Fate/STEEL BALL RUN (涅槃先輩(27))
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第一話 間桐慎二とその青春

この『物語』は、ぼくが歩き出す物語だ。

 

肉体が…という意味ではなく…

青春から大人という意味で……

 

ぼくの名前は『間桐慎二』

 

最初から最後まで本当に謎の多い英霊(サーヴァント)ジャイロ・ツェペリ(ライダー)」と出会った事で………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返してみるに…ぼくがこの聖杯戦争に参加したのはなぜだろう?

ほかのマスターと同じく聖杯が欲しかったからなのか?

あるいは幼い頃からいつもそばにいた義妹に対する憐憫か…

 

人は美しいものが好きだ……

ピカピカに新しければさらに良く。

そしてそれが走っているものであるのなら…

それは()()()()()()()()()

 

ぼくが初めて馬に乗ったのは5歳の時。

海外留学先…イギリスの牧場でだった。

鞍の上から見た筋肉の動きや蹄が土を蹴る音を美しいと思ったし、走る動作を通して馬が何を感じ何を思っているのかわかる気がした。

留学先のホストファミリーであるジョージさんはぼくのその姿を見て、

 

「この子は乗馬の天才だ」

 

と思ったそうだ…そしてぼくもその気になった。

 

7歳の時、ぼくは日本に帰る事を余儀なくされたが、大きな大会にはそれがどこであろうと必ず参加した。

12歳の時、ぼくがジュニア・ケンタッキー・ダービーで優勝した時はスゴかった。

馬に乗れば欲しい物は何でも手に入った。

みんながぼくにお世辞を言い…金品を持ってきた。

有名な政治家や資本家もやって来た。

新聞、ラジオ、テレビ。そのどれからもぼくを称賛する声が聞こえた。

みんながぼくをスーパールーキーと呼び、ちょっと本気を出せば誰よりも早く馬を走らせる事ができた。

馬に乗って勝つという事は人類の歴史の勝利の象徴であり、権威の象徴なのだ…と子どもながらに悟った。

 

だが、その人生には必ず波がある。

絶頂とドン底がある。

勝利する者が居ると同時に敗北する者も居る。

盛者必衰。権威は…偉大なモノは必ず没落する運命なのだ。それは歴史が証明している。

 

ぼくは落馬した。まだ寒い冬の日本でだった。

馬に乗って走っている時、目の前に()()()()()()が横切った。

普段であれば馬はこんなチャチな事で動揺なんかしない。

だが、その日は特別調子が悪かったのか?…馬は()()()()興奮し、ぼくは馬から振り落とされた。

病室でぼくは一人泣いた。

脚が…下半身が返事をしなかったのだ。

夢である事を祈りながら、2時間眠った…そして下半身不随になった事が現実である事を思い知り、もう一度泣いた。

 

見舞いに来たのは馬の合わないクラスメートと義妹だけの二人だけだった。

 

あれだけぼくを持て囃したテレビ局や記者、金品や豪華なお菓子を持ってきた政治家や資本家、ぼくがちょっと微笑んだだけでキャーキャー猿のように喚いた女の子たちは、誰一人として来なかった。

 

ただ二人だけしかこの狭い病室に来なかった。

クラスメートで唯一来た…衛宮士郎は、何かを言おうと口をパクパクさせ…しかし、何を言ってもチンケな慰めにしかならないのだろうと判断し、ただ無言でリンゴを剥いてくれた。

そしてその無言の気遣いがぼくにはありがたかった。

 

衛宮が帰った後に、義妹は来た…

ぼくの義妹…『間桐桜』はぼくの手を握りこう言った。

 

「ぁ……わ…私は…ッ…私はどこまでの兄さんの妹です…兄さんの味方です…!」

 

その時初めてぼくは桜を真正面から見た。

目から涙が溢れていた。

馬の下に集ってきた連中は、ぼくのために涙を流したか?

桜はいつもぼくの背中にくっついて離さなかった。

そして、遠方や海外での大会で家を開けるたびに、寂しそうにぼくの背中を見送っていた。

ぼくは真正面から桜を見た…見ていた…

涙で視界が歪むまで…桜を見ていた…

 

思い出は『力』をくれる。

例えドン底の地の底にいようと…思い出は『勇気』を与えてくれるのだ。

 

どうして忘れていたのだろう?

願いはすでに決まっていたのだ。

 

ぼくの願いは____

()()()()

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄さんは意地悪で、意地っ張りで…それでも笑顔の絶えない人だった。

間桐の家の養子となり、お爺様の手で何かよく分からないモノに犯され、間桐桜として作り替えられるだけの日々。

兄さんは、唯一の日常の象徴だった。

毎日蟲蔵でカラダを嬲られ続け、穴という穴が粘液で濡れるのにもはや慣れてしまった頃…

 

兄さんはこの家に帰ってきた。

 

兄さんは唐突に現れた私を見て…どこか期待するような目でこう言った…

 

「ねェ〜…『馬』…好きかい?」

 

え、あ、と困惑している私を尻目に、ブロードウェイの役者のようにどこか芝居掛かった動作で捲し立てた。

 

「馬だよ!馬…この世で最も美しいッ!ディ・モールト美しいッ!生きものさ……興味があるなら…今度後ろに乗せてやってもいいけど?」

 

ただ当時の私から見れば…そんな兄さんのあり方はあまりにも()()で…ただ困惑するだけだった。

兄さんはそんな私を見て、小さく一言だけ呟いてその日は部屋に帰ってしまった。

 

「フゥ〜あれがぼくの妹になるわけェ?全く…馬乗りに紳士の真似事は無理だってのジョージさん…」

 

それから兄さんは毎日私の部屋に来て…様々な話をしてくれた。

イギリスに留学した話。

留学先のホストファミリー…ジョージさんの話。

馬に乗って、大会で優勝した話。

兄さんは饒舌に…大袈裟に…そして分かりやすくお話をしてくれた。

私はそんなお話がいつしか好きになって…兄さんの後ろを歩くようになった。

あんまりにくっつきすぎると、鬱陶しそうにするけれど…

ほっぺたをつまんだり、お化けのフリしてイタズラしてくるけれど…

そんな奇妙で、意地悪で…それでも優しい…()()()()()()兄が好きだった。

そう兄は…()()()()()()

この家が地獄であるということを知らない…魔術師の家であるという事を知らないのだ…と悟った。

最初はそれが少しだけ妬ましかったが…それ以上にこの日常の陽だまりが暖かいと思った…

ある日、ホストファミリーのジョージさんの飼い犬ダニーに、手を噛まれた話をしてくれた時、思わずクスッと笑ってしまった。

すると、ギョッと驚いた顔をして…それから

 

「へぇ〜…ホラ、やっぱカワイイじゃん…笑うと」

 

兄さんはどこまでも上から目線で…

でも、素直な笑顔でそう言った。

 

兄さんと時々外出するようになった頃…私が12歳の頃、兄さんの友人の家で遊ぶ事になった。

 

「衛宮!今日もタダ飯食いに来たぜーッ!」

 

元気いっぱいにそう叫ぶと、しばらくして、その人…衛宮士郎は現れた。

 

「よぉ慎二!…ン?この子は…?」

 

その人に、見覚えがあった。

 

そう…この人は___________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た気がする。

時計を見ると…朝6時。

いつもより少し起きるのが遅かった。

 

「朝からうるさいなぁ…セミ…」

 

中学最後の夏休み…俺、衛宮士郎はいつもと違った日常を過ごしていた。

鼻腔をくすぐる焼き魚の匂い…

それはまだ目が覚めたばかりの俺に、食欲をそそらせた。

居間に行くと、もうすでに()()揃っていた。

 

「おはよう、桜、慎二」

 

台所で米を茶碗によそっていた少女…間桐桜は、満面の…しかしどこか儚げな笑みで

 

「おはようございます、先輩」

 

と返してくれた。

桜は日が経つごとに綺麗になっていく……

その笑顔の破壊力は、思わずドギマギしてしまう。

 

「おはよォ〜衛宮……ァン?何ボケーッと突っ立てんの?お前」

 

…現実に戻された。

車椅子の少年…桜の兄、間桐慎二は気怠そうにテレビから視線を外した。

この二人は…いつからか、俺の家に入り浸るようになった。

まだ慎二が天才少年騎手(ジョッキー)として活躍していた頃、俺は慎二の友人の一人というよりクラスメートの一人だった。

その頃は…いつも周りに人を侍らせ、褒められないような行為(といっても、列の割り込みとかポイ捨てみたいなチャチな事)ばかりしていた。

そしてそれでよく言い争いになる…馬の合わないクラスメートのような関係だった。

だが、落馬して下半身不随になって以降…彼の周りの人間は、途端に掌を返した。

俺以外誰一人彼のお見舞いに行く奴はいなかった。

退院し、学校で「坂道だから押してくれ」と頼んでいても、クラスメートは誰も見向きもしなかった。

俺はそれが許せなくて、見過ごせなくて、慎二の友人の一人に問い詰めた。

 

「なんであいつを押してやんないんだよ!」

 

するとそいつは冷ややかな目でニヤつきながらこう言った。

 

「俺さぁ…いつもあいつからお菓子とかゲームとか貰ってたけど…正直さァ〜…アイツの事嫌いだったんだよねェーッ!!ギャハハハ!ブベラァ!?」

 

思わず間髪入れず殴ってしまった。

内心で気に食わないと思っていながら、甘い汁を啜るために…その内心を卑劣にひた隠したその腐った性根に腹が立った。

 

そいつは号泣して逃げ出し…その一部始終を偶然見かけた慎二は

 

「お前馬鹿だね…でも何だかスカッと爽やかな気分だよ」

 

と微笑んだ。

それ以降よくつるむようになり、慎二経由で桜ともよく遊ぶようになった。

そして、夏休み…とうとう家に転がり込んできた。

なんでも間桐の洋館は階段や段差が多く、過ごしづらいそうだ。

夏休みだけでも家に置いてくれと頼むものだから、仕方なく許可すると、なぜか妹までくっついてきた。

我が家は一気に騒がしくなってしまったが、どこかそれが心地良いと感じることが多くなってきた。

いつしか俺たち三人は、特別な絆で繋がれているのだと感じた。

 

色々懐かしい事を思い出していると、すでに食卓には朝ごはんが置かれていた。

すぐに手を合わせご馳走にありつけたかったが、まだ一人足りない。

 

「そういや藤ねぇは?」

 

すると既にマイペースにも味噌汁を啜っていた慎二が

 

「野暮用で来れないってさ…まぁぼくが食う分増えるからどーでもいーけど」

 

とからから笑った。

すると桜はむっとして

 

「兄さん……藤村先生は目上の人ですよ…?」

 

とジト目で咎めた。

が、その次でセリフで俺たちは押し黙ってしまう事になる。

 

「じゃあ逆に聞くけど…普段のあの人の姿見て『そこにシビれるあこがれるぅ!』って思った事、ある?」

 

俺たちは三人は全く同じ感想を抱いた。

 

ないな______と



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第二話 2004年1月26日

プロフィール
名前:間桐慎二
身長:167cm
体重:37kg(蟲による衰弱)
好きな音楽:オアシス、ザ・フー
好きな映画:さらば青春の光
好きな食べ物:プッタネスカ
嫌いな物:ミーハー
天敵:間桐臓硯


「なぁ、よぉ桜」

 

幻が見える。

在りし日の記憶。

まだ幼かった頃の、ぼくと桜。

 

「?」

 

「こういう事できるか?鼻の穴ペッタンコ!鼻の穴ペッタンコッ!」

 

くだらない特技。

たしか、学校の友人に見せてもらったのを丸パクリしたんだったか。

 

「………どう…やってるの?」

 

「バーーーーカ!教えてやらねェェーッ!お前にゃ一生かかってもできるわけねーーーよ!」

 

ただ、それが当時のぼくの、自慢したい欲をくすぐった。

 

「耳も耳の穴に入るぜぇ!ほら!耳もペッタンコだ!お前にゃできねぇ!」

 

「わああぁ〜」

 

今思い返すと、桜は生意気にもどこか呆れたような顔で、微笑んでいた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻は溶け、現実が襲う。

過酷な運命が、ここから逃げるなと、この精神を縛り付ける。

鼻が曲がるほどの性臭が肺を満たす。

喉には常に血と胃液と蟲が込み上げ。

()()()()()()下半身以外は常に激痛が奔り続ける。

体は無様にもコンクリートの冷たい床に、ゴミのように打ち捨てられ、その上を大小様々な異形の蟲たちが我が物顔で通り抜ける。

 

あぁ…痛いなぁ…

 

僅かでもそう思ってしまえば、体内で蠢く蟲たちはキチキチと顎を鳴らし悦ぶ。

 

ぼくは蟲蔵(地獄)の中にいる。

 

肉体のありとあらゆる穴から、大小様々な蟲たちが犯して、侵してくる。

鼻を、耳を、口を、毛穴を、肛門を、尿道さえも。

あらゆる蟲が貪るように、喰らうようにぼくの体を這い回り、痛みと不快感と吐き気と狂気を齎した。

 

耳からは常にグチャリ、ブチュリと肉が潰れる音が絶えず聞こえ。

咽せ返るほどの性臭と蟲の体液は肺を焼き。

舌を歯茎を、歯さえも嬲るように喰らう蟲は喉を出入りした。

尿道と肛門には鋭い針を持つ蟲たちが『穴』を広げるようにあえて蠢きながら這い回る。

精神と肉体を壊す地獄。苦痛と狂気の楽園。

ただ一抹の、壊れた心のカケラの中に残った意志のみが、ぼくの心の鎧となる。ぼくを正気に戻させる。

 

蟲の海の中でただあるがままにその苦痛に耐えていると、頭上から嗄れた老人の声が聞こえた。

ぼくの祖父にして、この地獄の元凶…間桐臓硯の声だ。

 

「そろそろ頃合いだろう…」

 

そう言って、ガラスパイプと小さな巾着袋を投げ渡してきた。

蟲と粘液の海を這い回り、それを掴み取ると、ぼくは巾着袋からライターとチョークのような白い塊を取り出した。

 

パキリ、と小気味いい音が蟲蔵に響く。

 

ガラスパイプに手折った白い塊を詰め、手早く火を着けた。

 

これはマンドラゴラの葉から精製した高純度の魔術的な麻薬だ。

吸えば、例えどれほどの苦痛を受けていても、どれほどの不快感に身を支配されても、驚異的な集中力を獲得する事ができる。

 

効果が切れるまでが肝心。

ぼくを嬲る蟲の海の中から、一際大きな針を持つ蟲がぼくの意思通りに背中を這い回り、頸にへと登る。

蟲は赤い液体で濡れる針をズラす事なく頸へ突き刺し、グッと強く押し込む。

 

「…ァッ……グォッァ…ォェッ…ァガァッ!」

 

声にならない声が聞こえる。

だが、それに耳に傾けてはならない。

集中しなければならない。

ぼくは熱された鉄の棒をイメージする。

()()は頸から徐々に体を貫き、やがて尾骨にまで突き刺さる。

熱された鉄の棒が冷めるまで、それを維持し続ける。

徐々に想像を絶する激痛が沸いてくる。

それは体の芯から、脳に向かってゆっくりと、剣のような針のような鋭い痛みがゆっくりと迫り上がってくる。

動揺してはいけない。狼狽てはいけない。

ここで全ての集中を切らせば、全てが水の泡になるッ!

覚悟を決めなくてはならないッ!

呼吸を乱さない事だけに集中する。

そこに雑念はなく、

 

あるのはただ、『意思』だけ……

目的のために何を犠牲にしてでも突き進む『覚悟』だけ…

 

鉄の棒がようやく冷めていく。

そこでクスリの効果が消えたのだろう。あの命が燃えるような鋭い痛みが消えた。

が、またいつもの蟲に嬲られる地獄がやってきた。

蟲蔵で嬲られるこの感覚と、魔術回路を開くこの感覚…この二つはどちらも違うベクトルで心と身体を壊しかねない鍛錬。

それを麻薬なしで成し遂げられる者など、この世に一人だっていないだろう。

 

「…魔術髄液を脊髄に打ち込むことで模擬的な魔術回路を生成し、体内の刻印蟲で魔力を生成…効果が切れるまでに体内にある閉じた魔術回路を開かせ…それを伴うに必要な集中力は麻薬で獲得する…」

 

臓硯が一人でに呟く。

 

「大したものよ…向かう80年の寿命を削り…更には一度でも集中を乱せば死ぬ鍛錬を2()()も続けるなど…クカカッ…九割九分不可能と思っていたが……よもや、なァ?」

 

地獄が終わる。

蟲は巣穴へ帰り、コンクリートの床には血と吐瀉物と体液と粘液に濡れたぼくが惨めに打ち捨てられている。

臓硯はそれを見てカカカッと嗤うと、この怪物はどこか悦んだような…ぼくを嘲笑うかのような声でこう言った。

 

「めでたいな…願いが叶う時が来たか…」

 

__刹那、左手に火傷のような痛みが疾る。

令呪。

歪んだ三角形を描くように、赤い刺青のような紋章が刻まれていた。

 

「………ッ…クククッ…」

 

臓権はニヤついた顔を崩さないまま蟲蔵を去った。

両手で地を掻き、役に立たない脚を引きずりながら、階段を登っていく。

一時間ほどかけ、ようやく階段を登ると、そこには肩で息をする桜がいた。

 

「に、兄さん…」

 

桜は憔悴した顔のまま、手に持っているバスタオルでぼくの体を拭き取り、車椅子に乗せる。

情けない…兄だというのに、まるで介護されている寝たきりの老人のようだ。

 

「勘違いするなよ桜……鈍いお前のためにもう一度言ってやるがな……ぼくは()()()()()()()()()()聖杯戦争に参加するんだ……分かるか?…別にお前を助けたいだとか…そういった青臭い…()()()な理由なんかじゃあない……分かるよな?…えぇ?」

 

「分かってます……でも…それでも…もうこれ以上兄さんに傷ついて欲しく……ぁ…な……ないんです…」

 

車椅子を押す桜の手が震えている。

桜の震えた声が静かな廊下に響いている。

だが、ここで退いてはならない。

 

「フンッ………なぁ桜……ぼくはもう英霊(サーヴァント)を召喚できるそうだ…」

 

左手を高く掲げ見せる。

桜の足と車椅子が止まる。

すると、桜はぼくの目の前に来て、目を合わすように屈んだ。

 

「兄さん…きっと…今からでもきっと間に合います!『偽臣の書』があれば」

 

「甘ったれた事言ってんじゃあねーぞッお前ェ!もう一ペンおなじ事をぬかしやがったらブン殴ってやるからなッ!」

 

言葉と同時にぼくはその胸倉を掴んだ。

桜に対して本当に激昂したのは、もしかすると今日が初めてかもしれない。

だが、これで良い……

 

「もういい……部屋までは自分で帰る」

 

目を見開いたまま固まる桜の横を通りぬけた。

涙が溢れる音が、聞こえた気がした。

ぼくは振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと幼い頃から夢見ていた。

誰かがここから救い出してくれることを。

誰かがこの地獄から、救ってくれることを。

そして、救い出してくれる人は身近にいた。

その人は誰よりも大切な家族で、その人は誰よりも頼りになって、その人は私に暖かな『思い出』をくれた人で___

 

2年前から私は蟲蔵に入ることがなくなった。

お爺様は他に用があると家を空ける事が多くなり、頻繁に行われた鍛錬は無くなった。

穏やかな陽だまりの中、夜に怯えず、憧れた人たちと食卓を囲む日々。

それは平凡でも、たしかな幸福だった。

でも、その幸福の代償は日に日に窶れていく兄さんだった。

 

ずっとそれを望んでいた。

でも、それで大切な人が苦しむ。

私にとってはその方がよっぽど怖かった。

そしてこの気持ちは、きっと兄さんも同じだったのだということに気づき、初めて兄さんを呪った。

 

あなたが酷い兄なら______________

 

あなたがわたしを虐める人なら_________

 

あなたがわたしをくるしめる人なら______

 

あなたがわるいひとなら____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはこんなにわるいひとにはならなかったのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐の洋館で最も魔力がある場所…

それは蟲蔵だ…

だが、今日の蟲蔵は一段と静かだ。

それはここにぼく一人だけしか居ないというのもあるだろうが、一番は蟲たちが巣穴で大人しくしているということだ。

ぼくは左手を構え、詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

床に描かれた紋章が魔力の奔流を発する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

詠唱を続けるごとにその奔流は力を増していく。

巣穴に籠る魔蟲たちは、怯えるように…威嚇するよう顎をキシキシと鳴らし始める。

 

「____告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

車椅子がカタカタと揺れだし、堪えなければタイヤが一人でに後ろへ転がっていく。

しかし、それでも止めるわけにはいかない。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。 汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ____!」

 

目が眩むほど閃光。

そして、爆発する魔力の奔流。

巻き上げられた小汚い砂埃で、蟲蔵で覆われた。

徐々に砂埃は消え、紋章の中央に黒い人影が現れた。

英霊(サーヴァント)だ。

 

英霊(サーヴァント)、ライダー……問おう、おまえさんが、オレのマスターか?」

 

カウボーイハットに、金色の長髪。

近代的な服装で、腰には()()が納められたホルスター。

近代の英雄だろうか?

だが、その佇まいはどこか神秘的に見えた。

 

「ああ、ぼくがお前のマスターだ」

 

男はぼくを見ると不敵に頬を吊り上げ

 

「ニョホホ」

 

「ホ」

 

と趣味の悪い金歯を見せながら変な声で笑った。

そして____

 

「随分と埃っぽいな!ここはッ!」

 

ホルスターから()()を二つ取り出し、尋常ではない速さで回転させながら一つを地面に放り投げ、小さな埃の竜巻を作り出した。

明らかに異常な光景!だが、目の前のそれは魔術ではないッ!

()()()()()()()()()()

これは、むしろ人間の叡智にして技術の結晶、奇術(マジック)に近い物なのかッ!?

 

「そこかァァァ!」

 

ライダーはもう一つの回転した鉄球を、突然ぼくの真横に投げた。

 

プギュリ、と蟲蔵でよく聞いた音。

 

視線を向けるとそこには、臓硯の使い魔だろう……魔蟲がいた。

この魔蟲は正確には、屈光蟲といい…カメレオンのように体色を変化させ、周囲に溶け込むことができる隠密に特化した使い魔だ。

特に霧の中や視界の悪い砂漠では、見つけるのは困難だが、どうやらライダーは足元の埃を巻き上げることで、見つけ出したようだ。

 

「どうせどっかで見てんだろ?……盗み見とは趣味悪いんじゃあねーか?」

 

ライダーは虚空に語りかける。

すると、虚空からあの怪物…臓硯の声が蟲蔵中に響いた。

 

「ふん…貧弱でも勘は鋭い英霊のようだ……精々足掻くといい…」

 

それきり、あの嫌な気配が消えた。

 

「マスター…オレは虫使いには嫌な思い出があってね…おたく…今のクソ虫ジジイと同じタイプの人間か?」

 

ライダーは警戒しているようだ。

どうやら用心深い性格で、武人や軍人といったタイプではないらしい。

 

「ぼくをあんな外道と一緒にしないでくれない?」

 

「ならおまえさんの願いを言え………じゃなきゃあオレは()()できねぇ…」

 

ライダーは真剣な顔で佇む。

その佇まいはどこか無警戒で…それでいて…空間が歪むような…奇妙な威圧感があった。

思わず目を背けてしまう。

 

「ぼ、ぼくの願いは…………」

 

ダメだ。こんなことじゃあダメだ!

目を背けるなッ!

覚悟を決めろッ!

奴の目を見て言うのだッ!!

今!ここで!ぼくの覚悟を!!

 

「ぼくの願いは!桜を…妹を救うことだッ!!」

 

「ほう……悪くないんじゃあねーか?」

 

奇妙な威圧感が消えた。

ライダーは、もう一度不敵な笑みを浮かべた。



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第三話 英霊 ジャイロ・ツェペリ

英霊(サーヴァント)、ライダー。

彼は何者なのだろう?

(奇抜ではあるが)カウボーイのような服装に、マント、そしてあの『鉄球』。

よく見ればブーツには拍車がある…つまりコイツは馬乗りで、さらに言えば近代以降の英霊であることは確かだ。

性格は用心深く、武人や軍人といった…闘いの中に生きがいを見出した人間ではなさそうだ。

 

と、なるとライダーの英霊としての根幹は、やはりあの『鉄球』にあるのだろう。

 

「なぁライダー…あの『鉄球』は………も、もう一回見せてくれ!」

 

その腰のホルスターに手を伸ばした瞬間、

 

「おい触るな!まだ回転している!」

 

_____!?

 

なんだ……!?

今……何が起こったんだ!?

 

ズギュウウーーンというあまりにも()()()()

そして、飛び上がる視界!

 

()()()()()()()()!?

 

…だ、だが……もう動かない……

ぼくの両脚……『鉄球』……今…鉄球に触れた…『ライダー』の…

 

「ラ、ライダー!知りたい!教えてくれ!今何が起こったのかぼくは知りたいッ!」

 

1ミリだって動いたことのない………

ぼくの両脚が…………

世間はぼくに諦めろと言った………

言葉で…あるいは無言で……

何なのだ……この英霊はいったい……

 

「マスター、妙な期待をするなよ……そのイスから立ち上がったのは偶然にすぎない……単なる肉体の反応で、それ以上のものは何もない」

 

「やっぱりそれが原因か!?その『鉄球』!…回転していた!たとえば()()()()()()()()()()()()()()()()………!?」

 

ライダーは冷ややかな…試すような……

顔を強張らせ……射抜くような視線を向けている…

 

「もう一度だ!もう一度見せてくれ!」

 

「オレの話はもう済んだ」

 

な、なんだとォォォ!!??

フザケやがって!!ムカっ腹が立ってきた!!

 

「ならばこっちからもう一度触ってやるぜェェーーーッ!」

 

あっ

 

?…えっ?……えッ!?

 

な、なんだこれは…!?

 

皮膚が回転しているのか!?グギギギと音を立てて!?

 

ゆ、指が捻れているッ!?

 

「うおおおおおおお!?」

 

体が地面に吸い込まれる!?いや違う!腕が捻れている!!

()()()()()()()()()()()()

ぼくはぼくの腕に捻じ伏せられているのかッ!?

 

「けなす事言って落ち込ませる前に誉めといてやる…なかなか鍛えられていた筋肉をしている…いや、正確には()()()()、か……上半身はな」

 

クソッ……お、起き上がれない…痛みはないのに!体がそれが当然の生理作用であるかのように…ぼくの脚のように立ち上がらない!

 

「そしてはっきり言っておく、この『鉄の回転』はたしかにオレの武器だ…だがおたくさんのような歩けない者を歩かせる事なんかできやしない……」

 

野郎…ッ!

 

「実際こんな事が起こっていてそのままでいられるかーッ!あばいてやるッ!その『回転』の正体をあばいてやるぜッ!」

 

『希望』だ…ッ!

ぼくを突き動かす……もう一つの『希望』がここにあるッ!

 

「…コイツまさかッ!?」

 

「令呪をもって命ずるッ!ぼくに『回転』を教えろッ!」

 

赤い閃光が蟲蔵に迸る。

令呪は聖杯戦争において切り札!

……ライダーは!?

歯軋りしながら…俯いている……

その顔は影となって見ることができない…

 

「………ちくしょォォ……『回転』はツェペリ家の誇りにして秘術なんだぞォォ〜!?」

 

「ツェペリ……お前の真名か…?」

 

こちらを睨みつける。

だが敵意や殺意は感じない。

むしろ自分への不甲斐なさに苛立っている……といった態度だ。

 

「いいか?ライダー……お前はその『回転』が世俗に露見するかも知れないだとか…あるいはそれを悪用されるかも知れないと思ってるみたいだが……ぼくはあくまで()()()()()()()()()()だけだ……もう一度な…」

 

「………おたくの願いは家族を救うことじゃあないのか?」

 

「それもある…だが、それは聖杯への願いだ…歩けるようになりたいというのは…個人的な願望であって……聖杯に願う使()()なんかじゃあない」

 

眉間にシワを寄せ、歯を食いしばる顔を崩さないライダー。

しばらく睨み合った後…ようやく口を開いた。

 

「なら誓え!『回転』を悪行への道具に貶めないということをッ!『回転』に敬意を払うことをッ!」

 

「いいだろう…!どの道短い命だ!」

 

ぼくは力強く頷き、その意思を示した。

ライダーは苦虫を噛み潰したような顔をようやく崩した。

 

「グッド……早速教えてやりたいところだが、今日はもう遅い…マスターも召喚で疲れているだろう?はやく休むといい…」

 

腕時計を見ればそこには『2:44』

人々はもうとっくに眠りこけている時間だ。

 

「分かった…だが最後にやり残した事がある」

 

「なんだってんだ?」

 

「『自己紹介』だぜ……ぼくの名前は間桐慎二……ライダー……お前は…?」

 

ライダーは一瞬面食らった顔をした後

「ニョホ」と笑っ……いや、ニヤついた。

 

「ジャイロ・ツェペリだ……よろしくな、シンジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている。

大きく…そして質素な館。

金髪の少年が、壮年の男を仰ぎ見ている。

ああ__夢だろう。

ぼくが今どこにいて、どこから見ていて、どうして慌てふためいていないのかなどという…至極当然の疑問は、今見えている()()では必要のないことなのだろう…

これは夢であり、誰かの思い出であり、そしてぼくをそれを見ることを許されているのだろう…

 

壮年の男が口を開く。

 

男には地図が必要だ…荒野を渡り切る心の中の「地図」がな

 

男はいつのまにか家族と共に食卓を囲んでいた。

テーブルには、ほんの少しの魚料理、ひと切れのパン、グラス一杯のワイン。

それはあまりに質素で……この大きな館に住う者が食う晩餐ではない……とさえ思ってしまった。

 

視界は暗転し、やがてそれは塀の高い建物へ直進する馬車の中にへと変わった。

それはあまりに不思議で…奇妙なことではあったが、しかしこれは夢であるので…何も感じることはなかった。

 

少年は少しばかり成長していたが、まだあどけなさが残っていた……少年に対し壮年の男は、優しく、それでいて厳粛に告げた。

 

「いいか、おまえはツェペリ家の長男だ…家族は守らなくてはならん」

 

「人の幸福とは家族の中にあるのだ…家族を守ることが国を守ることにつながり、家族がバラバラになるということは先祖を…そして未来の子孫を軽蔑することにつながるのだ…それを忘れるな」

 

壮年の男と少年は、馬車を降り…塀の高い建物へ足を踏み入れる。

そこには中庭があり、牢があり、剣がある……つまりそこは処刑場であった。

壮年の男は縛られながら足掻く罪人に、『鉄球』を押し当てた…罪人は冬のナマズみたいに穏やかになり…壮年の男は()()()()()()()()

 

法治国家に「死刑制度」のある限り、必ずそれを執行する者が存在する。

20世紀以前のヨーロッパでは死刑執行の職は厳格に国家の任命を受ける要職とされ、そして世襲制をとっていた。

 

つまり___

 

これがツェペリ一族、処刑人の任務

 

『回転』の起源(ルーツ)は、罪人の肉体を平穏とし……苦痛を与えず…罪人の尊厳を守るための()()

 

ジャイロ・ツェペリはその一族の宿命を背負い…そしてそれを後世に伝える『後継ぎ』

 

これが、ライダーの過去______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【CLASS】ライダー

【マスター】間桐慎二

【真名】ユリウス・カエサル・ツェペリ

【性別】男

【属性】秩序・中庸

【ステータス】筋力:D

       耐久:D

       敏捷:D

       魔力:E

       幸運:B

       宝具:A(EX)

 

【クラス別スキル】

対魔力:E

魔術に対する守り。

無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

 

騎乗:C

騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、

野獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

【固有スキル】

鉄球の回転:A

肉体を動かさずに掌にある物体に「回転」を加える特殊な技術。

鉄球を回転させてその振動であらゆる事象を引き起こす。

周囲の自然物から黄金長方形を見出すことで、その真の力を発揮することもできる。

 

人体理解:B

精密機械としての人体を正確に把握していることを示す。

攻撃時に相手の急所をきわめて正確に狙うことが可能となり、被攻撃時には被ダメージを減少させる。

ライダーにとっては知識であると同時に肉体が覚え込んだ勘の集大成でもある。

 

心眼(真):C

修行・鍛錬によって培った洞察力。

窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。

逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

 

【宝具】

騎兵の回転(ボール・ブレイカー)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:1人

黄金長方形による馬の走行に、黄金長方形の無限の回転を加える技術。

そのエネルギーは人型のヴィジョンで形成され、このヴィジョンの攻撃は次元の壁さえも突き抜ける。

事実上防ぐ術はないが、鉄球は完全なる真球でなければならず、少しでも損傷した「楕円球」などでは十二分に力を発揮できない。

 

聖なる右眼(スキャン)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-

とある聖人の遺体の右眼を手に入れたことで発現した立ち向かう者(スタンド)

鉄球に目が搭載され、精密な操作が可能となる。

回転の振動波によって相手の弱点を見抜くこともできる。

 

【Weapon】

『鉄球』

鉄球の回転を発生させるのに必要不可欠な武器。

普通の金属からでも作成可能。

 

『ヴァルキリー』

ライダーの愛馬。4歳のストックホース。

8呼吸ごと一度、体を左にぶらしながら走るクセがある。

騎兵の回転(ボール・ブレイカー)』を発動する際には、ヴァルキリーへの騎乗が絶対条件となる。

ライダーが呼べばどこからともなく現れる。

 

『聖なる右眼』

とある聖人の遺体の一部。

遺体は『引力』を持ち、人を選ぶ。

手にした者は様々な『奇跡』を起こすことができる。



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第四話 ハード・デイズ・ナイト その①

「ああ…もうこんな時間か」

 

時計は六時を過ぎていた。

台所からトントントンと包丁の音が聞こえてくる。

 

「桜、今朝も早いな…」

 

おっと、感心してる場合じゃない。

とにかく手伝いをしなれば。

 

居間に行って、朝食を並べる。

最近たるんでるじゃないか俺は…

後輩…しかも友人の妹に朝飯を作らせておいて呑気に重役出勤だなんて。

結局配膳くらいしか手伝えなかったし。

 

「士郎、今日どうするの?土曜日だから午後からバイト?」

 

朝飯を食いながら、藤ねぇが話しかけてくる。

食うか喋るかどっちかにしろよな…

 

「いや、今日は…そうだな…慎二とどっか出かけようかな」

 

おい、何だそのジト目は。

 

「ふ〜ん、また競馬場に行くんだ?や〜ね!このダメ男ッ」

 

わざとらしく奥様ポーズを取る。

しかしどこか無邪気というか…まだあどけなさが残るその顔でやられても、全くサマになってない。

 

「あのなぁ…何回もいってるけど、俺は馬を観に行ってるだけで、1円だって賭けてない!」

 

「俺『は』?…士郎!やっぱ慎二君賭けてるんでしょ!」

 

ゲ!

しくじった。

 

「いや今のは言葉の綾というか、不足というか…」

 

「およよ…大事な弟分の一人が不良の道に…」

 

今度は泣き真似……め、めんどくせぇ…

ちなみに飽きるとすぐにケロッとなる。

 

「私だってたまには慎二君とも遊びた〜いし馬にも賭けてみた〜い、あれでしょ?馬券わさーってやるんでしょ?ちくしょーって叫びながら」

 

いやなんだよその偏見…

というか今時そんなおっさんいないって。

 

「藤崎先生はあまり賭け事に向いてるタイプではないと思うんですけど…」

 

桜が苦笑いしている。

けど、それは間違いだ。

藤ねぇは賭け事についてはとことんバカ()()だ。

昔ゲーセンにあったルーレットゲームで18回連続で景品を手に入れていた。

たぶん競馬なんてやったら馬や騎手への知識が1ミリだって無くても、なぜか的中させてしまうだろう。

この人の幸運は『天中殺』の真逆レベルなのだ。

 

「賛成だな、藤ねぇがこれ以上だらしなくなったら手に負えない」

 

だがここはあえて桜に乗っかっておく。

万一ここで調子に乗らせてパチプロだとかに転職されたら…うわっ……もうこれ以上想像したくない…

 

「なんだいなんだい!自分だって行くクセにさ!」

 

プンスカしてるが、飯を食えばすぐに頬が緩み、また思い出したかのようにプンスカする。

飯の力は偉大だ。

そろそろ本格的にギャンブルに興味を示す前に、話題を変えておく。

 

「慎二は最近学校にあまり来てないみたいだし…あいつも外の空気を吸いたいだろうしな」

 

慎二は学校をサボることが多い。

車椅子での学校生活は不便だし、登校するのも一苦労だ。

だが不思議なことに慎二の成績はやたら良く、出席日数さえ足りれば余裕で卒業できるくらいだ。

まぁ、といってもあいつは家に籠るのは好きじゃない性質だから、よく馬を観に競馬場に行くのだ。

 

あいつは馬が好きだ。

かつての生きがいであり、誇りであった『乗馬』…それはただ慎二ひとりだけの努力だけでは上達しない。馬と心を通わせ、()()()()となることで、初めて結果を残せるのだ。

何かとても()()()()()()()()()()()、あいつは競馬場に行く…そこには賭博へのスリルや泡銭を稼ぐためなんて俗な願いはなく…ただどこまでも崇高な理由で足を通わせているように見えた。

 

俺は友人のためなら車椅子を押すくらいなんてことはない。むしろ普通に散歩するよりも体力がつくから、良いこと尽くめだ。尤も、あいつは俺に押されるのを嫌がるみたいだが。

 

「あっ、兄さんは今日学校に行くそうですよ」

 

どこか嬉しそうに言っている。

間桐兄妹は仲が良い。

兄貴は意地悪やイタズラをして、オロオロする妹を見るのが好きなようだが、なんだかんだで可愛がってるのがよく分かる。

俺みたいな鈍いヤツでも分かるってんだから…あいつも結構分かりやすいやつなのかも知れない。

思春期の兄妹って案外こんなものなのか?もっと殺伐としていると思ってたんだけどな。

まぁ仲が良いに越したことはない。

 

「なら学校帰りにどっかブラブラするかな」

 

「あんま遅くなっちゃダメよ〜?」

 

…てかいつまで食ってんだこの人。なんかめっちゃおかわりしてるし。

 

_____

 

 

家を出て鍵を閉めていると、桜が大きく目を見開いていた。

 

「桜?どうした?」

 

「先輩…その…左手」

 

…血が滲んでいた。

ミミズ腫れというか…なにか奇妙な、怪我…?

まるで模様か紋章のようになっていて気持ち悪い。

だが怪我をした覚えなんてものはない。

 

「あれ…?昨日ガラクタで切ったのかな?」

 

なんてあえてすっとぼけてみるが、心配そうな表情を崩さない。

それがなんとなく罪悪感を刺激して、なんとかしたくなる。

 

「まぁそれほど痛まないし、時間が経てば治るだろ…気にする必要ないって」

 

手をひらひらとさせながら、心配性の桜には気休め程度にしかならない文言を吐く。

 

「はい…先輩が、そうおっしゃるのなら…気にしません…」

 

血を見たからだろうか。

やや青ざめた顔をして俯いている。

あまり意識させない方がいいだろう…ポケットに手を突っ込んで、他愛もない話でもするか。

 

_____

 

校門で弓道部の朝練に向かう桜と別れ、教室に向かった。

まだ朝も割と早いため、人は少ない。

ただぼんやりと空と左手を交互に眺める。

この傷はいつ、どこでついたのだろう…

なんて上の空のまま考えていると、唐突に

 

パシンッ、と背中を叩かれた。

 

慎二だ。

 

「朝から随分ヘンな顔してるねぇー衛宮?」

 

「あぁ…まぁちょっと覚えのない怪我をしてな」

 

「ハ…おまえ、ニブチンすぎてとうとう痛覚まで無くなったのか?良かったな衛宮、人助けマンから人助けマシーンに進化だぜ」

 

割と久々(と言っても1週間くらいだが)に会うからか、ちょっとハイになってるみたいだ。

しかし朝からこんなテンションじゃ、藤ねぇ程じゃないが疲れる。

 

「喝だ間桐、衛宮を機械扱いするな」

 

助っ人登場。

柳洞一成が机に鞄も置かずに近づいてくる。

柳堂一成は1年生の頃からクラスメートだ…品行方正、真面目な堅物…といっても今は1年生の時よりもやや柔軟になった気がするが、それでも与えられた仕事をキチンとこなす生徒会長だ。先生や生徒からの信頼も厚い男で、ルックスもイケメンだ。

 

「おはよう生臭坊主、ファミチキでも食うかい?……おっと!…『寺』!生まれには油分が多くてキツいかな?」

 

「おはよう天邪鬼、俺にやるくらいなら妹さんに分けてやるといい、尤も…素直じゃないお前には無理だろうがな」

 

いつもの調子で軽口を叩きあう。一成は意外にも慎二と馬が合うみたいで、俺たち三人はよく学校でつるむようになった。

たぶん一成の考えが1年の時よりも柔らかくなったのは、慎二の影響があるのだろう…

ちなみに一成はちゃっかり慎二からファミチキを貰っていた。あれ挑発のためのデタラメじゃなかったのか…

てかなんであんな脂物持ってたんだよ。

 

_____

 

放課後。

慎二に声をかけると、「悪いんだけど、『用』があるンだよね」とにべもなく断られてしまった。

いつもは学校に来ると大体は俺たち三人で寄り道をするのだが、今日は珍しく先約があるみたいだ。

 

「フラれたな衛宮、…しかし珍しい事もあるものだ」

 

一成がからんからんと笑う。

あいつは同情される事を嫌い、さっぱりとした奴が好きみたいだから、俺たち以外と親しくすることがあまりない。あいつの用事ってのはたぶん家の事情だとか、あるいは人間誰もが持っている()()()()()()()()()()だとか、そういったものだろう。

 

「でもたぶん桜関連じゃないか?あいつ素直じゃないし…プレゼントでも買いに行ったとか?ほら、バレンタインも近いし」

 

「ふむ、ならばそっとしておこう…俺も馬に蹴られたくはないからな」

 

「……あんまり()()()()()()一成…てかそもそもあいつら兄妹だろ…」

 

さて、それなら生徒会の手伝いでもするかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み始める。

生まれ育ち、慣れ親しんだこの冬木の町は、争いの火種を抱えた火薬庫のようになってしまった。

いずれここは殺し合いの場となるのだろう。

()()()()()()()()()()()、ぼんやりと頭に浮かぶ言葉。

 

ここは闘技場(コロッセオ)みたいだ。

 

街丸々一つが、魔道に堕ちた者たちの戦場となる。

そこに正義はなく、秩序はなく、倫理はない。

それを管理し、神秘の漏出を防ぐ監督役はいるが、逆に言えば神秘さえ公にならなければ、この戦争は()()()()()()()

一般人を魔力源とする行為も、公的な機関にそのカラクリごとバレさえしなけば、それは『アリ』なのだろう。

だがもし、この街に聖杯を求めにやって来た魔術師が、一般人にさえ手にかける外道であれば…その時は、何としても阻止しなければいけない。

別にそいつらがどれだけ一般人を殺そうが…………『()()()()()()』。そこは根っからの本心だし、今もこれからも変わらないだろう…しかし、そんな連中を放っておくということは、必然的に桜が巻き込まれる可能性が高くなる。

 

特にぼくらが兄妹だとバレれば…

 

!…マズイ!集中を乱したか!

 

「くっ…視界が……」

 

街を偵察していた使い魔の視界が()()()

目を開けるとそこには見慣れた部屋と冬木の地図を眺めるライダー。

 

「…そろそろオレも捜索するか?シンジ?」

 

「いや、まだ日が沈み切っていない…それまではこのショボい使い魔で怪しそうなヤツを探す」

 

もう一度、今度はより深く集中する。

頭の中には件のショボい甲虫の使い魔。

そしてそれは『()()()()』ように、頭の中の…想像の中という(サナギ)から生まれ落ちていく。

そのまま机の上に置かれた、鶏のモモ肉を掴む。

 

「__魔蟲、生成(ファズ ジェネレート)

 

モモ肉は不気味に泡立ちながら、ミキサーにかけられたようにその存在を揺らし、やがてそれは新たな命となる…いや、()()()()()()()()()()

 

「__魔蟲、制御(ファズ コントロール)

 

()()()()蟲は、その意思をぼくに預ける。そしてこの常人ではその存在さえも悟ることのできない程に魔力の少ない魔蟲は、その魔力を細い糸のようにし、ぼくと接続する。

やがてその小さな目に映る景色が、ぼくの頭にも共有できるようになった。

 

飛べ____

 

それは空を駆ける。

 

「見つけなくては……魔術師をッ」



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第五話 ハード・デイズ・ナイト その②

唐突だが、ここで『聖杯』の話をしよう。

帝政ローマ時代__『アリマタヤのヨセフ』という男が、ゴルゴダの丘にて磔刑となった『イエス・キリスト』の遺体を十字架からおろし、そして埋葬前に遺体をふき清めた。

その際、聖杯はイエスの血を受けたのだという……

 

そして時が経ち、聖杯はイエス・キリストの聖遺物として世に存在を知られ!多くの人々が求めるようになった!

 

多くの人々……

ある者は王に忠誠を誓う騎士。

ある者は根源に至ろうとする魔術師。

ある者は刺激を求める冒険家。

そしてある者は、国を治める偉大なる王___

聖杯は多くの人々が求め、それが存在すると信じられ、その存在はあらゆる媒体で伝えられた。

最も古い聖杯を求めた冒険譚は、12世紀に書かれたとされる、「パーシバルまたは聖杯の物語」…いわゆるアーサー王伝説の一部である。

 

あらゆる媒体で伝えられる聖杯、その力はほぼ全て共通。

『願いを叶える』__

 

それは人類の救世主(メシア)であるイエス・キリストの御技なのだろうか…?

聖杯はこの世で最も価値のある聖遺物の一つ……

もし、この聖杯と同等かそれ以上の聖遺物があるとするのであれば、

 

それは()()()()()()()()()()()()()()()()()___

 

なのかもしれない…

 

考えてもみないだろうか?

たかが血を受けただけの食器が……

『願いを叶える』程の聖遺物となるのであれば……

 

()()()()()()』には…

()()()()()()()()()』があるのだろうか…?

 

ともかく『聖杯』と『イエス・キリスト』にはとても密接な関係がある…それは断ち切れぬ因果であるのだろう。

 

人と人の間には、数奇な『引力』があると唱えた神父がいる…果たして、その『引力』は____

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その答えはまだ誰も知らない____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖人』とは、死んだ後に、『奇跡』を起こす人物

 

『聖人』中の『聖人』は____

 

千年の栄光と力を約束する___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁシンジ、『オペラ』ってよォー見たことあるか?おたく」

 

夜が深くなり、ぼくらは外を練り歩き始めた。

ライダーが双眼鏡を覗きながら、ぼくの車椅子を押す。

正直使い魔を操作しながらなんだから話しかけないで欲しいが、まぁいいだろう。

 

「オ・ペ・ラ」

 

聞こえてるよやかましいなッ!

 

「演劇のことだろッ、あのセリフを言えばいいのに何故かイキナリ歌いだすアレだろ!」

 

「素朴な疑問…オペラを見るから『オペラグラス』って言うんだよな?でもあれよォー舞台で歌ってるヤツらさぁ、体重120とか150kg超えとかゆー巨体じゃん?」

 

「ああ…だからいい声が出るんだろうね」

 

だから何だってんだよ…

 

「なんでオペラグラス使ってそいつら見るわけ?いらないじゃん、でかいんだから」

 

………

こいつキメ顔で何言ってんだ…?

 

「ライダー…羨ましいな、暇そうで」

 

「……おたく、モテないだろ」

 

ハ、勝手に言ってろ……

こいつに頼らずもっと蟲で探索した方がいいかもな…

………ん?

 

「おい見えたぜライダー!もう早速ドンパチ賑やかになっ…ッ!?」

 

バ、バカな……そんな…()()()()()…!

なんで()()()()…ッ!

 

「ライダァァーーッ!!!今すぐぼくを連れてあの武家屋敷に向かえェェーーッ!!!」

 

「!」

 

揺れる。

ライダーはぼくの体を馬の上に放り乗せたのか?…双眼鏡を仕舞った後にしては、あまりに早く、そしてストンッと乗せられたので、それが認識できなかった。

しかし、それは刹那で頭から消える。

世界が大きく揺れた。

さっきのが世界を揺らす地震だとするのなら、この揺れは世界さえをも壊す災害のようだと感じた。

馬は突風を超えた暴風となる。

ライダーとその馬であるヴァルキリーは、霊体化することで、一般人の認識を阻害する…しかし、ぼくにはそんな芸当はできやしない…肉体の全てを屈光蟲にでも変えれば可能だろうが、その時は、間桐慎二から屈光蟲に存在を塗り替えられるだろう………だが肉体を変える()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

超高速で駆け抜ける人影のようなナニカなど、それは疲れが生んだ幻想に過ぎないと、思うのだろう。

その馬はこの世のあらゆる目にも留まらぬ速さであった。

ライダーの腰から手をほんの僅かでも離せば、きっとこの向かい風に殴り付けられるだろう。

それも不良がケンカで繰り出すパンチなどではなく、ヘヴィ級ボクサーが王者決定戦で繰り出すレベルの勢いで…

 

「いいかライダー…『敵』は赤い槍の男だ…もう一人いるがそれはきっと()()()()()()だ」

 

「言いたいことが分かったぜシンジ、オレは魔術なんてのはからっきしだが、気配はわかる……特に『殺気』はな…」

 

馬が跳躍する。その跳躍力はまるで空でも飛んでいるかのようだった。

ぼくは思わず振り落とされ、中庭を転がることになったが、ライダーはすかさずあの赤い槍の男に鉄球を投げた。

 

「オラァァ!!」

 

気合一閃。

回転する鉄球は

ギャルギャルギャルッ!!

と音を立て、あの男の土手っ腹に…いや!槍で弾き飛ばした!?

 

「ずいぶんなご挨拶じゃねぇか…それに珍妙な飛び道具だ」

 

なんて瞬発力…そして冷静な対処だ…こいつは精神的に隙がないタイプの『戦士』だ!

 

「で、やんのか?おケツ見せて逃げるんなら今のうちだぜ…」

 

「おい!挑発するんじゃあない!」

 

いや、あえて余裕見せて相手を退かせる算段なのか…?

 

「悪いが俺は無茶な約束が好きでねッ!」

 

逆効果じゃあないかライダァーッ!?

うわああああ!!??向かってくるッ!高速でッ!

マズイ!ライダーはたしかに『回転』があるが、ステータスはそれほど高くない!純粋に『戦い』を識っている前衛が必要だ!

招き入れるッ!この鎧の少女!

そして()()()を味方にッ!

 

()()!ぼくたちが味方になるッ!そいつとライダーで協力して戦うぞ!!」

 

「…な、何言ってんだよ慎二!こ、これは何が起こっているんだ!?そいつは誰なんだ!?今俺は何に()()()()()()()()()()ッ!?」

 

何も知らないのか…?こいつは何も知らずに戦っているのかッ!

 

「状況を鑑みるに、今は貴方に助太刀されているようですね…ならば一先ず共闘しましょう」

 

鎧の少女が突如、『()()』を振るった。それは見えなかったし、ついほんのさっきまで、この鎧の少女が無手だと思っていた。

 

だが!その手には『何か』を握っている!

 

台風や大型ハリケーンなんて目じゃない、それは疾風という名の単純な魔力の塊による殴打。

少女はライダーの渾身の投球でさえ後ずらせることのなかった『戦士』を、わずか一撃で怯ませた。それはあまりに単純な魔術ですらない魔力による攻撃だったが、ぼくには何かを振るっていたようにも見えた。

それがこの鎧の少女!衛宮の英霊の()()ッ!

 

「チッ…」

 

シルシルシル…

あの鉄球…弾き飛ばされた…

 

「オレを忘れてくれちゃ困るぜ色男」

 

シルシルシギルギャルギャルルルゥゥ!

『回転』の威力が復活している!まるで自動追尾弾だ!鉄球の『自動追尾弾』だッ!!

 

「向かい風が鉄球の勢いを増幅させた…それの止まりかけた回転にさえもな…たまたまだがな」

 

ボゴォーッ!

 

「野郎ッ…それは『戦闘技術』かッ!!」

 

モロにくらって当たった箇所も捻れ始めているのに!

()()()()()ッ!?

やはり英霊の耐久力は並ではないのか!?

 

「ふんッ!」

 

鉄球の被弾位置にある体をその血肉ごと切り離した……

あの赤い槍で、少女やライダーに踏み込まれる隙も見せず、躊躇や恐れもなく、ただ精密で迅速に……

やはり、こいつは『戦士』…それも超一流の…

 

「その『鉄球』…何かの呪いや魔術ではなく、剣技や槍技のような鍛錬によって得た特殊な技能のようだな…そしてそれは体の隠された作用を引き起こす…」

 

…!回転の原理……

そうか、それが分かったから、こいつは何かされる前に肉体を鉄球ごと切り裂いたのか…

鉄球という、未知の力に何かをされる前に…

 

「うちのマスターは、『()()()()()()()()()()()()()』と言っていたんだがな……」

 

苦虫を噛み潰したような顔と言葉とは裏腹に、ランサーは脚に力を溜める。

 

「逃すと思うか?ランサー…」

 

()()()()()()が膨大な魔力を放出しながら猛る。

おいおいおい落ち着けって。

 

「追うのなら決死の覚悟で来い!」

 

男が跳躍する。

それはあまりに速く、さっきまでの戦いが幻想であったのかと疑うほどに、瞬時に撤退した。

 

「慎二…どういうことなんだ!?一体全体どういう状況なんだ!?」

 

衛宮は本当に分からないんだ…

ぼくは幼い時から嘘やおべっかで『上辺』を塗り固めた連中を何度も見てきた…

そいつらは決まって白々しい顔や眼をする…

ぼくには分かる。

衛宮士郎は嘘をついていない。

ならばまずは説明を………

こいつ…この、鎧の少女!凄まじい眼だ!警戒と闘気が宿ってきている!もしこいつが今!ぼくらをコンマ一秒でも敵だと思ったら!そ、その時にはぼくはバラバラになっているッ!!

 

「衛宮…状況なら説明できる…だからまずはそいつを大人しくさせろ…」

 

鎧の少女は警戒を緩めない…

ダ、ダメだ…蛇に睨まれたカエルみたいに……養鶏場のチキンみたいに震えてきた……

 

「そいつ?ええっと…この子…たしかセイバーのことか?」

 

ちくしょおお!何をボサッとしてるんだ衛宮ァ!!

 

「いいから早くそいつにぼくが味方だと言えェェェ!!」

 

「わ、分かった、セイバー!慎二は味方だ!昔からの友人なんだ!ホントだ!俺たちの味方だ!」

 

……フ、フゥ〜

さっきの槍の男もかなりの闘志というか…殺気だったが、目の前のこの女……セイバーもかなりやばい…

 

「とりあえず中で茶でも出せよ衛宮…じゃなきゃ割に合わないくらいにビビったんだぜ……」

 

ともかくこれでやっとゆっくり話ができる…

 

「全くだなシンジ…おっと、オレはコーヒーで頼むぜ小僧」

 

「こ……いやまぁいいけど…じゃ、とりあえず中に……セイバー?」

 

「……外に誰かいました…今はもういないようですが…()()()()()()()()()()()()()…マスター、覚えておいてください」

 

…何だって?

 

「ライダー…気づいたか?」

 

「サッパリだな、双眼鏡がありゃわかったかもだぜ」

 

どうしよう、ぼくすごい不安になってきた。



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第六話 ハード・デイズ・ナイト その③

衛宮の家に入り、茶(ライダーはちゃんとコーヒーだった)を淹れてもらい…少しばかりほっこりした後、ぼくは今の状況について話し始めた。

衛宮が魔術師でしかもマスターだってのは月までブッ飛ぶぐらいにぶったまげたが、今までどこか『()()()』を感じなかったこいつにも、人並みか…それ以上に叶えたい願いがあるのだと思い、ほんのチョッピリ安心した……いや、別にどうでもいいけどこんな奴。

だが話を進めていくうちに、何か違和感を感じた……何かが食い違うような感覚。歯の間に食べカスが挟まった時みたいな、小さな違和感。

それは衛宮のとある発言で、それがようやくスッキリ分かることになった。

 

「俺はたまたまセイバーを召喚しただけで…願いなんか無い。魔術も切嗣から教わったヤツしか使えないし、工房なんてあるわけない」

 

…はぁ?

バカだ。目の前にバカがいる。それも特大の。

 

「衛宮…じゃあなに?お前…魔術もマトモに使えないし、この『戦争』について何にも知らないってこと?」

 

おう、と素直に頷かれる。

思わず頭を抱えてしまう。

 

「ぼくは最初お前を見た時、めちゃくちゃぶったまげたが、ちょっと安心したんだぜ…お前にも人並みに秘密や聖杯に頼るくらいの願いがあるんだなって……お前はどこかロボットみたいに『無機質な精神』をしていると思っていたからね…」

 

なに頭にハテナ浮かべたツラしてんだ衛宮!

 

「だがそれ以上にお前の使えなさとアホっぷりにビックリだよ!」

 

「どうどう、シンジどうどう」 

 

「うっとおしいぞライダァーッ!」

 

クソッ、漫才してる場合じゃあねぇ!

 

「ともかくこの『戦争』については、冬木教会の神父に聞けば分かりやすく説明してもらえる…もう遅いが早いうちがいい…行くぞ、衛宮」

 

「今からか?いやいいけどさ…分かった………セイバーは?」

 

…こいつマジでさぁッ!

 

「連れて行かせるに決まってんだろ!?バカなのお前はさぁ!もう『戦争』は始まってんだよ!お前戦場でフルチンのヤツ見た事あんのか!?お前の言ってることはそれと同レベルなんだよォーッ!」

 

「でもまだセイバーは了承してないだろ!」

 

「マスターがそこへ行くというのであれば異論はありません、護衛も兼ねて同行します」

 

セイバーが凛とした顔を崩さずに答える。

衛宮はそんな様子にタジタジだった…マジのマジで()()()()()()()()()()()()のだ…こいつは。

 

「でもこんな格好じゃすれ違う人たちにビックリされるんじゃ…」

 

ああ!もう!

 

「だったらコートでもカッパでも着させろよ!」

 

「シンジ、どうどう」

 

「しつこいぞッ!」

 

頭痛くなってきた……

何でぼくがこんなののお守りを……

ああもうちくしょォォォ〜〜…

 

「オラ!行くぞ!ぼくはお前を結構『アテ』にしてるんだよちくしょーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬木ハイアットホテル、『237号室』___

 

部屋の虚空は突如として揺れ、()から男が現れた。

その男は外国人だろうか…?180cmほどの長身を青い戦装束に包み、野性的ながらもどこか美しさを感じさせる顔つきをしていたが、しかしその顔は屈辱と怒りで大きく歪んでいた。

部屋の主である『()()()()』は、ベッドの上で豆の缶詰と角砂糖を食べながら、チラリとその男を見た。

()()()()は、若い(20代だろうか…?)外国人で、女性でありながらも鼻っ柱の強そうな、精悍な顔つきであった。

黒い手袋と男物のスーツをその身に纏っており、その暗い赤毛も相まってどこか冷徹な印象を抱かせた。

 

「悪りぃバゼット…しくじったぜ…」

 

男は椅子にドカッと座りながら、まるで懺悔するように言葉を吐き出した。

()()()()…バゼットは気にするそぶりも見せずに、備え付けの小さな冷蔵庫からサンドイッチを取り出し、そして食らった。

 

「アーチャーと一戦交えた直後に、セイバーとライダーのタッグと交戦したのです…生きてるだけで丸儲けでしょう…むしろよく生還しましたランサー」

 

バゼットは、時々無いはずの右腕があった箇所をチラリと見ながら…乱暴に貪る。

それはまるで飢えて死にかけた人間が、ようやく見つけた食料を食う時のような…砂漠で迷い、ようやく見つけた水を飲むような…奇妙な必死さが感じられた。

 

「できるのであれば、私も前線に出たかったのですが…やはり今では無理そうです……『()()()』も置いていかざるを得ませんでしたしね……」

 

「あんま無理すんな…それよりもっとメシを食って()()()()()()()時に失った血を作らなきゃならん」

 

2Lペットボトルの水を丸々飲み干したバゼットは、手で口を拭い、小さくこくりと頷いた。

 

「ええそうですね……それよりランサー、今日は3体の英霊と交戦しましたが、誰が最も脅威だったか教えてください」

 

「そうだな…アーチャーは弓兵のクセに双剣を使いやがるし、セイバーは武具こそ晒さねぇが、おそらくかなり腕の立つ剣士だ……だが、最も『謎』で『脅威』なのは()()()()だ…」

 

「なるほど…覚えておきます……では本題ですランサー、見つかりましたか?『これを』」

 

その光景は異常であった。

それはあまり悍しく、あまりに奇怪であろう。

バゼットがその黒い手袋を唇で挟んで外し、裾を噛んで腕をまくった。その左腕は白く、美しく、細く、しかししなやかな柳を思わせるような、鍛えられた腕だった。

刹那__

()()()()()()()()()()()

それを何でもないように眺める二人、やがて亀裂の入った腕は少量の血を吹き散らしながらグニャグニャと歪み始める。

 

腕が増えた。

 

言葉通り………

ただしもう一つの腕はまるで()()()()()()()()であった。

ミイラのような腕が、白く細い腕の亀裂から這い出てきたのである。

 

「あの時お前さんは『()()』を斬られ、俺と共に命からがら逃げた……しかしお前は多量の血を失い…その命を危うく散らすところだった…」

 

「だが私は生きているッ!」

 

「ならば紛れもなくそれが命を紡いだッ!それは恐らく…どこを探しても落ちているもんとかではない…『()()』!それ自身か……はたまたなにかが誰かを『()()()()()()』」

 

ミイラのような腕には、一つ大きな特徴があった。

それは___

 

()()()()()()()()()()()()()____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広く、大きく、荘厳な礼拝堂。

冬木教会はここいらで最も大きな教会だ。

深夜に隣町までわざわざ歩き、ようやく着いた。……長かった。

アホの衛宮だけを行かせ、入り口に残ったぼくらは、この寝静まったよるの町を眺めながら、周囲を警戒しつつ、静かに息を潜め……

 

「…アラ?…おいシンジ、そこのマッチ取ってくれ」

 

静か…に…?

 

「……何やってんの?」

 

「コーヒー沸かそうと思って」

 

こ、こいつ!

焚き火してる!

今のこの状況で!しかも結構ガッツリ!

 

「何呑気やってんだよお前!もっとやることあるだろ!周りの警戒とかさぁ!」

 

「ニョホハホガハハ!こーいうんのはな、気楽にやるのがいいんだよコーヒー飲みながら!それに……ここは『不可侵領地』だぜ……監督役を襲うのは『ルール違反』だ……ならあんましここで気を張らなくてもいいんじゃあねぇか?」

 

うっ、やめろよ唐突に正論いうの…

ライダー…たしか真名はジャイロ・ツェペリだったか…不思議な男だ。

こいつと出会ってまだ少しだが、どこか掴み所のない男なのだ…

ぼくの『状況が最悪の場合は()()()()()()()()』方針にも、特に異論は唱えなかったし…英雄だったっていうわりに冷徹さも併せ持っているのだという印象だ。

だがこいつは英雄として祭り上げられるくらいには、何かしらの功績を立てたのだろう…

不思議なのは、意外とこいつは人懐っこく…それでいて陽気な男という事だ…夢で見たこいつの過去…そして、『回転』への『誇り』…

こいつにはまだ、謎がある。

何かを隠している…

そしてそれはおそらく、『回転』の秘密に繋がるのだとぼくは思っている。

それを暴かなくては…こいつの秘密を。

 

「セイバーちゃんだっけ?まぁまぁ…コーヒーでも飲んで…話でもしようや…」

 

あのカウボーイ野郎…ナンパしてる……

イカれてるのか?この状況で……

 

「お断りします」

 

うわ目ェコワッ!

あ…あのセイバーの目… 養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ…。 『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!

 

「貴方たちは今でこそマスターの友人で味方ですが、それは残りの英霊がいるからです……あまり私と馴れ合わない方がいい…貴方も覚悟が鈍ったが故に敗北するのは本望ではないでしょう…」

 

…こいつ、もしかして心配してるのか?

すげぇ目鋭いし、なんならこいつあんまり表情を出さないから、なんかすごく怖かったけれど…

案外いいヤツなのかも…

ならばチョッピリ踏み込んでおこう。こいつの心に。

 

「気に入ったぜセイバー…だがこれは謂わば『挨拶』みたいなもんだ…ぼくたちと組んでくれる以上は『礼』をしなければならない…」

 

「えっ?そうなの?」

 

「な・ん・で!お前がキョトンとしてるんだよ!」

 

そういう意図じゃあないのかよ!?

 

「いや、シンプルにコーヒーが飲みたかっただけだしオレ」

 

はぁ…自由人だよこいつ…

しかも悪気なく本気で言ってるぜこの感じ。

ああ…なんでこいつと話すと毎回漫才になるんだぁ?

 

「フッ……」

 

えっ。

 

「えっ!?」

 

あっ、ライダーもビックリしてる。

 

「…?どうか、しましたか?」

 

いや……えっと…

カワイイ……じゃ、じゃあなくてッ!

何か言わないと、えーっとえーっと…

 

「いや、今…笑ったから…アンタ…セイバー」

 

「いえ…あぁ…そうですね…なんというか…良いコンビですね…と思ったので…」

 

なんというか、初めてこいつの穏やかな表情を見た。

なんていうか…とても綺麗で…

この世でとても貴いモノの一つだな、と思った。

 

「おまえさん笑うとカワイイぜ…オレが言うんだから間違いない」

 

「はぁ……変わってるんですね、貴方たちは」

 

いやアンタに言われたくないけど。

いやでも英霊だし、やっぱりぼくたちとは価値観が違うのかな。

こいつはどんな英霊なのだろう…?

見た感じ、鎧を着ている以外はただの外国人の(あんまりこういう人の容姿について言うのは憚られるけれど…)美少女だ。

だがさっきの戦いといい…今のこのなんだかんだで油断なく周囲を見張っている抜け目の無さといい…

おそらくあのランサーと同じ戦いの中で生きてきた英霊なのだろう…

 

「ではマスターが帰って来てから乾杯をしましょう…よろしいですか?」

 

「グッド、……コップ足りるかな〜と」



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第七話 ハード・デイズ・ナイト その④

四人で坂を下り、橋を渡り、交差点まで歩く。

衛宮はあの胡散臭いエセ神父野郎と長い間問答していたので、だいぶ疲れた顔をしていたが、ライダーのコーヒーで一服するとたちまち元気になった。

衛宮も最初はまぁ客観的に見たら結構怪しい風貌しているライダーに、ちょっと警戒した様子だったが、コーヒー(割と美味かった)とあの無駄に陽気な雰囲気に呑まれ…結構心を開いているようだった。

歩きながらぼくたちは今後のことについて軽く話し合った。

敵を見つけたらどーするだとか、学校はどーするだとか…

セイバーはあまり口を挟まなかったが、あの体が震えるくらいの警戒と闘気は嘘のように霧散し、多少心を許してくれているのだと文字通り肌で感じた。

 

「シンジ、もう遅いし泊まっていかないか?」

 

…いい提案かもしれない。

こいつはマジで放って置いたら、そのうちコロっとくたばりかねん。

昔、公園で娘の手をガチガチに握っている母親を見たことがある。別に他人の家のルールだとかしきたりなんかに微塵も興味ないし、どうなろーと知ったこっちゃないけど、子どもながらにそんなに強く握ってやるなよ…って思っていた。

だが今ならその母親の気持ちが分かる。

危なっかしいヤツに目を離すとこっちが参ってくる。主に心が。

………なぜかふと、桜を思い出した。

ああくそっ、なんでこんなにぼくはシスコンなんだ…

 

「シンジ…?」

 

不思議そうに覗き込んでくる……

毎回思うがこいつは鈍いのか鋭いのかよく分からない。

まぁ間違いなく言えるのはこいつがアホってことだけだ。

 

「なんでもない…それより今日はお前のウチに…」

 

____あ?…えっ?左手が…

 

「なんで…今…息が止まっ…ハッ!?」

 

……死だ。今、死を感じた。

ぼくの精神はほんの僅かな間だけ死んだのだ。

呼吸を求める。肺が救いを求めて足掻いている。

背筋にツララが突っ込まれたのかと疑うほどに、悪寒が止まらない。

 

「____ねぇ、お話は終わり?」

 

いつの間に現れたのか…?

目の前には異形の巨漢と少女____

…や、やばいッ!何かとんでもなくやばいッ!

こいつッ!マスターッ!

そしてあのデカブツはおそらくバーサーカーッ!

マズイぞ…この状況かなりやばいッ!う、動かなくては…とにかく先手を……あぁダメだ…震えさえ出ない…ぼくのあらゆる全てが死への恐怖で怯えてしまっているのか…!?

 

「…ッ」

 

静かに戦慄の声を漏らしたのは一体誰だったのか…

衛宮か、セイバーか、ライダーか、はたまたぼく自身の声だったのか…

だがそれを確かめる余裕などない。

 

肌を焼く圧倒的な死の権化の前に。

この身を縛り付ける殺気の鋭さに。

 

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

異形を従えている幼い少女…

白い髪に紅い目は神秘的な印象を抱かせたが、しかしその幼い面貌は加虐的で残忍な…微笑みを浮かべていた。

それがあまりに不気味で…美しい容姿も相まって奇妙な違和感と異様さを抱かせた。

 

「二匹いっしょに潰せるなんて、今日はとってもラッキー」

 

笑った。それも無邪気にだ。

今気づいた。こいつが加虐的に嗤っているのにぼくらをビビらせようといった魂胆は無い。そこにはただ感じたままの感情があるだけだ。

こいつは心の底から感じていることを顔に出しているだけだ。

 

「はじめまして、わたしはイリヤ…イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

行儀の良い、この場に不釣り合いなお辞儀。

だがぼくでも分かるくらいに殺気を放っているのであれば、このお辞儀は「お友達になりましょうよろしく」って意味ではないようだ。

ハッ…そんなの当たり前か…!

 

「じゃあいくね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

やっぱりなァ!うおおおおおお!!来るッ!!

それになんてうるせえ咆哮だッ!こいつッ!

 

「___シロウ、下がって…!」

 

飛び上がり空から強襲を仕掛ける巨体。

それを迎え撃つセイバー。

ぶつかり合う二つの旋風は、交わって大きな竜巻と化した。

けたたましく鳴る金属音は鳴り止む事を知らず、高速で繰り出される剣撃の暴風雨、まさしく次元の違う『決闘』が目の前で今!起こっているのだ……

両者の剣戟はまさしく互角と見えるが、徐々にセイバーは苦痛に顔を歪め始める…そしてぼくはようやく視界に捉えたバーサーカーの獲物を見てゾッとした。

どうして気がつかなかったのだろう!

バーサーカーの巨大な剣は、それは剣と呼ぶにはあまりに大きく、分厚く、重く、そして大雑把で…それはまさに鉄塊であった…!

そんな獲物をまさしく光の速さで振り回すヤツなんかと、マトモに打ち合って勝てるわけがないッ!

セイバーは追い詰められていく…あまりに単純で…それでいてこの世の何よりも重い真っ直ぐに振り下ろされる剣は、その今はもう小さく見える鎧の少女を打ちのめしていく。

やがてその死の嵐の前に致命的な隙を____

 

「__セイバァーッ!」

 

ギャルギャルギャルゥ!!

 

刹那____

鉄球が…バーサーカーの右手首に当たった。

剣はその死の線路を大幅に変更し…セイバーの髪をほんの数本切った。

 

「なんてバカみたいなパワーだ…こいつはッ!」

 

鉄球の回転は間違いなく万能の技術だ…ぼくはまだわずかな時間しか習っていないが…ぼくは回転をそういうものだと捉えている。

 

だが鉄球の回転は()()()()()()()()()()()なんかじゃあない!

 

あくまで戦闘()()()()というだけ…こんなの相手に二人がかり()()で勝てるのか!?

そしてぼくは蟲に襲わせる以外はロクな魔術を使えない…

ぼくは無力なのだ…少なくとも今この場においては…

くそっ!体をこんなにまでにしたのにまだ力が足りないのか!

セイバーはほんの一瞬の隙に乗じてとりあえずあの巨獣の必殺の間合いから離れた…だが!次にあの距離にまで踏み込まれたら一巻の終わりだ!

 

「___逃げろ…たのむ…逃げてくれ…」

 

衛宮が息を荒くしながらも掠れた声で小さく懇願している。

無理もない…こいつには刺激が強すぎる…

ぼくでさえこうなのだ…体が石のように固まるのは当たり前だ。

むしろ()()()()()()()()()()()()()なのだ……

 

「セイバー!オレが一瞬だけ動きを止めるッ!その間に一発ブチ込んでやれ!」

 

一球入魂。

プロ野球選手なんかと比べ物にならないくらいの、超高速の鉄の砲丸…そしてライダーの『回転』の技術……そんな人間相手になら必殺の攻撃でさえ、バーサーカーの動きをわずかに止めることしかできないのだ。

 

「ふ〜ん…面白いことができるのね」

 

セリフの割に随分興味なさげじゃあないか…!

だが今までなんとか耐え切っていたセイバーの反撃がようやく繰り出されるッ!

バーサーカーのその無防備な肉体を一閃……!?

 

「く…あ……なんという…っ…」

 

これだけなのか!?あれほどの剣撃でこれだけの()()()しか与えられないってのか!?

なんてデタラメなんだッ!

鉛色の怪物はすかさずセイバーに反撃し、返す刀でライダーをも薙ぎ払う。

 

「ぐっ…!うおッ!?」

 

「っ…あ…!」

 

バカな…二人がせっかく一撃入れたのに…!

こんなにもあっさり…覆されるなんて…!

 

「あは、勝てるわけないじゃない。わたしのバーサーカーはね、ギリシャ最大の英雄なんだから」

 

!?…てことはこのデカブツ!まさかッ!

 

「そうよ。そこにいるのはヘラクレスっていう魔物。あなたたち程度が使役できる英雄とは格が違う、最凶の怪物なんだから」

 

ヘラクレスだと…!?

ギリシャ神話の頂点じゃあないか!!

 

「それにしても、さっきの顔は傑作だったわよ…希望が尽きて絶望に変わる瞬間の表情ってこんなに面白いのね…!お礼にあなたたちは楽に殺してあげる…!」

 

あぁ…ダメだ…さっきまで凍ったように体が動かなかったってのに、今じゃ逆に震えで体が動かない…!

死ぬッ!まぎれもなく死ぬッ!セイバーとライダーが始末された直後ッ!ぼくと衛宮は一瞬でッ!

 

____あっ、バーサーカーが……セイバーに…剣を…

 

「____え?」

 

衛宮……?

な、なんで……なんでッ!!

 

「おまえ何やってるんだ衛宮士郎ォォーッ!!」

 

()()()()!?()()()()()()()()()!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎が広がっている。焼け野原に俺は立っている。

あたりは、焼け焦げた廃墟となり…戦場跡のような戦火の爪痕が痛々しい。

炎の壁は舐めるように家だったもの、人だったものを焼き…赤錆のような空はただ焼かれる全てを眺めるだけ。

もはや見慣れた夢。

…………夢?どうして俺は夢を見ているのか…

何かを忘れている…とても大切な何かを………

そうだ……俺はセイバーを突き飛ばそうとして…ッ!

そ、そうだ!ここはどこなんだ!?

俺はあのバケモノに殺されたのか!?ここは死後の世界なのか!?

 

「ハァー…ハァー……フゥーッ……」

 

い、息が…苦しい…吐き気もだ……そうだ…ッ…俺は体を真っ二つにされて…バーサーカーに……それで…今ここにいて……何がなんだか…くっ…

……?これは…たしか最近()()()…フライパン……もう使い古していて…安くなっていた新品を買ったから…捨てたフライパン…

な、なんで……こんな所に…?

あれ…?おかしいぞ…ここ…

このポスター…藤ねぇが貰ってきた……それにこれは…慎二に譲ってもらったアコースティックギター…でもネックがひどく反ってしまったからもう()()()はず……それにこれは俺が割ってしまった皿…ッ!?

周囲を見回す…割れた皿、ネックの反れたギター、ランサーとの戦いでビリビリに破れたポスター、強化するのに失敗して割れたランプ、修理しようと引き取ったが結局ダメだったストーブ、錆びた工具…ッ!

待てッ!?ここはどこなんだッ!?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!?

 

夢じゃないッ!いつも見る夢じゃない!!

ここは違う場所だ!似ているようで違う場所だッ!

俺はどこに迷い込んだんだ!?

 

「ハッ…!?」

 

建物から…焼けた建物から……

黒い……焦げた…人が……這っている……そんな…こんなこと一度だって…ッ…

 

「生き残った…お前だけが…衛宮士郎…」

 

そんな焼け死んでいる筈なのに…俺以外……どうして…

 

「う、うああ……誰なんだ…アンタ…!」

 

どういうことなんだ…!ここは…!

ま、待てよ…ここがいつもの悪夢ではないのだとしたら…!

ここに俺が捨てた物しか存在しないのだとしたら…ッ!

この建物はッ!あの焼け焦げた人々はッ!

()()()ッ!()()()…ッ!!

 

「『人ハ何カヲ捨テテ前へ進ム』ソレトモ『拾ッテ帰ルカ』?」



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第八話 燃える雨と赤錆の空

何だこいつは…!

『敵』!?

まるで()()()()()()()()()()ような人形!こいつは『敵』なのか!?

落ち着け…ここは夢の世界だ…だがいつもの夢ではない…『悪夢』…!それもいつも見る悪夢なんかじゃない!

()()()()()()()()()()()()()だッ!

 

「人は何かを『捨て』なくては前へ進めない…それとも……『拾って』帰るか………?…衛宮士郎…」

 

打ち倒さなくてはッ!目の前の敵をッ!こいつは俺のトラウマを映し出す鏡なのだ!こいつかこいつを操る誰かは俺のトラウマを抉って楽しむ外道だッ!そうに違いにないッ!ちくしょォォォーッ!!人が死んでるんだぞ!?お前の…お前のやってる事は生きることができなかった人たちへの冒涜なんだッ!!許されない!許されてはいけないッ!

無造作に転がっているこの鉄パイプ!ちょうどいい!『強化』すれば即席の武器となる!

 

「___同調(トレース)開始(オン)!」

 

死者を…炎の中で死に絶えた人々を愚弄した報いを受けさせてやるッ…!そのまま目の前の敵に叩きつけ…ッ!?

 

は、入り込んでくるッ!鉄パイプが!俺の体に!?

 

「うおおおおおおお!?」

 

な、なにが…魔術か!?いや、こんな魔術知らない!聞いたこともないッ!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 

 

「衛宮士郎、17歳…身長167cm、体重58kg…両親は冬木大災害で死別…義理の父親である衛宮切嗣も5年前に死去…」

 

こいつ…このガラクタの人形…俺の過去を…ッ…調べたのか…!?俺のことを調べて何が目的なんだ…!

 

「おまえは誰なんだ!!何が目的だ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

ど、どういうことだ…何が言いたいんだ…何を伝えたいんだ…?

 

「俺はお前の無機質な精神の具現…………お前は『借り物の理想』を支えにしなければならない……まさしく()()()()()()()()…」

 

何を言っている…?こいつは俺じゃない!俺はこんな…だっておかしいじゃあないか……俺は生身の人間で…そんな…ロボットなんかじゃ……お前みたいなガラクタなんかじゃ…!

 

「人から…切嗣から譲り受けた『理想』………だがお前は『()()()()()()()』なんかじゃあない…お前は『縋り付いた』のだ…他ならぬ焼け落ちて空っぽになったお前の心が…その精神が…」

 

違う…!俺は俺の意思で『理想』を追い求めている…!俺はお前なんかじゃあない…!俺はお前じゃないッ!!

 

パァンッ

 

ま、膜…透明なビニールみたいな…膜!?

なんだこれは…!

う、動かない…ッ!…み、右手が……動かない!

 

ベキッ…メコッ…グシャ…

 

「おおおおおおおお!?」

 

ま、膜が…体が…()()()()()いく!?

右手が…右腕が…!

折り紙のように…くしゃくしゃにひしゃげていく!?

この膜はもう魔術じゃない!

()()()()()()()()ッ!!

 

()()()()()()()…本当の自分を…本当の衛宮士郎を…さすれば()()()()()()()()()()()()()()

 

ハッ!?…背後に誰かいる……

この息遣い……体温、気配…!紛れもなく後ろに誰かが存在している…目の前のガラクタなんかじゃあない…人間が…!紛れもなく人間が今!俺の後ろに存在している…!

 

()()()…君の心の中の『剣』を自らのものとするのだ…!コントロールするのだ…」

 

くっ!…いない…振り返ってもッ

ここは俺の精神世界なのか…!それとも別の世界なのか!

例えば『()()()()』ッ!慎二から教わった究極の魔術…それは魔法とも近いとも言えるらしい!

これはもしかして『固有結界』なのか!?それともまた別の力なのか!?

 

「衛宮士郎…公平(フェア)にいこう…そのお前の右腕は水によって()()()()()…忘れないことだ」

 

水…水ッ!くそっ!どこまでもこいつッ!!このガラクタ野郎!!

あの焼けた空の下で誰もが求めていた水ッ!お前はそれでこの罪をッ!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

くそっ…!くそっ!!この能力…どこまで腐ってやがる…!どこまで人の悲劇を侮辱しやがるッ!!どこまでもどこまでもォ!!

 

「やってやる…やってやるぞ!お前を必ず打ち倒してやる…!」

 

冷静になれ…辺りを見回せ…

ッ!

蛇口…ひしゃげている…だがあれを破壊すれば水道管から水が出るかもしれない…!

イメージするのは俺の左腕…そこに魔力の血を通す…!イメージしろッ!俺の『強化』は()()()()()()()()のだとッ!

 

「__同調(トレース)開始(オン)!」

 

殴りつけるッ!残った左腕でッ!このまま!!

 

ドゴバギィッ!!

 

出た…溢れた…水だ…!右腕に埋まっていた鉄パイプが()()()()()…!俺の腕から洗い流されていく…

 

「やってやったぞ!おまえの弱点の水だ!お前はもう攻撃できない!大人しくこの結界を解けッ!今すぐにッ!」

 

「何も分かっちゃあいないな衛宮士郎…俺はお前でもあるのだ…お前の心の中の義務感という名の精密機械なのだ……お前が自らの歪みを受け入れるまでここは永遠に燃え続ける…」

 

ふざけるな!それがこの世界の法則(ルール)だってのか!

 

「そうだとも衛宮士郎…お前はもう気付いている…あの時お前の心は燃え尽きたのだと…そう何度も言っている……お前はそれを受け入れならばならない…」

 

なんだ…?このガラクタ…イバラの冠なんか被っていたか…?

いや、こいつ…人だッ!いつの間にッ!

しかしこの人……なんだ…普通の人じゃあないッ!

い、いや!まさか!この『特徴』!

()()()()()()

()()()()()

()()()()()

 

()()()()()()()()()!!

 

「イ、イエス・キリスト……イエス様…」

 

そんな筈は…!ここなんか居ていい人なんかじゃ…いや!そもそもこの人がここを生み出したのか!?

 

「衛宮士郎…君にはいずれ大きな選択を迫られる…大切なのはそこで『自分の心に従う』事だ…運命の奴隷にならないことだ」

 

う、うう…うああ…そんな…

 

「迷っているのなら…退きなさい…戦いから…だがあなたは退()()()()退()()()()…歪んでいるのだから」

 

だから…俺が背負ってきた命を…()()()()()()()人々を置いていけというのか…この燃え続ける永遠の業火の中に…!

 

「あなたは優しすぎる…それを背負う必要はない」

 

でも…それでも…!

 

()()()()ッ!()()()()()()()()()()()!」

 

「ならば『祝福』を与えよう…後はこの『試練』をどう乗り越えるかだ…!試練は人を生長させる……君のその燃え尽きた人間性でさえも…」

 

ハッ!?

その右腕…枯れた木の様に…まるで()()()のように…!

それに掌には穴が…!血も出てる…!

 

()()()()()()()()()()()()()

 

ま、待てッ!まだあなたから聞きたいことが山ほどあるんだ!

 

「衛宮士郎…今一度問おう…お前の『歪み』はなんだ?」

 

ガラクタ…もうあの人じゃあない…

行ってしまった…ここから…

 

「俺の…俺の『歪み』は…!俺の…!俺の!」

 

そうだ…分かっていたんだ…

ずっと目を背けていた…

太陽のような眩しい光を見ることで…そしてそこに手を伸ばすことで…空っぽの自分から目を背けていたんだ…

絶望して、生きていることさえ『感謝』できなくなった自分から…

 

「俺の…俺は______」

 

あっ……?

え…?

目の前に広がる……景色…光…

 

剣、切嗣、桜、慎二、藤ねぇ、十字架、丘、馬……

 

俺は…光の中にいるのか…

 

 

「俺の願いは______」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、ぼくらは奇跡的に生還した…

セイバーへの攻撃を庇った衛宮は、ボロ雑巾のように吹き飛び…内臓をバラ撒きながら吹き飛んだ。

ぼくはもう終わりだと怯え…震える体を押さえ込むのに精一杯だったが…困惑した顔を浮かべながら狼狽るバーサーカーのマスター…イリヤスフィールが突如、この戦いから撤退したことで命拾いをした。

イリヤスフィールは最後に「こんなの…つまんない…」とだけ溢し…あのデカブツの化け物を連れて帰っていった。

バラバラに引き裂かれた衛宮…ぼくはせめて埋葬くらいはしてやろうとその体に触れようとした時、あまりに異常な光景を目撃した。

 

()()()()()()()()()()()()

 

異常だった。吐き気さえした。

だが衛宮はそれで息を吹き返した。

それが事実であり、それが現実なのだ。

治りの遅い傷はライダーと協力して糸で縫合した。尤も、こんなのは気休め程度だろうが…

ぼくらは衛宮とセイバーを連れて衛宮の家に帰った。

ライダーも多少傷を負ってはいたが、セイバーよりマシだったのだろう…少なくとも、衛宮とセイバーを担いで馬に乗せるくらいには元気だった。

家に帰り、すぐに衛宮の手当てをする……

手当てをしながらも、その心はぼんやりと考え始める…ぼくは雑念が入りやすい性質なのだ…こればかりはしょうがない。

 

ぼくには()()()()()()()がある。

 

それはご丁寧に時間が表示されているわけじゃない。

だがそれは日に日にやってくる体のガタで分かる。

それは刻一刻と近づいている。

ヒタヒタと足音を立てながら、徐々に…気づかれないように静かにゆっくりと、ぼくの元に向かってきている。

 

「死んでくれるなよ…衛宮」

 

衛宮の腹に包帯を巻きながら、ぼくはボソリと呟いた。

こいつはともかく、こいつの英霊(サーヴァント)は非常に戦力になる。

明日、こいつが目覚めたらもう少しゆっくり話し合おう…そしてできるのであれば…ぼくの願いを…

くそっ……眠くなってきた…少し寝よう…

尤も…朝は目と鼻の先にあるけどね…



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第九話 アンタイトルド(無題)

早朝、ぼくは凄まじい吐き気と頭痛で目が覚めた。

()()()()()()()()()

布団から芋虫のように這い出て、床に転がしておいた霊薬を一気飲みする。

体中が不自然な高熱に包まれ、次に極寒の中に放り込まれたような悪寒が襲う。そんな不自然な体温の流動が何分も続き、気が狂いそうな程の不快感が襲ってくる。

だが、この霊薬を飲まなければぼくは死ぬ。

この霊薬は所謂『殺虫剤』に近いものだ。

毎朝襲いかかってくる吐き気と頭痛は、体内の蟲が勝手に繁殖し始め肉体が定員オーバーに耐えきれなくなり始めるのが原因だ。

だから『殺虫剤』を飲んで殺さなくてはいけない。体内の『秩序』を保つために、『不要な蟲』を殺すのだ。

もちろん蟲も黙って殺されてはくれない。だからあんな体温の流動が起こるのだ。蟲が死を恐れて足掻くから、肉体が異常を起こすのだ。

 

「ゔっ…ボォ…ッ…ェ…」

 

情けない。

こうまでしないとぼくは妹を()()()()()()()()()()()()()()

挙句この期に及んで全て投げ出してしまいたい…とさえ、ふと思ってしまう。2年経ってもだ。

覚悟の上で痛みに耐えることはそう難しいことじゃあない…それに()()()()()()があるならなおさらだろう…

だが、朝目が覚めて何も考えていない真っ白な世界から、いきなり苦痛に苛まれるのは…地獄に叩き込まれるのは辛い。

しかし桜はこれに似た日々をずっと暮らしていたのだ。

 

だから毎朝、ぼくは桜を思い出す。

たったそれだけで苦しみに耐えられるから。

 

体を抱え込むかのようにして、目を瞑りながら30分くらい耐えた。

徐々に薬の効果が消え、吐き気と頭痛が引いてくる。

今日は調子が良い日かもしれない…

時計をチラリと見るくらいには余裕ができた。

今は6時ピッタリ……

流石の衛宮もまだ起きてはいな…

 

「おはよう慎二、今日は早いな」

 

うわビックリした。

何こいつなんでそんなに元気なの?昨日お前半殺しどころか9割殺しくらいされたのに。やばいよそのバイタリティ。

えーっと、昨日はたしか土曜日だから今日は休みか。

 

「ッ……まぁね、今日日曜日だから」

 

何言ってんだぼくは…?

思わずクッソ適当な返事をしてしまった。てか普通にまた吐きそうになってきた。あの霊薬ちゃんと効果あるのかよ…今度クレームつけてやる…

衛宮はなんだかぼくの百面相する様子を見て心配そうにしているが、ここで弱音を吐くとケージの中のニワトリみたいに色々首を突っ込んでくるので、なんでもないようなフリをする。

 

「衛宮、今後のことについて話すぞ、色々方針を決めなくては」

 

車椅子に無理やり這い乗る。相変わらず動かない脚を持ち上げ、体勢を整える。

 

「そんなに顔色が悪いのに大丈夫か?休んでてもいいんだぞ」

 

「は?ぼくの心配するとか生意気なんですけど……ぼくからすればお前のそのアホっぷりの方がよっぽど心配だね!」

 

_____

 

居間にはすでに二人とも揃っていた。

テーブルを見ると朝飯がホカホカの状態で置いてある。

この体になって以降全く飯が食えなくなったが、幸い今日は大丈夫そうな体調だ。

ちなみにライダーは既に遠慮なく食っていた。

セイバーですら待っているというのに…

 

「もらえるモンは病気以外なんでもイタダくぜ…それにニホン料理ってのも悪くない…特にアッサリした味付けの焼き魚がグッド」

 

めっちゃノンキしてんのな、こいつ。

てかナイフとフォークですげぇ綺麗に焼き魚食ってる…なんか違和感すごいわ。

 

「…美味いな、これ」

 

久々にマトモな飯だ。

修行している間は流動食しかムリだったし、最近ようやく固形物が入るようになったが、それでもマトモに食える日は次第に減っていく。

今日がたまたま調子の良い日でよかっ……

 

「ッ…ゥ…」

 

「…慎二?」

 

「なんでもない…お茶取ってくれ、詰まりかけた」

 

落ち着け…ゆっくり食べればいいじゃあないか…

この体に栄養が入ればいい…ただそれだけで…

忌々しい蟲どもめ…久々の旨いもので興奮してるのか?頼むから胃袋を噛み破ってくれるなよ……

なんとか朝飯を腹に入れ、当たり前のように押し寄せる頭痛と腹痛に耐えながら、なるべく平静を装う。

 

「さて、今後の方針だが…ぼくたちで同盟を組まないか?」

 

「同盟?」

 

「ああ、魔術師ってのは昨日のデカブツのマスターみたいな、人の命を紙クズ同然に思ってる外道がデフォルトだ…放っておけば、必ず犠牲が出る…ぼくたちが雌雄を決するのは、そんな連中を一掃してからだ」

 

昨日までのセイバーの様子を見るに、こいつはこういう綺麗な言い方をすれば乗ってくるだろう。

戦う時に身につけている質素でありながらどこか美麗さを感じさせる鎧、蹴りや目潰しなどを使わない清廉な戦い方…どうせこいつは高名な騎士とかその辺りだ。

誉ある戦いを望んでいるだろう。

 

「悪くないと思いますシロウ、私も無辜の民の犠牲は見過ごせない」

 

「…一緒に戦うのは賛成だ、だがそれだと最後にセイバーもライダーが殺し合うことになるんだぞ」

 

こいつ昨日散々あのエセ神父野郎から教えてもらったろ!

もう忘れたのか鳥頭がよォ!

もっかいそのスカスカの脳ミソに…!

 

「殺し合いじゃなくて『果たし合い』だぜ少年…互いに命を懸けても叶えたい…譲れない望みがあるんだ、それなら潔く勝負で決めた方がいい…」

 

…ライダー……

 

「私にとってもそれが理想です。私はこの戦争に参加する以上手段を選ばない覚悟はしていましたが、それでも騎士として『正統なる決闘』ができるのであればそれに越したことはありません。それに、『誇り』をかけて正々堂々戦った末に敗北したのなら、『納得』して願いを譲れます」

 

…そんな顔するなよ。

たしかにお前には理解できないだろうけど…

この戦争はみんな仲良くお手手繋いで願いを叶える儀式じゃあないんだ。

それならせめて『正統なる決闘』で、不要な犠牲を出させないのが筋だろ。

 

「……」

 

暗い顔をしている。納得していないのだろう。

だがこれはそういう『ルール』なのだ。『ルール』に例外はない。

 

あの後色々取り決めをした。

戦争の間ぼくたちはこの家で寝泊りするとか、『敵』を見つけたら即戦闘せずに一度合流してからとか…尤も、セイバーは『敵』が『誇り』ある魔術師だった場合はどうするか迷っていた様子だった。

結局どこか暗い雰囲気のまま会議が終わり、今日は解散した。

ぼくはライダーをパシらせて部屋から必要な物を取ってこさせ、無駄に有り余ってる部屋を一つ借りた。

ライダーもセイバーも負傷していたので今日は蟲による探索のみだった。

モチロン成果は無かった。そんな簡単に見つかるモンじゃあない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー……すごい面子だ…この居間。

 

「えー、それでは只今より、第四回衛宮家チキチキ家族会議を始めたいと思いますッ…はい一同拍手ッ」

 

シーン

 

居間には俺、セイバー、藤ねぇ、桜、慎二、ライダーの6人が座っている。

この居間でも6人も居れば流石に狭く感じる。

 

「まず慎二くん…アナタはまぁ…まだいいわ…夏休みに泊まりに来た事もあるしね…スゲェ〜よく分かるわ…」

 

「そしてライダーさん!正直アナタも大分怪しいけれど…よく見れば結構イケメンだし…何よりそのルックスで荷物からあんな可愛いクマちゃんが出てくるギャップが素晴らしい…まだ分かるわ…」

 

いやこの時点でだいぶおかしいだろ。

 

「でもセイバーちゃんッ!アナタはかなり問題よッ!どォーいうことよッ!こんなお年頃の男子高校生の家に2人も外国人さんがお泊まりなんてッ!しかもアナタみたいなカワイイ女の子がッ!」

 

うるさっ!?

どっからそんな声量出てるんだよ全く……

しかもこんな朝っぱらから……

 

「失礼、レディ…どうかここはコーヒーでも飲んで落ち着いてください……それに、あんまり怒っていては折角の美人が台無しですよ」

 

ライダーが窘める。

巧いやり口だ……ありゃ相当な手馴れだな。

 

「あらどうもご丁寧に……あっ美味しい〜見た目はブラックなのに結構甘いのねこれ」

 

「オレの祖国ではこう飲むんですよ…砂糖を入れまくってドロドロのコールタールみたいにして」

 

「へぇ〜そーなの〜…じゃなぁぁぁぁぁい!!!」

 

くそっ!結構イケそうだったのに!

 

「とにかく!私は絶対認めませんからね!とくにセイバーさん!」

 

「まぁ話を聞いてくださいよ…藤村先生…」

 

ここで慎二が動き出す。

こいつの政治手腕は凄まじい。期待できそうだ。

入学したてでまだクラスの雰囲気が固まってない頃…最も早くモテ出したのは慎二だった。

なんか車椅子と影のあるイケメンという、ベストマッチがどーのこーのと言われてるらしい……美綴から聞いたことがある。

美綴は全く興味なさそうだったが。

とにかくこいつは話が巧いし、説得はできなくても言いくるめるのは出来るかも。

 

「さっきも言ったけど、セイバーは衛宮のオヤジさんを頼って日本に渡ってきたんだ…そうだろ?」

 

「ええ、そうです」

 

「だったら追い返すのはあんまりじゃあないか……頼りにしていた人が既に亡くなっていて、さらにはカネも無いんだぜ?それに言ってなかったけど、ライダーとセイバーは実はぼくの留学先で出会った友人たちでもあるんだ…そうだろ?」

 

「ええ、そうです」

 

セイバーが慎二の話を合わせて頷く。

…でもあまりに単調で機械的だ。

 

「いっしょにバンドも組んでたぜ、なぁ?」

 

「……ええ、そうです」

 

あっ、今ちょっとムッとした。

 

「留学し始めた頃、二人には色々世話になったんだ…その恩を今返してやりたい…それでも二人を追い返せっていうのか?カネだってそんなに持ってない二人を?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「なら折衷案だ、桜もセイバーと同じ部屋に泊まらせよう」

 

!?

 

「えっ!?…ちょっと…兄さん…?」

 

「これなら女の子一人きりじゃあないぜ?ええ?」

 

何言ってんだよこいつは…!いきなり!

さ、桜もウチに泊まるって…

いかんいかん、表情に出さないようにしないと。

いくら最近どんどん綺麗になってるからといっても、友人の妹なんだぞ…ドキドキするな俺…!

 

「いやまぁ…それなら…」

 

しかもなんで割と効いてるんだよ!

 

「…それと、ライダーが手土産を持ってくれたんだ…こんなに礼を尽くしてくれたのに、追い払うのは忍びないぜ」

 

と言ってライダーは懐から何かを取り出した。

…ってワインじゃないか!

おいおいおい、いくらなんでも酒で買収って…

 

「『フェウディ・サン・グレゴーリオ』、タウラージ…我が祖国のワインです…セイバーと二人で折半して買っていたお土産を…どうぞ…」

 

しかもなんかめっちゃ高級そうな酒だ!てか顔!出てるんだよ未練が!なんかすごいヨダレ垂れそうになってるし!

 

「こんなの一体いつのまに…もしかしてライダーが所有していたとか?」

 

こっそり慎二に耳打ちする。

 

「いや、金を握らせて急いで隣町に買いに行かせた…なかなか痛い出費だぜ、なんせ750mlで7000円もしたからな」

 

な、なんてゴリ押しだ…

というか英霊(ライダー)をパシリにさせすぎだろ…

だがいくら高級とはいえ酒で買収なんていい大人、しかも教師をやってる人に効くとは…

 

「いやぁ〜二人ともなんて良い人なんでしょう!どうぞ日本をよぉ〜く満喫してってください!いやっほォ〜!」

 

……効いちゃったよ。



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第十話 ドクター・フィールグッド

Fate/Grand Order Steel Ball Runコラボ!
この小説に感想を送って、☆5 ウェカピポの妹の旦那[アーチャー]をゲットしよう!


衛宮士郎が悪夢と格闘している頃……つまり誰もが寝静まっている深き夜の時間に、間桐桜の部屋に黒い影が侵入した。

男だ。

男は何かを取り出すと、その眠っている華奢で今にも手折れそうな体に、その何かを押し当てた。

 

「っ…」

 

安らいでいた顔は一瞬痛みに歪んだ後…また規則正しい寝息を立て始めた。

男はそれに手を伸ばし____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が朝飯を食べ終わり、食器を洗いながら…俺は慎二をこっそり呼び出してヒソヒソと耳打ちをした。理由はモチロン、いきなり桜をウチに泊めさせるだなんて馬鹿げた事を言った理由を問い詰めるためだ。

 

「おい、なんであんなこと言ったんだよ」

 

慎二は一瞬キョトンとした後、合点がいった様にケラケラとニヤケながら、手に顎を乗せた。腹立つことにそんなキザなポーズが、どこかの海外雑誌の表紙みたいにサマになっている。

 

「なんだ?おまえ、桜に気があるのか?」

 

「ばっ…!ちがっ…そうじゃなくて…」

 

いきなりデリカシーのかけらもない発言をされ、慌てて訂正しようとしたが、慎二はいきなり…真剣な顔になった。

あまりに唐突だった。その…いつもの飄々とした態度からは考えられないくらいに…

 

「考えたんだが…ぼくがここで泊まる以上、桜はあの家で一人ということになる…もし、ぼくが間桐の家の者である事を予め知っている土着の魔術師がいれば…そしてそいつが人質を取る様な輩なら、桜が危ない。なら、まだ英霊が二人もいるこの家に泊めさせる方がマシだと思った」

 

それは、誰よりも家族を守ろうとする一人の漢の顔だった。

 

「衛宮、ぼくは桜を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている……そして、お前ならそれができる」

 

「…慎二もできる筈だろ、家族なんだから」

 

まるで自分は違う、とでも言いたげな態度に思わず苛立って反論してしまった。だってこいつは誰よりも家族を大切にしているヤツで、俺はそんな所が好きだからだ。自分の好きな奴が、その長所をそいつ自身が否定していたら、思わずムッとしてしまうのはしょうがないことだ。

 

「…ああ、かもな」

 

珍しく、曖昧に言葉を濁した。

漏らす言葉に混じるのは諦めか、あるいは無気力か。とにかく覇気が感じられなかった。

昔からの付き合いだから分かる。何かを隠している。

だが、今それを追及しようとした所で決して口を割らないだろう。

こいつはそういう奴なのだ。

昔と何も変っちゃいない…そういう奴なのだ。

 

「そうだ、三人くらいで家から桜の荷物を取ってやってくれないか?…女の子はまぁ…色々と必要な物があるだろ?」

 

『察しろ』と雄弁に語る射抜くような眼。

さっきとはまた違った意味で真剣な眼だが、どちらかと言うそれは死地に向かう兵士に忠告する隊長のような眼…の様に見えた。

 

「あぁ、分かった」

 

女の子のデリカシーを詮索するのは死罪だ。

もし魔が差してそんな事をした暁には、目の前の怖いお兄ちゃんが黙ってないだろう。たぶん馬の後ろ足で蹴り殺される。

 

「もし桜の下着なんてパクってみろ…お前を蹴り殺すからな、ライダーの馬が」

 

いや、スゴイいい笑顔で言ってるけど、全然眼が笑ってない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居間のテーブル、ぼくは昨日藤村が開けたワインのコルクを手で弄びながら、ライダーとポーカーに興じていた。

令呪で命じた時からずっとあらゆる丸い物で、回転のトレーニングをさせられているが、一向にうまくいかない。

 

「イメージはできてるんだけどなぁ…こう、バレエダンサーが舞うような…木の葉が風で舞うようなイメージ…」

 

だが所詮イメージはイメージ。

幻想空想は現実とはならない。

頭で思い描く光景を現実にへと変換するのは至難の技。

 

「おまえ、ポーカーか練習かどっちかにしろよな」

 

うるせぇなぁこいつ。

ん〜?

ダイヤの8、スペードの6、ハートの10とA、クローバーのJ…

 

「5枚で」

 

「人を散々待たせといてそれかよ!」

 

ブツブツと文句を垂れながら手札と睨めっこしてやがる目の前の。そんなアホな様子を眺めながら山札から5枚取る。片手にコルクを指で弾きなが…

 

シルシルシル…

 

!?

ま、回った…!コルクが螺旋を描きながらっ。

 

「お、おいライダー!?今見たか!?今たしかに回転して…」

 

あっ!…ああ…回転が途切れた…

 

「ああ〜?んだよ……してねえじゃねぇか」

 

ああもう!なんて間の悪い!

大体、カードゲーム如きに何をそんな必死になってんだよこのバカ馬乗りヤロウが!

 

「いいか?もう一回見とけよ……あ、あれ?くそっ…ホントだぞ!?たしかにさっきは回転してたんだ…」

 

くっ、何度指で弾いてもさっきみたいに回らない。

偶然だったのか?だが今のはたしかに回ってた。

いつものライダーの鉄球のように…

 

「はぁ……まぁ何でもいいけどよ」

 

このっ……そーゆう呆れたような、哀れむような目をするなっ。

 

「それよりシンジ、昼間はどーすんだ?」

 

「大人しく夜を待つ…それに、真昼間に探した所で見つかるもんも見つからないだろ」

 

全く…フツーに考えれば分かるだろうが…トボけた奴というか何というか…たしかに回転の技術はすごいけど、コイツの人間性には割と問題があるんじゃなかろうかね。これじゃあ先が思いやられ

 

「…あの少年、シロウには言わないのか?その()()()()の体のこと」

 

…は?

 

「おまえ、何言ってんの?」

 

声が震えていた。平常を装ったつもりで発した声が、自分にも分かるくらい間抜けに震えていた。

 

「昨日の夜、寝てるおまえさんの中身を鉄球で()()。おまえさんが気になることを言っていたからな…生きてるのが不思議なくらいだ…()()()()()としたが、それをすればたぶん内臓ごと丸ごと剥がれ落ちる…その体からな」

 

こいつ…あろうことかぼくの身体を勝手に覗き見たのか!?許可もなしに!?

なんでそんなコトをわざわざ…あっ

そういえば…「どの道短い命」って召喚した時に、ついポロっと言ってしまっていた。だがこいつ、まさかたったそれだけのことで、こんな…こんな勝手な行動するやつだとは…!

 

「ライダー!おまえブン殴られたいのか!?」

 

頭に来る…!

一ペンそのヘンな金歯がへし折れるくらいにブン殴らないと気が済まないぞ…!

 

「その体は調()()()()()()()…戦闘用にな。だがそれは必要以上の苦痛も伴わせている…あのクソジジイがおたくが苦しみもがいてるのを見るためにやったとしか思えない」

 

…!

…まぁ、分かってたさ…あのジジイ…ぼくの修練を監督している間は、今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい気分良さそうだったもんな。

 

「ついでにサクラの体も診たぜ…おまえら兄妹はどちらもよくないモノに取り憑かれている」

 

ドグシャアァ

 

刹那の空白。

響く肉の鈍い音

ライダーの頬にめり込んだ拳。

手の痺れと痛み。

ああ、ぼくはこいつを殴ったんだ。

激しい怒りを抱くと、あまりに唐突に、記憶がすっぽり抜け落ちるモノなんだな。

 

「おまえ!何を考えてる…!?もし起きていたとしたらその心が傷ついてしまっていたんだぞ!確実に!桜は自分に植え付けられたモノをこの世の何より毛嫌いしている!ほぼ初対面のおまえに!そんな体のことを暴かれちゃあの子の心がどれだけ傷つくか…!分かってんのかよライダァーッ!」

 

胸ぐらを掴む。

その毅然とした顔を崩さないのが余計にムカつく。

 

「だがその肉体の惨状は分かったし、できる限りの処置はした」

 

えっ…!?

 

「と、取り除いたのか…?体内の虫を…?」

 

「深部の…特に心臓に絡まっていたヤツまでは無理だったが、その他の大体は排除した」

 

バ、バカな…そんなことできるわけがないッ!

だってそんな…まるで凄腕の医者みたいな…

 

「一体どうやったんだ…そんなことを…」

 

「オレの目を見ろ」

 

ライダーは長い髪を鬱陶しそうに掻き分け、右目を見せる。

その右目は…本当に、本当によく観察しないと分からないが、左目とは確かに色が違っていたし、虹彩には小さく『TURBO』と書かれている。

それはとても奇妙な目だったが、不思議と()()()とさえ思ってしまった。

 

「この右目は特別だ…これは鉄球が回転している間、鉄球に『視界』を授ける。オレはこれを体に這わせることでソナーのように、その中身を覗くことができる。あとは体内の虫を回転の圧力で潰し回った」

 

とんでもない技だ。

回転の技術と人体への深い理解がなければこんな神業できっこないだろう。

 

「でもそんな派手なコトしたら流石に起きるんじゃ…」

 

「脊椎に鉄球を押し当てていた…だがあんまり長く持たないから、度々時間を置いて、また押し当てた」

 

…どうやら配慮してくれていたようだ。

だが解せない。

 

「なんで…そんなことを…」

 

「さぁな…そこんところだが、オレにも分からん」

 

本当になんでもないように言った。

そこに、なんの感情もなかった。

ただ、()()()()()()()()

とでも言いたげだった。

 

「……殴ったりして悪かったライダー…だがこれで桜の体は前よりも良くなるはずだ…少なくとも、今までみたいに度々体調を崩すコトも無くなるだろう…ありがとう」

 

「いいってことよ」

 

実際、英霊をブン殴ったところで、例えそいつが耐久:E(超ニガテ)だったとしてもほぼノーダメージだ。それくらい英霊と人間には差がある。

だがそれでも、マスターから殴られてイイ気はしないだろう。

それを許してくれるってんだから、こいつはいいヤツだ。間違いなく。勝手な行動をするヤツだが、それでもいいヤツだ。

 

若干微妙になった居間の空気は、玄関の音が途端に響いたことで霧散した。

ボストンバックやキャリーケースを持った三人が、廊下を闊歩している。

車椅子の体じゃあ手伝いなんて出来ないから、電気ケトルでコーヒーを沸かしておく。ちょっとした気遣いだ。

クタクタになって、疲れ切った顔をした妹がやってきた。

…だがあの二人は来ない。

 

「衛宮とセイバーは?」

 

「急用を思い出したって言ってました…教会がどうとか」

 

教会…?

まさか早々にリタイヤするつもりでもあるまいし、何か聞き損なったことでもあったのだろうか。

 

「それと…家にお爺さまが居ました」

 

!?

 

「何か…されたか…?」

 

落ち着け…今こうして戻ってきているということは何もされてないはず……だがもし体内のを排除されたと知られていたのなら……

ものすごくマズイぞ……

 

「いえ…特には…ただ強いていうなら、先輩と少し話をしていたくらいで…アインツベルン?…が…なんとかって」

 

様子はおかしくない。ウソはついていない。

それに時間帯的に虫を再投入されたのなら、もっと遅くに帰ってきているはずだ。

…ふぅ…焦らせやがる。

だがこれで何も問題はない。

 

「そんな事よりお嬢ちゃん、ポーカーやらねぇか?安心しな、脱衣ポーカーじゃあねぇから」

 

「え!?…ラ、ライダーさん…?」

 

「ニョホホホッ!ランチまでまだ時間あるし、何より今日は日曜日(ドメニカ)だからまったりしようぜ」

 

_______

 

 

13時半、今から作るとなるとかなり遅めの昼食となるが、まだ二人は帰ってこない。

桜は不安そうにしていたが、とりあえず五人前作ることにしたそうだ。

今日の昼飯はライダーも作るのを手伝うそうだが…

 

「ちょっ…ライダーさん!?なんで包丁じゃなくてそんな折り畳みナイフで…!?」

 

「ン?いや…こっちのが慣れてるし」

 

…前途多難だなこりゃ。

だがあの二人が仲良くやってるのが意外だ。

ライダーを召喚した頃には桜を衛宮の家に入り浸らせていたから、今の今までほぼ接点がなかったのだが、どうやらうまくやっていけそうだ。




これマジ?キャラに比べてレア度が高すぎるだろ……


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第十一話 魔術師の世界 その①

Fate/Grand Order Steel Ball Runコラボ!
この小説に感想を送って、☆5 ポコロコ[ライダー]をゲットしよう!

真名:ポコロコ
【ステータス】筋力:E
       耐久:E
       敏捷:E+
       魔力:E
       幸運:A+++
       宝具:EX

…『E』ばっかじゃあねぇかッ!


月曜日…学校には行くことにした。

車椅子を押してもらいながら、通学路を歩く。

教室に入り、いつものやかましい藤村の朝のホームルームを聞き流し、つまらない授業をテキトーに流し、昼休みになった。

というわけで、政治の時間だ。

衛宮を連れて目的の人物を探し回る。

アテもなくブラブラしていると、階段から登ってくる例の人物を見つけた。

 

「やぁ、遠坂…ちょっと話があるんだけど」

 

目の前の女…その一見柔和で穏やかな仮面を被り、油断なく目を光らせる冬木の女傑。遠坂凛だ。

 

「奇遇ね間桐君…屋上でいいかしら?」

 

問いかけ風に言っているが、どこか有無を言わせない風格を感じる。どうやら同じ要件かもしれない。

ちなみに衛宮は驚きのあまり口をパクパクさせてた。使えねェ〜。

 

屋上に上がり、万が一のために貯水槽の裏に隠れ、声を潜める。

 

「単刀直入に言おう、マスターだな?おまえ」

 

目の前に一筋の疾風が吹く。

予想していた。向かい合う指先を。

そして、今にも空間を干渉し、姿を現そうとしている二つの()()を。

遠坂はその優等生の仮面を剥ぎ捨て、一介の魔術師として今ここにいる。

互いの『獲物』は交錯し、屋上は一際静かになる。

 

「遠坂が…魔術師だって…!?」

 

ビックリ仰天といった声が背後から聞こえる。

眼前の女狐はゆっくりと目を細め、ニタリと嗤った。

 

「あら、間桐の血は随分前から衰退していると聞いていたのだけれど…どうやらデマだったみたいね」

 

「いいや、あながち間違いじゃあないぜ遠坂…ぼくはド三流の()()使()()さ……だがその指先からあと少しでも魔力を漏らせば、その華奢な首をへし折るコトくらいはできるぜ」

 

バカの息を飲む音が聞こえた。

ちなみに脅しではない。本気だ。

そもそもこいつに交渉する気がなかったら、()()()()()()()()()()()()()

だが手を汚さなくて済みそうだ。

 

「おいよせ!慎二!話し合いに来たんだろう!」

 

鋭く目を細めながらも、やや怪訝そうな表情に変わる。

 

「…いまいち状況が掴めないのだけど、後ろの彼…魔術師よね?まさか一般人じゃないでしょうね?」

 

「半分正解だが暗示の準備はしなくていいぜ、ぼくの話を聞く気になったかい?」

 

睨み合うこと4秒……5秒……6秒……

永遠に続くかと思ったこの冷戦は、遠坂凛の大きなため息で終戦した。

 

「…いいわ、話だけでも聞いてあげる」

 

…腹立つな、上から目線で。

ふんッ…まぁいいけどね…実際『上』だしこいつ。

 

「手短に話そう、用件は二つ…一つは同盟の提案、もう一つは情報の交換だ」

 

「待った、その前に衛宮くんについて教えてもらえる?」

 

……め、めんどくせェ〜

心底めんどくせェ〜〜

 

「HEY!お呼びだぜ!ほら、サッサと済ましなよ」

 

なぜか目を白黒させながら遠坂を見ていた衛宮を引っ張り出す。そこからは耳障りな、しどろもどろの説明を延々聞かされた。しかも話を進めるたびに目の前のあくまはどんどん不機嫌になっていく。

こりゃダメだ。便利なアッシーくんは貧乏神でもあらせられたらしい。

 

「…間桐君、さっき同盟って言っていたけど」

 

はい、これもう絶対無理だね。無理無理。

 

「流石に3陣営…それも『間桐』と『遠坂』がこんな序盤でいきなり手を結ぶのは公平(フェア)じゃないわ…悪いけど、そこは諦めてくれると嬉しいわね」

 

…ま、まぁここまではまだ予想の範囲内だ。

しかし、ここで終わっちまうのはもったいない。

ガキの時に集ってきた汚い大人たちの舌技を思い出せ。

 

「ならせめて停戦はどうだ?ぼくたちとしてはまず外道な連中から潰したいと思っている……そして、あんたもそれは同じ筈だ」

 

ドア・イン・ザ・フェイス。

必要とする水準より高い要求をしてから、妥協点まで掘り下げる交渉術。

実は意外と使えるテクニックだ。

 

「……随分ハッキリ断言するのね」

 

「あんたは『いい人』だからな」

 

「ああ、それに関しちゃ俺も同意見だな」

 

でかした純朴唐変木!

お前が畳み掛けると大概の奴が毒気を抜かれる。

たぶん。

ふ〜ん…、と感情なく呟く遠坂。

しかし、どこか手応えを感じる。どうやら不服ではないらしい。

 

「まぁいいわ、それで?どんな情報を交換するの?」

 

さて、次のステップだ。

 

「基本的には交戦した相手の英霊とマスターの動向だ。例えば魂喰いを強行している奴がいたら、相手の容姿や特徴を教えてほしい。その代わり、こちらも交戦したことのある奴の情報を教える」

 

「妥当なところね…」

 

「…すごいな、本当に交渉って感じだ…」

 

なにマフィア映画見た後にホンモノの取引現場見た奴みたいなコト言ってんだ?

大体、お前なんかに頭脳労働なんか務まりっこないだから黙って見てな。

 

「まず現状の確認だ、ぼくのライダー、衛宮のセイバー、あとバーサーカー、ランサーとは交戦している。足りないのはキャスター、アーチャー、アサシンの情報だ」

 

「アーチャーは私の英霊(サーヴァント)よ、キャスターは交戦も接触もしてないけど偵察はした、アサシンはサッパリね、あとランサーとは私もやりあったわ」

 

やはり遠坂は有能だ。

キャスター陣営のコトなんかサッパリ掴めていなかったが、すでに情報を得ている。

 

「ならキャスターとバーサーカーの情報交換だ、話してくれ」

 

「あら、私から話すの?」

 

「……チッ、『信用』のためだ。ぼくらから話してやるよ」

 

だからその余裕な顔すんのをやめろよな。

 

「まずバーサーカーのマスターはアインツベルンだった。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。白髪に赤目の少女。マスターとしての力量はおそらく今回の戦争においてトップクラスだ」

 

遠坂はハッキリ言ってその気になりゃ、ぼくらを同時に相手してもかすり傷程度で切り抜けるだろう。

目の前にいるだけで、指を突き合うだけでその実力は感じ取れる。

だがそんな遠坂でも、あのバケモンを従える少女とはやりあえないだろう。

 

「アインツベルン……やっぱり参加するわよねそりゃ…で?英霊(サーヴァント)の正体に目星はついてるの?」

 

「いや、向こうから正体をバラしやがった。それだけ余裕こいてるってことさ………バーサーカーの正体はヘラクレスだ」

 

「……はぁ!?なによそれ……ギリシャ神話最強の英雄じゃない!」

 

あまりのビッグネームに流石に目を見開いている。

そりゃそうだ。

英霊は知名度も強さに影響する。

ヘラクレスなんて英雄の代名詞みたいなヤツだ。

この聖杯戦争において最強の英霊と言えるだろう。

 

「あんたは3陣営の同盟が公平(フェア)じゃないって言っていたが、あのデカブツが魂喰いまでしだしたら、それこそ公平(フェア)じゃあないぜ……ま、そこんところよく考えるんだな」

 

念のため釘を刺しておく。

流石にこの大ニュースを聞いた以上は頷くしかなさそうだった。

 

「……覚えとくわ、それじゃあキャスターの情報だけど…そうね…流石に英霊の正体までは見破れなかったけど、柳洞寺を拠点に魂喰いを新都と深山町の二箇所で並行しているみたい。マスターは外様の魔術師。肌の色を見るに中東系の魔術使いかしら。気配からして実力自体は大したことなさそうだけど、『()()()()()()()()()()』……どんな魔術を使うかは分からないから、用心した方がいいわね」

 

「…それじゃあ既に犠牲者が出てるのか?遠坂」

 

怒りで顔を歪ませる衛宮が、静かに問う。

怒気の篭った声に少しも怯まず…むしろ宥めるように答える。

 

「安心して衛宮君、相手にどんな意図があるのかは知ったこっちゃないけど、殺してまではいないみたい……ギリギリまで搾り取ってはいるみたいだけど」

 

それを聞くと安心したのか、衛宮はホッとした顔で息をついた。

 

だが引っかかる。

()()()()()()()()()』…?

そんなマネする奴はまず間違いなく魔術使いだ。

かなり警戒しないとヤバイかもしれない。

真っ当な魔術師は、実は意外と信用できる。

なぜなら神秘の秘匿と根源にしか興味のないイカれた連中だからだ。

だが、魔術使いは違う。目的のために魔術を使う。

もしなりふり構わない手を使ってくるのであれば、一般人……いや、桜が危ない。

すでに魂喰いを行っているようだし、容赦なく袋叩きするのが一番だ。

『頭を揃えて囲んで獲物で叩く』。

あまりに原始的だが、この戦法はいつの時代の戦争でもなんだかんだ最強なのだ。

 

「相手が殺しまでやっていたら私も袋叩きするつもりだったけどね……ま、相手してくれるっていうなら、私もランサーの始末とアサシンの調査くらいはしてあげてもいいわよ」

 

「バーサーカーはどうするんだ?」

 

「とりあえず様子見ね……なるべく他の連中…できるならアサシンと当たらせて、消耗してくれたらラッキーなんだけどね」

 

ハナから期待していないって感じに、ポツリと呟く。

 

「もしバーサーカーと俺ら三人だけが残ったら?」

 

「その時は三人で袋にしましょう」

 

「…気前のいいこと言ってくれるじゃあないか…ええ?」

 

それでもまだ信用できる。

……というより信用しなければ始まらない。

 

「それじゃあ交渉したい時は昼の学校で、死にたい時は深夜に会いましょう…あと衛宮君、いくら間桐君がいるからって英霊(サーヴァント)を連れていないのは悪手よ。次そんな軽率なマネしてたら殺すから」

 

うわっ、やっぱ魔術師ってロクなのいないわ。

ゲロ以下の臭いがプンプンする悪魔みたいな笑顔を向けられ、ぼくは…いや、ぼくらはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この話は、今より少し前に遡る。

中東、アラブ。

都市部は発展し、ビッグビジネスや有能な人材がビルを行き来する…『熱き国』。

そんな大都市の喧騒から逃れるように…カラカラに乾燥した片田舎の隅っこに、粗末な掘立小屋が建っていた。

 

そこにはほとんど誰も寄り付かない。

 

ただ、毎朝新聞配達人が来るだけで、その小屋にどのような人間が住んでいるのか?誰も知らなかった。

 

夜の砂漠はよく冷える。

日の落ちた砂の大海で歩く者はいない。

故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ザクザク、ザクザク。

土を掘る音が聞こえる。

スコップを手にせっせと穴を掘る男。

20代中盤くらいだろうか…?

身につけているのは西部のガンマンを連想させる…質素な服だったが、その顔立ちは綺麗に整い、有名なモデルや芸能人と言われても違和感のないほどの美丈夫だった。

静かな夜の砂漠で、男は一人でに語り始める。

 

「キャスターよ、神代の英雄たちは皆…反社会的な…命を懸ける闘争への誇りを持つ思想をしていたのかな?」

 

そこには誰もいない。

ただ広がるはどこまでも続く闇。

月さえも細くたなびく雲に隠れ、よく目を凝らさなければ、そもそもこの男がいることさえ分からないだろう。

尤も、この男の住む場所に寄り付く者など、一人としていないのだが。

 

「そうですね…私の知る限りでは、貴方の言うところの『()()()()()』考えをしている者は少なかったですね」

 

虚空に響く女の声。

それは鈴が転がる音のように清廉な、しかしそれでいて極上の娼婦を思わせるような妖艶な声であった。

そんな美麗な声が聞こえても、スコップは止まらない。

男は何かを埋めた。満足げに汗を拭った。

しかし、地面から少しだけ()()()()()がはみ出ているのを見ると、すぐさまスコップを握り直し、それに優しく土を被せた。

 

「ならば私は『生長』できるのだろうか…?この、アトラム・ガリアスタが…『男の世界』から………『英雄の世界』に…」

 

女は答えない。

なぜならばこの男は答えを求めて問いかけた訳ではないと分かっているからだ。これがただの自問に過ぎないことを理解しているからだ。

小屋に帰っていく。

数多くの弾痕や切り傷でボロボロとなったその小屋の中に、全裸の老人が倒れていた。老人は頭や胸の弾痕から血を流し、今にも消え入りそうな浅い呼吸をしながら気を失っている。

男は一度だけ老人に…まるで祈るように、感謝するように手を合わせると、その枯れた肉体に手を這わせた。

 

バキッ!メキッ!ドグシャアッ!

 

()()()()()()()

万力に押し潰されるように、その体はどんどん圧縮されていく。

とうとうその体……いや、もはや体とは呼べない程に、親指大ほどに圧縮されてしまった()()は、男のポケット中に消えていった。

 

ヒュー…ッ……ヒュー…ッ……

 

とても奇妙なことであるが、その小屋の中では……

()()()()()()()()()()()




映画を観た影響で久しぶりに原作を引っ張り出しました
面白かったです
もう二度とタイガー道場に行きたくありません
40回とか多すぎるんじゃ


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第十二話 士郎のテーマ

ソフト&ウェット…
オレの筆から「摩擦」を奪った


遠坂との舌戦を終え、学校に帰ってきたぼくらは夜に備えて休んでいた。

桜は部活、藤村は残業、衛宮はセイバーから戦闘の手解きをしてもらっていたが、ぼくの場合みんなみたいに元気いっぱいに動けば、比喩じゃなく本当にくたばってしまう。

のんびりと部屋でゴロゴロするのが一番なのだ。

冷蔵庫に大量の鶏肉を詰め込み、居間のテレビをつける。

やれガス会社の事故だの、集団食中毒だの、物騒なことしか取り上げられていない。

そんなこんなでこれまた今度はゴムボールを弄びながら、ゆっくり体を休め…

 

「…ヴ……ッ…ェ」

 

____ドクン、と脳髄が轟音で震えた。

 

マズイ。マズイマズイマズイ!

ポケットを探る。ある。持っているッ!

念のために携帯していて良かった…!

クシャクシャの千円札を取り出し筒状に丸める。

もはや一刻を争う。

加熱している暇はない。器具がない。

小さなポリ袋を拳で叩いた後、開いて札を突っ込み、中の白い粉を吸う。

吸う。吸う。吸う。

とにかく無心で吸い続ける。

鼻が焼けるように熱く。

喉は針に刺され。

頭に白いモヤがかかる。

 

「……ッ……うう…ああ…ちくしょお…」

 

溢れ出る多幸感はほんの一瞬だけだった。

突如として襲う悪寒と苦痛が消えていく。

かなりヤバかった……緊急手段とはいえ、加熱して喫煙するのではなく、粉末を鼻腔から摂取してしまった。

おそらく数日後くらいには、このほぼ麻薬に近い霊薬にまたお世話になるだろう。

タイムリミットは刻一刻と近づいている……残り時間はどのくらいか?それは分からない。

ただ蟲は体を貪る。今もなお。ただそれだけだ。

……怖い。心が折れそうだ。

今すぐにでも投げ出したい。楽になりたい。

こんな体をさっさと投げ捨ててッ、穏やかな陽だまりの中で眠っていたい。

ああ、ちくしょおォ!ちくしょおォ!!

誓ったんだろ!?願ったんだろ!?

あああ!ああああ!!ちくしょおォ!!

 

「ちくしょおォ〜〜……ッ……クソォ!」

 

お、落ち着け…落ち着け…冷静になれ…

辺りをキョロキョロ見渡す。

誰もいない。

よかった………本当に。

 

_______

 

 

夕飯。

本日のご飯当番は桜が担当らしく、全員が揃う随分前から台所でせっせと料理をしていた。

「今日は気合入れてつくっちゃうんですから!」とむんっと意気込んで台所に消えていくその後ろ姿は、まるで戦場に足を踏み入れる戦士のように雄大だった。

 

そんなわけで、目の前のテーブル。

主食:プッタネスカ(娼婦風スパゲティー)

主菜:子羊背肉のリンゴソースかけ

副菜:カプレーゼ(チーズとトマトのサラダ)

 

「……オレ、割とイイとこの出なんだが、こりゃ宮廷料理とかそのレベルだぜ…ゥンまいこれ」

 

いやいやいやいやいや。

なんでこんなに気合入れて作ったんだ!?ええ!?

 

「兄さん…?食べないんですか?」

 

「いや…食べるよ、うん……まさかこんなバリバリ『和』な武家屋敷で、三つ星イタリアンレストランで出てきそうな料理を食べることになるとは…」

 

『衛宮お料理教室』に通うだけでこんなハイ・クオリティな料理ができるようになった桜……恐るべし……

あっ、美味いわこれ。

 

「ンまあーーいっ!! くうう〜〜〜っ、クッ!クッ!生まれて来てよかった〜〜おっかさん!」

 

うわっ!今耳がキンッてした!キンッって!

 

「うるさいぞ藤ねぇ…もっと静かに食えよ」

 

「サッパリとしたモッツァレラチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさ!!チーズがトマトを!トマトがチーズをひき立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあ~!?『味の調和』っつーんですかあ~っ!?たとえるならリアムとノエルのデュエット!カレン・カーペンターに対するリチャード・カーペンター!荒木飛呂彦と鬼窪浩久の共同制作!……つうーっ感じっスッかねェ〜〜ゥンまぁーいッ!」

 

そこまでにしておけよ藤村。

桜が顔をトマトみたいに真っ赤にしてる。

 

「あの…藤村先生…ちょっと恥ずかしいです」

 

「ええ〜?あと2パターンあるのに〜」

 

うわぁ急に冷静になるな!

あといらねぇよ残りのパターンも!

 

「すごいな桜、こりゃ洋食の土俵じゃ完敗だな」

 

「えっへん、私、頑張っちゃいましたから」

 

うめぇ…いや、シンプルにうめぇ。

というか子羊の背肉なんて一体どっから買ってきたんだよ。まさか新都まで?……食費がかさむなぁこりゃ。別にどーでもイイけど。

…うん、ゥンま……!?…えっ!?

…セイバー!?めっちゃ満面の笑みじゃん!?

ずっと無言だったから全然気づかなかったけど!

うわぁ〜…なんか見てはいけないもの見ちゃった気分だ。

うん、見なかったことにしよう。

 

「…桜、おまえ…いつからコックになったんだ?」

 

「えへへ…先輩に弟子入りしたその日からですっ」

 

HEY!どうやら愛弟子からハードル爆上げされてるぜ衛宮先生。

 

「まいったなぁ…免許皆伝なんてもんじゃない。こんなに美味しいなら俺が教わりたいくらいだ」

 

笑い合う衛宮と桜。美味いメシ。団欒。

幸せだ。ぼくはこんな景色をずっと望んでいた。

あの地獄の中、ずっとこんな幻想を夢見ていた。

ああ、勇気が湧いてくる。

こんな世界で一番尊い時間を護れるのなら、もう一度地獄に堕ちてもいい。そう思える。

 

「こんなにも美味いメシ食わせてもらったんなら、なにかお礼の一つでもしなきゃあなぁ〜!?歌とかで!なぁサクラの嬢ちゃん!」

 

ああくそっ…人がせっかく浸ってるっていうのに。

 

「う、歌ですか?」

 

「タイトルは『チーズの歌』だ、ほら、カプレーゼの…俺の十八番なんだぜ、オホン…ン、歌うぜ」

 

……えっ、アカペラ!?

 

「ピザ・モッツァレラ♪ピザ・モッツァレラ♪」

 

「………」

 

………は?

 

「レラレラレラレラ♪レラレラレラレラ♪〜〜……ピザ・モッツァレラ♪」

 

「つぅー歌よ……どォよ?」

 

ひどいなこりゃ。うん、ひどい。

 

「スゥー…あ〜…えーっ…と〜…」

 

気を使わなくていいんだぜ……

この歌、『シャッグス』の作った曲よりひどい。

というかもはやこれ歌なのか?

 

「どよ?どうなのよ?」

 

さて、そろそろ令呪でも使おうか…な?

ン…藤村…?

 

「いいわねライダーさん!気に入った!」

 

!?

藤村!?

正気か!?

 

「マジすかッ!?」

 

「あっ…ヤバイ!スゴクいいッ!激ヤバかもしれないッ!傑作っていうのかな…日本なら大ヒット間違いないかも!」

 

「マジすか!!マジそう思う?やっぱオレって天才かもなぁ〜〜」

 

バカ!調子に乗らせるから……!

こんなトンチキが二人もいるなんて…!

もう手に負えやしない!とっくに!

ただでさえ一人も藤村大河の世界観(タイガー・バーム・ガーデン)についていけないのに!

トンチキを一人追加で倍以上の世界(ワールド)に!

 

「ねぇ士郎……今…歌思い付いた…考えたのよ私も!」

 

「……ハハ…あー…はい、どうぞ?」

 

諦めんなよおまえ衛宮士郎ォ!

 

「なんでさなんでさ!ななななんでさ!YO!YO!作詞作曲藤村大河!売れる売れ売れ売れるYO!ななななぁ!」

 

……もうダメだこりゃ。

ほら見ろよ桜の顔。

もうなんかどーしていいか分かんなくて半泣きになってるもん。

あと衛宮は苦笑いしかしてないし。

セイバーはずっとメシ食ってるし、てかおかわり何回目だあいつ!?ずっとスパゲティー食ってる!?

 

「タイガ…どーやらオレたちは互いに惹かれ合う運命だったらしい…天才同士は『惹かれ合う』…!」

 

「ライダーさん…世界を獲る時が来たようね…!」

 

「バンド組む?」

 

わちゃわちゃしている。いい歳こいた大人が。

こんな『シャッグス』の6倍はひどい曲で。

…こんなの絶賛するのはあの世にいるカート・コバーンくらいだろうな。

 

「…桜、くれぐれもあんな大人になるなよ」

 

おっ、微妙な顔…珍しい。

この苦笑いと愛想笑いのハーフみたいな顔、滅多に見れない。

かなりレアだぜ、レア。

 

「なんか言ったか!?シンジ!?」

 

「いやなんでも…ちなみに曲名は?」

 

「『士郎のテーマ』…!」

 

「なんでさ」



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第十三話 魔術師の世界 その②

Fate/Grand Order Steel Ball Runコラボ!
この小説に感想を送って、☆5 ミセス・ロビンスン[アサシン]をゲットしよう!


夜の帳が下りる。

街は一転して不穏な空気に包まれ、この生まれ故郷は戦場に変わる。

目指すは柳洞寺。

この戦争を早急に終わらせなければならない以上、ここはチームで強襲を仕掛ける。

歩く。歩く。歩く。

周囲に目を光らせながら、常に油断なく身構える。

緊迫した表情を全員が抱える中、車椅子を押してくれていた衛宮が唐突に話しかけてきた。

 

「慎二、今更なんだが……なんで生の鶏肉なんか手に持ってるんだ?しかも肉団子みたいにして……」

 

…触れて欲しくなかったんだがな。

 

「魔術で使う。…団子状にしてるのは…まぁ、訓練のためだ」

 

「手ベタベタになるぞ、それ」

 

「わかってるよ!黙って歩けよバーカ!」

 

クソッ…ぼくだって手をベタベタにしながらいつまでも指でピンピン弾くのはヤだよッ!!しかもたまにしか回らないし!

 

「シンジ、()()()()()()()()()()()()()…そしてマジのマジで戦う直前まで練習しとけ……わかったな?」

 

はいはい……ったく。

大体なんでコルクや肉団子なんだよ。その鉄球さえ渡してくれたらササッとグルグル回してやるのに……あれか?野球部に入部したての一年生はまずボール拾いから!みたいな?

ハッ、これだから過去の英雄ってのはロートル思想で困る。

 

「……なんか言ったか?」

 

「いや、何も。……鶏肉食うか?生だけど」

 

「食うかバーカ!」

 

そんなこんなで街を抜け、参道を抜け、歩き続ける。

そして柳洞寺の物々しい階段に到着した。

こんなにもアッサリ着いてしまうとは思わなかった…何か罠があると踏んでいたからだ。

だがここからが本番だ。

長い階段をライダーに抱えられながら昇る。

階段という不利な状況でも奇襲はない。

それが逆に物凄く怪しいと思ったし、しかし心の何処かでこんなにビビり散らかしてるのも恥ずかしいし疲れるな、とも思っていた。

やがて山門が見えた。

待ち構えているのは

 

()()()()………

 

どうやらこちらと同じく同盟でも結んでいるらしい。

魔女…うん、どっからどーみても絵本やお伽話で出てくるような、いかにもって容姿。

 

「キャスター……ということは隣はアサシンか…」

 

ほんの一瞬でセイバーは鎧を編み上げ、ライダーは鉄球を構える。

どちらかが指先をほんのチョッピリでも動かせば戦闘が始まる。

殺気、闘気、妖気、剣気。

あらゆる戦いへの意志がその場を満たしていた。

 

「我がマスターは、そこの車椅子の少年はこの門を通すと言っています。そしてその隣の少年は今すぐに立ち去れとも」

 

「は?…アンタ…」

 

「貴方は『果たし合い』をするのです」

 

……つまり、サーヴァント同士とマスター同士で戦おうという算段か?

 

「ハッ、ぼくがそんな見え見えの罠に突っ込むイノシシと思うか?敵のホームグラウンドなんか何があるか分かったもんじゃあないんだぜ」

 

「だと思いました……しかしご安心ください。罠などここには存在しないので」

 

「シンジ!!そこから離れてくださいッ!!」

 

…!

マズイぞ!何か物凄くヤバイッ!

気配だけで今から何かよくないことが起こると分かる…!

うおおおおおお!?視界がッ!?白い蜃気楼のように!?

まさかこれは強制転移ッ!?なんてデタラメだ!?こんな芸当できる魔術師なんて現代じゃあ滅多にいないんだぞッ!

 

「慎二!手を伸ばせ!!」

 

バカッ!おまえ!こっちに来るんじゃあ…!

 

______

 

…あれ?一瞬、宙?…浮いて、

 

「グォッ!?」

 

声…?

視界が、反転、し…?

 

「グギャッ!…ってぇ……ハッ!」

 

すぐさま体を起こして周囲を見渡すッ!

落ち着け…状況の把握からだ…

まずここは境内。隣には衛宮士郎と車椅子。

()()()()()()()()()

何かが飛んできたり襲い掛かってくる気配はない。

……ほ、本当に罠がない…?

いや、そんなバカな…だって相手は『キャスター』なんだぞ!?

それも転移魔術なんてデタラメが使えるレベルの!

 

「慎二後ろだ…誰か近づいてくる…!拳銃も持っている!」

 

何ィ!?

後ろからか!?

さっきまで誰もいなかったのに!?

 

「…よろしくお願い申し上げます」

 

突如現れたこの男……異様だ。

髪は金、肌は浅黒い、細身のシルエット、服装はまるで西部のガンマン。

だが体格の割にはただならぬ覇気を感じる!

今の礼も、丁寧でありながらどこにも隙が無かった……

男はチラリと衛宮の方を見る。その顔は失望と静かな怒りを孕んでいる…

 

「……来てしまったのか、だが私が『果たし合う』のは『車椅子の彼』のみだ……悪い事は言わない…君は下がれ」

 

「アンタ、一体何が目的なんだ?」

 

「くどいぞ、もう少しだけ話してやろうか………?『車椅子の彼』にはいざという時、私を殺しにかかる『漆黒の意思』が心の中にある…だが君はそうではない…そういう『(さが)』。だから下がれ」

 

「ッ……」

 

「君は私が攻撃しようとしたらそれに『対応』しようとしている。それが心体に()()()()()()()()。こびりついた『正統なる防衛』では私を決して殺せない」

 

な、なに?対応?正統なる防衛?なに言ってんだ…?

 

「受け身の『対応者』はここでは必要なし」

 

……ふん。

まぁこの際なんでもいい……

魂喰いなんてする相手だから、てっきり不意打ち闇討ちなんでもありのヤバイやつと思っていたが、正々堂々決闘しようとするその姿勢……また別のベクトルでイカれたヤツらしい。こいつは。

 

()()()()()()()()()()()()

 

どうせコイツはその正々堂々を押し付け…いや、それどころか()()()()()()()()()()()()と確信している筈……

ならばするコトは一つッ!

 

『不意打ち』ッ!!

 

コイツはたかが工房に引き篭もってる研究者ッ!今までぼくに霊薬や魔術髄液をボッタクリ価格で売ってきた連中と同じ!凝り固まった価値観でしか脳ミソを稼働できないブリキ野郎ッ!

 

おまえのその目の前で『意識外から暗殺』してやるッ!!

 

「衛宮…下がれ。そうだな、()()()()()()()()()()()下がれ…それより殺り合う前に一つ気になることがあるんだがよ」

 

「……なんだね?」

 

ドオォン!ドオォン!ドオォンドオォン!

 

撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

構えた指先から蟲を放出する。

予め刻印を刻んでいたポケットの中の鶏肉はもう全部泡のように溶け、蟲の弾丸…『針刃虫』となった。それでも撃ち続ける。鶏肉がなくてもまだ肉はある。痛みは感じない。

あるのはコイツを始末しなければならないという意思だけッ!

 

「__魔蟲、生成(ファズ ジェネレート)

 

__魔蟲、制御(ファズ コントロール)……

 

いや、遅い。遅い。遅い。口に出すな。詠唱するな。制御する暇があるなら蟲を発射し続けろ。常に頭を稼働させ続けろ。この『針刃虫』はスズメバチよりも大きく、速く、鋭利で強度のある針(もはや刃とさえ言える)を持つ蟲……噛み付かせたり制御するより、ただ前に弾丸のように発射させるほうがイイ。

脳が煮えようが知ったことか。体が穴だらけになろうと知ったことか。

今ここでコイツを打ち倒さなくては、何のためにその肉体を魔道に堕としたのか。

 

「衛宮ァーッ!今すぐのその石を強化してブン投げろォーッ!早くしろォォォ!!」

 

撃ちながら叫ぶ。

投げたか確認なんてしない。できっこない。

ただ一心不乱に蟲を襲わせる。

ヤツは一瞬意識を散らして、コンマ一秒の隙ができていた。

対してこっちは高速で宙を駆ける『針刃虫』が6匹。

!…衛宮の投げた石も視界に捉えた。

このままヤツのツラ目掛けて突っ込んでいけッ!!

 

ボゴォボゴォボゴォッ!ドバスゥンッ!

 

くっ…急所は右腕で防御されているか!

だがヤツの体に何匹か蟲が突き刺さった!

 

「『不意打ち』」

 

「……ふん、卑怯とでも言いたいのか?」

 

「逆だ……『()()()()()()()()』。もし後ろの彼がほんの一秒でも早く投石していたら、敗北していたのは私だった……」

 

…は?

あれ?熱いな……ここ?いや…胸…?…腹もか…?

……指先が動かない…?魔術もだ……蟲が産まれない……な、なぜ…?

…血……これ、弾痕…?

 

「慎二!!」

 

がああああああああ!?痛ぇぇ!!

う、撃たれた…ぼくがッ!?

み…見えなかった!わからなかった!魔術ではない!純粋な拳銃の技量で!!

 

()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

 

「うああああああああああーーーッ!?」

 

ビリビリ……ビリビリ……

 

熱いっ!体が燃えているのかッ!?

いや違うッ!()()()()()ッ!?

これは魔術!?電気の魔術!!

 

「この弾丸は『()()()()()()()』だ……ご存知かな?本来は10cmほどの大きさなんだがな、私の能力…『スキッド・ロウ』で()()()()…弾丸にするためにな」

 

くっ……痺れが……

か、体が…麻痺しているのか…!?

全身が1ミリだって動かないぞッ!?

 

「電池の中には()()()()()()()()()()()()()…死んでいるか気絶しているかは分からないがな…故にその弾丸は、その魔術師の特性を内包している。今の弾丸に入っていたのは『アントニー・キース』…魔術で生体電流を操作する優れた魔術使いだった」

 

全てだ……肉体の全てに操作が効かなくなっている…

解かれる兆しもない…こ、このまま嬲り殺しか…?

いや、ヤツはさっき言っていたじゃあないか……

 

()()()()()()()()()()()()()()…?

 

ち、ちくしょォォォ…!

こんな…こんなところでヤツの使い捨ての道具にされて終わるのか…!

 

「さて、エミヤ…と、言ったかな?君はもう()()()()()()…この寺から出してやる……今もずっと不愉快だった。私がピクリでも動けばその『丸い』石を投げる気でいる……」

 

「……だからなんだ?」

 

「『()()()()()』のだよ……友のために戦おうなどと…丸い石を投げるなどという『漆黒の殺意』のない攻撃など…」

 

「………うおおおおおおおお!!!」

 

……ああ、わかってしまった。

衛宮士郎…『()()()()()』…

わかってしまう。

『届かない』。

長年の付き合いだ……そういえば昔、いじめっ子に立ち向かっていた時も、決して武器を持ったり、搦手なんかしなかった。

慣れていない…その頭や精神の中に、

()()()()()()()()()()()()』の選択肢がない。

 

ドグォオッ!バズゥン!

 

「が……あ……」

 

衛宮ァァァァ!!!!

うわああああああああ!!!

両脚を撃たれたッ!!

 

「エミヤ、おまえなんかにとどめはささない…目的はあくまで『修行』であり、魔術師として未熟な私を聖なる領域へと()()()()()……すべては『試練』を乗り越えるため…」

 

ち、近づこうとしている……

確実にとどめをさすために!

も、もうダメなのか…!?

魔術は使えないッ!体さえも…!

 

()()()()()()()()()()()()ッ!?

 

シルシルシル……

 

なんの音だ…?

聞き覚えがあるぞ…!これは…そう!回転の音!

これは回転の音だ!

 

「面白い…やはりまだ足掻くか…動けなくなろうとも…」

 

どこだ…?どこが回転している…?

いや、そもそも何が回転している!?

 

ズシャアァ!

 

「左腕の弾痕から…これは…『虫』ッ!」

 

あれは…!

『翅刃虫』ッ!!

ヤツの左腕を食らっている!その顎の『牙』でッ!

だがアレは生成していないはず…!

それに使った素材も『()()()()()』で………

 

………『()()』?

 

「1匹だけ異様な回転をしながら飛んでくる虫がいたが、まさかこんな厄介な性質があったとはな…」

 

あの肉団子!!

()()()()()()()()()()ッ!()()()()()()ッ!』

 

ドバァアァン!

 

「あまりに速く、そしてデカかったんで、腕ごと撃ってしまった……だがこれで何の問題もない…弾数も残り『一発』……このボロボロの右腕でもあと一発は撃てる…」

 

このサイコ野郎が…!

躊躇なく腕ごと蟲をヤりやがって…!

もう流石に手を尽くしてしまった…!

このままじゃあ…!

 

「……いいのか?たったの『一発』で…」

 

!?

衛宮…!

なんで立っている…?

そんな状態でッ!

 

「少し……いい眼をするようになったな…」

 

くっ……見ているだけか……!?

ぼくにはもうどうにもできないのか!?




いらない(無慈悲)


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第十四話 魔術師の世界 その③

Fate/Grand Order Steel Ball Runコラボ!
この小説に感想を送って、☆5 約束の地のキャスター[キャスター]をゲットしよう!

一体…何ュガー・何ンテンなんだ…?


アトラム・ガリアスタが幼かった頃。

魔術師であった父と共に、

()()()()()()』の遺跡へと遠征した。

幼いながらも既に魔術師としての才覚を発揮していたアトラムは、今回の遠征も何事もなく終わると信じていた。

 

もう一度言うが、アトラム・ガリアスタは天才である。

科学と魔術を交錯させた父の工房に籠り、弱冠12歳にして魔道の探究に明け暮れ、それなりの結果も出していた。

魔術師は総じてロクデナシである。

それは幼少期の彼も例外ではなく、既に魔術師に必要な冷酷な人格が形成され、魔道に進まぬ人間を見下し、根源に到達することにのみ興味を示し、時には罪のない無辜の民を研究のためだけに手にかけたコトさえあった。

 

遺跡を探索し、魔術礼装を作るための素材をたんまりと手に入れたアトラムたちは、来た道を引き返していた。

最初に()()()に気づいたのは、アトラムの父であった。方位磁石がいつのまにか利かなくなっていたのである。

やがて周囲は流砂で見えなくなり、

()()()()()()()()』や『()()()()()』が現れた。

 

()()()()()()()

 

アリゾナ砂漠にはアメリカの原住民からそう呼ばれ、忌み嫌われている『呪われた土地』がある。

1875年、とある異端の魔術師が、時計塔の魔術師たちと調査チームを結成し、この土地を隅々まで調査した事例がある。

調査の結果『悪魔の手のひら』は、アメリカ最高峰の霊地であり、その歪みは魔術師どころか、魔術回路を持たない一般人にさえ影響を与えると評価された。

世界最高峰レベルの霊地、しかしそれは高いリスクを伴う。一般人に影響を与える性質は神秘の秘匿を妨害する『厄介』な性質。時計塔の魔術師たちは苦渋の決断でこの土地そのものを隠蔽する方針を固めた。

 

しかし、

()()()()()()()()()』までは隠蔽できなかったと言われている。

 

アトラムたちはそんな霊脈で遭難した。

次々と仲間たちが飢餓と暑熱で倒れ、とうとう片手ほどの人数になった時、事件は起きた。

小便がしたいと思い目が覚めたアトラムは、テントから這い出ようとして気づいた。

かすかな光の中に粗末な服を着た大男が立っていた。

その男は遺跡への案内人で、なんの魔術も使えない一般人であった。

しかしその生命力は凄まじく、食料も水もない灼熱の砂漠を、一度たりとも倒れずに共に歩き続けた猛者であった。

男は体から異様な臭いを放ち、何も考えていない牛のように生きたサソリを右手に口に頬張っていた。

そして男は空いてる方の片手でアトラムの首を絞めるとこう言った。

 

「おまえは騒ぐなよ、水も食い物も満足にねぇと思ったら、久しく忘れていたぜェ…こんな美しい皮膚をよォォォ」

 

首を絞められながらも、どこか冷静な目で周囲を観察していたアトラムは、とうとう暗闇に目が慣れてしまい、見つけてしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「うう…ハー……うううー……ハァーッ……うう」

 

この時、初めて死への恐怖を抱いた。

体は震え、肌は蒼白く、眼は小刻みに揺れ始める。

 

「美しい!スゲェ美しいッ!百万倍も美しい!…」

 

男は衝動のままにその醜い裸体を晒した。

刹那___男のホルスターから銃を抜き取った。まるで野生の獣のように素早く、熟練の兵士のように精確に……

 

「おい、おまえ何してんの?危ねぇぞ」

 

「フゥーッ……フゥーッ…」

 

「…おまえよくここから盗ったなぁ〜けっこうスゴイじゃん!でもそれってよォ悪ガキのすることだ…軽々しく扱うモンじゃあないぜそれは」

 

少年の呼吸はさらに荒くなっていった。

死神が首元で舌舐めずりしているのを幻視していた。

 

「…なぁ、それを下に置けって!もし撃ったらオレはものすごく怒る!ただじゃあおかねぇからな…おまえの手足を切り刻んで生きたままブタの餌にしてやるッ!だがオレみたいな元軍人には分かる。おまえには撃てっこねぇ…」

 

その男の声は奇妙な程に優しかった。

まるで父が子に語りかけるように優しく……

そしてなにより男の脅しがあまりに怖かった。

生きたまま切り刻んでブタの餌?

想像するだけで悍しく、手の震えが止まらない。

呼吸はさらに荒くなり、銃口が荒波のように揺れ始める。

 

「やさしくするから下に置けって!おまえをオレの息子として育ててやるから……ベッドの下に置くんだよォォォ!!!」

 

優しい微笑みを釣り餌にしていたその顔は、もはや隠そうともしない下劣な欲情を剥き出しにしていた。

男はその銃に手を伸ばした。まるで獲物に襲い掛かるコヨーテのように。

 

ドグォオォン

 

「うわあああぁぁぁーーッ!!」

 

爆ぜた。

何が爆ぜたのか?

あらゆるものがだ。

 

アトラム・ガリアスタの咆哮、常識、恐怖、高揚。

そして……男の頭。

 

6秒間。

アトラムはそこに人形のように留まった。

6秒後、アトラムはテントから歩き出した。

 

その目には漆黒の炎がみなぎっていた。

その皮膚には、太陽のような赤みがさしていた。

彼には光が見えていた。

これから進むべき『光の道』が………

 

公正なる戦いは内なる不安をとりのぞく。

乗り越えなくてはならない壁は

『男の世界』

彼はそう信じた……

それ以外には生きられぬ『道』

それ以外には生きられぬ『性』

 

アリゾナ砂漠のアメリカ=メキシコ国境付近。

一人の少年が保護された。

とても奇妙なコトに……その倒れていた少年の口の周りには……汗のような……しかしそれにしてはあまりにも不自然な水滴が付いていた。

後に少年は、あの時自分の周りにある空気の水素を無意識のうちに()()()使()()()()()()』させる事で水を舐めていたというコトを悟った。

 

少年はこの『()()()()()()()()()()』は

『男の世界』の入り口に踏み入れた報酬____

そう受け取った。

 

アトラム・ガリアスタは魔術師である。

銃を使う、手段は選ばない、無辜の民は殺さない。

それでも、魔術師である。

なぜなら彼は己を高める神聖な修行を極める事で、

『根源』に至ろうとしているからである_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脚が痛む。

目眩がする。

吐き気もだ。

それがどうした?

傍に倒れ込んでいる慎二のため。

こんな俺と一緒に戦っているセイバーのため。

 

俺はこんなところで死ぬわけにはいかないッ!

 

身体が痺れている。

血の巡りさえも感じない。

脚の感覚がない。

視界が色褪せていく。

それでも立つ。立って、こいつをぶちのめす。

 

「……お前の脚に撃ち込んだその弾丸は…さっきのと同じく生体電流を遮断する……だがなぜまだ脚が動くのか?」

 

こいつは『敵』だッ!

こいつなりの信念はあるみたいだが、それでもこいつが躊躇なく人をブッ殺すヤツだってのに違いはないッ!

あのランサーと同類の人間!

今ここで倒さなくてはッ……

 

()()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

「知るか…アンタ、その銃の整備でもサボったんじゃあないのか?」

 

軽口を叩きながら、全力で意識を編み上げ続ける。

理由はわからない。だがなぜかあの『()()』を見て以降、『強化』の調子が良い。

基本骨子をわざわざ解明する必要もない。

ただ構成『()()』を補強するだけでいい。

だがそれでも俺はまだ未熟なんだろう。物も自分も強化できるようになった。それでも他人を強化できないと感覚的にわかるし、それどころか全身を強化することも、今の技量じゃできないだろう。

……そうか!今ようやくわかった!

俺は撃たれた脚を『補強』している……構成している物質が破壊されても。今まで何度も解明してきた基本骨子さえ覚えていれば、その記憶通りに編み上げることで、補強することができる。

今の俺は、千切れそうな脚を魔力の結束バンドで無理やり補強している…といった感じなのだろうか。

ともかく、これで俺も多少は戦える。

 

今の俺の手札は、両腕と持ってきた木刀。

相手の手札は、必殺の魔弾。

 

俺は……どこを『強化』するべきか…?

考えろ、今最も必要なコト…最優先でするべきコトを!

 

「………ここで、対等となる話をしよう…」

 

こいつ……何悠長に語り出してやがる……一体何を考えてる……

脚を撃たれた俺も大概ヤバいが……アンタだって相当ヤバい筈だ!

左腕が丸ごと吹き飛んでやがる……いくら魔術師だからって……後から治療する手段がいくらでもあるからって……今のまんまじゃあ、あと1〜2分後には失血死だ!

 

「私の腰の拳銃は一八七三年型コルト、又の名を『ピースメーカー』……今の君くらいに離れているなら、私はあと『5歩』近づかなくてはならない…『5歩前』で撃っても命中度は低い……」

 

…今ここで尻尾を巻いて逃げれば、俺だけは助かる……

だがそうすればこいつは慎二にとどめをさすだろう……

そしてこいつが失血死するまで逃げ切るのは………たぶん、できないだろう……

いや、違う………

違うだろ衛宮士郎ッ!

今はただこいつを倒すことだけに集中するんだ……そうだ……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この戦争で犠牲になる人を増やしてはいけないッ!

こいつの弾丸となって死んだ人たちのために!

こいつが今後殺していく人たちのために!

 

「目眩がして…私はもう何も見えない…だがこれだけは分かる。私は『外さない』…この『一発』は」

 

俺が『強化』するのは…!

 

『両脚』ッ!

 

こいつは『5歩』と言った…!

なら俺の脚を、

『1歩で5歩分の距離を疾れるくらいに強化』すれば、あの状態なら俺を精確に捉えるコトはできない筈ッ!

 

「___同調、開始(トレース オン)

 

走るな。走るな。走るな。まだ走るな。

溜めろ。溜めろ。溜めろ。まだ溜めろ。

たった一瞬の疾走に、全ての力を込めろ。

ここを取り逃すと、一人か、二人か、あるいは三人の死骸がここに転がることになる。

 

一人殺すことでほかの二人を助けれるのなら…!

なら、ならば…!俺なら二人助ける…!

俺と慎二の二人を…!俺の力で…!

 

両腕を顔の前でクロスさせる。

強化していない両腕なんて、拳銃で撃たれたら一発で吹っ飛ぶだろう。

だが頭は…急所は守れるかもしれない。

 

「来るか…!」

 

蹴った。地を蹴った。

もう後戻りはできない…!放たれた弾丸のように!

 

「うおおおおおおおおおーーーッ!!!」

 

撃たない!まだ撃たない!こいつはギリギリまで引きつけてから撃つ!

ならば届くかもしれないッ!

背中に入れておいたこれにッ!

顔の前でクロスした両手ならッ!!

 

ドグオォンッバキャアッ!!

 

「……『1歩分』…木刀で詰めたのか……急所を外された……」

 

「ハァーッ…ハァーッ……ハァーッ…」

 

外れた……俺は死んでいない。

たしかに腹を撃たれた。

だが腹の中に心臓はない。脳もない。

勝った……!

 

「……砂漠の一粒ほども、後悔はない……」

 

勝った……俺は……

躊躇なく人を殺すようなヤツに……

勝った………

俺は……この戦い(殺し合い)勝った(殺した)…のか…

 

「エミヤ…『光の道』を見ろ…進むべき『輝ける道』を…社会的な価値観がある…そして『男の価値』がある。『真の勝利への道』には『男の価値』が必要だ…この戦争で確認しろ…『光輝く道を』」

 

待て……アンタ…何をするつもりだ…!

 

「オレはそれを祈っているぞ、そして感謝する」

 

そんな身体で…!

まだ戦うってのか!!

 

ドゴォオン!

 

血まみれの……拳……

俺の鼻の先まで……

クロス…カウンター……

俺の方が先に……殴った……殴れた……

 

「ようこそ……『()()()()』へ……」



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