転生したらプリキュアだった件 ~助けてくれた女神様の世界をプリキュアになって守りたいと思います!~ (Yuukiaway)
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勇者と魔王 編
01 異世界で変身!? 勇者のプリキュア キュアブレーブ!!


一読をありがとうございます!
『ウェブ小説が送る大人のプリキュア』をテーマとした作品です!


…なんで私

 

…こんなことになってるんだっけ……?

 

彼女の名前は夢崎蛍(ゆめざき ほたる)

どこにでもいる中学2年生 齢14の少女である。しかし、今は少し訳が違う。

 

気がつくと彼女は何故か辺りが全て真っ白の空間で漂っていたのだ。

何故こうなったのか、彼女は思い出せない。

 

 

…なさい。

 

…めなさい。

 

……目覚めない。夢崎蛍。

 

「………エエッッ!!?」

その一言で、彼女は跳ね起きた。

目覚めるとそこは、やはり同じ辺りが全て真っ白の空間だった。

声が聞こえた方へ振り返ると、そこには女性がいた。それでも彼女が驚いたのは、その女性が見上げるほどの体躯の持ち主であったことと、彼女の背中に明らかに翼が生えていたためである。

 

「…あ…、あなたは···?? っていうかここは……???」

 

「…落ち着いてください。順を追って説明しますから。」

その女性は全てを慈しむかのような笑みを浮かべてそう答えた。

 

 

「まず、あなたは死ぬところでした。」

 

…………………………エエエッッッ!!!!?

蛍は酷く驚いた。当然である。いきなり現れた見ず知らずの女性に【死】などというあまりにもストレートな言葉を聞かされたのだ。

動揺しないほうがおかしいと言うものである。

 

「…ってあれ?ちょっと待って下さい?

死ぬところ(・・・)だったってどういうことですか?」

「ええ。厳密に言うと、あなたは死んでいません。死ぬよりほんの少し早く、私がここに連れてきました。」

 

そう言われると少しづつ思い出してきた。自分は確か1人で下校する途中だったこと。

そして最後に見た光景は確か雨でスリップした軽トラックが自分に向かってくる光景だったことを。

 

「そうなんですか! ありがとうございます!! でもどうして…?」

「それはあなたに頼みたいことがあるからです。」

 

……私に? と、蛍は疑問を抱いた。自分など生まれ落ちて14年、大したことも出来ずにこの人生を過ごしてきたのだから。

 

「その頼みは………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたに私の世界を守って欲しいのです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………ハァッッッ!!!??

 

 

 

 

 

「ああ、すみません。話しが急すぎましたね。順を追って説明します。」

 

(……いや急だから驚いてるんじゃないんだけど………)

蛍はそう言おうとしたが、自分が彼女に助けてもらったということが本当なら、下手に言うべきではない。

 

その女性の話はこうだった。

まず、その女性は蛍とは別の世界を統べる【女神】であること。

次に、とある【厄災】が人知れず彼女の世界を侵略しつつあること。

 

そして夢崎蛍に【プリキュア】になって欲しい

 

というものだった。

 

待って。話を整理しよう。

「…それって、異世界に行けっていうことですよね?」

「ええ。そうなりますね。」

 

さらに話を聞いていくと、その厄災の名前は【ヴェルダーズ】というらしい。大昔、その女神の世界の重要な人物達を陥れたのだという。

 

そして女神は蛍に異世界に行くにあたって【勇者】と【戦ウ乙女(プリキュア)】の職業を与えるのだと言う。

 

「…それから、あなたにこれを授けます。」

そう言って女神が胸の前で手を構えると、そこからピンク色の光が出てきた。

そしてその光から2つの物が出てきた。

 

1つは、何やら二つに開きそうな平たくて円いもの。

「それは、あなたが【戦ウ乙女(プリキュア)】になる決心が着いた時に開きます。」

 

もう1つは……

「……狐……?」

蛍はそう直感した。それは確かに黄金色の前髪があることを除いては、そのものずばりの狐だった。

彼女(・・)は【フェリオ】。これからのあなたの生活を手助けしてくれるでしょう。」

 

女神はそう言ったが、蛍にはまだ疑問があった。

「待ってください。そもそもどうして私なんですか?そんな大事なことは私なんかよりよっぽどいい人がいると思うんですけど。」

「それはあなたに【戦ウ乙女(プリキュア)】の素質を見出したからです。あなたはこれまで大したことをできずにいたでしょう?

だからこそいつか誰かのために何かがしたい。【戦ウ乙女(プリキュア)】とは、そういう心の持ち主にこそ向いているのです。」

 

そう言われて悪い気はしないが、蛍はさらに質問を続ける。

 

「じゃあどうしてあなたは何もしないんですか?」

「しないのではなく【できない(・・・・)】のです。

ヤツに…… ヴェルダーズに力をほとんど持っていかれてしまったのです。」

 

「……ヤツは本当に狡猾でした。私だけではありません。魔王や聖騎士などの有力者もみんなヤツの術中にはまってしまったのです。」

悔しそうな表情をむき出しにして女神は答えた。

 

「だから今の私にできることは、こうやって人に戦ウ乙女(プリキュア)の力を与えることだけなのです。」

 

……事情はわかった。しかし、そんな危険なことに関わることをこの場で決めるとなると話は別である。

 

「わかりました。じゃあその【戦ウ乙女(プリキュア)】のことを詳しく教えてください。」

 

 

 

 

 

女神の話によると、

戦ウ乙女(プリキュア)】とは【村人】とか【錬金術師】のような職業のひとつらしい。しかし長い間存在を確認されておらず、ほとんど忘れられており、ごく少数からうっすらと認知されている程度なのだという。

 

 

「…まあとにかく、あなたを私の世界に転生させることは決まっていますので、これから準備をします。

戦ウ乙女(プリキュア)になるかならないかはあくまでもあなたの自由なのでゆっくりと考えてください。」

 

そう女神が言うと、体が軽くなり、蛍の意識はだんだんと遠くなっていった。

 

 

蛍が目を覚ますと、そこはどこかの林だった。自分の部屋だという期待はなかった。彼女は自分に向かってくるトラックという死に際の体験をしっかりと記憶しているのだから。

 

………………ファ

 

ふいにどこからかそう聞こえた。

蛍が聞こえた方を振り向くと、黄金色の前髪を生やした狐のような生物が笑顔でこっちを見ていた。

 

「はじめましてファ! 蛍!」

 

……思い出した。この狐のような妖精は【フェリオ】。あの女神が彼女と呼んでいたのだから、雌 なのだろう。

口調からして、自分と同年代かと蛍は思った。しかし、自分の記憶が正しければ、この妖精は女神があの時生み出した(・・・・・)はずなのだ。いや、それともどこからか召喚してきたのか。

 

「ねぇ、フェリオ……だっけ?あなたって何なの?」

それからフェリオの長い説明が始まった。

 

 

 

 

要約すると、

フェリオは【戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)】という、プリキュアのパートナーになるために生まれた存在なのだという。

そして、プリキュアにはプリキュアを後何人か見つけることと、【戦ウ乙女(プリキュア)之従属官(フランシオン)】という配下を見つけるという役目もあるということも言った。

 

戦ウ乙女(プリキュア)之従属官(フランシオン)】とは、プリキュア1人につき1人から3人ほど仲間にできる人間であり、その人間を、【戦ウ乙女(プリキュア)之従属官(フランシオン)】というらしい。

 

 

「それより蛍、自分のステータスを確認してみるファ!」

「? ステータス? 何のこと?」

「いいからこうやって画面を開く(・・・・・)ファ!」

そう言ってフェリオがやった通りに手を内側に振ると、何やら黒に近い緑色のウィンドウが出てきた。

 

ステータスを確認すると、

 

名前:ホタル・ユメザキ

年齢:14

種族:人間族

性別:女

職業:一般人

贈物(ギフト):《解析(アナライズ)》 《言語理解(ヒエログリフ)

 

「……あれ?何で戦ウ乙女(プリキュア)が無いの?」

戦ウ乙女(プリキュア)は変身してる時にしか表示されないファ!それからこの贈物(ギフト)について説明すると…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

贈物(ギフト)

それは、この世界に生きるものが努力の末に身につけられる能力のようなものである。

贈物(ギフト)》には種類があり、

 

 

普通贈物(ノーマルギフト):どんな人間も数週間の鍛錬で身につけられる。

蛍の《解析(アナライズ)》や《言語理解(ヒエログリフ)》はこれに該当する。

 

上級贈物(スーパーギフト):人間が何年もの努力を重ね得られる贈物(ギフト)

 

固有贈物(ユニークギフト):努力の結果身につけたオリジナルの贈物(ギフト)

見つけることは上級贈物(スーパーギフト)を身につけるより難しいとされている。

 

特上贈物(エクストラギフト):選ばれた人間が気の遠くなるような努力の末に身につけられる贈物(ギフト)

鍛えれば究極(アルティメット)贈物(ギフト)にも匹敵する。

 

究極(アルティメット)贈物(ギフト):ごく稀に見つかる贈物(ギフト)

その名前は神々の名前を持つ。

 

 

……というのがフェリオの説明の内容だった。

 

「つまり私はこの解析(アナライズ)で人のステータスを見れて、言語理解(ヒエログリフ)でこの世界の文字が読めるってことでいいのよね?」

 

フェリオが答えようとした瞬間、

 

 

 

ドオオッッ!!!!

 

 

 

 

っというものすごい音が林に響いた。

 

 

「何!?今の音!!?」

「行ってみるファ!」

そうして蛍はフェリオと音のした方へ林の中を走っていく。

そうして林の中の草原へ出ると、目を疑うような光景が飛び込んできた。

 

甲冑に身を包んだ人間…兵士のような人間が4、5人戦っていた。それだけならまださほど問題は無いが、問題はその相手である。

 

相手は木の怪物(・・・・)だったのだ。

丸太に悪魔のような顔と手足があり、胸には何やら禍々しい魔法陣が書かれていた。

 

「なんだ君は!? ここは危険だ、離れなさい!」

蛍に気づいた兵士の1人がそう言った。

 

「……何なの?あれ…………?」

「蛍!解析(アナライズ)ファ!」

 

フェリオに言われた通りに蛍は兵士に手をかざした。

 

名前:トム・シルバ

年齢:26

種族:人間族

性別:男

職業:兵士(ソルジャー)

贈物(ギフト)破突(ブレイク)

 

というステータスを示すウィンドウが蛍の前に出てきた。

 

「それは解析(アラナイズ)贈物(ギフト)は持っているようだがそれじゃあ危険だぞ!早く離れるんだ!」

 

「は、はい!」

そう言って蛍はトムという兵士の言う通りにその場を離れた。

 

 

 

「……さっきのが解析(アナライズ)ってことでいいんだよね?」

「そうファ! ちなみに私が解析して欲しかったのはあの兵士じゃなくてあの怪物のほうファけど………」

「そうそう!あれって何なの!?」

 

「あれは【チョーマジン】という、ヴェルダーズの力を持って生まれた魔物 ファ!」

「魔物!!?」

「そうファ。何年か前からこの世界の物や動物や植物を元にして生まれているファ。それで、さっきみたいにこの世界の力を持った人間でも一応(・・)太刀打ちはできるファけど………」

「けど?」

「その場合、倒せても元になった物は完全に壊れてしまって、動物や植物は死んでしまうんだファ!!!」

「!!!?」

「だから、戦ウ乙女(プリキュア)が必要なんだファ。戦ウ乙女(プリキュア)の力ならチョーマジンの元を壊さずに浄化できるんだファ!!!」

 

「……やるよ。」

「?」

「…そういうことなら私、やるよ。戦ウ乙女(プリキュア)になる。だって、それができるのは私しかいないんでしょ?」

「本当ファ!?」

「うん!!!!」

 

その言葉に反応するかのように、彼女のポケットからピンク色の光が溢れ出てきた。

ポケットから取り出したものは、あの女神がくれた平たくて円いものだった。もしかしたらと思って力を加えてみると、それは何の抵抗もなくパッカリと開いた。

 

「…これは?」

中にあったものは、細く隙間のある台形の立体……確か錐台とか言ったはずだ。

 

そして、蛍はいつの間にか手にあるものが握られているとこに気付く。それはとても小さいピンク色の剣だった。黒ひげ危機一髪で見るようなサイズの剣が握られていた。

 

「それは【ブレイブ・フェデスタル】ファ!剣をその隙間に差し込むんだファ!!!」

「わかった!!!」

 

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

その掛け声と共に、蛍の体は淡いピンク色の光に包まれていく。

そして、彼女の髪の毛や服装がどんどん変化していく。

 

 

彼女の濃いピンク色の髪は透き通るような金髪へと変わり、ショートからロングのテールへと変わっていく。

服装も変身前の一般的な服からどんどんと変化していく。

 

今、人々に忘れられていた戦ウ乙女(プリキュア)が復活したのだ。

 

彼女の名前は━━━━━━━━

 

 

 

 

みなぎる勇者の力

 

《キュアブレーブ》!!!!!



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02 初めてのバトル! 究極贈物(アルティメット ギフト)の力!!

「……………これは……………?」

 

彼女、もといキュアブレーブこと夢崎蛍は静かに驚いていた。

そこに鏡こそなかったが、自分の容姿が激変したことは、手に取るようにわかった。

 

『ブレーブ!あのチョーマジンを攻撃するファ!』

「フェリオ!?」

『私はブレーブが変身してる間はブレーブの心の中にいるファ!』

 

「わかった。……あいつを攻撃すればいいんだね!」

 

そういうとブレーブの身体は勝手に動いた。

 

「やあああああぁぁぁぁッッッ!!!!!」

「!!!!?」

 

ブレーブがチョーマジンの腹を蹴り飛ばした。蹴り技で最強と謳われる"跳び後ろ蹴り"で。

 

たまらずチョーマジンは派手に回転して吹き飛んだ。

 

「なんだ今のは!!?」

「吹き飛んだ!!?」

 

あっという間のことに戦っていた兵士達はその場で驚くことしかできない。

 

するとチョーマジンが立ちあがり、兵士達に突っ込んでいく。

 

『ッッ!!!』

 

咄嗟に兵士達が構えた時、またチョーマジンが吹き飛んだ。

キュアブレーブがそいつの顔面を蹴り飛ばし、そしてその顔面を踏み台にして空高く跳び上がったのだ。

 

 

「……すごいすごい!!何この力!!!」

ブレーブは上空で驚きと喜びが混ざったような感想を述べていた。

 

『ブレーブ!今のうちに自分のステータスを確認するファ!』

「わかった!」

 

そうして手を内側に振ると、ウィンドウが出てくる。

 

名前:キュアブレーブ/ホタル・ユメザキ

年齢:14

種族:人間族

性別:女

職業:《戦ウ乙女(プリキュア)》 《勇者》

贈物(ギフト)

 

贈物(ギフト)

解析(アラナイズ)

言語理解(ヒエログリフ)

 

上級贈物(スーパーギフト)

跳躍(グラスホッパー)

 

固有贈物(ユニークギフト)

解呪(ヒーリング)

 

特上贈物(エクストラギフト)

乙女剣(ディバイスワン)

強固盾(ガラディーン)

 

究極贈物(アルティメットギフト)

戦之女神(ヴァルキリー)

戦場之姫(ジャンヌダルク)

奇稲田姫(クシナダ)

 

「……え? 究極贈物(アルティメットギフト)が3つ………?」

 

『ブレーブ!! 来るファッッッ!!!』

「エエッ!!?」

 

自分の力に驚く暇もなくチョーマジンが向かってくる。

しかし

 

(……何……これ……?)

 

チョーマジンの動きがゆっくりはっきりと見える。恐怖を全く感じないのだ。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

 

フェリオとは違う声でブレーブの頭の中に誰かが言った。

 

戦之女神(ヴァルキリー)

北欧神系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:戦闘において戦っている相手の動きを直感的に察知し、天才的な戦闘センスを与える。

 

ブレーブは冷静にチョーマジンの腕をつかみ、逆に地面に投げつけようとした

 

 

その時に下に兵士達がいることに気づいた。

 

その時、

彼女の頭の中に"どこに投げれば良いか"という適切な答えが浮かんできたのだ。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

 

戦場之姫(ジャンヌダルク)

英雄系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:戦況を瞬時に把握し、適切な答えを一瞬で導き出す。

 

 

「やあああああぁぁぁぁッ!!!」

その掛け声とともに、ブレーブは兵士のいない林の方向へチョーマジンを投げ飛ばした。

 

ドスーーン!!!

と派手な音を立てて林の木々をなぎ倒しながら地面へ叩きつけられる。

 

……ストッ

静かな音と共にブレーブは着地した。

後ろで兵士達がザワザワと騒いでいるが、ブレーブに気にかける余裕はない。

 

すると突然チョーマジンが起き上がり、ブレーブに向かって突進してきた。

 

「ッッ!!!」

今避けると兵士達に危険が及ぶ。

避けることはできない。

 

『ブレーブ!! 強固盾(ガラディーン)ファ!!!

手を前に出して強固盾(ガラディーン)って叫ぶんだファ!!!!』

 

「ッ!? わかった!!!」

言われた通りに手を出し、

『「強固盾(ガラディーン)!!!!」』

フェリオとともにそう叫ぶと、前方に巨大なバリアのようなものが展開され、チョーマジンは正面からぶつかり、その反動で派手に吹き飛んだ。

 

すかさずチョーマジンはまた起き上がり、手近にあった木を引き抜き、

細く鋭く槍を一瞬で削り出した。

 

解析(アラナイズ)!!」

ブレーブはその間を利用してチョーマジンを解析し、

贈物(ギフト)

 

衝撃吸収(エアバッグ)

巨槍(グングニル)を読み取った。

 

 

 

ッッブゥン!!!!!

チョーマジンは大振りで木でできた巨大な槍をブレーブに投げつける。

 

すかさず強固盾(ガラディーン)で受けるが、巨槍(グングニル)贈物(ギフト)の効果か 威力が並大抵ではない。

 

強固盾(ガラディーン)をもってしてもブレーブは槍を上に弾き飛ばすしか無かった。

 

 

その一瞬の隙を見逃さず━━━━━

 

 

ッッッ!!!!?

 

 

チョーマジンの跳び後ろ蹴りがキュアブレーブの鳩尾を的確に貫いた。

 

 

「ッッッ アァッッ!!!!」

 

と声を上げてブレーブは林の中へ吹き飛ばされた。

 

追い打ちをかけんとばかりにチョーマジンが林の中へと飛び込んでいく。

 

今まで戦っていた兵士達なぞ彼の眼中にはなかった。

 



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03 プリキュアの真価! 唸れ 乙女剣(ディバイスワン)!!

ズザァーーーッッ!!!!

 

ブレーブはチョーマジンの攻撃をもろに受け、林の中へ吹き飛ばされる。

 

しかし戦ウ乙女(プリキュア)故か、すぐに立ち上がり、体制を整える。

 

「うぅ…… イタタッ」

『ブレーブ!油断しちゃダメファ!!

ブレーブはまだ戦ウ乙女(プリキュア)になって初めてなんだから力の使い方があまりわかってないんだファ!!』

「……わかった。ゴメン……」

 

 

ブオオオ!!!

 

チョーマジンがブレーブに追い打ちをかけんと突っ込んでくる。

 

強固盾(ガラディーン)!!!

 

ブレーブが心の中で無詠唱で贈物(ギフト)"強固盾(ガラディーン)"を発動した。

 

しかし、同じでは食わないとばかりにチョーマジンは大きな体に似合わず一瞬で強固盾(ガラディーン)の展開されていない背後へ回り込み、背中に攻撃を仕掛ける。

 

究極贈物(アルティメット ギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

 

反射的にブレーブは逆上がりの要領でチョーマジンの攻撃を跳び上がって躱し、彼の頭頂部を蹴り落とした。

 

チョーマジンは地面に叩きつけられ、その反動で前方へ吹き飛ばされる。

しかし、回転して着地し、ブレーブに対して構え直した。

そしてまた手近の木を引き抜いて、今度は一瞬で木刀を削り出した。

 

『ブレーブ! 今度は"乙女剣(ディバイスワン)"ファ!!!

ブレーブ・フェデスタルを手に取って 念じるんだファ!!!』

「わかった!!」

 

((乙女剣(ディバイスワン)!!!!!))

そう心の中で詠唱すると、ブレイブ・フェデスタルの片方から刃が出て、反対側から柄が出てきて、一瞬で剣へと変形した。

 

「………すごい…………!!!」

『ブレーブ!!来るファ!!!』

「!!!」

 

驚く暇もなく、チョーマジンが剣を構えて突っ込んでくる。

 

ガッキィン!!!!

 

(~~~ッッ!!!!)

 

ヴェルダーズの力を持っているからか、ただの木刀がまるで本物 もしくはそれ以上の切れ味を乙女剣(ディバイスワン)からブレーブは感じた。

 

ガキッ!!!! ガキンッッ!!!!

バキッ!!!!

 

ブレーブの乙女剣(ディバイスワン)とチョーマジンの木刀が激しくぶつかり合う。

 

戦之女神(ヴァルキリー)の効果で体が反射的に動くとはいえ、1回でも斬られたら終わりかねないというこの状況はブレーブの心に少なからず負担を与えた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ)が発動しました。』

 

その瞬間、ブレーブの視界に変化が起こった。

見えるのだ(・・・・・)

チョーマジンの動きがエネルギーとなって。

 

(…………ここだッッッ!!!!!)

「!!!!!」

一瞬の隙をついて、ブレーブはチョーマジンの魔法陣を斬りつけた。

その魔法陣はチョーマジンがヴェルダーズからエネルギーを受け取るための媒体。詰まるところ急所である。そこを損傷するとチョーマジンは著しく衰弱するのだ。

 

フェリオからそのことを説明されていないブレーブだったが、戦ウ乙女(プリキュア)になったことで彼女の直感は急成長し、彼女を強力な戦士へと変えたのである。

 

(さっきのは何………?あいつの動きが頭の中に入ってきた………)

 

 

奇稲田姫(クシナダ)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:相手のエネルギーの動きを見通すことが出来る。

発動条件は相手と全力で戦うこと。

 

 

「~~~ッッ!!!!」

チョーマジンは立ち上がろうとするが、何しろ力の源である魔法陣を損傷したので、立ち上がる事すらままならない。

ましてや戦うことなど尚更である。

 

 

『ブレーブ!! 今ファ!!!

チョーマジンを解呪(ヒーリング)するんだファ!!!!

その乙女剣(ディバイスワン)に力を込めて撃ち出すんだファ!!!』

「わかった!!!」

 

(解呪(ヒーリング)!!!!)

そう心の中で詠唱すると、体の中から何かが湧き上がってくる。

その力を乙女剣(ディバイスワン)に込め、鋒をチョーマジンへと向けた。

 

なお、この一連の動作をブレーブは直感的に行った。この戦ウ乙女(プリキュア)としての戦いが彼女をここまで成長させたのである。

 

『今ファ!!!!!』

 

《プリキュア・ブレーブカリバー》!!!!!

 

 

その叫びと共に、鋒からピンク色の光が撃ち出され、チョーマジンへと向かっていく。

 

「!!!!!」

 

その光がチョーマジンを包み込んだ。

最初は苦しそうにしていたチョーマジンたが、次第にその表情は変化していく。

 

最後には彼の表情はまるで何かに救われたかのようにやすらぎ、そして普通の樹木に戻った。

 

 

『やったファーーーー!!!!

ブレーブ!!! チョーマジンの解呪(ヒーリング)に成功したファ!!!!』

「………うん。でも…………、

めっちゃ疲れるね、これ…………」

 

ブレーブはその場に座り込んだ。

それもそのはず。解呪(ヒーリング)を使うことは戦ウ乙女(プリキュア)の肉体に少なからず負担をかける。それでなくともさっきまで彼女は正真正銘の【命のやり取り】を経験したのだ。

緊張が解けて座り込むのも無理はない。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━おいおい

どうなってんだこりゃ。

ヤツの帰りが遅いと思って様子を見てみりゃ何だこのザマは!!

兵士共にやられるならまだしも

これじゃ帰ったあと大目玉じゃねぇかよ!!!

 

どこからかそう聞こえた。

 

「誰ッッ!!?」

 

聞こえた方を振り返ると、木の上に人がいた(・・・・)

 

「それでぇ?

テメーは何なんだ?」

 

そこにいたのは、青い髪の短髪の30代前半の男性だった。

 

彼の名は"ダクリュール"。

 

ヴェルダーズの配下である。



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04 迫り来る太古の力! ブレーブ大ピンチ!?

"ダクリュール・イルヴァン"

 

夢崎蛍ことキュアブレーブが彼を解析(アラナイズ)して得られた情報は彼の名前だけだった。

 

「聞こえねぇのか?

テメーは何なんだって聞いてんだよ。」

「……えっ………」

 

ブレーブはなぜ彼の名前しか分からないのか。そして、一体彼が何なのかということに強く疑問を抱いていた。

 

「何だ?ひょっとして解析(アラナイズ)の結果に満足いかねぇのか?

それなら簡単だ。 俺()はプロフィールを隠してるからな。」

 

「普通の人間共だってそうしてるぜ。

そんなことも知らねぇとはお前、トーシロか?」

 

ダクリュールは直感的にこの奇抜な格好をした少女があのチョーマジンを"木を殺すことなく"倒したのだと悟っていた。

 

「まぁ んなこたどうだっていいけどな。

なんせ…………」

 

 

テメーは俺達の敵なんだからなァ!!!!!

「!!!!」

 

ダクリュールはそう叫びながら木の上から一瞬でブレーブとの距離をつめ、

 

ズゴォン!!!!!

 

という激しい音を立てながらブレーブのいた地面を爪で大きく刈り取った。

ブレーブはその攻撃を座り込んだ状態からの片手のバク転でかわし、逃れた。

 

 

「!!!!」

 

ゾワッッ

 

音にするならそんな感覚がブレーブの全身を駆け巡った。

ダクリュールがたった今攻撃した場所、つまりブレーブがさっきまでいた所がまるで隕石が落ちたクレーターのように抉られていた(・・・・・・)のだ。

 

あのままあそこにいたなら、究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)の発動があと一瞬でも遅かったなら、自分は死んでいたに違いない。

 

たった14年使っただけの頭でもそれくらいのことは容易に想像できた。

 

 

「逃がすかよォ!!!」

「!!!?」

 

気がつくとダクリュールの足がブレーブの首に絡みつき、あっという間にブレーブは地面に組み伏せられてしまった。

 

「テメーの正体なら見当はついてるぜ。

お前、ヴェルダーズの親分が言ってた【戦ウ乙女(プリキュア)】なんだろ?」

 

ブレーブは黙っている。コイツにそのことを言うのは絶対にまずい。

ブレーブはそう直感していた。

 

戦ウ乙女(プリキュア)………。

俺も聞かせてもらったぜ。何でも親分の力を完全に浄化できちまうって話だ。」

 

「もっとも今のテメーにはそこまでの力はなさそうだがな。見たところ力を身につけてまだ日が浅ぇってことだろ?

違うか?」

 

そう言うとダクリュールはおもむろに腕を上げた。

 

「まぁ そうであろうとなかろうともだ。テメーが俺達にとって危険な人間であるっつーこたァ曲げらんねぇ事実だ。だったら…………」

 

 

ここで死ねやぁッッッ!!!!!

 

ダクリュールの爪がブレーブの顔面に迫る。

ブレーブはこの一撃を待っていた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ)が発動しました。』

 

ブレーブは冷静にダクリュールの手首をつかんで捻り、彼のバランスを崩した。

 

「何!?」

ブレーブの腹部を拘束していた彼の足は腕に気を取られて緩まった。

 

その一瞬を見逃さずブレーブは彼の拘束から脱出し、

 

「やぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

「ブフォッッ!!!?」

 

ダクリュールの腹を両足で蹴り飛ばし、難を逃れた。

 

だが、ダクリュールはすぐに回転してその場で着地し、冷静さを取り戻した。

 

「チクショー、やっぱり究極贈物(アルティメットギフト)持ちかよ!!!」

 

ハァハァ………

 

ブレーブの方は息が上がっている。

ついさっき肉体に負担のかかる解呪(ヒーリング)を行使したのだから。

さらに、彼女は今まさに殺されそうになっていたのだ。精神的疲労も計り知れない。

 

「そんなら道理で…………

 

"究極贈物(アルティメットギフト)無しで押し負けだわけだ。"」

 

「!!!? 今なんて………!!!!?」

「あ? 分からねぇのか?俺も持ってるって言ってんだ。

冥土の土産に教えてやるよ。」

 

恐竜之王(ティラノサウルス)

それが俺の究極贈物(アルティメットギフト)の名前だ。」

 

恐竜之王(ティラノサウルス)

英雄系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:恐竜と同等の運動能力を体に宿す。

筋力などは持ち主に依存する。

 

 

ボッッ!!!!

 

それは、ダクリュールが大地を蹴った音だった。

蹴った地面は深く穴が空いていた。初速から全速力である。

その勢いと全体重を全て乗せて、ブレーブにストレートパンチを放った。

 

強固盾(ガラディーン)!!!!!

 

咄嗟にガードするも力に押し負け、ブレーブは後方へ吹き飛ばされた。

 

……こいつは贈物(ギフト)を使いこなしている!!!

 

ブレーブは吹き飛ぶさなか、そう直感した。

 

『ブレーブ!ここは逃げた方がいいファ!!!』

「……いや、それは無理。絶対追いつかれちゃうよ。」

 

「……だから、私の全力のカウンターで隙を作らなきゃ、逃げられない。」

『ブレーブ………!!』

 

「なにをブツブツ言ってやがる?

まぁ、これではっきりしたな。戦ウ乙女(プリキュア)の心の中には相棒が存在するって聞いたことがある。

お前が今話してたのはそいつだろ?」

 

「……つまり、これで心置き無くお前を全力で潰せるってわけだ!!!!」

(チャンスは1回きり!!!

ミスったら終わる!!!!!)

 

ブレーブは極限まで集中していた。

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ)が発動しました。』

 

 

 

ダクリュールがまた全速力で突っ込んでくる。

 

 

 

その時

「ブッッッ!!!!!?」

 

ダクリュールが吹き飛んだ。横方向(・・・)に。

 

「エッ!!?」

「誰だァ!!!?」

 

2人が攻撃された方向をみると、

 

そこには茶色いフード付きのマントに身を包んだ10代前半と思われる少年がいた。

 

「よく来てくれた! 【戦ウ乙女(プリキュア)】!!

俺はずっと待っていた!!!

お前が現れることを!!!」



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05 あなたは一体? 少年の力と正体!

「……何言ってるの………?」

突如現れた見知らぬ少年は、ブレーブに向けて「待っていた。」と言ったのだ。

 

「この俺に横槍入れるたァ、

わかってんのか?ガキが。」

ダクリュールは冷静を装っているが、明らかに内心 激怒していた。

 

「あぁ。分かってるさ。貴様が何者なのかも貴様らのバックに誰がいるのかもな!!」

 

「……??」

 

ブレーブは戸惑っていた。この少年、明らかにヴェルダーズに対して感情的になっている。

 

「……とにかく、彼女は俺に必要なんだ。」

 

 

━━━━━━ヒュッッッ!!!!

 

 

「何ッッッ!!!??」

 

いつの間にか、少年がヴェルダーズの背後へ回っていた。それだけではない。

 

「えっ ちょっ あの…………!!」

 

ブレーブが少年にお姫様抱っこをされていたのだ。

 

「なッッ………

テメェ………!!!」

「何を驚いている?

今のはただの普通贈物(ノーマルギフト) 閃光(ヒラメキ)だぞ?」

 

閃光(ヒラメキ)

脚力を上げ、短距離を一瞬で移動出来るもっともポピュラーな贈物(ギフト)の一つである。

 

もちろん、ダクリュールもそのことは分かっていた。それでも彼が驚いているのはその精度故である。

 

この少年は今、ダクリュールの真ん前にいたブレーブを抱きかかえて救出し、そのまま彼の背後に回る という芸当をこなして見せたのだ。

しかも、究極贈物(アルティメットギフト) 恐竜之王(ティラノサウルス)を発動している状態に対して。

 

「テメェ一体………」

「今に思い知ることになるさ。」

 

 

「……まぁ、お前からこの状態(・・・・)で逃げられそうにはないな。」

「何!!?」

「今の状態でどれだけ持つか………」

 

少年はそう言うと全身に力を込めた。

 

 

 

 

「……………何…………だと……………!!!!?」

「あなた、その姿は………!!!?」

 

ダクリュールとブレーブは呆気に取られた。

さっきまでの小柄な少年とは打って変わって、彼の姿は10代後半のような青年へと変化していたのだ。

 

「……腐ってもお前はあのヴェルダーズ(・・・・・・・・)が信頼する戦士だ。」

 

青年がダクリュールに向けて手を突きつけた。ブレーブを片手で抱えたままで。

 

「……だから…………」

 

 

 

 

 

加減はなしだ。

 

 

ビュゴオオオオオ!!!!!

 

青年の手の平に炎が蓄積されていく。

 

(魔炎(グレイズ)か!!?

なんて規模だ!!!)

 

 

青年は火を打ち込んだ。

地面に(・・・)

 

「!!!!?」

(しまった!! あれは煙幕代わりか!!!)

 

煙が晴れると案の定、その青年もターゲットの戦ウ乙女(プリキュア)もそこにはいなかった。

 

「畜生!!!!

どこ行きやがった!!!!

出て来やがれ!!!!!

畜生!!!!! 畜生!!!!! 畜生!!!!!」

 

ダクリュールはその場で叫ぶことしか出来なかった。彼は確かにブレーブを追い詰めていた。

勝負に勝って試合に負けるとは、このことである。

 

 

――――――――――

 

 

 

「カハッ」

その青年は元の少年に戻っていた。

「………くそっ。やはり全盛期(・・・)のようにはいかないか………!!!」

少年は口に付いた血を拭いながらそう呟いた。

 

「えっと……君は一体………」

ブレーブはまだ彼に抱かれたままだった。

少年は彼女を抱えたまま空を飛んでいる。

 

「今はここから移動するのが先だ。

それからいい加減変身を解いたらどうだ?」

「……あぁ。そうだった。」

 

ブレーブはゆっくりと体の力を抜いていく。

すると、ブレーブの姿は元の夢崎蛍に戻った。

 

「蛍!お疲れ様ファ!」

どこからともなく蛍のそばでフェリオが声をかけた。

 

「お前が戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)か。実物を見るのは何年ぶり(・・・・)だろうな。」

「蛍を助けてくれてありがとうファ!」

「礼はいらない!とにかくここから離れるんだ!近くに俺が隠れ家にしてるところがある。話はそこに着いてからだ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

少年に連れられた所は、地下の廃墟と言うような場所だった。

 

「ここは………?」

「ここはかつて俺の軍(・・・)が使っていた施設の跡地だ。

荒れているが清潔にはしてある。

まぁ座れ。」

「はい……。」

 

彼に言われるがまま蛍は近くの椅子に腰を下ろした。

「まず俺が何者かを話す前に、俺を解析(アラナイズ)しろ。それで大体わかる筈だ。」

「わかった………!!!!?」

 

そのウィンドウに書かれていたのは、

 

名前:ギリス=オブリゴード=クリムゾン

年齢:???

種族:魔人族

職業:《魔王》《魔剣士》

性別:男

贈物(ギフト)

究極贈物(アルティメットギフト)

混沌之王(アスタロト)

堕天之王(ルシファー)

破滅之剣(イヴィルノヴァ)

 

究極贈物(アルティメットギフト)以下はウィンドウをスライドしないと確認出来なくなっていた。

 

「今はそのくらいでいいだろ。

お前は戦ウ乙女(プリキュア)なんだろ?だったらあの女神から聞かされている筈だ。

ヴェルダーズは"魔王"や聖騎士みたいな人々を陥れて来たとな。」

 

「まさか………」

「あぁ。俺がその魔王だ。」



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06 初めてできた従属官(フランシオン)! 戦士と魔王!!

ヴェルダーズは魔王や聖騎士などの主要人物を次々に陥れてきた。

そのことは女神から聞いて分かっていた。

しかし、まさかその本人にこんなに早く会えるとは蛍は思っていなかった。

 

「これから少し俺の身の上話をしたいんだが、構わないか?」

「あぁ。はい。」

 

 

彼、ギリスは元々魔界を統べる魔王の1人だった。

しかしある日、素性を隠していたヴェルダーズの闇討ちにあい、ギリスはその力のほとんどを奪われ、事実上 魔界から抹消させれしまったのだという。

 

何とか一命を取り留めたが容姿が少年となってしまった彼は都内で働き日銭を稼ぎながら今日まで隠遁生活を送ってきた。

 

蛍が理解出来たのはここまでだった。

 

 

「それでだ、夢崎蛍。

お前をここへ連れてきたのは他でもない。」

 

「俺を、お前の戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)にして欲しい!!!!」

ギリスは机に頭を突っ伏してそう頼み込んだ。

 

「えっちょっ 待って待って!!」

蛍はひどく慌てた。もしこのギリスが本当に魔王なら、自分は今 魔王に頭を下げられた人間ということになる。齢14の少女にはあまりに荷が重すぎることだ。

 

「俺は今まであのチョーマジンを少しづつ倒すことしか出来なかった。だがお前がいればいずれ力を取り戻すことができる!!

そうすればお前の目的に全力で力になれる!!! だから!!!!」

ギリスは魔王のプライドなどかなぐり捨てて蛍に懇願した。それほどこの【戦ウ乙女(プリキュア)】という存在は彼にとって大きな希望だった。

 

「わかったって!! 頭あげてよ!!」

蛍も慌てて彼に言った。

 

 

それから蛍とギリスは冷静になり、フェリオも加えて話し合いが行われた。

 

 

「その……何だ。

さっきは取り乱してすまない。」

「……私も 慌ててごめん。」

 

「……ねぇフェリオ。

戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)のこと、もっと詳しく教えて。

ギリスのことはそれから考えるから。」

「わかったファ。」

 

 

戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)

それは、戦ウ乙女(プリキュア)の配下に置かれた人間のことをいう。

従属 というが、明確な上下関係はなく、対等な関係を築くことも珍しくない。

戦ウ乙女(プリキュア)と共に戦うことで心身が成長する例もある。

 

 

「……なるほど。わかった。

ギリス。君を私の従属官(フランシオン)にする!!」

「本当か!! 礼を言うぞ!!」

 

「…………でも、契約? ってどうやればいいの?」

「簡単ファ! 戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)にすると言って、もう一方が答えればそれでOKファ!」

「えっ? じゃあ……」

蛍がギリスを解析(アラナイズ)すると、職業の欄に《魔王》《魔剣士》そして《戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)》 と書かれていた。

 

「これで完了か。

これからよろしく頼むぞ。夢崎蛍。」

「うん。私もよろしく。」

 

「ところでお前、着替えたらどうだ?

これから戦ウ乙女(プリキュア)として活動するにしてもその格好は目立つぞ。」

蛍は自分の格好を確認し、「あぁ。」と納得した。

さっきまでブレーブの格好で忘れていたが、自分は私服のままなのだ。

 

「別の部屋に俺の着替えで女でも着られるものがあるから、それに着替えてこい。」

「わかった。」

 

数分後、蛍が戻ってきた。何の変哲もないアニメとかで見た一般人の服装である。

 

「それから今日はもうここで寝ていけ。

簡単な食事くらいなら用意できるから。」

「ありがと。」

そう言われれば、自分はこの世界に来てから何も口にしていない。それなのに戦ウ乙女(プリキュア)として奮闘し、さらに身体に負担のかかる解呪(ヒーリング)まで行使したのだ。

空腹は限界に達しようとしていた。

 

 

ギリスが台所と思われる所で食事の準備をしている。

 

『ねぇ、フェリオ。ギリスってホントに魔王なのかな?

何かめっちゃ面倒見良いし。』

『きっと、毎日家事ばっかりやっていたんだファ。』

蛍とフェリオがひそひそと話している。

 

「聞こえてるぞ。

あぁそうだよ。今日まで自分のことは自分でやってきたからな。

すっかり魔王に関係ない能力が身についてしまったよ。」

ギリスが自嘲気味にぼやいた。

 

 

「さぁ食べろ。

大したご馳走ではないがな。」

 

「…………」

固めのパン 2個

鶏肉のフリッター

野菜のマリネ

トマトスープ

 

それが献立だった。

 

「どうした?何か口に合わないものでもあるのか?」

「あぁイヤイヤ 何か結構ちゃんとしたご飯だな〜 と思って。」

そう 慌てながら蛍はパンを口にした。

 

「にしてもよくこんな荒れた所に電気とかが通ってるね。」

「あぁ。それは魔法だ。冷気で食べ物の新鮮さを保ったり 炎で調理したりしたんだ。

元々それくらいの魔力は残ってたからな。」

 

そんな会話を交わしながら、蛍とギリスとフェリオは食事を終えた。

 

 

*****

 

 

スーッ スーッ

 

蛍とギリスは寝袋で、フェリオはそのそばで一緒に寝ている。

 

「……何だお前、寝れないのか?」

「ギリスも寝れないファ?」

 

蛍は熟睡だ。

戦ウ乙女(プリキュア)として戦ったのだから心身共にヘトヘトなのだ。

 

「何なら話すか?フェリオ。」

「ギリスさえ良ければいいファよ。」

 

 

そう言われるとギリスは寝袋から出て椅子に座り、フェリオもその反対側に座った。

そしてカンテラに火を付け、灯りを確保する。

 

「…蛍には明日、ギルド登録をしてもらおうと思っている。世間でもチョーマジンの発生は問題になってるからな。

世間から認められている方が活動もしやすいというものだろ?」

「間違いないファ!

でも戦ウ乙女(プリキュア)にはチョーマジンの浄化と同じくらい大事な仕事があるファ。」

 

「仲間の戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)を見つけて戦力を拡大しなければならない。ってところか?

安心しろ。 新しい戦ウ乙女(プリキュア)ならなれそうなやつに1人心当たりがある。」

 

 

 

「かつての俺の魔王仲間

 

リルア・ナヴァストラ。

 

2人目の戦ウ乙女(プリキュア)はそいつだ。」



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07 王都到着! 私たちの第一歩!!

シャアーーーーーッ

「フーーッ」

 

蛍はシャワーを浴びている。

といっても施設の個室でギリスの水魔法と熱魔法を掛け合わせた簡易的なものだ。

 

(そういや初めて朝シャンなんてしたな……)

 

昨夜はヘトヘトだったから、食事を済ませたらすぐに眠ってしまった。

 

ジューっ

 

ギリスは蛍がシャワーを浴びている時間を使って朝食を用意している。

蛍がリクエストしたフレンチトーストだ。

 

「ギリスってホントに面倒見いいファね。」

「あくまで自分のためだ。あいつの戦ウ乙女(プリキュア)としての力はヴェルダーズを倒す唯一の希望なんだ。

あいつを理解できるのはこの世界で俺だけ。

俺が面倒見るしかないだろ。」

「ツンデレファね。」

「黙れ女狐。

お前なら殴ることくらいできるんだぞ。」

 

そんな冗談交じりの会話をしながら朝食の準備は進む。

 

 

「いただきまーす!」

蛍がフレンチトーストをパクパクと食べる。

 

「……なぁ 蛍、

俺たちはこれからここを出て、都市へ向かおうと思っているんだ。」

「うんうん。 それで?」

「それからそこでギルド登録をしてもらいたい。」

「ギルド?それと戦ウ乙女(プリキュア)になんの関係が?」

 

「世間じゃチョーマジンの発生は問題になっている。討伐依頼もゴロゴロ出ているはずだ。だから一般に認めてもらった方が活動もしやすいというものだ。」

「なるほど。」

 

そう納得して蛍はデザートのヨーグルトに手をつけた。

 

 

***

 

 

「荷造りは済んだか?」

「うん。」

蛍とギリスは一般的な服に身を包み、ショルダーバッグに生活品を詰め込んで肩から下げた。

食料などはギリスが作った異空間に入れておいてある。

 

「じゃあ出発するぞ。」

ギリスを先頭に3人は施設の階段を登っていく。

「でもよく何年もバレなかったね。開発が進んだらこんな階段や施設、すぐにバレそうなもんなのに。」

「隠蔽魔法で気配を消していたんだ。

元々軍の施設だったんだ。そんな簡単に見つかってはたまったもんじゃない。」

 

3人は階段を上って地上へ出た。

 

「じゃあ行くぞ。」

 

そう言うとギリスは階段に手を向け、

 

 

ドォン!!!

「!!!?」

 

階段と施設を爆破したのだ。

 

「ちょっと何を!!!?」

「こんなものを残していたら足がつくかもしれないだろ。あいつらは戦ウ乙女(プリキュア)の存在はわかっても、俺が魔王だという確証はまだ得られていないはずだ。」

 

「……それに

今日まで有無を言わさずにこき使ってしまったんだ。この施設も楽になるべきだろ。」

「………」

 

蛍はそれ以上何も言わなかった。ギリスの哀愁漂う横顔に気づいたからだ。

考えてみれば、自分はあそこには半日にも満たない時間いただけなのだ。ギリスの方が愛着が大きいことは当然だ。

 

これはギリスの覚悟だ。ギリスはこれから名誉を取り戻す戦いに身を投じる。

その覚悟の始まりがあの施設の破壊なのだと、蛍はそう確信した。

 

 

「…わかった。行こう。」

「ファ!」

 

 

―――――――――

 

 

「やっと着いたーー!!!!」

「おいおいあまり騒ぐな。」

 

施設を出て歩いて何時間くらいたっただろう。やっと林をぬけた。

 

「それで、すぐにギルドってことに行くの?」

「いや、その前に飯にしよう。もう昼時だ。

何、金なら心配するな。しばらく何とかなるだけの貯金はできている。

元々散財するような隠遁生活は送ってないからな。」

 

「わかった。じゃああのお店なんかどう?」

「結構だ。よし、再出発記念だ。俺も久しぶりに腹いっぱい食べるとするか!」

 

この2人が女神から力を託された戦士と魔界を統べる魔王だと言って、どれだけの人間がそれを信用できるだろう。

そんな日常的な会話を交わしながら蛍とギリス、そしてフェリオは食事処へと入った。

 

 

 

「じゃあ私、このオムライスで!」

「俺はこのマッシュルームのグラタンを頼もう。あとこのトマトパスタも。

2人で食べるから取り皿も頼む。」

 

内装は西部劇に出てきそうな酒場とファミレスが合わさったようだ。蛍はそう思った。

 

「意外だねー。ギリスがグラタン頼むなんて。」

「グラタンもきのこも魔王時代からの好物だ。お前の方こそオムライスとは随分ありきたりだな。」

「私、卵とか好きなんだよねー

それに異世界(ここ)でご飯食べるの慣れてないから、あまり冒険したくないんだ。」

 

そうだった。

今目の前にいるのは異世界から来た右も左も分からないいたいけな少女なのだ。

 

魔王の地位やヴェルダーズを倒すこと以前に、自分には彼女の安全を守る義務がある。

ギリスはそう確信した。

もっとも今の自分にそれだけの力はまだないが。

 

「…お待たせしました。

オムライスとマッシュルームのグラタンです。トマトパスタは少々お待ち下さい。

ごゆっくりどうぞ。」

眉が隠れるほど長い前髪のボブカットの店員が無表情で料理を運んできた。

 

「きたきた!じゃ 食べよっか!」

「…………………」

「? どしたのギリス。

あの店員さん?確かにちょっと髪長かったかもだけど、別にそこまで気にすることじゃないでしょ?

さ!食べよ食べよ!」

「おお。そうだな。」

 

3人は黙々と料理を口に運ぶ。

これから第一歩としてギルドに登録をし、様々な依頼をこなしながら目的に向かう。そのための英気を養うのだ。

 

 

***

 

ギルドにて

「エエッ!? それってどういうことですか!!?」

「ですから、それは出来ないと言ってるんです。」

 

早くも問題発生である。



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08 ギルド結成! 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)!!

夢崎蛍は都市に来ている。

仲間になった妖精フェリオと魔王ギリスと一緒にギルドを組むためだ。

しかし、

 

「だから なんでできないのか聞いてるんですよ!!」

「ですから、ギルドマスターになれるのは17歳以上からなんです。14歳のあなたには許可できません。」

 

「第一あなたには力がありません。

職業もただの一般人でしたし、贈物(ギフト)も一般的な普通贈物(ノーマルギフト)がふたつあるだけ。

それでは装備してギルドの一員はなんとかなっても、ギルドのリーダーは務まりません。」

 

そうだった。忘れていた。

戦ウ乙女(プリキュア)の職業証明や贈物(ギフト)の表示は変身しないと出来ないのだ。

かといって戦ウ乙女(プリキュア)は忘れられた職業だ。ましてやこんな人が沢山いる場所で変身などしたら誰に何を言われるかわかったものでは無い。

 

(………じゃあ諦めるか………)

蛍の脳裏にそんな思考がよぎった。

 

「…なら、俺がギルドマスターになろう。」

そう言ってギリスが出てきた。

「ん? ギリス?

……エッッ!!?」

 

蛍が自分の目を疑ったのは、彼の姿はダクリュールを撃退する時に見せた10代後半の青年になっていたからだ。

 

 

「………わかりました。

では別室で水晶による魔力測定をしますのでこちらへ。」

 

***

 

「……ここか。」

3人が連れたれのは本当に机に置かれた水晶以外 何も無い部屋だった。

 

「この水晶に触れることで魔力を測定できます。その数値に応じて最初のクラスを決めていきます。」

 

ギリスがそれに答えることをせずにその水晶に触れると━━━━━━

 

 

パリィン

 

 

「「!!!!?」」

 

水晶は跡形もなく砕け散った。

 

「これはどうなんだ?」

「えっ ああはいはい すぐに」

 

ギルドの受付はたじろぎながら奥に走っていった。

 

 

「ちょっとギリスあれはやりすぎだって!!!」

「あれでもかなり魔力は抑えているぞ。

それに最初のクラスは高い方が高い依頼(クエスト)も受けやすいだろ。」

「にしても悪目立ちしすぎだよ!!!」

 

こうして3人はギルドとしてのスタートを切った。

蛍は心の底で不安を抱いていた。

 

 

―――――

 

 

「ん〜〜

どーしよっかなー」

 

3人は今ギルド名を決めるために話し合いをしている。

 

「そもそも私ここのギルドのことほとんど知らないからな〜」

「そんなもの知らなくてもいいんじゃないか?

知ってしまうと逆に独創性に欠けてしまうぞ?」

「やっぱり戦ウ乙女(プリキュア)の要素は入れたいファ!」

 

話がまとまらないまま時間がすぎていく。

 

戦ウ乙女(プリキュア)………

勇者………

ブレーブ………

 

 

「………じゃあこんなのはどう?」

 

 

蛍がそう言って紙に書いたのは、

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

 

 

「………なるほどな。」

「ちゃんと戦ウ乙女(プリキュア)らしさがあるファね!」

「じゃあもうこれにする?」

「待て。もう2つほど候補を挙げた方が……」

 

 

「失礼します。ギルド名はお決まりでしょうか?」

「もうちょっと待ってください。今話し合ってますので。」

「それから、あなたがたのギルドは少数精鋭ということでよろしいですか?」

 

「いや。今はまだ2人と1匹だが、これからメンバーを増やしていくつもりだ。」

「かしこまりました。では発展途上のギルドとして登録させていただきます。」

 

そう言うとギルドの職員は部屋を出ていった。

 

 

「なあ、やっぱりその【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】にしようか?」

「ギリスさえいいならフェリオも賛成ファ!」

「いいの?これ結構ありだと思ってたんだよね〜」

 

こうしてギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】が誕生の運びとなったのである。

 

 

 

―――――

蛍達がギルドを結成する数時間前

 

 

「ヤッ!ハッ!」

ここは兵士達の訓練所。

兵士達が剣の素振りを繰り返している。

 

「……………」

1人の男が窓際で深刻そうな顔をしている。

彼の名はトム・シルバ。

蛍がこの世界で出会った最初の人間である。

 

「……おい、トム。

お前まだ昨日のこと気にしてるのか?」

「……あぁ。突然消え失せたあの魔物ももちろんなんだが、あの市民の子のことが心配でならないんだ………。」

「心配するな。その子はお前に離れろと言われてから1度もお前と会ってないんだろ?きっと林の外に避難したんだ。」

「そうだといいんだが………」

「お前がこんな所で悩んでたって仕方ないだろ?

早く稽古に戻るぞ。」

「わかった………」

 

このトムという兵士は蛍という名も知らない少女を守るべき民衆として心配している。

しかし、彼は知る由もない。

彼女こそが自分が手を焼いている魔物を救う(・・)ことの出来る唯一の希望なのだということを。

 

 

――――――

 

「間違いありゃせん。親分が俺に話してくれた特徴をあのガキは全部持ってましたから。」

 

ダクリュールがはるか上の玉座に向けて自分がこの目で見たことを正確に話していた。

 

 

そうか。

 

ならいずれ始まることになるな。

 

ダクリュール。他の者共にも伝えろ。

 

ここが正念場だとな。

 

 

 

この声の主こそが

 

厄災【ヴェルダーズ】なのである。



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09 初めてのクエスト! いざゴブリンの洞窟へ!!

「ギルド 【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】 登録 完了致しました。」

今ここに戦ウ乙女(プリキュア) 蛍と魔王ギリス、そして蛍のパートナーであるフェリオをメンバーとするギルドが出来上がった。

リーダーはギリスで登録した。変身前の蛍はギルドマスターに認められなかったからだ。

ギルドの初期ランクはFからAの6段階の内 Dランクからのスタートとなった。

魔力測定の際のギリスの魔力の高さが高く評価されたためである。

ちなみに彼はまだ青年の姿を保っている。姿を保つだけならそれほど体力の消耗はないのだ。

 

「あの、早速何か依頼を受けたいんですけど、どこでできますかね?」

「依頼は向こうの掲示板に載っています。」

 

受付に案内された掲示板には、大小様々な依頼が載っていた。

しかし、

 

「あれ?魔物の討伐依頼は無いんですか?」

「魔物?」

「最近世界的に魔物の発生が問題になっているそうじゃないか。

その依頼はないかと聞いてるんだ。」

 

「その魔物は突然発生するので前もって討伐の依頼が出せないんです。」

「私達、その魔物の退治を本職にしたいと思ってるんですけど………」

「それなら、こちらを使ったください。」

 

そう言って受付が蛍達に渡してきたのは小型の水晶によるだった。

 

「……これは?」

「それは【映像水晶】です。

討伐の依頼を達成したかの証明はその水晶に記録される映像によって判断します。」

「……なるほど。」

 

 

『……それならすぐにチョーマジンと戦うべきじゃないな。』

『……そうだね。試運転がてら何か簡単な依頼から始めようか……』

ギリスと蛍がこれからについて話している。

 

 

「じゃあ何か私達が受けられそうな依頼を教えてくれませんか?」

「かしこまりました。こちらはどうでしょう?」

 

受付が見せて来た依頼は『洞窟に発生するゴブリンの群れへの対処』という内容だった。

依頼の適正ランクはEだった。

 

「わかりました。これを受けます。」

「いやらしい話になるかもしれないが、報酬の方もはっきりさせておきたい。」

「かしこまりました。

クエスト ゴブリンの群れへの対処 ギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】が承諾したということでよろしいですね?

報酬の方は60デベル。

素材の量や達成度に応じ任意で上昇。」

 

デベルとは、この世界の通貨単位である。

最小単位をベルとし、100ベルを1デベルと計算する。

ギリスからそのことを聞かされた蛍は『アメリカみたいだな』と楽天的に思った。

 

***

 

「………ここか………」

蛍はギリスと一緒にゴブリンが出没するという洞窟に来ている。

「……ハァハァ

しかしあの姿を人前に晒すのは失敗だったな。ギルドの中でずっと姿を保つとなると寿命が縮んでしまうぞ……」

 

「……じゃあ行こうか。」

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

その掛け声と共に蛍の姿はみるみるうちにキュアブレーブへと変化した。

そしてブレーブが洞窟に足を踏み入れようとすると、

 

キィキィキィ!!!

 

という鳴き声とともに緑の肌をした小鬼のような魔物がブレーブに突っ込んできた。その魔物こそが今回の討伐対象のゴブリンである。

 

しかし、ブレーブは動かない。

 

『……ブレーブ?』

「おい、何をやってるんだ?」

 

「……い、いやぁ ゴブリンをどうしたらいいのかなって………」

「何を言ってるんだ?退治(・・)するしかないだろ?」

 

「ほら、こんな風に。」

スパンッ!!!

『「!!!」』

ギリスの手刀がゴブリンの胸をパックリと割いた。ゴブリンはその場に倒れ伏した。

 

「この依頼を受けたのはお前の意思じゃないか。」

「……でっ でも私魔物の退治なんてやったことないし!!」

「じゃあ何で受けたんだ!何ならギルドに戻ってそこらの草引きから始めるというのか?

第一、お前は自分の意思で戦ウ乙女(プリキュア)になったんだろ?チョーマジンの解呪(ヒーリング)ができてなんでこのゴブリンが倒せないんだ!?」

 

蛍は返す言葉がなかった。確かに戦ウ乙女(プリキュア)になって厄災【ヴェルダーズ】と戦うなどという途方もない過酷な戦いに身を投じる選択をしたのは、紛れもなく彼女自身の意思だ。

こんなゴブリン1匹倒せずしてどうしてヴェルダーズの相手ができようか。

 

「それに、お前は昨日ダクリュールと1戦やったんだぞ?」

「それは私がやられそうになったから身を守るためにやっただけだよ!」

 

こんなものは言い訳だ。それはわかっている。自分にはまだ戦ウ乙女(プリキュア)になる覚悟が今ひとつできていなかったらしい。

ギリスは違う。彼は自分の名誉を取り戻すためにいつ死ぬかも分からないこの途方もない戦いに覚悟を持って望んでいるのだ。こういう所が彼と自分の差、元々 こちらはしがないただの中学生、向こうは魔界を統べる魔王。自分にはまだ足りないものがあると蛍は痛感した。

 

「…だったら、今回は"生け捕り"したらどうだ?」

ギリスが呆れた感情を隠しながら蛍に提案した。

 

「生け捕り?」

「そうだ。ギルドはゴブリンを対処しろとはいったが退治しろとは一言も言ってなかっただろ?だからゴブリンを生け捕りにしてギルドに引き渡す。それならできるだろ?」

 

 

「……それに俺も至らない所があった。お前はこの前まであっちの世界でただの女の子をやっていた。そんな人間にこんな過酷なことを強要するとは、俺の目も隠遁生活で曇ってしまったか……」

「そんなことないよ!戦ウ乙女(プリキュア)になったのもこの依頼を受けたのも全部私の決めたことなのにいざとなると何も出来なくて……。

でも私チョーマジンをたくさん解呪(ヒーリング)してたくさんの命を助けたいの!!!」

「……そうか。

だったらせめてこの洞窟のゴブリンくらい生け捕りに出来なくてはな。」

「うんっ!!!」

 

蛍はギリスからロープを受け取った。

そのロープを手に彼女らはこれから初めてのクエストをこなそうとしている。



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10 戦士としての自覚! VSホブゴブリン!!

シュルルルルルル

 

ブレーブの操るロープがゴブリン達の隙間を駆け抜け、あっという間にゴブリン達を縛り上げていく。

 

「…ふう。この辺りは全部終わったかな……。」

 

ブレーブのギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】は今、洞窟へゴブリンの群れを対処するという依頼をこなしに来ている。

ゴブリンを殺すことなく捕縛しているのはギルドメンバーかつ事実上のリーダーである魔王ギリスの提案のためだ。

 

「縛り方はこれであってるよね?」

「問題ない。これならそうそう抜け出ることはできないだろう。」

 

これまでに少なくとも30体以上を縛り上げた。といってもまだこの洞窟に入って少ししか歩いていないが。

 

『この洞窟ってどれくらい広いファ?』

「…そうだな。クエストに記されていた情報が正確ならまだまだ深いということになるな。」

「え? 掲示板にそんなことまで書いてあったっけ?」

「気づいてなかったのか?クエストは選び方を間違えれば死にかねないほど危険なこともあるんだぞ。そういう情報もしっかり吟味した上で選ぶのが常識だ。」

 

 

 

「……と言いたい所だがお前はまだここに来てまだ1日しか経っていないからこれから気をつけてくれれば良しとしよう。

 

それから言っておくが俺の力はあてにするな。まだほとんど戻っていないからな。昨日を思い出したら分かるだろうがちょっと力を使うだけで精一杯だ。

だからお前にはしっかりしてくれないと困るんだ。」

「分かってるよ!」

 

蛍とギリスが他愛もない言い合いをしていると、

 

 

ドスン!!! ドスン!!!

 

という地響きのような音が洞窟内にこだました。

 

「何!!?」

「もう来たか……」

 

洞窟の奥から今までのゴブリンとは明らかに体格が上のゴブリンが出てきた。

今までの3倍、いや4倍はあるんじゃないかとブレーブは直感した。第一今までのゴブリンはブレーブの身長に対し二回りも小さかったのにこのゴブリンはブレーブの身長をゆうに超えていたのだ。

 

「……気をつけろ。やつは"ホブゴブリン"だ。」

気がつくと、そのホブゴブリンの周りにも大量のゴブリンがいた。確か受付から聞いた情報ではゴブリンは言葉こそ話せないが仲間との団結力や頭脳な侮れたものではないと。

 

「おそらく、お前のロープを逃れたゴブリンの一体がリーダーのホブゴブリンを中心に増援を呼んだんだろう。」

 

ブゥン!!!

 

ホブゴブリンが唐突に手に持っていた棍棒を振り上げ、

 

ズドォン!!!!

 

ブレーブ目掛けて振り下ろした。

ブレーブはそれを間一髪 バク転で回避した。

 

(………!!!!

なんてスピード!!! 近づくのが見えなかった!!!!)

 

ホブゴブリンが追い打ちをかけるようにブレーブに向かって突っ込んでくる。

 

〘(強固盾(ガラディーン)!!!!)〙

ホブゴブリンとブレーブの体がぶつかる瞬間にバリアを展開した。

ホブゴブリンは自分の衝撃を全て受けて後方に激しく吹き飛んだ。

 

(今だ!!!)

 

リーダーが吹き飛ばされて動揺するゴブリン達の一瞬の隙をついてホブゴブリンに着いてきたゴブリン達を一瞬で縛り上げた。

そしてそのゴブリン達を後ろのギリスの方へ投げ渡した。

 

……貴様………

 

それは、ホブゴブリンの声だった。声と呼ぶにはあまりに禍々しく、例えるなら保険の特別授業で習った薬物乱用による幻聴。

もし自分にそれが起こったなら多分今と同じ声だろう。

ブレーブはそう実感した。

 

……俺のかわいい手下達を全員(・・)捉えるとは舐めた真似を……

 

全員(・・)?そう。

それは良かった。」

 

 

「じゃああなたを倒せばそれで終わりなんでしょ!!!?」

 

ブレーブは瞬時にブレイブ・フェデスタルを変形させて乙女剣(ディバイスワン)を発動した。

女神の意志を受け継ぐ戦士 戦ウ乙女(プリキュア) がついに腹を括った。

 

自分はこのホブゴブリンを倒さなければならないと自覚したのだ。

 

 

……面白い……

 

……やってみたらどうだ………

 

 

ホブゴブリンが棍棒を構えて向かってくる。

 

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー) が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ) が発動しました。』

 

ブレーブものっけから本気だ。

 

ブレーブはホブゴブリンの大振りの攻撃をジャンプで躱し、目を狙って攻撃を加えた。

ホブゴブリンもブレーブの攻撃を間一髪で躱し、致命傷を逃れた。

 

さらに棍棒の横なぎの攻撃も躱し、追撃の振り下ろしの攻撃も強固盾(ガラディーン)で受けた。

昨日のチョーマジンやダクリュールとこのホブゴブリンにどれだけの差があるかは分からないが、確実に昨日よりこちらへのダメージは減っていた。戦士として腹を括った自分に応えているようだった。

 

(いける!!)

 

 

ガッキィン!!!!!

 

ブレーブはホブゴブリンの棍棒を弾き飛ばし、二回り以上もある体躯を仰け反らせた。

 

その瞬間、

 

スパン!!!

 

ブレーブの乙女剣(ディバイスワン)がホブゴブリンの喉を裂いた。

彼女が傷つけたのは頸動脈だ。

気絶以上 絶命未満の力加減で。

 

ホブゴブリンは喉から血を吹き出し、倒れた。

すかさず蛍はホブゴブリンをも縛り上げた。

ロープをさらに編み込んで縄にして。

そしてホブゴブリンの喉の傷口を圧迫して止血もした。

 

 

「どう? 初仕事の成果は?

上出来でしょ?」

「…あくまで生け捕りに専念したか。

スマートな女だよ。お前は。」

 

ブレーブとギリスは満足そうに微笑みあった。

ギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】の初仕事はこれにて完了となる。



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11 クエストクリア! 早くもランクアップ!?

「…我々はどうやら、あなたがたを低く見積もりすぎていたようです。」

生け捕りにしたゴブリンの群れを引き取り来きたギルドの職員が蛍達にそう言った。

 

「まさか生け捕りの方が難しいとは思わなかった。退治していいのか分からなかったからロープで縛り上げただけなんだがな…」

 

職員と話しているのはギリスだ。

表向きは彼がこのギルドのリーダーだからだ。おそらく職員はギリスがゴブリン達を捕縛したのだと思っているだろう。

 

職員の話によると、ゴブリンだけでなくクエストで対象になる魔物の大半は生け捕りにした方がいいらしい。

生きたままの方が効率よく素材を採取できるからだ。

 

「じゃあこのゴブリン達の対処は任せていいんですね?」

「ええ。詳しく計算しないと分かりませんが、少なくとも報酬は2倍以上はかたくないと思われます。

ちなみに、生け捕りより討伐した方がいい魔物の例は、素材があまり取れない場合や、巨大で存在するだけで人々の安全に差し支えるような魔物が当てはまります。」

 

そうして、ギルドの人間たちは縛られたゴブリン達を全員荷台に乗せた。

 

「では我々はこれで失礼します。報酬の方はどれくらい増えたかを詳しく計算する必要がありますので、明日 またギルドにいらしてください。

それから、我々のギルドの署長があなたがたに詳しく話を聞きたいそうなので、もしよろしければいらしてください。」

 

ギルドの人達はその場を去っていった。

 

 

「…ギリス、どうする?」

「行くしかないだろ。そもそも俺たちの今の拠点はそこなんだから。」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「君らが【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】か!

今回の活躍は聞いているよ!」

 

この明るそうな初老の男性がここのギルドの署長なのだと言う。

 

「まぁなにか飲みながらはなそう。座ってくれ。」

 

蛍とギリスは署長の前に座った。

 

「要件は何なんだ?」

「まずは君らに心から礼を言いたい。

というのもゴブリンというのは実に厄介な魔物なのだが高ランクのギルド達には軽視されがちであまりクエストが受注されていないのだ。だから今回のような活動があると我々はとても助かるのだよ。」

 

 

一休みするかのように署長はカップに入れられた飲み物を口につけた。

 

「━━━それでどうだろう。ギルドのランクをあげてはみないか?

そうすれば周りの目を気にせずにさらに高いランクのクエストも受けやすくなる。

それに周囲から白い目で見られることもなくさらに高い報酬を払うことも出来る。

だから━━━━━」

「それは遠慮しておきます。」

 

そう話を遮ったのは蛍だった。

 

「どうしてだね?

いくら発展途上のギルドとはいえ、ランクが上がれば周囲の評価も高くなる。

これは生々しい話になるが、君らのような急成長するギルドを疎ましく思う心無いやつらも少なくないんだ。

だからそういう者たちに目をつけられないためにもランクは上げておいた方が━━━」

 

「馬鹿馬鹿しい。

たかが格付けに翻弄され、下を見て満足しているような小物共に俺たちが潰されるとでも言いたいのか?」

 

ギリスも蛍の意見に賛成していた。

彼が知らないとはいえ魔王としての誇りにかけて今の軽く見られた発言は聞き捨てならなかった。

 

「それに私たちはまだまだ未熟なんです。

今のDランクからのスタートだって買いかぶられてると思ってます。

だから、ギルドのランク上げはこれから経験を積んでもっとギルドが発展してから申請したいんです。」

 

「……そうか。あくまでもそれは君達の自由だからな。気が変わったらいつでも申請してくれたまえ。」

 

***

 

蛍達がギルドの署長室から出てくると、3人に注目が集まった。

昨日結成したばかりの新米が署長から声がかかったとなれば、それも当然である。

そして、

 

「おいおい。署長からお呼ばれなんていいご身分じゃねぇかよ」

 

そんなことを言いながらギルドマスターのギリスの肩に酔っ払った冒険者の男が絡んできた。

ギルドは冒険者達の拠点なので、依頼の掲示板だけでなく食事処や酒場も完備してあるのだ。

だから、このような酔っ払いも当然発生する。

 

 

(やっぱり!だから言わないことじゃない!)

小窓から蛍達を見ていた署長が悔しそうに心の中で言った。

 

しかし、

絡んできた男の腕がギリスの肩から外れた。

そして蛍達はそのままギルドを出ていく。

 

不審に思った男の仲間のギルドの人間が駆けつけると、奇妙な、そして衝撃の事実が分かった。

 

その男は立ったまま(・・・・・)気絶していたのだ(・・・・・・・・)

 

 

***

 

「ねぇ、さっき何をしたの?」

ギルドを後にした蛍がギリスに聞いた。ギリスは既にギルド内で続けていた青年の姿から少年の姿に戻っている。

 

「指先に魔力を込めて、腹をこう

ブスッ とな。」

 

ギリスはそう得意げに指を立てながら彼の腹に魔力を込めた一本貫手を打ち込んだことを伝えた。

 

「……ハハ。怖いことするんだね。

殺しちゃった感じ?」

「さあな。お前の目の前だ。死なないように加減はしてやったつもりだが、生きている確証はない。

もっとも、どちらにしても下を見て一喜一憂するようなあんな男、どうせ早かれ遅かれ行き倒れるものと相場は決まっている。

それに俺も早く元の姿に戻りたくて内心穏やかじゃなかった。平常心ならもっと穏便に済ますことができたかもしれない。」

 

そんな少し殺伐とした会話を交わしながら通りを歩いていると、いつの間にか日が傾いていることに気づいた。

 

「そろそろ寝る所でも探さない?」

「そうだな。近場で探すとするか。」

 

こうして蛍とギリスの初仕事は全て滞りなく終わったのである。



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12 一触即発! 対峙する女神と魔王!!

カーッ クーッ

 

蛍がベッドで熟睡している。

現在はまだ夜の9時過ぎだ。

彼女の向こうでの生活習慣がどんなものだったかは知らないが、随分早い夜だと思ったが、今日は朝から歩き続けて都市へ行き、さらにそこから洞窟でホブゴブリンと交戦したのだ。戦ウ乙女(プリキュア)の肉体に負担をかける解呪(ヒーリング)こそ使っていないが、疲労度は昨日と大差ないだろう。

 

ギリスはまだ寝ない。寝れないのだ。

「ギリス、まだ寝ないファ?」

「馬鹿をいえ。まだ9時をすぎたばかりだぞ。

……と言っても、こんな自分が情けない。」

「ファ?」

「だってそうだろ?

私はまだこんなにピンピンしてるのに、蛍は既にヘトヘトだ。魔王であるこの俺があんな女に重荷を背負わせているんだ。

つくづく自分の無力さが嫌になるよ。」

「そういうことファ………」

 

「…そうだ。戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)、あの女神と話すことはできないのか?」

「簡単ファよ。」

 

ゴトッ

 

フェリオは机に占いで使われそうなサイズの水晶を置いた。

そして水晶から何かが浮かび上がってくる。

それは蛍に戦ウ乙女(プリキュア)の力を与えた女神 その人だった。

 

「……久しぶりね。魔王ギリス君。

ヴェルダーズにハメられてからの生活はどうだったかしら?」

「!!!?」

開口一番、女神は魔王に煽るようなセリフを吐いた。

その唐突な言葉にフェリオはひどく驚いた。

 

「……俺だけがハメられたみたいな言い方をするなよ。女神 ラジェル。

貴様こそヴェルダーズの力でこの世界から叩き出されて何年も異世界ぐらし。まるで田舎でぼそぼそと生活する老婆のようじゃないか?

ここからじゃ貴様の面に小じわが増えてないか確認出来ないのがもどかしいよ。」

『ちょっとギリス!!! なんてこと言うファ!!!!』

 

無論のこと、フェリオは女神ラジェルと魔王ギリスが不仲であることはわかっていた。しかし、ここまで険悪になっているとは想定外だった。

 

女神 ラジェル

女神と言うが人智を超えるような存在ではなく、魔王のように普通の人間でも接触が可能な存在である。

しかし今はヴェルダーズの術中にはまり、別世界での生活を余儀なくされた。

 

そこで彼女は忘れられた職業である戦ウ乙女(プリキュア)を復活させることに時間を費やした。

そして彼女は元の世界に戻れない自分の代わりに職業のエネルギーと自分のエネルギーを使った生命体を作ることにした。それがフェリオ達戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)なのである。

例えばフェリオは勇者のエネルギーと女神ラジェルのエネルギーから生まれた存在なのである。

 

「…それで、わざわざ私を呼びつけた用って何かしら?」

「相変わらず神経に障る女だ。

…まぁいい。なんであんな女を戦ウ乙女(プリキュア)に選んだ?」

「どういう意味かしら?」

「そのままの意味だ。なんであんなちっぽけな女にヴェルダーズを倒すなんていう重荷を背負わせたんだと聞いているんだ。」

 

「愚問ね。

彼女こそが勇者にふさわしいと私が判断したからよ。」

「勇者は神が選ぶ存在だと言うが、貴様の目も腐り果ててしまったらしいな。」

「…じゃあなんで、あなたは彼女のお世話なんてしてるのかしら?」

「…あいつは異世界者なんだ。あいつを理解できるのはこの世で俺しかいない。だったら俺が面倒見るしかないだろ。」

 

「…あなたの方こそずっと子供の格好で過ごしてロリコンにでもなっちゃったんじゃないの?」

「……ヴェルダーズの前に貴様の喉からかっ捌いてやろうか?」

 

2人とも干渉できないのをいいことに、女神も魔王も罵りあっている。

お互い長年の隠遁生活のせいでストレスが溜まりまくっているのだろうとフェリオは結論づけた。

 

「……それで、後 何人必要なんだ?」

「すぐに戦える媒体(トリガー)はフェリオを含めて6人用意してあるわ。

クエストにうつつを抜かすのも結構だけど、早く戦ウ乙女(プリキュア)を増やして欲しいものね。」

 

「……2人目の目星ならつけてある。貴様もよーく知ってる女だ。」

「へぇ。誰かしら?」

 

「俺の同期、

 

リルア・ナヴァストラだ。」

「あぁ! リルアちゃん!

懐かしいわね。戦ウ乙女(プリキュア)になったら私も会ってみたいわね!」

 

「……あの、ギリス、そろそろ水晶の効果が切れるファ。」

「そうか。

それじゃあな。一生そこで1人寂しく過ごしていろ。」

「あなたこそその力の抜けた格好の方がずっと魅力的よ。」

 

最後まで悪態をつき合って一触即発の話は終わった。

途端にフェリオの腰が抜けた。時間にしたら10分にも満たないはずの会話がまるで何十時間にも感じられた。

 

蛍はこんなにギスギスした空気のそばでも構わずに熟睡している。

ギリスはその隣のベッドに横になった。

 

「…ギリス、もうちょっとラジェル様と仲良く出来ないファ!?」

「…貴様、俺に従属官(フランシオン)を辞めて欲しいのか?

それと前から貴様のその口の利き方も気に入らなかったんだ。ラジェルと同格の俺に対してのな。」

 

「……分かったファ。ごめんなさいファ。」

 

そう言ってフェリオも蛍の隣に横になった。ギリスは今機嫌がすこぶる悪いからこんなに冷たいんだと結論づけた。

 

「…それから、明日にはもうこの都市を出るぞ。リルアを探しに行くんだ。

…おい、聞いてるのか?」

 

フェリオはもう眠りについていた。

 

「………………」

(全く、昔の友達とあんな大人気ない喧嘩をした挙句 無関係のヤツにあんなに冷たく接するとは………)

 

 

なあ、ギリス。

一体お前のどこが魔王だというんだ?

 

その質問に答える者がいるはずもない。

睡魔が彼の意識を奪うまで、ギリスはベッドの上で虚しい時間を過ごすこととなった。



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13 戦士の決意! 2度目の解呪(ヒーリング)!!

……じゃあ こんな感じかな?

……違う違う!もっと弱火で焼くんだファ!

 

そんな会話がうっすらと聞こえてきた。

ギリスは目を覚ました。いつの間にか眠りについていたらしい。

 

「……何 やってんだ?」

 

ギリスが起き上がると、目の前のキッチンで蛍がフェリオと何かをやっていた。

この宿の部屋はワンルームなので、ベッドとキッチンは離れているとはいえ、起き上がるとすぐ見える位置関係にある。

 

「あぁ! おはよう ギリス!

朝ごはん、もう少しでできるから待ってて!」

「蛍が作ってるファよ!早く顔と手を洗って来るファ!」

 

「…そうか。」

 

ギリスは朝の支度を軽く済ませ、机に座った。

 

スクランブルエッグ

レタス 数切れ

トースト

牛乳

 

それが蛍が作った朝食だった。

 

「…いただこう。」

ギリスはまずスクランブルエッグを口に運んだ。

蛍とフェリオも一緒に自分で作ったご飯をパクパクと食べている。

 

「……なぁ、フェリオ。」

「ん?フェリオ?」

 

「昨日のことは俺が悪かった。忘れて欲しい。俺はお前の主人と同格だが、それ以前に俺たちは仲間だからな。」

「? 何言ってんの?」

「なんでもないファ。」

 

フェリオがこうも簡単に水に流すことが出来たのは、彼が本心じゃないとわかっていたからだ。

 

「それで、今日はこれからこの街を出ようと思うんだ。ギルドの正確な報酬を元手にしてな。しばらくはクエストをこなしながらリルアを探すことになりそうだからな。」

「わかった。」

 

これからもずっと忙しくなる。元々自分はそんな運命に身を投じたのだ。蛍はそのことを再確認した。

 

「いつくらいに出るの?」

「今は7時過ぎだから、支度を済ませても9時ぐらいになるだろうな。

ギルドとも連絡をつけておかなければならない。」

 

 

「まあ 今は食べようじゃないか。」

「そうだね。」

 

***

 

「もしもし、俺だ。そうそう。勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)だ。昨日の報酬の計算は済んでいるんだな。じゃあすぐにそっちに向かう。」

 

ギリスが宿のロビーで【通話結晶】を応用した電話を使ってギルド本部と会話をしている。

 

「じゃあもうチェックアウトするんだね?」

「そういうことだな。ホテル代は気にするな。金銭は俺に任せておけばいい。」

 

宿の鍵をフロントに返して、蛍達は宿を後にした。

 

――――――――

 

「こちら、昨日のクエストの報酬の150デベルになります。ご確認ください。」

そう言ってギルドの職員はギリス達に数十枚の硬貨を手渡した。

この報酬が正確なら、クエストの完遂と素材の量を合わせて蛍の世界の計算で15000円になるはずだ。

 

「問題無さそうだ。」

ギリスは硬貨を懐にしまった。

 

 

『ねぇ、そのリルアっていう子をどうやって探すの?』

『ここから少ししたところに人探しを受けているギルドがある。そこを足がかりに探すつもりだ。』

『手がかりはあるの?』

『髪色と名前なら分かる。もっともそれだけで分かるくらいなら苦労はないがな。第一俺とあいつは苦楽を元にした魔王仲間なんだ。俺の元の顔を一目見れば分かるはずだ。』

 

 

次にギリスと蛍は署長室に来た。

「何、人を探している?」

「あぁ。専門のギルドにも頼むつもりだが、一応お前たちにも協力して欲しいんだ。」

「ギルドにスカウトしようと思っているんです。」

 

「…分かった。ゴブリンの群れの一件もある。私が手配しておこう。」

「そうして貰えると助かります!」

 

 

そして蛍とギリスはギルドの門を出た。ギルドを守る衛兵に門までの警護をされながら。

 

「ではしばしの別れだな。諸君のより一層の活躍を期待しているよ。」

 

蛍もお礼を言おうと口を開いた

 

 

 

その時、ホタルの頭の中に冷たい何かが走った。嫌な予感。今 感じたものを表現するならそれ以外に方法はなかった。

 

 

固有贈物(ユニークギフト) 嫌ナ予感(ムシノシラセ)が発動しました。』

(……!!? 何!!? 嫌ナ予感(ムシノシラセ)って!!?)

 

嫌ナ予感(ムシノシラセ)

固有贈物(ユニークギフト)

ヴェルダーズと関わりを持つ者が活動を一定範囲で活動を行った時に、そのことを脳内に知らせる戦ウ乙女(プリキュア)固有贈物(ユニークギフト)

 

 

「ん? 2人ともどうしたのかね?具合でも悪くなったか?」

「……すまない。ここを出るのはもう少し後になりそうだ。」

「えっ?それはどういうことかね?」

 

その言葉を聞き終わる前に蛍とギリスは走り出していた。

 

「お前も感じていたか!あれは間違いなくチョーマジンの気配だ!!」

「どれくらい近くにいるか分かる!?」

「割と近いぞ!昨日のゴブリンの洞窟の近くの山辺りだな!!」

「分かった!急ごう!」

 

 

 

―――――

 

 

そこにチョーマジンがいた。

と言っても昨日とは違い、黒い翼と鋭い嘴を持っていた。

 

「………カラス?」

「あぁ、そうだ。あれはきっと鳥類を乗っ取ったチョーマジンだ。植物を乗っ取ることができるなら、鳥類を乗っ取ることもわけはないだろう。

理論上の話でいくなら、人間だって不可能ではない。」

「そんな………!!!!」

 

蛍は少なからずショックを受けた。今までも数多くの植物や動物がチョーマジンにされてきたに違いない。

そして彼女が戦ウ乙女(プリキュア)になったのはつい昨日か一昨日の話。

つまり、それまでにも間違いなく動植物の命が失われたということだ。

その瞬間、蛍の決意が固まった。

 

「……やるよ。フェリオ。」

「蛍?」

戦ウ乙女(プリキュア)になるんだよ!!早くブレイブ・フェデスタルを出して!!!」

「わかったファ!!!」

 

今まさに、キュアブレーブの2回目のチョーマジンの浄化が始まろうとしていた。



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14 解呪(ヒーリング)失敗!? 絶体絶命の戦ウ乙女(プリキュア)!!

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!

 

その掛け声と共に蛍は三度 戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブに変身した。

そして両手に乙女剣(ディバイスワン)を構え、上空を飛んでいるカラスのチョーマジンに飛びかかった。

 

 

ガッキィン!!!

 

ブレーブの剣の攻撃をチョーマジンは翼で受けた。

 

ビリビリとブレーブの両手に痺れが伝わってくる。チョーマジンの翼がとてつもなく硬いのだ。

チョーマジンは翼を払ってブレーブを弾き飛ばした。しかしブレーブもすぐに着地して体勢を立て直す。

 

「……ブレーブ……!!」

「ギリスは手を出さないで!!

私はね、あの女神様に助けられて託されてるの!!!

だから、チョーマジン1匹くらい、一つの命(・・・・)くらい助けられなきゃダメなの!!!!」

 

チョーマジンが追い討ちをかけんとブレーブに突っ込んでくる。くちばしでの攻撃だ。チョーマジンはブレーブの心臓に狙いを定めていた。

 

 

強固盾(ガラディーン)!!!!

 

 

チョーマジンのドリルのように回転するくちばしをブレーブのバリアが迎え撃った。

 

その衝撃で辺りに火花が飛び交った。

 

 

バキン!!!!

 

ついにチョーマジンのくちばしがブレーブをバリアごと吹き飛ばした。

ブレーブはさらに後ろへ飛んだが、着地ができず地面に叩きつけられてしまう。

 

クァーーーー!!!!

 

チョーマジンが止めを加えんと、ブレーブに迫ってきた。

 

まずい!!!

そう思ってブレーブが体勢を立て直そうとしたその時、

 

ガキン!!!

 

チョーマジンが仰け反った。

ブレーブの前には少年の姿のままのギリスが脚を高くあげていた。

彼がチョーマジンの顎を蹴りあげたのだ。

チョーマジンは地面に背中から倒れた。

ノックダウンである。

 

「……ギリス!!」

「……主人を助けようとしない従属官がどこにいる?

俺はお前のようなちっぽけな女に守られるほど落ちぶれた覚えはないぞ!!!」

 

「体だけならこのままでも戦える!!

俺がやつの気を引くからお前は隙を見て解呪(ヒーリング)を叩き込め!!いいな!!?」

「わかった!!!」

 

今の夢崎蛍は1人ではない。こんなにも頼もしい魔王(なかま)がいるのだ。

そう考えると勇気が湧いてくる。それが勇者の特権なのか、はたまた魔王のおかげなのか、今のブレーブにはどちらでもいいことだった。

 

 

「いくぞ!!!!!」

『「わかった!!!!!」ファ!!!!!』

 

まずギリスがチョーマジンの懐へ一瞬で潜り込み、腹を蹴りあげた。

究極贈物(アルティメットギフト)は使っていないが、それでもひるませるならそれで十分だった。

 

「やああぁぁぁ!!!!」

ブレーブが蹴りで怯んだチョーマジンのくちばしを掴み、地面に投げつける。

叩きつけられた反動で浮き上がったチョーマジンの体をブレーブはさらに蹴り飛ばした。

飛ばされたチョーマジンは地面をけって飛び上がり、ブレーブ達との距離を取る。

 

そこからチョーマジンは翼を交差させる構えをとった。

そして、ブレーブ達に翼を飛ばしてきた。

 

ブレーブとギリスはそれを後方に跳んで回避する。

 

「!!?」

 

ブレーブが驚愕したのは、翼が当たった地面が小さく、そして深く穴が空いていたからだ。おそらく強固盾(ガラディーン)でも受けきれていたか怪しい。

 

「油断をするんじゃないぞ!

手の内が分からない相手なら尚更な!!」

 

ギリスはこういう時に的確な指示をくれる。

やっぱり今の自分にはこんな仲間が必要なんだとブレーブは再確認した。

 

翼を撃ち終えたチョーマジンはまたしてもブレーブに向かってきた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

 

ここに来てやっと究極贈物(アルティメットギフト)の登場である。

 

ブレーブは姿勢を低くしてチョーマジンのくちばしの攻撃を流し、その勢いを乗せて腹を蹴り飛ばした。

 

これにはチョーマジンも効いたようで、遠くへと飛ばされた。

チョーマジンはそのまま大木に叩きつけられ、グロッキー状態になった。

 

「フェリオ、そろそろやるよ!!」

『わかったファ!!』

 

 

解呪(ヒーリング)!!!!!

その力を乙女剣(ディバイスワン)に込めて、鋒をチョーマジンに向ける。

 

「!!! よせ!!!!」

 

ギリスの声はブレーブに届かなかった。

 

 

《プリキュア・ブレーブガリバー》!!!!!

 

剣から放たれたピンク色の光がチョーマジンに向かっていく。

 

 

その時、起きてはならないことが起こった。

なんとチョーマジンが息を吹き返し、驚異的な瞬発力でブレーブガリバーの光を跳び上がって躱したのだ。

 

「!!!!? そんな!!!!!」

 

生命というものは命の危険に晒されると、とてつもない潜在能力が目覚めることがある。

それはチョーマジンも例外ではない。

このチョーマジンは決して余裕などなく、今のブレーブの攻撃を間一髪で躱して見せたのだ。

少なくともギリスはそう確信していた。

 

しかし、今はそれどころではない。

蛍の体がもう限界なのは昨日の今日で既に確認済みだ。早い話、かなり不味い状況にある。戦況が一瞬にしてひっくり返ったのだ。

 

案の定ブレーブは襲い来る疲労と精神的ショックでその場に座り込んでいた。

一方自分にはこのチョーマジンを殺すことは出来ても、少なくとも中のカラスを救う術は持っていなかった。

 

 

チョーマジンがここぞと言わんばかりにブレーブに強襲をかけた。

ギリスもせめてブレーブだけでも助け出そうとしたが、既に体は言うことを聞かなくなっていた。

 

 

 

***

 

 

 

その時、ブレーブとギリスの目に映ったのは、あまりに予想外の光景だった。

 

 

白い軍服を来た人間がチョーマジンを蹴り上げたのだ。

その軍服の丈はかなり長く、背中には3つの星が刻まれていた。

 

 

「お怪我はありませんか?

お客様(・・・)。」

「………エエッッ!!!??」

 

その声に確かに聞き覚えがあった。

昨日の食事処で自分たちに料理を運んできたボブカットの店員の声だ。

 

昨日の店員

謎の軍服

チョーマジンを蹴り上げた

私を守ってくれた。

 

様々なことが同時に起こり、ブレーブの頭の中は混乱していた。

 

 

「……やっぱりあいつ、ただ者じゃなかった………!!!」

沈黙を破ったのはギリスだった。

 

「…それにあの服は、

星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 だけが着ることの出来る服だ!!!!」



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15 星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長! ハッシュ・シルヴァーン!!

星聖騎士団(クルセイダーズ)

それは、ギリスが現役の魔王の頃から存在した騎士団である。

約10部隊ほどで構成され、その隊長は職業に聖騎士(パラディン)を持つ。

そして隊長が袖を通す軍服の背中には星が刻まれているのが特徴である。

 

しかし、三番隊 隊長であるはずのこの男は剣を持っていなかった。

 

「……解析(アラナイズ)!!」

ギリスが残りの力を使って彼を解析(アラナイズ)した。

 

名前:ハッシュ・シルヴァーン

年齢:16

種族:人間族

性別:男

職業:聖闘士(パラディア)

贈物(ギフト)

 

上級贈物(スーパーギフト)

跳躍(グラスホッパー)

 

固有贈物(ユニークギフト)

罪之告白(エンマチョウ)

 

究極贈物(アルティメットギフト)

拳闘之王(ヘラクレス)

武将之神(スサノオ)

 

それが彼のデータだった。

 

聖騎士(パラディア)だと……!!?」

ギリスは困惑した。星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長でも究極贈物(アルティメットギフト)を持っているものは稀だったが、それよりも職業 聖騎士(パラディン)を持っていない隊長は見たことがなかった。

 

 

「……やはり、あの予感は間違ってなかった……!!」

「……ギリス? どうゆう事?」

「あの食事処で感じたんだよ!ヤツにただならぬ気配をな!!」

 

「……本当ですか。悟られないよう努力はしていたつもりだったんですが。」

その男も沈黙を破った。

チョーマジンはまだダウンしている。彼が手を出さないのは、彼にもこのチョーマジンを解呪(ヒーリング)する方法がないからだ。

 

「……えっと……

あなたは一体………

なんで私の事を………」

ブレーブが彼に遠慮気味に聞いた。

 

「僕は星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン。

あなたがた 戦ウ乙女(プリキュア) ホタル・ユメザキ と 魔王 ギリス=オブリゴード=クリムゾンとの接触を命じられて参りました。」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)……?」

『この世界でいう軍隊みたいなものファ。』

「なぜ俺の正体を知っている!?

誰の命令でここに来た!!?」

 

「その質問にはこの魔物を退治した後で答えます。さあ早く離れて」

 

 

その言葉を言い終わる前にチョーマジンははね起き、ブレーブに強襲をかけた。

 

しかし、その攻撃は外れた。

 

 

「……言い終わる前に攻撃するなんて。

やっぱり品性のないケダモノだ………」

「えぁ、 ちょっ………」

 

ハッシュがブレーブを助けた。

お姫様抱っこで抱えて、チョーマジンから離れたのだ。

 

戦ウ乙女(プリキュア)解呪(ヒーリング)はまだ使える?」

『何言ってるファ!ブレーブはもうヘトヘトなんだファ!これ以上 無理強いしてどうするつもりだファ!!!』

フェリオのこの啖呵は紛れもなくブレーブを気遣ってのものだった。

 

「……分かりません。

でもやれることはやるつもりです!!!」

「……そう。じゃあ少しでも回復したら教えて欲しい。それで後は僕が何とかするから。」

 

そういうとハッシュは姿勢を低くして構えた。

「! まさか、ブレーブを抱えたまま戦うつもりか!!!?」

『そんなの無茶ファ!!!

相手はヴェルダーズの力を受け継ぐ魔物ファよ!!!?』

ギリスとフェリオの叫びを彼は聞き流した。

 

案の定チョーマジンはハッシュに向かってくる。ハッシュはそれを━━━━━━━

 

 

跳び上がって回避した。とても高く。

しかも、贈物(ギフト)を使わずに純粋な脚力だけで。

 

「ちょッッ!!!

高い高い高い!!!!」

あまりの高さにブレーブは慌てふためいているが、ハッシュの意識はチョーマジンの次の攻撃に集中していた。

 

チョーマジンは跳び上がったハッシュをクレー射撃をするかのように羽で狙い撃ちしようと飛ばしてきた。

ハッシュはそれを身をよじって躱した。無論ブレーブも一緒に。

 

「……バランスは保証できない。」

「エッ!? それってどういう………」

ブレーブの言葉を聞き終わる前にハッシュは崩れた体勢を利用してチョーマジンへ急降下した。

ブレーブは咄嗟の判断で彼にしがみつき難を逃れている。

 

 

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。』

ブレーブがそう聞いた瞬間、ハッシュの脚のスピードが格段に上がった。

そしてそのまま彼はチョーマジンの脳天にオーバーヘッドキックを叩き込んだ。

 

 

拳闘之王(ヘラクレス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:自分の筋力や身体能力を引き上げる。

 

チョーマジンはその反動で地面にバウンドした。

ハッシュはその隙をついてブレーブから片腕を離し、拳をチョーマジンの腹部に付けた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 武将之神(スサノオ)が発動しました。』

 

ボッッ!!!!

 

という音が響き、チョーマジンは後方に吹き飛ばされた。

 

 

武将之神(スサノオ)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:自分が行う攻撃による衝撃を何倍にも引き上げる。

 

チョーマジンはまたもグロッキー状態になった。

 

「すごい………!!!!」

「今なら絶好のチャンスだ。戦ウ乙女(プリキュア)、まだ解呪(ヒーリング)は使えないの?」

「あぁ。ちょっとなら使えるかも!」

「それで構わない。あとは僕に任せろ!」



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16 ハッシュの解呪(ヒーリング)! 星聖騎士団(クルセイダーズ)の目的!!

「……任せる……?」

ハッシュはブレーブにそう言ったのだ。

 

「そうだよ。君の解呪(ヒーリング)の力を僕が使うから。」

『そんなの無茶ファ!!解呪(ヒーリング)戦ウ乙女(プリキュア)しか使うことの出来ない固有贈物(ユニークギフト)なんだファ!!!

それに今のブレーブには少しの解呪(ヒーリング)しか使えないのに、それで何が出来るっていうんだファ!!!』

 

 

「……"体内に撃ち込める"としたら?

体の中にその少しの力を効率良く流し入れられるとしたらどう?」

『そんなことできるわけが……!!』

「いいからぼくに任せて。」

 

そう言ってハッシュはブレーブを下ろした。

戦ウ乙女(プリキュア)、僕の手を握ってそこに解呪(ヒーリング)の力を!」

「……わかった!」

 

 

解呪(ヒーリング)!!!!

 

ブレーブは自分の力がハッシュに伝わっていくのを実感した。

しかし、本当に彼が解呪(ヒーリング)を使えるのか、そして体内に撃ち込めるのか と半信半疑ではあった。

 

「……よし。 ありがとう。

やつもそろそろ起きてくる。」

 

チョーマジンは意識を取り戻し、ハッシュに狙いを定めた。くちばしでハッシュの心臓を撃つつもりなのだ。

 

チョーマジンのくちばしによる突進攻撃をハッシュは屈んで躱した。

そしてがら空きになった腹にたった今ブレーブから受け取った解呪(ヒーリング)を乗せた掌底突きをカウンターで食らわせた。

 

少しの間そのままだったが、すぐに変化は訪れた。

まずチョーマジンの口や目からピンク色の光が溢れ出た。そしてチョーマジンの表情が苦しそうな表情から昨日と同じようにやすらいだ表情になり、いつの間にかそこには普通の鳥しかいなかった。

 

ブレーブもフェリオもその一部始終を半ば呆然と見ていた。彼は今あのごく少ない解呪(ヒーリング)の力でチョーマジンを浄化して見せたのだ。明らかに自分より戦ウ乙女(プリキュア)の力を使いこなしている。まるで予め知っていたかのように。

 

「…どう?これがチョーマジンのちゃんとした対処の仕方でしょ?

さしずめ名前をつけるなら、

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》

 

ってところかな?」

 

ハッシュは口にうっすらと笑みを浮かべて得意げにそう言った。

 

「おい、チョーマジンは終わったのか?

だったら答えて貰うぞ。貴様は誰の差し金だ!!?」

「差し金だなんて人聞きの悪い。さっきも言ったでしょう?僕はあなたがたに接触を命じられて来ただけだと。」

 

「だから何で俺の正体や戦ウ乙女(プリキュア)のことを知ってるのかと聞いているんだ!!百歩譲って俺の正体はいいにしても蛍はまだ戦ウ乙女(プリキュア)になって間もないし、人前で変身もしていないはずだぞ!!!

それなのになんでお前が知っているんだ!!!」

「ちょっとギリス 落ち着こうよ!」

 

「総隊長は自分の名前を貴方に教えたらそれで全て分かってくれると言っていました。

詳しい話は都市に戻ってからにしましょうよ。今頃ギルドは困惑しているはずですよ。」

「あぁ!そうだった!早く戻らなくちゃ!!」

 

蛍はそう言ってギリスを半ば強引に都市へと引っ張って行った。

 

 

***

 

 

「……にわかには信じられんな。突然発生した魔物を君らが早急に対処したなんて。」

 

蛍達はギルドの署長に突然離れたことをわび、その理由を1から10まで説明した。

 

「しかしこの【映像結晶】にはちゃんと記録されている。」

 

その結晶の映像はギリスによって改ざんされ、蛍は変身せず青年姿のギリスがチョーマジンを退治したという内容に書き換えられた。蛍が戦ウ乙女(プリキュア)だとばれたらどうなるかわからないからである。

 

「…これはまた報酬を払わねばならんな。」

「それは向こうでやる。」

 

「それで、もう行くのかね?」

署長が寂しい感情を押し殺して蛍達に聞いた。

「いえ。こんなドタバタした状況なので明日にしようと思っています。」

これは蛍とギリスが話し合って決めておいたことだ。

 

「じゃあそろそろ失礼するぞ。人を待たせているんでな。」

「そうか。この町を出る時は一言声をかけてくれ給えよ。」

「わかっている。」

 

そう言って蛍とギリスは署長室を出た。

 

***

 

「終わったの?」

扉の前でハッシュが待っていた。

 

「…じゃあ話はどっかに座ってやろうか?」

「わかった。」

 

 

蛍とギリス、そしてハッシュは机にそれぞれ座った。

 

「でも変じゃない?ハッシュって有名な軍隊の隊長なんでしょ?それにしてはみんなまるで知らないみたいな反応だったけど」

「僕は世間に顔を出していないんだ。

現に僕があのレストランでボランティアとして働いていても誰も何も言わなかったでしょ?」

 

「いい加減答えて貰うぞ。

一体俺たちになんの用があるというんだ?」

 

「そうだった。

僕は君たち【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】と僕達の【星聖騎士団(クルセイダーズ)】との対等な協力関係を結ぶための交渉人として来たんだ。」

「協力関係!!?」

 

「…分からないな。俺たちはヴェルダーズを倒すために動いているんだぞ。そんな俺たちと協力してお前らになんの得があるっていうんだ?」

「それは僕達 星聖騎士団(クルセイダーズ)もヴェルダーズやチョーマジンと相手をしているからなんだ。」

 

「…それから、なんでお前たちが俺の正体や戦ウ乙女(プリキュア)のことを知っているんだ?そんなこと、あのラジェルと昔の俺を知ってでもいないと説明がつかないぞ。」

 

「じゃあこれから総隊長の名前を言うよ。あまり大きな声では言えないから良く聞いて欲しい。」

 

 

 

「【ルベド・ウル・アーサー】

 

それが僕達星聖騎士団(クルセイダーズ) 総隊長の名前だ。」



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星聖騎士団(クルセイダーズ) 編
17 勇者からの招集! いざ星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部へ!!


「……ルベド・……ウル・アーサー………?」

 

ガタッ!

「ひっ!?」

ギリスが机を叩いて立ち上がった。

 

「デタラメを言うな!!!

あいつはとっくの昔に死んでるはずだぞ!!!」

 

「……フェリオ、知ってる……?」

「いや、どこかで聞いたような気はするファけど……」

 

「ルベドは大昔、俺が魔王になりたての頃に競り合った世界最初の勇者なんだ!!」

「勇者? 人間ってこと……?」

「そうだ!!だからおかしいと言ってるんだ!!人間のあいつが今も生きてるはずがないだろ!!!」

 

「……『バカを言うな。いなくなった君をほったらたして死ねると思うのか?』」

「「?」」

 

「あなたが驚いたら、こう伝えろと総隊長から言われていた。」

ハッシュがそう言った後、フェリオが手を叩いて、

 

「あぁ!! 思い出したファ!!!

ラジェル様が昔言ってた自分とギリスの友達だったファ!!!」

「え? ラジェルって誰?」

「蛍が最初にあったあの女神様の名前ファ!」

「へー。 あの人そんな名前なんだ……。」

 

 

「それで、総隊長からこれを預かってるんだ。」

ハッシュは内ポケットから何かを取り出した。

 

「「……手紙?」か?」

「そう。僕も中は読んでない。」

 

ギリスと蛍はハッシュから受け取った手紙を開いた。

 

「…間違いない。あいつの字だ。」

「ねぇ、何て書いてあるの?」

 

 

親愛なる我が友 ギリス=オブリゴード=クリムゾンへ

まずは復活おめでとう。

まだまだ不自由なところはあるだろうがせいぜいがんばってくれ給え。

ラジェルちゃんから戦ウ乙女(プリキュア)の復活に成功したことは聞かされている。そこで、君たちと話がしたい。つまるところそちらに送ったハッシュに案内してもらって我々星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に来て欲しい。まあ、腹を割って話そうじゃないか。

 

ちなみに君と僕で作ろうとしていた魔人と人間が共存する世界は不完全とはいえ僕が実現させておいた。感謝し給え。

 

久しぶりに会えるのを楽しみにしているよ。

 

ルベド・ウル・アーサー より。

 

 

P.S.

お前起きるの遅すぎるんだよ!!!!!

人間年取れば取るほど朝が早くなるものなのに君は身も心もガキになってしまったというのk

 

 

グシャッッ

 

蛍がP.S.を読み終わる前にギリスが手紙を握りつぶしてしまった。

 

「ちょっと!!まだ全部読んでないんだけど!!」

「あいつめ 最後に本音を全部乗っけてきやがった……。」

ギリスが蛍の訴えを無視してそうボヤいた。

 

「それで、何か話したいって言ってなかった?友達と会いたいってことでいいの?」

「いや、あいつがそんな与太話で人を呼びつけるとは考えにくい。

考えられるとしたら、何か相談があるとかだろう。」

 

「ねぇ、ここからその本部までってどれくらいあるの?」

「そんなに遠くはないよ。僕が数時間走ってここに着いたくらいだから。」

「……多分 お前の数時間は俺達には当てにならないと思うぞ。」

彼は走る力も圧倒的だろうからだ。

 

「ねぇハッシュ、今すぐ出発した方がいい感じかな?」

「さぁ。その辺は詳しく聞いていない。でも僕なら本部行きの馬車をすぐに用意できるよ?」

「じゃあぼちぼち用意して!私達もすぐに支度するから!」

 

そう言って蛍はギリスの手を引いて走り出した。

「おい!どこに行くんだ!」

「署長室だよ!やらなきゃいけない事ができたじゃない!!」

 

 

***

 

 

「何!あの星聖騎士団(クルセイダーズ)から!!?」

「そうなんですよ〜私達もびっくりしました〜」

蛍は署長に笑ってごまかすかのような返事をした。

 

「うむ〜、ひょっとしたら君らを傘下に入れようとしとるのかもしれんな。

それなら応じるべきだ。もし彼らの力を得られたら、君らを疎ましく思うものをいなくなるだろう。」

「言われなくともそのつもりだ。」

 

 

「……で?用はそれだけかね?」

「いや違う。ランクアップをしたくて来たんだ。昨日は未熟だとか言ったが、そうも言っていられなくなりそうだからな。

俺達はもうランクアップの条件を満たしているんだろ?」

「そういうことなら今すぐ可能だ。

ちょっと待っていろ。」

 

署長が戻ってくると、その手にカードが握られていた。

 

勇者デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

ギルドランク:C

ギルドマスター:ギリス・クリム

ギルドメンバー

ホタル・ユメザキ

フェリオ

 

「どこか間違っているかね?」

「いや、問題ない。」

ギリス・クリムとは、ギリスが人間として生活するための偽名である。

 

「じゃあそろそろ行ってきます!」

「おう。気を付けてな。」

 

蛍達はギルドを後にし、ハッシュが用意してくれた馬車に乗った。

 

「…調べたら3時間くらいで着くみたいだ。それまで休んでていいよ。」

 

「うん、わかった。

ところでハッシュ、何で星聖騎士団(クルセイダーズ)なんて言うすごい所の隊長になったの?」

 

「実は僕、物心着く前からずっと山奥で暮らしてたんだ。そこで家族に魔物に襲われてもいいように体を鍛えるように言われてた。

それを何年も続けた後、山を下りてそこに出た魔物を倒したら、星聖騎士団(クルセイダーズ)の方からスカウトが来たんだ。

それが3年くらい前で今そこの隊長をやってる。」

驚異的な筋力と究極贈物(アルティメットギフト)はその鍛錬の賜物なのだという。

 

「なるほどー。

でも隊長なのに随分アクティブに働くんだね。こういう仕事って兵士にもできそうだけど……」

「僕の三番隊のメンバーは僕だけなんだ。人の上に立てるほどできた人間とは言えないからね。でも1人でなおかつ世間に正体がバレてないからこそ昨日の潜入調査や仲介みたいな仕事が回ってくるのかもしれないけどね。」

 

 

「さあ、早く休んだ方がいい。君は解呪(ヒーリング)を2回も使ったんだ。

体はもうヘトヘトのはずだよ。」

「わかった。じゃあお言葉に甘えて………」

 

カーッ カーッ

蛍は目をつぶるとすぐに寝てしまった。

 

馬車は星聖騎士団(クルセイダーズ) 本部を目指して走っている。

 

その頃ギリスの頭の中はなぜルベドが自分たちを呼びつけるのか

という疑問でいっぱいになっていた。



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18 本部到着! 総隊長 ルベド・ウル・アーサー!!

「おい蛍、起きろ。もうすぐ着くぞ。」

「ん? もうそんな時間?」

ギリスによって蛍は起こされた。今2人は招待されている軍隊 【星聖騎士団(クルセイダーズ)】の本部行きの馬車に乗っている。そこに同席しているハッシュの言うことが正しければ、馬車に3時間乗っていたことになる。

 

蛍が馬車の前方の窓を見ると、そこに城とも取れるほど巨大な建物があった。

 

「…あれが本部!!?」

「そう。あそこには本部だけじゃなくて軍隊の養成所や総隊長が王をやってる国の政治をやる場所もあるんだ。」

 

ヒヒィーーン

 

馬車が止まった。

いよいよこれから星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に入るんだ。

 

そう思うと蛍は今更ながら緊張してきた。

 

「大丈夫だ。あいつとは俺が話すから。」

ギリスには既に自分の考えている事が分かっていた。

 

「馬車を降りるよ。本部に入る。」

 

 

***

 

 

「三番隊、ハッシュ・シルヴァーン隊長が到着なさったぞ!門を開けろ!!」

門番をしていた兵士と思われる男が奥に向かって大声で言った。

 

「………すごい………!!!!」

 

蛍は呆気に取られていた。こんなにすごい内装の建物なんて、遊園地にもなかった初めてのものだ。

 

「ハッシュ隊長、総隊長殿から、まずは食堂に連れて行って2人をもてなすように と伝言を預かっています。」

「わかった。」

ハッシュに近づいた兵士の1人が小声で言った。

「今聞いたようにこれから食事にしようと思うんだ。18階にある食堂に案内するよ。」

 

「18階!!?」

「あぁ 大丈夫。エレベーターならあるから。」

 

意外だと思った。この世界はあまり電気などは発達していないと思っていたからだ。

おそらく、歯車なんかを使った原始的なものなんだろうと結論付けた。

 

 

ハッシュの案内で上に上がり、しばらく上がると大きな扉の前に着いた。

今は正午になる少し前である。

 

「料理はもう用意してあるから、くつろいでいて。」

 

そう言って蛍とギリス、そしてフェリオだけが食堂に入った。

 

………広………

 

蛍が率直に抱いた感想だ。

自分が通っていた学校の体育館など問題にならないほど広い食堂の真ん中の机に、いくつかの料理があった。

 

「どうした?早く食べようじゃないか。」

「いや あれってコース料理ってやつじゃない?私、ああいうの食べた事ないんだけど……

確か食べ方が難しいんじゃなかったっけ?」

「そんなに難しく考えなくてもいい。お前は普通に食べていたじゃないか。それにここには俺とお前しかいないんだから、人目を気にすることもないだろ?」

「……まぁそうだけど……」

 

蛍とギリスは向かい合って座り、料理に手をつけた。

白身魚と野菜を中心とした、まるで少女と少年が食べることを前提として作られたような料理だった。

ちなみにギリスには一品 キノコのグラタンがメニューに加わっていた。

 

ここの総隊長は本当にギリスを知っているんだ ということがこういう所からもわかった。

 

 

***

 

 

「「ごちそうさま!」でした!」

蛍とギリスは食堂から出た。

 

「ではこれから総隊長の所に案内します。」

扉の前で待っていた兵士の案内でいつの間にか建物の最上階まで来ていた。

ギリスの話によるとこの城は50階以上あるらしい。

 

 

「…来たか。待ってたよ。」

さっきの食堂よりはるかに大きい扉の前でハッシュが立っていた。

 

「三番隊隊長、ハッシュ・シルヴァーン!!命じられた戦ウ乙女(プリキュア)と魔王を連れてきました!」

ハッシュが扉に向かって大声でいうと、重々しく扉が開いた。

 

 

「……さっきも言ったが俺があいつと話す。お前は相槌だけ打っていればいい。」

「…わかった!」

いよいよ蛍達は星聖騎士団(クルセイダーズ)と対峙する。

 

 

「三番隊隊長、ハッシュ・シルヴァーン

ただいま戻りました。」

 

そこには長机があり、2人の人間が座っていた。

金髪をオールバックにした色黒の大男とピンク色の髪を3方向に結んだ女性の2人だ。

 

「戻ったかハッシュ。お前にしてはかなり早かったな。」

と大男が低い声で言い、

「おかえりなさい ハッシュ君!その子が戦ウ乙女(プリキュア)なの?」

と女性が明るく言った。

 

2人ともハッシュと同じ白い軍服を来ていた。

「…もしかして、ここの隊長ですか?」

そこから推測して蛍は聞いた。

 

「そうだ。星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊隊長 イーラ・エルルーク だ。

よろしく頼む。」

「九番隊隊長の ハニ・ミツクナリ です!

よろしくね!」

 

「…はい。よろしくお願いします。」

蛍は漠然と取っ付きにくい人と距離が近すぎる人だなと思った。

 

「それより総隊長は?」

「総隊長はもう全ての準備を済ませて待っている。すぐに行くのか?」

「うん。もう用意してあったご飯は食べてもらったから。」

「そうか。

ホタル・ユメザキ君。ここを真っ直ぐ進むと総隊長のいる部屋に着く。ついて来てくれ。」

「わかりました!」

 

3人の隊長のエスコートで蛍とギリスは奥へと向かっていく。

 

『おい、ハッシュ。

本当に彼女が女神の認めた戦ウ乙女(プリキュア)なのか?』

『本当だよ。なんなら確固たる証拠だってある。あの突然発生する魔物と彼女は戦っていたからね。

それに僕、彼女の解呪(ヒーリング)をこの手で使ったんだ。』

『ええ!解呪(ヒーリング)ってあの戦ウ乙女(プリキュア)固有贈物(ユニークギフト)って言われてるヤツ!?』

『そうだよ。少しだけだったけど、それを使って魔物を倒したんだから。』

『じゃあ、私にも使えるかな!?』

『さぁ。それはハニさん次第じゃないかな。』

 

3人は小声でずっと話していた。

 

「着いた。この奥だよ。」

蛍達が着いたのはさらに大きな扉だった。

 

「三番隊隊長、ハッシュ・シルヴァーン

戦ウ乙女(プリキュア)と魔王を連れてきました。」

ハッシュが言うと扉が音を立てて開いた。

 

 

「…よく来てくれたね。

戦ウ乙女(プリキュア)。この度は我々の突然の招集に応じてくれて感謝する。

そして久しぶりだね。

 

我が友、ギリス=オブリゴード=クリムゾン。」

 

そこにカーキー色の髪をした赤と茶色を基調とした軍服に身を包んだ青年が座っていた。

 

彼こそが星聖騎士団(クルセイダーズ) 総隊長 ルベド・ウル・アーサー

 

その人である。



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19 対峙する勇者と勇者! 結ばれる協定!!

「まぁまずは座ってくれ。」

ルベドという男に言われて蛍とギリスは彼のそばの椅子に腰をかけた。

 

「……しかし信じられないな。

お前が今も生きているなんて……。」

「手紙に書いたじゃないか。

君を残して死ねるはずがないだろ と。

今日まで僕は転生を繰り返して今日まで君を待ち続けたんだぞ。」

「転生なんてどうやったんだ?」

「ネクロマンサーとかに頼んだんだ。」

ギリスがかつての友と話している。

 

「…あの、私が戦ウ乙女(プリキュア)の 夢崎蛍っていいます……。」

「うん。ハッシュ君から聞いてるよ。ラジェルとも話したのかい?」

「はい。それで、失礼かもしれないんですけど……」

「ん? 僕を解析(アナライズ)したいのかい?それなら構わないよ。君たちには我儘を言ってしまったからね。」

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

蛍が遠慮しながらルベドに手をかざした。

 

 

名前:ルベド・ウル・アーサー

年齢:23+α

種族:人間族 転生者

性別:男

職業:《勇者王(ブレイブロード)》 《皇帝(エンペラー)》 《聖騎士(パラディン)

贈物(ギフト)

究極贈物(アルティメットギフト)

七星之剣(グランシャリオ)

緋炎之神(ウリエル)

雷霆之神(トール)

 

ギリスと同じくらいのハイスペックなステータスがそこに書かれていた。

「もういいかい?」

「あぁはい。 ありがとうございました。

それと、2人もやっておきたいんですけど……。」

蛍がまた遠慮気味に聞くと、

 

「なるほどな。これから関わるから深く知っておきたいわけか。俺は構わないぞ。」

「うんうん!解析(アナライズ)なんて別に失礼な事じゃないしね!」

 

イーラとハニは快く承諾した。

 

名前:イーラ・エルルーク

年齢:29

種族:巨人族

性別:男

職業:《盾役(タンク)》 《聖騎士(パラディン)

贈物(ギフト)

固有贈物(ユニークギフト)

罪之告白(エンマチョウ)

巨大化(リバウンド)

 

特上贈物(エクストラギフト)

鉄壁要塞(ファランクス)

絶対防御(アンブレイカブル)

 

 

名前:ハニ・ミツクナリ

年齢:19

種族:人間族

性別:女

職業:《聖騎士(パラディン)

贈物(ギフト)

固有贈物(ユニークギフト)

罪之告白(エンマチョウ)

 

特上贈物(エクストラギフト)

軟化(クナリリース)

 

「あ…究極贈物(アルティメットギフト) 持ってないんですか………」

『忘れたのか。究極贈物(アルティメットギフト)はそうそう目にかかれるものじゃない。それに鍛えれば特上(エクストラ)も強力になるんだ。

あいつらはその領域に達してるだろうよ。』

『あ……。そうだった。』

 

蛍の疑問に対しギリスが小声で返した。

今日までに究極贈物(アルティメットギフト)を何回も見てきたので感覚が麻痺してしまっていた。

 

「では諸君。

そろそろ本題に入ろうと思う。」

ルベドのその一言で周囲が水を打ったように静かになった。

本当に真剣な話なんだと蛍は再確認した。

 

 

「今日君たち 戦ウ乙女(プリキュア)に来てもらったのは他でもない。

君たちと協定を結びたいんだ。」

 

予想通りではあった。彼らがヴェルダースと敵対している以上理由はそれくらいしか考えられない。

 

それを聞くと蛍がおもむろに手を挙げた。

「…わかりました。しかしそれなら私たちからも一つだけ条件があります。」

「「蛍!?」」

「条件? 何かな?」

 

「はい。

あなた達のハッシュさんを戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)にしたいのです。」

 

「何!!?」

「え?戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)って何?」

「昨日の話を聞いてなかったのか!!?

戦ウ乙女(プリキュア)の配下の人間のことだ!!」

「えっ!? それじゃぁ………」

 

「それはつまり、ハッシュ君を引き抜きしたいということか?」

「引き抜きじゃあありません。

彼の活動場所を私たちの周りにしたいんです。

それに、そうすることで私たちだけじゃなくてあなた達にもメリットがあると考えます。」

蛍がルベドに弁論する。

 

「聞こう。そのメリットとは何なんだ?」

「はい。まず彼は潜入調査などが多くてこの本部ではあまり仕事をしていないと聞いています。 だから私たちの従属官(フランシオン)になってくれたら彼も効率よく仕事ができると考えます。」

 

ルベドが時々相槌を打ちながら蛍の弁論を聞いている。

 

「それから彼は私たち戦ウ乙女(プリキュア)解呪(ヒーリング)を使用しました。だから彼はチョーマジンと戦いやすい環境に置くべきだと思うんです。」

「ちょっと待ってくれ。 ハッシュ、今の話は本当か?」

 

「えぇ。彼女が疲労していたので僕が代わりにあの魔物を始末したんです。」

 

「なるほど……。そういうことなら僕は何も言うことは無い。

しかしハッシュ、君はどうだ?」

ルベドは賛成の意を示し、ハッシュに質問を振った。

 

「僕は元々彼女たちとの仲介役で来たので、それが条件だと言うなら承諾するまでです。

 

ただ、彼女が本当に総隊長と対等な関係を結べるという確信はまだ無いんですよ。」

「と、言うと?」

「総隊長、彼女 キュアブレーブと僕の手合わせを許可してください。

それで彼女の強さが十分だと判断したら僕はその戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)になりますよ。」



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20 手合わせ開始! 戦ウ乙女(プリキュア)vs聖闘士(パラディア)!!

「…君は僕に究極贈物(アルティメットギフト)を含む全てを駆使して戦う。

僕は究極贈物(アルティメットギフト)を使わないで特上贈物(エクストラギフト)以下だけで戦う。

それで君が僕に一瞬でも究極贈物(アルティメットギフト)を使わせたら君の勝ち。

 

ルールはこれでいいかな?」

「はい!」

 

蛍は星聖騎士団(クルセイダーズ)本部の闘技場に来て、ハッシュと対峙している。

蛍が出した条件であるハッシュのスカウトを手合わせで勝ったら飲むと言ったからだ。

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

蛍はフェリオの力を借りて戦ウ乙女(プリキュア)へと変身した。

 

 

「……僕と君が一緒の方向を見るなんて何年ぶりかな……?」

「何年ぶりも何もこれが初めてだろ?」

闘技場の観客席の特等席にルベドとギリスが座っている。ルベドのそばには星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長であるイーラとハニも座っている。

 

「しかし、あの男が蛍に対して本気を出すのか……?

女性に手を上げることを渋ると思うが……。」

「そうとも限らないぞ。」

ギリスの独り言にイーラが口を挟んだ。

 

「あいつは確かにあれでも紳士的で女性への攻撃はやりたがらないが、任務となれば話は別だ。

任務ならば、たとえどんなに美しい女でも私情を挟むことなく粛清し、我々星聖騎士団(クルセイダーズ)に貢献してきた。」

「うん。でも蛍ちゃんはその限りじゃないし、これはあくまでも手合わせ。じゃあハッシュ君の性格上 考えられるのは………」

 

 

「一撃で鎮める。だろ?」

ハニに対しルベドが言った。

「一撃必殺のカウンターで鎮める。

それくらいしか考えられない。

もっとも、ラジェルちゃんが選んだ戦士がそう簡単にやられるとも思えないがね。」

 

観客席にはたくさんの兵士もいたが、場内は静まり返っていた。

これから起きることに対し手に汗を握ることしかできないのである。

 

 

***

 

ブレーブが乙女剣(ディバイスワン)を構えた。

ハッシュは素手だが、ブレーブはこれでフェアだと結論付けた。

なぜならハッシュは自分が仕留めきれなかったチョーマジンを目の前で圧倒し、倒して見せたのだから。

それに自分はつい数日前に戦士になったばかり。対して彼は幾度も実戦を重ねているに違いない。

実力もキャリアも間違いなく彼の方が上。その上究極贈物(アルティメットギフト)抜きというハンデまである。

 

「!?」

ハッシュが動いた。

顔の近くに両手の拳を持ってきて、足を低くして身構えた。

ブレーブはその構えに見覚えがあった。

「……ボクシング………!!?」

 

「……さぁ、来い。」

しかしブレーブは動けなかった。全く隙を感じられない。だが自分は女神が認めた戦士。そして勇者なのだ。怖気付く訳にはいかない。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

ブレーブは腹を括り、ハッシュに急接近した。

「やあぁぁぁ!!!!」

 

ブレーブはハッシュの顔面に剣を突き刺した。しかしハッシュはそれを上半身を仰け反らせて躱す。

 

すかさずハッシュのジャブがブレーブに向かう。

 

チョッ

 

 

という音が鳴った瞬間、

 

ブレーブが膝を着いた。

 

 

「何だ!!!?」

「何が起きたの!!!?」

しっかりと見ていたはずのイーラとハニにも何が起きたか分からなかった。

 

「かすったんだよ。パンチが顎を。」

「あいつ、本当に一撃必殺を狙ってきた……!!!!」

 

 

バッ!!!

ブレーブが跳ね起きた。

顎が少し赤くなってはいるが、脳へのダメージは流せたようである。

 

「今のは軽い小手調べだよ。

わかっただろ?これが僕の特上贈物(エクストラギフト)

胡蝶之舞(フロートライクアバタフライ)》と《蜂之一撃(スティングライクアビー)》だ。

この世界においてこの2つが最も迫撃に向いている贈物(ギフト)とされている。」

 

胡蝶之舞(フロートライクアバタフライ)

特上贈物(エクストラギフト)

反射神経を強化し、あらゆる攻撃を見切る。

 

|蜂之一撃《スティングライクアビー

特上贈物(エクストラギフト)

脱力から筋肉を硬直させる精度を高め、カウンターを撃つ。

 

「まんま ボクシングだね……。

だけどそれなら蹴ることはない……

………なんてことはないよね?」

 

「もちろんだ。僕は究極贈物(アルティメットギフト)は使わないと言ったが、逆に言えばそれ以外は全部使うと言うことだ。

無論 蹴り技もね。」

 

 

「そう。こんな風に!!!!」

ハッシュの飛び後ろ回し蹴りがブレーブを襲う。

しかしブレーブは冷静に強固盾(ガラディーン)を展開し、ハッシュの蹴りを弾き飛ばした。

 

ハッシュはすぐに体勢を整えて着地する。

足へのダメージも受け流されていた。

 

「…カウンターで足を破壊しようとしたようだね。」

「はい。でもま そんな上手くはいきませんね。」

「お互いにね。」

 

話が終わり、ブレーブは剣を構え直した。

 

観客も盛り上がる余裕もなく緊張に包まれる中、この手合わせは新たな局面を迎えようとしている。



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21 白熱する試合! 枷を外すハッシュ!!

「………」

構え直したブレーブに対し、ハッシュは動きを見せない。

 

「…実を言うと僕は君を一発で倒したかった。だけどそうもいかないようだ。」

『「?」』

 

ハッシュは帽子を脱ぎ、そして星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長であることを示す軍服も脱ぎ始めた。

 

(……何だ?汗でもかいたのか……?)

ギリスがそう疑問に思っていると、

 

「……何と、あいつがあそこまで……」

「ハッシュ君、本気だ………!!!」

「あいつらしいことだ。」

星聖騎士団(クルセイダーズ)のイーラとハニ、そして総隊長のルベドも反応していた。

 

「どういうことだ?」

「今に分かるよ。」

 

ギリスが闘技場に目を向けると、ハッシュは軍服を脱ぎ終えて黒の肌着姿になっていた。

 

 

フーッッ!!

 

「!!!?」

ハッシュが息を吹くと、ハッシュの筋肉が一回り大きくなったように見えた。

 

「……どういうこと!!?」

「分からないかい?僕も本気を出すと言ってるんだよ。

おかしいと思わなかった?イーラ隊長が巨人族なのにあれだけの身長なんて。」

『「あっ……!!!」』

 

そう言われるとそうだ。遠慮気味に見たので見落としていたが、イーラの身長は巨人と言うには低かった。

 

「どういうことか分かる?僕は筋肉が増えた。そしてイーラさんは身長が縮んでいる。つまり、この服には着たものの体をコントロールできる。これは"枷"なんだ。」

 

「………それじゃ………!!!」

「そういうことだね。僕らが軍服を脱ぐのは、星聖騎士団(クルセイダーズ)の誇りをかなぐり捨てて本気で闘うと言うことだよ。」

 

 

「………!!!!」

究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ)が発動しました。』

ブレーブは最後の究極贈物(アルティメットギフト)も発動して臨戦態勢に入る。

 

「……行くよ。」

『「!!!」』

 

ハッシュが向かってくる。靴も脱いで裸足になっており、足の力がそのまま地面に伝わる。速さもさっきの比ではない。

 

しかしそのスピードもブレーブの奇稲田姫(クシナダ)は見切り、乙女剣(ディバイスワン)でのカウンターを見舞う。

 

ガッ!!!

「!!?」

 

聞き慣れない音にブレーブが見ると、ハッシュの片手が乙女剣(ディバイスワン)の刃を受け止めていた。

片手での白刃取りである。

 

「僕を従属官(フランシオン)にするんだろ?」

ハッシュが掴んでいる手を引き付けた。

 

しまった!!!

 

乙女剣(ディバイスワン)を持っているブレーブの体も引き付けられる。

すかさずブレーブの腹をハッシュの背足の蹴りあげが襲った。

しかしブレーブは咄嗟に強固盾(ガラディーン)を展開してその蹴りを受け止めた。

その勢いを利用してハッシュの背後に回り、首を両足で掴み、そのまま全体重を預けてハッシュを頭から倒した。

 

(やった……!!?)

 

ブレーブは寝た状態で両足でハッシュの首を締め上げる。

 

スック……

 

『「ナッ!!!?」』

 

ハッシュが立ち上がった。ブレーブの全力の締め上げがまるで効いていないようだ。

その時、ブレーブを頭に乗せたままハッシュが飛び上がった。

そのまま全体重を乗せてブレーブは頭から急降下する。

 

(しまった!!!)

 

ブレーブは反応したが間に合わず、頭から地面に直撃した。

 

「「!!!!」」

「あそこまでやるか!!!?」

「総隊長!!!もう止めましょうよ!!!」

 

「落ち着くんだ。よく見たまえ。」

 

ルベドに促されてイーラとハニが闘技場を見ると、首の拘束が外れたハッシュが起き上がってブレーブと距離をとっている。

 

「常人ならこれで落ちてるだろうけど、君は女神が認めた戦士だ。これくらいじゃ終わらないよね?」

 

土煙がだんだんと晴れていく。

するとそこにブレーブが立っていた。

息は切れているが、姿勢は崩れていない。脳へのダメージを受け流したのだ。

 

「君が見せた戦之女神(ヴァルキリー)かな?よく受け身が間に合ったね?」

「…うん。今のは危なかった。

失敗してたら死んでたかも。」

 

ブレーブ、もとい蛍はついこの前まで普通の女子中学生だった。もちろん喧嘩などしたことは無い。受け身を取るなどなおさらである。それでも彼女が今受け身を成功できたのは、女神ラジェルがくれた究極贈物(アルティメットギフト)のおかげに他ならない。

もっともそれも対人ではなく厄災【ヴェルダース】やそれから生まれるチョーマジンと戦うためのものであるが。

 

再びハッシュが距離を詰める。

ブレーブに向かう上段突きを片手で捌いた。

 

その隙を見逃さず、ブレーブはハッシュの脛、腿、腹、頬を一瞬で蹴飛ばした。

 

「四段蹴り!!?」

「速い!!!」

 

体勢が崩れたハッシュの顎を掴み、ブレーブは全体重を乗せて叩きつけた。

(決まった………!!!!)

 

ブレーブが技が決まったことを確信した瞬間、

『「ブッッ!!!?」』

 

ブレーブの腹を謎の衝撃が襲った。

ブレーブはそのまま闘技場の端まで吹き飛ばされた。立つことができない。

 

「やっぱり君はまだ新株だ。」

ハッシュが立ち上がった。頭から血が流れているが、平然としている。

 

「プリキュア・ヘラクレスインパクト。

効いたでしょ?」

 

激しく息を切らしながらもブレーブは立ち上がった。

 

「人間は何かが決まったり、止めを指す瞬間こそ油断するものだ。

だけど僕たち星聖騎士団(クルセイダーズ)はそれを克服している。

言っておくけど僕は何度も戦場で戦ってきたんだ。」

 

ハッシュの言葉がブレーブに突き刺さった。



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22 決着の時! ブレーブ決死の作戦!!

息を切らしているブレーブに対し、ハッシュは立っている。

 

「…どうする?まだやるの?」

『当然ファ!!私たちには少しでも従属官(フランシオン)が必要だし、それにヴェルダースを倒すためにはこんなところでつまずいてられないんだファ!!!』

「…なるほど。

総隊長のお友達だった女神の意志を君が継いでるというわけか。」

 

ハッシュはそう言っている時も隙を見せない。ブレーブが仕掛けることができないのだ。

 

「だけど僕たち星聖騎士団(クルセイダーズ)もその厄災を倒すために頑張ってるんだ。

君らが僕達を厄災の足がかりにするなら、僕らもそうさせてもらうよ。」

 

ハッシュが遂に身構えた。

ブレーブにも緊張が走る。

 

「終わらせるよ……!!!!」

『「!!!!」』

全ての究極贈物(アルティメットギフト)と両手に乙女剣(ディバイスワン)強固盾(ガラディーン)を展開し、ブレーブは本気を出す決意を固めた。

 

ブレーブが不意をついてハッシュに接近し、剣を振り下ろした。

ハッシュはそれを冷静に受け止める。両手での真剣白刃取りだ。

 

(………強い!!!)

 

ブレーブが思った瞬間、ハッシュの胸が膨らんだ。

次の瞬間、ブレーブの顔面を謎の衝撃が襲う。ブレーブはたまらず体勢を崩した。

一瞬の隙をついてハッシュのプリキュア・ヘラクレスインパクトが再びブレーブの腹に向かう。

 

強固盾(ガラディーン)!!!!』

フェリオがブレーブの腹をバリアでガードした。そしてブレーブも戦之女神(ヴァルキリー)の能力で咄嗟に後ろに飛び、掌底の衝撃を逃がした。

 

『ブレーブ!!大丈夫ファ!!?』

「うん…!!でも今の衝撃は……!!?」

『きっと息ファ!!胸に空気をためて、一気にブレーブの顔に吹き付けたんだファ!!!』

 

ハッ!!!

 

気がつくとハッシュがブレーブの目の前に来ていた。

ハッシュの高速のジャブをブレーブはしゃがんで躱し、蹴り上げの追撃も仰け反って躱す。

「やぁッ!!!」

 

ブレーブはその仰け反った体勢を利用してハッシュの顎を蹴り上げた。

 

「甘いよ!!!」

ハッシュはブレーブの顔面に手のひらを付け、力を込める。

 

 

バチィン!!!!

 

大きな音が響き、ブレーブはさらに吹き飛ばされた。

その後にハッシュもよろけて膝を着いた。

息は切れていないが、脳は揺れているらしい。

 

「ハッシュ君が膝を!!?」

「これほどのものなのか!!?戦ウ乙女(プリキュア)の身体能力は!!!」

「2人とも忘れたのか?ハッシュはいま究極贈物(アルティメットギフト)を使っていなくて、体はただの鍛えられた筋肉(・・・・・・・・・・)なんだぞ。あんなに良い蹴りを貰って倒れないハッシュの方が凄いさ。」

 

 

ブレーブはその場に立ち上がった。吹き飛ばされたからハッシュとの距離はかなり空いている。

 

「……ねぇ フェリオ、私たちの目的はハッシュ君に勝つことじゃなくて究極贈物(アルティメットギフト)を使わせることだよね………?」

『何当たり前のこと言ってるファ!!?』

「……じゃあ、私に作戦があるの……!!!

一か八かだけど……!!! フェリオ、協力してくれない………!!」

 

 

ブレーブがその場で乙女剣(ディバイスワン)を振り上げて構えた。

 

「!? 何だ…!!?」

「あんな距離から何を……!!?」

 

 

「ぃやあああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

 

ズバァン!!!!!

 

ブレーブが地面に乙女剣(ディバイスワン)を振り下ろし、その場に土煙が舞った。

 

(目くらまし……!?)

 

その瞬間、土煙を割って剣の鋒がハッシュに向かってきた。

特上贈物(エクストラギフト) 胡蝶之舞(フロートライクアバタフライ)を発動し、バク転して飛んでくる剣を躱した。

 

着地したハッシュの視界では既に土煙が晴れていた。

しかし、

 

(!!!? いない!!?)

 

ブレーブが既にその場にいなかった。彼女は乙女剣(ディバイスワン)を投げたはずなのに。

 

気配に気づいてハッシュが見上げると、ブレーブが飛び上がって拳を構えていた。

 

「やあぁぁぁ」

 

ブレーブが全体重を乗せてハッシュに急降下してくる。

 

「でりゃああぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

ブレーブはそのままハッシュに全力で拳を見舞った。

 

ズドォン!!!!!

 

闘技場に激しい土煙が舞い上がり、巨大な音が響いた。

 

「「!!!!!」」

「何だと!!!!?」

「ハッシュ君!!!!!」

 

舞い上がった土煙から飛び出たのは、

 

 

「ああっ!!!!」

 

ブレーブだった。

ブレーブが吹き飛ばされ、闘技場端に激突した。

 

土煙が晴れた場所にはハッシュがたっていた。

腕を交差させてブレーブの拳をガードしたのだろう。

 

「……勝負あり……か……!!?」

「ハッシュ君が勝ったの!!?」

 

イーラとハニが各々の反応を示す中、隣からため息が聞こえた。

 

「総隊長…!?」

イーラが見ると、ルベドの顔が悲しげに曇っていた。

 

ハッシュが交差させた腕をといて観客席に視線を向けた。

 

 

「………負けたよ。」

 

「!!? 何!!!?」

「ハッシュ君 どういうこと!!?」

 

動揺するイーラとハニに対してハッシュは情けないと言わんばかりの表情で呟いた。

 

 

「使っちゃったよ。拳闘之王(ヘラクレス)。」



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23 協定成立! 2人目の従属官(フランシオン)!!

女神の力を受け継ぐ戦士と最強格の軍隊の隊長の手合わせはここに決着した。

 

拳闘之王(ヘラクレス)を使った……!!?」

「うん。咄嗟のことでああするしかなかったよ。」

ハッシュとイーラが言葉を交わしていると、隣にいたルベドが口を開いた。

 

「彼女も考えたね。ギリギリの攻撃を避けた達成感で油断を誘うとは。」

「えぇ。まんまとしてやられました。情けないですよ。ついさっき彼女に油断の恐ろしさを教えたばかりだというのに。」

 

今度はハニが口を開き、

「でも総隊長!吹き飛んだのはハッシュ君じゃなくて蛍ちゃんの方でしたよ!!?」

「だからハッシュは拳闘之王(ヘラクレス)を使って弾き飛ばしたんだよ。」

「一体 どうやって!!?」

 

「簡単なことだ。ガードした腕の筋肉を強化して、その内側の力でぶつかってきた力を迎え撃ったんだ。

だから向かってきた戦ウ乙女(プリキュア)の方が吹き飛ばされた。

そうだろ?」

「おおかたあってます。まぁ、慌て ててそこまで意識出来ませんでしたけどね。」

 

ルベドと話し終えてハッシュが闘技場端のブレーブに歩み寄る。

 

ブレーブはまだ闘技場の外枠にもたれて座り込んだままだ。おそらく、先の1発に全力を注いだのだろう。それこそ、解呪(ヒーリング)を1回使うのと同じくらいのエネルギーを込めて。

 

「君の勝ちだ。」

ハッシュは座り込んでいるブレーブに手を差し出した。その手を掴んでブレーブは立ち上がる。

「…じゃあ約束通り、僕は君らの戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)になるよ。」

「…わかった。これからよろしくね!」

 

両者が健闘を称え合う周りでは拍手が巻き起こっていた。観客席の特等席にいた星聖騎士団(クルセイダーズ)、そして勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)もまた然りである。

 

今、ハッシュ・シルヴァーンを仲介役として2つの組織が固く結ばれたのだ。

そこにいる全員が拍手せずにはいられなかった。

 

2人のいる闘技場にルベドが降りてきた。

 

「2人ともお疲れ様!よく頑張ったね!

この瞬間僕らと君らの協定が結ばれたわけだ。だからキュアブレーブ、疲れが抜けたら僕のところに来てくれないか?

早速 協力してもらいたい話があるんだ。」

 

「…わかりました。」

「待っているよ。」

 

ルベドが振り返って去っていく。

 

ブレーブは変身を解いて夢崎蛍の姿に戻った。

 

「歩ける?」

「うん。」

ハッシュの肩に担がれて、蛍は闘技場を後にした。

 

 

***

 

 

闘技場を後にした蛍とハッシュが向かったのは星聖騎士団(クルセイダーズ)ではなく勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)の所だった。

 

「改めまして、この度 戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)になった ハッシュ・シルヴァーンです。

これからよろしくお願いします。」

 

ハッシュはギルドメンバーとしての挨拶をしに行ったのだ。

 

「同じく従属官(フランシオン)のギリスだ。よろしく頼む。」

「蛍の媒体(トリガー)のフェリオ ファ!よろしくファ!ハッシュ!!」

ギリスとフェリオも新しく出来た仲間を快く迎えた。

蛍は既にハッシュのプロフィールの職業欄に戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)が追加されているのを確認済みだ。

 

「でも蛍、一つだけ分からないことがあるんだファ。」

「ん?何?」

「さっきの試合で土煙の中でどうやってハッシュを狙って乙女剣(ディバイスワン)が投げられたんだファ?」

「あぁ。それ 僕も気になってた。」

「あぁ。それは……」

 

奇稲田姫(クシナダ)だろ?

奇稲田姫(クシナダ)で見えた彼のエネルギーを狙って投げたんだ。そうだろ?」

 

「うん。そうなの!上手く行くかは分からなかったけどね………。」

 

蛍がバツが悪そうに言葉を濁す。

 

「それより早くルベドさんの所に行かないと!待たせちゃ悪いし!」

「大丈夫かい?君は疲れきっているのに。それに総隊長は待つと言っていたよ。」

 

ハッシュが蛍に心配する言葉をかけた。

拳を交わしたからか従属官(フランシオン)になったからか、既に彼は戦ウ乙女(プリキュア)の仲間としての自覚が芽生えていた。

 

「大丈夫だよ!疲れならもう十分休んでるから!」

 

蛍は仲間を連れてルベドのもとへ急いだ。

 

***

 

 

「三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン 失礼します!」

蛍達はルベドの待つ部屋に足を踏み入れた。ここは星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部なので、扉を開けたのはハッシュだ。

 

「思ったより早かったね。キュアブレーブ君。もう少し休んでくれて良かったんだよ?」

「いいえ。あれで十分です。それに話を聞くだけなら体力はいりませんから。」

蛍の言葉にルベドは少し表情を緩ませて、

 

「それもそうだね。

じゃあ本題に入る前に、

 

ハッシュ・シルヴァーン三番隊隊長。この度は戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)への就任と我々 星聖騎士団(クルセイダーズ)と彼女達 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)の仲介をしてくれたこと、心から感謝する。」

 

ルベドの言葉にハッシュは頭を下げた。

 

「それじゃあホタル・ユメザキ君。

早速本題に入りたい。」

 

ルベドの顔が真剣になった。

 

「我々は明後日、ある魔物を討伐する作戦を実行する。そこで君達に協力してもらいたいんだ。

討伐する魔物は、ヴェルダースの手先になっている半龍の魔物、

 

【テューポーン】だ。」



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24 ギスギスした同窓会! 女神と勇者と魔王!!

「……テューポーン?」

「そう。僕やギリスが現役だった頃に猛威を振るった猛獣というべき魔物だ。

ヴェルダース共がそいつに目をつけて、配下に置いたんだよ。」

 

ルベドの表情からもその真剣さがひしひしと伝わる。

 

「ところで蛍君。君はヴェルダースの配下には会っているか?」

「はい。ダクリュールっていう男と会いました。」

「ダクリュール・イルヴァンのことか……。

テューポーンはそいつらのワンランク下と思ってくれればいい。

おそらく奴らは協定を結んだ僕らの実力を推し量るためにヤツを捨て駒としてぶつけてくるだろうからな。」

「そのテューポーンがどこにいるかは分かってるんですか?」

「やつはヴェルダースのそばにはいない。

元々居た場所でヴェルダースの指示に従って動いているんだ。

さっきも言ったが討伐作戦は明後日。詳しいことは明日 団員達を集めて話す。」

 

「では総隊長、今日はこれからどうしたらいいでしょうか?」

話し終わったルベドにハッシュが口を開いた。

「彼女達にはもうゆっくりして貰う。

今日は朝からチョーマジンと交戦して2度も解呪(ヒーリング)を使い、そしてさっきも君と戦わせたんだ。

もう彼女は限界だろう。」

「わかりました。」

 

「夕食の時までゆっくり休んでてくれ。味の方は保証できる。何せ君らの嗜好を知るためにハッシュ君に食事処に潜入させたんだからね。」

 

***

 

その後 蛍はハッシュに促されて用意された部屋に連れられた。

 

「………広ォ………。」

蛍が部屋に入った直後の率直な感想がそれだ。

そこがただ客人を泊まってもらうためだけに作られたということが信じられなくなるくらいに。

 

広さは昨日の宿とは比べ物にならないし、ベッドもとても大きかった。

貴族に対してホテルとして営業すれば成功するのではないかと率直に思った。

 

「僕は隣にいるから、何かあったら遠慮なく呼んで。」

ハッシュは部屋を後にした。

 

蛍はそれから夕食までギリスに星聖騎士団(クルセイダーズ)のことを聞いて時間を潰すことにした。

 

 

***

 

「ふぁーー さっぱりしたーー!」

「気持ちよかったでしょ?ここのお風呂、聖水も入ってるんだよ!」

蛍はハニと一緒に入浴を済ませてきたところだ。

 

その前に彼女は団員たちと会食をし、これから一緒にヴェルダースと立ち向かう彼らと親睦を深めた。

 

「今 夜の9時くらいだけど、もう寝るの?」

「はい。なんかもうヘトヘトで。慣れるまではこんな生活が続きそうです。」

 

蛍はハニと別れ、自分の部屋へと向かった。

 

「……彼女()狙ってるの?」

「ハッシュ君!そんな言い方ないでしょ?

私はただ蛍ちゃんが心配なだけなのに!」

「ただ心配なだけなら安心できるんだけどね。あなたのその性別問わないプレイガールっぷりを見せられちゃそうもいかないよ。」

 

そう。ハニは俗に言うバイ・セクシャルなのだ。それだけでなくとても惚れっぽい性格であり、今までに何人の少年少女に手を出そうとし、星聖騎士団(クルセイダーズ)の手を焼かせてきた。

 

「それとも何?ハッシュ君が蛍ちゃんを狙ってるの?」

「冗談を言うにも選んだ方がいいよ。

僕がそんな下心で組織に入ったって言う気なの?」

「いや。そりゃないね。」

「全く 失礼なことだよ。」

 

ハッシュは足早に蛍のいる部屋に向かった。

 

「入るよ。」

ハッシュが部屋に入ると、

 

ガーッ グーッ

 

蛍は既にベッドの上で熟睡していた。

 

「ハッシュ、何か話しに来たか?蛍ならさっき寝てしまった。」

「そう。」

 

まだ夜の9時だと言うのに。戦ウ乙女(プリキュア)として戦うことはこんなにも体に負担をかけるのか。

 

「なぁハッシュ、ルベドはまだ起きてるか?」

「当たり前でしょ。こんなに夜が早くて一国の王が務まるわけないじゃないか。」

「じゃあルベドの所に行っていいか?

あいつと色々話がしたいんだ。」

「わかった。」

 

ハッシュに連れられてギリスはルベドの事務室に向かった。

 

「三番隊隊長ハッシュ・シルヴァーンです。

客人 ギリスが面会を希望しています。」

『そんな堅苦しい言い方しなくていいんだぞ。』

『これくらいやっておかないと開けてくれないんだよ。』

 

事務室の扉が開いた。

 

「ギリス、どうしたんだ こんな遅くに。」

「お前とこいつ(・・・)とで話がしたかったからな。」

「こいつ?」

 

ギリスの隣にはフェリオがいた。

フェリオが目の前の机に水晶を置いた。

やがて水晶に浮かび上がる。

 

「ギリス、どういうつもりかしら?女の子をこんな遅くに呼び出すなんて。」

「俺じゃない。前を見ろ。」

 

「……前?

ああ!!! ルベド君!!!」

 

やれやれ。何なのだ この温度差は。

ギリスが呆れともとれる感情にある中、女神と勇者は再会を喜びあっていた。

 

「本当にルベドはラジェル様と友達だったんだファね……。」

「そういうことだ。お前達はもう部屋に戻ってくれ。水晶は持って帰るから。」

 

フェリオとハッシュは事務室を後にした。

 

それを確認した後、ギリスはルベドの前に座り、ラジェルが映る水晶を自分たちの間に置いた。

 

「話は聞いてるわ、ルベド君。まずは蛍ちゃんに活動の場をくれた事、そしてギリスと私が仕切っていた魔人族の政治をしてくれた事、本当にありがとう。」

「俺からも礼を言う。」

 

「おいおい 堅苦しいじゃないか。

むしろ感謝したいのは僕らの方だ。正直いって今の僕らじゃヴェルダースを倒すことは叶わなかっただろうからね。

あの戦ウ乙女(プリキュア)と協定関係が結べた事、心からありがたく思ってるよ。」

 

「それで、今 戦ウ乙女(プリキュア)はあの蛍だけなのか?」

「今は1人だが、候補なら1人いる。

お前もよく知ってる、リルアだ。」

「彼女か。確かに仲間になれば百人力だな。だけど居場所はわかってるのか?」

「それはまだ分からない。お前たちの言うテューポーンを討伐してから探すつもりだ。」



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25 本部での一日! いざ討伐作戦へ!!

「ヤッ! ハッ!」

本部中庭の練習場で兵士たちが剣の素振りをしていた。

蛍は今、ハッシュに頼んで星聖騎士団(クルセイダーズ)の兵士たちの練習風景を見学させて貰っていた。

最強格の軍隊の練習ともなれば、自分にも得られるものがあるのでは無いかと考えたからである。

 

「蛍ちゃん!ハッシュ君! おはよう!」

練習場の中にいたハニが2人に気づいて声をかけた。

 

「おはようございます!」

「おはよう。」

「すごいでしょ ここは世界を守るための軍隊だからね。設備もちゃんとしてるんだよ!」

 

ハニが得意げに蛍に話した。

 

「あの、ハッシュ君はスカウトで隊長になったって聞いたんですけど、ハニさんはどうして星聖騎士団(クルセイダーズ)に入ったんですか?」

「ハニさんもスカウトだよ。

僕やハニさんだけじゃなくて、ここの隊長のほとんどは総隊長のスカウトで隊長になったんだ。

志願してくる兵士はせいぜい副隊長が限界だよ。」

「……そう。」

 

明らかに嫌味が含まれた物言いだったが、蛍は受け流すことにした。

 

「ていうかわかってると思うけど、朝ごはん食べ終わったら総隊長から明日の作戦の話があるから。」

「わかった。」

「あと15分くらいで出来ると思うから、遅れないでね。」

「じゃあもう食堂に行った方がいいね。」

蛍はそう言って練習場を後にした。

 

「ハッシュ君は蛍ちゃんのこと、どう思う?」

「さぁね。まだ分からないよ。ハニさんはどう思うの?隊員を持ってるあなたの方がそういうことよく分かるでしょ?」

「うーん。そうだね………

昨日を見るあたり、まだ力を使いこなせてないような感じがするんだよねー。」

「やっぱり?僕もそんな気がしてたんだよ。」

 

 

***

 

 

「いっただきまーす!!」

蛍は声を高らかにあげ、目の前に盛られた料理に手をつけた。

 

昨日は自分とギリスだけだったので広く感じたが、今日は星聖騎士団(クルセイダーズ)の兵士たちがこぞって食事に来ているので、賑やかな食事になった。

 

「美味しいかい?ここの料理は兵士たちのために体力をつけられるものを使ってあるから、戦ウ乙女(プリキュア)の君にも良いはずだよ。」

「うん!」

 

昨日は緊張感たっぷりのコース料理だったが、今日はワイワイと食べることの出来る料理だから、蛍は楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

 

***

 

 

蛍は朝食を済ませた後、本部中心の会議室に行った。

座っているのは会議室の中心の席だ。蛍の隣にはギリスもいる。

 

周りにはハニの九番隊とイーラの七番隊の隊員たちもいた。ハッシュは隊員を持っていないので、三番隊は彼だけである。

 

「よく集まってくれた。

九番隊、七番隊の諸君。

君らに改めて紹介する人がいる。」

 

ルベドに促されて蛍は立ち上がった。

 

「九番隊、七番隊の皆さん、改めましてハッシュ隊長の紹介でここに来た、夢崎蛍と言います。

ハッシュ隊長を引き入れて、あなた達とはこれから長い付き合いになるでしょうから、これからよろしくお願いします。」

 

兵士たちから惜しみない拍手が起こった。

彼女は戦ウ乙女(プリキュア)であり、そして勇者でもある。

ルベドと同様に兵士たちもまた彼女をヴェルダース討伐の希望にしていたのだ。

 

「ではこれからテューポーン討伐作戦の概要を説明する。」

 

ルベドのその一言で巻き起こっていた拍手は瞬時に止んだ。

蛍はそれだけでもルベドがいかに高い地位にいるかがわかった。

 

「テューポーンは、この本部から離れた洞窟を根城にしている。そこでヴェルダースの指示を仰いでいる。

明日の早朝からその洞窟に向かい、ヤツを一気に叩く。

 

大人数で行くと築かれる可能性があるので、洞窟に攻め入るのは以下の人間にしぼる。」

 

「九番隊隊長 ハニ・ミツクナリ。

七番隊隊長 イーラ・エルルーク。

三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン。

 

そして戦ウ乙女(プリキュア)、ホタル・ユメザキだ。

 

君達兵士にも待機はしていてもらう。」

 

質問も議論もなく、ルベドの話だけで会議は滞りなく終わった。

 

蛍はこの後は部屋でゆっくりしておくよう指示を受けていた。

ギリスはこの作戦には参加しないことになった。

蛍がその事に何も言わなかったのは、ルベドに予め伝えられたからである。

 

「蛍、テューポーンの情報が1つ得られた。

やつのようにヴェルダースの配下になった魔物も解呪(ヒーリング)で倒せるようだ。

つまり、明日の作戦はお前が鍵を握るわけだ。」

「なるほど……わかった。」

 

蛍は既にこれほどのプレッシャーにも屈しない戦士に成長していた。

 

「ところで、チョーマジンとかは大丈夫?」

「俺もお前も嫌ナ予感(ムシノシラセ)は発動してないだろ?なら大丈夫だ。」

「ところでハッシュ君にもその嫌ナ予感(ムシノシラセ)ってあるのかな?」

「あいつももう俺たちの一員なんだから持ってるんじゃないのか?」

 

この日はチョーマジンの襲撃もなく、テューポーン討伐の用意のための日になった。



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26 敵陣突入! 星聖騎士団(クルセイダーズ)隊長の力!!

「ここが………!!!」

 

蛍が目の前の光景にそう呟いた。

彼女は今テューポーンが巣食うと言われている洞窟の入口に来ている。

朝から出発し、数時間をかけてここまで来た。

 

「夢崎、言っておくがこれは星聖騎士団(クルセイダーズ)の重要な任務でもある。油断してくれるな。」

「蛍ちゃん、大丈夫だよ!!私たちがついてるから!!!」

「君はテューポーンに集中してくれ。

それ以外は僕がインパクトで対処するから。」

 

蛍の他に、この作戦のメンバーとして星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長 3人も蛍と共に来ていた。

 

ルベドから前衛をイーラで固め、その後ろでハニとハッシュがスタンバイをし、蛍はさらにその後ろ という陣形になった。

 

蛍の解呪(ヒーリング])は基本的に1回しか使えないので、その1回を必ずテューポーンに当てるためにこの陣形が組まれたのである。

 

 

その時、洞窟の入口から何かが飛び出してきた。

その何かは爪を振り下ろして蛍達を攻撃した。その攻撃をイーラが両腕で受けた。

 

「……トカゲ!?」

攻撃をしてきたのは2体のトカゲの姿をしたチョーマジンだった。おそらくテューポーンの親衛のために生み出されたのだろう。

 

「ぬんッッ!!!」

イーラが腕を振り上げ、2体のチョーマジンを弾き飛ばした。そのチョーマジン達は力を抑えてやっと大男並の身長であるイーラと同じくらい大きかった。

 

 

「早速出たね!行くよ ハッシュ君!!」

「わかった!」

ハニはレイピアのような細い剣を抜き、ハッシュも拳を前に出して身構えた。

 

「手筈通り 俺がやつらの隙を作る!!お前たちはそこを叩け!!!」

イーラがそう言って軍服のボタンに手をかけた。

 

「手始めに15%からいくか!!!」

 

イーラは軍服を脱ぎ、巨人族 本来の力を発揮する。元々大きかった身体はさらに膨張していき、あっという間にチョーマジン達が見上げなければならないほどの大きさになった。

 

それが彼の固有贈物(ユニークギフト) 巨大化(リバウンド)の能力なのだろう。

構わずチョーマジンはイーラとの距離を詰め、攻撃を仕掛ける。

 

「甘い!!! 《鉄壁要塞(ファランクス)》!!!!」

 

すると、響いていた音の種類が変わった。

まるで金属同士がぶつかり合うような甲高い弟に変わったのである。

 

よく見ると、イーラの腕の周りに半透明のオーラが纏われていた。

蛍の強固盾(ガラディーン) 同様強固なバリアを展開する能力と見て間違いなさそうだ。

 

瞬間、チョーマジン達が弾かれて仰け反った。イーラの腕が上がっている辺り、カウンターで弾いたのだろう。

 

「ハニ!! 今だ!!!」

「わかった!!!」

 

着地したチョーマジン達がバランスを崩した。もちろんその隙を見逃す軍隊長ではない。

 

ハニは一瞬でチョーマジンの懐に飛び込み、切りつけた。切りつけたのはチョーマジンの胸の魔法陣。そこを傷つけられるとチョーマジンは立ち所に衰弱するのだ。

チョーマジン達はすぐに膝をつき、苦しみ出した。

 

「どう?すごいでしょー!

これが私の贈物(ギフト)軟化(クナリリース)》だよー!」

贈物(ギフト)……!?」

 

その言葉で蛍は気づいた。

そういえばチョーマジンが着地した時、地面が波打っていた。

おそらく彼女の贈物(ギフト)の能力は地面のような ものを柔らかくする能力なのだろう。

 

 

「蛍、早く!」

「? 何を?」

「変身だよ! 早く!!」

 

そうだった。隊長達の戦いに見入って忘れていたが、蛍はまだ戦ウ乙女(プリキュア)に変身していなかった。

 

「わかった ごめん!

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!」

 

ハッシュに促されて蛍はキュアブレーブに変身した。

 

「さぁ早く解呪(ヒーリング)を!

少しだけでいいから!!」

「うん!」

『ブレーブ!ほんの少しにするファよ!

使いすぎたらテューポーンまで持たないファ!!』

 

 

ブレーブは心の中で解呪(ヒーリング)を念じ、その力を少しだけ練り上げた。

その力がハッシュに伝わっていく。

 

力を受け取るとハッシュは振り向きざまに全力で走り出した。

そしてうずくまっているチョーマジン達の懐に潜り込んだ。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 武将之神(スサノオ)が発動しました。』

 

プリキュア・ヘラクレスインパクト

 

ハッシュは冷静にチョーマジン達の腹に掌底を撃ち込んだ。

 

その瞬間 チョーマジンの腹からピンク色の光が溢れ出て、全身から光が吹き出した。

気がつくとそこには2体のトカゲがいるだけだった。

 

「おつかれ!」

「おつかれさまー!」

「2人のおかげで滞りなく倒せた。礼を言うぞ。それから戦ウ乙女(プリキュア)、お前もよく頑張ってくれたな。」

 

「はい!」

 

テューポーンの手先を退け、4人はいよいよ敵陣に足を踏み入れる。



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27 テューポーンとの対決! 瘴気の立ち込める湖!!

「ハッシュとハニはそれぞれ俺の肩を掴み、蛍君も2人の肩を掴んで進むんだ。

はぐれたら二度と戻れないと思うこと。ここの洞窟はそれくらい危険な場所なんだ。」

 

イーラが2人の隊長と蛍に警告をする。

星聖騎士団(クルセイダーズ)のキャリアが1番長い彼の言うことに首を横に振るものはいなかった。

 

「それから蛍君はその変身を解いておく方がいい。君に任せたいのはテューポーンの討伐だけだからな。それ以外は俺たちがやる。」

「わかりました。」

 

蛍は力を抜いてキュアブレーブの状態から戻った。自分がいた世界ではエアコンはすぐつけるならつけっぱなしにしておいた方がいいと聞いたが、戦ウ乙女(プリキュア)の場合はどうなのだろう。

そんなことを思いながら蛍は2人の肩をしっかり掴んで洞窟の奥へと足を進めた。

 

ギリスから聞いた情報によると、この洞窟の奥を進むと瘴気が立ち込める湖に出るらしい。テューポーンはそこに巣食っているのだと言う。

 

「誰だッッ!!!?」

 

突然 イーラが怒鳴り上げた。

蛍がビクッとするのを抑えてイーラが見る方を見ると、岩場の所に4人ほどの男がいた。全員ナイフや杖などで武装している。

年齢は自分より上、高校生くらいだろうか。

 

「お前たち、そこで何をやっている!!?」

「なんだよアンタ!!

こいつは俺たちの仕事(クエスト)だぜ!!」

 

4人の中で1番顔つきのいい男がイーラに言い返した。おそらくこの4人のリーダーというところだろう。

 

「我々はこういう者だ!!」

 

そう言ってイーラは振り返り、背中の七つ星を彼らに見せた。

それだけで星聖騎士団(クルセイダーズ)である証明になった。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)!!!?」

「あの 有名な!!?」

「嘘だろ!!?」

 

男たちはざわつき始める。星聖騎士団(クルセイダーズ)はそれほど有名な集団なのだ。

 

「…俺たちはただクエストに来たんですよ!ほら、この鉱石採集のね!」

 

リーダーと思われる男がイーラにクエストの依頼書を見せた。

 

中級鉱石 3kg以上採取

報酬 20デベル 達成度に応じて任意で上昇

適正ランク F

 

ちゃんと正当なクエストだった。

 

「お前たち、どこのギルドでこの依頼を受けた?」

男が答えたのはかなり田舎の町のギフトだった。

 

「なるほどな……道理で知らないわけだ。

このことは知られていないからな。」

「あの、どういうことです?」

「実はこの奥に凶悪な魔物がいて、我々星聖騎士団(クルセイダーズ)がそれを討伐することになった。」

「本当ですか!!?」

「本当だ。だからここは危険だ。お前たちは早くここを離れた方がいい。」

 

イーラが話し終わった後、4人は奥で話し合い、その後洞窟の出口の方に歩いて行った。

 

 

***

 

 

「ここも危なくなるくらい強いんですか?

テューポーンって?」

「分からんが、危険から離しておくに越したことはない。

万が一彼らがテューポーンと鉢合わせることになれば、間違いなく彼らは死ぬことになった。」

「……!!!」

「おそらく、彼らのギルドランクはFかEというところだろう。

それに目を見れば分かる。彼らはきっとまだ魔物と戦った経験はない。」

「じゃあ、私は?」

「もちろん、ルベド総隊長が言っていた戦士の目をしている。」

 

そんな会話を交わしながら洞窟を進み続けていると、奥に光が見えた。

 

「見えたぞ。あそこにテューポーンがいる筈だ。蛍君、君が頼りだ。気を引き締めてくれ。」

 

蛍は頷いた。いよいよ厄災【ヴェルダース】の手先と戦うのだ。

 

 

 

「ここが………!!!?」

蛍が洞窟を抜けた所は、吐き気がするほどの瘴気が立ち込める湖だ。

その水はどす黒さを持つ紫に染まり、辺りに生える植物もまるで今すぐにでも襲いかかって来そうな殺気に満ちていた。

 

「蛍、君は下がっていた方がいい。テューポーンとは僕達が戦うから、隙を見て君がヤツを叩くんだ。」

蛍の前にいたハッシュが蛍に言った。

 

「いや、私もやるよ!!戦ウ乙女(プリキュア)ならこれくらい出来ないと!!」

「……そう。じゃあ絶対無茶はしないって約束してね?」

 

ハッシュは蛍を気遣ってそう言った。彼は星聖騎士団(クルセイダーズ)隊長の誇りは少しも捨ててはいないが、ギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレーブソウルプリキュア)】の一員だという自覚も持っている。

 

《プリキュア・ブレーブハート》!!!!!

 

蛍はブレイブ・フェデスタルに剣を差し込み、キュアブレーブに変身した。

 

「ブレーブ、僕にまた解呪(ヒーリング)を!ここにもチョーマジンはいるはずだから!!」

「わかった!!」

 

ブレーブはハッシュの両手に少しだけ解呪(ヒーリング)のエネルギーを注いだ。

 

 

ザパッ!!!

 

その瞬間、紫色の水をはね上げて、巨大な魚がブレーブ達に強襲した。

腹に魔法陣がある。魚のチョーマジンだ。

ブレーブは一瞬で理解した。

 

その魚達の腹に衝撃が走る。ハッシュが腹に一瞬で詰め寄り、プリキュア・ヘラクレスインパクトを見舞ったのだ。

 

そのチョーマジンは着地も許されずただの魚に戻り、地面で跳ねるだけになった。

 

ハッシュがその魚を掴み湖に投げ込んだ後、イーラが湖に怒鳴った。

「邪龍テューポーン!これでわかっただろ!!チョーマジンくらいじゃ我々との決着はつかない!!!

自分が出てくるしかないぞ!!!!」

 

 

馬鹿言え………

 

「!!!?」

湖から声が聞こえた。まるで心の奥に響くようなドスの効いた声だ。これがテューポーンなのか。

 

その言葉の後、湖の水面が激しく揺れた。

 

「何!!?」

「まさか………!!!!!」

 

ハッシュの予感は当たっていた。

湖から無数のチョーマジンが飛び出し、ブレーブ達に襲いかかった。



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28 現れたもう1人の戦ウ乙女(プリキュア)! 戦士と軍人!!

バシャバシャバシャッッ!!!

 

紫色の湖から無数の魚が飛び出し、ブレーブ達に襲いかかる。

 

鉄壁要塞(ファランクス)!!!」

 

先頭に立っていたイーラがバリアを展開し、その魚の群れを迎撃した。

魚たちは気を失ってどんどん湖に沈んでいくが、肝心のテューポーンは一向にその姿を見せようとしない。

 

すぐに次の魚の群れが襲いかかる。

 

「………これしかないか………。」

 

蛍のそばにいたハッシュが飛びかかり、

 

 

シュパシュパッ!!!!

 

『「!!!!」』

 

その両手の手刀で魚のチョーマジン達を両断した。案の定 魚は元のサイズに戻る。真っ二つにされたまま。

 

「ち、ちょっとハッシュ君!!?

チョーマジンは解呪(ヒーリング)しなきゃ!!!」

「それこそやつの思うつぼだよ。

きっとこの池の生き物を全部 チョーマジンに変えて君の体力を奪うつもりなんだ。

池の生き物(ストック)が全部無くなるまで絶対に出てこないと思うよ。」

 

話している間にもチョーマジンがハッシュに迫る。

その顎をハッシュは蹴りで砕いた。

魚は吹き飛び湖に落とされる。

 

「……ハッシュ君……!!!」

「蛍君、俺はハッシュが間違っているとは思わない。

我々の目的はテューポーンの討伐であり、君の戦ウ乙女(プリキュア)の力はテューポーンを討伐するためにある。

君があの魚たちを助けたいという気持ちを否定する気は無いが、それでも目的を見失う訳にはいかない。」

「じゃあテューポーンを解呪(ヒーリング)せずに退治するわけには行かないんですか!!?」

「それもだめだ。仮にテューポーンが死んだとしても、その中の厄災のエネルギーは生き延びるかもしれない。

そもそもこの作戦の肝はテューポーンじゃなく、それを操っている厄災のエネルギーなんだ。

君は知らないかもしれないが、我々、そしてルベド総隊長もずっと作戦を立ててきた。」

「……!!!!」

 

ブレーブは返す言葉を失った。

誰も殺さずに浄化したいなんて言うのは単なる自分の我儘だ。

彼らはきっと今日までヴェルダーズの手先であるこのテューポーンを討伐するためにこの作戦をねってきたのだろう。

 

自分とは違い厄災討伐、そして世界のために毎日頑張っている。

それが軍隊 星聖騎士団(クルセイダーズ)なのだ。

 

「わかっていると思うが、俺たちもできるならこの魚たちを殺したくはない。

ただ、それだけの力が無いだけだ。

ここにもう1人戦ウ乙女(プリキュア)がいるなら話は別だろうがな。」

「そう……ですか…。」

 

聞いた所で無駄な話だ。ここにはキュアブレーブ以外の戦ウ乙女(プリキュア)はいないのだから。

この作戦の後に1人 スカウトするつもりではいたが、この作戦の後にしたのは紛れもなく自分の意思だ。

 

 

ズザッ!!

 

 

ブレーブのそばにハッシュが着地してきた。

 

「…ヤツら、あの後まるっきり攻撃してこなくなった。きっとテューポーンのやつが待機するよう言ったんだよ。」

「えっ?じゃあ退治したのって……」

「うん。 まだ最初の2匹だけだよ。蹴り飛ばしたやつはダメージが浅かった。」

 

よかったと、ブレーブは心のどこかでそう安堵した。

きっと自分が話している間にもハッシュの手によって何匹もの魚が死んだと思ったからだ。しかしすぐに何も解決していないと確信する。

このままテューポーンが湖に籠城したとしても、また魚たちを送り込んだとしても、魚たちも殺したくないブレーブにとってはいずれにしても良くない事態だ。

 

仮にテューポーンがいるとわかっている湖に解呪(ヒーリング)を打ち込んだとしても、チョーマジン達にガードされて、テューポーンには傷1つつかないのがオチだ。

 

己の無力故の大量駆除を甘んじて受け入れなければならないのか とブレーブが諦めかけた時、頭の中にこれが聞こえた。

 

『何言ってるファ ブレーブ!

戦ウ乙女(プリキュア)ならここにもう1人いる(・・・・・・)ファよ!』

「フェリオ!!!?」

 

そう言ってブレーブの目の前にフェリオが現れた。

蛍がキュアブレーブの時はこのフェリオはブレーブの心の中にいるはずなのに。

 

「フェリオ、今のどういうこと!!?」

「そのままファ。私の中の解呪(ヒーリング)の力を使えばいいんだファ!

上手くいくかは分からないファけど………」

 

 

その言葉の後、ブレーブの目の前にいたフェリオの体が光輝いた。

 

光が止んだ後、信じられない光景がブレーブに飛び込んできた。

 

「…………フェリオ…………!!!!?」

 

 

そこに居たのは、金髪ショートの自分と同じくらいの背格好をした少女だった。

 

「やったーー!!! 上手くいったファーーー!!!!!」

「待って どういうこと!!!? 説明してよ!!!」

「私たち 戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)はブレーブ達 戦ウ乙女(プリキュア)の力を借りて、戦ウ乙女(プリキュア)と同じ力を持った人間に変身できるんだファ!!」

 

フェリオ 本名 フェリオ・アルデナ・ペイジは、女神ラジェルの力と勇者の力を混ぜ合わせて生まれた存在である。その体には戦ウ乙女(プリキュア)の力を借りて自らも戦ウ乙女(プリキュア)になるという能力が備わっているのだ。

 

「えっ!? それじゃあ……!!!」

「そういうことファ!! 私の力で魚たちを解呪(ヒーリング)するんだファ!!

ハッシュ、ちょっと通してファ。」

 

ほとりに近ずいたフェリオはその水面を思いっきり叩き、水面を震わせた。

突入してきたと思ったチョーマジン達は一斉に湖から飛び出し、フェリオに襲いかかった。

 

解呪(ヒーリング)!!!!!」

フェリオの両手にピンク色の光が集まる。

 

 

《プリキュア・ブレーブカリバー》!!!!!

 

フェリオの両手から放たれた光は魚の群れを包み込み、光が晴れた後にいたのは湖に落ちていく魚の群れだけだった。

 

それを見届けたフェリオは振り返って得意げな顔を見せた。

 

「どうファ? イーラ隊長、

これなら文句ないファでしょ?」



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29 姿を現したテューポーン! 開幕 討伐作戦!!

「……………!!!!」

イーラは呆気に取られていた。

てっきり蛍の取り巻きだと思っていた幻獣が人間になって魚の群れを倒して見せたのだから。

しかし、フェリオはすぐにその場に膝をついた。

 

「フェリオちゃん!?」

「おい、大丈夫か!!?」

「……とは言ってみたけど、やっぱりきついファね………。」

 

途切れ途切れにそういった後、フェリオの身体は元の狐のような幻獣に戻った。

 

「ブレーブ、テューポーンは任せるファ……。」

 

フェリオはブレーブの思念体に戻った。

 

「フェリオ、大丈夫なの!!?」

『こうやってブレーブの中にいるうちは大丈夫ファ!

さあ早くテューポーンと戦うファ!!』

「わかった!!!」

 

今、フェリオが身を粉にして頑張ってくれた。全てブレーブがテューポーンと戦うために。それがブレーブを奮い立たせた。

 

 

 

小賢しい…………

 

 

湖の中から声が聞こえた。

さっきと同じドスの効いた声だ。

 

 

それなら望み通り我の手で捻り潰してくれる………!!!!!

 

 

ようやくテューポーンが湖から出てくる。

今のフェリオの一撃でチョーマジンにできる魚が尽きたのだろう。

 

ザパアッ!!!!

 

と音を立て、凄まじい波飛沫を上げて遂にテューポーンがその姿を現した。

 

その姿は龍と呼ぶにはあまりに醜悪で、口に収まりきらないほどに牙が伸びているし、全身からこの湖に立ち込める瘴気と同じものが漏れ出ている。

開いた口からは粘液が滴り落ちていた。

 

『ブレーブ!』

「うん! 解析(アナライズ)!!!!」

 

名前:???

年齢:???

種族:テューポーン

性別:???

職業:???

贈物(ギフト)

固有贈物(ユニークギフト)

魔物召喚(サクリファイス)

特上贈物(エクストラギフト)

暗黒瘴気(ベルゼビート)

 

この時ブレーブは初めて 目の前にいるのが「テューポーン」という名前の魔物ではなく、テューポーンという種族の一種なのだと知った。

しかし、今のブレーブにとってそれは大した問題ではない。

目の前にいる魔物の名前や種族がなんであれ、自分はこの魔物の中の呪いを倒すためにこの湖に来たのだから。

 

 

わが主君 ヴェルダース殿に授かったこの力、よくも無駄にしてくれたな………!!!!

 

 

彼が今言った授かった力というのはきっと、彼の固有贈物(ユニークギフト)のことだろう。

おそらくこの贈物(ギフト)によってチョーマジンを作ることができるのだろう。

 

ブレーブの勘は既にこれだけのことを瞬間的に理解できるまでに成長していた。

 

 

「行くぞぉッッ!!!!」

そのドスの効いたテューポーンの声が頭ではなく耳から入ってきた。

そんなことを思う暇もなくテューポーンの触手が飛んできた。

 

強固盾(ガラディーン)!!!!

 

その突きをブレーブが迎え撃った。

 

「こんなものではないぞッッ!!!!」

さらにテューポーンがその触手全てを使ってブレーブを強襲する。

テューポーンの触手全てが隙の出来たブレーブに襲いかかった。

 

「蛍ちゃん、任せて!!!」

 

ハニがブレーブの前に飛び出し、そのレイピアが光を反射して煌めいた。

ブレーブの目の前で触手が切り刻まれた。

その触手全てが湖にボトボトと落ちていく。

 

「!!! 星聖騎士団(クルセイダーズ) 九番隊隊長 ハニ・ミツクナリか………

それにイーラ・エルルークとハッシュ・シルヴァーンまで……

どうやらこの襲撃があの忌まわしき勇者 ルベドの差し金だという噂は本当だったようだな………!!!!」

 

厄災 ヴェルダースの耳に【星聖騎士団(クルセイダーズ)】と【『』勇気デ戦ウ乙女達《ブレイブソウルプリキュア》】という脅威になり得る2つの組織が結託したことが入るのは想定内だ。

だからテューポーンのこの挑発にも3人は全く動じない。

 

「……しかし、貴様らは1つミスを犯している………」

テューポーンが彼らを嘲るように静かに呟いた。

「ここがどこか分かっているのか………??」

 

テューポーンはそう呟いて指を鳴らした。

 

ヒュパッッ!!!

 

突如、ブレーブの足元を謎の衝撃が襲う。

かろうじて跳んで回避した。

 

「何ッッ!!?」

『ブレーブ、あれを見るファ!!!』

 

フェリオに促されてブレーブが視線を送ると、そこには大きく口を開けた植物がいた。

その口からはまるで銃口のような筒状の触手が伸びていた。

 

「あれって……!!」

『ビームを撃つ植物の魔物ファ!!きっとテューポーンが操っているんだファ!!!』

 

「そうとも………この湖に蔓延るもの全て我の味方だ………!!!

そして我も本気を出させてもらおう………!!!」

 

 

水しぶきを上げてテューポーンが湖から飛び立った。

 

テューポーンの全貌はやはり醜悪と呼ぶべきものだった。

その下半身はタコのように無数を割、それぞれ独立した不規則な動きをしていた。

明らかに小さな羽はその巨体をかろうじて浮かせている。

 

戦ウ乙女(プリキュア)星聖騎士団(クルセイダーズ)隊長………、

貴様らの首 全て取れば我の地位も確固たるものになる………。」

 

テューポーンの触手と周りの植物の銃口が全てブレーブ達に向けられた。



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30 襲い来るテューポーンの猛攻! ブレーブ防戦一方!?

「足掻いてみせろッッ!!!!!」

 

テューポーンとその周りの植物の一斉射撃がブレーブ達を襲う。

 

イーラは鉄壁要塞(ファランクス)でガードし、ハニはレイピアでビームを全て撃ち落とす。ハッシュも拳で撃ち落とし、ブレーブも強固盾(ガラディーン)で全て受けた。

 

しかし、全員が攻撃を凌ぐのに精一杯で、一向にテューポーンに反撃ができない。

 

「ハッハッハ。

かの有名な星聖騎士団(クルセイダーズ)がこの有様か!!」

 

テューポーンはその防戦一方な様子を嬉嬉として眺めていた。

 

「この程度ではあのルベドもたかが知れ━━━━━━━━!!!!?」

 

テューポーンがその言葉を言い終わる前に、彼の頬を衝撃が襲った。

 

「ハッシュ君!!!」

 

ブレーブが目線を送ると、ハッシュの蹴りがテューポーンの頬に突き刺さっていた。

そのまま全体重を乗せた蹴りはテューポーンの体躯を洞窟の壁まで吹き飛ばした。

 

その最中にも、周りの植物はハッシュを狙い撃つ。避けきれずに一筋のビームがハッシュの足をかすった。

「ッ!!」

そのダメージにもハッシュは顔色1つ変えず、冷静に着地した。

 

「ハッシュ!大丈夫か!!?」

「問題ないよ。ちょっとかすっただけだ。」

 

ブレーブの目にはかなりの怪我に見えたが、軍人であるハッシュにはこれくらい戦場では大した怪我ではないのだ。

 

「それより蛍君、あの植物はチョーマジンか分かる?」

「いや、あれはこの湖の植物なだけで、チョーマジンじゃないみたいだけど」

「…そう。じゃあ大丈夫だね……!!」

 

ブレーブの言葉を聞くなり、ハッシュは勢いよく屈んだ。

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 武将之神(スサノオ)が発動しました。』

 

ハッシュがブレーブたちの前から飛び立った瞬間、周りの植物の活動が止まった。

 

ハッシュがブレーブの前に再び着地した。

 

「ハッシュ君、何を……!!?」

「眠って貰っただけだよ。」

ハッシュが指を立てると、その爪に光るものがあった。見たところ、小型の刃物のようだ。

 

「ひょっとして それって」

「そう。麻酔だよ。」

ハッシュは今の一瞬で、周りの植物を刃物で攻撃し、麻酔を打ち込んで眠らせたのだ。

相手が解呪(ヒーリング)の必要のないテューポーンの洗脳を受けた植物なら、対処はこれで十分だ。

 

「…………!!!! 小賢しい………!!!!」

壁に激突したテューポーンは既に意識を取り戻し、状況を瞬時に把握し、そして静かに激怒した。

 

「消え失せいッッッ!!!!!」

テューポーンはその触手全てを使ってブレーブ達に全力の攻撃を放った。

 

巨大化(リバウンド)!!!」

イーラが既に人間と比較して大きかったのが、さらにその身体を大きくし、テューポーンと同じくらいの身長になった。

その状態で発動する鉄壁要塞(ファランクス)はテューポーンの全力の攻撃を全て受け凌いだ。

 

「おのれ!!!」

ビームが効かないと見るや、テューポーンはすぐに攻撃を触手に切り替え、バリアの外からイーラの背中を狙う。

 

ヒュパヒュパッッ!!!

「グアッ!!!?」

 

激痛に怯んで引っ込めた触手は痛々しく切断されていた。

イーラの後ろのハニのレイピアとハッシュの手刀が襲い来る触手を切り落としたのだ。

 

「テューポーン、お前はこのフィールドのことを熟知していたのかもしれないが、お前も1つミスを犯しているんだぞ。」

「何だと!!?」

「それは、我々の実力を見誤ったことだ!!!!」

「!!!!?」

テューポーンの腹を1本の剣が貫いた。

その剣を握っていたのはイーラだ。

イーラも星聖騎士団(クルセイダーズ)の一員であり、その職業は聖騎士(パラディン)だ。聖騎士(パラディン)の持つ武器はもちろん 剣以外にありえない。

 

「ッッ!!!」

テューポーンは冷静にイーラを突き飛ばし、腹の剣を抜いた。

傷口から血が吹き出したが、テューポーンは冷静に傷口を抑えて出血を止めた。

 

 

「ならば………これを食らうがいい!!!!」

テューポーンの全ての触手から無数のビームが放たれ、その全てが縫うように防御を掻い潜り、ブレーブたちに襲いかかる。

 

ハッシュとハニは冷静に飛び上がってそのビームを躱し、ブレーブも究極贈物(アルティメットギフト) 奇稲田姫(クシナダ)を使い、その全てを見切る。

 

そして一瞬で隙をついてテューポーンに強襲する。だが、乙女剣(ディバイスワン)の突きをテューポーンは見切り、刃を掴んだ。

 

「消えろォ!!!!」

テューポーンはそのまま乙女剣(ディバイスワン)ごとブレーブを湖に投げ込んだ。

 

 

***

 

 

(うぅ………ッ 臭い………)

 

ブレーブは投げ込まれ、紫色に濁った水の中にいた。

 

濁ってはいるものの毒の類は無く、ブレーブの身体には異変は見られなかった。

 

(ブレーブ!大丈夫ファ!!?)

(うん。それよりフェリオ、私に考えがあるの。)

(考え?)

(うん。フェリオ、私の解呪(ヒーリング)を分けたらさ、また戦ウ乙女(プリキュア)の姿になれる?)

(分からないけど、多分できるファ。)

(じゃあ、私に合わせて飛び出して。テューポーンにとどめを刺すから!!!)



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31 ブレーブ決死の一撃! プリキュア・ブレーブインジェクション!!

「ちょっとイーラさん どうなってんの!!?

蛍ちゃん 全然上がって来ないじゃん あの水 何か毒でも入ってんじゃないの!!?」

 

半ば八つ当たり気味にハニが言った。

湖に投げ込まれたブレーブが一向に上がってこないのだ。

 

「いや 毒が入ってる筈はないぞ!

この湖はテューポーンの瘴気があるだけで普通の魚も生活できるほどには清潔なんだ!!」

「じゃあどうして上がって来ないんですか!!?」

「そんなこと俺が知るか!!」

 

水掛け論をしている2人を気にもとめず、ハッシュは向かってくる攻撃を捌いていた。

もちろん イーラとハニもテューポーンの攻撃を受けている。ブレーブがいない今、彼らには時間を稼ぐことくらいしかできることがないのだ。

 

「ハッハッハ

頼みの綱の戦ウ乙女(プリキュア)も藻屑になってしまったか?」

 

3人に攻撃を加えながらテューポーンは得意げに笑った。

 

しかし、ハッシュは全く反応しない。言葉に反応するだけ無駄だとわかっているからだ。

そして彼はブレーブを信頼している。それが戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)となった彼の義務のひとつなのだ。

 

 

「虫けら共、もう十分だろ

終わらせるぞ」

その言葉の後、テューポーンの口に禍々しい色の光が集まり、攻撃を食わせるために大きく仰け反った。

 

その時、2つの大きな音が響いた。

ひとつは湖を大きく揺らがせる水音、

もうひとつは刃物が何かを突き刺す音(・・・・・・・・)だ。

 

「な……………に………………!!!!?」

テューポーンの腹に1本の剣が突き刺さっていた。それは乙女剣(ディバイスワン)だ。

それを2人の少女が握っていた。

 

その2人はキュアブレーブと、人間に姿を変えたフェリオだ。

 

「フェリオ、やるよ!!!!」

「わかったファ!!!!」

2人が剣に力を込めた━━━━━━━

 

 

***

 

 

遡ること数分前、ブレーブとフェリオは湖の中にいた。

解呪(ヒーリング)を体の中に?)

(そう。多分今の私じゃテューポーンをちゃんと倒せるか分からない。だから、前にハッシュ君がやったみたいに解呪(ヒーリング)を体の中に流し込めば、絶対に倒せると思うの。

だからフェリオ、私に力をかしてくれる?)

(もちろんファ!)

 

湖の中でブレーブとフェリオは乙女剣(ディバイスワン)を握り、その刃先をテューポーンに向けた。

(チャンスはテューポーンがお腹を見せた時。そこに一気に撃ち込むよ!!!)

 

 

***

 

 

戦ウ乙女(プリキュア)………!!!!

貴様…………!!!!!」

 

「「解呪(ヒーリング)!!!!!」」

ブレーブとフェリオが渾身の力で叫び、剣にありったけの解呪(ヒーリング)を溜め込んだ。

 

《《プリキュア・ブレーブインジェクション》》!!!!!

 

ブレーブとフェリオの叫びによって放たれたその光はテューポーンの身体を貫通し、さらに全身を駆け巡った。

「ブレーブ、もっと流し込むファ!!!!」

「うんッッ!!!!」

 

絶叫するテューポーンにさらにダメ押しをかけんと全力で解呪(ヒーリング)の力を注ぎ込む。

最早2人の頭には解呪(ヒーリング)を使ったあとの疲労など微塵も無かった。

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

 

 

 

 

一体、どれくらい力んでいただろう。

 

いつの間にか乙女剣(ディバイスワン)から光は消え、握る力も弱まっていた。

視線の先にはあの禍々しい龍もいない。そもそも自分は今地面に寝そべっている。

 

「よし!起きた!」

 

ハッシュのその一言でブレーブは完全に目が覚めた。

 

「ハッシュ君!テューポーンは!!?」

「落ち着いて。テューポーンならちゃんと解呪(ヒーリング)できた。さっき元の姿に戻って湖に帰っていったよ。」

 

辺りを見回すと、そこにはもう瘴気は無かった。ヴェルダースの手先にされたテューポーンが発生させていたのだ。

 

「そうだ!フェリオは!!?」

「フェリオなら今 イーラさんとハニさんが介抱してる。怪我はないけど疲れきってるみたいなんだ。」

「そう。よかった………」

 

安心し 緊張が解けた蛍はよろけそうになり、ハッシュに抱えられた。

 

「イーラさん、蛍君 目を覚ましたよ。

これから どうするの?」

「もう少し休ませて歩けるようになったら本部に戻り、作戦成功を総隊長に伝える。」

「うん。 わかった。」

 

蛍の耳に入ったのはそこまでだった。

解呪(ヒーリング)を酷使したその体は既に言うことを聞かず、蛍の意識はまた遠のいて行った。

 

 

***

 

 

「ほう、プリキュア・ブレーブインジェクションか………

そいつはいいな。」

「えへへ。ぶっつけ本番で上手くいくかはわかんなかったけど、これで私もちゃんと戦えるよ!」

 

蛍は今 星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部の一室にいる。そこでギリスにテューポーンとの事を話していた。

ハッシュから聞いた話によると、あの後一向に目を覚まさなかったので、イーラに抱えられて本部に連れ帰られたのだという。

 

「蛍、ギリス、入るよ。」

扉を開けてハッシュが入ってきた。この部屋は勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)のための客室なので、従属官(フランシオン)であるハッシュも自由に出入りできる。

 

「総隊長から もうすぐ呼ぶから準備してくれって。」

「そう。わかった!!」



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32 本部とのしばしの別れ!門出を祝う拍手!!

本部の大ホールには惜しみないほどの拍手が沸き起こっていた。

大ホールのステージでは蛍がルベドから表彰を受けていた。場内にいる全員が彼女を女神に選ばれた勇気として讃えていた。

 

「諸君!!この誇り高き勇者 夢崎蛍に今一度大きな拍手を!!!」

 

ルベドの一言によって巻き起こった大きな拍手によって勇者 夢崎蛍の表彰会は幕を下ろした。

 

 

***

 

 

「お疲れ様だな。立派な勇者っぷりだったぞ。」

ステージを退出した蛍にギリスが声をかけた。

「やめてよそんな勇者なんて。ただ上にあがって話聞いてただけだし」

 

蛍はつい数時間前に星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長の力を借りて凶悪な魔物であるテューポーンにとどめを刺してきたばかりなのだ。

魔王として様々な人物を見てきたギリスの目にも既に彼女は立派な勇者に映っていた。

 

ギリスと話している蛍にルベドが近づいてきた。

「蛍君、テューポーンの討伐 ありがとう。改めて僕から礼を言うよ。

君は立派な勇者だよ。」

「そんなルベドさんまで勇者なんてやめてくださいよ。ルベドさんに比べたら私なんてまだまだ………」

 

蛍からは戦ウ乙女(プリキュア)になった時の勇ましさは感じられなかった。

彼女もまだ齢14の少女であることに変わりはないのだ。

 

「ああ それからルベドさんに1つ言っておかなきゃいけないことがあるんですけど」

「何かな?」

「テューポーンを倒したことに私の名前を入れないで欲しいんです。」

「どうして?」

「というのも私たちと星聖騎士団(クルセイダーズ)が一緒になった事、まだ誰にも言ってなかったんです。だから駆け出しの私たちが大きなニュースになったりしたらこの前みたいにトラブルに巻き込まれるんじゃないかと思いまして………」

 

「? 前に巻き込まれたことがあるのかい?」

「そんな大それたものじゃないぞ。

腹を一発突いてそれで終いだ。」

「腹を? 殺したのか?」

「さぁな。」

 

そんな殺伐とした冗談交じりの会話ができるほどにこの2人は仲がいいのか。

そんなことをぼんやりと思っているとルベドが蛍に声をかけた。

 

「それで、これからどうする?

やっぱり2人目を探しに行くのか?」

「はい。そのつもりです。」

 

蛍の決意は固かった。それも星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長であるハッシュを連れていく責任もあってのものだ。

 

 

***

 

 

「総員、我らが三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーンに敬礼!!!」

イーラの一括によって本部入口から正門へと続く道に並んでいる兵士たちが一斉に敬礼した。これが彼らががハッシュにできるたった一つの敬意なのだ。

 

「では総隊長、任務(・・)に行ってまいります。」

「必ず無事に戻ってくるように!!!」

 

ルベドがハッシュを激励し、周囲からは再び惜しみない程の拍手が起こった。

ハッシュはこれからギルド【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】と共にヴェルダース討伐という途方もない任務を行う。

 

蛍とギリスが歩く道の両端では拍手が彼女たちを送り出していた。それが更に彼女を誇り高い勇者へと変えて行ったのである。

 

 

***

 

 

「じゃあ改めて これからよろしくね ハッシュ君!」

「よろしく頼むぞ。」

「よろしくファ!」

 

蛍とギリスとフェリオ、そして新たに加わったハッシュの4人は星聖騎士団(クルセイダーズ)が用意した馬車に乗った。

 

「それで、これからどうするんだ?」

「まずはあのギルドに行く。署長のおじさんにハッシュ君が入ったことを教えなくちゃいけないからね。そしてその後に」

「リルアを探しに行くか。」

 

4人がこれからの計画を立てる中、馬車は都市へと走る。

 

 

 

「なるほど。今回新たに入ったのがその少年というわけか。」

「はい!ハッシュっていうんです!」

 

蛍たちは都市のギルドの署長室に来ていた。新たにハッシュが加わったのを報告するためだ。

 

「うむ、発展途上のギルドとは聞いていたが、こんなに早くメンバーが増えるとはな。これからも増やすつもりなんだろ?」

 

蛍は首を縦に振った。

フェリオから聞いた話によれば、女神ラジェル曰く あと5人戦ウ乙女(プリキュア)を増やせるそうだ。

 

「おお。ギルド情報の更新ができたぞ。確認を頼む。」

 

勇者デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

ギルドランク:C

ギルドマスター:ギリス・クリム

ギルドメンバー

ホタル・ユメザキ

フェリオ

ハッシュ・シルヴァーン

 

「問題ない。

それから、言いにくいことではあるが、この都市はこれから離れようと思う。

まだまだメンバーを集めるつもりだからな。」

「そうか。ならば止めはしない。

だが 決して無理はしないと約束してくれ。そして、行き詰まったらいつでもここに羽を休めに来てくれ。」

「わかった。約束するよ。」

 

ギリス達は署長としばしの別れを告げ、署長室を出た。

 

 

***

 

 

「ねぇギリス、あの署長さんといつから仲良くなったの?」

「多分 割と最初からじゃないの?」

「馬鹿言え あんなものは上辺だけのものだ。何が悲しくてあんな初老の男と仲良くならねばならんのだ。」

「やっぱ ギリスってツンデレファね。」

「おい、まだ言うのか 貴様、そのしっぽを引きちぎるぞ。」

 

 

蛍たちは今 都市を出て列車に揺られている。これから2人目の戦ウ乙女(プリキュア) リルア・ナヴァストラを探しに行くのだ。



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2人目の戦ウ乙女(プリキュア) 編
33 人探し開始! 見つかる?2人目の戦ウ乙女(プリキュア)!!


「やっと着いたー」

駅に着いた列車を降り、蛍は開口一番にそう言った。

 

「なんだ。その気の抜けた言葉は。」

「これから2人目を探すんでしょ?」

「そうファ。もっと気を引き締めるファ!」

 

「もー みんなしてそんなに言わなくていいじゃん。ちょっとくらいゆっくりしたってさー」

 

気の抜けている蛍を軽く叱責した3人に対し、不満げな声を蛍はもらした。

ギリスは力の消耗を抑えることの出来る少年の姿で、ハッシュも星聖騎士団(クルセイダーズ)だとばれないように丈の長いローブに身を包んでいた。聞くところによると、任務の時はもっぱらこれを着るのだという。

 

「それでギリス、ここに人探しのギルドがあるの?」

「別にそれ専門という訳ではないがな。ここにあるものが一番精度が高いという評判だ。

ここからしばらく歩いた所にあるそうだ。」

 

 

***

 

 

「へー、ここが……。」

ギリスの案内で蛍が着いた所は、前にいた都市にあったギルドとさほど変わらない外装と大きさの建物だった。

 

(とにかく入るか……)

 

その場でじっとしていても始まらないので、蛍達はギルドに入ることにした。

 

 

「失礼する。」

 

そう言って戸を開けたのは表向きのギルドマスターであるギリスだ。

 

「いらっしゃいませ。ギルドの依頼でしょうか?」

 

前と同じくメイドの格好をした受付が蛍達を迎えた。

 

「あぁ。勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)と言えば伝わるか?」

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)様ですね。存じております。

本日はどういったご要件で?」

「今日はクエストを受けに来たんじゃないんだ。ここが人探しを得意にしているという話を聞いてやってきたのだが」

「はい。ここでは人探しも請け負っております。では、人探しを依頼したいということでよろしいですか?」

「そうだ。俺の友達なんだが。」

「かしこまりました。失礼ですが、お写真などはございますか?」

「生憎 写真は今は持ってないが、ここなら特徴から似顔絵を描いてくれると聞いた。」

「かしこまりました。すぐに担当の者を呼んでまいります。」

 

受付は本部の奥へと走っていった。

 

「ねぇギリス、」

「何だ?」

「今あの人 写真って言ったよね?じゃあこの世界ってカメラはあるの?」

「カメラ?それは知らんが写真は結晶を使って作るんだ。

ほら、前のギルドで映像結晶を貰っただろ?あれと同じで結晶に入れたデータを紙に写す技術があるんだ。」

「へぇー」

 

そんな話をしていると、紙とペンを持った女性が奥から出てきた。

 

「お待たせいたしました。これから似顔絵を描きますので、質問にお答えください。」

「わかった。」

 

「お友達のお名前は?」

「リルア。」

「性別は?」

「女だ。」

「身長は?」

「今は分からないが、昔は150に満たないほどだ。」

「髪色や髪型は?」

「色はプラチナがかったピンク。髪型はツインテールだった。」

 

 

この他にも目の形や口の大きさ等、とにかく多くの質問にギリスは答え続けた。

おそらく20分くらいはかかったのではないか。蛍はぼんやりとそう思った。

 

「似顔絵ができました。確認をお願いします。」

「………だいたいこんな感じだ。問題ない。」

「メンバーの皆様も確認をお願いします。」

 

 

かわいいな。

 

似顔絵を見た蛍が率直に抱いた感想だった。

もちろんそれは客観的なものだ。こういう類の似顔絵はニュースなどでも度々目にしてきたが、それらに漫画やアニメで抱いた感情は無かった。もちろん今も然りである。

 

「では尋ね人の依頼として、掲示板に貼ってまいります。それから他のギルドにも協力を手配しますので。」

「よろしく頼む。」

 

 

 

この人を捜しています。

リルア 女性

 

依頼主:勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

マスター ギリス・クリム

【特徴】

身長:約140cm

髪型:プラチナピンク ツインテール

瞳:ゴールド

 

お心当たりがありましたら、下記の電話番号までご連絡下さい。

 

そんな文章が続いて、その左に似顔絵が貼ってあった。

 

「ギリス、そのリルアちゃんが生きてる保証ってあるのかな?」

「それは問題ない。あいつは必ず生きている。ヴェルダースのやつは俺を殺せずに力を奪うことしか出来なかったからな。

俺がこうして目覚めているんだ。あいつもどこかで奴の首を取る算段をつけているだろうよ。」

「もし見つかっても、ギリスって分かるかな?」

「当然だろ。あいつとはずっと一緒にやってきたんだ。もしあいつがちょっと離れただけで俺の事を忘れるような薄情者なら、この手で殺してやるさ。」

 

得意げに笑いながらギリスは冗談をこぼした。しかし、蛍の本当の懸念は他にあった。

 

「………もし見つかったとして、戦ウ乙女(プリキュア)になってくれるかな?」

「あぁ………

それは分からないな。だがヴェルダースとなんの因縁もないお前が戦ウ乙女(プリキュア)になってくれたと知ったら、きっとあいつもその気になってくれるだろうよ。」

「だといいんだけど……。」

 

「とにかくだ。あいつは必ず見つかる。それは確実な事だ。」

 

そこまで自信があるなら と蛍はそれ以上何も言わなかった。

 

「ねぇ、せっかく来たんだし、何かクエスト受けようよ。」

「それもそうだな。Dランクでいいか?」

「うん!」

 

元気よく蛍が答えた。



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34 明かされる真実! 魔王ギリスとリルア!!

「いやー、

いい汗 かいたねー」

 

今は日が傾いている夕方。蛍はさっきまで魔物討伐のクエストに精を出していた。

 

「自分でやるクエストっていいもんだねー」

 

蛍は戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブの力を使って魔物を討伐していた。

せっかく女神に貰った力をこんなことに使っていいのか という気もしたが、これも生きていく上では大切なことだから、これくらいは許してもらおう と結論づけた。

 

 

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア) ホタル・ユメザキ!

ただいま戻りましたー!!」

「なんだ、その浮かれた声は。」

「もっとしとやかにっていうか落ち着いて出来ないの?」

 

クエストが成功して喜んでいる蛍をギリスとハッシュは手厳しく迎えた。

 

「そんな顔しないでよー

ほら、ちゃんとクエストはやってきたからさー」

「やってきたといってもたったひとつだろ?それにそのクエストもスライムから出てくる素材を回収するだけなんだ。」

「それに何も蛍君一人でやることはなかったんじゃないの?

僕達にも声をかけてくれたら良かったのに。」

「わかってないなー2人とも。

自分一人で頑張るから意味があるんじゃないのー」

「ここに来て1週間もたってないやつが何言ってんだ」

 

ギリスとハッシュから色々言われたが、蛍はクエスト完了を知らせることにした。

 

 

「ねぇみんな、今日はどこに泊まるの?」

「近場の宿屋でいいんじゃないか?

飯ならここで取ればいいんだから。」

 

 

***

 

 

「お待たせしました。

プレーンオムレツ キノコのスパゲティ パエリアです。

ごゆっくりどうぞ。」

 

3人は運ばれてきた料理に手をつけた。

フェリオは3人の頼んだ料理から少しづつ貰い食べた。

 

「ハッシュ君ってパエリアが好きだったんだねー」

「別に好きじゃないよ。ただ安くて美味そうだって思っただけ。デザートにシュークリームさえ食べられたらそれでいい。」

 

「ギリスもグラタンじゃなくてパスタにしたんだね。」

「毎回 グラタンというのも味がないじゃないか。そういうお前もオムレツとは随分控えめじゃないか。」

「他にパンがあるからいいの!」

 

 

そんな会話を交わしながら、3人はギルド内での食事を終えた。

 

 

 

***

 

 

「ねぇ、3人でダブルベッドってのはどうなの?」

「しょうがないだろ。空いてるのがここしかなかったんだから。」

 

蛍達が休むために取った部屋は、ダブルベッドの置かれた部屋だった。言うまでもなく3人では不十分だった。

 

「それにダブルが取れただけ幸運だぞ。下手をしたらシングルしか取れなかったかもしれないんだからな。」

 

それもそうか と蛍は納得することにした。

 

「それより蛍、お前、寝なくて大丈夫なのか?」

「何で?」

「何でってお前、戦ウ乙女(プリキュア)で戦った日はもっぱら9時には寝てたじゃないか。」

「あぁ。それなら大丈夫!今日は解呪(ヒーリング)使ってないから

それに何か最近あまり疲れなくなったんだよねー 体が戦ウ乙女(プリキュア)について行ってくれてるのかなー?」

「そう思うのは結構だが、あまり慢心はしてくれるなよ?」

「分かってるってー」

 

ほんとにわかってるのか? とギリスが半ば呆れていると、ハッシュが口を開いた。

 

「ところでギリス、人探しの依頼って何か連絡は来たの?」

「こんな短時間で来るわけないだろ。

俺達も探しはするが、少なくとも3日はかかるんじゃないか?」

「3日か……… もちろんその間も仲間は探すんでしょ?」

「もちろんだ。」

 

「じゃあさ、そのリルアって人の事、詳しく教えてよ。」

「あぁ。私も聞きたい!」

 

「……!!

まぁそうか。たとえ戦ウ乙女(プリキュア)にならなかったとしても仲間になることは間違いないだろうからな。

いいだろう。」

 

 

リルア・ナヴァストラ

彼女とギリスは魔人族の通う学校で出会ったのだという。

互いに切磋琢磨した結果、2人ともめでたく魔王になり、それぞれ違う領土を統治するようになった。

 

そこに厄災【ヴェルダース】が現れ、ギリスとリルアは力を奪われこの世界から葬られたのだという。

それからはずっと会えていない。

 

 

「とまぁ これがリルアについて俺が説明できることだ。」

「じゃあ種族もギリスと同じ魔人族なの?」

「いや、あいつは魔人族と竜人族の混血だった。」

贈物(ギフト)は?魔王なら究極(アルティメット)ぐらいは持ってるんでしょ?」

究極贈物(アルティメットギフト)なら持っているが、どんなものを持っているかは正確には分からない。」

 

「まぁ今日はそろそろ寝ようじゃないか。

もう11時を回っている。」

「それはいいんだけど…………

 

 

 

 

 

誰が真ん中で寝るの?」

 

「「」」

 

ギリスとハッシュは黙り込んだ。

蛍が何を言いたいかわかったからだ。

 

誰がダブルベッドのつなぎ目で寝るのか

 

 

 

***

 

 

 

 

「うぅ~ おはよ~」

「なんだお前、その気の抜けた挨拶は。」

「ギリスも疲れが顔に出てるけど〜?」

 

3人とも寝不足を隠せなかった。

誰がつなぎ目で寝るのか。

それを決めるのに数時間 かかった。

 

ちなみにフェリオはベッドとは違う所で寝たため、朝から元気いっぱいである。

 

「皆、まずは朝ごはん 食べに行くファ!」

「……そうだな。まずはそうするか……」

 

元気の無い3人だったが、その疲労を吹き飛ばす事が起こることを3人はまだ知らない。



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35 緊急事態発生!? 難航する戦ウ乙女(プリキュア)探し!!

朝食を終えた3人はギルドに駆けつけていた。

「それは本当なのか!!?

探していた人が見つかったというのは!!!」

「落ち着いてください。

ただ リルアは自分だという人間が1人現れたというだけですから。」

「特徴の方は?」

「髪はピンク色のツインテール。

目は黄色でした。」

 

それを聞くなりギリスは目を輝かせた。

「なら間違いない!!!

今すぐそいつに会えるか!!?」

「はい。」

 

受付に案内され、3人はギルドの奥に向かう。

 

 

***

 

 

案内されたテーブルに少女が1人 座っていた。

確かにピンク色のツインテールで黄色の目をしている。昨日 ギルドで描いた似顔絵と特徴は一致していた。

「探していた人物ですか?」

「間違いない!!礼を言うぞ!!!

報酬はいくら払えばいい!!?いや、お前たちの言い値で払おう!!!」

 

ギリスは興奮とも取れる感情をむき出しにしていた。ここまで彼が取り乱したのは、蛍に自分を従属官(フランシオン)にしてほしいと頼み込んだ時以来だ。

 

「落ち着いてください。

報酬の方は後ほど連絡をしますので。」

「そうか。取り乱してすまない。」

 

「では、私は外します。」

 

 

受付が退出した後、ギリスたちは目の前の少女の前に座った。

 

「リルア、久しぶりだな。俺がわかるか?」

「…………」

「喜んでくれ。ヴェルダースを倒せる戦ウ乙女(プリキュア)が見つかったんだ!!」

「…………」

「そこでだ、お前にもその戦ウ乙女(プリキュア)になってもらいたいんだ!!」

「…………」

 

「…おい、何とか言えよ。」

 

「……君、誰?」

「「「!!!!?」」」

 

3人は耳を疑った。ギリスは確かにかつての青年の姿のはずなのに、この目の前にいる少女はギリスのことを全く知らないという感じだった。

 

「確かに私はリルアだけど、君たちのことは全く知らないよ。

それになんで私を探していたの?」

「………おいおい冗談は止せ。

俺だよ。魔王 ギリス=オブリゴード=クリムゾンだ。覚えてるだろ?」

「魔王?よく分からないけど全く知らないから。」

 

ギリスのことを知らないと言い張る少女に蛍が質問をした。

 

「じゃあリルアちゃん、お家はどこなの?」

「お家?私はこの近くの施設で暮らしてるんだよ。」

「施設?」

「施設っていうと、身寄りのない子供たちを育てるための所かい?

君は親はいないの?」

「いないよ。

生まれた時から(・・・・・・・)施設暮らしだったよ。」

 

「「「……………」」」

 

リルアの言葉に3人は返すことができなかった。後ろに集まって話をすることにした。

 

『どういうことなの!!?話が違うじゃない!!』

『俺が聞きたいくらいだ!!一体何が何だか』

『ひょっとしてだけどさ、彼女、記憶喪失にでもなってんじゃないの?

ヴェルダースに力を奪われた時にさ。』

『『それだ!!!!』』

 

ハッシュの出した結論に2人は全面的に同意した。彼女がリルアで間違いない以上、それ以外に可能性は無かった。

 

 

「さっきから何を言ってるのかわかんないけど、でも何だか君とは初めて会った気がしないんだよねー。」

 

この一言が彼らに一つの希望を見せた。

 

『今ので確定したな。あいつは間違いなくリルアだ。』

『でもどうするの!!?どうやってリルアちゃんの記憶を……!!』

『ひとまず彼女が暮らしてるっていう施設に行ってみたらどうかな?

そこで話を聞いたら何か方法が見つかるんじゃない?』

『それだ!!ハッシュ、今日のお前は随分キレてるじゃないか!!』

『いや、これくらい普通に考えて分かると思うんだけど……』

 

ギリスはかつての友達に会えたこと、蛍は新しい戦ウ乙女(プリキュア)が仲間になるかもしれないことで冷静さを欠いていた。

 

 

***

 

 

「ここがリルアちゃんのお家?」

 

3人が案内されたのはギルドからしばらく歩いた場所にあるかなり大きな施設だった。

 

「んで、こんなとこに来てどうするの?」

「ここで一番偉い人に会えないかな?」

「あー、そういう事ね。ちょっと待ってて。」

 

そう言ってリルアが施設内に入っていった。

 

しばらくして戻ってくると、リルアの後ろに穏やかな顔立ちの中年女性がいた。

 

「あなたがここの責任者ということでいいか?」

「えぇ、そうですけど。あなたがたは?」

「俺はギリス・クリム。今日はそこのリルアについて聞きたいことがあるんだ。」

「聞きたいこと?」

 

「えぇ。聞くところによると彼女は生まれた時からここで生活していると聞きますが、そのことを詳しく聞かせては貰えませんか?」

「構いませんけど。」

 

ギリスとハッシュの問いかけにその女性は応じた。

 

14年前の明け方、

自分が施設前の掃除をしていると、門の前に赤ん坊が1人捨てられているのを見つけた。

その赤ん坊がリルアであり、彼女を今日まで育ててきたのだという。

 

 

「……わかった。今日はこれで帰る。

だが、また来てもいいか?」

「構いませんよ。それよりあなた達は一体 まるでリルアちゃんを知っているかのような口ぶりですけど。」

 

女性の声に振り向いて、

 

「……彼女を必要としてる人間。 としか今は言えない。」

 

どこか寂しそうな顔でギリスは答えた。

 

 

***

 

 

「ちょっとギリス どうするの!!?」

 

蛍達は帰路の最中 この緊急事態をどう切り抜けるか話していた。

 

「どうするも何も記憶を呼び覚ます他ないだろ!!

方法ならちゃんとひとつ考えてある」

「方法?」

「あいつは俺を見覚えがあると言ったんだ。だからもっと昔の人間に合わせればきっと記憶が戻る筈だ!!」

 

「それでハッシュ、ルベドに通信を手配してくれ。

 

やっとの事で見つけたんだ。どんな手を使ってでもリルアを戦ウ乙女(プリキュア)にする!!!」



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36 思いよ届け! 記憶復活大作戦!!

「ギリス、ラジェル様と通信できたファ。」

「こっちも総隊長と繋がったよ。」

 

フェリオとハッシュが机に水晶を置いた。

 

「すまないな。 すぐに通信を開始してくれ。」

 

フェリオとハッシュが力を送ると、水晶に人影が映る。

 

「ラジェル、ルベド、聞こえるか?

俺だ。ギリスだ。」

『ギリス?どうしたの こんな時間に?』

『何かあったのかい?』

 

ギリスの通話にラジェルもルベドも応答した。

 

「ああ。少々 厄介なことになった。」

『『厄介なこと?』』

「さっき、リルアが見つかって接触に成功したんだ。」

『リルアちゃんに!? もう見つかったの!!?』

『厄介なことというと? 戦ウ乙女(プリキュア)になること断られたのか?』

 

ギリスは顔の前で手を組んだ。

「……それ以前の問題なんだ。」

『『それ以前?』』

 

「驚かないで聞いてくれ………と言っても無理だろうな。」

『一体どういうことなの?もったいぶらないで言いなさいよ!』

『そうだぞ。 彼女に何かあったのか?』

 

「………あいつ、記憶喪失になっていたんだ。」

『『記憶喪失!!!?』』

 

案の定 ラジェルとルベドは驚嘆した。

 

「あぁ。おそらくヴェルダースにやられた時に記憶が飛んだんだろう。

俺の事を全く覚えてないと言うんだ。」

『だけどギリス、それだけじゃ本当に彼女かどうかは………』

 

ガタッ!!

 

ルベドが言い終わる前にギリスが机を叩いた。

 

「バカにするんじゃないぞ!!

いくら何年も離れていたからといって 苦楽を共にした同期の顔を見間違えると思うか!!?

お前たちだってあいつを見たらきっと リルアだと確信する筈だ!!!」

『『!!!』』

 

ラジェルとルベドはギリスの力説に面食らった。彼が交友関係をどれだけ重視しているかは自分たちがよく知っていた。

 

『…それで、何か考えはないの?リルアちゃんの記憶を呼び覚ます方法とか。』

「方法なら一つだけ考えてある。

あいつは俺を初めて会った気がしないと言っていた。だからお前たちが会って話をしたら、記憶が蘇る可能性はかなり高い。」

『『なるほど……。』』

 

「あいつは自分を人間族だと思い込んで、ここから近い施設で生まれた時から育ってきたと言っている。

これからこの水晶を持ってその施設に行く。

お前たちにも協力して欲しい。」

 

『わかったわ。じゃあそこに着いたらまたかけ直してくれる?』

『僕のもそうしてくれ。』

「わかった。 頼んだぞ。」

 

 

***

 

 

「すみませーん」

蛍達は再びリルアの生活する施設に足を運んだ。

 

「あぁ、昨日の。今日はどういったご要件で?」

 

施設の責任者である女性が蛍達を出迎えた。

 

「また、リルアちゃんと話をしたいんですけど。今日は彼女と関係のある人と通信が繋がってますから。」

「わかりました。 すぐに読んできます。」

 

 

「私と話したい人がいるって?」

「そうなの。この水晶で通信するんだけどね。」

 

蛍が合図を送ると、再び水晶にラジェルとルベドが浮かんだ。

 

『………!!!』

『リルアちゃん……!!!』

 

2人は水晶越しに彼女を見るなり言葉を失った。目の前にいたのは紛れもなくリルア・ナヴァストラ その人だった。

 

「…どうだ 2人とも。彼女は何に見える(・・・・・)?」

『……紛れもなく、リルアちゃんだわ。』

『そうだな。間違いない。』

 

「…あの、こちらの人達は?」

 

『リルアちゃん、私が分からない?

ラジェルっていうんだけど……』

『僕のことはどうかな?

昔 君達と大喧嘩した ルベドだよ!』

 

力説する2人にリルアは首を傾げた。

 

「……ラジェルにルベド………。

全く覚えてないや。

 

だけど、何か引っかかってるんだよね。

ギリス、君に会ってから。」

 

『『「………………!!!」』』

 

3人とも頭を抱えた。会ったはいいものの、これからどうするか全く考えていなかった。

やはり 根気よく記憶が戻るのを待つ他無いのか。

 

 

『ねぇフェリオ、ちょっといいかな?』

『ん? 何ファ?』

 

3人をよそに蛍が小声でフェリオに囁いた。

 

『もしリルアちゃんが戦ウ乙女(プリキュア)になったとしてさ、媒体(トリガー)ってどんな感じになるのかな?

ってか、他にどんなのがいるの?』

『どんなのがいるかは分からないけど、どんな職業の力を持ってるかはわかるファ。

 

わたしは【勇者】で、他に【魔王】【テイマー】【聖闘士(パラディア)】【魔法使い(ウィザード)】【聖騎士(パラディン)】の6つファ。』

『じゃあリルアちゃんには………』

『きっと、魔王の力を持った媒体(トリガー)が就くことになるファね。』

 

2人目の戦ウ乙女(プリキュア)探しがこれからどうなるのか と不安を抱いた蛍だったが、すぐにそれをかき消す事態が発生する。

 

「「「「!!!?」」」」

 

突如 蛍、ギリス、ハッシュ、フェリオの4人の背中に寒気が走った。

それこそ戦ウ乙女(プリキュア)とその関係者だけが持つことを許される固有贈物(ユニークギフト) 嫌ナ予感(ムシノシラセ)の発動。

 

つまり、ヴェルダースの手先、チョーマジンの発生を示す。



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37 襲いかかる猛吹雪! 新たな刺客 コキュートス!!

蛍達が2人目の戦ウ乙女(プリキュア)を探そうとしているさなか、チョーマジンが発生した。

 

「ちょっとギリス どうしよう!!?」

「落ち着け! ひとまずお前がハッシュとそこに行け!!

俺はあとから追いつくから!!」

「わかった!! 行こう!!ハッシュ君!! フェリオ!!!」

「うん!!」 「わかったファ!!!」

 

ギリスはひとまずリルアの所に置いて、蛍はハッシュとフェリオと共にチョーマジンが発生した場所へ駆けつける。

 

 

***

 

蛍達が駆けつけたのは施設から少し離れたところにあった河原だった。

 

「……あれが……!!」

 

そこに居たのは腹に魔法陣を持った魚だった。テュポーンの湖にいたものとは違うが、それでも解呪(ヒーリング)して救わねばならない対象であることはすぐに理解出来た。

 

「ハッシュ君は控えてて!私が戦うから!!」

「わかった。」

 

 

蛍はブレイブ・フェデスタルを取り出した。

「行くよ!フェリオ!!」

「わかったファ!!」

 

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

 

蛍の姿は戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブに変わった。

 

「フェリオ、行くよ!!!」

『うんファ!!!』

 

『「乙女剣(ディバイスワン)!!!!」』

 

ブレイブ・フェデスタルから刃が伸び、剣になる。

 

「…フェリオ、一瞬で決めよう!!」

『うんファ!!』

 

2人が決めたのは瞬殺だった。

長期戦になると不利になるのは既に把握済みだ。

 

川を泳いでいるチヨーマジンに狙いを定めた。狙うは腹の魔法陣。切りつけた後に解呪(ヒーリング)の攻撃 《プリキュア・ブレーブガリバー》によって決着する。

 

ブレーブは足に力を込めた。

 

 

「やあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ブレーブが一瞬でチョーマジンとの距離を詰め、剣を振りかざした。

 

 

ビュゴオオオオオ!!!!

『「!!!!?」』

 

その時、謎の冷風がブレーブを襲った。

たまらずブレーブは近くの足場に着地する。

 

「貴様ガ噂二聞ク 戦ウ乙女(プリキュア)カ。」

 

まるで機会でエコーをかけたような声が聞こえた。

 

「誰!!?」

 

風が吹いてきた方向を見ると、そこに異形の者がいた。

 

まず、腕が4つあった。

全身が水色で、まるで氷のように光沢を持っている。

顔はまるで昆虫のような出で立ちで、口には大きな牙が付いていた。

とても人間とは形容し難い風貌だった。

 

ブレーブはすぐにその者に手を向けた。

 

「……解析(アナライズ)!!!」

 

名前:コキュートス

年齢:???

種族:蟲人族

性別:男性

職業:護衛者(ガーディアン)

贈物(ギフト)

???

 

 

「コキュートス……?」

『あんたもダクリュールみたいなヴェルダースの差し金ファ!!?』

 

「…イカニモ。私モ我ガ主 ヴェルダース様二命ジラレテ参上仕ッタ。」

 

『「…………」』

 

ブレーブとフェリオを不気味な緊張感が包んだ。ダクリュールに殺されかけたあの時の緊張に似ていた。

 

「…戦ウ乙女(プリキュア)、ソシテ魔王ギリスノ息ノ根モココデ止メサセテモラオウ。」

 

コキュートスが構えようとすると、彼は切迫した気配を感じた。

 

ドゴォン!!!! 「!!!?」

 

ハッシュがコキュートスを蹴り飛ばしたのだ。既にローブを脱いで肌着になり、本気を出す態勢に入っている。

 

「ハッシュ君!!!」

「こいつの相手は僕がやる!! 君はチョーマジンを頼んだ!!」

『「わかった!!」ファ!!』

 

ブレーブはフェリオと共に魚に突っ込んでいく。

 

***

 

ブレーブが奮闘してる横でハッシュとコキュートスが対峙していた。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン」

「…正体を伏せてる僕を知ってるのか……。」

 

「身体強化系ノ究極贈物(アルティメットギフト)ノ持チ主デアル事ハ 分カッテイル………。

 

ソシテッッッ!!!」

「!!?」

 

またハッシュの体を猛吹雪が襲う。

 

「コレガ私ノ究極贈物(アルティメットギフト) 豪雪之神(オカミノカミ)ダ。」

 

豪雪之神(オカミノカミ)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:冷気や雪を操る

 

バキバキッ!!

「!!」

 

謎の音にハッシュが下を向くと、足が凍り始めていた。

 

「驚イタカ?一瞬ノ油断ガ貴様ノ命取リダッタトイウコトダ。」

「………」

 

コキュートスに対し、ハッシュは何も答えない。その代わりに フーっ と大きく息を吐いた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。』

「!!?」

 

その後ハッシュの足に食らいついていた氷が溶け始めた。

 

「………ソウカ。 シバリング カ。」

 

シバリングとは、いかなる人間にも備わっている身震いをすることによって発生する熱で体温を保とうとする生理現象である。

ハッシュの拳闘之王(ヘラクレス)による精度の高いシバリングは氷を簡単に溶かし、肌着1枚で活動できるだけの熱を産む。

 

「…冷気は僕には効きません。僕ならあなたには負けない。」

「……ソウカ。ソレヨリ戦ウ乙女(プリキュア)ノ方ハイイノカ?」

「彼女なら大丈夫です。僕が総隊長と同格だと認めたんですからね。」

「ソノ自身ハ 従属官(フランシオン)故カ?」

「さぁね。」



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38 ブリザードの強襲! ハッシュVSコキュートス!!




「…ヤハリ戦ウ乙女(プリキュア)ノ足止メ 一匹デハ心許ナイカ……」

「!?」

 

コキュートスが両手を合わせた。

 

魔物召喚(サクリファイス)

 

コキュートスの両手から3つの魔法陣が展開した。コキュートスはそれを川に投げ込んだ。

 

「…なるほど。そうして作った魔法陣を生き物に貼ってチョーマジンを作ってるのか。」

「…ソウイウコトダナ。

ドウスル?助ケニ行クカ?」

「馬鹿を言うな。 彼女は任せてと言ったんだ。だったら信じるのが従属官(フランシオン)の義務ってものでしょ?」

「チガイナイ。」

 

コキュートスとハッシュが見合っている。

辺り一面 ブリザードが吹き荒れていた。

 

「…サァ ドウスル?

ソノママ ブリザードニ身ヲ晒シ続ケルカ、貴様カラ仕掛ケルカ、選ベ。」

 

コキュートスは動かない。こちらから仕掛ける必要がないのだ。既にブリザードという立派な攻撃をしているからだ。

ハッシュのシバリングがいかに精度が大きいといってもそれには限度がある筈。

コキュートスはその限界を待っているのだ。

 

それがわかっているからハッシュの決意は固まった。

 

バッッ!!!!

 

ハッシュが地面を蹴ってコキュートスに急接近する。

後ろ回し蹴りがコキュートスに向かっていった。しかし、蹴ったのはその前方にある何かだった。

 

異変に気づいたハッシュはすぐに確認する。

 

(……これは)

「ソウ。 カマクラダ。

雪ト言ウモノハ押シ固メレバ固クナルノダ。

 

ソシテッッ!!!」

「!!!?」

 

雪の中から何かが飛んでくる。ハッシュは直感的にそれを躱した。

 

グサッ グサッ!! とものが刺さる音が聞こえた。

 

(……氷柱!?)

 

ハッシュが視線を送った先で2本の氷柱が突き刺さっていた。

危険を察し、コキュートスと間合いを取った。

 

「サァドウスル。 貴様ニ遠距離カラノ攻撃ガデキルノカ?」

「………」

 

再びハッシュが仕掛ける。

コキュートスは再び雪の壁を展開した。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 武将之神(スサノオ)が発動しました。』

 

ハッシュが再び雪の壁を迎え撃つ。

 

バガァン!!!!

 

ハッシュのこぶしが雪の壁を破壊した。

そのまま追い討ちにコキュートスにボディブローを見舞う。

 

「!!!!!」

「これが星聖騎士団(クルセイダーズ) だ。」

 

コキュートスの外骨格にヒビが走り、よろけた。

 

「僕はまだまだシバリングを保てるぞ。

ブリザードなんかそよ風みたいなものだ。」

 

 

***

 

 

「よ、4体!!?」

 

ブレーブは川にいるチョーマジン達と対峙していた。

川では4体の巨大な魚の魔物がはね回っている。

 

『あのコキュートスが増やしたんだファ!!』

「………!!!

 

フェリオ、またあの時みたいに戦ウ乙女(プリキュア)になれる?」

『もちろんだファ!!!』

 

ブレーブの肩 付近が光り、人間の姿になったフェリオが分離した。

 

「ブレーブ、来るファ!!!」

「うん!!!」

 

2人が身構えた所にチョーマジンが一体突っ込んでくる。

 

陽光之神(アマテラス)!!!!!」

「!!!? フェリオ!!?」

 

フェリオの両手から強烈な光が放たれた。それはチョーマジンの視界を十二分に奪う。

 

「ブレーブ、早くファ!!」

「あ、わ わかった!!」

 

フェリオに促されてブレーブはチョーマジンの腹部の魔法陣を攻撃した。

急所を切りつけられたチョーマジンは衰弱し、その場に蹲った。

 

「フェリオ、今のは!!?」

「今のが私の究極贈物(アルティメットギフト) 陽光之神(アマテラス)ファ!!!」

 

陽光之神(アマテラス)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:高熱を持った光を放つ

 

陽光之神(アマテラス)……!!!

凄い……!!!」

「ブレーブ、次が来るファ!!!」

「!!!」

 

3体のチョーマジンも2人に襲いかかってくる。

 

ビュゴオオオオオ!!!!

「「!!!!?」」

 

ブレーブとフェリオをブリザードが襲った。

 

「「コキュートス!!!?」」

 

2人は信じられないものを見た。そこにハッシュが相手をしていたはずのコキュートスが立っていたのだ。

ブレーブの中に思ってはならない思考が巡る。

 

「ま、まさか ハッシュ君が………!!!?」

それを言い終わる前に変化が起こった。

 

コキュートスの後頭部に衝撃が走った。

 

「ハッシュ君!!」

 

ハッシュがコキュートスに攻撃したのだ。

寒さで少し顔が赤くなっているとはいえ ダメージらしいダメージは見られなかった。

 

「やれやれ。戦場をこっちに移すとはこすい真似を。それにまさか吹雪でヒビを治せるとはね。」

「ソウイウコトダ。ソシテ、」

 

コキュートスが再び手を合わせ 魔法陣を作り、それを投げた。

魔法陣は衰弱していたチョーマジンに付着し、チョーマジンはみるみるうちに回復していく。

 

「!!!? そんな!!!」

「驚イタカ?タトエ衰弱シテイタトシテモマタ魔法陣を貼レバ回復サセラレルノダ。

サァ、ラウンド2トイコウジャナイカ!!!」



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39 猛吹雪と陽の光! 大混戦の雪原!!

ハッシュとコキュートスが乱入し、戦場はさらに激化していた。

 

「ハッシュ・シルヴァーン ハ シバリングデ何トカナッタガ 戦ウ乙女(プリキュア)、貴様ハドウカナ?」

 

「!!!? まさか!!」

「ハァッッ!!!!」

 

コキュートスが掛け声と共に再びブリザードを巻き起こした。それもチョーマジンの活動する川を狙わず、ブレーブとフェリオだけに狙いを定めて。

 

「…!!!! こ、これは……!!!!」

「ブレーブ! しっかりするファ!!!」

 

ブレーブはその場で動けなくなった。ハッシュとは違い ブレーブには体温を上げる術がないのだ。

 

「う、動けない……!!!!」

「ヤハリソウカ。 未熟ナ戦ウ乙女>(プリキュア)ヨ、コレガ我ラ ヴェルダーズ軍ノ力ダァ!!!!」

 

ブリザードを防ぐのに精一杯でブレーブは動くことができない。

 

「サァヤレ!!! チョーマジン共!!!」

 

コキュートスの声で4体の魚の魔物がブレーブに襲いかかる。

 

「させないッ!!」

 

ハッシュがブレーブに襲いかかるチョーマジンを攻撃しようとするが、氷に足を掴まれた。

 

「!!!」

「ドウシタ? ハッシュ・シルヴァーン。

貴様ノ相手ハコノ私ダゾ!!!」

「ブレーブ!!!」

 

ブリザードに捕らわれたブレーブに魔物が襲いかかってくる。

 

陽光之神(アマテラス)!!!!!」

「「!!!?」」

 

フェリオが上に向けて光を放った。するとみるみるうちにその場の気温が上がり、ブリザードがかき消された。

 

「フェリオ!!?」

「これで動けるはずファ!!

さぁ早くチョーマジンを倒すんだファ!!!」

「…!! わかった!!!」

 

体温も上がり、動けるようになったブレーブは乙女剣(ディバイスワン)を構えた。

 

「やああぁぁぁッッ!!!」

「!!!?」

 

向かってきたチョーマジンの一体に剣の刃を突き立てた。

 

解呪(ヒーリング)!!!!

 

《プリキュア・ブレーブインジェクション》!!!!!」

 

プリキュア・ブレーブインジェクションとは、彼女が先のテュポーンとの戦いで編み出した 解呪(ヒーリング)の力を効率的に使う技術である。

剣から放たれた光は魚のチョーマジンの体を飲み込み、元の小魚へと戻した。

 

「……フゥ。 よし!! まずは一体!!!」

「ブレーブ、まだやれるファ!!?」

「もちろん!!!」

 

コキュートスも一瞬のことに言葉を失った。

魔物召喚(サクリファイス)の魔法陣を持ってしても完全に解呪(ヒーリング)された魚を戻すことは不可能だった。

 

「…ナルホド。ソレガ解呪(ヒーリング)トイウモノカ。 ヤハリココデ消シテオカネバナルマイ。」

 

コキュートスがブレーブに手をかざした。

しかし、その攻撃はハッシュの回し蹴りによって止められる。

 

「やらせないさ。そのために従属官(ぼく)がいる!!!」

「ソウダナ。私モ本気ヲ出ソウ!!

氷之槍(サイア)》!!!!」

 

コキュートスの手から氷が作られ、それが槍の形に変わっていく。

 

「サァ行クゾ!! ハッシュ・シルヴァーン!!!!」

 

 

***

 

 

「ブレーブ、これを!!」

「!? これは……!!」

 

フェリオがブレーブの背中に手を当てた。するとブレーブの体温が上がっていく。

 

「フェリオ、何をしたの!?」

「ブレーブに陽光之神(アマテラス)の力を与えたんだファ!それでブリザードの中でも動けるはずだファ!!」

「……!! ホントだ!!!」

 

ブレーブの体にこの猛吹雪の中でも動けるだけの体力が戻った。

 

「フェリオ、フェリオは解呪(ヒーリング) 使えるよね?」

「もちろんファ!!」

「じゃあ一旦こいつらを連れてハッシュ君から離れよう。

そしてそこで一気に叩くんだよ!」

「わかったファ!!!」

 

 

「聞コエテイルゾ。 私ガソレヲ読ンデイナイトデモ思ウカ!!?」

「「!!!?」」

 

コキュートスから吹雪が吹き付け、コキュートス、ハッシュ、ブレーブ、フェリオを囲んで巨大な氷の壁が作られた。

 

「コレデ退路ハ封ジラレタ。」

「コ、コキュートス…!!!」

 

「ブレーブ、こうなったら一気に残りの3体 解呪(ヒーリング)するしかないファ!!!」

 

 

***

 

ギリスはチョーマジンを3人に任せ、リルアとの会話を続けていた。

 

「ねぇ、あの3人 どこ行ったの?」

「そんなことより 何か思い出さないか?」

「思い出すも何も忘れてることなんて何もないから」

 

ギリスは一向に反応を見せないリルアに頭を抱えた。そして1つの決断を下す。

ギリスが取り出したのは携帯用の通話結晶だ。

 

「ハッシュ、聞こえるか?俺だ、ギリスだ。」

『ギリス、どうしたの?』

「今からリルアを連れてそっちに行く。

ブレーブにも伝えてくれ!!」

『!!!? そんな 何で!!?』

「リルアの記憶が戻る気配が無いんだ!!

もう これにかけるしかない!!!」



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40 一か八かの大博打! 大切な記憶を思い出して!!

「既にラジェルとルベドには会わせた。

これからチョーマジンと戦ウ乙女(プリキュア)との戦いを見せれば、きっと記憶を取り戻すはずだ!!!」

「……わかった。ブレーブに伝える。」

 

これからギリスがリルアを連れてこちらに来る。そのことをハッシュはブレーブに伝えようとしたが、コキュートスと戦っているため、その機会がない。

 

コキュートスを遠くに蹴り飛ばそうにも、周りが雪の壁で覆われているため、それもできなかった。

 

しかし、伝えない訳にはいかない。どうにかしてこのことは絶対に伝える必要があった。

 

「ドウシタ?マルデ何カ別ノコトヲ考エテイルヨウダナ。動キニソレガ出テイルゾ!!!」

 

コキュートスの槍の動きはさらに激しさを増していく。ハッシュはそれを迎え撃つだけで精一杯だった。

 

「目ノ前ノコトニモ集中デキズニ私ニ勝テルト思ウナァ!!!!」

 

コキュートスの槍がさらに早くなった。地面も凍っており、ハッシュは遂に足を取られてよろけた。

 

「モラッタァ!!!」

 

その隙を見逃さず、コキュートスが槍を向けた。しかし、ハッシュはこれを待っていたのだ。

 

槍は地面に突き刺さり、ハッシュは前中の要領で回転した。

その勢いを利用してハッシュの足はコキュートスの頭上に向いた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。』

 

ズドォン!!!! 「!!!!?」

 

コキュートスの頭上にオーバーヘッドキックが突き刺さった。コキュートスは地面深くにめり込む。

 

「よし、上手くいった!!

ブレーブ!! フェリオ!!」

「!? 何 ハッシュ君!!」

 

ハッシュの呼び声にブレーブが反応した。

 

「あまり時間が無いから要点だけを言う!!

今からギリスがリルアを連れてこっちに来る!!!」

「え、それってどういう………」

 

ズゴォン!!!

 

ブレーブが聞き返すのも叶わずにコキュートスが地面から飛び出した。

 

「ごめん!! 答えてる暇はないんだ!!」

「ナメタマネヲシタナ。マサカ地面ニ埋メ込ムトハナァ!!!!」

 

コキュートスの槍が再びハッシュを襲う。

ブレーブはもうハッシュに聞くことはできなかった。

 

「フェリオ、聞いた 今の!?」

「もちろんファ!! でもラジェル様がギリスのやることは全部理にかなったものだって言ってるから、きっと何か理由があるんだファ!!」

 

ブレーブとフェリオの頭には既に答えが出ていた。おそらくギリスはリルアの記憶を呼び覚ますつもりなのだ。

 

そして、その答えはすぐに出ることになる。

 

「ねぇ……、これって何なの……!!!!?」

 

崖の上からギリスといっしょにリルアがいた。 自分たち戦ウ乙女(プリキュア)とチョーマジン達の戦いを目の当たりにしていた。

 

「来たか……!!」

「アレハ……魔王 ギリス=オブリゴード=クリムゾン。

貴様ハココデ始末スル!!! ヤレ!!!」

 

コキュートスの一喝で魚の魔物達は狙いをブレーブからギリスに変えた。

チョーマジンはブレーブの隙をついてギリスへと襲いかかる。

 

「!! しまった!!!」

「ギリス!! リルアを連れて逃げるファ!!!」

 

しかしギリスは何の動きも見せない。

ここで引いたら何のためにここに来たのかが分からない。

そばにはリルアがいたが守ろうとはしなかった。リルアのことを信じていたからだ。

 

彼女のことを1番知っているのは自分だという絶対的な自負があった。

 

チョーマジンの一体はギリスではなくリルアに狙いを定めていた。

 

ブレーブとフェリオが2人に叫ぶ。

しかし、動く気は全くない。

 

ギリスは信じていたのだ。これでリルアの記憶が戻ることを。

 

チョーマジンとは、ヴェルダーズの力を持って生まれた魔物である。つまり、ヴェルダーズの一部に他ならないのだ。

 

そのチョーマジンに命を狙われたなら必ず思い出す筈である。ヴェルダーズの襲撃にあってこの世から葬られたことを。自分がなぜ記憶を失ったのかを。

 

「ギリス!!!!」

「早く逃げるファ!!!!」

今度は2人の呼び掛けがはっきりと聞こえた。

 

「ツイデニソコノソンジョソコラノ小娘モ始末シテオケ!!!」

コキュートスの激と飛ぶ。

 

ギリスは牽制程度の魔法陣を展開した。

しかし、それは無意味に終わる。

 

 

 

 

ズダァン!!!!!

「「「「!!!!?」」」」

 

そこにいたブレーブ、フェリオ、ハッシュ、そしてコキュートスもその音を聞いた。

そして、何かが横方向に吹き飛んだことに気づいた。

 

それは、()()()だった。

そしてギリスの前に首を落とされた巨大な魚がその場に落ちた。

 

土煙が晴れた所にはリルアが()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……おい、そこの虫けら。誰が小娘だと?

ワタシを誰と心得るのだ?」

 

声の主はリルアに間違いなかった。しかし、その口調が明らかに違う。そこから考えられることは1つしかなかった。

 

「と、とうとう…………!!!!!」

 

ギリスはその場で体の疼きを抑えることに精一杯だった。そうしていなければ嬉しさを抑えていられなかった。

 

「私はそんじょそこらの小娘などではないぞ。

私はこの世で唯一の魔人族と竜人族の血を一緒に持ち、『破壊の申し子』の二つ名を持つ、

 

 

魔王 リルア・ナヴァストラだ!!!!!」



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41 よみがえる記憶! キュアグラトニー 爆誕!!!

「リルア………・ナヴァストラ………ダト………? マサカ………!!!!」

 

彼女が名乗ったその名前に聞き覚えがあった。

確か ヴェルダーズが昔 葬ったと言っていた人物にそんな名前があった。

 

信じてはならない事だと思った。しかし、そうでなければ今 目の前でこの少女がチョーマジンを屠り去った説明がつかない。

 

「リルア、とうとう思い出してくれたか!!!

私が分かるか!!?」

「……あぁ。ギリス 全て思い出したのだ!!

あの時 ワタシの身に何が起こったのかも 自分が何者なのかも 全てな!!!」

 

ギリスは涙を抑えることで精一杯だった。

ようやく 何年も続けていた隠遁生活が報われたのだ。ようやく何年も離れ離れだった同士にこうして会えたのだ。

 

「ラジェル、聞こえるか!!?

たった今 リルアの記憶が戻ったぞ!!!」

 

ギリスがラジェルを呼び出し、声高に伝える。

 

ブレーブにはよく聞こえなかったが、ラジェルも喜んでいることは考えるまでもなく分かった。

 

自分が交戦中だということも忘れ、ギリスの喜びを感じていた。

 

「それからギリス、ラジェルが言っていたあの戦ウ乙女(プリキュア)の話だが、

 

喜んで受けようではないか!!!

憎きあのヴェルダーズを倒す戦士の一員、このリルア・ナヴァストラが請け負った!!!!!」

「その言葉を待っていたぞ!!!」

 

ギリスとリルアの間の空間から、蛍の物とは違うブレイブ・フェデスタルが現れた。

リルアの手には既に剣が握られている。

 

「何にも遠慮はいらない。

今までの鬱憤を込めて思いっきりやれ!!!!」

 

ギリスに頷き、リルアは高らかに叫ぶ。

フェデスタルの隙間に剣を差し込んだ。

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

 

リルアの体が赤色の光に包まれた。

その髪が濃い赤色に染まり、束ねていたテールも長く伸びる。

 

今この時、2人目の戦ウ乙女(プリキュア)が産声をあげた。

 

 

 

 

 

燃え上がる 魔王の力

 

《キュアグラトニー》!!!!!

 

 

***

 

 

「リ、リルアちゃん……!!」

「やっと 戦ウ乙女(プリキュア)が見つかったファ!!!」

 

2人目の戦ウ乙女(プリキュア)の誕生にブレーブとフェリオも喜んだ。

 

「オノレ 小癪ナ………!!!!

コウナッタラ私ガ 直々ニ!!!!」

 

コキュートスが槍を振り上げると、ハッシュがそうはさせまいと背後から組み付いた。

 

「貴様ァ!!」

「残念だけど今の僕には君の足止めくらいしかできない。

だけど彼女の邪魔はさせない!!!」

 

コキュートスは業を煮やし、チョーマジンに激を飛ばす。

 

「2人トモココデ始末シロ!!チョーマジン!!!!」

 

コキュートスによって残りの魚 2匹はブレーブに強襲した。

反応が一瞬遅れてブレーブの体勢が崩れた。

 

 

ズドォン!!!! 「!!!!?」

 

グラトニーがチョーマジン 2体を蹴り飛ばした。さっきのように首が飛ぶことはなかった。

 

2体は対岸の木に激突してグロッキーになる。

 

「キュアブレーブ、ホタル・ユメザキ。

頑張らせてしまったな。後はワタシに任せろ!!!」

 

グラトニーが自信満々にそう言った。彼女は既にチョーマジンは解呪(ヒーリング)の対象であると分かっているようだ。

 

「だいぶ鈍ってしまったからな。

リハビリと景気づけに本気でやらせてもらうぞ!!!!!」

究極贈物(アルティメットギフト) 増幅之神(サタナエル)が発動しました。』

 

グラトニーの体からエネルギーが迸る。

ブレーブが押しつぶされそうになる程だった。

 

 

増幅之神(サタナエル)

悪魔系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:力を込めて自らのエネルギーを増幅させる。

 

「本気で行くのだ!!!!!」

 

グラトニーが手をかざして魔法陣を展開し、そこにブレイブ・フェデスタルを乗せた。

ブレーブが乙女剣(ディバイスワン)にフェデスタルを使うように、あれが彼女の使い方なのだろう。

 

「食らえェェェ!!!!!」

 

魔法陣から無数のレーザーがチョーマジンに向けられた。

 

かろうじて身をかわすが、避けた先には既にグラトニーが回り込んでいた。

 

「終わりだ!!!!」

 

グラトニーが2体を蹴落とした。地面に叩きつけられて再びグロッキー状態になった。

 

「終わらせようか!!!

 

解呪(ヒーリング)!!!!!」

 

グラトニーの両手に解呪(ヒーリング)の力が溜まっていく。

 

 

《プリキュア・グラトニーイレイザー》!!!!!

 

グラトニーの両手から放たれた光は2体のチョーマジンを一瞬で小魚に戻した。

決着がついたのだ。

 

 

 

 

「マサカ コンナコトガ……!!

仕方アルマイ!!!」

 

見入っていたハッシュの拘束から脱出し、コキュートスは距離をとった。

 

「逃がすか!!!!」

 

グラトニーはそれを見逃さず、コキュートスに追い討ちをかけようとした。しかし、その前に変身が解かれた。

 

解呪(ヒーリング)を使った体が玄海を迎えたのだ。

 

豪雪之神(オカミノカミ)!!!」

コキュートスの前方に巨大な雪の壁が作られた。

 

多勢に無勢。コキュートスが撤退したことは明らかだった。

 

ブリザードが晴れ、雪の壁が無くなった後にはコキュートスの姿はなかった。



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42 キュアグラトニー 加入! ワタシ達はマブダチなのだ!!

「……ここは……どこなのだ………?」

 

リルアは目を開けた。自分は今 ベッドに寝かされていて、どこかの天井が見える。

 

「あ!ギリス!! リルアちゃん 起きたよ!!」

「そうか! なら早くこれを飲ませろ!!」

 

少女の声と親友の声が聞こえた。

その少女がやってきた。手にはコップが握られている。リルアはそれを1口飲んだ。

 

「うぅ………体中が痛いのだ………」

戦ウ乙女(プリキュア)のこと、あんまり知らなかったんだね……

解呪(ヒーリング)って1回使うとめっちゃ疲れちゃうからね」

 

蛍は既に何回も解呪(ヒーリング)を使い、その疲労を理解していた。その一点においては魔王 リルア・ナヴァストラ に勝っていた。

 

「リルア、目が覚めたか。大丈夫か?」

 

奥からギリスもやってきた。自分を心配してくれているらしい。

 

「ギリス、ここは……」

「ここは俺たちが使ってる宿屋の部屋だ。

お前、あの後一向に起きないから死んだと思ったんだぞ。大丈夫なのか?」

「うん。体はズキズキするけど 大丈夫なのだ。」

 

蛍はこの会話から彼女の口調の変化を再確認していた。初対面の時に見せた現代っ子のような言葉遣いとはうって変わり、いつかのアニメで見たロリババアのような言葉遣いだ。

 

これが本来のリルアなのだろう。

魔王 リルア・ナヴァストラ。これから長い付き合いになるのだ。

 

 

***

 

 

蛍達はリルアと一緒に彼女が暮らしていた施設に足を運んでいた。

 

「何!!? お前、彼女が人間族じゃないと知ってたのか!!!?」

「落ち着いてください。

というのも、

 

彼女が倒れていたのはつい最近、その姿でなんです。記憶を無くした状態でね。それで私は、彼女が生まれた時からこの施設にいると教えてここで面倒を見ていたんです。

 

嘘をついてごめんなさい。」

 

施設長の女性が座ったままで頭を下げた。

 

「いや、俺は怒っている訳では無い。

むしろ行き倒れていた俺の友を匿ってくれたこと、心から感謝している!!」

「そう言ってもらえると気が楽になります。

しかし、まさか 魔王だとは夢にも思いませんでした。

なぜ そんな人物が記憶喪失になっていたんですか?」

「それは 答えられない。強いて言うならある人物に命を狙われた としか言えないな。」

 

施設長とギリスとの話を聞いていると、施設長が蛍に質問した。

 

「それで、リルアちゃんはどうするんですか?」

「彼女には私たちのギルドに入って貰います。彼女にはそれだけの力がありますから。」

 

「そうですか……なら、あなた達を信じましょう。」

 

蛍達はリルアを連れて施設と施設長に別れを告げた。

これから【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】の新しい1歩だ。

 

 

***

 

 

 

「ねぇギリス、ホントにこれからどうするの?」

「実を言うとまだ決まっていないんだ。リルアを探し出すのに精一杯で、その後を考えてなかったんだ。」

 

蛍達はリルアを連れて街中を歩いていた。

 

「まあ、そんなことは良いではないか!

今はこうして再び会えたことを喜び合うべきだ!」

「それなら既に済ませている。」

 

しがみついてくるリルアをギリスは流した。

 

「それにしても蛍、ヴェルダーズと何の関係もないのに戦ウ乙女(プリキュア)になってくれて、私からも礼を言うぞ!」

「そんなのいいよ!私は自分で命を助けたいって思ってやってるだけだから。」

 

リルアは蛍にも接してくる。

 

「それからワタシ達はもう 友達と言うより………

 

マブダチだよな!!!!」

「わかった わかったからそんなにしがみつかないでよォ。」

 

リルアは無邪気な笑顔を浮かべ、蛍の背に抱きついた。蛍も嫌な顔はせずに笑っていた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

コキュートス………

 

お前ともあろう男が逃げ帰って来るとはな…………………。

 

 

「申シ訳ゴザイマセン!!! ヴェルダーズ様!!!

コノ失態、死ヲモッテ償ウ覚悟デコザイマス!!!」

 

コキュートスが頭を跪き、頭を下げていた。

その前にあるのはヴェルダーズの座る玉座だ。

 

 

それはよい………

 

それより 今の話は本当なのか?

 

あの魔王 リルア・ナヴァストラが生きていたというのは…………

 

 

「本人ガソウ言ッテイタノデ 間違イ アリマセン。証拠ノタメニ結晶ニ 記録シテオキマシタノデ、 確認ヲオ願イシマス。」

 

 

うむ。後でやっておく。

 

…しかし………ギリスに続いてリルア・ナヴァストラまで生きているとなると………いよいよまずいことになるな………。

 

コキュートス、皆にも気を引き締めろと伝えろ。それでこの失態のことはなしにしておく。

 

 

コキュートスは頭を下げ、向こうに走っていった。ヴェルダーズ達は着々と戦力を整えていく。

 

そのことを 戦ウ乙女(プリキュア)達は知る由もない。



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龍神武道会 編
43 列車に揺られてる私達! 次の目的地は武道会!!


「では、そちらのリルア・ナリアさんが新しくギルドに加わるということでよろしいですね?」

「ああ。よろしく頼む。」

 

蛍達 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)は、リルアをメンバーに加える手続きをしにギルドに来ていた。

 

「登録 完了しました。確認をお願いします。」

「うん。 大丈夫だな。」

 

こうして、2人目の戦ウ乙女(プリキュア) リルア・ナヴァストラが正式に加入することになった。

 

 

***

 

 

「ねえ、それでホントにこれからどうするの?」

 

蛍、ギリス、ハッシュ、フェリオ、そして新たに加わったリルアは人探しのギルドの町に別れを告げ、新たな出発のために列車に揺られていた。

 

「それなんだがな、これからしばらく 二手に別れた方がいいと思うんだ。」

「二手に?」

「そうだ。そのコキュートスというやつはきっとリルアが生きてることを話しただろう。

あのヴェルダーズのことだ。きっと慌てて戦力を整えているだろう。だから俺達も二手に別れ、それぞれで戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)を募るべきだと思うんだ。」

「なるほど……。」

 

蛍は相槌を打ち、リルアに声をかける。

 

「それからリルアちゃん、戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)はまだ出てないの?」

媒体(トリガー)?そこにいるフェリオみたいなものか?

まだ出ていないな。」

「そう。」

 

新聞に目を通していたハッシュも口を開く。

 

「ねぇ皆、仲間が見つかりそうな場所が見つかったんだけど。」

「何だ?」

 

聞き返したギリスにハッシュが新聞記事を見せる。

 

「ほら、この【龍神武道会】っていう大会。

龍の里っていう所でやるんだって。

ここなら戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)も見つかるんじゃないかな?」

「龍神武道会? ちょっと見せて。」

 

蛍が受け取った新聞に、近々 その龍神武道会が開催されると書いてあった。

 

竜人族という種族を中心に様々な種族が集まり、格闘でその強さを競い合うのだと言う。

 

「武道会の出場者じゃなくても、龍の里でも強い人は見つかるんじゃないかな?」

「そうだね。じゃあ 私がここに行くよ。」

 

こうして、龍神武道会への見学が決まった。あとはもうひとつ目的地を決めるだけだ。

 

「なぁ、その事なんだが、募集をかけてみるというのはどうだ?」

 

リルアが提案した。

 

「募集?確かにそういう依頼は貼ってあったが、そこに食いつく奴らなんて新人とかがほとんどだろ?そんなヤツらがヴェルダーズと戦えるとは……」

「だから、そこからヴェルダーズに借りのあるやつを見つければ良いではないか。

ひょっとしたら思いがけない即戦力も見つかるかもしれんぞ!」

 

リルアの言うことも一理ある とギリスは考え直した。1回くらいやってみる価値はありそうだ。

 

これで目的地が2つ決まった。最後にどういう人選で行くかを決めなければならなかった。

 

 

***

 

 

「じゃあ 私とハッシュ君が龍の里に行って、ギリスとリルアちゃんがギルドで募集をかけるってことでいいね?」

 

人選決めはすぐに終わった。

蛍は龍の里に興味があったし、ハッシュも格闘という言葉に内心 惹かれていた。

募集を提案したのはリルアだし、ギリスもリルアのボディガード(?)を買って出た。

 

最寄り駅で別れ、蛍達は龍の里に向かい、リルア達はギルドで募集をかける。

 

 

***

 

ギリスの予感は的中していた。

 

 

「おいお前、なんだその気の抜けた面は!!」

「お前こそ暑苦しいんだよ。」

「なんだとこのチビナス野郎!!!」

「貴様ラ 落チ着ケ。 ヴェルダーズ様ノ前ダゾ。」

 

円卓に4人が向かい合って座っていた。

いずれもヴェルダーズの配下である。

 

「だから俺は、この緊急事態にもっと気ィ引き締めろっつってんだ!!!」

 

青髪に強面の男

 

ダクリュール・イルヴァン

竜人族

究極贈物(アルティメットギフト)

恐竜之王(ティラノサウルス)

 

「緊急事態って、戦ウ乙女(プリキュア)がでしょ?そんなのすぐに殺っちゃえばいいだけだろ。」

 

深緑の下ろし髪の青肌で切れ目の少年

 

ダルーバ・ヴァンペイド

吸血公爵(ヴァンパイアデューク)

究極贈物(アルティメットギフト)

幻覚之神(アザゼル)

 

「貴様ハワカッテイナイノカ?ソレヲコノ我々ガデキテイナインダゾ!!!」

 

全身 水色の虫の男

 

コキュートス

蟲人族

究極贈物(アルティメットギフト)

豪雪之神(オカミノカミ)

 

「ハハハ。

何だよ お前その自分は優れてますよー

みたいな言い方。」

 

垂れた金髪に褐色の男性

 

ハジョウ・タチバナ

魔人族

究極贈物(アルティメットギフト)

風塵之神(フウジン)

 

 

以下の4名が、ヴェルダーズの命令で戦ウ乙女(プリキュア)への対策を練っていた。

そのことを蛍達は知る由もない。

 

蛍達が乗る列車は確実に次の目的地に向かっていた。



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44 龍の里 到着! 私、大会に出ます!!

ハッシュが結晶で通信をしている。蛍とハッシュの2人は列車に乗って【龍の里】という所に向かっていた。

 

「おはようございます。総隊長。」

『おはよう。ハッシュ。何かあったのか?』

「えぇ。報告することが2つあります。

まず1つがリルア・ナヴァストラの記憶が戻って、2人目の戦ウ乙女(プリキュア)が見つかりました。」

『おぉ、そうか!! 今 そこにいるのか!?』

「いえ。今は別行動でここにはいないんですけど。

それからもう1つ、これからについて1つ。」

『何かな?』

 

列車の中でハッシュがルベドと通信を続けている。

 

「これから仲間を増やすにあたって、蛍と一緒に【龍の里】っていう所に向かってるんですけど、」

『それで?』

「そこで開かれるっていう【龍神武道会】に出る人から従属官(フランシオン)を探そうっていうことになったんです。」

『なるほど………。確かに悪くないな。

あそこは昔から強豪が集まるからな。』

 

ハッシュとルベドの会話を横で聞いていた蛍も【龍神武道会】に並々ならない期待を抱いていた。もっとも、ヴェルダーズと戦う意志のあるものでなければ望み薄だが。

 

 

「ねえ、ルベドさん。」

『ん? 何かな?』

「私たち、今 電車で向かってるんですけど、龍の里って駅とかあるんですかね?」

『さぁね。分からないけど、駅から何かに乗り継ぐならすぐに着くと思うよ。』

「そうですか。」

 

結晶で会話をしている最中にも、列車は次の目的地に向かっている。

 

 

***

 

 

「いらっしゃいませ。お客さん。

どちらまで?」

「ここの、龍の里っていう所にお願いします。」

「かしこまり!」

 

蛍達は列車をおり、そこに停まっていた人力車のような乗り物に乗った。

引いているのは大柄な男である。

 

「あの、新聞で読んだんですけど、近々 【龍神武道会】っていう大会があるって聞いたんですけど」

「そりゃもう大人気ですよ!それで辺りから観光客がわんさか来てましてね。まぁ、龍の里の一大イベントみたいなもので

 

ほら、もうすぐ着きますよ!」

 

 

 

***

 

 

 

『中国みたい。』

 

それが、蛍が龍の里を見て率直に抱いた感想だった。蛍自身は中国に行った経験は無かったか、中華料理屋とか教科書でみたそのままの雰囲気がこの龍の里にはあった。

 

里と呼ぶには大きく賑やかで、1つの王国と呼んで差し支えなかった。

 

門は巨大な龍をかたどったいかにも竜人族の国と呼ぶべきものだった。

 

 

***

 

 

「長老様。面会を希望している者が。」

「………面会…………?

どういう者じゃ…………?」

 

「2人組の男女で、なんでも【星聖騎士団(クルセイダーズ)】の人間と名乗っておりまして…………」

星聖騎士団(クルセイダーズ)………。

わかった。通しなさい。」

 

そこ声の主は、竜人族の小柄の老人。

彼こそがこの龍の里の長老にして国王【リュウ・シャオレン】である。

 

「君たち、入りなさい!」

 

男に促されて蛍とハッシュが長老の部屋に入る。ここに来たのは他でもない。観戦程度で済ませようとしていた龍神武道会に出場しなければいけなくなったからである。

 

 

***

 

 

「それで、早速 人を探すの?」

「もちろんだよ!ほら、あの娘なんか良くない?」

 

蛍が指をさしたのは、ベンチに座って揚げ物を食べていた薄い緑の髪に深緑のチャイナドレスをきたつり目の少女だった。格好から見て地元の人間だった。

 

「あの、すみません。」

「ん? なんスか?」

 

蛍の呼び掛けにその少女は少しぶっきらぼうに返した。

 

「ここの人ですよね?私たち、観光で来てるんですけど、おすすめの場所とかありますか?」

「観光? わーりました。じゃあ俺についてきてくださいな。」

 

 

その俺っ子の少女が案内したのは、かなり大きな料亭だった。

 

 

「…….へぇ。ここの王様の一族なんですか!

それにあの龍神武道会にも出るなんて凄いですね!」

「別にそんな大したもんじゃねぇよ。

ただジジイの血を引いて生まれてきただけで、ここの政治にゃ1回も関わったことはねぇし、それに龍神武道会も初めてだからな。」

 

その少女、名前を【リナ・シャオレン】というらしい。は、ラーメンのようなものをすすりながらそう答えた。

 

「それであんたら、ギルドをやってんのか?」

「そうなの。まぁまだまだ小さいけどね。それで、この龍の里っていうところなら、強い人が見つかるって思ったので。」

「スカウトか……。そういうことなら難しいと思うぜ。ここの人間は、俺を含めて地元愛が強いからな。海外(そと)で仕事やってんのはひと握りだぜ。」

 

蛍が料理に手をつける中、ハッシュは冷静に考えを巡らせた。

そういうことなら望みは薄い。ただでさえ仲間になるのはヴェルダーズに借りのある人間でなければならない。そんな人がこの龍の里に何人いるだろうか。

 

「まぁ、俺がなってやってもいいぜ。ただし、龍神武道会に出て俺に勝つか俺よりいい成績を残したら だがな。」

 

こうして蛍達は龍神武道会に出なければならなくなったのである。

 

 

***

 

 

「……そうか。孫が失礼したな。」

「いえいえ。気にしてませんよ。それより、どうやったらその龍神武道会に参加出来ますかね?」

 

戦ウ乙女(プリキュア)として、蛍が武道会に出ることになった。

 

「それで、君には職業というものはあるのかね?」

「……えぇ。信じてもらえるか分かりませんが、戦ウ乙女(プリキュア)っていうものを………」

「!!!?? ……今、何と?」

「え? いやだから、戦ウ乙女(プリキュア)と………」

 

 

その時、長老 リュウ・シャオレンの表情が綻んだ。

 

「…そういうことならわしがここで、君が有資各者かどうか、見てやろう。」



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45 長老の昔話! 勇者パーティーの格闘家!!

「……どういうつもりだよ ジジイ。

人を直接 見るなんてよ。」

 

リナ・シャオレンは、龍の里 長老のリュウ・シャオレンの血を引く女である。その彼女は今、リュウと2人で話をしていた。

 

「それを答える前に、リナ。

わしが昔言った戦ウ乙女(プリキュア)のこと、覚えているかの?」

戦ウ乙女(プリキュア)………?

あぁ。ジジイが昔言ってた都市伝説のことか。それがどうしたんだよ?」

「都市伝説ではないが………まぁそれは良い。

彼女、ホタル・ユメザキこそがその戦ウ乙女(プリキュア)だったのじゃ。」

 

この男、リュウ・シャオレンが戦ウ乙女(プリキュア)のことに詳しいのは、理由がある。それはかつて、ルベド・ウル・アーサーとパーティーを組んでいたからである。

そこで知り合ったラジェルに詳しく聞かされていたのだ。

 

「マジかよ!!? 確かに女がなるもんだとは聞いてたけどよ………」

「そこでじゃリナよ。お前、戦ウ乙女(プリキュア)になることに興味はないか?」

「なる!?俺が!!?」

 

驚くリナに対し リュウは続ける。

 

「そうじゃ。お前、昔 どこかのギルドに入って海外で仕事したいとか言ってなかったか?」

「た、確かに言ったけどよ、あんなの大昔の話だぞ。今は地元で仕事したいって思ってんだよ。」

「それはわかっとる。だから、実際にお前が触れ合って、お前の意思で決めたらえぇ。」

 

リナは少し考え、リュウの意見に賛同した。

 

 

***

 

 

リュウは部屋に戻り、蛍とハッシュの前に座った。

 

「待たせたな。早速 本題に入ろう。

それで蛍君。ギルドは今 どれくらい人がいるのかね?」

「えっと、戦ウ乙女(プリキュア)2人と従属官(フランシオン)2人です。」

 

リュウは頷き、話を続ける。

 

「それで、これまでにどんな人に出会ったのかね?」

「え? どんな人って言われても………」

「すまんすまん。質問を変えよう。

 

ギリス=オブリゴード=クリムゾン

ラジェル

ルベド・ウル・アーサー

リルア・ナヴァストラ

 

このいずれかに知った名前はあるかね?」

「あぁ!その人達なら皆 会ってますよ!それにギリスとリルアちゃんは私達の仲間ですし!」

「そうか…………」

 

リュウは天を仰いだ。

その目から一筋の涙が見えた。

 

「皆、生きておったか……………」

「あの、生きていた とは?」

 

質問しようとした蛍にフェリオが声をかける。

 

「きっと、長い間 皆死んだと思ってたんだファ。」

「そういうこと。」

 

涙を拭い、リュウは話を再開した。

 

「その子が 戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)というものじゃな?」

「はいファ!フェリオって言いますファ!」

 

今度はハッシュが手を挙げた。

 

「すみません。どうしてそんなに詳しいんですか?」

「そうか。それを言わねばならんな。

というのもわしは昔、ルベドのパーティーで魔王達と戦ったことがあるのじゃ。」

 

 

リュウは若い頃、強い人と戦うために現役の勇者だった当時のルベドの勇者パーティーで活動していた経験がある。

 

というのがリュウの説明だった。

 

「それから君、星聖騎士団(クルセイダーズ) 隊長の ハッシュ・シルヴァーン君じゃな?」

「えぇ。そうです。」

「隊長を引き込むとは、あいつの力もまだまだ衰えとらんのぉ。

それで君達、リナを仲間にしたいと言ってるそうじゃな?」

「はい。ここには戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)を探すために来たんです。それで彼女に大会で勝てば仲間になるって言われたんです。」

「そうか。あいつにはむかしから戦ウ乙女(プリキュア)の存在を伝えているし、君らがその戦ウ乙女(プリキュア)だということも伝えておいた。

 

それで、実際に戦って決める と言ったんじゃ。」

 

リュウがそこまで言った時、扉がノックされ、青の道着を着た男が入ってきた。

 

「長老様。武道場の準備が整いました。」

「わかった。今行く。

じゃあ蛍さん、行きましょうか。」

 

 

***

 

 

武道場に行く途中、ハッシュが青の道着の男に質問をした。

 

「さっき、長老が直接見るのは特別だって言ってましたけど、本来はどうやって見るんですか?」

「本来はですね、この地に伝わる【玄武瓦】という特別な瓦を一定の枚数 叩き割るということを予選で行います。

 

ハッシュ氏もその予選をこなして頂けたら、龍神武道会に参加できますよ。」

「考えてはおきます。」

 

「しかし、星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長が宣伝をしていただけたら、この龍の里にも箔が付きますよ。」

「それはいいですけど、顔は伏せてくださいよ。僕は隠密を売りにしてるんだから。」

 

そんな会話を交わしながら歩いていると、出口が見えた。

 

 

「これは………!!!」

 

蛍が見たのは、ただ純粋に広い武道場があるだけの場所だった。

 

「じゃあ早速始めましょうか?

 

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブさん。」

 

「はいっ。お願いしますっ。」

 

蛍の声が、武道場に響いた。



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46 試験開始! 流水の如き武術!!

武道場でコンディションを整えている蛍をハッシュは見ていた。

 

「それで、その玄武瓦?ってどれくらい硬いんですか?」

「世にあまり出回ってないので比較は出来ませんが、この里では最硬度を持つ素材です。

並の力では割れないようでね、昔は予選が厳しくて大会を4人で行ったこともあると聞きます。」

 

蛍の反対側からリナを連れて長老 リュウが武道場に出てきた。

 

「待たせましたな。戦ウ乙女(プリキュア)さん。リナよ。お前は彼のそばで見ていなさい。」

「わかった。」

 

ハッシュの隣にリナが立った。

 

「なぁ あんた、」

「ん?何かな?」

 

リナがハッシュに声をかけた。

 

「あんたはさ、あいつの部下なのか?」

「いや。そんなことはないよ。第一僕は彼女たちと星聖騎士団(ウチ)の仲を取り持つためにここで一緒に仕事をやってるだけで、本業は星聖騎士団(クルセイダーズ)だから。」

「そうか。それで、その戦ウ乙女(プリキュア)って何をやる仕事なんだ?」

「それを答える前に、君は最近魔物が突然発生してるってのは知ってる?」

「おぉ。それなら聞いたことあるぜ。けど、それが何だってんだよ?」

「その魔物を殺さずに倒す(・・・・・・)ことができるのが戦ウ乙女(プリキュア)なんだ。 今はそれくらいしか言えない。」

 

リナは釈然としないと言いたげな顔だったが、ハッシュはそれ以上答えることができなかった。総隊長 ルベドと面識のある者の身内だからといって、まだ仲間になるか決まってない人間にやすやすと厄災 ヴェルダーズのことを話す訳には行かなかった。

 

 

 

***

 

 

「待たせましたな。ホタル・ユメザキさん。

始めましょうか?」

「分かりました。

 

フェリオ、行くよ!!」

「わかったファ!」

 

プリキュア・ブレイブハート の詠唱と共に蛍はその姿を戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブに変えた。

 

 

「ほぉ~~~~~~」

 

リュウはその目を見開き、キュアブレーブの姿に見入っていた。

 

「これがラジェルの言っていた戦ウ乙女(プリキュア)かァ…………!!!!

 

長生きはしてみるもんじゃ。この歳になってもこんなに嬉しい出会いがあるのじゃから。」

 

リュウは目を閉じ、頷きながらしみじみとそう言った。

 

「では来なさい。

全てを持ってな。武器も贈物(ギフト)もじゃ。」

「……分かりました。行きますッッ!!!!」

 

 

ブレーブは乙女剣(ディバイスワン)を抜き、刃をリュウに向けた。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

 

「ほほっ。若いのぉ。」

 

剣を構えるブレーブにリュウは笑いながら言った。ブレーブがチョーマジン それからヴェルダーズの手先 以外と立ち会ったのは、星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部でハッシュと手合わせをしたあの時 以来である。

 

 

「本気で行きますッッ。」

「よろしい。来なさい。」

 

足を踏み込んだブレーブに対し、リュウも両手を挙げて構えた。

 

場内が緊張に包まれる中、事は唐突に始まった。

ブレーブが地面を蹴って飛び出し、リュウに剣を振り上げた。

 

 

武道場を衝撃音と発光が包み、おびただしい量の土煙が舞った。

 

 

そして、土煙が晴れた後にハッシュは異様な光景を目にすることになった。

 

 

「…………!!!?」

 

そこに、リュウ()()()()()()()()

武道場に両手でガードの構えを取ったリュウが1人いるだけで、ブレーブの姿が見当たらなかった。

 

しかし、ハッシュはすぐにブレーブの場所に気がついた。

 

 

ブレーブは武道場の観客席に突っ込んでいた。下半身をはしたなくばたつかせて。

 

そこから考えられることはひとつしか無かった。彼女は飛ばされた(・・・・・)のだ。リュウに勢いを利用して投げ飛ばされたのだ と。

 

 

急いでハッシュは観客席からブレーブを引き上げ、武道場に連れていった。ブレーブの表情はまるで 自分に何が起きたのか分からないと言いたげだった。

 

武道場に降りてきた2人にリュウが近づいてきて言った。

 

 

 

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ

 

 

合格じゃ♪」

「!!!??」

 

ハッシュは耳を疑った。自分の記憶が正しければ、ブレーブは今彼に惨敗を喫した筈なのだ。誰が見ても不合格なのは想像にかたくなかった。

 

「何故かわからん と言いたげじゃな。

訳を言おう。

 

この合格基準は、わしに【技】を使わせたか否かにあるのじゃ。」

「「技?」」

 

 

「そうじゃ。 と言うのもな、

 

 

わし、贈物(ギフト)を持っとらんのじゃよ。」

「「!!!!?」」



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47 格闘家の情熱! 武に捧げた半生!!

龍の里においては、贈物(ギフト)はさほど重要なものでは無い。これは、龍の里 長老の理念だ。

 

贈物(ギフト)を持ってないって本当ですか!? だって今ブレーブを………」

「それは【武術】じゃよ。

この里においては、わしの作った武術が贈物(ギフト)と同じくらい強いものじゃ。」

 

リュウは得意げにそう語った。

 

「詳しい話は向こうでやろう。リナ、お前も立ち会いなさい。

それから君、ホタル・ユメザキを龍神武道会に登録してくれ。」

 

リナと男に指示を出し、蛍達 全員がそれに従った。

 

 

***

 

 

「この里に代々伝わるお茶じゃ。君らの言葉で言うならブランド茶 といったところかの。」

「「はい。いただきます。」」

 

蛍とハッシュは出されたお茶に口をつけた。2人ともお茶に詳しくはなかったが、とても美味しいと思った。

 

「さっきも言った通り、わしには贈物(ギフト)というものがない。

そのわしが何故これほどの力を持つか 教えてやろう。」

 

 

リュウ・シャオレンは、当時 鎖国国家だった生まれたばかりの龍の里に生まれた。

龍の里では、当時 贈物(ギフト)という存在すらなく、格闘だけが里の竜人族に伝わっていた。

 

それから彼はひたすらに鍛錬を積み、蛍と同等の年齢になる頃には龍の里で1番の力をつけた。そのことを利用して彼は、もっと強い者を求め、龍の里を出て、旅に出たのである。

 

 

「……あの、それってまるで竜人族には贈物(ギフト)がない みたいに聞こえるんですけど。」

「いやいや 決してそんなことは無い。

ただわしらの里に贈物(ギフト)を持つ者がおらんかったというだけじゃよ。」

 

蛍の質問を軽く流し、リュウは話を続ける。

 

 

その後 リュウは、贈物(ギフト)の存在を知り、それを持つ者に完膚なきまでに叩きのめされた。

それからというもの、リュウは自らの格闘術を対 贈物(ギフト)用に鍛え直した。そして、彼は再び実力と自信を取り戻したのだ。

 

 

「…なるほど。それで彼女を……」

 

ハッシュは未だにブレーブを吹き飛ばしたことが信じられなかったのだ。

 

「そうじゃ。【必要な時 必要な術を発揮する。さすれば贈物(ギフト)をも跳ね除ける力が宿る】

それがわしが作り、そしてこの里に伝わる信条じゃ。」

「………なるほど…………。しかし、それからどうして総隊長と知り合ったんですか?」

「そんなことは簡単じゃよ。あの後すぐ、現役勇者じゃったルベドにスカウトを受けたんじゃ。そしてわしもより強い者を求め、やつの誘いに応じた。

そして魔王ギリスを討伐する勇者パーティーの完成というわけじゃ。」

 

今度は蛍が手を挙げた。

 

「その勇者パーティーって、何人いたんですか?」

「4人じゃよ。」

「4人?ルベドさんとあなたと、あと2人は?」

 

聖騎士(パラディン)女子(おなご)と、とうに死んだビーストテイマーじゃ。」

「ビーストテイマー?」

「そうじゃよ。聞いたことないか?伝説と謳われたテイマーの存在を。

名を レイン・クロムウェルと呼ぶ。」

「レイン……? ハッシュ君、知ってる?」

「それなら聞いたことあるよ。なんでも【テイムのために存在する究極贈物(アルティメットギフト)】を持ってるって。

確か 名前が………」

 

「【従属之神(アルテミス)】じゃよ。

いかなる獣をも配下にする、テイムにおいて、それを持つ者の右に出る者は1人としておらん。」

 

リュウは熱弁を続ける。

 

「それでその人、どうして死んだんですか?

まさか ヴェルダーズに攻撃されたとか━━━━━━━━」

「いやいや。あいつはちゃんと寿命で亡くなったのじゃ。その葬式をやったのがわしなんじゃからな。」

 

「「………………」」

蛍もハッシュも聞き入っていた。

 

 

「…とまあ、これがしがない老人の半生って事じゃよ。

それより君たち、龍神武道会について何か聞いおきたいことはあるかね?」

 

「……じゃあ、その武道会がいつやるか 教えてくれますか?」

「うむ。武道会の予選及び開会式は3日後、本戦は5日後じゃな。」

「3日後ですか……… 分かりました。」

 

 

 

***

 

 

「もしもしギリス?私私。」

『おお、蛍か。そっちはどうなんだ。』

 

蛍はギリスに電話をかけている。泊まっているのはリュウの屋敷の客室だ。

 

「私ね、ここでリュウっていう人に会ったの。ルベドさんとパーティー組んでて、ギリスも知ってるはずだって。」

『そうか。リュウに会ったのか。あいつ、まだ生きてたとはな。』

「うん。まるでヨボヨボだったんだけど、私 吹っ飛ばされちゃったよー」

『そりゃそうだろ。あいつはこの俺が手を焼いた達人なんだからな。

 

それはそうと、良さそうなやつは見つかったのか?』

「うん。候補なら1人見つかったよ。戦ウ乙女(プリキュア)になれそうなのが。

それで私、その子を引き入れるために、

 

龍神武道会に出ることになったの。」



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48 特訓開始! 身につけます!格闘術!!

『龍神武道会に? お前が?』

「うん! ハッシュ君にも相談したんだけど、やっぱり代表として戦ウ乙女(プリキュア)の蛍が出るべきだって言われちゃってねー」

 

蛍がギリスと話している横で、ハッシュはルベドと通信をしていた。

 

『それで? 他には何かないのか?』

「そうそう。 ギリスって、その龍神武道会のこと、何か知ってない?」

『何か?』

「そうだよ。 …例えば、何か反則があるとか。」

『……俺が知ってるのは大昔の事だから分からんが、確か【武器の使用】と【殺害】が反則だった筈だぞ。』

「武器…………乙女剣(ディバイスワン)とかもダメなのかな?」

『多分 そうだろ。』

 

蛍は少しだけ弱気になった。

今まで 剣を使った戦いしかやってこなかったからだ。

 

『でもま、何とかなるんじゃないか?』

「え? 何で?」

『武道会といっても所詮、ルールの中で行われる試合だぞ。お前は今日までルールも反則もない死線をくぐってきたんだからな。』

「死線なんて、そんな大袈裟だよー」

 

いくら死線をくぐってきたといっても、それで試合に勝てる保証はない。

 

『ちなみにだが、武道会はいつなんだ?』

「予選が3日後で、本戦が5日後だって。」

『それなら、その間にハッシュに稽古をつけてもらったらどうだ?』

「ハッシュ君に?」

 

『お前は武器を使わない戦い方ができるか不安なんだろ?だったらあいつに戦い方を教えて貰ったらいいじゃないか。』

「ああ! それはいいね!」

 

蛍は心の中で指を鳴らし、話題を変えた。

 

「ところで、そっちはどうなの?チョーマジンは出た?」

『いや。 今日は出ていない。』

「じゃあリルアちゃんはそこにいるの?」

『いるが、もう寝てしまった。俺たちは今ギルド近くの宿にいる。新人の依頼は済ませた。後は待つだけだ。』

「そう。」

 

 

***

 

翌朝

 

「じゃあ お願いします!」

「はいはい。最初は受身からね。」

 

武道場に蛍とハッシュが立っている。

朝一番で受けた蛍の頼みを、ハッシュは快諾した。

 

「でも僕だってやってきたのはルール無しのやつだし。あんま 教えられないと思うんだけど」

「大丈夫 大丈夫

私が知りたいのは武器を使わない戦い方だから。」

「じゃあまずは 戦ウ乙女(プリキュア)の服装を格闘用に変えてみようか。」

「格闘用?」

「動きやすくするってことだよ。例えば 下をスカートじゃなくて動きやすいスボンに変えるとか、袖を短くするとか」

「フェリオ、そんなこと出来るかなー?」

「分かんないけど やってみるファ!」

「分かった。」

 

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!

 

いつもの変身とは違う。服装を変えねばならない。スカートをズボンに、袖を短くして格闘用にしなければならない。

 

「………これでどうかな?」

「いいんじゃない?」

 

キュアブレーブの服装は、キュアブレーブから袖を短くし、下はハーフパンツになった。

 

「じゃあ早速受身から。こうやって腕や手で頭を━━━━━━━━」

 

 

***

 

結晶を通じてギリスとリルア、そしてルベドが話している。

 

『そうか。リュウに会ってきたか。』

「そうらしい。それであいつら、龍神武道会に出ることになったそうだ。」

『龍神武道会に!そりゃ苦労するだろうね。

あそこは強豪揃いだからな。』

「【武道会】なら ハッシュが出た方が良かったのにな」

「いや おそらくあいつの性格からして、誰かに出ろとでも言われたんだろ。」

 

しかしルベドには安心出来る理由があった。

星聖騎士団(クルセイダーズ)には贈物(ギフト)を使えない兵士にリュウの作った武術を教える機関がある。ハッシュもそこにいた経験がある。

 

「ところでなぁ、ルベド。」

『ん? 何かな リルアちゃん。』

「お前、あの時からずっと二番隊隊長を決めてないのか?ずっと欠番なのか?」

『……そうだよ。()()()はまだ死んだと決まっちゃいない。それまでは席を残しておかなければ。』

「だけど、ハッシュは今本部にいないのだろ。少し手薄ではないのか?」

『大丈夫だよ。優秀なのはハッシュ君だけじゃないし。それにハッシュ君は元々潜入調査とかばっかりやらせてたし。その潜入先が戦ウ乙女(プリキュア)になった だけの事さ。』

それならと リルアは質問をやめた。

 

『ちなみに、君たちは今 どこで何を?』

「言っただろ。蛍と別行動をして仲間を募ってるって。」

『それで、誰か見つかったのか?』

「あぁ。1人 入団希望者が現れて、今こっちに向かってる。まあ 少なくもと従属官(フランシオン)は任せられるだろう。」

『どういうやつなんだ?』

「顔は分からないが、名前と職業なら書いてあるぞ。

 

職業が新人の【ビーストテイマー】で、名前が【ミーア】というらしい。」



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49 弱気になっちゃダメ! 大会に向けて頑張って!!

ダンっ!

「うんうん そんな感じ。

じゃあ次は実際に投げていくから そのつもりでね。」

 

ハッシュとブレーブが武道場で練習をしている。

その様子をリナは傍観していた。

 

「……なぁ、ジジィ。」

「おん? 何じゃ?」

「その、戦ウ乙女(プリキュア)って何なんだ?」

「それを答える前に、お前に()()になる覚悟があるか?」

「いや、そりゃまだ ねぇけどよ。」

「なら 教える訳にはいかん。」

 

リュウが厳格な口調で言い質した。

 

「……ひょっとしてよ、何か メッチャヤバいやつと戦ってんのか?

例えば、世界乗っ取ろうとしてる 魔王 とかよ。」

「魔王はわしの知り合いにおるが、世界征服なんてものに興味は示しとらんかった。」

「俺にゃ分かんねぇんだよ。

何であんなガキが必死に戦ってんのかがよ。」

「そりゃ わしにも分からんよ。

ただひとつ言えるのは、彼女、ホタル・ユメザキには確かな【正義の心】があると言うことじゃな。」

「…ガラにもねぇこと言うじゃねェか。」

 

リナの言葉を軽く流し、リュウはお茶に口を付けた。

 

 

 

***

 

 

『ブレーブ、そろそろ休憩にするファ!』

「うん、分かった。」

 

フェリオに促され、ブレーブはその姿を元の蛍に戻す。

 

「基本は出来てきたから、そこに戦ウ乙女(プリキュア)の能力を合わせられたら、勝てるとは思うよ。」

「うん。ありがとー」

 

ハッシュが水を持って歩きながらそう言った。

蛍は受け取って口を付ける。

 

「僕から言えることはね、きっと武道会で闘う人達はチョーマジン何かとは根本的に訳が違うって事かな。」

「根本的に………

具体的に言うとどういうことなの?」

 

「そうだね………

自分の攻撃を流されて、キツいカウンターを貰うってのが最悪なパターンかな?

もらったらキュアブレーブでも一発で落ちる可能性があるくらい。」

「一発で!!?そんなにヤバいの!!?」

 

ハッシュの発言に蛍が驚いて言った。

 

「うん。自分の力と相手の力の両方で脳を揺らされたりしたら、それくらいはかたくないよ。」

「脳を揺らす?」

「そう。顎みたいな急所を打たれたら脳がこう、グワングワン っとね。

やられたら『足元が消えていく』とか、『地面が起き上がる』っていう感覚に襲われるっていう人もいる。」

「急所……… 怖いね………」

「確かに怖いけど、そこを狙ってなんぼなのが武道会だよ。」

 

ハッシュの一言一言には説得力があり、これから始まる武道会を勝ち抜くためには必須といえる知識だった。

 

「例えばお腹。特に下の方の【鳩尾】

ここを殴られると、立っていられなくなるほどに苦しくなって、そのまま気絶することもある。

 

だから上級者同士になると、一瞬で決着が付くなんてことも珍しくない。」

「そんなことに………私に勝てるかな………」

 

あまりに生々しい内容に、蛍も弱気になる。

 

「蛍!私がついてるファよ!

それに蛍が弱気になってちゃ出来る仲間も出来なくなるファ!!」

「!! フェリオ……!!!」

 

フェリオの言葉で思い直した。

自分が弱気になってどうするのだ。

 

「じゃあ休憩が終わったら良く狙われる急所とか、そこをどうやって避けるかとか。

 

それから時間は3時間に絞ろう。

大会前に疲れを貯めるのはマズいからね。」

 

 

***

 

 

それからと言うもの、蛍は人体に点在する急所と、そこを打たれるとどうなるかをしっかりと教えこまれた。

 

「ところでさ、ハッシュ君」

「ん? 何?」

「私、リュウさんに認められた訳だけどさ、予選って出た方が良いのかな?」

「出た方が良いんじゃない?

どんな人が出るかも分かるわけだし。」

「うん…………」

 

尻すぼみな返事に、ハッシュは蛍がまだ懸念を拭いきれていないと気付いた。

 

「まぁ、そんなに気にする事はないよ。ちゃんと大作は練ったし、それに女神様が選んだ戦ウ乙女(プリキュア)なら、こんな大会余裕で勝てなくちゃ。」

「気楽に言うけどさー」

 

返事はそう言ったが、フェリオの言う通り弱気になったところでどうなる訳でもない。

自分で参加を決意した以上、退路はどこにもなかった。

 

 

***

 

 

「なるほど。まずは急所からか。確かに格闘において必須科目じゃな。」

「えぇ。そこをやられたら、ブレーブでも立っていられるか怪しいですから。」

 

ハッシュは1人 リュウの部屋に足を運んでいた。

 

「しかし、良かったのかね?

わしのアドバイスを貰わんで。」

「えぇ。それをやるのは負けを認めてるようなものですから。」

「そう言ってられるかのぉ?

優勝するためにわしを尋ねる格闘家はごまんとおるぞ。」

「……そうですか。

じゃあ 長老は、ブレーブ以外だと誰が優勝すると思いますか?」

 

「予選がないと分からんが、強いて言うなら魚人族の格闘家が、前大会で暴れおった。

 

名を【エイシュウ】と言う。

彼女に立ちはだかるのはそいつになるじゃろうな。」



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50 私は完全アウェー!? 波乱の幕開け 武道会!!

3日なんてあっという間だ。

夢崎蛍はこの状況によってそれを思い知らされた。

 

彼女は今 龍神武道会の予選会場に来ている。

そこは本戦と同じ会場で、大きなドームの中に闘技場があり、周りを観客席が囲んでいた。

 

『さぁさぁ皆様!!! 大変長らくお待たせしました!!!!

ただ今より、この龍神武道会 予選を行いたいと思います!!!!』

 

観客席近くの実況席で、役員のような服装の眼鏡をかけた男が観客を盛り上げる。

 

『この龍の里の一大イベントにしてこの世界で武を歩む者なら誰もが夢を見る晴れ舞台!!!

我こそはと名乗りを上げた者達、

 

ここに集う戦士達、これより行われる龍の里 名物 玄武瓦40枚割をこなした者だけがトーナメントに出場し、龍の里、否 この世界の頂点が決まります!!!!』

 

数えた所 60人くらいは居るだろうか。

 

『では、これより予選を始めたいと━━━━━━━━━━━━━』

「待ってもらおうか。」

「!!!?」

 

観客の声を遮って1人の男が手を挙げた。

 

『あ、あなたは━━━━━━━━━━』

 

手を挙げた男は全身が茶色の毛に覆われた豚のような顔をした男だ。

 

「私はこの予選に1つ 疑問を訂したい。」

『か、彼は予選参加者の1人、シーホース・コール選手の付き人として、そして過去にこの龍神武道会で活躍を見せた格闘家、』

「そう。ゲルドフ・ヨウだ。」

 

彼の存在を知った観客席から少しとはいえ歓声が起こった。

 

「何?あの人凄いの?

ハッシュ君 知ってる?」

「さぁ。そう言うのはよく知らないからね。」

 

『ゲ、ゲルドフ選手、一体何を疑問に……?』

「そうだ。聞いたところによるとこの予選を免除した選手が居るそうだな?」

『は、はい。確かに1人』

「ホタル・ユメザキ。人間族の

 

少女。そう、君だそうじゃないか。」

「えっ!!!?」

 

ゲルドフは蛍に視線を送った。

 

「ここはこの世界で最も強い格闘家を決める場所だ。そこに女が、ましてや予選を免除して出場するなどと、私には到底 納得がいかない!!!

それに このような事を認めるなどというのは、この世界の全格闘家の名折れだ!!!!」

 

ゲルドフにそこまでの説得力があるのか、観客席からは蛍に疑問を持つ声も聞こえ始めた。

 

「……では、」「?」

「どうすれば納得してくれますか?」

 

ゲルドフに言いよったのはハッシュだった。

 

「お前は?」

「僕はハッシュと言います。彼女、ホタル・ユメザキの付き人としてここに来ました。

少しながら格闘術の心得もあります。」

「ほう?格闘術を?

だったらこうしよう。 私と君がここで立ち会う。そして君が勝ったなら彼女の出場を認めようじゃないか。

それに その方が大会も盛り上がるだろ?」

「………いいでしょう。」

 

その会話に観客席は大熱狂した。

 

 

***

 

 

『たった今 皆様に発表したように、

シーホース・コール選手の付き人 ゲルドフ・ヨウ氏がホタル・ユメザキ選手の予選免除の本戦出場を不服として、彼女の付き人 ハッシュ氏との対戦を申し出てました!!!

そしてこの希望を、ハッシュ氏は快諾しました!!!』

 

ハッシュと獣人族の男は会場で対峙している。

 

『ここに、かつての拳闘士 ゲルドフ・ヨウvs(たい)ハッシュ

特別試合が実現の運びとなったのです!!!!』

 

観客席は盛り上がりを見せた。今日のところは人が瓦を割るだけだと思いきやかつての拳闘士と未知数の少年というドリームマッチが見れるとなれば納得がいく。

 

「ハッシュ君、大丈夫かな…………

あんなこと言っちゃって…………」

「ハッシュは蛍のために闘ってくれるんだファ!信じなきゃダメファ!」

「…… そうだよね…………。」

 

 

「ハッシュ君、だったな。君はいくつなんだ?」

「僕は16、彼女は14です。」

「私は君らの数えで41ってところだが、まだまだ衰える気は無い。

 

ところで、この試合の行く末 おさらいしておくか?」

「僕が勝ったら彼女の本戦出場を黙認する。あなたが勝ったらちゃんと予選を受けさせる でしたよね?

仮に僕が負けても彼女が予選をちゃんとこなしたら、本戦には出れるんでしょ?」

「当然だ。むしろ胸を張って 出てくれて構わない。ただし、勝ち上がれるとは思えんがな。」

 

ハッシュの表情は変わらないが、内心穏やかではないだろう。

 

「これから立ち会う訳だが、先に叩いて欲しい。」 「?」

「我が一族に伝わる武術

その実態は、筋肉と脂肪の共存を旨とする。」

 

本来は必要最低限の量 以上を持つことを避けるべきとされる脂肪分。

ゲルドフの一族はその脂肪分と筋肉をバランス良く体に取り込むことで、筋肉だけでは持ちえない耐久力をその身に宿すことに成功した。

 

ゲルドフ・ヨウはかつての龍神武道会もその肉体で勝ち上がってきたのだ。

 

「試合なら観客を楽しませねばならん。そうだろ?

遠慮は要らん。存分に叩き尽くし給え!!!!」

『では特別試合 始めてください!!!!』

 

ゲルドフはそう叫んで身構えた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて…………」

 

ハッシュは意に返さずにゲルドフに近づき、そして腹に拳を密着させた。

 

「………愚かな。」

「!!?」

 

究極贈物(アルティメットギフト) 拳闘之王(ヘラクレス)が発動しました。

究極贈物(アルティメットギフト) 武将之神(スサノオ)が発動しました。』

 

ボッッ!!!!! 「!!!!!」

 

ハッシュの拳から放たれた衝撃がゲルドフの腹を貫通し、吹き飛ばした。

その大柄な身体は一直線にドームの天井に激突した。

 

「………こんなもんか。これならまだチョーマジンの方が骨があった

……ってそりゃそうか。」

 

『……つ、強すぎるぞハッシューーー!!!!

あの名拳闘士 ゲルドフ・ヨウを一撃の下に屠り去ったァァァーーーーー!!!!!』

 

観客席から驚きと熱狂が巻き起こる中、

 

 

(え、えぇーーーーー!!!!!

ハッシュ君 やり過ぎだってェーーーー!!!!)

 

と、蛍は驚愕していた。

 

『こ、これによって彼女、ホタル・ユメザキ選手の実力は証明されました!!!

彼女の活躍に溢れんばかりの期待が寄せられるでしょう!!!!!』

 

観客の大熱狂を一身に受けて、プレッシャーに押しつぶされそうになりながら蛍は涙目で微かに思った。

 

帰りたい と。



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51 遂に始まった武道会! キュアブレーブ、格闘で舞う!!

2日後

 

『さぁさぁ皆様 大変長らくお待たせしました!!!!

ただ今より、この龍神武道会 本戦を行いたいと思います!!!!!』

 

蛍はフェリオと共に、遂に龍神武道会の舞台に立った。

 

『さぁまずはAブロック 第1試合!!!!

東の方角!!!

この龍の里の長、リュウ・シャオレン氏の推薦を受け 現代に蘇った戦ウ乙女(プリキュア)と呼ばれる職業をその身に宿す少女!!!!!

 

ホタル・ユメザキィ!!!!!』

 

予選での悪目立ちも祟り、蛍には望まないとはいえ惜しみない声援が送られた。

 

『そして彼女に相対するは!!!

西の方角!!!!

2年前にあのゲルドフ・ヨウ氏に出会い、そして彼の持つ技術の全てをその身に宿した若き格闘家!!!

シーホース・コールゥ!!!!!』

 

シーホース・コール

馬の獣人族

彼こそが蛍と一悶着あったゲルドフの生徒の男だ。

 

『シーホース選手 若干17歳!!

ゲルドフ氏との鍛錬を積んだ新生が、この龍神武道会に名乗りを上げました!!!!

 

このスーパールーキーを相手に、果たしてどう闘う!!? 戦ウ乙女(プリキュア)ホタル・ユメザキ!!!

リュウ氏の推薦と、付き人のハッシュ選手の活躍!!! その両方に応えることが、できるのでありましょうか!!!?』

 

開始の時間は刻一刻と迫っている。

 

「ブレーブ、そろそろ変身するファ!」

「……分かった。」

 

蛍はブレイブ・フェデスタルを取り出し、ピンク色の小刀を刺した。

 

『つ、遂に本領発揮か!!?』

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

『こ、この光が━━━━━━━━━━』

 

蛍の姿が格闘家の服装のキュアブレーブに変化した。

 

『へ、変身したァーーーーー!!!!!

噂は本当だったのです!!!!

かつて 女神の神話で語られた伝説の戦ウ乙女(プリキュア)!!!!!

それが今、現代に蘇ったのです!!!!!』

 

観客席は大熱狂に包まれた。

これから起こる試合の行く末に並々ならない期待を寄せる。

 

(……馬鹿馬鹿しい。

変身など、この世界じゃなんにも珍しくない。女の力などたかが知れている。)

 

シーホースが思ったことはそれだけだった。

 

「武器の使用以外の全てを認めます。

両者 構えて、

 

 

始めぇ!!!!!」

『さぁ火蓋は切って落とされました!!!!!

 

今から一体 何が起こるのか!!!?』

 

シーホースは両手の拳で顔面をガードし、体を屈めて片脚を上げた。

 

『さ、先に身構えたのはシーホース選手だ!!!

これは蹴りの構え!! その脚に(ひずめ)を持つ馬の獣人族

 

鍛錬された脚から放たれる蹴りは金属をも破壊たらしめると聞きます!!!

果たして シーホース選手はその域に達しているのか!!?』

 

「ホタル君、君はあのハッシュという男と出会って何年になる?」

「えっ?

えっと、一週間 かな?」

 

それを聞いてシーホースの口が綻んだ。

 

「そうか。それを聞いて安心したぞ。

 

 

たった一週間じゃ、大したことも得られなかっただろう!!!!?」

「!!!!!」

 

『行ったァーーーー!!!!

シーホース選手が全身のバネを使い、キュアブレーブに一直線!!!!

 

獣人族の無慈悲な蹴りが少女に強襲ゥゥーーーー!!!!!』

 

一瞬 たじろぎはしたが、ハッシュとの特訓と戦之女神(ヴァルキリー)によって冷静に躱した。

 

『か、躱した!!! いや、』

 

シーホースはすぐに踏みとどまって後ろに上段(ハイ)を見舞う。

 

ガッ!!! 「!!!?」

 

ブレーブはシーホースの足首を掴んだ。

 

『獣人族の蹴りが止まった!!!

なんという危なっかしい展開!!

あと少しでもタイミングがずれていたら、額が砕かれていた!!!!』

 

「やあぁぁぁッッ!!!!」 「!!!?」

 

ブレーブは脚を掴んだまま身体を捻って

 

『な、投げた!!!!

シーホース選手、外枠まで一直線だ!!!!!』

 

シーホースはすぐに体勢を立て直して着地した。

 

(………!!!!

何だ 今の感触は………!!!

格闘家は何人も倒してきた 勇者も騎士も、聖騎士(パラディン)と立ち会ったこともある………!!!

 

しかし、どれとも違う!!!!)

 

シーホースはさっきまで弱者(おんな)と侮っていたこの相手にただならない力があることを今の攻防で理解した。

 

(待ちに徹する気だな

なら、それに乗るまでッ!!!!)

『シーホース選手、尚も仕掛けます!!!

この歩行術は、馬の獣人族 特有のスタミナを持続させるもの、そして━━━━━━』

 

ブレーブの前方で飛び上がった。

上空から馬の脚が襲う。

 

ズドン!!!

 

『ば、バク転で躱した!!!

驚異的な身体能力!!! これが伝説の職業 戦ウ乙女(プリキュア)の実力か!!?』

 

キュアブレーブの第1試合は波乱の幕開けを迎えた。



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52 相対する獣人族! キュアブレーブの格闘術!!

『さぁ止まらないシーホース選手の猛攻!!!

それをどうにか捌いています 戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ!!

 

付き人であるハッシュ氏の情報によると、彼女は【勇者】の職業も持っていると聞きます!! そんなサラブレッドにシーホース選手、どう太刀打ちする!!?』

 

 

***

 

 

観客席

 

「どう思います?彼女を」

「……私が間違っていた。あれが伝説の職業の力か………」

 

ハッシュはシーホースを見守っているゲルドフの隣に座った。ゲルドフの負傷は腹だけなので、既に完治している。

 

 

***

 

 

(……当たらない………!!!

このままではこっちの体力がもたない

 

仕掛けるか!!!)

 

シーホースはブレーブの前方で地面を力強く蹴った。

 

『と、飛んだ!! シーホース選手、ここに来て勝負に出るか!!?』

 

「ヒヒィン!!!!!」 「!!!?」

 

シーホースが飛び上がって渾身の蹴りを見舞う。ブレーブは両腕でガードしたが、

 

 

『キュアブレーブ 吹き飛ばされた!!!!

恐るべし 馬の獣人族の脚力!!!

ガードの上から吹っ飛ばしたのです!!!!』

 

外枠に激突する直前で受け身を取った。

しかしシーホースの追い討ちは止まらない。

 

『連蹴り連蹴り連蹴り!!!!

獣人族の強烈な脚が戦ウ乙女(プリキュア)に牙を剥く!!!!』

 

ブレーブの防戦一方に見えたが、ブレーブは反撃の隙を伺っていた。

異世界に来て間もないブレーブだが、くぐってきた死線は格闘家のシーホースとは比べ物にならない。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。

究極贈物(アルティメットギフト) 戦場之姫(ジャンヌダルク)が発動しました。』

 

いつ息継ぎをして攻撃が止むかは【戦場之姫(ジャンヌダルク)】が教えてくれる。

時間にしては一瞬だが、戦ウ乙女(プリキュア)にとっては十二分なアドバンテージだ。

 

「やあぁぁぁぁぁッッ!!!!」 「!!!!!」

 

ブレーブは膝のバネをフルに使って渾身の拳を見舞った。

カウンターでモロにくらったシーホースは吹き飛ばされ、そのまま外枠に激突した。

 

『プ、戦ウ乙女(プリキュア) 恐るべしィーーーーー!!!!!

あの体制からシーホース選手を吹き飛ばして見せたのです!!!!』

 

シーホースはすぐに立ち上がったが、その足取りは不安定になっている。

 

『これは効いているぞ!! シーホース選手 千鳥足だ!!

彼女はこう言っています。

「この大会に出たのは、勝ったら仲間になってくれる人がいるから」だと!

その情熱を乗せた拳がこの龍神武道会で炸裂したのです!!!!』

 

ブレーブは間髪入れずにシーホースに突っ込む。しかし、その前にシーホースの意識は完全な覚醒に至った。

 

「ヒッヒィン!!!!!」 バシィッッ!!!!!

 

「!!!!?」

『と、止まった!!!

シーホース選手の高速ローキックがキュアブレーブの足で止められた!!!!

 

本職ではない格闘でこの強さとは!!

【勇者】の力を解放したなら、一体 どれ程の強さになるのか!!!?

底が見えません 戦ウ乙女(プリキュア)!!!!』

 

追撃を恐れたシーホースはすぐにブレーブとの間合いをとる。

再びブレーブと向かい合った。

 

 

「…君はこの大会に、仲間を得るために出たそうだな。」

「そうだよ。

そのためにもあなたに勝つ!!!!!」

 

バシィン!!!!!

 

ブレーブの蹴りとシーホースの蹴りが激突した。しかし、シーホースに異変がおこった。

 

スパッ!!! 「!!!?」

 

『こ、これはどうしたことだ!!?

シーホース選手の脚から謎の出血だ!!!』

 

謎の答えはキュアブレーブの脚にあった。

贈物(ギフト)は良くても武器はダメ。

だから私、()()()()ことにしたの。」

「!!!? ………そ、それは………!!!」

 

キュアブレーブの脚に、謎の光が見えた。

 

『あ、あれは……あの光、あの形は!

 

"刃"です!!!勇者の剣が脚に宿っているようだ!!! 』

 

ハッシュとの特訓によってブレーブは、ブレイブ・フェデスタルだけでなく、両手両足に乙女剣(ディバイスワン)の力を宿すことに成功したのだ。

 

そしてブレーブは再び構え直す。

 

『こ、この構えは一体!!?

この手刀受けの構えは…………!!!

 

み、見えます!! 彼女の両手に刃が!!勇者の剣が宿っているぞ!!!』

 

「……面白い。だったら、【剣vs(たい)蹄】と行くか!!!!」

 

シーホースも己を鼓舞し、再び蹴りの構えを取った。

 

『さぁ両者、再び向かい合った!!!

この龍神武道会において、女性の選手が成績を残した前例はありません!!!

 

彼女、戦ウ乙女(プリキュア)がその第一号になるのか!?

あるいはその幻想を名格闘家 ゲルドフ・ヨウ氏との鍛錬という確かな実績が打ち破るのか!!?

 

この龍神武道会、最初から手に汗握る展開になっております!!!!!』



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53 ぶつかり合う意地と意地! 大白熱の第1試合!!

2年前

 

龍神武道会 元選手

ゲルドフ・ヨウ

 

彼は自分の体力に限界を感じ、自分の後継者になる人間を探して各地を旅していた。

そうして立ち寄った村で彼はとある少年と出会う。

 

その少年は素行こそ良くなかったが、実力は彼の目で見ても折り紙付きだった。そしてゲルドフは彼の強さに興味を示し、村の人間達に頼み込んで少年、シーホース・コールを自分で修行をつけることにした。

 

半ば強引な説得の末、ゲルドフはシーホースと行動を共にすることになる。

当初は反抗的だったが、ゲルドフが彼の悩みを聞いていくうちに、次第に打ち解けて特訓に応じるようになった。

 

基礎の出来ていた彼の身体にはどんどんとゲルドフの培った技術が注ぎ込まれていった。

そして2年が経った頃には獣人族の強靭な肉体とゲルドフ・ヨウの技術の全てを兼ね備えたスーパールーキーの格闘家が完成の運びとなったのである。

 

そして今日この日、シーホース・コールは龍神武道会に名乗りを上げたのだ。

 

 

***

 

 

ガキィン!!!!!

 

ブレーブの剣の力がこもった拳とシーホースの蹄が激突した。

場内に激しく火花が散る。

 

『ぶつかったァーーーー!!!!!

 

剣と蹄!!!!

両者の五体に備わった武器が、雌雄を決する時が来たのです!!!!』

 

シーホースの蹴りは止まらない。ブレーブは必死にその蹴りを捌いている。

 

「仲間を得るためにここに来た。

お前はそう言ったそうだな。」

「!?」

 

戦ウ乙女(プリキュア)!!

 

お前は仲間が欲しいから、そいつを引き込まなければならないから、絶対に勝たなければならない

 

そう言いたいんだろ!!?」

「そうだよ!!

今の私たちに、彼女の力が必要だから!!!」

 

この男に厄災ヴェルダーズのことを話す訳にはいかないが、勝ちを譲る気もさらさらない。

 

妥協していては欲するものを得ることも、ましてや生き残ることもできない。

 

ギリスやハッシュから何度も聞かされていた。

だから 彼がどれだけこの武道会に思いを懸けていようとも、自分に出来るのはただこの男と全力で闘うことだけだった。

 

戦ウ乙女(プリキュア)………

 

それは俺も同じだ!!!!」

「!!!!」

 

シーホースの蹴りが遂にブレーブのガードを崩した。

 

「ヒッヒィン!!!!!」 「!!!!!」

『き、決まった!!!

遂に馬の脚が人間族の少女に炸裂したァ!!!!』

 

 

シーホースの蹴りはブレーブを強固盾(ガラディーン)のガードの上から外枠まで吹き飛ばした。

受け身を取ることが出来ずに背中が外枠に激突する。

 

背中への衝撃は呼吸を一瞬止め、乱す効果がある。それは戦ウ乙女(プリキュア)とて例外ではなかった。

 

呼吸を乱されたブレーブは一瞬 うずくまったが、すぐに体勢を立て直しシーホースの追撃に備える。

 

「………!!!??」

『こ、これは一体どうした事だ!!!?』

 

体勢を立て直したブレーブと場内の全員が見たのは、異様な光景だった。

 

「お前はこの大会に並々ならない思いがあるんだろう。だが、それは俺も同じだ。

 

俺は、この大会で道を示してくれたゲルドフ先生に応えなければならないんだ!!!!

 

だからこの勝負、勝つ!!!!!」

「!!!!!」

 

シーホースはブレーブに対して両手を広げ、四股立ちで構えた。

 

『なんとノーガードだ!!!

まるであの格闘家、ゲルドフ・ヨウの生き写しを見ているかのようです!!!』

 

「な、何を………!!?」

「打ってこい。」 「!!!?」

 

「あのハッシュという男がゲルドフ先生にやったように、お前が全力で俺に打ってくるんだ。

全力でだ。残りの体力 全てを使い果たしてな。その後に立っていた方が勝者だ!!!!!」

 

シーホースの宣言に応えるかのように場内は激しく熱狂した。

 

 

『これは予想外の展開だ!!!

まさにこの師にしてこの弟子あり!!!

シーホース選手、ゲルドフ氏と同じ構えで、ハッシュ氏の生徒、キュアブレーブを迎え撃とうとしている!!!!』

 

場内が熱狂から緊張に変わっていく最中、ブレーブは口を開いた。

 

「………フェリオ、やるよ。」

『ブレーブ!?』

 

解呪(ヒーリング)を使う!!!」

『何 言ってるファ!!!!

それはヴェルダーズ達にしか━━━━━━』

「だからだよ!!

本当は使っちゃいけない力、私達の全力を使って勝ちに行く。

それが私たちがしてあげられる敬意 だよ!!!!!」

『ブレーブ………!!!!』

 

ブレーブの訴えに、フェリオも意を決した。

 

『わかったファ!!!

その代わり 本当に全力で行くファよ!!!!』

「うん!!!!」

 

ブレーブはシーホースに対し、構えをとった。

 

解呪(ヒーリング)》!!!!!

 

『こ、これが戦ウ乙女(プリキュア)の真価なのか!!!?』

 

そしてブレーブは自分の立っている地面を全力で蹴り━━━━━━━━━━━━

 

『行ったァーーーーーー!!!!!

 

キュアブレーブ、シーホース選手に急接近だ!!!!!』

 

ブレーブはシーホースの腹に狙いを定めた。

 

《《プリキュア・ヘラクレスインパクト》》!!!!!



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54 1回戦 決着! 武道会のこれまでとこれから!!

ズドォン!!!!!

 

という轟音がシーホースの腹を中心に轟き、そして試合会場を包み込んだ。

 

次に、

 

ズザザザザザザザザザザッッ!!!

 

という擦る音が鳴り響いた。シーホースが足をキュアブレーブの《プリキュア・ヘラクレスインパクト》を真正面から受けて外枠まで吹き飛ばされた際の脚が地面に擦れる音だ。

 

土煙が晴れた後、キュアブレーブは膝を着いた。解呪(ヒーリング)を使った身体は既に限界に達していた。

 

『……………な、なんという威力!!!

これが戦ウ乙女(プリキュア)の本気なのでしょうか!!?

それをも真正面から耐えるのか シーホース・コール!!!

 

 

━━━━━━━━━━━━━い、いや!!!』

 

実況者、そして観客全員がその時起こったことに呆気に取られた。

 

シーホースは既に立ったまま気を失っていたのだ。

 

「し、勝負あり!!!!」

 

はっと 審判らしき男が手を挙げた。それは蛍の勝利を意味していた。

 

『け、決着ゥーーーーーー!!!!

 

無念!!! ゲルドフ・ヨウ氏の意志を継ぐ者、1回戦で善戦虚しく敗退を喫しました!!!

勝ったのは 戦ウ乙女(プリキュア)の少女、ホタル・ユメザキです!!!!』

 

完全にアウェーな空気で始まった蛍の武道会の第1試合は勝利で終わった。

そして観客もキュアブレーブの活躍と実力を認めざるを得なかった。

 

場内にはシーホースと蛍を称える声が溢れかえっていた。

 

 

そんな中、周りとは違う反応をする人物がいた。

 

「………すげぇ…………!!!!

 

あんなに強ぇのかよ……戦ウ乙女(プリキュ)ってのは………!!!」

 

リナ・シャオレン。

彼女も次第に蛍の実力に圧倒されていた。

 

 

『シーホース・コール、そしてホタル・ユメザキ!!!

互いの誇りを掛けたこの一戦!!!

 

まさに、龍神武道会の序章(プロローグ)にふさわしい 実に素晴らしい試合でした!!!!』

 

実況者のその言葉を背に、蛍は試合会場を後にした。

 

 

***

 

 

シャアーーーーーー

 

 

蛍は個室のシャワー室で試合の汗を流していた。

龍神武道会に女性が参加することは稀なので、普段は男性が使っている個室シャワーに案内された。

 

「フゥー 疲れたー」

「お疲れ様ファ 蛍!」

 

首にタオルを巻いた蛍にフェリオが1杯の水を持ってきた。

 

「ありがと! フェリオ」

「それより蛍、解呪(ヒーリング)を使ったけど、大丈夫ファ?」

 

「ん〜〜

疲れはあるけど、そこまでじゃないよ。

これならまだまだ闘える!

リナちゃんを仲間にするためには、勝たなくちゃね!」

「その意気ファ 蛍!」

 

蛍の返答にフェリオがハキハキと返した。

 

そこに、訪問者がやって来た。

 

ゲルドフ・ヨウとシーホース・コールだ。

隣にはハッシュもいる。

 

 

「……ハッシュ君?

その2人………」

「どうしても話がしたいって言うから連れて来た。」

 

ハッシュに促されて、蛍は2人と向かい合った。

 

「……まずホタル・ユメザキ。

君の実力を甘く見た事、改めて謝りたい。」

 

そう言ってゲルドフは頭を下げた。

 

「俺もあんなみたいな少女(ヤツ)に負けるわけがないって、ゲルドフ先生と修行した俺なら余裕だって、そう舐めきってた。

許してくれ。」

 

突然 頭を下げた2人に蛍は困惑した。

これではまるで勝った自分が悪いみたいではないか と。

 

「私たちはこれからまた修行に戻る。

そしてまたこの場に戻ってくる。

だから、その時は必ず全力で君に勝ちに行く。

話はそれだけだ。」

 

そう 言葉を残した後、ゲルドフとシーホースは去っていった。

それを蛍は満足気に見ていた。

 

 

「……それで、僕からも1つ報告があるんだけど。」

「ん? どうしたの?」

 

次に口を開いたのはハッシュだった。

 

「…さっきBブロックの第1試合が終わったんだけど、すごい人がいたよ。」

「すごい人!?」

 

ハッシュの表情は真剣だった。

 

「うん。多分 魚人族の人間だと思うんだけど、試合を腹の1発で決めたんだよ。」

「それって、予選でハッシュ君がやったみたいに?」

「そうそう。 そんな感じ。」

 

蛍とは違いハッシュの意識は既にこれからの試合に向けられていたのだ。こういう所が自分との相違点だ。

 

「その人、どんな人か分かる?」

「うん。確か名前が【カイ・エイシュウ】って言ったと思う。

あの長老から聞かされてた通りだよ。」

「長老って、リュウさんに?」

 

「うん。実は予選前に少しだけ、アドバイスを貰おうと話をしたんだよ。」

 

蛍は言葉を失った。

やはりこの龍神武道会を勝ち上がるのは至難のようだ。

 

「それから、もう1人 僕の中で要注意の選手がいる。

雰囲気からして強いのがひしひしと伝わって来たよ。」

「それ、どんな人?」

 

「Cブロックの選手、

素性経歴 一切不明のさすらいの格闘家

【ハダル・バーン】

 

データにはそう書いてあったよ。」



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55 不安を払って立ち向かえ! 強豪達の武道会!!

「ねえ、そのハダルってどの人?」

「ほら、そこの右から3番目の人だよ。」

 

蛍とハッシュは試合会場の外枠から会場を見ていた。

ハッシュがマークしたハダルという人物は、黒髪で肌色という、いかにも蛍と同じ人間族と言うべき容姿をしていた。

しかし、ハッシュが言うには彼は【魔人族】としてエントリーしたということだった。

 

服装は上下 黒色の肌着という、まるでハッシュと同じような格好だった。

 

「それで、次の試合はその人のなんだよね?」

「そう。 1回戦の第11試合。

Cブロックが終わってくる頃だよ。」

 

 

***

 

 

『さぁ皆様。この龍神武道会の1回戦も、後半に入って参りました!!

ただいまより、1回戦 第11試合 を始めたいと思います!!!』

 

アナウンサーの宣言が観客席を程よく沸かせる。

 

『両雄 出揃いました!!!

 

東の方角!!!

一族に脈々と受け継がれてきた柔術を引っ提げて、この龍神武道会に名乗りを上げる新生!!

 

フリジオ・ゴール!!!!』

 

フリジオ・ゴール

刈り込んだ金髪の20代後半に見える男だった。

 

『対しまして、西の方角!!

素性経歴 一切不明!!!

闘うためにここまで来た

 

ハダル・バーン!!!!』

 

ハダルという男も試合会場で対戦相手と向かい合った。

蛍はこれから一体 何が起こるのか と固唾を飲んでいる。

 

「武器の使用以外の全てを認めます。

両者、下がって!!」

『さぁ、いよいよ試合開始だ!!!!』

 

レフェリーの指示で2人はそれぞれ 外枠に向かった。

フリジオは十分なまでに腕や足をストレッチしているのに対し、ハダルはなんの準備運動を見せない。

 

「両者 構えて、

 

始めぇ!!!!!」

 

 

試合のゴングが鳴らされた。

2人とも、少しばかり出方を伺っていたが、それは直ぐに終わることになる。

 

『フ、フリジオ選手 仕掛けます!!!』

 

フリジオがハダルに向かって一直線に駆け出した。

そして低く屈んでハダルの腰を両腕でホールドし、片足を膝裏にかけて全体重を掛けた。

 

しかし、()()()()()()()

 

(な、何っ!!!?)

 

ハダルは全く動かない。

フリジオの全体重を乗せたタックルを足一本で支えている。

 

『お、驚きました!!!

一体、あの華奢な体躯のどこにあそこまでの力があるというのか!!!?』

 

「……………終わらせるか。」 「何っ!!?」

 

ハダルは唐突に口を開いた。

フリジオにしか聞こえないくらいの小声で。

 

 

 

グリンッッ!!!!

 

ハダルの体勢が崩れた。 否、崩したのだ。

 

フリジオのタックルを切り返し、彼の身体が宙を舞った。

 

そして、体勢が崩れた隙をついて、

 

 

フリジオの頬にハダルの()()が直撃した。

フリジオの体躯は空中を横断し、外枠にまで一直線に激突した。

 

 

「しょ、勝負ありィ!!!!!」

 

終幕は突然だった。

 

 

『け、決着!!!!

信じられない光景だ!!!

柔術というなんでもありの格闘試合において最も有利とされた技術が、たったの蹴り 1発の前に 無残に崩れ去ったのです!!!!!』

 

あまりの瞬殺劇に蛍は言葉を失った。

 

「……………!!!!!

す、凄い…………!!!!!」

「あれじゃあ、彼とぶつかって、戦ウ乙女(プリキュア) スカウトどころじゃ無くなるかもね。」

「ちょっと 怖いこと言わないでよ!!」

 

そうは言ったものの、そうなる可能性も濃厚だ。新しい戦ウ乙女(プリキュア)のスカウトのために参加したこの大会に、おぞましい何かをひしひしと感じていた。

 

 

***

 

 

「蛍、彼女、リナ

2回戦 進出だって。」

「………そう。次は私の番だね。」

 

リナ・シャオレンはDブロック 出場だ。

そのブロックはたった今終わり、そして1回戦も終わりを告げた。

 

いよいよ2回戦の幕が上がる。

 

「……次の対戦相手のこと、調べておいたよ。」

「どんな人なの?」

 

ハッシュは懐から1枚のメモを取り出した。

 

「名前はソラ・トリノ。

種族は普通の人間族 なんだけど………」

「だけど?」

 

「育ちが()()なんだ。」

「特殊?」

 

 

ハッシュは目を瞑って口を開いた。

 

「両親を早くに亡くしたそうでね、その後に【鳥人族】の里で育ったそうなんだ。」

「それで?」

 

 

「その戦い方に問題があるんだ。

1回戦 彼は完封で勝ったんだよ。」

「完封!!?」

 

ハッシュの説明はこうだった。

 

彼、ソラは対戦相手を上空からのストンピング だけで勝ち上がった のだと言う。

ハッシュの説明では、人間というものは格闘においては上からの攻撃には対応する術を持ちえないのだという。

 

ソラという男は鳥人族の動きにヒントを得て、格闘術に跳躍という武器を備えてこの龍神武道会に名乗りを上げた。

 

ハッシュ曰く、彼の説明はそうなのだという。



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56 空から襲う鳥の脚! 大波乱の2回戦!!

「ホタル・ユメザキ選手 まもなく出場です。」

「わかりました。 今行きます。」

 

蛍は控え室を抜け、試合会場へと向かった。

これから2回戦の幕が上がる。

 

 

***

 

 

『皆様。大変長らくお待たせしました。

龍神武道会も波乱の1回戦が終わり、ただ今より2回戦の幕が上がることとなりました!!!

プロローグを飾るのはこちらの対戦カード!!!』

 

蛍、そして対戦相手のソラという男は試合会場で対峙している。

 

『東の方角!!!

ゲルドフ氏の意志を持つ新星を退けて、この龍神武道会に名乗りを上げる戦ウ乙女(プリキュア)!!!

ホタル・ユメザキィ!!!!!』

 

変身を済ませたキュアブレーブに惜しみない歓声が送られた。

2度目ともなるとこのプレッシャーにも慣れてくるものである。

 

『対しまして、西の方角!!!

鳥人族の里で鍛錬を積み、空中からの攻撃で1回戦を秒殺した これまた期待のルーキー!!!

ソラ・トリノォ!!!!!』

 

ソラ・トリノ

ハッシュから聞いていたように、彼は長い足を持っていた。

カーキー色の髪を適度な長さに切り、顔からは闘争心がまるで感じられなかった。

 

『獣人族の次は鳥人族!!

異種族の力を取り入れた格闘術を相手取り、如何なる闘いを魅せるのか!!? 期待しているぞ戦ウ乙女(プリキュア)!!!』

 

ついに試合開始の時だ。

 

「武器の使用以外の全てを認めます。

両者、構えて

 

 

 

始めェ!!!!」

 

ついにゴングが鳴らされた。

 

(………フェリオ、) 〘ファ?〙

 

フェリオにしか聞こえないくらいの小声でブレーブは呟いた。

 

(一気に仕掛けるよ!!!) 〘!!………分かったファ!〙

 

 

ブレーブは脚に力の全てを込めた。

 

「やああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!」

『!!!! 行ったァーーーーーー!!!!

キュアブレーブが仕掛けます!!!! しかし、対戦相手のソラ選手は全く動かない!!!!』

 

ブレーブはソラと激突する直前で身体を前方向に倒した。

そこから繰り出される攻撃は、

 

『こ、これはかかと落としの動きだ!!!

ソラ選手に蹴り(つるぎ)が振り下ろされる!!!! 決まるか!!!?』

 

スカッッ!!!! 『「!!!??」』

 

キュアブレーブの蹴りは空を切った。

何が起きたのか分からずに一瞬たじろぐ。

 

究極贈物(アルティメットギフト) 戦之女神(ヴァルキリー)が発動しました。』「!!!?」

 

突如 ブレーブの無意識のうちに究極贈物(アルティメットギフト)が発動した。

その答えはすぐに出た。

 

ズダッッ!!!! 「!!!!?」

 

キュアブレーブに上空からの衝撃が襲った。

ブレーブは咄嗟に両腕でガードしたが、反動で会場端まで吹っ飛ばされる。

 

『な、なんという攻撃、そしてタイミング!!!

あんな精巧な攻撃を繰り出せるものがいたのです!!!!』

 

()()()攻撃

その意味はこうだ。

 

彼、ソラはブレーブのかかと落としが直撃するより早く身体を前方向に回転させ、衝撃から逃れた。

そして、その勢いと全体重を乗せて逆にかかと落としを見舞ったのだ。

 

「………素晴らしい。なんという反応速度だ。

君のような女子供がいたとは驚いたよ。」

「………………」

 

ソラは今の咄嗟の防御を賞賛し、そして余裕の笑みをブレーブに投げかけた。

ブレーブは反応を見せない。

 

「では、次はこちらから……………」

 

そう言ってソラは飛び上がった。

()()()()()だけで。

 

『出ました!! 鳥人族の動きを模した跳躍術!!!

これもどう迎え撃つ!!? 戦ウ乙女(プリキュア)!!!』

 

ソラはブレーブに対し横薙ぎの蹴りを見舞う。 しかし、それはフェイントだった。

 

「!!? き、消えた!!?」

「ブレーブ!!! 上ファ!!!」「!!!」

ソラがブレーブの上空で踏み蹴りの構えを取っていた。

 

ズダッ!!!! 「うぐっ!!!?」

 

ソラがブレーブのガードの上から踏みつけた。ガードの上からでもすごい衝撃が走る。

 

ズダズダズダズダッッ!!!!

 

さらにソラの猛攻は止まらない。

 

『ブレーブ!!! 何とかするファ!!!!』

「わ、分かってるけど……… 反撃が…………!!!」

 

ハッシュの言った通りだった。

人間というものは上空からの攻撃には対応する術が無いのだ。

 

その時、攻撃をし直そうとソラの蹴りが一瞬 止んだ。 ブレーブは意識よりも早く行動を起こした。

 

「!!!! 《乙女剣(ディバイスワン)》!!!!!」

「!!!!?」

 

ブレーブの貫手から剣型のエネルギーが放たれた。 ソラはそれを間一髪で避け、ブレーブと距離をとって着地する。

 

『の、逃れた!!!

キュアブレーブ、ソラ選手の蹴りの猛攻から脱出!!!

対するソラ選手も戦ウ乙女(プリキュア)の能力から放たれる攻撃からかろうじて逃れます。

 

2回戦も、波乱の展開が続きます!!!』

 

『ブレーブ!! あの蹴りを何とかしなきゃ勝てないファ!!!』

「分かってる。 どうにかして………!!!!」



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57 放たれた奇策! 鳥人族脅威のサブミッション!!

『さぁさぁ更なる局面を迎えようとしております 龍神武道会 2回戦 第1試合!!!

戦ウ乙女(プリキュア) ホタル・ユメザキ選手vs(たい) ソラ・トリノ選手!!!

 

ソラ選手の空中からの猛攻を切り返しました 戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ!!!』

 

アナウンサーの実況が観客の興奮を煽る。

期待の新星に白星を勝ち取った少女と異種族の動きを取り入れた格闘家 という異色のカードは龍神武道会においても要注目だった。

 

 

***

 

 

観客席

 

「先生、あのソラってやつ、どう思います?」

「……あの動きは…かなり理にかなった戦法だな。」

 

そう会話を交わしたのはゲルドフとシーホースだ。

1回戦で敗れたシーホースも、蛍の活躍、そしてこの龍神武道会の行く末を見守ることにしたのだ。

 

 

 

***

 

 

『ブレーブ、あの蹴りをどうするつもりファ!?』

「今考えてるとこだよ!!」

 

ブレーブは焦っていた。

この試合も新しい戦ウ乙女(プリキュア)を得るためには絶対に乗り越えなければならない壁だからだ。

 

「……来ないつもりかい?

……なら、僕から行くよ」 『「!!!」』

 

ソラは再び宙に飛び上がった。

ブレーブは蹴りに対して構えを取る。

ソラはブレーブに対し、再び横薙ぎの蹴りの動きを取った。

 

しかし、今度もフェイントだった。

 

ガッ 『「!!!?」』

 

『これは一体なんだ!!!?

ソラ選手、ホタル選手の上で逆立ちをした!!!』

 

アナウンサーの解説の通り、ソラはブレーブの額に右手を着け、右腕だけで逆立ちをした。 その姿勢はさながら体操競技の鞍馬のようだった。

 

グリンッッ!!! 「ああっ!!!?」

 

ソラはブレーブの顔を掴んだまま体勢を崩した。それに巻き込まれてブレーブの体勢も崩れる。

 

ズダンッッ!!! 「うぐっ!!?」

 

ブレーブは背中から地面に叩きつけられた。

すぐに意識を戻して起き上がったが、その体に違和感を覚えた。

 

「!!?」 ブレーブの左手首をソラが掴んでいた。

 

「………ごめんね。」 「!!!?」

 

グキィッ!!!!!

「!!!!?

あああああぁぁぁッッッ!!!!!」

 

軋むような音が響き、ブレーブの肩があらぬ方向に曲がってしまった。

 

「あの野郎、へし折りやがった!!!!」

「いや違う。 外したんだ!!」

 

観客席で動揺するシーホースに対し、ゲルドフは冷静に判断をした。

 

 

『な、何と空中蹴りを専門と言われていたソラ・トリノ選手!!!

ここに来て未知の職業 戦ウ乙女(プリキュア)に対し、関節外しで対抗だ!!!!

 

キュアブレーブの左肩が、無残にも外されてしまった!!!!』

 

 

 

「うぐぐぐ………… アァッ…………!!!!」

『ブレーブ、大丈夫ファ!!!?』

 

ブレーブは何とか立っているが、誰の目から見ても試合続行はもう不可能だった。

 

「申し訳ない これしか方法はなかったんだ。

これ以上 君の身体を壊さずに決着を着けるには、これしかね。」

 

肩を抑えて苦しがるブレーブに、ソラは余裕をもってそう言った。

 

「今 降参して手当をすればすぐに治るだろう。

……もしまだ続けると言うのなら、これ以上は辛いことになるよ。

これからの僕の攻撃を右腕だけで凌げるとは思えないし、場合によっては完全に勝つためにその右腕も外さざるをえなくなる!!!」

 

深手を負ったブレーブに対し、追い討ちと言わんばかりに口撃を仕掛けるソラ。

しかし、ブレーブはそんなことを気にもとめない。

 

構え直そうと動く。

 

「……何が、何が君を支える!!?

情熱か!?それとも仲間を引き入れるという信念か!!? それが戦ウ乙女(プリキュア)の心構えと言うものなのか!!!?」

 

ソラは理解に苦しんだ。

それは戦ウ乙女(プリキュア)の最終目標である厄災 ヴェルダーズの討伐を知らなかったからに他ならない。

しかし、それでもブレーブは価値を譲る気はさらさらなかった。

 

「………ねぇ、フェリオ。」

『!?』

 

「………この試合の間だけ、私の左腕をフェリオが動かしてくれない………?」

『ブレーブ………!?』

 

「リナちゃんを引き入れるためにもさ、()()()闘おうよ!!!!」

『!!!! ………………分かったファ!!!!!』

 

 

キュアブレーブは今度こそ構えを取ろうと動いた。それに誘発されたかのように観客席からも熱狂が巻き起こる。

 

『ホタル・ユメザキ選手、試合続行を宣言!!!! たとえ片腕でも挫けることの無い闘志!!!! それがこの龍神武道会で爆発するのか!!!!?』

 

動揺していたソラも落ち着きを取り戻した。

 

「……そうか。それが戦ウ乙女(プリキュア)の この大会にかける思いか。

なら、僕を倒して見せろ!!!」

 

そう凄むソラに対しキュアブレーブが取った構えは、

 

 

 

【両手の拳で顔面をガードし、体を屈めて片脚を上げる】構えだった。

 

それはさながら━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

お………ッ

俺の構え!!!??

 

驚いたのはやはりシーホースだった。



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58 勇者を襲う嘴! 炸裂する鳥人武術!!

『こ、これはまさか━━━━━━━━━』

 

アナウンサーもブレーブの()()には驚きを隠せなかった。

 

「……あの構え…………」

「……ここに来て………」

「……そ、そう来たか………」

 

ハッシュとゲルドフ、そしてリナが各々の反応を示している中、シーホースは別の思考を巡らせていた。

 

 

***

 

 

この構えは、防御を考慮しない攻撃特化の構えである。

両拳を顔面で構えるのは、体勢を低くしやすくするのと同時に蹴りの狙いを正確にするためのもの。

 

体勢を低くすれば突進力を稼ぐことが出来る。

そして曲げて上げる足は攻撃、地面につける足は突進用に構える。

 

これは、脚力が発達している馬の獣人族だからこそ成立する構えだ。

 

 

(……いつからか、

編み出したと言うよりゲルドフ先生との修行の中で無駄をどんどん無くしていって自然と身についていた構え………)

 

シーホースは驚きと同時にこの構えに至った経緯を振り返っていたのだ。

 

(……あいつは、付け焼き刃をするようなタマじゃねぇ……

なら、何をやる気だ!!?)

 

 

***

 

 

『両者の実力は五分!!

両者、再び向かい合った!!!

 

キュアブレーブ、ホタル・ユメザキ選手はソラ・トリノ選手の空中蹴りやサブミッションに対し、なんとシーホース選手の構えで応えます!!!』

 

 

場内に緊張が走る中、ブレーブは口を開いた。

 

「…………行くよ。」

「!!!」

 

 

ボッ!!!!

 

その音は、ブレーブが地面を蹴った音だった。人間族の片足での脚力とは到底思えない程の轟音が響き、地面にまるでモグラの住処のような穴が空いた。

 

 

「やあああああああああぁぁぁッッッ!!!!!」

『行ったァーーーーー!!!!

キュアブレーブ、まるでシーホース選手の生き写しかのような蹴りを放つ!!!!!』

 

 

ソラはこれを見切り、脚に蹴りが直撃する直前で前宙の要領で飛び上がり、ブレーブの蹴りを躱した。

そして━━━━━━━━━━━━

 

 

ソラは空中で身体を捻り、

 

鳥人武術!!!

翡翠(かわせみ)蹴り》!!!!!

 

ズダァン!!!!!

 

下方向のブレーブに全体重を乗せた蹴りを見舞う。しかし、ブレーブは体勢を変えてソラの蹴りを足で迎撃した。

 

『す、凄い!!!!

鳥人武術 ソラ・トリノ!!! 戦ウ乙女(プリキュア) ホタル・ユメザキ!!!

両者とも、一歩も譲らない!!!!』

 

(まだまだ!!!)

 

鳥人武術!!!

鷹狩(たかが)り》!!!!!

 

 

ズドドドォッッッ!!!!

(ッッ!!!?)

 

ソラは続けざまに空中から踏み蹴りを5発、つるべ打ちした。

何発かガードできずにダメージを負う。しかし、ブレーブもこれでは終わらない。

 

カウンターの回し蹴りをソラの顔面に見舞う。

 

「!!!!?」

 

不意の蹴りが直撃し、ソラは武道場端まで回転しながら吹き飛ばされた。

 

 

『決まったァ!!!!

キュアブレーブ渾身のカウンターキックがソラ選手を直撃だ!!!

これは効くぞぉ!!!!!』

 

武道場端からもくもくと上がる土煙の中から何かが猛スピードで突っ込んでくる。

 

「!!!!」 ブレーブは咄嗟にガードを固めた。

 

 

鳥人武術 《猛禽(もうきん)突》!!!!!

「!!!!?」

 

ソラが全速力でブレーブに飛び蹴りを放った。

 

ズドォン!!!!!

と、けたたましい衝撃音が場内に炸裂した。

ブレーブの身体には、ガードの上からでもものすごい衝撃が迸る。

 

(まだまだだ!!!) ソラの追い打ちは止まらない。

 

鳥人武術 《啄木鳥(きつつき)千本槍》!!!!!

 

ズドドドトドドドォン!!!!!

「!!!!? ウッ!!ウッ!!!ウッ!!!!」

 

ソラの突進を乗せた連続蹴りがブレーブを強襲する。

 

『強烈な追い打ちだァ!!!!

連蹴り 連蹴り 連蹴りィ!!!!!

このまま決まってしまうのか!!!!?』

 

 

(これで終わりだ!!!!!)

「!!!?」 ソラは空中で身体を捻った。

 

鳥人武術 奥義

火食(ひくい)の刃》!!!!!

 

「!!!!!」 ソラの飛び後ろ回し蹴りによって、ブレーブはさらに吹き飛ばされた。

 

 

『決まったァーーーーーーー!!!!!

ソラ選手の鳥人武術!!!!

その奥義が今、戦ウ乙女(プリキュア)の思いを打ち砕いたァ!!!!!』

 

ブレーブが激突した外枠の土煙が晴れていく。

 

「…………… !!!??」

『い、いない!!!!

ホタル選手がいません!!!!』

 

 

「私はここだよ!!!!!」 『「!!!!?」』

 

ブレーブは上空で身体を捻っていた。

その姿勢はさながら オーバーヘッドキックの構えだった。そして脚には乙女剣(ディバイスワン)のオーラが宿っている。

 

『ホ、ホタル選手 ふっか━━━━━━━

 

実況の声をかき消して、ブレーブの渾身の一撃が放たれた。

 

《プリキュア・ブレーブガリバー》!!!!!

「!!!!?」

 

 

 

ズバァン!!!!!

 

という武道の試合では聞くはずのない()()()が響き、ソラの胸が袈裟斬りされ、割れた。



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59 海を撃つ拳! 魚人の正拳 炸裂!!

「ば、バカな…………!!!!」

 

ソラは胸から血を吹き出して、膝をついた。

ブレーブは着地を取れずに背中から地面に落ちた。

 

ドサッ

 

ソラは完全に力尽き、地面に倒れ伏した。

ゴングは唐突に鳴らされたのだ。

 

「し、勝負あり!!!!」

 

レフェリーが手を挙げ、ブレーブの勝利が告げられた。

 

『け、決着!!!!

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ

獣人族だけでなく鳥人族をも退けて、3回戦 進出を決めました!!!!!』

 

「ハァハァ……………

ど、どうやって僕の蹴りから…………

あれは完璧に決まってた筈なのに…………!!!」

 

ソラはかろうじて顔を起こし、ブレーブに聞いた。

 

「うん。あなたの攻撃は確かに決まってたよ。私は、吹っ飛んだ時に外枠をジャンプ台にして飛び上がっただけ。

土煙を目くらましにしてね。」

 

この土煙を利用する技術は、彼女が星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部でハッシュと手合わせをした時に編み出したものだ。

ブレーブはそれを使って、止めを刺すための時間を稼いだのだ。

 

「………………!!!!

そうか…………… 負けたよ。」

 

ソラは完全に自らの敗北を認めた。

ここに、戦ウ乙女(プリキュア)と鳥人武術家の意地をかけた闘いが決着した。

 

 

***

 

 

『さぁさぁ皆様、この龍神武道会も後半戦に入ろうとしております!!!

ただ今より、Bブロック 2回戦を始めたいと思います!!!』

 

 

「ねぇハッシュ君、

さっき言ってた カイって、あの人?」

「そう。あの人がリュウさんが言ってた人だよ。」

 

蛍とハッシュは武道場を観戦していた。

 

『さぁまずは東の方角!!!!

この男が帰ってきた!!! 竜人族が名を連ねるこの龍神武道会で、魚人の力を遺憾無く発揮させ、かつては優勝にまで漕ぎ着けた、魚人武術を継ぐ男、

 

カイ・エイシュウゥゥゥゥ!!!!!』

 

カイ・エイシュウ

それが名前

全身が薄い青緑の肌に覆われ、髪は長く後ろで三つ編みに組んでいた。

 

「ハッシュ君はあの人、どう思う?」

「僕は、あの身体をどうやって作ったのかの方が問題だね。

人間が一生を捧げても出来るか出来ないかのレベルだ。あの人がリュウさんが優勝すると言っていた人の実力だよ。」

 

『対しまして、西の方角!!!!

スラムの街から下克上を狙ってこの男がやって来た!!!!

愛国心と一族武術を引っ提げて!!! この龍神武道会に殴り込むのはこの男!!!!

 

ゲイズ・タツタロフ!!!!!』

 

ゲイズ・タツタロフ

赤色の道着にその身を包んでいた。

 

 

「……負けるよ。」

「えっ?」

「あのゲイズって人、多分 一撃で負ける。

あの二人にはそれだけの実力差(ひらき)がある。」

 

蛍はさすがに とハッシュに口を開く。

 

「負けるにしたって、一撃は酷くないかな?

あの人だって、2回戦まで勝ち上がってるんだよ?」

「見てれば分かるよ。」

「…………」

 

ハッシュがあまりにも真剣だったので、蛍はそれ以上 何も言えなかった。

 

 

***

 

 

「武器の使用 以外の全てを認めます。

両者、下がって!!」

『さぁ、いよいよ試合開始だァ!!!』

 

カイとゲイズは相対した。

場内には緊張が走る。

 

「始めェ!!!!」

 

ゴングが鳴らされた。

 

『さぁゲイズ選手は、1回戦同様に突きに徹した構えを取ります!!!

しかし、カイ選手は全く構えを見せません!!!

これにどう 応えるのか!!?』

 

(………このままでは埒が開かん!!

仕掛けるか!!!)

 

「ぃやああああああぁぁぁぁッッ!!!!」

『ゲイズ選手が仕掛けた!!!

カイ選手に向かって一直線!!! しかし、当のカイ選手はまだ何の構えも見せないぞ!!!』

 

「馬鹿にしやがってぇ!!!!!」

 

舐めた態度をとるカイに対し、ゲイズは感情をそのまま乗せた正拳突きを放った。

しかし、カイはそれを容易く躱した。

 

そしてそのまま━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「呃啊ッッッ!!!!!」

「!!!!?」

 

ゲイズの腹にカイの正拳突きが突き刺さった。ゲイズはそのまま外枠まで吹き飛ばされて激突し、昏倒した。

 

「しょ、勝負あり!!!!!」

 

その唐突な幕切れに、場内は静まり返った。

 

『び、何とカイ選手、秒殺で試合を決めました!!!!

やはり強いぞ カイ・エイシュウ!!!

難なく 3回戦へと駒を進めました!!!!』

 

 

「う、嘘でしょ…………!!!!?」

「だから言ったでしょ? あの二人にはそれだけの実力差(ひらき)があるってね。」

 

蛍は思わず俯いた。 これから自分があんな人と闘うことになるのかと思うと身体が震えた。

 

「随分 顔色が悪いな。」 「!!!!」

 

蛍が見上げるとそこにカイの姿があった。

 

「1回戦と2回戦の君の戦いぶり、しかと見させて貰った。

もし君が次の勝負も勝ったなら、おそらく 私とぶつかるのは必然。

しっかりと体調を整えて試合に望んでくれよ。」

「……………!!!!!」

 

そう言って悠々と去っていくカイに、蛍は何も言えなかった。



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60 誇り高き柔道家! キュアブレーブ、宙を舞う!!

『お待たせ致しました!!!

空前絶後の32名から勝ち上がった8名!!

 

ただ今より、龍神武道会 3回戦を始めたいと思います!!!』

 

遂にキュアブレーブ 3回戦の幕が上がろうとしていた。

 

対戦相手は全身 傷だらけの大男

名前をウツ・ロッキー と言った。

 

『さあまずは東の方角!!!

この龍神武道会に名乗りを上げ、止まらない快進撃を魅せる戦ウ乙女(プリキュア)!!! 戦場の天使が舞い降りた!!!

 

ホタル・ユメザキィィ!!!!』

 

蛍は既にこの大歓声に慣れていた。

 

『対しまして、裏格闘技で百戦無敗!!!

孤高の武道家がこの龍神武道会に殴り込む!!!!

その身に宿したゴーレムの細胞を武器に、この龍神武道会に鉄槌を下す!!!!

ウツ・ロッキィィーーー!!!!』

 

アナウンサーの紹介が終わるとウツはどういう訳か蛍に近づいて行った。

 

『さあご覧下さい この体格差を!!!

文字通り大人と子ども!! 否、それ以上はありましょう!!! こんな対戦が許されていいのでしょうか!!?』

 

そして、ウツは蛍の前に膝を着いて座った。

 

「…………???」

 

その意図が分からずに困惑しているとウツが口を開いた。

 

「……よくぞここまで勝ち上がってきた。

君の戦いぶりは存分に見させてもらっている。

俺は君を全力で相手取る。

全力で来い!!!」

「………!!!! はい!!!!」

 

『ご覧下さい!!! この美しい姿を!!!

試合の前のこの美しい儀式を!!!

果たしてどのような試合が見られるのか、乞うご期待です!!!!』

 

「武器の使用 以外の全てを認めます。

両者 元の位置へ!!!」

 

遂にゴングが鳴らされる。

 

蛍はその姿をキュアブレーブへと変えて、試合のモードに入る。

 

「始めぇ!!!!」

 

 

3回戦の火蓋が切って落とされた。

先に仕掛けたのはウツだった。

 

「いっ!!!!」

 

ウツの下段蹴りがブレーブの膝を強襲する。

ブレーブは何とかこれを躱した。しかしウツはこれを読んでいた。

 

『ウツ選手、強烈な先制攻撃!!!

キュアブレーブ、何とかこれを躱した!!!』

 

ガッ!!! 「!!?」

 

『く、組み付いた!!!』

 

ウツがブレーブの胸ぐらを掴んで組み付いた。さっきの蹴りを起点にしたのだ。

 

 

「ッそぉい!!!!!」 「!!!?」

『投げたァーーーー!!!!

ウツ選手のお家芸 背負い投げが戦ウ乙女(プリキュア)を襲う!!!!』

 

(━━━━━━まずい!!!)

 

 

ブレーブ受身を取ろうと自分で加速をつけて体勢を崩す。

地面への激突は強固盾(ガラディーン)を地面に展開して受けた。

 

それでもウツの追撃は止まらなかった。

 

『ブレーブ!!! 来るファ!!!!』 「!!!?」

 

ウツは地面に倒れたブレーブに全体重を乗せた肘を見舞った。

ブレーブはそれを胸に強固盾(ガラディーン)を展開させて迎撃する。

 

ガキィン!!!!

 

という軽い衝撃音とともにウツの身体は仰け反った。ブレーブはその隙をついて体勢を整えてウツと向かい合う。

 

何とか彼にマウントポジションを取られるという最悪の事態は回避出来た。

 

『何という凄惨な攻撃!!!

それを脱したキュアブレーブ選手 再び向かい合った!!!』

 

やっぱりこの男はただ者ではない。

ダクリュールともハッシュともテュポーンとも違う緊張感がブレーブの中にはあった。

 

『ブレーブ、肩は大丈夫ファ!!?』

『うん。それは大丈夫。 ハッシュ君に手当して貰ったから!!』

 

ハッシュは星聖騎士団(クルセイダーズ)隊長として、本部の医療施設の手術や司法解剖に立ち会って、人体にも詳しくなっていた。そのハッシュなら外れた肩をはめることくらい簡単な事なんだと言う。

 

実際、今のブレーブの腕は問題なく動いていた。

 

『さぁ両者 動かない!!!

次に仕掛けるのはどちらか!!!?』

 

「ハッ!!!」 「!!?」

 

次に仕掛けたのはブレーブだった。

 

『と、飛んだ!!!

ホタル選手、大きく空へ!!!』

 

ズドォン!!!! 「!!!?」

 

ブレーブは上空からウツに対して蹴りを撃ち込んだ。

 

『こ、これはソラ選手がキュアブレーブ使用した鳥人武術

翡翠(かわせみ)蹴り》だ!!!!』

 

人間は上空からの攻撃には反撃できない。

だから、ブレーブは攻撃を続けた。

 

ズドズドズドズド!!!!

 

ブレーブはそのままウツに対し 踏み蹴りを続ける。このまま押し切れそうな感じすらあった

 

 

かに思えた。

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

ウツの腕の一振でブレーブは飛ばされた。

何とか着地するが、明らかに変わったウツの気迫に押しつぶされそうになる。

 

「………!!!?」

 

ブレーブは異変を感じた。

 

パキパキと音を立てて、ウツの両拳が変化していく。

これがウツの本領 ゴーレムの力なのである。



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61 ゴーレムの細胞の真価! 迎え撃つ勇者の両手抜き!!

ウツ・ロッキー

御歳 51歳(人間換算)

 

かつての彼は虚弱体質で、幼少期の頃は病院を出たり入ったりするような生活が何年も続いていた。

 

それからしばらく経ち、彼は不幸にも落盤事故に遭い、病気と一緒に生死の境をさまよう事になる。

その時、当時の医者は彼の両親にとある提案を持ちかける。

 

それは、彼の損傷した細胞をゴーレムの細胞を移植することで埋めるというものだった。

彼の両親には細胞移植手術の費用を払えるだけの蓄えはなく、藁にもすがる思いでその移植手術を受けた。

 

 

手術は無事に成功し、ウツはすぐに退院出来た。そして数年後、彼の身体に異変が起こる。

 

移植手術を受けてから彼は病気をしなくなった。そして、トレーニングをしている訳でもないのに全身の筋肉が発達して行った。

故郷で負け知らずになった彼の心はかつての弱さを克服し、そして彼は武の道を歩む決意を固めた。

 

そして彼は勝利も敗北も経験し、心身ともに優れた武道家となったのだ。

そして今、こうして 龍神武道会の場で戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブと対峙している。

 

 

***

 

 

「……………!!!!」

 

キュアブレーブ、夢崎蛍は言葉を失った。

そこに立っていたのは間違いなくゴーレム

そう。対戦相手、ウツ・ロッキーがゴーレムにその姿を変えたのだ。

 

『遂に、遂にウツ・ロッキーも真価、ゴーレムへの変身を解放!!!

まさに変身には変身で対抗だ!!!

 

第2ラウンドのゴングはまもなく鳴らされる!!!

龍神武道会のかつての覇者を相手取り、如何なる戦いを見せてくれるのか!!?

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ!!!!!』

 

 

ブレーブは己を鼓舞し、構えをとった。

片手に乙女剣(ディバイスワン)、そして片手に強固盾(ガラディーン)を宿した勇者の格闘術の構えだ。

 

先に仕掛けたのはウツだ。

可能な限りの前屈姿勢で全身の力を突進力に変え、ブレーブに強襲する。

 

そして、拳を振るった。

 

 

ただし、ブレーブにではなく地面に。

 

 

 

ズガァン!!!!! 「!!!!?」

 

『ウ、ウツ選手、地面に拳を放った!!!』

 

当然 地面は崩壊し、ブレーブには巨大な隆起した地面が襲い、その体勢を崩す。

ウツはそれを狙っていた。

 

ガッ!! 「!!?」

 

ブレーブは顎を掴まれた。

そのままウツは全体重をかけてブレーブを倒す。そして、恐れていたことが起こる。

 

それは、土煙が晴れて白日の元に晒される。

 

『こ、これは━━━━━━━━━━━』

 

 

ウツはブレーブに完全に馬乗りになり、マウントポジションをとった。

その光景はさながら一方的な暴力そのものだった。ただ一つ、取られているのが戦ウ乙女(プリキュア)であることを除いて。

 

『これは絶望的だ!!!

何と大人気ない凄惨な光景!!!

しかし、この事態を止めることは誰にも許されません!!!

そして、あの誇り高き武道家、ウツ選手が使ったという事は、相手がそれほどという事!!!

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブが、それほどという事に他なりません!!!!』

 

 

今のウツは動く巨岩も同然。そんな重さでのしかかられてはブレーブでもどうすることも出来ないのは当然だった。

 

 

ウツは戦ウ乙女(プリキュア)のことを全く知らないが、彼女がこうでもしないと勝ちを掴めない程の相手であることは直感で分かった。

 

ウツはブレーブに全体重を乗せた拳を振るった。しかし、ブレーブにとって、それは対策済みの事だ。

 

身体を捻り、拳を手で弾いて起動を逸らす。

そのまま次のワンツーも捌く。

 

「!!?」

 

これにはウツも動揺した。この状態でまだ戦意を喪失しないのか と。

 

それでも止めを刺そうと全力で拳を振るう。

衝撃が走った。

 

 

 

 

ウツの顔面に。

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!?」

 

 

ブレーブが懇親のカウンターを見舞った。

ウツの倒れ込むスピードとブレーブの起き上がる力、そしてウツ自身の腕力も乗せた懇親のカウンター。

それを鼻頭に食らった。

 

激痛が束になって鼻を中心に頭部全体を駆け巡る。その衝撃はウツにブレーブの拘束を解かせるには十分だった。

 

体重が除かれ、脱出したブレーブは追撃に転ずる。

 

グサッ!!!!! 「!!!!!」

 

おおよそ格闘においては到底聞くはずのない【刺突】音が響いた。

 

両手に乙女剣(ディバイスワン)のオーラを宿し、貫手をウツに見舞う。

 

 

『カウンターに続いてキュアブレーブ、

懇親の両手抜きがウツ選手の腹を貫通だ!!!!』

 

内蔵を破壊され、ウツはたまらず膝を付く。

 

『これは効いているーーーー!!!!

圧倒的不利状態 マウントポジションから流れるような連撃を決めた戦ウ乙女(プリキュア)

遂に最終ラウンドの幕開けなのか!!!?』



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62 闇から襲う拳! リナ・シャオレン ベールを脱ぐ!!

ドクドクドク…………

 

「……ハァハァ………」

 

 

ウツは明らかに息を切らしていた。

腹からは血が垂れ流れている。

その時、ウツは奇妙なことをした。

 

「…………ッッッ!!!!!」

『「??」』

 

ウツは突如 力んだ。 何かの攻撃の予備動作ならまだ説明はつくが、彼がやったのはそれだけだった。

 

しかし、ブレーブはその時 異変に気付いた。

ウツの腹の出血が一瞬にして止まったのだ。

 

そう。彼は腹筋の力だけで乙女剣(ディバイスワン)の傷を止血して見せたのだ。

 

それをブレーブとフェリオは気迫されながら見ていた。

 

「………………」

「………待っていてくれたか。

この時にも1発入れたなら勝てたものを。」

 

これは誰から見ても当てつけの言葉だった。

キュアブレーブという相手が卑怯な手を使う筈がないという事を言外に現していた。

 

 

「…………行きますよ?」

「うむ! 来なさい!!!」

 

ブレーブとウツは同時に身構えた。

それに誘発されたかのように場内は熱狂に包まれる。

 

『両者 再び構え直した!!!

謎多き対戦相手 戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ!! そしてそれを相手取る誇り高き柔道家 ウツ・ロッキー!!!

 

両者の闘いは、遂に最終章を迎えるのです!!!!!』

 

試合場が緊張に包まれる中、ブレーブが口を開いた。

 

「………本気でやりましょう。」

「?」

 

一瞬不審がったウツにブレーブが近づいた。

そしてウツの道着の襟と袖を掴んだ。

 

『…………こ、これは一体……………!!!??』

 

「……………………

………そういうことか。」

 

 

まるで何かを理解したかのような言葉を漏らし、ウツもブレーブの襟と袖を掴んだ。

 

『………これは…………!!!

 

う、動かない!!! 両者 全く動かなくなってしまった!!!!』

 

 

その緊張感に、会場の全員が 拳銃の早打ち勝負のような緊張感を見出した。

それからどれくらい経っただろう。

2、3分か あるいは1分も経っていないかもしれない。

 

兎にも角にも、勝負の幕切れは唐突に訪れた。

 

 

「…………ッッッそぉい!!!!!」

 

ウツがブレーブを背負って投げた。

しかしブレーブの身体は空中で離れ、宙を舞い、着地した。

 

何が起きたのか分からないと言うような空気が場を包む中、ウツが口を開いた。

 

「…………負けだな。 私の。」

『!!!? ウ、ウツ選手………!!!?

 

………アアッ!!!!』

 

ウツは観客席に腕を見せた。

その手首はあらぬ方向に曲がっていた。

 

そして、レフェリーが手を挙げた。

 

「し、勝負あり!!!!!」

『勝負あったァーーーー!!!!

決め技はなんとサブミッション!!!!

2回戦でのソラ選手との試合で食らった関節技で、勝負に幕を下ろしました!!!!

 

戦ウ乙女(プリキュア) ホタル・ユメザキ選手が、準決勝に駒を進めたのです!!!!!』

 

観客席からの歓声を一身に受けてブレーブは去っていく。

彼女の頭には戦ウ乙女(プリキュア)のスカウトという本来の目的を忘れてしまいそうになるほどの満足感で包まれていた。

 

 

 

***

 

 

「……もう身体は大丈夫なの?」

「うん! さっきも何回か投げられたくらいでまだまだやれるよ!」

 

蛍は今 ハッシュと一緒に観客席にいる。

今は3回戦 第4試合 リナの試合が始まる所だ。

 

 

『3回戦 第4試合 Dブロック ファイナル!!!

波乱の激闘が続いたこの3回戦のトリを飾るのはこの2名!!!』

 

『まずは東の方角!!!

我が里の長 リュウ・シャオレン様の血をその身にひしひしと流す、荒ぶり猛る新星!!!!

リナ・シャオレン!!!!!』

 

リナが入ってきた。

格好はあの時の緑色のチャイナドレスとは違い、黒色のカンフースーツに身を包んでいた。

 

『それを迎え撃つはこの男!!!

西の方角!!!

 

盲目だって闘える!! いや、盲目だから闘える!!!! 全てを見透かすこの男!!!!

盲目拳法でここまで来た

 

レンジ・クリスタ!!!!』

 

杖をついてサングラスをかけた男が入ってきた。

髪型は典型的な坊主頭。長さは五厘といったところか。

 

 

「………リナ・シャオレン君。」

「あん?」

 

レンジが口を開いた。それもリナの方を向いて。

 

「かの高名なリュウ・シャオレン殿が築き上げた武という芸術 君の身体を通してでも体験したい。」

「はっ。 悪ぃが俺はあんたのこたぁ眼中に無ぇんだわ。 うだうだ言ってねぇでさっさと来いや。」

「もちろん そのつもりだよ。」

 

レンジはリナの啖呵をまるで見透かすかのように捌いている。

これも盲目だからこそなのか。

 

「おい! さっさと始めろや!」

 

リナにどやされてレフェリーが二人の間に入った。

 

「武器の使用以外 全てを認めます。

両者 構えて、

 

 

始めぇ!!!!!」

 

 

(………さて、まずは出方を伺うか…………)

 

 

その時、

 

 

ズドォン!!!!!

「!!!!?」

 

レンジの腹を衝撃が貫いた。



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63 冷静かつ豪快に! 龍人族の大ゲンカ!!

『ただ今より、3回戦 第4試合 Dブロック

リナ・シャオレン 対 レンジ・クリスタ 戦を行いたいと思います!!

なお、リナ選手 レンジ選手 両者の同意により、試合会場にこちらからの音声の一切を遮断する結界を張らせていただきます!!!』

 

 

「武器の使用以外 全てを認めます。

両者 構えて、

 

始めぇ!!!!!」

 

試合のゴングが鳴らされた。

 

(……さて、まずはお手並み拝見と行こうか………)

 

レンジはおもむろにサングラスを外してリナの方を向いた。

━━━━━━━━━━━その時、

 

 

 

ズッドォン!!!!!

「!!!!?」

 

いきなり レンジの腹に衝撃が走った。

 

『リ、リナ選手の強烈な先制攻撃!!!!

レンジ選手の腹に諸手突きが突き刺さった!!!!!』

 

「なっ……………!!!?」

「バーカ 敵に背中見してんじゃねぇよ!!!」

 

リナはそのまま全体重を乗せて外枠まで一直線に飛ぶ。

 

ズドゴォ!!!!! 「!!!!」

 

そのままレンジは外枠に激突した。

壁とリナの拳に挟まれて腹に無視できないダメージが入る。

 

ダメージによって隙の出来たレンジに対し、リナはダメ押しの攻撃を見舞う。

両足での連続蹴りだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!!!」

 

『リナ選手の猛攻だァーーーー!!!!

ここまでの絶対的な攻撃力!!! 稀代の産物 盲目拳法の命運もここまでか!!!?

 

……………い、いや!!!!!』

 

アナウンサー、レフェリー、観客 果ては蛍までもその光景に目を疑った。

レンジは全ての蹴りを完全に捌いていたのだ。

 

『あ、当たっていない!!!

レンジ選手、神業的ディフェンスでリナ選手の蹴りを封じている!!!!』

 

 

「………シュッ!!!」

 

その掛け声と共にレンジの起死回生のカウンターが放たれた。

拳はリナへと真っ直ぐに向かっている。

 

「へっ!!」

 

リナはその拳を難なく避けた。

そのまま回転して着地をとる。

 

「………思っていたより冷静だな。」

「バカ言ってんじゃねぇ。

こちとらジジイの血を継いでんだ。冷静()めててなんぼなんだよ。」

 

「……なるほどな。

やっぱり君は本物だ。」

「ケッ 好きなだけほざけや!!!」

 

リナが再び大地を蹴った。

 

『再びリナ選手が仕掛けます!!!

この未知の男を相手取り、如何なる闘いを魅せる!!!?』

 

「……リナ・シャオレン。

盲目を舐めてもらっては困る。」

「!!?」

 

バチィン!!!!! 「!!!?」

「失った視覚は、他の全てが満たしてくれる。」

 

『レ、レンジ選手の蹴りがリナ選手を直撃だ!!!!』

 

(…………!!!!

しならせて威力 上げようってハラか!!!)

 

片腕でガードしたが、ダメージは抑えきれない。そのままレンジの追撃が襲う。

 

「破ッッッ!!!!」 「!!!!」

『さらにレンジ選手の掌底がリナ選手に直撃!!! 吹っ飛ばされた!!!!』

 

リナはそのまま数メートル飛ばされ、大の字に倒れた。

 

『ダウーーーン!!!!

恐るべし 盲目拳法!!!! リュウ・シャオレン様が作り上げた格闘術すらも、正面から迎え撃つというのか!!!!?』

 

 

「私を倒したくば、【盲目が闘えない】という性根を変えなければ駄目だ。

どうする? まだ続けるかね?」

 

その質問には答えず、リナは立ち上がった。

 

「なるほどなァ……… よぉく分かったぜ。

道理で【ガキのやるケンカ】じゃ勝てねぇ訳だ。」

「!?」

 

『こ、これは驚きました!!!

ケンカ だと!!! リナ選手は今はっきりとさっきの猛攻を ケンカ と言い張ったのです!!!』

 

「アンタよぉ、俺が目ェ見えねぇヤツと戦い慣れてないって、そう言いてぇんだろ?

 

ならこの場で慣れてやる!!!

そして見せてやんよ!!! ジジイが作り上げた龍の里の格闘術ってヤツをよォ!!!!」

「…………!!!! それは楽しみだな。」

 

 

スルスルスル………… 「!!?」

 

それは、レンジがその時確かに聞いた音だった。これが何を意味するのか、すぐに知る事になる。

 

 

***

 

 

(こんなもんでいいだろ。

しっかし 観客の声が聞こえねぇと、張り合いが無ぇぜ。)

 

『これは一体なんの真似だ!!!?

リナ選手、なんとサラシとふんどし姿になり、果てはその目をサラシを巻いて隠してしまった!!!』

 

 

その異様な光景を、蛍とハッシュも観客席から見ていた。

 

「ハッシュ君、これってまさか…………」

「そのまさかだろうね。 彼女、レンジの居場所を肌で感じるつもりなんだ!!」

 

 

(………動いていない??

何だ………? 何をしている?

何をする気なんだ…………???)

 

レンジはリナの考えが全く分からなかった。それ故に動くことが出来ない。

 

(………視覚以外 フル稼働させて感じろってかぁ………? 無理難題を押し付けやがるぜ。

けど、俺の触覚がありゃ、それも…………

空気の動きを感じりゃ…………)

 

 

 

 

…………ニィ……………

 

……………見ィつけたァ…………………

 

リナは1人 ほくそ笑んだ。



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64 盲目の中の盲点! リナ・シャオレン 大爆速!!

(………場所はわかっている…………

だが、なぜ動かない………!?

彼女の作戦か………… 兎にも角にも待ちに徹する他ないか……………)

 

レンジは防御の構えを取ったまま思考を巡らせていた。

対戦相手、リナが何を策していようと 自分に出来るのは盲目拳法だけだ。

 

 

(………さぁてどうする? 盲目拳法家さんよ。

あんたにゃ目が見えねぇ分の感覚があるかもしれねぇけど、こっちにだってジジイが教えた空気の流れを感じる技があんだよ!!!)

 

空気の流れを感じる技術 【空鱗(くうりん)

これは、龍の里の長老 リュウ・シャオレンが編み出した技の一つである。

空気の微細な流れを感じ取ることにより、視界に入らない相手の動きや死角からの奇襲にも対応できる。

 

龍の里を出て、贈物(ギフト)の恐ろしさを痛感した彼が真っ先に編み出した技である。

それはリナにも継承されていた。

 

 

***

 

 

『り、両者動かない!!!

全く動かないまま、既に5分が経過しようとしています!!! 両者 待に徹した構え!! つまり、先に動いた方の圧倒的不利は明白なのです!!!!

この緊張感の中、先に動くのは 果たしてどちらか!!!!?』

 

 

蛍、そしてハッシュまでもその緊張感の波にもまれていた。

会場の声は一切遮断され、試合会場は静寂に包まれている。

 

そして、リナの身体が少し傾いたのをハッシュ、そしてレンジは見逃さなかった。

 

 

……………ズザッ…………………………

 

 

「?」「??」

 

場内は戸惑いの色を見せた。

リナのあまりに奇妙な体勢によって。

 

リナは極端な前屈体勢を取ったのだ。

地面に着いているのは両足のつま先、そして腕は腕立ての姿勢で両手のひらが付いているだけである。

陸上競技のクラウチングスタートとも、相撲の立ち会いの構えとも、完全に一線を画していた。

 

『リ、リナ選手 構えを変えましたが、これは一体何だ!!? 奇妙!! 格闘とは完全に違う!! まるで、【前に進む事】しか考えていないような……………!!!』

 

そう。これはリナ・シャオレンが切り札としている構え、もとい()()

アナウンサーの推測通り、前への突進以外の事は全く考えない 【超推進特化型】の体勢である。

 

しかし、レンジが感じ取れたのは彼女が【両手を地面に付けた】程度のことで、彼女が何をするつもりなのかは感じ取れなかった。

 

そして、それが命取りとなる。

 

 

 

ニィ………

(終わりにしてやるぜ!!!!!)

 

 

ッッッボォン!!!!!

 

リナが全身の力をフル稼働させて地面を蹴飛ばした。

 

「!!!!!」

 

レンジは咄嗟のことで一瞬 反応が遅れる。

 

『行ったァーーーーーーーー!!!!!

リナ・シャオレン、対戦相手に一直線だ!!!!!』

 

そのまま全体重を乗せた飛び蹴りを見舞う。

猛ダッシュによる土煙でリナとレンジは完全に隠れた。

聞こえるのはまるで機関銃を乱射したかのような打撃音だけだ。

 

 

『リナ・シャオレンの猛攻だァーーー!!!!!

いや、猛攻と言うにはあまりに苛烈!!! 凄惨!!!! 絶対的ィーーーーー!!!!!

 

これには万事休すか!!!? レンジ・クリスタ!!!!!』

 

 

蛍は言葉を失ってその猛攻を見ていた。

忘れてはならないのが、彼女 リナは【目隠しをした】状態で攻撃を行っているという事だ。

 

『連蹴り 連蹴り 連蹴り!!!!

リナ・シャオレン 怒涛の猛攻撃だ!!!!

これは為す術無しか!!? レンジ・クリスタ!!!

 

━━━━━━━━い、いや!!!!!』

 

 

土煙が晴れて見えた光景に、場内にいた全員が言葉を失った。

 

『レンジ選手 躱している!!!!

そのディフェンスは、リナ・シャオレンの全力の猛攻すらも通用しないのか!!!!?』

 

 

(………そう。これこそが盲目拳法の真髄。

たとえどれだけ強く、どれだけ速くても 気配さえあれば躱すのはやって出来ぬことではない。

 

 

…………そしてッッ!!!!!)

 

レンジは見つけた。 リナの猛攻が一瞬止む隙を。それに合わせて渾身のカウンターを打つ。

 

(もらった!!!!!)

 

『レンジ選手のカウンターが行ったァーーーー!!!!』

 

呼吸音から、彼女の顔の場所は分かっている。狙いは顎。 女性を一撃で昏倒させ、倫理的にも見栄えの良い完璧な勝利。

それこそがレンジの立てたシナリオだった。

 

 

 

 

が、

 

ガッ!!!! 「!!!!? こ、これは━━━━━」

突如、顎に謎の感覚が走った。

 

『リ、リナ選手 レンジ選手の顎を掴んだ!!!』

 

「ま、まさか━━━━━」

「かかったな。

こちとら拳法家っつったろ。

拳法家はな、冷静()めててなんぼなんだよォ!!!!!」

 

そのまま全体重をかけ、レンジの身体は宙を待った。

 

 

(………………一瞬 読み違ったか…………

これがリュウ・シャオレン殿の血を引く者の力……………

 

恐れ入った。)

 

 

 

ズッダァン!!!!!

 

レンジは頭から叩きつけられた。



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65 遂に対峙する魚人族! 準決勝の幕が上がる!!

『……………あぁッッ!!!』

 

あまりに一瞬のことで、アナウンサーも反応が遅れた。

 

「し、勝負あり!!!!」

 

それに続いて審判も手を挙げる。

蛍達も一瞬のことに言葉が出なかった。

 

『し、勝負あったァーーーー!!!!

い、一瞬の事でした!!!!

 

鉄壁と謳われた盲目拳法を破り、リナ・シャオレン 準決勝 進出を決めたのです!!!!』

 

リナはスルスルと目をおおっていたサラシを外した。

依然として場内は静寂のままだ。

 

「おい!もういいだろ!?」

 

それではっとしたようにレフェリー達は結界を解除した。そして試合会場にも歓声が届く。

 

「そうそう これよ!

これがなきゃ闘ってる意味がねぇってな!」

 

脱ぎ捨てたカンフー着に袖を通しながらそう呟いた。

そして、視線をレンジの方に向ける。

 

「いつまで寝てんだ。 直撃の寸前に力抜いてやったんだ。 もう起きれる筈だろ!?」

 

「………やはり、そこまで見破られていたか。

リュウ殿の武術、楽しませて貰った。」

「そりゃ 俺も同じだぜ。

盲目拳法 手強かったよ。」

 

歓声の中心で そんな会話が繰り広げられていた。

 

 

***

 

 

準決勝

龍神武道会に出場した32名

そこから四強が出揃った。それはハッシュが予測していた通り、

 

・Aブロック:夢崎蛍

・Bブロック:カイ・エイシュウ

・Cブロック:ハダル・バーン

・Dブロック:リナ・シャオレン

 

という顔ぶれだった。

 

「蛍、準決勝まであと15分だよ。」

「分かってる。 もう準備はできてる。

 

ところでさ、ハッシュ君」

「ん? 何?」

「なんか今日、平和じゃない?

チョーマジンとかも出てないし。」

「………平和、ねぇ。」

 

蛍の職業は武道家ではなく、戦ウ乙女(プリキュア)という名の厄災と戦う運命を背負う戦士である。無論 ハッシュもそれを忘れてはいなかった。

 

「確かに出てないけど、なんかこう、嫌な予感がしてるんだよね。」

「? 嫌な予感?」

「そう。ここで誰かの顔を見てから まるで何か策略的な何かが動いているような………」

「考えすぎだって! 厄災が龍の里みたいな田舎をわざわざ攻めてくるわけないし、だいたいチョーマジンとかが出たら嫌ナ予感(ムシノシラセ)が反応する筈でしょ?」

 

 

蛍の指摘は正しかった。

戦ウ乙女(プリキュア)、そして戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)には【嫌ナ予感(ムシノシラセ)】という、チョーマジンが発生したら反応する贈物(ギフト)が備わっているのだ。

 

「それより早く武道場に行ってくるね!」

「うん。 気をつけてよ。」

 

試合前の2人には言葉はそれだけで十分だった。

 

 

***

 

 

『さぁ 皆様 お待たせ致しました!!!!

遂にこの龍神武道会も残り 3試合を残すことになりました!!!

これより準決勝 第1試合を行います!!!!!』

 

アナウンサーの言葉は会場を湧かせた。

 

『見よ!!!! 東の方角!!!

魚人の武術を引っ提げて龍神武道会に降り立つ!!!

カイ・エイシュウ!!!!!』

 

『相対するは西の方角!!!

戦ウ乙女(プリキュア) という職業が4度目の晴れ舞台!!!

ホタル・ユメザキィ!!!!!』

 

遂に ハッシュが危険視する人物と対峙した。改めて見るとかなりの緊張感が走る。

 

『さぁご覧下さい この異色のカードを!!!

伝説の武道家と少女!!こんな対戦が許されて良いのでしょうか!!?

しかし!! この戦ウ乙女(プリキュア)が魅せてくれた戦いぶりは目を見張るものがありました!!!!

 

その力が魚人武術を相手取り、如何なる実力を発揮するのか!!!?』

 

 

アナウンサーの声が響く中、蛍は先程言われたことを思い返していた。

 

 

***

 

 

準決勝の会場に向かう途中、蛍はリュウの話を聞いていた。

 

「10年?」

「そうじゃ。あいつはこの10年の間 1人で修行し、そしてこの大会に戻ってきたのじゃ。

先月 わしの元に挨拶に来たが、見違えておったわ。」

 

「待ってくださいよ。

彼はこの龍神武道会で優勝したこともあるんでしょ?なのにどうして…………」

「そうじゃな。きっかけがあるとすれば、"アイツ"が死んだことじゃろうな。」

「アイツ?」

 

リュウの発した【死んだ】という言葉に蛍は反応した。

 

「そう。彼の親友…………

 

そして、わしの孫で、リナの兄でもあった。」

「!!!!?」

 

 

***

 

 

考え込んでいた蛍にカイがおもむろに歩み寄って来た。

 

「…………!!?」

戦ウ乙女(プリキュア) ホタル・ユメザキ…………。

君なら十分だ。 私の全てをぶつけ、それを"あいつ"への手向けにしよう!!!」

 

 

『さぁ遂に試合開始です!!!

10年の充電期間で、一体何を得たのでしょうか カイ・エイシュウ!!!

そしてそんな彼にどう立ち向かう!!!?

ホタル・ユメザキ!!!!』



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66 友の死を乗り越えて! 迫り来る孤独との闘い!!

「武器の使用以外 全てを認めます。

両者 元の位置へ!」

 

「……フェリオ、腹を括るよ。」

「分かったファ。」

 

 

 

……《プリキュア・ブレイブハート》

 

蛍の姿は戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブに変わった。

その時に決意が固まった。

 

今からこの男と真っ向から闘うという覚悟をだ。

 

ブレーブとカイは向き合った。

 

「両者 構えて」

 

ブレーブは両手で乙女剣(ディバイスワン)の手刀を作り、構えた。

対するカイは右手を顔に、左手を胴に持っていき、姿勢を低くしている。

 

 

「~~〜~~~〜~~ッッ!!!!!」

 

ブレーブの中にはえもいえない程の緊張が走っていた。気をしっかり持っていないと押しつぶされてしまいそうになるほどの。

 

「始めぇい!!!!」

 

 

試合のゴングは鳴った。

 

 

(………ダクリュールとも、ハッシュ君とも、テュポーンとも違う………!!)

 

ブレーブは未だに緊張に包まれていた。

未だかつて体験したことの無い種類の緊張感が押し寄せていた。

 

(……こういう時はッッ!!

先手必勝!!!!!)

 

ブレーブは地面を全力で蹴った。

 

「ぁあああああああッッッ!!!!!」

『行った!!!! キュアブレーブ、カイ・エイシュウに一直線だ!!!!』

 

ブレーブは貫手を構えた。

狙いは彼の眼球だ。

相手の身体を気遣う余裕は無かった。

 

(悪いけど、本気で"殺"らせて貰う!!!!)

 

 

クンッ! 「!!!?」

 

ブレーブの貫手が空を切った。

カイの手に上げられて、受け流された。

 

フォッ という音が地面から聞こえた。

それが攻撃への動きの音だということに気付いた。

 

(!!!! まずい!!!!)

 

ブレーブは咄嗟に究極贈物(アルティメットギフト)戦之女神(ヴァルキリー)》を発動した。

 

ゴッッッ!!!!! 「!!!!?」

ブレーブの顎に衝撃が走った。

 

「カ、カウンターだ!!!!

カイ選手の蹴りがホタル選手の顎に直撃!!!!」

 

(………こ、これが顎……………!!!!!)

顎への打撃を避けなければならない というハッシュの警告の意味がとうとうわかった。

 

ブレーブは大の字に倒れた。

 

『ダウーーーーン!!!!!

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ、遂に地面に倒れ伏したァ!!!!!』

 

「クッ!!!」

 

ブレーブは意識を強引に覚醒へと持って行き、飛び上がって着地した。

 

『た、立った!!

ホタル選手、 まだ闘えるのか!!!?』

 

 

「……ハァハァ…………」

「上手く受け流したようだな。

私の蹴りに1回で対応して見せたのは()()()以来 君が初めてだぞ。」

「………………」

 

「やはり君がふさわしい。

この試合をあいつへの手向けにさせてもらう!!!!」

 

 

(……そう。このための10年だった。

あいつの死を乗り越え、そして更なる高みへ歩を進めるための あの10年だ!!!!)

 

 

***

 

 

カイ・エイシュウ

 

彼の半生を語る際に、決して外すことの出来ない人物が1人いる。

 

それは、彼の親友 そして 龍の里の長 リュウ・シャオレンの孫にして、リナ・シャオレンの実兄

 

ラド・シャオレン である。

 

カイは魚人族だが、少年時代からは龍の里で修行として生活し、リュウ・シャオレンに弟子入りして彼、ラドと出会った。

 

2人は時には認め合い、時には反発し、そして常に互いを切磋琢磨し合う 良い関係を築いていた。

そしてリュウも2人の成長に心を踊らせていた。

 

 

 

しかし、それは突如 終わりを告げる。

人は幸福と言う物がいかに脆い物かを失って初めて気づく。 当時のカイも例外では無かった。

 

龍の里に怪物が攻め入ってきた。

姿は木の葉が巨大化したようで、腹には謎の魔法陣が描かれていた。そして、ラドはその怪物から当時はまだ幼年だった妹 リナを庇って命を落とした。

 

カイは当時は悲しみに打ちひしがれ、自分の目的すら失いかけた。

 

しかし、ある日 彼はラドの夢を見た。

その内容ははっきりと覚えていないが、彼の中に1つの決意が生まれた。

 

 

それ以来 彼は龍の里から故郷へと戻り、それから10年もの間 誰とも連絡を取る事 無く修行に明け暮れた。

 

彼の決意とは 自らと闘い、己を高め続ける事で親友の死を乗り越え、そして彼に恥じない闘士となる事だった。

 

 

***

 

 

(……あぁ。ありがとう ラド

お前がいてくれたから、お前が支えてくれたから今の私が居る。

 

お前の死を乗り越えるため、お前に顔向けできる男になるため 自分に試練を課した。

そう。あの10年が、あの自分との闘いが、私をここまで成長させた!!!!)

 

「……キュアブレーブ

心から礼を言う。」 「!!?」

 

「君にならば構わない。

私も本気を出させて貰おう!!!!」

 

そして、彼はある行動をとった。



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67 魚人の素足が襲う! 武道場を包む大海原!!

カイは本気を出すと宣言した。

そして、1つの行動をとる。

 

靴を脱いだ。

 

嘘偽りなく、それが彼のとった行動だった。

 

「………………???」

 

ブレーブは意味を理解できず、呆然と彼を見ることしかできなかった。

それは観客席にいたハッシュも同じだった。

ハッシュはリュウの隣で試合を観ている。

 

「……ほう。もうあれを使うか。」

「…あれにどんな意味が?」

「まぁ 見ておきなさい。」

 

 

***

 

 

『カイ・エイシュウ

ここに来て遂に素足を解放した!! 未知の対戦は ここから更なる展開を見せるのか!!?』

 

 

『「……………………」』

 

ブレーブだけでなく、フェリオも呆然としていた。

 

「君は知らないだろうが、言っておこう。

 

この靴を脱ぐという行為は、例えるなら真剣使いが峰打ちから持ち替えて、刃を相手に向ける行為に同じ。

 

私が素足を晒すのは それほど危険、そして相手がそれほどだということだ!!!」

 

カイは構えを変えた。

半身で伸脚の体勢をとり、重心は後方に向いている。

 

『裸足です!!!

カイ・エイシュウが、今大会を通じて初めて靴という名のグローブを外したのです!!!!

 

この状態となったカイ選手から白星をとった者は1人としていません!!!

果たして 未知の職業戦ウ乙女(プリキュア)がその第一号となるのか!!!?』

 

 

「……………………!!!!!」

 

ブレーブは再び えもいえない緊張感に包まれた。あの奇妙な行動にどれほど 恐ろしい意味があるか 直感で理解していた。

 

 

カイの足の甲には血管が浮かび、全筋力がこもっていた。

 

「……参るぞ。」

「!!!!!」

 

先に仕掛けたのはカイだった。

地面を全力で蹴り、走った。

 

 

ブレーブとは反対側に。

 

そして外枠に足をかけ━━━━━━━━━━

 

 

ブォッ!!!! 「!!!??」

 

『と、跳んだ!!!!

カイ・エイシュウ 外枠を踏み台に大きく空へ!!!!』

 

 

そのまま全体重を乗せ

 

「はいやァッッッ!!!!!」

ズドォン!!!! 「!!!!?」

 

 

放たれたカイの蹴りをブレーブは腕に強固盾(ガラディーン)を纏って受けた。

 

(~~~~~~~~ッッッ!!!!!

お、重い………!!!!)

 

カイの追撃は止まらない。

右上半身を狙った鋭い蹴りを咄嗟に躱した。

 

 

━━━だが、

 

「!!!? こ、これは!!!」

 

『つ、掴んだ!!!

足でホタル選手の指を掴んでいる!!!』

 

カイはそのまま脚力でブレーブの指を引き、身体が引っ張られた。

そのまま追い討ちの蹴りあげが顎を襲う。

 

「!!!?」 ヒュカッ!!!!

 

顎への攻撃はかろうじて躱した。

これをチャンスだと言わんばかりにブレーブは反撃に転ずる。

 

「おりゃァッッ!!!!!」 「ムッ!!?」

 

逆にカイの足首を掴み、そのまま背負って投げた。 だが地面に激突するのを両腕で着地をとった。

 

「!!?」

 

「甘いッッ!!!!」

「!!!? ああっ!!!」

 

ブレーブの投げを切り返し、脚を振るってブレーブを投げ飛ばした。

そのまま外枠に激突した。

 

 

「はあァァァァァッッッ!!!!!」

 

カイの勝利宣言のような叫びが場内に響いた。ブレーブはダメージを負って ダウンしている。

 

『シューズを脱ぎ捨てたカイ・エイシュウ!!!

その蹴りはやはり鋭利にして多彩!!!

その魚人の足技が 戦ウ乙女(プリキュア)の情熱までも打ち砕いてしまうのか!!!?』

 

 

「……………!!!!」

『ブレーブ、大丈夫ファ!!?』

「………もちろんだよ。 負ける訳には………!!!!」

 

ブレーブは意識を取り戻し、立ち上がった。

そして、両手に乙女剣(ディバイスワン)を纏い、手刀を構える。

 

『ホタル選手 ダメージを意に返す事無く構え直した!!!

これまで 数多の強豪から白星を勝ち取ってきたキュアブレーブ その手に宿る剣は 魚人までも一太刀にしてしまうのか!!!?』

 

ブレーブは再び向き合った。

 

「……キュアブレーブ

君にならば、私の修行の極致を見せてやろう。」

「…………!!?」

 

 

「………かァァァァァァァッッ……………!!!!!」

 

その静かな叫びと共に、カイの周りの地面がだんだんと変化していった。

それは次第に濃い青色の水へと変化していく。

 

「ま、まさか…………!!!!」

「そうだ。これこそが私が10年の修行(自分との闘い)で手に入れた究極贈物(アルティメットギフト)

 

名を【海原之神(ポセイドン)】と云う!!!!!」

 

『な、なんとカイ選手 ここに来て贈物 (ギフト)を解放だァ!!!!

しかし、龍神武道会のルールでは 贈物(ギフト)の使用は反則ではありません!!!

試合はなんの問題もなく 続行します!!!』

 

会場はざわついていたが、その実況の一言で再び静寂に戻った。

 

「私はこれまで 武道家が贈物(ギフト)を使うのは御法度だと決めつけていたが、

 

君にならば それを投げ捨てても良かろう!!!!」



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68 海を統べる神の脚! 起死回生の勇者の拳!!

「………………!!!」

 

ブレーブは自分の目の前で起きている光景に圧倒されていた。

武道場に大海原ができているというこの異様な光景に。

 

「……これでようやくハンデ無し だな?」

「!!」

「お互い 究極贈物(アルティメットギフト)を使い、己の本気を出して闘う。

あいつへの手向けにこれ以上 いい闘いがあるか?」

 

 

返事の代わりにブレーブは目に力を込めた。

究極贈物(アルティメットギフト)奇稲田姫(クシナダ)》を発動した。

 

「………参る。」 「!!!!」

 

その瞬間、カイの足から水が吹き出し、再び空高く舞い上がった。

 

『再び跳んだァーーー!!!!

カイ・エイシュウ、遂に勝負を決めに来たか!!!?』

 

先程は受けるしか無かった彼の蹴りも、奇稲田姫(クシナダ)をもってすれば見切れないほどでは無い。

 

ヒュカッ!!! 「!!!」

上から向かってくる蹴りを身を引いて躱した。

 

『キュ、キュアブレーブ 躱した!!!』

 

しかし カイの追撃は終わらない。

 

「ハァッ!!!!」 「!!!?」

 

そのまま体勢を変えてブレーブにソバットキックを見舞う。ブレーブはそれを何とか見きった。

蹴りが躱されたのを見るや再びすぐに体勢を変えて上段蹴りを打ち込む。

 

ガッ!!!! 「~~~~ッッッ!!!!」

 

その蹴りはブレーブの左腕を直撃した。

足から水が吹き出し、スピードと威力の上がった蹴りは、強固盾(ガラディーン)のガードの上からでも心に響き、内側からズキズキと鈍痛が走る。

 

(………空中で自由に体勢を変えて、何度でも蹴りを打ってくるんだ!!

これが、これがリュウさんが認めた格闘家…………!!!!)

 

『シューズという枷を外し、あまつさえその身に宿る究極贈物(アルティメットギフト)という切り札までも解放したカイ・エイシュウ。

その蹴りは凶悪無比にして縦横無尽!!!

 

これがかつて龍神武道会を制し、そして再び磨き上げ直された 珠玉の武道だ!!!!』

 

 

 

***

 

 

 

それは、単体では非常にか弱い魚類である。

しかし、彼らは群れを作り、互いに助け合うことで大海原という過酷な環境でも種を残し 今日まで生き続けてきた。

 

その鰯と同じように、カイの蹴り 1発は凌ぐことは容易だが、幾つもの蹴りが襲ってくるこの状況は、ブレーブに取って非常に不味い事態だった。

 

蹴りがあらゆる所からとめどなく襲ってくるとなると受け切るのは容易では無いし、このまま防戦一方では押し切られてしまう。

 

その防戦一方の状況の中、ブレーブの中に1つの思考が浮かんでいた。

 

(………ダメだよそんなの…………!!!!!

私はこの大会に勝って、リナちゃんを仲間にするんだ…………!!!!)

 

 

 

━━━━━━━━━━━━その時だった。

 

 

「がアッ!!!!!」 「!!!!?」

 

ブレーブが最初に感じたのは、カイの攻撃が何故か止んだということだ。

 

「…………えっ???」

 

見てみると、カイは自分の立っているよりかなり離れた場所でうずくまっていた。

 

「…………な、何…………!!!?」

『ブレーブ!!』

「!? フェリオ!!?

私、今何を………!!?」

『手を見てみるファ!!』

「手………!!?」

 

握られた拳に視線を送った。

 

「え!!? こ、これって………!!!」

 

その拳には、ピンク色のオーラが纏っていた。そしてブレーブはそれが乙女剣(ディバイスワン)であること、そしてたった今その拳で殴ったということを理解した。

 

『ブレーブ!! 余所見してちゃダメファ!!!』

 

咄嗟に前を見ると、カイは既に立ち上がっていた。息は激しく荒れているが、その構えには一縷の隙もない。

 

「………カイさん。 決着をつけよう。」

「!!」

 

「あなたのお友達が死んじゃって、そのお友達のために闘ってるのは聞いた。

だけど、私にも負けられない訳があるの。

だからせめて━━━━━━━━━━━━」

 

「………………………」

 

ブレーブはおもむろに拳を構えた。

 

「お互い 悔いのないようにやろう!!!!!」

「……………心得た。」

 

『両者、遂に最後の攻防を宣言した!!!!

この龍神武道会に突如として名乗りを上げた未知の職業 戦ウ乙女(プリキュア)!!!

そしてそれを迎え撃つ魚人族の格闘家!!!

 

決勝への切符を勝ち取るのは、果たしてどちらか!!!?』

 

 

しばし見合って動かない。

 

そして、2人は同時に地面を蹴った。

 

《プリキュア・ブレーブインジェクション》!!!!!

魚人武術《鯱鉾》!!!!!

 

ブレーブの拳とカイの脚が激突し、場内をおびただしい轟音が包んだ。



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69 大白熱の準決勝! 拳法家とダークホース!!

『こ、これはなんという光景だ!!!

この龍神武道会 準決勝第1試合!! その激闘を戦い抜いた両者の全力の攻撃が今、ぶつかり合いました!!!!

 

さぁ決勝戦への切符を掴むのは、果たして戦士か!? それとも拳勇か!!?』

 

 

場内は緊張に包まれていた。

会場には悶々と土煙が立ち込め、状況を理解することが出来ない。そして、遂にその時が来た。

 

『さぁ 土煙がだんだんと晴れていきます!!

勝者は果たしてどちらか!!?

 

 

━━━━━━━━━━━━━あぁっ!!!!』

 

 

立っていたのはキュアブレーブ もとい蛍だった。対するカイは意識はあるものの地面にうつ伏せに倒れ伏している。

 

「しょ、勝負あり!!!!」

 

審判の宣言に連鎖するかのように会場は熱気に包まれた。

 

『勝負あったァーーーーーー!!!!!

なんと魚人武術の至宝 ここに敗れる!!!

勝ったのは人間族の少女、 ホタル・ユメザキ選手だァーーーーーー!!!!!』

 

 

ドサッ 「!!?」

 

蛍は膝をついた。 既に《解呪(ヒーリング)》を2回も使った身体は限界を迎えようとしていた。

それでも何とか立ち上がり、会場を後にする。

 

『両者の健闘を称える声が鳴り止みません!!!

信念と信念とがぶつかり合ったこの一戦!!

本当に、本当に素晴らしい試合でした!!!!』

 

 

***

 

 

控え室

 

蛍は再び個室のシャワーを浴びて汗を流していた。頭にあるのはカイの想いだけだ。

 

「蛍、大丈夫ファ!?」

「うん。 かなり疲れてるけど まだやれる。ここまで来たら、絶対にリナちゃんを仲間にするよ!!!

 

……それからさ、フェリオ、」

「ん? 何ファ?」

「何も仲間にするの、一人だけじゃなくてもいいよね?」

「? 何が言いたいファ?」

 

「カイさんを従属官(フランシオン)にするってのはどう?」

「………………… 本人次第ファね。」

「だよね。」

 

今までの勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)のメンバーは、厄災 ヴェルダーズに敵対する者か、その関係者だけだった。しかし、カイはそのどちらでも無い。

故に、仲間に引き入れるのは容易ではなかった。

 

「……それで、リナちゃんはいつから?」

「あと15分くらいファ。」

「じゃあそろそろ上がらないとね。」

 

蛍とフェリオはシャワー室を出て試合会場へと向かっていった。

 

 

「いいものを見たね。

ここって贈物(ギフト) 使ってもいいんだ。」

 

しかし、柱の陰にいた人物の発言には気づかなかった。

 

 

***

 

 

『セミファイナル 第2試合!!

両者 出揃いました!!!』

 

蛍の準決勝の試合からまだ10数分しか経っていない会場からは未だに熱気が抜けていなかった。むしろこれから起きるであろう勝負への期待で更に盛り上がりを見せている。

 

『さぁさぁご覧下さい!!

今回もまた異色にして胸踊る対戦カードが揃っております!!!

 

片や、リュウ・シャオレン氏の血を引き、初出場にして準決勝までその駒を進めた荒ぶる新星!!!

リナ・シャオレン!!!!

 

片や、ここまでの試合の全てをその長い脚から放たれる蹴り 1発で勝ち上がった謎多きダークホース!!!

ハダル・バーン!!!!』

 

「ハッシュ君、これはどっちが勝つと思う?」

「……正直な所、僕にも分からない。」

 

確かな血筋を持つ者と、謎多き故に期待値の多い者 この2人が相見える試合に並々ならないものを2人も直感で感じていた。

 

『両者、力を誇示するデモンストレーションも無く、挑発の言葉もなく、ただただ 向かい合っています!!

しかし、これから何が起きるのかは、想像に難くありません!!』

 

「武器の使用以外 全てを認めます。

両者、元の位置へ!!」

 

リナとハダル

2人は間合いをとって背を向けあった。

 

(……またさっき見てぇに腹に打ち込んで、俺のペースに持ち込むとするか…………)

 

リナの作戦はまとまった。

先程の試合で盲目の拳法家、レンジ・クリスタに対して打った突進攻撃で先手を取る と。

 

「始めぇ!!!!!」

 

リナは振り向きざまに突進の構えをとった。

(1発でケリだ━━━━━━━━━━━━

 

!!!!?)

 

『こ、これは一体どうしたことだ!!!?

リナ選手が、突如として突進を止め、その場に踏みとどまってしまった!!!』

 

「な、何だこりゃ!!!??」

 

「何!!? 何が起きたの!!?」

「分からない!! 僕の目にもおかしなことは起きてないとしか見えなかった!!」

 

蛍とハッシュ、そして会場にいた全員がリナが何も無い地面で突然 立ち止まったようにしか見えなかった。

 

「テメェ!! 何しやがった!!?」

「答えるわけがないだろ?

それより 上に気をつけたらどう?」

「? ━━━━━━━━━!!!!?

 

ウオッ!!!!?」

 

『こ、今度はリナ選手 意味不明の横っ飛びだ!!!

何かある!! 何かあるぞ ハダル・バーン!!!』



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70 経験者は語る! ダークホースの力の謎!!

会場は動揺とどよめきに包まれていた。

 

『一体全体 何が起きているのか!!?

リナ選手、不可解な挙動に出ている!!

これがハダル選手の作戦なのか!!!?』

 

 

 

***

 

 

龍神武道会 準決勝の試合

その序盤でリナ・シャオレンがとった不可解な行動

 

それについて、後にリナ自身がこうコメントする。

 

Q:最初にダッシュしようとしたあの動きは、レンジ選手に大して放った攻撃と同じだと考えていいんですよね?

A:「えぇ。先手必勝で土手っ腹にこう 両手の拳をぶち込んでマウントを取る

そういう作戦っした。」

 

Q:ではその時、一体何が起きたのか、説明して頂けますか?

A:「………振り向きざまに猛ダッシュで距離を詰めようとしたんス。

そしたら目の前に一瞬だけ()()()んですよ。こう…………

断崖絶壁……っつーか………ビルの屋上………っつーか、まぁとにかくチョー高い場所が。

俺の目の前に現れたんスよ。」

 

Q:その後の横っ飛びついては何が起きていたんですか?

A:「アンタらが思ってるように、俺もあのハダルってヤツが何かしたんだと思いました。そしたらその時ですよ、()()()()()んス。

 

何が降ってきたと思います?

《鉄柱》ですよ。 ………こう、俺のタッパを軽く超えちまう位デカくて長い それが俺目掛けて一直線にね。

理屈とかじゃなく直感で分かりましたよ。

当たったら一瞬でオダブツだってね。」

 

Q:今考えて、ハダル選手が何をしたと思いますか?

A:「俺が聞きたいくらいですよ。

あん時は動揺とか興奮とか恐怖とか、色んな感情(モン)が混ざりあってグチャグチャになってたんスから。」

 

 

***

 

 

会場は依然として緊張に覆われている。

その最中、ハダルが口を開いた。

 

「……………………フンっ。」 「ア??」

「危なかったねぇ。もし当たってたらくたばってたよ。」

「………ナメてんのか、テメェ…………!!」

 

「ナメてるのはそっちだろ?いつまでじっとしてるつもりだ?

何なら俺が仕掛けてやろうか?」 「!!?」

 

その時 ハダルが地面を蹴った。

姿勢を低く保ち、そのままリナの懐に潜った。

 

ガッ!! 「!!?」

『こ、これは━━━━━━━━━━━』

 

ハダルはリナの腰に両腕を回し、全体重を掛けた。

 

『これは1回戦でハダル選手と対峙したフリジオ・ゴール選手が見せたタックル技だァーーーーー!!!!』

 

ハダルの体重に押されてリナは姿勢を崩すが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「…………バーロー

その技の対処法を教えてくれたのもテメェだろォ!!!!!」

 

リナは地面に足をつけて踏みとどまり、その勢いを利用して強引にハダルの身体を振るった。

 

『な、投げ返した!!』

 

「オラァっ!!!!」

空中で無防備になったハダルの頬を目掛けて蹴りを見舞った。

丁度 1回戦でハダルがフリジオにやったようにだ。

 

ドゴッ!!!! 「うぐっ!!!!?」

『こ、これは━━━━━━━━━━』

 

リナの回し蹴りを躱し、逆にハダルがリナの顎を目掛けて蹴りを打った。

 

「どわぁっ!!!?」

 

咄嗟に両腕でガードを取ったが、その上でも吹き飛ばされ、外枠に激突した。

 

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!

っザケンな!! あのモヤシのどこにこんな力が…………!!!!)

 

ダメージを隠しきれないリナに追い討ちが襲う。

 

ドゴッ!!!! 「おあっ!!!?」

 

ハダルのつま先による蹴りをかろうじて躱した。そしてその後、彼女の背筋を恐怖が貫通した。

 

『あ、あれは━━━━━━━━━━━━

 

穴だ!!!! ハダル選手の蹴りが、外枠の硬い材木に風穴を開けてしまった!!!!』

 

「…………………終わりだね。」 「!!!」

 

ハダルは間髪入れずにリナに止めの蹴りを見舞った。

━━━━━━━━━━━━━しかし、

 

ドゴッ!!!!! 「!!!!?」

『ああっ!!!!』

 

リナはハダルの蹴りを屈んで躱し、逆に回転を掛けた蹴りをハダルの顎に直撃させた。

ハダルの身体はそのまま宙を舞った。

そしてリナはその無防備になった腹に蹴りを振るう。

 

ズドッ!!!! 「!!!!?」

『そ、そして今度はリナ選手の蹴りが腹を貫通したァーーーー!!!!』

 

鳩尾に直撃したが、ハダルはすぐに意識を取り戻し、リナの蹴り足を掴んだ。

そしてそのまま身体を捻り、リナの身体を宙に飛ばす。

 

『な、投げ━━━━━━━━━━━

い、いや!!』

 

リナは咄嗟に両腕で地面に踏みとどまり、ハダルの拘束から抜け出した。

 

リナとハダルは再び向かい合った。

蛍とハッシュを含めた観客の全員がえもいえない緊張に包まれていた。



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71 急転直下の第2試合! リナ・シャオレン 空中大旋回!!

リナとハダル

2人が向かい合って二人の間、そして会場全体に緊迫に包まれた時間が流れていた。

そして、リナは次第に焦燥に駆られていく。

 

(…………チクショー、

 

全く踏み出せねぇぜ………!!!)

 

そして、リナの頬に一筋の汗が垂れたその時、ハダルが口を開いた。

 

「…………なぁ、お前さ、」

「アァ?」

 

武道場(こーゆーとこ)で目が回った事はあるか?」

「あぁ? 何言ってやがんだ?」

 

 

***

 

 

そこから起きた1つの事件(こと)を、実況者を含めて全員が反応出来なかった。

起きた事が唐突かつ壮絶で 誰も言葉が出なかったのだ。

 

後に、その時起こった事について、1人の男が答えてくれる。

 

名前はマック・ジャーボン 28歳

龍の里から少し離れた町にある酒場で働いている。当時は休暇を利用して興味を持っていた龍神武道会を観戦するために龍の里に来ていたのだ。

 

「いや、その時ですよ。ハイ。あの〜、ハダルってあんちゃんがその言葉を言った後ですよ。唐突に駆け出したんです。

そしてね、殴りかかったんですよ。あの、リナって人の顔を狙ってね。

 

彼女、もガードはしたんですよ。

あんまりよく見えなかったけどこう、手を合わせて顔面に持っていってね、

 

そしたら何が起こったと思います?

 

その時 こう━━━━━━━━━━━━

なんて言うか、とにかくですね、()()()んですよ。

 

そう。空中を。

だいたい 30cmくらい上をかな?

グルグルグルグルっと。 顔とか首とかじゃなく 全身で。身体ごと。

いやいや 一回転とかじゃ全然無かったんですよ。 何度も何度もグルグルグルグルと。

 

私ゃ自分の目を疑いましたよ。なんでかって?だって、今でも信じられないんですから。」

 

 

***

 

「どぅおわああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!??」

 

マックの言った通り、リナはその場でグルグルと回ったのだ。全身が横回転で。

 

「「~~~~~~~~~!!!!!」」

 

観客席にいた蛍、そしてハッシュまでもその光景に言葉を失っていたのだ。

 

「あーあー なんてザマだ。

情けないなぁ。 」

 

観客の全員が動揺している中、ハッシュだけが理解していた。

ハダルはリナの顔を殴ると同時に、ローキックで彼女の足首を蹴ったのだ。

すると、彼女の身体には【偶力】という力が生じる。

 

その力が彼女の身体にあの奇妙な現象をもたらしたのだ。

 

(…………………ッざけんな!!

こんのクソガキがァッッッ!!!!)

 

回転の中でもリナは戦意を失うこと無く、反撃に転じた。

 

「ラァッッッ!!!!!」 「!!!?」

 

リナは回転を逆利用し、三半規管が揺らされている状態でハダルの顔面に蹴りを炸裂させた。

 

『な、なんとリナ選手、 あの回転の中で起死回生の蹴りを打ち込んだァ!!!!!』

 

しかし、 リナは弾かれた。

 

バチン と音が響き、身体が吹き飛ばされた が、身体を翻して着地を取った。

 

「……………!!!?」

「ハハ、 なんて顔してんだよ。

ひっどいことなってるぞ。」

 

 

「ハ、ハッシュ君、今のって………!!?」

「うん。間違いないよ。

あの時、僕が君に使った技だ。」

 

蛍とギリスがルベドに勧誘されて星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に来た時に、自分達 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)との仲を取り持つためにキュアブレーブこと蛍とハッシュが手合わせをしたことがある。

 

その時、ブレーブの最後の攻撃に対してハッシュが使ったのが、【筋肉で攻撃を迎撃する】というものである。

 

ハダルが今使ったのは、正しくそれだった。

 

 

「グッ……………!!?」

 

リナは唐突に膝をついた。

 

「あれぇ? どうしたの お嬢さん?

あれかな? ヘアピンでも落としちゃったかな?」

 

『これはどうした リナ選手!

まるで対戦相手に屈服するように、膝まづいてしまった!!』

 

リナの身体には既に無視できないダメージが刻まれていた。

 

1つが足首を蹴られたダメージで、1つが三半規管を揺らされた事による脳へのダメージである。

 

「俺は優しいから先に言っておくよ?

さっさと降参しろ。」 「!!!!!」

 

『こ、ここに来てなんという挑発だ ハダル・バーン!!!

これには会場からもブーイングの嵐だ!!!!』

 

 

「………やれやれ。なんも分かっちゃいないな。俺は彼女の身体を気遣って言ってんのにさ。

んで?どうするよ?」

 

ハダルはまるで兄が赤子の妹に話しかけるように中腰の姿勢でリナに詰め寄った。

 

「……………んなもんよ、

お断りだぜェッッッ!!!!!」

「うおっ!!?」

 

リナはがら空きになっていたハダルの顔面に蹴りを見舞った。しかし ハダルも咄嗟に躱して距離をとる。

 

『リナ・シャオレン 復活ゥーーーーー!!!!

やはりその身に流れるは長老、リュウの血筋!!!

ダークホースの卑劣な挑発には、決して屈さないのです!!!!』

 

「こちとら武道家よ!!

ここに立ったそん時から、べっぴんな面も腕も足も捨ててきてんだよ!!!!」

「…………吐いた唾は飲み込めないぞ。

それなら もうここからは全力でやらせて貰う。」



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72 龍の里のサラブレッド! リナの秘策 龍之顎(りゅうのあぎと)!!

会場は依然として緊迫に包まれていた。

ハダルが本気を出すと宣言した時点でそこにいた全員が『これから殺し合いを見ることになるのだ』と理屈ではなく本能で理解していた。

 

『素性、経歴 一切不明!!

そのハダル選手の変則的な蹴り技を受けきったリナ・シャオレン!!!

竜の里が産んだサラブレッドが遂に腹を括った!!!!

 

決勝の舞台で 戦ウ乙女(プリキュア) ホタル選手とぶつかり合うのは、果たしてどちらか!!!?』

 

 

***

 

 

「………どんな目にあっても後悔するなよ。先にふっかけたのはお前の方だ。」

「ケッ! うだうだ抜かしてねぇでさっさとかかって来やがれ!!!」

 

それが両者の間で交わされた最後の会話だった。

 

ハダルがゆうゆうとリナとの距離を詰め、間合いに入った瞬間 その脚を構えた。

 

『ハダル選手が前へ出た!

 

━━━━━━━━━━━━━ああっ!!!!』

 

足元を狙った蹴りをリナは飛んで躱した。

すかさずハダルは空中のリナ目掛けて更に蹴りの追い打ちをかける。

 

「…………………………

!!!?」

 

その時、ハダルは奇妙なものを見た。

自分の足首にリナが まるでアシカが曲芸でやるような逆立ちをしていたのだ。

 

「………悪ぃな あんちゃん。

こいつで終わりだ!!!!」

 

リナはハダルの脚を踏み台にして跳んで 彼との距離を詰めた。そして、一瞬出来た隙をついてその手首を掴んだ。

そしてそのまま全体重を彼の上半身にかけた。

 

「オルァッッッ!!!!」 「うぉッッ!!!?」

 

ハダルの身体は地面にうつ伏せに倒され、その左腕は上に挙げられて組み伏せられた。

 

「何!!!? 今の!!」

「何だ? 関節技か??」

 

「【龍之顎(りゅうのあぎと)】じゃ。」

「!!? あ、リュウさん!!」

 

一瞬 たじろいで振り返ると後ろにリュウが立っていた。特等席を外してわざわざここまで来てくれたのだ。

 

「何ですか? その、【龍之顎(りゅうのあぎと)】って」

「それはわしが大昔に考えついた 技 じゃ。」

 

 

龍之顎(りゅうのあぎと)

それは、龍の里を出て贈物(ギフト)の恐ろしさを痛感したリュウ・シャオレンが真っ先に編み出した技の一つである。

 

相手の手首を掴んで絡みつき、関節を取った状態で自分の全体重を乗せて地面に叩きつける技である。

この状態に入ると自力での脱出は不可能であり、強制的にギブアップを強いられる。

 

 

***

 

 

『き、決まったァーーーーーー!!!!

まさに一瞬の出来事!!!

今、リナ選手が()せたのは見まごうことの無い【龍之顎(りゅうのあぎと)】!!!!!

リュウ・シャオレン長老の真髄が今、時空を超えてこの竜神武道会の場に、復活したのです!!!!!』

 

蛍を含め、会場にいる全員がリナの勝利を確信して沸いていた。ただ1人の例外を除いて。

 

「やった!!! これはリナちゃんが勝ったでしょ!!」

「…………………」

「ん? どうしたの ハッシュ君?

何か気になることがあるの?」

「………いや、僕もあのリナの勝ちだと思うんだけど、それにしてはあのハダル、

何と言うか 余裕と言うか、何ともないと言うか、何か 静かじゃない?」

「え? そうかな……………。」

 

「蛍!!!!!」

「!!!!? 何、フェリオ!!!!」

「あれ!!!! あれを見るファ!!!!!」

「な、何を━━━━━━━━━━━━━

!!!!?」

 

 

***

 

 

『こ、こ、こ、これは━━━━━━!!!!!』

「…………………!!!!!

う、嘘だろォ…………!!!!?」

「な、何と………………!!!!!」

 

ハダルは残った右腕だけで倒立をし、リナを乗せたまま 完全に地面と垂直になった。

そして体を振るい、腕にリナを掴ませたまま 立ち上がってしまった。

 

『り、【龍之顎(りゅうのあぎと)】敗れたりィーーーーーーーーーー!!!!!

何とハダル・バーン あの脱出困難な体制から、右腕一本で逃れてしまった!!!!!』

 

「………………………!!!!!」

 

リナは愕然としていた。

自身の最大の切り札だった関節技をいとも簡単に破られた事を受け入れるのは容易では無かった。

 

「…………悪いけど 姉ちゃん。

これで終わりだよ。」 「!!!!?」

 

リナの身体は腕に引っ張られて無防備のままハダルに引き寄せられた。

そして

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!!」

 

その無防備な腹にハダルの膝蹴りが突き刺さった。リナの意識は闇に葬られ、地面に突っ伏した。

 

「し、勝負ありィーーーーーーー!!!!!」

『む、無念!!!!

龍の里のサラブレッド リナ・シャオレン 散る!!!!

準決勝で、 謎に包まれたダークホース ハダル・バーンの力の前に、屈しました!!!!』

 

 

「…………………フン。」 「!!!?」

 

観客席にいた蛍はハダルの横顔に不気味な笑みを見た。そしてその時、彼女の頭に1つの《予感》がした。

 

(!!!!! まずい!!!!!)

 

彼女の身体は勝手に試合会場に向かっていた。無意識のうちに戦ウ乙女(プリキュア)に変身していた。

 

ズザァッ!!!! 「!?」

『な、一体 何が!!!?』

 

蛍 改めキュアブレーブはリナをお姫様抱っこの要領で抱えてハダルと距離をとって外枠に着地した。

 

『こ、これは一体どうしたことだ!!?

キュアブレーブ ホタル・ユメザキ選手が 突如として会場に乱入して来た!!!』

 

「………どういうつもりだ 戦ウ乙女(プリキュア)

これは立派なルール違反だぞ。決勝を辞退したいのか?」

「………彼女に、リナちゃんに何をしようとしてたの!!!!?」

 

ハダルの問いかけに答えること無くブレーブは啖呵を切った。

 

「…………答えようとしないのか?

それとも何か? 今すぐ決勝戦を始めたいのか?」




龍人武道会編 完


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龍の里 侵略編
73 龍の里に降り立つ悪魔! 武道会の乱入者!!


『こ、これは一体どうしたことか!?

ホタル選手、突如 試合開始に乱入して来た!!!』

 

会場は蛍が突如とった奇行に戸惑い、ざわついていた。

 

「……あの娘、一体何を………!!?」

「蛍のあの慌てよう、それに僕がずっと感じてた予感…………、

まさか!!!」

 

 

 

***

 

 

(……………………ん?

俺、何を…………………?

 

あぁ、そうだ。俺、負けちまったんだ。

………………………………………?)

 

リナが意識を回復していく中で感じたのは奇妙な浮遊感 だった。

そしてその直後、自分がお姫様抱っこされていることに気付く。

 

「!!!!? な、テ、テメェ!!!

何ケツ触ってんだ!!! 降ろせ!!!」

「リナちゃん! 起きた!?

悪いんだけど、大人しくしてて!!」

「……………はァ?

ってかお前、なんで試合会場(ここ)にいんだよ?」

「後で全部 説明するから!

今は大人しくしてて!!!」

 

ブレーブはリナを抱えたままハダルと対峙している。

 

「………何をしようとしていた だって?

どういうことかな? 言ってる意味が分からないんだけど?」

「とぼけないで!! 今、リナちゃんに止めを刺そうとしてたでしょ!!?」

 

ブレーブの言葉には反応せず、ハダルは上を指さした。

 

「言い掛かりをつけるのは良いけどさ、

上、気をつけた方が良いんじゃないの?」

「!?

!!!!?」

 

咄嗟に見上げると、ブレーブ目掛けて何かが降ってきた。

 

「ウワッ!!!!?」 ズドォン!!!!!

 

ブレーブはリナを抱えたまま、咄嗟に跳んで降ってきた何かを回避する。

 

「!!!? て、鉄柱!!!!?」

「!!! ま、まただ!!」

「!!? また!?

 

……そうか。さっき リナちゃんが1人で飛び回ってたのも全部 それだったんだ!!

あなた、贈物(ギフト)を持ってるんだね!!?」

 

「……危なかったね。 当たってたら死んでたよ。 それから正解だ。

確かに俺は贈物(ギフト)を持ってる。

だけどそれがどうしたっていうんだ?

 

使うのは反則じゃないし、第一 お前も使ってたじゃないか。」

「私が聞きたいのはそんなことじゃない!!!

あなた、一体 何者なの!!!!?」

 

ハダルはしばらく目を閉じた後、口を開いた。

 

「……………もう隠しておく必要も無いか。

俺は、()()()()()()()()()()()。」

「!!!!」

 

その時、ハダルの身体が黒い光に包まれた。

 

『な、何だ!!!??

ハダル選手の顔が豹変していく!!!!』

「…………………………!!!!!」

 

ハダルの黒かった髪は深い緑に染まっていき、肌は透き通るような青に変化して行った。

 

「ダルーバ・ヴァンペイド

それが俺の名前だ。」

 

そこには今までのハダルの姿は無く、ダルーバと名乗る悪魔の容貌をした少年が佇んでいた。

 

『い、一体何が起きているんだ!!!?

ハダル選手、その姿が悪魔そのものに変わってしまった!!!!』

 

ダルーバは会場中に響き渡るアナウンサーの声には耳を貸さず、蛍に口を開く。

 

「もう1つ 教えてやるよ。

さっきのは俺の究極贈物(アルティメットギフト)幻覚之神(アザゼル)》だ。」

「…………………………アザゼル………………!!?」

 

幻覚之神(アザゼル)

悪魔系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:相手の感覚神経に干渉し、自分の望む幻覚を見せる。幻覚で受けたダメージは現実にも反映される。

 

ダルーバは次に振り向いて天井方向に口を開いた。

 

「おい! もうお膳立ては十分だろ!

聞こえてんだろ!!

 

ダクリュール!!!!」 「!!!!!」

 

ダルーバの声の直後、突如 試合会場の天井が崩壊した。

そしてダルーバのそばにおびただしい程の土煙が舞う。

 

『!!!? こ、今度は何だ!!!?』

 

「………………………………………!!!!!」

 

土煙が晴れていき、そこに一人の男が立っていた。

 

「久しぶりだなァ キュアブレーブ。

元気そうで何よりだ。」

「……………!!!!!」

 

1度見たら決して忘れることの出来ない顔がそこにはあった。

青色の短髪で切れ長の目 そして獲物を淡々と狙う獅子のような風貌

 

ダクリュール・イルヴァン

ブレーブが最初に対峙したヴェルダーズの配下である。

 

「……………………………!!!!!」

「おいおい 何だその顔は。

安心しろよ。 今度はちゃんと息の根 止めてやっからよ。」

 

ブレーブの脳裏にあったのはこの世界に来て間も無い頃の忌まわしい記憶

この ダクリュールにまさに殺されそうになった あの日の記憶である。

 

「ダルーバ 作戦内容は 《龍の里の侵略》だったよな?」

「そうだよ。 何度も言わせるなよ。」

「………そうか。 だったらよ、」

 

ダクリュールは唐突に身を翻した。

 

「こいつらも 殺っちゃって良いんだよなァ!!!!!」

「!!!!! しまった!!!!!」

 

ダクリュールはひとっ飛びで一直線に観客席へ向かっていく。 その手にはジャックナイフを彷彿とさせる爪が備わっていた。

 

 

ガァン!!!!! 「!!!!!」

 

まさに その爪が観客を蹂躙しようとしたその時、ハッシュの脚がそれを止めた。

 

「!!! ハッシュ君!!!!

待ってて!! 私もすぐ そこに━━━━━━」

「行かせるわけ 無いだろ?」 「!!!」

 

ガキィン!!! 「!!!!」

 

ダルーバの脚がブレーブを襲った。

ブレーブは咄嗟に強固盾(ガラディーン)を展開して受け止める。

 

「悪いけど、この龍の里は貰っていくよ。

俺たちはそのためにこんな 回りくどいことをやってきたんだからね。」

「~~~~~~~~~!!!!」



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74 勇者を襲う悪魔の幻覚! 戦場と化す武道会!!

観客席は まさにパニック状態に陥っていた。突如 現れた青髪の男が明確な殺意を持って襲いかかって来たのだから当然の結果である。

 

その強襲をハッシュがかろうじて受け止めた。

2人は脚を交差させたまま競り合っている。

 

「厄災 ヴェルダーズの一味 ダクリュール・イルヴァンだな!?」

「そうともよ!!

お前は星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーンだったよな!!?

国の軍隊のお偉いさんがこんな田舎で戦ウ乙女(プリキュア)共の狗をやってるとは情けねぇ話だなぁ オイ!!!!」

「黙れ。 僕は星聖騎士団(クルセイダーズ)のために彼女たちと手を組んだんだ。

それに、蛍達には命を賭ける価値があると僕は信じている!!!」

 

「………そうかい。 だったらどんな目に遭っても文句は言えねぇよな!!!!?」

 

ダクリュールが残っていた片方の脚でハッシュを蹴り飛ばした。 ハッシュの身体は吹き飛ばされ、客席の背もたれに叩きつけられる。

 

「さすがに硬ぇな。その筋肉。

確か、拳闘之神(ヘラクレス)っつったけっかな。その肉を作ってんのは。」

「……そうだ。お前の()()()の力なんかじゃ、僕を倒す事はできないぞ。」

 

「…………………トカゲか。あながち間違ってはねぇな。 ただし、

 

大昔、この世界を意のままにしたトカゲの力だ!!!!!」

 

 

 

***

 

 

「な、なんだよアイツ、魔人族だったのか!!?

じゃあ お前ら戦ウ乙女(プリキュア)ってのは、あんなヤツらと戦ってんのか!!?」

「!! リナちゃん………!!!」

 

ブレーブは返答に困っていた。

このまま隠し通すなど出来るはずもないし、かといってまだヴェルダーズと戦うと決まっていない人間を危険に巻き込む事も出来なかった。

 

「何とか言えよ オイ!!!」

「ねぇ、うるさいんだけど。もうお前に用は無いんだよ。

ってか戦ウ乙女(プリキュア)、お前いつまでそいつを抱えてるつもりだよ?

それとも、その状態で俺と戦うつもりか?」

「………………!!!!」

 

ブレーブは選択に迷っていた。

ハッシュは今 ダクリュールと交戦していて手を借りる事は出来ない。つまり この状況を自分一人で打開しなければならないのだ。

 

「……まぁあれだ。

どうせ 今まであの軍人とかに頼りっぱなしでやってきたんだろ?

そんな糖尿になりそうな甘ったれた性根してるから 何も出来ないんだよ。」 「!!!!」

 

ブレーブは面食らった。

今まさに自分の置かれている状況に対してダルーバに核心を突かれて動揺を隠せなかった。

 

「………まぁ、そいつをかばいながらやりたいってなら好きにしなよ。

どうなっても知らないけどね。」

「!!?」

 

 

幻覚之神(アザゼル)》 「!!!」

 

ダルーバの目が禍々しい黄色に光った。

ブレーブに幻覚を植え付けたのだ。

 

「!!!!? こ、これは━━━━━━━!!!!!」

 

ブレーブが置かれた状況は、【断崖絶壁】だった。半畳程の広さしかない岩場に立たされ、見渡す限り見下ろすことも出来ない程の高さだった。

 

(!!!! ………大丈夫。 これは幻覚…………!!!!!)

「あぁ。幻覚でも気をつけた方が良いよ?」

「!!!!?」

 

あっという間に背後を取られてバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。

振り向くと、ダルーバは()()に立っていた。

 

「確かにこれは幻覚だけど、落ちたら死ぬよ? 《幻覚之神(アザゼル)》の見せる幻覚がもたらした感覚は、実体験になる。

そして、実体験になった【死】は現実になる。

【病は気から】って言葉、聞いた事ないか?」 「…………………!!!!」

 

ブレーブはその言葉に肝を抜かれていた。

その言葉は自分が今 圧倒的に不利な状況にあることを示していたからだ。

 

「悪いけど、殺せるなら容赦はするなって言われてるからね。 思いっきり()らせてもら

 

!!!!?」 「!!?」

 

突如、ダルーバが吹き飛んだ。

両腕で衝撃から身を守っているものの、ダメージは隠しきれていない。

そして、ブレーブは断崖絶壁の幻覚から解放された。

 

「!!! カイさん!!!」

 

ブレーブの視線の先には先程 死闘を繰り広げたカイ・エイシュウ が脚を向けていた。

 

「どうしてここに!!?」

「言うまでもない!! 同じ龍神武道会に出る者として、助けるのは当然の話!!!

それにこの龍の里の危機ともなれば、じっとしては居られないだろう!!!」

 

「…………カイ・エイシュウ。

キュアブレーブに敗けた敗残兵が何のつもりだ?これは俺達への宣戦布告と取って良いよな………!!?」

 

ダルーバはかろうじて冷静さを保っているが、内心は穏やかではなかった。

そして、天を仰いで口を開いた。

 

「もう来てるんでしょ!!?

早くこっちに来て下さいよ!!!

 

 

オオガイさん!!!!!」



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75 其の名はオオガイ! 威風堂々 巨人襲来!!

「…………オオガイ…………!!?」

 

ブレーブは漠然とだが その言葉に気迫されていた。

何か それこそ嫌な予感と言うべき物をひしひしと感じていた。

 

「 !!!!?」

 

ブレーブは咄嗟に上方向に気配を感じ、見上げた。 すると、そこに巨大な1つの影があった。

太陽の逆光で詳しくは分からなかったが、それが巨大な人であることは理解出来た。

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!」

 

それは武道場に降り立ち、辺りにおびただしい程の土煙が舞った。そして次第に土煙が晴れ、その容貌が露わになる。

 

「………………………!!!!!」

 

それの容貌を説明すると、《巨人》の《鬼》だった。

一番に目を引いたのは縦に四つ並んだ眼球。

そして、頭頂部の逞しくも捻れた2本の角だった。

 

身長は 星聖騎士団(クルセイダーズ)のイーラと並ぶ程であり、服装は単純な濃い茶色の道着だった。

 

「………………………!!!」

 

ブレーブは圧倒されていた。

その隙の無い佇まいに言葉を失っていた。

 

「…………懐かしいな。龍神武道会は。

()()()と何も変わってない。」

 

「……かなり遅かったですね。オオガイさん。 ダクリュールのヤツも待ちくたびれて先走っちゃいましたよ。」

「何、ダクリュールが?」

 

「ええ。 今 あの従属官(フランシオン)のヤツとドンパチやってます。」

 

 

***

 

 

「な、何だよ アイツ!!!!」

「分からない、 分からないけど、リナちゃんはここから動かないで!!」

 

ブレーブは突如 現れた謎の脅威に困惑しているリナをなだめる事に必死だった。

 

ズザッ!!! 「!!! ハッシュ君!!」

 

ブレーブのそばにハッシュが地面を滑りながら着地して来た。

 

「……トンズラこいて間合いとってんじゃねぇぞ タコ!!」

「…………!!!」

 

観客席からダクリュールが歩いてきた。

身体のあちらこちらに打撲痕が見られるが、戦意は崩れていない。

 

「……………ハッシュ君、リナちゃんをお願い。」 「!?」

 

ブレーブはリナを下ろし、地面を蹴った。

 

『ブレーブ 何やってるファ!!?』

(ダクリュールは、私が足止めする!!!!)

 

ブレーブは乙女剣(ディバイスワン)を展開した。 この中で一番 気性の荒いであろうダクリュールを倒せずとも足止めするべきだと判断したのだ。

 

「!! お前から来るか!!」

「あなたはここで私が止める!!!!!」

 

ズバァン!!!!!

 

ブレーブは全力で剣を振るい、その刃はダクリュールの右脚を捕らえ、切り飛ばした。

直ぐにその場に着地し、ダクリュールの方を向き直る。

 

(…………!!!

脚を奪った!! これでまともには動けないはず………!!!)

 

ブレーブの心には一筋の傷が付けられた。

ダクリュールは今まで戦ってきたチョーマジンとも、ルールに守られた試合とも違う。本気の殺し合いを強いられるのだ。

 

「……………!!!?

な、何で………………!!!!?」

「アン?どうした? 気分でも悪いかよ?」

 

ブレーブは1つの違和感に気付いた。

ダクリュールの脚の切り口から全く血が出ていないのだ。

 

「………惜しかったな。 キュアブレーブ。

気になるんだろ? この脚がよ。

 

教えてやるよ。」

 

ダクリュールは落ちた脚を持って、そこにくるまっていた布を剥がした。

 

「!!!!?」

「そういうこった。こいつはもうパチモンなんだよ。」

 

ダクリュールが見せつけたその脚は金属で出来ていた。それは正しく 義足と言うべき物だった。

 

「心底同情するぜ。 お前の運の無さによ。

もうお前は俺に一太刀も浴びせることは出来ねぇ。つまり、もうお前に勝ち目はねえってこった!!!」

「……………………!!!!!」

 

ブレーブの奥底に恐怖が渦巻いていた。

思い出されるのは彼と初めて対峙した時の忌まわしい記憶。

何とか押しつぶされないようにブレーブは己を鼓舞した。

 

 

***

 

 

(……いきなり現れたこいつ、かなり危険だな……………。身長は、 イーラさんと同じかそれ以上

何より 実力が計り知れない……………!!!)

 

ハッシュはブレーブから託されたリナを庇いながらオオガイと名乗る鬼と相対していた。

ハッシュの中にも 身の危険を感じる という思考が起こっていた。

 

その巨漢にダルーバが口を開く。

 

「……オオガイさん、ここでは戦力、何体作ってきたんです?」

「100体ほど用意して来た。」

 

(……100体?)

 

「ダルーバ、お前はダクリュールを連れて先に戻れ。この竜の里は俺一人で制圧する。」

「はい。」

 

(!!! まずい 逃げられる!!!)

 

ハッシュはダルーバ達を逃がさんと 地面に力を込めた。 その時、

 

 

ぞろぞろぞろぞろぞろぞろ!!!! 「!!!!?」

 

ハッシュの目の前に黒い何かが大量に立ちはだかった。

 

「!!!!? こ、これは━━━━━━━━!!!」

 

それは、全てチョーマジンだった。



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76 迫り来る巨大な蹴り! 巨人と大群の陣営!!

ハッシュの前に大量のチョーマジンが大群となって立ちはだかって来た。

 

「……………葉っぱ……?!」

 

そのチョーマジンは一様に黒緑の薄い身体を持ち、胸に魔法陣が刻まれていた。

おそらく、すぐに100体 用意するのは簡単ではなく、そこらにあった葉っぱで間に合わせたのだろう とハッシュは結論付けた。

 

「……リナ・シャオレン。」

「あ? 何だよ?」

「さっき お腹にもらってたけど、動ける?」

「そ、そりゃまぁ動けっけど、それがどうしたんだよ?」

 

そのリナの返答によってハッシュは完全に腹を括った。

 

「……そう。 じゃあ今すぐ避難して、逃げ遅れた観客席の人達を連れてくれない?」

「………………!!!

……………わーった。」

 

一瞬 感じた武道家としてのプライドより、身に迫っている危険と観客達の安全の方が勝った。

 

リナはハッシュの傍を離れて観客席の方へ駆けていく。それを見届けてハッシュは目の前の巨人と向かい合った。

 

「 うわっ!!!」 「「!!?」」

 

その時、ブレーブが向こうから飛んできて壁にぶつかった。

 

「イテテテ……………」

『ブレーブ、大丈夫ファ!?』

「う、うん。 ちょっと背中が痛いだけだから。」

 

ブレーブは背中を擦りながら姿勢を立て直した。

 

「………やっぱり弱ぇなぁ。お前。

あの時から何も変わっちゃいねぇよ。」

「…………………!!!」

 

ブレーブは歩き寄ってくるダクリュールに怯えを隠せずにいた。

ハッシュと真っ向から殴り合い、それでいて自分に対して有利を保っているのは脅威と言う他 無かった。

 

「……おい、ダクリュール、撤収だ。」

「あぁ? んだと!?

まだコイツらを殺ってねぇだろうがよ!!」

「上からの命令だ。

竜の里はオオガイさんに任せて、早々に帰って来いってな。」

 

「……………!! 分かったよ。

行きゃァ良いんだろ!?」

 

「!!! 待って!!」

 

ブレーブは咄嗟にダクリュール達を逃がしてはならないという思想に入り、立ち塞がろうとしたが、ぞろぞろと出てきたチョーマジンの大群に阻まれてしまう。

 

「!!!? な、なにこれ!!?」

『チ、チョーマジン ファ!!』

 

ブレーブは大群に押し返されて情けなくも尻もちをついた。そして、傍にハッシュが居ることに気付く。

 

「ブレーブ、大丈夫!?」

「あ、うん。 大丈夫。」

 

ブレーブとハッシュを他所にチョーマジンの大群はオオガイの傍に集まり、陣形をとった。

 

「な、何なのあれ……………!!?」

「多分、葉っぱから作ったチョーマジンだ。」

「は、葉っぱ?!!」

「うん。 きっと ここに来て急ごしらえで作ったんだよ。」

 

『……ブレーブ、僕に解呪(ヒーリング)の分けて。僕があの大群を始末する!』

『!! 分かった。』

 

ハッシュに促されてブレーブは差し出された手のひらに触れた。

 

解呪(ヒーリング)》!!

 

ブレーブはハッシュに解呪(ヒーリング)の力を流し込んだ。

それを確認したハッシュは唐突に地面をけって陣形を取る大群に急接近する。

一気に中央を崩して混乱を誘いブレーブにオオガイを攻撃させる

という作戦だった。

 

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!!

 

ハッシュは中央を陣取っているチョーマジンの大群に対して掌を振るった。

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

しかし、その攻撃は謎の赤褐色の壁に阻まれた。

 

「一気に中央を崩す作戦か。

単調だな。」 「!!!」

 

その壁はオオガイの足首だった。

ハッシュがそれを理解した上で感じたのは【硬さ】だった。 [解呪(ヒーリング)の力を余すことなく叩き込んだのにも関わらず、その身体はうんともすんともいう気配が無かった。

 

ドゴッッ!!!! 「!!!!」

 

ハッシュの身体に巨大な衝撃が走った。

それがオオガイの()()である事は考えるより先に分かった。

 

「うあッッ!!?」

 

脚が振り上げられ、ハッシュは後方に飛ばされた。その衝撃を咄嗟に後ろに飛ぶ事で緩和させる。

 

ハッシュはブレーブの傍に着地した。

 

「だ、大丈夫!!?」

「うん。」

 

ブレーブは咄嗟にハッシュの方に注意を向けた。しかし、その一瞬が仇になった。

 

ガっ!!! 「!!!?」

 

ブレーブは まるで悪さをした猫のように襟を掴まれて浮かんだ。

 

「戦場で他人(ひと)に気を取られるとは。

こんなガキが親分の脅威とは笑わせるな。」 「!!!!」

 

ブレーブはオオガイに掴まれていることに気付いた。しかし、それを意に返す暇もなく攻撃が飛んできた。

 

ブオォン!!!! と、ブレーブは振り上げられた。

 

(!!!!! ま、まさか!!!!)

 

ブレーブの悪い予感は的中した。

 

「飛べ!!!!!」

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ブレーブはオオガイに武道場を越えて遥か遠くまで投げ飛ばされた。



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77 従属官(フランシオン)として! カイ・エイシュウ 拳を振るう!!

「!!! ブレーブ!!!!」

 

ハッシュは目の前で起こった 【ブレーブが投げ飛ばされる】という光景に驚愕し、普段は見せない動揺を見せた。

 

「……あれで親分の脅威ぶってたのか。

笑えねぇ冗談だ。」 「!!!」

 

オオガイはブレーブの退場を見届けてハッシュに向き直った。

 

ハッシュは動揺を押し殺して 自分が今できる最善を尽くさんと 身構えた。

その時感じていたのはハッシュが今まで感じたことの無い感情だった。 今までどんな指令でもそつなくこなし、そこに動揺などという不純物の付け入る隙は無かった。

 

「………最初にひとつ言っておく。

俺は、巨人族じゃない。」 「!!?」

 

「ハッシュ・シルヴァーン

お前の仲間のイーラ・エルルーク

俺は あいつと同系統の身体だ。」 「??!」

 

オオガイは腰に巻いていた帯に手を掛け、それを力任せに引きちぎった。

すると、彼の身体がみるみると()()()いった。

しかし、ハッシュにはそれが萎んでいるとは感じられなかった。 むしろ、萎んでいると言うよりは【凝縮】されているような、 奇妙な感情に囚われていた。

 

「……俺は巨人族じゃない。 亜人族だ。」

「……………!!!」

 

オオガイの身体は人より頭1つ抜けた程度の大きさになった。それでもその立ち姿には欠片ほどの隙も感じられなかった。

 

「チョーマジン共!!! 司令を出す!!!!」 「!!!」

 

オオガイの周りを陣取っていたチョーマジンの大群が向き直った。 ハッシュはそれが不味いものであると直感した。

 

「お前らは早急に龍の里を侵略しろ!!

俺はこいつを始末する!!!」

「!!!!」

 

いくら急ごしらえと言っても厄災 ヴェルダーズの力を持った驚異的な魔物であることには変わりがない。 このまま行かせたら龍の里の各地で甚大な被害が出ることは火を見るより明らかだった。

 

ハッシュは咄嗟に大群に向かって地面を蹴った。しかし、それを待っていたかのようにオオガイが立ちはだかる。

 

「!!!!」

「退くわけにはいかないな。

お前はここで始末する!!!」

 

オオガイはハッシュに向かって拳を振り上げた。その一撃 一撃がハッシュの身体に確実にダメージを刻んでいく。

それが 筋力による単純な暴力とは違い、自分と同じ 格闘術のそれである事は容易に理解出来た。

 

バガッ!!! 「!!!!」

 

オオガイの拳がハッシュの両腕のガードを崩し、胴ががら空きになった。

 

「………終わりだな。」

 

オオガイの拳という名の凶器がハッシュの身体に炸裂する━━━━━━━━━━━━

 

 

バキッ!!!! 「「!!!?」」

 

その音は拳がハッシュに当たった音では無かった。妙に思って目を開けると、《水色の脚》が放たれる寸前のオオガイの拳をガードしていた。

 

「!!! カイさん!!!」

 

カイ・エイシュウがオオガイの拳に蹴りを入れていた。 そしてその足首からは波が吹き出ていた。 彼の究極贈物(アルティメットギフト)海原之神(ポセイドン)》を使っている証拠だった。

 

「ど、どうして!!?」

「ハッシュ殿、助太刀に参った!!!!」

 

ハッシュにはカイの行動の理由が理解出来なかった。 龍の里の出身でなければ ヴェルダーズと敵対する理由も無いはずだからだ。

 

「………カイ・エイシュウ

一度ならず二度までも お前もここで死にたいのか?」

 

「…………オオガイ」 「?」

 

「ラド・シャオレン

この名に覚えは無いか?」

「!? ラド!!?

それって━━━━━━━━━━━━!!!」

 

ハッシュの記憶が正しければ、それは死んだカイの親友であり、リナの実兄の名前だった。

 

「ラド? 前に来た時に死んだやつにそんな名前があったが、それが何だ?」

「…………………!!!!!

貴様が殺したのは、私の友 そして この龍の里の宝だ!!!!」

 

カイはオオガイのこめかみ目掛けてその脚を振るった。軽々と受けられたものの水流で強化された蹴りは腕にしたたかにくい込む。

 

「宝? それなら心配するな。

龍の里は 今日ここで滅びるからな。」

「それをさせない為に私がいるんだ!!!!」

 

海原之神(ポセイドン)》を最大限に活用し、空中で不規則な蹴りを何度も繰り出している。

 

「ハッシュ!!!」「!!」

 

「あの魔物達を退治できるのは君たちだけ何だろ!!? ヤツらは君たちに任せる!!

私はここを請け負う!!!!」

「!!! 分かりました!!」

 

カイに促されてハッシュは武道場を離れた。

 

「………カイ・エイシュウ。

無関係な貴様が ここまで協力するとはな。」

 

「無関係では無い!!!!

私はこの龍神武道会の戦士

そして戦ウ乙女之従属官(プリキュア フランシオン) カイ・エイシュウだ!!!!!」



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78 結託する軍人と格闘家! 里を守る戦い!!

戦ウ乙女(プリキュア)……………?」

 

龍神武道会が始まる3日前

カイ・エイシュウはリュウ・シャオレンの口からその存在を聞いた。

 

「私は それはおとぎ話でしか聞いた事が無いのですが……………」

「たわけ!!!!」 「!!!」

 

「伝説でも神話でも、ましてやおとぎ話なんかでもないわ!!!

それは わしがかつての友から確かに聞いた 揺るぎない ()()じゃ!!!!」

「………………はぁ 失礼しました。

それで、 何故 それを私に…………」

 

「それは、 その戦ウ乙女(プリキュア)がこの龍神武道会に出ることになったからじゃよ。」

「!!!? それは本当ですか!!?」

「無論じゃ。わしが直接 立ち会った女子(おなご)がいるとは伝えておろう?」

「すると、 その少女が件の?」

「そうじゃ。 そしてな、そいつが リナを仲間にしたいと申し出て来たのじゃ。」

 

「! それはまた…………」

「そこでじゃ カイ君。

もし リナがその気になったなら、君には同じギルドに入り、彼女達の主力として彼女達に力添えをして欲しいのじゃ。」

「私に、ですか?」

 

「そうじゃ。 あいつはそれを《戦ウ乙女之従属官(プリキュア フランシオン)》と呼んでいた。 そして、《星聖騎士団(クルセイダーズ)》の隊長が1人 ギルドに入ってその職業に就いておる。」

「! あの軍隊の隊長が ですか!?」

 

「いかにも。 仲間になったのは ハッシュ・シルヴァーン。 わしらと同じ 身一つで闘う軍人じゃ。」

「………!!

それほどの軍人まで仲間になっているのですか………!!!」

 

「それでどうかね?」

「…………………考えてはおきます。」

 

 

***

 

 

3日前の時点では ギルドの一員、つまり《戦ウ乙女之従属官(プリキュア フランシオン)》になる事を少しばかり躊躇っていたカイだが、今は迷いなく、 10年間 自分と親友のために積んできた鍛錬を[[rb:戦ウ乙女>プリキュア]]のために使う事を決意した。

 

「………お前が従属官(フランシオン)だと………? 何の冗談だ!!?」

「冗談などでは無い!!!!

私は彼女と身体をぶつけ合い、 敗れた時にこの力を彼女達のために使うと決めたのだ!!!!」

 

カイの連撃がついにオオガイのガードを突破し、つま先が顎を捉えた。

吹き飛ばす事は叶わないが それでもダメージは免れない。

 

戦ウ乙女(プリキュア)…………

それを誰から聞いた? リュウ・シャオレンか? 今は姿が見えないが、 しっぽを巻いたんじゃないのか?」

「黙れ!!!! 逃げてなどいない!!!

私が頼んで 観客席の皆様を避難させてくれるように頼んだのだ!!!」

 

「………じゃあ何か?

それが長老としてあるべき姿だ とでも言いたいのか?

 

………反吐が出る。

 

それに前だけ見てて良いのか?」 「!!!」

 

「《従属官(フランシオン)》を名乗った以上はお前も敵だ。 殺れ。」

 

オオガイの後ろに陣取っていたチョーマジンの大群 それが一斉にカイに襲いかかった。

彼らは従属官(フランシオン)も攻撃するように命令されていたのだ。

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!!

 

ズドズドズドズドズドズドズドォン!!!!!

「「!!!」」

 

ハッシュがカイの背後から現れ、襲いかかってくる大群の腹に《解呪(ヒーリング)》の力を流し込む。 100体いた内の約 10体が元の葉っぱに戻った。

 

「かたじけない!! ハッシュ殿!!!」

「僕からも感謝します!! あなたのおかげでヤツらに隙が出来ました!!!」

 

ハッシュはカイを既にギルドの一員と認め、既に協力し合う関係を暗黙に結んでいた。

それをオオガイは 無言で見つめている。

 

「……………………!!!!

忌々しい……………!!!! やはり 《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)》はここで消しておくしかあるまい…………!!!!」

 

「「!!!」」

 

オオガイの一言に反応してハッシュとカイは再び攻撃に備えて身構える。

 

「今こうしている間にも ブレーブがこっちに向かっているはずだから、それまでの時間を稼げれば 何とかなるはず!!」

「心得た!!!」

 

「……何か考えているようだが 忠告してやる。」 「「?」」

 

「今既に 俺が作ったチョーマジンは龍の里の全域を攻撃しているんだ。」 「「!!!!」」

 

 

 

***

 

 

 

「………………!!!

ど、どれだけいるの!!!」

「ブレーブ、あっちにもたくさん出てるファ!!」

「分かってる!! 一体一体は弱いけど 数が多すぎるんだよ!!」

 

龍の里の外れで ブレーブとフェリオはチョーマジンの大群に悪戦苦闘していた。 正に【数の暴力】を体現したような状況に置かれていた。

 

 

(…………チクショー……………!!!

あいつがあんなに頑張ってんのに何やってんだ 俺は!!

何か 俺に出来る事はねぇのかよ……………!!!!)



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79 定まる覚悟! 固まる決意!! 覚醒するドラゴンの力!!!

(………チクショー…………!!!

何か、何か俺に出来る事はねぇのかよ………………!!!

あいつが、あんなガキが命張ってるってのに 俺はこんな物陰でビクビクすることしか出来ねぇってのか………………!!!!)

 

リナは物陰からブレーブとフェリオを見ていた。 彼女たちが身体を張っているにも関わらず何もできそうにない自分に心底 焦燥していた。

 

(………あいつだ、 あの時、あいつのヒザを腹に食らった時、俺の中で何かがぶっ壊れやがった…………………!!!

 

ジジイに鍛えて貰ったのに、 龍の里の代表として出れるって確信があったのに、 俺は 1発でおっちんじまった………………!!!!)

 

リナが思い起こしていたのは 準決勝の敗北。

どこの馬の骨かも分からない人間の攻撃1発で崩れ去ってしまった 龍の里の代表としての誇りを思い出していた。

 

(…………何でだ。 俺とあいつで何が違うってんだ…………………?!!!)

 

リナは物陰から再びブレーブに視線を送った。 何故 彼女は立ち向かえて 自分はこうも足がすくんでいるのか 理解できなかった。

 

 

(…………………!! 俺か………?

俺に何か足りねぇのか…………………!!?)

 

 

***

 

 

「なぁジジイ。

その、戦ウ乙女(プリキュア)って 一体何なんだ?」

「さっきも言うたじゃろう。 お前にそれになる覚悟が無いなら 教える訳にはいかん。」

 

「……………だったらせめて さっき言ってた【正義の心】って どういう意味なのか 教えろよ。」

「…………わしの勘の域を出ておらんが、敢えて言うならば 【何かを守りたい】という心情が元になっている力 と言ったものかの……………」

 

 

***

 

 

(………【正義の心】………………!!

………【何かを守りたい】心情……………!!!

 

守りたい物なら俺にだって山ほどある!!

兄貴が死んだって聞かされたあの時から ずっと心に決めてた!!!

 

そうだ。 俺があそこまで頑張って来れたのは、

 

 

 

この辺鄙な故郷(田舎)を守りたかったからだ!!!!)

 

リナの足は勝手に動いていた。 そこにはもう恐怖は微塵も無かった。

 

「こっちだ!!! 薄っぺら野郎!!!!!」

「「「!!!?」」」

 

龍の里(ここ)の代表はこの俺だぜ!!!!

そんなに龍の里が欲しいなら、そんなやつじゃなくて俺とサシで勝負しやがれ!!!!!」

 

「ち、ちょっと リナちゃん!!!!」

「無茶ファ!!! 手負いの人間で勝てるわけないファ!!!!」

 

リナは兄と同様に里を守って死ねるならそれが一番いい死に方だと そう【覚悟】してチョーマジンを挑発した。

 

 

***

 

 

 

(………………………………ハハッ。 俺 やっぱり死んじまったのか…………………。

 

ちったぁ 顔向けできる死に方が出来たかな………………………。)

 

そう ぼんやりと思って目を開けると 飛び込んできたのは 辺り一面 薄い緑色の光で包まれた空間だった。

 

「………………ハッ!!?

こ、こいつが天国なのか…………!!??」

「……………おい、何寝ぼけてんだ しゃんとしろよ。」 「!!??」

 

声の方を振り向くと、傍に小さな緑色のドラゴンが居た。

 

「な、なんだ テメェは!? それに ここは……………!!?」

「俺はヴェルド。 戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)だ。」

「トリガー…………!!?

あのキツネみたいなやつの事か………?」

 

「フェリオの事か? 確かにあいつと同じだが、おれはあいつよりよっぽど強いぞ?

 

それで話を戻すが リナ。

お前、戦ウ乙女(プリキュア)になる気はあるか?」

「!!

……………分かった。 けど それなら1個だけ確認させろ。 俺が戦ウ乙女(プリキュア)になったら この龍の里を守れんのか?」

 

「………それはお前次第だ。 それに良いのか?そんなにあっさり承諾して。 1度なったら もう後には引けないんだぞ?」

「わかってる。 俺の武道家としての人生は とっくに終わっちまってんだ。 それに今は、 この龍の里を守れるだけの力が欲しいんだ!!!」

 

「……分かった。 なら 悔いのないようにやれ!!!!」

 

 

その言葉に反応するように、リナの傍からブレイブ・フェデスタル そして 緑色の剣が出てきた。

 

「…………………よっしゃ やるぜ!!

俺は戦ウ乙女(プリキュア) リナ・シャオレンだ!!!!!」

 

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

その掛け声によって リナの身体は緑色の光に包まれた。

髪は薄い緑に変色し、そして長く伸びる。

 

遂に、3人目の戦ウ乙女(プリキュア)が誕生した。

 

 

猛り狂う ドラゴンの力

 

《キュアフォース》!!!!!



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80 研ぎ澄まされた龍の爪!! 産声上げるキュアフォース!!!

「…………何だ…………………??

俺 今なんて言った…………………??

 

キュアフォース……………??」

「そうだ キュアフォース。

それがお前の名前だ。 戦ウ乙女(プリキュア) リナ・シャオレン。」

 

「…………………!!

分かったぜ。 俺は今日からキュアフォースだ!!!!」

「気を抜くなよ フォース。

ここを出たらあの葉っぱ野郎がすぐに襲ってくるぞ。」

「ケッ。 んな事 百も承知の上だぜ!!!」

 

リナ・シャオレン 改めてキュアフォースの決意は完全に固まった。

 

 

***

 

 

「リナちゃぁん!!!!!」

「早く!!!! 早く逃げるファ!!!!!」

 

ブレーブとフェリオの声も虚しく チョーマジンの無慈悲な攻撃がリナの身体を蹂躙する

 

 

その直前に彼女の身体が薄い緑色の光に包まれた。 そこから起こる風がチョーマジンの身体を吹き飛ばす。

 

「「「!!!!?」」」

 

「こ、これは………………!!!?」

「ま、まさか………………!!!!」

 

 

「…………おいおい 勇者さんよォ。

誰が逃げるって? 誰に逃げろって言ってんだ?

 

 

この戦ウ乙女(プリキュア)様によォ!!!!!」

「「!!!!!」」

 

そこに立っていたのはリナの顔をした戦ウ乙女(プリキュア)と 茶色と緑を混ぜた髪色の男だった。

 

「リ、リナちゃん…………………!!!」

「そ、それにヴェルド…………………!!??」

 

「ヴェルド…………!?」

「ラジェル様が私と一緒に作り出した媒体(トリガー)ファ!

解呪(ヒーリング)は使えないけど その代わりに強さは私なんか比にならない それこそ戦ウ乙女(プリキュア)に引けを取らないくらい程ファ!!!!」

「…………ヴェルド…………!!!

あの妖精(ひと)にそこまで…………!!!」

 

チョーマジンは体勢を立て直して起き上がった。 その目には殺意が宿り、リナとヴェルドに狙いを定めている。 そして、それに便乗するかのように他のチョーマジンも2人に注目する。

 

「……ざっと数えて30か?

デビュー戦にゃ おあつらえ向きだな。

だろ? ヴェルド。」

「そうだな。

後、俺の本名は《ヴェルド・ラゴ・テンペスト》。 覚えておけ。 それが俺のパートナーの名前だ!!!!」

「そうか。 これからよろしくなァ!!

ヴェルド!!!」

 

ブレーブはリナの言葉の一つ一つに戦ウ乙女(プリキュア)の矜恃を感じていた。 それはまるでかつて自分の中に初めて戦ウ乙女(プリキュア)として戦う覚悟を決めた時に芽生えた ものに似ていた。

 

「何を驚いてんだよ。 キュアブレーブ。」「!?」

「言ったろ? 俺はお前が武道会で俺よりいい成績修めりゃ戦ウ乙女(プリキュア)になるってよ。」

「………………!!! リナちゃん…………!!!」

「リナちゃん? おいおい そんな幼稚な名前で今の俺を呼ぶなよ。

今の俺は 戦ウ乙女(プリキュア)

 

《キュアフォース》だ!!!!!」

 

フォースは胸に拳をかざして高々と宣言した。 その自信満々の姿にブレーブは言葉を失う。

 

「………随分 イキリ散らしてるじゃねぇか。」

「せっかくのデビュー戦なんだ。 このくらい許してくれや。」

 

フォースは構えをとった。 このまま1人でチョーマジンの大群 全員と戦う決意は固まっている。

 

(……………いい感じだ。

この身体での戦い方も手に取るように分かるぜ。 けど奇妙な感覚だ。 アイツらを殴りてぇって気にまったくならねえ。

 

あるのは喜びだけだ。 これなら俺の故郷を、龍の里を守れる っつー喜びだけだ!!!!)

 

 

***

 

 

チョーマジンの一体がフォースに向かって襲いかかった。 そしてその周りの個体も一気に仕掛ける。

 

(……慌てる事はねぇ。

戦いのイロハなら分かってんだ。 一度に向かってこれるのは4人までだってな!!!!)

 

ズドォン!!!!! 「!!!!?」

 

チョーマジンの強襲に合わせてフォースのカウンターの拳が突き刺さった。

 

ドゴッ!!! ドガッ!!! 「「!!!!」」

 

更にフォースの2連続の蹴りが両隣にいたチョーマジンを吹き飛ばす。

 

 

(………こいつぁ良いぜ。

葉っぱ野郎共 テメェらの居場所が手に取るように 感覚で理解できるぜ。

まるで まるでこの場を高ぇ所から見てる見てぇだ。

 

これが俺の究極贈物(アルティメットギフト)戦法之王(オダノブナガ)》か!!!

そうなんだろ!? 女神さんよォ!!!!)

 

戦法之王(オダノブナガ)

英雄系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:戦況を客観的に観る視覚を与え、情報を瞬時に処理する思考力を与える。

 

(…………いい感じだ。 ちっとも負ける気がしねぇ。 こんな奴らに龍の里を渡してたまるかよ!!!!!)



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81 戦士としての心持ち! フォースの放つ解呪の大砲!!

ドドドドトドドドドォン!!!!!

 

と、けたたましい音が響き、フォースに襲いかかったチョーマジンの大群が一斉に吹き飛ばされた。

 

「……………!!!

フォース…………!! 凄い……………!!!!」

 

ブレーブは交戦中にも関わらず フォースの戦いぶりに見入っていた。

そしてブレーブの視線は彼女の両拳に行った。 そこにはグローブがはめられており、その上に確かに《ブレイブ・フェデスタル》が装着されていた。

 

「あ、あれがリナちゃんの使い方?」

「きっとそうファ。」

 

フェデスタルを二つに分け、それをグローブに変形させて戦う

 

ブレーブが乙女剣(ディバイスワン)に装着するように、 グラトニーが魔法陣に装着するように、 フォースはグローブに装着して戦うのだ。

 

 

「!!! ヴェルド!! そっちからも来てる!!!」

 

ブレーブはヴェルドに危険を伝えた。

しかし彼は顔色ひとつ変えずにそのチョーマジンの頭を掴む。

 

「騒がしいなァ 姉ちゃんよ。

そのくらい百も分かってんだよ。」

 

ヴェルドは襲いかかって来たチョーマジンに一瞥を送った。 その掌に雷が溜まっていく。

 

「《迅雷之神(インドラ)》」

「!!!!!」

 

ヴェルドの掌から雷が炸裂し、チョーマジンの身体を蹂躙した。

 

迅雷之神(インドラ)

インド神系 究極贈物(アルティメット ギフト)

能力:身体に強力な雷を纏わせて炸裂させる。 射程は短い。

 

「フォース! そっち行ったぞ!」

「おう!」

 

フォースはヴェルドが片手で投げたチョーマジンを拳で吹き飛ばした。

 

(今のが迅雷之神(インドラ)か………。

射程が短いとは聞いてたが、こいつぁ接近戦にしか使えなさそうだな………………。)

 

「フォース! イタズラに長引かせても面倒なだけだぞ!

こいつら葉っぱだがら別に絶対必要じゃねぇが、【解呪(ヒーリング)】すっか!?」

「いや やるぜ。

それが戦ウ乙女(プリキュア)のあるべき姿ってモンなんだろ!?」

「そうだ!! なら全力でやれよ!!!」

「おうよ!!!!」

 

フォースの心には既に戦ウ乙女(プリキュア)としての心構えが整っていた。

そして、【解呪(ヒーリング)】の方法も。

 

(……腹ん中、丹田……………

その辺に…………こうか。)

 

フォースは感覚で腹に力を込め、【解呪(ヒーリング)】を詠唱し、身体に力を纏った。

その力は彼女の両拳に向かっていく。

 

「なるほど。 こいつぁ良いな。

そんじゃ、終わらせて貰うぜ!!!!!」

 

フォースは目の前のチョーマジンの大群に向かって両の拳を構えた。

 

《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!

「!!!!!」

 

フォースの両拳から緑色の光が放たれ、その場にいたチョーマジンをまとめて包み込んだ。 光が晴れて残っていたのは数十枚の葉っぱだけだった。

 

「………………フゥッッ!!!!

……結構キツイな、これ…………」

「初めてであそこまで出来れば御の字だ。

解呪(ヒーリング)】は結構体力を食うからな、これからはもっと効率よく使え。」

「…………分かったぜ。

……………!!」

 

フォースの変身が解け、リナの姿になった。

ヴェルドも友の小さなドラゴンの姿になっている。

 

「リナちゃん!!!」

「大丈夫ファ!?」

 

ブレーブとフェリオが駆け寄ってきた。

2人ともリナとヴェルドの戦いぶりに見入ってしまっていた。

 

「……おう。 俺は全然大丈夫だ。

それより あの鬼野郎は今どうしてる?」

「えっ? ……多分今 武道場でハッシュ君が戦ってると思うけど………」

「………そうか。 それでよ、一度 解呪(ヒーリング)使ったら もう一度変身するのにどれくらいかかる?」

「そんなの分からないよ。」

 

「………俺の心持ち一つってわけか。

なら3分だ。後3分 お前たちで時間を稼いでくれ。 そしたら俺が変身してヤツの所に行く!!!」

「行く って あいつと戦うの!!?」

「あたぼうだろ!!! 俺が守らなくて誰がこの龍の里を守るってんだ!!!」

 

ブレーブはリナの熱意に一瞬 押された。

 

「………それは確かにそうだけど、勝算はあるの!?」

「そんなもんねぇに決まってんだろ!!

心でどうにかするんだよ!!!」

 

リナは心臓(こころ)を指さしてブレーブに熱意を伝えた。

 

「………わかった。 じゃあ私は何をすれば良い?」

「ヤツらは俺が避難したと思ってる筈だ。

だから お前は残りのバケモンを少しづつ片してってくれ。

俺はその間 逃げ遅れたやつがいねぇか見て回るからよ!!」

「わかった。

だけど 絶対に無茶はしないでね。 今は戦ウ乙女(プリキュア)じゃ無いんだから!!」

 

ブレーブは踵を返して龍の里を走る。

 

(………ハッシュ君 お願い。

あと3分だけ、あと3分だけ耐えて…………!!!)



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82 3分間時間を稼いで! 見え始めた逆転の糸口!!

(………あと3分………………

いや、もっとかかるかもしれない。

 

とにかく それまでに少しでもチョーマジンを減らさなきゃ…………!)

 

ブレーブとフェリオは龍の里を走っていた。

リナが回復するまでの間、少しでも戦況を有利にしておく必要があったからだ。

 

(……私、あの鬼にどこまで飛ばされたんだろ。 この辺にはチョーマジンがいないけど、そんなに遠くに飛ばされたのかな………)

 

ブレーブは龍の里の地理を正確に把握出来てはいなかった。 だから、ここからどの方向にどれくらい進めばハッシュのいた武道場に行けるのか分からなかった。

 

『ブレーブ、あれを見るファ!!』

「!? あ、あれって!!」

 

ブレーブの目に入ってきたのはシェルターのような建物だった。

その周囲にチョーマジンが十数体群がっている。

 

「ま、まさかあの中にみんなが避難してて、狙われてるって事!!?」

『きっとそうファ!!

早く向かうファ!!!』

 

 

 

***

 

 

龍の里の人間は、基本的に地元愛が強い。故に、そこでは多種多様な独自の特産品や技術が生まれ、成長した。 その代表として、【玄武瓦】が挙げられる。

 

これは、龍の里から産出される様々な粘土を一定の比率で混ぜ合わせ、一定の時間と温度焼き上げる事で完成し、金属をも彷彿とさせる硬度を得る。

この比率や温度、そして時間のいずれかが少しでもずれてしまうと たちまち素の硬さは失われる。

 

そして、その玄武瓦を最大限に利用したシェルターが存在する。

この龍の里の英知の結晶によって、過去に何人もの人の命が天才から守られてきた。

 

しかし、そのシェルターが今、破壊されようとしていた。

 

 

『ブレーブ、まずいファ!!

あそことか完全にヒビ入ってるファよ!!!』

「分かった!! まずは最速で…………!!!」

 

 

ズドォン!!!! 「!!!?」

 

シェルターの外壁に拳を振るおうとしていたチョーマジンの頬をブレーブが蹴り飛ばした。

 

「フェリオ、解呪(ヒーリング)行ける!?」

『もちろん 準備できてるファ!!』

 

ブレーブとフェリオは心の中で《解呪(ヒーリング)》を詠唱した。 身体に力が溜まっていくのを理解する。

この解呪(ヒーリング)の力を如何に温存できるかがこの龍の里での戦いへの勝利の鍵だ。

 

ブレーブは両手の平に解呪(ヒーリング)を込めて構えた。

その場にいたチョーマジン 全員の注意は自分に向いている。

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!!

 

ブレーブは身体を振るって向かってきたチョーマジンの腹に掌底を打ち込んだ。

 

体内に解呪(ヒーリング)の力が流し込まれ、チョーマジン達は元の葉っぱの姿に戻る。

 

(この中には龍の里だけじゃなくて、外から武道会を見に来た人もいるはず!!

こいつらはきっとそれを知ってて向かってくるんだ。

 

なら、ここを守ってればきっとチョーマジンを倒しながらリナちゃんが回復するまでの時間を稼げる!!!)

 

ブレーブはフェデスタルを展開して乙女剣(ディバイスワン)を構えた。

 

「……フェリオ、ここを 一緒に乗り切ってくれるよね?」

『もちろんだファ!!』

解呪(ヒーリング)、足りると思う?」

『足りるかじゃないファ! たとえ足りなくても1匹でも多く減らすんだファ!!!』

 

「 フフっ。 間違いないね!!」

 

 

フェリオは戦ウ乙女(プリキュア)の姿になり、ブレーブの身体から出て隣に立った。

 

 

 

***

 

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ………!!」

「おいリナ そんなに飛ばして大丈夫なのか!?

そんなんじゃ 向こうに着く前にぶっ倒れちまうぞ!!」

 

リナは近辺に逃げ遅れた人がいないことを確認してから武道場に向かって一直線に走っていた。 それもスタミナが心配になる程の全速力で。

 

「うるせぇや! あそこでグズグズしてられっか!!何かやらねぇと示しがつかねぇだろうがよ!!!」

「そんな話をしてるんじゃない!!

スタミナが切れたら元も子もないだろと言ってるんだ!!」

 

ヴェルドの忠告に耳を貸すことなくリナは依然として走っていた。 走らずにはいられなかった。

 

「この龍の里を奪われる事に比べりゃ 俺がここでガス欠でぶっ倒れることなんざ 虫の蚊ほどのことも無いぜ!!

それにスタミナなんざ 問題じゃねぇんだ。

 

ほんの少しだけ残ってりゃ ほんの一瞬だけ返信出来りゃそれでいいんだ。

 

その戦えるほんの少しの時間であのデカブツをブチ倒すだけだからなァ!!!!」



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83 武道場に降り立つフォース! 鬼を迎え撃つ戦ウ乙女(プリキュア)!!

「………こんなに粘られたのはお前らが初めてだぞ。 認めてやるよ。

お前らは強い。」

「「……………!!!」」

 

武道場内で、ハッシュとカイが手を組んでオオガイを食い止めていた。

この男を地に放ってどれほどの被害が出るか、想像もつかなかった。

 

「…お前らは随分 俺をここから出したくないらしいが、もし仮に俺の放ったチョーマジン達が既にあの戦ウ乙女(プリキュア)を始末しているとしたら? それ以前に対処しきれずに大勢の人間が殺されているとしたら?

 

こんな所で時間を食ってる暇は無いと思うが?」

「「!!!!」」

 

オオガイの表情は、明らかに2人の気遣う()()をしていた。

 

『ハ、ハッシュ殿…………!!』

『気にかけちゃダメだ!

動揺を誘って僕らの連携を崩す気でいるんだ。 それにブレーブなら大丈夫。

僕は彼女の力を信じてる!!!』

 

「……反応無し か。

星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長に、魚人族 屈指の格闘家

お前ら2人が俺達の脅威になるのをみすみす見逃してはおけない。

ここで始末する!!!!!」

「「!!!!!」」

 

オオガイは地面を蹴って2人に強襲した。その手は【人間の命を絶つ】構えになっている。

 

 

 

「オルァッッ!!!!!」

「!!!!?」

 

衝撃音が響き、オオガイの身体が吹き飛び、外枠に強かに叩きつけられた。

その周囲には土煙がもくもくと立っている。

 

「な、何だ!!?

一体何が!!!?」

 

あまりに突然の出来事に カイは驚きを隠せなかった。

そして土煙が晴れていき、1人の《少女》がその姿を見せる。

 

「!!!?? なッ……………

リナ……………!!!!?」

 

その少女は明らかにリナの姿をしていた。

髪は長く伸び、服装も完全に変わっていたが、それでも彼女がリナであると断定できるだけの確かな根拠があった。

 

「リナ、お前………………!!!!」

「おお! カイさんまだ逃げてなかったのか! そうなんだよ俺、戦ウ乙女(プリキュア)になることにしたんだ。

今は《キュアフォース》って呼んでくれ。」

 

「……そうか。 私もまたたった今 この力を彼女達のために使うと決心したところでな。」

「そうか。 ってかカイさん、あんたは離れててくれ。」 「?」

 

リナの視線の先では、オオガイが既にその身を起こしていた。

 

「!! まだ立てるのか!?

急所に直撃していた筈だぞ!!」

「いんや。 立ってくるのは予測できたよ。

不安定な体勢の所を押して倒しただけの事だ。 こんなんでくたばるくれぇなら苦労は無ぇよ。」

「…………!!」

 

「ちなみにだが ブレーブのやつもこっちに向かってる。

おい 出て来いヴェルド!!

ここが正念場だ 一気に決めるぞ!!!」

『………おう。』

 

フォースの肩の部分が光り、そこから人間の姿をしたヴェルドが姿を見せる。

 

「こいつのことは後で話す。 早く離れてろ。」

「……了解した。」

 

フォースに促されるままカイはその場を離れた。 しかしその最中 感じていたのは【驚愕】という感情だった。

 

(……なんという事だ……………!!!!

あのリナが、昔は私よりはるか下にいた彼女が、変身する()()であそこまでの力を…………!!!!

 

準決勝の時もそうだ。

彼女、《ホタル・ユメザキ》には 失礼だが何も感じ取れなかったが、変身したらたちまち私が驚く程に成長した。)

 

カイはフォース、そしてその隣にいるヴェルドから 筆舌に尽くし難い程の物を感じていた。

 

 

***

 

 

「……悪ぃな。 待たせちまったみたいでよ。」

「………良いのか?」 「?」

 

「最期の挨拶がそれでいいのか と聞きたんだ。」

「その心配なら要らねぇよ。

地獄でアニキに土下座すんのはテメェの方さ。」

「分かるのか?」

「まぁな。 記憶には無ぇが身体が覚えてたぜ。

 

 

テメェの面をよォ!!!!!」

 

 

フォースが地面を蹴ってオオガイに急接近した。

 

「上等だ。 1発で永眠(ねむ)らせてやる!!!!!」

 

オオガイも拳を振るってフォースを迎え打とうとした━━━━━━━━━━━

 

 

ガッ!!! 「!!!?」

 

その拳を フォースの背後から現れたヴェルドが拳で迎撃した。

手を塞がれ、身体が一瞬 ガラ空きになる。

 

そこに狙いを定めてリナが解呪(ヒーリング)の込められた拳を構える。

 

「!!!」

「悪いなぁ。鬼さんよ。

あんたほどのヤツを倒すにゃこれくらいしか無かったんだわ。 悪く思わねぇでくれ。」

 

(それに、口ではああ言ったが、こっちだってもう残りは少ねぇんだ。

悪いが 一瞬で終わりにさせて貰うぜ!!!!)

 

「この1発で永眠(ねむ)りやがれ!!!!!」

「!!!!」

 

 

《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!!

「!!!!!」

 

オオガイの腹に、リナの渾身の攻撃が突き刺さった。



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84 定まるハッシュの決意! 結成する精鋭部隊!!

《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!

「!!!!!」

 

オオガイの腹に、フォースの拳が2発同時に炸裂し、そこから放たれた解呪(ヒーリング)の力が貫通した。

オオガイの巨体は吹き飛ばされ再び外枠に激突する。

 

「…………… グッ!!」

「「!!」」

 

フォースは膝を着いた。

それに驚いてカイとハッシュが彼女に駆け寄る。

 

「リ、リナ!!!」

「……今はフォースって呼べって言ったろうがよ………って言いてぇとこだがやっぱ3分間位じゃァ回復もたかが知れてるか……………

 

………あの鬼野郎はどうなった………?」

 

フォースの視線の先ではオオガイが既に立ち上がっていた。 その腹にはフォースの先の攻撃の跡がありありと刻まれている。

 

「…………!!! ………チクショー……………!!!!

3分貯めた力を全部乗せてブチ込んだつもりだったんだけどよ……………!!!!」

 

その言葉の後にフォースの姿は元のリナの姿に戻った。

 

「……………!!!!

キュアフォース!! お前の力は十分に分かった。 お前ほどの脅威を見過ごす訳にはいかない。

今ここで始末す

「やあッッッ!!!!!」 「!!!?」

 

オオガイが話している最中にブレーブが上空から乙女剣(ディバイスワン)を振り下ろした。 その攻撃をオオガイは身を引いて躱す。

 

(!!! 躱された!!!)

「ハッシュ君!! リナちゃんはどうなったの!?」

「ブレーブ! 今 力を出し切って変身が解けちゃった所!!」

 

その時ブレーブのアタマによぎったのはリルアが仲間になった時の事だった。

リルアと同じようにリナもまた解呪(ヒーリング)の力を使い切って変身が解かれてしまった。

 

そしてリルアはそれからしばらく目を覚まさなかった。

 

(それなら リナちゃんはもう………!!)

 

リナはもう戦えない。

そう理屈ではなく直感で結論づけた。

 

「キュアブレーブ!!!!」

「!!!!」

 

ノーモーションで飛んできたオオガイの拳を咄嗟に身を引いて躱した。

 

「俺に一度飛ばされた敗残兵が一体何の用だ? 弱小勇者。」

「!!!

……… 《守り》に来たの。」 「!?」

 

「……ここに来るまでにあなたが生み出したチョーマジンは全員片付けた。

解呪(ヒーリング)が持たなくて、半分くらいは()っちゃったけどね。」

「………………」

 

「残ってるのはあなただけ!!

この龍の里は絶対に渡さないよ!!!!!」

 

ブレーブは鋒をオオガイに向けた。

その目には明らかな決意が籠っている。

 

「……………。」

ガシッ 「!?」

 

ハッシュがブレーブの肩を掴んだ。

 

「ハッシュ君!?」

「意気込んでる所 悪いけどブレーブ、リナを連れて下がっていて欲しい。

まず1つ報告しなきゃならないのは、カイさんが僕らの仲間になるって言ってくれた。」

「え、 ホントなの!?」

 

「うん。 それから、後でギリスに報告して欲しい事がもう1つできた。」

「!?」

 

「僕は、キュアフォースの戦ウ乙女之従属官(プリキュア フランシオン)になる!!!!!」

「!!!?」

 

ハッシュはヴェルドの隣に立った。

 

「ヴェルドはまだ戦えるでしょ!?

僕と君でヤツを止めるよ!!!」

「……英断だな。

戦ウ乙女(プリキュア)媒体(トリガー)、そして従属官(フランシオン)が1人づつ。

最高の少数精鋭部隊の完成だな!!!!」

 

ヴェルドも乗り気でハッシュの隣に構えた。

 

 

「……随分嬉しそうだが、すぐに水をかけられることになるぞ。

その部隊はこれから空中分解するんだからな。」

 

オオガイの言葉は気にも留めず、ハッシュはヴェルドに小声で尋ねる。

 

『……ヴェルド、君の贈物(ギフト)はどんなの?』

『《迅雷之神(インドラ)》っつー雷起こすもんだ。

けど射程は短い。 使うにしてもぶん殴らなきゃ届かねぇな。』

『接近戦特化か。 なら何も問題は無いね。 動きを僕に合わせてくれれば!!』

 

『それなら任せろ。

お前の贈物(ギフト)や戦法はもう確認済みだ。

それから俺は解呪(ヒーリング)を使えねぇが、その分の強さは期待してくれて良いぜ。』

『………分かった。』

 

 

「……作戦はまとまったか?

それとも死別(わか)れの挨拶でも交わしてたのか?」

 

オオガイがそう言い終わった直後、ハッシュとヴェルドが同時に地面を蹴り飛ばしてオオガイに急接近した。

 

「ハッシュ! 解呪(ヒーリング)はねぇがいっちょやんぞ!!!!」

「分かった!!!!」

「!!!?」

 

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!!



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85 従属官(フランシオン)と媒体(トリガー)の連携!鬼を守る謎の腕!!

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!!

「!!!!」

 

ハッシュとヴェルドの掌底がオオガイの両腕のガードに直撃し、その上から軽々と吹き飛ばした。

 

「………………!!!!」

 

オオガイの表情は明らかに苦悶が浮かんでいた。 ハッシュとヴェルドの攻撃が彼の腕の内側まで響いている。

 

「ハッシュ! あいつにターンをやるな!!

このまま押し切っちまうぞ!!」

「もちろん 分かってる!!」

 

ハッシュとヴェルドは構え直した。

 

拳闘之王(ヘラクレス)》!!!!!

迅雷之神(インドラ)》!!!!!

 

ハッシュの身体の筋肉が固くなり、ヴェルドの手のひらには雷が纏われた。

 

「ここでカタつけるぞ ハッシュ!!!!」

「分かった!!!」

 

ハッシュとヴェルドが同時に地面を蹴り、オオガイとの距離を詰めた。

 

 

「ぬん!!!!!」

 

ドゴッ!!!! 「「!!!?」」

 

オオガイがすんでのところで体勢を直し、2人の攻撃を諸手突きで迎撃した。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

「怯むな!! このまま押し切れ!!!!」

 

2人は身体を全力で押し、オオガイの攻撃を迎え撃つ。

 

 

 

ドゴォン!!!!!

「!!!!」 「「!!!!」」

 

両者の拳の接触面が爆発し、3人はそれぞれの方向に吹き飛ばされた。

 

オオガイ、ハッシュ、ヴェルドは全員 身体を回転させて着地した。

 

「ハ、ハッシュ君!! ヴェルド!!」

「だ、大丈夫か!!?」

 

ブレーブとカイは思わず 飛んできたハッシュとヴェルドに言葉をかけた。

オオガイと互角の攻防を繰り広げている2人に彼女等ができるのはそれくらいしか無かった。

 

そしてカイは同時に1つの事実に驚いていた。

ヴェルドという男がハッシュと完全に息のあった動きをしているという事実に。 自身も彼と共闘し、彼の動きに付いて行けてはいた。 しかしヴェルドはそれを超えてさらに完全な連携を演じている事に驚きを禁じ得なかった。

 

「それよりブレーブ、リナはどうだ?」

「……… まだぐったりしてる。

もう体力が枯れて動けないと思う!」

「…………!! そうか。」

 

ヴェルドはリナの状態を1つ確認するとすぐにオオガイに集中した。

 

 

「………指が折れてねぇだろうな?

従属官(フランシオン)媒体(トリガー)…………。ここまで息のあった連携はさすがに手に余るな。」

「「……………」」

 

「だがここまでだ!!!

そこまでの力量があるならば尚更 捨てておく訳にはいかない!! この場で全員屠り去ってくれ━━━━━━━━━━━━」

 

(……………オオガイ…………………)

「!!!」

(………撤退だ。)

 

「……はい。 分かりました。」

「「!!?」」

 

構えを解き、オオガイは懐から結晶を取り出した。

 

「あ、あれって結晶!?」

「ま、まさかあれで転移(逃げ)る気なのでは!!?」

 

「!! ざけんな!!!

ここまで好き放題やって逃がす訳ねぇだろ!!!!!」

 

ヴェルドとハッシュは再び地面を蹴ってオオガイとの距離を詰める。そしてその拳を彼の顔面に直撃させようと━━━━━━━━━

 

 

 

ドゴォッッ!!!!!

「「!!!!?」」

 

させようとした瞬間、オオガイの前方からどす黒い魔法陣のような物が展開し、そこから伸びた拳が2人の鳩尾を貫いた。

 

「……………!!!!?」

「……ガフゥッ…………!!!!」

 

(オオガイ程の戦力をこれ以上浪費させる訳にはいかない。

 

消えろ。)

 

 

ドッガァン!!!!! 「「!!!!!」」

 

ハッシュとヴェルドは吹き飛ばされ、そのまま高速で後ろの外枠に激突した。

 

「ハッシュ君!!!! ヴェルド!!!!」

「何だ!? あの醜怪な腕は!!??」

『ブ、ブレーブ……………!!!

あれってまさか………………!!!!』

「!? どうしたの フェリオ!?」

 

ブレーブとカイがハッシュとヴェルドを気遣う中、フェリオの注意はオオガイの周りの腕に向いていた。

その腕は()()()()()物だったからだ。

 

『……ま、まさか…………………………!!!!』

「何なの!? あの腕がなんだって言うの!!?」

 

 

(…………悪い予感は的中だよ。

《フェリオ・アルデナ・ペイジ》。)

「『!!!!?』」

 

オオガイとは全く違う禍々しい声がフェリオを本名で呼んだ。

 

(腕だけでの紹介という失礼を許して欲しい。 《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)》の諸君。)

「……………!!?」

 

「女神 ラジェルに宜しく伝えろ。

 

我が 厄災【ヴェルダーズ】だ。」

「!!!!?」



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86 現れた厄災ヴェルダーズ!! キュアブレーブ、刃を剥く!!!

ヴェルダーズ

その名前は何人もの人から聞かされていた。

そして蛍はそれは絶対に倒さなければならない相手であると強く心に言い聞かせていた。

 

しかしそれでも現実は厳しいものである。

 

目の前にいるこの《腕》に足がすくんで動けないのだ。

 

『…………ブ、ブレーブ……………!!!!』

 

フェリオも震えていた。

彼女はヴェルダーズに出し抜かれた女神ラジェルから生み出された存在である。

故に彼女の中にある細胞の一つ一つが直感的に恐怖していたのだ。

 

「蛍殿!!

そのヴェルダーズとは 一体何者なのだ!?」

「説明してる暇はないよ! カイさんはリナちゃんと2人を連れてここを離れて!!」

「!! 委細承知!」

 

カイに離れるように伝え、ブレーブは乙女剣(ディバイスワン)に手を掛けた。

 

 

「止めておけ 女神の狗よ。」

「!!!」

 

「その剣を抜いて我に鋒を向けようものなら、貴様を容赦なく始末する。 第一我はオオガイを撤収させるためだけに来たのだ。

潔く身を引けば、まだ何もしない。

 

もっとも、いずれ死ぬ運命ではあるがな。」

 

「!!!!」

 

ヴェルダーズの言葉に反応するより先にブレーブは地面を蹴っていた。

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!!」

『ブレーブ、 待つファ!!!!』

 

 

「でやァ!!!!!」

 

ガキィン!!!!! 「!!!!」

 

ブレーブの振り下ろした乙女剣(ディバイスワン)の刃を魔法陣から出る両腕が軽々と受け止めた。

 

刃と腕が接触して震え、ガチガチと音が響く。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」

 

「理由を聞いておきたい。

戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレーブ。」 「!?」

 

「どういうつもりなのだ?

何故 無関係の人間に過ぎない貴様が手助けをして共に戦う?

我に刃を振るってまで邪魔立てする理由は何だ?」

 

「……………守りたいから。 お礼がしたいから。」

「?? 守るだと? 何をだ?」

 

「……………この世界をだよ。

私は、死ぬはずの所を助けて貰った!!!!

だから女神様に、いや、この世界の全てをあなた達から助け出して お礼がしたいの!!!!!」

「笑止!!!!!」

 

 

「!!!!」

 

ヴェルダーズの腕がブレーブの首を掴んだ。

 

「一体何を言うかと思えば、まるでそんじょそこらのガキが喜劇家の真似事をして作った戯言のような話を長々と話してくれたな。」

「…………!!!!」

『ブレーブを離すファ!!!!!』

 

フェリオはたまらずブレーブの身体から飛び出してヴェルダーズの腕に攻撃をしようとした。

 

 

バチッ! 『!!!!!』

「フェ、フェリオ!!!」

 

ヴェルダーズの手から放たれた攻撃は、ただの【デコピン】だった。 それでもその衝撃はフェリオを反対側の外枠まで軽々と弾き飛ばした。

 

「死んではいないだろう。

頭を拳銃で撃たれたみたいに脳髄が地面にぶちまけられていなければな。」

「…………!!!!」

 

ブレーブは呼吸がままならなくなり、意識が朦朧としてきた。

 

「そしてっ!」 「!!」

 

ブレーブは地面に組み伏せられた。

 

「貴様、覚悟は出来てきるだろうな?」

「!!?」

 

「我々の邪魔立てをし、始末しようとするということは、返り討ちにあって殺されるかもしれないという危険くらいは覚悟できているよな?」

「………………!!!!」

 

「そこまでの覚悟を持ってして 我の薄皮一枚剥ぐこともできなかったと言うなら、心から同情しよう。

 

ちなみに 我はちゃんと覚悟はできている。

あの時もそうだ。 魔王ギリスとリルア そして女神ラジェルを屠り去った時も、『もししくじったら確実に返り討ちにあって殺される』という覚悟があったから、我は成し遂げることが出来たのだ。」

「………!!!!!」

 

「我が崇高な計画の礎となれ!!!!

戦ウ乙女(プリキュア)!!!!!」

 

 

ヴェルダーズの爪がブレーブの命を狩り取ろうとした━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

バチィン!!!!!

「「!!!!?」」

 

ヴェルダーズとブレーブの間を強烈な何かが走った。

 

「な、何!!?」

 

 

「………『屠り去る』と言う言葉は、相手を殺すという意味で使われる言葉だぞ?

もし相手が生きていたら、それは『屠り去る』とは言わない。

 

お前はいつもそうだ。

 

俺の命を狙っていた時も、そして今も お前はただの半端者だ

 

そうだろ? 厄災ヴェルダーズ」

「「!!!!!」」

 

ブレーブの目の前にはギリスが立っていた。

 

「ギ、ギリス!!!!」

「魔王 ギリス・オブリゴード・クリムゾン!!!!! 貴様 本当に生きていたか!!!!」

「この俺を呼び捨てとは偉くなったな。

俺が鳴りを潜めていた時間はさぞ居心地が良かっただろう?

 

嬉しいぞ。 今 俺の力がどれくらい残っているか お前をものさしにして試すとするか」



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87 炸裂するギリスの究極贈物(アルティメットギフト)!! 厄災逃避大作戦!!

ブレーブは目の前の光景に そして威圧感に押されていた。

ギリスは未だに力を抑えている少年の姿ではあるが、その全身から かつて自分をダクリュールから助けるために見せた魔王の力をひしひしと感じることが出来た。

 

『…………ブレーブ、動けるか?』 「!!!?」

 

『よく聞け。今俺は魔力を媒介にしてお前だけに話しかけている。』

「…………………。」

『単刀直入に情けない話をするようだが、さっきのは全部(ハッタリ)だ。

今の俺にある力はまだ全盛期には遠く及ばない。 それに今ヤツはおそらく魔力を練り固めた腕をけしかけている。

だから例えブツ切りにしようと細切れにしようと ヤツ本体には一切ダメージは無いだろう。』

「………………!!」

 

ブレーブは、ギリスが矢継ぎ早の発言に言葉を返す暇も失っていた。

 

『だから、俺がヤツを攻撃するフリをしたら、向こうにいるフェリオ達を連れてここから離れろ。』

『!!

…………分かった。』

 

 

 

「……厄災 ヴェルダーズよ。

今の俺の力が貴様にどれほど通用するか、試させて貰おう。」

『ブレーブ、タイミングは俺が魔法を地面に打ち込んだ時だ。

俺はハッシュ達を。お前はフェリオを連れてここから逃げる。

場合によっては龍の里より遠くへ逃げることも想定しておけ。 そこまで行けば、リルア()が待機している。』

 

 

ギリスはそこまで言うと姿を青年に変え、ヴェルダーズの腕に手のひらを向けた。

そこに紫色のエネルギーのようなものが蓄積していく。

 

 

(………失敗は許されない。

この場は何としても凌ぐ…………!!!)

 

その状況下でもギリスはヴェルダーズの腕の構えが一瞬緩んだのを見逃さなかった。

 

(今だ!!!!)

 

ドガァン!!!!! 「!!!!!」

 

ギリスの魔力は地面に炸裂した。

そこからもくもくと土煙が巻き上がる。

 

「今だ!!!!」

 

ギリスはブレーブを促して身を翻し武道場から走りさろう━━━━━━━━━━━━

 

 

ガシッ! 「!!!!?」

 

とした時 腕を掴まれた。

 

「………それをやると思っていたぞ。

魔王 ギリスよ。」

「!!!! き、貴様!!!」

 

ヴェルダーズの腕がギリスの手首をがっしりと掴んで離そうとしなかった。

万力のような力で握られて赤紫の痣が付いてしまいそうになる程強く掴んでいた。

 

「ギリス!!!! 早くこっちに!!!」

「ダメだ来るな!! お前だけでも早く行け!!!!」

 

ブレーブは今まで全幅の信頼を寄せていたギリスが窮地に陥ったのを見て冷静さを失った。

 

「何か策を講じていたんだろうが、甘かったな。 この俺が何年 貴様を殺すために潜伏したと思っている? 侮りこそせずとも力量はとうに見切っていたわ!!!!」

「………………!!!!!」

 

「それから言っておくが、始末するのは戦ウ乙女(プリキュア)からだ。」 「!!!!」

「当然だろ? 解呪(ヒーリング)こそ、女神ラジェルの遺志こそ我の脅威なのだ!!!!」

 

ヴェルダーズの片腕の狙いはブレーブに向いていた。

 

(!!!! ここであいつを失う訳にはいかない!!!

やるしかない!!! あれをやるしかない!!!!)

 

「!?」

ギリスは掴まれていない方の腕を振り上げた。

 

「《混沌之王(アスタロト)》!!!!!」

「!!!!!」

 

ギリスの手のひらの周辺が()()その刹那 そこから魔力がヴェルダーズに向けて爆発した。

 

その反動でブレーブとギリス自身も吹き飛ばされる。

 

 

「…………!!!

ウー 痛たた………!! 何が起きたの今……!!?

 

!!!」

 

意識を取り戻したブレーブの目に飛び込んできたのは少年の姿になったギリスだった。

その目は明らかに虚ろになっている。

 

 

「 ゴハァッ!!!!!」 「!!!!!」

 

その瞬間、ギリスは口から鮮血を吐き出した。

 

 

***

 

 

武道場端では ハッシュ達が先程吹き飛ばされたフェリオに必死に呼びかけていた。

 

「フェリオ、大丈夫!!?」

「わ、私は大丈夫ファ。

それよりブレーブを助けないとファ………!!」

 

「うむ。 分かっている。

それは私に任せ━━━━━━━━━━━」

 

 

「みんなァーーーーーーーー!!!!!」

「「「「!!!」」」」

 

ブレーブの声の方に全員が振り返った。

 

「ブ、ブレーブ!!

良かった 無事だった

 

!!?」

 

フェリオは喜びの言葉を途中で止めた。

彼女が両腕に何かを抱えている事に気づいたからだ。

 

「ブ、ブレーブ!?

それってまさか…………!!!」

「?! 子供?!

なぜ彼女が子供を抱えているのだ?!!」

 

「だ、誰か!!! 誰か助けてェ!!!!

ギリスが、私の【友達】が 息をしてないの!!!!!」



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88 この拳と友にかけて! 命の誓いをここに果たす!

「 !!!」

 

ヴェルダーズを撃退するために究極贈物(アルティメットギフト)を使い、体力を使い果たして気を失ってどれくらい経っただろうか。

 

見慣れない一室のベッドの上でギリスの意識は覚醒に至った。

 

「あ、ギリス!! 起きたファ!?」

「お おお。 フェリオ。」

 

上半身を起こして最初に目に入ったのはフェリオの姿だった。 その眉間には絆創膏のようなもので手当が施されている。

 

「……それよりここは……………?」

「ここはリュウさんの屋敷の客室ファ!」

「リュウ………………?

ああ。 リュウ・シャオレンの事か。 あいつ、少し見ない間にこんなに立派な屋敷を構えていたのか…………。」

 

「そんなことより身体は大丈夫ファ!?

どこか痛むとかはないファ!?」

「……これと言って問題は無い。

まぁまだ節々に痛みは残っているが、支障は無いだろう。

 

それよりフェリオ、今何時か分かるか?

俺は何日寝込んでいた?」

「何日? まだ3時間も経ってないファよ。

リルアだってまだ着いてないファ。」

「…………そうか。」

 

「それからギリス、報告しなきゃいけない事があるファ!」

「報告? 何だ?」

「フェリオ達、とっても頼れる人材を引き込む事に成功したんだファ!」

 

「…………ああ。 そうだったな。

戦ウ乙女(プリキュア)になれそうな人が居るんだったな。 それで、人数は1人だけか?」

「いや、もう一人心強ーい人が仲間になってくれたファ!」

「もう一人?」

「私だ。」

「「!!」」

 

ギリスの部屋の扉を開けて入ってきたのはカイだった。 彼も武道会とヴェルダーズの襲撃で所々負傷しており、身体にその手当の痕が見受けられる。

 

「……カイ・エイシュウ お前だったのか。」

「お初にお目にかかる 魔王 ギリス=オブリゴード=クリムゾン 殿。

私をご存知とは恐縮だ。」

 

ギリスの前で手を合わせ、頭を下げて会釈をする。

 

「……俺を知っているのか?」

「いかにも。 あなたの事はリュウ長老から聞いていた。

………私はどうやら自分で思っている以上に過酷な戦いに身を投じる決断をしてしまったようだ。」

「だったらどうする 止めるか?」

「滅相もない事を。 一度の決断を無下にしようなどと 私の矜恃に関わる。

この拳にかけてあなたや彼女達に身を捧げることを誓う。」

 

仰々しい と思ったのを隠し、ギリスはよろしく頼む とだけ言っておいた。

 

「それで、もう一人はどこにいるんだ?

蛍のやつは戦ウ乙女(プリキュア)の候補が見つかったと報告していたんだが。」

「リナはまだ疲れて寝てるファ。」

「リナ?」

 

 

 

***

 

 

 

「諸君に報告する。

龍の里の侵略に失敗した。」

 

そう報告したのは他でもないヴェルダーズだった。 そしてその場にいる全員にざわつきが走る。

 

「そしてもうひとつ ヤツらは新たに戦ウ乙女(プリキュア)を一人仲間に引き込んだ。言うまでもないが、作戦は佳境に入っている。 これからも気を引き締め、作戦遂行に尽力して貰いたい。」

 

龍の里の侵略失敗という凶報と気を引き締めろという激励の言葉はその場にいた全身の気持ちを奮い立たせた。

 

 

 

***

 

 

 

「何、リュウの孫娘だと?!」

「そうファ。 言葉遣いとかは完全に男みたいなやつだファ。」

「それからリナのことで2つ報告があるファ。」

 

そしてフェリオはギリスに『リナと一緒に戦ウ乙女之媒体(プリキュア トリガー)として新たにヴェルドが仲間になった事』と『ハッシュがリナの戦ウ乙女之従属官(プリキュアフランシオン)になった事』を報告した。

 

「なるほど。 あいつがな。

それで、ハッシュは今どこに居るんだ?」

「今はヴェルドと一緒にリナを診てる所ファ。」

「そうか。 悪いが二人を呼んできてくれないか? 俺はまだ動けそうにない。」

「わかったファ。」

 

ギリスに促されてフェリオは部屋を後にした。

 

「それで、カイ。」

「何か?」

 

「お前は誰の従属官(フランシオン)になるのか 決めているのか?」

「まだはっきりとは決めていないが、ホタル殿に就こうと思っている。」

「蛍に?」

 

「そうだ。

私は準決勝で彼女と闘い、そして敗れた。 その時に思い知ったのだ。彼女の 【自分以外のために戦う決意から生まれる強さ】を。そして彼女達に力添えをする事こそが 死んで行ったラドのためというものだ。」

「そうか。それはこちらも願ってもないことだ。 しかし【自分自身のための鍛錬】というのも重要なことだ。 それで自力で究極贈物(アルティメットギフト)を覚醒させたんだからな。」

 

ギリスがそこまで話し終わった所で懐の水晶が反応した。

 

 

『ギリスか? 私だ リルアだ。』

「どうした?」

『たった今 龍の里の入口に着いた所なのだ。今どこにいるか教えて欲しいのだ。』



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89 新入りの猫耳来たる! 始めよう近況報告会!!

「リルア 悪いが俺は今動けない状態だ。」

『動けないって 何かあったのか?』

「詳しい事はお前が着いてから話す。

俺は今 リュウの屋敷にいる。 」

『リュウの屋敷? 分かった。

すぐにそっちに向かうのだ。』

「頼んだ。」

 

リルアとの通話を切り、ギリスは再び天井を見上げた。

 

(…………究極贈物(アルティメットギフト)を一回使っただけでこのザマとは しかも戦ウ乙女(プリキュア)に任せ切りで 魔王としての立つ瀬がまるで無い……………。)

 

ギリスは自分の無力さ、そして魔王だった頃の威厳が失われている事を心の中で嘆いていた。

 

 

ガチャッ と音がして、再びギリスの部屋の扉が開き、ハッシュと妖精大のヴェルドが入って来た。。

 

「! ハッシュか。」

「ギリス、話って?」

「聞くことか。 お前、新しい戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)になるというのは本当なのか?」

「それは本当だよ。 リナは身体で”闘う”戦ウ乙女(プリキュア)だからね。」

「なるほど。 それならお前が組むのは理にかなっていると言う訳か。

それからそこにいる龍はそいつの媒体(トリガー)という事だな。」

「あぁ。ヴェルド・ラゴ・テンペストだ。

お前が魔王ギリスだな。 よろしく頼む。」

「こちらこそ これから厄災討伐に尽力して貰いたい。 それからお前の贈物(ギフト)の事を詳しく聞いておきたい。」

「分かった。」

 

 

 

***

 

 

 

「………なるほど。迅雷之神(インドラ)か。 強力な分 射程は短い と。

それならお前ら3人で組むのは上策だな。」

 

「「ギリス、いる!!?」ファ!!?」

「「「!」」」

 

扉を乱暴に開けて入って来たのは蛍とフェリオだった。

 

「身体は大丈夫なの!!?」

「ああ。 それから聞いたぞ。力尽きた俺をお前が運んでくれたそうだな。

礼を言うぞ。」

「お礼を言わなきゃいけないのはこっちの方だよ! ヴェルダーズから私を必死になって守ってくれたんだから!」

 

蛍はギリスに礼を言うと、みんなの方を向いた。

 

「それから皆、 リナちゃんが目を覚ましたよ! 今はまだ動けなくて カイさんや屋敷の人達が面倒見てくれてる!」

「……そうか。 俺も動けるようになったら挨拶しておかなければな。」

 

「ギリス様。」

「!」

 

蛍の次に入って来たのはリュウの下で働いている青い道着の男だった。

 

「あなたに会いたいと少女が一人門の前まで来られているのですが。」

「リルアが来たのか。入って貰ってくれ。」

「かしこまりました。」

 

 

 

***

 

 

 

「ギ、ギリス!!!?

お前 どうしたのだこの身体!!!!」

「動けないと言っただろう。 話すと長くなるぞ。」

 

旧友(ギリス)の負傷と親友()との再会のどちらから触れるか迷った結果、リルアが選んだのは前者だった。

 

それからギリスは蛍達がヴェルダーズの襲撃を受けており、それを助け出すために究極贈物(アルティメットギフト)を使ってこの有り様になっていることを説明した。

 

「本当にあいつが攻めてきたのか………

だからお前はあの時 車を立って先に向かったのか。」

「ああ。嫌な予感がしたからな。 かなりギリギリの状態だったよ。」

 

「リ、リルアちゃん?」

「? おー! ホタル! 久しぶりだなぁ!」

「う、うん!」

 

後ろから話しかけた蛍にリルアは肩を組んで再会を喜んだ。 蛍はまだこのリルアのテンションの高さに慣れきっていなかった。

 

「リルアちゃん、もうリナちゃんには挨拶してきたの?」

「? リナ?」

「そうだよ。 こっちで戦ウ乙女(プリキュア)になってくれる人が見つかったの!」

「おー!!! そうなのか!

そう言えばギリス、()()()を待たせているんだが、もう入って来て貰ってもいいか?」

「そうだな。 ここにだいたい揃っている訳だし 良いぞ。入って来てもらえ。」

 

ギリスの許可が降りるや否や、リルアは扉の方を向いた。

 

「おーい! もう入って来ても良いぞー!」

 

リルアの声に返事をする代わりに扉が開き、入って来たのは蛍と同年代くらいの少女だった。

 

子猫のような丸い目で髪はカーキー色をして肩に届くくらいの長さをしている。

そして1番目に付いたのは、頭から覗いている猫の耳だった。

 

「リ、リルアちゃん、 この子ってまさか………!!」

「そうだ。その予感は多分当たっているぞ。

じゃあ 自己紹介を頼む!」

 

リルアに促されてその猫耳の少女は元気よく口を開いた。

 

「ウス! 自分 今度アンタらのギルドに入団しました 【ミーア・クロムウェル】っていう者ッス!

 

自分 戦ウ乙女(プリキュア)ッス!!!」

『!!!!?』



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新人ビーストテイマー 編
90 龍神武道会の裏側! 魔王と魔王の人員探し!!


「ギ、ギリス この子今何て……………!!!

戦ウ乙女(プリキュア)…………!!!?」

「そ、それに【クロムウェル】って確か…………!!!!」

 

蛍とハッシュの驚きに対し、ギリスは案の定 と言わんばかりに口を開く。

 

「……落ち着け。 言いたいことは色々あるだろうが、俺の話を聞いてからにしてくれ。」

 

 

***

 

「蛍です。ここから先の話は全部 ギリスとリルアちゃんの述懐になります。

それからこの話は私達が龍神武道会に参加している時に起きた事だそうです。」

 

***

 

 

蛍とハッシュと別れてから数時間たち、ギリスとリルアを乗せた電車は目的地の駅に着いた。

 

「んーーーっ

やっと着いたーー! 長旅だったのだ!」

「何言ってるんだ。

電車に乗ってまだ数時間も経ってないだろ?」

 

蛍とまったく同じ動きと言葉を言ったリルアにギリスは半ば呆れてそう言った。

 

「ほら、もたもたするな 早く行くぞ。

軽く腹をこしらえたらすぐにギルドに行くぞ。」

 

 

 

***

 

 

 

「おーっ」

 

食堂で目の前に運ばれてきた食餌にリルアは目を輝かせ、そう感嘆した。

 

「『おーっ』っていう程のものか?

50ベルぽっちのランチだぞ?」

「失礼な事を言うな!

お店の人が一生懸命作ってくれたのだから!」

「そういう事じゃない。

その程度の食事ならいつでも作ってやるぞと言ったんだ。」

 

リルアの前に運ばれてきた献立は

 

・ハムエッグ3個

・シーザーサラダ 並盛

・ロールパン 2個

・クラムチャウダー

 

という物だった。

 

「えっ? ギリス 料理できるようになったのか?」

「おかげさまでな。 厄災(アイツ)に力を奪われてからずっと隠遁生活で自炊もしなければならなかったからな。

すっかり魔王には必要ない力が身についてしまったよ。」

 

こんな事を蛍の前でも言っていたな と思い起こしながらギリスは自嘲気味にぼやいた。

 

「だからこの店を馬鹿にしてる訳じゃない。 むしろこうして食事を取れることには感謝しているさ。」

「なぁ、私もギリスの作る料理を食べたいのだが?」

「リクエストしなくてもいずれ嫌でも食べることになるさ。 こうやって外食ばかりじゃ金がいくらあっても足りないからな。」

 

最後に会った時とはまるで見違えたな と思っていると、ギリスの料理も運ばれてきた。

キノコのクリームパスタとクルトンが入ったサラダがギリスの目の前に置かれた。

 

「ほら、待ってる必要もないぞ。

冷めないうちにお前も食べろ。」

「分かった。 それにしてもギリスお前、キノコ好きなのは変わってないのだな。」

「無駄口叩いてないで 早く食べるぞ。」

 

 

 

***

 

 

 

「お会計 合計 1デベルになります。」

「こいつで頼む。」

「ちょうど いただきます。」

 

簡単な会計を済ませ、2人は食事処を後にした。

 

「……しかし、やはり食事処には奇妙な印象を受けるな……。」

「? なんでなのだ?」

「そういえば お前にはまだ話してなかったな。」

 

 

ギリスはリルアにハッシュが食事処の店員に変装して近づいてきた事を説明した。

 

「……はおーー

あいつ てっきりルベドの紹介で入ったと思っていたが、そんなきっかけだったのか……!!」

「ルベドの紹介は紹介だがな。

お前から見てあいつはどう思う?」

「人間的にはちょっとパッとしないが、強さならかなりの上玉と見ている。

腕力だけで私達戦ウ乙女(プリキュア)にも匹敵するかもな。」

 

大した自信だな と感心半分呆れ半分で心の中で呟きながら、ギリスはギルドへ歩を進める。

 

 

 

***

 

 

「ここが募集のギルドか。」

「そうだ。ここはかなり精度の高い事で有名だ。 ここなら良い人材も見つかる可能性 大と言うものだ。」

「そうだな。 ところで、蛍の方は大丈夫だと思うか?」

「龍神武道会は昔から強豪揃いだからな。

その傾向が今も続いているなら従属官(フランシオン)くらいなら見つかると思うけどな。 それこそ運が良ければあいつが用意している聖闘士(パラディア)戦ウ乙女(プリキュア)も見つかると思うぞ。」

「そうだな!」

 

 

 

***

 

 

ギルドメンバー 募集

ギルド 【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

ギルドマスター 【ギリス・クリム】

募集人数 未定

募集期間 約1週間

簡易的な面接と研修の後に採用か否かを決めるものとする

 

そう書かれた張り紙がギルドの掲示板に貼られた。

 

「これでよろしいでしょうか?」

「ああ。 後は希望者が出たらその都度 連絡を頼む。」

「かしこまりました。」

 

「それから何かやって欲しい依頼があったら見せてくれないか。」

「かしこまりました。 こちらの掲示板からお選び下さい。」

 

受付の女性に促されてギリスとリルアは歩を進める。

 

「なあ ギリス、 蛍達は上手くやってると思うか?」

「何だ そんなに気になるなら今日の夜にでも連絡してみるか?」



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91 2人の魔王は振り返る! あの日の勇者パーティーとの激闘!!

ギルドへの人員募集の依頼が思った以上に早く終わったので、2人はその日の内にできそうな依頼をこなして時間を潰した。

 

そして今は別の食事処で夕食を取っている。

 

「……蛍たち、もう龍の里に着いたと思うか?」

「あの列車は快速だからな。

その日の内に駅に着いていれば今頃は里の門をくぐっている頃だろう。」

 

「……しかしまぁなんだ。 龍の里と言えば あいつの事を思い出すな。」

「……そうか あいつか。」

 

目の前の料理を口に運びながらリルアは感慨深くそう呟いた。

 

2人が思い出しているのはまだ2人が現役の魔王だった頃の事、当時 湯水のように沢山やってきた勇者達の中に一際強い者たちが居た。 それが今の星聖騎士団(クルセイダーズ)の団長 現役の勇者だったルベドとその仲間達である。

 

「強かったよな あいつら 何人いたっけ?」

「4人だったはずだぞ?

ルベドと3人 俺達2人が2対1で相手をしたんじゃないか。

ルベドとリュウと、あと名前は覚えてないがビーストテイマーと聖騎士(パラディン)が居たはずだ。」

「そうか そうだったな。

あいつら、今も生きてると思うか?」

「!!!」

 

ギリスは咄嗟に食べる手を止めてしまった。

 

「………どうだろうな。 あの時から一体どれほど時間が経っているか もう正確には分からない。 お前だってそうだろ?」

「……そうだな。 ルベドは転生を繰り返してずっと私達を待ってくれていた。 それだけの時間が経っていれば……………。」

 

ギリスもリルアも食事の事など頭から消えてしまっていた。 少しでも気を緩めようものなら懐かしさを思い出して涙を見せてしまいそうだった。

 

「悪かった。 食事中にこんな気持ちをしてたらあいつらにも申し訳ないよな!」

「そうだな。 蛍達も頑張ってるんだ。

俺達がしっかりしてないと示しがつかない。 俺達は【魔王】だからな。」

「そうだな! 魔王の面子にかけてもこれ以上恥は晒せん!」

 

気を使って【元】魔王と言ってくれなかったリルアに少しだけ感謝した。

 

 

 

***

 

 

 

「うーむ! 結構広いではないか!」

「ああ。 少しだけ奮発してダブルベッドもつけてもらったからな。 今日の疲れを癒していくといい。」

 

2人は宿の高めの部屋を取った。

現在は夜で、入浴も済ませ、後は寝るだけとなっている。

 

「ふむふむ 申し分ないふかふかさだな!

私が魔王城に居た頃でもここまでのもので寝たことはそうそうなかったぞ!」

「そうか。 それは良かった。

それなら俺も無理をしてこの部屋をとった甲斐が有るという━━━━━━━━━━━

?」

 

返事が無いのを不審に思って見てみると、リルアは眠りについてしまっていた。

 

一瞬 呆れたものの、今日は一日中依頼をこなしていたのだから無理もないかと結論づけた。現在は午後の9時 ギリスにとって寝るにはかなり早い時間であった。

 

リルアを気遣って灯りを消し、ロウソクの火を付け、その前に水晶を置いた。

そして通話機能を付ける。ギリスが話をする人間は1人しかいない。

 

「ラジェル、聞こえるか 俺だ。」

『ああ。 ギリスじゃない。どうしたのこんな時間に。 眠れないの?』

「……! そんなくだらないことでお前を頼ったりしない。 単刀直入に言うと、俺は今リルアと一緒に行動している。

蛍とハッシュは今龍の里に向かっている。」

『そのことはフェリオから聞いてるわ。

で、どうしたの?』

 

「……お前、ルベドが現役で俺達と戦った時に連れていたヤツらの事を覚えているか?」

『連れていた? パーティーって事?

それなら覚えてるわよ。 確か4人組だったわよね?

龍人族の武道家と、ルベドの幼なじみの聖騎士(パラディン)と 後は ビーストテイマーもいたわよね? めっちゃ強いケモノを連れてるって言ってたじゃない。』

「そうだな。 それでお前に聞きたいんだが、あいつら 今も生きてると思うか?」

『!!

………難しいと思うわね。 あれからかなり時間が経ってるし。』

「………だろうな。」

『要件はもう無いの?』

「ああ。 つまらない事を聞いたな。

もう通話を切るよ。 時間を取らせて悪かった。」

 

ラジェルの返事を聞くより早くギリスは水晶の通話を切りそれを鞄にしまった。

短くなったロウソクの火を消し、ギリスも早めに床に就く事にした。

 

リルアの隣のベッドにもぐると、ふかふかとした感触が自分を包み込んで癒してくれるようだった。

 

魔王と人間とでは種族が違うから別れが来ることは承知していたことだった。 彼にとって問題なのは、それが厄災【ヴェルダーズ】によって早く引き起こされた事である。

 

一刻も早く厄災を倒さねばならないと己を奮い立たせ、ギリスは眠りについた。



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92 面接開始! 天然猫耳少女 現る!

「達成した依頼内容を確認させて頂きます。

コカトリス 30体の討伐

薬草 25個の採取

ゴブリン 15体の討伐

 

こちらで間違いありませんか?」

「間違いない。」

 

宿で英気を養った翌日

ギリスは昨日達成した依頼の報酬を貰うためにギルドに来ていた。

 

「それでは達成報酬

合計で75デベルになります。」

 

受付嬢が金貨の入った袋を机に置いた。

 

「確かに。

それから、昨日依頼した人身募集の件はどうなった?」

「はい。 昨夜 1人 加入を希望してきました。」

「それはどんなやつだ?」

「新人の冒険者の少女でした。」

「少女? そいつは今どこにいる?」

「準備が出来次第、いつでも面接したいと言っておりました。」

「そうか。 なら応接室を1つ貸してほしい。 そこで面接をする。」

 

 

 

***

 

 

ギルドが貸してくれた応接室は狭い部屋の中央に小さな机があり、その両端に小さな椅子が置かれていた。

ギリスとリルアはそこに座って加入を希望してきたという少女を待っている。

 

「なぁギリス、女の子なら、戦ウ乙女(プリキュア)にスカウトできないかな?」

「簡単に言うな。 まだどんなやつかも分からないんだぞ。それに新人ときてる。

生半可なやつなら易々とヴェルダーズとの戦いに巻き込ませる訳にはいかない。」

 

ギリスが険しい表情で椅子に座っている中、扉を叩く音が聞こえた。

 

「加入希望者だな。 入ってくれ。」

 

ギリスに促されて扉が開いた。

 

「ウッス! お初にお目にかかるっス!」

「「?!!」」

「自分、新人ビーストテイマーのミーア・レオアプスって言う者ッス!!」

 

入ってきたのはカーキー色の髪で猫耳の生えたお調子者のような少女だった。

2人の第一印象は【これでもかってくらいの生半可なやつ】というものだった。

 

『……ギリス、どうする?』

『………まぁせっかく来てくれたんだ。

面接くらいはしてやらないと申し訳ないというものだろ。』

 

「ミーア だな。

俺がギルドマスターのギリス・クリムだ。」

「ギリスリーダーッスね!

これからよろしくお願いするッス!!」

「……………お願いさせるかは面接次第だ。 とにかく座ってくれ。」

「ウッス!」

 

 

ミーアと名乗った少女はこれ以上ないくらいの純粋な目を輝かせてギリスの目の前に座った。

 

 

 

***

 

 

 

名前:ミーア・レオアプス

年齢:14歳

性別:女

職業:冒険者 ビーストテイマー

 

冒険者のカードにはそれしか書いていなかった。

 

「……じゃあこれから面接を始める。

俺たちの質問に答えていってくれ。

 

最初に聞くが、冒険者登録をしたのはいつだ?」

「つい3日前ッス。」

 

「これまでに依頼を達成した経験は?」

「昨日 薬草採取の依頼をやって来たッスよ。」

 

「職業がビーストテイマーとあるが、今テイムしているモンスターとかはいるか?」

「そんな強力なものは使えなくって、一時的なテイムしか出来てないっす。」

 

「………なら、故郷はどこだ?」

「生まれも育ちもミンク村ッス!

知ってます? ミンク村って。」

「ミンク村なら知っている。そこから上京してきたんだな?」

「ウス!!」

 

「どうしてこのギルドを選んだ?

ちゃんとした理由を聞いておきたい。」

「それは、最初の【勇気】って言葉に惹かれたからッス!」

 

ギリスは心の中で頭を抱えた。

普通のギルドならいざ知らず、厄災との戦いをこんなお調子者に任せるわけにはいかないと考えた。

 

「それからこれが一番重要だが、今までに魔物なんかを倒した経験はあるか?」

「魔物は無いっスけど、故郷じゃ獣とか色々狩って生活してたッス!」

「狩りとはどういったものだ?」

「弓を使ってるッス!

今も持ってきてるッスよ!」

 

「ならとりあえず、その腕前を見せてもらおうか?」

「ウス! すぐに支度するッスね!」

 

3人は応接室を抜け、ギルド内の修練場に足を運んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「「………………!!!」」

「こんなトコッスかね?

どうっスか?」

 

修練場にてミーアは圧倒的な弓の腕前を見せつけていた。 既に30枚以上の的を1回もミスをすることなく撃ち抜いている。

 

(こいつ、抜けてるようだが見込みありそうだぞ…………!!)

 

『ギリス、どうするのだ?』

『まだどういうやつか完全には分からない。

研修をやって、それから考えるとしよう。』

 

「ミーア・レオアプス 君の弓の腕前は分かった。これから研修をやってそれから採用するか考えさせて欲しい。」

「ウッス!」

 

「それから言い忘れてたんだが、俺たちは別行動をとっていて、ギルドは5人いるんだ。」

「5人?」

「詳しい事はまた後で話す。

研修は明日から数日間。俺たちは魔物討伐の依頼をする。 明日またこの時間にギルドに来てくれ。」

「分かったッス!」

 

こうして、ミーア・レオアプス という、【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)】の加入希望者が現れる運びとなった。



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93 冒険者のデビュー戦! 初めての魔物討伐!!

シュドシュドシュドッッ!!!

 

矢が小型の魔物の眉間を撃ち抜く音が3つ立て続けに草原に響き渡った。

 

「おーっ!

結構簡単に行くもんスね 魔物討伐ってヤツは! アタシが故郷で獲物狩ってた要領でやれば良かったんスね!」

 

一人の猫耳を生やした少女が無邪気な笑顔を浮かべて喜びの声を上げる。

この少女、ミーアは今 自分が入隊志願したギルドの面々と一緒に魔物討伐の依頼をこなしに近場の草原まで来ていた。

 

「あと何匹狩りゃ良かったんでしたっけ?」

「10体だから、後7匹だな。」

「ウッス! なら全部アタシが狩っても良いっスか?」

「出来ると言うなら、やってみろ。」

 

「よーし、任せてくださいッス!!!」

 

ミーアは機嫌良く弓を持つ腕を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

「依頼内容を確認させて頂きました。

ホーンラビット 10体の討伐

達成を確認しました。」

 

魔物討伐はトントン拍子で進み、1時間もしない内にギリス達はギルドに戻ってきた。

 

「それから、報酬の割り当てはどうしましょうか?そちらの冒険者はギルドのメンバーではないそうですが。」

「報酬の半分を彼女にやる方針で頼む。」

「かしこまりました。」

 

「ええっ!!?

半分も貰っちゃっていいんスか マスター!」

「何を言っている。この依頼はお前一人でやったも同然だ。むしろ全額くれてやっても道理が通じるくらいだ。」

「……マスター………!!!

ありがとうございます!!!!」

 

ミーアは公衆の面前であることも忘れギリスに最大限の感謝の意を示した。

 

『おい ギリス、お前 随分人が良くなったじゃないか。 隠遁暮らしが祟って平和ボケでもしたか?』

『何もしてないヤツが何を言っている。

それよりこいつにあの事を話すから適当な所まで案内するぞ。』

『はいはい 分かったのだ。』

 

リルアの冗談を軽く受け流し、事を次の段階に移す。

 

 

***

 

 

 

「お待たせいたしました。

マッシュルームパスタ

ハヤシライス

厚切りハムステーキ

シーザーサラダ 大盛り になります。

 

ご注文 以上でよろしかったでしょうか」

「これで全部だ。」

「かしこまりました

ごゆっくりどうぞ。」

 

3人の前に昼食の料理が並べられた。

ギリスはリルアとミーアを連れてギルドの近くの食堂に入った。

しかし、その目的は食事だけでは無い。

 

「……ん? どうかしたか?」

「………いや、こんなにゴーセーな料理(モン) ホントに食べちゃってもいいんスか?」

「もちろんだ。 俺達の依頼をやってくれたせめてもの礼だと思って食べればいい。」

「…………!!!

 

ありがとうございます!!! それじゃ、頂きます!!!!!」

 

ミーアは目の前の肉の塊にナイフを入れた。

そして切り取ったその一片を口に運ぶ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

ミーアの口に言葉では表現し切れない程の旨みが溢れ出した。

その様子を見てギリスは冒険者になって今日までまともに収入もなく、節約しなければやって行けなかったのだろう と冷静に結論づける。

 

「なあ、ミーア」

「ん? どうかしたんスか?」

「そいつをタダで食うのは良いが、ここに来た目的は食事だけじゃない。」

「どういう事ッスか?」

 

「確認しておくが、お前は本気でここに入りたいんだよな?」

「そうッスよ。 それはホントっす。」

「それなら、お前には話しておかなければならないことがある。

俺達とは別行動を取っているギルドメンバーについての事だ。」

「ああ その事!

なんか言ってたッスね!」

 

【なんか】という脳天気な単語には目を瞑り、口を開いた。

 

 

 

***

 

 

 

「龍神武道会!

それなら聞いた事あるッスよ! お仲間さん、そこに行ってるんスか?」

「ああ。 そこであわよくばいい人材をスカウトしたいと思っている。」

「それで、どんな人がそこに行ってんスか?」

 

(まだ戦ウ乙女(プリキュア)の事は話せないな。)

「女の戦士と、男の格闘家と、従属の魔物に行ってもらっている。」

『おい! フェリオって魔物か?』

『まだ戦ウ乙女(プリキュア)の事を話す訳にはいかない。 今はそういうことにしておくんだ。

第一まだ採用すると決まったわけじゃない。』

 

「戦士と格闘家!

どんなやつなんスか?」

 

ギリスは蛍とハッシュの事を2人の素性などをひた隠しながら説明した。

 

「………なるほどー

んで、その2人が武道会に出場してるんスか?」

「出場してるかまでは分からない。

とにかくその龍の里で新しいギルドメンバーを募ってもらっている。」

「その人たちとはいつ会えるっスか?」

 

「そうだな。 はっきりとは言えないが、だいたい1週間と少し経った頃だと思ってくれればいい。」

 

ミーアは頷き、再び目の前のハムにナイフを下ろした。



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94 採用 それとも不採用?! 夜中の作戦会議!!

「………また布団に入ったらすぐに眠ってからに。」

 

ギリスは一人 宿屋の一室で一人ぼやいた。

隣ではリルアが口から一筋よだれを垂らしながら能天気な寝顔を浮かべていびきをかいている。

 

「今日は連絡の約束をしていると言うのに、一体何をやってるんだこいつは…………!」

 

自分が連絡すべきだと言ったくせに と横目でリルアを睨みながらも懐から水晶を取り出し、机の上に置く。

 

既に蛍達とは1回連絡を済ませており、この通信では互いの現状報告をする手筈になっていた。

走行しているうちに時計の針が10時を指した。その直後、水晶に光が宿る。

 

『もしもし ギリス?』

「その声はハッシュか。 問題なく通信はできているぞ。

そっちは今どうなっている? 蛍の奴が龍神武道会に出るとは聞いたが その後どうなんだ?」

 

ギリスは前の通信で蛍本人から人材を確保するために龍神武道会に出ることになったという旨の報告を聞いていた。

 

『熱心にやってくれてるよ。 もう僕が教えられることはほとんど覚えてくれた。』

「そうか。 それで、その蛍は今どうしてる?」

『もう寝ちゃってるよ。 特訓は身体に堪えるみたいでね、毎日ヘトヘトになってるから。 ちなみにそっちで起きてるのはギリスだけ?』

 

ギリスは一瞬たじろぎ、そして自嘲気味に口を開いた。

 

「………ご名答だ。 リルアももうグースカ 馬鹿面を晒して眠ってしまっている。」

『………そう。』

「………そうだ。」

 

その受け答えを最後にしばらく無言の時間が訪れた。 その時間に耐えきれずに先に口を開いたのはハッシュだった。

 

『ところでギリス、』

「どうした?」

 

『その、前に言ってた加入希望者って、どういうヤツだったの?』

「………あー、 それな…………

どこから説明すれば良いか…………」

『? どういう事?』

 

ギリスは一つ間を置いてからミーアが採用するべき点とすべきで無い理由を説明した。

 

『………なるほど。 それでも弓の腕が良いならちゃんと面倒見れば戦力にはなるんじゃないの?』

「それはそうなんだがな………。

あいつはただ普通の冒険者になりたくて田舎からギルドまで来てるから そんなやつをヴェルダーズ共との戦いに巻き込むというのもどうかと思っていてな…………。」

『あー、なるほど。 そりゃ確かにそうだね。 こっちは君と知り合いの人と血が繋がった人って事で上手く行きそうだけど、そうもいかないね。』

「そういう事なんだ。何かいい策でもあれば良いんだがな………。」

 

『だったらいっその事さ、』

「?」

 

『僕らが実際にやってる事をバラしちゃえば良いんじゃない?』

「?!!!」

 

ハッシュの予想外の言葉に『何を言い出すんだ』と指摘するより先にハッシュが言葉を続ける。

 

『もしそれで彼女がやりたいって言ってくれれば採用すれば良いし、渋ったら不採用って事で他を当たってくれれば良いし、それが一番理にかなってると思うけど。』

「……………!!!

分かった。 考えておこう。」

 

ふと時計に視線を送ると既に長針が一番下に差し掛かろうとしている。

 

「それで、そろそろ切るぞ。

明日も依頼を受けるつもりでいるからな。

蛍に武道会 頑張れ と伝えておいてくれ。」

『分かった。 おやすみ。』

 

通話を切り、ギリスはリルアを起こさないように気を配りながら布団に潜った。そして身体を休めるまでの時間つぶしに考えを巡らせ、そして一つの【悪い可能性】に至った。

 

(………ここに来てしばらく経つが、最近あいつらが動くどころかチョーマジンの発生すら聞かない…………。

何か、大きな企み(こと)への準備をしているのか…………?)

 

 

 

***

 

 

 

ギリスの予感は当たっていた。

《そいつ》はギリスが泊まっている宿がある町に人知れず着いていた。

 

「………報告します ヴェルダーズ様。

……ええ。 問題なく配置に着きました。

……はい。 オオガイさん達も指定の場所に着いてるんでしょ? こっちは任せて下さい。

 

【あいつ】も潜り込むための準備を着々と進めてますし、 まぁ、弱体化した魔王の首を二つ持って帰れれば儲けものでしよ? はい。

じゃあまた後で。」

 

《そいつ》は通話を切った。

その視線はギリスとリルアの喉笛を虎視眈々と狙っていた。



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95 明かされる秘密! 加入希望者の決断!

「マスター! 遅くなりましたッス!」

 

ミーアが陽気な笑顔を浮かべてギリス達の元に近づいてきた。

ハッシュとの通話が終わって夜が明け 依頼を受けるためにギルドに来ている。

 

「……………」

「ん? どうかしたんすか?」

 

ハッシュから昨日言われた事をリルアにも相談し、既に決断は済ませている。

 

「なあミーア、お前に一つ言っておかなければならない事がある。」

「?」

「話したいから昨日の食堂に来てくれないか。」

 

 

***

 

 

「んで、なんスかその話したい事って。

もしかして採用かどうか決まったんすか?」

 

ミーアが運ばれてきた水を口に運びながらギリスに聞いた。

 

「それはまださきの事だ。しかし今から話す事はそれに関係することかもしれないな。」

「? どういう事ッスか?」

 

リルアも同意の会釈を送り、ギリスは重々しく口を開いた。

 

「単刀直入に言うと、俺たちは()()()()()()()()()()。」

「? 普通のギルドじゃない?」

 

「お前は知っているか?

突然発生する魔物の報告を。」

「ああ。それなら聞いた事あるッスよ。

それがどうかしたんスか?」

「………一般的には知られていないが、この世界は今 裏から牛耳ろうとしている組織が存在しているんだ。 その組織が怪物を生み出しているんだ。

俺達はそいつらと戦うために作られたギルドなんだ。」

「マジっスかそれ!!?

でもなんでマスター達が?!」

 

「………信じて貰えるか分からないが、俺達はその組織の頭に出し抜かれて世界から存在を消された【魔王】なんだ。」

「…………………………………………………………………………

!!!!? 魔王!!!!?」

 

「驚くだろうが、ちゃんと証拠もある。

俺を解析(アナライズ)してみろ。」

「? あぁはい。

??!!!」

 

ミーアの目に入って来たのはギリスの正式な情報 《ギリス・クリム》ではなく《ギリス=オブリゴード=クリムゾン》の情報だった。

 

「………それでお前に求めたいのは、その組織や怪物達と戦ってくれるかと言うことだ。

そしてお前、戦ウ乙女(プリキュア)になる気は無いか?」

「プ、戦ウ乙女(プリキュア)!?

それってあのギルドネームの最後の……!!?」

「ああ。 うちの名前はそこから取ってある。それでどうだ? もちろん無理にとは言わないが。」

 

「………う〜〜ん……………。

結構かっこよさそうで興味は正直あるんスけど やっぱりその戦ウ乙女(プリキュア)の事をちっとも知らないから何とも言えないんすよね……………」

戦ウ乙女(プリキュア)は 一般に認知されてないだけで立派な職業の1つだ。それこそ俺の【魔王】やお前の【ビーストテイマー】と同じようなものだ。」

 

ミーアはしばらく吟味するように唸り、それから論点を広げる。

 

「……もし自分が『戦ウ乙女(プリキュア)になりたくないけどここに入りたい』って言ったらどうするッスか?」

「それはもちろん歓迎する。

今は1人でも戦力が必要だからな。 その点お前はかなり優秀な弓の腕を持っている。

その腕をヤツらと戦う事に活かしてくれるならそれこそ願ってもない事だ。」

 

「………そうっスか。

なら、その戦ウ乙女(プリキュア)になるかはまだ決めないけど研修は続けてもいいッスよね?」

「もちろんだ。」

 

緊張が解れたのか少し表情を緩めてミーアは質問を続ける。

 

「それで、今日はどんな依頼をやるんスか?」

「今日も魔物の討伐をやろうと思っている。」

「………その、魔王や戦ウ乙女(プリキュア)ってそういう普通の事もやってるんスね。」

「ヤツらは人知れず 世界を裏から狙っている。俺達もそうやって普通のギルドの活動をやりながらヤツらが生み出す魔物達を【助けて】いるんだ。」

 

 

 

***

 

 

ギリス達がミーアに戦ウ乙女(プリキュア)の事を打ち明けている頃、《そいつ》は木の上からヴェルダーズに報告していた。

 

「はい。 こっちは準備出来ました。

2人の魔王と言っても所詮は過去の遺産で今は弱体化してるんでしょ?

なら首を取ってくるくらい造作もない事ですよ。」

 

『…………おう。 龍の里の事はこちらに任せろ。 お前にはそっちを任せる。

抜かるなよ。 【ハジョウ・タチバナ】』



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96 初めてのソロ依頼! オーク討伐作戦 開始!!

ミーアに戦ウ乙女(プリキュア)の事の全て話し終わり、ギリス達は食堂を後にした。

 

「それで、今日はどんな依頼をやるんすか?」

「別に決めていない。

そもそも急いで依頼をこなさなければならないほど金には困っていない。

依頼をこなすのはあくまでギルドの仮の姿で、本職はヤツらと戦う事だからな。」

「それじゃ 自分 戦ってみたい魔物(ヤツ)がいるんスけど!」

 

 

***

 

 

「………戦ってみたいってのはここに居るオークの事か?」

「ウッス!

故郷の村じゃ、オーク倒せりゃ1人前だって言われてたんすよ! だから早かれ遅かれここに来ようって決めてたんス!」

 

ギリス達が来ているのはオークが出没する洞窟だった。 この洞窟の周辺の集落でオークによる被害が発生しており、ギルドからも依頼されていたが、危険度に対して報酬が少ないからと受けるギルドの手がつかなかったのだ。

 

「でもひどい話ッスよね。

報酬が少ないからって受けようとしないなんて。」

「それがギルドの現実ってもんだ。

依頼、特に魔物なんかとの戦闘には常に死の危険が付きまとう。 それに俺達ならいざ知らず、通常は依頼の達成が収入源となっている。

だから、身の丈にあった依頼を慎重に選ぶ事こそがギルドのセオリーなんだ。」

「……マスター、魔王なのによくそんな事分かりますね。」

「ギルドとまではいかずとも、パーティーとは1つ 腐れ縁があるんだ。」

 

かつて現役の勇者だったルベド、そして一緒にいた格闘家や聖騎士(パラディン)、ビーストテイマーの事を思い出していた。

 

「ほら、もうすぐ来るぞ。 気を引き締めていけ!」

「ソロのバトルだ。 頑張ってくるのだ!」

「ウッス!!!」

 

ミーアは意を決して洞窟に入っていった。

 

 

***

 

 

「矢は………………

えーと、25本持ってきたから、これだけありゃ大丈夫っしょ!」

 

ミーアの手には件の弓矢が握られている。

いつ敵に遭遇してもいいように、準備は万全に済ませていた。

 

「うーっし!

オーク、何時でもかかって来やがれー!!!」

 

ミーアがそう己を鼓舞して腕を上げたその時、洞窟内にケタケタと気味の悪い笑い声が響く。

 

(!!

…………来たッスね。 この鳴き声は…………。)

 

笑い声が聞こえてくるや否や ミーアは気を引き締めて弓矢を構える。

その前方に出てきたのは十体ほどのゴブリンだった。

 

「やっぱりゴブリンだったッスね。

あんたらオークの差し金っスか?」

 

ミーアの質問にはもちろん答えず、ゴブリン達は持っていた武器を振り上げる。

 

その瞬間、矢が突き刺さる音が立て続けに10回響き、ゴブリン達は眉間から血を流して倒れ伏した。

 

「よっしゃー! ヘッドショット 10連発!

こんなん ラクショー ラクショー!!

ゴブリンなんてガキん頃から狩りまくってたッスからね!!」

 

ミーアは拳を掲げた。

ちなみに彼女が魔物は生け捕りにした方が良いという事を知るのはまた先の話である。

 

 

ミーアの手元に残っていた矢は後 15本しか無かった。 しかし彼女が慌てることは無い。 オークに10本も残せれば良いと見積もっているし、何よりいざとなれば獣人族 特有の爪や牙を使って戦う策も残されていた。

 

「じゃあまずはこいつらから素材剥ぎ取っとくとするッスかね!

スライムは倒したら魔石になるって聞いたけど、ゴブリンはそうじゃないんスね。」

 

魔物は大きく分けて倒すと半永久的に持続する魔石になる物と、倒しても変わること無く足の早い素材を回収せねばならない物の二つに分かれる。

 

素材の回収は早急に行うのがギルドの依頼のセオリーである。 しかし、それを簡単にはやらせてくれないのが冒険者の現実である。

 

 

ズシンッ!!!!

「!!?」

 

ミーアがゴブリンの死骸に近づこうとした時に 洞窟内を揺り動かす轟音が響き渡った。

 

「………どうやら運が良いみたいッスね。

こんなに早く()()に出会えるとはね。」

 

洞窟の奥の闇から浅い緑色の肌をした巨大の魔物が姿を現した。

 

正真正銘のオークだ。

 

「タイマン張らせて貰うッスよ。

残りの15本 全弾ぶち込んでやるッスよ!!!!」

 

ミーアは弓矢を構え、オークと相対した。

 

 

 

***

 

 

ギリスとリルアは洞窟の入口で待機していた。

 

「……なぁギリス、本当に1人で行かせて大丈夫だったのか?」

「本人が行きたいと言ったのだからそうしてやれば良いだけだ。

それにあいつの身に危険が迫ったら報告する魔法をかけてある。

 

ここらで冒険者の心得を知っておくのも悪くないだろう。」

「そういうものか?」

 

「そういうものだ。

 

にしてもゴブリンと聞くと思い出すな。あいつの初仕事を。 」

「あいつ? 蛍の事か?」

「そうだ。 あいつのギルドの初仕事もホブゴブリンの討伐だったんだ。 といってもまだ【討伐する】覚悟ができていなくて生け捕りになったがな。」

 

そう 無意識に少しだけ得意げに話す様子がまるで蛍の保護者のように見えた とリルアは思った。



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97 オークと猫耳の一騎打ち! 飛び交う弓矢の雨!!

「さっそく現れてくれたッスね 本命。」

 

洞窟の奥の暗闇から出てきたオークに対し、ミーアはそう得意げに言いながら弓を構えた。 得意げな口調の中でも慢心は微塵もない。 故郷の村でオークなどの魔物の恐ろしさは物心つく前から知らされていた。

 

 

シュパッ!!!!

「!!!?」

 

オークの姿がはっきりと見える位置まで近づくや否や、ミーアは目にも止まらぬ速さでその眉間 目掛けて矢を打ち込んだ。

故郷で何回も繰り返し練習した弓の早撃ちを成功させた。

 

しかし オークは眉間目掛けて飛んでくる矢を咄嗟に拳で防御した。 それでもオークの手を貫通し、鈍い声をあげる。

 

(!! やっぱそう上手くはいかないッスよねー)

 

ミーアはオークが反応ではなく本能と反射で防御したのだと理解した。 そしてすぐに次の攻撃の準備に入る。

ミーアのような弓を使う人間にとって、攻撃の準備は死活問題といえる。 矢を装填している隙だらけの状態を攻撃されては勝てる勝負も勝てなくなってしまう。

 

拳に走った激痛で精神のスイッチが入り、オークはミーアを敵と認めた。自分に向けられた視線がそれをありありと物語っていた。

 

(………さーて、 どう出るッスか………?)

 

オークの攻撃は純粋な突進攻撃だった。

筋肉でできた丸太のような脚を駆動させて地面を蹴り飛ばし、ミーアに向かって持っていた巨大な棍棒を振り上げる。

 

シュドンッ!!!!!

「!!!!?」

 

ミーアに強襲しようとした瞬間、オークの脚が撃ち抜かれた。 肉が吹き飛び骨も露出する。 肉を抉られた激痛に 今度は絶叫をあげる。

 

「うっし ヒット!

一気に3本も使ったんだからこんくらい食らってもらわないと!!」

 

ミーアは一気に三本の矢を放った。

矢の数に限りがある局面でこういった決断は勇気を問われるが、オークの脚を奪い自由を封じるには安すぎる代償といえる。

 

 

片脚を奪われてもオークの闘士が消える事は無かった。 残った脚で再び地面を蹴り飛ばす。

 

オークはミーアとの距離を詰める事に成功したが、その大振りの攻撃は軽々と躱された。

 

(うっし! 冷静冷静!

村でやった特訓の成果が出てるッスよー!)

 

ミーアが普通の弓使いと異なる点は、ひとえに獣人族であるという点である。

猫のしなやかな筋肉を備えた脚をもってすれば、オークの攻撃を避けることはやってできないことでは無い。

 

(もう出し惜しみはしないっス!)

 

再び三本の矢が放たれ、今度はオークの首に深深と突き刺さる。

急所をもろに打ち込まれ、オークは苦しみながら残っている膝を着く。

 

「こいつを喰らえッス!!!!」

 

グサッ!!!!! 「!!!!!」

 

ミーアが続けざまに放った矢がオークの左眼に突き刺さった。 既に全身に矢を打ち込まれ、誰がどう見ても満身創痍の状態だった。

しかし、それでもオークの戦意は消えていなかった。

 

 

ドゴッ!!!! 「!!!」

 

オークの振り上げた棍棒がミーアの持っている弓矢を吹き飛ばした。

一瞬の隙をついて相手の攻撃手段を奪った事で一気に形勢を逆転させ、一撃必殺の攻撃を打ってこの【敵】の息の根を止める事が出来る とそのオークは言葉を扱えないながらも確信した。

 

ミーアの頭蓋骨に狙いを定めて棍棒を振りかざした。 オークが頭で想定していたのは目の前の獣人族が頭を砕かれる光景だけである。

 

(……甘いっスね。)

 

シュパンッ!!!!

「!!!!」

 

オークが大振りの攻撃を撃ち込む間にミーアは懐に潜り込み、その手に備わった爪で喉を切り裂いた。

オークは喉から血を吹き出し、残った虚ろな目をミーアに向けながら倒れ伏す。

 

「…………………………………

 

ッッシャーッ!!!!!

討伐完了ーー!!!!!」

 

ミーアは自らが倒したオークの目の前で拳を挙げた。

 

「……………とはいっても最後の隙はまずかったッスね……………。」

 

オークに最後に貰った攻撃で 普通の弓使いは攻撃の手段を失い逆転されて死んでいたはずだった。

ミーアは例外的に弓以外の攻撃手段を持つ獣人族であったが故に難を逃れることができた。 しかし、そんな幸運に甘えていてはいつか足元をすくわれるという事は新米のミーアにも理解出来る事だった。

 

「………で、このオークどうやって運ぼうか…………

ギリスマスターに手伝って貰うか………」

 

貴重な素材の宝庫と化したオークに背を向けてギリス達が待つ洞窟の入口へと歩を進める。

 

「やっぱ 実戦は学ぶこと多いッスね〜〜

矢もまだ残ってるし、70点台は堅いっしょ!」

 

故郷で続けていた狩りの延長のような感覚で挑んだ初めての単独依頼でミーアは多くの事を学んだ。 それがこれから ギリス達のギルドに入ろうと入らずとも必ず役に立つ事だと確信していた。



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98 現れた厄災の追っ手! 狙われたオークの遺体!!

「ギリスマスター!」

 

洞窟の奥からミーアの元気の良い声が響いた。 入口で待っていたギリスとリルアがその声に振り返る。

 

「なんだ もう済ませて来たのか

? オークはどうした?」

「それがめちゃめちゃ大きくってですねー

とても1人じゃ運びきれなくて」

 

「俺達に手伝って欲しいと言いたいのか?

お前、これがソロ依頼ならどうするつもりだ?」

「……ギルドの職員に来てもらう とかッスかね?」

「それも選択肢だが、今はその必要も無いだろう。 そのオークはどこにいるんだ?」

「ここからそう遠くはないっスよ。

あと、その近くでゴブリンの群れも出たからそいつらも倒しておいたんで、一緒に運んでくれるッスか?」

 

「……それは良いが、お前 何本矢を使ったんだ?」

「結構残ってるッスよ。 15、6本位ッスかね。使ったのは」

「それはお前的にはどうなんだ?」

「? まあ及第点ってとこじゃないンスか?」

 

とても1つの依頼をこなしてきた人間の言葉とは思えない脳天気な言い方に ギリスは心の中で少しだけ呆れた。

 

 

 

***

 

 

「……これで全部か?」

「ウス! 結構頑張ったっしょ?」

 

3人の目の前にはミーア討伐したオークと10体のゴブリンの遺体が並べられた。

 

「討伐してからでも依頼を受ければ達成扱いになるんでしょ? ならゴブリンの討伐依頼の報酬も一緒に貰えばいいじゃないっスか!」

「それは構わないが、こういう魔物は討伐するより生け捕りにした方が素材が効率良く手に入るんだぞ。それにもう結構時間が建っている。これじゃ大した金も手に入らないぞ。」

「そうなんスね! いきなり出てきたんでそこまで気が回りませんでしたよー」

 

素直に自分のアドバイスを聞き入れるミーアを見て ギリスの彼女に対する好感度は少しだけ上がった。

 

「んで、どうっスか?

自分 ここで働いてもいいっスかね?」

「そうだな この分なら

 

 

 

 

「!!!!?」」

「?」

 

ギリスとリルアは同時に血相を変えて何も無い所を振り返った。

 

「? どうしたんすか2人とも?」

 

「ギ、ギリス 今のって まさか…………!!!」

「ああ 間違いない《ヤツら》だ……!!! 」

 

 

ギリスとリルアの視線の先に【そいつ】はいた。 切り立った岩場に生えている木の影から姿を現す。

 

「あれ? 意外だね 2人きりじゃないんだ。

だけどそいつは見た事ない顔だし、やっぱり情報に間違いは無かったんだね。」

 

木の影から褐色の中性的な男性が現れた。 赤い和服のような物に身を包み、少年のように無邪気な笑顔でこちらを見つめる。 二人には、それが漠然とした恐怖に感じられた。

 

「僕の名前は《ハジョウ・タチバナ》。

分かってるだろうけど、ヴェルダーズ様が、君たちに死んでくれって言うから来たよ。」

「………いきなり敵に名前を名乗るとは、それは余裕の表れか?」

「失礼だなぁ。 ただ 礼儀のつもりでやったのに。」

 

ギリスとリルア そしてヴェルダーズの事をほとんど知らないミーアでさえ ハジョウと名乗ったこの男に不気味な何かを感じていた。

 

「にしてもさ、ここ あまり強い魔物がいないよね。 いい素体を探してたんだけど、 まぁそこにいるので間に合わせるか。」

「?

!!! ミーア!!! そいつを隠せ!!!!」

 

「もう遅いよ。 《魔物召喚(サクリファイス)》!!!」

 

ハジョウの手の平から紫色の魔法陣が浮かび上がり、それを投げつけた。 魔法陣はミーアが討伐したオークの遺体に貼りつく。

オークの遺体から禍々しいひかりが立ち上った。

 

「!!? なんスかこれ!!??」

「!!! しまった!!!

ミーア!!! そいつから離れろ!!!!!」

 

 

ビカッ!!!!!

「「「!!!!!」」」

 

オークの身体の光が炸裂した。

そこから放たれた爆風が3人を吹き飛ばす。

 

「………………!!!!

な、なんなんスか これ……………!!!!」

 

自分が倒した時より一回りも二回りも大きな怪物が目の前に立っていた。 胸の部分には魔法陣が描かれている。

オークの遺体を素体としたチョーマジンが生まれた。

 

「おほ〜! 結構な上玉だったね〜!

死体でそこまで行くとはねー」

 

 

「リルア!! 早く変身しろ!!!

こいつを街に出してはダメだ!! ここで食い止めろ!!!」

「分かった!!!!」

 

リルアが懐に手を入れ、ブレイブ・フェデスタルを取り出そうとする。

 

「させないよ。」

「!!!」

 

ドゴッ!!! 「!!!」

 

その瞬間、ハジョウの蹴りがリルアを吹き飛ばした。

 

「ブランク抜けてないんだね。 魔王様がこんな僕の蹴りで吹っ飛ぶなんて 情けないねぇ。」

 

ヴェルダーズがリルアの力を奪ったと知った上でハジョウはいやらしい笑みを浮かべた。

 

「!!!! き、貴様…………!!!!」

「あれ? どうしたの その余裕のない顔は。

魔王様はさぁ、もっと凛々しい顔をするもんでしょ?!!」



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99 風神 粉塵 雲散霧消! 迫り来るゴブリンの大群!!

「誇り高い魔王様がそんな顔するもんじゃないよ。 そんなんじゃただでさえ少ない威厳も霞んじゃうよ?」

「……………!!!」

 

ヴェルダーズの息がかかったハジョウの言葉はギリスの胸に深深と突き刺さった。

今でこそ蛍やハッシュのような一般人と対等な関係を結んでいるが、かつての魔人族を統べていた魔王の誇りを忘れたわけでは断じて無かった。

 

「ところでさ、あの娘 放っといていいの?」

「!!!」

 

ハジョウの指差す方向にはミーアがいた。

突然現れた怪物に足が竦んでしまっている。

 

「ミーア!!! 何をしている!!!!

早くそいつから離れろ!!!!」

「もう遅いよ。おおかたギルドに迎え入れようとしてたんでしょ? なら倒しちゃっても良いでしょ?」

「!!! くっそ!!!!」

 

オークの姿をしたチョーマジンは手に持っていた棍棒をミーアに振り下ろした。

 

「!!!!」

 

棍棒が直撃する寸前、ギリスがミーアを抱えて助け出した。

 

「!!! マ、マスター!!!」

「お前には荷が重すぎる敵だ!!!

お前は()()無関係だから死にたくなかったら早くここを離れろ!!!」

「……………!!!」

「返事が聞こえないぞ!!!!!」

「!!!!

ウ、ウス!!」

 

「その代わり約束する。 必ず勝って迎えに来る!!! だから必ず無事でいろ!!!

 

リルア!! 早く変身しろ!!!

二人でこいつらを食い止めるぞ!!!」

「分かったのだ!!!」

 

ギリスが作った隙をついて、リルアはブレイブ・フェデスタルを取り出し、剣を突き刺した。

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

リルアは戦ウ乙女(プリキュア) キュアグラトニーに姿を変えた。

 

 

「あーあ、 変身しちゃったかー。 そのまま寝てくれれば楽だったのに。」

 

ハジョウの嘲笑的な発言を意に返さず、リルアはギリスの方を向いた。

 

「ギリス!!! 力を貸してくれ!!!」

「応!!!!」

「!!

 

やれやれ。 そっちも本領発揮かな?」

 

ギリスは既に少年の姿から本来の青年の姿になっている。

 

「二対二なら勝てると思った? 残念だったね。 《魔物召喚(サクリファイス)》!」

 

ハジョウの両手10本の指に10個の魔法陣が展開した。 両手を振るって飛ばした先はミーアが倒した10体のゴブリンの遺体だった。

 

ゴブリンの遺体が光り、小型のチョーマジンが10体生まれた。

 

「!! しまった!!」

「あはは これで12人だよ。

衰えた魔王二人くらいなら数を積めば勝てるって ヴェルダーズ様が教えてくれたんだよねー。

 

さぁどうする? この12体を彼女を庇いながら戦えるか

!!」

「頭が高いぞ 消えろ。」

 

ハジョウが悠々と喋っている隙にギリスが背後に立った。 手には魔力で作られた剣が握られている。

 

 

風塵之神(フウジン)

ヒュカッ!!!

「!!!??」

 

ギリスの剣が空を切った。 ハジョウの上半身が風に吹かれた砂のように崩れたのだ。

 

「こ、こいつ…………!!!」

「『頭が高い』って何? ちょっとでも魔王感を出そうとしたの?」

 

ハジョウの声がどこからか聞こえてきた。

 

(……!! これがやつの究極贈物(アルティメットギフト)か………!!!)

 

風塵之神(フウジン)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

効果:自身の身体を粉状に分解して霧散させる。 自分の意思で自由に部分的に解除できる。

 

「そこだ!!! 《魔炎(グレイズ)》!!!!」

「甘いよ。」

 

ガシッ! 「!!?」

 

ギリスの放った火球は外れ、逆に粉状から戻ったハジョウの手がギリスの手首と足首を掴んだ。 ハッシュがやっているような格闘ではありえない状態での掴み技だ。

 

ブンッ!

「おあっ!!!?」

 

ズドン!!!! 「!!!!?」

 

自在に動くハジョウの手がギリスの身体を浮かべ体制を崩して投げ、地面に叩きつけた。

 

「き、貴様…………!!!」

「ああ、それから これはヴェルダーズ様が言ってたことなんだけど、」

「?」

 

「『ヤツが力を取り戻すことは絶対に避けなければならないから必ず首を取ってこい』

ってさ。 喜ばなきゃダメだよ?あの人が手放しに評価してくれてるんだから。」

「……………!!!」

 

ギリスの脳裏によぎったのは 力を隠していた当時のヴェルダーズを配下として一緒に暮らしていた時代の事。 そして彼の真意を見抜けなかった自身の不甲斐なさが心を震わせた。

 

「ギリス!!! 今助けるぞ!!」

「させないよ。 ほら。」

 

ズドンッ!!! 「!!!」

 

オークを素体としたチョーマジンがグラトニーの行く手を阻んだ。

 

ガシッ!! 「!!!」

 

さらに背後に回り込んだゴブリンのチョーマジンが首に腕を回して拘束する。

 

「………!!! し、しまった…………!!!」

「!! グ、グラトニー………!!!」

 

「やっぱりあの人の言う事は正しいね。

衰えた魔王二人なら数があれば余裕だね。」

 

ギリスとグラトニーが窮地に立たされる中、ハジョウの勝ち誇った笑い声が響いた。



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100 見せる冒険者の意地! 解呪か破壊か選択の時!!

ギリスとリルア扮するキュアグラトニーはかつて 魔人族を統べていた魔王だった。

しかし厄災 ヴェルダーズに力を奪われ 衰えた現在では数を積んだ軍勢に翻弄される始末である。

 

二人にとってそれは到底 認められない事態だった。

 

「………………!!!!

こ、こんなヤツらなんかに負けてたまるか!!!!」

「!! グラトニー!!!」

 

究極贈物(アルティメットギフト) 増幅之神(サタナエル)が発動しました。』

 

グラトニーの目の前に魔力が球体となって蓄積される。

 

「ラァッ!!!!!」

「!!!!?」

 

魔力の球体が炸裂し、グラトニーを拘束していたゴブリンのチョーマジンがまとめて吹き飛ばされた。

グラトニーは次にハジョウ目掛けて突進する。

 

「ギリス!!! 今助けるぞ!!!!」

「…………甘いね。」

 

ハジョウがそう小声で呟いたのを聞き逃さなかった。

 

「!!!

止せグラトニー!!! 止まれ!!!!」

 

グラトニーは全速力でハジョウに突進した。

その速度は反応など出来ない筈だった。

 

 

フンっ 「!!!??」

 

グラトニーの身体がハジョウに直撃する寸前、ハジョウが払った手によって振り飛ばされた。

そのまま勢い余って大木に激突する。

 

「グ、グラトニー!!!」

 

「な、何故だ…………!?

何故 反応された…………!!!」

 

グラトニーが大木に打ち付けた身体を抑えながら自身に問いかけた。

「さぁ なんでだろうね?

足らない頭使って考えれば?」

 

(……………!!!?

ま、まさか…………!!!)

 

ギリスはハジョウの周りに埃のような《粉》が舞っていることに気がついた。

 

(まさか 自分の身体から粉を発してレーダーのように反応したのか…………!!?)

 

「グラトニー!!!!」

「「?!」」

 

「俺には構うな!! こいつは俺が相手をする!!! お前はあいつらを()()!!!!」

「!!?」

 

「あいつら全員に使える程の解呪(ヒーリング)は無い!!!

あいつらは《遺体》から生まれたチョーマジンだ!!! 解呪(ヒーリング)を使わずに片付けろ!!!!」

「………………!!!!」

「なるほど 理にかなった作戦だね。

やっぱり《遺体》で間に合わせるべきじゃなかったかな?」

 

ギリスの思考は全て限られた戦力での勝利に向けられていた。 しかし、グラトニーは躊躇っている。

 

「何をしている!!! 早くあいつらを()()!!!!!」

「…………で、できない そんなこと…………!!!」

「何だと貴様!!!! このまま死にたいのか!!!?」

 

「あのオーク達はミーアが頑張って狩ってきた《記念》だぞ!

それを()()なんて出来るわけが…………!!!」

「馬鹿か!!! 時と場合を考えろ!!!!

本当に二人とも死ぬぞ!!!!」

 

「あのさ、僕を挟んで揉めないでくれるかな?」

「………………!!!」

「しかし残念だね。

いい作戦だったのに平和ボケしたお仲間は乗り気じゃなくて。 それじゃ いつまでもこうしててもしょうが無いし、君から片付けちゃおうか。」

 

ギリスを押さえつけた体勢から片腕を挙げ、そこにエネルギーを溜め込む。

 

「ギ、ギリス!!!」

「俺に構うな!!! 早くあいつらを始末しろ!!!!」

「!!!」

 

「じゃあね 魔王サマ」

「!!!!」

 

ハジョウの手の中のエネルギーがギリスに炸裂する━━━━━━━━━━━

 

 

グサッ!!!

「!!!!? ハ?」

 

ハジョウの手に()が突き刺さった。

そこから空気が抜けた風船のようにエネルギーの塊も萎んでいく。

 

「「ミ、ミーア!!!!!」」

 

ギリスとグラトニーの視線の先にミーアが立っていた。

 

「お前、何故戻ってきた!!!!」

「…………そうだよ。この人の言う通りだよ

どういうつもりかな? ここで死にたいの?」

「!!!」

 

ギリスの視線が捉えたハジョウの表情は明らかに引きつっていた。 怒りを押さえ込んではいるもののそれがありありと滲み出ている。

 

「じ、自分は冒険者になるために村を出てきたんス。 今日まで【勇気】ある冒険者になりたくて頑張って来たんスよ。

だから、ここで逃げるくらいなら【冒険者】として戦ってやるッスよ!!!!!」

「「!!!!! ミーア、お前…………!!!!」」

 

初対面の時の楽観的な物の言い方は払拭され、【勇気】を持つ冒険者の少女の姿がそこに確かにあった。

 

「………あっそ。

だったらその安っぽいプライドに従って死ねば?」

 

ハジョウの合図でオークとゴブリン達 計11体のチョーマジンがミーアに突進した。

 

「「!!!! ミーア!!!!!」」

 

ハジョウに押され込まれたギリスと激突したダメージを受けたグラトニーには彼女の名を叫ぶしか出来ることが無かった。



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101 覚醒する獣の本能!! 唸りを上げるキュアレオーナ!!!

「「ミーア!!!!!」」

 

ゴブリンとオークを素体としたチョーマジンの大群がミーアに向かって突っ込んで行く。

ギリスとグラトニーの頭によぎったのは()()()()()()ミーアが殺されるという最悪の想定だった。

 

 

***

 

 

 

(…………なさい。)

「?」

(………目覚めなさい。 ミーア・レオアプス)

「!!!??」

 

自分の本名を呼ばれてミーアははっと目を開けた。 そして目に入ってきたのは辺り一面 真っ白な空間 そしてその中に佇む1人の女性だった。

 

「な、なんスかあんた…………!!!」

『私は女神 名を【ラジェル】といいます。

あのギリスとリルア(バカ達)とは長年の付き合いをさせて貰ってるわ。』

「め、女神?!!

って事は自分 まさか…………!!!」

『いいえ心配はありません。

あなたは死んだ訳ではありません。 あなたには一つ 決断をして欲しくてこの場に招きました。』

「………決断?」

 

目の前の女性が何を言っているのか分からずに戸惑っていると、ラジェルはさらに話を続ける。

 

『まず 知っている通り、あなたは今 ゴブリンやオーク達に襲われつつあります。

はっきり言って、このままではあいつらに殺されるだけです。』

「………………!!」

『ですが一つだけ助かる方法があります。

あなたが戦ウ乙女(プリキュア)になる事です。 その事はあいつに聞いているでしょう?』

戦ウ乙女(プリキュア)に!? そ、そりゃマスター達のギルドに入りたいとは言ったけど、まだそこまでの決心(こと)は………!!」

『不安に思うのですね。 ですが大丈夫です。

あなたは既に戦ウ乙女(プリキュア)になるための条件を満たしているのです。』

「条件……!?」

 

『それは、【勇気】です。』

「勇気……………!?」

『はい。 それさえあれば必ず勝てます。

何しろ戦ウ乙女(プリキュア)を作ったのはこの私なのですから。』

「え!!? あなたが!!?」

 

『そうです。 あいつから聞いているでしょうが 力を奪われた私たちに代わって厄災達と戦ってくれる人達を探しているのです。』

「………………!!」

 

『それから あなたにはもう1つ【血】があるのです。』

「? 血?」

『あなたの名前は【ミーア・レオアプス】ではなく、【ミーア・クロムウェル・レオアプス】

この名前を言えば、分かってくれるでしょう。』

「………………………………………」

 

ミーアは未だに決断がつかなかった。

これからあの怪物達と戦う運命を背負って立つ責任感は ヴェルダーズの事をほとんど知らなくても計り知れないものであると理解出来た。

 

『決断がつきませんか。

ならば 自分の力を信じるのです。 あなたが故郷で積んできた鍛錬の全てを。』

「……………!!!

分かったッス。 自分、戦ウ乙女(プリキュア)になるッス!!!」

『そうですか。 ではあなたを元の世界へと返します。

本能に任せて持てる力を思う存分振るうのです。 そうすれば、自ずと道は開けるでしょう。』

 

ラジェルはその言葉をミーアに授け、彼女を元の世界へと送り返した。

 

 

 

***

 

 

 

ゴブリンとオークの大群がミーアに迫る。

助けようにもスピードで間に合うはずがなかった。

 

「「ミーア!!!!!」」

 

せめて 『早く逃げろ』 と必死に呼びかける。 それも虚しくオーク達の攻撃がミーアに襲いかかる━━━━━━━━━━━

 

 

「「「!!!!?」」」

 

その瞬間、ミーアの身体からオレンジ色の光が放たれた。

 

 

 

***

 

 

 

(………もう決断は済ませた。

戦ウ乙女(プリキュア)がどんな物なのか良く分からないけど、 それでも その力と自分が頑張ってきた事に 全てを賭ける!!!!!)

 

ミーアは懐に入れられたブレイブ・フェデスタル とオレンジ色の剣を取り出した。

誰に言われるでもなく、それが戦ウ乙女(プリキュア)に変身するための条件であると理解していた。

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!

 

ミーアの身体がオレンジ色の光に包まれ、その姿が変わっていく。

髪は明るいオレンジに変色し、服装も全く違うものへと変わる。

 

ここに、ギリスとリルアが見つけた戦ウ乙女(プリキュア)が誕生した。

 

(ここで戦ウ乙女(プリキュア)の名前を叫ぶんスね。

そうだな 自分は……………)

 

雄叫び上げる ケモノの本能

 

《キュアレオーナ》!!!!!



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102 光を照らす獣の矢! キュアレオーナ 推参!!

ゴブリンとオークの大群がミーアを強襲する

 

 

その直前、ミーアの身体からオレンジ色の光が放たれた。

 

「!!!? な、何だ!!?」

 

「ギ、ギリス これってまさか…………!!!」

「ああ。 それ以外に無いだろう!!!!」

 

オレンジ色の光が晴れた場所に立っていたのはミーアの顔をした戦ウ乙女(プリキュア)だった。

 

「!!!?? 馬鹿な!!!

戦ウ乙女(プリキュア)が3人だって!!??」

 

ミーア改め キュアレオーナはその場に悠々と佇んでいた。 周りでは吹き飛ばされたチョーマジン達が朦朧と這いつくばっている。

 

「………ギリスマスター

自分、これでもうこのギルドの一員ッスよね? 入団 認めてくれるッスよね!?」

「………もちろんだ。 歓迎するぞ

【ミーア・レオアプス】!!!!」

「あー スミマセン 違うッス それ。」

「?」

「【女神】って名乗る人から聞いたんすけど、自分の本名は

 

!!!??」

 

レオーナが話し終わる早くゴブリンの一体が棍棒を振りつけた。 レオーナはそれを飛び上がって回避する。

 

絶好のチャンスを逃し、ハジョウは内心 動揺していた。

 

(お、落ち着け………………!!! 落ち着いて考えろ…………!!!

慌てたところで誰かが助けてくれる訳でもない!! 重要なのはこの状況からどうやって魔王達の首を持って帰るか………………)

「おい、」

「!!!」

「貴様、どこを見ている?」

 

内心から滲み出た動揺で押さえつけいた手が緩み、ギリスはそこから軽々と脱出した。

 

「ぬんッ!!!!!」

「!!!!」

 

そこから身体を振るわせてハジョウの顔面に渾身の蹴りを見舞った。 両腕でガードするもののその上から吹き飛ばされる。

 

「………なるほど。 貴様の贈物(ギフト) どんな攻撃も躱せるが 発動には幾許か時間がかかるようだな。」

「………………!!!」

 

ハジョウの口からは一筋の血が漏れていた。

 

「下品なやつだな。 口から《赤い涎》が垂れているぞ。 ブランクの抜けていない魔王でも貴様如きの血管を破く位なら造作もないようだな。」

(これでやたらに距離を詰めてくれれば話は早いが どうだ?)

 

まともにダメージを負わせてもハジョウの中に感じている不気味な気配を払拭出来た訳ではなかった。

 

「そんな安い挑発には乗らないよ。

僕はただあの方のため━━━━━━━━

 

!!!!?」

 

その瞬間、ハジョウの顔面に矢が迫った。

かろうじて首を折って避けるも、頬からは一筋の血が噴き出る。

 

「ミーア!!!」

 

振り向いた先ではレオーナが弓を構えていた。 その目には既に迷いは無く、戦ウ乙女(プリキュア)に唯一 必要な《勇気》が宿っていた。

 

「ギリスマスター、

ミーア改め 戦ウ乙女(プリキュア) 【キュアレオーナ】 微力ながら援護させていただくッス!!!」

「………レオーナ、言っておくがこっちは修羅の道だぞ。 覚悟はできているんだな!?」

「もちろんッス!!!!」

 

「そうか。 だったら俺に付いてこい!!!」

 

こうしてギルド 【勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)】に新たにミーアが入る事となった。

 

「レオーナ!! 俺とグラトニーは先にゴブリン共を片付ける!! それまでのあいつの足止めは任せていいか!?」

「ウッス!!!」

 

レオーナは嬉々として弓を引き絞った。

その先ではハジョウが体勢を立て直している。

 

レオーナの撃った矢はハジョウの眼球に迫った。 しかし《風塵之神(フウジン)》を発動して簡単に避けられる。

 

「その攻撃、もう無駄だよ。

もう2発も食らって大体の速さは分かった。

何発撃っても僕には二度と当たらな

 

 

!!!??」

 

レオーナに話し終わる直前、脚に鋭利な激痛が走った。 視線を送るとそこに矢が突き刺さっている。

先程 確かに躱したはずの矢が旋回して飛んできたのだ。

 

(確かに良いっスね 贈物(これ)

あんま良く分かんないけど、とにかくこれが自分の力

狙撃之王(ロビンフッド)》なんスね

女神さん!!)

 

狙撃之王(ロビンフッド)

英雄系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分が投げたり撃ったりした物体を必ず認知の位置へ命中させる。

 

「………どうしてなんだ?」

「?」

 

「どうして無関係の君がここまでしてあの魔王の肩を持つんだと聞いてるんだ!!!

ただの獣人族の冒険者に過ぎない君が!!!」

「無関係? そりゃ的外れってもんスよ。

自分はね、このギルドに入りたいって思って来たんス。

だからその時点でギリスマスターにこの力を使うって決めたんスよ!!!!」

 

レオーナはさらに弓を構え、ハジョウの方へ向けた。

 

戦ウ乙女(プリキュア)の名にかけてギリスマスターを追わせはしないっス。

アンタは自分が止めてみせるッスよ!!!!!」



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103 魔王に仇なすオークを止めろ! ビーストテイマーの果たす使命!!

「『止めてみせる』だって?

まだなったばかりの新米戦ウ乙女(プリキュア)に何ができるっていうの?」

「そりゃ分かんないっス。

だけど自分は女神サマに貰ったこの力に全部を賭けてるんスよ!!!!」

 

ハジョウはレオーナを侮りも見下してもいなかった。 自分の主君 ヴェルダーズに念を押されて言われていた

『女神ラジェルの遺志を継ぐ戦ウ乙女(プリキュア)を決して侮ってはならない』

という忠告を心に刻んでいた。

 

しかしその一方で、負ける気は全くしていなかった。

 

「忘れてるようだから教えてあげるよ。

こっちには【数】がいるんだよ。」

 

そう言って指先から紫色の魔法陣を展開した。 それを地面に這いつくばっているチョーマジン達へと投げる。

 

「!!?」

 

レオーナの背後で倒れていたチョーマジン達が起き上がった。 コキュートスが使った消耗したチョーマジンに魔物召喚(サクリファイス)の魔法陣を付与して体力を回復させる技術だ。

 

「………そういう事も出来るんスね。」

「そうだよ。 君みたいな無知な人間が軽々しくこんな運命を背負ったらどうなるか教えてあげるよ。

そう。 後か

「レオーナ!!!! そこをどけ!!!!!」

「「!!!!?」」

 

ハジョウが話している隙をついてグラトニーが横から全速力で突っ込み 魔力を纏わせた拳を顔面に見舞った。

しかし直撃する寸前で彼の粉による壁に阻まれる。

 

「!!! くっそ!!!」

「叫んで突っ込んで来るからでしょ?

さ、 やっちゃって。」

「!!!」

 

ハジョウの背後から三体のゴブリンが向かってきた。

最初の一撃を受け止めたが、続けざまの2発をもろに受け 吹き飛ばされる。

 

(ダメだ!! 1人増えても数が多すぎる!!!

私1人でこいつら全員食い止めるのは………!!)

 

シュドシュドシュドッッ!!!!

「!!!?」

 

三体のゴブリンの背中に矢が立て続けに突き刺さった。

さらに脚にも矢を突き刺し、ゴブリンの動きを止める。

 

「レオーナ!!!」

「こいつら止めるの 自分も手伝うッスよ!!」

「止せ!!! お前はもうたくさん矢を使ってるんだぞ!!!

これ以上矢を使ったらお前が━━━━━」

 

グラトニーの動揺を気にもかけず、レオーナは口を開く。

 

「その心配はないっスよ。」

「!??」

 

レオーナが話終わる前にハジョウは既に気づいていた。 ゴブリンの身体に()()()()()()()()()のに、()()()()()()()()()のだ。

 

(その事実から考えるなら、この矢は実体の矢じゃない。

おそらくは自分の魔力を固めて作った体力が続く限りいくらでも生み出せる《半無限の矢》だ!!!)

 

ハジョウの推測は完全に当たっていた。

 

無限装填(サウザンド)

それがキュアレオーナに与えられた特上贈物(エクストラギフト)である。

能力は、自身の魔力を練り固めて矢に変え、ほぼ永久的に矢を放つものである。

 

この贈物(ギフト)によってキュアレオーナは弓使いの最大の弱点である【矢の数】を気にすること無く戦う事が可能となっているのだ。

 

 

 

***

 

 

「そ、その手にあるのって………!!」

「……やっぱりそうか。」

 

ミーアの手から淡い光を放つ矢が束になって連なっていた。

 

「こういうわけで、矢の本数は気にしなくて大丈夫っス。

ギルドの一員として精一杯 頑張らせていただくッスよ!!!」

 

そう得意気に宣言する最中でもレオーナはハジョウが魔法陣を展開するのを見逃さなかった。

 

「!!!」

 

ハジョウの足元に矢を放って負傷したチョーマジンを回復するのを阻止する。

 

「っち」 と舌を打ちながら矢を躱して地面に着地する。

 

「だからグラトニーは安心してこいつらを食い止めて下さいっス。

こいつは自分が相手をするっスから!!!!」

 

 

「………威勢がいいのは良いけど君達のリーダー、彼はどうなの?」

「「!!!」」

 

ハジョウが指さした方向ではギリスを力押ししているオークの姿があった。

 

「力を取られたあとじゃオーク1匹にも遅れをとるなんて ホントに情けないよね。

どうする? 助けに行く?」

 

「………いや、助けには行かない!!」

「?!」

「私はあいつの力を信じてる!!

オークはあいつに任せる お前の相手は私達だ!!!」

 

グラトニーはハジョウとゴブリン10体をレオーナと2人で相手する決意を固めた。

 

「……いや、助けはあるッスよ。」

「「?!」」

「ギリスマスターに心強い援軍を自分が送るッス!!」

「血迷ったのか? どこにそんな()が居る!?」

 

ハジョウの言葉に答えるようにレオーナは得意気な笑みを浮かべた。

 

()じゃ無いっスよ。

だけど数さえあれば マスターの力になれるはずッス!!!」

 

そう言うとレオーナは親指と人差し指で尖った輪を作り、それを口に当てた。

それは明らかに【指笛】の形だった。

 

(行くッスよ 女神サマ!!

自分の究極贈物() 見ててくださいッス!!!!)

「《従属之神(アルテミス)》!!!!!」

「「!!!!?」」



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104 受け継がれるクロムウェルの血筋! ビーストテイマーの本領発揮!!

「《従属之神(アルテミス)》!!!!!」

 

確かにそう叫んでレオーナは指笛を高らかに鳴らした。

 

「ア、従属之神(アルテミス)…………!!??」

「ま、まさかそれって…………!!!」

 

グラトニーもハジョウもその単語に聞き覚えがあった。 それこそ 今自分が命のやり取りをしている戦場に立っている事すら忘れてしまう程に動揺していた。

 

 

そんな2人を動揺から呼び戻すかのようにざわざわ と木々の葉が揺れる。

 

「!!! こ、これは……!!」

「この現象、 やっぱり()()か!!!」

 

その現象はレオーナの従属之神(アルテミス)によってこれから起きる事を代弁していた。

 

 

***

 

 

ギリスは依然としてオークと拮抗した攻防を繰り広げていた。

 

(……………!!!

なんて事だ!! まだこんな下等な魔物にも遅れをとる程 鈍っているとは………!!!)

 

蛍やリルア達 戦ウ乙女(プリキュア)達と苦楽を共にして死線をくぐり、その中で少しずつではあるが自身もかつての力を取り戻していると それこそオーク1匹くらい余裕で勝てる程度の力は戻っていると過信していた。

かつて 魔界のあらゆる強者たちを束ねて統べた魔王としての誇りが【慢心】となって自分に仇なしているのだ。

 

その時、ギリスの耳にざわざわ と木々の葉が揺れる音が入った。

 

最初は気を取られてはならない と聞き流したが、それでもその音は大きくなって近づいてくる。

 

流石に不審に思って 隙をついて音の正体を確かめようとした。

 

 

そして次の瞬間、 信じられない光景を目にする。

 

バサバサバサバサバサバサバサバサッ!!!!!

「!!!??」

 

木々の間から大量の鳥が群れを生してギリス目掛けて突っ込んで来た。

耳何百もの鳴き声が塊となって鼓膜を劈く。

 

(コカトリス!!? いや、それよりは小さい!!

群れがこの騒ぎを嗅ぎつけて突っ込んできたのか!!!)

 

ギリスは咄嗟にガードを固めた。

小鳥のくちばしでも大量にあり、なおかつ急所に直撃すれば無視できないダメージを被ることになると予想しての事だ。

 

 

「………………?!!!」

 

しかし、小鳥の大群はギリスを素通りし、オークへと向かっていき、その身体を啄み始めた。

無論 それが決定打とは到底 言えないが、それでも前進を寸断できるだけの威力はあった。

 

一体何だ と呆気に取られていると、今度は草村の一つがガサガサと音を立てた。

 

そこから現れたのは二足歩行の茶色の牛

ミノタウロスの幼体種 【タウロス】だった。

そのタウロスもオークへと果敢に向かっていく。

 

 

動きを止められて隙だらけになったオークに攻撃する事も忘れてギリスは目の前で起きている事の真実を考える事に集中していた。

 

それは間違いなく生物と契約を結び 使役する 【テイム】という技術だった。

 

冒険者にとってそれはあまり役に立たないものと思われがちだが、ギリスの見解は異なる。

 

使役した生物と確かな信頼関係を築き、その上で高度な連携を取る事が出来たなら それは個人個人の力を足しただけでは得られることの出来ない強大な戦力へと繋がる。

 

ギリスはそれを身をもって経験している。

しかしそれでも 目の前の光景を説明はできなかった。

 

()()()()()()

 

通常 テイムは一人につき1匹 鍛錬してもせいぜい5,6匹が限界と相場は決まっている。

そしてこの目の前で起きている異様な光景を説明する結論が一つだけあった。

 

(そうだ。 こんなことが出来るのは1人しか、こんなことが出来る贈物(ギフト)は1つしかない!!!!)

 

ギリスは考えるより早く そこにいるであろうレオーナに視線を送った。

思った通り レオーナはギリスに向けて得意げな表情を送っている。

 

「ギリスマスター!

微力ながら 助太刀させていただくっス!!!

 

驚きました? これ、女神って人が言ってたんスけど、|従属之神(アルテミス)っていう贈物()なんスって!」

「知っている。 それから答えてくれ。」

「?」

 

「お前の ミーア・レオアプスの()()()()()?」

「? ああ。

何か言われてたッスね。

 

自分の本名 【ミーア・クロムウェル(?)・レオアプス】って言うらしいっス。」

「……………………!!!」

 

やっぱりか とギリスは納得した。

その名前に聞き覚えがあったからだ。

 

そしてはっきりと思い出した。

打倒 ヴェルダーズという使命感によって記憶の片隅に封じ込められた とうの昔に死んでしまったであろうその名前

 

【レイン・クロムウェル】の名前を。



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105 魔王とビーストテイマーの運命! 戦ウ乙女(プリキュア)達の反撃開始!!

《テイム》

 

生物との間に契約を結び、信頼関係を築くことで使役することを可能とする 魔力を利用した技術

 

しかし、これには致命的な欠陥が存在する。そしてそれによってテイムは冒険者達に軽視されがちな不遇な扱いを受けてきた。

 

それは、テイムできるのは一人につき1匹程度が限界だということである。

鍛錬によって上限を伸ばすことはできるものの、それも5,6匹が限界である。

 

そのために《テイム》の才を持ち 冒険者を志す者も そのほとんどが途中で挫折し、生物と協力した狩猟や産業によって生計を立てる道を選ぶ。

 

 

しかし、その弱点にも例外は存在する。

 

自身の魔力が続く限り いくらでも生物をテイム出来る テイムにおいて最高峰の贈物(ギフト)が存在するのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ギリスマスター 見てくれたッスか?

これが キュアレオーナのもう1つの力

従属之神(アルテミス)》ッス!!!!!」

 

従属之神(アルテミス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自身の魔力が続く限り 生物を何体でもテイム出来る

 

 

 

「……………!!!

従属之神(アルテミス)》に《クロムウェル》だって……………!!!!」

 

ハジョウは動揺を隠せなかった。

その2つとも 勇者ルベドの関係者としてヴェルダーズから聞かされていた言葉だったからだ。

 

しかし レイン・クロムウェルが人間であると言う事と、ルベドの活動時期が何年も前の話であるという事から レインはとうの昔に死んでおり、取り立てて警戒することでも無いだろう と ハジョウだけでなくヴェルダーズの配下 全員がそう思っていた。

 

その【クロムウェルの血】を引く者が居るなどと、ましてやついさっき誕生した戦ウ乙女(プリキュア)に与えられているなどとは夢にも思わなかった。

 

ハジョウは心の中で己の不幸を呪った。

しかしそれでもレオーナが要請(テイム)した援軍はとどまることを知らない。

 

 

草むらからタウロスだけでなく 狼や豚の姿をしたモンスター達が一斉に押し寄せる。

 

 

「さぁ どうするっスか 厄災のお仲間さん?

もちろん文句は言えないっスよね?

『数を積んで勝とうとした』のはあんたも一緒なんスから。」

「……………………!!!!」

 

小鳥 タウロス 狼 そして豚の大群

少なく見積ってもハジョウの召喚したオークやゴブリンの集団を遥かに頭数で圧倒していた。

 

 

「……………………フッ」

「?!!」

 

「バカだね!!! こんなにも()()を用意してくれてさ!!!!」

 

「!!!」 「しまった!!!!」

 

グラトニーとギリスは目の前で()()()()()()()()光景を目にしていた。

ハジョウが両手の指に魔物召喚(サクリファイス)の魔法陣を展開していた。 狙いはレオーナのテイムした生物たちだ。

 

 

グサグサッ!!!!

「!!!!?」

 

ハジョウが魔法陣を投げようとした瞬間、その両手に矢が突き刺さった。

 

「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!

こ、これは………………!!!」

 

両手の平に 刺されたものとは違う焼けるような痛みが走った。

 

「なるほどこれが解呪(ヒーリング)っつーやつなんスね。

あんたらこれが効くんでしょ?

それじゃしばらくその魔物を作る魔法陣 使えないっすね。」

「………………………!!!!!

キュアレオーナ……………!!!!!」

 

 

「おい、どこを見てるんだ?」

「!!!」

 

グラトニーの声に気付いた時には遅かった。

粉で反応する暇もなく蹴りが顔面を襲い、ハジョウは吹き飛ばされた。

 

「レオーナ!!! あいつを追え!!!」

「!!! 分かったっス!!!

 

みんなに告ぐっス!! ギリスマスターとキュアグラトニーを全力で援護するッスよ!!!」

 

レオーナの一声でやたらに攻撃していた生物達がギリスとグラトニーを囲うように陣を作った。

 

レオーナがテイムした生物の数は少なく見積っても100匹を越えている。

数でこちらが明らかに圧倒していた。

 

「…………なぁギリス

こういうのってなんて言うと思う?」

「それは【運命】としか言いようがないだろ。 レインの血が受け継がれて、何の因果かそれが俺達の力になってくれた。

 

これを運命と言わずに何を運命と言うんだ?」

「そうだな!」

 

そう談笑している間にもハジョウの召喚したチョーマジン達は陣形を取っている。

 

「それから あいつ、勝つと思うか?」

「思うも何も 俺達が信じてやるしかないだろ? あいつはもう勇気デ戦ウ乙女達(俺たち)の仲間なんだから」

 

その言葉に頷く代わりにグラトニーは笑い返した。

反撃の のろしは既に昇っているのだ。



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106 魔王と魔王の反撃始まる! 守れ 冒険者の勲章!!

「ギリス 聞いておきたいんだが、ルベド達(あいつら)の事、どこまで思い出した?」

「完全に思い出したぞ。 全く情けない話だ。 大義名分を守る事に必死になって友達(の友達)の名前を忘れるとはな。」

「無理もないさ。

レインは人間で、私もとっくに死んでいたものだと(実際死んでたわけだが)思ってたんだから。」

 

ギリスとグラトニーの背後にはレオーナがテイムした生物達が陣形を取っている。

数でも実力でもこちらが遥かに圧倒していた。

 

「グラトニー、力は後 どれくらい残っている?」

「後 解呪(ヒーリング)の攻撃を一発撃てる程度だな。」

「そうか。 なら俺が指示を送る。

時が来たらお前が決めろ。」

「分かった!!」

 

2人の魔王が作戦を立てている間もオークやゴブリン達は気圧されて動けずにいた。

 

「一瞬で終わらせるぞ グラトニー。

その後でレオーナの援護に向かう!!」

「任せろ!!!」

 

「総員に告ぐ!!! 両側から攻撃を仕掛けろ!!!!」

 

ギリスの一喝でレオーナにテイムされた小鳥の大群やタウロス達が弧を描いて向かっていく。

それに合わせてチョーマジンは前方に向かって走ってくる。知能の低いチョーマジン達にも挟み撃ちの作戦だと分かった。

 

「………そう来ると思ったぞ。」

『!!!?』

 

向かった先ではギリスが手を構えていた。

その指には魔法陣が宿っている。

その手から魔法 《魔炎(グレイズ)》が放たれた。 下級魔法だがその規模は遥かに大きく、ギリスの前方に爆発音と共に炎で巨大な壁を作った。

 

「今だ!!!!」

 

ギリスの一喝で両側に陣取っていた生物達が一斉に襲いかかった。

嘴が 爪が 牙が 一斉にチョーマジン達の身体を蹂躙する。

 

「グラトニー!!! 決めろ!!!!!」

「よっしゃ!! 準備バッチリだ!!!!」

 

チョーマジン達が怯んで動きを止めた一瞬、グラトニーは既に【ブレイブ フェデスタル付きの魔法陣】を構えていた。

 

「《解呪(ヒーリング)》!!!!!」

 

グラトニーの魔法陣に魔力が蓄積されていく。 出し惜しみは一切無い。

目の前にいる10体を確実に解呪(ヒーリング)できるようにありったけの魔力を溜める。

 

《プリキュア・グラトニーイレイザー》!!!!!

 

グラトニーの魔法陣から解呪(ヒーリング)の魔法が放たれた。

それは大きく束となってチョーマジン達に襲いかかり、そして包み込んだ。

 

(……………!!

これで決まれ…………………!!!)

 

止めの技が当たっても安心は出来なかった。

体力を使い果たした攻撃が失敗したらどれほど過酷な状況に立たされるかは既に身をもって学んでいた。

 

「「!!」」

 

爆発によって舞い上がった土煙が晴れていく。

 

そこに()()()のは11体の魔物の死体 そしてそれらを取り囲む生物達だった。

 

「や、やった 勝った……………………!!!!」

 

そこまで言ってグラトニーは膝を着き、元のリルア・ナヴァストラの姿に戻った。

 

リルアが安堵していたのはただ勝てたからではなく、 ミーアが初めて自分で取った魔物の素材 を無事に回収出来たからだ。

 

「よくやってくれたな。 戦ウ乙女(プリキュア)。」

 

ギリスもリルアの肩に手を乗せて同じように安堵の表情を浮かべた。

 

自身の《誰も死なずに敵を倒す》という思いとリルアの《ミーアが手にした素材を無事に回収する》という思いを同時に達成することが出来たからだ。

 

「リルア さっきは興奮して配慮に欠けた言い方をしてしまった。 すまない。」

「こっちも悪かった。 私のわがままに付き合わせてしまって。」

 

2人の魔王はそのまま少しの間 歓談した。

ハジョウの召喚した魔物は完全に退治することが出来たのだ。

 

 

 

***

 

 

「………………!!!」

「一人ぼっちになっちゃったッスね 厄災のお仲間さん。

分かってるでしょうけど ギリスマスターとグラトニーならとっくにあんたの出した魔物なんか退治しちゃってるッスよ。」

 

ハジョウとレオーナが森の奥深くで対峙していた。

 

「自分は厄災とか戦ウ乙女(プリキュア)とかあんまよく分かんないッスけど、とにかくあんたらが悪いヤツらだってことは分かるっス。

ここでやっつけさせて貰うっスよ!!!」

 

ハジョウはレオーナの自信満々の啖呵にも臆することなく精神を落ち着かせた。

 

突然 現れた3人目の戦ウ乙女(プリキュア)

引き継がれていたクロムウェルの血筋と従属之神(アルテミス)

数の有利をひっくり返す大量の生物

 

それらの予想外の要素を全て心の隅に追いやってハジョウは闘志を奮い立たせる。

レオーナは 彼がまだ奥の手を隠し持っていることに気がついていなかった。



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107 ルール無用の一騎打ち! 仕掛けられた粉塵の罠!!

孤立した。

十体近く確保した戦力も失い、ハジョウは一人 森の奥深くでキュアレオーナと相対した。

 

しかし、冷静さは失っていない。

彼はまだ奥の手を残していた。

 

 

 

***

 

 

 

「言っとくッスけど、 あんたのサラッサラになる贈物() もう役に立たないっスよ。

どれほど細かくなろうとも この矢をぶち込んでやるんスから!!!!」

 

レオーナには確固たる自信があり、有利(アドバンテージ)があった。

自身の解呪(ヒーリング)を纏わせた矢はハジョウの両手に刺さり、魔法陣を作る事を阻害している。

 

ハジョウにはチョーマジンを作ることは出来ないという絶対的有利がレオーナにはあった。

 

 

弓の使い手と1対1で戦う場合には有名な対策がある。それは、間合いを潰して至近距離で戦う事だ。

ハジョウもそれを理解しており、レオーナが矢を装填するより先に地面を蹴って強襲する。

 

「!!!」

「誰に矢を打ち込むって?!」

 

この不意打ちに面を食らい、ハジョウが放った()()()()()()()()をかろうじて躱す。

 

「…………!!!」

 

レオーナはハジョウの両手に握られていた意外な物に動揺した。

それは()だった。

しかしただの扇ではなく、金属特有の光沢を放って両手に収まっていた。

 

「さっきの君の矢を操る究極贈物(アルティメットギフト) 名前はなんて言ったっけ?

もうさっきみたいなヘマはしない。」

「……………!!」

「さぁ 撃ってきなよ。

全部 叩き落としてやるからさ!!!」

 

ハジョウは悠々と二対の扇を構えた。

しかし、彼の奥の手はまた別にある。 レオーナはその事を知る由もない。

 

「だったら 弾き切れないくらい ぶち込んでやるっスよ!!!!!」

 

ハジョウの挑発通り、レオーナは弓から大量の矢を放った。

大量の矢は弧を描いて四方八方から飛んでくる。

 

それでもハジョウは冷静に扇を使ってその矢を全て叩き落とした。

そこに無駄な動きは一切なく、戦ウ乙女(プリキュア)になったばかりのレオーナにも 長年 ヴェルダーズの元で戦ってきた経歴を思い知らせた。

 

「………………!!!

だったらこれなら!!!!

 

!!!??」

 

間髪入れずに次の矢を放とうとした瞬間、目の前の視界が歪み、レオーナは堪らず膝をついた。

 

それを見てハジョウは心の中でほくそ笑んだ。

 

始まった と。

 

「………………!!!?

な、何すかこれ………………!!!」

「あれ? どうしたの 戦ウ乙女(プリキュア)

もしかして ()()()()?」

「!!!」

 

【息苦しい】

その言葉でレオーナは気がついた。 ハジョウの身体から少しだけだが粉が舞っていること そしてそれが周囲に蔓延していることを。

 

「ま、まさか………………!!!」

「まあそういうことだよ。

貰ったばかりの君には()()として1つ教えてあげるよ。

贈物(ギフト)》は使いようだよ。」

「!!!」

 

その一言で確信した。

ハジョウは今 自分の周囲に風塵之神(フウジン)の粉を蔓延させているのだ。

 

「分かったみたいだから教えてあげるよ。

僕の身体から出る粉は吸うとかなりヤバイ代物でね 君はまだ少しだけだから立ってられないくらいで済んでるけど、大量に吸うとそれだけで死にかねない。

まあ さっきまで僕達のことも贈物(ギフト)のことすらもほとんど知らなかった君なら無理も無い話だけどね。」

「…………………!!!!」

「ああ。 それからもう1つ言っておかなきゃ。」

 

淡々と話を続けるのを遮って思い出したかのように柏手を打つ。

 

すると、森の木の葉が揺れてガサガサ と音が鳴った。

 

「!!!!」

「勘がいいね。 もう分かっちゃった?

まぁ そういうことだよ。」

 

森の木を掻き分けて現れたのは数十体チョーマジンの大群だった。

その姿は鳥だの獣だのを象っている。

 

「ホントはギリスやリルアに使うはずだったんだよね。

リルアが解呪(ヒーリング)を使い果たした後にこいつらを差し向けてヤツらの首を取る算段だったのに、君のおかげでかなり狂わされたよ。

まあ 生まれたばかりの脅威を潰せれば 大目玉は食らわないだろうけどね。」

「…………………!!!!!」

 

レオーナは悔恨の思いでハジョウを見ていた。

自分の作戦が全て読まれていたこと 有利に立ち回れている事が全て(演技)だった事 それら全てがレオーナの心を抉った。

 

「言っておくけど、卑怯なんて言わないでね。

これはルールなんてない始末命令だし、それに何よりこれこそ君が望んだ状況でしょ?

冒険者 【ミーア・レオアプス】」



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108 贈物(ギフト)の作戦で上を行け! 逆境のビーストテイマー!!

「さぁ 君から仕掛けた第2ラウンドだよ。

せいぜい 逃げ回ってみせてよ。」

「………!!!」

 

レオーナは呼吸器をハジョウの粉に侵され、まともに動けない状態にあった。

しかしそんな泣き言を言ったところで助けなどあるはずが無い。

 

これこそがミーアが望んだ冒険者の現実

たとえどんな問題が起こったとしても救いなどどこにも無いのだ。

 

(…………ギリスマスターが言ってた『身の丈に合った依頼を選べ』って こういうことだったんすね……………!!!)

 

レオーナは改めてギリスが戦ウ乙女(プリキュア)としてではなく一人の冒険者として助言してくれていたのだと再確認した。

 

「ほら、早く逃げなよ?」

「!!!」

 

襲ってきたチョーマジンの攻撃を横に飛んで躱す。

 

「まだまだ行くよ? ほら」

「?!!」

 

ハジョウはレオーナの前方に【火がついた魔法陣】を投げた。

 

(!!!! 【粉】と【火】って まさか!!!!!)

「何度も言わせないでよ。

贈物(ギフト)は使いようなんだよ。」

 

 

ドガァン!!!!!

「!!!!!」

 

ハジョウの投げた火の魔法を中心に辺りに大爆発が起こった。

 

粉塵爆発

それがハジョウの使った攻撃だ。

 

一定濃度の()()が大気中に舞った状態で火をつける事で 周囲の粉に連鎖的に引火して大爆発が起こる。

 

ハジョウの贈物(ギフト)によって出る粉もその例外では無かった。

 

「………………お!」

「……………………………!!!

あんた、搦め手ばっかり使ってくるんスね………………!!!」

 

レオーナは咄嗟に魔法陣を展開して爆風を防いだ。

 

(……驚いたな。

身体はもうとっくに侵されて、それにさっきまで魔法なんてろくに使えなかった筈なのに

 

抜けているようでこいつ かなり腕が立つな。 やっぱりここで消しておかなきゃな!)

 

「さぁ 次はどう出る?」

「……………!!!」

 

 

ビリっ! 「?!」

 

レオーナは袖の布を強引に引きちぎり、それを口元に巻いた。

呼吸限を確保する目的だ。

 

(……なるほど 順当だね。)

 

そして後ろに跳んで間を作る。

そのまま矢を構えてハジョウとチョーマジン達目掛けて矢を放つ。

 

しかし ハジョウが前に出てその矢を全て弾き落とした。

 

「!!!」

(粉が届かない場所まで離れてそこから矢で牽制して体力回復まで持久戦か!!

良いんだけど━━━━━━━━━━━━)

 

「月並みだね。」

「!!?」

 

レオーナはハジョウの不審な言葉に咄嗟に後ろを振り返ると、そこには既にチョーマジンが数体 レオーナの背後を陣取っていた。

 

「ッ!!!」

 

気がつくとハジョウとレオーナを中心に何体ものチョーマジンが取り囲んでいた。

 

「君と違って自分の贈物(ギフト)で出来ることや弱点はよーく分かってるさ。

だけどごめんね。 ホントはギリスとリルアに使うはずだったのに こんな大人気ない作戦を君なんかに使っちゃって。」

「…………………!!!」

 

誠意の感じられない謝罪の言葉はレオーナの神経を逆撫でする。

しかし、今のレオーナの状況とハジョウの実力はそれを肯定せんとする程の物を持っていた。

 

 

「レオーナ!!!!!」

「「!!!!」」

 

2人しかいない森の奥でギリスの声が響いた。

 

「ギリスマスター!!!!」

「……………向こうから来たか。」

 

「お前の討ち取った素材は無事に回収した!!! リルアはもう戦えないが俺が 」

 

「マスター!!! 来たらダメっス!!!!」

「?!!」

 

「ここら一帯 コイツが粉を振りまいて 近づいたらまともに動けなくなるっス!!!

それに狙いはマスターなんス!

 

こいつは自分が相手をするからマスターは離れてくださいっス!!!!」

「………()()()………!!!」

 

「これは自分が求めて入った運命()なんス。 だから冒険者として、自分にやらせてくださいっス!!!」

 

レオーナの言葉は戦ウ乙女(プリキュア) 以前に一人の冒険者として依頼をこなす責任を背負っていた。

 

「それに見つけたんすよ。

こいつの贈物(ギフト)の弱点を!!!」

「「!!?」」

 

「ギリスマスター 見ててくださいっス。

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア) の一員としてキュアレオーナが初勝利を飾るその瞬間を!!!!!」

 

自分が逆境に立たされているとは思えないほどの口調で レオーナはそう宣言した。



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109 レオーナが魅せる逆転劇!! 放たれるサジタリウスの矢!!!

「『勝ってみせる』 だって?

ここから逆転の芽があるとでもいうの?」

「そうッスよ! 戦ウ乙女(プリキュア)の意地を見せてやるっスよ!!!!!」

「…………………」

 

(…………苦し紛れのハッタリか?

それとも何か弱点を見抜かれたのか? とにかくギリスもすぐそばに居るし一応の警戒はしておくか………………)

 

ハジョウがチョーマジン達に命じた内容はただ一つ【戦ウ乙女(プリキュア)への攻撃】だ。

その命令通り、大群は一斉に襲いかかる。

 

 

「 それを待ってたんスよ!!!!」

「!!?」

 

レオーナは上空に向けて1本の矢を放った。

それに合わせて無限装填(サウザンド)によって作られた大量の矢も一斉に上空へと一直線に向かう。

 

レオーナが放った矢は肉眼で確認できるほど低い位置で止まった。

故意に低く、しかしチョーマジン達の身体に刺さる程度の高さは確保して撃った。

 

レオーナを中心に矢が円を描くように辺りに降り注ぐ。 ハジョウはかろうじて避けたもののチョーマジン達の身体には何本もの矢が突き刺さった。

 

「今更こんな時間稼ぎの小細工で

 

 

?!!」

 

攻撃の手が止んで反撃には絶好のチャンスとなったはずの一瞬、レオーナは奇妙な行動を取った。

胸に手を当てて勝ち誇った様にこちらに視線を送っている。

 

(!!! あの()() まさか!!!)

 

ハジョウは気が付いた。

レオーナが触っているのは胸は胸でも()に位置する部分

彼女が吸い込んだ自分の粉が溜まっている場所だった。

 

「あんたが言ったんすよ?

贈物(ギフト)は使い方次第だって!!!

 

解呪(ヒーリング)》!!!!!」

「!!!」

 

レオーナが触っている胸の部分が光に包まれた。 ハジョウにはそれが何を意味するのか簡単に分かった。

 

「………………ッッシャーーーーーーッ!!!!!

生き返ったァーーーーー!!!!!」

「……!!!!」

 

先程まで立つことすらままならなくなっていたとは到底思えないほど爽快な声をあげた。

レオーナは自身の肺の中に解呪(ヒーリング)の力を流し込み、ハジョウの粉を取り除いたのだ。

 

さっきまでビクビクと逃げ回ることしか出来なかったこの獣人族の少女が自身の作戦の上を行った

 

戦ウ乙女(プリキュア)になって間もない彼女が見せつけたこの起点と逆転劇はハジョウには到底受け入れられない事実だった。

 

「さぁ 覚悟するッスよ 厄災のお仲間さん!!!!」

「!!!」

 

完全復活したレオーナはその弓をハジョウに向けた。 彼の周りにいるチョーマジン達は矢で受けたダメージで動けなくなっている。

 

 

解呪(ヒーリング)》!!!!!

 

レオーナは構えている弓矢にありったけの解呪(ヒーリング)を込めた。

 

「行くっスよ!!!!!」

「!!!!」

 

《プリキュア・レオーナサジタリウス》!!!!!

 

レオーナの構えた弓から放たれた矢は束になって光の塊と化してハジョウ達に襲いかかった。

周囲の森ごとチョーマジン達を飲み込み、そしてその姿を元の魔物へと変えていく。

 

光が晴れて そこにはチョーマジンに変えられた生物達が元の姿で眠りについていた。

ハジョウの姿は見当たらないが、その場にいたギリスは直感的に仕留め損ねて逃げられたと判断した。

 

「ミーア!!!」

 

敵を撃退したレオーナの元へギリスが駆け寄る。

 

「…………ギリスマスター…………………

…………自分 やりましたよ……………!!!」

 

体力を使い果たし、息を切れ切れにかろうじてそう得意げな喜びの声をあげた。

 

「喋らなくていい! お前の頑張りはしっかり見ていた!」

「…………そうっスか。

それにしてもこの解呪(ヒーリング)ってめっちゃ疲れるんすね……………」

 

その言葉を最後にレオーナはミーアの姿に戻って力尽きた。

しかし、その表情はあくまで誇り高い冒険者として戦い抜いた喜びに包まれていた。

 

 

 

***

 

 

 

「……………すみません ヴェルダーズ様。」

「構わない。 お前はあの場で出来る事をしっかりとやってくれた。」

 

キュアレオーナの技が放たれる直前、ハジョウは撤退命令を受け ヴェルダーズのアジトへと舞い戻った。

 

『…………見事であったぞ。

新しく現れた戦ウ乙女(プリキュア)に苦戦する

 

 

 

お前の演技(フリ)は。』

「アハハ そうでしょ?

しかしよく考えましたね。

幹部一人追い詰めた事実をくれてやってギルド全体の油断を誘おうなんて。」

『これで多かれ少なかれ奴らは慢心するであろう。 それに《あいつ》も奴らとの接触に成功している。

そこでハジョウ お前はしばらく一線を退いて来る日のために力を溜める事を命ずる。』

 

「はいはーい 任せてくださいよ。」

 

ハジョウは楽観的に笑って頷いた。



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110 戦いの後の休息! 始まる2度目の面接!!

「………ではゴブリン10体 オーク1体の討伐依頼の達成 確認を完了します。」

「ああ。 報酬()はまた後で連絡してくれ。」

 

ギリス自身 連戦続きで忘れかけていたが、今はミーアの依頼の最中である。

 

「はい。 ところでその2人は…………」

「ただ 戦いの後で疲れているだけだ。 気にしないでくれ。」

 

ギリスは背中にリルアを背負って紐で軽く縛り、ミーアを両手で抱えていた。

魔王のギリスでも連戦の後に2人を抱えるのは流石に骨が折れることだ。

 

「討伐したオーク達は素材にして我々が回収します。 それから空いている馬車が一つありますが、護送しましょうか?」

「………ああ。 甘えさせてもらおう。」

 

疲労困憊の身体で2人を抱えて都市まで戻るのは流石に気が引けた。

 

 

***

 

 

ガーッ ガーッ

クー クー

 

ギリスは2人を抱えて宿の一室に入り、リルアとミーアをベッドに寝かせた。

しかしおちおちと寝ては居られない。

ミーアが加入した事を登録しなければならないし、またいつヴェルダーズの襲撃があるか分かったものではない。

 

考え事をしていると、部屋の通話結晶が光って音が鳴った。

 

「! はいもしもし?」

『こちらフロントです。 203号室 ギリス・クリム様でよろしかったでしょうか?』

「そうだ。 どうかしたか?」

『ギルド長が話したいことがあると言っておられるのですが、』

「! 分かった。 すぐに向かう。

部屋に2人寝かせてあるからドアの前にガードをお願い出来るか?」

『かしこまりました。 直ちに。』

 

ギリスは身支度を整え、部屋を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

「遅くなってすまない。 俺がマスターのギリス・クリムだ。」

「いやいや 時間通りだよ。

それじゃあ早速始めようか。」

 

ギルド本部に入り、奥の部屋に案内された。

ギルド長は王都にいたギルド長より一回りほど若い印象を受ける。

 

「まずは報酬だが、オーク1体とゴブリン10体で、恐らく200デベルほどになると思って欲しい。」

「200か。 分かった。」

 

以前 蛍がゴブリン達の討伐の依頼を受けた時は生け捕りにして150デベル程。

妥当な金額と割り切った。

 

「それから、人員募集の件 まだ期限は終わってないか?」

「ああ。 そういえばはっきりと決めてなかったな。」

 

確か 期限は約1週間程と設定していた筈だ。

 

「だが それがどうした?」

「その事なんだが、新たに希望者が二人ほど来ているんだが。」

「!? 2人も!?」

「ああ。 2人ともいつでも面接したいと言っているんだ。」

「……分かった。ならすぐに案内してくれ。」

 

 

 

***

 

 

 

ギリスが面接に向かっている頃、ハジョウがヴェルダーズに事の顛末を報告していた。

 

「…………以上が僕が出会った新しい戦ウ乙女(プリキュア) キュアレオーナについて知ってる事です。」

「………それは本当なんだな? ヤツがあのレイン・クロムウェルの血を引いているというのは。」

「それは間違いないですよ。 あいつ バカ正直に《従属之神(アルテミス)》って叫んでいたし、それに自分の本名を魔王達に言ってましたから。」

「……………そうか。 まさかあいつに子孫がいたとはな。

まぁいい それはそれだ。」

 

ヴェルダーズ自身 レインはとうの昔に他界して自分の驚異になろうとは思ってもいなかった。

 

「僕の事より龍の里の方はどうなんです?

あそこにはオオガイさんが向かうんでしょ?」

「そうだ。 先にダクリュールとダルーバが先陣を切って混乱を誘い、その後でオオガイが一気に攻め落とす算段だ。

あちらは油断して戦ウ乙女(プリキュア)一人に戦闘員一人と手薄。 万が一何かあればこの私自ら赴くつもりでいる。」

 

ヴェルダーズは悠々と自身の作戦をハジョウに説明する。

 

「それからお前にはまだ伝えていなかったが、《あいつ》がいよいよギリス共に接触し、採用面接を始めた。」

「お! いよいよですか。これで僕らの勝ちがいっそう濃厚になるってわけですね!」

「そうだ。 先手さえ打てればあんな連中取るにも足らない。

それにあいつの()()()()だ。

潜入に成功したら連絡するよう命じてある。

魔王共はともかくあの勇者の戦ウ乙女(プリキュア)は我々の怖さを知らない。そこに付け入る隙はいくらでもある。」

 

ヴェルダーズは天を仰いで高笑いした。

そんな中でも勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)は採用面接を始めていた。



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111 始まる2度目の面接! 続々登場 新たな仲間!!

「ここに待たせてある。」

「ああ 分かった。」

 

ギルド長に連れられてギリスがやってきたのは本部奥の待合室だった。

 

部屋に入る前に通話結晶を取り出して宿のフロントを呼び出す。

 

「もしもし フロントか?

203号室のギリス・クリムだ。

今 部屋で寝ている2人に伝言を頼みたいのだが」

『かしこまりました。 どういったご要件でしょうか?』

「『新しく加入希望者が出てきたから面接をやっている』とでも伝えてくれ。」

『はい かしこまりました。』

 

宿に伝言を頼んでギリスは通話を切り、扉を叩いた。

 

 

 

***

 

 

 

扉を開けた先に居たのは印象が真逆の2人の男女だった。

 

一人は濃い灰色の髪をバンダナで上げた全身を黒い服で着飾った少年

もう1人は薄い紫の長髪を耳の辺りで2つに結んだ少女だった。

 

言いたい事は色々あるが、ひとまずは椅子に座って面接を始めることにした。

 

「………じゃあ 面接を始めたいと思う。

俺がこのギルドのマスターのギリス・クリムだ。

まずは2人の自己紹介から始めてくれるか? 右側のお前から頼む。」

 

ギリスは灰色の髪で黒ずくめの少年から指名した。

 

「ハイッ!

【タロス・アストレア】といいます!!

【魔法警備団】から派遣されてここに入りに来ました!!」

「?! 魔法警備団!?

いや、詳しい事は後で聞こう。

今度はお前 自己紹介を頼む。」

 

【派遣】という言葉に引っかかるもののひとまずは自己紹介を済ませるべく 左の少女を指名する。

 

「はい。

【エミレ・ラヴアムル】と申します。」

 

 

 

「…………………それだけか???」

「意気込みでしたら やる気はあります。

何分 新人なもので面接には慣れていませんが、それでもお役に立ちたいと思っています。」

 

機械的な話し方をするエミレにペースを乱されつつも、話を進めることにした。

 

「………分かった。 次は2人の冒険者のカードを見せてくれ。」

 

2人は首を縦に振って懐からカードを取り出して手渡す。

 

名前:タロス・アストレア

年齢:17歳

性別:男

職業:冒険者 魔法剣士

 

(魔法警備団の事は書いてないのか…………

 

!)

 

冒険者のカードの裏に2つ折りにされた紙を見つけた。

 

『魔王 ギリス・オブリコード・クリムゾン さん このギルドに志願した理由をここに書きます。

俺は魔法警備団の一員としてこのギルドに手を貸すように星聖騎士団(クルセイダーズ)のルベド総隊長から指示を受けました。

ルベド総隊長から 厄災 ヴェルダーズや戦ウ乙女(プリキュア)の事は粗方 聞いています。

少しでも役に立つつもりです。』

 

手紙にはそう書いてあった。

 

「……………………!!!」

(あのバカめ 余計なマネを…………!!

まぁいい その事は後で詳しく話そう。)

 

タロスの事は後に回してエミレのカードに目をやる。

 

名前:エミレ・ラヴアムル

年齢:女

性別:15歳

職業:冒険者 武器職人

 

「? 武器職人?」

「はい。 はばかりながらも私、贈物(ギフト)を一つ持っているのです。

上級(スーパー)特上(エクストラ)の間にある固有贈物(ユニークギフト)です。

触れてから数秒 かかりますが、物を解析して同じ元素を持つ別の物をへと作り替えることが出来ます。

 

例えばもし 鉄の塊に触れればそれを刀の刃に作り替えることも出来ます。」

(…………なるほど それならサポートにはなりそうだな……………。)

 

「分かった。 なら次はお前たちの力量が見たい。 この本部には訓練場があるからそこで」

「「ギリス!!!!」マスター!!!!」

「!」

 

扉を開けてリルアとミーアが部屋に飛び込んできた。

 

「水臭いじゃないか 志願者がいるならなんで呼んでくれなかったのだ!!!」

「そうッスよ!!! 自分だってもうギルドの一員っスよ!!」

「何を言っている。 疲れているところを起こすのが悪いと思ったから起こさないでおいてやったんだろうが。

 

紹介する。 こいつらがこのギルドのメンバーのリルアとミーアだ。」

 

ギリスの紹介が終わるや否や2人は新しい志願者達に飛びついた。

 

「おー! お前もここに入りたいのか!!

随分 元気がありそうなやつじゃないか!!!」

「こっちはあまり気力を感じないっすねー

見た所 同年代っスけどちゃんと戦えるんすか? それともまた戦ウ乙女(プリキュア)にす

 

 

!!!!?」

 

ギリスがミーアの背中を強く摘んだ。

 

「ちょっと 何するんスか!!!」

『それはお前だ!!!

まだ正式に迎え入れると決めてないやつに易々と話す訳にはいかないだろ!!!』

『………うー 分かったっスよ。

でもあんな奴らと戦えるくらい強いんすか こいつら』

『それをこれから見るんだ。

早く お前が矢の実力を見せた場所に案内するぞ。』



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112 明かされる新人たちの力! ギルドメンバー 大拡大!!

「………ここだ。」

 

ギリスとリルア そしてミーアの3人はタロスとエミレをギルド内の特訓場に案内した。

 

「ここでお前たち二人の強さや実力の程を計って採用するかしないかを決める。

まずはタロス、お前からだ。」

 

リルアとミーアにはタロスが魔法警備団の一員であることは伝えていない。

ギルドの本部という公衆の面前である以上 混乱を避けるために彼の素性は一旦伏せておくことにした。

 

「おー! 昨日のあんちゃんじゃねぇか!」

「?!」

 

ギリス達の元に一人の筋肉質な男が歩いてきた。

 

「……何だ お前は?」

「俺ァ【ゲルダン】っつーここを拠点に冒険者をやってるモンだ。 昨日 そこにいるあんちゃんがここですげーことをやったんだぜ!」

「凄いこと とは?」

 

「色々あったぜ! その場に居た腕の経つヤツらをバッサバッサとぶっ倒したり弓を構えて百発百中に的を射抜いたりしてたな!」

 

ギリス達の注目はタロスに集中した。

 

「………今のは本当なのか?」

「ハハハ すみませんね。

昨日からここに来てて暇でついウォームアップしてやろうと」

 

タロスは苦笑しながらそう弁解した。

呆然と立っているギリスの肩にミーアが触った。

 

「………マスター、彼の実力は確かみたいっスね。」

「………そうだな。 こいつの研修はしなくて大丈夫だろう。」

(折を見て素性を明かすとするか…………。)

 

タロスから視線をエミレへと移す。

 

「……じゃあ今度はエミレの研修をするか」

 

 

「すみませーーーーーん!!!」

『!』

 

エミレの研修を始めようとした矢先、研修室に女性の声が響いた。

 

「遅くなりました!!

本部に聞いたらここにいると言っていましたので」

「……もしかして 加入希望者か?」

「はい! 最近冒険者を始めました 【マキ・マイアミ】という者です!!」

「そうか。 俺がここのマスター ギリス・クリムだ。」

 

ミーアより少しだけ年上と思われる女性は息を切らしながらそう答えた。

 

「も、もしかしてもう締め切られてたりしますか?」

「いや、これから研修を始めるつもりでいたが。それに時間をはっきりと決めていた訳でもないからな。 さして問題は無い。」

「ありがとうございますっ!

じゃあ今 冒険者のカードを見せますね!」

 

マキという女性は懐からカードを取り出してギリスに手渡した。

 

名前:マキ・マイアミ

年齢:17歳

性別:女

職業:冒険者

 

「……なるほど。なら他に自慢できることやアピールできることはあるか?」

「……父が軍人で、私も訓練や心得を積んでいることや贈物(ギフト)を一つ持っている事ですかね。」

「それはどんなものだ?」

「手の平に炎の魔法を纏って、それを打ち出すことが出来ます。」

「そうか……………。」

 

ギリスは顎に指を添えて思考を巡らせた。

一気に3人もギルドに迎え入れて危険はないか

彼女たちは本当に戦えるのか

ヴェルダーズとの戦いに参加させて大丈夫なのか と。

 

「マスター、何やってんすか?

早く研修 始めちゃいましょうよ。」

「………そうだな。」

 

ギリス達は3人を連れて特訓場の内部へと場所を移した。

 

 

 

***

 

 

「……マスター これは?」

「木と紐と…………これは鉄の塊だよな?」

 

最初に エミレの前に木と紐と鉄を用意し、彼女の贈物(ギフト)がどのような物なのかを見ることにした。

 

「エミレ、お前の言うことが本当なら、この3つから弓矢を作ることができるはずだ。」

「はい。 私の《改造(リモルデル)》を使えば簡単に」

 

エミレは用意された材料たちに手を触れた。

その手と材料たちが淡い光に包まれ、形を変えていく。

 

「………どうでしょう?」

「「おーっ!」」

 

机に簡易的ではあるが弓と1本の矢が現れ、リルアとミーアが歓声を上げた。

 

「マスター、結構凄いッスよこれ!!」

「作りもしっかりしてあるし、すぐにでも実践に使えそうだぞ!!」

 

リルアとミーアは弓矢を手に取りその完成度の高さに興奮した。魔王(ギリス)の目からもかなりしっかりと作られた弓矢に見えた。

 

「ギリス、この子はとんでもない才能を持ってるぞ!!」

「そうッスよ!採用しちゃいましょう!採用!!!」

 

ヴェルダーズの件はまだ話せていないが、エミレ自身の実力、そしてリルアとミーアの熱量に押された。

 

「…………………………そうだな。エミレ・ラヴアムル

君を採用しよう!!」

「………! ありがとうございます!」

 

今まで機械的な話し方や表情をしていたエミレから初めて笑顔が見えた。

 

(………さっき感じた違和感は気のせいか………………。)

 

「……じゃあ次はマキ、君の贈物(ギフト)を見せてもらおう。」



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113 希望者たちの決断や如何に!? ギルドの真実を打ち明ける時!!

マキの目の前には棒で立てられた的が置かれていた。

 

「……先に聞いておきたいんだが、お前の贈物(ギフト)はなんていうんだ?」

「《爆掌(ニトヴル)》というんです。

あの的に打てばいいんですね?

 

では、いきます!!!」

「!」

 

構えを取ったマキの気配が変わった。

そのまま身体を回転させて的へと向かっていく。

 

「ハッ!!!!!」

『!!!!』

 

マキの掌が的に触れた瞬間、掌が爆発し、辺りに轟音が響き渡った。

硝煙が晴れた後には黒焦げでバラバラになった木片が転がっている。

 

「……………………!!!」

「どうですか マスター?

採用してくれますか?」

(………こっちも問題なさそうだな………。)

 

「………そうだな。 マキ・マイアミ。

君も採用しよう。」

「ありがとうございますッ!」

 

マキは深々と頭を下げた。

 

ひとまず面接は終わりを迎えたが、採用か否か自体はまだ決まっていない。

これ以上隠すことは出来ない とギリスは決意を固めた。

 

「……タロス、エミレ、そしてマキ

採用するにあたって一つだけ言っておかなければならないことがある。

今日の夜、指定する宿の部屋に来てくれ。」

『?』

 

タロスは疑問を抱く演技(フリ)をし、エミレとマキは意味が分からないという表情を浮かべた。

 

 

 

***

 

 

ギリスとリルア、そしてミーアが部屋の机を囲んでいた。

時計の針は8時を指し、約束の時間が迫ってきている。

 

「……マスター、厄災()の事 話すんスね。」

「……そうだ。 誰がギルドに志願してこようと初めから決めていた事だ。」

「じゃあギリス、あいつらがヴェルダーズとの戦いを拒んできたらどうするのだ?」

「……その時は一ギルドとして責任をもって、新しい志願先を提案してやる必要があるだろうな。」

 

ミーアはギリスの真剣な表情から、彼が本当に魔王として魔界を統べていたのだと再確認した。

 

その時 宿泊部屋の戸を叩く音が聞こえた。

 

「………3人とも集まっている。 入ってくれ。」

『お邪魔します。』

 

3人が声を揃えて部屋に入ってきた。

リルアとミーアはその場の流れで机にスペースを作る。

 

「……ギリスマスター、お話ししたいこととはなんでしょうか?」

「そうですよ。 こんな時間に部屋を用意してまで」

 

エミレとマキの指摘は的確に的を得ていた。

それと同時にギリスがこれから話す事はそれほど重大なことであった。

 

「………タロス・アストレア、エミレ・ラヴアムル そして マキ・マイアミ。

俺がこれから話すことは 場合によってはお前達にギルドの参加を辞退してもらわなければならなくなるかもしれない。

それでも今から話すことは全て他言無用に頼みたい。」

『???』

 

ギリスは深く息を吸って口を開いた。

 

「………これから話すのは、俺たちの正体とこのギルドの真の目的だ。」

 

ギリスは時間をかけて順序だてて3人に説明した。

 

自分とリルアが元は魔王である事

かつて自分たちを陥れた厄災 ヴェルダーズの存在

最近世間を騒がせている魔物の突然発生の犯人が厄災の組織である事

戦ウ乙女(プリキュア)の存在

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)の真の目的が厄災ヴェルダーズの打倒である事

 

その全てを話し終えた。

 

 

「………今の話、全て本当なんですか…………!!!?」

 

最初に口を開いたのはエミレだった。

その顔からは機械的な無表情さは消え、純粋に驚きが現れている。

 

「……全て嘘偽りない事実だ。

そしてお前達に聞きたいのは、お前達はそれを知った上で このギルドに入ってくれるか という事だ。」

『!!』

 

「……もちろん 採用の夢を垣間見せてぬか喜びさせようとした訳では無い。

もし 辞退するから一ギルドのリーダーとして責任をもってアフターケアをするつもりでいる。」

 

自分が今進んでいるのは危険しかない修羅の道だ。

そこに無闇に人を巻き込むわけには行かない。 本当に厄災と戦う意志のある人間を選ぶ事こそが自分と そしてギルドメンバーのためである と信じて疑わない。

 

「………その厄災はそんなに危険な存在なんですか?」

「そうだ。 誇張抜きでこの世界を牛耳れるだけの力を持っている。」

 

マキの質問にギリスは真剣に答えた。

 

マキとエミレはしばらくの間 目を瞑り、そしてギリスの方を見た。

 

「それなら尚更 私の力が必要じゃないですか。」

「マキ お前!!」

「私は軍人の血を引く者です。

寧ろ世界の為に戦えるなら断る理由なんてありません。 是非一緒に戦わせください!!!」

 

気がつけばギリスはマキの手を取り、純粋に感謝の意を述べていた。

今ここに、マキ・マイアミが勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)に入団することが決まった。

 

「エミレさん、タロスさん、

二人はどうしますか?」

 

マキは右を向いて二人に問いかけた。

 

「……私も彼女と同じ気持ちです。

今考えればきっと この贈物()は世界の為に戦う為に与えられたんだと思います。 是非 戦わせください。」

「俺もそうです。

支持を受けたからだけではなく、魔法警備団の一員として、精一杯役に立ちたいです!!!」

 

タロス・アストレアとエミレ・ラヴアムルの入団も正式に決定した。



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114 厄災に立ち向かう覚悟を決めろ! ギルドの新人加入決定!!

ギリスの最後の警告を聞いた上でギルドへの入団を決めた。タロスとエミレも厄災と戦うことを決断したのだ。

 

「え、タロスさん 今なんて……!?」

「ああ。まだ言ってませんでしたね。

俺、実は魔法警備団から派遣されて来たんですよ。」

 

タロスの告白にマキは驚く反応を示した。

 

「そう言えばまだその話について詳しいことを聞いてなかったな。手紙に書いてあったこと以外に言いたいことがあれば教えてくれ。」

「そうすね。 もう1回ちゃんと話しておくとしますか。」

 

 

***

 

 

タロスの話は手紙に書いてあった内容と大差なかったが、詳しい捕捉が二つあった。

 

一つは派遣の指示はルベドから直接受けたわけではなく警備団の団長を通じて受けた事

もう一つは厄災 ヴェルダーズについて完全には把握出来ていない事である。

 

「だけどマスター そんなエリートが入ってくれたら百人力じゃないですか!!

それにあのルベドさんの推薦なら尚更 心強いですよ!!!」

星聖騎士団(クルセイダーズ)を知っているとは、父が軍人なだけはあるな。

そういえばお前の父親の事もほとんど聞いてなかったな。どれくらい腕の立つ軍人(やつ)なんだ お前の父親は?」

「! そ、それは………………」

 

「? どうした?

何か都合の悪い事でも

 

!」

 

詮索するギリスをリルアが袖を引っ張って止めた。

 

『リルア どうした?』

『ギリス、あまり嗅ぎ回るもんじゃないのだ。きっと軍人の仕事が忙しすぎてあまりよく知らないとか そんな所だろ。』

『………そうか。』

 

「マキ、詮索するような真似をしてすまない。言いたくないなら無理に言わなくて大丈夫だ。」

「……そうですか。

そうして頂けると嬉しいです。ありがとうございます。」

 

マキは頭を下げて椅子に座った。

 

「じゃあ今日は解散するとしよう。

今日はもう遅いし、明日は本部への登録なんかで忙しくなるからな。 隣に部屋をもう一つ用意してあるから、同期同士で親睦でも深めあってくれ。」

 

 

***

 

 

「じゃあこれからよろしくお願いしますね 2人とも!」

「はい。 よろしくお願いします。」

「同じギルドのメンバーとして頑張りましょうね!」

 

3人はギリス達の隣の部屋に集まり、各々が荷物を床に置いて泊まる準備をしていた。

 

「……もうすぐ9時か…………。

どうです 二人共、これから温泉にでも入りませんか?ここの温泉、結構評判なんですよ!」

『!』

 

この宿の1階にある温泉はギルドの本部に近い故か否か 温泉には魔力を回復したり洗練したりする効能があると一定の評判がある。

 

「良いですね 行きましょう!

私も贈物(ギフト)が強くなるんじゃないかって興味があったんですよ!

ね、エミレさんもどうですか?」

 

その温泉は駆け出しの冒険者にとっては効能以前に一種のパワースポットとして毎日のようにたくさんの冒険者が訪れていた。

 

「………いや、私は遠慮します。」

「え、どうして?

もしかしたらあなたの贈物(ギフト)の性能も良くなるかもしれないじゃないですか。 ひょっとして苦手なんですか? 温泉。」

「はい。そう考えて下さい。

入浴はここの個室のお風呂で済ませますので、お二人はゆっくりと温泉に入ってください。」

「そうですか。じゃあそうしましょう。

タロスさん、温泉にマスター達も誘いましょう!まだお風呂に入ってなかったみたいですし!」

 

マキとタロスは入浴の用意をし、部屋を後にした。

 

 

***

 

 

マキ達がギリス達を温泉に誘っている頃、ヴェルダーズはハジョウから報告を受けていた。

 

「ヴェルダーズ様、《あいつ》から報告がありました。

魔王ギリス達のギルドに潜入する事に成功したそうです。」

『………フフ。そうか。

これからは忙しくなるぞ。先手を打たねばならないからな。』

「早速 情報を流させますか?」

『いやまだだ。

すぐにやれば勘づかれるかもしれない。それに今はまだ有力な情報は得られないだろうからな。

動かすのはやつが龍の里にいる奴らと合流してからだ。そっちにはオオガイ達を向かわせてあるからそこで騒ぎがあったと聞けば早かれ遅かれ飛んでくるだろうからな。』

 

ヴェルダーズはギリス達を出し抜きたと笑い声を上げた。

 

『それから《あいつ》に伝えろ。

〘下手にヤツらに手を出すことは避け、情報を流すことだけに専念しろ〙とな。

それ以上のことをやってしまったら奴らは必ず勘づく。

だが逆を言えばそれに専念すればすぐに《あいつ》にだどり着くことはまず無いだろう。

龍の里のことはオオガイ達に任せるとして、次の駒を進めるとするか。』

「と、言いますと?」

 

ヴェルダーズは口角を上げ、ハジョウにこう伝えた。

 

()()()()()()()に連絡しろ。

〘もう我慢する必要は無い。沈黙の時は終わった。戦いに備えて準備を進めろ〙とな。』



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115 龍の里へ向かえ! ギルドが合流する時!!

「………それで結局 待合室にいた2人と後から来たもう1人の3人全員を迎える事にしたのか。」

「まぁそういうことだ。

今日ここに来たのは他でもない 正式にギルド(ここ)に登録したいと思ってな。」

 

翌日

ギリスは戦ウ乙女(プリキュア)のリルアとミーア そして新しく入ったタロスとエミレ そしてマキの3人を連れてギルドの本部に足を運んでいた。

 

「じゃあ早速 ギルドの情報を更新してくるから少し待っていてくれ。」

「分かった。」

 

ギルド長は奥の部屋へと走って行った。

 

 

 

***

 

 

 

「なぁギリス、更新(これ)が終わったらこの町を出るのか?」

「ああ。龍神武道会ももうすぐ始まるはずだからな。蛍達も蛍達で戦力を見つけているだろう。今日出発すれば当日には龍の里に着くだろう。」

「それで蛍達、何人くらい仲間にしてると思う?」

「そうだな。 あいつと通話した時戦ウ乙女(プリキュア)になれそうなヤツを一人見つけたと言っていたから上手く行けば2、3人くらい迎えているかもしれないな。」

「そしたら えーと………………

おー! 10人以上は間違いなくメンバーになる事になるぞ!!!

これならもう厄災(ヤツ)も怖くないぞ!!!」

「バカ。10人程度でどうにかなるタマならとっくの昔に俺がやっているさ。」

「……………………………そっか…………………。」

 

リルアが弱々しい声を出した。

 

「待たせたな。情報の更新が済んだから確認してくれ。」

「お! もう済んだのか。」

 

ギルド長が奥の部屋から歩いてきた。

 

勇者デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)

ギルドランク:C

ギルドマスター:ギリス・クリム

ギルドメンバー

ホタル・ユメザキ

フェリオ

ハッシュ・シルヴァーン

リルア・ナヴァストラ

ミーア・レオアプス

タロス・アストレア

エミレ・ラヴアムル

マキ・マイアミ

 

「…………問題ない。」

「そうか。じゃあこれで上にも通しておくぞ。」

「よろしく頼む。

それで、これからここを離れようと思っている。別行動している仲間と合流しようと思っていてな。」

「………それは寂しくなるな。

合流場所はどこなんだ?」

 

「もう一組は【龍の里】に行ってもらっている。」

「龍の里?また随分と変わった場所で活動しているんだな。」

「…悪いが詳しい事は教えられない。

それより 駅に行きたいから馬車を用意してくれないか?」

「……それは構わないが、それには金も時間も多少掛かるぞ?」

「問題ない。 依頼は数をこなしているからな。」

 

 

 

***

 

 

ギリス達はギルドの待合室に場所を移していた。

 

「おいギリス 見てみろ!

龍神武道会のメンバーが載ってるぞ!!!」

 

リルアが半ば興奮した様子で新聞を見せた。

 

「…………どれどれ。」

 

新聞には蛍を筆頭に【カイ・エイシュウ】、【ウツ・ロッキー】、【ソラ・トリノ】、【フリジオ・ゴール】などの強豪が名を連ねていた。

 

「…………ん? 何だこの【ハダル・バーン】っていうのは?」

「なんでも、初めて大会に出るキャリアも実力も未知の選手だって書いてあるぞ。」

「………………………………。」

 

格闘家にそこまで詳しくないギリスでも聞いただけで顔が浮かんでくる程名を上げている強豪が揃っている。

 

「……ホタル 大丈夫かな…………。」

「まぁ大丈夫だろ。

ハッシュが格闘術を教えると言っていたからな。」

「え、そんな事言ってたか?」

「お前が馬鹿面して眠ってた時に話したんだよ。」

「━━━━━━━━あー!

そういえば連絡するかって言ってたな!」

「…………今まで忘れてたのか。」

 

良くも悪くも緊張感のないリルアにギリスは少しだけ顔をしかめた。

 

 

 

***

 

 

 

「…………3人乗りが2回

次は1時間後か…………………。」

 

ギリス達6人は列車を乗り継ぎ、龍の里に一番近い駅に着いた。

 

「………すると、俺とリルアとミーア、タロスとエミレとマキに分かれて乗るとするか。

俺たちが先に向かっているからお前達3人は適当に時間を潰していてくれ。」

『わかりました。』

 

3人は声を揃えて言い、そしてまだ会っていない仲間達がどういう人達なのか思いを馳せる。

 

「お! そろそろ来るな

 

 

!!!!」

『?』

 

突如、ギリスの顔色が豹変した。

 

「ギリス?どうかしたか?」

「……………今の気配…………!!!

間違いないヤツだ!!!!!」

 

ギリスは脚の筋肉に全身の力を込めた。

 

「俺は先に行く!!!

リルアとミーアは今から来る車で

あとの3人はその後に来る車に乗って龍の里に向かえ!!!!」

「えっ!!? マスター ちょっと!!!」

 

ミーアが聞き返す前にギリスは空の彼方へと消えた。

 

 

 

***

 

 

 

「…………じゃあそれで闘技場(あそこ)に現れたの?」

「そういうことだ。

とまぁこれが俺達の活動内容だ。分かってくれたか?」

「……うん。 分かったけど……………」

 

蛍は部屋の時計に目をやった。

時計の長針は既に一周していた。



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幕間 魔王城 編
116 新たな活動へ準備を進めろ! ギルドのメンバー 集う時!!


「…………ああ、もうこんな時間か。」

 

ギリスは自分が1時間以上話し続けていた事を理解した。

 

「!」

 

すると、彼の懐の通話結晶が光った。

 

「もしもし 俺だ。

そろそろ着きそうか?」

『はい。ちょうど1時間前にやっと交通が回復して、もうそこまで来ています。』

「分かった。じゃあ龍の里に入ったら『ギリス・クリムの同伴者です』とでも言ったらリュウの屋敷に来てくれ。

みんなそこに集まっている。」

 

ギリスは最低限の事だけ伝えて通話を切った。

 

「ねぇギリス、今話してた人が新しいメンバーなの?」

「そうだ。3人がそれぞれ役に立ちそうな力を持っているから仲良くしてやってくれ。」

「……それで、その交通が遅れてるのってやっぱり……………」

「ああ。十中八九 厄災()の事だろうな。そこでお前達に聞きたいんだが、龍の里に攻めていたのはどんなヤツらだった?」

「!」

 

 

 

***

 

 

 

「…………そうか。あのダクリュールに幻覚魔法使いに鬼までやってきたのか。

よくお前達だけで持ち堪えたな。」

「……リナちゃんが戦ウ乙女(プリキュア)なってくれなかったら危なかったよ。」

 

龍の里に攻め入った厄災の手下の事を聞き終わったところで扉を叩く音が鳴った。

 

「リナちゃん!もう動いて大丈夫なの!?」

「おお。いつまでも寝てらんねぇよ。

? なんだそいつ?」

「そうか。 こいつが()()()戦ウ乙女(プリキュア)か。」

「??」

 

戦いの途中で力を使い果たしたリナはギリスの事を知らなかった。

 

 

「………なるほどな。あんたが俺達のリーダーってわけか。そんじゃ ジジィが言ってた昔勇者と一緒にドンパチやった魔王ってのがあんたなのか。」

 

リナはギリスから彼の素性や蛍との関係性、そしてその生い立ちを粗方説明された。

 

「………そうだ。リュウは元気にしてるか?」

「少なくとも今の俺やあんたよりはのびのびとしてるよ。」

 

まだ緊張を隠せていないのか、リナは少しだけではあるが突っぱねるような態度を見せた。

 

「それで、ハッシュやカイさんから聞いたぜ。 俺がぶっ倒れた後、ここにあの鬼共の親玉が来たんだよな?」

「ああ。命からがらなんとか撃退には成功したがな。」

「………それじゃああんた、俺達()の中じゃあ一番強えんだな?」

「ち、ちょっとリナちゃん!!」

 

リナはまだギリスが力を奪われている事を説明された上でそう言った。

 

「………【強かった】と言った方が正確だな。

尤も、すぐにでも力を取り戻すつもりではあるが。」

「そんじゃ安心だ。」

 

「……………………」

 

蛍はリナがあくまで龍の里(故郷)を守るために戦ウ乙女(プリキュア)になったのであり、ヴェルダーズ達と戦うことを決意した事を確認したわけではないことに気がついた。

 

「まぁ俺から乗った船だ。

あんたの為にやってやるよ。それにあんな連中がごろごろとのさばってるのを見て見ぬふりをするってのも寝覚めが悪いしよ。」

「!! リナちゃん ありがとう!」

 

こうしてリナも正式に戦ウ乙女(プリキュア)として加入する事が決定した。

 

「………リナ。」

「おお カイさん。あんたもここにいたのか。」

 

カイもリナが来たことに気付いて声をかけた。

 

「…………なぁ蛍、お前達が龍の里(ここ)でスカウトしたのはあの戦ウ乙女(リナ)とカイの二人なのか?」

「? そうだけど。」

「そうか。 ということはここに全員揃ってるわけか……………。」

 

ギルド設立当初のギルドマスターのギリス そして蛍とフェリオ

その後に加入したハッシュとリルア

そして蛍達が龍の里でスカウトしたリナとカイ そしてヴェルド

 

ギリス達がスカウトした三人を除いて勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)のメンバーが全員この部屋に揃っている。

 

「……ギリス様、」

「!」

 

リュウの側近の男が扉を開けて入ってきた。

 

「やっと来たか。俺の連れだろ。」

「はい。 三人あなたと一緒に来たと言っています。今は屋敷の門の前で待たせていますが、どうしますか?」

「入ってもらってくれ。

それから、リュウに頼んでなるべく広い場所を確保してくれ。」

「広い場所? 分かりました 直ちに。」

 

側近の男は部屋を後にして外へと走って行った。

 

「? 広い場所なんて何に使うの?」

「分からないか?これから龍の里(ここ)に俺達 ギルドが全員揃うわけだ。」

「それがどうかしたの?」

「場所が欲しいんだ。」

「場所?」

 

「そうさ。あいつらが到着し次第 誰にも知られることなく進めたい話があるからな。

それに、そろそろ()()()を試してもいい頃だと思ってな。」

 

ギリスは手の平を眺めながら口角を上げた。



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117 新しい拠点を作れ! そびえ立つ魔王城!!

『何かを試す』

 

ギリスがそう言って笑みを見せた直後、扉を叩く音が鳴った。

 

「! いよいよ来たか。

入って来て大丈夫だ。」

 

『お邪魔します!』

 

ギリスがそう言うと扉が開き、タロスとエミレ、そしてマキが入って来た。

 

「おー!これがギルドのメンバーですか!」

「なんか個性が強いって言うか、頼りがいのありそうな面子が揃ってますね!」

「…………はい。このギルドを選んだ私の勘は外れていなかったようです。」

 

『個性が強い』や『頼りがいがある』という感想は蛍達も同じだった。

少年一人に少女二人という構成だったが、ギリス(ギルドマスター)が直接選んだと言う事実だけでそれ相応の信頼を感じた。

 

「マスター、ギルドのメンバーはここに居るので全員ですか?」

「そうだ。後で全員に挨拶しておけ。」

「? 今じゃダメなんですか?」

「ああ。ここで下手なことを話すことは出来ない。()()()()()。」

『?』

 

ギリスの奇妙な言葉にその場にいた全員が反応した。

 

 

***

 

 

ギルドのメンバー 全員が早くお互いの事を知りたいという欲求を抑え、リュウが用意した空き地に集合した。

 

「ギリス、何を始める気なの?」

「新しい拠点を作る。」

「拠点?」

「そうだ。」

 

ギリスは最近 見せていない得意げな笑みを浮かべた。

 

「ここに居るメンバーが12人。

そろそろギルドが大きくなりすぎて動きにくくなってきたと思わないか?」

「? どういう意味?」

「これからここに()()()()()()()拠点を作るんだ。

どこへでも移動出来ていつでも作り出せる便利な拠点をな。」

『!!?』

 

ギリスのあまりに突拍子もない言葉にその場にいた全員が驚嘆した。

 

「ギ、ギリス お前まさか()()を試す気なのか!!??」

「何を大袈裟な顔をしている。失敗した所で死ぬ訳じゃないんだぞ。

もし上手くいかなかったら別の方法を考えれば良いだけだ。」

 

リルアの心配する言葉を楽観的に流した。

 

「……じゃあ 始めるぞ。

危ないから全員 離れていろ。」

 

ギリスは両の手を伸ばし、そこに巨大な魔法陣を展開した。

 

「よし 上手くいったな。後は……………」

 

ギリスは魔法陣の中央へと歩き、指を口の方へ持って行った。 そして歯で指に傷をつけ、魔法陣に一筋の血を落とした。

 

その血に反応するかのように魔法陣、そして空き地の地面全体が揺り動いた。

立っているのもままならなくなるほどの振動と共に地鳴り音が漠然とした不安を煽る。

 

「………さあ、久しぶりの再開といこうじゃないか! ()()()よ!!!」

『!!!!?』

 

その言葉が聞こえた直後、魔法陣から淡い紫色に光るレンガ造りの巨大な柱が現れた。

そしてその先端には同じようにレンガ造りの屋根が付いていた。

 

「リ、リルアちゃん、これってまさか………!!!」

「近づいてはいけないのだ!

それより現れるぞ ()()()が………………!!!」

 

 

 

***

 

 

空き地の全てを埋め尽くす程 巨大な建物にギルドメンバーの全員が呆気に取られていた。

 

「………………ふう。

なんとか形にはなったな。」

 

その言葉からも分かるように現れた()()()は不完全だった。

それでも今まで生活していたギルド近くの宿屋より一回りも二回りも大きく、ここに居る全員が軽々と入ってしまいそうだった。

 

「まだ不完全だが、これが俺の我が家

魔王城 《ヴァヌドパレス》だ。

これは普段は俺の贈物(ギフト)で収納しているんだが、ようやく出せるようになった。」

 

ギリスは不完全と言ったがギルドのメンバー 全員がこれで十分な拠点になると思った。

 

「諸々の詳しい事は中で話す。とりやえず全員 中に入ってくれ。」

 

突然 現れた巨大な建物に呆気に取られていたが、ギリスに促されてその門をくぐった。

 

 

 

***

 

 

 

もんを開けて直ぐに まるでホテルのエントランスのような空間が飛び込んできた。

 

「これから案内するのはここの会議室兼リビングだ。 そこで自己紹介をしてもらった後にこれからやりたい事を話す。

ちなみに もう既にお前達全員の部屋は作ってある。」

 

ギリスの後に続いて全員がついて行き、巨大な扉の前に着いた。

 

「………なんか、ルベドさんのお城に似てない?」

「……まぁ 全く参考にしていないといえば嘘になる。 そもそもギルドの為に内装は作り替えてあるからな。」

 

ヴェルダーズを倒すために自分の家を改造するというギリスの決意の固さを再確認し、蛍達は扉を開けた。

 

扉に通じていた部屋の中央には巨大な円卓があり、たくさんの椅子が並んでいた。

 

「椅子は足りなかったらいけないと思ってたくさん用意しておいたが気にせずに座ってくれ。」

 

その言葉に促されて全員がそれぞれ 席に着いた。

 

「………よし。

ようやく 全員揃ったな。それではこれより第一回 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)の極秘会議を執り行う。」

 

最後に席に着いたギリスがそう宣言した。



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118 勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)集結! 始まる作戦会議!!

「……まぁ極秘 と言ってもそこまで大袈裟な話ではないから肩の力は抜いてもらって構わない。

お前達も初対面だから、まずはお互いの紹介から始めるとしよう。」

 

ギリスが口火を切って会議を始めた。

 

「まずは仮にもマスターをやっている俺から行こう。みんな知ってると思うが 俺は【ギリス・オブリゴード・クリムゾン】

あの厄災 ヴェルダーズに陥れられた元 魔王だ。」

 

ギリスはこの性別も年齢も性格もバラバラなメンバーをまとめ上げる重要な役割を持っている。

自分がしっかりしなければならないと 彼自身が一番よく分かっていた。

 

「………じ、じゃあ次は私が………………」

 

このギルドを作るきっかけにもなった蛍が手を挙げた。

 

 

 

***

 

 

 

会議が始まってから数十分経ち、蛍を含めた全員が自分の紹介を終えた。

 

「遅くなるようだが俺の目的に着いてきてくれたお前達には心から感謝している。」

 

ギリスは机に座ったまま手をついてメンバー達に頭を下げた。

 

「これからやりたいことは二つある。

一つは星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部へ行ってそこでルベドと情報を交換する事

もう一つは本部でこれからの目的地を決める事だ。」

『!!?』

 

『これから星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部へ向かう』という文言にメンバー達は動揺を示した。

 

「ち、ちょっと待ってよ ギリス!!

これからルベドさんの所に行くって ここは龍の里だよ!? 私達はあそこからリルアちゃんを探したギルドに行ってそこからここに居るんだから今から出発しても一日以上はかかるよ!?

それにこんな大人数で行動したらまたいつ敵の襲撃にあうか分からないし、危険だよ!!!」

 

蛍の指摘に メンバー達は首を縦に振った。

ヴェルダーズの事は知らずとも、世界規模で活動している星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部がここ 龍の里から遠く離れている事は全員が分かっていた。

 

「………という事は、()()を使うつもりか? ギリス」

「!?」

 

その場にいた全員の中で、リルアだけが首を縦に振らなかった。この中で現役の魔王だった頃のギリスを知っているのは彼女一人だけだ。

 

「ああ。 任せてくれ。」

「だがあれはたくさん 魔力を食うぞ?

お前、究極(アルティメット)を一回使って力尽きてしまったそうじゃないか。

そんなお前に使いこなせるのか?」

「いや お前の言う通りこいつはたくさん魔力を食うからな。もちろん 端から多用する気は無い。

だが、それでもこういう重要な移動には十分に使う価値がある。」

 

『?』

 

ギリスとリルアの間だけで了解が交わされ、他のメンバー達は困惑の表情を浮かべる。

 

「………じゃあ場所をルベド達の本部に移すとしよう。心配しなくとも、ルベドに許可(アポ)は取ってある。」

 

ギリスはメンバー達に場所を移すように促した。

 

 

 

***

 

 

 

「…………これは…………………!!!」

 

ギリスに案内されて蛍達がやって来たのは紫色の巨大な扉だった。

 

「こいつは転移魔法をかけた扉だ。

こいつに魔力をかければ星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部まで直通で行ける。」

「……ギリス、総隊長は何て?」

 

自己紹介以降 口を開いていなかったハッシュがギリスに話しかけた。

 

「さっきも言ったようにちゃんと許可は取ってある。お前に会えるのをみんな楽しみにしていると言っていたよ。

それから、俺達を歓迎するために隊長を10人全員揃えて迎えると言っていたな。」

「!」

「え、じゃあまたイーラさんやハニさんとも会えるの!?」

「そうだな。まぁ逞しくなった姿でも見せてやれば喜ぶだろ。」

 

これから旧知の友達に会えるのが嬉しいのか、心做しかギリスの表情は和らいでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「ルベド総隊長 たった今魔王 ギリス氏から連絡がありました。

これからこちらに向かうそうです。」

「そうか。 まだ一ヶ月も経ってないのに暫くぶりにハッシュに会う気がするな。」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部でイーラがルベドに報告をしていた。

 

「じゃあ蛍ちゃんも来るんですか?」

「なんだ ハニ。随分 嬉しそうだな。

もしかして 彼女に惚れてるのか?」

「あの時より逞しくなってたらホントに惚れ込んじゃいそうです♡!」

 

ハニも両手を頬に当てて顔を赤らめながらそう言った。 惚れっぽい彼女だが、どうやら今回は結構な度合いで熱にかかっているようだ。

 

「君はハッシュが好きだったんじゃなかったのか?」

「ハッシュ君もかっこよくて魅力的ですけど蛍ちゃんのあの可愛さは守ってあげたくなっちゃうんですよ!」

「……君のその年下好きには困るよ。

まあ それはそれとして他のみんなはちゃんと準備 出来てるのか?」

「はい! もうこっちに向かってるそうです!皆さんもハッシュ君に会えるの 楽しみにしてましたよ!」

「………そうか。」

 

ならば良しとしよう とルベドは席を立った。

 

 

 

***

 

 

 

その頃、星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部の玄関近くではイーラとハニ 以外の隊長達がルベドの元に向かっていた。

 

「………何回来ても本部(ここ)までの道のりの遠さには慣れないね………………。」

「でもまさか昔話でしか聞いてなかったあの魔王が生きてるなんて思ってもいなかったよ。」

「その魔王が見つけた勇者って女の子なんでしょ?あのバカ また惚れちゃってんじゃないでしょーね?」

「まず間違いなくそうだろうな。

ハニのやつは昔からそうだから。仕事はできるんだけどな。」

「まあ何にしてもそんなに心強い味方が現れたなら、総隊長も喜んでおられるだようさ。」

 

本部に着いた5人はそう談笑しながらルベドの元へと向かっていった。



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119 総隊長 衝撃の告白!? 集結する隊長達!!

「じゃあ入るぞ。本部に繋げられる時間は少ししかないから急いで入ってくれ。」

 

空間同士を繋げるなどという魔法が長時間 持続しないなどということは皆が分かっている事だ。

 

「ちなみに言っておくとこの扉と繋げるのはお前が初めてルベドとあった部屋の目の前だ。 」

 

蛍の方を向いてそう言う。

まだ一ヶ月も経ってないのに彼に初めて会ってハッシュを仲間に引き入れる事を提案した時がとても懐かしく感じられた。

 

 

次に通話中結晶を取り出して光らせた。

呼び出した先は勿論 ルベドだ。

 

「ルベドか?俺だ。今からそっちに向かう

準備は出来ているか? ああ。そっちも隊長を全員揃えてるのか?

分かった。すぐに行く。」

 

最低限の通話を終えて後ろを向き、メンバー達に合図で入るように促した。

 

 

 

***

 

 

「……………………もうすぐか………………。」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部の会議室 そこには円卓が用意され、ルベドが中央に座り、他の隊長が周りに座っている。

ルベドは手に持った懐中時計を見てそう呟いた。

 

「ルベド総隊長、ハッシュが出張任務に出向いてから 彼らと連絡は取ったのですか?」

「1回だけあった。だいたい一週間前くらいにな。」

 

そのやり取りにハニも興味を示す。

 

「一週間前って、龍の里で武道会があった頃ですよね? 」

「ああ。君達には言ってなかったが、仲間を募るために蛍君がそこに出場したんだ。」

 

イーラの質問にルベドは懐かしさを覚えながらそう返した。

 

 

「諸君!間もなくここにルベド総隊長のご友人 魔王 ギリス・オブリゴード・クリムゾン様達がお見えになる!! くれぐれも粗相の無いように!!!」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の中でルベドを含めて最年長のイーラがその場にいる兵隊達にそう一喝した。

 

「お前達も本来の悪虐の魔王と彼とは一緒くたに考えないように頼むぞ!!!」

 

そしてギリスにあっていない他の隊長達にも激を飛ばす。

 

「………ルベド総隊長、」

『!』

「その魔王が集めた仲間達の事、彼らが着く前に詳しく教えて貰えませんか?」

「お、おい カスミ!!!」

 

ルベドに質問したのは星聖騎士団(クルセイダーズ) 10番隊隊長 【カスミ・ヘイルスフィア】

黒髪を肩付近まで伸ばした蒼眼の少年である。

 

「……僕もカスミと同意見です。

味方であることを疑う気はありませんが、それでも詳しく知っておきたいです。」

続いて8番隊隊長 【ヒラキ・エボルフラン】も同意する。

金髪で髪先がカーキー色に染まった少年だ。

 

「アタシもですよ 総隊長。

その魔王の事も勿論ですけど、このバカがやらかさないためにも その女の子の勇者の事も詳しく教えてくださいよ。」

ハニを指差しながら6番隊隊長 【ソフィア・バンビエス】も同じように質問する。

濃い赤色の髪をツインテールにした少女だ。

 

「総隊長、俺にも詳しく教えてください。

これから長い付き合いになるんですから、前もって把握しておく必要がありますよ。」

5番隊隊長 【ヒバチ・ホムラヅカ】も魔王達に興味を示す。

黒髪を切りそろえ 歯がギザギザとした少年だ。

 

「………ルベド総隊長、僕も右に同じです。

それに彼らがここに来た後で仲間にしたもう1人の魔王 リルア・ナヴァストラの事も気になります。 彼女の事を知ることは厄災を知る事にも繋がるんじゃないでしょうか。」

4番隊隊長 【ガイン・ブラックバスター】も理由をつけて同意した。

 

 

「そ、総隊長 どうしましょうか…………。」

「何を迷う事がある。

分かった。知ってることを詳しく話そう。」

 

 

 

***

 

 

既に伝えていたことに加えて、戦ウ乙女(プリキュア)の事やかつての仲間達の事を改めて順を追って説明した。

 

その直後、会議室の扉が動く音が部屋に響く。

 

「………来たか。」

「総員、魔王ギリス様 並びにそのお連れ様方に敬礼!!!!」

 

ルベド以外の隊長が立ち上がり、兵隊達は扉の両端に列を作って敬礼し、ギリス達を迎える準備を整える。

扉が完全に開いて、ギリス達の姿が見えた。

 

「………随分豪勢なお出迎えだな ルベド。」

「そう言うな。せっかくお前のために忙しい所を集まってもらったんだから。

それよりお前もかなり仲間が増えたな。

これなら()()()()()() 果たせそうだな。」

「……そうだな。 今ここでやる気は少しもないが。」

 

二人の間に良いとも悪いともいえない微妙な空気が流れる。

 

「ルベド総隊長、3番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン ただいま戻りました。」

「ああ。苦労をかけるようで悪いな ハッシュ。 もうギルドでの生活には慣れたのか?」

「はい。 お陰様で。」

 

元々 隊長のハッシュも帰還を報告する。

 

「ルベドさん お久しぶりです。」

「ああ。君も頑張ってもらって悪いな。

皆 紹介する。彼女が勇者の戦ウ乙女(プリキュア) 【ホタル・ユメザキ】だ。」

『…………………………』

 

ルベドが信頼を置く少女を目の当たりにして隊長達は関心を示す。

ちなみにハニはその時、見違えるように逞しくなった蛍に一人 ときめいていた。

 

「……それはそうとお前、随分 勝手なことをしてくれたな?」

「? 勝手なこと?」

「とぼけるな こいつにギルドに入ってもらうように言ったんだろ!?なぁ。」

 

話をはぐらかすルベドに少し苛立ち、当のタロスに声をかけた。

 

「はい!初めまして ルベド・ウル・アーサー総隊長!!!

指示通り、ギルドへの加入に成功しました!!!」

『???』

 

当のタロスの紹介を終えてなお、ルベドだけでなくイーラやハニも訳が分からない というような表情を浮かべていた。

これに疑問を抱いたギリスはさらに質問を重ねる。

 

「おい いい加減にしろよ。もう分かってるんだよ。お前達が魔法警備団に派遣を要請してこいつにギルドに入るように指示したんだろ?」

「………おい ギリス お前さっきから何を言ってるんだ?」

「?」

 

 

「僕はそんなもの出していないぞ?」

『!!!!?』

 

ルベドの口から出た一言によって、ギリス達に衝撃が走った。



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120 交錯する疑惑と疑念! 疑心暗鬼のギルド!!

『タロスに勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)に入るように指示していない』

ルベドの口から出た一言はその場にいた全員を驚愕させた。

 

「えっ 何を言ってるんですか ルベド総隊長…………!!?

俺は星聖騎士団(クルセイダーズ)に指示されてギルドに━━━━━━━━━━━」

 

ズドンッ!!!! 「!!!!?」

「ギ、ギリス!? 何を━━━━━━━!!!!?」

 

ギリスがタロスの腕を掴んで組み倒した。

考えるより先に身体が勝手に動いていた。

隣にいた蛍が驚いて声を掛けるが彼の耳には入らなかった。

 

「タロス、貴様一体何処の馬の骨だ!!!!?

どういうつもりで俺達に近づいた!!!?」

「ち、違います!! 俺は本当にルベド総隊長から指示を受けてここに……………!!!」

「見え透いた嘘をつくな!!!!

だったら今ルベドが言ったことの説明をどうつけるつもりだ!!!!?」

 

「ギリス!!! 落ち着いてよ!!!」

「!!!」

 

蛍に肩を掴まれて諭され、ギリスはようやく我に返った。気が付くと彼の周りには兵隊達が心配そうに囲んでいた。

 

「とりあえずさ、タロス君に話を聞こうよ!!何かの間違いかもしれないし、それこそあのヴェルダーズが何か手を回したのかもしれないし!!」

「……………………………………………

わ、分かった…………………。」

 

自分より遥かに幼い少女に諭され、自分がどれほど熱くなっていたのか理解した。

そして自分の中でどれほど 厄災 ヴェルダーズが心を縛っているのか痛感した。

 

「じゃあタロス、離す代わりに剣は預かるぞ。」

「は、はい…………。」

 

タロスはギリスの捕縛から解放された。

それでもなお彼は動こうとはしなかった。

 

「ルベド、悪いが椅子を一つ用意してくれ。

それからこいつの身元の確認も頼む。」

「あ、ああ。 分かった…………。」

 

目の前で起きた事があまりに衝撃的で、ルベドも動くに動けなかった。

 

 

 

***

 

 

 

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)星聖騎士団(クルセイダーズ)の合同会議は突如としてタロス・アストレアの取り調べへと変わった。

 

タロスだけが椅子に座り、他の全員が彼の前に立っている。

 

「……じゃあまず最初に聞くが、うちに入れっていう指示をルベドからではなく警備団の団長から受けたというのは間違いないのか?」

「はい。団長からルベド総隊長に指示があったと聞いたので、入団に来ました。」

 

タロスの言う事に偽りは感じられなかった。そもそも今考えればヴェルダーズがこんなにすぐバレるような嘘をつくとも思えなかった。

 

「ギリス様、彼の身元の確認が取れました。彼、タロス・アストレアは間違いなく魔法警備団の一員です。」

「……そうか。」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の兵士の一人が書類を持って報告に来た。

この状況で考えられることはたった一つ

 

「……その顔、間違いないようだね ギリス。」

「ああ。お前の考えている通りだ。」

 

ギリスとルベドは互いを見合い、そしてその場にいた全員に口を開く。

 

『ルベド(僕)に成りすまして魔法警備団に嘘の指示を流したヤツがいる。』

「…………!!!」

 

タロスが事実を言っている以上、考えられることはその一つしか無かった。

そしてもう一つの事が自然に決定した。

 

「……タロス、その団長は本部にいるのか?」

「は、はい。 普段から本部で活動してます。」

「ならば話は早いな。魔法警備団の本部へ行って直接確認するしかないだろう。

お前達もそれでいいな?」

 

ギルドのメンバーに異を唱える者はいなかった━━━━━━━━━━━━━

 

「待ってくれ ギリス殿。」 「!」

 

手を挙げたのはカイだった。

 

「何だ? カイ。何か問題があるのか?」

「問題は無いが、一つ懸念があるんだ。

あなたが考えているように、彼があの厄災の手先ならそんなすぐにバレるような嘘をつくはずがないというのはあなたと同意見だ。

しかし、ルベド殿になりすますというのもまたすぐにバレる嘘だと思うのだが。」

 

カイは柄でもなく顔に汗を浮かべながら言葉を濁す。

 

「何が言いたい?」

「これは私の推測だが、まるで誘導されているような気がするんだ。」

「待ち伏せされるということか?」

「ああ。だから行くならかなりの人数を割かなければいけないだろうな。」

 

こうして魔法警備団の本部に行く事が決まった。

 

「……話は終わったか。」

「ああ。そういうことだからルベド、お前達からも兵隊を増援させて欲しい。」

「分かった。それはまた後で詳しく話そう。

それはそうと、僕からも君達に行って欲しい場所が二つあるんだ。」

「それはどこだ?」

 

「【監獄】と【豪華客船】

この二箇所にヴェルダーズの手が回ってると情報が入った。」



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121 試されるリナの覚悟! 監獄【アルカロック】へと向かえ!!

「か、監獄と豪華客船…………………?!」

 

あまりにも統一性のないその二つの単語に蛍は疑問の声を漏らした。

 

「……【アルカロック】と【グランフェリエ】の事か?」

 

蛍の横からギリスが監獄と豪華客船の名前であろう言葉を口にした。

 

「え、ギリス 知ってるの?!」

「ああ。この世界で《最悪の場所》と《最高の場所》と言われている。そこにヤツらの手が回っているのか?」

「うん。僕の調べではチョーマジンの発生源がそこに集中している。」

 

 

 

***

 

 

 

地底監獄【アルカロック】

人里離れた孤島の地下に作られ、死刑に値するような悪人のみを収監する鉄壁の監獄。

建てられてから数十年の間、一人の脱獄者も出ていないと言われ、世界中の人々から恐れられ、恐怖と平和の象徴として語られている。

 

豪華客船【グランフェリエ】

年に一度だけ出航し、世界中の貴族や富豪を世界一周の旅行へと連れて行く世界最大級の客船。

その中には人が数千人以上 入れると噂されている。

 

ルベドの説明を纏めるとこういった辺りだった。

 

「…確かに【最悪の場所】と【最高の場所】ですね………………。

それで、どうやってその場所に行くんですか?」

「それは僕達が協力する。

【アルカロック】には星聖騎士団(クルセイダーズ)の調査 という名目で、【グランフェリエ】には要人の護衛の依頼 という名目で潜入する。」

 

ルベドが淡々と説明するが、一つ見逃せない要素があった。

 

「ま、待ってください! それって無関係の人を巻き込むって事ですか!!?」

「それに関しては問題ない。僕の息がかかった人を護衛する。心配しなくても話は既につけてある。」

「そ、そうですか………………」

 

淡々と話しているが、ルベドの総隊長としての力の大きさを痛感した。そんな蛍には構わずにルベドは話の論点を移す。

 

「………それでだ、アルカロックとグランフェリエには少数で行って欲しい。

そうだな アルカロックにはハッシュと……………… そうだ 龍の里の戦ウ乙女(プリキュア) 君に行ってもらおう。」

「え、俺に!?」

 

本部に入ってからずっとギリス達の会話を聞いているだけだったリナは急に指名されて面食らった。

 

「ハッシュ、君は彼女の従属官(フランシオン)になったんだろ?」

「はい。彼女の戦い方が僕に合っていると思いましたから。」

「なら 三番隊という名目でアルカロックに潜入して ヴェルダーズの息がかかってるヤツを炙り出してくれ。」

 

ハッシュに指示を出した後、再びリナの方に目をやる。

 

「………それから、龍の里の……

リナ君だったか?」

「!」

「分かっているだろうが、これはかなり重大な任務だ。言うまでもなく生半可な気持ちではできないことだ。

果たせるか?」

「…………………!!」

 

ルベドのあまりに芯を突いた質問にリナは返答に行き詰まった。

今までの話を聞いて これからやる事が世界の行く末を決めると言っても過言では無い事だと分かっていた。

 

『リナちゃん、無理なら無理って言っていいんだよ。』

『! いや……………………』

「俺、やります。」

「!」

 

蛍の助言を聞いた上でリナは決断を下した。

 

「リナ、これからは龍の里だけじゃなくてこの世界全体に関わることになるファよ?

その辺は分かってるファ?」

 

蛍の肩から出てきたフェリオも重ねて質問する。

 

「ああ。端からそのつもりでここに入ったからな。 それに」

『それに?』

「【監獄】ってのは悪共をぶち込んで人様に安心してもらうための場所だろ?

そんな所が危険にさらされてるのを知ってて見過ごすなんて寝覚めの悪ぃこと出来ねぇよ!!」

「リナちゃん…………………!!」

 

まだ戦ウ乙女(プリキュア)になって一日も経っていないのに、自分より遥かに腹を括っているリナに驚きと感嘆の声を漏らす。

 

「そういう訳だからルベドさん俺は全力でやれるぜ。 ジジィとも約束したし、世界のために戦う覚悟は出来てる!!!」

「……分かった。星聖騎士団(クルセイダーズ)を代表して心から感謝しよう。」

 

ルベドは軽く頭を下げた。

それに乗じてハッシュ達 他の隊長達 そしてその場にいた兵士達も頭を下げる。

 

「じゃあリナ君 僕について来てくれるかい?君にあげる物があるんだ。」

 

 

 

***

 

 

 

『おーーーーっ』

「………なんつーか慣れねぇな………

今までこんなこましゃくれた格好なんてした事ねーし……………。 それに何か動きにくくねーか?」

 

戻ってきたリナは星聖騎士団(クルセイダーズ)の軍服に袖を通していた。

今まで軽装しか見ていないからか、新鮮な空気が場を包む。

 

「ハ、ハッシュ どうだ?似合ってるか これ……………」

「問題ないんじゃない? ちゃんと着れてるみたいだし。」

「……そうか………………。」

 

「という訳で、君には三番隊の一員としてアルカロックに潜入してもらう。」

 

慣れない格好にたじろいでいるリナに構わずルベドは淡々と説明する。



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122 ギルド合同作戦会議 進む! 豪華客船を調査せよ!!

「それと、その服のちゃんとした調整もやっておくから、後で家の縫製員に渡しておいてくれ。」

「お、おう。」

 

リナは一刻も早くこの慣れていない軍服を脱ぎたかった。たとえ自分の決めた道に必要であるといっても公衆の面前で軍服姿という格好は恥ずかしいものがあった。

 

「とは言ってもグランフェリエの出航日は3日後だから、それまではゆっくりと英気を養ってくれ。分かっているだろうが一度潜入したら逃げ場はどこにも無いからな。」

『!!!』

 

【孤島の地下に建てられた監獄】と【大海の上を漂う豪華客船】

その二箇所に物理的にも精神的にも逃げ場はどこにも無いのだ。

 

「…………………ルベド、」

「? 何だい?」

「監獄と客船には少数で行けと言ったな?」

「そうだよ。大人数で動こうものならすぐにおかしいと思われるだろうからね。」

「そうか。たった今 グランフェリエに行ってもらう奴の組み合わせを考えた所だ。」

『!』

 

ギルドのマスターであるギリスの一言がメンバーに緊張を与えた。そのメンバー達の方を向いてさらに続ける。

 

「グランフェリエに行ってもらうのは以下の四名

【リルア・ナヴァストラ】 【ミーア・レオアプス】 【カイ・エイシュウ】 【マキ・マイアミ】 の四人だ。」

『!!』

 

名指しで呼ばれた四人は一瞬驚き、そして瞬時に理解した。

自分たち四人はその内の二人が遠距離攻撃主体でもう二人は近距離主体である。つまり、どんな状況にも対応出来る組み合わせなのだ。

 

「分かりました。ギリスマスター

新参者ですがマキ・マイアミ 精一杯頑張らせて頂きます!!」

 

マキは敬礼をとってギリスに宣言した。

 

「そんなに気を張る必要は無い。それにそんなに固くなることもない。別に上下関係を作る気は無いぞ。」

「! わ、分かりました。」

 

凝り固まった緊張が解け、マキは頭に添えていた手を下ろした。

そして自動的に残りの蛍とフェリオ、ギリス、エミレ そしてこの問題の台風の目であるタロスが魔法警備団の本部に向かう事が決まった。

 

「じゃあギリス、その魔法警備団の本部には五人で行くの?」

「それでも構わないのだが、やはりもう少し戦力が欲しいな。それに………………」

 

そもそも魔法警備団の本部に向かうことになったのはヴェルダーズ達がルベドになりすましてタロスに偽の指示を出したからである。

敵が自分達の動きを予測している可能性は十分にあった。

それでもアルカロックとグランフェリエにヴェルダーズの手が回っているというのもほとんど間違いない。そこから戦力を削る事も難しい話だった。

 

 

「……俺達が行こう。」 『!』

 

イーラが手を挙げてそう言った。

 

「俺達 星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊が貴方達をサポートする。

総隊長 構いませんか?」

「もちろん構わないよ。彼女達を全力で支えてやってくれ。」

 

ルベドからも許可が下り、イーラ達 七番隊が一緒に本部へ向かう事が決まった。

 

「…イーラさん、いいの……?!」

「……それは願ってもない事だが大丈夫なのか?星聖騎士団(クルセイダーズ)の仕事は沢山あるだろ?」

「その点は問題ない。戦ウ乙女(プリキュア)が現れた時から我々はいつ厄災と戦闘になってもいいように待機しているからな。

それになにより、ルベド総隊長に成りすますなどという不届きを見過ごしておくわけにはいかない それは我々全員が同じ考えだ!!!」

 

イーラの静かな怒りの籠った言葉に七番隊の隊員達も拳を掲げた。

 

彼の実力は一緒にテュポーンと戦った蛍が一番知っている。これほど頼もしい戦力が居れば戦ウ乙女(チョーマジンを倒せる人間)が自分一人でも大丈夫だと 根拠無しにそう思えた。

 

 

「…七番隊の事は後でしっかりと話すとしてリナ君、」

「! なんスか?」

「これから長い戦いが始まるわけだけど、故郷にちゃんと挨拶はしてきたのかい?」

「!」

 

リナはその言葉ではっとさせられた。

魔王城から騎士団の本部に来たが、まだリュウ達に挨拶を済ませていない。それに本来龍の里を離れて活動する事は滅多にないので、これから故郷を離れる事も伝えなければならなかった。

 

「今頃はリュウが戦ウ乙女(プリキュア)が龍の里を救ってくれたと伝えて回ってる頃だろうな。」

「リュウ? 俺のジジィを随分馴れ馴れしく呼ぶんだな。」

 

(? そうか まだ僕との関係を知らないのか。)

「リュウが言ってなかったか?『かつて勇者パーティーに所属していて、魔王とも戦った事がある』って。」

「━━━━━━━━━━━━!!!?

ま、まさかあんた…………!!!」

 

「そうだよ。かつて武道家リュウ・シャオレンがパーティーを組んでいた勇者

僕はその転生体さ。」



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123 故郷を巣立つ時が来る! 龍の里の大宴会!!!

祖父(リュウ)がかつて勇者パーティーに所属していた事は何度も聞かされていて、リナだけでなく龍の里に生きる者全員が知っている事だ。

しかし、その勇者が目の前に立っている男だとは思ってもいなかった。

 

「………そいつァどういうこったよ。

ジジィがパーティーにいたのは何百年も前の話だぞ?人間が生きてられる時間じゃねぇだろ!」

「……なるほど。尤もな疑問だね。」

 

ルベドはリナに改めて自分がギリスの復活を待ち続けて転生を繰り返していた事や星聖騎士団(クルセイダーズ)を設立した経緯を順を追って説明した。

 

「………それでだ、君はこれから戦ウ乙女(プリキュア)として長い戦いに身を投じるわけだ。今から里に戻って挨拶くらいしてきたら良いんじゃないか?」

「!!」

 

ルベドの言葉で気付かされた。

自分は兄の命を奪った魔物に再び襲われている里を守りたい一心で戦ウ乙女(プリキュア)になったが、これからは龍の里だけでなく全世界を魔物の魔の手からすくう戦いが幕を開けるのだ。

 

「…………分かった。ちゃんと里のみんなにいってきますって言ってくるよ。」

「それがいいよ。 リュウにもよろしく伝えておいてね。」

「? あんたは行かないのか?」

「……会うのは全てが終わってからさ。」

 

ルベドは握りしめた拳を眺めながらその言葉を口にした。それだけで彼の覚悟がひしひしと伝わって来た。

 

「……そういうこったから ギリスマスター、一度里に戻らせてくれ。」

「もちろんだ。今頃あっちも大慌てだろうからな。」

 

ギリスがメンバー達に目をやると、全員が首を縦に振った。蛍も既にリュウや武道会で優勝を争った選手達の顔が恋しくなっていた。

 

 

 

***

 

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部を抜け、魔王城の門をくぐり再び里の土を踏んだ。本来列車を乗り継いで一日以上かかる距離を移動したせいか、数時間も経っていないのに数日ぶりに帰ってきた気分になる。

 

「!」

 

魔王城を出てきたメンバー達をリュウが出迎えた。

 

「ジ、ジジィ…………」

「皆まで言う必要は無いぞ。リナよ。

カイや蛍君から全て聞いた。お前が里を守ってくれた事をな。

それになったという事は、決心がついたのじゃな?」

「━━━━━━━━━━━━━おう!!

俺はこの力を里だけじゃなくて世界中を守るために使いてぇ!!!兄貴が俺を守ってくれたみてぇに俺も大切なもんを守りてぇんだ!!!!」

「左様か。それを聞いてラドも喜んでいることじゃろう。

それじゃあ行こうか。みんな首を長くして待っておるぞ?」

『?』

 

リュウが指差した方向は彼の屋敷だった。

 

「お前が里を守ってくれたと聞いたら、あいつらみんな礼がしたいと張り切って準備しておったわ。」

「えっ!? ジジィ それって……………!!」

「そうじゃ これから始めるんじゃよ。

お前の門出を祝う宴をな。」

 

戦ウ乙女(プリキュア)になった者は厄災 ヴェルダーズと戦う運命に身を投じる。その事を知っていたリュウは彼女を全力で送り出す準備を進めていたのだ。

 

メンバーは全員リュウに連れられてつい先程集合した屋敷に入っていく。龍の里と同じように屋敷も懐かしく感じた。

 

 

 

***

 

 

リュウ・シャオレンの屋敷の大広間 リナの門出を祝う宴はそこで行われた。元々 龍神武道会の後夜祭で振る舞う予定だった料理が所狭しと並べられ、連戦続きだった蛍達の食欲を刺激する。

 

会場には龍の里の面々はもちろんの事、蛍が戦ったシーホースとその師匠のゲルドフ、そしてソラやウツなどの選手達、そして出場していた選手全員が足を運んでいた。

 

そんな面々が揃う中、リュウは酒の入った盃を片手に壇上に上がった。その後に蛍とリナが続く。

 

「諸君!! 今日この日、この龍の里が怪物の襲撃を受けながらも無事にこの宴を行うことが出来るのは偏にこのホタル君 そして我が孫娘 リナが怪物たちと戦う業を背負ってくれたからに他ならない!!!

そしてリナはこれからこの龍の里を出て過酷な戦いに身を投じる!!!その門出を我々で祝おうではないか!!!!!」

 

リュウが高らかに盃を掲げると、会場全体から大歓声が巻き起こった。本来 地元愛が強く滅多に里の外で働かない龍の里の人々にとってリナがこれから身を投じる戦いはさらに重要な意味を持つ。

そんな過酷な業を一身に背負い、そして里を守ってくれた彼女に会場中が感謝の拍手を送った。

 

そんな空気とは裏腹にリナの頬は赤く染まる。

 

「………おいジジィ………… 流石にやりすぎだろ…………… 恥ずかしいっての………………」

「何を言うとる。お前のお陰で死人が一人も出んかったのじゃぞ。これでも足りないくらいじゃよ。」

「そうだよ!今日は目一杯楽しもうよ!」

「ホタル…………………

分かったよ!全力で楽しんでやるよ!!!」

 

元々滅多に人前に出た事の無いリナは慣れない空気感に苦手意識を示した。

しかし蛍の言葉で この龍の里で過ごす最後の時間を全力で楽しむと決め、会場に向かって盃を掲げた。



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124 迷いを断ち切って進め!! 戦ウ乙女(プリキュア)リナの旅立ち!!!

宴は夜中まで続いた。未成年の蛍はお酒は飲まなかったがそれでも周囲の雰囲気に任せて大いに盛り上がった。

ギリスも久しぶりにリュウに会えた喜びで羽目を外してかなり多くのお酒を呷った。

 

そして当のリナも最初は居心地が悪そうにしていたが周囲が盛り上がり出すとそれに合わせて大笑いした。まるでそれはこれから離れる龍の里を噛み締めているようにも見えた。

 

そして日付が変わった頃に会はお開きとなった。武道会に出場した面々、そして蛍達は全員 リュウの屋敷で一夜を過ごすことになった。

 

 

 

***

 

 

 

「……………………………………ん?」

 

夜 といってもかなり時間が経って東の空に光が刺してきた頃に蛍はふと目を覚ました。

武道会の連戦とオオガイ率いる数え切れないほどの敵襲を対処した身体はとうに限界を迎え、布団に入るとそれこそ死んだように眠りについた。

 

「………あー まだこんな時間か………。

微妙に早く起きちゃったな…………………

 

ん?」

 

一度 目を覚ますと目が冴えてしまうのでまた寝れるかどうか悩むより先に窓の外に人影を見た。

 

「リナちゃん!何してるのこんな時間に!」

「お、おー ホタル。

悪ぃ。起こしちまったか?」

 

部屋数の都合上、蛍とリナは一緒の部屋で寝ることになった。

 

「リナちゃん 寝れないの?」

「いや、寝るには寝たんだがなんか起きちまって、それで外の空気でも吸おうと思ってよ…………。」

 

リナは部屋のベランダに出て里の風景を眺めていた。そこに街灯のような灯りは無かったが、それでも月明かりで十分に見ることが出来た。チョーマジンが暴れて所々荒れてはいるが確も綺麗な風景かそこにはあった。

 

「……………綺麗だね。」

「お、分かるか? ここは俺達 龍人族がずっと守り続けてきたんだぜ。」

「…………そうなんだ………。」

 

まだ龍の里に来て一週間程度しか経っていないのにまるで産まれてから今日までずっとここで生きてきたかのような感慨深さがそこにはあった。

 

「なぁ蛍、一つ聞いていいか?」

「ん? 何?」

「お前はさ、何で その戦ウ乙女(プリキュア)っつーやつになろうと思ったんだ?」

「! ………………………。」

 

少しの間 俯いて頭の中で思考をめぐらせ、そして口を開く。

 

「……私ね、異世界からこの世界にやってきたの。」

「それはジジィに聞いたぜ。 それで?」

「それでね、私が死ぬ所だったのを助けてくれた女神様がいたんだよ。」

(女神? ジジィが話してたギリスマスターと一緒に居たっつー あいつか……………?)

 

「その後で私、チョーマジンが暴れてるのを見たんだよ。それで分かったの。

私が戦ウ乙女(プリキュア)になってそうやって苦しんでる動物や人達を助けなくちゃいけないって。」

「………………!」

 

 

『龍の里をチョーマジンから守る』という大義名分を背負って戦ウ乙女(プリキュア)になった自分と違って目の前にいる彼女は自分の利益など度外視しただ『助けたい』というその思い一つでこれまで戦っていたのだ。

『故郷を守りたい』という思いを譲る気は無かったが、それでも蛍は自分以上に強い思いを背負っているのだ。

 

「………なぁ 蛍よ。」

「ん? どうしたの?」

「一つ 約束してくれねぇか?

あのヴェルダーズってやつをぶっ飛ばしたらよ、龍神武道会の決着、ちゃんとつけてくれよ。あのダルーバってやつは大会を棄権したからよ。」

「! ………………………分かった!約束だよ!」

 

蛍とリナは互いの拳を合わせ、いつの日か武道会の続きをやることを誓ったのだ。

 

 

 

***

 

 

次の日は龍の里の復興を手伝い、そして翌日 出発の時がやってきた。

 

ハッシュとリナとヴェルド

リルアとミーアとカイとマキ

ギリスと蛍とフェリオとエミレとタロス

 

ギルドはこの3組に分かれた。

 

「これより三組に分かれて作戦を開始する!!総員 無事に戻ってこい!!!!」

『おぉぉお!!!!!』

 

ギリスの気合を入れる言葉に全員が拳を揚げた。この三日間を共にしたことでギルドの士気は一つになっていた。

 

そしてリナは出発する前にリュウ そして龍の里全員に最後の挨拶をする。

 

「それじゃあジジィ ちょっくら行ってくるぜ!!!」

「うむ。お前が選んだ未来()じゃ。

失敗してもいい。絶対に悔いは残すで無いぞ。」

「おう!!!!」

 

最後の挨拶としてはあまりに短かったが、家族の間に交わされるのはそれだけで十分だった。

 

「ギリスよ わしの孫の力 存分に使ってくれ給えよ。それにいざとなればわしらもここにいる選手達も喜んで力になってくれるわ。」

「おう。その時は頼らせて貰うぞ。」

 

名残惜しさはあるがリナは早く出発したかった。そう出ないと流さないと決めていた涙が零れてしまいそうだからだ。

 

「………それじゃリナちゃん 行こうか。」

「おう!!!!」

 

涙を押し込めて笑顔で己を鼓舞し、龍の里を後にする。その歩みには最早 微塵の迷いも無かった。



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監獄 争乱編
125 裏切り者を探し出せ!! 監獄 アルカロックへの潜入開始!!!


勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)の面々は魔王城を経由して[[rb:星聖騎士団>クルセイダーズ]]の本部の庭へと足を運んだ。

 

「準備はできたか?」

「ああ。いつでも出発できる。」

 

監獄 【アルカロック】へと向かうハッシュとリナとヴェルド

豪華客船 【グランフェリエ】リルアとミーアとカイとマキ

そして魔法警備団の本部へと向かうギリスと蛍とフェリオとエミレとタロス

の三組に分かれ、それぞれ必要な準備を済ませた。

 

「そっちは大丈夫なのか?諸々のことはお前達に任せているんだぞ?」

「問題ないよ。アルカロックへ行くための船もグランフェリエへ向かう列車も魔法警備団に向かう馬車も全て確保した。

最初に港から船が出るからハッシュ達にそこまで行ってもらおうと思う。」

 

「ウ、ウス…………!」

 

いよいよ世界の為に身体を張る時が来たのだという事を理解し、途切れながらも力強く返事をした。

 

「とはいえハッシュだけでは道中に何かあってはいけないから、港へはハニにも同行してもらう。」

「ハニ?あのピンクの髪した隊長が?」

「あいつはああ見えて腕が立つ。護衛くらいなら任せられるだろう。」

 

ハニの実力は一緒にテュポーンと戦った蛍がよく知っている。彼女になら安心してリナを任せられるだろう。

 

「それとイーラも準備を済ませてもう向かっているところだから、着き次第出発してくれ。」

「は、はい!」

 

【イーラ】という言葉で自分達のことを言われたのだと気付いた蛍は反射的に返事をした。

 

 

 

***

 

 

「じゃあハニ、彼女の事をよろしく頼むよ。」

「はいはーい!任せてくださーい!」

 

ハニは到着するとすぐに緊張感のないハキハキとした返事をした。これから自分好みの男女(ハッシュとリナ)と一緒に移動出来ることに浮かれているのだろう。

 

「じゃあリナちゃん 出発しようか!」

「お、おう。」

「………ハニさん、言っとくけど僕達はこれから監獄の裏切り者の調査に行くんだからね?

遊びに行くんじゃないんだよ?」

「分かってる分かってる!

だからせめて今はテンション上げてこーよ!」

「……………………」

 

このままだと調子を狂わされると判断したハッシュはそそくさと馬車に乗った。

 

 

そこからの数十分 ハニはリナに話しかけ続けていた。龍の里などの親しみやすい話から恋愛についての込み入った話まで同性という立場を利用して聞き続けている。

彼女の性格を完全に把握しているハッシュにはハニがリナにも気があると手に取るように分かった。

 

しかしそんな事は日常茶飯事のハッシュにとって重要なのはこれから監獄 アルカロックで起こるであろう厄災の手先との戦闘だった。昔も今も星聖騎士団(クルセイダーズ)の仕事には命の危険が付きまとうのだ。

 

「!」

 

そうこうしている間に馬車は船が停めてある港に着いた。

 

 

 

***

 

 

 

「お待ちしておりました 星聖騎士団(クルセイダーズ)三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン様 並びにリナ・シャオレン様。」

 

アルカロックの刑務官であろう男がハッシュとリナに向かって敬礼した。

 

「お迎え ありがとうございます。」

「き、 今日はよろしくお願いします!!」

 

軍服に身を包んだ今のリナは戦ウ乙女(プリキュア)ではなく星聖騎士団(クルセイダーズ)の兵士の一人だ。それ相応の言葉使いは教えこまれている。

 

「では早速向かいましょう。アルカロックへはここから50kmほど 船を急がせて三十分で着きます。」

(あの船 100キロも出んのかよ……………。)

 

少人数が乗るようなあの小舟にそんな速度が出るとは到底思えなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「……………………!!!!」

 

孤島に着いたリナを待ち受けたのは祖父の屋敷とも勝負できるほど巨大な建物だった。

驚くべき事はこれでもまだこの建物は地下に伸びており、今見えているのは氷山の一角に過ぎないという事だろう。

 

「こちら マーラー。

星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーン様がお見えになりました!!」

 

ハッシュとリナを出迎えた刑務官が口に通信結晶を当ててそう言うと、それに応えるように建物の門が開いた。

 

「……お待ちしておりました ハッシュ・シルヴァーン隊長。この度 この監獄内を案内させていただく【ミノラ・スイオン】と申します。」

『……今日はよろしくお願いします。』

 

門から出てきた軍服に身を包んだ女性にハッシュとリナは頭を下げた。

 

「そちらの彼女は三番隊の隊員で間違いありませんね?」

「は、はいそうです! この度龍の里から三番隊に入団させていただきました 【リナ・シャオレン】と申します!!!」

 

咄嗟にリナは用意していた挨拶を口にした。

 

「なるほど 龍の里の…………。

それでは今回は海外の事をしっかりと見ていってください。」

「わ、分かりました。」

 

「それでは参りましょう。署長もお待ちしております。」

『はい!』

 

ミノラは踵を返して二人に中に入るように促した。

もう後には引けない。世界から完全に孤立したこの【最悪の場所】で世界の命運の一端を握る戦いが幕を開けるのだ。



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126 待ち受ける監獄の脅威! 副所長 ハルネン 登場!!

アルカロックは巨大な門で繋がれた広い通路があり、そこから門に通じる通路を含めて五本の通路が五角形を形成するように伸びている。それが見張りを徹底的にするための工夫であり、唯一世間に明かされているアルカロックの内装の情報である。

 

そしてその世間というのは龍の里も例外ではない。リナの耳にもその情報は伝わっていた。しかし龍の里では犯罪者は罪の重い軽いを問わずに同じ牢へと入れられるため、アルカロックは縁のない話だと思っていた。

 

それが何の因果か今 その監獄内に足を踏み入れている。それが世界を救う一端を握る戦いだと分かっていても、一抹の好奇心と多大な緊張感を拭えなかった。

 

「……まずは地下四階にある事務室で副所長に会っていただきます。その際、一箇所だけ囚人を収監している獄内の通路を通っていただきますので、そのつもりをしていて下さい。」

『………分かりました。』

 

ミノラの言葉でリナは自分が今 監獄にいるのだという事を再確認した。

 

 

 

***

 

 

 

アルカロックは万が一脱走者が出た時のために階段やエレベーター(歯車式)が一直線に連ならず互い違いに作られている。そのため、どこへ行くいも必ず牢獄にあたる通路を通らなければならないのだ。

 

「…………………!!!」

「……これがアルカロックなのです。」

 

通路に差し掛かって聞こえてきたのは大音量のおぞましいうめき声と苦悩の声だった。

通路を挟んだ大量の牢獄に入れられた白と黒の縞模様の服に身を包んだ囚人たちが檻から手を伸ばして騒ぎ立てている。

 

「さぁ早く行きましょう。彼らの声に耳を傾ける必要などありません。」

「……は、はい。」

 

いきなり凄まじい物を見せられて足が止まっていたリナをミノラの言葉が進むように促した。

 

 

 

***

 

 

 

「……ではもうすぐしたら副所長がお見えになりますので、それまではこちらでお待ちください。」

「分かりました。」

 

ハッシュとリナが案内されたのは簡素な机と椅子が置かれた部屋だった。そこに二人を残してミノラは部屋を後にする。

 

 

「………………あ゙ーーーーーーーッッ!!!!

やっべぇ マジで疲れるこれ……………」

「……………………………大丈夫………?

あの囚人達を見て参っちゃった?」

「いやァ それは想定してたんだがこの軍服っつーやつも動きにくいしそれに何よりこの言葉遣いが全然慣れねぇ。」

「……………………」

 

ミノラの監視が無くなるとすぐにリナは元のぶっきらぼうな言葉遣いをしながら机に突っ伏した。

 

『……おいおいリナ。そんなザマで大丈夫なのか?これからここの裏切りモンとドンパチやるかもしれないっツーのに先に参っちまうぞ。』

「!」

 

リナの肩から小型の龍の姿のヴェルドが現れた。いざという時は彼も主力として戦う手筈となっている。

 

「そーだヴェルド お前の力かなんかでその裏切りモン 突き止めらんねーのか?」

『バカか。そんなことができるならこんな回りくどい方法なんか取らねぇよ。

あのヴェルダーズってやつが周到でよ、ラジェルサマの力を使っても漠然とした場所がわかるだけでそれが誰なのかは分からなかった。』

「そうか。」

 

考えてみればすぐに分かる事だった。

だからこそリナはわざわざこの監獄に足を運んでいるのだ。

 

その直後、ドアを叩く音が鳴った。

 

『!』

「ハッシュ隊長 ハルネン副所長がお見えになりました。」

「分かりました。入って来てもらってください。」

 

ヴェルドは早急に元の場所に戻り、その直後に扉が空いた。

 

「これはこれはハッシュ隊長。お待たせしてしまってすみません。

私、アルカロック副所長をさせていただいております ハルネン・バングルナイフと申します。 以後お見知りおきを。」

「ハッシュ・シルヴァーンです。今日はよろしくお願いします。」

「三番隊のリナ・シャオレンです。」

 

扉を開けて入ってきたのは物腰柔らかそうな男だった。帽子に角のようなものが着いていること以外は至って普通の格好をしている。

 

「………………………」

「? どうかしましたか?」

「ああいや 何だか優しそうだな人だなと思ってしまって。」

 

予想外の容姿に見入ってしまっていた。

 

「ハハハ。このアルカロックは監獄でもあくまで市民に安心していただくための場所ですのでね。囚人以外にはできる限り温厚にしようとしているんですよ。」

「そ、そうですか………………。」

 

笑顔でいるがこの副所長が裏切り者である可能性もある。

決して気を抜いてはいけなかった。

 

「署長は今向かっているところなのでもうしばらくお待ちください。」

「そうですか。 じゃあ先に僕達がここに来た理由をお伝えしましょう。」

「?」

 

ハッシュは目を閉じて少し間を置いてから話を始めた。このハルネンが裏切り者である可能性も視野に入れて事を進める。

 

「……実は、僕達が今日ここに来たのは【裏切り者】を見つけ出すためなんです。」

「!!!??」

 

静かな部屋にハンネルの驚きの声が響いた。



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127 裏切り者への手掛かりを掴め! 裁判所で起こった事件!!

「裏切り者ですって!!?

一体どういう事ですか!!!?」

 

ハルネンの反応は妥当といえる物だった。

このアルカロックは極悪な囚人を閉じ込め、全世界の市民に安心を与える いわば【正義の要塞】と言える場所であり、裏切り者など決して存在してはいけない。

 

今のハルネンの頭にはおそらく【犯罪組織と通じている人間がいる】といった思考が過っているところだろう。

 

通じているのは犯罪組織ではなくもっと恐ろしい存在である事を厄災ヴェルダーズの名前を伏せて伝える必要があった。

 

「落ち着いてください。 順を追って説明しますから。」

「あ、ああ。そうですか。

取り乱してすみません。」

 

落ち着きを取り戻したハルネンに対し 彼が裏切り者である可能性も視野に入れて慎重に話を進める。

 

「……最近 巷で動物や人間が突如 紫色の魔物に変化するという話は聞いた事ありますか?」

「………はい。それは聞いております。」

「では、こちらを見て下さい。」 「?」

 

ハッシュは懐から水晶を取り出した。

そこにはアルカロックがある島を中心に半径数キロ範囲の地図が記録されている。

 

そして、アルカロックのある島に大量の赤い点が置かれていた。

 

「これは一体………?」

「これは僕達 星聖騎士団(クルセイダーズ)が対処した魔物の発生源の記録です。

そして魔物は人間の持つ贈物(ギフト)から発生することが分かっています。これがどういう意味か分かりますね?」

「……それは分かりますが、そんなまさか…………………!!」

「いいえ 間違いありません。

このアルカロックにいる人間の中に魔物を発生させている裏切り者がいます!!」

「そ、そんな……!! 一体なんの為に………!!」

 

ハルネンの動揺はとても嘘には見えなかったが、それでもやることは変わらない。厄災 ヴェルダーズの名を伏せて話を進めるだけだ。

 

「……何のためかは分かりませんが、おそらく強大な組織が絡んでいる可能性があります。」

「………………!!!」

 

ハルネンの顔は見る見るうちに青く染って行った。そして顎に手を当てて、何かを考え出す。

 

「……どうかしたんですか?」

「いや、一つ心当たりがありまして。」

「心当たり?」

 

リナの問から出たのは【心当たり】という見逃せない単語だった。

 

「………ええ。これは私がアルカロックの人間として傍聴した裁判での話なんですが………」

 

 

 

***

 

 

 

ハルネン達 アルカロックの人間が傍聴した裁判

それは、同僚を保険金目当てで殺害した【ハルツォ・モトノア】という人間の裁判である。しかし、結果は『事件当時は心神喪失状態であった』という弁護側の主張が通り、ハルツォは無罪となった。

 

もちろん検察側、そして傍聴席からは反論の声がこだましたが、判決は覆ることはなかった。 ちなみにハルネン達はその様子をあくまで傍観者として節度を持って見ていた。

 

 

「………そしてその直後、異変が起こったんです。そのハルツォの胸の辺りに紫色の魔法陣が浮かび上がって、その姿が巨大な魔物に変わったんですよ!!」

((………………やっぱりそうか………………。))

 

魔物に変わったハルツォは裁判所付近で暴れ回り、そしてすぐに駆けつけた兵士達によって討伐された。魔物の姿はハルツォの死体へと変わった。

つまり、結果的に有罪となれば死刑になっていたかもしれないハルツォに裁きが下った運びとなってしまったのだ。

 

「…………その兵士達は魔物の被害を抑えるために致し方なくやった事だということでお咎めはありませんでした。

世間からもこの事件は賛否両論でした。本来 無罪であるはずのハルツォを殺したのはどうなんだ という声や逆にこれこそが天罰なんだと両腕を上げて祝う声も少なからずありました。」

「……確かに彼には金で弁護士を買収した なんて噂も立っていましたからね。」

「はい。 あくまで噂ではありますから、私達にはもう知る由はありません。」

 

(……アルカロックにいる敵は、犯罪者を狙ってチョーマジンに変えているのか………。)

 

部屋の中になんとも言えない空気が流れた。

 

「……ハルネン副所長、二つお聞きしたいことがあるんですが」 「?」

 

「そのハルツォの裁判を傍聴したのは誰ですか?」

「それは私と署長と看守長と二人の副看守長の五人ですよ。」

「そうですか。 では、このアルカロックで泊まり込みで勤務をしている人はいますか?」

「そんな人はいませんよ。ここの職人は全員 ちゃんと休みを与えています。

夜勤こそありますが、泊まり込みなんて滅多にしませんよ。もちろん私達も夜は交代勤務で見張りをしています。」

「……そのパターンは?」

「日によってバラバラですよ。

数人で夜を過ごすこともあれば一人で見張ることだって珍しくありませんし。」

「そうですか。 ありがとうございます。」

 

ハルネンの言葉で確定した事は一つ

アルカロックの裏切り者がハルネンと所長 看守長 そして二人の副看守長の5人の中にいるという事だ。



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128 地獄の門番 現る! 監獄署長 マーズ・ゼルノヴァ!!

ハルネンの話を聞いてアルカロック内に厄災 ヴェルダーズに通じている裏切り者が存在している事は確実になった。もっともハッシュもリナもルベドの調べを疑っているわけでは無かったが、正義の象徴の一つでもある監獄内に裏切り者がいるという事実はショックであることに違い無かった。

 

「……しかし 我々の勤務状況なんて聞いてどうするんです?」

「大したことでは無いんですが、総隊長がもし労働環境に問題があったら改善する必要があるので 一応聞いてくるように仰っていましたので。」

「なるほど。」

 

ハッシュは前もって用意していた回答をハルネンに返した。

 

「………それで、本当に間違いないんですか?我々の中に裏切り者がいるというのは。

さっきの裁判の話を根拠にするのは早計だと思いますが。その場にいた人間を魔物に変える贈物(ギフト)を持った輩の仕業かもしれないじゃないですか。」

「……だったらここの囚人が魔物に変えられている事はどう説明しますか?」 「!!!」

 

「まさかこの監獄に外部から侵入できる隙がある訳では無いでしょう?」

「……………………」

 

ハルネンは俯いて返す言葉を失った。

副所長としてアルカロックの仲間達を疑う事は気が進まないが、それでも監獄の警備の厳重さに疑念を抱くつもりもなかった。

事実、贈物(ギフト)も魔法も容易く跳ね返す加工がされた監獄の壁から侵入者が出たことも、ましてや脱獄者が出たこともただの一度も無い。

 

「………分かりました。このアルカロックに裏切り者がいるならば決して捨てては置けない事態です。

私も全力で発見に協力させていただきます!!!」

「……よろしくお願いします。」

 

この目の前の実直な副所長 ハルネンが裏切り者である可能性もゼロではない。完全に気を許す訳にはいかなかった。

 

「では詳しい話はまた署長がいらしてからということで………………」

「ハルネン副所長 ミノラです。

マーズ・ゼルノヴァ署長がお着きになりました。」

 

扉の向こうからミノラの声が聞こえた。

 

「噂をすれば……………。

分かった。入ってもらってくれ。」

「かしこまりました。」

((署長のお出ましか…………………。))

 

 

「初めまして アルカロック監獄署長

マーズ・ゼルノヴァと申します。本日は遠路はるばるよくぞお越しくださいました。」

星聖騎士団(クルセイダーズ) 三番隊隊長 ハッシュ・シルヴァーンです。」

「同じく 三番隊のリナ・シャオレンです。」

 

署長 マーズはハルネンと同様に帽子から角が生えていること以外は至って普通の軍服に袖を通した大男だった。

 

「本日はどういったご用件で?」

「…詳しい話は総隊長から。」

「?」

 

ハッシュは懐から通話結晶を取り出して机に置いた。

 

 

 

***

 

 

 

「ルベド総隊長、ハッシュです。

アルカロックに着きました。応答お願いします。」

 

ハッシュが結晶に話しかけると、結晶が光を発してそこにルベドの顔が映し出された。

 

『………星聖騎士団(クルセイダーズ) 総隊長 ルベド・ウル・アーサーだ。

アルカロック 署長 マーズ・ゼルノヴァ と副所長 ハルネン・バングルナイフだね。今日は僕達のために時間を作って貰った事に礼を言うよ。』

 

結晶に映し出されたルベドに向かってマーズとハルネンは頭を下げた。

星聖騎士団(クルセイダーズ)の活動によって捉えられた悪人の一部はアルカロックへと投獄される。しかしルベドはその活動には携わっていないので監獄内の職員と合うのはこれが初めてだった。

 

『今日 そっちに僕達の三番隊を寄越したのはアルカロックの内部調査のためだ。

信じられないかもしれないが、君達 アルカロックにいる人間の中に裏切り者がいる。』

「!!!!?」

 

マーズとミノラの表情が驚愕に歪んだ。

 

「裏切り者ですって!!!?

一体どういうことですか!!?

ルベド総隊長!!!!」

「そうです!! ここは悪人達を閉じ込めて市民の皆様に安心を提供する場所です!!

裏切り者なんて万に一つもありえません!!!!」

『まぁ落ち着いてくれ。

話は全て説明してから聞く。』

「…………!! も、申し訳ありません!!」

 

水晶を掴みあげて動揺する二人をルベドの一言が制した。

そしてハッシュがハルネンに言ったのと同じ 『近頃 物体や動物が突如 魔物に変貌する事件が多発している事』 そして『アルカロックのある島が発生源の魔物の出現が多くなっている事』を説明した。

 

『そこで君達にお願いがあるんだ。

何者かに魔物に変えられて死んだハルツォ・モトノアの裁判に立ち会った5人

彼らを二人に合わせてやってくれないか?』



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129 集結する看守達! 監獄に巣食う悪意!!

ルベドの提案にマーズの表情は困惑に染まった。

 

「……それは可能ですが、しかしどうして?」

『ハルツォ・モトノアが魔物に変えられて死亡した裁判に君達は居たんだろう?』

「! まさか……!!」

『そうだ。星聖騎士団(僕達)は君達5人の中に裏切り者が居ると睨んでいる。』

「………………!!!」

 

ルベドの表情はあくまで真剣だった。

アルカロックの裏切り者を見つけ出すことは即ち世界の命運を分けることに繋がるのだ。

 

『それじゃあ通話を切る。

ハッシュ君やリナ君の事をよろしく頼むよ。』

「……………はい。」

 

疑われた事よりも監獄で働く自分達の中に裏切り者なんてものが居れば世界の運命に重大な危険をもたらす。ルベドの提案を無下にすることは出来なかった。

 

マーズは懐から通話結晶を取り出し、ハッシュ達に背を向ける。

 

「………………もしもし 私だ。

………すぐに来てくれ。 そうだ。星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長がいる。

………そうか。 待っているぞ。」

 

ハッシュの方を向いたマーズの顔は険しさを帯びていた。リナの目には何かを懸念しているかのように見えた。

 

「……星聖騎士団(あなた方)は私達の中に裏切り者が居る可能性はどれくらいあると考えているんですか?」

「……ルベド総隊長は少なく見積って7割は堅いと仰ってました。 ですが 勘違いしていただきたいのは、僕達 星聖騎士団(クルセイダーズ)も裏切り者が居ない事を望んでいます。

これからの為にもはっきりさせましょう。」

「…………………………」

 

狭い部屋をえも言えない空気が埋め尽くす。ヴェルダーズもこの状況を嘲ているように思えた。

 

 

 

***

 

 

「……あの裁判に出た者は我々で全員です。」

 

マーズの呼び掛けで裁判に出ていた3人が集められた。目が隠れるほど前髪が長い女性と背が小さめの男性 そして軍服に袖を通した顰め面の男だった。

三人ともなぜ呼び出されたのか分からないと言いたげな表情をしている。

 

「この二人がアルカロックの副看守長

【サキュン・サイガン】と【デスラルン・ルーチャー】といいます。

そして彼が【キリュウ・ヨシタケ】

アルカロックの看守長で私の右腕といっても過言ではない男だ。」

 

マーズは笑顔を取り繕って紹介するが、ハッシュ達の表情は強ばっていた。

ほぼ間違いなくこの中に厄災 ヴェルダーズと通じている裏切り者がいるのだ。

 

「……署長さんや、一体どういうつもりですか?隊長さん達への挨拶ならこんな辺鄙な所じゃなくても良いんじゃないんですかい?」

「そうですよ! 重役(私達)がこんな所で首なんか揃えてたら部下達に申し訳が立たないでしょ!?」

「………お言葉ですが 自分も少なからず仕事を残しているので手短に済ませて欲しいのですが……………。」

 

呼び出された三人はその理由をマーズに問い詰めた。

 

「実は 君たちを呼び出したのは挨拶してもらう為では無い。」 『?』

「[[rb:星聖騎士団>クルセイダーズ]] ルベド・ウル・アーサー総隊長は、我々 アルカロックの中に裏切り者が居ると考えられて、三番隊を送られたのだ。」

『!!!!?』

 

三人の間に衝撃が走った。

ハッシュとリナにとっては三度目の光景だが、それでも慣れることはなかった。

 

「裏切り者って 一体どういう事ですか!!!?」

「落ち着いてくれ。 順を追って話す。」

 

 

***

 

 

マーズは三人にルベドから聞いた事を順を追って説明した。

 

「……だから 総隊長は確信を持って調査を開始したのだ。

……間違いありませんね?」

「はい。」

 

自分の方を向いて確認を取るマーズにハッシュは首を縦に振った。

その状況に口を出したのは副看守長 キリュウだった。

 

「ちょっと待って下さいよ!あっしらは確かにあの裁判に立ち合いましたぜ!? しかしそれでこの監獄に犯人がいると決めつけるのは早計じゃないんですかい!?」

「………確かに根拠としては少し薄いかもしれません。 ですがもしこの凶悪犯を閉じ込めておく役割を持つ監獄に裏切り者がいて、行動を起こせばどうなりますか?」

『…………………………!!!!』

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長の役割を持つハッシュの気迫に全員が押された。

アルカロックの人間を疑う以前に必ず裏切り者を見つけ出すという決意をその表情から感じ取れた。

 

「……あの、 この部屋ちょっと狭すぎるんで、場所 変えませんか?

続きを話すなら ほら、署長室とか、もっと広くてしっかりした場所の方がいいと思うんですけど。」

「……そう ですね。」

 

マーズが振り返る時には既に各々が移動する準備を始めていた。

 

しかし、この時既に監獄内の裏切り者は居て、そして思考を巡らせていた。

戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)を一気に討ち取り、アルカロック内の囚人を全てチョーマジンに変えて大混乱を起こしてやろう と。



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130 地獄の底へと落ちる!? 孤立無援のキュアフォース!!

マーズに部屋を移動するように言われたハルネン達はそれぞれ持ち場に戻って移動するための準備を始めた。

 

「……では私も署長室に戻りますので しばらくお待ちください。準備が出来ましたらミノラを向かわせますので。」

 

マーズはそう言うと部屋を後にした。再び部屋の中にハッシュとリナが残された。

 

 

「………なぁ ハッシュ、お前は誰が怪しいと思う?」

「…………そうだね…………」

 

リナは素に戻ってハッシュに話しかけた。

もう既にハルネン達の中から裏切り者を見つけ出す段階に入っている。

 

『そういうお前は誰だも思うんだよ?』 「!」

 

リナの肩からヴェルドが顔を出して話に参加する。すぐにでも来るであろう戦いに備えて体力を消耗しない小型の龍の姿だ。

 

「……俺ァ あのミノラってやつ

あいつが臭せぇと思うんだよな…………」

『はァ? 何言ってんだよ。そいつはあのハルツォってヤツの裁判には出てないっていってたじゃねぇか!!』

「そりゃ 監獄の人間として だろ?

ただ傍聴()るだけなら素性を隠してでも出来なくはねぇだろ。 第一よ、わざわざ監獄の人間って立場を利用しとして一気に候補を絞られそうな真似なんかすると思うか?

 

それにあいつ ここに来るまで俺の方をチラチラ見てやがった。考えすぎかも知れねぇが まるで俺が戦ウ乙女(プリキュア)だって事を知ってて警戒している感じがしたんだよな…………。」

 

リナは頬杖をつきながら天井の方を見て自論を述べる。彼女の言う通りなら容疑者から外れること一点においてはかなり理にかなった作戦に感じられた。

 

「まぁ根拠の薄い俺の一つの推理と捉えてくれよ。 ってかよ ヴェルド。」

『何だよ?』

「お前があの女神っつーやつから貰ってる力とかでよ、裏切りモンが誰かとか分かんねーもんなのか?」

『俺もそれはやってみたんだがダメだった。

多分だがここにいる敵はヴェルダーズの力の適合率が低いやつなんだよ。』

「? 適合率?」

『ああ。こいつは女神サマの調べなんだがお前が会ったダクリュールやダルーバ見てぇなヴェルダーズの仲間はみんなヤツから力を貰ってるんだ。そんで その適合率の高い奴は俺やお前達には何とか気配は感じるんだが、適合率が低いとヴェルダーズの仲間だとは分かんねぇって寸法だ。

おそらくヤツらはそうなることを呼んで適合率の低いやつを差し向けたんだろうよ。』

「……そうかよ。 手が込んでるこったな。」

 

難航する裏切り者探しに苦言を呈する。

するとハッシュが手を挙げて話に入って来た。

 

「? どうした?」

「この話の後に言うのはあれだと思うけど、星聖騎士団(クルセイダーズ)も手掛かりが掴めないかと思ってチョーマジンの発生時刻とアルカロックの出勤状況を照らし合わせてみたんだ。」

「そうか。 それで?」

「案の定だよ。

この敵はなるべく人が休んでいない時間を狙って囚人をチョーマジンに変えているんだ。」

「……そうか。 周到だな…………………」

 

裏切り者がこのアルカロックにいる事は分かっているのに、なかなかその先へ辿り着けない。こうなってくると簡単に容疑者が五人に絞れたことすら不自然に思えた。

 

 

「………ハッシュ隊長、ミノラです。

マーズ署長の準備が整いましたのでお迎えにあがりました。」

 

『お、おい どーすんだよ リナ!!』

『どーするも何も行くっきゃねぇだろ!!』

「わ、分かりました。直ぐに行きます。」

 

隊員としての言葉遣いと取り繕い、リナが返事をした。

 

 

 

***

 

 

 

「ではこれより地下一階にある署長室へとご案内します。逸れないように気をつけてください。」

 

ミノラの説明ではアルカロックは地下七階建てで、下に行けば行くほど凶悪な囚人が収監されているという。ハッシュ達は四階から一階までエレベーターを使って移動するのだ。

 

『……なぁヴェルド、ここまで近づいたら分かるとかそーゆーあれはねぇのか?』

『馬鹿か。そんなもんがあったらここに来た時点で分かってるだろうがよ。』

『バカはねぇだろ。ちょっと聞いただけでよ!』

 

ミノラに聞こえないようにヴェルドと小声でやり取りを交わす。

しかし彼女にとって 余所見をしながら歩いた事が裏目に出た。

 

 

「ッ!!!??」 『エッ!!? お、オイ!!!!』

 

通路の掛けている部分に足を踏み外して真っ逆さまに落ちてしまう。それこそ叫び声をあげる暇すら無かった。

 

 

 

***

 

 

 

「おあぁああああああああああああ!!!!?」

『不味いな。このまま落ちたらお陀仏だ!

こうなったら仕方ねぇ 変身するぞ!!!』

「お、おう!!!」

 

《プリキュア ブレイブハート》の掛け声を唱えて戦ウ乙女(プリキュア) キュアフォースに変身する。その状態で着地をとった。

 

「………あ、危ねぇ…………………!!」

『ほら、直ぐに変身を解け!! どんどん体力を消耗しちまうぞ!!』

「わ、分かった!」

 

着地に成功した余韻に浸る暇もなくフォースは変身を解いて再びリナに戻った。

 

「………しっかしどこだここは?

随分薄暗いけどよ……………」

『多分だが、ここの最下層まで落ちちまったな…………』

「マジかよ………………!!」

 

アルカロックに潜入する上で恐れていたことが起きてしまった。 リナは完全に孤立したのだ。



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131 明かされる監獄の秘密!? キュアフォースの捜索 開始!!

リナの周りには一面 暗い色のレンガ造りの壁しかない。無論 地下であるが故に窓もなく、光源といえば壁に魔法陣で付けられた小さな炎位程度しかない。

 

もし地獄が本当に存在するなら、こんな光景かもしれないと思ってしまうほど重苦しい雰囲気があった。

 

「……とりやえず、どうする?」

『地下と言っても一応は監獄の中だからな、どっかに看守だの刑務官だのはいるだろ。』

「わかった。 探してみるぜ。」

『けどあまり下手に彷徨くなよ?迷ったりしたら二度と出てこれねぇかも知れねぇからな。』

「おいおい 冗談止せよ! 俺は何もやってねぇってのによ!」

 

リナは刑務官、そしてあわよくば上に通じる階段がないか探しに歩き出した。

 

 

 

***

 

 

 

「……………見つからねぇ………………!!!」

 

かなり歩き回ったが檻があるばかりで刑務官も看守もそして上に通じる階段さえも見つからない。

疲労と焦りがリナの心を蝕む。

 

『……なぁ、俺が提案しといてなんだが、やっぱりハッシュが気づいて探しに来るのを待った方が良いんじゃねぇか?』

「……俺もそう思ってたところだよ。」

 

檻の中は暗く、囚人達も衰弱しきっているのかリナに気付きもしない。

通路に腰を下ろしてハッシュが探しに来るのを待つことにした。

 

 

「…………………………?」

『ん? どうした?』

「なぁ お前今何か言ったか?」

『何言ってんだ?ただ待ってるだけで話しかけるわけねぇだろ。』

「そっか……。俺の空耳か……………

 

『!!!』」

 

リナとヴェルドと耳にはっきりと入ってきた。

若い男の呻き声だ。

 

「おい、今はっきりと聞こえたよな!!?」

『ああ 聞こえたぜ間違いねぇ!!

後ろの檻の方から聞こえてきたぜ!!』

 

リナは立ち上がって踵を返し、声の方へと走り出した。声の正体がヴェルダーズと通じる裏切り者に繋がるかもしれないと考えての事だ。

 

 

『あの辺から聞こえてきたよな…………』

「いいかヴェルド。 気づかれちゃいけねぇぞ。

……つっても声はあの()からだよな。」

『ちゅうこったさっきの声はこの中のワルが呻く声だったわけか……………』

 

「そう言うこったな…………………………………………

!!!??」

 

檻の中に居たのは二人の人相の悪い若い男性だった。両手両足を鎖で縛られて俯いているがその顔は怒りに染まっている。

 

『? どうかしたのか?』

「あいつら 前に()()()()が出てたパチモン勇者と領主のボンボンだぞ!!!」

『は!!?』

 

 

***

 

 

里民があまり外に出ない龍の里にも外国からのニュースは度々入ってくる。それが著名人の死亡記事となればなおさらである。

 

 

数ヶ月 立場を悪用して汚職を働いていた勇者と領主の息子がそれぞれ個人の馬車の事故にあって帰らぬ人となった。

龍の里に入って来た新聞でリナはその事を知った。

 

当時は顔写真を見ても【里の外の知らない人が事故で死んだ】程度の認識しか無かった。しかしその顔が今 自分の目の前にある。

 

「どういうこったよ……!! 世間上死んだやつを収監してるっつーのかよ………!!!」

『落ち着けリナ!! こいつァ俺達が出るのにも裏切りモンにも関係ねェ!!

元の場所に戻ってハッシュを待つぞ』

 

 

リナに元の場所に戻るように促そうとした瞬間、二人の間に背筋を刺すような寒気が走った。

 

「な、何だ今の背中に水 ブチ込まれたみてぇな寒気は!!??」

『この前教えたろ!! 今のが勇気デ戦ウ乙女達(俺達)の持つ贈物(ギフト)だ!!!』

贈物(ギフト)!!? あの《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》ってやつか!!?」

 

嫌ナ予感(ムシノシラセ)》とは、周囲でヴェルダーズやチョーマジンが活動を始めた時に発動する勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)のメンバーに持たされた固有贈物(ユニークギフト)である。

リナがこれを経験するのは初めての経験だ。

 

「今 あっちの方から感じたよな!?」

『ああ 間違いねぇ!! 裏切りモンが事を起こしやがったんだ!!!』

「急ぐぞ ヴェルド!!!

ヤロー そのシッポ掴んでやるぜ!!!」

 

裏切り者は十中八九 リナが下層に落ちた事を知らずにチョーマジンを召喚しようとしたに違いない。不用意に尻尾を見せた今が絶好のチャンスだった。

 

 

 

***

 

 

反応した場所を追いかけて行くと曲がり角に着いた。

 

『間違いねぇ 反応はあそこからだ!!

裏切りモンがあそこにいる!!! ヤツの汚ぇツラを拝んでやれ!!!!』

『分かった!!』

 

リナは今までの疲労も忘れて全力で通路を駆ける。狙いはすぐそばに居る裏切り者ただ一人だ。

 

 

「『!!!!?』」

 

 

リナとヴェルドは自分達の目を疑った。曲がり角に居たのはマーズとサキュン、そしてキリュウの三人だったのだ。



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132 裏切り者の捜索 急転!! 渦巻く疑念と監獄の秘密!!!

「………………!!!??」

 

チョーマジンの反応即ち裏切り者が活動した反応は間違いなくこの場所からしていた。しかし自分の目の前にはマーズとサディン、そしてキリュウの三人しかいない。

つまりこの瞬間、リナの【ミノラが裏切り者である】という仮説は真っ向から否定された。

 

 

「……………リナさん?」 「ッ!!!?」

「どうしてここに? ハッシュ隊長と一緒ではなかったんですか?」

「━━━━━━━━━━━━えあっ?!!

あぁ そうですアレですよ!!

署長室に行く途中で足を踏み外しちゃってですね 気がついたらここに…………」

「足を踏み外して!? 怪我はありませんか!!?」

 

「ええはいなんとか。当たり所が良かったもので。」

 

マーズの言葉で我に返ったリナは咄嗟に隊員口調で作った説明をする。

 

『………なぁヴェルド こいつぁ………』

『あぁ つまりそういうこったろ。これで裏切りモンが三人に絞れたっつー訳だ。』

 

リナが疑いの目を向けていたミノラ、そしてハルツォの裁判を傍聴していたハルネンとデスラルンが容疑者から外れた。

 

 

 

***

 

 

 

「………あぁ 私だ。リナ隊員は無事を確認した。 ……そうか。じゃあ私達もそっちに向かう。」

 

マーズが通話結晶を口に当てて先に署長室に向かったミノラと話をしている。

その間 リナはサディンに接触を図った。

 

「聞いておきたいんですけど、ここって何階ですか?」

「ここはアルカロックの地下7階ですよ。

ここには世界の中でも取り分けて凶悪な犯罪者を収監しているんです。」

「そうですか。 それで 私、 階段とかを探して歩き回ってる時に見ちゃったんですよ。」

「?」

 

少し考えた後でリナは聞く決心を固めた。

 

「ここに死亡記事が出てた人間が()()されてるのを。」

「!!!!!」

 

リナの言葉で三人の表情が青く染った。

 

「教えてくださいよ。アルカロック(アナタ達)は何かを隠してるんですか?」

「……『隠してる』という訳ではありませんが、ここには一つ世間に公表されていない【制度】があるんです。」 「!」

 

サディンの後ろからマーズが話に入って来た。

その顔には緊張 そして哀愁が見える。

 

「死刑囚 取り分けて凶悪な犯罪者は世間には【死亡記事】を出して死んだ事にし、獄内で刑を執行するんです。」

「……………!!!」

 

【死刑】というあまりに直接的な表現にリナの顔が少しだけ歪む。そしてここが世界最大級の【監獄】なのだという事を再確認する。

 

「……何の為にそんな事を?」

「世間に悪い影響を与えない為ですよ。世間に死刑みたいな悪い報せが沢山出回ると何が起こるか我々にも分かりませんからね。」

「…… 私 が読んだ記事ではあの二人はせいぜい賄賂や裏金を受け渡したりする程度でしたがそれで世間から存在を隠されるようになるんですか?」

「………それも世間への影響を加味しての事です。あの二人はとても一般市民に公表できないような悪行にも手を染めてましたからね。

それからこの事は━━━━━━━━━━━」

「もちろん他言したりしませんよ。それよりもこんな 私 の質問に答えてくれてありがとうございました。」

「いえいえ そんな大したことではありませんよ。」

 

お手本のように頭を下げるリナにマーズは戸惑って両手を振る。

 

「マーズ署長 ハッシュ隊長が先に署長室に到着したそうです。私達も早く向かいましょう。」

「おお そうだな。」

 

「……………………」

 

【死刑制度】の話で忘れかけているがこの三人の中にヴェルダーズと通じる裏切り者がいることは確定している。彼らの行動に油断は出来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

「リナさん! 私がいながら気付けなくて本当に申し訳ありません!!」

「いやいや良いですよ。足を踏み外した 私 が悪いんですから。」

 

署長室に着くや否やミノラがリナの元へ駆け寄って来る。世界の為とはいえ疑いの目を向けてしまった事に罪悪感を感じて彼女の目を見て受け答えが出来ない。

 

『リナ、ハッシュにはあの事話したのか?』

『ああ。通話結晶を通してな。そしたら『やっぱりか』見てぇな反応してたよ。』

 

ある程度の広さのある署長室にハッシュとリナ、そしてアルカロックの職員達が集まっている。その中心に立っているマーズが口を開いた。

 

「……この度 諸君に集まってもらったのは他でもなく このアルカロックに潜む裏切り者を探し出す為の━━━━━━━━━━━━━━」

「マ、マーズ署長 マーズ署長!!!!!」

『!?』

 

署長室の扉をこじ開けんばかりの勢いでアルカロックの刑務官と思われる男が飛び込んできた。

 

「ひ、非常事態です!!! 早急に増援をお願いします!!!!!」

「落ち着け! 一体何があった!?」

 

息を切らして慌てる刑務官をハルネンが落ち着かせる。

 

「ア、アルカロック一階にて囚人が突如()()に変化して大暴れしております!!!!!」

『!!!!?』



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133 突如として現れたチョーマジン! 戦ウ乙女(プリキュア) 戦闘開始!!

署長室に飛び込んできた刑務官は『囚人が()()となって暴れている』と報告した。

その【怪物】という単語を聞いた瞬間、ハッシュとリナは署長室から飛び出ていた。

 

『おいヴェルド どういうこった!?

嫌ナ予感(あのギフト)》発動してねぇじゃねぇか!!!』

『そいつァ地下7階(ここ)地下1階(あそこ)が離れすぎてるからだよ!!!

裏切りモンが俺達に気付かれねぇ場所で事を起こしやがったってこったよ!!!』

『━━━━ったく どこまでもヤらしいマネをする野郎だぜ!!!』

 

さっきまで監獄の最下層を歩き回った疲労も忘れて全力で階段を駆け上がる。裏切り者の正体を突き止めるより先に【地下1階で発生したチョーマジンを制圧する】というしなければいけない事ができた。

 

 

「!!」

 

階段が途中でぷつりと途切れていた。アルカロックの階段は脱走者に備えて一直線ではなく互い違いに作られている。

 

「この階段5階で終わりか!!?

次はどっちに行きゃ」

「次はこっちですぜ!!」

「!!」

 

リナとハッシュを追いかけて階段を上がってきたのはキリュウだった。

 

「看守長!!」

「俺に付いて来て下せェ! ここの構造は全て把握してまさァ!!あの階段を3階まで上がったらその後を右に曲がって そこに1階まで通じる階段があります!!!」

 

キリュウの言葉を信じて一心不乱に階段を駆け上がる。最早彼も裏切り者の可能性があるなどと考えている余裕は無かった。

 

 

 

***

 

 

 

「!!!」

 

1階に着くと、そこには人間に近い姿をしたチョーマジンが刑務官達に襲いかかる光景が広がっていた。刑務官は長銃を構えてチョーマジンに対抗している。

 

「怯むな!! 撃て!! 撃てぇ!!!」

 

刑務官は必死に銃弾を放ってチョーマジンを迎え撃つ。弾が当たる度にチョーマジンの全身から血のような紫色のもやが吹き出す。

 

『やべぇな。もう結構撃たれてるぞ!!』

『ヴェルド、あの怪物が殺られたら元の囚人も死んじまうんだろ!?』

『ああ。 それこそヤツらの思うツボだ。

それを阻止できるのは戦ウ乙女(プリキュア)しかいねぇんだ!!』

『だったら引くわけにゃ行かねぇな!!!』

 

キリュウに気付かれないように彼の後ろを走りながら懐から【ブレイブフェデスタル】を取り出して戦ウ乙女(プリキュア)に変身しようとする。

 

「リナ 待って!!」 「!?」

 

懐を探るリナをハッシュが小声で止めた。

 

「もしかしたらあれの他にも発生してるかもしれない!! ここは僕が食い止めるからリナは他にチョーマジンがいないか探して!!」

「!」

 

『分かった』という代わりに首を縦に振って踵を返す。その両手には既にフェデスタルと短剣が握られていた。

 

 

「キリュウさん!!!」

「ハッシュ隊長! リナ隊員は!?」

「リナには他を探してもらってます!!

それと僕はあの魔物と戦ったことがあって 対処法は把握してます!!」

「分かりやした!! それじゃ動きはあんたに合わせます!!!」

 

 

ガァン!!! 「!!!」

 

刑務官達が銃を発砲するより先にハッシュの拳とキリュウの剣がチョーマジンの攻撃を止めた。

 

 

 

***

 

 

 

リナとヴェルドはアルカロック 地下1階を走っていた。

 

「おいヴェルド、あいつの他にバケモンの気配はねぇか!?」

『ああ。さっきのあいつの他には感じねぇ。

裏切りモンも慎重に行動してるだろうからな。そうそうシッポを出すこたァねぇだろうよ。』

 

アルカロックにも牢屋の無い空間がある。そこでならリナは素を出してヴェルドと会話することが出来た。

 

「………やっぱ檻がねぇとバケモンも出るわきゃねぇか。」

『そうだな。 あの先にゃ檻があるだろう

 

 

「!!!!?」』

 

人気のある場所を目指して走っている矢先にリナの目の前の地面が盛り上がって亀裂が走った。

 

「……お、おい ヴェルド ここにゃあのバケモンの他に反応は無いよな…………?」

『あ、ああ。 その筈だぜ……………?』

 

 

バガァン!!!! 「『!!!!』」

 

アルカロックの床を突き破って出てきたのは二体の禍々しい紫色のもやを纏った人型の怪物だった。

しかし今までのチョーマジンよりも身体は細く、体格も人間に近くなっている。

 

「お、おい こいつらさっきのパチモン勇者と領主のボンボンじゃねぇか……………!!?」

『こいつら……………!!! いや 間違いねぇ!!!』

「ヴェルド!?」

『俺を育てた女神サマが言ってたんだよ!!

チョーマジンは人間を素体にして作ると稀に上位種ができるって…………!!!

影魔人(カゲマジン)】って上位種がよ……………!!!!』

影魔人(カゲマジン)………………!!!?」

 

二体の怪物は切れ長の目を光らせて冷や汗を流すリナの方を睨んでいる。



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134 チョーマジンの進化!? 命を燃やすキュアフォース!!!

勇者と領主の姿をした《影魔人(カゲマジン)》という怪物がリナの方を睨んでいる。

それだけでまるで剣先や銃口を突きつけられているような緊張感が走った。

 

『………リナ 変身すっぞ。』 「!」

『さっさと変身しやがれ!!!

そしたら俺も人型になれる!!! ハッシュはもう交戦中だ!!あいつには任せらんねぇ!!!

俺達で食い止めなくちゃなんねぇんだぞ!!!!』

「!! わ、分かった!!!」

 

ヴェルドに促されるまま懐からフェデスタルを取りだし、そこに剣を刺して回転させる。

リナの身体は薄い緑の光に包まれて戦ウ乙女(プリキュア) キュアフォースに変化した。

 

「………やっぱ 俺が変身してる間こっちの時間は経ってねぇみたいだな。」

「ああ。どういう訳かは俺にも分かんねぇが時間が歪んでんだ。」

「!」

 

リナの隣には既にヴェルドが人の姿をしてたっている。

 

「……その姿は俺の力を借りてるって事でいいんだよな?」

「ああ。リルアやミーアにはまだ現れてねぇがこいつも俺達 媒体(トリガー)の特徴の一つだ。」

 

ヴェルドは既に両手に《迅雷之神(インドラ)》の電流を宿して臨戦態勢に入っている。

 

「フォース!! のっけから本気で行くぞ!!!」

「おう!!!」

 

ヴェルドもフォースも既に目の前の影魔人(カゲマジン)が手加減して戦える相手ではないと理解していた。

 

先に動いたのは勇者の姿をした《影魔人(カゲマジン)》だった。そのの右腕から禍々しい紫色の煙が立ち込め、それが固まって剣を形成した。その姿はさながら蛍が武器の使えない龍神武道会で使用した拳に剣を宿す闘い方に似ていた。

 

『来るぞフォース!! ひとまずはヤツの攻撃を受けろ!! そこを俺が叩く!!!』

『分かった!!』

 

フォースとヴェルドの間で作戦が交わされた直後、勇者の影魔人(カゲマジン)が動いた。地面を蹴り飛ばし、金切り声を上げながらフォースに向かって右腕の凶刃を振り下ろす。

フォースは両手にフェデスタルを宿したグローブをはめ、その剣を受け止めた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

そのまま影魔人(カゲマジン)が剣に体重をかけるとフォースの両腕にも鈍痛が襲いかかる。

 

(流儀もへったくれもねぇムチャクチャな攻撃なのになんて威力だよ!! 前に戦った葉っぱのヤツとは比べもんにならねぇ!!!!)

 

植物から人間に素体を変えたとは思えないほどの力の差をひしひしと感じた。フォース自身この悪徳勇者を【パチモン】と揶揄したが、それを後悔したくなる程の重圧が伸し掛る。

 

「フォース!! そのまま押さえてろ!!!」 「!!!」

 

勇者の影魔人(カゲマジン)の脇腹にヴェルドの《迅雷之神(インドラ)》の電流を纏った掌が直撃した。そのまま全体重を乗せて張り飛ばし、横の壁へと激突させる。

 

「やったな ヴェルド!」

「喜ぶのは早すぎるぜ!! 次が来るぞ!!!」

「!!」

 

ヴェルド視線の方を向くと既に領主の影魔人(カゲマジン)が突進する体勢に入っていた。それはまさにリナが龍神武道会の三回戦で盲目の武道家 レンジ・クリスタとの試合で使った突進の構え そのものだった。

 

「ヤロー いい趣味してやがるぜ…………!!」

「気ぃ抜くなよ。バカ正直に突進してくるとも限らねぇからな。」

(しかしパチモン勇者が剣を使うのは分かるとして、領主のボンボンが素直にステゴロで殴ってくるか? それとも…………………)

 

 

その瞬間、 ヴェルドの目は確かに領主の影魔人(カゲマジン)の両足から蒸気のようなものが噴射するのを捕らえた。

 

「フォースやべえ!!!! 伏せろ!!!!!」

「はっ?!! 何で

 

!!!!?」

 

ヴェルドの一喝で咄嗟に身を屈めるとその頭上を超高速で何かが突っ込んで来た。そのすぐ後に後方で激突する音が響く。

 

「な、何だァ今のは!!!??」

贈物(ギフト)だよ。あの領主のボンボンに足からジェットを吹き出す贈物(ギフト)を与えやがったんだ!!」

「怪物に贈物(ギフト)を与えるなんて事が出来んのかよ!!?」

「出来てるから現にこうなってんだろ!! お前は覚えちゃいねぇがあのヴェルダーズならやってやれねぇ事じゃねぇよ。」

 

ヴェルダーズ()()が龍の里に攻めてきた時、リナは力を使い果たして意識を失っていたため、その事を覚えていない。

 

「………おっと。パチモン勇者もお目覚めかよ。」 「!」

 

二人の後ろで既に勇者の影魔人(カゲマジン)が立ち上がって剣を構えていた。

 

「分かってるだろうがフォース いくらピンチになってもハッシュは助けにゃ来ねぇ。俺達二人でこいつらを何とかするしかねぇ。締めてかかれよ!!!」

「言われるまでもねぇぜ。こっちゃ端からそのつもりでここまで来てんだよ!!!!」



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135 監獄の平和を守れ! 軍人と看守の解呪(ヒーリング)!!

「キ、キリュウ看守長……………!!」

 

先程までチョーマジンを食い止めていた刑務官が目に涙を溜めて呟いた。

 

「ここは俺とハッシュ隊長で食い止める!お前らは他にバケモンが居ねぇか見てこい!!

後 この騒ぎのどさくさに紛れて脱走するヤツがいねぇとも限らねぇから檻の確認も急げ!!!」

「!! はいっ!!」

 

一瞬反応が遅れたが刑務官はキリュウの支持を受けて踵を返し、通路の方へと走って行く。

 

「ハッシュ隊長、あいつの倒し方を教えて下せェ!」

「はい! アイツの止めは僕が刺します!

キリュウ看守長は牽制をお願いします!!」

「分かりやした!!」

 

アルカロックの裏切り者が行動を起こすことを想定してリナから上手く使えばチョーマジンを三体は倒せる程度の《解呪(ヒーリング)》を受け取っていた。

無論 キリュウが裏切り者の候補の一人であることを忘れた訳では無い。彼に背中を見せないことを鉄則にして目の前のチョーマジンと戦う必要がある。

 

そんなことを考えているとチョーマジンが拳を振り上げている。

 

「来ますよ!!!」 「へい!!!」

 

キリュウがハッシュの前に立ってチョーマジンの拳を剣で受け止めた。一瞬出来た隙をついてハッシュがチョーマジンの眉間を蹴り飛ばす。

吹き飛んで地面に倒れたもののすぐに立ち上がって二人に向かい合う。

 

「かなりタフだな。 あんたはどうやってアイツを倒したんですかい!?」

星聖騎士団(クルセイダーズ)内での秘密ですがあの怪物はある所に弱電を持っています。

そこを僕が叩けばあの怪物も元の囚人に戻ります!!」

「分かりやした。じゃああんたに任せますぜ!!」

 

作戦が立て終わった直後にチョーマジンが地面と水平の体勢で突進して来た。キリュウの刃で顔面を切り付けて突進を受け止める。

 

「…………………………!!!」

「キリュウ看守長、そのまま抑えてください!!」

 

チョーマジンを抑え込むキリュウに向かって全力で走る。そしてその手には解呪(ヒーリング)の力が込められている。

狙いはチョーマジンの眉間だ。

 

《プリキュア・ヘラクレスインパクト》!!!!

「!!!!!」

 

チョーマジンの眉間に解呪(ヒーリング)を込めた渾身の掌底を叩き込む。チョーマジンの身体は眉間から金色に光り、そして光が晴れる頃には元の白と黒の縞模様の服に身を包んだ囚人へと戻った。

 

「……………!!!

ハッシュ隊長、今のァ一体……………!!!」

「今のは星聖騎士団(クルセイダーズ)内で開発されたこの怪物特化の戦法です。

看守長のおかげで決めることが出来ました。」

(これで看守長が裏切り者でなければ万々歳なんだが……………)

 

キリュウの動きはあくまでチョーマジンを全力で倒す動きをしていた。ハッシュは無意識の内に彼が裏切り者出ない事を願っていた。

 

「キリュウ看守長!!!」 「!」

 

先程 キリュウの支持を受けて走って行った刑務官が戻って来た。

 

「ご報告します。一通り確認しましたが他に現れた怪物も脱走者もいません!!」

「そうか。ならこいつを医務室に運べ。

怪我を負っている可能性がある!!」

「はっ!!!」

 

怪物はキリュウとハッシュで倒したと考えたのか刑務官は質問することなく担架を用意して囚人を担ぎ込む。

 

「………あの、ちょっと良いですか?」

「はい。 何でございましょうか?」

「さっき怪物も脱走者もいないと言いましたが、どの辺りを探したんですか?」

「はい。 檻のある場所や人気の多い場所は隈無く探しました。」

「人気の多い場所?」

「はい。ここには刑務官用の通路があるんですが、今は誰も通る時間では無いので探す必要は無いかと

 

 

『!!!!?』」

 

刑務官が返答を終える直前にハッシュ達の前方でけたたましい轟音と土煙が巻き起こった。

 

 

「……………うーっ 痛ってぇ チクショー

強すぎんだろ あのヤロー……………!!」

「リ、リナ!!!」 「!! ハ、ハッシュ!!!」

 

戦ウ乙女(プリキュア)の姿のリナが飛んできて鉢合わせた事で2人共に普段の対応をしてしまった。今までとまるで違うやり取りにその場にいた刑務官達にざわつきが起こる。

 

「リナ 一体何があったんだ!!?」

「ハッシュ 悪ぃけど説明してる時間がねぇ。

ヤベぇのが湧いて出て来ちまった………………!!!!」

「!!!?」

 

通路奥の暗闇から勇者の影魔人(カゲマジン)が歩いてくる。

 

「……………………え…………………………………!!!?」

「あ? どうしたんだよハッシュ!

ボーッとしてる暇があんなら手ぇ貸せよ!!みんな殺されちまうぞ!!!」

「あ、あの()() まさか…………………!!!」

「?」

 

リナが焦って急き立てるのに聞く耳も持たずにハッシュは唖然としていた。



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136 ハッシュの語る過去! 星聖騎士団(クルセイダーズ)の潜入任務!!!

ハッシュは目の前の勇者の姿をした《影魔人(カゲマジン)》を見て明らかに動揺した顔を浮かべている。

 

「………何だよ ハッシュ

あのパチモンの事知ってんのか………………!?」

「し、知ってるも何も……………!!!」

「あ、あいつァ死刑囚《ユージン・エルエヴァ》じゃねぇか!!!」

「ええ。 俺が7階で目にしたのがあいつなんスよ。 ハッシュと何か関係があるんスか?」

 

影魔人(カゲマジン)が動こうとしないのを利用してキリュウに問立てる。

 

「関係があるも何もあのユージンとそいつと一緒に収監されている《エドギア・ネイルザ》はハッシュ隊長が捕らえてこのアルカロックに投獄したんですよ!!!」

「!!!?」

 

 

 

***

 

 

 

ハッシュが《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウル プリキュア)》に入る前 つまり星聖騎士団(クルセイダーズ)の三番隊隊長として活動していた時にこなした潜入任務が二つある。

それこそが汚職に手を染め続けた勇者ユージンと領主令息エドギアへの潜入だったのだ。

 

ハッシュはユージンの勇者パーティの武道家 そしてエドギアの屋敷の使用人のふりをして潜入し、そして掃いて捨てるほどの汚職の証拠を突き止めた。そこからとんとん拍子で話が進み、星聖騎士団(クルセイダーズ)が二人とその関係者を芋づる式に逮捕し、その殆どに重刑が下った。

ユージンとエドギアには世間に死亡記事を出した上で内密の死刑が決まり、このアルカロックに収監される運びとなったのだ。

 

 

「……それが半年前の話 それから数ヶ月間を置いてそいつらの死亡記事を出したんでさぁ。」

「そうだったんスか。全く知りませんでしたよ。」

 

リナにとってはそれを知る由もないので当然の事だ。世間への悪影響を避ける為の制度による弊害が出てしまったと眉間に皺を寄せる。

 

「……それはそうとリナさん、あんた 一体()()何ですかい?」 「!!!」

「その口調といい服装といい ただの軍人じゃありませんよね?」

「………………!!!」

(ヤベェな。流石にこれじゃ言い逃れ出来ねぇ。

けどどこまで言って良いんだ……………………)

 

どこまで打ち明ければ良いのかを考えていると、背後に刺すような殺気を感じた。

 

「うおっ!!!!?」 「!!!!!」

 

勇者の影魔人(カゲマジン)が高速でフォースに突っ込んで来た。フォースは辛うじてその剣先を受け止める。

あと一歩遅ければキリュウの鼻を凶刃が襲っていた。

 

「………………………!!!!!」

「看守長さん 悪ぃが今は説明してる時間がねぇ!!! 早くここから離れてくれ!!!」

「!!! 分かった!!!」

 

キリュウはその場にいた刑務官達を連れてフォース達の元を離れた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

らぁっ!!!!」 「!!!」

 

影魔人(カゲマジン)を蹴り飛ばして距離を作り、体勢を整える。

 

「…………ったく律儀に待ってくれると思ったら中途半端な待ち方しやがってよ……………!!!」

「フォース、まだ戦える!?」

「当ったり前だろ!!! あんなパチモンに負けてたまるかってんだ!!!」

 

既にかなり披露している様子が見て取れたがフォースの闘志は全く消えていなかった。

勇者の影魔人(カゲマジン)は唸り声を響かせながら剣先をフォース達の方に向けている。

 

「ハッシュよ、あいつァ影魔人(カゲマジン)っつーらしいんだがあいつの対処の仕方とか知らねぇか?お前はあの勇者を知ってんだろ?」

「うん。 さっきの攻撃の太刀筋があの時と全く同じだったから対処出来ない事は無い。

だけど━━━━━━━━━━━━━

 

「!!!!?」」

 

ハッシュが話し終わるより先に通路奥の暗闇からヴェルドが回転しながら飛んできた。フォースが身を呈して受け止める。

 

「ヴェルド 大丈夫か!?」

「ああ。だがよ あのボンボンが持ってる贈物(ギフト)の動きが全く読めねぇ。」

「………………!!」

 

勇者ユージンの戦い方は嫌という程見てきて把握しているが、領主の息子であるエドギア もとい彼を素体として生まれた影魔人(カゲマジン)はその戦い方がまるで見えてこない。

さらに二人に持たされているであろう贈物(ギフト)も不安要素だ。

 

「フォース、ハッシュ 今はこいつらを生み出しやがった裏切りモンを探してる余裕はねぇ。

こいつらからここの人間を守りつつこいつらを元の囚人に戻す それが俺達の任務だぜ!!!」

「おう!!! それが出来なきゃわざわざ戦ウ乙女(プリキュア)になった意味がねぇ!!!!」

 

ハッシュとヴェルドが前に出てフォースが後ろで止めの一撃のために構える。

龍の里で実現しなかった陣形がここに完成した。



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137 ハッシュを狙う黒い悪意!! 食い止めろ!影魔人(カゲマジン)の猛攻!!!

勇者の領主の影魔人(カゲマジン)は依然として唸り声を上げながら三人を狙い澄まして攻撃の構えを取っている。

 

「!」

 

フォースの目には二人の視線がハッシュの方を指しているように見えた。

 

 

「………なぁヴェルド あの影魔人(カゲマジン)ってよ、元の人間の記憶とかは引き継がれてんのか?」

「そりゃ分からねぇが、攻撃のやり方が同じなら引き継がれてるとしても不思議は無ぇだろ。」

「そうか。 だったらよ、アイツらがハッシュの事を狙ってるとは考えられねぇか?」

「!!」

 

フォースの発言を踏まえて再び影魔人(カゲマジン)達に視線を送ると、心做しか二人の目にもその視線がハッシュに向いているように見えた。

 

「………もし記憶があるなら逆恨(うら)まれてる筈だよ。あいつらは()()()()()だったから。」

 

ハッシュの頭の中にはパーティーや屋敷に潜入していた時の光景が甦っていた。そこで見たのはあまりに下劣で傲慢な悪行の数々。そんな彼らに忠誠を誓うふりをすることは当時のハッシュにとってかなりの負担だった。

そして自分の正体を明かし星聖騎士団(クルセイダーズ)に連行される二人 そして彼らの関係者全員の自分への余りある憎悪の表情は記憶として彼の瞼にしっかりと焼き付いている。

 

ハッシュはアルカロックに潜入する事が決まった時には既にこの過去と対峙するかもしれないと覚悟を決めていた。

 

「!!!」

 

三人の目に影魔人(カゲマジン)が地面を踏み込む光景が飛び込んで来た。次の瞬間には地面を穿ちながら高速で三人の方へと向かってくる。その二人をハッシュとヴェルドが両手を防御に構えて迎え撃つ。

龍の里で長老のリュウがブレーブを投げるために取った構えだ。

 

『うりゃ!!!!』 「!!!?」

 

攻撃が当たる瞬間に腕を振り上げて影魔人(カゲマジン)の身体は宙を舞う。体勢が崩れたまま飛んでいく先ではフォースが拳を構えている。

 

「フォース!!! 一発で決めちまえ!!!!」

「おう!!!!!」

 

フォースの拳には全力の解呪(ヒーリング)が込められている。

 

(俺の中の解呪(ヒーリング) 全部くれてやるぜ!!! この一発で永眠(ねむ)りやがれ!!!!!)

「《プリキュア・フォースバレット》!!!!!」

 

フォースの渾身の拳が影魔人(カゲマジン)達へと飛んでいく。拳が当たった瞬間に解呪(ヒーリング)が発動する技だ。

 

 

「!!!!?」

 

フォースの拳は領主の影魔人(カゲマジン)に捌かれて空を切った。驚愕した瞬間にはその拳がフォースの眼前に迫る。

 

「!!!!!」 『フォース!!!!』

 

影魔人(カゲマジン)のカウンターの懇親の攻撃がフォースの顔面に直撃した。その衝撃で後頭部から地面に叩きつけられる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

フォースは攻撃を受けて尚 戦意を保っていた。

顔面への攻撃は咄嗟に腕で防御し、後頭部へのダメージは後頭部に腕を回して受身を取った。

 

(あのヤロー 俺の攻撃を躱しやがった!!!

これが屋敷でぬくぬく甘ったれて暮らしてたボンボンの動きかよ……………!!!)

 

「!!!」

 

視線の先で勇者の影魔人(カゲマジン)が上空から剣を向けて急降下して来た。咄嗟に後ろに飛んでその攻撃を躱す。 剣が地面に突き刺さり周囲に亀裂が走った。

 

「フォース!!」

「今助けるぞ!!!」

「!! ダメだ 来るな!!!」

 

ハッシュとヴェルドが走ってくる振動が亀裂に伝わり地面が崩れる音が聞こえる。

 

「!!」

「し、しまった!!!」

 

ハッシュとヴェルドが気づいた時には既に遅く、地面が崩壊して大穴が空いた。そこにフォースが巻き込まれ、穴の底へと落ちていく。

 

『フォース!!!!』

「俺に構うな!! お前らはそのままそいつらを食い止めてくれ!!!」

 

ハッシュとヴェルドに敵を任せ、フォースは奈落へと沈んで行った。

 

 

 

***

 

 

 

「くっ!!」

 

フォースは着地に成功した。そしてすぐにここがアルカロックの地下2階である事と天井が跳んで戻れないほど高い場所であることを認識する。

この状況でフォースが取れる行動は上に戻るか下に進むかの二つだ。

 

「……………リナ隊員?」 「!!」

 

声に呼ばれるまま振り返るとそこにはサディンが立っていた。

 

「…………サディン看守? 何でここに?」

「1階に出現した魔物の討伐に加勢しようと思いまして。」

「!!?」

 

フォースはサディンの言葉に耳を疑った。

それが表すのは一つの事実だ。



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138 裏切り者の証拠を掴め! キュアフォースの大疾走!!

「………リナ隊員? どうされたんですか?

それにその格好は一体……………?」

 

サディンが肩を掴んで問い掛けるもフォースは反応できなかった。彼女の頭の中では様々な思考が渦巻いていた。

 

キリュウはハッシュと協力してアルカロックで発生したチョーマジンを退治した。

勇者の影魔人(カゲマジン)はキリュウを殺すつもりで斬りかかった。

そしてサディンはこれからチョーマジン退治に加勢すると言っている。

 

そこからフォースの頭の中で導き出される答えは確証こそ無いが一つしかない。

 

(………そういう事かよ チクショー!!!

まだ何一つ証拠は無ぇが とにかく行くっきゃねぇ!!!!)

 

「サディンさん 悪ぃが退いてくれ!!」

「えっ!!?」

 

失礼を承知の上でフォースは半ば強引にサディンを引き剥がして下の階の方向に走り出す。その間に通話結晶を取り出してハッシュ達に連絡を図る。

 

(………あのパチモン共と戦いながら出てくれるとは思えねぇが出てくれねぇか!!)

 

 

 

***

 

 

 

ハッシュとヴェルドはフォースの帰りを待ちながら二人の影魔人(カゲマジン)の猛攻から監獄を守っていた。

 

『!』

 

ハッシュの懐の通話結晶が光った。咄嗟に後ろに飛んで影魔人(カゲマジン)との距離を取り通話できるだけの時間を稼ぐ。

 

『おお! 出てくれたかハッシュ!!

俺だ フォースだ!!!』

「フォース!! 今どこにいる!? こっちに戻れそう!?」

 

『……ハッシュ 悪いがそっちには戻れねぇ。それよりも重要な事ができた。』 「?」

『そっちも時間がねぇだろ?だからケツから簡潔に言わせてもらうぜ。

裏切りモンの正体が分かった。』

「!!!!? 本当に!!? 誰なの!!!?」

『ああ。 裏切りモンは署長だ!!

あのマーズってやつがそっちのパチモンやボンボンをバケモンに変えてやがったんだよ!!!』

「!!!!」

 

アルカロックという市民を守る砦の長があろうことか世界を脅かす敵と通じていた。

その事実はハッシュに軍人として衝撃を与えた。

 

「………その推理、信じていいんだね?」

『まだ証拠が何一つねぇからこれからそれを掴みに行く。だが確実に俺の考えは正しいって胸張って言えるぜ。

だからお前らにそっちのバケモンを任せてぇ!!

頼めるか!!?』

「分かった!」

 

そう伝えてフォースは通話を切った。

 

「ハッシュ!! フォースはあとどれ位で戻ってこれる!?」

「………ヴェルド フォースは戻って来れないって言っていたよ。」 「!?」

「フォースが裏切り者の正体に気付いた!」

「何!? そりゃ誰だ!!?」

 

「フォースはマーズ署長だと考えてる!! 今 署長室に向かって走ってるんだ!!!

ヴェルド ここは僕達二人で食い止めるよ!!!」

「そうか!! そういう事ならやるっきゃねぇな!!!」

 

三対二で辛うじてチョーマジンを超えた影魔人(カゲマジン)達に善戦できていた。それが二体二になって戦況は悪化した。

しかしそれでもフォースは勝利に向かって走っている。

 

その条件はこの二体の影魔人(カゲマジン)を食い止める事なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「…………ここが4階で………………

次の階段は………………あっちか!」

 

フォースは依然としてアルカロックの中を走り回っていた。複雑に絡み合った階段に戸惑いつつも少しずつ署長室に近づいている。

 

「……しっかし何だって人っ子一人居ねぇんだ…………?!」

 

既に地下2階 そして3階と進んできたがアルカロックの中に五万といるはずの刑務官の姿が一人も見えないのが不審に感じられた。

それでもフォースに出来る事は署長室に向かって歩を進めるだけだ。

 

(………今になって考えたらやっぱ裏切りモンはあのショチョーしか考えらんねぇな。 もしキリュウさんやサディンさんが裏切りモンならとっくに背中から殺られてるハズだぜ。)

 

「!」

 

再び 獄内の牢屋がある通路に差し掛かった。

元々この通路が暗くてよく見えないのと、中の囚人が疲弊しきっているためか刑務官と思って戦ウ乙女(プリキュア)の姿のリナには目もくれない。

 

「……………?」

 

次にフォースの耳に入ってきたのは沢山の足音がこちらに向かっている音だった。

1階に影魔人(更に強力な魔物)が現れた事で刑務官達が加勢しに来たのかと思った。

 

 

しかしそれは間違いだった。

 

「…………………………………………

!!!!?」

 

フォースは自分の目を心から疑った。

通路奥の闇から走ってきたのは通路を覆い尽くす程の大量のチョーマジンだったのだ。



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139 署長室まであと一歩! 大量のチョーマジンを突破せよ!!

「………マジか………………!!!!」

 

通路の奥の闇から大量のチョーマジンが押し寄せてきた。それも龍の里で戦った葉っぱを素体とした物とは根本的に訳が違う。

その一体一体がアルカロックの囚人を素体にして作られた物だ。

 

そしてそのチョーマジンの全てがフォースを狙っていた。龍の里を侵略する時間稼ぎで即席的に作られた物とは違い、[[rb:戦ウ乙女>自分]]を確実に仕留める為に作られた物であるという事を直感的に分からせた。

 

「クッソ!!!」

 

つい 口から悔恨の言葉が漏れる。

 

フォースの身体の中には最早 この大量のチョーマジンを元の囚人に戻せるだけの解呪(ヒーリング)も ましてや戦えるだけの体力も残されていなかった。

 

(まだ使いたくはなかったが 仕方ねぇ!!!)

 

心の中でそう叫んで 懐から取り出したのは手のひら大のカプセルだった。

 

 

 

***

 

 

 

アルカロックに先入する数日前 リナはルベドに呼び出されていた。

 

「………何すか? これ」

「それは星聖騎士団(クルセイダーズ)の兵士達が持っているカプセルだよ。」

 

リナはルベドから一つのカプセルを手渡された。その表面は薄く、少しの衝撃で壊れそうな心許なさだ。

 

「もしかして 地面に投げつけて使うんすか?」

「そうだよ。地面に投げつけて破裂させる事で中に入っている物が出てくる仕掛けになっている。 その中には固まる直前のコンクリート状の物が入っていて 破裂させると巨大な壁になって敵の進行を食い止める。」

 

そう言われてカプセルを見てもにわかに信じられなかった。手のひらに入るような小さなカプセルから巨大な壁が出てくる光景が想像も出来ない。

 

「……もしアルカロックの裏切り者が戦ウ乙女(君達)と戦う事になると知ったら大量にチョーマジンを召喚してくる可能性が高い。

そうなって収拾がつかなくなった時に足止めとして使うんだ。」

「……分かりました。」

 

そう言ってリナは懐にカプセルをしまった。

 

 

 

***

 

 

 

(こんな小せぇ玉粒からでけぇ壁が出てくるなんてまだ信じらんねぇが それでもやるっきゃねぇ!!!)

 

ルベドに渡された当初は 裏切り者を見つけ出すだけならそこまでの窮地に陥る事はないと考えていた。裏切り者の作戦 そして行動力がフォースの予想を遥かに超えていた。

 

「コイツを喰らえ!!!!」

 

フォースはカプセルを地面に投げつけた。

そこまでの力を入れていないのにカプセルは簡単にヒビがはいって割れる。

 

「うおっ!!!??」

 

カプセルの中に入っていた小さな灰色の粒があっという間に膨張し、一気に通路を塞いだ。

膨張が終わるや否や急速に固まり、チョーマジンの進行を食い止める。

 

「……………すっげぇ マジで通路を塞ぎやがった………………!!!」

 

通路が塞がれた事でマーズ(裏切り者)の元へ行く手段を失ったがフォースは冷静だった。

元々 自分達を来させないためにチョーマジンを差し向けたのだから何も問題は無い。

 

「こうなったらやるっきゃねぇな!!」

 

フォースは地面に向かって拳を振り上げた。解呪(ヒーリング)こそ こもっていないが渾身の力を込める。

 

「るあぁッ!!!!!」

 

渾身の力で地面を殴ると人一人が通れるだけの穴が空いた。リュウから周囲に余計なヒビを入れずに硬いものを破壊する拳の打ち方を教わっていた為、壁にヒビを入れることなく穴を空ける事に成功した。

 

穴から下を除くとそこにも大量のチョーマジンが押し寄せていた。この状況で最短距離で署長室まで行く方法は一つしかない。

 

「このままブッチ切らせて貰うぜ!!!」

 

穴から急降下し、全体重を乗せた蹴りを地面に打ち込んで下の階まで一気に行く作戦に出た。

 

 

 

***

 

 

 

「オルァッ!!!!!」

 

地下5階 そして6階と床を破って最短距離で署長室に着いた。

 

「! やっぱりいやがったな…………!!」

 

フォースの予想通り そこにはマーズが立っていた。そしてその脇にはハルネンが縛られていた。外傷は見られないがかなり衰弱している。

 

「驚いたな。 あの大群をどうやって掻い潜った? 戦ウ乙女(プリキュア)。」

「教えてやるもんかよ!! 知りたきゃ地獄で考えやがれ!!!!」

 

フォースは地面に降りたってマーズと対峙した。マーズの表情は先程までの物腰穏やかな時とは打って変わって険しくなっている。

 

「テメーがここで囚人をバケモンに変え続けてた あのヴェルダーズの差し金っつー事でいいんだよな? 監獄署長さんよ!!!」

「あのハッシュが隊員を取るなどとおかしいと思ったが、随分と行儀の悪い戦ウ乙女(プリキュア)のようだな?」

 

フォースは遂にアルカロックの裏切り者へと辿り着いた。



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140 裏切り者の正体 発覚! フォースを襲う究極贈物(アルティメットギフト)!!

アルカロック副所長 ハルネン・バングルナイフは後日行われた取材にてこう答えている。

 

「………はい。今でも信じられません。

署長が急に血相を変えて私に襲いかかって来たんです。私はもちろんそこにいた刑務官は全員拘束されました。

 

そして縛り上げられたんです。

ええ もう本当に一巻の終わりだと思いました。この場で我々は皆 署長に口封じに始末されるんだって。

その時ですよ 天井に穴が空いて降りて来たんですよ。それがあのリナ・シャオレンだったんです。その時の彼女の口調は確かに粗暴でしたよ。だけど我々にはまるで救いの神が現れたような気分でしたね。」

 

後に取材を受けた刑務官達もハルネンと同様と趣旨の発言を残している。

 

 

 

***

 

 

 

「つまり署長さんよ テメーがあのハルツォって奴やパチモン勇者に領主のボンボン そんでもってその他大勢! そいつらをあのバケモンに変えてたって事で良いんだよなァ?」

「………そうだと言ったら?」

「…………ぶち倒す。

そうすりゃあのバケモン共も元の囚人に戻んだろ!?」

 

「………やれるものならやってみるがいい。」

 

マーズは腰を低く下ろして両の拳を構えた。

その目線は先程までの物事穏やかな署長の目とはまるで違っている。

 

「そりゃどういうつもりだ?

豚箱の中でぬくぬくしてたおっさんが一端の格闘家気取りかよ!!!」

「龍の里の長老の御令孫は随分と育ちが悪いようだな。」

「好きなだけ抜かしてろ!! この裏切りモンがよォ!!!!!」

 

フォースは地面を蹴ってマーズに急接近し、その首を狙って足を振り上げた。

 

「うらァッ!!!!」 「!!!」

 

フォースの横薙ぎの蹴りをマーズは腕で受け止めた。

 

(………!!! 折れねぇ!?)

 

脚からは防具の類の感覚はせず、筋肉で蹴りを受け止める触感が走った。

 

(クッソ!! しっかり鍛えてやがるのかよ!!!

 

!!!?)

 

フォースの片脚が崩れ、体勢が傾いた。

腕を突きそうになるがかろうじて踏ん張る。

 

(あんにゃろ何をしやがった!!?

何か 人間をバケモンに変えるのとは別に贈物(ギフト)を持ってやがるのか!!?)

 

ハッシュから既に物や生物をチョーマジンに変える際には《魔物召喚(サクリファイス)》という贈物(ギフト)が必要である事は聞かされている。

ヴェルダーズは贈物(ギフト)を持っていない領主にも付与しているだからその部下に持たされているとしても少しも不思議は無い。

 

(持ってるんならきっと俺と同じ究極(アルティメット)の類だろ。神サマの名前を持つってあれをよ。)

「どうした? まさかもう終わりじゃないだろうな?」 「!!!」

 

「使えば良いじゃないか。 あのダルーバが言っていた《戦法之王(オダノブナガ)》を。」

「ダルーバ? あのキザコウモリの事か?

悪ぃがあれはサシの勝負じゃ使えねぇもんなんでな。あのバケモン共を相手する時のために取ってあんだよ!!」

「…………それが出来ないと言ったつもりだったんだがな。」

 

フォースは片足の痺れを気合いで引っ込めた。

足を強く踏み締めてマーズとの距離をじりじりと詰める。

 

(……あの野郎が何をしやがったかは知らねぇが、何だろうと俺には近づいてぶっ叩くしかできる事はねぇんだ!!!)

 

フォースはマーズの体勢が少しだけ前に傾いたのを見逃さなかった。その出鼻に合わせて懐に飛び込み、顎を狙って最速の拳を見舞う。

 

 

「ッ!!!!?」

 

顎に直撃する寸前でフォースは拳を引っ込めた。マーズの顎から【紫色の液体】が染み出していたからだ。

 

(な、なんだありゃ!!!??)

「これに気付くとはなかなかやるな。その拳を引っ込めていなかったら今頃貴様の手の骨が見えていた所だ。」

 

「…………………!!!!」

 

マーズの全身から紫色の液体が湧き出てくる。

その液体が石造りの床に着くとそこが煙を上げて蒸発していく。

 

「………そーゆー事かよ クソが……………!!!」

「もう分かったようだな? これこそが私がヴェルダーズ殿下より貰い受けた究極贈物(アルティメットギフト)

名を《猛毒之神(サマエル)》という!!!!」

 

猛毒之神(サマエル)

悪魔系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:全身から猛毒を分泌し、自在に操る。

 

「先程 貴様が蹴りを打ち込んだ時にその足首に麻痺性の毒を打ち込んだ。触っていた時間が一瞬だったから足首の麻痺だけで済んだが、そんな奇跡がそう何度も続かない事は考えるまでもなく分かるだろう?」

「ベラベラベラベラと自分(テメェ)の能力バラしてんじゃねぇよ このクソオヤジが。

後悔しても知んねぇぞ!!!」

 

「後悔するのは無謀にも単独で殴り込んできた貴様の方だ。 戦ウ乙女(プリキュア)!!!」

「!!!?」

 

マーズの全身から紫色の煙が吹き出して来た。



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141 襲いかかるマーズの猛毒! 立ち塞がる怪物の壁!!

「……それが出来ないと言ったつもりだったんだがな。」

「!!?」

 

マーズの身体から紫色の煙が吹き出す。

そしてフォースの鼻腔を異臭が貫いた。

 

(!! この臭さは()()()か!!

ヤベぇ!!!)

 

マーズは全身から分泌する猛毒を気化させて空気中に放ったのだ。それを窓も無い地下深くの部屋で使おう物ならあっという間に部屋中が猛毒で埋め尽くされてしまうだろう。

 

(ここの刑務官達ごと戦ウ乙女()を殺ろうってハラか!! チクショウ!!!)

 

フォースは咄嗟に袖の布を引きちぎって口に巻いた。気休め程度にしかならないだろうがこれで呼吸器から猛毒を守る。

 

(…………クッソ!!

やっぱ逃げ道はあそこしかねぇか!!!)

 

フォースは飛び上がって天井に空けた穴の縁を掴んだ。毒ガスが回る前に通路に逃げ込んでマーズを誘い出すしか自分と刑務官達を助ける術はない。

 

「……なかなか殊勝な判断だな。

だが一つ忘れていないか?」

「!!!!」

 

通路によじ登ったフォースを待ち構えていたのは先程 土の壁で食い止めたチョーマジン達だった。

 

「貴様はのこのことここに入り込んだ時点で既に袋小路に嵌っていたのだ!!!!」

(!!! 味な真似してくれるぜ クソッタレ!!!!)

 

フォースは文字通りの袋小路に嵌っていた。

前からは大量のチョーマジンが押し寄せ、退こうものならマーズの猛毒の餌食になってしまう。

それでもフォースは諦めていなかった。

 

「武道家 リュウの血筋をナメてんじゃねぇぞ

このクソ野郎!!!!!」 「!?」

 

フォースはフェデスタルを装着したグローブを両手にはめて拳を突きつけた。

 

《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!

「!!!!!」

 

フォースの両拳から放たれる解呪(ヒーリング)の光が目の前のチョーマジンの群れを包み込んだ。 光が晴れるとそこには気を失った囚人達が寝そべる。

 

「………………? あれ? 俺ァ一体……………?」

「テメェら!!!! ボサっとしてねぇでそこをどきやがれ!!!!!」 「!!!??」

 

意識を取り戻した囚人の一人が起き上がるより先にフォースの怒鳴り声が響いた。最早 《元》極悪人の寝起きを待っている余裕など無かった。

 

倒れている囚人達を縫うように掻い潜って全速力で通路を駆ける。目的地はハッシュとヴェルドが戦っている地下一階だ。

 

「体力を使い果たした身体でどこへ行くつもりだ?」

 

マーズも通路へとよじ登ってフォースの後を追う体勢を取る。

 

(体力を使い果たしただ? そいつァ見当違いだぜ。あんなヘマは一回切りで十分だ!!!)

 

先の龍の里での戦いでフォースは身体の中の解呪(ヒーリング)を使い果たす愚を犯した。それを教訓にしてリナは蛍やリルアから身体の中の解呪(ヒーリング)の力を効率良く使う方法を学んだ。

先程 フォースは解呪(ヒーリング)をチョーマジンを倒せる最小限の半分だけを使って活路を開いたのだ。

 

(あいつは俺が解呪(ヒーリング)を使い果たしたと思ってる。そいつを利用して出し抜いてやるぜ!!!)

 

アルカロックの中の囚人達が次々とチョーマジンに変わっていくこの状況でフォースが信頼できるのはハッシュとヴェルドだけだ。

 

「……………………………!!!? うおっ!!!!?」

 

背後から気配を感じて後ろを見ると細長い紫色の物が飛んできた。それを避けると柱に突き刺さり、音を立てて溶けていく。

 

(!!? こいつぁ 《毒の矢》か!!?)

「そうだ。これが《毒之弓矢(クロロ・フェール)》だ。」 「!!!」

 

後方の通路の奥に目をやるとマーズが巨大な紫色の弓を構えていた。

 

「貴様 一体誰に対して鬼ごっこを仕掛けているつもりだ?私はこのアルカロックを逃げ惑う人間は一人残らず捉えてきた男だぞ!!!」

「そうかよ! だったら俺がテメェから逃れた人間の第一号になってやるぜ!!!」

 

フォースの挑発に反応するようにマーズの毒の矢が次々と飛んでくる。フォースはそれを気配だけで左右に飛んでかわす。

 

「………矢を避けるだけの体力は残っているというのか。 ならば!!!」

「!!?」

 

マーズは両の拳を地面に突き立てた。その拳から液状の毒が大量に湧き出す。

 

(な、なんだありゃ!!?)

「キュアフォース ()()()()()()は貴様を完全に捉えた!!!」

「!!!!?」

 

マーズの前方に巨大な紫色の腕が現れた。

 

(ま、まさかあれも毒の塊だってのか!!!?)

「これが私の《毒之巨腕(クロロ・ヒガンデス)》だ!!!!」



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142 監獄に炸裂する猛毒の拳!! 仕掛けられた袋小路の罠!!!

フォースは全力で通路の中を走っていた。その最中にも頭の中で思考を巡らせる。

 

(署長室があったのが7階でそこからよじ登って来たからここは6階だよな………。

必死で逃げる事ばっか考えてたからつい走っちまったけどあのまま上の穴まで跳んでった方が楽だったな 失敗したぜ…………。)

 

今更引き返す訳にはいかないので今のフォースに必要な事は地下5階への階段を探す事、そしてチョーマジンを堰き止めている土の壁がある通路とは別の道を探す事だ。

 

「……随分と余裕をこいているな?」 「!!」

 

後ろを見るとマーズの前方の巨大な紫色の腕がフォースに向かって伸びて来る。

 

「貴様には端から逃げ場などない!!!!」

「!!!」

 

フォースの身体を覆い尽くす程の大きさの掌が眼前へと迫って来た。

 

 

 

***

 

 

 

暗く物静かな筈のアルカロック 地下6階を襲った巨大な紫色の拳

 

あまりにも奇妙なその一件について アルカロック 地下6階の受刑者の一人がこう証言している。

 

受刑者 デイモンド・アキナス (38)

罪状:強盗 公務執行妨害

刑期:懲役 11年

 

「ゲルです。

バカデカいゲルが通路を覆い尽くしたんですわ。

 

はい。最初は小さな足音でした。檻ん中でうとうとしてたら聞こえてきたんですよ。

最初は刑務官が誰かを追ってるんだと思いました。それで檻の外を覗いたら 私はね、自分の目を疑いましたよ。

だって奇抜な格好した姉ちゃんが必死こいて走ってたんですよ。信じられます?この監獄の中をですよ?

 

その直後でした。 その姉ちゃんのすぐ後ろから大量のゲルが流れ込んできたんです。まるで津波かと思っちゃいましたよ。 で そのゲルがね、ぶち込んで来たんですよ。俺がいた向かいの檻にね。

 

そこがどうなったかですって?

それは暗くて良く分からなかったですけど酷かったですよ?

格子は溶けるは 腐い匂いは立ち込めるは 中にいた奴らは泣き叫ぶはでもうめちゃくちゃだったんですから。」

 

 

 

***

 

 

 

「………………!!!!!」

 

猛毒の拳をかろうじて躱したフォースだったが、頭の中に衝撃が走っていた。

 

(一発で鉄格子をドロドロに溶かしやがった!!!

しかも中にいた奴らもろとも攻撃しやがるなんて…………!!!)

 

「…………うぅ…………!!!」 「!!!」

 

溶かされた鉄格子の奥から出てきたのは全身を猛毒で犯されて苦しみ悶える囚人達だった。

地面を這いながら声にもならない声を上げて何も無い空中に手を伸ばす。

 

「………猛毒に犯されて苦しみ悶えるとは 正しく罪人(クズ)に相応しい罰だな。」

「テメェ……………!!!!」

 

囚人に気を取られて足を止めたフォースの元へマーズが悠々と近付いてくる。

 

「さっきまで逃げ惑っていたというのに まさか会ったことも無い人間に情が移ったのか?」

「目の前でこんなに苦しまれたら嫌でも情くらい移るわ ボケが!!」

 

マーズは依然として全身から大量の毒を分泌している。それだけで彼は最凶の兵器へとその身体を変える。

 

「ハッシュの所まで逃げるつもりでいたが気が変わったぜ。 ここでテメェをぶっ倒してやる!!!」

「威勢がいい事だ。自分の里を守る程度の覚悟しか持ち合わせていない貴様に 我々を敵に回す事がどういう事かを教えてやろう。」

 

「………ハッ。 イキってんじゃねーよ このクソオヤジが。」 「?」

「テメェはその毒にかまけてるだけのただの雑魚じゃねぇか!!!そいつさえ対策できりゃテメェなんざ俺の敵じゃねぇんだよ!!!!」

 

フォースの怒声をマーズは涼しい顔で聞き流している。

 

「……そう思うのか。 ならば」

「…………………!!!?」

 

マーズの全身から毒が引いていく。

 

「毒無しで貴様を打ち倒してやろう。」

「……………!!!

舐め腐ってんじゃねぇぞ。 負けた時の言い訳が出来んのはルールに守られた試合だけなんだよ!!!」

「言い訳? そんな事をする必要は無い。

何故なら、」 「!!?」

 

マーズの両手に紫色の魔法陣が発生した。

 

「毒以外は全て駆使して戦うからだ。」

魔物召喚(サクリファイス)》 「!!!?」

 

次の瞬間、両側の通路の檻から大量のチョーマジンが檻を破って出てきた。

 

「……野郎………………!!!

端からそれが狙いだったのかよ…………!!!」

「私は今までこのアルカロックからチョーマジンを生み出すのを控えめにやっていた。何故かわかるか?

今日この日 戦ウ乙女(貴様等)を始末するためだ!!!!」

 

マーズの周囲には大量の人型のチョーマジンが現れ、陣形を取ってフォースを狙っている。

 

「ちなみに言っておくと、貴様が地下4階で堰き止めたチョーマジン達も たった今こっちに向かっている。」 「!!!!」

 

「もう完全に逃げ場は封じた。

今度こそ貴様は袋小路に嵌ったのだ!!!!」



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143 袋小路を切り抜けろ! 監獄を貫く龍の脚!!

袋小路

 

アルカロックという敵地に踏み込むならばいつ嵌ってもおかしくない状況である。

リナ自身 その状況に陥る事は想定していたが、いざ嵌ってみると頭の中を動揺が襲う。

 

 

 

***

 

 

 

「……そもそも貴様等に影魔人(カゲマジン)を差し向けた所から作戦は始まっていたのだ。

このアルカロックにおいても秘匿的な死刑囚は稀な存在。()()がチョーマジンを超える存在になったのは皮肉ながらも嬉しい誤算だった。」

「何が『このアルカロック』だよ!

今更 署長面してんじゃねぇぞ!!!」

 

口先では啖呵を切るもののフォースは焦っていた。頭の中では『どうやってこの窮地を切り抜けるか』を必死に考えていた。

 

「…言っておくが天井を破るなんて考えない方が良いぞ?貴様はもう既に何ヶ所も穴を開けた。

このまま続ければいずれこのアルカロック全体に()()が走り、そして崩壊する。そうすれば貴様らはもちろん助けようとしているチョーマジン(受刑者)共も地下深くに沈む事になる。

それともその多大な犠牲を引き換えに私を殺るというのか?」

「!!!」

 

マーズの指摘は的を射ていた。

アルカロックも所詮 地下に建てられた()()であるから、崩壊すればまず命は無い。

 

 

「…………………?」

 

その時、マーズの目がフォースの口元が緩むのを捕らえた。

 

「………貴様、何を笑っている?あまりに絶望的過ぎて気でも違ったか?」

「何ってお前、これが笑わずにいられるかよ。たった今 この状況を打破する方法を思いついたんだからよ。」 「!!?」

 

 

 

***

 

 

 

アルカロック 地下5階を警備していた刑務官 ホブル・マックワドン(27) が当時の様子を語っている。

 

「はい。 その時私は地下5階の警備をしていました。あの怪物騒ぎに乗じて脱走する人でも出たらいけませんからね。

それで檻の様子を順番に見て行ってたら その時ですよ、地面にこう、嫌な気配を感じたんです。まるでそこに地雷でも埋まっているかのような、背筋に寒気が走りました。

 

そしたらです、地面にこう 円く閃きというか切れ込みというか、とにかく光が走ったんですよ。大きさは直径が人一人の身長くらいの、小さめの円卓といった辺りでした。

 

事件はその直後に起こったんです。地面がバカッ ってこう、例えば切り込みが入った厚紙が抜けるように外れたんです。石造りの分厚い床がですよ?

驚くのはまだ早いですよ。それをやったのは女の子だったんです。奇抜な格好をした龍人族の女の子が足を高々と挙げて床を持ち上げてたんですよ。つまりです、なんからの理由で地下6階に居る状態から跳び上がって天井まで行ったということなんですよ。それだけでも十二分に凄いことですよ。あの天井は必要以上に高いんですから。

 

ジャンプ力もさることながら、本当に凄かったのはその娘の筋力でしょうね。だってそうですよ。あの円い部分だけでどれ程の厚さがあると思います?アルカロックってのは世界一の監獄ですからね、床だって生半可な厚さじゃありませんよ。

それを抜くっていうのはつまり巨大な石の円柱を持ち上げるって事ですから、数100キロは下らないでしょうね。

 

それをやったのが筋肉モリモリの大男ならまだ分かりますけど女の子ですからね。もちろんその娘も鍛えてるのは一目で分かりましたよ。だけどそれでもあの細い脚じゃとてもじゃありませんけど頼り無いですよ。あんな石の塊を持ち上げるには。

 

 

その時私がどうしてたかですって? 何も出来ませんでしたよ。

『緊急時に人は考えることが出来ない』って聞いた事ないですか?沢山の情報を一気に感じて立ち尽くすしか無いんですよ。私も何かで読んだんですが、正しくそれでした。正しくその通りに呆然と立ち尽くすしか無かったんですよ。

 

我に返ったのはその直後でした。その娘が私に向かって凄い剣幕で怒鳴ったんですよ。

『テメェ さっさと離れろォ!!! 殺されるぞ!!!!!』って。

あれは本当に身の危険を伝える声でしたよ。だって年端も行かない女の子の口から出た言葉ですよ?考えるでもなく身体が勝手に逃走を命じていました。だけど後悔はしていません。

だってそうしなかったら今頃ここに居ないですよ。 いや本当に その後に起こった事はそれ程だったんですから。」

 

 

 

***

 

 

 

ホブルが必死に走っていくのを横目にフォースは心の中で喝采を叫んでいた。

 

(ッシャー!!! 上手くいったぜ!!!

ジジィ直伝の【天龍爪(てんりゅうそう)】 ここに復活って訳よ!!!)

 

天龍爪(てんりゅうそう)

龍の里に伝わるリュウ・シャオレン考案の秘技

物体に身体の動きを駆使して切り込みを入れることで破壊するのではなく切り取る技である。

リナはこれをアルカロックの天井に使う事で周囲に亀裂を入れる事無く床を抜く事に成功したのだ。

 

「…………………なるほどな。」 「!」

「周囲に亀裂を残さなければ天井を抜けると考えた訳か。 だが甘い!!!」

 

マーズが跳び上がって地下5階のフォースの所まで追い付いた。

 

「このまま叩き落としてくれる!!!!」

「それをやると思ってたぜ!!」 「!!?」

 

フォースはマーズの顔面に足を掛けた。

 

「じゃあな。 地獄へはテメェが堕ちろ!!

オラァッ!!!!」

「!!!!」

 

マーズの顔面を踏み台にして天井まで飛び上がり、その反動でマーズは地下6階まで突き落とされた。

 

「このままハッシュの所まで一直線上だぜ!!!」

 

フォースは天井に脚を掲げて天井に【天龍爪(てんりゅうそう)】を放ち、更に天井を抜いた。そしてそのまま地下3階の床も抜き、地下2階へと辿り着いた。

 

「!」

 

フォースは横目ですぐ側にハッシュとヴェルドがいる地下1階への階段を見つけた。

 

(よっしゃ!! これでやっとハッシュに合流できるぜ!!!)

 

フォースは地面に着地するや否や、脇目も振らずに階段を駆け上がった。



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144 猛毒の本領発揮! 地下一階の大激戦!!

(ハッシュ ヴェルド 待ってろよ……………!!!)

 

フォースは脇目も振らずに必死に階段を駆け上がり続ける。この敵地(アルカロック)で信頼をおけるのは仲間である二人だけだ。

 

「つ、着いた…………………!!」

 

地下1階に着いて安堵の息を漏らす。体力(ヒーリングの力)を消耗したまま監獄内を走り回った肉体はかなりの疲労を蓄積していた。

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!?」

 

1階に着いて安心した矢先にフォースの目の前を何かが超高速で通り過ぎ、地面に激突した。

 

「こ、こいつぁ……………!!!」

 

土煙が晴れた場所に居たのは『領主のボンボン』ことエドギアの影魔人(カゲマジン)だった。そして足音が聞こえてくる方向に視線を送るとヴェルドが駆け寄ってくる。

 

「おー ヴェルド! 無事だったんだな!」

「フォース!!! 避けろォ!!!!」

「えっ!!? うおっ!!!?」

 

ヴェルドの言葉に反応した直後にフォースの鼻先を影魔人(カゲマジン)の蹴りが襲った。

フォースはかろうじて身を引いて襲ってくる爪先を避ける。

 

「フォース 時間はねぇからケツから話すぞ。

ハッシュも無事だ。今向こうでパチモン勇者とドンパチやってるよ。

お前も分かった情報を簡潔に話せ!!」

「わ、分かった。

まず俺の予想通り ここの裏切りモンはやっぱりあの署長だった。それでヤツは 毒を作って操る系の贈物(ギフト)を持ってる。

それから、ヤツは今ここにいる囚人を全部バケモンに変えるつもりで動いてやがる!!」

「!! そうか…………!!」

 

「ああ。 それももう一つ

そいつから逃げる時に俺の中の解呪(ヒーリング)っつー力を半分使っちまった…………!!!」

「!!」

 

ヴェルドはその一言で直ぐにもうアルカロックに居るチョーマジンを全て解呪(ヒーリング)する方法が無いことを理解した。

 

「そうか。ならもう俺達に出来るのはその署長(裏切りモン)をぶっ倒すしかねぇってわけか!!!」

「…………簡単に言ってくれるな? ヴェルド・ラゴ・テンペスト。」

『!!!?』

 

フォースが通ってきた階段の所にマーズが立っていた。

 

「や、野郎 こんなに早く…………!!!」

「そんな目で私を見るな。一度後ろのヤツを止めてやる。少し話そうじゃないか。」

「ふざけんな!!! 何が悲しくててめぇ見てぇなサイコ野郎と話さなきゃなんねぇんだ!!!!」

「ならばなぜ向かってこない?

その手で私の毒に触れるのが怖いのか?」

「!!!」

 

(………確かにさっきまでとは目付きがまるで違うな。あのオオガイやダルーバ見てぇなゲスな目をしてやがる…………!!)

 

「………言ったはずだぞ キュアフォース。

私はこのアルカロックの事は隅から隅まで知り尽くしている。そんな私と鬼ごっこで勝てると思うのか?」

「!!

…………俺が使った通路を通って来やがったのか…………!!!」

「そういう事だ。亀裂を入れずに天井を開けたのは意表を突かれたが、そこまでやるなら私を蹴落としたりせずに穴を塞いでおくべきだった。尤も 貴様にそんな芸当ができるとは思えんがな。」

 

フォースは武器を持たず、与えられた贈物(ギフト)も出来ることが多い訳では無い。マーズの言う通り開けた穴を塞ぐ術は持っていない。

 

「それから教えておいてやろう。私がどうやってこの地下1階まで上がってきたのかをな。」

「!!!」

 

フォースの目はマーズの右手が紫色に変色しているのを捕らえた。

 

「ふんっ!!!」 『うおっ!!!!』

 

マーズの右手から放たれた毒が流動する棒となってフォースとヴェルドの間を横切った。

通路を覆い尽くす毒の中をマーズが泳いで向かってくる。

 

「うりゃっ!!!」

ズドォ!!!!

「!!!!」

 

ヴェルドの腹をマーズの蹴りが貫いた。

そのまま足を振ってヴェルドの身体が吹き飛ぶ。

 

「ヴェルド!!!!」

「分かったか? 私はこの毒の中を自由に泳ぐ事が出来る。こうやってこの1階まで上がってきたのだ!!」

 

通路奥に飛ばされたヴェルドに向かって領主の影魔人(カゲマジン)が襲いかかる。

 

「て、テメェ………………!!!」

「さあ 続きと行こうじゃないか キュアフォース。 それともまたどこかへ逃げるか?

この床に穴を開けてネズミのように逃げ惑うのか?」

「!!! んな事やるわきゃねぇだろ。

ここで決着(カタ)ァつけてやるよ!!!!」

「良いだろう。 今度は毒も使ってやろう」

 

 

「署長ォ!!!!!」 『!!?』

 

フォースとマーズが向かい合った瞬間、通路に大声が響き渡った。

マーズが振り返ると、そこにはハルネンが立っていた。



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145 署長が見た希望! 明かされるマーズの過去!!

マーズが振り返るとそこにはハルネンが立っていた。

理由の分からない光景を見せられて一瞬思考が止まるが直ぐに結論を出す。

 

「………そうか ()()()か。

キュアフォース、貴様が小手調べの時にこっそりと紐を切っていたんだな!」

「そうだよ。今更気付くとは署長様も頭が足りねぇみたいだな!! (あれで小手調べだったのかよ! 俺あの毒で死ぬとこだったぞ…………!!)」

 

マーズが動こうとしない以上、今のフォースに出来ることは恐怖に押し潰されないように虚勢を張る事だけだ。

 

「署長、本当にあの裁判の事件も、この怪物騒ぎもあなたが犯人だったんですか!!?」

「ああそうだ。これを見てそうじゃないと思えるのか?」

「どうして!!!? どうしてこんな事を!!!?

ここは凶悪な犯罪者を()()()()()()()ための場所じゃないですか!!!

なのにどうして囚人を怪物に変えるような真似を!!!」

「くどい。そんな事を()()に話す必要など無い。」

「!!!」

 

今までと全く違うマーズの口調でハルネンの表情がどんどん青くなっていく。

 

「……このまま野放しにしておいたら面倒そうだな。どれ、」

(!!! やべぇ!!!!)

 

マーズの右手が紫色に染まり、そこから毒が発射される

その時間を使ってフォースは壁を蹴ってハルネンを抱えて飛んでくる毒の弾丸を回避した。

 

「!!」

 

「っぶねー!! 何とか間に合ったぜ………!!!」

「し、署長 本当に私を殺すつもりで…………!!!」

「おいあんた!! ここに居ちゃ命がいくつあっても足らねぇぜ!!!早く離れてこの事を伝えてくれ!!

『署長は裏切りモンだった』ってよ!!!」

「!! わ、分かりました!!!」

 

アルカロックの副署長としての使命を思い起こし、奥の通路に向かって走り出した。

しかしマーズは全く気にも留めずに立ち尽くしている。

 

「………何だ。止めなくて良いのか?

もしこのアルカロックの中の誰かが生き残ってこの事を外に漏らしたらよ、テメー一巻の終わりだぞ?」

「その心配はいらないな。

どうして私がこうも堂々と貴様らに正体を明かす事が出来たと思っている?」

「…………………… !!

……そーゆー事かよ。 テメーここで死のうってのか!!」

 

マーズは反応しない。しかしその表情が全てを語っていた。

 

「イカれてんのかよテメー あのヴェルダーズってヤツに殉ずるってのかよ?」

「イカれてる 貴様にはそう見えるか?」

「あ? 何笑ってんだよテメー」

 

マーズは口元を歪ませて余裕の表情をフォースに向けていた。それが不気味に感じる。

 

「……私がヴェルダーズ殿下に仕えようと思った理由の全てを教えてやる気は無いが、これだけは教えてやろう。

 

今のこの世界の秩序は無力に等しい。

ヴェルダーズ殿下が頂点に立つ事で初めて、世界は均衡を保ち始めるのだ。」

「???」

 

 

 

***

 

 

 

マーズ・ゼルノヴァ 46歳

かつての彼は純粋に正義感で職業を選ぶ少年だった。

最初は騎士団を目指していたが、10代半ばの時にその夢を【監獄刑務官】に変え、そしてその職に就いた。

アルカロックに配属されて15年以上が経ち、彼は副署長の座を手に入れる。

 

しかし、苦労がありながらも充実した人生を送っていた彼を悲劇が襲う。彼の友人の子供が突如として非業の死を遂げたのだ。

 

死因は刺殺 人気の無い路地で暴漢達に襲われ金品を奪われた上で殺されたのだ。しかし犯人グループは全員 町内の重役の家計であり、重役達は保身の為に金を積んで事件を揉み消し、結果として証拠不十分での不起訴となった。

 

マーズは息子の死を嘆く友人の姿を見せられ、そして痛感した。自分が全幅の信頼を置いていた【正義】とはどうしようもなく脆いものだったのだ と。

 

 

 

***

 

 

 

(………あの時の私はどうしようもなく絶望し、自分の道すら見失いかけていた。

そんな私の元に殿下は現れ、そして自分の理想を語ってくれた。私はその理想に希望を見いだした。

 

そして私はその希望を成就させる為に残りの人生を使うと決めた。あの御方の勝利に全てを賭けたのだ!!!

 

その為に魔王ギリスにも勇者ルベドにも女神ラジェルにも、そしてそいつらに加味する戦ウ乙女(プリキュア)共も全て始末する!!!)

 

「貴様らはヴェルダーズ殿下の悲願成就の贄となるのだ!!! この【この世の地獄】で屍を晒せ!!!!」

「グダグダグダグダうるせぇな!!!それで主君に忠誠誓う部下のつもりかよ!!

屍ならテメーが晒せよ!!ここで何人もバケモンに変えてきたテメーがよォ!!!!」

「あいつらを【人】と思うのか。随分お優しい事だな!!」

「そりゃどーも。こちとらついこの前まで里でヌクヌクさせて貰ってたもんでよ!!!」



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146 第2ラウンド開幕! 炸裂する龍の里の奥義!!!

「………言っておくがこれから起きる事を()()だなんて思うなよ?これは貴様が経験してきた【試合】などでは無い。私はヴェルダーズ殿下の悲願成就の為にあらゆる手を使って貴様を始末する!!!」

「だからグダグダうるせぇっつってんだよ!!!

俺ァ自分の気持ち一つでここに来てんだ。どんな目に遭ったって文句ァ言わねぇよ!!!」

「………それを聞いて安心したぞ。

ならば全力を出せるというものだ。」

 

その言葉の直後、マーズの両手の皮膚が紫色に変色し始めた。しかし先程とは違い、液体状の毒は分泌されていない。

 

「《毒手(フェル・フィスト)》だ。」

「そいつで毒を節約しようってハラか。」

 

マーズの毒は両手の細胞を埋め尽くす程度に留まり、液体状に分泌はされていない。しかしフォースは直感的に肉体があの手に触れれば終わるという事を理解していた。

 

「節約なんてみみっちい真似するならよ、こっちにも考えがあるぜ?」

 

そう言うとフォースはフェデスタルを装着したグローブを両手の拳にはめた。彼女なりのマーズの毒への対策だ。

(あの毒がヴェルダーズってやつから与えられてるモンなら、グローブに解呪(ヒーリング)を纏ってりゃ何とか防げる筈だ。)

 

「……待っててくれんのか。お優しいのはお互い様のようだな! (どーせ下からバケモンが来るための時間稼ぎのつもりだろ!)」

「私も貴様も少々喋り過ぎた。そろそろ始めるとしよう。」

 

マーズの言葉に反応するようにフォースも拳を構えて体勢を前方に傾ける。

 

(殊勝なこった。 だがな、俺ァテメェと殴り合いがしてぇ訳じゃねぇんだよ!!!)

 

マーズが毒の拳を構えて体勢が後ろに傾き()()()瞬間を見計らって全力で地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰めた。

 

「!!!? 何ッ!!!?」

(懐に潜りこみゃァそんな毒屁でもねぇ!!

この一発で永眠(ねむ)りやがれ!!!!)

 

フォースの両の拳の空間が捻れて周囲の空気が拳に纏わり付く。

 

(解呪(ヒーリング)の技か!!? いや、違う!!!)

「ジジィ 奥義(わざ)ァ借りるぜ!!!!」

 

双龍咆哮(そうりゅうほうこう)》!!!!!

「!!!!!」

 

マーズの腹筋にフォースの拳が突き刺さり、拳に溜め込まれた空気が体内で炸裂した。

その巨体が軽々と吹き飛び、地面に叩き付けられる。

 

双龍咆哮(そうりゅうほうこう)

リュウ・シャオレンが里を出て贈物(ギフト)に対抗する術を探っていく中で編み出した奥義

その強さは絶大であり、勇者ルベドのパーティーと魔王軍の戦いの中でギリスに対しても使われたと言われている。

 

━━━━━━━━━しかし、フォースの拳に伝わってきた感触は奇妙なものであった。

 

(………………………!!??

……………何だ 今の感触は!!?

俺は何を殴ったンだ!!? 何を殴ら()()()ンだ!!!?)

「!!!」

 

フォースの目の前でマーズが震えながらも立ち上がっていた。

 

「…………………………カハッ!!」 「!!!」

 

マーズの口から一筋の血が垂れている。

 

(…………血ぃ吐いただけで済んだだと!!?

!!!)

 

フォースの目はマーズの服の鳩尾の部分から(紫色の液体)が染み出しているのを確認した。

 

「…………そーゆー事かよ このペテン師が………!!!」

「ペテン師はどちらか分からないな。

尤も、不意打ちを卑怯と罵る気などさらさら無いが……………」

 

フォースの出した結論は、マーズは腹筋の部分にゲル状の毒を作り出し、それをクッションにしてフォースの拳の衝撃を受け流した

というものであった。

 

(参ったな。毒のゲル状の特徴(トコ)だけを利用してくるとは思わなかったぜ…………。

どうしたもんか、今の一発で首取れなかったのはヤベェぜ…………………)

「!」

 

フォースの懐の通話結晶が光っている。しかし戦闘中のこの状況ではとても通話に出る事などできそうにない。

 

(ヴェルドは今 ボンボンの奴とヤってる筈だから、ハッシュが掛けてきてんのか。

でもあいつも俺がヤってる最中だって分かってる筈だよな? だったらなんで)

「どうした?お仲間からの通話だろう?取ればいいじゃないか。」 「!!」

「それに、内容は()()()()()()()()。」 「はァ??」

 

自分とマーズの距離を鑑みて、いつでも逃げ出せる状態を作った上で通話に出た。

 

『フォース!? 僕だ ハッシュだよ!!』

「ハッシュ!? お前なんだよこんな忙しい時によ!!こっちも戦闘中だってくらいサルでも分かんだろ!!!」

『そんな事言ってる場合じゃないんだ!!

君は署長が裏切り者だって考えてたけど、その推理は間違いだ!!!

裏切り者は()()()だったんだ!!!!』

「はァッッ!!!!?」



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147 告げられた事実! 裏切り者は二人いる?!

「はァッッ!!!!? 刑務官が裏切りモンだァ!!!?

こんな時に何言ってんだお前!!!」

 

突拍子も無い事を言われたフォースは勢いそのままに怒声を上げたが、結晶から返事が来る事は無かった。

ハッシュは必要最低限の事だけを伝えて直ぐに通話を切ったのだ。

 

「!!!」

 

結晶を懐にしまって前方を見ると、マーズの表情がフォースを嘲ていた。その要素一つで全ての結論に辿り着く。

 

「……そういう事かよ イイ趣味してんな()()()()!!!」

「もうわざわざ言う必要も無いらしいな。」

 

(裏切りモンは二人(以上居る)!!

この署長が監獄の中だの裁判だので犯罪者をバケモンに変えてそのミノに隠れて活動してたヤツがいる!!!そいつが今ハッシュに襲いかかってんのか……………!!!

だったら!!!!)

 

マーズの呼吸に合わせて地面を蹴り、一気に距離を詰めた。

左脚の上段蹴りでマーズの顎を狙う。

 

(一旦こいつの意識を断ち切ってハッシュの所に行くっきゃねェッ!!!)

「!!!!」

 

足の甲がマーズの顎に直撃する寸前、フォースの背筋が凍り付いた。咄嗟に身体を後ろに引いて蹴りをずらす。

 

「…………………!!!!」

「どうした?この局面で空振りでもしたのか?

それとも、私の毒がそんなに怖いのか?」

「!!!」

 

マーズの発言がフォースの心に突き刺さるが、すぐに理性でそれを封じ込んだ。これが彼の挑発であるとこは手に取るように分かる。

 

(今 あいつの顎に感じたイヤな気配

間違いねぇ。俺の脚が当たる瞬間に毒を出して脚を奪おうってハラだった。)

 

冷静になって考えるのは、マーズの攻略法である。

 

(あいつの言う事ァハッタリじゃねぇ。たとえ毒を何とかできたとしてもあの格闘術を何とかしねぇと俺の渾身を打ち込めねぇ。

それにモタモタしてたらあっという間にバケモン共が押し寄せてきちまう!!)

 

「……どうした 来ないのか?

もたもたしていたらチョーマジンが大量にここに来る事になるぞ?」

「んな安っぽい誘いにゃ乗らねぇよ!

()()()()にいたヤツらがそんなすぐにここまで上がってこれる訳ねぇだろ!!!」

「……確かに短時間でこのアルカロックを駆け上がるのは容易ではない。 だが、」「?」

 

地下一階(ここ)にいる囚人なら話は別じゃないか?」「!!!?」

 

直後、フォースの両端の()()()()壁から悲鳴が大量に聞こえ始め、そして大量のチョーマジンがぞろぞろと出てきた。

 

「!!!? な、なんだこりゃ…………!!!!」

「貴様の最大のミスは、このアルカロックの内装を()()()把握していなかったという事だ。ここが牢のない通路だという【確証】が一体どこにあったというのだ?」

「………………!!!!」

 

通路の壁が歪み、そしてそこに大量の牢屋が現れた。先程のチョーマジンによって格子には大穴が空いている。

 

「………テメー…………!!!!

どこまで悪ぃ趣味持ってやがんだ……………!!!」

「申し訳ないな。殿下の為ならいくらでも非情になると誓ったものでな。」

 

フォースが頭の中で出した結論は

マーズは自分を両端に牢屋のある場所へと誘い込んで幻覚魔法を使ってそこを何も無い通路に見せ掛けて、牢屋の中の囚人を一斉にチョーマジンに変えた という物であった。

 

「しかし私は言った筈だぞ?どんな事が起こってもそれを卑怯と罵るな とな。」

「……………ヂィッ!!!」

(………こうなる事を見越して保険掛けてやがったのかよ……………!!!)

 

フォースとマーズの周りを大量のチョーマジンが囲んだ。

 

「まぁついこの前までルールに守られた試合しか経験してこなかった女に強要するというのも酷な話だがな。」

「そんなもんは里を出た時とっくに捨てたよ!!!」

 

「……小娘風情があまり虚勢を張るんじゃないぞ?頼みの綱である解呪(ヒーリング)使()()()()()身体で何が出来る?」

「!!」

 

その言葉でフォースはある事を思い出し、そして心の中で口元を緩ませた。

 

(そうだ そうだよ!!

こいつにゃまだ知らねぇ俺にとっての有利(爆アド)があるじゃねぇか!!!

 

やるっきゃねぇ!!こいつを上手くやりゃァこの状況を抜けれるかも知れねぇ!!!)

 

「少しばかり話しすぎたな。

ヴェルダーズ殿下の悲願成就の為に散るがいい!!! 戦ウ乙女(プリキュア)!!!!」

「!!!」

 

マーズが手を振り下ろし、それを合図に周囲を陣取っていたチョーマジンが一斉にフォースに襲いかかった。

 

(来やがった!!!

チャンスは一度しか無ぇ!!!)

 

全員が射程に入った瞬間を見計らって両手を振り上げる。

 

「 ここだ!!!! 《解呪(ヒーリング)》!!!!!」

「!!!!?」



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148 窮地に陥るハッシュ!? 裏切りの刑務官 ギンズ現る!!!

解呪(ヒーリング)》の名前を叫んで天井へと挙げた両拳にエネルギーを溜め込む。

 

「《プリキュア・フォースイグニッション》!!!!!」

「!!!!?」

 

解呪(ヒーリング)のエネルギーを溜め込んだ拳を地面に撃ち込み、周囲にエネルギーを爆発させた。

光を乗せた爆風はフォースを取り囲むチョーマジン達を飲み込んでその姿を元の囚人へと戻す。マーズは咄嗟に身体を毒で覆ってやり過ごした。

 

「…………フ、フォース 貴様………………………!!!

 

!!!!?」

 

まだ力を残していた事に驚く暇も無くマーズの腹部に衝撃が襲いかかった。

 

(タ、タックルだと!!? こいつ、どこにこんな力が…………!!!)

「こんなんでぶっ倒れる程ヤワな鍛え方はしてねぇんだよ!!! もう少しだけ付き合って貰うぜ!!!!」

 

解呪(ヒーリング)を使い果たした身体に鞭を打ってマーズに突進し続ける。彼女の目的地は一つだけだ。

 

ガァン!!! 「!!?」

 

マーズの背中が金属製の細い物に激突した。

背後を見て、ここが下の階に通じる鉄柵であるという事を理解する。

 

「このまま下まで落っことしてやるぜ!!!!

オルァああああああああぁぁぁ!!!!!」

「!!!」

 

フォースの全力の突進に耐えかねた鉄柵が折れ、マーズの身体は下層へと投げ出された。

 

(甘い!! 毒を触手にして捕まればどうという事も)

「そうは問屋が卸さねぇよ バカヤロー!!!」

「!!!」

 

マーズの触手が掴もうと狙っていた箇所をフォースが蹴りで崩した。命綱を失ったマーズの身体は今度こそ地下深くへと投げ出される。

 

「てめぇはさっき俺がここの内装を()()()把握しちゃいねぇって言ったけどよォ 要所要所ならちゃんと把握してんだぜ!!

そこは俺が四階から一番下まで真っ逆さまに落ちた場所だ!!!

 

………………グッ!!」

 

既に地下深くに沈んだマーズに対して精一杯のセリフを吐き、膝を着いた。

既に身体の中の殆どの解呪(ヒーリング)を使い切ってしまったが、それでも動けるだけの体力は残している。体力を使い果たして戦闘不能になるなどという愚は龍の里で嫌という程味わった。

 

悲鳴を上げそうな身体に鞭を打ってハッシュがいるであろう方向へと歩を進める。

 

「は、早くハッシュのとこに行かねぇとよォ……!!! まぁあいつが追い詰められるなんてそうそうねぇと思うがな……………」

 

 

 

***

 

 

 

ガァン!!!! 「!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の拳がハッシュの腕を捉えた。筋力に任せた拳はその身体を軽々と吹き飛ばす。

 

「ははははははは!!! ざまぁねぇ!!!

星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長様がこんなにボロボロになるなんてよォ!!!!

まぁそれもこの軍勢相手ならしょうがねぇかもなぁ!!!」

 

下卑た笑顔を向けてハッシュを嘲笑っているのは(形式上)アルカロックの刑務官を務める男

名前を【ギンズ・ヴィクトリアーノ (28)】という。彼の周りには大量のチョーマジン そして影魔人(カゲマジン)も複数体陣取っている。

 

「しっかしオレ達も舐められたものだよなぁ!?

こんな囚人(チョーマジンの種)の巣窟をたった三人で攻略出来るって思われるなんてよォ!!!」「!!!」

 

ヴェルダーズの配下の一人としてアルカロックの内部で暗躍していたギンズ 彼は究極贈物(アルティメットギフト)を持つ器でこそなかったが、ヴェルダーズの組織において重要な役割を担っている。

彼の持つ贈物(ギフト)特上贈物(エクストラギフト)に分類される《色眼鏡(ジャッジング)》。

効果は人間や生物を見ることで、それがチョーマジンになった時どれほどの強さとなるか、また影魔人(カゲマジン)になる可能性を持っているかどうかを把握出来る という物である。

 

「ところで隊長さんよ、『捨てる神あれば拾う神あり』って言葉 あれはホントだよな!!?」

「?!」

「だってよ、こんな臭ぇ豚箱の中にぶち込まれるしか能が無かったクズ共も、こうやってバケモンになってちゃんとオレ達の役に立ってるんだからよ!!!

テメーが一番良く知ってるはずだろ!!?

ユージンが! エドギアが! ここにいる奴らがどんな事をしてきたかをよォ!!世間上では事故死にされてしれっと死刑になるのがどういう事なのかをよォ!!!」

 

ハッシュは彼の罵詈雑言を戦ウ乙女(プリキュア)としてでは無く一人の軍人として聞いていた。星聖騎士団(クルセイダーズ)の一員として彼等の悪辣さを一番見てきたのは他でもない自分だ。

 

「言うまでも無ぇと思うけどよォこの状況でテメーが生き残る方法は一つだけだ。

この場にいる囚人(バケモン)全員殺す事だけだぜ!!!!」



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149 助太刀するフォース! 戦ウ乙女(プリキュア)VS刑務官 勃発!!

ギンズ・ヴィクトリアーノ 28歳 アルカロック刑務官

彼の産まれは偶然か否か エドギアの祖父が領主として統治する国領であり、そのために彼は物心ついた時から領主の圧政に苦しめられていた。

そしてそんな生活が十数年経った後、ギンズは国領を出てアルカロックの懲罰房を担当する刑務官となった。謂れの無い圧政に苦しめ続けられた彼の中には既に《罪と人とを同時に憎む》という性根が植え付けられており、懲罰房行きとなった囚人を必要以上に差別し虐めるという問題行動を起こすようになった。

しかし彼が囚人達に暴力を以て口止めした為にこの事が明るみに出る事は無かった。

 

 

そして二年前、懲罰房を見回っていた彼は署長であるマーズが囚人をチョーマジンに変えている所を目撃する。結果的にこの一件が彼の運命を大きく分けた。

無論 ヴェルダーズはマーズに口封じを指示するが、ギンズの素性と性根 そして問題行動を人知れず知っていたマーズはギンズに自分たちの仲間になる事を提案する。マーズの行動原理とヴェルダーズの理想とする世界に希望を見出したギンズもまた嬉々として差し伸べられた手を取った。

 

そしてヴェルダーズから贈物(ギフト)を与えられた彼はマーズの陰で懲罰房行きの囚人を時々チョーマジンに変えて彼に貢献し、組織の中で一定の地位を築き上げたのである。

 

 

 

***

 

 

 

「俺は優しいからもう一回言ってやるぜ!?

テメーがこの状況を打開するにはよ、ここにいる囚人(チョーマジン)全員倒すしか方法はねぇ!!!ここで助けてもどーせ直ぐに死刑になるような連中ばかりだ!!!テメーがそれを知らねぇ筈は無ぇだろ!!!?」

「………………………!!!」

 

ハッシュ そして星聖騎士団(クルセイダーズ)の全員に持たされた固有贈物(ユニークギフト)罪之告白(エンマチョウ)

人を見るとその人物が過去にどんな悪行をやってきたかが分かる能力である。ハッシュの目が捉えたチョーマジンの素体である囚人達も大量の悪行をやって来た情報が写り、その中には死刑が下るであろう囚人も一人や二人では効かない。

 

ギンズの言っている事は間違ってはいない。ハッシュも星聖騎士団(クルセイダーズ)の一員として理屈ではそれを理解していた。

しかし今の彼はそれのみに在らず 厄災ヴェルダーズの魔の手から世界を守る戦ウ乙女(プリキュア)の一員でもある。なればこそたとえ凶悪犯であろうとも助けない道理はない。その想いがギンズの言葉を真っ向から否定した。

 

「……………応答無し。自分の思いに殉じようってハラか。 ご立派なこったなァ!!!!!」

「ハッシューーーーーーーーーーーーー!!!!!」

『!!!!?』

 

ギンズがチョーマジン達に止めの指示を出そうとした瞬間、通路奥の暗闇からフォースの声が響き渡り、その場にいた全員の注意を集めた。直後、フォースがその姿を現す。

 

「大丈夫か ハッシュ!?助けに来たぜ!!」

「フォースこそ無事で良かった。

もう一人(マーズ)は?裏切り者は二人いたんでしょ?」

「ああ。あの単細胞なら上手いこと嵌めて落っことしてやったぜ!しばらく上がってはこれねぇよ。 それよりもよ、」

 

フォースは視線をハッシュから目の前の()()()な光景へと向けた。大量のチョーマジン そして影魔人(カゲマジン)も複数体居るという状況は決して安心できるものでは無い。

 

「……ハッシュが言ってた裏切りモンの刑務官ってのはテメェなんだな?」

「そうさ。 ここまでご苦労だったなァ 戦ウ乙女(プリキュア)

一つ言っておくけどよ、署長に一杯食わせたくらいでイキリ散らしてるようならすぐにしっぽ巻いて逃げだ方がいいぜ。」

 

「イキリ散らしてんのはテメェだろ!!!

数でマウント取ってるだけの三下の癖してよォ!!!!」

 

ギンズの隙を付いて彼との距離を詰め、首筋を狙って蹴りを振り下ろす。

 

 

ヒュカッ!!! 「!!?」

 

しかしフォースの蹴りは空を切った。ギンズは状態を反らせて蹴りを躱したのだ。

 

「誰が三下だって? え?

オラッ!!!」

「!!!」

 

フォースの顎を狙って飛んできた掌底突きを間一髪で躱す。そのまま距離を置くが、この攻防だけでフォースは理解した。

 

「人を見掛けで判断するのはナンセンスだぜ? お嬢ちゃんよォ。」

「 ヘッ! こんな俺をお嬢ちゃん呼ばわりしてくれんのか ありがてぇこったな!! (アイツ 下っ端のクズ見てぇななりしてちゃんと()けんのかよ! 始末の悪ぃ野郎だ…………!!)」

 

ギンズが新株でありながら組織の中で一定の地位を築いているのはひとえにその実力故である。フォースもその事を一瞬で悟った。

 

 

 

***

 

 

フォースの攻撃をいなす最中、ギンズの耳はマーズからの報告を聞いていた。

 

『ギンズ 私だ マーズだ。

報告する。戦ウ乙女(プリキュア) キュアフォース 並びにその関係者三名を確実に始末するためにこれより地下七階にて()()()を発動する準備に取り掛かる。

チョーマジンを有効に使って出来る限り時間を稼げ。繰り返す 時間を稼げ━━━━━━━━』



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150 囚人達を救う鍵! 解呪(ヒーリング)の銃を撃て!!

フォースとハッシュの二人を目の前にして尚 ギンズは周囲に陣取らせた影魔人(カゲマジン)達を動かそうとしなかった。

それは慢心からではなく戦ウ乙女(プリキュア)の実力を警戒し、そしてマーズの『時間を稼ぐ』という命令を遂行する為の作戦だ。

 

そしてギンズにはもう一つ 勝利を確信する要素があった。

 

(………署長が言ってた事が正しいなら、フォースのやつはもう二回も必殺技を使って解呪(ヒーリング)の力はもうスッカラカンの筈だ。

ハッシュ隊長も力は強ぇがそれだけじゃチョーマジンを元に戻す事は出来ねぇ。

 

媒体(トリガー)のドラゴンは影魔人(カゲマジン)が足止めしてる。

ここで俺が粘れれば全て上手く行きそうだな…………。

ウッシ!!)

 

『!!?』

 

ギンズは指を輪の形にして口元に当てた。そして下卑た笑みを二人に向ける。

 

「何やってんだ あいつ!?」

「気を付けて!! 何かしてくる!!!」

 

ギンズは肺に大きく息を吸い込んで吐き出し、けたたましい音を響かせた。その音を合図にしてチョーマジンの大群が二人を囲む。

 

何が起こったのか理解した時には既に二人は背中合わせになって互いの背後を防御していた。

 

『フォース!! まだ動ける!?』

『あたぼうよ!!! 体力が切れたなら気力で動けってジジィのジジィの代から言われてんだよ!!!』

 

二人を囲むチョーマジン達の円陣の直径がどんどんと狭まっていく。射程範囲に入った瞬間、力強く地面を踏み締める音が監獄に轟いた━━━━━━━━━━━━

 

 

「銃撃用意!!!! 撃てぇ!!!!!」

『!!!!?』

 

監獄に響き渡った声の方向に視線を向けるとキリュウが大勢の刑務官を引き連れていた。刑務官達は全員 銃口を向けている。

 

「キ、キリュウ看守長!!?」

「ハッシュ隊長!! 微力ながらも助太刀に来やしたぜ!!! 第一陣 撃て!!!」

「ま、待って下さい!!!」 「!?」

 

チョーマジンが壁となってキリュウ達の様子は分からないが、彼等が囚人(チョーマジン)を銃殺しようとしている事は間違いなかった。

 

『フォース、あの刑務官は看守長に気を取られてる。隙をついて突破するよ!!』

『おうよ!!!』

 

チョーマジンの体勢が傾いた瞬間を狙って、フォースとハッシュはキリュウの声がする方向に地面を蹴った。

 

「やるよ フォース!!!!」 「おう!!!!」

 

拳闘之王(ヘラクレス)》と《武将之神(スサノオ)》を発動し拳に集中させ、行く手を阻むチョーマジンの大群目掛けて撃ち込む。

その衝撃だけで大群は軽々と吹き飛び、キリュウ達に通じる一本のトンネルが開通した。

一瞬で閉じてしまうであろうそのトンネルを脚に力を込めて蹴り出す事で閉じる前に通り抜け、二人はキリュウ達の元へと着いた。

 

「キリュウ看守長!!!」 「!!!」

「今から僕が話す事は全て事実です 驚かないで聞いて下さい!

それから協力して欲しい事があります!聞いてくれますか!?」

「わ、分かりやした!!!」

 

 

 

***

 

 

 

ハッシュはキリュウに背を向け、ギンズ達にプレッシャーを与える状態でマーズとギンズが裏切り者であり、囚人も怪物に変えた張本人であるという事を手短に伝えた。

 

『………そいつァ本当なんですね?』

『はい。 それから まだ発砲しないでください。その銃を使ってあの怪物達を元の囚人に戻す方法があります。』

 

そんな方法があるのか と言いたげに視線を向けるフォースにも一瞥を送り、ハッシュは口を開いた。

 

『ルベド総隊長から怪物を元の姿に戻す力を預かっています。それを今から刑務官達の銃に送ります。』

 

 

 

***

 

 

 

アルカロックに潜入する数日前にハッシュはルベドに呼び出されていた。

そしてルベドは『フォースの解呪(ヒーリング)が無くなった時のために他の三人から解呪(ヒーリング)を受け取って身体に貯めておく』と 提案した。

ハッシュはこの力を自分だけが使うのではなく刑務官達の武器に与える方が効率的だと判断したのだ。それは解呪(ヒーリング)を受け取った蛍達他の戦ウ乙女(プリキュア)とギリスにのみ伝えている。

 

 

 

***

 

 

 

『マジか………… 解呪(ヒーリング)ってそんな使い方が出来んのかよ…………!!

ってか、なんで俺には教えてくれなかったんだよ!』

『総隊長から『あの娘は嘘が苦手そうだからボロが出ないように』って口止めされてたんだよ。』 『!!』

 

フォースは返答の言葉に詰まった。素の自分を隠して普通の星聖騎士団(クルセイダーズ)所属の少女を演じるだけで精一杯だったのにその上秘密を隠すとなれば口が滑っていた可能性は否定できない。

 

『ハッシュ隊長、兎に角は今 銃を撃って当たればアイツらは元の囚人に戻るって事で良いんですかい?』

『はい。もう既に最前列の刑務官達の銃に付与しました。タイミングはギンズが怪物を繰り出そうとした瞬間です。』

 

 

ギンズはいずれ 痺れを切らしてチョーマジン達をぶつけて来る筈と踏んで、その瞬間を慎重に伺う。そしてハッシュの目は最前列のチョーマジンが体勢を傾ける光景を捕らえた。

 

『今です!!! 撃って下さい!!!』

「銃撃用意!!! 撃てぇ!!!!!」

 

キリュウの声を合図にして刑務官達が引き金を引き、解呪(ヒーリング)を付与した弾丸がチョーマジンに襲いかかる━━━━━━━━━━

 

 

ボガァン!!!! 『!!!!?』

 

━━━前に刑務官達の銃が炎を上げて爆発した。それに連鎖するように後方の銃も暴発していく。

 

「何だ!!? 一体何が━━━━━━━━

!!!」

 

フォースの目は信じられない光景を捉えた。

刑務官の手から零れ落ちた銃の金属部分が紫色に変色して腐っていたのだ。

 

「こ、こいつァ毒だ!!!

銃が()()腐ってやがる!!!!」



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151 緊急事態発生!! 監獄を喰らい尽くす悪魔!!!

チョーマジン達を倒せる最後の希望である刑務官達の銃が突如として爆発した。

その光景は当時のフォースにはまるでどこか遠い所で起こっているかのように実感が持てずにいた。

 

「どういうこった!? 一丁二丁ならともかくこんなに沢山一度に壊れるなんてある訳が

 

!!」

 

キリュウは懐で光った結晶を手に取った。

 

「こちら看守長 キリュウ!! 何があった!?」

『こ、こちらアルカロック地下三階 ご報告します キリュウ看守長。

我々の銃が、一斉に謎の爆発に見舞われました!!!!』

「何ィ!!!?」

 

唐突な報告に驚いたのも束の間、結晶が新しい通信を受け取る。

 

『こちら地下五階!!! 我々の銃が突如として爆発し装備を失って混乱しております!!!!』 「!!!」

 

その後もキリュウの持つ結晶からは刑務官達の銃が一斉に爆発した という報告がなり続けた。

その最中でもギンズは淡々とその様子を見つめている。

 

「そんな馬鹿な!! 一体全体何が起きてるってんだ!!!」

「看守長! こいつァ()ッスよ!!!」 「!?」

「[[rb:究極贈物>アルティメットギフト]]って聞いた事あるでしょ? マーズは毒を操る能力を持ってて、それでその毒を銃に仕込んでたんスよ!!!」

「んな筈はありゃあせん!! このアルカロックにある銃は毎朝点検して刑務官に渡してんですよ!!一体いつ毒なんて仕込むことが出来たっていうんですか!!?」

 

()()()だよ。」 「!!!?」

 

今までフォース達を静観していたギンズが笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「『解呪(ヒーリング)を他の三人の戦ウ乙女(プリキュア)から貰ってそれを刑務官達の銃に与えて味方に引き入れる』

そういう作戦を()()()んだけどよォ?」

『!!!!?』

 

ギンズの口からはハッシュが立てた作戦が淡々と流れた。それは他でもない情報漏洩を意味していた。

 

(さ、作戦が漏れてるだと!!!?

星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部は鉄壁じゃ無かったよかよ!!!)

 

世界の秩序を守る組織である星聖騎士団(クルセイダーズ)はその本部も勿論外部の侵入を許す事は無く、だからこそ安心して作戦を立てることが出来たのだ。

 

フォースがハッシュの方に目をやると、ハッシュも『信じられない』というような表情を浮かべていた。自分達の中で一番聖騎士団に関わってきたのはその組織に属する唯一の人間だからだ。

 

(あの時本部に忍び込んでる奴がいたのか………)

「なぁハッシュ隊長、お前はもう()()考えてるんじゃないか?

『自分達の中に内通者(スパイ)が居るんじゃないか』ってよォ〜、お前も()()だったんだからよォ!!!」

「!!!!!」

 

フォースの瞳孔が見開かれた。そしてハッシュの表情も動揺している。

ハッシュがユージンやエドギアの組織に潜入調査した事は紛れも無いスパイ行為だ。

 

「おい!! そりゃどういう事だ テメェ!!!」

「おっといけねぇ。ついつい喋りすぎちまった。後で殿下にどやされちまうぜ。」

 

ちっとも恐れる様子もなく高笑いを浮かべながら言葉を連ねる。その様子はフォースの言葉で言う 正に『腰巾着』だ。

 

「じゃあ戦ウ乙女(プリキュア)さん達、俺はそろそろ失礼するぜ。十分時間は稼げたからよ。」

「!! ま、待ちやがれ!!!」

「ああ。 そういえばキュアフォース、お前は俺を『下っ端』とか『腰巾着』見てぇな扱いしてくれたがそりゃ必要だぜ?

主人の目的を果たすためにはよォ!!!」

 

瞬間、ギンズは身を翻し、柵を飛び越えて下の階に落下した。

 

「に、逃がすな!! 追え!!!」

 

刑務官の一人が檄を飛ばし、それに乗じて数人の刑務官達がチョーマジンを躱そうとしながらギンズの後を追おうと駆け出した。

 

「!! お前ら待て!! 何かやべぇ!!!」

 

ギンズの異様な行動に嫌な予感を覚えたフォースは刑務官達を制止する。その直後、その《嫌な事》は起こった。

 

「うわぁッ!!!!」 「!!!!?」

 

柵の下から濃い赤紫色の毒が巨大な噴水となって刑務官達を吹き飛ばしながらアルカロックを突き上げた。

 

 

「…………ギンズ、良くやってくれた。もう十分だ。 後は私に任せろ。」

「!!! マーズ!!!」

 

必要以上に高いアルカロックの天井を覆い尽くす程の毒の塊の上部からマーズが姿を現した。

そして巨大な毒の塊がどんどんと溶けながら姿を変え、髑髏の顔と巨大な両腕を持った化け物へと変貌した。

 

戦ウ乙女(プリキュア)よ、これが私の奥の手 名を《猛毒之魔王(ベルビュート・サタン)》という!!!

このアルカロック諸共 貴様らを打ち破ってくれる!!!!」 「!!!!」

 

先程の《毒之巨腕(クロロ・ヒガンテス)》を遥かに上回る大きさの猛毒の塊がフォース達目掛けて襲いかかった。



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152 信頼を断ち切る攻撃!! マーズの第二の奥の手!!

「私の力の前に散れ!!! 戦ウ乙女(プリキュア)!!!!!」「!!!」

 

猛毒の塊が巨大な両腕となってフォースとハッシュに襲いかかった━━━━━━━━━━━━

 

 

「魔法班!!! 防御!!!!」 『!!!?』

 

フォースとハッシュの前に複数人の刑務官が立ち、魔力の壁を展開してマーズの毒を防御した。しかしものの数秒で障壁にヒビが入るほど強力な毒が次々に撃ち込まれる。

 

ハッシュの注意は防御を指示したキリュウに向いていた。

 

「キリュウ看守長!!!」

()()の攻撃は我々で防御しやす!!

隊長達は体勢を立て直して下せェ!!!」

「!!」

 

キリュウはマーズを敵として扱って尚 その目は座っていた。

 

「か、看守長!!?」

「お前ぇ等に告ぐ!!! 俺達が慕っていたアルカロックの署長 マーズ・ゼルノヴァはもう()()()!!!

()()()は囚人を平気でバケモンに変える性根の人でなしだ!!! 隙を見せたら一瞬で毒に侵されると思え!!!!」 『!!!!』

 

キリュウの一喝で刑務官達の動揺が一瞬で鎮まり帰った。そしてその表情が固いものになっていく。

 

「…………()()だな。

折角何年もかけてお前達の信頼を得てきたというのに 水の泡か。」「!!!」

 

マーズは涼しい顔でキリュウ達が心を鬼にした事を一蹴した。

 

 

「テメー 俺達の前で『信頼』を嗤うたァ

くたばる覚悟が出来てるようだな……………!!!!」

「その必要があるのは貴様らの方だぞ?

この脆い障壁もあと一息で壊せそうだ

 

『!!!?』」

 

猛毒が押し寄せる通路に()()が高速で飛んできた。

 

「ヴェ、ヴェルド!!!」

「フォース!! なんか厄介な事になっちまった!!

さっきまでドンパチやってたボンボンが

 

 

うおぁっ!!!? なんだこりゃ!!!!?」

 

ヴェルドは目の前の《猛毒之魔王(ベルゼビュート・サタン)》に動揺を示した。

 

「ああ。ケツから言うとだな、マーズのヤツが本気出して来やがった!!!

今は刑務官が何とか持ち堪えてる!!!」

「そ、そうか!!」

「んでお前は? そっちの話は何だ?」

「なんかさっきまであの領主のボンボンと闘ってたんだがよ、どういう訳かそいつがいきなり尻尾巻いて逃げ出しやがったんだよ!」

「何!?」

「それだけじゃねぇぜ!! ここに来るまでにチョーマジンが皆下に向かって走ってったんだ。そいつらに構ってる暇は無ェからほっといてここまで来たぜ。

ってかそれよりあの刑務官だぜ!! 押し切られそうになってるなら何とかしねぇとよ!!!」

「それが出来るならとっくにやってんだよ!!

あの毒に一滴でも触れたら一瞬でもオダブツなんだ!!体勢を立て直して何とかする方法を考えてんだよ!!!」

 

フォースは一呼吸つけてからギンズの事を説明する準備に入った。

 

「それから大変な事を言うとだな、裏切りモンはもう一人居たんだ。」 「!!??」

署長(マーズ)の陰に隠れて囚人をバケモンに変えてた刑務官が居たんだよ!!!」

「マジかよ……………

ってかお前がその面で冗談なんか言うわきゃねぇよな…………!!」

「ああ。 ってかどういう事なんだよ チョーマジンが皆下に降りて行っちまったってよ!!

世界取りてぇなら(シャバ)に出るだろ普通!!!」

「んな事俺が知るかよ!!現に下に降りてったんだから

「おい!!!! なんだあれは!!!!?」

「!!!!?」

 

刑務官の叫び声に視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「な、なんだありゃあ………………!!!!」

「フフ。まんまと策に嵌ってくれたな。

今までダラダラと攻撃していたのは全てこの時の為だ!!!」

 

マーズ 操る毒の巨人の両肩には大量のチョーマジンが陣取っていた。それこそこの監獄内の全ての囚人が集まってきたと言われても納得出来る程の数だった。

そしてフォースの目は最前列に影魔人(カゲマジン)が立っている事も確認した。

 

「………あのヤロー…………!!!

この期に及んでまだてめぇの手で戦う気がねぇってのかよ!!!

そんなに毒をドバドバ出してんだからそんな雁首揃えてねぇでお前が掛かって来いよ!!!」

「………フン。下らないな。この私が貴様のような小娘の挑発に乗るとでも思うか?

それに私の手で貴様らを始末したのでは意味が()()

私達が求めているのは貴様等の死だけでなく、『出処不明の怪物に世界一頑丈な監獄が落とされた』という事実だ!!!」

「!!!」

 

マーズの目からはアルカロックの陥落はあくまで自分ではなく謎の怪物(チョーマジン)、ひいては主君 ヴェルダーズの手柄にするという強い意志が感じられた。



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153 囚人の守りを突破しろ!! フォースの決死の作戦 発動!!!

マーズの身体は猛毒の巨体と化し、そして大量のチョーマジンがその周囲に陣取っている。

更にフォースは身体の中の解呪(ヒーリング)の力をほとんど使い果たし、変身しているのを保つのがやっとの状態である。

 

『おいフォース! もう腹を括るしかねぇ!!

ぶっ倒してでもあの囚人(チョーマジン)共を倒しでもしなきゃあいつを倒す方法はねぇぞ!!!』

『バカか!!! それじゃあいつの思うツボだろうが!!!』

『だったらどうするってんだよ!! このままじゃどの道全滅だぞ!!!』

『それを今考えてんだ ベラベラ喋って来んなよ!!!』

 

悪態をつきながらもフォースは焦っていた。

解呪(ヒーリング)もほとんど無く体力も心許無い自分には最早チョーマジンを()()術は無く今の自分から発せられる言葉は既に『人殺しにはなりたくない』という()()でしかなかった。

 

「………フフフ。

折角 先手を譲ってやるだけの時間をくれてやったのに何もしてこないとはな。

キュアフォース。大義の為に咎を背負う度胸もない貴様如きが私達に楯突くことがそもそもの間違いだったのだ!」

「!!!!」

 

マーズの一言がフォースの心の痛い所に深々と突き刺さった。それがただの挑発だと必死に自分に言い聞かせなければ感情に任せて突撃してしまいそうになるほどである。

 

(クソが!!! あの()()を突破する方法がねぇ!!!

こんな事ならもっとしっかり練習積んどきゃ良かったぜ!!俺にあともうちょっと解呪(ヒーリング)がありゃあ━━━━━━━━

 

!!! いや待て!!)

 

フォースは()()()を思いついた後、ヴェルドの肩を軽く叩いた。

 

『あん? どしたよ フォース』

『………ヴェルド 今から俺が言うことが出来るかどうか教えてくれ。』

 

フォースはマーズに聞こえない声量でヴェルドに()()()を聞いた。

 

『……どうだ いけるか?』

『それくらいなら簡単だが━━━━━━━

!!!』

 

フォースの表情が明るくなるのを見てヴェルドもハッと気付く。

どうして気付かなかったんだと言葉にしてしまいそうになった。

 

(だったら大丈夫じゃねぇか。

あいつのあのイキり散らした守りを突破する方法があるぜ!!!)

 

 

 

***

 

 

 

「………どうやら完全に万策尽きたようだな。

何年も共に働いてきた縁だ。一思いに叩き潰してやろう!!!

行け!!!!」

 

マーズが指を振るとチョーマジンの大群が一斉に刑務官達に襲いかかる。当の刑務官達は勿論の事、その場に居た誰もが全滅を予感したその時、

 

 

『?!!』

 

フォースが駆け出して刑務官達の前に立った。

その両の拳は発射の状態で握られている。

 

《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!

「!!!!?」

 

フォースの拳から放たれた解呪(ヒーリング)の光がチョーマジンの大群の全てを飲み込んだ。マーズには毒の障壁で防がれるが彼を守っていたチョーマジンは全て元の囚人に戻った。

 

(……血迷ったか あの未熟な小娘め!!! これで貴様にはもうほんの少しも解呪(ヒーリング)は無い!!

戦ウ乙女(プリキュア)の力は完全に使い果たし)「!!!??」

 

光が晴れて飛び込んできた光景にマーズは自分の目を疑った。

フォースが少しも疲労を見せずに自分の前に悠々と立っていた。

 

「馬鹿な…………!!!」

「どした?なんで俺が立ってられるか分かんねぇか?

しっかし ビビった表情(ツラ)が良く似合うなァ 毒フグよォ!!!」

「!!!」

 

フォースが言い終わるより早くマーズは結論に至った。

 

(………そういう事か……………!!

フォースは暴発した刑務官達の銃に残っていた解呪(ヒーリング)を寄せ集めて自分に讓渡したのだ!!

()()()からの情報が正しければ刑務官共の銃の中にあったのは戦ウ乙女(プリキュア) 三人分の解呪(ヒーリング)!!!

それが今 やつの身体にある!!!)

 

それは逆転とまではいかずとも、形勢を対等にまで持ち直されたという事を意味していた。

 

「………キュアフォース 飽くまで我々に楯突くこうという気は変わらないのだな?

人一人殺す度胸すらない軟弱者の貴様如きが!!!」

「何を的外れなこと言ってんだよ。 俺は囚人をぶっ倒す為にここに来た訳じゃねぇ。俺の狙いは最初っからテメェ一人だけなんだよ!!!!」

 

地面にヒビが入るほどの脚力で飛び上がり、一気にマーズとの距離を詰める。

そして

 

 

ドゴォン!!!!! 「!!!!!」

 

フォースの膝蹴りが猛毒を突き抜けてマーズの鳩尾に突き刺さった。



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154 龍の蹴りが監獄を貫く!! ついに見えた獄外の光!!

「………………………!!!! ゴフッ!!!」

 

マーズの口から血が混じった唾が吹き出た。

フォースの膝が鳩尾に激突し、横隔膜と共に内蔵をこれでもかとせり上げる。

 

「もっと俺に血ぃ見せろや 毒のバケモンが!!!!」

 

掛け声同然の罵声と共に懇親の力で脚を振り上げ、猛毒に包まれたマーズの巨体を高々と打ち上げた。通常より遥かに高いアルカロックの天井を物ともせず激突した巨体によって天井に風穴が空く。石造りの天井が猛毒で溶ける音が消える頃にはマーズの巨体は空へと消えた。

 

「おいハッシュ!! ヴェルド!! んでもって刑務官さんよ!! 悪ぃが俺の指示に従ってくれ!!!

俺は今からあの署長とサシで()る!!!

だからテメェらはここに残ってるバケモン共が(シャバ)に出ねぇように足止めしててくれ!!!

あの署長(クソオヤジ)をぶっ倒したらバケモンはみんな元の囚人に戻るからよォ!!!」

 

最早この緊急事態では立場も上下関係も問題ではない。刑務官も看守も今この場で何をすべきかは一瞬で理解した。そしてその返答は言葉では無く下層へと向かうという行動によって示された。

 

(……ありがてぇ!! これで心置き無くヤツとタイマン張れるぜ!!)

 

ここが最後の正念場だと自分に言い聞かせ、フォースは地面を上方向に全力で蹴り飛ばし、マーズの猛毒が開けた穴へと一直線に飛び上がった。

 

 

 

***

 

 

穴を越えたフォースを待っていたのは燦々と輝く陽の光と澄んだ空気だった。

 

(娑婆の空気が美味(うめ)ぇって話 ありゃ本当だったんだな。まさか犯罪やる前にこの気持ちが分かるたァ思わなかったな。)

「……お!」

 

アルカロックの屋上に降り立ったフォースの前方ではマーズが腹を抑えて苦悶の表情を浮かべていた。

 

「………ほーん。

テメェの毒を防ごうと思って解呪(ヒーリング)纏ったけど、どうやらテメェの身体にも撃ち込まれてた見てぇだな。」

「………お陰様でな………………!!!

小娘風情がこの私に味な真似をしてくれたな!!!

こんな不快な物を私の腹に撃ち込むとは…………!!!!」

「あのヴェルダーズってバケモンと手ェ組んだヤツの醜態としちゃァそれがお似合いだろうがよ。(あんなにコメカミ ピクピクさせとして向かって来ねぇのは腹ァ括ってんだなって褒めてやるべきか………。)」

 

余裕を無くしたマーズの表情を見て今まで追い込まれた分をそっくりそのまま返してやったと愉悦に浸る。

 

「……にしても 私の猛毒を無効化して尚この威力、 今の蹴りだけでかなりの解呪(ヒーリング)を使ってしまったのではないのか?」

「そうさな。多分蛍から貰った分は全部使っちまったな。」

「………随分と贅沢な使い方をするな。後々後悔するぞ。」

「後悔? そりゃテメェだろ。その身体に戦ウ乙女(プリキュア)一人分の解呪(ヒーリング)を丸々食らったんだぜ?

もう囚人をバケモンに変える事ァ出来ねぇだろ?」

「!!!」

 

図星を突いたと確信した。

対象をチョーマジンに変える贈物(ギフト)魔物召喚(サクリファイス)》は解呪(ヒーリング)を受けると麻痺し、その効力を一時的に奪う事が出来るのだ。今 マーズはその状態にある。

 

「……本当に私一人に集中して良いのか?

まだ獄内には沢山のチョーマジンがいる。ユージンやエドギアの影魔人(カゲマジン)もピンピンしている。たかが従属官(フランシオン)媒体(トリガー)の二人だけで止めきれると思うのか?」

「話術使って俺の動揺誘おうったってそうはいかねぇよ。それに二人じゃねぇ。あそこにゃ頼もしい刑務官さん達が沢山いんだろうが。」

「呆れた奴だ。この土壇場であんな奴らを戦力として考えているのか?」

 

「呆れてんのはこっちだぜ。俺ァ短時間でもよーく分からされた。

刑務官(アイツら)の『絶対娑婆へは出さねぇ』って気合いをな。それにゃ絶対負けねぇぜ。」

「全幅の信頼を置くのか。もしチョーマジンが一体でも突破して市民街を攻撃したらその時はどうする?」

「さっきも言った筈だぜ?そうなる前に俺がテメェをぶち倒すってな。その後でテメェの身体を括りつけてお天道様の下に晒してやるぜ!!!!」

「ならば私は貴様の首をヴェルダーズ殿下に捧げてやろう!!!!」

 

マーズの呼吸に合わせて全力で地面を蹴り、一直線に強襲する。拳を力強く握って振りかぶる。

フォースに倣うようにマーズを拳を振りかぶった。

 

(あの手に毒は流れてねぇ! 行ける!)

 

「ウラァッ!!!!!」

「ぬんっ!!!!!」

ドガァン!!!!!

 

アルカロックの屋上 獄外の太陽が光り輝く空の下で拳同士がぶつかり合う衝撃音が力強くこだました。



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155 屋上での最終決戦!! アルカロック 崩壊の危機!!!

アルカロック 地下5階では、副所長のハルネンが刑務官達に指示を出していた。

 

「副所長! 言われた通り、獄内の麻酔弾を全て持って参りました!!」

「よし!怪物化した囚人達は全て眠らせるのだ!! ()()としてこのアルカロックから出してはならん!!!それはこのアルカロック全ての信用失墜と思って事に当たれ!!!」

「はっ!!

それと、キリュウ看守長より、ご報告が!

『リナ・シャオレンが必ずや署長を倒すから、それまで耐え凌げ』との報告です!!!」

「そうか。ならば気を引き締めて行くぞ!!!」

 

ハルネンと刑務官達の前方には大量のチョーマジンが群がっていた。

 

 

 

***

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

ラアッ!!!!!」 「!!!!?」

 

フォースの渾身の拳がマーズの拳を弾き飛ばした。

 

「ッッ!!!」

「やっぱ 素の腕力なら俺の方が上のようだなァ!!! オルァッ!!!!」 「!!!!」

 

脚を振るって鞭のような蹴りを顔面に直撃させ、マーズの身体は回転しながら吹き飛ぶ。

追撃をかける為にフォースは走り出した。

 

(この屋上は良いぜ! 邪魔なモンが何一つねぇから見晴らしがいい!!

まるで武道会の武舞台で闘ってる感じだぜ!!!)

「オリャアッ!!!!」 「!!!!」

 

間合いを詰めたフォースは脚を振り上げてマーズの顎を全力で蹴り上げた。空に向かってマーズの血が吹き出る。

 

「オラオラオラァッッ!!!!」

「!!! !!! !!!!」

 

更に拳を振るってがら空きになったマーズの腹に立て続けに拳を撃ち込む。

 

「おい自慢の猛毒はどうしたァ!!?

さっきの解呪(ヒーリング)でそっちも麻痺っちまったか!!!?」

「…………………ッッ!!! ぬんっ!!!」

 

「鈍いぜ んなもんよォ!!!!」 「!!!?」

 

連撃が一瞬止まったのを見逃さずマーズは拳を繰り出したが容易く躱して手首を掴み、身体を捻った。マーズの巨体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

「………………グゥッ!!!」

「立てねぇか?そりゃそうだろうな。背中を打たれて息がしにくいだろうよ。俺も何回もそうなってるからな。

今までバケモンにして殺してきた()()達によォ、

 

地獄で詫びろや このクソオヤジ!!!!!」

 

フォースは完全にマーズの命を絶つつもりで踵を頭部に急降下させた。しかし間一髪身体を回転させて踏み蹴りから逃れる。

体勢を立て直して再び 二人は相対した。

 

「…………今更人を殺す覚悟が決まったのか?」

「不完全だがな。そうする気でなきゃテメェは倒せねぇだろ。」

 

「本気であんな連中を助けるつもりか?それで貴様が死ぬことになったとしても?」

「たりめーだろ。確かに監獄(ここ)にいる奴らはみんなかなり悪ぃ事はしてきたんだろうよ。だがな、

少なくともこん中じゃテメェが一番悪ぃ事をやってんだろ。」

「………私がそう見えるか。いずれ後悔するぞ。

 

…………………フフ。」 「あん?」

 

マーズが不意に笑い声を漏らした。

 

「おい、何が可笑しいんだ?

脳天を毒にやられちまったか?」

「……貴様には教えてやろう キュアフォース。

おかしいと思わなかったか?なぜ私がわざわざ《猛毒之魔王(ベルゼビュート・サタン)》を解除したのか。そしてなぜ今まで毒を使わなかったのか。

私は()()をしていたんだ。

 

私の脳天ではなく、この監獄の全てを毒で侵す為にな!!!!!」 「!!!!?」

 

マーズが両の拳を地面に直撃させた。

そこから禍々しい紫色の猛毒が湧き上がり、そして地面に染み込んでいく。

 

「な、何してやがるテメェ…………!!!」

「これが《猛毒之魔王(ベルゼビュート・サタン)》とは異なる猛毒之神(サマエル)のもう一つの奥義

猛毒地獄(ヘルヘイム・ディース)》だ!!!!」

 

フォースは葛藤していた。今すぐに不敵な笑みを浮かべるマーズに攻撃したいが、迂闊に手が出せない。

 

「安心していいぞ。この毒は下層へ落ちることは無い。その代わりにこのアルカロックを構成する石や鋼へと染み込んでいく。

そして監獄の全てを毒で満たせば一気に毒が吹き出し、中に居るものは全員 なす術も無く死に絶える。そしてアルカロックも跡形もなく崩壊する。

それまでの時間は多く見積っても 15分といった所だろうな。」

「!!!!

ふざけんじゃねぇ この腐れ外道がァッ!!!!!」

 

フォースは感情に任せて地面を蹴り飛ばし、マーズの腹目掛けて飛び蹴りを見舞った。しかしいとも簡単に横跳びに躱される。

「クソっ!!」

すぐに踏みとどまって体勢を立て直した。

 

「ってかテメェ分かってんのか?

この監獄がぶっ壊れるって事ァ折角作ったバケモン達だけじゃなくてあのギンズってヤツも死んじまうんだぞ!?」

「……まだ私達が仲良しこよしのグループだと思っているのか?そんな生易しい物では無い。

ギンズも覚悟の上だ。究極贈物(アルティメットギフト)を身に宿す才には恵まれなかったが、それでも殿下の悲願成就の為に命を賭ける覚悟を持っている。 あいつはそういう奴だ!!!」

「……………………!!」

 

フォースにとってギンズの印象は『下衆な腰巾着』以外の何物でも無かったがヴェルダーズの配下としての覚悟もまた疑う余地のない物であった。

 

「それに貴様は何か思い違いをしているようだな?」 「あん?」

「何故()()ギンズが本気だと言いきれるんだ?」

「? そりゃどういう……………………………

 

!!!!! ま、まさかテメェ……………!!!!」

 

マーズの表情が下劣に歪んでいくのを見てフォースの嫌な予感が確信に変わった。

 

 

 

***

 

 

 

アルカロック 地下一階

そこでハッシュとヴェルド そして監獄の門を守る役目を担う刑務官達は異様な光景に直面していた。

 

目の前に()()影魔人(カゲマジン)が立っていた。

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 14分30秒



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156 宣告されたカウントダウン! 窮地に立つキュアフォース!!

「………そうさ。ギンズは今私の魔法陣で影魔人(カゲマジン)となって刑務官共に戦いを挑んでいる所だろう。」

「………し、正気かテメェ…………!!!

どこまで腐ってやがる!!!」

「腐っている?

この私が()()見えるのか?」

「!!」

 

マーズの目は狂気に取り憑かれていると言えるものではなく、しっかりと座っていた。これが彼の()()の行動なのだ。

 

「そもそも貴様は一つ思い違いをしているようだな。別に私は『命を捨てろ』と命じた訳では無い。『命を賭けろ』と命じたのだ。

影魔人(カゲマジン)は決して諸刃の剣ではない。私が勝てばあいつも数日の筋肉痛で無事に助かる。だがここで私が敗れればあいつも死ぬ。それがギンズが殿下の為にできる事だ。

それにさっきも言った筈だぞ?私達は貴様等のような仲良しこよしのグループとは違うとな!!!」

 

 

 

***

 

 

 

ガキィン!!!!! 「!!!!」

「うわぁーーーー!!!!」

 

ユージンとエドギア、そしてギンズの影魔人(カゲマジン)が一斉に刑務官達に襲いかかった。ハッシュとヴェルドが身を呈して受け止めるが、その迫力は刑務官達の戦意をいとも容易く削ぎ落とした。

二人の後ろでは刑務官達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「………………!!!

なぁハッシュ、あいつらを臆病モンって言うか?」

「……まさか。こんな化け物を前にしたらあれが普通だよ。僕達以外はね。

………………………ッッ!!! ヴェルド、『せーの』で行くよ?」

「………ああ。

『せーのッッ!!!!

オリャアッ!!!!!』」 「!!!!」

 

二人が一気に腕を振り上げ、三体の影魔人(カゲマジン)を一斉に吹き飛ばした。地面に激突し、動きが止まる。

 

「ハッシュ!!間違ってもここを突破される訳にゃいかねぇ!!!フォースにはあの毒オヤジとのサシの勝負に集中させるんだ!!!」

「もちろん分かってるよ!!!」

 

二人が構え直した直後、懐の結晶が光った。フォースからの通信だ。

 

『ハッシュ!? ヴェルドか!!?

俺だ!! フォースだ!!!

 

時間がねぇから用件だけ言うぜ!!返事もしないでくれ!!

マーズの野郎がこの監獄 全部に毒を撃ち込みやがった!!後15分足らずで全部ぶっ壊れちまうんだ!!!』『!!!!?』

『俺がそれまでにあいつをぶっ倒すからよ、それまで誰もこっちに上げねぇでくれ!!!

頼んだぞ!!!!』

 

通信はそれで途切れた。

 

 

「……おいハッシュ、今の聞いたかよ?」

「もちろん。フォースの頼みならやらない訳にはいかないね。その為にフォースの従属官(フランシオン)を選んだんだから!!!」

「おう!! そう来なくっちゃあな!!!」

 

全身の痺れから開放された影魔人(カゲマジン)達は立ち上がり、ハッシュとヴェルドに強襲をかけた。

 

「ハッシュ!!こいつら以外のバケモン共は刑務官に任せときゃ良い!!!

ここで力全部出し切るぞ!!!!」

「もちろん分かってる!!!」

 

二人の踏み込んだ脚が監獄の床を揺るがした。

 

「《拳闘之神(ヘラクレス)》!!!!!」

「《迅雷之神(インドラ)》!!!!!」

『おりゃあっ!!!!!』

 

ハッシュとヴェルドの拳が三体の影魔人(カゲマジン)をまとめて貫いた。

 

 

 

***

 

 

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ……………!!!」

「フフ。焦っているな。

貴様にとってはこの状態が一番やりにくいだろう?」

 

マーズの両の拳を猛毒が覆っていた。

 

(……あのヤロー!! あれだけの毒を監獄にぶち込みやがったんだぞ!! なのにまだあんなに分泌してやがる!!!

毒の出処が別にあるのか………………?

いや、んな事ァどうだっていいか……………。)

「流石にもう猛毒之魔王(ベルゼビュート・サタン)のような大技は出せそうにないが、貴様のような小娘一人相手取るにはこれだけあれば不自由はないだろうな。」

「………………!!!

(ちくしょう!! やっとこさここまで追い詰めたってのにあと一息が押し切れねぇ!!!

もうこうなったら腕の一本でもくれてやるつもりで向かっていくしかねぇのか?)」

「随分な表情だな キュアフォース。

言っておくが自棄は起こすんじゃないぞ?そんなことをした所で私には通用しない。

貴様の動きは完全に見切っているのだ。何回も見せたからな!!!」

「……………!!!」

 

心の中が見えているのか と問い質したくなる位にフォースの心の中を読んでくる。

 

「………なぁおい、一つだけ聞いていいか?」

「?」

「もしこの監獄が崩れたらよ、テメェはどうなる?」

「もちろん私は助かる。そして運が良ければ貴様も助かるかもしれないな。

もっとも、その後で仲間達に合わせる顔があるかは分からないが。」

「………………!!!!」

 

 

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 12分15秒



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157 命を掛けて立ち向かえ!! キュアフォース、戦場に降り立つ!!

「…………………ッッ!!」

「どうした?さっきまでの威勢はどこに行った?」

 

フォースは完全に余裕を失ってしまった。

リュウとの修行でも初めての龍神武道会でも感じた事の無い緊張感が重圧となってずっしりとのしかかる。

少ししてそれが『命を賭けて戦う事』という《試合》と《戦闘》の違いなのだという事を理解した。

 

「その表情は心底気に食わないが『汚い』と言わないだけ褒めてやろう。

もう既に分かっているようだな?《戦闘》においてはこれが本来の戦い方だという事に。」

「……ハッ!

『汚ぇ』っつーならテメェのそのジジくせぇ面とドロドロで汚らしい《贈物(ギフト)》の事だろうがよ!!!」

「やはり分かっていないな。

貴様はこれからその汚らしい贈物(ギフト)によってこの世を去るのだ!!!!」

「!!!?」

 

マーズの背中から紫色の巨大な腕が伸び、フォースの両腕を掴んだ。

 

「ウグッ………!! こ、こいつぁ……………!!!」

「そうさ。《毒之巨腕(クロロ・ヒガンテス)》だ。

あれだけ毒を撃ち込んだからもうこれだけの毒は出せないとでも思ったか?私と貴様の違いを教えてやる。究極贈物(アルティメットギフト)をその身に宿した年月の違いさ。

生半可な理由で戦いに身を投じた貴様と私が対等だと思うのか!!!?」

「……………!!!!

う、うるせぇ……………!!!!」

「そう強がっていても弱々しい解呪(ヒーリング)で私の毒を打ち消すので精一杯に見えるぞ?」

 

フォースはしっかりと理解した。目の前の署長の皮を被った男は自分の命を奪う事になんの罪悪感も抱いていない。しかもそれは彼自身の強い新年に基づいたものである分 一層質が悪い。

しかしフォースにもまた絶対に譲れない部分があった。

 

「うらあっ!!!!!」 「!!?」

 

全身の力を振り絞ってマーズの拘束を強引に振り解き、そして彼の下に滑り込んだ。

 

「生半可な理由だと?ざけんじゃねぇよ。

手前の村を守りてぇって理由のどこが生半可なんだ ボケが!!!!!」

「!!!!!」

 

低く屈んだ体勢から一気に身体をばねを伸ばしてマーズの顎に懇親の拳を叩き込んだ。

口から鮮血を吹き出しながら飛び上がり、そして地面に激突した。

 

「ブッ!!」

 

マーズが口から折れた歯が混じった血を吐き出した。

 

「………へっ。今度は歯を見せたな。

次はテメェの骨をへし折ってやろうか?」

「……………!!

今の瞬間に止めを刺さなかった貴様の油断が命取りだ。」

「油断だ?なんのこっちゃ分かんねぇな。こいつぁ『用心』っつーもんだ。

どーせ俺が近づいたら毒で返り討ちにしようって性根だろ テメェはよ!!!

それに俺ァこの距離からでもテメェに止めを刺せるんだ。」

 

フォースは両腕を構えて『解呪(ヒーリング)』の詠唱を唱えて丹田に残りの力を全てを込めた━━━━━━━━━━━

「!!!!? ゴフッ!!!!」

「?!!!」

 

フォースが口を抑え、その隙間から鮮血を吹き出した。マーズの表情も驚きに染まる。

 

(こいつぁヤベェ しくったぜ!!!

今の俺にはもう二人分の解呪(ヒーリング)を使えるだけの体力は残ってなかったのか!!!)

「フフ。そうか そういう事か。

これは実に嬉しい誤算だ。どうやら差があったのは戦闘経験も然りだったようだな。」

「……………!!!!」

 

マーズは脳のダメージを押し殺して立ち上がり、地面を蹴飛ばしてフォースに体当たりを見舞った。フォースは何とか躱すが足を滑らせて地面に倒れる。

 

(ち、ちくしょう!!

今のダメージがデカすぎる!!まだ体に解呪(ヒーリング)は残ってるけど何とかしなけりゃ

!!!)

 

マーズがいつの間にか距離を詰め、フォースを見下ろしていた。

 

「今ので体力を使い果たしたか。アルカロックに毒を撃ち込むまでも無かったな。

ここまで私を追い込んだせめてもの敬意として、毒は使わずに脳天を砕いて苦しめずに仕留めてやろう。」

「…………………!!!!」

「今度こそ殿下の野望に散れ!!!!!」

 

マーズの拳がフォースの顔面に直撃する━━━━━━━━━━━

 

ガキィン!!!!!

「!!!!?」 「な、何!!!!?」

 

アルカロック 副署長 ハルネンが薙刀の柄でマーズの拳を受け止めた。

 

「フンッ!!!」 「うおっ!!?」

 

ハルネンが柄を垂直に傾けてマーズの拳を滑らせた。拳は床に激突し、もくもくと土煙を上げる。

 

「逃がすか!!!」

 

マーズは二人がいるであろう場所を手刀で攻撃したが、土煙が晴れただけでそこには誰も居なかった。

「!!」

 

ハルネンは後ろに下がって後ろでフォース守っていた。

 

「ハ、ハルネンさん 何でここに…………」

「地下5階は刑務官達に任せてここまで上がってきました。危ない所を間に合って良かった。

さぁ早く これを!」

 

ハルネンはフォースに瓶詰めされたポーションを手渡した。フォースは会釈だけをしてそれを必死に呷る。

 

「━━━━━ブハッ!!!

ハァッ ハァッ……………!!!」

「大丈夫ですか!? リナ・シャオレン氏!!

すみません 何分監獄なものでこんな有り合わせのポーションしか無くて…………」

「いやぁ大丈夫ッスよ。今ので大分回復しやした。」

「何か、私に出来ることは…………」

「あいつの毒にゃ触れただけでお陀仏ッスよ。

だからあんたはここに 万が一バケモンが入ってきたら、そん時は容赦なく倒して下せェ。

責任は俺が負うっスから。」

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 9分30秒



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158 監獄に響き渡る声!! 副署長の一声!!

マーズはフォースが近付いてくる間に 何故 戦ウ乙女(プリキュア)でもないハルネンが自分の攻撃を凌げたのか その理由を考え、そしてそれにたどり着いた。

 

それは、マーズがかつて作った刑務官の心得である。その内の一つに『力に力で対抗してはいけない』という物がある。

万が一 囚人が暴動を起こした場合にはその力を対抗せずに受け流す事が重要であると謳った物だ。

 

(……まさかそんな古臭い法が今更私を出し抜くとはな。それにつけても━━━━━)

「ようやく咎を背負う覚悟が決まったのか。それが口先だけでない事を願うぞ。」

「うるせぇ。どーせ後10分くらいしたらここはぶっ壊れちまうんだろ。

今更なりふり構ってられっかよ。」

 

フォースの一言を聞き逃さなかったハルネンの表情が青く染まる。

 

「!!!? リナ氏!!?

アルカロックが壊れるってどういう」

「そうか。貴様には教えておこうか ハルネン。

先程私はこのアルカロックに毒を撃ち込んだ。今こいつが言った通り後10分足らずで崩壊する。」

「!!!! そ、そんな━━━━━━━」

 

ハルネンが狼狽える中でもフォースの心は全く折れない。恐怖を振り払ってマーズと相対する。

 

「どうってこたァ無えですよ 副署長さん。

それまでに俺がこいつをぶち倒すッスから。」

「笑わせるな。今の貴様にそれが出来ると

 

ッッ!!!!?」

 

フォースの蹴りがマーズの顔面に直撃した。そのまま脚を振るってマーズを弾き飛ばす。

鼻から血を吹き出しながらフォースの方へ向いた。

 

「な、何故だ………………!!!?」

「どうって事ァねぇよ。

脳天に昇った血もすっかり抜けてポーションで回復もできた。そんでもって後に観客も居りゃやっとこさ本調子が出せるってもんだぜ。

これで邪魔も入らねぇ。それにここはついこの前まで闘ってきた里の武舞台にそっくりと来てる。だったらやる事ァ一つしかねぇだろ。

 

今から俺ァ一人の武道家としてテメェをぶち倒す!!!!」

「やれるものならやってみるがいい!!!!」

 

監獄の崩壊が目前に迫る中、フォースとマーズが再びぶつかり合った。

 

 

 

***

 

 

 

「うおぉ……………………!!!」

 

屋上の隅でハルネンはフォースとマーズの攻防に圧倒されていた。そして同時に何も手が出せない自分を大いに恥じた。

 

(………くそぅ!! 一体何をやってるんだ私は!!

副署長でありながら何も手が出せないなんて!!

何か、私に出来る事は無いのか!!? 何か私に………………

!! そ、そうだ!!!)

 

ハルネンは背を向けて拡声器に手を伸ばした。

 

『アルカロック 全職員に告ぐ!!!

現在、リナ・シャオレン氏はマーズ・ゼルノヴァと交戦中!!!

マーズは今 この監獄全体に猛毒を撃ち込み、後10分足らずでここは崩壊する!!!

しかし狼狽えるな!!! たとえ我々に残された時間が少ししか無くとも 最後まで各々の職務を全うしろ!!! 怪物は一人たりもと決して外へは出してはならん!!!!

希望はまだあるのだ!! 絶対に諦めるな!!!!!』

 

ドガッ!!! 「!!!」

 

ハルネンを目掛けて飛んできた拳をフォースの掌が辛うじて受け止めた。

 

「ハルネン 有りもしない希望を抱かせるのは止めておけ。今貴様等が相手にしているのはあまりにも強大な組織なのだからな!!!」

「おい、()()中に他所に話しかけてんじゃねぇよ。テメェの相手は俺だ!!!!」 「!!!」

 

フォースがマーズの腹を狙って前蹴りを繰り出したが、腕の防御に阻まれる。

 

「チィッ!!

やっぱ一筋縄にゃ行かねぇか………!!!」

「それはこちらも同じだぞ。キュアフォース。

貴様のような小娘がこの私相手にここまで粘るとはな!!!」

「ここ()()だァ?

この()()俺が押し切るんだよ!!!!」

 

 

 

***

 

 

 

アルカロック 地下1階

 

「おいハッシュ、今の聞いたかよ?

あのハルネンっておっさん 案外根性あんじゃねぇか。 で、俺達はどうするよ?」

「決まってる。この不毛な戦いを手っ取り早く終わらせる事だけだよ。」

 

ハッシュとヴェルドの前には三体の影魔人(カゲマジン)が構えを取って虎視眈々と二人の喉を狙っていた。

 

「ハッシュ隊長!!! 言われた物を持ってきました!!

持ってこられるだけの麻酔弾はここに!!」

 

刑務官が持って来た麻酔弾

それこそが影魔人(カゲマジン)を殺さずに倒す鍵なのだ。

 

「ありがとうございます。これでなんとかなりそうです。

この中で恐れるべきはあの三体の怪物だけ。残りは貴方達刑務官でも足止めは出来る。」

「そういうこった。 毒のオヤジはフォースに任せて勝ちに行くぞ ハッシュ!!!!」

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 7分45秒



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159 炸裂する無限の拳!! 影魔人(カゲマジン) 討伐の時!!!

ハッシュとヴェルドは構えを取って影魔人(カゲマジン)達と相対した。三体は喉を鳴らして二人の喉を狙っている。

 

「ハッシュ隊長、我々はどうすれば…………」

「しばらくは僕達が動きを制限するので、合図を出したら一斉に麻酔弾を撃ち込んで下さい。

それで一気に方を付けます。」

 

ハッシュとヴェルドが二人で立てた作戦は完璧なものだった。しかしそれでもヴェルドにはまだ懸念要素がある。

 

『ハッシュ、作戦が終わった後の事はちゃんと考えとけよ?バケモンから戻ったアイツらが何をしでかすか分かったモンじゃねぇからな。』

『もちろん分かってる。伊達に隊長をやってないよ

 

?!!』

 

その時、ハッシュの耳に『助けてくれ。 俺達が悪かったから』 と縋るような声が聞こえてきた。声の主は言うまでもなくユージンとエドギアだ。

 

『………どうやら大丈夫みたいだよ ヴェルド。』

『あん?』

『僕達は勝てる!! あの()()()()()よ!!!』

 

そう言ってハッシュは先陣を切って飛び出した。足を振り上げて狙うのはギンズの顔面。

そこに足の甲を直撃させて力を込めて吹き飛ばす。ギンズの影魔人(カゲマジン)はあっという間に通路奥の闇に消えた。

 

「ッ!!!」

 

足を振り抜いたハッシュを狙って影魔人(カゲマジン)の鋒と爪が襲い掛かる。その両方を手で掴んで受け止める。

 

(……今まで気付かなかったけどこの影魔人(カゲマジン)の攻撃には殺意が無い。ヴェルダーズに無理矢理操られてるだけなんだ。

それがこの影魔人(カゲマジン)の弱点!!!)

 

「ヴェルド、手筈通りに行くよ!!!」

「おっしゃ!! いつでも来い!!!」

 

ハッシュは身体を捻って勇者の影魔人(カゲマジン)をヴェルドに向かって投げ飛ばした。

 

「来た来たァ!!! オルァッ!!!」

ガンッ!!! 「!!!?」

 

ヴェルドが脚を振り上げて勇者の剣を上方向に弾き上げた。そのまま跳び上がって剣に追い打ちを掛ける。

 

「こんな鈍 爪を使うまでもねぇぜ!!

オリャアッ!!!!」

 

身体を回転させて剣に蹴りを浴びせると、そこからヒビが入って粉々に砕け散る。体勢を利用してそのまま踵を影魔人(カゲマジン)に打ち落とし、地面に叩き付けた。

 

「ハッシュ!! こっちは片付いた!!

さっさとそいつをこっちまで持って来い!!!」

「分かった!!!」

 

領主の影魔人(カゲマジン)を抑え込んでいたハッシュは飛んでくる拳を躱してその手首を掴み、地面へと叩き落とした。そして地面から軽く浮いた身体に何発もの拳を一気に叩き込む。

影魔人(カゲマジン)の身体は吹き飛び、勇者の身体に激突した。

 

 

『今だ!!!!』

 

ハッシュとヴェルドが合図と共に飛び上がると、指示を待っていた刑務官達が一斉に銃を構えた。解呪(ヒーリング)を受けずにマーズの毒から逃れた銃だ。

 

「銃撃用意!!! 撃てぇ!!!!!」

 

刑務官達が一斉に銃を乱射して二体の影魔人(カゲマジン)に麻酔弾を撃ち込んだ。眠らせるまでは行かずとも一瞬でも動きを止めることがハッシュの狙いだ。

動きを止めたのは自分達の中にある残り少ない解呪(ヒーリング)を確実に撃ち込む為だ。

 

「今だ!!! やるぞハッシュ!!!!」

「うんっ!!!!」

 

麻酔が切れる一瞬の間に再び地面に降り立って影魔人(カゲマジン)との距離を詰める。

 

『《プリキュア・ヘラクレスマシンガン》!!!!!』

『!!!!!』

 

ハッシュとヴェルドの解呪(ヒーリング)を乗せた拳が影魔人(カゲマジン)の腹に直撃した。そのまま肩を回転させて拳を次々に叩き込む。闇雲に撃ち込むのではなくその一発一発が確実に浄化するという意志を持って撃ち込まれる拳だ。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

背中合わせになった事で逃げ場を失った影魔人(カゲマジン)に次々に拳が撃ち込まれる。その身体に少しづつヒビが入り、人間の姿が顕になっていく。

 

「行けるぞ!!! このまま押し切れ!!!!」

「分かった!!!!」

 

身体に残る最後の解呪(ヒーリング)を乗せた拳が影魔人(カゲマジン)の外殻を完全に破壊し、人間の姿へと戻した。意識を失って地面に倒れる。

 

 

「…………勝ったのか?」

「やった!! やったぞ!!!」

 

勝利した

その事実が刑務官達に伝わっていき喝采を産んだ。それでもその中でもハッシュとヴェルドだけが冷静だった。

 

「おい!! テメェら何やってんだ!!

バカ騒ぎしてる暇があるならさっさとこいつらを縛っとけ!!

今は被害者でもこいつらァ囚人なんだろ!!!」

「!!」

 

ヴェルドの言葉ではっとした刑務官達が鎖を持ってユージンとエドギアに駆け寄っていく。

 

「………ここはもう大丈夫そうですね。」

「?! ハッシュ隊長、どちらへ?!」

「決まってるでしょ。まだ敵は山のように居る。これから下に行って加勢に向かいます。

マーズはフォースに任せる!!!」

 

解呪(ヒーリング)を使い果たしても少しも弱みを見せる事無く ハッシュとヴェルドは下層へと歩を進めた。

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 7分



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160 迫り来るカウントダウン!! 龍の力を振り絞る時!!!

「………………!!!」

 

ハルネンは依然としてフォースとマーズの激闘を見ている事しか出来なかった。ポーションを渡すという当初の目的は達成出来たものの、出だしが出来ない自分を嫌でも恥じてしまう。

 

「!」

不意に自分の懐の通話結晶が光ったのを目の端で捉え、マーズの目を盗んで応答する。

 

「こちら、ハルネン・バングルナイフ!!」

『ハルネン副署長ですか!!?

こちら、アルカロック地下1階です!! 報告します、ハッシュ・シルヴァーン隊長が怪物にされていたユージン 並びにエドギアを撃破!!

現在、下層に向かっています!!』

「!? あの二人を!!?

そいつらは今どうなっている!?」

『気を失っていますが念の為に鎖で拘束しています!! ですが現在地下1階には怪物の襲撃は無く、獄外への脱走者は一人もいません!!』

「そ、そうか!

私は今屋上でリナ氏の援護を試みている!!

君たちはそのまま地下1階の警護に

 

ッッ!!!?」

 

通話の途中でハルネンの背中を衝撃が襲った。

倒れる勢いで手から水晶がこぼれる。

 

「……うぐっ……………?!

!!? リ、リナ氏!!? 大丈夫ですか!!?」

「…うす………!! 大丈夫ッス……!!

けど、」 「!!」

 

ほっとしたのも束の間、ハルネンの目に入って来たのは悠々と近付いてくるマーズの姿だった。 その両の拳は濃い紫色で染まっている。

 

「……思っていた以上にしぶといな。

私の猛毒を前にしてここまで粘ったのは貴様が初めてだぞ。」

「……しぶといのはテメェのその毒も同じだろうがよ!! そんなにドバドバ出してんのによ!!!」

「そのドバドバ出ている毒に触れておきながら全く効いていないようだが?貴様のその解呪(ヒーリング)も中々のしぶとさだと思うがな。」

「………ヘッ! そいつァどうも。褒め言葉として受け取っとくぜ。(今俺の中にある一人半 分の解呪(ヒーリング)を少しづつ出して身体を覆って毒から身を守れてるが それじゃダメなんだ。)」

 

思考を巡らせる最中、マーズが一気に距離を詰めて二人に襲いかかった。ハルネンを危険にさらさない為に横方向に飛んでマーズを誘い込む。

 

「どうした!? そんな悠長な事で大丈夫なのか!!?

貴様の解呪(ヒーリング)が尽きるより先にこの監獄が先に崩壊しそうだな!!!」

「……………ッッ!!!

(クソが!! あの5分くらいしかねぇってのにあと一歩が攻めきれねぇ!!!)」

 

飛んでくるマーズの猛毒を纏った拳は解呪(ヒーリング)を纏った掌で辛うじて受け流せるもののそれでは一向に勝負はつかない。何よりフォースの解呪(ヒーリング)がいくらあっても足りないし監獄もあと少しで崩壊してしまう。

そして何よりフォースの心を乱したのはマーズの表情が余裕の笑みを浮かべていた事だ。

 

(クソが!! クソが!!! クソが!!!!

どうすりゃ良いってんだ!!!!)

 

 

 

***

 

 

戦闘の最中 フォースの頭の中に浮かんだのは龍の里でリュウに言われた事だった。

 

「………『立体的に使え?』

どういうこったよ そりゃあ。」

「そのままの意味じゃよ。

武道会 そして戦場でも使える方法じゃ。平面的でなく立体的に物事を見るのじゃ。

さすれば暗がりにも道が開ける。」

「???」

 

 

 

***

 

 

 

(…………!!!

ジ、ジジイ もしかしてそういう事なのか!?

この場を立体的に見ろって事なのか!?)

「!!!」

 

その瞬間、フォースの頭に一筋の光が走った。

この状況を打開する作戦が頭に浮かんだのだ。

 

そしてハルネンはマーズの目を盗んで再び水晶を拾い上げ、そして通話に出ていた。

 

「こちらハルネン!! 何があった!?」

『こ、こちらアルカロック地下1階!!

たった今 獄内の壁から毒液が染み出し、ヒビが入っています!!!』

「何!!!?」

 

ハルネンの驚く声を聞いたマーズが悠々と口を開く。

 

「……そうか。ようやく()()()()か。今しがた アルカロックは後10分で崩壊するといったがそれは完全に崩壊するまでの時間だ。崩壊は()()()に行われる。

地下1階は間もなく崩壊するのだ!!!」

「そ、そんな………!!!」

 

ハルネンの表情が絶望に染っていく度にマーズの表情は対照的に嘲るように歪んでいく。

 

「どうせ今 貴様は心の中で私を『卑怯』とでも罵っているのだろうが、冥土の土産に教えておいてやろう。

『卑怯』なんて物が試合の外に出る事は決して有り得ないのだ!!!」

 

「…………ハッ。」 『!?』

「なぁに今更な事言ってやがんだ。

俺ァ一度だってテメェを『卑怯』だなんて思ってねぇよ。」

「………………?!」

 

フォースは勝ち誇ったような笑みを浮かべてマーズの前に立っていた。

 

「副署長さん。 地下1階の心配は要りませんぜ。

そこがぶっ壊れる前にカタをつけますから!!!!」

「!!!!?」

 

***

 

アルカロック 崩壊まで後 4分30秒

アルカロック 地下1階 崩壊まで後 1分30秒



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161 監獄の運命が決まる時!! 振り下ろされる断罪の脚!!!

「………何だ?私の耳でも遠くなったか?

今しがた『カタをつける』と聞こえたのだがな。」

「言葉の通りだよ バーカ。

今からテメェのそのお高く止まった脳天をぶっ潰してやるっつってんだよ!!!」

 

フォースは上半身の服を強引に引きちぎってサラシを巻いた胸を見せた。

 

「……どうやら私の毒で脳がやられてしまったようだな。それにその奇妙な動作はなんだ?

上裸になる事になんの意味があるというのだ?」

「こいつァジジイ譲りの悪習だから気にしないでくれ。ただの『やってる感』だからよ。」

「そうか。なら好きにするがいい。

その無様な格好が死に姿になって良いのならな。」

「言ってろ。テメェの負け様はボッコボコにしてやるからよ。」

 

ハルネンは二人の会話を緊張の中で聞いていた。二人共に勝ち誇ったような表情を浮かべる間にこれから何が起こるのか全く予測がつかない。

 

「副署長さんよ。そんなシケたツラしてんなよ。これからコイツをぶっ倒してやるからよ。」

「……………………!!!」

 

フォースとマーズの距離が少しづつ狭まっていく。ハルネンは最早 息が上がるのを抑える事が出来なかった。

 

「やはり貴様のその驕りが命取りだ!!!

この一発であの世へ行け!!!!

!!!?」

「ウラアッ!!!!」 「!!!!」

 

マーズの毒の拳はフォースの顔面のほんの少し横を掠めた。その勢いを利用したフォースの拳がマーズの鼻に直撃する。

マーズの身体は回転しながら吹き飛んで地面へ叩き付けられる。

 

「…………………!!! な、何故だ……………!!!」

「ウッヒョー!! こいつァ良いぜ!!!

『立体的』に見りゃこんな(パンチ)なんざ屁でもねぇな!!!」

「……………!!? 何を言っている……………!!!?」

「ジジイ譲りの悪習だっつったろ?

なんならもっかい試してみるか? こんな風によ!!!!」 「!!!」

 

よろけながら立ち上がったマーズに向かって一気に距離を詰める。握り締めた拳はマーズの顔面を狙っている。

 

「愚かな!!!」 「!!」

 

今度はフォースの拳を手首を駆動させて受け流し、二人の顔面は間近に迫る。そしてマーズは口から紫色の大きな泡を出した。

 

「リナ氏!!!! 危ない!!!!!」

(今更遅いぞハルネン。

今まで隠し球に取っておいた《毒瓦斯弾(クロル・フォール)》だ!!!

この距離で喰らえば弱々しい解呪(ヒーリング)など何の役にも立たんぞ!!!!)

 

「クッ!!!」 「!!? 何っ!!!?」

 

毒の弾が爆発する瞬間、フォースは上半身を反らせて発生する煙を回避した。そしてその体勢を利用してマーズの顎に渾身の蹴りを叩き込む。

 

「……………………ッッ!!!

!!? ど、どこだ!!?」

 

脳のダメージから回復したマーズの視界からフォースが完全に消えてしまった。慌てて周囲を見回すが何処にも見当たらない。

 

「……おいテメェ、 どこ見てやがんだ?」 「!!!」

「俺ァここだぜ!!!!」

 

フォースの姿は空高くに在り、太陽と重なって逆光で黒く染まっている。

 

(ジジイ、こういうこったろ?

立体的に使うって事ァよォ!!!!)

 

フォースは縦方向に回転しながらマーズの方へと急接近する。

 

(……こいつ、重力を利用して攻撃するつもりか!!

だが、隙だらけだという事に気付かなかいようだな!!! ならば私の残る毒を全て使って貴様を撃ち落としてやろう!!!)

「はああああああああああ!!!!」 「!!!?」

 

マーズの背中から猛毒が溢れ出し、固まって巨大な腕を形成する。

 

(残りの毒を全て使って《猛毒之魔王(ベルゼビュート・サタン)》の腕を再現した!!!

こいつで貴様の息の根を止めてやろう!!!)

「こいつを喰らえ!!!! 戦ウ乙女(プリキュア)!!!!!」

 

紫色の巨大な腕がフォース目掛けて一直線に伸びる。

 

「……甘いぜ。 《解呪(ヒーリング)》!!!!!」

「!!!!?」

 

フォースの片足が眩い程の光に包まれた。

そしてその蹴りが猛毒の腕を縦に両断する。

 

(こ、こいつ………………!!!!)

「約束通りぶっ倒してやるぜ!!!!

俺の中の残りの解呪(ヒーリング)、全部テメェにくれてやるからよォ!!!!!」

「させん!!!!」

 

マーズは少しも戦意を失う事無く両腕を交差させて防御の体勢に入った。その上からフォースの踵落としが襲い掛かる。

 

「《プリキュア・フォース・ジャッジメントギロチン》!!!!!」

「!!!!!」

 

フォースの蹴りがマーズの両腕に直撃した。周囲に炸裂音を響かせて地面が激しく震える。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」

「無駄だ!!!! 行けえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

「!!!!?」

 

マーズの耳に自分の両腕の骨が折れる音が聞こえた。そしてその瞬間頬をえもいえない程の衝撃が襲った。



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162 毒の悪意を切り裂く蹴り!! 監獄争乱 決着!!!

ハルネンは自分の目に写っている光景を脳で処理するのに少しばかりの時間を要した。アルカロックの長にして最も強い力を持つ署長(マーズ)の顔面を少女が蹴り落としている。

次の瞬間、ハルネンはハッとして通話結晶に手を掛けた。副署長としてやらなければいけない事に気付いたからだ。

 

「アルカロックの全職員に告ぐ!!! 早急に身を屈め、落下物に備えろ!!!

繰り返す!!! 自己の安全を確保しろ!!!!」

 

ハルネンがそう告げたのはこれから起こる事を察したからだ。そしてそれは現実になる。

 

 

 

***

 

 

 

「………………………グウッ…………………!!!!」

「うおあああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」

 

フォースが力を込める度にマーズの頬骨にヒビが入る音が響く。しかし頬 そして両腕の骨を破壊されて尚 マーズの戦意は折れていない。

 

(あと少しだ!!! あと少し耐え切ればこの監獄は崩壊する!!! 私達の勝利だ!!!!)

(あと少しだ!!! あと少し押し切ればこいつをぶち倒せる!!! 俺達の勝ちだ!!!!)

 

マーズは歯を食いしばって耐え凌ぎ、さら片足を後ろに下げてフォースの力に耐える体勢を取る。対照的にフォースは大口を開けて全身から力を捻り出す。

 

(ちくしょう!!! これだけやってまだ折れねぇのか!!! もう時間がねぇってのによ!!!

どれだけ往生際が悪けりゃ気が済むんだ このクソオヤジ!!!!)

 

全身の力を振り絞ってマーズに体重を掛けるがその目から光が消えることは無い。かといって攻撃してくる素振りも無い。マーズは耐え切る事に全神経を注ぐ選択をしたのだ。

 

(無駄だ!!! このマーズ・ゼルノヴァを落とすなどという大役は、たとえどれだけお膳立てされようとも、貴様のような小娘に務まるものでは無いぞ!!!)

(諦めてたまるか!!! 俺は戦ウ乙女(プリキュア) キュアフォースだ!!!コイツら見てぇなバケモン共から世界を守る為に里を出たんだろ!!!!

脚の力だけじゃ足りねぇ!!! 全身からありったけの力を捻りだせぇ!!!!!)

 

「うおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」

(!!!!? こ、コイツ 力が上がって………………!!!!!)

 

次の瞬間、 バキィン!!!! と マーズの頬骨が砕ける音とは別の音が()()()響いた。目を動かさずともそれが地面にヒビが走った音であると理解する。

 

「………き、貴様のような小娘如きにヴェルダーズ殿下の誇り高き一の子分であるこの私が………………!!!!」

「うるせぇ!!!!! だああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

「!!!!!

………………!!!!!

………………………………!!!!!」

 

フォースの脚力でマーズの頬 歯 背中 脚 と次々に骨にヒビが入って行く。その音こそフォースの勝利を予言している。

そしてその時は訪れた。

 

「だあッッッ!!!!!」 「!!!!!」

 

マーズの立っている地面が遂に破壊された。それに伴ってフォースの脚は全力で()()()()()()。ハルネンはその爆風に煽られて吹き飛ばされる。

 

マーズの身体はみるみる内に下の闇へと消えていく。その過程で彼は全身に()()の衝撃を受けた。フォースの蹴りはマーズの身体をアルカロックの最下層まで蹴り落としたのだ。

 

「……………………………………

ハッ!!!」

 

ハルネンが起き上がって見たのは地面にうつ伏せに倒れるフォースの姿だった。彼女の勝利を確信するが、勝利に喜んでいる暇は無い。

 

「リ、リナ氏!!! 大丈夫ですか!?

直ぐに治療を行います!!!」

「………いや、後で良いっスよ。んな事より戦いはまだ終わっちゃいねぇ。」

「お、終わってないってまさか、 囚人はまだ怪物から戻っていないという事ですか!!!?」

「そりゃ多分大丈夫っス。 俺が言ってんのは()()()自身の事っスよ。」

 

フォースはよろける身体に鞭を打って立ち上がり、先程自分が開けた穴に身を投げた。目的はマーズ ただ一つだ。

 

「あいつの首を世間に晒して吊し上げて初めて俺達の勝ちだ!!!」

 

 

 

***

 

 

「………ここァ…………………!」

 

フォースが穴を追って降り立ったのは奇しくもマーズの本性を初めて見た署長室だった。そしてその床に頬 そして全身が傷だらけになったマーズが大の字で倒れていた。

 

「………ハァ。 勝負の始まりと終わりが同じ場所たァ 全く何の因果かねぇ。」

「……………………」

 

フォースの言葉に答えないマーズに気を掛けること無く 彼女は壁に掛かっていた手錠や鎖を手に取った。彼がまだ息がある事は百も承知だ。

 

「とまぁ ()監獄署長さんよ。年貢の納め時だぜ。今から拘束させて貰うからよ。」

「…………………フフフ。」 「!?」

 

少しも動こうとしないマーズの口が不気味に歪んだ。

 

「キュアフォース、何もかも貴様の思い通りになると思うなよ!!!!!」

「!!!! まさか!!! 止めろ!!!!!」

 

ザシュッ!!!!! 「!!!! グフッ!!!!」 「!!!!!」

 

フォースがマーズの身体に近づいた時には既にマーズは胸に手を当て、そして自分の心臓を毒で貫いていたのだ。



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163 喜びの無い勝利……… 監獄争乱 終幕

「な、何をするんだよ テメェは!!!!」

 

フォースはマーズの手を蹴り飛ばし、心臓に毒が完全に注入される事を防いだ。

 

「………グッ…………!!!

即死は許してくれないか。 やはり()()()思い通りにはいかないな。」

「テメェ……………!!!!」

「……貴様の本心は分かっているぞ。

私とギンズを魔王ギリスの前に突き出して殿下達の情報を引き出そうとした。 違うか?

あの殿下が恐れる程の男だ。私が口を閉ざそうとも頭の中から引き出される位の事はやってのけるだろう。」

 

口から言葉を発する度にマーズの口から血が吹き出る。既に手遅れである事は火を見るより明らかだ。

 

「………()()()()なのかよ。」「?」

「手前の命を投げ捨ててまで そこまでして!!!

あのヴェルダーズって奴はそんなに大切な奴なのかよ!!!!」

「………フフフ。 貴様は根本から思い違いをしているようだな。私達は死ぬ事などこれ程も怖くは無い。それに何も後悔は無い。()は守ったからな。」

「掟!!?」

 

「絶望を味わった事の無い貴様に説明した所で理解できないだろうが、私達の唯一絶対の掟があるのだ。

『決して人生に悔いは残すな』 とな。

 

ゴフッ!!!!」 「!!!!」

 

マーズの口から吹き出た血がフォースの顔を赤く染めた。

 

「クソが!!! このまま死なせてたまるか!!!

テメェのした事のツケを耳揃えて払わせてやらにゃあ!!!

 

!!!?」

 

フォースがマーズの身体を抱えようとした瞬間、吹き出した毒が壁になってフォースの行く手を阻んだ。

 

「…………『払わせてやらにゃあ』 何だ?

勝った事にはならない と言うのか?」 「!!!」

「………私は此処で死ぬが、この死は ヴェルダーズ殿下の 勝利への導になるだろう。

……キュアフォース、貴様は まだ何も分かってはいない。」

「何!!?」

「………貴様らの長の魔王ギリスの事も、この世界に今何が起こっているかも、何一つな。

産まれてから今まで 里で燻っていた貴様如きでは 乗り越えられぬ壁が これから待ち受けるだろう。」

「……………!!!」

 

分厚い毒の壁の向こうから途切れ途切れになったマーズの声が聞こえてくる。

それがフォースが聞いたマーズの最期の言葉になった。

しかしマーズの言葉は彼の心の中で続いていた。

 

(………済まない 同士達よ。

願わくば皆で肩を揃えて殿下の作り上げた世界を見たかった……………。

 

………私は先に逝っているぞ………………)

 

 

 

***

 

 

 

「!!」

 

フォースを阻んでいた毒の壁が崩壊した。マーズの[[rb:究極贈物>アルティメットギフト]]が消滅した証だ。

 

「……………!!!!

何だよテメェ ()()は……………!!!!」

 

フォースがマーズに近づく事は無かった。彼が既に死んでいる事が分かりきっていたからだ。

マーズの表情は()()()()()

そして彼の右手は頭の上にあった。彼は最期に()()をしていたのだ。

 

「………………………!!!!!

ちくしょう!!!! 何でだよ!!!!

何で 俺に負けたテメェが!!! そんな顔をして笑うんだよ!!!!!」

 

フォースの疑問に答える者は一人として居なかった。 彼女の『悔しい』という声は担当者を失った署長室にこだました。

 

 

 

***

 

 

 

マーズの死から10分ほどが経ち、フォースは彼の遺体を抱えて署長室から出た。その最中にもフォースは疑問に囚われていた。

 

(………生あったけぇ……………!! これが人が死ぬって事なのか………………。

あの時も、里にあのバケモンが攻めてきた時もこんな事が起きてたってのかよ!!

兄貴!!!)

「あっ………」

 

必死に廊下を歩いていたフォースはハッシュとヴェルドに気が付かなかった。

 

「フォース、その様子だと 勝ったんだね?」

「………ああ、 ()()な。」

「ってかお前、まだ変身解いて無いのか?」

「ああ。でねぇとこいつを抱えられねぇからな。」 『!!』

 

フォースは抱えていた遺体を床に下ろした。

 

「……まんまと逃げられたよ。 この戦いで守れた物はあっても得た物は何も無かった。

それで、上はどうなったんだ?」

「囚人達は心配いらないよ。 フォースが蹴り落とした時に全員 元に戻った。

ただ………………」 「!!」

 

 

ハッシュの話では ギンズは影魔人(カゲマジン)から戻った瞬間に隠し持っていたナイフで自分の首を切って秘密を保持した のだと言う。

こうして アルカロックの署長 マーズ・ゼルノヴァと刑務官 ギンズ・ヴィクトリアーノ が謎の理由で殉職した という運びとなった。

 

アルカロックでは怪物から開放された囚人 として勝利した刑務官達が各々の立場も忘れてただ生き残った事を喜び合った。 そして対照的に三人の戦士達は行き場の無い悔しさに顔を歪ませた。



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164 戦士リナの迷い…… 戦場と化した監獄

アルカロックの地下一階にハルネン サキュン デスラルン キリュウの四人が集められ、彼らの前にマーズとギンズの遺体が置かれた。

 

「………何から言っていいかは分かりませんが、あなた方のお陰でアルカロックは守られました。本当にありがとうございました。」

 

ハルネンに続いて三人も頭を下げたがリナ達は自分達にはその礼を受ける資格が無い事が分かっていた。アルカロックは既に見る影もない程に破壊されてしまっているからだ。

 

「そんな、()()()なんてとんでもないっすよ。現にここはもうボロボロじゃないっスか。」

「……監獄の方は建て直す他無いでしょう。

それでも ()()() の毒で崩壊していた可能性に比べたら被害は遥かに抑えられました。それに この二人以外は死人は出ませんでしたから。」

「…………………」

 

リナはマーズとギンズの遺体に目を向けた。心のどこかで自分が彼を()()()しまったのではないかと考えてしまう。

 

返す言葉に困るリナの代わりにハッシュが口を開いた。

 

「ハルネン副署長、囚人の方はどうするおつもりですか?」

「囚人は、七階に収監しているような者は残っている檻に収監して、残りは他の監獄を頼って収監するしか無いでしょう。

問題は、沢山いる刑務官達の今後の方で…………」

「なら、彼等を一度 星聖騎士団(クルセイダーズ)で預かりましょう。」

「えっ!? 良いんですか!!?」

「こうなってしまったのは僕達が巻き込んでしまった部分もあると思っています。そのせいで沢山の人を路頭に迷わせる訳にはいきませんから。」

 

ハルネン達は目に涙を浮かべてハッシュを見つけていた。まだ二十歳にも満たない少年の肝は座っていた。

 

「ハッシュ隊長、それなら我々にも力添えをさせて下さい!!」「!?」

「彼らが、()()の裏に誰がいるのか、知りたい!! いや、今世界で何が起ころうとしているのか それを止める手伝いだけでもしなくてはアルカロックの職員として示しがつかないのです!!!」

 

「………………!!

その気持ちはありがたいですが、僕の一存では決められません。ルベド総隊長に相談をしなくては。」

「! そ、そうですよね。

取り乱してしまいました。」

 

ハッシュ そしてリナは仕方の無い事だとなだめた。自分が信じてやまなかった署長には裏切られ、更に監獄は半壊しこれからの見通しも立っていない彼の心中は察するに有り余る。

 

「………取り敢えずは総隊長に報告をします。

後日 アルカロック 再建のための応援を手配しますので。」

 

そう言ってハッシュは懐から結晶を取り出して星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に繋ぐ。

 

「こちら三番隊 隊長 ハッシュ・シルヴァーンです。」

『ハッシュか!! ルベドだ。』

「ご報告します。監獄 アルカロックの裏切り者を見つけ出す事に成功 並びに怪物に変えられた囚人達の安全を確保しました。死人は出ていません。

しかし裏切り者は自刃してしまい、情報を引き出すのは不可能と思います。」

『……そうか 分かった。

よくやってくれた。死人が出なかっただけでも儲けものだ。

一先ず帰還しろ。詳しい話は本部で聞く。

直ぐに迎えの船を送る。』

「助かります。 それで、他の皆は?」

『お前達がそっちに行ってまだ三時間も経っていないからな、どっちも出発していない。』

「分かりました。それでお願いがあるのですが、

彼女、 リナ・シャオレンは本部で休ませてはくれませんか?裏切り者との戦闘でかなり負傷していますので。」

『もちろん分かっている。』

 

ルベドとの通話はそこで切れた。

 

 

 

***

 

 

三十分が経ち、迎えの船がアルカロックの港に着いた。

 

「では、僕達はこれで失礼します。

裏切り者の捜索へのご協力 ありがとうございました。」

「とんでもないです。お礼を言うのは私達の方ですよ。今こうしてアルカロックがあるのも私達が生きているのもあなた方のお陰です。

ハッシュ隊長 リナ氏 ヴェルド氏

本当にありがとうございました。」

「……………………!!」

 

ハルネン達が純粋な気持ちで下げる頭にリナは内心で戸惑った。自分がそれを受けるに値するのか分からなかったからだ。

そして何も言わずに三人は踵を返し船へと歩を進める。

 

 

「………なぁハッシュ、一つだけ聞いていいか?」 「?」

「あの裏切りモン マーズはよ、死ぬ時に笑ってやがったんだ。なのに俺ァ勝ったってのにこんなにも後味悪い思いをしてる。里にいた時と試合でもこんな気持ちにゃならなかったってのによ。

アイツらがそこまでして命を賭ける理由 お前に分かるか?」

「………それは分からないけど 一つだけ言えるなら、《試合》と《戦闘》は似ているようで根本から違っている って事かな………。」

「……だろうな…………………。」

 

アルカロックの裏切り者は見つけ出し、死人も出さなかった。成果としては申し分無いはずなのに、『もう少し上手く出来たのではないか』という後ろめたさがリナの背中に染み付いて離れなかった。

 

 

 

***

 

 

リナ達が船に乗ったのと同時刻 ヴェルダーズの耳に一報が入った。

 

「………ヴェルダーズ陛下 ご報告します。

マーズ・ゼルノヴァ様 並びにギンズ・ヴィクトリアーノ様が殉職されました。」

『………もちろん分かっている。

セーラ、お前はこれをどう捕える?』

「……非常にまずい事態だと思います。」

『確かに素人目にはそう映るだろうな。 だが違う。これは契機だ。

すぐに皆を集める。 これより作戦を次なる段階に移す。』



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幕間
165 そびえ立つ厄災都市!! 集められた幹部達!!! (前編)


厄災都市 《アヴェルザード》

そこが厄災 ヴェルダーズの住処であり、彼が率いる者達の本拠地である。そしてヴェルダーズの配下を厄災之使徒(ヴェルソルジャー)と呼ぶ。

そして今日 ここに厄災之使徒(ヴェルソルジャー)が全員集められた。ヴェルダーズが自身の贈物(ギフト)で転送して集めたのだ。

 

 

 

***

 

 

「……それでは皆様、これより本格的な会議に入りたいと思います。今日集まっていただいたのは他でもなく、監獄 アルカロックにて活動しておられたマーズ・ゼルノヴァ様 並びにギンズ・ヴィクトリアーノ様が殉職された件についてです。」

 

薄い銀の髪を肩で揃え、赤と黒で構成された給仕(メイド)服に身を包んだ少女が会議を始めた。

名前は《セーラ・フィスラグール》

厄災之使徒(ヴェルソルジャー)の一人にしてヴェルダーズの給仕を行う従者である。

 

「ヴェルダーズ陛下はただいま向かっておられます。ご到着された際の話し合いを円滑にする為、先に各自の意見を聞いておきます。

順番に意見をどうぞ。」

 

セーラに促されて会議が始まった。

 

 

「…俺は別に言う事ないね。

だって二人共『悔いは残すな』って掟はちゃんと守ったんだろ?それなら何も問題は無い。」

 

ダルーバ・ヴァンペイド

吸血公爵(ヴァンパイアデューク)

究極贈物(アルティメットギフト)

幻覚之神(アザゼル)

 

 

「同じく意見は無い。

我々は皆ヴェルダーズ陛下の駒に過ぎん。一喜一憂するなどそれこそ侮辱に当たる。」

 

全身を黒の殻に包み、頭に巨大な角を携えた巨漢の男

 

ゼシオン・グリスクリッカー

蟲人族

究極贈物(アルティメットギフト)

征服之神(アダマス)

 

 

「そもそも今の私達には死を悲しんでいる時間など無い筈だろ?それより戦ウ乙女(プリキュア)共の戦闘データはまだ来ないのか?

その分析をするのが先決だと思うのだが。」

 

顔をペストマスクで覆い白衣に身を包んだ男

 

ガスロド・パランデ

人間族

究極贈物(アルティメットギフト)

薬剤之神(アスクレピオス)

 

 

「そうとも。儂らを見くびるなよ セーラ。

幾度も絶望に身を焦がした儂には最早これしきの事 どうということもないわ。」

 

骸骨の顔をした紫色のゲル状の生命体

 

フォラス=タタルハザード

魔人粘性生命体(イフリートスライム)

究極贈物(アルティメットギフト)

怨念之神(タタリガミ)

 

 

「うーん だけど残念だなぁ。最近可愛いのを手なずけたから見せようと思ってたのに。

あの二人 結構動物好きだったし。」

 

オレンジ色の髪を側頭部で結び犬の耳を生やした少女

 

シトレー・フルルカルス

獣人族

究極贈物(アルティメットギフト)

変貌之神(ニャルラトホテプ)

 

 

「俺は言いたい事あるぜ。 だからもっと早く本腰入れて事に当たれっつったんだよ!!

ギリスってヤツが動いた時点で直ぐにこうなる事は分かってただろうが!!」

 

ダクリュール・イルヴァン

竜人族

究極贈物(アルティメットギフト)

恐竜之王(ティラノサウルス)

 

 

「落ち着いて下さい ダクリュール。

マスターならしっかりと采配を整えていたでしょう?これはなるべくしてなったのですよ。」

 

水色の髪を下ろして眼鏡をかけた青年

 

ディスハーツ・ディゲイザー

人間族

究極贈物(アルティメットギフト)

電磁之神(アルゲース)

 

 

「そうそう。もっと気楽にやれば良いんだよ。

君はいつも熱くなりすぎなんだよ。」

 

ハジョウ・タチバナ

魔人族

究極贈物(アルティメットギフト)

風塵之神(フウジン)

 

 

「私も特に何も無い。

あの二人の分までこの腐った世界をぶっ壊す それだけ。」

 

桃色の髪を頭の上で二つに結んだ少女

 

サリア・デスタロッサ

半魔人族(ハーフデビル)

究極贈物(アルティメットギフト)

魔導女神(ペルセポネ)

 

 

「僕も言う事はありません。

というか考えたくもありません。僕はもう恨み疲れました。」

 

白く揃えられた髪に眼帯を着けた少年

 

ロノア・パーツゲイル

半妖精族(ハーフエルフ)

究極贈物(アルティメットギフト)

武装之神(ヘパイストス)

 

 

「……二人ノ死ハ我々ガ意味ヲ持タセレバ良イダケノ事。 ヴェルダーズ様ノ行イニ疑イヲ持ツ事ノ方ガ愚ノ骨頂ト言ウモノダ。」

 

コキュートス

蟲人族

究極贈物(アルティメットギフト)

豪雪之神(オカミノカミ)

 

 

「仲間が欠けて焦るのは素人のやる事だ。

()()()()()()は戦局はこちらに傾く。」

 

単眼の仮面を被った機械人間

 

Android=VLD(ヴェルダ)

機械人間(アンドロイド)

究極贈物(アルティメットギフト)

改造之神(デウスエクスマキナ)

 

 

「妾もこうなる事は分かっておった。

組織を裏切って事に当たるなど命を投げ打っているようなものじゃ。」

 

白い髪を下ろし小さな翼を生やした少女

 

フレオテルス=ヴェルザ

魔人族

究極贈物(アルティメットギフト)

誘惑之神(アスモデウス)

 

 

「………とは言え奴らは着々と力を付けている。油断をしていたらあっという間に足元を掬われるぞ。」

 

オオガイ

亜人族

究極贈物(アルティメットギフト) 無し



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166 そびえ立つ厄災都市!! 集められた幹部達!!! (後編)

「………では、マーズ様 ギンズ様 両名の殉職に関しては皆様何も意見はない という事でよろしいですね?」

「……当たり前だろ。ハナから俺達みんな無事で済むなんて思ってない。ましてや全員生き残れるなんて考える方がおかしいだろ。

ヴェルダーズ様の世界に墓標を立ててやればそれで十分だ。」

 

セーラの確認にダルーバが面倒臭そうに返答した。そしてダクリュールが食ってかかる。

 

「……おいダルーバ、テメェさっきから聞いてりゃ何だ? 出しゃばりやがって。」

「何? 俺何か間違った事言ってる?

それとも脳筋だからヴェルダーズ様の『人生に悔いは残すな』って掟、忘れたってのか?」

「テメェのその気取った態度が気に入らねぇっつってんだよ!!!」

「もしかして悔しいの? あの二人が死んで。

仇を取りたいなら勝手にやれば?返り討ちにあって死んでも知らないけど。

お前にはお似合いの最期だ。」

 

「………今ここでボコボコにしてやろうか?」

「やる気?別にいいけど?

この前の武道会 物足りなかったから。」

 

ダクリュールが机に乗り出してダルーバに凄み、ダルーバも牙を出して戦闘態勢に入る━━━━━━━

 

「戯け共!!!! 手を引かぬか!!!!」 「!!」

 

衝突寸前の二人をゼシオンが一喝した。

 

(チィ! この虫けらが!!)

(『共』じゃねえよ『共』じゃ!!)

 

「ダクリュール、少しは気をつけて物を言え!!

お前は陛下の掟に疑問を示すつもりか!!? それは陛下のお考えに反するのと同義だぞ!!!」

「的外れな事言ってんじゃねぇよ 虫けらが!!

そもそも俺がいつ『悔しい』なんて言った!! 俺はこの状況がまずいって言ってんだ!!!

それに親分が手を焼いた魔王は今も戦力を拡大してる!!! これのどこがまずくないってんだ!!!」

 

ダクリュールは矛先をゼシオンに向けて更に苛立ちと焦りの感情を爆発させた。

 

「………あの、ダクリュール様、」

「あ? 何だよ!?」

 

冷静さを失ったダクリュールをセーラが引き止める。

 

「実は私も貴方様と同様の事を考え、その旨をヴェルダーズ陛下にお伝えしました。」

「!? 親分に!?」

「そうしたら陛下は『これは契機だ。』と仰っていました。ですのでこの件で焦る必要は全くございません。

それでも揉め事を起こすというなら黙っておくことは出来ませんが。」

「…………………!!

クッ!!」

 

不満を押し殺してダクリュールは席に着き直した。

 

「ほら、だから言ったでしょう。

マスターは貴方のような無鉄砲な人間とは違う。全ての行動にちゃんとした意味があるんですよ。」

「そうですよ。分かったらもう乗り出したりしないで下さいね? うざったいので。」

「………………!!」

 

更にディスハーツとサリアがダクリュールを窘める。それを他所にオオガイが口を開いた。

 

「それはそうとセーラ ガミラの姿が見当たらないが、どこに行った?

まさか無断欠席という事はあるまい。」

「それなら大丈夫です。

彼なら今 陛下 そして若様に直接 次の作戦に出動を要請しています。

なんでも『キュアブレーブは俺が倒す』と息巻いていました。」

「………そうか。()()()なら無理もないか。」

 

場が一旦 収まった事を確認してセーラは議題を次に移す。

 

「では皆様、配られた書類に目を通して下さい。」

 

厄災之使徒(ヴェルソルジャー) 全員が書類を手に取ると、そこには『グランフェリエと魔法警備団本部の出動する人間の内訳』が記してあった。

 

「………なるほど。これが()()()が持ってきた情報という訳だな。」

「その通りです。

陛下曰く、『情報は最大の武器となる』と。

そして陛下は、グランフェリエへは ガスロド様 貴方様に行って欲しいと仰っていました。」

「!? 私一人にか!?

ここには《リルア・ナヴァストラ》 《ミーア・レオアプス》 《カイ・エイシュウ》 《マキ・マイアミ》の四人が出動すると書いてあるぞ。

私一人にこの四人の相手をしろと言うのか?!」

「いいえ。陛下はグランフェリエへは戦う為でなく《布石を打つ》為に出動して欲しいと仰っていました。」

「《布石》だと?」

「はい。 具体的にはこういう事です。」

 

***

 

「………なるほどな。それは確かに私にしか出来ない事だ。そして私一人の方が都合が良い と、陛下はそう考えておられる訳だな?」

「はい。そして戦ウ乙女(プリキュア)達はまだ出発していません。つまり、」

「今から向かえば先回りして奴らを出し抜ける という訳だな?

分かった。直ぐに出発しよう。」

「詳しい事は陛下に直接聞いて下さい。

これは外部に漏れれば私達の命運を左右しかねない事ですので。」

 

ガスロドは一回 頷いて席を立った。

そしてこの会議の存在を知ること無く キュアフォースことリナ達を乗せた船は星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に向かっている。



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豪華客船 グランフェリエ 編
167 監獄争乱のその後! 再起を誓うリナ!!


リナ達を乗せた船は問題無く星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部へと向かっている。その最中にもリナは頭の中で考えを巡らせていた。そして何よりも決意が簡単に揺らいでいる自分自身を大いに恥じた。

 

(…………ちくしょう!! 情けねぇ!!

ジジイや里のみんなにあんなに大見得切ったってのにこの体たらく!!!

それにあんなに簡単に人が死んじまうなんて!!

もう戦える気がしねぇよ……………!!!)

 

リナは船の甲板で一人 頭を抱えている。

そしてその様子をハッシュと小型に戻ったヴェルド そして護衛に来たハニが後ろから見つめている。

 

『………リナちゃん、船が出てからずっとあの調子だけど、そんなに悲惨な戦いだったの?

囚人や刑務官達から死人は出なかったんでしょ?』

『うん。だけど生け捕りにしようとした署長が自分の目の前で自害してしちゃって。それがかなり堪えてるんだと思う。

やっぱり訓練も受けてない女の子をいきなり戦場に送り込むのはまずかった。取り敢えず本部に着いたら僕が安全を確保して休ませるよ。それでどうにかなるとは考えにくいけど。』

 

ヴェルドは二人の会話を黙って聞いている事しか出来なかった。解呪(ヒーリング)を使えない自分の立場からすればリナの存在は必要不可欠だが、彼女の事を考えると一概に言い切れない。

その上でヴェルドはハニに新しい話題を振る。

 

『………なぁハニよ。この事は本部の奴らは知ってんのか?』

『もちろんだよ。それで総隊長が 『二人の遺体は魔力を通してヴェルダーズの情報が出てこないか調べた後で火葬する』って言って。

まぁ調べても何も分からないだろうけど。』

『そりゃそうだろ。それでしっぽが掴めるならとっくの昔に解決してる。』

 

マーズとギンズの遺体は船に乗せて本部に送られる。海を進む30分が行きよりも遥かに長く感じられた。

 

 

 

***

 

 

「ハッシュ・シルヴァーン隊長 リナ・シャオレン殿!!

ご無事で何よりです!!!」

 

港に着くと隊員の一人がリナ達を出迎えた。しかしリナはそれを素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

「激戦でお疲れでしょう。

さぁ早く本部へ! 総隊長もお待ちしております!!」

 

三人は首を縦に振って本部へと歩を進める。

その時にリナがハッシュにしか聞こえない程の小声で呟いた。

 

『…………なぁハッシュ、』 『!』

『さっきの話、聞こえてたぜ。

心配しなくても俺はこの戦いから下りる気はねぇよ。出なきゃジジイや兄貴達に格好がつかねぇからな。

………だから一つだけ頼んでいいか?本部に着いたら里に繋いでくれねぇか?

ジジイの、みんなの声が聞きてぇ。』

『………………!!』

 

ハッシュはフォースの肩に手を回し、そしてヴェルドも彼女のそばに寄って『もちろん』という気持ちを伝えた。

 

 

***

 

 

 

「ハッシュ、そしてリナ。

まずは無事に帰還してくれた事を良かったと思おう。」

「ありがとうございます。」

 

ルベドの前でハッシュとハニが頭を下げ、それに合わせてリナも頭を下げる。

 

「特にリナ。君のおかげで裏切り者を見つけ出せただけでなく、アルカロックから死人が出る事を防げた。

心からお礼をさせて欲しい。」

「……………………!!」

 

リナは思わずルベドから目を背けてしまった。自分にはその礼を受ける資格が無いと心のどこかで思ってしまっている。

 

「………もしかして生け捕りに失敗した事に負い目を感じているのか?それなら問題は無い。

元々は僕達で調査に行く予定で、戦闘になれば少なくない犠牲は覚悟していた。

むしろ被害を抑えたんだ と胸を張ってくれて構わない。」

「…………」

 

リナはルベドの言葉を救いにしようと試みたが素直に受け取るにはどうしても時間が足りなかった。まだ頭の中にマーズの死 そしてその()()()な死に顔が焼き付いている。

 

「それでハッシュ、裏切り者は二人で間違いないのか?」

「はい。

二人の遺体は隊員にこっちに運んでもらっています。もうすぐこちらに着きますのでその時はよろしくお願いします。」

「調べた後に火葬する だったな?もちろん任せろ。

………で お前は二人の死をどう考える?」

「………奴らの頭数は減らす事が出来ましたが、士気までは下げられないと思います。

総隊長やギリスが手を焼くような奴が選び出した者達がこれくらいで精神的なダメージを受けるとは考えにくいと思います。」

 

ルベドは険しい表情で一度 頷いた。状況が好転しているようには考えられないからだ。

 

「ところで総隊長、一つお願いがあります。

彼女を、リナを少しだけ休ませてはくれませんか?

もちろん貴重な戦力である彼女を長期間休ませて欲しいとは言いません。ですがせめて 他のみんながここに戻って来るまではこの本部で治療や休息を取らせて欲しいんです。

お願いします。」

 

僭越を理解の上でハッシュは頭を下げた。

それは既にリナの事を労る感情が芽生えていた事も理由の一つである。

 

「……………頭を上げろ ハッシュ。」 「!」

「そんな事を僕が予測できないとでも思ったか?既に身体や精神治療の準備は整えてある。

考えてもみろ。 軍人の訓練をまともに受けてもない彼女が戦場から戻って来てまともでいられると思うのか。」

「……………! いいえ。」

 

ハッシュはリナの方を見た。その目は少しだけ救われたように見えた。

 

「リナ、他に何かして欲しい事は無いか?

君は僕達の為に命を掛けて働いてくれた。遠慮は要らない。」

「…………………。

じ、じゃあ龍の里に通信を繋いで下さい。一度ジジイの みんなの声がききたいんです。

それが済んだら俺はまたあんたらの為に戦えますから。」

「それで良いのか。 なら直ぐに用意出来る。

あそこには復興の為に十番隊を向かわせてあるからな。」

 

 

 

***

 

 

リナがハニに連れられて個室に行った後、ルベドとハッシュは会話を交わした。

 

「総隊長、他のみんなはもう出発したんですよね。」

「ああ。お前達と入れ違いでな。警戒するべきはグランフェリエだろうな。

あそこも動き安さを考えてだが手薄にしてしまったからな。」



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168 ついに来る搭乗の時! 豪華客船 グランフェリエ!!!

時はアルカロックの戦いが決する数分前に遡る

 

***

 

「総隊長、グランフェリエへ向かう列車の準備が整いました!」

 

リナとハッシュ そしてヴェルド以外の全員が待機している星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に一報が届いた。それを聞くや否や四人は直ぐに身支度を整えて外へ向かう。

 

***

 

「それじゃあギリス ホタル、行ってくるぞ!」

「ああ。くれぐれも三人に迷惑は掛けるなよ。

むしろこの中じゃお前が一番腕が立つんだから前に立って引っ張って貰わないとこっちが困る。

ミーアやカイはともかくマキはこれが初めての出動なんだからな。」

「ハハハハ!

私にどんと任せろ!! 私は魔界を統べた実績を持つ持つものだぞ!!!」

「……そのお前が能無しのせいで俺や()()()がどれだけ手を焼いたと思ってるんだ。」

 

蛍の耳にはかなり辛辣な事を言ったように聞こえたがリルアは全く動じる事無く笑っている。

大昔から軽口を叩きあってきたのだろう。

 

「……ではギリス殿 行ってくる。

ラドの為に鍛えたこの拳を 今度は世界の為に使おうと思う。」

「ああ。お互いに頑張ろうな。」

 

ミーア そしてマキとも同様の会話を交し、四人は豪華客船に向かった。

 

 

***

 

 

「いやー、仕事とはいってもやっぱ嬉しいッスねー! 豪華客船なんて一生縁の無い話だと思ってたッスよ!

護衛でもご飯くらいは食べても良いっスよね!?」

「もちろんだ!! グランフェリエは特に魚料理に力を入れてるからな!!

腹ごしらえも兼ねてたっぷりと食うぞー!!!」

「リルアさん! ミーアさん!

新聞によると二日目の夜景がすごく綺麗みたいですよ!」

「…………………………………」

 

列車の中で三人の少女が話に花を咲かせている。それだけなら何も問題は無い筈だが要人の護衛の直前とは到底思えない光景だ。

カイは頭の中でギリスが自分に言った『あいつらをよろしく頼む』という言葉の意味を反芻する。

 

「なぁカイ、港にはいつ着くんだったけか?」

「………あなたは一体何を聞いていたのだ?

今からだいたい四時間くらいだ。」

 

カイはリルアの見た目は完全に女の子だがかつての魔王である彼女との距離感がいま一つ測れずにいた。

 

 

 

***

 

 

 

『…………………………!!!!』

 

列車が駅に着いて十数分歩くと港に着いた。

そして四人を待ち受けていたのは想像を遥かに超えるほど巨大な船だ。

それこそ建物をそのまま横にして海に浮かべたと言われても仕方が無いと思える程だ。

 

「……あの〜、リルアさん。ひとつ聞いていいッスか?」

「……うむ。なんとなく何を言うか分かってるが質問を許可しよう ミーア君。」

「こんなに大きな船、あんたらの時代にはあったッスか?」

「いや、昔は船なんて人一人乗せれれば上等くらいの物だったぞ。

時の流れって怖いなぁ ハハハ」

 

リルアとミーアが目を白くして立ち尽くしている。ついこの前まで記憶をなくしていたり田舎の村で過ごしていた少女にはあまりにも刺激の強い光景だった。

 

「………二人とも現実逃避はそのくらいにしたらどうだ。

早く入るぞ。」

 

この中で(精神的に)最年長のカイがリルアとミーアを引っ張って船内へと連れていく。ちなみにマキはその豪華さには驚いても大きさには驚かなかった。

軍隊が巨大な船を所有しているのを知っていたからだ。

 

 

 

***

 

 

「ふむ。君達が星聖騎士団(クルセイダーズ)の使いか。ルベド総隊長から事情は聞いているよ。

私が今回のパーティーの主催者の《ジームズ・ダイフォート》だ。今日はよろしく頼むよ。」

 

肥満とまでは行かずともかなり身体に肉の付いた初老の男性が四人を出迎えた。

彼がジームズ・ダイフォート

星聖騎士団(クルセイダーズ)に資金の一部を寄付している名の知れた資産家の一人である。

 

「はっ!私が今回のリーダーを請け負った カイ・エイシュウ と申します!

世俗には疎い身ですが全身全霊を掛けて皆様の身の安全の確保、そしてこの豪華客船を狙う不届き者の確保に専念致します!!!」

「流石はあのルベドが選んだ人達だ。

頼りにしておるよ。」

 

カイが頭を下げ、それに合わせて三人も続いた。その表情は明るく笑っていた。

 

「では早速だがパーティーの会場に案内しよう。着いてきたまえ。」

 

カイ以外の三人はウキウキとした表情で歩を進める。これから起こる事は何一つとして予測していなかった。

 

 

***

 

 

カイ達がジームズに案内された数時間後、ある男もグランフェリエに乗り込んだ。

 

(………なるほど。これが《最高》とまで謳われる豪華客船か。

こんなにあっさり忍び込めるとは拍子抜けだな。まぁそれもヴェルダーズ陛下の作戦だから当然ではあるが。

 

とにかくこれでようやく合点がいった。

この作戦に選ばれたのが何故私一人なのかがな。

では早速私も作戦に取り掛かるとしよう。)

 

その声の主は厄災之使徒(ヴェルソルジャー)が一人 ガスロド・パランデ である。



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169 不穏なルベドの報告! 豪華絢爛な船内!!

『うわぁーっ!!』

「……………………………」

 

グランフェリエの甲板から水平線を見下ろすや否や三人は目を輝かせて歓声を上げた。

その三人をカイは冷めた目で見ていた。魚人族である彼にとって海はさして珍しい物でも無いからだ。

 

「おいカイ!! お前も見てみろ!!

ここからの景色 ものすっごく綺麗だぞ!!!」

「……………………

(ギリス殿が言っていたのはこういう事だったのか…………。)」

 

リルアの目は穢れなく輝いていた。

それをかつての魔王の物だとは到底信じられない程だ。

 

「なんだその顔は?

今から緊張してたら神経が持たないぞ。出航は夜からなんだから今くらいは楽にしてろってよ!」

 

もうリルアには何を言っても通用しない とカイは静かに諦めた。彼女は放っておいて自分がしっかりしよう と後ろを向いてジームズに声をかける。

 

「……その、貴方は ジームズ殿 と呼べばいいか?」

「うむ。 何か用かね?」

「早速だが本題に入りたい。此度の宴会について詳しい事を聞きたいのだが。」

「おお。 そうであったな。

今宵のパーティーは私の父から受け継いだこの財閥が今年で60周年を迎える事を祝う催しなのだ。」

「なるほど。 では聞きたいが、貴方方の所に脅迫状などは届いているか?」

「いや そのような物は来ていない。

そもそも君たちが何故私達を護衛するかをこちらが聞きたいのだ。」

 

カイは頭の中で言ってもいい情報とそうじゃない情報を整理して口を開く。

 

「実は私達は星聖騎士団(クルセイダーズ)の命を受けてとある組織を追っている。

その組織は人間や魔物を怪物に変えて従える力を持っている。そしてそいつらの次の狙いがこの豪華客船だという情報を手に入れ、私達が護衛を受け持ったと言う訳だ。」

「なんと……………!!!

確かにそれは捨てては置けぬな。分かった。

私の家族にも伝えておこう。」

「よろしく頼む。」

 

ヴェルダーズ達の事など何処吹く風で変わり映えもしない水平線を相手に浮き足立っている三人の少女を横目で一瞥し、カイは やはり自分がしっかりするしかない と思い直して考えを巡らせる。

 

(ヤツらは間違いなくここを狙う。

ここにはこれから各界の大物が其処らから集まってくる。影響力はここ以上の場所は無い。

しかしあいつらは腕は立ってもことが起こるまでは浮かれるだろうな。 やはり私が引っ張っていく他無いな。)

 

 

 

***

 

 

 

ジームズが席を後にして十数分が経った時、カイが持っていた通話結晶が光った。

 

「! ルベド殿か!?」

『その声は従属官(フランシオン)のカイだな? たった今 事が大きく動いた。

悪いが一人の場所に入ってくれないか?人に聞かれたらまずい事だから。』

「そうか 分かった。」

 

カイはリルア達に一言 言ってから近くにあったトイレの個室に駆け込んだ。

 

「……して、一体何なんだ?

その重大な事というのは。」

『ああ。あまり驚かないようにして聞いてくれ。

たった今 監獄アルカロックに潜伏していた裏切り者の正体が分かった。』

「!!!?

な、何だって!? それでどうなったんだ!!?

リナは、リナは無事なのか!!?」

『安心してくれ。 三人とも無事だ。今 本部に向かっている。

ただ、裏切り者()は全員 自害して逃げられてしまったがな。』

()?!

裏切り者は複数いたというのか!?」

『ああ。 裏切り者は監獄署長のマーズ・ゼルノヴァ そして刑務官のギンズ・ヴィクトリアーノだ。そいつらの遺体も船に乗せて運んでもらっている。

尤も それを調べた所で何も出てきはしないだろうがな。』

「……………………

 

それで、それを今 私達に伝えた理由は?」

 

ルベドは一拍置いて話し始めた。その口調には僅かに緊張が感じられた。

 

『………これは確定事項では無いが、僕達の作戦が漏れていた可能性が出てきた。

解呪(ヒーリング)を銃に込めるという作戦がな。』

「何っ!!!!?」

『そしてハッシュが ギンズが仄めかしていたんだよ。 内通者の存在を。

まぁこれも本当なのか君達を撹乱させる為のフェイクなのか半分半分だがな。それとあの時本部に誰かが入り込んでいた可能性も考慮して潜伏したという痕跡が無いか隈無く探している所だ。』

「…………他にこの事を知っているのは?」

『話したのは君が最初だ。

もちろんこれからイーラの報告を待った上でギリスにも伝えるつもりだ。』

「……なら、伝えるのはギリス殿だけにしてくれ。」 『?』

「ホタル殿には伝えないで欲しいと言ってるんだ!この件は我々だけで対処する!!

仮に我々の中に裏切り者が居ると彼女が知れば必ずショックを受ける!!!

それは彼女だけでなく我々の士気や団結力にも影響してくる!!! それだけは絶対に避けなくてはならない!!!!」

『……………!

分かった。ギリスの奴に君がそう言っていたと伝えておこう。あいつも分かってくれるだろう。僕はこれからリナ達を迎える準備を進める。

君も何かあったら迷わずに僕達に連絡しろ。

あのバカはいざという時まで役に立たないからな。それまでは君が先頭に立って引っ張ってくれ。』

「…………分かった

 

!」

 

カイが通話を切った直後、扉を叩く音が鳴った。



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170 いざ腹ごしらえの時! グランフェリエの出港 迫る!!

「!」

 

通話結晶を懐に入れた直後、カイが入っているトイレの個室の扉が叩かれた。扉を叩いたのはマキだ。

 

「カイさん? ちょっと長い見たいですけど大丈夫ですか?

お腹壊しちゃいましたか?」

「ああ いや、何でもないんだ。」

「そうですか。

ジームズさんがお昼ご飯を作ったから 呼びに来たんですよ。」

「そうか 分かった。

すぐに行くから先に行っててくれ。」

 

マキがトイレを後にする音が聞こえた後、カイは頭の中を整理して心を落ち着かせる。

 

(………私のやらねばならない事は一つだ。

このグランフェリエでジームズ殿とその家族をお守りする事。

仮に内通者が居たとしても、それはギリス殿達に任せておけば良い。私はただの戦闘員に過ぎないのだから。)

 

かつての魔王 ギリスの凄さは自分の目 そしてリュウやルベドによって証明されている。自分は何も考える事無く命令を遂行する事が最善だと自分に言い聞かせる。

 

 

 

***

 

 

「初めまして皆様。

私 ダイフォート家の一人娘の《レマ・ダイフォート》と申します。本日はよろしくお願いします。」

 

薄い桃色のドレスに身を包んだ少女がカイ達に向かって頭を下げた。その目は澄んで輝いている。

カイ達は娘にはヴェルダーズ達の事は伝えていないと言われている。その為に尚更油断は出来ない。

 

「私の母も只今こちらに向かっている所です。到着しましたら皆様にご紹介しますので、今はこの料理をご堪能下さい。」

「………否 レマ殿、その必要は無い。

既に役一名 食べ始めている。」

 

カイの隣ではリルアが既に料理にがっついていた。長時間列車に乗り続けた身体にはただでさえ豪華な料理の品々はとてつもなく魅力的に映ったのだろう。

 

「それなら問題ございません。

ささ、他の皆様も遠慮なくどうぞ。」

「………………」

 

カイは目の前の料理に目を下ろした。

いくら依頼を受けたと言ってもこんな豪華な食事を取っていいのか疑問が浮かんでくる。

 

「? どしたんスかカイさん 早く食べた方が良いっスよ!」

「そうですよ!これから忙しくなるかもなんですから今の内にしっかり食べとかないと!」

 

ミーアとマキも各々 食事に手を付け始めている。そこに遠慮という物の介在する余地は無かった。

 

「……なら私もお言葉に甘えて頂くとしよう。

この礼は貴方方をお守りする事で必ず返す。」

 

カイは腹を拵える必要がある と自分に言い聞かせて両手を合わせた。

 

 

 

***

 

 

腹八分目

その言葉はカイも良く理解し そしてそれを日常的に実践していた。物心付いた時には修行を人生の中心とし、食事は味より栄養価を重視し身体を動かすエネルギーを接種する為の行為と定義していた。

そしてそれはラドの死 そして龍神武道会に出場して蛍達に出会うまで彼の信念の一つとなっていた。

 

つまりこの日、カイは《味を重視した食事(栄養バランスは完璧らしい)》に舌鼓を打ったのだ。

リルアのようにはしたなくがっつく事は無かったがつい腹八分目を軽く超えて食事を取ってしまった。

 

「ハッハッハ!

カイ、お前もいい食べっぷりだったな!! やはりお前も沢山動く分色も太いのだなぁ!」

「……………」

 

カイはリルアに背中をバシバシと叩かれ冷やかしを受けた。事実 武道家のカイは消費する体力も多く、彼にとっての腹八分目は常人の《食べ過ぎ》にも匹敵する。

 

「……全く情けない。

たかが味覚如きに心を揺さぶられるとは 私もまだまだ未熟だ………」

「未熟? そんな事は端から分かってるだろ!?

数十年しか生きてない魚人族が完璧になれるなら魔人族なんて完璧ばかりになるではないか!」

「……………………

(何故此奴が《バカ》と言われるのか分かった気がするな……………)」

 

カイは自分の隣にいるのはただの能天気な少女ではなく かつての魔王であり、その強さはギリスや蛍からの話で良く理解している。

くれぐれも いざという時には活躍してくれ と願う事しか出来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

「うおーっ……………!!」

「す、凄いっスね……………!!」

「流石は世界最高の豪華客船って所ですか…。」

 

港には数百人の人間が行列を作って船へと乗っている。ここでしか見られないであろうその様子を四人は船の最上階から眺めている。

 

「……なんと言うか、こんなの見せられると人間って不公平なんだな って思っちゃいますね…………」

「「「全くだ。」なのだ。」ッス。」

 

と、マキの発言に三者三様の返事を返して再び乗ってくる客達に視線を下ろす。遠目で見てもその全員が豪勢な暮らしをしている事が手に取るように分かる。

グランフェリエはそこに一度でも乗れる事自体がこれ以上無い名誉なのだ。

 

「なぁカイ、 もしあの客たちの中にヴェルダーズの手先が居たとして、どんなやり方で騒ぎを起こすと思う?」

「……まぁ十中八九、客達をあのバケモノに変える事くらいだろうな。」

 

斜め後ろから見えるリルアの真剣な表情を見てカイはいざという時は頼れそうだ と少し安心した。



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171 リナを知る者の言葉! 海原を行くグランフェリエ!!

豪華絢爛な服に身を包んだ人々が全員 船に乗り込んでから数分後、グランフェリエの出航を告げる汽笛が鳴り響いた。

 

カイ達四人は主催者ジームズ達の家族の部屋の隣に集まって、ルベドと通信を繋いでいる。

 

「ルベド殿 ただ今グランフェリエは無事に出航を果たしたという事を報告する。」

『……そうか。ならこちらも報告する事がある。

リナがこっちに戻ってきた。多少怪我はしてるが無事だ。』

「………!! それは良かった…………!!

して、今彼女は?」

『龍の里と通信して一時間くらい話した後、用意した客室で休んでる。精神面のダメージはかなりあるが、あいつならすぐに元気になってくれるだろう。

とにかくしばらく 遅くとも君達とギリス達がここに戻って来るまでは本部で休ませるからそのつもりでいてくれ。』

「分かった。」

 

世界最大の監獄 アルカロック

カイ達もその存在は朧気にしか知らず、ほんの少ししか出回らない情報だけでその概要を決めていた。それほど厳重な場所での戦いは熾烈を極めたに違い無い。

リナが受けた精神的疲労は計り知れないものだろう と容易に確信できた。

 

『それでどうする?

君達もリナ達と話しておくか?』

「否、その必要は無いだろう。

私とあいつはそこまで知った仲では無い。それに戦いが控えているかもしれない今 情が掛かるのは危険だ。」

『なるほど。いかにも武道家らしい考え方だな。ならもう通信を切るぞ。

それと、ジームズに宜しく言っておいてくれ。』

「もちろんだ。彼等は私達がかならず守る。」

『君達みたいな人達が護衛なら安心だな。』

 

ルベドとの通信が絶たれた後、カイの後ろで話を聞いていた三人が一斉に口を開いた。

 

「なぁカイ、リナのやつ 本当に大丈夫なのか?」

「そうッスよ!敵とはいっても目の前で人が死ぬなんてかなりキツいッスって!」

「私もそう思います。

軍人の訓練をまともに受けてない少女がそんなのを見せられてまた戦えるかどうか…………」

 

「皆の者 そんなに悲観的になってどうする。

この中であいつを一番良く知ってるのは私だ。その私が断言する。

リナはそこまで根性無しでは無い。あいつはそんな生半可な覚悟でこんな修羅の道に入るようなことはしない。

あいつなら大丈夫だ。我々は目の前の起こるかもしれない戦いに備え、ジームズ殿達をお守りするのだ。」

 

自分達の事をそっちのけでリナにばかり気を掛ける三人にカイが言葉をかける。

 

「……分かったッスよ。あんたがそう言うなら自分達も信じるっス。」

 

ミーアの言葉に続けてリルアとマキも軽く頷く。それを見てカイは視線を渡された乗客のリストに移す。

 

「……では本題に移るが、この度我々が特に警戒すべきはジームズ殿のすぐ側の客室を宛てがわれたこの七人な訳だ。」

 

カイは三人にリストの最初のページを見せた。

そこにはグランフェリエのパーティーに呼ばれた七人の名前と顔写真が描かれている。

 

《カウェル・フルハーレン》(31)

茶髪をセミロングにした妖精族の男

職業 若手ギルドマスター

 

《ミーフェイ・ワイズマート》(43)

褐色の肌に眼鏡をかけた人間族の女性

職業 大手ポーション職人

 

《ドルダ・セヴェイル》(52)

金髪に髭をたくわえた人間族の男

職業 冒険家

 

《ゴルゴン・メイデン》(66)

濃い褐色の土妖精(ドワーフ)の男性

職業 鍛治職人

 

《リギム・ヴルハニー》(29)

人間の面影をかなり残した熊の獣人族の男性

職業 元冒険者 現護衛者

 

《ドクタフ・キューザック》(47)

濃い桃色の髪を肩まで伸ばした人間族の男性

職業 回復術師

 

《リヴィ・マグネズーム》(25)

金髪を背中まで伸ばしスーツを着込んだ人間族の男

職業 大手鉄鋼業 二代目

 

 

「………うーむ…………

どいつもこいつも知った顔では無いな。何せ記憶を取り戻してまだ数週間しか経ってないからなぁ……………。」

 

リストを見て難しい顔をするリルアに続くようにミーアとマキも顔をしかめる。

 

「それは私も同じ事だ。

ジームズ殿はこの全員とはかなり親密な仲だとは言っていた。だが、ヤツらが行動を起こすなら既にこの中の誰かに成りすまして船に乗り込んでいる可能性が遥かに高い。

なんと言ってもダルーバをハダルに見せかけることを容易にやってのけたのだからな。」

 

 

 

***

 

 

 

カイの予感はこれでもかという程当たっていた。ガスロドはカイ達が警戒する七人の中の内の()()に成り代わってグランフェリエに堂々と搭乗したのだ。

 

(………まんまと乗船できたな。しかしここまで疑い無く乗り込めるとは拍子抜けだな。ここの連中は筋金入りのお人好しの集まりらしい。

だがこれはシトレーでは力不足な任務だな。やはり陛下のお考えには一部の隙も無い。一生掛けても追いつく事も出来そうにないな………。)

 

ガスロドが乗り込んでいる事など誰一人知る由もなく、グランフェリエのパーティーは予定通りに進もうとしている。



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172 裏切りと陰謀のパーティー! 洋上の惨劇の序章!!

「我がダイフォート財閥も今年で60周年を迎える事が出来ました。これも偏に皆様のお力添えの賜物で御座います。

今宵はこの優雅なグランフェリエのパーティーを ご緩りとお楽しみ下さい。」

 

グランフェリエの中に設けられた広大な会場 その壇上に立ったジームズの開式の言葉の後には拍手喝采が巻き起こった。

それこそ これからヴェルダーズの魔の手が迫るかもしれないという危険性を跳ね除けんばかりのものだ。

 

それを尻目にカイ達四人は余所行きの格好に着替え、固まって小声で話している。

 

『………なぁカイ、今のところ 誰か怪しいヤツを見つけたか?』

『否、怪しい動きをしている人間はいない。

だが 先刻目星を付けた七人の居場所は把握した。』

 

この会場には九つのテーブルがあり、一つ一つに様々な料理が置かれている。

 

『見ろ、最初のカウェルという男は向こう奥の1番テーブル、ミーフェイとゴルゴンはその隣の2番テーブルで食事を取っている。

次にドルダは4番テーブル、リヴィとリギムは7番テーブル、

そしてドクタフは9番テーブルだ。

無論だがこの七人以外の乗客の容疑も晴れた訳では無い。くれぐれも目を離すなよ。』

『分かってる。』

 

カイ達を囲む乗客は皆 笑みを浮かべて料理を食べながら各々の話をしている。この中の()()()()()全員がこれから怪物騒ぎが起こる(かもしれない)という事など知る由もないのだ。

 

『ではこれより手筈通りに行くぞ。

私とリルア殿は今挙げた七人を中心に乗客の動きを見る。だからミーアとマキはジームズ殿とその家族に近づく輩が居ないか見張っていろ。』

『分かったッス!』 『了解!』

 

料理のテーブルを移すふりをしてミーアとマキは持ち場を移動する。ミーアはジームズの娘のレマ、マキは妻のルミナリエの背後についた。

他の乗客に怪しまれないように適度な距離を保つのも忘れていない。

 

(………マキが止まった。 という事は彼女がジームズ殿の妻か。)

 

レマから顔写真を見せられるだけの紹介しかされていなかったが婦人の居場所の把握に成功する。

 

ルミナリエ・ダイフォート

セミロングの艶のある髪と人より高い目鼻立ちが特徴の若々しい女性だ。

 

ルミナリエ婦人、そしてレマ令嬢の周りには様々な乗客が輪を作って彼女たちを囲んでいる。しかしカイ達は既に暗殺に対しては対策を取っていた。

 

(ジームズ殿とその家族には腹と背中に星聖騎士団(クルセイダーズ)から支給された防具を着て貰っている。

尤も、こんな公衆の面前で事を起こす程 連中が愚かとは思えないが…………)

「あのぉ…………」 『!』

 

持ち場に残ったカイとリルアに茶髪にちょび髭を生やした小太りの男性が声を掛けた。

 

「ああ、な なんでしょうか?(この話し方で合っているよな?)」

「いえ、大した用では。

その料理、どこのテーブルにあったんですか?」

「これなら向こうの6番テーブルにありました。」

「そうですか。

ところで、魚人族がこの船に乗っているのは初めて見ましたが、何をなさってるんですか?」『!!』

 

二人は男性の言葉を聞いてはっとした。今のところグランフェリエに発展途上の魚人族や龍人族が乗っているのは見ていない。

 

「いえ、私はしがない冒険者なのですが、この催しの主催者の ジームズ氏とは遠い親戚で、それで是非と誘われたんです。」

「そういう事ですか。

いやぁ私の周りでは魚人族や龍人族は地元愛が強く故郷を出て活動するのは極めて珍しいという良からぬ偏見がありましたので。

ですがここにはそんな目で見るような人間は一人も居ません。お互いに楽しみましょう。」

「そ そう言って頂けて嬉しいです。

それより早く行かないとこの料理、無くなってしまいますよ。」

「あぁ そうでした!

では私はこれで 機会があればまたお会いしましょう。」

 

男性はそう言って足早にカイ達の元を離れた。

それを見届けると緊張が解け二人の口から息が漏れる。

 

『…………フーっ! 危なかったなぁ。もし誰かに私達が護衛で潜入してるって事がバレたら……』

『止めろ! あまり下手な事を言うな!!

賑わっているからと言って誰かに聞かれでもしたら!!

それより問題はあの七人だ。

………今のところ、ただ料理を食べているだけで目立った動きはないな……………

 

にしても、あなたはいつまで食べているんだ!先刻あれほど腹ごしらえをしたというのに!!』

『お前こそ何言ってるんだ。 この場で料理に一切口を付けないなんて怪しまれるに決まってるでは無いか!腹がいっぱいならせめてスープとか飲み物だけでも口にしておけ。』

『…………分かった。』

 

リルアの言い分が間違ってはいないと認めたカイはテーブルに置かれていた魚介出汁のスープを皿によそった。

 

 

 

***

 

 

 

(………なるほど。二人が容疑者を見張り、残りの二人がジームズの家族に危険が無いか警戒する。

一切無駄が無い。 と言いたいところだがそれこそが無駄なんだよ。

ヴェルダーズ陛下はあんな成金の命なんて欲しくもないんだからな。)

 

トレーによそった料理を食べながら乗客の内の()()に扮したガスロドは カイ達の居場所を横目で把握しながら心の中でそうほくそ笑んだ。



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173 突如として起こる爆発!! 厄災之使徒(ヴェルソルジャー) ガスロド動く!!

ガスロド扮する()()はトイレに行くふりをして一人の時間を作り、水晶から()()()にもらったデータを呼び出して目を通していた。

 

リルア・ナヴァストラ

種族:魔人族

年齢:不明

身長:145.6cm

体重:44.5kg

贈物(ギフト):悪魔系究極贈物(アルティメットギフト)増幅之神(サタナエル)

 

カイ・エイシュウ

種族:魚人族

年齢:30歳

身長:185cm

体重:103kg

贈物(ギフト):ギリシャ神系究極贈物(アルティメットギフト)海原之神(ポセイドン)

 

ミーア・クロムウェル・レオアプス

種族:獣人族

年齢:14歳

身長:139cm

体重:41.9kg

贈物(ギフト):英雄系究極贈物(アルティメットギフト)狙撃之王(ロビンフッド)

ギリシャ神系究極贈物(アルティメットギフト)従属之神(アルテミス)

 

マキ・マイアミ

種族:人間族

年齢:17歳

身長:159.5cm

体重:52kg

贈物(ギフト):《爆掌(ニトヴル)

 

(……恐らくはカイとマキが近距離を、リルアとミーアが遠距離を担当するつもりなんだろう。

少数精鋭でバランスの取れた組み合わせだが、それも使いこなせなければ何の意味もない。

さて…………、)

 

ガスロドは懐から通話結晶を取り出して通信を試みる。

 

「………こちらガスロド。 潜入に成功した。

二人の戦ウ乙女(プリキュア)、そして二人の従属官(フランシオン)の位置を把握。

ああ。 抜かりは無い。」

『こちらディスハーツ。たった今 グランフェリエにいる連中の情報を送りました。 確認をお願いします。』

「安心しろ。たった今終えた。」

『…やはり段取りが良いですね。

しかし意外でしたよ。貴方がスパイ作戦にあそこまで積極的に関わるとはね。』

 

「…………それはどういう意味だ?」

『言わずとも分かるでしょう?

だって貴方は

 

!』

 

ディスハーツは結晶の向こうでガスロドの触れてはいけない物を感じ取った。

 

「あまり私を見くびるなよ。

昔に何があったとしてもこの私が陛下のご命令に私情を挟むとでも思っているのか?

私の経験は陛下の目的遂行の為に活かすのが賢明というものだろう。」

『………そう考えているなら安心ですね。余計な心配をかけました。

では頑張って下さい。』

「ああ。」

 

ガスロドは通信を切った。

 

「………さて、私も始めるとするか。」

 

ガスロド扮する()()は口元を歪ませ、トイレの扉を開けた。

 

 

 

***

 

 

 

「………ふう。やはり何時の時も緊張するな この場だけは。」

「ジームズ様、お疲れ様でした。」

「おお、すまんね。」

 

開式の辞を終えたジームズは会場の外でマキからハンカチを受け取って汗を拭った。

 

「……それで、マキ君 だったね。

そのグランフェリエを狙っているという組織は見つかったのかね?」

「いえ、それはまだ何とも。

怪しそうな人は何人か目星をつけたんですが、確信は掴めていないのが現状でして…………」

「……それはつまり、今来ている乗客のうちの誰かに成りすましている可能性がある という事なのかね?」

 

今までの物腰穏やかな表情から一転して ジームズの顔が険しくなった。

 

「はい。私達が追っている組織はそれくらいの事は平気でやります。ただ、成りすました人が始末されている可能性は低いと思います。

今はまだ目立つような行動は起こしていませんから。」

「………一体星聖騎士団(ルベド君達)が追っているその連中の目的は何なのだね?

分かっているのだろう?」

「そ、それは………………」

 

 

ドガァン!!!!! 『!!!!?』

 

平和なパーティーが行われる豪華絢爛なグランフェリエの船内には決して相容れない筈の爆発音が乗客全員の鼓膜を振るわせた。

その直後、悲鳴や慌てふためく声が船内に響き始める。

 

マキは冷静さを失う事無く通話結晶を取り出してカイに繋ぐ。

 

「カイさん!! マキです!!

私は今 ジームズ様と一緒に居ます!!! そっちの様子はどうなっていますか!!?」

『こちらカイ!!

会場は今 混乱状態だ!! リルア殿は一緒に居るが、目を付けた七人を見失ってしまった!!!今はここから動けそうにない!!

悪いが君が爆発源の確認をしてくれ!!!』

「えっ!? でもそれだとジームズ様が!!」

『………!!

ならばミーアは!? ミーアはその近くにいないのか!?』

「ミーアなら今こっちに……!!」

『なら話は早い!!

ミーアの到着を待って、君が爆発源の確認を急げ!!!』

「了解!!」

 

慌てふためく乗客達がひしめく会場の中でカイの声を聞いていたガスロドは口元を緩めた。



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174 悪夢のゲームの始まり!! 姿を現すガスロド!!!

「マキーーーーーーッ!!!!」

「!! ミーア!!」

 

ミーアが大声を上げながらマキがの方へ駆け寄ってきた。その後ろからレマとルミナリエも着いて来ている。

 

「お父様「あなた!!」!!」

「おお!レマ、ルミナリエ!

無事で何よりだ!!」

 

妻子の無事を確認するや否や ジームズは駆け寄って二人を抱きしめた。微笑ましい光景ではあるが今のマキにはそんな感情を抱いている余裕は無い。

 

「ミーア、よく聞いて!

今 カイさんから連絡があって、爆発源を私に確認しに行って欲しいって言われたの。

ミーアはここでジームズ様達を警護して!!」

「わ、分かったッス!!」

「頼んだよ!!!」

 

ジームズ達をミーアに託し、マキは廊下を駆け出した。

 

 

 

***

 

 

 

「何だ何だ?」

「一体何の騒ぎですの?」

「おい、消火班はまだ来ないのか?!」

(! あそこか…………!!)

 

マキが駆けつけた時には既に野次馬が壁を作り、その上から黒煙が上がっていた。

 

「皆さん落ち着いて!!

危ないですから離れてください!!」

 

マキは人混みを避けて爆発源を確かめようとするが、ただの余所行きの格好をした少女の言う事に耳を傾ける者は少ない。

そしてその中でも険しい顔付きをした男がマキにきつい声を掛ける。

 

「何者だね、君は?!」

「私は星聖騎士団(クルセイダーズ) 直属の私服警備員です!!

ここは危険ですので早く避難を!!!」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)

グランフェリエに乗れるだけのセレブ達にもその名前は広く知れ渡っており、次々とマキが通る為の道を開けてくれる。

 

「!! こ、これは…………!!」

 

マキが見つけたのは黒煙を上げ、真っ二つに割れた小石だった。すぐさま通話結晶を取り出し、カイに繋ぐ。

 

「カイさん、聞こえますか!?

爆発源と思われる物体を確認しました!! 爆発源は小石に魔法を組み込んだ簡易的な爆弾!!

時限式で爆発する物と思われます!!」

『そうか。

気をつけろ。調べる前にはできる限り人を遠ざけるんだ。まだそれに魔力が残っている可能性もあるからな!!』

「分かりました。

皆さん!! 危ないですから下がってください!!!

大広間に私と同じ私服警備員が居ます!! 避難してください!!!」

 

先程まで爆弾と化した小石に興味を持っていた人だかりが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。廊下に人がいなくなったのを確認してマキは小石に手を伸ばす。

 

ボンッ!! 「!!?」

 

マキの手が触れる直前、小石が 爆発とまでは行かない位の音を立てて破裂した。そしてそこから魔法陣が浮かび上がり、その上に一人の男が姿を現す。

ペストマスクで顔を覆い白衣に身を包んだ男だ。

 

「な、何……………!!?」

『フフ。初めまして。

落ちぶれた惨めな魔王ギリスに唆された哀れな狗共よ。』 「!!!」

『私は未来の皇帝 ヴェルダーズ様の誇り高い戦士が一人 ガスロド・パランデという。

最初に言っておくが、これは前に撮った物で、諸君の質問に答える事は出来ないからそのつもりでいてくれ。

単刀直入に言うと、先程起こった爆発、あれは私が仕組んだ物だ。』

「!!!」

 

マキの表情が一気に歪んだ。

幻影(ホログラム)状態のガスロドは気にも留めずに話を続ける。

 

『………次に君達は 私の目的は何だ と考えているのだろう。 それには答えるつもりは無い。

ジームズの家族か乗客か、あるいはこの船の転覆か、それはこれから分かるだろう。

それにこの船には私以外にも誰か乗ってるかも知れないな。』

「……………!!!!」

『フフフフ。怖いだろう?恐ろしいだろう。

疑心暗鬼になればなるほど君達は自分の首を締めていく。何時まで正気を保っていられるか見させてもらおう。』

 

ガスロドの言う通り、マキはこの時しっかりと《恐怖》を覚えた。自分の心が見透かされているかもしれないという事に、そして敵がガスロド以外にもいる()()()()()()という事に。

 

『さあ、ゲームの始まりだ!!!!』

 

ドガァン!!!!! 「!!!!?」

 

マキの後ろから爆発音が聞こえた。それに続くように乗客達の悲鳴と無数の足音が聞こえてくる。

 

(わ、分からない!!

あいつは一体何をしたいの!?

船を沈めたいなら最初の一発で操縦室を爆発させれば良いのに、乗客の命が欲しいならもっと人気の多い場所を爆発させる筈なのに!!!)

「と、とにかくみんなに連絡を…………!!!」

 

「カイさん!! ミーア!! リルア!!

敵の正体が分かりました!!名前は《ガスロド・パランデ》!!!

今の爆発はどこで起きたか分かりますか!?」

『こちらリルア!! たった今爆弾らしい物体を見つけた!!船尾近くのトイレに仕掛けられていた!!』

『なるほど、敵の狙いはこの船か!!!

この豪華客船を沈めて世界を混乱させようという魂胆なんだ!!!』

「いや、それはありません!!

もしこの船が狙いなら最初に操縦室を爆発させている筈です!!

とにかく今はジームズ様とその家族の身の安全の確保と操縦室への連絡を急ぎましょう!!!」

『『『分かった!!!』ッス!!!』のだ!!!』



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175 狙われた操縦室! 仕掛けられたガスロドの罠!! 爆発するカイの怒り!!!

「━━ったく、こんな騒動になってるというのに操縦室の連中は何を呑気に船を動かしてるというのだ!!」

「分からんが、恐らくは何か敵の手が回っているのだろう!マキが言ったように、船を沈めるのが狙いなら先の攻撃で操縦室を爆破している筈だ!!」

 

カイとリルアは人がひしめく大広間を抜け出し、操縦室へと向かっている。船を止めるように促すのが目的だ。

 

「操縦室は最上階、この階段を駆け上がれば着くぞ!!!」

「よっしゃ!!!」

 

階段にも爆音に戸惑う乗客達が詰め寄っている。しかしそれは星聖騎士団(クルセイダーズ)の名前を出せばすぐに道を譲ってくれる。

 

「操縦室はあの扉の奥に

!?」

 

操縦室の扉の前に数人の乗客が集まっていた。

 

「私は星聖騎士団(クルセイダーズ) 直属の私服警備員だ!!

何かあったのか!?」

「ああ。騒がしいから船を止めるように言いたいんだが、ノックしても返事が無いんだ。」

 

男の言葉でリルアの顔が青ざめていく。

 

「!!? 返事が無いだと!!?

まさか敵は既に乗組員を━━━━」

「否、それは考えにくい。

もしそうならもっと潮に流されている筈だ。

諸君、危ないから下がっていてくれ。」

「!!? まさかお前━━━━━━」

 

カイは靴を脱いで地面を力強く踏み締めた。その脚からは水が滴っている。

 

「かああああああああぁぁぁッッッ

海原之神(ポセイドン)》!!!!!」

 

 

 

***

 

 

 

「船長、前方25km、航路クリアになりました。」

「ようし。速力を上げろ。」

 

操縦室では、船長が乗組員に指示を出している。それこそ()()()()()()()()()かのように。

 

 

「カアッ!!!!!」 ドカァン!!!!!

『!!!!?』

 

カイが《海原之神(ポセイドン)》の水圧で速度を上げた蹴りで 施錠された頑丈な扉を蹴破った。

 

「な、何だ君は!!?」

「私はジームズ殿を警護している私服警備員だ!!!

一体何をしている!!? 早く船を止めるんだ!!!

この船は爆破されているんだぞ!!!!」

「ば、爆破!!??

我々には何も聞こえませんでしたが━━━━」

「何だと!!? まさか━━━━━」

 

カイが乗組員からひしゃげた扉に視線を向けると、既にリルアが調べていた。

 

「そのまさかのようだぞ。

この扉に魔法陣が仕掛けてある。外からの音を一切遮断する魔法のようだ。」

「………………!!!!

おのれ ガスロド!!!!」

 

カイは感情を床にぶつけそうになるのを必死に堪えた。その行為すら この船にどんな影響を与えるか分からない。

 

「あ、あの、 ガスロドというのは?」

「この船を爆破した犯人だ!!!

今外は慌てふためいているぞ!!!」

「な、なんと!!

船長、早く船を近くの波止場に!!!」

「よ、よしそうだな。

このすぐそばに波止場がある!! 取り舵いっぱい!!!」

『取り舵いっぱ━━━━━』

 

ドガァン!!!!! 『!!!!?』

 

乗組員達が掴む舵輪の周囲が轟音と共に爆煙に包まれた。乗組員達は全身に煤を浴びて吹き飛ばされる。

 

「お、おい!!! 大丈夫か!!!?」

「待て!! 近づいてはならん!!!

奴だ!!! ガスロドは既にここにも爆弾を仕掛けていたのだ!!!」

 

船の操縦を司る舵輪の破壊

その行動がどれほど深刻な影響を及ぼすか 操縦室に居る全員が理解していた。

 

「船長、どうしますか!!!?

これでは船の操縦が出来ません!!!」

「慌てることは無い!! 錨だ!!!

錨を下ろして船を止め、外部から脱出艇の要請をするんだ!! 急げ!!!」

「はっ!!!」

 

乗組員の一人が通話結晶を取り出し、舳先にいる乗組員に連絡を取る。 しかし、話を聞くにつれてその表情がどんどん青くなっていく。

 

「ど、どうかしたか!?」

「た、たった今 舳先から連絡がありまして、錨が誰かに破壊されていると!!!!」

『!!!!!』

 

乗組員から発せられた言葉は、グランフェリエが曲がる術も停る術も封じられたという事を意味していた。

 

「じ、じゃあこの船はこの海の上で孤立してしまったという事か!!!

!!!」

 

船長が気配に気付いて視線を向けると、カイが溢れんばかりの怒りに顔を歪ませていた。

 

「……………………!!!!!

おのれ奸者め……………!!!!! うおぉ!!!!」 「!!?」

 

カイは操縦室から飛び出して廊下を駆け出した。そうしなければ操縦室を破壊しかねなかった。

 

「ガスロドォ!!!!! 私と勝負しろ!!!!

卑怯者め!!!! 姿を見せろォ!!!!!」

 

カイは声を荒げながら血眼になってガスロドを探すが見つかる事は無い。

 

 

 

***

 

 

(フフフ。やはり格闘家の名残が抜けていないな。君達が立っているこの場に《卑怯》などという言葉は存在しないというのに。

せいぜい足掻いてみろ 戦ウ乙女(プリキュア)共よ。)



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176 戦場に立つ武道家!! 惨状と化す豪華客船!!!

カイは脇目も振らずに廊下を駆けている。その目的は屋上 即ち甲板に上がる為だ。

 

「おい待てカイ!! 落ち着け!!

そっちには人だかりがあるのだぞ!!!」

 

リルアが必死にカイに声を掛けるがガスロドへの怒りがその声を遮断する。リルアが声を掛けたのはカイが向かっているであろう階段には人がひしめき合っていると予想したからだ。

しかしカイもそれを予測できないほど冷静さを失ってはいなかった。

 

「ぬうっ!!!」 ブシャアッ!!!

「なっ!!?」

 

カイが曲がり角に消えるや否や水が吹き出る音と人々の驚く声が聞こえてくる。その音だけでリルアは瞬時にカイが足裏から水を吹き出して階段に居る人だかりの上を飛び上がったのだと理解した。

 

 

 

***

 

 

 

「フウッ フウッ フウッ……………!!!!」

「おいカイ、冷静になれよ!!」

 

全力疾走を数十秒間し続け、さらに究極贈物(アルティメットギフト)を使い続けたカイは肩で息を上げている。しかしその表情は依然として険しいままだ。

 

 

「ガスロド・パランデェ!!!!!

卑怯者めが!!!! 今すぐここに出て来い!!!!

私と堂々と戦えェ!!!!!」

「!!!」

 

カイは肺の中の空気を全て使い果たす勢いで声を上げた。しかしそれが無意味である事はカイ自身が一番良く理解している。

声を聞いて甲板に避難した乗客達が不審がってカイを見るが、気にも留めずに感情を抑え荒い呼吸を上げている。

 

『………おい いい加減にしないか!!

私達は私服警備員だぞ!これ以上目立ってどうする!!

? おい、どうした??』

 

奇行を繰り返すカイに小声で話し掛けるが、その様子がおかしいと気付き立ち止まる。

 

「…………… ぬうっ!!!!!」 「!?!?!」

 

カイは身体を折り曲げ、自分の鼻に膝を叩き込んだ。無論カイの身体は鼻から血を出しながら吹き飛び、地面に叩きつけられる。

が、すぐに身体を回転させて立ち上がり、そして鼻の片方ずつを押えて中に溜まった血を吹き出した。

 

「カ、カイ…………?!」

「済まぬ!! たった今 頭を()()()()!!!

私も頭では分かっているのだ。ここは武舞台などでは無く掟など無い戦場であるという事はな。

もう大丈夫だ。心配をかけてしまったな。」

「………!! そうだろうと思っていたぞ!

とにかく今はミーアに連絡を!」

 

リルアは結晶を取りだし、ミーアへと繋いだ。

 

「ミーア! リルアだ。

今は甲板に居る。そっちはどうだ!?

ジームズ達は無事か!?」

『ジームズさん達は無事ッス。今は大広間の裏でじっとしてるッス。

だけど乗客達はみんなパニクって説明してくれの一点張りで後どれだけ抑えられるか分からないッス。』

「そうか。こっちもこっちでまずい事になってな。舵輪と錨をやられて この船は曲がる事も止まる事も出来なくなってしまってるんだ!!」

『!!!』

 

結晶の向こう側からミーアの動揺する声が聞こえてくる。

 

『分かったッス。じゃあ自分もこれから甲板に』

「それはダメだ!ミーア、お前は絶対にジームズ達から離れるな!!」

『! わ、分かったッス!

ならせめて外部にこの事を伝えた方が』

「無駄だ。」 『!』

 

リルアは既に畳まれた帆を持つ柱がそびえ立つ上空に目を向けた。かつての魔王であるリルアの目はグランフェリエを覆う薄い魔力を捉えていた。

 

「敵 そのガスロドってのはとても用意周到な奴のようだ。既にこの船には外部との通信を妨害する 系の魔法が仕掛けられている。

だが安心しろ ミーア。敵は策に溺れたようだ。」

『? どゆことッスか?』

「お前に一時間に一回 ルベドの所に報告しろって言ってただろ?あれには通信が無かったらここに応援を寄越す手筈になってるんだ。

そして、次に定期通信を寄越す五分前にガスロドは動き、妨害魔法を発動させた。

それから今で二十分。 つまり十五分前から星聖騎士団(クルセイダーズ)がこっちに向かってきてるという事だ!!

 

? おい、どうした?」

 

結晶の向こうでミーアの息が荒くなっている。

 

『……リ、リルア。

自分 一時間前の定期報告、()()()()ッス……………!!!』 「!!!!?」

 

リルアは言葉にならない動揺の声を上げた。それはミーアが報告を忘れたからでは無い。

 

「カイッ!!!!!」

「!!? どうかしたか!?」

「たった今 ミーアから連絡があって、あいつ 一時間前の定期報告を()()()()らしい!!!」 「!!!?」

「今すぐ周囲を確認してくれ!! 星聖騎士団(ルベド達)の船が来ている()だ!!!!」

 

リルアが『筈』という言葉を使ったのは応援の船が来ていると()()()()()()からだ。

 

「否、どこを探しても水平線まで何の船も無い!!! だが馬鹿な!! こんなことは有り得ん!!!」

「ああ。これはつまり、

私達の立てた作戦が()()()()()…………………!!!!」



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177 戦士達を翻弄する布石!! 洋上に孤立する戦ウ乙女(プリキュア)!!

カイは表面上 『有り得ない』という表現を使ったが、彼は心の中で既に気付いていた。

グランフェリエに出向いた自分達にも既に内通者の手が回っている可能性があるのだ。

 

「………やはりそのようだ。

この通信妨害魔法の外側に偽の定期通信を寄越す魔法が掛けられている。

だが分からん!奴らはどうやって星聖騎士団(ルベド達)との通信の詳細を知ったんだ!!?」

「………恐らく、あの時の合同作戦会議の時に奴等の手先が入り込んでいたのだろう。

実は先刻 ルベド殿から連絡があって、本部に潜入された形跡が無いか調べているそうだ。

(これは嘘では無い。まだ内通者が居る事が()()していない以上 下手な事を伝える訳にはいかん。)」

「…………!! そうか 分かった。」

 

リルアも星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部の堅牢さをよく理解する人物の一人であり、彼女もまた潜入者など考えられない と言いたげな表情をしていた。

 

「つまりルベド殿達は依然として私達が無事にこの船で任務に当たっていると思い込んでいると言う訳だ。」

「くそっ!! なら私がここから飛んで直接ルベドの所に行くしか無いか!!」

「無駄だ。今のリルア殿では彼の本部に行くまで時間が掛かり過ぎる。」

「………! ならお前が行け! お前は魚人族だろう!!」

「それとて同じ事だ。

確かに私は海を早く進む事は出来るが、その速度は陸までは持たん。」

 

「……………!!

ならこれしか無いか!!!」

「!! リルア殿!!」

 

リルアは懐からブレイブ・フェデスタルと剣を取り出した。戦ウ乙女(プリキュア) キュアグラトニーに変身する為の行動だ。

 

「《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!」

 

リルアの全身が桃色の光に包まれ、光が晴れるとそこにキュアグラトニーが立っていた。

 

「リルア殿、まさか!!」

「応ともよ!!! これなら本部までひとっ飛びだ!!!!」

 

一人の少女が発光し姿を変えた。

その異様な光景に甲板に避難していた乗客達は呆気に取られるが、グラトニーは少しも気に留めない。

 

「安心しろカイ! すぐに戻ってくる!!!

はあっ!!!!」

 

グラトニーは床板を傷付けまいと初速は抑えたがそこからは全速力を出してグランフェリエを飛び立った。目指すは星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部だ

 

ガンッ!!!! 「ぶへっ!!!!?」 「!!!?」

 

グラトニーの身体はグランフェリエに張られた魔力に弾かれた。その身体は彼女自身の勢いで船の端に激突する。

 

「な、何故だ………!!? 何故 出れない……………!!?」

「お、おい……………!!」 「!!?」

 

カイの声が聞こえる方向に視線を向けたグラトニーは自分の目を疑った。カイの腕がグランフェリエを覆う魔力の()()にあったからだ。

 

「ど、どういう事だ!!?」

「な、何故 リルア殿が弾かれて私は出る事が出来る…………!!?」

 

カイはさらに船から身を乗り出した。二人の予想通り カイの身体は何の抵抗も無く船の外へ出ていく。

 

「! リルア殿!!

ここに魔力で文字が書いてあるぞ!!!

………『リルア・ナヴァストラの出入りを拒み、その代償としてその他全員の出入りを許可する』。」 「な、何だと!!!!?」

 

かつての魔王であるリルアは 魔法式に魔力で文字を書き込む事である程度の効果を付与出来る事を知っていた。そして強力な効果を付与したければデメリットを課さなければならないという事も。

 

「ほ、本当にそう書いているのか!?

グッ!!?」

 

グラトニーは魔力の外に書かれたという文字を見ようとするが、案の定 魔力に阻まれて弾かれ、倒れ込んでしまう。

 

「しかし分からん!! 連中は何故 私だけを出さないなんて()()()を冒したのだ!?

もしこの船に私以外に空を飛べる人間が居でもしたら…………!!!」

「否、()()では無いのだろう。

奴らは知っていたんだ。この船に調べに来る人間の中で空を飛んですぐにルベド殿達の本部に行く事が出来るのは リルア殿、貴女だけだという事を!!!」

「…………!!! くそっ!!!」

 

グラトニーはリルアの姿に戻り、悔恨の念を床にぶつけた。これで自分達はグランフェリエの中に閉じ込められ、外部に助ける道は完全に封じられてしまったのだ。

 

「………おいカイ、本当に本部に誰かが潜入していたと思うか?」

「?!! どういう意味だ!?」

「だってそうだろ!!? グランフェリエに行く人選を決めたのはだいぶ後だ!!!

それだけ長い時間潜入者が居て、誰も気付かなかったなんて事があると思うか!!!?」

「!!!」

 

当時の星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部にはリルアを含めかつての実力者が沢山居た。

彼等の実力を一番良く知っていたのは誰でもないリルア自身だ。



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178 海原に消えるカイ!! ガスロドの狡猾な罠!!!

カイはリルアの質問に答える事が出来なかった。ルベドの事はほとんど知らないが、彼の実力は疑いようも無い物だからだ。

 

「カイさーーん! リルアーーー!」

『!!』

 

声の方向に振り向くと、ミーアが甲板に上がって駆け寄って来た。その後ろにはジームズとその家族も付いて来ている。

 

「ミーア! 無事だったか。

聞いてくれ。リルア殿をここから出さないように結界が張られ、外部に連絡を取る事が出来なくなってしまったのだ。」

「な、なんと!!」

 

カイの告白に反応したのはミーアでは無くジームズだった。カイはジームズの方へ歩き、その両肩を掴む。

 

「ジームズ殿、貴殿も知っているように今この船は外部からの攻撃を受けて極めて危険な状態だ。だから貴殿達は避難船でここから避難して欲しい!!」

 

カイの必死さに ジームズは何を言うでもなく首を縦に一回振った。それを見るや否や 通話結構を取り出して乗組員へと繋ぐ。

 

「おい君、聞こえるか!?

すぐに避難船を一つ用意してくれ!! ジームズ殿とその家族を避難させる!!!」

 

カイが早口で指示を伝えて数秒後、手早く結晶を懐にしまってジームズ達に向かって口を開く。

 

「ジームズ殿、たった今避難船の確保に成功した!!

すぐに貴殿達を避難させる!! 港までの護衛は私が受け持つ!!!」

 

カイの必死さに押され、ジームズ達 全員が一言も発する事無く承諾した。

 

 

 

***

 

 

乗組員の連絡では、大人数を乗せられる船は何者かに破壊されておい、残されていたのは数人が乗れるだけの小型の船だけだった。

 

「ではリルア殿、ミーア、マキ、

ジームズ殿達を送り届けたら直ぐに戻って来る!! だからそれまで持ち堪えてくれ!!!」

 

持ち前の腕力を以て全力でオールを漕ぐ最中、カイは思考を巡らせていた。

 

(………ガスロドは大型の船だけを破壊し、小型の船だけを残していた。

つまり、大人数を逃がすのは都合が悪いが奴等の狙いはジームズ殿では無いという事だ、

このまま彼等を避難させ、その足で戻れば何も問題は無い!!!)

 

 

 

***

 

 

 

「………何とか守らなければならんヤツは助けられたな。

あの家族にはすまないが あのまま船に居られたら私達の行動が否が応でも制限されてしまうからな。」

「けどリルア、カイさんが船を出れるならそのままルベドさん達の所までこの事を伝えに行けば良いんじゃないんスか?」

「ダメだ。ここから脚で本部に行くのは遠すぎる。時間がいくらあっても足らない。」

 

リルアは顔つきを変えてミーアに指示を出す。

カイやルベドが期待していたいざという時の魔王の本領が発揮されているのだ。

 

「それでリルア、これからどうするの?」

「とりあえず 船内に入る。

とにかく敵はこの中に居る筈だ。一刻も早く見つけださなければ」

『!!!!?』

 

その瞬間、三人の背筋に寒気が走った。それが何なのかはリルアだけが知っていた。

 

「な、何すか今の!!!」

「何か、背筋にゾクって走ったけど!!」

「お前達はこれが初めてか。

これが戦ウ乙女(プリキュア)とそれと契約した物が持つ贈物(ギフト)、《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》だ!!!」

 

ヴェルダーズの配下が活動し、チョーマジンが発生した事を知らせる贈物(ギフト)、《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》。

ミーアとマキがそれを体験したのはこれが初めてだった。

 

「もう分かってるだろ!?

ガスロドのヤツが乗客を化け物に変えたんだ!!

!!!」

 

リルアが先陣を切って船内に飛び込むと、そこには大量の人型のチョーマジン そして逃げ惑う乗客達 という光景が広がっていた。

 

「……………!!!

カイさーーん!!! 戻るっス!!! 敵が、ガスロドが乗客をバケモンに変えちまったんスよーーー!!!!!」

「カイさん………!!!

もう気付かない所まで離れてる…………!!!」

 

ミーアとマキが船から身を乗り出すと、カイとジームズ達 家族を乗せた船は水平線の彼方まで離れてしまっていた。

当時の二人は知る由も無いが、《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》には機能する範囲が決められているのだ。

 

「なんてツイてない!!

カイさん、()()()()船から離れすぎて……………!!!」

「いや、たまたまでは無いのだろう。」

『!!』

 

二人が振り向くと、リルアが船内から引き返していた。

 

「リルア、たまたまじゃないってどういう事ッスか?」

「そのままの意味だ。

恐らくガスロドはジームズが、カイがこの船の異変に気付けないくらい遠く離れた時に発動して乗客達をチョーマジンに変える。

そういう手筈だったのだろう。

全く用意周到な男だ…………!!!」

 

リルアはこの時認めざるを得ないと思っていた。

本来 命に変えても守らなければならないジームズが自分たちの行動を制限する枷になってしまっているという事を。



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179 チョーマジン大量発生!! 船内を駆ける戦ウ乙女(プリキュア)!!

「リ、リルア!!

どうするんすかこれ……………!!!」

「どうもこうもないだろ!!

私達だけで何とかするしかないぞ!! カイが戻ってくるまで私達だけで場を繋ぐんだ!!!

行くぞミーア!!!!」

「ウ、ウス!!」

 

リルアは懐からブレーブ・フェデスタルを取り出してミーアに見せた。その行動だけでミーアは これから戦ウ乙女(プリキュア)に変身するという事を理解する。

ミーアも懐からブレーブ・フェデスタルと剣を取り出した。

 

「やるぞミーア!!!」

「ウス!!!」

 

リルアとミーアはフェデスタルの台座に剣を突き刺して回し、《プリキュア・ブレーブハート》の言葉を唱えた。

二人の身体からピンク色とオレンジ色の光が発し、光に包まれた。

光が晴れると二人がキュアグラトニーとキュアレオーナに姿を変えて立っていた。

 

「二人共良く聞け。これから三人一組で行動する!

それからレオーナ、チョーマジンも数が数だ。解呪(ヒーリング)はいくらあっても足らない。必要最低限だけを使って被害が出そうな所を優先的に乗客に戻せ。

出来れば敵を叩いて戻したいが、それは現実的じゃない。とにかく、カイが戻ってくるまで私達だけで乗客達を守るぞ!!!」

「ウス!!!「了解!!!」」

 

作戦を確認しあった後、三人は船内に向かって駆け出した。その時、船内の窓からガスロドがリルアとミーアが変身する所を見ていた事を三人は知る由もない。

 

(…………なるほど。百聞は一見にしかずとは良くぞ言ったものだな。

あれが戦ウ乙女(プリキュア)の変身か。まさかあんな一瞬で姿を変えるとは。

それとも何かからくりがあるのか?とにかくこの場を離れるか…………。)

 

ガスロドは他の乗客に紛れてチョーマジンから逃げるふりをして三人から距離を取った。

 

 

 

***

 

 

 

「レオーナ、マキ、私のそばを離れるなよ!!」

「ウス!!!「了解!!!」」

 

三人は甲板から船内の最上階に入った。

 

「グラトニー、まずはどこに向かうんスか!?」

「それは分からんが大広間と機関室は外しても良いだろう。

さっきの爆発騒ぎで大広間の人間は軒並み出払ってるし、ガスロドの狙いが船の沈没じゃ無いことは分かっている。今の私達にやれる事はチョーマジンを退けながら乗客の安全を確保する事だけだ!!!」

「なんかグラトニー、一気にリーダーシップ出して来たッスね!」

「当たり前だ!!私は腐っても魔王だぞ!!!」

 

ギリスがそうであったようにリルアも同様に魔界を束ねた魔王の一人だ。(精神的に)最年長のカイを失って窮地に立たされた事でその経験が無意識の内に現れているのだ。

 

「ちなみに私の考えだが、ガスロドは最初にマークした七人はチョーマジンに変えてないと思う。とにかくこれでかなり探しやすくなったぞ!!」

「グラトニー!! あれを!!!」 「!」

 

マキが指差した方向に視線を向けると、物陰に人型のチョーマジンが襲いかかっている。ラジェルから聞いた影魔人(カゲマジン)が(現状)居ないだけでも幸運だ とグラトニーは思った。

 

「マキ!! あいつを頼めるか!?」

「了解!!」

 

マキは持ち前の健脚でチョーマジンとの距離を詰め、その脇腹を狙って掌底を振りかぶる。

 

「《爆掌(ニトヴル)》!!!!」 「!!!?」

 

マキの掌から高熱を帯びた爆煙が吹き出し、チョーマジンの身体を吹き飛ばした。素体である乗客の身体は傷付けないように火力を調節した上での爆発力だ。

 

周囲にチョーマジンが居ないことを確認した上で物陰に隠れていた乗客の無事を確認する。よそ行きの格好をした母親と少女が二人で縮こまっていた。

 

「大丈夫ですか!!?」

「あ、あなたは…………!?」

 

マキが駆け寄って母娘の無事を確認する。

子供の方は怯え切ってマキの方を見ないが母は何とかマキの事を聞けるくらいには落ち着いている。

 

「私は星聖騎士団(クルセイダーズ) 直属の私服警備員です!!

この船は外部からの攻撃を受けて乗客が怪物に変えられてしまっています!! ここは危ないですから早く非難して下さい!!」

「避難って どこに……!?」 「!!」

 

マキは一瞬で母親の質問の意味を理解した。

船全体が攻撃を受けているこの状況でどこが安全かなど分かる筈もないのだ。

 

「……グラトニー、一時 単独行動の許可を。」「!?」

「私が一人で安全な場所を探してこの母娘を避難させます!!」

「そうか 分かった。

ならこれを持って行け!!」 「?!」

 

グラトニーが差し出した手を取ると、その握られた手が淡く光った。解呪(ヒーリング)を渡されたのだ。

 

「こいつで数体はチョーマジンを人間に戻す事は出来るが多用はするなよ。

こいつが切れた後お前の身体にどんな影響があるか分からないからな。」

「了解!!!」



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180 変幻自在の錨が襲う! 船内に出没する上位種!!

「マキ、もしかしたら敵はガスロドの他にも居るかもしれん!! 危なくなれば躊躇う事無く解呪(ヒーリング)を使え!!!」

「了解!!!」

 

マキは二人の母娘をかばいながらグラトニーとレオーナの元を後にする。その後ろ姿だけで彼女を十分に信頼出来る。

 

「グラトニー、自分達はどうするんスか!?」

「この船の中で人が逃げ込む場があるとするならあの大広間くらいしか無いだろう。

そこに向かうぞ!!」

「ウス!!!」

 

 

***

 

 

グラトニーとレオーナは船内を駆けて行く。

その短い間にも十数体のチョーマジンが二人の行く手を阻む。

 

「レオーナ、頼む!!」 「ウス!!」

 

レオーナが放った矢はチョーマジンの胸に刺さり、その意識を奪った。ほんの少しの解呪(ヒーリング)とグラトニーが掛けた催眠魔法が矢に乗っているのだ。

 

「こうやって動けなくすれば、解呪(ヒーリング)を節約してカイが来るまでの時間を稼げる!レオーナ、一気に行くぞ!!!」

「分かったッス!!!」

 

レオーナは一気に十発の矢を放った。それらの全てが狙撃之王(ロビンフッド)の効果を受けて物理法則を無視した軌道で飛んで行く。

 

「私達にはこの船の中にいるチョーマジン達の居場所が分かる!! この分だとガスロドの奴は乗客の三割方を変えてるようだな。」

「そうみたいッスね。この調子ならなんとか」

『!!!』

 

グラトニーとレオーナは前方に起こる異変を同時に感じ取った。

 

「レオーナ!! 前方から一体向かってくるぞ!!」

「そんなまさか! 矢はちゃんと当たってるはずっスよ!!」

「知るか!! 考えている余裕は無い!!

チョーマジンだったら直ぐに迎え撃て!!」

「り、了解ッス!!」

 

廊下の奥から向かってくる()()は二人の《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》に引っかからなかった。万に一つ 逃げて来た乗客である可能性も考慮した上で矢を引き絞る。

だがその生物は人間の速度を遥かに超えていた。逃げて来た乗客である可能性は消失した。

 

「行け!!!」

 

レオーナは持てる腕力の全てを以て向かってくる生物に向かって矢を放った。いつも通りの必中の矢だ。

 

 

バキッ!! 「!!!?」

 

その生物はレオーナが放った矢を真っ向から弾き飛ばした。その衝撃で矢に乗せた狙撃之王(ロビンフッド)の効果が消失する。

 

ドゴッ!!!! 『!!!!?』

 

二人が立っていた場所にその生物の攻撃が突き刺さった。咄嗟に後ろに飛んで回避するがそこは抉れて大きな穴が空いた。

目の前に立っている()()はチョーマジンとは少し違っていた。体格はチョーマジンよりも人間に近く、全身から紫色のもやが吹き出ている。

 

「………グ、グラトニー?

なんかあいつ今までと違くないッスか…………?

…………グラトニー?」

 

レオーナが見たグラトニーの横顔は別人のように青ざめていた。まるで目の前の生物の事を知っているかのように。

 

「………ま、まさか………………!!!!」

「な、何すかグラトニー!!

あいつの事 知ってるんスか!?」

「………いや間違いない!! あいつは《影魔人(カゲマジン)》だ!!!!」

「!? 影魔人(カゲマジン)!!!?」

 

グラトニーも ヴェルドと同様に女神 ラジェルからチョーマジンには更に上位種がある事を聞かされていた。

 

「………ラジェルのヤツが言ってたんだ。

人間を素体にしてチョーマジンを作った場合にだけ、稀に進化した上位種が生まれることがあるってな!!!」

「じ、上位種!!? あれがそうなんスか!!!?」

 

目の前に立っている影魔人(カゲマジン)は口からよだれを垂らしながら喉を鳴らして二人を虎視眈々と狙っている。そして手には鎖が握られており、その先には巨大な錨が付いている。

 

「グラトニー、あれって 錨ッスよね?

って事は…………」

「皆まで言うな!! お前も分かってるだろ!?

あいつはここの乗組員を使って作られた影魔人(カゲマジン)なんだよ!!!」

 

乗組員の影魔人(カゲマジン)は鎖に繋がれた錨を振り回している。それだけで周囲に土埃が上がり、轟音が響き渡る。

 

 

ビシュウッ!!!! 『!!!!』

 

乗組員の影魔人(カゲマジン)は腕を振るって錨を飛ばした。巨大な鉄塊であるそれは凶器と化して二人に襲い掛かる。

グラトニーとレオーナはそれぞれ 飛び上がって飛んでくる錨を躱した。

 

「!!?」

 

しかし、錨はそれまでの軌道を曲げて上空のグラトニーへと向かって行く。

 

ガンッ!!! 「!!!」

「グラトニー!!!」

 

グラトニーは空中で身体を捻って錨を躱すが、錨は彼女の腕に直撃した。

 

「グラトニー!! 大丈夫ッスか!!!?」

「ああ。かすっただけだ。

だが今のブツの動きはお前の能力に似ているぞ。

狙撃之王(ロビンフッド)にな!!!」



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181 一難去ってまた一難! キュアグラトニー 孤軍奮闘!!!

レオーナはグラトニーの言葉を受けて再び目の前の影魔人(カゲマジン)を見た。いつの間にか鎖に繋がれた錨は彼の手元に戻り、そして再び彼の後ろを回っている。

 

ビシュッ!!!! 「!!!」

 

投げられた錨が今度はレオーナに襲いかかってきた。それを横に移動して躱し、更に軌道を曲げて来た攻撃も飛んで躱す。

しかし、攻撃はまだ終わらない。

 

(!! まだ来るっスか!!)

 

横に飛んでいた錨は先程と同様に上方向に軌道を曲げてレオーナを襲う。

 

「レオーナ!! 避けろ!!」

「いや、避ける必要なんて無いッスよ!!!」「!!?」

 

レオーナは避け続けたのでは切りが無いと判断し、錨を迎え撃つ行動を選んだ。錨の曲がっている部分に足を掛けて振り上げ、それを天井に叩き付ける。

錨はレオーナを狙って小刻みに震えているが、天井に埋まって身動きが取れていない。

 

「今ッス!!!」

 

錨という武器を封じられて無防備になった影魔人(カゲマジン)を狙って解呪(ヒーリング)を乗せた矢を十数発 一斉に放った。

影魔人(カゲマジン)は咄嗟に錨を繋いでいた鎖を手放し、両手で全ての矢を弾き落とす。

 

「………掛かったッスね。

本命はこっちッスよ!!!!」 「!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)が全ての矢を叩き落としている間にレオーナは一本の矢を構えていた。

確実に仕留められるだけの解呪(ヒーリング)を乗せた一発だ。

 

《プリキュア・レオーナサジタリウス》!!!!!

「!!!!!」

 

レオーナが放った矢は影魔人(カゲマジン)の胸に深々と突き刺さり、オレンジ色の光を発した。そしてそれが晴れた場所に居たのはやはりグランフェリエの乗組員の一人だ。

 

「……………フゥーーーッ!!!

やった!やったッスよ グラトニー!!!

上位種ってヤツにも案外簡単に勝てちゃうんスね!!

 

………グ、グラトニー?」

 

身体に疲労を覚えながらも勝利に浸っているレオーナとは違ってグラトニーの顔はかなり険しかった。彼女の中に一つの疑念があったからだ。

 

(………やけにあっさり勝ててしまった。

いくら乗組員だからってこいつは上位種なんだぞ。それがこんなに簡単に………………

 

!!! まさか!!!!)

「レオーナ!!!! 危ない!!!!」 「えっ!!!?」

 

背筋に凍り付くような何かを感じ取ったグラトニーは反射的にレオーナをその場から突き飛ばした。

 

シュドッ!!!! 「!!!!」

「グラトニー!!!!」

 

グラトニーの足に細く尖った物が突き刺さった。レオーナの目にはそれは矢に見えた。

 

「グラトニー、今助けるッス!!!

!!!?」

 

グラトニーに駆け寄ろうとしたレオーナの前に巨大な魔力の壁が立ち塞がった。それは正しく結界だった。

 

「な、何なんスかこれ!!! ま、まさか!!!」

「………ああ。どうやらそのまさかのようだぞ。」

 

廊下の奥から二体の人型の怪物が姿を現した。

一人は弓を構え、そしてもう一人は杖を握っている。

 

「そ、そんな!! 上位種が二体もいるなんて!!!」

「……いや、この船には山ほど人が乗ってるんだ。上位種がこれくらい生まれたって不思議じゃないぞ。」

 

グラトニーは目の前の二人に見覚えがあった。

弓を構えているのは一番テーブルに居た風妖精(エルフ)の凄腕ハンターで、杖を握っているのは四番テーブルに居た様々な国と正式に契約を交わしている由緒正しい魔導師だ。

 

「…………グッ!!!」

「グ、グラトニー!? どうしたんスか!!?」

 

グラトニーは足に来た痺れを帯びた痛みに顔を歪ませた。矢に塗ってあった毒が脚からグラトニーの身体を襲っているのだ。

 

「もしかしてさっきの矢に毒が!?」

「大丈夫だレオーナ!!

お前はここにマキを呼んで来い!! 今頃はあの母娘を避難させて私達の事を探してるはずだ!!」

「ウ、ウス!!

グラトニー、くれぐれも無茶だけはしないッスよ!!!」

「分かった!!」

 

レオーナが自分から離れていくのを見てグラトニーは自嘲の念に口元を緩めた。

 

(……無茶をするな か。それは私の方が言わなきゃならんのだがな。

あんな獣人族の()()一人に心配されて重荷を背負わせるとは、魔王()も落ちぶれてしまったな!!)

 

魔導師の影魔人(カゲマジン)の杖が禍々しい色に光っている。完全にグラトニーを仕留めるつもりで攻撃魔法を放つ準備をしている。

 

「………私に魔力で挑むとは命知らずなヤツだな。

これで()()。もう邪魔は入らないという訳だ。やっと全力で戦えるな。

 

増幅之神(サタナエル)》!!!!!」

 

全身に力を込めて、グラトニーの魔力がどんどんと上がっていく。たとえここで力を使い果たしてでも二体の影魔人(カゲマジン)を倒すと心に決めたのだ。



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182 窮地に陥るグラトニー!!! その時、現れたのは…………!?

「はあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

グラトニーは全身に力を込めて魔力を全力で増幅させる。魔王だった頃の全盛期にはとても及ばないが、それでも持てる力の全てを注ぐ勢いだ。

 

魔導師の影魔人(カゲマジン)は溜めた魔力を全て杖からグラトニーに向けて打ち出した。しかし全く物怖じする事無く迎え撃つ。

 

ガッ!!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

(こ、こいつの魔力、重い…………………!!!!)

 

全身に魔力を巡らせて身体能力を高めたにも関わらず、放たれた魔力はグラトニーの身体にのしかかって全身の節々に痺れを帯びた痛みを響かせた。

 

ドスドスッ!! 「!!!? アグッ………!!!」

 

魔力を受け止めて身動きを封じられた所に風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)が放った二本の矢がグラトニーの両脚に突き刺さる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!!

ウラアッ!!!!!」

 

両腕を振るって強引に魔力の軌道を捻じ曲げた。体を捻った所を両脚の痛みが襲う。

 

(………この矢もレオーナと同じように魔力を練り上げて作ってある。

つまり、この矢が無くなる事はないって訳だ!!!)

 

弓使いにとって最大の弱点である矢の本数の心配が無いミーアが仲間になった時、グラトニーはこれ以上に頼もしい事は無いと思っていた。

それが敵に回るとここまで厄介な戦いになるとは思わなかった。

そして二体は既にそれぞれ 次の魔力と矢を発射する準備を整えている。

 

(このまま離れてたらただのいい的だ!!

近付いて()()しか無い!!! リナみたいに!!!!)

 

魔力で脚力を強化して地面を全力で蹴り飛ばし、二体との距離を一気に詰める。すかさず二体はそれぞれ魔力と矢を放つ。

それをグラトニーは「ふんっ!!」と声を出して躱し、斜め上から足を振り上げて風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)に狙いを定める。

 

「オルァッ!!!!」

ドゴォッ!!!! 「!!!!」

 

グラトニーの蹴りは風妖精(エルフ)の頭を正確に捉え、その上体を床に強かに叩き付けた。それによってできた土煙で魔導師の視界を封じる事にも成功する。土煙の上からでも魔力が強く光るが、グラトニーはそれが打ち出される事を決して許さない。

 

「させんっ!!!」 「!!!」

 

土煙を掻き分けて一気に影魔人(カゲマジン)との距離を詰める。そして脚を振るってその杖を弾き飛ばした。

 

(これで魔法は使えまい!! 喰らえっ!!!)

 

グラトニーは魔力を纏わせた拳を振るって魔導師の頬を狙う。最早 素体である人間の身体を労わっている余裕など無い。

 

ドスッ!!! 「!!!? ガッ…………!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の頬を拳が捉える寸前、彼女の胸を鋭い激痛が襲った。風妖精(エルフ)が矢を手に持って直接 突き刺したのだ。

しかし、彼女の注意は強制的に前方の敵に向いた。

 

「!!!? 何だと!!!?」

 

魔導師がグラトニーに向けて()に魔力を溜めていた。杖が無ければ魔法は使えないという彼女の予想は外れていたのだ。

影魔人(カゲマジン)となった事で魔法の実力が上がり、手からでも打ち出せるようになったのだ。

 

ドガァン!!!!

「!!!!

………………… ガブッ!!!!」

 

魔導師は腕を振るって手に溜めた魔力をグラトニーの脇腹に力任せにぶつけた。《増幅之神(サタナエル)》で溜めた魔力を防御に充てたが全身に痛覚が響き渡る。

そのまま腕を振り切ってグラトニーの身体を吹き飛ばす。

 

「…………………!!! くそうっ!!!

(ま、まずいぞ!! あいつがこれ程魔法の使い方が上手くなっているとは!!

か、身体が動かない………………!!!!)」

 

視線を向けると既に魔導師と風妖精(エルフ)がそれぞれ 魔力と矢を放つ準備を終えている。完全にグラトニーの命を絶つつもりだ。

 

「お、おのれ……………!!!

この私がこんなところで………………!!!!」

 

練り固められた魔力と何本もの矢が一斉にグラトニーに向けて襲い掛かる。かつての魔王も自分の死を覚悟した━━━━━━━━━━

 

 

ドォン!!!!

「!!!?」

 

魔力と矢がグラトニーに直撃する()に爆音が響いた。

 

(だ、誰だ…………………?)

「怪我はない? ()()()()()。」

「!!!?」

 

目を開けるとそこにはリルアと同じ色の髪を二つ結びにした少女が立ち、そして魔力で障壁を展開していた。更に背中には黒い羽根が生えている。

 

「リ、リズハ……………!!!?

そんな……!! お前はあの時死んだ筈じゃ…………!!!!」

「そ! あたしはあの時死んじゃったよ。

だからラジェルさんが《転生》させてくれたの。

お姉ちゃんの戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)としてね!」 「!!!!?」



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183 リルアの妹 顕現!! 魔王の側近 リズハ・ナヴァストラ!!!

リズハ・ナヴァストラ

彼女は魔王 リルア・ナヴァストラの実の妹であり、リルアの側近になるべく日々努力を積んでいた。

しかしある日、ヴェルダーズの襲撃によってリルアは記憶と力を奪われ、そしてリズハも命を落とした。

 

「リズハ………? 本当にお前なのか……………!!!?」

「やだなぁ お姉ちゃん泣かないでよ!

超久しぶりに会えたんだから笑ってって!」

 

グラトニーは戦闘中にも関わらず、両の眼から溢れてくる涙を抑える事が出来なかった。ギリスやルベド達の妹の死(自分の過去)を黙っておくように言ったのは他でもない彼女だ。

蛍やミーア達に知られたら、それこそ士気が下がるだけでなく余計な心配を掛けてしまうと考えたからだ。

 

それでも一人になるとつい心の奥に押し込めた感情が溢れてしまいそうになり、その度にかつての仲間達に慰めて貰っていた。

 

「……とは言っても、転生しちゃって昔と全然格好も違うし、素直に喜べる訳ないよね?」

「そんな筈があるか!!!!

たとえ生まれ変わっても、姿が変わってもお前は私の妹だ!!!!!」

 

グラトニーの身体は彼女の気持ちとは無関係にリズハの身体に飛び付いていた。縋り付き、そして涙がリズハの服を濡らす。

 

「……ちょっ もう!

何時になってもお姉ちゃんは変わってないなー!」

「お前が大きくなったんだろ!!」

「そりゃね。お姉ちゃんが記憶無くしてた間、ずっとあたしはラジェルさんと一緒に居たから。」

 

ビシッ! 『!!』

 

ヒビが入る音でグラトニーは今はまだ戦闘中だった事に気が付いた。リズハが作った魔力の障壁には既に大量の矢と焦げ跡が付いている。

影魔人(カゲマジン)達は二人が再会を喜びあっている間も攻撃し続けたのだ。それこそその行動だけを命じられたかのように。

 

「……お姉ちゃん、まだ戦える?」

「お、おう。もちろんだ。

リズハこそ あいつら相手に戦えるのか?!」

「やだなーお姉ちゃん 忘れたの?

あたしはね、ラジェルさんに力を貰ってこの世に戻ってきたんだよ。

もちろん持ってるよ。戦ウ乙女(お姉ちゃん)と同じ力を!!!」 「!!!?」

 

リズハの全身を淡い光が覆った。それは正しくグラトニーと同じ解呪(ヒーリング)の光だ。

 

「お姉ちゃんは離れてて。

一人はあたしが片付けるから!!!」

「お、おいっ!!」

 

グラトニーの静止を聞かずにリズハはひび割れた障壁を破って駆け出した。(影魔人(カゲマジン)達にとって)格好の獲物と化したリズハを狙って魔力と矢が飛んで行く。

 

「フンッ フンッ!!」 「!!?」

 

リズハは華麗にステップを踏んで向かってくる魔力や矢を何の危なげもなく躱して見せた。

 

「す、凄い…………!! 凄いぞリズハ!!!」

「へへん。 まだまだこんなもんじゃないよ!!」

 

次の攻撃の準備が終わるより早く、リズハは魔導師の影魔人(カゲマジン)との距離を限りなく詰めた。そして徐に指で魔導師の頭に触れる。

 

「《幻夢之神(オネイロス)》!!!!!」 「!!!!?」

 

リズハの指先から濃いピンク色の光が発し、そしれそれが晴れた瞬間、魔導師の影魔人(カゲマジン)は膝から崩れ落ちて地面にうつ伏せに倒れ伏した。

 

(………き、気絶させたのか?

!!)

 

グラトニーの耳は魔導師の口から聞こえてくる細い呼吸音を捉えた。そこから瞬時に結論を出す。

 

「そいつ、眠っているのか!!?

リズハ、まさかお前………………!!」

「そうだよ!これがあたしの贈物(ギフト)

あたしね、転生する時に種族が魔人族から夢魔族(サキュバス)になっちゃったの!」

 

幻夢之神(オネイロス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:身体に触れた物を眠らせる。

他人の夢に干渉する。

 

「サ、サキュバス…………!?

あの絶滅したっていう…………!!?」

 

今の世界にはヴェルダーズの襲撃の影響で絶滅した二種類の種族が存在する。

リズハが転生した夢魔族(サキュバス)、そしてラジェルが属する天使族。ラジェルは《女神》の肩書きを持つが、かつては地上に住む天使族なのだ。

 

「リズハ!! 気を抜くな!!!

お前が眠らせたのは一体だ!! 風妖精(エルフ)の奴はまだ起きているぞ!!!」

「そんな事は分かってるよ!

よっ!!」

 

リズハは魔力で作った障壁を球体にして風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)を覆い、閉じ込めた。

 

「待ってろリズハ!! 今行く!!

そいつらは解呪(ヒーリング)を使って人間に戻すんだ!!」

「それもちゃんと分かってるよ お姉ちゃん。

言ったでしょ? お姉ちゃんと同じ力を持ってるって!」

「……!!!」

 

リズハはそう言って、両手に解呪(ヒーリング)を込めた。



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184 予想外の助っ人 現る! 魔導師が男を見せる!!

グラトニーは数秒の間、リズハの両手で光る解呪(ヒーリング)に見とれていた。しかし直ぐにある危険性に気付き、激を飛ばす。

 

「リズハ!! そいつをドバドバと垂れ流すな!!!

解呪(ヒーリング)が身体から無くなったら ぶっ倒れて戦えなくなってしまうぞ!!!」

「大丈夫だよ。それもちゃんとわかってる。

お姉ちゃんの頑張りはずっと見てたから!!!」

 

リズハの光る両手が魔導師の影魔人(カゲマジン)の背中に直撃した。そしてその場に居る全員の視界がピンク色の光に染まる。

そして光が晴れた後には元に戻った魔導師がリズハの足元で気持ちよさそうに眠っていた。

 

「……………!!!」

「どう お姉ちゃん? これなら上出来でしょ!」

 

リズハの戦いは非の打ち所の無い物だった。

そしてもぅ一つ、グラトニーの中に希望が芽生えた。この船の中で解呪(ヒーリング)を使える、即ちチョーマジンを元に戻せる者は自分とミーアの二人しか居なかったが、それが出来る者がもう一人居る事はこの上なく頼もしい。

 

「凄いぞリズハ!!! これならどうにかなるかもしれない!!」

「当たり前だよ!あたしはその為に来たんだからさ!」

 

バキッ!! 『!!』

 

再び船内にヒビが入る音が聞こえた。風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)が大量に矢を放ってリズハの障壁の破壊を試みていた。既にかなりひび割れており、破られるのは時間の問題だ。

 

「………あちゃー。もう限界かァ。」

「リズハ!! そこは危険だ!!

そいつを連れて戻ってこい!!」

「分かった!」

 

魔導師の男はそれなりの体格だが、リズハはそれをものともせずに抱え、グラトニーの側へと戻って来た。

 

(リズハの障壁はまだ持ちそうだな。ならこいつを逃がすか!)

「おいお前! 起きろ! おいっ!」

 

魔導師の頬を軽く叩きながら呼び掛ける。その甲斐あってものの数秒で魔導師は目を開けた。

 

(………………ん? 俺は、どうしたんだ………?)

「おいお前! 大丈夫か!?」

「!!!? あ、悪魔!!?」

 

意識を取り戻したばかりの魔導師はグラトニーとリズハの姿を悪魔と捉えてしまった。

 

「落ち着け!私達は敵じゃない。

ここは危ないから早く逃げろ!!」

「危ないって、君も怪我をしてるじゃないか!!

あいつか!? あの怪物にやられたのか!!?」

「………!!!

私は良いから、早く逃げろと言ってるんだ!!!」

 

二人にとってこの事態は予想外だった。彼女達としては魔導師には早急に避難して欲しかったが、最初を逃すとそれは難しい。

 

バキンッ!!!! 『!!!』

 

遂に影魔人(カゲマジン)がリズハの障壁を破って出てきた。既に弓には矢が構えられている。

 

ビシュッ!!! 「!!!」

 

そしてリズハが反応するより早く二本の矢を放った。それぞれグラトニーとリズハの心臓を狙っている。

 

 

しかし、その矢が二人に命中する事は無かった。魔導師の男が咄嗟に展開した障壁が矢を防いだのだ。彼の手には杖が握られている。グラトニーが弾き飛ばした杖が偶然にも彼の手の近い所に転がっていたのだ。

 

「お、お前!!」

「甘く見ないでくれ。誇り高い魔導師であるこの俺が、ましてや傷付いている女達を見捨てて逃げられる訳があるか!!!」

「…………!!!」

 

二人は魔導師の真剣な表情をまじまじと見ていた。自分達が考えていたよりよっぽど根性のある男だ。

 

「……… お前、名前は?」

「《ドンガス・グリモール》だ。君達は?」

星聖騎士団(クルセイダーズ) 直属の私服警備員、リルア・ナヴァストラだ。」

「妹のリズハです。」

「そうか。あの怪物の倒し方は分かるか?」

 

二人は腹を括った。ドンガスを巻き込む(仲間にする)事はできないが、それでも話せる事は全て話すと決めた。

 

「……あいつは、邪悪な力で怪物に変えられてしまっているんだ。」

「何!? つまり、あいつは人間なのか!?」

「ああ。恐らく風妖精(エルフ)とかだろう。

だが安心しろ。私達はあいつを元の人間に戻す方法を知っている。」

「心得た。なら俺は君たちの援護をしよう。」

「ああ。頼りにさせてもらうぞ。」

 

グランフェリエに乗れる人間の中には権力者と繋がりを持つ者も見受けられる。ドンガスもまた王国との関係でこの船に乗る事が出来たのだろう。手負いのグラトニーと体力を消耗しているリズハにとっては助っ人として不足は無い。

 

そしてグラトニーは既に作戦を纏めていた。

 

「………分かってるだろうが、あいつの戦い方は弓矢だ。あれには痺れさせる系の毒が塗ってある。だから、」

「俺がその矢を封じれば、後はお前達があいつを元に戻せるんだな?」

「ああ。チャンスは一度だけだ。 行くぞ!!!」



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185 集結する魔法使い達! 魔法の連鎖が勝利を繋ぐ!!

意外な事に、影魔人(カゲマジン)に変えられていた魔導師 ドンガスは避難という選択を拒否し、二人と一緒に戦う事を選んだ。

そしてグラトニーは三人で 最小限の解呪(ヒーリング)で確実に風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)を倒す方法を思い付いた。

 

「………ドンガス、もう一度言うがチャンスは一度だけだ。抜かってくれるなよ!!」

「分かった!!!」

 

ドンガスは既に自分一人の力では目の前の弓を携えた怪物に敵わないと理解していた。だからこそ先陣はグラトニーとリズハに任せ、自分はこの場に留まった。

 

「ドンガス、頼むぞ!!!」

「おう!!!」

 

グラトニーとリズハの前方に魔力の障壁が展開された。ドンガスの魔力の()()()()をつぎ込んだそれは魔力を帯びた矢を軽く受け止める。

 

(こいつは凄いな!! 王国とのコネでこの船に乗ってるだけはある!!)

(俺に出来る事は全部やる!! 頼んだぞ!!!)

 

グラトニーとリズハの二人が懐に飛び込む時間と風妖精(エルフ)が次の矢を発射する準備を終える時間は同じだった。無論グラトニーはその対策も講じていた。

 

「今だ!!!!」 「了解!!!!」

 

ゴアッ!!!! 「!!!!?」

 

ドンガスは杖を振るって身体に残る最後の魔力を振り絞って風妖精(エルフ)の手の下に魔法陣を展開し、そこから魔力の塊を打ち出した。

それは容易く影魔人(カゲマジン)の両手に直撃し、そしてその手に持った弓矢を弾き飛ばした。

 

「行けェ!!!!」 「おうっ!!!!!」

 

三人は未来永劫 知ることの出来ない事だが、風妖精(エルフ)影魔人(カゲマジン)は弓が無くても魔力を練り上げて作る矢を手から撃ち出す術を持っていた。しかしそれを実行するにはあまりにも時間が足りなかった。

 

(ハッシュのやり方を真似ろ!! 最低限の解呪(ヒーリング)を手に集中させて体内に叩き込め!!!)

「覚悟!!!!」 「!!!!」

 

グラトニーは手にフェデスタルを持ってそこに解呪(ヒーリング)を溜め込む。《プリキュア・グラトニーイレイザー》は強力で広い攻撃範囲を持つ分 力の消耗が著しい。このグランフェリエでは別の戦法が求められる。

 

「《プリキュア・グラトニースマッシュ》!!!!!」

「!!!!?」

 

グラトニーの解呪(ヒーリング)を込めた掌を影魔人(カゲマジン)の腹に叩き込んだ。そこから強力な光が発し、その中で怪物の姿が元の風妖精(エルフ)の姿に戻っていく。

グラトニーの足元に風妖精(エルフ)が倒れた音が、この廊下での戦闘の終わりを告げた。

 

「……………ふぅーーーッ!!! 終わったァ!!!」

「お姉ちゃん! お疲れ様!!」

「おうよ。お前のお陰でかなり力を温存出来た。そして、」

 

グラトニーは元のリルアの姿に戻って背後に視線を送った。ドンガスが勝利の喜びと目を丸くする程の驚きを同時に顔に出している。

 

「ドンガス、お前にも礼を言うぞ!

お陰でまだまだ戦えそうだ!!」

「!? まだまだ!?

敵はまだ居るのか!?君たちは一体何と戦っているんだ!!?」 「!!」

 

リルアの表情が一気に曇った。ドンガスをヴェルダーズ達との戦いに巻き込む事は出来ないが、かといって下手な事を言って言い逃れる事も難しい。

 

「………いや。下手な詮索は止めておこう。恐らく、俺には想像もつかないような強大な何かなんだろう。

だが、迷惑かもしれないが、俺にも協力させてくれ。君達のような女の子が身体を張っているのに背を向けて逃げるなんて俺には出来ない!!!」

「………なら、ここに居る乗客達の避難を手伝ってくれ。向こうの廊下に獣人族と人間族の女が居る。その二人も私の仲間だ。」

「分かった。あいつを連れて安全な場所に運べば良いんだな!?」

「ああ。だが気を付けて行け。

船内にも今みたいな奴らがぞろぞろと居る。はっきり言うがお前がサシで戦って勝てるような奴じゃ無い。」

「それは俺が一番良く分かってるさ。ちゃんと肝に命じておく。」

 

ドンガスは意識の無い風妖精(エルフ)に駆け寄り、その身体を抱えて立ち上がった。

 

「ちなみにだが、避難場所にお勧めはあるか?何せここには初めて乗ったからな。」

「そうか。なら機関室を目指せ。

母娘を連れている女が居たら、そいつは私の仲間だ。あと、少ししたら戻って来る魚人族も同じくな。」

「魚人族?大広間に居たのにあまり食事を取ってなかったあいつか?」 「!」

 

カイはこのグランフェリエで唯一の魚人族だ。そのカイが大広間の真ん中でほとんど食事を取ってないとなれば悪目立ちするのは必至だ。

 

「避難はお前に任せる。頼りにしてるからな。」

「ああ。任せろ。

これも何かの縁だ。俺の所属は教えておく。」『?』

「俺は《魔法警備団》の一員なんだ。」

『!!!!?』



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186 妹の事を忘れないで! 始まる妖精の第二の人生!!

魔法警備団

リルアも、そして彼女達の行動を把握していたリズハもその単語に驚きを示した。だが、それに気付く前にドンガスは風妖精(エルフ)を抱えて廊下の奥に姿を消した。

 

「……おいリズハ、これ どう思う?」

「どう思うって、偶然としか言いようがないでしょ。」

 

二人の会話はそれで終わった。

彼女達の間に共通していたのは、『いずれまたドンガスに会う時が来るだろう』という事だ。

 

 

「おーーーーーい! グラトニーーーーーー!」

「! レオーナ!」

 

ドンガスが離れてから数秒後、レオーナが廊下から姿を現した。その後ろにマキもいる。

 

「聞いて下さいよー!

今なんか変なおっさんとすれ違ったんスよ。

脇に風妖精(エルフ)抱えて必死に廊下走ってて

ってうおっ!!!?」

「だ、誰ですかその人!!!」

 

リルアの姿を捉えた瞬間、レオーナとマキの注意は彼女の後ろに居る悪魔のような少女に向いた。

 

 

 

***

 

 

 

「はおーーっ!

リルア あんた妹さん居たんスね。 しかも媒体(トリガー)に転生したなんて驚きっスよ!!」

「私も驚きましたよ。

ってか、なんで教えてくれなかったんですか 水臭い!

私達はもう仲間なんですからそれくらい言ってくれても良かったじゃないですか!」

「あぁ 済まない。リズハには悪いが、さっきまではこいつの事は引きずらないようにしようって思ってたんだ。

悲しむにしても全てを終わらせてからにしようって

 

アタッ!」

 

リズハがリルアの肩を軽く叩いた。

 

「もうっ! ひどいよお姉ちゃん!

お姉ちゃんが忘れちゃったら あたしを覚えてる人はほとんど居なくなっちゃうんだから!」

「アハハ。そうだな。 済まない済まない。」

 

リズハは魔王だった頃のリルアの側近になろうとしていた人物であり、その顔は広く知られている訳ではない。リルアが忘れてしまったら彼女を覚える人は数える程しか居なくなってしまう。

 

「それはそうとリズハ、そろそろお前の姿は戻るはずだぞ。私は戻ってるからな。」

「!」

 

リズハが身体の中に起こる変化に気付いた瞬間、彼女の身体は光に包まれ、その中で身体がどんどん小さくなっていく。

 

「…………それがお前の妖精の姿か。」

「分かってるよ。すっかり変わっちゃったねって言いたいんでしょ。」

 

悪魔の姿から小さく戻ったリズハの姿は小さなコウモリと呼ぶべき物だった。そこに前世のリズハの面影はほとんど残っていない。

 

「まぁとにかく、これからはお姉ちゃんの媒体(トリガー)として頑張るからよろしく!」

「おう! あの時みたいにな!」

 

フェリオやヴェルドがそうであるように、この瞬間リズハもまたリルアのパートナーとして第二の人生を送る事を決めた。

 

「……あの、お二人とも?

いい感じの所悪いんスけど、まだ戦いは終わってないんスからね?」

「そうですよ!船内にはまだたくさんのチョーマジンが、それこそまだ影魔人(カゲマジン)だっているかもしれないんですからね!!」

「そうだな! 済まない済まない。」

 

リルアは二人に向けて笑みを浮かべた。

しかし四人のいる場所から少し離れれば、そこは怪物がひしめく少しも笑う事の出来ない惨状が待っているのだ。

 

「だがお前達、朗報があるぞ!

リズハのお陰で私も、そしてこいつもまだかなり解呪(ヒーリング)が残ってる!まだまだ戦えるぞ!」

 

それを聞いてミーアもマキも何を言わずに笑みだけを浮かべた。孤立した船内を戦い抜けるかもしれないという希望が湧いてくる。

 

「おっしみんな!!

もう少ししたらカイも戻って来る筈だ!! この調子で最後まで戦い抜くぞ!!!」

『おーっ!!!』

 

この場にいるのはカイを除けば全員が(精神的に)少女であり、ノリは必然的に似てくる。しかし彼女達は一つ、敵であるガスロドが乗客の内の誰かに成りすましている可能性があるという事を忘れかけていた。

 

 

 

***

 

 

リルア達は知る由も無いが、ガスロドはチョーマジン達から逃げ惑う乗客に紛れて彼女達の話を聞いていた。その近くで立て続けに影魔人(カゲマジン)が三体消えた反応があったからすぐに気付いたのだ。

今までとは違い、彼は今 結晶を使って通信を取っている。

 

「………こちらガスロド。少し状況が変わった。

いや、まずい事になったとまでは。ただ、キュアグラトニーに媒体(トリガー)が生まれた。なんでも奴の妹と言うんだ。

ああ。至急 陛下に確認を取ってくれ。

心配は無い。私達の勝利がこれくらいの事で揺らぐ筈は無い。チョーマジンはまだ沢山居るし、足らなくなればまた作れば良いんだ。

準備も万端だ。後はそれを実行するだけだ。

………そろそろ切るぞ。遠ざけたカイがもうすぐ戻って来る筈だからな。」

 

ガスロド扮する()()は、横目でリズハの姿をじっくりと観察しながら 通話を切った。



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187 決意を新たに立ち向かえ! かつての魔王の本領発揮!!

「とりあえずレオーナ、お前は一度 変身を解け。ずっとそのままだと体力をどんどん持っていかれるぞ。」

「ウス!」

 

レオーナは元のミーアの姿に戻った。

 

「マキ、あの母娘は?」

「機関室に案内したら、そこは安全でしたので隠れるように言いました。ですからもう大丈夫です。」

 

マキの言葉を聞いてリルアは『良かった』と安堵の笑みを浮かべる。しかし直ぐに頭を切り替え、三人に指示を飛ばす。

 

「良いかお前達。これからは必ず四人で行動する。マキ、ミーアから聞いてるかもしれないが、敵の中には私達の内の一人じゃ太刀打ち出来ないような強い奴も居る。そんな奴に出くわしたら必ず複数で対処する。」

「では、逃げ遅れた人の避難はどうするんですか?」

「それに答える前に聞きたいことがある。

お前が行った機関室はどこで、どれくらいの広さがある?まだ人は入れそうか?」

 

リルアの質問にマキの表情がはっとした。彼女の言葉の真意を理解したからだ。

 

「はい。機関室はこの船の地下にあって、広さはかなりありました。元々居た乗組員とあの母娘を含めてもまだかなりの人を避難させられると思います。」

「そうか。なら━━━━━━━━

!!!」 『?!』

 

リルアは今までの明るい表情から一転、顔を曇らせて顎に指を当てた。彼女の中に避けなければならない懸念が生まれたからだ。

 

(待てよ…………

乗客が一斉にチョーマジンになったなら、ガスロドはどうやって変えたんだ?まさか、元々乗客に仕掛けていて 時限式で発動できるのか?

だとしたら………………!!!)

 

リルアの懸念は恐ろしく、そして現実味を帯びていた。

機関室に乗客をある程度避難させた状態でその内の一人でもチョーマジンになってしまえば、機関室にいる乗客や乗組員は一気に危険に晒されてしまう。

 

「……リ、リルア? どしたんスか?」

「何か気になる事でも?」

 

リルアは二人の問い掛けにすら気付かない程考え込んでいた。考えれば考えるほど一箇所に避難させる事が危険だという結論に至ってしまう。

 

「………いや、駄目だ。乗客を一箇所に集めるのは危険だ。

もしかしたらガスロドはまだチョーマジンに変えていない乗客を残して、そいつらが避難した後で変えるつもりかもしれない。そうしたら避難場所にいるヤツらはまず間違いなくアウトだ。」

『!!!!』

 

リルアの出した持論を聞いて三人の表情も一気に青くなる。それが如何に恐ろしく、そして現実味を帯びているからだ。

 

「じゃあ あの母娘もまずいじゃないですか!!!

だってさっき戦った怪物の中に乗組員も居たんでしょ!!? だったら━━━━━━━━」

「マキ、一旦落ち着け。

もしそのつもりならもっと大勢避難させてからする筈だし、そもそもヤツの狙いが乗客の命なら、さっきの爆発で船を沈めているはずだ。」

「…………!!!」

 

マキの狼狽えは少しだけ落ち着いた。ガスロドの狙いが分からずに一番混乱していたのは他でもない彼女だ。

 

「………じゃあ、 じゃあガスロドの狙いは何なんですか!!?」

「落ち着けと言ったろ。さっきも言ったがヤツらは私達の細かい情報を把握して巧みに私達を外部から孤立させた。つまりヤツの狙いは私達だ。

このグランフェリエに乗り合わせた乗客全員を人質に取って、私達に何かをするつもりなんだ…………!!!」

「!!? 情報を把握って どういう事ですか!!?」

「そうか。お前にはまだ話してなかったな。」

 

 

***

 

 

リルアは敵に情報が漏れている根拠を事細かに話した。特に自分だけ船外に出れなくなっている事を強調して話した。それこそが彼女にとっての情報が漏れている動かない証拠だからだ。

 

「そ、そんな………!!

じゃあまさかあの会議の時に本部に誰かが忍び込んでいたんですか!!? あの星聖騎士団(クルセイダーズ)に……………!!!?」

「いや、結論を出すのは早すぎる。

侵入者が居たかどうかは今 ルベド達が必死になって探してくれている。

今確実に言えるのはこちらの情報が漏れている。ただそれだけだ。」

『………………!!』

 

三人の表情はどんどん暗くなっていく。情報漏洩によってこちらが後手に回っている事を実感しているのだ。そんな彼女達の戦意を取り戻す為にリルアは檄を飛ばす。

 

「お前達、そんなくよくよした顔してもしょうがないだろ。今私達がしなければならないのは、この乗客の中からガスロドを見つけ出してそいつを叩き、そしてこの船を解放する事だけだ!!!」 『!!!』

 

「………そう そうっスよね!!!」

「やりましょう リルア!!!」

「お姉ちゃん、私もやるよ!!!」

 

三人の心に再び戦意が戻った。

かつて魔界を束ねた魔王としての統率力がこの船内で再び発揮されたのだ。

 

「ようし行くぞ!!!

ガスロドを必ず見つけ出し、そして乗客全員を無事に解放する!!!!」

『おーーーーーっ!!!!!』

 

決意を新たに四人の少女達は走り出した。



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188 再開する犯人(ガスロド)探し! 惨状へと変わる船内!!

「………で、リルア、

飛び出したはいいっスけど まずは何をするんスか?」

「乗客を避難させるのが難しい以上、根源のガスロドを叩いて全員を元に戻すのが一番現実的だ!!

だから真っ先に、あのジー厶ズの近くに居たヤツらを探すんだ!!!」

 

リルアはガスロドはジームズの部屋のそばの客室を宛てがわれたあの七人の中の誰かに成りすましていると考え、七人が全員無事ならその可能性は跳ね上がると思っている。

 

「! 居たぞ!!」

 

四人はまず、ミーフェイとゴルゴンが廊下の奥から走ってくるのを見つけた。

すかさず マキが駆け寄って二人に話し掛ける。

 

「大丈夫ですか!?」

「た、大変よ!! 突然皆が怪物になって、みんな逃げ惑って………!!!」

「そうじゃ!! 向こうは危険じゃ!!!

君らもすぐに引き返した方が良いぞ!!!」 「!」

 

ゴルゴンに言われて四人は気付いた。

今は自分達もまた一人の乗客であり、傍から見れば怪物に敵う訳が無いただの少女なのだ。

しかし、だからといって向こうで危険に晒されている乗客が居ると分かって踵を返す訳にはいかない。

そこでマキは一つの作戦を取った。

 

「実は私達は星聖騎士団(クルセイダーズ)

直属の私服警備員なんです!!

向こうは危険だと言いましたが、まだ逃げ遅れた人は居ますか!!?」

「…いや、わしとこの人で最後だと思うぞ。

のう。」

「はい。一度人気の無い所に隠れていたんですが、そこが気付かれてしまったのでここまで逃げて来たんです。

それより、どこか安全な場所はありませんか!?」

「!!」

 

マキは一瞬 返答を躊躇った。

そして この二人の中にガスロドがいるかもしれないという可能性を考慮した上で指示を出す。

 

「………残念ながら、現状 絶対安全な場所はこの船にはありません。

というのも、まだ乗客が怪物に変わってしまう可能性がありますから、閉ざされた空間にいるのはかなり危険です。ですので、緊急事態が起こってもなるべく逃げられるような場所に居てください!!!」

「わ、分かりました!!」

 

ミーフェイとゴルゴンの二人はマキの提案に首を振り、そして廊下の奥へと走って行った。

 

「……マキ、あの二人はどう思う?

ガスロドじゃないと思うか?」

「いや、まだ分かりませんよ。

ですが一応 向こうの様子も見に行きましょう。

もしかしたらあの二人が嘘をついている可能性があるかもしれませんし。」

「ああ。 分かった。」

 

この状況下では、自分たちの目や耳以外に信じられる物は皆無である。たとえ自分達があの二人を疑っていなくてもだ。

 

 

 

***

 

 

『………………!!!!』

 

結論から言うと、ミーフェイの言った事は事実だった。確かに向かった場所には大量のチョーマジンが溢れていて船内がことごとく破壊されて、まさに惨状だ。

しかし乗客の姿は見当たらない。彼女の言った通り、みんな避難したのだ。

 

「………リルア、どうするんですか?

戦いますか?」

「いや、それはダメだ。これほどの数を相手にしてたら解呪(ヒーリング)がいくらあっても足らない。

それにヤツらは私達にはまだ気付いていない。

この船を作った人達やジームズには申し訳ないが、ガスロドを見つけ出す方がよっぽど現実的だ。」

「し、しかし、ここであいつらを野放しにしてもし船底に穴でも開けられたら、それこそ全滅ですよ!!」

「さっきも言ったろ。ヤツの狙いがこの船の沈没なら、さっきの爆発でとっくに沈めている筈だ。」

「………………!!!」

 

マキとミーアは再び破壊されている船内に目を向けた。チョーマジンが拳を振るう度に途方も無いお金、そして何よりこの船を作った人達の努力が音を立てて崩れていくのが手に取るように分かる。

しかしそれでも目の前のチョーマジン達に手を出す事は出来ない。ルベドから『戦場では時として何かを犠牲にする選択をしなければならない』と聞かされていた。

 

「……ほら、行くぞ。

私達はあいつらも必ず助ける。その為にガスロドを見つけるんだ!!

 

!」

 

リルアの懐の通話結晶が淡く光った。

その瞬間、彼女は反射的に結晶を取り出していた。それは彼女が今か今かと待ち望んだ報せである可能性が高いからだ。

 

『リルア殿!!

こちらカイ、聞こえるか!? 応答頼む!!!』

「おおカイ!!! 待ち侘びたぞお前!!!

安心しろ、こっちは全員無事だ!!! そっちはどうなっている!?」

『私もたった今 その船の中に例の怪物の気配を察し、大至急向かっている所だ!!

あと数分で其方に着く!!!』

「あぁ。 頼むぞ!!

無事とは言っても状況は予断を許さん。お前の力が必要だ!!」

『心得た!!! 皆にもそう伝えてくれ!!!』

 

カイは解呪(ヒーリング)こそ使えないが、グランフェリエに乗る者の中では貴重な戦力である。

そしてリルアまた 予感していた。今まで散々 辛酸を舐めさせられたガスロドに反撃する時が迫って来ているという事を。



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189 帰還するカイ!! 反撃の狼煙を上げろ!!!

リルアは活力の戻った顔で通話を切った。

横に視線を向けると既に三人も同様に生き生きとした表情をしていた。今のリルアの言葉だけで会話の全容を把握したのだ。

 

「リルア、カイさんは何て!?」

「喜べミーア。

カイは今 大急ぎでこっちに向かって来ている!!あと数分でこっちに着くと言っていたぞ!!

お前達も気を引き締めろよ。あいつが戻ってきたら反撃開始だ!!!」

 

『カイがもうすぐ戻って来る』

その事実を知った四人の間にどんどんと士気が湧き上がってくる。状況が好転した訳では無いが戦力が一人でも増えるのはこれほどまでに心強いのだ。

 

「よしお前達、一度甲板に戻るぞ。

あいつの性格からして出た所に戻って来る。逃げ遅れた人がいないかどうか探しながら甲板へ向かうぞ!! 急げ!!!」

「ウス!!!「了解!!!「うんっ!!!」」」

 

三人のそれぞれの返事を聞くや否や、リルアは甲板へ向けて走り出した。

 

 

***

 

 

 

「よし!みんな頑張れ!!

あと一息で甲板だぞ!!!」

 

甲板に向かう途中の道には逃げ遅れた人はいなかった。チョーマジンこそ大量に居て船内を破壊していたがそれも今のリルア達にとっては不幸中の幸いに見える。

 

体力を消耗した身体に鞭を打って階段を駆け上がると甲板に出た。その瞬間に四人は共に待ち侘びた事がもうすぐ起こる事を理解した。

水平線より近い場所に高い水しぶきが立っているからだ。

 

ザッパーン!!! 『!!!』

 

船の近くで高い水柱が上がり、一人の魚人族がしぶきと共に船に降り立った。

 

『カイ(さん)!!!!』

「リルア殿!! ミーア、マキ、

待たせてしまい 申し訳なかった!!!」

 

船に立つや否や 開口一番に謝罪の言葉を口にした。しかしリルア達にとってはカイが戻って来てくれただけで御の字だ。

 

「何を言ってんだお前!!

戻って来てくれただけで嬉しいんだぞ こっちは!!」

「そう言ってくれて嬉しい。

早速本題に入るが、ジームズ殿には 『船が攻撃されているから援軍を頼む』ように言っておいた。いずれルベド殿の船がこちらに来る筈だ。

……して、ガスロドは?」

「残念だが、まだ見つけられていない。

だが悪い知らせばかりでは無いぞ。」「?」

 

「吉報だ。私達に新しい仲間ができたぞ!!!」

「なんと!! その者はどこに!!?」

 

驚いた顔のカイを尻目にリルアは後ろのリズハに話し掛ける。

 

『……なぁリズハ、少しだけだ。 行けるか?』

『うん!』

 

 

カッ!! 「!?」

 

カイが周囲を見回していると、不意にリルアの背後がピンク色に光った。

光が晴れるとそこには人型のリズハが立っている。

 

「初めましてだな。 カイ!」

「!!?

悪魔!!? ……………では無いようだな。

心做しかリルア殿に似ているようだが…………」

「そりゃそうだろ。こいつはリズハ。

私の妹だ!!!」

「!!!? な、なんと!!!」

 

 

 

***

 

 

リルアは自分に妹が居た事、そしてその妹がヴェルダーズが襲撃した時に死んで転生し、今こうして自分の媒体(トリガー)になっている事を事細かに説明した。

 

「…………なんと!! リルア殿にそんな事があったのか…………!!!

しかし、それなら何故話してくれなかったのだ!!」

「そのセリフ、さっきミーアとマキにも言われたぞ。 いや全く申し訳ないな。」

 

リルアは少しバツの悪そうな顔で詫びを入れた。色々な事が起こって気が回らなかったが仲間に隠し事をするなど小心者のやる事だ。

 

「………して、リズハ殿。」

「ん? リズハでいいよ?」

「では、リズハ。

私はこの拳を姉方の為に捧げると誓ったカイ・エイシュウという者だ。

これからよろしく頼む。」

「うん! あなたの事もラジェルさんと一緒に見てたから!」

 

戦闘中にも関わらず、リルアはカイとリズハの会話を見ながら ギリスやルベドが知ったら驚くだろうな と微笑ましい光景を思い浮かべていた。

 

「それでカイさん、ルベドさん達の船はいつ来るんスか?」

「詳しい時間は不明だが、向こう方もこの船が無事に済むとは思っていなかったようで、すぐに出動できるように準備を進めていたようだ。

故に、あの少しすればルベド殿達の船がこの船を囲む。

さすればあの奸者は袋の鼠だ!!!」

 

頭を冷静にさせたとはいってもカイの中の怒りが完全に収まった訳では無い。ガスロドの話をすればする程カイの表情筋が強ばっていく。

その話をガスロドが聞いているとは夢にも思っていなかった。

 

 

***

 

(………あの魚め。もう戻ってきたか。

少しあいつの力を魚人族の()()に当てはめすぎたようだな。

まぁいい。 この船を囲おうが逃げ場を塞ごうが無駄だ。準備は全て完了した。

後は、あいつらの前で()()()()()だけ…………………。)

 

***

 

 

「という訳でカイ、今この船はチョーマジンの巣窟状態で、とても一人一人の相手は出来ない。

だからガスロドを叩くしかない!!お前も一緒に探してくれ!!」

「無論だ!!!

奴のあの卑劣な面を白日の元に晒してくれる!!!!」



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190 遂に始まる反撃の時!! 船上に降り立つカイ・エイシュウ!!

リルアは活力の戻った顔で通話を切った。

横に視線を向けると既に三人も同様に生き生きとした表情をしていた。今のリルアの言葉だけで会話の全容を把握したのだ。

 

「リルア、カイさんは何て!?」

「喜べミーア。

カイは今 大急ぎでこっちに向かって来ている!!あと数分でこっちに着くと言っていたぞ!!

お前達も気を引き締めろよ。あいつが戻ってきたら反撃開始だ!!!」

 

『カイがもうすぐ戻って来る』

その事実を知った四人の間にどんどんと士気が湧き上がってくる。状況が好転した訳では無いが戦力が一人でも増えるのはこれほどまでに心強いのだ。

 

「よしお前達、一度甲板に戻るぞ。

あいつの性格からして出た所に戻って来る。逃げ遅れた人がいないかどうか探しながら甲板へ向かうぞ!! 急げ!!!」

「ウス!!!「了解!!!「うんっ!!!」」」

 

三人のそれぞれの返事を聞くや否や、リルアは甲板へ向けて走り出した。

 

 

***

 

 

 

「よし!みんな頑張れ!!

あと一息で甲板だぞ!!!」

 

甲板に向かう途中の道には逃げ遅れた人はいなかった。チョーマジンこそ大量に居て船内を破壊していたがそれも今のリルア達にとっては不幸中の幸いに見える。

 

体力を消耗した身体に鞭を打って階段を駆け上がると甲板に出た。その瞬間に四人は共に待ち侘びた事がもうすぐ起こる事を理解した。

水平線より近い場所に高い水しぶきが立っているからだ。

 

ザッパーン!!! 『!!!』

 

船の近くで高い水柱が上がり、一人の魚人族がしぶきと共に船に降り立った。

 

『カイ(さん)!!!!』

「リルア殿!! ミーア、マキ、

待たせてしまい 申し訳なかった!!!」

 

船に立つや否や 開口一番に謝罪の言葉を口にした。しかしリルア達にとってはカイが戻って来てくれただけで御の字だ。

 

「何を言ってんだお前!!

戻って来てくれただけで嬉しいんだぞ こっちは!!」

「そう言ってくれて嬉しい。

早速本題に入るが、ジームズ殿には 『船が攻撃されているから援軍を頼む』ように言っておいた。いずれルベド殿の船がこちらに来る筈だ。

……して、ガスロドは?」

「残念だが、まだ見つけられていない。

だが悪い知らせばかりでは無いぞ。」「?」

 

「吉報だ。私達に新しい仲間ができたぞ!!!」

「なんと!! その者はどこに!!?」

 

驚いた顔のカイを尻目にリルアは後ろのリズハに話し掛ける。

 

『……なぁリズハ、少しだけだ。 行けるか?』

『うん!』

 

 

カッ!! 「!?」

 

カイが周囲を見回していると、不意にリルアの背後がピンク色に光った。

光が晴れるとそこには人型のリズハが立っている。

 

「初めましてだな。 カイ!」

「!!?

悪魔!!? ……………では無いようだな。

心做しかリルア殿に似ているようだが…………」

「そりゃそうだろ。こいつはリズハ。

私の妹だ!!!」

「!!!? な、なんと!!!」

 

 

 

***

 

 

リルアは自分に妹が居た事、そしてその妹がヴェルダーズが襲撃した時に死んで転生し、今こうして自分の媒体(トリガー)になっている事を事細かに説明した。

 

「…………なんと!! リルア殿にそんな事があったのか…………!!!

しかし、それなら何故話してくれなかったのだ!!」

「そのセリフ、さっきミーアとマキにも言われたぞ。 いや全く申し訳ないな。」

 

リルアは少しバツの悪そうな顔で詫びを入れた。色々な事が起こって気が回らなかったが仲間に隠し事をするなど小心者のやる事だ。

 

「………して、リズハ殿。」

「ん? リズハでいいよ?」

「では、リズハ。

私はこの拳を姉方の為に捧げると誓ったカイ・エイシュウという者だ。

これからよろしく頼む。」

「うん! あなたの事もラジェルさんと一緒に見てたから!」

 

戦闘中にも関わらず、リルアはカイとリズハの会話を見ながら ギリスやルベドが知ったら驚くだろうな と微笑ましい光景を思い浮かべていた。

 

「それでカイさん、ルベドさん達の船はいつ来るんスか?」

「詳しい時間は不明だが、向こう方もこの船が無事に済むとは思っていなかったようで、すぐに出動できるように準備を進めていたようだ。

故に、あの少しすればルベド殿達の船がこの船を囲む。

さすればあの奸者は袋の鼠だ!!!」

 

頭を冷静にさせたとはいってもカイの中の怒りが完全に収まった訳では無い。ガスロドの話をすればする程カイの表情筋が強ばっていく。

その話をガスロドが聞いているとは夢にも思っていなかった。

 

 

***

 

(………あの魚め。もう戻ってきたか。

少しあいつの力を魚人族の()()に当てはめすぎたようだな。

まぁいい。 この船を囲おうが逃げ場を塞ごうが無駄だ。準備は全て完了した。

後は、あいつらの前で()()()()()だけ…………………。)

 

***

 

 

「という訳でカイ、今この船はチョーマジンの巣窟状態で、とても一人一人の相手は出来ない。

だからガスロドを叩くしかない!!お前も一緒に探してくれ!!」

「無論だ!!!

奴のあの卑劣な面を白日の元に晒してくれる!!!!」



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191 回復のキス!? 夢魔族(サキュバス)の力を試す時!!

「……しかしカイさん、一体どうやってガスロド探すんですか!? 今あの七人を探して調べてはいますがこれといって怪しい人は居ないし、何より船内はチョーマジンの巣窟でみんなパニック状態なんですよ!!」

「!」

 

ガスロドを見つけ出すと息巻いていたカイがマキの言葉ではっとする。先程のように冷静さを失っていた訳では無いが軽率な考えになりかけていた。

 

「そうか。なら教えて欲しい。

その捜索は現状 どこまで進んでいる?」

「えっと、ミーフェイとゴルゴンという人から話を聞いて、その人達の言ってる事は本当だと分かりました。ですから━━━━━━」

「否、その考え方は危険だろう。

悪知恵の働く彼奴がそんなにすぐ気付かれるような虚言を宣うとは考えにくい。何か他の探した方を考えるべきだろう。」

「……それはそれとして、チョーマジンの方はどうするんです?

一体一体相手にしてたらリルアやミーアだけじゃなくリズハが居ると言っても 解呪(ヒーリング)がいくらあっても足りませんよ!」

「! そうだ マキ!」 「!」

 

マキと同じくチョーマジンをどう対処するか考えていたミーアが横から口を開く。

 

「リズハッスよ!! リズハの力を使えば良いんすよ!!

リズハの あの眠らせる系の贈物(ギフト)を使えば何とかなるんじゃ」

「いやミーア、それは難しいぞ。」 「!」

 

画期的な作戦を思いついたと得意げな表情で喜ぶミーアの後ろでリルアが対称的に険しい顔で口を開く。

 

「さっき言われたんだが、リズハの贈物(ギフト)はそこまで強力な物じゃない。まして船内にうじゃうじゃいるチョーマジンの一体一体を眠らせて回るとなれば尚更な。

良く見積っても五体くらい眠らせるのが関の山だろ。そしてリズハはさっき、その内の一回を使ってしまった………………。」

「…………………!!」

 

当のリズハは今 リルアの肩で休んでいる。

転生したばかりの慣れない身体で究極贈物(アルティメットギフト)解呪(ヒーリング)を立て続けに使った反動は重くのしかかっている。

 

「そ、そうなんスか………………!!」

「じゃあやっぱり 被害が拡大するのを覚悟で ルベドさん達の援軍を待つしか…………」

「!

皆 少し待ってくれ。良い方法を思いついたぞ!!」 『えっ!!?』

 

八方塞がりになりかけていたリルア達の耳にに光をささんばかりのカイの声が届いた。

 

「ほ、本当ですか カイさん!!」

「一体どんな方法なんだ! 教えてくれ!!」

「それに答える前にリルア殿、リズハを呼んで先の悪魔の姿になって貰えるか?」

「おう もちろんだ! おぅいリズハ!!!」

 

リルアが名前を呼ぶと、小さなコウモリの妖精の状態のリズハが姿を現した。そして体力を使ってその姿を元の夢魔族(サキュバス)に変える。

 

「リズハ、君は転生して夢魔族(サキュバス)とやらになったのだろう?以前龍の里に来た時にリュウ長老の屋敷の古い文献で読んだ事があるのだ。

夢魔族(サキュバス)は異性の精気を食糧にして生活している』とな!!」

「!!? カイ、まさかお前…………!!」

 

リルアは顔を青くしてカイに詰め寄った。妹の身に危険が迫りかけている事に気付いたからだ。しかしカイの立てた作戦はそれを少し下回っていた。

 

「そしてもう一つ、あの文献にはこう記してあった。『人間の()()でも同等の効果が得られる』と!」

「……えっ?! た、体力??!」

 

リルアは長い時を過ごして忘れていたが、夢魔族(サキュバス)の栄養源は異性の精気、もしくは体力なのだ。それでも精気を食糧にするという考えが定着しているのは精気の方が効率良く栄養を摂る事ができ、好んでそれが行われている為だ。

 

「故にリズハ、私の体力を吸え!!

私の体力を糧として、君の眠らせる贈物(ギフト)をより使えるようにするのだ!! さすれば少しはあの怪物とも戦えるだろ!?」

「リズハ どうなんだ!? 行けるのか行けないのかはっきりしろ!!」

「えっ!? ちょ、ちょっと…………」

 

カイとリルアに同時に問い詰められてリズハはたじろぐ。

 

「……やってみるけど分かんないよ?

だってあたし、まだ転生してすぐだからやった事ないし……………」

「私はやり方なら知っているぞ。

あの文献には『異性との接吻 あるいは背に抱きつく事で糧を得る事が可能だ』と書いてあった。」

 

リルアは『接吻(キス)』という単語が出た瞬間、一瞬だが目を見開いてカイを凝視してしまったが、それは誰にも言わないでおいた。

 

「分かった。背中に抱きつけば良いんだね?

でも上手くいくか分かんないよ?もしかしたらカイの体力全部吸い取って動けなくしちゃうかも……………」

「それでも構わん!! 君の敵を無力化させる贈物(ギフト)は貴重な戦力だ!!

その点私は冷静さを欠いて敵を殴るだけしか能が無い男だ!!こんな私の体力で君が戦えるようになるなら本望だ!!!!」

「…………!!

分かったよ。 じゃあ行くよ?」

「ああ!!」

 

リズハがカイに抱きついて体力を吸い取っている間、リルアはカイに対して考えを巡らせていた。

冷静じゃ無くなったのは仕方の無い事で私達は気にしてないのに そんなに自分を卑下する事は無いのに と。



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192 ガスロドの奇策を防げ! カイの力の使い道!!

「…………!!」

 

リズハがカイの背中に抱きつき、二人の身体が淡い光に包まれている。リルアはそれが終わり次第早く船内に戻りたいと思っていた。

作戦を立てている内に時間を浪費してしまっているからだ。

 

「!」

 

リズハがカイの背中から離れた。 その表情はさながら『体力の回復に成功した』と言っているようだ。

 

「リズハ! やったのか!?」

「うん! 想像以上に回復できたよ!!

今なら何体だって眠らせられそうだよ!!」

「そうか 良かった。 で、カイ、お前は?」

「私も問題は無い!確かに多少の疲れはあるが、日々の稽古と比べたら大差は無い。

この程度なら戦える!!!」

 

リルアはようやく安堵の表情を浮かべた。

カイの表情もまた虚勢を張っているようには見えない。

 

「よし。これから役割を二つに分ける。

私とリズハ、カイが船内のチョーマジンをどうにかするから ミーアとマキが乗客の中からガスロドを探し出してくれ。」

「「分かった。」心得た!!」

「「ウス!!」了解!!」

「良し、じゃあ行くぞ!!!」

 

リルアを先頭にして五人は船内に向かって行く。その途中でリルアとミーアは戦ウ乙女(プリキュア)に姿を変える。

その後ろ姿を見てカイはリルアがいざという時に活躍してくれる事を心から喜んだ。

 

 

 

***

 

 

「うおぉっ…………!!!」

 

船内に入ったグラトニー達を待ち受けていたのは先程よりも更に破壊された船内、そしてそこで暴れ回る大量のチョーマジンの姿だった。

自分達が甲板でくすぶっていたのは物の数分の筈だが、その時間は船内で暴れるには十分だった。

 

「リズハ、早速だが行けるか!?」

「待てグラトニー殿!!

ここは私に任せてくれ!! 試したい事がある!!!」

「!!?」

 

カイがリルアの前に立った。

その手は水で覆われている。《海原之神(ポセイドン)》を放つ準備をしている。

 

「何をする気だ お前!!」

「決まっているだろう!! 奴らの足止めをするのだ!!

カァッ!!!!」

 

水を纏った手を突き出すと船内を暴れ回るチョーマジン達の周囲の空気が震え、次の瞬間 大量の水が現れてチョーマジン達を閉じ込めた。

 

「!!? これは………!!!」

「この船に行く前に考えた技だ!!

奴らの周囲の酸素と水素を結び付けて水を作った!!この方法なら私の体力を節約できる!!

そしてっ!!!」 「!?」

 

グラトニーが視線を向けると、チョーマジンは水の塊の中心で首を出してもがいていた。そしてその動きとは逆方向に水が流れている。

 

「あの水には中に閉じ込めた者の動きと逆方向に流れるように命じてある!! これで奴らが水から出て来る事は無い!!!」

「凄い!! 凄いぞお前!!!

この方法ならわざわざ戦わなくても無力化できる!!!」

「否、まだ安心するのは早い!!

もう一つ試したい事があるのだ!! レオーナ!!この船内に臭いはあるか!? 火薬の臭いだ!!!」

「!? か、火薬!!?

……あ、そういや少し臭うッス!」

 

獣人族のレオーナの鼻は船内に漏れ出る火薬の臭いを僅かに捉えた。

 

「………そうか。彼奴、まだ爆弾を仕掛けているのか。数は分かるか!?」

「……いやぁ、数までは分からないッス。

ただ、広い範囲にばら撒かれてるって事だけで…………」

「委細承知!! 広範囲ならこの方法が一番手っ取り早い!!」

『!!?』

 

カイは両手を合わせて力を溜め込んだ。 すると船内を波のような揺れが襲う。

 

「な、なんスか これ!!?」

「おいカイ、何をするつもりだ!!?」

「……………………。

ハアッ!!!!!」 『!!!!?』

 

カイが両手を開くと、船内に大量の水蒸気が流れ込んできた。船内に満たされると壁や床に水滴が付いて湿り気が覆う。

 

「海水を水蒸気に変えこの船内にぶち込んだ!!

これで奴の姑息な爆弾は封じられた!!

まだまだ体力は残っている!!このまま私が怪物共の相手をする!!!」

(………!!! なんだなんだ!!

想像以上に頼もしいじゃないかこいつ!!!)

「道はできた!!

急ぐが床が滑りやすくなっているなら気を抜くんじゃないぞ!!」

「おう!!」「ウス!!」「了解!!」「分かった!!」

 

三人がそれぞれの返答をし、船内の奥を目指して歩を進める。

 

 

***

 

 

逃げ遅れた乗客達に紛れているガスロドは船内で起こった異変の正体がカイの贈物(ギフト)による物だと瞬時に理解した。

 

(…………なるほど。水を水蒸気に変えて船内を湿らせ、私の爆弾を封じたつもりか。

その程度の対策はできているが まぁいい。封じられたフリをしてやろう。それもまたいざという時の布石になるだろう。)

 

ガスロドを追って船内を駆けるグラトニー達 五人はまだ知る由もなかった。

ガスロドの作戦において最後にやる事が 自分達の前に正体を明かす事だということを。



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193 船上で生まれる奇妙な絆! チョーマジン達を食い止めろ!!

「おいカイ、さっきの水で閉じ込めるやつはあとどれくらい出せる!?」

「あれは周囲の水分を利用するから私の力の消耗は少ない。

少なく見積ってもあと三十はゆうに超える!!」

「そうか。なら出し惜しみしてくれるな。

お前の力を頼りにしてるぞ!!」

「委細承知!!!」

 

グラトニー達は先頭をカイに譲って船内を走っている。チョーマジンに出くわす度にカイが水で閉じ込めて無力化させる という事を繰り返している。

その最中にもレオーナとマキは逃げ惑う乗客を必死に観察している。ガスロドが最初に注目した七人以外の乗客に成りすましている可能性もあるからだ。

 

「レオーナ、何か分かった事はありますか!?」

「いや、今のところはこれといって怪しいヤツは居ないっす。」

 

船内を進む中で既にカウェル、リギム、そしてドクタフとすれ違い、その一瞬の中でレオーナとマキは全神経を集中させて三人を観察した。

もちろん怪しまれないように『ここは危険だから安全そうな場所に避難しろ』と忠告しながらだ。

 

「!?」

「!? レオーナ、どうかしましたか!?」

「あぁいや、何でもないっス。」

 

レオーナが一瞬 表情を強ばらせたのは彼女の鼻が今までとは違う異臭を捉えたからだ。

 

(……今なんか臭い、薬みたいな匂いがしたッスよね?)

「レオーナ!! 前!!!」

「!!?」

 

異臭の正体を考えているレオーナ達の前に五体のチョーマジンが一斉に襲いかかっていた。

この付近に乗客がいないので自分たちに狙いを定めたのだろう。

 

「皆は下がっていろ!! こいつらは私が」

「待つッス カイさん!」 「!?」

 

カイが振り向くと、レオーナが既に五本の矢を弓に構えていた。

 

「麻酔を塗ったこの矢で奴らの動きを止めるからその時にリズハ、頼めるッスか!?」

「! 分かった!!」

 

レオーナが矢を放ったのとリズハがグラトニーの背中から飛び出したのはほとんど同時だった。

矢は全てチョーマジン達の胸を捉え、一瞬にして麻酔が回り動きを止める。そして次の瞬間にはリズハの指がその額を捉えて《幻夢之神(オネイロス)》を発動し、意識を眠りへと誘った。

 

「おいリズハ 大丈夫か!?

一気に五体も眠らせたぞ!!」

「…………お姉ちゃん、」 「!」

「全然大丈夫!! むしろ身体が軽いよ!

あのカイの精力(体力)、質が良かったのかな! なんかしっかり眠った後みたいに動けるよ!!」

「お、おう そうか。

眠らせる奴がそれなら心配は無いな。」

 

グラトニーは元気一杯のリズハを見て『心配して損した』とは思わないでおこうと思った。

 

「して グラトニー殿、

怪物共は私とリズハでどうにかできるとして、ガスロドの奴は見つかったのか!?」

「いやまだだ。最初にマークしたあの七人以外にも居るかもと考えてはいるんだがてんで手掛かりが掴めない!

何か方法でもあれば━━━━━━

!」

「?! どうした!?」

 

グラトニーが見つけたのは手掛かりではなく、聞きなれた男の声だった。それを聞くや否や真っ先に先頭を切って走り出す。

 

「待て! そんなに急いでどこに━━━━━」

「手掛かりには遠いが見つかったぞ!

この戦いをいい方向に運んでくれる()()()がな!」

 

 

 

***

 

 

 

「皆さん! 慌てる事はありません!!

落ち着いて、落ち着いて避難して下さい!!」

 

その声の主はドンガスだった。彼が声を掛けて乗客の避難を促し、そしてその後ろでは同じく魔導師と思われる男数人が障壁を展開してチョーマジンの行く手を阻んでいる。

 

「ドンガス! やっぱりお前だったか!」

「! おお! リルアか! 無事だったか!!

と、いう事はその後ろにいる三人が」

「おう! こいつらが私の仲間だ!!」

 

見ず知らずの一般人(魔導師)と意気投合しているグラトニーを目の当たりにし、カイ達三人は驚きの表情を浮かべている。

 

「あ! さっきの風妖精(エルフ)担いでたおっさんじゃないっスか!」

 

ドンガスに気付いたレオーナが間の抜けた声でそう言った。

 

「お前達にも紹介しておく!

こいつはドンガス。訳あって私達に協力してくれている《魔法警備団》の魔導師だ!!」

『!!!?』

 

三人はそれぞれに驚きの声を出した。それはグラトニーが協力者を募ったからではなく今の自分達にとって重要な《魔法警備団》という単語が出たからだ。

しかし同時に 三人共リルアが一般人を巻き込み、なおかつ秘密を漏らすようなヘマはしないだろう と判断した。

 

「俺にも何か出来る事は無いかと思ってな。

知り合いの魔導師達にも事情を説明して乗客達を避難させていたんだ。

リルアはどうしてここに?」

「…私達は今、この船の乗客達を怪物に変えた犯人を追っている。」

「!! そうか……。

いや、皆まで言う事は無い。俺では力不足なんだろ? ならば俺達は乗客の避難に専念する!!」

「助かるよ。 なら甲板に避難させるのが良いぞ。あそこへの道にいた奴らは皆 私達が無力化させた。」

「そうか。なら乗客達は任せてくれ。

その代わり、この船を混乱に陥れた輩の始末は君達に任せるぞ!」

「おう! 私たちは先に行くからな。

ああ それと、」 「?」

「この姿の私の事は《グラトニー》と呼んでくれ。

それが私の任務上の名前(コードネーム)だ!」



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194 レオーナの掴んだ手掛かり!! 佳境を迎える犯人探し!!

「……そうか 分かった。

ならこの場は俺達に任せて先に行け! グラトニー!!!」

「おう!!」

 

グラトニー達はドンガスに笑みを送ると脇目も振らずに船内を更に奥へと進んで行く。

 

「……グラトニー殿、一体あの者とどういった関係があったんだ?あの者に全幅の信頼を置いているように見えたが………」

「………… なに、気にする事じゃない。その場の成り行きだ。

それに魔法警備団とコネを組んでた方がこれから得があるかもしれないだろ?」

「………… なるほど。」

 

カイはグラトニーの言葉が本心では無いと根拠と直感で理解した。ドンガスは自分の意思で協力してくれているのだろう と結論付ける。

 

「何はともあれ これで断然動きやすくなったぞ。ガスロドを見つけ出してぶっ飛ばして、この不毛な戦いを終わらせる!!!」

「おう!!」「ウス!!」「了解!!」「分かった!!」

 

グラトニーは皆の士気を高める為にそういったものの、依然としてどうやって乗客の中からガスロドを見つけ出すか考え付かないでいた。

今彼は乗客の中に紛れ込んでおり、その為にグランフェリエに乗り込んだ乗客の半分以上が今もチョーマジンに変えられる事無く無事でいる。だからといってこれ以上チョーマジンが増えないとも限らない。

グラトニーが危惧した 避難場所で大量に発生する事態こそ絶対に避けねばならない事だ。

 

(……さて困ったぞ。一体どうやってガスロドのヤツを見つけ出せばいい?あいつは今 この船の乗客全員を人質に取っているのと同じだ。それにヤツは用心深い。成り済ますヤツの事は下調べしている筈だ。

そもそも私達は乗客達の事なんててんで知らないし……………)

「あ、あの グラトニー。」

「レオーナ! どうした!?」

「さっき言いそびれたんスけど、何か変な臭い(・・・・)がしたんスよ!」

「?! 変な臭い!?」

 

 

***

 

 

レオーナは先程感じた変な臭いの詳細、つまりそれが薬のような異臭である事を説明した。

 

「薬? それが一体どうしたというのだ?

乗客が持ち歩いていた物だろう?」

「いや、それとはまるで違う臭いがしたんスよ。

自分、獣人族だから鼻が利くし、故郷の村じゃ薬は自分で作るのが普通ッスから。さっきそれと同じような臭いっしたよ。

そんな田舎者が持ち歩くような薬をこんな豪勢な船に乗る人が持ってるとは思えないじゃないっスか。」

「……つまりレオーナ、お前は乗客の中に自分で作った薬を持っているヤツがいる と言いたい訳だな?」

「そうッス。それがガスロドに繋がっているから分からないッスけど…………」

 

レオーナは自分の考えにいまいち 自信が持てずにいた。根拠の薄い考えであると同時に、それが外れていたら全員に迷惑がかかるからだ。

 

「いや、『分からない』という事は裏を返せば可能性はゼロじゃないって事だろ?なら試してみる価値は十分にある。

その臭いがいつどこでしたか 教えてくれ。」

「ウス! 臭いがしたのはさっきリズハが眠らせたバケモンが出たところっス。」

「ここと甲板の中間辺りか……………。

方向や強さは分かるか?」

「そんなに強くない臭いが右の方からして、すぐにしなくなったッス。だからその時は気のせいかもって思ったんスけど…………

? グラトニー?」

 

グラトニーはレオーナから得た情報を頼りに顎に指を当てて考えを巡らせる。

 

(………すぐにしなくなったって事は ガスロドは逃げ惑う乗客に紛れて甲板に向かったって事か……………………)

「!!!!!」

 

グラトニーは目を見開いて表情を青くした。

 

「!!? ど、どしたんスか!!?」

「レオーナ、良い知らせと悪い知らせがあるが、どっちから聞きたい?」

「?? 何すか?

…じゃあ良い方から。」

「良い方は、ガスロドの居場所が分かった。

お前の言った事が正しいなら、奴は今甲板に居る筈だ。」

「!!!? じ、じゃあ悪い知らせって……………!!!」

「そうだ。甲板に避難してる乗客達が危険って訳だ!!!!」

『!!!!!』

 

その言葉を聞いた瞬間、五人は誰に指示されるでもなく一斉に走り出した。またしてもガスロドの罠に掛かってしまったのだ。

 

 

 

***

 

 

甲板に避難する乗客達に紛れて移動したガスロド扮する()()は機会を虎視眈々と狙っていた。

 

(私の思った通り、連中は閉ざされた場所に避難させるのは危険だと判断してこの甲板に避難させたようだ。この状況こそが本命さ。

後はもう少し乗客共が来たら残りの魔物召喚(サクリファイス)を一斉に発動させて………………)

 

『そこまでだァ!!!!!』 「!?」

 

五人の男女の大声にその場に居た乗客全員が一斉にその方向に首を向けた。

 

『やっと追い詰めたぞ!!! ガスロド・パランデ!!!!!』

(………来るのが予想より少しだけ早かったな。

ほんの少しだけ侮っていたようだよ。戦ウ乙女(プリキュア)。)



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195 遂に見つけたガスロド!! 真実を射抜くレオーナの矢!!

ガスロド・パランデ

甲板へと避難した乗客達はその聞き慣れない名前に首を傾げた。無論、()()に扮したガスロドも同様の行動を取る。

グラトニー達は乗客達に聞こえないように小声で会話を交わす。

 

『レオーナ!! こいつらの中にさっきしたって言う臭いは感じるか!?』

『ウス! 感じてはいるんすけどそれがどの人から臭ってるか 正確には分からないッス。

なんせ香水やら潮の臭いやらが強くて強くて……………。』

『……………そうか。』

 

グラトニー達が下手に動けないのは乗客達がガスロドの存在を知らないからだ。

『この中に怪物騒ぎの犯人が居る』と言って全員が信じるとは限らないしパニックを起こされたらそれに乗じて逃げられる危険性もある。

 

『………落ち着くんだぞ レオーナ。

私達は今、確実にヤツを追い詰めている。誰も動かないのはヤツが()()()()からだ。

だからこの場でヤツを見つけ出せば、確実に炙り出せる!!!』

『……………!!』

 

レオーナの顔からも持ち前の明るさは消え、その頬には一筋の汗が垂れる。グラトニーの意思を理解した彼女は『臭いの元(ガスロド)に正確に矢を撃ち込む事』しか方法が無いという事を理解していた。

 

『………グラトニー、今 一つ方法を思い付いたッス。』

『本当か!?』

『ウス。上手くいくかどうかは分からないッスけど、 この賭け 乗ってくれるッスか?』

『おう もちろんだ!』

 

グラトニーからの承諾を得たレオーナは、自分の立てた作戦を事細かに説明した。

 

 

 

***

 

 

『………なるほどな。確かに上手く行くかは分からないが、成功したら状況は一気に好転する…………

分かった。 お前の賭けに乗ってやろう!!!』

『ウス!! 任せるっス!!!』

 

レオーナはグラトニーに満面の笑みを向け、そして()()()()()

 

 

 

***

 

 

()()に扮したガスロドは、乗客達に怪しまれないように注意しながら戦ウ乙女(プリキュア)達を観察していた。

 

(………私の薬の匂いを辿ってここにたどり着いたな。だがどうする?私をここに張り付けたからと言って 状況は何も変わっていないぞ。

ここから乗客共を刺激する事無くどうやって私を見つけ出すというのだ……………?

尤も、いずれは正体を明かすつもりだがな。もし本当に見つけられるなら見破られて追い詰められたフリをして…………………)

「!!」 ガシッ!!

『居た!!!!!』

 

ガスロド扮する()()は不意に飛んできた()()()を手で掴んだ。その行動がガスロドは自分だと教えてしまう結果になった(少なくともグラトニー達の目にはそう映っただろう)。

 

「………フフフ。 掴んだな? 掴んだなその()を!!!」

「やっと見つけたぞ。お前が罪もない乗客達を次々に怪物に変え、この船を恐怖に陥れた 犯人(ガスロド)だ!!!

《ドルダ・セヴェイル》!!!!!」

 

乗客やグラトニー達の目には 乗客の内の一人のドルダ・セヴェイルがその手で矢を掴んでいるという光景が映っていた。

乗客達が目の前で起こっている事を把握出来ない中、レオーナが心の中で喝采を上げる。

 

(よっしゃーーーーーー!!!! 上手くいったッス!!!!

狙撃之王(ロビンフッド)の新しい可能性 見つけたッスよ!!!)

 

レオーナが立てた作戦は、自分の矢に薬の臭いを覚えさせ、狙撃之王(ロビンフッド)でその場所を射抜く という物だった。

 

 

「……… さぁどうしたガスロドよ。

もう往生したらどうだ。 たった今 貴様の化けの皮は剥がれたんだぞ!!!」

「そうだ!! お前が本物のドルダだと言うなら その矢を受け止めた事を説明してみろ!!

尤も、『私はヴェルダーズの配下の男です』 以外の申し開きがあるのならの話だがな!!!」

 

カイとグラトニーが立て続けに(乗客達にとって)理解し難い言葉を連ね、甲板全体に居心地の悪い静寂が訪れる。それを破ったのはドルダ(ガスロド)のこもった笑い声だった。

 

 

「…………ふふふふふふふふふふふふふ。

いやぁ、全くもって感服したよ 戦ウ乙女(プリキュア) 諸君。

いかにも 私はヴェルダーズ陛下の誇り高い戦士が一人、」

 

そこまで言ってドルダ(ガスロド)は懐から小瓶を取りだした。グラトニー達は今までの情報を総合して、その中身がポーションだと結論を出す。

そして瓶を開け、その中身を自分の身体に浴びせた。

 

『シュウウウウ』という音と共にドルダの身体は紫色の煙に包まれた。そしてその煙が晴れた場所にいたのはマキがトイレで見たペストマスクに白衣の男だった。

 

「《ガスロド・パランデ》だ。」



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196 遂に切って落とされた火蓋!! 戦ウ乙女(プリキュア)VS科学者!!

ドルダの姿が一瞬にして不気味な科学者風の服装をした男に変わった。

その異様な光景に乗客達はパニックを起こす事すら出来ずにただ呆然と立ち尽くしている。

その中で唯一 マキだけがその顔を青くしていた。

 

『………マキ、お前がトイレで見たガスロドは本当にあいつなんだな!?』

『……はい。 間違いありません。』

『なるほどな。性格に違わない悪趣味な格好だ…………。』

『やっぱり自分の勘は当たってたッスよ!

あいつは全身に薬を塗って自分の姿を誤魔化してたンス!』

『それより問題は だよ。本物のドルダさんが今無事なのかどうかと もう一つ……………』

『ああ。分かっている。

あと少しでルベド達の船が来る。私達に出来るのはそれまでの━━━━━』

「『それまでの時間を稼ぐ』と言いたいんだろ? 戦ウ乙女(プリキュア)。」

『!!!!?』

 

誰にも聞こえないように小声で喋っていたにも関わず、ガスロドはまるで聞こえているかのように口を開いた。

 

『バ、バカな!!! この距離で聞こえたのか!!?』

『狼狽えてはならん グラトニー殿!!

恐らく 奴の耳に聴力を上げる機会か薬かが入っているのだ!!』

「その通りだよ カイ・エイシュウ。」

「!!!」

 

ガスロドは更に異様とも言える穏やかな口調でカイに話し掛ける。

 

「確かに私の耳には手作りの補聴器が入っている。だがね、そんなもの無くても諸君の考えている事は容易に推測できる。

既に知っているように私は諸君の中で唯一空を飛べるリルアだけをこの船に閉じ込めた。ならばこの船から逃がしたジームズに星聖騎士団(クルセイダーズ)への要請をするのは目に見えている。それまでの時間を稼ごうとするという事もな。」

「…………………!!!

(全て奴の計算通りと言う訳か…………………!!!)」

「ちなみにだが、ドルダは殺してはいないよ。今頃自分の家で大寝坊をこいている所だろうさ。ちょっと強い睡眠薬を盛らせて貰ったよ。

まぁ良かったじゃないか。そのお陰でこの惨劇に巻き込まれずに済んだんだからね。」

 

全員 『どの口が言ってるんだ』と言いたくなるのを辛うじて堪える。

 

「とはいえルベド達まで来よう物なら流石の私でも分が悪い。だから君達のこれからやろうとしている事を全力で邪魔させてもらうよ。

もうこんな乗客(隠れ蓑)も必要無い訳だからね。」

『!!!!!』

 

そう叫んでガスロドは手を上に振り上げた。その動作が意味するのはグラトニー達にとって最悪の結果だ。

 

「みんな逃げろ!!!! そいつから離れろォ!!!!!」

「もう遅いさ。 《魔物召喚(サクリファイス)》!!!!」

『!!!!』

 

ガスロドの手から禍々しい紫色の光が放たれ、乗客達の胸を次々に貫いた。そして光は乗客を包み込んでその姿をチョーマジンへと変えてしまう。

その光景によってようやく残った乗客達の頭はこの異常事態を理解し、そして一気にパニックを巻き起こした。

 

「……………!!!!」

「(最初からこうするつもりだったが)こういう時の為に保険を用意していたのさ!

私を見抜いたご褒美に教えておくと、さっきまで居たのは私の中にある力の六割程だ。そして今使ったのは全体の三割!今逃げていった奴らの中にその一割が居る。この意味が分かるね?」

「……………………!!!!!」

 

グラトニー達は歯を食いしばってガスロドと彼を取り囲むチョーマジン達を凝視する。影魔人(カゲマジン)が居ない事が不幸中の幸いだが、それでも戦力差は五対数十に跳ね上がった。

 

『……グラトニー、あいつさっきから何体生みだすんスか!そんなにポンポン作り出せるものなんスか?』

『いや、普通は無理だ。恐らくこの船に乗る前にヴェルダーズから直接力を分けて貰ったんだろう。こうなる事を見越してな。』

『………なんてズル賢い奴………………!!!』

 

レオーナが動揺と共にガスロドを睨む中、カイが口を開く。

 

『………グラトニー殿、私に考えがある。』『!?』

『この状況は最早 多勢に無勢だ。 故に奴を直接叩くしか方法はあるまい。

私が突撃して隙を作る故、グラトニー殿が解呪(ヒーリング)を以て仕留めてくれ!!』

『……おう 分かった!』

 

ガスロドは依然としてカイ達の出方を伺っている。そしてカイもまたガスロドを凝視している。それは敵意故ではなくどこにガスロドの隙があるかを探る為だ。

 

(今だ!!!!!)

ブシュウッ!!!!! 「!!!?」

 

ガスロドへと通じる道を見つけたカイは足裏から水を噴き出して推進力に変え、チョーマジンの間を縫うように回避しながらガスロドへと強襲をかける。

 

「ガスロド・パランデ!!!! 覚悟ォ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガスロドの首を狙ってカイは水を噴き出し推進力を跳ね上げた蹴りを見舞った。



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197 窮地に立たさせるリズハ!? ガスロドの怪しい言葉!!

「ガスロド・パランデェ!!!!! 覚悟ォ!!!!!」

「!!!!!」

「カァッ!!!!!」

 

カイの踵から噴き出す水がその蹴りの速度と威力を大きく底上げしている。ガスロドの隙だらけの首を狙ってカイの足の甲が目にも止まらぬ速さで繰り出された。

 

((((よし!! 行ける!!!))))

 

グラトニー達 女子四人は止めを刺す準備を済ませた上でカイの蹴りが決まる事を確信していた。

 

 

ガッ!! 「!!!!? なっ……………!!!??」

「はっ!!? 何だ!!?」

 

カイの全身全霊の力で繰り出された蹴りはガスロドの首ではなく腕に阻まれた。蹴りを受け止めた腕は全く動いていない。

 

「クッ!!!」

 

諦める事無く身体を捻ってもう一本の脚で再び蹴りを試みる。しかしガスロドに身を屈められ、蹴りは空を切った。

 

「………………!!!」

「どうした?私が搦手しか能の無い低能だとでも思ったか?」

「!!! 抜かせッ!!!」

 

表情一つ分からない筈のマスクの上からでもその余裕がありありと見て取れる。そんなガスロドに怯む事無く果敢に挑み、拳や蹴りを何発も見舞う。

しかしその全てを見切られて軽々と躱される。

 

(………………!!!

どういう事だ!!? 私の蹴りを受け止めて腕の骨すら折れていないなど!! それに先刻 脚から伝わってきた感触は筋肉のそれだった!!この男にそんな力があるとでも言うのか!!!?)

「!!!」

 

一瞬できた隙を付かれてガスロドの爪先蹴りがカイの顎へと炸裂する。それは身を引いて何とか躱してそのまま後ろに跳んでグラトニー達の所まで戻り、ガスロドと距離を取った。

 

「おいカイ、大丈夫なのか!!?」

「ってか何スかあいつ!!! カイさんの蹴りを軽く受け止めたッスよ!!!」

「それに今の動き、多少の鍛錬で出来るものじゃありませんよ!!!」

 

カイがガスロドに向かって戻るまでの時間はものの数十秒だったが、その間に起こった様々な事はグラトニー達から冷静さを奪うには十分過ぎた。

 

『………皆 良く聞いてくれ。

たった今拳を交えて分かった。 奴の格闘能力は半端では無い。しかも防御面に秀でているようだ。

……迂闊だった。なんの根拠も無しに奴を侮って実力の程を見誤った………!!』

『カイ………!!

大丈夫だよ!! ならあたしの幻夢之神(オネイロス)で眠らせて━━━━━』

「無駄だぞ 淫魔。」

『!!!?』

 

カイ達に向けてガスロドが口を開いた。

 

「さっきも言った通り君たちの会話は全て筒抜けだ。

その上で親切のつもりで一つ教えておこう。

君の贈物(ギフト)はね、身体に()()触れないと効果が無いんだよ。」

「!?」

「つまり、この服はもちろんの事、マスクや手袋に触っても私を無力化さ(眠ら)せる事は出来ない。」

「………………!!!」

 

ガスロドの言葉でリズハの心の中は完全に疑心暗鬼になり、表情が青ざめている。実際に転生したばかりのリズハは自分の贈物(ギフト)の全容を把握し切っている訳では無い。

 

「それが出鱈目だと言うなら君の身体を使って確認してみれば良い。逃げも隠れもしない私に向かってその手で私に触れば良いだけの事だ。

まぁ私を眠らせられ無かった場合は隙だらけになった君の首を私のこの手が縊る事になるだろうがな。

折角拾った第二の人生を呆気なく終わらせても良いのなら、向かって来るといい。」

「…………………………!!!!」

 

リズハは心の中で『ガスロドに向かう事は出来ない』と認めてしまった。彼女自身が一度死を経験しており、その恐ろしさを良く理解している。自分の命を差し出す危険な賭けに出る気にはなれない。

 

「………向かってくる気にはなれないか。

ならこちらはこの大量のチョーマジン達を差し向けるだけだ。体力の半端に残った戦ウ乙女(プリキュア)二人と取り巻き三人でこいつらの猛攻を凌げるか試してみようじゃないか。」

(………や、やっぱりあたしがあいつに向かっていくしかない!! それであたしが殺られてもお姉ちゃん達ならきっと━━━━━━!!!)

「凌げますよ。それくらい。」

「!!?」

 

自己犠牲の覚悟を固めつつあったリズハの前にマキが立った。

 

「ほう。 君は確か、ハジョウが撤退した後で加入したっていう……………」

「そうです!! 私はマキ・マイアミ!!!

誇り高い軍人の血を引き、その力を魔王ギリスの名誉回復の為に使う者!!! 星聖騎士団(クルセイダーズ)の名においてあなたを拘束します!!!」

「………()()か。随分お優しい事だな。

だからこそ私には勝てないぞ。」

「それが間違いだと これから証明してみせますよ!!!」

 

マキは両手の平に炎の魔力を溜め込んでガスロド達と向かい合った。



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198 マキの身に何かが起こる!? 咆哮上げる焔の神!!!

マキは一歩一歩 ガスロドに近付いている。それをグラトニー達は止めようとはしない。制止は無駄だと分かっているからだ。

 

「………丁度良い。そろそろこいつらの我慢も限界になりつつあるし、君にぶつけてやろう。

せいぜい足掻いて見せろよ。」

「…………………」

 

ガスロドのそばに居るチョーマジンの内の一体が堰を切ったように咆哮を上げ、本能のままにマキに強襲する。その目、爪、そして身体全体がマキの命を狙っている。

 

ヒュっ!! 「!!?」

 

チョーマジンが自分に向けて伸ばした手を躱し、そして顎を掴んだ。そのまま全体重をかけてチョーマジンの頭を甲板に叩き付ける。

 

「……………ほう。 口だけではないのか。」

「あまり甘く見てもらっては困りますよ。

人型の魔物() が相手なら対処の仕方は心得ています。」

「……………………。

(こいつの目、そんじょそこらの()()とは訳が違う。傭兵ってやつは人の命令を聞くだけで自分の意思ってヤツを持たない。

こいつは自分の意思で魔王ギリスの下に就いてる。かなり厄介な存在だ。

何よりこいつは今 究極贈物(アルティメットギフト)に目覚めつつある!!!)」

「!」

 

ガスロドはマキの足元に目を遣った。

そこではチョーマジンが元の乗客に戻りつつある。グラトニーから渡された解呪(ヒーリング)を使ったのだ。

 

「さあ どうしました?

私は今あなたの手駒(チョーマジン)を倒す術を持っています。私を倒したいならあなたが直接来るしかありませんよ!」

「おかしな事を言うな。まるでこのチョーマジン全員を君一人で解呪出来(倒せ)ると言っているようだ。戦ウ乙女(プリキュア)一人のお零れの解呪(ヒーリング)でそれが出来るのか?

君こそ私と戦いたいならこのチョーマジンを全員倒してからにして貰おう。」

『……………………』

 

互いに挑発を終え、二人は制空圏の外で見合っている。ガスロドは徒に戦力を浪費する気は無いし、マキもガスロドが従えるチョーマジンの全員を解呪す(倒せ)る力がない事は明白だ。

そして数秒 睨み合いが続いた後、先に口を開いたのはマキだった。

 

「……いいえ。その必要はありません。

()()への攻撃は無意味で非効率です。そんな事をするより、」

「!!」

「ここであなたを倒して終わらせます!!!!」

 

地面を全力で蹴り飛ばし、チョーマジン達を置き去りにして一気にガスロドとの距離を詰める。

 

(たとえカイさんを凌げるくらい動けても、その顎に私の《爆掌(ニトヴル)》を叩き込めば終わりでしょう!!!)

(チョーマジン相手ならともかく こんな小娘の攻撃なんて()()()に比べたらなんて事ないが、ここらで()()を打っておくか。)

 

「覚悟!!!!」

 

ガスロドの顎が射程圏内に入り、掌に一気に熱を溜め込む。そして掌底を発射する為に足を全力で踏み込む━━━━━━━━

 

パリンッ 「!!?」

 

攻撃を打つ間の一瞬でマキは様々な事を認識した。ガスロドがポーションの小瓶を取り出してそれを床に叩き付けて割った事。そして自分の視界が歪み、足から地面を踏む感覚が消えた事だ。

 

ボガァン!!!!! 「!!!」

 

マキは前のめりに倒れ、彼女の《爆掌(ニトヴル)》はガスロドの目の前の床で爆発した。

 

(………い、今のはまさか……………!!!)

「たった今君に吸わせたのは平衡感覚を狂わせるポーション。それを気化させた。

この量ではほんの少ししか効果は無いが一回の攻撃を凌ぐには十分だ。 じゃあな。」

「!!!」

 

立つ事の出来ないマキの頭目掛けてガスロドは踵を振り落とす。

 

「クッ!!!!」

ボガァン!!! 「!!」

 

ガスロドの蹴りを既の所で躱してそのままカウンターで《爆掌(ニトヴル)》を叩き込むが、それも躱される。

 

「ほう。あの状態から攻撃とはな。」

(なんて男!! 至近距離で撃ったのに躱されるなんて!!!)

 

「マキ!! もう止めておけ!!

そいつはもう二度と隙を見せない!!お前に倒せるヤツじゃ()()()()()んだ!!!」

「いいえまだです!!! まだやれます!!!」

 

ガッ!! ゴッ!! 「!!」

(よし隙が出来た!!! 今度こそ決める!!!)

 

ガスロドの顎、そして腕を打って出来た一瞬の隙をついて、再び攻撃の為に身体を捻る。そしてガスロドは回避ではなく、マントによる防御を選択した。

 

(攻撃を許してやろう。本来 グラトニー対策で拵えた耐火性のマントだ。自分の矛が通じない絶望に落ちるがいい。)

 

「!!!!?」

その瞬間、マキの頭に思考が過った。頭の中に色々な疑問が一気に浮かぶが、身体は言うことを聞かずにガスロドに向けて掌底を打ち出す。

 

(な、何 今の!!!?

私、これから()()()()の!!? 私の手から()()()()の!!!?)

 

「《爆破之神(カグツチ)》!!!!!」

ボッガァン!!!!! 「!!!!?」

 

マキの掌から以前までとは桁が違う程の大きさの爆煙が吹き出し、ガスロドに襲い掛かった。



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199 爆発かポーションか!? 明らかになる究極贈物(アルティメットギフト)!!

爆破之神(カグツチ)

マキの口から()()()()()言葉がそれだった。そして掌からは今までとは桁違いの爆煙が吹き出し、ガスロドを吹き飛ばす。

ガスロドが従えるチョーマジン、そしてマキを見守っていたグラトニー達も何が起こったのか分からずに呆然と眺めていた。そして誰よりも驚いていたのは『これから自分の身体に何かが起こる』と直感していたマキだった。

 

「…………………………

な、何かすっごいの出ちゃいました……………!!!」

 

ガスロドを吹き飛ばしてから数秒後、マキは顔に苦笑いを浮かべながらグラトニー達の方を向いてそう言った。

 

「……… な、なんスか今の!!!!

さっきまでとは比べモンにならないくらいの爆発ッスよ!!!!」

「わ、分からないよ!!

今から()()()()()()と思ったら手から勝手に『ボーン』って…………!!」

「……《爆破之神(カグツチ)》だ。」

『えっ!?』

 

マキとレオーナが目の前で起こった事に驚いている中、グラトニーが横から口を開いた。

 

「私もこの目で見るのは初めてだが、()()()から詳しく聞かされていた。

マキ、そいつは間違いなく究極贈物(アルティメットギフト)だ!!!」

 

爆破之神(カグツチ)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:掌から爆発を起こす。

火を練り固めて武器を作る。

 

「ア、究極贈物(アルティメットギフト)!!?

そんなありえないですよ!! だって私は戦ウ乙女(プリキュア)でもないならリルアみたいな凄い家系でもないのに………………」

「否、そうとも限らないぞ。」 「!」

 

グラトニーの背後からカイが口を開いた。

 

「私とて優れた血筋も無くこの身体に究極贈物(アルティメットギフト)を宿している。私は長年の修行によってこの力を発現させた。

マキ、お前の場合は連続して気の抜けない戦場に身を置いた事が引き金となり━━━━━━

!!!!」

「!?」

 

カイの表情が一瞬で強ばった。その視線の方を振り返るとチョーマジンの内の一体が土埃を掻き分けてマキに向けて腕を振り上げている。

『後ろだ』と注意を促す暇は無かった。

 

「うわっ!!!」

ボゴォン!!! 「!!!?」

 

チョーマジンの攻撃が直撃する瞬間、マキは咄嗟に両手の平を向けて再び《爆破之神(カグツチ)》を発動させた。その巨体は先程のガスロドと同じ場所へと飛んで行く━━━━━━━━

 

ボガッ!! 「!!?」

 

瞬間、鈍い音と共にチョーマジンの身体は横方向に吹き飛んだ。それが意味する事を全員が一瞬で理解する。

 

「そ、そんな………!!

あんなに凄い爆発をまともに受けたのに!!」

「否、奴はあの程度で墜ちるようなタマではない。私の攻撃を全て凌いだのだからな。」

「………その通りさ。全く驚かされたよ。」

『!!!』

 

マキの起こした爆煙を手で掻き分けてガスロドが姿を現した。特徴的なマスクに少し傷が付き、そしてマントが焦げて破れている。

 

「………そのマント、耐火性ですね!!」

「その通りだ。だが落胆することは無いよ。

これは本来リルア・ナヴァストラ対策で拵えた物なんだからな。君の火力はなかなかどうして素晴らしいよ。」

「……………!!」

 

口調に嫌味が混じっているもののガスロドからの賞賛に複雑な気持ちになる。

 

「………さて、マキ・マイアミ。私の身体を傷付けたご褒美に私の究極贈物(アルティメットギフト)の能力を教えてやろう。」

「?」

「たった今君から受けたこの火傷を、私はどうすると思う?」

「!! まさか!!」

 

ガスロドは服をめくって赤黒く変色した腹部を見せ、そして懐から数種類の薬草を取り出した。その意味を直感する。

 

「さ、させません!!!」

「ふん。もう遅いよ。」 「!!!」

 

マキはガスロドがやろうとした事を止める為に飛び掛るが、何体ものチョーマジンが行く手を阻む。一体ならいざ知らずあと何回使えるか分からない《爆破之神(カグツチ)》を徒に何度も使う訳にはいかない。

 

「まず初めに、《抽出》。」 「!!」

 

ガスロドの持つ薬草が光、そして緑色の霧へと変わった。薬草を分子単位で分解したのだ。

 

「そしてこれを《精製》する。」

 

ガスロドの手で漂う緑色の霧が液体へと変わる。そしてそれは彼の持つ小瓶の中へと入った。

 

「…………ポーションを、()()()………………!!!」

「そう。それが私の《薬剤之神(アスクレピオス)》の能力。これは火傷に効く薬さ。

薬の知識のない者にとってはただのハズレスキルだが、私は違う。やろうと思えばどんな物でも作ってみせるよ。」

 

薬剤之神(アスクレピオス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:材料の成分を《抽出》し《精製》する事であらゆる薬を一瞬で生み出す。



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200 燃え上がる新たな火種!! ガスロドを超えるマキの秘策!!

薬剤(ポーション)を作る》

ガスロドは自分の贈物(ギフト)の能力をそう説明した。

 

「そしてこいつを患部にかけると…………

ほら。」

「…………!!!」

 

チョーマジンに道を阻まれて動けないマキ達を尻目にガスロドは悠々と腹部の火傷にポーションの液を掛ける。すると火傷から白い湯気のような物が吹き出し、みるみるうちに火傷が治っていく。

 

「この通り元通りさ。だから私は仲間内で《医者》の役割を担っている。今までに治した怪我は数知れずさ。」

(………そ、そんな!!

グラトニー達と同じ究極贈物(アルティメットギフト)の攻撃をもろに当てたのに…………!!!!)

 

究極贈物(アルティメットギフト)の攻撃の威力はマキも良く知っている。その攻撃で受けた傷を簡単に治された事は彼女の心に少なからず衝撃を与える。

 

(………わ、私のこの贈物(ギフト)はそんなに弱い物なの!!? それとも私がこれを使いこなせてないだけ!!?)

 

マキは疑念に歪んだ表情で自分の掌を見つめ、その手に握られている《爆破之神(カグツチ)》の威力を無意識のうちに疑った。

 

「マキ!!! 危ない!!!!」

「!!? うわっ!!!?」

 

動揺するマキの隙をついてチョーマジンが顎目掛けて脚を振り上げた。何とかそれを躱し、そのままグラトニー達の所まで下がる。

 

「マキ!! 大丈夫か!?」

「はい なんとか!

……それよりすみません。敵の前で油断なんかしてしまって。それに折角チャンスがあったのにすぐに回復されて…………!!」

「気にする事は無い。私もそれを身に付けて暫くは如何にして使うべきか分からずじまいだった。これから使いこなせるようになればいい!!

それより問題は如何にして奴を倒すかという事だ!!」

「……はい。あいつが()()()()ポーションがどんな攻撃も立ち所に治す物だったとしたら、生け捕りはかなり難しくなります。

それこそ………….!!!」

「皆まで言うんじゃない マキ。

私達皆 腹は括ってる。たとえあいつを殺す事になっても乗客達を助けるぞ!!!」

「はいっ!!!」

 

カイとグラトニーに鼓舞されてマキは再び立ち上がった。その時間で攻撃できる筈だったが、ガスロドは何もしなかった。この場から逃げる為に用意した作戦を実行する為だ。

 

「………フフ。」 『!!!』

「………《爆破之神(カグツチ)》か。いやはや恐ろしい能力だ。この事は必ず陛下の()()()()()()()()()()()()な。

その為に、次の一手と行こう。」

『!!!?』

 

ガスロドは懐から再び(ポーション入りと思われる)小瓶を取り出し、それをグラトニー達に向けて放り投げた。そして手に魔法陣を展開して魔力を練り上げた弾を打ち出し、小瓶を空中で割る。

 

ブワッ!!!! 『!!!!?』

 

小瓶が割れるや否や、そこから白くて濃い煙がもくもくと吹き出した。それはガスロドはもちろんの事、その場に居たチョーマジン達も飲み込んで完全に姿を隠す。

 

「………………!!!

!!!!? な、何ッ!!!?」

「馬鹿な!!! これは………………!!!!」

 

煙が晴れると、そこにガスロドの姿は無かった。ただ大量のチョーマジンが居るだけだ。

 

「グ、グラトニー殿!!

よもやこれは……………!!!」

「ああ 間違い無い。あいつ、今度はチョーマジンに姿を変えやがった!!!」

 

ガスロドはグラトニーや乗客達全員に自分の姿をドルダに見せかけたように、今度は自分の姿をチョーマジンに見せかけて姿をくらましたのだ。

 

(おのれ!! どこまで卑怯な奴だ!!!

何が『隠れ蓑は必要ない』だ!!! あのペテン師め!!!)

 

カイはガスロドへの敵意を以て目の前のチョーマジン達を睨みつけるが、次の瞬間に()()()()()()()()()事態が起こる。

 

『全体 散れ!! 一気に船内へ灘れ込め!!!!』

『!!!!』

 

チョーマジン達のいる方向からガスロドの声が響いた。次の瞬間には今までその場を動かなかったチョーマジン達が一斉に駆け出してグラトニー達へ向かってくる。

一瞬の事で反応出来ずに立ち尽くしていたグラトニー達を素通りしてチョーマジン達は全員 船内に駆け込んだ。

 

「!!!! やられた!!!」

「どどどど、どうするんスか グラトニー!!!

このままじゃ乗客みんなやられちゃうッスよ!!!」

「…………!! こうなったらやるしかない!!!

私達全員の解呪(ヒーリング)でこの船に居るヤツら全員を━━━━━━」

「いえグラトニー、その必要は無いですよ。」

「「!?」」

 

グラトニーの肩にマキが手を置いた。

 

「マキ!?? それはどういう意味だ!!?」

「それをやるのは()()()という意味です。思い付いたんですよ!

ガスロドの策を打ち破る方法を!!!」

「!!?」

 

マキの顔には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。



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201 船に飛び交う炎のミサイル!! マキのチョーマジン 一掃作戦!!!

「……マキ!? どういう事だ!?

あの大量のチョーマジン達をどうやって………!?」

「それを逐一伝えてる暇はありません。とにかく、みんな早く私に触れて、私に解呪(ヒーリング)を注いで下さい!!!」

『!!?』

 

マキの言葉の意味は分からなかったが、グラトニー達は全員 彼女の言う通りにした。

グラトニーとレオーナは彼女の肩に直接触れ、リズハもマキに触れるカイの身体を介して彼女と力を接続する。

 

「マキ、これからお前に私達の今ある解呪(ヒーリング)を全部注ぎ込むが、それでも奴らを一網打尽に出来るのか!!?」

「はい。ただ、それには皆が力を出し惜しみせずに注ぐ事が必要です。撃ち漏らしは絶対に避けなければいけませんから。」

「分かった。

じゃあみんな行くぞ! 腹から力入れろ!!」

「ウス!!」 「うん!!」 「おう!!」

 

グラトニー達 三人は全身に力を込めて身体の中に残る[[rb:解呪>ヒーリング]]を捻り出し、それをマキに注ぎ込む。カイも同様にリズハの身体に体力を出来る限り注ぎ込んでそれを彼女の身体の中で解呪(ヒーリング)に変換する。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!

マ、マキ、まだかぁ………………ッ!!!」

「もう少しです!!! もう少しだけ頑張って下さい!!!」

「マキィッ!! ホントにさっき説明してた作戦でイケるんスか………………!!!!」

「大丈夫です!!! 私を信じて!!!

私の《爆破之神(カグツチ)》に賭けてください!!!」

 

マキが立てた作戦はこうだ。

まず、グラトニー達がマキの身体にありったけの解呪(ヒーリング)を注ぎ込み、その上で《爆破之神(カグツチ)》を使って炎で弾丸を作り、解呪(ヒーリング)を乗せて一斉に撃ち出す。それにレオーナの《狙撃之王(ロビンフッド)》を乗せてチョーマジンだけを的確に撃ち抜く。それで全員を一網打尽にする作戦だ。

 

「━━━━行きますよォッ!!!!!」

ゴウッ!!!!!

 

マキの両手の平が赤く発光し、そこから火が発した。そしてその火は意志を持ったかのようにうねって練り上がり、炎のミサイルと化した。

さらに両手を船内に向け、発車の準備を整える。

 

「(私がこの力に目覚めたのは偶然とは思えない!!! きっと運命が私に戦えって言ってるんだ!!!

だったら私はこの《爆破之神(カグツチ)》に全てを賭ける!!!!!)

皆ァ!!!! やりますよォ!!!!!」

『おう!!!!!』

 

炎のミサイルを発射しようとするマキの両手が小刻みに震え、視界が倒れるように歪む。少しでも気を抜くと一気に意識を持っていかれそうになる。

 

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!

意識が持ってかれそう!!!! 身体も焼けるみたいに熱い!!!! だけど絶対に決める!!!!

私も誇り高い戦ウ乙女(プリキュア)の一人だ!!!!!)

「行っけェーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

《プリキュア・インフェルノバラージ》!!!!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドトドドドドドドドド!!!!!

「!!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!!」

 

マキの両手から練り上げられた炎がミサイルとなって連続して発射される。その反動は凄まじく、一発一発がマキの両腕の骨にとてつもない振動を響かせる。グラトニー達が支えとなって何とか耐え凌いでいる。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」

「マキ!!! 耐えろ!!!!

みんなでこの船に居る全員 助け出すぞ!!!!!」

「はいっっ!!!!」

 

疲労と腕への激痛で断ち切れそうになる意識をグラトニーの激励が何とか繋ぎ止める。

 

「レオーナ!!!! これが最後の踏ん張り所だ!!!!

一つも撃ち漏らすな!!! 全弾ぶち当ててやれ!!!!!」

「ウス!!!!!」

 

レオーナもマキの身体を介して彼女の放った炎のミサイル 全てに《狙撃之王(ロビンフッド)》の効果を乗せてチョーマジン達 全員を狙う。

 

「みんな!!!! あと少しです!!!!! 最後まで出し切りますよ!!!!!」

『おうっ!!!!!』

 

既にマキの両手は火傷では済まない程 高温に達していた。全身に響き渡る激痛を、『乗客達全員を助け出す』という意思のみで堪え凌ぐ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

カッ!!!!! 『!!!!?』

 

何発もの炎のミサイルが不規則な軌道を描いて船内へと飛び込んで行きマキがミサイルを撃ち尽くした数秒後、赤色の眩い光がマキ達の視界を覆った。



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202 船内に轟く爆音と閃光!! 洋上の激闘の結末!!

『うおわっ!!!!?』

 

船内に大量に撃ち込んだ炎のミサイルが爆発し、凄まじい光と爆風が五人を遅い吹き飛ばした。そのまま船の端の鉄柵に勢い良く叩き付けられる。

 

「………………!! ウグッ………………!!!」

 

身体に残る解呪(ヒーリング)を全て出し尽くしたグラトニーとレオーナは元のリルアとミーアの姿に戻り、リズハも変身を維持する力を失って小型のコウモリの姿となり、三人共に地面に倒れ伏す。

慣れない身体で攻撃を出し続けたマキ、そしてリズハに体力を残らず分け与えたカイも足元がふらついて膝を付いた。

 

「………………………!!!

…………ど、どうだ!? やったのか…………!!?」

 

途切れかけの意識を強引に繋ぎ止めて、リルアは霞んだ目で船内の様子を確認しようとする。

自分とミーア、リズハは最早 指一本動かす事も出来ず、さらにマキとカイも膝で立っているのがやっとの状態だ。

この状況では『船内のチョーマジンを倒せたかどうか』が自分達の運命を左右すると言っても決して過言では無い。

 

「…………え!? 今 どうなったんだ…………!!?」

『!!』

 

船内から聞こえてきた乗客の一人の男の声はリルアにとってはまるで天使が吹くラッパのように希望を満ちた物に感じた。

 

「……さっき 何か紫の光が出たと思ったら……!!!」

「助かった!!! 助かったんだ私達は!!!!」

(…………………!!! やった!!! やったぞォ………………!!!!)

 

船内から次々に聞こえてくる乗客達の喜びの声が自分達の勝利を物語っていた。そしてそれをリルアだけでなく意識のあるマキとカイも共有する。

 

「……よ、喜べ マキ!! カイ!!

やったぞ!! ガスロドのヤツが生み出したチョーマジン達は全て片付けたぞ!!!」

「はい!!! ()()炎がチョーマジン達を元に戻していくのが手に取るように分かりました!!!」

「やったのだなリルア殿!!!

これで奴の目論見は()()阻止した!!!

…否、この分では化け物に成りすました奴すらもそのまま炎に包まれて━━━━━━━━━━」

 

「━━━それは流石に高望みが過ぎるよ。

戦ウ乙女(プリキュア)諸君。」

『!!!!』

 

声がした方に視線を向けると、ガスロドが高台の上から五人を見下ろしていた。

 

「……ガ、ガスロド お前……………!!!」

「いやぁ あのチョーマジン達に紛れて安全な場所に避難した私の判断は正しかったよ。

あのまま船内に居たら君等の炎で黒焦げになっていたところだ。それにしてもすごい作戦だったね。レオーナの《狙撃之王(ロビンフッド)》で一般人への被害をゼロにするとは。全く恐れ入ったよ。」

『………………!!!』

 

ガスロドは拍手をしながらリルア達に賞賛の言葉を投げ掛ける。しかしリルア達の目にはその動きの全てが自分達を嘲ているかのように映る。

 

「………ま、まだだ……………!!!

まだお前を━━━━━━━━━

 

!!!! ゴフッ!!!!」

 

ガスロドに追撃を掛けようとした瞬間、リルアの口から血が吹き出した。

 

「あぁ それと分かってるだろうけど、もう動かない方が良いよ。《解呪(ヒーリング)》を使い果たした身体がどうなるかは君達が一番良く分かってる筈だからね。」

『…………………………!!!』

「それじゃあ私はそろそろ失礼させて貰うよ。色々と新しい情報が手に入ったからね。この事は陛下に伝えて対策を立てて━━━━━━━

!!!」

「「カ、カイ!!!」さん!!!」

 

ガスロドが別れの言葉を連ねていた矢先、カイが足から水を噴き出して高台の場所まで強襲した。

 

(無茶だ!! あいつもリズハに体力を残らず吸われているのに これ以上動いたら……………!!!!)

 

「このままむざむざと逃がすと思うのか?

貴様もここで終わりだ!!!!

カアッ!!!!!」

 

………パシっ 「!!!?」

 

カイの最後の体力を使って放たれた蹴りはガスロドに軽く受け止められた。既にガスロドを倒せる蹴りを放つ体力は残されていなかったのだ。

 

「それは悪手だよ カイ・エイシュウ。

夢魔族(サキュバス)が体力を吸うという事の意味も分からずに向かってくるなんてのはね。

今の君の蹴りなんてまるで止まって見えるよ。」

「!!!!」

 

ガスロドの拳がカイの鳩尾に直撃し、カイの身体は甲板へと叩き付けられる。

 

「それじゃあ今度こそお別れの時間だよ 戦ウ乙女(プリキュア) 諸君。また会おう。

……と言っても、私と次に会うのは君達にとって()()()()()()だろうがね。」

 

その言葉を最後にガスロドの姿は消えた。

誰が言うでもなく三人が三人共にそれがヴェルダーズによる物だと直感した。



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203 美食のリルア! 凱旋の宴と渦巻く陰謀!!

『━━━ガツガツガツガツガツガツ━━━━』

『━━━ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュ━━━━━』

「ッ ブハーーーッ!!!!

あー 生き返ったぞ!!! ずっと腹が減って減って!!!」

「自分もなんとか解呪(ヒーリング)の分 取り戻せたっス!!! ってか腹持ち良すぎッスよこの料理! どこの薬草使ってるんスか!?」

「それは分からないけどとにかく食べようよ二人共! で、これは━━━━━

北の方の薬草使ってるね!」

『……………………………』

 

ガスロドが退散してから数十分後、リルア、ミーア、そしてリズハは星聖騎士団(クルセイダーズ)の船の一室で彼らが運んできた料理を一心不乱に腹に詰め込んでいた。カイとマキは何処と無く食欲が湧かず、消耗した体力を回復しようと薬草を煎じたスープを喉に流している。

 

「おい 二人共全然食ってないじゃないか!

お前達だって疲れたろ!? いいから食って食って体力回復させろ!!」

「そうッスよ!あんたらだって究極贈物(アルティメットギフト)ドバドバ出してたじゃないっスか!遠慮しないでどんどん食べて良いんスからね!」

「そうそう! あー!

夢魔族()の身体でもご飯が美味しい!!

カイの体力といい勝負だよこれ!!」

『………………………

おいマキ、なんで彼女達は勝ち誇ったような顔で飯が食えるんだ?こっちは通夜のような気分だというのに。』

『……多分私達が落ち込み過ぎなんですよ。

リルア達は乗客全員助けられたから御の字だって思ってるんですよ。』

 

 

三人の異様とも言えるテンションの高さについて行けず、スープすら喉を通らなくなってしまう。カイとマキがここまで食欲が湧かないのは三人と比べて解呪(体力)を消耗していないだけでなく、乗客を助けられこそすれガスロドを取り逃した罪悪感が食べる事を拒絶しているのだ。

 

「……カイさん、取り敢えず何かしらは食べましょう。乗客の人達にも食事は支給されてるみたいですから。」

 

乗客、そして乗組員達は全員の無事が確認されて食事が支給された。急拵えなのでグランフェリエの豪華な料理には遠く及ばなかったが、文句を言う者は一人として居なかった。

 

「…そうだな。腹を拵えたらルベド殿達の所に戻って詳しい事を話すとしよう。」

 

そう言ってカイは栄養価の高そうな鶏肉の蒸し焼き、マキは煮込んだ薄味の野菜を一口かじる。頭の中の暗い気分は晴れそうにないが体力を消耗し尽くした身体に優しい味が染み渡る。

 

 

コンコンっ 『!』

「お食事中の所 失礼致します。リルア・ナヴァストラ様方。星聖騎士団(クルセイダーズ)の者です。

少しお話を伺いたいのですが。」

「おう良いぞ。 入ってくれ。」

 

扉を開けて白い軍服に身を包んだ黒髪の青年が入って来た。

 

「確か君は……」

「はい。星聖騎士団(クルセイダーズ) 4番隊隊長 ガイン・ブラックバスターです。今回の用人警護は我々4番隊が受け持つ事になりました。

本部に戻って総隊長に報告するにあたって、大まかな事情を把握しておきたいのですが、構いませんか?」

『ああ。もちろんだ。』

 

リルアは今までの料理に舌鼓を打つ表情から打って変わって真剣な表情となり、首を縦に振った。

 

 

 

***

 

 

《厄災都市 アヴェルザード》

 

グランフェリエから帰還したガスロドはダルーバに会いに来ていた。

 

「……ダルーバ君、少し表情が冷たくはないか?

折角戻ったんだから『お帰り』の一言くらいあっても良いんじゃないのか?」

「なんでお前にそんな事言わなきゃいけないんだ? ってか随分早かったけど、ちゃんとやる事やって来たの?」

「もちろんだ。少々のハプニングはあったがちゃんと《布石》は打っておいた。後は時が来るのを待つだけさ。

……しかし君、そんな格好で頭に血が登らないのか?」

「ご心配無く。これが一番落ち着くんだよ。

何せコウモリ(吸血鬼)なんだからな。」

 

ダルーバは天井近くの棒に両足を掛けて逆さまにぶら下がっていた。吸血鬼によく見られる習性だ。

 

「……んで、俺に何の用だよ。先にヴェルダーズ様に報告した方が良いんじゃないの?」

「心配は要らない。陛下には後で情報を報告する事になっている。それより君に見せたいものがあってね。」

「?」

 

ガスロドはダルーバに水晶を手渡した。そこに映っていたのは光に包まれるリルアとミーアの姿だ。

 

「これって…………」

「そうさ。戦ウ乙女(プリキュア)が変身する所を捉えた決定的瞬間さ。」

「これがどうしたっての。」

「光に包まれた後 瞬時に変身しているだろ?それを見て私はある仮説を立てた。

戦ウ乙女(プリキュア)が変身する時、その空間内は時間の流れが歪んで引き伸ばされている』とね。」

「だから?それをなんで俺に言うんだよ。」

「ほら、あるじゃないか。私達の中で纏まりつつある()()()()が。

この仮説が正しければ()()()を借りて面白い事が出来ると思ってね。」

 

マスクの内側からガスロドのこもった笑い声が漏れた。



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204 難航する聴取! 深まるガスロドの謎!!

ガスロドはダルーバに自分の立てた作戦の詳細を事細かに説明した。

 

「………なるほどねぇ。

確かにそれは面白そうだな。」

「だろう? それにこれなら()()()()じゃない君の力も有効に使う事が出来る。乗ってみるか?」

「俺は別に良いけどヴェルダーズ様はなんて言ってるんだ?」

「これから報告と共に話す事になっている。

話が着き次第 事を進めるからそのつもりでいてくれ。」

 

ダルーバが頷くのを見終えてから ガスロドはヴェルダーズの所へと向かった。

 

 

 

***

 

 

「……ではこれより 敵襲の詳しい事を聞きたいのですが……………………」

「……………………………」

『━━ガツガツガツガツ━━━━━━━』

 

カイとリルアの前にガインが座ったが、リルアは依然として腹の中に料理を詰め込んでいる。

 

「んぁ? どした? もう始めて良いぞ?」

「貴女が始められるような状態じゃ無いから言ってるんだ!」

「あぁ そういう事か。

じゃあこれだけ食べ終わったら止めるから」

 

リルアはそう言って食べ掛けの肉と野菜を口に詰め込み、スープで流し込んだ。

 

「っふーー!!!

もう良いぞ。始めてくれ。」

「分かりました。ではまず被害状況から。

犠牲者や怪我人などの人的被害は確認されていません。ですが船の損傷は著しく、操縦機能は全壊。船内でも怪物が暴れた結果、全体の損壊率は四割を超えており、復旧には一年以上を要すると推測されます。

この状態では最早 沈没していないのが()()としか言いようが」

「否、それは考えにくいぞ。」

「!? それはどういう事です?」

「奴が本当にあの船を沈没させて乗客諸共私達を始末する気でいたのなら、最初に起こした爆発で船底を破壊している筈だ。それをしなかったという事は、少なくとも奴の狙いは船や乗客の命では無かった筈だ。」

「……なるほど。

では敵の狙いは何だったか分かりますか?」

「それが皆目見当がつかないのだ。 兎にも角にも奴の行動は全てが()()()()で何がしたかったのかさっぱり分からない。実際に最初の方は奴の動きに踊らされていたからな。」

「…………………」

 

ガインは険しい表情でカイの発言の内容を手帳に記していく。

 

「……では次に、グランフェリエに攻めてきた敵について分かっている事を全て教えて下さい。」

「敵は一人だ。名前も分かっている。

《ガスロド・パランデ》と自分で名乗っていた(偽名の可能性もある)。

全身を白衣に包んで こう、口の部分が長く尖った鉄仮面のような物を顔に付けていた。」

「分かりました。後で似顔絵が得意な隊員を呼んできます。その人物の能力は?」

「それも自分で明かしていた。

名前は《薬剤之神(アスクレピオス)》。材料から成分を抽出してポーションを作っていた。

それに奴自身もその手の知識が豊富らしくてな、実際に自分の姿を他の乗客に見せかけていて、誰も気付くことが出来なかった。

その毒牙に掛かったのは━━━━」

「ドルダ氏なら既に自宅で眠っているのを他の隊員が発見しています。 命に別状はありませんでしたが、彼の身体から《睡眠薬》が検出されました。市場に出回っている物では無く、山奥に生えているような薬草の成分をかなり高い精度で抽出して出来た物です。」

『………………!!!』

「今 彼からも何か得られないか と聴取を取っていますが、有力な情報は期待できないとの事です。」

「そうだろうな…………………」

 

リルアは腕を組んで鼻から息を漏らした。

 

 

 

***

 

 

《厄災都市 アヴェルザード》

ガスロドはセーラの元に足を運んでいた。

 

「………なるほど。

爆破之神(カグツチ)》、そしてリルア・ナヴァストラの妹ですか………………。」

「ああ。名前は《リズハ・ナヴァストラ》。

陛下にこの名前を伝えれば分かって下さる筈だ。」

「畏まりました。他に戦ウ乙女(プリキュア)に関する情報はありますか?」

「いや、今ので全部だ。

それと、陛下に命じられていた《布石》は滞りなく完了した。後は時が来るのを待つだけ。

頼まれていた()()()の調合も最終段階に入った。あれが完成すれば私達の勝利は揺るがない物になる。そうなんだろ?」

「答えるまでもありません。」

「……だろうな。

で、ガミラは何処に行った?ずっと姿が見えないが。」

「ガミラ様は既にロノア様とサリア様を連れて魔法警備団の本部へ向かわれました。」

「もうか。

まぁあいつならそれも無理は無いか。だが大丈夫か?あいつの贈物(ギフト)()()()だった筈だろ?」

「確かに不完全ですが、それは陛下と比較しての話です。我々()()が与えられた贈物(ギフト)を陛下と肩を並べられる程に使いこなせると考える方が馬鹿げていると思いますが。」

「ハハハ それは違いないな。

確かに私達()()がそうだ。」

 

ガスロドは少しだけ自嘲の念を込めた笑いを漏らした。



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205 勇者を狙う黒い影!! 魔法警備団に迫る死神!!

「……それで ガイン。」

「? なんでしょうか。」

 

静まり返った重い空気を断ち切るかのように、リルアがガインに口を開いた。

 

「ジームズの方はどうなってるんだ?

カイの奴が港まで送り届けた筈だが、あの後どうなった?」

「ああ、ジームズ様ならご家族と一緒に本部の方で保護されています。これからそっちへ行きますのでお会いしますか?」

「もちろんだ。あいつらにも色々聞いておきたいしな。」

 

カイは重役相手に『あいつ』はまずいだろう とか もう素に戻りかけているな とか考えたが口には出さないでおいた。

 

「はい。ではすぐに手配を━━━━━

! ちょっと失礼。」

 

ガインは懐から通話結晶を取りだし、カイ達から背を向けた。

 

「……はい。 こちらガイン。」

『僕だ。 ルベドだ。』

「総隊長! グランフェリエの被害状況は既に把握し終わっています。

犠牲者並びに怪我人はいません。ですが船の損傷は酷く、復旧には一年以上を要するとの見解です。」

『いや、それは後で詳しく聞く。聞きたいのはリルア達の方だ。そこに居るなら代わってくれ。』

「あ、はい。畏まりました。 直ちに、

 

あの、リルア様。ルベド総隊長がお話したいと仰っているのですが。」

「私に? 分かった。」

 

ガインがリルアの前に通話結晶を置いた。

 

『リルア。単刀直入に言うが、君に聞きたいのは一つだ。

この船で起こった()()()()()を詳細に聞かせてくれ。』

「!!!」

『僕らが今分かっているのは船に偽の定期通信を発する魔法が仕掛けてあって出動が遅れたという事だけだが、()()()()ではないだろ?なんで僕達への報告にあんな回りくどい方法を使ったんだ?

わざわざジームズをパシらなくても 君が飛んでくれば済んだんじゃないのか?

それともそれが出来なかったとか。』

「……ああ。そのそれともだ。

あの時私はあの船から出れなかったんだ。敵はあの船から()()()を閉じ込めたんだ!!」

『!!!』

 

ルベドとガインの顔が同時に青ざめた。

 

『そ、それはつまり…………!!』

「ああ。あいつらは知ってたんだ。

グランフェリエの中で空を飛べるのは私しか居ないって事をな。

つまりだ、この作戦の内容があいつらに漏れてたって事だ!!! あの時の会議の時に()()していた奴が居たんだ!!!」

『……! (内通者の事は伝えてないのか………。)

ああ。僕もその可能性を考えて本部を調べているところだ。』

「そうか。言いたい事は山ほどあるがとりあえずそっちに戻るよ。リナの事も気になるしな。」

『リナか。彼女なら無事だ。

それと一つ言っておくと、昨日ギリスから連絡があって、無事に魔法警備団の本部に着いたそうだ。』

「そうか。良かった。

それと私からも一つ言っておかなきゃならない事があってな、

おい! 出てきてくれ!」

「うん!」 『!!!?』

 

リルアの肩からリズハが姿を現し、そして元の人間の姿になった。それを見たルベドの顔が一気に引き攣る。

 

「あー! ルベドお兄ちゃんだー!

久しぶりー!!」

『リ、リルア……!!? まさか…………!!!』

「ああそうだ! リズハが転生して、私達の仲間になってくれたんだ!!!」

 

 

 

***

 

 

 

《魔法警備団 本部近くの森》

 

リルア達とルベドが話している同時刻、ギリスや蛍達がいる魔法警備団本部を近くの森から襲撃しようとしている人影が三つあった。

そしてその一人がヴェルダーズと通話している。

 

「………はい。もうすぐ本部に着きます。

心配しないで下さいよ。勇者の首を土産に持って帰りますから。」

 

その人物(・・・・)は通話を切り、これから来る戦いに身体を奮わせた。

 

「……先輩、いよいよこの時が来たんですね。

あの生意気な女勇者の首を取り、マーズさんとギンズさんの仇を打つ時が。」

「にしてもヴェルダーズ様も優しい人だよね。

『キュアブレーブは俺が倒す』ってあんたのわがままを顔色一つ変えずに聞いてくれたんだから。」

「それだけヴェルダーズ様が先輩を信じて下さってるって事だよ。何せ先輩は」

「分かってるよ。巷で噂の《連続勇者殺人犯》なんだから。

………まぁこの世界に勇者なんていないけど。いるのは勇者の面を被ったクズ共だけで。」

 

「おいおいお前ら。無駄口はその辺にしとけ。

明日自分(てめぇ)等の命があるとも分からねぇんだ。気ぃ引き締めて行くぞ。

ロノア サリア。俺に着いてこい。」

「分かりました。」 「はーい。」

 

暗くも元気の良い返事をするロノア、そして対照的に気の抜けた返事をするサリアの二人の前には髑髏の仮面を被り黒いマントに身を包んだ男が居る。

その男こそ厄災之使徒(ヴェルソルジャー)の一人 ガミラ・クロックテレサである。

 

「………にしてもさ、ガミラ

あんたのその格好、《死神》にしか見えないんだけど。」

「…当たり前だろ。俺は勇者(クズ共)に引導を渡す《死神》なんだからな。」

 

ガミラは仮面の裏から執念に満ちた笑みを零した。



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魔法警備団 編
206 魔法警備団に向かう勇者! 蛍を狙う闇の鎌!!


時間はグランフェリエの決戦の前日に遡る

 

***

 

「ルベド総隊長!!!

我々 イーラ・エルルーク率いる星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊、全ての準備 滞り無く完了致しました!!」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部の庭にイーラとその部下達数十人、そして十台程の馬車が用意された。

 

「………いよいよなんだね。」

「ああ。奴等はほぼ間違いなく俺達の動向を把握して襲撃して来る。聞くまでも無いとは思うが戦う覚悟はできているな?」

「うん。もちろんだよ。この前の武道会でビンビンになってるから。」

 

これから過酷な戦場に赴く事になる蛍を少年姿のギリスが諭す。自分より一回りも小柄な少年の姿でもその表情は威厳のある魔王の面影を宿しており、頼りがいを感じさせる。

 

「じゃあルベド ちょっくら行ってくるぞ。

地に落ちた魔法警備団の信用を回復させるためにな。」

「ああ。いざとなったら躊躇いなくイーラ達を使ってくれ。究極贈物(アルティメットギフト)こそ無いが気概のあるやつらばかりだからな。」

「お前がそう言うなら間違いは無いな。」

 

ギリスとルベドが笑顔で向き合うのを見て二人は親友としてだけではない信頼関係があるのだ と蛍は心の中で思った。

そしてそのルベドの顔に泥を塗ったヴェルダーズ達を許す訳にはいかないという思いを胸に馬車に乗り込む。

 

その時のルベドには内通者の可能性が浮上する事も旧友の妹(リズハ)がこの世に現れる事も知る由も無い。

 

 

 

***

 

 

馬車の内の一台の後部座席に蛍(の肩にフェリオ)とギリス、そして前方にイーラと馬車の運転手が乗った。

 

「……あの イーラさん。

ここからその魔法警備団の本部ってどのくらいあるんですか?」

「この馬の速さだと時間にして二時間半から三時間といったところだろう。警備団には事前に報告してあるしその通りの村には道を混雑させないように要請してある。」

「そりゃ馬車がこんなに沢山通るのに邪魔しようなんて人はいませんよね。だけどこんなに目立ったら………」

「まず間違いなくヴェルダーズ共が嗅ぎ付けて来るだろうな。だからこそこの磐石の布陣で来たとも言えるが。」

(ギリス……………)

 

蛍とイーラの会話にギリスがヴェルダーズへの怒りを含めた表情を浮かべながら参加する。

 

「……あ、

そうだ ホタル君。」

「ん? なんですか?」

「厄災とは関係あるか分からないが、実は我々七番隊が別途で追っている事件があるんだ。」

「事件?」

「そうだ。魔法警備団の本部の周辺で《連続殺人事件》が起きているんだ。被害者は既に十人を超えている。」

「れっ、連続殺人事件!? でもなんでそれを私に………」

「驚かないでくれ と言っても無理だろうが、その事件には一つ 共通点があってな。

その事件の被害者は全員()()とその関係者なんだ。」

「!!!!?」

 

イーラの口から出た『勇者』という単語が蛍の顔を青く染め上げる。

 

「……その事件なら流し読みした新聞にも少し書いてあったな。確か被害者は」

「ええ。勇者とは名ばかりでその裏では悪どい事を繰り返す、それこそ捕まればアルカロックに収監されるような奴らばかり。

そしてこの事件が連続殺人だと分かったのは一つの共通点があったからです。」

「それも新聞に書いてあった。確か被害者の致命傷が似ていたんだったな。」

「そうです。被害者の傷口は全て巨大な刃物で切り付けられて居ました。中には身体がバラバラになっている者も居ました。そして周囲に居た人々は『現場に黒いマントを羽織り、大きな鎌を担いだ男が居た』と証言しました。」

「か、鎌!!? それに黒いマントって、

それって……………!!!!」

 

蛍は頭の中で黒いマントに巨大な鎌を担いだ《死神》の姿を思い浮かべた。

 

「ま、待って下さい!!

もしその犯人がヴェルダーズの仲間ならもしかしてその鎌は」

「いやホタル、仮に殺人犯がヴェルダーズの息のかかった奴だったとしても その鎌が贈物(ギフト)である可能性はゼロだ。」

「え?! なんでそんな事が分かるの!!?」

「分かるさ。武器になる贈物(ギフト)はこの世界に()()()()無いからな。」

「五つ!? どういう事?!」

「この世界には贈物(ギフト)のエネルギーが練り固まって武器になる物がある。それを《刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)》という。」

「と、刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)…………!!?」

「そうだ。この世にたった五振しかない贈物(ギフト)の中でも最強にして最貴重の代物だ。

ほら、俺やルベドのステータスに《剣》の字がある贈物(ギフト)があっただろ。

それが《刀剣系》だ。」

「あっ……………!」

 

蛍ははっとした。

ギリスの《破滅之剣(イヴィルノヴァ)》やルベドの《七星之剣(グランシャリオ)》がそれだったのだ。



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207 恐怖に負けない心を持って! 執念の男 ガミラ!!

「……尤もルベドはどうか分からないが、俺はまだ刀剣系(それ)を扱える状態では無いがな。

昔の俺ですら完全に使いこなせるようになったのはヴェルダーズの奴に討たれるほんの少し前だったからな。」

「……その《刀剣系》って、そんなに凄いの?」

「当然だ。もし俺とルベドのが発現出来るようになったらそれこそ百人力だ。唯一懸念する要素があるとしたら、残りの三振が何処にあるのか分からないという事だ。万が一その全てを奴等が手にしているとしたらかなりまずい。

それにその三振は俺ですらが名前を知らなければ見た事すらない。

知っているのは()()()だけだ。」「? あいつ?

ヴェルダーズの事?」

「………いや、なんでもない。 昔の話だ。」

「?」

 

蛍の目に映ったギリスの横顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

 

「それはそれとしてだ イーラ、その連続殺人事件の事を詳細に教えてくれ。」

「はい。具体的にはどのような事を?」

「その事件はいつ起こっている?

手口は? 当時の状況も詳しく聞かせろ。」

「分かりました。

いずれも死亡推定時刻は真夜中。勇者やその一行が人目につかない場所に入った時に何者からかの襲撃を受けています。抵抗した痕跡は確認されていません。」

「………だとしたらそいつはかなりの手練なんだろうな。」

「それは疑いようもありません。パーティーとしての実力はギルドランクに換算すれば軽くAには達していたでしょうから。」

「……………………!!!!」

 

イーラの話を聞けば聞く程蛍の顔が青ざめていく。里や本部に居て忘れかけていた《命を奪われる恐怖》が齢十四の少女の心に重くのしかかる。

 

パンっ 「!」

「何を恐れている。この世界を脅かす奴等に()()戦いを挑んでいるやつが()()()殺人鬼なんかに恐れをなしていたら世話は無いぞ。」

 

ギリスが蛍の肩を軽く叩いて恐怖を払い励ました。

 

「ギリス……………!

そ、そうだよね! 私がやらなきゃいけないのは魔法警備団の疑いを晴らす事だけだもんね!」

「ああ。俺が頑張るのはもちろんだがお前の力も頼りにしているからな。」

「う、うん!

そんなやつに怖がるなんて今更だよね!」

 

今まで対峙してきたダクリュールやダルーバに比べたら殺人鬼なんて大した事は無いと自分を元気づける。しかしギリスの中には一つの懸念が染み付いて離れなかった。

 

(本当に()()()殺人鬼なら苦労は無いんだがな………………。)

 

そしてそれは現実となる。

 

 

 

***

 

 

 

魔法警備団の本部へと向かう星聖騎士団(クルセイダーズ)の十数台の馬車を木の上から見ている男が居た。

そして()()()に通信が入る。

 

『……ガミラ 聞こえるか?』

「へい。バッチリですぜ 親父。」

『今の状況を教えろ。』

 

()()()とはガミラ、そして彼に通信を入れたのはヴェルダーズだ。

 

「今 ヤツらは例の本部に向かって堂々と馬車を飛ばしてるところでさァ。隠す気がまるでありゃあせん。」

『恐らく隠しても無駄だと割り切ったのだろう。何せこちらには()()()が居て、更に奴等はその存在に気付きかけているんだからな。』

「そういう事ですかい。

ところで今 ヤツらの真後ろに居るんですが、今殺っちゃいましょうか?今ならあの勇者(腐れ外道)を馬車ごと真っ二つに出来そうですぜ。」

『それは危険だ。もしその馬車に他の者が居たら返り討ちにあうかもしれん。

それにこの作戦は本部でやって初めて成立する。お前の我儘を聞いてやったんだ。それ位の事には従え。』

「分かりやしたよ。

ってか俺が言うのもなんですけどほんとに殺っちまって良いんですかい?やつは()()()()の要なんでしょ?」

『構わない。その作戦の狙いが必ずしもキュアブレーブである必要は無いのだ。

どんな駒でも()()()()()強力な戦力となる。そうだろ?』

「………そうですねェ。」

 

ガミラは髑髏の仮面の下から執念に満ちた笑みを浮かべた。

 

『ところでロノアとサリアはどうした?

一緒では無いのか?』

「あいつらならトロっちぃんで置いてきました。

まぁ本部の近くで落ち合う算段になってますから大丈夫でさァ。」

『そうか。

あと余談として言っておくが、星聖騎士団(クルセイダーズ)の七番隊がお前が起こした事件を探っている。最近のお前はその欲に忠実過ぎる。少しは自重しろ。』

「………冗談でしょ。

俺ァその為に親父の下に就いたんですぜ。」

『……なら好きにしろ。命令は必ず果たせ。』

「もちろんでさァ。出来るなら勇者だけじゃなくて魔王の首も並べてやりますよ。」

『……期待しているぞ。お前の実力は高く買っているんだ。

《勇者連続殺人犯》よ。』

「へぇい。」

 

ガミラとの通信はそこで途切れた。

その直後、ヴェルダーズの前にいたセーラが口を開く。

 

「………陛下、よろしいのですか?」

『何がだ セーラ。』

「ガミラ様の事です。

いくら貴方様に貢献しているからといっても我儘を言い、ましてや先程のような軽口を叩くなどと私は到底容認できるものではないと思いますが。」

『そんな物は気にしない。

実力があり、我の悲願成就に貢献してくれるならな。幸いにも我はその人材に恵まれた。

ガミラは負けない。言うなればあいつは《勇者を始末するプロ》だ。』



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208 イーラの口から語られる事件! 謎の襲撃を受けた国!!

『………それにだ、勇者が早い段階で死んでくれるのは我にとっては願ってもない事だ。』

「左様でございますか。」

『そうだ。いずれ我が目的の為に行動を起こせば人間共は必ずや勇者の存在に縋るだろう。

そいつら一人一人は取るに足らない存在にしても全世界の勇者が一堂に会すれば何が起こるかは我にも予測できん。

それを早い段階で、しかも暗殺同然に始末できるとなればガミラの我儘も聞いて損は無いというものだ。』

「……そんな勇者(ちっぽけな人間)がいくら束になったところで陛下の行動を脅かすとは思えませんが。」

『お前らしくもない的外れな言葉だな。

ならば今我々に敵対している奴等の筆頭は誰だ?《勇者》であろう。』

「!」

 

セーラは『失礼しました』と言わんばかりに頭を下げた。

 

『まぁそれはそれだ。

そんな事よりガスロドは今どうしている?』

「はい。ガスロド様は今 ドルダ・セヴェイルの姿を偽ってグランフェリエへの潜入を試みておられます。」

『そうか。くれぐれも抜かるなとだけ言っておけ。あの作戦にはグランフェリエでの《布石》が必要不可欠だ。この役目はとてもでは無いがシトレーでは務まらない。ガスロドの頭脳を以て初めて成立するくらいの物だからな。』

 

 

 

***

 

 

《勇者連続殺人事件》の話が終わった馬車の中は不気味な程に静かで押し潰されそうな暗い雰囲気に包まれていた。

その静寂をイーラが破る。

 

「あ、そうだ ホタル君。」

「えっ!? こ、今度はなんですか!?」

 

また自分の身が危ないかもしれないと言わんばかりの話題が出るかもしれない と直感した蛍は身構えて応対する。

 

「いや、先程のような暗い話じゃない。

これから行く魔法警備団の事を少し話しておこうと思ってね。」

「あ、そ、そうですか。」

「ああ。実は魔法警備団は歴史自体は古くて長らく我々星聖騎士団(クルセイダーズ)と肩を並べてこの世界の治安を守っていたんだが、二十五年程前にその体制が大きく変わったんだ。」

「二十五年前? 何かあったんですか?」

「そうだ。その時 魔法警備団から少し離れた国が()()()()に滅ぼされたんだ。」

「!!!?」

 

かなり昔の話で、しかも自分に直接関係がある話では無いが蛍の背中に冷たい物が走る。

 

「その国もかなりの規模の王国で、しかも数年前に()()()()()を手に入れて隣国を併合し軌道に乗り始めていたんだ。

その矢先に襲撃を受けた。しかも攻撃は凄まじく、数時間と耐える事も出来ずに貴族達はもちろんその場に居た国民も無差別に殺されてしまった。具体的な犠牲者数は今も分かっていない。」

「その事件ならこの前 新聞に大きく取り上げられていたな。『侵略国家が滅んだ恐怖の一日から今日で丸二十五年』とか銘打ってな。」

「そ、そうなんだ。」

 

ギリスが再び新聞の話題で横から口を挟み、それを驚いた様子で見る蛍を『お前は少し新聞を読め』と視線で諭す。

 

「それで、その滅ぼした勢力って、どこの誰か分かってないんですか?」

「それは何一つとして分かってないんだ。

強いて言うなら辛うじて生き残った兵士や国民達が口を揃えて言う()()()()()()()証言だけだ。」

「? 訳の分からない?」

「ああ。証人達は皆 口を揃えてこう言うんだ。

『何十体もの土色の巨大な人型の怪物が攻め入って来た』とな。」

「…………………!!」

 

イーラの口から出る情報をもとに蛍は頭の中で《ゴーレム》の姿を思い描いた。

 

「つまりだ、他国を簡単に侵略できるような強力な国家を一夜で潰せるような勢力の存在に国々は怯え上がり、国の治安を守る為に魔法警備団はより強固な組織になったという事だ。」

「……なるほど………………。」

「尤も、そんな勢力はそれ以来ずっと現れていないがな。まぁだからこそ捜査がまるで進んでいないとも言えるが。」

「そうなんですね。

(もしかしてその国を倒す事()()が目的だったのかな……………?)」

 

蛍は少しだけ周囲を見回した。先程よりはましになっているが再び重苦しい空気が馬車の中に漂っている。

そしてそばに居るフェリオに小声で話し掛ける。

 

『…………ねぇ、フェリオ。』

『ん? 何ファ?』

『イーラさんがさっき言ってた連続殺人の犯人が私に襲って来たら どうすればいいかな……?』

『何を言ってるファ!

()()()()()なんか屁でも無いくらい蛍は強くなってるファ! もっと自信を持って良いファよ!』

『そ、そうだよね…………………。』

 

フェリオの言葉を聞いても尚、蛍は自分の喉元に刃物を突き付けられているような気分が抜けなかった。

 

 

***

 

 

その蛍の予感は当たっている。

道無き道を物凄い速さで走る馬の速度にガミラは誰にも気付かれずに、そして置いて行かれる事無く木から木へと飛び移っていた。

 

(………もうすぐだぜ……………!!!

もうすぐテメェの首に()()()をぶち込む事ができるぜ!!!

親父に敵対するようなゴミクズは俺が残らず地獄に叩き落としてやる!!!!)



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209 本部での一日が始まる! 森に囲まれた鉄壁の要塞!!

ギリスやフェリオの励ましを受けても尚 蛍は自分の身に危険が迫っているかもしれないという不安が掻き消せなかった。当然 ヴェルダーズとの戦いに身を投じた時点で身の安全など保証されていないも同然だが、まだ死体を目の当たりにしていない彼女の死への認識は到底 深いとは言えなかった。

 

それでもなお 自分が今やらなければならないのは何処ぞの殺人鬼に怯える事などではなく新たに仲間になったタロスの為に魔法警備団で尽力する事だと言い聞かせた。そうして己を鼓舞し続けていると馬車での移動時間は残りわずかとなった。

 

「━━━━━━━タル。

━━━おい ホタル。 こっち向け おい!」

「んあっ!? ああっ、ギリス、 どうかしたの?」

「どうしたも何も もうすぐ着くから声を掛けただけだ。

ほら見ろ、あそこに見える建物が魔法警備団の本部だ。」

「あっ……………!!!」

 

蛍の目が捉えた魔法警備団の本部は木々の隙間から漏れるほんの一部分に過ぎなかったがそれでもその重厚感は《鉄壁の要塞》という印象を植え付けた。それこそ星聖騎士団(クルセイダーズ)と同列に扱ったとしても違和は無いと言える程に。

 

「すっ…………………… すっごいねぇ……………!!!」

「そうだろ? さっき話した事件の後に大規模な改装が行われてな、今じゃ悪党共の間では『魔法警備団の近くで活動するのは愚の骨頂だ』って暗黙の了解がある程だからな。」

「………なんでギリスがそんな事知ってるの?」

「下らない詮索はするな。

何年も平民を装って過ごしてるとな、欲しくもない情報も入ってくるんだ。」

「そういうもんなの………?」

「そういうもんだ。」

 

ギリスは蛍に出会うより遥か前から平民を装って日銭を稼ぎ、地下の一室で隠遁生活をしていた。様々な仕事、それこそ(ギリスの言う)悪党と密接に関わる仕事もあったのだろう。

 

「で、向こうに着いたらこの馬車はどうするの?」

「本部には牧場擬きの場所があるから、そこに待機させる手筈になっている。馬なんてお前が心配する必要も無い。」

「そんな訳にはいかないでしょ。

もしヴェルダーズ達がこの馬とかをチョーマジンに変えたりしたら……….!!」

「あの連中がそんな()()()な事をするか。

狙うとしたらまず人間だろう。何せ向こうには世界から選りすぐった魔法の使い手がゴロゴロいるんだからな。」

「……………!!!」

 

蛍は今まで見てきたチョーマジン、そしてそれに変えられて苦しむ()()()達の姿を思い浮かべ、それを()()に当てはめて顔を青くさせた。無論 当時の蛍は人間を素体としたチョーマジンの上位種である《影魔人(カゲマジン)》の存在は知らない。

 

 

***

 

 

『ブルルルルル!!』 という馬の甲高い鳴き声が数十体分 響き渡り、それが魔法警備団の本部に到着した事を知らせる音になった。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊隊長 イーラ・エルルーク様 お待ちしておりました!!!』

 

黒いローブに身を包んだ逞しそうな男達が数十人 蛍達を出迎えた。彼等の一糸乱れない規則的な動きがその厳格さや組織の強大さを物語っている。

 

「……星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊 全員揃っております。そして彼らが 全員ではありませんがルベド総隊長になりすまして偽の出動要請を送られたギルドです。

本日我々が足を運んだのは他でもなく、何者かがルベド総隊長の名を騙ってあなた方に応援要請を送ったという件についてです。結論から申し上げますが、総隊長は誓ってあなた方にそんな要請は送っていないと仰っていました。

そしてこちらの一員であるタロス氏はあなた方の団長から支持を受けたと言っていました。」

「はい。全てお聞きしております。

ですが間違いなく我らの団長は偽証などしておりません。間違いなく我々はルベド総隊長から要請を受けてタロス隊員を派遣しました。」

 

蛍やギリス、そして星聖騎士団(クルセイダーズ)達はその言葉を聞いて確信した。

ヴェルダーズ達の中にルベドを偽って魔法警備団に嘘の応援要請をした人がいる と。

 

 

 

***

 

 

ガミラは尾行に気付かれる事を防ぐ為に敢えて馬車を見送ってから移動する方法を選んだ。そして魔法警備団に通じる道に付いた馬の足跡を見つけ、ヴェルダーズに通信を繋ぐ。

 

「…………親父ィ、見つけました。

へい。間違いありゃあせん。ヤツらの馬です。追いついたら早速あの馬共をチョーマジンに変えちまいましょうか?」

『待てガミラ。事を起こすのはお前が着いて、ロノアとサリアが合流してからだ。そこを一気に叩け。』

「分かりゃした。じゃあやるのは()()()ってわけですね?」

『そうだ。奴等は世界中から集められた魔法の使い手。もしかしたら影魔人(カゲマジン)も手に入るかもしれない。そうなれば勝利は約束されたも同然だ。』

「………そしたら殺れるんですよね。

ダクリュールやオオガイさんに恥をかかせたあの腐れ勇者を……………!!!」

 

ガミラはこれから待ち受ける蛍との戦いに興奮を抑え切れなかったが、その実 冷静だった。

何故なら彼は勇者の特徴を全て把握しているからだ。



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210 魔法の長がベールを脱ぐ! 警備団長 オルドーラ!!

当たり前の事ではあるが、星聖騎士団(クルセイダーズ)の団長であるルベドが関係の深い魔法警備団に偽の出動要請をする事は万に一つも有り得ない。そしてそれは魔法警備団も然りであり、その上で彼等もまたルベドから出動要請を受け、それに従ったと言った。

この状況が意味するのはただ一つ、ヴェルダーズの配下の誰かがルベドになりすまして魔法警備団に偽の出動要請を送ったという事だけだ。

 

『ギ、ギリス、これってつまり………………』

『………ああ。ヤツらの中にルベドを騙って出動要請をした奴がいるとしか考えられない。それにこいつらを騙せたという事は、ルベドの姿や声を真似られる奴がいる可能性が高い。

しかも、何故ヤツらがわざわざこんな回りくどい方法を取ったのかも気になる。こいつらとの仲を混乱させたいなら団員の中の誰かになりすました方が安全なのにだ。』

『……………!!』

 

蛍はギリスの提示する疑問に答えることが出来なかった。自分の頭ではギリスを出し抜ける程の頭脳を持つヴェルダーズの考える事など分からないことは火を見るより明らかだ。

 

「………それで、本日の御用はそれだけでしょうか。」

「いや、ひとまず数日滞在しようと思っています。かねてより()()()()というあなた方の団長とお会いしたいと考えておりましたから。

それに今一度お互いの関係を確認する必要があるかと。総隊長を騙った奴らはあなた方も狙っている可能性がありますから。」

「畏まりました。」

 

 

 

***

 

 

蛍とギリス、フェリオ、エミレ、イーラ、そしてこの一件の台風の目と呼ぶべきタロスの六人が先頭になって魔法警備団の本部へと入った。

本部の中は茶色の床と黄色がかった白の壁、そして大量の扉が備え付けられている。

 

「………あの イーラさん、さっき警備団の団長が代替わりしたって言ってましたけど それって……………」

「ああ 君にはまだ言ってなかったな。魔法警備団の前の団長は先日 年齢故に引退されたばかりでな。その後を彼の息子が引き継いだという訳だ。ちなみに団長は今 七代目だ。」

「………そうなんですね………………。」

 

緊張と共に廊下を歩いていると、それまでより明らかに大きい扉の前に着いた。

 

「……タロス、お前が行って身の潔白を証明しろ。それが出来るならの話だがな。」

「……………… はい。」

 

蛍の目にはギリスがタロスに向けた目が彼を疑っているというよりは自分や蛍の身の危険を恐れているように見えた。

 

「魔法警備団 団員、タロス・アストレア!!

ただ今戻りました!!!」

 

タロスは『自分は魔法警備団の一員だ』という強い確信を持って扉に向かって言った。

返事の変わりは扉が開くという現象だった。

 

 

「おう タロス。戻ってきたか。

総隊長さんから話は聞いてるぜ。大変な事になってるみてぇだな。」

『………………!!!』

 

扉が開いて そこに机に座っているローブに身を包んだ男が居た。

黒い髪は目に少し掛かるくらいに長く、顔は不機嫌そうにしかめている。そして蛍が一番 目を引いたのは彼が背負っている()だった。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊隊長 イーラ・エルルークです。お初にお目にかかります。」

「おう。あんたが来たってことは後ろにいるそいつらが総隊長さんが言ってた魔王関係のギルドって訳だな。

俺が今の団長 《オルドーラ・フレアストナ》だ。」

 

オルドーラと名乗ったその男はそこに座っているだけで自分が団長の座に着いたのは血縁(コネ)ではなく単純に実力故だと宣言しているように感じられた。

 

「………先に言っとくが、あの四つ葉の代紋に誓って俺ァ嘘をついちゃいねぇ! 俺は確かにあんたらの頭からタロスのヤツをそいつらに派遣させろと言われたんだ!!」

 

そう言ってオルドーラは天井近くの壁にかけられた四葉のクローバーのエンブレムを指さした。クローバーこそが魔法警備団を象徴するシンボルなのだ。

 

「……それはもちろん分かっております。

私達、そしてルベド総隊長も決してあなた方を疑っているわけではありません。

ですが我々もこの背中の星に誓ってあなた方 警備団を巻き込むような派遣要請は出しておりません。 それは即ち、ルベド総隊長の名を騙ってあなた方に偽の出動要請を出した輩が居るということです。

お聞きしますが、その時の総隊長の音声はありますか?」

「いや、もう消しちまいまいたよ。どうせ録っとく必要も無いと思ったからな。」

「そうですか。では、その音声に何か不審な点はありましたか?」

「そんなのも無かったな。親父が頭だった時に聞いた総隊長と 声も口調も全く一緒だったと思うぜ。」

 

これで偽の出動要請を送った犯人像はヴェルダーズの配下であり、なおかつ姿や声を正確に真似る事の出来る贈物(ギフト)を持つ事がほとんど確定した。

 

「あんたらが来る事は分かってたから隊の奴らは出来るだけここに集めてる。少し待ってくれたら大広間に集めてやる」

「団長!!! オルドーラ団長!!!!」

『!!』

 

団長室に団員と思われるローブを着た男が飛び込んできた。

 

「何だ!? 騒々しい!!」

「本部より数キロ先の地点で魔物が発生しました!!! 数は十体!! 負傷者も数名確認されています!!!

至急 応援を願います!!!!」



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211 天下一品の魔法術!! 切り込み団長 オルドーラ!!!(前編)

『魔物が発生したから応援を要請する』

その旨を言った男の意図が蛍には分からなかった。オルドーラはこの警備団の団長であり、そんな男がわざわざ魔物討伐に駆り出させる必要は無いと思ったからだ。

 

「…………そいつァどの方角だ?」

「えっ!?」

 

オルドーラの意外にも意欲的な発言に蛍は面食らった。視線を送ると彼の口元が綻んでいた。

 

「場所はここから七時の方向!! 魔物の数は更に増える可能性もあります!!!」

「……そうか。

よっしゃ!!すぐに行くからヤツらに伝えとけ!!!」

「………!! 畏まりました!!!」

 

オルドーラが出動を承諾するや否や駆け込んできた男は安堵の表情を浮かべた。それだけ彼の力が絶対的な物になっているのだろう。

 

「………お、」

「!?」

 

出発する為に箒を手に取ったオルドーラは何かに気付いたかのように蛍を見た。そして彼女の方へと歩み寄り、その顔をじっと見つめる。

 

「………な、何ですか………………?」

「お前、()()()()か?」

「えっ!!?」

 

数秒かけてオルドーラの質問の意味が『俺の戦いに興味があるか』という物だと理解する。

 

「ま、まぁ 無いことも無いですけど。」

「そうか。なら決まりだな。

おいタロス! こいつちょっと借りてくぞ!!

()()()()だ!!!」

「えっ!!? うわっ!!」

 

そう言いながらオルドーラは慣れた手つきで蛍を片腕で抱え上げ、肩に担ぎ上げた。そして両手に蛍と箒を持って窓の方へと走って行く。

それを黙って見ているギリスでは無かった。

 

「おいお前!! 何を勝手な事を言っている!!!

戻って来━━

!」

 

オルドーラに抗議しようとしたギリスをタロスが手で制した。同様にイーラも目を閉じて俯いている。

 

「タロス!! お前何を!?」

「駄目なんですよ ギリスマスター。

ああなった団長はたとえ魔王でも止める事はできません。だけど安心ですよ。

あの人と一緒に居る限りは彼女は安全ですから。」

「………………!!」

 

 

 

***

 

 

「ちょっと離してください! 私をどうする気ですか!?」

「どうもこうもしねぇよ。お前はただ俺の戦いぶりを見てくれりゃ良いんだからな!

そぅら!」 「!!!?」

 

オルドーラは窓を開けて箒を落とし、窓から身を乗り出してその箒に飛び乗った。片腕で蛍を担ぎ、もう片方の手で箒の先端を握っている。

その時に気がついたが箒の先端はジグザグに曲がっていた。それは言わずもがな魔法使いが愛用する箒だ。そして蛍の頭に一つの懸念が浮かび上がる。

 

(……魔法の箒が()()()()…………!!!

って事はまさか………………!!!!)

「あ、あのぉ…………

団長さん、これって……………」

「黙って口塞いでろ!! 舌ァ噛むぞ!!」

「!!!」

 

『舌を噛む』

その文言で蛍は確信した。この言葉が聞こえた時に起こる現象は今も昔も一つしか無い。

 

 

ボヒュンッ!!!!! 「!!!!!」

 

オルドーラの箒の穂の先端に赤く光る魔法陣が浮かび上がり、そこからとてつもない炎が吹き出した。その力は推進力となってオルドーラを物凄い速度で飛ばす。

 

「イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!!!!!」

「ハッハッハ!

やっぱ戦場にゃ真っ先に飛び込むに限るぜ!!!

これだから止めらんねぇぜ!! 《切り込み隊長》はよォ!!」

 

蛍は恐怖と耳を通り抜ける風を切る音でオルドーラの言っている事は全く聞き取れなかった。

その間 彼女が思っていたことは誇張無しで音速に達しているのではないかという事だ。

 

 

 

***

 

 

オルドーラの肩に担がれて飛んでいた時間は数十秒程度だったが、蛍には何十分にも何時間にも感じられた。着く頃には彼女はそれこそ魂が抜けてしまったかのようにぐったりとしていた。乗ったことは無いが自分が絶叫マシンに乗ったらこんな感じだろうなとそんな事を思っていた。

 

「おー こりゃ酷ぇや。死人は出ちゃねぇ見てぇだかな…………

おいお前、生きてるか?」

「…………………!!!!!

(誰か、私にこの人をぶん殴る許可を下さい………………!!!!)」

 

二人の目の前に広がる状況は男の報告と何ら変わっておらず、暴れ回る魔物の側で武装した冒険者と思われる男達が血塗れで倒れているというものだった。

その場にオルドーラは徐に降り立つ。

 

「!! オルドーラさんだ!!! オルドーラさんが来てくれたぞ!!!」

「やった!! 俺たち助かるぞ!!!」

「いつもみたいに蹴散らしちゃって下さい 団長!!!」

 

オルドーラが到着した。

その現象だけで今まで虚ろな顔をしていた男達は希望に満ち溢れた声を上げた。それほどまでに彼は信頼される強さを持っているのだ。

 

「おい誰か、動けるヤツがいたらこいつを頼めるか?

俺の戦いが見えて、それで巻き添え食わねぇ所まで離れてくれ。」

 

その一見 かなりの無理難題に聞こえる注文を承諾したのは動ける人達全員だった。傷だらけの身体に鞭を打って蛍の身の安全を確保し、魔物に向かっていくオルドーラと一定の距離を保つ。

 

「………ハイオークにホブゴブリンと来たか。いつにも増してベタな面子が揃ったな オイ。」

 

箒を振り回しながら魔物達に近付き、オルドーラは純粋な笑みを浮かべた。

しかし蛍は心のどこかでまだ彼の実力を信じきれないでいた(その大部分は無理やり連れてこられたからであろう)。

 

「……あの、すみません。

一つ聞きたいんですけど、あの人って本当に強いんですか?」

「何言ってんだよお嬢ちゃん!冗談言っちゃいけねぇよ!!

オルさんの魔法はな、天下一品なんだぜ!!! あんたもその目で見てみりゃ分かる!!」

 

蛍は男の手放しの賞賛を聞いてもなお信じきれずにいた。

その猜疑心が吹き飛ばされることを彼女はまだ知らない。



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212 天下一品の魔法術!! 切り込み団長 オルドーラ!!!(後編)

オルドーラは箒を振り回しながら鼻歌交じりに魔物達に近付いている。蛍も戦ウ乙女(プリキュア)の状態で戦っているから目の前の魔物達の力の程度は分かっている。

無論 魔物達にもオルドーラを恐れる様子は無い。また先程と同じような格好の獲物が現れたのだと思っているのだろう。

 

「おいお前等! こいつら殺しちまって良いのか!?」

「へい! ですが上からは()()()()()くらいにしといてくれって言われてます!」

「………そうか。なら簡単だな。」

 

魔物に対して手加減しなくて良いと知り、オルドーラの口元が緩んだ。その余裕のある表情が気に入らなかったのか ゴブリンの一体が彼に向かって飛び掛る。それが自分の命運を決定する行動とも知らずにだ。

 

「……一番手はテメェか。

良いぜ。付き合ってやるよ!!!」

ブンッ! 「!!?」

 

オルドーラは箒を背中に担ぎ、両手を突き出した。その片方の手の平に赤色の魔法陣が、もう片方の手に緑色の魔法陣がそれぞれ浮かび上がる。手を重ねるとその二つの魔法陣は合わさって全く別の魔法陣となった。

 

 

俺流合成魔法 炎×風

「《火焔旋風》!!!!!」

「!!!!?」

 

『ボォオオオ』という炎が燃える音と、『ビュウウウ』という風が吹き荒ぶ音とが重なって響き渡った。ゴブリンの身体は旋風によって吹き上げられ、そしてその周囲を迸る炎に焼き尽くされていく。

その様子を蛍も、そして魔物達も黙って見ている事しか出来なかった。

 

風が止んだ時に残っていたのは身体中が黒く焦げたゴブリン()()()物だけだ。

 

「……………………!!!!」

「出たァ!!!! 見たかアンタ!!!

今のが団長さんの十八番、《合成魔法》だぜ!!!」

 

 

男の話を総括すると、魔法には様々な属性があり、本来並みの人間は生まれつき一つ、そこから鍛錬しても二、三個の属性の魔法としか契約は出来ない。

しかし、オルドーラは生まれつき火、雷、風の魔法の才能を持ち、そして鍛錬によって新たに岩、植物創世、水、氷、身体強化、毒 の属性の魔法との契約を成功させた逸材なのだと言う(ちなみに彼の父は最終的に五つの属性の魔法との契約に成功した)。

 

「そ、それは凄いですね……………!!!

(魔法の事はあんまり分かんないけど。)」

「凄いなんてもんじゃねぇよ!! 百年に一人の逸材だって言われてるんだぜ!!!

だから団長さんは巷じゃ《国宝級魔道士(ロイヤルウィザード)》って呼ばれてるんだぜ!!!」

 

「……おい、その辺にしとけよ。

俺にゃそんな硬っ苦しい二つ名なんざねぇよ。俺ァただの切り込み隊長だ。

………けどお前、俺の魔法に興味出たか?」

「えっ? あ、はい 一応。」

「………そうか。だったらこんなのも見せてやろうか!!!」

「!!?」

 

オルドーラは背中の箒を手に持って振り上げた。その先端に今度は黄色の魔法陣が浮かび上がる。

身体を振るって箒を全力で投げ付けた。先端から放出される雷が箒を加速させて凶器に変わり、オークの身体を貫いた。

オークの身体が地面に倒れ伏す様子を他 数十体の魔物達は愕然と見ている事しか出来なかった。その魔物達の中心に帯電した箒が浮かぶ。

 

「………………!!!」

「まだまだこんなもんじゃねぇ。派手に行くぞ!!!」

 

そう言ってオルドーラは両手に青色の魔法陣を浮かべ、水を宇宙の無重力状態のように変えて魔物達の周囲に漂わせる。それが自分達の死に方が決まった瞬間だとは魔物達はまだ知らない。

 

 

俺流合成魔法 雷×水

「《水電地獄》!!!」

バリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!!

『!!!!!』

 

箒から雷が放たれ、それが空中に浮かぶ水を介する事で増幅し、強大になって魔物達に襲いかかった。身体を雷によって体内から焼かれた魔物達はみるみるうちに目が虚ろになり、そしてその生涯を終えた。

攻撃を打ち終えたオルドーラは魔物だった物に徐に近付いていく。

 

「これくらいなら素材はたんまり手にはいんだろ。 うし。回収も俺がやっとくから、お前らはさっさと何処かの病院にでも駆け込んどけ!!」

 

そう言うとオルドーラは空中に紫色の大きな魔法陣を展開した。魔物達の死体を担ぎ上げて放り込むと、魔法陣の中へと消える。

 

「……あれって 空間魔法……!!?」

「そうともよ。団長さんの手にかかりゃ素材も運び放題って訳よ!!!」

「おい、茶化しはその辺にしとけ。

こいつらァ一旦 本部に持って帰るから、ちゃんとした話は別のヤツに頼むぞ。」

「……………

(この人は戦う事以外は苦手なのかな……………?)

!!!!?」

 

突如として蛍の背筋が凍り付いた。それがヴェルダーズ達の活動を知らせる《嫌ナ予感(ムシノシラセ)》である事に気付くのに一瞬遅れる。

 

「団長さん!!! すぐにそこから離れて━━━━」

ズドォン!!!! 「!!!!」

「……んぁ?」

 

幸運にも()()はオルドーラの背後に降り立った。煙が晴れた時にいた()()に蛍だけが驚愕する。

 

(……チ、チョーマジン……………!!!!)

「あ? なんだこいつァ。」

 

蛍達の前に現れたのは巨大な魔物を素体にしたと思われる、胸に紫色の魔法陣を携えたチョーマジンだった。



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213 ベヒーモスを巡る争い! 使命と任務と勇者!!

「団長さん!! もしかしてそいつ、王都辺りで出没してるっていうバケモンじゃないんですかい!!?」

「バケモン? こいつがか?」

 

オルドーラの前に降り立ったチョーマジンは四足歩行の巨大な魔物(おそらくベヒーモス)を素体とした物だった。今の蛍なら簡単に解呪()せるだろうが、それでも懸念要素はある。

 

(……団長さんの前で変身ってして大丈夫なの……!?

団長さんは良いとしても後ろの人達はなんか口 軽そうだし……………)

「お前ら離れてろ。

こんなヤツ、俺がさっさと退治するからよ。」

「!!!」

 

オルドーラは手刀を構え、そこに火属性(赤色)の魔法陣が浮かび上がる。蛍はそれがまずい事だと直感した。

オルドーラがチョーマジンを()()()しまうという事に。

 

「ま、待って 団長さん!!!」

「あん? どした?」

「あ、あの!!

そ、その 怪物は 私に…………!!!」

『ブモオオオオオオ!!!!!』 「!!!」

 

ベヒーモスのチョーマジンが雄叫びを上げて突進して来る。それをオルドーラは軽くいなして体勢を崩し、倒した。

 

「何だってんだよ!! 言いたいことがあんならちゃんと言え!!」

「だっ…… だから!!

その怪物とは私が戦います!!! ()()して………!!!」

()()?! お前の職業の話か!?」

「!!? 知ってるんですか!?」

「当たり前だろ!! こっちはずっと前からお前らを迎える準備してんだよ!!」

『ブモオオオオオオ!!!!!』 「!!!」

 

オルドーラによって地面に叩きつけられたベヒーモスのチョーマジンが再び息を吹き返して突進して来る。それを再び 難なく食い止める。

 

「変身すんのか!? ならさっさとやれよ!!

こいつ抑え込むのもしんどいんだよ!」

「はっ、はいっ!! すぐに準備を━━━━━━━

あっ!!!!」 「!?」

「………フェ、変身アイテム(フェデスタル)、落としちゃいました…………!!!」

「はァ!!?」

 

()のポケットを触って蛍は青ざめてそう言った。

オルドーラに担ぎ上げられた時か高速で空を飛ばされた時にポケットから零れ落ちたのだろう。そしてフェリオも本部に着いて肩から離れた時にオルドーラに連れて来られた為にここには居ない。

つまり今ここでチョーマジンの素体のベヒーモスを解呪(助け)られる者は一人もいなくなったという事だ。

 

「………って事ァ その変身出来ねえっての事か?」

「……はい そうなりますね……………。」

「よし、ならこいつぶっ倒そう。」

「ま、待って!!」

 

炎の手刀を振りかざすオルドーラを蛍は必死になって止めた。それが無意味である事など分かった上での行動だ。

 

「何だってんだよ!他にやりようもねぇだろ!

それに人間ならともかく、こんな魔物一匹死んだって誰も文句なんざ言わねぇよ!!」

「!!!」

 

蛍は言葉に詰まった。初依頼の時は何とか生け捕りにして()()()()()が、魔物を討伐して生活費を稼ぐのが冒険者の常識であり、蛍もまた戦ウ乙女(プリキュア)であると同時に一人の冒険者だ。

 

「そもそも何で今のゴブリン共は良くてこのベヒーモス(牛公)はいけねぇんだ!? バケモンになったこいつが死んで喜ぶヤツでもいるのか!?」

 

『そうだ』とは言えなかった。

チョーマジンに変えられた魔物、そして人間が倒されて死ぬのはヴェルダーズ達にとっては思うツボだ。

たとえ目の前のベヒーモスがゴブリンと同類の人間を傷付ける討伐対象となる魔物であったとしてもチョーマジンとなっている状態で殺させる訳にはいかない。それをさせない為に彼女はこの茨の道を選んだ。

しかし今はその矜恃を示す方法が無い。だからこそ彼女は返答に詰まっている。

 

「解決策も浮かばねぇ内から文句垂れてんじゃねぇ! まぁここでお前が何とかできるっつうなら話は別だけどよ!!」

「!!」

 

オルドーラは再び手刀に炎を纏わせてベヒーモスの首を狙う。討伐するしか無いならせめて急所の血管だけを切ってなるべく苦しませずに倒してやろうと思っての事だ。

そしてその攻撃が実行に移る━━━━━━━━

 

『団長ォ!!!! ホタルゥーーーーー!!!!』

『!!!!』

 

その戦場に甲高い声が二つ響き渡った。

振り返るとそこには箒に乗ったタロスが居た。彼の肩にフェリオも乗っている。

 

「タロス君!!! フェリオ!!!」

「……お前 一体何しに来やがった。

まさか俺の助太刀なんて大それた事言わねぇよな?」

「いや、そのまさかです。ギリスマスターに頼まれて持ってきた物があってね。

よしホタル!! 受け取れ!!!」

「!!!」

 

タロスが腕を振るって蛍にフェデスタルを投げ付けた。フェリオもそれに続いて蛍の元へと向かう。

それを受け取り、蛍の顔に再び活力が戻った。

 

「………団長さん、もう一度 改めて言います。

そのベヒーモスとは私が戦います!! 戦って()()ます!!!」



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214 戦ウ乙女(プリキュア)としての矜恃を貫け!! ベビーモスを救う時!!

変身アイテム(フェデスタル)を手にした蛍の声は先程とは別物のように自信に満ち溢れていた。そしてその言葉を証明する為に台座に剣を刺して回転させる。

声高に《プリキュア・ブレイブハート》と叫ぶと彼女の身体が桃色の光に包まれ、それが晴れるとそこにはキュアブーレブに姿を変えた蛍が立っていた。

 

「……す、すげぇ…………!!」

「あれが変身する職業………!!」

「団長さんの言ってた事はホントだったのか………!!」

 

本来 異例中の異例である変身する事で本領を発揮する職業を目の当たりにした後ろの冒険者達は感動とも取れる反応を示した。

蛍も人前でやたらに変身の瞬間を見せるのは不本意ではあるが、目の前のチョーマジンと自分の個人的な感情とを秤にかけた時にどちらが大切かは理屈で分かる。

 

オルドーラも星聖騎士団(クルセイダーズ)から蛍の事は聞いていたが実際に目の当たりにすると神秘的な何かを彼女に感じていた。しかしそれは目の前で起こるある()()()()に塗り替えられる。

目の前のベヒーモスがその視線を自分からブレーブに向けたのだ。

 

『ブゥモオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

『!!!』

 

ベヒーモスのチョーマジンは今までを大きく上回る程大きな雄叫びを上げ、ブレーブへと突進を掛けた。オルドーラは既にベヒーモスの突進が少女一人など容易く屠ってしまうくらいの威力を誇る事に気付いている。ブレーブの自信満々な口調を見てもなおその懸念は拭え切れなかった。

しかしそれはブレーブの力が《少女》の枠組みに収まる程度であればの話だ。

 

「ふんっ!!!!!」

ドッゴォン!!!!! 『!!!!?』

 

ブレーブはベヒーモスの角が身体に直撃する瞬間、脚を振り上げてベヒーモスの顎に渾身の蹴りを撃ち込んだ。脳へのダメージ云々 以前に上方向に強烈な力が掛かったベヒーモスの身体は仰け反り、その腹をブレーブに露わにする。

 

「行きます!!!」

 

ブレーブは掌に解呪(ヒーリング)を溜め、ベヒーモスの腹目掛けて炸裂させた。

ベヒーモスの身体には人間とは違って脂肪も沢山含まれており、その脂肪が媒体となって全身に解呪(ヒーリング)が響き渡る。その一撃によってチョーマジンに変えられていたベヒーモスの姿は元の魔物に戻った。そして元に戻ったベヒーモスはまるで疲れ果てて眠るかのように意識を失って倒れた。

 

「…………………… よしっ!

団長さん! 見てましたか!

ちゃんとやりましたよー!」

「……あ、ああ。

口先だけじゃないみたいでなによりだ。」

 

オルドーラは強さなら余程の者でない限りは負けないという自負があったが、今回に限っては蛍がその余程の者かもしれないという事を心の中で認めていた。ちなみにこの時のブレーブは最初の頃に比べて解呪(ヒーリング)をより上手く使えるようになってきた事に喜んでいた。少なくとも技を一発撃って戦えなくなる程消耗する事は無いだろうと確信していた。

 

「………んでお前、どうすんだ? この牛。」

「んー、見た所さっきのゴブリンみたいに返り血を浴びてる様子もないし大丈夫じゃないですか? 放っておいても。」

「……………」

 

魔物の殆どは飛び道具(武器や魔法)を使わないので人間への攻撃は基本的に身体によるものになる。実際に冒険者の間では駆除対象となる魔物の区別は返り血があるかどうかが判断基準の一つになっている。

オルドーラはこのベヒーモスが絶対に安全だとは思えなかったが、ブレーブの言っている事も理屈にあっていると割り切って何も言わなかった。

 

「………ところでフェリオ、この森ってあの本部から数キロくらいって言ってたよね?」

『そうだファ。』

「それくらい遠いにしても 私達の動いてる範囲で気配を感じ取る暇もなく突然チョーマジンが発生するなんて」

『最後まで言わなくても分かってるファ。

私達を着けてここまで来たヤツがいる。それ以外に考えられないファ。』

「だよね……………!!」

 

 

***

 

 

《森から数百メートル離れた地点》

()()()()は自分が召喚したベヒーモスのチョーマジンの敗北を知り、そしてその過程をヴェルダーズに報告していた。

厄災之使徒(ヴェルソルジャー)の一人、ロノア・パーツゲイルである。

 

「…………陛下ですか? こちらロノア。

はい。 キュアブーレブの小手調べが終わりましたのでご報告します。

あの女、生意気にも龍の里の一件を経験してさらに腕を上げています。

ええ。特に解呪(ヒーリング)の精度が上がっています。もう奴のスタミナ切れを狙うのは難しいと思います。

………いえ。あんな勇者如き 恐れてなどいません。先輩とサリアと力を合わせて、必ず貴方様の前に奴の首を差し出す所存です。」



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215 襲撃事件を知る女!! 副団長 マリエッタ!!

ベヒーモスのチョーマジンの解呪(ヒーリング)に成功したブレーブは変身を解き、蛍の姿に戻った。

オルドーラはベヒーモスに訝しむような視線を向けているが、それでも手を出すような様子は無い。

 

「………じゃあ俺()はそろそろ本部に戻るから、お前等は適当に病院にでも行ってな。」

『へ、へいっ!』

(!? 等!!?)

「あ、あの、団長さん………!!

帰りはさすがに……………」

「ん? ああ。

帰りはちょっとくらい鈍くても良いか。」

 

少し上から譲歩したような言い方が鼻に付いたが、下手な事を言うとまた死にかける事になりかけないので何も言わないでおいた。

そして蛍はオルドーラの後ろに乗って少し遅い(車くらいの)速度で本部に戻る事が出来た。

 

 

***

 

 

「おう。帰ったぞォ。」

 

オルドーラと蛍は箒に乗って出発した窓から本部の部屋に戻って来た。案の定 そこにはギリス達が険しい表情で二人を待ち構えていた。

 

「……あ、えーと ギリス?

そんなに怒った顔しなくても私は大丈夫だよ?そりゃ連れ回されて死にかけたけど、この通りピンピンしてるし、

それに、あそこでチョーマジンが出たの。そう 魔物を素にしたやつ。だからさ、結果論ではあるけど、その魔物を助けられたのはこの人のおかげだからあんまり怒らないで欲しいなーって………………」

 

『なんで自分がこんなに言い訳のように言葉を連ねなくてはいけないのか』と思いながらもこの場を鎮める為にたどたどしくも言葉を連ねる。猛スピードで連れ回され、既に解呪(ヒーリング)を使った身体と心にこれ以上の揉め事はどうしても避けたかったからだ。

 

「…………オルドーラ・フレアストナ。

俺が言いたい事は一つだけだ。次は無いと思え。」

『!!!!』

 

少年の姿でも魔王だったギリスの気迫は凄まじく、その言葉だけでその場に居たオルドーラ以外の全ての人間が凍り付いた。この一件の台風の目であるオルドーラは何処吹く風と言うような表情を浮かべている。

 

「…………まぁ、肝に銘じとくよ。」

「…………………………」

 

オルドーラは形だけの謝罪の言葉を一言だけ述べた。無論 ギリスもその態度が鼻に付いたがこれ以上の言い争いは無意味だと思ったのか何も言わなかった。

 

「ところでタロスの奴はどうした。

お前達を追ってここを飛び出した筈だが。」

「あいつなら辺りを見て周りながら帰るから少し遅くなるっつってたぞ。」

「そうか。

それで、お前が首を取った魔物はどうするんだ。とてもお前に魔物の後処理なんて複雑な事が出来るようには思えないが。」

(!! ち、ちょっとギリス!!)

「ああ 確かにな。俺にゃそんな硬っ苦しい事ァ出来ねぇ。」

 

蛍はまた一悶着あるかもしれないと身構えたが、オルドーラはあっさりとギリスの言う事を認めた。

 

「だからゴブリン共の後処理は全部 あいつに任せてる。もうすぐ来る時間だけどな………………」

『コンコンっ』

「! 噂をすりゃ……」

「団長。オルドーラ団長。

魔物の素材の受け取りに参りました。」

「おう 入ってくれ。

それとこの前言ってたギルドの人達も来てるからついでに自己紹介も頼むぞ。」

「畏まりました。」

 

扉を開けて黒髪を長く伸ばし、黒のローブに身を包んだ長身の女性が入って来た。その整った顔立ちに蛍も少しだけ頬を赤らめてしまう。

 

「魔王ギリス様方 初めまして。

私、魔法警備団 副団長《マリエッタ・プリシェーラ》と申します。以後お見知りおきを。」

 

マリエッタと名乗ったその女性は蛍の目にはオルドーラよりも一回りくらいは歳上に見え、人間としての芯も通っているように見えた(それは十中八九 オルドーラに強引に連れ回された所為だろう)。

 

「丁度良いや マリエッタ。

このガキ 魔王さんの取り巻きなんだが、俺らの事をてんで知らねぇからお前の事を少し教えてやってくれよ。

………出来るなら()()()()頼む。」

「! ………畏まりました。」

 

少し険しい表情を浮かべた後、マリエッタは口を開いた。

 

マリエッタ・プリシェーラ 34歳(ちなみにオルドーラは21歳)。魔法警備団 副団長(先代からの勤務)。

回復の詠唱魔法を持つ。

彼女の故郷はとある国の離れであり、彼女が九歳の時にその国は謎の襲撃を受けて彼女の家族や友人達は全員犠牲となってしまった。

その後 孤児となった彼女はオルドーラの父の代の魔法警備団に拾われ、その中で回復魔法師としての才能を開花させた。

そして魔法警備団の経営管理を担当して今に至る。

 

「………… というのが私の身の上でございます。」

「!!!? ち、ちょっと待って下さい!!!

あなたが今34歳で九歳の時に国が滅んだって、それってまさか………………!!!」

「…………………

そうです。私は二十五年前に起こった国が謎の勢力の襲撃を受けた事件の唯一の生き残りです。」

「…………………!!!!」



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216 勇者への挑発!? 麻袋に詰められた恐怖!!

「あ、あ、す、すみません!

なんか 言いたくない事言わせちゃったみたいで………………!」

 

マリエッタは笑みを浮かべながらもその目は悲しげな印象を与えた。その重苦しい雰囲気を何とかせんと蛍は無意識の内に言葉を発していた。

 

「いえ、いいんですよ。

あれはもう四半世紀も前の事ですから忘れるようにしてます。それに今は()()()()()を手にしましたから。」

「? 新しい幸せ?」

「そうそう。

そいつ旦那も子供も居んだよ。」

「!!?」

 

マリエッタが夫子持ちである。その事実に蛍だけが驚きの声を上げた。

 

「……え 何!?

ギリス もしかして知ってたの!?」

「いや、初耳だ。

だがそんなに驚く事か?成年した人間の女が結婚してる事のどこがおかしい?」

「私は知っていたぞ。確か一つ下の夫と双子の息子と娘が居たな。

あの二人 結構大きくなったんじゃないですか?」

「はい。二人とも今年で九歳になります。」

「……………………」

 

元々 警備団所属のタロスや先代から交友のあるイーラはともかくとしてもギリスやフェリオが何の反応も示さない事に蛍は納得がいかなかった。

 

「……………ねぇ、フェリオも初耳?」

「私も初耳ファよ。

でも別に驚く事じゃないと思うファ。蛍の驚き方はあの人が好きでもないと説明がつかないくらいの驚き方ファよ。」

「…………………

分かった。もうこの話は止めにするよ。」

 

マリエッタの美貌に一瞬 ときめきこそしたが彼女に一目惚れなどしていない。自分に強くそう言い聞かせて蛍は頭を切りかえた。

 

 

「オルドーラ団長!!!! マリエッタ副団長ォ!!!!!」

『!!!?』

 

先程とは違うローブの男が真っ青な顔で飛び込んで来た。長距離を走ってきたのか立ち止まると肩で『ゼイゼイ』と息を上げる。

 

「なんだなんだ!? また魔物が出たか!?」

「落ち着きなさい! 一体何があったの!?」

「お、お、お、お伝えしなければ ならない事が…………!!!

さ、先程 こ、この警備団の門の前に…………!!!

あ、麻袋が 送られてきて、その中に、

ゆ、勇者一行の()()が……………!!!!!」

『!!!!?』

 

 

 

***

 

 

「ホタルさん、あなたはここにいて下さい。

人間の遺体をお見せする訳にはいきませんから。」

「は、はい…………!!」

 

魔法警備団と星聖騎士団(クルセイダーズ)以外ではギリスだけが警備団に送り付けられた勇者達の遺体の様子を見に行った。蛍は仲間の一員として見に行きたいと言ったが誰一人としてそれを許さなかった。この時 アルカロックでリナがマーズと死闘を繰り広げ、そして彼の死に直面しようとしている事は誰も知らない。

 

「! みんな!

そ、その、どうだったの その遺体って……………」

「………あまり大声では言えないが、かなり酷かった。」

「!!!!」

 

ギリスの話を総括すると、被害者は勇者の男と魔法使いと僧侶の女性、そして戦士の大男の四人。全員 全身を刃物で切り刻まれており、切断されている部分もあったと言う。

 

「そ、それってつまり………」

「ああ。こいつは俗に言うバラバラ殺人。

しかも犯人はさっき話した勇者連続殺人犯に間違いない。」

「!!!!!」

 

蛍は口を抑えて青ざめた。それこそさっき自分の口から『私も見たい』と言葉を出したのが信じられなくなるくらいの変心ぶりだった。

 

「そ、それは間違いないの!?

ほ、ほら、あの、 そうだ模倣犯! 模倣犯って可能性は無いの!!?」

「いや、それは万に一つも有り得ない。

根拠もある。これは俺もここについて聞いた事なんだが、遺体に付けられた刃物の太刀筋が前に起こった事件と()()一緒なんだ。

実際にその目で見たのならいざ知らず、新聞で読みかじった程度では完全な再現などまず不可能だろ。」

「………………!!!!」

 

蛍は背筋に寒気が走り、身体が震えるのを抑える事が出来なかった。今まさに自分の喉元に刃物を突きつけられているかのような寒気をひしひしと感じていた。

 

ガシッ 「!」

「落ち着け ホタル。

お前の強さは既にそんじょそこらの不届き者如きでは到底 届き得ない所に達している!! 魔王であるこの俺が保証する!!

それに仮にそいつの強さがお前の命を脅かす程の物であったとしても、俺が守ってやる!!

だから安心しろ!!!」

「……………!!!

ギ、ギリス……………!!!」

 

(………まさかこの俺がただの人間の女 一人の身をここまで案ずる事になるとはな。

かつての俺ならまず考えられなかった事だ…………。)

 

かつての魔王であるギリスにとっても蛍の存在は既に利害の一致を大きく超えた物となっていた。

しかしギリスの頭にあったのはまた別の()()だった。

 

(………それにつけても分からん。

()()()はわざわざなんで警備団に遺体を送り付けてくるなんて大それた真似をした……………!!?

()()への挑発の為か………………

まさかな。)



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217 魔法警備団緊急会議!! 勇者の首に迫る刃!!

《魔法警備団の会議室》

 

そこにオルドーラとマリエッタ、そして魔法警備団において重要な地位を持っている者達が集まっている。議題は言わずもがな つい先程送り届けられた勇者パーティーの遺体についてだ。

そしてその椅子の一つにはギリスが座っている。本人の希望で特別に席を一つ設けてもらったのだ。

 

「………ギリス様、ホタルさんはどちらに?」

「あいつなら今 自分の部屋で休んでいる。俺の話を聞いたら気分を悪くしてしまってな。

イーラを見張りに置いたから安心してくれ。」

「畏まりました。」

 

いくら遺体を目の当たりにした訳ではないとはいえすぐそばで惨劇が起こり、その被害者が勇者(自分と同類)ともなれば怯えて体調を崩すのは当然だろう。 マリエッタはそう結論付けた。

 

「あれ? そういや ドンガスはどこ行った?」

「団長、ドンガスは今日は要人警護の司令でグランフェリエに行っています。」

「ああ。 あれ 今日だったっけか。」

 

ギリスは『グランフェリエ』という単語に反応して横から口を挟みそうになったが止めておいた。いくら魔法警備団の一員とはいえヴェルダーズの配下が行動を起こしたら為す術も無く被害者(助けられる側)に回る事は目に見えているからだ。

しかし実際はその男が一度は被害者になったもののそこからリルア達に協力し、彼女達の勝利に大きく貢献する事になるという結末を迎えるが、今のギリスがそれを知る由は無い。

 

「………では、本題に入らせていただきます。

皆様、前のボードに注目して下さい。」

 

マリエッタが指さしたボードには殺害された勇者パーティー 四人の顔写真が貼られていた。この場には異世界人しか居ないのでこの状況を刑事ドラマみたいだと指摘する者は居ない。

 

送られて来た遺体の身元は

《アリオス・レイド》(20) 勇者

《リーン・クリムフレア》 (19) 魔導師

《セネラ・カモミール》 (18) 僧侶

《ゴルゴドラ・ヘルバナ》 (31) 戦士

と 鑑定の結果 明らかとなった。

 

パーティーの力量はかなり高いが、その反面黒い噂も多く、仮にその全てが事実ならばアルカロックへの収監も有り得る程の悪行を重ねていた(という噂)らしい。

 

「更に検死の結果、遺体には四人とも抵抗したような痕跡は無く、さらに致命傷はいずれも()()()()()に付いていたとの事です。」

「………そうか。 だとすると犯人は……………」

「はい。犯人は少なくとも勇者アリオスと真っ向から対峙し、更に抵抗する暇も無く一瞬で斬り捨ててしまう程の力量の持ち主であると考えざるを得ません。」

「死亡推定時刻の方はどうだ。」

「遺体の死後硬直が全身に及んで解けていないことから約二 三日前だと考えられます。」

「………………」

 

顔がほんの少し引きつってはいたがマリエッタはギリスの質問に淡々と答えている。本来 部外者であるギリスがここまで執拗に質問するのは頭の中で()()()()()がどうしても拭えないからだ。

 

(………仮に今までの事件が全て同一犯だとして、犯人の目的は一体なんなんだ?

こいつらは真っ先に考えているだろうが、私怨(ただ勇者が憎いだけ)というのはまず有り得ない。そんな事したところで返り討ちに会うと相場は決まっているし、何より星聖騎士団(クルセイダーズ)の目を掻い潜って殺人をやり続けるのはまず不可能だ。

だとしたらもう可能性は()()くらいしかない。最悪、 本当に最悪の万が一の可能性だが……………………!!!)

 

勇者を憎む者に勇者を凌駕するだけの力を与え、そして世界中に光る星聖騎士団(クルセイダーズ)の監視の目を掻い潜れるだけの隠れ蓑となると ギリスの頭には一つの可能性が強く浮かび上がる。

勇者連続殺人犯がヴェルダーズの配下である という最悪の可能性が。

 

 

 

***

 

 

 

ギリスの予感は当たっている。

勇者連続殺人犯にしてヴェルダーズの配下の一人であるガミラは依然として魔法警備団の本部を目指して歩を進めている。その途中で彼は懐に隠し持った時計を見て口元を緩ませた。

今頃 魔法警備団、そしてそこに居る勇者ホタルは麻袋に詰め込まれた勇者の遺体を目の当たりにして怯えている頃だろうという事を。

 

ガミラが自分を追う魔法警備団の本部に遺体を送り付けるなどという大それた事をした理由は一つ、本部に居る自分の主君に刃を向ける不届き者の勇者に『次はお前がこうなる番だ』と忠告する為だ。

 

魔法警備団の本部が目に見える程に近付いた頃、彼は最後の準備に取り掛かった。

顔を髑髏の仮面で隠し、その()()()な身体を黒いマントを覆って隠す。髑髏の仮面を被って黒いマントを覆い、鎌を携えたその姿こそ勇者連続殺人犯が『死神』と恐れられる所以だ。



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218 勇者の自信を取り戻せ! エミレの練習試合!!

蛍は用意された部屋のベッドに腰を下ろしていた。ギリスの話を聞いた直後よりは落ち着いたがそれでも背筋に走る寒気は拭えなかった。

彼女の呼吸は荒くなり、ベッドの上で何度も頭を抱えて俯く様子を部屋の隅にいるイーラはただ黙って見ている事しか出来なかった。何度も何かしらの言葉をかけようと思ったがもうすぐ来るかもしれない死の恐怖に怯えている少女に軍人である自分がなんと声を掛けていいか分からなかった。

 

『コンコンっ』 「!!!」「誰だ!? ここには今人が━━」

「私ですよ。 イーラ隊長。」

「! き、君は確か………」

「はい。ついこの前 ギリス様方の一員となったエミレ・ラヴアムルです。」

 

扉を叩く音にすら驚いてしまう程思い詰めている蛍を尻目にイーラは来客に応対した。来客はエミレだった。その手には受け皿に乗ったカップが置いてある。中には紅茶が入っていた。

 

「どうしたんだ これは。」

「警備団の人に頼んで淹れて貰ったんです。

味を感じれば少しは気が楽になると思いまして。」

「………だ そうだがホタル君、 どうする?」

「……はい。 いただきます。」

 

蛍はカップを受け取り、半ば機械的に液体を口の中に注いだ。エミレが期待した程の効果は表情からは感じ取れない と、少なくともイーラはそう思った。

 

「…………ホタルさん、そんなに()()ですか?自分が()()()()()()に殺される事が。」

「!?」

「怖いですか と聞いているんです。

はいかいいえで答えて下さい。」

「…………そ、そりゃ怖いに決まってるよ!!

私だってギリスの為に戦うって決めたけど、あんな、あんなに…………………!!!」

「………そうですか。そんなに自分の力に[[rb:自信が持てない>・・・・・・・]]んですか。

ならこうしましょう。ホタルさん、今から私と戦って下さい。戦ウ乙女(プリキュア)の力無しで。」

『!!!?』

 

エミレの予想外の提案に蛍とイーラは今まで自分が持っていた感情など忘れて驚愕した。

 

 

***

 

 

30分後

エミレは警備団に許可を得て試合場を借り、そこに蛍を立たせた。その場にはイーラだけが立ち会っており、ギリス達はこの試合の事を知らされていない。

 

「どういうつもりなの……………!?

私と戦えって……………!!」

「理由は簡単です。ホタルさん、あなたのこれまでの勝利の全てがその戦ウ乙女(プリキュア)によるものであると考えているならそれは見当違いだというのが私の考えです。

私も冒険者を志した者として様々な努力する人間を見てきました。その人達は自分の力に疑問を持ったとしても、それをどうにかしようと手を尽くしていました。ただ怯えているだけの人など一人も居ませんでした!!」

「!!!」

「ですからホタルさん、私はあなたに自信を持って欲しい。変身せずとも戦える位の力を身に付けていると 私との戦いで知って欲しいんです!!!」

「………… エ、エミレ ちゃん………………!!」

 

蛍は素直に心の底からエミレに感謝の念を抱いていた。表情こそあまり変化が無かったがエミレは()()()()()自分の事を思っているとそう実感した。

 

「とはいえこれは練習試合ですから、身体を傷付けるような事があってはいけません。ですからこれを使います。」

「? それは……………」

 

エミレは足元に置いた二枚の木の板を手に取った。その一方を蛍の方に向ける。

 

「今からこの板を私の贈物(ギフト)で改造して木刀にして戦うんです。

ルールは簡単です。急所への攻撃は避け、先に相手から一本を取った方の勝ちです。」

「……分かった。」

「それではいきますよ。

改造(リモルデル)》!!!」

 

エミレがそう言って手に力を込めると木の板が光に包まれ、そして細長く変わって行く。ものの数秒で二枚の木の板は木刀に姿を変えた。武器に詳しいイーラの目から見てもかなりの完成度だと唸らせた。

 

「どうぞ。これを使って自分の強さを確認して下さい。あなたは殺人犯に殺されるような存在では無いと。」

「…………………

わ、分かった!!」

「ではイーラ隊長、一応レフェリーとして試合の運営をお願いします。」

「分かった。

…… これより、ホタル・ユメザキ 対 エミレ・ラヴアムル 練習試合を執り行う!!

試合は一本勝負!! 負傷には十分に注意し、急所への攻撃はいかなる場合も厳禁とする!!

両者、元の位置へ!!!」

 

変身する事無く剣を握るという未経験の行動に蛍は戸惑いながらも、今は殺人犯の事など忘れてエミレが自分の為を思って開いてくれたこの練習試合に心から向き合おうと心に決めた。

 

「それでは両者 構えて、

始め!!!」

 

この瞬間、蛍が今まで経験した事の無い練習試合が幕を開けた。



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219 エミレの鋭い剣技! 木刀を振るう勇者!!

イーラの始めの合図は確かに二人の耳に入ったが、二人がそれに合わせて動く事は無かった。それはいくら練習試合だからといって迂闊に動く事が出来ないという事が大きく、そして蛍の場合はそれに加えてエミレの異様な構えに面食らっているという面も大きかった。

 

エミレは顔の横で腕を交差させて剣を構え、低い体勢を取っていた。その構えから蛍は()()()()を連想し、エミレがこれから()()()()と同じ行動を取るかもしれないと直感した。

そしてそれは直ぐに現実となる。

 

「……………参ります。」

ボヒュンっ!!!!

「!!!!」

 

エミレは低い体勢から地面を蹴って上半身はそのままに蛍の方へと強襲を掛けた。

 

(こ、この状況、やっぱり()()()に似てる………………!!!)

 

蛍はエミレの人が変わったような気迫からかつての龍神武道会の第一試合、即ちシーホースとの試合を思い出した。そしてすぐにその思考も吹き飛ばされる。

 

ガキィンッ!!!!!

「!!!!」

 

エミレの木刀の突きが蛍の構えていた木刀に炸裂した。木刀(元材木)同士がぶつかったと思えない程の甲高い炸裂音が周囲に響き渡る。

 

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

お、重い!!!! 変身してる時と全然違う…………!!!!)

「今の私を敵と思わないと足を掬いますよ!!」

「!!!」

 

エミレの突きが蛍の防御を押し切り、そのまま吹き飛ばした。その様子を見ていたイーラは自分が仕切っているこの試合は本当に練習試合なのかと疑いたくなる。そしてあくまでも審判としていつでも止めに入る必要があると思った。

 

 

(…………!!!

う、受け身…………!! 何とかして受け身を……………!!!)

 

蛍は変身時の身体の動きを必死に再現しようと尽力した。その結果 身体を回転させておぼつきながらも何とか着地を取り、背中から激突する事を避けた。

 

(………………!!

で、出来た………!! 変身してた(キュアブレーブの)時に出来てたことが出来た………!!)

「まだまだ終わりませんよ。」

「!!!」

 

エミレの連続攻撃は更に激しさを増して行った。右手左手と木刀を流れるような手付きで持ち替えてあらゆる方向から攻撃を撃ち込む。

蛍は冒険者として依頼をこなしている時に他の冒険者から木刀の扱いも聞かされていた。木刀だけでなくあらゆる武器はただ防御するだけでなく受ける場所にも気を配る必要がある と。打ち所が悪ければ簡単に刃毀れを起こし、下手をすればへし折られてしまう可能性すらある。そしてそれは冒険者だけでなく戦ウ乙女(プリキュア)の場合も例外ではない。

だからこそ戦いの知識に疎い蛍はありとあらゆる情報源から戦闘の知識を仕入れていたのだ。

 

攻撃が身体に当たる事と武器破壊の両方を避けようと必死で攻撃を受け続ける蛍の集中力は実戦に勝るとも劣らない程に研ぎ澄まされていた。その上で形勢を変える一手を狙っていた。

 

(!!! ここだ!!!)

 

蛍の目はエミレの木刀が空中に放たれて両手のどちらにも握られていない瞬間を捉えた。無論

変身していないので贈物(ギフト)は発動していないがその時は発動時と同じ位の集中力だったと思える程だった とこの時の蛍は思っていた。

その瞬間を見逃す事無くエミレの頭部を狙って木刀を振り下ろす。それを見たイーラは直撃する前に手を挙げて『それまで』の宣言をしようとした━━━━━━━━━

 

バシッ!!

『!!!?』

「注意が剣に行き過ぎですよ。」

 

エミレは低い体勢から足を振るって蛍の両足を払った。体勢を崩されて地面に倒れた蛍に対しエミレは落ちてくる木刀を手に持ってその鋒を蛍に向けた。

 

「…………………… あ、

そ、それまで!!! 勝者、エミレ・ラヴアムル!!!」

 

完全に傍観者と化していた状態から本来の役目を思い出したイーラは手を挙げて試合終了の合図を出した。

 

「………………………!!

ま、負けた…………!! 完全に決まったと思ったのに………………!!」

「…………………」

 

攻撃を避けられ足を払われ、剣を突きつけられた。一瞬で起こった様々な事を処理しきれない蛍は本来 心の中に留めておくべき事を口に出してしまっていた。

 

「……確かにそうですが、防御も受け身も問題無くこなせていましたよ。そうですよね?隊長。」

「え? あ、ああ。

私も長く様々な兵士の訓練を見てきたが特に問題があるとは思わなかった。」

「そういう事です。それにその証拠に剣を見て下さい。

多少の傷はあってもヒビは入っていないでしょう?それなら本物の剣でも刃毀れもしないと見て間違いありません。」

「…………!!」

「あなたは自覚は無くても強くなっています。それは最早 ()()()()()()では届かない所にいると言えるでしょう。」

「…………そ、そうだね!

私、なんかビクビクしちゃってたみたい。」

「自信を取り戻してくれたなら良かったです。

では早く部屋に戻りましょう。こんな事がマスターに知られたら何を言われるか分かりませんから。」



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220 とある勇者の独白! 魔法警備団での入浴!

「…………もう一度言うが 俺は別に怒っている訳じゃない。ただ練習試合の事が本当なのかを聞いているだけだ。」

『……………………………』

 

結論から言うと、エミレ主催の練習試合はギリスにバレていた。今は蛍の部屋で蛍とエミレがギリスの前で正座をさせられている。

 

「………で、どういう事なんだ。

エミレが練習試合を持ち掛けたと聞いているが?」

「はい。確かに私が練習試合を提案しました。ですがそれは『蛍さんに自信を取り戻して貰う為』ですし、安全にも配慮して行いました。」

「……………そういう話じゃ無いんだが と言いたい所だがまぁいい。

それで、その効果とやらはあったのか?」

「………うん。負けちゃったけど、まぁ防御はちゃんと出来たし 意味はあったのかな って………。」

「それなら良いが、なんにしても怪我が無いか一応診てもらえよ。生身の身体で木刀を振り回したんだ。手に豆ができていてもおかしくない。」

「う、うん。 分かった。」

 

ギリスに促されて蛍は医務室で検査を受けた。結果は手の平にも豆などの異常は見受けられなかった。

 

 

***

 

 

魔法警備団にヴェルダーズと通じる者が居ないと分かった以上 ギリス達にここに留まる理由は無いが、本部の近くに勇者連続殺人犯が居るかもしれない状況で勇者()を外に出すのは危険という判断になった。

今日は本部の中で一夜を明かし、明日明るい内に警備団を離れるという結論になった。

 

時刻は夕方

エミレとの練習試合を終え、殺人犯に怯える心を落ち着けた蛍は早い内から風呂を頂き、練習試合でかいた汗を流した。

蛍は大浴場の湯船の中で長旅と練習試合で凝り固まった筋肉と精神を解しているが、エミレは『広い湯船は落ち着かない』と言って入浴は客室にある風呂で済ませた。

 

「………………ねぇ、フェリオ。」

「? 何ファ?」

「フェリオってさ、私の事 ()()思ってる?」

「? ()()って、どういう意味ファ?」

「私ってさ、ラジェルさんのおかげでこの世界に来て戦ウ乙女(プリキュア)になってしばらく経つじゃん?

さっきも言ったけど 《勇者》なんて肩書き背負っちゃってるけど、私ってちゃんとギリスやこの世界の為に戦えてるのかな ってそう思っちゃって…………………」

「なんで? なんでそんなネガティブな事言うファ?」

「だってそうでしょ?

ダクリュール って人には追い詰められちゃって、ダルーバ って人には 幻覚(?)で落とされそうになって、オオガイ って人には蹴り飛ばされちゃったし、挙句にヴェルダーズには腕だけで軽くあしらわれちゃったし……………………

なんか私、あんま活躍できてない って言うか、ギリスの為になる事 あんまりできてない感じがしちゃって……………」

パシッ! 「!」

 

蛍が話終わる前にフェリオが彼女の肩を軽く叩いた。

 

「フェリオ………?

!」

 

フェリオはただ親指を立てて蛍に笑顔を向けていた。それだけで蛍はフェリオの考えを理解した。

 

(……………フェリオ、そんなに私を信じてくれてるの? 私と一緒にこの世界に来て、まだ何ヶ月も経ってないのに…………!)

 

フェリオにとって蛍はこの世界に来てから片時も離れずに苦楽を共にした存在であり、その関係はヴェルダーズを倒すまで、もしくはヴェルダーズを倒した後も終わらないと考えている。

既にフェリオは蛍に全幅の信頼を置く存在になっていた。

 

 

ザパッ 「!」

 

蛍はたとえこれから何が襲ってきても自分の全力を出そうと心に決めて湯船から上がった。

 

「そろそろ上がろうか フェリオ。

今日は色々疲れちゃったし、明日も早いでしょ?」

「ファ!」

 

 

 

***

 

 

 

蛍とフェリオが入浴している時、魔法警備団の外の森では三人の厄災之使徒(ヴェルソルジャー)が本部を狙っていた。

 

「………いいなお前ら、手筈通りに行くぞ。

まずお前らがチョーマジン共を引き連れて本部に突っ込む。そうすりゃ連中はたちまちパニックだ。

んでもってしばらくすりゃ魔王のやつはひょっこり顔を出す。そこを俺がこの鎌でぶった斬るって算段だ。」

「分かってます 先輩。

僕たちの役目はそれまでの時間稼ぎですよね。

魔王達に加担した警備団のタロスって奴は僕が相手をします。それでサリアが団長の相手をする ですよね。」

「うん。私も準備はできてる。

それにあいつは私の()()()()()()()だし。」

『…………………』

 

サリアの魔法警備団を睨み付ける視線にロノアとガミラも一瞬 たじろいだ。

 

「そんじゃ行くぞ。チョーマジン共を作るのは奴等が寝静まってあそこの門をくぐった後だ。俺たちに気付く時間も慌てふためく時間すらくれてやらねぇぞ。」

 

髑髏の仮面の下からガミラの下卑た笑みが零れた。

 

 

***

 

 

ガミラ達の襲撃まで後 1時間30分



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221 魔王と女神の情報交換! 狂気の夜が始まる!!!

「ギリス、お風呂空いたよ?」

「そうか。俺はまだやる事があるから他の奴に言ってくれ。」

「そう 分かった。」

 

蛍が用意されたバスローブに身を包んでギリスの部屋に行くと、ギリスは机に座って様々な文献を読み漁っていた。

 

「………で、何読んでるの それ。」

「お前には関係ない事だ。ちょっと気になる事があったからな。」

「ふーん…………」

「ほら、分かったらさっさと行け。

湯が冷めたら余計に薪が必要になるぞ。」

「わ、分かった……!」

 

ギリスに急かされて蛍は慌てて部屋を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

「……………ふぅ。

全く、あいつは本当に俺を焦らせる行動ばかり取ってくれるな…………」

『それは同感だけど、あなたもあなたよ?

あんなにあなたに尽くしてくれてるのに隠し事なんて水臭いんじゃないの?』

「黙れ。こんな事 あいつに話せる訳が無いだろ。」

 

蛍が机に近付いた時には咄嗟に通信を切ったが、ギリスは水晶を使ってラジェルと会話をしながら調べ物をしていた。

 

『それで、何か分かったの?』

「今はなんともだな。

本部の連中を説得して勇者連続殺人事件の資料を借りたが新しい情報は皆無だ。このヤマの犯人がヴェルダーズと関わってるのは間違いないと思うんだがな。」

『確かにね。

それで、ルベド君には相談したの?本部に遺体が送られてきたって聞いたけど?』

「もちろん イーラ経由で話しはしたがあいつもあいつで手一杯でな。アルカロックとグランフェリエの事は一任するからそっちは任せる だと。」

『なるほど。あの子らしいわね。

で、アルカロックはもう解決したんでしょ?何でも 監獄署長が裏切り者だったって話だけど。』

「もちろんそれも把握済みだ。

監獄署長と刑務官の二人がヴェルダーズの奴に唆されて、負けたらすぐに観念して自刃してしまったらしい。

それでリナがくたびれて 今は星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部で預かってるらしい。」

『その事、蛍ちゃんにはもう言ったの?』

「言える筈が無いだろ。ただでさえこっちは蛍が狙われてるかもしれないって手一杯なんだ。

早くてもアルカロックの事を伝えるのはここを出た後だ。」

『そう。 明日には出るのよね?』

「当然だ。もう用は済んでいる。

タロスはシロでこの一件には魔法警備団は関わってはいない。明日の朝にはここを出る。」

 

ラジェルと話をしながら読み終わった文献を閉じたのを見て ラジェルが口を開いた。

 

『それで、あと何冊あるのよ その調べ物って。』

「今でようやく 半分といったところだ。」

『そう。 何でもいいけどあなたも今日は寝た方が良いわよ?あなたは最近 コンを詰めすぎなのよ。』

「いや、少なくとも今日は寝る訳にはいかない。この夜だけは蛍の身の安全を確保するつもりだ。

何か嫌な予感がしてならないからな………………」

『……………………』

 

ラジェルは『全く』と言いたげな息を漏らして口を開く。

 

『………まぁ 今日は良いけど身体は休めなさいよ? もうすぐしたらあなたの負担も軽くなるだろうし。』

「それはどういう意味だ?」

『もう少しでできそうなのよ。

五人目の戦ウ乙女(プリキュア)媒体(トリガー)が。』

 

 

 

***

 

 

 

ギリスがラジェルとの対話を終えた頃、蛍は自分のベッドの上で眠れずにいた。

 

「………………………」

「………………蛍? まだ起きてるファ?」

「……うん。身体はクタクタなんだけど頭がギンギンで……………」

「それなら目を閉じてれば良いファ。それだけでも十分 身体は休まるファよ。」

「……だよね。 ごめんね。 変な事ばっかり言っちゃって。」

 

蛍は必要以上に考える事を止めて目を閉じ、全身の力を抜いた。頭の中から思考が抜けていく度に疲労困憊の身体が彼女の意識を休息に持って行った━━━━━━━━━

 

 

 

***

 

 

 

 

『━━━━━━━━━━━ズドォン!!!!!』

「ッ!!!!?

(何っ!!!? 地震!!!!?)」

 

魔法警備団の本部全体に響き渡った轟音が蛍の意識を強制的に現実世界に引き戻した。

 

「フェ、フェリオ!!!

なんかヤバいよ!!! 起きて!!! ねぇ起きてよ!!!」

 

寝起きで混乱した蛍はまず必死になってフェリオを起こす事を選択した。窓の外で火の手が上がっている事にはまだ気付いていない。

 

「ッ!!!!?」

 

フェリオを起こそうとしている最中、二つの音が響く事と蛍が咄嗟にベッドから身を躱す事が同時に起こった。

一つの音は何者かが蛍の部屋の天井を破る音、もう一つの音はその人物が持っている剣が蛍が居た場所を突き刺す音だ。

 

「…………………!!!!!」

 

凶刃から間一髪 逃れた蛍はベッドから転げ落ちた身体の痛みなど気にする暇もなく突如として現れた人物に注目していた。

その人物は風妖精(エルフ)の姿をしていた。



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222 真夜中の襲撃犯!! 風妖精(エルフ)の刃が勇者を襲う!!!

「…………………………!!!!!」

(ヂッ!! 仕留め損ねたか!!!)

 

白髪に眼帯を着けた風妖精(エルフ)

それが蛍の目に即座に流れ込んで来た襲撃犯の情報だった。

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ……………………!!!!!」

「蛍!!!! 気をしっかり持つファ!!!!」

 

眠りから覚めたばかりの蛍は一瞬の内に流れ込んでくる情報を五感で処理する事で手一杯になっていた。

 

本部に轟音が響いた事

窓の外から炎によるものと思われるオレンジ色の光が漏れている事

命を狙われた事

襲撃犯の情報

間一髪 逃れていなければ今頃 死んでいた事

そしてギリスや他の人達の安否

 

その全てを頭の中で処理する事に必死になって適切な判断が出来ずにいた。

 

「…………魔王ギリスに与する愚かな勇者 ホタル・ユメザキ。

その首 貰い受けるぞ。」

「蛍!!!!! 窓を破って逃げるファ!!!!!」

「!!!! は、はいっ!!!!!」

 

眼帯を着けていない側の眼から溢れ出る殺気と夜の暗闇の中で光る凶刃がフェリオに最適な行動を導き出させた。襲撃犯は逃げ道になり得る扉を塞ぐように陣取り、蛍も咄嗟に窓の方向に身を躱した。この状況での最適解は言うまでもなく窓を破って外に逃れる事だ。

 

バリンっ!!! 「っ!!!」

「逃がすか!!!」

 

フェリオの一喝で蛍は咄嗟に窓に全力で体当たりをし、ガラスを破って外に出た。蛍は生身の身体であるため破ったガラスの破片が腕に刺さり血が滲むが、命を奪われるよりは遥かに良いと自分が一番良く分かっている。

 

「蛍!!! 変身行くファよ!!!」

「う、うんっ!!!」

『《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!』

 

落下するまでの短い時間で蛍は腕の痛みを振り払ってフェデフタルを取りだし、変身の言葉を唱えた。

キュアブレーブへの変身を済ませると直ぐに乙女剣(ディバイスワン)を抜いて追撃に備える。

 

ガキィン!!!!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

「余計な抵抗をするな!!!」

 

襲撃犯はブレーブの目を狙って剣先を突き立てて来た。ブレーブは無理に対抗せずに重力を利用して地面へと逃げる。

 

地面に着地すると直ぐに横に飛び、そこに襲撃犯の剣が再び突き刺さった。

 

「…………………!!

(これで三度目!! これ以上躱される訳には……………)」

「あ、あなたが勇者を殺したの!?

今日の勇者達を殺したのも 今までの勇者も全部あなたがやったの!!?」

「お前がそれを知る必要など無い。唯一 確実な事が言えるとすれば、

お前はここで死ぬという事だけだ!!!!」

「!!!!?」

 

襲撃犯は一瞬の内にブレーブとの距離を詰め、強烈な突きを撃ち込んで来た。ブレーブは咄嗟に剣を斜めに構えて突きを受け止める。襲撃犯の体重が全て乗った突きは戦ウ乙女(プリキュア)となって強化された足の筋肉にも強い負担を掛けた。

 

バキィン!!!! 「!!!!」

 

襲撃犯の突きは重く、ブレーブは受け止めきれずに後ろに吹き飛ばされた。本部を前にしてブレーブの身体は森の方へと飛んで行く。

 

「!!!!

こ、これは……………………!!!!」

 

ブレーブはその時初めて魔法警備団の本部を囲む森が惨劇に見舞われている事に気が付いた。

森の至る所で火の手が上がり、動物や人々の悲鳴が聞こえる。

 

「ブレーブ!!! あれを!!!」

「!!!!」

 

ブレーブとフェリオは森の中から大量のチョーマジンが姿を現しているのに気が付いた。今までと違うのは現れたチョーマジンに二つの種類があり、四足歩行の種類と人型で杖を持つ種類が居た。

 

「………あ、あれって()()()()()()!()!()?() ()()()()()()()()……………!!!?

人をチョーマジンにしたの……………!!!?」

「ブレーブ!!!! 来てるファ!!!!」

「!!!!? うわっ!!!!」

 

襲撃犯の追撃を身体を捻って躱す。夜の暗闇で見え辛かった襲撃犯の顔が火災の火で照らされて鮮明に見える。

自分とそこまで年齢差を感じない顔立ちでありながら刃物のように鋭い眼光の顔がそこにはあった。

 

「総員、囲め!!!」

「!?」

 

襲撃犯が手を挙げてそう言うと、一瞬の内に数十体のチョーマジンが円陣を組んで襲撃犯とブレーブの二人を囲んだ。

 

(これって チョーマジンを()()()()………………!!?

って事はやっぱり………………!!!)

「恐らく、お前が今思っている通りだ。」

「!!!」

「私はヴェルダーズ陛下の誇り高い配下が一人 《ロノア・パーツゲイル》だ!!!

ヴェルダーズ陛下に刃を向ける反逆者として、お前の首を貰い受ける!!!!」

「…………………!!!!」

 

ロノアと名乗った襲撃犯は剣先をブレーブに向けた。その行動でブレーブはこの男が勇者連続殺人犯の正体なのだと確信する。



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223 悪魔の手先の襲撃! 狙われたオルドーラ!!

ブレーブはロノアと彼が従えるチョーマジンに囲まれて完全に孤立してしまった。周囲で燃え盛る炎の熱と緊張感が彼女の注意を鈍らせる。

そしてもう一つ 彼女には気に掛る事があった。

 

「……キュアブレーブ、お前は今こう考えているだろう?」

「!!」

「『魔王ギリスは無事なのか。団長 オルドーラはどうなっているのか。』とな。」

「!!!」

 

ロノアはまるでブレーブの心の中を見透かしているかのような言葉を発した。それはこの状況が彼の作戦に嵌っている事を意味している。

 

「残念だがお前があてにしている奴らがここに来る事はないぞ。魔王やここにいる腕の立つ魔導師達は全員 眠っている。

団長も今頃 ()()()が足止めしている頃だ。」

「!!? (あいつ!? 敵はこいつだけじゃないって事!!?)」

 

 

 

***

 

 

ブレーブがロノアと森で対峙する数分前、オルドーラは異変に気付いて外へと飛び出した。

 

「どうなってやがる!! 何だって誰も居やがらねぇんだ!!!

まだ眠っちまうには早ぇだろうによ!!!」

 

その時は魔法警備団の団員達もギリスやイーラといった他の者達も全員 敵襲によって眠らされていた。その術中から逃れたのはオルドーラと本来の標的である蛍だけだ。

 

「おぅい!!! 誰か居ねぇのか!!!

返事しやがれ!!!」

「はーい。」

「!?

!!!」

 

焦るオルドーラを嘲るような少女の声が三階の()()()聞こえた。しかしオルドーラが驚いたのはそのためでは無い。

彼女が手で全身血塗れのマリエッタの首を掴んでいたからだ。

 

「ああ この人?

眠ってくれなくて 私を見るなり大声で叫ぼうとしたから黙って貰ったよ。って事だからあんたも━━━━━━━」

ボガァン!!!!! 「!!!!」

 

少女が話し終わる前にオルドーラは手を振るって炎の魔法を飛ばした。不意を突かれて驚いた彼女は手からマリエッタを離してしまう。

瞬間的にオルドーラは窓を破って空中でマリエッタを抱え、足に浮遊魔法を掛けて空中に留まった。マリエッタを掴んでいた少女は対称的に地面に着地する。

 

その時 オルドーラは初めて外の森が火に包まれている事、そして少女が桃色の髪と角を持つ姿をしている事に気が付いた。

 

「………ほうき無くても飛べるんだ。」

「マリエッタ!! しっかりしろ!!! おい!!!」

 

少女に構う事無くオルドーラは必死にマリエッタに呼び掛けた。こんなに必死になるのは何年振りだと自分でも思う。

 

「………………………………………っ」

「!!」

「…………………だ、団 長…………………」

「!!!

気ぃ付いたか!! お前は奥に居ろ!!!」

 

破った窓からマリエッタを奥に送り、オルドーラは地面に降り立って少女と相対した。

 

「………待っててくれたんだな。」

「あいつにはそもそも用はないからね。

私はあんたを相手しろって言われてるだけだから。」

「そうかよ。

どこの差し金かは知らねぇが魔法警備団(俺達)に喧嘩売るって事がどうゆう事か分かってんだろうな。」

 

オルドーラは口ではこう言い、実際にマリエッタを傷付けられた事に憤慨していたがそれと同時に彼の頭の中には一つの謎があった。

 

(…………さっきのを見る限りはマリエッタのヤツは喉を潰されてはなかった。

なのになんだって回復の詠唱魔法を使わなかったんだ?)

「まぁ何だっていいさ。

てめぇを吊し上げて知ってる事 洗いざらい吐いてもらうぜ。」

「吐かせる?

命は助けてくれるんだ。優しいね。ホントに良いよね。才能がある人は余裕で。

ホントに()()()()。」

「?!」

 

少女の言葉の意味が分からずにいたが、オルドーラは構わずに手から炎の魔法を撃ち出さんと魔法陣を展開した。

 

「━━ホント そーゆーとこだよ。」

バリンッ!! 「!!!?」

 

少女に向かって手を振るった瞬間、手の平に展開した魔法陣が割れて消失した。それと同時に少女の蹴りがオルドーラに炸裂する。

両腕で蹴りを受け止めたが、踏ん張り切れずに吹き飛ばされた。

 

「…………!!!

(重てぇ………!!! これが女のガキの筋力かよ………!!!)」

(身体強化系も潰したのに私の蹴りを受けてピンピンしてるなんて ホントに忌々しい…………!!!

まぁでも、予定通りにやろう………)

「驚いたでしょ?

どう? 自分がアテにしてる魔法を使()()()()気分は。」

「!?

………………そーゆー事かよ……………」

「そ。これが私の贈物(ギフト |魔導女神《ペルセポネ)

私はサリア。あんたみたいなヤツを潰す為にここに来たの。」

 

魔導女神(ペルセポネ)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の周囲の魔力を支配し、他者が魔法を発動する事を妨害する。



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224 練習試合の成果を見せろ!! プリキュア・ブレーブグングニル!!!

(………贈物(ギフト)か。魔王さんや総隊長さんに会うまでんなもんホントにあんのかって半信半疑だったが、やっぱ実在すんのか。

しかもこんなガキが持ってるなんてな………………)

 

幼少の頃のオルドーラはこの世には魔法だけが存在し、自分の身の回りの人間が誰も持たない贈物(ギフト)の存在は本当なのかあるかもしれないとも無いかもしれないとも思っていた。

彼が贈物(ギフト)の存在を事実として認識するようになったのは10歳の頃、贈物(ギフト)を持った冒険者に出会った時である。当時の彼はそれを魔法とは違う異質な能力と認識し、同時に自分が持つ魔法もそれには劣らないと信じて疑わなかった。

 

しかしそれも目の前に立っている少女の事を知る前までは の話である。

 

(魔法を無力化する贈物(ギフト)だと!?

究極(アルティメット)ってやつが規格外だって事ァ知ってたが にしてもデタラメ過ぎんだろ!!!)

「……………道理でか。」

「?」

「道理でマリエッタの喉が無事な訳だぜ。

テメェはんな事しなくてもあいつを無力化する方法を持ってたって訳だ!!」

「そ。 私が警戒するように()()()()()のは副団長(そいつ)団長(アンタ)の二人だけだから。アンタら二人を潰せたら御の字ってわけ。」

()()()()()って事ァ誰かの差し金って訳か。テメェ一体どこの馬の骨だ!!?

どういう了見で俺達の寝込みを襲った!!!」

「………なんでって聞かれて素直に話す訳ないでしょ?」

「そうかよ。だったらマリエッタがやられた位ぶちのめして吊し上げるだけだ!!!!」

「………ホントにナメてるね。

言っとくけどここは敵地。そんな場所に何の対策も無しにツッコんでくると思う?」

「!!!?」

 

サリアがオルドーラの後方を指さした。

そこには既に大量のチョーマジンが陣取っていた。

 

 

 

***

 

 

 

魔法警備団の近くの森の中では至る所で火の手が上がり、その中でブレーブがロノアの猛攻を凌いでいた。しかし彼女の身体は既に不規則に動く炎やロノアの刃が掠り続け、無視できないダメージが蓄積している。

 

(………ジリ貧 ってヤツだよね これ…………!!!

攻撃は重くは無いけどそれをカバーできるくらいに速い!! それに……………!!)

 

ブレーブをここまで苦戦させたのはロノアの力量はもちろんの事、大量のチョーマジンによる補助の部分が大きかった。

ブレーブが攻撃を避けようとした所にチョーマジンが立ちはだかったり不規則に動く筈の炎の軌道を読んでブレーブの行動範囲を巧みに制限している。

エミレとの練習試合で自信を取り戻し、そしてその経験が活きているのは確かだが、それと同時にロノアには一対一の練習試合では経験できない要素が含まれている事もまた事実だ。

 

(………この人は(ほぼ)間違い無くたくさんの勇者を殺した人!!!

今までは()()()殺人犯に殺されるのは嫌だって思ってたけどまさかヴェルダーズの息がかかってる人だったとはね………………!!!

まぁそれは今はいいんだよ。

問題はどうやってこのジリ貧の状態を何とかするか………………

 

!!!)

 

ロノア達が反撃を警戒して様子を伺っている数分間でブレーブはこの包囲網を切り抜ける策を思い付いた。

それは『まだヴェルダーズ達が()()()()()()を繰り出す事』だ。

 

「……………おい、なんだそれは?」

 

ブレーブはは顔の横で腕を交差させて剣を構え、低い体勢を取った。練習試合でエミレが初撃で仕掛けた高速の突きを繰り出す構えだ。

 

(チャンスは一回切り。

あの人の剣が届かなくなる位近くまで飛び込んで、そこにこの解呪(ヒーリング)の剣を叩き込む!!!!)

 

「………………いつまでそうしているつもりだ?

面倒だ。 おい、始末しろ。」

(今だ!!!!!) 「!!!!?」

 

ブレーブは両脚に今自分が出せる最大限の力を込めてロノアに強襲をかけた。一瞬で彼の腕の長さの(剣が届かなくなる)範囲まで飛び込んだ。交差する両腕という発射台に装填された剣はロノアの剣を持っている肩に向いている。

 

(利き手を使えなくすれば戦えなくなる筈!!!)

《プリキュア・ブレーブグングニル》!!!!!

 

即興でそう名付けられた突きはロノアの右肩に襲い掛かり、そして彼の右腕の機能を完全に停止させる━━━━━━━━

 

 

ガキィン!!!!!

「!!!!?」

 

ブレーブの突きは虚しくもロノアに弾かれた。

()()に剣を持って勝ち誇ったように笑みを浮かべるロノアを見ながらブレーブは ただ驚愕する事しか出来なかった。

 

(……………そ、そんな…………………!!!!

エミレちゃんの突き(ブレーブグングニル)が見切られた…………………!!!!?)



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225 勇者の窮地に現れる影!! ベールを脱ぐ龍と刃!!! (前編)

「グフッ!!」

 

防御をかなぐり捨てて繰り出した突きを弾かれたブレーブは受け身を取る事も忘れて背中から地面に倒れた。しかし彼女にとって一番重要なのは背中の痛みよりも周囲を囲む膨大な数の敵よりも攻撃を見切られた事だ。

 

「………………………!!!!!」

「……勇者ともあろう者が無様な格好を晒すな。

たった一度 攻撃を防がれただけでその動揺ぶり。やはりその程度か。」

 

起死回生を狙って繰り出した攻撃を容易く防がれたブレーブの息は目に見えて上がっていた。ロノアに喉元に剣を突きつけられても尚 反撃しようとする気持ちすら湧いてこない。突きを弾かれた驚きと動揺がそれを邪魔しているのだ。

 

(は、反撃……!! 今は何か反撃しないと!!!

なんでエミレちゃんの突きが見切られたかなんて今はどうでもいいでしょ!!!

この剣を何とかしないと 本当に、本当に私…………………!!!!)

「反撃する気力も失せたか。

ならもういい。()()より少し早いが、お前の首を貰い受けるとしよう。」

「!!!!!」

 

ロノアは剣を両手で持ってブレーブの首を狙って身体全体を使って振りかざした。反撃する時間も抵抗する時間も与えることなくロノアの剣がブレーブの首を両断する━━━━━━━━━

 

「「!!!」」

 

その瞬間、二人は上空から誰かが降ってくる気配を察知し、戦闘中にも関わらず視線を上に向けた。

 

(だ、誰!? ギリス!!? 団長さん!!?)

(誰かは分からんが不測の事態。こいつの首を取るのは後だ!!!)

 

ズドォン!!!! 「「!!!!」」

 

ロノアが後ろに跳んだ瞬間、()()()()はその場所に剣を突き立てた。土煙が晴れた瞬間、()()()()の意外な姿に二人は驚愕の感情を顔に出した。

 

「…………………………!!!」

「………お、お前は………………!!!」

 

その人物は、ギリスでもオルドーラでもなくタロスだった。ブレーブを背に庇い、黒い剣を両手で構えてロノアと対峙している。

 

「……………馬鹿な。

魔王ギリスならいざ知らず、ただの団員に過ぎないお前が何故 陛下の催眠魔法を破った…………!!?」

「催眠魔法?道理でおかしいと思ったぜ。

どんなに呼び掛けても誰も起きやがらねぇんだからな。」

「質問に答えろ。

陛下の魔法を破るなど、何者にも()()()()()ぞ………………!!!」

「許されない? 訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ。

……そうだな。その質問に答えるとしたら、きっと()()()のおかげだろうよ!!!」

『!!!!?』

 

タロスは剣を横方向に構え、全身に力を込めた。その時のブレーブとロノアの目には有り得ない光景が映った。

 

「馬鹿な………………!!

お前はまさか………………!!!」

「タ、タロス君!! これって……………………!!!!」

「ああ。こいつが俺の贈物(ギフト)》だ。

あちこちで火がメラメラ燃えてるおかげで全力が出せるぜ!!!」

 

二人の目はタロスの影が変形して細長くなり、そして立体化して牙の生えた口と翼を携えた生物の姿に変わった光景を見届けた。

 

「………馬鹿な。そんな事が有り得るのか………!!!?

団長を差し置いてただの団員が究極贈物(アルティメットギフト)を持つなどと……………!!!!」

「ああ。だから団長には教えてるけど人前じゃ使わねぇようにしてるんだ。

こいつが俺の贈物(ギフト)影之龍王(バハムート)》だ!!!!」

 

影之龍王(バハムート)

龍王系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の影から独立した自我を持つ龍を召喚する。

 

『…………た、たろ す……………!!

コイ ツラ、喰ッ テ 良 イノカ…………!?』

「ああ。ちょっとあいつに聞くこと聞いたら好きなだけ暴れていいからよ!!」

 

タロスの影から現れた龍のたどたどしい口調にそう答えた。

 

「んで、お前らはあれか?

ここに来るまでにバケモンがうようよしてたって事ァヴェルダーズって奴の差し金か?」

「後ろにいる奴に聞け。

それと親切のつもりで言ってやるが私達の目的はそこにいる勇者の首一つだけだ。その目的さえ達成出来れば今日は帰っても構わない。」

「………そう言われて はい分かりました。 って従うとでも思ってんのか?

俺ァもうこいつらの立派な仲間なんだよ!!!!」

 

タロスは地面を蹴ってロノアに強襲をかけた。

その背中を追うように影の龍も逆方向から追撃を狙う。

 

「………私の忠告を無下にして突撃とは愚かだな。まだ私の贈物(ギフト)も知らないというのに!!!」

「!!?」

「な、なにあれ!!?」

 

ロノアは背中から一本の剣を取り出した。しかしそれはもう片方の手に持つ物より長さはあれど刃が全て錆に覆われてとても使い物になるようには見えない。

 

「これが私の究極贈物(アルティメットギフト)、《武装之神(ヘパイストス)》だ!!!!!」



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226 勇者の窮地に現れる影!! ベールを脱ぐ龍と刃!!! (中編)

タロス・アストレアの究極贈物(アルティメットギフト)影之龍王(バハムート)

彼がそれを使ったのはこの夜が初めてでは無い。彼が魔法警備団に入団してしばらく経った時の任務でも影の龍はこの世に顕現している。

 

その時の任務でタロスに命を救われた森林研究家 マング・フォレス氏(64)は当時の様子を関係者に語っている。

 

 

 

***

 

 

「私が襲われたのは巨大なオークです。

その時の私はどうやらオークの縄張りに入ってしまったらしいんです。それでかなり怒りを買ったようで、何度も追い回されました。それこそ死を覚悟しましたよ。

 

そんな時に魔法警備団の方達が駆けつけてくれたんです。しかしそれで危機が去った訳ではありませんでした。オークが配下のホブゴブリンを大量に呼び出して全面衝突になりました。

ゴブリンをいくら倒してもオークが生きているなら安心はできませんよ。こういう言い方は失礼かもしれませんがやはり駄目かと思いました。

 

その時です。私は信じられないものを見ました。

その時の警備団の中で一番若いであろう少年の身体から得体の知れない()()()()現れたんです。そして()()はこの世のものとは思えない程の咆哮を上げて魔物達に襲い掛かりました。職業柄 魔物も結構見てますがあんな恐ろしい鳴き声は聞いた事がありません。

 

覚えているのはそこまでです。気を失ってしまいましたから。

ただ一つ言えることがあるとすれば目を覚ました時に、そこらじゅうに()()()()が散乱していたという事くらいです。」

 

 

 

***

 

 

 

「はい。それであんたもお終いだね。」

「…………!!! (魔法無しでこの数はヤバい!!

一旦 躱すしかねェ━━━━)」

『ゴルオォォォォォォ!!!!!』

『!!!!?』

 

オルドーラの命が奪われるか否かの瀬戸際でその咆哮は鳴り響いた。不意に鼓膜を振るわされてその場に居た全員が鳴き声の方向に視線を向ける。

 

「な、なに!!? 今の声!!!」

「(…………()()()になったのか。)

そうだな。俺から言える事があるとすりゃ その大層な力はお前らの専売じゃねぇって事だ。

俺よか少しだけ弱いけどな。」

「!?」

 

オルドーラが魔法は贈物(ギフト)に引けを取らないものであるという考えを持つようになった根拠の一つとしてタロスの《影之龍王(バハムート)》に魔法で白星を勝ち取った事が挙げられる。

 

 

 

***

 

 

 

過去の実績が示す通り、タロスの(バハムート)にはオークの群れを容易く斃す位の力量は備わっている。目の前の少年の強さが当時のオークとどれくらいの差があるのかは分からないが、それでも彼に出来る事は新しい仲間である蛍を少年から守る事だけだ。

そして同時に魔法警備団の一員として少女の首に凶刃を振るうような者を見過ごす事など出来る筈が無かった。

 

(こいつがどれくらい強いかは分からねぇが、それでもこいつを思いっきりぶつけるしかねぇ!!!!)

『行くぞ 影之龍王(バハムート)!!!!』

『オ゙ウ!!!!』

 

タロスが狙ったのは少年の剣だった。武器の破壊が最も流す血を減らして問題を解決できると判断した。

しかし、少年はタロスの望み通りには動かなかった。今まで使っていた剣は下ろしたまま背中からもう一本の錆びれた剣を抜いた。

 

そして自分の究極贈物(アルティメットギフト)の名前である《武装之神(ヘパイストス)》を口にすると、彼が持っている剣が光に包まれてその姿を変えた。

剣が光に包まれていた時間は一瞬だったが、その一瞬が過ぎると二人の目には()()の剣が映った。刀身に纏わりついていた錆は全て取れ、以前よりも一回りほど大きくなっている。

 

「け、剣が()()()()……………!!!?」

(あれも究極贈物(アルティメットギフト)か………!!!

得体が分からねぇが、それでも突っ込むしかねぇ!!!!)

「………この剣はここに来る時に落ちていた物だ。ただの安っぽい鈍だが私が使えば、

ここまでになる!!!!!」

 

ガキィン!!!!! 「!!!!?」

 

ロノアは両手に持った剣を振ってタロスと影之龍王(バハムート)の同時攻撃の両方を迎撃した。迎撃の衝撃で吹き飛ばされた二人(一人と一体)は距離を取って着地する。

 

「………それがお前の究極贈物(アルティメット)か…………!!

見たところ 武器関係みてぇだな………………!!」

「………………」

 

ロノアは答えなかったが、タロスの予想は当たっていた。

 

武装之神(ヘパイストス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:手にした武器を最高の状態に改良する。

手にした武器を使いこなせるようになる。



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227 勇者の窮地に現れる影!! ベールを脱ぐ龍と刃!!! (後編)

(………………… !!

な、何やってるの私!! まだまだ動けるんだからタロス君に加勢しないと!!!)

 

自分の技を初見で見切られた事、タロスが参戦してきた事、タロスが究極贈物(アルティメットギフト)を発動させた事、ロノアも究極贈物(アルティメットギフト)で対抗した事。

短い時間で様々な事に直面しブレーブの思考は完全に停止していたが自分が何をするべきかを思い出した。剣の柄を握りしめてロノアに向かって駆け出す。

 

「はぁっ!!!」 「やぁっ!!!」

「!!!」

 

半ば必死になっていたブレーブとタロスの刃は偶然にも発動する瞬間が完璧に一致し、受け止めたロノアの表情に曇りが見える。

その後も必死に振るう二人の連撃を両手の剣でいなし続けるが彼の心情は穏やかではなかった。

 

(想定内とはいえ二対一は流石に厳しいな………。

一度空に浮いて制空権を取るか…………!)

「!」

 

タロスが一瞬の隙をついてロノアの背後に回り込んだ。それが意味する事を瞬時に理解したロノアは左右どちらにも対処できるように両者に対して半身の姿勢を取る。

 

『おりゃあっ!!!!』

ガキィン!!!! 『!!!』

 

ブレーブとタロスの刃の振りはまたしても完璧に一致してロノアの首に襲いかかったが両方の攻撃を受け止めた。

しかしタロスは次の一手を既に発動していた。

 

「行け!!! 《影之龍王(バハムート)》!!!!」

「!!?」

 

ロノアの足元に黒い影が浮かび上がり、そこから影之龍王(バハムート)が大口を開いて襲いかかった。しかし龍の牙に捉えられたと思われたロノアの脚は地面から離れて宙に浮かび上がり、そのまま戻ってくる事は無かった。

ロノアは空を飛んだのだ。

 

「…………………!!!」

 

ロノアの背中には昆虫のような翼が生えて空中に足場を作ったかのように不敵に佇んでいた。

タロスは想定していたが 倒し切るチャンスを逃した と歯噛みする。

 

「(当然っちゃ当然か!! 風妖精(エルフ)が空飛んで何処がおかしいんだって話だ!!!)

………んな所に居て勝ち誇ったような顔してんな!! そんな所じゃご自慢の剣も意味をなさねぇだろ!!!」

「………確かに。これだけ離れていたら剣は使えない。

だが、剣だけが私の分野では無い。風妖精(我々)が普段何を使うか習った事は無いのか?」

『!!!?』

 

ロノアの持っていた二本の剣が光に包まれて姿を変えた。今まで起こっていた事の大半は二人にとって想定内だったが、この変化には驚かされた。

光が晴れたロノアの両手には剣ではなく()()が握られていたのだ。

 

「ヤ、ヤバい!!! 避けろ!!!!」

「う、うわわっ!!」

 

ロノアは一瞬の内に何本もの矢を二人に向けて放った。二人は地面を転がるようにして避けるが突然の出来事と猛攻によって冷静な判断を下す時間を奪われる。

 

「(なるほどなぁ……!!

武器の最高の状態はその場その場で変わるって訳か!!! その上風妖精(エルフ)と言やぁ弓のエキスパート!! なんだってこんな簡単な事に気付けなかった!!!)

ホタル!!! 逃げてばっかじゃ埒が開かねぇ!!!

反撃出るぞ!!!」

「えっ!!?」

 

声の方を見るとタロスの側からは影之龍王(バハムート)が消えており、その代わりの変化として彼の持つ剣の刃が黒く変色していた。

 

「タ、タロス君!!? それって━━━━」

「質問は後だ!!! また矢が来るぞ!!!」

「!!!」

 

ロノアは既に矢の装填を完了させており、再び二人に向けて矢を放った。矢が放たれた瞬間にタロスは身体を捻って技を発動する。

 

「《影紆峰(ディスターヴ)》!!!!!」

「!!!」

 

タロスが剣を振ると、その軌道の形に黒く歪曲した物が展開されて盾となり、ロノアの矢を防いだ。それを見てブレーブは瞬時に一つの結論を出す。

それは剣に影之龍王(バハムート)が宿って影の盾を展開した というものだ。

 

「…………成程。それがお前が()()()贈物(ギフト)の使い方か。」

「その通りだ。こんなんで良けりゃまだまだあるぜ!!!」

 

タロスは再び全身に力を込めた。すると剣に宿っていた影が今度は背中に移動し、そして線対称に広がりながら伸びた。

タロスの背中に発現したそれは見紛うこと無く《翼》だった。

 

「………更に《影之龍王(バハムート)の翼》か…………………」

「そうだ!!! これでお前と同じ土俵()まで行けるってもんだぜ!!!」

 

ブレーブはまだ知る由もない事だが贈物(ギフト)は持ち主の技量や発想次第で時に能力の新たな使い方や()()()()()()を発現させる事があるのだ。



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228 龍の翼を宿す少年!! 龍と妖精の空中戦!!!

「いつまでもいつまでも高ぇとこから人を見下せると思ってんなよ!!!」

 

「!!」

 

 

タロスが翼を羽撃かせると、彼の身体は一瞬の内に地面から離れてロノアと同じ高度まで至った。[[rb:影之龍王>バハムート]]という一人分の戦力を犠牲にする事で得た飛行能力だと ロノアはそう認識した。

 

 

(今は他のみんな全員眠っちまってる!! んでもって勇者のヤツは空を飛べねぇ。

つまり今こいつと戦えんのは俺一人って訳だ!!

しかもこいつに下手な小細工は通用しねぇ。

やれるのは今、悠長に弓構えてるこの一瞬しかねぇ!!!!)

 

「おっりゃあっ!!!!!」

「!!!!」

 

タロスは影の翼で空気を弾き飛ばし、自身の推進力に変えた。その速度でロノアが構えている弓が機能を失う距離まで詰め寄り、その胸を剣で一太刀にする。

それで森の火事やチョーマジン達がどうにかできる保証までは無いが少なくとも戦況はこちらに有利になる━━━━━━━

 

「!!!!?」

「そ、そんな!!!」

「隙をつけば一泡吹かせられると考えたのだろうが、生憎私にそんなものは少しも無い。」

 

タロスが剣を振った次の瞬間、彼の視界に映ったのは()で攻撃を受け止めるロノアの姿だった。

タロスがロノアの胸を切りつけるために彼に詰め寄り刃を振るったのはほんの一瞬であり、ロノアはその一瞬で手に持った弓矢を再び剣に変えてタロスの攻撃を受け止めたのだ。

 

(嘘だろ!!!?俺の全速力だぞ!!!

いくらなんでも早すぎんだろ!!!)

(伊達に陛下の魔法を破ってはいないようだな。事実距離を詰めるまで一秒もかかっていない。

陛下が何故この男一人の足止めに僕を任命したのか漸く分かった。)

 

「!!!」 ガキンッ!!!

「!! タ、タロス君!!」

 

ロノアのもう片方の手に握られていた剣がタロスに襲い掛かった。刃自体は間一髪の所で受け止めたがその衝撃は重く、防御の上から軽々と吹き飛ばした。

 

「~~~~ッ!!!」

「体勢を立て直す時間は与えてやらん!!お前の首を勇者の隣に並べてやる!!!!」

「させないよっっ!!!!」 「!!!?」

 

タロスに引導を渡すために強襲をかけるロノアにブレーブが立ちはだかった。空を飛ぶための翼は持っていないが、戦ウ乙女(プリキュア)の身体に持たされた驚異的な脚力が彼女の身体をロノアが立っている場所まで連れて行った。

 

「お前……!!」

「あなたみたいな羽は無いけどジャンプなら負けないよ!!!」

「私が驚いているのはお前の愚かさにだ!!!

空も飛べんただの人間なぞ叩き落として終いだ!!!!」

 

ガキィン!!!! 「!!!!」

 

ロノアは自分の発言を現実にするかのようにブレーブに向かって強引に剣を振り下ろした。踏ん張る地面のないブレーブの身体は何の抵抗も無く地面に向かって急降下する。

 

「地に足つけねばろくに戦うこともできない勇者なぞ恐れるに足らん!!」

「…確かに一瞬攻撃するのが精一杯かもね。だけどそれで十分。

そうでしょ⁉ タロス君!!!」

「おう!!!!」

 

ザシュッ!!!!! 「!!!!!」

 

タロスの言葉を聞いた瞬間、ロノアの翼に風穴が空いた。タロスの黒い剣が伸びて翼を貫いたのだ。

 

(ば、馬鹿な……!!!! これも影之龍王(バハムート)がなせる技だとでもいうのか………!!!)

 

穴が空いた翼からは空気が抜け、ロノアの身体は強制的に傾き、空中で体勢を保てなくなる。タロスはそれを見逃さずにブレーブに激を飛ばす。

 

「今ならやれる!!! 行け!!!!」

「うんっ!!!!」

 

ブレーブは再び脚に筋力を込めて解き放ち、無防備になったロノアに剣先を向けて強襲をかけた。解呪(ヒーリング)を込めた剣で今度こそロノアの身体の機能を完全に奪うと強い決意を乗せた攻撃だ。

 

「(おのれ!! やむを得ない!!!)

狙撃班、撃ち落とせ!!!!」

「!!!? うわっ!!!」

 

ロノアがそう 声を張り上げた瞬間、森の中から魔力の塊が数発放たれてブレーブに襲いかかった。何とか反応して全弾を弾き飛ばしたがそれによってロノアを攻撃する機会を失う。

 

「………………!!!」

「な、なんだありゃ………………!!!!」

 

森の中から姿を現したのは十数人の人型の魔物だった。その全員が身体の周りに紫色の瘴気を纏い、手に杖を握っている。ブレーブが驚いたのは彼等が先程 馬と共に現れたチョーマジンとはまるで違っていたからだ。

 

(人を基にしたのはさっきも見たけどそれとはまるで違う!! それよりもっと怖くてもっと強そうな……………!!!)

「この手だけは使いたくは無かったが致し方ない。 無知なお前達に教えておいてやる。

チョーマジンには稀に人間を素体にすることで生まれる上位種が存在する。それがこいつらだ。

名前を《影魔人(カゲマジン)》という!!!」



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229 ロノアが仕掛けた作戦!! 包囲網突破作戦開始!!

影魔人(カゲマジン)

それはチョーマジンの中でも人間を素体として生み出した時に稀な確率で発生する上位種である。

影魔人(カゲマジン)は身体的特徴として通常のチョーマジンより体格が小さくそれは普通の人間と遜色ない程度だが、その強さはチョーマジンとは比肩する事も出来ない。

ブレーブ、そしてタロスがその存在を知ったのはこの時が生まれて初めてであり、ヴェルダーズを知る者達からも知らされていなかったのはそれが理論上のみの存在であり、机上の空論と言って差し支えない程度の信憑性しかなかったからである。

 

しかし今はその影魔人(カゲマジン)が大量に二人の前に出現し、ロノアの口からその存在の概要が語られた。三人(二人と一匹)掛かりでやっとロノアと渡り合えるような状態にチョーマジンの上位種が数えきれない程出現した事の意味するところは容易に想像できる。

 

「チ、チョーマジンの、上位種………………!!!!?」

「テメェ……!!! ウチの団員 バケモンに変えたってのか………………!!!!」

そうだ。これだけ良い素体が見つかった事にだけは素直に感謝しよう。

……だが同時に()()()()()()でこんな()()()な方法しか出来なくなったのもまた動かし難い事実だ……!!!」

『⁇』

 

ロノアが言ったことはアルカロックの戦いで散っていったギンズ・ヴィクトリアーノの事である。

彼は究極贈物(アルティメットギフト)を扱える存在ではなかったがその一方で見た人間が影魔人(カゲマジン)になるか否かを判別できる贈物(ギフト)の持ち主であり、ヴェルダーズ達の中でも重要な役割を担っていた。

 

「親切のために言っておくとこいつらを()()為には通常の倍以上の解呪(ヒーリング)を有する。あるいは私を斃すかのどちらかしか方法はない。

これがどういう意味か分かるか?」

『!!』

「(やるぞブレーブ!!)」

「(うんっ!!)」

 

ブレーブとタロスはアイコンタクトだけで互いの作戦を伝え合った。

タロスが一対一でロノアと戦い、ブレーブが影魔人(カゲマジン)を引き付けてその間の時間稼ぎをするというものだ。

 

「るぁッ!!!」 ガキィン!!!

「!!!

やはりそう来るか。」

 

タロスがロノアに向かって剣を振り下ろした。その攻撃は軽く受け止められたが二人にとっては反撃の狼煙という重要な意味を持っていた。

 

「ブレーブ!! こいつは俺が相手をする!!!

そいつらは任せた!!!」

「うんっ!!!!」

 

ブレーブは剣に加えて《強固盾(ガラディーン)》も展開し完全な防御の態勢に入った。

タロスがロノアを倒して団員達を解放するまでの時間を稼ぐ決意を固めた。

 

(来るっ!!!)

 

影魔人(カゲマジン)の内の一体が杖をブレーブの方に向けてその先に魔力を込めだした。赤色の魔力の渦は次第にその形を変え、人間の拳程の大きさの炎の塊となって発射された。

 

(こ、これなら行ける!! ガードできる!!)

 

顔面を《強固盾(ガラディーン)》で完全に覆い隠してブレーブの防御態勢は完全なものとなった。余裕で勝てるとは思っていないがこの程度の攻撃なら何発来ようと時間稼ぎの役目くらいは果たす事が出来るという確信に近い何かがあった。

 

 

「……………甘いな。」 「!?」

ドガァン!!!!! 「!!!!?」

 

影魔人(カゲマジン)が放った魔法がブレーブに着弾する直前にロノアの口からぼそりと言葉が漏れ、そしてその現象は起こった。

火球がブレーブに着弾した瞬間、一気に膨張して巨大な爆発となって高温の炎と爆風が襲いかかった。

吹き飛ばされたブレーブの身体はそのまま燃え盛る木の幹に背中から叩きつけられた。

 

「ガッ……………!!!!」

「ブレーブ!!!! 今行くぞ!!!!」

「させん。」 「!!?」

 

ブレーブの加勢に入ろうと踵を返したタロスの足首をロノアが掴んで止めた。

 

「テメェ!!」

「私とサシの勝負がしたいのだろう?

ならば望み通りにしてやる!!!」

「!!!」

 

ロノアは空中で身体を強引に捻ってタロスを力任せに投げ飛ばした。更にそこから猛追を掛けてブレーブを完全に孤立させる。

 

「〜〜〜〜〜!!!

(は、早く!! 早く防御を…………!!!)」

 

ブレーブは尚も防御を固めようとしたが先程の防御を易々と突破された衝撃と背中への打撲がそれを困難なものにしていた。

そんな事を待つ筈もなく中心に居た一体の影魔人(カゲマジン)が喉から声を出した。

 

『…………………ゴゴ、

ゼ、全隊、構エ…………!!! 撃テ!!!!!』

「!!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の呂律の回らない指示によってその場にいた全員が一斉に火球を放った。



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230 混沌の森に差す魔力!! 勇者と魔王を襲う凶刃!!!

大量の影魔人(カゲマジン)が放った火球は言うまでもなく先程ブレーブを一発で吹き飛ばした威力を発揮したものと全く同じである。それが意味する事はブレーブの確実な敗北だ。

つい数時間前まで勇者連続殺人犯に怯えていた彼女だったが凶器と化した火球を前にしたブレーブの心情は意外にを穏やかだった。

 

 

ズバババババババババッ!!!!

「!!!!?」

 

次の瞬間にブレーブの鼓膜を震わせたのは火球が爆発する音ではなくその火球を()()()()音だった。

目を開けると、そこには火球は無く一人の男が立っていた。

 

「……全く。ちょっと惰眠を貪らされた間にこんな事態になっているとはな。

あまつさえこんな()()()()()まで引っ張り出してくるとは。どこまでも救えん連中だ。

で、大丈夫か?」

「……………………!!!!

ギリス!!!!」

 

ヴェルダーズの催眠魔法にかかっていたギリスが遂に目を覚ました。ブレーブにとって彼は全幅の信頼を置く存在であり、彼の復活はもはや立ち込める暗雲を割って差し込む希望の光にすら感じられた。

 

「心配しなくても状況は既に把握している。

敵は少なくとも二人以上。此処の魔導士を大量にチョーマジンに変えた(戦力に引き込んだ)ようだな。」

「二人!!? ホントなの!?」

「あぁ。間違いない。

さっきからオルドーラの奴が魔力をドバドバ垂れ流している。寧ろ気付かなかったのか?」

「そ、そう? ごめん 全然気付かなかった。」

「まぁ無理もないだろ。かなり切迫していたようだしな。」

「そうだ! そうなの!!

ギリス、言っとかなきゃいけない事があって━━━━━━━━」

 

 

 

***

 

 

 

ブレーブは敵の一人がロノアという風妖精(エルフ)の少年である事、彼の贈物(ギフト)の詳細、そして今タロスが交戦中である事を話した。

 

「んで、タロス君も究極贈物(アルティメット)持ってたの。影からドラゴンを作って━━━━━━━━」

「影のドラゴン? という事は《影之龍王(バハムート)》か!」

「えッ!!? なんで分かるの!!?」

「現役だった時に大方の贈物(ギフト)は頭に叩き込んでいる。」

「そ、そうなんだ…………」

 

 

 

 

*

 

 

 

《警備団本部の近くの森 オルドーラが居る地点》

 

『!!!?』

 

オルドーラが魔法を封じられて身一つでチョーマジンを食い止めている最中に、彼とサリアは同時にその強大な魔力を感じ取った。

 

「……今のって………!!」

「ああ。お前が思ってる通りだ。どうやらツキは俺達に向いてるみてぇだ。

魔王サマの復活だ!!!!」

「……………………!!

(こんなに早く催眠を破るなんて! やっぱりヴェルダーズ様が最優先で警戒するだけのことはある!!

…だけどちょっと予定より早いだけでこうなる事は想定済み。ツキならこっちにもある!!)」

 

 

 

*

 

 

 

警備団本部の森の中でもまだ火の手が回っていない程遠くの場所にその人物はいた。

その人物は魔王ギリスの覚醒、即ち自分の出番が来た事を理解した。

 

「…………もう目ぇ覚ましやがったか。予定より五分も早ぇじゃねぇかよ。まぁいいか。俺も行くとするか。

勝てるかもって思った絶好のタイミングで()()()をぶち込んでやるぜ。

ヒヒ。あいつのゲドゲドにビビり散らかした表情(ツラ)」をこの目に拝んでやるぜ!!!」

 

 

 

***

 

 

 

「敵の頭数は少なく見積もっても数十体はいそうだな。とてもじゃないがこいつら全員を解呪(ヒーリング)して回るのは現実的じゃない。

だからこいつらは一旦俺の魔法で拘束する。お前には援護を任せていいか?」

「う、うんっ!」

 

ギリスに言うのは憚られるがとてもこの大量のチョーマジン(と影魔人(カゲマジン))を真っ向から相手する自信は全くと言っていいほどなかった。その意味では拘束という提案は願ってもない申し出だった。

 

「ブレーブ、今から少し気を張るぞ。」

「うんっ!!」

 

ギリスは身体に魔力を込めてその姿を青年に変えた。

全身に巡る魔力を両手に集中させて地面に炸裂させ、チョーマジン全員の足元に魔方陣を展開した。その魔方陣から紫色の鎖が飛び出し、全員を縛り上げて動きを止めた。

 

「……す、すごい…………!!!」

「こいつは俺が生まれて初めて自力で作り出した魔法だ。随分感慨深いな。まさかこんなものがまた日の目を見ることになるとは。

こいつで足止めできるのはもって数十分が限界だ。その間に二人で奴らを退けるぞ!!!」

「分かった!」

 

『いや、すぐに一人だ。』

『!!!!?』

 

後方高くから聞こえた声に視線を送るとそこには宙に飛び上がった人影があった。

炎と月の逆光で顔は分からないが特徴として背中に携えた巨大な刃物が不気味な光を放っていた。

 

「お前の首を貰いに来た!!!! 往生しろや!!!!!」

「!!!!!」

(だ、ダメ!!! まだ体勢が………………………!!!!)

 

その人物は二人に向かって墜落するかのように距離を詰め、手に持った巨大な刃物を振り下ろした。

身の丈もありそうな巨大な凶刃はブレーブの身体を深々と両断する

 

 

ズバッッ!!!!!

「!!!!!」「!!!!!」

 

凶刃はブレーブではなくギリスに襲い掛かった。ギリスが咄嗟にブレーブをかばって攻撃を受け止めたのだ。

ブレーブの目が捉えたのは全幅の信頼を置く魔王から鮮血が噴き出す、夢にも思わなかった光景だった。



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231 魔王ギリス 地に伏せる!!! 変幻自在の狂気の刃!!

ブレーブは目の前で起こっている光景を処理できないでいた。

ギリスは彼女にとって絶対的な強さを持つ頼れる存在であり、そんな彼がこの戦いで負傷するなど有り得ないし、彼女にとってあってはならない事だった。

しかし現実は異なり、ギリスが凶刃に斬られて胸から血を流している。そして地面に倒れ伏したところでようやくブレーブは状況の処理と行動の実行を可能とした。

 

「ギ、ギリス!!!!!」

 

転びそうになりそうな焦燥感に駆られながらギリスに駆け寄った。しかしその目は開くことは無く胸に割れた傷口から止まる気配が無いほど出血している。

 

「ギリス!!!!! ギリス起きてよ!!!!!

いつもみたいに自信満々に戦うのがギリスでしょ!!!!? ねぇ!!!!!」

「無駄だぜ。そいつはもう目を覚まさねぇ。」

「!!!!」

 

ブレーブはこの時に初めて襲撃人の外見的特徴を確認した。

両手に身の丈程もある()を持ち、フード付きのコートに身を包んでいる。そして被ったフードの隙間から見える顔は彼の素顔ではなかった。

 

「…………ど、ドクロの仮面……………………!!!??

ま、まさか!!! まさかそんな………………………………!!!!!」

「そうだ。俺が()()さ。」

「!!!!!」

 

その人物は身に纏っていた仮面とコートを強引に脱ぎ捨て、その本性を露わにした。

頭の上で結わえた黒髪に切れ長で充血した目を持ち、その身体は針金のように細く必要最低限の筋肉すらも有るか無いかといった具合である。

しかしブレーブはそれを気にはしなかった。それ以上に衝撃的な特徴を彼が持っていたからだ。

彼の全身は顔まで緑色に染まっており、上半身には()()の腕が生えていた。

 

「……………………!!!!!」

「どうした? このナリが不気味に見えるか?」

 

ブレーブは動揺故に目の前の男を解析(アナライズ)する事を忘れていたが、言うまでもなく彼は人間ではない。

昆虫の特徴と高度な知能を合わせ持った《蟲人族(ちゅうじんぞく)》。それが彼の分類である。その中でも彼は蟷螂(かまきり)の特徴を持っている存在だ。

 

「カ、カマキリ………………!!?」

「そうさな。さしずめそんなところだ。

だが驚くような事じゃねぇだろ? お前らのお仲間にいる()()()()()()と同じさ。」

「!!!」

 

ブレーブは彼が(故意に)滑らせた口を聞き逃さなかった。この瞬間に彼女の中で一つの疑惑が確信に変わった。

 

「ミ、ミーアちゃんやリナちゃんを知ってるってことはやっぱり…………………!!!」

「おう。ちょっとヒントをくれてやるつもりで言ったが聞き逃さなかったか。

そうだ。俺は《ガミラ・クロックテレサ》。ヴェルダーズの親父のために働きながら勇者共の首を(こいつ)で狩ってんのはこの俺だぜ。

命令ついでにお前の首()狩っておこうか。勇者。」

「!!!!」

 

ガミラの冷徹な目はブレーブの命に狙いを定めていた。ギリスだけでなくブレーブもここで始末するつもりだ。

ギリスの負傷と連続殺人犯の登場という彼女にとって最悪の出来事が立て続けに起こりブレーブの動揺は過去最悪になっていたが、それでも一つ確信していることがあった。

 

(……あの鎌は贈物(ギフト)とかじゃないから近距離でしか使えないはず……!!

一度離れて回復できる人と合流できればなんとかなるかも……………………!!!)

 

ギリスの回復に賭けると決めたブレーブの判断は早かった。

ギリスを抱えたままガミラに向かって横方向に走り出す。チョーマジンを避けて一気に森を抜ける作戦だ。

 

「おいお前ら、そいつを逃がすな。」

「!!」

 

ガミラが顎をしゃくりながらチョーマジン達に指示を出し、ブレーブの前に立ち塞がらせた。しかし彼女にとってこの状況の変化は想定内だ。

 

「(全部出し切ってでもここを突破する!!!!) 《解呪(ヒーリング)》!!!!!」

「!!」

 

ギリスを片手で抱えたままのブレーブが持つ剣の刀身が光に包まれた。

そのまま身体を振るって《解呪(ヒーリング)》のエネルギーをぶつける。光に包まれて確認はできないが自分の前にがら空きの道が出来た。そうブレーブは確信した。

 

(これで道ができた!!!

この森を抜けられれば本部に行ける!!!! 誰でもいいから回復系の魔法が使える人に━━━━━━)

「ッ!!!!?」

 

森を抜けられると確信した瞬間、ブレーブの首に強烈な力が加わった。それこそ彼女の身体が戦ウ乙女(プリキュア)でなければ今の衝撃で首の骨が折れてしまいかねないと思うような強い力だ。

視線を送るとブレーブの首に紫色の()が巻き付いていた。

 

(く、鎖………!!!? こんなもの、どこから………………………)

「そいつぁ俺しかいねぇだろ。」

「!!!!」

 

鎖はガミラが持つ鎌から伸びていた。ブレーブにとっては有り得ない事態が起こっていた。

 

(こ、これって()()…………………!!!!?)

「この鎌はモノホンだとカマかけてたみてぇだが当てが外れたな。

こいつは俺が親父からもらった究極贈物(アルティメットギフト)冥界之王(ハデス)》だ。

まぁろくに使いこなせなくてこんなチンケな能力になっちまってるがな。」

 

冥界之王(ハデス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:長さ、形状を自由に変えられる鎌を生成する。



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232 キュアブレーブ 背水の陣!! 悪魔の蟷螂 ガミラ!!!

「……………………!!!!」

 

ブレーブは首に巻き付いている鎖を引き剥がそうと掴みながら首に渾身の力を込めて必死に空気を吸い込んで難を逃れようとしていた。

しかしいくら喉に力を込めても入って来る酸素も出て行く二酸化炭素も微々たる量しかない。

 

「…このまま絞め殺す事ァ簡単だがそんなんじゃ芸がねぇ。こんな風にな!!!」

「!!!!」

 

ガミラは鎌に繋がっている鎖に念を送ってその形を変えた。鎖の長さがどんどん短くなり、それによってブレーブの身体も一気にガミラに向かって急接近する。

 

「こいつを喰らいな!!! オラァ!!!!」

「!!!」

 

ブレーブが自分の鎌の射程圏内に入った瞬間、ガミラは身体を振るって鎌を振り下ろした。

既に少年の姿に戻りつつあるギリスを抱えながらその凶刃を間一髪のところで躱す。

 

「甘ぇんだよ!!! もう一本行くぞ!!!!」

「!!!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ブレーブの目は異様な光景を捉えた。地面に突き刺さった鎌が光り、そして明らかに縮んだ。

そしてガミラの残りの三本の手に小型の鎌が握られていた。彼の鎌である《冥界之王(ハデス)》が変形して四本の鎌に変わったのだ。

 

「その首貰うぜ!!!!」

(やらせない!!!!)

究極贈物(アルティメットギフト)戦之女神(ヴァルキリー)》が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト)戦場之姫(ジャンヌダルク)》が発動しました。』

究極贈物(アルティメットギフト)奇稲田姫(クシナダ)》が発動しました。』

 

ブレーブはただ純粋に目の前の男と戦うという意思だけを胸に剣の柄を握る手に力を込めた。そこには最早 連続殺人犯や自分の死に対する恐怖が入り込む余地は微塵も無かった。

今の自分に出せる全力でガミラを迎え撃つ。

 

「ハッハッハッハ!! 粘れ粘れ!!!」

「…………………!!!」

 

身体を回転させ、両腕を鞭のように自在に振るってあらゆる方向から鎌の攻撃が襲いかかる。その全てを無傷で受け止めるがブレーブには一つ 懸念要素があった。

それはガミラは今 全力の内の何割の力を出しているのかという事だ。

 

「!!!」

 

頭が懸念に囚われようとした瞬間、奇稲田姫(クシナダ)がブレーブの頭に警告を送り込んだ。ガミラの鎌を間一髪で避けた瞬間、自分の腹に彼の蹴りが深々と突き刺さる光景だ。

 

「くっ!!!」 「!」

 

件の鎌の攻撃を避けるのではなく後方に跳んで事なきを得た。そうしなければ蹴りを受けて動きが硬直した瞬間に鎌で全身を切り刻まれていた事が容易に想像出来る。

 

(……………危なかった……………!!

やっぱ余計な事 考えながら戦えるような相手じゃないね。

ましてこっちにはギリスが居るんだし、気を抜かないようにしないと……………!!)

(今の動き、絶対に俺の行動を読んでやがった。

やっぱり親父の言う事に嘘はねぇ。《奇稲田姫(クシナダ)》、そんな大それた代物があいつに宿ってやがる……………!!!)

 

余計な事を考えてはならない。

それが分かっていながらもブレーブは自分の状況を見る事を抑えられずにいた。

 

現状 自分は重傷を負って少年の姿に戻ったギリスを抱え、自身もロノアとの交戦でかなり消耗している。

そして前方 三メートル程先にはガミラが鎌を構えて自分の首を狙っており、そして二人を囲むようにチョーマジン達が陣形を取っている。

 

チョーマジン達が攻撃してこないのはガミラがブレーブを倒すのに集中したいから、そしてチョーマジン達がブレーブの逃走阻止と外部からの増援の足止めに集中している事が大きいだろう。

 

(………これがジリ貧ってやつか…………!!

早くここを抜けてマリエッタさんにギリスを診て欲しいのに!!!

かといってもうチョーマジンをどうにか出来る解呪(ヒーリング)は残ってないし、無理に逃げようとしたら鎖で縛られるし、どうしたら………………………!!!!)

「どうする事も出来やしねぇよ。

お前に待ってる未来はここで首を落とされる その未来だけだ!!!!!」

 

ドッゴーン!!!!! 『!!!!?』

 

ガミラが猛攻を仕掛けようとした瞬間、二人の間に何かが墜落してきた。

 

「ってー………………

どんだけ吹っ飛ばされた? あのヤロー バカスカ撃ちやがってよー……………」

「だ、団長さん!!!!」

「お、勇者女。お前も起きてたのか。」

 

墜落してきたのはオルドーラだった。

今のブレーブにとっては最適解と言えるほど心強い援軍だ。

 

「あ? ってかお前、そのぐったりしてんのって━━━━━━━」

「!!!!! あ、危ない!!!!」

「おっ!!?」

 

ガキィン!!!!! 『!!!!』

 

ガミラが振り下ろした剣をオルドーラは炎の剣で受け止めた。

 

「お! やっと魔法が使える。

って それよりもよ、俺に斬りかかって来たって事ァお前もこの騒ぎの共犯ってことでいいのか?カマキリヤロー。」

「共犯? 違うなぁ。

俺が主犯(アタマ)だ!!!!」



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233 その名は死神之鎌(デスサイズ)!!! 冥界より生でし凶刃!!!

その場は水を打ったように静まり返っていた と、少なくとも目撃者であるブレーブはそう確信していた。

つい数時間前に圧倒的な魔法の実力を見せつけたオルドーラと、変幻自在の鎌の攻撃でギリスをも戦闘不能に追い込んだガミラ。

今まで様々な対戦を目撃してきたブレーブだったが、ここまでどっちが勝ってもおかしくないと思える組み合わせは未だかつて無かった。

 

そしてその緊張を伴った静寂もついに耳を劈くような金属音によって破られる。二人の剣が離れ、両者共に距離を取った。

 

「…………おいお前、一つ俺の質問に答えろ。」

「………何だ?」

「お前が持ってるその鎌、だいぶ血を吸ってるみてぇだな。今まで勇者共を殺して、んでもって今日の昼間も俺達にパーティーの遺体を送り付けやがったのは、お前か?」

「………………そうだ と言ったら?」

「言うまでもねぇ。俺の魔法()で丸焼きにしてやるよ。昆虫食はまだ経験ないけどな!!!!」

 

オルドーラは掌に赤色の魔法陣を展開して、ガミラに向けて炎を打ち出した。魔法の世界において基本中の基本と言える何の変哲もない火球の魔法だが、その規模は桁違いだ。

 

「バンバカ火の玉打ち出すだけかよ。

芸のねぇ野郎だ!!」

『!!!?』

 

ガミラは鎌を二本に変え、そして身体の前で高速で回転させた。ブレーブの目は一方の鎌が右向きに回り、もう一方の鎌が左向きに回っている事を捉えた。

二つの鎌が生み出す回転に炎が飲み込まれると、一瞬の内にその勢いを失って呆気なく消えた。

 

「……………!!!」

「どした?ハトが豆鉄砲喰らったような面しやがってよ。まさか今のが全力なんて事ァねぇだろ!?

俺ならもっと器用な事 出来るぜ。」

「!?」

 

ガミラは上半身を後ろに向けて()()鎌を振りかぶる構えを取った。オルドーラの目にはその行動が無意味に映った。

しかしブレーブだけはガミラの目論見を察し、無我夢中で喉から声を絞り出した。

 

(………なんだ? あんな短い鎌で何しようってんだ…………………)

「団長さん!!!!! 避けて!!!!!」

「!!!!?」

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「おわっ!!!!?」

 

オルドーラが咄嗟に上半身を後方に倒すと、視界には高速で通過する()()が映った。それがガミラの鎌であると理解するのに時間は必要無かった。

そしてオルドーラだけでなく、疲労困憊で座り込んでいたブレーブの上空も鎌は通過した。その直後、後方で大量の()()が崩壊する音がした。森の木が切り倒された音だ。

 

(……………………!!!!

何今の!!! 嘘でしょ………!!!?

いくら自由自在だからってあんなのデタラメ過ぎるでしょ……………!!!!!)

(…………今のァ流石にヤバかったな………!! ひっさしぶりに冷や汗かいたぜ……………!!!

あいつに声掛けられてなかったら今頃 素っ首吹っ飛ばされてた…………………!!!!!)

 

ガミラの手の中の鎌は既に先程と同じ長さに戻っている。しかし二人は既にガミラの射程距離に入っている事を理解していた。

 

死神之鎌(デスサイズ)

冥界之王(ハデス)》の鎌を最大限まで引き伸ばし、そして力任せに振り抜くガミラが持つ唯一の必殺技だ。

 

「…………なるほどな。良く分かったよ。

お前はその鎌で勇者共の首をバッサバッサと斬ってきたって訳か!!!!」

「さっきもそう言ったろ。その耳は飾りかなんかか?あ?」

『……………………!!!!』

 

ブレーブの目はオルドーラの握り拳が震えている事を捉えた。自分も()()したかったが、恐怖でそれが出来ない自分に腹を立てた。

 

「よぉく分かった。丸焼きは止めだ。

細胞一つ残さずに消し飛ばしてやるぜ!!!!」

「やれるもんならやってみろや!!!!

その前に俺がブツ切りにしてやる!!!!!」

 

二人の怒声とは裏腹に()()はすぐには始まらなかった。

オルドーラは手に青色の魔法陣を展開し、ガミラは先程と同じように鎌を振りかぶって構えている。オルドーラのもう片方の手に赤色の魔法陣が浮かび上がった瞬間、その時は訪れた。

 

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

俺流合成魔法 水×炎

「《水蒸気爆弾》!!!!!」

 

ドッガァン!!!!! 『!!!!!』

 

ガミラの鎌の一撃に対し、オルドーラは水の中に火の玉を打ち込み、液体から気体に変わる水蒸気の膨張で迎え撃った。鎌と水蒸気が衝動する瞬間、えも言えない程の爆発が森の中に炸裂した。

 

 

 

***

 

 

 

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

熱い!!! 熱い けど……………!!!

なんとか、なんとか上手く行った…………!!!!)

 

ブレーブは今、ギリスを抱えて上空に居る。

二人の攻撃による爆風を利用して空へと浮かび上がったのだ。



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234 魔王を救う道を開け!! 混戦極まる火の中の森!!

オルドーラの《水蒸気爆弾》とガミラの《死神之鎌(デスサイズ)》がぶつかり合って生まれた衝撃は一瞬にして膨張し、半径約十数メートルの半球となってその場にあった物を全て()()()()()()

それを察したブレーブは咄嗟にギリスを抱えて残りの体力全てを脚に込めて飛び上がり、直後に発生した衝撃波に乗って空へと浮かび上がった。

 

「…………………!!

ひ、ひどい! こんな…………………!!」

 

全身を覆い尽くした熱風を処理し終えた頭はすぐに眼下に広がる凄惨な光景を認識した。

既に火の手は森の殆どに回っており、中には既に燃える部分を完全に失って炭と化してしまっているものもある。

そんな中でもブレーブは辛うじて魔法警備団の本部を見つけた。あそこまで行けばマリエッタを始めとする回復魔道士達にギリスを診てもらえる。

 

(出来ればあそこまで一直線で行きたいな。

こう、モモンガみたいに…………………)

ボォン!!! 「ッ!!!?」

 

その瞬間、ブレーブの足首を衝撃と熱が襲った。何が起こったのかすぐに分からず、それが魔法攻撃を受けたものによる事だと理解するのに数秒を要した。

 

「へー、やっぱり頑丈なんだね。戦ウ乙女(プリキュア)って。

足を吹っ飛ばすつもりで打ったんだけどな。」

「!!!!」

 

声の方向に振り返ると、そこには桃色の髪をした少女が()()()立っていた。

ブレーブが驚いたのは彼女の頭に角が生え、そして背中で黒い翼が羽ばたいていたからである。それは正しく悪魔のようだった。

 

「…………ま、魔人族!!?

ギリスと同じ………………!!?」

「あー 違う違う。

私はサリア。魔人族じゃなくて半魔人族(ハーフデビル)

ってか、そんな事どうでもいいじゃん? 上、気をつけた方が良いよ?」

「!!?

ッ!!!!」

 

サリアが上を指さしたことにつられて上を見ると、その時には既に赤色の魔法陣から魔力の塊が打ち出される瞬間だった。防御する事は疎か反応する事すら出来なかったブレーブは直撃を受け、そのまま地面に激突する。

 

 

「~~~~~~~~!!!!」

「惜しかったね。あのまま本部に逃げ込もうとしたんだろうけどあてが外れて。

残念だけどあんたから目を逸らす程私達もバカじゃないよ。」

(…………………!!!!

これでもう三人目!! 一体何人来てるの……………!!!!)

 

片足が魔力の攻撃によって麻痺し、撃ち落とされて全身に痺れるような痛みを負い、更にギリスを抱えているブレーブは動く事が出来ずに手足で地面を擦ることしか出来ない。

そんなブレーブを嘲るかのようにサリアはじりじりと迫って来る。その手には練り固められたどす黒い魔力の塊が浮かんでいる。

 

「………………!!!!」

「私は別に手柄が欲しい訳じゃ無いけど、それでも魔王と勇者が仲良く這いつくばってる、こんなチャンスを見逃す程バカじゃないんだよね。

だからさ、ここで仲良く終わってくれる?」

「!!!!!」

 

二人を纏めて倒そうとサリアは振りかぶって魔力の塊を投げつけようとした━━━━━━━

 

「!!!」

 

瞬間、サリアは背後に強烈な気配を感じ取った。咄嗟に攻撃用に展開していた魔力を腕に纏わせてその攻撃を迎え撃つ。

 

ガンッ! 、という軽い音と共に魔力で形成された即席の防具に()()が衝突した。

オルドーラの魔力無し(身体能力のみ)の蹴りだ。

 

(!!

固ってぇ…………!! やっぱ身体強化なしじゃこんなもんか……………!!!)

「邪魔。」 「!!!」

 

サリアの蹴りをオルドーラは身を引いて躱した。その間は僅かな時間だったがブレーブは息を整え、立ち上がれるだけの体力を確保した。

 

「おいコラ根暗野郎!!!

しっぽ巻いてトンズラこいてんじゃねぇよ!!!」

「!!」

 

本部に向かって走って来たオルドーラの後をガミラが追っていた。二人ずつ交互に一列に並んだ運びだ。

 

「ってかおいサリア!!!

てめぇなに人の獲物に手ぇ出してやがる!!! てめぇの役目はこの根暗の足止めだろうが!!!」

「はぁ? ちょっと煽られたくらいでムキになって勇者(コイツ)を逃がしたくせに何言ってんの?

私が撃ち落として無かったら今頃本部に駆け込まれてこの魔王も━━━━━」

(今だ!!!)

 

二人のいがみ合いが白熱し、サリアが完全に背を向ける瞬間をブレーブは待っていた。

辛うじて回復した体力の全てを脚に集中させて地面を蹴り飛ばし、本部に向かう。

 

「させねぇっつってんだろ。」

「!!!!」

 

しかし、ブレーブの足は前に進むという命令を拒否した。見るとガミラの紫色の鎖が足首に巻き付いている。そこから更にガミラは鎖を引いてブレーブの身体を空中に浮かび上がらせる。

 

「おい待ってろ!! 今助け━━━━」

「逃がさないよ。」 「!!!」

 

オルドーラが発動しようとした浮遊魔法の魔法陣をサリアが破壊した。

ブレーブはガミラに、オルドーラはサリアに完全に捕まった。



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235 勇者を襲う死神の鎌!! 魔王ギリスを襲う猛毒!!

足首に鎖を巻き付けられ、空中に投げられたブレーブはすぐに俯瞰的な視点から現在の状況を把握する。鎖鎌を持つガミラが自分の真下に立ち、その前方でサリアがオルドーラに襲いかかっている。この状況でもブレーブは冷静にガミラが次に取る行動を予測して自分の行動を選択する。

 

「輪()りにしてやるぜ!!!!」

(来たっ!!!)

 

ガミラは自由になっていた腕を振るって小型の鎌を投げ付けた。回転しながら飛んでくるそれはブレーブとギリスの腹を目掛けて一直線に向かって来る。

 

「フンッ!!!」

ガキィン!!! 「!!!」

 

ブレーブは手に持っていた乙女剣(ディバイスワン)を振って飛んでくる鎌を迎撃した。鎌はあらぬ方向に飛んで行くがガミラは全く気に留めない。すぐに空中で剣を振り抜いた体勢のブレーブに追撃するための行動を起こす。

鎌に繋がれた鎖の形状(長さ)短く(変更)してブレーブを高速で地面に引き付ける。二本の手で鎖を引き付けながら残りの二本の手で巨大化させた鎌を上半身ごと振りかざす。

 

(まずい!!! ()()が来る!!!!!)

死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!

「!!!!!」

 

ガミラの渾身の鎌の一撃がブレーブに炸裂した。辛うじて強固盾(ガラディーン)による防御が間に合ったが踏ん張りが効かずに吹き飛ばされる。

森の木をなぎ倒しながら飛ばされたブレーブは背負ったギリスを地面に擦り付けないように気を配りながら受け身を取り、ガミラと正対した。

 

両手が痺れと鈍痛を訴えかけるが、ブレーブはそれよりも彼女は敵の一撃を耐え凌げた事に喝采していた。

 

(~~~~~~~痛い!!! めっちゃ痛い けど………………!!!

耐えれた!!! あの人の()()をなんとか耐えれた……………!!!)

「俺の一発を受けれたのがそんなに嬉しいかよ。

そりゃ耐えれて当然だろうよ。今のはただの()なんだからな。」

「!!!?」

「本命はこっちだ!!!!!」

「!!!!」

 

ガミラは手を振り下ろし、その手の先に鎖が()()()()()()()

上空に唯ならない気配を感じ取ったブレーブは上に視線を向ける。そこには先程 弾き飛ばしてあらぬ方向に飛んで行った鎌が回転しながら落ちてくる。

それを横に跳んで辛うじて躱したが、地面に深々と突き刺さった鎌、そしてギリスを抱えて動き回った疲労が彼女の精神を著しく消耗させていた。

 

「……………………!!!!」

「しんどいか? そりゃしんどいだろうな。

今はガキの身体だがその魔王、適当に見積もっても目方は軽く三十キロ以上はあるぜ。

そんな()()()を背負ったままあと何回俺の鎌を避けられるだろうな?」

「!!!!

ふ、ふざけた事言わないで!!! ギリスはお荷物なんかじゃないよ!!!!

私が絶対に助けるんだから!!!!」

「あ? ()()()

そいつが()()()とでも思ってんのか?」

「!!?」

「まさか俺がそいつを()()()()()()とでも思ってんじゃねぇだろうな。 そう思ってんなら嘆かわしい程おめでたい脳天だな お前は。」

 

ブレーブはガミラの言葉の真意を読み取れずにいた。そんな彼女を嘲るかのようにガミラは手に持った鎌を見せ付ける。数秒もしない内にその鎌に変化が現れた。

鎌の刃の先端から禍々しい紫色の液体が染み出し、一滴 地面に落ちた。そこから焦げるような音と煙が上がった。

 

ブレーブはその光景の意味する所をすぐに理解した。

 

「…………………ど、毒…………………!!!!?」

「毒ゥ? そいつぁちょっと違うな。

こいつは親父の血だ。」

「!!!!?」

「んなに驚く事じゃねぇだろ。この(究極贈物)ァ 元々親父から貰ったもんだ。何があってもおかしかねぇだろ。

んで、こいつを親父()()()()()が浴びちまうと火傷なり反吐吐きなり とにかく悪ぃ事が起きちまう。親父に力を貰った俺等を除いてな。 で、その効果は()()()にゃ特に覿面に現れる。この意味が分かるよなぁ?」

「!!!!!

そ、そんな!!!! まさか………………!!!!!」

 

ブレーブの顔はみるみる内に絶望に歪み、青くなっていく。それに反比例するかのようにガミラの顔は下卑た笑みを浮かべた。

 

「そのまさかだ。

今もその魔王サマは親父の血っていう毒に犯されてくたばる寸前なんだよ。もうどんな回復魔導師にも、それこそマリエッタにも治せねぇ。ホントなら斬った瞬間にお陀仏になってる筈だったんだがそう上手くはいかねぇよな。

なんてったってそいつぁ親父が一番警戒してるヤツなんだからな。」

「………………………!!!!!」

「おいおいなんだよその顔はよ!!

お前は勇者だろ!!! 勇者様が魔王の力を当てにしてたらお終いだろうが!!!!」

 

ブレーブは両膝が震えて崩れそうになるのを堪える事に必死になっていた。彼女は既に心のどこかでギリスは無敵で負ける事も死ぬ事も決して無い最も信頼出来る存在だと根拠も無く決め付けていたのだ。

 

「でもま、毒で殺すなんてせこくて()()()なやり方は俺の趣味じゃねぇ。

お前ら二人の首を親父の前に並べるってのァ確定事項なんだからなァ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラは両手で鎌を振り被り、再びブレーブに強襲を掛けた。



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236 二転三転する戦況! ブレーブを襲う炎の凶弾!!

「……………………!!!!」

「何を粘ってやがる!!!

お前がいくら足掻いたってもうそいつァ助からねぇんだ!!! さっさ諦めてと首を晒した方が楽になれるぜ!!!!」

 

戦之女神(ヴァルキリー)》《戦場之姫(ジャンヌダルク)》《奇稲田姫(クシナダ)

これら三つの究極贈物(アルティメットギフト)を総動員させてもなおガミラの猛攻を凌ぐ事に精一杯だった。

しかしそれでも彼女は諦めてはいなかった。この状況を打開する方法がまだ一つ残されていると確信していたからだ。それは援軍の存在である。

ギリスが目を覚ましてから既に十分以上が経ち、他の眠らされていた他の団員達も目を覚まし始めていてもおかしくは無い。彼等が一人でもこの場に来てくれさえすればこの行き詰まった状況を打開出来る可能性がほんの少しでも上がるかもしれない。その可能性に彼女は賭けていた。

 

「やッッ!!!!」 「!!!」

 

ガミラの四本の鎌による猛攻を弾き飛ばし、一瞬出来た隙を使ってブレーブはガミラとの距離を取った。

 

「……………………!!!」

「目に見えて息が上がってやがるなァ。反撃もして来ねぇしよ。

何を狙ってるか当ててやろうか? 《援軍》だろ?」

「!!!」

「残念だがよ、それなら来ねぇよ。」

「!!!?」

「何だ? まだ気付いてねぇのかよ。

おかしいと思わなかったのか?そもそもなんで()()()()()()()()()と思う?」

「!!!!」

 

その言葉でブレーブはようやくガミラの言葉の真意とこの異様な状況を理解した。この森はヴェルダーズの配下が作り出した戦場なのに一体もチョーマジンの類が見られない。

 

「補足しとくと俺もここに来る時に結構な数の戦力を拵えておいた。 当然だよな?敵地に殴り込むのに何の準備もして来ねぇバカはいねぇよ。

んで話を戻すが、その俺が用意した戦力は、今どこで何をしてると思う?」

「…………………!!!!」

 

ブレーブは頭の中で最悪の解を作り上げていた。どうにか()()を否定する解を見つけようとするがガミラの発言から導き出される答えは最早一つしかない。

 

「そうだ!! そいつらは今 警備団の本部を取り囲んで誰も出さねぇように目を光らせてる!! 誰が出る事も許さねぇだろうよ!!!

もう分かるよな? 団長はサリアの奴が引き止めて副団長はズタボロ!! んでもっててめぇのお仲間の黒い奴はロノアに抑え込まれてる!!!

ここにはもう助けは来ねぇ!!! てめぇは完全に孤立してんだよ!!!!」

「!!!!!」

 

頭の中で分かっていた事ではあったがいざ本人の口から直接言われると精神的に痛む物がある。今の彼女を救える物があるとすればそれは《援軍》だけだ。 その可能性を封じられた今 最早この状況を打開する方法は無いに等しい。

 

「なんの事ァねぇよ。てめぇはご大層に勇者を名乗ってはいたが戦術を考える頭が足りてなかっただけだ。

いい加減諦めちまいな━━━━━━━━━━」

ボゴォン!!!! 『!!!!?』

 

ブレーブに止めの一撃を刺そうとした瞬間、二人のすぐ側を炎が通過し、そして爆ぜた。

 

(こ、これって これってやっぱり……………!!!)

(クソ! ベラベラ喋りすぎたか! だが…………)

「あ、ごめんガミラ。 直線に入っちゃったみたい。」

 

森の奥からサリアが姿を現した。無我夢中で戦っている間に二人はいつの間にかオルドーラが放つ魔法の斜線上に来てしまっていまのだ。

その奥では再びオルドーラの炎魔法が発射の準備を整えて光っている。ブレーブの求めていた援軍が遂にやって来た。

 

「ってかあんたまだそいつをやれてないの?

離れてあげるからさっさと」

『いやいい。考えようによっちゃこれは良い手だ。

サリア、あいつにもう一発()()()()。それで全部終わらせる。』

『?!

…………そういう事。分かった。』

 

オルドーラの炎の矢が再び放たれ、サリアとガミラの二人に向かってくる。その瞬間、二人は同時に行動を起こした。

 

バッ!!

ジャラッ!!

「おらぁっ!!!!」『!!!?』

 

サリアは横方向に飛んで炎の矢を引き付け、ガミラは鎖鎌の鎖をブレーブの足首に巻き付けて強引に引き、その身体を弾き上げた。空中に舞ったブレーブの姿を見てオルドーラはこれから起こる事を直感で察知したが既に炎の矢はサリアの補足を止める事は出来なくなっていた。

そして空中でサリアとブレーブが接触し、彼女もようやく自分に何が起こるのかを理解したが、最早手遅れである。

 

『まずは一人。』

ボガァン!!!!! 「!!!!!」

 

サリアはブレーブの目の前で身体を捻って炎の矢を躱した。サリアを補足しているものの炎の矢は起動を変える前にブレーブに接触し、そして彼女とギリスを巻き込んで大爆発を引き起こした。



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237 進化する究極贈物(アルティメットギフト)!! ブレーブに目覚める新たな力!!

「お、おい!!! 勇者女!!!!

無事かぁ!!!? 無事じゃなくても返事しやがれ!!!!」

「無駄無駄。自分の魔法の程度くらい分かってるでしょ? 全身大火傷でもう戦えっこないって。」

「そういうこったな。

後、今『一人』っつったが『三人』の間違いか。勇者も魔王も、んでもってあのキツネも纏めてオダブツだ。」

「……………!!!!」

 

ブレーブはギリスとフェリオをその身に抱えたままオルドーラの炎魔法の直撃を受けた。単純な威力で究極贈物(アルティメットギフト)と張り合えるオルドーラの魔法の程度は彼が一番良く分かっていた。自惚れるでも自慢するでも無く、ブレーブの身体が無事では済んではいない事を心の奥底で確信していた。

 

「んまぁこれで勇者もめでたく脱落だ。

本当なら首を取って親父の前に並べてやりたかったが高望みはするもんじゃねぇ。代わりに団長、てめぇの首で手打ちに」

「!!!? ま、待ってガミラ!!!」

「!!!?」「あん?」

 

ブレーブに炎の矢が直撃し爆ぜた時点でガミラは既に彼女の足首に巻き付けた鎖を消失させていた。それは続ける意味が無いと判断したからだ。しかしそれでも空中の爆煙は残り続けている。それが晴れた時、三人の目は信じられない物を捉えた。

 

「!!!!? んだと…………!!!!」

「………マジで? 笑えないんだけど。」

「…………………!!!?」

 

爆煙が晴れた場所にはブレーブが全く変わらない状態で立っていた。空中に浮かんでいる時点で異様な光景だが三人にとってはそれは最早些事であり、最も重要なのは炎の爆発の直撃を受けて無傷である事だ。サリアとガミラの二人はもちろんの事、オルドーラに関しては自分の魔法が防がれた事にも驚いている。

しかしこの場で一番驚いているのはブレーブ本人だ。

 

「…………え!? え!!? え!!!?

(なんで!!!? なんで私 なんともないの!!!?)」

(…………なんだ!? 本人(てめぇ)も分かってねぇのか?)

(フン! どーせ当たり所が良かっただけでしょ!

今度は頭 吹っ飛ばしたげる!!!)

「!!!」

 

ブレーブの目はサリアが炎魔法を発射しようとしている事を視界の端で捉えた。しかし気付いた時には既に遅く、回避する時間は与えられなかった。

 

ボゴォン!!!!

「!!!!」

 

サリアが放った炎の魔法がブレーブの顔面に直撃し、そして爆ぜた。

 

「……………………………

ッ!!!!?」

「……………………………あ、

つくない!!!? なんで!!? どうゆう事!!!?」

(どうゆう事って あんたも分かってないの!!?)

 

ブレーブの顔の皮膚は炎の直撃を受けて尚火傷も負傷も見られなかった。ブレーブはもちろんの事、サリアも必死にその謎を解き明かそうと思考を巡らせる。ガミラもオルドーラも同様にこの状況に手を出してはいけない何かを感じていた。

 

(………オルドーラのも私のも直撃したのに何ともなかった…………!!

考えられるとしたら可能性は三つ!!!)

 

サリアが立てた可能性は三つ。

一つ目は『オルドーラが打った火と自分が打った炎が彼女に通じる威力ではなかった 』事

二つ目は『ブレーブが炎を受ける瞬間に何かしらの方法で魔法への耐性を上げた』事

そして三つ目は『ギリスかフェリオが魔法を防御した』事だ。

 

(一つ目は普通に考えて有り得ない!! 私も団長とタメが張れる位の強さはある!!

だからって二つ目も考えにくい。そんな事をしたらあいつが自覚してない訳がない!!

でも三つ目だとしてもおかしい。ギリスのヤツはもうヴェルダーズ様の血で虫の息だしフェリオってヤツもガードしてるなら声くらい出してる筈だし…………………

 

!!! いや待って!! まさか!!?)

 

サリアの頭の中に稲妻のように『四つ目の仮説』が浮かび上がった。それはそれまでの三つを否定し、尚且つ最も現実的な仮説だった。

それを検証するべく新たな魔法を構築し、ブレーブにぶつける。ちなみに先程の炎の攻撃からここまで数秒しかかかっていない。

 

 

バチィン!!!!

「!!!!? あづっ……………!!!!」

(!!!)

 

サリアは雷の魔法を構築しブレーブに炸裂させた。彼女の全身を駆け巡る雷は神経に直撃し全身に激痛を植え付ける。

 

(痺れてる!!! 私の魔法が効いてる!!!(仮説①と②が否定!!)

それに誰かが横槍入れたって事も無い!!!(仮説③も否定!!)

やっぱり四つ目が当たってた………!!!)

 

サリアが立てた四つ目の仮説は『ブレーブの炎への耐性が上がった』事だ。そして雷魔法の攻撃でこれが証明された。

 

(………………!!!

雷は()()()()痛い…………!!!

なんで!!? 一体どういうこと━━━━━━━━━)

究極贈物(アルティメットギフト)戦場之姫(ジャンヌダルク)》の強化が終わりました。

上級贈物(スーパーギフト)跳躍(グラスホッパー)》が特上贈物(エクストラギフト)天翔(ブルーウォーカー)》に進化しました。』

「!!!?」

 

これが聞こえた瞬間、ブレーブは久しぶりに自分の情報を示すウィンドウを展開した。

そこにはこう記してあった。

 

《追記項目》

特上贈物(エクストラギフト)

天翔(ブルーウォーカー)

能力:空中の空気を足で捉え歩行を可能とする。

究極贈物(アルティメットギフト)

戦場之姫(ジャンヌダルク)

能力:戦況を瞬時に把握し、適切な答えを一瞬で導き出す。

追加強化内容:自身の力量に伴って炎属性の攻撃への耐性を無制限に引き上げる。



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238 混戦極まる炎の森!! 三対三の大乱闘!! (前編)

《ジャンヌ・ダルク》

その女性の情報をブレーブもとい夢崎蛍は学校の図書館に置いてあった伝記から得ていた。それが印象に残っているのはその女性の最期が想像を絶するものだったからである。

 

『ジャンヌ・ダルクは火炙りにされて死んだ』。

その壮絶な事実はまだ死という物がどういう物か理解しきれていなかった当時の蛍の心に衝撃となって響いた。大昔にはこんな凄惨な事がまかり通っていたという事実を叩き付けられた。

 

ウィンドウに記された新しい情報を読みながらブレーブはその事を思い起こしていた。そして彼女は直感する。これこそが究極贈物(アルティメットギフト)戦場之姫(ジャンヌダルク)》の本当の能力なのだという事を。ガミラの《冥界之王(ハデス)》がそうであるようにブレーブも同様に今まで本当の能力を引き出せず、そしてその壁を今乗り越えたのだと。

 

 

 

***

 

 

 

ブレーブが自分のウィンドウを眺めて忘れかけていた過去を思い起こしていた時間はほんの数秒程である。しかしその直後、痺れを切らしたガミラが遂に攻めに出る。身体を捻って空中に()()()()()ブレーブに鎌を投げ付けた。その事に気が付いた瞬間、ブレーブは脳を最速で稼働させてこの状況で出来る最善策を導き出す。

 

(あのピンクの人は団長さんと相性が悪い!!

だったら私がぶつかって引き剥がす!!!)

「させっかよォ!!!!」

「!!!」

 

ブレーブの最優先事項は飽くまでも重傷のギリスを一刻も早く安全な場所へ送り届ける事である。しかしそれと同じくらいにこの状況を打開する事も求められる。それを円滑にする為にブレーブはオルドーラを彼と相性が悪いサリアを遠ざけようと強襲をかけた。

しかしその作戦をガミラの鎖が強引に止めた。

そしてそれに誘発されるかのようにサリアもオルドーラに攻撃を仕掛ける。

 

(ッ!!! やっぱりダメか!!)

(危ねぇ!! サリアのヤツを狙ってやがった!!

もうこいつァ一対一(サシ)の勝負×2じゃねぇ!! 二対二の大混戦だ!!)

 

ズッドォン!!!!!

『!!!!?』

 

四人が入り乱れて戦う戦場となっている森の中に()()が墜落した。その音が響いてから土煙が晴れるまでの間はまるで時間が止まったかのようにその様子を見守っている。

 

『~~~~~~~~~~~~!!!!』

「タ、タロス君!!!」

 

墜落してきたものはタロスとロノアだった。

状態はタロスが下でロノアが上で、二人の剣の刃が触れてガチガチという金属音が鳴っている。その状況からロノアが振り下ろした(であろう)刃をタロスが受けてその鍔迫り合いの状態で地面まで墜落したのだろうとブレーブは直感した。

 

(ち、ちくしょう!! やっぱりこいつ強え!!!

影之龍王(バハムート)をフルに使ってんのにまともに攻撃が入らねぇ!!!)

(一体何をやってるんだ僕は!!!

いくら究極贈物(アルティメットギフト)の使い手とはいってもこんな下っ端に手こずるなんて!!!)

 

「ロノアァ!!!

てめぇどこ見て戦ってやがる!! こんな所に居られたら邪魔くせぇんだよ!!! とっととどっか行きやがれ!!!」

「!!!

す、すみません先輩!! こんなやつ早く始末して━━━━━━━━━━━━━」

ドガァン!!!!! 『!!!!?』

 

その轟音が聞こえた瞬間、ブレーブは咄嗟にタロスがロノアに反撃した際の音だと思ったが目に入ってくる情報がその仮説を否定した。直後に背後から襲ってくる暴風と土埃がその音の所以だった。

オルドーラが地面に炎魔法を撃ち込み、土埃を上げてその場に居た全員の目を眩ませたのだ。

 

「!!! 団長さん!!!」

(し、しまった!!!)

 

その土埃に風穴を開けてオルドーラがタロスとロノアがいる場所まで飛んで行く。その足には赤と茶色の魔法陣が浮かんでいた。

 

俺流合成魔法 炎×身体強化

《焔の一刀》!!!!!

「!!!!!」

 

吹き出す炎の促進力と魔力で強化された脚力を乗せた一撃はロノアの首筋を狙って繰り出される。反応する暇も無く蹴りがロノアの意識を刈り取る━━━━━━━━━━━━━

 

 

ガキィン!!!!!

『!!!!?』

 

オルドーラの蹴りはロノアの首ではなくガミラの鎌の柄によって阻まれた。ロノアとオルドーラにブレーブの意識が集中した一瞬の隙をついてロノアの眼前まで回り込んだのだ。

 

「サリアァ!!!! 今すぐ跳ぶかしゃがむかしろ!!!!

巻き添え食うぞォ!!!!!」

『!!!!!』

 

ガミラは鎌を大振りに構えながらそう叫んだ。

その後に何が起こるかを全員が直感したが、対処する時間は最早 残されていない。

 

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

『!!!!!』

 

タロス以外のその場に居た敵全員を射程に収めたガミラの技が再び炸裂する兆しを見せた。



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239 混戦極まる炎の森!! 三対三の大乱闘!! (中編)

オルドーラ、ブレーブ、そして彼女の背に負わせているギリスとフェリオの四人を射程に収めた状態でガミラは再び手に持つ鎌に全ての力を込めて振り抜き、一気に勝負を決めようとした。

 

 

━━━━━━━━━ガキィン!!!!!

「!!!!?」

 

決着を狙って放とうとした《死神之鎌(デスサイズ)》が彼女達を蹂躙する事は無く、耳を劈くような金属音と共に止められた。

 

「…………………!!!!

テ、テメェッ………………!!!!」

「~~~~~~~~~~~ッ!!!!」

 

鎌の刃の付け根の部分にブレーブの乙女剣(ディバイスワン)の刃が食らいつき、ガミラの技が繰り出されるより前にそれが発動する事を食い止めた。

先のロノアとタロスと同様、ガキガキという金属音を立てながら鍔迫り合いを繰り広げる。

 

(~~~~~!!!!

お、重い!!! 筋力(ちから)が強すぎる………………!!!!)

「てめぇみてぇな細腕で俺の《死神之鎌(デスサイズ)》を防げる訳無ぇだろ!!! このまま吹き飛びやがれ!!!!」

 

ガミラの腕は細くとも筋肉が詰まっており、唯一の技である死神之鎌(デスサイズ)を放つ時となればそれは更なる力を発揮する。体格でも筋力でも腕の本数でもブレーブが上回る要素は何一つ無い。

サリアはガミラの鎌を避ける為に跳び上がった状態から体勢を立て直そうとし、オルドーラも同様に地面に伏せた状態を解除してブレーブへの助太刀に向かおうとしている。しかしブレーブはガミラとの鍔迫り合いに時間をかける事は危険だと判断している。サリアが先にガミラに助太刀をする可能性があり、そもそも強引に押し切られる危険性もあるからだ。

故に、ブレーブは正攻法ではいかないという選択を取った。

 

「~~~~~~~~~~~~~!!!!

っやぁっ!!!」

「!!!?」

 

ブレーブは剣をガミラが掛けている力と同じ方向に動かし、ガミラの体勢を崩した。受ける場所を失った渾身の筋力は暴発し、ガミラの身体を地面に向かって逆様にする。

 

「おあっ!!!?」 「うっ!!!」

 

ガミラが持っていた鎌はブレーブの剣の刃という相手を失い、それまで掛けていた渾身の力のままに()()()()に振り抜かれた。そして発動した《死神之鎌(デスサイズ)》の衝撃はブレーブの肩をかすり、そしてその延長線上にあった木を纏めて切り倒す。

初撃は不発に終わったがガミラはすかさず攻撃を避けて硬直状態のブレーブに追撃を試みる。

 

「残念だったな!!! なんも変わりゃしねぇよ!!!

こいつで唐竹割りになりやがれぇ!!!!」

(させない!!!!)

ドゴッ!!! 「ブッ!!?」

 

奇稲田姫(クシナダ)》による先読みでガミラの行動が実行されるより早く彼の腹を蹴り飛ばし、その身体を森の中へと吹き飛ばした。

ガミラが数瞬でも戦線離脱したこの状況はブレーブにとっては千載一遇の好機であり、これを最大限 有効利用しない手は無い。その為の行動を既に頭の中で構築し、直ぐに実行に移す。

 

「!!!」

(や、やっぱり僕に来るか!!!)

 

ブレーブはこの拮抗状態を打破する為の一手としてロノアに攻撃を仕掛ける事を選んだ。ロノアは万全の状態ならブレーブと真っ向から斬り結べるだけの技量を持っているがタロスと鍔迫り合いを繰り広げているこの状況での横槍は絶対的に分が悪くなる。

それを分かっているからこそブレーブはロノアに向けて剣を振り下ろした。

しかし、その刃がロノアに届く事は無かった。

 

「ッ!!!? うわっ!!!」

ガキィン!!!!

 

ロノアに攻撃する瞬間、鎖に繋がれた鎌が上から降ってきて彼女の頭に刃を突き立てんとした。その直前に剣で鎌を防いだが目論見は完全に潰えた。

そして更にブレーブを追い詰める事が起こる。

 

━━━ジャララッ!!!

「ッ!!!?」

 

その瞬間、鎖に繋がれた鎌が生きているようにブレーブの周囲を回って鎖を身体に巻き付けて拘束した。

 

(~~~~~~~~~!!!

こ、これは………………!!!)

「……………………フフフハハハ!!!

残念だったな勇者!!! 俺とお前はこの鎖で繋がれてるって事を忘れんな!!!」

「!!!」

 

燃え盛る森の中から鎖を手に持ったガミラが姿を現した。残りの三本の腕にはそれぞれ小型の鎌が握られている。それが意味する事をブレーブは直ぐに理解した。

 

「おい勇者女!!!

しっかりしろ!!! 俺が今から助けてやらァ!!!」

「させるわけないでしょ?」

「!!!」

 

ブレーブの所へ向かおうとするオルドーラをサリアが食い止めた。タロスも同様にロノアとの鍔迫り合いで完全に身動きを封じられている。

 

「それでこれが!! お前の生首(くび)胴体(からだ)の繋がりを断ち切る鎌だ!!!!!」

「!!!!」

 

その咆哮にも似た言葉と共にガミラはブレーブの首目掛けて三本の鎌を投げ付けた。



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240 混戦極まる炎の森!! 三対三の大乱闘!! (後編)

ブレーブ達が襲撃犯 ガミラ達と交戦中、ラジェルも同様にとある作業の仕上げに掛かっていた。

その隣には一人の女が居た。彼女は目を覚ました瞬間に自分の宿命を理解し、それを遂行する時を今か今かと待っていた。

 

「……………よしっ!!

()が出来たわ!! これで行けるわよ!!!」

()よ、彼女は、ホタル・ユメザキはどうなっていますか!?」

「かなり危ない状態よ!! 直ぐに行ってあげて!!!

そしてせめて私の代わりに、あの子達を支えてあげて!!!」

「はっ!! 畏まりました!!!」

 

その言葉を最後にラジェルは()()を見送った。それを見届けるや否やラジェルは緊張が切れたかのように腰を下ろした。その顔には滴るかのような汗が浮かんでいる。自分の手に蛍達の命が掛かっているが故の汗だ。

 

「…………ギリス、取り敢えず私に出来る事は全部やったわ。これは貸しにしとくわよ。

時間が経ちすぎてどっちが多く貸してるかなんて忘れちゃったけどね!」

 

 

 

***

 

 

 

「俺達の前にその首を晒せぇ!!!! 勇者ァ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラが全身の筋肉を稼働させて投げ付けた鎌はブレーブの首を目掛けて回転しながら飛んでいく。しかしブレーブは諦めてはいない。

オルドーラもタロスも足を止められ、援軍も望めない以上 頼れるのは自分自身しか居ない。その逆境が逆に夢崎蛍(ブレーブ)の中に残っていた能力を絞り出した。

 

「フンッ!!!!」

「!!!?」

 

ブレーブは上半身を反らせて強引に飛んで来る鎌を避けた。斬る対象を失った鎌は風切り音を立てながら空中へと飛んで行く。

 

(最初のは避けた!!! 後はこの鎖さえ何とかすれば━━━━━━━━)

「甘えよ!!!」

「!!!?」

 

ガミラは手に持っていた鎖を引いた。その瞬間、ブレーブの片足が宙を舞い、そして身体が地面に対して水平になった。更に上を見た瞬間にブレーブは理解した。

つい先程避けた鎌が起動を変えて今度は自分の心臓を狙っている事を。

 

(~~~~~!!!

もうこうなったら 残りの体力がどうとか言ってられない!!!)

強固盾(ガラディーン)》!!!!

ガキィン!!!! 「!!!!」

 

回転しながら落下の速度を乗せて威力を上げた鎌だったが、ブレーブが展開した障壁によって阻まれた。

 

(や、やった危ない…………!!!

後は(さっきも言ったけど)この鎖を何とかして………………)

『勇者女!!!!「ブレーブ!!!!」 前だ!!!!!』

「!!!!?」

 

オルドーラとタロスの言葉に反応して反射的に視線を送ると腕を振り切ったガミラと回転しながら飛んで来る鎌が目に入った。その瞬間、ブレーブは再び自分が置かれている危険な状況を理解した。

戦ウ乙女(プリキュア)になって最初期に依頼をこなしていく中で分かった事だが、強固盾(ガラディーン)は一つしか展開できないのだ。即ち、一つの攻撃を防いだ今 追撃を防ぐ術は無いのだ。

 

それを根拠無しに直感で理解したオルドーラとタロスはどうにかして鎌を止めようとしたが魔法を撃とうとすればサリアの《魔道女神(ペルセポネ)》に阻まれ、武器を投げようとすればロノアの矢がそれを止めるだろう。

 

(散々足掻いてくれたがこいつぁどうする事も出来ねぇだろ!!! 今度こそ終わりだ

 

!!!!?)

 

その瞬間、ガミラの目は奇妙な光景を捉えた。

ブレーブの少し前方に紫色の魔法陣が浮かんでいる。

 

━━ガキィン!!!!!

『!!!!?』

 

その魔法陣から何者かが姿を現し、回転する鎌を蹴り落とした。その人物は紫色の長い髪にローブに似た紫色を中心とした服装をしている。

決定的な特徴として背中から羽根が生えていたが、彼女の格好を見た全員が直感する。

彼女が戦ウ乙女(プリキュア)であるという事を。

 

「~~~~~~!!!!

な、何だお前は!!!!」

「━━━━━━《旋風之神(ミカエル)》」

『!!!!?』

 

その人物が呟いた瞬間、その場にいた全員の外周を木々を揺らす程の強さの風が吹き荒れた。その威力は強く、森を蹂躙していた炎を纏めてかき消した。

 

「………………!!!

ひ、火なんざ消した程度で━━━━━━━━

!!!!?」

 

ガミラが意識を向けた瞬間、その人物は既にガミラとの距離を詰めていた。その事を認識した瞬間には彼女はガミラの腹に両手を付けていた。

 

「《暴風之神(ルドラ)》!!!!!」

「!!!!?」

 

その瞬間、ガミラの腹から竜巻が発生した。それは直ぐに巨大になってガミラを回転させながら森の奥まで吹き飛ばした。

 

「…………………………!!!!!」

「………間一髪でしたね。キュアブレーブ。」

「…………あ、あなたは一体……………!!?」

「はい。私は《フゥ・フルフワン・ティンカーナ》。

そして戦ウ乙女(プリキュア)、《キュアカーベル》です!!!!!」



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241 突如として現れた魔法使い!! キュアカーベル 降臨!!! (前編)

旋風之神(ミカエル)

天使系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:治癒力や防御力を付与した風を発生させる

 

暴風之神(ルドラ)

インド神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:暴風を発生させて対象を攻撃する

 

 

 

***

 

 

『………………………!!!!!』

 

その場に居た全員が今が戦闘中である事も忘れて目の前の光景に唖然としていた。

この中で一二位を争う程の力量を持ったガミラをたった一撃で森の中へと吹き飛ばす存在の登場は敵味方を問わずに彼等の感情を驚愕の一色に染め上げた。

 

「………キ、キュアカーベル……………!!!?」

「はい、そうです。それが私の戦ウ乙女(プリキュア)としての名前です。

………ああ、この状況で話す事は困難ですね。

旋風之神(ミカエル)》」

『!!!』

 

カーベルが再びそう唱えて指を鳴らした瞬間、ブレーブとカーベルの周囲に風が巻き起こり、そして二人を包み込んで風の天蓋を展開した。

その瞬間にサリアとタロスの顔が悔しさに歪む。この状況で一番に注目しなければならない存在を取り逃した。

 

 

 

***

 

 

 

「………………!!!

こ、これは……………!!!」

「安心して下さい。キュアブレーブ。私は味方で、この風の壁を突破する事は容易ではありません。とはいえここは戦場。長居は出来ません。

ですから貴女が疑問に思っているであろう事を簡潔に説明します。まず、貴方は私が戦ウ乙女(プリキュア)であるならばどうして事の全てを知り、その媒体(トリガー)は何処に居るのかと思っている事でしょう。」

「は、はい……………。」

 

ブレーブは立て続けに起こる異様な出来事に圧倒されていたがようやく自分の意見を言う事が出来た。

今まで仲間になった戦ウ乙女(プリキュア)は三人共にリルアという既にギリスの事情を知っている者か、ミーアやリナという後から事情を説明する者かの二択しか無いが、カーベルことフゥはそのどちらにも当てはまらない(明確な根拠は無いが頭の中でフゥがギリスの知り合いである可能性は排除している)。

 

「理由を言いましょう。

それは私が()()()()()()()()()()()()()だからです。」

「!!!!? そ、それってまさか…………!!!」

「その通りです。私は戦ウ乙女(プリキュア)戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)の両方の性質を併せ持った存在なのです。」

「……………!!!」

 

ブレーフは数秒を掛けて頭の中でカーベルが言った事を変換して理解した。フェリオやヴェルドがそうであるように、フゥもまたラジェルによって産み出された存在なのだ。故に自分、延いてはギリスの事情の全てを把握しているのだ。

 

「補足ですが、私は我が主 ラジェル様の手で魔法使いの力から産み出された存在。故に私は魔法使い(ウィッチ)戦ウ乙女(プリキュア)なのです。」

「あ、はい………」

「それともう一つ、この場でしなければならない事がございます。

…………《旋風之神(ミカエル)》」

「!!?」

 

カーベルがそう唱えるとブレーブの背中に変化が起こった。彼女の背中に風が巻き起こり、そして背負っていたギリスを包んで彼の身体を浮かび上がらせた。

 

「……………カ、カーベル さん……!?

これって……………!!?」

敬称(さん)は不要です。

ご安心下さい。只今、《旋風之神(ミカエル)》に付与した治癒力でギリス様の身体の中のヴェルダースの血を分解して無害化しています。治癒が終われば取り急ぎ、峠は越えるでしょう。ですがたった今この世界に顕現したばかりの私の治癒力では斬られ、出血によって衰弱した彼の身体を全快させることは叶いません。

救助は出来てももう一度戦って貰える可能性は無いと考えて下さい。」

「……………あ、え、あ……………!!

だ、大丈夫ですよ!!! というかギリス、助かるんですか!!?」

「はい。それは神に誓って約束します。」

「な、なら十分ですよ!!!!

今までだって何度もギリスには助けて貰ったんです!!! 今度は、今度は私がギリスを助けなきゃいけないんです!!!!」

「いいえ。それは貴女の役目ではありません。

最後になりますが簡潔に説明します。私のこの場での役割は三つ。一つは貴女方に加勢する事。二つ目はギリス様を救い、彼の身の安全を確保する事。そして三つ目は敵、ガミラ・クロックテレサにとどめを刺す事です。」

「!!!? と、とどめ…………!!!?」

「その通りです。既に分かっている通り、彼の男は極めて危険な思想の持ち主です。この場を無被害で凌ぐには最早、彼を始末する他にありません。」

「…………………!!!!」

 

ブレーブの目にはカーベルの横顔が冷たい何かに感じられた。彼女の口から出た《始末する》という言葉が非常に重たい物となってブレーブの胸にのしかかった。



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242 突如として現れた魔法使い!! キュアカーベル 降臨!!! (中編)

「━━━以上が私がこの場で話さなければならない事の全てです。何か質問はございますか?」

「あ、え、 いや、ありません。」

 

本当は聞きたい事はあったがブレーブは咄嗟にカーベルの問に否と答えてしまった。根拠は無いが何故か彼女の表情が言外に『質問は許可しない』と言っているように感じられた。

 

「無いのならばこの風の天蓋を解除します。

状況は現在、オルドーラ・フレアストナとサリア・デスタロッサ、タロス・アストレアとロノア・パーツゲイルの二組が戦闘を展開し、未だに戦況に変化はありません。そしてこうしている間にもガミラ・クロックテレサはこの場に近付いて来ています。」

「そ、そうなったら、そうなったら私は何をすれば良いんですか!?」

「貴女には引き続きガミラとの戦闘の継続を願います。私はフェリオ・アルデナ・ペイジと共に敵の援軍が来る事を食い止めます。」

「それって、チョーマジン達と戦うって事ですか!? フェリオと一緒に!?」

「その通りです。フェリオは数分前から既に私の存在をラジェル様を介して知り、力を蓄える為に発現しないようにしていました。」

「!!」

 

ブレーブは得心した。この緊迫した状況が邪魔して気付かなかったがフェリオがずっと出てこない事にはしっかりとした理由があったのだ。

 

「良いですねフェリオ。私が天蓋を解除したら共に来て貰います。無論、チョーマジンの全員を解呪(ヒーリング)する事は叶いませんが、この警備団に居る馬や魔道士(人間)達は一人残らず助け出すと約束しましょう。」

「そ、それは良いんですけど、でも、私があの ガミラ と戦って勝てると思うんですか!!?」

 

ブレーブは自分の力に自信を持っていない訳では無かったが、それでもガミラに自分が勝っているとも思えなかった。それは今までの戦闘はもちろんの事、ギリスを一撃で戦闘不能にまで追い込んだ事実からも明らかだ。

 

「安心してください などという無責任な事は言えませんが、私の手でその可能性を上げる事は出来ます。

今から《旋風之神(ミカエル)》の治癒力で貴女の体力を出来る限り回復させます。そしてギリス様の保護も同様に私が行います。それだけ状態が整えば話は変わってくるでしょう。」

「…………!!」

 

ガミラが言った通り、力を完全に抑えた幼少の姿のギリスの体重は約三十キロである。間違っても重傷を負ったギリスを重荷だとは思わないが彼を背負うという役目をカーベルが引き継いでくれる事は戦場に立っているブレーブにとっては願ってもいない事だ。

 

「即ち、貴女にやって欲しい事はガミラと交戦し出来る限り、具体的には私の《解呪(ヒーリング)》の技で確実に仕留められるようになるまで彼を削って下さい。そうすればこの悪夢のような夜を全員生きて乗り越えられる事を約束しましょう。」

「……………!!

そ、それでも、それであなたは良いんですか!?

そんな、まるで汚れ役を一身に受けるようなそんな扱いで…………!!」

「その答えは是です。

私はヴェルダーズの謀りを阻止する。

その命だけを受けてラジェル様に産み出された存在なのですから。」

「!!!」

 

カーベルの無機質な返答を聞いてブレーブはようやく理解した。人間である自分と違ってカーベルもといフゥは最初からヴェルダーズ達に勝つ為だけに作られた存在である。

なればこそ自分とは思考も価値観も倫理観もその全てが完全に異なっているのだ。だからこそ彼女は敵と戦い、場合によっては倒す事すら厭う事は無い。それが(女神ラジェル)の望みと知り、それを正義だと信じて疑わないからだ。

 

「無論、今回は緊急事態ですので執拗な深追いはしません。万一 敵が退避するならばその背を狙う事はありません。

最優先事項は敵の排除ではなく彼等の術中にかかった罪も無い人々の救助。それは理解して行動します。」

「!!」

「そして最後にもう一つ、貴女に言っておかなければならない事があります。」

「?」

「先程、私は貴女が勝利する可能性を出来る限り上げると言いましたが、それとは別にもう一つ可能性を上げる要素があるという事をラジェル様より伝言として預かっています。

それは、貴女が《刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)》を身に付ける事です。」

「!!!!?」

 

刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)

今朝 勇者連続殺人事件の話の中でぽつりと出てきたその単語にブレーブは酷く驚いた。

カーベルの話を正しく聞いていたのなら彼女は今しがた自分にそれを身に付けろと言ったからだ。

 

「驚かれるかもしれないでしょうが荒唐無稽な話ではありません。貴女は()()()()その資質に手を掛けているのですから。」

「さ、()()()()…………!? どういう事…………!!?」

「その刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)の名前は《女神之剣(ディバイン・スワン)》。ラジェル様が乱れた規律を正す為に振るった神剣の一本です。」

「えっ!!? そ、それってまさか…………!!!」

「その通りです。

貴女が今日まで振るってきた《乙女剣(ディバイスワン)》は、《女神之剣(ディバイン・スワン)》に身体を慣れさせる為にラジェル様が生み出し、そして貴女に与えた贈物(ギフト)なのです。」



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243 突如として現れた魔法使い!! キュアカーベル 降臨!!! (後編)

天使族 ラジェル

その経歴と実績から人々は彼女を《女神》と呼んで尊敬の眼差しを向けた。彼女は住まいを魔界とは別としながらも魔王ギリスやその周辺の人間達と交流を深め、一定の距離を保ちながらも共に活動を続けていた。

 

そして彼女もまた魔王ギリスや勇者ルベドがそうであるように刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)の持ち主である。《女神之剣(ディバイン・スワン)》という名のその選ばれし力を世界の均衡のために振るった。

 

ヴェルダーズの術中に嵌り、世界に干渉出来なくなった今、彼女はキュアブレーブこと夢崎蛍を《女神之剣(ディバイン・スワン)》の次の使い手に育てる事を考える。ブレーブが持たされている《乙女剣(ディバイスワン)》はその為に作られた贈物(ギフト)なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「………と、刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)………!? それを私が持つって言うの…………!!?」

「その通りです。先程も言ったように荒唐無稽な話ではありません。貴女は先程も《戦場之姫(ジャンヌダルク)》の真の力を引き出す事に成功しました。貴女は強くなっています。この世界に足を踏み入れてから今日までずっと修羅場を潜り抜けた貴女は心身共に成長を続けています。

それこそ、ギリス様やルベド様と同じ刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の使い手になり得るでしょう。」

「…………………!!!」

 

カーベルの話を聞くブレーブの頭の中には相反する二つの思考が渦巻いていた。

自分如きがギリスやルベドと同じ境地に立てる筈がない という否定的な思考と戦場之姫(ジャンヌダルク)の力を引き出して窮地を凌ぐ事が出来た今ならそれも可能になるかもしれないという肯定的な思考の二つだ。

 

「さて、いよいよ時間がありません。風の天蓋を解除しますよ!」

「は、はいっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「っ!!?」

「驚いている暇はありません!! すぐに行動を起こしますよ!!!」

 

風の天蓋が解除されて周囲を確認したブレーブが最初に感じ取った感情は『驚き』だった。

それは周囲の光景がカーベルの風の中に入る前と殆ど()()()()()()()からだ。周囲に居る敵も味方も同様に膠着状態から変わっている気配が無い。まるで()()()出てきた事に驚いているような顔つきだ。

 

(ど、どういう事………!!? まるで全然時間が経っていないみたいに━━━━━)

「来ましたよ!!!」

「!!」

 

前方からガミラが近付いて来ていた。

彼が走って下手に距離を詰めて来ないのは吹き飛ばされた屈辱を噛み締めている事と未知の存在であるカーベルを警戒している事が理由だろう。

 

『敵二人の足はそれぞれ止まっています。

行動を起こすのは蟲人族の敵が射程に入った瞬間。まずはギリス様を安全な場所に運びますよ!!』

『は、…… う、うんっ!!』

 

ブレーブはカーベルの指示に『うん』と答えた。それはギリスやリルアがそうであるようにフゥを対等な仲間であると認める為の返事だった。

 

 

━━━━━━━━ ボンッ!!!!!

「!!!!!」

「《旋風之神(ミカエル)》!!!!!」

『!!!!?』

 

たった一秒の間に立て続けに二つの事が起こった。

一つは鎌の射程に踏み込んだ瞬間、ガミラが地面を蹴り飛ばしてブレーブ達の元へ強襲を掛けた事。そして二つ目はそれを見計らったかのようにカーベルが旋風を巻き起こしてギリスの身体を空に舞い上がらせた事だ。

そしてガミラも同様にカーベルの意図を瞬時に察知し、何をするべきかを理解した。

 

「ロノアァ!!! サリアァ!!!! お前ら勇者の足を止めろ!!!!

俺は戦ウ乙女(プリキュア)と魔王を始末する!!!!」

『!!!!』

 

ガミラの一喝はその場に居た全員を支配し、注目はカーベルとギリス、そしてブレーブに集中した。

ロノアとサリアの二人はブレーブの足止めを、オルドーラとタロスの二人はカーベル達の警護を試みる。しかしカーベルはこうなる事を予見し、対策を講じていた。

 

「フェリオ!! お願いします!!!」

「はいファ!!!」

(!!? フェリオ!!?)

(何あいつ!? 今更出てきて!!)

(何だ!? 勇者女の連れか!!?)

(戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)か!? 今になって何を!!?)

 

この時まで出て来なかったフェリオが人間の姿で突如として現れた事に四人は各々の反応を示した。そしてその意味する所を理解しようとした一瞬の隙を付いてフェリオが行動を起こす。

 

「《陽光之神(アマテラス)》!!!!!」

『!!!!?』

 

フェリオの手から本物の太陽光と見紛うばかりの光が放たれた。夜になり、森を焼く火も消えて暗闇に近い状態だった戦況に差した光はその場に居た者を敵味方を問わずに目を眩ませ、視力と思考力を一時的に奪う。

フェリオに背を向けていたブレーブとカーベルという例外を除いた全員がその場で足を止めた。

 

「今です!!!」

「うんっ!!!」

「!!!!?」

 

カーベルの一喝でブレーブは行動を起こした。

地面を蹴り飛ばしてガミラに急接近し、彼の腹に刃を振るう。反応して辛うじて受け止めたが殆ど白くなっている視界で正確に防ぎきれず、腕や腹に鈍痛が走る。

 

(~~~~~~!!!!

この馬力、こいつ、体力が回復してやがる!!!)

(もう刀剣系が引き出せるかとかギリスと同じになれるかとか、そんな面倒臭い事は考えない!!!!

ギリスを助ける為に、時間を稼ぐ!!!!)



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244 己が役目を果たす為!! 決意新たに立つ勇者!!

「…………………!!!!!」

 

ブレーブの刃はガミラが持つ鎌の柄で防がれたが、その上からも腹筋にめり込んで内臓が悲鳴を上げた。

 

(………や、やべぇ…………!!!

このままじゃ(あばら)がやられる…………!!!! 一旦 吹っ飛んで逃れるしかねぇ!!!)

「うらっ!!!」

「!!!?」

 

ガミラは地面から両足を浮かせて踏ん張りを解き、それを逆利用して吹き飛んでブレーブの刃の衝撃から逃れた。

後ろの四人がフェリオの《陽光之神(アマテラス)》の光の怯みから回復できていない事によって出来た一瞬の隙を見逃さず、ブレーブは懐から通話結晶を取り出し、ガミラの追跡と同時進行で通信を試みる。

 

『━━━━━━━━ブツッ』

「! 繋がった!!

もしもし!!? 誰か!! 聞こえる!!?

聞こえたら返事して!!!」

『!! そ、その声はホタル君だな!!!』

「(こ、この声はイーラ隊長!!)

はいそうです!!! こっちは今、強い敵が三人現れて森の中で戦ってます!!! そっちはどうなってますか!!?」

『こっちも同じような状態だ!!

何者かに眠らされて起きたと思ったら本部の外はチョーマジンで一杯で出るに出られなくてな!!

完全に籠城状態だ!!!』

「分かりました!! それで、今は何を!?」

『つい先刻、マリエッタ副団長が満身創痍の状態で運ばれて来て、総員 彼女の治療で手が込んでいる!! あの、君達の仲間のエミレ君も駆り出されて手が離せなくなっている!!』

「エミレちゃんが!? どうして!?」

『副団長の治療を一身に請け負っていてな!!

彼女が持っていた贈物(ギフト)で倉庫にあった薬草を薬に変えて手当を行っている!!

申し訳ないがまだ加勢に行けそうにない!!!』

「いや、そのまま残っていて下さい!!

詳しい事は長くなるので言えませんが、実はギリスが大怪我を負って、今そっちに運ばれているはずなんです!! ですから、ギリスをお願いします!!!」

『!! わ、分かった!!!』

 

イーラとの通話はそこで途切れた。加勢が望めない事は本来 悲報ではあるが、不確実な期待が出来ない事は逆にブレーブの闘争心に火を付けた。自分しか頼る事が出来ない事で退路を絶たれたことにより、剣を握る手に力が入る。

ブレーブは自覚していないが、ギリスやラジェルは既に彼女は逆境に強い人間である事を見抜いていたのだ。

 

 

 

***

 

 

「……………!!!」

「…………やりやがったな。この女郎!!!」

 

十数秒ほど走って着いた所にガミラは立っていた。腹を抑えて顔を顰めている。先程の一撃は無駄では無かったと自分自身を元気付けた。

そして更にブレーブは自身の心持ちを改める。『殺されてしまうかもしれない』という否定的な思考は心の隅に封じ込め、『殺せるものなら殺してみろ。勇者は勇者でも私は勇者の戦ウ乙女(プリキュア)だ。』と強気な心持ちでガミラに相対する。

 

「…………お前はじっくり殺ってやろうと思ったが予定変更だ。さっさとぶつ切りにして、ロノアとサリアの所に行かせてもらうぜ。んでもってあの訳の分からねぇ妖精()の奴も後をおわせてやるよ!!!」

(やっぱり乗ってきた!! こうなったら一気に勝負を決めに来るはず!!!

なら絶対に━━━━━)

(こいつで真っ二つにしてやる!!!!!)

 

ガミラが長々と喋っていたのは単純な怒りからではなく、攻撃を悟らせない為だった。身体の後ろで鎌を構え、既に発動の準備が整っている。そしてブレーブもそれを見抜いていた。

 

「《死神之(デスサイ)━━━━━━」

(今だ!!!!!) ボォン!!!!!

「ッ!!!!?」

 

ガミラが全身で鎌を振る瞬間、ブレーブは地面を蹴り飛ばして間合いを潰し、《死神之鎌(デスサイズ)》の射程の()()に飛び込んだ。そして彼女が持つ剣は突きを放つ状態で構えられている。言うまでもなく零距離で有効なのは刀身程の距離を必要とする斬りではなく突きだ。

 

「でりゃあ!!!!!」

「!!!!!」

 

ブレーブの渾身の突きは直撃はせず、再びガミラの鎌に防がれた。しかし先程と同様に受け止めた腕が悲鳴を上げる。全体重と力を乗せた突きはガミラの腕一本で受け止められる代物ではなくなっていた。

 

「~~~~~~~!!!!

死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「ッ!!」 「!!!!?」

 

ガミラは仰け反っている体勢を利用して両足に鎌を構え、下半身をかち上げて《死神之鎌(デスサイズ)》を繰り出した。

しかしブレーブはそれに怯える事無く最小限の動きで身体を半身に移動させて躱した。

 

(あ、足で鎌を振り上げた…………!!?)

(コ、コイツ、動きに無駄が無くなってる!!!

間違いねぇ、コイツ、この戦いの中で強くなってやがる!!!!)



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245 警備団本部の籠城戦!! 救世主 キュアカーベル!!! (前編)

ブレーブがガミラと一対一で交戦している一方、時を同じくして本部の中でも籠城戦という激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 

***

 

 

「エミレさん!! 次の薬草の準備 出来ました!!!」

「分かりました!! そこに置いておいて下さい!!

すぐに新しいポーションを作ります!!!」

 

本部の中ではガミラ達の催眠魔法という術中にかかり、寝静まっている間にチョーマジン達に囲まれ、援軍に行く事を封じられて籠城戦を強いられた。そしてその中では図らずも催眠魔法から抜け出せなかったイーラとエミレが先陣に立って緊迫状態を切り抜ける方法を模索していた。

具体的に言うとイーラの贈物(ギフト)鉄壁要塞(ファランクス)》を《絶対防御(アンブレイカブル)》で強化して外壁を覆って侵入を阻み、魔導師達が遠距離から魔法を放って撃退を試みている。そしてその中でエミレが贈物(ギフト)改造(リモルデル)》を用いて本部の倉庫に保管しておいた薬草をポーション等に作り替え、負傷したマリエッタなどの治療に専念していた。

 

「エミレさん!!! こっちは魔力回復の効果のある薬草です!!!」

「分かりました!! すぐに取り掛かります!!!」

 

警備団員の女性が籠いっぱいの薬草を持ってエミレに駆け寄ってきた。エミレの贈物(ギフト)によって飲む事で魔力を回復させるポーションを作り、回復魔導師達の魔力の確保を狙う。

 

「ポーションが、ポーションが足りません!!!」

「敵の増援です!!! 大量に攻めてきています!!!」

「早く薬草を持ってこい!!!」

 

目を覚ました瞬間にオルドーラとマリエッタを除く警備団員は本部の外に広がっている惨劇に直面した。周囲の森は火に包まれ、その中からは馬や魔導師の姿をした怪物(チョーマジン)が本部を取り囲み、状況も掴めないままに籠城戦を強いられた。

その焦燥感はすぐに全員に伝わり、各々の役割を果たしてはいるもののいつ本部内に突入されてもおかしくない状況に怒声が飛び交う。

 

「大変です イーラ隊長!!!

倉庫にあった薬草が底をつきました!!!」

「!!! そ、そうか……………!!

マリエッタ副団長の容態はどうなっている!?」

「外傷は塞ぎましたが、意識は戻りません!!」

「……………!!!」

 

イーラの当時の理想はマリエッタが意識を取り戻して魔法が使えるところまで回復し、他の負傷者の治療に貢献してもらう事だったが、他の負傷者や魔力を消耗した魔導師達にポーションを使用した事で中途半端な結果になった。

 

イーラは再び窓の外に広がる光景に目を向けた。自分の贈物(ギフト)の効果によって侵入こそ阻めているが突破口は開けていない。本部の中に残っている戦力の数は限られているが、敵は外から無尽蔵に押し寄せてくる。

 

(ポーションに出来る薬草も底を尽きた!! それに魔導師達の魔力も俺の贈物(ギフト)もいつまで持つか分からない!! 突破されて本部の中までなだれ込まれたらそれこそ大惨事だ!!!

…………やむを得まいか!!!)

「イーラ隊長!!! 敵襲です!!!」

「敵襲!? そんな事分かってる!!!

今がまさにその時だろう!!! そんな事をわざわざ━━━━━」

「違います!! ()()()ここに近付いてくる者が居ます!!!」

「何!?」

 

イーラは警備団員の指さす方向に視線を向けた。その男の言った通り、上空に光に包まれた何者達かが本部に向かって来ている。しかしそれは敵襲では無かった。その内の一人に見覚えがあったからだ。

 

「どうします!? 魔法弾で撃ち落としますか!!?」

「違う!!! あいつは敵じゃない!!

戦ウ乙女(プリキュア)達の仲間の一人だ!!!」

「!!?」

 

イーラがその結論を出した理由はテュポーンとの戦いの時にフェリオが見せた人型の姿を見たからだ。そして彼女の隣にいた人物も見覚えは無いが同様に戦ウ乙女(プリキュア)の一人だと結論づける。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ) 七番隊隊長 イーラ・エルルークさんですね!? 私は戦ウ乙女(プリキュア)が一人 キュアカーベルです!!!

私は貴方々に加勢に参りました!! 窓を開けて下さい!!!」

「!!!」

 

イーラの予想通りフェリオの隣にいた人物は敵ではないと話した。それをイーラは無条件で信用し、警備団員が止めるのを振り切って窓を開けた。

 

「先ずは現在の戦況を報告します。

現在の敵襲は三人。それぞれタロス、ブレーブ、そしてオルドーラ団長が交戦中です。

そして、私は加勢と彼の保護の為にここに参りました。」

「!!! こ、これは…………!!!」

 

カーベルは満身創痍のギリスを床に寝かせた。

胸の傷は塞がっているが血を大量に失った事による昏倒状態からは回復できていない。

 

「ギリス様は敵の襲撃にあって負傷しました。ですが心配は要りません。既に回復は終わっています。私はこの包囲された本部を救出に来たのです。

貴方々は私が助けます!!!」



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246 警備団本部の籠城戦!! 救世主 キュアカーベル!!! (後編)

ギリス=オブリゴード=クリムゾン

 

イーラにとって彼は尊敬し、その強さを信じて疑わないルベドと同格の存在という認識であり、彼もまた不覚を取る事などありはしないと思っていた。

しかし今、その彼が意識を失って床に倒れている。それは即ちギリスに深手を負わせた存在がヴェルダーズの下に居り、そしてこの魔法警備団を襲撃しているという事である。そして同時にギリスで勝てない存在に誰が勝てるのかと心のどこかで思ってしまっていた。

 

「ギ、ギリス様が負傷だと………!!?

()()をやった奴がこの本部に居ると言うのか!!?」

「その通りです。星聖騎士団(クルセイダーズ) 隊長、その肩書きを持つ貴方が聞いて驚かない道理は無いでしょうが、私がこれから話す事は真実です。」

「?」

()()をやって見せたのは、貴方々が追っていた《勇者連続殺人事件》、その実行犯です。」

「!!!!?」

 

勇者連続殺人事件

つい数時間前にも本部に遺体が送り付けられるというあまりにも大それた挑発的な出来事が相まってイーラがそれを意識していない筈は無かった。目の前の女性はたった今、その実行犯が本部を襲撃した敵と同一人物だと言ったのだ。

 

「………それは本当なのか…………!!?

ならば、ならば私が出ない訳には…………!!!」

「それはなりません。彼はギリス様達と同様に究極贈物(アルティメットギフト)の使い手です。とてもではありませんが貴方々の手に負える相手ではありません。」

「!!!」

 

カーベルの表情はあくまでも真剣だった。

そしてイーラも無意識の内に隊長としての責任と自分の力の程を天秤にかけていた。

同じ隊長でありながら究極贈物(アルティメットギフト)の使い手であるルベドやハッシュと自分とが戦ってどちらが勝つかは火を見るより明らかだ。

 

「そ、それなら貴方はどうしてここに居る!?

その理屈なら貴方こそ尚更 戦場にいるべきでは━━━━」

「いいえ。私は自分の役目を果たす為にここに来ました。それに戦場はあそこだけではありません。敵襲を受けているここもまた激戦区に変わりはありません。

そして私の役目はここにこそあります。この膠着した状態を打開し、この場でギリス様の安全を確保する。その為に私は馳せ参じたのです!!」

「!!!」

 

イーラは返す言葉を見つけられずにいた。現状ではこの膠着状態を打開する方法は皆無であり、チョーマジンに変えられた馬や魔導師を解呪(ヒーリング)という殺さずに無力化出来る方法を持つカーベル(とフェリオ)は僥倖とも呼ぶべき助力だ。

 

「…………分かった。貴方を全面的に信用しよう。それで、私達は何をすれば良い?」

「今の私とフェリオを合わせれば今居るチョーマジンの全員は解呪(ヒーリング)出来ます。

貴方々は負傷者の治療に専念して下さい。」

「!! 分かった!!!」

「お任せします!!!」

 

カーベルは窓を開けて外に足を下ろした。イーラの《鉄壁要塞(ファランクス)》の外に出た瞬間、ようやく()()()相手を見つけたチョーマジン達はカーベル達に一斉に襲い掛かる。

 

「《暴風之神(ルドラ)》!!!!!」

『!!!!!』

 

カーベルは自分の前方の扇状の範囲に竜巻を巻き起こし、全てのチョーマジンを上空に吹き上げた。空中で行動する術を持たないチョーマジン達は反撃できない体勢となる。それは即ち彼等の敗北を意味していた。

 

「フェリオ!! 時間を稼いで下さい!!

私は解呪(ヒーリング)の準備をします!!!」

「分かったファ!!!」

 

カーベルの目は既にチョーマジン達が依然として戦う意思を失っていない事を捉えていた。故にフェリオに指示を出し、解呪(ヒーリング)の準備を整える。

 

「《陽光之神(アマテラス)》!!!!!」

『!!!!?』

 

フェリオの両手から放たれた光がチョーマジン達の目を眩ませた。反撃する時間と余力を奪われてカーベルに隙を与えてしまう。

そしてカーベルはチョーマジン達を纏めて一掃する準備を完了させた。

 

「………あれは…………!! 杖!! 魔法の杖だ!!!」

 

イーラの目に飛び込んだのは身の丈程もある杖を手に持ったカーベルの姿だった。杖の先は円を模した装飾が施されており、その中心に変身アイテム(フェデスタル)が取り付けられている。グラトニーが魔法陣の中心に装着するように、カーベルはフェデスタルを杖に装着して解呪(ヒーリング)を使用するのだ。

 

「《プリキュア・カーベルサイクロン》!!!!!」

『!!!!!』

 

カーベルが持つ杖の先端から紫色の暴風が発生し、上空に居たチョーマジン達を巻き込んで膨張し、本部の前で吹き荒れた。



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247 起死回生のガミラの一手!! 勇者の首を刈り取る鎌!!!

「…………………!!!!」

 

イーラの目は眼前で吹き荒れる紫色の竜巻を捉えていた。下手に手を出せずにいたチョーマジン達を纏めて飲み込んだ戦ウ乙女(プリキュア) キュアカーベルの圧倒的な力に恐怖を超えて畏怖の念すら抱いた。

 

「…………………!!!

あっ!!!」

 

カーベルが起こした竜巻が晴れた後にはチョーマジンの姿は無く、馬や魔導師達が意識を失って地面に倒れている光景が広がっていた。それは即ち自分達が窮地を逃れる事が出来たという事だ。

 

「……………… や、やったぞ!! 助かった!!!

助かったぞ俺達!!!!」

 

命の危険が無くなった事を理解した魔導師達は数刻経った後にその事を理解し、安堵と共に歓声を上げ始めた。

 

「皆の者 気を抜くな!!!!!」

『!!!!』

 

籠城状態を脱する事に成功した魔導師達の喜びの声はイーラの一喝によって止められた。

 

「窮地を脱して喜ばしいのはよく分かるが、まだ戦いは終わっていない!!!

この時間を有効に活用し、すぐに態勢を立て直すのだ!!! 負傷者の治療と損壊部分の修復を行い、防御態勢を万全としろ!!!

そして動ける者は早急に前線に赴き、オルドーラ団長達に助太刀をするのだ━━━━」

「それには及びません。」

「!!?」

 

魔導師達の過剰な興奮を抑え込み、檄を飛ばし続けるイーラにカーベルが声を掛けた。

 

「防御態勢の強化には全面的に賛成しますが、援軍を送る事は()()です。」

「!? 危険!!?」

「はい。まず初めに、敵は人間をチョーマジンに変える術を持っています。その力はまだ残っていると考える事が妥当でしょう。ですから下手な援軍は逆効果であると考えます。」

「…………!! な、なるほど…………!!!」

「そしてもう一つ、これは私の考えですが、この戦いは()()()になる戦いであると考えます。

彼女にとっても、私達にとっても。」

「……………?!!」

 

 

 

***

 

 

 

「ウルァアアアアアアアア!!!!!」

「やああああああああああ!!!!!」

 

ブレーブとガミラは既に三分以上、一呼吸も置く事無く互いの武器をぶつけ合っていた。刃同士の激突の余波だけで皮膚の皮と毛細血管が破れ、発生した火花は既に周囲の森に再び火種を生み出しつつあった。

 

(……………!!!

気の所為じゃねぇ!! こいつ、動きにキレが出てきてやがる!!!)

(……………!!!

た、足りない!!! 私達の勝ちに、あと少し刃が届かない………!!!!)

 

二人の戦い方は似て非なり、その上で尚 拮抗していた。

ブレーブは右手に乙女剣(ディバイスワン)を握り、左手に強固盾(ガラディーン)を装着してそれぞれの役割を明確にした戦法。対するガミラは四本の腕で二つの長い鎌を変幻自在に振り回し、状況に応じてあらゆる箇所で攻撃も防御も行う。

 

「ウルァア!!!!!」

「!!!!?」

 

ガミラは強引に鎌を振り上げてブレーブの行動を一瞬奪った。その一瞬をガミラは攻撃ではなく一歩間合いを広げる事に使った。

 

(………!!?

ど、どうする!? 近づいた方が良いの!?)

(………………!!!!

これじゃダメだ!!! この()じゃ倒し切れねぇ!!! もっと自由に、もっと貪欲に、奴の首を刈り取る()を!!!!!)

「!!!?」

 

ガミラが持つ冥界之王(ハデス)は更に形を変えた。鎖が長く延び、その両端に小型の鎌がぶら下がっている。それが二対で彼の手に握られていた。

 

「ウルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラの四本の腕と四つの鎌がブレーブの動体視力を超えて駆動した。彼女の目が捉えたのはガミラの上半身で風を切って振り回される腕とその周囲を覆う半透明の膜状の物だけだ。

そして直ぐにそれが鎌の残像である事を理解する。それは最早 近付くだけで切り裂かれる攻防一体の膜だ。

 

(……………!!!!

ダ、ダメだ………!! これじゃ近付けない…………!!!)

「これで終わりと思うかよォ!!!!」

「!!!?」

「俺の全力を喰らいやがれ!!!!!」

死神之鎌(デスサイズ)

煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》!!!!!

「!!!!!」

 

ガミラの周囲を高速回転する鎌の全てからガミラの必殺技である《死神之鎌(デスサイズ)》が放たれた。それは上下前後左右 全ての方向に放たれる魔力の斬撃であり、射程内の物全てを無差別に斬り刻む必殺技である。

尚、ガミラがこれを使ったのはこの時が最初だが、それだけの効果がある事は直感で理解していた。

 

「………………!!!!!」

「考えるだけ無駄だ!!!! 逃げ場なんざねぇぞ!!!!

微塵斬りになりやがれ!!!!!」

(……………!!!!

いや違う!!! 私が向かわなきゃ行けない方向ならある!!!!)



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248 突破口を切り開け!! ブレーブ 真っ向勝負!!!

四方八方に目にも留まらない速さで振り回された鎌から《死神之鎌(デスサイズ)》が衝撃波となって放たれ、ブレーブに襲い掛かった。ガミラが土壇場で編み出したこの技には隙は無く、逃げ場など何処にも無い。ブレーブも()()()()()は認めていた。

 

(確かにすごい技だ。全然隙が無い。

だけど、だけど()()()ならある!!! いや、()()()()!!!!)

「!!!?」

 

ブレーブが選んだ選択肢は、逃げも隠れもせずに前に突き進む 事だった。剣と盾を交差させてガミラの攻撃に真っ向から勝負を挑む。

 

「バカが!!!! んなちゃちな武器で防げる訳 ねぇだろうがよ!!!!

その剣も盾も纏めて細切れにしてやるぜ!!!!!」

(それでもやるしか無い!!!! 突き進むしか、方法は無い!!!!!)

「うりゃああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「!!!? んだと!!!!?」

 

衝撃波の大群に真っ向から突っ込んだブレーブは盾で衝撃波を防ぎ、剣で衝撃波を弾き、ガミラとの距離を詰めて行った。

ガミラが驚愕したのはブレーブが防ぐ対象に選んだのが致命傷のみで、後の全ては受ける覚悟で勝負を挑んだからだ。防ぐ事を諦めた残りの衝撃波は身体中に切り傷を刻み、彼女の体力を少しづつ削る。

 

(~~~~~~!!!!! も、物凄く痛い!!!!

でも、それでもやるしか無い!!!! やらなきゃギリスもフェリオも、みんな死んじゃう!!!!

そうなるくらいなら、やってやる!!!!!)

「うわああああああああああああああああ!!!!!」

「そんな玉砕覚悟(ヤケクソ)が通じる訳ねぇだろうがよ!!!!」

「!!!!」

 

飛んで来る無数の衝撃波を凌ぎ続けるブレーブの目が捉えたのは長い鎌を構えるガミラの姿だった。それだけでブレーブは最悪の事態を予感する。

 

(ヤ、ヤバい!!!!)

「こいつで終わりだァ!!!!!

死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラが全身で振り抜いた鎌の一撃は今までとは比にならない程 巨大な衝撃波となってブレーブに襲い掛かった。

 

━━━━━━ガキィン!!!!!

「~~~~~~~~!!!!!」

 

ブレーブは乙女剣(ディバイスワン)を構えて刀身でガミラの衝撃波を受け止めた。しかし受け止めた刀身からギチギチと泣き叫ぶような金属音が響く。ブレーブは気付いていなかった。

ガミラの大技 《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》を受け続けた剣の刃は既に限界を迎えていたのだ。

 

「!!!!!」

 

次の瞬間、二つの音がブレーブの鼓膜を震わせた。

一つは剣の刃が限界を迎え、甲高い音を立てて割れた音。もう一つは刀身を破壊した衝撃波が彼女の左肩を斬りつけた音だ。

死神之鎌(デスサイズ)》の一撃はそれまでの軽傷とは違い、傷口の左肩から鮮血を吹き出させた。

 

「……………ッ!!!!!」

(ッ。 剣で威力が削げたか。

(タマ)までは取れなかったな。)

 

左肩から全身に広まった激痛はブレーブの喉から絶叫を出させる事すら許さず、ただくぐもった声を出しただけだ。その激痛は強く、まるで操り人形の糸が切れたかのように膝を付き、うつ伏せに倒れ伏した。

 

「…………………!!!!」

(さぁて、危なくはねぇが困ったぞ。

こっからどうやって止めを刺す? 下手に近付くのはバカのやる事だしな……………。)

 

ガミラはブレーブがまだ生きている事を直感していた。自分の圧倒的有利は変わらないが、止めを刺そうと近づいた所に不意打ちを仕掛ける可能性が残っている。だからといってこの状態で彼女から離れるという選択肢は論外だった。慢心して目を離した勇者に虚を突かれる事など許される筈が無い。

 

(……………………!!!!!

か、肩が()い……………!!! 身体も動かない……………!!!)

(だとしたらここから止めを刺すって話になるわな。 となると………………、)

「…………これだな。」

「!!!!」

 

ブレーブの耳に入ったのは風を切る不気味な音だった。音の正体を確かめる為に顔を上げたブレーブは視界に入った光景に顔を顰める。

ガミラの背後で巨大な円が回転していた。言うまでもなくそれは高速で回転する鎖の残像が生み出した代物である。以前との相違点は肝心の鎌がガミラの手に握られている事だった。即ち鎖の先端に付いているのは違う物だ。

 

(………………!!!

ま、まさかあれって……………!!!)

(そうさ。てめぇは斬られて終わるんじゃねぇ。頭潰されて終わるんだよ!!!)

 

ガミラの鎖の先端に付いていたのは鎌ではなく、分銅だった。高速で回転する事によって速度と遠心力が乗ったそれは言わずもがな 凶器と化す。戦ウ乙女(プリキュア)の頭部とあってもそれは例外では無い。

 

「脳漿ブチ撒けろォ!!! 勇者様よォ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラが身体を振るった瞬間、究極贈物(アルティメットギフト)冥界之王(ハデス)》の力の塊がブレーブの頭目掛けて高速で飛来した。



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249 勇者の盾が目覚める!! 進化する天使の檻!!

「脳漿ブチ撒けろォ!!! 勇者様よォ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラの鎖の先端に付いた分銅は遠心力と速度を最大まで乗せることで頭部を容易に破壊する凶器と化した。分銅が放たれてから頭部に達するまでの時間はほんの数秒。その最中でもブレーブは思考を巡らせる。

 

(…………………!!!

何か、何かやらないと…………!!! まだ、まだ終わりたくない……………!!!!)

(今更やりようなんかあるかよ!!! 脳漿ぶち撒けて終わりだ!!!!)

 

 

━━━━━━━ガァン!!!!!

『!!!!?』

 

ガミラの分銅はブレーブの頭ではなく硬い()()にぶつかって阻まれた。それは()()だった。淡い光を放つ巨大な格子がブレーブの眼前に展開されたのだ。

 

「な、何だこれはァ!!!!?」

(…………!!!? な、何これ…………………!!!?

私、こんなもの知らな━━━━━━)

『強化が完了しました。

特上贈物(エクストラギフト)強固盾(ガラディーン)》が究極贈物(アルティメットギフト)堅牢之神(サンダルフォン)》に進化しました。』

「!!!?」

 

再びブレーブの頭の中に無機質な声が響いた。

彼女の耳に誤りが無ければ声の主はたった今 『究極贈物(アルティメットギフト)を身に付けた』と言ったのだ。

 

「……………………!!! あぐっ!!!」

「!!」

 

今のブレーブの身体は指一本動かすだけで全身が引きちぎれるような激痛が走る程 負傷している。それでも身体に鞭を打ってウィンドウを展開した。それを是が非でも阻止したいガミラだったが前に出るに出られないでいる。

目の前の格子が得体の知れない物だからだ。

 

(あ、あった……! これだ…………………!!)

 

ウィンドウにはこう記してあった。

 

《追記項目》

堅牢之神(サンダルフォン)

天使系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:エネルギーで構築された格子を展開し、攻撃を防御したり対象を閉じ込める。

 

「…………サ、サンダルフォン…………………!!?

!!!?」

 

その瞬間、ブレーブの前にあった格子は形を変え、彼女を囲った。《堅牢之神(サンダルフォン)》は彼女の意志とは無関係に動き、閉じ込める事で彼女を守ったのだ。

 

「………これって、私を守ってくれてるの………!?」

 

無論 返事などある筈も無いが、ブレーブは格子から声が聞こえるような錯覚を覚えた。

まるで自分の部屋で安心して眠るかのような、或いは親の傍に居るかのような、忘れかけていた感覚が蘇るかのようだった。

 

(…………なんで……………?

何にも解決してないのに、なんでこんなに安心出来るの………………?)

「《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》!!!!!」

「!!!!?」

 

ガミラの叫び声が響いた瞬間、鼓膜を破らんとする程の金属音が大量に鳴り響いた。ガミラが格子の破壊を試みて周囲の森ごと格子を斬り刻む強行に出たのだ。

 

「オルァア勇者ァ!!!!!

さっさと出て来やがれテメェ!!!!!」

「…………………!!!!

(まずい………!! 時間が無くなる………………!!!)」

 

ブレーブは《堅牢之神(サンダルフォン)》を自分の意志で動かしている訳では無かった。その事が逆効果に働き、今の彼女にはこの格子が後 どのくらい持つのかが分からない。今こうしている間にも格子が破壊される可能性があるのだ。

 

(……………!!!

出て来いだって? そこまで言うなら出て行ってあげるよ!!!)

「…………!!! アグッ!! フグァッ!!!」

 

堅牢之神(サンダルフォン)》の覚醒によって窮地を脱した事によりブレーブの心の中に少しばかりだが闘争心が芽生えていた。

引きちぎられるような激痛に顔を顰めながらもブレーブは仰向けになり、右手を切り裂かれた左肩に置いた。

 

「~~~~~!!!

解呪(ヒーリング)》!!!!!」

 

左肩の傷口に触れた右手から光が放たれ、傷口を照らした。光が強くなるにつれて肩に刻まれた致命的な傷はどんどん塞がっていく。

 

「~~~~!!!

ハァッ、ハァッ、ハァッ……………!!!」

(や、やった……!! ()()()は本当だったんだ…………!!)

 

傷口から出血が止まるに連れて思考が冷静になり、かつてフェリオに聞いた情報が蘇る。

解呪(ヒーリング)はチョーマジンとそれを生み出す贈物(ギフト)を持つ者以外に使うと回復魔法と同等の効果が得られるのだ。

 

「…………よし、行ける!! 立てる!!! 戦える!!!!」

 

左肩の致命傷を塞いだ事でブレーブの闘争心は完全に回復した。そして《堅牢之神(サンダルフォン)》を解除する意志を固める。



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250 剣が折れても心は折れない!! 茨の道を進む勇者!!!

「うりゃああああああああ!!!!」

「雑兵風情がいつまでも醜い足掻きをするな!!!」

 

「ほらほらどうしたの? そんなんじゃいつまで経っても勝つなんて出来ないよ。」

「……………!!! 人の魔法を封じといてよく言うぜ!!」

 

ブレーブがガミラに一騎打ちを繰り広げている同時刻、オルドーラとタロスも激戦を繰り広げていた。両者共に相性の悪い相手との戦いを強いられ、打開策を見つけられずにいる。

 

 

━━━━━━ズババババババババッ!!!!!

『!!!!?』

 

その瞬間、四人の耳に何かが大量に斬り裂かれる音が聞こえた。次の瞬間には地面を揺らす程 何かが倒れる音が鳴り響いた。

それは木が切り倒される音だった。それをやったのがどちらかなのかは四人には知る由もないが、激戦が起こっている事だけは分かった。

 

それはガミラが土壇場で編み出した必殺技《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》の()()()である。射程の中にある物を無差別に巻き込んで両断する技の特性がこの現象を生んだのだ。

 

「………な、なんだありゃ!!!?」

「勇者女だ。あの勇者女が気ィ張ってあのカマキリ野郎とドンパチやってんだ!!!」

 

オルドーラとタロスは木を斬り倒したのはブレーブだと根拠無く判断した。しかしそれが有効に働く。

 

「おりゃあっ!!!」 「ふんっ!!!」

『!!!』

 

タロスの振り上げた剣がロノアの鼻先を掠め、オルドーラの拳がサリアの頬を掠った。いずれも有効打では無いが二人の心の中に幾許かの余裕を与えた。

ブレーブが奮闘している(と思い込んだ)事で二人の士気が上がったのだ。

 

(俺より全然 戦ってないようなヤツがあんなに気張ってんだ。俺がやらない訳にはいかねぇ!!!)

(俺だって魔法警備団の一員だ。ここでこいつらに勝てなきゃ、俺は胸張って名乗るなんて出来ねぇ!!!)

 

 

***

 

 

 

「━━━《堅牢之神(サンダルフォン)》を、攻撃を弾きながら解除!!!!」

「ッ!!!!?」

 

その瞬間、ブレーブを囲っていた光の格子が爆ぜながら消失した。その衝撃は強く、ガミラは咄嗟に防御の姿勢を取らざるを得なかった。

それによって《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》を強制的に阻止する事がブレーブの作戦だった。

 

(…………………!!!

盾の贈物(ギフト)究極贈物(アルティメット)に進化したってのか…………!!?

肩に付けた傷も塞がってやがる…………!! あれも解呪(ヒーリング)の効果だってのか…………!!!)

「~~~~~~~~~~

何だその自信たっぷりの目はァ!!!!」

「……………………」

 

ブレーブは負傷しながらも自らの足で立っていた。しかし傍から見える程の余裕は無い。

肩の決定的な傷は塞がったが、それ以外の負傷は既に彼女の体力を消耗させていた。

 

(……………自信たっぷり? そんな訳ないよ。今だって身体中が痛くて痛くて倒れちゃいそうだよ。

だけど倒れる訳にはいかない。私は勇者として戦う!!!!)

「~~~~~~~~~~~~~!!!!!

勇者が!!! 勇者()()が俺をそんな目で見るんじゃねぇ!!!!!」

「!!!!」

 

ガミラは感情に任せて鎌を振り回し、再び《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》を繰り出した。やぶれかぶれの攻撃だったが、先程よりも圧倒的な衝撃波は速度と密度と物量でブレーブに襲い掛かった。

 

「テメェの盾の贈物(ギフト)が何もかも防ぐってんなら、それごと纏めてぶった斬るだけだ!!!」

(そんな事にはならない!!! もう防御(逃げ)たりもしない!!!

今度こそ突破してみせる!!!!!)

「《戦之女神(ヴァルキリー)》!!!!

戦場之姫(ジャンヌダルク)》!!!!

奇稲田姫(クシナダ)》!!!!!」

 

体力の温存という選択肢をかなぐり捨て、再び真っ向から迎え撃つ選択を取った。強力な盾となる《堅牢之神(サンダルフォン)》の使用を逃げと判断し、剣のみで切り抜ける決断を下す。そうでなければ成長する事もガミラに勝つ事も出来ないと直感したからだ。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「!!!!? こ、こいつ…………!!!! 折れた剣で…………!!!!」

 

戦之女神(ヴァルキリー)》で戦闘能力を底上げし、《戦場之姫(ジャンヌダルク)》で最適解を導き出し、《奇稲田姫(クシナダ)》で衝撃波の流れを観た事によってブレーブの動きは更なる飛躍を見せた。剣が折れているにも関わらず、先程は防ぎ切れなかった細かい衝撃波も纏めて弾いて防いでいる。

 

(行ける!!! このまま距離を詰めて解呪(ヒーリング)の剣を叩き込む!!!!!)



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251 闘志と闘志の削り合い!! 勇者の剣vs死神の鎌!!!

ガミラとブレーブの距離はせいぜい 数メートル。走っているならば数秒と掛からず詰められる距離の筈である。

しかし、この時のブレーブにとっての距離は何キロにも感じられ、何時間も一心不乱に剣を振り続けていたという感覚に陥っていた。

 

(…………………!!!!

何でだ!!!? 何で()()()()みてぇに刻めねぇ!!!!?)

(あと少し!!!! あと少しでたどり着ける!!!!!)

「うわああああああああああああああああ!!!!!」

「うるぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

ガミラの鎌の速度が更に上がり、それに対してブレーブの剣を振りも更に加速した。しかし闇雲に振るっているのではなく、贈物(ギフト)によって導き出された最適解を辿って剣を振る。そうでなければブレーブは今頃 細切れになっていてもおかしくはなかった。

 

「!!!!!」

(抜けた!!!!!)

 

気が遠くなるような防御を続けた結果、ブレーブは《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》を突破してガミラとの距離を詰めた。

剣を振る構えを取り、ガミラを射程に捉えた。

 

「《解呪(ヒーリング)》!!!!!」

「!!!!」

 

ブレーブは身体に残る全ての《解呪(ヒーリング)》に込め、そのエネルギーによって失われた剣先を構築した。

 

「《プリキュア・ブレーブカリバー》!!!!!」

「!!!!!」

 

ブレーブは全身の力で剣を振り、ガミラの脇腹に刃を直撃させた。そうして出来た切り傷に残る全ての解呪(ヒーリング)を注ぎ込む。それが彼女の作戦だった。

 

(━━━━━━━━めない!!!!?)

「~~~~~ふざけんじゃねぇぞ……………!!!!

勇者()()の、人の命をなんとも思ってねぇゴミクズの振った剣で、俺を斬れると思ってんのかァ!!!!!」

「!!!!

(こ、これは………………!!!!)」

 

ブレーブにとって、ガミラの絶叫は問題では無かった。彼女が釘付けになっていたのは剣先から飛び散る()()である。剣と肉体の衝突ではそれは決して起こらない。それが起こり得るのは刃物と刃物の衝突だけだ。

 

「うるぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

(か、鎌だ!!! お腹からたくさんの小さい鎌を生やして回転させて、私の剣を防いでる………………!!!!)

 

ガミラ()()()冥界之王(ハデス)》の能力は変幻自在の鎌である。それを応用したガミラは腹から手の平に収まるほど小さい鎌を大量に生やし、高速で回転させる事でブレーブの剣を防いだのだ。

 

「うらぁあ!!!!!」

「!!!!!

(も、もう少しだったのに!!! あとちょっとで私の剣が届いたのに!!!!)」

 

ブレーブの剣が弾かれた事によって攻撃の手番はガミラに移った。ガミラは鎌を二対の小型に変形させて四方八方からブレーブに攻撃を浴びせる。

 

「~~~~~~~!!!!」

「一人ぼっちで蛮勇引っ提げでんじゃねぇ!!! この死に損ないがァ!!!!」

(諦めない!!!! 諦めない諦めない 絶対に!!!!!)

 

ガミラの猛攻は強く、ブレーブは後退りしながら彼の猛攻を凌ぐ事を強いられた。彼女は自分の身体には最早 《堅牢之神(サンダルフォン)》を展開する余裕すら無いと判断し、剣での防御に専念する決断を下す。

 

ガァン!!!! 「!!!!」

(開いた!!)

 

不運にもガミラの鎌とブレーブの剣の攻撃が揃い、ブレーブの剣の方が弾かれた。両手が上に向き、身体の縦に揃った人体の急所である正中線ががら空きになる。

 

「地獄に落ちろ!!! このゲス野郎!!!!!」

「……………!!!!!」

 

ガミラの鎌がブレーブの首を目掛けて繰り出された。最早 防御する暇も躱す暇も無く、首が吹き飛ぶ光景がガミラの頭に浮かぶ。

 

 

 

━━━━━━カァッ!!!!!

「!!!!?」

 

ガミラが思い描いた光景が現実になる事は無かった。鎌が首に到達する瞬間、ブレーブを中心にして太い光の柱が展開されたのだ。

爆風に吹き飛ばされたガミラは空中で回転して受身を取った。しかし向かう事は出来ない。それが危険だと肌で感じたからだ。

 

「…………………!!!! な、何だァ!!!!?

くそぅ!!! 近付けねぇ なんて熱だ!!!

近付くだけで焼き切れそうだ!!!」

 

それはまるで太陽を棒状に練り上げて森の中に突き刺したかのようだった。これは《堅牢之神(サンダルフォン)》とは別のブレーブを守る光だ。

 

 

 

***

 

 

 

「……………!!! な、何これ………………!!!」

『私ですよ。』 「!!!!?」

 

周囲の全てが光に包まれた空間の中でブレーブは唐突に声を掛けられた。振り返るとそこにはラジェルが立っていた。

 

「ラ、ラジェルさん……………!!!」

『お久しぶりです。辛うじて間に合いました。

戦ウ乙女(プリキュア)()()()()()()()

……………いえ、勇者 ()()()()()()()。』

「!!!?」



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252 真なる勇者が剣を握る!!! 勇者キュアブレイブ 誕生!!! (前編)

「キ、キュアブレイブ………………!!?」

「そう。()()()()()()()

これは神の祝福を得た勇者の()()()()()() 《キュアブレーブ》が、勇気という名の条件を満たして()()()()()に覚醒した者にのみ与えられる称号です。」

「じ、じゃあ今までの名前は…………!?」

「そうです。貴女は剣を持ち、盾を持ち、究極贈物(アルティメットギフト)に恵まれていますが、今まで大切な物が欠けていました。故に貴女の《キュアブレーブ》という名前は、真なる勇者になるまでの()()()()

そして貴女は今、恐怖を克服して真の勇者になる事が出来たのです。」

「わ、私が……………!!?」

 

()()()()はラジェルの言葉がまるで何を言っているのか分からないという印象を受けた。恐怖を克服した覚えも真なる勇者になれた覚えも全く無い。

 

「で、でも私、何も出来てないし………!! それに、それにギリスだって…………!!!」

「あのバカの事なら心配要りません。死んでさえいなければ自力でどうにかするタマです。

貴女が強くなっているという根拠はあります。つい数時間前まで貴女は怯え、そして立ち向かう事すら出来ないでいました。

しかし今はその怯えを跳ね除け、ギリスを守り切り、そして立ち向かう事が出来ています。それを《勇気》と呼ばずになんと呼べるでしょうか。」

「……………!!!」

 

ラジェルの言葉を否定したい。それがブレーブの本心だった。しかし彼女の口から出る()()がそれを拒む。ロノアの夜襲から始まったこの一戦でブレーブは何度も命の危険に見舞われた。しかし自分は今も立っている。

明確な殺意を持って放たれるガミラの鎌を跳ね除けて突き進む事が出来た自分の心には確かな《勇気》がある。それを彼女自身も分かり掛けてきた。

 

「良いですか。勇者 キュアブレイブ。確りと聞いて下さい。

大切なのは実感する事です。自分が勇者である事を。そして自分には巨悪と立ち向かえる力と心があるという事を。

故に私からこれを、贈物(おくりもの)として託します。」

「…………………!!!」

 

ラジェルが伸ばした両腕の間に長く光る物が現れ、そしてその姿を現した。

それは剣だった。刀身はブレーブが持つ乙女剣(ディバイスワン)より長く、眩い輝きを放っている。全てにおいて乙女剣(ディバイスワン)より勝っていた。

 

「こ、これってまさか………………!!!」

「そうです。これは乙女剣(ディバイスワン)に代わる貴女の新たな剣 刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)女神之剣(ディバイン・スワン)》です。」

 

「《堅牢之神(サンダルフォン)》という盾を持ち、《女神之剣(ディバイン・スワン)》という剣を握る貴女は紛れもなく勇者です。

それもあの男が憎む()()()とは違う正真正銘の勇者です。私が保証します。」

「!!!」

 

ラジェルのその一言で()()()()は重要な事を思い出した。そもそもガミラが殺し回った勇者達は勇者とは名ばかりの悪どい人間だった。しかし自分は違う。

自分は女神ラジェルの命を受けて奮闘している。それは紛れも無い《勇者》だ。

 

「それともう一つ、大切な事を言っておきます。

刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を手にした者には()()()の系統全ての究極贈物(アルティメットギフト)が目覚め始めると言われています。

私もギリスもルベドも、そして貴女もです。」

「!!? 十一個……………!!?」

「そうです。ですから貴女はこれから六つの究極贈物(アルティメットギフト)が目覚め始めるでしょう。」

「…………………!!!」

 

ブレイブには今 《北欧神系》《英雄系》《日本神系》《天使系》《刀剣系》の五つの究極贈物(アルティメットギフト)が備わっている。これから更に六つの究極贈物(アルティメットギフト)が目覚める。そうなれば自分がどこまで強くなれるのか 最早想像すら出来ない。

 

「それではそろそろ、貴女をこの光の壁から出すとしましょう。大切なのは実感する事です。

何の為にその剣を握り、誰が為にその剣を振るうのか。それさえ忘れなければ貴女は決して負ける事はありません。」

「………………!!! はい!!!」

 

目を閉じると光が晴れていくのが分かった。

この時、勇者の素質を持つ者 ()()()()()()()は真なる勇者 ()()()()()()()になる事が出来たのだ。



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253 真なる勇者が剣を握る!!! 勇者キュアブレイブ 誕生!!! (後編)

「!!!」

(………まただ。また時間が()()()()()()()()()……………!!)

 

光が晴れた直後、()()()()()()()の視界に入ったのは驚愕に顔を歪ませるガミラの姿だった。

その顔から彼女の疑惑は確信に変わる。カーベルの時も今も、中と外で経過している時間に差がある。これがラジェルの能力なのかは定かでは無いが、今はそれどころでは無いと思い直した。

 

「(━━━━剣が復活してる!!?

いや、別モンだ!! 完全に変わってやがる!!!)

おい()()()()()()()!!! 答えろ!!!

お前今まで何をしてた!!? その長モンは一体何だァ!!!?」

「!

━━━━いや、違うよ。私はもう《キュアブレーブ》じゃない。」

「!!?」

「私は勇者 ()()()()()()()()》。

あなたを()()()勇者に、私はなったの!!!」

「!!!!

寝言は寝てから言いやがれ!!!!」

 

ブレイブは地面を蹴り飛ばして距離を詰め、手に握った《女神之剣(ディバイン・スワン)》の刃をガミラに振るった。

辛うじて反応したガミラは咄嗟に鎌を前に出して防御を試みる。しかし、ガミラの耳が予測した金属同士がぶつかる音は聞こえる事は無かった。

 

 

━━━━━━ヌッ

「!!!!?」

 

ガミラの鎌は何の抵抗も無く刃の付け根から切り落とされた。ガミラの手には何の手応えの感じなかった。

 

(何だ!!!? 何の手応えも無く()()()()()!!!!?

いや、そんな場合じゃねぇ!!! この剣はやべぇ!!!!)

 

━━━━━ズババババッ!!!!!

「!!!!?」

 

上半身を反らせて辛うじて剣の刃を躱した。

その瞬間、ガミラの目は異常な光景を捉えた。背後の木々が纏めて切り倒されたのだ。

堪らず後ろに跳んでブレイブとの距離を広げる。彼の直感が、彼女の剣が危険だと信号を発していた。

 

(何だ今のは!!! こんな切れ味の剣が存在するってのか!!!?)

(す、凄い……………!!!

握った時に分かったけど、これが女神之剣(ディバイン・スワン)の能力……………!!!)

 

女神之剣(ディバイン・スワン)

刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:あらゆる物の硬度を無視して切断する。他の刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を唯一の例外とする。

 

剣の能力を理解して、ブレイブは確かに()()していた。勝てる希望が実感に変わる過程で整理し切れない感情が昂りとして現れたのだ。

 

「こ、これが《刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)》………………!!!!」

「!!!!?」

「行ける!!! これなら勝てる!!!!

あなたに勝てる!!!!!」

「笑わせるなァ!!!!!」

 

ブレイブが再び距離を詰めようとした瞬間、ガミラは《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》を繰り出して迎撃を試みた。

 

「それならもう見切ったよ!!!

堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!!」

「!!!?」

「やぁああああああああっ!!!!」

「!!! んだと…………!!!? 」

 

ブレイブは左手に《堅牢之神(サンダルフォン)》を展開し、無駄の無い動きで大量の衝撃波の隙間を縫うように掻い潜った。切り傷を一つも負っていないのは先程と同じだが少しばかりの余裕があるように見えた。

 

(煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)を全部凌ぎやがっただと!!!?)

「こっちだよ!!!!」

「!!!! どわぁっ!!!?」

 

ブレイブは跳び上がり、上空から剣の一撃をガミラに見舞った。再び辛うじて後ろに跳んで躱し、後方の木に足を付けてブレイブを見る。

彼女は剣先をガミラに向けていた。

 

(刀剣!!!? 刀剣系だと!!!!?

世界にたった五つしか無い、親父でさえ揃える事すら叶わねぇ最強最貴重の究極贈物(アルティメットギフト)だぞ!!!!

そんな、そんな代物がなんで、なんであんななんでもねぇガキの手の中にある!!!!!)

「有り得ねぇ…………!!!!

それが刀剣系な訳があるかァ!!!!!」

「有り得るよ。

だって私は、女神ラジェルさんに認められた勇者だから!!!!!」

「!!!!! ふざけんなァ!!!!!」

 

ブレイブの言葉が逆鱗に触れたのか、ガミラは半ば激情しながらブレイブに突撃した。しかしそれでも頭は冷静で、ブレイブが()()()()()()する前に仕留めなければならないという危機感も感情の中に含んでいた。

 

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「負けないッ!!!!!」

ドガァン!!!!!

 

再びガミラの鎌とブレイブの剣が衝突した。両方の衝撃は強く、周囲の森を巻き込んで大爆発を起こした。



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254 ロノアとサリアの一計! キュアブレイブ 乱戦の地へ!!

オルドーラとタロスは戦いながらも心ここに在らずという心境だった。それは絶えず飛び込んでくる轟音や眩い閃光が原因である。

その音や光だけで()()()()がどれほど激しい戦いに身を投じているのかが分かる。

彼らが気を引かれていたのは彼女の身を心配していたからだ。

 

「セイッ!!!」 「おりゃあっ!!!」

『!!!』

 

森の中で膠着状態が続く中、タロスは《影之龍王(バハムート)》を纏わせた一撃でロノアを、オルドーラは魔力無しの純粋な蹴りでサリアを吹き飛ばし、弾かれた二人は衝突して背中合わせになる形となった。

体勢を立て直してそれぞれの相手に向かい合い、二人は小声で作戦を交わす。

 

『━━━サリア、僕に考えがある。』

『何? 早く言ってくれる?

ぐずぐずしてる暇なんか無いよ。』

『単刀直入に言う。このままじゃ埒が明かない。だから相手を入れ替える。

僕が団長に飛び掛るから、君はあの雑兵の相手をしてくれ。』

『はぁ!!? あんた何言ってんの!?

この状況を変えるって正気!!?』

 

サリアの指摘は的を得ていた。

圧倒的な魔法技術を持つオルドーラを封じる事が出来るサリアと剣を持つタロスに武器で対抗出来るロノアの相性は良く、これが最適会だと確信している。

 

『正気だ。僕も君も今の組み合わせが()()()()だと思ってる。それは奴等も同じの筈だ。だからそこを突く。

分の悪い相手とぶつかるという不可解な行動を敢えて取る。そうすれば奴等はきっと()()()だろう。それで隙ができる。

その隙を付いて一気に畳み掛ければ、突破口が見えてくるかもしれない。そうだろ?』

『……………賭けてもいいの?』

『僕が陛下の為に行動してるのは、君も知ってる筈だろ。』

『………分かった。』

 

オルドーラとタロスは二人の出方を伺ってじりじりと距離を詰めている。一息で詰められる距離に二人が入って来るのをロノアとサリアは待っていた。

 

((!! 来た!!!))

『良いね。僕の合図で回って飛び掛る。』

『……分かってる。』

『行くよ。 一、二の━━━━━━━』

 

「「さんっ!!!!!」」

『!!!!?』

 

タロスとサリアは身体を百八十度回転させて地面を蹴り、相手を変えて一気に距離を詰めた。

敢えて不利な相手とぶつかり合うという不可解な行動に出た敵に面食らい、一瞬の隙ができる。

その隙がオルドーラとタロスの虚を付いた。

 

━━━━━ドゴッ!!!! 「!!!!」

(ま、魔力が練れない……………!!!!)

「やっぱりあんたの馬鹿力、身体強化有りきだったんだね。」

 

━━━━━ズバッ!!!! 「!!!!」

(こ、こいつ 速ぇ……………!!!)

「貴様の魔法が究極贈物(アルティメットギフト)に届き得るというならば、その暇を奪うだけだ!!!」

 

サリアはタロスの腹を蹴り飛ばし、ロノアはオルドーラの肩に剣を浴びせた。一見不合理に見える行動によって生まれた隙がこの被弾を生んだ。

 

「畳み掛けるぞサリア!!!」

「分かってるっての!!!」

『!!!』

 

サリアの蹴りがタロスを、ロノアの剣がオルドーラに追い討ちを掛けた。虚を付かれて硬直している二人はこの攻撃を諸に受ける━━━━━

 

ドゴッ!!!! ドガガガガガガガガガガガガ!!!!!

『!!!!?』

 

その瞬間、森の奥から()()が超高速で飛来し、木々を薙ぎ倒しながら四人の間を通過した。

 

『ゆ、勇者!!!?』

 

飛来した者はキュアブレイブだった。

手の中には依然として《女神之剣(ディバイン・スワン)》が光っているが、彼女自身は肩で息を上がらせている。既に体力は限界を迎えようとしていた。

 

(~~~~~~!!!

もう時間が無い!! 勝負を決めないと倒れちゃいそう……………!!!)

「待てやこの腐れ勇者ァ!!!!!」

「!!!!」

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

『!!!!!』

 

ガミラは感情に任せながら鎌を振り抜き、ブレイブに向けて巨大な衝撃波を見舞った。更なる速度で放たれたそれは大地を切り裂きながら向かって来る。

 

「……………!!!!

サ、《堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!」

 

ブレイブは残る体力を振り絞って掌から密度の濃い格子の盾を展開し、ガミラの衝撃波を真っ向から受け止めた。

 

(~~~~~!!!! お、重い……………!!!

な、何とか横に飛ばして受け流すしか━━━━)

「!!!」

 

その時になってブレイブはようやくタロスやオルドーラが居る場所まで飛ばされた事に気が付いた。こうなれば衝撃波を横に弾く事は出来ない。下手をすれば二人に当たる可能性があるからだ。

 

「!! なるほどな。こいつぁ良い手だ。

ならもう一発食らっとけ!!!!!」

「!!!!!」

 

動こうとしないブレイブの意図を見抜いたガミラは更に鎌を振り抜き、二つ目の衝撃波をブレイブに見舞った。



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255 力の練度が勝負を分ける!! 勇者が持つ大いなる力!!

「~~~~~~~!!!!!」

(やっぱりなぁ!!! 仲間を気にして攻撃を受け止めるしかねぇんだ!!!)

 

この時のガミラは知る由もない事だが、衝突して交差した《死神之神(デスサイズ)》の威力は二つ分をゆうに超えていた。

 

(刀剣系がなんだってんだ!! 俺の鎌も究極贈物(アルティメットギフト)にゃ変わりねぇ!!!

この状況でてめぇが取る選択肢は一つしかねぇ!!!)

「サ、《堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!」

(かかった!!!)

 

ブレイブは再び《堅牢之神(サンダルフォン)》の詠唱を口にした。その詠唱は格子の形を変える為のものだ。

交差した衝撃波を纏めて立方体状の格子に閉じ込め、無力化させる。その格子を蹴り上げ、衝撃波から逃れる。

 

(た、助かった……………!!!)

「勇者女!! 前だ!!!!」

「!!!?」

「一手遅れたなぁ!!! 勇者ァ!!!!」

 

ブレイブが視線を前に向けると、視界には鎌を構えて向かって来るガミラの姿が映った。格子を蹴り上げた事で一手が後れ、向かわせる事を許してしまった。

 

(ディ、《女神之剣(ディバイン・スワン)》なら全部すり抜けて━━━━━)

「甘ェ!!!!」

「!!!?」

 

剣を振り下ろそうとしたブレイブに対し、ガミラは身体を回転させて彼女の横に回り込んだ。斬る対象を失った剣は虚しく空を切る。あらゆる物の硬度を無視して切断する《女神之剣(ディバイン・スワン)》の唯一の対処法が回避する事だとガミラは気付いたのだ。

 

(し、しまった━━━━━━!!!!)

「手に余る武器を持って調子に乗ったてめぇの負けだ!!!!

死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「!!!!?」

 

ガミラが振り抜いた鎌が、ブレイブに横から襲いかかった。咄嗟に《堅牢之神(サンダルフォン)》を展開して防御を試みるが、完全には防ぎきれず、脇腹と左腕に切り傷を負った。

 

「~~~~~~!!!!」

「てめぇの贈物(ギフト)が進化したってんならよォ、それを使わせなきゃ良いだけの事だ!!!」

「!!!?」

 

ガミラの死神之鎌(デスサイズ)の衝撃波がブレイブを防御の上から吹き飛ばした。

ブレイブは再び森の奥へと消えた。その事はガミラにとっては良い事でも悪い事でもあると言える。ガミラはそれを良い事と捉えた。

 

「ロノア!! サリア!!!

てめぇらその警備団の連中を止めとけ!!! 俺ァ勇者の首を取る!!!!」

「わ、分かりました!!!」

(ッ!!! 人の絶好のチャンスを邪魔しとして何言ってんの!!!)

 

 

 

***

 

 

「うわぁっ!!!」

 

ガミラの衝撃波に吹き飛ばされたブレイブは森の中を何メートルも吹き飛ばされも回転しながら受け身を取った。

 

(た、確かに調子に乗ってたかも…………!!!

油断してたら負けちゃう…………!!!)

「《煉獄頸狩刻斬(キャロライナ・リーパー)》!!!!!」

「!!!!」

 

ブレイブが着地した瞬間、ガミラの放つ大量の衝撃波が森の木々を切り倒しながら向かって来た。それをブレイブは剣と格子で防御するが、完全に足が止められる。

 

(………………!!!!

さ、さっきより激しくなってる………………!!!!)

勇者(キュアブレイブ)!!!! てめぇの()()ってヤツを教えてやろうか!!!!」

「!!?」

究極贈物(アルティメットギフト)を何個も持ってる!? 贈物(ギフト)が土壇場で進化したァ!!?

それが何だってんだ!!! 進化したばっかで使い慣れてもねぇ鈍な武器で、俺の冥界之王(ハデス)に対抗出来る訳ねぇだろ!!!!

それがてめぇの誤算だ!!!! 親父譲りの贈物(ギフト)の力をギリギリまで引き出せた、この俺の勝ちだ!!!!!」

「!!!!」

 

ガミラが放つ衝撃波の密度は更に激しくなった。それは最早 大量の衝撃波とすら形容出来る代物ではなく、衝撃波の塊と呼ぶべき代物だった。

 

(こ、これはヤバい━━━━━━!!!!)

「てめぇにゃ遺体を遺す資格すらねぇ!!!

細切れになって消し飛べ━━━━━━━」

「《暴風之神(ルドラ)》!!!!!」

『!!!!?』

 

衝撃波の塊がブレイブに到達する瞬間、上空から巨大な竜巻が飛来し、ガミラの衝撃波を纏めてかき消した。

 

「キュアブレーブ、いえ、()()()()()()()!!!

遅ればせながら助太刀に参りました!!!」

「カ、カーベル!!!」

「~~~~~~!!!!

こ、この虫けらがァ………………!!!!」

 

ブレイブとガミラが上に視線を向けると、そこにはキュアカーベルが飛んでいた。《暴風之神(ルドラ)》の力によってブレイブを救出したのだ。

 

「キュアブレイブ、漸く()()()を手に出来たのですね。ならば時は来ました。

私も貴女と共に戦います!!!」

「カーベル………………!!」

 

キュアカーベルという存在はブレイブにとって心強い援軍となった。しかしその心の余裕はガミラの激しい歯ぎしりによって頭の隅に消えた。

 

「ガ、ガミラ……………!!?」

「~~~~~~~~!!!!!

()()なんだよなァ………………!!!

お前ら勇者は!!! 一人はちっぽけな存在だってのに!!!! 群れて!!!! 依存し合って!!!!!

そのせいで!!!! そのせいで()()()()()()にいいいいいいいいい!!!!!」

「………………………!!!!?」

 

ガミラは必死に何かに訴えかけるかのように絶叫しながら喚いた。それがブレイブの目には恐ろしく、そして奇妙なものに映った。



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256 死神の刃が姿を変える!! ファイナルラウンドのコングが鳴る!!! (前編)

ブレイブは幽鬼のようなガミラの歪んだ表情に気圧されていた。歯はヒビが入りそうな程に食い縛られ、眼からは毛細血管が浮き出て白目が赤くなっている。

 

(………何で!!? 何で勇者にそんなに強い恨みをぶつけられるの!!?

一体あなたに()()()()()の!? ()()()の勇者に何をされたって言うの!!?)

「…………ガミラ、何で勇者をそんなに恨むの!?

思ってる事があるなら教えて━━━━━━━」

「黙れぇ!!!! テメェらみてぇなゲス野郎共に話す事なんかあるか!!!!!」

「!!!!?」

 

ガミラは全身を回転させて鎌を振り、今までで一番大きな衝撃波を放った。ブレイブとカーベルは咄嗟に反応して屈んで避けるが、後ろの木々が纏めて切り倒される。

 

「……………………!!!!」

「そもそも、テメェらが死ぬ理由は勇者だからだけじゃねぇ!!! 親父に盾突くヤツらはみんなくたばる運命って決まってんだよ!!!」

「!!!」

「《旋風之神(ミカエル)》!!!」 「!!!」

 

ガミラはブレイブの頭を狙って鎌を振り下ろしたが、カーベルが巻き起こした旋風の盾がそれを受け止めた。

 

「~~~~~!!!

邪魔すんじゃねぇよ このぽっと出の虫けらが!!!!」

「妖精を《虫》と罵るなんて何百年も前の流行ですよ!! それに私はぽっと出などではありません。ずっと前から私はラジェル様と共に彼女たちを見、助力出来るこの時を待っていたのです!!!」

「知った事かァ!!!!」 「!!!!」

 

ガミラは鎌を振り下ろした体勢を利用して下半身を振り上げ、カーベルを蹴り飛ばした。彼の脚は針金のように細いにも関わらず、その蹴りはカーベルを軽々と弾き飛ばした。

 

「カ、カーベル!! 大丈夫!!?」

「私に気を配る必要はありません。貴女は今は自分の身だけを案じて下さい。

貴女は決して死んではならない人です。貴女が始末されれば、彼等は魔法警備団の皆様も、手負いのギリス様も全員 彼の手に掛かってしまうでしょう。

あの男は()()()()()()人間なのです!!」

「………………!!!」

 

ブレイブはガミラの表情の奥に何かがあると感じていた。ガミラが勇者を憎む所以がそこにあるならそれを知りたいと思った。しかしカーベルの言葉がそれを禁止する。そして彼女はガミラを始末するしかないと言っている。

ギリスの身を案じるのはブレイブも同じだが、誰も死なずに済むならそれに越したことはないというのが彼女の()()()()()の率直な本音だ。

 

「良いですね キュアブレイブ。

予定は()()()()()()()()()。今まで通りガミラを削り、そして私の力で始末する。それ以外に全員が生きて朝日を浴びる方法は無いのです!!!」

「!! わ、分かった!!!」

 

カーベルの言葉がブレイブには自分の甘さを非難しているように聞こえた。そして同時に自分もギリスも魔法警備団の人達も、全員を助け出す。その為にガミラと戦わければならないという激励の意思も感じられた。

 

「勇者ブレイブ!!! 刀剣系の力を信じるのです!!!

貴女が信じて剣を振れば、貴女が大切に思う人達の命は救われるのです!!!」

「させねぇよォ!!!」

「!!!? うわぁっ!!?」

 

ブレイブがカーベルの言葉に背中を押されるように足を前に出した瞬間、彼女の足首に鎖が巻き付いて身体を空中に吹き飛ばした。

ガミラが分銅の付いた鎖をブレイブの足に巻き付け、鞭のように振り上げたのだ。

 

「そんだけ離れちまえば刀剣系も用をなさねぇよなぁ!!? その間にテメェを標本にしてやるぜ!!!!」

「!!! カーベル!!!!」

 

ガミラはブレイブを空中に飛ばした隙をついてカーベルに強襲を掛けた。彼が望むのは勇者(ブレイブ)を自分の手で始末する事だが、それと同時に新参でありながら強大な力を持つキュアカーベルを始末しなければならないというヴェルダーズへの忠誠心も持っているのだ。

 

「甘いです!!!

暴風之神(ルドラ)(タルワ)》!!!!」

「しゃらくせぇ!!!!」

 

カーベルは《暴風之神(ルドラ)》の力を発揮し、刃のように切れる程鋭い風圧の暴風を巻き起こし、ガミラに向けて繰り出した。それに対してガミラは身体を暴風と同じ方向に回転させて攻撃を受け流す。

 

(ま、まずい!! カーベルとガミラってどっちが強いの!!? ここでもしカーベルまで負けたらそれこそ……………!!!)

 

ブレイブの身体は既に上方向への運動を終え、落下を始めていた。しかし地面に到達するまでの時間も戦闘では命取りになり得る長さである。今のブレイブに求められるのは少しでも早く戦線に復帰する事だ。



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257 死神の刃が姿を変える!! ファイナルラウンドのコングが鳴る!!! (中編)

カーベルの手からは切れ味を持つ風が巻き起こり、ガミラの身体に纏めて襲いかかった。その風をガミラは同じ方向に回転して迎撃している。拮抗している状態だがいつどちらが攻撃を受けてもおかしくは無い。ブレイブにとって最悪なのは攻撃を受ける側がカーベルである事だ。

その思考が他力本願なのは自覚している。だからこそ彼女はできる限り勝利に貢献しようと策を弄した。

 

(━━━━そうだこれだ!!!)

「《堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!」

『!!?』

 

ブレイブは贈物(ギフト)の名前を詠唱し、格子の盾を()()()()()に展開した。その格子を足場にして蹴り飛ばし、落下の速度を上げてカーベルの居る地面まで急接近する。

 

「やぁっ!!!!」

「ぐっ!!!」

 

ブレイブは落下の勢いを利用してガミラに向けて剣を振り下ろした。鎌での防御が出来ない事が分かっているガミラは後ろに飛んでその攻撃を回避する。

 

「かかったな!!!!」

(違う!!! 掛けたのはこっち!!!)

ガァン!!! 「!!!」

 

剣を振り下ろした体勢を狙ってガミラはブレイブの頭に向けて鎌を振り下ろした。しかし鎌の刃はブレイブ頭を切り裂く事は無く、彼女が展開した格子の盾に阻まれた。

 

「カーベル!!!!」

「はいっ!!!」

「!!!!」

 

ガミラがブレイブに注目している隙にカーベルは彼に攻撃する準備を整え、ガミラの死角から急接近していた。カーベルが射程に入った瞬間、ブレイブは跳び上がって自分という壁を取り去り、カーベルをガミラの攻撃範囲に入れた。

 

(これで解呪(ヒーリング)の範囲まで削り切ります!!!)

暴風之神(ルドラ)(ラダヴァーニャ)》!!!!!」

━━━━━━━ドガガガガガガガァン!!!!!

「!!!!!」

 

カーベルは《暴風之神(ルドラ)》の力によって巻き起こした風を拳に纏わせ、そのままガミラの腹に炸裂させた。その攻撃を食らったガミラの身体は再び回転しながら吹き飛び、数十メートルを飛んで森の奥に消えた。

 

「や、やった!!!

カーベル、ちなみに今のに解呪(ヒーリング)は━━━!!?」

「残念ですがまだそれを撃ち込む訳にはいきません。ですが確かに手応えはありました。

貴女も疲労困憊でしょうが敵も限界でしょう。次の攻撃で確実に止めを刺します」

「━━━いや、そんな隙はもう見せねぇよ。」

『!!!』

 

数十メートルを吹き飛ばされたガミラが一瞬の内にブレイブ達の前に姿を現した。

カーベルの言う通り手応えはあり、その証拠に彼の顔からは血が流れ左目に入って視界を塞いでいる。

 

『ガ、ガミラ…………………!!!

そ、それに隙は見せないって…………………!!!』

『狼狽えてはいけません ブレイブ。

私達を騙す為のはったりと推測するのが妥当です。見ての通り彼も今の私の一撃で満身創痍です。私が合図をしたら一気に畳み掛け━━━━━━━━━』

『待ってカーベル!!!

おかしいよあれ!! 鎌が、鎌が()()()()………………!!!』

『!!!』

 

自分の攻撃が決まった事に心の中で喝采していたカーベルが見落としていたガミラの異変をブレイブは発見した。

ガミラの四本の手のいずれにも何も握られていなかった。彼の手に握られているべき鎌が忽然と姿を消したのだ。

 

『ね!? おかしいでしょ!?

贈物(ギフト)を解除してるんだよ!!!』

『ハ、《冥界之王(ハデス)》を使う体力が尽きた!? 否、そんな筈は━━━━━━!!!』

「『生きている限り決して満足するな。常に最良の状態を探し続けろ。』」

『!!?』

「親父が俺にこの贈物(ギフト)をくれた時の言葉だ。俺ァ今の今までこの言葉だけがてんで分からなかった。」

『……………………!!?』

けどなキュアカーベル!!!

今てめぇが撃ってきたあの攻撃を食らって、意味が分かったぜ!!!!

これこそが俺の、俺のてめぇらを刈り取るための鎌だ!!!!!」

『!!!!?』

 

ガミラの両腕両脚から小型の鎌が六つずつ飛び出した。そして腕や脚の周りで鎌が高速で回転し、腕や脚に巻き付くような斬撃の竜巻が巻き起こった。

 

「…………何の真似ですか それは!!!」

「言ったろ!!! こいつがてめぇらを刈り取る為だけの鎌!!!

死神之鎌(デスサイズ)(ブレイヴリーパー)》だ!!!!!」

 

ガミラの表情は『これが奥の手だ』と言わんばかりの自身と闘志を放っていた。顔から出た血が片目を塞ぎ、全身にもカーベルの攻撃で負った傷が刻まれているのは変わらないが彼の中の何かが変わった事を理解した。

 

「俺が限界だなんだと言っていたな!! そりゃてめぇらも一緒だろ!!!!」

『!!!!!』

 

負傷した事すら忘れてしまうかのような爆発的な脚力で地面を蹴り飛ばし、ガミラは二人に強襲を掛けた。



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258 死神の刃が姿を変える!! ファイナルラウンドのコングが鳴る!!! (後編)

ガミラは地面を蹴り飛ばしてブレイブとカーベルに強襲を掛けた。鎌を持たない事で身軽になった分、その速度は更に上がりブレイブの反応速度を遥かに超えた。

しかしその中でカーベルは冷静に対抗策を弾き出した。

 

「悪足掻きも大概にしなさい!!!

暴風之神(ルドラ)(ラダヴァーニャ)》!!!!!」

「悪足掻きな訳あるか!!!

うらァ!!!!」

「!!!?」

 

カーベルの《暴風之神(ルドラ)》の力を纏った拳をガミラはいとも簡単に弾き飛ばした。つい先程 カーベルがやって見せたように、ガミラも鎌をカーベルの風と同じ方向に回転させて暴風の力を打ち消したのだ。

 

「もっかい女神サマの所に失せろ!!!

今度は永遠になァ!!!!」

「!!!!!」

「!!!!! カーベル!!!!!」

 

ガミラは左腕に仕込んだ鎌でカーベルの拳を迎撃した。そして右側の二本の腕に仕込まれた回転する鎌をカーベルに炸裂させた。

大量の斬撃を諸に受けたカーベルは鮮血を吹き出し、回転しながら森の奥へと吹き飛ばされた。

 

「カーベル!!!! カーベル!!!!!」

「人の心配してる場合じゃねぇぞ。

ウラァ!!!!」

「!!!?」

 

カーベルを撃破した直後、ガミラは回転する鎌を纏わせた蹴りをブレイブに見舞った。

咄嗟に堅牢之神(サンダルフォン)を展開して防御するが、格子の上から弾き飛ばされた。

 

「…………………!!!」

「やっぱ妖精()ってなァ魔力がバカでかい分脆いもんだな。 んで、どうするよ勇者ァ。

俺の鎌で魔王が落ちて、今度はぽっと出の虫けらも退場だ。

今度は誰に縋る? それとも降参して首を差し出すか? 今までの勇者共は色んな反応があったなぁ。

無謀に向かってくるやつも居りゃ泡吹いて泣きじゃくる奴も居てよォ。お前はどっちになるかなぁ。別に泣いたっていいぜ。

それで許してもらえると思うならなァア!!!」

「……………!!!!」

 

ガミラの言う通り、ブレイブはカーベルが攻撃された事で精神的に動揺していた。しかし彼女は考える事を止めた。

それは自分のこの動揺は()()故のものであると気付いたからだ。目の前のガミラは()()()()自分一人で戦わなければならない相手だと自分に言い聞かせた。

 

「━━━━━━━━━ならないよ。」

「ァン?」

「あなたの思い通りにはならないって言ってるの!!!

私は泣いたりなんかしないし、ヤケクソになったりもしない!!!! 今は一人に()()()()だけ!!! 一人になったって戦ってや

!!!!?」

「?!」

 

心を奮い立たせて立ち上がろうとした瞬間、ブレイブの体勢が大きく崩れた。視線を送ると左脚が目に見えて震えている。それを認識した瞬間、痺れと痛みも神経を震わせた。

 

(あ、脚がガクガク震えて……………!!!

ま、まさか…………!!!

これってまさか………………………!!!!)

「━━━━━━クヒヒ。

口じゃ御大層な事を言っても身体は正直みたいだな。どうやら反動が来たみてぇだ。

やっぱてめぇは《刀剣系》なんて大それた代物を持っていい器じゃなかったんだ。身の丈に合わねぇ贈物(ギフト)を使い続けるとよ、身体が着いて行けずにぶっ壊れちまうんだ。」

「……………~~~~!!!」

「…………まぁ、そりゃ俺も同じみてぇだがな。

ガフッ!!!」

「!!!?」

 

話し終えた瞬間、ガミラの口から血が吹き出した。それを見てブレイブも瞬時に理解する。

この戦いの中で《冥界之王(ハデス)》を進化させ続けたガミラの身体にもその反動が来たのだ。

多く見積っても、彼に残された体力は僅かしか無いだろう。ブレイブの目にはガミラの姿はそう映った。

 

「言っとくが、『これ以上やったら死んじまうからもう止めよう』なんて平和ボケした説得は通じねぇぞ。

もう分かってんだろ? 俺もてめぇも身体はもう限界だ。もうこの戦いは最終ラウンドに入ってんだよォ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラは再び回転する鎌を纏わせた蹴りをブレイブに振るった。それを《奇稲田姫(クシナダ)》で視認したブレイブは咄嗟に《女神之剣(ディバイン・スワン)》を構える。刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の刃でなら迎撃出来ると考えたからだ。

 

(ディ、《女神之剣(ディバイン・スワン)》の刃なら受け止められ━━━━━━)

「遅せぇ!!!!」

「!!!!」

 

ガミラの脚は剣の刃ではなく鍔に当たった。あらゆるものの高度を無視して切断する《女神之剣(ディバイン・スワン)》の能力は刃にしか反映されない。

鍔で蹴りを受け止めたブレイブの身体はカーベルとは反対方向に吹き飛ばされた。



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259 明かされる勇者の闇!! 語られる死神誕生秘話!!! (立志編)

「うわっ!!? ぐあっ!!! ぐうっ!!!」

「待てやこの腐れ勇者ァ!!!!」

 

ブレイブはガミラの蹴りによって吹き飛ばされ、そして森の中を転がった。身体が地面に叩き付けられる度に消耗した節々に鈍痛が走る。

最早 受身を取る事すらままならなくなっているブレイブに対し、ガミラは更に強襲を掛ける。

 

(ち、力が上がってる………!!!

一歩、一歩だけ距離を……………!!!)

「逃がす訳ァねぇだろォ!!!!

死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「!!!!」

 

ブレイブが距離を取ろうとした瞬間にガミラは身体を回転させ、脚を振り抜いて衝撃波を打ち出した。衝撃波は更に大きくなり、横の長さは数メートルに達している。

 

(こ、この状態でも技が撃てるの……………!!!?)

「サ、《堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!」

「そうする他にねぇよな!!!!」

 

横方向に避ける暇がないと判断したブレイブは格子の盾を展開して衝撃波を受け止めた。その威力は大きく、今のブレイブの腕力では自分の身体を守る程度の事しか出来ない。

 

「!!!!」

「律儀に待ってやる義理なんざねぇんだよ!!!!」

 

衝撃波を押し止めているブレイブに対し、ガミラは刃を携えた拳を振り上げて強襲を掛けた。ブレイブの頭の中で自分の身体が先程のカーベルと同じ顛末を辿る光景が過ぎる。

それを避ける為にブレイブは行動を起こした。

 

「うわぁっ!!!!」

「!!!」

 

ブレイブは身体を捻り、格子ごと強引に《死神之鎌(デスサイズ)》の衝撃波をガミラに向けて投げ飛ばした。ガミラは身体を錐揉みに回転させて飛んで来る衝撃波を躱した。

その一瞬の隙を付いてブレイブはガミラとの距離を空けた。

 

「みみっちい小細工してんじゃねぇ!!! ゲスが!!!!」

「ッ!!!

(よ、よし!!! 距離が空いてれば攻撃は避けられる……………!!!)」

 

ガミラは地面を蹴り飛ばし、刃を生やした蹴りをブレイブの顔面に見舞った。しかし距離が空いている事によって出来た時間がブレイブに回避出来る時間を与えた。

更にガミラの身体が硬直している時間を利用してブレイブは後ろに跳び、再びガミラとの距離を稼いだ。

 

「…………………!!!!」

「ひょこひょこ逃げ回ったって何も変わらねぇよ!!! てめぇはすぐにでもブツ切りになって終わるんだからな!!!

昼間の奴らと同じようによォ!!!!」

「!!!!

━━━━━━━何で、」

「アン?」

「何でそんな事が()()()の!!!?

ヴェルダーズに命令されたから!!? 違うよね!!!

()()()働いてる勇者達がヴェルダーズの邪魔になる訳ない!!! つまりあなたは恨み(自分の意思)でこんな事をやってる!!!!

一体あなたに何があったの!!? お願いだから教えてよ!!!!」

「うるせぇッ!!!!!」

「!!!!」

 

ガミラは再び地面を蹴り飛ばしてブレイブに攻撃を仕掛けた。ブレイブはそれを横に跳んで躱すが稼いだ距離が潰れる。

 

「何度も言わせんじゃねぇよ!!!

てめぇ如きに話す事なんざ何一つとしてねぇ!!!

そもそも、話して所で何がどうなるってんだ!!? 俺を許してくれんのか!!? 見逃してくれんのか!!?

そんな訳ねぇよなぁ!!! てめぇにゃそんな気もねぇし権限もねぇ!!!

権限があんのはギリスの奴だけだ!!! てめぇはあいつの都合の良いように動かされてる手駒に過ぎねぇんだよ!!!

()()()()なァ!!!!!」

「!!!!」

 

ブレイブはガミラの暴言に驚愕し、最後の言葉の意味を考えようとしたがその余裕は失われた。ガミラは再びブレイブに向けて攻撃を仕掛けた。

 

 

 

***

 

 

 

時は現在よりかなり遡る。

ある所に新しい戦力を募集している勇者とそのパーティーが居た。そしてそのパーティーへの加入を希望する男が現れる。ギルドの一室を借りてその面接が行われていた。

 

「━━━━なるほどなるほど。

《ギレン・ガミザラス》 二十一歳。 得意とする武器は鎌。職業(ジョブ)は《戦士》か。

それで、志望動機は?」

「じ、実は妹の病気が峠に掛かってて、手術に金が要るんスよ。ですから…………」

 

募集を掛けていた勇者、名前を《ラシアス・スクヴリア》と言う。

彼は相手の顔を暫く眺め、結論を出した。

 

「………分かった。取り敢えず仮採用と行こう。

暫く僕達と働いて、君の能力のほどを見させてもらう。

その後で決めるということで良いかな?」

「は、はいっ!!! ありがとうございます!!!」

 

仮採用が認められた男、ギレンは立ち上がって喜んだ。

そしてこの男こそ後の厄災之使徒(ヴェルソルジャー)の一人 《ガミラ・クロックテレサ》になる男である。



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260 明かされる勇者の闇!! 語られる死神誕生秘話!!! (陰謀編)

「リア!! リア!!!」

「━━━━━ん、

お、お兄ちゃん? どしたの………………?」

 

後のガミラ、ギレンは興奮半ばに妹であるリアの病室へと駆け込んだ。彼は早くに両親を亡くしており、唯一の肉親が妹である。

リアは当時 13歳で、全身に大病を患って病院のベッドで寝たきりの生活を強いられている。

()()()()()()助かる状態であり、今回 ギレンが来たのはその目処が立ったからだ。彼は勇者パーティーへの就職(当時はこれが一番稼げる仕事だった)が現実的になった事。そして手術の目処が立った事を伝えた。

 

「……………そうなんだ。

じゃあお兄ちゃんの()も叶うね………!」

「おう!!」

 

ギレンはかつて《勇者》というものに憧れの感情を抱き、それになりたいと思っていた。しかし自分は勇者になれないと分かると、代わりに《勇者の役に立てる男になりたい》という夢を持ち、その為に研鑽を重ねていた。

そしてそれが漸く身を結んだ形である。

 

 

 

***

 

 

 

「……………ハァッ ハァッ ハァッ……………!!!

……ど、どうスか……………!!?」

「…………………」

 

ギレンは仮採用の身としてラシアスのパーティーの依頼に同行し、単独で魔物を倒して見せた。

 

「…………… も、もしかして、ダメっすか…………!!?」

「あぁいや、驚いてしまっただけだよ。

寧ろ十分過ぎるくらいだ。まさか単騎(一人)で魔物を倒すなんて思ってもいなかったよ。」

「と、という事は………………!!」

「ああ。申し分無く合格だ。

妹が治るまでと言わずに、しばらくの間 一緒に働いて欲しい。

な? 君達もそれで良いだろ?」

 

ラシアスは後ろに立っている他の仲間達に声を掛けた。彼の仲間は魔法使いの若い男、戦士の巨漢、そして僧侶の女性の三人だ。彼等もギレンの加入を快諾した。

この日をギレンは今までの苦労の全てが報われた最高の日だと()()()()()

 

「取り敢えず今日の所は戻って身辺の整理をすると良いよ。用意が出来次第、一緒に働こうじゃないか。」

「………………!!!!

ありがとうございます!!!!!」

 

ギレンは喜び故に身体の疲労も忘れて駆け出した。妹の命と自分の夢が一遍に実現した事で最高の気分になっていた。

しかし、その状況の中にあってラシアス達の心中は全く違うものであった。

 

(……………本当に、本当に期待以上のヤツが釣れた。

お望み通り、しっかりと使()()()()()やるよ………………!!!)

 

 

 

***

 

 

 

「……………僕は優しいからもう一度だけ言ってやるよ。

君が無事に助かるには僕の言う事に従うしか無いんだ。」

「し、しかし無茶だ!!!

そんな事が許される筈が……………!!!」

 

時刻は夜。

ギレンが家で働く為の準備を整えている頃、ラシアスは彼から聞き出した病院に押し掛け、そこの院長に詰め寄っていた。そして彼等は命令を出す。

それは『ギレンを手放さない為に妹の病状を悪化も完治もさせない程度の治療をさせる』というものだった。

 

「…………つまり、僕の言う事が聞けないと言う事だな?」

「━━━そ、そうだ!!! たとえ勇者であろうとも医者のプライドに掛けてもそんな真似は出来ない!!!!」

「ハ?? 医者のプライドに掛けても???」

 

院長の言葉を聞いた瞬間、ラシアス達は笑い出した。それは勝ち誇っているようでも院長を嘲ているようでもあった。

 

「………それなら仕方無い。

()()をやるしかないな。」

「!!!! ま、まさか私を拷問でもする気か!!!?

そんな事をすればいくら君達でも━━━━!!!!」

「拷問? そんな真似する筈が無いだろ。

………いや、()()()()()と言うべきかな?

おい、あれを。」

「……………?

ッ!!!!!」

 

ラシアスは仲間に指示を出し、一枚の書類を手に取った。それを見た院長は驚愕し、表情が青ざめていく。

 

「どうやらこれが何か分かったようだな。

そうだ。君が領主に貢ぐ金を誤魔化しているという証拠だ。逆らうならこれを今すぐにでも公にする。

そんな事になれば君は一巻の終わりだ。下手をすればあの《アルカロック》にぶち込まれるかもしれないな。」

「………………!!!!!」

 

院長は真っ青になって項垂れた。この時になって漸く先程 何故彼等が『医者のプライド』という言葉を笑ったのかが分かった。

 

「さ。話す事はこれくらいかな。

纏めると君の運命は二つに一つだ。僕らの言うことを聞いて今の地位を守るか、僕らに逆らって残りの人生を地獄で過ごすか。

どうする?」

「~~~~~~~~!!!!!」

 

院長は顔を顰めて項垂れていた。それは即ちラシアス達の言う通りにする事を意味していた。

そしてこれが後に起こる()()()悲劇の始まりなのであった。



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261 明かされる勇者の闇!! 語られる死神誕生秘話!!! (邂逅編)

「陛下、如何されましたか?」

 

場所は厄災都市 アヴェルザード

主が突然 立ち上がったのを見て()()()()は口を開いた。

()()()()に対して主は返答する。

 

『《怨嗟之神(レヴィアタン)》に妙な反応があったから様子を見てこようと思う。一時間程で戻るから留守を頼むぞ。』

「畏まりました。」

 

主、またの名をヴェルダーズはある程度歩いた後で魔法陣を展開し、その中に姿を消した。

それが彼が持つ究極贈物(アルティメットギフト)の一つ、《空間之神(ウラノス)の能力である。

 

怨嗟之神(レヴィアタン)

悪魔系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:一定の範囲内の感情の変化を感じ取る。

 

空間之神(ウラノス)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:二つの魔法陣の間の空間を結合する。

 

 

 

***

 

 

 

『━━━━━此処か………………。』

 

ヴェルダーズが魔法陣によって移動した先は雨が降る森の中だった。《怨嗟之神(レヴィアタン)》の能力を使用している間は頭の中に感情の反応が地図の上に光るように浮かび上がる。その反応は右方向で強くなっていた。

 

『━━━━!』

 

ヴェルダーズは右方向の森の奥に呻くような声と濃い血の匂いを認めた。移動すると一人の男が倒れていた。背中を酷く負傷し、肌からは血色が失われていた。

そして《怨嗟之神(レヴィアタン)》の能力を通して見た彼からは濃い《憎悪》と《悲しみ》の反応が感じ取られた。先程感じた反応の出処は間違いなくこの男であると確信した。

 

「~~~~~~~クソッ……………!!!!

クソッ!!! クソッ!!!! クソォッ!!!!!

リアァ……………!!!! 俺は!!! 俺はァ……………………!!!!!」

『……………おい、』

「……………………?」

 

その男は負傷によって視界が朦朧としているのかヴェルダーズの姿()を見ても何の動揺も見せなかった。それどころか自分に救いを求めている様子すら感じられた。

 

『……………一体何があった?

我で良ければ話を聞いてやるぞ。』

「…………………!!!!

━━━騙された……………!!!! 俺は最初から騙されてたんだ…………………!!!!!」

 

ヴェルダーズにとって目の前の男の話は殆ど重要では無かった。しかしその上でも聞くだけの価値があると思った。

 

 

 

***

 

 

男の話を纏めるとこうだった。

名前はギレン。彼は病気の妹を治す為に勇者パーティーに就職し、三ヶ月程必死になって働いた。

しかし、その妹がある日 容態が不自然なまでに急変し、そのままこの世を去ってしまった。その理由は一人の看護婦の懺悔によって分かった。

その病院の院長は勇者に弱みを握られ、不完全な治療を強要されていた。その事に激怒した彼は勇者達への復讐を決意するが、勇者達は先に行動を起こし、口を封じる。

それが虫の息になるまで負傷させ、強力な魔物が跋扈するこの森に放置するというものだった。そうすればたとえ遺体が見つかっても魔物に襲われたと判断されると考えたからだ と話しているのを聞いたと言う。

 

 

『━━━━そうか。話は分かった。

気は済んだか?』

「済む訳ァねぇだろ!!!!! クッソォ!!!!!

あのクズ共がァ!!!!! 許さねぇ!!!! 絶対に!!!!! 絶対に!!!!! 絶対にぃいいいいい!!!!!」

『━━━━━そうか。()()したいのか。』

「だったらなんだってんだよ!!!!

てめぇにゃ関係ねぇだろ!!!!!」

『………そうでも無いぞ。

我に()()()()()()としたらどうだ?』

「━━━━━━━あ?」

 

ヴェルダーズはギレンが話し始めた時点で既に彼を配下に引き込む事を決めていた。わざわざ彼の身の上を聞いたのは彼をその気にさせる為だ。

 

『我は人に力を分け与える術を持っている。

其れを以てすればその勇者如き 問題にならん程の力を得られるぞ。』

「……………………!?」

『無論、其の傷も完全に治る。我ならば命を繋ぎ留めてやる事が出来る。

だからその代わりに一つだけ頼まれろ。』

「…………………」

『貴様の望みを一つだけ叶えさせてやる。

故に貴様も我の望みの為に動け。其れが条件であり契約だ。』

 

ギレンは朦朧とした意識の中でもヴェルダーズの言葉の意味をはっきりと理解し、そしてどうするべきかの答えを出した。

 

「……………乗ってやる。

あんたにこの身体全部使ってやるよ!!!!」

『そうか。して、貴様は何を望む?』

「んな事決まってんだろ……………!!!!!

勇者を………!!!! 勇者を一人残らずこの手で消してやる!!!!!」

 

この出会こそが後に起こる全ての勇者の悲劇の元凶となった。この時にギレン・ガミサラスはその名前を《ガミラ・クロックテレサ》に変えたのだ。



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262 明かされる勇者の闇!! 語られる死神誕生秘話!!! (始動編)

「━━━おい君、例のものは用意出来ているだろうな?」

「は、はい。もちろんですよ。

一週間分の水と食料でしたよね? こちらに。」

 

ギレンの口を封じた数日後、ラシアス達は拠点にしている町の店に来ていた。遠征の為の備蓄を用意しに来たのだ。

 

「…………あの、こんなことを言うのはあれですが、お代はちゃんと払って頂けるんですよね?」

「ハ?」

「!!!!!」

 

姿勢を低くして質問をした店主に対し、ラシアスはあまりにも冷ややかな睨みを返した。

 

「言った筈だよな? 依頼を達成したらそれで払うと。それとも、僕が言ってる事が信用出来ないとでも言うのか?」

「い、いえ、そういう訳では………………」

「良いか? 僕達は勇者だ。 この世界の為に必死になって戦ってるんだ。君達はそんな僕達の()()()()()()()んだぞ。

それを感謝しなければならないって事を忘れるな。」

「は、はい。 それはもちろん。」

「なら良いんだ。 これからもよろしく頼むよ。」

 

食料や水を袋に詰めて、ラシアス達は町を後にした。彼らの姿が完全に見えなくなった瞬間、店主は内に秘めた感情を吐露した。

 

「………クソッ!!! あのクソガキ共が………………!!!!」

 

既にラシアス達は何回もの支払いを滞納している。しかし、これから店主にとって良い事と悪い事が同時に起こる事を彼はまだ知らない。

 

 

 

***

 

 

 

「━━━━ふう。 意外と重いな。」

 

人気のない山道に入り、ラシアスは額に汗を滲ませてぼそりと呟いた。

 

「こんな時に()が一人でも居れば楽なんだがな。」

「その事は言わない約束だろ!

しかしまさか看護婦如きに出し抜かれそうになるとはな。」

「全くです。私達に逆らうなどと愚かな人間も居たものです。 始末はつけたのですよね?」

「………いや、その必要は無い。」

 

ラシアスの仲間達がギレンと病院の看護婦について話し始め、ラシアスがそれに割って入った。

 

「その看護婦なら院長が始末をつけたそうだ。

妹の死も偽装してその責任は看護婦に押し付けてしっぽ切り。少なくとも僕達に危険が及ぶ可能性は無いよ。」

 

ラシアスは悪びれもせずに笑いながら口を開いた。彼にとって看護婦の人生など歯牙にもかけない些事なのだ。

 

「だけどあいつを使()()()()()()()()のは運がなかったな。ほとぼりが冷めたらまた募集でもかけるか━━━━━━━━

? おい、どうした?

 

!!!!?」

 

ぱたりと仲間達の声がしなくなった事を不審に思ったラシアスは振り向いた。そして彼の目は信じられない光景を目の当たりにする。

三人の仲間達は首から上が無かった。首の断面から鮮血を吹き出し、そして地面に倒れ伏した。

 

「な、なんだこれは!!!!?」

「━━━━━━━━よう。」

「!!!!!

き、貴様かァ!!!!!」

 

骸と化した仲間達に気を取られたラシアスは後ろから不意に声を掛けられ、反射的に剣を抜いた。

しかし彼の剣が相手に命中する事は無かった。逆に彼の身体は後ろに傾いた。その理由を理解した瞬間、彼の顔は真っ青に染った。

ラシアスの両脚は両断されていた。

 

「ぐ、ぐああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

貴様ぁああああああああああああああああ!!!!!」

「おーおー、痛えか? 痛てぇよな?

そんな脚じゃもう勇者活動なんて出来ねぇわな。」

「な、なんだ貴様はぁ!!!!!

この僕を一体誰だと思ってる!!!!! こんな事をして、ただで済むと思っているのかぁあ!!!!!」

 

ラシアスの頭にあったのは両脚の痛みと目の前の男への激しい怒りだけだった。その男は髑髏の仮面を被り、マントを羽織っていた。

そして手には巨大な鎌が握られていた。その刃には真新しい血が滴っている。仲間達の首を落としたのもラシアスの両脚を切り落したのも全てこの鎌だ。

 

「てめぇが誰かだと?んな事ァ分かりきってんだよ。

なんせ俺ァてめぇと働いてたんだからなぁ!!!!」

「!!!!? ば、馬鹿な!!! 貴様は━━━━━━!!!!」

 

男は徐に仮面を外した。その顔を見てラシアスは驚愕した。肌は緑色に変色して痩せこけているがその顔は間違い無くギレンそのものだった。

 

「━━━そんな筈があるか………………!!!!!

魔物が湧いて出る森に置いたんだぞ…………!!!! 魔物に食い殺されて死ぬのが貴様の義務だ!!!!!」

『其の義務を、我が覆したからだ。』

「ッ!!!!?」

 

不意に背後から聞こえた声にラシアスの背筋は凍り付いた。地の底から響くかのような不気味な声だった。

 

『其の()()で此奴は生き延び、そして貴様はこんな目に遭っている。我等が憎かろう。憎め。存分に憎め。

━━━しかし、()()()()の事は一切許可しない。報復する事も傷を付ける事も叶わず、無念に身を焦がした儘に死ぬが良い。』

「━━━━━貴様は何者だ?」

『? 何者か だと?

『関係性』という意味ならばこう答えよう。

我は我の都合で此奴に貴様等に復讐出来るだけの力を与えた者だ。その反動で此奴の種族は蟲人族に変わってしまったがな。

因みに此奴は最早 ギレンでは無い。ガミラと云うのが今の此奴の名前だ。』

「━━━━━そうか。

つまり貴様が!!!!! この僕を本気で怒らせた度し難い愚か者かァ!!!!!」

『そうだ。だからどうした?』

「ッ!!!!?」

 

怒りに任せて剣を振りながら身体ごと背後を向いたラシアスは再び驚愕した。後ろの声の主は人間では無かった。

辛うじて分かるのはその声の主の色が紫色である事と大きさが巨大である事、そしてその姿が()()()()()()かという事だ。

 

「ド、ドラゴン…………………!!!!?」

『………貴様が()()見えるならば()()なのだろう。しかし貴様の抱く印象など我にとっては問題では無い。』

「!!!! は、離せ!!!!!」

『そうはいかない。此奴との契約によって此奴には我の野望の為に尽力する義務があり、我にも此奴の復讐に手を貸すという義務がある。

故に貴様にあるのは()()()によって切り捨てられる道だけだ。』

「~~~~~~~~!!!!!」

『後、先程の貴様の質問が『我の正体』という意味ならばこう答えるとしよう。

我は厄災《ヴェルダーズ》。貴様等の悲劇()の元凶にして、この世界を否定する者だ。』

「!!!!!」

 

それがラシアスが最後に聞いた言葉になった。ラシアスはガミラの手によって真っ二つに両断された。

後にこの事件は迷宮入り事件の一つとして話題に登る事になる。



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263 ぶつかり合う二つの嵐!! 近付く決着の夜明け!!!

世間ではある者は勇者の死に驚き、ある者は怯え、そしてある者は喝采している頃、アヴェルザードでは()()()とヴェルダーズとが接触していた。

 

「陛下、質問がございます。

つい先日こちらに入った《ガミラ・クロックテレサ》は現在 どうしていますか。」

『彼奴なら今は森の中で次の獲物に目を光らせているところだ。ラシアスとかいう愚図を()()()()()後、契約の()()を要求してきた。』

「契約の延長、でございますか。」

『そうだ。『これからも我の為に動く代わりに自分の復讐を続ける許可』を求めてきた。』

「それで、如何されたのですか。」

『無論 許可した。断る理由もあるまいて。』

「左様でございますか。

余談になりますが、勇者に弱みを握られて不正を働いた医者の方はどうなりましたか。」

『其奴ならばガミラが告発した。『涙を垂れ流して命を乞う姿を見たら殺す気も失せた』と言っていた。

今頃はアルカロックで禊を受けている頃だろう。』

 

この院長は収監されてから数ヶ月後、マーズの手によってチョーマジンに変えられ、討伐される事によってその生涯を終える事になるが、それをガミラが知る由は無い。

 

 

***

 

 

(そうだ!! そうだ!!! 初心を忘れんな!!!

俺が憧れた勇者は()()()()()()()()居なかった!!!! 居たのは勇者の皮を被った薄汚ぇクズ共だけだった!!!!)

偽物(クズ)は残らず切り刻む!!!!

この俺の手でなぁ!!!!!」

「!!!!!」

 

ブレイブは自分の視界が一瞬だけ真っ白になるのを感じた。そしてそれが直ぐに疲労によるものである事を悟る。

ロノアの夜襲によって睡眠が不足している事、この一戦という短い時間の中で自分の贈物(ギフト)を何度も進化させた事、そしてその身の丈に余る力を傷付いた身体で酷使し続けた事。

一つならば大した疲労では無かっただろうが、それらの疲労が重なり合って身体に牙を剥いた結果、彼女の意識は断ち切れる寸前まで追い込まれていた。

 

(や、ヤバい!!! 意識飛びそう…………!!!!)

「動きが鈍ってるぜぇ!!!!!

(ブレイブリーパー)》!!!!!」

「!!!! サ、《堅牢之神(サンダルフォン)

!!!!!」

 

ガミラの刃を携えた拳をブレイブは腹に格子の盾を展開して防いだ。しかし完全には防御しきれず、拳の回転に巻き込まれた身体は回転しながら森の中を吹き飛んだ。

 

「《死神之鎌(デスサイズ)》!!!!!」

「!!!!」

 

吹き飛ばしたブレイブに対してガミラは脚を振り抜いて鋭い衝撃波を飛ばした。それも格子の盾で辛うじて受け止めるが衝撃は強く、ブレイブの身体は更なる速度で吹き飛ばされた。

 

(!!! また大きくなってる!!!

ディ、《女神之剣(ディバイン・スワン)》で━━━━━━━━━!!!!)

「うりゃあっ!!!!!」

 

ブレイブは身体に残る力を振り絞って剣を振り抜き、ガミラの衝撃波を弾き飛ばした。

 

「それをやると思ってた!!! その()()なら無意味だぜ!!!!」

「!!!?」

「俺はこれを待っていた!!!

てめぇに足りなかったのはスタミナともう一つ、()()()()だったんだよ!!!!」

「!!!!!」

 

ブレイブの視界はその端に動くものを捉えた。その正体が分かった時、彼女はガミラの言葉の意味を理解した。

ブレイブはガミラの策に嵌っていた。動いているものの正体は戦闘中のオルドーラとタロスだった。ブレイブは()()()()、二人の間に入ってしまったのだ。

 

「もう()()()()は俺の鎌の射程距離の中だ!!!!

これが俺の最後の攻撃だ!!!! 勇者ァ!!!!!」

「!!!!!」

 

ガミラは腕を前に伸ばして組んで構え、最後の攻撃を発動した。腕で回転した鎌の衝撃波が竜巻のように纏まってガミラの腕の先で畝ねる。

これこそがガミラの最後の攻撃、死神之鎌(デスサイズ) (ブレイブリーパー)(フラル・デラ・ダルマ)》だ。

 

(は、早く!!! 早く何とかしないと団長さんとタロス君が━━━━━━!!!!)

「ディ、《女神之(ディバイン・ス)━━━━

ッ!!!!!」

 

剣に再び力を込めようとした瞬間、ブレイブは口から血を吐き出し、地面に膝を着いた。遂にブレイブの身体は限界を迎えたのだ。

 

「悪足掻きだ!!! もうてめぇにゃこれを凌ぐ体力は残っちゃいねぇ!!!! ロノア!!! サリア!!! てめぇ等はしっかり避けろよ!!!

お仲間と仲良く挽き肉になりやがれ!!!!!」

「私が許しません!!!!!」

『!!!!?』

 

ブレイブとガミラは声の方向に視線を向けた。

そこにはカーベルが居た。全身が血に染って居るがその顔には明らかな闘志が宿っていた。

 

「カ、カーベル……………!!!!」

「今更てめぇ見てぇな虫けらが一匹出しゃばったところでなんも変わりゃしねぇんだよ!!!

勇者もてめぇも魔王も皆、俺の鎌の錆になるんだからなァ!!!!」

「それが実現する事は万に一つもありません!!!!

貴方を倒すのはこの私です!!!!!」

「ほざいてんじゃねぇ!!!!!」

 

(予定とは違いますが既に私の解呪(ヒーリング)で倒せる程に消耗しています!!! この一撃でこの忌まわしい夜を終わらせます!!!!)

(てめぇも俺の鎌の射程の中だ!!!

てめぇの首も親父の土産にしてやるぜ!!!!)

 

どちらかが合意するでもなく二人の攻撃は激突する事になった。

カーベルは魔法の杖を召喚し、ガミラは衝撃波の畝りをカーベルに繰り出した。

 

解呪(ヒーリング)!!!!!」

死神之鎌(デスサイズ)!!!!!」

「《プリキュア・カーベルサイクロン》!!!!!」

(ブレイブリーパー)(フラル・デラ・ダルマ)》!!!!!」

『!!!!!』

 

場所は魔法警備団 本部近くの森の中、キュアカーベルとガミラが繰り出した暴風が衝突した。



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264 勇者とはなに? 凱旋の夜明けの時!! (前編)

時は深夜、場所は魔法警備団 本部近くの森の中

キュアカーベルとガミラの互いの最後の攻撃がぶつかり合った。

その轟音と風圧は凄まじく、サリアとロノアは瞬時に決着の時が訪れた事を理解した。

 

「ウルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ブレイブの目は今までで一番凄まじい攻防を捉えていた。カーベルの《暴風之神(ルドラ)》とガミラの《冥界之王(ハデス)》の力は互角。勝負を分けるのは二人に残された体力と精神力だ。そしてもう一つ、勝敗を決める要素は《仲間からの援護》だ。

 

(~~~~~~~~~!!!!

う、動かなきゃ!!! カーベルの力にならなきゃ……………!!!!)

 

一撃でもガミラに攻撃を入れる事が出来ればカーベルが全てを終わらせてくれる。この悪夢なような夜を誰も欠けずに乗り越え、朝日を拝む事が出来る。

それが分かっていながらもブレイブは自分の身体を動かせなかった。最早彼女には指一本さえ動かす体力は残っていなかったのだ。

 

しかし、敵はその限りでは無かった。

 

「先輩!!!」 「ガミラ!!!」

「!!!!!」

「!!! テメェ等……………!!!」

 

森の中からロノアとサリアが姿を現した。相手の姿が見えない事から一瞬の隙を突いてこの場に姿を現したのだ。ブレイブの目にはその光景が絶望にも似た最悪に写った。しかしカーベルは一瞬にしてこれを《好機》と解釈した。

 

「態々 網に入ってくれるとは好都合です!!

このまま全員 一網打尽に━━━━━━━━━」

「させっかよォ!!!!!」

「!!!!?」

 

カーベルは暴風を分散させてロノアとサリアも同時に仕留めようとした。しかしそれは悪手だった。カーベルの意識が二人に逸れた瞬間に拮抗は崩れ、ガミラは全ての力をカーベル 一点に集中させた。それは打算無しで二人を()()為だった。

 

「ウラァっ!!!!!」

「!!!!! (しまったッ━━━━━━!!!!!)」

 

ガミラの死力を尽くした攻撃はカーベルの起こした暴風を真っ向から掻き消した。ブレイブの目にはそれが明らかな《敗北》に映った。

彼女の予想の通り、出来事の意味を理解したロノアはサリアに檄を飛ばした。

 

「サ、サリア!!!

即刻 勇者に止めを刺せ!!!! 僕は妖精の方を始末する!!!!」

「わ、分かった!!!」

「~~~~~~!!!

させませんよ!! 《旋風之神(ミカエル)》!!!!」

『!!!!』

 

自分の攻撃を弾かれて尚、カーベルは更なる策を講じた。ブレイブと自分の周囲を防御力を乗せた《旋風之神(ミカエル)》の風で覆い、防御を固めた。旋風による籠城戦を選択した。

 

「悪足掻きをするな キュアカーベル!!! オルドーラ達がここに来るまでにはまだ幾許か余裕がある!!! それにお前に残された体力など高が知れている!!!

そんなそよ風のような防壁などすぐに破ってみせるぞ!!!」

「そうだよ!!! どの道あんた達はここで全滅するの!!!!」

「━━━━いや、これ以上はもう無理だ。」

『!!!?』

 

ロノア達がカーベルが展開した旋風の防壁を強引に突破しようとした瞬間、ガミラは口を開いた。

 

「…………ロノア、サリア、お前らは撤退しろ。

…………俺はここまでみたいだ。

 

ガフッ!!!!!」

『!!!!!』

 

その瞬間、ガミラは口から何リットルとも思える程の血を吐き出した。更に左肩と右腹は裂け、膝から崩れ落ちた。

 

「せ、先輩!!!!!」 「ガミラァ!!!!!」

『━━━━おいお前達、聞こえなかったのか?』

『!!!』

『ガミラは『撤退だ』と言ったのだ。作戦は完了だ。即刻戻って来い。』

『!!!!』

「!!!!?」

「こ、これはまさか━━━━━━━!!!!」

 

その瞬間、ロノアとサリアの背後に魔法陣が浮かび上がり、そこから伸びた巨大な腕が二人を担ぎ上げた。ブレイブとカーベルはその正体を直感で理解した。

 

「お、お待ち下さい陛下!!!!

私達はまだ何も達成出来ていません!!! 勇者も魔王も新参者も未だ存命です!!!!」

「そうですよヴェルダーズ様!!!

まだ負けてませんよ!!! 今なら勇者を倒せます!!! このチャンスを逃す訳には━━━━━━」

『違う。この作戦の目的は誰かの始末では無い。そも勝ち負けも問題では無い。

直ぐに戻って来るのだ。』

『!!!!』

 

ロノアとサリアはその言葉を聞いた瞬間に口を閉じた。ヴェルダーズの言葉の中に《有無を言わさない》という意図を感じたからだ。

 

 

 

***

 

 

(…………あー痛ってぇ。身体中が痛てぇ。

………()()()()もこんな気持ちだったのか。だからなんだって訳でもねぇけどな。

後悔も詫びの気持ちもねぇ。偽物(クズ)共は斬られて当然だ。

 

………ロノアとサリアは、無事に帰れたか。作戦はちゃんと終わった。こんな俺がやってこれなら御の字か。

…………疲れた。そうか。俺ァ疲れたのか。俺の心はあの時死んだんだ。その後でこれなら、まぁ充分か。)

「! てめぇ………………」

「………………………………」

 

地面に倒れているガミラの前にはブレイブが立っていた。カーベルの反対を押し切って風の防壁から出たのだ。

 

「………ねぇガミラ。間違ってたらごめん。

あなた本当は、勇者が()()だったんじゃないの?」

「!!!!!」



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265 勇者とはなに? 凱旋の夜明けの時!! (後編)

『お前達、もう一度だけ言う。

作戦は完了だ。即刻撤退するのだ。』

『━━━━━━━はい。』

 

腕の正体であるヴェルダーズは二人を魔法陣の中に引きずり込んだ。その行為はヴェルダーズにとっては二人を安全に撤退させる為のものだった。

 

 

***

 

 

「━━━━━━今なんて言った? 俺が 何を好きだって?」

「……違うならそうと言ってくれれば良いよ。

私にだって分かるよ。《好き》と《嫌い》って感情は深く関わってるって。あなたがそんなに勇者を恨むのは、それだけ好きだって気持ちを裏切られたからでしょ!?」

「……………………!!!!

(そうだよ!!! 俺ァ勇者が好きだった!!!!

()()()()()()()()居ない勇者をな!!!)

 

………だったらなんだってんだ? 俺が勇者(クズ)共を好きだったらどうだってんだ。

俺を許してくれんのか?助けてくれんのか?

そんな訳ねぇよな!!! てめぇは俺達みてぇなどうしようもねぇ連中を倒すために動いてる()()だもんなァ!!!!」

「…………確かに、昼間の人達を、ギリスを、あんな目に会わせたあなたを許す事は出来ないし、助ける事も出来ない。」

「やっぱりなァ!!! だったらこんな事やらずに黙って俺が死ぬのを見届けろよ!!!

中途半端に善人ぶってんじゃ━━━━」

「だけど、

あなたの事を()()()事は出来ないけど、あなたの心を()()事は出来る。」

「!!!?」

 

ブレイブは倒れているガミラの目の前に座った。カーベルはその危険な行為を必死に止めるように諭すが、構わずに口を開く。

 

「あなたに何があったのかも分からないし、許す訳にもいかないけど、()()は出来る。

ラジェルさんがくれたこの(刀剣系究極贈物)に掛けて、私はあなたが嫌うような勇者には絶対にならない。この力が身の丈に合わないって言うならそれに見合うだけの勇者になる。あなたみたいな悲しい人が二度と生まれないようにする。それを見ていて欲しいの。」

「…………………………!!!!!」

 

その時ガミラは見た。

敵である筈の目の前の少女が輝いて見えた。そして彼は悟った。

自分が憧れた、()()()()()()()()居なかった勇者はたった今、この世に現れたのだ。

 

「……………うるせぇよ。」

「!?」

「何で俺がてめぇの言う事聞かなきゃなんねぇんだ。てめぇは俺なんか 気に掛けなくなって良いんだよ。

俺ァ何人も殺しちまった血みどろの人間だ。勇者に倒されて当然のクズは、俺の方だったんだよ。」

「ガミラ………………!!!」

 

それがガミラ・クロックテレサの最期の言葉になった。その言葉を吐き出した瞬間、意識は朦朧とした。しかし彼の言葉は心の中で続いていた。

 

 

(…………リア、今になってやっとわかったぜ。

…………………俺が本当に恨んでたのは、本当に許せなかったのは、勇者への憧れを捨てきれずに身の丈に合わねぇ夢にお前を巻き込んじまった、俺自身だったんだ。

 

俺がもっとちゃんとした仕事をやってたら、親父の誘いを断ってたら、こんな事にゃならなかった。)

(━━違うよ お兄ちゃん。)

(!!!)

 

ガミラの目の前にはリアが立っていた。直ぐにそれが幻覚だと理解したが、それを認める事は出来なかった。幻覚だと分かっても妹の言葉に耳を傾ける。

 

(━━━()()()のお兄ちゃんは何も間違って無かったよ。私の為に頑張ってくれて、本当に嬉しかった。だけど()()()は間違えちゃったんだよ。

それに気付いたなら、ちゃんと謝りに行こう。いつか許して貰えたら、その時はまた一緒に暮らそうよ。)

(………………………!!!!!)

 

その時、ガミラは元のギレン・ガミザラスに戻る事が出来た。それが彼の走馬灯だったのかそうでなかったのはかは誰にも知る由は無い。

 

 

***

 

 

 

「……………ガミラ…………………………」

「終わったのですね。漸く……………

しかし、一体何に涙しているのでしょう。この男は。」

「分からないよ。そんな事。」

 

力尽きたガミラは目から一筋の涙を流していた。ブレイブは彼の涙を拭った。彼女は無意識の内にそうしていた。それが()()だと分かっていてもそうする事が自分の義務だと直感していた。

 

 

「ブレイブ!!! ブレイブ!!!!」

『!』

 

森の中からオルドーラとタロスが姿を現した。しかし二人は彼等が遅れた理由を問い詰める事は無かった。一目見てすぐにその理由が分かったからだ。

タロスはオルドーラに肩を貸していた。遅れたのはそれが理由だ。

 

「済まねぇ! 団長が片脚をやられて動くに動けなくて!」

「俺はいい!! それより敵はどうなった

「!!!」」

 

そこまで言って漸く二人は力尽きたガミラを見付け、事の顛末を悟った。

 

「見ての通りです。ガミラは死んで、他の二人は撤退しました。勝ちか負けかで言えば私達は負けてはいません。もう危険はありませんよ。

ですよね。ブレイブ。」

「……そうだね。私達は勝った。

━━━━━━あ!」

 

その場に居た四人は東の方向に光を見た。それは陽の光だった。悪夢のような長い夜は終わり、誰一人として死ぬ事無く陽の光を拝む事が出来た。

 

「…………終わったんだ。やっと終わったんですよ 団長!!」

「…………そうだな。今までで一番キツイ戦いだった。

勇者女、それに妖精女。取り敢えずは帰るとしようや。」

「そうですね。本部に居る人達にもこの事をお伝えしなければ。」

「……………………………」

 

三人は本部を守り通せた事に心の底から喜んだ。しかしブレイブの心は太陽のように晴れ渡ってはいなかった。ブレイブはガミラを見つめ、そして理解していた。

ガミラが憧れたような立派な勇者になり、ガミラのような哀しい人間が二度と現れないようにする。そうして初めて自分の心は晴れ渡る と。



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266 勇者が浴びる勝利の朝日! 魔王が語る勇者の定義!!

徹夜

齢十四の少女 夢崎蛍がそれを経験したのはこれが最初だった。十分な休息が取れていない状態で動き回った身体も何度も命の危機に遭った精神も両方共に限界を越えていた。本来ならば直ぐにでも休息が必要だったが、心がそれを許さなかった。

ガミラの死と《勇者》という存在が精神が静まるのを邪魔していた。

 

本部に戻って手当てを受けた後、ベッドに横になったものの眠る事は出来なかった。結局、ベッドに座って時間が過ぎるのを待った。

 

 

━━━━━コンコンっ 「!」

『ホタル。私です。フゥです。』

「あ、あぁ、今開けるね。」

 

マリエッタは峠は越えたものの魔法が使える状態ではなく、蛍は一般団員の回復魔法を受けた。それでも無いよりは絶対的に有益であり、彼女の身体は普通に動く分には何も問題は無い程度には回復した。団員達の話では身体に巻いた包帯も数日で外せるらしい。

 

「━━━━━あ!」

「この姿を見せるのは初めてでしたね。

改めまして フゥ・フルフワン・ティンカーナです。これから宜しくお願い致します。勇者 ホタル・ユメザキ。」

「う、うん………!」

 

扉の向こうに立っていたのは緩いカーブのかかった長い金髪の女性だった。耳は三角に尖り、背中には半透明の羽が生えている。蛍は彼女の言葉を聞くよりも早く目の前の女性が変身前のキュアカーベルであると理解した。

 

「どうやらお身体の方はもう大丈夫なようですね。」

「そうだね。 それよりカーベル、じゃなくてフゥちゃんも大丈夫なの? フゥちゃんもガミラに結構やられてたでしょ?」

「私も問題はありません。私は妖精族ですので魔力の恩恵を強く受ける事が出来ます。故に回復魔法も早く効きます。」

「そうなんだ………………

それで、ギリスは今どうしてる? まだ寝てるかな?」

「おい。人を寝坊助みたいに言うのは止めろ。俺はここだ。」

「!! ギリス!!!」

 

廊下を歩いて少年姿のギリスが現れた。顔は気丈に振舞っているがその姿は痛々しいものだった。

白い患者衣に身を包み、そこから見える腕や脚には隙間無く包帯が巻かれていた。更に決定的だったのは片脚を松葉杖を突く事で庇っている事だった。それがギリスの状態が決して良くないものである事を物語っている。

 

「ギリス!! 大丈夫なの!!?」

「お前と同じで峠は越えた。それよりもお前の方だ。俺が醜態を晒している間に色々な事が起こったと聞いている。

俺達にとって良い事も、悪い事もな。」

「そ、そうだね……………。」

 

戦場之姫(ジャンヌ・ダルク)》の進化、キュアカーベルの登場、《堅牢之神(サンダルフォン)》と《女神之剣(ディバイン・スワン)》の獲得、そしてガミラの死。

魔法警備団 本部近くの森という戦場で一夜にして何が起こったのかと聞かれれば本当に色々な事が起こったと答える他無い。

蛍は思い返してもそれが実体験であるという感覚が今一つ無かった。一つ言える事があるとすれば、あの夜は今まで経験した中で一番長く、そして一番悪い時間だったという事だ。

 

「どちらかと言えば良い事の方が大きかったのがせめてもの救いだな。特にお前が刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)に目覚めた事がな。」

「それなんだけどさ、もしかしてギリスも私が()()なる事知ってたの?」

「可能性の範囲ではあるが予想はしていた。ここまで早いとは思っていなかったがな。

その甲斐あってこの夜襲を誰も死ぬ事無く切り抜けられた訳だ。それに収穫はもう一つあった。 ほら。」

「!!」

 

ギリスは服を捲り上げて包帯が巻かれた胸を見せた。不意の行動に蛍は一瞬 動揺するが直ぐにはっとする。通常ではありえない状態が彼の胸に現れていたからだ。

 

「も、もしかしてそれ、血が止まってるの……………!?」

「そうだ。お前が強くなってくれたお陰で俺も着実に元の力を取り戻せている。その甲斐あって胸の傷も既に塞がった。

痕は当分残るだろうが、回復すればその取り戻した力を使う事も出来る。或いは《混沌之王(アスタロト)》以外の究極贈物(アルティメットギフト)も使えるようになるかもしれない。」

「そうなんだ。 ところで、今って何時?」

「今が丁度 七時だ。 俺は止められてるが、朝飯は食うのか? 三十分もすれば支度が済むと思うが。」

「うん。一応食べるよ。

それでフゥちゃん、ごめんだけど少し外してくれない? ギリスと話がしたいの。」

「畏まりました。」

 

フゥは慇懃な口調で答え、そして部屋から出た。

 

 

***

 

 

「なんだ? 俺と話がしたいと言うのは。」

 

フゥが部屋から出たのを見届け、ギリスは覚束無い足取りながらも蛍の前に座った。

 

「……実はガミラの事なの。」

「ガミラ? 警備団の奴等が回収した遺体の男か。奴等はそいつが勇者連続殺人事件の犯人だと睨んでいるそうだが。」

「睨んでる じゃないよ。犯人はそいつだったんだよ。 ガミラはなんでか勇者をメチャクチャに恨んでた。 何か分かる事ない?」

「これといって無いが、強いて言うならその事件の最初の被害者が《ラシアス》という奴等だったという事くらいだな。新聞では街で好き放題したり医者を脅迫していたと書いてあったな。恐らくそのどこかでガミラという奴の恨みを買ったんだろ。

そこをヴェルダーズに付け込まれたんだ。」

「………………………」

 

蛍はギリスの言葉を俯きながら聞いていた。頭の中でガミラの憎悪に満ちた形相とそれと対称的な涙を流した穏やかな死に顔が反芻される。

 

「………………ねぇギリス、」

「なんだ。」

「………《勇者》の定義ってなんだと思う?」

「なんだ。その殺人犯に何か言われたか?

ルベドを見たろ。力に選ばれ、悪を挫く為にその力を使う者、それが勇者だ。」

「……そう。 じゃあルベドさんにとってギリスは悪だったんだね?」

「そう誤解されていた事は否めないな。

あの時はまだ互いの理解が殆ど無かったからな。」

「………………………」

 

蛍はギリスの言葉を聞き、その中の《理解》という言葉を強く印象付けていた。



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267 最強の厄災の配下 現る!! 再起を誓う桃色の悪魔!! (前編)

「━━━━い、以上があの森で起こった()()()()()の全てでございます。」

『………そうか。ご苦労であった。』

 

場所はアヴェルザード 時刻は蛍がギリスに『勇者とは何か』と聞いていた頃

ロノアはヴェルダーズに夜襲で何が起こったのかを事細かに報告していた。それはロノアにとって《苦痛》以外の何者でもなかった。言葉にするだけでガミラの死が眼前に迫って来るからだ。

 

『━━━━おのれ!! あんな小娘如きに《刀剣系 究極贈物(アルティメットギフト)》だと!!?

なんて質の悪い冗談だ……………!!!!』

『お前もそう思うのか?』

「!!!」

 

ロノアは拳を握りしめて屈辱にも似た悔しさを心の奥底に押しとどめていたが、敗因の一番の原因となった事態が抑えきれない怨嗟の言葉となって唇の間から漏れ出てしまっていたのだ。

 

「も、申し訳ございません!!! 陛下の御前でお見苦しい所を……………!!!」

『構わぬ。お前の感情は尤もだ。()()は誰にも予測出来る筈の無い事態だった。その点にお前の落ち度は無い。

それとも、()()の死がそんなに屈辱的なのか。』

「滅相もございません。先輩は、ガミラ・クロックテレサは私達を助け、立派に役目を果たしたのです。悲しいなどと微塵も思ってはいません!!」

『意味の無い虚勢を張るのは止めろ。

ならばお前は何故、()()()()()()()()()()()?』

「!!!?」

 

ヴェルダーズの言葉を聞いて初めてロノアは自分が血管が切れるほど強く唇を噛んでいる事に気が付いた。

 

『ロノア。我はお前に何があったのかはそれなりに把握しているつもりだ。無論、お前とガミラの関係もな。お前は死地に赴き、仲間を喪った事で心身共に疲弊しているのだ。

故にお前に休息を()()()()。違える事は許さん。』

「!!!

━━━━か、畏まりました。」

 

ロノアは俯いてヴェルダーズの()()を受け入れた。

 

 

『徐々 撤退してから数時間 か。 サリアの様子を見る必要があるな。

おい、』

「畏まりました。 陛下」

「!! 若様……………!!!」

 

ヴェルダーズの声に呼ばれ、奥の闇から一人の人物が姿を現した。その人物は黒く長い髪を頭頂部で束ねていた。そして頭からは三本の角が生えており、紫色の和服に身を包んでいた。

何より特徴的なのはその人物の()だ。二つある切れ長の目の間にもう一つ、縦方向に目が開いていた。

その人物の名は《殱國(せんごく)》。ヴェルダーズの最強の配下にしてオオガイに続いて他の配下の尊敬を一身に集める存在である。

殱國はヴェルダーズの《最強》の配下であり、オオガイはヴェルダーズの《最初》の配下なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「………………此処か。」

 

殱國が向かったのはアヴェルザードの地下深くにある牢獄だ。そこは本来、捉えた敵を監禁する為の場所だが、今回は例外的にサリアが繋がれていた。それは彼女が自決しかねない精神状態だったからだ。

 

『いいな殱國。自決などという下らん真似だけは絶対に許すな。』

「無論、重々承知しております。」

『とは言え、それはサリアが責任を感じているからだという事を忘れるな。彼奴の心を何としても解きほぐすのだ。』

「畏まりました。お任せ下さい。」

 

そう言って殱國は牢獄の檻を開けた。そこにはサリアが両腕を鎖で繋がれ、口を猿轡で塞がれていた。そうでもしなければ舌を噛み切ってしまいかねなかったからだ。

 

「………………!!!」

「陛下のご命令でお前と話に来た。今 轡を外す。」

 

殱國はサリアの後頭部の結び目に手を伸ばし、猿轡の布を解いた。サリアは口から出そうになる唾を飲み込む。

 

「…………………………何でなんですか……………!!!!」

「何がだ。」

「………何で!! 何で私を()()()()()()()んですか!!!

私は負けたのに!!! ガミラを死なせてしまったのは私なのに!!!!」

「違う。お前は負けてはいないしガミラを死なせたのもお前では無い。お前はガミラを死なせたのでは無くガミラに守られたのだ。」

「それもおかしいって言ってるんですよ!!!

何でガミラが私なんかを守るんですか!!! 私、あいつにずっと酷い事言ってたのに!!! あいつの足を引っ張ったのは私なのに!!!!

こんな私はもう!! 死んで償うしか方法が無いんですよ━━━━━」

「戯け!!!!!」 「!!」

 

サリアの言葉を遮り、殱國は彼女の頬を張った。

 

「…………!!?」

「何時まで其んな餓鬼のような醜い事を口走るつもりだ!!? 死んで償うだと!!? 其れが陛下の()()()()()とでも思うのか!!?」

「………………!!!」

「言っておく!! お前がガミラの死に報いたいと願うならば方法は死ぬ事などでは無い。戦う事だ!!

陛下の悲願成就の為に、マーズやギンズと同じように戦う事だ!!! 其れこそがガミラを弔う唯一の術と知れ!!!」

「…………………………!!!!!」

(……………一先ず峠は超えたか。)

 

項垂れてすすり泣くサリアを見て多少強引とはいえ彼女を宥める事に成功したと判断した殱國は上に向けて言葉を発した。

この様子を見ているであろうヴェルダーズに対してだ。

 

「陛下! ご覧の通りサリアの説得には成功いたしました!!

今こそ私に、サリアに《冥界之王(ハデス)》を讓渡する許可を!!!」

「!!!?」



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268 最強の厄災の配下 現る!! 再起を誓う桃色の悪魔!! (後編)

「………せ、殱國さん……………!!?

今なんて………………!!!」

「言葉の通りだ。お前に《冥界之王(ハデス)》を讓渡する。此は陛下が決定された事だ。」

 

次の瞬間、殱國の手に紫色の光が灯った。ガミラが死んだ事で《冥界之王(ハデス)》の力はヴェルダーズに戻った。そして今、それが殱國の手に握られている。

 

「む、無茶ですよ…………!!!

そんなもの、私なんかに使()()()()()()訳ないじゃないですか!!!」

「其れは私も同じ事だ。冥界之王(ハデス)()()()()を引き出せた者は陛下を除いて誰一人として居ない。

だが、ガミラは力を引き出し、勇者 ()()()()()()()を後一歩の所まで追い詰めて見せた。ならばお前もそうして然るべきだ。

もう一度言う。ガミラの死に報いたいと願うならば戦え。此の《冥界之王(ハデス)》の力を以て勇者の首を取って見せろ!!!!」

「………………………………!!!

はいっ!!!!」

 

その言葉を聞いて、殱國はサリアの手の錠を外した。そして彼女は殱國の手を取った。

こうして再び《冥界之王(ハデス)》の脅威が勇者に向けられる事となったのである。

 

 

 

***

 

 

『陛下。ご報告します。

無事にサリアの説伏に成功。《冥界之王(ハデス)》の讓渡も完了致しました。』

『大儀であった。戻って来い。』

 

殱國との通信を終えたヴェルダーズは心の中で安堵の息をついた。サリアに()()()魔導女神(ペルセポネ)》は対魔法に特化した能力と()()()()()贈物(ギフト)の使い手と戦わせるにあたって《冥界之王(ハデス)》の讓渡は必須事項だった。それが問題無く行われた事に安堵した。

 

((………こんな感情は魔王を乗り越えた時以来だな。尤も、その魔王とこれから戦わねばならん訳だが。))

「陛下、失礼致します。」

『フォラスか。入れ。』

 

ロノアが辞去した後、ヴェルダーズの前に紫色のゲル状の身体を持つ生命体が姿を現した。その身体は眩い程の光沢を放ち、頭部には骸骨が張り付いている。

彼の名は《フォラス=タタルハザード》。

知性を持つスライムにして、ヴェルダーズの配下の一人である。

 

『態々 我の元に来たという事はセーラを通しては話せない事と言う訳だな。』

「左様でございます。ガミラが敗けたと聞きましたが、本当ですか。」

『無論だ。勇者が刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)に目覚めた事が誤算だった。

これは誰の想定すらも超えた事だ。ガミラに落ち度は無い。

して、お前は何をしに来た。』

「は。差し出がましい事を承知の上で言わせて頂きます。

次に勇者が動いた時に、拙者を出させて頂く訳には参りませんか。」

『………理由を聞かせろ。判断は其の後だ。』

 

ヴェルダーズに頭を下げ、フォラスは言葉を重ねる。

 

「勇者の女郎は今頃、ガミラを倒した事で天狗になっている筈です。其処を拙者が叩けば、彼奴の心を折る事が出来るものと思っております。」

()()()()? 始末する気は無いという事か。』

「陛下の()()を妨害する気はございません。()()()()も既に仕上げの段階に入っているのでしょう。」

『…………其れだけでは無いだろう。

まだ理由がある筈だ。包み隠さず話せ。』

「はい。彼奴の心を折れば()()()全体に影響を及ぼします。

………それともう一つ、勇者と因縁があるのはガミラだけではありませんので。」

 

フォラスの鋭い視線を見たヴェルダーズは目を閉じてくぐもった笑い声を漏らした。

 

『其の言葉が聞きたかった。お前が()()()()を持ってない筈が無いからな。

良いだろう。出撃を許可する。作戦でも練り固めておけ。』

「感謝致します。」

 

フォラスは下卑た笑みを浮かべながらキュアブレイブをどんな方法で負かしてやろうかと思考を巡らせた。

 

 

 

***

 

 

 

ギリスとの勇者談義を終えた蛍は朝食として出されたバナナヨーグルトを口にしながら彼との話を続ける。

 

「………ギリス、具体的にこれからどうするかは決まってるの?」

「暫くしたら他の奴らとも通信が繋がる。心配しなくても全員無事だ。他の死者も出ていないそうだ。」

「そうなんだ。良かった………。」

 

戦闘を続けて栄養を使い果たした身体が満たされていくにつれ蛍の思考も鮮明になり、落ち着いた会話が出来るようになった。

 

「話が終わり次第 此処を出る。とは言っても安全を考慮して一度 《魔王城(ヴァヌドパレス)》に集まる。

忘れるな。戦いはまだ終わった訳じゃない。寧ろ仲間が死んだ事で奴等は目の色を変えてくる。少しでも気を抜けば直ぐに命を落とす結果になるぞ。お前も、そして俺もな。」

「………うん。分かってる。」

 

この夜の戦いはカーベルや刀剣系などの奇跡的な巡り合わせが無ければ勝つ事は出来なかった。それが分かっているからこそ蛍は勝ちを喜ぶ事は無かった。



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269 二度目の近況報告会! 勇者達のリモート会議!! (前編)

《蛍達の現在の居場所》

 

《魔法警備団 本部》

・夢崎蛍(キュアブレーブ→キュアブレイブ)

・ギリス=オブリゴード=クリムゾン

・フェリオ・アルデナ・ペイジ

・タロス・アストレア

・エミレ・ラヴアムル

・フゥ・フルフワン・ティンカーナ(キュアカーベル)(新)

 

星聖騎士団(クルセイダーズ) 本部(監獄 アルカロックから移動済み)》

・ハッシュ・シルヴァーン

・リナ・シャオレン(キュアフォース)

・ヴェルド・ラゴ・テンペスト

 

《豪華客船 グランフェリエ 内部》

・リルア・ナヴァストラ(キュアグラトニー)

・リズハ・ナヴァストラ(新)

・カイ・エイシュウ

・ミーア・クロムウェル・レオアプス(キュアレオーナ)

・マキ・マイアミ

 

 

 

***

 

 

 

「………じゃあ準備は良いな? 始めるぞ。」

「………分かった!!」

 

朝食を終えて数時間が経ち、ギリスの身体に通信が使えるだけの魔力が戻った。机の上に少し大きな通話結晶が置かれ、その前に蛍達 全員が座っている。これから行われるのはそれぞれの場所で具体的に何が起こったのか。それを報告する。

 

「!! 出た!!」

 

ギリスが魔力を込めると、結晶の上に二つの円い画面が浮かび上がった。その中に浮かんでいた靄が鮮明になっていく。そして数秒後にははっきりとした像を結んだ。

 

『おー!! 映った!! 映ったぞ!!!』

『総隊長、通信出来ました!』

「!! リルアちゃん!! ハッシュ君!!!」

 

ギリスの口から全員が無事である事を聞かされていても蛍はその表情筋を緩めた。それは無事に通信が出来た事、そして仲間の顔を見る事が出来た事が大きい。まだ別行動を取ってから何日も経っていないにも関わらず、まるで数年ぶりの再会を経験したかのような感覚を覚えた。それ程までに蛍にとって彼等は大きい存在になっていたのだ。

 

「ハッシュ君、リナちゃんは!? リナちゃんはどこ!?」

『おーギリス! 折り入ってお前に言っておかなければならん事があってだな!!』

『ギリス殿!? その身体の包帯は一体━━━!!?』

『落ち着いてホタル。リナは今━━━━』

「ハッシュ隊長!! ガイン隊長!! 大変なんですよ!!

ついさっき追っていた勇者連続殺人犯が━━━━━━!!」

「お前達、一度静かにしろ!」

『!!!』

 

それぞれに疑問に思う所や伝えたい事があり、口々にそれを言葉に出す。それをギリスが窘めた。その言葉で場は静まり返る。

 

「色々と言いたい事があるのは分かる。だが慌てていてもどうにもならないだろう。

それぞれ 具体的に何があったのかを話せ。」

 

 

 

***

 

 

《アルカロック サイド》

襲撃犯:マーズ・ゼルノヴァ、ギンズ・ヴィクトリアーノ

成果:裏切り者の判別及び排除

被害:アルカロック 大破、人的被害 無し

マーズ、ギンズ両名 死亡

 

《グランフェリエ サイド》

襲撃犯:ガスロド・パランデ

成果:乗客乗員 全員の安全確保、戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー) リズハ・ナヴァストラ

被害:グランフェリエ本体 大破、ガスロド 逃亡

 

《魔法警備団 サイド》

襲撃犯:ロノア・パーツゲイル、サリア・デスタロッサ、ガミラ・クロックテレサ

成果:情報(タロス・アストレア及び魔法警備団の身の潔白の証明)確保、勇者連続殺人犯を被疑者死亡で確保、戦ウ乙女(プリキュア) キュアカーベル(フゥ・フルフワン・ティンカーナ)

被害:魔法警備団員 重軽傷、警備団本部 半壊

ガミラ 死亡 ロノア、サリア両名 逃亡

 

「━━━━ざっとこんなところか……………………」

 

ギリスは結晶越しに得た情報を紙に書き出していた。蛍が紙を見た第一印象は人的被害が全く無い事、そして敵の幹部が三人 死んだ事だ。

 

「………リナちゃん、これって檻の人が その、ヴェルダーズの悪者で、二人共死んじゃったって事だよね?」

『…………ああ。けど間違えてくれんな。

俺ァ飽くまであいつをひっ捕らえて吊し上げるつもりだった。それをアイツが手前で死にやがった。心臓をこう、毒でブスりとな。』

「!!!」

『それよりギリス、僕達が追ってた勇者連続殺人犯がヴェルダーズの仲間だったっていうのは本当なの?』

「確たる証拠は無いが、本人がそう言ってるんだから十中八九間違いは無い。だがそれはさほど大きな問題では無い。処理はルベド辺りにやって貰う。

 

━━━━━それよりも俺が聞きたいのは、リルア!! お前だ!!!」

「そうだよリルアちゃん! そのリズハっていうのは━━━━」

『おう! 紹介するぞリズハ。

こいつらが今の私のマブダチだ!!』

『うん!

久しぶり ギリスお兄ちゃん! そんでもって初めまして、ホタルさん! 皆さん!

私、リズハ・ナヴァストラ。リルアお姉ちゃんの妹です!!!』

「!!!」

『えーーーーーっ!!!?』

 

過去、もしくは同じ船に乗り既に事情を把握している者以外の全員の声が揃った。



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270 二度目の近況報告会! 勇者達のリモート会議!! (中編)

「リ、リルアちゃんに妹…………………!!!?」

 

辛うじてそう口に出来た蛍以外は声すら出せずにその事実に愕然としていた。

 

『そうなのだ! まぁ、一番驚いてるのは私だがな!』

 

 

*

 

リルアは自分の妹の存在、過去に、そしてグランフェリエで何があったのかを順を追って説明した。

 

「そ、そんな事が………!! だけど、それならなんでそうと言ってくれなかったの!!?」

『アハハ。船でもこいつらにそう言われたぞ。一言で言うなら、お前達に気を使わせたく無かったって言うのが本音だな。』

「気を使わせたく無かったって……! そんな冷たい事言わないでよ!

リルアちゃんが悲しい思いしてるなら私だって一緒に悲しみたいよ! 私達友達でしょ!?」

『おう。こいつらも同じ事を言ったぞ。 ホントに申し訳ないと思ってるのだ。』

「それはもう良いけど………、ギリスもその事知ってたの!?」

「今の話を聞いて知らなかったと答える筈があるか。知った上でリルアに口を止められていたんだ。

尤も、こいつと同じで生まれ変わるなどと夢にも思わなかったがな。」

 

ギリスは苦虫を噛み潰したような顔をしながら蛍の質問に答えていた。彼の頭の中にはこの状況を見下ろして口元を緩めているラジェルの顔が浮かんでいる。

 

そして次に口を開いたのはリナだった。

 

『ってかよホタル、妹さんの事ばっか気に掛けてるが、お前の後ろにいるその姉ちゃんも同じじゃねぇのか?』

「あ、そうだった!

みんな、私からも紹介するね。この娘はフゥちゃん。新しい[[rb:戦ウ乙女>プリキュア]]なんだって!」

「はい。ただ今ご紹介に預かりました、フゥ・フルフワン・ティンカーナです。皆様の事は()()()()()より前から全て見ていましたから紹介は不要です。

これから尽力致しますので、どうぞよろしくお願い致します。」

 

 

*

 

 

そこまで言ったフゥは次に自分がラジェルに生み出された存在である事や自分が戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)と同じ性質を持つ存在である事を説明した。

それを聞いた面々の間にはリズハとはまた別の空気が流れた。

 

『待てよ!! って事ァあんたはヴェルドと一緒に育ったって事か!!? どうなんだよヴェルド!!?

お前はあいつの事を知ってたのか!!?』

『知らねぇよあんなヤツ!!

ってか俺ァ生まれて直ぐにこっちに来たんだからよ!!』

「無理もありません。ですが私は貴方の事を知っていますよ。

《ヴェルド・ラゴ・テンペスト》。解呪(ヒーリング)は使えないもののその分 膂力の強い個体だと聞いています。

無論、貴方の輝かしい戦歴も然りです。そして言うまでも無い事ですがリズハ・ナヴァストラも私の事はこの時まで知りませんでした。尤も私は全て知っていました。」

 

アルカロックに向かった側もグランフェリエに向かった側もフゥの話を口を閉じて聞いていた。その中でギリスだけが昨夜の出来事を思い出していた。

ラジェルが言った『もう少しで五人目の戦ウ乙女(プリキュア)媒体(トリガー)が出来る』という言葉はこれを意味していた。

 

(しかしまさか媒体(トリガー)戦ウ乙女(プリキュア)の力を持たせるなどという大それた真似をやってのけるとはな。)

 

ラジェルの言葉を聞いていながらギリスが驚いたのはフゥのその特異な体質が理由だ。

五人目の戦ウ乙女(プリキュア)が仲間に加わるのは媒体(トリガー)が生まれ、その後に戦ウ乙女(プリキュア)となる人間を見つけた時、つまりもう少し先の話だと思っていた。

 

(とは言え、蛍や俺がこうして生きていられるのは誇張無しにこいつが戦ってくれたからだ。それだけは感謝しなくてはな。)

 

ギリスの本部での夜戦の記憶は蛍をガミラから守った時点で止まっている。その後に何が起こったのかは言葉による情報でしか知らないが、目の前のフゥと蛍、そして警備団の面々が自分の為に奮闘してくれた事をギリスは心の底から有り難く思っていた。

 

(………こんな感情、力を奪われなければ知る由もな無かっただろうな。

まぁ、間違ってもあいつに礼なんか言ってやらんがな。)

 

ギリスはヴェルダーズの姿を思い浮かべ、そして唾棄した。ヴェルダーズこそが魔王としての能力も権力も全てを奪い去った元凶なのだ。

 

 

***

 

 

《アヴェルザード》

フォラスに出動の許可を出し、ヴェルダーズは玉座に座って思考していた。

 

(監獄、客船、そして警備団。

これら三つの戦いで戦局は大きく動いた。失ったものもあったが得たものもあった。大切なのはこの得たものを如何にして生かすかだ。)

 

その時、奇しくもヴェルダーズとギリスの思考が一致した。

 

*

 

((━━━ここから戦いは大きく動く……………!!!!!))



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271 二度目の近況報告会! 勇者達のリモート会議!! (後編)

「………他に何か言わなきゃならない事がある奴は居るか?」

『……いや、ねぇな。』

『こっちも特にないのだ。』

「そうか……………」

 

ギリスは通話結晶からその前の紙に視線を下ろし、思考を巡らせていた。

一先ずこの数日で起こった事を頭の中で整理する。

 

(まず、一番最初にハッシュ達がアルカロックに向かい、裏切り者だったマーズ達と戦闘。そして負けて自決。ここまではものの数時間しか経ってない。

そして監獄の戦いが終わった頃にリルア達がグランフェリエに、俺達が魔法警備団の本部に向かった。その日は場所についてそれぞれゆっくりして、次の日に事が動いた…………。)

 

ギリスはその後、夜襲の事を思い起こしていたがそれはあまり意味の無い事だと思っていた。

序盤でガミラの強襲を受けて意識を失い、朝まで目を覚まさなかった自分より最前線で戦い抜いた蛍の方が余程 考える意義がある。

 

(とにかく、蛍達が夜通しで戦って退け、その直後辺りにリルア達が船でガスロドって奴と戦いこれもまた退け、今に至る………………)

「ねぇリルアちゃん、」「!」

『ん? どうしたのだ?』

 

図らずもギリスの思考を遮る形で蛍が口を開いた。

 

「その ガスロドって人、さっきまで船に居たんでしょ? 船を壊したって、どうやったの?」

『爆弾だ。船の至る所、それこそ操縦室も吹っ飛ばして船を止めることも曲げる事も出来なくして私達を閉じ込めた。』

「爆弾…………!!

じゃあさ、なんでその人は船を沈めようとしなかったんだろう?」

『!!!』

 

結晶で繋がった三つの空間に一斉に緊張が走った。

 

「だっておかしいでしょ?

もしお客さんやリルアちゃん達を倒したいなら船を沈めて溺れさせちゃえばそれで済んだのに…………」

『………分からないんだ。』

「!!? 分からない!? どういう意味!?」

『そのままの意味だ。

あいつの行動は色々な意味で()()()()で、何が目的だったのかさっぱり分からんのだ!!』

「………………………

(確かに、グランフェリエの件はおかしいな…………。そのガスロドとかいう奴は何の為に…………)」

 

ギリスの思考はガスロドの()()に集中していた。

アルカロックで戦ったマーズとギンズは裏切り者である事を明かし、リナ達を始末する為。

そして警備団本部でガミラ達が襲撃したのは言うまでもなく自分達を始末する為。

 

しかしグランフェリエを襲ったガスロドはその限りに当てはまらない。リルア達を始末する気も見受けられず、一方で自分が不利になったと見るや逃げ帰っている。

 

(………とはいえ、戦ったからには何かしらの目的があった筈だよな。ヴェルダーズの奴が無意味な行動を起こすとも思えない。)

「まぁ、それは追って考えるとしよう。」

「ギリス、どっか行くの?」

 

椅子から腰を上げる前にギリスは蛍に声を掛けた。

 

「安全に行動する為に魔王城(ヴァヌドパレス)を準備する。そこを経由して集合して、その後の事を考えるとしよう。」

「そ、そう…………」

 

別行動を取っている面々の合意を得て、ギリスは席を立った。

 

 

 

***

 

 

(………………………

ここまで離れれば大丈夫か。)

 

本部の広間から離れた廊下でギリスは懐から通話結晶を取りだし、()()()()へ通信を繋いだ。

 

「………おいルベド、俺だ。」

『言われなくても聞こえてるよ。

こうして二人きりで話すのは何年ぶりだろうね。』

「………下らん前置きは止めろ。」

『それはそっちだろ?』

「分かった。

………俺が話したいのは()()()だ。」

『………うん。君も分かってるんだね。』

 

ギリスに呼応するようにルベドの表情からも笑みが消えた。

 

『既に報告してあるように、アルカロックでは解呪(ヒーリング)を銃に込める作戦が対策され、グランフェリエでもそこに向かうメンバーがバレていた。

そっちは?』

「こっちは特に何も無い。強いて言うならこっちに蛍が居る事が分かっていた事くらいだな。

だが………………、」

『うん。ここまで露骨にやられたらこう考えるしかないよね。』

「ああ。前に集まった時はまだ空想話の段階だと思っていたがな。」

 

そして、ギリスとルベドの声が重なった。

 

「俺『僕達の情報を、何かしらの方法で得ている!!!』」

 

二人がその()()を選択したのにも明確な意味があった。

 

「なぁルベド、その()()()()()()()、お前はなんだと思う?」

『色々あるだろうけど、やっぱり確実なのは内通者(スパイ)》を潜り込ませる事だろうね。』

「やっぱりな…………………」

 

ギリスはその後に何を言うべきか判断できずに居た。判断するには確定事項があまりに少な過ぎたからだ。



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272 ギリスの妙案! ギルドの新たな形!!

『とはいえ、侵入者がいた可能性もあるから、そっち方面は僕が調べておく。君も気をつけてくれ。』

「分かっている。」

 

ルベドとの通信を切り、ギリスは天井を仰いだ。三方向への遠征が済んだ今、具体的に何をするべきかを決めなければならない。

 

(……………媒体(トリガー)になったリズハに五人目の戦ウ乙女(プリキュア)と来たか。

なら……………、)

 

ギリスはこれからやるべき事を見出し、再び本部の広間へと向かった。

 

 

***

 

 

「おい、戻ったぞ。」

「ギリス! もうお城の準備ができたの!?」

「いやまだだ。その前にここでやっておかなければならない事を見つけたからな。」

「やらなきゃいけない事?」

「ああ。お前達も聞いてくれ。」

 

ギリスは再び席に座り、結晶に向けて口を開いた。

 

「分かっているだろうが、この数日で俺達にまた新しい仲間が加わった。全体の数もかなり増えている。

そこでだ、このギルドを複数のチームに分けたいと思う。」

『!?』

「具体的に言えば、これからは戦ウ乙女(プリキュア)従属官(フランシオン)媒体(トリガー)の三人一組で行動する。これが一番合理的だろう。」

『そうか。なら話は簡単だな。』

「リナちゃん!?」

 

ギリスの提案に真っ先に返答したのはリナだった。

 

『俺ァ今まで通りハッシュとヴェルドと動いてりゃ良いんだろ?』

「お前の場合はそうだな。

他の奴はどうだ?」

『ではギリス殿、私も宜しいか?』

『私も、希望があります。』

 

次に手を挙げたのはグランフェリエに居るカイとマキだった。

 

『ギリス殿、私は以前 ホタルについて行くべきだと言ったが、あれは改めさせて欲しい。』

「……すると、別の奴の従属官(フランシオン)になりたいと言うのか。」

『ああ。同じ船に乗って分かった。

私は、リルア殿の従属官(フランシオン)になるべきだと思う。』

『私も、ミーアと一緒に動きたいです!!』

『えっ!!?』

 

結晶の向こうで、リルアとミーアが目を丸くした。グランフェリエという閉ざされた空間で共に過ごし、戦った事でカイの心に新たな感情が生まれたのだ。

そしてマキも究極贈物(アルティメットギフト)を身に付けた事で強い心が生まれていた。ギリスの為に戦う覚悟は既に出来ている。

 

「こう言ってるが、リルア、ミーア、お前らはどう思ってる?」

『そ、そりゃこの船での経験が活かせるならそれが一番だと思うが………』

『自分もそう思うっスけど…………

あ、でも自分にはまだ媒体(トリガー)が居ないんスけど、それは大丈夫なんスか?』

「その心配はいらない。いずれあいつが準備を終えてくれるだろう。

焦らずに待っていれば良い。」

『そ、そうッスか。分かったッス。』

「そうか。なら話は決まりだな。」

 

アルカロックとグランフェリエに向かった面々の承諾を見届け、ギリスは後ろを向いた。

 

「……タロス、エミレ、俺が言いたい事は分かるな?」

「はい。」

「俺達はフゥと一緒に行動しろ、ですよね。」

「そうだ。戦ウ乙女(プリキュア)一人に従属官(フランシオン)二人になるが、それは問題ないだろう。

言うまでもないが俺は今まで通りホタルと組んで行動する。こいつと一番付き合いが長いのは俺だからな。」

「……………!」

 

蛍は心の底でギリスの言葉に喜んだ反応をした。蛍にとってギリスはこの世界で会ってから行動している時間が一番長い。

そしてそれはギリスにとっても同じ事だった。

 

 

***

 

 

《チームブレイブ》

戦ウ乙女(プリキュア):夢崎蛍

従属官(フランシオン):ギリス=オブリゴード=クリムゾン

媒体(トリガー):フェリオ・アルデナ・ペイジ

 

《チームグラトニー》

戦ウ乙女(プリキュア):リルア・ナヴァストラ

従属官(フランシオン):カイ・エイシュウ

媒体(トリガー):リズハ・ナヴァストラ

 

《チームレオーナ》

戦ウ乙女(プリキュア):ミーア・クロムウェル・レオアプス

従属官(フランシオン):マキ・マイアミ

媒体(トリガー):空席

 

《チームフォース》

戦ウ乙女(プリキュア):リナ・シャオレン

従属官(フランシオン):ハッシュ・シルヴァーン

媒体(トリガー):ヴェルド・ラゴ・テンペスト

 

《チームカーベル》

戦ウ乙女(プリキュア):フゥ・フルフワン・ティンカーナ

従属官(フランシオン):タロス・アストレア、エミレ・ラヴアムル

媒体(トリガー):フゥ・フルフワン・ティンカーナ



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勇者とスライム 編
273 いざツーベルクへ! 勇者の旅行が始まる!


「……………着いた。ここが……………!」

 

魔法警備団での一戦から早数日。

蛍は列車を降り、駅を出ると視界には建物と自然の調和が取れた長閑な風景が広がっていた。

ここは《ツーベルク》という、辺境にある知る人ぞ知る観光地である。そんな場所に蛍はフェリオ、リナ、ヴェルドと共に来た。その理由は、ギリスの提案故である。

 

 

***

 

 

《チーム分け完了から数時間後》

 

「ギリス、話って?」

「おう。まぁ座れ。」

 

蛍はギリスに呼ばれ、彼に宛てがわれている部屋に入った。依然として身体を包帯で巻き、椅子に座っている。

 

「単刀直入に言うぞ。

お前、旅行に興味は無いか?」

「えっ!?

そ、そりゃ行けるなら行きたいけど、なんでそんな事……!?」

「理由ならある。お前の為だ。」

「私のため?!」

「そうだ。一度()()()休んだ方が良いと思ってな。」

「休む? 何で?」

 

蛍の質問に、ギリスは目を閉じて一呼吸を起き、口を開いた。

 

「隠す必要は無い。

お前、この戦いの事をまだ受け止めきれずにいるんじゃないのか。」

「!!!」

 

ギリスの言葉に蛍は額から一筋の汗を流した。

ガミラという男の死は彼女の心に重くのしかかっている。

 

「休むのはお前だけじゃない。

俺も他の奴らも一つの戦いを終えて疲弊し切っている筈だ。だから数日の間 活動を控えて万全な状態にする必要がある。

それにとてもじゃないが俺もこの様では碌に戦えそうも無いからな。」

「……そのケガはいつ治るの?」

「フゥとかいう奴が魔力を送り続けるなら、二三日で治ると思うが。」

「そうなんだ。

………じゃあお言葉に甘えて少しだけ遊ぼうかな。」

「それが良い。誰と何処に行くかは既に決めてある。」

 

ギリスが提案した場所こそが《ツーベルク》、そして四人で行くことを提案したのも彼だ。

 

「フェリオ、リナ、ヴェルドの四人で行く。それだけ居れば不測の事態が起こっても対処は出来るだろう。」

「いざとなっても変身出来るって訳だね。

それで、どんな所に行くの?」

「それも既に決めてある。ちゃんと人目につかない場所をな。

此処だ。」

「………《ツーベルク》………………?」

 

それがギリスが見せた本の項に書いてあった文字だ。

 

*

 

ツーベルク

それは、魔法警備団の本部から少し離れた返金にある観光地である。中央に建っている巨大な教会とそれを囲うように建っている様々な飲食店が見所の場所だ。

 

*

 

「リナちゃん! 見てよ!

すっごい綺麗な場所だよ!!」

「バカみてぇに騒いでんじゃねぇよ。俺ァ来たくなかったってのによ。」

「そんなこと言っちゃダメだよ。折角ギリスがくれた旅行なのに!」

 

蛍から一足遅れてリナが駅から姿を現した。しかしその顔は穏やかでは無かった。その理由は大きく分けて二つ。

まだマーズ達の死を受け止めきれていない事。そして旅行なんてしてる場合じゃないと思っている事が主な理由だ。

 

「そもそも旅行っつったってよ、海外()に出て毎日のように宿に泊まってんなら毎日が旅行と変わんねぇんじゃねぇのか?」

「んー 確かにそうだけどさ、いつもと違う事したいって事なら、こうゆうのも良いんじゃない?」

「………ってかお前、あんま無理すんなよ?」

「? 何が?」

 

リナはまるで乗り気の無い表情で蛍に言葉を連ねる。

 

「分からねぇとでも思ったのかよ。

お前が面の皮引き攣らせてんのは分かってんだよ。()()()()お前がよ。」

「!!」

「確かガミラっつったっけな? その事件なら俺の里にも情報くらいなら入ってきたぜ。

そいつをやったヤツが死んだんだろ? お前の目の前でよ。」

「………………!!」

 

今日でガミラ達との戦いから数日が経つが、彼の死は依然として蛍の心に暗い影を落としている。それが敵に抱く感情として不適切である事は分かっているが、蛍はそれを本能として禁じ得ない。

 

「………確かに、私はガミラを助ける事は出来なかった。だけど、ガミラの心に報いる事は出来ると思ってる。」

「あ? 何が言いてぇんだ?」

「ガミラは、勇者をめちゃくちゃに恨んでた。それは勇者が好きで、悪い勇者に騙されたからだと思うの。

だから私はそんな勇者にならないようにしたいと思ってる。ルベドさんみたいな立派な勇者になる。私にはそうするしかないと思うの。」

「………………………!」

 

リナは後にその時の蛍の表情を、『ここまで笑顔と困り顔が混ざりあった表情を初めて見た』と語っている。

 

 

***

 

 

《アヴェルザード》

フォラスは自分の部屋で()()()から得た情報に目を通していた。

 

「フフフフフフフ。

《ツーベルク》か。人目に付かん辺境に身を隠して骨を休めようとは小癪な真似をしよるわ。

そして武闘家の女郎と二人旅か。殺める事も出来るが其れでは興が冷める。ここは精神に来る灸を据えてやろうとするか。

 

()()()()の為にもな。

 

フフフフフフフフフフフフフ。

ハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

フォラスは勝ち誇ったように天井を仰いで高笑いを発した。



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274 勇者と武闘家の憩い! ツーベルクの一日! (昼餉)

「お待たせ致しました。

オムライス、チーズドリア、ガーリックチキン、シーザーサラダでございます。ごゆっくりどうぞ。」

「はい! ありがとうございました!」

「………………!」

 

ツーベルクに着いた蛍達はまず、空腹を解消する為に店に入った。蛍は出てきた料理の匂いや艶に目を輝かせ、リナは驚いたように目を見張っている。

 

「……こいつが海外()料理()か………………!」

「そうだよリナちゃん。まずは食べようよ。」

「お、おう。」

 

蛍に連られるようにリナはスプーンを手に取り、焼き目の付いたチーズの膜を崩した。そして火が通った黄色い米を掬い、吐息で熱を逃がしてから口へと運ぶ。

加熱された米が舌に乗り味蕾を刺激すると、リナは目を見開いて顔を上げた。

 

「美味ぇ…………! こいつが海外()の飯か…………!」

「美味しいでしょ?

というか、里から出て時間が経ってるんだからご飯くらい食べてるんじゃないの?」

「んな余裕あるかよ。里から出りゃ直ぐに監獄行って、その後ァずっと騎士団の本部に居たんだからよ。」

「じゃあ、その時に食べたのは?」

「あのルベドって総隊長さんが気ぃ使ってくれてよ、飯ァ里で食ったのと遜色ねぇモンを用意してくれたんだ。

……尤も、あん時ァ飯も碌に喉を通らなかったけどな。」

「!!

………分かるよ。私もそうだったもん。」

 

蛍は記憶に新しいガミラとの戦いの次の朝の事を思い起こしていた。あの時も身体は栄養を欲していたが、精神面では何も喉を通らない気がしていた。

倒すべき敵とはいえ人間の死を目の当たりにした二人の思う所は同じである。

 

「なぁ、お前が頼んだこの鳥の焼いたやつは二人で分けんだよな? ってかこんなに頼んで大丈夫なのか?

食えんのかとか金は大丈夫なのかとかよ。」

「そうだね。まぁ予算(お金)の事は気にしなくていいよ。ホテルの分さえ取っておけば後は自由に使って良いって言われてるし。」

「そうかよ。」

 

蛍は全員分の旅行資金としてギリスから600デベル(=六万円)を受け取っている。そして蛍達が泊まる予定の宿の一泊の宿泊料は100デベルであるため、400デベル(=四万円)を自由に使っていい計算である。

ギリス曰く、600デベルは蛍がギルドの依頼をこなしたりギリスの為に奮闘してくれたそのお礼との事だ。

 

「まぁなんにせよ、このご飯も旅行も全部私達が頑張ったご褒美みたいなもんなんだから、めいいっぱい楽しもうよ。

ね、フェリオ!」

「そうしようファ!」

 

蛍の肩からフェリオが、リナの肩からヴェルドが姿を現した。人目につかない位置に腰を下ろし、蛍が出した鶏肉が乗った皿を受け取った。

 

「私とリナちゃんが三分の一でフェリオとヴェルドが六分の一。二人はそれで十分だよね?」

「ファ!」 「まぁな。」

 

フェリオとヴェルドは子供用のフォークで切り分けられた鶏肉を口に運んだ。小型の妖精の状態ならその分量で十分だという算段だ。

その一方で二人が食べる様子を見た蛍は頭に一つの疑問を持った。

 

「………ねぇフェリオ、ヴェルド、」

「何ファ?」

「二人ってさ、妖精の姿と人間の姿って()()()()()()姿()なの?」

「!

……………いや、()()()()私達の姿ファ。」

「そうだな。俺らは()()()()()を併せ持った存在だからな。ま、()()()()なのは人間の姿だけどな。」

「そうなんだ。そんな生き物がいるんだ…………」

 

改めてフェリオやヴェルドが他の生物とは異なる不可思議な存在であり、彼女達を産み出したラジェルはギリスと同じくらい凄い人間なのだと蛍は再確認した。

 

 

***

 

 

《ツーベルク中央の教会》

 

「………おや、この辺りでは見ない顔ですな。観光客ですかな?」

「はい。この教会はこの町一番の観光地と聞いたので、一度訪れておきたいと思っていたんです。」

「分かりました。

では、貴方の旅路に神の御加護がありますように…………………」

 

(━━━━フフフ。神の御加護か。

そんなものがあるなら俺は()()()()なんか思い付かなかっただろうよ。)

 

蛍達がツーベルクの料理に舌鼓を打っている頃、町の中央にある教会の主である老齢の神父の前に眼鏡をかけた一人の男が姿を現した。

しかし神父も教会に居る者達もその男の心中を、そして彼の持つ鞄の中に彼の望みを叶える道具がある事を知らない。この平穏なツーベルクという街に未曾有の危機が迫る事をこの時はまだ知らない。

 

更に、この男もこの時はまだ知る由もない。

これから自分のやろうとしている事が思いもよらない横槍によって失敗に終わる事を。その横槍の手によって他でもない自分の命が危険に晒されるという事を。



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275 勇者と武闘家の憩い! ツーベルクの一日! (神話)

食事を終えた蛍達は店を出て、町の入口で貰った観光の地図に目を通していた。

 

「腹埋めたのァ良いけどよ、この後は何やんだよ。言い方ァ悪ぃけどこんな田舎町なんて観るもんなんかねぇだろ。」

「じゃあさ、こことか行ってみようよ!」

「ォン? ここだァ?」

 

蛍が指差したのは地図上のツーベルクの教会だった。

 

「こいつァ教会か?

生憎だがよ、俺等の里は()()()()()から《龍神信仰》で通ってるからよ。」

「龍神信仰? 龍神武道会の話?」

「そうだ。ジジィの奴がよ、俺がガキの頃から一言一句覚えちまうくらい何回も何回も伝えてくれたんだぜ。戦ウ乙女(プリキュア)の事と、龍神様の事をよ。」

 

 

 

***

 

 

《創造主 龍神》

これは、龍の里に伝えられている神話である。

 

遥か昔、星も命も何も無い空間に一つの卵があった。その卵から産まれた金色の龍は何者でもないが、膨大な力を持った龍だった。

ある日、何者でもない龍は一人の男と出会い、名前を与えられ、知識を与えられた。その男はこの世のどこにも存在しない世界に憧憬の念を抱いていた。龍は友情を知り、感情を知り、別れの時まで楽しい一時を過ごした。

 

男と別れた後、龍は持っていた力に名前を付けた。膨大な力を駆使して男が憧れたこの世のどこにも存在しない世界を作り出した。

 

此れこそが何者でもなかった一匹の龍が創造主になった逸話である。

 

 

***

 

 

「━━━な? おかしな話だろ?

もしその話が正しかったらよ、この世界はみんな一人の龍神サマが創ったって事になるんだぜ?」

「じゃあリナちゃんはその神話は信じてないの?」

「絶対にそうとは言わねぇけどな。

少なくともジジィは竜人族にゃ龍神様の血が流れてるって上機嫌に能書き垂れてたけどよ。」

「……で、その龍神様、名前を貰ったって言ってたけど、どんな名前を付けてもらったの?」

「名前か。それなら知ってるぜ。

全然 長ったらしい名前じゃあ無かったな。確か━━━」

「龍神《ダラマ》様の事ですね。」

『!?』

 

神話の話題で話し込んでいる蛍とリナに、穏やかな顔の老人が口を挟んだ。

 

「なんだよアンタ。」

「ああ。これは失礼。私、この街の真ん中にある教会で牧師として働いている、ジェームズと申します。随分珍しい話をしていたもので声を掛けてしまいました。

しかし珍しい事もあるものですねぇ。このツーベルクによもや竜人族が現れるとは。」

 

ジェームズと名乗った老人はリナを見詰めながらも、その表情には疚しい感情は含まれていないように蛍の目には見えた。

 

「珍しい話って、さっきの神話の事ですか?」

「もちろんそうです。若い頃、文献を読んで勉強させていただきましたから。」

「もちろんってアンタ、この神話(はなし)ァ俺等の里にしか伝わってねぇ話だぞ。そんな他所の神話なんざ知って何になるってんだよ。

この街にゃこの街で信じられてる神サマが居んだろ?」

 

ジェームズは目を閉じて数秒 間を置いてから口を開いた。

 

「………もちろん、このツーベルクにはツーベルクを護ってくれる神様が居ると、少なくとも私達は信じています。しかし、だからといって他の神話(教え)を否定したり蔑んだりする事は万に一つもありません。」

「答えになってねぇぞ。俺はなんだって他所の神話なんか勉強してんだって聞いてんだよ。」

「………それは単純に私の興味です。知識として知っておきたかった。それだけですよ。」

「じゃあなんだ。アンタは『たった一人の龍がこの世界全部創った』って話を()()()って思ってんのか。」

「面白い ですか。否定はしませんね。

随分と現実離れしたその話に魅了された部分があるのは事実です。」

『……………………………』

 

「おっと。つい話し込んでしまいましたね。

それで、おふたりはこれからどちらに。」

「私達、二人で旅行に来てて、これから教会に行ってみようかなって言ってたんですよ。」

「そうだったのですね。それならば私がご案内しますよ。」

「!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

案内役を買って出てくれたジェームズに対し、リナは先程の不機嫌な発言を不適切だと省みた。

 

「しかし、これで()()()ですか。このツーベルクも活気づいて来ましたね。」

「三人目? 何がですか?」

「今日 ここの教会を訪れた観光客の方がですよ。穏やかな青年の方がお越しになったようです。この町の人間は皆、神様のご加護によって平穏な日々が保たれていると信じていますから。」

 

ジェームズはそう言ったが、彼はまだ知らない。その観光客の青年の手によってツーベルクの平穏が尽く破壊されるという事を。



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276 勇者と武闘家の憩い! ツーベルクの一日! (信仰)

「━━━す、凄い……………!!!」

「そうでしょう。これこそが観光客に人気の理由です。尤も、それ目当てではありませんがね。」

 

蛍達はジェームズに連れられて教会に入り、その壁の光景に目を奪われていた。

その壁には色の付いた硝子を敷き詰めて女性を描いた芸術品が飾られていた。外から入ってくる太陽光を反射して鮮やかに輝いている。蛍はその芸術品の名前を知っていた。

 

「これってもしかして、ステンドグラスですか………!?」

「そういう呼び方もあります。これには教会内を太陽で照らし、窓を飾る目的があります。

そして、この作品もまた偶像崇拝の一環なのです。」

「偶像崇拝? 神様の姿を作品にして祈るっていう、あれですか?」

「その通りです。あの作品に描かれている方こそが、このツーベルクを護っていただいている、《太陽の神様》なのです。」

「太陽? って事ァこの町には太陽信仰が伝わってんのか?」

「そうです。このツーベルクにはこんな話があるのです。」

 

 

*

 

 

遥か昔、ツーベルクという町は太陽の光が滅多に差さず、毎年のように作物が育たず、飢え死にする物が後を絶たなかった。

そんな彼等がある日、町の中心に教会を建てて祈りを捧げると、雲が晴れ、町に陽の光が差した。それをきっかけとして町に光が戻り、町の人間は救われたのである。

 

 

*

 

 

「これがこのツーベルクに伝わる神話でございます。」

「……なるほどな。

って事ァつまりあのガラスに描いてある女の人はその町を助けてくれた太陽の光を見えるようにした結果って訳か。」

「その通りです。今のツーベルクがあるのも偏に太陽(神様)のご加護があるからだと、少なくとも私達はそう信じております。」

 

ジェームズを話を聞き終えたリナは再び硝子で描かれた《太陽の神》を見、心の中でツーベルクに伝わる信仰への思いを述べた。

 

(………太陽の神サマを信じる か。それも結構だな。

太陽の光にあやかってんのは俺らの里も同じだしな。もっかいジジィに会ったら、龍神様の事を聞いてみっか。)

「━━━おや ジェームズさん。そちらの方々は?」

『!』

 

蛍達の前に、ジェームズより一回り歳を重ねたように見える老人が姿を現した。

 

「神父様。こちらの方々も観光客でございます。この教会に関心があったようでしたので、私がご案内致しました。」

「そうだったのですね。

初めまして。私、この教会の司教をさせて頂いている、《ウィンディージ》と申します。全く今日は良い日ですね。観光客の方が三人も来ていただいた上に、竜人族の方まで訪れていただけるとは。」

『!』

 

ウィンディージと名乗った神父の言葉に思う所があったのか、リナの眉が動いた。

 

「? 如何されましたか?」

「……いや。ちょっとムッと来ただけだ。

あんたの目にゃ俺の事は《竜人族》って括りでしか見えてねぇのかと思ってよ。」

「ち、ちょっとリナちゃん!」

 

ヴィンディージに対して斜に構えた態度を取ったリナを蛍が制した。

 

「いえいえ、それは誤解ですよ。

私達 ()()がそうであるように、貴女達も《種族》ではなく《個人》で見る事が大切だと分かっていますから。」

()()ねぇ。竜人族(俺達)もちゃんと人間やらせて貰ってるつもりなんスけどねぇ。」

「ちょっとリナちゃん いい加減にしてよ!

何をそんなに気分悪くしてるの!?」

「別に。ただ監獄といい教会(ここ)といい、ずっと世間離れした所に行かされてると思ってよ。」

「!!!」

 

リナの返答に蛍は顔を青くさせた。彼女の言葉の中に失言と言える要素を見出したからだ。

 

「!? 監獄!?

どういう事ですかな!?」

「ち、違うんです!!

監獄っていうのは、そう呼ばれてる場所があるってだけで、本当の監獄に行ってる訳じゃ無いんですよ!!

それと、ここにトイレってあります!? あるなら行っておきたいなーって━━!!」

「御手洗なら、奥にございますが。」

「そ、そうですか! 良かったー!

リナちゃん、一緒に行こう!! ね!!?」

 

リナの返答も聞かずに蛍は彼女の手を引いてウィンディージが指差した奥の方へと駆け出した。神父達に質問する間を与えない為だ。

 

 

***

 

 

 

「━━━フゥフゥ!!

ここまで来れば━━━━!!

!!」

「ってぇな!! 離せよテメェ!!

何だってんだよ 急に血相変えたりしてよ!」

「何だじゃないでしょ!! なんて事言ってるの!!」

「あ? 何が?」

「だから監獄に行ったなんて言ったらダメに決まってるでしょ!!? 普通の人はそんな所に行ったりしないって分かるでしょ!!?」

「……………………………………

あー!! そういう事かよ!」

「そういう事だよ。分かってくれた?」

 

自分の間違いを理解したリナは蛍の手を振り解く程の不機嫌さから一変して落ち着きを取り戻した。

 

「ま、それくらいどうって事ないけどね。

だけどもうこの町の人に不機嫌な態度取らないで。それで許してあげるから。」

「…………………………

おう。」

 

口での勝ち目が無いと悟ったリナは蛍に頭を下げた。

 

 

***

 

 

(━━━━━フッフッフッフッフ。

呑気に駄弁り合っておるわ。)

 

蛍やリナ達がツーベルクの教会にいる頃、その様子を教会の窓から覗いている者が居た。フォラスが細胞を分裂させて作った分身体だ。

 

(さぁて。この小生意気な小娘共の心をどのようにしてへし折ってやろうか。

━━━━ム? この匂いは━━━━!!

 

…………フフフ。そういう事か。それならいずれここで()()が起こるな。

ならば…………………

フッフッフッフッフ。

ハッハッハッハッハッハーー!!!)

 

これから教会で起こる事を推理したフォラスは心の中で高笑いを上げた。



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277 勇者と武闘家の憩い! ツーベルクの一日! (同衾)

「なぁ、俺達の部屋ってどこだ?」

「二階の三号室だよ。結構広いとこを取ってあるから。」

 

ツーベルクの教会を一通り見て回り、時間は数時間程経過している。時間帯は宿に入る(≒チェックイン)事のできる頃となった為、蛍達は宿に向かった。

現在は鍵を受け取り自分達の部屋に向かっている。

 

「ほら、ここだよ。早く入ろう!」

 

蛍達が宛てがわれた三号室の扉は木でできた濃い茶色の扉に赤銅色の鍵穴が付いていた。受付に貰った鍵を鍵穴に差し込んで回すと『カチャリ』という音と共に解錠した。

 

「おー!! 結構いい部屋じゃん!」

 

扉を開けて部屋の中を見た蛍は明るい声を上げた。部屋は八畳程の広さがあり、窓からはツーベルクの景色が良く見渡せる。しかしリナは声までは上げなかった。その部屋に一つだけ喜べない点を見つけたからだ。

 

「? リナちゃんどうしたの?」

「…………いや、ただベッド(箱布団)がデカい一つなのかと思ってよ。」

 

龍の里にはベッドというものは存在せず、その為リナは里外にあるベッドという物を《箱布団》と呼んでいる。そしてこの部屋にあるベッドはダブルサイズであった。

 

「なに? ダブル嫌だった?」

「嫌っつーかお前、これって二人で一緒に寝るって事だろ?」

「なんで? 一緒に寝たくないの?」

「お前は嫌じゃねぇのかよ。好きでも無いヤツと一緒に寝るなんてよ。」

「好きでも無い? 私はリナちゃんの事好きだよ?」

「!!?」

「だって私達もうお友達でしょ? そもそも里にいた時も一緒に寝てたじゃん。」

「…………!!」

 

蛍の無邪気な発言にリナはバツが悪くなったように顔を背けた。

 

「バカが。別々の布団で寝るのとこいつとじゃまるで訳が違ぇだろ。」

「え?」

「そいつァ別に良いんだよ。だけどもう無闇矢鱈に人に好きって言うんじゃねぇぞ。」

「え? なんで?

好きな人に好きって言って悪い事があるの?」

「~~~~~!!

もういい。これ以上話してっと俺が(あか)くなっちまうぜ!!」

 

頭を掻きむしりたくなるような感覚に襲われたリナは部屋の中に入っていった。その時、彼女の顔が赤くなっていた事は彼女以外知る由もない。

 

 

***

 

 

《アヴェルザード》

 

場所は誰も居ない一室。

そこに居たフォラスは分身体から見える視覚情報から作戦を立てていた。

 

「……………フフフ。面白くなってきたわ。

()()()を潰せばきっと、きっと…………………

フッフッフッフッフ。

ハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」

「おい、五月蝿いぞフォラス。」

「! 若。」

 

フォラスの後ろには殲國が立っていた。

 

「随分莫迦笑いを発していたが、何か見つけたのか。」

「実はその通りなのです。面白い催しを思い付いたものですからな。」

「催しだと?」

「ええ。実は━━━━━」

 

*

 

フォラスは分身体が嗅いだ()()から立てた推理、そして自分がやろうとしている事を順を追って説明した。

 

「………それは間違いないのか。」

「恐らくは。彼の匂いは間違い御座いません。仮にその推理が外れていたとしても作戦にはなんの支障もありませぬ。」

「随分な自信だな。しかしその者はよくよく運の無い奴だな。お前の趣味に理不尽に巻き込まれるとはな。」

「憐れむ必要など無いでしょう。彼のような人間如き儂の遊戯に使われて初めて存在価値があるというものでしょう。

そも、儂が()()()()を抱くに至った経緯を若が知らない筈は無いでしょうに。」

「…………お前はガミラと同じだな。

お前の感情は誰にも御し切れない。」

「其れは褒め言葉として受け取っておくとしましょう。

━━━━ところで、」

「!」

 

フォラスはそれまでの下卑た笑みから一転、表情を強ばらせた。

 

()()()()は本当なのですかな。確たる証拠は何一つ無いのでしょう。」

「………言った筈だぞ。()()()を疑う事は陛下の御考えを疑うも同然なのだとな。それでなくとも他でもない()()()である陛下自身が言っておられるのだ。それ以上の証拠など無い。」

「左様でございますか。」

「それでも疑うというのなら揺さぶりでも掛けてみればいい。尤も、無駄だとは思うがな。

今までの言動から推し量っても()()()がその事を知っている可能性は限りなく低い。」

「………それはそうでしょうな。」

 

フォラスは話が終わったと言わんばかりに身体を伸ばした(腰を上げた)

 

「自分の足で向かうつもりか。陛下は《空間之神(ウラノス)》を使って下さると仰っていたぞ。」

「それは有難い話ですが、旅路も楽しみたいのです。それに、その過程で戦力も集めておきたいのでね。」

「…………………」

 

殲國の横を通り、フォラスは『ドロドロ』と音を立てながら歩を進める。フォラス=タタルハザードという脅威が迫っている事を、ツーベルクに居る者は誰一人として知らない。



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278 勇者と武闘家の憩い! ツーベルクの一日! (前夜)

《ヴァヌドパレス》

時刻は夕方

ギリスは自分の部屋で椅子に座り、包帯の上から胸を摩って傷の治り具合を確かめていた。ガミラに付けられた傷は依然として重く、フゥ達の魔力を以てしても今だ完治していない。

 

(…………血の滲みは収まり問題無く歩けるまでにはなったが、一線で戦えるようになるまでにはまだ時間が掛かるな。)

 

傷の具合を把握したギリスは、ガミラに斬られた当時の事を思い起こしていた。彼の頭に過ぎるのは当時の自分の行動だ。

 

(…………あの時、敵は確かに俺じゃなくて蛍を狙っていた。あいつが《勇者連続殺人事件》の犯人だったから、蛍を狙ったんだ。

だが俺は殆ど無意識にあいつを庇った。あの攻撃で命を断ち切られていた可能性も十二分にあったのに だ。)

 

ギリスは自分の心情の変化を実感していた。かつての自分なら身に近い人物ならいざ知らず、ただの人間の少女の為に命を張ったりはしなかった。

 

(無慈悲に見捨てるとまでは言わないが、かつての俺なら少なくともあんな大それた無茶はしなかった。俺は既にそこまで丸く()()()()()()()のか。それともあいつが既に俺にとって《身に近い人間》になっているのか。

()()()()のように。)

「!」

 

そこまで考えた時、ギリスの側の通話結晶が光った。迷わずに結晶を手に取る。通話の相手が分かっていたからだ。

 

「………俺だ。旅行は楽しんでるか?」

『ギリス! こっちはメチャクチャ楽しいよ!!』

「楽しいなら良いんだ。危ない事はないか?」

『それも全然無いよ! リナちゃんも楽しんでくれてるし。』

「それを聞いて安心したぞ。それで、あいつは今何をしている?」

『リナちゃんなら今お風呂入ってるよ。 一緒に入ろうって言ったんだけど冗談じゃねぇって言って先に行っちゃって。』

「……………… (そうだろうな。あいつの性格なら。)」

 

ギリスは目を閉じるだけでリナの赤くなった顔が浮かんでくる光景を感じていた。

 

『だけどホントに良かったの? チーム分けして三人一組で動こうって言ったそばから私とリナちゃんだけで旅行に行って。』

「それも分かった上だ。その為にフェリオとヴェルドについて行ってもらったんだからな。()()()の事が起こっても最低限の自衛が出来るようにな。」

『だね。まぁここは田舎町だから、敵が来るなんて考えにくいとは思うけど。』

「……………………… そうだな。

明日の昼には迎えに行く事も出来る。この城の出入口をそっちの駅辺りにでも繋げられるからな。」

『じゃあ電車代浮くってこと!?』

「身も蓋もない言い方をすればそうだな。」

 

結晶の向こうから蛍の喜ぶ声が聞こえた。

 

「兎に角今日は疲れているだろ。風呂に入ったら歯を磨いて早く寝ろ。」

『うん! 分かった! おやすみ!』

「………………

(今の一言、完全に父か兄の言う事だったな。)」

 

通話を切ったギリスの頭の中には一つの懸念があった。

 

(………田舎町 か。ツーベルクに敵が来るかどうかで情報が漏れているかどうかはっきりするな。様子を見て動かないかバレていると割り切って攻めに来るか。

とはいえ断じてあいつらを餌にする訳じゃない。万が一に備えて救援する準備は整えておくとしよう。)

 

いつ不測の事態が起こっても良いようにギリスも準備を進める。その理由が言い訳がましい事も分かっていた。

 

 

***

 

 

《ツーベルク 近辺の森》

太陽が山の中に沈もうとしている頃、木々の隙間からツーベルクの様子を覗いている者がいた。

 

(…………あれが勇者共が雲隠れしておる《ツーベルク》か。辺境に建っているにしては大きな教会じゃ。ここからでも見えるとはな。

フッフッフッフッフ。

見えるわ見える。あの小生意気な勇者共の青ざめた面が見えるようじゃ。)

 

フォラスは明日の事を頭の中で思い描いていた。(あわよくば)自らの欲を満たし、悦に浸っている蛍達の心も突き落とす事の出来る様子が浮かび上がっている。

その様子が現実たり得る根拠は彼の背後にあった。彼の背後には数十体のチョーマジンが同じようにツーベルクを凝視していた。

 

 

 

***

 

 

《蛍とは別の宿の一室》

フォラスが勝ち誇ったように高笑いを浮かべている頃、一人の男が一人きりの部屋の中で座り込んで()()()()()の最終確認をしていた。

今日の昼、蛍達より一足早くツーベルクの教会を訪れ、笑みを浮かべていた眼鏡をかけた男だ。

 

(━━━━フッフッフッフッフ。明日だ。

明日になればこのクソッタレのツーベルクを恐怖のどん底に叩き落とせる。

俺がやるんだ。俺が、俺が━━━━━!!)

「ハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

部屋に一人きりである事をいい事に、男は天井を仰いで高笑いを上げた。

しかし彼は知らない。その計画が思いもよらない身勝手な相手によって尽く打ち砕かれるという事を。



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279 ツーベルクの朝が始まる! 教会を襲う爆弾魔!!

「……………!!」

「おいホタルよ、別に無理して一緒にやんなくたっていいんだぞ?」

「い、いや別に? 私も好きでやってるだけだから。」

 

時刻は朝

蛍達は宿の部屋で一夜を過し、朝早くに目を覚ました。そしてリナはベランダで日課のトレーニングに励んでいる。足を肩幅程に開いて腰を下ろし、その姿勢を保つ事で筋肉を刺激するトレーニングだ。龍の里の基礎的な鍛錬の一つで、《瓏飩脚(ろうどんきゃく)》と呼ばれている。

 

そしてリナと蛍が今 それをやっている。リナがやっている場面を見て蛍が自分もやりたいと言ったのだ。しかしリナはそれに反対した。瓏飩脚は初心者向けの鍛錬ではないからだ。それでも蛍はやると言った。それは偏に強くなりたいと思ったからだ。

 

「━━━━━━━

だはっ!! もうダメ………!!」

「当ったり前だろ。もう三分もやってんだぞ。トーシローがそれなら大健闘だろ。」

 

足の筋肉が限界を訴え、蛍は尻を着いたがリナは平然として不安定な姿勢を保っていた。

 

「リナちゃんって毎日こんな事やってるの?」

「まぁな。ガキん頃から出来る限り毎日 って感じでな。」

「そ、そうなんだ。やっぱりリナちゃんって凄いね……!!」

「凄いっつーならお前の方だろ。ギリスのマスターから聞いてんだぞ。なんかモノ凄ぇ贈物(ギフト)を身に付けたんだろ?」

「!!」

 

リナが言っているのは言うまでもなく刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)女神之剣(ディバイン・スワン)》の事だ。

 

「? どした? 違ぇのか?」

「……いや、持ってるには持ってるんだけど、まだちゃんと使える訳じゃないの。だからこうやって強くなろうと……………」

「なぁ、お前もしかして負い目でも感じてんのか?」

「!!?」

 

リナの言葉が蛍の図星を突いた。無意識の内に身の丈に余る力を手にしている事への抵抗感を覚えていた。

 

「だってそうだろ? 俺とお前にゃ究極贈物(アルティメットギフト)っつーヤツの数にはっきりした差がある。なのにお前は、少なくとも俺はお前が何かしらの鍛錬をやってんのを見た事がねぇ。

碌に努力もしてねぇのに最強格の力なんか手にしちまったもんだから焦ってんだろ? 手前が努力抜きに強くなったヤな奴になっちまうのがよ。」

「……………!!!」

「俺はそんなもん気にする必要なんざねぇと思うぜ。手前勝手な事に使うんならまだしも世界救う為に使うってんならバチは当たんねぇだろ。」

「…………リナちゃん………!! ありがとう!!」

「別に。礼を言われる事なんかやってねぇよ。」

「ホタルゥ! リナァ!」

『!』

 

声の方向に視線を向けると窓の側にフェリオが立っていた。

 

「もうすぐ朝ごはんファ!一緒に行くファ!」

「あぁもうそんな時間? リナちゃん、行こう!」

「おう。」

 

 

***

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

蛍達が朝食を食べ始めようとしている頃、教会では朝の礼拝が行われていた。司教 ウィンディージが人を集め、太陽の神に祈りを捧げる。

そしてその教会に一人の男が現れた。昨日 教会を訪れた眼鏡をかけた男だ。

男は片手をポケットに入れ、その中にあるものを握り締めていた。それこそが彼の頼みの綱だ。

 

「! おや、貴方は昨日の………

貴方も礼拝に?」

「………ええ。祈ってますよ。《幸運の神様》にね。」

「!!?」

 

男は徐に手を挙げて掌に魔法陣を展開した。そして教会は紫色の魔力の膜に包まれた。彼が膨大な時間を掛けて作り上げた結界魔法だ。

本来 教会とは縁もゆかりも無い筈の代物を目の当たりにした教会の人間達はざわめき始める。

 

「こ、これは一体…………!!?」

「これは結界魔法です。この魔法にはこの教会から()()()()()()を外部に漏らさない効果があります。」

「な、何の為にそんな事を…………!!?」

「何の為に? 決まってるでしょ。

()()を確実に使う為だよ!!!!!」

「!!!!?」

 

男は表情を豹変させ、ポケットに入れていた物を強く握り締めた。すると教会の天井近くの窓に巨大な時計が現れた。男が握りしめた物はその時計を顕現させる魔法具だった。

 

謎の時計が現れた事を認識した教会の人間達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。そんな彼等に向けて男は『動くな』と言いながら手を伸ばした。その手にはまたも魔法陣が浮かんでいる。何時でも発車の準備が整っている。

 

「今から全員、この場から動く事を許さない!! 逆らったら容赦なくこの魔法で撃ち殺す!!! そしてこの時計は起爆装置だ!!!! 俺の意思一つでこの教会を吹き飛ばす事が出来る!!!!!

俺は今からこの教会を占拠する!!!!!」

『………………!!!!』

 

蛍達はまだ知る由もないが、この時唐突にツーベルクの歴史に置ける最大の事件が幕を開けた。



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280 爆弾を貪るエゴ!! 憎悪の使徒 フォラス!!! (前編)

爆弾

それはこの世界において最も手軽な武器として認知されている。小型の容器に詰めた火薬に火を付けるだけで簡単に破裂させる事が出来る。

そしてそこに魔法が加われば誰にも怪しまれる事無く仕掛け、簡単に起爆させる事が出来る。

 

それ故に爆弾という武器は実戦で重宝されるだけでなく犯罪においても度々悪用される歴史があった。グランフェリエのガスロド、そしてこの度教会を占拠した男こそがその最たる例である。

 

 

***

 

 

「こ、この教会を占拠するだと!!?

一体何を言ってるんだ君は……………!!!」

「言葉の通りだ。この教会には今 魔力で結界を張った。ここから出る音は外には聞こえない。だから助けは絶対に来ないぞ。」

 

突然の出来事に礼拝に来た人間達は命を脅かされている不安や恐怖に声すら出せずにいた。男は人間達には目もくれずに司教の所へ歩を進める。

 

「一体何なんだ君は!! 何の為にこんな事を!!!」

「何の為に? まだ分からないのか。

《ニトル・フリーマ》。俺の名前だ。

この名前に聞き覚えは無いか!!!?」

「!!!? ニトルだと!!!?

まさか君はあの時の━━━━━!!!!!」

「覚えててくれたか。嬉しいぜ。

そうさ!!! お前らの教えの所為で散々苦しめられた男の名前だ!!!!」

 

 

***

 

 

ツーベルクは事件の無い平和な町であると誰もが信じて疑わないが、事実はやや異なる。

爆弾魔 ニトルが起こした教会占拠事件の前にもう一つ 町民が知らない事件があった。

 

その事件を取材し、新聞記事に纏めた記者 《スプーキン・マック (47)》は同僚からの質問にこう答えている。

 

「答えてやってもいいが、くれぐれも間違えないで欲しいのは、悪いのはその町に伝わってる太陽の神様の教えじゃなくて、それを間違った解釈で信じてたあの連中だって事だ。」

 

スプーキンが取材した事件とは二十年前、太陽信仰を信じて疑わない過激派集団によって一人の少年とその両親が差別され、ツーベルクを追放された事件だ。

 

「そうそう。その息子には炎魔法の才能があったんだ。それを何を思ったのか連中は『太陽神様への冒涜だ』って根拠も無い事を言ってひっどい差別をしやがったんだ。

 

え? いやいや違う。俺もちょっと調べたけどあの宗教にはそんな事実は無かったよ。

あの過激派の連中が勝手に言ってただけだ。

 

関係者がどうなったかって?

過激派の連中は捕まって絞られてるだろうけど、家族の方は分からないな。分かっても何もしないけどな。あの息子はきっと心に深い傷を負ってるだろうからな。」

 

スプーキンの予測は当たっている。しかしそのニトルがツーベルクを襲撃した事を彼が知る事は遂に無かった。

 

 

***

 

 

ウィンディージの表情は驚きに歪んでいた。

彼の頭の中には二十年前の記憶が蘇っている。その事を知っているのは犯人である過激派を除いてはウィンディージが唯一の人間だった。

 

「ほ、本当に君はあの時の少年なのか………!!?」

「そうだ!!! お前らが見捨てたあの時のガキが俺だ!!!!」

「誤解だ!! 見捨てた訳じゃない!!

気付いた時にはもう全てが終わってたんだ!!!」

「そんな子供じみた言い訳が通用するとでも思ったか!!! あの後俺の家族がどうなったか知ってるか!!!?

逃げるように地方の町に移住した後、父さんも母さんも早死にしたよ!!!! 俺のこの才能にお前らが言い掛かりを付けたせいでな!!!!!」

 

ウィンディージの表情は険しくも哀れみの感情を称えていた。彼の頭にもその事件はツーベルクの汚点として染み付いている。

 

「…………そういう事なら申し訳ない。この教会の司教として謝罪する。

だが、君の行動はあまりに筋違いだ。」

「!!!!? 何だと!!!!?」

「ここに君の仇は居ない!!! 君を虐げた人間達は全員 縄について然るべき罰を受けている!!! 私は兎も角、ここに居る人達は無関係だ!!!

せめて彼等だけでも解放してくれ」

「黙れ!!!!」 「!!!!」

 

ニトルがウィンディージの頬を張った。

遂に暴力に訴えた彼の姿を見て場に居た人間達の混乱は最高潮に達した。

 

「騒ぐんじゃない!!!! 下手な真似をしたら何時でもこの教会を爆破するぞ!!!!

俺にはそれが出来るって事を忘れんな!!!!!」

「講釈はもう十分か?」

「!!!? だ、誰だ!!!!?」

 

突如 聞こえてきた嗄れた声にニトルは反射的に声を荒らげた。手に浮かべた魔法陣を四方八方に向け、声の主を攻撃しようとするが見つける事は出来なかった。

 

「何処に目を付けておる。此処じゃよ。」

「!!!!? な、何だ!!!!?」

 

声は()()から聞こえていた。教会に居た人間達が天井に視線を向けると全員がその目を疑った。

そこには《スライム》が張り付いていた。しかし森で大量発生しているような小型で水色の魔物とは明らかに別格の気配を放っていた。

そのスライムは全身が紫色で、髑髏のような面が張り付いていた。

 

「な、なんだお前はァ!!!!

何処から入って来た!!!!? ここには俺の結界魔法が━━━━━!!!!」

「儂は貴様が結界を張る前から此処に居た。

儂の名は《フォラス》。此処へは()()をしに来た。貴様の《感情》をな。」



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281 爆弾を貪るエゴ!! 憎悪の使徒 フォラス!!! (中編)

「ん~~~~〜っ!!

美味しーーーーー!!!」

「………確かに手放しで美味ぇって言えんな。

で、この白いのが《パン》って奴なのか………!」

 

蛍達は宿の庭にあるラウンジで朝食を取っていた。メニューは何の変哲もないサンドイッチだったが、蛍やリナの舌はその味を高く評価した。それと食事の前に軽く運動した事は無関係ではないと蛍は思っていた。

 

「やっぱりサンドイッチと言ったら卵一択だよねー!」

「そうか? 俺ァこの食った時シャキシャキってなるこいつの方が良いけどな。」

「あ、リナちゃんはハムレタス派?」

「ハムレタス? こいつそんな名前なのか。

ってかよホタル、」

「? どうしたの?」

「なんか朝っぱらだってのにバカに静かじゃねぇか?」

「それは今日が《礼拝》の日だからですよ。」

『!』

 

蛍達が座っている机に一人の従業員の女が瓶を持って近付いた。その中には牛乳が入っている。

 

「あ、申し訳ありませんお客様。

お飲み物のお代りをと思いまして。」

「あぁ、ありがとうございます!」

「で、なんスかその《礼拝》って。」

 

少しばかり怪訝な顔をするリナに従業員の女は笑みを送ってから口を開いた。

 

「週に一度、このツーベルクに住む人達が教会に集まって太陽の神様に祈りを捧げるんです。」

「へー。そんなのを毎週やってんスか。熱心な事ッスね。」

「ねぇリナちゃん、ご飯食べ終わったら教会に行ってみようよ!」

「おう そうだな。どうせ昼まで暇だし行ってみっか。」

 

(旅行の終わり)は少しづつ近付いている。しかしその間に大波乱が起こる事はここに居る者は全員 まだ知らない。

 

 

***

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

ニトルは天井に張り付いているフォラスに釘付けになっていた。その得体の知れなさに今までツーベルクに抱いていた憎しみすら消え掛けていた。

 

「フ、フォラスだと………!!!? スライムの分際で一端に名前を名乗ろうってのか!!!」

「儂を《雑魚モンスター》とでも言いたいのか。ちなみに確りと苗字もあるぞ。

《フォラス=タタルハザード》。此が儂の名じゃ。そして貴様を食い物にする者の名でもある。」

「笑わせるな!!! 突けば簡単にくたばるような雑魚が人間様に楯突こうってのか!!!」

 

根拠も無く目の前のスライムを雑魚と罵るニトルにフォラスは違和感を覚えた。

 

「………貴様、スライムを殺めた事があるのか。」

「あったり前だ!!! なんってったってこの魔法はスライム相手で鍛えたものだからな!!! 軽く百匹は倒してやったぜ!!!」

「…………………」

「なんだよその顔!!!

スライムなんか人間様に比べたらなんの価値もねぇよ!!! この俺の魔法訓練に役立ったんだから有り難く思えってんだ!!!!」

「………………………

言いたい事は其れで終わりか。」

「!!?」

 

ニトルの暴言じみた言葉の一つ一つをフォラスは無表情のままに噛み締めていた。

 

「儂は言いたい事と言うか言い直さなければならん事が一つあったな。」

「!?」

「儂は先刻 『貴様を食い物にする』と言ったが、それは少しばかり間違いじゃ。

《食い物にする》という行為は()()()()()()()()。」

「さっきから何を訳の分からない事をベラベラと喋っている!!! これ以上逆らうとお前諸共消し炭にするぞ!!!!

俺には爆弾(これ)があるって事を忘れるな!!!!!」

『!!!!』

 

ニトルは天井近くの時計を指差した。教会に居た人間達はそれを見て顔を青くさせる。その行為が爆弾を起爆させるものだと直感したからだ。

 

「………聞いておらんかったのか。儂は既に始まっておると言ったのじゃぞ。」

「雑魚モンスターのくせに減らない口を聞きやがる!!!! だったらお前の所から吹っ飛ばしてやるぜ!!!!!

━━━━━━━ッ!!!!?」

 

ニトルはフォラスの場所を起爆させる為に魔力を込めたが、爆発は起こらなかった。その理由はフォラスだけが知っていた。

 

「フッフッフッフ。阿呆な面がよく似合うのォ。」

「な、なんでだ!!!! なんで爆発しない!!!!!

こんな事があってたまるか!!!!!」

 

ニトルは顔色を変えて魔力を込めて他の爆弾の起爆を試みるが、結果は変わらなかった。カレが起こると信じて疑わなかった爆発という現象は一度も起こらない。

 

「クソッ!!!!! クソクソクソクソォ!!!!!

さっさと爆発しねぇかァ!!!!!」

「ハッハッハッハッハ!!!! 一気に余裕が無くなったのォ。

ところで貴様、先刻『これがある』とか言っておったが、()()とは此の事か?」

「!!!!?」

 

フォラスは顔を真っ青にして汗を浮かべるニトルを嘲るような笑みを浮かべ、腹(に位置する部分)に力を込めた。

 

「ヴェッ!!!」

『ボトボトボトボトボトボトッ!!!』

「!!!!?」

 

髑髏の顔の真下、首や顎に相当する部分が膨らみ、口を開けるとそこから粘液に包まれた数個の物体が流れ落ち、ニトルの目の前の床に転がった。

粘液が剥がれ落ち、その中にあった物の正体を理解したニトルは絶望にも似た強ばった表情を浮かべた。

 

「………………………!!!!!」

「どうやら理解したようじゃな。其れは貴様が先刻 言っていた『これ』に相当するもの。即ち貴様が拵えた爆弾じゃ。ここに来た時に全て飲み込ませて貰ったわ。

して貴様、儂等スライムには強力な《消化液》がある事は知っておろうな。その中にあった火薬も魔力機構も既に用を成しておらん。

少々 焦げ臭かったが美味かったぞ。いいつまみを食わせてくれて礼を言うぞ。」

「~~~~~~~~~~!!!!!」

 

ニトルは歯がひび割れそうになるほど食いしばって目を見開いてフォラスを睨み、対称的にフォラスはそんなニトルを嘲るように高笑いを上げている。

教会に居た司教や礼拝に来た人間達はその様子を固唾を飲んで見ているしか出来なかった。唯一彼等の中で共通していたのは『この得体の知れないスライムが味方とは思えない』という思考だった。



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282 爆弾を貪るエゴ!! 憎悪の使徒 フォラス!!! (後編)

ツーベルク中央の教会

今日、そこはいつも通り礼拝が行われている筈だったが、一人の爆弾魔の手によって混沌へと変わった。そして更に、その爆弾魔を狙った謎めいたスライムによって場は更に混乱する。

 

状況は天井に張り付いているスライムを一人の爆弾魔が憎悪の表情で睨み付けている。最早 爆弾騒ぎに巻き込まれた被害者達は完全に蚊帳の外になっていた。

 

 

***

 

 

「~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

「フッフッフッフ。随分な面構えじゃのぉ。

そんなに顔を顰めると面の皮に皺が寄って戻らなくなってしまうぞォ。」

「ゆ、許さねぇ…………………!!!!!」

「おん? 何じゃって?

悪いが歳を取って小さな声が聞こえにくくてのォ。何て言ったのかも一度言ってくれんか?」

 

視線だけで人を射殺せてしまいそうな顔を浮かべているニトルをフォラスは嘲るような言葉で逆撫でする。

 

「てめぇを許さねぇって言ってんだよォ!!!!!

下等生物(スライム)の分際でよくも俺の計画を丸潰しにしやがって!!!!! 何の為にこんな事をしやがった!!!!!

答えろォ!!!!!」

「……………答えろ か。

理由を言えと言いたい訳じゃな。」

「……………………!!!!」

 

フォラスはニトルと彼が仕掛けた爆弾を見下ろしてしばらくの間口を閉ざしている。誰の目から見ても今この場で全ての主導権を握っているのはこのスライムである。

 

「そんなものある訳無かろうが。」

「!!!?」

「儂が好きだからやっただけじゃよぉ!!!! 儂は人の憎しみの感情を見るのが何よりも好きなんじゃ!!!!! それ以外の理由など無いわ戯けがァ!!!!!」

「…………………!!!!!

な、何だとォ……………!!!!!」

「ハッハッハッハッハ!!!!!

貴様はせいぜい儂の玩具になれた事を有り難く思うがいいわァ!!!!!」

「ふざけんなァア!!!!!」

ドォン!!!!!

『!!!!!』

 

フォラスは大口を開けてニトルに向けて身勝手な暴言を吐き捨てた。それに激怒したニトルは遂にフォラスに向けて行動を起こした。手に浮かべた魔法陣に渾身の魔力を込めて特大の炎魔法を打ち出した。

 

「ハン。こんなもの躱すまでもないわ。

ほれ。」

バクン!!! 「!!!!?」

 

フォラスは腰の辺りから触手を伸ばし、打ち出された炎魔法を飲み込んだ。

 

「………………!!!」

「どうした? 貴様何体もスライムを殺したと言っておったよな。それとも魔法を飲み込んで仕舞うスライムにはあった事ないか?

儂を殺したくば贈物(ギフト)の一つや二つ持ってこなければ話にもならんぞ。」

贈物(ギフト)だと!!!? そんなものおとぎ話の中の存在だろ!!!」

「………()()思ってるようなら貴様は永遠に儂には勝てんよ。」

「黙れ!!!! スライムの分際でいつまでも調子乗ってんじゃねぇ!!!!!

お前だけは許さねぇ!!!! 絶対に!!!!!」

「……………………

『許さん』か。先も聞いたが、儂は其の言葉を待っておったぞ。」

「!!!?」

 

フォラスは(骸骨の面の)口角(に相当する部分)を上げ、遂に天井から離れ、ニトル達が立つ床に降り立った。それにニトルだけでなく教会にいた人間達も取り乱し始めるが、フォラスは冷ややかな声を投げ掛ける。

 

「おい、後ろの者共よ。

儂は貴様らの事など毛程もどうでも良いのじゃ。死にたくなければ下手に動くでないわ。

儂の目的は貴様だけなのじゃからな。小僧。」

「!!! や、やろうってのか!!!

スライム如きが人間様に勝てると思ってんのか!!!」

「随分と嘗められたものよのぉ。じゃが儂は負ける気など微塵も無いぞ。

先も言ったが儂は貴様の『許さん』という言葉を待っておった。」

「!!?」

「貴様は貴様の人生を掛けた此の計画を潰した儂を殺したい程憎んでおる。そして、

だからこそ儂には決して勝てぬ。」

「何を言ってやがる………!!?」

「先程儂は贈物(ギフト)の話をしたであろう。貴様は其の存在を信じとらんかったようじゃったが、儂は持っておる。

『相手の憎悪を吸収し己が力に変える』。其れが儂の贈物(ギフト)の能力じゃ。」

「……………!!!?」

「そして貴様はこう考えておる。

『此奴は何故 自らの手の内をこうも容易く晒したのか』とな。訳を言うぞ。

其れは儂の贈物(ギフト)()()()()が相手に能力を口で伝える事だからじゃ。そして其れは今達成された。

此の時点で貴様の命は終わりを告げたも同然よォ!!!!!」

「!!!!?」

 

フォラスがそう宣言した瞬間 彼の身体は膨張し、その体高は教会の天井に届かんばかりになった。

 

「此が儂の贈物(ギフト)怨念之神(タタリガミ)》の力じゃあ!!!!!」

「………………!!!!!」

 

その様子を見てニトルは漸く、二つの事を理解した。

目の前に居るフォラスが今まで相手にしてきたスライムとは一線を画する存在である事。そしてそれに気付くのがあまりに遅すぎたという事を。

 

*

 

怨念之神(タタリガミ)

日本神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:相手の憎悪などの負の感情を吸収し、自らの力に変換する。

発動条件:相手に能力の概要を口頭で説明する。



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283 スライムが切って落とす戦いの火蓋!! ツーベルク 一斉攻撃が始まる!!

蛍達は朝食を終え、このツーベルクの旅行の最後の自由時間を迎えた。

 

「っはーー! サンドイッチ美味しかったね リナちゃん!」

「おう。握り飯と一日置きなら全然食ってもいいな。」

「ようし! じゃあ教会に行こう!」

「おいおい待てよホタルよ。」

「?」

 

朝食を終え、声高らかに教会へ向かおうとする蛍をリナが止めた。

 

「どしたのリナちゃん。」

「どしたのじゃねぇだろ。そもそも俺らが入れんのかよ。

礼拝っつったらすっげー神聖(シンセー)なこったろ。そんな場所に余所モンの俺らが入れんのかって聞いてんだよ。」

「その心配はありませんよ。」

『!』

 

話し込む蛍とリナ達に一人の宿の従業員らしき女性が声を掛けた。

 

「礼拝はここ数年で観光客の皆様にも一般公開されています。それにここにいらして頂いた皆様は余所者などではありませんよ。」

「だってさリナちゃん! 早く教会に行こ!」

「お、おう。」

 

蛍が《礼拝》の何に惹かれているのかは分からないが、リナは手を引かれるままに教会に行く事にした。

 

「にしてもこの町って本当に和な所ですよね。

きっとこんな町には事件なんて起こったりしないんだろうね。」

「それにゃ俺も同感だな。俺の里も記憶の中じゃ数える位しか聞いた事ねぇし。

きっとこーゆー閉鎖的な街の方が事件は少ねぇんだろうよ。人と人との繋がりってやつが深ぇからよ。」

「間違いないね!」

 

蛍とリナは根拠も無くそう言ったが、彼女達は知らない。このツーベルクにて知られざる事件が起こった事を。その事件から連鎖した新たな事件が今現在起こっている事を。そしてその事件を食い物にしている怪物が居る事を。

 

 

***

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

巨大になったフォラスはそのゲル状の身体を駆使してニトルの身体に馬乗りになり、その自由を完全に封じた。

 

「くそぉおおおおおおおおおお!!!!!

離せ!!!!! 離せ!!!!! 離せ!!!!! 離せぇ!!!!!」

「ハッハッハッハ!!! 離せと言われて素直に離す阿呆が居るものか!! 儂の目に止まった時点で貴様の計画は頓挫しておったのじゃよ!!!」

「ふざけんじゃねぇ!!!! なんでだ!!!!

俺がお前に何をした!!!? そんなに俺が憎いのか!!!!?」

「憎い じゃと?? 何度も言わせるでないわ戯けが!!

貴様に憎しみなどあるものか!! 寧ろ憎しみは()()()()と思っておるのじゃよォ!!!」

「何だと……………!!!!!」

「そうそうその面じゃよォ!!! 儂はその面が何よりも好きなんじゃ!!! 儂を憎むその面がなぁ!!!」

「~~~~~~!!!!!」

 

自分の計画を尽く打ち砕き、その上でこれ以上無い程の嘲笑を上げるフォラスをニトルは皺だらけの憎悪の表情で睨み付けた。

 

「して、貴様は『儂を許さん』と同時にこうも考えておる。

『何故 後ろにおる此奴等は助けようとせんのか』とな。訳を教えてやろうか。

此奴等は()()()()()()のじゃよ!!! 儂が強大な存在であると分かっておるからな!!!

貴様を助けたとて何にもならんし、儂と戦って勝てる道理もない!! 当然じゃろうな!!! 此奴等は魔力を持っておるだけで平気で迫害するような気が触れた者共なのじゃからなぁ!!!!」

『!!!!!』

 

後ろに居る教会の人間達、特に司教は『違う』と声に出して言いたかったが、恐怖がそれを禁じていた。目の前の怪物に逆らうだけで簡単に命を奪われそうな予感がしたからだ。

そんな人間達は気にも留めず、フォラスはニトルの耳元で言葉を重ねる。

 

「…………!!?」

『それと、貴様にだけは教えておいてやろう。儂が貴様に目を付けた本当の理由をな。

儂がここに来たのは()()()()()を探しておったからじゃ。貴様が犯行を決行した日に、偶々、儂が探しておった者達が観光客としてやって来た。』

「!!!?」

『即ち、儂の本当の目的は貴様では無かった。貴様の計画を潰してやろうと思ったのは単に儂の欲を満たす為じゃ。先も言ったがそれ以上の理由など無いわ。』

「…………………!!!!

じゃあなんだ………!!? 俺はそいつらがこの町に来たせいで計画を台無しにされたって、そう言いたいのか………!!!?

原因はてめぇにはねぇって言いたいのか…………!!!!!」

『そうは言っとらんよ。貴様が貴様の計画が頓挫した原因をなんとするかは貴様の自由じゃ。儂とするのも、儂が探っておった者達とするのかもな。』

「………………………!!!!!」

 

様々な事実を告げられ、驚愕に顔を震わせるニトルをフォラスは冷ややかな目で見下ろし、独り言を口にした。

 

「………さてさて、我儘も大概にせんと陛下にどやされてしまうか。第一段階は終わりじゃ。

これより作戦を第二段階に移すとしよう。」

 

フォラスはそう言って()()()()()()()()()()を発動した。

 

 

***

 

 

「━━━教会に行ってやるのは良いけどよ、そもそもなんの為に行くんだよ?」

「そんなの決まってるでしょ。今もケガを治そうと頑張ってるギリスへのお土産話にするんだよ━━━━

 

「!!!!!」」

 

教会へ行く途中、談笑している蛍とリナの背筋に凍り付くような何かが走った。

 

「お、おいホタル!! こいつァ━━━━!!!」

「ま、間違いないよ!!! チョーマジンが!! チョーマジンが出たんだよ!!!」



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284 ツーベルク 緊急事態発生!! フォラスの悪魔の計画!! (前編)

嫌ナ予感(ムシノシラセ)

それは戦ウ乙女(プリキュア)とそれに関係する人間が持たされる贈物(ギフト)であり、敵であるチョーマジンの発生を認知して、それを持ち主に知らせる能力である。

今回、贈物(ギフト)が指示したのはツーベルクの外の森の中だった。しかし、蛍とリナはすぐにはそれの発動を理解できなかった。

 

「ど、どういうこったよホタル!!! こいつァあのバケモンが出たって相図だろ!!?」

「そ、そうだけど信じらんないよ!! だってこの町に私たちがいる事が分かる訳が━━━━━━━!!!」

「ホタル!! そんな事良いから早く行くファ!!!」

「う、うん!!!」

 

嫌ナ予感(ムシノシラセ)に導かれるように、蛍達四人は()()()()()()へと走り出した。

それがフォラス(まだ見ぬ敵)の罠である事など知らずに。

 

 

***

 

 

二人が走り始めて数分経つが、まだツーベルクから出られずにいた。

 

「~~~!!! ダァクソ!! 無駄に遠いなオイ!!」

「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!! ハァッ………!!!

待ってよリナちゃん もう走れない……!!」

 

ツーベルクを出るより早く蛍の体力が底をついた。見かねたリナが屈んで背中を見せた。

 

「ったくしゃあねぇな!! ほら乗れよ!」

「え!? そんな悪いよ!! リナちゃんだって疲れてるのに━━━━━!!」

「んな事言ってる場合かよ!! 俺ならこんくらい平気だからよ!!」

「じ、じゃあおねがい……。」

 

この時の蛍は知らない事だが、リナは故郷で幼少の頃から大荷物を抱えて毎日のように移動していた。その経験が奇しくも活きた形だ。

 

「ご、ごめんリナちゃん。こんな所で足引っ張っちゃって………………。」

「だからんな事気にすんなっつってんだろ!! つい最近までケンカすらしたことないような奴がぶっ通しで走れる訳ねぇんだからよ!!」

「う、うん………………。」

 

リナの言葉に頷きながらも蛍は唇を嚙んだ。こんな事になる位なら日頃からもっと真面目に鍛えていれば良かった と。

リナは一心に走り続けるが訳あって礼拝を休んだ者達の不審がる視線が刺さる。二人が変身できずに生身で走り続けている理由がそれだ。

 

 

 

***

 

 

リナが蛍を背負って走り通した十数分後、彼女達はようやく例の森に到着した。

 

「━━━━━ハァッ ハァッ……!!

おいホタル、着いたぞ!!」

「うん、ありがとリナちゃん。で、肝心のチョーマジンはどこに……」

『ガサガサッ』

『!!』

 

森の木々を震わせる音が聞こえ、蛍達は身構えた。そして()()()は姿を現した。

 

「!! リナちゃん………!!」

「お、おいおいマジかよ…………………!!!」

 

機の隙間から姿を現したチョーマジンは一体ではなかった。チョーマジンは軽く見積もっても十数体は居た。

しかも龍の里の時とは違い、チョーマジンは全員森の魔物を素体にしている様子だった。大量の葉で数を稼いだあの時とは訳が違う と、蛍もリナも直感した。

 

「リナちゃん、行ける!?」

「あたぼうよ!! その為に朝っぱらからぶっ放してんだからよ!!」

 

蛍とリナは懐から変身アイテムであるブレイブ・フェデスタルを取り出し、桃色の剣と緑色の剣を突き刺した。

 

『《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!』

 

その掛け声と共に、二人の身体は桃色と緑色の光に包まれた。そして光が晴れると二人の姿は戦ウ乙女(プリキュア)、《キュアブレイブ》と《キュアフォース》に変化した。

 

「ホタル、私達も行けるファ!!」

「俺も戦う準備ァ出来てるぜ!!!」

 

蛍とリナが変身した事により、媒体(トリガー)であるフェリオとヴェルドも人間の姿に変身した。

これで戦力は四人になった。

 

「━━━おい()()()()。ここァいっちょぶちかますぞ!!!」

「もちろんそのつもりだよ!! だけどフォース、私はもう()()()()じゃない。

私は勇者、《キュアブレイブ》なの!!!」

「ハッ!! そういやそうだったな!!!」

 

臨戦態勢に入った四人に対し、大量のチョーマジンが一斉に襲い掛かった。

 

 

***

 

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

 

ニトルを完全に拘束してから十数分後、フォラスは自らの消化液で彼の四肢を攻撃し始めた。

しかしその行為は最早 フォラスにとっては《食事》に近かった。

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ハッハッハッハッハッハッ!!!! そうかそうか苦しいか!!?

良いぞ!! 苦しめ!! 喚け!!! そして更に更にこの儂を存分に憎め!!!!

その憎しみが儂を更なる愉悦に導き、更なる力へと目覚めさせるのじゃ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

教会に居た人間達はその光景を戦慄しながら凝視している。この中にニトルを見捨てようとする人間はいないが、恐怖と生存本能が行動を断固として禁じていた。

そしてフォラスは心の中で勝ち誇る。

 

(フッフッフッフッフ。今頃奴等は儂が放ったチョーマジン共に釘付けになっとる頃じゃろう。

其奴等を片付けるにせよ二手に分かれてこちらに来ようとも、儂の作戦に揺るぎはない。)

 

フォラスは教会の中央で何度目かも分からない高笑いを上げた。



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285 ツーベルク 緊急事態発生!! フォラスの悪魔の計画!! (中編)

スライム

それは本来、森の中ならばどこにでも発生する魔物で、一部の例外を除いて基本的に無害な存在である。

唯一警戒するべきはその身体から分泌される消化液だが、それも当たり所さえ悪くなければ軽い火傷程度の軽傷にしかならない(そもそも当たり所が悪かったとしてもたいていの場合は魔法で治療できる)。

 

しかし、今回 ツーベルク中央の教会に突如として現れたスライムはその例外の範疇に居る存在だった。

フォラスの分類は魔人粘性生命体(イフリートスライム)。それは最早人々には忘れられた古代文献の中の存在である。

 

 

 

***

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「ハ―――ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

苦しいか!!? 存分に悶えよ!!!

そして精々 儂の舌と心を楽しませるがよいわ!!!!」

 

フォラスは身体から強酸性の消化液を分泌し、ニトルの服と筋肉を溶かし始めた。繊維は一瞬で溶け、皮膚も溶け始める。

あと数分もすればニトルは消化液によって致命傷を負い、その後には彼の身体は完全にフォラスの栄養となる。そんな状況に追い込まれてようやく行動を起こす者が居た。

司教のウィンディージだ。

 

「ま、待ってくれ!!!

彼をこれ以上痛めつけるのは止めてくれ!!! 彼が()()なってしまったのは私の責任だ!!!

やるならこの私を」

「きゃあッ!!!」

「!!!?」

 

ウィンディージがフォラスへの説得の言葉を言い終わる前に、彼の後ろに居た女性が短い悲鳴を上げた。

振り向くと女性が肩を抑えていた。

 

「無駄に喚くでない。袖が溶けただけじゃ。()()なるように濃度を調節して掛けた。

…………じゃが、次は無いぞ。儂の消化液はその気になれば人間如きズグズグの流動食に変える事如き造作もない。

貴様等にできる事は儂の朝餉が終わるのを見届ける事のみじゃ。

(尤も、このまま悠長に愉しめるなどと思っておらんがな。奴等を放った以上、敵が何時違和に気付いて此処に来るやも分からん。

其れ迄の愉悦の時といこうかの。フフフフフフ…………。)」

 

フォラスは心の中で笑いながらも、自分が戦う時が着実に近づいている事を肌で感じていた。

 

 

***

 

 

 

「オラァッ!!! ウラァッ!!!」

「ヤッ!!! ハァッ!!!」

 

フォースは四足歩行の魔物のチョーマジンを拳で迎え撃ち、ブレイブは空から飛んでくる鳥のチョーマジンの攻撃を剣で弾いた。

しかしブレイブが持っている剣は刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)女神之剣(ディバイン・スワン)》ではなく、乙女剣(ディバイスワン)だ。

その理由は刀剣系の力に彼女の身体が付いて行けていない事と、その切れ味が良すぎる事が大きい。

 

「ダークソ!! こいつら数ばっか多いくせにちょこまか動きやがてよ!!!

おいブレイブ!! とっとと解呪(ヒーリング)ぶっ放した方がいいんじゃねぇのか!!?」

「だめだよフォース!

ちゃんと攻撃して、確実に解呪(ヒーリング)出来るようにしなきゃ!!」

 

そう言ったブレイブの脳内には最初の戦闘の光景が浮かんでいた。

胸の魔方陣を攻撃してようやく解呪(ヒーリング)の圏内まで削れるというのがチョーマジンとの戦いの定石だ。

 

「んな事言ってもよォ、こんな事やってても埒が明かねぇぞ!!

せめて何かこう、場をひっくり返すドデカい一手ってやつがねぇとなんとも」

「うん!! それは私も分かってるんだけど━━━━━━━」

「ブレイブ! おかしいファよこれ!」

『!!?』

 

膠着した戦況の打開策を模索しているブレイブとフォースにフェリオが横から言葉を挟んだ。

 

「フェリオ! おかしいって何が!?」

「だって、こんなにチョーマジンが居るのに、召喚したヤツが全く現れないファよ!!

……もしかしたら、チョーマジンは囮で、敵は別の場所に居るのかも…………」

『!!!!』

 

その瞬間、ブレイブとフォースの頭は全く同じ光景を予測した。この襲撃を仕掛けた敵ががら空きになったツーベルクを襲っている光景だ。

実際にブレイブ達は『チョーマジンが発生した場所には間違いなく敵も居る』と根拠も無く決めつけ、それ以外の可能性を度外視してチョーマジンの発生場所に向かってしまった。その思い込みに付け入る隙は十分にあると言える。

 

「おいブレイブ!!!

ぼさっとしてねぇでさっさとツーベルクに行ってこい!!!!

こいつらァ俺等が引き付けとくからよ!!!」

「う、うん!!!」

「けどこのフェリオの奴の見当外れだったら絶対に戻ってきてくれ!!!

俺等だけじゃ限界があるかもだからよ!!」

「うん!! 分かった!!!」

 

フェリオは妖精の姿に戻ってブレイブの肩に乗り、ブレイブは戦場を離れ、ツーベルクに向けて地面を蹴り飛ばした。

それを見届けたフォースは再びチョーマジン達に向き直り、ヴェルドと共に敵全員の相手をする決意を固める。

 

「……ヴェルド、こいつらの数ってやつァ分かるか?」

「ざっと数えても十四。下手すりゃそれ以上は居るな。」

「そうか。じゃあ一人七体以上解呪(ヒーリング)すりゃ良いって訳か!!!」



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286 ツーベルク 緊急事態発生!! フォラスの悪魔の計画!! (後編)

「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!! ハァ………ッ!!!

(何でこんな事に気付かなかったの………!!!

チョーマジンと敵が別々に動けないなんて根拠は何も無かったって言うのに…………!!!)」

 

ブレイブは焦りながらも自分の思慮の浅さを恥じていた。

 

これまではチョーマジンが発生した場には例外無くそれを召喚した敵が居る。故にブレイブもフォースも無条件で発生した森の中に敵が居るものだと決めつけていた。

しかし、チョーマジンとそれを召喚した者とが近くに居なければならないという条件は存在しない。実際に先の魔法警備団でもブレイブを襲撃したガミラと本部を襲撃したチョーマジン達との距離はある程度離れていた。

そして森とツーベルクとの距離は十分別行動がとれる範囲にある。

 

『ブレイブ!! 走れるファ!?』

「うん!! この身体なら十分走れる!! これなら一分で着くよ!!!」

『ブレイブ!! あれを!!』

「!!!」

 

遂にブレイブ達はツーベルクの異変を見つけた。

中央の教会に薄っすらと魔力の結界が覆われている。魔力の状態から、結界内の音などを外部に遮断するものだとフェリオは結論付けた。

 

「す、すっごく不気味な結界…………!!!

朝ごはん食べてた時は気付かなかった………………!!!」

『いや、あれは多分私達が森に向かった後で展開された結界ファ!!!』

「じゃぁ、あれが敵が作った結界!!?」

『それは分からないけど、とにかくあの教会が襲われてるのは間違いないファ!!!』

「そ、そんな!! 今あそこにはたくさんの人が…………!!!!

フェリオ!!! 行こう!!!!」

『ファ!!!!』

 

意を決して表情を引き締め、ブレイブは更に速度を上げた。

しかし彼女は知らない。教会を襲っている者は二人居るという事を。

 

 

 

***

 

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

 

教会内の人間、特に司教 ウィンディージに自分の力を誇示し、完全に黙らせたフォラスは再び消化液を分泌した。

薄紫色の煙が上がる度にニトルの絶叫が響き渡る。しかしその声が教会の外に聞こえる事は無い。その原因はニトルの結界ではない。

 

「フフフフフフフ。

そろそろ治癒魔法では戻せん所迄溶けるやもしれんのぉ。」

「クソッ!!!! クソクソクソォッ!!!!!

何で誰も来ねぇんだ!!!! 結界はとっくに解除したはずなのによぉ!!!!」

「なんじゃ貴様、この期に及んで人の助けを乞おうと言うのか。

じゃが無駄な事よ。貴様の結界が解除されていようといまいと、儂が展開した結界が有る限り誰一人として気付く事は無い。

元よりそれが貴様の望むところじゃろうて。」

「~~~~~~~~~~~~~~!!!!!

こ、この糞スライムがぁ………………!!!!!」

「そうやって好きなだけ罵っておるが良いわ。儂等を糞の様に扱っておるのは貴様等人間じゃろうが!!!!」

 

フォラスの結界には外部への音声遮断の他に強力な防御効果が備わっている。仮に町の人間が気付いたとしても教会に侵入できる者は居ない。

しかし今、例外的存在がその結界を破ろうとしていた。

 

*

 

『━━━━━━━ガァン!!!!!』

「うわぁっ!!!?」

『ブレイブ!!!』

 

教会に到達したブレイブは渾身の力で教会を覆う結界に剣先を突き立てた。甲高い衝撃音が響き渡り、ブレイブの身体は強烈な力で弾かれた。

フォラスの結界は内側の音は遮断するが外側の音はそのまま伝える。町中に響く衝撃音は無論の事、町の人々の耳に届いた。

 

「な、なんだ君は!! そこで何をしている!!!」

「まさか教会に何かしたのか!!?」

「この不届き者め!! 太陽神様を愚弄する気か!!!!」

(!!! し、しまった!!!)

 

轟音を聞きつけて町の人々が一斉に教会とブレイブに注目した。彼らに目にはブレイブは『教会に攻撃する不審者』のように映っている事だろう。

 

「ち、違うんです!!! 私は別に怪しい人じゃなくて………!!!」

「なにが違うんだ!! 今教会に攻撃してただろ!!!」

「で、ですから、この教会に結界が張られてるんです!!!

きっと、この中で悪さをしてる人がいるんですよ!!!」

「!!! な、なんだと………!!!」

(よ、良かった! 分かってくれた………!!)

 

町民の誤解は解いたが根本的な問題は解決していない。フォラスが展開した結界は依然として健在だ。

 

『ブレイブ!! こうなったら()()を使うしかないファ!!!』

『うん!! そうだね!!

こんな時にスタミナがどうとか言ってられないし………!!!』

 

意を決してブレイブは剣の柄を握り直し、()()()()と口にした。

 

女神之剣(ディバイン・スワン)!!!!!』

 

その瞬間、ブレイブが握っている剣は光に包まれ、真の姿を現した。

この世界にたった五つしかない刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の内の一振、《女神之剣(ディバイン・スワン)》だ。

 

『ブレイブ!! 一発で決めるファよ!!!』

「うんっ!!!!」

『やあああああああああああああッ!!!!!』

 

ブレイブは剣を上段で交差させて発射状態で構え、再度渾身の突きを結界に向けて繰り出した。



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287 森の中の乱闘! フォースに目覚める新たな力!! (前編)

『グルアァァ!!!!』

『ブルオオオオオ!!!!』

『ピャーーース!!!!』

「うおおおお……!!!」

 

ブレイブが教会に向かっている頃、フォースとヴェルドは様々な魔物を素体としたチョーマジン達の相手をしていた。

奇しくも多種類の魔物のチョーマジンから繰り出される攻撃は爪や牙や嘴など多種多様で、フォースを手古摺らせる。

 

「だークッソォ!!! ちょこまかちょこまか動き回りやがってよォ!!!

おいヴェルド!!! んな事続けても何にもならねぇぞ!! お前もこっち来て手伝ってくれよ!!」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!! こっちだって手が一杯なんだよ!!!」

 

フォースと同様にヴェルドもチョーマジンに囲まれていた。手には雷を纏っているが有効打を打てていない。

 

「手が一杯ってお前、あのバチバチさせる迅雷之神(インドラ)ってやつで麻痺らせらんねぇのかよ!!」

「無茶言ってんなよ!! 痺れさせんなら身体に雷流さなきゃいけねぇだろ!!

俺の迅雷之神(インドラ)じゃそんな芸当出来っこねぇよ!!!」

「……………!!!

そうかよ クソッたれ!!!」

 

フォースは毒を吐きながらも心の中で自分の甘えとこの膠着状態の原因を理解していた。

 

(んな事になっちまったのァハッシュのヤツに頼ってたからだよな!! 監獄の時も心のどっかで『アイツが居たから』って安心感(甘え)があった。だからこんな醜態晒してやがんだ!!!

それにここまでてこづってる理由も分かってる!! 俺もヴェルドも()()()が短けぇからだ!!

こいつらァ投げぇ腕でぶん殴ってきたり空ぁ飛んで突っついてきやがる!! 丸腰じゃ分が悪いぜ!!!)

 

しかし、泣き言を言っても状況が改善しないのはフォースが一番よく理解している。そして根拠は無いがブレイブが戻って来る事も諦めていた。

今の自分達に出来るのはこのチョーマジン達を残らず解呪(ヒーリング)する事だ。

 

『━━━━ガサガサッ』

『!!!』

 

その瞬間、木々を震わせて何かが近づいてくる音をフォースとヴェルドは聞いた。 現れた姿を見て二人は驚愕した。

それは巨大な鬼を素体としたチョーマジンだった。 その手には巨大な棍棒が握られていた。その長さだけでフォースの身長に届き得るようだった。

 

「………なぁヴェルド、あれって《オーク》って奴だよな……………??」

「あ、あぁ。デカい図体の割にかなり素早いって聞くぜ」

ドゴォン!!!!!

「!!!!」「!!!!? フォース!!!!」

 

ヴェルドがフォースへの返答を言い終わるより早くオークの攻撃が炸裂した。

フォースが反応するよりも早く一瞬で距離を詰め、棍棒で彼女を吹き飛ばした。

 

*

 

「グアッ!!! ウグッ!!! グオッ!!!!」

 

フォースの身体は地面に打ち付けられながら転がり、背中から木に激突した。

背中に衝撃が走り、肺からくぐもった息が漏れる。

 

(~~~~~~~~~~~~!!!!

なんだよ今の!! 威力ァ耐えられねぇ事もねぇけど吹っ飛ばす力が尋常じゃねぇ!!!

俺が()()から吹っ飛ばされちまったのか…………!!!)

「!!!!」

 

背中に意識を向けた瞬間、オークが更なる追撃を掛けた。棍棒の横薙ぎの攻撃が襲い掛かる。

フォースは身体を屈めて回避するが、オークの棍棒はその後ろの木々を纏めて薙ぎ倒した。

 

「グルオォォォォォォ!!!!!」

「!!!!」

 

フォースはオークの横側に陣取ったが、オークの追撃は止まらない。横に棍棒を構え、フォースの脇腹を狙う。

フォースは回避ではなく腕による防御を選択した。歯を食いしばり、両足に全身の力を集中させる。

 

(んな所で引く訳にゃいかねぇ!!! 何が何でも耐え切ってやるぜ!!!!)

「ブモオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「ッ!!!!」

 

フォースの耳が予測したのは言うまでもなく棍棒の一撃が腕を攻撃する音だった。しかし、フォースの鼓膜は別の音を認識した。

 

『━━━━━━━バギャァン!!!!!』

「ッ!!!!?」

 

フォースの耳は予想外の音を認識し、そして彼女の目は信じられない光景を捉えた。

オークの棍棒がフォースに当たった瞬間に砕けたのだ。彼女の腕の神経は鈍痛を訴えたが、フォースはそれを意に返さなかった。

戦ウ乙女(プリキュア)となったフォースの腕の筋力はオークの攻撃程度なら耐えられるだけの硬度があるのだ。

しかしそれでもフォースは何故自分が吹き飛ばなかったのか、何故棍棒が砕けたのか、その理由が分からなかった。

 

「な、なんだこりゃ

!!!」

 

唯一の武器を失ったもののオークの精神は折れていなかった。

フォースの足首を掴み、腕の筋肉に力を込める。オークは自分を振り回して投げるつもりだと、フォースはそう直感した。

しかし、それも現実にはならなかった。

 

オークは身体を上方向に引っ張るが、フォースの身体は全く、握られている足首さえも浮く事は無かった。

その現象を一番理解出来なかったのはオークではなくフォースだった。その後でようやく彼女はその現象の理由に気が付いた。

 

(も、もしかして俺の身体、()()()()()()………………………!!!?)



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288 森の中の乱闘! フォースに目覚める新たな力!! (後編)

オークの筋力は人間のそれを大きく上回る。事実、オークを素体としたチョーマジンの握力は強く、フォースの足首に無視出来ない痛覚を覚えさせた。

しかし、今のフォースには最早足の痛みなど問題ではなかった。彼女の頭の中にあったのは自分に起こった変化だけだった。

 

(……こいつの力はモノホンだ。この力なら俺くらい簡単にぶん回せるだろ。

って事ぁやっぱ俺が()()()()()()って事なのか。じゃ………!!)

「ウラァッ!!!」

「!!!?」

 

フォースは掴まれている方の足を振り上げ、反撃に転じる。オークの身体は腕の関節を支点にして上半身と下半身を逆転させて宙に舞い上がった。

坂立ちの状態で無防備な状態になっているオークを見てフォースは直感する。今がこのオークを解呪(ヒーリング)する唯一の機会だという事を。

それを理解した瞬間、彼女は拳に解呪(ヒーリング)を込める。

 

「《プリキュア・フォースヴァルカン》!!!!!

ウラアァァァァァァァアァッ!!!!!」

「!!!!!」

 

フォースの拳がチョーマジンの胸の魔法陣に直撃した。力の源に直接解呪(ヒーリング)を流し込まれ、チョーマジンは一瞬で元のオークに戻った。

しかしフォースの拳は強烈な勢いでオークの身体を森の奥へと吹き飛ばした。

フォースが自分の拳の威力が大幅に上がっている事と完全にやり過ぎてしまった事に気が付いたのは攻撃を撃ち終わった後だ。

 

「や、やっぱ俺が重くなってやがる……!! でなきゃあんな威力が出せる訳がねぇ!!

ってかあいつ死んじゃいねぇだろうな……。いやいやんな事言ってられねぇ!!

早くヴェルドの所に行かねぇとよ!!!」

 

フォースは焦り半ばにヴェルドの待つ方向へ地面を蹴った。その地面が大きく陥没した事を彼女が知る事は無かった。

 

 

 

***

 

 

 

「………………!!!」

 

ヴェルドは森の中で大量のチョーマジンの猛攻を凌いでいた。

フォースがオークに吹き飛ばされた事により、ヴェルド一人で残りのチョーマジンを全て相手しなければならない状況に追い込まれた。

 

(………………!!!

何やってんだフォース!!! あんな鬼公なんかさっさとぶっ倒して)

『ズガァン!!!!!』

「ッ!!!!?」

 

ヴェルドが膠着状態に業を煮やしかけた瞬間、その視界は高速で通過する何かを捉えた。

その何かが木に激突し、巻き起こった土煙が晴れてようやくそれが何なのかを理解した。

 

「!!! (ボロボロのオーク!!? って事ァ……………!!)」

「おーいヴェルド!!!」

「!!! フォース!!!」

 

ヴェルドが上を向くと、木漏れ日に照らされるフォースの姿があった。より早く到合流するために空を跳んできたのだ。

しかし次の瞬間にはある違和感に気付く。フォースの落下速度が速すぎるのだ。

 

『━━━━━━━ズドォン!!!!!』

「!!!!?」

 

フォースが取った行動は地面に着地した事だけだったが、それによって地面は陥没し、周囲に衝撃波が巻き起こった。そしてヴェルドをそれに巻き込まれた。

 

「おーヴェルド! わりぃな遅くなっちまってよ!

ってか、ほかの奴等ァどうなった!?」

「たった今お前が地面割って沈んでったよ!!! 何があったってんだよ!!」

「俺にも分かんねぇんだよ!! なんか急に俺の身体が重くなっちまってよ!!」

「重くなったって分かってんならわざわざジャンプしてくんなよ!!

それより()()()()()ってんならそりゃお前、新しい贈物(ギフト)が発現したんじゃねぇのか!?

とにかくテメェを解析(アナライズ)してみろよ!!」

解析(アナライズ)か!! この身体なら使えるのか!」

 

フォースが力を込めると、彼女の目の前に情報を記載するウィンドウが展開された。そしてそこには新たな記載があった。

元からあった《戦法之王(オダノブナガ)》の下にこう書かれていた。

 

*

 

巨象之神(ガネーシャ)

インド神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の身体と触れた無生物に新しい質量を付与する。

 

*

 

「ガ、ガネーシャ……………!!?

質量……………!!?」

「やっぱりそうだ!! お前に新しい力が宿ったんだよ!!」

「新しい力、だと…………!!? 俺にか……………!!?」

 

フォースがそれを信じられなかったのは自分がまだ監獄の一件を乗り越えられていないからだ。マーズの死は依然として彼女の心を縛り付けている。

しかし、彼女の身体は再起を誓っていた。成長した身体は新たな力をその身に宿したのだ。

 

「いい加減認めた方が良いぜ。お前はもう()()()

身体がそうなってるんだからよ!」

「!!!」

「それでなくとも、すぐに向かった方が良いぜ。もう何分も経ってるってのに勇者の奴が来ねぇって事ぁ何かあったって考えた方が良い。」

「た、確かにそうだな!!」

 

精神的動揺は落ち着かないが、取り敢えずヴェルドの言う通りにすることにした。

 

「で、こいつらはどうする? 完全に埋もれちまってるけどよ。」

「ああ。やっぱほっとくのァ危険か。生き埋めになってると言ってもいつ出てくるか分かんねぇな。

もっとしっかり閉じ込めとくか。どうせこいつら全員分の解呪(ヒーリング)は残ってねぇんだろ?」

「………そうだな。」

 

フォースは恥ずかしさ半ばに俯いた。



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289 教会で対峙する勇者とスライム!! 爆弾魔を襲う魔法陣!!

「………こんなもんで良いよな?」

「おうよ。ここまでやりゃ出てこれりゃしねぇだろ。」

「しっかしこの贈物(ギフト)、こんな使い方もできるとはな。お前に言われなきゃ思いつかなかっただろうな。」

 

フォースとヴェルドの前には大量の木と岩が置かれていた。

フォースは木に巨象之神(ガネーシャ)の能力で木に最大限の《重さ》を付与し、埋まっているチョーマジン達の上に置いて重しとした。さらにダメ押しで上から大量の岩を置いた。

解呪(ヒーリング)を節約しつつブレイブ達に加勢するための方法だ。

 

「いいかフォース。贈物(ギフト)ってなぁ使い方次第だ。

どんなに強力なモンを持ってても使うヤツに力が無かったらチンケな能力にしかならねぇ。だから」

「だから日和ったりすんなって話だろ? 分かってんだよ。

今はそんな高尚な説教聞いてる場合じゃねぇんだよ。早くブレイブのとこに行かねぇとよ!」

「おう!!」

 

フォースとヴェルドは地面を蹴って宙に飛び上がった。目的地は言わずもがな、彼女が居るであろう教会だ。

 

 

***

 

 

《ツーベルク 中央の教会》

 

フォラスは依然としてニトルをいたぶっていた。すぐに殺さないのはは()()()()()()()()()()()()()<()b()r()>()<()b()r()>()()()()()()()()()()()()()()!()!()!()!()!()()<()b()r()>()()()()()()()()()()()()()()()|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()<()b()r()>()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()おらんのか。貴様の欲も、命ものぉ!!!」

「あ、当たり前だろ!!!! 俺がこの計画にどれだけ掛けたと思ってやがる!!!!

それをどこの馬の骨とも分からねぇスライム如きがよくもぶっ潰しやがってェ!!!!!」

「…………………… (儂の力量は既に理解しておる筈。最早虚勢に頼る他なくなったか。)

貴様の其の無様な顔も見飽きたわ。いい加減に諦めい。此処には貴様を助ける意思を持つ者も助けられる者も居らんのじゃからな!!!」

「じゃあ私が助ける!!!!!」

『!!!?』

 

その瞬間、窓を破壊して一人の少女が教会内に飛び込んできた。司教達の目にはその少女の格好は派手で奇妙なものに映った。

少女は手に大きな剣を持っていた。その剣で結界と窓を破ったのだと、教会の人間達は瞬時に理解した。

 

「な、なにあれ!! でっかいスライム!!?」

『ブレイブ!! 油断しちゃダメファ!!! きっとただのスライムじゃないファ!!!』

「フッフッフッフッフ。存外に早かったのぉ、戦ウ乙女(プリキュア)。」

「!?」

 

フォラスは振り向き、床に着地したブレイブに相対した。

ブレイブが警戒したような顔を浮かべたのはフォラスの身体が()()()なったからだ。

教会の天井に届き得る程だった体高はブレイブより一回り大きい程度になった。その理由はフォラスの贈物(ギフト)怨念之神(タタリガミ)》の特性にある。

 

(……分かっていた事じゃが、やはり萎んで仕舞ったか。

此の《怨念之神(タタリガミ)》の弱点は戦う対象を変えると蓄えた《憎しみ》による強化が解除されてしまう事じゃ。

尤も、《怨念之神(タタリガミ)》を使う事にはならんと思うがな。)

 

フォラスがそう考えた理由は、ブレイブが自分に抱いている感情を推理した結果だ。

 

(………彼の顔から推し量っても、彼奴は儂に《憎しみ》は抱いておらん。

恐らくは得体の知れん儂に対する《警戒心》。奴の頭にあるのはそれじゃろう。)

 

ブレイブの心中を推理した上で、フォラスはスライムの力のみで戦うことになるだろうと考えていた。

 

『ブ、ブレイブ!!! あれを!!!!』

「!!!!」

 

フェリオの指差す方向に視線を送り、ブレイブは顔を青くさせた。そこには両腕両脚が血塗れになったニトルがもがいていた。

ブレイブの目にはニトルの姿はフォラスに暴行を受けた被害者 と映った。

 

「そ、その人に何をしたの!!!? 何で傷だらけなの!!!!」

「おん? 此奴の事か。何のことは無い。此奴は此の教会を襲った爆弾魔じゃ。

貴様が来る迄の暇つぶしに遊んでおっただけの事じゃよ。」

「!!!! そんな……………!!!」

 

ブレイブがそう言った時にニトルが目を開けた。彼の目にはブレイブの姿が映った。

 

(な、なんだ? あいつは……………)

「おう、起きたのか。彼奴が気になるのか。

………吉報じゃ。彼奴こそが儂が探しておった人間。即ち儂がここに来る理由を作り、貴様の計画が頓挫する要因となった人間じゃよ!!!」

「!!!!! 何だと……………!!!!

あんなガキが…………………!!!!」

「そうじゃ。あんな餓鬼の所為で貴様の計画は頓挫したのじゃよ。

尤も、そんな事を考える必要は最早無いがな!!!!!」

「!!!!!」

 

フォラスは手に紫色の魔法陣を展開し、それをニトルの胸に張り付けた。

ブレイブの目にはそれが何なのかを瞬時に理解した。

 

(し、しまった!!!!)

「もう遅いわ戯けが!!!」

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「!!!!!」

 

魔法陣から大量の瘴気が溢れ、ニトルの身体を包み込んだ。それは張り付けたものをチョーマジンに変える魔法陣、《魔物召喚(サクリファイス)》だ。

ブレイブの予測通り、ニトルの姿はチョーマジンに変わった。しかしその姿は通常のチョーマジンとは違っていた。

紫色の瘴気を身に纏い、体格は人間と遜色なかった。

 

(あ、あれってまさか………!!!)

「ほほう!!! 此れは僥倖じゃ!!!

よもやこんな所で掘り出し物に出会えるとはのう!!!」

 

フォラスの言った《掘り出し物》の意味は一つ、人間を素体とした時に稀に発生するチョーマジンの上位種、影魔人(カゲマジン)だ。



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290 ツーベルクに降り立つ影魔人(カゲマジン)!! 勇者を嗤う悪魔の力!!

影魔人(カゲマジン)

それは人間を素体とした時に稀に発生するチョーマジンの上位種である。

特徴としては普通のチョーマジンより体格は小柄であるが、その力量はチョーマジンをはるかに上回る。

 

蛍がその存在を認識したのは先日の魔法警備団本部での戦いが初めてだった。

今回、フォラスの手によって召喚された影魔人(カゲマジン)はニトルを素体として作られたものだった。

 

「………………!!!」

「人間が変えられるのを見るのは初めてか? じゃが驚いておる暇なぞ無いぞ。

行けいッ!!!!」

『グルアァァァァァァァ!!!!!』

「!!!!」

 

フォラスの声に従うように、ニトルの影魔人(カゲマジン)は床板を蹴り飛ばしてブレイブに強襲を掛けた。

咄嗟の攻撃に反応できなかったブレイブは、《堅牢之神(サンダルフォン)》ではなく腕による防御を選択する。

 

━━━━━ドゴォン!!!!!

「!!!?」

 

影魔人(カゲマジン)の拳は重く、ブレイブの身体を腕の防御の上から殴り飛ばした。

ブレイブの身体は教会の壁を破壊してその場にいた人々の視界から消失した。

それにいち早く行動を起こしたのはフェリオだった。ブレイブの後を追って教会から飛び出した。それを影魔人(カゲマジン)()()()()()

その様子をフォラスは冷静に観察していた。

 

(フフフフフ。此処迄は概ね予定通りじゃ。

如何にして奴の心を折ってやろうとするかのう。)

 

 

***

 

 

「うわぁっ!!!!?」 ガシャァン!!!!!

 

影魔人(カゲマジン)に殴り飛ばされたブレイブは()()に激突してようやく止まった。

彼女の耳が認識したのはガラスが割れる音と人々の悲鳴だった。その情報でようやく彼女は突っ込んだこの場所が何かの飲食店である事を理解する。

 

(ま、まずい!! ここじゃ人を巻き込む…………!!!)

『グルアァァァァァァァ!!!!!』

「!!!!」

 

自分の状況を分析しようとした瞬間、影魔人(カゲマジン)が金切り声を上げながら再度強襲を掛けた。

民間人への被害を抑えるためにブレイブは彼の攻撃を身体で受け止めた。両手を互いに握り合い、体重を掛けあう力比べの様相になる。

 

得体の知れない怪物を目にした民間人達は混乱に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。民間人を邪魔とは微塵も思っていなかったが、この状況をブレイブは有難く思った。

 

(ち、力が強い……………!!!!

両腕も塞がってるし、これじゃ剣が使えない…………)

「ブレイブ!!! 今助けるファ!!!!」

「!! フェリオ!!!」

 

ブレイブの身体によって開いた大穴からフェリオが建物の中に入ってきた。その手は不自然に光っていた。

ブレイブは瞬時にフェリオのやろうとしている事を理解した。《陽光之神(アマテラス)》を使用するつもりなのだ。

 

「(陽光之神(アマテラス)の光と熱を纏めてぶつけてやるファ!!!!)

陽光之爆弾(アマテラス・ニニギ)》!!!!!」

(行けっ━━━━━━━━)

『!!!!?』

 

その瞬間、ブレイブとフェリオの目は信じられない光景を捉えた。

ブレイブの見ている光景が影魔人(カゲマジン)の顔からフェリオの顔へ、フェリオの見ている光景が影魔人(カゲマジン)の背中からブレイブの姿に変わったのだ。

 

(え!? 何!? どういう事!!?

何でフェリオが目の前に居るの!!!?)

(ま、まずいファ!!! このままじゃブレイブに当たる!!!)

「うわぁっ!!!」

「!!!」

 

自分に向かってくるフェリオの手を、ブレイブは咄嗟に蹴って弾いた。斜め上に弾かれたフェリオの手から光の弾が爆発した。

それはさながら日光を直視したかのように眩く、直撃すれば皮膚を焼いてしまいそうな熱量があった。

 

(し、しまった!! フェリオの事蹴っちゃった━━━━!!!)

(よ、良かった!! なんとかブレイブは無事に━━━━!!!)

『!!!!?』

 

目の前で起きている光景を処理する前に、影魔人(カゲマジン)の蹴りがブレイブの背中に炸裂した。ブレイブの身体を通してフェリオにもその衝撃が届く。

二人はそのまま影魔人(カゲマジン)に蹴り飛ばされた。

 

*

 

『うわぁっ!!!!』

ズガァンッ!!!!!

 

ブレイブとフェリオの身体は蹴り飛ばされ、店の向かいの建物の壁に激突してようやく止まった。

 

「痛ぁ………!! 何あの蹴り……!!

っあ!!! ッてかゴメンフェリオ!!! 私、フェリオの事蹴っちゃった……………!!!」

「いや大丈夫ファよ!! それよりも私の手でブレイブを傷つけなくて良かったファ!!」

「フェリオ……」

バキッ 『!!!』

 

互いを見つめ合っていたブレイブとフェリオだったが、それは影魔人(カゲマジン)の材木を踏み潰す音で中断させられた。

同時に二人の関心も目の前の影魔人(カゲマジン)に向いた。その内容は彼が立った今見せた謎の能力についてだ。

 

「……ねぇフェリオ、あいつ今、私達を()()()()()よね? 何かの魔法?」

「いや、物ならともかく、人間を入れ替える魔法なんて聞いた事ないファよ!!!」

「…………いやはや。此れには儂も驚いたわ。」

『!!!』

「彼れは《転換之王(ベリアル)》じゃ。よもやこのような辺境で究極贈物(アルティメットギフト)を持つ者に出会えるとはのう。」

『………………!!!!』

 

影魔人(カゲマジン)が出てきた建物の屋上にフォラスが立っていた。しかし二人は彼の能力に釘付けになっていた。

 

*

 

転換之王(ベリアル)

悪魔系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の周囲にある二つの物の位置を入れ替える。



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291 ツーベルクを襲う混沌の一撃!! フォラスの究極魔法!!! (前編)

ニトルは炎魔法の才能を持つが故に心無い太陽信仰信者達に迫害を受けた。それ故に彼はツーベルクの面々だけではなく自分の望まぬ才能も憎悪した。

しかし、残酷な運命は彼に魔法だけではなく徒に究極贈物(アルティメットギフト)の才も与えた。彼の身体はそれを引き出すには至らなかったが、フォラスの手によって影魔人(カゲマジン)に変えられたことによってそれが表に出た。

 

 

 

***

 

 

「ア、究極贈物(アルティメットギフト)………………!!!!?」

「そんな……!! ただの町の人にそんな才能があったって言うのファ……………!!!!?」

「どうやら()()()()じゃな。 尤も、影魔人(カゲマジン)と体を手にする迄、引き出す事は出来んかったようじゃがな。

(果たして影魔人(カゲマジン)の素質を持つが故に究極贈物(アルティメットギフト)の才に目覚めたのか、究極贈物(アルティメットギフト)の才を持っておるから影魔人(カゲマジン)になれたのか。

まぁ、どちらでもよいか。)」

 

実際に、フォラスも見た瞬間にニトルの影魔人(カゲマジン)が使ったのが《転換之王(ベリアル)》であると理解したが、彼がそれを持っている事は予測できなかった。

 

ブレイブ、フェリオ、フォラスの三人が究極贈物(アルティメットギフト)の持ち主である事が明らかになったニトルの影魔人(カゲマジン)に注目していた。しかしその緊張も突然に断ち切られる。

ブレイブと影魔人(カゲマジン)の位置が入れ替わったのが始まりだった。

 

『ッ!!!!?』

 

ブレイブとフェリオは自分の視界が突然に変化した事を理解するのに数瞬を要した。その時間は影魔人(カゲマジン)が攻撃を放つためには十分すぎる時間だった。

 

ドゴッ!!!! 「!!!!」

「フェリオ!!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の前蹴りがフェリオに突き刺さった。フェリオは両腕で防御するが、影魔人(カゲマジン)の脚力は防御の上からフェリオを蹴り飛ばした。そして飛ばされたフェリオを影魔人(カゲマジン)は追いかけ、更なる攻撃を試みる。

それを見た瞬間、ブレイブは半ば反射的に地面を蹴り飛ばして影魔人(カゲマジン)を追い掛けていた。事実、当時の彼女の視界には影魔人(カゲマジン)以外は見えていなかった。

それを見てフォラスは一人呟いた。

 

「…………無礼な若人共じゃ。儂は蚊帳の外か。

まぁ良いが。ならば……………」

 

 

 

***

 

 

影魔人(カゲマジン)に蹴り飛ばされたフェリオの身体はツーベルクの町の上空を凄まじい速さで飛行した。フェリオに更なる猛攻を仕掛ける影魔人(カゲマジン)、そして二人を追うブレイブの三人は三つの飛行物体と化した。

 

「フェリオ!!! 今助けるよ!!!!」

「!! ブレイブ!!! 来ちゃダメファ!!!

こいつの贈物(ギフト)に二対一で戦ったら

!!!」

 

フェリオの予感は的中した。彼女の視界は影魔人(カゲマジン)からブレイブに変化した。影魔人(カゲマジン)が《転換之王(ベリアル)》を使用して自分とブレイブの位置を入れ替えたのだ。

 

『ドゴォン!!!!!』「!!!!?」

「!!!」

 

フェリオの鼓膜を『蹴り飛ばす音』が震わせた。しかし、それは影魔人(カゲマジン)の足から鳴った音ではなかった。

ブレイブが身体を回転させて影魔人(カゲマジン)を蹴り飛ばしたのだ。影魔人(カゲマジン)の身体は急降下して地面に叩き付けられた。

 

「ブレイブ!! 大丈夫ファ!?」

「うん!! たしかにこの贈物(ギフト)は厄介だけど、入れ替えられることが分かってればなんとかなりそうだよ!」

「やれやれじゃ。その程度の事で()()に勝ったつもりでおるのか。」

『!!!!?』

 

その言葉に反応するように聞こえた方向に視線を向けると、建物の屋上にフォラスが立っていた。

 

(ちょ、ちょっと速すぎない!!? 数十メートル位は離れたよ!!!?)

(あいつ、一瞬でこの距離を……………!!!?)

「儂を無碍にした、貴様等の負けじゃ!!!!」

『!!!?』

 

その瞬間、二人はフォラスの顔の前に魔方陣が展開される光景を見た。警戒心を抱きながら驚愕する二人に構わず、フォラスは言葉を重ねる。

 

「"湧きて(どよめ)く藤の濁流"

"天より降りし硫黄の雨"

"森羅万物無に帰せよ"

"遍しを呑み干し魔の顎"」

『………………!!!??

(何!!? 何言ってるのあいつ…………!!!)

(あれって、"魔法詠唱"……………!!!?)』

 

ブレイブはフォラスの言った事の()()を理解出来ず、フェリオはフォラスの行動の()()を理解出来なかった。

その一瞬がフォラスの一手を実行させる時間を作った。

 

酸究極魔法

酸之蹂躙(アシッド・デリート)》!!!!!

『!!!!!』

 

フォラスの魔法陣から大量の紫色の液体が噴き出した。それは強力な酸だった。

建造物も動植物も人間も、全てを溶かしつくす酸による波状攻撃だ。



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292 ツーベルクを襲う混沌の一撃!! フォラスの究極魔法!!! (後編)

魔法とは本来、《魔力》、《魔法陣》、《詠唱》の三つの要素が合わさる事で効力を発揮するものである。

しかし、詠唱の時間が邪魔をする事で初期の魔法は戦闘において日の目を見ることは無かった。

 

そして数十年が経過した後、学者達は途方もない努力の果てに詠唱無しで魔法を発動する技術を生み出した。代償として本来の威力を損なったが、発動時間の短縮という新たな要素は戦闘の場において重要視され、威力の低下は問題視されなかった。

その後は無詠唱で放つ魔法のみが重要視され、無詠唱を習得する事が魔法を扱う事においての基本になった。

 

しかし、この瞬間においてフォラスは自身の得意魔法である酸属性の究極魔法を完全に詠唱した上で放った。

今回の場合、詠唱を唱え終わるまでには最低でも十数秒掛かる。戦闘の場においてその十数秒は命取りとなる。しかし、その危険を冒して成功させた完全詠唱の効果も大きい。

フォラスがこの時放った魔法の威力は無詠唱の時の倍以上の威力になった。

 

 

***

 

 

酸究極魔法

酸之終焉(アシッド・デリート)》!!!!!

『!!!!!』

 

フォラスが展開した魔法陣から大量の紫色の液体が噴き出した。ブレイブとフェリオはそれが瞬時にそれが"酸"である事を理解する。

その量は自分達も町全体も覆いつくし、何もかもを溶かして無に帰してしまう威力があると直感した。

 

(フッフッフッフッフ。 どうする?

其の酸は儂の胃液と同じ成分で出来ておる。触れれば遍く物をたちどころに溶かして無に帰す。

儂が贈物(ギフト)しか使えんと高を括った貴様等の痛手という訳じゃよ!!)

 

フォラスはヴェルダーズに与えられた贈物(ギフト)、《怨念之神(タタリガミ)》だけでなく、極めて高度な魔法の技術を持つ戦闘員である。

そしてそれは詠唱を完全に成功させた場合、戦ウ乙女(プリキュア)であるブレイブ達にも通用する威力を誇る。そしてブレイブは、この絶望的状況に対する策を瞬時に弾き出した。

 

「サ、堅牢之神(サンダルフォン)!!!!!」

「!!!」

 

ブレイブは酸の塊が降ってくるまでの僅かな時間で光の格子を展開した。しかし、それはそれまでの《盾》から《檻》へと形を変えた。

光の格子は形をすり鉢のように変え、フォラスの酸を残らず捉えた。そして両手を握る所作で形を更に変える。

光の格子は球状に変わって酸を覆いつくし、格子と格子の間の隙間は完全に埋まり、酸が町に攻撃を加える事を完全に阻止した。

 

(や、やった……………!!!!)

「ブレイブ!!! 下ファ!!!!」

「!!!?」

 

フェリオ『下だ』という声が聞こえた瞬間、ブレイブは咄嗟にニトルの影魔人(カゲマジン)が息を吹き返したのだと直感したが、事実は異なった。

ブレイブが視線を下に向けると、そこには小型の紫色のスライムが居た。スライムには小さな白い骸骨の仮面が張り付いている。

その要素からブレイブは直感的にそれがフォラスの分身体であると理解した。

 

(漸く気付きおったか。貴様への本命は其の攻撃じゃよ。

防具である《堅牢之神(サンダルフォン)》を既に使った貴様に此れを防ぐ手立ては無い。)

 

『プッ!!!!』

「!!!!」 「ブレイブ!!!!」

 

フォラスの分身体は即座に攻撃に出た。骸骨の口(に相当する部分)からブレイブに向けて(紫色の液体)の塊を吐き出す。

その酸がブレイブの顔面に直撃し、彼女の生き根を断つ

 

というフォラスの目論見は完全に外れた。

 

 

「オルァッ!!!!」

「!!! フォース!!!」

(!!! キュアフォース!!!)

 

酸がブレイブに直撃する瞬間、どこからともなく現れたフォースが彼女を抱えて移動する事でブレイブを危機から救った。

 

「フォース! あのチョーマジンはどうにかなったの!?」

「いや! 解呪(ヒーリング)がどうやっても足りねぇから一旦動きだけ止めてこっちに来た!

ってかどういう状況なんだよ! 来てみたら空にバカでかい球はあるはお前は変なモンぶっかけられそうになってるはでよォ!!」

「ごめんフォース。説明してる時間は無いよ!

今のところ攻めてきてる敵は一人。教会に居た男の人が一人、影魔人(カゲマジン)に変えられちゃって!!」

「!!! 影魔人(カゲマジン)だと……………!!!?」

「そう。儂じゃよ。」

『!!!!』

 

ブレイブとフォースの二人が話している所にフォラスが入り込んできた。

身体を伸ばして顔(に相当する部分)が二人の眼前に迫る。膨張率も重力も、物理法則を完全に無視した動きだ。

 

「尤も、貴様等全員此処で死ぬ運命じゃがな!!!!」

「!!!! ガ、《巨象之神(ガネーシャ)》!!!!!」

「!!!? うわぁっ!!!」

 

その瞬間、ブレイブを抱えるフォースの身体は急降下してフォラスの攻撃を躱した。そのまま轟音を立てながら地面に着地する。

 

「や、ヤバかったな………………!!! あのジジ臭いスライム野郎が敵か………!!!」

「いやいやそれよりも今の何フォース!!!

何か一気に重くなったけど!!!?」

「ああ。お前にゃまだ言ってなかったな。

これァ俺自身や物を重くしたり軽くしたりできる贈物(ギフト)なんだ!! ついさっき使えるようになってよ!!」

「そ、そうなんだ…………!」

 

切迫した戦場の中で、フォースの表情は自慢げに輝いていた。



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293 勇者の側に立つ武道家!! フォースVSフォラス 開戦!!! (前編)

ブレイブはフォースの腕の中で、彼女が新しい力を得たという事実をひたすらに受け止めていた。

 

「ガ、ガネーシャ…………!!?

物を重くする…………!!?」

「そうなんだよ! なんか危ねぇと思ったら身体がズシっと重くなって、俺を守ってくれたんだよ!」

()()()の力をまるで自分の事の様に誇らしく宣うのぉ。キュアフォース。」

『!!!』

 

ブレイブとフォースの前にフォラスが降り立った。先程まで伸びていた身体は元の大きさに戻っている。

 

「なんだよ。敵ってなぁこんなヘボい顔したスライム野郎だったのかよ!」

「フォフォフォ。先の者といい貴様と言い、『スライムは雑魚』などという誤った価値観が広まっておるようじゃの。」

「あ? 雑魚だ? 俺ぁんな事言ってねぇだろ。」

「言っておれ。

貴様等は馬鹿の一つ覚えの様に贈物(ギフト)に頼り切っておるが、その程度では辿り着けん境地が有るという事を教えてやろうぞ。」

「は??」

 

そう言ってフォラスは臨戦態勢に入った。しかしその状態は二人の予想からは外れていた。

彼の周囲に複数の魔方陣が浮かんだのだ。

 

「儂は貴様等に対して()()()()使わん。

優れた魔法の使い手はオルドーラだけではない事を貴様等にも教えてやるとしようぞ!!!!」

「はぁ~~~? 何言ってんだ? スライム爺がこの期に及んで舐めプかよ! ってかオルドーラって誰だよ!!」

「そうか。貴様は知らんのか。それは残念じゃのう。

もう貴様が其の事を知る事は永劫無いのじゃからな!!!」

「ハッ!! それならテメェをぶっ倒した後でみっちり調べてやるよ!!!!」

「!!! ちょっと待ってフォース!!!」

 

真っ向から罵り合っていたフォースとフォラスだったが、その中でもフォースの精神は冷静沈着だった。

少なくとも、ブレイブが危惧しているような拳でフォラスを叩くという愚行は起こらなかった。

 

「!!?」

(今更気付いたか。けどもう遅ぇんだよ!!!)

 

フォースは足を振り上げていた。彼女の狙いは地面に転がっている何の変哲もない石だった。それを見たフォラスは瞬時にフォースが石を蹴ろうとしている事を察知した。

しかしフォラスは動こうとはしなかった。普通の人間やスライムならばともかく、蹴った石が当たったところで怪我すら負わないからだ。

しかしフォースの思惑は違った。彼女はこの石を凶器に変える方法を思い付いていた。

 

「   オルァッッッ!!!!!」

「!!!!?」

ッボォン!!!!!

「えっ!!!!?」

 

その瞬間、様々な事が立て続けに起こった。

フォースが蹴った石は常識を超えた超高速で撃ち出された。その石はまるで弾丸のような速度でフォラスに襲い掛かり、彼の半身を吹き飛ばした。

 

「~~~~~~~~~~~~!!!!?」

『…………………』

「「貴様、」テメェ、」

「「石に《巨象之神(ガネーシャ)》と《解呪(ヒーリング)》を付与しおったな!!!」身体から消化液を垂れ流してやがんな!!!」

「えっ!!?」

 

ブレイブは目の前で起こる光景を認識しきれず、フォースとフォラスは真っ向から舌戦を繰り広げた。

 

「………この狸爺がよ。テメェ()()()()使わねぇとか言っといて消化液で騙し打とうとしてやがったな!!!」

「抜かせ。儂の此れはスライム()の体質に過ぎん。貴様が龍人族特有の膂力を振りかざして暴れまわっておるのと何一つとして変わらんよ。」

「!!」

「それに貴様こそ儂を罵る資格があると思うてか。

貴様はたった今、蹴った石ころに《巨象之神(ガネーシャ)》で重さを付与し、《解呪(ヒーリング)》によって儂の消化液を無力化しよった。違うか?」

「だから()()()()()()んだろ? 石っころくらい簡単に消化できると高を括ってたからよ。

そもそも資格云々以前に俺ァ贈物(ギフト)を使わねぇとなんか言ってねぇだろ。」

「…………そして貴様は、贈物(ギフト)を用いた姑息な騙し打ちを仕掛けたという訳じゃな。」

「まぁな。あのマーズ(毒オヤジ)解呪(ヒーリング)越しならぶん殴れたから、今回も行けると思ってやった事だ。」

「しかし、其の石は惜しくも儂の急所を外れた。今貴様が吹き飛ばした部分は既に完治しておるわ!!!」

「………分かんねぇのか? これで俺は心おきなくテメェをぶん殴れる事が分かったんだぜ。

そう。解呪(ヒーリング)を纏わせたこのグーでならよォ!!!!!」

「!!! 待ってフォース!!!」

 

フォースは変身アイテム(フェデスタル)を変形させたグローブをはめた拳に解呪(ヒーリング)を込め、フォラスに向けて力強く地面を蹴り飛ばした。

 

(感じるぜ!!! この身体が()()()()()()()()()って言ってるのがよ!!!

もう細けぇ事ぁ考えねぇ!!!! このゲス共から世界を救うためなら俺ぁ何度でも拳を振るってやる!!!!!)



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294 勇者の側に立つ武道家!! フォースVSフォラス 開戦!!! (後編)

キュアフォース ことリナ・シャオレンの()()は再起を誓っていた。

精神は一度はアルカロックでの戦いによってひびが入ったが、止まらない闘争心と仲間に為に戦うという決意は《巨象之神(ガネーシャ)》の発現という形で現れた。

フォースはその事を新たな贈物(ギフト)が発現した時点で理解した。自分はまだ戦えると。仲間の為に拳を振るう事が出来ると。

 

*

 

「食らえやクソジジィ!!!! オルァッッ!!!!!」

「戯けが!!! そのような大振りの拳を食らう儂じゃと思うか!!!」

「!!!」

 

真っ向から攻撃を仕掛けるフォースに対し、フォラスもそれを真っ向から迎え撃った。

身体を膨張させ、顔のように見える骸骨の仮面の下に大きな窪みを作り、フォースを誘うように大きく開けた。

その光景を見ていたブレイブは無意識にフォラスの口が骸骨の仮面にあるという認識が思い込みだったと理解した。

 

「フォース!!!!」

「大莫迦者が!!!! 儂の身体はあらゆる部分が口であり目であり手足なのじゃ!!!

儂の栄養となって果てよ!!!!」

「ハッ!!! バカはテメェだ!!!」

「!!?」

「《プリキュア・フォースグレネード》!!!!!」

「!!!!?」

 

フォースの拳がフォラスの口に入りかけた瞬間、彼女の拳が眩い程の光を発した。その光はフォラスの網膜だけでなく身体にまで干渉する《解呪(ヒーリング)》の光だ。

光が炸裂した瞬間、フォラスの身体は口の上顎と下顎(のように見える部分)を境にして二つに裂けた。

 

「……………!!!!」

「こっちが本体かァ!!!?」

「!!!」

 

フォラスが自分の身に何が起こったのかを認識するより早く、フォースは更なる追撃に出た。

空中で身体を捻り、フォラスの上部分に解呪(ヒーリング)を纏った強烈な蹴りを撃ち込む。フォラスの身体は空中を回転しながら吹き飛び、森の木に激突した。

しかし直ぐに身体を再生させ、近づいてくるフォースに向き直った。

 

「………………

只の阿呆では無かったのか。じゃがそんな軟な蹴りでは何発食らわせようと儂の命には届きはせんぞ。」

「んな訳ぁねぇだろ。テメェもスライムだってんなら不死身じゃねぇ。特に(コア)をぶっ叩きゃ楽に倒せる。

テメェの場合ァその面にでもあるんじゃねぇのか?」

「さぁな。貴様の命を賭け金にすれば分かるやも知れんのぉ。」

「生憎だがテメェにんな高ぇもん賭けらんねぇよ。せいぜい俺のこの解呪(ヒーリング)で我慢するんだな!!!」

「そんな安いもので足りると思うか。貴様の解呪(ヒーリング)は限りがあるが儂の体力に限りは無いぞ。

こんな風にのぉ!!!」

「!!?」

 

フォラスは身体の一部を触手の様に細く伸ばし、背後にあった気を強引に引き抜き、自分の身体に取り込んで飲み込んだ。

強力な消化液は飲み込んだ木をいとも簡単に消化した。

 

「……………」

「ふぅ。やはりこのような植物性蛋白質では大した腹の足しにはならんの。

しかし、この通り儂にとっては全てが栄養源じゃ。対して貴様には消耗した体力を回復する術はない。利がどちらにあるかのぉ?」

「バカかよ。要はジリ貧にならなきゃいい訳だろ。」

「それが出来んと言ったつもりだったんじゃがな。」

「言ってろ。すぐにそのナメた口をふさいでやるよ。どこに舌や声帯があるか分からねぇがよ!!」

「そうだよ!! 私も戦う!!!」

『!』

 

フォースとフォラスの舌戦にブレイブが割って入った。しかし二人はそれを重要視はしなかった。空に浮いている物体がその理由だ。

 

「おいブレイブ!! 無理すんじゃねぇ!! 分かってんだぞ!!

お前がさっきからずっと気ぃ張ってんのはよ!!! あの空に浮いてる奴に体力使ってんだろ!!?」

「ハッハッハ!!! 貴様の予想の通りじゃキュアフォースよ!!!

あの空に浮いている球の中には、儂の魔法で作られた強力な酸が並々と詰まっておる!!!

彼奴が少しでも球に穴を開ければ忽ち、其処から酸が漏れ出る!!!

そうなれば貴様等だけでなくこの町も人間共も皆共に骨も残らずに溶けてしまうじゃろうよ!!!!」

「!!!! んだと……………!!!?」

 

フォラスの高らかな豪語にフォースは顔を青くさせた。

その宣言を聞いた彼女の脳裏に過るのはかつてマーズとの戦いで彼の《究極贈物(アルティメットギフト)》を知った時の事だ。

彼の毒に自分の身体が侵される事は無かったが、その事は恐怖として彼女の脳に焼き付いていた。

 

「因みにじゃが、儂の酸はマーズの()()()()()()猛毒之神(サマエル)》遜色ない強力さじゃぞ。

おや? どうかしたか。先迄の嘗め腐ったような笑みはどうした。儂の酸に貴様等が溶かされる光景でも思い浮かべたか?」

「ふざけんな!!! すぐに止めやがれ!!!

毒に身体を溶かされるかもなんて事に不安になるのは俺一人で十分なんだよ!!!!」

「……貴様等がどうしてもと言うならば消してやっても良いがのぉ。ただ、()はどう考えておるか分からんぞ? ほれ。」

「?」「!!!! ブレイブ!!!!!」

 

フォースが振り向くと、ニトルの影魔人(カゲマジン)が隙だらけのブレイブに対して拳を振るっている光景を彼女の視界は捉えた。



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295 盾無き勇者は剣を振るう!! 乱戦と化すツーベルク!!

「ブ、ブレイブ!!!!」

「!!!」

 

ニトルの影魔人(カゲマジン)がブレイブに攻撃しようとしている。フォースがその光景に対し狼狽の声を荒げたのは今の彼女の状況故だ。

本来のブレイブならば(フォースはその全貌を知らないが)影魔人(カゲマジン)の攻撃程度なら《堅牢之神(サンダルフォン)》によって容易に防御できる。

しかし今は違う。彼女が出せる唯一の盾は今、フォラスが魔法で具現化させた酸から町を守る為に使われている。早い話、今のブレイブは無防備状態だ。

 

(クソォ!!! 間に合わねぇ!!!)

(ハッハッハ!!! ガミラに勝った娘が此の程度の雑兵の拳に沈むなど、そのような笑い話も良かろう!!!)

 

影魔人(カゲマジン)の拳はブレイブの頭部に狙いを定めている。命中すれば重傷は必至だ。

それはこの場に居る全員の共通の認識だった。しかし、ある一人だけは違った。

 

ズガァン!!!!

「!!!!!」

『!!!?』

「ヴェルド!!!」

「悪かったな。遅くなっちまってよ!! ギリギリだったみてぇだな!!!」

 

影魔人(カゲマジン)のこめかみにヴェルドの雷を纏った蹴りが直撃した。

ヴェルドの横薙ぎの蹴りは影魔人(カゲマジン)を蹴り飛ばし、頭から地面に激突した。

 

「フォース!! 状況を出来るだけ簡潔に教えてくれ!!」

「おう!! 敵ァこのしけた面したスライムと今お前が蹴っ飛ばしたヤツだ!!

んでもってブレイブは今、訳あって戦えねぇ!!」

「そっか。なら有利にゃ違いねぇって訳か!!!」

「……………………

(ヴェルド・ラゴ・テンペスト。ここに来て援軍が来おったか。

常に群れて儂等を数で潰しにかかるのが此奴等のやり方よ。ならば……………)」

 

フォラスの心中はこの状況における最適な打開策を弾き出す事に専念していた。

それを見つけ出したフォラスは口からくぐもった笑い声を発した。

 

「…………フッフッフッフッフ」

「ア? 何笑ってやがんだテメェ。」

「いやはや別に。只、貴様等が非常に矮小な存在に見えてのぉ。」

「?」

「弱い奴ら程群れるものであると相場が決まっておる。」

「あ???」

 

フォラスの一言がフォースだけでなく彼女達全員の琴線に触れた。

 

「剰え貴様等は貴様等の窮地を自らの力で脱する努めもせずに他の者の力に頼り切っておる。

その様な貴様等を形容する言葉が『矮小』以外にあると思うか。」

「!!!!」

 

その一言は彼女達の、特にブレイブの心に突き刺さった。

前の魔法警備団の時はギリスやフゥ(≒キュアカーベル)に助けられ、今も窮地をヴェルドに助けられた。

今こうして自分が生きているのは仲間の助けがあるが故であるのは紛れもない事実だ。

 

「………訳分かんねぇ事ばっか口走ってんじゃねぇぞクソジジィ。」

「!」

「……ほう。儂の言の葉を戯言じゃと言うのか。」

「当ったり前だろ!!! 俺達が何の努力もしてねぇだ? んな訳ねぇだろ!!!

俺達ァ皆助け合ってっから今も一人も死なずにここまで来れてんだよ!!!

それに群れてんのァテメェらの方だろ!!! 里ん時も今もバカみてぇにバケモン増やしやがってよォ!!!」

「………其れを群れると宣うならば問題があるのは貴様等の頭数であろう。戦法において兵力を用意するのは常識中の常識であろうが。」

「それがテメェが言うヤツとどう違うんだって聞いてんだろ。」

「…………儂等と貴様等とで決定的に違う事が一つある。

儂等は組織じゃが、個々が完全に独立しておる。たとえ窮地に陥ったとしても、自力で脱する方法を知っておる。

其れが貴様等には持ち合わせておらん強みじゃ。他の力無くしては生き延びる事さえできん勇者然り、力を取り戻す事を他人に任せきりにしておる魔王然りの。」

 

フォラスの口撃は特にブレイブに効いた。

自分だけでなくギリスまでもを引き合いに出し、彼女の心を確実に削る。

 

「言いてぇ事ァそれで全部か? 暴論スライム。」

「!!」

 

フォラスの言葉の直撃を受けて呆然としていたブレイブはフォースの一言ではっと戻った。

 

「………あぁ。儂の()()()()()は一通り言い終わった。

それに、十分に()()()()()()しのォ。」

『!!!!』

 

ブレイブとフォースはフォラスの視線が自分達の()()に向いている事を瞬時に察知し、その方向を見た。

すると、そこには息を吹き返して追撃を試みているニトルの影魔人(カゲマジン)の姿があった。

フォラスの言葉は精神攻撃だけでなく影魔人(カゲマジン)を回復させる時間を稼ぐ目的もあったのだ。

 

━━━━ガキィン!!!!!

『!!!?』

「ブ、ブレイブ!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の攻撃を受け止めたのはブレイブの女神之剣(ディバイン・スワン)だった。

 

「おい無茶すんなブレイブ!!!

お前は今()が使えねぇんだろ!!!」

「━━━それでもやるよフォース!!!

今は私の剣が必要なんだよ!!! それに、それにもう誰かに守られるだけの()()になんかなりたくない!!!!」

「!!!」

 

その時のブレイブの頭にあったのはフェリオだけではこの影魔人(カゲマジン)の手に余る事。そして自分が目指す《勇者》になる方法はこれ以外に無いという事だ。



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296 激突する勇者達!! ツーベルクに指す白い陽光!!

ブレイブは手に持った女神之剣(ディバイン・スワン)の剣先をフォラスに向けながら固く足を踏みしめた。

その足には勇者としての固い決意が現れていた。

 

「……何じゃその顔は。只の人間の娘が今更勇者気取りのつもりか。」

「!!!」

「違うというならば答えてもらおうではないか。ホタル・ユメザキ。貴様は何故《勇者》を目指す?

其の役目を他者から与えられたからか? 身の丈に合わん力を得て悦に浸っているからか?

貴様は本当に己の意思で勇者になろうとしているのか?」

「…………!!」

 

ブレイブの剣を持つ剣がほんの少しだけ震え、足が数ミリ引いた事を見たフォラスは『やっぱり』と言わんばかりに口角を上げた。

しかし、フォースの手がそれを止めた。

 

「! フォース!」

「揺さぶんのもほどほどにしとけよジジィ。

大丈夫だぜブレイブ。お前は俺の里をこいつらから助けてくれたんだ。それだけでお前は立派な勇者だ!!!」

「フォース………!!」

「………………

フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

『!!!?』

 

半ば感傷に浸っていたブレイブとフォースの鼓膜をフォラスの高笑いの声が震わせた。

 

「どうしたよ? 気でもいかれちまったか?」

「本当に面白いのォ貴様等は!!! 戦場である此の場でこれほどの()()を見せてくれるとはのぉ!!!!」

「ア? 喜劇だと?」

「そうに違いないじゃろうが!!! 今、貴様等が話した事こそが儂が言った事ではないのか!!!

貴様は己の窮地を自らの力で脱する努力をしておらんというのぉ!!!」

「…………ハァ。そういう事かよ、下らねぇ。」

「オン?」

 

フォラスの物言いをフォースは『下らない』の一言で切り捨てた。

 

「俺達ぁ仲間なんだ。仲間が仲間の力を当てにして何が悪い?

それに今言ったろ。こいつぁ俺の里を助けてくれた勇者だってよ。なによりこいつの手にある《刀剣系》とかいうヤツが何よりの証拠だろうがよ!!!」

「ハハハ! 儂の言った事を開き直って肯定するとは滑稽極まるのォ!!!

ならばその刀剣系の力に潰されんように、精々上手く立ち回るがよいわ!!!」

『!!!』

 

フォラスのその一言が戦いの始まりの合図である事を二人は直感で理解した。

後方では既にニトルの影魔人(カゲマジン)が攻撃を開始していた。

 

『ドッ!!!』

『ヒュッ!!!』

『ドガッ!!!』

『ガシッ!!!』

『!!!!』

 

一瞬の間に様々な音が立て続けに鳴り響き、五人は乱戦に身を投じた。

フォラスはブレイブの攻撃を躱してフォースの懐に飛び込んだ。

影魔人(カゲマジン)はヴェルドの横を通り抜けてブレイブとの距離を詰めた。ヴェルドの攻撃を弾いて影魔人(カゲマジン)の抜け道を作ったのはフォラスだ。

フォースはフォラスが向かって来ると分かった瞬間、踵を返して戦線から離脱した。

ブレイブは剣の刃で影魔人(カゲマジン)の攻撃を受け止めた。

 

戦況は一瞬にして変わり、フォースとフォラス、ブレイブとヴェルドと影魔人(カゲマジン)の二つの戦いに変わった。

 

(速ぇ!!! ズブズブ気持ち悪ぃ動きのくせによ!!!)

(すばしっこい蜥蜴(トカゲ)よのぉ。初手で食うてやる算段じゃったというのに。)

 

(影魔人(カゲマジン)の動きを止めるのを読まれてやがった!!! あいつスライムでジジィのくせにキレてやがる!!!)

(しまった!! あのスライムの狙いはフォースだったんだ!!!)

 

*

 

「~~~~~~~~~~~~!!!

(こ、この影魔人(カゲマジン)の攻撃、重い…………!!!

フェリオでも勝てないのに、盾が使えない私じゃ……………!!!!)」

「ブレイブ伏せてろ!!!

オルァッ!!!!」

ドゴッ!!!! 「!!!!」

 

ヴェルドが《迅雷之神(インドラ)》の雷を纏わせた蹴りを影魔人(カゲマジン)の後頭部に撃ち込んだ。

影魔人(カゲマジン)は錐揉み回転しながら吹き飛び、顔を地面に擦りながら木に激突した。

 

「大丈夫かよブレイブ!!!」

「ご、ごめんヴェルド! 私、また………!!」

「言ってる場合かよ!!! んな事ァ勝ってから考えりゃいいんだ!!!

それよりもお前はフォースの方を頼む!!!」

「わ、分かった!!!」

 

ブレイブは後悔の念を心の奥に追いやり、闘志だけを以てフォースの方向に走り出した。

 

『!!?』

 

しかし、次の瞬間にはヴェルドと、そしてブレイブの視界は変化した。

走っているブレイブを見ていたヴェルドの視界に映ったのは影魔人(カゲマジン)に変わった。

 

(何が起きた!!? あの影魔人(カゲマジン)がやったのか!!?)

(しまった!! ()()があるのを忘れてた!!!)

 

影魔人(カゲマジン)自身が持つ究極贈物(アルティメットギフト)転換之王(ベリアル)》を発動したのだ。

何が起こったのかを理解する為に使われた一瞬の隙をついて、影魔人(カゲマジン)は攻撃に転じた。

 

 

「《陽光之神(アマテラス)》!!!!!」

『!!!!?』

 

その瞬間、空中に太陽と見間違える程の眩い光が炸裂した。

それに気を取られた一瞬がブレイブとヴェルドを救った。

 

「フェ、フェリオ!!!!」

 

ブレイブは空中を見て喝采にも似た声を上げた。

そこには人間の姿のフェリオが立っていた。身体の所々が土汚れに塗れているが、明確な負傷はしていない。

 

「あいつを足止めできなくてゴメンファ。ブレイブ。

でも、私もまだまだ戦えるファよ!!!!」



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297 勇者を守る棍となれ!! フォースが握る新たな武器!!! (前編)

ブレイブはフェリオの登場を心の底から喜んだ一方、一抹の罪悪感を抱いていた。

無論、フェリオが無事だった事には手放しで喜んだ。しかし、またしても人の手に助けられた事に罪悪感を覚えたのだ。

 

「ブレイブ!!! 下らねぇ事考えてねぇで早く行け!!!!

グチなら後でいくらでも聞いてやっからよぉ!!!」

「そうファ!!! フォースを助けられるのはブレイブ以外に居ないファ!!!」

「!!! 分かった!!!」

 

頭の中の雑念を心の中に追いやり、ブレイブは身を翻して地面を蹴った。

しかし、影魔人(カゲマジン)がそれを見逃す事は無かった。すぐさま《転換之王(ベリアル)》の発動の体勢に入る。

 

ガッ!!!

『!!!?』

 

影魔人(カゲマジン)贈物(ギフト)を発動するより早く、ヴェルドが組み付いて動きを止めた。

 

「何度も同じ手が通じると思ってんなよ!! 勇者サマのサポートすんのは仲間の役目だからよぉ。

素体(テメェ)がどこのどいつかは知らねぇけどよ、辛抱してくれよ!!!!

迅雷之神(インドラ)》!!!!!」

『!!!!!』

 

影魔人(カゲマジン)の身体をヴェルドの雷が蹂躙した。

本来、ヴェルドの《迅雷之神(インドラ)》の(能力)は本来、手足に纏っての物理攻撃程度しか使い道は無いが、敵に密着しているこの状態のみ雷を直接浴びせる攻撃が可能だ。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!』

「悪ぃがテメェに動かれる訳にゃいかねぇんだよ!!! あのスライムジジィの言いなりになってるテメェにはよぉ!!!!」

 

(事情をほとんど知らない)ヴェルドは、影魔人(カゲマジン)へ攻撃する事に全く抵抗が無い訳ではなかった。

全身に雷撃を浴びた影魔人(カゲマジン)はその口からとても言葉として認識できない金切り声を発した。

(ヴェルドにとって)影魔人(カゲマジン)(の素体)は罪もない一般人であり、この強烈な雷に苦しめられる謂れは無い。

それでもヴェルドが攻撃の手を緩める事は無かった。この攻撃が勝利、延いてはこの影魔人(カゲマジン)の素体を救う事に繋がると信じて疑わないからだ。

 

「フェリオ!! お前もこっちに来い!!!

こいつの贈物(ギフト)のカモになるな!!」

「!! 分かったファ!!!」

 

フェリオはヴェルドの言葉の意味を瞬時に察し、ヴェルドに向かって走り出した。

その理由は言うまでも無く、影魔人(カゲマジン)転換之王(ベリアル)の入れ替えの対象に自分がなる事を防ぐ為だ。

 

「これで良いファね!!?」

「おう!! この状態ならこいつの贈物(ギフト)も使いもんにゃならねぇよ!!!

こいつはブレイブの所にゃ死んでも行かせねぇぞ!!!」

「ファ!!!」

 

 

***

 

 

「うおぉぉぉぉぉ…………!!!」

「ハハハハハ!!! 其の体力が何時迄続くかのぉ!!!」

 

フェリオとヴェルドが影魔人(カゲマジン)相手に奮闘している頃もフォースとフォラスの逃走劇は続いていた。

 

(マジにやべぇぞこいつ!!! このままじゃ追いつかれる…………!!!!)

「ハハハハハ!!! もうすぐに追いつけるぞぉ!!!

蜥蜴の肉はどんな味がするかのぉ!!!」

「~~~!!!」

「フォース!!! 今助けるよ!!!!」

「!!?」

 

ブレイブは遂にフォースの下に追いついた。

その手には既に剣が発射の準備を整えてフォラスを狙っている。そしてその刃には濃密な解呪(ヒーリング)が纏わっていた。

 

「ハァッ!!!!」「ヒョッ!」

『!!!?』

 

フォラスは身体に大穴を開け、ブレイブの突きはその穴を素通りした。

 

(か、身体に穴を開けて躱した…………!!!? いや、それより…………!!!)

「フォース避けて!!!!」

「!!!! うおぉっ!!!!」

 

眼前に迫ってくるブレイブの突きをフォースは身体を引いて躱した。

ブレイブは着地に失敗して上半身を地面に擦りながら、フォースは頭から地面にぶつかった。

 

『…………………!!!!』

(野郎、ブレイブの突きを躱すだけじゃなくて俺達の同士討ちを狙いやがった………………!!!!)

「フォ、フォースごめん!!! 剣がかすったりしてない!!?」

「あぁ大丈夫だ。それにもし傷イったりしてもお前に怒ったりしねぇよ。

………怒るならあのスライムジジィくれぇのもんだ!!!」

「戯けが。儂を詰る権利が貴様等()()()()にあると思うか。

貴様等が群れて束になって掛かるならば同士討ちを狙わん理由はないじゃろうが。」

「…………好きなだけほざいてろクソジジィ。

すぐにその減らねぇ口を聞けなくしてやるからよぉ!!!!」

 

フォースは切れ味を帯びたような鋭い視線でフォラスを睨み付けた。

しかし、フォラスはどこ吹く風と言わんばかりの表情で言葉を重ねる。

 

「……やはり貴様等の目にも儂等(スライム)は只の討伐対象にしか見えておらんのか。

ならば其の下らん思い込みを正さん限りは貴様等が己の言った事を実行する事は万に一つも叶わんぞ。」

「だから何言ってやがんだテメェは。俺ァスライムを雑魚だなんて思っちゃいねぇよ。

少なくとも、ジジィにゃそう教わったよ。」

「そうかそうか。ならば其の力、存分に味わうが良いわ!!!!!」



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298 勇者を守る棍となれ!! フォースが握る新たな武器!!! (後編)

時はリナ・シャオレンが戦ウ乙女(プリキュア) キュアフォースになる以前に遡る。

その時、リナはいつものように鍛錬を終え、休憩傍らに祖父であるリュウの自慢話も同然の勇者パーティに居た頃の話を聞いていた。

しかし、ふとリナはリュウの言葉から出た言葉に疑問を感じ、口を挟んだ。

 

「ハァ? 『スライム』???

アンタ今スライムが一番恐ろしい魔物だって言ったか?」

「その通りじゃ。勇者の冒険に長く携わっておったが、あれ程恐ろしい生命体には会った事がない。」

「いやいや何言ってんだよ。スライムなんてつつけば吹っ飛ぶような雑魚だろ? それを恐ろしいだなんてよ………」

「否否。甘く見てはならんぞ。()()は特に注意が必要じゃ。」

「儂等? どういう意味だよそれ。」

「………武道家は特に注意しろと言う意味じゃ。」

「???」

 

当時のリナはリュウのこの言葉をいつもの自慢話の一部に過ぎないと聞き流していたが、数年経ってリナは漸くこの言葉の意味を理解した。

 

 

***

 

 

(………そうか。そうかそういう事だったんだな!!

ジジィ。アンタがスライムが恐ろしいとか言ったのはよ、下手に触れねぇからって意味だったんだな!!

スライムは身体から消化液をドバドバ垂れ流してやがる。だから手出しが出来ねぇって言いたかったんだな!!)

 

フォースはリュウの言葉の意味を理解しながら、今の自分の状況が不利である事を再確認していた。

 

(……今の俺のあのスライムへの対処法は、このグローブに解呪(ヒーリング)を込めてぶん殴るって事だけだ。

けどそれじゃ危険だ。手は解呪(ヒーリング)でガード出来てもそれ以外の部分に体液ぶっかけられたらオダブツだ。

 

………ならどうする? 決まってんだろ俺!!!

距離(リーチ)を確保しながらあいつをぶっ叩く方法を、今ここで()()!!!!)

『…ブレイブ。作戦がある。』

『えっ!?』

『俺が前衛()に出る。だからお前は後方支援を頼む!!!』

『!!?』

 

フォラスは暫くの間二人の出方を伺っていたが、一向に動きを見せない事に痺れを切らし、口を開いた。

 

「………おい貴様等、何時迄そうやってだんまりを混んで居るつもりじゃ。

既に十分すぎる程の時間はくれてやった筈じゃぞ。」

「おう。もう大丈夫だ。

けど、礼なんか言ってやらねぇぞ。その代わりに()()()を見せてやるからよォ!!!!」

『!!!!?』

 

その時、フォースの手にあるフェデスタルをはめ込んだグローブが光り、その形を変えた。

グローブは手から離れ、その形は光る棒に変わった。

 

(何!!? 何が起こってるの!!?)

(……あの形、もしや……………!!!)

(ブレイブは自分の剣の贈物(ギフト)を進化させた。だったら俺にだって出来る筈だ。

自分の贈物(ギフト)を進化させる事がよォ!!!!!)

 

それから数秒後、フォースの手にはめられたグローブは全く別の形に変わった。

二本の緑色に光る金属の棒が短い鎖で繋がれている。フォースにとってはこれ以上とない()()()()()()だ。

 

『………………!!!』

「(や、やった!!! 成功したぜ………!!!)

おい、スライムジジィ。とくと見やがれ。こいつが俺の、俺だけの武器(ギフト)

龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》だ!!!!!」

 

 

 

***

 

 

 

「おう! やはり似合うのぉ!!」

「………なぁ、なんなんだよこのへんてこりんなモンはよぉ。」

 

またも時は以前に遡る。

その時、リナはリュウからあるものを受け取った。二本の鉄の棒が短い鎖で繋がれた武器だ。

 

「へんてこりんなんて言うものじゃない。

其れは此の龍の里に伝わる伝統的な武器じゃ。お前に託そうと思ってのぉ。」

「……………」

 

リナは暫く手に握った武器を吟味していたが、自分がこの武器を使いこなす姿を想像する事が出来なかった。

 

「………いや。悪いけど俺に合う気がしねぇよこれ。

どうやって使うのかまるで分かんねぇし。それに俺ぁ武道家として武道会に出たいんだよ。

得物を振りかざすなんてマネは出来ねぇよ。」

「………そうか。なら無理にとは言わん。

じゃが、気が変わったならいつでも言っておくれよ。」

「……おう。」

 

リナの本心は武道家として拳一つで闘いたいから武器を習得する気はないというものであり、それに変化はなかった。

しかし、祖父の気遣いを無碍にしてしまった罪悪感が全く無い訳ではなかった。

 

 

***

 

 

ブレイブとフォラスはフォースの手に握られた奇妙な物体を怪訝そうな表情で凝視していた。

 

「…………りゃん、 ………何じゃと? 其れは里の言葉か何かか。

其れに其の貧相な棒切れで儂とやり合おうとでも言うのか。」

「そう言ったろうがよ。今からこの進化した俺の贈物(ギフト)でズタボロにしてやるからよォ!!!!

(……まぁ、半分くらいははったりだがな。けど俺は()()()を信じる。

()()贈物(ギフト)を俺が信じられねぇでどうすんだ!!!!)」

 

そしてまた、両者が出方を伺う時間が少しの間流れた。しかしその時間は唐突に終わりを告げた。

フォースは地面を蹴り飛ばし、フォラスは体内に消化液を溜め込んだ。

 

「(骨の髄も残さずに溶かし尽くしてくれる!!!!!)

ポウッ!!!!!」

「!!!!!」

 

フォラスは口から消化液の塊を吐き出した。

 

「(やっぱりテメェはそう来るよな。けど関係ねぇ。 こいつにフルベットだ!!!!!)

オルァッッッ!!!!!」

『ガァンッ!!!!』

『!!!!?』

 

フォースが繰り出した目にも止まらぬ速度の棍棒の先端はフォラスの吐き出した消化液の塊を弾き飛ばした。

しかしその場に居た全員が驚愕した。その理由は彼女達の鼓膜を震わせた()だ。

 

(い、今の奇妙な音!!! もしや、もしや奴の贈物(ギフト)の能力は…………!!!)

(今の音に感触!!! 間違いねぇ。俺のこの贈物(ギフト)は……………!!!!)

 

*

 

龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)

究極贈物(アルティメットギフト) 系統未分類

能力:実体のないもの(液体、気体など)を固体化させて打撃を加える。



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299 スライムを砕く龍の御業!! フォースのリャン・ロウ・ゴン!!!

フォラスは目の前で起こった事に驚愕していた。

今、彼の目に見えているのは奇妙な形の武器を振り上げて向かって来るフォースの姿だ。

 

(儂の消化液を実体を捉えて()()おった!!!)

「食らえやクソジジィ!!!! オルァッ!!!!」

「ヒョッ!!!」

ガァンッ!!!! 『!!!!』

 

フォースの振るった《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》の先端は()()()フォラスの身体に直撃した。

しかし、フォラスは棍が当たる瞬間に身体を切り離し、致命傷になる事を避けた。

棍の直撃を受けた切り離されたフォラスの身体は重厚な金属音を立てながら吹き飛び、近くにあった木に『ベチャッ』という耳障りな音を立てて当たった。

 

(か、躱しやがったこのスライム野郎………………!!!)

「ハハハハ!!! この儂に真っ向から向かって来るとは愚の骨頂よォ!!!!」

「!!!!」

「フォース!!!!」

 

フォラスは消化液を溜め込んだ腕(の様に伸ばした身体)をフォースに向けて見舞った。

消化液はフォースの腹を襲い、その身体を二つに分ける。それがフォラスの目論見だった。

 

「《解呪(ヒーリング)》!!!!」

「!!!」

 

フォースは足に解呪(ヒーリング)を纏わせて蹴りを放ち、フォラスの攻撃を迎え撃った。

濃密な解呪(ヒーリング)はフォラスの消化液を無力化し、逆にフォラスの身体を弾き飛ばした。

迎撃によって生まれた時間を利用してフォースはフォラスとの距離を取った。

 

「フォ、フォース!! 大丈夫!!?」

「おう! ちょっと先走り過ぎたぜ………!!」

 

距離を取ったフォースにブレイブが駆け寄ってその身を案じた。

しかしフォラスはそれを見届けた。彼の頭にあったのは先程のフォースが顕現させた贈物(武器)に集中していた。

 

(………今、確かに奴は自らの力で一から贈物(ギフト)を作りおった。其処迄は良い。前例はごまんとあるからな。

じゃが今の能力、あれは正しく…………………!!!)

 

『正しく』

その言葉の後にフォラスは自分とマーズの事を連想していた。

フォースはこの数日でフォラスとマーズを立て続けに相手をした。二人に共通している事は毒と消化液という《液体》を武器としている事だ。

 

(…………あの小娘は儂とマーズの液体(能力)解呪(ヒーリング)で無力化しおった。

其れだけでは飽き足らず、更に有効な方法をあの一瞬で作り上げたと言うのか…………………!!!)

 

フォースのフォラスの消化液を無力化する方法は解呪(ヒーリング)を過剰に消費する。

彼女は《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》という今まで以上に効率的な方法をこの土壇場で導き出したのだ。

 

(一つ確実に言えるのは、あの奇妙な武器が勇者の刀剣系に並ぶ程の脅威であるという事じゃ。

儂は此れ迄、ガミラを屠ったあの小生意気な勇者一人始末すれば後は楽勝じゃと思っておったが、どうやら其れは間違いじゃったと認めるしかないようじゃな。

此の龍人族の娘も、既に儂等の脅威になりつつある…………………!!!!)

 

フォラスがフォースの危険性について思考を巡らせている最中、フォースはブレイブを庇いながら棍を振り回してフォラスを牽制していた。

 

「フォ、フォース…!! その武器、もしかして、その……

『ヌンチャク』ってヤツじゃ…………………!!?」

「ぬんちゃく?? こいつそんな名前なのか?

確かジジィのヤツは『そーせつこん(双節棍)』とか呼んでたけどな。」

「えっ……!?」

 

ブレイブ()は『ヌンチャク』という武器の概要をかつて見た創作物から得ていた。

しかしフォースはそれをほとんど知らないにも関わらず、完全な形の贈物(ギフト)として顕現させた。

そんな事は些事である筈だが、ブレイブはその点に反応を示した。それに対し、フォラスは唐突に口を挟んだ。

 

「……貴様の其の奇妙奇天烈な武器が脅威である事は十分に分かった。

その武器、貴様の里に伝わっておるものなのか?」

「ア? 何でテメェにんな事教えなきゃいけねぇんだ?

んな事よりもよォ、テメェの事でも気にしてた方が良いんじゃねぇのか? ここで終わるかもってのによォ。」

「ハン?? 終わるじゃとォ?? 其れは貴様等の事か? それとも、

あの妖精共の事か?」

「!!!」

 

言外にフェリオ達が敗北すると挑発されてブレイブは顔を青くさせたが、フォースは涼しい顔で異を唱えた。

 

「………………

ハァ。やっぱスライムは脳が足らねぇみてぇだな。」

「………何じゃと? 貴様、影魔人(カゲマジン)の力を甘く見ておるのか?

今こうしておる間にもあの援軍がここに来るやも知れんぞ? そうなれば儂の勝利は約束されたも同然よ。」

「甘く見てんのはテメェの方だろ。あいつらの力をよォ。

断言してやるぜ。あいつらは絶対に勝つ。俺はそれを信じてテメェをぶちのめすだけだ!!!」



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300 闘志を燃やす妖精達!! 見えた悪魔の力の綻び!! (前編)

「……何じゃ貴様。あ奴等の勝利に全てを賭けておるとでも言うのか。

随分と分の悪い賭けをするのじゃなァ。果たしてあの矮小な獣共にそんな大それた事が出来るかのぉ。」

「出来るに決まってんだろ。あいつらなら簡単にやってのけるだろうよ!!」

「儂はそうは思わんがのぉ。ただ眼を眩ませるだけの狐と解呪(ヒーリング)すらろくに使えもせん蜥蜴如きにはのぉ。」

『!!!』

 

フォラスの指摘は全くの的外れではないと、少なくともブレイブの耳には聞こえた。

確かにフェリオの贈物(ギフト)陽光之神(アマテラス)》の能力の本領は強烈な光で相手の視界を潰す事であるし、ヴェルドが解呪(ヒーリング)を使えない事も紛れもない事実だ。

しかし、フォースだけはその指摘を的外れだと言わんばかりに跳ね除けた。

 

「……ハァ。ったくよォ。 やっぱテメェ脳のねぇスライムだわ。

あいつらがそう簡単に負けっかよぉ!! それにあいつらは、もうその影魔人(カゲマジン)って奴と戦って勝ったんだぜ!!!?」

「……そうかそうか。一回の成功だけでのぼせ上っておるのか。全くおめでたい奴等じゃ。

万一貴様の言う通りならば、急がんとならんようじゃな。つまらん増援が来るより前に、貴様等を儂の昼餉にしてくれようぞ!!!!」

「やれるもんならやってみろやクソジジィ!!!!!」

 

フォラスは口から消化液の塊を何個も吐き出し、フォースは手に持った《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》を振り回し、上半身を高速移動する防御壁の膜で覆った。

その直後に起こった出来事は凄惨を極めた。液体を実体化させて弾く《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》がフォラスの消化液を捉えた瞬間、重厚な金属音を立てながら四方八方へと消化液を弾き飛ばす。

しかし、《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》の能力はほんの一時的なものに過ぎない。弾き飛ばされる消化液が周辺の木に当たった瞬間、溶けるような爆発音がブレイブの耳を劈く。

ただそれだけの事でブレイブの精神は目に見えて疲弊していった。当たればそれだけで命を断ち切られるからだ。そして、彼女の精神を削っているものはもう一つあった。

 

(~~~~~~~~~~~!!!!

わ、私は一体何をやってるの!!? フォースは身体を張ってあの恐ろしい消化液に立ち向かってるっていうのに、私はこんな所で一体何を)

「ブレイブ!!! 余計なこと考えんな!!!

分かってるよな!!? お前が今あの空にあるボールに一ミリでも穴を開けたらよォ、俺達もこの町もお終いなんだよ!!!!」

「!!!」

「分かったらお前は何も言わずに黙って()()()だけに集中してろ!!!

お前に手は出させねぇからよォ!!!!」

「わ、分かった!!!」

 

フォースの一言でブレイブの削られていた精神は全快し、自分の考えが間違っている事を瞬時に理解した。

今は()()()()()()この状況が自分の戦場なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「オラオラオラオラオラァ!!!!」

「ファファファファファァ!!!!」

『………………!!!!』

 

フェリオとヴェルドの戦況は更に変化していた。

フェリオとヴェルドは二人で影魔人(カゲマジン)を挟み、両方向から一瞬の間も置かない攻撃を撃ちこんでいる。

その目的は言うまでも無く、影魔人(カゲマジン)に《転換之王(ベリアル)》を使わせる間を与えないためだ。しかし、()()()は突然やってきた。

いくら高速の連続攻撃を撃ちこんでいると言っても、フェリオもヴェルドも妖精(生物)である以上はその身体は当然の権利として、戦闘の最中であろうとも呼吸を要求する。

そして二人にはその要求を拒否する事は出来ない。その要求を無碍にすれば立ちどころに死んでしまうからだ。

そして、戦闘の最中に呼吸を挟む事は攻撃に一瞬の間が開く事を意味する。更に今回は運悪くフェリオとヴェルドの呼吸の瞬間が完全に一致した。

それによって出来た影魔人(カゲマジン)は見逃さなかった。

 

「ッ!!!」

 

ヴェルドの視界は一瞬にして急変した。

影魔人(カゲマジン)()()を見ていた筈の視界は一瞬にしてフェリオの前面に変わった。

何が起こったのかはすぐに理解した。影魔人(カゲマジン)転換之王(ベリアル)を発動し、ヴェルドとの位置を入れ替えたのだ。

しかし、勢い余ってフェリオに誤爆するという愚をヴェルドは犯さなかった。

 

「ウルアァッッ!!!!」

ドゴォン!!!! 『!!!!!』

 

ヴェルドは足を組んで『捻じれ』を作り、それを基に戻す動きによって上半身を加速させた。

そして、加速し回転する上半身の勢いの全てを拳に乗せ、強烈な裏拳を影魔人(カゲマジン)の顔面に直撃させた。



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301 闘志を燃やす妖精達!! 見えた悪魔の力の綻び!! (後編)

「ウルアァッッ!!!!」『!!!!!』

 

フェリオの目は一瞬の内に起こった様々な変化を捉え、脳はその光景を処理する事に専念していた。

自分の視界が影魔人(カゲマジン)()()からヴェルドの背面に変わった。それが影魔人(カゲマジン)が自分の贈物(ギフト)である転換之王(ベリアル)を使った事によるものだと瞬時に理解した。

そしてヴェルドの上半身が高速回転し、強烈な打撃音と共に影魔人(カゲマジン)の身体が吹き飛んだ。それがヴェルドが裏拳で影魔人(カゲマジン)を攻撃したが故である事も瞬時に理解した。

影魔人(カゲマジン)の身体は錐揉み回転しながら吹き飛び、すぐそばにあった木に叩き付けられた。

 

「ヴェ、ヴェルド!! 大丈夫ファ!!?

…ヴェルド!? ヴェルド!?」

「………………!!

(何でだ!? 何であいつ、今()()()()を………………!!!?)」

 

ヴェルドの耳にはフェリオの自分の身を案じる声が入っていなかった。

正確にはフェリオの言葉は入っては瞬時に抜けていた。それは頭の中の疑問に集中していたからだ。

 

(何で、何であいつは()()()()を入れ替えた……………!!?

わざわざ俺と入れ替わらなくても、フェリオの奴と入れ替わってりゃあいつの背後を取れた。

そうすりゃ(別にフェリオが弱いとは言わねぇが)勝率は上がってただろうによォ!!

 

……それとも()()()()()()!!? 何でだ!!?)

 

ヴェルドの脳は脳内に浮かんだ疑問符の処理に専念していた。戦場において動きを止める事は御法度だが、今回ばかりは違うと己の中で結論付けた。

相手についての謎を解く事は決して無駄ではないと思っているからだ。

 

「ヴェルド!! ヴェルド!!

何やってるファ!! 今はボーっとしてる場合じゃないファ」

『!!!』

 

フェリオとヴェルドは瞬時に自分達の視界が一変した事を理解した。

フェリオの視界はヴェルドの横顔から影魔人(カゲマジン)へと一変し、ヴェルドの視界は遠くに居るフェリオと影魔人(カゲマジン)へ一変した。

それは即ち影魔人(カゲマジン)が再び転換之王(ベリアル)を使った事を意味していた。今回は影魔人(カゲマジン)とヴェルドの位置が入れ替わった。

 

「ア、《陽光之神(アマテラス)》!!!!!」

『!!!!』

 

ヴェルドは瞬時に状況を把握し、フェリオに危険を伝えようとした。

しかしフェリオは身の危険を理解し、半ば反射的に《陽光之神(アマテラス)》の光を影魔人(カゲマジン)の目に直撃させ、動きを封じた。

そしてヴェルドは何が起こったのかを瞬時に理解し、この状況における最適解を実行する。

 

「ウルオァッ!!!!」

『!!!?』

 

ヴェルドは背後の木を砕きながら蹴り飛ばし、それによって生まれた推進力を全て足に乗せ、《迅雷之神(インドラ)》の雷撃を纏わせた蹴りを影魔人(カゲマジン)の顔面に直撃させた。

影魔人(カゲマジン)は再び錐揉み回転しながら吹き飛び、二人の視界から消えた。

ヴェルドは頭の中で影魔人(カゲマジン)の反撃に備えたが、同時にある疑問を解く事も試みていた。

 

(……今度はあいつ、贈物(ギフト)で入れ替えようとすら()()()()()!!

俺と自分を入れ替えてりゃ、あるいは俺とフェリオの同士討ちだって狙えた筈だ!!!)

 

ヴェルドの頭には自分の攻撃が上手く決まっている事に対する拭いきれない疑念があった。

そして同時に直感していた。この疑問を解く事が影魔人(カゲマジン)に勝利する鍵になるという事を。

 

(!!! まさか、そういう事か…………………!!!?

いや、それなら全部に辻褄が合う…………………!!!)

 

ヴェルドは頭の中に浮かんだ仮説を実証するための行動を実行する。

それはフェリオに足りない情報を補完してもらう事だ。

 

「ヴェルド!? ヴェルド どうしたファ!?」

「………なぁフェリオよ、あの野郎が贈物(ギフト)を使った時の事、全部詳しく教えてくれねぇか?」

「!?」

 

*

 

フェリオは影魔人(カゲマジン)が《転換之王(ベリアル)》を使用した二つの状況をなるべく端的に説明した。

しかしヴェルドにとってはそれだけで十分だった。彼が最も知りたがっていた情報がフェリオの説明の中にあったからだ。

 

「そうかそうか。

っつー事ぁよ、あの野郎が贈物(ギフト)でお前らを入れ替えた時は、お前らはどっちの時も()()()()()()()()()ってこったな?」

「そ、そういう事になるファけど、それが一体………………」

「そいつを聞いてはっきりしたぜ。

あの野郎の贈物(ギフト)、自由奔放に見えてちゃんとした()()がある。」

「ファ!!?」

「変だと思ってたんだ。物を入れ替えるっつーなら()()()()()()()対象を捕捉してんのかってなぁ。

それにさっきもよ、あいつぁわざわざ()()()()()()ばっかり取ってきやがった。そんで今、お前の話を聞いて確信したぜ。

あいつの《転換之王(ベリアル)》っつー贈物(ギフト)はよぉ、()()()()()()()()()しか入れ替えらんねぇんだ!!!」

 

フェリオはヴェルドの言葉に驚きつつも目に見えて高揚していた。

ヴェルドの推理が当たっているならばこれ以上ない有益な情報になるからだ。

 

「もう分かったろ? 奇怪な贈物(ギフト)もタネがわかりゃどうという事もねぇ。

俺達はこいつを()()()()()()()!!!!」



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302 勇者を守る他流試合!! フォースのスライムデスマッチ!!! (Gong)

フォラスはフォースの後ろに居て微動だに()()()()ブレイブを見て(骸骨の仮面の)口角を上げた。

その理由は自分の成果に十分に満足したからだ。

 

「……やはり後ろの勇者娘は碌に戦えんように()()()ようじゃのぉ。

という事はじゃキュアフォース。貴様一人でこの儂と戦わねばならんという訳じゃ。」

「…………あぁそうだな。 今さら何決まりきった事言ってやがんだ。」

「…………何の事も無いわ。只()()()おるだけの事よ。」

「……んだと?」

「果たして貴様如きにそのような大層な事が出来るかのぉ!!?

他の力に依存し!! 馴れ合い!!! 己一人の力で勝ち星を挙げた事すらない貴様等如きにのぉ!!!!」

「!!!!」

 

フォラスは耳を劈く勢いの高笑いを上げ、ブレイブ達を笑い飛ばした。

その言葉は特にブレイブの心に再び深く突き刺さった。いくら自分の心に言い聞かせても、先の魔法警備団の戦いの中でギリスが斬られ、それに狼狽した恥ずべき記憶は決して彼女の頭から消える事は無い。

しかし、フォースはその言葉を的外れだと跳ね除けた。

 

「……何を眠てぇこと言ってやがるクソジジィ。」

「何?」

「俺達が自分(テメェ)自身の力で誰も倒した事がねぇだ? ふざけんじゃねぇよ!!!

じゃあこいつが初めてテメェらが作ったバケモンを倒したのは何だってんだ!!?

俺が監獄に居たヤツらを助けられたのは何だってんだ!!?」

「は。笑わせるな。十把一絡げの雑兵一体屠った程度で儂等と同じ土俵に立ったつもりか。

其れに貴様が単独でマーズに勝ったじゃと? 貴様こそ莫迦も休み休み言うが良いわ!!!

貴様一人如きにマーズが敗れる筈はないのじゃ!!! そう、貴様が辛くもマーズに勝利するなどという大番狂わせを起こせたのは、彼の憎き星聖騎士団(クルセイダース)の小僧や蜥蜴、そして監獄の連中の助力があったからじゃという事を忘れるでないわ!!!!」

「……たしかにあのクソオヤジに勝てたのにハッシュやヴェルドやあのハルネンのおっさん達の力が無かったなんて言ったら大嘘になるけどよぉ、いつまでも死んだ奴の事をベラベラとくっちゃべってんなよ!!

見苦しぃんだよクソジジィ!!!」

「ほざけ。貴様が殺したの間違いじゃろうが。」

 

フォラスの仮面(表情)は目に見えて歪んだが、フォースにとっては何処吹く風だった。

マーズの死を完全に乗り越えられた訳ではないが、今だけは目の前のフォラスだけに集中しなければならないと自分に言い聞かせた。

 

「テメェはどうしても俺とサシの勝負がしてぇみてぇだな。だったらこんなのはどうだよ。

キュアフォース(リナ・シャオレン)ルール無用異種他流格闘試合 対スライムデスマッチ》と行こうぜ!!!!」

『!!!』

 

フォースは《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》を構えながら、自信満々にそう宣言した。

しかし、ブレイブの目にはそれは無視できない愚行に見えた。彼女の心中は奇しくもフォラスが代弁した。

 

「此の大莫迦者が。貴様言う事に欠いてこの戦いを格闘試合か何かと履き違えておるのか。

其れに、今の貴様の言葉で漸く気付いた。儂は只のスライムなどではない。

貴様等にはまだ教えておらんかったが、儂には歴とした名がある。《フォラス=タタルハザード》。それが儂の名じゃ!!!」

「……ああそうかよ。これで俺の頭の中に無駄な知識が一個増えちまったぜ!!」

「無駄かどうかは此れから決まるのじゃ。貴様の知識が後迄続く保証など無いのじゃからな!!!

……とは言え、貴様が()()()()を望むならば、其れに敢えて乗ってやるのもまた一興よ!!」

『!!!』

 

その言葉を発した瞬間、フォラスの()は変化した。

身体は伸び、そして細り、骸骨の仮面から四つに枝分かれした。二人はそれからたった一つのものを連想した。

 

(あ、あれって()()…………………!!!!?)

「おいおい何のつもりだテメェ。」

 

フォースの問いに答える前にフォラスは構えを取った。

身体を半身に構え、前方の腕は下に下ろして上半身を庇い、後方の腕は曲げて弓を引き、拳を発射する準備を整えている。

 

「先の言葉の通りじゃ。貴様と格闘試合をするならば此の形が一番やり易いと思っただけの事よ。

貴様の我儘を無条件で飲んでやった事を咽び泣いて喜ぶが良いわ!!!」

「……恩着せがましいジジィだなぁ。俺が何時テメェにそんな格好になって欲しいって言ったよ!

テメェが勝手にやっただけの事なのによぉ!!!」

「……今更じゃが随分と脂の乗った舌の根じゃのぉ。

陛下の御前には勇者の首を捧げるつもりじゃったが気が変わった。

捧げるのは貴様の首にしてやろう!!! 或いはその舌の根や鱗や尾っぽも高値で売れるやもしれんなぁ!!!!」

「そうかよ!!! だったら俺はテメェのコアをギルドの連中に高値で売り付けてやるよォ!!!!」

「!!!!!」

 

何重にも渡る壮絶な舌戦の末、遂にフォースとフォラスの二人はぶつかり合った。



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303 勇者を守る他流試合!! フォースのスライムデスマッチ!!! (ラウンド1)

ガァンッ!!!!!

「!!!!!」

 

何重にも渡る壮絶な舌戦の末、遂にフォースとフォラスの攻撃は交わった。

フォラスは拳を放つ動きで消化液を纏わせたスライムの塊を見舞い、フォースはそれを液体を実体で捉える《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》で迎撃した。

衝撃のぶつかり合いによって生じた暴風は外野のブレイブすら吹き飛ばさんとする勢いだった。

 

「うっ、うわあぁっ!!!

(だ、ダメ!! 吹き飛ばされる訳には!!! あの、あの盾に穴を開ける訳には━━━━━━━━━━!!!!)」

 

ブレイブの意識は目の前のフォースの戦いのみに集中してはいなかった。

彼女の視線の先にはフォースの他にもう一つ、その遥か上の自分の《堅牢之神(サンダルフォン)》の球にも集中していた。

その球体の中にはフォラスの魔力によって作られた強力な酸が詰まっている。万一そこから酸が漏れればツーベルクに被害が及ぶのは必至だ。

故にブレイブはフォースに加勢できない事を納得は出来ずとも割り切っていた。

今はフォラスの魔法()からツーベルクを守る事が自分の戦いなのだ。

 

*

 

ブレイブが球の維持に集中している最中、フォースはフォラスの攻撃を凌ぐことに集中していた。

フォラスは全身に消化液を纏い、突きや蹴りに似た動きでフォースに猛攻を仕掛ける。

フォースはフォラスの消化液は解呪(ヒーリング)で封殺できるが、全身に常に垂れ流すのは無理がある。故に彼女は危険を承知で両手両足と《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》にのみ解呪(ヒーリング)を纏ってフォラスに挑む事を選んだ。

しかし、結果は致命傷は負わずとも防戦一方だった。

 

「~~~~!!!」

「はっはっはっはっは!!! 貴様の土俵に立ってやって尚、儂の方が上手の様じゃな!!!」

(お、おかしい!! こいつの動き、素人じゃねぇ!!!

それどころかかなりの達人のそれだ!!! こいつのどこにそんな技術が…………………!!!)

「オルァッ!!!」 「!!」

 

フォースはフォラスの拳の攻撃が放たれる瞬間を見極め、かち上げる蹴りでそれを弾いた。

そして無防備になった上半身に向けてもう片方の足で蹴りを試みる。

 

(こいつでテメェのコアをぶち抜いてや)

「ッ!!!?」

 

フォースの蹴りはフォラスには当たらなかった。

フォラスはフォースが狙った胸の部分に穴を開け、フォースの蹴りはその穴を素通りした。

 

「ハッハ!! 読みが外れたな戯けが!!!」

「フォース!!!!」

 

フォースの身体は前蹴りが素通りした事によって完全にフォラスの攻撃の射程圏内に入った。

フォラスはそれを見逃さず、彼女の顔面に向けて消化液を纏わせた拳を見舞う。

 

「ウルアァッッ!!!!!」

「!!!?」

 

フォースはフォラスの拳を身を引いて躱した。

そしてそれによって生まれた回転運動を全て乗せて再び攻撃を放った。

しかしそれは拳や蹴りではなく、解呪(ヒーリング)を纏わせた尻尾による打撃だ。

身体を変形させて躱す暇も無く、直撃を受けたフォラスは吹き飛び森の木に激突した。

 

(や、野郎……!!)

「ふっふっふ。編んだ髪を鞭のように扱う技は聞いた事があるが、尾っぽを振るいおったのは貴様が初めてじゃのう。

儂の知識も未だに完全ではなかったとはなぁ。」

「!!!

(ふ、不死身かよこいつ………………!!!)」

 

フォラスの身体は木から落ち、『ベチャリ』というような音を立てて潰れた。

しかし、そこから直ぐに形を変え、元の人型のスライムに戻った。

しかし、それだけではない事をフォースは瞬時に見抜いた。フォラスの身体から傷や負傷が完全に消えているのだ。

 

「……コアが壊れてねぇからか………!!!」

「その通りじゃ。儂等スライムにとってはコア以外の何が傷つこうとも何の問題も無い。

例えるならば貴様等の身に纏うその布切れが破れるのと遜色ない。そして着物を着られた程度では如何に矮小な生物であろうとも、其の命を絶つ事は万に一つも叶わん。

至極当然の自然の摂理よ。」

「ベラベラと長ったらしい事を喋ってんなよ!!! テメェの特性フル活用しやがってよォ!!!」

「………どの口でほざきよる。貴様はたった今そのような糾弾をする権利を放棄したという事に気付いておらんのか。」

「何!?」

「態々言わねば分からんか。貴様は今、尾っぽを振るって儂にぶつけた。

龍人族である貴様以外の誰にそんな事が出来るというのだ。」

「………………!!」

 

フォースはその言葉でようやく理解した。自分は無意識に尻尾という龍人族の特権を使用してしまった。

今回はもちろんの事、龍神武道会でも反則にはならないがフォラスの指摘は的を得ていると言わざるを得ない。

 

「まぁ、何も問題は無いがな。

貴様がその身体を使いこなすというならば、儂も此の身体を駆動させて貴様を叩き潰すとしよう。

さぁ、話が長くなったが仕切りなおすとしよう。」

「…………………」

「こういう場合、貴様等は確かこう言うんじゃったよなぁ。

『ラウンド2』と!!!!」



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304 勇者を守る他流試合!! フォースのスライムデスマッチ!!! (ラウンド2)

「……"ラウンド"2だァ?

随分としゃれた言葉知ってんだなぁ。脳ミソまでドロッドロに溶け切ってるスライムのくせしてよォ!!!」

「戯けが。此の戦場を《試合》に準えるなどという酔狂を働いたのは貴様であろう。

それともたった1ラウンドで勝敗が付けられるとでも思っておったのか。高慢極まりないわ。」

「好きなだけベラベラ抜かしてろ。そのにやついた骸骨面をぶっ叩き割ってやるよ!!!」

 

変幻自在に手を変えるフォラスに対しフォースは真っ向から言葉をぶつける。

しかしその状況下でもフォースの意識は次の攻撃に集中していた。今、フォースは両手に持った《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》をいつでも繰り出せるように構えている。片腕を上に曲げ、武器はフォースの肩を回して後ろに構えられている。

フォースは手に持った瞬間には自分の贈物(武器)の特徴と強みを見抜いていた。

 

(……俺が持ってる双節棍(コイツ)の利点って言やぁやっぱ動きが読まれにくいって事だよな。今もあいつにゃ俺がどっちの手からコイツを振るか分かんねぇだろ。

つってもあいつのセンスはずば抜けてやがる。慣れられる前にコアを叩き割ってやる!!!)

 

フォースがこの状況下で最も恐れていた事はフォラスが自分の戦闘法に対応できるようになる事だ。ブレイブはまともに動けず、フェリオとヴェルドはいつ来るか分からない。今この状況でフォラスに対抗できるのは自分一人と考えるべきだという事は分かっていた。

 

「………どれ。果たして急拵えの《アキレス腱》とかいうものが再現出来ておるか確かめてみるとするかのぉ。」

(!!! 来る!!!)

「ホッ!!!!」「!!!」

 

その瞬間、フォースの目は確かにフォラスの足元に血管が浮き上がる光景を捉えた。本来鍛え上げる事など出来ない筈のフォラスの足にだ。

しかし、これを思考する暇もなくフォースの視界は急接近するフォラスの姿を捉えた。

一瞬の内に地面を蹴り飛ばして自分との距離を詰めてくる事を理解した。

 

「面の皮剝がしてくれるわ!!!」

「来いやぁクソジジィ!!!」

 

フォラスは再び消化液を纏わせた拳をフォースに向けて見舞う。

しかしフォースは既にその攻撃への対処法を考えていた。

 

「オルァッ!!!!」

バキィン!!!! 「!!?」

 

拳を振るうフォラスに対し、フォースは身を屈ませてその拳を避けた。

そして頭上にある手首を《巨象之神(ガネーシャ)》による質量を付与した《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》の一振りで両断した。

重さと速度が完全に乗った強烈な一撃により、フォラスの手首(に似せた部分)は宙を舞った。

 

「…………………!!!」

「次は顎だァ!!!!」

「!!!」

 

液体も気体も固体化させて破壊するフォースの《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》は奇しくもフォラスのスライムの身体に有効な能力である。顎への打撃が人間と同等の効果が得られるかは分からないが、無傷で済まない事は容易に予測出来る。

 

(素っ首すっ飛ばしてやるぜ!!!!)

「ヒョッ!!!」 「!!」

 

龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》の一撃はフォラスの顎には到達しなかった。

フォラスは首(に相当する部分)を亀のように縮めてフォースの渾身の振りを躱した。振りの勢いが余りその場で一回転するが、すぐに体勢を立て直してフォラスと向かい合う。

 

「………………」

「ハッハ!!! やっぱコイツァ大当たりだったみてぇだなぁ!!!

コイツがありゃジジィが言ってたスライムの特性全部メタれるってもんだ!!!」

「……………………

()()()() じゃと?」

「ア??」

 

てっきり自分の贈物(武器)に恐れ戦くと思っていたフォースはフォラスの意外な反応に気の抜けた声を漏らした。

 

「爺とはリュウの事か。貴様、其奴から何を聞いた。消化液の事か。自在に変形できる身体か。

一体何の根拠で其奴から聞いた事が全てじゃと判断できる。」

「……何言ってやがる。」

()()()()があるとは考えんのか。

例えば、()()とかのぉ。」

「!?」

「ウ、ウワアァァァァッ!!!」

「!!?

!!!? ナッ……………………!!!!」

 

ブレイブの絶叫に半ば反射的に後ろを振り向くと、そこには目を疑う光景が広がっていた。フォースの目はブレイブの全身を視認できなかった。それはフォースとブレイブの間に()()()()()があったからだ。

それは()()()()()()()。目の前に居る筈のフォラスが自分の後ろにも居り、ブレイブに襲い掛かろうとしていた。

 

(()()か!! ()()()()から再生しやがったのか!!!)

(気付いたところでもう遅い!!! 貴様は()()()目を離す事は叶わん!!!

一時でも背を向けたなら《儂が》》貴様を食ろうてやるぞ!!!)

 

たった今フォースが叩き折ったフォラスの手首は死んではいなかった。

それどころか手首の役割を与えられてたスライム組織の塊はそこから再生し、分身体となって蘇ったのだ。



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305 分裂する悪魔のスライム!! 盾無き勇者の孤独な戦い!! (前編)

フォースがリュウから得た情報に『スライムが分裂する』などというものは無かった。しかし、リュウが言うような一般的なスライムと目の前の余りにも異様なフォラスというスライムを同列に考えるのは余りにも早計だった。

人語を話し、人間すら溶かせてしまう程強い消化液を吐き出せるようなスライムならばまだ特異な能力がある事を考慮すべきだった。《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》という消化液への対抗策を手に入れた事によって視野が狭くなっていた。

 

*

 

「ブ、ブレイブ!!!!」

「行かせんわ!!!」

「!!!」

 

フォースは半ば反射的にブレイブの方へ駆け寄ろうとしたが、目の前のフォラスがそれを許さなかった。フォラスの消化液を纏わせた拳をフォースは贈物(武器)で迎撃する。

 

「~~~~~~~!!!」

「はっはっは!!! この儂を蚊帳の外に追いやろうとは肝の据わった女よのぉ!!!」

「………………!!!

テメェ、身体を()()させやがったのか……!!」

「ハハハ 違うなぁ!!!

()()をあそこに《移した》》だけの事よ!!!」

「…………………!!?」

 

フォースはフォラスの奇妙な言葉に疑問符を浮かべたが、それはすぐに中断させられた。

フォラスの攻撃は更に激しさを増していった。それはさながら『この場から動かさない』と言っているような執念じみたものを感じさせた。

 

 

 

***

 

 

 

「――――――――ッ!!!?」

「ハッハッハ!!! 盾を封じられた勇者が儂に敵うか!!?」

 

フォラスの手首に相当する塊が急速に膨張し骸骨の仮面が浮かび上がり、一回り小さなフォラスに変化した。その光景を目の当たりにした瞬間、ブレイブの頭には様々な思考が立て続けに浮かび上がった。しかし、目の前のフォラスの声がその思考を断ち切った。

フォースと対峙しているフォラスより一回り甲高い声だ。

 

《その》》フォラスがブレイブへの攻撃手段として選んだのは消化液ではなかった。

純粋に身体を尖らせて一本の槍に変え、ブレイブの頭目掛けて見舞った。しかし、それが躱される事は想定内だった。フォラスの狙いは他にあった。

 

「ヒッ、解じゅ(ヒーリン)

ッ!!!!?」

「ハッハ!!」

(し、しまった!! 無駄な解呪(ヒーリング)を―――――――!!!)

 

ブレイブは直感的にフォラスの消化液を無力化させる為に身体に解呪(ヒーリング)を纏わせた。しかし、フォラスの攻撃は消化液を用いない純粋な《突き》だった。その狙いは消化液を用いた攻撃を撃ってくると思わせて解呪(ヒーリング)を無駄打ちさせる為だった。

更に、《堅牢之神(サンダルフォン)》も使えないこの状況では物理的な攻撃が一番有効だと判断したのだ。

 

「~~~~~~~~~~~!!!」

「ハッハッハ!!! そんなに垂れ流して何時迄解呪(ヒーリング)が持つかのぉ!!?

貴様が倒れたならば、その時は測量士に申し訳が立たんのぉ!! 明日からツーベルクのない地図を書き直さねばならないんじゃからなぁ!!!」

(~~~~~~~~~~~!!!

の、乗ったらダメ!!! いつ消化液を使って来るか分からない!! 解呪(ヒーリング)は止められない…………………!!!!)

 

現在、ブレイブはフォラスに《堅牢之神(サンダルフォン)》とツーベルクに住む全員を人質に取られている。そして自分が倒れる事は《堅牢之神(サンダルフォン)》解除される事、即ちツーベルクの消滅を意味する。

ブレイブはせめてもの体力の温存を考えて《女神之剣(ディバイン・スワン)》すら使わず、身体に最低限の解呪(ヒーリング)だけを纏わせてフォラスの攻撃を躱し続けている。

 

「いくつもの贈物(ギフト)を回し続けながら儂とやり合うとは器用な娘じゃのぉ!!

何時迄其の脆弱な脳細胞が耐えておられるかのぉ!!?」

「~~~~~~~!!!

(な、なんで!!? 私とフォースと同時に戦って、それに魔法で酸を出しっぱなしにしてるのに!! 無茶してるのは一緒なのに!! なんであっちは平気なの!!?)」

 

フォラスの猛攻を受け続けても尚、ブレイブの頭の中には疑問だけがあった。

自分は今にも頭の血管が切れそうなのに、何故自分と同じ状況下にあるこのスライムは平然としているのか。しかしその疑問は不満からではなく、それを解く事でこの膠着状態を突破できる可能性が出てくると思ったからだ。

 

「何故、儂が平然と戦っておるのか釈然とせんか? 訳を言ってやっても良いぞ。

其れで儂の優位が揺らぐわけでもないからのぉ!!」

「!!?」

「其れは酸を魔力で構築しておる儂とあの蜥蜴と戦っておる儂と貴様とこうして戦っておる儂は皆()()()()じゃよ!!!!」

「!!!??」

「ほれ何処を見ておるか!!!!」

「!!!?」

 

遂にブレイブの状況処理能力が限界を超えた。

フォラスの身体を硬質化させて繰り出した一撃がブレイブの身体に激突した。



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306 分裂する悪魔のスライム!! 盾無き勇者の孤独な戦い!! (後編)

自分と戦っているフォラスとフォースと戦っているフォラスと魔力から酸を出し続けているフォラスは()()である。フォラスのその言葉の意味を考える暇もなく、ブレイブの思考は断ち切られた。

フォラスの攻撃がブレイブの読みの能力を超え、硬質化させたスライムの塊がブレイブの横腹に直撃した。

 

「…………………ッ!!!!」

「吹き飛ぶが良いわ!!!」

「!!!!」

 

手首程の塊から作られた分身体にも関わらず、フォラスの一撃は重く、そして強烈だった。

足を踏ん張る事すら叶わず、ブレイブの身体は回転しながら吹き飛ばされた。

 

「~~~~~~~~~~!!!」

「ハハハハハ!!! 盾に頼り切った勇者の身体は脆いものよのぉ!!!」

 

ブレイブはこれまで防御の行動は全て《強固盾(ガラディーン)》、延いてはその進化系である《堅牢之神(サンダルフォン)》などの[[rb:贈物>ギフト]]に頼り切っていた。それがいざ贈物(ギフト)を使えない状況に追い込まれると生身での防御を強要される事になる。そしてブレイブはそれに精通してはいなかった。

フォラスの狙いはそこにあった。

 

「━━━━━━━━━ウグッ!!!」

「ハハハハハ!!!」

 

ブレイブは地面を転がりながらも体勢を立て直した。

すぐさま胸に触れて肋骨などに負傷が無い事を確認する。そして後退しながらフォラスの攻撃をいなし続ける一方、ブレイブの頭には一つの疑問があった。

 

(…………な、何なのこのスライム!!

さっきからずっと消化液とか分裂とか、()()()()()()()や魔法しか使ってない!!!

なんで贈物(ギフト)を使わないの!!? それとも使()()()()…………………!!?)

「次は臓腑を晒してくれる!!!!」

「!!!!」

 

フォラスは再びブレイブを攻撃する為の武器を自分の身体から生成した。身体の一部を細長く伸ばし、その先には弧の形に曲がった刃のようなものが付いている。

ブレイブは一目でそれが極めて危険なものである事を理解した。先程の槍がそうであるように、硬質化させたスライムの組織が凶器になり得る事は想像に難くない。

 

 

「ウワァッ!!!!」

「ハッハッハ!!! 貴様()()()ではないのか!!?」

 

フォラスの横薙ぎの攻撃をブレイブは身を引いて躱し、地面に手をついてそのまま一回転して着地した。異世界に来た直後では到底出来なかった動きだ。

かつての龍神武道会に備えたハッシュとの特訓がその動きを可能にした。

しかし、その動きは()()()ではなかった。その事はフォラスの言葉が示していた。フォラスにはブレイブに見えていない物が見えていた。ブレイブがその事を理解するのは次の攻撃を躱した時だった。

 

『━━━━━ガンッ!!』

「!!?」

「ハッハッハッハ 戯けが!!!

貴様の目は機能しておらんのか!!?」

 

フォラスの次の攻撃を避けようとした瞬間、ブレイブの身体は頭から()()()に激突した。ブレイブは一心不乱にフォラスの攻撃を避け続けた結果、自分でも気付かない間に閉鎖的な場所に追い込まれていた。

 

(な、なにこれ 岩…………………!!?

!!!?)

 

ブレイブが頭からぶつかったのは彼女の予測通り、巨大な岩壁だった。彼女が驚いたのはその周囲の状況故だ。

ブレイブが今立っている場所は後方は岩壁、そして左右は大量の木に囲まれた場所だった。一心不乱にフォラスの攻撃を避け続け、《堅牢之神(サンダルフォン)》の維持に神経を注ぎ続けた結果、ブレイブの頭には『自分が今どこに居るのか』を判断する余裕が失われていた。

この天然の袋小路に追い込む事こそがフォラスの作戦だったのだ。

 

「!!!!」

(此の状況、此の時点ならば防御も回避も不可能!!!

今度こそ息の根を断ち切ってくれるわ!!!!)

 

ブレイブが体勢を立て直した時には、既にフォラスは追撃の準備を終えていた。

身体を浮かせ折り曲げ、尻(に相当する部分)を錐のように鋭く尖らせている。その姿はさながら巨大な蜂のようだった。フォラスはその攻撃でブレイブの心臓を狙う。

 

 

「━━━━━━━ッ!!!?」

 

しかし、フォラスの錐は岩壁に突き刺さった。フォラスの目はブレイブの姿が一瞬で消える光景を捉えていた。フォラスはすぐさま上を見上げた。

ブレイブの身体が上方向に高速で移動する光景をフォラスの目は捉えていた。フォラスは()()()()()事を()()()()()()()()()()が、サブリミナルに似た認識がフォラスの身体にその咄嗟の行動を命令した。

 

「━━━━━━━!!?」

「…………………えっ!!? えっ!!?」

 

ブレイブは岩壁に()()()()()

重力に逆らって壁に横向きに立っていたのだ。



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307 刀剣系の使い手の真価!! ブレイブに宿る猫の力!! (前編)

フォラスは自分の目を疑い、今までの余裕溢れる態度が嘘のように狼狽した表情を浮かべていた。

それは確実に決まると確信していた作戦が失敗したからだけではなく、ブレイブの今の状態を理解できなかったからだ。

 

「……………な、なんじゃ()()は…………………!!!

貴様一体何をしておる…………………!!!」

「えっ!!? えっ!!? えっ……………………!!?」

 

ブレイブはフォラスの問いかけに答える事が出来なかった。

答える気が無かったのではなく、自分の身体に何が起こっているのかを理解できなかったからだ。

 

(な、なにこれ どういう事………………!!?

何で私()()()()()()の……………………!!!?

 

さっき、あのスライムの攻撃を何とかしようと必死になってたら、壁に手が()()()()()、それで、ジャンプしたらそのまま足も壁に()()()()()、こうやって立ってる……………………!!!

い、一体何が━━━━━━━

 

!! そ、そうだ!!!

()()も確かこんな感じに………!! って事はまさか……………………!!)

 

ブレイブが脳内で言った()()とは、《堅牢之神(サンダルフォン)》の事だ。

堅牢之神(サンダルフォン)》も同様に発現は自分の意思とは無関係だった。まるで贈物(ギフト)が意思を持っているかのようにブレイブを守った。自分が今使っている(であろう)壁に立つ贈物(能力)もまたブレイブをフォラスの凶刃から守った。

 

(ま、まさか、私に新しい究極贈物(アルティメットギフト)が……………………!!?)

「ッッ!!!!?」

 

ブレイブはラジェルの『刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)に目覚めた者は十一種類全ての系統の究極贈物(アルティメットギフト)に目覚める』という言葉を思い出していた。壁に立っているこの能力がその()()()であると考える事は出来る。

そしてブレイブは半ば直感的に自分の掌を見た。そこには異様なものが浮かび上がっていた。

 

(こ、これって、()()……………………!!!??)

 

ブレイブの掌には大きな楕円形の物体と、それを囲うように小さな物体が指の付け根辺りに浮かび上がっていた。ブレイブの目はそれから()()を連想した。

猫などの動物が足の裏に持つ、衝撃を吸収する役割を持つ器官だ。

その意外過ぎる()()()()の正体にブレイブは拍子抜けにも似た感情を抱いた。

 

(に、に、肉球…………………!!?

肉球が私の新しい究極贈物(アルティメットギフト)なの……………………!!?)

「おい!!! 貴様何時迄そうしておるつもりじゃ!!!!」

「!!!」

 

ブレイブがいつまでも自分の贈物(ギフト)の分析に集中している事にフォラスは遂に痺れを切らした。岩壁に刺さった状態で更に身体から槍を生み出し、ブレイブに追撃を試みる。

一瞬の出来事にブレイブは咄嗟に掌を顔の部分に持ってきてしまった。それが悪手である事を理解したのはその直後だ。

フォラスの槍を防ぐ術を生身のブレイブは持ち合わせていない。掌の皮膚や骨など容易に貫通たらしめる。しかし、ブレイブの掌に傷が付く事は無かった。

 

『ポォン!!!』

『グサッ!!!』

「!!?」

 

 

反射的に目を閉じたブレイブが聞いたのは何かを弾く軽い音と、何かが深々と突き刺さる音だった。

その奇妙な音に反射的に開かれたブレイブの目が捉えたのはフォラスの紫色の身体が自分の掌で曲がり、遠くの木に突き刺さっている光景だった。それを見た瞬間、フォラスは行動を起こしていた。岩壁から身体を抜き、刺さった木を支点にして身体を縮める事でブレイブとの距離を取った。

 

「………………貴様、《それ》》は一体何じゃ…………………!!!」

「………この手に浮かんでるやつの事なら、私にも分からないけど、それでも、私の贈物()だって事は分かる!!!」

(分からんのに己の力だと断言するじゃと?

よもや、刀剣系の使い手特有の新たな究極贈物(アルティメットギフト)が発現したとでも言うのか…………………!!!)

 

ブレイブは自分の手に浮かんだ肉球(ギフト)を自分の力だと信じて疑わなかった。

故に、そしてフォラスの前で隙を見せないために敢えてウィンドウを開いて贈物(ギフト)を調べる事をしなかった。

ブレイブの新たな能力の名を彼女はまだ知る由もないが、その贈物(ギフト)の名前は彼女のウィンドウに刻まれている。

 

その究極贈物(アルティメットギフト)の名は、《肉球之神(バステト)》だ。

 

*

 

肉球之神(バステト)

エジプト神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:手の平、足の平に特殊な肉球を発現させる。

肉球の効果:触れるあらゆるものに吸い付き、触れたあらゆるものを弾き飛ばす。



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308 刀剣系の使い手の真価!! ブレイブに宿る猫の力!! (中編)

ブレイブに発現した新たな究極贈物(アルティメットギフト)肉球之神(バステト)

ブレイブもフォラスもまだ知らない事だが、ウィンドウに記されている肉球の効果である()()()ものに吸い付く性質と()()()ものを弾き飛ばす性質は、条件が同じに見えて真っ向から異なる。

そして、その性質をブレイブもフォラスも気付き始めていた。

 

*

 

ブレイブは岩壁の上に立ち、木の幹に陣取っているフォラスを()()()()いた。

彼女が理解しているのは自分に発現した新たな究極贈物(アルティメットギフト)の能力、そしてこれの発現によって戦況が変わりつつあるという事だ。

そしてフォラスも同様にブレイブの肉球(能力)についての思考を巡らせていた。

 

(………………あの奇妙な肉球は一体何じゃ。

岩に吸い付き勇者を横に立たせたと思ったら、今度は儂の攻撃を弾きおった!!

という事は即ち、あの肉球には《吸い付く性質》と《弾き飛ばす性質》の正反対の性質が共存しておる!!!

ならば、その発動を区別しておるものは一体何じゃ………………)

(今ので大体分かった。

私が今この肉球が出てる手で岩を()()()吸い付いて、スライムの槍に()()()そうになったら弾き飛ばした!!!

って事はこの肉球、私の意思で触ろうとするかそうじゃないかで吸い付くか弾くかを区別してるんだ!!!)

 

ブレイブが辿り着いた結論に、フォラスも程無くして辿り着いた。

彼の思考は次の考察に移った。

 

(あの肉球に対しての行動の相違点から見ても、弾くか否かを触るか否かで区別しておるのは間違いない。

更に出来るなら、奴の()()()()も正確に分析しておく必要がある。

奴の髪や服は地面に向かって垂れておる。という事はあくまで肉球は壁や天井などに()()()()()()で、重力を捻じ曲げている訳ではない!!!

そして人間が横向きや逆様などの重力に逆らった体勢を長時間維持する事はまず不可能!!!

そこに付け入る隙はある!!!)

 

フォラスの考察は当たっていた。当初のブレイブは壁に立ってフォラスの攻撃を躱せた事に驚いて気付かなかったが、壁に横向きに立つという行為は全身の筋肉に重大な負担がかかる。特に背筋と足の筋肉が悲鳴を上げていた。

しかし、ブレイブは今の体勢を変えるつもりはなかった。この状態がフォラスと戦う為に最良の状態だと考えたからだ。

 

(………………ッ!!

か、壁に立つのってこんなにしんどいんだ…………ッ!!!

で、でも止めない!! この状態が一番ぴったりだから………………!!!)

「!」

 

ブレイブは壁に立った状態で両手を顔の前に持って行った。フォラスは一目でそれが如何に効率的な構えであるかを理解した。今、フォラスの目には顔面を両手で覆ったブレイブを疑似的に真上から見下ろしている。身体の殆どは一直線になり、両手の肉球で身体の殆どを防ぐ事が可能となっている。

肉体の疲労を度外視してまでこの状態の維持を選択した理由がこれだ。

そして、この構えが本当に有効であるかが明らかになる時が遂に来た。

 

「ポゥポゥポゥッ!!!!」

「!!!」

 

フォラスは消化液の塊を三つ立て続けにブレイブに向けて吐き出した。

ブレイブはその消化液を肉球で全て弾く。しかし、それはフォラスにとっても想定内だった。

 

(………此処迄は想定内じゃ。貴様が立っていられるのも攻撃を弾かれる事もな。

儂が知りたいのは()()()じゃ。貴様は其処から()()()のか!!?)

「!!?」

 

フォラスは攻撃の仕方を変えた。

下を向いて消化液を線にして吐き出し、そのまま上を向く事で攻撃を試みる。

しかし、彼の狙いはブレイブではなかった。

 

(こ、これってまさか、岩壁(足場)を狙ってる!!?)

(そうじゃ!! 貴様の身体は守れても足場はそうはいかん!! 貴様は其処から動かざるを得ん!!!

動けるものならばな!!!)

「うわぁっ!!!」

「!!!」

 

その瞬間、ブレイブは岩壁を()()()消化液の攻撃を躱した。

フォラスの目にはそれが異様なものに移った。そしてそれを可能たらしめる為の仮説を構築する。

 

(走りおった!!!

という事はあの肉球、離れてからも数瞬は効果が持続するのか!!!)

 

フォラスがその仮説を立てた理由は、()()という行為の性質にある。

走るという行為は歩く時とは違い、地面から両足が浮く瞬間が存在する。《肉球之神(バステト)》の効果が離れた瞬間に解除するならば走り出した瞬間にブレイブの身体は地面に落下する。

しかし、そうはならなかった。故にフォラスはこの仮説に行きついた。

 

(走る事を止める気は無いか。面白い。

その奇怪な肉球(能力)の事は粗方分かった。貴様はやはり儂の昼餉となる運命よ!!!)



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309 刀剣系の使い手の真価!! ブレイブに宿る猫の力!! (後編)

肉球之神(バステト)》の発現はフォラスにとっては異常事態以外の何物でもなかった。特に肉球が持つ《弾く性質》が驚異的だった。フォースに発現した《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》に次ぐ新たな消化液への対抗策が発現したのだ。

しかし、フォラスの心には幾許かの余裕があった。《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》の打撃が、《肉球之神(バステト)》の弾く力が自分の消化液に対抗できる事は動かし難い事実だが、フォラスは頭の中でその対抗策を講じていた。

 

(あの奇怪な肉球もフォースが持つ棒切れも確かに儂の攻撃を弾く(防ぐ)能力があるが、明確な弱点は存在する。其れは、防御の範囲が極端に狭いという事じゃ!!!)

 

フォースの《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》もブレイブの《肉球之神(バステト)》もフォラスの消化液を弾く能力を持っている。しかし、フォースは棍が届く範囲でぴたりと攻撃を合わせる事が求められ、ブレイブは手による防御でしか防ぐ事は出来ない。

即ち、フォラスが弾き出した突破口は狭い防御範囲を如何にして潜り抜けるかという事だ。

 

(あの奇怪な肉球、儂の消化液を受けて傷一つ付かんのは驚異的と言う他ない。

じゃが、その範囲はあの掌に浮かぶ物体の中に限られておる。引き合いに出すのは不毛かもしれんが、少なくとも《堅牢之神(サンダルフォン)》より防御能力が低い事は確かじゃ。

ならばどうするか。決まっておる!!!!)

「!!!」

 

ブレイブは走りながらも《肉球之神(バステト)》を解除する事は無く、そしてフォラスからなるべく身体を見せない状態を保ち続けていた。それはブレイブにとって諸刃の剣と言える策だった。《堅牢之神(サンダルフォン)》と《肉球之神(バステト)》という二つの究極贈物(アルティメットギフト)をとめどなく発動し続ける事すら彼女の体力を大幅に削る。加えて全身の筋肉は悲鳴を上げていた。人間の身体は重力に逆らって壁に立ち、剰え走る為の機能は備わっていないのだ。

 

「!!?」

(フッフッフ。今更気付きおったか。じゃがもう手遅れよ!!!

今の貴様に此の技を防ぐ術はありはしない!!!)

 

その瞬間、ブレイブの目は奇妙な光景を捉えた。

フォラスの口の下が大きく膨らんでいる。まるで何かを溜めているかのようだった。そしてブレイブは瞬時にその()()の正体を理解した。

 

(ま、まさか!! 消化液を圧縮してあの、鉄を切るやつみたいに飛ばしてくる!!?)

(理解したところでどうにもならんわ!!!!)

「食らえぃ!!!!」

「!!!!」

 

フォラスの(上顎と下顎の隙間)から消化液が紫色の線と化してブレイブへ襲い掛かった。

ブレイブはかつて見た情報から、圧縮され噴き出す水は時に金属すらも切断たらしめる事を理解していた。無論、この消化液もその例から漏れない事は言うまでもない。

堅牢之神(サンダルフォン)》以外の部分に当たれば重傷を負う事は確実だ。加えて消化液という性質上、当たった部分から立ちどころに溶ける可能性すらある。

そこまで考えた結果ブレイブが取った選択は《肉球之神(バステト)》による防御だった。消化液の槍には驚異的な威力があるがそれが()()()()()ものである以上、弾く事による防御は可能である。

故にブレイブはこの選択が最適解であるという結論を下した。しかし、フォラスはその選択を読み切っていた。

 

(貴様は莫迦の一つ覚えの如くに其れをやると思っておったわ。

じゃがな、貴様等には見せておらん能力が儂にはある!!!)

「!!!?」

 

消化液の光線はブレイブに到達しなかった。しかし、それは《肉球之神(バステト)》に弾かれたからではなかった。光線の軌道は()()()()のだ。

フォラスが隠していた能力とは、吐き出した消化液を後から操作できる事だ。フォラスが最初からそれをやらなかった理由は、それを出来ないと思わせ、敵の虚を突く為だ。

消化液の光線は軌道を変え、弧を描くような軌道で再度ブレイブの心臓目掛けて迫る。

その現象が起こるまでに掛かった時間は約一秒未満。ブレイブにとっても短すぎる時間だ。

 

「うわっ!!!?」

 

ブレイブは辛うじて横から向かって来る消化液の光線を身を引いて躱した。

無論重力に逆らった状態で攻撃を躱す事は筋肉を酷使するが、ブレイブには最早身体の疲労を考慮している余裕は無かった。

しかし、フォラスはそれすらも予測していた。

 

「!!!!!」

(これこそが貴様の弱点よ!!!!)

 

その瞬間、ブレイブが見たものは紫色の波だった。それがフォラスの消化液が大量に襲い掛かったものである事を瞬時に理解した。

フォラスが見つけ出した《肉球之神(バステト)》の防御に対する有効策は、広範囲の同時攻撃だったのだ。



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310 わずか0.4の奇跡!! ブレイブ十文字閃!!!

肉球之神(バステト)》を発現させたブレイブには最早、下手な方法では自分の消化液を見舞わせる事は出来ない。故にフォラスはこの方法を取った。

消化液を操作する追尾弾は謂わば囮であり、本命は広範囲の攻撃だった。仮に《肉球之神(バステト)》の防御が間に合ってもこの広範囲を防ぐ事は出来ない。確実にこの一撃で決着がつく。

 

ブレイブの命も、そしてこのツーベルクもだ。

 

*

 

ブレイブが一面の紫色を目にした瞬間、彼女の思考は如何にして自分(ツーベルク)の命を守るかという事に集中した。そして瞬時に最適解を弾き出した。

彼女には(サンダルフォン)肉球(バステト)と同様に消化液に対する有効打を持ち合わせている。

 

(《女神之剣(ディバイン・スワン)》!!!!!(《解呪(ヒーリング)》!!!!!))

「!!!」

 

ブレイブは脳内で()()贈物(ギフト)の名前を同時に叫んだ。

瞬間、彼女の手には()()解呪(ヒーリング)の光を纏った刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)、《女神之剣(ディバイン・スワン)》が顕現する。この状況では、女神之剣(ディバイン・スワン)を発動させてから解呪(ヒーリング)を込めるという悠長なやり方では到底間に合わない。

女神之剣(ディバイン・スワン)の発現と解呪(ヒーリング)の発動という二段階の行動を同時に実行し、一つに纏める。ここまで時間にして約0.4秒。刀剣系に目覚めた彼女だからこそ可能となった早業だ。

その早業の成功を理解した瞬間、ブレイブは次の行動を実行した。

 

「《プリキュア・ブレイブカリバー》!!!!!」

「!!!!」

「やぁっ!!!!」

 

消化液が身体に襲い掛かる瞬間、ブレイブは《女神之剣(ディバイン・スワン)》の刃を振るった。彼女が握る剣の能力はあらゆるものを両断する能力。そしてそれはフォラスの消化液であっても例外ではない。

フォラスが吐き出した消化液に一本の線が入り、二つに分かれた。

 

「はあっ!!!!!」

「!!!」

 

ブレイブは一発目の剣を下から上に斜めに振るっていた。更に彼女は体勢を翻し、一発目と重なるような軌道で上から斜めに刃を振るう。消化液の塊には十字の亀裂が走り、四つに分かれた。

そしてブレイブの消化液への攻撃はこれだけに留まらない。《女神之剣(ディバイン・スワン)》の刃に纏っていた解呪(ヒーリング)は切り口から消化液へと入り込んだ。

消化液はまるで急激に高温に晒されたように蒸発して霧散した。

 

「……………………!!!」

「………………………………ッ

ぐふっ!!!」

 

辛うじて消化液による窮地は脱した。しかし、一瞬とはいえ四つの[[rb:贈物>ギフト]]を同時に使用した代償は大きかった。体力は一気に削られ、《肉球之神(バステト)》の解除、即ち体勢による有利を捨てるという苦渋の決断を強いられた。

地面に着地する事には成功したが、地面に膝をついてしまった。

 

「~~~~~~~!!!」

「はっは!! 一難去ってなんとやら、じゃのぉ。其処迄しても《堅牢之神(サンダルフォン)》を解除せんとは大した執念よ。この町の為に貴様が身を削る理由があるのか。

たった一日過ごしただけで其処迄の情念が移ったというのか。」

「そ、その通りだよ!! このツーベルクはご飯が美味しくて! 立派な教会があって! 景色もきれいで空気も美味しくて!!

こんなにいい町をあなたなんかに消される訳にはいかないよ!!!!」

「そうかそうか。大した蛮勇よ。

じゃがな、この町に魔の手を伸ばしたのが()()()じゃと思い込まれるのは不本意じゃのぉ。其れにじゃ、儂が此の町を狙った理由が、()()()()()()としたらどうじゃ?」

「!!?」

「ああ、言い忘れておったが、あの球の中の酸が[[rb:解呪>ヒーリング]]でどうにかできるとは考えん方が良いぞ。

あれは儂の()()で拵えた酸で、貴様がたった今斬った消化液とは根本から訳が違う。残り少ない解呪(ヒーリング)の力を無駄にしたくなくば、余計な真似はせん事じゃ。或いは、もうそんな事をするだけの体力すら残っておらんのか!!? えぇ!!?」

「!!!」

 

フォラスの推測は的外れではなかった。

寧ろ、彼女の中に《堅牢之神(サンダルフォン)》の中の酸を残りの解呪(ヒーリング)で排除出来るかどうかという分の悪い賭けに出る必要が無くなった事を喜んでいる部分すらあった。

 

「ッ!!

バ、《肉球之神(バステト)》!!!」

 

フォラスに図星を突かれても尚、ブレイブの闘志は尽きてはいなかった。

最早、壁に直立する事は困難と判断し、両手にのみ肉球を出現させる手段を取った。

 

「フッフッフッフ。

其の奇怪な肉球には散々苦渋を飲まされたが、結局は同じ事よ。勇者がスライムの餌となるという笑い話が現実となる結果に揺るぎは無い!!!」

「そんな事、そんな訳ない!!!

フォースもフェリオもヴェルドも必死に戦ってる!!! 私だけ倒れる訳にはいかないよ!!!」

「ハッ!!!!

悪足搔きの末の援軍だよりという訳か!!! 大莫迦者が!!!!

貴様の命運を他人に賭ける其の温過ぎる根性こそが貴様等の弱点じゃと何度言わせれば分かる!!!!!」

「!!!!」

 

手に剣ではなく肉球を携えるブレイブに対し、フォラスはその身一つで襲い掛かった。



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311 影魔人(カゲマジン)との決着 迫る!! フェリオの入れ替え突破作戦!! (前編)

ブレイブが新たな贈物(ギフト)と共にフォラスと熱戦を繰り広げている頃、フェリオとヴェルドが影魔人(カゲマジン)に挑む戦いが新たな局面を迎えていた。

 

*

 

『ウグルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

『!!!』

 

本来、影魔人(カゲマジン)は高度な思考は出来ず、その戦法は極めて直感的かつ野性的なものとなる。しかし、中のニトルは部分的にとはいえその例から外れていた。目覚めた《転換之王(ベリアル)》の弱点が看破されたとみるや、影魔人(カゲマジン)はその戦法を変えた。

 

(………………ッ!!!

なんて迫力だ!!! これじゃまともに近づけねぇ!! 俺は近づいてなんぼだってのによ!!!)

(し、しかもこの()()()、普通の火より何倍も熱いファ!!!

当たったら火傷じゃ済まないファよ!!!)

 

影魔人(カゲマジン)が取った新たな戦法とは、絶えず四方八方に炎魔法を撃ち続ける戦法である。殆ど理性を失った影魔人(カゲマジン)が立てられる限界の作戦だったが、これが二人の想定以上に有効だった。

フェリオもヴェルドも遠距離攻撃は殆ど持ち合わせておらず、攻撃は接近しての物理的攻撃しかない。それを封じるという意味で、影魔人(カゲマジン)のこの戦法は二人を引き離すという目的を達成したのだ。

 

『ッ!?』

 

その瞬間、二人の目は奇妙な光景を捉えた。

影魔人(カゲマジン)が手を伸ばし、その掌に火球を浮かべている。しかし、それを撃ち出そうとしている訳でも動こうとしている様子も感じられなかった。ならば、その行動にどのような目的があるのか。その答えはすぐに明らかとなった。

 

ボゴォン!!!!! 「!!!!?」

「!!!!? フェ、フェリオォ!!!!」

 

ヴェルドの目はフェリオが影魔人(カゲマジン)に殴り飛ばされる光景を捉えた。何が起こったのかは瞬時に理解した。

影魔人(カゲマジン)は自身の贈物(ギフト)転換之王(ベリアル)》を使用して手の平に浮かぶ火球とフェリオを入れ替えた。そしてフェリオが自分の拳の射程距離に入った瞬間、渾身の力で殴り飛ばしたのだ。

 

(ヤ、ヤロォ!! バケモンのくせにキレてやがる!!!

一瞬だが、フェリオのヤツが両手でガードしてんのは見えた!! あいつぁ一先ず大丈夫だ!! 何よりまずは)

「!!!!」

 

瞬間、ヴェルドの視界は変化した。影魔人(カゲマジン)との距離が唐突に接近した。

その理由は言うまでもなく、自分と火球の位置が入れ替えられたからだ。

 

「うおわぁっ!!!!」

「!!!?」

 

自分の位置が入れ替えられた事を知覚し、反撃の意思が脳内に浮かび、その行動を実行する、一連の行動は影魔人(カゲマジン)の攻撃より一瞬だけ早かった。

迅雷之神(インドラ)》の雷を纏わせた蹴りが影魔人(カゲマジン)の顎の先に突き刺さる。爆発的な脚力にものを言わせたヴェルドの蹴りは影魔人(カゲマジン)の身体を大きく吹き飛ばした。

 

辛うじて首の皮一枚繋がった事を認識したヴェルドは後方へと駆け出した。彼が向かうところはフェリオのところだ。

 

*

 

「フェリオ!! おいフェリオ大丈夫か

!!!」

 

駆け寄った瞬間、ヴェルドはフェリオの身体に起きていた異常を理解した。

辛うじて急所への直撃は免れたが、影魔人(カゲマジン)の渾身の拳を受けた腕は無事では済まなかった。赤紫に変色し、血液によって腕が膨張している。

 

「おい!! バチボコに腫れてやがんじゃねぇか!! まさか骨もイッてんのか!!?

だとしたらすぐに解呪(ヒーリング)で治さねぇとよ!!」

「い、いや、そんな余裕はないファ………………!!」

「!!?」

 

フェリオは自分の負傷を度外視した発言をした。しかし、ヴェルドは瞬時にその言葉の意味を理解した。

あの影魔人(カゲマジン)を確実に元に戻すためにはもう少しの解呪(ヒーリング)の消費も許されないのだ。

 

「お、お前の言いてぇ事ァ分かる!! 確実にあいつに勝たなきゃなんねぇのは確かだ!!!

けどよォ、どうやってヤツに一撃入れんだよ!!? それが出来なきゃなんも始まんねぇんだぞ!!?」

「だ、大丈夫ファ……………………!!

あの入れ替えの贈物(ギフト)を完璧に攻略する方法を今、思いついたファよ…………………!!!」

「!!?」

 

フォラスはフェリオの《陽光之神(アマテラス)》を『目を眩ませるだけの能力』だと揶揄した。しかし、フェリオはその能力でこの状況を打開する方法を思い付いたのだ。



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312 影魔人(カゲマジン)との決着 迫る!! フェリオの入れ替え突破作戦!! (中編)

「…………マ、マジかよ……………………!!

んな低い可能性に掛けようってのかよ…………………!!」

「そ、そうファ! 成功したら、この一発で決着がつくファよ…………………!!」

「んな事言ってもよォ…………………」

 

フェリオの作戦を聞いたヴェルドは一転して苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

フェリオの作戦は確かに確実に決着をつけられるものだった。しかしそれは()()()()()()を何度も超えられればの話だ。

数秒思考した後、ヴェルドはフェリオの作戦に乗る決意を固めた。不確実とはいえ解呪(ヒーリング)を扱えないヴェルドには他に縋る方法が無い事もまた事実だ。

 

「………………分かったよ。お前に全部賭けてやる。

だが一つ聞いておきてぇ。もし()()が失敗したらよ、そん時ぁどうする?」

「………………その時は、()()()()()()しかないファ。」

「!!!」

 

フェリオの言葉の意味をヴェルドは瞬時に察した。そして最大限の努力が求められる事を再認識した。この作戦に不確実な関門が付きまとうならば、せめて自分の実力によってその関門の幅を広げる事が絶対条件だ。

 

解呪(ヒーリング)!!!!」

「!!!」

 

フェリオはヴェルドの手に触れ、解呪(ヒーリング)の詠唱を唱えた。ヴェルドの手が桃色に光り、フェリオの解呪(ヒーリング)がヴェルドへと譲渡される。この一筋の光こそが自分達の明暗を分ける光なのだ。それを理解し、ヴェルドは拳を握り締める。この拳の一撃がツーベルクの運命を大きく左右するのだ。

 

「………………やるぞフェリオ。」

「ファ。」

 

ヴェルド達の前に影魔人(カゲマジン)が姿を現した。二人が会話を交わしていた一分弱の間、影魔人(カゲマジン)は距離を詰めて来るでもなく、《転換之王(ベリアル)》を使用するでもなく、二人に時間を与えた。

しかし、それは徒に待っていた訳ではない。彼は準備を進めていたのだ。

 

『!!!!』

 

その瞬間、影魔人(カゲマジン)の背後に大量の赤色の魔法陣が出現した。彼はフェリオ達に時間を与えている間に魔力を溜め込んでいたのだ。確実に決着をつける大技を放つ為の準備を進めていたのだ。

 

「来るぞ!!!!」

「分かってるファ!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の魔法陣から炎の塊が姿を現した。次の瞬間には大量の炎魔法がフェリオ達に向けて襲い掛かってくる事は火を見るよりも明らかだ。しかし、それを阻止する為の策をフェリオが実行した。

 

「《陽光之神(アマテラス)》ッ!!!!!」

『!!!!!』

 

フェリオの手から強烈な光が炸裂した。しかし、その餌食となったのは影魔人(カゲマジン)だけだった。ヴェルドはフェリオに背を向けていた為に視界を陽光に焼かれる事は無かった。強烈な陽光に状況判断能力を奪われ、影魔人(カゲマジン)は魔法も贈物(ギフト)も使用できない状況に追い込まれた。

フェリオの残り少ない体力と()()()()()の両方を考慮した場合、この目眩ましの為の《陽光之神(アマテラス)》の使用は一瞬にとどめる事を余儀なくされた。しかし、この一瞬がヴェルド達の運命を分けたのだ。

 

「!!!」

 

影魔人(カゲマジン)()()が捉えたのはヴェルドが正面から全力で急接近してくる光景だった。それを僥倖だと判断した影魔人(カゲマジン)は魔法の発動より先に《転換之王(ベリアル)》の発動を優先させる。自分と()()()()()()()()ヴェルドの位置を入れ替え、虫の息となっているフェリオに炎魔法の集中砲火を見舞う為だ。

 

しかし、フェリオの奇妙な言葉が影魔人(カゲマジン)の鼓膜を震わせた。

 

 

「………………勝った。」

「!!!!?」

 

次の瞬間、影魔人(カゲマジン)はあってはならない事態に直面した。間違いなく《転換之王(ベリアル)》を発動しているにも関わらず、入れ替えが完了しないのだ。

 

「……………おい、何を間抜け面晒してんだ? 俺はここだぜ!!!!!」

「!!!!?」

 

影魔人(カゲマジン)の耳はヴェルドの言葉を()()()()聞いた。

目の前には確かにヴェルドの姿がある。そして口も動いている。しかし入れ替える事が出来ない。その理由はすぐに判明した。目の前のヴェルドの姿が突如として歪んだのだ。

 

「………………や、やったファ。

《蜃気楼作戦》 大成功ファ!!!!!」

 

*

 

蜃気楼

フェリオが使った策がそれだった。

 

蜃気楼とは空気中の温度差が原因で光が通常とは異なる屈折をする現象である。これが発生すると生物の目は通常とは異なる視界を捉える。

今回、フェリオは《陽光之神(アマテラス)》の超高温を利用してある一点の空気の温度を加熱させ、その異常な温度差によって通常ではありえない程の空気の異常屈折を人為的に誘発した。その結果、影魔人(カゲマジン)の目の前に真後ろに居るヴェルドを見せる事に成功したのだ。

 

フェリオのこの作戦の一番の目的は《転換之王(ベリアル)》を使えると誤認させる事だ。ヴェルドの視界は眼前にヴェルドが居ると思い込んでいるが、実際にはその位置には誰も、何もいない。何もない場所と自分の位置とを入れ替える事が出来ない事は必然である。

視覚を発動条件としている《転換之王(ベリアル)》の隙をついたフェリオの作戦だ。

 

*

 

「ッ!!!!」

「ヘッ。もう遅いぜ。

それに振り向いてくれたなぁ。お陰でその[[rb:魔法陣>急所]]に思いっ切りぶち込んでやれるぜ!!!!!」

「!!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の胸部にはその力の源である紫色の魔法陣が浮かんでいる。ヴェルドはそこに狙いを定めて身体を思い切り捻った。

 

「《プリキュア・ドラゴンフォースパニッシャー》!!!!!」

「!!!!!」

 

影魔人(カゲマジン)の出現という異常事態を乗り越え、嘲笑うような悪魔の贈物(ギフト)を乗り越え、この辺境に発生した膠着状態に終止符を打つ起死回生の一撃が、遂に炸裂した。



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313 影魔人(カゲマジン)との決着 迫る!! フェリオの入れ替え突破作戦!! (後編)

フェリオの身体に残る残り少ない解呪(ヒーリング)を全てヴェルドの拳に乗せ、影魔人(カゲマジン)魔法陣(急所)に叩き込んだ。ヴェルドの行動は解呪(ヒーリング)を纏わせた拳による全力の攻撃のみだったが、こと影魔人(カゲマジン)に限っては必殺の一撃と化す。

と言うよりは寧ろ、ヴェルドにとってはそれが必殺の一撃でなければならなかった。ここから起こる全ての事が自分達の命運を大きく左右するのだ。

 

「ダァッ!!!!!」

「!!!!!」

 

ヴェルドは相手の反撃も自分の体力も完全に考慮せず、全力で拳を振り抜いた。影魔人(カゲマジン)の身体は回転しながら吹き飛び、空中で数回転した後地面に転がった。その地点は奇しくもフェリオとヴェルドを挟んだ中間の地点だった。しかし二人とも近付く事はしなかった。

この張り詰めた空気に身を任せる他に方法は無かった。

 

『…………………………!!!!!』

(た、頼む!! 終わってくれ………………)

『ビシッ』『!!!』

 

一秒が数分にも数時間にも引き延ばされたかのように錯覚するような張り詰めた緊張の中、唐突に鳴ったひび割れるような音が二人の鼓膜を震わせた。二人共にその音が自分達の勝利を告げる音である事を直感した。

それは、影魔人(カゲマジン)の力の源である魔法陣が崩壊する音だった。影魔人(カゲマジン)を形作る忌まわしい力はその供給源を失い、ニトルは遂に解放された。

 

「……………………!!!!」

「か、勝ったぞ………………」

「ぐああああああああああああああああ!!!!!」

『!!!?』

 

自分達の勝利を認識しているフェリオとヴェルドの鼓膜を次はニトルの絶叫が震わせた。

状況を瞬時に判断したヴェルドはフェリオに檄を飛ばす。

 

「フェリオ!!! コイツを抑えろ!!!!」

「!!!?」

「コイツはまだ影魔人(カゲマジン)にされたショックが抜けてねぇ!!! このままじゃ暴れられるぞ!!!!」

 

その言葉を言い終える頃には既にフェリオもヴェルドも駆け出していた。

しかしニトルの絶叫の意味が他にある事を二人はまだ知らない。

 

 

 

***

 

 

『!!!』

 

時はフェリオ達が打倒影魔人(カゲマジン)を成功させた頃。ブレイブとフォースは()()()()()フォラスが顔を歪ませる光景を同時に捉えた。

 

『………………潮時じゃな。』

『!!?』

『儂の尖兵が、敗れた。』

『!!!』

 

フォラスの口から出たのは影魔人(カゲマジン)の敗北、即ちフェリオとヴェルドの勝利だった。しかし、二人の脳裏に浮かんだのは喜びではなく危機感だった。

 

(や、野郎!! ここまで来てトンズラこく気かよ!!!)

(に、逃がすなんてダメだ!! こんな恐ろしいスライムを放っておくなんて!!!)

 

二人にとって、フォラスが遁走という選択を取る事は容易に想像出来た。

影魔人(カゲマジン)の敗走によって自由になったフォリオやヴェルドはすぐにでも合流に向かう。彼等の身体の状態は知るところではないが、フォラスが不利になる事は想像に難くない。

それを直感的に察知した二人はそれぞれのフォラスに追撃を試みる。フォースは《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》を、ブレイブは《女神之剣(ディバイン・スワン)》をそれぞれのフォラスに向けて振るう。

 

『ズブンッ』

『!!!』

 

ブレイブの攻撃もフォースの攻撃も空を切った。フォラスは両方共に地面へと潜った。

 

(い、今ならまだ!!!)

「逃がすかよォ!!!!」

『バガァン!!!!』

 

フォラスが地面に逃げた事を認識した瞬間、奇しくも二人の行動は一致した。それぞれの武器を地面の中に叩き付ける。しかし、その攻撃がフォラスの息の根に届く事は無かった。すでに地面の中にはフォラスの姿は無かった。

 

『…………!!!』

『此処じゃよ。』

『!!!』

 

ブレイブとフォースは後方から聞こえた声に同時に振り向いた。そこには紫色の魔法陣に身体の大部分を埋めているフォラスが居た。

 

『よもや知らなかったとでも言うのか? スライムの中に足の速い個体が居る事を。惨めに生き延びたて得た時間を使って今一度知識を溜め込むが良い。』

(……………………!!!)

「ま、待って!!!

今逃げてもダメだよ!!! 私達は絶対にギリスを元通りにして見せる!!!!」

 

フォースが凝視している中、ブレイブはフォラスに向けて精一杯の啖呵を切った。

しかしそれもフォラスにはまるで効いていない。

 

「………今更生易しい言葉で逃げようとするなよ勇者。其れは即ち儂等を屠るという事じゃろうが。

其れに、貴様にそのような言葉を抜かす権利があると思っておるのか。()()()()()()()()である貴様に。」

「!!!!?」



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314 フォラスの不戦勝! 語られる戦ウ乙女(プリキュア)の正体!! (前編)

ブレイブはフォラスの言葉の意味を処理出来ずにいた。それほどまでにフォラスのその言葉は荒唐無稽なものに聞こえた。

 

「………な、何を言ってるの………………!!!?」

「聞こえなんだか。貴様はその悲劇と()()()()()()()と言うておるのじゃ。」

「……………………!!!!?」

「そうかそうか。貴様は何も知らんのか。貴様の()()の事さえも。」

「!!!!?」

 

魔法陣に身体を隠しているフォラスを切り付ける事も突き刺す事も出来た。しかしブレイブにはそれが出来なかった。フォラスの言葉の意味するところを理解する事に全神経を注いでいた。

因みにその時、フォースの相手をしていたフォラスは既に撤退を終えていた。

 

「分かっておるじゃろうが別れの言葉など言わんぞ。直ぐにでもまた会う事になろう。せいぜいスライムへの認識を改めておるが良い。

キュアブレイブ元い夢崎蛍(ホタル・ユメザキ)。この世で最も古い血を継ぐ者よ。」

 

その言葉と共にフォラスの姿は魔法陣の中に消えた。

ブレイブはそれを見届ける事しか出来なかった。彼女の中にあったのは得体の知れない恐怖に似た何かだった。

 

 

***

 

 

《アヴェルザード》

そこには二つの魔法陣があった。そのうちの一つを潜り抜けて一体のスライムが舞い戻った。そしてそのスライムを待っていたスライムが居た。

フォラスとフォラスが顔を合わせて言葉を交わしている。

 

「おう、もう戻ったか。存外に早く用が済んだのだな。」

「まぁな。案の定阿保面で呆けておっただけじゃった。何も知らされておらんとみてまず間違いはない。

これでは陛下の憶測も果たして鵜呑みにして良いかどうか」

「おい、その辺りにしておけよ。」

『!』

 

フォラス達の前に姿を現したのは殲國だった。

 

「言った筈だぞフォラス。それを疑う事は陛下の御考えを疑う事も同義だと。」

「無論、儂も陛下や()()()の事を重々承知しております。」

「しかし、故に確固たる裏付けが必要だとも思うのです。彼奴が我々の敵となり得るのならば特に。」

 

二人のフォラスから次々に言葉を投げ掛けられる異様な状況でも殲國は動揺しなかった。冷静に話を次の段階に移す。

 

「お前の言いたい事は分かった。だが先ずは一体に戻れ。全く同じ生物二体に同時に話しかけられるなど聞けたものではない。」

『畏まりました。』

 

全く同じ声が重なる事によって生まれる奇怪な和音と共に二人のフォラスは混ざり合い、一体のフォラスに戻った。

 

「此れでよろしいでしょうか。」

「ああ。しかし、お前ほど奇怪な生物は他には居ないだろうな。」

「其れも重々承知しております。そしてその原因が何にあるのかも。」

「………どうやら余計な事だったようだな。

では本題に入ろう。彼の町で得た情報を全て話せ。」

 

*

 

フォラスはツーベルクで起こった事件やブレイブとフォースに新たに発現した贈物(ギフト)の事を順を追って話した。

 

「…………………お前の欲が満たされた事は十分分かった。

だが本当なのか。キュアフォースに刀剣系に相当する究極贈物(アルティメットギフト)が発現したなどと。」

「刀剣系かどうかは分かりかねますが、何もない所から突如武器が発生した事は間違いありません。恐らくは龍の里に伝わる打撃武器かと思われます。」

「分かった。調査を進めておくとしよう。」

 

フォースの《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》についての話は終わり、議題はブレイブに発現した《肉球之神(バステト)》に移る。

 

「勇者の方は疑問視しないのですか。儂はあの肉球(能力)にかなりの脅威を感じておりますが。」

「無論だ。奴が不遜にも刀剣系に目覚めた以上、こうなり始める事は分かっていた。其の贈物(ギフト)の情報ならばある程度は持っている。

問題はキュアフォースの方だ。万一奴に発現したものが刀剣系に相当するものであるならば、最悪の場合、キュアフォースにも十一種全ての究極贈物(アルティメットギフト)が発現する可能性がある。

或いは他の戦ウ乙女(プリキュア)にも同様の現象が起こるやもしれん。」

 

その言葉を聞いた瞬間、フォラスの表情は険しくなった。それほどまでに刀剣系の存在は驚異的なのだ。

 

「その様な大それた事を懸念しなければならないとは、戦ウ乙女(プリキュア)とはそれほどまでに異様な()()なのですか。」

「…………職業とは飽くまで定義上の話だ。あれを《武道家》や《魔導士》などと同列に扱う事は愚行と言える。

 

戦ウ乙女(プリキュア)とはその昔、人間が()()()()()()()に近付こうとした結果生まれた存在だ。」



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315 フォラスの不戦勝! 語られる戦ウ乙女(プリキュア)の正体!! (後編)

フォラスと殱國の会話は依然として続いている。議題はフォラスが得た新情報から発展して自分達が敵対している戦ウ乙女(プリキュア)の存在へと変わった。

 

「……私が読んだ文献の中に人間の中に力を求め、()()()()()を再現しようと試みた者が居るという記載がある。そしてその結果、変身魔法を応用する事で身体の負担を少なくしつつ力を飛躍的に向上させるという結論に至った。

更に、その力は敢えて『持ち主に強く影響される』という()()()()()を与えることによって強力な力を得る()()()を得た。それこそ、()()と同じようにな。」

「まるでこの世の理を度外視したような話ですな。尤も、陛下の御話が正しければこの世界自体が御伽噺と遜色ないものですが。」

「正しければ、ではない。全て真実だ。」

「……畏まりました。此れ以上の詮索は致しません。」

 

フォラスの一言で、議題は再び本題へと戻る。

 

「いい加減に話を戻すぞ。お前が得た情報が有益であり、その力が警戒に値するものである事は十分に分かった。

して、お前の目的の『勇者の心を折る』事は達成できたのか。」

「!」

 

少なくともフォラスにとって今のキュアブレイブは力を飛躍させ、ガミラを打ち破って図に乗っている憎むべき敵である。その彼女の心を折ってみせるとフォラスはそう息巻いてツーベルクへと向かった。

それを実行できていないという殱國の指摘に対し、フォラスは表情を険しくさせながら返答する。

 

「……無礼を承知の上で申し上げますが若、何か思い違いをしておられるのではありませんか。

儂の目的は未だ()()()でありますが。」

「何だと?」

「単刀直入に申し上げます。

若、どうか儂に()()()()にも出撃する許可を。さすれば次は()()()()を以て奴等に目にものを見せて差し上げましょうぞ。」

「全力、だと? さてはお前、()()()を前線に出すつもりなのか。」

「……お言葉ですが、既に三人を討ち取られているこの状況では最早手段に拘っている訳にはいかないでしょう。其れに加えて()()も若は認めています。其れは若も良くご存じの筈でしょう。」

「……私には絶対的な決定権は無い。

既にハジョウ、ロノア、そしてサリアの辞退は決定している。選出されたくば其れに見合うだけの実力を示せ。」

「無論でございます。して、次の作戦に出撃する人数は既に決まっているのでしょうか。」

「ああ。七人だ。」

 

 

 

***

 

 

フォラスが撤退してから数分後、戦闘が終了した事を認識したブレイブとフォースは満を持して合流した。

 

「ブレイブ!! あのスライムジジィはどうなった!!? 仕留められたか!!?」

「い、いや…………!! 逃げられちゃった………………」

「そうか。でも気にすんな。そりゃ俺も同じだ。

それよりお前はどうなんだ。ケガはしてねぇか!?」

「それも大丈夫。かなり解呪(ヒーリング)を使っちゃったけど。」

「そりゃ大変じゃねぇか!! さっさと変身解けよお前!!」

「そ、それがダメなの!! まだ、まだ()()が解決してない………………!!!」

「!!?」

 

フォラスが魔力によって生み出し、そしてブレイブが球体状の《堅牢之神(サンダルフォン)》で包み込んだ液体の酸の重量は数百キロに達する。ブレイブはその重量を自分の生み出した《堅牢之神(サンダルフォン)》を介して実感として認識していた。

そしてその重量はフォラスが撤退した現在も残っている。フォラスが離れても尚、ツーベルクを無に帰さん程の酸は今も牙を剥いているのだ。

 

「な、何だよそれ!!! じゃあ打つ手なしって事かよ!!!

あのクソジジィこうなる事を見越して逃げ帰りやがったのか!!!」

「そんなの分かんないよ!! あの(魔法)が消えてないって事しか分かってない!!」

 

その鬼気迫る表情を見てフォースは『どうすればいい』という言葉を飲み込んだ。

今その言葉を大にして言いたいのは他でもないブレイブ自身なのだ。

 

(クソッ!!! にしたってホントにどうする!!?

あいつだってもう限界が近ぇぞ!! こうしてる間だって今にも贈物(変身)が解けてもおかしくねぇってのによ)

「ブレイブ!! フォース!!」

『!!!』

 

森の奥からフェリオが姿を現した。しかし二人の脳裏を埋め尽くしたのは合流できた《喜び》ではなく《驚愕》の感情だった。彼女の片腕が不自然な状態で振り子のように揺れ動いていた。

 

「フェ、フェリオ!!!? その腕、まさか……………………!!!!!」

「これはちょっときついのもらっちゃっただけファ! それより二人とも手を貸して欲しいファ!

あいつが、影魔人(カゲマジン)だったあいつが暴れて言う事を聞かないんだファ!」

『!!?』



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316 ツーベルクの戦いの新たな局面!! 強酸攻略大作戦!!(合流編)

フォラスの酸魔法という巨大な問題を抱えている状態で助け船に思われたフェリオが更なる問題を抱えてやって来た。二人にとっては極めて不本意な言い方であるが、事実に照らし合わせて言えばその表現以外に適切な言い方しかない。

 

「フェリオ、どういう事!!? あの人が暴れてるって!!」

「まさかあの野郎、影魔人(カゲマジン)ってヤツにされてイカレちまったって事か!!?」

「そ、そういう事じゃないファけど、何かよく分からない事を叫んでるんだファ!!

とにかく来て欲しいファ!」

「わ、分かった! 行こう!」

「ハァ!!? 何言ってんだよお前!!! んな事よりまずは自分(テメェ)の事を何とかしねぇとよ!!!」

 

フォースは事態の優先順位をフェリオの件より先に頭上の強酸に設定した。今にも消えそうなブレイブの《堅牢之神(サンダルフォン)》という薄皮に包まれている強酸は誇張抜きでツーベルクの土地とその地に生きる全ての生命を無に帰す威力がある。そしてそれは今にも爆発寸前の時限爆弾も同じである。

たとえ人一人を救えてもその後に酸が対処出来なければその命すら纏めて潰えてしまう。無論人一人も見捨てる気は毛頭ないが、ならば全滅という憂い目に遭う可能性を確実に対処した上で次に進む事が最も合理的であるとフォースは結論付けた。

しかし、ブレイブの見解は異なるものだった。

 

「分かってるよフォース!! だけどこのままじゃどうすることもできないのも確かだよ!!

もしかしたらそれを解決すれば何とかなるかもしれないよ!!!」

「!! お、おう!!!」

 

フォースの立てた問題解決の順序は間違っている訳ではない。寧ろより多くの『命を救う可能性』をより広げるという観点から言えば最も適した策とも言える。しかし、現状ではその最優先で解決すべき酸の問題を解決する可能性が限りなく狭い事もまた事実である。ならば現状を変更し『問題を解決する可能性』をより広げるべきであるという結論にブレイブは至ったのだ。

 

「分かったよ。その代わり、少しでも危なくなったらすぐに言うって約束しろ。

この町の運命はお前に掛かってるって事、絶対に忘れんな!!!」

「うん!! ありがとうフォース!!!」

 

ブレイブ達の話は纏まり、三人はフェリオを先頭として森の奥へと走っていく。既にこのツーベルクの戦いの相手はフォラスから彼が生み出した強酸へと変わっているのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「フェリオ、あとどれくらいで着くの!?」

「もうそろそろつく筈だファ!

! ほらあれ!」

『!!』

 

森を走り続けて数分後、そこには一人の男を抑え込んでいるヴェルドの姿があった。

 

「ぐあああああ!!! クソッ!!!! クソッ!!!! クソォッ!!!!!」

「おい落ち着けお前!!! もう大丈夫だ!! お前を襲った奴はすぐにでも俺達が何とかしてやっからよ!!!」

 

ヴェルドがそう言ったのはまだフォラスが撤退した事実を知らないからだ。しかし一方ですぐにでもフォラスに対処できるという確信があった。

 

そしてブレイブはその光景に一抹の希望を見出した。目の前の問題を解決できればフェリオとヴェルドも自由の身となり、問題解決の戦力に加わる。そうすれば解決の可能性が著しく広がる事は想像に難くない。

 

「フェリオ、あの人は何を求めてるの!!?」

「それが分からないんだファ。ああやってさっきからずっと喚いてるだけなんだファ!」

 

ブレイブはその言葉の意味を理解できないという表情を浮かべたが、一先ずは声を掛けて状態を変化させるという選択を取る。

 

「あ、あの……!!」

「!!!!!」

「!!!!?」

 

ブレイブはヴェルドの下に居る男に一言声を掛けたがその瞬間、その男は憎悪に満ちた表情でブレイブを凝視した。

 

(え!!? な、何!!?)

「テ、テメェか!!!!? テメェ()()()………………!!!!?」

「!!??」

()()()()がぶっ壊れたのはテメェのせいなのかって聞いてんだよ!!!!!」

「!!!!?

(何!!? 何言ってるのこの人!!!?)

!!!」

 

唐突に言われたその言葉の意味が分からなかったが、ブレイブはすぐに思い当たる言葉がある事を思い出した。

 

(そ、そういえばあの教会に来た時、『爆弾魔』とか『計画が頓挫』とか言ってたような………………!!!)

 

ブレイブは教会に入った瞬間、フォラスが影魔人(カゲマジン)に変えた男をいたぶっていた光景を目の当たりにしている。それ以前の出来事をブレイブは知らないが、情報を統合する事で想像できた。

目の前の男は教会を襲撃し、そこをフォラスに襲われたのだ。

 

(って事はまさか私達(それかフォラスが)、恨まれてる…………!!?

でも、私達のせいなのか(かもしれない)ってどういう事……………………!!?)

 

ブレイブは目の前の男の問題を対処する方法を脳内で模索していた。既にツーベルクを救う戦いは新たな局面を迎えているのだ。



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317 ツーベルクの戦いの新たな局面!! 強酸攻略大作戦!!(顕現編)

ブレイブは目の前の男の歪んだ表情を正面から見ていた。そしてこの男はそれまでの影魔人(カゲマジン)にされた人間達とは明らかに何かが違う事を理解していた。

この目で直接見た魔法警備団の魔導士達や、リナやリルアの口から聞いた監獄の受刑者や豪華客船の乗客達と全く違う何かをこの男は持っているのだと、ブレイブは直感的に察していた。

 

「おい聞いてねぇのか!!! 俺の計画をぶち壊したのはテメェらなのかって聞いてんだよ!!!!」

「おいブレイブ!! 一旦離れとけ!! コイツァ影魔人(カゲマジン)にされたショックでトチ狂ってやがるんだ!!!」

「誰がだ!!! ってか放しやがれテメェ!!!

おい!!! こいつ等もテメェの仲間なのか!!!?」

「!」

 

影魔人(カゲマジン)、延いてはチョーマジンの素体となった生物は解呪(ヒーリング)を受け元に戻ると、チョーマジンに変えられていた期間の記憶は消滅する。目の前のこの男もその例に漏れない事が今の発言で判明した。

 

『おい戻った方が良いぜブレイブ。こいつをどうすりゃあの酸をどうにかできるってんだよ。』

『ま、待ってよフォース! もう少し様子を見てからでも』

「さっきの爆音はあの辺りからですよ!! あ!! 司教様、あれを!!!」

「!! あ、あなた方は………………!!!」

『!!!』

 

森の奥から二人の男が姿を現した。

一人は教会の牧師 ジェームズ、そしてもう一人は教会の司教 ヴィンディージだ。

 

(し、司教さんに牧師さん……………!!)

「ど、()()()()()()()()()()が、あなた方が取り押さえてくれたのですね!!! 誠に感謝します!!!」

「あ、いや、その、私達は…………………!!!」

「何を言っているんですか!! 彼女達はよく知っている人ですよ!!

そうですよね!!? ホタルさん!! リナさん!!」

『!!?』

 

本来は戦ウ乙女(プリキュア)の正体が他人に判明したとしても重大な差し障りは無い。故に蛍は龍神武道会という公共の面前で変身するという行動を取る事が出来た。それでもブレイブ達が驚愕の声を上げたのは、自分達の正体を一目見ただけで見破られたからだ。

しかしブレイブは動揺を抑え込み、新たに盤上に現れたヴィンディージに向き直る。

 

「はい。私達は昨日から観光できている蛍とリナです。」

『お、おい!! 何自分からばらしてんだよお前!!!』

『大丈夫だよフォース。私に考えがあるの!』

 

フォースの制止を振り切り、ブレイブはヴィンディージに問いを投げ掛ける。

 

「司教さん、司教さんはこの人を知っていますか?」

「!!!!

……………既に知っていたのですね。ならば話しましょう。このツーベルクの最大の恥を。」

 

*

 

「…………………以上が二十年程前に始まったツーベルクの恥ずべき事件の顛末でございます。」

『…………………!!!』

 

ヴィンディージが語った内容はヴェルドの下に居る男を神を冒涜する忌み子と断定し苛烈な差別の末に追放したという衝撃的な内容だった。しかし、その内容に一番衝撃を受けていたのはブレイブ達ではなかった。

 

「し、司教様!! 何を滅相もない事を!! 何の罪もない子供を迫害するなどと、そんな大それた事をする人間がこのツーベルクに居る筈が無いでしょう!!!」

「それでも事実なのです!!! そして私は浅ましい理由からその事を世間にはひた隠しにした。その報いが今日の事だったのです!!!!」

 

ニトル・フリーマという名前を聞いた瞬間、ヴィンディージは今日これから起こる事が過去からの自分への報いである事を理解した。そしていざという時には民間人は巻き込まず、自分の命を差し出してでも事を終結させる覚悟を決めていた。

 

「…………そういう事ならこいつはこの爺さん達に任せた方が良さそうだな。おいヴェルド。」

「そうだな。」

「!!!!!」

 

ヴェルドという自分を抑え込んでいる男のその一言で、ニトルは自分がこれから辿る顛末を直感した。そしてそれを何としても阻止しようと、決死の抵抗を見せた。

 

「お、おいお前止めろ!!! 止めろってよ!!!」

(~~~~~~~!!!!!

ふ、ふざけんなふざけんなふざけんな!!!! まだなんも出来てねぇのにこんな形で終わってたまるかよ!!!!!)

『!!!!?』

 

その瞬間、その場に居た全員の思考に信じられない変化が叩き付けられた。

ヴェルドの下に居る男が一瞬にしてニトルから牧師 ジェームズに変わった。そしてその変化とその原因をいち早く察知したブレイブはヴィンディージの方向を見た。彼の隣にはニトルが立っていた。そこはついさっきまでジェームズが立っていた場所だ。

 

「………………………………… は???」

「こ、これは、一体何が……………………!!!?」

(ま、まさかこれって……………………!!!!!)

 

ヴィンディージ達も、そして張本人であろうニトルも何が起こったのかを理解できなかった。

しかしブレイブ達は今の現象の正体を理解していた。信じられなかったのは()()()()()が使用できる事だ。

 

(ま、間違いない!!! これはあの《転換之王(ベリアル)》っていう究極贈物(アルティメットギフト)………………!!! まさか、元に戻っても使えるようになったって言うの………………………!!!!?)



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318 ツーベルクの戦いの新たな局面!! 強酸攻略大作戦!!(博打編)

ヴェルドが抑え込んでいた男ニトルが突如として牧師ジェームズに変わった。その理由は紛れもなくニトルが自身の究極贈物(アルティメットギフト)転換之王(ベリアル)》を使用したからである。その能力によって自分と牧師の位置を入れ替えたのだ。

ブレイブもヴェルドもその理由を瞬時に見抜いた。信じられなかったのは()()()()()のニトルがその贈物(ギフト)を使用できる事だ。

 

(…………………は!?? はぁっ!!!?

今俺、何をしたんだ!!? ってかこれ、もしかして逃げられる………………!!?)

(マジかよ!!! この野郎、影魔人(カゲマジン)になったのを切っ掛けにして究極贈物(アルティメットギフト)の才能に目覚めやがった!!!!)

(ま、まさか究極贈物(アルティメットギフト)を使えるようになるなんて……………………!!!

いやでも、もしかしてこれってチャンスなんじゃ……………………!!?)

 

ヴェルドがジェームズを抑え込んでいる事をその場に居た全員が認識するまでに一秒弱。その短い時間でブレイブ、ヴェルド、ニトルの三人はそれぞれの思考を組み立て、それに付随する行動を実行した。

それが一番早かったのはブレイブの行動だった。ニトルに一瞬で抱き着き、一切の行動を制限する。しかしそれは彼を確保する為ではなかった。

 

「!!!! は、放せ!!!」

「お、落ち着いて!! 私はただ!!!」

「!! ブレイブ!!! そいつの目を塞げ!!!!

そうすりゃそいつは入れ替えの贈物(ギフト)を使えねぇ!!! そいつは目で見えたものを入れ替えてんだ!!!!」

「わ、分かった!!!」

「!!!」

 

ブレイブは腕でニトルの両眼を塞いだ。ニトルは咄嗟に振り解こうとするがびくともしない。人間と変身した戦ウ乙女(プリキュア)との膂力にはそれほどの差があるのだ。

 

「落ち着いて!! 別にあなたを捕まえようとしてる訳じゃないの!!

()()()でやって欲しい事があるの!!!!

 

!!!! ゴフッ!!!」

『!!!!!』 「!!?」

 

ブレイブの言葉を聞いた瞬間、ニトルの肩の付近に生温かいものが付着した。視覚を封じられているニトルだったが、その正体を()()則から直感した。

 

(こ、このドロッとした滑り、鼻につくような匂い、気持ち悪い温かさ、まさか、血!!? なんだってそれがこいつの口から………………!!?)

「お、おいブレイブ!!!!!」

「!!!?」

 

ブレイブの吐血を認識した瞬間、フォースは走り出していた。そしてブレイブとニトルとを引きはがし、ブレイブの両肩を掴んで詰め寄る。

 

「おいお前!!! やっぱり限界なんじゃねぇか!!!!

刀剣系ぶん回して解呪(ヒーリング)ドバドバ垂れ流して今も《堅牢之神(サンダルフォン)》とかいうヤツを使い倒してよォ!!!!

言ったよなぁ!!? 危なくなったら絶対に言うて!!! 約束破りやがってよォ!!!

もうこんな茶番は止めだ!! 今すぐあの酸をどうにかしねぇとお前もこの町もオダブツだぞ!!!!」

「だ、大丈夫だよ フォース………………!!

今、その酸をどうにかする方法を、思い付いたから…………………!!!」

「!!?」

 

ブレイブは体力の尽きかけた絶え絶えの声でそう言い、ニトルに視線を向けた。

 

「………………!!?

な、なんだよ…………………!!?」

「あ、あなた、名前は…………………?」

「!?

………………………ニ、ニトル、ニトル・フリーマだ。」

「そ、そう………………。

ニ、ニトルさん、あなたが今使った入れ替える能力はね、贈物(ギフト)っていうの。」

「そ、そうなのか。だから何だってんだよ。」

「だからね、その力を使ってやって欲しい事があるの…………………!!!」

「!!! お、おいお前まさか!!!」

 

フォースはブレイブの脳内で描かれている()()の正体を察知し、制止の意味合いの言葉を発した。しかしブレイブの意志に変化は無かった。そして彼女は司教や牧師にとある指示を出す。

 

 

 

***

 

 

数十分後、司教ヴィンディージは町民を引き連れてブレイブが要求した()()()()を担いで森に戻ってきた。

 

「ホ、ホタルさん、言われたものをご用意しました!!」

 

ブレイブが要求したものは巨大なガラス張りの水槽だった。ツーベルクが所持している雨水を溜め込んで任意の目的で使用する為に用意されたものだ。幸運にも空の水槽が一つだけあった。

 

「よ、良かった………………!!! ()()()()あれば十分です………………!!!」

「しかし、これで一体何を………………」

「その水槽を魔力で出来る限り強化して下さい…………!!

その中に、あの酸を移します…………………!!!!」



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319 ツーベルクの戦いの新たな局面!! 強酸攻略大作戦!!(瀑布編)

ブレイブは確かに『酸を水槽に移す』と言った。その言葉の意味するところを質問したのは牧師ジェームズだった。

 

「酸って、あの空に浮かんでいる球体に入っている酸をですか!!?

まさか、空から酸を落とし注ぐおつもりですか!!? それは危険すぎます!!!

一滴でも零れたりすればこのツーベルクに甚大な被害が━━━━━━━━!!!」

「いや、もっと確実に移すんです。それで、お願いしたい事が………………!!

誰か、水の魔法であの水槽をいっぱいにして下さい…………………!!!」

「!! わ、分かりました!! お、おい君!!」

 

ジェームズは後方に居た一人の男に声を掛け、男は頷いて水槽に梯子をかけて水槽の上に上がった。そして手に青色の魔法陣を浮かべ、魔力を込める。

男の魔力は魔法陣を通して水流に変わり、透明な液体が水槽を埋め尽くす。水流は更に勢いを増し、数分後には水槽は水で満たされた。

 

「か、完了しました!」

「しかし、これで一体何を………………」

「は、はい……………………!!

ねぇ、ニトルさん、さっき言ったお願い、今から言うね………………!!」

「!!?」

「ニトルさんがさっき使った贈物(ギフト)を使って、私の盾と水槽の中身を入れ替えて欲しいの………………………!!!」

「!!!?」

 

ブレイブの賭けとはニトルの《転換之王(ベリアル)》を利用したものだった。しかしニトルにとってそれは極めて荒唐無稽な内容だった。

 

「ハ、ハァッ!!!? なにムチャクチャ言ってんだ!!!

俺にそんな力がある訳ねぇだろ!!! あっても使い方なんか分かんねぇよ!!!

第一なんだってそんな事しなくちゃなんねぇんだ!!! そいつァつまりこの町を助けるって事だろうが!!!! ()()()()がこの町の奴等のせいでどれだけ苦しんだと思ってる!!!! 俺の父さんと母さんがどれだけ苦労して死んだと思ってる!!!!!」

「!!!!!」

 

ニトルの言葉に顔を歪ませたのはヴィンディージだった。浅ましい保身に走り、その結果一人の罪のない男の心に深い傷を残してしまった罪悪感がそうさせた。

 

「そ、それなら私も聞いたよ。私も宗教の恐ろしさは知ってる。それこそたくさんの人が傷つく結果になるかもしれないって。

だけど、だけどさ、()()()()()()()()はこの町には一人もいないでしょ!!? それに、このままじゃ、もうすぐこの町の人達はみんな死ぬ。

 

()()()()()()()()()()…………………!!!!」

「!!!!!」

 

ニトルの表情が変化した瞬間、ブレイブは自分の賭けが有利に働いた事を直感した。教会の状況から推察し、ブレイブはニトルがフォラスにいたぶられていたという仮説を立て、それにツーベルクの運命を賭けた。

そしてブレイブの目算通り、ニトルは()()()()()()()()()にツーベルクが消滅する事を良しとしなかった。ツーベルク(の過激派)と同様に自分の計画を徒に破綻させたフォラスもまたニトルの憎悪の対象なのだ。

 

 

「………………最初に言っとくが成功する確率は五分もねぇぞ。」

「!」

「だがな、成功したならそん時は俺の言う事一つ聞いてもらうぜ。」

「……あなたのやった事、帳消しにしろ、とか?」

「今更んな図々しい事ぁ言わねぇ。ただな、絶対にあのクソッたれのスライム野郎をぶち殺せ!!!!

破ったら俺がお前らに酸をぶっかけてやる!!!」

「………………!!

「もちろん!!!」だ!!!」

 

遂に見えた突破口に、ブレイブもフォースも目を輝かせてそう言った。

 

*

 

「………………!!!」

「どうだ? ここまで上がれば()()見えるんじゃねぇのか?」

 

ニトルの協力の承諾を得て、ブレイブは自分の作戦を最終段階に移した。《堅牢之神(サンダルフォン)》の球を出来る限り降下させ、上部に小さな穴を開けた。

そしてヴェルドは近辺で一番高い木にニトルを担いで登った。ニトルの視界には《堅牢之神(サンダルフォン)》の球に入った酸と水槽に入った水が同時に映っている。《転換之王(ベリアル)》の発動条件は整った。

 

「もう一回言うが成功する確率は五分もねぇぞ。お前以外の連れがドロッドロになっても俺じゃなくてあのクソッたれのスライム野郎を恨めよ!!」

「くどい事言うな!! お前は黙って贈物(ギフト)の発動に集中してりゃいいんだよ!!

後な、贈物(ギフト)を使うなんてなァほとんど勘頼りだ!! 俺も初めて使った感覚しか頼れねぇんだからよ!!」

「………………何言ってんのかさっぱり分かんねぇけどよ、とにかくやるぞ!!!」

「ああ!! 思いっ切りぶちかましてくれ!!!」

 

ヴェルドの助言通り、ニトルは自分とジェームズを入れ替えた瞬間の状況を思い起こし、それを水と酸に当てはめた。彼の心にあったのは唯一つ、フォラスの思い通りに事を運びたくないという思考だけだ。

 

 

『!!!!』

 

その瞬間、水槽の中の液体が紫色の液体に変わった。魔力で保護したガラスはフォラスの究極魔法によって創生された強酸にも耐えた。この瞬間、ツーベルクの破滅という最悪の可能性は完全に潰えた。

 

「や、やった………!!!

やったんだ……………………!!!!」

「あ!! おいバカ今解除したら━━━━━━━━!!!!」

「えっ!?

あっ━━━━━━━━」

 

酸が自分の《堅牢之神(サンダルフォン)》の球から水槽に移った事を認識した瞬間、ブレイブは緊張の糸が途切れたかのように《[[rb:堅牢之神>サンダルフォン]]》を解除した。しかし、()()()()で解除をすればどのような結末が待っているかは火を見るよりも明らかだ。

 

『バッシャーーーン!!!!!』

『!!!!!』

 

そして、その場に居たヴェルドとニトル以外の全員が水を被った。



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320 戦いの後に残った物 司教ウィンディージの懺悔!

爆弾魔と喋るスライムによるツーベルクの教会の襲撃事件。そしてその後に教会の司教 ウィンディージが自ら壇上に立ち、演説を行った。

 

以下はその演説を拝聴した飲食店勤務の男 《ショー・ブルレ (33)》の証言である。

 

*

 

「………………ええ。あの場には礼拝をしに朝からずっと居ました。そうです。教会をあの男が占拠した時も私はその場に居合わせて、はい、巻き込まれる形になりました。

ところがです、奇妙なスライムが現れたんですよ。奇妙と言うのはね、得体が知れないという意味だけじゃないんですよ。そのスライムの姿も行動も、全てが奇妙でした。まず、あのスライムは喋ったんですよ。かなり老人めいた口調でした。でね、行動も奇妙というしかないんですよ。

まず、あのスライムは口から爆弾を吐きました。そうです。教会を占拠したあの男の爆弾です。ですからね、事実だけを言うと私達はあのスライムに助けられたんですよ。事実上と言ったのはね、とてもじゃないけどあのスライムには何故か私達を助けようと言った感情が見て取れなかったんですよ。そもそもスライムに感情を求めるのがおかしな話なんですけどね。

もちろん男は怒り狂ってスライムと交戦になりました。火の魔法です。ですがあのスライムは全て飲み込んだんですよ。それどころか、逆に襲い掛かってその手足を溶かしたんです。そりゃ恐ろしかったですよ。人間が食われそうになっている訳ですから。

事件はここからです。突然、変な格好をした女の子が窓を割って飛び込んで来たんですよ。それで妙なのはね、そのスライムが突然興味をその女の子に変えたんですよ。まるで初めからその女の子が目当てというような感じでした。

その後、スライムは不気味な魔法陣を男に貼り付けました。するとです、男の姿が禍々しい人型の化け物に変わったんですよ。そりゃ死を覚悟しましたよ。これから何が起こるんだってね。でもそうはなりませんでした。全員教会を飛び出したんですよ。

それから一時間後くらいに司教様が戻ってきました。それでなぜか司教様や付いて来た人たちが皆 ずぶ濡れだったんですよ。

付いて来た人たちですか? ジェームズ牧師と教会を襲った男と、女の子が二人です。驚いたのはその一人が龍人族だったんですよ。だってそうでしょう? 龍人族は専ら生まれた里から出ないって言うじゃないですか。

 

前置きが長くなりましたが、ここからが司教様の演説です。………いや、演説というよりは懺悔に近いものだったでしょうか。それ程までに驚くべき内容でした。

まず、司教様は教会を襲ったあの男を知っていると言いました。その男の名前は《ニトル・フリーマ》といって二十年前までこの町に住んでいたと言ってました。その事を知っていたかですって?生憎ですが、私は十年程前に他の所から移住してきた身ですので。

問題なのはその後です。司教様はそのニトルという男が何故町から出たのか、その経緯を話しました。なんでもその男はさっきも言ったように火の魔法を使えるんですが、その才能を『太陽神様への冒涜だ』とか言って酷い差別をした連中がいたそうなんです。え? いやいや私もこの町の宗教は勉強しましたけど、そんな事実はありませんでしたよ。その連中に問題があったんだと思います。司教様の話ではその連中はとっくの昔に捕まって、どこかに入れられているとの事でした。それで、懺悔はここからです。

おかしいと思ったんですよ。他所から住みに来た私ならともかく、司教様の話を聞いた地元の人達も皆 ざわつき始めたんです。それってその事件を知らないって事ですからね。だけど知らないのは当然でした。司教様は騒ぎになる事を恐れて事件を公にはしなかったんです。詰まる所、保身ってやつです。司教様はその事を私達に懺悔しました。そうです。保身に走って事件をひた隠しにしてしまった過去の自分と、それが原因で私達を危険な目に合わせてしまった事に対してね。そりゃ驚きましたよ。だってその時、司教様は私達に向かって頭を地面につけたんです。

 

だけど一番驚いたのはその後です。司教様は私達に、『この男、ニトルの罪は過去のツーベルクと私が犯した罪によって生まれたものである。故に私はニトルを罪に問う事はしない。ニトル・フリーマの罪は私の罪である。ニトルを罪に問うならば、私も共に罪を償う』と言いました。あの人はニトルを庇ったんです。

そこまで言われたら私達も何も言えませんよ。彼は放免となりました。私に話せる事はこれで以上です。」

 

 

***

 

 

時は司教ウィンディージの演説(懺悔)が終わり、同席していた蛍達が教会から出た直後に遡る。

蛍は屈託のない笑みを浮かべてニトルの肩を叩いた。

 

「良かったですねニトルさん! 司教さんから許してもらえて!」

「………………何が良いもんかよ! 良き恥晒されたようなもんじゃねぇか!!

息巻いて出てきて、それなのに何も出来なくて、挙句 お咎めなしで宙ぶらりんだ。これからどうすりゃいいんだろうな!」

 

無罪放免になったとは思えない程ふてぶてしいニトルの物言いにリナやヴェルドは顔をしかめたが、蛍はこの男に何をするべきかを理解していた。

 

「………………どうすりゃいいんだ か。なら私が居場所をあげる。

ねぇニトルさん、私達の仲間にならない?」

『!!!!?』



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321 戦いの後に残った物 ギルドに加わる悪魔の能力!?

ニトルだけでなく、リナもヴェルドもフェリオも、蛍が言った言葉の意味を理解出来ずにいた。隣に居たウィンディージやジェームズも同様に、そもそもの意味が分からずに呆然としていた。

その状況の中で最初に口火を切ったのはニトルだった。

 

「………何を訳の分かんねぇ事言ってんだ!!

仲間になれだと!!? そもそも何のグループに入れってんだ!! お前らみたいな得体の知れねぇ奴等の仲間に誰がなるか!!」

「!

…………ごめんごめん 話を端折りすぎたね。全部ちゃんと話すから、仲間になるかどうかはその後で決めて?」

「!!」

 

リナやウィンディージ達が囲む中で蛍は話し始めた。本来ニトルには話を聞く義務は無いが、無意識の内に彼女の話に耳を傾けた。

 

*

 

蛍は自分達の素性と襲ってきたスライムの正体を順を追って説明した。

 

「━━━━って事ァあの腐れスライムもその連中の一味って訳か。

あいつの言葉はそういう意味だったってのか…………………!!!」

「うん。多分そういう事。」

 

ニトルの脳裏にはフォラスの下卑た笑みが浮かんでいた。彼にとってその顔はかつて自分を差別した人間達よりもツーベルクの面々よりも、度を超えて嫌悪する顔だ。

 

「………………お前らと一緒に居りゃまたあのスライム野郎と面を合わせるって事だよな?」

「………………そういう事になるね。

ごめん。やっぱり怖いよね。殺されそうになったスライムになんかもう二度と会いたくないよね。」

「………………いや、逆だ。」

「!」

 

ニトルは俯きながら口を開いた。その目にはギラギラとした光が宿っていた。

 

「あの野郎がどっかでヘラヘラ笑ってる世界に枯れ果てるまで生き恥晒すぐらいなら、もう値打ちもねぇこの命投げ出してあの野郎の吠え面見れる可能性を作った方がまだましだ!!!」

「! それって━━━━━━」

「いやダメだホタル!!!」

 

ニトルの言葉の意味を見出した蛍の前にリナが割って入った。

 

「リ、リナちゃん!!?」

「いい加減正気に戻れホタル!!! こんな得体の知れねぇ野郎を引き入れるだァ!!? 冗談じゃねぇ!!!

あのスライムが許せねぇからなんてそんな理由で入るなんて俺は認めねぇぞ!!!」

「!!!」

「良いか!! はっきり言って俺等とお前は根本から違う!!!

俺等はみんな『何かを守りたい』ってそういう思いがあったからホタルに付いて来た!! だけどお前には守るもんなんざねぇだろ!!!

そんな空っぽの野郎と仲良しこよしする気なんざ俺にはさらさらねぇぞ!!!」

 

リナの言った事は正しいと、蛍もニトルも理解していた。ニトルに今ある感情は謂わば自分の計画を潰したフォラスへの憎悪という悪しき感情だ。それが分かっているからこそリナはニトルを拒絶した。

 

「………………確かに俺には守るような大切なモンは()()なにもねぇよ。全部奪われちまったからな!!」

「!!!」

「だがな、俺のこのズタボロの心をあのスライム野郎から守りてぇって言ったら、それはお前らとは違うって事になるのか!?」

「…………いや、違うとは言えないね。」

「!! おいホタル!!」

 

自分の胸に手を当てながら力強くそう言ったニトルに対し蛍は暖かい笑みを浮かべた。

 

「さっきギリスっていう人の事、話したよね?

リナちゃん、私はギリスはヴェルダーズに奪われた自分の心を取り戻そうとしてるように見える。

それってニトルさんと違わないかな?」

「~~~~~~~ッ!!」

 

 

言外にニトルの加入を承諾する蛍の態度にリナは頭を掻きむしりながら言葉を濁した。そして蛍の代わりにニトルに詰め寄る。

 

「…………な、なんだよ!」

「………………今から言うのは俺の独り言だ。だがな、俺等と一緒に動きたいなら鼓膜に焼き付けとけ。

ホタルの奴はギリスのマスターと一緒に居る最古参で、俺は後から入ったぽっと出の人間だ。だから今の決定権はホタルにあって、ホタルが決めた事なら俺からはなんも言えねぇ。

だけどな、もし俺等になんかやったらそん時は俺が挽き肉になるまで殴り飛ばしてやる!!! そいつを心に刻み込んどけ!!!」

「!!!」

 

リナとニトルの鼻が触れるか触れないかという所まで接近し、ホタルが咄嗟に仲裁に入ろうとした瞬間、リナの一喝が響き渡った。その迫力にニトルの目も見開かれた。

 

「………………こんな物騒な事を平気でほざく奴を従えてるお前らのギリスマスターってのァよっぽど恐ろしい魔王サマなんだな。そんな奴の下じゃなんかやろうって気も失せるだろうから安心しろよ。」

「そうかよ。これからはその言葉が嘘じゃねぇって事を願いながら過ごす羽目になりそうだな。」

 

ニトルとリナの間にはただならぬ空気が生じていたが、蛍は自分達のギルドにニトル・フリーマという新たな戦力が加入する事を強く確信していた。



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322 ツーベルク最後の一時! 新メンバーとのティータイム! (前編)

リナからもニトル加入の承諾を得た蛍は場所をツーベルクの喫茶店に移した。それはウィンディージなどの他の面々の前では話せない込み入った事をニトルに話す為だ。

蛍がカフェオレ、リナがエスプレッソ、ニトルはコーヒーを注文した。

 

「ニトルさん、お砂糖いる?」

「別に要らねぇ。このままで大丈夫だ。」

「━━━━━━こいつが外の茶なのか。随分と香ばしい匂いが━━━━━━

ってそうじゃねぇだろ!!」

「! どうしたのリナちゃん。」

 

間もなくティータイムが始まろうという時、リナが机を両手で叩きながら立ち上がった。そこまでして抗議する程に今の状況はおかしいと言うべきだった。

 

「どうしたのじゃねぇだろ!!

何だってこの野郎と仲良く茶をすすらなきゃなんねぇんだよ!!」

「そりゃ落ち着いて話したい事があるからだよ。司教さんたちには教えられない事もあるからね。

それにさ、もうすぐ旅行も終わりなんだよ? これでもかってくらいバタバタしちゃったんだから最後くらい落ち着きたいでしょ?」

「…………バタバタした か。 あのスライム野郎はお前らが来たからこの町に来たとかなんとか言ってたけどな。」

『!!』

 

ニトルの言葉は蛍とリナの背筋に冷たいものを走らせた。彼の言葉と目に明らかに含むものがあったからだ。

 

「…………別に何が言いたいのかは聞かねぇけどよ、お前のそのトゲしかねぇ口の利き方はどうにかなんねぇのか。」

「その手の質問はツーベルクの連中にしてくれよな。」

「…………()()ツーベルクの連中の間違いだろ。町の人間一緒くたにしてんじゃねぇよタコが。」

 

売り言葉に買い言葉で一気に悪化した空気を変えるべく蛍が話題を変える。

 

「じ、じゃあさっき言えなかった事を分かるように説明するね?

まず、私達が戦ウ乙女(プリキュア)っていう職業の人間で、ギリスっていう魔王の人を中心にして動いてるってのは説明したよね?」

「おう。あのスライム野郎がお前らを狙ってたんだろ。」

「…………そう。私達が戦ってる組織は動物や人間を怪物に変える能力を使って色んな所に攻撃を仕掛けてるの。」

「……正しく俺がやられたようにか。」

「…………………有体に言えばそういう事。ってか覚えてるの!?」

「覚えてるっつーよりはその時の事はちゃんと分ってるって言った方が良いな。

右も左も分からねぇ真っ暗闇から覚めたら体中が痛かったのははっきりと分かってるよ。特に電気でやられたみてぇな痛みがな。」

『!! ((絶対ヴェルドの迅雷之神(インドラ)だ………!!)じゃねぇか………!!)』

 

ニトルは爆弾を使った襲撃犯である一方、フォラスの攻撃の被害者である事もまた事実だ。

故に言葉選びには慎重にならなければならないと二人は再確認する。

 

「で、その連中はそんな能力で人様の計画をぶち壊して一体何をしでかそうとしてんだよ。」

『!』

「あ? どうしたよ。」

 

質問の答えが帰って来ない事を訝しむニトルに対し蛍やリナ達ははっとしたような表情で互いの顔を見合った。そして自分以外の者も自分と同じ事を考えている事を理解する。

 

「そ、そういえば私、相手の目的なんて考えた事もなかった………………!!」

「俺もだよ!! 村を出てから考える暇もなかったからよォ………………!!」

「ハァッ!!? なんだよそれ!!! 一番肝心な所が抜けてんじゃねぇか!!!」

『!!!』

 

再び二人は言葉を失った。今回ばかりはニトルの言う事が正しいと認めざるを得なかった。組織を相手取り撃破を試みる為には相手の目的の分析は極めて有効である。目的の把握は行動の予測にも繋がるからだ。

 

「ええっと、今分かってるのはギリスが邪魔で、人間を怪物に変えて、それから━━━━━━」

「そりゃさっき聞いた。もういいどうせそれ以上の事は知らねぇんだろ。」

『!!』

「もうお前らの事は十分聞いた。次は俺から聞きたい事がある。

━━━━お前ら、ここに来る事を誰に話した?」

『???』

 

二人の表情を見て自分の言いたい事が伝わっていない事を察したニトルは苛立ち半ばに言葉を重ねる。

 

「分かんねぇのか。お前ら四人がギルドを抜けてここに羽を伸ばしに来るのをどれだけのヤツが知ってたんだって聞いてんだよ。」

「えっ? そりゃギルドの皆には話したよ? そもそもこの旅行もギリスが用意してくれたものだし。」

「…………それ以外のヤツは?」

「いや、教えてないけど? それがどうかしたの?」

「~~~~~ッ!! まだ分かんねぇのか!!

じゃあなんであのスライム野郎は、(お前等)がここにいる事が分かったんだって聞いてんだよ!!!」

『!!!!!』

 

二人はようやくニトルの言葉の意味を理解した。一変した空気の中、世界一緊迫したティータイムは新たな局面を迎える。



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323 ツーベルク最後の一時! 新メンバーとのティータイム! (後編)

ニトルの一言で情報共有の場だった喫茶店での議題は『なぜフォラスが襲撃する事が出来たのか』という話題に変化した。

 

「え、ええっと、それってつまり、フォラスが私達がここに旅行に来るってのを知ってたって事だよね?」

「それもさっき聞いた。同じ事ばっか言っても時間の無駄だろ。そもそも今あの野郎がその事を知ってた事を話してもしょうがねぇだろ。どうせ理由なんか分かりゃしねぇんだ。

そんな事より今話さなきゃならねぇのはあいつが()()()()()この町に来たのかって事だろ。」

『!!』

 

湯気の細くなったコーヒーを一口飲み、ニトルは更に言葉を重ねる。

 

「こっからはお前らの話を聞いた上での俺の仮説になるぞ。なんでも『グランフェリエ』や『魔法警備団』とかいう遠い場所にも奴等の一味は現れたんだろ?

……だとするなら多分、お前らが戦ってる敵の中に『空間に干渉する』ような能力を持ってる奴がいるんだろう。

つまり奴等は何かしらの『情報源』と『移動手段』を強みにしてお前らの先手を取ってるんだと思う。それをどうにかしない限りはお前らは後手後手に回るだけだぞ。」

「『………………!!』

って!! 何でお前が仕切ってんだよ!! 俺は何の役割も与えちゃいねぇからな!!!」

「そりゃお前らが何にも気付いちゃいねぇ鈍感だからに決まってんだろ。そんなお前らの代わりに有益な意見を出してやってんだからまずは礼の一言でも言ったらどうなんだ。」

「ま、待ってよ二人とも!」

 

再びリナとニトルの間に唯ならない空気を感じた蛍は二人の間に割って入り仲裁した。

 

「何を待つってんだよ。そもそもお前はなんだってこいつに入れ込んでんだよ。こいつに贈物(ギフト)があるからか? そんな理由でポンポン人を引き込んで後悔しても俺は知らねぇけどな!」

「そんな事は無いよ! それに引き込まなくて後悔するくらいなら引き込んで後悔したほうが良いと思ってる。

だから、ニトルさんも一つ直して欲しい事があるの。」

「俺に?」

 

蛍は『そう』という代わりにカフェオレで喉を湿らせた。そして心の中で構築した言葉を口にする。それはニトルを自分達の仲間であると認める言葉だ。

 

「だってニトルさん、さっきから『お前ら』って言ってるでしょ? それを言うなら『俺達』って言うべきだよ。だってニトルさんも私達の一員なんだから!」

『!!!』

 

蛍の一言で遂にニトル・フリーマという人間のギルド《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)》への正式な加入が決まった。

 

「………言っとくけどよホタル、ギリスのマスターにはお前からちゃんと説明するんだぞ。それからギルドの手続きもお前がやれよ。後、マスターが反対した時はもっかい全員で話すからな。」

「もちろん分かってるよ。それにギリスはきっと反対なんかしないよ。それにそろそろ━━━━

!」

 

その時、蛍の懐が淡く光った。彼女がギリスから渡されていた通話結晶が通信を受信したのだ。

 

「おい、まさかそいつは通話結晶か!!? そんな高尚なモンまで持ってんのかよ!!」

「そうだよ! きっとギリスからだよ。

あ、もしもしギリス?」

『ホタルか。今ツーベルクの近くの空き地に《魔王城(ヴァヌドパレス)》を設置した。今から出発できる状況か?』

「うん! 今から向かうから場所教えて?」

『その町を出て東に十分程歩いた所だ。見つかったら騒ぎになるから、なるべく早く来てくれよ。』

「うん分かった!」

 

そこまで会話を交わし、蛍は通話を切った。そしてその会話はリナやニトルにも聞こえる状態となっていた。故にニトルは聞き逃せない部分について質問を投げ掛けた。

 

「お、おい!! 今の声がギリスって人か? 随分若い声をしてたがよ、というかそれよりなんか設置したとか言ってなかったか!!?」

「あ、うん。それについては実際に見てもらった方が早いかな。ギリスは()()()色々規格外だから。」

 

ニトルは蛍の言葉の意味を理解出来ずにいた。しかし彼はすぐに理解させられる。蛍の言葉の意味も、自分がどれほどの人間の下に就いたのかもだ。

 

 

***

 

 

「……………………!!!!!」

「あれがギリスのお城だよ。ついこの前出せるようになってからはずっとあそこで暮らしてる。」

 

各々荷物を抱えて東へ進むこと十数分。唐突にそれは視界に飛び込んで来た。見上げるような巨大な城がそこにそびえたっていた。その瞬間にニトルは理屈ではなく直感で理解させられていた。

これほどの巨大な建物を顕現させる事が出来るギリスという人間がどれ程強大なのかを。そして自分がその人間の下に就いたという事実を。

 

「さ、早く入ろ入ろ! ギリスも皆も良い人ばかりだからきっとすぐになじめるよ! それにギリスにもいっぱいお土産話を聞かせなくちゃいけないしね!」

「その事を話したらきっとギリスのマスター、血相変えると思うぜ。フォラスの事も、こいつの事もな。」

「あー、そりゃ間違いないね。」

 

ギリスの表情を脳裏に浮かべながら、蛍達は城門へと歩を進める。こうして波乱に満ちた夢崎蛍の旅行は終わりを告げた。



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324 遂に帰還する勇者! 蛍のお土産話!!

「たっだいまー!!」

 

場所はギリスのかつての魔王城にして現在のギルド《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)》の拠点である《ヴァヌドパレス》。そこに元気のいい声が響いた。声の主は辺境の観光地《ツーベルク》への一泊二日の旅行から帰って来た夢崎蛍である。

その言葉を聞いて真っ先に反応したのはやはりギリスだった。その言葉は即ち旅行から帰って来た蛍が無事である事を意味しているからだ。力を抑え込むための少年の姿で彼女を出迎える。ガミラの攻撃での負傷を抑えていた包帯は既に外れていた。

 

「ホタルか。よく無事で帰った。旅行は楽しめたか。

疲れているなら何か飲み物を淹れようか。」

「それはいいや。さっきカフェオレ飲んじゃったし。それよりギリスももう包帯取れたんだね。もしかしてもう力も使えるの?」

「それはもう少しと言った所だな。少なくとももう負傷に怯える必要はない。少し待っていろ。大広間に全員を集める。伝えたい事があるしな。」

「……そう。ちょうど良かった。」

「?」

 

ギリスが怪訝な表情を浮かべたのは、蛍の表情が唐突に真剣なものに変わったからだ。蛍がそのような表情を浮かべたのは俺からギリスに話す内容に関係がある。

 

「…………ねぇギリス、さっきの『無事で帰った』って質問だけどさ、厳密にはそうじゃないんだよね。ああ、もちろんフェリオもリナちゃんもヴェルドもどこもけがしてないよ?

………ただ、かなりのトラブルがあってね…………。」

「トラブル だと? 何をもったいぶった言い方をしている。話してみろ。」

「…………分かった。」

 

*

 

「━━━━一大事じゃないか!!!! だったらなんで俺達を呼ばなかった!!!!

この城の特性を使えば数分と掛からずに向かう事は出来たんだぞ!!!」

「!!! そ、それに関してはホントにゴメン。でもそんな事考える前に事が始まって終わっちゃったからさ━━━━。」

 

蛍は意を決してギリスに教会の襲撃、フォラスとの交戦、その後の顛末を順を追って話した。その話に対するギリスの反応はやはり良くないものだった。無意識にとはいえ危険を省みずに自分達だけで事に当たった蛍達の行動は非難されて然るべきだった。

 

「まぁそれは良い過ぎた事だ。というかだとしたらお前ら全員負傷してるんじゃないのか。それなら今すぐにでもフゥに診てもらえ!!」

「ああ、それに関しては大丈夫。教会の人達にいっぱい回復魔法を掛けてもらったから。」

「そうか。なら次は敵に関しての事を教えろ。」

「分かった。」

 

蛍は持ち得るフォラスの情報を余すところなく話した。敵はフォラス一人であり、巨大なスライムであった事。何故か全く贈物(ギフト)を使おうとしなかった事。教会を襲った爆弾魔を影魔人(カゲマジン)に変えた事。強大な酸の魔法であわやツーベルクが滅びかけた事を正確に説明した。

 

「━━━━まぁ、こんなところかな? ちなみにその酸は水槽に移されて、ツーベルクの人達が魔法を使って少しずつ蒸発させるって言ってた。」

「そうか。という事はそいつが使ったのは恐らく酸究極魔法《酸之終焉(アシッド・デリート)》だろうな。

ところで、もしやそのスライムには骸骨のような顔が張り付いていたんじゃないのか?」

「すごい! なんで分かったの!?」

「やはりそうか。だとするとそいつは《魔人粘性生命体(イフリートスライム)》である可能性がかなり高い。」

「い、いふりーとすらいむ…………!?」

 

良く知る単語の頭に付いた耳なじみのない言葉に蛍はきょとんとしたような声を発した。

 

「ああ。稀に発生するスライムの最上位種だ。中には高度な知能を持ち、魔法を使用する奴もいる。お前が戦った奴が究極魔法も使ったとなれば、そいつはその中でも上澄みだな。それなら究極贈物(アルティメットギフト)を使用できる可能性も十分にある。」

「だけどさっきも言ったようにフォラスってスライムは魔法やスライムの特性以外は使おうとしなかったよ?」

「確かに。だがもしそいつが究極贈物(アルティメットギフト)を使用できるならば考えられる可能性は絞られてくるな。

一つはお前らをおちょくって使わなかったか。だがこれは考えにくい。既にお前は刀剣系を発動し、奴等に一泡吹かせているんだからな。無駄な手加減するとはまず考えられない。

だとすると残ってくるのはそもそも持っていなかったか。或いは、それを使う為には特殊な条件が求められるか。考えられるのはこの二つだ。」

 

蛍もギリスも、そして他の面々もこの議題についてこれ以上話す事は出来なかった。それに関する情報が少なすぎるからだ。しかし、その情報を把握しているものがこの城には居た。その人物は指示があるまでギリス達の前には姿を現さないように言われていたが、自分が知っている事を言うべきだと考えて姿を現した。

 

「━━━━いや、そのクソスライム野郎はちゃんと贈物(ギフト)ってやつを持ってるぞ。それに能力の事もベラベラと喋ってやがった。」

「!!!? 何だお前は!!!」

「えっ!!? ニトルさん なんで出てきたの!!!?」

 

蛍スカウトの新たな団員 ニトル・フリーマが遂にギルドマスター ギリスの前にその姿を現した。



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325 相対するギリスとニトル! 新入り入団面接 始まる!?

本来、閉ざされた拠点であるこの魔王城《ヴァヌドパレス》に部外者が立ち入る隙がある筈が無い。故にギリスは驚愕の声を発した。この城の中で初対面の人間の顔を見る事など本来は有り得ないのだ。

 

「ニ、ニトルさん!!? 何で出てきたの!!?」

「おいホタル!! 何なんだこいつは!! お前が知ってる奴なのか!!?」

「あんたがギリスっていうマスターなのか。魔王だなんていうからもっと恐ろしい奴だと思ってたが随分と人間っぽいんだな。

俺はニトル・フリーマ。あのスライム野郎にバケモンに変えられて、こいつの推薦であんたらと一緒に戦う事を検討してる人間だ。」

 

ニトルは蛍の隣に立ちながらギリスに投げやりな自己紹介をした。しかしギリスはニトルを拒絶するかのように手を振り上げた。

 

「貴様!! 誰の断りを得てここに立ち入った!!! ホタルから離れろ!!!」

「ま、待ってギリス! この人は怪しい人じゃないよ!私が中に入れたの!

ってかニトルさん 何で出てきたの! 私が言うまで入って来ないでって言ったよね!?」

「そんなの決まってんだろ。俺が持ってる情報を言うべきだと思ったからだよ。

さっきも言ったがあのスライム野郎はお前らが持ってるような《究極贈物(アルティメットギフト)》ってヤツを持ってる。なにしろあいつ本人がベラベラと喋りやがったからな。」

 

*

 

ニトルはフォラスの言葉から得た彼の究極贈物(アルティメットギフト)怨念之神(タタリガミ)》の概要を説明した。その時の彼の表情は目に見えて歪んでいた。その間、彼の脳裏には怨敵フォラスの嘲笑の表情がありありと浮かんでいたからだ。

しかし、ギリスはその情報を鵜呑みにはしなかった。彼の言葉の中に違和感を見出したからだ。

 

「……仮にお前の話が事実だったとして、フォラスは何故それをお前に明かしたんだ?」

「それに関しちゃあの野郎、『相手に話さないと使えない』とか言ってたぜ。これもあんたがさっき言ってた『特殊な条件』にも当てはまんだろ。」

「だが俺はそんな贈物(ギフト)は聞いた事もないぞ。」

「………あんたはさっき魔法について話してたからその手の事には詳しいんだろ。だけどな、この世界に存在する魔法や贈物(ギフト)(ってやつ)をあんたは全部知ってるって言い切れんのか? 全知全能の神様じゃあるまいしよ。」

「!

…………それもそうだな。俺の知識も完全無欠とは言い難い。()()()とは違うからな。」

「そうだよ、ニトルさんの言う通りだよギリス。それに進化して別物になる贈物(ギフト)もあるしね。ね、リナちゃん!」

「あっ? お、おう。」

 

*

 

蛍は自分とリナがツーベルクの戦いで得た新たな究極贈物(アルティメットギフト)の事を説明した。

 

「…………成程。《肉球之神(バステト)》に《巨象之神(ガネーシャ)》に《龍神之棍(リャン・ロウ・ゴン)》か。

確かに最後の一つは聞いた事もない。リナが自力で作り出したと考えて間違いないな。稀だが確かにそういう事例は存在する。」

「でしょ!? それでリナちゃんのは水みたいなヤツでも叩ける能力なんだって! フォラスにもその能力のおかげで勝ったんだよ!」

「ハァ。勝ったっつーのはそいつをきっちりと息の根を止めた時に言うんだろ。お前らが俺の仇を取ってくれりゃ万々歳だったのによ。」

「!」

 

ニトルは揚げ足を取るかのように溜め息の混じった言葉を漏らした。しかし蛍も負けじと彼の間違いを指摘する。

 

「それを言うならニトルさんもまた間違えたよ! 『お前ら』が持ってるじゃなくて『俺達』が持ってる究極贈物(アルティメットギフト)でしょ!」

「何。だったらこいつも持っているのか。」

「うん! 《転換之王(ベリアル)》っていう入れ替える贈物(ギフト)なんだけどね、その力でツーベルクを酸から助けてくれたの!」

「良いように言うな。俺はただあのスライム野郎の思い通りにあの町が潰れるのが嫌だっただけだ。」

「おい、それはどういう事だ。まるで本来ならツーベルクを助ける気が無かったというような口振りだな。」

「あー、それはね……………」

 

 

 

***

 

 

蛍はニトルが教会を襲った爆弾魔という一面を持った人間である事、そして彼が事件を起こすに至り、司教ウィンディージが彼を許した経緯を彼に代わって説明した。

 

「…………成程な。宗教絡みの差別か。今の時代にもそんな愚かな事をする連中が居るのか。だがそれでも教会を襲うというのは戴けないが、まぁこの際それは良い。

ニトルと言ったか。これから先何があっても俺達を裏切ったりしないと誓えるなら居場所を与えてやる。そもそもお前は咎められてはいない訳だからな。それにお前は奴等と一線を交えて目を付けられている。ここにいる方が安全だろう。」

「! じゃあギリス…………!」

「他の奴等が何と言うかは分からないが、少なくとも俺は今は反対はしない。」

「ギリス…………! ありがとう!!」

 

こうしてニトル・フリーマの加入がギルドマスター ギリスにも直々に認められた。



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326 ギルドマスターと新入りが語らう! 深まるヴェルダーズの謎!!

ギリスはギルドのマスターになったのはあくまで便宜上である。故にギリスは自分に全ての決定権がある訳ではないと考えている。しかし、蛍を含めたギリス以外のメンバーは全員がギルドに関する決まり事は全てギリスに全権があると考えている。

即ち、ギリスが承諾すればそれは決まったも同然なのだ。それは蛍はもちろんの事、リナとて例外ではない。

 

「ニトル・フリーマ。俺はお前をニトルと呼ばせて貰うぞ。

俺は長い魔王稼業の中で数多くの罪人を見てきた。そしてその中には心を入れ替えて必死に働く者も居た。俺に出来る事はお前がその系統の人間である事を願う事だけだ。

その上で最初に言っておくが、此処はギルドである以上、マスターである俺はやむを得ずメンバーを解任する選択を取る可能性も常に幾許はある。尤も、お前が大それた事をしない内はそんな選択を俺が取る事は無いと考えているがな。」

「ギリスのマスターの言う通りだぜ。俺はまだお前を信用しちゃいねぇが、マスターが言うならもう何も言えねぇ。ただ、マスターの勘が外れてねぇ事を祈るしか出来ねぇな。」

「……………………」

 

ギリスとリナはニトルを見定めるような目で見つめていた。

ニトルにとっては不本意な扱いだったが、その一方で今の自分には分相応なものであるという割り切った感情もあった。

ギルドのメンバーとしての初仕事をこなすために、ニトルはギリスの前にである。

 

「………あんたの事はギリスマスターとでも呼べばいいか。」

「そう呼んでいる奴もいる。どうとでも呼んで構わん。」

「そうか。ならこのまま行かせてもらうぜ。このギルドの一員として、あんたにどうしても聞きたい事がある。

あんたらが戦ってる連中の親玉は誰だ?」

「ホタルから聞いていないのか。ヴェルダーズという不届き者だ。」

「そうか。ならそいつが何をしでかそうとしてるのか、あんたは知ってんのか?」

『!!!』

 

ニトルの問いに蛍やリナだけでなく、ギリスも目を見開いて顔を青くさせた。その問いが答えを持ち合わせていないものだったからだ。

 

「………あんたでさえも分からねぇのか。なら、その野郎についてあんたが知ってる事を全部教えてくれ。」

「ああ。そいつは突然現れた。俺の下で働きたいと言って、承諾すると身を粉にして働いてくれた。」

「本性を隠してたって訳か。その時のそいつはどんな格好をしていたんだ?」

「特にこれと言って特徴のない容姿だった。強いて言うなら髪が紫色だった事が印象に残っている。

…………だが今になって考えると、何故か()()()()()()を覚えていたんだと思う。」

「どういう事だ?」

「言葉の通りだ。何故か俺はその時のあいつの顔を何処かで見た感じがするんだ。それにあいつは俺が何も言わなくても俺が求めている事を速やかに実行してくれた。

まるで、俺に合う前から俺の事を知っていたみたいにな。」

『!!!』

 

ヴェルダーズがかつてギリスの下に就く事で接近し、信用を勝ち取った上で彼を襲い、その力を奪った事は知っていた。しかし、蛍は最初の一回を最後にそれ以上を聞こうとはしなかった。それはなまじギリスの事を思い、そして彼の心の中に触れてはいけない何かを感じ取っていたからだ。

しかし、ニトルはその触れてはいけない部分に無遠慮に触れる。彼がそのような行動を取るのは合理性を重視しているからだ。

 

「あんたの過去にその野郎の謎を解く鍵が隠されてそうだな。

じゃあ次の質問だ。あのフォラスとかいう野郎は誰にも言わずにツーベルクに旅行に行ったこいつらの行き先を知り、まんまと襲撃しやがった。」

「!!!」

「なんだってそんな事が出来たのか、あんたは分かるんじゃ

!!!」

 

ニトルの二個目の質問は途中で止められた。ギリスがニトルのすぐ側まで顔を近付けたからだ。

 

『な、何だよ!! まさか今更雇えないとか言うのか!? それか答えられねぇ質問なのか!!?』

『どっちも違う!! その問いには答える!! ただ、場所を変えさせてくれ!!!』

 

ギリスの必死な表情にニトルは反射的に首を縦に振った。

 

「どうしたの ギリス!?」

「何でもない。ただこいつが尿意を堪えているように見えたからな。便所の場所を教えてやろうと思っただけだ。 おい、行くぞ。」

 

蛍達が口を挟む暇すら与えず、ギリスはニトルの手を引いて走り出した。

 

 

 

***

 

 

ニトルの手を引いてギリスは城のトイレの扉の前に移動した。

 

「……………まず、此処が入り口から一番近い便所だ。各階に複数個、そして各々の部屋にも一つづつ設置してある。不便は無い筈だ。」

「………もうそんな臭い芝居は良いだろ。それより場所を移したら俺の質問に答えてくれるんだろ? なら答えてくれよ。 なんであのスライム野郎はツーベルクにあの二人が居るって分かったんだ?」

「……………俺もその答えを知っている訳ではない。だが、最も高い可能性は浮かんでいる。

先の作戦でも、奴等にその内容が漏れて対策を取られた。お前が考えている通り、奴等に俺達の情報が漏れている事は間違いない。」



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327 再び一堂に会するギルド! 新入りニトルの歓迎会!!

ギリスはニトルを連れてトイレの前に立ち、彼からの質問に答えていた。場所を移した理由はその質問が人前、特に蛍の前では言えない質問だったからだ。

 

「………情報が漏れていた だと………!!? あんたはその理由、分かってんのか!?」

「それはまだだ。如何せん情報が少なすぎる。」

「って事はだ、()()の中にスパイでもいるんじゃねぇのka

!!!」

 

ニトルが自分の見解を述べていると、ギリスの指が彼の口を塞いだ。その行動だけでニトルは自分の発言が不適切なものであった事を理解させられた。

 

「……な、何だよ!?」

「滅多な事を言うものではないと言うんだ!!! 何の証拠もなしに結論だけを宣う事は莫迦のやる事だ!!!」

「………そう信じたいのか。天下の魔王サマが会ったばかりの奴等に随分情を移したんだな。」

「聞こえなかったのか!? 何も証拠はないと言っているんだ!! もしかしたら敵の誰かが聞き耳を立てていたのかもしれないだろう!!!」

「この頑丈な魔王城にコソ泥が入り込む隙があったってのか?」

「…………………!!!

そもそもだ、その件は俺とルベドで調査をしている!! 新入りのお前が気に掛ける事など何も無い!!!」

「…ア? ルベド?

ルベドって星聖騎士団(クルセイダーズ)のトップのあのルベドか? なんだってあんたの口からそんな名前が出るんだ?」

「ん? あぁ、言い忘れていたな。俺達には強力な後ろ盾が居るんだ。」

 

 

***

 

 

ギリスはルベドとの関係と自分達と星聖騎士団(クルセイダーズ)の関係、そして三番隊隊長のハッシュが加入している事を説明した。

 

「マ、マジかよ………!!! だとしたらメチャクチャデカい組織じゃねぇかよ!!!」

「そうだな。とはいえ完全に結合している訳ではないがな。

だが、いずれ星聖騎士団(クルセイダーズ)()()()()()。そうすれば必ず━━━━━━━━」

「おーい、ギリスーー?」

『!』

 

話し込んでいたギリスとニトルの耳に蛍の彼等を呼ぶ声が届いた。それによってギリスはここがトイレの前である事を再確認し、そして時間を掛け過ぎてしまった事を理解した。

 

「ギリス、そこにいるの? ニトルさんまだトイレ入ってるの?

ってあれ? もう出たの?」

「ああ、今出ようとしていたところだ。どうした?」

「皆を部屋に集めたからさ、ニトルさんの事 紹介しようと思って!」

「そうか分かった。

『おい、精々馴染めるように努める事だな。』」

 

蛍に柔らかい表情で応対し、ニトルに対しては対照的に険しい表情で言外に粗相のないようにと念を押した。

 

 

 

***

 

 

「…………………………………!!!!」

 

ニトルは目の前の光景に圧倒されていた。場所は魔王城(ヴァヌドパレス)の大広間。そこにギルドのメンバーの全員が集められていた。ニトルの隣には蛍が立ち、紹介の言葉を口にした。

 

「じゃあみんな、紹介するね? 私がツーベルクで見つけた新しいメンバーの、《ニトル・フリーマ》さんです!!!」

 

蛍がニトルを名指しで紹介すると、彼の存在を知ったメンバーが自分の見解を次々に口にした。

 

「ほー、《転換之王(ベリアル)》かー! それは良いヤツを掘り出したな ホタル!」

「私も別に、お姉ちゃんが良いなら何も言わないけど。」

「俺も警備団の一員として色んなやつを見てきたから分かる。こいつはきっと変われるやつだ!」

「自分も良いと思うッスよ? 今は力をつけておきたいっスから!」

「私もこの男がガスロドのような事を二度としないと誓うならば何も言う事は無い。」

「全面的に同意します。 爆弾の製造程度ならば助力は可能かと。」

「僕が言えるのは万が一の時にはギリス達の為に動くって事だけだね。」

「私も同感です。ラジェル様の非願成就の妨げにならない限りは全てに目を瞑りましょう。」

「良い身体してるじゃないですか! 心強いと思いますよ!」

 

リルア、リズハ、タロス、ミーア、カイ、エミレ、ハッシュ、フゥ、マキの順に多少の差はあれどニトルを歓迎する言葉を口にした。その事実に苦言を呈したのはリナだ。

 

「おいおい、こいつを信用出来ねぇのは俺だけかよ……………」

「良いじゃない、万が一の時はその時に考えれば。」

「そうかぁ? まぁハッシュがそう言うなら……………」

「良かったね ニトルさん! みんな良いって言ってくれたよ! 改めて、これからよろしくね!」

「…………………!!!」

 

ハッシュの窘める言葉でリナは引き下がった。殆ど確実にニトルの加入が確約された事に蛍は安堵の声をニトルに掛けたが、彼の心中は異なるものだった。

 

(な、な、なんなんだよこれは…………………!!!

龍人族や魔人族だけじゃなくて魚人に獣人に妖精まで居やがる………………!!! 全部の種族を揃える勢いじゃねぇかよ…………………!!!!)

 

目の前に広がる光景を見てニトルは改めて自分がどれ程の戦いに身を投じる事を決断してしまったのかを再確認した。



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328 勇者の旅行の終わり ギルドの一斉行動 開始!

この世界において、人間とは異なる種族が存在るという事はニトルももちろんの事理解している。しかしそれは飽くまで()()の範疇を超える事では無かった。

しかし今現在、彼の目の前には様々な種族の人間が存在するという()()()が広がっている。それはつい先日前までの彼には夢にも思わない事だった。

 

(ぎ、魚人に獣人に精霊って、一体どうすりゃこんなに大量の種族を集められるんだよ…………!!!

これが魔王の為せる業だってのか!! 俺、これからこんな奴等と寝食共にして一緒に戦おうってのかよ…………!!!)

 

目の前に広がるあまりに非日常な光景にニトルは自らの前途を思い浮かべ、『もしかしたら教会に引き渡された方がマシだったかもしれない』と彼にとっては突拍子もない事すら脳裏に過らせた。

その様な思考に陥っていたニトルを蛍の活気ある声が横から叩いた。

 

「それじゃあ皆、今からギリスが戻って来るまでニトルさんに質問する時間にしようか!」

「ハ、ハァッ!!? 何言ってんだよお前!!!」

「じゃあ私から! ニトルさん、教会じゃメガネかけてたけど、今は無いよね? 無くしちゃった? それで大丈夫なの?」

「!」

 

瞬間、ニトルの脳裏には二つの感情が同時に発生した。

一つは蛍の質問が存外に真面目だったという事実への拍子抜けした感情、もう一つはツーベルクに()()()()()かけていた眼鏡を紛失した事実を認識した驚きの感情だ。

 

「ああ、あれなら大丈夫だ。 ただ変装用に買った度無しの伊達だったからな。多分あのスライム野郎にバケモンに変えられてお前らとドンパチやってた時に無くしたんだろ。」

「! そ、それに関しては本当に…………

ま、まぁ、そのおかげで助かったんだし、そこはさすがに大目に見てよ、ねっ?」

「……まぁそれくらいなら、あのスライム野郎の吠え面見りゃ十分釣りが帰って来るだろ。」

「そ、そうだよ! ニトルさんの入れ替えるあの贈物(ギフト)があればフォラスにもきっと勝てるって!」

 

ニトルの心の傷を掘り返してしまい、膠着状態に陥りかけた話に落としどころを見出す事が出来、蛍はほっと胸を撫で下ろした。これから彼の前でフォラスの話題には慎重にならねばならないと言い聞かせる。

 

「……ならば私から一つ聞きたい事がある。」

『!』

 

そう言って手を挙げたのはカイだった。

 

「私は、一先ずお前をニトルとでも呼んでおこうか。お前に発現したという《転換之王(ベリアル)》とやらについて出来る限りの事を知っておきたい。」

「!

それは、私よりフェリオの方が分かるんじゃないかな?」

「そうファね。あと、ヴェルドも。」

 

ヴェルドも首肯し、ニトルの《転換之王(ベリアル)》についての情報、即ち『周囲にある二つの物の位置を入れ替え』、『その条件は視界内に依存する』という二つの能力を説明した。その最中、フェリオ達の脳裏には影魔人(カゲマジン)と化したニトルの顔が浮かんでいた。

膂力もさることながら、《転換之王(ベリアル)》の厄介さは彼女達二人が一番良く知っている。

 

「………視界内 か。()()()()は聞いた事が無いな。」

「あ? 例? そりゃどういう意味だ。」

 

フェリオの述懐の後、リルアとニトルの声が発せられた。

 

「新入り、お前は知らんだろうが、贈物(ギフト)というものは歴史の中で数多くの人間が所有するものだ。そしてその人間毎に能力の解釈は少しづつではあるが変化する。

お前の場合はそれが『視界内にある物』という条件だった訳だ。」

「そういう意味か。っつってもよ、俺はその贈物(ギフト)のギの字も知らないような素人だぞ。」

「それなら心配ないよ。私もこの前まで贈物(ギフト)と無縁の生活だったから。

ってかリルアちゃん、新入りじゃなくて『ニトル』って呼んでよ! ニトルさんはもう私達の仲間なんだからさ!」

 

リルアの呼び方一つを取っても蛍はニトルがメンバーとして馴染むにはまだまだ時間がかかるという事を認識させられた。そしてその理由はリズハやフゥとは違って元々ヴェルダーズと無関係だからだろうという事も理解していた。

 

 

「戻ったぞ。お前ら親睦は十分深めたか。」

「! ギリス!」

 

少年姿のギリスが脇に書類を抱えて姿を現した。その現象一つで場が一気に引き締まった。その光景を見てニトルはこの少年の格好をした彼がこのギルドにおいてメンバーにどれ程信頼されているのかを再確認する。

 

「これからの方針が完全に固まった。良いかお前ら。これからは全員で行動する。そして次に行く場所も決まった。

この場所はリルア、お前にとってはかなり()()()()場所になるだろう。」

「? リルアちゃんに? どういう事?」

「俺達が今から向かう場所は、《風妖精(エルフ)の里》だ。」



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風妖精(エルフ)の里 編
329 ギリスの新たな友!! 風妖精(エルフ)の族長 シャルディア!!!


風妖精(エルフ)の里

ギリスは次の目的地としてその名前を挙げた。しかし、蛍だけでなくその場に居た()()()()()が頭に疑問符を浮かべた。それはその名前に聞き覚えが無かったからだ。

例外は彼女一人だった。

 

風妖精(エルフ)だって!!? じゃあ、()()()に会えるのか!!? まだ生きているのか!!!?」

「!? リルアちゃん!!?」

 

その例外とはリルアだった。殆どの人間が首を傾げる中で、彼女の目だけが輝いていた。

 

「お前が思っている通りだリルア。俺達はこれから()()()に会いに行く。」

「ちょ、ちょっと待ってギリス! 何の話か分からないよ!」

『!』

 

ギリスとリルアだけの空間が構成されようとしている場を蛍の一言が阻止した。この場に居る二人以外の人間の思いを代弁した形だ。

 

「そうか。お前達にはまだ言ってなかったな。風妖精(エルフ)の中に、俺達と同じ時代を生きたやつがいる。

名前は《シャルディア=ティアーフロル=フェルナーデ》。究極贈物(アルティメットギフト)持ちのかなり腕の立つやつだ。」

「それで、あいつは今どこで何をしているんだ!? 会いに行くって言うなら知ってるんだろ!?」

「もちろんだ。あいつは今、()()()()()妖精達を囲んで統治し、世界樹の側に集落を作って暮らしている。」

「ま、待って下さいよギリスマスター!」

 

ギリスの話を手を挙げて遮ったのはミーアだった。それはギリスの話にとある矛盾点を見つけたからだ。

 

「どうしたミーア。」

「今のその話、おかしいッスよ。風妖精(エルフ)ならあのグランフェリエって船でバケモンにされてるのを見たッスよ。リルアなんて戦ってるんスから。」

「そいつの事なら俺も知っている。恐らく里から出てきた物好きだ。今の妖精の殆どはシャルディアが治める里で生まれ育ったやつだ。俺が魔王をやってた時代は妖精族がそこら中に居たが、ヴェルダーズの攻撃によって数が減った。だから種の保存の為に今世界に居る妖精族の殆ど、少なく見積もっても八割以上は里で生まれ、その天寿を全うする運命を受け入れているんだ。」

(………俺達龍人族と同じだな……………!)

 

リナはギリスの話に自分達の種族と故郷を重ね合わせていた。唯一の相違点はそれが自分達の意思ではなくヴェルダーズに原因がある事だ。

 

「話を戻すが、つい昨日、蛍達が旅行に行っている時、その風妖精(エルフ)の里から手紙が来た。と言っても公共の郵便ではなく世界樹()に生息する訓練された鳥が極秘に送って来たものだがな。

それがこれだ。」

 

ギリスは懐から薄褐色の封筒を取り出した。そこには曲線で形作られた奇怪な記号が羅列してあった。その封筒に最初に疑問を呈したのはまたしてもミーアだった。

 

「………な、何スかこれ。何が書いてあるんスカ?」

「ああ、これもお前らに話さなければならないな。

これは風妖精(エルフ)を始めとする妖精族が用いていた文字だ。かつては一般教養の一つだたんだがな、今は読める奴の方が少なくなったな。少なくともこの場で読めるのは俺とリルアくらいか」

「いや、私も読めるよギリス。」

『!!?』

「え、えーっと、し、『親愛なる我が友 ギリス=オブリゴード=クリムゾン へ』 かな…………?」

 

蛍は目の前に羅列されている幾何学図形の意味を何故理解出来るのか、その理由を辿った。そして頭の中に埋まっていた古い記憶が呼び起こされた。異世界にやって来て初めて見たウィンドウに記されていた情報が原因だと悟った。

 

(も、もしかしてあの《言語理解(ヒエログリフ)》っていう贈物(ギフト)の効果!!?

あれってどんな文字にも効くの!!?)

「お前が読める理由は後で話すとして、手紙の内容を読みたいんだが。」

「あっ! ごめんごめん。読んでいいよ。」

 

 

***

 

 

親愛なる我が友 ギリス=オブリゴード=クリムゾン へ

 

昨今の君達の目を見張るような活躍は遠い世界樹の果てにも届いている。そしてあの恐るべき厄災が再び活動を開始し始めている事を知っている。その事で心に傷を負った妖精族達は強い怒りと不安に身を焦がす日々を送っている。

今の君が過酷な状況下にある事は想像するに難くない。失われた技術を復活させ、奪われた栄光を取り戻そうとして厄災に立ち向かう君の心中は遥か遠くの世界樹からでも察するに有り余る。故に節介を承知の上で私達妖精族が君達に微弱ながら助力をしたいと思う。

この申し出を断る気が無いならば私達の国に来て貰いたい。妖精族一同、何時でも歓迎の準備を整えている。千代にも思える時間を超えた再開が実現する事を心から願っている。

友と共に卓を囲み世界樹の酒を酌み交わすこの願いが現実となる事を心の底から願っている。

 

君の嘗ての友にして風妖精(エルフ)の族長 シャルディア=ティアーフロル=フェルナーデ より



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330 次の目的地は世界樹!! 妖精が住まう集落!!

ギリスは手紙の内容を読み終えたが、場に居た者の顔は()()がその表情筋すら動かさなかった。しかしギリスはその事に何も思わなかった。この場に居る自分以外の(現代を生きる)者はシャルディアと自分の関係は疎か、シャルディアの顔すら知らないのだから特別な感情が湧かないのは自然な運びだ。

そしてその中でリルアが彼等とは対照的に目を輝かせた。

 

「おっほーー!!! そうかそうか!! 世界樹の酒がまた飲めるのか!!!」

「!? また!!? リルアちゃんお酒飲んだ事あるの!?」

「おう! あの時は毎日のように飲んでいたぞ。私が何年魔王をやっていると思っているんだ!!」

「あっ………………」

 

その一言で、蛍は目の前のリルアという満面の笑みを浮かべる自分と同年代の顔をした少女が本当は何百(或いは何千)年という時を生きているかつての魔王である事を再確認させられた。

蛍が言葉を失った事によって生まれた沈黙を破ったのはニトルだった。

 

「マスター、俺はあんたらの友情話なんて知る由もねぇけどよ、もっと教えなきゃならねぇ事があるんじゃねぇのか?

さっきから言ってるその『世界樹』ってなァ一体何なんだ? 俺達今からそこに行くって話だろ?」

「そうか。そこも教えなければな。」

 

*

 

世界樹とは、大地に根を下ろす巨大な樹木である。他の植物と異なる点は、世界樹は根から魔力を吸収し、幹の中で魔力の中の汚れた部分を浄化して葉から蒸散するという特徴である。故に世界樹はその周囲の魔力を循環させ、清潔に保つ役割を与えられている。

[[rb:風妖精>エルフ]]を始めとする妖精族がこの世界樹の側を活動拠点に選んだ理由はこの清潔な魔力である。妖精族は基本的に長寿種であるが、世界樹の側で生活するとその者は清潔な魔力によって傷の治りは早くなり、病気に罹る可能性も格段に下がる。

ヴェルダーズの攻撃によって数が激減し、種の保存に必死になった妖精族にとって世界樹は傷をいやす事においては最適な場所であった。

 

そして世界樹がある場所は鬱蒼と茂る森の中に隠れ、その位置を知る者は最早現代に生きる者の中には居ない。

 

*

 

「……つまりその世界樹の側に居りゃ人はよほどの事が無い限り天寿を全う出来て、その場所を知ってる奴はもうほとんど居ないって話か。けどあんた等と一緒に居たそのヴェルダーズってやつは知ってるんじゃねぇのか?」

「いや、それは無い。俺はあいつを連れて世界樹に行った事は無い。

そもそもあいつが世界樹を狙う理由が無い。あれは破壊しようと思って出来るようなものではないし、破壊したところで得があるようなものでもない。」

「……じゃああの連中が態々そこを狙う理由は無いって言いてぇのか?」

「……来る可能性は五分といったところだな。連中は俺達が固まって行動するこの時を狙いたいだろうが、それはつまりそこに居る妖精族を纏めて敵に回して一戦交えるという事を意味するからな。来るなら盤石の布陣で来る事だろう。

だが、そもそもが俺達は秘密裏に行動して世界樹に向かう。場所が知られる可能性は()()()()。」

「…………………」

 

ニトルはギリスの言葉の裏に隠された意味を理解していた。彼が最後に言った『高くない』とは、とある条件が重なった場合のみに発生する可能性だ。

緊張を伴った静寂を破ったのは蛍の一言だった。

 

「それでギリス、そのシャルディアって人に会うのはギリスとリルアちゃんだけなの? せっかく(超)久しぶりに会えるのにそれはちょっと寂しくない?」

『おいおい旅行はもう終わってんだよ!』

 

蛍のこれからギルド一丸となって新たな場所に赴こうという状況を分かっているのか疑わしい言葉(蛍にとってはギリスの友情を重んじる割合の多い言葉だったが)に、奇しくもリナとニトルの声と言葉が重なった。

一方、蛍の言わんとしている所を察知したギリスは口元を緩めて返答する。

 

「いや、俺達二人ではない。少しばかり物足りないとは思うが、同窓の席には()()()()座ってもらう。」

「もう一人!? それって━━━━」

「そう。僕も行くよ。」

『!!!』

 

その言葉と共に大広間に入って来たのはルベドだった。蛍やリナのような例外を除けばギルド全員がルベドと相対するのは三手に分かれて出動する前夜が最後だ。更にその後に加入したニトルにとってはこの時がルベドとの初めての対面だ。やはり自分が籍を置いたこの組織はルベド、延いては彼が率いる星聖騎士団(クルセイダーズ)と深く関わっているという事を再確認させられた。

 

「ルベドさん……! お久しぶりです!」

「やぁホタル。ギリスから話は聞いているよ。随分大変だったようだけど元気そうで何よりだ。

何を差し置いても、ようやく()()()()()が現れてくれた事を、心から嬉しく思うよ。」



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331 再び結託する勇者と魔王!! みんなで風妖精(エルフ)の里へ!!

蛍はルベドが口にした『本当の勇者』という言葉の意味を数秒の後に理解した。ガミラが起こした事件の被害者達がそうであるように、ルベドが現役から退いて長い年月が経ち、生まれた勇者の中にも優劣が存在する。極論、私利私欲の為に病院を脅迫するような例も存在する。

その中において蛍は数日前まで(世界すら隔てて)他人だったギリスやルベドの為に身の危険も顧みず奔走している。更に蛍はルベドと同格の証明と言える刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を身に着けた。ルベドと同等の正真正銘の勇者であると言って差し支えは無い。

 

ニトルは目の前で起きている事実に驚愕していた。ツーベルクへの恨みを燻らせていた生活の中に居ても生きていれば新聞などを読んで情報を得る事はある。そしてその中で度々見かける名前があった。それこそが星聖騎士団(クルセイダーズ)の総隊長 《ルベド・ウル・アーサー》だ。

だが、当時のニトルにとってルベドとは遠くの地で手腕を発揮している自分とは無関係の人物という範疇を超える事は無かった。そのルベドが今、こうして目の前に居る。その事実がニトルに自分が今どのようなギルドに居るのかという事を再確認させる。

 

ルベドも風妖精(エルフ)の里に行く事に対し声を上げたのはリルアだった。

 

「ルベド!! お前も一緒行ってくれるのか!! シャルディアに会いたいのはお前も一緒だもんな!!」

「ああ。欲を言えばリュウとラジェルも一緒に連れて行きたかったが、それはまだ難しいからな。」

『!!』

 

ギリスの一言でリルアやその場に居た面々ははっとしたように目を丸くさせた。

今、この場にギリスの旧友の全員が居る訳ではない。リュウという体力の低下で故郷から出る事がままならない旧友も居る。ヴェルダーズの攻撃で深手を負い、ラジェルという異なる次元に縛り付けられている旧友も居る。更にはまだ消息が分かっていない旧友も、長い時間に付いて行けずにこの世を去った旧友もごまんと居る。

 

「……そ、そうだよな。そもそも私達が会えて、シャルディアに会いに行ける事自体が幸運なんだ。欲を張りすぎるべきではないな。」

「いや、そんな事は無いよリルア。ただ友達に会いたいという感情が責められて良い筈が無い。

全てが終わったら、全員で飲み明かそうじゃないか。」

「!! ルベド……………!!!」

「さぁ、もういいだろう。本題に入ろう。」

 

ギリスもルベドもこの話題をこれ以上続ける事が適切ではない事を理屈の中で分かっていた。旧友と共有する感情をこの場に居る全員が理解できる訳ではない。過半数が十数年以内に産まれ、中にはリュウやラジェルの顔すら知らない者も居るのだ。

 

「あぁ。これは既に俺とルベドとの間で決めていた事だったんだが、風妖精(エルフ)の里には星聖騎士団(クルセイダーズ)も同行する。」

星聖騎士団(クルセイダーズ)!? またイーラさんと一緒に行くって事!?」

「いや、イーラは先の戦いでかなり負傷した。風妖精(エルフ)の里に行くのは僕とハニの九番隊、ソフィアの六番隊だ。」

「そんなに!? ちょっとガチガチ過ぎない!?

だって、世界樹の場所は誰も知らないんでしょ? もしかしたら誰も来ないかも…………」

「確かに、世界樹の場所を奴等が知らない可能性が高いのは事実だ。だが、俺達は危険の原因に成り得るんだ。万が一に備えて数の少ない妖精族を守る義務が俺達にはある。」

 

 

***

 

 

結論から言うと、蛍の楽観的な予想はまるで的を外れていた。

場所はヴェルダーズ達の拠点であるアヴェルザード。そこに厄災之使徒(ヴェルソルジャー)達が集められていた。その理由は一つ、次の作戦に向けて最終確認を行う為だ。

 

「……お前達の今の実力の程は十分に分かった。これより、風妖精(エルフ)の里に向かう七人を発表する。」

 

声の主は殱國だった。彼ははっきりとギリス達が目指している風妖精(エルフ)の里の名前を口にした。

 

「里に向かうのは七人、

ダクリュール、ダルーバ、フォラス、コキュートス、ディスハーツ、ゼシオン、オオガイ。お前達七人にこの作戦の命運を託す。何が異議のある者は居るか。」

「殱國さん、ちょっと良いですかね。」

 

そう言って手を挙げたのはダルーバだった。

 

「どうした。何か気になる事でもあるのか。」

「いや、異議って程の事じゃないんですけど、このメンバー決めは殱國さんと手合わせして決めるって話でしたよね。なのになんで全員参加してないんですか。」

「あの三人の事か。其れは心配は要らない。

ハジョウは陛下の御命令で今も奴等に力を隠している。ロノアとサリアは次に向けて力を溜めなおしている。」

 

殱國の言葉は先々を見通す理屈の通った内容であり、ダルーバは自分の疑問の答えが見つかったと感じそれ以上の問い掛けを中断した。

 

「最初の動きは分かっているな。世界樹の周囲の地形を利用し、()()()を発動させる。陛下曰く、妖精族の存亡など問題ではなかったが、戦ウ乙女(プリキュア)達に加担するならば話は別だ との事だ。

此処迄言えば分かるだろう。最早情けは不要だ。里も世界樹も完膚なきまでに叩き潰し、我々と敵対するという意思を完全に削ぎ落すのだ。」



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332 風妖精(エルフ)の里への旅路! 空を飛ぶ魔王城!! (前編)

ギリス達勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)の居場所は魔王城《ヴァヌドパレス》から星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部へと移った。その場に至る過程はギリスが転移魔法を掛けた紫色の扉をくぐったというだけの単純なものだ。しかし、その事実が重大な事を意味する事は明白だった。

ツーベルクと星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部との距離は複数の山々を隔て、その足で行けば最低でも数日は掛かる。それ程の距離をたった一つの扉を潜るだけで移動できる事が、それを可能にする魔法がどれ程のものであるかをギルドの面々、特にこの扉を始めて潜るニトルは実感していた。

 

「…………………………!!!!!」

「ニトルさん、やっぱりびっくりしてる? そりゃそうだよね。私も初めてここに来た時すごすぎて何も言えなかったからさ。」

 

蛍はニトルの心中を理解していた。本来、星聖騎士団(クルセイダーズ)はこの世界において最高峰の騎士団であり、その本部に立ち入る事が出来る人間など一握り程も居ないと断言できる。ましてや自分がその一握りに入れるなどとつい先日までは思いもしなかった事だ。そしてそれは蛍もまた然りである。だからこそ彼女はニトルの心中を察する事が出来た。

 

そして蛍達は大きな机を挟んでルベドと向き合っている。つい数日前にも同様の事があったがその時点と比べても変化はあった。

 

「……改めて見ると、少し見ない間にかなり力を付けたようだね。」

「あぁ。昔の伝手で仲間になった奴も居るが、こいつは蛍の推薦だ。」

 

ルベドの興味は旧友リズハや事情を逐一知っているフゥよりも面識のないニトルに向いていた。

 

「だろうね。一応聞いておくけど信用は出来るのか?」

「出来ると考えている。蛍だけでなく俺も他の奴等も加入を承諾しているからな。

……万に一つ、こいつが俺達に害をなす気ならば、それ相応の手段を行使するまでだ。」

「……()()()出来なかった事を実行する気なんだね。」

「その時が来たら、な。」

「あのー、そういう事は俺のいないとこで話してもらえませんかねぇ?」

「あぁ、今の話は軒並み忘れてもらって構わないぞ。お前には無関係な話だ。

お前がその気にならない限りは な。」

「!!!」

 

ギリスが今このような状態に陥っているのはヴェルダーズの内心を見抜けなかったが故である。だからこそギリスは二度と人の裏切りを見逃さないと固く決心していた。たとえその決意の矛先がニトルという、蛍が信頼を置く人物であっても、例には漏れない。

 

「心配いらねぇよニトルさん。そんな事言ったら俺だって元々ヴェルダーズって奴とは無関係だったんだからよ。」

「そうですよ。私もそうだったから言える事ですけど、頑張って働いてれば、信用は後から付いて来るんですから!」

「私も、貴方にしか出来ない事で私達を支えてくれる可能性が高いと確信しています。」

「! お前ら………!」

 

そう言ってニトルの肩に手を置いて声を掛けたのはタロスとマキ、そしてエミレだった。

タロスには魔法警備団の指示という理由があるとはいえ、マキとエミレは元々普通のギルドのつもりでギリスとの面接を受け、籍を置き、実際に健闘している。だからこそ三人はニトルも自分達と同様の運命を歩むという確信があった。

 

「━━━僕も《転換之王(ベリアル)》の能力が有益に働く事を期待しているよ。だから、そろそろ本題に入ろう。

もう入って来てくれて構わないよ!」

「はいはーい!」

「…失礼します。」

 

同じような境遇に置かれている四人が醸し出す暖かな空気をルベドの声が自然な形で本来の流れへと戻した。そして彼が声を掛けると、大広間の扉を潜って二人の女性と大勢の人間がルベドの後ろへと立った。特に目を引くのはルベドの両隣に立っている二人の女性だ。

片やは桃色の髪を三方向に結んだ女性、星聖騎士団(クルセイダーズ) 九番隊隊長 ハニ・ミツクナリ。片やは濃い赤色の髪を二つに結んだ女性、六番隊隊長 ソフィア・バンビエスだ。そして彼女達の後ろに居る人間達は皆 九番隊と六番隊の隊員である。今回の風妖精(エルフ)の里への遠征にはルベドを含む彼等全員が蛍達に同行する。援軍としては十分すぎる程の戦力だ。

 

「ハッシュ君にホタルちゃん! 少し見ない間でめちゃくちゃ立派になったねー!

また一緒に活動できるなんてホントに嬉しいよ!」

「ハッシュ。それと、ホタル・ユメザキだっけ? ハッシュは分かってるだろうけどこのバカの言う事は聞き流してもらっていいから。

あの時はほとんど話せなかったけど、六番隊のソフィアです。よろしく。」

 

ハニは頬に紅をさして満面の笑みで再開を喜び、対照的にソフィアは表情一つ変えずに必要最低限の自己紹介でその場を終える。

代表者である二人の隊長が一言づつ話し終えると、ルベドは踵を返して九番隊、六番隊の隊員達に向けて口を開いた。

 

「九番隊、そして六番隊の皆。いよいよ風妖精(エルフ)の里に向かう時が来た。

この任務は半分以上が僕の私情で出来ていると言っても過言ではない。それでも付いて来てくれる君達には心から感謝しよう。

ではこれより、僕とギリスの能力を最大限に使って風妖精(エルフ)の里、即ち世界樹に向かう。」



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333 風妖精(エルフ)の里への旅路! 空を飛ぶ魔王城!! (中編)

名前:ソフィア・バンビエス

年齢:18

種族:人間族

性別:女

職業:《聖騎士(パラディン)

贈物(ギフト)

固有贈物(ユニークギフト)

罪之告白(エンマチョウ)

 

使用魔法:爆裂魔法、身体強化魔法

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)への入団の経緯:新人冒険者時代、隊員が倒せなかった強力な魔物を依頼で討伐した事を機に入団。隊長に上り詰める。

 

 

***

 

 

互いの自己紹介が終わり、議題は風妖精(エルフ)の里、即ち世界樹に向かうその方法へと移った。事実、蛍はその方法を想像も出来なかった。今までの移動方法は殆どが列車もしくは星聖騎士団(クルセイダーズ)所有の馬車での移動である。ギリスが魔法を取り戻してからは転移魔法という手段も獲得したが、魔力の消耗が激しいが故に多用は出来ない。事実、本部からルベドをヴァヌドパレスに呼び、全員を本部に移動させた、そのたった二度の使用だけでギリスは目に見えて疲弊していた。

そしてその両方とも風妖精(エルフ)の里への移動手段には使用できない事を蛍は理解していた。人里離れた里に列車や馬車などの交通機関が立ち入る隙は無いであろうし、遥か遠く離れた場所までギリスの転移魔法が届く筈は無いのだ。

 

「ギリス、ルベドさんと力を合わせるってどういう意味?」

 

ギリスとルベドの中で風妖精(エルフ)の里に向かう算段が付いている事は彼等の表情からも見て取れた。しかしその方法が見当も付かないが故に、蛍は問いを投げ掛けた。

 

「それをこれから実行するんだ。本来は俺一人で出来る事なんだが、()()の転移魔法で魔力を頗る使うからな。里での万が一を考えて、ルベドに協力を仰いだ次第だ。」

「? 三回?

さっきルベドさんを魔王城に案内して、今私達がこの本部に来て、その二回じゃないの?」

「話を最後まで聞け。その三回目をこれから使うんだ。今からこの場に居る全員をヴァヌドパレスへ移動させる。」

 

 

***

 

 

約数十分を掛けて星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に居た全員がギリスの転移魔法を掛けられた門を潜り終えた。蛍にはその行為に対し不安の感情を覚えた。今までの傾向から見ても転移魔法を使用したギリスの疲労度は想像に難くない。

結論から言うと転移自体には成功したが、蛍の懸念は全くの杞憂ではなかった。全員の転移を終え、蛍の隣に立っているギリスの顔色は目に見えて青くなっていた。

 

「━━━━ねぇギリス、本当に大丈夫なの? なんとか全員ここに移動させられたけど、ギリスが倒れちゃったら何の意味も無いんだからね? ちゃんとシャルディアっていう人に元気な顔を見せないとなんだから!」

「ああ。確かに身体に残っていた魔力の殆どを使ってしまったが普通に動く分には問題は無い。しっかりと工夫もしたから心配は要らない。」

 

ギリスの言った工夫とは、転移魔法を使用するその方法の事だ。

本来の転移魔法は転移させる対象を魔法陣の中に入れ、魔法を発動させる事によって転移を実行させるが、ギリスの場合は巨大な扉に魔力を込める事によって転移を実行させた。この方法を採用する利点は偏に魔力の消耗を抑える事が出来る点である。その利点を最大限に生かす事でギリスは日に三度の大移動を成功させた。

 

「じゃあルベド、始めてくれ。諸々の準備は済ませてある。あとは其処に魔力を込めるだけで良い。」

 

蛍達、そして星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊員達が一ヶ所に固まっている状況でルベドだけが向かいの大鏡の前に立っている。そしてその鏡には大きな紫色の魔法陣が記してある。

その魔法陣は言うまでも無くギリスが仕込んだものだ。たとえ先の転移魔法の乱用で魔力が尽きたとしてもルベドの魔力で()()()()を使用できるようにする為のものだ。

 

「じゃあ行くよ━━━━━━━━ !!!」

『ズゴゴゴゴゴゴッ!!!!』 『ッ!!!!?』

 

ルベドが魔力を込め、魔法陣が強く光を放った瞬間、魔王城全体が激しい振動に襲われた。それはさながら強い地震を彷彿とさせる代物だった。

それに遭遇した経験の無い蛍でさえも立っていられないという事態から直感的にそれをを連想する程の強い衝撃だった。

 

「ち、ちょっとなにこれどうなってるの!!!?」

「俺の魔法が発動したという事だ。今からこの魔王城は空を飛ぶ!!!」

 

*

 

その時の蛍は知る由も無い事だが、魔王城ヴァヌドパレスは魔法の発動を切っ掛けとして地面から離れ、宙に浮かんでいた。そして変形を始める。

ギリスの魔法によってヴァヌドパレスは今、風妖精(エルフ)の里へと向かう()()()へと変貌を遂げたのだ。



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334 風妖精(エルフ)の里への旅路! 空を飛ぶ魔王城!! (後編)

風妖精(エルフ)の里へ向かう方法としてギリスが取ったのは自分達の拠点である魔王城《ヴァヌドパレス》を魔法で変形させるというものだった。しかしその魔力を込めたのはルベドだった。数度の転移魔法の使用で魔力を使い果たしたギリスに代わり、ルベドがギリスが作った魔法陣に魔力を込めたのだ。

そしてその魔法の発動によって魔王城全体が激しく揺れた。それはさながら蛍の脳裏に未だかつて経験した事の無い地震を連想させる程の衝撃があった。

 

「ねぇギリス、一体どういう事!!? この魔王城が()()()()って!!!」

「言葉の通りだよ。魔法の効果はもう()()()()()()

それにしても懐かしいね。この身体でもう一度体験できるなんて思いもしなかったよ。」

 

蛍だけでなく()()()()()()()()人間達が皆同様に地震も同然の振動に動揺している中でルベドは涼しい顔をしてその場に立っていた。この魔法の発動による現象を熟知しているルベドだけが可能とする反応だ。そしてもう一人、揺れ動く魔王城の床に平然と直立不動の姿勢を保っている人間が居た。

 

「ほー、この魔法ってこんな感じだったか。最近は地上ばかりで生活してたからな、()()()()ももう新鮮だな。」

「リ、リルアちゃん!? 何を言ってるの!!? 一体ここで何が起こってるの!!?」

「そうかそうか。ホタル達は()()姿()の事を全く知らないんだったな。なら私が見せてやろう。ほれ。」

『ッ!!!!?』

 

リルアは魔力で作られた円型の画面を展開し、その中に映像を投影した。その中に映ったものを見て蛍を始めとする全員が目を丸くさせた。そこに映っていたものは()()()だった。しかしそれは全身が角ばった黒い金属で構成されており、おおよそ生物とは呼ぶ事の出来ない代物だった。蛍は瞬時にその黒い龍の正体を察知したが、目の前で起きている光景を現実のものとして受け入れる事が出来なかった。しかしリルアに向けて真偽を問う言葉を掛ける。

 

「あ、あれってまさか━━━━━━!!!」

「そうだ。あれこそがヴァヌドパレスの()()姿()だ。このドラゴンの翼で風妖精(エルフ)の里へと飛ぶ。そう言いたいんだろ、ギリス!」

 

自分の思考を全て理解してくれる旧友(リルア)の言葉にギリスは満足そうな表情を浮かべた。

 

*

 

ギリスの魔力で作られた魔王城ヴァヌドパレスは彼の魔法によって自在に変形できる。その中に城の形状を巨大な龍に変形させる事で大人数を自由自在に移動させる事が出来る形態が存在する。転移魔法の使用が困難な場合に使用される移動法だ。

そしてその特性は奇しくも蛍が良く知る『飛行機』と酷似している。即ち離陸の際に強い衝撃があるが、上空の一定地点に達すると体勢を安定させて浮遊を始める。龍に変形したヴァヌドパレスも同様、一定時間が経過すると内部での揺れは治まり、元の平穏を取り戻した。

 

「━━━━━━━━あ、と、止まった、の?」

「ああ。お前達にも心配を掛けた。もう着陸の時までは揺れは無いから安心してくれ。」

 

ギリスの言葉で多少なりとも動揺に包まれていた蛍以外の人々も徐々に落ち着きを取り戻した。その様子を見ていた蛍の心中は星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊員達の強かさに注目していた。ギリスの魔法の能力を知ってか知らずか、いずれにしろあの激しい揺れの中でも自分より遥かに平静を保っている彼等を見て、彼等が如何に心身共に屈強な兵士であるかという事を再確認していた。

 

「さっきも言った通り、俺達はこのまま空を飛んで風妖精(エルフ)の里へと向かう。それまでは各々自由に過ごして貰って構わない。ルベドと協力して人数分の部屋も風呂場も食事も全て魔法で拵えてある。」

「えっ!!? ギリス、それって━━━━━━!!」

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊員達に注目していた蛍は不意にギリスの言葉に聞き逃せない部分がある事を瞬時に認識した。彼が口にした言葉が意味する所は一つしか考えられない。

 

「どういう事!? 『部屋』とか『お風呂』とか『ご飯』とかまるでここで何日も過ごすみたいな━━━━━━━━!!!」

「ん? 『みたいな』ではないぞ。分かっているだろうが風妖精(エルフ)の里へはこの方法で向かう。里に着くまではこの城から出る事は叶わないからな。」

「う、うん。それはもちろん分かってるよ? それで、その里にはいつくらいに着くの?」

「そうだな。今の俺の魔力の出力なら、軽く見積もって二、三日くらいだろうな。」

「!!!」

 

ツーベルクの旅行から帰宅してたった数時間で、蛍は再び長い旅路へと足を踏み入れた。



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335 星聖騎士団(クルセイダーズ)と深める親睦!? 六番隊隊長 ソフィア!! (前編)

二、三日を掛けて風妖精(エルフ)の里へと向かう。

ギリスの口からその事実を告げられ、蛍は明らかに動揺を示した。しかしそれは決して何日も拘束される事が嫌だった訳ではない。ギリスの力を以てしてもそれ程の時間が掛かるという事実に驚いているのだ。

 

「に、二、三日掛かるって、その風妖精(エルフ)の里ってそんなに遠いの………!?

(飛行機だって一日あれば地球を半周できるのに……………)」

 

蛍は脳内で文明の利器である飛行機が空を飛ぶ光景を思い描いていた。自分の記憶が正しければ、その中には地球の裏側へ一日で到着する事例がある。魔法と科学を比較するのはおかしな話かもしれないが、それでも蛍はギリスほどの男が移動に何日も時間を掛けるという事実がどうしても腑に落ちなかった。

蛍の問い掛けはギリスに対してのものだったが、それに答えたのはルベドだった。

 

「いや、距離自体はここからそう遠くは無いよ。もちろんそこに交通機関は通っていないが、列車で急げば一日で行ける距離だ。」

「じゃあ、何でそんなに時間を掛けるんですか!? 移動が魔力を使うなら、速くする事だって出来る筈でしょ!?」

「君の言い分は尤もだ。だがこの方法を取ったのにはちゃんとした理由がある。」

「こいつの言う通りだ。俺達は()()()()()()()()。」

「えっ……!?」

 

ギリスの言葉で蛍の疑念、興奮は完全に下火になった。『先を見据えている』という言葉が彼が理由があるが故にこの方法を取ったという事を認識させられる。

 

「良いか。俺達は風妖精(エルフ)の里で交戦する事になるかもしれないと感じている。」

「交戦って、敵が里に攻めて来るかもしれないって事!? 有り得ないよそんなの!

だってヴェルダーズは妖精族には何の興味も持ってないんでしょ!? 現に長い時間があっても何の手出しもしてないんだから。」

「ああ。確かに敵に妖精族を滅ぼす気が無いのはまず間違いない。だが俺達がシャルディアと接触する事で奴等を刺激する可能性は十分にある。」

「えぇっ!!? じゃあ行かない方が良いに決まってるじゃん!!! もしかしたらその人だけじゃなくて妖精族の皆を巻き込んじゃうかもしれないよ!!?」

「その言い分も尤もだ。だがこれはそもそもあいつが望んで持ち掛けた話だ。妖精族も覚悟の上で俺達に力添えをする事を決めてくれたんだ。俺達が無碍にするのはあいつも望む所ではない。それにだ、俺達も無策で行く訳ではない。

話を戻すが、その為にこの方法を取ったんだ。」

「……………どういう意味?」

 

一時の興奮も直ぐに鳴りを潜め、蛍は荒れる息を落ち着けてギリスに問いかけた。彼女にはシャルディアという人物の人となりや彼女とギリス達との関係、そして魔法、魔力に関する知識が著しく欠落していた。その事を直ぐに実感させられる。

 

「つまりだ、俺達は力の消耗を抑えつつも[[rb:風妖精>エルフ]]の里へと向かわなくてはならない。だから俺達は、この城を飛ばして消耗した魔力を()()()()()()()()()()()に抑え込んでいるんだ。」

「それってつまり、魔力の消耗と回復の量を釣り合わせているって事だよね?」

「そういう事だね。それにギリスはさっき転移魔法を乱発させてかなり消耗している。だから本腰を入れて移動を開始するのは明日からになるだろうね。

さぁ、話は終わりだ。この場に居る全員、次の集合時間までは自由時間だ。次の集合は十二時十五分頃、大食堂で昼食だ。」

 

ルベドの言葉でその場に居た、特に勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)達が大広間を後にした。蛍が壁に掛けられていた時計に視線を送ると時刻は十一時を示していた。ツーベルクの旅行から帰ってきて数時間しか経っていないにも関わらず、立て続けに様々な事が起こったのだと再確認する。

 

(………って事はお昼ご飯まで一時間か。朝起きて、朝ごはん食べてフォラスと戦って、ニトルさんをスカウトしてルベドさんがここに来て、今里に向かってるのか。 ………人生で一番濃い午前を過ごしたなぁ。

ってそんな事どうでもいいよ。あと一時間何してようかな。教会に人達に回復魔法掛けてもらったから疲れても眠くもないし………)

「━━━━ねぇちょっと。」

「えっ?」

 

人生で一番濃密な午前中を振り返り、そしてこれからの一時間をどのようにして過ごそうかという事を考えている蛍をとある声が引き戻した。その声は蛍が今まで特定の接点を持っていなかった星聖騎士団(クルセイダーズ)六番隊隊長 ソフィアだった。

 

「あ、えっと、確か六番隊の隊長さんの……………」

「そ。ソフィア・バンビエス。あなた、この後何か予定とかある?」

「えっ? いや、特にないですけど……………」

「良かった。じゃああなたとさっき言ってた新入りの男も連れてきてくれない? 話したい事があるから。」



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336 星聖騎士団(クルセイダーズ)と深める親睦!? 六番隊隊長 ソフィア!! (中編)

戦ウ乙女(プリキュア)という究極贈物(アルティメットギフト)と同等、あるいはそれ以上に人間の常識を超える存在は星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員達にも少なからず衝撃を与えていた。

そしてその中には一見(というよりは実際に)唯の少女にしか見えない戦ウ乙女(プリキュア)達の力を鵜吞みにせず、寧ろ疑念を抱く人物も存在する。彼女達の力を実際に見た事の無い隊員となれば猶更だ。事実、蛍達の戦闘に二度参加し、今でこそ彼女達の力を信じて疑わない七番隊隊長イーラですらハッシュの言葉を聞き、実物を見るまでは真っ向から信じる事はしなかった。

星聖騎士団(クルセイダーズ)での実績を積んだ今ですら蛍達戦ウ乙女(プリキュア)に全幅の信頼を置いていない団員も少数派ではあるが要る。

 

そして今、蛍と対峙している六番隊隊長ソフィア・バンビエスも例外ではなかった。

 

 

***

 

 

蛍はまだルベド、ハッシュ、イーラ、ハニ以外の隊長とは接点がない。故に彼女はソフィアが接触してきた事に違和感は抱かなかった。寧ろ自分に興味を示してくれる事を嬉しくも思った。

だが、蛍の脳裏には『にしては』という懸念が揺らぐ。それはソフィアの表情が友好的とは言えないからだ。

 

「………えっと、私に話したい事って言うのは……………?」

「それは移動してから話すわ。それよりあなたが肩入れしてるあの新入りの男も連れてきてくれる?」

「確認ですけどそれってニトルさんの事ですよね?」

「そう。あの不愛想な野郎よ。あとさ、あなたたちのマスターに聞いて欲しい事があるの。」

 

*

 

「……………こことかどうですかね? ギリスが言うにはここが一番広くて頑丈だって話ですけど………」

「うんうん。悪くないわね。これだけあれば十分。」

 

ソフィアが蛍に要求したのは『なるべく広く、なるべく頑丈な部屋』、即ち訓練場だった。蛍がその部屋に入って最初に連想したものは学校の体育館だった。ギリスの魔法が空間にも干渉し押し広げる事が出来るのだという事を改めて実感させる程に魔王城ヴァヌドパレスの中においてその空間は広く作られていた。

そしてその部屋の要求を聞いた瞬間、蛍はソフィアの要件を察知した。彼女は蛍の戦ウ乙女(プリキュア)としての力を自らの手で検証しようとしているのだ。

ソフィアは広間の中央に立ち、部屋全体を値踏みするように見渡している。その様子を蛍とニトルが眺めていた。

 

「誤解してるかもしれないからちゃんと言っとくけど、私は別にあなた達の力を疑ってる訳じゃないのよ。ただ、これから一緒に活動する以上、あなた達の力を正確に把握しておきたいと思ってるだけだから。」

「そうなんですね。でもそれなら他の隊長さんから聞いた方が良くないですか? ほら私って初めて本部に来た時もハッシュ君と手合わせしてますし、イーラさんやハニさんも良く知ってると思いますよ?」

「確かにね。ハッシュやイーラさんの言う事は信用できる。だけど人から聞くのと実際に見るのとじゃ差があるかもしれないでしょ? もしかしたらそれが取り返しのつかない事に繋がるかもしれないし。」

「!!!」

 

その一言で蛍はソフィアの意図を完全に把握した。万が一風妖精(エルフ)の里で有事が起こった場合星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員達の身の安全が自分達に掛かる事になる事実を彼女は先の二度の戦闘から理解している。最悪の場合、彼等の命が脅かされる可能性もあるのだ。

 

「だけど別に私達は皆あなた達に全部丸投げする気なんてさらさら無いから。自分に出来る事は全力でやるつもりだからそこは安心してね。

とは言ってもルベド総隊長も含めて私達の殆どはあなた達を信用してる。特に魔法警備団(この前)の事は私も有難いと思ってるのよ。あなたが居なかったらまず間違いなくイーラさんは死んでたと思うから。」

 

ソフィアは蛍達の実力を肯定する言葉を発したが、その節々には苦虫を噛んだかのような感情があった。自分が信用するイーラでさえもが究極贈物《アルティメットギフト》持ちにはなすすべもなく負けるであろうという残酷な事実が反映されていた。

 

「いやいや、あの時感謝したいのは寧ろ私達の方ですよ! イーラさんが居なかったらきっと警備団の人達は守れなかっただろうし、もしかしたら勝てなかったかもしれないし━━━━!!」

 

誰にも言っていない事だが、蛍は魔法警備団での勝因はイーラ達が大量のチョーマジンという雑兵を足止めしてくれた事の占める割合が大きいと感じている。そうでなければ物量に押し切られていた可能性も十分にあっただろうと今でも考えている。

 

「そう言ってくれればきっとイーラさんも喜ぶと思うわ。

━━━━さ、話が長くなっちゃったけど始めましょう。ホタル・ユメザキ。さっきも言ったけど今じゃ星聖騎士団(クルセイダーズ)団員達の殆どはあなた達を心から信用してる。今から私もその()()の中に入らせてよ。」



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337 星聖騎士団(クルセイダーズ)と深める親睦!? 六番隊隊長 ソフィア!! (後編)

戦ウ乙女(プリキュア)である蛍達がこれからソフィアが率いる星聖騎士団(クルセイダーズ) 六番隊(そして一番隊(ルベド達)九番隊(ハニ達))と行動を共にする事は動かし難い事実である。そして次の目的地である風妖精(エルフ)の里で万が一有事が起こった場合、自分達は力を合わせる運命にある。

それ故にソフィアは蛍に手合わせを要求した。自分はもちろんの事、彼女には六番隊の隊員達の身を預かる責任がある。だからこそ彼ソフィアにはこれから活動を共にする蛍達の実力を正確に把握しておく必要があるのだ。

 

*

 

蛍自身はソフィアとの試合に対してはやぶさかではなかった。世界には拳を交える事によって両者の思いを伝えられる人間も存在する事をかつての龍神武道会にて蛍自身も身を以て経験している。星聖騎士団(クルセイダーズ)が武人の集まりである以上、その中にはそのような人間が居ても少しもおかしくは無い。ソフィアもその例に居たというだけの事だ。

蛍本人は口には出さずとも承諾しているが、その宣言に待ったを掛けたのはニトルだった。

 

「おいお前、やる気満々なのは良いけどホントに大丈夫なのかよ。」

「ッ!!? ニトルさん!?

やる気満々って、そんな風に見えちゃった!? で、大丈夫って言うのは………!?」

「決まってんだろ。身体は大丈夫なのかって聞いてんだよ。お前、さっきまで血反吐ぶち吐いてたじゃねぇかよ。」

「! あ、あー、その事ね……………」

 

ニトルの言う通り、寧ろこの状況下で危険視されるのは戦ウ乙女(プリキュア)《キュアブレイブ》の身体状態(コンディション)の方だが、彼女はその問題も解決している。数時間前にフォラスとの戦闘、強酸の浄化で限界寸前まで疲弊した身体はツーベルクの魔法師達の回復魔法によって全快状態に近い。

 

「何? 何かあったの?」

「何かも何も、コイツァさっき血反吐吐くほど消耗してんだよ。解呪(ヒーリング)? っつー能力をドバドバ使ったらしくてよ。」

「あ、そうなの? ………そんな病み上がり状態(そして多分回復魔法を掛けた後)じゃ戦おうにも本調子出せないか……………」

 

蛍はフォラスとの戦闘などによる負傷を回復魔法によって全快にさせていたが故にソフィアとの試合を問題なくこなせると考えていたが、それも先程と同様に誤った認識だった。

 

「そういう事ならしょうがないわね。この話は無かった事に━━━━」

「えっ何で!!? 全然いけますよ!? それにちょっとケガしてもまた回復魔法でも解呪(ヒーリング)でも使えばいいじゃないですか!!」

「バカか。こいつはそれが出来ねぇから止めようっつってんだろうがよ。」

「ど、どういう事ですか………!?」

 

この世界において、魔術の知識はその道を行く者にとっては一般教養も同然の学問であるが、蛍はその手の知識は素人同然である。その理由は大きく分けて二つ、蛍、即ちキュアブレイブには魔法より格上の戦闘技術である究極贈物(アルティメットギフト)を持っている事。そして彼女の身体にはそもそも魔力が存在しないので技術を習得する方法が無い事である。

即ち蛍には魔法を使用する事も技術を習得する理由も無いのだ。しかし、魔法の知識を習得する意味はある。蛍自身は魔法を使用する機会は無いが、魔法が生活に関係する機会は多く存在するのだ。

 

*

 

「良いか。回復魔法ってなァ一回使うだけで身体にシャレにならねぇ負担がかかるんだ。極端な話、そいつを日に三回使ったどっかの馬鹿野郎は身体中の細胞がグズグズになって二度と戦えねぇ身体になったって聞くぜ。」

「!!!!」

 

ニトルはその逸話をツーベルクから逃げるように転居した町においてあった文献から得たものだ。彼にとって魔法関係の知識など忌まわしいものであるが、一方で自分をここまで追い詰める魔法がどのようなものであるのか興味を示す愛憎入り混じる感情があった事もまた事実だ。

 

「そうそう。まぁそれは何十年も前の話だけどね。だけどあなたみたいな子供の身体に掛かる負担は分かったもんじゃないわね。多分二回でも限りなくセーフに近いアウト。それでなくてもそんなリスクを負って試合なんて本調子も出せなくてやる意味もあるとは思えない。」

「だから、止めておこうと……………」

「そういう事ね。今日は大人しく安静にしてた方が良いわ。あなたの実力の程はハッシュや総隊長から詳しく聞いておくとする。」

「おい、ちょっと待ちなよ。」

『!?』

 

蛍との試合を取り止め、部屋の外に出ようとしたソフィアを止めたのはニトルの声だった。

 

「ねぇちゃん、そんなに血の気が余ってんならよ、俺と戦ってみる気はねぇか?」

「えっ!!!?」

「ハァ??? 何言ってんの? 私が誰だか分かってんの?

言っとくけどね、私は実力で隊長に選ばれてんの。あんたみたいなどこの馬の骨かも分からないゴロツキが張り合えるようなやわな鍛え方なんかしてないわよ。」

「そうかい。自信満々なこったな。お前こそ俺が誰だか分かってんのか?

俺はな、他でもないこいつの推薦でここに居るんだ。つまり俺の実力はイコールこいつの見る目の指標になるとは思わねぇか?」



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338 燻る闘志を燃やせ!! ソフィアvsニトル!!! その①

ソフィアが提案した蛍との試合は始まる前から二転三転の局面を見せた。蛍が今日一日安静にしていなければならないと判明し試合が取り止めになるかと思われた直後、ニトルが突拍子もない発言をしたのだ。

 

「…………ハァ? 立て続けに何妄言重ねてる訳?

あんたがその子の推薦を受けてるですって? そんな事ある訳が無いでしょ!!」

「あ、ああいや、それは本当ですけど………………」

「えっ?!」

 

ソフィアはニトルの言う事の一切合切を疑ってかかったが、彼が言う事は全て紛れもない事実である。その事を証言する蛍の言葉を聞いてソフィアは面食らったような声を発した。

 

「確かに、ギルド(うち)に来ればいいって言ったのは私ですよ。それに、他の皆も良いって言ってくれましたし………」

「……マジで?? こんなチンピラのどこにそんな見込みがあったって言うの?」

「ア?」

「!!!」

 

蛍の証言を聞いても尚、ソフィアはニトルの実力の真偽を信用する事が出来なかった。しかし彼女は選ぶ言葉を間違えた。瞬間、その場に凍り付いたような空気が立ち込める。

 

「………人を名指してチンピラ呼ばわりたァな。 随分とお高く留まったお嬢ちゃんだぜ。

あのクソスライムといいお前といいよォ、俺をなめ切ってる奴等ばっかりで面白くねぇなァ。

━━━━まぁいいか。そんならよォ、見せてやるとするか。俺の実力ってヤツをよォ!!!!」

「何をベラベラと喋ってんの。やるならさっさとしなさいよ。」

「おうよ!!!」

 

ツーベルクの一戦の再来をも彷彿とさせる壮絶な舌戦の末に遂にニトル・フリーマ対ソフィア・バンビエスの試合の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

「ち、ちょっとニトルさん 大丈夫なの!? 相手は星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長なんだよ!?」

「心配してくれんのか。だが要らねぇ。そんくらいの肩書きのある奴の方が燃えるもんもあるってやつだぜ。それでなくても中途半端に燻ってしょうがねぇんだからよォ!!!」

「……もしかしてだけどそれ、フォラスの件でイライラしてるからじゃないよね?」

「さあな。だがどっちにしても心配は要らねぇよ。こいつ相手にぶつけられたら水に流してやるからよォ!!」

 

*

 

蛍は目の前に広がる光景に圧倒されていた。方やは星聖騎士団(クルセイダーズ)隊長の一人 ソフィア・バンビエス。即ち彼女は自分が全幅の信頼を置くルベドやハッシュと肩を並べる実力者という事である。

そして方やは数奇な巡り合わせにより旅先ツーベルクにて出会い、自分がギルドへの加入を勧めた炎魔法と究極贈物(アルティメットギフト)の使い手 ニトル・フリーマ。蛍もまた彼の実力の程を甘く見てはいない。

その二人が今、試合とはいえ一触即発の状況下にある。問題はこの一連の出来事の顛末だ。

 

(は、始まっちゃう……!! どうなっちゃうの………………!!?

ニトルさんの相手はあの星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長だよ!!?(そもそも元々は私とやるつもりだったし。)

ニトルさんがボコボコにされちゃうかな!? ああでも一応究極贈物(アルティメットギフト)持ってるしなぁ……………!! どの道回復魔法は必要になるよね!?

あぁ~~ またギリスに怒られちゃうなぁ…………!!)

 

蛍の脳裏には魔法警備団の本部での出来事が蘇る。当時、(まだ正体不明だった)勇者連続殺人犯に恐怖していた蛍はエミレの発案で、彼女と木刀で試合を行った事がある。その時、独断で試合という危険を伴う行為を行った事をギリスに問い詰められたのだ。

この状況下では最早同じ轍を踏む事は避けられない。ならば最大限自分に出来る事をしなければならないと蛍は声を上げた。

 

「ニ、ニトルさん!! ソフィアさん!!」

「ん?」

「どうしたよ。素っ頓狂な声上げてよ。」

「私、審判やるね! これは一応試合な訳だし、万一怪我があったらいけないし……………!!」

「そ。ありがと。 だけど大丈夫よ。そんな事にはならないと思うから。

あんた、ニトルだったわね。一つハンデをあげようかしら?」

「アン? 何言ってんだお前。」

「ハンデをあげるって言ったのよ。

一回だけ、本気の攻撃を受けてあげるわ。それが私に通じなかったらもう試合やる意味も無いからそれで終わり。それなら回復魔法も必要無いでしょ?」

 

蛍の耳にはソフィアの提案はニトルの実力を測る為には合理的なものに聞こえた。だが、ニトルの神経を逆撫でしているという点では非常に不適切であった。

 

「ハァ~~~~ッ どこまでもなめてるわお前。

だったらとくと味わえや。この俺の本気をよォ!!!!!」

「!!!」

 

遂にニトルの闘志が爆発した。その感情全てを炎魔法に変えて足から吹き出し、推進力に変えて地面を蹴り飛ばす。ニトルが取った行動は炎魔法を利用した渾身の蹴りだった。それを瞬時に見抜いたソフィアは腕を挙げて防御を固める。

 

「オルアァァッッ!!!!!」

ドゴォン!!!!! 「!!!?」

 

結論から言うと、ニトルの蹴りはソフィアの想像を超えた。その炎魔法を炸裂させて放たれた蹴りはソフィアを防御の上から物凄い力で蹴り飛ばした。

ソフィアの身体は地面を転がり、壁の直前でようやく止まった。

 

「………………!!」

「おいおい、何をボンヤリしてんだよ。

それよりどうだ? 俺の力は。隊長サマのお眼鏡に適ったかよ?」

「………良かったわね。合格よ。 もう少しだけ付き合ってあげるわ!!」



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339 燻る闘志を燃やせ!! ソフィアvsニトル!!! その②

実力によって星聖騎士団(クルセイダーズ) 六番隊隊長という肩書きを手に入れたソフィア・バンビエスにとって、ニトルというどこの馬の骨とも分からない男の攻撃を受けるという行為は彼の実力を量る小手調べのようなものでしかなかった。しかし次の瞬間、彼女は理解させられる事になる。

自分に対して挑戦を申し出た目の前の不遜な男は自分に届き得るだけの実力を持っている事を。そしてその男の実力を見抜いた夢崎蛍(ホタル・ユメザキ)という少女の見る目は確かであるという事を。

 

(今の一発、ガードのやり方をミスってたら確実に骨を持ってかれてた……………!! この一撃だけで、こいつがどれだけ自分の才能を磨いて来たかが分かるってモンね………………!!!

どうやら私の勘が外れたみたいね。こいつには私達、あるいはルベド総隊長と肩を並べて戦う資格がある!!)

 

ソフィアは蹴りを受けた腕に残る鈍痛を噛み締め、改めて目の前のニトルという男を吟味していた。そして自分の判断が誤ったものであった事を認め、改めてニトルと向かい合う。自分はこの男と誠実に向き合う義務があるという事を理解した。

 

「━━━━おいどうしたよ? 俺はあんたのお眼鏡に適ったんだろ? まだ付き合ってくれるんだろ? だったら早くやろうぜ。」

「もちろんそのつもりよ。だけど、あんたに二つ聞きたい事が出来たわ。

あんた、歳はいくつ?」

「オン? 先週二十歳になったばっかだけどよ。」

「あらそう? なら大丈夫ね。安心してここで過ごせるわよ。」

「??」

「それと、あんたが今まで戦ってきた中で一番強かった奴は?」

「…そうだな。あのクソスライム以外なら、三年前に俺を森の中で襲いやがったクソ生意気なベヒーモスがしんどかったな。

だがまぁ、死に物狂いで返り討ちにしてやったぜ。どうしても死ぬわけにゃいかなかったからなぁ。 なんせそん時ぁまだあいつらに冷や汗かかせる気満々だったからよォ!!!」

(!! またそんな事言って………!!)

 

ニトルの中には依然として自分の計画を徒に潰したフォラスへの憎悪が消えていない。つい先程水に流すと言ったばかりだが、その宣言も疑わしいと蛍は思った。

 

(………まぁ、フォラスが悪い奴なのは分かり切ってるし、やる気がある人が居るのは私達にとってはプラス(・・・)だし、カイさん達が言うみたいに私達に迷惑かけない内は何も言わなくて良いかな……………)

 

蛍はニトルの中に渦巻いている感情を悪しきものだと考えたが、直ぐに他の仲間たちがそれも含めてニトルを仲間に迎えた事を再度認識した。それが敵に向き、自分達にとって力になり得るものであるならば少なくとも現状では頭から否定するものではないという結論に心の中で至った。

 

「まぁとにかくだ、俺を認めてくれるってんならよォ、仕切り直しといこうや。」

「そうね。だけどもう今みたいな直撃をそう簡単に決められるとは思わない事ね。ここからは私も闘う(・・)から

ねッッ!!!」

「!!!」

 

その瞬間、蛍の目が捕らえられたのはソフィアが両足を広げ地面を踏みしめるその動作だけだった。次の瞬間にはソフィアとニトルの距離は目と鼻の先まで迫り、ソフィアの拳をニトルが身を引いて躱していた。

 

「やっ!!!」

「へぶっ!!?」

『!?』

 

ソフィアが選択した次の行動は、顔面に狙いを定めた上段の後ろ回し蹴りだった。その衝撃はニトルを軽く吹き飛ばしたが、蹴りは直撃しなかった。ニトルは反射的に手で顔面を庇い防御を間に合わせた。

それでもニトルが攻撃を食らったのは間違いない。彼に身体は先程のソフィアと同様に回転しながら吹き飛び、壁の直前で止まった。しかし、その状況下で一番驚いていたのは攻撃を受けたニトルではなく、ソフィアの方だった。

 

(この引っ掛けの攻撃もギリギリだけどガードされた………!!)

(あ、あっぶねぇ 躱したと思って油断したぜ。間に合わなかったら顎を蹴られて落ちてたな……………!!!)

(い、い、今の、速すぎて良く見えなかった……!! これが星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長さんの実力なんだ……!!!)

 

蛍は目の前に居るソフィアという人間の力の程に圧倒されていた。とてもではないが気を抜けばソフィアが究極贈物(アルティメットギフト)の使い手ではない事を忘れそうになる程に目の前で広がる光景は鬼気迫っていた。

その危機感とは裏腹に、ソフィアが次に発した声は明るいものだった。

 

「今ので良く分かったわ。あんた、想像以上よ。」

「あ? 何言ってんだ。まだ蹴り一発受けただけじゃねぇかよ。」

「バカね。この私の蹴りを受けられる奴なんてこの世界に数えるほどしか居ないわよ。

ねぇ、あんたさえよければさ、お互いにホントの全力(・・・・・・)をぶつけ合わない?」

「へぇ。面白れぇじゃねぇか。」

(!!! ま、まさか………!!!)

 

ソフィアは上着の襟(・・・・)に手を掛けながらそう言い、蛍とニトルは双方別々の方向からその言葉の意味を理解した。

ソフィアとニトルという異色の対戦はたった二発の攻撃で最高潮に達し、早くも佳境を迎えた。



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340 燻る闘志を燃やせ!! ソフィアvsニトル!!! その③

『互いに本当の全力を出して闘う』。

ソフィアはその言葉を軍服の襟(・・・・)に手を掛けながら言った。傍目には何気ない動作に見えるその行為だが、蛍はそれが意味する所を瞬時に理解した。

 

星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員にとって彼等が着る軍服は二つの意味を持つ。

一つはそれを着る事によって自分が星聖騎士団(クルセイダーズ)である事を証明する意味である。団員にとって軍服とは誇りも同然なのだ。

そしてもう一つは力を制御する《枷》の意味である。ハッシュは身体の筋肉を制限し、本来巨人族であるイーラは軍服によってその身体を大幅に縮小している。それ程重大な意味を持つ軍服をソフィアは脱ごうとしているのだ。

 

「ちょ、ちょっとソフィアさん何やってるの!!? その軍服って星聖騎士団(クルセイダーズ)の誇りなんでしょ!!?」

「確かにその通りね。だけどこいつ相手なら本気を出しても良いって私が思った。それで十分じゃない?」

「おい、何をくっちゃべってんだよ。まさか上着一枚脱いだくらいで俺に勝てると思ってんじゃねぇだろうな。そんなんで強くなれんなら誰も苦労しねぇよ。」

「ち、違うのニトルさん!! あれはそんなんじゃ━━━━」

「確かに、上着脱いだくらいで強くなれる奴なんてこの世には居ないでしょうね。だけど本当の力(・・・・)を引き出す事は出来るんじゃない!!?」

『!!!』

 

その言葉とともに、ソフィアは身体に纏っていた上着を脱ぎ捨てた。その瞬間蛍、そしてニトルはその行動の意味を理解する。上着を脱いだ瞬間にソフィアの身体に変化が訪れた。

それまで黒の割合が多かった赤い髪が更に鮮やかに変色した。その色を言葉で表現するならば『真紅』という名詞が似合うと二人は感じた。

変化はそれだけではなかった。上着を脱いだ瞬間に蛍とニトルを高熱を帯びた魔力の圧が襲った。彼女の身体を迸る炎の魔力だ。

 

「………成程な。それがお前の全力って訳かよ。」

「そういう事よ。さ!! あんたも全力を見せてみなさいよォ!!!!」

『!!!!』

 

その瞬間、ソフィアが取った行動を蛍もニトルも視認できなかった。辛うじて分かったのはソフィアの身体が肉迫してくる事だけだ。当時、ソフィアは足を地面から浮かせ身体を地面と平行へと近付けた。そして足から炎魔法を炸裂させ、炎を噴射させて得た推進力によって高速でニトルへと急接近したのだ。

ニトルの初手の攻撃である炎魔法を応用した蹴りを圧倒的に昇華させ、そのまま返したのだ。ソフィアの身体は炎魔法の噴射によって一個の砲弾と化した。推進力をそのまま武器へと昇華させ、ニトルへ真っ向から勝負を掛ける。

 

━━━━━━バシィッ!!!!

『!!!』

 

ソフィアの肉迫を反射的に認識した次の瞬間、蛍の耳朶に届いたのは『攻撃を受け止める』音だった。しかしそれはソフィアがニトルを攻撃した音ではなかった。

蛍の視界に入ったのは空中(・・)に居るニトルが背後から(・・・・)ソフィアの首筋目掛けて蹴りを繰り出し、その蹴りをソフィアが防御する光景だった。攻撃を繰り出したのはニトルであるにも関わらず、その表情は穏やかではなかった。それは彼に攻撃が確実に決まるという確信があったからだ。

 

「!!! マジかよ━━━━!!」

「成程 これが噂の。だけどねッ!!!」

「!!!」

 

発言の途中でソフィアは身体を九十度捻り、片腕の筋力だけでニトルの身体を投げ飛ばした。ニトルの身体は空中を飛び、彼は空中で二、三回 回転し地面に着地した。

 

「………………!!! (マジかよこいつ!! 俺を片手でぶん投げやがった……………!!!)」

「今のが噂の《転換之王(ベリアル)》って贈物(ギフト)なのね。一番効果的なタイミングでそれを発動するセンス、そして私の首を正確に狙い打ったその当て勘、どっちも素晴らしいわ。

だけどね、あんたのその贈物(ギフト)、入れ替わる対象が私とあんた(・・・・・)だけに絞られてたら予測は簡単ってものよ。それじゃあ実践で通用しないわね。」

「!!! (す、凄い!! 今の一発だけでニトルさんの長所も短所も全部見抜いた……………!!!)」

 

蛍はソフィアの今の一言に隠された彼女の鋭い洞察力と分析力に驚愕していた。しかし当の本人であるニトルはその限りではなかった。

 

「勘違いしてんなよ。今のは予行演習だ。あのクソッたれの酸を入れ替えたあの時の勘を確実にするためのな。」

「そうなの? で? 勘は掴めた?」

「お陰様でなぁ。もう自由に使えるぜ。

で、何だったか? 入れ替わる対象が絞られてりゃなんとかとか言ってたな。だったらよォ、予測なんか出来ねぇくらい増やしてやるよォ!!!」

『!!!?』

 

その言葉と共に、ニトルは炎の魔法を発動した。しかしそれは攻撃の為ではなかった。魔力によって形成された火球は部屋の空間全体を漂っている。



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341 燻る闘志を燃やせ!! ソフィアvsニトル!!! その④

ニトル・フリーマは『ヴェルダーズ達に影魔人(カゲマジン)に変えられた被害者』と『蛍達のギルドの一員』という二つの経歴を持つ唯一の人間である。彼はフォラスの被害に遭い、影魔人(カゲマジン)として戦闘していた当時の事をこう振り返っている。

 

『当時の事を理解している』と。

 

それは即ち影魔人(カゲマジン)としての戦闘のあらゆる情報を知識として把握しているという事である。蛍との話では負傷の事しか話していなかったが、彼は攻撃の事も知識として理解している。

故にニトルはこのソフィアとの試合という場を実験台として自分の脳内にある行動が成功するか否かを確かめようとしていた。

 

*

 

ソフィアはニトルの究極贈物(アルティメットギフト)転換之王(ベリアル)》の攻撃を受けた上でその弱点を言い当てた。しかしニトルはその弱点を克服する方法を見つけ出していた。問題はそれが上手く行くという確信が無い事だ。

 

(ホタルの奴から誘われてあの連中と戦うと決めた時から、これ(・・)が上手く行くんじゃないかって考えてた。俺の力が実戦で通用しねぇだと? んな事ァこいつを食らってから決めやがれ!!!)

 

ソフィアの思考は『不可解』の一色に染まっていた。対戦相手であるニトルが魔力を練り固めて火球を形成した。それだけならば何もおかしい事は無い。魔法で戦うものならば誰もが取る手段だ。問題はその火球が周囲に浮かぶとその場で動きを止め、全く自分に向かって来る様子が無いのだ。

 

(━━━━何してんのこいつ? 贈物(ギフト)は通用しないと考えて魔法主体のスタイルに戻した? いや、にしては火の玉が小さすぎる。私と張り合うなら量より質で勝負しないと勝てないって事は分かり切ってるのに━━━━)

バギィッ!!!!! 「!!!!?」

「!!!」(よっしゃ!!!)

 

ソフィアが周囲の状況の把握に集中していたその瞬間、彼女の身体を衝撃が襲った。彼女が辛うじて認識出来たのは自分の身体が飛ばされているという事だけだった。しかしその場を傍目で見ていた蛍は何が起こったのかを全て理解した。

 

(い、今、ソフィアさんがニトルさんに近付いた(・・・・)と思ったら、ニトルさんが思いっ切り蹴り飛ばした………!! って事はソフィアさんと火の玉を入れ替えたんだ!!

というかあの贈物(ギフト)って生きていない物でも入れ替えられるんだ!! 予測できなくしてやるってこの事か!!)

 

空中に飛ばされているソフィアは身体に走る痛覚を意識から切り分けて、何が起こったのかを把握する事に終始していた。しかしその隙すら与えず、ニトルの反撃は始まった。

 

「!!!」

「はぁっ!!!」「うぐっ!!?」

 

背後に気配を感じたと思った瞬間、ソフィアは腕を後方に回して防御を固めた。瞬間、ニトルの蹴りが防御している腕に直撃し、反対方向に吹き飛ばされる。その時点でようやくソフィアは自分の身に何が起きているのかを理解した。

 

(こいつ、まさか自分と火の玉を入れ替えてるの!!? って事はつまり、ここにある火の玉全部があいつの移動位置の候補って事…………!?)

「!!」

 

体勢を立て直そうとした瞬間、ソフィアの眼前にある火球がニトルに変化した。既に拳を発射する準備を整えている。贈物(ギフト)の発動を認識した瞬間、ソフィアは反撃に転じた。

 

「調子乗ってんじゃないわよ!!!」

「誰が!!」「!!?」

 

ソフィアが眼前に拳を突き出した瞬間、目の前からニトルの姿が消え、強い力で首が締め上げられた。ニトルが自分とソフィアの背後にあった火球を入れ替えて背後を取り、彼女の首に両腕を回して締め上げたのだ。

 

「……………ッ!!!」

「誰が調子に乗ってるって? 調子乗って俺をなめてかかってんのはテメェの方だろ!!」

「……だからそれどっちもあんたの方でしょ。誰に締め技掛けてるか分かってんの!!!?」

バギッ!!!! 「んぎっ!!!!?」

 

瞬間、ニトルの鼻を強烈な衝撃が襲った。ソフィアが首を前に倒し、一気に後方に振り上げる動きでその後頭部をニトルの顔面に直撃させた。顔面や鼻に許容量を遥かに超える衝撃を受けたニトルは反射的にソフィアの首に掛けていた両腕の固定を緩めてしまう。

 

「はあっ!!!!」

ズダァン!!!!

「!!!!? げはっ………!!!!」

 

ソフィアは身体を反らせた状態でニトルの手首を襟を掴み、身体を折り曲げる動きにニトルを巻き込み、そのまま身体を地面に叩き付けた。ニトルの背中に衝撃が走り、肺の空気が漏れ出る。下手な追撃は危険だと判断したソフィアはニトルと距離を取った。

全身に走る鈍痛を押し込めてニトルは起き上がり、再びソフィアと相対する。

 

「……成程なぁ。 身体の使い方はそっちの方が上って訳かよ。」

「当たり前でしょそんなの。

だけどあんたの才能もかなりの物よ。町で見かけたら間違いなく総隊長からお声が掛かってたでしょうね。だからあんたを認めて私も見せてあげる。隊長まで上り詰めた私の全力をね!!!」



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342 燻る闘志を燃やせ!! ソフィアvsニトル!!! その⑤

ソフィア・バンビエスが星聖騎士団(クルセイダーズ) 六番隊隊長という地位に就いてからはまだそれほどの時間は経っていない。無論、それ以前は他の人間が隊長という椅子に座っていた。

ソフィアが就任する以前六番隊隊長であり現在は六番隊の副隊長に就任している男、《ヘルディーズ・ゲヘナ(26)》は当時、そしてソフィアについての事をこう振り返っている。

 

「六番隊の隊長から降ろされた時の事ですか? ええ。それはもう納得いかなくて、総隊長殿に直接異議申し立てを行いましたよ。だってそうでしょう? 当時の事だと思って聞いて欲しいんですけど、私より一回り近く年下の少女にいきなり取って代わられるって言うんですから。

その時の総隊長殿の反応ですか? それは意外な事に、まるでこうなる事を予測していたみたいに落ち着いて私に受け答えをしたんですよ。 彼女を隊長に据えたのは実力故であり、私は補助に徹するのが最善だと判断したからだ とね。そして彼女が入団した経緯も私と同じだと言うんですよ。

私もつい数年前までは血の気の多いガキのような人間でね、出す拳を見つける為に冒険者になって魔物相手に力をぶつけていたんですよ。それを星聖騎士団(クルセイダーズ)のお眼鏡に適って、今に至るという訳です。

 

え? 私がそれを納得した理由ですか? その時の事は生涯忘れませんよ。

あれはソフィア隊長の初任務の事です。それは私が経験した中で最大の事件でした。一つの村で複数の盗賊団が一斉に略奪を行ったんですよ。私は民間人の安全を確保する事しか出来ませんでした。とても盗賊団の相手などする余裕はありませんでした。そもそもの実力が足りていなかったんですよ。もし私が六番隊を主導していたら、きっと被害は数倍に上っていたでしょうね。

その時私はソフィア隊長の実力を思い知らされました。それまで私はてっきり腕力や格闘術に秀でていた人間だと思っていたんですが、それは違ったんです。あの人が本当に優れていたのは魔法の腕前でした。広範囲の炎魔法で盗賊団を一網打尽にしたんです。

 

その時の魔法ですか? 奇妙な段階を踏んでいた、聞き馴染みのない系統の魔法でした。

━━━━確か、『古式魔法』という系統だったと聞いています。」

 

 

***

 

 

『全力を見せる』という言葉を星聖騎士団(クルセイダーズ)の隊長が発する。それが意味する所は蛍も、そしてニトルも十分に理解していた。しかしニトルはその上で迎え撃つ事を決意した。

 

「━━━━面白れぇ。隊長サマの全力を受け止められるなんざ光栄なこった。分かったよ。贈物(ギフト)は使わねぇ。真っ向から耐え抜いてやるよ!!!」

「!!!! な、何を言ってるのニトルさん!!! すぐ逃げなきゃダメだよ!! 死んじゃうよ!!!」

「お前こそ何言ってやがんだホタル。こっちは今朝殺されかけた上になめ腐った口ばっか聞かされ続けて頭にきてんだよ。あのクソッたれの腐れ外道共に吠え面かかせてやる為にはよォ、唯の人間一人相手に出来なきゃお話にならねぇだろうが!!!!」

「!!!」

「あー、なんか熱く語ってるとこ悪いけど、あんたもその『唯の人間』だって事分かってる?」

「おうともよ。だからよ、唯の人間同士全力をぶつけ合おうや!!!」

 

ニトルのその言葉がソフィアの闘志に火を付けた。彼女は全力の攻撃を放つ準備を整える。しかしそれは奇妙なものだった。懐から一枚の縦長の紙を取り出し、ニトルの方へ向けると彼女の口から聞き慣れない言葉が発せられた。

 

「━━━━『日輪(にちりん)

灼爍(しゃくしゃく)

火龍(かりゅう)咆哮(ほうこう)』」

『!!!』

 

ソフィアが言葉を発するに連れ、手に持っている紙が煌々とした光を発する。まるでそれまではソフィアの身体から垂れ流されていた魔力がその紙に集中しているかのようだった。その時点でニトルはようやく理解する。自分が如何に思い切った挑戦に打って出たのかを。

しかしニトルは逃げる選択をしない。今朝自分を食い物にしたスライム フォラスに比べたら目の前のソフィア・バンビエスなど遥か格下だ。彼女に立ち向かう事が出来なければフォラス達に借りを返す事など叶う筈も無い。

 

「炎古式魔法!!!

焔龍牙突(えんろうがとつ)!!!!!」

『!!!!!』

 

ソフィアが構えていた紙を起点として、巨大な炎の塊が発射された。炎は変形し、巨大な龍の形となってニトルへ襲い掛かる。しかしニトルは一歩も引こうとはしなかった。意を決して全身に魔力を込め、炎の龍を迎え撃つ決意を固める。

 

━━━━だが、炎の龍がニトルへ到達する事は無かった。

 

「…………………………?

!!!?」

「ルベドさん!!!「総隊長!!!」」

 

蛍、ニトル、そしてソフィアの三人はニトルの前に立っているルベドの存在を視認した。

ルベドとソフィアの間には二人以外の何もなかった。ソフィアが放った渾身の魔法は跡形も無く消えていた。そしてルベドは指を一本立てている。彼の魔力を込めた指の一振りがソフィアの魔法を完全に消し去ったのだ。

 

「━━━━やれやれ。随分と派手に暴れてくれたね。だけどここまでだ。もうお昼の時間だよ。」



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343 明らかになる新たな能力!? ハニ主催 ニトルの特訓!! (前編)

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)星聖騎士団(クルセイダーズ)の合同昼食の献立は蛍の記憶で言う所のカレーライスだった。学校の給食を作る時に使うような巨大な鍋で作られ、各々がよそって机の上で腹を満たしている。

全員が同じ大広間で食事を取っており、蛍も無論の事同じように食事を取っている。しかし蛍は口に入る料理の味など感じている余裕は無かった。その理由は自分の隣に居る男が注目を集めているからだ。

 

『……あいつ、ソフィア隊長とやり合ったって本当なのか?』

『それで軽いケガしかしてないって冗談だろ。』

『というか隊長も無傷じゃねぇって事は反撃したって事だろ? そんな奴がまだこの世に居たとはな……………』

 

今現在、この大広間の人々の注目を一身に集めているのはつい先程 星聖騎士団(クルセイダーズ)六番隊隊長ソフィアと交戦したニトルである。団員達にとって隊長とは自分達とは別の次元に居る存在であり、その隊長とつい先程まで一般人でしかなかった男が勝負を成立させるなど一大事と言うべき事態である。

当の本人達は顔や体に簡単な治療を受け、各々が黙々と食事を口に運んでいる。唯一の相違点はニトルの隣には蛍が座っているのに対し、ソフィアは机の端に座り隣や向かいには誰も座っていない。

 

(……………やっぱりニトルさん、目立っちゃってるなァ……………。隊長さんと戦ったってなったら無理も無いか………。

強いて良かった事があるならギリスがそこまで怒ってなかった事かな……………。)

 

蛍が以前 魔法警備団の本部でエミレと練習試合を行った際、その試合に関係した二人はギリスから追及を受けた。しかし今回は試合の事実を知っても尚 激しい言葉を掛ける事は無かった。その理由は蛍が交戦した訳では無い事と、ニトルもソフィアもギリスとまだ深い関係にはない事が大きいと考えている。しかし、二人の前に座っている二人はその例ではなかった。

 

「お前な、仮にも戦ウ乙女(プリキュア)と共に戦うと決めた者の初陣がチョーマジンではないなんて洒落にもならんぞ。」

「そうですよ。でも戦えたのが本当なら凄い事ですよ。あの人、究極贈物(アルティメットギフト)持ってないって話ですけど私より強そうですし。」

 

蛍とニトルの前にはリルアとマキが座り食事を口へと運んでいる。余談だが、四人の中でリルアがよそった量が一番多かった。

 

「で、成果の方はどうなんだ。その娘と戦ってコツは掴んだのか。」

「そりゃそうだよ! というかニトルさん、魔法で火の玉作ってそれと入れ替わったりしたんだから! もう私驚いちゃって! ね!」

「まぁな。まだ完全とはいかねぇが全く使えないって事はないから心配すんな。それにいくつかこんな事出来るんじゃねぇかって案は思い付いてる。ものに出来りゃそれなりの力添えは出来るだろうよ。」

「そうか。精々尽力しろよ。お前が自分のやった事を帳消しにしたいならそれくらいしか方法は無いんだからな。」

「! ちょっとリルアちゃん! その話はもういいでしょ……!」

 

リルアの刺々しい一言だけで、蛍はニトルがまだギルドのメンバーとして馴染めていない部分がある事を理解させられる。人によっては蛍の推薦を受けたという事実以外認めていない者さえ居るのだ。

 

(……………ニトルさんをスカウトしたのが間違ってたなんて絶対に思いたくないけど、それでも馴染むには結構かかりそうだな……………)

「ねぇホタルちゃん、隣良いかな?」

「!」 「あ、あんたは………」

 

蛍の隣に腰を下ろしたのはハニだった。蛍はハニが来た事より先に彼女が持っているカレーの量に驚いた。リルアのそれよりも一回り程も多い。

 

「あんた、確か九番隊の………」

「うん。ハニ・ミツクナリ。ニトル君、だったよね? これからよろしくね!

で、聞いたよ? 早速ソフィアちゃんとやり合ったんだって? それってめちゃくちゃすごい事だからね? 頼りにしてるよー?」

「……あんたは随分と俺をあてにしてんだな。」

「まぁね。ソフィアちゃんの事分かってるってのが大きいけどやっぱり、

ホタルちゃんが見込んだって言うのが一番信用できるポイントかな~?」

「??」

 

蛍に肩を寄せるハニにニトルは怪訝な表情を浮かべた。ニトルが何故蛍に肩入れしているのか、彼はその理由を知らない。

 

「それよりハニさん、なんですかその量! そんなに食べて大丈夫なんですか!?」

「ああこれ? 全然大丈夫だよ? 私、人より多く食べるタイプだからさ。」

「そ、そうなんですか………。」

「それよりさホタルちゃん、食べ終わったら私に付きあってくれない? もちろんニトル君も一緒に!」

「えっ!?」

 

ソフィアと一悶着があってからまだ数十分も経っていないにも関わらず、ニトルは次にハニに興味を持たれた。



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344 明らかになる新たな能力!? ハニ主催 ニトルの特訓!! (中編)

蛍はハニが何を言っているのか理解できなかった。先程のソフィアとは違って蛍とハニの関係の始まりはハッシュと出会い、ルベドの誘いで星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に訪問した時へと遡る。その後直ぐに蛍とハニはイーラやハッシュ達と共にヴェルダーズの毒牙に掛かったテューポーンとの戦闘で更なる交流を深めた。

その後、風妖精(エルフ)の里へ向かうこの時まで二人が同じ場所へ向かうことは無かったが、それでも蛍にとってハニはハッシュやイーラ、そしてルベドと動揺 信頼を置く存在となりつつあった。その事を加味しても今回の発言は聞き捨てならないものだった。

 

「ち、ちょっと何言ってるんですかハニさん!! ニトルさんはついさっきソフィアさんと戦ったばかりなんですよ!!

それにほら、こうして身体も回復魔法で治してもらったばかりなんです!! 一日に何回も回復魔法を掛けるのってまずいんでしょ!?」

「あー 違うよ? 別に手合わせしたいとかじゃないの。 ただ、ニトル君の事で試したい事があってね?」

「だ、だけどこれ以上勝手な事は……、ギリスがなんて言うか……………」

「そうかー、

あ、じゃあさ、ギリスさんにも立ち会ってもらおうよ! それなら問題ないでしょ?」

「そ、それならまぁ……」

「おいおい、俺抜きで話し進めてんじゃねぇよ。」

『!』

 

以前からの縁で話を弾ませる蛍とハニにニトルが割って入った。

 

「ホタルよ、なんかその隊長さんとは馴れ馴れしくねぇか? 初対面じゃねぇとは思ってたが、そんなに信用できるのか?」

「そりゃそうだよ! この前テューポーンってのと戦った時もすごかったんだから!

……で、ニトルさんはどうする? 疲れてるなら休んでても良いけど……」

「いや、俺は全然行くぜ。さっきの感覚が抜けねぇ内に試してみてぇ事もあるしな。

……であんた、ハニ だったか。一つだけ聞いていいか?」

「ん? なーに?」

「……あんたとあのソフィアってヤツ、戦ったらどっちが強い?」

『!!!』

 

蛍はこのニトルの発言を失言ではないかと直感した。蛍達にとって仲間内での戦闘力の優劣は今まで触れてこなかった話題だ。

 

「ん~~、私は贈物(ギフト)メインでソフィアちゃんは魔法メインだからね~、」

「じゃああんたの方が強いって事か? こいつらは魔法より贈物(ギフト)の方が強いって言ってるけどよ。」

「いやいやそれは総隊長やハッシュ君が持ってる究極贈物(アルティメットギフト)の話だよ。私の場合はそうじゃないからね。

そもそも私達隊長はお互いに戦えるような立場じゃないからね。まぁ、どっちが強くてもおかしくは無いと思うよ?」

「……ほーん……………」

 

興味本位の質問がここまでの話になるとは思っていなかったニトルは気の抜けた言葉を発した。そかし蛍はニトルの言葉の真意を見抜いていた。

 

(……もしかしてニトルさん、魔法メインじゃ戦えないって思ってるのかな? 私は魔法なんて使った事無いから分からないけど……………)

 

 

***

 

 

昼食を終え、蛍は再びニトルとソフィアが激戦を繰り広げた広間へと足を運んだ。今回は蛍以外の面々が変わっている。ニトルは同様に同席しているがソフィアに代わって今回の発案者であるハニと立会人であるギリス、そして話を聞いていたマキも志願して参加した。

 

「………で、誰かと戦う訳じゃないなら俺は一体何すりゃ良いんだよ。」

 

ソフィアの一件に続いて今回も注目の的であるニトルは蛍達の前で徐に身体の筋を伸ばしていた。これから身体を動かす事は目に見えているが故の行動だ。

 

「ふっふっふ。それはね、これ(・・)を使うの!」

『??』

 

そう言ってハニは得意げに懐に入れていたものを取り出したが、その場に居た全員は首を傾げた。ハニが取り出したものは赤と青に色が塗られた手の平大の球だった。

 

「………あ、あのハニさん、それってボールですよね? それで一体何を……………?」

「これはね、ニトル君の贈物(ギフト)の可能性を伸ばす為なの!

ニトル君、今から青いボールを投げて、(・・・・・・・・・・)赤いボールを壁にぶつけて(・・・・・・・・・・・・)欲しいの!」

『???』

 

ハニが取り出したものは不可解だったが、今回の発言はその比ではなかった。実際、その場に居たハニ以外の全員が言葉を失った。常識的に考えて、人間が今のハニの要求を履行する事などまず不可能だ。

 

「………おいおい、そりゃ一体何のなぞかけだよ。でなきゃどっか言い間違えてねぇか?」

「違うって。これは君の可能性を伸ばす為だって言ったでしょ。私はね、ニトル君が贈物(ギフト)で入れ替えられるのは場所(・・)だけじゃないって思ってるの!」



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345 明らかになる新たな能力!? ハニ主催 ニトルの特訓!! (後編)

ニトルはハニから手渡された二つのボールを両手に持ち、思考を巡らせていた。しかしどう考えてもハニが言った事を遂行出来る見込みが浮かんでこない。

ハニは『青いボールを投げて赤いボールを壁にぶつけろ』と言った。無論、ニトルもこれが転換之王(ベリアル)の能力に関係している事は察知したが、どうすればそれが出来るのか、その方法だけが見当が付かない。

 

「やっぱり分からない? じゃあさ、質問を変えてみようか。 ホタルちゃん、ニトル君の後ろに立ってみてくれない?」

「え? は、はい。」

 

ハニに従い、蛍は言われるがままにニトルの後ろに移動した。ハニとニトルが向かい合い、その後ろに蛍が立っている。

 

「で? こんな事して一体何をしようってんだよ。」

「それはね、こうする(・・・・)ためだよっ!」

「ッ!?」

 

瞬間、ハニは出し抜けにニトルに向けて懐に隠していたものを放った。あとで判明したそれは毛糸の塊だった。たとえ直撃しても一切の害も無いが、ニトルは反射的に危険なものを投げられたと判断し、《転換之王(ベリアル)》を発動した。毛糸(投げられたもの)と自分の後ろに居る蛍とを入れ替え、逃れる為だ。

 

「わっ!?」

ドゴッ!!!

「うげっ!!?」

 

しかし次の瞬間、ニトルの身体は衝撃を受けた。彼の眼前には蛍が現れ、そしてニトルへぶつかった(・・・・・)。投げられた毛糸の塊と全く同じ動き(・・・・・・)でニトルの方へ移動したのだ。

毛糸の塊より遥かに大きな衝撃を受けたニトルの身体は大きな音を立てて床に倒れた。

 

「えっ!? な、何で私動いて………!!? ってかニトルさん 大丈夫!!?」

「~~~っ 痛ってぇ~~~~~!! 何でだ!? 俺は確かに発動した(入れ替えた)筈だろ……………!!」

「あーあ、やっぱり(・・・・)そうなっちゃったね。」

「えっ、やっぱり!? ハニさんこうなるって分かってたの!!?」

 

ニトルを下敷きにさせられた(・・・・・)ホタルに対し、ハニが声を掛けた。その表情はまるでこの状況を予測していたかのようだった。

 

「うーん、分かってたって言うと嘘になっちゃうかな。だけどそうなった理由なら分かるよ。

それはね、ニトル君が動きごと(・・・・)位置を入れ替えたからだよ。」

『!?』

 

二人はハニの言葉の意味を一瞬 理解出来なかった。それは二人共《転換之王(ベリアル)》の能力が『位置の入れ替え』だと考えていたからだ。

 

「………そういやあんた、俺が入れ替えられんのは場所だけじゃねぇとか言ってたな。けど、それが一体何だってんだ。」

「分からない? もし君が自分の贈物(ギフト)場所(・・)だけじゃなくて動き(・・)も自由に入れ替えられるとしたらさ、さっき私が言った事も出来るし、今みたいな事も防げるんじゃないかな?」

「!!」

 

その時点でニトルは漸くハニが言わんとしている事を理解した。彼女はニトルの贈物(ギフト)で出来る事を増やそうとしているのだ。

 

「成程な。こいつは俺の贈物(ギフト)の特訓って訳か。 良いぜ。受けてやろうじゃねぇか!!」

「そう言ってくれて嬉しいよ! じゃ、風妖精(エルフ)の里に着くまで付きっ切りで面倒見てあげる!!」

 

ニトルはハニとの特訓を快諾した。その顔の裏にはやはり自分を食い物にしたフォラス達への感情もあるだろうが、誰もその事には触れなかった。

互いに快活な表情を浮かべるニトルとハニを、蛍とギリスは気の抜けた表情で傍観していた。

 

「……………なんか、放っといても大丈夫そうだね。」

「ああ。てっきりお前のような事になると思っていたがな。」

「っ!! そ、その話はもう止めてよ……………。 それよりギリス、今からって予定とかある?」

「いや無いな。数時間毎に城の状態を見なければならんが、それまでは開いている。」

「そっか。 じゃあさ、ギリスの部屋に行ってもいい?」

「は?」

 

ギリスは蛍の真意を探るような声を発した。蛍のような年頃の少女が態々異性の部屋に足を踏み入れるなど、余程の理由が無ければ有り得ない。たとえそれがギリスと蛍の関係性であってもだ。

 

「それは構わないが。

おいマキ、二人に付いて、何かあったら俺の部屋まで報告に来てくれ。」

「分かりました。」

 

マキに見張りを任せ、蛍とギリスは今にも始まろうとしているニトルの特訓を背に大広間を後にした。

 

 

***

 

 

ギリスの部屋は、他のメンバーや団員達に宛がった部屋と全く同じ内装だった。これといった特徴も無く、椅子や机のある居間とベッドが置いてある寝室で構成されている。

蛍とギリスは今の机に向かい合って座った。

 

「………嘗て魔王だったからと言って自分を贔屓している訳じゃない事は分かってくれただろ。」

「いやいや、そんなつもりで来たんじゃないよ!」

「なら一体何なんだ。態々こんな部屋に来たんだ。何か理由があっての事なんだろ。」

「うん。ギリスにどうしても聞きたいと思ってたの。ルベドさんや、あと、シャルディアって人の事。」



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346 種族融和の架け橋! ギリスとルベドとシャルディア!! (前編)

「……………別に答えてやってもいいが、先に俺の問いに答えてからにして貰おうか。

何故そんな事を聞くんだ?」

「あーうん、別にそんな大げさな理由じゃないんだけどね? ただ私って、結構長くギリスと過ごしてる割には友達(ルベドさん)の事、あんまり知らないなーって思っただけで……………」

 

蛍の言わんとしている事を、ギリスも理解はしていた。蛍とルベドの初対面は異世界生活が始まって数日、星聖騎士団(クルセイダーズ)の本部に初めて足を踏み入れた時である。蛍にとってルベドは異世界生活において最初期に知り合った人物であり、ギリスの友達というその肩書き一つで全幅の信頼を置く存在となった。

しかし、蛍は節目で対面する事以外でルベドとの接点が無い。無論、唯星聖騎士団(クルセイダーズ)の頂点に座っているだけの人間だとは思っていないが、彼女はルベドが戦う場面を見た経験が無い。故に蛍は知りたいと考えているのだ。

 

「………あいつの強さが知りたいという意味ならやはり、あいつが現役だった頃を話すのが一番手っ取り早いだろうな。」

「!

……………ギリスとルベドさんが《勇者と魔王》として戦った時 だね?」

 

*

 

以下は、聖典《勇者列伝》の記載内容の引用である。

 

*

 

時は遥か昔、未だ種族間に決定的な隔たりがあった時代。

地の果ての魔界に魔人を統べる魔王が君臨した。

そして日と星の力を受けた聖剣を握った勇者が現れた。

 

勇者と魔王は互いの運命に翻弄されるように壮絶な戦いを繰り広げた。

その戦いを契機として、種族間の隔たりは徐々に改善の兆しを見せる。

 

*

 

「……兎にも角にも、あの時の小競り合いが今の時代を作ったと言っても過言ではない。此処迄で何か聞きたい事はあるか。」

「じゃあ二つ。まず、その時ってリルアちゃんも魔王だったの?」

「勿論だ。俺以外にも各地に居たが、一番腕が立つのは俺だった。だからあいつも俺を狙ったんだ。」

 

蛍はギリスの話を食い入るように聞いていた。その話の全てが真実だったならばルベドという人物の力量を語る上でこれ以上の情報源は無い。

 

「そうなんだ……。じゃあさ、その時の二人ってホントの全力(・・・・・・)を出して戦ったの? 究極贈物(アルティメットギフト)とか、刀剣系とか。」

「確かに刀剣系もぶつかり合った。

良い機会だからついでに教えてやると、刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)はこの世界に五つある訳だが、その五つの刀剣系自体に優劣は存在しないんだ。」

「えっ!? そうなの!?」

「ああ。まず、刀剣系の能力は他の刀剣系以外では受けられない。仮に刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を持つ者同士がぶつかった場合、勝敗を分けるのはその者の実力になる。

尤もこれは敵の中に刀剣系の使い手が居た場合にだけ気を付けるべき事ではあるがな。」

 

ギリスがそのような仮定で話を進める理由は刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の貴重性にある。それを自らの意思で集める事は何者にも不可能な事だ。

 

「じゃあさ、刀剣系って五つある訳で、その内の三つ(私とギリスとルベドさん)がこっちにある訳だよね?」

「ああ。だから最悪の場合、敵の手中に二つある事になる。そうなった場合かなりまずい。

ルベドはともかく、お前はまだ碌に使いこなせず、俺はそもそもまだそこまで回復していないからな。」

「うんうん。それじゃあさ、その残りの二つがどんな能力でどこにあるかギリスは知らないの?」

「残念だが知る所ではないな。だが逆に連中には俺達が手中に収めている能力を把握されている。その点で俺達は奴等に後れを取っている。」

「……………!」

 

蛍はギリスの話に依然として全神経を集中させていた。本来 全世界に散らばっている筈の刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の過半数が一つの陣営に集まるという事が如何に自分が身を投じている戦いが高い次元にあるかをそのまま示している。更に、蛍はその渦中に居るのだ。

 

(………世界中に散らばってるものが一つに集まってぶつかろうとしているなんて、訳分からないくらいスケールが大きすぎる……………!!!

私もラジェルさんに貰った刀剣系(この力)、ちゃんと使えるようにならないと………!! 一回一回の戦いの度に血を吐くようじゃ話にならない……………!!!)

 

蛍が刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)女神之剣(ディバイン・スワン)》をラジェルから譲り受けてから数日しか経っていないが、未熟さは蛍が一番良く理解している。

魔法警備団の時もツーベルクの時も、たった数回の使用で身体は行動不能に追い込まれた。

 

「分かったよ。その不利さをどうにか出来るくらい私も頑張る。

だいぶ話がそれちゃったけど、次はシャルディアさんの事、出来る限り教えてくれない?」

「ああ。あいつと初めて会ったのはルベドとの戦いが終わって種族同士の蟠りが取り払われた後だ。それまで風妖精(エルフ)は他所との慣れ合いを嫌っていたからな。

………あいつ程凝り固まって、それでいて風妖精(エルフ)を愛している人間は他に居ないと断言できる。」

 



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347 種族融和の架け橋! ギリスとルベドとシャルディア!! (後編)

世界に存在する数ある種族の中でも取り分け魔人族と風妖精(エルフ)は保守的な体制を断固として貫き、他の種族との関わりを持とうとしなかった。しかしそれが逆効果に作用し、ありもしない偏見と漠然とした恐怖に囚われた人間達は自分達を魔人族から救ってくれる存在を切に願った。それが俗に言う《勇者》の起源である。

そして世界で最初に産まれた勇者ー名をルベドというーは世界中の期待を一身に背負い、魔人族との戦いに身を投じ、最終的に当時最強の魔王だったギリス・オブリゴード・クリムゾンと激突した。

 

しかしその結果、ルベドは人間達が抱く魔人族の印象と実際は大きく乖離している事を理解し、それを切っ掛けとして種族間の隔たりは徐々に解消されていった。余談だが、それが完全に解消された頃とルベドが一度目(・・・)の天寿を全うし初めて転生を行った時期は一致している。

 

そしてしばらくの後、閉塞的な体制を保っていた魔人族と風妖精(エルフ)が接触する時が来た。それこそが即ち魔王の代表者だったギリスと風妖精(エルフ)の族長だったシャルディア=ティアーフロル=フェルナーデとの初対面の時である。

 

 

***

 

 

 

「━━━━まぁ前置きが長くなったが、こういう訳で俺とあいつは知り合ったんだ。」

「そうなんだ。それで、ギリスは最初シャルディアさんの事 どう思ったの?」

「第一印象の話か。

………一言で言うなら、当時のあいつは責任と緊張に囚われていた。あの時はまるで魔人族(俺達)の事を理解していなかった。そこにその気になれば風妖精(エルフ)を滅ぼせる力を持った俺が現れたのだから、当然と言えば当然だ。」

「その時のギリスってそんなに強かったの…………!?」

「……………まぁな。

話を戻すが、あいつは風妖精(エルフ)の代表者として俺との対談に応じたんだ。恐らくだが、魔人族と分かり合えるかどうかは半信半疑で応じていたと思う。」

 

既に遥か昔の事であるが、ギリスはその時の事を昨日の事のように覚えている。自分の一挙手一投足に種族の命運が掛かっている責任感から来る緊張は他でもないギリス本人が一番良く理解している。

 

「だけど、上手く行ったんだよね?」

「勿論だ。とは言え少なからず時間は掛かってしまったがな。

捕捉だが、魔人族や風妖精(エルフ)のような寿命が長い種族は問題に必要以上に時間を掛けてしまうきらいがあった。互いの実情を正確に把握するだけで十年以上を掛けてしまった。」

 

ギリスはそう言ったものの、互いの実情を把握するという入り口を潜り終えたその後は早かった。魔人族が自分達が抱く印象とは異なり温厚な種族であると理解すると風妖精(エルフ)との間に友好関係が結ばれた。

 

「まぁ何はともあれ閉塞的だった俺達魔人族が心を開いた事実は他の種族にも影響を与え、互いに関係を持つようになった。

……………だが、そんな状況も長くは続かなかった。あの日(・・・)が来たからな。」

「!!!」

 

ギリスの言う『あの日』とは言うまでも無くヴェルダーズが反旗を翻し、ギリス達に甚大な被害を与えた日である。それによってギリスは力を失い、リルアは力と記憶を、リズハはその命を、ラジェルは生命の危機に瀕し別次元への避難を余儀なくされた。そして風妖精(エルフ)をはじめとする精霊族も甚大な被害を受け、その数を大きく減らした。

 

「その日があいつの顔を見た最後の日になった。情けない事を言うが、正直どんな顔をしてあいつに会いに行けばいいか分からずにいるんだ。」

「えっ? なんで?」

「考えてもみろ。俺達魔人族と関わらずに村に籠っていれば風妖精(エルフ)はヴェルダーズの攻撃からは助かったと思わないか? 常々思うんだ。俺が余計な事をしたばっかりにあいつはあんな目に遭ったんじゃないか とな

!」

 

ギリスは柄にもなく情けない事を言っているという自覚はあった。しかしそんなギリスでも次に起こる現象を予測出来なかった。蛍がギリスの眼前に詰め寄り、両手でその手を握った。

 

「………おい、どうした?」

「大丈夫だよギリス。絶対にそんな事無い。

それなら悪いのはヴェルダーズに決まってるじゃん。それにもしそうだとしてもシャルディアさんがギリスのせいだと思ってる訳ない。それならあんな手紙送る訳ないよ。

だから安心して。それで皆で風妖精(エルフ)の里に行こうよ!」

「!

……………分かった。つい幼稚な事を口走ってしまった。忘れてくれ。」

「うん!」

 

ギリスは己の愚かさを猛省した。自分より遥かに人生経験の浅い少女に諭されてしまった自分を深く恥じた。そして同時にただの人間だと思っていた目の前の少女は既にルベドとも肩を並べる《勇者》として大成しつつあると理解した。

 

(いかんな。身体に比例して心まで幼稚になってしまっているようだ。身内とはいえ他人に弱みを見せるなんて何年ぶりだろうな……………)

「ねぇギリス、次はさ、風妖精(エルフ)の里がどんなところかもっと教えてよ!」

「……………仕方のない奴だ。」

 

ギリスは記憶の奥底にある風妖精(エルフ)の里での日々を口を通して出力していった。そうしている内に日は傾き、各々が自分の時間を過ごしながら風妖精(エルフ)の里へ向かう旅路の初日は更けていった。

 



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348 勇者ルベドの真骨頂!! 聖なる炎と聖なる剣!!! (前編)

風妖精(エルフ)の里へ向かう数日間の旅路の初日が終了した。蛍はギリスからシャルディアやルベドについての話を聞いていた。

ギリスとルベドは交代で風妖精(エルフ)の里へ向かう飛行機と化した魔王城(ヴァヌドパレス)の点検を定期的に行い、ニトルはそのままハニと自らの贈物(ギフト)転換之王(ベリアル)》の特訓を日が沈むまで続けた。

 

そして夜が明けた二日目、蛍はギルドの面々と共に星聖騎士団(クルセイダーズ)が用意した朝食を取っていた。

 

(いやー、まさか朝ご飯がバイキング形式とはねー。

こんなホテルみたいなご飯日本(あっち)でも食べた事無いよ。バイキングデビューが異世界の女子中学生なんて世界広しと言えども私だけだろうね。)

 

不特定多数の人間が一堂に会する事を想定して朝食はバイキング(各々が自由に料理を取って食べる)形式となった。蛍はパンを主食として野菜中心の副菜で献立を完成させた。

席に着くと蛍の前には既に各々の食事の準備を整えている者が居た。

 

「おうホタル、随分と健康志向の飯じゃねぇか。」

「そういうリナちゃんはサンドイッチばっかりだね。」

「まぁな。昨日(・・)食ったばっかだけど、結構気に入ったからな。」

昨日(・・)? ━━あー……………」

 

リナの発言で蛍はツーベルクの宿でリナと共にサンドイッチを食べた出来事がまだ昨日の事であるという事を再認識する。その時期を思い起こす為に想起する出来事が多すぎて数日前の出来事であるという錯覚を覚える。

 

「そっかー。あれからまだ一日しか経ってないんだね……。」

「おうともよ。ちなみに後何時間かすりゃ俺がお前らの仲間内に入って丸一日の記念日だ。」

「! ニトルさん……!」

 

蛍の背後からニトルが声を発した。ニトルは手にカレーを盛った皿を持っている。

 

「へー、ニトルさんは朝カレー派なんだ。」

「アサカレー? 何言ってんのか分からねぇが、単に気まぐれで取っただけだぞ。」

「……もしかしてさ、教会襲うの失敗してからも丸一日経ったと思ってる?」

「……別に。ただこうやってお前と飯食うのは奇跡中の奇跡だって思ってるだけだ。」

「ふーん…………」

 

昨日という日は蛍にとっても、そしてニトルにとっても生涯一の激動の一日だったと言える。推薦人の蛍ですら未だにニトルの心中は把握できずにいる。

 

「そういえばさ、あれからハニさんとずっと特訓してたみたいだけど何か掴めたりした?」

「まぁな。取り敢えずあいつが言いたがってた運動云々の事は感覚で分かった。向こうに付くまでにゃものにできるだろうよ。」

「そっか。期待してるよ。」

「ホタル、私はこいつにばかり肩入れするのは賛成しないぞ。」

『!』

 

蛍の背後からリルアが声を掛けた。前日と同様、両手に一杯の料理を乗せた皿を持っている。

 

「リルアちゃん…………」

影魔人(カゲマジン)から助かったから感情が湧いたんだろうが、そんな特別扱いを作ったらこの先色々な奴を引き入れなければならない状況に陥りかねんぞ。」

「いやいや、別に私はそんなつもりでスカウトしたんじゃないよ。ただ━━━━」

 

『ビーーーーーーッ!!! ビーーーーーーッ!!! ビーーーーーーッ!!!』

『ッ!!!!?』

 

瞬間、その場に居た全員の鼓膜を警報音が震わせた。飛行機状態の魔王城(ヴァヌドパレス)に仕込まれている警報装置が作動した。

食堂に居る中で一番の実力者だと目されている蛍に一人の隊員が駆け寄った。

 

「ホタル・ユメザキ様!! ご報告します!!」

「い、一体何があったの!!? 事故!? それともまさか敵が……………!!!!」

「いえ、敵襲ではなく前方に魔物の大群が現れ、たった今、総隊長とギリス様が交戦中で━━━━

ッ!!? ホタル様!!?」

 

隊員から言葉を聞いた瞬間、蛍は半ば反射的に地面を蹴り飛ばして駆け出していた。隊員の言葉だけではギリスが何処にいるか分かる筈も無いが、蛍は直感的にその場所を察知していた。

 

*

 

《レッサーワイバーン》

分類:翼竜目ドラゴン科ワイバーン属

体高:約2~3メートル

体重:約150キログラム

体色:紫

 

生態的特徴:密林の中に生息し千体規模の群れで活動する。集団行動を取り、自分の十倍以上の大きさの獲物を捕獲する例も存在する。

 

《翼竜学者 エルゴン=ドラグニア 著作『翼竜の全て』》

 

*

 

竜の姿をしたヴァヌドパレスの前には、千体以上のレッサーワイバーンが群れを成してヴァヌドパレスを虎視眈々と狙っていた。しかし、レッサーワイバーン達が相対しているのはヴァヌドパレスだけではない。竜の鼻先、即ち操縦席に位置する場所に二人の男が立っていた。

 

かつての魔王にして戦ウ乙女(プリキュア)達のギルドマスター ギリスとかつての勇者にして星聖騎士団(クルセイダーズ)の総隊長 ルベドである。

 

「やれやれだ。敵襲かと思って出てみれば野良の蜥蜴共とはな。」

「全くだね。だけど君がこんな紛らわしい形に変えたから間違われたんじゃないのか?」

「かもしれないな。だがやる事は変わらん。久方ぶりの魔物退治と行こうか!!!」

 



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349 勇者ルベドの真骨頂!! 聖なる炎と聖なる剣!!! (中編)

千体規模で連携を取るレッサーワイバーンは緻密な魔力操作で飛ぶヴァヌドパレスには少なからず脅威に成り得る。無論、刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の持ち主が三人も居る以上不覚を取る事は万に一つも有り得ないだろうが、仮に飛行に支障が出ると目的地である風妖精(エルフ)の里に着く時間が遅れる事態に陥る可能性もある。

故にギリス達は己の勘を取り戻す意味合いも込めてレッサーワイバーンの大群の相手を自ら買って出た。しかしそれに待ったを掛ける人物が居た。

 

「ギリス! やっぱりここに居た

ってうわっ!!? 何あれ!!!」

『!』

 

蛍は昨日、ギリスの部屋でシャルディアやルベドについての話を聞いた後、飛行機となったヴァヌドパレスの内装を見学して回った。その際に魔力操作を司る操縦室の位置も把握していた。操縦室のある竜の鼻先に位置する部分、そこにギリスとルベドは居た。しかし蛍はそれよりも目の前に広がる竜の大群に面食らった。

 

「ホタル。お前は離れていろ。あれはワイバーンというドラゴンの大群だ。恐らくはこの城を獲物か何かと間違えているんだろう。俺達が対峙するから安心して飯を食っていろ。」

「俺達 って、ギリスも戦う気なの!? 止めた方が良いよ!! それでもしギリスが怪我でもしたら……………!!」

「心配してくれるのか。だがならばお前が戦うのか? それこそ止めた方が良いと思う。

お前は昨日限界まで体力を使っているんだ。今日くらいは体力を温存した方が良い。」

「だ、だけど……………!!」

 

蛍はギリスの発言を肯定した上で返答に詰まった。昨日の今頃、自分がフォラスと死闘を繰り広げ究極贈物(アルティメットギフト)解呪(ヒーリング)を酷使し(吐血する程)体力を消耗した事は動かし難い事実である。ギリスが言うように蛍は今日は極力体力の消耗を避け少しでも自愛するべきである。しかしその上でもギリスを戦闘の場に踏み込ませる事は憚られた。

 

「だけど、疲れてるのは私だけじゃないでしょ!!? ギリスだって、それこそガミラに斬られた傷も完璧には治ってないかもだし……………!!!」

「おいおいホタル。まるでギリス一人で戦うと言わんばかりじゃないか。」

『!!』

 

ギリスとの話に没入し完全に見落としていたが、この場には蛍とギリスの他にルベドが居る。そしてルベドはかつてギリスと死闘を繰り広げた経歴を持つ全世界規模で見ても有数の実力者だ。しかし蛍は彼の実力や彼が持つ究極贈物(アルティメットギフト)の能力の詳細を何一つ知らないという旨の話をギリスにしたばかりだ。

 

「…………そうだな。

ルベド、実はな、昨日こいつがお前の実力の程を見たいという旨の話を俺にしたんだ。」

「ああ、そういえばまだ彼女の前で戦った事は無かったね。」

「そうだ。そこで提案なんだが、こいつの前でお前の究極贈物(アルティメットギフト)を使って見せてはくれないか?」

「……良いね。分かったよ。」

「ギ、ギリス!! ルベドさん!! あれ!!!!」

『!!』

 

ギリスとルベドが言葉を交わしている中、蛍が前方を指さしながら悲鳴じみた声を発した。指差す方向ではワイバーンの大群が蛍達に向けて攻撃を発しようとしていた。口から放つ高濃度の炎だ。

 

「ドラゴンならば炎を吐くとは面白い程に面白味が無いな。だがルベド、これならあれ(・・)が使えるだろ!?」

「そうだね。風妖精(エルフ)の里の前の肩慣らしと行こうか!」

「ちょ、ちょっと何をのん気な事言ってるの!!? 早く避けないと━━━━!!!」

『ゴオオオオオオッ!!!!』

「!!!」

 

瞬間、蛍の視界を赤一色の炎が埋め尽くした。レッサーワイバーンの大群が一斉に口から炎の息を繰り出した。見くびるでも買い被るでもなく自分達は疎かこのヴァヌドパレスごと焼き尽くしてしまいそうな予感を蛍はその炎に連想した。

 

しかし、その炎が魔王城に到達する事は無かった。

 

「…………………………!!!

ッ!!?」

「ホタル、君が僕の力を疑ってた訳じゃないとは思うけどね、これで少しは信じてもらえるかな?」

「こ、これは……………!!?」

 

その時、蛍はルベドの前方に炎の壁を見た。ワイバーンが放った炎から蛍達を守ったのだ。

しかしそれはワイバーンの大群が放った炎とは異なり、混じり気の無い純粋なもののように見えた。ルベドの眼前で燃えている炎を見た瞬間、蛍は直感的に『美しい』というような場違いな感想を抱いた。

 

「どうだホタル。これがお前があの時(・・・)見たルベドの《緋炎之神(ウリエル)》だ!!」

「ウ、ウリエル……………!!?」

 

*

 

緋炎之神(ウリエル)

天使系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の周囲にある火や熱を自在に操作する。

 



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350 勇者ルベドの真骨頂!! 聖なる炎と聖なる剣!!! (後編)

レッサーワイバーンの大群が挨拶代わりに放った高濃度の炎はお世辞でもなく自分達を魔王城ごと灰にしてしまえるような威力があると、蛍はそう直感した。しかしルベドはその炎を顔色一つ変える事無く防いで見せた。この事実一つでギリスが信頼を置くルベドの実力が如何程のものであるかを思い知らされる。

蛍は誰に強制されるでもなく自分の認識が誤っていた事を実感させられた。

 

そしてそれは蛍だけではなかった。

 

「おーい! やっぱりここに居やがったか! 飯食ってる途中で外に出てんじゃ

ってうわぁっ!!? 何だこりゃ!!!」

「!! ニトルさん!!」

 

蛍の後を追ってニトルが竜の鼻先(魔王城の先端)に姿を現した。彼が一番に注目したのはやはり大量のレッサーワイバーンの大群とルベドの手にある巨大な炎の盾だった。

 

「何だこの状況!! 一体何が起こってんだ!! まさかこいつもあいつら(・・・・)の差し金か!!?」

「落ち着けニトル。こいつらは唯の野生のドラゴンだ。それで折角だからルベドに相手をさせて、蛍にルベドの力の程を見せておこうと思ってな。」

「う、うん。そういう事なの。折角だからニトルさんも一緒に見て行こうよ。すごかったよ! 火のブレスを平気な顔して固めちゃってさ!」

「おいおい。こんな火遊び一つで僕の実力を知った気になってもらうのは面白くないな。折角だから徹底的(・・・)にやろう。僕も勘を取り戻しておきたいしね。」

『!』

 

ルベドは自身の究極贈物(アルティメットギフト)緋炎之神(ウリエル)》を使ってワイバーンの炎を容易く防いで見せた。この世界にそれ程の事が出来る人間が他に居るかという問いに答えられる人間は数少ないだろうと断言できる。しかしルベドは自分の実力はこんなものではないと言った。そして更に本気を出すとも言った。ギリスだけがその言葉の意味を正確に察知した。

 

「………まさか使う気か。こんな蜥蜴共を()にしてやるのは過剰な待遇じゃないのか?」

「別に良いじゃないか。良い機会だと思わないか?

初代として後輩に示しを付けるのは大切だと思うけどね。」

「……………そうか。 おいお前達、離れていろ。」

『?』

 

ルベドの言葉の意味を理解できないまま、蛍とニトルは言われるがままにルベドから距離を取った。そして次の瞬間にはその行為がどれ程重要だったかを思い知らされる。

 

「此処迄離れれば十分だろう。」

「ああ。 本当に君達は運が良いよ。僕がこれ(・・)を使うのは、星聖騎士団(クルセイダーズ)の皆にも見せた事が無いからね!!

 

━━━━━━━━《七星之剣(グランシャリオ)》!!!!!」

『!!!!?』

 

ルベドが発したその言葉は、ギリスが言っていたルベドが持つ刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の名前だった。しかし蛍達は《女神之剣(ディバイン・スワン)》のようにルベドの周囲に剣の姿を見てはいなかった。ルベドがその名前を口にした瞬間、蛍達の視界に入ったのはレッサーワイバーンの大群が一匹残らず切断されてその生命を絶たれる光景だけだった。

 

『………………………………………!!!!!』

「……………どうやら衰えてはいないようだな。いや、あの時以上の精度になったか?」

「当然じゃないか。僕だってあの時からずっと遊んでた訳じゃない。尤も、君のようにこいつを振るえるような強敵は滅多に見れなくなったけどね。

 

それよりも、随分と驚かせてしまったね。だけど大丈夫だ。あのレッサーワイバーンは無闇に家畜や人間に危害を加えて、毎日のように討伐依頼が出されていたからね。これくらい駆除したって誰も咎めはしないよ。」

「い、いや、その事じゃなくて……………!」

 

かつて、蛍は魔物の討伐一つすら躊躇った過去がある。無論、千を越える生命(ワイバーン)が目の前で絶命した光景は少なからず衝撃的だった。しかし彼女の意識はルベドの行為一つに集中していた。そして思い知らされる。やはりルベド・ウル・アーサーという人間の実力は自分の想定を大きく超えている と。

 

(な、な、何も見えなかった……………!!! これが、ギリスと戦ったルベドさんの実力……………!!!!

私が間違ってた……!! この人は今の私じゃ絶対にたどり着けない次元(レベル)に居るんだ……………!!!!)

 

無論、蛍とてルベドの実力を疑っていた訳では無い。ただ、彼の正確な実力を知りたがっていただけだ。そして今、彼女は彼の実力を理解した。ルベド・ウル・アーサーという人間は自分が与えられた《勇者》という人種の完成形なのだという事を。

 

*

 

結局、風妖精(エルフ)の里へ向かう旅路の二日目の主な出来事はそれだけだった。

そして翌日、蛍達を乗せたヴァヌドパレスは遂に風妖精(エルフ)の里に辿り着いた。



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351 遂に見えた世界樹!! 着陸 風妖精(エルフ)の里!! (前編)

「━━━━ねぇ、まだ見えないの?」

「逸るな。俺の計算が正しければもうすぐ見える筈だ。」

 

今は蛍達《勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)》と星聖騎士団(クルセイダーズ)が共同して風妖精(エルフ)の里へ向かう魔王城(竜型の飛行機)に乗ってから三日目の朝、蛍はギリスと共に竜の鼻先(飛行機の先頭)で窓を覗いていた。その理由は一つ、その直前にギリスから待ちに待った吉報を聞かされたからだ。

 

三日目の朝食を取っている時にギリスが『あと数時間で風妖精(エルフ)の里に到着する』という旨を全員に報告した。その一言に全員が湧いた。そして蛍がその筆頭だった。

今 窓から見えている光景は森の木々と雲海のみだが、もうすぐで風妖精(エルフ)の里、延いては世界樹が見えるというギリスの言葉を疑ってはいなかった。まだ見た事も無い景色が見える瞬間を蛍は今か今かと待っている。

 

「…………三日か。結構長かったね。それに色んな事があって。こんな経験もう一生出来ないかもね……………」

「おいおい何を終わったような事を言っている。これから始まるんだろう。それに地に足付ける時には今まで以上の体験をする事になるだろう。

………だが、色々あったのは事実だな。特にあのニトルという奴、この三日間大分熱心に励んでいたな。お前の目に狂いは無かったと俺も皆も思い始めている。」

「ギリスもそう(・・)思ってたんだ……………」

「そんな言い方をするな。俺なんて高が知れたものだ。」

 

ニトルは移動中にハニやソフィア、マキ達と共に贈物(ギフト)や炎魔法の特訓を積んだ。その行動が功を奏し、仲間内での彼の評価も変わりつつある。

 

「ねぇ、ギリスはニトルさんの事、どう思ってるの?」

「前にも言ったろう。前歴など問題ではない。俺の為に動くならすべてに目を瞑るし、そうでないならそれ相応の対応をするだけの事だ。」

「う、うん。分かってたけど大分ドライだね……………」

「まぁな。それに偽りはない。 ………だが、負い目を感じているのも本音だ。」

「負い目? なんで?」

 

ギリスの言葉はそれまでのニトルの淡白な評価とは真逆のものだった。

 

「考えてもみろ。俺がヴェルダーズに不覚を取り野放しにしたからあいつをこんな面倒事に巻き込んでしまったんだ。それこそ、解呪(ヒーリング)が出来ずに死んでいた可能性もあった。

あいつだけではない。過去、お前がこの世界に来るまでに数え切れない程の人間や命が奴等の食い物にされた。

例えばだ、リナ達が潜入していた監獄の裏切り者を覚えているか?」

「うん。監獄の署長の人がヴェルダーズの仲間だったんだよね?」

「ああ。その裏切り者が何度も囚人をチョーマジンに変え、その度に囚人が看守達の手によって死んだ。例を挙げれば切りがない程に、あいつらの罪は重いんだ。それこそニトルがやろうとしたことなど問題にならない程にな。」

「!!

……………じゃあ絶対にヴェルダーズ達を止めなきゃダメだね。」

「勿論だ。これは最早魔王()が失った名誉を挽回するという次元を超えている。この世界の命運が左右される程の問題なんだ。」

 

蛍はギリスと共に活動する中で魔王だったギリスの没落、そして何度もヴェルダーズ達が徒に命を弄ぶ(チョーマジンに変える)光景を目の当たりにしている。そのような凶行が自分が生まれるより前から何度も行われているという事を彼女は再認識した。

その時には既にそれまでの風妖精(エルフ)の里へ向かう旅行気分は抜けていた。今から自分がやろうとしているのは戦力増強以外の何物でもないという事を改めて自分に言い聞かせる。

そしてその認識を更に強固にする出来事が蛍の目の前で起こった。

 

「!!! ギ、ギリス、あれ!!!」

「ああ。漸く到着だ。」

 

蛍の目は雲海の中に浮かぶ巨大な影を捕らえた。その影は周囲に群生している森の木が矮小な木の枝に見える程に巨大だった。実物を見ていないにも関わらず、事前情報だけで蛍はその影の正体を察知した。そしてそれは直ぐに証明される。

 

「…………………………!!!!」

「どうやらあの時から少しも変わっていないようだな。」

 

蛍の視界に入ったのはやはり一本の巨木だった。幹は茶色と白を混ぜ合わせたような優しい色合いで、それと調和するように上部に青々とした葉が生い茂っている。蛍達が乗っている魔王城もかなりの上空を飛んでいた筈だが、それでも首を限界まで上に向けなければ巨木の最上部が見えない程だった。

 

「あ、あれが世界樹……………!! あの中に風妖精(エルフ)の里が……………………!!!」

「ああ。そうとなれば戻るぞ。この事を全員に伝えなけらばならない。

これより俺達は着陸準備に入る!!!」



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352 遂に見えた世界樹!! 着陸 風妖精(エルフ)の里!! (後編)

風妖精(エルフ)の里へ到着したという情報は一瞬にして魔王城中を駆け巡り、場内は期待と緊張と使命感が入り混じった独特の空気に包まれた。

しかし場内では蛍達は旧友や風妖精(エルフ)に会える期待に胸を膨らませ、星聖騎士団(クルセイダーズ)は緊張感に包まれていた。因みにハッシュは後者だった。

 

そして前者の中で特にはち切れんばかりの期待に胸を膨らませている者が居た。

 

「なぁなぁギリス! もうすぐだよな!? もうすぐでシャルディアに会えるんだよな!?」

「逸るなと言っているだろう。既に着陸準備に入っている。後数時間後には里の酒が吞める。」

「そうだよ。それに僕達は遊びに行く訳じゃない。これも奴等に打ち勝つための行動の一環だという事を忘れないでくれ。」

 

現在は蛍達魔王城に乗っている全員が一つの大広間に集められ、再び地面に足を付ける時を今か今かと待っている。そしてその中で言葉を交わしている者が三人居た。ギリスとルベド、そしてリルアの三人である。

彼等三人以外の人間達は皆、三人の間に広がる空気に馴染めずにいた。彼等三人の共通点は言うまでも無くシャルディアと面識がある事である。その例に漏れる人間達には理解出来ない何かが三人の間の空気にはあるのだ。

そしてそれは蛍ですらも例外ではなかった。

 

(………うん。私は今まで友達と離れ離れになった経験なんて無いからギリスの気持ちは分からないけど、それでも嬉しいに決まってるよね。)

 

ギリス達の胸中は想像する事しか出来ないが、それでも自分の寿命の何倍もの時を超えた再開が非常に喜ばしいものである事を蛍は容易に察知出来た。そして様々な感情が入り乱れていた場はギリスの言葉で統制される。

 

「さて諸君、三日に及ぶ長旅、実にご苦労だった。だがこれはまだ開始地点に立ったに過ぎない。

俺達はこれから風妖精(エルフ)の里へ入り、それぞれに活動する。風妖精(エルフ)を始め、里には多種多様な妖精族が居る。その高度な魔法技術は態々語るまでも無いだろう。味方に付けられたならば百人力だ。

俺達が合同で実行するこの数日の行動にこれからが掛かっているという事を忘れないでくれ。」

 

自分達に向けたものか或いは星聖騎士団(クルセイダーズ)達へ向けたものか、いずれにしろその言葉はその場に居た全員に適度な緊張を与え冷静さを取り戻させた。自分達は今、風妖精(エルフ)の里へ旅行に行くのでは決してなく、これは戦力増強の為の作戦の一環であるという事を再認識させられた。

そして次に口から出た言葉は自分達がこれからその作戦へ踏み込むという事を意味していた。

 

「これより、この城は着陸態勢に入る。城内にも多少なりとも振動が掛かる為、体勢を崩さないよう注意するように。」

「……………………」

『ブォアッ!!!!』

「!!!」

 

その音は、(魔王城)が地面へ着陸する為に羽ばたいた音だった。その反動は竜の体内(城内)へ多少なりとも衝撃を与えたが、それは直ぐに収まった。そして衝撃が収まったという事は着地に成功した事を意味する。

 

「……………お、収まった………? って事は……………」

「ああ。着地成功だ。今はこの城を元の形態に戻している。そうでなければ碌に出られんからな。

あと数分すればその変形も完了する。そうすれば漸く(・・)だ。」

「……………!!」

 

蛍だけでなくその場に居た全員が身体で受けた衝撃とギリスの言葉によってこれから起こる事の全てを理解した。

 

 

 

***

 

 

 

(魔王城)の羽ばたきによる衝撃の後、魔王城は元の姿へと戻っている。その際にも城の内部には多少なりともの断続的な震動が続いている。そしてそれも程無くして収まった。内部から確認する術は無いが、その場に居た誰もが自分達が居る魔王城が元の城へと戻ったのだと理解した。

またしても口を開いたのは蛍だ。

 

「…………これって、元のお城に戻ったって事だよね………?」

「ああ。今此処は魔王城(ヴァヌドパレス)の数十階と言った所だ。さぁ、窓から外を見てみろ。面白いもの(・・・・・)が見えるぞ。」

「面白いもの? もしかして、風妖精(エルフ)の里が━━━━」

「どうやらそうではない。兎に角見てみろ。」

「そうではない━━━━━━?

 

ッ!!!?」

 

その時、蛍が見たのはそこに広がっている筈の風妖精(エルフ)の里では無かった。視界の端には確かに入っていたが、蛍の意識はその前方(・・・・)に集中していた。

そこには一人の女性が居た。身長は蛍より二回り程も大きく、透き通るような金色の髪は頭頂部で束ねられ、更に一際目を引いたのは人間とは明らかに異なる尖った耳と背中から生えた昆虫を連想させる羽である。

それらの膨大な視覚情報を処理し、蛍は一つの結論に至った。そしてその結論を証明する言葉を蛍達は聞いた。

 

「━━━━久しいな。我が友たちよ。

そして歓迎しよう、誇り高い勇者と精鋭諸君。私がこの風妖精(エルフ)の里の族長、《シャルディア=ティアーフロル=フェルナーデ》だ。」



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353 風妖精(エルフ)の里への入門! 戦ウ乙女(プリキュア)と妖精族!! (前編)

ギリスの旧友にして風妖精(エルフ)の族長である人物 シャルディア=ティアーフロル=フェルナーデ。

その本人と初めて対面した蛍が彼女に抱いた印象はラジェルやマリエッタと対面した時と似通っていた。大人の女性に抱く可憐さと高潔さがそこにはあった。蛍の目にはシャルディアの周囲が金色に輝いて見える錯覚が起こった。

 

(こ、この人が風妖精(エルフ)の族長さん……………!!!)

「おいホタル、あいつに見惚れるのは分かるが後ろに気を付けろ。」

「えっ?

っ!!!? うわぁっ!!!!」

「シャルディアーーーーーーーーッ!!!!」

「!!!」

 

ギリスの言葉に半ば反射的に振り向いた蛍の視界に入ったのはリルアの顔面だった。再び反射的に屈んだ蛍の背後で窓ガラスが割れる音が響いた。直感的にリルアがシャルディアに飛び掛かったのだと理解した。

 

「リ、リルアちゃん!? 危ないじゃな

!」

 

あわや正面衝突寸前の事態を蛍は糾弾しようとしたが、それは寸前で止まった。その言葉が目の前の光景にあまりに不揃いだったからだ。空中でリルアとシャルディアが抱擁を交わしている。そしてリルアの目尻には涙が浮かんでいた。

 

「リ、リルアちゃん……………!」

「………馬鹿が一人先走ってしまったが、俺達も早く下に降りるとしよう。俺達も積もる話が山の様にあるしな。」

「う、うん……………!」

 

窓から飛び出したリルアを先頭として城内に居た全員が列を作って城の階段を下りた。

 

 

 

***

 

 

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)のメンバーと星聖騎士団(クルセイダーズ)の六番隊と九番隊、総勢は軽く百を超える。その全員が綺麗に整列し魔王城の前に並んでいる。列の先頭にはギリスが立ち、シャルディアと向かい合っている。

そしてギリスの隣に蛍が立っている。この場に居る人間の中では蛍もまた最重要人物の一人だからだ。

 

「━━━━君があのラジェルに認められた勇者か。改めてこの風妖精(エルフ)の里の族長を務めるシャルディアだ。」

「は、はい! 夢崎蛍(ホタル・ユメザキ)と言います!! ギリスやルベドさん達とは仲良くさせてもらっています!!」

「そうかそうか。それは良かった。こいつはかなりの寂しがりやだからな。これからも仲良くしてやってくれ。」

「おい、余計な事を言うのは止めろ。何処をどう見てそう言ってるんだお前は。」

「何処って、その貧相な身体を見てだが?」

『!!!』

 

蛍が力を付けるにつれてギリスも同様にかつての力を取り戻しつつある。かと言ってそれは全盛期に比べればまだ微々たるものである。現在でも力の消耗を抑える為に普段は少年の姿でいる事を強いられている。蛍にとっては日常化しているそれもギリスにとっては耐え難い屈辱の一つなのだ。

シャルディアの一言でその場に流れた重苦しい空気を払拭したのはルベドだった。

 

「おいおいシャルディア。そんな言い方は無いだろう。こいつはこいつで必死に頑張ってるんだ。」

「ハハ。悪い悪い。再会祝いの軽い冗句だ。

………それにしてもだ、君達二人、随分と良い仲間を持ったようだな。」

 

シャルディアはギリスとルベドの背後で整列している人間達を見てそう言った。半分以上がシャルディアにとって初対面だったが、ギリスとルベドが連れて来たという事実一つで信用に値する。

 

「ああ。最初は俺とこいつだけだったが、此処迄仲間が増えた。完成(・・)まであと少しだ。」

「僕の方も勇者稼業を続けていたら自然とこうなってね。流石に全員が究極贈物(アルティメットギフト)とはいかないが、それでも腕の立つ奴等ばかりだ。」

「そうか。心身共に元気そうで何よりだ。だが、それは私も同じだ。

私達の拠点に案内しよう。こんな所ではなく、話は其処で。」

 

シャルディアに案内される形で、蛍達は遂に風妖精(エルフ)の里の門を潜った。

 

 

***

 

 

風妖精(エルフ)の里は五つの地域、北区、南区、東区、西区、中央区から構成されている。シャルディアに案内される形で蛍達は中央区へ移動した。その過程にも蛍達は風妖精(エルフ)の里の様々な情報を手に入れた。町の至る所に見慣れない樹木が生え、建物は木造建築で統一されている。更に何人も人間離れした外見、即ち妖精族に出会った。彼等は例外なく蛍達を歓迎してくれた。

そして蛍達はその中で一際大きな建物へ案内された。ギリスの魔王城(ヴァヌドパレス)と同等の外観で今この場に居る全員を軽く収容出来そうな程の広さだった。

 

「此処が風妖精(エルフ)の里の政治、防衛を行っている拠点だ。君達にも紹介しよう。

君達の力になれると確信している、私達妖精族が誇る精鋭達だ!!!」



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354 風妖精(エルフ)の里への入門! 戦ウ乙女(プリキュア)と妖精族!! (後編)

シャルディアが声を張り上げると拠点である建物の扉が開き、中から四人の人間が姿を現した。彼等はおおよそ人間とはかけ離れた姿をしていたが共通している部分もあった。

それは背中に生えた羽と彼等が身に着けている服である。白と青で構成された格式高い軍服のような格好だった。

 

「彼等こそが我々風妖精(エルフ)の里が誇る精鋭達だ。全員がそれぞれの種族(・・・・・・・)の中で最高の実力を持っている。必ずや君達の力になると約束しよう。」

 

シャルディアの言葉の通り、建物から出てきた四人はそれぞれ異なった身体的特徴を持っていた。それが意味する事は彼ら四人が別々の種族の妖精族だという事だ。

風妖精(エルフ)の里には五種類の種族が生活している。そしてシャルディアを隊長として四つの部隊で構成されている護衛隊が存在するのだ。

 

「いよいよこの時が来ましたんですね隊長殿。世界を救う役目を背負った勇者の役に立てるこの時が!!」

 

濃い赤色の短髪と堀の深い褐色の顔を持つ男性

 

風妖精(エルフ)の里護衛隊 一番隊隊長 《ユージーン・ウルガニア》

炎妖精(サラマンダー)

 

「今ならはっきりと確信できますね。私が何のためのこの身体を持って生まれたのかが。」

 

茶髪を肩付近まで伸ばし前髪を上げた大男

 

風妖精(エルフ)の里護衛隊 二番隊隊長 《アリアド・サトゥルヌス》

土妖精(ドワーフ)

 

「しかし世界も酷な事をしますね。よもやこのような少女一人に世界の命運を握らせるとは。」

 

薄い青い髪を頭頂部で束ねた高身長の女性

 

風妖精(エルフ)の里護衛隊 三番隊隊長 《エルキュール・メルクリア》

水妖精(ウンディーネ)

 

「全く不甲斐ない限りです。このような未来ある人間を守る事が私達の使命だというのに。」

 

白い髪を切り揃えた黒い肌の女性

 

風妖精(エルフ)の里護衛隊 四番隊隊長 《サンドラ・プルタナ》

闇妖精(インプ)

 

『そして、お初にお目にかかります 魔王ギリス様並びに勇者ルベド様!! 我々、シャルディア=ティアーフロル=フェルナーデ隊長の名において、全身全霊を掛けて尽力する事を此処に誓います!!!!』

『…………………………!!!!』

 

四人の屈強そうな妖精族が現れるや否や、すぐさまギリス達に対して頭を下げた。その光景を目の当たりにしたギリス達の反応は様々だった。大多数を占めていたのは無機質な情報でしか知らなかった様々な種類の妖精族の実物をこうして目の当たりにした事に対する驚きの感情だった。

しかし、その例に漏れる人物が一人だけ居た。それはこの世界に来たばかりで妖精族の種類の情報を知らない蛍である。

 

「━━━━ね、ねぇギリス、この人達ってみんな妖精族なの……………!?

それにしてはあまりにもバラバラっていうか、なんというか……………!!!」

「バラバラというのは正しい感想だ。それこそが妖精族の特徴なのだからな。しかし壮観で懐かしいな。こうして妖精族が揃う所を見ると昔に戻ったようだ。

……………だがそれも完全では無いな。シャルディア、影妖精(スプリガン)は何処に居る?」

「? スプリガン?」

「!!!

……………残念だが、そいつらはあの時に…………………………!!!」

「そうか。あの時滅んだのは二種類ではなかったのだな。」

「???」

 

ギリスとシャルディアが言った『あの時』とはヴェルダーズが反旗を翻しギリス達を強襲した時の事である。その際にいくつかの種族が絶滅した。

それはラジェルが属する天使族と現在 リズハが転生した夢魔族(サキュバス)である。そしてシャルディアの発言によって新たにもう一種の絶滅が判明した。それが妖精族の種類の一つ、影妖精(スプリガン)である。

 

「ああ。すっかり話に夢中になってしまったな。先刻立ち話を止めようと言ったばかりなのに申し訳ない。さぁ中に入ろう。話したい事は山のようにあるのだ。」

「あぁ分かった。先ずはお前の建築の腕を見させてもらうとしようか。」

 

シャルディアの言葉によってようやくギリス達は風妖精(エルフ)の里に来て初めて屋根の下に入る事となった。

 

 

 

***

 

 

 

時はギリス達がシャルディアと再会し風妖精(エルフ)の里に入る頃、遠方から同様に[[rb風妖精:エルフ《》の里に入ろうとしている人物が居た。

その人物は一人だった。髪は黒く伸び、身体を包む服装も黒で統一されている。そして一際特徴的なのは背中から生えた、更に漆黒の羽だった。この世界においてその特徴を持つ種族は一つ、影妖精(スプリガン)だけだ。

 

その人物は自らの足で風妖精(エルフ)の里へ向かう途中、次のような言葉を口にした。

 

「…………………………後少し、後少しで風妖精(エルフ)の里だ……………!!!

絶対に、絶対に許さない…………………………!!!!

影妖精(スプリガン)の恨みは、私が必ず…………………………!!!!!」



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355 戦ウ乙女(プリキュア)達の憩い! 蛍が語る蛍の話! (前編)

「おーーーーーっ!!」

 

シャルディアに誘導される形で拠点となっている建物に入った面々の中で半ば反射的に声を出したのは蛍だった。中に入って最初に目に飛び込んで来たのは玄関である筈なのに余りに広すぎる空間だった。

それまで見た風妖精(エルフ)の里の建物の例に漏れず床、壁共に木造であり、椅子や机などの家具も茶色で統一され芸術作品と見間違う程の迫力を与えた。

 

現在はシャルディアの旧友であるギリス、ルベド、リルアと最重要人物である蛍が建物に入りそれ以外の人間は外で待機している。総勢百を優に超える全員を移動させるとそれだけで少なからず時間を空費するからだ。

 

「此処は所謂、村民の手続きを行う場所だ。書類の発行などは此処で行われている。」

(つまり市役所みたいなものか……………)

「次は君達の部屋をそれぞれに案内する。」

「え、全員この建物に入るんですか?」

「ああ。この建物は災害時の避難場所の役割も兼ねているからな。地下を含めると最大で五百人以上収容できる(因みに風妖精(エルフ)の里の人口は四百人程)からな。村に居る間は此処に居ると良い。堅牢さも私が保証する。」

 

*

 

「おーーーーっ!!」

 

場所は風妖精(エルフ)の里の拠点である建物の(最大五階ある内の)三階。蛍は部屋の内装に再び感嘆の声を発した。部屋の内装は先程の広間と同様壁や床、家具が全て茶色の木造で構成されている。

 

「結構豪華ファね、ホタル!」

「そうっスね! こんな部屋あと何回泊まれるか分かんないっスよ!」

「全くです。唯彼等と戦うだけに存在する私には不揃いな待遇です。」

「まぁ俺は里を出てからずっとどこかに泊まりっぱなしだけどな。」

 

蛍の感嘆の声に続く形でフェリオ、ミーア、フゥ、リナが各々声を発した。彼女達の共通点は一つだ。

 

「まぁそれで私達は全員戦ウ乙女(プリキュア)な訳だけどさ、こうやって集まるのはなんだかんだ初めてだよね?」

「いや全員って、リルアはどこ行ったんスか?」

「あー、リルアちゃんはギリスやルベドさんと一緒にシャルディアさんのとこに行っちゃった。まぁそこはしょうがないって感じで……………」

 

蛍達には複数の側面を持つ人間が複数人居る。リルアはギリス達と共にシャルディアの下に行き、ハッシュはルベド以外の星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員と共に行動している。因みに魔法警備団の団員という側面を持つタロスは普通に行動している。

 

話は変わって、最後の戦ウ乙女(プリキュア)であるフゥが加入した時期はギルドが三手に分かれて行動し蛍が魔法警備団本部にてガミラ達と交戦している最中である。戦ウ乙女(プリキュア)全員が一堂に会したのはその後だ。そして蛍とリナはその後直ぐにツーベルクに旅行に行った。故にこうして(リルアを除く)戦ウ乙女(プリキュア)だけが集まるのはこれが初だ。

 

「あー、えーっと、何から話す?」

「じゃああれだ。ミーアに、それとフゥ、俺達がツーベルクに行ってる間、お前らは何をしてた?」

「自分達はあれっスね。ギリスマスターから色々と聞いてたっス。」

「私も動揺です。何しろこの世界の知識が皆無なものですから。」

「え? それだけ?」

「そっスね。後はご飯の内容くらいしか話す事無いっス。」

 

それを聞いた蛍とリナは理解した。自分達は自分で思っている以上にお互いの事を知らないのだ。しかしそれは即ち話を広げやすい議題が出来た事を意味していた。

 

「じゃあ次はさ、みんなが戦ウ乙女(プリキュア)になるまで何してたか話そうよ。」

「待って下さい。私には戦ウ乙女(プリキュア)になる以前の情報など有りませんよ?」

「私も、蛍と一緒にこの世界に来たから話す事なんて何もないファ。」

「俺も特に話す事ねぇぞ? 里で毎日修行して飯食って寝て、お前が来るまでその繰り返しだ。」

「自分もそんなとこっスね。元々冒険者になりたかったんで、弓の特訓ばっかやってたっス。」

「えっ? それで終わり?」

「俺等はな。けど話はそれで終わりじゃねぇだろ。

ホタル、言い出しっぺのお前はどうなんだよ。お前は他の世界からここに来て戦ウ乙女(プリキュア)になったって話じゃねぇか。その前までお前はどこで何やってたんだよ。

ッてかそもそも、お前自分の事俺達に話してくれた事ねぇよな?」

「!」

 

リナの指摘は的を得ていた。蛍は仲間であるリナやギリス達に自分の情報を殆ど話せていない。激動の毎日が続き、その余裕が失われていた。

 

「おーっ! 自分も気になるっス! 家族とか向こうの世界とか! 色々話して下さいよ!」

「そうファね! 私もパートナーなのに今まで聞いてなかったファ!!」

「家族ですか。私には縁のない話です。少なからず興味はありますね。」

「そういうこった。お前が切り出した話なんだから責任もって洗いざらい話せよな。」

「……………うん分かった。まず、私が居たのは『日本(ニホン)』っていう国でね━━━━」

 

リナ達異世界人にとっては耳馴染みの無い国名を皮切りに、蛍は自分の情報を話し始めた。



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356 戦ウ乙女(プリキュア)達の憩い! 蛍が語る蛍の話! (後編)

自分の情報を開示するよう要求された蛍はまず自分が過ごした場所、即ち『日本』の情報を話した。話していく度にかつての生活が思い起こされる。つい数日前までそこで生活していた筈なのにその記憶が遥かに古いものであるかのような錯覚を覚える。

 

「━━━━とまぁ、色々かいつまんで話したけど分かってくれたかな?」

「分かったけどよ、お前の話に出てきた『デンキ』ってのは何なんだ?」

 

蛍は日本の情報として『電気を利用して様々な事が出来る』と説明した。その発言がリナ達にはとても不可解なものに聞こえた。

蛍にとってこの世界にとっては当たり前の事である『魔法』などは余りに不可解に聞こえたが、それはリナ達も然りだった。

 

「あー、電気ってのはほら、あれだよ。ヴェルドの迅雷之神(インドラ)って雷を身体に纏ってるでしょ? あの雷と似たようなものを動力にして動く道具が私の世界にはあるんだよ。

例えば食べ物や水を温めたり、離れた所に居る二人が話せるようにしたりさ。」

「それって魔法と変わんねぇじゃねぇのか?」

「ん? あー、そうかもね……………」

 

蛍はこれまでにもギリスが魔法を利用して料理をするところや魔法を応用して離れた場所を通話させる道具を目撃している。それは動力源が異なるという点を除けば蛍が居た世界にもあった技術と遜色ないと言える。

次に問い掛けたのはミーアだった。

 

「で、ホタルの居た世界にはその、魔物とかは居ないんスね?」

「うん。犬とか猫とかは居るけど、ドラゴンとかは居ないね。まぁ、お話の中にはちょくちょく出て来るけど……………

(そういえばお話の中にだけ居る生き物がこの世界には実在するって変な感じだよね……………)」

 

今まで気にしなかった事だが、この世界と蛍が元居た世界にはある程度の共通点がある。普通に考えてそれはとても不可解な事だ。しかし蛍はそれ以上考える事を止めた。この世界の事情をまだ数日しか生活していない蛍が理解出来る筈もないのだ。

次はフゥが発言権を得るための挙手をした。

 

「では次は私から二つ。まずギリス様から聞いた事ですが、ホタルが居た世界に居る人間は、所謂《人間族》しか居ないという情報は確かでしょうか。」

「そうだね。ギリスやリルアちゃんみたいな魔人族もシャルディアさんみたいな風妖精(エルフ)も居ないし、人間の寿命は百年くらいが限界だね。」

「理解しました。では次に、ホタルの血縁、並びに家族について詳しく教えて下さい。」

 

女神ラジェルの手によってヴェルダーズ達と戦うべく生み出された戦ウ乙女之媒体(プリキュアトリガー)の一面を持つフゥにとって家族とは実体験の無い情報である。その彼女が興味を持つ事は自明の理だ。

 

「うん分かった。話すね。

まず、私は四人家族でね━━━━」

 

*

 

夢崎桃(ゆめざきもも)

性別:女性

年齢:39歳

続柄:蛍の母

現職:スーパーマーケット パート職員

前職:食品会社勤務

 

夢崎勇一(ゆめざきゆういち)

性別:男性

年齢:40歳

続柄:蛍の父

現職:証券会社勤務 海外へ単身赴任中

前職:無し

 

夢崎姫乃(ゆめざきひめの)

性別:女性

年齢:12歳

続柄:蛍の妹

現職:小学六年生

前職:無し(強いて言うなら幼稚園児)

 

*

 

蛍は数分を掛けて自分の家族の情報を話し終えた。話し終わる頃にはフェリオやミーア達の目は興味に輝いていた。フゥは目を閉じ頷きながら話を聞き入れ、リナは単なる情報としてしか聞いていないという印象を与えた。

 

「あれ? リナちゃん興味なさそうな感じ?」

「いや別に。ただ(聞き慣れない言葉はちょくちょくあったが)普通の家族だなって思っただけだ。」

「まぁ確かに普通かもだけど私にとっては大切な家族だよ。」

「そうか。それじゃお前は現在進行形でその家族に滅茶苦茶に心配掛けてるって事にならねぇか?」

「!!!!」

 

リナにとっては何気ない一言だったが、その発言は蛍の精神に少なからず衝撃を与えた。ラジェルの言われるままにこの世界で戦ウ乙女(プリキュア)として戦い、ギリスと出会ってからは息つく暇も無い程に激動の毎日を送った。その際、元の世界に残してきた家族の事を考えている余裕は無かった。

 

「……………リナちゃんの言う通りだね。今私の家族がどうしてるか気にならないって事は絶対に無い。出来るならまた会いたいとは思うよ。」

 

蛍は今自分が言った一言にはもう一つの意味が内包されている事に気が付いていた。それは即ち今居る世界より元居た世界を優先する発言だ。全てが終わり元の世界に帰る方法が見つかった時は、迷わず自分は元の世界で生活する道を選択するであろう事を他でもない蛍が一番良く理解していた。

 

(……………どうしよう。こんなつもりじゃなかったのにめちゃくちゃ暗い雰囲気になっちゃった……………)

「おーいみんなーーーーー!!!」

『!』

 

その部屋の空気とは正反対の明るい声が蛍達の鼓膜を震わせた。声の主は戦ウ乙女(プリキュア)でありつつもギリス達と共に行動していたリルアだった。

 

「リルアちゃん何でここに!? シャルディアさんの事はもういいの!?」

「いや違う。そのシャルディアから提案だ。今からお前達を世界樹に案内すると言っている!」



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357 風妖精(エルフ)の里の中心地! そびえ立つ神秘の世界樹!! (前編)

世界樹とはこの世界において最大級の植物である。その最たる特徴はその成長に水分ではなく魔力を要する事である。通常の植物が水分を根から吸収し葉から蒸散するのに対し世界樹は魔力を根から吸収し葉から蒸散するという特徴を有している。

そしてその特徴は風妖精(エルフ)をはじめとする妖精族が生活するにあたって非常に重要な役割を果たす。故に妖精族は世界樹の側で慎ましく生活する道を選んだ。風妖精(エルフ)の里は世界樹を中心に作られた集落なのである。

 

そしてその世界樹に向かっている者たちが居る。里の族長であるシャルディアを先頭に来客の戦ウ乙女(プリキュア)である蛍、リルア、ミーア、リナ、フゥの六人である。世界樹に向かう道すがら、リルアは話を聞いていた。

 

蛍達が部屋の中で話していた彼女が住む(日本)や彼女の家族についての話だ。

 

「━━━━ほう、成程な。

しかしそれはまるで私達の魔法技術と遜色ないように聞こえるが。」

「うん。そう考えた方が分かりやすいかもね。」

 

リルアは蛍が生活していた日本という国は魔法や魔物という概念の無い国であるという事と蛍が四人家族であるという事を聞いた。リルアにとってそれは子供が聞く御伽噺のように興味深いものに聞こえた。蛍にとって科学文明が当然のものであるようにリルア達にとっては魔法技術が当然のものなのだ。

 

「だが言われてみればホタルの身の上など、今まで気にした事も無かったな。」

「うん。まぁ、今まで聞く余裕も無かったって言った方が正しいだろうけどね……………」

 

蛍とリルアの出会いは蛍達がリルアを二人目の戦ウ乙女(プリキュア)にすべく当時記憶喪失状態だった彼女を勧誘した時に遡る。

そしてその直後、二人はそれぞれ別行動を取った。それからは今まで激動の毎日が続いた。蛍が言う通り聞く余裕が無かったという指摘は的を得ていると言える。

 

そして程無くして蛍達は目的地である世界樹へ到着した。

 

「……………これが…………………………!!!」

「どうかな。やはり間近で見るのは格別かな。」

 

蛍は里に到着した時に既に世界樹の全貌を目の当たりにしている。自分の身長を数十倍にしても尚届かないような巨木と真っ向から相対した。寧ろその時より現在の方が世界樹の見えている範囲は狭い筈であるが、受ける迫力は前回を遥かに凌駕していた。

視界に入るものは世界樹の幹が全てであるが、距離が近いからこそ感じるものもある。

 

そして首を上げれば視界には一面の緑が映る。青々とした無数の葉とその間から光る木漏れ日は異世界に居ながらも自然の美しさを凝縮し視界一杯に広げたような神秘的な光景だった。

 

(……………な、なんというか、その、きれい……………!!)

「どうやら気に入ってくれたようだな。それならば連れて来た甲斐が有るというものだ。」

「あ、はい。上手くは言えないですけど、その、きれいだなって……………!」

 

蛍の隣ではシャルディアが同様に世界樹を見上げている。蛍と違い、シャルディアは毎日のように世界樹を見ている。しかし世界樹に抱く感情はシャルディアの方が遥かに大きい。それ程に妖精族にとって世界樹とは重要なものなのだ。

 

「…………あの、一つ聞いて良いですか?」

「ん? 何かな?」

「シャルディアさんや妖精族にとって、この世界樹ってどんなものですか?」

「どんなもの か。そうだな。 命の恩人、とでも言えばいいかな。

あの日(・・・)、この世界樹の側に居なければ確実に私達は滅んでいた。今こうして私が君と話せているのも、この世界樹があってこそなんだ。」

「そうですか……………。 そうですよね。」

 

蛍は今の自分の行動を野暮なものであったと省みた。

ヴェルダーズが嘗て妖精族、延いてはこの世界に与えた被害など分かり切っていた筈である。それを癒すには一体どれ程の労力が必要だったかは計り知れない。

妖精族はこの世界樹の側で生きる事で傷を癒し、今日まで種を紡いで来たのだ。その妖精族にとって世界樹が如何に重大なものであるかは考えるまでも無い事である。

それを再認識した蛍は再び世界樹を見上げた。

 

視界に入る自然の美しさ、鼓膜を震わせる木の葉の音、鼻を抜ける花々の香り、今の蛍の意識はそれらを堪能する事のみに集中していた。

 

 

 

***

 

 

 

時を同じくして、蛍達より遥か遠くから世界樹を眺めている者達が居た。しかし彼等は世界樹に対して特別な感情は抱いていなかった。ただそこに一つの巨大な植物があり、そこに自分達の攻撃目標があるという認識しかなかった。

 

「あれが世界樹って奴か。噂に聞く通りの飛んだ独活(ウド)じゃねぇか!!」

「本気でそう言ってんならお前一人で突撃してきなよ。俺達は後から行くから。」

「右ニ同ジダ ダクリュール。アノ奥ノ手(・・・・・)ノ発動ニハ世界樹ガ必要不可欠トイウ陛下ノ御言葉、忘レタ訳デハアルマイナ。」

「ハッハッハ!! あの奥の手によって生意気な餓鬼共が泣き叫ぶ光景が目に浮かぶようじゃ!!」

「しかし魔力を循環させる植物とは興味深いですね。葉の一枚でも持って帰って調べるとしますか。」

「して、如何しますか サー・オオガイ。即座に突入、殲滅と行きましょうか。」

「否、今日は準備に専念しろ。虫共に身の程を分からせてやるのは明日だ。」

 

彼等はチョーマジン化(・・・・・・・)させたロック鳥(巨大な鳥の魔物)に乗り、風妖精(エルフ)の里へ接近していた。風妖精(エルフ)の里に奇襲を掛ける七人の厄災之使徒(ヴェルソルジャー)、ダクリュール、ダルーバ、コキュートス、フォラス、ディスハーツ、ゼシオン、オオガイである。



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358 風妖精(エルフ)の里の中心地! そびえ立つ神秘の世界樹!! (後編)

風妖精(エルフ)の里を訪れた蛍はシャルディアに連れられる形で里の中心地にある世界樹へ足を運んでいた。至近距離で世界樹を目の当たりにした蛍は世界樹の中に自然の美しさを垣間見た。数分か数十分か、ひたすらに上空の青々とした葉を見上げる時間が続いた。

 

その静寂の中、リルアの声が発せられた。

 

「……シャルディア、そろそろ戻るとするか?」

「その方が良さそうっスね。ギリスマスターも心配してるかもっスし。」

「いや、私はもう少し此処に居る。君達は先に屋敷に戻っていてくれて構わない。ホタル君、君はあともう少し私に付き合ってくれないか。是非とも君には見せたいものがあるんだ。」

「えっ? はい、良いですけど……………」

 

蛍を除いたリルア達は拠点である屋敷へ戻った。フェリオも同様に屋敷に戻り、世界樹の側には蛍とシャルディアだけが残った。

 

「━━━━それで、私に何を見せたいんですか……………?」

「なに。直ぐに済む事だ。今君にはこうして世界樹を見せた。次は里の番だと思ってね。

少々失礼するよ。」

「えっ!? わっ!!?」

 

そう言うと唐突にシャルディアは蛍の膝裏に腕を掛け、蛍の身体を抱えた。片腕で蛍の足を抱え、もう片方の腕で上半身を抱える状態となった。

 

「えっ!!? えっ!!? えっ!!!? シャルディアさん!!!?

(こ、これっていわゆるお姫様抱っこってやつなんじゃ……………!!!)」

「此処から少し荒っぽくなるよ。舌を噛まないように気を付けてくれ。」

「えっ!!? そ、それって━━━━!!!」

 

『舌を噛まないように気を付けろ』

蛍はつい先日その言葉を耳にしていた。魔法警備団本部を訪れた初日、警備団長のオルドーラによって蛍は物凄い速度で空を飛ばされた。当時の事を蛍は鮮明に記憶している。

 

(ま、ま、まさか、オルドーラさんの時みたいに物凄い速さで空を飛ぶって事!!? それはさすがにやめて欲し)

「うわわっ!?」

 

結論から言うと、オルドーラの時と同じ事は起こらなかった。ただシャルディアはオルドーラの時と同様に羽を羽ばたかせて浮遊した。オルドーラの時との相違点はその速度と方向である。

その速度は(オルドーラの時と比較して)穏やかであり、方向は上方向だ。

 

「シ、シャルディアさん!? 何を━━━━!!」

「ホタル君、少し目を瞑っていてくれないか。」

「え? あ、はい……………」

 

シャルディアに言われるままに蛍は目を閉じた。その後も身体に感じる風の方向(感覚)は依然として変わらなかった。そして数秒が経過し、風の感覚に変化が訪れた。

 

(…………………………??

と、止まった……………?)

「もう良いよ。目を開けてくれ。」

「は、はい……………。

!!!」

 

目を開けると蛍の視界にシャルディアが見せたかったものが飛び込んで来た。それは一面に広がる風妖精(エルフ)の里の光景だった。それまでの世界樹とは異なり、先程まで居た拠点である大きな建物も里の全貌も、そしてその外に広がる森も見渡せた。

蛍が見下ろすとそこには一面の緑色の葉が広がっていた。直ぐにここが世界樹の真上である事を理解した。

 

「こ、ここって……………!」

「此処は私のお気に入りの場所だ。特にあの日(・・・)の後、里の族長になった後からは毎日のように此処に来て里を眺めているんだ。

この景色を見る度に族長としてこの里を守っていかなければならないと自覚出来るんだ。」

 

抱えられ、日の光に照らされたシャルディアの横顔は蛍の目には純然たる決意を内包しているように見えた。ギリスがそうであるように、一つの種族を束ねる者としての使命感が彼女の顔をそう見せているのだろうと蛍は感じた。しかし蛍は同時にある疑問を覚えた。それを包み隠さず口に出す。

 

「え? 守るって何から? こんなのどかな里を襲うような人なんて━━━━」

「確かに人は居ないよ。だが里の外には様々な者が居る。例えば━━━━」

『ドゴォーーーーン!!!!』

『!!!?』

 

瞬間、蛍の視界に巨大な土煙が舞い上がる光景が飛び込んで来た。場所は幸いにも里の外の森の中だったが、確実に楽観視は出来ない事態だ。

 

「な、何ですかあれ!!? (ま、まさかヴェルダーズ達がここを嗅ぎ付けて━━━━!!!)」

「落ち着くんだホタル君。そろそろ(・・・・)だとは思っていた。悪いがもう少しだけ私に付き合ってくれ。私の力(・・・)雑草処理(・・・・)を見せてやる!!」

「えっ!? うわあっ!!?」

 

シャルディアがそう言った瞬間、彼女は蛍を抱えたまま身体を水平にし空中を滑るように飛んだ。

そして程無くして、蛍はシャルディアの風妖精(エルフ)の里の族長の力の程を目の当たりにする事になる。



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359 風妖精(エルフ)の里の防衛作戦!! 森林の女帝 シャルディア!!! (前編)

蛍とシャルディアが感じ取った異常事態を風妖精(エルフ)の里の拠点に居る面々も感じ取っていた。特に里の護衛を行う隊の者達からは事態を早急に解決せんとする怒号のような檄が飛ぶ。

戦ウ乙女(プリキュア)星聖騎士団(クルセイダーズ)の面々も同様、万が一の事態の備えて緊張を高めていた。

 

「里 防護壁外の森、南区七時の方向にて異常発生!! 状況から見て魔物の発生によるものと思われる!!! 動ける者は即刻現場に急行、魔物の撃退に尽力せよ!!!」

「否、その必要はない。」

『!!?』

 

拠点である建物の中に居た者達は一斉に上空から聞こえた声の方向に顔を向けた。そこにはシャルディアが上空で羽ばたいていた。彼女の腕の中には蛍が抱えられている。シャルディアが蛍達を連れて世界樹へ向かった事は里に居た全員が知っていた事であった為、動揺は起こらなかった。しかしその場に居た者達はシャルディアの言葉に疑問符を浮かべた。

 

「シャルディア様!! それはどういう意味です!?」

「その問題には私が対処する! 君達には事故処理を頼む!」

「……………! 畏まりました!!」

 

その場に居た妖精族達のどよめきはシャルディアの立った二つの言葉で完全に治まった。彼女が問題に対処するという事は妖精族にとってこの上なく信用に足る言葉だ。

 

「ではホタル君、行こうか。」

「えっ!? うわっ!」

 

シャルディアは両腕に蛍を抱えたまま空を飛び、異常事態が発生した現場へと急行した。

 

 

 

***

 

 

シャルディアが空を飛び現場へ急行するまでの時間はわずか数十秒の事であった。里の防護壁を越え、森へ差し掛かると二人の鼓膜にある声が届いた。それはとても人間が発するものとは思えない、悍ましい金切り声だった。

そして蛍とシャルディアの二人はその声に別々の感想を見出していた。

 

「(………この声、チョーマジンとかとは違う! ひとまず良かったって思って良いのかな………。)

シャルディアさん、この声は……………」

「心配は要らない。私達にとっては馴染み深い(・・・・・)声だ。

ほら見えたぞ。やはり奴がこの一件の元凶だ。」

「……………!!」

 

シャルディアの視線に目を向けると、蛍の視界は森の中で暴れ回る一体の生物の姿を捉えた。それは巨大な樹木の魔物だった。幹の上部、葉が生い茂る部分の下には凶悪な形相が浮かび、日本の太い枝を腕のように振り回して無秩序に周囲の森を破壊している。

 

「シャルディアさん、あれって……………!」

「奴は《トレント》という植物の特徴を持った魔物だ。里の外にはかなりの数が生息していて、度々里の近くに来ては破壊の限りを尽くす。何、心配は要らない。こんなものは日常茶飯事だ。」

「………今からあの魔物を、その、倒すんですか?」

「否、そんな事はしないさ。我々の本文は護衛(・・)だからな。魔物は撃退するのが仕事だ。」

「!」

 

魔物の発生という事態に対するシャルディアの対処の方法を聞いて蛍は彼女と勇者、延いては冒険者である自分達との差異を理解した。シャルディア達は誰かにトレントの討伐を依頼された訳では無い。

蛍はこの時、魔物の命を奪わず、それでいて被害を抑えられる方法の存在を理解した。

 

「さぁ、話が長くなったが降りるとしよう。あまり時間は掛けていられなさそうだからな。」

「…………………………

はい!」

 

そう言ってシャルディアは徐にトレントが暴れ回る森の地上へと降り立った。蛍の頭にあったのはこれからギリス達からも認められるシャルディアの力量が見られるという事だけだ。

シャルディアが眼前に降り立った瞬間、トレントは攻撃の対象をシャルディアに変えた。それが自分にとってあまりに無謀である事は魔物の低い知能では理解出来なかった。

 

『グギュルアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』

「ッ!!!」

「いやはや。中々に威勢が良いな。だが私に牙を向けるにはあまりに悪すぎる。お前の頭の出来も、そしてこの状況(・・・・)もな!!!

豊穣之神(フレイヤ)》!!!!!」

「!!!!?」

 

シャルディアがその言葉を口にした瞬間、彼女の周囲全体に変化が訪れた。森の植物が急成長し、意思を持ったかのように動き始める。誰が言及するでもなく、蛍は瞬時にそれが何によるものであるのかを理解した。

 

(こ、これがシャルディアさんの究極贈物(アルティメットギフト)……………!!?)

『グギャラァッ!!!!』

「甘い!!!」

ガァンッ!!! 『!!!』

 

周囲の異常を理解出来ずにいたトレントはシャルディアに向けて枝の一突きを見舞った。しかしシャルディアが腕を振ると急成長した植物の内の一つが通常ではありえない動きを見せ、トレントの攻撃からシャルディアを防御した。

 

(す、凄い……………!!! これがギリスと同じ、一つの種族の中で一番強い人の力…………………………!!!!)

「魔物。世間知らずのお前に教えてやる。この森を支配するのが一体誰なのかをな!!!」



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360 風妖精(エルフ)の里の防衛作戦!! 森林の女帝 シャルディア!!! (後編)

豊穣之神(フレイヤ)

北欧神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の周囲の植物を成長させ、自在に操る。

 

*

 

植物を成長させるという能力をシャルディアはトレントに対して使用した。蛍は一目見ただけでシャルディアの力量の程、そしてこれからどのような事が起こるのかを理解した。

森に発生する一魔物でしかないトレントが今 相対しているのはこの場において周囲の植物を支配する能力を持つシャルディアだ。両者の間には決して覆す事の出来ない格差が存在している。しかしトレントには退くという選択肢は無かった。

 

「グギャアアアアアア!!!」

「!!!」

「やはり退く気は無いか。貴様のような魔物には蛮勇という概念を教えてやらねばならないようだな!!」

 

シャルディアに対してトレントが取った行動は頭部(?)に生えた木の葉を一斉に放出する攻撃だった。当時の蛍は知らない事だが、トレントから生える木の葉は金属にも匹敵する硬度を誇り、それが高速で飛来する状態で直撃すると腕利きの冒険者でも無視できない傷を負う。

しかし今、それを目の当たりにしているシャルディアはその限りではない。

 

「《豊穣之神(フレイヤ)》!!!」

『!!?』

 

刃と化した木の葉が直撃する直前、シャルディアは再び《豊穣之神(フレイヤ)》を発動させた。その効果を受けた木の葉の付け根から太く長い蔓が伸び、トレントの身体()に巻き付いた。

 

『………………………!!』

「魔物、最後に一つだけ言っておく。我々妖精族の安寧を脅かしたくば贈物(ギフト)の一つでも引っ提げて来るのだな!!!」

「!!!!」

 

それは、シャルディアがトレントに対して取った唯一最後の攻撃だった。

豊穣之神(フレイヤ)の能力を駆使し木の葉の刃から伸びた蔓を操り、トレントの身体を、特に顔面に相当する部分を切り付ける。切る音とトレントの金切り声と共にくすんだ茶色の木の皮が周囲に舞った。

 

「ウウウウウギャアアア~~~~~!!!」

「……………!!!」

 

顔面に無数の傷を付けられたトレントは人間でいう所の泣き叫ぶような声を上げながら踵を返して逃げ帰った。こうしてシャルディアはたった数分で全く被害を出さずにトレントという魔物の襲撃を鎮圧して見せた。

 

「……………

とまぁ少々気取ってしまったが、これで私の力は分かってもらえたかな?」

 

シャルディアは明るい声で話し掛けたが、蛍は何も言えず、唯々圧倒されていた。彼女の究極贈物(アルティメットギフト)の、特に圧倒的な規模に言葉を失った。

 

(じ、自分の周りの環境をまとめて変えて武器にしちゃうなんて……………!!! こんな贈物(ギフト)、見た事も無い……………!!!)

 

蛍が今まで見た、特に今の自分に備わっている究極贈物(アルティメットギフト)は自分の身体に効果を与える程度の規模だった。しかしシャルディアが使って見せた《豊穣之神(フレイヤ)》はその例から漏れ、自分以外にも効果を及ぼしている。これがシャルディアという妖精族という一つの種族の頂点に立つ人間の実力なのだと理解させられた。

 

「━━━━さぁ、里の皆が心配しない内に早く戻ろう。事後処理も必要だしな。

? どうかしたか?」

「え? あぁいや、なんでもないです。急ぎましょうか。

(━━━━うん。誰にも見られてないね。この前はこのタイミングでチョーマジンが襲ってきてバタバタしちゃったけど………。大丈夫そうだね。うん。)」

 

蛍はこの状況に既視感を覚え、不意に警戒した。

彼女が(心の中で)言った『この前』とは魔法警備団本部にて警備団長オルドーラの魔法の実力を見せつけられ事が解決した後の事だ。

オルドーラが魔物を討伐した直後、ベヒーモスを素体としたチョーマジンが奇襲を掛けてきた。程無くして解呪(ヒーリング)に成功したが、またその時のような事が起こるかもしれないと蛍は警戒したが、直ぐに杞憂だと認識を改めた。

 

(━━━━何も来ないのは当たり前だよね。そもそも私達がここに居る事すらヴェルダーズ達が知らない可能性だってあるんだから。それに妖精族を襲う理由も無いし。うんうん。大丈夫大丈夫。)

「すみません。ちょっと考え事してました。早く帰りましょう。」

「分かった。では行こう。帰りはおんぶと抱っこ、どっちが良い?」

「あー、じゃあおんぶで。」

「分かった。」

 

蛍に促されるようにシャルディアは背を向けて屈んだ。再びシャルディアに(お姫様(・・・))抱っこされる事は今の蛍にとってはかなり心臓に悪かった。

 

 

***

 

 

蛍の予測は不完全ではあるが当たっていた。確かにシャルディアがトレントを撃退する場面を厄災之使徒(ヴェルソルジャー)達は見ていなかった。しかし、その場面を目撃していた人物が一人居た。

その人物は黒髪黒づくめの影妖精(スプリガン)だった。その人物の唇からは一筋の血が垂れていた。自らの感情の激昂を抑え込む為には血管が切れる程に唇を噛み締めるしか無かった。

 

シャルディアが蛍と共にその場を離れた後、その人物は拳を握り締めながら一人呟いた。

 

「━━━━贈物(ギフト)の一つでも引っ提げて来いだと……………!!? だったらお前ら全員血祭りに上げてやる…………………………!!!!

天が私に与えてくれたこの、《冥暗之神(エレボス)》で…………………………!!!!!」



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361 勇者の矜恃を見せる時!? 蛍vsシャルディア 勃発!!! (前編)

「シャルディア族長、僭越ながら確認させて頂きますが、発生した魔物はトレント一体という事で間違いありませんね。」

「ああ。多少森の植物がやられたがこれといった被害は無い。」

 

場所は依然として風妖精(エルフ)の里の森の中。シャルディアは里の護衛隊の隊員である男にトレントの発生の詳細を報告していた。そしてその場には蛍も立ち会っている。おんぶで帰ると言った直後に隊員が現れた形だ。

 

「しかし申し訳無いな。私が勝手な行動を取ったばかりに君等の手を煩わせてしまって。」

「滅相もございません。この里に来客など何年振りかも分からない事なのですから。」

「えっ!? あっはい!!

シ、シャルディアさんの力、しっかり見させてもらいました。はい!!」

 

隊員の男の口から不意に出た『来客』という言葉に反応した蛍は半ば反射的に言葉を発した。それでも口から出た言葉は紛れも無い本心だ。シャルディアの力に感服した事は勿論の事、一つの種族の長が態々自分の為に行動してくれた事は自分にとっては過剰な待遇と言える。

 

「ではホタル君、今度こそ帰るとしようか。この場は君に任せていいか。」

「はい。 総員、早急に現場検証を始めるぞ!」

『はっ!!』

 

妖精族の人間達が破壊された木やシャルディアが操った植物を詳しく調べ始める光景を背に受けながら蛍はシャルディアの腕の中に入り、空へ舞い上がった。

 

 

 

***

 

 

 

「少々悠長に過ごしてしまったな。あいつら心配しているだろう。ホタル君、もう少しばかり速度を上げて良いか?」

「はい。全然大丈夫ですよ!」

 

拠点である建物へ向かう為に空を飛ぶ最中、シャルディアの腕の中で蛍は彼女の顔を見上げながら一つの事を考えていた。

 

(シャルディアさんの贈物(ギフト)、何と言うかその、凄かったな……………。それにルベドさんも凄かったな。あの大量のワイバーン(ってギリスが言ってた)とかいうドラゴンを一気に倒しちゃって。

ギリスもきっと、元々はそれ位強かったんだろうな。で、今もその力を取り戻し始めている……………と。

 

……………今の私って、どれくらいギリス達の役に立ててるんだろうな…………………………)

 

蛍は少しばかりではあるが自信を失いかけていた。

魔法警備団本部にてギリスに深手を負わせた失態。ガミラの口から聞かされた勇者の本質の如何。ツーベルクでフォラスを倒しきれなかった事実。

 

彼女はまだ自覚の段階には至っていないが、彼女は自分の戦果にある種、不甲斐なさを感じていた。果たして自分は本当にかつての魔王であるギリスと肩を並べて行動するに相応しい人間なのか、彼女の中で僅かばかりではあるが疑問が発生していた。

 

(……………私が本当にギリスの為に動けているか、確かめた方が良いかもね……………。)

 

蛍は頭の中である一つの決断を下した。そしてそれを程無くして実行に移す。

 

 

 

***

 

 

シャルディアが空中を移動して数分後、拠点である建物が蛍達の視界に入った。そして建物の前にギリスとルベドが立っている事も認識した。

 

「! ギリス、ルベドさん!」

「やれやれ。どうやら少々待たせてしまったみたいだな。」

 

シャルディアはそう言ったものの、蛍の目に映るギリスとルベドの顔は穏やかなものだった。魔法警備団の時とは異なり、蛍の身を必要以上に案じている様子は無かった。

シャルディアは蛍を抱えたまま、ギリスとルベドの前に降り立った。

 

「…………お前にしては少し長かったな。そんなに強い魔物が出たのか?」

「いや。唯この子に少しばかり年長者の意地ってやつを見せてやろうと思ってな。出た魔物はトレント一体。被害という被害も出ていない。」

「年長者の意地 か。という事はやはり使ったのだな。

お前の《豊穣之神(フレイヤ)》、まさか衰えてはいないだろうな。」

「心配は要らないさ。少なくとも力の維持もままならないような奴に後れを取るような鍛え方はしていない。」

「………そんな減らず口も言えなくなるくらいには戻るつもりだから安心しろ。」

「そうかそうか。それは非常に楽しみだ。」

 

拠点に帰還して数秒と待たずにギリスとシャルディアは刺々しい言葉を交わす。それが果たしてどこまでが軽口でどこまでが本心なのか、蛍には判別できなかった。分かっているのは一つ、これ以上事態が悪化する事を防ぐべきだという事だ。

その為に蛍はつい先刻頭の中で考えていた思考を実行に移す。

 

「あ、あの、シャルディアさん!」

「? どうかしたか?」

「その、私、さっきシャルディアさんの、フレイヤっていう究極贈物(アルティメットギフト)を見て、その、凄いって思いました! あんな事、今の私には出来るかどうかも分からないって思いました。

だから!! だから、シャルディアさん、今から私と、戦ってくれませんか!!?」

『!!?』

 

決意を込めた胸に手を当て、蛍はそう声を張り上げた。



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362 勇者の矜恃を見せる時!? 蛍vsシャルディア 勃発!!! (後編)

今から自分と戦って欲しい。

蛍のその突拍子もない提案はその場に居た者全員を容易く驚愕させた。しかし蛍の心には微塵も迷いの感情は無かった。彼女は飽くまでも強固な決意の下にそう言ったのだ。

それでもその発言を聞き捨てならないと判断したギリスは蛍の前に割って入った。

 

「おい、いきなり何を言い出すんだお前は!! 自分が何を言ってるか分かっているのか!!!」

「ギリス! うん。分かってるよ。私、シャルディアさんとしっかり分かり合う(・・・・・)べきだと思うの。」

「……………もしやお前、また自分に自信を無くしてるんじゃないだろうな。」

「!」

 

ギリスの推測は合理的な根拠に基づいたものであると言える。

蛍はつい先日、ルベドが(自分と同じ)刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を用いてワイバーンの大群を一瞬で一網打尽にする光景を目の当たりにしている。蛍にそれと同じ事が出来るかどうかと聞かれて即答出来る人間は少ないだろう。

 

加えてギリスはシャルディアが持つ究極贈物(アルティメットギフト)豊穣之神(フレイヤ)》の能力を細部まで把握している。シャルディアが蛍を連れて戦場へ赴いたという判断材料一つで蛍が《豊穣之神(フレイヤ)》の能力を目の当たりにしたという結論へ至るのは想像に難くない。

 

その二つの根拠により、ギリスは(キュアブレイブ)がルベド達と自分とを比較して自信を喪失しているという推測を立てた。しかしその推測は完璧な正解とは言えなかった。

 

「どうなんだ答えろ!! もしその理由で言ってるのなら薦めはしない。

忘れてるかもしれんがお前はつい先日まで唯の人間だったんだ!! 譬え刀剣系に選ばれたとしてもたった数日でこいつ等に追いつける筈が無いだろう!!!

そもそもこいつ等と比較する事自体が愚かな事だ!! お前は今のままでも十分に強い。でなければとっくの昔に死んでいる!! 焦る必要は何処にも無い。だから━━━━━━━━

!」

 

ギリスは必死の表情で捲し立てた。そして蛍はその言葉の数々を自分を案じてくれているが故に出る有難い言葉として受け止めた。

しかし蛍は話の途中でギリスの肩を触り、それを止めた。自分の言い分をギリスに伝える為だ。

 

「ありがとう。ギリスが私の事を心配してくれてるのはちゃんと分かったよ。

だけど、そういう事じゃないの。別に焦ってる訳じゃないよ。そりゃ自信満々って訳でもないけど、それでもやっていけてるとは思ってる。」

「ならば何故だ!?」

「なんで、か。

………シャルディアさんと戦いたいって言ったのはね、私ももう少し頑張れるんじゃないかって思ったからなんだ。」

「……こいつと戦って、己の可能性を高めたいと言いたいのか。」

「……まぁそういう事だね。 で、どう? やっぱり反対かな?」

 

蛍は心の中でギリスがこの提案に反対しても文句は言えないと思っていた。今から自分がやろうとしている事が如何に危険な事であるかは彼女が一番理解していた。

そしてギリスはたっぷりと五秒を数える時間の後、口を開いた。

 

「……………負傷にはくれぐれも気を付けろ。危なくなったら直ぐにでも止める。

こんな茶番で人の手を煩わせる事になったらそれこそ目も当てられないからな。」

「……………!! ありがとう!!」

 

ギリスはそれ以上何も言おうとはしなかった。こうしてギリス公認の下、蛍とシャルディアが試合形式でぶつかり合う運びとなったのである。

 

 

***

 

 

場所は風妖精(エルフ)の里の中心部にある広場。そこに里に居る人間の殆どが殺到していた。その理由は他でもなく、里の族長であるシャルディアが直々に来客()の相手をする事になったからである。

シャルディアの力量だけでなく、戦ウ乙女(プリキュア)という未知の存在も相まって妖精族の関心は最高潮に高まった。

 

そして今、広場の中央で蛍とシャルディアが相対している。しかし最前列でその世紀の対決を観覧しているのは妖精族の面々ではなくギリス達だった。ギリスは一言も発さずに静かに場を眺めているが、周りの面々は各々の感想を口々に述べている。

 

「聞いたっスよリルア! あのシャルディアって人、やっぱりメチャクチャ強いんスよね!?」

「そうだぞ! 私もあいつの腕が鈍っていないか見させて貰うとしよう!」

「それなら俺はまだ碌に見れてねぇあいつの実力をここで見させて貰うとしようか。」

「おん? まだ見れてないってお前、ツーベルクで見てないのか?」

「そん時はバケモンにされててはっきり覚えてないんだよ。まぁ抑え込まれたりはしたけどな。」

 

小声で交わされるその会話は蛍の耳には届いていなかった。もし聞こえていたとしても意識を傾ける事は出来ない精神状態に今の彼女は居た。今、蛍は目の前のシャルディアに集中し、そしてここに来る途中でギリスに言われた言葉を心の中で復唱していた。

 

『現れた魔物はトレント一体という話だったな。

だったらくれぐれも締めて掛かるべきだ。お前は十中八九あいつの実力の一割も見れていない。トレント如きに全力を出さねばならない程あいつの腕は鈍ってはいないだろうからな。』

 

ギリスの助言を噛み締め、再び蛍は今自分が如何に強大な存在と相対しているのかを再確認する。そして遂に火蓋を切って落とす言葉がシャルディアの口から出た。

 

「先ずは君の勝利条件を確認しておこうか。私の身体に一度でも攻撃を当てる事が出来れば君の勝ちという事で良いかな。」

「…………はい。」

「良い返事だ。私達妖精族も少なからず君達には興味があるからな。全力で掛かってくると良い!!!」

「分かりました。

 

《プリキュア・ブレイブハート》!!!!!」

 

一呼吸を置いて意を決し、蛍は変身アイテム(フェデスタル)に桃色の剣を突き刺し、その変身の言葉を口にした。



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363 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (神剣)

前提として、蛍達の正体が戦ウ乙女(プリキュア)であると明らかになる事は非推奨ではあっても厳禁ではない。現状、蛍達の正体を知っているのは仲間達を除けば星聖騎士団(クルセイダーズ)、アルカロック、魔法警備団、そして龍神武道会の参加者、観客達にまでその範囲は広がる。

特に、蛍は龍神武道会という公衆の面前で変身した経験がある。それによって不特定多数の人間に戦ウ乙女(プリキュア)の情報が広まっただろうが、ギリスは特に言及はしなかった。

 

そして今蛍は再び、風妖精(エルフ)の里に住まう妖精族達の前で変身しようとしている。種族的な特殊能力に乏しい人間族が別の姿へ変身する現象は少なからず妖精族の興味を引いた。

 

「━━━━あれが変身の光か……………!!」

「━━━━やはりあの噂は本当だったのか…………!!!」

「━━━━信じられない!! 人間族にあんな事が出来るのか!!」

 

人間の少女が眩い光に包まれるという幻想的な現象に、魔法などが身近となっている妖精族達も感嘆し次々に言葉を漏らす。そして数秒と待たずに、蛍の変身は完了した。

 

『…………………………!!!!』

「成程。それが君の勇者としての姿か。随分と良い面構えになったな。」

「……………はい。」

 

蛍の姿は勇者の戦ウ乙女(プリキュア)、《キュアブレイブ》となった。

妖精族達は言うまでも無く言葉を失っていたが、シャルディアはそれだけではなくその姿に勇者ルベドのかつての全盛の姿を重ね合わせていた。シャルディアがルベドと対面したのはルベドがギリスと激突した後の話であるが、その初対面の時、彼女は勇者ルベドが放つ気迫に圧倒された事を今でも昨日の事のように覚えている。

 

その特別な出来事が重ね合わさる程に勇者キュアブレイブ(ホタル・ユメザキ)の気迫は大きかった。それによりシャルディアは目の前に居る少女が正真正銘の勇者である事を改めて理解した。

そして遂に勇者キュアブレイブと風妖精(エルフ)の族長シャルディアの戦いの火蓋が切って落とされる。先に動いたのはシャルディアだった。その動きは攻撃ではなく、先程のトレントの際と同様の動きだった。

 

「先ずは小手調べと行こう。先程トレントに対して使ったものと全く同じ攻撃をぶつける。これに対処出来ないようでは悪いが話にはならない。心して掛かってくれよ。」

「はい!! お願いします!!」

「良い返事だ。では行こう。

豊穣之神(フレイヤ)》!!!!!」

「!!!」

 

シャルディアがその言葉を口にすると、地面に生えた植物が急成長し意思を持ったかのように動き出し、シャルディアの周囲を取り囲んだ。それを見てブレイブの背筋にも緊張が走る。既にシャルディアは臨戦態勢に入り、自分は戦場の中に居るのだ。

 

(………ギリスやルベドさんと対等な関係にあって一つの種族のトップに立つこの人、私との距離はどれくらい!?

私は今、どれくらいギリスの役に立ててる!?)

「さぁ行くよ!!!」

「!!!

堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!!」

 

シャルディアの先制攻撃は伸ばした植物の一本を鋭い槍のようにブレイブに繰り出すという単純明快なものだった。その攻撃に反応したブレイブは《堅牢之神(サンダルフォン)》を展開し、その攻撃を受け止める事を試みた。

 

━━━━ガァンッ!!!!!

「!!!!

(~~~~~~~~~ッ!!! お、重い!!!!

これが、これがシャルディアさんの力……………!!!)」

 

ブレイブが展開した《堅牢之神(サンダルフォン)》へ植物の一撃が直撃した。その音はとても植物が衝突した音とは思えず、さながら重厚な金属音のように聞こえた。

しかしその音を意識する余裕は今のブレイブには無かった。彼女の意識にあったのは腕に伝わる痺れだけだった。その衝撃は今まで彼女が受けた攻撃の中でも最上位に入る強さだった。

 

「どうした!? そんな様子じゃ私に触れる事など出来ないぞ!!!」

「!!!!」

 

シャルディアの攻撃は続く。ブレイブが視線を向けるとそこにはシャルディアの周囲で何本もの植物が蠢いている。それら全てがブレイブに狙いを定めていた。言うまでも無くそれらは攻撃発射の準備を済ませていた。

 

(い、今のが連続で━━━━━━━━!!!!)

「ギリスの役に立ちたいと言うならば気概の一つでも見せて見せろ!!!!」

「!!!!」

 

シャルディアが指を振ると、《豊穣之神(フレイヤ)》の能力によって成長、可動化した植物達が一斉にブレイブに襲い掛かった。シャルディアはここがこの勝負の分け目になると感じていた。この攻撃を繰り出すのは彼女の記憶の中でも数える程しかない。

 

(━━━━ああは言ったものの、これで終わっても仕方がないとは思う。私がこれを使ったのは里が潰れるような魔物の大発生の時だからな。果たして━━━━━━━━)

ズバァンッッ!!!!!

「!!!!」

 

その瞬間、シャルディアの視界には両断された植物達が映っていた。その理由は言うまでも無く、ブレイブがその植物を一太刀で切り伏せたからだ。そしてそれ程の芸当を可能たらしめる能力(・・)はシャルディアの記憶の中には一つしか無かった。

 

「…………………………!!!」

「………懐かしい(・・・・)な。何時見ても美しい。

その、《女神之剣(ディバイン・スワン)》はな!!」

 

女神之剣(ディバイン・スワン)

あらゆるものの硬度を無視し両断する能力を持つ刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の内の一つ。シャルディアもその情報は持ち合わせていた。

 

そしてブレイブはその剣を振るい、植物の一斉攻撃を一太刀で両断して見せたのだ。刀剣系の発現、そしてその一撃にシャルディアは魅せられた。

 

「━━━━見事だ。そして済まないと言っておこう。どうやら私は少々君を見くびっていたらしい。

ここからが本番だ。君の力の全てをぶつけて見せろ!!!」

「はいっ!!!!



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364 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (太古)

刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)

それは、この世界においてたった五つしかない最強最貴重の究極贈物(アルティメットギフト)である。これが最強と言われる所以は偏にその剣に備わった能力がその他の刀剣系を除く森羅万象に問答無用で通用する点にある。

 

言うまでも無く、全世界に散らばったたった五つしかないその能力をこの目で見たという人間は世界人口の数割数分にも満たないと断言出来る。そもそもその存在を知らずに生涯を終える者すらごまんと居ると言える。

 

故に刀剣系を持つ者は考える。果たして何人の人間が死ぬ前に刀剣系を拝む事が出来るのだろうか と。

 

そして今ここに、刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の内の一本、《女神之剣(ディバイン・スワン)》がその姿を露わにしている。使用者は風妖精(エルフ)の里にてその種の族長であるシャルディアに己の実力の程をぶつけている勇者の戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレイブである。

現在、ブレイブの周囲には大勢の人間が居る。彼等は今この瞬間、刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)の目撃者という称号を獲得した。

 

その中には様々な種類の人間が居る。特にギリスやルベド、シャルディアのように以前から刀剣系の存在を知っている者も居るが、その大半は今この瞬間、初めて刀剣系の実物を目撃した人間だ。

そしてその初の目撃者は星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員、風妖精(エルフ)の里の住人、そしてブレイブが所属するギルドの中にも居た。

 

 

 

***

 

 

 

シャルディアと相対する勇者が刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を顕現させた。その行為によりその場の熱狂は最高潮に達した。里の住人は興奮の言葉を口から次々に発し、星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員は感嘆の感情に浸る。そしてブレイブの仲間達の中にも目を見張っている者達が居た。

 

「な、何すか今の!!! 太刀筋見えなかったっスよ!!!」

「前に言ったろうミーア。あれが刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)というものだ!!!」

「確かなんでも切れる能力を持ってるんですよね!? 魔法警備団の話は嘘じゃなかったのか……………!!」

「…………たった今この目で見ても尚信じられん。最早我々の常識を遥かに超えている……………!!!」

「…………………………!!!!

(な、な、何なんだよこいつは……………!!! 戦いのレベルが違い過ぎる!!! 俺やっぱとんでもない事に首突っ込んじまったんじゃねぇのか…………………………!!?)」

 

勇気デ戦ウ乙女達(ブレイブソウルプリキュア)の面々の中であっても、全員がブレイブの持つ刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)を見ている訳ではない。

魔法警備団本部、並びにツーベルクに同行した面々を除くリルア、リズハ、カイ、ミーア、ハッシュ、そして記憶の抜けたニトルは今この瞬間、初めてブレイブの《女神之剣(ディバイン・スワン)》を目撃した。

 

初めて刀剣系を目撃する人間達の感情は驚愕の一色に染まっていた。しかし今この瞬間においてブレイブと真っ向から相対しているシャルディアの感情は異なるものだった。

記憶の底から掘り起こされた刀剣系の存在に懐古に似た感情すら覚え、そして目の前のつい先程まで年端も行かない少女以外の印象しか抱いていなかった相手をルベドと同じ《勇者》と認めていた。

ブレイブが刀剣系を振るいシャルディアの飽和攻撃を両断してから僅か数秒。勇者と族長の実力のぶつけ合いは更なる局面を迎える。

 

「…………ホタル・ユメザキ。 いや、今はキュアブレイブと言った方が良いかな。妖精族という一つの種族の長として、君を真なる勇者と認めよう。」

「! あ、ありがとうございます!!」

「おいおい、この程度で満足するのは頂けないな。君が実力を見せるのはここからだろう? 少なくとも、私はここから全力を出す。

豊穣之神(フレイヤ)》!!!!」

『!!!?』

 

シャルディアは再び己の究極贈物(アルティメットギフト)の名前を、懐から一つの()を取り出しながら口にした。

その種が地面に落ちた瞬間、シャルディアの能力は発動した。外側の皮が割れ、そこから急成長した植物がシャルディアの前方に現れる。その植物はシャルディアの何倍もの身の丈を持つ花だった。その花弁は太陽のような明るい暖色系に染まり、雄しべや雌しべがある部分の形はまるで大砲(・・)のような筒状の形をしていた。

 

『……………………!!?』

「………ギリス、あれはもしや…………………!!」

「あいつ、随分と懐かしいものを引っ張り出してきたな……………!!」

 

目の前のブレイブを含め、その場に居た者の殆どがその植物を見て怪訝そうな表情を浮かべていた。その理由はその植物に全く見覚えが無かったからである。しかしギリスとルベドはその植物の情報を知っていた。

その理由はその植物は古代の大地に生息していた過去の植物だからである。

 

その植物の名は、《ソルガラジア》。

太陽の光を吸収し周囲の敵に向けて放出するという極めて特異な太古の植物である。



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365 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (陽光)

とある日とある場所である植物学者による学会が開かれていた。

その植物学者、名前を《カールノ・ジュラネリア(72)》という。その学会には性別年齢を問わず様々な人間が出席した。

そして彼の専攻は《古代の植物》である。特に彼は学会でとある植物について熱心に解説した。

 

「………これは私の持論になりますが、今現在、こうやって人間が繫栄出来ている理由の一つに人間の脅威に成り得る危険な種が絶滅したからにあると考えています。その中においても、特に危険な植物として、私はこの《ソルガラジア》を紹介したいと思います。」

 

カールノが発現を一区切り終えると、(魔力技術を応用して)壁に一枚の写真が投影された。暖色系の色で構成された花が特徴の植物だ。

 

「ご覧いただけると分かるように、この植物は草本(そうほん)に分類される、太古の植物です。人間が誕生する何千年も前に気候変動により絶滅していますが、もしこの植物が今も生息していたならば少なからず人間、延いては動物全体の脅威に成りえたと私は考えます。何故ならこの植物は外敵から身を守る術を限りなく完璧にしていたからです。」

 

カールノは次に、壁に一枚の図解を投影する。それはソルガラジアの解剖図だ。

 

「この植物の最も特筆すべき特徴はやはり、太陽光を蓄積し外敵へ向けて一気に放出する事にあると言えるでしょう。私の独自の研究では、この光線の威力は現代における超凄腕の魔導士が放つ魔法の威力に匹敵するという結果が出ています。大抵の生物は骨も残らず消し飛ぶ威力です。

 

この植物に対抗できる人間が居るのか ですか。 そうですね。世界は広いですから。この光線をいなす事が出来れば或いは、とでも言っておきましょうか。」

 

カールノは太古の植物ソルガラジアに対抗出来る人間は少ないと言外に語った。そして今、現代に復活したソルガラジアと真っ向から相対している人間が居る。勇者の称号を持つ少女、キュアブレイブだ。

 

 

 

***

 

 

 

シャルディアは太古の植物 ソルガラジアを現代に復活させた。その方法は里の土壌に埋まっていた種の化石に自身の究極贈物(アルティメットギフト)豊穣之神(フレイヤ)》を掛けるというものだった。本来ならばそれは植物学の常識を根本から覆す事態だが、幸か不幸か里の外に出ようとしない妖精族の生活傾向がその事態を公にする事を防いだ。

しかし、その事態など今のブレイブにとっては取るに足らない些事である。今の彼女にとって最も重要なのは如何にしてこの状況を乗り切るかという事だ。

 

言うまでも無く、ブレイブは太陽光を光線に変えて打ち出すソルガラジアの特徴を知らない。故に彼女は下手に動かず、植物(相手)の出方を伺う事を選択した。しかしその行為が自分の首を絞めている事を彼女は知る由も無い。

 

(シャルディアさんの能力は植物を操ってバシバシ叩くものだった。あの大きな花もそんな攻撃を取ってくるかもしれない。それなら私の剣で真っ二つに━━━━)

『━━━━━━カッッ!!!!!』

「!!!!?」

 

ソルガラジアの本来(・・)の特性は自らに危害を加えようとする対象に向けて光線を射出する本能である。しかし今ブレイブと相対している個体はシャルディアの豊穣之神(フレイヤ)の能力の影響を受けている。故にブレイブを認識した瞬間、太陽光を凝縮した光線が彼女に向けて放たれた。

 

「サ、《堅牢之神(サンダルフォン)》!!!!!」

 

ソルガラジアの光線は次の一手を物理攻撃と決めて掛かっていたブレイブの虚を突いた。本来なら反撃に出れた筈の一瞬を空費したブレイブは光線に対し堅牢之神(サンダルフォン)での防御を行った。直撃は免れたものの、(カルーノ曰く)凄腕の魔法使いの一撃に匹敵するその光線は盾の上からブレイブの腕に高温を浴びせた。

 

(~~~~~~~~~ッ!!! こ、このままじゃ押し切られる……………!!!

な、何とかして乗り切らないと━━━━!!!

!! そ、そうだ!!)

 

「ヤアッ!!!!」

『!!!!?』

 

その瞬間、里の人間達の視界に入ったのはブレイブがソルガラジアを、花の部分から両断する光景だった。しかしギリスやルベド達は何が起こったのかを正確に視認した。

太陽光光線の対処を堅牢之神(サンダルフォン)に一任させ、ブレイブは横から光線を掻い潜り、一気に距離を詰めてソルガラジアを両断したのだ。

 

(や、やった……………!! これで━━━━!!!)

「見事な対処だ。だがっ!!!」

「!!? うわっ!!!?」

 

ブレイブがソルガラジアを切り伏せた事を空中で認識した瞬間、シャルディアの蹴りが無防備だった彼女を襲った。腕での防御に成功したものの地面に力強く叩き付けられる。

 

「……………!!!」

「一難凌いだだけで油断するその心構えは感心出来ないな。今の所は私の方が一歩先と言った所か。」



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366 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (酷使)

魔王と共に厄災に立ち向かう勇者の戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレイブと妖精族を束ねる風妖精(エルフ)の里の族長 シャルディアの、互いの実力をぶつけ合う世紀の一戦。この勝負の決着はブレイブに極めて有利な条件である。

ブレイブはシャルディアに一発でも攻撃を当てる事が出来れば勝利となる。しかしこの勝負において先に攻撃を当てたのはシャルディアだった。

 

(な、なんて重い蹴りなの……………!!! 分かってたけどシャルディアさんの強さは贈物(ギフト)だけじゃない!! 身体もしっかり鍛えてるから一つの種族のトップに立ってられるんだ……………!!!)

(……………一歩先を行っている か。我ながら詭弁だな。

あの一瞬で反応して完璧に防御して見せたと言うのにな。それに蹴った私の足にも少なからず反動が来ている。身体の方もかなり鈍っているな。

 

ならば、君の実力が私の勘を取り戻してくれるに足るか見させて貰うとしよう!!!)

「《豊穣之神(フレイヤ)》!!!!!」

「!!!?

(こ、今度はどんな攻撃を━━━━)」

 

ソルガラジアを破られた直後にも関わらず、シャルディアは再び自身の究極贈物(アルティメットギフト) 豊穣之神(フレイヤ)を発動した。瞬間、ブレイブの脳は次の一手の予測に集中する。トレントに使ったような物理的攻撃に加え、先のソルガラジアのような魔法に似た遠距離攻撃も予測の選択肢に加わっている。

 

「!!!」

「丁度良い所に苗木が在って良かった。どうやら此処が私達の正念場のようだな!!!」

 

今回、シャルディアの贈物(ギフト)の対象に選ばれたのは地面に生えた一つの小さな芽だった。しかしその芽は雄大な可能性を内包した芽だった。シャルディアの能力によって急成長したそれは観客達を外周とした面積を丸ごと埋め尽くさんばかりの大樹に成長した。

 

「さぁ行くぞ!!!! 君が勇者を自称するならば全て捌き切って見せろ!!!!」

「!!!!」

 

シャルディアの今回の攻撃は樹木を操ってのものである。それだけでブレイブは今から自分が受ける攻撃がつい先程彼女がトレントに対して繰り出したものとは一線を画するものである事を理解しる。(前回)(今回)には武器の強度にそれほどの隔たりがあるのだ。

巨大な槍と化した木の枝が何本も一斉に襲い掛かる。それを直感したブレイブはそれまで展開していた《女神之剣(ディバイン・スワン)》、《堅牢之神(サンダルフォン)》に加え、《戦之女神(ヴァルキリー)》、《戦場之姫(ジャンヌダルク)》、《奇稲田姫(クシナダ)》も発動し盤石の態勢に入る。

 

「やああっ!!!!!」

「!!!」

 

瞬間、その場には様々な音が重なり合って響いた。枝の槍が空を切る甲高い音、その槍が《堅牢之神(サンダルフォン)》に阻まれる割れるような音、そして枝が《女神之剣(ディバイン・スワン)》に両断される音が一瞬にして響いた。

何故そのような現象が起こったのか、それはブレイブとシャルディアがいち早く理解した。枝の槍を見切ったブレイブは剣と盾を最も効果的な方向に動かし、シャルディアの一斉攻撃を全て捌いた。しかしブレイブには誤算があった。それはシャルディアの攻撃の第一陣(・・・)に持てる力を全て使ってしまった事だ。

 

「!!!」

 

ブレイブは目の端で遅れて(・・・)襲ってくる枝の槍の先端を捕らえた。それは伏兵のようにブレイブの虚を突き襲い掛かる。今のブレイブはこの攻撃を凌げる状態にない。持てる力は全て今受けている(・・・・・・)攻撃の防御に使ってしまっている。

しかしそれは今使っている(・・・・・・)究極贈物(アルティメットギフト)の話だ。

 

『━━━━━━━━ポォン!!!』

「!!?」

 

それは、戦場には似つかわしくないあまりに軽い(・・)音だった。しかしシャルディアの意識はその音にはほとんど向いていなかった。それ以上の異常事態が彼女の目の前で起こっていたからだ。

その異常事態とは、ブレイブに向けて伸びた枝が彼女に当たった瞬間あらぬ方向に曲がった事である。その原因は彼女の新たな贈物(ギフト)による防御だった。

 

(……………!!? 何だ!? あの彼女の掌に(・・)浮かんでいるものは……………!!!)

(~~~~ッ!! この贈物(ギフト)まで使わされた……………!!!)

 

シャルディアの目はブレイブの掌に突如として浮かんだ奇妙な物体を捕らえていた。それはブレイブがツーベルクにて身に着けた新たな究極贈物(アルティメットギフト)肉球之神(バステト)》である。

その能力は掌に吸着や反発の性質を持った肉球を浮かべるというものである。その肉球の反発する性質によってシャルディアの攻撃を逸らしたのだ。

肉球之神(バステト)の使用により、間違いなく防御には成功した。しかし彼女の精神は決して穏やかではなかった。

 

(……………バ、肉球之神(バステト)まで、シャルディアさんの贈物(ギフト)一つ(・・)に、私が持ってる贈物(ギフト)全部(・・)使わされた……………!!! 攻撃は受けれる!! 受けれるけど━━━━━━━━

勝ち筋が見つからない…………………………!!!!!)



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367 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (闘志)

シャルディアが持つ究極贈物(アルティメットギフト)豊穣之神(フレイヤ)

蛍はこの能力を一目見ただけでそれが如何に強力であるかを理解させられた。特に彼女が目を引いたのはその《攻撃可能範囲》である。

シャルディアの贈物(ギフト)は周囲の状況にも干渉し、その射程は自分が持つ能力よりも遥かに長かった。そして程無くして彼女は自分の予感が間違っていなかった事を理解する。

 

今現在、シャルディアの贈物(ギフト)一つ(・・)の攻撃を防御するのに自分が持つ贈物(ギフト)全て(・・)を使わされているのがその証拠だ。

 

*

 

勇者の戦ウ乙女(プリキュア) キュアブレイブと風妖精(エルフ)の里の族長 シャルディアの互いの誇りを賭けた実力の衝突は更なる局面を見せる。現状はシャルディアの樹木を利用した飽和攻撃にブレイブが防戦一方になっている状態だ。

片手に刀剣系究極贈物(アルティメットギフト)女神之剣(ディバイン・スワン)》を握り、片手の平には《肉球之神(バステト)》を常時発動させ、更に《堅牢之神(サンダルフォン)》も発動し、文字通り全力でシャルディアの攻撃を辛うじて捌いている。

その気迫は観客となっている外野にもひしひしと伝わっている。次第に行き場を失った興奮という名の感情は言葉となって彼等の口から漏れ出た。

 

「…シャルディアの奴、ここに来て遂に本気を出してきたな。」

「……本気 ね。確かに魔物にあれ程の攻撃はまずしないだろうけどあれを全力と言うには無理があるんじゃないかな。」

「な、な、何なんですかあれ!!! あんなの防ぎ切れる訳無いじゃないですか!!! 大人気無いですよあのシャルディアって人!!!」

「大人気無いだと? 違うぞ。あいつはそんな小さな女じゃない。ブレイブを認めているからあれ程の力を出しているんだ!!」

「………そうは言ってもよォ、あんな広い(・・)攻撃見た事もねぇぞ。範囲だけなら厄災の連中超えてんじゃねぇのか……………?」

「確かに。きっとここが正念場だろうね。ここを切り抜けられればブレイブにも勝機はあるけど、無理ならこのまま押し切られて負ける。」

 

シャルディアの攻撃に防戦一方となっているブレイブを見てギリスやルベドだけでなく、マキ、リルア、リナ、ハッシュも各々の感想を漏らす。シャルディアの攻撃が激しさを増している事、そしてブレイブが正念場に立たされている事が彼等の共通認識だ。

しかし、ブレイブの耳には仲間達の言葉は全く入っていない。今の彼女の心にあったのは目の前の窮地を如何にして切り抜けるか という事だけだ。そしてその思考の根幹には様々な(・・・)感情があった。

 

(…………………………!!!! は、激しい!!! 攻撃が激しすぎる……………!!!

なんとか受けられてる!! でも、受けられてるだけ(・・)だ……………!!!

それじゃ勝てない!! このままじゃすぐにジリ貧で負ける……………!!!!

い、嫌だ……………!!! 勝ちたい……………!!!!

私、この人に、シャルディアさんに勝ちたい!!!!!)

 

本来ならば、ヴェルダーズ達と戦う(・・・・・・・・・・・)戦ウ乙女(プリキュア)であるブレイブにとってシャルディアとの試合の勝敗など取るに足らない些事である。重要なのは無差別に様々な命を狙うヴェルダーズ達に負けない事であり、たとえシャルディアに勝利したとしても戦ウ乙女(プリキュア)としては全くの無意味である。ブレイブ、もとい夢崎蛍も理屈の上ではそれを十分過ぎる程に理解していた。

しかし、そのような綺麗事を素直に飲み込める程今のブレイブの精神は成熟していない。

 

人間とは本能的に敗北を嫌うものである。今のブレイブはシャルディアとの勝負の場に立ち、そして己の敗北を本能的に嫌悪した。本来、自分達の利益にはならないこの勝負に貪欲に勝利を求めた。ギリスへの献身と己の勝利への欲求が今の彼女を突き動かしていた。

 

そして混ざり合う二つの感情は勇者に奇跡を起こす。

 

 

「ッ!!!?」

 

瞬間、ブレイブの脳裏にある予感(・・)が走った。それは、自分がシャルディアから勝利を収める予感だった。防戦一方となっている状態から抜け出せる根拠の無い自信(・・・・・・・)が脳内に溢れ出した。

 

(━━━━あ、あった。こんな近くにあったのに気づかなかった……………!!!

シャルディアさんの攻撃から抜け出せる()が…………………………!!!!)

 

そう。ブレイブはこのシャルディアの一斉攻撃から逃れる道を見出した。その道は自分のすぐ側にあった道だった。それを見つけた瞬間、ブレイブの心に消えかけていた感情が再び、勢いを持って再燃した。

 

(……………この道だ。私は勝てる。きっと(・・・)シャルディアさんに勝てる!!!!!)

 

その感情は勇気とは似て非なる感情、《闘志》である。



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368 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (剛翼)

ブレイブは今、確かに追い詰められている。しかし今彼女を追い詰めているのは敵対している人間ではなく、風妖精(エルフ)の里の族長 シャルディアである。

シャルディアの飽和攻撃はブレイブが今まで受けた攻撃の中でも群を抜く激しさだった。試合という規則に守られた場でなければ命の危機すら覚えるような気迫がその攻撃にはあった。

 

しかし、ブレイブはその絶望的な状況下においても突破口を見出した。それは最も身近にあり、それ故に見つかりづらい突破口だ。

 

(……………あそこだ。あそここそが私が勝つために必要な道なんだ。勝ちたいならあそこまで行かないといけない。行けるかな……………

 

いや、そんな弱気になっちゃダメだ!! 私は勝ちたい!!! そのためにあそこまで行く!!!

そのためには、今ここで自分を成長させなきゃいけない!!!!!)

 

本来、成長とはそう簡単に実現できるものではなく、その実現には大なり小なり労力が伴う。ブレイブもとい夢崎蛍も十四年という人生の中で少しづつではあるがその事実に気付き始めていた。しかし、今のブレイブには確信があった。

シャルディアから勝利をもぎ取りたいという《闘志》と少しでもギリス達の役に立ちたいという《献身》、そして今まで何度も窮地を乗り越え生きてこの場に立っているという揺るぎない事実。様々な要素がブレイブの心を奮い立たせていた。

 

そして今、うら若い勇者に奇跡が起ころうとしていた。

 

*

 

『…………………………!!!』

 

ブレイブの心には闘志が湧き始めていたが、言うまでも無くそれは彼女以外知り得ない事だ。寧ろ傍目から見た現在のブレイブは窮地に立たされ敗北を待つだけの人間に見えている。それはブレイブとの面識の浅い妖精族達や星聖騎士団(クルセイダーズ)の団員達だけではなく、今まで苦楽を共にしてきたギルドの仲間達にまで広がり始めていた。

それでも彼等の胸中にはブレイブの弱さを糾弾するような思いは無く、『やはり無謀』や『種族の長に勝てる筈が無い』というような諦念に満ちていた。つい先日まで普通の少女だったブレイブと歴戦の猛者の一人であるシャルディアとの間にはやはり埋められない実力差があるのだという漠然とした共通認識が生まれ始めていた。

 

しかし、彼等は直後目の当たりにする。一人の勇者がシャルディアの猛攻を打ち破る、その奇跡を。

 

 

無論の事、胸中で闘志を燃え上がらせている最中でもブレイブはシャルディアの猛攻を凌ぎ続けている。一手でも選択を誤れば押し切られて敗北するという状況だ。自分は少しも隙を見せず、その中でもシャルディアの猛攻の隙を見つける。ブレイブの空論である突破口を現実のものにする為にはそれが必要不可欠だ。

 

(!!! 見つけた!! これだ!!!)

 

そしてブレイブは遂にシャルディアの猛攻の中に生まれる隙を見つけた。それはほんの一瞬、しかしブレイブが体勢を立て直し渾身の攻撃を繰り出すには十分すぎる隙だ。それはシャルディア本人すら知らなかった癖、一瞬猛攻の波が収まり、その直後度を越えて激しい攻撃が襲うという癖と呼ぶには余りにも小さく短い癖だ。

しかしブレイブはその癖を見抜き、そしてその僅かな時間で《女神之剣(ディバイン・スワン)》に解呪(ヒーリング)を込めるという準備を終えた。そして渾身の攻撃を放つ。

 

「《プリキュア・ブレイブカリバー》!!!!!」

『!!!!?』

 

それは、ブレイブの渾身の一閃だった。その一振りはブレイブに向けた枝の槍を纏めて両断して見せた。ブレイブは遂に自分が勝利する為の突破口に挑む権利を手にしたのだ。

 

(ここで渾身の一発だと!!? だがそれは悪手だろ!

今の君は隙だらけじゃないか!! そこを攻撃すれば何も変わらない。私の勝利だ!!!)

(シャルディアさん。あなたは今から地面に居る(・・・・・)私を攻撃しようとするでしょう。だけど私はもうそこに居ない。私は同じ場所(・・・・)に行く!!!!)

「《焔之神鳥(ガルダ)》!!!!!」

『!!!!?』

 

その瞬間、その場に居た者は全員 上空(・・)を見上げた。そこにはブレイブが居た。シャルディアは読みを間違え、ブレイブが居た地点を攻撃する愚を犯した。

しかしその悪手すら些事に思える程の異常事態が目の前のブレイブの身体には起きていた。まず、ブレイブの身体は宙に浮かんでいた。そして背中、正確には肩甲骨に相当する部分から()が生えていた。その翼は鳥類のそれとはまるで異なり、燃え盛る炎で形成された翼だった。

 

「……………………………………………………!!!!!

まさか、君は今この場で成長して見せたとでも言うのか……………!!!」

「はい。たとえシャルディアさんには及ばなくても、私も成しえたい事があるんです。その為には立ち止まってる暇なんて無いんです!!!!!」

 

焔之神鳥(ガルダ)

インド神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分の身体に炎で形成された翼を発現させる。

 

「……………戦闘の中での新たな究極贈物(アルティメットギフト)の発現、か。刀剣系の持ち主ならば有り得ない話ではないか。良いだろう。この空で直々に決着を付けるとしよう!!!」

「━━━━いや、その必要はありませんよ。」

「!!?」

「……………私が勝てるかどうかは、この一発(・・・・)で分かりますから……………!!!」

 

そう言ってブレイブは剣を構えた。それは身体を半身にし腕を大きく引く、《刺突》の構えであった。



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369 試される勇者の意地!! キュアブレイブvsシャルディア!!! (神槍)

飽和攻撃の打開。そして新たな究極贈物(アルティメットギフト)の発現。

この二つの出来事により、勇者キュアブレイブの闘志が臨界点を超えて高揚する。対して風妖精(エルフ)の里の族長 シャルディアに久しく忘れていた緊張が走る。

彼女達だけでなく、その場に居た全員が理屈ではなく感覚で理解していた。ここがこの戦い(実力のぶつけ合い)の最終局面である事を。

 

(……………この一発で決める か。どうやら大言壮語で言っている訳ではなさそうだな。次の一発に、彼女は必ず今己が持てる力の全てを乗せて放ってくるだろう。

ならば、こちらも私が持てる力の全てを以て応えるまでだ!!!)

「━━━━キュアブレイブ、いや、ホタル君。一つ謝罪させてくれ。」

「!?」

「私はこの場で本当の全力(・・・・・)を出してはいけない(・・・・)と思っていた。君を殺しかねないと思ったからな。だが違った。君はこの戦いの中で見事に成長した。その力はギリスやルベドにも届き得るだろう。

だから私も持てる力の全てを見せよう。私が持つ、もう一つの究極贈物(アルティメットギフト)をな!!!!」

(((!!! あれを使う気か!!!)))

「《樹之龍王(ファフニール)》!!!!!」

『!!!!』

 

シャルディアの力を知るギリスとルベド、そしてリルアはその言葉の真意を理解し、驚愕した。その感情の動きを知ってか知らずか、シャルディアはその究極贈物(アルティメットギフト)名を口にした。

その発言と共に、シャルディアが《豊穣之神(フレイヤ)》の能力で操る樹木が変化した。常識では有り得ない動きを見せるばかりか、特にその先端が著しく変化する。先端が大きく二つに裂け、その間に無数の尖ったものが生えた。

そして変化が完了した樹木の姿は、蛍の目にはとある魔物の姿に見えた。鳥のように尖った口、口の中に生えた無数の牙、合わせただけで射抜かれそうになる鋭い眼光。それらを兼ね備えた魔物とは、龍である。

 

「…………………………!!!!!」

「どうだ? 君なら(・・・)見覚えがあるのでは無いのか? これこそが私のもう一つの能力だ!!!」

 

樹之龍王(ファフニール)

龍王系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自らの周囲の樹木を変形させ龍を召喚する。

 

(ド、ドラゴンを呼んだ…………!! って事は、タロス君と同じタイプの究極贈物(アルティメットギフト)………!!!)

「………さぁ構えろ。果たして今の(・・)君の力が私に届き得るか否か、勝負と行こう!!!!」

「………………………!!!

はいっ!!!!」

 

斯くてシャルディアの最後にして最大の攻撃は発動の兆しを見せた。樹之龍王(ファフニール)が口を大きく開け、その口に緑と橙色が混じったような眩い光が蓄積される。ブレイブはその光景に先のソルガラジアの太陽光線を重ね合わせた。そして瞬時に今から自分が食らう攻撃はそれに比では無い事を察知する。

それを見てブレイブの背筋にもシャルディアの同様の緊張が走る。そして改めて剣を構え直し、心の奥底から闘志を呼び戻す。

 

「これが私の全力だ!!!! 《橙緑陽光砲(カルジャーク・アウリーゴ)》!!!!!」

「!!!!!」

 

それは、やはりブレイブの予測通り太い光線の攻撃だった。ブレイブはその迫力に太陽光を練り上げ放出しているように錯覚した。それ程までに、脅威だったソルガラジアの一撃すら些細に思える程に今 眼前に迫る光線は圧倒的だった。

しかしブレイブは途中で思考を放棄した。何故なら、今から自分が食らうこの光線が如何に強力であろうとも自分に出来る事は今から自分がやろうとしている攻撃を全力で繰り出す事のみだからだ。

 

(━━━━なんて圧倒的な攻撃!!! だけど状況はこれでもかってくらいシンプル。この攻撃で凌げなきゃ、私の負け……………!!!

シャルディアさんに勝つ意味が無いとか、種族のトップに勝てるかどうかとか、そんな余計な事、バカバカしいにも程がある。相手が誰であろうと全力で戦う。そうでもしなきゃこの先の戦いで生きてられる訳が無い。

ギリスの隣に立って良い訳が、無いッッッ!!!!!)

「シャルディアさん、これが私のもう一つ(・・・・)の力です!!!!

刺突之神(アテナ)》!!!!!」

「!!!!?」

 

それは、何の変哲もない剣の刺突だった。しかしそれによって放たれる衝撃は圧倒的だった。ブレイブが放った刺突の衝撃とシャルディアが放った太陽の光線は互いに真っ向から衝突し、その音はその場に居た全員の鼓膜を劈いた。

 

そしてその衝突は遂に決着した。

 

『━━━━━━━━ガァンッ!!!!!』

『!!!!?』

 

両者の攻撃の威力は全くの互角だった。拮抗状態が崩れ、互いの攻撃が軌道を逸らされ目標をわずかに外れた方向へ飛んでいった事がその証拠だ。瞬間、ブレイブは己の敗北を悟った。体力は完全に底を突き、背中に生えていた炎の翼、《焔之神鳥(ガルダ)》は消失した。

 

「…………………………シャルディア さん……………。私の、負けです…………………………。」

 

ブレイブは口から敗北を認める言葉を発し、地へと堕ちて行った。地面へ落下するまでの時間は数秒にも満たない。しかしブレイブはその最中、確かに聞いた。

 

「いや、君の勝ちだよ。」

「えっ…………………………

!」

 

堕ちていく最中、ブレイブは確かにシャルディアの言葉を聞き、そして見た。シャルディアの左肩に微かに切り傷が付き、一筋の血が垂れていた。

 

「ほんの少し、僅かに掠っていた。胸を張って良い。君は正真正銘の勇者だ。」

「…………………………!!!!

はいっ!!!!」

 

勝者は地へと落下し、敗者は確かに立っている。誰がどう見ても勝者の姿では無い。しかしブレイブは勝利を噛み締め、そして地へと堕ちた。

 

*

 

刺突之神(アテナ)

ギリシャ神系 究極贈物(アルティメットギフト)

能力:自分が放つ刺突の威力を引き上げる。



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370 憩いの夜が始まる! 風妖精(エルフ)の里の大宴会!! その①

(キュアブレイブ)は勝利した。厳密にはシャルディアに一発でも攻撃を入れるという勝利条件を達成したというのが正確な表現だが、兎に角蛍はその条件を達成し、勝利を収めた。

シャルディアとの戦闘(試合)により体力を使い果たし、地面に倒れ伏した蛍をその場に居た全員が介抱しようと奔走したが、全員、特に里の出身の妖精族達はシャルディアが敗北を認めた事実に少なからず驚愕した。

 

里の者にとってシャルディアは最強の存在であり、彼女が戦いの場において誰かに(尤も専らが里を襲う魔物だが)傷を負った瞬間など見た事が無い。故に、それを人間族の少女が達成したという事実は彼等に衝撃を与えた。

 

そしてその中でも一際蛍の身を案じ、真っ先に駆け付けた男が居た。蛍は虚ろになった視界の中でもその男に気付き、声を発した。

 

「! ギ、ギリス……………」

「全く。負傷には気を付けろと言ったろ。こんな茶番で変身していられなくなる程体力を削る奴があるか。」

「!!

………そ、そうだね。ごめん……………」

 

蛍はギリスの言葉を甘んじて受け入れた。シャルディアとの試合を茶番扱いされるのは心外だったが、戦ウ乙女(プリキュア)である自分にとって重要なのはヴェルダーズ達に負けない事であり、シャルディアに勝つ事ではない。

加えて自分の醜態も負い目に感じていた。今の蛍は体力を使い果たし変身は疎かまともに立つ事すら出来ない。そこまで自分を追い込む事は愚行と言えるし、何よりギリスの言葉の中には少なからず自分の身を案じる気持ちが含まれている事を蛍は理解していた。

 

「…………しかしだ。最後の最後に二つも新しい究極贈物(アルティメットギフト)使えるように(・・・・・・)なったのは、胸を張って良いと思うぞ。」

「……………!!! ありがとう……………!!

それでさ、ごめんだけど肩貸してくれない? まだ歩けそうにないからさ……………」

「前言撤回だ。やはりお前は気を引き締めた方が良い。」

 

半ば呆れた声を発しながらギリスは蛍に肩を貸し立ち上がらせた。こうして蛍とシャルディアの正規の一戦は幕を下ろした。

 

 

***

 

 

時刻は夜、太陽が地平線の向こう側へ沈んで間もない頃。風妖精(エルフ)の里の拠点である建物の大広間に蛍達が集合していた。シャルディアとの試合で消耗した蛍だったが、休息を取り魔法による治療を受けると問題無く動けるまでに回復した。

 

そして今、蛍は大広間の壇上(・・)に立っている。そこには蛍の他にギリス、ルベド、リルア、シャルディアの四人が立っていた。残りの全員は大広間に用意されたいくつもの卓を囲んで座っている。そして蛍達五人が一斉に手に持っていたものを掲げた。それは飲み物が入った(木製の)グラスだ。

 

「では皆の者、私事ではあるが嘗ての友と出会えたこの良き日を盛大に祝うとしよう。

乾杯だ!!!!!」

『乾杯!!!!!』

 

乾杯の一言と共に広間に居た全員がグラスの中身を(半分ほど)飲み込んだ。その後最初に声を発したのは蛍ではなくその隣に居たリルアだった。

 

「クゥ~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!

あー やはり美味い!!! 世界樹の酒は何時吞んでも格別だな!!! なぁ、お前もそう思うだろ!!?」

「うん!! さっぱりしてて美味しいよこれ! (まぁ私のはノンアルだけどね……………)」

 

言うまでも無く、(元)女子中学生である蛍は飲酒など出来る筈も無く、酒の代わりに果汁を基にした飲料(いわゆるジュース)が提供された。

因みに蛍が今居る世界における成人(飲酒可能)年齢は十八歳である。その為蛍が元居た世界では未成年扱いとなるハニやソフィアなども世界樹の酒を喉に通す事となった。

 

「さ、ホタル君。もうお膳立ては十分だぞ。好きな卓に着いてどれでも好きなものを遠慮無く食べてくれ。」

「はい。ありがとうございます!

(うーん、どのテーブルに行こうかな。乗ってる料理は色々あるけど、違いとかあんまり分かんないし……………。

良し、こういう時は━━━━!)」

 

蛍は壇上を降り、目を付けた卓へ歩を進めた。

 

「みんな! 来たよー!」

「おう。やっぱお前はここに来るよな。」

「待ってたっスよー!」

 

蛍が選んだのはリナやミーアが集まっていた卓だ。

 

「ささ、早く食べましょ! 自分達は酒飲めないんスから、その分食べないと損っスよ!」

「そうファよ。あんなに無茶して、何回手を出そうと思ったか分からないファ。」

 

シャルディアと戦っている中、蛍はフェリオに助けの手を出さないように頼んだ。しかしフェリオは何度もブレイブに助力しようとした。それ程までにブレイブは死力を尽くしていたのだ。

 

「!

………そうだね! 私もお腹空いちゃってるし、いっぱい食べよう!」

 

仲間達に囲まれ、蛍は卓に座る。楽しい夜はまだ始まったばかりだ。



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371 憩いの夜が始まる! 風妖精(エルフ)の里の大宴会!! その②

リルアが手放しで絶賛する世界樹の酒。その種類は大きく分けて果汁を熟成させたものと麦芽を発酵させたものとに分けられる。そしてそれらの酒が他の酒と異なる点は水と発酵させる際の樽にある。

風妖精(エルフ)の里の近くを流れる極めて状態の良い水と樽に使われる極めて状態の良い木が酒の味を極限まで高めるのだ(リルア談)。

 

そして卓に並ぶ料理も蛍達の予想を超えて様々な種類のものが用意されていた。風妖精(エルフ)の里は鎖国状態であるものの、多種多様な植物は勿論の事、川を泳ぐ魚や度々里の上空を飛ぶ鳥(の魔物)の肉料理が盛大に振る舞われた。それらは安定して取れるのもではない貴重食材だったが、里は惜しむ事なくギリス達に振る舞った。

その中でも取り分けて蛍の舌を楽しませたのは魚と葉野菜を煮込んだ料理だった。その理由を彼女は直感で理解していた。

 

(……………この料理が一番美味しいって思うのはやっぱり日本(私が元居た世界)の料理に似てるからかな。特にこの出汁(?)の味が……………)

「おうホタル! それに目を付けたか。なかなか目が高いな!」

「! リルアちゃん! シャルディアさんまで!」

 

蛍が振り返るとそこにはリルアとシャルディアが立っていた。リルアの頬には既に僅かではあるが赤みが掛かっている。蛍はその光景に極めて不道徳的な印象を覚えた。何年もの時を生きる魔王であると分かっていても自分と同じ程の外見の少女が酒に酔っている光景は直視出来るものではない。

 

「ってリルアちゃん お酒変わってるじゃん! もうあの一杯目飲んじゃったの!?」

「おん? 何言ってるんだあれは食前酒だ食前酒。ここから酒で飯をつまむんだろうが!」

「……………とても女の子や魔王の言葉と思えないね。で、ギリスとルベドさんは?」

「あいつらとは別の卓に行く事にした。一先ず料理を見て回ると言っていたぞ。」

「そうなんだ。それで、シャルディアさんはどうしてここに?」

「私も一人話しておきたい子が居てね。リナ・シャオレン。君だ。」

「え? 俺っスか?」

 

シャルディアは蛍の背後でグラスに口を付けていたリナに声を掛けた。自分に用があると思っていた蛍と自分が声を掛けられると思っていなかったリナはその意外な行動にそれぞれ反応する。

 

「先ずは君にも歓迎の言葉を掛けねばならんな。この里の酒は美味しいか?」

(!? 酒!?)

「まぁはい。そりゃもちろん。俺は酒には疎いっスけど。」

「ええっ!!? リナちゃんそれお酒飲んでるの!!?」

 

蛍は自分と同年代のリナも自分と同じくノンアルコールを飲んでいると思っていた。しかし事実は異なり、リナが呑んでいたのは世界樹の酒だった。蛍はその事実に様々な意味で驚愕した。

 

「そ、それって(法律的にも身体的にも)大丈夫なの!!?」

「ああ。お前にゃ言ってなかったな。俺の里じゃ十歳になりゃ一応は飲めんだよ。まぁすぐに飲む奴は先ず居ないけどな。」

「で、でも、里でパーティーした時は飲んでなくなかった…………!?」

「ああ。あん時はヘトヘトだったからよ。飲むに飲めなかったんだよ。けどよほどの事がねぇ限りは酔っぱらったりはしねぇから安心しろよ。俺達龍人族は肝臓(きも)も頑丈だからよ。

年の初めにゃ樽一杯()った事もあったっけかな。」

「そ、そうなんだ……………。」

 

人間とは特に情報を与えられない限りは他者の能力を自分の尺度に当てはめて考えるものである。蛍も同様にリナの酒への耐性を自分の尺度に当てはめていた。自分(人間族)リナ(龍人族)の身体的構造の違いを目の当たりにした形だ。

蛍とリナの話が終わったと見るやシャルディアは再び口を開く。

 

「それで話を戻すがリナ君。君はあのリュウ・シャオレンの孫娘なんだろ?」

「リュウ? あんたジジィの事知ってんのか?」

「まぁな。直接会った事は無いが。 或いは今日この里に来るかもしれないと思っていたが、それは少々高望みが過ぎたか。

だから君に一つ聞いておきたいんだ。君から見たリュウはどんな人だ?」

 

蛍やリナはシャルディアの質問の意図を理解していた。シャルディアが知るリュウはかつてルベドの勇者パーティの一員の武道家だったリュウだ。それ以降の彼の姿をリナの口から知ろうとしているのだ。

 

「正直そんなに言う事無いっスよ。武道と酒にしか興味の無い老いぼれでしかねぇし。

まぁ強いて言うなら俺が戦ウ乙女(プリキュア)になった日、マスター達と酒を飲む顔が嬉しそうでしたね。」

「……………そうか。」

 

リナの話を聞いたシャルディアは一言だけそう呟いた。リュウと同じ席に居られない事を少しだけ残念に思っているように見えた。

 

 

 

***

 

 

魔王ギリス達を歓迎する宴会はまだ始まったばかりである。そしてその宴会の様子を外部から見ている者が居た。建物から中の様子は見えないが、窓から煌々と漏れる明かりと騒ぐ音から中が如何に盛り上がっているかが分かる。

そしてそれは目撃者の神経を著しく逆撫でさせた。その神経を抑える為に血管が切れる程唇を噛み締めるばかりか爪が掌の皮膚を破る程に拳を握り締めていた。

 

(ふ、ふざけるな…………………………!!!!!

私達影妖精(スプリガン)をあんな目に遭わせておいてお前らは馬鹿騒ぎだと……………!!!?

やはりあいつらはあのクズ共と同類だ!!! 明日まで生かしておいてやるつもりだったが今すぐやってやる!!!! この里を火の海にしてな……………!!!!)



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