Gerthena (mashi)
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違和感
芸術家の子孫


やっと冬が明け、春に入った頃合いであろうか。とある美術館はいつもの閑古鳥が鳴いている静けさとは打って変わって、大勢の人で溢れかえっていた。

 

 

それもそのはず、この美術館では現在とあるイベントが開催されていたのだった。

 

 

「ゲルテナ展」

 

 

故人、ワイズ・ゲルテナの残された作品の展覧会が行われていた。

芸術家としての彼は、マイナーな部類ではあるが、彼の描く作品たちはどれも独特であり、見たものを惹きつける。そんな魔力をも持つような作品であり、熱狂的なファンも少なくはなかった。

 

 

そんな彼の作品も年を経るごとに、次第に評価され始め遂にはこの市営美術館にて展覧会が実現したのだった。

 

 

そんな展覧会の初日のことであった。この美術館はお世辞にも業績がよろしいは言えないといったところであったが、そんな不況を脱するべく意を決したゲルテナ展の開催を息をのむようにし見守っていたのは館長であった。

 

 

いくら話題に上がってきた芸術家とはいえ、まだまだマイナーな部類であることは確か。これが不発に終われば、自分の立場もとい美術館の経営すらも危ぶまれるのは必至であったが、この客入りを見てそれも杞憂に終わったことを確信し一安心ついた時であった。

 

 

そこに見た目の若い男性が一人館長へ近寄る。

 

「・・・どうも、館長」

その男はゲルテナの作品には目もくれずに館長と接触をした。

「おお!ゲルテナさん!いらしていたのですね。」

「ミッシェルと呼んでください。ゲルテナは曽祖父のブランドです。」

「おっとこれは失礼しました。しかし・・ご覧くださいよこの盛況ぶりを・・・いやぁ、いつ以来かなぁ。」

 

 

館長はその老化でしわの増えた顔を伸ばしたかのようににこにこ笑顔で大勢の来客を見る。

「・・・それは結構」

「ええ、それもあなた様のおかげですよ。ゲルテナ氏の作品の展示は国内でも初のことでしたから。あなたの協力無ければ実現しなかった。さすがは唯一のご親族だ。」

館長はミッシェルの手をがっちりと握った。

ミッシェルはふうと息をつくと本題へと話を飛ばした。

 

 

「館長。以前もお伝えしてると思いますが、来場者と退場者のチェックを絶対に忘れないでください。異常があったらすぐに私に連絡を」

「ええ、ええわかっておりますとも。その報告書を見てあなた様も驚かれることでしょう」

館長はミッシェルが客入りをかなり気にしているものだとでも思っているのだろう。

 

 

「むしろ驚きたくないんですよ」

その意を見抜いたかのようにミッシェルは続ける。

 

 

「はて、何故退場者まで確認をなさるのでしょう。そんな例はあまり聞きませんが。」

「曽祖父の作品は曰く付きだからですよ」

「またまた御冗談を。確かにゲルテナ。あなたのおじい様の作品はどれも魅力的で、人として例えるのなら妖艶であります。」

 

 

「ですが、これらの作品がとても呪われているとは・・とてもとても・・・」

館長にとってはいわくつきだのそんなことはただの与太話に過ぎなかった。そんなことよりもこの来場者の数にホクホク顔を隠せない様子でいっぱいだった。

そんな館長の態度に呆れたミッシェルはその場を後にすることを決めた。

 

 

「まぁ、私もそうであってほしいとは思っています。では、なにかあったら連絡を。」

「はいはい」

 

 

別れ際にも館長の瞳に映っていたのは来場者の波であった。

ミッシェルが美術館を後にした際、一組の家族とすれ違った。両親と白いシャツに赤いスカートを着た女の子がエントランスに向かって歩いて行った。

 

 

そういえば、あのくらいの女の子の絵だったよな。名前は・・・



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売れない小説家

『その時エレンは隠し持っていたナイフを・・・』

 

 

「・・・違うな。」

ミッシェルは執筆途中であった原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に向けて放り投げる。

それは綺麗な軌道を描き、狙ったところへするっと入っていった。

「こればっかりは上達したな。くだらん特技だ。」

そこへジリリリリ!と電話のベルが鳴り響く。相手が誰だかは大方察しが付くものだ。できれば出たくはないが。

 

 

「・・・はい。」

「おお!シェリーか。調子はどうかね。」

受話器から聞こえる声、は電話越しからでも油が乗った体系が容易に想像できるなんとも野太いものだった。

「編集長。それが筆のノリがイマイチでしてね。」

担当ではなく編集長からの直電。嫌な予感が走った。

 

「ほう。いっちょ前なことを言うじゃないかね。そういうのはヒット作を生み出してからいうものだぞ。」

「・・・期日には必ず仕上げます。」

「はっはっは!あまり気負い込むなよ!どうせお前の書く話なんて売れはしないんだ!」

 

 

心の中で舌打ちをする。

「それはそうと、今のお前の連載だが、打ち切りが決まった。」

「えっ!?そんな!」

 

 

あまりの唐突さにミッシェルは目を見開く。

「いやぁ実に残念。最近の若手の作家がこれまた実に優秀でね、枠を確保する為にも必然的にお前の・・・」

 

 

そこからの編集長の声は彼に届いては来なかった。

受話器を叩きつけるように本体へ戻すと、彼は頭をくしゃくしゃにかきむしった。

小説家としての彼は行き詰っていた。デビューしたての頃は彼の持つ独特の世界観が真新しさもあり、多少の人気を獲得していたのだが、読者というものは実に薄情でもあり、すぐに飽きられ、いつしか彼の作品を手にするものは少なくなっていた。

 

 

「俺はもうダメか・・。爺さんはこれだけの評価を受けてるってのにな・・。」

ミッシェルは作家として活動するにあたって、あえてゲルテナという姓を伏せていた。

曽祖父の七光りとして色眼鏡で見られるのを嫌ったからだ。そのため彼がゲルテナの子孫であるということは編集長含め知るものは少ない。

そのおかげて今や世間からは無情ともとれる、あまりにも現実的な評価を突き付けられることとなっていた。

 

 

「やっぱり俺に、ゲルテナの名はふさわしくないか」

へたっと椅子へ座りこみ、今まで積みかさねてきた原稿に目をやる。どれだけ自身の魂がこもっていようとも、誰も評価してくれなければただの紙屑同然だ。

 

 

「クソッ!」

彼は目の前にあった万年筆を勢いよく持ち上げ床に叩きつけようとするが、その手が頂点に来たところでそれを止めた

 

 

その年季の入った蒼い万年筆は唯一の父の形見だ。自身が作家を目指すと言ったとき、背中を後押ししてくれた。新しい万年筆を買ってもらってもいたが、彼にとってのお気に入りはこっちだった。そんな大切なものさえ手に掛けようとしてしまうほど、彼はうちのめされていた。

 

 

手のひらで目を抑え、仰向けにベッドへ横たわった。もう続きなんて書く気にもなれない。

そこにまた、電話のベルが鳴り響く。

「・・・」

 

 

そのまま無視しようとも考えたが、しぶしぶ受話器に手を伸ばす。

「あぁ!お世話になってますミッシェルさん」

それは柔らかくも通りのいい例の美術館の館長の声だった。

 

「館長。どうかしましたか。」

なにかあったら連絡を、最後に言い残した言葉だけに少し身構える。

「いえいえ!本日が最終日でしたのでそのご報告をと思いましてね!」

電話越しからもご機嫌な様子がうかがえる。

「異常はありませんでしたか?」

「ええ!もちろん!なーにも異常はございません!それよりも総来場者数と売り上げの結果が出ておりますので、良ければお越しになっていただけませんか?」

「わかりました」

 

そうか。何もなかったのならよかった。ずっと心配だった。また自分と同じ目にあってしまう人がいるのではないのかと。

今も忘れない忌まわしい記憶。それは断じて夢ではなかった。

 

 

絵の回収も兼ねてミッシェルは美術館へいつものトレンチコートを羽織り赴いた。

 

 

 




彼はどんな小説を書いているのでしょうね。


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忘れられた肖像

ミッシェルは外に出て、初めて日が暮れていたことに気が付いた。

 

 

昔は夕暮れ時などとは、どこか陰鬱でどことなく不安を感じさせる嫌なものだったが、今となっては妙なノスタルジックさを感じさせ、それにどこか心地よさを感じるようになっていた。

 

 

それもこれも日々締め切りに追われ続け、疲弊する日々が彼をそうさせたのだろうか。

 

 

ボールを片手に仲間たちと明日の約束をする少年。母と手を繋ぎ家路に向かう少女、身を寄せ合いメインストリートへと消えてゆくカップル。そしてその中の風景の一つに溶け込み、街の流れに身を任せ漂う自分。そんなひと時が彼の安らぎだった。

こんな時間が限りなく続けばいいのだろうが、時間は限られているからこそそのひと時に価値がある。今はそんな時間を楽しめばいい。

 

 

彼はもう自分の連載が打ち切りになったことなどどうでもよくなっていた。

うすうすそんな気はしていたし、もう何より自身に期待をしなくなっていたのだ。

 

 

もういっそのこと転職でもしようかと自身に問うそれが、本気なのかジョークなのか自分にも分らなかった。

気が付けば目の前には駅があった。帰路につくため降車し、駅を去る人々の合間を水のようにすり抜け、構内へ着く。

そしてひたすらに電車を待つ、本当ならば温かいコーヒーと共に待つのが至高だろうが、そんな贅沢をできる程の現状ではない。

 

 

構内のポスターが目に留まる。それは自身が所属している出版社のものだった。一瞬の淡い期待を募らせるが、その内容は「期待の新人作家ウィスリー・ジョンソン待望の最新作!発売日〇/〇!」

彼は軽く首を横に振りながらうつむき、そのポスターを背にした。

このポスターに載る名前が自分のだったらどんなに気分がいいのだろう。

 

 

本当は作家を続けたい。でもそれを世間が許してはくれない。作家の発言権は人気者にしか与えられないのだ。

 

 

「どうしろってんだよ・・・」

そう小声でつぶやくが、それは滑り込んでくる電車の音にかき消されるのだった。

 

 

・・・・・・・

 

 

中央市街で駅を降りる。日中は賑やかなところでも、日が落ちてしまえばまるで上映後の劇場だ。

本当はバスを使いたいところだが、たとえ1ペニーでも惜しい今はこらえるしかなかった。

 

 

美術館へ着いた時には既に気温は冷え切ったころだった。

太陽が照らす照明も消え、あるのはぽつぽつと道路を照らす街灯くらいなものだ。

薄暗く人のまばらな街道で、彼は一人ふらふらと目的地を目指した。

吹き付ける冷たい風に肩をすくめポケットに手を入れ、前というよりは足元に近い地面に視線を向け歩く。

 

ふと、とある家庭の明りが漏れていることに気が付く、何気なく視線をやるとそこにはいかにも暖かそうな暖炉と、夕食中の一家が座るテーブルがあった。子供はあつあつのシチューをほおばり、両親はその様子を笑顔で見守る。

 

 

そんな様子を目の当たりにした彼は、それをどこか羨むような気持になるのだった。家族団欒なんて最後にしたのはいつだろうか。母さんは今でも元気にしているのだろうか。そんな思考が彼の頭を支配する。

 

 

「・・・そうか、俺は孤独なのか。」

 

 

声に出して初めて自分の奥底に眠る感情に気づく。一人でいることが気楽だと自身に言い聞かせていたそれは、本当はただの強がりなのだろうか、と。

 

彼はその家庭を後にし、美術館へ向かう。

その道中に小さい声で口遊む。

 

「He’s a real nowhere Man

 

Sitting in his Nowhere Land,

 

Making all his nowhere plans

 

For nobody

 

Doesn’t have a point of view

 

Knows not where he’s going to,

 

Isn’t he a bit like you and me?

 

Nowhere Man, please listen,

 

You don’t know what you’re missing,

 

Nowhere Man, the world is at your command...lalala」

 

 

・・・・・・・

 

 

気が付けば、既に美術館は目と鼻の先だった。

しかしこのルートからでは裏側に出てしまうので、正面に回り込む必要があった。

 

美術館の正面までくると、そこには赤錆のかかったゲートが開いた状態で彼を迎え入れた。自動車におびえることもなく堂々と中央を歩いていけるのは快適だ。そして警備員待機所でいびきをかいて惰眠を貪る黒人の警備員をノックで起こす。

 

 

「・・・んあ!?あ!いや!眠ってはないんです!物思いに耽ってその、あーイギリス経済の今後の見通しとか、・・・って誰だアンタ。」

警備員はがばっと立ち上がり通りのいい声でそう言った。

 

 

「ミッシェルです。館長に会いに」

「ミッシェル?ああ、知ってるよ。絵の提供者だろ。聞いたぜアンタこのゲルテナの孫なんだって?驚かすなよったく。」

 

 

警備員は現れた相手が上司ではなかったことに安堵し、へらへらとしながら椅子に座る。

「曽孫って言ってもらうほうが正しい。館長はどこに?」

「ちょいまち」

警備員は灰皿に置かれた、すでに吸うところのないようなタバコを加えまるで精気を取り戻したかのような顔をする。

 

 

「ふぅ。これで、ミスタージャックの充電は100%さ。」

「そんなシケモクで?」

「新品あるならくれよ。」

「悪いがコーヒー一杯もケチらなくちゃならない身分でね。」

「つまり金がないってことか。一緒だな兄弟。女に入れ込んでこその男の人生ってもんだよな。」

「アンタと一緒にされたくはないな。館長をよんでくれ。」

「ういよ」

 

 

警備員は受話器を取って連絡を掛けるが。

 

 

「ああ、どうもどうも!正面玄関守護人のジャックです。えーと例のミッシェルさんとやらが、館長に会いに来てるのたいだけど?ああそう!じゃあな!いい夢みろよ!」

「なんて?」

「館長いなかったってさ。」

「はぁ?」

「まぁ館長サマも暇じゃないんだろうさ。エントランスにでも行ってみろよ。」

 

 

警備員はまたシケモクを口に運ぶ。

「開いてるのか?」

「さぁ?ものは試しだろ。一人は怖いか?」

「・・・アンタを信用してやる。」

「それが賢い選択ってもんだ。行ってこいミスターゲルテナ!」

 

 

彼は返事を返すことなくその場を去る。その背中に先ほどの警備員の大きな声が投げかけられる。

 

「おい!居眠りのことは内緒だからな!」

 

薄暗い中を心もとない明りを頼りにエントランスに歩を進めるが、エントランスは彼を迎え入れてはくれることはなかった。当然と言えば当然。閉館時間などとっくに過ぎているのだ。

 

 

「・・・あいつ。」

そこへ、もう聞きなれたあの声が轟いた。

「ミッシェルさん!お待ちしてましたよ!」

「館長。遅くなりまして。どうしてここが?」

「正面ゲート担当の警備員から連絡があったと聞きましてね。あなたがエントランスに向かわれたと聞いたので。しかし、流石に今の時間は開けておりませんな。」

 

 

館長は笑いながらそう言った。

「・・・その警備員の上司に彼の居眠り癖といい加減な性格をどうにかしといたほうがいいと伝えておいてください。」

 

 

・・・・・・・

 

 

「いやいや、それがもう凄くて!!・・・市長も来たんですよ!!・・・・」

 

 

事務所へ向かう道中も館長の来客話を延々と聞かさえることとなるが、彼にとってそんなものはどうでもよかった。

「さ、どうぞどうぞ!」

 

事務所へ入ると、そこには和やかな雰囲気の職員たちが談笑し合い、菓子を頬張りながら仕事を片付けていた。彼らはもうやり切ったという達成感でいっぱいなのだろう。まるで学祭終わりの学生のようだった。

 

 

ミッシェルは誰とも挨拶をすることもなく、指定された場所へ座る。

 

 

「お待ちどうさまです。これが、総来場客数、でこれが売り上げと純利益でして・・・」

散々聞かされた利益の話を今度はデータ付きで見せられる。そりゃこちらにも幾分か取り分こそあるが、重要なのはそこではない。

「退場者数を見せてください。」

「はいはい、こちらですよ」

 

館長は上機嫌のままデータの紙をミッシェルへと手渡す。

 

「・・・確かに、入場者数と退場者数は一致してますね。」

「でしょう!何も心配することなどなかったのですよ!」

 

 

館長は得意げになり、彼へという。

「そういえばミッシェルさん。あなた様はまだご覧になられてなかったでしょう。」

「何をです?」

「決まってますよ。あなた様のおじい様の作品です。初日はすぐに帰られたのでしょう?」

ああ、気づいていたのか。と少し関心する。

「どうせなら少し見ていきませんか。」

「結構です。片付けもあるでしょう」

「大丈夫ですよ。明日、明後日は休館ですのでゆっくり撤去ができるわけです。それにせっかくのおじい様の作品です。見ていかれるのが孝行というものでしょう。」

 

 

館長は興奮が落ち着いたのか、諭すようにミッシェルに言った。

さっきまで売り上げがどうのと言ってた人物と同一なのかと少し気味の悪さも感じるのだった。

「まぁ、そうですかね。」

「ええ!そうですとも!今明かりをつけます。」

館長に押されるまま、ミッシェルの一人美術館鑑賞は始まった。

 

 

・・・・・・・

 

 

「相変わらずだよな・・」

 

 

曽祖父ワイズ・ゲルテナの描く芸術品たちは、今にも動き出しそうで、一人薄暗い美術館で見るには、その辺のお化け屋敷よりも不気味だった。

ミッシェルの所有する絵は十数点であり、それらすべてを今回の展覧会へ出展したが、その他にも生で見るのは初めてな作品もいくつかあった。

 

曽祖父の作品たちについては一通り把握をしている。だがどんなものかはわかっていたとしても、その迫力には目をそむけたくなるのだった。

 

はっきり言って曽祖父の作品は苦手だった。この引きずられるような迫力もそうだが、あの日あの時確かにこの作品たちは動いて、自分を襲ってきた。

それが今でもトラウマとして残っているのだが、今自分の前に佇む作品たちはピクリとも動かなかった。

 

 

「夢じゃないはずだ・・」

自分の手を見ると、まるで水に浸したかのような手汗をかいていた。

これ以上は身が持たないなと観念した彼は事務所へ戻ろうとする・・・。

 

「ミッシェルさん!」

「!!!」

 

振り向いた先にいたのは館長だった。

 

「おや、すみません。びっくりさせてしまいましたかな。」

「・・・いえ、どうかしましたか。」

 

バツが悪そうに彼は立て直す。

 

「もう、あの絵はご覧になられましたか?今回の展覧会の目玉でもあるんですが。ええとなんと言いましたかな。何とかの世界・・と・・」

 

「『絵空事の世界』ですね。曽祖父の大作です。」

「そう!それです!二階にあるので是非!」

 

そのまま館長につられ二階へと登っていく。

「ミッシェルさんはおじい様の作品はお好きですかな?」

 

そんな道中、館長がふいに話かけてくる。

「いえ、彼の作品にはトラウマがありますので。」

「左様ですか。実は私、生前の彼に会ったことがありましてね。」

「・・・え?」

「いやぁ、幼い頃でしたけどね。いつ、どこでだったかなぁ。気難しい人ではありましたが、彼が見せてくれた作品がそれは美しくて、今でもふと思い出します。私の芸術人生のルーツには彼がいました。だから今回のこのゲルテナ展をここで開催できたのは本当にうれしいのですよ。」

 

館長の目はどこか輝いて見えた。

そして二階に上がり切った時だった。

 

 

「さ、こちらに・・」

「#!‘”*!!!」

「・・・!?」

 

ミッシェルは立ち止まり周りを見渡す。

「おや、どうかなされましたか?」

「いえ、なにか叫び声のようなものが・・?」

「はて、私には聞こえませんでしたがね。猫か何かがいたのでしょう。」

辺りを見回しても、そこには何もなかった。

 

 

・・・・

 

 

「いやぁ、素晴らしい・・・。」

「・・・」

『絵空事の世界』

 

 

彼の思いが詰まった大作。それは今の現実世界を嘲笑って、悲観して、そして賞賛する。そんな絵だった。

 

 

その絵は見る者をこちらの世界へと引き込んでしまうような、そんな錯覚に陥らせてしまう、どこか危険な絵だった。

ずっと直視し続けられないなと、ミッシェルは絵から視線をずらす。

「ふふ、やはりいつ見てもいいものです。さぁ、もう遅くなってしまいますね。戻りましょうか。」

 

 

そういい、二人はその場を後にした。

「またこれらの作品がそれぞれの所へ帰っていくのは少し寂しいものです。

と、館長は惜しみの声を上げる。その時だった。

 

「:@”#!!」

 

・・・また。例の叫び声だった。

ミッシェルはその場を入念に見回す。

 

「ミッシェルさん・・?」

 

館長はそんな彼を訝しむように見る。

 

「・・・気のせいじゃない。」

「・・・!!」

 

ミッシェルは一つの絵に目が留まる。

「館長・・・これ・・・」

「この絵がどうか・・・?」

 

そこに描かれた絵は男性がモチーフとなっている絵で、その青いコートを着た男は悲しそうな表情をし、こちらを見つめていた。

 

タイトルは『忘れられた肖像』

 

「ほう、彼の描く人物像は希少なことで有名ですね。でもそれでしたらそちらに『赤い服の女』などが・・・」

「違う・・」

「はい?」

「これは、こんな絵は・・存在しない・・・!」

 

 

そう、彼が危惧していた事態は既におこっていたのだ。



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黄色の造花

彼は血眼になって館内のリストを漁った。

初日、二日目、三日目・・・どこを探しても手掛かりは掴めていなかった。

 

「・・ミッシェルさん。何かの間違いではありませんか?」

「間違いありません!あんな絵は存在しない。きっと、彼は!」

 

 

館内の職員たちの目に映る彼はまるで奇人だろう。来客の一人が絵の中へ閉じ込められたというのだ。精神がおかしくなったか、変な薬でも決めてるに違いない。と。

それでも構わなかった。

 

絵の中の数少ない情報から手掛かりを探る。だがリストにあったのは日付と名前と簡易的な情報記載のみであり、絵の中の彼への情報は何も得られていなかった。

職員がみな、ひそひそと会話をする中、ミッシェルはその絵その場に掲げた。

 

「誰か!この絵の彼を知っている人はいませんか!?何処かでここへ来ている筈なんだ!」

その問いかけむなしく、その場には沈黙が流れる。かと思われた。

 

「・・・私、知ってるかも」

その声の主は眼鏡をかけた冴えない女性職員だった。

「本当に!?」

「た・・・多分ですけど、なんか特徴的な人だったから、その、なんとなく似てるなって」

「なんだってかまいません、教えてください!」

 

ミッシェルは詰め寄る。

 

「えっと、初日の・・だったかな。男性でしたけど、女性みたいなしゃべり方をする方でした。その後も熱心に絵を見てて、お好きな方なんだなって。」

「初日ですね?」

 

ミッシェルはまた初日のリストを漁る。

「ミッシェルさん。少し落ち着いて。まだ何か捜索願いが出てるという話もききません。それに。あなたも見られた通り、退場者も一致してたではありませんか。」

 

その言葉にミッシェルはふと気づく。

 

「館長。退場者の調査はどうやって?」

「ええと、チケットを回収してたのです。記念に持ち帰えられたい方には別のチケットを退場口で配布しておりましたから。」

「初日の分は?」

「その箱に」

 

館長が指すそのステンレス製の箱を彼は開け、中を探った。

 

「数えるおつもりですか?相当な数ですよ?」

「いえ・・・」

 

 

ミッシェルは一心不乱に探り続ける。そのうち一枚のチケットを手にとった。

「それは・・?」

 

一見なんの変哲もないただのチケットのように見えたが、それはよく見ると何かが妙だった。

 

「・・・!これは!」

「気づきましたか?このチケット、印刷じゃありません。精巧に作られていますが、油絵だ。」

 

館長はそのチケットを手に取る。

 

「・・・こんなものが、誰かのイタズラでしょうか?」

「失礼、このチケットの後の予定は?」

「ええ、廃棄するのみです。あなた様のご要望での計測に用いていた物ですので。」

「では」

 

というとミッシェルは懐から取り出した小瓶に入った液体を取り出した。

「それは?」

「シンナーです。窓を開けてください」

 

職員たちは訳も分からずその指示に従う。

そして彼が一滴のシンナーをチケットに垂らすと、そのチケットは急にドロドロに溶けだした。

 

「!!」

 

彼がその場にそれを投げ捨てる。そのチケットは溶け切った後、とある形へと変化を遂げた。

「・・・?これは・・?花びら?」

不思議そうに見つめる館長を横目にミッシェルはそれを拾い上げる。

「薔薇の花ですね。造花だ。」

「黄色の薔薇の造花ですか・・?」

「間違いない・・。あいつのだ・・!」

「あいつ・・?ですか・・?」

 

何かを確信したミッシェルはすぐさま館長へ詰め寄る。

 

「初日の監視カメラを見せてください!」

 

 

・・・・・・・

 

彼は寝る間も惜しみ、カメラを見続けた。

館内には彼に呆れて帰った者もいれば、何か不可思議なことが起こっていると興味津々なオカルト好きが残ってたりもした。

 

「ね、ね、ミッシェルさん!この子なんて怪しくないですか?一人で館内をうろついてて」

「いや、それは普通の少女です。ただの迷子でしょう」

「あ、ご両親、いましたね・・・」

 

そんなもの好き達の後押しもあり、ミッシェルは手掛かり探しに集中できていた。

 

彼らのおかげで例の絵の男性と思しき人物を特定することができた。映像の時間帯、そのリストに名前を書した人物「ギャリー」という男だった。

 

もの好き職員の彼らには新たに「怪しげな少女の捜索」という抽象的な人物探しを手伝ってもらっていた。

 

 

「ふぃ~、もう一通り見ましたよね~」

「あぁ~眠くなってきた・・。」

「すみません。皆さん」

 

 

ミッシェルは彼らの好意に甘えていたが、やはり時間外での活動をさせていることはどこか忍びなかった。

 

「いえいえ!私たちも楽しんでやってることですから!」

「あ、あの!」

 

その時一人の職員があることに気が付いた。

「これ、見てください。」

ミッシェルはその画面をじっと見つめる。

 

 

「ここ、エントランスの映像なんですけど、ミッシェルさんが出ていかれた後の・・これ、この家族です。最初三人で入ってきてますよね?」

両親と白シャツと赤スカートの少女。ミッシェルは記憶を巡らせ、その少女たちとすれ違ったことを思い出す。

 

「それで、二時間後くらいでしょうか。ここ!この家族、ここへ来たときにはいなかった金髪の少女を連れて出て行ってるんですよ。しかもまるで家族のように!」

「それって普通に知り合いの子とか、先に入っていてた姉妹とかじゃないの?」

 

他の職員が最もな指摘をするが。

 

「それはおかしい。この家族、全員が赤毛であることに対して、この少女だけは金髪。それに顔つきも血縁のある家族には見えない。実際に一人の子を授かっているのだから、養子をとったとも考えにくくないか?それに、この金髪の少女が入館する姿はどこにも見られない。」

 

ミッシェルはその金髪の少女をじっと見つめていた。それは何かを思い出すかのように。

「ミッシェルさん・・これ。」

「間違いないでしょう。こいつが、事の元凶に違いない。」

「リストありました!この家族です!」

気の利く職員はリストをミッシェルへ渡す。

 

「これ、情報を貰ってもいいのですか?」

「それは、・・・館長の許可がいるかもしれません」

「構いませんよ」

 

そこへ館長が現れた。

 

「・・・ミッシェルさん。私は未だ現状を受け入れられませんが、私も彼の作品で不思議な体験をしたことがあります。」

ミッシェルは館長をじっと見る。

 

「ワイズさんに会った時の話です。彼は私の両親に薔薇の造花をくれました。それは永く飾っていたのですが、父の造花がある日急に散ったのです。それと同じくして父は逝きました。そして母にも同じことが起きました。単なる偶然かもしれませんが」

 

 

館長は腰を椅子に据える。

「しかし私は彼を信じています。彼の作品が人を陥れるなんて、私はそうは思えない。あなただってそうでしょう?」

「ええ・・・まぁ・・・」

「協力できることなら致します。真実を確かめてください。」

館長の目は悲しげだった。

 

「ありがとうございます、館長。それに皆さんも。」

ミッシェルはそのリストの一部をメモし、美術館を後にした。

 

ここから彼の戦いが始まるのだった。

彼は懐から小型の携帯電話を取り出す。

 

 

「俺だ。明日会えないか?お前の協力が必要だ。」

 

 

 

 

 



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追跡
協力者


新キャラです。


「つまり、お前は絵の中から作品が飛び出して、その代わりに現実世界の人間が絵の中に取り込まれたと。そう言いたいワケなんだな?」

 

とある喫茶店にミッシェルと彼と同じくらいの若い男が向かい席で座っていた。

その男のジャケットの襟元と袖口からはタトゥーが覗いており、顔や手にはいくつもの傷跡が残っていた。

 

 

「ああ、それで概ね違いない。」

そのお世辞にも見た目の印象が良いとは言えない男に、ミッシェルは臆せず話を進める。

 

「はっ!お前もとうとうクスリに手ぇ出したか?作家ってのもツラいもんだねぇ」

「薬はやってない。本当だ。」

 

ミッシェルは真剣な眼差しを男に向ける。

「ヴィラ。信じ難いとは思う。だが本当に事は起こってるんだ!手遅れになる前に、どうか手を貸してほしい。頼む!」

ミッシェルは体を乗り出すようにヴィラへ詰め寄る。

 

 

ヴィラは店の窓へと目をやる。そうしてまた直ぐにミッシェルへと目線を戻す。

「笑ってくれたってかまわない。俺だけじゃ、どうしても力不足なんだ。」

「笑いやしねぇよ。」

ヴィラの口端は僅かに上がっていた。

「本当か?」

「まぁ、お前は仮にでも小説家だろ?だったらもう少しマシな作り話を持ってくるだろ。」

「・・・ヴィラ」

「それに、幼馴染のよしみってモンだ。それにお前にも恩があるしな」

「恩?」

 

 

「忘れたかよ。近所のクレアばあさんにイタズラ仕掛けて、池に落としちまったり、ミハイル爺さん家に花火ぶん投げて大騒ぎになった時とか、ムカツク担任に卵投げて警察沙汰になったときとかよ、いろいろお前が取り繕ってくれただろ?」

「あれは本当に大変だったな。辻褄を合わせる嘘をつくのは体力が要る。」

「だろ?お前あの時から小説家としての才能あったのかもな。」

「売れては無いけどな。」

 

二人は思い出話に花が咲き、さっきまでの緊張を伴った空気から一変し、笑い声なども出始めた。

「それだけじゃねぇ、俺があのクソ親父と喧嘩して家出した時にもお前は家へ招きいれてくれた。こんな近所で有名だった誰も相手をしたがらない悪ガキをさ。」

「ああ、そんなこともあったな。」

「だからさ、それでお前への恩を返せるのなら、どんなイカれた話にも乗ってやるさ」

 

ヴィラはのそっと背もたれに背中を預けるように踏ん反りかえる。

「それに俺もちょいと興味あるな。お前の爺さんの絵は呪われてるって有名だったろ?」

ゲルテナ家に眠る作品には呪いがかかっている。一人でに動き出し、喋りだし、見るたびに形が変わる。と。

 

 

始めはどこかの批評家が言った戯言だと誰も気にしなかった。しかし、いつしかその証言は増え、噂は大きくなり、一部のマニアの間では有名な話でもあった

「・・・呪われている。か。そうかもな」

ミッシェルは暗い表情を浮かべる。

「・・思い出した。お前昔も似たような事言ってたよな?」

ミッシェルは顔を上げる。

「お前がちょっとした行方不明になった事件。覚えてるか。」

 

 

ミッシェルは全身に鳥肌の立つような感覚を覚え、目を見開いた。

「お前は、爺さんの作品が貯蔵されていた地下で寝てたって聞いたケド。そのあと泣きながら妙なこと言ってたろ?首のない像が襲ってきたとか・・・?おい?どうした?」

ミッシェルは頭を抱え込むようにして、机に突っ伏した。彼の額には大量の汗が滲んでいた。

 

「気分・・・悪いか?」

「いや・・・。俺が真剣に事を捉えている理由はそれなんだ。」

 

ヴィラは何も言葉を発することなくミッシェルの話を聞く。

 

「あの日、俺は父さんの言いつけで、地下に道具を取りに行っていたんだ。だけどその時、地下室の奥のいつも南京錠で閉まっている扉が開いていた。父さんには入ってはいけないと、言われていた部屋だった。」

ヴィラはカプチーノを含みながら、沈黙を続ける。

 

「そこにはいくつもの絵があった。不気味で怖かった。俺はすぐさま部屋を出ようとした。けど、扉は開かなかった。部屋を模索していると、壁に掛かった絵が急に輝きだし、額縁が消えていた。そして俺は、絵の中に引きずりこまれた。」

「・・・で、失踪したワケだ。」

「そうだ。絵の中の世界は思い出すのも恐ろしいほど、恐怖で満ち溢れていた。女の上半身だけが這いつくばって追いかけてきたり、首のない銅像に襲われたり。」

「どうやって戻ってきた?」

「一人の女の子だ。その子が俺の道案内をしてくれた。」

「絵の中でか?女の子が?」

「ああ、解ると思うが、その子も作品だった。その子は俺に寄り添ってくれる振りをして、俺を弱らせ、最後には自分にとって代わって外の世界へ出るつもりだったらしい。」

 

 

「女ってのは絵の中でもおっかねぇな。」

ミッシェルは息を切らしながらも、回想を続けた。

「俺はその子の居るべき絵の額縁を破壊して、なんとか現実世界へ戻ってこれた。本当の話だ。大人は夢を見たんだと言って、誰も信用しなかったが。」

 

 

「だろうな。けど、なんでそんなトラウマ級の絵の展示会に手貸してやったんだ?」

「・・・悩んださ。曾爺さんはクリエイターだ。俺と同じな。クリエイターにとっての死は、自身の作品が誰の目にも触れられなくなった時だ。曾爺さんの絵は評価される以上、俺の一存で封殺するわけにもいかない。そう思ったんだ。」

 

 

ミッシェルは自身の後悔の念に苛まれていた。

 

 

「もう昔のことだったからと、油断をしていたかもしれない。一応とかけておいた保険も無駄だった。」

「まぁ、絵の呪いに万全の対策を期すってのも、普通じゃねぇしな。あんまり自分を責めるなよ」

気が重くなるミッシェルと対象にヴィラは飄々とした態度であった。これでもやはりどこか作り話を聞いているような、どこか本気になれない感覚だった。

「とにかく、俺は何をしたらいい?」

「ああ。これを。」

ミッシェルは一冊の分厚い本を取り出した。

「んだこれ?」

「曾爺さんの画集だ、このページの・・この女の子の絵だ。」

 

 

そこには緑色の服を纏った金髪の少女が佇んだ絵が記載されていた。タイトルは『メアリー』

 

「金髪の女の子ねぇ、見た目10歳もないな・・・・?」

ヴィラはその画集を手元に引き寄せてまじまじとその少女の絵を見る。

「・・・どうした?何か知っているのか?」

「・・・・・」

「ヴィラ?」

「・・・・ん?あぁいや、細部までよく描かれてんなと思ってな。しっかし、これが生涯をかけた大作なんだって?お前の爺さん、よっぽどなロリコンか?」

 

 

ケラケラとジョークを飛ばすヴィラに構わず話を進める。

「これが、俺がさっき言ってた女の子だ。こいつが絵の中から脱走したんだ。」

「・・・・マジかよ。わりぃ、さっきはああいったケド、益々現実味が湧かねぇ。」

ヴィラは頭を掻きむしりながら、眉間に皺を寄せる。

「これ以上は口で説明しても厳しいだろうな。あとはその目で見てもらうしかない。こいつの居場所はつかめてる。俺はこいつを取り押さえて絵の中へ引き戻す。それに手を貸してほしい。」

 

 

「・・・OK。まぁ、敵対組織への襲撃よりはラクだろ。」

ミッシェルはコーヒーを一気に飲み干すと席を立った。

「・・・待ってろ」

二人は店を後にすると、とある場所を目指し、踏み出した

 

 




人物紹介。

ヴィラ・ベネット

ミッシェルの幼馴染で近所でも有名な悪ガキだったらしい。

少年院を何度も出入りし、ギャングへの在籍経験もあったが、現在では足を洗って鳶職を生業としている。


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偽りの幸せ

この世界は最高だ!

 

 

お外に出れば、太陽は輝き、見渡す景色は様々な彩を与え、私を刺激する。おうちに帰れば、優しいパパとママが温かく私を迎えてくれて、用意してくれるご飯はとっても美味しい!

 

 

そして、私の隣にはかけがえのない親友もいる。いや、私たちは家族なんだ。あなたと私は姉妹・・・。さて、どっちがお姉ちゃんだったんだっけ。

 

 

私はこの世界に出てきて、初めて学校というものに通った。お勉強はちょっと難しかったけど、私のまだ知らないことを教わることはとっても楽しかった。

学校ではお友達もたくさんできたんだ。私に言い寄ってくる男の子もいたんだけど、私、大人な(ひと)が好みなの。私の「お父さん」みたいなね・・・。

 

 

 

今日はパパが映画館に連れて行ってくれた!とっても大きな画面で見る映像はすごく迫力があった。確かにあっちの世界の絵の迫力もすごいんだけど、見飽きちゃったから。今はこっちで大満足!

 

 

帰りにはレストランでディナー。おおきなステーキを私はあっという間にペロリと食べちゃうんだ!

あ、ねぇねぇ!それ、残すんなら頂戴!

 

 

おうちに買ってきたら、もう眠たくなっちゃうんだ。歯磨きして、お風呂に入って、寝る支度をするのは少し億劫。でもちゃんとしないとママに叱られちゃうんだ。

 

 

支度を終えた私たちはソファーにどかっと座る。

ねぇねぇ。新しいシャンプー。やっぱりいい香りだと思わない?私が選んだんだよ!

さぁ、明日は何をしよう?丘に綺麗な花が咲いてるみたいだから、摘みに行こうか?男の子たちが釣りをしに行くとか言ってたから、邪魔をしに行ってあげようか?それともおうちでゴロゴロ?ああ、やりたいことはたくさん・・・。

 

 

ベッドに行かなきゃいけないけど、微睡みが私を襲う。うつらうつらとするそのなかでこの家に飾られた一つの油絵が私の目に入った。

 

 

ああ、嫌なものを見た。もうあっちの世界には帰らないってのに。

 

 

この世界には私の理想の全てが詰まっている。本でしか読んだことの無い世界。絵でしか見たことのない景色。無機物ではない、生きた家族、友達。

 

 

みんなみんな、私の宝物。あの男があっちの世界に居続けてくれれば、私はこっちの世界で自由なんだ!

 

 

・・・いやだ。やだ。やだ。また一人ぼっちになるのは嫌だ・・・。

 

 

「・・・アリー。メアリー。ベッドで寝ないと。叱られちゃうよ。」

「・・・・ん?ああ。大丈夫・・・・ちゃんと起きてるよ。」

 

 

もうこの生活を手放したくない。たとえ偽りであってもいい。この幸せがもう少しだけでも、私の手の中に・・。

 

 

眠たくてふらふら歩く私を彼女は優しく介抱しながら、私たちは寝室へと向かう。

 

 

横目にちらりと映る彼女の横顔は既に見慣れたものだけど、そこに時折何故だか不安を感じてしまう。

 

 

ねぇ。私たち。ずっと一緒に居られるよね?あんな男より、私の方がずっといいよね?時折あなたは何かを思いだそうとして、悲しい顔をする。でも、でも、

 

 

「メアリー。電気消すね。おやすみ。」

「うん。おやすみ」

 

 

私はベッドのなかで、そっと彼女の腕を抱きしめる。

 

 

うふふ・・怖いものなんてないんだから。ずっと一緒に居ようね・・イヴ。

 




筆者がメアリー推しなのは秘密


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コンタクト

「おい!このボロもうイかれるんじゃないか!?」

「まだあと数年はいける。オイル漏れもない。」

 

 

もう月も顔を出し始める黄昏時。郊外の外れをやけにくたびれた車が一台何かを急ぐように走っていた。

室内はガタガタと路面の振動を直に室内へと伝え、エンジンは必要以上の唸り声をあげていた。

 

 

「・・・サスだけでもどうにかしろよ。俺の車引っ張ってくりゃ良かったぜ。」

「そんな余裕はない。金も、時間も。」

 

 

ミッシェルはギアを四速へと叩きこみ、即座にクラッチを繋ぐ。その際のショックも車内へと伝わる。

 

 

「あとどのくらいなんだ?日が暮れるぜ?」

「もうじきだ。もう見える。」

 

 

太陽を背にした信号が赤に変わる。見にくいことこの上ないが、認識できないほどではない。ブレーキを踏みこみながら、クラッチを踏み込みギアを落とす・・。

その際にガガガガガっと歯車同士の叩き合うような音が二人の耳に響く。

 

 

「クソっ!またか!この!」

ミッシェルは無理やりにもギアをローへと叩きこんだ。

 

 

「クラッチ板も終わってんな。寿命だろ。」

「そのうち自分で交換する・・・・。やり方知ってるか?」

「この時代に未だにキャブレター車に乗ってんの、お前かモノ好きのどっちかだぞ。今なら電子制御(インジェクション)の車も高くはねぇ。ディストリビューターとハイテンションで火を飛ばすってのも時代遅れだぞ。」

「流行には興味がない。動くんならそれでいい。・・・見えた。あれだ。」

 

 

二人を乗せた車はとある住宅街へとたどり着いた。

そこは、まだ出来て間もないような新築同然の家々が並び、どこか高級感の溢れる一角だった。

 

 

「ほう、いい場所じゃねぇか。ちょっとしたセレブ街か?治安もよさそうだ。」

「だが、ここに悪魔が住み着いている。行くぞ・・。」

「おうよ」

 

 

二人は路肩に車を停め、一件の住宅へと向かう。

そして、インターホンへと手を伸ばし、それを押した。

ジーと呼び鈴が鳴り響く、二人にとってはこれが戦闘開始の合図に等しかった。

 

 

「はぁい。どなた?」

 

 

家の中からは女性の声が玄関越しにもはっきり分かるほどの声量で届く。

彼女の問いかけに対し、二人は何も答えることは無かった。

彼女にしてみれば、隣人だとか配達であるとか。何かしらの返答はあるのが普通であるという認識から、何も返答がない来客のことを不審に思ったのか、玄関のドアを両手でゆっくりと開けた。

 

「ひっ!」

 

開けた先には全く面識のない男二人がやけに固い表情でこちらを見ていた。彼女はそれに驚き、玄関を閉めようとするが。

「おっと、奥さんちょいと待った!怪しい野郎ってのは認めるが大事な用があるんだ!・・・こいつがな!」

玄関の隙間にヴィラはすかさず足を挟み込んで玄関が閉まるのを防ぐ。

 

 

「なんなんですか!あなたたちは!」

 

 

ぐっと手に力を入れ玄関を閉めようとする婦人。しかしヴィラの履くシューズは鉄板入りの頑丈なもの、彼はびくともせず交渉を続ける。

「頼むから、話だけ聞いてくれって!セールスとか勧誘じゃないんだからさ!おい!ミッシェル!」

ミッシェルは懐から一つの切り抜きを取り出し、婦人へと見せつけた。

 

 

「すみません。この女の子がこちらに居ると思うのですが。」

「・・え?メアリー?」

彼女の手が少し緩む。ヴィラはその隙をつき、玄関をいっぱいに開いた。

 

 

「おい!・・・何事なんだ?」

そこに現れたのはここの主人であろう男性だった。

 

「あなたがご主人?」

「ええ・・・そうですが、この騒ぎは・・?」

「この子がここに居ると聞いて」

 

 

ミッシェルは再び切り抜きを提示する。

「これは・・・メアリー。どうしてこの子の写真を?あなたたちは一体?」

主人は明らかに二人を訝しむ目で身構えた。夫人も自身の手を握りしめ、その様子を怯えながら見守る。

 

 

「・・・ビンゴだ。」

「まじかよ。絵だろ?」

 

二人は互いに目で疎通をとる。

 

 

「ミッシェルと申します。こいつは連れのヴィラ。この子を連れ戻しに来ました。」

「連れ戻す!?私の娘に何をするつもりだ!!」

「違う!この子はあなたたちの子供ではない!!」

 

 

ミッシェルは強い剣幕で夫婦に真実を突き付ける。

「・・・何てことを!」

 

婦人は口元を押さえその場にヘタっと座り込む。そこにヴィラが寄り添う。

「オクサン。まぁ、俺たちがイカれてるってのは確かだけどよ。こんままにしてるといろいろヤベェみたいなのよ。」

「君たち!なんのつもりなんだ!出て行ってくれ!警察に通報するぞ!」

「ああ、そりゃヤだな。」

 

 

・・・・

 

 

「なんだろう?騒がしいなぁ。」

夕食を終えた少女たちはリビングでチェスを嗜んでいる所だった。お互いに一歩たりとも引かない接戦だけども、どうも玄関の様子が気になる。

 

「チェックメイト」

「あ!イヴ!待って!」

 

その接戦も気が付けば一瞬のゆるみで勝敗が付くのだった。

 

 

「ぶー。イヴの連勝だよ。もっかいもっかい!」

「うん。・・・お母さんたち、大丈夫かな・・?」

「なんだか随分と揉めてるみたいだね。パパも行っちゃったし。セールスのおじさんかなぁ。」

二人は玄関の方をじっと見つめ。その届いてくる微かな音を頼りに状況を推測しようとする。

 

 

「うーん。私、見てくるね!」

「え?」

「見てくるだけ!イヴはそこで待ってて!」

 

 

それはメアリーの好奇心が勝ったのだ。この世界に来てからは物珍しいものを沢山見てきた。今回のそれもまた自身の刺激になるものと期待して、玄関の方へ駆けていった。それが崩壊の始まりとも知らず。

 

 

・・・・・・

 

 

玄関ではその接戦が未だに続いていた。

 

 

「お願いです。彼女に会わせてください!」

「いいや!ダメだ!帰ってくれ!」

 

 

断固として彼らを通さない主人と一歩も引かないミッシェル。パニックに陥り座り込んだまま涙をこらえる婦人に、さっさと終わらねぇかとタバコをふかすヴィラ。

 

 

「早くしないと、犠牲者が既に居るんです!」

「なんの話なんだ!?ええい!警察だ!ママ!警察を!」

「・・・・どうしたの?」

 

 

玄関の奥には一人の少女があった。緑色の服に蒼い瞳。金髪が魅力的なその少女は騒ぎを聞きつけやってきたのだ。

それを見たミッシェルとヴィラは固まった。

 

「メアリー!来ちゃダメ!奥に隠れてて!」

婦人がそう叫ぶが、今のメアリーには好奇心の方が大きかった。

「おじさんたち誰?」

「・・・・ぶったまげた。マジで絵のまんまじゃねぇの。」

ヴィラは加えていたタバコをポロっと落とす。

 

 

ミッシェルはグッと歯を食いしばり、目の前に居る主人を押しのけた。

「うお!メアリー!逃げなさい!」

「なんなの・・・?」

 

 

メアリーに映る光景は見知らぬ男二人に両親が襲われている。これが強盗というものなのか!?

いかにも柄が悪そうな男と・・・もう一人は・・・・?。

 

「メアリー。久しぶりだな。お前は俺のこと忘れたかもしれないが、俺は忘れない。」

 

久しぶり?なんのこと?でもこの人、いつか、どこかで・・・・!!

 

!!!!!

 

 

「・・・なんで!どうして!?」

「覚えていてくれて光栄だ。だが、お前の居場所はここじゃないだろ?さぁ!帰るんだ!」

 

 

そういいミッシェルは懐からシンナーの入った小瓶を取り出した。

その小瓶を見たメアリーの表情は青ざめたものとなっていった。

 

 

「いや!!やめて!!」

「うちの子に何を!!」

「警察!警察よ!早く!!」

 

メアリーはそのまま家の奥へと駆け出した。

それを見たミッシェルとヴィラは全力で追跡する。

メアリーはそのまま先ほどのリビングへと戻ってきた。はぁはぁと息を切らしてイヴに近寄る。

 

 

「メアリー・・?どうしたの?」

「イヴ・・・。私・・・私・・・!」

 

その時、バン!と扉が勢いよく開き、二人の男が入ってくる。

 

「終わりだ・・!メアリー!大人しく絵に戻れ!」

「イヤ!イヤイヤイヤイヤ!!!!!」

 

 

メアリーは叫び声をあげると同時にその場にうずくまった。

イヴは不安そうに男たちを見つめる。

 

 

「君!そこから離れて!そいつは君の家族なんかじゃない!」

「おい!ミッシェル。なんかヘンだぞ。」

 

ヴィラがそういうとミッシェルもその異変に気が付いた。

カタカタカタカタと家具やチェス盤、皿などが大きく振動し始めた。

 

 

「地震か!?」

「違う。あいつの力だ!」

 

 

そして、台の上にまだ片付けられずにいた皿が二人をめがけて飛来した。

「クッ!」

なんとかしゃがみ、それを回避するが、モノが次々に縦横無尽に飛来し、身動きが取れない状況に陥った。

 

「クソッタレ!」

 

そういうとヴィラは懐に手を入れ、忍び込ませていた小型のオートマチック式の拳銃をメアリーに向ける。トリガーに指を掛けるが、それを引くのを躊躇った。

なぜなら銃口の先に居たのは赤毛の少女だったのだからだ。

 

 

「オイ!お嬢ちゃん!どきな!痛いじゃすまねぇぞ!」

 

イヴはメアリーの前に立つと小さい身体を震えさせながらも、手を広げメアリーを守る格好を見せた。

 

 

「どくんだ!そいつは君の家族じゃない!君の家庭をめちゃくちゃにした悪魔だ!目を覚ませ!」

 

しかしイヴはそこをどかなかった。小さい体を恐怖で震えさせながらも、首を横に振った。

その刹那。一瞬の隙をついたメアリーはその場から駆け出し、部屋に飾ってあった油絵の中へと飛び込んだ。

 

 

「なっ!?」

それを見たヴィラは茫然とした。

「ジョーダンだろ・・・」

「クソっ!」

 

 

折角追い詰めた獲物を逃してしまった。その悔しさから、ミッシェルは地面を蹴った。

ヴィラは銃を降ろし、イヴへと寄る。

 

 

「ごめんな。お嬢ちゃん。俺もワケわかんねぇんだ。

イヴはその場にへたりこむと顔を押さえて泣き出した。

「ああ、どう収集つけんだよ。」

「振り出しだ。優先順位を変えよう。まず」

「イヴ!メアリー!」

 

 

そこに両親が現れる。どこかから持ってきたバットやゴルフクラブなどをこちらに向ける。

両親の目に映る光景は凄惨であろう。見事に荒らされたリビングに、座り込んで泣く娘、もう一人はどこへ?そして入れ墨の入った男の手には拳銃。

 

 

「うおおおお!娘たちに手をだすなぁあああ!」

そういい男二人に主人はゴルフクラブで殴り掛かった。

 

 

ただ、どれだけ装備を整えようと、体術にはかなり長けているヴィラの相手ではなかった。彼はその振りかぶられたクラブを軽くよけると、足でクラブを蹴り、武器を落とさせた。

 

「うぉっと!これ結構イイやつだろ!武器にするにゃ、ちょいと惜しいな。」

あえなく無力化された主人は、そのままイヴのもとへと寄り、抱きしめる。

「・・・金か?金ならある!だから・・大事な娘たちを傷付けないでくれぇ・・!」

 

 

「そうじゃありません。俺たちの要件は・・。」

そこへウーウーという誰しもが震え上がるようなサイレンが轟いてくる。

「あーあ。いつ聞いてもヤな音だナ。」

「警察か。マズいな。ここで足止めを貰うのは。」

「なぁ、また昔みてぇに誤魔化せねぇの?」

「無理だな。状況が状況だ。第一真実を話しても信じてもらえるまい。」

「だよなぁ。」

 

 

二人はその場に立ち尽くす。夫妻はその様子をじっと身を寄せ合い、何とか救出したイヴを抱きながら、男たちを睨みつけた。

「メアリーはどこなんだ!どこに居る!」

 

 

「そこだよソコ」

主人の問いかけにヴィラは油絵を指す。

「ふざけるな!」

「大真面目さ。」

 

そこにガチャッと玄関の開く音が聞こえる。

「警察です!通報があったのはこのお宅ですか!!」

「お巡りさん!こっち!こっちよ!!」

「ああ、マズいな」

「なぁヴィラ。こういう時って。お前ならどうするんだ?」

「決まってんだろ!逃げるのさ!」

 

そういうと二人はあまり大きいとは言えない窓から飛び出して、夜の住宅街を駆け出した。

 

 

 




イヴは大人しく、内気な女の子ってイメージで


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架空の家族

「ミッシェル・ノーツ・ゲルテナ。26歳。職業は小説家。現住所は・・」

 

 

陰鬱で先の見えない夜がやっと開けた朝。ミッシェルはコンクリートの壁に机が中央と端に一つづつ置かれた殺風景な部屋でスーツを着た齢40程であろう妙な貫禄のある男の向かい側に、机を一つ挟んで座っていた。

スーツを着た男は、一つ一つ機械的に彼の個人情報を読み上げていく。まさか自分が取り調べ室に居るだなんて数日前の自分が想像できただろうか?

 

 

「・・・で、間違いないな?」

「ええ・・間違いありません」

 

 

そこに居る自分はなんて惨めなんだろう。目標も捉えられず、友人を道づれに警察暑へ連行され・・・地位も名誉も失い、これでとうとう俺はお終いだろう。

 

 

考えれば、俺は冷静ではなかった。いくらヤツがそこに居たとしても、他人様の家に強引に押し入れば、こうなることなんて火を見るより明らかだ。

 

 

これから、どうする?こうしている間にもヤツはこちらの世界に溶け込み、もう彼《ギャリー》はこちらへ戻ってくることは出来ないだろう。文字通りゲームオーバーだ。

 

 

俺自身は・・・こんな零細作家を大大的に記事に載せるとも思わんが・・。社会的地位は奈落の底だ。作家はおろかまともな職に就けるかも怪しくなるだろう。

 

 

ヴィラ・・・。あいつは大丈夫だろうか。今は堅気としてやってるらしいから、余罪こそないだろうが、だが過去が過去だ。どうか無事を祈るしかない。

 

 

俺の全てが甘かった。曾爺さんの作品を持ち出したこと。居場所を突き止め、ロクな下準備もなしに飛び込んだこと。そのせいでギャリーは絵に閉じ込められ、あの一家はメアリーに洗脳され、ヴィラは俺と共に手錠をかけられた。

 

 

俺は馬鹿か・・。自身への嫌悪感に押しつぶされそうな感覚に陥る。

 

 

「・・・聞いているのかね?」

「・・・え?ああ」

「もう一度訊こう。君は昨夜の19時過ぎに、ウォーレン夫妻の家に押し入った。」

「ええ。」

「金目的か?」

「いいえ・・。」

「そう隠すな。あそこ一帯の家庭はどこも裕福だ。狙うにはいいロケーションだ。聞いたところによると君は作家だそうだな。だがしかしイマイチ日の目を浴びない。カネには困っていただろう。」

「金に困ってるのは事実ですが、金目的の強盗じゃあありません。」

 

 

その刑事はよく刑事ドラマであるような、恐喝まがいの怒号を浴びせることは無く、むしろ子を諭す親のような優しく問いかけるものだった。しかしその奥には見えないナイフのような鋭利な何かを突き付けられているような緊張感を醸し出し、こちらが気を抜こうものなら、一気にやられてしまうのではないかと、恐怖が全身に纏わりついた。

 

 

「ほぅ、じゃあなんだというのかね?まさか家に押し入ってまで幼女たちを誘拐したかったとでも。」

「・・・・・」

 

 

これは否定すべき言葉か?確かに俺たちはメアリーを連れ戻しにここまで来た。それは誘拐?ばかな。あいつはそもそも存在しない。否定されるべきモノなのだ。

彼はうつむいた顔を上げることができなかった。

 

「なるほどぉ。読めたぞ。君たちは家に押し入り、両親を殺害または拘束した後に、家にある金品を強奪後、少女たちを誘拐し、売ろうとしていたワケだ。うーん、少女ってのはお偉いクズどもに高く売れるからなぁ?だから姉妹の居るあの家族に決めたんだ。」

 

 

「憶測です!」

「じゃあなぜの場から少女が一人消えた!説明できるか!若造!」

 

刑事の口調は今までの優しいものから一変。激しいものへと変わった。まるで仕上げにでも入るようなスイッチの入れ替わりだった。

 

「あのヴィラという男、かなりマエ(前科)が付いてるみたいじゃないか?そいつと手を組んだワケだ。計画したのはヤツか?そうだ。君はあいつに乗せられたんだろう?手を組めば分け前だと。」

「違います!彼は巻き添えになっているだけだ!」

「じゃあ君が計画者か?」

 

 

刑事の口調はまた緩やかなものへとすり替わる。この緩急の切り替えが聞かされる者の精神を強く揺さぶる。たとえやってないことだとしても、認めてしまうほどの。

「・・・・」

彼は口を噤むしかなかった。真実を話せればどれほど楽だろうか?

 

「ミッシェル君。否定と沈黙じゃあ、話は進まないぞ?」

「黙秘権は認められているはずです。」

「おお!その通りだ!好きなだけ黙りこくるといい。それだけ話したくない理由があるんだろうとこちらも邪推するしかないがね」

 

どうすればいい。どうしたらここを切り抜けられる・・?ろくに睡眠もとれなかった頭を回転させるのはそう容易ではなかった。

だが、その時、彼に一つの策が浮かぶ。

 

「押し入った理由は・・。」

 

彼はおもむろに、語りだす。

 

 

刑事の目がキッと切り変わったのがこちらからもはっきり感じ取れた。

近くの書記も机に突っ伏すように記入の準備に入る。

 

 

「俺の持ち物に少女の写真があったでしょう。金髪で緑色の女の子の」

「おお、あったな。よっぽどなファンらしいな。」

「その子を訪ねたのです。あの子はあそこの家庭の子供ではない。」

「・・・・?どういうことかね?あの子が養子だったとでも?」

 

刑事は眉を顰めながら、無精ひげで全体的に青くなった顎を撫でる。

 

 

「彼女は、この世に存在しない者です。彼女はある男の存在と引き換えにこの世界へやってきて、あのウォーレン夫妻の娘になりすましていたのです。だから俺は彼女を元の世界へと連れ戻す為にウォーレン家を訪ねたのです。」

 

 

彼は腹を括って話してみる覚悟を決めた。どうせ信じてはもらえまいだろうが、そんなことはどうでもいい。真実を話すことで証言に一貫性が生まれ、現実離れしていることを逆手に、心神喪失による減刑を狙ったのだ。そう上手くいくかは彼にも分からないが、小説家としての知識をフル活用した彼なりの最大の奇策だった。

 

 

「ほう」

刑事は目を細くし、肘を机について聴いていた。

 

 

「彼女は絵の中の住人です。俺は彼女をあの家で追い詰めました。しかし、やっとのところであの家に飾ってあった絵の中へと逃げ込まれてしまいました。・・もう少しだったのに・・。」

「・・・っはっはっは!!さすがだよミッシェル君!さすがは小説家だ!私は新作のあらすじでも聞かされているのかね?」

 

数秒の沈黙の後、刑事と書記は隠すこともなく肩で彼のことを笑った。

 

「本当のことです!」

「ああ分かった分かった。そう怒るな。はやくここから出て、その話を出版してもらえるといいな!おい!」

 

刑事が扉の外に向かって呼びかけると、それは開き、複数人の警官が入ってくる。

 

「今日はもうお終いだ。楽しいメルヘン話の続きは今度きかせてもらおう。ゆっくりと、時間をかけてな。」

 

そういうと刑事は席を立ち、警官の方へ向く。

 

「あいつ、なかなかぶっ飛んでるぞ。後で薬物検査にもかけろ。もう一人はどうなった。」

「沈黙を続けているようです。」

「とことんしょっ引け。叩けばまだ埃は出るぞ!」

 

そこへ一人の警官が走って取り調べ室に入ってきた。

 

「失礼します!オリバー警部補!実は・・!」

こちらには聞こえないほどの声量で告げられるそれは自分の+になることだろうかと期待を寄せていた。しかしそれは宝くじ当選にすがるような淡いものだった。

しかし、その知らせを聞いた刑事は苦虫を噛み潰したような表情になり、こちらを睨みつけるようにして再び着席した。

 

 

「・・なにか?」

「・・・釈放だ。」

「え!?」

 

 

あまりにも唐突な宣告に頭の処理が追い付かなかった。寝耳に水というのはこのことか。

 

「ウォーレン夫妻が被害届を取り下げた。ましてや、君たちの釈放を望んでいるそうだ・・・。どんな手を使った?娘と引き換えか?」

 

自身にも何が起こっているのか皆目見当がつかなかったが、これが好転であるということには紛れもなかった。

 

「私にもわかりませんが、これから先は任意の取り調べということですか?」

 

この好機をふいにするわけにはいかない。なんとしてでもここから出ることを最優先に捉えた。

 

刑事は先ほどとは一変、鬼のような形相でこちらを睨みつけるが、もう被害届がない以上、強制的な取り調べを続けることは難しかった。

 

 

・・・・・・・・

 

「よぉ!兄弟!刑事のオッサンに虐められたか?」

「ヴィラ!良かった・・。済まなかったな。」

「気にすんな。俺にとっちゃあ里帰りみたいなモンさ。」

 

そこで二人は低いポジションでのハイタッチを交わした。

そこへ例の刑事がまたずかずかとこちらへやってくる。

 

 

「運がいい連中だ。だが覚えておけ。お前たちの資料はこちらにある。何か妙なことでもしてみろ。すぐに出戻りさせてやる。」

「安心しなオッサン。そんなもんただの保管室に眠る紙屑になるだけだ。」

 

刑事の表情は不満のそれだった。

 

「とっとといけ!」

「おーおー。手柄にできなかったからって、大人気ねぇよな。」

 

ケラケラ笑いながらヴィラはタバコを探す。

 

 

「そういえばヴィラ。お前」

そこからはささやくように小さな声にトーンを落とす。

「銃はどうした。押収されなかったのか?」

「ああ?これのことか?」

ヴィラは懐から拳銃を取り出した。

 

それを見たミッシェルは目を丸くした。近くの警官もそれに反応するが。

「おい!」

 

ヴィラはそれを天井に向け引き金を引いた。そうするとその銃口からは3センチ程度の炎が立ち上った。

 

「・・・ライター?」

「そゆこと」

 

ヴィラはそれに加えたタバコを近づけ、火をつける。

 

「イかしてんだろ?昔ルパン三世に憧れてな、特注でつくってもらったのさ。」

「じゃあ、あの時のも?」

「いや」

 

 

そこからはヴィラもトーンを落とす。

 

 

「アレはマジモンだ。お前と逃げてるときに、走りながら分解して捨てたのさ。」

「現場検証と周辺捜査でバレるんじゃないのか?」

「その辺はご安心を、お嬢さん。小物はその辺に、スライド、バレル、グリップは不燃ごみ置き場があったからそん中に、プラスチック製だからな。せいぜい物好きのモデルガンパーツとしか思わんだろ。マガジンは川に捨てた。水の中なら最悪暴発してもリスクは低い。そして、コイツを持ってりゃ、オクサンの拳銃を持ってたという証言もクリアできるワケよ」

 

「器用に逃げてた訳だ。」

「悪いが、ソレに関しちゃプロだからな!・・・それで」

「何故俺たちは釈放された・・か?」

「ああ、いくら何でも気味がわりぃな。立てこもり犯とかを同情したり英雄視したりする事例は聞かなくもないが、いくら何でも俺たちには当てはまらんだろ。」

 

 

「そうだな、もう一度あそこへ行ってみるか?」

そういいながら二人が、警察署を出た時だった。

それを先に見つけたのはヴィラだった。

 

「お、おい!アレ!オクサン達じゃねぇの?」

 

そこにはウォーレン一家が三人揃ってそこに居た、向こうもこちらに気が付いたようで何か言いたげな様子だった。

 

二人は家族の下まで走っていく。

 

「どうも、先日は申し訳ないことをしました。だけど、何故?」

 

そう問うと夫婦は二人とも顔をうつむいたまま自信がないとばかりに弱く言葉を発した。

 

「私たちにも、分からないんです・・。あの晩はパニックで、娘達を守ることに必死でした。『もう一人』の娘がいなくなって、もう無我夢中で探し回りました。しかし一晩立って、改めて思いなおすと、私たちって三人家族なんです。娘はイヴのただ一人だけ。」

 

明らかに動揺を隠しきれず、狼狽していた。

 

 

「私たちは、何を探していたのでしょうか?誰を守っていたのでしょうか?『メアリー』とは一体誰なんですか!?」

 

主人がミッシェルの両腕をがっしり握った。

 

「おい、これって・・。」

「洗脳が解けている・・?」

 

 

二人は目を合わせ現状を認識する

 

 

「あなたの言ったことは正しかった。うちにメアリーなんて娘はいなかったんだ!あなたは何か知っているんですよね!?」

 

 

昨晩とは打って変わって、メアリーという虚像を守る両親は既にそこには居なかった。

 

 

 

 

 




物語の進行上仕方なくイヴのファミリーネームをウォーレンとしました。

元ネタは「死霊館」のウォーレン夫妻からです。


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その男を知っている?

更新遅れてます。


釈放後、彼らは再びウォーレン家へ訪れていた。今度は正式な招きを受けていることは説明するまでもない。

 

昨日の一件において荒らされたリビングは、元通りとはいかなくても、ある程度の片づけがなされていた。しかし、傷のついた壁紙や、割れた食器の破片など、その傷跡はその凄惨さを物語るに十分だった。

 

 

「・・・どうぞ」

 

 

「どうも、おかまいなく・・。」

 

 

二人の前に差し出される紅茶は紅いながらも鮮やかに透き通り、カップの底についた小傷までもがはっきりと分かる程のものだった。

 

 

ミッシェルはその紅茶を手にすることなく、その紅い鏡に映った自身の顔をぼぅっと見つめているだけだった。ここにきて今までの疲れが出てしまっているのだろうか。思い返せば、ずっと極限の状態を保ち続けていたのだ。

 

 

アドレナリンという鎧が外れてしまった今、そこにいるのはただのくたびれた青年だった。

 

 

「どうぞお召し上がりになって。疲れているのなら、砂糖やお茶菓子を。」

 

 

その疲弊した様子はウォーレン婦人にも見透かされているようだった。

 

 

「ええ、ご心配なく」

 

 

彼はそんな疲弊した様子を見せまいと、ぴたっと止まっていた体を半ば無理やりに動かし、紅茶へ砂糖とミルクを入れる。

 

 

先ほどまで透き通るほどの鮮やかさを持ったそれは、ミルクという不純な絵の具によって、一寸先すらも見えないどんよりした、まるで煙の中の世界と言えようものへと変貌した。

 

 

まだミルクが混ざりきっておらず、滞留しているその様を見て彼なら何と名付けるのだろうか。そんな余分なことに頭を使うべきでないと分かっていても止められなかった。それは彼の無意識が生んだ現実逃避なのかもしれない。

 

 

「しっかりしろよ。ダルいんなら少し寝るか?」

 

 

あれだけのことがあった後でも、ヴィラはまるで何事もなかったかのようにケロっとしていた。

 

 

彼のカップにはすでに空になっていた。カップの底にわずかに残った紅茶が澄んだ色をしていることからも、彼は紅茶は何も入れずに飲むのらしい。

 

 

「いや、大丈夫だ。話を進めましょう。」

 

 

彼は紅茶を一口含むと視線を前方向へと据えた。

 

 

ミッシェルのテーブルの向かいには、先ほどの彼と同じく、手付かずの紅茶がわずかな湯気を躍らせ、佇んでいた。

 

 

そしてその紅茶の主もまた、紅茶の映し出す自分の姿を眺めていた。

 

 

「・・・あなた」

 

 

「ああ」

 

 

その主人は手のひらで目をぐっと抑え、深呼吸をし、ミッシェルと目を合わせた。

 

 

「その、どこからお話すべきかは、悩ましいところですが、異常なことが起こっていることはご理解いただけていると思います。」

 

 

「・・・ええ」

 

 

主人の目はうつろなもので、その目の焦点が自分に合っているのか疑わしいほどだった。

 

 

「メアリーとは・・何者ですか・・・?」

 

 

「彼女は」

 

 

ミッシェルは例の切り抜きを夫妻の前に出した。

 

 

「私の曽祖父、ワイズ・ゲルテナが描いた作品です。」

 

 

それを手にした両親はまじまじと切り抜きを眺める。

 

 

「この娘は、存在しない絵だというのですか?そんな子を、私たちは家族として迎え入れていたのですか・・?」

 

 

「ええ、そうです。」

 

 

「信じられない・・。」

 

 

主人は側頭部を指の腹で掻き、眩しい光でも見ているかのように目を細めた。

 

 

「ゲルテナって・・。」

 

 

主人の横に掛けていた婦人が、主人の手にしている写真をのぞき込み、そうつぶやいた。

 

 

「あなたってゲルテナのお孫さんなの?」

 

 

「ええ、正確には曽孫にあたります。」

 

 

「本当に!それは凄いわ!私、彼のファンなの!会えて幸栄だわ!」

 

 

婦人は胸の前で手を握って、目を輝かせた。昨日の一件からこの気持ちの切り替えようにはその場にいた男性陣全員があっけにとられる程だ。

 

 

「・・・ママ」

 

 

主人が苦言を呈すかのように、婦人に声をかける。

 

 

「あ・・・ごめんなさい。不謹慎だったわ。」

「いいえ、お気になさらず。私も、もっと違う形でお会いできればよかった。」

 

ミッシェルは再び紅茶を啜る。それはすでに冷めかけていた。

 

「でも、そんな彼の作品がどうして?」

「彼の作品は、曰くつきなんです。」

「・・!聞いたことあるわ!動く石像に、見るたびに変わる絵なんかがあるって。でも、彼の作品はつい最近見に行ったの。でも、何もおかしいことなんてなかったと思うけど。」

「セントラル美術館の初日ですね。」

「ええ。ご存じなの?」

「メアリーを追跡するために、失礼ながら少々調べさせていただいたのです。」

 

ミッシェルは懐からメモ帳を取り出し、そこの間に挟まった写真を取り出した。

 

「あなた方が初日に感じた異変がお聞かせいただきたいのです、それと、この男性について見覚えは・・・。」

 

その写真を手にした夫妻は首を傾げた。

 

「いえ、美術館では特に変わったことは、この男性も・・。」

 

 

・・・・・・

 

 

紅茶を飲み終えたヴィラは少々暇を持て余していた。ここから先はミッシェルが話を進める。自分の出番は今のところないと悟った彼は、散歩でもしようかと席を立とうとするが、その部屋の隅に置かれたソファーに、赤毛の少女が膝を抱えるようにして座っているのが目に留まった。

 

 

その目はあまりにもうつろで、寝不足とも、絶望とも捉えることができた。

その姿を見かねた彼は彼女の横に腰を据えた。

彼としても、先日の出来事に責任感を感じていたのだ。

 

「よォ、お嬢ちゃん。ちゃんと眠れたかい?」

 

 

その問いかけにも、彼女はうんともすんとも言わなかった。

するとヴィラは少女の目の前に手をかざした。そしてその手には1ポンド硬貨があった。

 

「1・2・3」

 

 

その掛け声と共に彼が手を振るとその硬貨は瞬く間に姿をくらませた。

さすがにその光景には少女もはっとめを見開いた。

 

 

「さて、1ポンドはどこに消えた?あいつはワガママだからな。ちょっと目を離すとすぐこれなんだ!」

ヴィラは両手をひらひらさせて何も持ってないことを暗に示した。

「こいつは美人に目がなくてね。例えばお嬢ちゃんの髪の毛の中に隠れてるかもしれねぇ。ちょっと失礼。」

 

そういうとヴィラは少女の眉間の前に指を持ってくると、そっと前髪を軽くつまんで引く仕草をして見せた。

 

「そら!捕まえた!」

 

その声と同時にヴィラの手元には再び1ポンド硬貨が現れたのだった。

 

その様子を見た少女はその時初めてクスっと笑った。

 

 

わりと単純なコインマジックだが、相手の気を引くにはうってつけだ。本来は肩に手をまわして、もみ上げあたりから出すことで相手の女性との距離感を縮める、ヴィラの口説きテクニックだが、今回は少女用に少しアレンジを施したものだった。

 

 

「やるよ。お前さんが気に入ったんだとさ。」

 

 

そういうと彼は少女の手に1ポンドを手渡した。

それを見て少女は少し困惑気味だった。

 

「冗談さ。ジュースの足しにでもするといいさ。」

「・・・ありがとう」

 

 

少女は再び、微小の笑みを浮かべた。彼もそれにつられるように口端を上げ、ソファーへ背を任せた。

 

「そういえば、名前聞いてなかったな。俺はヴィラ。お嬢ちゃんは?」

「・・・イヴ。」

 

イヴはうつむいたまま答える。

 

「そうか、イヴか。いい名前だ。きっと幸せになれる。」

「・・・・・・」

「ウソじゃねぇ。将来はあのケイト・ベッキンセイルを超える女優にだってなれるさ!」

 

イヴの顔にさっき浮かべた笑みはすでに消えていた。

 

「・・・・よっぽどなことがあったんだ。忘れちまっていいぞ。その方がラクだ。」

「・・・メアリー・・・」

 

その言葉を聞いヴィラははっと目を見開く。

 

「イヴ・・・いいか?あいつのことは忘れろ。ヤツは君の家族なんかじゃない。」

「・・・うん。」

 

たとえ偽りであっても情が沸いてしまったのか。そんな不安をヴィラは感じた。

 

 

「よし!気分転換だ。もう一つとっておきのコインマジックを見せてやろう。これ見たら、今までの悩みなんてどっかに消えちまう!ネタバレ厳禁のを・・・・」

そうヴィラが懐に手を入れ、小銭を引っ張り出そうとしたその時、彼の懐からひらひらと一枚の写真が落ちてきた。

 

「ああ、失礼。これは・・関係ねぇな。」

 

彼はしゃがんでそれ拾う。

 

それは、あの美術館で行方が分からなくなっていた男性、ギャリーの写真だった。ミッシェルから写しをもらっていたのだが、特に使うことはなく、懐に入れたままにしていたものだったからか、存在を失念していた。

 

ヴィラがその写真を確認し、懐に戻そうとすると。

 

「・・・・それ。」

 

イヴがヴィラに向かって言葉を発した。

 

「ん?ああこれか?まぁ、この事件の被害者・・とでも言っておくか。あの美術館で行方不明なんだとよ。あいつが言うには、絵の中に閉じ込められたんだとか。流石に信じられねぇよな。」

「見せて・・・」

 

ヴィラは言われるがままイヴに写真を手渡す。イヴは目を見開いてまじまじとそれを見つめた。

 

「はは。そういうオトコが好みか?年頃ってヤツだな。」

 

ヴィラはケタケタ笑いながら、イヴの横に再び座った。しかし直ぐに、イヴの様子がおかしいことに気が付く。

 

写真を見つめるイヴの顔はだんだんと青ざめていき、呼吸は少しづつ荒くなっていった。

 

 

「・・・おい?どうした?気分でも悪いか・・?」

その息はさらに荒さを増し、瞳には涙をも浮かべた。

「やめよう。これ以上は辛いことを思い出すばっかりさ。少し横にでもなりな。」

見かねたヴィラはイヴから写真を取り上げようと手を伸ばした。その時

「ギャリー・・・。」

 

ヴィラの手はピタッと止まる。

 

 

「は?」

「ギャリー・・・ギャリー・・・・」

 

イヴの写真を握る手は強くなり、それがくしゃくしゃになってしまうほどだった。

 

「まて。なんでそいつの名前を知ってる?」

「イヴ?どうしたの?」

異変に気が付いた婦人が二人のもとへやってきた。

「どうしたの?なにこれ?」

婦人が写真に手を伸ばすが、ヴィラがそれを制した。

「待ってくれ奥さん。ちょっとこの子に確認したいことがある。」

「ええ?」

 

たじろぐ婦人を横目に、ヴィラはイヴに問いかける。

「イヴ、この男を知っているのか?」

 

 

彼の表情も真剣なものになる。

「わからない・・・!」

イヴは強く首を横に振った。

 

「でも、知ってる。ギャリー・・。私を、助けてくれた・・。」

「こいつは絵の中・・・ってことは!イヴ、お前も?」

「わからない!」

 

イヴは再びうずくまる姿勢をとった。

「ねぇ、ヴィラさん。どうしちゃったの?イヴは・・。」

「悪い、奥さん。もしかしたら、この子は何かを知ってるのかもしれねぇ。おい!ミッシェル!」

 

 

・・・・・・・

 

 

「どこまで思い出せる?」

ミッシェルは膝をついて、イヴに問いかける。

 

「美術館・・・で。気が付いたら私一人だった。そこで、絵とか、石像とかが襲ってきて・・・。」

「そうか。そこで彼と会った?」

「・・・多分。夢・・・だったのかな?」

「いいや。夢なんかじゃない。俺も同じような体験をした。」

「え?」

「俺も、子供のころ、あの絵の中へ引きずりこまれた。君の言う通り、絵や石像があらゆる形で襲ってきた。そして、メアリーもだ。」

「・・!メアリー!」

 

イヴははっと顔を上げた。

「君もそこで彼女と会ったんだね?」

「・・・・・・」

 

その様子を夫妻は身を寄せ合って見守った。

 

「彼女にも襲われた?」

 

彼女はこくりと頷く。

 

「ギャリーが・・守ってくれた・・。身代わりになってくれた・・!」

「そうか・・。」

「なぁ、ちょっといいか?」

 

そこへヴィラが割って入る。

 

 

「メアリーは二人を襲った。二人がターゲットのはずだ。じゃあなぜ君は戻ってこれた?そしてなぜヤツはここの家族になった?」

「・・・・わからない。」

 

当然といえば当然の回答だろうか。

 

「ここを拠点にするつもりだったのかもな。見た目はただの少女だ。一般家庭の子供として振る舞えば、怪しまれない。つまり、利用されていたんだ。」

 

ミッシェルは考察を立てる。そしてそれは概ね合っているだろうという確信があった。

 

「なるほど、いけ好かねぇ野郎だ。」

「メアリーは・・ずっと一人ぼっちだった・・。」

 

 

イヴがそう発すると二人ははっと彼女のほうをみた。

「イヴ!待つんだ!彼女に同情をくれてやるな!あいつが君たちにしたことを思い出すんだ。」

ミッシェルは必至にイヴの発言を制した。

メアリーの洗脳が解け切ってないのか。そんな不安よぎる。

 

 

「話を戻そうぜ。で、ギャリーはお前を守った。そのあとどうなった?そこまで覚えてるか?」

「・・・動かなく、なってた。」

その場にどよめきが走る。

「・・死んだってのか?」

「・・・わからない。」

 

イヴは力なくうつむいてそう答えた。その時、

 

「ああなんてこった!」

そう取り乱したのは主人だった。

「メアリーってのは、人をも殺してたってのか!?そんな奴を僕たちは・・!」

「あなた!落ち着いて!」

 

婦人は必死になだめるが

「落ち着いてられるか!あいつはこの絵に入っていったんですよね!?」

 

そういうと主人はメアリーが逃げ込んでいった絵の額縁を、壁から降ろすと、そのまま床に叩きつけた。

 

 

バン!と大きな音を立て、額縁は折れ、ガラスは割れて飛散した。

 

 

「ああ!なんてこと!ロイラーの絵、高かったのに・・。」

「絵ならまた買えばいい!だいたいこの絵薄気味悪くて嫌だったんだよ!」

 

 

割られたその絵は故ロイラー・スイフト作の「木林」という絵だった。薄暗く霧のかかった木々にわずかな光が差し込んできている。婦人が気に入って購入したものらしい。

 

 

「そんな!あなただって賛成してくれたじゃない!」

「まぁまぁ!落ち着きなって!今は夫婦ゲンカするほど暇じゃない。そうだろ?」

 

ヴィラに仲裁されて、落ち着きを取り戻した二人だった。

 

「しかし、これからどうするんです?」

「そりゃそうだな。どうするんだ?」

 

 

三人の目線はミッシェルに移る。

「美術館へ行く。彼を、ギャリーを探しに」

「・・正気かお前?」

ミッシェルは無言でうなずく。

そして再びイヴに向かう。

「話してくれてありがとう。ギャリーは必ず連れて帰る。だから、安心してくれ」

彼なりの精いっぱいの励ましだった。こんなの気休めにもならないことくらい百も承知だ。

「おいおい。ギャリーを探すって、どうやって!」

ヴィラがミッシェルに詰め寄る。

 

 

「まさか、絵の中に入って探すだなんていわねぇよな?」

「そのまさかだと言ったら?」

「・・・強い酒が要る」

ミッシェルは荷物を抱えると、家を出る準備をした。

「すみません。お邪魔しました。」

彼はそう夫妻に告げる。

「大丈夫なの?」

婦人は不安そうに尋ねる。

「我々なら、ご心配なく。それと、これを。」

 

 

そういうとミッシェルは小瓶を取り出し、夫妻に手渡す。

「これは?」

「シンナーです。絵を溶かす材料です。絵から出てきた者たちにも有効です。申し訳ないですが、解決するまでは、ご自身の身は、ご自身で。」

「・・わかった。君たちも無事で!」

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

ミッシェルとヴィラは玄関に向かい歩を進める。そして玄関をでようとした瞬間。

「私も行く!」

振り返ると、その声の主はイヴだった。

「イヴ。ダメだ。これ以上危険な目に合わせられない。」

「そうだぞ、こんなのは命知らずのバカの仕事さ。」

「・・・でも。ギャリー・・。」

ミッシェルはしゃがんでイヴとの目線を合わせる。

 

 

「心配しなくていい。彼は無事さ。俺たちがその証明をしてくる。」

ミッシェルはイヴの肩をポンと叩いた。

「必ず戻る。いいね?」

イヴは無言で頷いた。

「それじゃ」

「もし」

イヴの言葉に二人は足を止める

「もし、ギャリーに会えたら・・ありがとうって伝えて・・。」

「ああ、わかった。」

 

 

そういうとミッシェルは再び玄関にてをかけ、外に出た。

ヴィラも、最後にイヴにじゃあなと言うと、ミッシェルに続いた。

玄関に一人残されたイヴは部屋に戻ろうと、リビングのほうへ向かおうとする。

その際に、やたらに汚れほつれた青い人形が玄関の隅に放置してあったのが目に留まった。

 

たしか・・・あれは・・・・

 

おそらくメアリーが持ってきたものだ。そう自身に言い聞かせると、イヴはそれを無視して部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ロイラー・スイフトも架空の人物です。



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迷宮
招かれる者たち


「それで、お前の車どうなったって?」

「現場検証および捜査中に確認したときには既にエンジンがかからなくなってたそうだ。奴ら乱雑に扱ったに違いない。」

「ちょいと乱雑に扱われた程度でグズるソレは車の役目を果たしてると言えんのか?」

 

鼻で笑うヴィラを横目にミッシェルはシートの座席を傾ける。

 

「いいや、あいつはまだ動いたはずだ。」

「未練がましいな。でも、最新の車もいいもんだろ?ECUフル電子制御にパワステ、パワーウインドウにフルタイム4WD。エアコンだってちゃんと動く。誰かさんのとちがってな。乗り心地はいかがかいお嬢さん?」

「いくらなんでもデカすぎるだろ。」

 

今郊外を走る車は、やたらに立派に、道路を自らのための道と言わんばかりの威厳を持つものだった。

その見た目のいかつさや、車体の大きさ、堂々としたフォルムは持ち主を体現しているといってもいいだろうか。

 

 

「4.7リッターV6ツインカムターボさ、400馬力はくだらん。トルクも申し分ねぇ。」

「7人乗りの上に最低地上高も高いときた。俺の趣味にはないな。1.5LのFFで十分だ。」

「そら残念。じゃあ不機嫌なお嬢様の為にこいつを送ってやろう。」

 

 

そういうと、ヴィラは右手で目線も崩さず器用にプレーヤーを弄る。そうするとやたら景気のいいパンクがスピーカーから飛び出してくるのだった。

『Right now, heh heh heh heh!!!』

「・・・セックス・ピストルズか。」

「お前も好きだったろ?ハイにいこうぜ!」

「・・・・褪せないな。」

 

二人は一度帰宅をし、態勢を立て直したのちに合流している。目指すは、事の真相が眠る場所。

 

カーオーディオは二人の闘心を煽るかの如く、けたたましく鳴り響く。

 

 

『I am an Antichrist

 

I am an anarchist

 

Don’t know what I want but I know how to get it

 

I wanna destroy the passersby

 

‘Cause I, I wanna be anarchy!

 

No dogsbody!

 

Anarchy for the U.K. it’s coming sometime and maybe

 

I give a wrong time, stop a traffic line

 

Your future dream is a shopping scheme

 

‘Cause I, I wanna be anarchy!』

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

美術館の正面ゲートに差し掛かるが、その赤錆の混じった貫禄のある門は、閉館日という看板と共に固く閉ざされていた。

 

「オイオイ、誰かいねーの?」

 

ヴィラはハンドルの中央をポンポンと叩き、クラクションのチャイムを鳴らす。

そうすると、ゲート横の一枚扉から一人の黒人男性が訝し気な面持ちで出てきた。

 

「おい!今日は閉館日だって立て看板が読めねぇのか!?」

ヴィラもウインドウを開けて応じる

「ちょいと、用があんだよ、開けてくれや」

「ンだと?エラそうな車乗りやがってコノヤロウ、だいたい誰だアンタ?」

「俺ならわかるだろ?開けてくれ」

 

その奥から、ミッシェルが顔を出す

 

「あ!てめぇ!この間はよくもチクってくれやがったな!降りてきやがれ!てめぇの〇〇に〇〇してやっからよ!」

 

警備員は興奮した様子で人差し指を彼らに向けながら、ずかずかと寄ってくる。

「よっぽどご立腹だ、お前何したんだ?」

ヴィラはにやけながらミッシェルに問う。

「この美術館の警備員になるには、アタマと忍耐強さは必要ないらしい。

ミッシェルは呆れた様子で溜息交じりに言う。

「違いねぇ」

そういいながらヴィラは再び警備員のほうへ向き、ある物を差し出す。

 

「まぁ落ち着けよ、こいつでどうだ兄弟?」

彼が差し出したソレは20ポンド札だった。

それを手にしてまじまじと見つめる警備員の顔はどこかまんざらでもない。

「お前...、こんなモンで俺様の機嫌が取れるとでも思ってんのか?このミスタージャックはカネでモノをいうような野郎は死ぬほど・・・」

 

そういうと警備員の前にヴィラは同じ紙幣をもう一枚チラつかせる。

それを見た警備員の目はまん丸になった。

 

「・・・・なるほど・・・ね・・・」

 

・・・

 

 

「オラ!もっと素早く開けろ!お客様が待ってんだぞ!いつまでチンタラやってる!」

警備員は若手の部下を使って正面ゲートを開ける、錆が付いてすっかり動きが悪くなってる門はギギギと悲鳴を上げながらゆっくりと両手を広げる。

 

「へへへ、悪いな。待たせちまった。館長にも言ってあるからこんまま行っていいぜ。」

「悪いな、恩に着るぜ兄弟。」

「とんでもねぇ!大事なお客様の為だ。俺は、自分の仕事をしたまでさ。」

 

ヴィラはウインドウを閉め、ギアを入れ車を前進させる。

 

「帰りも寄ってくれよな!!」

その車の背中に叫び声が投げつけられる。

「はは、文字通り現金なヤローだな」

ヴィラはケタケタ笑っていた。

「鳶職ってのはそんなに儲かるのか?」

「なワケねぇだろ、副業が潤ってるだけさ。鳶は身体が鈍らねぇようにやってるだけだ、お前もスパイダーマンになるか?」

「俺はバットマン派だ。」

「どっちにしろ、俺たちは今からヒーローさ。ヴィラン退治して、お姫様を救出しに行こうぜ。」

 

駐車場に車を雑に留めて、二人は本館へと向かう。

 

 

・・・・・・・・

 

 

「おお、ミッシェルさん。お待ちしておりました。」

「どうも、館長」

 

エントランスの真正面に館長は居た。

その容姿は、以前よりも少し老けて見えた。見えないストレスと不安がそうさせたのか。

 

 

「何も動かしてませんね?」

「ええ、触ってもいませんし、誰も立ち入らせてはおりません。もう正直、皆疲れているようです。気味が悪いから早く撤収してくれとの声も上がっております。」

 

館長は館内へ通じる扉の南京錠を開錠しながらそう言った。

 

ミッシェルが騒ぎ立てたあの日以来、美術館では呪いの噂が蔓延していた。客が消えたというあの話が本当ならば、と皆気が気でない状態だ。その噂は周辺にも広がり、ゲルテナの呪いから始まり、あの美術館では神隠しが起こるという都市伝説にまで至った。

 

 

「もうすぐにでも、終わらせます。」

「大船に乗ったつもりでいなよ爺さん。」

ヴィラは館長の肩をポンと叩く。

「貴方は...?」

「こいつはヴィラ、強力な助っ人です。」

代わりにミッシェルが説明をした。

 

「こいつのケツを拭きにきてやったのさ。ま、ジョン・ウィックが来たとでも思ってくれ。」

「・・・・ジョン?・・・何ですか?」

「あー...ジェームズ・ボンドが来たって言ったほうが良い?」

「おお!それは実に頼もしい!」

 

館長の顔に少し精気が戻った。

 

「・・・それでは」

「あなた方は何をされるおつもりですか?」

ドアの取っ手に手をかけるミッシェルを館長は呼び止める。

「絵の中へ」

「・・・・・・・」

 

まるで面食らったような顔をする館長の肩にヴィラは腕を掛けた。

 

「まぁ、正気だとは思わないほうがいい。」

「・・・・どうか、お気をつけて。」

 

どう返すべきかわからない館長は当たり障りのない言葉を選ぶ。

「今日付けで我々が戻らなかった場合、絵は全て撤去していただいて結構です。では」

ミッシェルは大きな観音開き式のドアを開け、中へと入っていく。そしてそれにヴィラも続いた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「うへぇ、気味わりぃなこりゃ」

 

 

美術館の中には、ゲルテナの芸術作品がその当時のまま、残っていた。

それらは今に動き出しても不思議ではないと思わせるだけの、存在感や躍動感に恵まれたものだらけだった。

 

 

「これだ。」

ミッシェルが一枚の絵の前で足を止めた。

「ナルホド、実際見るともっとヤバそうなカンジでてんな」

それはこの絵に閉じ込められた男性、ギャリーが描かれた絵『忘れられた肖像だった』

「お前、イヴの言ってたことをどこまで信じる?」

「全てだ」

ミッシェルは間を開けずに即答した。

「なら、この男は死んでるってことも?」

「それはまだわからない。ただ、絵は消滅していない。例え作品の中に閉じ込められたとしても、絵として残っているのなら、可能性はある。作品にとっての本当の死は作品自体が消え、全ての人々に忘れ去られることだ。」

 

 

作品の死は忘れられること、ならば自分が過去に執筆した作品たちは既に死んでいるのか?自身の言葉から気づかされるそれを、彼はあえて知らないふりをした。

「なら、俺たちがヤツのことを覚えていることが、ヤツが生きている可能性に繋がるってことか、はは、ファンタジーにも少し慣れてきたな。」

二人はさらに歩を進め、二階の大きなパノラマ式の絵の前へ並んだ。それは全ての入り口とも呼べるあの絵。『絵空事の世界』

 

「・・・・すっげぇ。」

思わずその絵の迫力に飲まれるヴィラ、その目はまるで少年の純粋な瞳のそれだった。

それを前にしたミッシェルはその作品を睨みつけた。

 

「やべぇな、初めてSFを見た時の衝撃に似てる。その、2001年宇宙の旅とか、スターウォーズとか、なんつーかその」

 

彼は妙に興奮した様子が抑えきれない、そんな様子だった。

 

 

「落ち着け、ヴィラ」

「ああ、・・・大丈夫だ。しっかし、絵画ってのも悪くねぇんだな。今までノータッチだったが、こうも魅せられるとな。・・・・で?」

「なんだ?」

「どうやってここに入るんだ?」

「明確にはわからない」

 

さらっと答えるミッシェル。

 

「・・・まじかお前」

 

「だが、ここで彼女、イヴたちが向こう側の世界へ入り込んだ。ならばこの絵に何かがあるはずだ。」

「んじゃぁ、これが玄関ってことか?ノブはどこにある?インターホンは?卵を分けてほしいとでも言って開けてもらうか?」

 

こんな時でも軽口を辞さないヴィラにも、ミッシェルは乱されることはなかった。彼としてはこれが向こう側の世界と繋がっていることを確信し、そのまま絵をずっと見ていた。

 

「・・・・はぁ、作家ってヤツはやっぱりぶっ飛んでるよな。ハッパもやってなくてその思考が保てるのは普通にすげぇ。」

「もうそう考えるしかないんだ。お前もメアリーを見ただろ?」

「確かになぁ。ならよ、向こうの世界にもし行けたら、もっとヤベェ奴らがいるってことか?」

「おそらくな」

「そうか、ならお守りは要るよな?」

そういってヴィラはあるものをミッシェルに手渡す。

 

 

「・・・これは」

渡されたそれはオートマティック式の拳銃だった。大型と言わなくても、それなりのガタイのいいフォルムと重厚感は引き金を引かずとも、その戦闘力と凶器さを物語っている。

「SIG P226だ、9mmだがもしもの時には役に立つ。SAS仕様の特殊品だぞ手に入れるのには苦労した。」

 

ヴィラはそれを自慢げに語る。

銃はホールドオープンの状態となっており、マガジンも装填されていない状態だった。

 

「実銃を撃った経験は?」

 

ヴィラはマガジン二つを渡しながら問う。

「取材で何度か。」

 

 

ミッシェルはマガジンを装填しスライドストップレバーを下げる。ガシャっと威勢のいい音とともにスライドは前進し、銃本来の姿へと戻った。

「そいつにはマニュアルセーフティーはない。横のデコッキングレバーを引いときな。」

 

ミッシェルは言われるままレバーを操作し、起こされたハンマーを元の位置へ戻す。

 

「・・・お前は?」

 

ミッシェルは懐に拳銃を納める、専用のホルスターは無いので底の深い内ポケットへと入れる。もちろん銃の重さでコートが少し傾くが、気にしてはいられない。

「俺の相棒はこいつさ。」

 

 

ヴィラが取り出した拳銃はミッシェルに渡したものよりも大きく、その無骨な見た目からして軍用拳銃だと容易に想像できるものだった。

 

「ヘッケラーコッホの45口径(フォーティーファイブ)さ。イカすだろ?こいつのストッピングパワーの前じゃどんなバカも足止めできる。なんならそのまま棺桶行きにもさ。」

 

ヴィラは引き金に指がかからないよう、人差し指を立てる。

「ま、約に立たず終いになるのが一番いいんだろうけどな。」

 

ヴィラは懐に銃を納める。

 

「・・・どこでこんなものを手に入れた。ここはアメリカじゃない。ギャングは足を洗ったんじゃ?」

「はっは!OBにはそれなりの役得ってもんがあるのさ。」

 

ミッシェルは訝しむ目でヴィラを見る。

 

「副業ってのも、気になるな」

「世の中には、知らねぇことが良いこともあるってもんさ。だが、カタギ相手の仕事じゃねぇってのは確かだ。」

「いつかお前を取材したいよ」

 

失笑する二人の傍に何かの影が忍び寄る、その気配をいち早く察知し、振り向いたのはヴィラだった。

 

「!?」

 

それに連れられミッシェルも同じ方向を見る。

そこにあったのは首のない石像だった。

「これ、ここにあったか?片付け忘れか?」

それにミッシェルは嫌な予感を感じ取る。

 

「いい乳してんなこいつ・・・。」

 

その石像をまじまじと眺めるヴィラ、に対しミッシェルは即座に回りの状況を確認する。

そうすると、自分のすぐ横にそれと似た石像があったことに気が付いた。

 

「くッ!!」

思わずのけぞる。

「どうした!」

ヴィラがミッシェルのほうへ目をやると、その光景に驚きを隠せなかった。

「いや・・・そこにはなかっただろ・・。」

 

 

そしてその気配は益々規模を大きくしていき、薄暗く見えなかった通路の奥から、何かがぞろぞろとゆっくり近寄ってきていた。

「職員の奴らか?」

その陰が姿を現したとき、二人は言葉にならない言葉を吐き出す。

「!!!」

 

首のない石像、上半身だけの女それらがまるでゾンビ映画のようにこちらをめがけて、身体を足を引きずり近寄ってくる。

「ウォーキングデッドってこんな感じだよな・・」

その時、二人の近くにいた石像がそれぞれ二人につかみかかった。

「うおっと!!離せクソが!」

 

 

ヴィラは石像の腹部を前蹴りで突き飛ばす。ミッシェルもその石像をなんとか振りほどく。

「退くぞ!」

 

そうミッシェルが言い、通路の反対側を目掛けるが、そこにも作品たちはこぞってやってきていた。

絵画を背にした状態で、先ほどの拳銃を二人は構える。

 

「クぅ!こりゃ幻覚か?クスリは止めたはずなんだけどな!」

 

じりじりと間合いを詰め寄られ、二人の背は絵画へ付いた、その時、絵画の淵が急に輝きだし、額縁が消えたのだった。

「今度はなんだ?どういうこった?」

「・・・・招かれてるみたいだ」

「そんじゃ、お邪魔してみるとするか!」

 

二人は作品たちに背を向け、一気に絵画へと飛び込んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ようこそゲルテナの世界へ

ちょっと薬物表現が出ますのでご注意


初めてぶっ飛んだ日の出来事って覚えてるか?

 

 

たしかまだガキの頃だったよな。トニーとかいう今なら顔見ただけでも容赦なくタマをブッ潰してやるようなクソ野郎と俺はツルんでた。

 

 

ある日、いつもの場所で屯ってたらよ、こいつはいつもの紙タバコじゃなくて葉巻なんて取り出しやがったんだ。

最初は葉巻なんてスカしたことができるような奴じゃねぇだろと、ヤツを小突いてやったらそれはマリファナだったんだと。

 

 

こんなんも吸えねぇなんてガキだと言わんばかりに自慢げに見せつけてくるこのクソッタレに、俺は腹が立ってソレをブンどって口へ運んだ。

 

 

一息吸ってみると、別に驚かなかったな。妙な味はするけど、所詮ハッパなんてこんなもんかと見くびってたのさ。でも一息おいた瞬間、一気に世界が変わった。目に入る全てのモノが芸術作品だ。アタマは霧が晴れたように青天井に突き抜け、高揚感は常にフルバースト状態さ。

 

 

まるで夢に住んでる。そんな心地だ。だけどよ、その夢から覚めちまうと、待ってるのは大体地獄なのさ。

 

 

つまり何が言いてぇかって言うとな、今それとちょっと似てるんだ。

 

 

何がって言いたいんだろ?まぁ俺もこれをなんて呼ぶべきかはわからねぇ。

 

 

確かに俺とコイツは絵の中へ飛び込んだ。状況が状況だ。ヘンな躊躇いはなかったよ。

 

 

ただそこからだ。不思議とうねったわけのわからん空間に俺たちは包まれた。

 

 

そこはちょっと不思議でさ。上下左右もなければ時間も、重力も空間も希望も絶望もない。そんな気がしたよ。でも無の世界とかそういうのとはちょっと違うんだ。ここは妙に心地が良い。体が浮いてどこかへ流されるその感覚はまさに、初めてハイになったあの時さ。

 

 

それに流され続けると、いろんなものがスクリーンのように見えてくるんだ。それはこの世界の始まりなのか終わりなのか。過去なのか未来なのか。とにかく俺の脳内に直接投げ込んでくるように、いろんなものが一気になだれ込んできたんだ。

 

 

その中で少し俺の過去が見えた気がしたな。何が見えたって?ガキの頃の俺だよ。

 

 

ああ、懐かしい景色だローズストリートの裏路地、ここがいつもたまり場だった。ああ、アンソニー、お前、20になる前に死んじまったんだよな・・・。

 

 

これは?ああ、確かサンセット少年院だな。覚えてるよ。15で初めてぶち込まれた。あれはなんでだったかな。喧嘩相手を病院送りにしたんだったか。おお、看守に掴みかかったりして、荒れてんな俺・・。

 

 

・・・これは?・・・これ、俺だよな?ずいぶんと幼い・・・10歳くらいの頃か?で、どこにいるんだお前・・いや、俺?

 

 

薄暗くて、埃かぶって汚ねぇ所。どこかの地下か?え?俺、こんなところ来た事あったのか?

 

 

そしたらよ、そいつというか俺は俺の目の前に手をかざしてきやがったのさ。だから俺も手を添えてやった。そしたらその景色は、一瞬で泡みてぇにはじけ飛んで俺はその世界のどん底へ落ちていった。

そこで俺は何かに掴まれ、揺さぶられるんだ。

 

 

ああ、俺はこれからまた、地獄へ落とされるのかな。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・ィラ!ヴィラ!起きろ!」

 

 

ミッシェルはヴィラの身体を揺さぶり、彼の覚醒をせかした。

 

 

「あっ・・・・くっ・・・あぁ、クソみてぇな目覚めだ。」

 

 

けだるそうに起き上がったヴィラは少しぼうっとして辺りを見渡す。

 

 

「なんだ?ここ、美術館じゃねぇか。」

 

 

「そうみたいだな」

 

 

「俺たち、絵の中に飛び込んだんだよな?それで、なんだ戻ってきたってことか?」

 

 

辺りは来た時と同じ美術館。展示してあるものも同じなら、レイアウトも同じ。では先ほどのあれは何だったのか?

 

 

「じゃあ、失敗か?一旦外出ようぜ。」

 

 

二人は美術館内を歩いた。だが、隠しきれない違和感が彼らの第六感を襲う。

二人のものでない、誰かの足音、赤子のかすかな鳴き声、見えない大衆の笑い声など、それは確信を持てない程度のものだが、どこか否定もできない。

 

 

「・・・・・なぁ。さっきから、足音とかが聞こえてくる気がするんだけどよ、俺らの足音じゃねぇよな?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ミッシェルは険しい表情で周りを見渡す。

 

 

「急ごう」

 

 

二人は小走りでエントランスにたどり着く。

 

 

そしてヴィラが手をかけてドアを引くが

 

 

「ああ?開かねぇ?おい!館長さんよ!俺らだ!開けてくれよ!」

 

 

扉の向こう側へ問いかけるも、何の返事もない。

 

 

「なんだってんだ?この!」

 

 

思いっきり扉に蹴りを入れるが、結果は変わらない。

 

 

その後ろから、ガンガンと音がする。その音の先にはミッシェルがエントランスの窓を叩いていた。

 

 

「・・・ダメか。カギはかかってないはずだが、開かない。」

 

 

「どいてみろ!」

 

 

ヴィラは近くにあった椅子を持ち上げて窓に思いきり投げつけた。

 

 

ガコンッ!椅子はと大きな音を立てる。しかし、窓は割れず、椅子は壊れて跳ね返り、窓の下に力尽きた。

 

 

「じゃあこいつでどうだ?」

 

 

ヴィラは懐に手を入れ、拳銃を取り出す。セーフティーを解除して窓に照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 

心臓に突き刺さるような火薬の破裂音が館内へ鳴り響き、その後の静寂の時間を薬莢がカツンと彩った。

 

 

「・・・まじかよ。」

 

 

銃撃を受けた窓は割れるどころかヒビ一つ入らなかった。

 

 

「45口径だぞ?VIPカー並みの強度だな」

 

 

「・・・・ヴィラ!」

 

 

ミッシェルの声に引かれ振り向くと、エントランスの大きな壁に赤い絵の具が滝のように一面に流れ込む。そしてそれはとある文字を形成した。

 

 

 

 

「・・・・なるほど。パーティーには遅刻しないで済んだみたいだな。」

 

 

それを見たミッシェルは強くはぎしりをした。彼はとうとう。あの時のトラウマと対峙することとなったのだ。

 

 

そんな二人の下へ何かがストンと落ちてきた。それは見るものを魅了する花。

 

 

「・・・なんだこれ?薔薇じゃねぇか」

 

 

「ヴィラ。これは大事にしろ。これは俺たちの命に等しい。」

 

 

「命・・?これが?」

 

 

ヴィラは自身の足元に落ちた紫色の薔薇を拾い上げ、それをまじまじと眺める。

 

 

「薔薇が枯れれば、命も枯れるか。なんかの映画にありそうだ。」

 

 

ミッシェルも彼の下に落ちた緑色の薔薇を拾う。

 

 

「またこの色か・・。だが今度は、そうはいかない。」

 

 

二人はその薔薇を安全なコートの内側にしまうと、先ほどの文字が映し出された壁は姿をすうっと消し、地下への入り口を示した。本来この美術館に地下は存在しない。それはわかりやすい程に地獄への入り口であることを示唆していた。

 

 

「・・・お先にどうぞ、お嬢さん?」

 

 

ヴィラがそこに向かって手を指し伸ばす。

 

 

ミッシェルは息を整えるとそこへ向かって歩きだした。

 

 

 

 

 




特殊タグを使うのに結構苦戦しました。


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失敗作

「圏外かよ。そりゃあそうだよな。」

 

ヴィラは最新式の携帯電話を眺めながらミッシェルの後をつける。

「携帯ってのは電波ありきだよな。電波がなけりゃただの鉄クズだ。」

「そんなことはない。いろいろ役に立つ。」

「ほぉ、例えば?」

「この先の暗い道を照らしてくれたりだ。」

 

 

地下に続く階段を下りた二人の先には、真っ暗で何も見えない通路が大口を開けて待っていた。

「なるほどな。役に立つ鉄クズもあるわけだ。」

そういい、ヴィラが携帯のライトをつける。が、その光は何も照らさなかった。

「ああ?んだよこれ?照らしても先が見えねぇぞ」

すると通路の壁にじわっと文字が浮かぶ

 

この先フラッシュ禁止

 

「あっそ。ったく、黒い絵の具を照らしてるみてぇだ」

「仕方がない。このままいくぞ・・!」

「手でも繋いどくか?」

 

二人はそのまま暗闇の中へ突き進んでいった。しかし以外にもその暗闇は一瞬だけだった。その先には明るい空間が開けた。いや、相対的に明るいと言ったほうが正しいだろう。

 

ただその開けた世界に希望があるかと言われれば、怪しいところだ。

 

そこは意外にも、普遍的な美術館を踏襲したような場所だった。

そこにはいくつもの絵が飾られ、モニュメントが展示さていた。

 

その絵や作品たちの中には、あの美術館には展示されていなかったものも多存在した。

 

「なんだ?普通の美術館っぽいな。」

「気を抜くな。ここは」

「わーってるって。これでも敵の本拠地に赴くのは初めてじゃないのさ」

 

その時、二人が通過しようとした通りに飾ってあった赤い顔のような絵が、彼らに向かって唾のようなものを吐きつけた。

 

「うをっと!」

 

二人は間一髪それを避けた、その絵はその様子を面白がるかのように舌をぺろぺろ振りながら二人を見ていた。

「てめぇ!こんにゃろ!この俺に唾吐きやがったな!ふざけんじゃねぇぞ!ぶっ殺されてぇか!!」

そんなヴィラの怒りをぶつけられようと、絵は変わらず呑気に舌をぺろぺろ動かしていた。

「ああそうか!なら俺がもっと良いデザインにしてやるよ!」

 

ヴィラは拳銃を取り出そうとするが、

「落ち着け!相手にするな。それ以上の害はない。」

ミッシェルになだめられ懐に入れた手を何も掴まずにそっと出した。

「チッ!こいつ、アメリカ人の絵だろ。」

 

不貞腐れたヴィラは反対側の壁に背を預け、タバコを取り出す。

 

「・・・・ヴィラ!!」

そんなヴィラの方を見たミッシェルは、急に血相を変えて叫んだ。

「あ?」

口にタバコを加え今火をつけようとしたヴィラはミッシェルのその声を聞いてポカンとする。しかし直ぐにその意味を理解した。

 

ヴィラがもたれた壁から複数の腕が出てきて、ヴィラをこちらの世界へ引きずりこむかのように彼の身体を抱え込むように掴んだ。

 

「クソ!なんだってんだこの!」

ヴィラは必死に腕を振り払う。

ミッシェルもそれに加勢し一本一本腕を外した。

その時、腕の一本がヴィラの顔を覆うような形で手のひらを大きく開いて掴みかかった。

 

「ああクソ!キメェんだよ!」

 

ヴィラはその手の薬指をあらぬ方向へへし折った。

そうするとその腕は力を弱め、おとなしくそのまま壁へと消えていった。その時にヴィラの加えていたタバコも一緒に壁の中へと消えていった。

 

「・・・・タバコを取られた。最後の一本だったってのに。」

 

壁を見つめそうつぶやく。

そうすると壁に

 

 

館内禁煙

 

 

という文字が浮かび上がる。

「・・・・俺、ここ嫌い」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

二人はその空間を突き進んだ、果たしてこの道で何かがあるのか。それとも空振りに終わるのか。確信なき探索は続いた。

 

×-=?なんのこった?」

 

 

「鍵を探せだと?開けとけよ!」

 

 

「この絵のタイトル?知るか!!」

 

 

二人の行く手を阻むのは首のない石像などだけではなかった。

一つ一つ先に進もうにも、やたらに面倒な謎解きじみた仕掛けが彼らを待ち受けた。

 

ヴィラはそれにいちいち腹を立てるが、ミッシェルは冷静にそれらを対処する。

「深海の夜だ。美術館にもあったものだ。」

「おお、流石だな。お孫さん」

「ここへ来たことはあるんだ。仕掛けの勝手はわかってる」

 

扉をくぐった瞬間に例の石像が襲い掛かってくるも、ヴィラはそれを軽々しく受け流す。

 

「はは、ちょっと慣れてきたな」

「・・・・お前が居てつくづく良かったと思ってるよ。」

「俺に惚れるなよ。・・・・・?」

 

ヴィラは何故かキョロキョロと周りを見渡す。360度、天井や床、部屋の隅々まで、それは探偵さながらに。

「どうしたんだ?」

「なぁ、この空間ってのはどっかの美術館をトレースしてんのか?」

「それはわからないな。」

「さっきから妙に懐かしい気がするんだ。例えば、なんて言おう。4歳くらいの頃に見た映画とかって久しぶり見返すと、内容覚えてない割には懐かしさはあるんだよな。そんな感じ」

「本でならあるかもしれないな。だが、俺にはここは懐かしいどころか、思い出したくもない所だが。」

「まぁ、そうだよな。でもよ俺の親は美術館に連れてってくれるような連中じゃなかったしな。ま、気にしねぇが吉か」

 

そういいながら次の通路へと出る。その時、額縁から上半身だけ出た女たちが2体、それぞれ赤と青の色違いが、何かに群がっていた。

 

「バーゲンでもあってんのか?」

その群がる中に居たものにミッシェルは絶句する。

「・・・!人か!?」

 

それは遠目から見てもわかる程の人間の横たわった姿。

「まさか・・・!」

「おいお前ら!そっから離れろ!」

 

ヴィラが大声で彼女らに呼びかけるが。

その女たちは二人を見ると、妙な殺気を立たせて二人の方へととてつもない勢いで迫ってきた。

 

「応戦するぞ!」

二人は彼女らへ銃を向ける。

 

ミッシェルは引き金を引くのを少し躊躇うが、ヴィラは問答無用で引き金を引いた。

それに続いてミッシェルも引き金を引く。

火薬の炸裂する音が彼らの耳を刺激する。ミッシェルの撃った弾は二発外れたが、一発は青い女へ命中した。

 

ヴィラは二発で赤い女をしとめる。

女たちは呻き声を上げ、すぅっと額縁の中へ消えていった。

「爺さんの絵って今いくらで取引されてんだ?」

「人物像なら、かなり値がつくのは確かだな・・。」

 

ミッシェルは肩をさすりながら答える。銃の衝撃は思ったよりも肩を刺激する。

「あとで請求書が来ないことを祈っとこう」

二人は銃を下げることなく、構えた状態でその横たわったヒトへ近づく。

その横たわったヒトは成人の男性であると確認できた。

 

「なぁ、こいつって・・」

うつ伏せになっている状態をひっくり返し、あおむけにする。そしてその男の顔を確認した。

「・・・・間違いない。ギャリー。彼だ!」

「・・ビンゴか」

 

すぐさま二人は銃をおろし、彼の状態を確認する。

しかし、脈はなく、心音も聞こえない。ただ体温がわずかに感じられる程度だった。

「やっぱ・・・死んでんのか・・・?」

「どうだろうな。ヴィラ、携帯のライトを!」

「ああ?」

 

ヴィラはわけもわからずに携帯のライトをつけ、それを差し出す

それを受け取ったミッシェルはギャリーの瞼を開き、瞳に直接ライトを当てる。

 

「・・・瞳孔拡大は起きてない。そして対抗反射も機能している・・?」

「つまり・・なんだ?」

「少なくとも、彼はまだ完全に死んだわけじゃない。所謂仮死状態だ・・・と思う」

「よーく知ってんな、流石作家だ。」

「だが、これは長くは続かない、早い所解決策を。」

 

ミッシェルは立ち上がってヴィラに携帯を返した。

「こいつにも薔薇があるんじゃねぇのか?」

「だろうな。だけど、それがどこにあるのか・・。」

「とりあえずここはヤベェ。どこか場所を移すべきだろ。」

 

そういうと、ヴィラはギャリーを抱え、背負った。

 

 

「よし。俺の背中でホトケになんなよ!」

 

 

ミッシェルは安全な場所を探すために次のドアを開けた。ヴィラがギャリーを背負っている為、彼はそのリードを努めなければならない。銃を構えて念入りにクリアリングを施す。

 

その時、一つの扉がバン!と音を立てて勢いよく開く。

 

「!!?」

 

ミッシェルは銃をすぐさま構えてその方向を注視した。

なんとそこからは灰色の囚人服を着たような成人の男と思われるものが足を引きずりながら出てきた。その男は手に手錠を掛けられ、頭には大きなボロい布が掛けられてあり、顔を確認することができなかった。

 

『ギャアアアアアアアアアア!!!』

 

とその男は耳を突き刺すような声で悲鳴にも似た声を上げる。

「こりゃあ、ガチのマジでヤベェ奴だろ」

「ヴィラ!退くぞ!」

 

二人はその男から背を向け、走り出した。その瞬間、脇道から出てきた石像にミッシェルが捕まる。

「ぐっ!邪魔をするな!」

「ミッシェル!うおっ!!」

 

それに気を取られたヴィラは男の恰好の的となってしまう。

彼は左半身から男のタックルをもろに受けてしまった。

 

「クソ!痛ってぇ!」

 

懐から落ちた紫色の薔薇の花弁がハラリと散った。

それに追い打ちをかけるように男はヴィラの足を掴んで引っ張ろうとする。

 

「クソッタレが!調子のんな!」

 

ヴィラは男に銃撃を遠慮なく浴びせた。それに怯んだ男は足を引っ張る力を弱める。

隙を見たヴィラは反対の足で男を力いっぱい蹴った。そしてなんとか態勢を整え治す。

そして落ちた薔薇とギャリーを回収する。

 

ミッシェルもなんとか投げ捨てるような形で石像を倒すと、再び銃を構えてヴィラの背中を援護する。

 

「行くぞ!」

ヴィラはギャリーを肩で担ぐと一目散に走った。ミッシェルもそれに続く。

二人は角を角を曲がって走り続ける。一体どこへ向かえば安全なのか。

その時、ヴィラが立ち止まった。

 

「ヴィラ!」

少し何かを考えるように動きを止めたヴィラだが、次の瞬間

「ミッシェル!こっちだ!」

何かを確信したように走り出した。

ミッシェルもそれに続く。彼そしてその先には一つのドアがあった。

 

この先は安全なのか?それを考える余地すらもなく、ミッシェルはドアを開ける。

勢いよくその部屋に飛び込んで、ドアを閉めると二人は膝をついた。

「くっ・・・・・はぁ!!あー!しんどいぜ!」

「はぁ・・はぁ・・ヴィラ、無事か?」

「お前の方はどうなんだよ。」

 

お互いニヤリと笑い、互いの無事を示す。

「ただ、薔薇が少し散ったな」

ヴィラはギャリーをおろしてあぐらをかく。

「なら、その花瓶に花を活けてみろ」

「これか・・?」

 

ヴィラはそれに自身の薔薇を差すと、たちまちそれは逆再生のように復活を果たした。

 

「おお、すげぇ。はは!チカラも漲るな!」

 

『ウオオオオオ!!!』

 

その時、あの男の声が遠くから轟いてくるのがはっきり分かった。

「・・・ここも危険か。」

「いや、ここなら大丈夫だ。」

 

ヴィラは自信ありげにいう。

 

「何故そう言い切れる?」

「あー、なんでだっけな。無我夢中で走ってたらなんでかこの部屋のことが思い浮かんでな。」

「どういうことなんだ?」

「俺にもわからん」

 

そういうとヴィラは床に大の字で横たわった。

 

いろいろ疑問が残るミッシェルだが、今はそれを忘れて、ヴィラに倣って横たわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話において、「失敗作」の見た目はバイオハザードの「リサ・トレヴァー」をイメージしてます。


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青い薔薇

「失敗作ぅ?」

「そうだ、奴は失敗作。世間には発表されることは無かった絵だ。今はどこに貯蔵されているのかすらもわからない。」

 

ミッシェルは本をめくりながらそう言った。

二人が逃げ込んだこの部屋は、わずか20坪程度の、この空間からしたら随分と小さい部屋だった。

 

そこの中央に本棚が一冊と、部屋の隅にノートと万年筆が置いてある机があった。

「世間に出回ってもないものを、よく知ってるんだな。」

「この本にそう書いてある。」

 

ミッシェルはヴィラにその本の表紙を見せる。そこにはゲルテナ全集と書かれてあった。

「現実世界にはない本だ。西暦や文脈が滅茶苦茶だ。」

「どれ?」

 

ヴィラがのぞき込むとそこの紹介文には5000年発表の絵であるなどの記載があった。

「はは、ウラシマタローにでもなった気分だな。」

「知っているのか?浦島太郎を。日本の作品だぞ?」

「日本は好きだぜ。行きてぇとは思わねぇけど。」

 

ミッシェルは本を閉じて本棚に戻す。

「さて、どうしたものか。」

「このままこいつを連れ出せないのか?」

「それは危険だ。まずは薔薇の回収と、彼の回復を優先させるべきだ。」

「そうだよなぁ。」

 

そういいながら、ヴィラはギャリーの服の中などを調べた。

 

「お、こいつなかなかいいライター持ってんな。でも、タバコは持ってないのか。」

「物色してどうする?」

「何かヒントがあるかもしれんだろ?いろいろ前向きに考えねぇと、助けに来た俺らも、檻の中になるぜ?・・・ん?おい、見ろよ!」

 

ヴィラがギャリーのズボンの裾の返しから、何か小さいものを拾った。

「・・・花弁か?」

それは青い薔薇の花びらだった。

 

「こいつの薔薇は青ってことだな。なら、青の薔薇を探せばいいってことだろ。ラクショーだ。」

「問題はどこにあるかだ。」

 

ミッシェルは顎に手を当て、考える。

 

「こいつが倒れてた所の近くって考えるほうが妥当なんじゃないのか?」

「だが、ここまでくるにあたって彼のいた部屋の近くはあらかた見たはずだ。・・・・さっきの奴がいた辺り以外は。」

「・・・・リベンジ、いっとくか?」

「・・・・気乗りはしないが」

 

ミッシェルは拳銃を取り出して、スライドを軽く引く。そこからは弾薬が顔をのぞかせていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

二人は先ほどの通路の近くへ来ていた。

もしかしたら、失敗作がいたあのあたりに、鍵があるかもしれないから。

もしそこに何もなければ、くたびれ儲けだけでは済まない。一種の賭けに近いものがあった。

 

ギャリーは先ほどの部屋へ置いてきている。あそこなら、危険に晒される心配がない。

二人は入念にクリアリングを施す。また邪魔をされれば適わない。

 

「妙に静かだ。」

 

ミッシェルは周りを見渡す。先ほどよりも、何かがいる気配が少なかった。

 

「ビビッて逃げたか?」

 

そのとき、二人は背中に猛烈な殺気を感じる。

そこからは、あの醜くく、汚れた布を被ったそれ(・・)が二人をめがけて突進してきていたのだった。

 

二人は反射的に通路の両端へと身を投げ、間一髪それを回避する。

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

「クソ、小賢しい真似しやがってよ!」

 

その後、二人はヤツとの距離を置き、銃を構える。

失敗作はその手錠のかかった両腕をブンブン振り回して二人へ向かってくる。

 

「弾倉とお前、どっちが先に尽きるかな!!」

 

二人は弾薬が許す限り引き金を引いた。

スライドは何度も往復運動を繰り返し、床にはカランカランと薬莢の絨毯が敷き詰められる。

 

失敗作は怯みながらも、一歩一歩二人へ近づく。

「なんてしぶといヤツなんだ!」

ミッシェルがそう吐き捨てる。

 

そしてその空間から、銃声は身を引いた。

二人の構えた銃はスライドがホールドオープン状態、つまり弾切れを示していた。

 

『ヴヴ・・・ヴゥ・・』

 

ただ、それとは引き換えに、失敗作の動きを止めることに成功した。

失敗作は片膝をついた状態で、二人を仇のように睨みつける。

 

「はっ!さっきはよくもやりやがったな!!」

 

その様子を見たヴィラは失敗作に向かって一気に走り出した。

 

"Take this!!"

 

そして、ステップを踏むように軽く飛び跳ねると、右の膝を失敗作の顔面へと叩き込んだ。

 

それを受けた失敗作は後方へ吹っ飛ばされ、動きを停止させた。

「ザマァみろってんだ。ハハ。」

ヴィラは銃のマガジンを落とすと、新しい弾倉を装填した。

ミッシェルもそれに倣い、リロードを行う。

 

二人は銃を構えたまま、倒れた失敗作へと迫った。

そして、被せてあった布を剥いだ。

 

「・・・なんだこいつ!顔がねぇぞ!」

「塗りつぶされている・・?」

「はぁ、お前の爺さんに失敗作扱いされて、手錠もはめられ、ロボ布をかぶせられて、かつ顔までつぶされるか。そりゃ、自棄(ヤケ)にもなるよな。同情するよ。」

 

ミッシェルはその失敗作の服装に不自然な部分があることに気が付く。

 

「この胸元あたり、妙な膨らみがあるのは?」

「さぁ?女だったんじゃねぇの?」

「どう見ても違うだろ。なにか尖ったもようなものだ。」

 

ミッシェルはその部分の服をずらす。

そこには鎖骨あたりに何か緑色の棒のようなものが刺さっていた。

 

「なんだこれ?」

ただ、その先についたものを見て、二人は驚愕する。

「・・・なんだこの青いの。」

ヴィラはそれに手を伸ばす。

 

「・・・・!!花弁か!触るな!ヴィラ!」

「おっと!」

 

間一髪、ヴィラはその手を止めた。

 

「茎なのか。なんでこんなところに。」

 

その茎にはほんの小さい花びらがポツンとついていた。ミッシェルはそれを落としてしまわないように、ゆっくりと拾い上げる。体に埋まっていたそれはズルズルと音を上げて、外の空間へと姿をさらした。

 

「まさかこんなところにあったとは。」

 

抜いた茎をミッシェルは目線の高さへと持ち上げて眺める。

 

「もしこの部分にさっきの弾があたってたら、今頃ギャリーはキリストなわけだ。肝が冷えるぜ。」

「とにかく、彼の薔薇は回収できた。急いで戻ろう。」

 

二人がその場を後にし、再び静かな空間が訪れたその時

 

「ヴ・・ヴヴ・・ヴヴヴヴヴ!!!オオオオ・・・!!!」

 

再びそれ(・・)はゆっくりと体を起こした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「頼むぞ・・・。」

先ほどの部屋。ミッシェルはそのほぼ散っているといっても差し支えない、薔薇の茎を花瓶にさす。

そうすると、それはぐんぐんと花弁を取り戻し、全盛期のそれをとりもどした。

 

「・・・・やった!」

 

二人は横たわっている男に目を向ける。

だがそれは、ピクリとも動かない。

 

「・・・やっぱ、ダメなのか?」

「・・・いや!」

 

その時

 

 

「・・・・う・・・・うぅ?あら・・?」

その男は深い眠りから覚醒した。

「あら・・・?あたし・・・。あれ・・・?ここは・・・?」

彼は上体を起こし、頭を押さえる。

「よぉ!寝覚めはどうだ!!」

少し興奮気味にヴィラはギャリー前に立ち、腰をかがめて目線を合わせた。

 

「ぎゃあ!!な・・・なに!?」

「よぉ、バケモン見たみてぇなリアクションは無しだろ!」

「ヴィラ・・。よせ。まだ混乱してるはずだ。」

 

ギャリーは座ったまま、体を後ずさりさせる。起きたら目の前にはガラの悪い男、無理もない。

 

「な・・・なによあんたたち!一体!?」

「カマ口調ってのは本当だったんだな。」

 

ヴィラはケラケラ笑いながら言う。

 

「ほっといて頂戴!」

ギャリーはちょっとしたパニック状態に陥っていた。

「落ち着いて。俺たちは敵じゃない。助けに来たんだ。」

「・・・助けに・・?」

「俺はミッシェル。このワイズ・ゲルテナの曾孫にあたる。そして、こいつは相棒のヴィラ。」

「ゲル・・テナ・・・?」

 

その次に、ギャリーははっとした顔をする。

 

「・・・!!そうだわ!ここ、絵の中の世界・・。私は確か・・。薔薇をとられて。・・・・!!」

 

ギャリーはミッシェルにつかみかかる。

 

「い・・・イヴ!・・・イヴ!えっと、あの、赤毛の女の子!どこかにいるの!!えっと!その!」

 

ギャリーは興奮状態になっていた。

 

「落ち着いて。イヴは無事だ。今は自宅にいる。」

「自宅・・・じゃあ、よかった。ちゃんと戻れたのね・・・。」

 

ギャリーは目頭に熱い汗をかく。

「彼女から伝言を預かっている。『ありがとう』ってな。」

ギャリーはしゃがみこんで目を覆った。

 

「ありがとうだなんて・・・私、何もしてあげられなかったのに・・・。」

「感傷に浸るのは後にしようぜ。まだコトは終わっちゃいねぇ。こっからどう出るか、メアリーのこともある。」

「・・・!メアリー!!あの子は!?」

「順序を立てて話す必要がある。」

 

ミッシェルはここまで至った経緯をすべて話した。

 

ミッシェルが異変に気付いた時のこと、メアリーがイヴの家族に成りすましていたこと。そして逃走を図られたこと。

 

「・・・そう。じゃあまだ、メアリーはあの子のところに。」

「そうだ、だから、いち早くここから出て、向かわなければ。」

 

ミッシェルは満開の青い薔薇を花瓶から取り出し、ギャリーに手渡す。

 

「でもよ、あいつってたしかロイラーとかいう画家の絵の中だろ?どうするんだ?」

「絵を何らかの形で破棄してもらうのが最善だろう。燃やすか、溶かすか。」

 

それは絵を殺すこと。画家にとっては最大の屈辱なのだろう。

自身の作品が殺されるだなんて想像もしたくない。だがやらなければならない。

ミッシェルの表現者としての葛藤が心の奥で騒めいた。

 

「とりあえず、彼の無事は確保できたんだ。ここからはゆっくり対処できるはずだ。行こう!」

 

三人は立ち上がる。そして出口へ向かうためにドアノブを握る。

 

「ちょっと・・いいかしら。」

 

そう呼び止めたのはギャリーだった。

 

「・・・・とりあえず、あなたたちのお陰で助かったわ。ありがとう。」

その言葉を受け取った二人の顔には微笑みが生まれる。

「礼は全部終わってから聞くぜ。小一時間くらいかけて、丁寧に言ってもらおう。」

ヴィラは腕を組んで、二ヤついた顔でいう。

 

「調子いい人ねあなたって。」

 

ギャリーもその笑みにつられて、思わず顔が綻ぶ。

 

「・・・これは、曾祖父が起こした事件なんだ。だから、俺にはこの事件を解決する責務がある。むしろ俺は貴方たちに謝らなければならない。」

 

ミッシェルは神妙な面持ちで言う。

 

「・・・あまり気負わないで。悪いことばっかりじゃなかったのよ。ここに来られたから、イヴにも出会えたし、何より絵の中の世界へ行けるなんて夢物語みたいで、ちょっと楽しかったのよ!まぁ、結果は結果だったけど・・・。」

 

それはミッシェルを勇気つけるために選んだ言葉か、それとも本心なのか。

 

「・・・そういう解釈もあるんだな。」

その言葉をそのまま受け取ったヴィラは感心した。

 

「とにかく、早くここを出ましょう!」

「そうだな。じゃあ、お嬢様を出口までエスコートだ。」

 

三人はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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その主

三人は薄暗く、気味の悪いその空間を突き進んだ。

ミッシェルとヴィラが先行し、ギャリーがその後ろにつく。ギャリーはまだ不安が抜けきっていないのか、ミッシェルのコートの裾を左手で握っている。

 

「こっちで合ってるよな?」

ヴィラは周りをきょろきょろ見渡しながら言う。

 

「ああ、おそらくな」

いつ何が襲ってくるかはわからない。三人は警戒しながら慎重にあの絵を目指す。

 

「本当に、本当にここから出られるのよね?」

 

ギャリーは不安そうに二人に問いかける。

 

「100%...と言ってやりたいところではあるが、ここでは何が起こるかはわからない。ただ一応切り札はある。役に立てばいいが・・。」

 

そういってミッシェルは小瓶を取り出してそれを見つめる。

「シンナーか、いざとなればそれでハイになろうぜってオチか?」

「・・・それも悪くないかもな」

「ジョーダンきついわよアンタたち・・・。」

 

ギャリーは引きつった顔をする。

 

「まぁあれだ、アリスだって不思議の国から帰ってこれたんだ。どうにかなんだろ。」

「あれは夢オチだ。」

「マジかよ。じゃあこれも夢だってオチはどうだ?」

「実に理想的だが、編集部は通してくれないだろうな。」

 

ミッシェルも環境に対応してきたのか、口数が多くなる。

「あんたたち緊張感ってものないの!?ここには危険な連中がいっぱいいるってのに・・・って!!」

 

その時ミッシェルが急に立ち止まり、ギャリーはミッシェルの背中に軽く頭を打ち付けた。

 

「なんなの・・・!!」

 

三人の前には首なしの銅像、緑色と青色の『無個性』が二体立ちふさがっていた。

彼らは腕をこちらに伸ばし、小走り気味で向かってくる。その様子はどこか焦っているようにも見えた。

 

「ちょ...ちょっと!!逃げなきゃ!!ほら!こっち!!」

 

ギャリーはミッシェルの服をグイっと引っ張るが、ミッシェルはそれに従わなかった。

 

「大丈夫だ。俺たちには逃げる以外の選択肢がある。」

無個性たちから目線をそらすことなくミッシェルは言う。

 

「何言ってんの!?どうするつもり!」

「こうすんのさ!!」

そういうとヴィラは無個性たちに向かって駆け出す。

「ちょっと!」

 

自身の射程圏内に敵が入ったことを確認すると、ステップを踏んで二体のうちの緑色の個体に跳び蹴りを浴びせる。それを受けた緑の無個性は後方に吹き飛ぶ。倒れる際に腕がボロッと崩れた。

 

その後もう一体がヴィラに両腕でつかみかかり、取っ組み合いの形になるが、ヴィラは冷静にその右腕のみ振り払う。そして左腕をホールドしたまま体を無個性の懐に忍び込ませ、大腿部を腕で巻き付けるように取ると、ファイヤーマンズキャリーの要領で無個性を持ち上げる。

 

「はは!ちょっと重いんじゃねぇのか!!ダイエットしろよ!」

 

そういうとヴィラは左手を無個性の頸椎部分に添え、右手で無個性の膝を突き上げるように押すと、相手を旋回させながら、自身ごと倒れこんだ。

無個性はヴィラのF5により、うつ伏せの状態で地面に叩きつけられ、活動を停止させた。

 

「首無し野郎に、アルゼンチンバックブリーカーはできそうにねぇな。」

ヴィラは上機嫌に笑いながら起き上がる。

「こんなの滅茶苦茶・・。」

 

ギャリーはそれを呆然と見つめていた。

 

その時にふと背中に気配を感じる。ふっと振り返ってみるとそこには、額縁から上半身だけ出た女の絵がこちらに這いずってきていた。

 

「ぎゃああ!!」

 

ギャリーの叫び声にいち早く反応したミッシェルは、その『赤い服の女』を目視にて確認すると懐から拳銃を取り出し、二発銃撃を浴びせる。今度の彼に迷いはなかった。

弾は二発とも綺麗に女に命中し、女は額縁の中へ消えていった。

 

「はぁ・・・はぁ・・、もう・・なんなのよ。あんたたち。・・・なんで拳銃なんてもってんのよ。」

へたっと座り込んだギャリーは文句にも近い言葉をつぶやく。

「ただのお守りさ、ちょいと攻撃的だけどな。」

「先を急ごう、奴らなにか活発的だ。」

 

そう言いミッシェルは先陣を切って前進する。

 

「ああ、少し肩がいてぇな・・。」

「あんなマネするからでしょ!」

 

二人もその後に続いた。

 

 

・・・・・・・・・・・

 

三人は脱出を急いだ。難解な謎や作品たちに阻まれながらも、あの美術館へ通じる階段へもうすぐといったところまでたどり着いていた。

 

「もうすぐだ・・!」

 

ミッシェルは小走りでそこへ向かう。

そしてすぐに立ち止まった。

そこで三人は目の当たりにする。

 

ヤツ(・・)を・・・・。

 

「ヴヴヴヴ・・・ア゙・・・ア゙ア゙ア゙ア・・・!!!」

「・・・・このっ」

 

ミッシェルは強く拳を握る。

 

「この野郎・・。まだ生きてやがったのか・・・。」

「な・・・なに?なんなのこいつ・・・!!」

 

それは銃弾の跡が残った服とボロ布を纏い、手枷を鈍器のように振り回しながら、まるで彼らを待ってたかのようにそこに佇んでいた。

 

「こいつがお前の薔薇を持ってた張本人さ。」

ヴィラは拳銃を取り出す。

「こんなヤツ・・・見たことないわ・・こんなのがいたなんて・・・!!。」

 

その発言にミッシェルが反応する。

「見たことない?じゃあなぜこいつは、君の薔薇を・・?」

「おしゃべりは後だ!来るぞ!!」

 

二人は失敗作(それ)に容赦のない銃撃を再び浴びせる。その空間を獰猛な銃の声と硝煙の臭いが支配する。

ギャリーは二人の背後で耳を抑えてその様子を見守る。

 

失敗作は銃弾に倒れはしないタフさはあるものの、やはりそれを無効化にはできない。じりじりと後退を余儀なくされるが、何かを狙っているのか姿勢を低く構えていた。

 

その時、ヴィラの拳銃が排莢不良を起こした。スライドとバレルの間に上手く排出されなかった薬きょうが挟まり込み、次の弾が撃てない状態になっていた。

 

「クソ!!ジャムった!!」

 

ヴィラは急いでスライドに手をかけるが、その隙を失敗作が見逃すはずもなかった。

失敗作はヴィラに向かって身をかがめ突進する。それはあの時のタックルさながらだ。

 

「くッ!!」

 

対応が間に合わないと悟ったヴィラは防御の姿勢をとるが・・・。実際のそのタックルはあまり大したものではなかった。

どれだけタフであろうと所詮は手負い。その屈強な男を相手にとる余力はそれほどなかった。

 

ヴィラは銃を捨て、そのタックルをキャッチすると、無個性を頭を抑え込んで膝を一発叩き込む。

「どうした!しょっぺぇな!!」

 

そのまま、前かがみ状態の失敗作の胴体に上から腕を回し、抱えるようにそのまま大きく持ち上げる。

「このクソッタレが!!くたばりやがれ!!!」

持ち上げられた失敗作は天を仰ぐような向きになり、そのまま地面に落とされた。

「1.2.3....KO!!」

豪快なパワーボムが決まったヴィラは立ち上がって、銃を拾いスライドを手動で動かして排莢した。

 

「手入れはサボってねぇハズなんだけどな。」

「あなたって・・・何者?」

「ハゲてねぇステイサムだとでも思ってくれ。」

 

ヴィラは上機嫌にわらう。

「どっちかっていうと、ドウェイン・ジョンソンの方なんじゃない・・?。」

呆れたようにギャリーはそう返した。

 

その時、ヴィラのその背後から呻き声が聞こえてくる。

 

「ヴヴヴ・・・ヴヴヴ!!ヴォオオ!!」

 

そう雄叫びにも似た奇声を上げながらそれはゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「しつけぇ野郎だ。もはや執念だろ。言ってみろよ誰に恨みがあんだ?」

それは立ち上がりはしたものの、ふらふらとした状態でまともに動ける気配がなかった。

しかしその見えない視線からは十分な殺気を感じ取れる。

 

「ああそうかい。なら、最後に親父直伝のベネット・スペシャルでも見せてやろうか?」

 

ヴィラは指をポキポキ鳴らしながら、失敗作を目標に近づいていく。

ミッシェルとギャリーはその様子を見守る。

その二人の背後から何者かが声を上げた。

 

「おいお前ら・・。俺の作品に何しやがる。」

 

二人が慌てて振り返ると、そこには一人の初老の男がいた。

齢50程であろう無精ひげを生やした男は、ラフなシャツにエプロンをかけ、ジーンズに四本指を入れたまま、少し猫背で三人に近づいてくる。

 

ミッシェルはその男を見て目を丸くし、言葉を失う。

 

「邪魔だ、どけ。」

 

男はそう言ってヴィラを軽く押すと、失敗作の様子を医者のように診始めた。

「なに、あの人?」

ギャリーがミッシェルに問う。だが依然、ミッシェルは固まったままだった。

「おい!オッサン!なにすんだ!」

「口の利き方に気を付けろクソガキ。」

「ああ?」

 

男はヴィラに目をくれることもなく、そういった。

 

「・・・随分と酷くやられたもんだ。可哀そうにな。」

 

男は失敗作の腕をとって担ぎ、どこかへ立ち去ろうと歩みを進めた。

 

「おい!話は終わって・・」

「待て!」

 

ミッシェルはヴィラの肩に手を置いて言葉を遮る。

そしてゆっくりと男のほうに視線を合わせる。

 

「なぜ生きてるんだ・・。爺さん。」

「お前に爺さん呼ばわりされたくねぇよ。」

 

二人は互いをけん制するように睨みあったまま。動かなかった。

 

「ねぇ、どういうこと?お爺さんって・・。」

 

ギャリーがミッシェルに問う。

 

「つまり・・・あれか・・?ワイズ・ゲルテナ・・。」

 

ヴィラは男を指す。

「指さすんじゃねぇよ。」

男は不機嫌そうに言った。そして男は三人に背を向け、再び立ち去ろうとする。

 

「なるほど、つまりお前がコトの元凶なワケだ。つまり大ボス、ジョーカーだ。」

ヴィラはゆっくり男に向かう。

「じゃあつまりお前をぶちのめせば、いいってことだろ?」

「・・・バカは気楽でいい。」

 

男は吐き捨てるように言う。

ヴィラにとってみれば相手はただの中肉中背、そのへんにいる男とさほど変わりない。

ならば、自身が怖気づく理由もない。

 

ヴィラは男に向かって一気に駆け出す。

 

「ヴィラ!」

 

ミッシェルには男がポケットに手を入れる仕草が見えた。直感的に何かあると悟ってヴィラに忠告を投げるも、ヴィラにそれは届かなかった。

 

男が取り出したものは小さな絵具のチューブだった。

男はそれをヴィラに向かって強く握る。そのチューブの中身は勢いよく飛び出し、ヴィラは顔を始めとする体中にそれを浴びてしまった。

 

「うわっ!!なんだ気持ちわりい!!」

 

ヴィラは絵の具の黒い色にまみれる。顔についたものを取り払おうと顔をこするもなかなかとれない。

 

「ちきしょう!姑息なマネしやがって・・・・」

 

その瞬間、ヴィラを猛烈な苦痛が襲った。

 

「あ・・・・っ・・・・が・・・っ・・・!!」

 

窒息の苦しみだとか、裂傷ややけどの痛みなどが一気に彼を襲う。

もちろんその苦痛に耐えられることもなく、ヴィラはその場に倒れこむ。

 

「ヴィラ!!」

 

ミッシェルは一目散にヴィラに駆け寄る。片腕でヴィラの肩を支えながら、もう片方の手で男に銃を向ける。

ヴィラが懐から引きずりだした紫色の薔薇は、花弁が一気に散り、茎もろとも枯れようとしていた。

 

「喧嘩を売る相手はよく見たほうがいいぞ。」

 

ヴィラは鬼のような形相で男をにらみつける。

 

「・・・ん?お前・・。」

 

男が何かを言うおうとするが、意識が薄れるヴィラにそれが届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱりプロレスは偉大だった。


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ミッション

『・・・・どうして泣いてるんだ?』

 

 

『私の・・大切なものが・・壊されちゃった・・。』

 

 

『泣くなよ。そのくらい、俺が直してやるよ。・・・・ほら。これでどう?』

 

 

『・・・わぁ!すごい!ありが・・う!!』

 

 

『女の子が泣いてるとこなんて、見てられね・・よ。』

 

 

『本・・にあり・・・・とう!』

 

 

『いい・・・よ、礼な・・・て。俺は・・・ラ。・・・・』

 

 

『・・・しは・・・・アリー・・・・・』

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「っは!!」

 

 

ヴィラは勢いよく体を起こした。

体からは、滝のように汗が流れ、心拍数も全力疾走後のように激しく揺れ動いていた。

 

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

「大丈夫か?ヴィラ?」

 

 

ヴィラの体には、お世辞にも綺麗とは言い難い白い布がかけてあった。

 

 

あたりを見回すとそこは先ほどのまでの通路とは違い、画板やイーゼル、いくつもの開封された塗料に汚れたパレット、そして油絵や彫刻などが所狭しと置かれてあり、それは作業室と呼ぶべきか倉庫と呼ぶべきかに迷う空間だった。ヴィラはその空間の隅で寝かされていた。

 

 

「・・・ああ」

「・・・無事でよかった。」

 

 

ミッシェルはヴィラの様子を見て安堵する。

ヴィラの体にあの絵の具の跡はすでになかった。

彼の近くの花瓶には、紫色の薔薇が活けられ、その活気を取り戻していた。

 

 

「ヴィラ!!よかった!起きたのね。」

そこにギャリーが何かを持って駆け寄ってくる。

「はいこれ!あなたにって!」

「俺に?」

 

ギャリーが渡してきたのは、水の入った白いコップだった。そのコップは随分と年季が入っており、コップの中は清潔・・とは少し言い難かった。

 

部屋の奥を見るとそこにはあの男、ワイズが、こちら背を向けた状態でボロボロな丸椅子に座り、台にむかって作業をしていた。

 

 

「・・・これ、飲んでも大丈夫なヤツなのか・・・?」

ヴィラは怪訝な顔でそのコップを受け取る。

「たぶん・・・。大丈夫なんでしょ?」

ギャリーは振り返って男の背中に問いかける。が、何も返事はなかった。

「大丈夫なんじゃない?」

「・・・どうせならスコッチのほうがよかった。」

 

 

ヴィラは一気にコップの水を飲み干す。

「・・・ふぅ。で、だれか今の状況説明しろよ。」

ヴィラはコップを床に置いて、胡坐をかく。

「・・・。倒れたお前をそのままにもしておけなかった上に」

ミッシェルはため息を吐くように言う。

「俺たちは今、ここから出ることはできない・・・。」

 

 

「・・最悪の結末か。」

ヴィラは特に焦っている様子はなかった。それよりも頭の中に何かふわふわしたものが漂う、そんな感覚にもてあそばれているようだった。

「だからってよ、なんだってこんなオッサンについていくんだよ。」

「マヌケなお前たちに手だてを教えてやるためだ。」

 

ワイズはそう声を上げる。

 

ワイズの向かう台の上にはあの失敗作が横たわっていた。ミッシェルとヴィラによって刻まれた損傷は激しく、ワイズはその上から絵具を塗り、傷跡を一つ一つ補修していった。

 

 

「ほう、力比べなら受けてやるぞ?」

ヴィラは立ち上がる。

それにつられるようにミッシェルとギャリーも立ち上がった。

「次にその汚ねぇ口でほざいてみろ。俺はお前を泥みてぇに溶かしてやることだってできる。」

「そりゃあいい。酒を飲まなくても泥になれるんならそんなに早い話はねぇ。」

 

 

ヴィラは上着を拾い上げ、拳銃を乱暴に取り出す。

「ちょ・・ちょっと待って!話を聞きましょうよ!お互い傷つかずに済むなら、そっちがいいでしょ?」

 

 

「死にかけたやつがよく言う。」

「死にかけても、生きてるんだから大丈夫なの!」

ワイズはゆっくりと立ち上がって三人に向かう。

 

 

「お前達をここから出してやることは簡単だ。だけどよ、俺は俺の空間を荒らされて心底気分がよくねぇ。このオトシマエをお前らにとってもらう。」

 

 

「あんたが勝手にイヴやギャリーたちを引きずりこんで、随分と勝手なことを。」

ミッシェルが憤る。

 

「・・・・そりゃあ、違うな。」

「どういう意味だ?何が違う?」

 

 

だがワイズはそのミッシェルの問いには答えなかった。

「・・・メアリーをここへ連れ戻せ。そうすれば、全て帳消しにしてやる。」

メアリー、そのワードにヴィラが少し反応する。

「彼女は別の絵画の中にいる。」

「だったら引きずりだしてこい。」

 

 

ワイズはあるものを彼らの足元に投げた。

それはカランカランと音を立たせる金属の音だった。

 

 

「パレットナイフ・・。」

ミッシェルはそれを拾い上げる。

「ペンティングナイフだ、間違えるな。それを絵にぶっ刺せ。そうすりゃあ一時的に絵の中に入れる。」

「だが、彼女を連れ戻すためにはここから出る必要がある。」

「そ・・そうよ!ここから出なきゃ、メアリーも連れ戻せないわよ!」

「ウルセェな。わかってるよ。二人だ。二人ここから出してやる。」

 

 

ワイズは再び彼らに背を向け作業を始める。

 

 

「担保のつもりか。だが俺たちはもとよりメアリーを放っておくつもりなんてない。」

「それもあるが、単に俺の作品数が一時的にでも減るのは御免だ。」

 

 

三人は顔を見合わせる。もし失敗すれば、一生ここから出られないのかもしれない。逆にメアリーの下へ向かえば、そこに何が待ち受けているのかわからない。

その場に沈黙が訪れる。

 

 

「メアリーは誰の絵に入っていった?」

ワイズはこちらに背を向けたまま、筆などを使い失敗作の修復を続ける。

「確か..ロイラー。ロイラー・スイフトの絵だ。」

 

 

その時、ワイズの作業する手がピタッと止まった。

「ロイラー・・・・あいつか。よりによって・・。」

「知ってるのか?・・そういえば世代が同じか。」

 

ワイズは筆を置く。

 

「ヤツは盗作家だ。俺や、他の画家たちの絵をトレースして、それを自分の作品だと謳って商売してやがったクズだ。」

「知ってるかも・・その話。」

 

ギャリーが顎に手を添えていう。

「でも、決定的な立証ができなくて不問に終わったって聞いたけど?」

「ああ。だから俺はヤツの公の披露会で盗作のことをぶちまけてやった。ヤツは必死に弁明していたが、周りからは冷ややかな目で見られてたよ。」

 

 

「あら、やるじゃない!」

「だが、その話題はあまり広がらなかった。だからヤツの絵は未だにそこそこの額で取引されてる。気に食わねぇ。」

 

ワイズは再び筆を取る。

 

「奴は俺のことを良くは思わねぇだろう。・・俺の作品もな。」

「つまり・・急いだほうがいいってことか。」

「わかってんなら早く行ったらどうだ?」

 

三人は再び顔を見合わせる。

 

「どっちにしても、ここから出たとして、またわけのわからないとこへ行くんでしょう?行くも留まるも、よね。」

ギャリーはまるでテストを解くような真剣な面持ちで悩んでいた。

 

「俺は・・・行くぜ。」

ヴィラは自身の上着を羽織る。

「ヴィラ・・・。大丈夫か?」

「ああ。俺は、アウトドア派なもんでね。こんなとこにずっといるよりかはマシさ。」

「・・・・わかった。じゃあ俺がここに残ろう。」

 

ミッシェルはペンティングナイフをヴィラに手渡す。

 

「大丈夫なのか?このオッサンと二人きりで耐えられるか?」

「大丈夫さ。仮にでも、俺はゲルテナだから。」

 

ミッシェルのそのセリフをワイズは鼻で笑った。

 

「ギャリー。ヴィラの援護を頼めるか?」

ミッシェルはギャリーに向かう。

「・・・ええ!乗りかかった船だもの。この件にはしっかり、ピリオドをつけないと後味が悪いわ。」

 

ミッシェルはうなずくと、再びワイズに向かう。

「この二人を出してくれ。俺が残る。それでいいだろう?」

「・・・・来た所へ行け。」

 

ヴィラとギャリーは顔を合わせると、軽く頷きあってそこを後にしようとする。

「ヴィラ!」

 

ミッシェルが呼び止める。そして例の小瓶を彼に投げた。

「ふっ、俺はシンナーは得意じゃねぇんだけどな。」

「お守りのお返しさ。幸運を!」

ヴィラは小瓶を持った手で合図を送ると、その部屋を後にした。」

「必ず戻るわ!待ってて!」

 

ギャリーもその後に続いた。

 

そして、曾祖父とその曾孫が取り残された空間には、とても心地良いとは言い難い沈黙が流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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対峙
リロード


...やっぱり、記憶違いなんかじゃねぇ。

俺は確かにあの日、あの場所に。

 

なぜ..今まで..。

 

再び「空間」を彷徨う彼の前に幼い彼が映し出される。

幼い彼は、薄暗い空間でとある絵画に手を伸ばしていた。

 

はは..そうだ。

俺は行ったんだ。

 

...................ミッシェルの家の地下に。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

「.....っく」

彼は現実の世界で覚醒する。

うまく立ち上がろうにも、ぐらぐらと揺れる頭がそれを拒む。

「...二日酔いより...ひでぇや」

 

なんとか壁を這って体を起こし、自らが安定するのを待つ。

ふと後ろを振り返ると、あのパノラマ絵画。

一度は感銘を受けたそれも、今となっては憎悪を覚える対象。

ヴィラはそれに一瞥をくれると、傍らで眠るギャリーをたたき起こす。

 

「いつまで寝てんだよ。ほら!」

腕をとってギャリーを無理やり引きずり起こす。

「うっ.....ちょ....まって....」

傍目から見れば、まるで道に転がる酔っ払いを介抱しているように見えるだろう。

 

「あ..ったた...頭が...。」

「水でも飲むか?」

「...いい...って?..あれ?」

なんとか目を見開くギャリー。そこには、あの恐ろしい怪物たちのいない。普通の美術館。

 

「ここ....私って..。」

「安心するのは早え。一度出るぞ」

 

二人は美術館の通路を伝い、階段を目指す。

角から、死角から、奥から、背後から、奴らが来ないかと警戒するが、それらすべてが杞憂に終わる。

 

その道中、ギャリーがあるものを見つける。

「ねぇ!これって!」

ギャリーの言葉に引かれ、ヴィラは一枚の絵画に注目する。

そこには、薄暗い背景に、淀んだ顔を浮かべた、一人の青年。

先程まで、生死を共にし、希望を託された友人の姿がそこにはあった。

 

その絵画の名は『売れない小説家』

 

「....」

「....」

二人は、張り詰めた顔でその絵画を見た。

「...まってろ、すぐに戻る。」

 

そういってヴィラはその絵画に暫しの別れを告げた。

 

・・・・・・・・・

 

「外....」

いつ振りかの日光を全身で浴びるギャリーはその感動あまり言葉をなくしていた。

ただ茫然と空を見上げて、体全体で呼吸を繰り返していた。

いままでの出来事はなんだったのだろう。すべて夢だったのかな。

意識までも空に吸い上げられそうになる彼の肩を、ヴィラはたたいた。

 

「大丈夫か?」

「...あ、ああ!だい..じょう」

そう気丈にふるまおうとした彼だったが、その瞳からは汗が滲んでいた。

もう二度と戻ってこれないと覚悟を決めた現実世界。そこに、自分は帰ってきたのだ。

 

「本当に...かえってこれた...。」

溜息にも似た大きな呼吸をする彼に、ヴィラはいう。

「感傷に浸ってるとこ悪いが、もう一仕事あるんだぜ?」

「ええ..!行きましょう!」

ギャリーは一瞬の涙をぬぐって、迷いのない瞳でヴィラに応える。

 

「あ...!ああ..!」

そこに枯れた声の主が、驚きの声を上げていることに二人は気づく。

「ああ..館長さん。」

今にも飛び出しそうなほど見開かれた目。そしてその目線の先にはあの絵画と瓜二つの男性。

 

「これは....なんと...!」

目の前の光景は現実なのだろうか、自分自身も半信半疑だったミッシェルの証言が証明された瞬間だった。

「こいつ、ちゃんと生きてんだぜ?」

どん、とギャリーの肩をたたくヴィラ。

「は、はじめまして...」

少し気まずそうにギャリーは挨拶をするが。

 

「こんなことが、現実で...」

「館長さんよ、まだコトは終わってねえんだ。美術館、まだあのままにしてくれるか?」

いまだ情報の整理がつかない館長にヴィラはそう告げる。

「え..ええ。..一体..美術館の中で、何が..?」

「全部終わったら説明する。...ミッシェルがな。」

 

そういうと、ヴィラとギャリーは駐車場へ向かい、車へ乗り込む。

車のセルを回し、エンジンに火を入れると、乱暴にクラッチをつないでアクセルを床まで踏み込む。そうして正面ゲートの花道を全開で突っ切った。

 

ロケットのように勢いよく飛び出る大柄な車を、ある黒人の男は茫然と見ていた。

「...帰り...寄ってくれねぇのかよ...。」

 

・・・・・・・・・

 

「ちょっと!飛ばしすぎじゃない!!」

「時間がねぇのさ!!」

市街地のアップダウンが激しい道路を、車はまるでローラーコースターのように激走する。

やっと外へ出れたというのに、これらか立ち向かう不安と、このどこかへすっ飛んでいきそうな車にシェイクされる不安がギャリーを襲う。

 

クラッチをけっとばし、なんならサイドブレーキまで引いて無理やり車の向きを変えるヴィラの荒っぽい運転は、今の彼の焦りを体現しているのだろうか。

 

アシストグリップや、サイドポケットをしっかりつかんで体幹を保つギャリー。半ば呆れながらちらっと横目でヴィラのほうを見る。

そこに映る彼の顔は、いつもの調子のいいものではなく、張り詰めたものだった。

こんな運転が彼をそうさせるのか。だが、それとは違う要因があるようにもギャリーは思った。

 

「ねぇ!ヴィラ!」

「なんだ!」

「メアリーをどうやって捕まえるつもり?」

「どうやってって」

「だって!あの娘、また何か武器を持ってるかもしれないし!それに、ポルターガイストまで操れるんでしょ!?」

「...俺に、考えはある..。」

「..どんな?」

「まだ言えん。」

「え?」

 

ヴィラはここを開けろと言い、助手席のダッシュボードをたたく。ギャリーは言われるがままそのダッシュボードを開ける。

しかしそこには何も入ってないかった。

「なにもないけど?」

「その奥だ!」

訳も分からずダッシュボードの奥のパネルに触れてみると、それは横にスライドした。

「...ちょっ!」

そこからは銀色に輝く、小型の回転式拳銃が顔をのぞかせた。

「な...なによこれ!」

「38口径のお守りだ。ちょっと便りねぇが、ないよりマシだ。」

「こんなもの..。」

「撃ったことは?」

「あるわけないでしょ!」

 

「なら教える。ダブルアクション式だからハンマーはわざわざ立ててやる必要はねぇ。構え方くらいわかるだろ?」

「えっと...こう?」

ギャリーは映画の見様見真似で銃をフロントガラスに向けて構える。

「シリンダーからはもっと手を離せ。火薬で焼かれるぞ。」

ヴィラはハンドルを握る片手とは逆の手で、ギャリーの構える銃の矯正をする。

「少しグリップの下あたり。そう、そこだ。引いてみろ」

「え!?」

「弾はまだ入ってない」

恐る恐る引き金を引くと、カチンと音を立ててシリンダーは回転し、撃鉄は元の位置に戻った。

 

「.....」

ギャリーは険しい顔でそれを見つめる。

「どうしても銃は嫌か?」

ギャリーは目を閉じる。

「...いいえ。もう、後戻りはできないんだもの。それに....イヴを救うためなら..。」

目を開く。

「..OK。貸しな」

ヴィラは信号付近で止まると、ギャリーの拳銃に弾を入れる。

フルスモークで中の様子は見えない。なので堂々と銃の手入れくらいならできる。

 

「ほらよ。」

ヴィラは銃を渡す。そしてフロントガラスから外の様子を見る。

「おっと。そうこうしてるうちに、みえて来たぜ。ホラーハウスが」

 

二人の前には、夕日に包まれたあの町が、彼らを招いていた。

 

 




ご無沙汰してました。エタらないように頑張るのでよろしくです。


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再開の約束

ドラマチックな再開というものは、きっとその名の通りドラマの中でしか起こらないのだろう。

せいぜい、しばらく会わなかった両親や友人に会って多少の昔話や近況報告に花を咲かせる。私たちの日常に似合う再開とはその程度のものだ。

 

確かにドラマチックな再開は美しいとは思う。

 

上手く排出されない言葉を飲み込んで、目に涙を浮かべ、抱き合って、その永遠に思えるほどの一瞬を、言葉もなく語り合う。

そんなものは作り話の中で起こるものなんだと、ずっと思っていたし、私たちには縁のないものだと思っていた。

 

こんな日が来るまでは。

 

 

・・・・・・・

 

 

「.....ヴ。」

ギャリーの前にいる赤毛が特徴の少女は、確かにあの時、最期の言葉を告げることもなく別れたあの少女だった。

「...........」

そして少女の目の前にいる男は、あの時自分を犠牲にしてまで、少女を守りぬいた人。

 

目の前にあるその瞬間が夢なのか、現実なのか。その場にいる誰もが疑った。

「...ギャ...りー?」

 

「ほんとに...ほんと...に?」

笑みを知らず、いつも強張っていた少女の顔の鎧は少しづつ剝がされていく。

「....ギャリー!!」

少女は男の胸に飛びついて、今までのすべてを吐き出すかの如く、咽び泣く。今まで彼女を支配していた緊張の糸がやっと切れた瞬間だった。

 

「もう...ほんとに.....会えないと...思ってた..!!」

「イヴ..!貴女が無事で...本当に良かった!」

 

まるで筋書があるかのような再開の場に居合わせたウォーレン家の夫妻。婦人はその様子にもらい泣きをするが、主人は怪訝そうな目で男を見つめていた。

自分の娘にどこの馬の骨もわからない男が近づいてるのを快く思わないわけではないのだろう。

 

「な..なぁ。ヴィラ君。」

「ん?」

本当は先を急ぎたいところだが、束の間の瞬間に水を差すこともなかれと、それを見守っていたヴィラに主人が問いかける。

 

「彼が...あの絵の...?」

「まぁ、そういうこった」

「これは本当に...現実で起きてることなのか..?私はいまだに...」

「もう、考えるのはやめたほうがイイ。いっそのこと夢でも見てると思ったほうが気が楽になる。」

「...そうか。...彼は?ミッシェル君は?」

「今度はあいつが絵の中さ。だからまだ、コトは終わっちゃいない。」

「え?」

 

ヴィラはもたれかかった背を起こして、主人に問う。

「なぁ、ウォーレンさん。あの、アンタが壊したあの絵。まだあるか?」

「え?...えっと。」

「メアリーが逃げ込んだ、あの絵だ。」

「...ママ。」

 

主人は婦人を呼びつける。そしてあの絵の在処について話した。

「まさか...捨てた?」

「い..いえ!確か納戸に。もったいなくて捨てられなかったから。」

そういい、婦人は納戸から絵を回収する。

 

その絵は卒業証書のように丸められ、ビニールに仕舞われていた。

あまり丁重な扱いではないと知りつつも、今の彼らにはこのくらいの扱いがちょうどよかったのかもしれない。それは既に『呪われた絵』なのだから。

 

丸められたそれをゆっくりと広げる。

その全体的に陰鬱な印象を醸し出すそれは、絵画に関して素人なヴィラでも異彩さを感じさせるものだった。

 

「これを、どうするんだい?」

正直この絵にあまりかかわりたくはないというのが本音だろうか、主人は苦虫をかみつぶしたような表情でその絵に目を落とす。

 

「この絵の中に入る、って言ったらどうする?」

ヴィラは懐からペンティングナイフを取り出しながら、そういった。

「.....もう、驚かないよ。」

 

「ギャリー!」

ヴィラはギャリーを呼びつける。

「ええ!...ごめんね、イヴ。私たちにはまだやることがあるの。」

「ギャリー!ダメ!いかないで!」

「イヴ...。」

 

少女の反応は当然のものだった。二度と会えないと思っていた彼にやっと再開できたというのに、また離れ離れになるどころか。もう一度生死を賭けた旅路へ出るというのだ。止めないはずがない。

「嫌!!嫌!!もう...あんなお別れ...したくない..!」

「......」

 

イヴは力強くギャリーに抱き着く。

ギャリーにしても、本当はもうこんな危険な思いはしたくなかった。望めるのなら、イヴと平和な時間を過ごしたいというのが本音だった。

だが、そういうわけにはいかなかった。彼には、彼を救ってくれた恩人からの託されごとがある。それを無碍にはできなかった。

 

「ごめんさい...イヴ。」

「いやだよ...そんな..。」

「ワリぃな、イヴ。」

 

そこにヴィラが割って入った。

「イヴ、確かにな。コイツだって戻ってこれたワケだし、一見解決したかのように見える。俺たちだってこれで終わりでいいんならそうしたいさ。だけどよ、逃げ出したメアリーはどうする?このまま放置してりゃ、俺たちだけじゃない、ほかの人たちが犠牲になるかもしれない。」

必死に涙を拭うイヴにヴィラは続ける。

 

「それにな、ギャリーを連れ出した代わりに、今はミッシェルが絵の中に閉じ込められてんだ。」

「....え?」

「俺たちはこのハナシ(ストーリー)を終わらせなきゃいけない。自分たちの納得のいく終わらせ方(ハッピーエンド)で。だから...。」

 

ヴィラの言葉に、イヴはうつむく。

本当はこれで終わりじゃないことくらい、彼女も理解はしている。だけど、もうこれ以上の傷を負いたくないという恐怖が彼女の前進を阻害した。

 

「ギャリー...。」

「私は大丈夫よ!だからね、イヴ..」

ギャリーは小指を差し出す。

「約束。またここへ戻ってきてあなたと会う。約束しましょう。」

 

「本当に..戻ってきてくれる..?」

「もちろん!私だって、ここの世界が一番だもの!」

「.....」

「心配しなくても、俺がこいつを何度だって引きずりだしてきてやるさ。だからな、イヴ。わかってくれるか?」

 

イヴは油の切れた古い機械のように、やっとの思いで首を縦に振り、ギャリーと再会の約束を結んだ。

 

そうしてウォーレン家が見守る中、ヴィラは絵にペンティングナイフを突き刺す。

婦人があっと声を出したのもつかの間、絵からは見たこともないような黒い光が漏れ出す。この色彩をなんと比喩すべきか、今までの記憶と照らし合わせても、こんな色に出会ったことはなかった。

あえて言うのなら、恐怖を色にするとこんなのだろうか。

 

そしてそれは二人を誘い、再び絵の中へと戻っていった。

 

そしてリビングにはその絵と家族だけが残された。

 

「な...なんだったんだ?」

主人がへたっと座り込むと、ふぅと息を漏らす。

「これで終わってくれればいいんだが..。」

その時、主人は何か違和感を覚える。

「うん?」

 

瞬間的な不快感、冷たい何かが滴るそれは、雨水が顔に落ちてくるそれに酷似している。

いくら天候の移り変わりが激しいこの町だといっても、ここは家の中。だとすれば。

「雨漏りか?」

主人は上を見上げ冷たい何かを拭ったときに、それが何かを知ることとなった。

 

普通雨水ならば透明か、少し濁った程度のものだ。だがしかし、それはどうだ?

青く変色した水が降ってくることなどあり得るだろうか。

 

「....??絵のぐ....うっ...うう!!...」

その瞬間主人は倒れこむ。

「あなた!!!」

すぐに婦人が駆け寄って、主人を抱え上げる。

「どうしたの!?あなた!しっか...ああ...」

主人を抱え上げた婦人もその場に倒れこんだ。

 

夫人の背中には、先ほどと同じ青い絵の具のシミがあった。

 

「お...お父さん...お母さん..?」

イヴは突然のことに驚愕し、後ずさると、その足元に青い絵の具が降ってくる。

「ひ!」

おそらくこの絵具が両親をああさせたのだということは想像に難くないが、ならばどうするべきか。

下手に動きまわることはできない。

 

そのとき、背後に何かがいると気づいたイヴは振り返る。

そこには、先ほどの絵と...。

それに乗っかる青い人形。

 

「...え?」

この人形は確か...メアリーが持っていた青い不気味な人形。

彼女が失踪した後は処分をしたはずなのに。

 

「ク...クク....」

「!!」

その人形はおもむろにしゃべりだす。

「アア....ダメダ...ダメダダメダ...チガウ...ソウジャナイ....。」

その人間の声とも、機械音声の音でもないその声は、この世のものとは思えない。

 

「め...メアリ...の...お..トモダチは....ボク...だ...チガウ...アイツラジャ..ナイ...おまえ...デモ..ナイ。」

そういいながら人形は絵の中に同化していくように溶けていった。

 

イヴはその光景をただ茫然と見ることしかできなかった。

 

 

 

 



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Queen's Gambit Declined

陰鬱で閉鎖的、お世辞にも快適とは言えない空間、ミッシェルは腐った木の椅子に掛けて俯き、ひたすらに考えていた。

 

ヴィラやギャリーは大丈夫だろうか、メアリーはちゃんと見つかるのだろうか。イヴは、ウォーレン家の人たちは。

一度考え出すとキリがない。今まで考え込んで解決したことがあったのだろうか。

 

考えるだけ無駄だと自分に言い聞かせようとも、少し間が開くとまた無意識に彼らのことを考えているのだった。

 

こんなことをしていても、埒が明かない。ならば少しでも彼らの助けになることをここでできないのだろうか。と考えるが、特にこれといった案は浮かばない。

 

ふと部屋を見渡そうと、そこにあるのはデッサン用の道具と、画板などばかり。

そしてその奥には、曾祖父の姿がある。

 

彼との二人きりの空間は、気まずさこそは感じなかったが、心が許せる相手でもない。

彼とはとにかく距離をとっていた。

 

本来ならば彼からあらゆる情報を引き出すべきだろうか。

しかし、彼がそう簡単に口を開くとは思えない。

 

今の自身が八方塞がりだと自覚した彼は、何かを求めて、とりあえずこの部屋を歩いてみることにした。

普通ならば、ここに飾ってある絵を見て、何かを感じ取って時間をつぶすこともできるだろうが、ここの作品たち相手にそれはできなかった。

 

なぜなら、一つの絵を凝視使用なら

「ねぇねぇ!!僕と鬼ごっこしようよ!」

と話しかけられ。

「キャー!覗かないで!」

と非難され。

「ねぇ...ねぇ...そのお花...ちょ..頂戴...!み..見るだけ..だから..!!」

と要求される。

 

そんな作品たちにあきれながらも、それに慣れ始めている自分が少し怖かった。

あれだけ恐れ、憎んだ作品たちに、今はそれほどの憎悪を抱いていないことにミッシェルは気づき始める。

 

いつだって怖いのは慣れだ。慣れこそがいつも自分を殺す。

そうやって自分は何度慣れに殺された?

 

そんな自己嫌悪に陥るミッシェルの前に、少し大きめのチェス盤がおかれていることに気が付く。

白と黒の兵隊たちがにらみ合う64マスの戦場に、ミッシェルはおもむろに手を伸ばそうとする。

 

「触るな、口で言え。」

そうワイズがこちらを見らずにいった。

ミッシェルは手を引っ込めると、訳も分からずに兵隊に指示を出してみる。

「ポーン...d4」

そうすると、白の兵隊は主の命令通りに自ら歩を進める。

 

「..おお」

その光景にミッシェルは目を見開く。

「...d5」

ワイズがそう唱えると、黒の兵隊たちはワイズの命令に従って動き始めた。

 

「..まるでハリーポッターだ。」

 

・・・・・・・・・

 

ミッシェルのd4に対してワイズがd5と返したそれを見て、ミッシェルはc4と展開する。

要はクイーンズギャンビットへの誘いだ。

 

ミッシェルの父がよく好んで指した手、そして相手がc4のポーンをテイクするか否かで場面は大きく変化していく。

 

もし、相手がテイクしてきたら、彼にとって好ましい展開に持っていく用意があるが、ワイズはそれを見越してか知らずしてか、e6と返す。それは、お前の誘いには乗らないという意思表示であるようにも捉えられた。

 

よくある定石手ではあるものの、どれを選択するかによってその結果は大きく影響を受ける。

チェスの結末はいくつもあるのだ。(マルチエンディング)

 

・・・・・・・・・・・・・・

盤面は序盤から一変し、ミドルゲームへ、比較的読みがしやすいオープニングから盤面はより複雑に塗り替えられていく。

 

「ナイトを...c6へ」

果たしてこの手が最善なのか?

疑心暗鬼になりながら、自らが十分に納得できていない一手をミッシェルは指した。

傍目から見ればそれは苦し紛れの一手に見えるのかもしれない。

 

「ビショップをf4、チェック」

そんなミッシェルとは対照的にワイズは淡々と指示を下す。

ミッシェルに比べ、ワイズが考え込む時間は非常に短かった。

もしここにチェスクロックがあるのなら、その差は大きいものになっているだろう。

 

「...ビショップテイク、ナイトf4」

「ナイトをテイク、ポーンをf4へ」

 

どれだけもがこうとも、状況は良くならない。

一手を指せば、予定外の一手が自分の想像を超えたところからやってくる。

 

今の彼はワイズの手をいなすのが精いっぱいだった。

クイーンサイドへのキャスリングは悪手だったのか?と頭を抱える。

 

「変わらねぇよな。」

「...?」

「お前のことだ」

 

ワイズはおもむろに語り始めた。

 

「その一手が正しいことか、わからずに歩を進めていく。そして何かに直面した時に初めて悩み、自責の念に駆られ、自己嫌悪に陥っていく。...はっきり言ってザマねぇよ。」

「...知ったような口を。」

「思い返しても見ろよ。お前が大学を選んだ時、作家を目指し始めたとき、そこに確信はあったのか?」

 

気が付けばワイズは席を立って、チェス盤をのぞき込んでいた。

「ただ、なんとなく、流れれば何とかなる。そう甘ったれた考えで生きてきただけだ。」

「....!!」

侮辱にもとれる発言だったが、彼は何も言い返せなかった。

 

「そしてあの青年とメアリーを追ってここまで来たこともそう、サツにパクられ、この世界に居残るという危険な賭けをする羽目にもなった。」

「...随分と詳しいじゃないか。」

「ここからはいろんなことがよく見える。例えば、お前が今までいかに馬鹿に生きてきたのか、今の世界が如何に狂ってるか。」

 

ワイズは天井を見上げる。

「気が付けば世の中は馬鹿で溢れかえった、お前だけじゃない、アレックス(息子)も、ホルト()も..皆馬鹿だ!!」

ワイズは少しがなったような声を上げる。

 

「地球は..この世界は狂った。俺の作品たちはその警告だ。だが誰も俺の作品を意図を理解できない。そりゃあ...そうだよな。こんなイカれた世界が日常になっちまったんだ。」

「じゃあ、アンタはまともだとでもいうのか?」

「...いいや、俺もバカだ。」

 

ワイズは黒のキングに指を添えると、そのまま弾いた。

倒れたキングは、砂のように崩壊する。それに続くように、他の黒い兵隊たちも崩壊した。

 

「表現者として生き残るために、色んなものを犠牲にした。それを無くしてはいけないものだったと気づいた時には、すべてが遅かった。」

「...。何も犠牲にできない表現者なんていない。俺はそう思う。」

「知ったような口を利くな!青二才!」

 

曽祖父と曾孫がにらみ合う構図は、最初に会った時のそれと同じだった。

 

しかし、ワイズはふぅとため息をつくと、先ほどまでの覇気を失うように椅子に座った。

「わかっては...いるのさ..。でも、それを認められない自分がいる。毎日自分同士が殺しあっているんだ。...結局俺も、お前と...同じ穴の貉なのかもしれん。」

今ミッシェルの目に映るワイズは、この事件の諸悪の根源というよりも、自分と同じ孤独な表現者だった。

 

「毎日が自己嫌悪で溢れている。だから俺はもう、人に会いたくなかった。一人で居たかった。だから死んだ後、自分を作品にして、この世界に籠った。」

 

ワイズは壁に掛けてあった大きな布を引きはがすと、そこからは大きな肖像画が現れた。

 

その肖像画の題名は『Gerthena』

 

それは、目の前にいる彼と同一人物であることは、容易に分かった。

 

「..あんたの自画像があるとは知らなかった。」

その初めて見る曾祖父の肖像画にミッシェルは圧倒される。

「当然だ。ここにしかない代物だ。」

 

今これが世に出回ればいくらの値が付くのだろう。

家が一軒...じゃ済まないかもしれない。

 

しかし、ワイズは自分の肖像画を哀れみの目で見つめる。

「...ひっでぇ絵だよなあ。」

彼が生涯にわたって自画像を残さなかった話は有名だった。いくら絵の中の、自分の世界といえようとも、これを描くのは複雑な心境であったに違いない。

 

「...そこまでして。だったら、余計にわからない。なぜあんたはイヴやギャリーを攫う必要があった?」

人を嫌い、自らの世界に籠った人物が現実の世界の人間を誘う理由。

当初ミッシェルは、人を攫い、自らのコレクションにすることが目的なのかと推測していた。だが、ワイズという人間を知れば知るほど、そのようなことを好む人物ではないように思えてきていた。

 

「....攫う?馬鹿いうな。なんで俺が自分の世界に見ず知らずの馬鹿どもを連れてくると思うんだ。」

「....じゃあ。」

「..メアリーだよ。」

 

メアリー。その名だけで、その場が凍り付くような錯覚に陥った。

 

 

 

 

 



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ひとりぼっちのイヴ

あの青い人形が絵に沈み、数分が経過したころ。

イヴは一人、狼狽えていた。

 

両親は倒れたまま、何かにうなされているように、苦しい表情を浮かべていた。

そんな両親にしてあげられることは、ただ、手を握って無事を祈るのみだ。

 

まったく目を覚まさない両親のことも無論気がかりだが、あの絵にあの人形が入っていったということは...。

 

また...ギャリーの身に...。

 

そう考えると気が気でなかった。

しかし、今の彼女では、なすすべがない。ただぽつんと一人、彼らの生還を待つしか方法がないのだ。

 

両親やギャリー。そして自分たちを助けてくれたミッシェルとヴィラ。全員が危機的状況に陥っているというのに...。

 

「...私は.....なにもできない...?」

 

また、誰かに助けてもらって、そして自分の代わりに誰かが犠牲になっていく。

もう、そんなことは...耐えられない。

 

自分が犠牲になってもいい。だから...みんなを助けたい。

彼女の中に危険な願望が渦巻く。

 

子供の私にだって....できることはあるはずだ。あるはずなんだ...!!

イヴの瞳から、乾いたはずの雫が再び、流れる。

 

そしてその雫を拭うと、何かを決心したかのようにイヴは立ち上がる。

向かう先は...二階の、自分の部屋。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

「教えてくれ。メアリーの目的は。なぜ彼らでなければダメだったんだ?」

「さぁな、本人に訊いてみろ。」

 

ワイズは依然同じ作業を繰り返していた。

失敗作に筆を載せ、ひとつひとつ、違和感の残らないように、傷を埋めていった。

 

一方、ミッシェルは一から情報の整理を始めていた。

この作品たちの行動目的、ワイズの真相、そして、メアリーのことについて。

 

「あんたはこの一連の騒動。どこまで関与して、どこまで知っている?」

「さあな。全く知らねぇよ。」

「外の世界は見えても、自分の世界は見えてないのか?」

「...あの娘のやることには、...関われねぇんだ。」

 

その一言をワイズは躊躇ったように見えた。

 

「どういう意味だ?あんたの作品だろう?」

「......」

 

ワイズは筆を止める。

 

「あの娘の自我は大きくなりすぎた。ほかのモノとはくらべものにならないほどに。俺でも手が付けられないほどに。」

「自我..?」

「造った物が人に近しい存在であればあるほど、それは自我を持ちやすくなる。人形やロボットとかがいい例だろう。だが、ただ造るだけなら並だ。」

「...そうするとあんたは。」

 

ワイズの言葉から何かをミッシェルは察する。

 

「それだけ...メアリーに特別な感情移入を?」

「...そうだ。あの娘は..俺にとっての罪だ。」

「...罪?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

最近、自室の扉を開けるときによく思うことがある。

少し、部屋が広くなったと。

 

それもそのはずだ。だって..ここには。

メアリーがいたのだから。

 

本来であればこの広さが本当の広さなのだ。

だけど、メアリーがいたから、一つの部屋に机はシンメトリー状に置かれ、ベッドも大きいものに二人で寝ていた。

最初に感じていた不自然な狭さの違和感の正体はこれだったのだ。

 

だけど今は、すこしがらんとしている。

別に、メアリーの机とかが、まだ全部撤去されたわけじゃない。

まだ落ち着かなくて、後回しにされてるのだけど。

 

物理的に部屋が広くなっているわけではない。

だけど、どうして広く感じるのだろう。

 

彼女は少しづつ気づき始めている。

その広さを感じる感覚が、寂しさを感じる感情に酷似していることを。

 

この大きなベッドも広くなった。メアリーの寝返りが降りかかってくることはもうない。

 

................。

 

 

ベッドに触れると、ふとあの日々のことが脳裏に浮かんだ。

たしかいつごろだっただろう。

 

メアリーが夜中に一人でトイレに行けないからって、ついて行ってあげたことがあった。

お母さんとお休みの挨拶をした後に、ふたりでこっそり布団に潜ってゲームをしたりもした。

メアリーはずっとお寝坊さんだったから、朝起こすのは私の日課だった。寝癖をなおしてあげたりもした......。

 

...私は、どうしたらいいんだろう。

ミッシェルは、メアリーは本当の家族なんかじゃないって言った。それはその通りだった。でも。

........こんなことを思うのは、いけないことかもしれない。でも。でも。

 

.......楽しかった。

 

ずっと一人っ子で、お父さんとお母さんがお仕事の日は、学校から帰ったら独りぼっちだった。

お隣のテイラーさん家の姉妹はいつも仲良しで、それがどこか羨ましかった。

 

私にも、お兄ちゃんかお姉ちゃんか、弟か妹かがいてくれたら、きっと楽しいだろうなってずっと思っていた。

 

だから、メアリーと居た日々は.............。

 

ある日メアリーは、ベッドの中で強く私を抱きしめていた。

不自然なくらい、強い力で。

どうしたのかと尋ねても、答えてくれなかった。

 

そして、グスグスと小さい声で泣き始めた。

いつもの元気いっぱいな様子とは違って、まるで何かに怯える子犬のように。

 

あの時は、わからなかったが。メアリーは、いつかこんな日が来ることをずっと恐れていたんだろう。

せっかく自由を手に入れたとしても、そんな恐怖に苛まれる日々に耐え続けるのは、辛かっただろう。

 

そんなメアリーに、イヴは同情していた。

本当は、憎むべき相手。敵なんだ。そうなんだけど...。

 

この事件が終わったら、メアリーはどうなっちゃうんだろう。

きっと、たぶん....殺されちゃうのかな。

 

自信を取り巻く複雑な感情を押し殺しながら、イヴはメアリーの机の引き出しを開ける。

そこにあるのは、クレヨンや鉛筆、スケッチブック。スケッチブックを開くと、そこには自分たち家族の絵。

さらにその奥を見てみると....少し汚れたパレットナイフ。

 

イヴはそれを強く握りしめて、部屋を出た。

ギャリーとヴィラがこれに似たもので絵の中へ入っていった。ならば、メアリーが持ってたこのナイフでもきっと...。

 

イヴは絵のそばに立つと、ひざをついて、パレットナイフの刃先を下に向け、両手で大きく掲げた。

そして絵に突き刺した。

 

 

 

 



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薄暗く、不気味なほどに静かなこの森を、顔や体に傷やタトゥーのアートを纏った男は雑草を踏みにじって歩いていた。

 

虫の声はおろか、鳥の鳴き声、獣の気配、あらゆるものがここにはなかった。

でも何故か、今の自分にはこういった閑静な場所が妙に心地よかった。

 

普段こんなものを好むはずもない彼であるはずだが、この時だけは、その静寂が愛おしかった。なぜだろうか。もしかしたら、緊張をしているのかもしれない。

 

一緒に来た男とはぐれてもなお、彼の意識はそちら側に向く。

汚れた廃屋でひとり膝を抱える金髪の少女へと。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「メアリーの存在は...あんたの罪..?」

「........」

 

ワイズは完全に筆を止めて、机の端に背を預ける。

「一体...?わからないことが多すぎる。」

ミッシェルは手を外へ振るしぐさをする。

 

しかし、ワイズは口を紡いでいた。

その表情は構想を練っている画家の面持ちそのままだった。

 

「教えてくれ、メアリーとは何者なんだ。あんたの何が彼女を生み出した?」

ミッシェルは丸椅子をワイズの正面へと置き、対面する形で座った。

「そもそも、メアリーのモチーフは一体誰なんだ?まるっきりの空想ってわけでもないんだろう?」

しかし、いくら問いかけようとも、ワイズは口を開こうとしなかった。

 

「...爺さん!」

「...うるせぇ。俺のタイミングで喋らせろ。」

 

一度ため息をついたワイズは観念したように、語り始めた。

 

「あの娘はな....俺の...俺の、唯一の理解者だった。」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ガキの頃、俺の家庭は最悪だった。

アルコールと薬に溺れた戦争帰りの父親に、ヒステリック持ちの母親。

家に居れば、毎日が雑音の日々だった。酒に荒れ狂う父親と、癇癪を起した母親の夫婦喧嘩。血を見る日も少なくはなかった。

 

そんな俺の唯一の心の癒しは、絵を描くことだった。

自分の心の内を絵にして、自分の目で確かめる。自分自身と対話ができるその時だけは、本当に気持ちが晴れやかになれたんだ。

 

だが、そんな絵に没頭する俺を周りの人間は陰気臭いヤツだと嗤った。

男の癖に絵なんてと邪魔をしてくる連中もいた。

俺の絵も理解できずに口出しをしてくるバカもいた。

 

そしてついに、世間の体裁を気にする母親が、俺の絵のことで癇癪をおこして、道具をすべて捨てられた。目の前で火をつけられたよ。

 

それから俺は、誰も人目につかない、街はずれの静かな湖畔でひっそりと絵をかいていた。模写をするときもあれば、オリジナルの絵を描くこともあった。

 

絵を描くためなら、画用紙やペン代を捻出する為の新聞配達や瓶集めも苦じゃなかった。

 

俺はそこでひたすら絵を描きまくった。日が暮れるまで。時には日が暮れても。

誰にも見てもらわなくてもいい。自分が満足さえしていれば。本気でそう思った。

 

ある日、湖畔で絵を描いていると、一人の少女が近寄ってきた。

そいつは勝手に俺の絵を覗き込んできたんだ。

 

俺は反射的に絵を隠した。だが、そいつはもっと見せてとせがんできたんだ。

俺の絵を見たやつは、どうせ俺のことを嘲笑う。どうせ俺の絵を理解できるやつなんかはいない。そう知っていた俺は断った。人に見せるものじゃないと。

 

そしたら、そいつは不思議そうな顔して『絵は人に見せるものでしょ?』

と言ってきた。

少しはっとさせられたよ。俺は、誰かに見てもらうという選択肢を捨てて、絵を描いてきたんだから。

 

『誰にも見てもらえない絵なんて、絵がかわいそうだよ』

と、その少女は俺の隣に座ってきた。

『絵が...かわいそう?』

『うん!だって絵は誰かに見てもらうために生まれてきたんだから!そうでしょ?』

なんだか不思議な娘だった。

 

気が付けば俺は、その子に自分の描いた絵を見せていた。

他人に絵を見せたのはいつぶりだったんだろうか。

普段なら他人に絵を見せるなど、絶対にありえないはずだった。

しかし俺は、自分でも不思議なくらい、その娘には心を許していた。

 

その娘は俺の絵を見て、目を輝かせて喜んでくれた。

綺麗でとても上手だとも言ってくれた。

『上手...?俺の絵が..?』

『うん!とっても!』

今までゴミ扱いにしかされなかった俺の絵を。

 

他人に絵をみせて、喜んでもらえたことなんて、今までほとんどなかった。

俺はいままでに感じたことのない高揚感に包まれた。他人に絵を喜んでもらえることが、こんなにも嬉しかった。

 

聞けばその娘は孤児院の娘だったらしい。

遠足でたまたまここへきていたんだと。

 

遠足は年に1.2回程度しかなく、いつもロクなところへ行けないとぼやいていた。町のいろいろな様子をほとんど見たことがないらしく、知らない場所はいつも本で想像しているんだと言っていた。

 

『君はパパとママはいる?』と聞かれた。いるにはいるが、ロクな連中ではないと答えた。

『そっか、私はパパもママもいないんだ。...うらやましいな。』

『羨むほどのものじゃない』

『ううん。ひとりぼっちよりはうんといいよ。...あたしもね、いい子にしてたらきっと私をもらってくれる人が来てくれるって院長先生が言ってたの!そしたらね私、きっとパパとママにうんと甘えて、今まで行ったことのないところにも連れてってもらうんだ!遊園地とか、映画館とか、それと...学校とか。それが...私の夢。』

『夢...。』

『君は何か夢はないの?』

『さぁ...絵が描ければ、それでいい。』

『そっか、じゃあ君は絵描きさんになるのが夢だ。』

そういって彼女は俺に微笑んでくれた。

 

その日から俺は、その娘がいる孤児院に頻繁に通うようになった。

もちろん、中には入れないから、フェンス越しに俺の絵を見せた。

 

自分の絵、風景画、町の絵、学校、季節の動植物。いろいろなものを描いて見せた。

そのたびに彼女は眼を輝かせて喜んでくれた。

中でも、街を映した絵は特に喜んでくれた。

彼女にとっては馴染みのないその世界が、とても新鮮だったんだろう。

 

あの娘が見たいというものがあれば、たとえ険しいところでも行って描いた。

俺はいつしか、自分が描きたいものよりも、彼女が喜んでくれる絵を描くようになっていた。

あの娘が見せてくれるあの笑顔が、俺の活力だった。

 

しばらくして、両親に絵をまだ描いていることがバレてしまった。

俺は酷く叱責を受けた。たかが絵をかいてるだけだってのにな。

そして隠し持っていた道具やスケッチブックすべて処分された。

まだあの娘に見せていない絵までもが。

 

そして俺は、不要な外出を禁じられた。

俺はあの娘に会いに行くことができなくなっていた。

 

早くあの娘に会って絵を見せてあげたい。

そう思う気持ちはいつまでも消えなかった。

 

しばらくした日、両親がそろって外出した。

外出の際、お前は外へ出るなと釘を刺されたが、当然守る気はなかった。

 

俺は自宅にいた間、ノートの1ページに想像だけであの娘の絵を描いた。

これを見せたらあの娘はどんな反応をしてくれるんだろうか。

はやる気持ちを足に乗せて、俺は孤児院へ急いだ。

 

だが、その娘はすでにいなかった。

聞けば、つい先日、里親に引き取られたらしい。

俺が、ちょうどこの絵をかいていた、そのくらいに。

 

俺は、なにか目標を見失った気がした。

ぽっかりと心に穴が開いてしまったような感じがいつまでも消えなかった。

 

別にあの娘が幸せに暮らしてるならそれでいいじゃないか。きっと今頃、あの時語った夢を叶えているころだ...。

そう、自分に何度も言い聞かせた。

 

そして俺は再び筆を取った。たとえ両親から猛反発を受けようと、誰からも笑われようと、絵を描き続けた。いつかまた、あの娘に、成長した俺の絵を..見てもらう為に。

 

それから数年が経ったある日、風の噂で聞いた。

 

あの娘が死んだということを。

 

それは病死でも、事故死でもなく..衰弱死だった。

 

なんでも、あの時の里親がとんでもないイカレ野郎だったらしく。

引き取ったあの娘を自宅で軟禁し、酷い虐待を繰り返していたんだと。

 

最期見つかった時には、トレードマークの金髪は黒くボロボロになって、体重は10代少女の平均にも遠く及ばないものだったらしい。

 

.........................。

 

 

あの娘は、最後まで、家族と自由を知らないまま..死んでいった。

 

俺の心の中に、黒い何かが蠢き始めたのはきっとそれからだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「それからというもの、俺は絵を描く度に、あの娘のことがフラッシュバックした。何度も、何度も忘れようとした。だが、忘れられなかった。」

 

悲しみに暮れるワイズの様子は、先ほどまでの威圧的なものとは大きく異なり、年相応の哀愁さが感じられた。

ミッシェルはただ黙って、曾祖父の言葉に耳を貸した。

 

「そして俺は,,何かに操られるように、一枚の少女の絵を描き上げた。」

「それが...メアリー,,?」

「...せめてもの、俺なりの弔いだった。せめて..絵の中でだけでも、幸せでいてほしかった。自由でいてほしかった。」

 

ワイズは右手で鉛筆をとると、紙切れの端に少女の顔を描いた。

 

「だが、実際は違った。ここの世界で、俺は自分が何をしたのかを、思い知らされることになった。」

 

ワイズは苦い顔をする。

 

「ここでのあの娘は、俺のことを父親と呼び、絵画の女のことを姉と呼んで、そして、いつも外の世界のことを夢見ていた。お前も知ってるだろ?」

「...ああ。」

「あの娘は、この世界でも、家族と自由に飢えてた。俺が..願ったことと真逆に生きていた。.....。」

 

少しの沈黙の後、ワイズは再び口を開く。

 

「俺は...残酷なことをした。死してもなお、孤独と不自由の枷を、彼女にかけてしまったんだ。」

「それが...あんたの罪..。」

「あの娘は、メアリーは、絵としての原罪を背負ったまま生かされている。俺はあの娘に、ロクに顔向けすることもできなかった。」

 

 

自責の念に苛まれるワイズの背中は、随分と小く見えた。

 

 

 

 

 



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悪夢は再び

「....はぁ、はぁ、...ヴィラ!!どこなの!?」

森を一人掛けるギャリーは必死にその名を呼ぶ。

 

確か二人でこの世界に入ったことまでは覚えている。

だが、気が付けばここにいたのは自分ひとりだけだった。

きっとどこかではぐれたのだろうが...単独行動は危険だ。

 

この暗い森は、獣や虫などといった存在こそはないが、何か得体のしれない気配がずっと彼の第六感を刺激していた。

 

「ま...まったく!また変な化け物が出てきたら、アタシどうすればいいってのよ!アタシはアンタみたいな野蛮人じゃないのよ!」

不安そうに吐き出すギャリー。自身のその言葉にふと気づかされる。

 

彼はおもむろに自身の懐を探る。そして出てくるのは、人をも殺せる鉄製の武器。

「く...くるなら来なさいってのよ!」

ギャリーはヴィラに習った通りに銃を両手で握る。

そして銃身を下に向けたまま、また一歩踏み出した。

 

その時、彼の視界の隅を何かが駆けていった。

敵かとも思うが、どうもそれは違うと彼の直感が語る。

 

どちらかといえば、幼い子供のような気配だった。

「ま...まさか...。」

彼のその不安が的中すれば、悪夢は再びになる。

いても立っても居られない彼は、そこへ向かって走り出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

誰かが住んでいる。というよりは物置として使われていた。と言われたほうがしっくりくるその古い小屋の扉をヴィラはゆっくりと開ける。

それはギシギシと音を立てて、まるで動くのが億劫だと言わんばかりの建付けの悪さだった。

 

開けた拍子に少々の埃が彼を纏うが、彼は意にも介さない。

そして一歩、一歩と歩を進める。

闇夜で見通しが悪い小屋であるが、奥の小さい小窓から差し込む月の光が、ほんのりとそこで膝を抱える少女を照らした。

 

月の光に反射するその金髪は、周りが暗がりなだけに、より輝いて見えた。

そんな彼女にヴィラは静かに近づいた。

 

「...よぉ、メアリー。」

その言葉にはっとしたメアリーは、すぐさま立ち上がってヴィラを睨みつける。

「.....」

少女と男にしばしの沈黙が訪れたあと、先に口を開いたのはメアリーだった。

 

「何...こんなところまで追ってきて...。」

お前たちのせいで、何もかもめちゃくちゃだという恨みを彼にぶつける少女だが、ヴィラは視線をずらしてため息をつく。

 

「メアリー...。」

そうとだけつぶやいて言葉を切らす。

「何..なんなの!?あなたは..」

「いつかお前を、外の世界へ連れ出してやる。」

その言葉にメアリーは目を丸くする。

 

「そう無責任な言葉を吐いたガキだよ。」

メアリーは記憶をたどる。そして一つだけ合点のいく記憶と結びつける。

 

「.....ベネット?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ワイズがすべてを吐き出したあと、彼らに待っていたのは沈黙だった。

ワイズは再び筆を執ると、引き続いて失敗作の修復にあたった。

 

とうのミッシェルは、ワイズの内なる真実を知り、考え込んでいた。

自分の知らなかった曾祖父の真実。そして自分が彼に抱いていたものは、大きな誤解だったのではと気づかされ始める。

作家である彼でも、この複雑な心境を形容するのは難しく感じた。

 

その時、作業台に横たわっていた失敗作はむくりと体を起こす。

それに反応したミッシェルは、椅子から飛び降り、銃を取り出し臨戦態勢をとるが。

 

「ンな品のねぇモン出すんじゃねぇ。もうお前らを襲うことはない。」

その言葉を信じるべきか一瞬迷ったが、彼は銃を下した。

ワイズの言葉通り、失敗作は体を起こしたあと、ミッシェルに一切の関心を寄せずその部屋を後にした。

 

「...」

ミッシェルはただその様子をぼんやり見ることしかできなかった。

「あいつはな。あの青年を守っていただけだ。」

そうワイズはつぶやく。

 

「どういう意味だ?...!!」

と言葉を出した彼だが、すぐに意味を理解する。

「...だから、ヤツがバラを持っていた?」

「そういうことだ」

「なぜあんたが助けなかった?」

「俺がこちら側の存在だからだ。あの薔薇は、生きた存在が活けなければ、回復はしない。」

 

ミッシェルは今までの作品たちの行動を、ふと振り返る。

「まさか、奴らはギャリーを守るために動いていた?」

「かもしれねぇな。」

「かもしれないって。」

ワイズが恍けていることはすぐに分かった。

 

ギャリーに群がっていたあの女たちも、ギャリーを回収してからより活発化した作品たちも、そう考えれば幾分腑に落ちた。

「いや、でもそれはあり得ない。だってあいつらは、俺や、イヴ、ギャリー達にも襲ってきたはずだ。」

ミッシェルは自ら導き出した解を自ら否定する。

 

「お前...俺が前になんて言ったか覚えてるか?」

ワイズが前に言ったこと、関連する言葉をたどる。

 

『....攫う?馬鹿いうな。なんで俺が自分の世界に見ず知らずの馬鹿どもを連れてくると思うんだ。』

 

その言葉から、彼は一つの仮説を思いつく。

「まさか、メアリーによって引き込まれた人たちを追い出すため?」

「あいつらにとっても、他人が土足で上がり込むことは嬉しくないってことだ。モチロン俺もな。」

 

そのままワイズは続ける。

「ましてやそのまま死なれちゃ余計に厄介だ。」

「だが、奴ら何かと乱暴だった。帰る方法もわからないのに、無理に追い出そうだなんて。」

「そりゃあ、知能が発達してるわけじゃないからな。お世辞にも利口とはいえん。」

「てことは、ギャリーを匿ったのはアンタの指示で?」

「まぁな。」

 

ワイズは道具の手入れをする。

「ここで死んだらどうなるんだ?」

ミッシェルは一つの疑問をぶつける。それはただの興味本位でもあった。

「試してみるか?」

「...やめとく。」

 

 

 

 



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