自動車の正面、また単純な図形や文字に人の顔を見出してしまうのは、それらの事物が人の顔との共通する特徴を図らずも―場合によっては意図して仕組まれることもあるにはあるが―備えてしまったためである。

 

さてそんな理屈を踏まえたうえで、それでも人は偶然の出来事を意味のない単なる誤差として片づけ、安心することが出来ないこともある。

むしろ、この世の事物、出来事全てに意味を見出すことによって、情報の過多を齎し心の平穏から遠ざかりすらもしてみせる。

 

或いはそれは単なる乗っかかりであり、偶然生じた事物を利用して利益を生もうと目論む浅ましい狩人の罠策なのであるが、即ち人は現実を正しく認識などしない。精々が脳の都合の良いように情報を単純化して処理していくに過ぎないからこそ、得てして奇妙な事物を創造すらしてしまうのである。

 

それが『スワンプマン(泥の男)』である。

 

『スワンプマン』とは、地球においては思考実験上の事物であり、この世界においても同じものとして論じられることがある。その点で共通点があるのだが、ただ一つ地球のそれとは異なる点が存在する。

 

それは、この世界でのスワンプマンは地球上でのそれがあくまで思考実験のために作られた空想上の創作物であるのとは違って、『実在が疑われる伝説上の存在としても』その存在を追求されて語られるものでもあるということだ。

 

基本設定は地球とほぼ変わらない。即ちある男がハイキングに出かけると、途中沼の近くで落雷にあって死んでしまう。だがその落雷は男を殺傷するのと同時に、沼の中に今ちょうど落雷に打たれて死んだ男と全く同じ身体的特徴と記憶を持った泥人形を化学変化で誕生させてしまう。

 

泥人形は死んだ男と入れ替わり、ハイキングの続きを始め、そして用事を終えるとそのまま家に帰って今日あった出来事を家族に話した。家族は死んだ男と同じ外見と記憶を持つその泥人形を、それとは気づかずに死んだ男に代わって受け入れてしまう……というのが大筋の話である。

 

スワンプマンの存在が禁断の地とどう絡むのか、即ち現地の植物はかつて神の涙によって死傷した者達の複製物、スワンプマンならぬプラントマンではないか、ということである。

 

神の涙の力か、あるいは心霊的な現象によるものか、同地に生える植物が、何らかの超常的な理屈で過去の人間の存在を引き継いでいるかもしれない……この話の不気味な点はそこである。

 

この世界において、死者の蘇生術というものは現在確立されていない。ゴーレム魔法を駆使し物質を操作することができるエルフやダークエルフならば、人間の死体をフレッシュゴーレムとして操ることも理屈の上では可能であるが、それでもそれはあくまで死体という『物』を操っているだけであり、死という事象を超越して蘇らせているものではない。

 

またとある国の技術では、生物を一度仮死状態にした後覚醒させるものもあるが、それもあくまで仮死状態の強制と解除にすぎず、生物学的に明確な死を迎えた生物を蘇生させるものとは全く異なる。

 

遥か過去の神代においては、神の手による奇跡によって不死の付与や死者の再生が行われたという伝説も存在するが、今となってはもはや現実性に乏しく、神秘は幻想と消えた。

だがそれでも人は、死者の復活を信じている。それは神の奇跡として、魔法の成果として、或いは呪い、祟り、またはその何れでもない人知を超えた理解不能な現象として、死という事象がひっくり返り、遺骸が、魂いうべきものが現世に戻ってくることを願っているのだ。或いは畏れ、夢であれと拒み否定し、それを知らぬと無知に振舞って無視する。

 

それ故に、禁断の地で起こっていることは危険であった。死の超越を願うものや、死の絶対性を願うものが、彼の地の存在をいかに利用するのか。また何よりも、復活者たちが今の世界で何をするのか。復活者たちによって何が起こされるのか。

 

現状は誰も何もわからない。ただ言えることは、今更200年も過去の人間が復活したところで、もはや彼らの帰りを待つ者など居ないということだ。或いは長命の亜人種族ならば生き残っている可能性もあるが……

 

〔ケック〕

「そして謎の物質に関しては……まず、最初に異変が起こったのは発見者。

独り言が多くなったかと思うと、人の寝静まった夜深くに眠ったまま街を徘徊したり、或いは目を覚ましても一切の動きを見せなくなったりといった、精神的な異常を抱え、更に周辺にも謎の光や影が出没するなど不可思議な現象が多発するようになり、そして最後は……」

 

〔ラーツ〕

「忽然と行方をくらました、というわけですね」

 

〔ケック〕

「ええ。そして、最初の発見者がそうであったように、謎の物質を身近に置きすぎた者は次々と同じような失踪をしていった。

まるで誰かに操られたかのように」

 

〔カーギュ〕

「こう言っては何だが、やはり祟り的なものなのだろうかな?」

 

〔ケック〕

「さあ、どうなのでしょう。ただ一つ言えることは、やはりあの地には妙なものがあるだろうということですね

まあ、謎の窪み以外の場所では現状特に何事も起きてはいませんが」

 

〔カーギュ〕

「いっそのこと、あの地や謎の物質は他の国に押し付けるのがいいかもしれないな。

例えばフラルカム王国とかに。

また神の涙など落とされたらたまったものではないのだし」

 

〔ドルメル〕

「あそこは我が国からの施しなど絶対受けないからなぁ頭偏屈すぎて。

あそこの連中が『お前らの施しなんかいらねーよバーカ!』って言ってくるのが容易に想像できる」

 

〔ラーツ〕

「プッ」

 

〔ドルメル〕

「なんであいつら蛮族の方が技術力上なのか、時折分からなくなる」

 

〔ケック〕

「(蛮族度合いならロイメル王国も大概だと思いますが)」

 

〔ラーツ〕

「(フラルカムの民なんて、実家の山のほうに比べたら遥かに文明人だけど)」

 

〔カーギュ〕

「(なんか他の皆は危ういこと考えているな……)まあ禁断の地のことなどは一先ず置いておいて、対ロイメル戦への備えは以前の計画通りに進めるということで宜しいでしょうかドルメル軍務局長?」

 

〔ドルメル〕

「そうだな、取り合えず空軍に関しては掩体壕と野戦滑走路の増設を、それと情報部は引き続き間諜の炙り出しを頼む。

それはそれとして……ラーツ団長、現在騎士団の状況はどうだ?新規の騎士団員の育成や魔伝の運用は十分だろうか?」

 

〔ラーツ〕

「団員の育成に関しましては、禁断の地での訓練のおかげで従来よりもペースを上げられました。やはり住民を巻き込む危険性なく自由に訓練できることの利益は大きい。

特に火炎弾に関しては、国内だと火災の恐れがあって迂闊に森林地での訓練できなかったのが、禁断の地では制限なく実戦に近い環境で訓練できるため、団員たちの技量がぐんと上がっています。

 

それと魔伝に関しましても、旧来の物より故障が少なくなり、信頼性が増しているため部隊の分割運用が柔軟に行えるようになり、全体の戦闘力は向上を見せております。

数が同数ならば、テスタニアの翼龍部隊にだって引けは取らない自身があります」

 

〔ドルメル〕

「うむ、ならばいい。

国家間の戦争で勝敗を決するのは航空戦力の差。例え陸上の兵力で負けておっても、空戦で優位を取れば不利を覆すことは十分に可能であることは過去の歴史で証明されている。

敵が炎龍でも味方につけない限り、我が方にも抵抗の余地が十分にあるはずだ」

 

〔ラーツ〕

「万が一敵が炎龍を味方につけた場合は?」

 

〔ドルメル〕

「ハハハ!もしそうなればそうだな、全団員差し違える覚悟で徹底抗戦してくれれば御の字だろうな。

負けるとわかっていても、ならば最大限の嫌がらせを以て敵の鼻をあかしてしまわねばな、死んでも死にきれまいだろう、納税者が」

 

〔ラーツ〕

「言ってくれますな軍務局長。納税者とは斯くも傲慢な身分だろうか」

 

〔ドルメル〕

「税金と貯金で養われている身分なら、謙虚な心持で身を弁えることを覚えねばな、いずれ寝首を掻かれることになる。

 

昔の諺にあるじゃないか。『頭の下がった麦穂ほどよく育つ(※本当は『良く育った麦穂ほど頭が下がる』といい、ドルメルの表現だと物事の前後が逆になっているが、うろ覚えなのでこうなった、残念)』。

 

ん?今誰かが茶々を入れてきた気がするがまあいいか。とにかく、騎士という身分にはそれなりの責務を背負ってもらわなければな。

そうでないのなら単なるローグ(荒くれ者)として排斥せねばならなくなるぞ。

ローグならローグらしく酒場に屯して娼年漁りでもしていればいい。

それが嫌なら精々マナーを身に着けてジェントルマンに身を窶せ。

マナーが紳士を……」

 

〔ラーツ〕

「(最後のくだり、大衆活劇の真似だな。流行に流されたか。流しておこう)

言ってくれますね……いいでしょう、精々貴殿のお気に召すままに振舞って見せましょう、ドルメル・ガーランド軍務局長殿」

 

ラーツは右拳を作って自身の胸の真ん中に当てた。騎士の礼儀、初歩の初歩、敬礼の動作。地域や民族によって違いはあるが、意味するところはつまるところ共通した、相手に対する敬服と、自身への誓約。騎士たることの肯定儀式。

ラーツはドルメルのために、自身の心臓を捧げる意を示したのだ。

或いはそれは、日常的な職業上の業務としての意味合いか。

 

はてさて、ラーツに自身の振ったネタを素っ気無く流されたドルメルは、心の通じ合えない悲しみから心底悲しそうな表情を浮かべることとなった。

 

ロイメル王国は今日も愉快であった。

 

 

  *   *   *

 

 

【 王都ロクサーヌ近辺 王立魔導科学研究所所有実験場】

 

森の中のなだらかな丘の上に、芝の生えた平地が広がっていた。平地の周囲には石垣や木製の柵が平地を覆うかのように建てられており、敷地内部と外部を隔てる役割を果たしている。入り口は一か所で、王都から延びる道路との接点に木製の門が置かれている。周辺の立て看板には『部外者立ち入り禁止 この先王立魔導科学研究所所有実験場』とあり、また周辺を槍や剣を装備して巡回する監視員の存在が、部外者や野生の獣が立ち入ることをあまり歓迎しない雰囲気を醸し出している。

 

だがそんな厳つい警備で守られた敷地に近づく一台の馬車があった。この世界の馬は地球のそれと比べると非常に戦闘向きの生態を保持しており、体格が大きく筋肉もよくついており、そして牙や角、場合によっては鱗も備えている。そんな馬が引く馬車も地球のそれと比べると随分と大きくまるでバスやトラックのようであり、そんな馬車が通る道の幅も意外と大きい。日本でいうところの3車線程度の横幅が確保されているといえば、日本人には馴染みがわくだろうか。

 

その馬車が敷地の門の前で止まると、門の詰め所から監視員の男が出て馬車の持ち主を確認する。馬車の外側で馬を操る従者の身分証をまず確認し、ついで馬車内の人物の確認をとった。

 

〔監視員の男〕

「身分証を……はい。では次は符号の確認を……はい、確認できました。

『隊長』で間違いありませんね」

 

〔馬車内の男〕

「私がいない間に変わったことはなかったか?……そうか、うむ、では引き続き警戒を続けろ。

ああ、それと今の私は『リヌート・テュメル』だ。『隊長』などと呼ぶのはやめろ。迂闊だぞ」

 

〔監視員の男〕

「はっ、了解しました『テュメル卿』。扉を開けますのでお通りください」

 

監視員の男は、自身の仲間である『隊長』こと『リヌート・テュメル』を敷地内に通した。

 

〔リヌート・テュメル〕

「全く、危機感の足りないやつもいたものだ……そういうやつの出世は許しがたいな、査定は厳しくいこう」

 

さて、敷地に入ったテュメルはそのまま敷地内にある2階建ての建物の前で馬車から降りると、そのまま中に入っていった。

中には男がいて、その男にテュメルは命令をした。

 

〔テュメル〕

「今から魔伝を使う。魔力発生機関の出力を上げてくれ」

 

テュメルの命令を聞いた男は建物から出て、2階建ての建物とは別に存在する煙突のついた建物に向かった。しばらくするとその建物の煙突から吹き出ていた黒みがかった煙が、その量を増やした。

それと同時に、敷地内のなにもないはずの空間に、ある物体の輪郭が浮かび上がる。棒がまるで網のように組み合わさりながら天に向かって突き出た構造の塔が2本、そびえ建っていた。

 

塔はロイメル王国で作られたものではなく、またその使用目的もロイメル王国のためのものではなかった。外部の人間が、この国の利益に繋がらない悪しき目的のために建設したものだ。

否、塔を含めたこの敷地の全てが、ロイメル王国を含めたドム大陸を陥落させることを目的として、とある者たちが用意した悪魔の実験装置なのだ。悪意を持つ者たちが暗躍する野望の砦として、この地を偽装し利用しているのである。

 

輪郭の浮き出た塔を建物の二階の窓から見ていたテュメルは思わずといった様子で呟く。

 

〔男A〕

「しかし、いつ見てもすごいものだな擬態魔法というやつは……

自らの肉体の色を巧みに変えることで周辺の環境に溶け込む能力持った、特異生物クリスタルクラーコ(水晶烏賊)の皮を魔力で刺激してやることで、革の下の物体を周囲の風景に溶け込ませて視覚的に隠すことができる特別な魔法……

 

素材のクリスタルクラーコ自体が捕獲困難なために、製造が困難だという問題があるはずだが、それをこんな巨大な鉄塔を覆うほど集めて加工するとは……魔伝使用時には高圧魔波の干渉で若干擬態能力が落ちるのがまだ難点ではあるが、それを差し引いても大したものだ。

 

それに『私』の変装もほぼ完璧といえるほどに、本物に近づけることが出来ている。

誰もリヌート・テュメルが入れ替わっているなどとは気づくまいよ、フフフ……

 

よし、では今回の通信を始めるとするか」

 

彼はリヌート・テュメル。ロイメル王国の政務官であった本物のリヌート・テュメルと入れ替わり、彼の振りをしている偽のリヌート・テュメルである。

 

彼はとある国の間諜としてロイメル王国内で暗躍する傍ら、アムディス王国に対してもこの国の情報を提供することをだしにして協力料の賃金支払いを求めていた。

それは、いずれロイメル王国やアムディス王国などを含めたドム大陸全土を彼と彼の母国の支配下に置くため立案された、恐るべき計画に基づいた卑劣な行動であり、資金の獲得は無論のこと、ここで賃金の絡んだ取引を行うことで後にこの行為自体がアムディス王国側の『弱み』になる、ということまで計算に含ませての行動であった。

……彼は、この大陸にまだない『技術』をもってそれを可能とでき、その点でドム大陸の全ての国にとっての敵と言えた。

 

そんな彼が、ロイメル王国内部ではこの場所にのみ存在する特殊魔伝通信機を使ってアムディス王国王城の魔伝までの通信を開始する。箱型のスピーカーとこれまた箱型のマイクが備わった魔伝通信機のボタンやつまみを操作すると、スピーカーからザッザッというノイズが漏れ、機器の立ち上げを告げた。立ち上がりを確認すると次はマイクのスイッチを入れ、声を吹き込んだ。

 

〔テュメル〕

「こちらリヌート・テュメル、聞こえるかイスカンダル君……」

 

遠方にあるアムディス王国と通信するには、こちらから強力な魔波を送るための魔波発生器官と、向こうの魔波を受信するためのアンテナが必要であるだけでなく、それらを高い位置において魔波の送受信をやり易くすることも重要となる。低い位置だと魔波が障害物に遮られ易い為である。

 

そのためテュメルは通信アンテナを設置するために通信塔をこの地に設置し、またこの国の人間に察知されないように擬態魔法の発生装置を使って塔の存在を念入りに隠蔽していた。そのことが、今日までロイメル王国側の捜索を逃れることができた理由である。

今回もまた、特に何の人為的妨害もなくアムディス王国と通信を繋いだテュメルは、相手からの返答を待った。

数十秒後、通信の繋がったアムディス王国の王城からの返事がテュメル側の通信機に入伝する。

 

 

〔アムディス王国通信兵〕

「”こちらイスカンダル、リヌート・テュメルだな?

現在現地の平均風速は?”」

 

ロイメル王国の技術基準では、通信の傍受は難しいと思われるが、念のために暗号を交えて会話は成されることになっている。

イスカンダルはアムディス王国の王城、平均風速はテュメルの持っている情報のことを示す。

つまり今回提供する情報について言えということだ。

それを踏まえながら、テュメルは話した。

 

〔テュメル〕

「72、42,55、25、43,21,11,91,01,93,51,02、52,65,03,12,13,61,92,6104、32、85,63,74,12,25、13,34,12,71,03,35、04,23,63,74,12、95,12,74,93,15,13,25,23,52,83,13,14,22、51,32、04、85,13,65,13,51,33,42、83、13,12,31,94,41,32……ところで、『チーズ』の用意はできているかな?」

 

〔アムディス王国通信兵〕

「……

『チーズ』はアンドルフがそちらに運ぶ。都合のいい場所に、馬革の籠を持ってきて頂きたい」

 

〔テュメル〕

「分かった。では次回の通信だが……(省略)うむ、では今回の通信は以上だ。終了する」

 

かくしてテュメルの通信は終了した。

 

なお今回のテュメルの通信内容の暗号部‐数字の羅列‐を解除すると次のとおりである……『未知の国家現る、名を日本言うなり、場所不明、構成民族不明、ロイメル王国に有益な情報なし、注意されたし』。

他にも『チーズ』などの単語や言い回しも暗号となっているが、そのあたりの内容は賃金や物資などの受け渡しに関わるこまごまとしたものであるため今回解説は割合させていただく。

 

さてアムディス王国との通信を終えたテュメルは、だがしかし今度はまた別のところに対し魔伝を繋いでいた。

果たしてどこと通信しているのだろうか、その内容は実に怪しげであった。

 

〔テュメル〕

「『9号』だ。ロイメル王国に関してだが……ふむ、そうだ、工作はほぼ上手くいった。あとは実行に移すだけだ。

そういうわけで至急こちらに『例の実験装置』を一つ寄越して頂きたいのだが、準備は可能か?

 

なあに、『クアドラード連邦』が大陸本土で本格的に動く前にこちらのかたはつくさ。そちらはそちらでことを進めておけばいい。『レイス王国』傘下のウィルシール帝国、リルウッド王国、ローナム王国の動きはまあ気にならんでもないが、奴らの目的はあくまで自分たちの利益の範囲内での『ガルカイドニア大陸』への干渉だ。多少こちらの動きを警戒して妨害もかけてくるかもしれないが、『本国』が牽制をかければ大きくは動けないはずだ。まあ動くようであればそのままあ奴らを攻め滅ぼすまでだがね、ククク……

 

実験装置の稼働に足りない分の素材?それが丁度、ここの国の連中のおかげで確保に成功したよ。ククク、いくら奸計に秀でたとて、所詮は亜人種族。『半神兵(ヘーミテオス)』一体だけで対処できたよ。フフ、あれは中々に可愛いものではないか。制御に難こそあるが、戦闘力は従来の魔獣に勝るとも劣らん。完成の暁には世界をより深い混沌に誘うことができるだろう……そう、我々の飢え望む時の果ての『混混沌沌』の状態をな。

 

ふむ、そうか、では頼むぞ『12号』。有り得ないとは思うが、くれぐれも『テスタニア』のカスどもに嗅ぎ付かれんようにな、では……」

 

魔伝装置のスイッチを切ったテュメルは、にぃっと下品な笑みを浮かべながら誰もいない部屋の中で、独り言を漏らした。

 

〔テュメル〕

「やれやれ、ようやくこの大陸が私のものになるわけだが、しかし振り返ってみれば実に簡単な仕事だったな。アムディス王国を操りながら、同時にロイメル王国も動かす、両方をこなしながら更にテスタニアでの足場も築く。なぁになんてことはない、そう『霧の中の箱庭』と……『神霊界』双方の技術さえあればな。

 

この大陸の下等な連中は何も知ることはあるまい。世界の真の姿などは……例え私が影の玉座に君臨したとて、何も見えはしない。

 

世界とは、得てしてそうできているのだからな」

 

木の椅子の背もたれにもたれかかりながら、テュメルは笑い続けた。それは誰も見ていないし聞いていない、情報の密室であることを知るが故の余裕から来る戯れであった。

 

しかし彼の認識には穴があったことに彼自身は気づいていなかった。

 

通信機のある部屋は、テュメルの認識では密室であるはずであった。壁は音を透過させにくい素材と構造を用いていたし、窓もまた建物の二階の高さの位置にあるのだ。時折外を確認したが、建物の近くには誰もいない。そのことこそがテュメルの油断めいた安心の判断材料であった。

だがしかしテュメルの知らない。密室には『穴』が確かに存在したことを。

 

〔???〕

「……ククク、世界の真実か。だがな、だがお前は所詮、所詮『偽り』の……」

 

テュメルの知らない何かが、何も知らない彼の近くで密かに跋扈していた。

決して気づかれない何かが……

 

 

  *   *   *

 

 

【ロイメル王国 海岸の町 港町イシュメーヌ】

 

海の見えるテラスに置かれた円卓群を囲んで、男たちが飲食にふけっている。

円卓の上には、赤い陶器皿の中で煮汁のプールに浸かった魚の料理や、葉野菜や根菜の入った粥、それと水や色のついた飲み物が注がれた杯が並んでおり、それを掻き込む男たちは肌が日に焼けていて、筋肉もがっしりとついている。そんな体に走る無数の傷痕が、男たちの仕事の過酷さを示す勲章であることは一目瞭然だが、当の男たちは剣呑さなどと無縁の間の抜けた態度が表に出ており、場全体が穏やかな雰囲気を醸し出している。

 

男たちの頭上で広がる空は青く、見える海は水平線まで穏やかだ。平穏といってよい。

だが、そんな平穏さを少し崩す事態が突如起こる。

切っ掛けは猫耳のカチューシャを装着したセーラー服姿のおっさんのふとした呟きであった。

 

〔猫耳カチューシャセーラー服おじさん〕

「ん?なんか臭いな……おーいおやじ、臭ぇぞ何事だ」

 

男がテラスにいたまま、石造りの建物の中にいるこの飲食店の店主おやじに向かって問うと、カウンターを挟んだ調理台の竈で揚焼鍋を振っていたおやじが、特に反省なども見せずに男に対して言葉を返した。

 

〔飲食店のおやじ〕

「わりーわりー、料理酒にカメムシが混ざっててな、まあ焼いちまえば特に害もないんだが、調理過程でちと強烈に臭っちまった。

何時もより苦辛酸っぱいだろうが、まあいいだろ」

 

〔猫耳カチューシャセーラー服おじさん〕

「いいのか?

いやよくねえよ!しかもそれよく見たら俺が注文した煮魚じゃねーか!なにしてくれてんだおやじ!……ったく、今日はついてねえな」

 

〔男たち〕

「プププッ」

 

〔猫耳カチューシャセーラー服おじさん〕

「ん……?こらお前たち今笑ったろ?笑ったよな?それが『船長』である俺に対する態度か!」

 

〔男たち〕

「すいません船長。でも正直船長はあまり偉くないので、つい笑っちまいましたー」

「そうですすいませーん」

「反省してまーす はっはっは」

 

 

〔猫耳以下略〕

「こらーお前たち!」

 

〔男たち〕

「「はっはっは!」」

 

〔猫耳(ry〕

「全く……それが海軍の兵の態度か」

 

言葉とは裏腹に、男には怒りの雰囲気はなく、むしろ笑気に満ちていた。

 

〔おやじ〕

「やれやれ、これが我が国の海軍軍船の船長様だってんだから恐れ入るぜ」

 

〔N 略〕

「黙らっしゃい」

 

さて、そんな愉快なおっさんたちのもとに、角のついた兜を被った兵士が外からやってきた。

 

〔伝令の兵士〕

「コボ・ジャーハァン船長、カルカル総督がお呼びです」

 

兵士の呼びかけに、猫耳カチューシャセーラー服おじさんことコボは反応し返答する。

 

〔コボ〕

「こんな時間にか?いやまだ昼のうちだが」

 

〔伝令の兵士〕

「大事な話があるので総督府まで来るようにと」

 

〔コボ〕

「飯のあとでいいか?まだ料理来てないんだよ」

 

〔伝令の兵士〕

「いやあすぐに連れてくるように言われているので、今来ていただかないと……取り合えず会計して頂いても?」

 

〔コボ〕

「一品分損することになるが、カルカルのおやぶんのいうことには逆らえないな……おーいおやじ、会計」

 

コボは料理の代金として円形の硬貨をカウンターの上に置く。

 

〔店のおやじ〕

「よし、確認してやるから代わりに揚焼鍋見とけ」

 

コボは店のおやじに言われるがまま代わって揚焼鍋を見、おやじは料金を確認するとそれを服のポケットに仕舞って店を出ようとした。

 

〔店のおやじ〕

「じゃあ競馬行ってくるからあとはよろしくな」

 

〔コボ〕

「いやなんでだよ!仕事サボって消えようとすんな!」

 

 

伝令の兵士に連れられて、コボが向かったのは海軍総督府であった。

周囲を木々に囲まれた敷地内部に建つ白いレンガの建物に入ったコボは、総督室でロイメル王国海軍総督カルカル(61歳、人族、男)と対面していた。

カルカルは立派に磨き上げられた頭皮丸出しの頭をテカらせながら、コボに辞令を下す。

 

〔カルカル総督〕

「この度我が国に二ホン国からの親善大使が訪れることとなった。お前には軍船で海上の安全を確保する任務を請け負って欲しい」

 

〔コボ〕

「二ホン国?どこですか?」

 

〔カルカル〕

「大陸の東北端から更に東北に1200km先いった海上につい最近出来た人族の国らしい。

急な話だが、相手は比較的穏健な民族らしいから危険ではないと思う。

到着の時期など詳細は追って話すが、それはそれとして二ホン国の大使が来訪する前に先発隊がイシュメーヌの港の下見をするんで、それを案内する役目もやっていただきたいんだがいいか?」

 

〔コボ〕

「案内といっても何をどうするんですか?」

 

〔カルカル〕

「一旦お前の軍船に相手方の『翼龍』と『騎手』を寄越して、それから港を見せてやってほしいんだが、できるか?」

 

〔コボ〕

「そりゃあ構いませんが、となると若干船の積み荷を降ろして翼龍の余分に入るスペースを確保しないといけませんねえ。で、何騎と何人が来る予定なんですかね」

 

〔カルカル〕

「船に来るのは日本の翼龍と騎手は1騎と2人だそうだ。ただ、付き添いで二ホン国側母龍が何騎かと、あと付き添いで我が国の第8翼龍騎士団の翼龍3騎三3騎手が飛行してくるとは言っている。母龍のほうは船に降りないらしいので4騎4騎手分の余裕が欲しい。

注意点があるんだが、二ホン国の翼龍は我が国のそれとはかなり異なる外見をしているのでこちらを驚かせる可能性があるが、あまり意識しないようにと」

 

〔コボ〕

「ふぅむ、まあどうにかなるでしょう……二ホン国、果たしてどのような国なのか、あんまり粗暴なやつらでないといいんですが」

 

斯くして日本国と接触することとなったロイメル王国海軍所属コボ。彼と彼の船が一体如何なる運命に晒されるのか、それが明かされる日はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

  *   *   *

 

 

番外編 月詠月夜裏面① 終




上、番外編その2でした。前回から半年ほど空いてしまいましたが、執筆がこんなに遅れたのは別にリアルが忙しいとかではなく単にネタがひねり出せなかっただけだったりするので、大体筆者の作家力不足が原因です。この事は反省しておりますし前回の続きを気にしていた読者の方には大変申し訳なく思っております。御免なされ給うれ。

次は現エピソードの本編を投下することになると思いますが、これもまた現段階だと何も書けてなかったりします。プロットがメルトダウンを極めてコンクリが真っ白に燃え尽きた、あしたのジョー状態だがどうなるんだこれ?残骸をかき集めて高速増殖炉にぶち込んだら再利用できるようになるかもしれませんが、うーんどう加工しよう。

あ、2022年明けましておめでとうございます。今年は良い年であることを願ってます。バレンタインチョコ母ちゃんしかくれなかったけど(ありがとう母ちゃん)。


今回の設定↓

・魔力の感知について
この世界の人間は魔法現象に囲まれている影響か、魔力を感覚で感じ取る能力を持っている。正確には、人間の体内に含まれる魔力が外部で強く励起した魔力と共鳴し、それが五感を刺激することで魔力を感知することができる。

例として、強力な火の魔力は体内の火の魔力を励起して熱を生み、水の冷気は冷却作用を、風は心臓の鼓動、血の巡りを促進させて、そして地の魔力は肉体の硬直を生み、憂鬱とした興奮、倦怠と狂気を生じさせる。故に、魔力というエネルギーの流れと場はその実在を主観的に肯定される……といえば大層なもののように思えるだろうが、実際のところは通常の生態的な活動に容易く埋没する程度に些細なものである。

その要因は人という種の内包魔力の少なさに起因し、火の魔力の生み出す熱は、精神的な興奮作用に容易く上書きされ、水魔力による冷却作用や風の魔力による肉体感覚の鋭敏化、それに地の魔力による硬直作用ですらも、肉体の作用の中で容易く掻き乱されて表層化することは稀となっている。

それは例えば、一般人の魔力感知能力では感知範囲が良くても精々目視できる程度の距離・範囲以内に留まり、鍛えることで漸くその範囲を少し超えられるといった程度でしかない所に現れるのだが、そうであるが故に人の魔力感覚とは、生まれつき鋭敏か、後天的な環境や行動習慣で意識して鍛え上げなければさほど用を為さないものである。

自己の感覚ないし知識によって、自己の肉体の状況を客観的に分析できる―そういった能力を獲得した―ものだけが、魔力の反応というものを表層意識下に言語化できるという程度の、極めて専門的な技能というのがこの世界における一般的認識である。

魔力感覚が主に役立つのは戦闘という状況で魔法現象に晒されやすい戦闘員であるため、大抵どこの国の武装組織でも所属員の魔力感覚に磨きをかけることは重要である。

魔力感覚を磨き上げる具体的な方法としては、主に『瞑想』などが上げられる。余計な思考を排し、肉体の自然体の状態を保つこと―呼吸と脈拍を整えること―で脳の思考能力を物理的に安定させ、感覚の麻痺を回避することは、感覚を育てるうえで実に有効である。
ただし、瞑想単独による訓練で感覚を養うことはその早熟度合いや効果に個人差があり、これを補うために文化的技術や儀式による精神への干渉や、薬学的な肉体への干渉も重要となる。故に古来より戦士は武芸を磨き、呪文を唱え、楽器を奏で歌を口ずさみながら戦の作法という形式をなぞり、酒を煽り飲み狼煙や煙草をふかしながら踊り狂って士気を高めるのである。

・『スワンプマン/プラントマン』
『スワンプマン』とは、何らかの自然現象で生み出された人間の複製ないし、そのような人間が発生する現象のこと。
そもそも例えある人物と全く同じ性質を持った物質が、その人物の行動や意思とは無関係な起源で発生したとして、そこに時間の連続性‐ある物質に流れる意識の連続性‐が無ければ、それは複製ではなく別個の存在であるはずである。天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドが、その生成過程から別個のものであるように。或いは個々の工業製品が製造番号で仕切られるようにも。

即ちスワンプマンとは、それを観測する他者の意識内部にしか存在しえない事象と言える。全く異なる起源で発生した事象に対し、時空間を超えた関連性を見出すことに価値を見出すのは視点の相対性によるアポフェニアでしかないのである。

さて、ではスワンプマンの問題点とは何か。それは即ち性質の同一性である。とある人物と同じ能力、同じ思考、同じ行動を行う存在が、とある人物となり替わりで登場した場合、果たして他者はそこに個体としての個性を見出し、区別することができるだろうか。人間の思考は時として非倫理的であり、合理的ではない。例えば死刑囚の男がいたとして、されどもその男のスワンプマンが発生した場合に、他者はこのスワンプマンを処刑する権利を持ち得るのか、或いは逆にスワンプマンが罪を犯した場合に、以前より存在したオリジナルを裁きえるのだろうか。また、殺人鬼に殺害された被害者のスワンプマンが発生した場合に、スワンプマンの手で殺人鬼を裁いてもよいのか。

禁断の地に発生した『プラントマン』‐人の肉体形状を模ったかのような、奇怪な植生群‐が果たしてそこで亡くなった者たちの複製として発生したのか、それとも単なる錯覚なのかは不明であるが、不気味な存在・現象であるとしてロイメル王国の人々は畏れている。

・謎の物質
禁断の地の窪みから見つかったもの。
この物質を身近に置いていると、次第に独り言が多くなったり、人の寝静まった夜深くに眠ったまま街を徘徊したり、或いは目を覚ましても一切の動きを見せなくなったりといった、精神的な異常を抱えるようになるとされる。
更に周辺にも謎の光や影が出没するなど不可思議な現象が多発するようになるらしく、これらのことと関係あるのかは不明であるが、最終的には失踪してしまうとされる。
一体この物質の正体は何であるのか、今のところ詳細は不明。


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