来宮美晴の(非)日常 (斎草)
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逢魔時、誘われる者


「動かない」のテイストで書こうと思った話
岸辺が体験したエレベーターにまつわる怪談




 

「露伴先生、こんな噂知ってます?」

カフェ・ドゥ・マゴ。通勤通学客に人気のあるカフェだ。

岸辺露伴と来宮美晴は夕飯の食材を買う前にそこで茶をしばいていたが、不意に美晴がアイスココアのグラスを置いて露伴を見つめる。

「亀友、"連れてかれる"って」

「また始まったな。君のホラ話」

露伴はコーヒーの入ったカップを受け皿に置きながら溜息を吐いた。というのも来宮美晴、彼女はホラーやオカルトが大好物なのだ。そういった噂話には目がない。

「大体そんなの、リアリティに欠けるんだよ。どれもこれも蓋を開ければ曖昧なものばかりで話にならん。聞く前から分かるぞ、ツマラン話だと」

「だからそれを検証しに行きましょうって話じゃあないですか!」

美晴がパンパンとテーブルを叩いて目を輝かせている。対する露伴はジトッとした目で彼女を見つめていて、普段の彼らを知っている人物ならば"いつもと逆のようだ"、そう思うだろう。

「検証〜〜?1人で行けよ」

サクッと露伴の持つフォークがタルトを一口サイズに切り分ける。その興味なさげな彼の態度に向かいの彼女はシュンと眉を下げていた。

「露伴先生は私がもし万が一いなくなってもいいんですね……」

「??」

タルトを咀嚼しながら、露伴は疑問符を浮かべて彼女を見つめる。

そりゃあ美晴がいなくなるなんて露伴にとっては耐えられない事だ。2人は別に愛し合っている仲ではないが、互いに恋人や家族と同じように、或いはそれ以上に大切に想っている相手である。

だから、彼は先を促すように見つめていた。

「亀友のエレベーターに乗って地下駐車場に行こうとすると、稀に"何処か"へ連れて行かれるそうなんです。諸説あるんですけど、墓地だったり河原だったり……でも共通するのはどの風景も"夜"のように真っ暗な事なんです」

時刻は17時半。夕方だが夏の暑さのせいか、じっとりとした汗が滲む。

「エレベーターに戻らないと、一生その空間に閉じ込めれてしまう……っていう噂で」

「おいおいおいおい……!分かったぞ、エレベーターに戻らないと帰ってこれないってヤツだろ?じゃあどうしてその話が君の耳に入るんだよ。今ので一気に興が削がれたぞ」

エレベーターに戻れば大丈夫という事。それは即ちそうやって帰ってきた者がいるという事だが、なぜ"戻らないと一生その空間に閉じ込められてしまう"とそいつが分かるのだろう。それにこんなありきたりな話、聞き飽きたも同然だ。諸説あるとか曖昧な時点で終わってる。——なんて思っていたが。

「あら。"ちょっとは興味持っていただけていた"っていう感じの言い方ですね、露伴先生。だったら検証しに行きましょうよ、どうせ"ただのホラ話"です。私達これから食材買いに亀友行くんですよ?」

ふふ、と美晴は目を細めて笑っていた。

「地下駐車場に車を停めて、帰りにエレベーター使えばいいだけの話じゃあないですか」

美晴のヤツ、わがままが上手くなったな。

対する露伴はフゥー……と長い溜息を吐いていた。

 

 

亀友で夕飯の買い物を済ませ、露伴と美晴は地下駐車場に行くためにエレベーターに乗り込んだ。その時ちょうど他に人は居らず、露伴が"閉"ボタンを押すと途端に美晴がソワソワと体を揺らし始める。

「いいかい。このエレベーターは日常的にぼくらも使っている。だが今までそんな事はなかっただろう」

「でもそういう噂話を聞いてフラグが立つっていうのは、定番ですよ」

エレベーターの扉が閉まり、ふっと降り始める感覚が体を伝う。

「定番、ね……そういうところなんだよな、この手の話は」

本当にありがちでありきたりな話。先程の話もいろんな話が巡り巡って杜王町流にアレンジされたに過ぎない。

エレベーターの階表示が"1"から黒点を3個ほど通過して"地下"に光を灯していく。それをボケッと見上げながら今日の夕飯の事を考えていた。

 

「……露伴先生」

そこで不意に美晴が声を上げる。

「……変ですよ。長くないですか?エレベーター、まだ動いてますよね」

確かに言われてみれば、エレベーターが止まる時のあの独特の感覚がまだ体に伝わってきていない。そう、エレベーターはまだ動いている。扉も開かない。しかし、階表示は"地下"に光を灯している。

「ほー、良かったじゃあないか。君が行きたがっていた"何処か"に行ける……、……」

ほんの少し感じた恐怖を和らげようと露伴は隣にいる美晴に視線を転じるが、彼女は俯いて口を一文字に結んでいた。

さては来宮美晴、怖がっているな。本当にこうなるとは思っていなかったに違いない。

露伴はそう即座に思い至って溜息を吐く。

「おいおい、君が言い始めたんだぜ?その君が怖がるのかい。ちょいとおかしな話じゃあないか?」

そう言いながらも彼は非常電話の受話器を持ち上げボタンを押す。

恐らく、彼女はただ普通に地下駐車場に降りていって「なんだー、やっぱり噂話は噂話でしたね」なんて言って笑いたかっただけなのだろう。季節は夏、オカルトホラーや都市伝説が最も輝く季節だ。岸辺露伴のところにも読み切りでホラー漫画の依頼がこないだあったばかりで、世間はそういった非日常的な刺激を欲しているのだとざっくり思っていた。

露伴は寄り添ってきた美晴を片腕で抱き寄せながら、コール音だけが鳴り響く受話器を耳に当てている。しかしやはりと言ったところか、どこにも繋がらない。

「露伴先生……」

「分かってる。さっきの文句でチャラにしてやるよ。今はここからどうやって出るか考えよう」

夏の密室。じっとりまた汗が滲む。受話器を戻し、周囲をぐるりと見回すと突如ガタンッ!と音を立て、地震のような衝撃が体を揺らした。

 

そして扉が、チンと音を鳴らしてからゆっくりといつもの調子で開かれる。

 

「ここは……」

正面に立ち、まず視界に入ったのは薄闇の中に広がる河原だった。穏やかに流れ、蛍の光が舞い踊り、草が風で擦れる音が聞こえる。対岸には土手が見え、それより先は見えなかった。

「お……降りてはだめだ。すぐ上に戻るぞ。そういう話だったな」

露伴はすぐ脇にあるエレベーターのボタンに手を伸ばそうとした。しかし——、

「だめです。もう降りちゃってます、私達……」

「なにッ……」

気付けば今し方まで乗っていたエレベーターが"なくなっていた"。2人に気取られる事なく、まるで最初からそこにはなかったかのように忽然と姿を消していて、辺りもいつの間にか先程まであったエレベーター内部の電灯の光がなくなった事で薄闇に覆われていた。

「……エレベーターを……探すぞ。そうすれば帰れるんだろう?簡単な話だ」

美晴を抱き寄せた手でポンポンと叩いてやると、彼女は潤んだ瞳でひとつ頷いてくれた。

本当に彼女1人で行かせたなら、彼女はここから一歩も動けなかっただろう。露伴は寄り添っていた体を離し、代わりに彼女としっかり手を繋ぐとまずは背後にある土手を登っていった。

 

「河原に、墓地……君が言った通りだな」

土手を登って適当なあぜ道に入ると、すぐ脇に墓地が見え始めた。諸説あるとは言っていたが、体験者達(と便宜上言っておく)が見た場所はどうやら同じ場所のようだ。

「先生、見てください。灯りがたくさん見えますよ」

美晴が指差す前方を見ると、確かにほんの少し先に複数の灯りが連なるのが見える。

(はて、ちょっと目を離した隙にあんなに灯るものか?)

しかし不思議な事だ。露伴は今脇に見える墓地に視線を向けるために顔を動かしていたが、その一瞬のうちに前方に灯りが、あんなにたくさん灯ったのだ。見間違いでなく、墓地に目を向けるまでは辺りは薄闇に覆われていたというのに。

「あれ、お祭りの屋台じゃあないですか?行ってみましょうよ」

「ちょ、美晴!」

彼女の手がするりと露伴の手から離れ、その彼女は薄闇に溶けるかのようにあぜ道を走っていく。

 

先程まであんなに怖がっていたのに、今日の来宮美晴は何かおかしい。それはカフェで茶をしばいていた時からそうだった。

 

「おい、待てよ美晴!」

しかし今彼女を見失うのはまずい。露伴は考える間もないまま夢中で美晴を追いかけた。

ドンドンと太鼓の音が灯りに近付くに連れて大きくなっていく。そうして神社の鳥居の下までやって来ると、来宮美晴は彼を振り返りながら口元に弧を描いていた。

「露伴先生。りんご飴、奢ってくれませんか?」

ちょいちょい、と彼女はりんご飴の屋台に並ぶそれを指差してからその屋台に近付いていく。

「……そうしたら、君は"来宮美晴"に化けるのをやめてくれるのか」

屋台のりんご飴を手に取り、彼女は息を切らしながら己を睨み付ける彼を見つめる。

「ぼくは美晴にヘブンズ・ドアーを使いたくないんだ。例え偽物でもね、誓いを破るようで嫌なんだよ」

露伴は彼女に詰め寄り、両肩を爪を立てるように力を入れて掴む。それでも彼女は顔色ひとつ変える事はなく、持っていたりんご飴を力が抜けたかのようにポロリと手放した。

「なにが目的だ?ぼくを大切な人に化けてまでここに連れてきたお前の目的はなんだ?」

カシャ、とりんご飴が地面に落ちる。それを合図にするように、彼女は露伴の手から逃れて一目散に神社の境内まで走った。

「待てッ!!」

その背を追うように露伴も駆け出す。こんな事許しておけるはずがない。この岸辺露伴を、よりによって来宮美晴に化けて騙すなんて。

おかしいと思っていた。全部全部、わがままが上手い来宮美晴なんて来宮美晴ではないのだ。彼女はもっと甘え下手で、わがままなんて言えるタイプじゃあないのだ。それに彼女はアイスココアよりアイスティーが好きなのだ。分かっている。己は来宮美晴と毎日嫌でも顔を合わせるような、一言では言い表せない間柄なのだから。

「"ヘブンズ・ドアー"ッ!!」

手を伸ばせばその背に届く位置まで距離を詰め、露伴はスタンドを発動させて彼女の心の扉を開かせた。バラバラと音を立ててページが捲られ、それは風を切るたびにはためく。

「チッ、やはり気分が悪いッ…!だがやらせてもらうッ!」

"自分の体は鳥居まで吹っ飛ぶ"。そう彼女のページに書き込んでやるとその体は瞬く間に露伴の背後にある鳥居の方までビュンッと吹き飛んで行った。それを尻目に目の前にまで迫る神社の本殿を見る。

「あの本殿の中だなッ!?あの中にエレベーターがあるんだなッ!?」

恐らく彼女はエレベーターに乗りたかったのだ。だがなぜそうしたかったのか、今は考える時間がない。

本殿まで辿り着き扉を開け放つと、そこには御神体の代わりにエレベーターが祀ってあった。その異様な雰囲気に若干気圧されたが、すぐに駆け寄ると"昇"ボタンを押す。

「くそッ、早く…!」

階表示がないエレベーターの前で落ち着かない様子で足踏みをする。早くしないと彼女が追いついて来るかもしれない。あの偽物の来宮美晴をもう視界にすら入れたくない。

「そのエレベーターはッ……」

早くカゴが来ないか待っていたが、不意に彼女の声が背後から聞こえて恐る恐るそちらを振り向く。

「そのエレベーターは私が乗るんだッ!!岸辺露伴、あんたがここに残るんだよッ!!あんたが残るんだーッ!!」

来宮美晴の姿をした"彼女"が、金切声を響かせながら掴み掛かる勢いで露伴に迫っていく。

早すぎる——。思わずエレベーターの扉に背を付けて恐怖で目を見開いていると、チンと音が響いてその扉が大きく口を開けた。

「悪いが乗るのはぼく1人だ。本性を現したのが運の尽きだったなァ〜ッ…!」

ぐらりとエレベーターの中に倒れる視界の中、露伴はだめ押しに開かれっぱなしの彼女の"扉"に命令を書き加える。

「"君は一生エレベーターに乗る事は出来ない"。そう書き込ませてもらったよ……」

偽物と確信を得られたなら、気分は悪いがもう躊躇う必要はない。

パタン。

2つの"扉"は岸辺露伴の目の前で同時に閉められた。

 

動き出すエレベーターの中、彼は尻餅をついたまま息を切らし、階表示をぼんやりと見上げていた。

 

チン。

程なくして扉が開かれると、2人分の人間の脚が視界に入りその人物を見上げる。

「ろ、露伴先生!?何やってるんですか!?」

そこにいたのは来宮美晴と東方仗助で、2人は目を丸く見開きながらエレベーターの中に入り彼を引っ張り起こした。

「何やってる、っつーかよォー……露伴先生、あんた今どこから来たんだ…?」

閉まる扉。階表示は矢印の"上"に光を灯しながら"地下"から"1"に光を移動させていく。仗助は眉を潜めながらその表示に視線を向けていた。

「どこからって……聞いてくれよ。信じられないかもしれないが、今とんでもない場所に行ってしまっていた」

しどろもどろになりながら露伴は2人に先程まで行っていた不気味な場所の話をしようと口を開きかけるが、ふとある事に気付いて思い直す。

「いや……待て仗助。君の質問も変だぞ。"どこから来たんだ"って……まるでぼくがおかしな場所に行っていた事を知っているような言い方じゃあないか。上階から来たとは思わなかったのか?」

階表示は"2"を指し、扉がチンと音を立てた後に開かれ3人で外に出て来るとそれを振り返った。

「だって露伴先生……このエレベーター、昇り専用ですよ。このエレベーターで下の階に降りる事は出来ないんです」

美晴が指差すのと同時に扉が閉まり、"昇り専用"という張り紙が姿を現す。ボタンもこのエレベーターの各階の入口には"昇"しかなく、カゴは各階に来ると他の階からの昇りの指示があるまでは動かない仕組みになっている。

先程までいたのは地下だった。亀友には地下に駐輪場もあるので、美晴がそこに自転車を停めたからこのエレベーターで彼らは上階へ上がろうとしていたのだ。だが昇り専用であるはずのエレベーターは岸辺露伴を"何処からか"運んできた。だからこそ仗助は"どこから来たんだ"と問い掛けたのだ。

「……そんな事より美晴。お前"本物の美晴"か?」

「えっ?」

露伴はずずいっと美晴に詰め寄る。先程の"彼女"にはヘブンズ・ドアーでエレベーターを使えないように書き込んだが、万が一の事もある。もう何かが美晴に化けるなんていうのは御免だ。

「身長157cm、スリーサイズ80・58・83!この岸辺露伴の給仕係の来宮美晴かッ!?」

彼女の肩をガシッと掴み尋問するように揺さぶるが、次の瞬間頭をガシリと掴まれ両頬をギュッと片手で握るように顔が窄められる。

「露伴ンンッ!テメー公衆の面前で美晴ちゃんの…ッ!!」

「なにがあったか知らないけど、そういうのやめてくださいッ…!」

見ると頭を掴んでいるのは仗助、頬を握っているのは美晴であり、2人とも顔が赤く染まっていた。どうやらこの反応なら目の前の美晴や仗助は本物で間違いなさそうだ。

しかし仗助の言った通り、ここは亀友マーケットという地元民が多く利用する場所だ。騒ぎを大きくするわけにいかない。観念するように露伴が首をブンブンと横に振ると2人は彼を解放し、溜息を吐く。

「それで、とんでもない場所ってなんですか?話くらいなら聞きますけど……」

そうして3人でそこにあったベンチに座り、露伴は先程の体験を2人に話し始めた。

 

きっとあの"来宮美晴の姿をした彼女"は生霊だったのだ。生霊としてこの現世に降り立ち、美晴に化けて露伴を"あちら"に誘い込んだのだ。あのエレベーターに乗りたがっていたのは恐らく、"誰かをあちらに誘い込む事で、自分はその誰かに成り代わって新しい人生を歩む事が出来るから"なのだろう。美晴に化けたのは露伴を騙すための能力で、彼女はエレベーターに乗ったら"岸辺露伴に成り代わる"つもりでいたのだ。

そしてそのエレベーターに乗れるのはあの祭りの日だけなのだろう。だからあんなに必死こいていたのだ。

 

「ま、美晴に化けるならもっと上手くやれとは思ったけどな……」

仗助は美晴とは逆でホラーの類が苦手なようでゾッと体を震わせていた。

今回岸辺露伴が助かったのはスタンド能力のおかげでもあるが、来宮美晴の事を骨の髄まで知り尽くしていたからだ。それこそ、彼女の恋人である東方仗助よりも彼女を知っている。そうでなければ彼女はまんまと露伴を騙し、成り代わってのうのうと暮らし始めていただろう。

「私、結構ホラーやオカルトには強い方だと思ってましたけど……私に化けて露伴先生を騙すなんて、怖いなんてモンじゃあないですよ……」

美晴も己の肩を抱いて震えていた。無理もない。まさか露伴を騙すために己が利用されるなんて思ってもない事だっただろうから。

「俺、しばらくエレベーター乗んのやーめよ……」

「ぼくもしばらくはいいかな……」

「私もやめとくわ……少なくとも夏が終わるまでは」

 

きっと今もどこかで、あの場所に誰かを誘い込んで騙し、成り代わった輩が何食わぬ顔で歩いている。

時刻は18時50分。陽もとっぷりと暮れて窓の外は夜の帳が降り始めていた。



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ホームセンターに行こう!


本編1話で契約を交わした岸辺来宮。その直後にあった空白の中の時間の話。



 

「さて、家の中は一通り案内し終えたかな」

岸辺露伴は今し方その場で雇った給仕係——来宮美晴の方を振り返る。

7LDKという広さ、今日全て覚えてもらうのは難しいだろうが、じきに慣れるだろう。露伴は最後にそこにあった扉を開くと、中に彼女を招き入れた。

「ここが君の部屋になる。広さは8畳だからちょいと狭いが……」

「いえ、8畳もあれば十分ですよ……!」

今まで使われてなかった、少し埃っぽい部屋を前に美晴はブンブンと首を横に振る。外観からして豪邸のように大きかったがまさかここまでとは。引っ越してくる前の家だって美晴の自室は5畳ほどだったのだから、言葉通り十分過ぎる。

露伴はその謙虚な態度にひとつ頷き、「ここは後で掃除しとくよ」と彼女の肩をポンと叩いてから仕事部屋の方へ案内した。

「じゃあ君の部屋に置く家具を決めようか。いつまでもがらんどうでは何かと不便だからな。まずベッドや机、照明は必要だろ?」

仕事机のそばに使っていない椅子を引き寄せて美晴を座らせ、自分はいつもの椅子に腰掛けるとカタログを何冊か彼女に渡す。開いてみるとなぜか日本語ではなく英語で書かれていた。

「これなんてどう?有名なブランドの物なんだが、寝心地もいいし一級ホテルでも使われているベッドだ。ぼくの寝室にも置いてある」

彼が指差すベッド。値段がドル表示で日本円だといくらになるのか分からないが、その語り口から恐らくとんでもない値段のものだろう。

「ああ、君は女の子だしこっちの方が好きかな?ロマンがあるよね」

スイ、と動く指を視線で追いかけるとそこには天蓋付きのベッドの写真があった。これもドル表示だがとんでもない値段である事は間違いない。

「照明もほら……これは映画で使われていた物のレプリカだ。机も見てみろ、これはあの有名な——」

「き、岸辺先生ッ!」

置いてけぼりにしながらペラペラと喋る露伴を、美晴は声を上げる事で止める。それを受けて彼は目を丸く見張っていた。

「あの、私にそんなにお金掛けなくていいんで…!言ってしまえば居候なんですから、恐れ多すぎます!」

そう、露伴が彼女に渡したカタログは全て高級家具のものだ。どれもドル表示だが一級ホテルのベッドと同じような桁の値段が付いている。

「? これくらいぼくの稼ぎならどうって事ない。君には家事の全てをお願いするんだから、待遇としては安すぎるくらいだが」

「金銭感覚おかしすぎます…!普通の暮らしをさせてください…!」

来宮美晴、15歳。来月には高校一年生になる。ただの小娘にこの高級家具……恐らく美晴のような性格なら、使うのすら恐れ多くて床で寝るなんて事になりかねない。

露伴は少し考えた後に、別のカタログを出した。

「ならこっちはどう?これはレプリカでもなんでもない、ただの海外製の家具のカタログなんだけど」

「だーかーらー…ッ!」

そこまでしてもらう必要はないと言っているのに、この岸辺露伴という男は美晴の言っている事をまるで理解していないようだった。

「ホームセンター!ホームセンターに行かせてください…!」

先程渡されたカタログを突っ返すように押しつけて息をゼェゼェと切らしている彼女を見て、やはり露伴は疑問符を頭に浮かべている。

「そんな安っぽいモンでいいのか?」

「そっちの方が落ち着くので!」

ギッと音を立てながら背もたれに寄り掛かり、フゥー……と困ったように長い溜息を吐く露伴。なんとまぁ欲のない娘だこと。しかし彼女が落ち着く環境を整えてやるのも雇い主の務めであり、そうするのがいいと彼女が言うなら無理強いは出来ない。少なくとも彼女が高校を卒業するまではここに置くつもりでいるのだし。

今週分の仕事は終わっているので、露伴は明日ホームセンターに連れて行くと彼女と約束を交わし、この日は2人で部屋の掃除をする事にした。

 

翌日。

「いたた……」

「だからあれほど寝室のベッドを貸してやると言ったのに……」

ホームセンターへ向かう車内、後部座席でまだ調子が悪そうに肩を押さえている美晴をバックミラー越しに見て露伴は溜息を吐いた。

昨夜露伴は疲れているであろう美晴を寝室の大きなベッドに寝かせようとしたが、彼女は断固拒否を貫き自室になる予定の何もない部屋で夜を明かしたのだ。寝室のベッドはちょうど彼が最初に勧めた有名ブランドの一級ベッドで、彼女にとっては恐れ多くて触る事も出来ない代物だったらしい。

文字通り床で寝た彼女は体を痛め、今朝の仕事は満足にこなせていなかった。結局洗濯機の使い方や掃除をお願いする部屋の案内だけ済ませ、朝食も露伴が作ったのだが、こうしてホームセンターに行く事だけは美晴も今日がいいと言っていたので連れ出している次第だ。

「まったく、大事な体を痛めてちゃ話にならん。ベッドだけは今日決めてもらわないとな」

それでも届くのは早くても明日になるだろうが。何にしても給仕係の仕事は体が1番大事だ。毎朝こうではいつまで経っても仕事を始められない。ネタのために雇ったが、こうも使い勝手の悪いものだったのかと露伴は眉間にシワを寄せる。

 

そんなこんなでS市内にあるホームセンターまで辿り着くと車を停め、早速店内へと入っていった。

「うわー…!」

広い店内に並ぶ様々な商品。家具は勿論アウトドア用品やDIY用品、自転車まで多く取り扱っており、そのどれもに美晴は目を輝かせては手に取って眺めたりしていた。

(しっかり者だと思っていたが所詮ガキンチョか……こんなモンで喜ぶなんて)

安っぽいデザインの亀のぬいぐるみを手に、触り心地を確認している美晴を見て己も隣にあった兎のぬいぐるみを手に取って眺める。

「なぁ、まずはベッドだろ?早く選んでしまおう」

ぬいぐるみを棚に戻し、美晴の肩をトントン叩く。ベッドだけでも今日中に購入して、なるべく早く届けてもらわなくてはならない。露伴がさっさとベッドコーナーへ歩を進めると、美晴も亀のぬいぐるみを手にしながらその背中を追いかけていった。

 

「ン、ここにも立派なのが売ってるじゃあないか……品揃えがいいな」

立派なフレームに高級マットレス。それを包むなめらかな肌触りのシーツ。露伴は1番高いセットのベッドをさわさわと触り、軽く腰掛ける。一方の美晴は至って普通の、シンプルだが可愛らしい色合いのベッドフレームを見ていた。

「岸辺先生、これとマットレスとシーツは別売りなんですよね?」

「そうだね、自分でカスタマイズ出来るよ。フレームはそれにするのかい?」

もっと立派で高級感のあるものを選べばいいのに。露伴は真っ先にそう思ったが、彼女がそうしたいならそうするしかない。彼女の部屋に置く家具である以上は、彼女が選んだものであるべきだ。

こくりと頷く美晴を見てグッと口出ししたくなる己を抑え込み、しかしマットレスだけでもいいものを見繕ってやろうと彼女にはまず先にシーツを選ばせた。なぜマットレスなのか?そんなのは——、

(また今朝みたいに体を痛めてまともに仕事出来ません、は困る!いいかい。これから学校も始まるのだから疲れは残しておかれちゃあ困るんだ。質の良い睡眠を摂れ、それも君の仕事だ!)

それに尽きる。有無を言わせず買うぞ!やってやるぞ!露伴はそう意気込んでシーツを選ぶ美晴を尻目にマットレスを選ぶ。

結局先程見た質感の良い高級マットレスの注文カードを見せると案の定美晴は首を横に振りながら断っていたが、彼女の手が届かない位置にカードを持った手を挙げてやると観念したように息を吐いていた。

 

「それからカーテンと棚と、」

「岸辺先生、そんなにいっぺんに買われて大丈夫なんですか…?」

昨日まとめたリストを手に各コーナーの位置を確認していると美晴もそのリストを覗き込んで心配そうにその横顔を見上げる。

「全然。寧ろ君が欲張らないので安いくらいだ。どれ、8畳なら案外もう少し置けるな。インテリアも見とこうか。あと壁紙も」

露伴の背を追いかける美晴の手には既に照明と机の注文カードも握られていた。別に気を遣っているわけではなく、美晴が自分で使いやすそうなものを選んでいるだけなのだが、なぜか彼は美晴が家具を選ぶたびに「それでいいのか?」「本当に欲のない奴だな」と眉間にシワを寄せながら言うのだ。平凡な値段のものを選んでこんな事を言われるのは初めての事で、美晴自身も気を張っていないと金銭感覚が狂いそうになる。

漫画家ってそんなに儲かる仕事なのだろうか?いや、"岸辺露伴"だからこそこんなに余裕があるのだろう。その余裕が"来宮美晴"という平凡な少女の感覚を狂わせようとしてくる。

(なんだか変な気分だな……私、本当にこの人と暮らして大丈夫なのかな。それに男の人だし……間違いがあったら怖いな)

あの時はああするしか自分が助かる方法はなかったが、こうして改めて考えてみると不安になってくる。住み込みの給仕係。変な仕事まで頼まれたらどうしようと、己が女子高生になる事で生まれる可能性について考えるとゾッとする。

だが路頭に迷うのはもっと嫌だ。今はこの人のところで働いて、お金を貯めてさっさとアパートか何かに引っ越そう。今は耐えるんだ。

美晴が頭の中でぐるぐる考えていると、不意にぽすっと何かに正面からぶつかって「ん!」と声を上げながらそれを見上げる。

「何やってるんだよ……ほら、カーテン。女の子ってどういうのがいいの?遮光度合いとか断熱とか色々あるけど」

ぶつかったのは露伴の背中で、彼は振り返って溜息混じりに言いながらサンプルのカーテンの束を一枚一枚確認している。

「どうせ高級品を選んでも拒否するんだから、ぼくもこの辺のから選ぶの手伝ってやるよ……」

カシャカシャとカーテンレールと金具が擦れる音が静かに響く。暫く互いに無言が続いたが、露伴は不意に動きを止めて隣にいる美晴を見る。

(ぼくはこいつとちゃんと生活していけるのだろうか?波長は合うのだからぼくの漫画とは相性がいいらしいが、ぼく自身とは価値観も好みも合わない。本当にやっていけるのか?)

ネタのため、そして自身の負担の軽減という理由で彼女を招き入れたが、元々岸辺露伴は人付き合いが苦手だ。上手くやっていける自信がない。軽はずみに雇ってしまったが給金もいくらくらいやればいいのか相場が分からないし、下手に高額の給金を支払えばこの調子だと受取拒否までされそうだ。

それに、己も男だ。何かの拍子に変な気を起こさないという保障もない。かと言って今更雇うのをやめるなんて、彼女を路頭に迷わせる事になる。一度言った以上責任は持たなければならない。

「あ、」

「ン、」

そこで2人の手が触れ合った。2つの手は同じカーテンを握り、それを広げてみると淡い水色の背景に白い縁取りのされた花柄模様が顔を覗かせて2人して顔を見合わせる。

「私……これいいと思います」

「奇遇だな……ぼくも綺麗だと思った」

その時、互いに"ほんの少しだけ心が通じた"と思ってしまった。

たったカーテン1枚の事なのに、それだけで決め付けるのは早すぎるのに、それまで全く話が合わなかった不安がそうさせてしまった。

「……あのさ。これから一緒に暮らすのに"岸辺先生"って苗字呼びするの、やめろよな」

露伴はサンプルのカーテンが並ぶ下の棚から同じ柄のカーテンの袋を取ると美晴に渡す。

「"露伴"でいいから。ぼくも君の事は"美晴"と呼ばせてもらうよ」

2人で決めたカーテン。それを手にまた2人で店内を巡り、ようやく一通りの家具が揃って会計に並ぶ。

「それは買うの?」

「あ……えっと」

露伴は美晴がずっと脇に抱えていた亀のぬいぐるみを指差すが、本人も持っていた事を忘れていた様子に本日何回目かの溜息を吐くとそれを脇から引き抜いて「これも」と会計に出す。

「飾っとけば。"亀"っていう君のセンスは分からないけどさ」

たったの200円という値段が会計に加わり、それほど額は動かないものの会計機には一気に家具を買ったために桁の多い数字が表示されていて、一瞬目眩がしそうになる美晴を尻目に露伴はカードで支払いを済ませてしまった。

「ほら。目ェ回してないでさっさと帰るよ、"美晴"」

彼はその場で持ち帰れるインテリアの入った袋から先程の亀のぬいぐるみを出すと彼女に握らせる。

「え、あ、はい、"露伴先生"……!」

本当にさっさと歩いて行ってしまう露伴の背を追い掛けるように、美晴もホームセンターを後にしていった。

 

————

 

「美晴、ちょっといい?」

そんなあの日から長い月日が経った。

露伴は美晴の部屋の扉をノックするとそれを開けたが、彼女は締め切ったカーテンを手に取って見つめて何やら考え事をしている様子だった。

「あ、露伴先生。どうかしましたか?」

「いや……何してんの」

窓の外を見ていたわけでもないのになぜそこに立っているのか、純粋に疑問が湧いて彼女の方へ歩み寄る。

「いえ、ちょっと思い出していて。このカーテン、私と先生で初めて2人で選んだやつなんだよなー、って」

ふふ、と笑い声を零しながら振り向く美晴の手には亀のぬいぐるみが抱かれていて、思わず露伴も顔が綻んだ。

「懐かしい。あの頃はまだ互いを知らず、価値観も合わなくて本当に上手くやれるのか?なんて考えていたよ」

「そうですね……私、露伴先生に変なお仕事頼まれたらどうしよー、とか思ってましたよ」

「なんだよそれ。君のペチャパイなんて興味ないね」

「なっ!ひ、ひどいです!訴えますよ!?」

プフーッと吹き出す露伴を見て美晴は持っていた亀のぬいぐるみでゲシゲシと彼の二の腕辺りを軽くどつき始める。

「うわっ、やめろよなーッ。それはそういうために買ってやったモンじゃあないんだぞ!」

「亀さんが私の心情を表してくれてるんですーッ!」

「そういうところがまだまだガキンチョだなァ美晴はよーッ」

口を尖らす美晴に対抗して彼女の両頬をムニッと摘んで引っ張ってやる露伴。己のものとは違い弾力のあるそれをムニムニと上下に揺するように手を動かせば、彼女は「よあんえんえぇ〜!」(恐らく「露伴先生ぇ〜!」と言っている)と声を上げて攻撃をやめた。

こんな風にふざけ合う仲になるなんて、あの頃はきっと想像もつかなかっただろう。

「あ、そうだった。今度の読み切りのアイデアがちょいと難産でね。仕事場に来てくれる?」

ふと本来の目的を思い出して彼女を解放すると、露伴は美晴を部屋から出すために彼女の手を掴んで歩き始める。

「はいはい、露伴先生」

その有無を言わさぬ強引な態度だけはいつまで経っても変わらず、美晴は思わずクスクスと笑みを零していた。





後半軸は本編後
イメージとしては岸辺23、来宮19くらい


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動け岸辺露伴


いつもより超短い小話的な話
『動かない』、来宮が誰とも付き合ってない世界線
破産した岸辺と来宮が再会する話




 

「そういえば露伴先生、美晴ちゃんとはその後どうですー?」

泉京香はアイスコーヒーを飲みながら目の前にいる己の担当である漫画家、岸辺露伴を見た。

「どうです、とは?」

岸辺露伴。16歳の時に漫画家デビューした、天才漫画家。27歳になった今も漫画を描き続け、今日は読切の打ち合わせをしていたところだった。

「言葉通りです〜。先生、破産しちゃったんでしょう?美晴ちゃんも解雇しちゃったのかな〜?って。あたし、あの子とまたお話してみたかったから〜、残念だなぁ〜って」

「"解雇"だァ〜?するわけないだろ」

露伴もアイスティーを一口飲み、オホン!と咳払いして京香を見る。

そう、岸辺露伴はつい最近、"破産"した。取材途中だった妖怪伝説のある山がリゾート計画で切り崩されそうになっていたところを露伴がその山と周辺の山々を買い取る事で阻止したのだが、その後山がとんでもない値崩れを起こして彼は山6つを抱え、見事なまでの破産の道を辿ったのだ。

「あいつ、大学卒業して僕んところにそのまま就職したくらいだぜ?僕から離れられるわけないんだよ」

「でも今文無しですよね?お給料どうしてるんです?というか美晴ちゃんって今どこに?一緒に住んでるんですか〜?」

ずずい、と迫る京香。その問いかけに露伴は心底寂しそうに、深く大きな溜息を吐きながらテーブルに頬杖をついた。

「出てったよ。破産してから連絡取ってないから、今どーしてんのか知らない」

岸辺露伴の給仕係にして保護者のような存在の来宮美晴。彼女がいながら破産したのは、固くキツく彼女が縛った財布の紐を眠っている間に露伴が解いたからだ。そして破産の事実を知るや、彼女はコツコツ自分で貯めていた多額の貯金を持って「露伴先生なんて知らないッ!」と出て行ってしまった。美晴を雇って実に7年。漫画と同じくらい大切な彼女がここまで激怒した事は初めてかもしれない。

「嫁に夜逃げされた気分だ」

「あらァ〜、娶る気満々だったんですね〜」

あの岸辺露伴が結婚を考えていたなんて。京香はなぜかおかしく感じてクスクス笑う。

 

「だ・れ・が!嫁ですって?」

そこに突如女の声が聞こえて2人してそちらを振り向くと——、

「み、美晴ーーッ!!」

「わぁ〜!美晴ちゃんお久しぶり〜!元気ぃ?」

そこには今し方噂をしていた人物である来宮美晴、その人が立っていた。

「京香さん、お久しぶりです。この通り元気でやってますよ」

ニコ、と美晴は京香に微笑みかけるが、次いで露伴に視線を転じればその目は既に冷たいものになっていて思わず「ヒッ」と彼は息を呑む。

「で、露伴先生。その後どうですか?」

「ンン…!康一くんのところにお世話になっているよ……」

だらだらと冷や汗が流れる心地になる。そんな露伴の様子を京香は意外なものを見るような目で見ていた。

(あの"オレ様"な露伴先生があんなになってる……美晴ちゃんには頭上がらないんだァ)

前に話した時もしっかり者な印象を受けた。そんな彼女に内緒で山を買って破産したのだから、露伴に対する態度がこうなってしまっても無理はないし同情の余地もない。

アイスコーヒーを一口、京香が空いている椅子を勧めると美晴はそこに腰掛ける。

「美晴ちゃんは今どこに住んでるの?」

「ああ……少しの間仗助くんの家にお世話になってたんですけど、つい最近アパートに引っ越して。今は一人暮らしです」

「へぇ〜、しっかりしてるぅ」

京香が感心しながらも露伴を見ている。露伴より4つ下の美晴ですらこうしているのに、この人ときたら。そんな表情をしていたので、露伴は更にバツが悪そうに萎縮する。

「……というか、なぜそのまま仗助の家にいなかったんだ?君らの仲ならそうしたってイイだろ」

居心地の悪そうな露伴だったが、ふとした疑問が喉元に引っ掛かって堪らず美晴に問い掛ける。美晴と仗助は気心の知れた仲だ。しかも仗助の母親とも仲が良かったはず。

すると彼女は呆れたように溜息をひとつ吐いてから、彼を見つめた。

「康一くんからもう露伴先生の事は聞いてたんですよ、実を言うと。いつまでも康一くんに迷惑掛けてないで、露伴先生もこっちにいらしてください。これ、渡そうと思ってずっと探してたんですよ?」

そんな事を言いながら美晴が何かを握った手を差し出してくるのを、露伴は疑問符を浮かべながら手を出して受け取る。その手の中にあったのは何処かの鍵で、それが何を意味するのか分かると彼は目を大きく見張った。

「あらあら!まぁまぁ!良かったじゃあないですか、露伴先生!」

事情を飲み込んだ京香がパチパチと拍手している。それを聞いて見張った目からじわじわと涙が溢れ出す。

「美晴…!好きだ!だから君が大好きなんだ!もう一生離すものかッ!!」

「ちょ、恥ずかしいからやめてください…!それにいろいろな誤解を招きますから、」

「誤解されたっていいさ!そうだ、籍を入れよう!!」

「バカじゃあないのッ!?勝手に大金使って文無しになる人と結婚したくありませんッ!!」

ヒッシィィと彼女にしがみつく露伴と、そんな彼を力任せに剥がそうとする美晴。その後も何やら2人で喧嘩のようなじゃれあいをしていたが、京香の目にはその何もかもが微笑ましく見えていつのまにかアイスコーヒーのグラスは氷だけになっていた。





来宮が誰とも付き合ってなかったら、岸辺の独擅場だろうなーと。
しかし来宮の場合、岸辺の事をよく知っている分絶対に求婚されても頑なにお断りしそうです。岸辺からの愛情が重い。


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