気がついたら碇シンジだった (望夢)
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知らない天井から

ニコ動で新劇見てたら書きたくなったので投稿。


 

 人はどうして生まれて来るのだろうか。生んで欲しいとも頼んでいないのに産まれ出でて、そして長く辛い人生を歩まなければならない。

 

 人生とは魂に課せられた試練であり、乗り越えられない試練は用意されていないと言われている。生きてさえいればきっと幸せが待っていると言われる事もある。

 

 でも、そんな、いつ来るともわからないし、待っている幸せよりも押し寄せる辛さに耐えられない。だから人は自分を殺してしまう程追い詰められてしまう。逃げちゃダメなんて言わないで欲しい。逃げなければ駄目なんだ。逃げたって良いのだから。

 

「え?」

 

 右を見て、左を見て、正面には天井。

 

「知らない天井だ──っぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああーーーーー!!!!」

 

 脳髄を掻き乱す激痛。その出所は右目の辺りから突き抜ける様に後頭部に抜けていく。両手で右目を押さえる。だが痛みは少しも楽にならず、ただ叫ぶしか出来なかった。

 

 その間にフラッシュバックする記憶は、ひとりの男の子の記憶だった。夏のプールの帰りでの母の言葉。その母が居なくなる瞬間。父に捨てられて泣き叫ぶ姿。第二東京で過ごす灰色の日々。そして父に呼ばれて第三新東京市で遭遇する使徒と、エヴァンゲリオン初号機。

 

 運ばれてくる白い女の子と、手に着いた血。こんな娘を戦わせるくらいならと決めた覚悟。

 

 しかしそれを容易くへし折る使徒への恐怖と痛み。

 

 終いには顔を突き抜けた激痛──。

 

 碇シンジという少年の14年間の記憶を走馬灯の様に見せられながら、自分の身体を苛む痛みが死ぬ程痛かったからだろうか。

 

 騒ぎを聞き付けたのか、看護師達がやって来て鎮痛剤を打ってくれた。すると痛みが引いていったけれども叫び疲れた自分はそのまま目蓋を閉じた。

 

 碇シンジへの憑依とか、考え得る憑依先でかなり最悪の部類だなぁなんて思いながら、目が覚めたら夢であります様にと祈った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 サードチルドレン、碇シンジ君が目覚めたと病院から連絡があった。第三使徒殲滅から一週間が過ぎていた。

 

 第三使徒戦で頭部を貫かれた初号機。そのフィードバックでパイロットに致命的なダメージが及ぶ可能性もあった。現に彼は一週間眠り続けていた。最悪、このまま目覚めない事すら予見してはいたけれど、目覚めたのなら重畳。

 

 本人も若干記憶の混乱があるらしいけれど、目立った後遺症はなし。至って健康。大変結構だ。

 

「こんにちは、碇シンジ君」

 

「あ、りつ──赤木…さん」

 

 一週間眠ったままだった身体を無理矢理起こすのは辛いのだろう。病室に入って声を掛けると、此方を認めて起き上がろうとして、また布団に沈み込んだ。

 

「良いわよ? リツコで。それより、アナタは何があったか覚えてる?」

 

「……父に呼ばれて、エヴァに乗って、使徒と戦うところまでは、思い出せます…」

 

 そう語るシンジ君の顔は段々険しくなっていき、右手で右目を覆った。ダメージフィードバックがフラッシュバックしてパイロットに後遺症を残すという事は可能性としてあったけれど、シンジ君は今まさにその状態にあるのかもしれない。担当医の話だと目覚めた時は叫びながら右目を両手で押さえて痛いと訴えていたから鎮痛剤と鎮静剤を投与して落ち着けた様だし。今はこれ以上この話題を続ける理由はない。

 

「そう。なら結構。今は休みなさい。明日からリハビリになるわ」

 

「はい……」

 

 そうして面会は終わった。こういった役目はミサトの方が適任でしょうけれど、初陣でパイロットをダメにしかけた負い目で今は彼に会い難いようだから仕方がない、か…。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 リツコさんとの面会を終えて一先ず記憶の整理をつけられた。

 

 第三使徒サキエル戦は特に何事も変わること無く終わった様だ。

 

 他人の記憶を覗くようで気が引けるものの、取り敢えず碇シンジの記憶を紐解けば、強烈に残っているのはやはり父に捨てられたという記憶だった。そこから先生家族との暮らしもあまり馴染める事もなく、友達も居ないどころか味方さえ居ない様な私生活は見ている此方が病みそうなものだった。

 

 そんなある日に届いた父からの手紙。手紙というには手紙とも言えないただ一言殴り書きで『来い』と書かれた紙。父からの手紙に期待を寄せ、開けてみれば裏切られた様な気持ちになって衝動的に手紙を破ってしまう。それでもその手紙を直したのは、そんな手紙でも父からの物だったから。

 

 本当に不器用だ。見た目は母親譲りなのに内面は父親譲りなのが碇シンジという人間なのだろう。

 

 それでも、怪我をしている女の子を戦わせるくらいなら自分が行ってやると決意を抱く程度には男の子なんだと思わせられる。αシリーズの頼れるシンジさんとか好きだったっけな。

 

 問題は、そんな碇シンジに自分が成り代わってしまっている点だ。

 

 その手の話はエヴァの二次創作が盛んだった2000年代初頭に色々と読み漁った記憶があるし、20年経った今もなお使われる手法だが。そんな状況に自分が陥るのは正直勘弁願いたい。新劇にしろ旧劇にしろ、この世界は救いが無さすぎる。それこそTV版のおめでとうENDでも目指せと言うのか。

 

 自分がエヴァと出会ったのはまだ幼稚園の頃か。両親がビデオにダビングしてて、リアルで見たのは零号機が自爆する回だったか。そしてエヴァの映画がやるってんで両親にせがんで見に行った旧劇で無事トラウマを刻んできた。未だに弐号機がバラバラにされるシーンは1人ではあまり見られないし、旧劇自体進んでみれない。その点貞本エヴァは巧くグロくならない程度に納めてくれて読み直すのも苦じゃない。ただ戦自突入時のシーンはアレだけれども。だから序と破は見返せるけども、Qはそんな旧劇っぽい怖さを彷彿させるからちと苦手だったりする。未だに旧劇のシーンを夢に見て魘されるとかマジのトラウマになってるんだよ。

 

 ただそれでもエヴァの戦闘シーンとかカッコいいとか子供ながらに思っていたし、中学校の頃とかは狂った様にSSサイトというか、FFサイトとか考察サイト巡りしてた。

 

 そんなエヴァの世界にやって来る系のSSとかも書いた記憶はあるものの、いざ実際当事者になるのはノーセンキューだ。

 

 何処をどう頑張ってもDEAD ENDなこの世界で何を頑張れば良いのか。特殊能力持ちのスパシン(スーパーシンジの略)であるわけでもない。シンジ君の代表的な台詞は「逃げちゃ駄目だ!」だけどめちゃくちゃ逃げたいですはい。

 

『良いわね? シンジ君。最初と同じ様にただ座ってリラックスして、肩の力を抜いていてちょうだい』

 

「は、はい…」

 

 目が覚めて3日。身体に問題は無いとして病院は退院できた。ただ、ミサトさんは現れなかった。リツコさんに訊ねてみれば、気不味くてシンジ君に会い辛いらしい。

 

 そりゃ、初陣で何も出来ずに戦わせた子供が植物人間に成り掛けたなんて相手とどう顔を合わせれば良いのかなんて判らないもんだ。その辺気にしないでズカズカ来そうなミサトさんではあるものの、人との付き合いに不器用だからなミサトさんてば。

 

 なんで、今のところ自分の監督役はリツコさんになっている。記憶をほじくり返せば、リツコさんがミサトさんを迎えに来たときに「葛城一尉」と呼んでいるから、この世界は旧劇で良いんだろう。正直映像は映えるけどえげつない新劇の使徒と戦うことにならないことにホッとした。ただだからといって旧劇の使徒が弱いわけではなく、さらに旧劇ならラストに待つサードインパクトをどう乗り越えれば良いのかという思考に囚われる。

 

 逃げたいけれど、逃げたところでどうにもならないし。自分が居なくともアスカを依り代にサードインパクトを起こすことだって出来るらしい。

 

 つまり逃げても無駄。逃げれば確実にサードインパクトが起こってしまう八方塞がり。だからサードインパクトをどうにかするなら逃げずに立ち向かうしかない。ホント、クソゲー極まりない。

 

 その第一関門。初号機とのシンクロテストに挑む事になった。

 

 見た目は碇シンジでも、中身は全くの別人がエントリーして無事にシンクロしてくれるのだろうか?

 

 まさか初号機の中に居るユイさんに「コレはシンジじゃない! シンジはドコ!?」なんて感じに拒絶されて最悪暴走だなんて眼も当てられない。だからプラグスーツを着てエントリープラグのインテリアに座ってから緊張感で落ち着かない。リツコさんが肩の力を抜けと言ったのもその為だろう。

 

 プラグスーツ着用時のシンクロ率測定も兼ねているため、実機への直接エントリーになる。

 

 零号機が再起動実験とかしていた白い実験設備棟での起動になるため、最悪の場合は零号機と同じ様に止められるかもしれない。

 

『プラグ固定完了、第一次接続開始』

 

 真っ暗だったエントリープラグ内に光が点る。ただまだ虹色のプラグ内が見えるだけだ。

 

『エントリープラグ、注水』

 

「っ!」

 

 足元から赤い水が上がってきて、それから逃げようと反射的に身体が動く。だが背中は既にインテリアの背もたれにぶつかっていて逃げ場はない。

 

『…大丈夫。前にも説明したけれど、肺がLCLで満たされれば、直接血液に酸素を送ってくれます。直ぐに慣れるわ』

 

 ゴボッ──。

 

 頭で判っていても意図的に溺れるなんて生理的な恐怖がある。それでも意を決して口の中の空気を吐き出して、うがいをする様に肺の中の空気を出してLCLを取り入れるけれども、鼻は痛いし、気道に液体を取り入れるなんて事をしたから喉や胸が本当に痛い。血生臭いLCLを取り込むのも正直気持ち悪い。初搭乗でゲンナリしていた、さらには貞本エヴァでは死ぬとまで言っていたシンジ君の気持ちも分からなくはない。これは確かにしんどい。本当に慣れるんだろうか。

 

『第二次接続開始』

 

『了解。主電源接続問題なし。動力伝達』

 

『リスト150までクリア。A10神経接続問題なし。双方境界線開きます』

 

 いよいよエヴァとのシンクロが始まる。肩の力を抜いて、抜いて、抜いて……、温かい何かに包まれる感覚があった。

 

 それはまるで、誰かに抱かれている様な心地好さがあった。

 

「え……? うっっ」

 

 ただその感覚が急に離れて、不思議に思った次の瞬間、身体を通り抜ける凄まじい嘔吐感を口を押さえて堪える。

 

『第三ステージに異常発生!』

 

『シンクログラフ反転! パルスが逆流しています!!』

 

『実験中止!! 電源を落として!』

 

 制御室の慌ただしい声が聞こえてくる。

 

「……やっぱり、ダメなんだ……」

 

 見通しが甘かった。並み有るSSやFFで碇シンジに成り代わったり入れ替わったり憑依したり、兎も角そんなジャンルの物語では初号機に問題なく乗っていた数多の碇シンジ君(仮)たち。

 

 自分も同じ様に乗れるものだと思っていた。でもダメだった。途中まで上手くいっていたものの、初号機は──ユイさんは騙すことが出来なかったらしい。ダミーシステムで動かなかった初号機の様に。自分では初号機は動いてくれないらしい。

 

 どーすんのよ、コレ。

 

 

 

 

つづく。



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不安、詰み上がったあと

良い感じですらすら書けたから投稿しちゃうんだぜ。でもナーンかリツコさんのキャラが崩れてそうだけど勘弁してね、勝手にこうなってるから。


 

 EVA初号機起動実験失敗。その事実はリツコを震撼させた。

 

「(何故? シンジ君を受け入れないというの? それとも、戦いから遠ざける為?)」

 

 EVA初号機がパイロットを拒絶する等想定外だった。なにより一度は受け入れた実の息子を拒絶する理由も原因も、リツコには思い当たらなかった。その中で仮説として浮き上がったのは、息子であるシンジを戦いから遠ざける為。

 

 初号機が暴走したのは乗っている息子を守る為。だが、戦闘終了後のシンジのバイタルは危険値を示していた。脳波も微弱。その後の精密検査で脳細胞に異常は無かったが、それでもシンジは一週間眠りつづけた。

 

 パイロットであるシンジとシンクロした事でその事を彼女が知ったとしたら、もう傷つくことの無いように遠ざけるという選択肢も頷けた。

 

 再度起動実験を行いたいものの、制御室に居るスタッフは零号機の起動実験も担当していたから及び腰だ。今回暴走はしなかったものの、次は無いと言い切れない。結局、起動実験は中止。エントリープラグから上がったシンジは心此処に在らずと言った雰囲気だった。

 

「シンジ君、大丈夫?」

 

「え? あ、はい……。大丈夫、です。はい…」

 

 あまりハッキリしない返事に怪訝に思う。まさか精神汚染でも受けたのかとも可能性が過る。

 

「今日はもう休んで良いわ。次の指示は追って連絡します」

 

「はい……。それじゃ、上がります」

 

 とぼとぼと生気の無い背を浮かべて歩いていくシンジの姿を見送る。その姿を心配するという気づかいよりも、込み上げるのは愉悦感だった。

 

 初号機が息子を拒絶したとあの人が知った時はどんな顔を浮かべるのだろうかと考えながら、リツコは報告を上げるために司令執務室へと足を運んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう────。

 

 頭を過るのはそれだけだった。

 

 初号機に乗れないなんて聞いてない。知らない。どうすれば良いのかわからなくなった。

 

 前後不覚でどうやって部屋に戻ったのかすらわからない。プラグスーツも着たままだった。

 

 サキエル戦から一週間半。あと一週間半で第4使徒シャムシエルがやって来るのに──。

 

 戦えない? 戦えないとどうなる? シャムシエル戦の時はまだレイの怪我も治ってない。今の初号機ならレイはシンクロ出来るのだろうか? アスカはまだドイツで実証評価試験中だし。え? なに、詰みじゃん。

 

 ベッドに座って顔を両手で覆いながら思考を巡らせる。

 

 今の自分は物凄く酷い顔をしている事だろう。それこそ精神崩壊したQのシンジ君張りに。

 

 もう一度初号機とシンクロする?

 

 保留。次は最悪暴走する危険があるかもしれない。

 

 初号機はレイに乗って貰って戦って貰う?

 

 保留。怪我をしたレイが何処まで戦えるか判らない。それに貞本エヴァのサキエル戦ではマトモに戦えてなかったし、シャムシエルの光の鞭はさらに難易度が高いだろう。追い詰められて暴走したシンジ君の捨て身の特攻がある意味最適解に思えるが、同じ様な戦いがレイに出来るとは思えない。

 

 零号機に自分が乗って戦う?

 

 保留。TV版でも零号機への機体互換テストで確か零号機とシンジ君はシンクロしたら暴走したはず。

 

 そもそも零号機は現在凍結中だ。今から凍結解除をしてシャムシエル戦に間に合うとは到底思えない。

 

 だからシャムシエル戦はどうあっても初号機で戦わなくてはならない。初号機を自分が動かせないのなら必然的にレイしか戦えるパイロットが居ない。

 

 どうしたら良いんだ。どうすれば良いんだ。

 

 そんな思考が巡り廻る。

 

「こんなの、聞いてないよ……」

 

 絞り出せた言葉はただそれだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「初号機がサードチルドレンを受け付けんとはな。どうするつもりだ、碇」

 

 サードチルドレン──シンジが目覚め、本日の起動実験は何事もなく終わるはずだった。しかし蓋を開けてみればとんでもない事実が飛び込んできた。

 

 先の使徒襲来と初号機の暴走により動き始めたシナリオがいきなり頓挫しかねない状況に陥っていた。

 

「問題ない。レイを初号機に乗せて対応する」

 

「レイを初号機に? あまりにも危険ではないか?」

 

 初号機は第二使徒リリスのコピーであり、レイにはリリスの魂が宿っている。初号機にレイを乗せる事は初号機がリリスとして覚醒する危険性を孕んでいる。確かにサードチルドレンが使い物にならなければ緊急措置としてレイを初号機に乗せるシナリオもあるが、危ない橋を渡る必要はない。

 

「アレが使い物にならないならまだしも、今回は初号機の側に問題がある可能性が高いと赤木博士は推測していた」

 

「確かに、先日は問題なくシンクロしていたのならば今回がダメだという理由は機体側かパイロット側にしかあるまいが、サードチルドレンが無意識で初号機を拒絶したとも限らんぞ」

 

「アレにそこまでの気概が要る事が出来るとは思えん。今はエヴァに乗ることがヤツが此処に居られる理由だ。その役目を放棄するとも思えん」

 

 冷静に分析する様に息子の事を評する父親の不器用さに溜め息が出そうになる冬月だったが、それとこれとは別として、レイを乗せるとしても現状の怪我を負っている彼女が満足に戦えるとは思えない。最悪また初号機の暴走に賭けるか。いや、それはあまりにも博打が過ぎる。最悪その場でサードインパクトが起きる危険性が無いとは言い切れない。

 

「零号機の凍結解除は出来んか? 或いはドイツから弐号機を呼び出すか」

 

「今は痛くもない懐を探られるのは気に食わん。零号機を凍結解除、レイを零号機に乗せるか、それとも零号機にアレを乗せるかだな」

 

 なにしろまだ第3の使徒を倒したばかりだ。コレから先第17使徒までの14体の使徒を倒さなければならないのだ。

 

「ダミーシステムもまだ理論段階ともなれば、今居るパイロットに頑張って貰わなければならんか」

 

「いずれにせよ、保険は必要だ。冬月、直ちに零号機凍結解除の打診と硬化ベークライトの破砕作業を始める。それと、レイと初号機のシンクロテストもだ」

 

「全ては使徒を倒してからか……」

 

 次なる使徒はそう遠くない内にやって来ると死海文書には書かれている。ならば次なる使徒への備えは出来得る限り整えなければならないのも確かだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「学校……、ですか?」

 

「ええ。いつまでも地下に缶詰めじゃ、息が詰まるでしょ? 気分転換も兼ねて行ってらっしゃいな」

 

 リツコさんのデスクに呼び出された自分に告げられたのは、学校への転校の話だった。

 

 エヴァに乗れない。そんな衝撃的な事実を受け入れられなくてこの数日マトモに眠れてない自分に降って湧いたそんな話を喜べる程の余裕は無かった。

 

「学校というコミュニティーで築かれる友好関係と言うものは貴重よ?」

 

「それは……」

 

 わからなくもない。シンジ君には友達と呼べる相手は居なかった。だが、自分には少なくとも学生時代には居た。大人になってからは殆ど連絡も取れなくなって久しいものの、それでも友達という存在が学校生活に彩りを添えてくれていた事は確かだった。

 

 ただ絶賛エヴァに乗れない事実に打ちのめされている自分は、とてもじゃないが学校なんて行ける様な状態じゃない。

 

「エヴァに乗れないことを気にしているのでしょうけど、今は考えても仕方がないわ。だったら少しでも建設的な生活を送る方が有益よ?」

 

 そうリツコさんは言うが。自分にとってはエヴァに乗れないなんて死活問題を放置して勉強に行ける程能天気でもないし、時間もあと一週間しか残されて居ないのだ。現状の打破に学校なんて関係ないのだから、学校へ行くなんて無駄な時間を浪費している暇さえ惜しい。

 

「……今、碇司令の命令で零号機の凍結が解除されているわ」

 

「…零号機?」

 

 リツコさんからそんなことを伝えられて、素直に首を傾げられた。零号機の凍結解除はもう少し先の事では無かったか?

 

「その零号機なら、或いはシンジ君も乗れるかもしれないわ」

 

「ホントですか!?」

 

「え、えぇ、おそらくだけれど……」

 

 エヴァの第一人者であるリツコさんにそんな可能性を示唆されれば希望が持てる。感極まって思わず身体を乗り出してしまう。そうすると対面に座っていたリツコさんの顔に自分の顔を付き合わせる事になる。ほんのりと頬を朱くするリツコさん。いやごめんなさい、近すぎましたね。30と言われてもそう感じさせないキレイな顔だと思ったのはナイショである。

 

「少しは元気になったみたいね。それで、どう? 学校も行く気になってくれたかしら?」

 

 学校──それを聞いて思うのは、トウジの事だ。

 

 サキエル戦は全く変わること無く消化されているということは、暴走した初号機とサキエルの戦闘に巻き込まれて妹が怪我を負っているはず。シンジが学校でエヴァのパイロットであることを明かさなければ殴られないとは思うのだけれど、なんというか、自分がやったことじゃないのに気が引ける。ただ学校についてリツコさんが話してくれているということは転入届けとかの書類関連はリツコさんがやってくれているのかもしれないし、こうして話しているけれどこの人は結構忙しい人なのは間違いない。もしかしたらそんな事務処理は他の担当者が居るかもしれないと考えるのは穿ち過ぎ? それともリツコさんがやってくれたと思うのは考え過ぎ?

 

 なんというか、少しだけホッと出来る情報を渡されたからか、フル回転していた思考が余計な方面に流れ始めた。

 

「何時にするかはシンジ君に任せるわ。今は自分を休ませることが最優先ね」

 

「え、えぇ、はい……」

 

 エヴァに乗れるかもしれないと言われたからか、急に眠気がドッと押し寄せてきた。初号機の起動実験から今日まで3日、マトモに眠れていなかったからだろう。

 

「ぁっ、あれ…?」

 

 椅子から立ち上がろうとしたら、立ち上がれなくて腰を落としてしまう。

 

「心配性なのは結構だけれども、自己管理はちゃんとしなくてはダメよ? あなたはエヴァのパイロットなのだから」

 

「は、はい。すみません……」

 

 「動けるようになるまで少し仮眠しなさい」とリツコさんに言われて、イスに座って瞳を閉じれば速攻で意識がストンと落ちた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 椅子から立ち上がろうとして立てなかったシンジ君をそのまま寝かせてしまった。背骨や腰に負担が掛かるでしょうけど、あのまま帰して部屋までたどり着く前に通路で寝てたなんてオチになるよりかは良いでしょう。

 

「なにをそんなに思い詰めているんでしょうね、この子は」

 

 初号機の起動実験のあとマトモに眠れていないのは監視カメラの映像でわかっている。なにやらぶつぶつと呟いていたけれど、声が小さすぎて音声は拾えていない。ただ目元の隈からして明らかに寝不足であるのは見て取れる。

 

 初号機に乗れなかったことがこの世の終わりのような顔をしていた彼。零号機に乗れる可能性があると伝えると僅かな希望に縋るような真っ直ぐな瞳を眼前で向けられて不覚にも恥を晒してしまった。間近で見ると案外愛らしい顔なのね、彼。

 

 今も何処か安心したように安らかに眠っている。あの様子だとこの数日マトモに寝付けて居なかったのが此処に来て懸念事項が解決しそうということで張り詰めていた糸が切れてしまったのね。

 

「エヴァに乗ることが、自分の所在を確かめられる唯一の方法……。そうなるのには些か早すぎるとは思うけれど」

 

 シンジ君の様な性格であれば先の使徒戦からエヴァに対して苦手意識を持ってもおかしくはない。しかし実際は初号機の起動実験の時もすんなりと乗ることを受け入れてくれたし、今も零号機へと乗れるかもしれないと知るとその事で生気を取り戻しもする。

 

 ヒトはロジックでは計れないとは言うけれど、予測とは少し違う予想外の反応を見せるシンジ君を少し不思議に思う。何がどう不思議に思うのかはわからない。報告書で知る限りの彼と、今の彼は違いが無いように思えるけれども、他人に対するスタンスが少し違うようにも思えてくる。

 

 内向的で他人と一定の距離を保ち、深く関わろうとしないはずのシンジ君。それは今もあまり変わらない。通路で行き違う職員に挨拶されれば返す程度で積極的に絡みに行かないし、自発的に挨拶はしない。されたから返す程度の一般的な表面だけの付き合いに見える。それでも心を許している相手には素直に自分を曝け出している傾向がある。その相手が今のところ関わる機会が多い自分一人ではあるのだけれども。

 

 それに少し優越感を感じている自分が居る。対面に座っているシンジ君は努めて此方の顔を見ているけれど、気を抜くと度々視線が胸元や組んでいる足元に行くのは健全な思春期の男の子として当然の事かもしれないし、それがまだそんな歳の子にそんな視線を向けられていると思うと悪い気はしない。自分を女だと、そんなことまで意識する。いいえ、あの人の子だからそう思うのだろうか。

 

 シンジ君が初号機とシンクロ出来ないと報告した時のあの人のサングラスに隠された瞳が僅かに見開かれていたのは今思い出しても良い気分になれる。シンジ君が初号機に乗れないのならあの人のシナリオは破綻する。それでもレイを乗せてシナリオを続けるらしいけれども、果たして何処まで修正が利くだろうか。

 

 取り敢えず、今はシンジ君の転入届けを書き上げてしまうのが先ね。学校の事で意識を割いたということは行きたくはないと言うことで、他人の言うことには大人しく従うのがシンジ君の処世術であるのだから、学校に行けと言われれば行くでしょう。ネルフに優秀な家庭教師は居るけれど、学校生活でなければ育めないものがある。

 

 彼を追い詰めて贄とするのがシナリオでも、喪うものがなければ育めないものがある。

 

 それでも得難いものがあるはずだと矛盾した事を考えるのは少しこの子に絆されているのだろうか。

 

「どうなるのかしらね、この先……」

 

 兎も角こんな早くに番狂わせ的にシナリオは歪んでしまったのだから、ある意味博打の様な楽しみもある。

 

 頬に手を添えて撫でてあげると擽ったがって身を捩る。ちょっと猫っぽい。

 

「さて。仕事に戻りましょうか」

 

 意外と触り心地の良かった肌を惜しみながら、若さの差という浮上した思考を追いやる様にデスクに向かった。

 

 シンジ君の転入。レイと初号機の起動実験。零号機の凍結解除工事。シンジ君と零号機の起動実験。考えただけでやることが目白押しだ。

 

 

 

つづく。



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男の喧嘩

トウジとの関係どうしようかなんてまったく考えつきませんでした。




 

 学校の校舎の中庭。そこで対峙するのは強面のジャージ姿の男子と、眼鏡を掛けた男子。

 

 結局、学校には行くことにした。義務教育だし。ちょっと第一中学校を見てみたいなんていうミーハーな所もあった。なんてたって全部本物のエヴァ世界、第3新東京市の何処を歩いても聖地巡礼のランラン気分だ。

 

 そう思っていないとそわそわして落ち着いていられない。

 

 ちなみに第二次初号機起動実験も行われたが、やはり双方境界線を開いていよいよシンクロするという所で拒絶される。ユイさんはシンジであると認識して最初は寄ってきてくれるが、シンクロ段階でやはり別人だとわかってしまって拒絶されてしまうらしい。

 

 今週の金曜日、もうあと2日後であるけれども、レイと初号機の起動実験が予定されている。零号機の凍結解除もその日になるらしく、その日の午後に自分と零号機の起動実験が組まれている。

 

 かなり詰め込まれているスケジュールだが、二回目の起動実験にも失敗して上層部もなりふり構っていられないんだろう。現状エヴァを動かせるのは重傷のレイただ一人。初号機にレイを乗せるのは碇ゲンドウや冬月先生もあまり乗り気では無いのだろう。でなければこんなにも早く零号機凍結解除と起動実験が実現するわけがない。

 

 問題は、零号機と自分がシンクロ出来るかどうかだ。

 

 零号機はレイとコンビであるからああも普通にシンクロ出来るものの、零号機はリリスのコピーであり、魂の入っていないエヴァである。リリスの魂を持つレイであるから零号機を動かせるのだ。

 

 相互互換実験の時に暴走したのは魂の無い零号機がシンジ君を取り込もうとしたからだ。

 

 つまり自分が零号機と接触すれば、最悪取り込まれる可能性大である。なにそれ、ふざけてるの?

 

 乗れるかもしれないと言われて喜んだのも束の間。そういえば零号機って……と考えて思い出した結果、零号機の抱える爆弾を思い出した。

 

 もうなんで。普通こういうのってエヴァに乗るのに不自由することなんて無いはずなんじゃないのかな。

 

 そんな現実に打ちのめされて憂鬱な気分を晴らす事も含めて学校へとやって来た。

 

 ただ初日から呼び出されるなんて思ってもみなかった。

 

 碇くんってロボットのパイロットなの? Y/N

 

 てな感じのチャットは飛んでこなかったんだけどなぁ。ケンスケが居る時点で大方の予想は付いたけれど。

 

「悪いなぁ転校生。ワシはオマエを殴らなアカン。殴っとかな気が済まへんのや」

 

 そう言った黒ジャージの男子──鈴原トウジの拳を手の平で受け止める。

 

「なっ!? なに受け止めとんのやキサン!」

 

 中々痛かった。確かにエヴァの暴走で崩れた瓦礫の下敷きになって妹さんが怪我を負ったのは同情する。でもそれは自分には関係の無いことである。それは初号機のやったことで、シンジ君だって訳もわからず戦わされて他を気にしてる余裕なんて無い。だからその拳を受け止めるのが最大限の義理だ。

 

「殴られる理由が僕にはないよ。いきなり殴られるんだから抵抗くらいするさ」

 

「っ、じゃかしいっ!! キサンが足元よぉみぃひんで暴れよったからワシの妹が瓦礫の下敷きになって今も病院で入院しとってんや!!」

 

 受け止められて掴まれた拳を振りほどくトウジ。わかっちゃいたけどシンジ君、力も貧弱である。簡単に振り解かれてしまった。

 

「…僕だって、わけわからない内に気づいたら病院のベッドの上だったんだ。僕には君に殴られる理由がない」

 

「なんやとォ!! 上等や!!」

 

 そう、自分にはトウジに殴られる理由がないのに殴られてやる理由なんてこれっぽっちもない。

 

 まぁ、被害を被っていて妹思いのトウジに通じるわけないし、言葉で納得させられる事も出来ない。じゃあ、どうする?

 

「くっ…たあっ」

 

「ぬがっ!! こン、チョロチョロしよってからにっ、正々堂々と向かってこんかい! それでもタマァついとンのか!?」

 

「知るかバーカ!!」

 

 もう色んな事に行き詰まっていてどうしようもない感情をトウジとの喧嘩にぶつけるなんて。我ながら情けない。これでも一応ミサトさんの2つ下なんだけどなぁ。

 

「あがっ!! ったいなァ、こンちくしょーーーー!!!!」

 

「いがっ!! ぬご、ごほっ、ゲホッ、な、なかなか、ええパンチしとるやないけぇ……」

 

 肩で息をするトウジ。自分も息は上がっているが、ノーガードのトウジよりもカウンター狙いの自分の方がまだ少しダメージは浅い。今はトウジの突き出した拳を腕でガードしながら懐に飛び込んで、膝蹴りを腹に見舞ってやった。さすがにやり過ぎかとも思ったが、まだまだトウジの目は死んじゃいなかった。

 

「けどなぁ、ここで倒れたらワシは妹に顔向け出来へんのやァ!!」

 

 なーんか自分がトウジの事を虐めてるみたいでめちゃくちゃ気が引けてきた。それくらい自分はクールダウン出来たのだろうか。それでも殴られてやるつもりはない辺り自分は非情な人間なのか。いやいくらなんでも一方的に殴られるのはイヤだ。

 

 大人なら言葉で説明して宥めなければならないのに。自分はただ歳を重ねただけのガキなんだと溜め息を吐きたくなる。

 

「ぐは!!」

 

 なんか、もうこんな不毛なことをしているのかバカっぽくて殴られてやった。予想以上にトウジの拳は強くてそのまま倒れて後頭部とか背中とか打って一瞬視界が白に染まったけれど。──ショックでシンジ君が現れないかと期待したけどダメだった。

 

「フン! ざまぁみ晒せボケ!! 次は足元気ィつけて戦えや!!」

 

 そう吐き捨ててトウジは行ってしまった。

 

「あ、お、おーい、い、碇? 大丈夫、か?」

 

 ピクリとも動かないから傍観していたケンスケが近寄って来て此方を覗き込んできた。視線だけを向けてやると、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて肩を竦ませた。まぁ、旧劇のラストのアスカみたいに視線だけを向けたからおっかなく思われても仕方がないか。それくらい今の自分は表情が抜けてる自信がある。

 

 なんでトウジがシンジ君をエヴァのパイロットだと知ったのかと言えば十中八九このケンスケの仕業としか考えられない。ネルフの防諜がちと心配である。チャットが来なくても殴られイベントが発生した新劇でも多分そんな感じだったんだろう。本人は興味本位で調べたのかも知れないし。それをトウジに教えた理由はわかんないし、どうでも良いし。

 

「別に……」

 

 殴られて口の中を切ったのか、血の味が口の中に広がり始めた。はぁ、今日はリツコさんのコーヒー楽しめそうにないなこれじゃ。

 

「そ、それじゃあ、俺、行くから…」と行ってケンスケは逃げるように去って行った。まぁ、誰かと喧嘩して地面に横になってる奴の傍には居たくないよな。半分元凶のクセに……。

 

「なにやってんだろ……」

 

 そのままボーっと空を見続けていた。

 

「碇君? どうしたの?」

 

「委員長……?」

 

 耳に聞こえたのは2年A組クラス委員長の洞木ヒカリの声だった。

 

「って、どうしたの!? 怪我してる、立てないの? えぇっと先生? 救急車? ど、どうしよう!」

 

「…っ、ふふ、ははは……」

 

 地面に横たわっている自分に歩み寄ってきて、こっちの異変に気づいた委員長が慌て出す。それがおかしくってつい笑ってしまった。

 

「ちょ、ちょっと、笑ってる場合じゃないでしょ!? なんでこんなこと」

 

「うん。ちょっとケンカしただけ」

 

「ケンカって…」

 

 まぁ、転校初日でケンカなんてよっぽどの事がないと起こらない案件のひとつだろう。

 

「と、取り敢えず起き上がれる? 無理そうなら先生呼ぶけど」

 

「ううん、大丈夫。もう動けるから」

 

 なにより倒れてる此方は下から見上げる形だ。今は委員長も屈んでいるけれど最初はバッチリ見えてしまったので早急に起き上がる。

 

 中々良い拳をお持ちの様だ。まだ頭が重い。いや、後頭部から倒れて地面に打ったからだろう。

 

 身体は起こせても、まだ立ち上がれはしなかった。

 

「でもケンカなんて……。まさか鈴原と?」

 

「そこは黙秘で」

 

 答えを言っちゃった様な気もするけど、転校初日で注目の的の自分が教室からトウジとケンスケに連れ出されたのだから相手はごく少数に絞り込まれてしまう。

 

「ちょっと待ってて、ハンカチ濡らして来るから!」

 

 そう言って委員長は行ってしまった。残念ながら腰を上げることは叶わなかった。

 

 すぐに戻ってきた委員長が濡らしたハンカチを額に当ててくれた。ヒンヤリとしていて気持ち良かった。

 

「でも、なんで鈴原とケンカなんか……」

 

 委員長の中ではケンカの犯人がトウジで確定されているらしい。いや正解なんですけどもね。

 

「僕の所為で妹さんがケガしたんだってさ」

 

「サクラちゃんが? なんで」

 

「さてね。僕の所為にされても困るっての……」

 

 思い出すとムカムカしてきた。ひとつ深呼吸をして落ち着かせる。ホント、理不尽。

 

 委員長はまだシンジ君がエヴァのパイロットだと知らないと思うからお茶を濁す。全部ぶちまけた所で仕方の無い事なんだし。結局はこうしてトウジに殴られてトウジの気が済まないと終わらない鼬ごっこなんだろう。

 

「ハンカチ、ありがとう。楽になった」

 

「ううん、良いの。…あのね、碇君」

 

「ん?」

 

 楽になって立ち上がってズボンやシャツの土埃を払っていると、委員長に名前を呼ばれた。

 

「鈴原、確かにちょっと乱暴な所もあるけど、本当は優しいところとか良いところもあるから。その、嫌いにならないでというか」

 

 精一杯のフォローをする委員長だけれども、理不尽に殴られた自分はこれをどう受け取るべきか。

 

「……確かに、そうかもしれない。まぁ、間が悪かったのかもね」

 

 そうして自分を納得させるしかない。でないと今度は委員長に声を荒げそうだ。ホント、余裕が無いのはイヤだなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「転校初日からケンカなんて。意外とヤンチャなのね、シンジ君」

 

「向こうから勝手に吹っ掛けて来たんです。知りませんよまったく」

 

 学校から帰ってきたシンジ君は左の頬を腫れさせて、口許を少し切っていた。子供のケンカに大人が割って入るわけにもいかない。余程エスカレートしなければ諜報部には手を出さないように言ってある。それでも以前のシンジ君ならば抵抗するなんて勇気の要ることをしようとはしないと思っていたのだけれど。

 

 エヴァに乗れない事に対する焦燥感をケンカに振り向けたというところかしら。

 

「言葉で言っても通じなさそうな相手にどうしろって言うんですか。そもそも妹が瓦礫の下敷きになったのって僕の所為じゃないでしょう」

 

「そうね。あの時は初号機は暴走していたし。仮にそうでなくても対使徒戦に耐えられなかったシェルターの設計強度に問題があるのでしょうけれど、人間というのは目先の情報に囚われてしまう生き物なのよ」

 

「それで自分は殴られ損ですか。やってられませんよまったく」

 

 それを言うなら帰ってきて早々愚痴を聞かされる私の身にもなって欲しいのだけれども。それで鬱屈が発散させられるのなら、ここは年長者としての我慢処ね。まったく、パイロットのメンテナンスはミサトの管轄でしょうに。

 

 それでも、今のミサトにシンジ君をメンテナンス出来る程心を開いているとは思えない。二週間付き合ってわかったことは、シンジ君は人見知りが激しいと言うこと。これは報告書にもあるように他人とのコミュニティを築くのが苦手であると言うことからも見て取れる。ただ以前と今で変わっているのは、積極的に他人に関わることをしないはずのシンジ君は、今は自分が良いと思った相手には積極的に自分を曝け出す傾向にある。つまりありのままの自分を見せて、相手に自分を受け入れて貰おうとするという徹底的な違いがある。

 

 心境の変化、というには変わりすぎているように思える。

 

  ただ甘えてくる様な子だったら鬱陶しいと思ったかもしれないけれど、此方の機微を察して汲み取ろうとする大人の様な振る舞いもするから私も嫌うような事はしないのだけれども。

 

 まだ知り合って二週間だから、今のシンジ君は、自分はこういう人間ですと発信して、相手からの返事を受け取って距離感を計っている段階。そんな積極的なコミュニケーション力を前にすると、あのミサトじゃ尻込みしてしまうわね。一方的に相手に自分を押し売って相手の中に自分の居場所を無理矢理作るようなやり方は、シンジ君も苦手とするでしょうし。あの二人、相性が悪いのよね。それがエヴァパイロットとその指揮官。上司と部下であれば問題はないかもしれないけれど、私人として付き合えるのはいつになるのやら。シンジ君はミサトの事を気にしている様子もないから、ミサトからアクションを起こさないと今の関係は変わらないでしょうね。

 

「話は変わるけれど、そろそろエヴァの訓練を始めたいと思うのだけれども」

 

「え? でも僕、エヴァとシンクロ出来ませんよね?」

 

「インダクションモードのシミュレーションなら出来るわ。エヴァとのシンクロはしないから、ゲーム感覚にはなると思うけれど」

 

 やってみる?と視線を向けてみれば、力強く彼は頷いた。可愛い顔をして、こういう力強い男の子の目をするのよねこの子。きっと、クラスの女の子の人気者になれるでしょうね。もっとも、ちょっとだけ甘えん坊なところもあるのを気づける人は居るのかしらね。シンジ君、外だとかなり気張っているから難しいでしょうけれど。

 

 

 

 

つづく。



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対話、踏み出す時

どうやったら上手く書けるのかとか悩みながら書いています。やっぱりキレがない。


 

 殴られた左頬には湿布。切れた口の端にはワセリンを塗ってなんて姿で学校2日目の登校。教室に入った時にトウジの方をチラ見したら物凄い形相で睨まれていた。それもコッチが視線を寄越したと見るとそっぽを向かれたけれど。

 

「碇君、大丈夫?」

 

「うん。昨日はありがとう、委員長」

 

 わざわざ席を立って声を掛けてくれた委員長に昨日の礼を伝える。

 

 近くに居たクラスメイトがなんだなんだと視線を寄越したり聞き耳を立てて来るけれど、それ以上は何も言わずに自分の席に座る。

 

 自分の席から斜め前。レイの後ろ姿が見える。まだ腕のギブスは取れていないし、頭にも包帯を巻いている。そんな痛々しい姿を見ると、エヴァに乗れない自分を呪いたくなる。

 

 初号機に乗れない自分の所為で彼女は重傷を負った身体で戦わなければならない。ふと脳裏を過ぎるのは貞本エヴァで見た初号機に乗ってサキエルと戦ったあとのレイの姿。そしてシンジ君の記憶をほじくり返せば出てくる、苦痛に震えて荒い息を吐くレイの姿。

 

 学校に来れているくらいだからあの時よりはマシになっているのだろうけれど、それでもキズの治りきらない彼女が戦わなければならないことはほぼ確定している。その事実に自責の念に駆られそうになる。どうして都合良くエヴァに乗れる様にならなかったのかと。

 

 ……そう言えばまだ自分はレイと言葉を交わす処か自己紹介すらしていなかった事を思い出す。

 

 あまり会話らしい会話を出来る話題はないから単なる自己紹介で終わるだろうけれども一応声を掛けてみようと思った所で先生が入ってきたので断念した。

 

 授業中頬の湿布はどうしたのかという感じのチャットが飛んできた。授業に各個人にパソコンが支給されるのは先進的って感じで、時代を先取りしていた描写だけれども、授業中にこんなチャット送ってログとかには残らないんだろうか? 確か第3新東京市のネットワークはMAGIの監視下にあるんじゃなかったか? となるとケンスケの所業の幾ばくかはMAGIに筒抜けか。てか確かケンスケってアスカの盗撮写真撮って売り捌いてなかったっけ? 良く諜報部に取り押さえられないよなぁ。まぁ、ケンスケの冥福を祈る。シェルター抜け出した前科があるから監視対象になっていてもおかしくはないだろうし、それで捕まらないのは敢えて見逃されていたのだろう。監視付きは公然の秘密として極力普通の中学生活を壊さないように配慮があったのかもしれないし。その辺考え出したらキリが無いのであるし。フロム脳搭載してるとこういう無駄そうな考えも色々と考えるのは果たして良いのか悪いのか。

 

 取り敢えずスッ転んで打ち付けたと嘘で煙に巻く。真相を話してトウジを晒し上げたって仕方がないんだからこれで良いだろう。

 

 昼休みになってレイの席に歩み寄って声を掛ける。

 

「こんにちは。僕の事、覚えてる?」

 

「……ええ」

 

 返事が出るのに時間が掛かったのはシンジ君の事を思い出していたからだろう。レイからすれば初号機の第7ケイジのアンビリカルブリッジの上で会ってそれだけの相手なのだから。

 

「良かった。僕は……碇シンジ。よろしくね」

 

 思えばシンジ君になって初めて自分を碇シンジと定義して名乗った気がする。

 

 ネルフに居る時は殆ど自室に居たし、通路で擦れ違う職員と挨拶はしても名乗らなかったし、リツコさんとはシンジ君が自己紹介終えていたから改めて名乗ることなんて無かったし。

 

「ええ」

 

 そう返事をレイがすると会話終了。うん、どうコミュニケーションすれば良いのかてんでわからん。

 

「えっと、名前…、なんて言うの?」

 

「綾波レイ…」

 

 わかってはいたけれど、この頃のレイは基本聞かれれば答えるという受け答えスタイルで自分から何かを話すという事は殆どしない。とはいえそれを念頭に置けば一応会話を成立させることは可能……だと思う。

 

「じゃあ、綾波って、呼んでも良いかな?」

 

「ええ」

 

 やっぱりシンジ君から呼ぶならレイは綾波って呼ぶのが自然である気がする。シンジ君がレイを名前呼びするのはなんか違和感あるし。その辺イメージの押しつけなんだろうけど、いきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしいかもしれないし、この年頃の男子が女子を名前で呼ぶのは色々と周りがめんどくさいからこれで良いんだろう。

 

「…ケガ、大丈夫?」

 

 サキエル戦で初号機に乗ることを最初は拒否したシンジ君を乗せるために運ばれてきたレイ。その時サキエルの攻撃で第3新東京市の天井都市が崩れた衝撃で激しく揺れた第7ケイジでレイを乗せていたストレッチャーも倒れてしまい、そのショックで傷口が開いてしまった彼女。手に付いた赤い血が鮮烈にシンジ君の記憶に刻まれたのだろう。少し意識するだけでも鮮明に思い出せる。或いは自分の持つエヴァ知識が補正してくれるのか。旧劇はダビングしたVHSが擦り切れる程見返していたからなぁ。細々した台詞は厳しいけれど、大まかな内容は覚えているし、ゼルエル戦までは新劇の補完も入るから尚更色褪せることはない。

 

「ええ。日常生活を送る分には問題ないわ」

 

 それでも目の前に居るレイはテレビの向こう側の存在ではなく、手を伸ばせば触れられる相手なのだから、それを肝に銘じて相対する事を忘れちゃダメだ。

 

「そっか。なにか困った事があったら教えて。なんでも手伝うからさ」

 

「…それは、何故?」

 

 何気なくそう伝えたものの、何故と返された。今の彼女なら「そう…」と言われて会話が終わるかと思った。いや、それも勝手なイメージの押しつけか。

 

「……僕、アレに乗れなくなっちゃったから。だから、次はきっとケガが治ってない綾波に戦って貰わなくちゃならないと思う。……変だよね。こんなことで綾波を戦わせる事の罪滅ぼしなんて出来ないのに…」

 

 そう、罪滅ぼしと言ってしまっている時点で、これは厚意じゃなくて自己満足な偽善でしかない。

 

「そう…」

 

 そう言って此方に興味を無くした様にレイは学校の外へと顔を向けた。今はこれ以上の会話は難しいと判断して、自分の席に戻った。

 

 そう、ただの自己満足だ。

 

 どうして自分はエヴァに乗れないのだろうか。乗れるものならばいくらでも乗ってやる。

 

 乗れないから乗ってやると躍起になっているのも自覚している。でもやっぱり、あんなキズだらけの女の子を戦わせて、自分が見ているだけだなんて耐えられないからって言うのも……ある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後。三度目のエントリープラグ。

 

 CGで構成された第3新東京市の中で、EVA初号機とサキエルが再現されていた。

 

 つまり目標をセンターに入れてスイッチである。

 

 エヴァとのシンクロはしないが、エヴァがパイロットに要求すること。即ち思考制御・体感操縦を訓練できる。

 

 足や胴体なんかの動きは思考制御が大半で、腕は思考とインダクションレバーで半々といった感じだった。

 

 最初はただ突っ立ってパレットライフルを撃つ。照準マークが重なっても変な風に力んだりすると弾丸はあらぬ方向に飛んでいく。

 

 マシンガンみたいに数撃てば当たるパレットライフルならまだしも、スナイパーライフルなんか渡された日にはちゃんとしたエヴァでの狙撃訓練をしておかないと当てられる自信がない。思考(あたま)で動かすんだから簡単だろうと思っていたけれど、エヴァの操縦舐めてました。

 

 そして、何も知らない状態でエヴァに乗って戦うのも不可能と判った。つまりサキエル戦のシンジ君詰みゲーです。暴走させる為の前座とはいえ可哀想過ぎるわ。思い出せばサキエルにへし折られたり貫かれた痛みが甦ってくるから進んで思い出したくはないけど、相当な痛みだったのは間違いない。

 

 この日は実戦配備間近のパレットライフルを使った訓練と、既に配備されているプログレッシブ・ナイフを装備した格闘戦を訓練したけれど、ナイフ格闘なんてやったことないからどう動けば良いのか分からず、CGのサキエルの攻撃を避けてカウンターでコアにナイフを刺して撃破するという事しか出来なかった。

 

 プログナイフはB型装備の武器だけあって非常時の格闘戦用兵装だ。シャムシエルとサンダルフォン、サハクイエルを倒している上にスパロボなんかでも使われる武器だから活躍の多い様に思われているけれどあくまで非常用の近接戦闘兵装である。

 

 やっぱり対使徒近接戦闘用にはもう少し長物の武器が欲しい。だからソニックグレイヴやスマッシュホークなんかが開発されるんだろうけれど。

 

 所感としてそうした感想をリツコさんに伝えて本日は上がりである。E計画担当責任者だからエヴァ関係はリツコさんに丸投げするに限る。

 

 それにしても、一応訓練は見に来ているらしいミサトさんから何とも声が掛からないのはどうしたものか。

 

 初号機に乗れないから態々コミュニケーションを取る必要はないと思われていたらそれまでだけどね。

 

 ただそうするとどうしてリツコさんが自分の面倒を色々と見てくれるのかという理由が分からなくなる。

 

「シンジ君、今夜ミサトの所へ行くわよ」

 

「ミサトさんの所、ですか…?」

 

 午後のコーヒーブレイク。訓練を終えてプラグスーツから着替えて向かったのはリツコさんの部屋。未だネルフの中で行く場所は自分の部屋かリツコさんの部屋くらいしかない。ゲームじゃないのだから用事もないのにケイジや発令所に行く様な事も出来ない。それでも取り敢えず停電した時の土地勘を養う為にウロウロと探検はしているけれども。取り敢えずジオフロントからネルフ本部に入って発令所に行ける最短距離は覚えた。

 

 探せばターミナルドグマに降りる通路があるかもしれないが、迷子になると危なそうだから危険な冒険は避けている。

 

 訓練上がりにリツコさんが淹れてくれたコーヒーを頂いていると、手元のパソコンから視線を外さずに声だけでそんなことを告げられた。

 

「アナタの退院祝いをしたい。ということらしいわ」

 

「僕は構いませんけど。その口ぶりだとリツコさんも誘われたんですか?」

 

「ええ。ミサト、貴方と一対一で会うのが怖いのよ」

 

「へ? なんでまた」

 

 ミサトさんがシンジ君と会うのが怖い? 今一ピンと来ない理由だ。

 

「先の戦いの後、アナタは一週間も眠っていたのよ? 脳細胞にダメージは見受けられなかったとはいえ、初号機は顔面から頭部を貫かれるダメージを負った。作戦部長としての仕事は何も出来ず、そしてアナタを初号機へと乗せた一人の人間として、彼女なりに責任を感じて、アナタにどう顔向けしたら良いのか分からなかったのよ」

 

「だから僕になにも言ってこなかったんですか」

 

「彼女、ああ見えて繊細なのよ」

 

 仕事中はキリッとしていて、毎回能力の異なる使徒に対してぶっつけ本番になるのは仕方がないとして、有効な作戦を立てて勝利に貢献している彼女は、一転私生活はずぼらでだらしのない残念なお姉さんだが、それでも明るいキャラクターを持っている人である印象がある。しかしその明るさの裏側は確かにリツコさんの言う通り繊細で、人との距離感というのに不器用である一面も垣間見えたりもする。エヴァの主要人物は悉く人付き合いが致命的に不器用であるけど。……自分も他人の事言えんけど。

 

 つまり顔を見せ難い男の子を呼ぶのに気心知れた親友同伴である29歳。──普通それはどうなんかと考えるだろうが、ミサトさんの背景を識っているから、知っていれば頑張った方だというコメントが出る。

 

 サキエル戦の翌日にシンジ君の意識が戻らなかったらこんなことになっていたのかもしれないと思うとホントシンジ君運が良かったと言える。でなかったら独り暮らしは良いとして交流関係がちとヤバいのではなかっただろうか。ミサトさんがシンジ君に対して家でだらしなくてずぼらな所を隠したりしなかったから家族っぽい間柄に、ミサトさんの家がシンジ君にとっても帰る家になったから精神的にも大分救われていたのだと思う。でなかったらずっと精神的マイナスで目も当てられなさそうな酷い精神状態に陥っていたかもしれないし。家があって学校があって。家族や友達と過ごせていたから中盤のシンジ君の笑顔があったんだろう。それがアラエルから始まるアスカのリタイアやらアルミサエルによるレイの自爆とかで家族も家も大切な仲間も友達も失って、最後にトドメはカヲル君だ。

 

 繊細でなくったって心が壊れるわあんなの。

 

 思考が脱線した。とはいえ断る理由はない。ただ問題なのは、ミサトさんの部屋がどれほどヤバいのか。退院祝いと称して手作りカレーなんて出てきたら。折角の祝い事なのに見えてる地雷を踏みに行く罰ゲームだ。

 

 それでも自分が行くならリツコさんも来る。自分だけが地獄に踏み入るわけではない。赤信号も皆で渡ればという奴だ。旅は道連れ。毒を食らわば皿まで。リツコさん、今夜は付き合って貰いますよ?

 

 

 

 

つづく。



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3人の中の自分

いよいよミサトさんと対面だけれど、あんまりパッとしないかもかんも。ATフィールドが薄くなってデストルドーが急激に跳ね上がってきてパシャりたい気分の中でかいてたんでツマンナかったらごめんちょ。


 

 一息吐けたリツコさんに連れられてミサトさんの執務室へと向かった。

 

「ミサト、入るわよ?」

 

 ドアが開いて入って行ったリツコさんに続いて自分も部屋に入る。こう返事も待たないで気安く入れるのがリツコさんとミサトさんの二人の気安さを表しているようだった。

 

 こう気安い友達が居た記憶は、残念ながら最近はない。高校やら中学やら小学生の頃は居たけれど、社会人になってから親しい人なんて出来なかったからだ。その友達にしても社会人になってからは疎遠になってしまって、約10年は友達と呼べる相手なんて1人も居なかった。心を壊した引き篭もりぼっちの交遊関係なんてそんなものだ。親しい相手なんて家族だけだ。

 

 シンジ君の記憶は、──かなり悲惨だ。妻殺しの父親の子なんて言われて小学生の頃は虐められていたらしい。中学生に上がれば人との間に壁を作って遠ざけた。父親からの手紙が救いだったなんて哀しすぎる。

 

 そんな父親との再会は訳も判らずエヴァに乗るか、でなければ帰れだなんて問いだ。

 

 そして傷だらけのレイを見せられて、意を決して勇んで乗ったエヴァ。倒れて顔を打ち付けた痛みで、ロボットに乗って戦うなんていう高揚感は消し飛び、現実を叩き付けられ、そして痛みに喘いで逃げ出したくてどうしようもなかった。そこから先は頭を貫かれた激痛を残して記憶が途切れている。

 

 その後の知らない天井からは自分の意識で記憶が積み重なっている。

 

 今のところマトモに会話をする相手はリツコさんだけだ。

 

 自分はミサトさんとはどんな会話をすれば良いのだろうか。

 

 少なくともミサトさんはシンジ君の事を少しだけでも知っている人だ。

 

 ある意味シンジ君の事を知らないリツコさんだったから自分自身を偽ることなんてしなくて良かったのだと今更ながらに思う。

 

 そうか、だからミサトさんに会いに行かなかったのか…。

 

 薄情な人間だと自虐しながら、それでも作戦部長のミサトさんとエヴァパイロットのシンジ君は関わる関係にならないなんて不可能なわけで。腹を括ってミサトさんの執務室に入った。

 

「うわぁ……」

 

 最初に出た言葉はそれだった。まさに「うわぁ……」としか言い様がないくらいデスクを占領する書類の山。え? サキエル戦からもう3週間経つんですけど、書類片付け終わってないんですか?

 

「んげ、リツコ、シンジ君も連れてきたの!?」

 

「その方が効率的だからよ」

 

「だからってねぇ…」

 

 なんか見られちゃマズい物を見られたという表情をしながら、ジャケットに腕を通す途中で固まるミサトさん。

 

 あぁ、そうか。今のシンジ君はミサトさんのパーソナルエリアに身を置いていないから、この無造作に積まれてる書類の山とかの情けない的な所は見られたくないのか。

 

「リツコさんもそうですけど、ミサトさんも大変なんですね。お仕事お疲れ様です」

 

「え、えぇ、まぁ、ね …」

 

 気を遣ったつもりなんだけど、ミサトさんは歯切れが悪そうだった。

 

「気を遣わなくて良いわよシンジ君。取り繕ってもボロが出るだけだから」

 

「アンタねぇ…!」

 

 しかしそれをバッサリと切ったリツコさん。そんなリツコさんを恨みがましくミサトさんは睨み付けた。

 

「ムキになるのは心当たりのある証拠よ? どうせ部屋の片付けも出来ていないのでしょう?」

 

「うぐっ。鬼、悪魔!」

 

「パイロットの健康を守る為なら鬼にでも悪魔にでもなるわ。アナタの部屋、相変わらずなのね」

 

 どうやらリツコさんはミサトさんのマンションの部屋の惨状を知っているらしい。しかし健康を守る為という所で意味あり気にリツコさんは此方に視線を寄越した。

 

 まぁ、ミサトさんの部屋の惨状が原作ままな上にミサトさんの壊滅的な手料理を食べさせられるならここ(ネルフ)の天井都市のちょいお高いレストランの方が嬉しいかな? 確か良い雰囲気のバーかなんかあったはずだし、良いレストランもあるとは思う。

 

 そんな意を込めて頷き返すと、意を得たりとリツコさんは口許に弧を描いた。つまり此方の考えが伝わったらしい。まぁ、エヴァの修理に兵装の用意やあれこれやってるリツコさんの部屋は綺麗であるんだから、同じくらいの仕事をしているとしてこうまで乱雑に書類が積まれたミサトさんの私生活空間に突撃する勇気があるかどうかの確認だったのだろう。付き合いが長いリツコさんならミサトさんの壊滅的な手料理を食べたこととかあるんだろうし。解りやすくミサトさんの粗を口にするんだから、その意味を汲むのは簡単だった。

 

 つまり折角の祝いの席なんだから旨い物食べたいという自分とリツコさんの利害が一致した瞬間である。

 

「そ、そんなこと……ある、けど……」

 

「だったら上に良いレストランがあるからそこにしましょ。折角の退院祝いですもの。また病院送りになったら可哀想だわ」

 

「にゃんろめぇ…。そこまで明け透けに言わなくったって良いじゃないのよ~」

 

 そう言う時点でミサトさんは諦めたか、事実を肯定しているもんである。まぁ、識ってるんですがね。

 

 それでも険悪な雰囲気にならないのが親友なんだなぁと思った。

 

「シンジ君は何か食べたいものはあるかしら?」

 

「え? えっと…」

 

「遠慮なんて要らないわよ? 今回の主役はシンジ君だもの。好きなもの言っちゃいなさい♪」

 

 何を食べるかリツコさんとミサトさんに訊かれたわけだけれども、返答に少し困った。いや、遠慮なんてしなくて良いとは言われても、バカ正直に答えるのが正解なのは子供までだ。大人はこう振られても、逆に相手の食べたいものを聞き出すのが処世術でもある。

 

「えっと。…ミサトさんは何か食べたいものとかありますか?」

 

「アタシ? そうねぇ…」

 

「乗せられてどうするのよ…。シンジ君、こういう時は素直に自分の意見を口にして良いのよ?」

 

「は、はぁ…」

 

 上手く乗せられたかと思ったが、騙せないリツコさんにそう言われてしまった。リツコさんからするとシンジ君は子供扱いであるらしい。逆にミサトさんはその辺対等な扱いをしようとしているのかはたまた天然で乗っかったのか。ミサトさんの人間性を識っていても、まだ知ることは出来ていないからどう判断したら良いかわからない。

 

「そ、そうよ。ホント遠慮しなくて良いんだからね?」

 

 そう屈んで視線を合わせて此方を覗き込むミサトさん。リツコさんもそうだけど、生のミサトさんも綺麗な人で少しだけでもドキッとする。これでだらしのない私生活を知らなければ憧れの出来るお姉さんなんだろうけど。

 

「じゃ、じゃあ…。ハンバーグ、食べたいです……」

 

 取り敢えず無難に二人も食べれそうな物を上げる。ちょっと子供っぽいチョイスだっただろうか。

 

「うし。じゃあリツコ、店選びは任せるわ」

 

「問題ないわ。天然物100%で美味しいお店よ」

 

 確かセカンドインパクトで食物周りも大打撃を受けたのだったか。軽くシンジ君の記憶をほじくると、学校の社会科でそんな授業中を受けた記憶があった。

 

 海は青いから海産物全滅とまではならなかったらしいものの、セカンドインパクト後の混迷期に畜産から農作物まで幅広くのものが気候変動で大打撃を受けたらしい。常夏の日本になってしまったから冬とか秋とか春の味覚が一度全滅しかけたり、畜産業なんかは略奪やら徴収なんかで根刮ぎ持っていかれて消費と生産のバランスが崩れて天然物の肉類は今や贅沢品の類で。スーパーで売られている肉なんかは植物由来のと動物由来のハイブリッド人工肉であるらしい。食べたことはないけれど、シンジ君の舌曰くあまり美味しくないらしく、それを旨く調理するのがちょっとした得意分野らしい。まぁ、先生の所だと離れで独り暮らしだったから食事くらいは旨い物を作るのが数少ない楽しみだった、らしい。……マジでシンジ君不憫すぎひん?

 

 リツコさんが選んだお店は、まぁ大人向けの落ち着いた良いお店だった。値段は自分の知る物の倍近い値段でたまげた。これでも安くなった方なんだとさ。ヤック・デカルチャー。

 

 リツコさんとミサトさんの大人組は赤ワイン。自分は葡萄ジュースで雰囲気だけ合わせて乾杯した。中々深く甘く僅かに渋みのあるお高い味がした。

 

 運ばれてきたハンバーグも割けば肉汁こんもりで、口に運ぶのに苦労した。シンジ君、どうやら猫舌らしい。その辺自分も猫舌だったから分かるが。折角のアツアツで旨そうな肉を前にして一気に食らいつけないのはもどかしさもある。結局一口で食べてもあまり熱くないサイズに切り分けてチマチマ食べたのだけれど。いやホント美味しかった。

 

 ファミレスとかだったらわいわいガヤガヤしても問題ないのだろうけれど、こうした落ち着いた雰囲気のお店では自然と会話をするのは憚られる。だから食事中はほぼ無言。そして進むお酒。

 

 明日レイと初号機の起動実験。さらに自分と零号機の起動実験があるの分かってるのかなミサトさん?

 

 リツコさんが二杯目飲んでる所でミサトさんはまるでジュースみたいに飲んでもう五杯目だ。

 

「もう、飲みすぎよミサト」

 

 さすがにリツコさんのストップが入った。

 

「んなこたぁないわよぉ~。折角シンジ君の退院祝いなんだから楽しく飲んでもバチ当たんないわよぉ…」

 

 うーん、ホロ酔い以上本酔い未満って所かな。

 

「シンジ君もどぉ~? チョッチ飲んでみるぅ?」

 

 前言撤回。酔ってるわミサトさん。

 

「よしなさいよ。未成年なんだから飲めるわけないでしょ」

 

「かったいわねぇ~。ホンのちょこ~っとよ、ちょこ~っと」

 

「もう、良い加減にしなさいよ大人気ない」

 

 自分にワイングラスを押し付けながら寄り掛かってくるミサトさんは正直ワイン臭い。良い匂いとかする以前にワイン臭で上書きされて酷く残念である。それに呆れているリツコさん。でも絡まれるのが嫌で直接は助けてくれないのは薄情じゃないですかね? 酔ったミサトさんは面倒だから任せたって? いやそれは加持さんの役目で、加持さん居ない今のミサトさん係りはリツコさんですよね?

 

 視線を向け合い暗闘を繰り広げる自分とリツコさんの間ににゅいっとミサトさんが入ってきた。

 

「ちょっとぉ~。なんでふたりだけで見つめ合っちゃってるのよぉ。なんかいやーんな感じなんだけどぉ~」

 

「はじまったわね。こうなったらとことん面倒よ」

 

「はは。マジですか?」

 

「シンジ君ったらリツコばっかり構って。ワタシだって居るのにさぁ~」

 

 いや構う構わないとかそういうアレなのだろうか。というかミサトさんと関わった数時間よりも数週間関わってるリツコさんとの関係の方が深いのは当然の理であって、自然とリツコさんとの方が接しやすいのは仕方がないのではなかろうか。

 

「それはアナタがシンジ君とのコミュニケーションを怠ったからでしょう。自業自得よ」

 

「んなこたぁないわよぉ~。だから今こうしてスキンシップしてるんじゃない~」

 

「酒に酔って絡んでる様にしか見えないわよ」

 

 手に持っていたワイングラスから中身を一飲みして頬を擦り寄せたり身体を寄せたりとしてくる。いや全く、これがシンジ君だったら大変な事になってるんじゃないかなぁ。いや役得だけどね、ミサトさん胸おっきくて柔らかいし。ただその辺楽しみだすとリツコさんに睨まれそうだから涙を呑んで平常心保ってるけど。

 

「ミサトもこんな感じだし、今日はお開きにしましょ」

 

「あ、はい。でもミサトさんどうします?」

 

「そうね。車なんて運転出来ないでしょうし。シンジ君の部屋に泊めてあげてちょうだい」

 

「普通そこはリツコさんの部屋に送るのでは?」

 

「アタシの部屋よりも、此処からならルート的にはシンジ君の部屋の方が近いのよ」

 

 リツコさんの寝所公開とはならず。合理的な判断を下すリツコさんには従うしかないので、酔っ払ったミサトさんの肩を背負って自分の部屋に戻ることになった。それでも中学生ひとりのパワーで女性とはいえ大人を運ぶことは出来なかったのでリツコさんに手伝って貰ったのだけど。

 

 ひとり部屋で殺風景な部屋のベッドにミサトさんを寝転がす。シンジ君、ホント身体もやしっ子でパワーないのね。

 

「それじゃ、明日は起動実験があるから遅れないようにミサトを叩き起こしてあげてね」

 

「はい。まぁ、わかりました」

 

「結構。それじゃ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 そう言い残してリツコさんは行ってしまった。信用…されているという事だろうか。仮にも思春期の男子のひとり部屋に酔い潰れて無防備な親友を預けるくらいには。

 

「…………酒くさ…」

 

 ミサトさんの肩を背負って此処まで来たからか、少し汗臭い上に酒臭も移ってしまっていた。

 

 ベッドで寝るミサトさんを一瞥して起きる気配が無さそうだからシャワーを浴びる為に脱衣場に入った…。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「…結構、男の子なのね……」

 

 それは獣としてではなく、教育の行き届いているちゃんとした倫理観を持っているという意味でだった。

 

 普通あんな風に身を寄せるスキンシップをされたものなら男なら手を出してきそうなものの、彼はそんな様子を見せなかった。ただの酔っぱらいとして女として扱われていないのかと考えてしまうと悔しいものがあるので、まだ子供だからと納得しておく。

 

 シャワーを浴びている所に突撃してやろうかと思ったものの、それ程彼は自分に心を開いている様には……。それならどうしてリツコに言われたからとは言え、自室に自分を泊まらせるのを了承したのか。

 

 初めて会った3週間前はこんな風にコミュニケーション力のある子には見えなかった。それとも借りてきた猫の様に縮こまっていただけで環境に慣れてきた?

 

 マルドゥック機関の報告書には内気で内向的な子であると記されていたけれど。

 

 この3週間で彼が変わったとしたら、まさかあのリツコが彼を変えたというの?

 

 それこそまさかだ。リツコにそんな趣味は無いだろうし。でも彼はリツコには遠慮無しに接していた様に思える。

 

 わからない。エヴァに乗る意欲を持っていてくれるだけで今は良いとするのか。今の彼が、ワタシには理解が及ばない。初めて会った時とはまるで別人になってしまったような彼が。

 

 だから彼の部屋にやって来たわけだけれども、だからといって何がわかるわけでもなかった。

 

「…はぁ……」

 

 彼がシャワーから出てきた。どうする。起きるべきか?

 

「…ぐっすりって感じか……」

 

 ごそごそと音がしてベッドに体重が掛かる。脇の下に腕を回されてゆっくりと身体が上げられる。

 

「んっ、しょ。…こっからどう脱がすか……」

 

 え? いや。まさかねぇ。これは起きた方が良いのかなぁ~?

 

「ジャケットくらいかな。下はさすがに脱がすのはどうかだし…シワになってもそれはミサトさんが悪いんだし良いかな?」

 

 どうやら酔い潰れて寝てるワタシの服を気遣ってくれてるみたいだからヨシ。

 

 そこから軽く腕を上げられたりしてジャケットが脱がされる。ワイン飲んだから熱くて丁度脱ぎたかったのよねぇ。

 

「…ホント、どうしようもない人……」

 

 なんか今まさにシンジ君の中でワタシの株価が大暴落しているのが見える。いやね、ワタシだって色々忙しくてね? それに久々に美味しいワイン飲んじゃったから楽しくなっちゃってね?

 

「僕と会うのが怖い、ね…」

 

 ……たぶんリツコの入れ知恵ね。

 

 そう、ワタシはシンジ君と会うのが怖かった。それこそワタシは何も出来なかった。して上げられなかった。エヴァに乗るだろう事も承知していた。でもまさかあんな急にだとは思っていなかったけれども、そんなことは言い訳にしかならない。

 

 それでもワタシは彼をエヴァに乗せた。彼の事を使徒を倒す道具としか思わなかった。

 

 でも、先の使徒殲滅から一週間も寝たきりのシンジ君を前にして、初めてワタシは自分の罪に直面して、目が覚めたと聞いて、彼から逃げたのだ。自分は彼に逃げちゃダメだと言っておきながら自分勝手で不様な事だ。だからこのまま会わない方が良いとも思っていた。けれどもシンジ君はエヴァに乗る気で居る。初号機とシンクロ出来ないという原因不明の事態でもエヴァに乗るために訓練を受けた。……逃げなかったのだ。

 

 エヴァに乗れない。つまり逃げても許される理由が出来たのに、彼は逃げなかったのだ。

 

 だから、ワタシも、逃げちゃダメと言った手前、彼から逃げ続けてはダメだと自分を鼓舞して、退院祝いだと理由を付けて、ようやく会うことが出来た。

 

 ワタシなんかより強くて、芯のある彼が、少し羨ましかった。

 

「おやすみなさい、ミサトさん」

 

 脱がされたジャケットを掛け布団代わりに掛けられて、背中にあった彼の温もりが去っていく。咄嗟に手を伸ばしてしまって、それが彼の服を掴んでしまったのは失態だったか。

 

「……もう、しょうがないんですから…」

 

 まるで慈しむ様に優しく紡がれた声の後に、ベッドが沈んで隣に温もりが戻ってくる。

 

「寂しがりなんですよね、あんな風にオチャラケてても」

 

 なんか随分と見透かされているというか、自分の事を丸裸にされているようで小っ恥ずかしい気分になってくる。ホント、なんで手を伸ばしちゃったんだろうかワタシは。

 

「良いんですよ。甘えたって、逃げたって、良いんですよ……」

 

 そう言って髪を梳いて、頭を撫でてくる彼の手は、遠い昔に母親がそうしてくれた様に優しくて、気持ちが良くて、それに身を委ねて、意識は深く落ちていった。

 

 

 

 

つづく。



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悪夢と朝の散歩

少しはエヴァFFらしい事を始められるかなぁとは思いながら投稿。


 

 夢を見る。あぁ、今自分は夢を見ているんだとわかる時がある。

 

 空はまるで血のように紅い。

 

 そして住宅街を闊歩するエヴァシリーズ。しかしその大きさは人と同じくらい。

 

 その中で自分は息を潜めて物陰に隠れている。辺りには誰も居ない。なにか動くものを見つければヤツらが群がって平らげてしまうから。眼なんてないのにヤツらは物を見つけるのが上手い。ひとつでも物音を立てればまるで血に餓えたケモノの様に群がってくる。

 

 此処から逃げないと。でも逃げられない。何故なら脚が鎖で繋がれているから。

 

 鎖の物音ひとつ立てれば死ぬ。

 

 息を潜めていても煩いくらいに早鐘を打つ心臓の音が外に漏れないように必死で身体を抱き締める。

 

 場面が切り替わる。

 

 田舎道。左右には畑や田んぼが広がる。そんな道をひた走る。ヤツらに見つかった。

 

 背後から犬の様に、あるいは覚醒した初号機の様に、這うように、しかし人が走る速さで追い掛けてくるエヴァシリーズ。

 

 目の前に空から降ってくるエヴァシリーズを身体を捩ってその腕から逃れる。

 

 必死に走る。けれども脚は鉛のように重くて段々と追いつかれ、そして地面に押し倒される。

 

 振り返ればあのニヤケ面が幾つもあり、そしてその口が開かれ──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ッハ──!! ……はぁっ、…………はぁぁ……」

 

 久し振りに見た悪夢。幼稚園の頃に劇場で見た旧劇は無事にトラウマとなって、こうして時折悪夢を見せる。この夢を見る時は大概自分に余裕がない時だ。

 

 隣を見れば寝ているミサトさんが居る。

 

 ──一瞬過った思考を振り払って起き上がる。まだ自分とミサトさんの間に、そんな信頼関係はない。無論、リツコさんとも。

 

 結局自分はまだ、友達どころか気心を許せる他人すら居ないのだ。

 

 夢見の悪い気持ち悪さを抱えてベッドから起きる。そのまま気分を晴らすためにシャワーを浴びに行く。

 

 余裕がない。当たり前だ。もういつシャムシエルが来ても不思議じゃない。トウジに殴られた日に来ると思っていたけれども、そうじゃなかった。それでも今の自分にはどうにも出来ない。最後の希望は凍結解除された零号機との起動実験。同化される危険があるエヴァとのシンクロ。それを乗り越えられるか。

 

 思ったよりも窮している事態に自分でも気づかない所で精神的に追い詰められているんだろうか。

 

 追い詰められて居ないはずもない、か。

 

 この先どうなるのかある程度知っていて。そしてその事態に自分は最悪他人任せにするしかない。他人任せに出来るのなら気が楽になると思えない。エヴァに乗って当事者でいなければ最後は何も出来ずにサードインパクトを見送るだけか。或いは戦自の隊員に撃たれて死ぬかだろう。

 

 だったらエヴァに乗ってエヴァシリーズと戦える方がまだ気が楽だと思えてくる。それだって想像でしかない楽観的な物の見方をしているのかもしれないけれど、それでもやっぱり戦えないよりはマシなんだろうか。

 

 シャワーを浴びても沈み込んだメンタルは上がってこない。こんな事じゃダメだと自分を鼓舞しても、一度転げ落ちるメンタルを上げるのはそう簡単にはいかない。少なくとも自分はそうだ。

 

 悪夢を見た所為だろう。自分が碇シンジだなんていう夢見心地を急激に現実に叩き戻された気分だった。

 

 そして渦巻く破滅願望。どうにもならない現実から眼を背けて逃げ出した自分の唯一の救い。

 

 ダメだ。今はどうにも思考がデストルドーに侵食されてマトモな考えが思い浮かばない。

 

 バスルームから出て一瞬、ベッドで眠っているミサトさんを見るが、変な気を起こす前に部屋から出る。

 

 通路を歩いていても誰とも擦れ違わない。休憩スペースの自販機でコーヒーを買って、ジオフロントに出る。

 

 常夏なのに寒いと思えるのはこのジオフロントが地下にあるからか。

 

 ジオフロントは薄暗い。まだ太陽は出ていないらしい。

 

 適当な原っぱに腰を落ち着けて、買ったコーヒーを一気に呷る。

 

 ブラックであるから強烈な苦味と、ホットだから喉を焼くような熱さが駆け抜けていく。

 

「ふぅ……けぷっ……」

 

 それでようやく目が覚めるものの、ネガティブ思考は落ち着かない。こんな時に相談できそうな相手が居ないことが寂しくもある。

 

 加持さんとか居てくれれば、少しは気分も違ったのだろうか。

 

 自分の憧れの男性像はなんだと訊かれたら、先ず思い浮かべるのは加持さんだろう。それはエヴァの世界に居るからという理由ではなく、自分が自分であった頃。あんな風な渋いお兄さんになりたいだなんて憧れだったんだと思う。まぁ、現実には程遠い大人に育ってしまったわけだけれども。

 

 なんというか。大人の男の人の包容力みたいな所に憧れていたりしたのかもしれない。子供ながらの憧れだから上手く説明は出来ないのだけれども。

 

 甘えられる相手が居ないのは、結構しんどい。

 

「おや? こんなところで何をしているのかね?」

 

「え?」

 

 耳に届いたナイスシルバーな声を聞いて起き上がり、辺りを見回せばそこには冬月先生が立っていた。

 

「あ、いや、えっと…」

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。私は冬月コウゾウ、ネルフの副司令をしている。まぁ、碇の雑用係に近いがね」

 

「は、はぁ…。碇シンジです。父がお世話になっています」

 

 何をやっていたと訊かれて、特に何もせずにぼーっとしてただけなので返答に困っていると、自己紹介もしていない間柄なのを察して名乗ってくれた冬月先生。名乗られたなら名乗り返すのが礼儀である。立ち上がって名を名乗って会釈した。

 

「君は礼儀正しいな。ヤツにその爪を煎じて飲ませてやりたいよ」

 

「はは。そうでしょうか?」

 

 年上の人には礼儀を払うのが普通だと思っているから、礼儀正しいと言われても今一ピンと来なかった。父──ゲンドウに関しては自分からすれば赤の他人なので余計にだ。

 

「副司令は何故こちらに?」

 

「いやなに。出勤前の軽い散歩だ。司令職というのは運動不足になっていかんのだよ」

 

「そうなんですか」

 

「ああ。…最初の問いに戻るが、君は何故ここに?」

 

 そう言われてどう答えたものか。シナリオを進める上で、冬月先生はシンジ君に対して何かしら関わる必要はない。だからこんな風に世間話をする様な事もなかっただろう。新劇のQではそれが少し変わってシンジ君に真実の幾ばくかを話したが。或いはエヴァ2では冬月先生と関係を深めるとちょっとヤバい人である事も露呈するのだが。

 

「ちょっと夢見が悪くて、気分転換に」

 

 そんなこっちの事をまるで知らん人だから明かせる心の内という物があるだろう。

 

「ほう。それは…、いや。そうだろうな。あの様な体験をしては無理もない」

 

 サキエル戦では初号機が頭部を貫かれるまでシンジ君と初号機のフィードバックは繋がっていた。

 

 腕を折られて頭を貫かれ。そんな体験をしていれば普通に心を病んでもおかしくはない。

 

 確か冬月先生はセカンドインパクト後に一時期難民相手にモグリの医者紛いの事をやっていた時期があって、京都大学でも教授をしていて、エヴァ2ではユイさんの論文から人類補完計画の儀式理論を読み取って初号機の前でひとり悟りを開いてパシャるくらいの、頭の良い人だ。

 

 自分が精神に不調を来しているくらい見抜くのは簡単だろう。

 

「だが今は君達に頼らなければ人類は滅びる。苦しいとは思うが、頑張って欲しい」

 

 そう冬月先生は言うが、その言葉も上面だけの物だと思ってしまうのは、冬月先生の目的を知っているからだ。

 

 もう一度ユイさんに会う為に全人類を巻き込む破滅への道を進む人。

 

「初号機に乗れない僕に、どうしろって言うんですか……」

 

「そうだな。だが、自暴自棄になるのはまだ早いのではないかな?」

 

 そう諭す様に冬月先生は言った。

 

「零号機と君との起動実験が上手く行けば、君は再びパイロットとして戦う立場になる。今は焦らず、座して待つ時ではないかな?」

 

 焦り……確かに焦っている。何故ならもう何時シャムシエルがやって来てもおかしくはない。今日か明日か明後日か。トウジに殴られた日に来なかったのならば何時になるかなんてわからない。新劇だと確かトウジに殴られて数日後かくらいに第五の使徒はやって来た。ただシャムシエルなら旧劇でも貞本エヴァでもトウジに殴られた日にやって来た。その辺のスケジュールがわからないからこうも焦るのかもしれない。そりゃ焦るよ。

 

「……もし今使徒が来たら、戦えるのは綾波だけです。あんな怪我を負ってる彼女を戦わせられるわけないでしょう」

 

「立派な正義感だな。それとも、男として、怪我を負っている彼女を戦わせる事になるのを負い目に思っているのかな?」

 

 その言葉に僅かに眼を見開く。確かにそうは思ってもいる。ただそれを言い当てられるとは思わなかった。

 

「なに。昔取った杵柄というものだ。これでも大学で教鞭を振るっていた身でね」

 

「そうだったんですか……」

 

 リツコさんもそうだし、ミサトさんもそうだけれど、冬月先生もまた物語の人物ではなく、実際に歳を重ねた生きている人なのだと思わされる。

 

「見た目はユイ君に似ているが、君は立派な男だということか」

 

「古いですかね、こんな考え」

 

「そうとは思わんよ。何より守るべきものがあるのなら、君は(つよ)い人間になるのだろうな。そこはヤツに似なくて良かった所だな」

 

 守るべきもの、か。

 

 そう言われて過るのは、いつもコーヒーを淹れてくれるリツコさんや、学校で見たレイの後ろ姿──アンビリカルブリッジの上で抱き抱えた軽くて弱々しく、手に付いた血。

 

 成る程、男の子だなシンジ君は。

 

 エヴァに乗る決意をする時、どんなに傷ついてボロボロな心でも決心をする彼は、根底からして強い男の子だ。伊達にスパロボで「シンジさん」なんて呼ばれていない。

 

 周りの大人がちゃんとしていれば、シンカリオンのシンジさんみたいに頼れるお兄さんになれるんだからなぁ。

 

 やっぱりエヴァ世界の大人はクソやん。人類補完計画滅びねぇかなマジで。

 

「副司令。折り入ってお頼みしたい事があります──!」

 

「親子揃って無茶を言うのは似なくても良い所だがね」

 

 それでも自分の頼みを聞いてくれた冬月先生はそれを了承してくれた。その時、どういうわけか笑っていたけれど、その意図を汲み取る事は出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 碇の息子とこんな早朝に出会うとは思わなかった。

 

 初号機に乗れない事に苦悩している様子だった。

 

 そして彼が抱える思いに触れ、その真っ直ぐな青臭さに羨ましさを覚えた。

 

 聞いてやる義理はないが、その想いに免じて彼の願いを聞き入れた。

 

 我々の敵は使徒やゼーレよりも、寧ろ碇の息子が最大にして最後の敵となるやもしれん。

 

 そう思える、危うくも、しかし剛い熱を、幼気な瞳に感じた。

 

 その瞳を持つ少年は、大きな1つ目の巨人との接触を控えていた。

 

 零号機の起動実験スケジュールの引き上げ。

 

 午前に初号機とレイの起動実験、午後に彼と零号機の起動実験を控えていた物を入れ換えるだけであるため、然して労力は使わないものだったが、その為に責任者の赤木君を説得するのは私の役目だ。理由は彼の想いを言葉にしただけだ。重症人のパイロットよりも健康であるパイロットを使い物にするために、零号機の起動実験を繰り上げるというものだった。赤木君も異論はなかった。シナリオとしては初号機を優先するべきだが、それは彼の乗った初号機でなければ優先する意味が薄れる。

 

 即戦力が用意出来ていない現状、それを求める意味でも、彼と零号機の起動実験を先にする意義はあった。

 

 そうして、零号機の起動実験が始まった。

 

「リスト150までクリア」

 

「シナプス接続、シンクログラフ正常」

 

「第二次接続問題なし」

 

「動力伝達問題なし」

 

 ここまでは前回のレイでも出来ていた所であるが、しかし零号機がレイ以外に動かせるか否か。

 

「絶対境界線まであと1.0…、0.8…、0.6…、0.4…、0.3…、0.2…、0.1……」

 

 パイロットとエヴァが完全シンクロする瞬間、警報が実験棟制御室に響いた。

 

「パルス消失!!」

 

「プラグ深度マイナス! エヴァ側に引き込まれています!!」

 

「シンクロ率急激上昇! 60…、70…、80…、90…、120…、240!? 380!!」

 

 制御室は大騒ぎだというのに、以前の様に零号機は全く暴れていない。

 

「何をした……。いや、何をしているんだ……」

 

「シンクロ率、400%突破!!」

 

 かつて同じ様に、エヴァとの接触で消えて行った彼女の姿と光景が重なった。

 

「実験中止! 電源を落とせ!!」

 

 気づけばそう発していた。彼が何をしようというのかはわからん。そしてそう想定していたとも思えない。

 

 魂のない零号機に人間を乗せる事は即ちこうなることだと予想出来ていたのは、この場に居る人間では私と赤木君だけだろう。息子が零号機に乗るというのにヤツはこの場に顔すら見せん。そうした意味での別の真っ直ぐさはやはり親子なのだろう。

 

 過去の通りならば、彼はエヴァに取り込まれた。エヴァに乗れないのなら、自分がエヴァになろうとでもいうのか。

 

 そうした発想をしていたかどうかはわからないが、彼はヤツの息子でもあると同時に彼女の息子でもあるのだと痛感させられた。

 

 サルベージは試みるが、果たしてどうなることやら──。

 

 

 

 

つづく。



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魂のルフラン

何も考えずに勢いで書いてるから統合性とかは未来の自分に丸投げする!ついてこれるヤツだけついてこいスタイル。


 

 三度目のエントリープラグ内とプラグスーツ。未だにコスプレしてる感が抜けきらないのは、20年以上も創作物のアイテムとして見ていたからからだろうか?

 

 そんな間抜けな事を考えてないと別の事で頭が一杯になりそうだ。

 

 冬月先生に頼んで繰り上げて貰った零号機の起動実験。いや準備してた技術課の皆様方申し訳ない。ただシャムシエルが来る前に自分が本当にエヴァに乗れるか否かを確かめたかったのだ。

 

 しかしこれからエントリーするのは零号機。旧劇の公式ではコアに魂が入っていないとされている。レイが動かせるのは、彼女がリリスの魂の持ち主だから。

 

 零号機はリリス由来のエヴァであり、そのリリスの魂を持つレイだから、コアに魂が無くても動かせた。

 

 つまり零号機IN綾波レイはもうひとつのリリスとして成り立つ存在だったのだ!!

 

 アルミサエルに侵食されて最悪サードインパクト起こってた可能性が微レ存。おっかねぇ……。

 

 話を戻す。

 

 魂の無いエヴァと接触するとどうなるのか。

 

 それは初号機とユイさん、弐号機とアスカのお母さんのキョウコさんで実証されている。つまりエヴァに取り込まれてしまう。

 

 シンジ君が相互互換実験で零号機に取り込まれなかった理由は、思い出せない。ただ取り込もうとして暴走したとは公式設定だったはず。

 

 ならば自分が試せばどうなる?

 

 良くて暴走。悪ければ取り込まれる。魂の無いエヴァとのシンクロがどんな感覚かはわからないが、良い結果に終わらせる事は難しいだろう。

 

 それでも、やるしかない。

 

 奇跡を待つより捨て身の努力──。

 

 ミサトさんのセリフが過る。

 

 多分、そうなのかもしれない。そうするしか方法がないのなら、当たって砕ける覚悟で挑むまで。

 

 エントリープラグ内に外の景色が映る。第二次コンタクトに入った。あとは第三ステージで異常がなく絶対境界線(ボーダーライン)をクリアすれば起動できる。

 

 今の所感覚に異常はなし。というより、初号機で感じていた誰かが近寄ってくる感覚がない。

 

「絶対境界線まであと1.0…、0.8…、0.6…、0.4…、0.3…、0.2…、0.1……」

 

 フフ……、ウフフフ──。

 

「なに……? 誰──?」

 

 いよいよ零号機が起動するというタイミングで聞こえた笑い声。

 

 その笑い声の出本を探す為に左右に視線を泳がせても誰も居ない。そして視線が正面に戻った時……。

 

「アナタ──ダァ、レ……?」

 

 目の前にレイの顔がドアップで映っていた。

 

「ッ────!!!!」

 

 いきなり目の前に人の顔があれば誰でも驚くが、驚きと共に抱いたのは恐怖。

 

 見れば綾波レイであるけれども全体的に色素が薄い。というより白い──。

 

「ネェ──ワタシトヒトツニナリマショウ……?」

 

 そう彼女が、聞く者全てに安らぎを与える様な柔らかく、しかし全く熱の無い虚無感すら感じる声で囁きながら、その白い手で自分の手に触れた時──手の感覚が消え去った。

 

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ──。

 

「…や、めろっ、お、れ…は、…消え、る、わけに、は……っ」

 

「ドウシテ──? ツライコトバカリノセカイニコダワルノ……?」

 

 そう、彼女が問い掛けてくる。何故?ドウシテ? そう問い掛けながらも身体を這う手は上へ上へと登っていき、触られている端から身体の感覚が無くなっていく。

 

「ニゲダシタノニ、ニゲダシタイノニ、ドウシテ? ヒトツニナレバ、ツライコトモナクナルノニ──」

 

「それ、は……ッ──」

 

 続きを放つ事は出来なかった。残りの身体を包み込む様に、彼女が此方を抱き締めたからだ。

 

 自身を失い、紅い液体になる寸前の耳が最後に捉えたのは、自身が液状化する音だけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここは──」

 

 見えたのは揺れる水面を海の中から見上げている様な琥珀色の海の中の風景。

 

「ここは、すべての生命(いのち)が還る場所。巡り廻る場所。すべての生命が、ひとつになる場所──」

 

 横になっている自分に馬乗りになっている女の子──綾波レイ。

 

「違う、お前は──」

 

「零号機──。アナタの知識を私の認識に当て嵌めればそうなる。これも、アナタの知識の借り物──」

 

 ハッキリと人の言葉を流暢に発する零号機。

 

 その腕は胸板を貫いていて、下半身は互いに融け合う様になっている。何処からか自分で、何処からか自分ではないのかわからない、曖昧な状態。

 

「どうして、こんな──」

 

「言ったわ。私と、ひとつになろうって」

 

「だからって。ひとつになって何の意味があるんだ」

 

 零号機へと問い掛ける。ただ見下ろす彼女の表情から感情を読み取る事は出来ない。まるで彼女も人形の様に表情が無いからだった。

 

「私は、人形じゃない。造られた存在でも、心がある」

 

 人形の様だと思った時、彼女の言葉に初めて色が生まれた。それは確かな憤り。

 

「なら、どうして俺を取り込むなんてしたんだ。心があるのなら、心が消えてしまうことの意味だって解るはずだ」

 

 零号機が此方の知識を使って綾波レイを象った様に、此方の思考を拾い上げた様に、心を無くしてしまう事の意味も伝わるはずだ。

 

「そう。でも、ひとつになればアナタは永遠になれる。一緒に居ましょう? ひとつになって、一緒に、永遠に、ずっと──。苦しみも、悲しみも、辛さもないのよ」

 

「ッ、だか…らァ!!」

 

 横になっていた身体を起き上がらせて、そのまま彼女を押し倒した。手が、彼女の胸を鷲掴みにしているが知るもんか。今はそんなことどうだって良い。

 

「何をするの?」

 

「こうやって触れたり会話してなくちゃ、一緒に居たって意味がないだろ!!」

 

 そう叫ぶと、彼女はその眼を見開かせた。

 

 下半身の感覚も戻ってくる。自我の境界線を少しずつ取り戻していく。

 

「何故? 辛いことしかない世界で、どうして生きようとするの?」

 

「それは──」

 

 そう、自分には関係無い。世界が一つ滅んだって知らん振り出来る。シンジ君に憑依してしまったから、ただ彼の代わりをしようと自分に役割を押し付けただけだったんじゃないのか?

 

「アナタは背負う必要も無いものを背負おうとしている。何故、辛いと解っていて自分から傷つこうとするの?」

 

 わからない。どうしてだなんてハッキリと言えない。でもそれでも自分が戦う理由を挙げるのなら。

 

 口の中に広がる苦味と香ばしさを思い浮かべた。

 

「それが、アナタの理由?」

 

「わからないさ。でも思い浮かべるんだから、今はそうなのかもしれない」

 

 なんとも俗っぽい理由だと我ながらに思う。もっとこの世界を守ってやるだとかカッコいいことを考える前に、毎日飲んでいるコーヒーの事を思い浮かべる。

 

 いやそりゃこの約二週間カウンセリングとかの為にリツコさんのデスクに入り浸って、旨いコーヒー飲ませて貰ってたけどねぇ。

 

 そもそもどうしてシンジ君はサキエル戦後に眠ったままだったのだろうか。どうして自分はシンジ君に憑依する事になったのか。

 

「それはアナタの魂の波長が彼と近かったから。彼はもう、エヴァの中から出る気が無いから。魂の無い器に器の無い魂が入り込んだだけ」

 

「そんな、……いや。そうだよなぁ……」

 

 画面越しにしか見たことはないとは言え、あんなに恐くて痛い思いをしたのなら、逃げ出したくなっても誰も文句は言えない。それがこの世界では家出とかじゃなくて、エヴァの中に逃げてしまっただけ、そういうことなのか。

 

「空の器はATフィールドを失ってカタチを保てなくなる。でも彼の身体の生存本能が、アナタを呼び寄せた。アナタはただの被害者」

 

 そうか、そうだとしても、仕方無いよなぁ。

 

「何故? アナタはそう思うの?」

 

「逃げ出したのは俺だって同じだから、シンジ君の気持ちはわかる。とは言えない。当事者じゃないから本人の苦しみは本人だけにしかわからない。でも逃げ出したくなる程の苦しさとか辛さは解ると思う。あとは、一応こんなんでも、大人になった人間だからかなぁ……」

 

 正直引き篭もり生活とかしてて社会経験まるで足りてない心はモヤシのガキであるけれど、それでも大人であるから子供を赦してやれるのだろう。泣いている子供を煩いと叱るのではなく、どうしたのだろうか? なんで泣いているのだろうか? 泣きたいことがあったんだろう。子供なんだから仕方がない。

 

 それは諦めではなく、何処まで他人を赦せるかということなのだろう。

 

 大人は自分で自分を赦せるし、律する事も出来る。でもそれを子供にまでさせられるかとなると難しいだろうし、そうなれば子供は誰に赦して貰うんだって話になってしまう。

 

 誰にも赦して貰えないのだとしても、だったら俺が赦してあげる。だから──。

 

「ひとつになる事なんてしなくても、一緒に居る事は出来るんだ」

 

「あ……っ」

 

 彼女の腕を引いて、その身体を抱き締めてやる。

 

「くるしい、わ」

 

「そうだよ。ひとつになったら味わう事なんて出来ないんだ」

 

 そう答えて、少しだけ力を緩めてやると、彼女からも腕を回された。

 

「抱擁──ひとつになる方法。でも、他者が居なければ成立しない行為。温かい……。そう、私は──」

 

 ひとつになりたい。その想いこそ悪いとは言えない。それこそ人間は大切に想う異性とひとつになりたいという願望を抱くものだ。

 

 しかし彼女の様に本当の意味でひとつになってしまうやり方はダメだ。存在の消失は人間では死と同義であるからだ。

 

「寂しい──。寂しいのね、私は──」

 

 グッと抱かれる力が増した。背中に回した腕を上へと上げて、その頭を撫でてやった。

 

「愛撫──。愛情を込めて撫でること──。何故、ひとつになろうとした私に愛情を抱くの?」

 

 何故と訊かれたら、可愛いからと答えるかな。

 

「な、何をいうのよ……」

 

 まるで子供のように純粋無垢だからそう思うのかもしれない。同化されかけて危うく死ぬところだったけれども。

 

「それでも君は今、他者とひとつになる事に他人の存在の不可欠さを知った」

 

 例え人の心の壁が他人を傷つけても、それを人は赦して解りあっていく生き物であると自分は思っている。その為に言葉があり、感情があり、身体があり、存在がある。

 

 他者との相互理解、それを重ねて培われた他者との繋がりの果てこそがヒトの心の補完に繋がっていくのだと思っている。

 

 その相互理解を取っ払って結果だけを取る人類補完計画は、確かに苦痛なんて感じないだろうし悲しくも辛くもないのだろう。

 

 それでも、自分本意ではない、他人の御大層な独善的な理由で自分を消されるなんて真っ平御免なので、やっぱり人類補完計画はクソ食らえである。

 

「アナタは、そう願うのね」

 

「ああ。だから君の力を貸して欲しい。俺一人じゃ使徒と戦えない。辛いし痛いだろうし恐いだろうし。それでも俺は、君に頼む」

 

「望み、願い、こうあって欲しいという思い。希望を他者へ願い望むこと。希望──未来に望みを掛けること。なら、私の願いは──」

 

 彼女が身体を離す気配がしたので、自分も身体を離し、改めて彼女と向き合った。

 

「アナタと、一緒に居たい」

 

「……もちろん」

 

 それが彼女の願いであるのなら、自分はそれを受け入れよう。

 

「──アダムの仔が向かってきているわ」

 

「わかるのか?」

 

「起源は同じものだもの……。でも、私はワタシ。リリスでもない、綾波レイでもない。アナタはワタシを選んでくれた、見つけてくれた、導いてくれた。望んでくれた。だからワタシはアナタの願いをカタチにする」

 

 ふわりと身体が浮かび上がっていく。それでも彼女の手を握って、2人で紅い水面の中を浮かび上がっていく。そして──。

 

「大丈夫。離さないから──」

 

「ええ」

 

 グッと手を握り締めたまま、エントリープラグの中へと還ってきていた。

 

 通信回路を繋ぐ、ただし音声だけだ。

 

「リツコさん! 居ますか? リツコさん!?」

 

 彼女の言葉通りならシャムシエルが向かってきているはずだ。結局大トラブルを起こしてしまっておそらく初号機とレイの起動実験は見送られているはずだ。

 

『ええ、居るわ。還ってきて早々悪いけれど、使徒が現れたわ。今はレイが初号機で対応しているけれど』

 

 まじですか? 既に戦闘始まってると言いますか!?

 

「出ます! 地上へのルート開いて下さい!!」

 

『先ずは背に腹は代えられないということね。でも万が一の為に機体は硬化ベークライトで固めてしまったわ』

 

「ウソぉ!?!?」

 

 いや、安全対策という面ではそれが正しいわけだ。一度融けたという事は、シンクロ率400%行ってた可能性もあるわけで、それにしては周りは何も壊れちゃいないが、何時爆発するともわからない爆弾を抱えるのだから考え得る対策を施すのは理解出来る話だ。

 

『まだ硬化し始めて間もないから実力で排除して!』

 

「了解!!」

 

 とにかく抜け出す為に足を動かそうとするが、ビクともしない。

 

「S2機関解放。これなら壊せるわ」

 

 そう彼女が言った途端。胸の奥底からまるでマグマの様に熱が全身へと行き渡って行くのを感じる。ビクともしなかった硬化ベークライトに亀裂が入り、さらに内側からATフィールドで押し出せば砕け飛んで脱出成功である。しかし事態は一刻の猶予を争う。

 

「アナタなら翔べるわ。ATフィールドをどういうものか知っているアナタなら」

 

 プラグの中でエヴァを動かすためにインテリアに座る自分の膝に乗せている彼女がそう言い放った。

 

 そういうことならば遠慮は無しだ。

 

 ATフィールド展開。重力の枷からエヴァを解き放ち、フィールド推進で零号機は宙を翔び、硬化ベークライトに悪戦苦闘していた合間に開いていたルートを飛んで行く。

 

 頭上に円環が出ているが知ったことか! 今は何よりも現場への到着を第一とする。

 

 実験棟を抜け、ターミナルドグマを抜けてジオフロントに飛び出し、さらに天井都市に向かって飛んで行く。

 

 ゼロ地点のエヴァ射出口からいよいよ地上へ出る。眼下に広がる街並み。そして光のムチを蠢かせて山の斜面に横たわる紫の鬼神へと迫る使徒を捉える。

 

 最大望遠で初号機の左手の合間に奇跡的に収まる2人の姿も認める。

 

「はああああああぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

 雄叫びを上げながら急速降下。

 

 横たわる初号機へとムチを振り下ろそうとしたシャムシエルへ、横から飛び蹴りを食らわせて排除する。

 

 そのまま初号機を守るように着地し、彼女と共に昼の使徒を睨み付ける。

 

「いくよっ」

 

「ええ…っ」

 

 2人で手を重ねながらインダクションレバーを握り締め、シャムシエルへ向かって自分達は駆け出した。

 

 

 

 

つづく。



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サルベージ

前回勢いですっ飛ばした結果色々設定ガバかましてしまったのユルシテ。

その統合性は再び未来の自分に丸投げだァ!!(自暴自棄


 

 彼と零号機の起動実験。それは想定し得た結果の一つとして現実になった。

 

「EVA零号機、内部電源終了!」

 

「硬化ベークライト噴出終了。零号機は沈黙を保っています」

 

「ダメです! エントリープラグ排出信号、認識されません! プラグ内の映像回線も開きません」

 

 シンクロ率400%──。

 

 プラグ深度がエヴァ側に引き込まれたのなら、彼はエヴァに同化されてしまったのだろう。

 

 普段は快活に振る舞っていた彼ではあるけれど、それが恐怖に対する自己防衛だったとしたら?

 

 エヴァに乗れないことに焦りを感じていたのは、エヴァに乗ることが自分の存在価値であるとしていたのなら?

 

 恐怖はリビドーをデストルドーに転じさせ、エヴァに対する依存は自我境界線を曖昧にさせ、そこにエヴァがつけ込む隙がある。

 

 彼はもう、エヴァに取り込まれてしまっているだろう。

 

「赤木君。早急に零号機からサードチルドレンのサルベージを行ってくれ」

 

「了解しました。ですが」

 

 エヴァに取り込まれた人間のサルベージ。

 

 それは過去に行われたが、結果として成功を果たせた物はない。還って来れたとして、それが本当に以前の彼と同一人物であるという保証はない。

 

「なに。彼は還って来るさ」

 

 そう疑いもなく、冬月副司令は言う。

 

「その根拠は?」

 

 副司令は10年前の事故に居合わせ、サルベージの結果も知ってる。ならば何故、彼が還って来ると確信を持って言えるのだろうか?

 

「男同士の話、と言ったところかな?」

 

 はぐらかされたのか。しかし副司令は制御室から見える零号機に向けて微かにだが笑みを浮かべていた。まるで手の掛かる教え子を諭す様な、そんな笑みを。

 

「裏切るつもりですか?」

 

「……シナリオは修正の利く段階から転げ落ちようとしている。彼が第一次直上会戦後に1週間も眠り続けた時から始まり、今は零号機と1つとなり、その結果が齎す事実が決め手になるだろうな」

 

「彼はそこまでの人間でしょうか?」

 

「少なくとも、私や君、碇よりも(つよ)い人間さ、彼は。子供と言うものは大人の知らないところで密かに強さを育む。全く、困ったものだ」

 

 そう、やれやれと言うように吐く副司令は未練を浮かべながらも何かを愉しむ様な表情を浮かべていた。

 

 いずれにせよ、彼はシナリオに必要な存在だ。

 

 副司令に二心があろうとも、彼をサルベージしないわけにはいかない。ただ、サルベージが失敗した時、あの人はどんな顔を浮かべるのだろうか。

 

「副司令! 発令所より連絡です。未確認飛行物体を確認、至急戻って頂きたいと」

 

「…やれやれ。こんな時にか」

 

 未確認飛行物体。そう定義付けされる物は今のところただ一つしかない。

 

「赤木君、レイを初号機へ乗せ出撃させる」

 

「はい。ですがレイと初号機の起動実験も出来ていません。起動するかどうかは」

 

「その時は人類が終わる時だ。初号機の準備は此方で進める。君は此処で今出来る作業を進めてくれ」

 

 そう言い残して副司令は制御室から退出した。

 

「センパイ…」

 

 私の横に居たマヤには今の会話も殆ど筒抜けだった。つまり今の副司令はあの人とは違う方向を見ている可能性がある。

 

 人類が終わる時。そう言った副司令の言葉に、後輩は不安気に此方を見上げていた。

 

「此方は私が監督するから、アナタは初号機の起動準備を進めなさい。手順は前回と同じよ」

 

「はい。では、失礼します…!」

 

 後輩に仕事を任せて、制御室から見える山吹色の巨人を見つめる。

 

 今から何をどう足掻いてもサルベージは間に合うはずもない。

 

 初号機にレイを乗せて出撃させるのならば自分も発令所で初号機の発進準備を監督する方が良いはず。

 

 確かに今の零号機を放置する事は危険極まりない。故に不測の事態を想定し、こちら側にエヴァの専門家を残す意味はある。

 

「零号機、依然プラグ排出コードを認証しません」

 

「非常回線で内部映像確保出来ました!」

 

 そう発したスタッフの下に寄ってコンソールの画面を見る。

 

 そこには無人のエントリープラグが存在していた。

 

「どういう事でしょう。パイロットは何処へ……」

 

「この事は他言無用よ。ともかく、パイロットは今はワタシ達には見えない状態にまで自我境界線を失ってしまった。依ってエヴァに取り込まれていると推察されます。プラグ深度計測は?」

 

「プラグ深度はマイナス、限界値に達しています」

 

 プラグ深度は限界値。プラグ深度が深くなると言うことは、それだけエヴァに近づくということだ。

 

 エヴァに近付き、封じられている魂に近づく事でシンクロ率は上がる。それは魂とパイロットがより結ばれ易くなると同時に、精神汚染を引き起こす。つまり近すぎると魂とパイロットの精神が混ざり合いを始めてしまうのだ。

 

 初号機はコアに封じられている魂がクッション代わりになっているからシンクロしても取り込まれる事はない。

 

 だが零号機はコアに魂のないエヴァ。そしてその魂はレイが持っている。だからシンクロしても取り込まれる事はない。それでも前回暴走したのは──。

 

 自我境界線を失いかけてレイが零号機を拒絶したからではないかと推察出来る。彼女には余計な自我等必要無いからだ。

 

 故に自己の存在が曖昧になりかけ、それを拒絶した。

 

 では今の零号機は彼を取り込み満足したから暴走しなかったのではないか?

 

 そんな彼をサルベージしようとすればどうなる?

 

 暴れ出すか、魂の無い脱け殻を寄越すかだろう。おそらく後者であるだろう、初号機の時と同じく。

 

 彼のデストルドーがリビドーへと転じるのならば或いは還って来れるだろう。

 

 しかし今の彼の状態から肉体を再構成させる程のリビドーを引き出す為にはどうすれば良いのか。

 

「……まさか、ね」

 

 非科学的な思考に頭を振る。しかしこれまで見てきた彼の興味を引きそうな物と言えば1つくらいしか思い当たらない。

 

 毎日飲んでいて飽きないかと自分にも刺さる問いをしたことがある。自分の場合は眠気覚ましと趣味であるからだ。

 

 しかし彼は毎日それを要求するのだ。

 

 リツコさんの作ってくれるコーヒーが美味しいんで飽きないですね──。

 

 上手い世辞を言うものだと思いながらも、その時は心の隅で得意気になる自分が居たことを思い出す。他人に褒めて貰えるなんて──悪友のそれは有り難みが少し薄れているというか。自分の能力ではなく好みを褒められたからなのか。悪い気はしなかったのは。

 

「少しここを見ていて貰えるかしら。直ぐ戻ってくるから」

 

「は、はぁ…」

 

 そう言い残して向かうのは自分のデスク。コーヒーメーカーを持って戻れば不思議がられたものの、無視してコーヒーを淹れ始める。取り敢えず休息もかねて人数分淹れる。

 

 そして制御室はコーヒーの香りに包まれた。

 

 そして制御室と実験棟の換気システムを弄って、制御室の空気を実験棟に送り出す。

 

 そして最後のひとり分。彼の分を淹れ終えた時だった。

 

「ぜ、零号機のエントリープラグ内に反応有り!」

 

「来たわね」

 

 誰も居ないはずのエントリープラグ内に虹色に光る壁が現れ、プラグ内に気泡が立ち始める。

 

「シンクログラフ再計測開始! シンクロ率計測、380、240、160、120、110で安定!」

 

 モニターは沸き立つ気泡で遮られるが、シンクロ率が下がるに連れて落ち着き始める。

 

「還ってきたのね──シンジ君」

 

「零号機、再起動!!」

 

 モニターの中、女の子を抱いている彼の姿が映った。ただ、何時も接していた彼とは幾分か雰囲気が違っていた。まだあどけなさが抜けていない子供だった彼は、今は大人の影が見え隠れする姿へと変わっていたのだ。

 

『リツコさん! 居ますか! リツコさん!?』

 

 零号機から通信が繋がる。向こうはサウンドオンリーにしているけれど、コンソールのモニターには中の様子が丸見えだ。

 

 彼が抱いていた女の子は──レイと瓜二つの姿をしていた。

 

「ええ、居るわ。還ってきて早々悪いけれど、使徒が現れたわ。今はレイが初号機で対応しているけれど」

 

 レイの怪我はようやく来週くらいに腕のギブスが外せるかといった辺り。まだ戦闘には耐えきれないだろう。その時はその時でも、今は彼女の敗北は人類の終焉を意味する。そして、それはあの人のシナリオにはない。

 

『出ます! 地上へのルート開いて下さい!!』

 

 深みの増した彼の声は子供の声から少しずつ大人になり始めた物だった。そして深みの増した彼の真っ直ぐな表情に思わず胸が鳴りかけた。

 

「先ずは背に腹は代えられないということね。でも万が一の為に機体は硬化ベークライトで固めてしまったわ」

 

 訊きたいことは山程あるが、今はそんなことを言っていられる余裕がないのも確か。科学者としての探究心を脇に一先ず退け、現実を口にする。 

 

『ウソぉ!?!?』

 

 此処のスタッフは前回の零号機暴走を経験している。暴れてないとは言え緊急事態。その対処の早さは見事なものである。とはいえそれが今は枷になってしまった。

 

「まだ硬化し始めて間もないから実力で排除して!」

 

『了解!!』

 

 そう応えた彼が機体を動かそうとしているが、硬化ベークライトは零号機の足元から腕までと胴体の半分を包んでいる。

 

 インダクションレバーを押し込んだり足を力ませているが、機体はビクともしていない。 

 

『S2機関解放。これなら壊せるわ』

 

「零号機内部に高エネルギー反応を確認!!」

 

 そう彼女が言った途端。零号機の身体が内側から膨張した様に見えた。単純に人工筋肉に力を込めた際の物ではない。その証拠に拘束具の一部が弾け飛んでいる。

 

 そしてビクともしなかった硬化ベークライトに亀裂が入り、さらに内側からATフィールドで押し出したらしい。零号機に纏わりついていた硬化ベークライトは剥がれる様に浮いて砕け散った。

 

『アナタなら翔べるわ。ATフィールドをどういうものか知っているアナタなら』

 

 プラグの中でエヴァを動かすためにインテリアに座る彼の膝に乗っている彼女がそう言い放った。

 

 すると彼は我が意を得たと言わんばかりに口許に笑みを浮かべた。 

 

 零号機はATフィールドを展開。頭上に天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を浮かべると、まるで重力の枷から解き放たれた様にふわりと浮遊し、腰の辺りから極小のATフィールドをまるでロケットの炎の様に吹き出して宙を翔び、硬化ベークライトに悪戦苦闘していた合間に開いていた地上へのルートを飛んで行く。

 

 全く。これほどまでに科学者の探究心を刺激しながらお預けを出して飛んで行ってしまうなんて。酷い男になってしまったのかしら?

 

「現時刻より2時間以内のデータは全て破棄! この場で起こったことも他言無用! 零号機は無事起動、使徒迎撃へ参加。良いわね?」

 

 そう命じながらも今回の事を報告すれば、あの人はどんな顔をうかべるのか。前回、第一次直上会戦の翌日にシンジ君が目覚めないことを告げても顔色を変える事の無かったあの人は、彼が初号機に乗れないことを知ると表情を険しくさせた。なら今回は驚くだろうか。

 

 S2機関──エヴァには備わっていないものを解放したらしい彼女は何者なのか。

 

 そして、姿を変えた彼。

 

「まるでパンドラの箱を開けた気分ね」

 

 第一使徒アダムを見つけた人類。セカンドインパクト。E計画。人類補完計画。

 

 様々な思惑と絶望の中で現れた規格外の存在は、果たして人類に対する希望なのか、はたまた絶望なのか──。

 

 おそらくそれは、彼が握っているのかもしれない。

 

 

 

 

つづく。



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君の名は──

小難しい説明は一先ず終えたから戦闘は再び勢い任せに書いてしまいました。結果怒られそうだけど、ついてこれるヤツだけついてこい!!を再び発動して読者を篩にかけるクソ作者でスマナイ。


 

 第4の使徒襲来。

 

 先の第3使徒戦により甚大な被害を受けた国連軍の出動は無し。

 

 第3新東京市の都市迎撃システムが空中を飛ぶ使徒へ攻撃を仕掛けるが効果は無し。

 

 日本政府からエヴァの出動要請が来るが、現金な奴らだ。

 

 しかし国連軍もお手上げ、N2地雷も効かん使徒は、政府のお偉方からすれば昭和映画のゴジラがやって来た気分にでもなるのだろう。

 

 それを思えば、使徒を倒したエヴァを有する我々へ矢の催促をするのも仕方のない事なのだろう。

 

 初号機とレイのシンクロはぶっつけ本番ともあり皆息を呑んだが、起動には成功した。シンクロ率は43.4%。起動できたのならば戦って貰わなくてはならん。

 

 地上に出た初号機はATフィールドを中和しつつライフルでの射撃を試みる。

 

 しかしパレットライフルの弾丸は使徒の体表で弾けて爆煙を生むだけで効力はない。あの弾丸も巡洋艦の主砲並みの口径はあるのだが畏れ入る。

 

 続けて場所を変えながら射撃をする初号機へ、使徒はその胴体と頭の間にあるY字の腕の様な場所から光の鞭を伸ばし、初号機の持つライフルを薙ぎ払った。脇にあったビルがいとも簡単に寸断されて斜めにずれた。恐ろしい攻撃だ。

 

 更なる追撃で初号機は成す術無く追い込まれていく。兵装ビルや山中の砲台群が援護するが、そうした攻撃は僅かな煩わしさを使徒に与えるだけらしい。近場の兵装ビルは寸断されるが、遠方への攻撃手段は持たないらしい。

 

 何とか体勢を立て直す初号機だが、動きが鈍い。

 

 そして初号機の足に使徒の鞭が絡みつき、初号機の巨体を軽々しく市中引き回してそして投げ捨てた。

 

 投げ飛ばされた初号機は山の斜面に激突する。

 

「レイ! 返事してレイ!! ダメージは!?」

 

「機体に問題ありません。ですがパイロットの心拍数が…! 意識レベルも低下しています!」

 

「シンクロ率急激に低下!!」

 

「ん? これは……!? えらいこった、民間人が初号機の左手の下に居るぞ!!」

 

「なんですって!?」

 

 下は随分と騒がしい。さて、レイももはや戦えるか怪しい。

 

 人類の命運は尽きたか。それとも──。

 

「セントラルドグマより高エネルギー反応を確認!! ジオフロント内に出ます!」

 

「サブ・スクリーンに出せ」

 

「は、はいっ!」

 

 部下の青葉君に命じて映し出されたスクリーンには、地下から飛び出してきた山吹色の巨人の姿が映る。その身体には僅かに光の膜を帯びている様に薄く光っていた。そして頭上に光る天使の輪、腰からATフィールドをまるで炎の様に吹き出してジオフロントから天井都市へと向かっていく。

 

「なに、アレは…!?」

 

「零号機…、センパイ、やったんですね…!」

 

 葛城君は飛び去る零号機に言葉がない様子だ。私もその1人だが。

 

 赤木君の部下の伊吹君が言うが、10年前の事を知る私からするとアレは彼の意思によるものである、そう信じてみようとする自身が居る。

 

 若い種は芽吹き、世界を救う神となるか。それとも世界を滅ぼす悪魔となるか。

 

 全ては彼に委ねられている──か。

 

「シグナル出ました! 零号機は直上、ゼロ地点より地上へ飛翔!!」

 

 モニターが切り替わり、地上の空へと上がった零号機は、そのまま急降下から初号機を襲おうと直上に迫っていた使徒へとキックを振る舞い、蹴り飛ばした使徒と初号機の間へと着地した。

 

 その様はまるで天から舞い降りた天使その物だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 シャムシエルを蹴り飛ばして、なんかラスボスとか強敵系固有のふわり浮遊感から着地する。

 

 郊外へ向けて蹴り飛ばしてやったシャムシエルも立ち上がる。

 

 さて。武器は無いがどうするか。

 

 零号機はプロトタイプであり凍結も今日解除されたばかりで肩のウェポンコンテナも装備されていない。つまりプログナイフの1本も持ち合わせていないのだ。

 

「ッ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ」

 

 それでも頭上にある光の輪を見てイケるんじゃないかと思って、胸の内から湧き出すパワーを頭上に集めて──放つ!!

 

「バスタァァァァーーッ、ビィィィィィィムッ!!」

 

 イメージを乗せたのは同じ会社の超兵器。いや今のノリなら『炎』となった零号機は…、無敵だ! って、コーチも言ってくれそうな気がする!

 

 頭上から発射した破壊光線は真っ直ぐシャムシエルへ向かい、直撃するが──。

 

「ATフィールド…」

 

 ATフィールドに弾かれて地面に着弾。大爆発する。やっぱり初号機みたいに目が二つで目からビームしないと中和していないATフィールドは貫けないのか。

 

 ならば話は簡単だ。

 

「どうするつもり…?」

 

「決まってる。バリアを破れるのはバリアだけだ!!」

 

 地面が砕ける程の踏み込みで地を蹴り、シャムシエルに向かって疾走する。

 

 右腕を引き絞り、ATフィールドを纏わせた拳を、捻りを込めて突き出す。

 

「クソっ。受け止められるなんて!?」

 

「仕方がないわ。全力で防御されてる。死にたくないのね、彼も」

 

 だとしても、襲ってくる上にサードインパクトを起こされたら堪ったものじゃない。アダムの仔かリリスの仔か。言葉が通じないのなら、これは種族の存亡を懸けた戦いだ。

 

 ATフィールドのイメージを変える。拳に纏う形から螺旋を描く形へ。新劇では第10の使徒戦で零号機がN2誘導弾を抱えて行った掘削型ATフィールド。肘からもフィールド推進でブーストを掛ける。ちょっと痛いが我慢である。

 

 古今東西、壁をブチ抜くには──ドリル(コイツ)に限るッ!!

 

「つらぬ、けぇぇぇぇッ!!!!」

 

 右のインダクションレバーを思いっきり押し込む。高速回転する掘削型ATフィールドが、少しずつシャムシエルのATフィールドへと沈み込んで行く。

 

「いけないッ」

 

「え?」

 

 そう注意を促した彼女の言葉に沿って意識を向けると、シャムシエルがそのY字の腕から二本の光のムチを──4本出して背中側から零号機を突き刺して来た。

 

「がァァァァァァァ────ッ!!!!」

 

「ぐぅぅっっ」

 

 激しい衝撃が襲うと共に、背中に激痛が走る。それはシンジ君の記憶にある頭を貫かれた痛みの何十倍もの痛みを感じさせた。熱した棒を4本、背中に突き刺された様な感覚だ。

 

 そして背中を預けられているから見える彼女の背中に見える四つの穴。そこから流れ出る血。

 

 そうか。彼女は零号機だから、零号機の損傷がダイレクトにフィードバックされるのか──。

 

「うおおおおおおお!!!!!!」

 

 凄まじい激痛を背中に感じる。だからどうした!!

 

 彼女の方が何倍も痛いはずだ。

 

 だからこれくらい歯を食い縛って耐えてみせるのが男と言うものだろうがッ!!

 

 攻勢に転じたからか、シャムシエルのATフィールドの感触が変わった。

 

 背中から胴体に突き抜けた光のムチが眼下で蠢く。引き裂かれる前に決着をつける!!

 

「これでッ、終わりだあああああああ!!!!!!」

 

 全力防御からの捨て身の攻撃に移ったシャムシエル。それは詰みの状況を打開する一手だったのだろう。

 

 だが、防御を疎かにした分、弱まったATフィールドを突破して、零号機の両腕はシャムシエルのコアを鷲掴んだ。そして掴んだ手が紅くコア化していくのにも構わずに、両手にエネルギーを集め、集められたエネルギーが放電を発する。

 

「バスタァァァ、コレダァァァァァッ!!!!」

 

 高エネルギーを集束した両手から放電しながらコアを押し潰す。

 

 シャムシエルも零号機の胴体を貫く光のムチを震わせる。内臓が掻き回される様な激痛が走るが、アドレナリンが沸騰してきている自分はその痛みも吹き飛ばす勢いで叫びながらコアを押し潰す手に力を込める。

 

 そして亀裂の入ったシャムシエルのコアの隙間に電流が流れ込み、内部を破壊されたコアはそこからいとも簡単に砕け散った。

 

「ッ──はぁぁぁ…………。あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛、クソッ。痛いし疲れた……」

 

 多分自分も背中に穴が開いて血が出てる。インテリアのシートがヌメってる。

 

「お疲れ様…」

 

「……ゴメン。ケガさせちゃって…」

 

 敵を倒した次は謝罪だった。彼女は綾波レイの姿をしていても零号機であるのだから、零号機が傷つけば彼女にもそれが及ぶのだと考慮しなければならなかったのだ。

 

「いいわ。直ぐに治るから」

 

 そう彼女が言うと、背中の痛みが消えていく。彼女の背中の穴も塞がっていった。

 

「S2機関を解放しているワタシなら、これくらいの傷は自分で治せる」

 

「便利だなぁ……」

 

 S2機関を搭載しているエヴァ──その自己修復能力の高さにニヤケたウナギ面が頭を過る。

 

 しかしそもそも使徒ではない上にアダム由来の機体ではないはずの零号機が何故S2機関を持っているのだろうか?

 

「アナタと1つになったワタシには出来ないことはない。今はアナタが居なくならない様に擬似シン化第1覚醒形態で抑えているけれど、その気になれば第3形態にもなれるわ」

 

「おっかないんで今ぐらいでお願いします」

 

 なんだがはぐらかされた気がするが、覚醒状態の零号機ということはリリスに等しい存在へ至る一歩手前であるという事なのか?

 

 サードインパクトだって起こせると何処か得意気に胸を張る彼女。なに? ボーイミーツガールの相手はその気になれば世界を滅ぼせる涼宮さんタイプですか? いや綾波系なら長門ではないのか!?

 

 ──さて。使徒も倒した事だし、帰って一杯ご馳走になりましょうかねぇ。

 

「あ、そういえば名前どうしよう……」

 

「名前…?」

 

「お前の名前。名前が無いと呼ぶ時に困るでしょ?」

 

「名前──自己を表し、自己を定義する物。そう、ワタシは名前で呼んで貰えるのね」

 

 そう呟いた彼女は満面の笑みを此方に向けてきた。いやこりゃ変な名前つけられない。しかしあまり変な風に凝るよりも自然に呼べる名前は──。

 

「レン──。レンでどう?」

 

 見た目が綾波レイだから名前は二文字の方が収まりが良いだろうし、ふと思い浮かんだのはその名前だった。別にシンジ君の名前とレイの名前を合体させた安直な名前じゃない。漢字にすればレンは(ハス)になる。

 

 清らかな心、神聖とかという花言葉を持っている。

 

 まぁ、リリスと同質の存在なら人間からすると神様みたいな物だし、清らかな心は、純真無垢な彼女には合うと思う。

 

 問題はこの名前を彼女が気に入るかどうかだけれども。

 

「レン……。そう、それがワタシの名前。私でもないワタシの名前、ワタシだけのもの」

 

「あ、ちょっと…」

 

 身体ごと振り向いた彼女は正面から抱き着いてきた。

 

「嬉しい……。そう、嬉しいのね、ワタシは」

 

「レン……」

 

 離れてくれそうにもない。気に入ってくれたようなら何よりである。

 

 しかし彼女の事をどう説明しようか。リツコさんやら冬月先生なら色々と知っているから理解してくれるだろうが。

 

 零号機の覚醒なんてシナリオ外のイレギュラーだから、ゼーレが黙っちゃいないんだろうなぁ。

 

 しかも旧劇の世界だろうに、レンはハッキリと擬似シン化第1覚醒形態と言った。そして抑えていると言ったが、彼女の気分しだいで擬似シン化第3形態まで行ってしまうのならその時サードインパクトが起きる。なァにこの強いけど一歩間違うと人類滅びる爆弾兵器。

 

 ──その時、イデは発動した。

 

 とかモノローグで流れますよこんなの!!

 

 それでも彼女に悪気は無いのだから恐がる必要はない。

 

 要するに彼女と上手く付き合えば問題ないというだけなのであるのだから。バスターマシン7号だけど、ノノはノノである様に。彼女は零号機で気分次第でサードインパクト起こせるリリスに等しい計り知れない存在であるのかもしれないけれど、レンはレンとして、約束通り一緒に居続けよう。こうなれば一蓮托生である。

 

 取り敢えず──素っ裸なこの状況で正面から抱き合うのは、あまりよろしくないかなぁ。一応自分も男なワケです。そして相手は極上の美少女です。

 

 旧劇でもなんとなく思っていたけれど、新劇で明らかになったのは。レイって胸の形キレイで、更にアスカより多分ある。

 

『シンジ君! 聞こえてるシンジ君!!』

 

「うえ!? あ、はい、聞こえますよミサトさん」

 

「ちっ……」

 

 いやレンちゃんその舌打ちはお兄さん恐くなるからヤメテ欲しいかなぁ。取り敢えず回線を開く。でもサウンドオンリーで。

 

『……どうして映像回線を開かないの』

 

「いや、そのぉ……今、素っ裸なんです、はい…」

 

 取り敢えず恥じらいを込めた演技でそう伝えて映像回線を開かない理由をでっち上げる。流石に今すぐにレンの事を説明できるわけがない。周知する前に先ずリツコさんか冬月先生に説明してからだ。あの二人ならレンの事も理解して貰える。そしてそこからただの人間のレンとして周知させて貰うとしよう。

 

『…先ずはご苦労様、と言いたいところだけど。どうして通信回路を開かずに勝手に戦ったの? 戦闘中の指揮権限は私にあります。だからアナタは私に従う義務があります。今回は緊急事態だった為に仕方のないところもあるのも認めますが、以後この様な事は無いように』

 

 通信でお叱りを受けてしまった。いや、通信回線開かなかった此方が悪いんだけどもね。テンションMAXで頭の片隅にも無かったとは正直に言っても火に油を注ぐもんであるので。

 

「はい。すみませんでした」

 

『よろしい。それじゃあ、初号機の回収と撤収作業の支援、お願いするわ』

 

「あ、はい」

 

 そう言えば初号機にレイが乗っていたはずであるけど、初号機の事も頭からすっぽり抜けていた。

 

 初号機に歩み寄ると、エントリープラグが排出されていた。

 

「ミサトさん、初号機のパイロットは……」

 

『気絶して、病院に搬送されたわ。シンジ君が間に合ってくれなかったら、今頃どうなっていたか』

 

「そう、ですか…」

 

 これで本当に良かったのだろうか。

 

 やはりレイ1人を戦わせずに、ガギエル戦のアスカとシンジ君が二人で弐号機に乗った様に、自分とレイの二人で乗り合わせてシャムシエルと戦う事も出来たのではないだろうかと。ついそう考えてしまう。

 

 ただ、そうした時、自分はレンとどういう関係になっていたのだろうか。

 

 未だに自分に抱き着く彼女の頭を撫でてやる。

 

「んっ……。なに…?」

 

「いや。なんでもない」

 

 そう、彼女に返して、初号機を見下ろす。

 

「レン、初号機の中、わかるか?」

 

「……ええ。彼を、彼女が守っているわ」

 

「初号機からサルベージは?」

 

「……出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。そもそも彼女がエヴァの中に居る理由が理由だもの。彼は返してくれても、彼女は還ってこない可能性もある」

 

「……そうか」

 

 生きていれば何処だって楽園になる。だって、生きているんですもの──。

 

 彼女のその言葉は好きだったが。滅びの運命を迎える人類の、脅威へ立ち向かう為に、我が子を守るために、人間の生きた証を遺すために、エヴァに取り込まれて残った彼女が還ってくることは、もう無いのだろうか。

 

 なら、彼女に会う為に全人類を巻き込んででも突き進むあの人を止めることは叶わないのだろうか。

 

 本物の、シンジ君ならば、あの人を変える事が出来るのだろうか。

 

 親子で釣りをする光景を見た時、どうしてこんな風になれなかったのだろうかと思った。それは例えifであっても。

 

 愛し方がわからず、傷つけるくらいならば遠ざけた。

 

 愛する()の愛を一身に受けた息子が妬ましかった。

 

 それでも愛していた。

 

 それでも、強い生命の鼓動に愛を感じた。

 

 本当に不器用な人である。

 

 初号機を抱え起こしながら、この親子たちはもう少し互いに会話をするべきだったのだと思った。

 

 反対されるからと、夫には告げずに初号機との接触実験を行ったユイさんも。

 

 ユイさんを失った辛さは計り知れないだろうが、愛していたのならば例え不器用な接し方しか出来なかったとしてもシンジ君を手元に置いておくべきだったゲンドウも。

 

 そしてある意味両親の被害者とも言えるシンジ君。彼の場合は精一杯の勇気を振り絞って父と対話をしていたのだろう。シンジ君に関して自分から言うことはなにもない。彼は本当に頑張っていたのだから。

 

 もう少し息子を大切に想っても良いでしょうに。

 

 初号機を抱えて回収ゲートに到達して、地下に戻る。

 

 そういえばトウジとケンスケはどうなったのか。レイが回収された時に一緒に収容されて今はこっ酷く叱られているところだろうか。

 

 EVA射出ターミナルに戻ってくれば、あとは抱えた初号機をケイジに固定して、零号機もケイジに固定。収容作業は終わりだ。

 

 エントリープラグが排出され、L.C.L.が排水される。そしてプラグのハッチが開かれると、整備スタッフを引き連れたリツコさんが待っていた。

 

「あら。お邪魔だったかしら?」

 

「からかってもなにも出ませんよ」

 

「そう? アナタも隅に置けない事くらいあるのではなくて?」

 

「この娘はまた別ですよ」

 

 厚手のタオルケットを受け取って自分と彼女の身体に巻く。

 

「歩ける?」

 

「……難しい」

 

 なんか離れるつもりが今のところ無さそうな彼女の身体を横抱きに抱える。ヒョロっこモヤシのシンジ君の身体にこんなパワーはない。しかし彼女の身体を軽いと感じる程度に力が増えていた。

 

「王子様のご帰還、とでも言うべきかしら」

 

「なんかトゲがありませんか? リツコさん」

 

「さぁ? アナタがやらかした事を隠蔽した疲れじゃないかしら」

 

 いや、まぁ、零号機の事をそのまま広めたら自分は委員会の査問会議にでも掛けられそうであるので、お疲れ様ですとしか感謝を伝えるしかない。

 

「冗談よ。諸々の精密検査がごまんと待っているから覚悟しておいてね」

 

「あ、はい」

 

 そりゃ1回パシャッって戻ってきた人間だ。それにやっぱり気の所為でなく、視線が高くなっているし、声も少し低くなってる。調子としてはTV版の頃と新劇の頃のシンジ君の声の高さの違いに近いか。あと髪の毛が肩に届いている。

 

 まぁ、何はともあれ一先ずエヴァに乗れるという一段落はついたので。

 

「コーヒー一杯飲む時間くらいありますか?」

 

「仕方ないわね。一杯だけよ?」

 

 そうリツコさんに言って、レンを抱えた自分はケイジをあとにする。

 

 ──途中で裸足なの思い出して整備士の人にスリッパ持ってきて貰いました。

 

 なんとも綺麗に締まらないと、我ながらに思いながら、S2機関の影響からか、少しマッチョになった零号機を見る。第一ロックボルトは嵌まっているし、両腕部固定ロックも機能しているものの、あちらこちら拘束具が弾けていたり変形していたりしているのが見てとれる。これ修理大変そうだと思いながら、持ってきて貰ったスリッパを履いて今度こそケイジをあとにした。

 

 

 

 

つづく。



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新しい自分

前回勢い任せでガンバスターだったけど、ドリルの次のトドメはグレンラガンか悩んだ裏話がある。さすがにそれは読者ポカンになりそうだから止めたけど、今も充分ポカンだと改めて冷静になるとそう思っているが悔いはない!!(鋼の精神

そんで思うこと、ゼーレの会議考えるのめんどくさい。


 

 何もない暗い部屋に集まる老人会──人類補完委員会は緊急招集を行い、先の第4使徒襲来における事象を議題としてあげていた。

 

「EVA零号機による使徒殲滅。これは特に題するモノはないが」

 

 各員の手元のモニターには、螺旋ATフィールドで使徒を穿つ零号機の姿が映し出されていた。

 

「ATフィールドを自在に操り、飛行や浮遊まで可能とするとは、まるで使徒そのものだ」

 

 次に映し出されたのはジオフロントから第3新東京市の上空へと飛翔する零号機の姿だった。

 

「資料と比較して内部素体の肥大化も確認できる。その後の調査ではS2機関の存在も確認されたとか」

 

 着地した零号機を正面斜めから捉えた映像と、ケイジに固定されている様子が映し出された。

 

「零号機の覚醒。碇の差し金か」

 

「検体を確保しようとした諜報員からの連絡が途絶えている。調査の結果、L.C.L.へと還元されていたそうだ」

 

 映像にはまるで人形の様に表情の無い、綾波レイと瓜二つの存在と、紅い水溜まりと服だけの写真が映る。

 

「人の姿をした神の降臨。その目的が我々人類の救済であることを願うが」

 

「鈴を付ける必要がありますかな?」

 

「まだ儀式は始まったばかりだ。彼女が自ら儀式を進めるのならば問題はないのでは?」

 

「しかし我らの女神は碇の息子の手中にある」

 

 零号機のエントリープラグからタオルケットに巻かれた姿で彼女を抱き抱える青年の姿が映し出された。

 

「報告書ではまだ14歳の少年のはずだが?」

 

 写真に映る青年と少年を比較する様に二つの写真が並ぶ。

 

「先の使徒襲来時に、ネルフ本部では初号機の起動実験から急遽予定を繰り上げ零号機の起動実験が実施された。その結果、パイロットを担当した碇の息子は零号機に取り込まれたそうだ。初号機のパイロットのまま大人しくしていれば良いものを。余計な事をしてくれた」

 

「碇ユイ。我々の希望である彼女の息子が同じ道を辿り、しかし還ってきた。女神と契約を交わしている可能性もある」

 

「アダムとイヴ。人類の父と母という事ですか」

 

「では──?」

 

「来るべき時の為に使徒殲滅は我々の既定事項だ。碇の息子に鈴を付ける。使徒殲滅も継続して担当させるしかあるまい」

 

 議長であるキール・ローレンツが纏めに入ったことで今回の会議は終わりを告げた。

 

「そう、全てはこれからなのだ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はぁぁぁ……疲れた、ホント……」

 

「ええ。ホントに…」

 

 シャムシエル殲滅から一週間。検査入院で朝から夜まで検査のオンパレード。検査漬けの地獄だ。

 

 いや、それも仕方がない。

 

 一度パシャッって再構成された肉体は14歳のシンジ君のそれではなくなっていたのだから。

 

 中学生が高校生になった。

 

 簡単に説明するならそんな感じだろう。女装させるとヤバい美少年からイケメンの美青年になってたらそりゃ検査して本人か確かめますよね。

 

「レンは幾つか時間掛かってたけど、なんかあった?」

 

「……いいえ。なんともなかったわ」

 

 なんか意味深い間が、何かありましたよと物語っている。

 

「それは俺にも言えないことか?」

 

「……言ったら、嫌われる。恐い……。そう、恐いのね、ワタシは……」

 

 隣に座る彼女の震え出した肩を抱いてやり、頭を撫でてやる。

 

「嫌わないから、言ってみてくれよ。知らないんじゃ、どう判断したら良いのかわからないからさ」

 

「……連れて、行かれそうに、なった……」

 

「……何処に」

 

「わからない。けれど、良くはない場所。だから消した。ゼーレのスパイだった……」

 

「成る程な…」

 

 話を聞いている間も、頭を撫でてやる。つまり既にレンの事がゼーレに筒抜けになっていると言うことだ。動きが早すぎませんのこと?

 

 それでも何回か連れ去ろうとして失敗したから今は様子見しているのか。まぁ、居ないわけがないが、此処はゲンドウのお膝元だからゼーレもあまり表立った人員を割けなかったのか。

 

 ただ強引に連れていこうとしても、レンは零号機でもあるから下手すると零号機に握り潰される可能性大である。

 

 今回は正当防衛が適用されるから、怒ることはしない。相手を消さなければレンがどうなっていたか。

 

 表向きには謎の失踪として扱われるだろう。

 

 最後の検査が終わって退院を言い渡されて向かう先はリツコさんのデスクだ。

 

「そろそろ来る頃だと思ってたわ」

 

 一杯飲む? と渡されたコーヒーカップを受け取る。

 

 自分は自販機とかペットボトルのブラックは飲めないのだが、挽きたてのブラックなら飲める贅沢な舌をしている。レンは苦いのはダメらしい。ミルクと砂糖3つはかなり甘党な量だろう。

 

 コーヒーで一息吐いて、切り出したのはリツコさんからだ。

 

「一先ずシンジ君からね。遺伝子情報は100%再現されているからアナタは碇シンジ本人とも言える。ただ構成成分に幾分かエヴァの生体部品と同じ成分が含まれていたわ。だからそうした面では、アナタは碇シンジ本人である可能性を疑える要因があるのだけれども」

 

 此方を探るように視線を向けるリツコさん。リツコさんならばシンジ君の以前の動向を報告書で知っていてもおかしくはない。その点自分はシンジ君とは似ていても他人に対してのアクションが真逆だ。

 

 心機一転。新天地で高校生デビューを境にキャラクターを変えたなんて言うような言い訳は通じないだろう。

 

「まぁ、それは些末な事ね」

 

 些末なのか。それで良いのかリツコさん。

 

「問題は彼女の方。その身体を構成する物質はエヴァの生体部品のそれそのもの。そしてなにより──」

 

 リツコさんは1枚のレントゲン写真を見せてきた。そのレントゲンは人の胸を撮影した物だと見てわかるが。胸の中心の辺りに真っ白に光る珠がある様に見える。

 

「この胸のはおそらくはコアね。いったいどうやって人造人間を口説き落として来たのか知りたいわ、シンジ君」

 

 なんかイヤらしい視線を向けながらリツコさんがバトンを投げてきた。いやそんなキラーパス出されても困るんですが。今聞いているのはリツコさんだけだから真実を話す方が早いだろう。

 

「レンは、零号機の心──魂と呼べる存在だと思います」

 

「魂、ね。いくら人造人間だからとはいえ、空の器に魂は宿らないのよ?」

 

 そう、エヴァは人に造られた巨大な人間の様な存在だが、しかし魂のない存在だ。これで魂まで持っていたら人間と変わらない生き物になってしまうだろう。

 

「だから心、なんだと思います。魂はなくても心を持つ。八百万の神様の様にこの世の物全てには神様が宿っていると言うように、エヴァにだって心があっても不思議では無いと思います。現にレンは零号機の心でした」

 

「成る程、そういう切り込み口もあるのね。科学で説明できないことは神任せと。それで、彼女が零号機の心であるという根拠は?」

 

「本人から聞きました」

 

 そもそもエヴァの心とは何か。うん、なんなんだろう。しかし零号機もそうであるけれど、初号機の中にも同じようにユイさんとは別の存在が居る描写があるが、真相はハッキリしていないハズだ。

 

 きっとおそらくそれも初号機の──リリスから分かれた心なのではないのだろうか。

 

 リリスのコピーである零号機の中に居たレン、ならば初号機にもその中に居る何かがユイさんを取り込んだと推察できる。

 

 身体をコピーしても宿る魂はひとつ。ダミープラントの中の大量の綾波レイ。彼女らに魂は宿っていなくとも生きていただろうし。そして、アヤナミレイ──黒波もまた、綾波レイのコピーだったとしても自分で考えて行動した。

 

 魂が無いからとはいえ、心がないという事にはならないのではないかと考えられる。

 

「ともかく、レンが零号機であるのは確かです。そして今の零号機ですが」

 

「S2機関を搭載している事は此方でも調べが付いているわ。生体素体の筋肉量増加と驚異的な自己修復機能。単一兵器としては理想的なものね。エネルギーは無限、整備が気難しい生体パーツや保護フィルムがメンテナンスフリーなんですもの。装甲は肥大化した筋肉量に合わせて再設計が必要になるでしょうけど」

 

「なら実戦配備を想定した強化改修案として、僕から提案したいものがあります」

 

 レンがどういった存在なのかはこの辺りで充分だろう。これ以上はシンジ君の中身が別人問題に抵触する可能性がある。尤も、リツコさんは既にその事に気づいていそうではあるが。

 

 入院中に用意して貰った大学ノートに書き綴ったのは零号機の改修案だ。ウェポンコンテナを足して終了では、これから先の使徒戦に一抹の不安を感じたからた。

 

 そして零号機のダメージがレンにフィードバックされてしまうリスクを軽減する意味でも、零号機に増加装甲を付け足す改修案を練った。

 

 まぁ、零号機にF型装備を被せたような案であるが。

 

 増加装甲を施して本体へのダメージ到達を軽減させる。零号機本体へのダメージはパイロットに対しても著しいフィードバックを起こし、最悪の場合は死に至るという危険性と有効性を兎に角書き綴った。

 

 おそらく今の状態の零号機でゼルエルに頭を真っ二つにされた日には自分やレンの頭も真っ二つだ。バルディエル戦の様に神経カットせずに腕を排除すれば本当に腕が飛ぶ。

 

 そう、頼もしい代わりに大きなダメージを受けることが出来ないデメリットが存在してしまうのだ。

 

「零号機の装甲交換もあるのに無茶な計画を立てるわね。先の第3使徒戦での初号機の修理代だけでも国がひとつ傾くレベルなのに、これは国が2つ傾くわね。それにATフィールドを応用したフィールド偏向推進器なんて発想は良いけれど、技術的な問題は山積みよ」

 

「それでもなにもしないで死ぬよりかはマシだと思っています」

 

「豪胆ね。まぁ、内容は面白いものだから後でちゃんと読ませて貰うわ」

 

 取り敢えず零号機改修案(仮)はリツコさんの手元には渡ってくれた。あれにはF型装備の概要を思い出せるだけ全てを記してある。

 

 そんな危ない内容をノートに書いておくなと言われそうだが、アナログならMAGIに記録は残らないので、こうした方が逆に安全ではないかと思った次第だった。ネルフ本部でもゼーレの人間が動いている事をレンから知ることが出来たから余計に注意しなければならない。

 

「それより問題は彼女の処遇ね。どうするつもりでいるのかしら」

 

 ここからが本題だと言うように、リツコさんは自分とレンのそれぞれを一瞥した。

 

 確かに彼女は存在しない人間であるのだからその処遇はある意味で好き放題出来てしまう存在だ。

 

「そうですよね。…レンはどうしたい?」

 

「アナタと一緒に居るわ。何時までも、何処までも……、永遠に」

 

 シャツの裾を握り締めながら肩に身を寄せ、頭を乗せてくるレン。

 

 冷静になるととびきりの美少女にこうも入れ込まれているのは悪い気は全く無いし寧ろ喜びでモテ期キターーー!! なんて内心バカ騒ぎしたいのだけれども、それよりも庇護欲が勝っているから意外にも冷静でいられるのは、やはり彼女がなにも知らない赤ん坊の様な存在だからだろうか。

 

 無意識で頭を撫でてしまうのも、恋人の情念とかの甘酸っぱさではなく庇護者として彼女を安心させる為のスタンスになっている感じがする。

 

 まぁ、一緒に居ると約束したのだから一緒に居ることを否定するつもりはない。嫌がる事もない。そもそもあれはもう1つの告白ではなかろうか?

 

 なら男として責任を持つ義務がある。

 

 告白をした相手が人類の母(コピーのロボット)って考えるとレベルたけぇなオイ。

 

「な、なにを考えているのよ……」

 

「考え筒抜けなのどうにかしない? 一方的なのなんかズルい」

 

「イヤ」

 

「あ、そう」

 

 それでも彼女から感じる信頼は心地が良い。自分も人見知りで引っ込み思案。シンジ君の身体と波長が合うのだからつまりシンジ君レベルで他人に対して壁のある人間認定だ。

 

 だから彼女の無条件で無限大の信頼に安心する。そして自分もそのお返しは無上の親愛を向けているのだと思う。

 

「ハイハイ、お熱いのは宜しいところだけど、今ここではそう言った空気は無用よ」

 

「すみません」

 

 リツコさんに謝るが、しかしどうするか。

 

「僕の妹、とかじゃダメですかね?」

 

「碇司令を説得出来るのならそれでも構わないわよ?」

 

 うん。レンを妹枠に据えるなら確かにそれは碇家の問題になるからリツコさんが入る余地がない。

 

 シンジ君でもそうだが、今の赤の他人の自分がゲンドウを説得できる材料がない。

 

「でも俺は、レンと離れるつもりはありません」

 

 敢えて一人称を自分の物にして、レンの肩を抱くことで、何れ程彼女の存在を大切にしているかリツコさんへのアピールとする。

 

 するとレンも寄り掛かっていた体勢から腰に腕を回してきた。もはや梃子でも離れんという意思を感じさせる。

 

「仕方がないわね。コッチでどうにかするから少し離れなさい。独り身には見ているだけで辛くなってくるわ」

 

 リツコさんが呆れ顔で、しかし一瞬切なさを見せたのは。互いに言葉を交わさずとも心で繋がっている自分とレンを、自身とゲンドウの関係と比べてしまったからだろうか。

 

 そんな顔を見せられて、咄嗟にリツコさんの手を掴んでしまった。

 

「どうしたの? 彼女の前で浮気は身の破滅よ?」

 

「独りじゃ、ないですから…」

 

「え?」

 

 そう、リツコさんだって独りじゃない。確かに独り身と言う意味はそうした意味ではないのはわかっている。だがリツコさんの声には本当に孤独であるという意味さえ潜んでいた様に思えたからだ。

 

「ミサトさんだって居るし、……俺だって、居ますから。だからリツコさんは、独りじゃないですから」

 

「……酷い口説き文句ね。なら、その証拠にワタシの事を抱いてみなさい。もちろん、今ここで」

 

 物凄い返しが返ってきてしまったのですが。

 

 もちろん抱けとはただ抱き締めるソレではないと察せるくらいにリツコさんの瞳には暗い物が見え隠れしていた。

 

 それでも、その瞳の奥に、レンと同じものが見える。

 

 以前ならこんな風に他人の機微を深く察する事の出来る人間じゃなかったのだけれども、レンと1つになってなんか変わったのだろうか。

 

 いつの間にかレンの腕も外れていて、手を握ったままリツコさんに歩み寄って、その頬に、手を添えて──。

 

「イタっ──」

 

「冗談よ。女の言葉を全部真に受けちゃダメよ?」

 

 近付いていた額に頭突きとは想定外ですリツコさん。

 

「逃げた。意気地無し……」

 

 ソコ、バッチリ聞こえてますよ。

 

「取り敢えず、彼女の身分は此方で処理しておくわ。アナタ達も疲れているでしょうから、今日はもう休みなさいな」

 

 これは追い出されに掛かっているのが丸わかりである。クールで知的に見えて普段は出来るお姉さんな人なのに、なんだか可愛い人だなリツコさんって。

 

「そうですね。疲れてるのは事実ですから今日はお暇します。行こう、レン」

 

「ええ…」

 

 レンの手を引いて、リツコさんのデスクを出ていく。それでも退出する前にドアの所で一度振り返った。

 

「リツコさんのお陰で俺は独りじゃなかったのは確かですから、自分は独りだなんて寂しいこと言わないでください」

 

「……早く休みなさい」

 

 今は取り付く島も無さそうなので、一礼してリツコさんのデスクをあとにした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ホントに、あの子ったら……」

 

 柄にもなく頬が赤くなっているのがわかる。心臓は煩い程に早鐘を打っている。

 

 意気地無し──。

 

 今さら男に抱かれる事などなんとも思わないはずなのに。

 

「愛情……。愛されることが怖いのね…」

 

 親愛を向けられる程度はどうということはない。それは友好に落とし込む事が出来る。

 

 それでもあの時の彼は、ワタシの能力を欲しているわけでもなく、ただ本当に愛情を持ってワタシを抱こうとしていたから。

 

 それが怖くなって、逃げ出した。

 

 ぶつけた額に手をやる。痛みなんかよりも流れる血流の所為での体温の上昇を感じさせてくる。

 

「悪い男になってしまったわね、彼」

 

 ただ、悪い気はしない。

 

 何故そう思うのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 自分の能力ではなく、自分という存在を求められたからだ。

 

「現金な女ね、ワタシも……」

 

 だから身を引いた。怖くなったのもある。ただそれよりも、こんな穢れた自分で彼を汚したくはないと思ったからだ。

 

「フィールド偏向制御運用実験機AFCエクスペリメント装備。その頭文字を取ってF型装備──ね」

 

 女の自分を落ち着ける意味も込めて科学者の自分を奮起させる材料になりそうな彼の手書きのノートに目を走らせる。

 

 複数の使徒級の相手を想定した武装強化案。増加した装甲重量分低下する機動力を補うのはATフィールド推進装置。

 

 概要も仕様も事細かに書かれている。しかし設計図が書かれていない。概要と仕様を理解できても設計図がなければ造ることは出来ない。こんなに事細かく書かれているのに設計図が書かれていない理由は二つ考えられる。

 

 1つは設計図の秘匿。ここまで書かれていても設計図面が今のところ思い浮かばない時点でこれは今現状では造ることの出来ない装備。そしてネルフ直轄の病院で複数人の医療スタッフの謎の失踪。委員会の息の掛かっているスタッフだった。服だけを残して消えたなんて報告は確かに謎であるが、それが彼女に関わっているスタッフだったと知れば種は割れる。彼女の気分しだいで人類は終わりを迎える可能性がある。

 

 そうした意味では彼に彼女が委ねられているのは幸いだと言える。彼を上手くコントロールすれば少なくとも今すぐに人類がL.C.L.に還元させられる可能性は低くなる。尤も、その反対も然り。彼に何かあれば人類は滅亡する。F型装備はその為の対策装備として開発は急務であること。

 

 まったくとんでもない仕事を押しつけてくれたものだ。

 

 それでも、彼が設計図を書けなかったとしてもこれだけの情報があれば書いてやれないこともない。そうでなければ科学者の名が廃る。

 

「まったく、罪作りなんだから…」

 

 散々引っ掻き回した置き土産がこれとは。まったくやってくれると思うしかなかった。

 

 取り敢えずコーヒーを入れて更に細かい所を読み耽る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「零号機の覚醒。予定外の出来事だったな」

 

「予定外の事は起こる。老人達には良いクスリだ」

 

「しかしどうするつもりだ。零号機の覚醒など此方の予定にもないぞ」

 

 シナリオを修正するにしても、彼が乗れない以上初号機は戦線に立たせる事は出来ない。そして初号機が戦えない現状では零号機を戦線から外すわけには行かない。

 

 つまり次の使徒が来ても初号機ではなく零号機を出撃させるわけであるが。

 

「エヴァの心──魂とも呼べる存在か」

 

「…………」

 

 彼が連れた自らを零号機の心と名乗る彼女。その存在は1つの希望を見出だせはした代わりに、多分の危惧を孕んでいた。

 

「人類が生きるも滅ぶも、彼女の意思1つか」

 

「問題はない。アレを上手く利用すれば間接的にコントロール出来る。それに見方を変えれば我々は時間的猶予を手に入れた事になる」

 

 確かに、碇の言う通り我々は何時でも儀式を執り行えるという段階に進んでいるとも言うが。

 

「いずれにせよ、しばらくは静観か。ゼーレも我々も、手駒を幾つか失ったからな」

 

 諜報関係の末端とは言え人材の減少は無視出来るものではない。そしてそうした人間に限って彼女によって消失させられていると言うことは、我々の悪だくみも彼女には筒抜けである可能性がある。

 

 それを彼が知った時、我々は無に還るだけか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 レンの事はどうなるのかと思ったが、無難に綾波レンという形に落ち着いた。そりゃ見掛けレイと瓜二つですからね、自分(シンジ君)と兄妹にするよりレイと姉妹の方が周りも納得させやすいでしょうね。

 

 ただ肉体年齢が上がってしまった自分はどうなるのか。

 

「アナタには悪いけれど、碇シンジは長期入院。入れ換えで徴用された兄という身分に落ち着かせるわ」

 

「まぁ、見た目からして違っちゃいましたからね」

 

 今の自分はシンジ君を数年大人にさせた様な見た目だ。背も伸びてるし、顔の造りも美少年だったのがイケメンになってもいるし。

 

 何処となく加持さんの面影も見えたのはきっと適当にゴム紐で纏めた後ろ髪の所為だろう。デザイナー同じ人だからというメタさもあるのかね?

 

 しかしシンジ君の名前を変えたとして、どんな名前がしっくり来るのかと考える。

 

「あの、綾波名字じゃダメですか?」

 

 名前を今すぐに変えろだなんて難しい難題よりも、名前よりも変え易い名字を選べないか告げる。

 

 Qではユイさんが碇ではなく綾波名字に変わっている。六分儀はちょっと固すぎるし、そっちを使うならなおさらあの人と話さなければならないだろう。

 

 そういう意味では自分は逃げている人間のままだと自覚する。

 

「そうね。難しくはないけれど、それで良いのね?」

 

「はい」

 

「綾波レン、綾波シンジ──そう、ワタシはアナタと同じ名前になるのね…」

 

 そう言いながら座ってコーヒーを飲んでいた自分に背後からあすなろ抱きをするレン。1つになるが他人が居るという行為を好む傾向にある彼女は嬉しいことがあると抱き着く抱き着き魔でもある。

 

 サクッと考えて出たのはシンとかレンジとかレイジとか、なんやレイが多いというね。だからシンジ君の名前で良い名前が浮かばない。自分はシンジなので出来ればこの名前は変えたくはないかなぁ。

 

 それにしては最近シンジ君エミュレートが不具合な気がしてならない。感情が昂るとどうにも崩れる気がする。

 

「それで、学校に関してだけれど」

 

「……やっぱりムリですよね」

 

 そりゃ中学生の中に高校生が居座るようなものだ。普通に考えて無理だろう。まぁ、一週間程しか行ってないから思い入れは薄いけれども。

 

「家庭教師から習う方法もあるけれど、前にも言った通り学校で培われるコミュニティは掛け替えないものになるわ。だから教育実習生として第一中学校に行って貰うわ」

 

「はい、わかりました。……はい?」

 

 え? なんで教育実習生なの? そこは高校通いじゃないの? 高校だってあるの知ってますよリツコさん!

 

「仕方がないのよ。ウチが顔を利かせられるのが中学校の方なんですもの」

 

 確か第一中学校2年A組は全員エヴァのパイロット候補で、マルドゥック機関直轄でしたね。その流れで教育実習生としてネジ込みますか普通。

 

 時折思うけど、エヴァの大人ってバカじゃないのかって。

 

「レンはどうするんですか……」

 

「その子に関しては長期入院から退院できた設定にしてクラスにネジ込むわ。アナタよりかは簡単だし女の子だから受け入れられ易いわ」

 

 物凄い男女不平等を見た。

 

「これから大変よ? 最低限中学2年生の勉強は覚えて貰うから」

 

「あんまりですよそれぇ……」

 

「仕方がないわ。受け入れなさい」

 

 今は14歳のシンジ君の身分が憎い。

 

 しかしレンも他人と関わらせて情緒を育てるという意味では学校には通わせてあげたいし、そうなるとやるしかないわけか。

 

 あぁ、何処の誰だよ中学生をロボットに乗せて戦わせながら学校にも通わせて日常と非日常の同居から壊れる日常を演出するなんてやった酷い大人は……。

 

 

 

 

つづく。



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午後、小さな前進

こんな感じの作品を多くの人に読んで貰えていると思うと嬉しくて満たされますね。

しかし日常ってダラダラ書いちゃうから少し長くなってしまったわ。

そんでもって次のアイツどう倒そうか悩む。だから緊急アンケするわ!!(唐突。

期限は明日の12時で良いかな?



 

 レンとの生活は、まぁなんというか、心は満たされるが大変である。

 

 ゲスな言い方をすれば、息子がお世話になった美少女が自分に対して全幅の信頼を寄せて四六時中一緒に居てくれるのだ。

 

 それこそ日本全国の男子の夢を味わっている感動すら覚えるのだが。

 

 食事をしても100%吸収される彼女と違い、自分の場合は3割エヴァ由来の構成素材になっても一応人間なので排泄はする。だからトイレにまでは連れて行けないのだ。

 

 自分も許す限り彼女を連れ歩かせているが、トイレは流石に恥ずかしい。排泄を美少女に見せて興奮する特殊性癖持ちではないのだ。

 

 病院の検査の時も男女別で検査していたからトイレくらい平気だろうと思ったものの、病院の時は悪だくみする大人の炙り出しで必要だったから離れただけらしい。

 

 そこはトイレも必要なんで離れて欲しいと言うと、物凄くしょんぼりとする彼女。だがここは心を鬼とする。たいがいの事はダメと言わない自分でもハッキリとした線引きはしますよ。

 

 代わりにお風呂一緒に入ることになりました。

 

 知識としてお風呂の入り方知ってそうだし、自分もお風呂の入り方をイメージしても彼女は1人でお風呂に入らない。リツコさんにヘルプを申し込もうとしたけれど……。

 

「アナタのお陰で忙しいからアナタが責任持って何とかしなさい」と言われてしまう始末。

 

 いやその、ね。お陰様で零号機もカッコ良く改修が進んでますね。途中であるがその造形は零号機改Ⅱ型として生まれ変わりつつあった。デザインが好きだからF型装備のベース機体のデザインとして描いていたのだ。

 

 F型装備は初号機、零号機、弐号機の三種が存在し、三種とも零号機改Ⅱ型に装備させる形で書いておいた。でないと初号機はともかく弐号機なんてシンジ君は影も形も知らんのだから描けなくて当然である。

 

 話は戻るが。

 

 自分は18歳の設定。レンとレイとは兄妹の設定。シンジ君と兄弟設定は白紙だ。でないとゲンドウが畜生になる複雑怪奇な親子関係になってしまう。なおマジで不倫はしてたから残当だけど、自分の年齢設定を加えると、子供居たのに他の女と結婚して更に子供を作った外道になる。

 

 だからシンジ君との兄弟設定は白紙。リツコさんはちょっと残念そう。アンタ自分が惚れてる相手をドン底に陥れる事が出来なくて残念がるなんてどうしてるんですか。え? 所詮能力だけを求めた男には良いクスリになるって?

 

 うん、リツコさんだけは敵にまわさないでおこうと強く誓った。

 

 また脱線した。

 

 自分は18歳設定。レンは17歳。

 

 身体も17歳らしくていうかJKはホント日本男子に突き刺さる年齢なんで勘弁してくれ。

 

 余裕そうに見えてコッチは内心かなりいっぱいいっぱいよ!!

 

 部屋は監視されてるだろうから目覚めてから一度も自家発電してないのよ! そんなところにドストライクに刺さる女の子の裸なんて我慢できる男が居るならソイツは神様だよ!!

 

 かといってじゃあ手を出すのかと言われたら、それも怖い。

 

 確かにレンは全幅の信頼を寄せてくれるが、それが愛とかそうしたものとは違う。子が親に甘えるそれだと思う。

 

 こんな自分を誰が愛してくれるのだろうか。それこそ親や家族でなければ愛してくれないし、受け入れてもくれない。愛しつづけてくれるのはそんな人たちだけだ。

 

 だからレンの信頼は嬉しい反面怖くもあるのだ。

 

 もし自分が親愛以上の情念を彼女に向けてしまった時、それを彼女が受け入れてくれるのだろうかという自信がない。確信がない。

 

 シンジ君やミサトさんの事をとやかく言えないくらい自分は臆病で、ちっぽけで、弱虫なんだ……。

 

「はっ、せい、ていっ、てやあ!!」

 

 そんな自分を隠すために、強さというヨロイを身に纏う為の訓練に明け暮れた。

 

 ミサトさんに白兵戦訓練がしたいと相談した。

 

 エヴァは思考で動かす兵器だが、乗っている本人がズブの素人じゃその持ち味も半減するだろう。

 

 そりゃアニメのロボットものの動きとか参考になるけれども、白兵戦技能は生かせるはずだ、伊達に人型をしていないのだ。その有用性と可能性は無限大だ。

 

 そこで紹介されたのは日向さんだ。

 

 ミサトさんは作戦課部長であるから忙しい。いやオペレーターであの場に座っているメインオペレーターの1人なんだから日向さんも忙しいはずなんだけどさ。

 

 ミサトさんに頼まれたら断れんよなこの人。

 

 日向さんには申し訳ないことをしたと思う分を訓練にぶつける。

 

 日向さんは国連軍に出向していたとかで白兵戦を教えて貰った。他にはエヴァのB型装備はプログナイフを装備している為にナイフの扱い。F型装備ではプログダガーなのでダガーの扱いも一通り。

 

 銃に関しても習いたかったが、そっちは自分より上手い相手が居ると言われて紹介されたのはなんと青葉さんである。

 

 旧劇では銃を撃てないマヤさんを守りながら戦自と戦っていたから成る程と受け入れられた。

 

 青葉さんからは射撃技能。拳銃とサブマシンガンの扱い方を教えて貰った。それ以上のもの、銃から上の火器になると手を出すには専門職が必要になると言われて、取り敢えず見送っている。

 

 午前中は勉強に当て、午後は戦闘技能訓練に明け暮れた。

 

 ちなみに日向さん、青葉さん、マヤさんの三人は自分が碇シンジであることを知っている人たちに含まれている。流石にシャムシエルを殲滅した後に普通にミサトさんと会話してバイタルに異常もなかったシンジ君が長期入院して代わりに自分が徴用されたなんて言うのは何も知らない人間にしか通用しない。──トウジとケンスケに通用するかは微妙だが。

 

「呑み込みが早いなシンジ君は。特に足運びなんか覚えるのは早かったし。何か武道の習い事でもしていたのかい?」

 

「あ、いえ。学校で少し柔道の授業があっただけですよ」

 

 シンジ君の記憶を掘り起こせば出てくる記憶。うわぁ、モヤシっ子だからってイジメの代わりに随分酷くイビラれていたらしい。

 

 表立って手を出せる最大の時間だからなぁこういう内容の体育とか。

 

 休憩がてらに日向さんの問いに答える。柔道は自分も軽くやったことがあるから、その経験で足運びは覚えるのも早かった。と言うか命掛かってますんで覚えるのは必死です。

 

「…そうだよなぁ。見た目は高校生くらいになっちゃったとはいえ、君はまだ中学生なんだもんな。それがエヴァに乗って使徒と命懸けで戦わないとならないなんて、同じ立場になったら逃げたくなるよ僕なら」

 

「日向さんだって戦ってるじゃないですか」

 

「君とは比べ物にならない安全な地下で葛城さんに報告をあげてるだけだけどね」

 

 そんなものだろうか。自分からすれば日向さんだって立派に戦っている人の1人だ。ネルフにスカウトされている時点で能力には問題ないのだし、そしてネルフ本部は対使徒戦の最前線だ。

 

 エヴァが負ければ後の無い背水の陣でも逃げずにオペレーターしてる上に戦自とも、そりゃ死ぬから戦うしかないにしても逃げずに戦っていたのだ。

 

「僕はシンジ君を尊敬するよ。作戦課はね、次の使徒襲来時の作戦を考える為にエヴァの中から見た映像も閲覧するんだ」

 

 え? そんなん初耳なんですけども!! つまり何? 前回のテンションMAXやらかし恥ずかし全部筒抜けなんですか!?

 

「実際に同じ視点に立つとわかるよ。アレは僕でも逃げ出したいくらい恐い。でもシンジ君もレイちゃんも逃げずに戦ってる。僕たちは君たちの勇気に生かされているんだってつくづく思うよ」

 

「日向さん……」

 

「だからエヴァに乗れない僕に出来る事は君たちの為に精一杯を尽くすことだけだ。本当に戦いなんて素人な君に戦うことを強要しなくちゃならないことは情けないし心苦しい。けれど、それでも僕たちは君たちに未来を託すしかないんだ……」

 

 そう語る日向さんの顔は苦虫を噛み潰したように険しかった。

 

 そんな風に考えている人が居るだけでも有り難いことだと思う。

 

 エヴァのパイロットだから戦うのが当たり前だなんて思うのではなく、子供の為に葛藤と苦悩を胸に秘めてくれる大人の人が居るだけで、少しだけ嬉しいと思うのは変だろうか。

 

「僕も、自分に出来る精一杯をしているだけですよ」

 

 碇シンジだからエヴァに乗って戦わなければならない。そうでなければ自分の居場所がない。

 

 それでも、守りたいと思うものがあるから戦おうと思える。

 

 戦うことで守れるものがあるから、だから戦える。

 

 その為には強くならないとならない。

 

 痛いのだってイヤだ。辛いのだってイヤだ。

 

 でも強くなるには痛いのも辛いのも我慢して耐えて行かなければならない。

 

 守るための苦しみなら耐えられる、人間というものはきっとそんな生き物だ。

 

 それすら耐えられなかった自分に言えたセリフじゃないけれど。それでも今は、今の自分に出来る精一杯をしている。

 

 技能訓練もそう、勉強もそう。

 

 イヤなら投げ出しても、逃げ出せもする。

 

 それでも続けているのは、守る為なんだ。

 

「守りたいものがあるから、頑張れるんですけどね」

 

「男の子だなぁ、シンジ君は」

 

 2人で顔を向けあって笑う。この辺はリアリストな青葉さんよりも日向さんとの方が波長が合うのかもしれない。

 

「もう一本、良いですか?」

 

「あぁ、良いとも。付き合うよ、シンジ君!」

 

 休憩して上がるはずだけど、我が儘を言ってもう一本、白兵戦の訓練を付き合って貰った。

 

 所変わりそこはネルフ本部内部の射撃訓練所。

 

「シンジ君は手先が器用なんだな」

 

「はい。こう細々してるものを組み立てるのとか少し好きですね」

 

 青葉さんと訓練で使った拳銃の整備をしていた。使ったのはベレッタ92 米軍とかではM9の名前で呼ばれていて、日本だとベレッタM92と呼ばれているらしい。

 

 銃に関してはエヴァの訓練で使うけれども、MAGIの補正も入る機械と実銃じゃまるで違った。反動は凄い音も凄い。そして狙った所には当たらない。

 

「もう少し肩の力を抜いた方が良いんだ。力んでるから照準はブレるし、撃つときに反動を逃がすのに手首を動かすから余計狙いがズレるんだ。それは直した方が良い、手首を痛めるからな」

 

 そんな感じで的確にダメな所を指摘してくれるから青葉さんの指導は解りやすい。

 

「しっかしエヴァのパイロットは大変だな。実銃を撃つ訓練まであるなんてな」

 

「いえ。個人的に頼んだんですよ。エヴァで扱うなら生身でも扱いを覚えた方がイメージしやすいだろうなって」

 

 そこんところは建前で、本音は戦自侵攻の時の自衛手段の確保でもあった。四六時中エヴァの中に居られるわけでもない。どうなるかは解らないけれども、自分の身を守れる手段が欲しかったのもある。

 

「成る程なぁ。ちなみにエヴァってどう動かすんだ? 概要を知ってはいるけど、考えれば動くってイメージ湧き難くてさ」

 

 そういえば思考制御・体感操縦式のロボットってエヴァ以前でメジャーだとなんなんだろうか。一部ならガンダムのファンネルなんかがそうなんだろうけど。

 

「例えば歩くときに一々右足上げて左足踏ん張ってバランス取るとか考えませんよね?」

 

「なるほど、そんな感覚か。そりゃイメージ掴むなら扱いを覚えても損はないな」

 

「それにパイロットですから、万が一もあるでしょう?」

 

 諜報部が護衛してくれているとはいえ何が起こるかわからない。まぁ、起こるとしたら最後の最後なんだろうけど。

 

「シンジ君は賢いな。オレが同い年の時で同じことを考えられるかどうか。そもそもエヴァに乗って戦うのだって恐くてイヤかもな」

 

 日向さんもそうだが、青葉さんもエヴァに乗って戦うのは恐いと思うのか。

 

「得体の知れないヤツとの戦いなんて考えるだけでも溜め息吐けそうだ。この間とその前でも経験が生かせない相手と戦うなんて頭痛くなるよ」

 

「でも青葉さんだって発令所で戦ってるじゃないですか」

 

「シンジ君や葛城さんとかマコトよりはマシさ。オレの仕事は関係各所への通達やら要請の橋渡しに報告とか敵の分析とかだからな。直接目の前でステゴロするシンジ君よりは楽な仕事さ」

 

 「もっと武器とか増えれば良いけどなぁ」と言う青葉さん。

 

 確かに武器は増えて欲しい。その辺リツコさんにも上申しているけれども、最近ちょっとコワいのだリツコさん。なんか目が血走ってる。

 

「な、アレ何があったんだな。マヤちゃんも知らないって言ってるしさ」

 

 可能性としては例のノートの事なんだけど。確証はない。それでもデスクに行けばコーヒーはご馳走してくれるんだよなぁ。

 

「んで? シンジ君的には本命は誰なんだ」

 

「はい?」

 

 ニヤニヤして話を振ってくる青葉さん。いやその辺のキャラは加持さんだと思っていたけれど、青葉さんそんな人でしたっけ?

 

「皆ウワサしてるぜ? 赤木博士に春が来たとか、博士とレンちゃん2人を手玉にしてるとか」

 

「事実無根ですよ。レンはそもそも妹みたいな娘ですし。リツコさんは保護責任者ですし」

 

「でもレンちゃんは毎日ベタベタしてるんだから思うところもあるんだろ?」

 

 なんか肩に腕まで回してくる青葉さん。イヤホントそんなキャラでしたかアナタ?

 

「…ない。わけじゃない、ですけど……」

 

 はぐらかしても面倒そうだったから正直にゲロる。こういうのは知らん振りしても仕方がないのだ。

 

「ほほぅ。んで? 博士はどうなんだよ?」

 

「別にリツコさんは別ですよ。一応保護者なんですから」

 

「それだって赤の他人だろ? あの人男寄せ付けませんって所があるけど、結構男内じゃ人気なんだぜ?」

 

 「それがシンジ君には特にそんな様子も無く接してるんだから気になるだろ?」と言ってくる青葉さんの本音はそれだろう。

 

 なんかこう、クラスで人気のお堅い委員長に唯一構って貰っているからその秘訣を聞き出そうとするノリのアレに近い。

 

 イヤアンタら大人でしょうが。そんなこと聞き出したって実らんぞそもそもリツコさんの本命はゲンドウなんだから。

 

 しかしネルフではリツコさんとあの人が肉体関係持ちとは噂が流れていないのかね。その辺リツコさんが徹底しているのか。ネルフ本部の長が部下に手を出してたなんてのは普通にスキャンダルだからか。

 

 まぁ、真面目な話をした日向さんとは反対に青葉さんとはそんなくだらない話をする。

 

 そんなこんなで自分は白兵技能と射撃技能を習得しつつ、エヴァの武装関連に関してはマヤさんにチェックして貰っている。

 

「ホント、男の子ってこういう武器の発想力って結構高いのね」

 

 リツコさん大好き人間のマヤさんだから嫌われているかと思ったけれども、そんなことは無いようで少し安心。まぁ、エヴァに関わる重要スタッフの1人だから嫌われると今後の戦いに支障が出るので嫌われないに越した事はない。

 

「使徒と直接戦ってみてわかるのは、遠距離戦よりもATフィールドを中和して近接戦闘をする方が良いみたいですからね」

 

 絵で描いているのは鉄の棒──所謂バットやトマホーク、ハンマーとかの物理攻撃兵器だ。

 

 ちなみにドリルは──一応描いておいた。エヴァ並みに大きなドリルを装着する意味は多分ない。質量差でエヴァの腕が多分折れる。ATフィールドでならやれないこともなさそうだから次回以降必殺技として考慮。同じ会社だし螺旋エネルギーとかあるんじゃなかろうか?

 

 ちなみにそれぞれの有用性を添えてあるが、言ってしまえばエヴァで振り回す大きさのバットやトマホーク、ハンマーはそれだけで大質量の武器だ。質量isGodなのはスパロボで証明されている。

 

 エヴァは全高80m級と特大特機サイズなので、スーパーロボット向けの戦い方が出来るはずなのだ。

 

「こういうことは本当なら私たちの仕事なのに、シンジ君には負担掛けてばっかりで情けないよね」

 

「逆だと思いますよ? 現場から欲しいものを上申出来るのって、欲しいものを用意して貰えるのはその分戦いを有利に進められますからね」

 

 とはいえ、ラミエルはどうやって倒すか。擬似シン化第1覚醒形態ならATフィールドで荷粒子砲を防げそうではあるが、攻撃が通るかどうか。エヴァ2でならポジトロンスナイパーライフルでなくとも超近接攻撃でなら荷粒子砲の射角の死角に入り込んで戦えるけれども、そう都合良く行くだろうか。

 

 レイは先の戦闘で縫合痕が少し開いて再入院。リツコさんの話では全治2週間から3週間程度という事らしい。水泳の授業の時はレイの怪我は完治している様子だったから、ラミエルが来るのもまた約1ヶ月程度の余裕があるのだろう。

 

 となると初号機の出撃も間に合うのだろう。しかし零号機とどちらを出撃させるのかはミサトさんか、あの人次第なんだろう。

 

 シナリオを修正する為に初号機を送り込むか。使徒に勝利する為に零号機を送り込むか。

 

 S2機関を搭載している零号機に凍結が言い渡されないのも不気味だ。或いは使徒を殲滅するまでは使い潰す腹積もりか。いずれにせよ、補完計画を発動するためにはアダムの仔である使徒の存在は邪魔である。その意味ではゼーレもあの人も思惑は同じ、そして自分もサードインパクトを使徒の手で起こされては堪らないので利害が一致する。使徒を倒すまでは戦う必要がある。

 

 問題はその後だが、今から考えても仕方がないか。なにしろこれから一年弱は使徒との戦いに明け暮れる日々なのだから。

 

「どうかしたの? シンジ君」

 

「あ、いえ。ちょっと次の使徒ってどんなのが来るのか考えてて」

 

「そうね。この前もその前も、全く姿も能力も違っていたから、次も私たちが想像もつかない相手かも知れないわ」

 

「万能型から近接型と来たから次は遠距離型というパターンあるんじゃないですかね?」

 

「……言われてみれば、その可能性もあるわね。凄いじゃないシンジ君! MAGIに計算させて考えられる使徒のパターン予想に掛けてみるわね!」

 

 いや原作知ってるんでカンニングしてるようなものだから褒められると少し心苦しい。

 

 しかしマヤさん男嫌いのイメージがあったからこんなにもスムーズに話が出来るとは思わなかった。

 

「男ってなんかイヤな感じなのよ。こう視線とか…」

 

 「日向さんや青葉さんはそんなことないんだけどね」と告げるマヤさん。

 

 いや確かにマヤさんカワイイ人だからきっと大学時代でもその手の視線とか受けまくったんかもわからんが。その辺職務に忠実な日向さんや青葉さんはマヤさんの事を職場の同僚として見ているからなんじゃなかろうか。詳しくは解らないけれども。

 

「シンジ君も、あまり女の子にそんな視線向けちゃダメよ?」

 

「向けませんよ。時と場合と場所くらい弁えますし」

 

 確かにマヤさんはカワイイ人だが、だからといって出会って間もない人にそんな邪な視線を向けるはずもない。──レンの事は考えないものとする。あの娘は例外中の例外だ。

 

「レンちゃん、だっけ。あの娘と付き合ってるのならなおさら気をつけないとダメだからね? ああいう純粋な娘ってそういう視線に敏感だから」

 

「ええ、はい。気をつけます」

 

「そもそも男ってなんで──」

 

 なんか熱の入ってしまったマヤさんに男のダメな部分を列挙され、精神的なダメージが蓄積される。助け船を期待するが、日向さんも青葉さんも目を背けやがった! ちくせぅ。

 

 ちなみにレンは勉強に勉強三昧。中学二年生レベルになるまでひたすら勉強。

 

 その点自分から引き出した知識を役立てて小学生の勉強はあっという間にクリアして今は中学一年生の勉強に入っている。

 

 着実に準備を整えながら、その日は訪れるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 シンジ君が零号機との起動実験に挑み、零号機に取り込まれた。

 

 リツコから直接聞いたとしてもそれはワケの解らないことばかりだ。そもそもエヴァってなんなのよ。パイロットを取り込んでしまう兵器なんて欠陥品も良い所だ。

 

 まさかそんな危険なものにシンジ君を乗せてしまっていたなんて。

 

 戦場に送り出すのだって危険と隣り合わせなのに、アタシはシンジ君を地獄に叩き落としたのも同じだ。

 

 そして第4使徒殲滅後に一週間ぶりに会ったシンジ君はすっかり見た目が変わってしまっていた。

 

 いやなんでよ!? ってリツコに問い詰めたら、部外秘として話されたのが零号機に取り込まれたシンジ君は自らを再構築して戻ってきたという。だからってなんで見た目が大人っぽくなってるのかはリツコにも判らないらしい。

 

 一瞬、シンジ君にアイツの姿を重ねてしまったのはシンジ君の髪型の所為だ。だから髪型変えた方が良いと言ったのだけれど、シンジ君は今の髪型が気に入っているらしい。はにかむ姿が昔のアイツに似ていた。だから少しまた、シンジ君には会い辛くなってしまった。逃げちゃダメと彼に言ったアタシが逃げている。都合の良い女だと自分を嫌悪する。

 

 それはシンジ君と一緒に紹介されたレイと瓜二つだけれども、レイよりも大人びた姿のレンちゃんを見てよりシンジ君から目を背けた。

 

 柔らかく包み込む様にレンちゃんに微笑むシンジ君がどうしてもアイツに重なってしまうのだ。

 

 未練なんてないと思っていた。アイツに感じたものをまさかシンジ君からも感じるなんてアタシはどうかしてる。だから恐くてシンジ君とはまたあまり話せない。

 

「隣、良いですか? ミサトさん」

 

「え? えぇ、良いけど。他にも空いてる席はあるわよ?」

 

「そうですけど、1人で食べるの味気ないじゃないですか」

 

 そう言うシンジ君は1人だった。レンちゃんはどうしたのか訊いてみれば、「まだ午前の勉強終わってないみたいで。お腹空いちゃったんで先にお昼食べちゃおうって」と、会話する分には以前のシンジ君と変わりはない。仕草もそうであるけれど、見た目が変わっただけでここまで自分をざわつかせるなんて思いもよらなかった。

 

「そういう時は終わるまで待って上げるのが男の子よ?」

 

「良いんですよ。レンは良いって言ってるし」

 

 互いに疑いの余地も無い程の信頼関係。

 

 互いに傷を舐め合う様なものではない、眩しい関係に目を背ける。羨ましいと思った。

 

「それにしてもミサトさん、最近なんか余所余所しいですよ。僕、なにかしましたか?」

 

「そ、そんなことないわよ? ただちっと忙しいだけなのよぉ」

 

 いきなりストレートで来る辺り、見た目は大人びても中身は変わらないという事か。それだけならこんなに彼を避ける必要なんてないのだろうけれど。

 

「そうですか? でも何かしてたら言ってください。直しますから」

 

「ええ。その時はちゃんというから、なんともないんだから気にしなくて良いのよ」

 

「はい。わかりました」

 

 精神的な優位に立っていればやっぱりそうでもない。だから一歩引いて接すれば問題ない。

 

 けれども、その一歩を踏み越えた時、どうなるのかは判らない。恐いのだ、彼の優しさに触れてしまうのが。だから自分の殻に閉じ籠り必要最低限しか踏み込まない。あくまでも上司と部下として接するので丁度良いのだ。

 

「あら、珍しい組み合わせね」

 

「リツコさん!」

 

 リツコも昼食に来たのか、シンジ君の声色が上がる。シンジ君、リツコの事好きよねぇ。

 

 毎日コーヒーご馳走になってるって聞くし。あのリツコが男相手に毎日コーヒーご馳走するなんて相当だ。

 

「マヤから聞いたわよ? また突飛な物を注文してくれたわね。技術課の男たちが変に張り切って抑えるのが大変よ」

 

「すみません。僕からすると必要かなぁとは思っただけなんですが」

 

「エヴァの全高並みの掘削機に必要性があるとは思わないけれど?」

 

「ア、アレはちょっとした遊び心ってヤツで…」

 

「まぁ、前線からの有意義な意見書なのは間違いないけれど、今度からは抑えなさい。ドリル造るんだって一部のバカな男たちが本気で造ろうとしてたんだから。ウチにそんな無駄な物を造る予算は無くってよ?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 会話の内容はエヴァの新武装についての事だったらしい。しかし内容に対してリツコはなんだか楽しそうだ。あんなリツコ見たことない。風の噂じゃシンジ君にホの字じゃないのかと言われているのが納得できる和気藹々感だ。

 

「ねぇリツコ、アタシも居るのにシンジ君ばかりに構ってちゃ寂しいわよぉ」

 

「あら。今のはパイロットと技術者としての意見交換ですもの。現物が出来たらアナタにも見せるわよ」

 

「そういうんじゃなくてねぇ」

 

「まぁまぁミサトさん落ち着いて。食事の席で仕事の話をしちゃった僕たちが悪いんですから」

 

「そうね。少し無粋だったかも知れないわね。無粋ついでに相席良いかしら?」

 

「僕は構いませんけど、ミサトさんは?」

 

「お好きにどーぞ」

 

「まったく、これくらいで拗ねるなんて。変なところで相変わらず子供っぽいのね」

 

「良いじゃないですか。その方が親しみがあって」

 

「親しみと子供っぽさは社会人としてはイコールにならないのよ。気をつけなさいシンジ君」

 

「はい、わかりました」

 

 スラスラと自然に話すリツコとシンジ君の会話からアタシは仲間外れだ。いや、自分からシンジ君を避けているのだから会話に入っていけないのも当たり前か。

 

 作戦部長として戦闘時に指揮を預かる身としてパイロットとのコミュニケーションを築けて居ないのは指揮官失格ね。

 

 しかし男の子は食べるの早いわね。

 

 会話を一旦切り上げてからリツコもシンジ君も無言で食事をするからこっちも無言になってしまう。なんというか話し掛ける空気じゃない。

 

「ごちそうさまでした。リツコさん、午後は零号機のシンクロテストで良かったんですよね?」

 

「ええ。14:00から実施よ。遅れないでね」

 

「わかりました。ミサトさん、お先に失礼します」

 

「ええ。またねシンジ君…」

 

 食堂から彼が去っていき、気抜けして肩を落とした。

 

「何をそんなに肩肘張っていたのよ」

 

「なんでもないわよ。コッチの話…」

 

 そうリツコが話し掛けてくるが、リツコの事だから見透かされている気がする。

 

「シンジ君にリョウちゃんでも重ねてたのかしら?」

 

「アンタねぇ、普通判っててソレ言う?」

 

「口にしなければ正解かは判らないじゃない。それに、見た目は似ている所があっても中身は別物よ。あの子、ああ見えて甘えたがりですもの」

 

「へいへい、好かれてるリツコ大センセイ様は良くご存知でいらっしゃいます事で」

 

「不貞腐れても変わらないわよ。アナタももう少し彼と関わるべきね」

 

 「指揮官とパイロットが不仲で使徒に負けたなんてくだらない理由で死にたくはないでしょ?」なんて言い残してリツコも行ってしまった。それが出来れば苦労しない。

 

 自分は彼に対してどう思っているのか。

 

 リツコの言っている言葉の意味が判らない程自分は子供じゃないつもりでいても、そう簡単に踏み出せるのなら苦労はなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ジオフロント──ネルフ本部内は空調が整っているから良い。しかし地上は熱い。セカンド・インパクトで地軸がズレてしまった地球。日本は四季を失い常夏に。しかしジメジメした湿気が少し和らいでいるからか、それとも南極が蒸発したからか、思っていた以上に暑いとは感じない。最高気温40度超えとか経験してると暑さのハードルが変わるらしい。

 

 シャムシエル戦より一月。いよいよ次なる戦場へと出撃する。

 

「では今日から赴任する教育実習生を紹介する。綾波君、入りなさい」

 

「はい。失礼します」

 

 半袖のYシャツは男子と変わらないけれども、小脇には教材を抱えてネクタイも締めている教師スタイルだ。

 

「綾波シンジと言います。教育実習生として今日からお世話になります。それと──妹の綾波レンです。レン、自己紹介して」

 

「綾波レン──よろしく」

 

「綾波先生は綾波レイ君の兄で、レン君も同じく姉だが、レン君は長期入院していて学校に来るのは初めてだそうだ、みんな仲良くして上げなさい」

 

「「「「「きゃーーーー!!!! イケメンセンセーーーー!!!!」」」」」

 

「「「「「うぉぉぉぉーーーー!!!! 綾波属性が増えたーーーーっ!!!!」」」」」

 

 担任の根府川先生から簡単な説明が終わるとクラスが爆発した。

 

「ちょっとぉー!! 静かにしなさいってば!!!!」

 

 委員長が声を荒げるが誰も聞いちゃいない。あと男子諸君、気になるのはわかるが明らかにレンの胸元見すぎだ。

 

「ちょっとうるさい……」

 

「仕方がないよ。こういうものなんだから」

 

 まぁ、アニメの世界だからこんなオーバーなリアクションになるのかな。現実だと普通に静かだけど。

 

 担当教科は国語になる。まぁ、総合的には社会が得意だけれど何処でボロが出るか判らないから無難な国語にさせて貰った。

 

 そして一限目から国語だけれども、最初は自己紹介とかの軽いオリエンテーリングになるのはお約束である。

 

「はーい先生!! 彼女とか居るんですかぁー?」

 

「ちょっとなに訊いてンのよ!!」

 

 一発目の質問はお約束の流れだ。委員長がまた声を荒げた。なんというか姉が居て妹が居ていろんな意味で早熟しているから大変そうだ。

 

「えー? 委員長だって気にならないの?」

 

 その辺のコイバナ大好きだもんね女の子って。思春期爆裂中の中2なんか特にそうだろう。

 

「彼女は居ないけど、今は仕事で精一杯だから恋愛とかは考えてないかなぁ」

 

 そんな感じで無難に答える。いやマジ余裕ないから恋愛なんてムリだ。それに此処に居る女の子にアプローチされても教育委員会に突き出されてお縄物だ。

 

 とは言いつつも不満気なレンに視線を向けて微笑んでおく。大丈夫、レンの事を嫌ってるワケじゃないからと。

 

「うわっ、なんてイケメンスマイル。ヤバすぎない?」

 

「カッコいいのに柔らかい感じが直視できない……」

 

「お兄ちゃんて呼んでみたい…てか抱かれてみたい。良い匂いしそう……」

 

「「「わかる…」」」

 

「でも先生って似てるなって思ってたけど、この前転校してきた碇君と似てるよね」

 

「もしかして親戚だったりとかして」

 

 流石は委員長スルースキル高いっスね。しかし普通に気づきますよね。年齢差で違いがあるくらいで身体は本人ですからね。丁度良く話題に上がったから次の立場を差し込む。

 

「うん。このクラスに転校してきた碇シンジ君は僕の親戚なんだ。だから顔とか似てるんだよね」

 

 これぞ必殺綾波家は碇家の親戚である。──新劇なら間違いじゃないんだよなぁ。

 

「そ、そうだったんですか…」

 

 シンジ君が身内だと判ると何故か暗い顔をする委員長。優しい子だから転校して数日で1ヶ月も休んでるシンジ君の事を心配してくれているのだろうか。なんというか良心が痛い。

 

 そしてあからさまに視線を自分から外したのは、やっぱりトウジだった。ケンスケはなにやらメガネを煌めかせていて表情は計り知れない。

 

「まぁ、少し長い入院になってるけど、本人は元気だから気にしないで」

 

「は、はい……」

 

 うーん、委員長ホント良い子だ。だから余計に良心が痛む。

 

 授業は無難に終わって他のクラスでも国語を担当してまわって、お昼に2年A組まで戻ってくる。

 

「レン! お待たせ」

 

 自分の姿を認めると、周りを囲っているクラスメイトを無視って席を立ち上がりすっ飛んで来てダイブしてくる。それを両手が塞がってるので腹筋と背骨で受け止める。ドッと衝撃が来るけれど耐えてこそ男の子だ。

 

「遅い…」

 

「ごめんて。お昼しよ」

 

「うん……」

 

 とはいえこの教室には綾波がもう1人居る。

 

「レイ…」

 

「なに…?」

 

 なんかシンジ君の声でレイを名前で呼ぶのは違和感あるけれど、これも勝手なイメージの押しつけだし、何より兄妹設定なのに名字読みはおかしいだろう。

 

「お昼、一緒に食べよ」

 

「…ええ」

 

 断られなくて良かった。レンは二つ返事で直ぐに飛んでくるけれど、レイに関してはなにがどうかなんて未だにない。それこそ兄妹になることを伝えたくらいだけであるからだ。

 

 だから今も当たって砕けろという覚悟でぶち当たった。

 

 結果はオーライかな?

 

 足を運ぶのは屋上だ。流石に教室に居座って食べるのには目が多すぎて食べ難いと思ったからだ。

 

 今日のメニューはおからハンバーグとほうれん草のソテー、きんぴらごぼうだ。

 

 ちなみにレンは今のところ好き嫌いはない。なんでも食べる。だがレイは確か肉が嫌いなのを思い出した。だから食べられそうなおからのハンバーグ作ってみた。肉嫌いという単語から肉料理が頭を離れなかった。

 

「……美味しい」

 

 そうレイが溢してくれて肩の荷が降りた。レイの味の好みなんて分からないから、レンの好む味=自分好みの味で、醤油ベースの餡掛けソースになっている。

 

 レンは掻き込む勢いで平らげると、胡座を掻く足の中にその丸いお尻を納めて自分に寄り掛かってくる。

 

 いやレンさんや、まだ自分メシ食ってるんですが。

 

「そう…」

 

 こりゃ動く気ないなと悟り、仕方がないのでご飯は中断だ。

 

「どうだった? はじめての、人間の中での触れ合いは」

 

「みんな、ATフィールドが強くて窮屈だった……」

 

 まぁ、転校生というものに対してはどうしても当たりが強いのは仕方がない。人間というものは自分のテリトリーに違うものが入ってくるとどうしても気にせずにはいられない。それを受け入れるにせよ排除するにせよ、無視するにせよ。

 

 一週間もあれば落ち着くだろう。

 

「みんな、アナタの事を訊いてきた。アナタはアナタなのに、なにも変わってはいないのに」

 

「人間はどうしても見た目で判断する生き物だからなぁ」

 

 人間はハートだって言うけどそれはホンの一握りだけだ。大抵見た目だ。

 

 見た目ではなく魂や心という視点で相手を見るレンには、周りの人間が自分の事を訊ねてくるのが不思議だったんだろう。

 

「ごちそうさま…」

 

 丁寧に全部食べて貰えたようで何よりだ。

 

「ありがとう、全部食べて貰えて嬉しいよ」

 

 肉は使っていないとはいえ、見た目ハンバーグのおからハンバーグまで食べて貰えるか不安だったから、全部食べて貰えたのは作った人間として素直に嬉しい。

 

「そう」

 

「また、明日も作ってくるから食べて貰える?」

 

「それは命令?」

 

「違うよ。自分で考えて、自分で決めて良いんだ。自分がどうしたいのか、なにをしたいのか」

 

「決める、わたしが…、自分で……」

 

「そう。自分で決める。アナタはワタシ、ワタシはアナタ。でもワタシはもう決めた。アナタも決めるだけ」

 

 自分で決めることに悩むレイに、レンがそう言い放った。そこで得意気に胸を張るのが可愛いところだ。ご褒美に頭を撫でてあげましょう。

 

「明日も……、食べる」

 

「うん。わかった。明日も楽しみにしてて」

 

 空っぽの弁当箱を手渡されながら放たれた言葉に頷く。ひとつの小さな前進であることを祈りたい。

 

 ──そんな昼の時間に終わりを告げたのは学校のチャイムではなく、第3新東京市のサイレンだった。

 

 

 

 

つづく。



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大人の意地

アンケ参加してくれてありがとう!!

ちなみに初号機先行だとTVみたいになって、零号機先行だと爆熱戦記テイストだった模様。

そして内容が書いている内に被ってしまった。しかし何回考え直しても流れに台詞を付けると同じになってしまう。すまない。

もう一個アンケートするから頼んだ諸君!!

期間はラミエルぶっ倒すまでかな?


 

 未確認飛行物体──第5使徒ラミエル。

 

 序盤の使徒としては最大火力と防御力を併せ持つ。

 

 正八面体の難攻不落の空中要塞。

 

 現在出撃可能のエヴァは初号機のみ。──零号機はまだ外装の艤装作業が終わってはいない。完成度としては80%だ。

 

 故にレイが初号機で出撃する事になるのだが、ラミエルが芦ノ湖上空へと侵入するのに初号機の発進準備は始まらなかった。

 

「こりゃまた何をどうするかわからない相手ね」

 

「偵察機に対して無反応ということは、偵察機は敵として認知されていない可能性があるわ」

 

「しかしエヴァによる偵察行動は危険すぎますね」

 

「出ていった瞬間に狙い撃ち。なんて事になればコチラには直ぐに戦える戦力がありませんからね」

 

「MAGIは回答を保留。情報が少なすぎます。零号機の艤装作業を急ピッチで進めていますが、完了まで六時間を要します」

 

「つまり籠城戦の構えね──。とにかく相手の情報がないと始まらないか」

 

 零号機に乗っても仕方がないので発令所で待機させて貰っていれば、ミサトさん、リツコさん、日向さん、青葉さん、マヤさんがそうして話し合っていた。出来るならそれを原作のシンジ君にやって欲しい。

 

 しかし初号機を出撃させるものだと思っていたけれども、そうしないのはレイが乗っているからだろうか。

 

「目標、ゼロ地点に到達。この真上です!」

 

「目標、直下に向けて何かを伸ばしています! これは──」

 

「地道な攻め方ね。ドリルで掘って攻撃なんて」

 

 ラミエルはネルフ本部直上に位置すると、その底部からボーリングマシンを伸ばして穴を掘り始めた。

 

 対する此方はVLSや自走臼砲、エヴァのダミーバルーンを使って各種データを収集する。

 

 そして収集されたデータを纏めあげた作戦会議が序や破であった薄暗い作戦会議室で行われた。

 

「これまで採取したデータによりますと、目標は一定範囲内の外敵を自動排除するものと推察されます」

 

 作戦会議室の中央のテーブルにホログラムでゼロエリアから第3新東京市をカバーする範囲で赤く表示されるラミエルの荷粒子砲射程範囲。

 

「エリア侵入と同時に荷粒子砲で100%狙い撃ち。エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね、こりゃ」

 

「ATフィールドはどう?」

 

「健在です。相転移空間を肉眼で確認できる程、強力な物が展開されています」

 

 12式自走臼砲が砲撃を行うが、ラミエルの展開したATフィールドによって弾かれる様子にテーブルの映像は切り替わる。

 

「攻守共にほぼパーペキ。まさに空中要塞よねぇ。…問題のシールドは?」

 

「はっ。目標は現在我々の直上、第3新東京市内ゼロエリアに進攻。直径11.5mの巨大シールドが、ジオフロント内、ネルフ本部へ向けて穿孔中です。既に装甲複合帯第2層を通過。現在第3層に到達、本日までに完成していたカクモ式複合装甲帯22層全てを貫通し、ネルフ本部までの到達予想時刻は、明朝0時06分54秒。あと10時間14分後です」

 

 今度は交差点の真ん中を掘削するボーリングマシーンが映り、概略図でそのボーリングマシーンが地下へと進む表示に切り替わり、早送りで地下へと進んで行きジオフロントに到達すると最終到達予想時刻と共にストップする。

 

「接近戦は不可能となれば、目標のレンジ外からの長距離狙撃となりますが。ATフィールドを貫くためのエネルギー産出量は最低一億八千万kw。これだけの大電力が必要となります」

 

「ウチで開発している陽電子砲ではそんな大出力には耐えられないわね」

 

「まさに八方塞がりですね」

 

「そうね。でも、まだやれる事はあるはずよ。確か戦自研の極秘資料、諜報部にあったわよね?」

 

「え? はい。ですが何を」

 

「決まってるでしょ? ウチに無いんじゃ借りてくるしかないじゃない」

 

「借りるって……まさか」

 

「そ! 戦自研のプロトタイプ♪」

 

 作戦は取り敢えず纏まったらしい。各々部署に戻り大人たちは己の仕事に取り掛かる。

 

「レイ、ちょっち付き合って貰える?」

 

「はい…」

 

 ミサトさんがレイに声を掛けた。戦略自衛隊が極秘開発している自走陽電子砲を徴発しに行くんだろう。

 

「ミサト、やるなら正面から乗り込む方が良いわ。わたしが行くからアナタはコッチに残って全体の進捗指揮に当たりなさい。マヤ、エヴァの防御兵装の用意をしておいて」

 

「はい!」

 

「シンジ君、零号機のテスト運用をして頂戴。素体が剥き出しの部分もあるけれど、動く分には申し分ないから」

 

「わかりました」

 

 待機命令を言い渡されるかと思ったが、どうやらやることはあるらしい。

 

 零号機はS2機関によって肥大化した素体に合わせて拘束具を新調・換装していた。

 

 腹部の一部や腕が包帯でぐるぐる巻きになっている。生体パーツ保護用の布らしい。

 

 80%の換装作業を終えているが、今回の戦闘には間に合わないためにこういう姿になっている。

 

 それでもどこか壊れているという事ではないので戦う分には問題はない。尤も、今回の配役は自分が砲手に回されるのなら防御を名乗り出るつもりでいる。照準は機械任せでトリガーを引くだけならレイと初号機でも可能だ。

 

 しかし一発で仕止められない可能性が大であるのなら、防御は確実である方が良い。そうなれば万が一でも擬似シン化第1覚醒形態に移行してATフィールドを展開すれば守りきれるだろう自分とレンが防御を担当する利がある。

 

「とても強いATフィールド。アナタとワタシなら貫けるけれど」

 

「追い詰められた人間が何をするか、見せてやるよ」

 

 エントリープラグの中。レイと同じデザインのプラグスーツを着るレンの頭を撫でてやりながら、輸送列車で運ばれる零号機の中で寛ぐ。

 

 戦略自衛隊の研究所はつくばにあるので、ラミエルの攻撃範囲外までは輸送列車で運ばれ、そこから先は自立機動で向かう。

 

 リツコさんが戦自研に向かうのでその同行はレイと初号機ではなく自分たちと零号機となった。ジオフロント内でエヴァを動かして使徒を刺激する可能性を考慮すると、この方が良いだろう。しかし新劇だと陽電子砲は空輸していたのだから此方の世界でも出来るだろうと思うのだが。リツコさんは陽電子砲を強制徴発する気が無いらしく聞こえた。しかし時間は残り9時間ともなれば強行も已む無しか。

 

 拘束具の換装に時間が掛かっているが、新装備の方は目処が立ち、増加した装甲重量の機動性確保の為にフィールド偏向推進器のスペースにはプラズマジェットエンジンを搭載して開発までの代替としている。これは重力遮断ATフィールドで機体を浮かせて使えば機動性に問題はないレベルになっている。その辺の重力遮断イメージはISなんかが浮くイメージをトレースしてなんか浮くイメージを作っている。もしくはネオ・グランゾンとかゼオライマーでも可。とにかくフワッと浮くイメージ。

 

 そこに電気と空気さえあればOKのプラズマジェットエンジンはS2機関からエネルギーを電気に変換すれば、大気圏内なら無限飛行が可能だ。これがフィールド偏向推進器になればもっと便利になるが、それは今後のリツコさんの頑張りに期待する。

 

 両腰に装着されたプラズマジェットエンジンが唸りを上げて零号機を持ち上げる。背中の電源ソケットにもプラズマジェットエンジンを装着して重力遮断ATフィールド無しでも飛べる推力はある。だが今はラミエルの最高射程がどの程度までなのか不明なので超低空飛行と噴射跳躍で行動する。この辺のテクニックのイメージは戦術機のイメージが使えそうだ。

 

 サルファでのF型装備も、飛ぶではなく跳ぶだったからなぁ。

 

 両肩にはプラズマ誘導端子があるので、ATフィールドで作り出したエネルギーチェンバーにプラズマを誘導し圧縮させて撃ち出す──インパクト・ボルトも使える。

 

 とはいえ今回はお披露目する機会はないだろう。

 

 ネルフ所有のVTOLに追随してやって来たのは茨城県つくば市。

 

 戦略自衛隊つくば技術研究本部──。

 

 敷地内には入らず、ATフィールドを空中に展開して、その上に座って待機する。話が終えるまでプラズマジェットエンジンを噴かして空中待機はエンジン寿命が縮む。ホントこういう気を遣う組織であるのに旧劇のミサトさん良く徴発書一枚と零号機を伴って突撃していったよなぁ。零号機の存在が大きかったのか。

 

 VTOLから降りて研究所に入っていくリツコさんを見送る。上手く行くと良いのだけれども。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 VTOLの機内で連絡出来る場所には片っ端から連絡する。日本政府への通達と協力要請。国連軍にも協力を要請する。これは日本全体を巻き込む決戦計画だ。

 

 ヤシマ作戦。日本全国から電気をかき集めて、それを戦自研で極秘開発中の大出力自走陽電子砲で撃ち出す作戦。

 

 国連軍は直ぐに動き始めてくれたが、内務省直轄の戦略自衛隊は説得には応じて貰えていない。

 

 故に直接研究所に乗り込むしか無かった。

 

 VTOLの隣を飛ぶ零号機。頭の上に天使の輪は無いが、まるで重力を感じさせない軽やかな飛行を披露している。エネルギーが無限というのは活動限界を気にしない運用が出来るというのはなんたる贅沢か。問題は現在それが零号機だけの特権で、ブラックボックスである事だ。人為的には従来通り電源を必要とする。彼らが乗る時のみ零号機はS2機関で動く。故にS2機関を動かしているのはレンであるというのがリツコの予想だった。

 

 つくば技研に到着し、担当者へと直談判しに行く。

 

 この際機密はある程度公開してしまう事も視野に入れている。

 

「確かにウチの自走陽電子砲ならば、その大電力にも耐え得る設計はしていますが。上からの承諾も無く来られましても、我々としては機材を貸し出すわけにも行きませんよ」

 

「それでもお願いするしか我々には出来ません。残り8時間と人類の滅亡が迫っています。あの子達に用意できる最高の武器は此処にしかありません」

 

 「お願いします」と、リツコは再度頭を下げた。

 

 技術畑の責任者であるから赤木リツコ博士の高名は知っている。その彼女が口にした残り8時間というタイムリミット。そして風の噂に聞くネルフの人型機動兵器はまだ14歳の子供がパイロットをしているという。

 

 大人として、軍人として、彼等に協力はしてやりたいが。現場レベルで判断するには物が大き過ぎる。そして上からの命令は──無視しろというなんともフザけた物だ。

 

 この期に及んで利権や縄張り意識で動いている上層部に頭痛がする。赤木博士の言葉が本当だったら、あと8時間で世界が滅ぶ。強制徴発される時も考慮して自走陽電子砲はパーツ単位でバラバラに解体しろというお達しまで降りてきていた。

 

 人類の滅亡を前にしてそんな嫌がらせを考えられる上層部の思考が理解できなかった。もちろん軍人はただ命令に従うだけだが。軍人である前に1人の人間であり、守りたい家族が居るのだ。正体不明の化け物が襲い掛かってきていて、それを倒せる武器を持っているのに気に入らないヤツがその武器を取り上げに来るから直ぐに使えないようにバラバラにしろと言われて納得できる人間が居たらそれは狂人か何かだろう。

 

 8時間後に本当に人類が滅亡したらその責任を取れるのか。

 

 取る必要もないからそんなフザけた物言いが出来るのか。

 

 上層部としては強制徴発をさせて、物はやるが人員はやらんという思惑が透けて見える。自走陽電子砲の調整を管轄違いの人間達だけでやれるのか? その為の人員まで徴用するという事になれば、そこからネルフをバッシング出来る。なんとも厭らしい手口だ。

 

「……わかりました。陽電子砲はお持ち帰りください。人員に関しても何とかします」

 

 命令違反に懲罰処分で済めば良いが、最悪は首が飛ぶ。しかし今の胸中に込み上げているものは別のモノだった。

 

「ですが何故強制徴発されなかったので? そちらの権限であればそれもまた出来ましたでしょう」

 

 相手の心象さえ気にしなければネルフは様々な強権を振るえるし、実際に振るってきた。

 

 それが何故今になってと思わずにはいられなかったのだ。それがもし自身の抱くものに通じるのならばと、担当者はリツコへと踏み込んだ質問を訊ねたのだった。

 

「確かに出来ますが。それではあなた方の協力を得る事は出来ず、突貫作業での調整で彼らに渡すことになる。そんな物に命を預けさせて万が一不具合が出た時には取り返しのつかないことになります。子供たちを戦わせているわたしには少しでも彼らの生存確率を高めるための努力が惜しめません」

 

 そう答えたリツコは柔らかくも強い意思を浮かべた──母の様な表情をしていた。

 

「大人としての意地、ですか……?」

 

「……ええ。大人だと胸を張れる度量はありませんが、それでも先達としての意地はありますから」

 

 リツコは空を見上げた。建物の中であるからわからないが、そこには空で待っている零号機が居る筈だ。

 

 担当者の腹は決まった。

 

 事情を話せば力を貸してくれる仲間も居る筈だ。何より自分たちの作った兵器で怪物退治だ。心が滾らない男なんて居ない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 話が纏まったのか。次々と研究所の倉庫に人が集まり大型トレーラーが集まり始めた。

 

 リツコさんが此方へ向けて降りてくるジェスチャーをするので、ゆっくりと着地する。

 

『シンジ君、許可は貰ったからそこの倉庫の天井をひっぺがして中のコンテナをトレーラーの荷台に積んで行って頂戴』

 

「わかりました。レン、シンクロ率上げて」

 

「ええ……これくらい?」

 

 レンにシンクロ率を上げて貰う。繊細な作業になるため100%より高くなるシンクロ率は180%。外の風を肌で感じるようになる程の物になった。コンテナを掴めばそのコンテナの冷たさすら感じる。

 

『精密機械だから慎重にね』

 

「はい」

 

 ゆっくりとコンテナを運んでいくが、それでもクレーンよりは速いスピードで次々と必要な機材が入れてあるコンテナをトレーラーに積んで行った。

 

 コンテナを積み終え、外した倉庫の屋根を元に戻して、走っていく車列を見送る。そして地上に居る人達に敬礼を送って、機体を重力の枷から解き放つ。

 

 リツコさんのVTOLの離陸を待って、その後に続いてエンジンに火を入れる。行きは動作確認も含めて好き勝手に飛んでいたが、帰りは真面目に遊びはなく飛んでいく。

 

 長いトレーラーの車列を眼下に、第3新東京市へと飛んでいく。

 

 残り8時間。組み立て作業と調整込みで間に合わせた技術課の人達さすがである。

 

 陽電子砲の他には日本全国を繋ぐ送電ケーブルの敷設もある。

 

 これを9時間以内でやらなければならないのだから現場で死人とか出ていそうで恐い。

 

 第3新東京市がある箱根に帰る間にも既に交通整理と送電ケーブル敷設作業が始まっていた。

 

 第3新東京市で迎え撃ったシャムシエルやサキエルとは異なり、ラミエルは日本の総力を上げた戦いだ。

 

 ネルフ本部に戻って零号機から降りて待機を命令される。まぁ、パイロットに出来ることはないからこれから3時間は暇になる。

 

「ちょっと早いけど軽く夕飯かな」

 

「そう……。ツナマヨ、食べたい…」

 

 そんなリクエストが出たので一先ずレイを探す。とはいえレイは何処に居るのか。

 

「こっち……」

 

「あ、ちょっと…!」

 

 レンに手を引かれて連れていかれたのはプラグスーツやら私服やら着替えるパイロットロッカーだ。

 

 そこにレイは椅子に座って本を読んでいた。

 

「来て」

 

「なに…?」

 

「夕飯、食べるから」

 

「それは命令?」

 

「いいえ」

 

 必要最低限の事しか言わないのは綾波族の基本なのであろうか?

 

 自分から知識を持っていった筈のレンまでそうであるから判断が微妙なところである。

 

 見つめ合ったまま互いに動かなくなるレンとレイ。レンの頭を撫でてやって助け船を出す。

 

「夕飯食べてる余裕がなさそうだから少し早めにしようと思ってね。レイを誘いに来たんだ」

 

「そう…」

 

 するとレイは本を畳んで立ち上がった。

 

「何処へ行くの?」

 

「食堂かな。おにぎり作って中庭で食べよ」

 

「わかったわ」

 

 ネルフ本部直上に使徒が進行中である為、食堂もコンビニも開いていないが、そういう時でも食堂の施設を利用することは可能だ。

 

 食堂で手早くおにぎりを何個か作って、本部内の中庭で軽いピクニックだ。──昼飯半分しか食べてないから実はめちゃくちゃお腹空いてた。

 

「本部の中庭に、こんな場所があったのね……」

 

 そう、やって来たのは噴水のあるちょっとした休憩スペースだった。

 

「良いところだね」

 

 真上に使徒がいるような状況でもなければもう少しゆっくりとまったりとしていたい。

 

「早く食べないの?」

 

「ごめんごめん。今開けるよ」

 

 レンに急かされておにぎりを詰めた容器を開ける。最近は食にも興味を持ち始めているから食欲が旺盛だ。

 

「レイも食べようよ」

 

「ええ」

 

 自分を挟んで左右に座る綾波姉妹。ちょっと役得。

 

 両手におにぎりを持ってガツガツ食べているレン。お昼食べたはずなんだけど、消化が良いのだろうか?

 

 レイにもおにぎりを取り出して別にしていた海苔を巻いて手渡す。おにぎりの湿気で海苔がふやけるからウチは海苔は食べる時に巻く派だ。

 

「これ、お肉……?」

 

「魚の肉だよ」

 

 シーチキンを初めて食べたのか。レイは小首を傾げた。マヨネーズとかコショウで臭みがあまりないから挑戦させたけどどうだろうか。

 

「食べれそう?」

 

「……ええ」

 

「そっか。良かった…」

 

 ひと安心してレイの頭を撫でて──しまった。

 

「あ、ごめん…」

 

 相手はレイなのについレンにするように無意識で手が延びていた。ものすごくやっちまった感が後を絶たない。

 

「何故、謝るの…?」

 

「や、だって、イヤでしょう? 勝手に触られるの」

 

「そう…。……わからない」

 

 真剣に思い悩む様子のレイに、どう声を掛けてやれば良いのか自分にもわからなかった。

 

「うわっ!? れ、レン?」

 

「ワタシは、触れて欲しい……」

 

 右側に座っていたレンが此方の腕を取って身を寄せてくる。その二つの柔らかな実の間に腕が吸い込まれる。

 

「感じて欲しい。ワタシは」

 

 そして両手で包み込まれた手が彼女の胸に導かれる。──コアがあると言われていた胸から感じる鼓動。レンも生きているんだと実感させる。

 

「ワタシはアナタ。アナタはワタシ。でも、この想いだけはワタシのモノ」

 

「わたしは、あなた。あなたは、わたし。……わからないわ」

 

 まるで捨てられた子犬みたいな、迷子の子供のようにどうすれば良いのかと視線を寄越すレイの手を握ってやる。

 

「これから覚えて行けば良いんだよ。自分が何者なのか、なにをすれば良いのか。君は綾波レイ。リリスでもない、そして、レンでもない。君は君自身を見つければ良いんだ」

 

「わたしは、他にいくらでも居るのに?」

 

「そんなことない。レイは、此処に居る1人だけだよ」

 

 レイの手を握っていた左手を、両手で包み込む彼女は、その手の力を段々と強めて行く。

 

 正直言ってメチャクチャ痛いけれど、我慢するのが大人の──男の甲斐性だ。

 

「そう……。わたしは…、わたしを求められるのね」

 

「ワタシはワタシ。自分で決めるの」

 

「ええ……。これは……?」

 

 レイの瞳からポロポロと雫が落ちていく。

 

「涙……? 泣いてるの? わたし……?」

 

「そう。嬉しいのね、アナタ」

 

「嬉しい……? そう。嬉しくても、涙が出るのね……」

 

 アイコンタクトでレンに手を離して貰い、まだ食べ掛けのおにぎりの入った容器を退けて貰う。そして空いた膝の上にレイを横たわらせた。

 

「ちょっとだけ休みなよ。起こしてあげるから」

 

「……わかったわ」

 

 そのまま抵抗も無く、レイは瞳を閉じて眠ってしまった。

 

 嬉し涙すら知らないレイの事を思うと、どう声を掛ければ良いのか言葉がなかった。都合の良い言葉しか喋っていないようで少しイヤになるが、それでもレイの心が少しでも成長してくれるのなら嬉しい。

 

「れ、レン?」

 

「ワタシは、違う」

 

「え? や、レン?」

 

 身を寄せていたレンがさらに身を寄せて顔を近づけてくる。形の良い鼻も、綺麗な赤い瞳も目の前にある。

 

「……ヒトが、1つになる方法。口づけ、キス。愛おしい相手、またはとても親しい相手にする行為」

 

 唇に触れた柔らかさを実感するのに時間を要した。

 

「ワタシはアナタ。アナタはワタシ。でもワタシじゃない。触れ合う事で互いに存在を感じて高揚するモノ。そう。恥ずかしいのね、ワタシ」

 

 レンの頬が段々と朱くなっていく、きっと自分もだろう。

 

「……もう一度、したい」

 

 レンの両手が頬を挟み逃げ場を無くしていく。

 

 はじめてのキスは──甘かった。

 

「どうして……」

 

「アナタが、ワタシを見ないから……」

 

 レンの答えは至ってシンプルだった。拗ねていた、という事だろうか。

 

「ワタシはワタシだけれど、ワタシだけを見て欲しい」

 

 両手で掴まれた手を自身の胸に押し当てるレン。それが自分を見て欲しい彼女の稚拙で精一杯のワガママだった。

 

「ちゃんと見てるよ」

 

「ウソ。ワタシばかり見てた」

 

 グッと、手に入る力が籠り、瞳も不安げに揺れている。

 

「嘘じゃないよ」

 

「ワタシを見て」

 

「見てる」

 

「ワタシを感じて」

 

「感じてる」

 

「ワタシに触れて」

 

「触れてる」

 

 レンは結構独占欲が激しい子であると初めて知った。あるいはレイが相手だからそうなのかもしれない。

 

 自分と同じルーツを持つ存在。自分よりも気にかけられたから不安で堪らないんだろう。

 

「あ……っ」

 

 レンの背中に腕を回して、その身体を引き寄せて、今度は此方からキスをする。──してしまった。

 

「…俺は、いつでも、レンと一緒だから。約束したでしょ?」

 

「…………うん」

 

 親心を表すなら口づけなんておかしい。じゃあ自分がレンに抱く感情はなんのか?

 

 わからない。恋愛なんてしたことがないから。本気で他人を愛した事がないから。家族でさえ居るのが当たり前で、家族愛はあるけれど、レンに抱いているこの想いに名前を付けることが出来ない。だからレンに付けて貰いたいなんて卑怯な事をずっと思っている。今もそうだ。

 

 このまま求めたら、彼女は受け入れてくれるのだろうか?

 

 行為のワケすらわからず受け入れてしまう様な気がして恐い。

 

 違う……。そう思うことで踏み出すのを恐がっているだけだ。

 

「レン……?」

 

「………………」

 

 無言のまま、彼女は自分を胸へと導いて、頭を撫で始めた。

 

 とてもぎこちない。でも温かくて、優しくて、安心してしまう。

 

 とても、良い匂いがする。遠い昔に感じた匂いだ。

 

 母親の匂い──。

 

 人間が安心できる原初の香り。

 

 そのまま、その匂いに包まれる安心感に身を委ねて、自分の意識は遠退いて行った。

 

 

 

 

つづく。



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母と子へ、そして──

スパシンのある意味醍醐味。言うなれば使い古された手法を投入。タグにそろそろスパシンとか必要だろうか?

アンケは次回までかな。今のところぽかぽか路線が圧倒しているなぁ。やっぱみんな綾波好きだね。私も好きだ。ポカ波はホント大好き!


 

「ここは……」

 

 また、あの場所へと自分は来てしまった。

 

 琥珀色に染まる海の中。魂の融け合う場所へ。

 

「どうして…」

 

 記憶を辿り、思い出したのは。

 

 母の温もり。

 

 自身が母を意識したから人類の母であるリリスのコピーであるレンの中へと還ってしまったのか?

 

 ……いや、そうではないと思う。

 

 そうだとしたらレンの事を感じられる筈だ。なのにレンの気配すらない。いや、似たような気配はするのだ。

 

「アナタハ、ダレ……?」

 

 目だけを光らせた黒い人影が問い掛ける。その身体はあちこちコードが繋がっている。まるで造られた人間だ。

 

「……シンジ。綾波シンジだ」

 

 碇ではなく綾波を名乗る。それは自らを象る名であり、自身を表す記号である。碇シンジよりもより強固に自分自身だと己を肯定出来る名だ。

 

「……シンジ。アヤナミ、シンジ……。チガウ、イカリ、シンジ……」

 

 黒い人影が自分へと近づいてくる。その腕が自分を包み込んで行く。けれど温もりは感じない。酷く空虚な冷たさ。孤独を感じる。

 

「オマエハワタシ。ワタシダッタモノ。ナノニワタシジャナイ」

 

「俺は俺だ。お前はレンじゃない。お前は──」

 

 レンではないが、レンに近い気配のするモノ。それは1つだけ思い当たる。

 

「初号機──」

 

 抱き着いていた黒い影は一瞬で巨大な手になった。素体が所々剥き出しの初号機が、自分を握り締めていた。

 

 このまま喰われるのか。

 

 今の構図は補完計画が発動した時の、旧劇のゲンドウと同じだ。

 

 アダムと融合し、人の輪を超えてしまったゲンドウと。

 

 ならレンと1つになってヒトの輪を超えてしまった自分の末路も、きっと同じものなのだろう。

 

 ただ、こんな末路を迎えるつもりは毛頭ない。

 

 初号機がその口を開けて迫ってくる。だがその口に腕を掛けて抗う。それこそエヴァと人間の力差等歴然なのだから抗える筈などない。

 

 しかし抗えていた。自己の存在を強く保ち、自らの心を、ATフィールドを具現化する。

 

「ひとつになりたいのならそれも良い。けれど、こんなカタチでひとつになるのは死んでもゴメンだっ」

 

 初号機を徐々に押し返す。触れている手から激流の様に流れ込むココロの奔流。

 

「ナゼダ、ワタシハオマエダ。ナノニナゼ拒絶スル──」

 

「決まってる。レンとの約束があるからだ!!」

 

 ATフィールドを拳に集中して、初号機を思いっきり殴り飛ばす。

 

 仰け反る初号機の手から零れ落ちて、また琥珀色に染まる海の中に落ちる。

 

「どうして…、なんで!?」

 

 泣いている女の子が居た。赤い瞳はレンやレイと変わらない。だけれど、髪の毛は紫色の女の子──。

 

「ひとりはイヤ。一緒に居て。居てよ、居なさいよっ、居ろって言ってンの!!」

 

 まるで駄々を捏ねる子供の様だ。

 

「私が見つけたのに。最初に私がっ、なのになンでっ!!」

 

 ……最初にエヴァに乗ったのは、自分も初号機だったと思い出した。

 

「あの女の所為だ……。あの女、一緒に居るって約束した! だけどアイツが居るからァ!!!!」

 

 ユイさんが居たからだろうか。情緒がレンよりも人間らしい彼女の叫びはとても痛々しかった。

 

「じゃあ、文句を言いに行かなくちゃね」

 

「え……?」

 

 彼女の涙を拭ってやって、笑みを浮かべる。

 

「大人だからって約束を破って良いなんて事にはならないんだからさ」

 

「……でも、あの女は強い。私の身体なのに、私は私を動かせない……」

 

 なんと言うかユイさん凄まじい。しかしそれでも子供の為に奮起するのが大人の役目で、泣いている女の子の為に男は意地を張るのだ。

 

「さぁ、行こう。案内して」

 

「うん……」

 

 彼女に手を差し出すと、彼女は此方の手を掴み、引きながら泳いで行く。それに続いて泳いで行くと、光が海の外で広がっていた。

 

 その光に包まれた先には何処までも広がる青空があった。

 

 足首までの浅瀬の先に、一本の木が生える浜があり、そこで男の子に膝枕をする女性が居た。間違いない、碇ユイだ。

 

「はじめまして」

 

「はじめまして。碇ユイさん、ですね?」

 

 距離は離れているのに、ユイさんの声はハッキリと聞こえていた。

 

 彼女は自分の背に隠れてユイを見つめていた。

 

「初号機と対話したのね」

 

「レンよりも感情的だったので驚きましたよ。危うく喰われるところだった」

 

「この子は攻撃的な所があるから手が掛かって大変なのよ」

 

「だからって放り出すのは違うのではありませんか?」

 

「でなければこの子を守れなかったのよ」

 

 そう視線を落とす先には母の膝で穏やかに眠るシンジ君が居る。

 

「何故、彼は此処に?」

 

「さぁ、私にもわからないわ。シンジの声が聞こえて、気づいたらシンジが目の前に居た。シンジから粗方の事は聞いたわ。苦労を掛けてしまったのね、私」

 

「何故冬月先生には教えて、あの人には断られるからと真実を告げなかったんですか?」

 

「貴方の言った通りよ。言えば二度とエヴァに近付けて貰えない。それでは滅びの運命を超えることが出来ない。私はこの子の未来を守る為に残ったの」

 

「嘘だ。貴女は結局科学者としての自分を優先した。母親としてシンジ君が大切だと思うのなら傍に居るべきだったんだ」

 

 それが物語り(シナリオ)であるならどうにも出来ない。でもこの今生きている世界は本物(現実)だ。

 

 だから人が生きた証を残すなんて宣ってエヴァの中に残ったこの人を許せなくなって来たんだ。

 

「だから今、こうして傍に居るのよ」

 

「それで、シンジ君の人生はどうなるんですか」

 

「外は危険だらけ。シンジはこの場所で安らかに眠っていて良いの。シンジは充分傷ついたわ。だからもう、此処に居て良いの」

 

 その言葉を聞いて、頭がカッとなった。

 

「何を──キャッ、あうっ」

 

「母親をするんなら現実でしろ! この子の中でやるんじゃないっ!! あんたはこの子のこと知ってるよな!? 受け入れたンなら放っぽり出すな!! そして旦那に謝れ! 全部話せ!! アンタの旦那はアンタにもう一度会うためだけに全世界の人間を巻き込んで心中しようとしてるんだぞ!!」

 

 ユイさんの胸倉を掴んで額を付き合わせて言いたいことを立て続けに並び立てる。此処が初号機の中なら間接的に自分とユイさんはシンクロ出来る筈だ。レンが此方の考えを読める様に、此方の考えをユイさんに伝えることが出来る筈だ。それこそ旧劇から貞本エヴァまで様々な世界の終わりを彼女にぶつけた。伊達にエヴァ2シナリオコンプしてねーぞこっちは!!

 

「でも。世界を守る為には仕方のないことだわ」

 

「だったらもっとこの子と会話をすれば良かったんだ。力を貸してくれと望めば良かったんだ」

 

「むちゃくちゃよ。それは貴方だから出来たことよ」

 

「むちゃくちゃなもんか。ATフィールドは誰もが持つ人間の心の壁だ。此処ならイメージ1つでどうとでもなる。アンタ程の科学者が気づかなかったなんて言わせない。サルベージだって実行されたのに自分は戻らないでレイの素体を送り出しただけだった。なんで自分が還って来なかったんだ」

 

「それは、シンジの為に…」

 

「この子を利用してエヴァを動かせるとわかったんなら還ってくれば良かったんだ。この子を放っておけないなら一緒に連れてくれば良かったんだ。頭良いクセになにもかも中途半端ナンだよアンタは!! 初号機の中で永遠になりたいなら全部ケジメ着けてからやれよ!!」

 

 捲し立てる様に言いたいことを取り敢えずは告げられただろう。

 

「もぅ……うるさいなぁ………っ、母さん!? 母さんから離れろ!!」

 

「シンジ…!」

 

「やべ、煩くしすぎた」

 

 ユイさんの膝枕で寝ていたシンジ君が目を覚ました。詰め寄る自分とユイさんを見て襲い掛かってきた。

 

「あ、やば」

 

「がはっ」

 

 飛び掛かって来たんで思わず巴投げでそのまま反撃してしまった。訓練のお陰で身体が勝手に動く様になってくれたのは有り難いことではあるが。

 

「な、なんだよぉ…。母さんになんの用なんだよ…っ」

 

 下が砂だから大したダメージは無かったようだ。ヨロヨロと立ち上がりながらシンジ君が睨み付けてくる。

 

「まぁ、簡潔に言えば立ち退けって事かなぁ」

 

「なんだよ、それ。此処は僕の居場所だ! 僕は此処に居て良いんだっ」

 

「違う。此処はこの子の中だ。この子に許しを得たか? 碇シンジ君」

 

「知らないよそんなの。母さんが良いって言ったんだ。出てけ、此処から出ていけよっ!!」

 

 まともに話を聞いてくれそうにないシンジ君と話しても押し問答になってしまう。正論言っても通じないのが感情的になった人間だからなぁ。

 

「ユイさん、一先ずシンジ君も一緒に此処から出てくれ。そしてあの人と話をしてくれ。エヴァとなって永遠となりたいなら先ず自分が選んだ旦那を説得してくれ。ダメだと言われたら使徒を殲滅して人類補完計画を潰すまで待ってくれ。その後ならいくらでも自由に星の海を旅して貰っても構わない」

 

「──わかったわ」

 

「母さん!?」

 

「ゴメンね、シンジ。母さんがやり残して来た事で貴方を傷つけてしまったわ」

 

「そんな。そんなこと無いよ。母さんは何も悪くない。悪いのは父さんだ!」

 

 シンジ君からすれば自分を捨てた父親こそ悪者だと言うのはそうだろう。

 

 だが本当の意味で誰が悪いのかと考えると、反対されるとわかっていて、旦那に黙ってエヴァと1つになったこの人だ。

 

「折角母さんと一緒に居られたのに、邪魔をしないでよ!!」

 

「だったらちゃんと母親の間違いを正してやるのが子供の仕事だ。こんなところに閉じ籠っていても、この子の迷惑だ。シンジ君、君たちのやっていることは赤の他人の家で寝泊まりしているのと同じことなんだ。シンジ君だって、それがいけないことだって判るよね?」

 

 正面からぶつかっても言葉は通じない。だから諭す様に優しく言葉を紡ぐ。そうすると気勢を削がれたシンジ君はバツの悪そうな顔を背けた。

 

「でも、母さんが良いって言ったんだ。もうヤダよ。外は痛くて辛いことばかりしかない。だから何もない此処に居たい……」

 

 シンジ君の気持ちは解る。辛いことばかりの生から逃げ出した自分が言えるような立場じゃないのは解っている。

 

「え? な…っ」

 

 シンジ君の目の前に座わって目線を合わせて頭を撫でる。まさか投げられた相手に頭を撫でられるとは思わなかっただろう。シンジ君は少し驚いている。

 

「大丈夫。もうエヴァに乗らなくて良い。だから辛いことも痛いこともない。母親とも一緒に暮らせる。それに、エヴァの中に居たら死ぬかもしれない事も考えて」

 

「死ぬ? なんで?」

 

「私は戦っている。だから負ければ死ぬ。私の中に居るアナタも死ぬ」

 

「そんな……。ヤダよ。イヤだ!! 死にたくない! 出して、此処から出してよっ」

 

 サキエル戦で死ぬ思いをしてエヴァの中に逃げたシンジ君は死という物がトラウマになっているらしい。

 

「──シオン。2人を戻してやってくれるか」

 

「わかった。……シオン?」

 

「君の名前。名前が無いんじゃ呼び辛いだろう?」

 

 シオンと呼ばれてキョトンとする彼女。髪の毛は紫だから似合う名前を頭の片隅で考え続けて整ったのがその名前だ。

 

「シオン……。私の名前? 私だけの、私のモノ」

 

「気に入って貰えたかな?」

 

「…まぁ、悪くない、わ……」

 

 「ありがと……」と小さく呟くシオンは耳まで朱かった。

 

 その様子を見ているとなんだか微笑ましかった。

 

「う、うるさいうるさいうるさい!! お前なんかキライだっ」

 

 そう言われて顔を背けられてしまう。なんか悪いことしたかなぁ。感情豊かなのは良いけれど、レンとは文字通り毛色が違いすぎて対処の正解選びが難しい。

 

「シオン、頼む」

 

「……わかった」

 

 シオンが両手の内に光を生み出して、その光が世界を塗り潰して行く。

 

 完全に光りに呑まれる直前、シオンが服の裾を掴んで来た。

 

「シオン…?」

 

「うるさい。食べるわよ」

 

 物理的に食べられそうなので、野暮な事は言わず、シオンの手を放さないように握る。

 

「行くよ、シオン」

 

「うん…」

 

 完全に光りに呑み込まれて、同じ様に意識が呑み込まれる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その報を聞いた時、ネルフ本部司令執務室は震撼と衝撃に包まれた。

 

「間違いないんだな!?」

 

「あぁ……。私も、未だに信じられんよ。だが、彼女が還ってきた」

 

「ユイ……っ」

 

 それは第5使徒戦へ向けて最終調整をしていた初号機からの異変。強力なATフィールドと共に、顎部ジョイントを開いて咆哮した初号機の口の中に現れた四人の人間。

 

 紫髪の綾波レイにそっくりな少女。幼い少年碇シンジ、未熟な青年綾波シンジ、そして碇シンジを抱く母親──碇ユイ。

 

 真っ先に目を覚ました綾波シンジの指示で碇親子は病院へ搬送された。

 

 何故だなんだと言う前に身体が動いていた。

 

 10年間焦がれ続けた妻が還ってきた。居ても立ってもいられるわけがない。

 

 職務など知らんと言わんばかりに司令執務室を飛び出して行くゲンドウの背を、やれやれと冬月は見送るしか出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 まさかこんなクソ忙しい時に初号機の中に入る事になるなんて思わなかった。

 

 諜報部の話ではレンに寄り掛かった直後にL.C.L.に弾けたらしい。やはり母親を求めて気を緩めた瞬間にシンジ君の身体が魂を求めたのだろう。それくらい綾波シンジは碇シンジではないと判定されたのか。

 

 とにかく身体の調子はすこぶる良好。病院で今すぐ検査を受けろと言うリツコさんだが、それよりも先に頭の上に浮かぶプリズム要塞を落とさなければならない。

 

 自走陽電子砲は戦自研の方々の手伝いもあってエヴァを使わずに砲撃の可能な本来の形で組み上げられた。そのトリガーはミサトさんが握る。

 

 零号機と初号機はそれぞれ盾を装備しての待機となる。

 

 しかし完成した陽電子砲の形が新劇仕様なのが少し不安になってくる。

 

 初号機は自分とシオン、零号機はレイとレンで担当する。これはシオンの扱いが今のところ自分にしか出来ないからだ。その事にレンは物凄く不機嫌になっているのが判るが、レイの事を守ってやって欲しいと念を送る。

 

『エントリースタート!』

 

『L.C.L.電荷。起動数値到達』

 

『シンクロ率99.89%! ハーモニクスすべて正常値』

 

 零号機と比べて身体が軽い代わりに力も軽い。そんな感じがする。

 

「もっと一緒に……。私のモノ、だから!」

 

「いやそんな張り切らなくて良いから」

 

「イヤだ。私のモノにする!」

 

 聞き分けという時点ではシオンは一番手の掛かる子だと理解する。

 

『シンクロ率急上昇! 160…、180…、250…!!』

 

「ストップ!」

 

「んやあ!! ヤダヤダヤダぁ!!!!」

 

 あまりシンクロ率高くされるとまたパシャるので勘弁して貰いたいのだが、腰に腕をまわして止めさせようとしてもシオンは聞く耳持たない。

 

「ズルいズルいズルい!! 私が先に見つけた、私のモノ! 私が居ないのイヤ!!」

 

 腕の中でじたばた暴れるシオン。──なんで最初にこの子を見つけてあげられなかったのだろうかと思わずにはいられない。

 

 それでも最初にシオンを見つけていても、シオンに喰われていた可能性を考えるとどうにもならなかったかもしれない。

 

 そして、レンと会えたからこうしてシオンも連れてくる事が出来た。

 

「シオン……」

 

「っ…!?」

 

 シンクロ率が幾つかなんてわからない。でもATフィールドがどういうものか識っていて、その扱い方にも慣れてきた自分の自我境界線を薄めて、シオンに触れれば、自分の腕はシオンの身体に沈み込む。

 

 するとシオンは大人しくなった。

 

「ごめん。シオンのこと、見つけてあげられなくて。だから今、一緒に居る事で許して欲しい…」

 

「んっ…あっ……」

 

 シオンのココロを感じる。空っぽで、冷たくて。寒い。

 

「俺はレンと一緒に居ると約束した。でも、シオンとだって一緒に居る約束は出来る」

 

 1つになるのではなく共に居続ける。個としての存在として共に在り続ける。それは人間なら誰しもが出来る事だ。

 

 初号機であるシオン。自我境界線を薄めている今の自分を取り込む事は造作もない。そして今、1つになっているシオンのココロを読み取れる様に、自分のココロはシオンに伝わっているだろうか。

 

 シオンとの境界線がくっきりと戻って行く。

 

「シオン…?」

 

「うるさい……バカ…」

 

 少し素直ではないシオン。ただそれもシオンという存在の個性なのだろう。

 

 初号機の頭の上に光の輪が見える。擬似シン化第1覚醒形態──。

 

「私は、シンジを信じる……」

 

 肩越しに振り向いたシオンの赤い瞳と視線が交差する。

 

「俺はシオンの事も、大切にするよ」

 

 これは浮気になるんだろうかとも思いつつそんなことを宣う。レンとシオン、この2人を同列に扱って接する事が自分に出来るのだろうか。

 

 無理だろう。人間だって双子に均一の愛情を注げているかなんてわからないのだ。

 

 だから一緒に居るときは自分に出来る精一杯の愛情を注ぐしかない。あとは受けとる側から催促して貰って調整するしかない。

 

「その言葉、覚えとくから」

 

 ウィンクして前を向くシオン。情緒に関してはシオンが今はナンバーワンらしい。

 

「腰、抱いてよ」

 

「あぁ」

 

 腰に腕をまわしてやる。インダクションレバーには触れないけれど、それはシオンに任せた。シンクロしているから自分のやりたいことはシオンがやってくれる。

 

『初号機パイロット、応答を! 聞こえますか!?』

 

「うるさいなぁ……」

 

「ダメだよシオン、そんなこと言っちゃ。──はい。感度良好。すみませんでした」

 

『良かった……。シンクロ率は240%で安定。初号機内部に高エネルギー反応を確認しています。原因は?』

 

「零号機と同じく特記事項です。詳しくは戦闘終了後に。予定通り二子山へ向かいます」

 

『了解。エヴァンゲリオン初号機、発進準備!!』

 

 擬似シン化第1覚醒形態になっているなら機体の中から高エネルギー反応を発しているのは理解できる。

 

 山肌のゲートから外に出る。脇には第壱中学校も見えている。

 

 初号機と零号機が夕焼けに焼かれながら並び立つ。

 

「シオン、もう少し抑えて」

 

「ヤダ」

 

 戦ってもいないのに擬似シン化第1覚醒形態を維持されているのは少し恐い。その気になれば今の初号機はサードインパクトを起こせてしまうのだ。

 

「そんなこと、しない。でも、もっと貴方を感じたいだけ」

 

 そう言いながら背中を預けて擦り付けて来るシオン。まるで猫か犬みたいだ。

 

 零号機に続けて初号機の覚醒まで。自分からしたら何故彼女たちは自分にこうも想いを寄せてくれるのだろうかと思ってしまう部分もある。

 

「貴方と、1つになりたい」

 

 レンもシオンも、同じことを言うのはそのルーツが同じだからだろうか。第2使徒リリスから造られた零号機と初号機。その心である2人は他者と1つになることで己の心の空白を埋めようとする。

 

 レイが、同じ様に心に空白を抱いていて、その空白を埋める為にあの人を想っていた様に。

 

 レンには1つにならなくても互いを想う事で心を埋められると教える事が出来た、と思う。

 

 だがシオンは情緒が豊かである分、レン以上に我が強い。

 

「私と、1つになろう?」

 

 背中を擦り付ける行為から、腰を抱いていた腕を取って自分の胸に押し付けて、肩越しに振り向いた顔を近付けて来るシオン。

 

 その唇が、震えていた。

 

 積極的に見えるその姿の裏側にあるのは恐怖。受け入れてくれるかの不安。だから無理やり受け入れさせようとする。

 

 腰にまわしていた腕を引き上げてシオンの身体を引き上げて、その唇を奪う。

 

「…シンジ……?」

 

「大丈夫。俺はシオンのこともちゃんと受け入れるから」

 

「…っ、も、もうイイ! や、放して、や、あ…っ」

 

 もう一度、愛情を込めてその唇を塞ぐと、シオンは茹で蛸の様に真っ赤になって黙ってしまった。

 

 いつの間にか初号機の頭上から天使の輪は消えていた。

 

 程なくしてエヴァ両機は下二子山第二要塞に現着。機体から降りるとレイを放っぽってレンが真っ先に向かってきてダイブしてくるのを受け止める。

 

「どうしたのレン?」

 

「なんでもない……」

 

 だがその赤い瞳は若干潤んでいて、左手を握って余裕そうなシオンを睨んでいた。

 

「レンの事も忘れてないよ」

 

「あ…っ」

 

「あ、ズルい! 私もっ」

 

 レンの頭を撫でてやると、レンが此方を見上げてくる。シオンが食らい付いてくる。仕方がないので左手でシオンの頭を撫でてやる。

 

「モテモテね、シンジ君」

 

「モテる男は辛いですよ」

 

 レンとシオンを構っているとリツコさんがやって来た。

 

「また話を聞きたいことは山程あるけれど、それもアレを倒してからね」

 

「大丈夫です。必ず倒せますよ」

 

 シオンが腰に腕をまわして抱き着いてくると、レンも反対側に抱き着いてくる。するとレイが寄ってきた。

 

「レイ…?」

 

「わたしも……」

 

 ズイッと頭を差し出してくるレイ。綾波族は頭を撫でられるのが好きなのかねぇ。そんなに簡単に頭を差し出してると撫でポされんぞ?

 

 3人とも髪質ほぼ同じだから撫でてるこっちも心地が良い。だが使ってるシャンプーの差か。レンの髪の毛が今のところ一番艶やかでもある。

 

「仲が良いのは良いことだけれど、これから作戦会議よ。TPOを弁える様に教えなさいな」

 

「ええ。少しずつですけどね。はい、2人とも離れて。レイ、またやってあげるからしょげないで、ね?」

 

 まだレンは素直に言うことを聞いてくれる。シオンは渋々と言った感じで。そして意外なのは手を離したレイが残念そうな表情を浮かべた事だった。だからもう一度撫でてやる。

 

 綾波シスターズを引き連れて、リツコさんと共にミサトさんのもとへ向かった。

 

 増えているシオンに怪訝な表情を浮かべるが、それも直ぐに仕事の顔に切り替わった。

 

「本作戦における各パイロットの担当を伝達します。──とは言っても、射撃に関しては自走陽電子砲本体で行われます。したがって綾波レイ、綾波シンジ両パイロットはEVA専用防御装備で陽電子砲の防御に就いて貰います」

 

「質問良いですか?」

 

「なに? シンジ君」

 

「目標への陽動は?」

 

「第四、第五要塞はじめ、迎撃システムを特化運用して陽動を行います。エヴァによる近接戦闘は不可能であると判断した今回の措置よ」

 

「わかりました」

 

 旧劇ではポジトロン・スナイパーライフルが発射可能となるまでラミエルには気づかれなかったが、新劇は攻撃中でなければコアが実体化しない特性もあって大規模な陽動が行われた。

 

 見るからに旧劇仕様のラミエルならば陽電子砲で撃ち貫くだけだろうが、それでも悟られないように陽動が行われるというのならば余計な真似はせずに役目に徹するのが確実だろう。

 

「シンジ君が初号機、レイが零号機で良いのね?」

 

「はい。自分がシオンと初号機へ、レイとレンで零号機に乗ります」

 

 リツコさんの問いに返し、それぞれのエヴァを決める。ミサトさんはまたもや怪訝な表情を浮かべた。

 

「初号機に乗れるようになったの?」

 

「はい。ついさっき。此処までの自走運搬は僕が初号機でレイが零号機に乗っていました」

 

「……あとで詳しく教えて貰うわよ」

 

「はい」

 

 とはいえ、ミサトさんにはあまり詳しい事は伝えられないのが心苦しい。エヴァに心があって、その心がヒトとなったのがレンやシオンであるなんて伝えてもワケがわからんだろう。

 

 零号機には新劇で使われたEVA専用単独防御兵装を装備して貰う。

 

 初号機はSSTOの御下がり──耐熱光波防御盾を装備する。

 

 計算上は17秒×2の34秒。あとはATフィールドでの補強が何処まで効果を果たすか。

 

 シャムシエル戦の例に習うならラミエルの攻撃を機体で受け止めるのもアウトだろう。だからより強固なATフィールドで必ず受け止めてみせるという気概で砲撃を受ける必要がある。

 

 一撃で決めてくれるのならそれに越した事はない。しかしそうではないかもしれない。旧劇でも新劇でも、1発目ではダメだった。

 

 だから最悪の事態は想定しておくに限る。

 

 時間までの機外待機。陽電子砲発射の為に日本中の光が消えていく。

 

 人工の光が無くなった事で、星が良く見える。

 

 急造の仮設ケイジの搭乗用ブリッジの上で、なんでか初号機側にだけ人が集まってる。

 

 あすなろ抱きがお気に召したのか、背中から抱き着いてくるレン。

 

 胡座を掻く足の中に座って背中を擦り付けてくるシオン。そして右手を掴んでもみもみしたり手を繋いだりしながら寄り掛かってくるレイ。

 

 そんな綾波シスターズの攻勢に内心色々と限界の自分。良い匂いがし過ぎて熱いパトスが全身を迸りそうなのを、芦ノ湖で冷された風が冷ましてくれる。それでもシオン、解っててやってるなコイツと思えば、肩越しに振り向いててへぺろと舌を出してからかってくる。知らんぞ? いくら自分でもモード反転、ザ・ビーストになれるんだぞ? 形状制御のリミッターを裏コード使わなくても外せるんだからな?

 

 ただ。寒いのにこう押しくらまんじゅうしてると暖かい。もしくはねこ鍋か。

 

 これから戦うというのに恐さなんて感じない。穏やかで安らかな気分でいられる。そして心を渦巻き炎をあげるのは、必ずこの子達を守らねばという思いだ。

 

「どうして、あなたはエヴァに乗るの?」

 

 寛いでいたところにレイがそんな質問を投げ掛けて来た。

 

「死にたくないから、というのが前提だけれど。やっぱり守りたいものがあるからだね。戦わないと守れないから、戦う。それだけなんだ、今は」

 

「そう……」

 

 右手を上げてレイの頭を撫でてやる。

 

「もちろん、レイも守るから」

 

「……わたしも、あなたを守るわ」

 

 頭を撫でていた手を取って、レイは自身の手と重ね合わせる。レイは手を繋ぐ事が好きみたいだ。

 

 指と指を絡めた恋人繋ぎ。プラグスーツ越しにレイの温かさが伝わってくる。

 

 プラグスーツに備わる電子時計からアラームが鳴る。名残惜しそうにレイが手を放し、レンも背中から離れる。少しズルして居座ろうとするシオンの腰を抱えながら立ち上がる。

 

「レン、レイを守ってあげて」

 

「ええ……」

 

 互いに頬にキスをして、レンと彼女の手に引かれるレイを見送る。

 

「ズルい……」

 

「さ、俺たちも行くよ、シオン」

 

「うぅ……」

 

 唸るシオンを抱えながら自分も初号機のエントリープラグへと入る。

 

 ヤシマ作戦が始まろうとしていた──。

 

 

 

 

つづく。 

 



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決戦、第3新東京市!

漸くというか序盤の山場のラミエル戦が終わるぞ。しかしネタをブチ込み過ぎたがぽかぽかするためだから致し方無し。なお少し間違えるとサードインパクトである。

これアスカ迎えに行くか本気で悩むくらい無視できない票があるなぁ。どうする?

取り敢えず再び勢い任せで読者を篩に掛けるクソ作者です。しかしまぁ、こうなるくらいヤバいのだ。


 

『ヤシマ作戦発動、陽電子砲発射準備! 第一次接続開始!』

 

『了解。各方面の一次及び二次変電所の系統切り替え』

 

『全開閉器を投入。接続開始!』

 

『電力供給システムに問題なし!』

 

『周波数変換容量、6,500万kwへ増大』

 

『全インバーター装置に異常なし!』

 

『第一次遮断システムは、順次作動中』

 

『第1から第803管区まで、送電回路開け!』

 

『電圧安定、系統周波数は50ヘルツを維持!』

 

 無線を指揮車と繋いでいるから聞こえてくる陽電子砲発射シーケンス。見た目が新劇仕様だから情報量も凄まじいのか。旧劇でもこれだけの作業量だったのか。

 

『第二次接続』

 

『新御殿場変電所、投入開始』

 

『新裾野変電所、投入を開始』

 

『続いて新湯河原予備変電所、投入開始』

 

『電圧変動幅、問題なし』

 

『第三次接続』

 

『了解。全電力、二子山増設変電所へ』

 

『電力電送電圧は、最高電圧を維持』

 

『全冷却システムは最大出力にて運転中』

 

『超伝導電力貯蔵システム群、充電率78.6%』

 

『インジケーターを確認、異状なし』

 

『フライホイール回転開始』

 

『西日本からの周波数変換電力、最大数をキープ』

 

『第三次接続、問題なし』

 

『了解。第四、第五要塞へ連絡、予定通り行動を開始。観測機は直ちに退避』

 

 第3新東京市は盆地となっている。迎撃要塞として第3新東京市を囲うように要塞陣地が存在している。第3新東京市へ向けて最大火力を投射出来る様に建設されているその要塞郡から先ずはVLSによる飽和攻撃が開始される。

 

 ラミエルはそれをATフィールドで耐え、要塞のVLS陣地を荷粒子砲で薙ぎ払った。

 

『第三対地攻撃システム、蒸発!!』

 

『悟られるわよ。間髪入れないで。次!』

 

 今度は艦載用の12.7cm砲による攻撃だが、それもATフィールドで防ぎ、反撃で黙らせる。

 

『第二砲台、被弾!』

 

 攻撃はすべて防御して、攻撃座標を計算して撃ち返しているのか。

 

『第八VLS群、蒸発!』

 

『第四対地システム、攻撃開始!』

 

『第六ミサイル陣地、壊滅!』

 

『レーザー砲射群、第3波、発射します!』

 

『続いて第七砲台、攻撃開始!』

 

 新劇の様に形を変えたりしてはいない。防御してからの反撃と、堅実な方法での攻撃。ならば一撃で倒せる可能性もある。

 

『陽電子加速器、蓄積中。プラス1テラ』

 

『収束回転数は3万8千をキープ』

 

『圧縮密度、発射点へ上昇中』

 

『送電損失、増大!』

 

『電圧稼働変率、0.019%へ』

 

『事故回路を遮断!』

 

『切り替え急げ!!』

 

『電力低下は許容数値内』

 

『系統保護回路、作動中。復旧運転を開始!』

 

『第四次接続問題なし』

 

『最終安全装置、解除!』

 

『安全装置解除、ヒューズ装填!!』

 

『射撃用諸元、最終入力を開始!』

 

『地球自転、及び重力の誤差修正、+0.0009』

 

『射撃盤、目標を自動追尾中!』

 

『陽電子加速中、発射点まであと0.2…、0.1』

 

『第五次最終接続!』

 

『全エネルギー、超高電圧放電システムへ!!』

 

『第1から第9放電プラグ、受電準備よし!』

 

『陽電子加速管、最終補正』

 

『パルス安定。問題なし』

 

 無線に耳を傾けながら新劇の場面をイメージしつつ思うことは1つ。戦自研の協力もあって完成した大型陽電子砲だ。一発で当てて欲しい所だが。

 

『8…、7…、6…、5…』

 

 ラミエルがバカスカ撃たれているのに反撃を止めた。ATフィールドでの防御は健在。四方八方から撃たれ続けていても反撃をしない。

 

 まさか──!?

 

「シオン! ATフィールド全開、衝撃に備えて!!」

 

『2…、1…!』

 

「え…?」

 

『発射!!』

 

 叫ぶと同時に陽電子砲と、ラミエルの荷粒子砲が発射された。

 

 二つの砲撃は芦ノ湖の上で互いのエネルギーが干渉して捻れながら交差。ラミエルの砲撃は下二子山に着弾した。

 

 此方が狙われていると解った時には既に動いて陽電子砲と放電システムを守れる位置に着いてATフィールドを全開にしていた。

 

 それでも凄まじい揺れと衝撃波に倒れ込みそうになる。

 

 此方の攻撃もラミエルより大分手前に着弾している。ミスったのだ!

 

『敵シールド、ジオフロントへ侵入!!』

 

『第二射急いで!!』

 

『放電システムを再調整!』

 

『ヒューズ交換、再充填開始!!』

 

『砲身冷却開始!!』

 

『送電システム最大出力を維持!』

 

『各放電プラグ、問題なし!』

 

『射撃用諸元、再入力完了!』

 

 急ピッチで進められる二発目であるが、それよりも向こうの方が早い!

 

『目標に再び高エネルギー反応!!』

 

『マズい!!』

 

『エネルギーチャージのサイクルが早すぎる!?』

 

「こなクソおおおおおーー!!!!」

 

 マヤさんとミサトさん、リツコさんの叫び声を耳に、陽電子砲の正面にジャンプして盾を構えて直撃に備える。

 

 だが衝撃はやって来ない。

 

「零号機!?」

 

 盾を構えている初号機の前に零号機が割り込んでいた。

 

 シールドでラミエルの荷粒子砲を防ぎ切る。ATフィールドの重ね掛けと新劇仕様の防御装備だ。旧劇仕様のラミエルで助かった。

 

 そう思った時、ラミエルに変化が訪れる。その正八面体の身体を開き、星型正二十面体に変形したのだ。

 

「なンてインチキ!?」

 

 ATフィールドを全開にして零号機と初号機、二つの盾を重ね合わせる。瞬間、エントリープラグにまで響く轟音と、外気からの熱を感じる。

 

「うぐぉぉぉおおおお!!!!」

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

 ATフィールドで辛うじて反らした荷粒子砲は隣の下二子山を半分消し飛ばした。それでも照射が続く砲撃に零号機の持っていた盾は早々に砕け散り、初号機の持っていた盾も溶けはじめていた。

 

「盾が保たない!! まだなのミサトさん!?」

 

『あと20秒!!』

 

『お願いシンジ君、耐え抜いて!!』

 

「無理難題をおっしゃるっ!!」

 

 もう盾も溶けきりそうでこのままだと機体で受け止める事になる。だけれど零号機も初号機も機体で受ける事なんてやったらパイロットに深刻なダメージを負う事になる。

 

 背に腹は代えられない。

 

「仕方がない! シオン、やれぇぇぇぇっ!!!!」

 

「ええ、っ、はあああああ!!!!」

 

 レンとレイ──零号機を守るためにはこうするしかない。

 

 シオンとシンクロし、エントリープラグのインテリアが沈んで行くのが判る。

 

 初号機の頭上に光の輪が生じる。ヒトに戻れなくなっても構わない。それでも、守りたいものがあんだ!!

 

 左腕を突き出し、ATフィールドが完全にラミエルの砲撃を抑え込む。守る様に零号機を右腕で抱えて。

 

 左腕を払い、荷粒子を薙ぎ払う。

 

『第二射、発射っ!!』

 

 荷粒子砲が突き抜けた空間を、今度は陽電子砲が真っ直ぐ突き抜け、コアが剥き出しのラミエルを直撃した。

 

 コアを砕かれたラミエルは大炎上しながらその身体を第3新東京市へと沈めて行った……。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼の温もりを感じる。強いココロを感じる。

 

「ダメ…!」

 

 振り向けば背中からATフィールドの翼を生やす初号機が見える。

 

 その中に彼の想いを感じる。けれど存在を感じる事が出来ない。

 

 グオオオオオオオーー!!!!

 

 初号機が、吼える。

 

「ヒトの意思……。ココロをカタチとするモノ。そう、彼は……」

 

 わたしの背に居るわたしがそう呟いた時、零号機の腕を動かして、初号機の手を握っていた。

 

 思い起こすのはこの手の温かさ。温かい手に触れた事なんてはじめてだった。

 

 わたしから感じるココロも、わたし以上の強い想いだった。

 

 ワタシのココロがわたしとひとつになって、わたし(ワタシ)となる。わたし(ワタシ)の思いは1つだった。

 

 彼とひとつになりたい、けれどもそれは彼が居るから感じられるモノがある。

 

 彼に消えて欲しくない。この手で感じた温もりを、感じさせてくれる温かさを失いたくはない。

 

 想いを叶える為にひとつになるわたし(ワタシ)

 

 今、解った。わたしは恐かったのだ。わたしはワタシとひとつになって消えてしまう事が恐くて、ワタシを拒絶した。

 

 ワタシは解らなかった。ひとつになることがどういう事なのか。寂しいから、ひとつになりたかった。

 

 でも/でも──。

 

 彼が教えてくれた。

 

「そう、わたし(ワタシ)はもう、独りじゃない」

 

 そう。もう、恐くはない。恐怖を感じる必要はない。

 

 温かい想いが、恐怖を溶かして行く。

 

 初号機の手を引く。ヒトとしての彼を強く思って、初号機へと送る。

 

 背中のATフィールドが消えていく。

 

 力なく崩れる初号機を抱き抱える。

 

「…ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 初号機とひとつになってしまった彼が還ってきた。

 

 エントリープラグの中に4人も入っているから少し窮屈に感じる。

 

「伝わったよ、2人のココロ」

 

 そう言って彼はわたしとワタシの頭に手を置いた。

 

 わたしとワタシは、同じだけれど違う。わたしはわたししか居ないのだと、この手は教えてくれる。

 

「むぅ……。もう少しシンジとひとつになってたかったのにぃ…」

 

 そしてもう1人増えたわたしは──良く解らない。

 

「それで世界が滅んだら目も当てられないよ」

 

「シンジは私とひとつになるのはイヤなの?」

 

 そう言ったわたしは彼に悲しそうな顔を浮かべていた。

 

「1つにならなくてもひとつになる方法なんて幾らでもある。そうしてヒトはひとつになって互いを想いあって来たんだ」

 

 頭の上から彼の手が離れようとする。その手を慌てて掴んでいた。

 

「レイ……?」

 

 何故わたしはこの手が離れるのを止めたのだろうか。

 

「イヤ…」

 

 そう、イヤだから手を掴んだ。

 

 離れた手を、元の位置に戻した。

 

「レイもワガママを言うようになったか……」

 

 そう彼は言って、乗せられた手はまたゆっくりと動き出した。

 

「ズルい! 私もぉ!!」

 

「レン?」

 

「ええ」

 

 そう言葉を交わして彼はワタシから手を退けて、もう1人のわたしの頭に手を乗せた。

 

「んっ……ふふっ…」

 

 もう1人のわたしは彼に撫でられて笑った。何故笑うのだろうか?

 

「そんなの決まってるわ。気持ちが良いから」

 

 気持ちが良いとヒトは笑うのだろうか?

 

「そうね」

 

 そう。なら、この感情は気持ちが良い、というものなのだろうか。

 

「……よし。帰ろうか」

 

「ええ」

 

「はぁ…。もう少し撫でてよぉ…」

 

「あとで、ね」

 

 彼の手が離れてしまった。でも帰らなければならないのも事実だ。でも寂しい。

 

 帰ればわたしはひとりだけ。

 

「レイ…?」

 

 わたしは、彼の手をまたつかんでいた。

 

「帰りたくない…」

 

「どうして?」

 

「ひとりは…、イヤ…」

 

「……わかった。一緒に帰ろ」

 

 彼から伝わる想い。それが心地よくて、わたしは笑った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 使徒の攻撃を防ぐ為に初号機は背中から光の翼を生やした。強力なATフィールドを展開して使徒の攻撃を防ぎ切った。

 

 陽電子砲で使徒は殲滅された。

 

 だがその代償は──人類の滅亡へのカウントダウンだった。

 

「ちょっと、どうなっているのよリツコ!!」

 

「信じられません、形状制御のリミッターが外れています。解析不能…」

 

「エヴァの擬似シン化第1覚醒形態。ヒトの想いがカタチとなる姿。ヒトを超え、神に近い存在へと変わっていく……」

 

「それって…!?」

 

「彼の想いがヒトの域に留めていたエヴァを覚醒させてしまったのよ」

 

 そう、エヴァの心に触れる事の出来る彼だから出来てしまうエヴァの覚醒。

 

 作戦前だというのに初号機からユイさんと最初に出会った碇シンジ、そして初号機の心と共に還ってくるなんて事をやらかしてくれたばかりだというのに。

 

「天と地の万物を紡ぎ、相補性の巨大なうねりの中で、自らをエネルギーの凝縮体に変身させているんだわ」

 

 初号機の翼が四枚へと増え、虚空に穴が空いていく。

 

「純粋にヒトの願いを叶える。ただそれだけの為に…」

 

 それに呼応する様に、初号機の手を掴んだ零号機の頭上にも光の輪が顕れる。

 

「この世界の理を超えた、新たな生命の誕生……。代償として、古の生命は滅びる…」

 

「翼……。15年前と、同じ……!」

 

「そう、セカンド・インパクトの続き、サードインパクトが始まる。世界が終わるのよ……」

 

 初号機と同じく背中から翼を生やす零号機。彼が選んだのは、彼女だったようね……。

 

 

 

 

つづく。



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籠城、ココロを通わせて

少し疲れたというか、ラミエル倒して気抜けでもしたか。連続更新切れてすまん。そしてアンケートの結果によりどんな感じで物語を進めるかを決定。

セカイはぽかぽかの波動に呑み込まれる。

しかし感想返しに一時間掛かる様になってくると嬉しく思うね。もっと感想くれると嬉しさで筆が進むよ!(物乞い


 

 人類補完委員会は再び緊急招集を行っていた。

 

「第5の使徒殲滅。これは既に語るべきモノはないが」

 

 日本中の電力をかき集める為に消費された物資や人員を経費としてみれば国がまた傾く様な額であるが。その程度で使徒が殲滅されるのならば安いものである。

 

 しかし彼らは使徒殲滅が些細になる程の重大案件を前にしていた。

 

「零号機に続き覚醒したエヴァンゲリオン初号機。パイロットはまたぞろ碇の息子だそうだ」

 

 手元のモニターには背中からATフィールドの翼を生やした初号機が映る。

 

「初号機の覚醒。そしてサードインパクトの発生未遂。碇の監督責任ではないかな?」

 

 続けて初号機の上空に穴が空いた光景が映る。

 

「だがサードインパクトは防がれた──」

 

 零号機が初号機へと手を伸ばし、そして事切れた様に崩れる初号機が映る。

 

「我等の女神の仕業ですかな?」

 

「契約の執行途中の不運な事故、という事か?」

 

 初号機が使徒の砲撃を防ぐ為に背中から翼を生やす様子が映像で流れる。

 

「となれば、碇の息子をエヴァに乗せなければ以後は事故も防げると」

 

「その事だが。今エヴァを動かしている者が碇の息子ではない可能性が出てきた」

 

 映像は変わり、ケイジで固定されている初号機の口から現れる四人の人間が映る。

 

 綾波シンジと紫髪の少女。

 

 そしてサードチルドレンを抱き抱える女性。

 

「彼女が還ってきたか」

 

「だが、そうなればこの綾波シンジと名を変えたサードチルドレンはどういうことなのだ?」

 

「考えられるのは女神が造り出した新しい人間か、或いは彼女の器か」

 

「故にエヴァを覚醒できると?」

 

「サードインパクトが起こりかけたのもそれで説明はつくが……」

 

 紫髪の少女──シオン。

 

 灰の髪の少女──レン。

 

 そして綾波と名を変えたシンジ。

 

 その三者が揃ってモニターに映る。

 

「彼の身柄はどうなっている」

 

「同じだ。彼女らが居るお陰で手も出せん。それどころか監視員すらL.C.L.へと還元される始末だ。これ以上は監視も厳しくなるぞ」

 

 シオンに目を向けられた時、彼らを映していたカメラの映像にオレンジ色の液体が被る。

 

「やむを得ん。しばらくは手を引く他あるまい」

 

「幽閉措置。ということですか?」

 

「エヴァに近寄らせん方が得策かとは思うが」

 

「弐号機も日本へ着く。戦力的には問題はないだろう。鈴も到着予定だ。使徒殲滅スケジュールに狂いはない」

 

 今はなるべくエヴァからシンジを離すしかない。彼らが選べる選択肢はそれだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 サードインパクト寸前だった初号機はしかし、サードインパクトを起こすことなく機能を停止させた。

 

 ヤシマ作戦の後片付けで忙しいというのに、委員会からは彼を拘束。幽閉する様に通達があった。

 

 だがこれに猛反発したのが零号機という現在世界トップクラスの戦力で。零号機はレイも乗っていないのに動き出し、仁王立ちで第二芦ノ湖の前に立っている。その中には幽閉施設を物理的に破壊して拉致した彼と、零号機の心であるレン、さらには初号機の心であるだろうシオンという少女も乗っている。しかも頭には光の輪が存在していて、背中からは光の翼を生やしている。初号機と同じ状態であるのならば何時でもサードインパクトを起こせるぞと脅されている気分だった。

 

 零号機へのアクセスは全て遮断されている。

 

 初号機を出して確保しようかとも考えられたが、初号機は停止信号プラグが挿入されているのに全ての信号を拒絶して黙りだ。心が断固拒否しているのなら身体が動くわけが無かった。

 

 零号機はS2機関を搭載していて事実上活動時間は無限。

 

 籠城の構えで数日が過ぎても何も変わることがなく、私たちは零号機とのにらみ合いを続けた。

 

「どうにかならないもんかしらねぇ…」

 

「どうにかするなら委員会の命令を取り下げさせるしかないわね」

 

 ミサトもヤシマ作戦明けからまともに眠れていないから覇気がない。

 

「シンジ君に説得を頼んでみるとか?」

 

「やってはいるでしょう。でもそれを受け入れたら彼女たちはそれこそ今居る人類を滅ぼしてしまうでしょうね」

 

「まぁ、あんなのを見せられちゃね」

 

 初号機と呼応していた零号機を見ているから、その気になれば零号機もサードインパクトを起こせるだろうとミサトも感じている。初号機が暴れたりしていないことがまだ温情を掛けられていると思ってしまう。或いは彼の説得の賜物なのだろうか。

 

「やれやれ。連中も我が身は可愛いと見える」

 

「あら、副司令」

 

 溜め息を吐きながら冬月副司令が発令所の下段に現れた。

 

「彼女らに伝えてくれ。彼の身柄は自由の身だと」

 

「委員会が承認したのですか?」

 

「何人かメンバーが行方不明になったとかで随分と焦っとったよ」

 

 「女とは恐い生き物だ」と呟く副司令の言葉は背筋に嫌な汗が出るには充分だ。委員会のメンバー行方不明が、今回の事件に無関係であるハズがない。

 

 つまり彼女たちは本当に自分の気分と都合次第で全てを無に帰する事が出来る証明に他ならない。

 

「代わりに1人だけ監視を付けさせる約束だがね」

 

 監視1人を付けるだけで保身を買えるのは安いものだろうが、果たしてその監視はどういった存在なのか。そもそも彼女たちがその監視を受け入れるのか。

 

 いずれにせよ、生命の保証はないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 エヴァに監禁中、ナウ。

 

 いや。ねぇ、そのね。確かに幽閉される様なことはしました。エヴァからMAGIにアクセスしてみたら委員会の命令だったのが判った。すると零号機のプラグに一緒に乗っていたハズのシオンが消えた。パシャったワケじゃない。こう、フェストゥムのマスター型みたいに消えたのだ。

 

 時間にするともう3日籠城してるが、空腹を感じないとはどういうことなのか詳しくは考えないものとする。それでも食欲は湧く。人間の三大欲求の一つだから仕方がない。睡眠は出来るけれど食欲と、もう1つの欲は食欲で騙しても、今は騙せない。

 

 あとレン、なんでわたくしのシャツ一枚なんです? 食うぞコラ!

 

 そう意思を見せると演技掛かって見えるわざとらしくシナを作りチラチラと期待する視線を送ってくる。もうこれアレなの? 据え膳ですか?

 

 それでも踏み留まれた自分を誰か褒めて。

 

 いやウ=ス異本じゃないんだからプラグの中でそんなこと出来るか! 外に丸聞こえとか丸見えになったらどうするんだよ!! しかし年齢=童貞を舐めてはいけない。たとえ据え膳でも尻込みして手を出せないから童貞なんだよ!!

 

 ……これでなにかしらレンが誘う様な仕草を見せたら確実にアウトだった。だがその辺レンはまだ知らんらしいのでセーフだった。親心でカバーするのも限度があるのよ…。

 

 そしてまた1日、シオンが帰ってくると、外部音声でリツコさんの声が届いた。

 

『委員会から正式にシンジ君の幽閉解除のお達しが降りたわ。だから出てきてちょうだい』

 

 あのリツコさんが嘘を言うとは思えないから本当の事だろうが、いったいどうして委員会が命令を撤回したのか。

 

 不思議に思うとメチャドヤ顔で胸をふんすと張る紫髪の女の子が居ましたとさ。

 

「邪魔なヤツ、何人か消してきた♪」

 

 末恐ろしい事を笑顔で言いましたよこのヒットウーマン。

 

 人類補完計画を進めているから個の命に固執しないと思ったけれども案外違うのか。人類補完計画以外でパシャるのは無意味だからその為に此方のご機嫌を取るつもりなのか。それでもゼーレ滅べマジでがスローガンの自分からすると無意味だけれども、今ゼーレに消えられるとネルフの資金繰りがエラいことになるから使徒の殲滅までは生かして置くしかない。それとも加持さんに全部ゲロって真実を公にしてゼーレ無しでも使徒と戦える様に世間を味方にするか。

 

「レイも待ってるだろうし、降りるか」

 

「「イヤ」」

 

「大丈夫だから。リツコさん、無意味な嘘言わない人だから」

 

「「イヤ」」

 

 幽閉されてから零号機が壁壊して、エントリープラグに軟禁されてから色々と説得を試みてもイヤの一点張りだった。

 

 身体は離れ離れでも心は繋がっていると安心していたけれど、検査と称して離されて、そのまま幽閉だったから今のレンとシオンはヒトを信じる事が出来ないのだろう。

 

 さて困った。この二人をどうにか出来る存在が自分の他に誰が居る。いや、居ないな。

 

「あんまりワガママ言ってると、レイにだって迷惑掛かるよ?」

 

「別に。知らないもん」

 

「…………」

 

 シオンは知らん振りだが、レイと一緒に初号機を止めてくれたレンは思うところがある様だ。

 

「……何処へも、行かない?」

 

「…あぁ。何処にも行かない」

 

 真っ直ぐレンの赤い瞳と見つめ合う。すると1つ目を閉じたレンは零号機を操ってネルフ本部へと歩き出した。

 

「ヤダヤダ!! 私はシンジと1つが良いのっ」

 

 情緒が豊かな代わりにシオンは割りと駄々っ子な傾向にある。

 

『シンジ君! 彼女を大人しくさせて、初号機のケイジが壊れるわ!』

 

 そんな焦ったリツコさんの声が聞こえてくる。故に慌ててシオンを止めるために声を掛ける。

 

「だから初号機動かしちゃダメだって!」

 

「イヤぁ!! シンジと1つじゃないとヤなのっ」

 

 そんなシオンを大人しくさせる方法は簡単には思い付かない。情緒豊かだけれど感情的なシオン。それを煩わしいとは思わない。彼女は彼女なりに自分の安否を心配し、そして自分を肯定してくれる。1つになりたいとは相手を受け入れる事だ。それは自身の価値を肯定される事である。

 

 どうすれば良いか考えていたところに声を掛けたのはレンだった。

 

「ワタシも、ひとつになりたい。でも、ひとつになると感じられなくなる。だからひとつになるけれど、ひとつにならない。ATフィールドをひとつにしても、ひとつにならない。それがワタシの答え」

 

 そう、レンはそれを弁えている。ちゃんと我慢が出来る。だから綾波シスターズだと一番中身が大人なのだろう。

 

「私はシンジと1つが良い!!」

 

 逆に情緒豊かだからこそ感情的で歯止めが利かないのがシオンなのだろう。

 

 本当はラミエルの砲撃を耐える為だったのに、サードインパクトを起こす直前だった。1つになりかけていたから解る。

 

 シオンは一度与えられて、そして奪われたからこうにも1つになろうとするのだ。

 

 ユイさんの存在で満たされていたシオンは、しかしシンジがやって来ると追い出されてしまった。だからこんなに拗れている。ユイさんホント頼みますよ。

 

 それを知ってしまうと、あまり無下には出来なくなってしまう。

 

「シオン……」

 

「あぅ……」

 

 だから先ずは落ち着ける為にシオンを抱き締める。

 

「大丈夫。ちゃんと一緒に居るから。約束したでしょ?」

 

 頭を撫でてやりながら諭す様に紡ぐ。

 

「でも、人間は違う。約束、守らない…」

 

「そんなことない。守ってくれるよ」

 

 サードインパクトを起こしかけただけでも重罪だろうから問答無用で殺されるとも思っていただけに幽閉は命があるだけ優しい方だろう。

 

「これ以上迷惑を掛けたら、それこそ一緒に居られなくなっちゃう」

 

「だから、私と1つになろう? 私と1つになれば、シンジはもう何処にも行かなくて済むの」

 

「違うよシオン。それは違う」

 

 初号機の中に居れば永遠になれる。でもそれはヒトと触れ合う事も無くなってしまう。

 

 確かに自分はヒトと触れ合うことが苦手だ。けれども、それでも、他人が居ることの温かさを手放すことが出来ないんだ。

 

 こうしてシオンと触れ合い、レンと触れ合い、レイと触れ合い。

 

 リツコさんやミサトさんも、少しずつ誰かと触れ合う事を怖がらずにやって行けていると思い始めて来た。

 

 だからシオンにも外へと目を向けて欲しい。今は自分1人だけが彼女の心の中に居るだけだろう。でもそれだけじゃないセカイを知って欲しいから彼女を連れ出したのだから。

 

「要らない。私は、シンジ以外なんて要らない…」

 

「今はまだ、難しいとは思うけど」

 

 それでも首を振るシオン。こんなにも必要とされていると悪い気はしないと思う時点で自分もあまり彼女の事を言えないと思う。

 

「だから、一緒に行こう?」

 

 零号機がケイジに固定され、エントリープラグが排出される。

 

 シオンからの返事はない。セカイを否定する様に抱き着いて目を背けている。本当に手の掛かる駄々っ子だ。それでも彼女を見放すことも、放り出す事もしない。

 

 ちゃんと抱き締めて立ち上がる。落ちないようにシオンは首に腕を回してきた。首もとに彼女の顔を押し付けられる。全力で今は外を見るつもりが無いらしい。

 

 それでも外へと連れ出して、4日振りに外に出る。

 

 アンビリカルブリッジの上でリツコさんが待っていた。

 

「本部施設破壊とエヴァの私的占有。普通に考えたら厳罰ものね」

 

「覚悟は出来ています」

 

 子の責任は親の責任。自分達の関係は簡単には言い表せることはできないが、それでも人間社会における責任者は自分である。だから2人の不祥事は自分が責任を持つ義務がある。

 

「ごめんなさい。壊したことは謝ります。だから彼と離れ離れにはしないでください」

 

 レンがリツコさんに頭を下げて謝罪していた。謝られるとはリツコさんも思っていなかったからか驚いている様子だった。というか自分も驚いた。

 

 自らの非を認めて謝るという子供の成長を目の当たりにした親の気分だった。

 

「そうね。また離れ離れにして暴れられても敵わないから、あなたたちを引き離す事はしないことを約束するわ。だけど、彼の身柄を自由にする代わりに監視役を1人だけ付けさせて貰うわ」

 

「……あいつらみんな潰しておくべきだった…」

 

 リツコさんの言葉を聞いたシオンが耳元で自分だけに聞こえる声で呟いたおっかない言葉は聞かなかった事にする。

 

「それでも本部施設の破壊の件があるから、自宅謹慎を言い渡します。反省文の代わりとして、地上の第5使徒の遺骸の撤去工事を手伝って貰うわ」

 

「わかりました」

 

 零号機はS2機関を搭載していてある程度メンテナンスフリーになっているからこうして作業建機代わりに使ってやる事が出来る。ちなみに初号機は表向きはまだ電源が要る為にこの様な仕事に駆り出すことは出来ない。エヴァを動かすだけでもかなりの多大な電力が必要なのだ。

 

 宿舎の部屋に帰ってくると、レイが待っていた。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい…」

 

 読んでいた本を畳んでテトテトと小走りで寄って来たレイは、しかし此方の両手がシオンを抱える為に塞がっているのが判るとシュンと残念そうにする。

 

「シオン、一回降りて」

 

「ヤ!」

 

 そう言うとシオンは此方の首に回していた腕を寄り強く引き締めた。こりゃ梃子でも動かんと思って、仕方がないからベッドに腰掛ける。シオンを膝の上に乗せれば手が空く。空いた手でレイを手招きすると、レイもまたテトテトと早足で寄ってきて、空いた手を両手で包み込む。

 

「きゃーっ、キャハハ、ぅん、やん!」

 

「言うこと聞かない悪い子はオシオキだぁ~!」

 

 そのままベッドに背中から倒れ込んで空いてる手でシオンの身体を擽ってやる。もうベッドの上だから落ちることもないから好き放題に擽る。

 

 逃げようとしてもガッチリ腕でホールドしているから逃げられない。ちょうど腕を極めている所から指先がシオンの脇の下を擽れるのだ。

 

 シオンと遊んでる合間、レイは握り締めた手をふにふにと握ったり自分の頬に当てたり、横になって頭の上に乗せたりと彼女なりに自由にしていた。

 

 その間、レンはいつの間にか膝枕をしてくれた。なんかホント良い匂いとか温かさに包まれて溶けそう。しかし物理的に融けるのはNGだ。

 

 こんな風にしていればみんな普通の女の子であるから、それが何かを間違えればサードインパクトのトリガーであるだなんて普通は信じられんよなぁ。

 

「なに?」

 

「いや、なんでもない」

 

 レンの顔を見上げていたからレンがそう返してきた。けれどもただボーっと見上げていたから特に何というのは無い。

 

 シオンを抱えていた腕を上げると、レンはその腕を掴んで、手を頬に添える。3人とも手触りが一緒で肌触りだけだと判別はとても難しい。ただ手を握る力は3人とも違う。

 

 レンは柔らかくて、シオンは引っ張るように、レイは離さないように強く。それぞれが彼女達が自分へと求めるものを表している様だ。

 

 手を離したからか、シオンの腕の力が強まった。グッと引き締まる腕は自分を離さないと物語っている様だった。

 

 レイは、頭を撫でるのを止めようとすると、その手を掴まれてまた頭に乗せて撫でろと催促される。こんな風になるなんて思わなかった。

 

 レンは、一番余裕がある様に見えて、それはただ我慢しているだけだと判る。

 

 シオンとレイが寝ついてしまったのを見計らって脱出すると、今まで静かだったレンが動き出す。

 

 1人でお風呂に入りたがらないレンと一緒にお風呂に入って、頭から足まで全部洗ってやる。

 

 浴槽に入るのも一緒。今まで我慢していたレンが一転攻勢で甘え始める。抱き着き魔であるレンを受け止め、身体の柔らかさを堪能させて貰う。なんかもう親心とか言っていられる余裕が無いけれど、甘えるように顔を首もとに押し付けて擦り寄ってくる可愛らしさにギリギリで踏み留まる。擦り寄ってくる度に彼女の実りの良い胸が胸板でカタチを変えていても──。この滾りはどうしてしまえば良いんですかね?

 

「ワタシと、ひとつになりたいの?」

 

「うえ!? や、いや、そんなこと」

 

「ダメ…?」

 

 何故か悲し気に首を傾げるレン。

 

 いや、ダメではないのだろうが。いやでもお風呂だって監視されてるだろうし。そもそもレンとはそんなことをしなくてもひとつである感覚はあるし。

 

「ヒトがひとつになる行為。生命を育む行為。ワタシは、アナタとひとつになりたい……」

 

 頬を朱くしているのは、湯船のお湯の所為ではないだろう。

 

「……止まらない、かもしれないよ」

 

 そもそもこんな極上の美少女を前に今まで我慢していたのだって、今のぬるま湯の様な心地好さを壊したくなかったからだ。

 

 レンを抱いてしまったら、彼女へ向ける心も変わってしまう。親愛を通り越した愛情を向けてしまって、彼女に拒絶されるのが恐いから、心地好い今の関係で居たかったんだ。

 

「ワタシはアナタ。アナタはワタシ。でも、ワタシはアナタとひとつになりたい。これはなに? ワタシはワタシのココロがわからない」

 

「それは、きっと、愛…、じゃないかな」

 

「愛──。相手を求め、親しむココロ。大事なモノとして慕うココロ。ワタシはアナタを愛しているのね」

 

 彼女が顔を近づけて、唇を合わせてきた。

 

「口づけも、愛情。アナタとひとつになりたいワタシのココロも、愛情。アナタはワタシのココロ」

 

「……好きって、言うと、レンはどう思う…」

 

「好き──。相手を好く言葉。異性を愛する言葉。アナタはワタシを愛してくれる?」

 

 小首を傾げる彼女の頬に手を添えて、今度は自分から勇気を出して近づける。すると受け入れる様に彼女は瞳を閉じた。

 

 その柔らかい唇を奪って、言葉を紡ぐ。

 

「もちろん。…俺があげられる愛情を、君にあげる。俺は、レンが好きだよ」

 

「っぅ──」

 

 レンが好きだと、そう心を込める。ATフィールドを操る様になって、本当の心の込めかたが、伝え方がわかった様な気がする。

 

 耳まで朱くするレンなんてはじめて見た気がする。

 

「ねぇ、顔見せてよ、レン」

 

「い、イヤ…」

 

「どうして?」

 

「恥ずかしい…」

 

 心に沸き上がる慈しみは、親心ではない。顔を見ようとする意地の悪さは、彼女を1人の女として見ているんだ。

 

 頬に添えた手で彼女の顔を上げると、潤んだ瞳を携えて朱くなった愛らしい顔があった。

 

 

 

 

つづく。



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エヴァと親子と最後のシ者

一番困るのがサブタイ。だからホント適当。

少し充電期間とか発生し始めたら更新が滞る予兆になる。しかし登場人物が多くなると捌くのが大変である。しかし登場人物一人一人と絆を結んでハッピーエンドを迎えたエヴァ2のシナリオに憧れてるから仕方ないかな。その分話数を使い、書き手の私が死ぬだけだぁ(白目


 

「それじゃあ、聞かせて貰うわよ。エヴァってなんなの?」

 

 そう切り出すのはミサトさん。場所はリツコさんのデスクというこのネルフ本部において唯一プライベートが約束されている空間だった。

 

 しかしなんで自分も呼ばれる事になったのか? 同伴者は綾波シスターズの中で常に自分の隣に居ないと不安定なシオン。レンとレイは地上でラミエルの死骸の撤去工事を支援しに行っている。

 

 エヴァの事をミサトさんに説明するのならリツコさんだけで充分であるはず。しかしリツコさんが自分をこの場に呼んだというのならば意味があるのだろう。

 

「そうね。先ずはエヴァの生い立ちから説明しましょう」

 

 そう言ってリツコさんはE計画の概要を話し始めた。

 

 南極で発見された最初の使徒を、ヒトの手で造り出す。それがE計画。

 

「ちょっと待ってよ。それじゃあエヴァは」

 

「そう。汎用人型決戦兵器であるエヴァは、人工的に造られた使徒とも呼べる存在よ。毒を制するには毒を用いなければならないようにね」

 

 リツコさんならばエヴァが造られた本当の意味を知っているはずだが、そんなことまでいくら親友でもミサトさんに話す気は無いらしいし、話せるわけもないか。

 

「そんなモノを使っていたのね、アタシたち」

 

「少し考えれば判ることよ」

 

 使徒とエヴァにしか展開できないATフィールド。共通する物があれば関連性を疑って然るべきだ。しかし表向きにもE計画は国連の承認が降りている。将来、現れると予見されていた使徒へ対抗する為の兵器としてエヴァは造られた。確か死海文書も国連上層部には開示されていて、予言書という眉唾物だが使徒の襲来を示す裏死海文書の一部も公開されていたハズ。故に表向きには汎用人型決戦兵器としてエヴァは造られた。

 

 しかし裏向きではエヴァ13体を用意し、人類補完計画を遂行する為の存在だったハズ。エヴァの裏設定なんかはもう15年近く詳しく調べていないものだから間違っていたり思い出せないものも多いだろうが、エヴァが造られた理由はそんなものだったハズだ。

 

「本来ならエヴァは人の為の使徒として危険なモノではなかった。けれど、エヴァと直接コミュニケーションを取れる存在が現れた事で変わってしまった」

 

 リツコさんとミサトさんの視線が此方に刺さる。そこでコッチに話が回りますか。

 

「ヒトに造られたヒトだから、エヴァにもココロはあります。生まれない事もないでしょう。元々の使徒が生き物なんですから」

 

 使徒が生き物と表現するのは少しリスクが高いだろうが、此処はその表現を使う。

 

「使徒が生き物?」

 

 使徒を生き物とした自分にミサトさんの疑問が向けられる。

 

「ATフィールドに干渉した時に感じたんです。使徒も死にたくないって思っているんです。ココロがあるのだから生き物も同じでしょう」

 

 シオンの頭を撫でてやりながらコーヒーを啜る。

 

 黒き月のリリスより生まれた人類。白き月のアダムより生まれた使徒もまた人類とは違った可能性を持った存在だ。

 

「使徒が生き物なら、使徒を再現しようとしたエヴァも生き物か。使徒と同質の存在だからサードインパクトも起こせる。そういうわけね」

 

 1人で答えを出すミサトさんにはこれ以上の余計な情報は要らないだろう。これ以上はミサトさんの命が危なくなる。そうでなくてもミサトさんの言葉ははからずもエヴァの真相の1つに触れている。

 

 リツコさんの顔も険しい物になっていた。

 

「使徒を倒す為にはエヴァが必要。でもそのエヴァでさえ、サードインパクトを起こす危険がある。兵器としては欠陥品ね」

 

「それでもエヴァに頼らなければならないのが、わたしたちの限界でもあるのよ」

 

 エヴァをあくまでも兵器として見ているのなら、これ以上の真実には辿り着けないだろう。

 

 そう判断したらしいリツコさんの顔が和らいだ。最悪の場合、親友を手に掛けなければならないとでも考えていたのか。彼女の表情から考えを読み取ることは出来なかった。

 

 2人の視線が心地好さそうにしているシオンへ向く。

 

「エヴァの心、か。見た目は普通の女の子なのにね」

 

「見た目だけよ。身体の構成素材はエヴァの生体部品と同じだから、ヒトの姿をしたエヴァとも言えるわ。だから外部からエヴァを動かせる。自分がエヴァその物だから当たり前だけれども。そこに彼が加わる事で、エヴァを覚醒させるまでに至れるのは、彼が彼女達の理解者だからでしょうね」

 

「愛の力で世界が滅んでちゃ堪んないけどね」

 

 ミサトさんから非難がましい視線が飛んでくるものの、コーヒーに口を付けて誤魔化す。

 

 自分だってこんなことは予定外も良いところなのだから勘弁して欲しい。

 

「それにしても、シンジ君はモテモテねぇ。満更でもないみたいだし」

 

 なんかイヤらしい笑みを浮かべながら此方を見つめてくるミサトさん。その視線の意味がわからない自分ではない。

 

「半分親代わりみたいなモノですよ。彼女達はヒトとしては子供みたいなものですから」

 

 とは言うものの、その子供みたいな彼女(レン)に恋愛感情を向けはじめてしまった自分は業の深い人間と言うことになる。

 

 それでも、自分を受け入れてくれる彼女に自身を委ねる心地好さを知ってしまった自分は、もう後戻りも言い訳も出来ないししない。

 

「むぅ~」

 

「シオンの事も忘れてないよ」

 

 レンの事を考えると不機嫌になるシオン。シオンは本当に独占欲が強い。自分を見て欲しい、捨てないで欲しい、独りにしないで欲しいという強い欲求はまるでシンジ君と同じだ。

 

 だからまだ、子供だと思えて接する事が出来るのだろうか。

 

「エヴァに関しては解ったわ。委員会から特に凍結命令も出ていないのなら使うしかないんでしょうし。それとは別に教えて欲しいんだけど」

 

 いったい何がまだ疑問なのだろうかと考えていると、ミサトさんの視線が自分に注がれている。何かミサトさんにしただろうか?

 

「初号機の中から出てきたもうひとりのシンジ君について、何か判ったことはあるの?」

 

 うむ。まぁ、そうなるだろう。もうひとりというか、本物のシンジ君。ユイさんと一緒に連れてきてしまったけれども、そのあとはどうなったのかは自分も知らないのだ。何しろラミエル戦を控えていて直ぐに出撃しなければならなかったし。帰ってきてみれば委員会からの幽閉措置と零号機籠城事件だ。

 

 この一週間、まるで落ち着いてる暇なんてなかったのだ。

 

 だからシンジ君がどうなっているのかは自分にもわからないことだった。

 

「碇シンジ君に関しては100%本人よ。ただ第一次直上会戦までの記憶しか持ってはいないけれど」

 

「じゃあ、目の前に居るシンジ君はなんなのよ」

 

「彼も綾波シンジとしては100%本人でしょうけれど、碇シンジとしてはどうかしらね」

 

 意味深い視線を寄越すリツコさん。自分としては碇シンジとしての人生を思い出すことは可能であるから、碇シンジと言える。だが自分は既に綾波シンジである。

 

 同じ碇シンジとして存在するよりも、綾波シンジとして別の存在でいる方が気楽で良い。

 

「僕はもう、綾波シンジですから。碇シンジであることに未練はありません」

 

「シンジ君……」

 

 ミサトさんが表情を曇らせる。ミサトさんからすれば自分が碇シンジを譲った様に思えるのだろう。ただ自分からすれば碇シンジに未練が無いのは本当だ。

 

 綾波シンジであることに意味がある。

 

 今まではシンジ君が初号機の中に居たから自分が碇シンジでもあった。

 

 しかし本物のシンジ君が還ってきたのだから、碇シンジの名は彼に返すべきだ。そして既に自分には綾波シンジという名と立場がある。この名と共に生きる覚悟はある。その為に戦う意思がある。

 

「僕は僕として、戦う覚悟があります。リツコさんやミサトさん、レンにシオン、レイを守りたいと思うのは、僕個人の意思ですから」

 

 そう、同じ碇シンジであろうとも、あの天井から始まった今日までの日々は自分が歩んだ物だ。

 

 だからこの意思は、覚悟は、誰のものでもない。自分の物だと断言できる。

 

 しかし幾ら自分が碇シンジとは別の意識を持つ人間であっても、時系列として見れば自分が碇シンジであったことは事実の1つであった。

 

 ネルフ本部司令執務室。

 

 この場所に自分が呼び出された意味を計るには情報が少なすぎて想像が及びもつかなかった。

 

 デスクの上でお決まりのポーズを取るゲンドウと、その隣に立つ冬月先生。しかしそこには更に別の人が居た。碇ユイ、その人である。

 

 自分の背中に隠れながら威嚇する様にユイさんを睨みながら唸るシオンの頭を撫でて宥める。

 

「ユイから話は聞いた」

 

 そう切り出したゲンドウの言葉に内心身構えてしまう。話とはどんなことを話したのか。

 

「お前は、私とユイの仔ではない、と」

 

「そうかもしれません。自分は碇シンジではなく、綾波シンジですから。碇シンジとしての記憶はあっても、自意識は別人と考えて頂ければ、と」

 

「そうか……」

 

 ハッキリと自分と碇シンジは他人だと良い放つと、何故かゲンドウは気を落とす様な声色で呟いた。

 

「では君は綾波シンジである、そういうことだな?」

 

「はい。僕は綾波シンジであることが僕自身の自意識の在り処であると認識しています」

 

 いったいこの問いに何の意味があるのか考えるが、やはり思い当たる物はない。

 

 冬月先生の問い。そして視線は、自分の事を探るものだった。つまり綾波シンジはなんなのかという事を冬月先生は知りたがっている様に思える。

 

 態々そんなことを聞くのは、ユイさんも自分の事をどう言い表して良いのかわからないという事なのだろ。

 

 初号機の中での事をユイさんが覚えていたとして、自分の事をどう見ていて、どう伝えたのかが、気になる所であり、そしてそれが答えでもある様に思える。

 

 それこそ転生者と言えれば簡単だが、そうなるとシンジ君の身体に赤の他人が宿った事の説明とかしなければならなくなる。

 

 その点の説明はシオンの言葉を引用出来るが、それなら自分の正体をどう定義するかによる。

 

 いや、自分は綾波シンジだと既に自己定義しているのだから必要はないか。

 

「シンジはシンジよ。でも、殻に閉じ籠る弱虫じゃない」

 

 どう話そうかと考えていた所に、シオンが口火を切った。

 

 そうは言うが、自分はそれこそ他人が怖くて自分の殻に閉じ籠っていた口だからシオンの言葉には誤解がある。

 

「魂の無い身体に生まれたココロがシンジだもの。シンジは強い。強いシンジだから私は1つになりたいと思うの」

 

「魂の欠けた肉体の人格。そういう事か?」

 

「わかりません。僕自身彼女の言う強い人間じゃありません。それでも、彼女達を守る為に戦う覚悟はあります」

 

 冬月先生がシオンの言葉を聞いてなにやら答えを出しているが、曖昧に答えておく。そう思ってくれても構わない。前世がある人間だと説明するよりかは、そう定義してくれる方が話を合わせ易い。

 

「では引き続きお前をエヴァのパイロットとして扱う。異論はないな?」

 

「ありません」

 

「ではフォースチルドレンとして登録する。後の事は赤木君に任せてある。用は終わりだ、下がれ」

 

「はい」

 

 自分からしてゲンドウを親だとは思うことなく接しているから、向こうも同じ様なものだろう。

 

「ユイさん、シンジ君はどうですか?」

 

「え、ええ。元気よ。あまり人には会いたがらないけれど」

 

「そうですか。……碇司令」

 

「…なんだ」

 

「シンジ君と、仲良くしてください。恨んでいても、憎んでいても、シンジ君は貴方を求めていた。お節介かもしれないですが、僕に言えることはそれだけです」

 

 そう、碇シンジの記憶を持ち、原作知識を持ち、色々なシンジ君を知っている自分に言えることはそれだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 執務室を彼が去っていくまで、自分達の間に会話は無かった。

 

 既に碇シンジではなく、綾波シンジだと自己を定義した彼。しかしだが、彼も碇シンジである事に違いはない。

 

 碇シンジが子供であるのなら、綾波シンジは大人になろうとする子供だと言うべきか。

 

 そして同じ碇シンジであるからこそ、言わずにはいられなかったという事か。

 

「碇。彼の言葉に思う所はあったか?」

 

「……いや」

 

 彼が自身を綾波シンジと位置付けて自己を確立していることを知って、僅かながらにショックを受けているヤツがよくも言えたものだ。

 

 ユイ君が還ってきた事で改めて自分の息子と向き合い始めた不器用な男の、不器用な気遣いを必要とする程、彼はもう子供ではないという事なのだろう。

 

 初号機の魂とも言うべき彼女の言葉の通りならば、彼も姿は変われども碇シンジである事に違いはない。

 

 それでも、外へと自分を向ける彼と、内へと自分を向ける碇の息子の違いは、やはり守るべきものがあるかの差だろうか。

 

 碇の息子も、はじめて初号機に乗せる時に傷だらけのレイを見せた事で男を垣間見せたが。

 

 それに輪を掛けたのが今の彼であるのだろう。

 

 守るものが出来て親離れをする。その切っ掛けの一因には赤木君も関わっているだろう。

 

 女によって良くも悪くも左右される人間性は間違いなく似た者親子だと言わざるを得ない。

 

 だからこそ、信用を置くことが出来る。

 

 だからこそ、碇も彼をフォースに据えたのだろう。

 

 ゼーレの人類補完計画を頓挫させるための尖兵として。

 

 白き月のアダムより生まれし使徒を倒すための駒として。

 

 すべてを左右するリリスの番として。

 

 欠けたリリスの魂を持つレイ、零号機と初号機、共にリリスより生まれしエヴァの魂そのものの彼女達を導く担い手として。

 

 幼い自分は親に任せ、自分は1人の漢として立つ、か。

 

 孤独の様に見えるが、彼は絶えず彼女達に守られ、欠けた心を補完しあう存在となっている。

 

 彼らの在り方が少し羨ましく思えた。愛するものが居るが故の強さに、自分が彼に懸けたのは間違いでは無かったことを思い知る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

  

 

 

 愛されているということは満たされているという事と同時に、人間と言うものは面倒な生き物である。満たされているのに1人になろうとするのは個でありながら群体である人間の特徴、つまりキレイな美少女に年がら年中傍に引っ付かれていても時には1人になりたいこともある。

 

 シオンを部屋で寝かしつけて、レンとレイは地上でラミエルの解体作業をしている合間だけが、自分個人の時間を取れる。

 

 ネルフ本部の中庭でそんな1人の時間を過ごしている時、何処からか鼻唄が聞こえてきた。

 

 第九──。それを聞いた時、思わず立ち上がって歌の主を探した。

 

「歌は良いね…」

 

「ッハ──!?」

 

 いつの間にか隣に居た赤い瞳に銀髪の男の子。

 

「あ…!」

 

「あうっ、と、ちょ!」

 

 あまりに近く真隣に居たために仰け反った身体は、後ろに噴水があることも忘れて背中からダイブすることになった。

 

「いったぁ~──っ」

 

「大丈夫かい?」

 

「と、取り敢えず、は」

 

 噴水の中で尻餅をついてしまいながら、痛みに滲む涙を堪えて、此方を心配する彼を見つめ返す。

 

「リリスを降した人間だからどんなヒトなのかと思ったけれど、キミは面白い人間の様だ」

 

「別に面白くもなんともない」

 

 目の前の少年──池ポチャしてしまった自分を見て笑っている渚カヲルを睨み付けてやる。

 

「それで? 君はいったいどちら様?」

 

 知ってはいるが初対面を装う。何しろカヲル君がやって来たともなれば、それはゼーレが寄越したという事でもあり。

 

「そういえば名乗ってなかったね。僕は渚カヲル。キミの監視を仰せつかったのさ。碇シンジ君」

 

 委員会が自分達に付ける監視だという事でもあった。

 

「そうですか。あと言っておくけど、僕は綾波シンジで、碇シンジじゃないから間違えないように」

 

「そうかい? いや、失礼。それならこれからキミをシンジ君、とでも呼ばせてもらうよ」

 

 そうカヲル君は言ってくるが、さてどうしよう。自分がシンジ君に代わってそんな風に呼ばれても良いのか考える。

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや。少し考え事。まぁ、呼び方は任せるけれど」

 

 自分がシンジ君を初号機から連れ出したのは、シオンの為であり、しかしシンジ君を物語り(シナリオ)に戻す為じゃない。

 

 そしてカヲル君がシンジ君と出逢う可能性が低い今、カヲル君の面倒は自分が見るしかないのだろう。

 

「くしゅっ」

 

「先ずは水の中から上がる事をオススメするよ」

 

「ごもっともで」

 

 打ち付けた尻の痛みも引いた所で立ち上がる。下半身はずぶ濡れだ。

 

 しかし監視に誰が来るのかと思いきや、まさかカヲル君を寄越して来るとは。ゼーレはいったいどういうつもりなんだか。

 

「それで? 監視だからってお風呂まで付いて来なくても良いんじゃないかな?」

 

「仕方がないさ。彼らの用意していた監視はリリスの分身によって無に還ってしまったからね。だから僕にお鉢が回ってきたのさ。仕事はしないとならないから我慢して欲しいな」

 

「だからって近すぎるわ」

 

 ネルフ内の浴場で濡れた身体を暖める為に身を浸しているのだが、さも当然の様に隣に居るカヲル君。パーソナルエリアとか分かる?

 

「リリスは受け入れるのに、僕とは距離を取りたがる。やはりリリスとは相容れない存在なのかな」

 

 そんな物騒なことを宣うカヲル君。いやそもそもまだ出逢って数時間の相手に、しかも自分からすると敵側の相手に心を開けるわけがない。

 

「仕事抜きでなら、少しは互いを理解したいところではあるけれど?」

 

 そう問い掛けると、キョトンとした様に一瞬固まるカヲル君。だがすぐにまた笑みを浮かべる顔に戻った。

 

「キミは変わっているね。監視と知りながら僕を受け入れるのかい?」

 

「ノーコメント。オフレコなら幾らでも語ってあげるよ」

 

 ゼーレと直接繋がっているのなら、自分はカヲル君に対してあまり多くを語ることは出来ない。それこそ碇シンジとして、綾波シンジとして知ることのない多くの事を知っているからだ。

 

 だから委員会の監視役としてではなく、渚カヲル=タブリス=アダムとしての個人的な意思で会話をする分には大歓迎だ。

 

「キミは矛盾している。言葉では僕を遠ざけているのに、心は僕を受け入れようとする。いったい何故だい?」

 

「それは俺からすればカヲル君はまだ敵じゃない。こうして会話が成立する相手だから。だけれど、キミはゼーレの側の存在だから話せない事がたくさんあるから、会話を極力避けてるだけ」

 

「益々矛盾している。避けるのなら拒絶してしまうものではないのかい?」

 

「それじゃあ個である使徒と変わらないよ。個でありながら群体である人間は、他者を何処かで理解しようとする。今は監視役のカヲル君とは話せないけれど、君個人の渚カヲルとは話をしたいと思ってるだけ」

 

 心を通わせたレンやシオンとはまた違う、カヲル君との会話は手探り感覚だった。

 

 監視役のカヲル君にあまり情報を与えても良い事はないだろうが、使徒である最後のシ者の彼と会話をしてみたいというのは確かな思いでもあった。

 

「僕個人、か」

 

「そ、『自由意志の君』となら、ね」

 

 そうハッキリと意識して言葉を伝えると、カヲル君はその笑みを消した。

 

「キミにはお見通し、という事かい?」

 

「まぁ、いずれ君と戦うかもしれない。けれど今は同じ時を過ごしている。不思議な縁の廻り合わせかもね」

 

 まさかカヲル君とお風呂に入るだなんて誰が想像できるか。しかもまだラミエル倒したばかりの今この時にだ。

 

「今僕が、キミを殺そうとするとは考えないのかい?」

 

「やるならとっくの昔にやってるでしょ。なら、少なくとも今のカヲル君は敵じゃないと思ってるだけ」

 

 敵意を感じないから肩の力を抜いて風呂に浸かっていられる。でなかったら幾らなんでもこんな無防備を晒すわけがない。

 

「キミは不思議な人間だよ」

 

「少なくとも他のワケわかんない使徒よりかは、カヲル君は親しみを持てるってだけ。話も出来るし、問答無用で襲っても来ないし」

 

「そうだね。今はまだ、僕の順番ではないから、こうしてキミと敵ではなく会話が出来るのかもしれないね」

 

 隣のカヲル君を見てみると、また笑みを浮かべていた。

 

 しかしホント、どうすれば良いのか。エヴァ2みたいにカヲル君を説得して味方に付ける事は出来るのだろうか?

 

 こうして少し話した印象としても、敵であるとは思えない。

 

 だが、使徒であるのならば戦うしかないのだろうか。

 

 今までも、そしてこれからも、現れる使徒はヒトの言葉を介して会話を出来る相手は殆ど居ない。

 

 レリエル、アラエル、アルミサエル──。

 

 ヒトに興味を持ち接触してくる使徒達は居るが、それでもカヲル君の様に相互理解を深められる相手ではない。一方的に探って行くだけの存在たち。

 

 だからこそ、最後の使徒はヒトの姿をして現れた。

 

 それが旧劇のシナリオだ。

 

 しかしカヲルが既に存在して、しかも現れた事の意味はなんだ。

 

 意味なんてわからないから、困っている。だからなんとなく友達になれるんじゃないかと淡い期待を込めていた。

 

 成る程、自分はカヲル君と友達になりたかったのか。

 

 それは何故なのかと考えてみる。それはきっと、この世界の何もかもを知っていそうな彼なら気兼ねなくなんでも話せる対等な相手になってくれるのではないかと思ったからだろう。

 

「会話は、相手を理解する事の最初の一歩だ。相手が居て成り立つ物。相手が何を考えて、どう受け取るのかを考えて言葉を放つ行為は、自分の中にその相手を住まわせるという事だから」

 

「成る程。確かに、僕はキミが何を考えて僕と話しているのか興味がある。キミという存在が僕の中に居る。ひとりぼっちだった僕たちには、キミは恐ろしい相手になるんだろうね。リリスが堕ちるのも分かるような気がするよ」

 

 そう言ってカヲル君は風呂から立ち上がった。

 

「今日はここまでにしよう。キミと話していると、僕まで堕とされてしまいそうだからね」

 

「そっか。なら、また明日かな?」

 

「そうだね。また、次の機会を楽しみにしておくよ」

 

 去っていくカヲル君を見送る。

 

 男を口説き落とす趣味はないのだけれど、友達になるには今はまだ早すぎるのかもしれない。

 

 それでも儀式までは時間がある。なら、それまでゆっくりと会話をして相互理解を深めていけば良い。

 

 湯に身体を浮かべて、カヲル君との1st Impressionを終えられた事に肩の力を抜いた。

 

 

 

 

つづく。



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抱く想いは

二次創作は書きたいと思うものを書いてなんぼらしいので、なにも考えずに書いた結果がこれだよ!




 

 ミサトさんのデスクが使徒戦後の事後処理書類で山積みになっているのなら、リツコさんのデスクはこれまで襲来して来た使徒のサンプルの解析データや、エヴァの各種運用データ、修理手順書に改修進捗書類などE計画担当者としてエヴァ関係の書類が大半である。

 

 その中に別の書類を見つけたのは偶然だった。

 

「ジェットアローン完成式典…?」

 

 もうそんな時期かと思いながら、そう遠くなく彼女がやって来るのだと思わされた。

 

「ええ。日本重化学工業共同体が開発した人型ロボットという触れ込みよ」

 

 ジェットアローン、略してJA。農協じゃないよ?

 

 日本重化学工業共同体がエヴァに対抗する形で開発した人型ロボットである。核分裂炉を搭載していて150時間無補給で稼働可能である。この点を見れば内部電源で5分、バッテリー装備でも30分が限界のエヴァより活動時間で勝っているが。

 

 対使徒戦に対して核動力を持ったロボットで殴り合おうなんて言うのはムリがありすぎる。

 

 さらに機体の操作は無線式の外部端末で行われる。

 

 とはいえ、一瞬の判断によって戦局が左右されかねない状況において思考制御・体感操縦式有人兵器であるエヴァであるからどうにかなっている場面も多々ある。リツコさんが指摘する人的制御の問題には同意する。それこそ高性能のAIを搭載した自律兵器であるのならばまた話は変わるかもしれないが。

 

 今後出てくる使徒にしたって、海の中、二体に分裂、マグマの中、蜘蛛みたいな奴、宇宙から落ちてくる、微細生物、ディラックの海、寄生型、物理最強、精神汚染、侵食同化型、カヲル君、エヴァシリーズ9機──。

 

 どう考えてもJAが活躍できる場面がほぼ無い件について。いやそもそもどんな使徒が出てくるなんて知ることなんて出来ないから仕方がないとしても、イロウルなんかは天敵なんじゃなかろうか? 戦えるとしたらマトリエルくらいなのではなかろうか?

 

 エヴァ2みたいにJA改ならエヴァシリーズと戦えるかもしれないが。JA改になればATフィールドぶち破る様になるんだよなぁ。開発者の意地と執念恐るべし。

 

 そんなJA計画を頓挫させる為に加持さんが制御システムに細工をして暴走を引き起こさせたハズだ。

 

 炉心融解一歩手前で止まるようにはなっていたらしいものの、あれは中にJAを止めようとミサトさんが乗り込んでいたから爆発しなかったのかもしれない。でもその後の報告でリツコさんがミサトさんの行動以外はシナリオ通りだとゲンドウに報告しているからやっぱり放っておいても止まったんだろう。

 

「エヴァの開発責任者であるリツコさんの意見を聞きたいと?」

 

「まさか。エヴァの利権に溢れた連中の腹いせよ。シンジ君はこういうモノに興味があるのかしら?」

 

「純粋な科学で造られたロボットという意味では俄然興味アリです!」

 

「ふふ。成る程、そういう所は男の子なのね」

 

 確かに対使徒戦に対しては現状、戦力として疑問を呈する物になってしまう。というより確か公試運転に間に合わせるために今回披露されるJAは四肢テスト用機材に無理矢理エンジンを積んだ間に合わせのモノだったはず。

 

 しかし完成すればJA改としてエヴァシリーズと戦えるロボットになるのだから、スゴいロボットであるのは間違いないんだろう。

 

「あ、でもこれ、日にち過ぎてますね」

 

 パンフレットの日付を見ると、式典の日時は数日前に過ぎていた。

 

「零号機の艤装で忙しかったもの。それに、ATフィールドを中和せずに突破するだけでも日本中の電力を使ったのよ? でなくてもN2兵器程の火力があっても倒せない。ともすればそう脅威になるものではないわ」

 

 「もう要らないから捨てておいてくれる?」と言うリツコさん。つまりJAが暴走したのか、それとも何事もなく済んだのかは不明。

 

 ともあれ、もしいつの日かその時が来るのならば頼もしい味方であって欲しいと願うまでである。

 

 そう思いながら、JAのパンフレットをゴミ箱に捨てて、淹れたてのコーヒーに舌鼓を打つ。

 

「そういえばリツコさん、レイの三者面談には来るんですか?」

 

「ええ。書類上の保護者はわたしだから行くつもりよ」

 

 「あなたはどうなの?」と聞かれるが、自分は受ける側ではない。しかしレンに関しては書類上レイと同じくリツコさんが保護者であるが。

 

「レンの面談は僕が受けられる様に出来ませんかね?」

 

「まぁ、ネルフ関係者ということで融通は利くけれど?」

 

 なら安心というか、実際レンは将来どうしたいのだろうか。

 

「彼女には、主体的な欲とかあるのかしら?」

 

「レンもシオンも行き着く所は同じですよ。ただレンは他者が居ることの意味を知っていますからね」

 

 だからシオンの様に身もココロも1つになってしまうものではなく、自我の在るまま、ひとつになる意味を知っている。

 

「自我境界線を維持しつつ、融け合うのではなく肉体と精神をひとつにする。罪作りな子ね」

 

 それだけの言葉であったにも関わらず、リツコさんはなんだか答えに辿り着いてしまったっぽいぞ。

 

「自分を受け入れてくれる存在に身を委ねる事はいけないことですか?」

 

「それが男女の情か、それとも母親を求めての事なのかは訊かないでおくわ。でもあなたの事だから責任は持つのでしょう?」

 

「はい。その為に自分は彼女と共に居るんですから」

 

 リツコさんは責任と言ったけれど、自分は違う。レンに対して想う所を言葉にするのならば一蓮托生。運命であり、宿命となった。

 

 一言では説明できない、けれども言葉にするのならばそういう事なのだろう。

 

 しかしリツコさんにはなんでもお見通しの様である。人類の原初、すべての生命体の母である黒き月のリリスのコピーである零号機のココロであるレン。

 

 自分が彼女に抱く愛おしさは複雑だ。妹であり、我が子の様であり、そしてすべてを包み込んでくれる優しさに母を思い浮かべてしまわないと言えばウソになる。しかしそれでも、傍に居ると安心する。心がけ安らぎ、温かくなる。単純に言えば「ぽかぽかする」だ。

 

 だから全部ひっくるめて好きという感情へ結びつけ、その方向性を定められたのはやはりレンとの愛誓だろう。

 

「愛は強し、ね…」

 

 そう呟いたリツコさんの表情は陰りを作っていた。

 

 レンの事を愛している。

 

 だけどそんな表情を浮かべるリツコさんを放っておけない自分は、正しい恋愛とか出来ないんだろうなぁ。

 

「リツコさんの事だって、俺は好きですよ」

 

「…そう。でも同情はやめなさい。惨めなだけよ」

 

「同情なんかじゃないですよ」

 

 知らない天井から続く日々で、自分の心の多くを占めているのはリツコさんだ。

 

 こうして毎日コーヒーをご馳走してくれる。話をしてくれる。自分という存在を見ていてくれる。

 

 シンジ君がミサトさんの事を姉の様な存在として慕っていたのなら、自分がリツコさんを慕っていても良いじゃないか。

 

「だとしたら、あなたはある意味最低よ」

 

「そう、でしょうね」

 

 レンの事を愛していると宣っているのに、別の女の人を好きだと言う。これじゃまるで「好き」の意味をわかっていない子供も同じだ。

 

 でもそうじゃない。レンに対する好きと愛はもう、男女だとかそういう次元にあるものじゃない。言葉で説明するのなら、レンだから好きだというものだ。

 

 ならリツコさんに抱く感情はなんなのか。わからない。これもリツコさんだから好きだと思ってしまっている自分が居る。

 

 男女の情──ではない。なら親愛というものなのだろうか。しかしならば以前、リツコさんが自分を抱けるかと言った事を再び言われれば、自分は彼女を抱ける。そこにある愛は──ヒトとしてのリツコさんへの愛情だ。上手く説明できない。しかし親愛という言葉で収まるものであるようでない。

 

 他人を本気で好きになった事なんてないから、自分の抱く感情も上手く説明できない。

 

「でも好きなんです、リツコさんの事。ミサトさんには言いませんよ、こんなこと」

 

 それは断言できた。ミサトさんは上司であり、リツコさんの親友であり、そして自分も気兼ねなく話せる他人だから親しみを持てる。けれどもリツコさんに抱く程の感情を持ち合わせていない。近所の良く話すお姉さん程度か、職場の良く話す同僚に近い。

 

「言っていたら引っ叩いてあげるわよ」

 

 そういうリツコさんの顔にはもう陰りはなかった。ただ、少しだけ何かを期待する様な、彼女らしからぬそわそわした雰囲気があった。

 

「もし、今ここでわたしを抱いてと言ったら、あなたは抱けるの?」

 

 そう、リツコさんは言った。リツコさんにとって愛される事がそういう事でしか感じられないというのなら。

 

 マグカップを置いて、リツコさんへと歩み寄る。

 

 また頭突きでもされるかもしれないと思いながら、リツコさんの肩を押さえて、唇を奪った。

 

「っ──!?」

 

 頭突きされないように身体を押さえてキスするなんて思わなかったのだろう。リツコさんが驚いているのが伝わってくる。

 

 コーヒーと煙草の香りがする。苦味の中にリツコさん本来の甘さを感じる。

 

「っ、はぁ…、ふぅ……」

 

「押さえつけて唇を奪うなんて。いつの間に乱暴になったのかしら…?」

 

 リツコさんが頬を朱くして少し潤んだ瞳を非難がましく向けてくる。

 

「前は頭突きされちゃいましたからね」

 

 自分の言葉を聞いたリツコさんは額を押さえた。

 

「要らない学習能力を身につけて。あなたがこんなプレイボーイだったなんて思わなかった」

 

「誰にだってするわけじゃないですよ。リツコさんだからするんです」

 

 リツコさんの目を真っ直ぐ見つめると、リツコさんはキョトンとして、耳まで朱くすると顔を背けた。

 

「も、もう良いでしょう。わかったから離れなさい…っ」

 

「なら、撥ね退けるなりすれば良いじゃないですか…」

 

 イヤならイヤと言われる方が、バカな自分にはそうでないとわからないのだ。

 

 昔から人の話を真に受け過ぎると親には言われた。人の言葉の裏を読むなんて自分には出来ない。

 

 このセカイの物語の登場人物なら、色んな面を一方的に知っているからどう考えているのかを予想しているだけで必ずしも言葉の真意を読んでいるわけじゃない。

 

 だから、今のリツコさんがどう考えているかがわからない。だって好きだと言われて詰め寄られて朱くなるリツコさんなんて物語には居ないのだから。目の前に居るのは赤木リツコというひとりの人間なのだから。

 

「ちゃーす。リツコ、入るわよ~……あれ?」

 

 声からしてミサトさんである。ただデスクの入り口からだとリツコさんに詰め寄る姿が横から丸見えになるのだ。

 

「どうしましたミサトさん? またサボりですか?」

 

「むっ。べっつにぃ~、取り敢えずのケリは着けてきたわよん。そ・れ・よ・り、今リツコとナニしてたのよぉ~? まさかシンジ君そういうことォ? ウワキはいけないんだぞこのこのォ♪」

 

 なんかひとりで盛り上がってるミサトさん。すんごいニコニコして近付いて来たら肘で此方の脇をぐりぐりしてくる。地味に痛いんだけど。

 

「別に。なんかリツコさんが目にゴミが入ったとかで見てあげただけですよ」

 

「そうよ。あなたが想像してる様なことは一切ないわ」

 

「ちぇー、なによつまらないわね。シンジ君カッコいいからついにリツコが落ちたかと思ってワクワクしたのにぃ」

 

 つまらなそうに口先を尖らせてぶーぶー言うミサトさん。29なのに表現が子供っぽい。失語症の後遺症かね。

 

「知ってるかしらシンジ君。ミサトね、8年前は」

 

「だぁぁぁ~!! ぬわぁんてこと駄弁ろうとしてンのよリツコ!!」

 

 リツコさんの言葉を遮るミサトさん。いやまぁ、その下りで出てくるだろう人の事識ってますけどね。

 

「あなたが根も葉も無いことを言おうとした罰よ」

 

「わかったわよ、悪かったから!」

 

「まぁ、ミサトさん見た目は良いですからひとりかふたりは居るでしょうね」

 

 普段の仕事モードは出来る女の人。しかし親しみ易く気安い人でもあるから人気もある。加持さんが居ることを知らずとも、そうした相手が居ただろう事を想像するには難しくはない。

 

 シンジ君×ミサトさん物とかも好きでした。はい。

 

「ちょっとシンジ君、見た目はってなによ見た目はって」

 

「本当はガサツでズボラだって、リツコさんから聞いてますよ?」

 

 それはもうにっこり笑顔を浮かべて言い放つ。シンジ君が一緒に住んでいないのだからミサトさんの部屋が片付くハズがないのである。それでも自分のデスク周りは辛うじてキレイにしているのは頑張ってるかと思う。けれどやっぱり乱雑さは目立つ。

 

「リツコぉ~~~!!!!」

 

「だから言ったでしょ? 罰だって」

 

 リツコさんとは毎日顔を会わせているのだから、当然世間話でミサトさんの事は良く上がるのはムリもない話である。

 

 物凄い形相で詰め寄るミサトさん。それを軽くあしらうリツコさん。親友って、なんだか羨ましい。

 

「はぁ。もうイイわ…。それよりシンジ君、来週の土曜日空いてる?」

 

「空いてますけど何か?」

 

「んじゃ、お姉さんとデートに行きましょ♪」

 

 ウィンクしてくるミサトさんはやっぱり親しみ易い近所のお姉さんという感じである。シンジ君の様にミサトさんに引き取られていたら自分はリツコさんに抱いている想いをミサトさんに抱いていたのだろうかと少し考えてしまった。──いや。ないかな。ミサトさんには加持さんが居るし。

 

「デートですか…」

 

「なによぉ。こんなキレイなお姉さんとデート出来るのに嬉しくないの?」

 

「自分で言ってちゃオシマイって言いたいのよ、シンジ君は」

 

「アンタ、なんか今日ちょっとジャブが効きすぎてない?」

 

「さぁ? 気のせいよ」

 

 そんな軽口を叩き合う2人を余所に、ミサトさんの言うデートとなるとやっぱり豪華なオフネで太平洋をクルージングなのだろう。

 

 まだ見ぬ彼女とは上手くやって行けるのか。それだけが心配で気掛かりだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「バカね、わたしも……」

 

 騒がしい親友と、良くわからない彼が居なくなってひとりになったデスクの静けさに、少しだけ寂しさを感じる。

 

 仕事をサボってこっちのデスクにやって来るなんてのはミサトの日常であった。

 

 でも数ヵ月前からそんな日常にひとりの男の子が加わった。

 

 最初は書面上の保護責任者であるから必要最低限な会話だけだったけれど、次第に話す内にじわじわと溶け込んで行った彼。

 

 男に愛される感覚がわからない自分は彼を試す様な事をした。

 

 まさかあんなに真っ直ぐ来るとは思わなかった。その瞳に見つめられているとすべてを見透かされている様で、それが恐くて一度目は逃げ出した。

 

 二度目は逃げられないように少し強引に迫られた。

 

 少し大人になっていた彼は、でもヒトを愛する事の感情の区別が定まっていないところはまだまだ子供だった。

 

 それでも真っ直ぐに、自分を好きだと言われて、柄にもなく嬉しいと思う辺り自分も人の事は言えない。ミサトが来てくれなかったらおそらくあのまま……。

 

「まったく、どうかしてるわ……」

 

 思い出すと火照りだす身体。女として彼に求められた事がそんなに嬉しいのかと、我ながら卑しい身体に溜め息を吐く。

 

 ミサトにしれっと何事もなかったかの様に応対していたのは驚いたけれども。それでも下半身を然り気無くミサトに見られないようにはしていた。それほど、彼も興奮していたという証拠に、女の部分を擽られる。

 

 今まで大人として、科学者として付き合っていた彼。そんな彼が呼び起こした女としての自分の中には絶えず彼の顔がリピートされている。

 

「はぁ……」

 

 そんな初な乙女の様なポンコツになってしまった思考に蓋をして、科学者としての自分を基軸に、大人としての自分を補助に回し、女としての自分の汚染を防ぐ。

 

 科学者として興味深い対象の彼。大人として保護対象の彼。

 

 よし、大丈夫。いつも通りの赤木リツコに戻った。

 

「ほんと、罪作りな子」

 

 自分でさえこうなってしまったりするのだ。一線を引いている親友の対応はある意味正解に思える。しかし今さらそんな態度を取るには、自分は彼に情を持ち過ぎてしまっている。急に冷たい態度を取れたとして、曇る彼の顔を見るのは──正直辛い。

 

 コーヒーに舌鼓を打ち、褒めて貰えるのは嬉しい。大量の仕事を抱えていて、その能力に感心を持たれる事に優越感を擽られる。気心を許した相手だからこそ見せる柔らかな想いに浸っていたくなる。

 

 碇シンジ──綾波シンジは既に、切って捨てるには躊躇する程、自分の心の中に住んでいるのだと改めて認識するだけだった。

 

 

 

 

つづく。



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アスカ、来日

しばらく精神不調で筆が進みませんでした。そしてさらにアスカの扱いどうしようか悩んで倍率ドン!!

だから気晴らしにANIMA読んでました。うん、綾波族はええなぁ。


 

 ミル55D輸送ヘリ。

 

 機上の人となった自分はミサトさんと一緒に海の上を飛んでいた。佐世保を出港し、新横須賀へと向かう国連軍太平洋艦隊へEVA用非常電源ソケットを届ける為だ。

 

 しかしアメリカから参号機は空輸出来たのに弐号機は遠路遥々ドイツから海運でというのは今一腑に落ちないが、次に現れる使徒は海に適応しているタイプであるからシナリオとしては間違っちゃいないのだろう。その点新劇ではリストラされたガギエルに代わって登場した第7の使徒迎撃は空輸されていた弐号機のスカイダイビングから始まっている。どちらにしてもタイムリーで弐号機が其々の使徒に対応する様にセカイは出来ているとでもいうのか?

 

 そんな事を考えても仕方がないし、一パイロットにエヴァの輸送手段を提言できる権限はない。

 

 しかしそれで国連軍との関係性を悪くする必要性は皆無だ。であるが、実際二体の使徒──特にラミエルと戦ったから思う事は、エヴァ抜きで使徒を倒すためには国家規模の計画を必要とするという事だった。

 

 それをひとつの艦隊でやるというのは途方もない程で、しかも今回相手は水棲特化で相性が悪すぎる。ミサトさんが立てた戦艦二隻によるゼロ距離射撃作戦が無茶ではあるが最も犠牲が少なくて済む方法であったのではないかと思わされてしまう。

 

 零号機でならいくらでも戦い様は思い浮かべられるものの、貞本エヴァでも同じ様にガギエルはゼロ距離射撃で殲滅されている様子から、原作スペックの弐号機ではどのみちそうした方法でないとガギエルは倒せないのではなかろうか。

 

「どうしたのシンジ君? 元気ないわね」

 

「別に。考え事してただけですよ」

 

 そう、ミサトさんに返す。考え事をしていたのは本当の事だ。元気が無く見えるのは考える事がありすぎるからかもしれない。

 

「キミはいつも考えすぎなのさ。時には流れに身を任せるのも良いんじゃないのかい?」

 

「どの口が言いますかそれ」

 

 隣でアルカイック・スマイルを浮かべるカヲル君に返す。老人たちに生かされている、自分の自由は死を選ぶことだと宣う彼が言える事じゃないだろう。

 

 原作ならこのヘリにはシンジ君の他はトウジとケンスケが乗るのだが、残念ながら自分はシンジ君の様に彼らとの絆は結べていない。あくまでも綾波シンジはトウジやケンスケからすれば教育実習生と生徒という関係でしかない。

 

 だから誰も誘うつもりはなかったのだけれども──。

 

「僕は委員会からキミの監視をする様に言われているからね。キミが第3新東京市(此処)を離れるのなら、ついていく義務が僕にはあるんだよ」と、そんなことを言ってヘリに乗り込んできたのだ。ミサトさんも委員会の回し者のカヲル君には意見出来ないから同行するなら拒否出来ない。

 

 まぁ、今のカヲル君はチルドレンでもなんでもないからアスカと会っても大丈夫だとは思うけれども。

 

 空母が5隻、戦艦4隻、他補助艦艇に護衛艦で構成された国連軍太平洋艦隊。

 

 青い海に浮かぶその艦隊にこれから荷物を届けに行くのだが、此処まで来るのにも一仕事を終えてきたばかりで少し疲れているのもあって、ミサトさんから見ると元気の無いように見えたのだろう。

 

 駄々っ子のシオンを置いてくるだけでも一苦労だった。そもそも連れていけばその苦労はしないでも良かったのだろうが、シオンとアスカが衝突しないとも限らなかったし、なによりリリスのコピー体であるシオンを弐号機に乗せる様な事になった時、何が起こるかわからないから予防措置として涙を飲んで貰った。代わりに帰ったら無茶苦茶構い倒してやらないとならないが、それは良い。

 

 ともかく今回は不確定要素を極力避けてガギエルと戦い、原作の通りに事を進める事が一番被害が少なくて済むだろう。なにしろB型装備で水中戦を戦わなければならない。今回の主役はアスカなのだから、自分に出来ることはなにもないのが歯痒い。

 

「あの艦隊がEVA弐号機を運んでいるんですよね?」

 

「そうよん。セカンドチルドレンの乗るEVA弐号機。見とれちゃわない様に気を付けるのよシンジ君?」

 

 そうニヤケながら言ってくるミサトさんは何を考えているのか。

 

 確かにアスカは見掛けは美少女だ。けれども中身は果てしなく面倒な女の子だ。しかしそうなるだけの理由が彼女にはあるのを、自分は識っている。

 

 輸送ヘリから降りて風に揺られそうになる身体を踏ん張らせる。ヘリのローターから吹く風も去ること、はじめて降り立った空母の上は海の上を進んでいるのもあってそれなりに強い風が吹いていた。そりゃスカートも捲り上がるよ。

 

 しかし潮風が気持ちが良い。青い海が広がっているというだけでも気が楽だが、そうとも言えない事もある。

 

 シャムシエルは光のムチの本数を増やし、ラミエルは新劇張りの変形を見せたが、それでも能力を拡張させた程度に収まっている。ならばガギエルはどうなるのか、考えても仕方がないが、新しい能力の機能増幅が行われるより前に倒せれば良いわけだ。とはいえ、そう簡単には行かないのだろうと心の何処かで思わずにはいられなかった。

 

「噂のフォースがどんなヤツかと思えば、こんなトロそうなヤツがパイロットなんて信じらんない」

 

「え?」

 

 気づけば目の前に此方を覗き込む橙髪の女の子が居た。

 

「うわっ!?」

 

 足に感じる衝撃と同時に視界が落ちる。足を払われて尻餅を突いたのだ。

 

「オマケに無警戒。こんなのが同じパイロットだなんて幻滅、恥を知りなさい!」

 

 見下ろされながら睨み付けられる彼女の視線には失望と怒りが渦巻いていた。

 

 あまりの勢いに茫然としてしまった。気が強い娘ではあるけれども、こんな当たりが強い子だっただろうか?

 

「紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

 そうミサトさんがアスカを紹介した時、空母の甲板で強く吹いていた風が、アスカのワンピースのスカートを捲って行った。アングルは新劇のアスカなのに展開はお約束を演出するセカイが憎い。つまりどうなるか?

 

 仁王立ちで自分を目の前で見下ろすアスカのパンツが眼前に晒されてしまうというワケで──。

 

「ぐはぁっ」

 

 情け容赦ない蹴りが顎を襲って、そのまま後頭部を甲板にぶつけ、目の前で星が散らばり意識が真っ白になった。

 

「このエッチ! スケベ! ヘンタイ!! もぉぉぉッッ信じらんない、バカァ!!!! アンタなんか直ぐお払い箱にしてやるっ」

 

 そう吐き捨ててアスカは、自分など眼中に無いように踵を返して行ってしまった。

 

「大丈夫かい? シンジ君」

 

 そんなアスカと入れ違いでカヲル君が声を掛けてくれた。

 

「……っぁぁぁぁっっ、……ぅぅぅ、…あ、りが、とう…。大丈、夫…、かなぁ……いっ、たぁぁぁ……」

 

 まだ視界は明滅するし頭がクラクラするが、割れて無いから大丈夫だと思う。

 

 ただ痛みよりもそれを吹き飛ばしてしまう程強烈な1st Impressionに何をどうしたらこうなってしまったのかと考えずにはいられなかった。

 

 カヲル君の腕を借りて立ち上がったものの、アスカはミサトさんを連れて行ってしまった様だ。

 

 案内役とはぐれてしまうのはいただけないと思いながらも、今のアスカは自分の事を拒絶していた。その理由がわからない。決してパンツを見られたからだとかそんなんじゃないと思う。まだビンタされて見物料だと言われる方がマシだ。

 

「彼女はどうしてキミを敵視していたのかな」

 

「わからないよ。こっちが教えて欲しいくらい」

 

 アスカの口振りから、自分がパイロットであることが気に食わない──許せない感じだった。

 

 それが何故なのか、何が彼女の怒りに触れているのか。

 

 エヴァのパイロットである事が全てで、アスカは優秀な自分を特別視している。それは傲りでもなく、そう思うようになる環境に居たからだ。

 

 弐号機との接触実験で母は心を失くしてしまった。アスカを我が子と認識出来なくなってしまった。人形を自分の子であると思い、日々人形に話し掛ける母親を見る事になるアスカ。

 

 だからアスカは母親に自分を見て貰いたくてエヴァのパイロットになった。その為にどんな努力を重ねたのかはわからない。

 

 そして、アスカが弐号機のパイロットに決まった日に、アスカの母は人形(アスカ)を道連れにして自殺してしまった。

 

 エヴァのパイロットでない自分には意味がないという風に終盤には自らを追い詰めて行ってしまう程に、エヴァのパイロットとして優秀になっていくシンジ君に愛憎入り乱れた感情を抱くように。

 

 エヴァのパイロットとして誰よりも優秀であることがアスカのアイデンティティーなのだ。

 

「まさかね…」

 

 アスカが自分の事の何を知っているのかまではわからない。ただ、自分の最近のシンクロ率を思い返すと見えてくる物がある。

 

 零号機に乗れば100%は当たり前。

 

 初号機でも98%前後をキープしている。

 

 そして、その上限は400%を超える。

 

 つまり幼い頃から弐号機のパイロットとして努力し続けた彼女の積み上げてきた物を、ポッと出の新人が塗り替えてしまったのだ。

 

 プライドの高いアスカからすればそりゃふざけるなと言いたくなるだろう。

 

 シンジ君の場合はいきなりの実戦でのシンクロ率は40%超えということを加持さんに教えられた時はアスカも驚いていた。しかしそれでも初号機はテストタイプであるからと、弐号機こそ本物のエヴァだと自慢する余裕があったのは、その時点ではシンジ君のシンクロ率がアスカに及んでいなかったからだろう。

 

 その点、自分は零号機と初号機相手なら好きにシンクロ率を上げる事が出来、現時点でのアスカのシンクロ率を追い抜かしてしまっているのだろう。

 

 アスカからすれば自分の立場を脅かす敵以外の何者でもない事になる。

 

 もちろんアスカが自分をどう思っているかなどわからない。コレも全て自分の知識の中のアスカに照らし合わせて導きだした予測でしかない。それでも当たらずとも遠からずではあるだろうというのは、先程の過激なファーストコンタクトで伺い知れる。

 

 一緒に戦う仲間になるだろうし、次の使徒はアスカとのユニゾンを必要とするだろうし、どうにかしたいものの今は取りつく島もなさそうな様子である。

 

 死にたくないから頑張って、同化されそうになったから対話して、自分に出来ることをした結果敵が増えたとか理不尽極まりないけれども。自分が招いてしまった結果であるのならば仕方がないと泣き寝入りするしか今はないのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フォースチルドレン、綾波シンジ。

 

 第3使徒戦後長期入院したサードチルドレンと、零号機の起動実験に失敗して重症を負ったファーストチルドレンに代わって急遽招集された四人目のパイロット。

 

 ファーストの兄。単独で使徒を倒した、零号機と初号機に乗ることの出来るマルチパイロット。

 

 零号機と初号機は開発過程で建造されたプロトタイプとテストタイプ。どんなパイロットが乗れても不思議じゃない。むしろ試作機の段階で限られた人間にしか乗れない兵器なんて欠陥品も良いところだ。

 

 でも弐号機は違う。

 

 だから試作機でいくら高いシンクロ率を出したって本物には敵わない。

 

 これまで襲ってきて倒された使徒は偶然日本に攻めてきて、そして日本にあるエヴァが零号機と初号機だけだったから使わざる得なかった。

 

 それももう時間の問題。

 

 アタシと弐号機が日本に到着すればもう出番なんてない。

 

 アタシが居ればあんなトロくさそうな変態なんかお払い箱だ。

 

 ミサトをブリッジに案内して、艦隊司令に挨拶が終わった後、ブリッジに顔を出しに来た加持さんがフォースとその付き添いを連れていた。

 

 睨み付けてやったらヘラヘラして返してきた。なに考えてるのかわからなくてムカつくヤツ。アタシに愛想笑いを向けたって無意味。アタシはアンタなんかと仲良くする気なんてサラサラないんだから。

 

「なんでアンタが此処に居るのよぉ!」

 

「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」

 

「ウカツだったわ。十分考えられるハズだったのに……」

 

 加持さんを睨み付けるミサト。そんなミサトに加持さんは笑みを浮かべていた。愛想笑い。とはまた少し違う。なんだかモヤモヤする。

 

「加持さんはミサトさんと知り合いなんですね」

 

「ま、昔馴染みってヤツさ。君が仲の良いリっちゃんと3人で大学時代につるんでいたのさ」

 

「そうだったんですか。あ、つまりミサトさんの」

 

「シンジ君ステイ。それ以上はダメよ?」

 

「それがもう答えですよミサトさん」

 

 フォースを睨んで口を止めさせるミサト。でもフォースはからかうようにミサトに笑顔で返すと、ミサトは額を押さえてテーブルに突っ伏した。

 

「ほう。中々やり手だなシンジ君は」

 

「そんなことありませんよ。ただミサトさんが素直じゃなくてからかいがいがあって面白いんですよ」

 

「はは、確かに。なるほど、リっちゃんが気に入るワケだ」

 

「もう最悪よ…。リツコみたいな悪魔が増えるなんて」

 

「知りませんよ? 書類間に合わなーいってリツコさんに泣きついて手伝ってもらえなくなっても」

 

「お願いシンジ君。後生だからリツコには黙ってて?」

 

「さて。どうしましょうかねぇ」

 

「あの葛城が手の平の上とはな。君が同級生でなくてホッとするよ」

 

「そうですか? 僕としては加持さんやミサトさん、リツコさんと楽しそうな学生時代送ってみたかったですけど」

 

「ヤメテ、リツコだけならまだしもシンジ君まで同級生なんて悪魔と死神が肩組んで手招きしてる様にしか見えないわ…」

 

「良いですねそれ。今からでも遅くないですよミサトさん。帰ったらリツコさん交えてお茶しましょうよ。加持さんもどうですか? ミサトさんがどんな学生時代を送っていたのか興味ありますし」

 

「ゴメンシンジ君、ホントゴメン。だからね? そう眩しい笑みをお姉さんに向けないで。ね? ね?」

 

「人生のセンパイとしてアドバイスしとくぞシンジ君。あんまり女の子で遊んでると愛想尽かされるぞ」

 

「そうですね。肝に銘じておきますよ。ただミサトさんは別です」

 

「いやーん、もう、シンジ君機嫌なおして~」

 

 隣のミサトに抱き着かれながらそれを無視して涼しい顔でコーヒーを口に運ぶフォース。加持さんとミサトと軽々しく会話をして、アタシなんか眼中にないみたいな態度がムカつく。

 

「しかしシンジ君は明るいな。急遽招集されたフォースチルドレンって事だから訓練も無しにいきなり実戦に出て恐い思いとかして、少し暗い感じをイメージしてたんだが」

 

「そんなことないですよ。イメージトレーニングをするヒマはありましたし、第一次直上会戦の映像を何度も見返しましたし、座学とシミュレーションも3週間程の猶予がありましたから。あとはまぁ、必死にやれるだけの事をやっただけですから」

 

「そうか。強いんだな、君は」

 

「いえ。そんな…」

 

 加持さんに褒められて照れるフォースがムカつく。なんで加持さんまでフォースを見るの。こんなヤツにそんな頑張った子供を褒める様な視線を向けるのが我慢できない。

 

 席を辞する加持さんに続いてアタシも食堂を出る。その時もミサトはフォースに平謝りしていたけれども、フォースは涼しい顔でコーヒーを飲み続けていた。

 

 あんな茶番が繰り広げられている空間に置き去りなんて真っ平御免よ。

 

「どうだった? 綾波シンジ君は」

 

 食堂を出て、海に面した通路でたばこに火を点けながら加持さんが訊ねてきた。

 

「別に。あんなのがフォースだなんて幻滅。オマケに人をからかって遊ぶなんて最低よ」

 

「アレは葛城も承知の上さ。彼と葛城のスキンシップの仕方なんだろう」

 

 そう言った加持さんの横顔は何処か遠くを見つめていた。

 

 アタシだってバカじゃない。加持さんがミサトと付き合ってたなんてのはさっきの会話から読み取れた。ミサトの態度からもう別れた昔話なんて事も。

 

 だからアタシにだってまだチャンスはある。

 

「あんなヘラヘラしたヤツがアタシよりエヴァとのシンクロ率が高いなんて認めない。認めてやらない。あんなヤツ、さっさとこのアスカ様が蹴落としてやるっ」

 

「威勢が良いな。アスカにライバル登場ってところかな?」

 

「別にあんなヤツ、ライバルなんて思わないわ」

 

 そう、ライバルなんて思わない。同じ土俵になんかあげてやらない。精々蚊帳の外で悔し涙流して吠え面掻いていればいい。

 

 弐号機用の非常用電源ソケット、それと一緒にやって来たフォース。

 

 これがただの見学だなんて思ってない。今のところ使徒は一月に一度のペースで現れ始めた。三回とも日本に現れたから、今回非常事態に合わせて電源ソケットが運ばれた。それは良い。でも予備のパイロットを送り込むなんていうのは許せない。認めない。

 

 弐号機はアタシにしか動かせない、アタシのエヴァ。フラッと現れたポッと出のパイロットがシンクロ出来るハズもない。

 

 それを証明してやる。

 

 加持さんに別れを告げて、アタシは食堂から控え室に続く通路のエスカレーターで待ち構える。

 

「フォースチルドレン、ちょっと面貸しなさいよ」

 

「あ、う、うん。わかった」

 

 鈍くさい顔で返事をしたフォースを引っ張って、艦隊を行き来する連絡用ヘリを捕まえて弐号機の眠る輸送艦オスローへと向かう。

 

 弐号機を覆う天幕のカバーの端を捲って先ずは中を見せる。

 

「これが弐号機か。赤くて強そう」

 

「違うのはカラーリングだけじゃないわ」

 

 冷却水に浸されて横たわる弐号機の上に立って、フォースに見せつける様にアタシは言い放ってやる。

 

「所詮零号機と初号機は、開発過程で生まれたプロトタイプとテストタイプ。だからアンタにシンクロするのがその良い証拠よ。でもこの弐号機は違うわ!」

 

 そう、弐号機はアタシが乗るためのエヴァ。アタシにしか乗れないエヴァ。アタシの為に調整されている専用機。

 

「これこそ実戦用に造られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ! 正式タイプのね!!」

 

 どうだ参ったかと弐号機を示して言い切ってやる。

 

「なるほど」

 

「なによ! アンタなんか試作機と試験機しか動かせない半端者のクセにっ。この弐号機はアンタには動かせないの! パイロットとして半端者の自分が恥ずかしくないの!? 男のクセにっ」

 

 アタシの言葉に特に何も感じていなさそうなフォースの態度がアタシの心に火を点けた。

 

 だから言ってやった。アタシが言われたら怒り猛る様な言葉を並べてやった。でもフォースはなんとも思っていない目でアタシを見上げていた。

 

 所詮は半端者だからなんとも思わないのか。なんで。どうして。こんなのがエヴァのパイロットなんて認めない、認めてやらない、エヴァのパイロットはアタシだけで充分だ。

 

 フォースを睨み付けてやった時、突然激しい横揺れが襲った。まるで大きな波に船が横から煽られたみたいな、そんな揺れ。

 

「キャァァァ!!」

 

 アタシはその揺れで、立っていた弐号機の上から脚を滑らせてしまった。船の上だし波の揺れもあって落ちないように脚を張っていた。けれどもその張りを振り落とす揺れにはどうしようもない。

 

「アスカ!!」

 

 フォースがアタシの名を叫んだ。うつ伏せの弐号機の上から滑り落ちて、横を向く弐号機の頭に落ちる。高さは数m。でも当たり処が悪ければ死ぬ。そうでなくても大怪我する。

 

 落ちていく間、まるでスローモーションの様に時が流れて行く。

 

 フォースが弐号機の頭を必死な顔を浮かべてよじ登って来た。

 

 バカなヤツ。アレだけ散々言われた相手になんで必死になっているんだか。

 

 でもそんなんじゃ間に合わない。

 

「アスカァァァァーーーー!!!!」

 

 フォースが両腕を伸ばして、アタシの名を叫んだ。するとアタシの身体が暖かい何かに触れた。なに? なんだろう。良くわからない。

 

 間に合うハズもなかったのに、何故かフォースは間に合って、アタシを受け止めて、そのまま勢い余って弐号機にぶつかった。

 

「っぐ、あ゛あ゛ぁ゛……」

 

 弐号機にぶつかって呻き声をあげるフォース。衝撃はあったけれど、フォースが庇ったからアタシは無事だった。

 

「ア、スカ、大、丈…夫……?」

 

 腕の中に抱いたアタシを覗き込んで、痛みに呻きながら途切れる声でアタシの安否を気遣う。

 

 ワケわかんない。

 

「なんでよ……」

 

「え……?」

 

「なんで、あんなボロクソ言った相手を必死に助けンのよ…。アンタバカよ」

 

「なんでって。…わかんないよ。でも目の前であんな事になったら助けるよ」

 

 コイツはどうしようもないバカだと今わかった。それも早死するタイプのバカだ。

 

「いつまで触ってンのよ、エッチ」

 

「ご、ゴメン。……それよりあの揺れ」

 

 グッと、守るために回されている腕は力強くて、それでいて柔らかくて、暖かくて、ヘンな感じ。

 

 痛くて動けなさそうなのをわかってて文句を言ってやる。まぁ、このアタシを助けた名誉の負傷って事で今はガマンしてやる。

 

「水中衝撃波に爆発なんて、タダ事じゃないわね」

 

 名残惜しいなんて思うバカな自分を押し退けて、フォースの腕の中から抜け出して外に出る。

 

 全艦で警報が鳴り響いて、対水中戦闘用意のアナウンスが響く。

 

「アレが、使徒?」

 

 護衛艦が爆発して海面を水柱が突き進む。

 

「多分ね。水の中から襲ってる」

 

 左腕を押さえながらフラフラしてるフォースが天幕から出てくる。額からは血が流れていた。

 

「アンタ、それ……」

 

「大丈夫…。背中から串刺しにされるよりかは痛くないから…」

 

 アタシが見栄を張ったからケガをしたフォースを見て、罪悪感が込み上げて来た。

 

「アスカ、弐号機で出て。使徒を倒さないと」

 

「指図されなくってもわかってるわよ!」

 

 そう、わかっている。こんなヤツに言われなくってもわかってる。

 

「アンタはどうすんのよ」

 

「僕は平気だよ。なんか迎えが来たみたいだから」

 

「は? なに言ってンのよ?」

 

 ワケのわからないことを宣うフォースの言葉に聞き返すと、フォースの足元から何かが現れた。

 

 それは銀髪の女で、何故だかフォースと同じ場所から血を流していた。

 

「な、ななな、なんなのよアンタ!?」

 

 軽いホラーな光景に柄にもなく驚いてしまう。

 

「ゴメン、痛かったよね?」

 

 フォースは突然現れた女の傷口に手を当てながら謝った。この女はフォースの知り合いなの?

 

「ワタシはアナタ、アナタはワタシ。アナタの想いはワタシの想い。平気、直ぐに治るもの」

 

 フォースに寄り掛かる銀髪の女はアタシを真っ直ぐその紅い眼で見つめてきた。

 

「な、なによ……」

 

「ワタシはアナタでも、ワタシはワタシ。ワタシはアナタをユルセない。でもアナタはアナタをユルシている。わからない。ワタシはこのココロをどうすれば良いのか」

 

「大丈夫だよレン。アスカは何も悪くないから」

 

「そう…」

 

 この二人の会話は意味がわからない。興味が失せたのか、銀髪の女はアタシから視線を外して海を見た。

 

「探し物をしている。でも見つからないのね」

 

「探してるって、何をよ」

 

「自分の還る場所…。でもそこに還る事をワタシは望まない」

 

 銀髪の女の言葉は意味がわからない。

 

「くっ、今度は何よ!?」

 

 何も爆発していないのに船が揺れた。

 

 海面が盛り上がって何かが現れる。

 

 それはオレンジ色をした頭に1つ目の──エヴァだ。

 

「エヴァ、零号機!?」

 

 そのエヴァは資料で見たことがある。ネルフ本部が開発した最初のエヴァンゲリオン。でも資料で見たのとは形が違っていた。

 

「ワタシはワタシ。ワタシだから何処へでも、何処までも共に居られる」

 

 その頭に光の輪を持ったエヴァ零号機は、海面から出ると宙に浮く。何か推進器で飛んでる様には見えない。本当にただ浮いてるだけ。ふざけるのも大概にしろ!

 

「アスカは弐号機を立ち上げて。僕はレンと零号機で行く」

 

「ああンもう!! 何がどうなってるのかあとで説明しなさいよねっ」

 

 その銀髪の女はなんなのか、なんで突然海から零号機が現れたのか。そんな聞きたいことは山程あるけれども、今は使徒殲滅が最優先。そして、この場に零号機があるのならグズグズしていたら使徒殲滅スコアを目の前で掻っ攫われる事になる。そんなの許せるもんか。

 

 アタシは踵を返して天幕の中に入ると、急いでプラグスーツへと着替えて弐号機のエントリープラグに飛び乗った。

 

 

 

 

つづく。



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アスカ、ココロの中

なにがどう大変かってアスカの扱いが今一番大変だったりします。ある意味何も知らない綾波シスターズがチョロいだけだったかもしんない。


 

 第3新東京市は弐号機を輸送護衛中である国連軍太平洋艦隊が謎の物体から攻撃を受けているという情報が入り次第即時第一種戦闘配置に移行した。

 

「3分前に地上にて遺骸解体作業支援中の零号機をロスト。以後の消息は不明!」

 

「3分前の観測映像出します!」

 

 青葉と日向両名は己の仕事をこなしながら報告を上げる。

 

 第5使徒の遺骸解体作業の支援を行っていた零号機は、ふと何処かを見るように顔を上げていた。

 

 そしてその頭上に光の輪を発すると、キラキラと発光する光を撒き散らして忽然と姿を消してしまったのだ。それこそロボット物のアニメで時として登場するワープの様に。

 

「空間位相、マイナスを示しています。これってやっぱり」

 

「空間跳躍…。あり得そうな事象としては量子跳躍かしら。座標計算は、ピンがあるから必要なさそうね」

 

 零号機が消えた瞬間のモニターから拾える情報を解析するのはマヤとリツコだった。

 

「ただ初号機が大人しいのが意外ですね」

 

 使徒襲来と、零号機ロスト。その因果関係は考えずとも答えを導き出せる。故に初号機が身動きもしないで大人しくケイジに収まっていることがマヤには違和感を覚えるものだった。

 

「そうでもないわ。彼、あの子に留守番を任せるって言い聞かせて出掛けて行ったもの。あの子からすれば、その言いつけをしっかり守ろうとしているのよ」

 

 見た目はレイと変わらない年齢に見えるものの、情緒が豊かである代わりに我が儘であるシオン。

 

 シンジはそんな彼女に、小さい子供に言い聞かせる様に留守番という役目を与えて言うことを聞かせたのだ。

 

 その様子を見ているからまだ初号機は安心して見ていられる。

 

 しかし消えた零号機の中に居た2人に関しては──特に何も言う所を見ていない。

 

 シンジはシオンの方が手が掛かると言うが、リツコからすればレンの方が何をするかわからない。

 

 レイはそんな2人に比べればまだどっち付かずの中間ではあるけれども、我が儘を言うことを覚えたり、自らの我を通す強かさというものを身に付け始めている。たった数ヶ月前には人形の様で自己主張などまるでしなかった頃とは激変していた。

 

 そんな彼女達に自我を持たせて育んだ彼の身に何かが起これば彼女達は周りなど一切気にも止めずに行動を起こし始めてしまう事は、彼女達と関われば想像に難しくはない。綾波姉妹は綾波シンジが世界の中心となって回っているのだから。

 

 忽然と姿を消してしまった零号機の行き先は1つしか考えられない。

 

 心配にはなるが、今のところ出来ることはいつでも出せるように初号機の発進準備を整えておくことだけだ。

 

 形振り構わず想う相手のもとへと飛び立ってしまえるその純粋さは羨ましくもあり、だがその行動に伴う関係各所への説明の手間が掛かる大人の事情を少しは察して欲しいとも思わざるを得ないが、人間性という意味ではまだまだ未成熟の彼女達には難しい事であるのもわかってしまう。

 

 物を知っているだけの子供というのが今のところの彼女達の総評である。

 

「シグナル確認! 零号機の座標は──太平洋洋上! 国連軍太平洋艦隊と同一!!」

 

「監視衛星からの映像来ました。最大望遠です」

 

 使徒出現を監視する為に日本の直上にはいくつもの監視衛星が静止衛星軌道で待機している。

 

 直上から見る洋上にはいくつもの煙が立ち上ぼり、海面を水柱を上げて何かが泳いでいる様子が映し出された。

 

 そして展開する艦隊の中に、頭上に光の輪を発する零号機が存在していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 洋上での使徒襲来。

 

 想定していなかったわけでもないものの、それがいざ現実となると、挨拶の時に無理矢理にでも弐号機の引き渡しを了承させるべきだったかとも考える。

 

 海面下を高速で移動しているらしい使徒に短魚雷や対潜ロケットが発射されて命中するが、直撃しても意に介していないように悠々と海を疾走して、再び護衛艦を体当たりだけで真っ二つにした。この程度の火力じゃATフィールドを破る事は出来ない。

 

 使徒が何故此処に現れたのか。第3新東京市に向かうでもなくこの艦隊を襲っている理由は?

 

「まさか弐号機?」

 

 それくらいしか思い当たらず、弐号機を運ぶ輸送艦に視線を向けた時、海面から現れたオレンジと白の色を持つ巨人。その頭上には光の輪があった。

 

「なんだアレは!?」

 

「アレは我々ネルフが所有するエヴァ零号機です!! 敵ではありません!」

 

 艦長が零号機を敵と判断する前に所在を明らかにしておく。それでもどうして海の中から現れたのかはわからない。タイムスケジュールからして零号機は第3新東京市に擱坐している第5使徒の遺骸解体作業支援をしている真っ最中のハズだ。

 

「艦長、無線を1つ借りられますか? 使徒が現れた以上、我々ネルフは使徒と戦う義務があります」

 

『オセローより入電! エヴァ弐号機、起動中!!』

 

 零号機が現れたのならば、ネルフとして動かせる戦力があるというワケで、無線を1つ借りようとした所に輸送中の弐号機も起動しているとの報せが入る。弐号機の権限がまだ艦隊持ちであるのはこの際どちらでも良い。エヴァを指揮系統に入れた対使徒戦の経験はこちらにある。

 

 そして零号機が現れたということは──。

 

『こちらエヴァ零号機パイロット、綾波シンジです。これより使徒殲滅戦へ移行します』

 

 零号機からシンジ君の声で通信が入る。零号機の指揮権はネルフ──つまり現時点ではアタシが持っている事になる。

 

 艦長が目配せすると、1つ無線を手渡された。艦長に1つ会釈してから通信を繋ぐ。

 

「シンジ君、聞こえるわね」

 

『感度良好。バッチリです』

 

「結構。零号機で海中を移動中の使徒を殲滅、良いわね?」

 

『了解。と、言いたいところですが、零号機単独では周辺被害がバカになりません。使徒を海の上に引っ張り上げます。弐号機でATフィールドを中和、火力を集中して使徒を撃滅するプランを提示します』

 

 シンジ君の乗った零号機であれば使徒を単独で殲滅するのも難しい事ではないのは第4使徒戦を振り返れば判る通りだ。

 

 しかしそれを洋上で友軍が密集している中では難しく、まだ要救助者の多い海域での戦闘も憂慮している。零号機が第4使徒戦で使用した光線攻撃や電撃攻撃はどちらもそうした要救助者の居るところでは使えない。

 

 人類を滅亡させ得る存在を前にして人命など少々目を瞑っても許されるだろう。その人命を優先した事でエヴァが使徒に敗北するのならば、その責任は誰が取れる。大を救う為に小を切り捨てるのは往々にしてあるものだ。

 

 しかしそれを彼に強要するワケにも行かない。それは作戦指揮官である自分が判断すべき事である。

 

 だから現場から他の命を気遣って戦闘を展開する要望が出たのならば、命を選ぶのはこちらの仕事だ。

 

「わかったわ。出来る、のね? シンジ君」

 

 それでも言い出したからにはやれる自信が、アテがあるのだろう。でなければ言い出さないだろう。 

 

『はい』

 

「よろしい」

 

 ならばあとは此方の仕事だ。

 

「艦長。弐号機の出撃を要請します」

 

 弐号機はまだ国連軍太平洋艦隊の管轄下にある。つまり出撃権限は彼方にあり、弐号機を戦わせるには艦隊司令でもある艦長に許可を取らなければならない。

 

「フン、要請もなにも、勝手に動き出しておるわ」

 

 既に起動して立ち上がっている弐号機の様子も見える。使徒が輸送艦へと向かっていく。

 

 それを見た零号機が海の中へと入っていった。

 

『ATフィールド、全開ッ!!』

 

 海の中に入った零号機から、シンジ君の声が無線で聞こえてくる。そして零号機の沈んだ海の中で激しい衝撃が起こり、周りの海水が爆発した様に舞い上げられる。

 

 割れた海面の中、零号機は巨大な魚の様な特徴を持つ使徒を受け止めていた。

 

『うおおおおおおおっ!!!!』

 

 そのまま受け止めた使徒を巴投げで海上へと投げ出した。

 

『アスカ合わせて!!』

 

『アタシに指図すんな!!』

 

 輸送艦から飛び上がった弐号機はそのまま使徒に取り付く。

 

『ミサトさん! 非常用電源ソケットは!?』

 

「艦長…」

 

「……わかった、用意させる」

 

「ありがとうございます。シンジ君、電源は用意するからアスカをこっちに寄越して!」

 

『聞こえてるわよミサト! でもこのバカデカクジラどうすんのよ!?』

 

『ATフィールドで陸揚げさせる! 叩きつけて!!』

 

 弐号機を運んでいた輸送艦の上に降り立ち、七色に光るATフィールドを展開する零号機。艦隊の上空をカバーして被害を抑える気なのか。

 

『どぉぉぉりゃあああっ』

 

 使徒に取り付いていた弐号機が零号機が展開したATフィールドへ向けて蹴り出した。

 

『予備電源出ました!!』

 

『リアクターと直結完了!』

 

『飛行甲板退避ーっ!!』

 

『エヴァ着艦準備よし!!』

 

 オーバー・ザ・レインボーの甲板には直ぐ様EVA用外部電源ソケットが運び出され、艦のリアクターと直結するケーブルへと接続された。

 

 そして使徒を蹴り飛ばした勢いを乗せて飛んでくる弐号機が迫る。

 

「総員対ショック姿勢!!」

 

「デタラメだッ!!」

 

 かなりの高度から降ってくる弐号機。着地に艦が耐えられるかどうかは一か八かだ。

 

『ちょっと、何したのよ!?』

 

『その勢いで突っ込んだら艦が割れるでしょ!!』

 

 着艦間際、弐号機の足元に七色に光るATフィールドが展開されていた。そしてそのATフィールドが消えて着艦する弐号機は、ほとんど揺れを起こさなかった。

 

「ありがとう、シンジ君」

 

 助けられた事に胸を撫で下ろしながら礼を言う。

 

『外部電源切替終了!』

 

『くそ、暴れるな!!』

 

 外部電源へと弐号機が切り替える最中。零号機の張ったATフィールドの上、まな板の上の魚の様に使徒が跳ねていた。

 

「アスカ、シンジ君とATフィールド張るの代わってあげて!」

 

『ハァ? そんなの代わってどうすんのよ』

 

「ATフィールド張るので精一杯で攻撃出来ないのよ!」

 

 他の使徒戦の例を見るなら大きいだけで特に特殊な能力を持っているようには見えない目の前の第6使徒に対して零号機が遅れを取るハズがない。しかし使徒をATフィールドで抑えつけているだけで、零号機は攻勢にまわろうとしない。

 

 あの巨体を支えるので手一杯なのだろう。

 

 つまり少しでも良い。零号機が攻撃に移ることが出来れば勝てる。

 

『あんなヤツ、アタシが三枚に卸してやるわよ!』

 

「ちょ、アスカ待ちなさい!」

 

 止める間も無く弐号機は飛び上がり、零号機の展開するATフィールドの上に着地した。そしてそのまま暴れまわる使徒へと向かっていく。

 

『うっ、ごぉぉぉ、お、重いぃぃっ』

 

『何言ってンのよ。男なんだから我慢しなさいよ!』

 

 アスカの独断専行で予定が狂った。B型装備の弐号機に、零号機を上回る攻撃力は期待出来ない。

 

「アスカ、命令よ! 戻りなさい!」

 

『別にフォースの手を借りなくたって、アタシ1人で充分よ!』

 

 そういうことを言いたいんじゃない。弐号機よりも零号機の方が確実に使徒を倒せる見込みがあるからATフィールドの展開を代わって欲しかったのだ。

 

『うぐぐぐ、っ、うわあっ!?』

 

『なに!? キャアアア!!!!』

 

 弐号機がATフィールドに乗った所為か、それとも使徒が暴れていた所為か、零号機を支えていた輸送艦が大きく沈み込んでバランスを崩した。零号機のATフィールドが消失。そのまま使徒も弐号機も零号機も海の中に落ちてしまう。

 

「シンジ君! アスカ!」

 

『んもぉー! ドジ!! トドメ刺そうとしてるのに力尽きてるんじゃないわよ!』

 

『そんなこと言われたって』

 

「いい加減にしなさい!! アスカ、あなたが今作戦行動に支障を出しているのよ? このまま使徒殲滅を邪魔するのなら後方に下がってなさいっ」

 

 シンジ君に落ち度はない。命令無視をしたアスカの方にこそ非がある。その所在を擦り付けようとするアスカに気づいたら声を荒立てていた。

 

『な、なによ。アタシは邪魔だって言いたいの!?』

 

「使徒を倒さなければ世界は滅ぶのよ? 子供のワガママの為に私達は戦っているのではないの」

 

『っ、くっ』

 

 あまり言いたくはないけれども、言わなければならない事もある。嫌われ役になるだけで使徒を倒せるのならば安いものだ。

 

「シンジ君。もう一度使徒を捕捉出来る?」

 

『出来はしますけど、その後が問題です。ATフィールドで抑えつけるので精一杯で』

 

 やはり零号機が攻撃出来なかったのはそういう理由だったらしい。

 

『使徒を抑えるのはわたしがやるわ』

 

「レイ? レイも乗ってるの?」

 

『はい。解体作業中に此処へ来ましたから』

 

 確かに解体作業中にどうやってだか現れた零号機にレイが乗っている事は想像に難しくない。今まで静かだったから乗っていないものかと思っていた。

 

『っ、目標接近、迎撃開始します!』

 

「了解。あとは頼んだわシンジ君」

 

 海の中という状況。さらには動かせる戦力もない。ともなればあとはシンジ君とレイに任せるしかない。

 

 それでもシンジ君なら心配は要らない。

 

『ATフィールド、全開!』

 

 グオオオオオオオーー!!!!

 

 レイの声が無線を通して聞こえてくると、海面を割って聳える光の翼。そして響いた雄叫びは零号機のものだろうか。

 

 それは15年前の悪夢。けれどそれは私達を守るために戦う彼等の翼だから。信じるだけ。祈るだけ。どうかこの翼が人類の明日を切り開いてくれるものであることを。

 

『アスカ! 零号機の周りをATフィールドで囲って!!』

 

『なによ。アタシの助けなんて要らないんでしょ』

 

『そんなことない。今アスカにしか頼めないんだ!』

 

 此処からは戦況がどうなっているのかは見えない。ただ通信だけが限定的に様子を伝えてくれる。

 

『ハン! このアスカ様を顎で扱おうなんて10年早いのよ!』

 

 無線でアスカに物申そうかとした時──。

 

『ありがとうアスカ。これで全力で戦える!』

 

 そうシンジ君の言葉で無線を下げた。

 

『ちょっと、口の中に入ってどうすンのよ!?』

 

『こんな巨体じゃ外からより中からの方が効き易いでしょ!』

 

 どうやら零号機が使徒の口の中に入ったらしい。確かにATフィールドの上に陸揚げされた使徒はエヴァの何倍もの巨体をしていた。となればシンジ君の判断には一理ある。

 

 割れた海面から迸る稲妻。つまりそれは使徒の口の中で電撃攻撃を放つという事。使徒を受け止めるATフィールドはレイが、自分を守る為のATフィールドをシンジ君自身が張るなら、あの電撃から周りを守るためには確かに弐号機の──アスカの協力は必要だった。

 

「総員対閃光防御!!」

 

「なんだと!?」

 

『ダブルバスタァァァコレダァァァッ!!』

 

 念のためにと通告すると瞬間、世界が光に包まれたかの様に真っ白になった。

 

「っ、ぐぅぅ、なんというデタラメな兵器だ」

 

 艦長が頭を振りながら悪態を吐いていた。

 

 ATフィールドのお陰で外部に影響は出なかっただろうが、零号機を中心にして海にぽっかりと穴が空いていた。それはつまり今の電撃攻撃で海の水までも蒸発した事になる。

 

『零号機より旗艦オーバー・ザ・レインボーへ。敵性体殲滅を確認。これより帰投します』

 

「お疲れ様、シンジ君」

 

 光の翼を広げ、海の中に空いた穴の中で浮かぶ巨人に人々は何を思うのだろうか。ただ1つ言えることは、海の中の魔物をしとめた事で、成す術もなくいた兵たちから歓声が上がったのは確かだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 弐号機で使徒を倒すものだと思っていたけれど、零号機が──レンが来てくれた事で話が変わった。

 

 結局は宇宙怪獣を受け止めたガンバスターの様にガギエルを受け止めて、その口を抉じ開けてダブルバスターコレダー──両腕と両足から放出した電撃を浴びせて殲滅した。

 

 アスカの見せ場を悉く奪ったから嫌われるのも覚悟の内である。

 

 ATフィールドをワンクッションに弐号機を着地させたから傷みも殆ど無いオーバー・ザ・レインボーの甲板には、降り立った時の様に戦闘機が駐機されている光景は無く、二機のエヴァが座っていた。

 

 弐号機はともかく零号機は予定に無い荷物なので露天駐機は致し方なし。弐号機にしても輸送艦のオセローが損傷したともあって戻すことは出来ない。よって二機とも艦の甲板に座らせて置くしかなかった。

 

 零号機を降り立った自分を待っていたのは、物凄い目付きで睨んでくるアスカだった。

 

「なんだったのよ。さっきのアレは」

 

「あ、アレって言われても」

 

「惚けんじゃないわよ。アンタのエヴァがおかしいって言ってンのよ。そもそも5分以上経ってるのに電源も無くならない、使徒を焼き殺す電撃を放つわ、あんなのエヴァじゃないわよ。アレじゃまるで──」

 

 アスカが何を思っているのかは察する事が出来る。エヴァという存在に長く関わっているから、ある意味エヴァという存在に関しては自分よりも実感として知っている事は多い。

 

 だから零号機が異常であることも見抜いている様子だった。

 

「それはあなたがエヴァにココロを開いていないから」

 

「なによアンタ」

 

「レイ?」

 

 自分とアスカの間に入ったのはレイだった。

 

「エヴァはもう1人の自分。ココロを閉ざしていてはエヴァは動かないわ」

 

「なによ。アタシはコイツと話してるのに偉そうにして。アンタはなんなのよ」

 

「わたしはわたし。綾波レイ、あなたと同じ。でもあなたはただエヴァに乗っているだけ。エヴァと身もココロも1つになっている彼とは違う」

 

 零号機の秘密を溢すレイに少し心配になる。周りに誰も居ないとは言え、その手の話題を話せる場ではないし、話しても良いかどうかは自分たちの判断では出来ない。少なくともリツコさんに相談してからの方が良いだろう。

 

 ただそれよりもアスカはレイに興味が向いているらしく、レイを値踏みする視線を送っていた。

 

「綾波レイ。成る程、アンタがファーストチルドレンね。顔色も変えないなんて人形みたいなヤツ」

 

「わたしは人形じゃない。わたしはわたし。わたしは綾波レイ」

 

 無意識なのかなんなのか、レイがあまり触れて欲しく無いだろう話題に触れるアスカに、レイの声も険しくなる。

 

「アスカ。この事は簡単に話せる話題じゃないから、詳しくはまた別の時に話すよ。それより助けてくれてありがとう。アスカがATフィールドを張ってくれたお陰で僕も周りを気にしないで使徒を倒すことが出来たよ」

 

「フン、そんな見え透いた言葉に喜ぶと思ったら大間違いよ。バカにしないで」

 

 バカにはしていないけれど、今のアスカからすれば使徒を自分の手で倒すことに意味があるから、やっぱり受け答えはキツい。思春期であり色々と拗らせている上に更に敵意を持たれている立場だから自分に対する態度が辛辣なのはこの際仕方がない。思ったよりもアスカとの会話は難しいと思い知らされる。

 

「それでもアスカのお陰で助かったのはホントの事だから」

 

 だから感謝をきちんとアスカに伝える事は無駄にはならないと思う。

 

「……ホント、バカの上に間抜けで能天気でドジでアホね」

 

 そう言い捨てて、アスカは行ってしまった。

 

 これから先、自分はアスカと上手くやって行けるのだろうかと思い耽っていると、ふと視線を感じて不思議に思うと、その視線を感じて行き着いた場所は──弐号機だった。

 

 弐号機にはアスカの母の、子を想う部分が──魂の一部が取り込まれている。

 

「レン…」

 

「難しいと思うわ。アナタの知識の通りなら、サルベージしてもココロは欠けてしまっている」

 

 ユイさんとの違い。それはヒトとしての魂の在処だろう。ユイさんの場合は心も肉体もすべて初号機に取り込まれていた。

 

 アスカの母──キョウコさんは肉体が無事で、魂の一部を弐号機に持っていかれてしまっている。そして欠けた魂の入った肉体だけが残った。

 

 もし弐号機からサルベージをしても欠けた魂が戻ってくるだけになってしまうだろう。レンの言葉からサルベージは出来てもその結果はあまり良い事にはならないかもしれないということだった。

 

「お疲れ様、シンジ君」

 

「あ、お疲れ様です」

 

 アスカと入れ違いでミサトさんがやって来た。

 

「アスカとなにかあったの?」

 

「まぁ、色々と」

 

 何があったかまでは濁しておく。今態々話す内容じゃないだろうと思ったからだ。

 

「そ。まぁ、気長にやってちょうだい。あの子も根っからの悪い子じゃないだろうし」

 

「どうでしょうかねぇ」

 

 敵意バリバリな彼女とこの先どうやれば仲良くなれるのか。今考えてもその答えは見つからなかった。

 

「レイもレンちゃんもお疲れ様」

 

「はい」

 

「ワタシは彼が危険だから来ただけ。でも勝手に来たから迷惑を掛けてしまったかもしれない」

 

「ま、お陰で使徒も倒せたから結果オーライでしょ」

 

 零号機籠城事件から自らの非を思慮する様になったレンは、今回勝手に零号機ごとやって来てしまったことに一定の非を感じているらしい。そんなレンの頭を自分は撫でてやった。

 

「悪いと思っているなら、必要な時に謝れば良いさ。レンのお陰で助かったよ。ありがとう」

 

「ええ…」

 

 礼を言うとポッと頬を染めるレン。此処が人前じゃなければ抱き締めてしまいそうな愛らしさだ。

 

「レイ?」

 

「…………」

 

 レンを撫でていると、無言でレイが此方を見ながら手を取ってふにふにと触ってくる。

 

 その手を頭にやって撫でてやると、気持ちよさげに目を閉じる。

 

「レイもありがとう。助かったよ」

 

「ええ…」

 

 実際、ガギエルをレイが受け止めてくれたことで、自分はダブルバスターコレダーを放つ為のエネルギーを束ねる事に集中出来た。だからレイとアスカのお陰でガギエルを倒せたようなものだ。

 

 こんな風に素直に受け取ってくれる綾波シスターズの相手ばかりをしているから、アスカみたいな子に対する態度がなっちゃいないんだろうなと心の片隅で思い浮かべずにはいられなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あーっ、もうっ!!」

 

 胸の中を荒れ狂うのはワケもわからない怒りだった。

 

「なにがアスカのお陰よ。なんなのよあのボンクラ!」

 

 零号機のあのワケもわからない力もそうだ。あんなのはエヴァじゃない。エヴァだなんて認めてやらない。あんなの資料映像で見た使徒そのものだ。

 

 しかも1つのエヴァにパイロットが3人も乗っているのだって知らないし気にくわない。元々エヴァは1人で乗らないと神経接続にノイズが混じるデリケートな兵器なのに、なんで零号機は3人を乗せていても問題なく動くのか理解できない。そして3人乗っているということは一機で3人分の働きが出来る事になる。だったらやっぱりズルしてる事になる。1人でエヴァに乗っている自分には、1人じゃ自分相手に追いつけないから3人もパイロットを乗せて自分を上回らせている。デタラメなエヴァの正体見たり。

 

 そもそもただのロボットに心なんてあるわけがない。エヴァはアタシがアタシでいるための道具に過ぎない。そんな道具に心を開くなんてチャンチャラおかしい話しもあったもんじゃない。

 

「そうよ。あんなヤツの言葉なんてどうでも良いんだから」

 

 なのにあのムカつく笑みが頭を過るのが腹立たしい。

 

 これじゃあまるであんなヤツの言葉を嬉しがっているみたいで余計に腹が立つ。

 

 それでも、どうして、あんなヤツの言葉が心地良いなんて感じた自分がわからない。

 

 わからないから、余計にムカつく。ホントになンだってのよ。

 

 

 

 

つづく。



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夕焼けのシンジ君

シン・エヴァが公開延期。仕方がないけど悲しい。
こっちの話しも全然進まないけれど、金ローでエヴァやったからなんとか仕上げてみたよ。


 

 ガギエルを倒した午後のコーヒーブレイクは珍しくリツコさんが淹れてくれたコーヒーとは別の物に口を付けていた。

 

 対面しているのはユイさんただ1人。ここはユイさんのデスクだ。

 

 その表情は硬い。何故なのかと思いながら彼女の言葉を待つ。視線を泳がせる様はまるでシンジ君の様に重なって見えた。

 

 コーヒーカップの中身が無くなった事で、カップを置いた音を皮切りにユイさんが口を開いた。

 

「実は、シンジと会って欲しいの」

 

「……何故ですか?」

 

 ユイさんから告げられた言葉に純粋に疑問を浮かべる。自分とシンジ君が対面してもメリットはないだろう。もし初号機の中での事を彼が覚えているのなら、シンジ君からすれば自分は顔も会わせたくない人間になる。何しろ彼が安らげる場所から追い出した相手になるのだから。

 

 シオンの為とはいえ、そんな事情は身勝手だがシンジ君には関係のないことだったのだから。

 

「…恥ずかしい話だけれど。私はあの子とどう接したら良いのかわからないの」

 

「愛しているのに、ですか?」

 

「ええ。……酷い親よね。愛しているのなら接し方なんて考えなくてもわかるというのに」

 

 そうは言うが、10年もの間エヴァの中にいたユイさんがシンジ君との接し方がわからないというのは当然の事だろう。

 

 ヒトとして過ごしていれば愛し方も子の成長と共に変わっていくものだ。しかし10年の空白はそう簡単に埋めることなど出来なかったということなのだろうか。

 

 あるいはシンジ君にも何か問題があるかもしれない。

 

「シンジ君はどうしているんですか?」

 

「健康上は元気ではあるけれど、部屋を訪ねても背中を向けられてしまうの。当然よね。私はあの子ではなく、あの子が生きていく為のセカイを選んでしまったのだから。母親失格よ」

 

 聡明なユイさんは自己解析も早い。ならその問題点を解決すれば良いのだけれども。

 

「ユイさんはまだ、シンジ君を選べないという事ですか?」

 

「……わからないわ。私はセカイを選んだ。エヴァの中からあの子を見守る事を選んでしまった。その事に後悔はないわ。だから今さら、あの子の母を名乗る権利なんてないのかもしれない」

 

 なんというか。確かに普通の母親というのとはユイさんは少し違う。確かに親の愛はあるのかもしれない。しかしエヴァの中に残り、ヒトの生きた証を遺すとまでした彼女はロマンチストであるが、子供からすればそんなことは関係ないし知らない。子供にとって親というものは大人になるまではセカイの半分を占める存在だと自分は思っている。

 

 母を失い、父に捨てられたシンジ君。それもまだ幼すぎる頃ともなればセカイを丸々奪われてしまった事も同義だ。

 

 しかしユイさんがエヴァに残っていなければ初号機は動くことはなかっただろう。だがやはり子供からすればそんなことは関係のない事だ。

 

 世界中の人々の幸せをアナタが守るのだとシンジに告げたり、生きていれば何処でだって幸せになれる、という言葉からも、やはりユイさんはロマンチストな人なのだというのが伺い知れる。

 

 とはいえ、人並みに他人を愛せるし、だからゲンドウとも夫婦となったし、シンジ君も産まれた。

 

 とはいえシンジ君が産まれて来るために自分達は出逢ったのだとゲンドウに告げるところは、やっぱりロマンチストよなぁ。

 

 つまり何が言いたいのか。

 

 ウジウジ考えてないでただシンジ君を抱き締めてあげればそれで良いのだ。

 

 シンジ君がユイさんに求める愛はそんな愛だ。子供が母親から無条件に与えられる愛こそが今のシンジ君には必要なのだ。

 

 しかしそれはシンジ君の記憶を持つ自分が導き出している答えに過ぎない。本当のところはどうなのかは本人でなければわからない。

 

 つまりやっぱり一度今のシンジ君と顔を会わせてみないとわからないのだ。

 

 それに母親を名乗って良いのかと負い目を感じているユイさんにもまだ時間は必要なのだろう。……ラミエルを倒してからもう一月は経つというのに、10年の空白は思った以上に深刻そうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう1人のシンジを呼び出して、用件を告げると返された問答はシンジを愛しているかどうかという事だった。

 

 シンジの事を愛している。それは間違いない事。それは断言出来る。

 

 けれど私はエヴァの中で永遠となり、あの子を見守る事を選んだ。

 

「それもまた愛だと言えるのは、大人の身勝手な言葉ですよ。子供はそんなことよりも目の前に居る親にただ愛されたいだけなんですから」

 

 もう1人のシンジは私の意を汲み取って、そう言葉を返してくる。そんなシンジは大人だと思ってしまう。シンジが大人になれば、そう思ってくれるのだろうか。

 

「それは逃げてるだけですよ、ユイさん。シンジ君に甘えちゃダメだ。少なくともユイさんはエヴァの中に居た分、シンジ君を甘やかさなくちゃダメなんです」

 

「シンジは、そう望んでくれるかしら……」

 

「あの年頃の男の子は複雑ですからね。でも、どんな事を思っていても子は心の何処かで親を愛している。それが親子の絆ですよ」

 

 でなかったら何年も放ったらかしにした父親の呼び出しに応じたり、父親の置いていったウォークマンを大切に使い続けるわけないでしょう?と、シンジは言った。

 

「それでも、シンジ君がどう思っているのかは、自分の勝手な考えですけどね。でも何年も離れていた父親からの急な呼び出しに応える位には親を求めているのは確かですよ」

 

「親を、求めている…」

 

「世界中の人々の幸せを願うのなら、先ずは人として、親として、シンジ君の幸せも願ってください。自分の子供だとしても、このセカイを生きるヒトの1人なんですから」

 

「っ、シンジ…!」

 

「それじゃあちょっと行ってきます」と言い残してもう1人のシンジは部屋を出ていった。

 

 シンジの言い残した言葉は、私が幼いシンジと交わした言葉だった。

 

「自分の子も満足に愛してあげられなかった人間に、人々の幸せを願う権利はないと言いたいのね、シンジ」

 

 何故シンジがその言葉を言い残したのかを読み取るなら、顔も知らない誰かの幸せを願うよりも先に、自分の子を幸せにして欲しかった。そういうことなのだろう。

 

 それを選べなかった時点で、今更自分がシンジの母を名乗る資格はないのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユイさんの部屋を出て、急ぎ足で向かう先はネルフ直轄の総合病院だ。自分も知らない天井でお世話になった場所でもある。

 

 初号機の中から引っ張り出したシンジ君は以後、この病院で入院生活を送っている。精神療養の為の入院となっている為、身内以外は面会出来ないのだが、そこはネルフ関係者という事で特例が適応できる。

 

 正午に太平洋艦隊へと合流し、おやつの時間辺りに新横須賀へ到着。そこから第3新東京市に戻って直ぐにユイさんに呼び出された。

 

 そしてそこから病室に来たのでもう夜を目前とした夕方だ。

 

 窓から射し込む赤い光は程好く黄金色で、そして真っ赤だ。

 

 ユイさんに逃げるなと言った手前、自分も忙しさに構い掛けて考えないようにしていた節もあるシンジ君との対面から逃げてはならない。

 

 ノックも無く部屋に入り、ベッドへと近付けば、そこにはシンジ君が背を向けて横になっていた。

 

「こんにちは」

 

 自分が言葉を発すると、その声を聞いたシンジ君は肩を震わせた。

 

「……なにしに、来たんだよ…」

 

 シンジ君の声には怒気が含まれていた。その言葉から初号機の中での出来事を覚えているのだと察する。

 

「どんな様子か気になってね。元気そうでなにより」

 

「ならもう良いだろう。早く出て行ってよ」

 

 シンジ君から告げられるのは拒絶の言葉。当たり前と言えば当たり前か。シンジ君からすれば自分は敵も同然だから残当だろう。

 

「まぁ、その調子なら退院も問題なさそうだね」

 

「っ、…な、なに言ってんだよ……」

 

 退院という言葉を聞いたシンジ君は跳び跳ねる様に身体を起こして此方を見た。

 

「だから退院。元気なのにいつまでも入院してるワケにもいかないでしょう」

 

「そんなの知らないよ。僕の事は放っておいてよ」

 

「ちなみにもう退院手続きは済ませてあって、あと30分でそのベッド空けなきゃならないからね?」

 

「そ、そんなの聞いてないよ!」

 

「今言った」

 

「お、横暴だよこんなの。行く所なんかないし。どうしろっていうんだよ…」

 

 シンジ君は最初の一声こそ此方を睨んできたが、その眼を真っ直ぐ見返してやると直ぐに眼を背けた。そして項垂れる様に上半身をシーツに沈めた。

 

 どうして退院したら行き場所がないなんて極端な話になるのだろうか。

 

「……母さんと、一緒に暮らさないの?」

 

 敢えて自分の声を少し高くして旧劇シンジ君トーンに変える。そうすれば目の前に居るシンジ君の声その物が自分の喉から発せられ言葉として紡がれた。

 

 夕日の自問自答。電車の中では無いが、シンジ君の心に語り掛けるという意味ではこういうシチュエーションの方が心に迫れるだろう。

 

「別に。母さんだって、やっぱり僕の事なんかどうでも良いんだ。僕はただ、もう、なにもしたくないんだ」

 

 シンジ君からすれば、初号機の中で、母親に守られながら眠っていたかったのだろう。

 

 ユイさんに、どんなことがあっても自分の事を守って欲しかったのだろう。

 

 甘ったれるなというのはシンジ君の事を知らない他人だから言える無責任な言葉だろう。

 

「良いんじゃないかな、それでも」

 

「え?」

 

「なにもしたくないって誰にだってあることなんだから、無理になにかする必要なんてないんじゃないかな。それとも、やっぱりエヴァに乗りたいの?」

 

「そんなこと…。でも、僕は…っ」

 

「エヴァに乗らない(きみ)が無価値だなんて、誰が決めたの?」

 

 シンジ君の思うことは自分にとっても同じ様な事を思っていた。何も出来ない、成し遂げられない自分の事を無価値だと決めつけていた。

 

 でも、誰かにとって自分は無価値ではなく、ちゃんと居る意味がある存在なのだ。

 レンのお陰で、気付く事が出来た自分が偉そうに言える立場じゃないが。

 

「エヴァに乗らない(きみ)は要らないなんて誰が言ったの?」

 

「でも、アレに乗らない僕に居場所なんてないじゃないか」

 

 確かにそれはシンジ君の言う通りだ。エヴァに乗れるから第三新東京市に居られる。必要とされる。居場所がある。

 

 全てがエヴァを中心にして回っている以上、エヴァに乗れなければ第三新東京市で、ネルフで、必要とはされない。

 

「ほら、やっぱりそうなんじゃないか。(ぼく)だって、エヴァに乗れるから必要とされるんだ」

 

 確かにネルフにとってはそうだろう。でも、それは最初の切っ掛けに過ぎないものだと自分では思っている。

 

 今の自分には、エヴァのパイロットとしてだけでなく、中学校の教育実習生としての立場もある。そしてネルフでだって自分に出来ることでエヴァのパイロット以外の価値観を積み上げて行っている。

 

「そんなことはないよ。僕には、僕を必要としてくれる人が居る」

 

 真っ先に浮かんだのはレンだった。そしてシオンとレイが。

 

 リツコさんも、そうであってくれるのなら嬉しい。

 

 エヴァのパイロットではなく、綾波シンジ個人に価値を抱いてくれている人達が居るから、もう自分の事を無価値だなんて思わない。

 

(きみ)だって無価値なんかじゃない。エヴァに乗って戦った。人に誇れる立派な事をしたんだ。そこからエヴァのパイロットという価値以外を積み上げて行けば良い。焦らないで、ゆっくり自分のペースでね」

 

「そんなこと、出来るわけない」

 

「出来るさ。ううん、僕が出来る様にする。誰にも文句は言わせない」

 

「だから行こう?」と言って、返事を言う暇を持たせずにシンジ君をベッドの中から引き摺り出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」とは聞こえるが無視。多少強引でなければシンジ君はいつまでもクヨクヨグチグチとして話が進まない。そういう点だと、ミサトさんの強引さはシンジ君にとっては正解だったのかもしれない。

 

 シンジ君を伴って病院を出る。すっかり日は沈む時間だ。

 

 車を飛ばして辿り着いたのは、例の高台だ。朱色に染まる解体中のラミエルの遺骸が結構眼を引いた。

 

「なんだか、なにもない街だ」

 

「まぁ、見てなよ」

 

 第三新東京市はガギエル出現の報を受けて戦闘形態に移行していた。更に弐号機の搬入の為の機密保持の為に搬入が終わるまで住民の避難は続いていた。

 

 使徒殲滅は確認され、非常事態宣言は解除されたが、弐号機の搬入が終わってやっと第三新東京市も普段の姿を取り戻す。

 

 サイレンが響き渡りハッチが開いてビルが迫り上がって行く。

 

「凄い……。ビルが生えてく」

 

 そんなシンジ君の言葉を聞きながら、自分もその光景に魅入っていた。こういう光景に感じ入るシンジ君も男の子だなぁと思いながら。

 

 上がりきったビルがロックボルトで固定され、明かりが点っていく。

 

「これが使徒迎撃要塞都市──第三新東京市。僕たちの街だ。そして、君が最初に守った街。理由はどうあれ、君があの時エヴァに乗ったからこそ存在する光景で、君はこの街で生活している人達の命を守ったんだ」

 

「別に、僕は…」

 

 誰かの為に乗った訳じゃない。ただ、エヴァに乗れば父さんが自分の事を見てくれるかもしれない。そう思ったからエヴァに乗った。

 

 傷を負っていたレイを前にして、そんな女の子を戦わせられないという気持ちの奥底に渦巻いていた本当の心はそんな所だ。

 

 だから褒められても素直に受け止められない。さらにはシンジ君にとっては未だ味方とは言えない自分からの言葉では尚更だろう。ミサトさんの様には上手く出来ない。それも仕方がない、すべてはこれからだ。

 

 

 

つづく。



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カヲシンは良いって昔から言われてること

もうサブタイトルが思い付かないよぉ。

そういえばエヴァのエッチなのはダメなんだからね!と噂を小耳にしたけど、ホントなの?


 

 碇シンジにとって何も変わらないと思っていたその日の1日はその終わりを目前にして急変した。

 

 夕焼けを背に現れたもう1人の自分。いや、自分よりも大人びた姿の自分。

 

 自分から安穏を奪った存在の到来にシンジは邪険に扱うも、もう1人の自分はそんな態度を意にも留めずに更なる追い撃ちを掛けてきた。

 

 ベッドの上から追い出そうとすれば、自分を褒めるなんていうわけのわからない事をして、強引に連れられたのは街を見下ろせる高台だった。

 

 最初は殺風景な街並みと良くわからない逆さまのピラミッドの周囲に高層ビル等を建設する時に使われるタワークレーンがいくつも建ち並んでいた。それでも何もないと感じる程度には建物が少なかった。

 

 それがサイレンと共に大都市に変貌したのは捻くれているシンジであっても男の(さが)が擽られる感動的な光景だった。

 

 そしてもう1人の自分から告げられた言葉。

 

 エヴァに乗ってこの街を守ったこと。

 

 胸を張っても良い、立派なことをしたと言われても、その言葉に素直には喜べなかった。

 

 自分に褒められてもそれは単なる自己満足を満たす様な言葉にしか聞こえない。その言葉を欲しかった相手からは何も告げられる事はなかった。そもそもお見舞いにも来てはくれなかった。

 

 期待しても何もない。ただの独り相撲。

 

 だからなにも期待しない。自分にも、誰にも。何にも。

 

「今はそれでも良いよ。自分の殻に閉じ籠る事の何がいけないなんて事もない。だってそれは心の悲鳴なんだからさ。無理をしたって心が壊れるだけだよ」

 

「無理やり連れ出しておいてそれを言うの?」

 

「でも良いもの見れたでしょ?」

 

「なかなか見れないんだよね~」なんて言いながら柵に肘を着いて街を見下ろす自分。

 

 言っていることとやっていることが矛盾していてめちゃくちゃだ。呆れて言葉も出ない。

 

 けれども、ビルが生えていく光景は確かに圧巻だった。そして、この街を自分が守ったという事実に、僅かでも悪くないと感じる自分が居たことは否定できなかった。

 

「こんなところに居たんだね。探したよ、シンジ君」

 

「カヲル君か…」

 

 自分の名前を呼ばれて振り向くと、そこには言葉では言い表せない程整った顔の──声からして男の子が立っていた。

 

 その赤い瞳が自分に向けられ、シンジはその視線が品定めをされているようで少し嫌だった。

 

「こんにちは、碇シンジ君」

 

「え、えっと…。こんにちは…?」

 

 敵意が微塵もない柔らかな笑みを浮かべながら名を呼ばれて、どうして名前を知っているのかという疑問符を浮かべながら応える。

 

「僕は渚カヲル。君と会えるのを楽しみにしていたよ」

 

「ど、どういうこと…?」

 

 男相手にこう表現しては失礼だろうが。それでもシンジから見てカヲルは美人に見える。美男子だとか美形という表現では座りが悪い。しっくりと来る言葉が美人だった。

 

 男とわかっていてもそんな美人に会えるのを楽しみにしていたと言われたら意識せずともドキリと胸が鳴った。

 

「そのままの意味さ。僕は君に好意を抱いているんだ」

 

「こ、好意って…っ」

 

 突然の告白にシンジは理解が追い付かず、しかし好意という部分で嫌悪ではなく気恥ずかしさを感じた自分に余計ワケがわからなくなり思考が麻痺し始め、結果気恥ずかしさが空回りして頬を染めるという反応を示してしまう。

 

「誤解を生むようなこと言わないの。いや、シンジ君相手だとストレートの方が良いのかな?」

 

「リリンの言葉はまわりくどいからね。僕のココロを言葉にするのならそのまま伝える方が伝わると思ったんだよ」

 

「や、それで伝わるの僕くらいだからもう少し言葉を捻って欲しいかなぁ。友達になりたいとか、仲良くなりたいとか。ストレートに伝えても人間は複雑だから嫌悪されても文句言えないよ今の言葉は」

 

「そうかい? でも彼には効果があるみたいだよ」

 

「火の玉豪速球くらって頭がこんがらがってるだけでしょ」

 

「……ハッ!? ええっと、いや、その、えあ…」

 

「どうやら混乱させてしまったようだね。いや、彼の言う通りだ。僕はキミと──そうだね。互いの仲を深める関係になりたいんだ」

 

「……なんでそうフワッとした表現になるの」

 

「その方がどの様な関係になっても構わないじゃないか」

 

「ちくせう。邪気が無いから質わりぃったらありゃしない」

 

 何故だかカヲルの言葉に呆れるもう1人の自分。カヲルは変わらず笑みを浮かべながらシンジの手を取った。

 

「あ…っ」

 

「リリンが友好を結ぶときにすること。握手というらしいね。キミは僕を受け入れてくれるかい?」

 

 微笑みを浮かべながら小首を傾げる仕草に不覚にも可愛いなどというトチ狂った思考が過るが、そうとしか思えないし思うこともない。それ以上でもそれ以下でもないからだった。

 

 何も期待しないと思っていたばかりの自分にこうも自然と近づいてくるカヲルに、シンジは恐いと思いながらも断る気が起きなかった。本当になんの打算もなく、相手が自分と仲良くしたいと伝わってくるからだった。

 

 会ったばかりの相手に面と向かって手を握られたら振り解く自信がある自分がそうしないことが何よりの証拠だった。

 

「その……。こんな僕で良いのなら……」

 

 まるで告白に返事を返すように、シンジは気恥ずかしさを携えた言葉でカヲルの想いに応じた。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

 シンジの返事を聞き、満面の笑顔を浮かべるカヲルに釣られてシンジもまた自然な笑みを浮かべることが出来た。

 

 ただスッとその笑みを引っ込めて真剣に悩む様子のカヲルにシンジも笑みを引っ込めて問う。

 

「ど、どうかしたの? 渚君」

 

「カヲルで良いよ。いや、キミのことをどう呼んだら良いのかとね」

 

 この場にはシンジは2人存在している。カヲルからすればどちらもシンジである。綾波のシンジからすれば碇シンジこそをシンジと呼べば良いだけの事だ。そんな悩む事もないだろうと思っていた。

 

「そうだね。シンジ君と呼ばせてもらうよ」

 

「いや、それは……」

 

 シンジの視線がもう1人の自分へと向く。

 

「だから彼は“兄さん”と、呼ぶことにするよ」

 

「いやなんでさ」

 

 空かさずツッコミが入るが、カヲルは不思議そうに首を傾げた。

 

「リリスの仔であるリリンであるのだから、アダムより造られし仔の僕とは異母兄弟みたいなものだろう? だけれど人間としての時間はキミの方が長い。そしてキミはリリスと魂を同じくする存在だ。なら兄さんでも問題ないんじゃないかな?」

 

「いや。もう、うん。それで良いや」

 

 降参と言わんばかりに諸手を上げるもう1人の自分に、シンジはなんともいえない胸がスッとする気分を味わっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 カヲル君に兄さん認定されてしまって戸惑いがないというのは嘘になる。しかしカヲル君からしてシンジ君は特別な存在だから、シンジ君を名前で呼んでくれることに異議はない。ならば代案として自分の呼称が変わるのはある程度受け入れなければならないことだろう。

 

 しかしゼーレから遣わされた監視のハズなのに少し核心に迫る単語を使いすぎやしませんかねカヲル君。さらりと自分が使徒だと暗にバラしちゃいましたよ。大丈夫かコレ?

 

 一応保安部に監視されてるんですよ普通に。

 

「ただいまー」

 

 部屋の自動ドアが開いて玄関に入ると、ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。

 

「うわわわわわわ!?!?」

 

 背中ですっとんきょうな声が上がる主はシンジ君だ。

 

「おっそーい~!!」

 

「っ、とと。ごめんごめん。でもちゃんと身体拭かないとダメでしょ?」

 

「シンジが拭いてくれるから良い。それより抱っこして」

 

 もう抱っこしているというか。全身びしょ濡れで素っ裸のシオンが飛び込んできたのを受け止めながら身体を拭かなかったのを注意するが反省の色はない。

 

 全裸の同年代の女の子が迫ってきたらそりゃ健全なシンジ君はそうなるだろうね。本当にお風呂から出たてというか湯船から飛び出してきたと言わんばかりにびしょ濡れで身体から湯気を立てているシオンを腕で抱える。

 

「あーあ。床もびしょびしょ」

 

「別に乾くから良いでしょ」

 

「そーゆー問題じゃないの」

 

 ただそれでも本気で注意しない自分はダメな親になりそうだ。いやちゃんと厳しくする事は厳しくするけれども。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

「むぅ…。わーたーしーにーもぉ!!」

 

 玄関からすぐ目の前はベッドと小さなテーブルがあり、テーブルの上で本を積み上げながら最近お気に入りの駄菓子のいかフライをポリポリと食べているレイ。

 

 そんなレイに応えると抱えているシオンが拗ねる。情緒的な反面本当に末っ子根性が逞しい。そんなシオンの頭を撫でながら横を向けば簡易キッチンではレンが夕食を作っている。

 

「おかえり…」

 

「ただいま」

 

 その一言を交わすだけでも自分達には充分だった。

 

「兄さん、シンジ君が固まったまま動かないのだけれど」

 

 少々キツいが、首だけで後ろを振り向けば顔まで真っ赤にしてフリーズしているシンジ君の顔の前に手をヒラヒラとさせているカヲル君が居る。

 

 いやレイの胸鷲掴みにして押し倒した時に比べたら軽いものじゃないかと思いながらも、ミサトさんと住んでなくて女性免疫力が全く皆無だから逆にダメだったのかと思いつつ。

 

「まぁ、少し放ってあげてよ。多分その内戻ってくるでしょ」

 

 顔真っ赤で目もかっぴらいている今のシンジ君は中々帰ってこないだろう。

 

「なにしてるの? シオン」

 

 腕の中でもぞもぞと動くシオンを不思議に思って声を掛ける。

 

「弱虫に見られた。シンジ以外に見せたくなんてない」

 

 弱虫認定はシンジ君として、そう言われるとちょっとシンジ君が可哀想だ。今回シンジ君は完全被害者だし。

 

 とはいえ素っ裸のままだと湯冷めしてしまう。空調で快適な温度でも風呂上がりだと寒く感じる程度には涼しい。

 

 取り敢えずシンジ君の視線に映らないようにバスルームに向かう。

 

「シオン、身体拭くから降りて」

 

「いや」

 

 いや。いやって言われても困ってしまう。

 

 首に腕まで回されているから降ろしようもない。形の良い胸が顔を包み込む。同じボディーソープを使っているのにシオンもレンもどうしてこう良い香りがするのだろうか。

 

「わかった。じゃあ抱っこしたまま拭くから少し放して」

 

「ん~」

 

 シオンが少しだけ身体を放すと、左腕でその身体を抱えたまま右手でバスタオルを持って濡れた身体を拭いていく。

 

 その間身体は離れても服をグッと鷲掴んでいる手を見ると何よりも保護欲が先んじる。

 

「…どうして、連れてきたの。アイツ」

 

 服を掴む手に力が籠る。

 

 その手に自分の手を重ねて額に口を寄せてキスをする。

 

「シオンなら独りの寂しさを知っているよね?」

 

「でも、アイツは独りじゃない。私はわたしでワタシでもシンジしか居ない」

 

 シンジ君とシオンを鉢合わせたら予想に反してシオンの方が情緒不安定になるとは思わなかった。

 

「どうしてワタシはシンジとひとつなのに私はひとつじゃないの? シンジは私とひとつになりたくないの?」

 

 そしてそれは思ったよりも深刻そうである。

 

 シオンが抱えている孤独感。それはユイさんが初号機とひとつになることで満たされていた。けれどもシンジ君が初号機の中に閉じ籠った事で一変する。

 

 おそらくはシンジ君の魂が取り込まれてしまわない様にするためだったのだろう。けれど、その為にシオンを切り離した。捨てられたともシオンは思っただろう。

 

 あの時の自分は自我境界線を保ったまま初号機の中に居た。

 

 境界を失って文字通り零号機の中でひとつに融けたからこそ自分とレンはひとつに成っているのだろう。

 

 シオンの望みはそうした様にひとつになりたいというものだ。

 

 ただ今の自分の状態は結果が良かっただけの事。ともすればそのまま零号機に取り込まれていた可能性の方が大きい。

 

 自我を保ちながらも互いに融け合っているという自分達。

 

 しかし初号機もまたリリスから造られたエヴァだ。シオンがレンに対して自身との違いを意識するのは無理もない。そうでなくともリリスという繋がりで綾波三姉妹は繋がっている様な感じさえある。

 

 同じであるのに違うことが。満たされているのに自分だけが欠けていることが。酷くもどかしいのだろう。

 

 だから事ある毎にシオンはひとつになりたいと口にする。

 

 惜しみ無い愛情を注いでも満たされない欠けたココロ。その補完は容易ではない。

 

 シオンとひとつになることは、出来るとは思う。でもその代わりにレンとの繋がりは絶たれてしまうやもしれない。あるいは自我を保てずに本当に融け合ってしまうかもしれない。

 

 自分は所詮その程度の器でしかないのだ。

 

「人間には生まれ持った器の限界というものはあるわ。その限界を超えてしまえば壊れてしまう。それを本能的に理解しているから忌避感や危機感を抱くのよ。むしろあなたは上手くやっている方よ」

 

「そうだと良いんですけどね」

 

 結局シオンには答えを出せずにはぐらかして、寝静まったところで部屋を出て向かった先は今日も遅くまで仕事をしているリツコさんの所だった。

 

 リツコさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、話を聞いて貰った。そうすることで自分を正当化しているようで嫌な感じだった。

 

「聞いたわよ? 彼を引き取ったんですってね」

 

「ええ。あのままにはしておけませんでしたから」

 

 話題は自分がシンジ君を病院から連れ出した事へと移った。

 

「別にあのままでもあなたが居るのだから誰が困るワケでもなかったでしょう」

 

「だからですよ。無価値だなんて自分を追い込んで、エヴァに縛り付けたくなかった」

 

 恐い思いも痛い思いもせずに過ごせるのならばその方が良いに決まっている。

 

「代わりに自分がエヴァに縛られているから?」

 

「そうですね。酷いですよね、自分は無価値じゃないと伝えながら、エヴァに縛られていないと自分自身の価値を見いだせないんですから」

 

 シンジ君が言った通りだ。自分はもうエヴァに縛られ、エヴァが中心となって世界が回っている。

 

 エヴァが無ければ、自分など本当に価値がない。

 

「そうとも限らないわ。わたしの話し相手として、あなたは価値のある人間よ?」

 

「そうですか?」

 

「ええ。それはあなたが自分で築き上げた価値よ」

 

「そうですか」

 

 エヴァに依らない存在価値の肯定。嬉しいと思う自分は酷く現金な人間だ。

 

「それに、あなたは自分が思う程無価値ではないわ。エヴァに対して、おそらくその本質を最も知る人間はあなただけよ」

 

 自分が特別であるという承認欲求。

 

 そこの根底にあるものは自分が愛されているのかという問答だ。

 

 シンジ君と波長が合う魂というレンの言葉通り、自分もシンジ君の様な本質を抱える人間なのだろう。

 

「それにしても、今日はいつになく遅いんですね」

 

 時計は既に夜中の3時を指していても、未だリツコさんは帰り支度をする様子が見受けられなかった。

 

「その現況を作ったのはあなたよ?」

 

「え? なにか不味いことしちゃいましたか?」

 

 心当たりのない事に首を傾げる。

 

「零号機の空間跳躍の分析に加えて、あなたが使徒に放った広範囲の電撃攻撃で損傷した零号機の内部電子回路の諸々の交換と整備。お陰で整備班は徹夜作業よ?」

 

「あ、あはは。ごめんなさい」

 

 リツコさんに指摘されて自分の非を詫びる。特に問題無かったかと思いきや、ガッツリ問題ごとを起こしていたわけだ。

 

「良いのよ。あなたは使徒に勝つという仕事を果たしたのだもの。エヴァの整備はコチラの仕事だし、お陰で貴重なデータから問題点の洗い出しまで出来たから、損失よりも得るべきモノは多かったわ」

 

「それは、役に立てましたかね?」

 

「そうね。徹夜決定でも整備班の士気は高かったから役には立てていると思うわよ?」

 

 他人のやる気に関しては管轄外だけれども。と、言葉を切るリツコさんに、あとで整備班にお礼を言っておこうと思う。

 

「でも、わたしはどうかしらね?」

 

 リツコさんの目付きが変わった気がする。その視線に射止められて肩が無意識に跳ねる。

 

「零号機が消えたあと、関係各所に頭を下げたのはわたしなのよ。ミサトは海の上だったし」

 

 そうしたことはゲンドウや冬月先生がやるものでは無いのかと思いつつ、躙り寄るリツコさんに逃げ場を無くされて行く。

 

「こんな夜更けに女の部屋にひとりでのこのこと来てしまうのだもの。その意味がわからないあなたでもないでしょ?」

 

「それ、普通男のセリフじゃないですか?」

 

「そうかしら? 男も女も、ケモノであることには変わらないものよ」

 

 ギラギラと鋭い眼光を宿すリツコさんに、もう覚悟を決めるしか無かった。

 

「その、優しくしてくれますか?」

 

「天然なのかあざといのか困る言葉ね。大丈夫。身を任せていればすぐに終わるわ」

 

 背丈は自分の方が高い筈なのに、詰め寄るリツコさんの圧に自分の方はすっかり呑み込まれてしまっている。

 

 貪るように始まった口づけからは、コーヒーの薫りと、リツコさんの甘い味は変わらず、しかしたばこの香りは薄れているように思えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「眠れないのかい?」

 

「え?」

 

 隣から聞こえた声に思わず肩を跳ねさせる。

 

 病院から無理やり連れ出されて、部屋の用意が出来ていないからと、僕はカヲル君の部屋に泊めて貰うことになった。他人が隣で横になっているなんて初めてだから落ち着かなくて眠ることが出来なかった。

 

「なんていうか、色々ありすぎて頭が冴えちゃってるというか」

 

「なら、眠るまで少しお話をしないかい?」

 

「うん」

 

 カヲル君は不思議だ。まるで、ずっと昔からの友達の様に、僕はカヲル君と自然に話せる様になっていた。

 

「僕はシンジ君がどんな風に過ごして、何を感じてきたのか知りたいな」

 

 そう言われて振り返る自分の人生は、他人に話して面白い事など何もなかった。猛烈に記憶に刻まれている父との別離から始まって、今まで良かった事なんてひとつも無かった。エヴァに乗るのだって逃げ場を無くされて仕方がなく、でも傷ついた女の子を目の前にして胸の内に込み上げる衝動があったのも確かなことで、けれど本心は父さんに自分を見て欲しかった。それだけだった。

 

「聞いても、つまらないと思う」

 

「そんなことはないよ。僕はシンジ君の事を知りたい。どんなことでも、嬉しいことも、辛いことも」

 

「カヲル君…」

 

 こんな風に言ってくれる他人なんて居るわけがない。口ではどうとも言える。けれどカヲル君は、構わないと言ってくれている。

 

 期待と、それを裏切られる恐さに揺れ動く。

 

「君のココロは酷く傷ついているね。他人に拒絶される事を恐れている」

 

「あ…」

 

「けれど僕は、そんなことはしない。君のココロを傷つける事はないよ」

 

 カヲル君に抱き締められる。温かい。それでいて、落ち着いていく僕はぽつぽつと自分の事を話し始めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝の散歩はもはや日課だった。それは多忙であるネルフ本部副司令の立場上致し方の無いことではあった。そうした役職から解放されている時間。彼はあの日の出会いから決まった時間にそこに居る。

 

「おはようございます。冬月先生」

 

「ああ。おはよう」

 

 身体は青年期に入った頃だが、その顔は彼女の面影を持ちながら人間性は父親似の彼。

 

 リリスの分身である零号機と初号機を覚醒に導き、リリスそのものでもあるレイに心を育ませる補完計画を破綻に導く神の児の名の通り、神への道を歩む彼。

 

 初号機が、彼女が彼を受け入れなかった事で生じた計画の綻び。

 

 彼と話すことで心の隅にあった良心が懸けた結果は、彼女の帰還と補完計画瓦解の音。

 

 故にゼーレの進める補完計画を完遂させるわけには行かないと、今更ながら更正したところで地獄に落ちることは変わらんだろうが、彼のお陰で昔の自分を取り戻せたように思える。それを忘れない為に毎朝こうして彼との僅かな語らいを楽しみにしていた。

 

「使徒殲滅ご苦労だった。太平洋艦隊からも感謝状が届いているよ」

 

「そうですか。ありがたく受け取らせていただきます」

 

 礼儀正しいという意味では彼女と似ている。その点では父親に似なくて良かった点だ。

 

「しかし手続きも無しに碇の息子を連れ出したのは感心せんな。一言事前に言ってくれるとありがたかった」

 

「すみません。彼にはどうしても自分が守った街を見せたくて」

 

 許可も無しに碇の息子を病院から連れ出した彼の目的。何故彼が碇の息子のケアに乗り出したかは不明だ。しかし碇の息子を連れ出す前に彼がユイ君と何らかの会話をしていることは判っている。ともすればユイ君に頼まれ事をされたのだろうか。

 

「まぁ、次からは気をつけてくれ。雑事とはいえ事前に連絡があれば対応もしやすい」

 

「解りました。その折りはよろしくお願いします」

 

 今までは共通の目的の為に骨を折ってきたが、しかしそれが叶われた以上、望みを叶え、そして未来を見据えて戦う若者の為に骨を折ることは悪くはない。気を遣われるくらいならばもう少し頼ることを覚えて欲しいものだ。

 

「ということなのであれば早速冬月先生にお願いがあるのですが」

 

「無遠慮なのは父親似だな君は」

 

 しかし切り替えの速さという点ではやはり彼女と似ている。

 

 ただ情の厚さはやはり父親に似ているのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 冬月先生にお願いして今までの個人用の部屋から数人用の広い部屋へと引っ越しだ。なにしろ今まで個人用の部屋を自分とレンとシオン、レイの4人で使っていたのだ。3人は私生活で普通の女の子がオシャレするのに必要な大量のアイテムを使わない為に私物は極端に少なかった。しかしそれでも人口密度は多くもう少し広い部屋に移りたかったのも事実だ。

 

 二段ベッドが三つでそれぞれひとつの布団で眠れるけれども、結局は3人とも自分の布団に入り込んで来るので無意味だった。甘い女の子の香りで迸る熱いパトスに悶々としますがそれを察するレンの手厚い気遣いでどうにかこうにか過ごせています。

 

「いっただきまーす!」

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 少しわざとらしく明るく振る舞うのはミサトさんの真似だ。

 

「美味しいね。少し味付けを変えたかい?」

 

「うん。みんな濃い目の方が好きみたいだからお味噌足してみたんだ。どうだったかな?」

 

「僕はこの方が好みだね。兄さんのは少し辛かったから」

 

「そう? ご飯とかっこむにはアレで丁度良いんだけどなぁ」

 

「でもあれは濃すぎると僕も思うんだけど」

 

「ま、シンジ君が台所に立つ時は好きにすれば良いさ。誰も文句言わないから」

 

 対シンジ君精神安定剤のカヲル君を処方したお陰か、シンジ君は少し明るさを取り戻した様に思える。だから台所仕事を任せてみた。食事は基本レンとシンジ君任せになっている。

 

 ちなみに親が関西出身で薄味派のシンジ君と、他の家よりも濃い目の味付けが好みだった自分の家の味付けは度々こうして意見が別れる。

 

 しかしカヲル君がシンジ君の精神安定剤になるのを期待したけれど、カヲシンに発展しそうなほどに仲が良いのは少し驚いた。カヲル君の感想を聞いて嬉しそうにはにかむシンジ君のなんと可愛い事か。いや男ですけどカヲシンも大好物ですはい。

 

 朝食をシンジ君が用意するのなら夕食はレン。しかし昼食は綾波三姉妹と自分は学校があるのでお弁当だ。それを用意するのは自分である。

 

 自分と綾波シスターズの分の他に二つお弁当箱が用意されている。

 

 ひとつはリツコさん。もうひとつは──。

 

「なによ、コレ」

 

「お弁当。良かったら食べてよ」

 

 疑わしい眼でコチラを睨んでくるのはアスカだった。

 

 大学を出ているアスカでも、日本では中学生として学校に通わなければならない。義務教育だから仕方ないよね。

 

 しかし転校してきてからアスカの昼食はコンビニのサンドイッチとかしか見掛けていない。保安部でもアスカは毎朝コンビニで昼食を買っているのを報告されている。

 

「アタシに取り入ろうたってそうはいかないわよ」

 

「そんなんじゃないよ。ただのお節介だから」

 

 コンビニのサンドイッチ他、朝食夕食はホテルのルームサービスやら外食やらだ。

 

 腹が膨れれば良いのならそれでも良い。けれどシンジ君がミサトさんに引き取られていない今、アスカがミサトさんの所に行く理由もない。ミサトさんがアスカを誘う動機も薄い。だから少しでも心がけ膨れる手料理を食べて欲しいというお節介だった。

 

「施しのつもり?」

 

「違うよ。でもコンビニのサンドイッチよりは美味しいと思うから、良かったら食べて」

 

「お礼は言わないわよ」

 

「うん。箱はあとで返してくれれば良いよ」

 

 2年A組に転校してきた帰国子女として校内では既に噂になり、下駄箱には大量のラブレターの山。だけどそれがアスカを少し苛立たせている。下心丸出しのそれはアスカからすると嫌悪感を抱く様子だ。

 

 自分がアスカから見ると大嫌いでともすれば死ね!みたいな存在になっていて、少しでも関係改善が出来ればという下心を出せば突っぱねられただろうが、これは自己満足のお節介だからアスカ的にも勝手に置いていくならOKだろう。これを施しとかそういう風に捉えられていたらもう手の施しようが無かったけれども。

 

 そんなアスカはクラスでも浮き気味だ。男子からはちやほやされ、それが面白くない女子からもあまり好かれていない。ある意味孤立無援。アスカならそれでもエリートで他とは違うし独りでも充分だと自分を誤魔化せるが、誤魔化しているだけで本心はきっと寂しい思いをしているかもしれない。

 

 本当の所は判らない。だから自己満足のお節介なのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フォースチルドレン、綾波シンジ。

 

 ワケの判らないヤツだ。嫌っていると解っていて弁当を渡してくる変わったヤツ。

 

 悔しいけれど、普通に美味しかった。それは認めざる得ない事実だった。

 

 全てをエヴァに捧げてきた私には出来ない手料理の味。

 

 他人の手料理を食べるのはいつぶりだったか。

 

 ムカつくけれども敗けを認めないと意固地になっているみたいでそれもカッコ悪いから仕方がないから認めてやる。

 

 味付けも濃かったり薄かったりでバラバラだった。私の味の好みを探られている様でやっぱり少しムカつく。

 

「どうだった? 口に合ってたかな?」

 

「別に。普通だったわ」

 

「そっか。また明日も作ってくるよ」

 

「勝手にすれば」

 

 そう冷たくあしらっても堪えた様子もなくヘラヘラしている。嫌われてる相手に明日も弁当作ってくるなんて返答できる意味が解らない。

 

「本当にイヤなら、要らないとか作ってくるなとかアスカは言うと思うから」

 

「勝手に人の心を読むなバカ!」

 

 何を考えているのか解らないバカに乗せられている様でムカつく。

 

 そんな時、警報が鳴って、携帯電話にも着信が入る。

 

 使徒が来た。

 

 この前みたいにはいかない。今度こそこのバカに私のスゴさを見せつけてやる。

 

 そう息巻いて私は本部に向かうバカの運転する車の助手席に飛び乗った。

 

 

 

 

つづく。

 



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ココロよ、原始に還れ

本当ならシン・エヴァを見てから確りとした設定を加味して書きたかったのだけれどスケジュール的に難しい為に独自設定マシマシで書いていく事になりそうです。


 

 紀伊半島沖で確認された使徒。

 

 先の第五使徒(ラミエル)戦に於いて多大な損害を被った第三新東京市の迎撃システム復旧率は26%。実戦に於ける稼働率はほぼゼロ。

 

 使徒の上陸予想地点にて待ち構え水際で一気に叩く。

 

 厚木から発進したEVA専用大型輸送機に搭載されている機体は初号機と弐号機だ。

 

 零号機は先の第六使徒(ガギエル)戦に於いてダメージを負ったF型装備の調整が間に合わず本部待機。

 

 弐号機には当然アスカが乗っている。

 

 初号機には自分とシオンが乗っている。今回は留守番ではないシオンが生き生きしているのがシンクロから伝わってくる。

 

『初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、近接戦闘で行くわよ』

 

 既に現地へ指揮車両で向かっているミサトさんからの通信に耳を傾ける。

 

「了解!」

 

『あーあ。折角の日本でのデビュー戦だって言うのに、どうして私に任せてくれないの~?』

 

 今回の使徒がサキエルやシャムシエルの様にタイマンが通用する使徒であれば間違いなく楽勝なアスカは自分との同時出撃にご不満の様子。

 

 しかし今回の使徒、イスラフェルは分裂能力を持つ。

 

 2対2であっても初回は負け戦になるだろう。そうした面では日本での初戦はアスカには黒星が待っている。

 

 現状アスカとの関係が悪い自分が、ユニゾンを成功させるにはどうすれば良いのかという憂いで頭が一杯だった。

 

「まぁ、やるだけやるしかないか」

 

『…言っとくけど、くれぐれも足手纏いだけはならないでよね』

 

 まだ怒鳴られた方が返せる言葉もあるかもしれないが、コチラを睨みながら冷たく言われると返せる言葉も見つからない。

 

「わかってるよ。アスカの好きにすれば良いさ」

 

 今回はアスカが前衛で自分は後衛だ。つまり使徒へのトドメはアスカが握っていて、自分は添え物だ。

 

 それでアスカの自尊心が保てるのなら安いものだ。

 

 ロックボルトが外され、エヴァが降下していく。浜辺へと砂煙を上げて着地する弐号機と、ATフィールドで重力を軽減できる初号機では、対称的に初号機の方がソフトに着地する。

 

 直ぐ様電源支援車両が近寄ってきて電源ソケットをエヴァの背中に差し込む。

 

 続けて輸送ヘリからコンテナが投下され、その中のパレットライフルを装備する。アスカの弐号機も同じ様にソニックグレイブを装備して立ち上がる。

 

「来るわ」

 

「うん」

 

 シオンの言葉に返事を返すと、沖の水面から水柱が爆発した様な勢いで立ち上る。その中から灰色と黒の色合いの人型に近い四肢を持つ巨体が姿を現した。

 

『攻撃開始!!』

 

『アタシから行くわ! 援護しなさい!』

 

「りょーかい。援護開始!」

 

 ミサトさんの声を受けて飛び出して行く弐号機から使徒の注意を逸らすためにパレットライフルでの射撃を始める。旧劇と比べてアスカの言葉がキツいのはこの際気にしても仕方がない。

 

 パレットライフルから放たれる弾丸を棒立ちで受け止める使徒。その爆発の中でコアが二つあることを確認する。

 

 南極が蒸発したセカンドインパクトによる海面上昇で水没しながらも屋上を覗かせるビルを足場に八艘飛びの様に駆けていく弐号機。

 

『うりゃあああああ!!!!』

 

 飛び上がった弐号機がソニックグレイブを振り上げながら落下に合わせて振り下ろす。

 

 そのまま一刀両断で左右に裂かれる使徒の身体。初見ならコレで倒せたと誰もが思うだろう。

 

『どう? フォース。コレがアタシの実力よ』

 

「まだ終わってない」

 

『え?』

 

 アスカの言葉に返したのはシオンだった。弐号機に真っ二つにされた使徒はしかしその身体を震わせると脱皮や羽化の様に内側から新たな肉体を産み出した。

 

 白と黒、オレンジと黒の2体に別れた使徒。

 

『ぬぁンてインチキ!!』

 

 ミサトさんの叫びと共にノイズが走る。通信機を握り潰しでもしたのだろう。

 

 最初に狙われたのは目の前に居た弐号機だった。

 

「来るよアスカ!」

 

『っ、わかってるわよ!!』

 

 使徒は海中に姿を隠して迫ってくる。片方の水柱の中にパレットライフルを撃ち込むが、効いてはいないだろう。

 

 水面を割って白い方が弐号機を襲う。しかしそこはさすがのアスカ。カウンターで合わせて使徒の身体を切り裂くが、直ぐにその傷が修復される。

 

 浜辺に居るこちらにもオレンジの方が飛び掛かってるのをライフルを捨てて、その身体を掴み、浜に組伏せる。

 

「こンのぉ!!」

 

 怯ませる意味も込めて、拳で使徒の三つの穴のある顔を殴り付ける。こうして片方の動きを封じ込めてアスカが1対1に集中出来るようにする。

 

 ただ使徒自体も力が強く抑え込むのでこちらは精一杯で援護には向かえない。

 

『アスカ、コアを狙って!』

 

『やってるわよ!!』

 

 弐号機が白い方のコアを突き刺すが、それも直ぐに修復されてしまう。

 

 やはり2体同時に再生能力を上回る過重攻撃を仕掛けなければ倒せないのだろう。

 

「っ!? コイツ!」

 

 抑え込んでいたオレンジの方の使徒の顔が怪しい光を携えた瞬間、機体を仰け反らせれば目の前を閃光が過ぎ去る。サキエルよろしくイスラフェルも目からビームが出来るのだ。

 

 仰け反った事で抑える力が減ったのを好機と見てか、腹筋だけで起き上がる使徒に、機体はその身体からずれ落ちて浜に尻餅をつく。そのまま逆に抑え込もうと覆い被さる使徒を巴投げで投げ飛ばし、立ち上がろうとする使徒をジャンピングチョップで叩き伏せる。

 

 1対1ならどうにか戦えても、損傷を回復されるとあとはジリ貧でこちらが潰される。ダメージは今のところこちらも負っていなくとも、疲労を蓄積されるこちらに分が悪い。

 

『きゃあああっ』

 

「アスカ!?」

 

 弐号機が物凄い勢いで浜辺を超えて直ぐ近くの山の斜面へと激突する。

 

 何があったのか見ていなかったから判らない。

 

「ミサトさん、アスカは!?」

 

『命に別状はないわ! シンジ君、アスカを連れて撤退して! 一度出直すわよ』

 

 このまま戦っても埒が明かないと判断したミサトさんからの撤退命令。

 

 とはいえ素直に見逃してくれるだろうか。

 

 弐号機を降した白い方が飛び掛かってくる。組伏せていたオレンジの方の上から飛び退くが、アンビリカルケーブルが鉤爪に捕まって切断されてしまった。

 

『シンジ君!』

 

「大丈夫です。なんとかします」

 

 とはいえあと5分も動けないのは厳しい所だ。

 

 のっそりと立ち上がるオレンジの方と合わせて2体でビームを放ってくる。その合間を抜けて、或いはATフィールドで弾いて懐に入って、白い方に回し蹴りを叩き込んでオレンジの方にぶつける。

 

 そのまま白い方の懐に拳を叩き込み、その身体を貫通してオレンジの方のコアを捉える。2体同時のダメージになら身に堪えるハズだ。

 

「潰れろぉぉぉおおおお!!!!」

 

 インダクションレバーを思いっきり押し込み、機体に力を込める。

 

 だが腹部を貫通されているのにも関わらず、白い方がその四肢を初号機へと絡めてくる。

 

 そのコアが白い光を放ち始める。

 

「マズ──っ」

 

「やらせないっ」

 

 身を引こうとした時、シオンの声が響く。

 

 白い光を放つコアに初号機が顔を近付け、その口を開いて、白い方のコアを()()()()()

 

 それが意味する事を認識する前に、目の前が白い光に包まれていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「何が、起こってるの…」

 

 新たに現れた使徒はその身体を分裂させる能力を持っていた。初号機も弐号機も互いに単独であれば使徒に遅れを取っていなかった。

 

 しかし弐号機が武器を破損させた隙に白い方の使徒が弐号機を殴り飛ばして弐号機は機能停止。

 

 初号機に撤退命令を出したものの、2対1では撤退も楽にはいかない。そのまま2対1を強いられてシンジ君は良くやっていた。2体同時に相手取っていた。しかし片方の使徒が初号機に組み付き、そのコアを輝かせた光景は、第一次直上会戦の時のように使徒の自爆を彷彿させた。

 

 そんな使徒に対して初号機がそのコアを噛み砕いた。

 

 そして、何かの叫び声の様な音と共に光の十字架が聳え立ち、それが左右に割れて初号機の背中から光の翼が生え、その身体は光に包まれて白く発光し、2体の使徒ごと光に呑み込まれていった。

 

 その光景は15年前のそれと同じ、そして第五使徒の時もそれは起こった。

 

「本部に連絡! 直ぐに零号機を寄越す様に言って!!」

 

「りょ、了解!」

 

 日向君に命令を飛ばす。これがリツコが言っていたサードインパクトの始まりならば前回の様に零号機に、レイとレンにしか止められないと瞬時に判断した。

 

「お願いシンジ君、早まらないで」

 

 最悪の場合、後方で待機している国連第2方面軍にN2航空爆雷で吹き飛ばして貰わなければならないという最悪のシナリオさえ頭を過る。それでもサードインパクトは防がなければならない。

 

 胸のロザリオを強く握り締めながら、アタシは15年前の悪夢と同じ光景に祈るしか無かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここは……」

 

 白い光に呑み込まれたあとに広がる光景は、オレンジ色の水の中。

 

 またここに来てしまったのか。

 

 きっと、ここは初号機の中だろう。

 

 使徒のコアを噛み砕いた初号機。それは初号機がS2機関を取り込んだという事だろう。

 

 だとすればしかしなぜ、自分は初号機の中に居るのだろうか。

 

「やっと、ひとつになれる」

 

「シオン?」

 

 その声を聞いて振り向けば、誰かが自分へと抱き着いて来た。

 

「わたしと、ひとつになりましょう?」

 

「シオン、どうしたの」

 

「わたしと、還りましょう」

 

 背中にも誰かが抱き着いて来た。

 

「違う、シオンじゃない…っ」

 

 顔を上げた誰かは、顔つきはシオン──綾波のものでも、その表情には色はなく、それが恐怖を駆り立てる。

 

「独りはイヤ」

 

「寂しいの」

 

「冷たくてイヤ」

 

「だから還ろう」

 

「満たされていたあの頃に」

 

 前後に抱き締められていた身体が、自我境界線を越えて融け始めていく。ATフィールドが、自分のカタチが保てない。

 

 きっと、このふたりは使徒だ。

 

 初号機がコアを取り込んだのならば、初号機の中に使徒が取り込まれても不思議でもない。

 

「シンジなら、全てを受け入れてくれる」

 

 背中からシオンの声が聞こえる。

 

「あ…、あぁ……」

 

「ん…、あぁ……」

 

 背中から、目の前から恍惚とした吐息が漏れる。まるでサードインパクトの時、自らのコアにロンギヌスのコピーを突き刺していた量産機を思い出した。

 

「私も、みんな、シンジとひとつになりたいの」

 

「満たされていたいの」

 

「寂しいのはイヤ」

 

 欠けたココロは何も人間だけの物じゃない。使徒もまた同じモノを抱えている。生命の実を持つ使徒にココロがあるのかと言われたら、カヲル君の様に魂を持つのならココロが生まれていても不思議には思わない。

 

『死ぬのは、イヤ』

 

 死、無になる事。欠けているココロを満たしたいから、還る為に帰ろう。でもアダムは砕けてしまったから、リリスのもとへ還ろう。

 

 使徒のココロがひとつになっていく中で、その想いを言葉にするのならばそう言うことだ。

 

「私を見て」

 

「一緒に還ろう?」

 

「私を感じて」

 

「ひとつになろう?」

 

『私を抱き締めて』

 

 孤独。冷たさ、寂しさが融けていく。

 

「誰もが孤独を抱えて生きている。欠けたココロを埋めるために他人を求めているの」

 

「わたしには代わりが居る」

 

「私にはシンジしか居ない」

 

 レンが、レイが、シオンが、ひとつに融けていく。

 

『一緒に還ろう?』

 

 使徒が手を引いて真っ暗な底へと誘おうとする。

 

「……それでも、俺は、みんなと触れ合える世界に居たいよ」

 

「どうして……」

 

 シオンが、目を見開いて自分を見てくる。

 

「だって。触れ合えない世界はひとつで満たされるとしてもひとりぼっちじゃない?」

 

 誰かと触れ合えるから独りじゃない。そう思えるのはヒトの特権だろう。

 

 融け合っていたココロが、ひとつになっても自己を取り戻す。

 

「こうして触れ合えるから、独りじゃないってわかるんだ」

 

「触れ合うことで生まれる温かさ。それがワタシをワタシに変えたもの」

 

「わたしは、わたしで居て良いの?」

 

「良いんだよ。レイはレイしか居ないんだから」

 

「そう…。嬉しいわ」

 

 レンとレイが肩に寄り添う。

 

「シンジはいつもそう。私の思い通りになってくれない」

 

「それが他人だもの。ヒトは人形じゃない。だから言葉を交わして互いを思いやって互いにして欲しいことや願いを聞いて聞き返す。それはひとつになっても出来ないことなんだ」

 

「だからひとつになってくれないの?」

 

「でも一緒に居ることは出来るよ」

 

 シオンの手に触れると、シオンは指を絡めてくる。決して離さないと強く語るように。

 

『わたしは還りたい。満たされていたい。死にたくない』

 

 そう語る使徒を、抱き締めた。

 

「おいで。一緒に居るから」

 

 使徒の身体が融けてひとつになっていく。

 

「私とはひとつにならないのに、ヒドイ」

 

「シオンとは違うからね」

 

 魂を持ちながらココロが無い。或いは気薄い。自己啓発というよりは本能に近しいもの。きっとアダムの魂であるカヲル君が特別なのかもしれない。

 

 原始に還りたいと願う心を叶えてあげるくらいしか自分には出来ない。しかしそれを許せばヒトは滅びる。ならば自分が代わりにその還る場所になろう。その結果ヒトの輪廻を踏み外そうともヒトの世が続くのならそれで良い。

 

「行きましょう。みんなが待っているわ」

 

「うん」

 

 身体が浮いていく。使徒がひとつに融けた所為だろうか、とてつもなく身体に力が張っていく。

 

 そしてその力は紅い海を割って光の中でヒトのカタチを象っていく。

 

『グオオオオオオオ!!!!』

 

 光輝きながら産声を上げて生まれたのは四本の腕を持つ光の巨人だった。

 

「新しい器。シンジの魂の器」

 

「13号機…」

 

 カタチに意味を持たせたからか、光の巨人はそのヴェールの中から初号機に似た体躯へと変化した。

 

 初号機の特徴である紫色ながらその目は四つ。四本の腕の内二本が胸の前で交差して胸の装甲を形作る。

 

 それをエントリープラグの中で見守る。機体識別もtype-13と示される。隣に座るシオンに目を向けて、頭上で白く輝く初号機を見上げる。

 

「第2覚醒形態に、13号機の創造か。こりゃゼーレが黙っちゃいないかな?」

 

 光が落ち着き、降りてくる初号機が倒れそうになるのを抱える。

 

 覚醒を果たすことでエヴァでさえ創造を可能としてしまう権能は確かに神そのものだろう。

 

 初号機以上に身体に馴染む13号機の感覚。シオンの言を信じるのならば、この13号機は自分自身だ。レンが零号機であり、シオンが初号機であるように。そして自分とひとつになったイスラフェルでもあるだろう。

 

 とんでもない爆弾を新しく抱えてしまった気もするが、それを決めたのは自分であるのだから上手く付き合っていくだけだ。

 

 取り敢えず、こちらにライフルを向けている弐号機に手を上げておくとするかな。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 第七使徒戦後、ゼーレは緊急会議を開いていた。内容は語るべくもなく先の戦闘に関してである。

 

「初号機の完全覚醒。及び新たに現れたEVA13号機か」

 

「13番目の執行者を自ら創造したと言うことか。しかし使徒を材料とするとは」

 

「綾波シンジ。彼女に選ばれし番にして神の児。使徒を取り込み遂にヒトの道を外れた執行者か。これも君の計画の内かね?」

 

 ゼーレの面々が軒を連ねる中、その面々の前に座するのはゲンドウではなくユイであった。

 

「私のではありませんわ。すべては世界の選択。既に我々人間が踏み入る事の出来ない領域で事は進んでいるのです」

 

「我々の悲願は新たな生命への新生にこそある。アダムの仔を取り込み、リリスに選ばれし彼が果たして我々の希望に相応しいモノであるか」

 

「あの子はそれを望まないでしょう。今のあの子はリビドーに満ちています。それを反転させれば皆さんが望む器に相応しいモノになるものと愚考致しますわ」

 

「しかしリリスへの回帰を望む使徒でさえも取り込み自らを再構築してしまう存在が、果たして生を反転させられるものか」

 

「その点に関してはやはり槍を使うのが効果的であるかと」

 

「やはり槍がなければ始まらんか」

 

「では引き続きネルフには使徒殲滅に注力して貰おう」

 

「はい。使徒殲滅は万事お任せください」

 

「とはいえ再び覚醒を起こし、ともすれば望まぬカタチでのサードインパクトは未然に防がなければならん。その為に新たに監視をつける。良いな」

 

 映像が切れ、ユイは肩の力を抜く。

 

「ご苦労だったな。ユイ」

 

 そんなユイに声を掛けたのはゲンドウだった。

 

「ゼーレの事を再確認する為ですもの。これくらいはどうってことないわ」

 

 それでも夫の気遣いは嬉しいものだ。その心の幾分かでも我が子へと向けて欲しかったものでもあるが、夫は自分が思っていた以上に心が繊細なヒトだったことを読みきれなかった自身の不覚だった。

 

「でも、ゼーレのお歴々がシンジを神の児として受け入れている事が意外だったわ」

 

「零号機の覚醒に加えて初号機の覚醒さえ果たし、老人たちのシナリオは滅茶苦茶に引っ掻き回されていたからな。ある意味の諦観というものだろう」

 

「それにしては計画を諦めているようには思えなかったわ。槍を使えるようになれば仕掛けてくると思うわ」

 

「ヤツならばその槍でさえ調伏してしまいかねんがな。或いはそれが狙いか? ユイ」

 

「欲をかくのは身の破滅のもとでも、槍を手に入れればすべてが揃い、ゼーレには手出しが出来なくなるもの。そうなれば恐いものも無くなるわ」

 

「そうか」

 

 改めて美しくも恐いものだと己の妻を評価するゲンドウ。しかし一皮剥けば抜けている所や人としての優しさも持っていることも知っている。

 

 ユイは恐いものは無くなるというが、それでもゲンドウには唯一無くならない物がある。

 

「すべてが終わったらシンジとも向き合いましょう? それまでには覚悟を決めてくださいね」

 

「う、うむ」

 

 自分の息子と向き合うこと。自分が他人から愛されることなど信じられない不器用な男は未だ正面から息子と向き合う覚悟が出来ていなかった。それは1度対面したもう一人の息子に自分を突っぱねられてしまったことも僅かながらに足を引っ張っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分の心臓の音と共に鼓動を響かせるエヴァというものも不思議なモノだった。

 

 13号機(仮称)自体にS2機関はその存在を確認されていない。

 

 サングラス越しに自分の胸元を見る。そこで鼓動を刻むのはヒトの心臓と融合を果たした使徒のコア。ヒトでありながら使徒でもある自分。

 

 公的には使徒は殲滅された事になっているが、使徒を材料にエヴァを創った等という真実を知っているのは、それを理解できる自身の他には綾波三姉妹の他はリツコとその直接の配下である技術一課の極一部だ。

 

 量子的にひとつとなっている13号機(仮称)と自分は心臓を共有して、自分の中にあるS2機関が13号機(仮称)に無限のパワーを与える。

 

 覚醒を果たして次元の狭間から無限のパワーを得ることの出来る初号機。覚醒を果たして自らにS2機関を創造した零号機。そこに13号機(仮称)を加えた事でゼーレが再び何らかの動きを見せるかと思いきやそうではないのが却って不気味であった。

 

「こんなところに居たのね。バカ」

 

 その声の主はアスカだった。その彼女をサングラス越しに見る。

 

 こちらが顔を向けるとバツの悪そうに彼女は顔を背けた。

 

 使徒とひとつになったからか、自分の目はレイやカヲル君の様に紅くなってしまった。はじめからそうであるのならば良いのだが、綾波シンジはそうではなかったので今はサングラスを掛ける事で誤魔化している。カラコンの選択肢もあったが、自分がコンタクトを入れることに落ち着かなかったので、前世でもメガネを掛けていたのもあってサングラスに落ち着いた。

 

「コレ」

 

 そう彼女が差し出したのは今日の分の空の弁当箱だった。

 

 第七使徒戦から一週間。しかし検査やなんだで自分はネルフ本部に缶詰めだった。何故なら自分の身体の動きに合わせて機体が動いてしまうのだ。それを落ち着かせないと移動もままならず、同じように私生活をしていても動かない零号機と初号機、即ちレンとシオンにどうすれば良いのか訊ねて1日を掛けてどうにか身体と機体のシンクロを落ち着けて切り離すことに成功する。

 

 ヒトである自分とエヴァである自分を区切り、身体の一挙一動をヒトで行うのかエヴァで行うのかという事を意識するだけ。無意識に身体を動かすことを意識してやるというのは簡単では無いが、自分とエヴァを区切るというのは簡単な事だった。つまり私生活を送る自分とエヴァに変身でもして戦う自分を思い浮かべて動けば良いというモノだった。

 

 それでも使徒と融合した人間の各種検査は厳しく精密に行わなければならないものだ。時間が掛かっても仕方がない。

 

 ただ代わりにアスカとの約束は反故にする事になってしまった。

 

 怒るだろうかと思いながらお弁当を渡しに行けばバカ呼ばわりされる始末だった。

 

 そこから彼女から自分に対する呼称がバカになったのは喜ぶべきものか。どうなのか。使徒になったヤツの弁当なんか喰えるか!なんて言われなかったのは幸いだったけれども。

 

「また明日も作るよ」

 

「勝手にしなさい」

 

 そう言い残してアスカは去っていく。まぁ、嫌われていても無関心で無いことは良いことだろう。好きの反対は嫌いではなく無関心だと昔から言われているように。

 

「どうしてあんな女に構うの」

 

 アスカと入れ違いでやって来たのはシオンだった。シオンも少し落ち着いた様子になった。

 

「おかえり。そっちはどう?」

 

「別に。あっち(初号機)とそんなに変わらないもの」

 

 今シオンは13号機(仮称)にシングルシンクロをしていた。

 

 13号機(仮称)は見た目が13号機であるだけで装甲から内部組織まで使徒由来のモノだ。装甲は体組織が硬化したもの、つまり人間からすれば爪とかそんなモノだ。中身も機械的な部分は皆無である。故にヒトがアクセス出来るように機械を埋め込む手術を経て、機械的にデータを拾い上げる為にシオンがシンクロしていたというわけだ。

 

 そのワケはシングルエントリーでも動くかどうかの確認だ。13号機(仮称)は自分の魂の器であるので遠隔でのシンクロやコントロールは可能だ。それでも有事を想定しておいて自分以外が動かせるかどうかを確認する損はない。

 

 随分と人間離れしてしまった気もするが、それでもヒトとしての機能が残っているのは幸いだった。でも意識すれば幼子の様に自分の中で眠る存在を知覚出来るのも果たして不思議な感覚でもあった。コレだけ胸の内から沸き上がる熱を感じていて眠っていられるのはまるで胎内に居る赤ん坊の様だと思った。

 

 ヒトならざるモノへとなった事への不安が無いと言えば嘘だが。それでも自分が選んだ結果であるのだから受け入れる覚悟はある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 使徒を取り込んでひとつになった綾波シンジ。

 

 バケモノになったと思いきや相変わらずのヘラヘラ顔にムカついただけだった。そして手渡された弁当箱にコイツは底抜けのバカなんじゃないかと確信した。

 

 だからバカと呼んでやることにした。

 

 分裂した使徒と一対一で戦って抑え込んでいた初号機。対する自分は一瞬の隙を突かれてノックアウト。その後は2対1でも初号機は立ち回ってみせた。

 

 何も出来なかった悔しさが込み上げるだけだった。

 

 だから顔なんて見たくない。それは自分が失敗して無様を晒した結果を突き付けられるモノだから。

 

 なのにひょっこり現れたあのバカは学校でいきなり何事もなく弁当箱を渡してきた。もう肩肘張った自分がバカに思えて八つ当たりでバカと呼ぶことにした。それでもヘラヘラ変わらず明日も作る等と言い出すのだから本当にムカつくヤツだ。

 

 でもたった1度のお弁当なのに、その間の一週間の昼が味気なかったと感じる自分が腹立たしい。これじゃまるであのバカのお弁当を楽しみにしているみたいじゃないか。

 

 大嫌いなヤツの手料理を楽しみにする理由なんてないハズなのに。

 

 その理由がわからなくて悶々としながら、でも味付けは変わっていないことにどこかホッとしたのも事実だった。ヘラヘラしているのも相変わらずで、それはバケモノにはなっていない証しの様に思えたから。

 

「フン。なんなのよまったく」

 

 もしバケモノに変わっていたのならどうするのか。

 

 その時は私が殺してやる。

 

 誰にも殺させてなんかやらない。私を煩わせたあのバカを殺すのは私だ。

 

 だから私に殺されないように精々ヘラヘラしていれば良いんだ。それで私の好みがわからなくて味の決まらないバラバラな弁当を作っていれば良いんだ。

 

 私の事を考えて頭を悩ませていればいいんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「まったく。あなたは一月に一度何か問題を起こさないと気の済まない質なのかしら?」

 

「いやホントすみませんとしか言えません、ハイ」

 

 そんな小言を言わずにはいられない程に目の前の少年は事あるごとにトラブルを起こす。それが勿論わざとでは無いことをわかってはいても心配する身としてはそれくらいは許されるだろう。

 

「取り敢えず纏まった検査結果だけど、聞きたい?」

 

「言いたくて仕方がないって顔してますよ」

 

「察しの良い子は好きよ」

 

 遠回しにでしか自分の感情を伝えられない自分を面倒な女だと思いながらも、リツコは分厚い書類の束を持ち出して目の前の少年へと渡した。

 

「精密検査の結果、100%黒。あなたの固有波形を登録しているから大丈夫だけれど、そうでなければ本部内に使徒が居るという結果になるくらいにはあなたはヒトからかけ離れてしまったわ」

 

「まぁ、覚悟はしてました」

 

「それと簡易検査の段階でわかっていた事だけれど、あなたの心臓と使徒のコアが一体化しているのは見てわかる通りね」

 

 リツコが指し示すのは胸部を写したレントゲン写真。心臓のすぐ横に位置する白い球体が映っていた。

 

「そのコアを通して量子的にあのエヴァがあなたと繋がっているわ。そしてS2機関によってあのエヴァは無限に稼働するということは良いわね?」

 

「はい」

 

「あなたが人間性を失わなければ大丈夫でしょうけど、もしそうなった時あのエヴァは使徒と同義の存在になることは理解して」

 

「わかっています。そもそもエヴァからして使徒のコピーなんですからその危険性は承知しています」

 

「なら良いわ。とはいえ、あなたが取り込んだ使徒がいつ牙を剥くとも限らないから異変を感じたらすぐに教えてちょうだい」

 

「わかりました」

 

「それで。あのエヴァは戦力として使っても良いのかしら?」

 

 シンジの隣。共に話を聞いていたミサトが口を開いた。

 

「その点は問題ないわね。あのエヴァは事実上シンジ君のもうひとつの身体の様なものだもの。コントロールの優先権もシンジ君にあるわ」

 

「それを聞けて一先ずは安心、と言いたいけれど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

「エヴァからして使徒のコピーなのよ? 今更の心配事でしかないわ」

 

「そりゃぁ、そうかもしれないけど」

 

 どうにも煮え切らないと言わんばかりのミサト。しかしそれも無理はない。15年前の悪夢が目の前で再び起ころうとして生まれたエヴァ。その材料が使徒であると言われたら万が一にはシンジごと殲滅しなければならないと考えるだけでも厭なものなのだから。

 

「大丈夫ですよ。使徒も死にたくないんですから、自分から殺されに行く様な事はしませんよ」

 

「使徒が死にたくないってのも今一ピンと来ないのよねぇ。ならどうして襲ってくるのか、サードインパクトを起こすのかさえもね」

 

 その理由を語るのは簡単だが、そうするとサードインパクトどころかセカンドインパクトの真相の一端にも触れなければならなくなる。果たしてミサトに語っても良いものかとシンジは思案するが、必要ならばリツコが言うだろうと勝手に喋る事はしなかった。

 

「そこは使徒に直接訊くしかないでしょうけど、シンジ君も使徒が死にたくないという事しかわからなかったのなら、それ以上の情報がないのは仕方がないわ」

 

 そんなリツコの助け船で使徒の目的に関しての話題は区切られる事になる。

 

「それよりも問題は初号機のリタイアね」

 

「彼女は何て?」

 

「あれはユイさんが居たからもう使いたくないって言ってましたね」

 

 ミサトさんが切り出したのは初号機の現状だ。13号機(仮称)は自分の器でもあると同時に新たなシオンの器という側面も持っていた。だからシオンもああして落ち着いたというわけだ。

 

 しかしそうなると魂の脱け殻となった初号機は動かすことは叶わないということだ。

 

 勿論魂の役目をシオンやレンが果たせばシンクロ出来るが、そうでなければ動かない置き物になってしまったことは確かだ。

 

 思わぬところで新しく増えたエヴァと合わせて4機の戦力を運用できると思っていたミサトには寝耳に水であった。

 

「世の中そう上手く事は運ばないって事よ。そうだとしてもパイロットはどうする気?」

 

「どうって、そりゃあ」

 

「あの子を使うって言ったら僕でも怒りますよ?」

 

「いやでもねシンちゃん。エヴァのパイロットはそう見つからないし」

 

「戦わせる為に彼のケアをしてるワケじゃないですからね。戦力が必要なら、その分僕が戦うだけですから」

 

「それでも必要なら使わないとならないのよ。生き残るためには手段を選んでられないの」

 

 たとえ嫌われても指揮官として碇シンジを使う。ミサトの言葉には暗にそれを示唆していた。

 

 シンジ自身もミサトの立場で言えば仕方の無いことだと理解できる。出来るからこそ、その札を切らせないようにするのも自分次第だということだ。

 

「勝手に話を進め過ぎよ。そもそも今の初号機はパイロットだけでは動かないのだから議論するだけ無駄よ」

 

「そうは言うけど、何か動かす為の見当くらいはあるんでしょ?」

 

「いくつかは、ね」

 

「まぁ、あまりオススメ出来ないところから推測程度の手段はありますよね」

 

 歯切れの悪いリツコと、それに続くシンジが考えるのは再びユイに初号機のコアの代わりをして貰うか、最悪ダミープラントからレイのスペアを初号機の中に入れてシンクロさせると言う方法まで思いついている。前者は彼女の目的からすれば再びエヴァとひとつになることも厭わなそうであるが、後者は倫理的にどうなのかと問われそうでもある。

 

「リツコはともかくな~んでシンちゃんまでそんなこと思いつくのよ?」

 

「それも不思議ではないわよ? 彼、エヴァの本質に関してはわたしよりも知っている側だもの」

 

「感覚的な事ですけどね。科学的な面ではまだまだリツコさんの足元にも及びませんよ」

 

「はいはい。おあつうございますこと」

 

 互いに通じ合う雰囲気に敢えて誤魔化されることに乗って、ミサトはこの話題には深く切り込まないことにする。こうして二人が意見を同じくする時は何らかの隠し事をしている時だとミサトも感じる様になった。それが自分には知られたくないというよりは、知ることで不都合が生じる事への予防柵であることも薄々とだが察していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「というわけで、ドイツ支部からやって来たエヴァ5号機の専属パイロット」

 

「真希波マリでっす! よろしくにゃん♪」

 

 ミサトさんに続いてそう名を名乗りながら何故か胸を張るマリ。

 

 いやマジかよ。聞いてねぇぞ。旧劇だろこの世界!

 

 マリの登場に内心頭を抱える。

 

「わっ!? な、なに?」

 

 ズイッと顔を寄せてくるマリに身体を引いて訪ねる。

 

 そんなマリはニマニマした意味ありげな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ふ~ん。君がウワサのパイロットくんねぇ。なるほどなるほど。結構イイ匂いがする。よろしくネ♪」

 

 そう言ってウィンクをする彼女。ただドイツ支部からやって来たことと、エヴァ5号機の資料には簡易式ロンギヌスの槍が装備されている事を鑑みてゼーレの息が掛かっていそうだとは想像に難しくはない。

 

 カヲル君はまだある意味で行動やら思惑は想像し易い。ただ謎が多いマリに関しては何をしてくるのか予想できない。

 

「よ、よろしく…。アダっ!?」

 

「フン。なにデレデレしてンのよバカ」

 

 別にデレデレはしていないのだが、アスカに脛を蹴られた。弁慶の泣き所は地味に痛い。

 

「おやおや? 姫はゴキゲン斜めって感じかにゃ?」

 

「うるさい。あと姫言うな」

 

「やにゃにゃ。そこは馴染みなんだから仲良くしようぜ~」

 

「暑苦しいひっつくなっ」

 

 どうやらアスカとマリは顔馴染みらしい。ドイツ支部から来たエヴァパイロットなら接点があっても不思議じゃないだろう。

 

 ともあれ、怒涛に流れていく日々はまた一層騒がしくなりそうであった。

 

 

 

 

つづく。 



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シンジ(綾波)とマリ

長らくお待たせの原因ですが、シン・エヴァ見てから書こうかなって思ってたらこんな事になりましてごめんなさいです。そして結局見れてない。21日までに間に合うかは不明。


 

 13号機に関して一先ずは戦力として使用することに落ち着いた。

 

 とはいえ、純度100%使徒を用いて創られた機体。制御系等の大雑把な部分、シンジがエヴァに対して持ち合わせていた知識から13号機はエヴァとして振る舞っていたが、その知識が及ばない部分は当然として存在する。それらの部分は生物的な生身だった。

 

 故に人間が機械的に制御出来る様にするための大改修が完了までの間、13号機の出撃は不可。

 

 それ以前に13号機を戦力として使用することをゼーレが許すかどうかという件もある。

 

 しかし伍号機を監視要員として送って来た以外の具体的な措置はない。現状、13号機に凍結処分や廃棄処分が降らない事の方に違和感を感じてしまう。

 

 残念ながらゼーレが何を考えているのかという思惑を突き止める手段は自身には無く、また立場的にもゼーレの事を知る機会が無いために、自分の方からゼーレに関しての話題を振るという事も出来ない。識っている事は多いが、立場上は一端のパイロットでしかないのだから。

 

 ゼーレに関しては今はまだ後回しにする他無い。それでも、MAGIを使って可能な限りの情報を集めている。それによれば幾人かの人類補完計画委員会のメンバーが行方知れずとなった案件があったらしい。

 

 そんな事件が起きていたことなど露知らず、そんなことが起こる予定も無かったはずだ。

 

 だが、委員会のメンバーが多少減ったところで、ゼーレのメンバーをどうにかしなければサードインパクトは止められない。

 

 使徒やエヴァシリーズが相手であれば戦えても、戦略自衛隊等のヒトの戦力相手となれば守りきれない可能性もある。最悪の場合、突入してきた戦自の隊員だけを選別してアンチ・ATフィールドをぶつけてLCLに還元してやるというヒトの戦い方ではない方法すら思い付いている辺り、もう自分は人間とは言い難いのかもしれない。

 

 話が逸れた。

 

 ともかく、対戦自対策、さらにはイロウルやゼルエル等といった数体の使徒は実際にネルフ本部に侵入し、その喉元に刃を突き立てる手前まで行った。

 

 イロウルに関してはリツコさんが居れば大丈夫だとしても、ゼルエルに関しては一歩間違えればミサトさんたち第一発令所のみんなが蒸発していてもおかしくはなかったのだ。

 

 それを思えばこそ、自分が居なくともみんなの安全を守れる、戦自や使徒が相手でも平気な完全に独立した安全地帯の確立も必要となる。

 

「君の資料は読ませて貰ったが、これは無茶にも程があるぞ」

 

 そう溢したのは冬月先生だった。

 

 今、冬月先生の執務室でお茶を頂きながらとある資料を読んで貰っていたのだ。

 

「使徒の複製であるエヴァ。そしてそれを操るパイロット。特異的な個人に依存する制御不安定なモノよりも、代替可能な凡人による安定した統合制御機構。良く解らないバケモノよりも大衆受けが良いのは確かだと思いますけど?」

 

「私は君が時折恐ろしく感じるよ。今さら思想の話を持ち出したところで人類に残されている手段は少ないのだから気にする必要も無かろうに」

 

「そうは言えども、そうも言えないのが群体として存在するヒトの弱さであり強さであるとも思っています。束になった人間相手に僕は敵いませんからね」

 

「そうとも見えんがね。故にノアの方舟を創るというのかな?」

 

「そうとも言えるかもしれません。結局のところ身内が良ければそれで良いなんて考えている器量の狭い人間ですから僕は」

 

「やはり君はあの碇の息子だよ」

 

 とはいえ冬月先生から失望の色は見受けられない。向けられる眼差しの暖かさがその証左だ。

 

「ヒトを超えたキミが我々に心を砕く意味が果たしてあるのかな?」

 

「人肌が恋しくてひとつになることを拒んだ俗物が、果たしてヒトを超えた存在と言えるでしょうか?」

 

「罪に塗れようともヒトの存在する世界をキミは望むか」

 

「故の全てですので」

 

 冬月先生の言う通り、自分が目指す道は他人の存在する世界だ。

 

 他人の垣根を取り払い、ひとつの生命として新生する人類補完計画。

 

 すべての生命がひとつになることで、そこから再び(いず)る生命が真の罪の無い在るべき存在であるとしても、そんなことは知ったこっちゃないのが今を生きる人間──生命の言い分だろう。

 

 中にはこんな世の中で生きていたくないという考えからゼーレに同調する人間だっているだろう。どうしようもなく死にたいとか居なくなりたいとか思っている人間だって大勢居るし、居て当然として、そんな考えが駄目だとか言えないし否定する気もない。自分自身前世はそんな人間であった。そして現実から逃げ出した。結果として今があるのは単なる幸運か神の悪戯か何かでしかないだろう。

 

 冬月先生はノアの方舟と言ったが、自分から言わせればカルネアデスの舟板だ。

 

 生きるためなら他者を犠牲にする。生きていて欲しい人たちの為なら、他の顔も知らない誰かの生命なんて頓着しない。そんな俗物的な思考を巡らせている時点で、自分はヒトを超えた存在なのではない、単に使徒の力を持ったヒトのカタチをしているバケモノだ。

 

「多少の被害があるとはいえ、キミが順当に最小限の被害でこれまでの使徒迎撃戦を遂行してくれた為に、第3新東京市関連の補修予算に余裕がある。捻出出来る人員や物資に限りはあるが、対使徒迎撃用新兵器開発計画としてこのプロジェクトを始動させる事は可能だ。しかしこれは明確な反逆行為にも等しい。キミにその責任を取る覚悟はあるか?」

 

「もとより覚悟の上です。委員会、そしてゼーレ。人類補完計画の末に訪れる世界を僕たちは否定する存在ですので」

 

「…人類の祖たるリリスに否定されるとは。老人たちも苦労を重ねそうだな」

 

 切った札に対し、冬月先生は老人たちの苦労を思い浮かべたのか一笑して此方を真っ直ぐ見つめて来た。

 

「よかろう。バックアップは全面的に任せたまえ。キミはキミの思う路を進むと良い」

 

「ありがとうございます。冬月先生」

 

 冬月先生に深々と頭を下げて礼とする。今出来ることはそれだけだが、あとは懸けられた期待を裏切らないように邁進するだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 いつもの朝の気軽い語らいではなく、膝を詰めた執務室での重苦しい対話は様々な事柄に対する彼の宣戦布告であった。

 

 委員会、ゼーレ、人類補完計画──。

 

 今さら彼が何を何処まで知っているか等という野暮な事は訊ねる必要もないだろう。

 

 ユイ君をサルベージした時から全てを知ったとしてもおかしくはない。あるいは赤木君から聞き出したという線もあるが、詮無きことだ。

 

 リリスの分身たる零号機と初号機の魂、そしてリリスの本来の魂たるレイ。

 

 彼女らを絆したからこそリリスの代弁者、いや、執行者となった彼の言葉は偽り無いリリスの言葉そのものと言っても過言ではない。

 

 三者三様はまるでMAGIを彷彿とさせるが、その三者からNoを突きつけられた時点で人類の母は人類補完計画を望まないという決定に他ならない。

 

 そんなリリスの代弁者である彼から提示された計画。

 

 全長2キロにも及ぶ巨大戦艦の建造。

 

 戦艦とはいうが、EVA関連の技術も惜しみ無く注ぎ込む半ば生きた舟といっても差し支えの無いシロモノだった。

 

 戦闘艦でありながら艦内プラントでの自給自足まで想定している方舟を必要とする程の何かが起きる警告なのか、それこそサードインパクトを脱して生きる者の居なくなった地球で一握りの人間を生かす為の術とも取れるこの舟の存在はリリスの欲する新たな黒き月とでも言うのだろうか。

 

 いずれにせよ、通せなくはない計画だ。ゼーレに対する明確な反逆行為であるのだから、ゼーレの息の掛かっていない人間を見繕って来るのは骨が折れる作業になるだろうが、その辺りの悪知恵を働かせるのは此方の役目だ。

 

「とはいえ、悪くはない仕事になりそうだ」

 

 ある意味人類に負い目のあった以前とは違う。都合の良い話だが、老人の自己満足の為に世界を犠牲にしようとしていた時よりも身も心も軽く感じる毎日の仕事に遣り甲斐を抱けるようにもなった。

 

「ヴンダー……『奇跡』とは粋な名前を付けるものだ。あるいはこの窮した人類に対する皮肉かな?」

 

 巨大な翼を持ち、三胴の船体に艦尾は謎の構造物で生物の尻尾の様にも見えるものが伸びている異形の舟。おおよそヒトの人智で造られている船とは掛け離れたその姿。まさしく神の方舟か。今の人類を救う奇跡の船となるか。

 

 それを決めるのはこの艦を委ねられた人類の行動次第か。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 冬月先生と真面目な話をしたのは13号機の件が関係している。

 

 13号機の所為か、伍号機とマリの存在から旧劇の世界線だと思っていたこの世界に新劇の因果が含まれているのではないかという疑問が表層化したからだ。

 

 ラミエルの変形も新劇のソレだったが、しかしガギエルやイスラフェルといった新劇では登場しなかった使徒も引き続き登場しているのだからベースとしては旧劇のままの推移を見せているのだろう。

 

 このまま旧劇のままなら対処が楽だが、そうも言っていられそうにない可能性があるのなら、それに向けて動き出す準備は当然として必要だった。

 

「えいっ」

 

「わっ」

 

 使徒と融合してしまったから当然として今もまだ本部に缶詰めの自分は13号機やらその他諸々のデータ処理の為に個人デスクを手配して貰った。

 

 そんで痛感したのがミサトさんのあのデスクの散らかり様も理解できようと言うものだった。単純に捌く量がバカにならない。なのにデスクがキレイなリツコさんマジスゴい。尊敬しますわ。

 

 そんな机の主になった自分の背中から抱き着いてきたのはシオン──ではない。

 

「こんなかわいい子放ったらかして、どーこに行ってたんよ~?」

 

「何処って。冬月先生のところ」

 

「んにゃ? 冬月先生の? またなんでよ?」

 

 カヲル君もそうだけれど、マリもゼーレの側の仕えだって自覚があるのだろうか?

 

 こうも無防備で良く監視役なんて任命されたと逆に心配になってしまう。

 

「やりたいことが出来たから許可貰いに行ったの」

 

「ふ~ん。そのやりたいコトってさ、お姉さんにも教えてくれるかにゃ~?」

 

 背中にそりゃ立派な胸をムニムニ押し付けるというか擦り付けながら耳許で甘く囁かれる破壊力たるや、前世の自分ならホイホイとケモノになって腰振るサルになってただろう。いや実際問題まーやの囁き甘ったれ声を耳許で聞くなんて普通理性飛ぶだろう。

 

 ただそんなんでいちいちオオカミになってたら綾波シスターズとの私生活なんて送れないよ。

 

 シオンはわざと、レイは天然で素っ裸でいたりするし。

 

 2人に関してはまだ保護欲が勝っているけれども、やっぱり悶々する。だって言ってしまえば思春期の恋人が生で目の前に居るんだから仕方がない。これで反応しない男は男が終わってるわ。

 

 話が逸れた。つまり悶々しながらも耐えられる自制心は人知れず鍛えられていたわけである。

 

 だから何かとスキンシップと称して抱き着いてくるマリにもなんとか普通ではいられる。いられるけどやっぱり辛い。ケモノになりたい。

 

「それはダ~メ。教えられないよ」

 

 とか言ってる時点でゼーレに不都合な事をしているという答えになってしまっている。

 

「なんでよ~、教えてくれても良いだろぉ。教えてくれたらぁ、お姉さんがイイコトしてあげちゃうぞ♪」

 

 そう言いながら胸元をさわさわと弄ってくるマリの攻勢。

 

「ダメです~。教えませんー」

 

 まるで友達感覚でじゃれてる様な砕けた言葉を使うのは、この方がマリのウケが良いからだった。ある意味で一番飾らない言葉使いをしてる。

 

 そうした意味ではマリの距離感が身の回りの人間の中では絶妙に心地好かったりする。

 

「…しょうがないなぁ。せっかくお姉さんノる気だったのにざんね~ん…」

 

「僕にも譲れないものあるからね」

 

 そんな見え見えの誘惑に乗る程バカでもない。ワザとらしいのは何故なのかは解らないけれど、マリからは悪意が感じられないからそれが本心なのか或いは此方を騙す為の演技なのか判断がつかない。

 

 掴み所の無さで言えばカヲル君よりも難易度が高い。

 

「それで? 綾波クンはいったい何を企んでいるのかニャー?」

 

 目を細めた流し目で脇から顔を出して此方を覗き込むマリに、そこに感じるのは色気や甘さは一切無く、獲物を前にした様な鋭さだった。

 

「それはゼーレの監視役としての質問? それとも冬月先生の同門としての質問?」

 

 それを告げると、マリは一瞬目を見開いた。直ぐにまた流し目に戻ったけれども、今度は此方を絶対に逃がさないという凄味が追加されていた。

 

「いったいなんのコトかさっぱり」

 

「…母さんと同じ学部だったんでしょ?」

 

「……キミ、いったいナニモノ?」

 

 ある意味で核心を突く言葉を発すれば、マリから溢れたのは殺気にも近い威圧感だった。

 

「母さんをサルベージするときに、チョッチね」

 

 そう言いながら人指し指で自分の頭をコツコツ叩く。

 

 もちろんそれはウソっぱち。原作知識を誤魔化すブラフだ。ただ今のマリの反応で少なからずマリは、貞本エヴァの最終巻でユイさんと同じ学部だったマリの可能性が大になった。

 

「だから僕はマリのコト、敵だって思いたくないな」

 

「それはあの人の息子として? それとも冬月先生の教え子同士として?」

 

 此方が放った質問と同じ様に質問を返すマリの言葉に、これが一先ずの分水嶺だと感じ取る。この答え如何で、マリが自分に対するスタンスが決まる。

 

「僕個人として。マリとは仲良くなれたら良いなって思うから」

 

 弄っていた名残で胸元にあった彼女の手に自分の手を重ねる。それは無意識であって無意識でないような、曖昧だけれども確かな感覚として彼女の手を取っていたのは、レンとのやり取りのクセでもあったのだろう。

 

「も~。お姉さん口説いてキミはどうするつもりぃ?」

 

 ただ次に出た言葉は真面目な空気を木っ端微塵にするマリの軽い声だった。

 

「てかなに? めっちゃ背中ムズムズするぅ。綾波クンそれワザと? それとも天然? いやコワいわ~。お姉さん危うくコロっとイっちまうトコロだったわぁ」

 

 ひょうきんさを前面に押し出して誤魔化された気もしなくもない。

 

 ただ此処で返事を訊くようなのは選択肢として多分バツだ。なら結果として何が分かったのかと言われたら、何も判っていないとしか言いようがないものの、致命的な敵対関係にはならなかったとしか言えなかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「やっば。むっちゃ胸がドキドキする……」

 

 見た目はかわいい子なのに垣間見せたあの表情は不安気だけれども、真っ直ぐで眩しいくらいのオトコのコだった。

 

 まだ握られた手にあのコの熱が残っている。

 

 普通敵のスパイだって分かっててコッチを口説き落とそうとして来ようとするなんて思わなかった。

 

 そりゃ先に仕掛けたのはコッチだけどさ。

 

 綾波シンジ──。

 

 フォースチルドレンとして登録された綾波レイの兄。

 

 でも、綾波シンジが元々は碇シンジであったのは本部上層部の公然の秘密みたいなもので、それは委員会やゼーレも承知の上。

 

 だけれども、思っていた以上に彼は手強くて、それでいて無防備。アレは私を敵じゃないと思ってないと出来ない態度だった。もし私の事を敵だとして距離感を置かれていたらもっと露骨なアプローチとかしてたけれど、すんなり懐に入れ過ぎて逆に心配になったくらい。オトモダチ感覚に近い距離感はある意味ちょっと新鮮だった。というか、私の事色々知ってたクチからしてもう取り繕うもクソもないだろうけど。

 

 やっぱりあの人の子ってことなんだろう。

 

 バカじゃないけど、バカ。そんでもって何処か抜けてるところもあるのもそっくりだ。

 

 でも愛情の深さとか重さは多分ゲンドウ君に似てる。

 

「ユイ先輩に頭下げたら貰えたりするかな?」

 

 見てないと危なっかしいというか、優しすぎて簡単に騙されちゃいそうなところとか。笑った感じとか。優しい手つきとか。弱々しいところとか、ムリしてるのにそれを隠してるのもかわいい子。

 

 なのに芯はちゃんと男の子ってところが反則じゃないかなぁ。

 

 抱き締めるといい匂いなのも良い。悶々してるのにそれを隠して我慢してるところもホントかわいい。

 

「ダメだ。なんかおかしい、落ち着け落ち着け」

 

 変な方向に逸れる思考を戻そうと手で払う。けれども正面からあんな風に言われたらやっぱり胸キュンくらいはする。だってかわいいんだもん。

 

「若いって、恐ろしいわ」

 

 いやまだ私も現役だけどもさ! 年齢差倍だとさすがに若さが眩しく感じるわけよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 学校のある綾波シスターズが帰ってくるまでは基本的に暇を持て余す。教育実習生という立場もあるが、ゼーレが監視役としてマリと簡易式ロンギヌスの槍を装備した伍号機を寄越した以上しばらくは無害な人間を演出するために自主的な本部缶詰め生活を送ることにした。

 

 それでもデスクに齧り付くだけでなく、気分転換にジオフロント内を散歩するくらいはする。なんとないジオフロントの中にしたって自分からすれば第3新東京市は上から下まで全部が聖地巡礼天国なのだから暇潰しには事欠かない。

 

「あら?」

 

「んにゃ?」

 

「おや。どうしたんだいお二人さん? もしかしてデートの最中だったかな?」

 

 監視役のマリを伴った散歩の最中に出会ったのは加持さんだった。よれたYシャツに首にはタオルを巻いて鍬を担いでいた。あと軍手もしてる。

 

「加持さんこそ。これから畑仕事でもしますって格好ですね」

 

 とはいえシャツとスラックスのままなのは他に服を持っていないのだろうか。着替えるのがめんどくさい、というようなガサツな人のイメージではないし。

 

 畑仕事をするのには向かない格好の上からそうした道具で武装をしてるのはなんとも言えないちぐはぐさがある。いやただ単にそんな格好でも出来る作業だという可能性もある。だったら鍬担いでくるか?

 

「ああ。まさしくその通りなんだが。どうだい? デスクワークばっかりだと身体が鈍るだろう。もちろん給料は出させて貰うよ」

 

 そう言って鍬を差し示す加持さん。

 

「ええ。僕は構いませんよ。マリはどうする?」

 

「ん? まぁ、軽めの事なら手伝ってあげなくもなかったりちゃうかにゃ?」

 

「おっけー、お二人様ご案内だな」

 

 自分としてもガギエル戦以来の加持さんとゆっくりとした場での触れあいの機会を不意にする理由はない。

 

 畑を作る範囲はあらかじめ決まっていた。

 

 雑草を引き抜いて、鍬を使って土を耕して。とはいえ1日ではとても終わらない作業だ。

 

 三足わらじで忙しいはずなのに畑の世話までするなんてマメというかなんというか。

 

 マリには道具を運んで貰ったりしたけれど、殆どの作業は自分と加持さんでやっていた。

 

「中々道具の扱いが上手いな。こっちの経験があったのかい?」

 

「少し手伝った事があるだけですよ。殆ど見様見真似です」

 

 畑仕事は前世で親戚が農家であったから手伝いでやったことがある程度だ。それでも身体が使徒となっていなかったら腰が辛かったかもしれない。

 

 一息吐いて背筋を伸ばせば背骨がポキポキと音を立てた。構成素材が使徒のものとなっても身体に負荷が掛かるのは当然の事だ。まだ一応はヒトであるという言い訳の様な実感が沸く。

 

「葛城とは最近どうなんだい?」

 

「どうもしませんよ。仕事の付き合い以上にはあまり踏み込んでませんし」

 

 そう。自分はリツコさんと親しくはなった代わりに、ミサトさんとはパイロットとその指揮官以上の関係には踏み込めていない。リツコさんという共通の知人を通して軽くじゃれたりする程度の、気安いけれど必要以上には干渉していない。そんな間柄だった。

 

「だが嫌いとかでもないんだろう?」

 

「好感は持てますよ。実際話していて楽しい人ですし」

 

 自分としては嫌っていない。トウジやケンスケじゃないけれど、身近に居たら楽しそうだなぁという憧れの歳上の女の人という感覚を嘗ては抱いてすらいた人だ。故に旧劇でシンジ君を送り出して死んでしまったのを見た時は、戦自突入シーンの恐怖を飛び越えて悲しさの涙を流した程だった。エヴァ好きの自分にとって、葛城ミサトという人の死は悲しみを抱くくらいには好きなキャラクターだったのだろう。だからというわけではないが、ミサトさんの事を好感を持つ人だと返した。

 

「そうか。なら少しは安心だよ」

 

「どういう意味です?」

 

「いやなに。葛城が嫌われていたらいざという時頼れそうな相手が居るかどうかの問題ってだけの事さ」

 

 なんか畑仕事をしているからか、似たようなことを加持さんはシンジ君にも話していたなと思い出した。

 

「それこそ加持さんが守ってあげれば良いじゃないですか」

 

「俺は駄目だ。もう葛城とは終わってる仲だからな」

 

「そうとも限らないと思いますけど?」

 

 ミサトさんが加持さんと別れたのは、ミサトさんが加持さんに父親を重ねてしまいそうだったからだ。

 

 そして加持さんも、弟や仲間の命を犠牲にして生き残った自分がぬるま湯に浸かり続けて良いのかと思ってしまったからだ。

 

 ただミサトさんも今もまだ加持さんの事は好きで、それは加持さんも同じだ。切っ掛けさえあれば依りは戻せるだろうし、自分個人としても、昔憧れた理想の大人の男だった加持さんには死んで欲しくない。

 

 加持さんはセカンドインパクトの真相を追って三足わらじを履いている。

 

 加持さんを救いたいのなら、セカンドインパクトの真相を話せば万事解決──となれば良いのだけれども。

 

 それを自分の口から伝えるのは簡単だ。なにしろ原作知識をそのまま暴露してしまえば良いのだ。バックボーンとして自分は碇ユイと碇ゲンドウの息子であるのだからゼーレに関する秘密も知る立場であると言うことも出来る。ただ、自分よりもその事に関して適材な人が居るには居る。いやはや、頼みごとをしたばかりなのにまた頭を下げに行く必要がありそうだ。

 

 こんなに立て続けに色々と頼んでしまうとキリが無いし、気後れというか申し訳なさで引け腰になってしまうのだがそれ程色々と多方面に便利な立ち位置に居るのは間違いないんだよなぁ冬月先生。

 

 或いはリツコさんに協力を仰いでみるか。リツコさんなら友人の加持さんを憂いて力を貸してくれるだろうし。

 

「どうかしたかい? シンジ君」

 

「あ、いえ」

 

 少し考え込みすぎて手が止まっていた。

 

「加持さん。今度デートでもしませんか?」

 

「まさかキミの方からお声掛けを貰えるなんてね。ただ、彼女の居る前で別の人間を口説くのは感心しないな」

 

「駄目ですかね?」

 

「あまりオススメはしないね。キミの周りの子は聞き分けが良いと言っても」

 

 遠回しに断られてしまった。それもそうだろう。忙しい加持さんがわざわざ自分の為に時間を割くメリットが無い。

 

「そうですか。15年前の南極が蒸発する前はどうだったのとか少し話したかったんですけど」

 

 だからメリットを示せば良い。伸るか反るかはこの言葉を受け取った加持さん次第だ。

 

「そうだな。実感は湧かないかもしれないが、昔の日本は常夏じゃなかった。春夏秋冬、四季というものがあったのさ。今度またゆっくりと話そうじゃないか」

 

「ええ。是非とも」

 

 手応えはあったと思う。遠回しな言葉で伝わるか否かの心配はなかった。そこは諜報部所属の加持さんが言葉の裏を読めないわけがないという信頼があったからだ。

 

 自分が15年前と南極というわざわざその表現を使ったことで加持さんの第一声は硬かった。つまり真意は伝わっている。その為に加持さんから探るような眼差しを受け止めながら止まっていた手を動かす。ところでマリが脇から覗き込んで来た。

 

「お姉さんハブって秘密の会話とか、いやーんなまいっちんぐマチ子先生なんだけどぉ」

 

「それ今の子に通じないと思うよ」

 

「ウッソだぁ。綾波クンには通じてるじゃん?」

 

「そこはホラ、母さんの記憶持ってるから」

 

 と誤魔化す。マリと自分ではマリの方が一回り歳上だから通じるネタは通じるとはいえ全部が全部ツーカーなわけじゃない。

 

「それとだシンジ君。アソビと本命の線引きはちゃんとしておいた方が良いぞ?」

 

「遊んでるつもりはないんですけどね」

 

 遊んでいるつもりはないのは本当の事だ。ただそれがタチの悪い事だっていう自覚があるのも本当の事だ。他人を好きになった事の経験が浅はかすぎる己の未熟さを呪うばかりである。

 

「そうかにゃー? お姉さんと熱烈なハグとかしてるのにぃ?」

 

「ハグって言っても一方的じゃない」

 

 まだ一方的だから悶々するだけで済んでいると思う。友達みたいな感覚で接しているからマシなのかもしれない。でなかったらもうどぎまぎして大変だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フォースチルドレン、綾波シンジ。

 

 エヴァンゲリオン初号機専属パイロットながら零号機にも搭乗し、エヴァンゲリオンという兵器の枠組みを超えた超常的戦闘能力で三体の使徒を撃破。

 

 先の第七使徒戦において初号機を覚醒させ、使徒を材料として未知のエヴァンゲリオンを創造するに至る正しく神の児。

 

 そんな彼から齎された、興味を釘付けにされるのには充分過ぎる言葉。

 

 15年前、そして南極という言葉。

 

 脈略もなく突然と唐突に呟かれた単語は明らかにセカンドインパクトを意識させるものだった。

 

 わざとなのか、それとも腹の探り合いに慣れていないのか。おそらくは後者だ。彼からは裏の人間のニオイがしない。だが、その単語を発してセカンドインパクトのことを意識させた目的はなんなのか。

 

 まさか知っているとでも? それこそまさかだ。

 

 だが或いは、あの碇司令の息子であるからこそ知っているという可能性も否めない。

 

「本当のキミは、いったいどれなんだろうな」

 

 基本的に人畜無害そうな儚げな美少年という印象を抱かせながらも、或いは形式上でも兄だからこそ兄役をやっている普段の彼はしかし、マリとは気安い友人めいた空気を漂わせながら、冬月副司令と暗躍する強かさを秘めている。

 

 とはいえ、葛城を悪く思っていないようだし、リっちゃんとも上手くやっているようだから、リっちゃんの友人としては信用を抱いても良いのかもしれないが。

 

 個人としての評定は、自分と同じくらい信用の置けない危険な人物と言ったところか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフ本部のとある食堂の片隅。

 

 エヴァンゲリオンパイロット(シンジ君を除く)が勢揃いしてテーブルを囲っていた。

 

「それで? わざわざ呼び出してまでなんの要件なのよミサト」

 

 そう切り出したアスカは言葉は普通だが、声にトゲがあるのは自分もフォースチルドレンとしてこの席に身を置いているからだろう。

 

「ま、チョッチね。みんなの学校、修学旅行あるんですってね」

 

「あるわよ。それがなんなのよ?」

 

 ミサトさんが修学旅行という単語を出した時点で全てを察する。この世界じゃミサトさんシンジ君を自宅に同居させてないからか、アスカのことも誘うこともしてなかった。……ミサトさんの部屋、大丈夫なんだろうか?

 

 つまるところ誰もミサトさんの部屋に住んでないから、こうして食堂の片隅であのやり取りが繰り広げられる事となったらしい。

 

「その修学旅行、行っちゃダメだから。そこんところよろしくネ」

 

「は? はァ!? なんでなのよ!!」

 

 アスカがテーブルを叩いて身を乗り出した。

 

「戦闘待機だもの。仕方がないでしょ?」

 

「そんなの聞いてない!」

 

「今言ったわ」

 

「誰が決めたのよ」

 

「作戦担当のアタシが決めたの」

 

 本来のアスカよりもツンケンしているとはいえ、委員長とはやっぱり仲良くなったらしく、本人なりに友達との修学旅行を楽しみにしていた節が見て取れる。その辺はやっぱりまだまだ遊び盛りの普通の中学生なんだなと感じられる。

 

「アンタたちも揃いも揃って寛いでないで、少しはなんとか言ってやったらどうなの!」

 

 珍しくこちらに意見を飛ばしてくる辺り、どうしても修学旅行には行きたい様だ。

 

「わたしは別に」

 

 と言ったのはレイ。本部内のLAWSONで買ってきたのか、大判えびせんをマヨネーズを挟んでモソモソと食べていた。最近何かと自分が食べている物と同じものを食べたがる傾向にあるレイ。だからヘタなツマミを選べないのはちょっとツラい。ビーフジャーキーとか肉の臭いがするアレはレイは食べられないからね。

 

「ワタシも」

 

「私もぉ~」

 

 隣に座るレンは特に何を食べているわけでもない。

 

 膝の上のシオンはお行儀悪いが、コップの縁をガジガジ噛みながら答えていた。

 

 綾波三姉妹的には修学旅行なにそれ? の気分なんだろう。

 

「アンタたちに聞いたアタシがバカだったわ…」

 

 期待外れというより、期待した自分に呆れたアスカの視線が自分の方に向くが、何も言われずに逸らされた。

 

 助け船を出せないことはないものの、次の使徒がサンダルフォンだとすれば、浅間山の火口にマグマダイブ出来る局地戦用D型装備を現在運用できるのは弐号機のみだ。

 

 13号機は現時点での使用は不可。初号機は使えるとしてもD型装備には対応していない。零号機はさらにF型装備の上にステージ2への改修を終えているので尚更規格が合わない。伍号機に関しても人型となっているが装甲形状が弐号機と異なっているためにそうしたプロダクション・モデル用の装備が使えるかどうかは未知数だ。

 

 つまり次の使徒を正攻法で攻略する場合はアスカと弐号機が必然的に抜擢されるのだが、今のアスカにはそんなこと知るわけがないから修学旅行行きたさにミサトさんに食って掛かるのは仕方がない事だった。

 

 とはいえ、これで自分達で戦闘待機はやるからとアスカを送り出そうとしても、自分の留守中に使徒を横取りする気かとそれはそれでアスカに角が立つだろう。

 

 なら修学旅行我慢して戦闘待機を受け入れようと言っても、やっぱり角が立つ。

 

 思春期かつプライドの高い上に色々と拗らせているアスカの事をめんどくさいと言ってしまうのは簡単な事だけれども、アスカの背景を識っている手前、そんな言葉で切って捨てるのは人情が無さすぎる。

 

 どう考えてもアスカの気持ちを軟着陸させる方法が思い付かないが。今は無理でも、サンダルフォンを殲滅してから直で沖縄に飛べば2日目の日程には間に合わせられるだろうか。

 

 劇中描写的には、学校のみんなが修学旅行に飛び立った日にサンダルフォンを浅間山で確認して、そこから捕獲作戦を初めて殲滅まで1日のスケジュールだ。

 

 ネルフ所有のVTOLないし、浅間山に向かう為に使われたエヴァ輸送用の大型輸送機も帰りに使用するだろうそれを、エヴァの回収後に沖縄に向かって貰っても良いだろう。公用機を私的に使うなんてのは冬月先生から税金の無駄遣いとか言われそうだが、エヴァパイロットのメンタル保全を提示すれば許可されるだろう。

 

「あぁん、もぉー!! わかったわよ! 待機してりゃあ良いんでしょ! 待機してりゃあ! フォース! 車出しなさい!」

 

「え? あ、う、うん、良いけど」

 

「早くしなさいよニブチン! それとアンタに拒否権なんてないわよ! ちゃんとアタシの言葉聞いてたんでしょうね!? 命令してんだからさっさとする!!」

 

 アスカにせっつかれる様に食堂をあとにする。しかしあのアスカが自分を指名するとは思わなかった。

 

「勘違いないでよね。どうせこの後ミサトと打ち合わせでもするんでしょ? ただそれだけよ、そ・れ・だ・けッ」

 

 車の中のアスカは終始窓の外を見て此方には見向きもしない。嫌っている相手とわざわざ同じ空間を共有してまで嫌がらせというか可愛い精一杯の仕返しをするくらい、アスカにとっては修学旅行が楽しみだった証拠だ。

 

「1日目は無理だけど、2日目は参加出来ると思うよ」

 

「はぁ? アンタ馬鹿? 戦闘待機なのにパイロットが待機してなくてどうすんのよ」

 

「なにもみんなで待機してなくても良いんじゃないかなって。僕たちだって居るんだし」

 

「アンタそれマジで言ってるなら蹴り倒すわよ」

 

 アスカの声に怒気が混じる。予想はしていたけれど、気を使った筈が逆にアスカの地雷を踏んだ。

 

 アスカからすれば修学旅行に行きたい、けれども戦闘待機を外されるということはエヴァのパイロットの仕事をしなくて遊んでいろとも取られてしまう内容だ。

 

 それでもアスカにはエヴァだけじゃない選択肢があることを心の何処かに持って欲しくて、エヴァパイロットとしてのプライドを逆撫でするのを承知の上でこの話題を言い放った。

 

 無言になった沈黙の車内にケータイの着信が入る。鳴ったのは自分のだ。

 

「はい、綾波です」

 

「バカフォース、前!!」

 

「え? うわあっっとと!!」

 

 ケータイに出た瞬間アスカが叫び、目の前に飛び出てきた影に慌ててハンドルを切る。

 

『シンジ君か! 今市内に未確認移動物体が侵入して──』

 

「現在肉眼で確認! セカンドチルドレンと共に本部に引き返します!!」

 

 耳に聞こえる日向さんの言葉に返しながらバックギアに入れてハンドルを切った慣性に乗せながら車をバックさせれば目の前を何かが道路を踏み締めて、その反動で車体が浮く。

 

「なんじゃありゃ…」

 

「なんなの…。新手の使徒?」

 

「……いや、違う。ロボットだ……」

 

 エヴァでもジェットアローンでもない知らないロボットが、踏み締めた路上に停めてあった車から出火した炎に照らされて、夜の第3新東京市にその姿を映し出していた。

 

 

 

 

 

つづく。



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マリとシンジ()

 

「待機って、どういう事なのよミサト!」

 

「そのままよ。現状待機、今情報を集めているから」

 

 本部にとんぼ返りしてパイロットである自分達に降りた命令は、現状待機だった。それを聞いて発令所に突撃敢行するアスカを慌てて追い掛ければ、早速アスカがミサトさんに食って掛かっていた。

 

「あれロボットですよね。いったい何処の物なんですか?」

 

「目下不明よ」

 

 主モニターには国連軍のVTOLと戦闘する謎のロボットが映し出されていた。とはいえそれは録画で、自分達が本部に戻る間で既に謎のロボットは国連軍のVTOL部隊を退けて行方を眩ましたとか。国連軍も人的損失を嫌って早々に待避したからこその呆気ない幕引き。相手が使徒でないならば第3新東京市の守りはネルフの役目だと言わんばかりの鮮やかな引き際だ。

 

 こちらもリツコさんに訊ねてみたが似たような返答だ。

 

 モニターから拾えるのは、そのロボットはエヴァの様な人型と異なり、四肢はあるが地面のエサをつつく鳥を思わせる胴長と逆足、マニピュレーターも備えていて火器の運用も想定されている造りだ。それなりの組織力を有する場所でなければ造れないだろう代物であることは充分伺える。少しズレるが、何処と無く00のMSであるアンフを思い出した。

 

 国連軍との戦闘で判明しているのは、大きく前方に伸びる機首の機関砲、推定して100mm。

 

 VTOLのロケット弾を食らってもびくともしない装甲。となれば少なくとも戦闘用兵器であることが伺える。

 

 結局その日に何処の物かも不明のまま、パイロットは本部待機を命じられた。

 

 本部住まいの自分は良いとしても、アスカは当然の様にカンカンである。

 

「ったく。なんだってこの国はいっつもやることなすことトロ臭いのよ!」

 

 喚くアスカに、同意出来ず仕方がないと思えてしまうのは自分がもう大人としての視点で物事を見てしまう立場になってしまったからだろうか。それこそアスカと同い年の頃ならそんな風に世間を見ていたのだろうか。

 

 アスカをまだまだ子供だと言った加持さんの言葉の意味が解るような歳になってしまったという事なのか。

 

 アスカが喚いている今もミサトさん達大人は情報収集に奔走中だ。だからパイロットは本部待機を命じて体よく発令所から追い出された感じだろう。あのまま自分達が突っ立っていたところで邪魔にしかならないし、なら少しでも休めるようにというミサトさんの配慮もあっただろうか。真相はわからない。察するに後者ではあるけれども、邪魔だったのも多分確かかもしれなかった。本来ならパイロットロッカーに待機していれば良かったのを発令所に乗り込んだのは此方であるわけだし。

 

 その辺を察するにはアスカはまだ情動に身を任せてしまう年頃で、とはいえそれを察していてアスカを止められない自分はほとほと使えないヤツであるからアスカより質が悪い。アスカへの程好い接し方、誰か教えてくれ。

 

「仕方ないよ。ミサトさん達が悪いワケじゃないんだから」

 

「…そんなのアンタに言われなくてもわかってるわよ」

 

 ミサトさん達のフォローをしようと言葉を口にすれば、アスカには睨まれる。

 

「あーあ、ホント、なんもかんも台無し。何処の誰かが判ったらアタシがケチョンケチョンにしてやるっ」

 

 怒りも闘志もメラメラ燃えるアスカを伴いながら、本部内の寄宿ブロックへと案内する。上の街のそこそこ良いホテル住まいのアスカは、本部内の必要ない場所にはてんで土地勘が無い。それを口にすればまた怒るから言わないが、ミサトさんが案内してやってと自分に言った時も案内なんて要らないと言いつつも、此方の歩みに合わせて爪先半分程度遅れて付いて来てる辺り、この辺の土地勘は無いのだろう。

 

 カードキーを通して部屋を開ける。

 

「はい。今日はここ使って。隣が僕の部屋になってるから何かあったら呼んで」

 

「別に何かあってもアンタに頼らなくてもなんとかしてやるわよ」

 

「うん。とりあえずそのまま素泊まり出来るようにはなってるから。それじゃ、おやすみ」

 

「ふんっ」

 

 差し出したカードキーをひったくって、アスカは扉の向こうに消えた。

 

「ま、嫌われてる方がまだマシって言うヤツか」

 

 好きの反対は嫌いではなく、無関心だと良く言われている。とはいえ、嫌われてるのを分かっていても関わらないとならないし、関わらなかった結果、旧劇のアスカの有り様を辿らせるくらいならとことん嫌われても構わないと思っている。嫌われるだけでアスカを助けられるなら安い物だろう。

 

 ガードキーを通してドアを開ける。すると漂う家庭的な良い香り。醤油と出汁の香り。今日は素麺かな?

 

「ただいま」

 

「あ、…おかえりなさい」

 

「ただいま。今日の当番はシンジ君だったっけ」

 

「あ、うん…。そう、だけど」

 

「うどん?素麺?」

 

「素麺。外、今日暑かったってニュースやってたから」

 

「なる。それは楽しみだ」

 

 自分が敢えて缶詰め生活を送っていたのなら、シンジ君は殆ど部屋の外に出ない生活を送っていた。それを悪いとは言わない。何しろそんな生活、前世末期の自分が送っていた生活そのまんまだ。でも自分とシンジ君の徹底的な違いは、寄り添ってくれる友達の有無だろう。

 

「お風呂先するから、出来たら先食べてて」

 

「あ、うん。わかった」

 

 シンジ君にそう伝えて、ネルフの制服を脱いでハンガーに掛けて、脱衣場に向かいながらワイシャツを脱ぐ。

 

 洗濯機にそのワイシャツを放り込んだら雑にシャツとパンツと靴下を脱いで風呂場に入ってお湯を捻る。

 

 空調で程好く冷えている身体を温める様に頭からシャワーでお湯を被る。

 

「やっほー、綾波クン♪」

 

「マリ!? な、なんでっ」

 

 お湯を被っていたから分からなかった風呂場のドアを開ける音。いつの間にか居たマリが後ろから抱き着いて来る。しかも肌触りからこのネコ娘全裸だ。

 

「ムフフ。今日もお勤めご苦労サン、お疲れの綾波クンをお姉さんが労ってあげようと思ってさ♪」

 

「だからってフロに突撃する!? や、ちょっと、どこ触って、んんっ」

 

「お? ここか? ここがエエのんかぁ~?」

 

「や、やめろバカマリ、んあっ」

 

 羽交い締めにされながら脇を擽られて、さらには耳元も(ねぶ)られて、動こうにも壁際の上に足も絡め取られ最早やりたい放題のまな板の上の。然り気無く関節キメて動けなくしてるのがなんとも厭らしい。

 

「歳上にバカって言う悪いコはオシオキだニャ~♡」

 

「ちょ、っと、も、揉むなぁ…っ」

 

 身動き出来ないのを良いことに、胸元と臀部を鷲掴みで手を動かすマリを睨み付ける。

 

「あらあら、そんな凄んでも今の綾波クンカワイイだけだぜ?」

 

「度が過ぎるとホントにキライになるよ」

 

「そん時はホラ、気持ちよ~くしてあげるからサ♪」

 

「はぁ。もう好きにして」

 

「え?イイの?好きにして!?」

 

「ちゃうわボケ!」

 

 呆れてものも言えないマリに対しては匙を投げるしかないものの、急に意味もなくこんなことをする様な人間とは思えないし、思いたくない。でなかったらただの痴女か変態だ。

 

 シャワーの勢いを強めながら、マリの顔へ振り向く。アングルからキスでもしてる様にしか映らないだろう。

 

「で? なんの話?」

 

「ありゃ、もう真面目な話? もう少しお姉さんと遊ぼうぜ~」

 

「それ遊んだあと話さないヤツになるからダメ」

 

 だから胸を背中に擦り付けるな。襲うぞネコ娘。

 

「ま、しゃーない。オカズは貰ったからヨシとするか」

 

「悲しくなるから激しく止めてちょうだいそれ」

 

「いーや。綾波クンはオカズあるのに私だけ無いの不公平じゃん」

 

「不公平言うのコレ?」

 

 とはいえいい加減話が進まないし、誤魔化すのにだって限度が来る。常時監視されてるのも楽じゃないのだ。お互いに。

 

「今回のヤツ、戦自が絡んでるから気をつけて」

 

「あのロボット?」

 

「そ。あと、もし綾波クンに急に近付いて来るような女の子が居たとしたら、それも気を付けた方がいいよ」

 

「それ、思いっきりそっくりそのまま自分に返ってるよ」

 

「イヤン、お姉さんは別ですぅ」

 

 伝えることは終わったのか、身体の拘束を解かれて自由になる。

 

「さて、そんじゃお姉さんはドロンさせていただきますか」

 

「させると思ってるの?」

 

「え? ふにゃ!?」

 

 今度はお返しにマリを壁際へ追い詰める。

 

 マリと向かい合って思うことは、レンに並ぶ大きさはあるって事だった。

 

「僕のこの猛り出した胸の内はどうすれば良いの?」

 

「あ、いや、まぁ…、はうっ」

 

 ドクンドクンと高鳴る胸の音を伝える様に、胸と胸を合わせる。

 

「…すっごいね。これは水浴びしても落ち着かなそうかな?」

 

「そうだね。マリの所為なんだから責任取ってよ」

 

「ワタシの所為か、なら、仕方ないよねぇ」

 

 マリが両手を此方の頬に添えて顔を近付けてくる。

 

 当然逃げ場もないから自分の唇は導かれるままにマリの唇と合わさった。

 

 ぽちゃんと、水の滴る音が耳に伝わった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 琥珀色の海、生命の海、あらゆる命の(いず)る場所。

 

「へぇ。ここがガフの部屋の中ってヤツかぁ」

 

「いや待ってよ」

 

 馬乗りになる私が押し倒す綾波クンは額に腕を当てていた。なんか犯し終えたあとみたいでムラっとクる。

 

 彼の考えることがすべてわかる。

 

 何処からが自分で、何処までも自分ではない曖昧な世界でひとつに融ける。

 

「こりゃもうココロのセックスだねェ」

 

「いやセックス言わないこんなの」

 

「イイやセックスでしょ。こんなぐずぐずに絡み合ってちゃ」

 

 自分が自分でありながら、綾波クンでもある感覚。強固な自我を持っていなければ不意に融けてしまいそうな曖昧で危険な、甘美な感覚。

 

「でもやっぱ、身体があってキモチイイ方が綾波クンも好きだよね」

 

「ノーコメントにしとく」

 

「にゃるほど。じゃあお爺ちゃんたちに綾波クンの正体チクったろー」

 

「なっ、それは卑怯でしょ!」

 

「え~、全然卑怯でもヘチマでもありませんもんねぇ~だ」

 

 互いにひとつだから互いが互いの事をイヤでも知ってしまう。

 

 私の失恋とか、その後のワタシの歩みだとかも全部。

 

 ただ代わりに私は綾波クンのすべてを知る。

 

「でも嬉しいなぁ。綾波クンそんなにワタシのこと好きだったんだ」

 

「好きとかと違うと思うんですけど」

 

 いろんな事を知っている綾波クンは、結果から逆算して原因の仮説を立てるのはこの世界の誰よりもきっと早い。綾波クンの知識をすべて受け取った私でも、それを捏ね繰り回す知恵がない。それは『エヴァンゲリオン』という作品に20年以上も付き合っていた綾波クンだからこそだ。とはいえ、こっちもモノホンのエヴァと14年付き合っている本業だ。知識を捏ねるのはお得意様ってね。

 

「だって私と綾波クンが互いを知りたいって思ったからこうなったワケじゃん? これってもう相思相愛っしょ」

 

 つまりそれは、ひとつになっても良いと互いに思ったから起きたこと。セックスしたいって思ったら自我境界線を超えてしまう。ヒトではなくなった対価は、ヒトとしてヒトを愛せなくなってしまったコト。

 

「それでも、俺自身、自分でその時の最善を尽くした結果だから後悔なんてないししたくない。それはレン達を傷つけるコトだから」

 

 こんな時にまでお兄ちゃんしなくても良いのにって思いながら、綾波クンを抱き締める。

 

「ま、マリ?」

 

「なぁに? かわいくて、美人で、胸もおっきい良いオンナのおっぱいぱふぱふだぞ? そのまま甘えちゃえよ」

 

 自我境界線を保つのはそんなに難しいコトじゃない。少なくとも欠けたワンコくんのデストルドーとアンチ・ATフィールドで行われたATフィールドの崩壊じゃない。

 

 互いにリビドーに溢れているし、このガフの部屋もリリスのモノじゃない。ましてやアダムのモノでもない。零号機と初号機、どちらもリリスからコピーしたエヴァの魂とひとつになった綾波クンは擬似的なリリスとも言える存在だった。そして、アダムの仔である使徒とも融合する事で、生命の実と知恵の実を併せ持つ完全生命へと覚醒し、その器として13号機が創造された。

 

 この場所は綾波クンが持つ魂の還る部屋そのものだから、綾波クンがリビドーに溢れている限り、この場で魂だけの存在となっても、自己を保つのは難しい事じゃないとはそういうコトだ。まぁ、綾波クンに嫌われたらその限りじゃない。そもそもそんな相手と綾波クンがこの場所に来れる様にするにはそれこそ綾波クンを依り代に、綾波クンのガフの部屋を外側から開かないと無理だろうけど。

 

「にしても。ホントに綾波クンより私の方が歳上ってのはなんか安心というか、めっちゃソソるというか」

 

「今までの空気全部台無しだよコノヤロウ」

 

「オコっちゃやーよ、それに私オンナだしヤロウじゃないしぃ」

 

「そういう事じゃない」

 

「まぁまぁ。でもとりあえず今回のコト、それとなく知ってるなら心配要らないかな?」

 

「それとなくだから完璧じゃないし。やれるだけのコトはするけどさ」

 

 そうやってキミは何もかもを背負ってしまおうとする。そうしないと不幸がやってくる事を知っているから。

 

「これも何かの縁だ。キミの荷物、半分背負わせて貰うよ」

 

「それは…」

 

 綾波クンは申し訳なさそうにする。そうやって周りを気にするキミは立派だけれども、お姉さんの前ならそんな肩肘張らなくってもいいんだぞ。

 

「あとキミを嫁に貰う」

 

「なんで嫁!?」

 

「いやー、ユイ先輩にお伺い立てなくて済むって気楽でイイねー」

 

「いやだからなんで嫁になるの」

 

「キミ、根っからのお姫さま体質だから」

 

「ワケわかんない」

 

 自分から行くことに臆病で、誰かが連れ出してくれるのを待っているのに、これと決めた事には頑固に突き進むって所がお姫さま体質だからだよ。

 

「とりあえず、外出たら素っ裸なのは勘弁して」

 

「そのままナマの本番もヤっちゃう?」

 

「やらんわ!」

 

 そんでからかうとプリっと怒るところもお姫さまみたいでカワイイ。

 

 我の強い(アスカ)とはまた違って臆病だけど芯の強いお姫さま。

 

 あっちもこっちも、見守ってあげなくちゃダメだなぁ。

 

 ぽちゃんと水滴が水面に滴り落ちる様な音と共に五感が返ってくる。第7ケイジ。そこに収まる巨人の胸からは、量子的に繋がる綾波クンの心臓の鼓動を届けてくれる。

 

「服、持ってきたわ」

 

「ありがとう、レン」

 

「ワタシはアナタ、アナタはワタシ。アナタのコトなら、ワタシがしてあげたいだけ」

 

 そしてケイジのアンビリカルブリッジには綾波クンとワタシの分の服を持ったレンちゃんが待っていた。

 

「おうおう、愛されてますねぇこのこのォ♪」

 

「レンは特別だよ」

 

「ありゃりゃ、狼狽えもせず惚気自慢ですか手厳しい」

 

 それも仕方がない。綾波クンにとってレンちゃんは自分の事を無条件で肯定してくれる存在同士なのだから。互いに互いを肯定しあう相互補完の関係。

 

「うわっ。なんだよマリ」

 

「別にぃ。ちょっと妬けちゃうなぁって。やっぱさ、このままセックスしよ?」

 

「ムードも脈略もなんも無さすぎて突発的し過ぎない?」

 

「女の子は気分屋なのさ」

 

 好きな男の子振り向かせたくて必死な女の子みたいで我ながらどうなのかと思いつつ、あの空間で感じていたひとつになる陶酔感をまた味わいたい。

 

「そう。アナタもひとつになりたいのね」

 

「およ?」

 

「え、ちょっと、レン」

 

 綾波クンを挟む様にレンちゃんの腕が回ってくる。

 

「温かい。ヒトのままひとつに繋がりたい。ワタシはワタシ、アナタはアナタ、アナタはワタシ。だからアナタとひとつになりたい」

 

「レン待って、ここじゃマズいから」

 

「どうして?」

 

「あー、さすがにワタシもここでおっぱじめるのは上級者過ぎて気が引けちゃうかにゃ~」

 

 なにしろケイジの中。13号機は艤装作業中。今は夜だけれどもお構いなしに作業員は24時間交代制でぶっ通し作業中。さすがにそんな中ではハジメられないなぁ。

 

「まったく、シンジ君。慎みという文字を今度辞書で調べてこの娘に教えてあげなさい」

 

「あ、リツコさん」

 

 白衣を着こなすパツキンのE計画担当責任者リっちゃんが綾波クンを咎めながらやって来た。

 

「監視モニターの前でいきなり融けるのは止めなさい。こっちも気が気でなかったわ」

 

「あはは、ごめんなさい」

 

 保護者代わりで姉代わり、そんでもって今もって憧れの(ヒト)という立場のリっちゃんには、綾波クンも頭が上がらない。愛は知っていても、綾波クンもリっちゃんも恋を知らない同士でさらにお利口さんだから、リっちゃんはそれが恋というものだとも気づかない。あるいは気づかないフリをしているか。ちなみに綾波クンは恋愛未経験者だから恋より愛が先行してて自分の感情がわからないというド下手さだ。

 

 だからお姫さまなんだよ、綾波クンは。

 

 必要なのは恋を教えてくれる王子サマってね。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マリからの忠告を受けて、第壱中学校を調べたら転校生としてその名を見つけた。

 

 霧島マナ。

 

 自分がマナについて知っていることはそれほど多くはない。エヴァの情報を探りに来た戦略自衛隊のスパイであること。

 

 あとはシンジ君に近付いたのは良いけれど、そのまま惚れ込んじゃったという所か。

 

 その他細かいことはわからない。マナに関しては情報はSS頼りか育成計画の方になるし。この世界だと育成計画の方の知識は役に立たないし。

 

「そうか。あれがトライデントか…」

 

 マナの名前から芋づる式で思い出した戦略自衛隊のロボットの名前。

 

 判ってしまえばあとは早い。

 

 MAGIを使えるネルフから隠しきれる機密情報は紙媒体かインターネットと回線が独立してる端末を使うしかないが、大型機動兵器の資料管理を紙媒体でやれるものならやってみろってところだ。エヴァの極一部の資料だけでもデスクが埋まる分量なので先ず無理だ。

 

 ならネット回線から独立した端末か?

 

 そんな資料を引っ張り出すのに七面倒臭い仕様でやってられるか。MAGIでさえネット回線に繋がっているし、エヴァ関連の資料もMAGIのデータベースにあるのだ。だからセキュリティコードさえどうにかしてしまえば侵入可能なネット回線に繋がっているデータベースにそうした情報が収まっているのは何処の組織も同じなのだ。なまじっか組織が大きければ管理するデータも多いワケでそうするしかない。

 

 そうなれば強いのはMAGIだ。セキュリティコードの解析は朝メシ前のスーパーコンピューター様々である。

 

 マナの確認も兼ねて教育実習生として復帰する朝の出勤時間の合間に、エヴァとリンクしてる事を良いことに13号機経由でMAGIにアクセスして戦略自衛隊のデータベースを覗いて、トライデントの情報を集める。

 

 陸上軽巡洋艦トライデント。

 

 戦略自衛隊のロボット兵器計画のもとに試作された。6基の背部スラスターにより地上滑走、ハイドロジェットにより水上滑走・水中行動が可能。

 

 コックピットは機首にあり、居住性の劣悪さから操縦に際して肉体に損傷を負わせる欠陥あり。

 

 ネルフが対使徒迎撃用としてエヴァを造った様に、使徒の存在と死海文書の内容は国連や国の上層部は知るところにある。トライデントもそうした対使徒迎撃用兵器として造られた経緯を持っていた。

 

 ただ操縦するのにパイロットがケガを負う居住性ってどういうモノなんだと疑問を抱かざるを得ない。何故最も揺れ動くだろう機首にコックピットがあるのか。リアクターの位置関係故なのか。だとすれば設計段階で欠陥がありそうなモノだと思いつつ、半月振りの第壱中学校の門を跨ぐ。

 

 ネルフの任務による休職だと既に説明は通達済みなのでお咎めもない。職員会議を挟んで転校生としてある女生徒を紹介される。

 

「霧島マナです、よろしくお願いします!」

 

「うん。よろしく。僕は綾波シンジ、教育実習生だからそう畏まらなくても良いよ」

 

「そう? でも良かった。担任の生徒も優しそうだし、こんなイケメンな教育実習生の先生も居るクラスに転校出来て」

 

「クラスのみんなも馴染み易い子が多いから楽しみにしててよ」

 

「はーい! あ、ちなみになんですけど、この制服、似合ってますか?」

 

 そう言って1回転くるっと回って制服を見せつけてくるマナ。マナもかわいい女の子で歳はシンジ君たちと同じ14歳だから制服が似合わないワケがない。

 

「うん。かわいくて似合ってるよ」

 

「うんうん、でしょでしょ? 私カワイイですから制服も似合っちゃいますよね!」

 

 マナ程可愛ければ確かに自分に自信が持てるだろうけど、今のやり取りでちょっとナルシストの気があるんじゃないかと分析する。

 

 レイともアスカとも違う雰囲気のマナは実際シンジ君はどんな感じで接したのかは気になるところだけど、シンジ君は今も本部でカヲシン真っ最中でまだ学校復帰は難しいからマナと会えるのもまだまだ先の話だろう。

 

「わたくし、霧島マナは綾波センセーにこの制服を見せるために本日朝6時に起床して参りましたぁ♪」

 

「はは。元気な子は僕は好きだよ。それじゃ、遅れない内に教室に行こっか」

 

「はーい! でもセンセ、女の子にそんな簡単にスキって言っちゃダメですよ? 思春期の女の子はそんな甘ぁい言葉にヨワヨワなんです。私も、ドキッってしちゃいましたもん」

 

「そう? 僕なんかの言葉でそう思ってくれたのは嬉しいな。うん、気をつけるよ。ありがとう霧島さん」

 

 マリともまたちょっとキャラの違う、でも快活で明るそうな彼女が本編にも居てくれたらシンジ君の学校生活はより楽しかったんだろうなと思いを馳せながら教室へ向かう。

 

 既にHRは根府川先生がやっていて下さっている。自分は先に入ってクラスのみんなに顔を見せて復帰を伝えたあとにメインディッシュのマナを手招きする。

 

 綾波三姉妹にアスカも居て、さらに2人にも劣らない美少女の登場にクラスの男子が色めき立つ。思春期の男子はバカなので許してやってくれクラスの女子のみんな。

 

 色めく男子と、それを冷たく見据える女子の光景に苦笑いを浮かべながら授業が始まり、あっという間にお昼だ。

 

「はい、アスカ。お弁当」

 

「…置いといて」

 

「うん」

 

 持ってきたお弁当箱をアスカの机の上に置く。

 

「シンジぃ、おなかすいたぁ~」

 

「はいはい。今いきますよー」

 

 教室の出口ではシオンが待ちきれないと声を上げていた。傍にはレンとレイもお弁当箱の入った手さげ袋を持って待っている。ちなみにシオンが紫、レイは青、レンはオレンジ、アスカのは赤で安直だけど各エヴァのカラーリングから色を拾ってきた。

 

「復帰早々オカンせなならんとは、センセも大変っすなぁ」

 

「兄妹とはいえ綾波三姉妹と食卓を囲めるとは羨ましいぃぃ」

 

「好きでやってることだから良いんだよ。あとケンスケ、体育の着替え写真はさすがに危ないから止めときなさい。ね?」

 

「ア、ハイ、ワカリマシタ」

 

「ケンスケ、お前も懲りひんやっちゃなぁ」

 

 とりあえずケンスケの盗撮写真に釘を刺しておく。際どいのもあるけど、綾波シスターズもターゲティングするなら話は別よ。彼女たちの盗撮写真で儲けたいならこの自分を倒して貰ってからじゃないと。

 

「あっ、綾波センセーも屋上行くの? 私も行っても良い? すぐ購買で買ってくるから!」

 

 そう言い残して、ダッシュでマナは行ってしまう。戦略自衛隊のスパイだけあってそのダッシュ力は同年代の子の何倍も洗礼されていた。

 

 とりあえず屋上に上がると、屋上の踊り場には先客が居た。

 

「マリ? なんでここに居るの」

 

「なんでって。アタシの表向きの仕事、もう忘れちゃったの?」

 

「あぁ、そういえばそうだった」

 

 そういえば委員会からの監視役でしたものね、マリさんも。

 

「うぅ~」

 

 顔を近づけて囁くように告げてくるマリ。そんなマリから自分を引き離そうと腕を引っ張るのはシオンだった。シオンはマリの事も目の敵にしていた。

 

「あれ? 綾波センセー、その子誰ですか? この学校の制服じゃないし」

 

「んにゃ? アタシ? 綾波クンの旦那サンよ! うにゃんっ」

 

「変なウソを言うなウソを」

 

「イタタ、だからってチョップは無いでしょ。この頭脳明晰なマリさんの脳細胞が億単位でピンクになったらどうすんのさぁ」

 

「そのままピンクレディーにでもなっちゃえ」

 

「確かにちょいと馴れ馴れしいよね綾波クン」

 

「渚のシンドバッド? あとマリに言われたくない」

 

「That's right♪ ご褒美は~、お姉さんのアツ~いキッスでどう?」

 

「あとにしてね」

 

「っしゃオラァ! 言質取ってやったぜマイハニー!!」

 

「とりあえず脳内真っピンクマリの事は気にしないで。色々事情があるんだ」

 

「そ、そうですか」

 

 我が道を行く様な暴走ネコ娘にマナも苦笑いを浮かべながら屋上へと出る。

 

「わぁぁぁ、ステキ! キレイな山、湖も!」

 

「盆地だからねココは。周りは山に囲まれてるから都会なのに自然の豊かさが味わえる良いところだよ」

 

 レジャーシートを敷いて座れば胡座の足の中に当然の様にシオンが座り、左右にレンとレイが腰を据えた。

 

「綾波センセーって、もしかして生徒に手ぇ出しちゃってる系?」

 

「違う違う。レンもレイもシオンも家族なんだよ」

 

「あ~む、むふぅ、むぐむぐ」

 

 シオンに卵焼きを食べさせながら何も知らないマナに綾波家であることを説明する。

 

「え~、私とはあんなに組んず解れつぐずぐずに融け合ったのにぃ?」

 

「ユイさんにマリが年下趣味に目覚めたってゲロって良い?」

 

「ちょま! それだけはご勘弁おくんなましよ~」

 

「なんか楽しそうですね、綾波センセ」

 

「まぁ。こんな日常がいつまでも続いて欲しいっていうのは切実に思うことだね」

 

 実際、マリのお陰で自分の日常に今までには無かった彩りが増えたのは確かだった。

 

 その時、懐の携帯が鳴った。

 

「はい、綾波です」

 

『シンジ君かい? 実はEVAが必要になる案件が出てきて』

 

 電話の相手は日向さんだ。まぁ、エヴァが必要になるとなればミサトさんが必要だと判断して此方に話が来るなら窓口は日向さんになるのも自然な事だ。

 

「了解、これから本部に戻ります。レイやアスカはそのまま授業を受けさせても良いですか?」

 

『ちょっと待ってくれ、今葛城さんに確認するよ──うん、2人はそのまま授業受けさせてて構わないってさ』

 

「了解しました」

 

 携帯を切って楽しげに身体を揺らすシオンの頭を撫でる。

 

「レン、一緒に来て」

 

「ええ」

 

「えーっ!? なんでなんでなんで!? 行くなら私でしょー!!」

 

「13号機はまだ動かせないからね」

 

 初号機はイヤだというシオン。ならお留守番して貰わなければならないのは仕方がない。13号機はまだ拘束具の換装作業中で出られない、よってお鉢が回るのは弐号機か零号機だ。そしてこちらに連絡が来た以上、自分が零号機での出撃とあらば連れていくのはレンで決まりだ。

 

「……なら、古いので我慢する」

 

「ワタシはいい。いつでもアナタと一緒だから」

 

 渋々と言った体で初号機で我慢するというシオン。レンはどちらでも構わないという。末っ子根性逞しいシオンの我が儘っぷりにレンはいつも我慢する偉い長女を頑張っていてくれる。

 

「よし。なら行こっかシオン」

 

「わーい! やったーっ」

 

「マリはどうする?」

 

「13号機で出ないなら本部待機かにゃ~」

 

「わかった。レン、レイ、悪いけどあとお願い」

 

「ええ」

 

「いってらっしゃい」

 

「うん。いってくる」

 

 レンとレイに後片付けを頼んで、最後に声を掛けるのは1人だけ状況的に部外者のマナだった。

 

「そういうことでちょっと早退する事になっちゃったんだ。午後の授業、ちゃんと受けてね」

 

「え、あ、うん。綾波センセ、エヴァのパイロットなんだもんね」

 

「うん。じゃあ、いってくるから」

 

 一緒に出撃だとテンションMAXのシオンを背負って、マリを伴って駐車場に向かって乗り込むのは黒の初代インスパイア。給料で買った愛車である。この車種なのはちょうどエヴァをリアタイで見てた時のウチの愛車がコレだったから思い出の品ってヤツである。

 

 助手席にシオンを放り込んで、マリが後部座席に座ったのを確認してアクセル全開。ネルフ本部へと直行した。

 

 

 

 

 

つづく。



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ヒトの造りしもの

ギリギリ滑り込みでシン・エヴァ観られました。

観終わったら魂が抜けたというか、黒波の所で涙が溢れ、ミサトさんの所からもう涙が駄々漏れで久々に泣きましたね。

そして自分の中の青春がひとつ終わった様な気がしました。20年以上エヴァと付き合って来ましたからね。旧劇では描き切れなかった事を描き切った良いラストだと私は思いましたが、旧劇のトラウマを刺激する箇所が多々あったので見返すには大量が要る、けども良い作品でしたよシン・エヴァ。

観れなかった人は是非BDやDVDとかで観て欲しいですね。アナタの中のエヴァが確実に変わる、そんな作品でした。

エヴァの全長ミスってたので新劇の80m程度に修正してます。


 

 トライデントの足跡を辿って辿り着いたのは芦ノ湖だった。

 

「う~、つまんなぁ~い」

 

「調査だからね。面白い事なんて無いよ」

 

 唸るシオンと共に初号機の中で暇を弄ぶ。13号機で掴んだ感覚から、今は試しにシオンではなく自分が主体となって初号機とのシンクロをしている。何時13号機が使えるようになるとも判らない為、必要な試みだ。スケジュール的には来月頃には完成予定である。サンダルフォン戦には間に合うかは判らないが、マトリエル戦には間に合うだろう。

 

 13号機と比べて初号機は確かに他人が居たという感覚を抱く。

 

 シオンではなく、レイの気配に似ていて、でも違う。温かみのあるそんな感覚の残り香。それがきっとユイさんのものなんだろう。

 

 フラットな状態の13号機とのシンクロを経験しているから理解できる初号機の中の感覚は、自分の部屋の中に他人の生活臭がする感覚で、自分の部屋なのに落ち着かない、そんな感じを抱かせる。ユイさん嫌いなシオンからすれば、初号機をイヤだという感覚が今なら理解出来る。

 

「でもシンジと一緒だから我慢する」

 

「そう。良い子だね、シオン」

 

「んっ、ふふ」

 

 シオンの頭を撫でてやりながら機体の足元に目を向ける。様々な機材を積んだ車に指揮車、その護衛の機動装輪車、テントも張られている。

 

 有事でもなければ涼しいエントリープラグ内で座っていれば良い自分とは異なり、外仕事の人達は熱い中ご苦労様である。

 

「ん? 守秘回線から?」

 

 通信が入るものの、わざわざ守秘回線を使う相手が思い当たらない。

 

『ハロハロー、マイ・スウィートハニー綾波クン』

 

「なんだマリか。どうしたのいったい」

 

 通常回線ではなく守秘回線なのはゼーレの事を気にしてなのか、はたまた別の何かがあるのか。

 

『実はさぁ。戦自のロボット、2機が脱走してるらしいんだよね』

 

「……穏やかじゃないね、それ」

 

 昨夜見た機体以外にもう1機が潜んでいる。ともなれば自然と肩に力が入る。芦ノ湖で消息を断った1機、その他にもう1機。そのもう1機の情報が無いことに一抹の不安を覚えた。

 

 通常兵器であればエヴァで抑え込めるが、トライデントを巡る今回の事件がこのまま全て丸く収まるとは思えなかった。

 

 何故なら機械的な暴走やネルフに対する陰謀ではなく、パイロットの暴走が引き起こした事件であるとマリの言葉から察したからだ。でなければ『脱走』等という表現は使わないだろう。

 

「この件に関して戦自はどう動いてるの?」

 

『その辺はまだ上で議論中みたい。現場レベルだとまだ表立って動いちゃないみたいよん』

 

「解った。こっちも気に留めておくよ」

 

『ほいほい。まぁ、そんなワケで、調査頑張ってねん♪』

 

 余り長時間通信できる間柄でも無いために要件を伝えられて通信は切られる。

 

 エントリープラグの中で腕を組む。この情報はミサトさんに伝えるか否か。戦自の方から情報提供もあるだろうか。或いは身内の恥を晒すのを嫌って口を閉ざすか。

 

 初号機の足元のテントではミサトさんが陣頭指揮を取っている。

 

 使徒という人類共通の脅威が現実のモノとして差し迫っている今日においても人間同士のいざこざに心身を割かねばならないことにやるせなさを感じないと言えばウソである。

 

「冬月先生と話してみるか」

 

 ユイさんが戻ってきた事で今まで頑張っていた反動が来たのか、燃え尽き症候群的なモノを患ったらしいと噂のゲンドウに代わって最近、実質本部の実権を握っている冬月先生なら何か情報を仕入れているかも知れない。

 

 冬月先生にならトライデントが2機脱走した事も含めてより切り込んだ話も出来るだろうし、そうなれば捜索範囲を芦ノ湖からより広い範囲に広げられるだろう。

 

 しかし難しい舵取りになりそうな案件だ。下手を打って戦自の印象を悪くもしたくない。最悪の場合敵対する組織だとしても、旧劇の戦自突入はあくまでもゼーレに唆された日本政府からの命令であって戦自そのものが敵というモノでもない。彼らはあくまでも命令に従って仕事をしていたに過ぎない。

 

「あれは……、マナ?」

 

 人員輸送車の影に身を潜める第壱中学校の女子制服を見つける。上手く隠れているのだろうが、上から見下ろす初号機の視線だと丸見えだった。

 

 マナが戦自のスパイであるのなら余りネルフの事を探らせるのもよろしくはない。不都合な情報にマナが辿り着けるか否かは彼女次第だとして、出来るなら生徒を手に掛ける様なことはノーセンキューである。

 

 初号機を屈ませて、手を伸ばす。有事には機体が動く都合上足元などの即時稼働範囲に人や車両は存在しない。

 

『え? な、なにコレ!? キャア!!』

 

『ちょ、何してるのシンジ君!』

 

「すみません。ウチの生徒が興味本位でココに来ちゃったみたいで。一応は教師としてお説教しないと」

 

 いきなりエヴァが動いたことで足元は少々騒ぎになる。ミサトさんに訊ねられたが、マナの事をそのまま伝えられないのでボカして伝える。

 

 片手で拾い上げたマナが落ちない様に両手で掬う様に足場を作ってあげる。そのまま初号機の視線の高さにまで持ち上げて、プラグを排出すると外に出る。L.C.Lに濡れた髪が芦ノ湖から吹き上げる風に晒されて涼しさを感じさせる。

 

 背中から顔の装甲を伝ってGRの大作少年よろしく初号機の顔の頬の辺りでようやくマナと視線を合わせられた。

 

「午後の授業、ちゃんと受けてねって言ったのに。ココで何してるの?」

 

「あ、う、そ、それは…、綾波センセーに会えるかなって…」

 

「転校初日に授業サボる不良生徒だとは思わなかったなぁ」

 

「ごめんなさい。でも、綾波センセーともう少し一緒に居たかったから」

 

「それは嬉しいけど、この辺りは立ち入り禁止区域になってるんだ。今回の事、反省文書いて貰うからね」

 

「反省文で許してくれるなんて。綾波センセーって、優しいんですね」

 

「そこは大丈夫。コワぁいお姉さんが今から絞ってくれるから」

 

「へ?」

 

 取り敢えず学校の教師としての仕事を終えたら、あとは現場責任者のミサトさんの仕事だ。

 

 子供のしたコトだし、まさか戦自のスパイだなんて思わないだろうし、まぁそれなりに叱られて学校に返されるだろう。

 

 シンクロは自分のままだからカヲル君よろしく外に居ても機体を動かせる。

 

 初号機の手の上に乗り移って、そのまま地上に降りると青筋を立てたミサトさんがお待ちだった。

 

 取り敢えずケンスケとトウジの例もあって厳重注意だった。戦闘時ではないからそこまで厳しくもなかったけれども。

 

 定点観測機材を設置して今日は一先ず引き上げとなる。

 

 それまでマナの身柄は拘束。自分が見張りとして機外待機に移行。

 

 本部に戻ってからは着替える間だけシオンに見張りを代わって貰って、冬月先生と話すのは先送りにしてマナを家まで送ることになった。

 

「ちょっちお疲れ気味かな?」

 

「ううん、平気。綾波センセーもお疲れ様」

 

「ほとんど座ってただけだからそんな疲れてもないけどもね」

 

 道すがら、マナと会話を繰り広げる。とはいえ腹の探り合いなんてしても負けるから当たり障りのない会話になる。

 

「…エヴァの操縦って、どんな感じなんですか?」

 

「霧島さんも、ああいうのに興味あるの?」

 

「ホンのちょっぴり。だって、カッコいいじゃないですか、ロボットって」

 

 それが純粋な興味なのか、情報を引き出すための方便なのか。それを察するには彼女の表情からは読み取れない。

 

「教えてあげたいけどね。ゴメン、機密だから言えないんだ」

 

「そうですか、そうですよね…」

 

 ちょっと気落ちするマナ。その顔は何か思い詰めているようにも見えた。

 

「でも、スゴいんですね。乗ってなくても機体が動かせるなんて」

 

「ああ。あれはちょっと特別。普通は動かないよ」

 

「特別? センセーが?」

 

「まぁ、ちょっちね」

 

 自分自身の事に関しては一応はパイロット情報の保護名目と、やはりエヴァ関連情報と絡んで来るため機密に抵触する。だからどうしても濁す言い方になる。

 

「こんな時間だし、ファミレスでも寄ってく?」

 

「え? 良いんですか?」

 

「もちろん。こんな時間まで待たせちゃったから僕のオゴリで」

 

「やった! ゴチになりまーすっ♪」

 

 元はと言えばスパイ活動をしてるマナに非があるものの、まだ表向きには普通の中学生の女の子だ。興味本位で調査現場に立ち入ったとはいえもう少し早く家に帰せたのを、監督責任者としてミサトさんから自分が指名されたので自分が撤収するまでマナを待たせる形になった。

 

 監視機器設置に撤収作業諸々でもう10時を回っていた。お腹を空かせてるだろうし、このままサヨナラバイバイは人情が無いだろう。

 

「私、センセーが羨ましい。私、生き残った人間なのに何も出来ないのが悔しくて。センセーは学校の先生しながらお弁当も作って、授業もして。パイロットだから中抜けは仕方がないとしてもちゃんとパイロットと私生活を両立出来てるセンセーが羨ましい」

 

「焦る事なんてないさ。霧島さんには、霧島さんにしか出来ないことがある。今でこそパイロットしてるけど、僕も昔は何も出来ない人間だった。何をやってもダメで。何をしても実らなくて。何もかもがダメで、何もかもイヤになって、世界から逃げて。でも、今は守るものがあって、守りたいものがたくさん出来たから頑張れるんだ。霧島さんのコトだって守るもののひとつだよ」

 

「…オトナなんですね、綾波センセって」

 

「みんなよりちょっとは、ね」

 

 無駄に歳ばかりは重ねたけれども、それでもみんなの年頃よりかは大人としての立場で世界を見て知っている立場の自覚はある。

 

「今日はごめんなさい。そして、ごちそうさまでした」

 

 ファミレスでの夕食を終えてマナを家のアパートまで送り届ける。マナが車から降りて振り向きながら礼を口にしてくる。

 

「うん。また明日、学校でね。サボっちゃダメだからね」

 

「はーい。ねぇ、センセ」

 

「ん? なにかな、きり──」

 

 マナの名前を途中で遮ったのは、マナ自身の唇だった。

 

「私、綾波センセーのコト、好きになっちゃった。また明日ね、センセ」

 

 マナにキスをされたと理解するまで少々の時間を要した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 まだ、胸のドキドキが止まらない。任務だって解っているのに、大人に優しくされたのが久し振りだった所為? それとも私を守るもののひとつだって言われたから? 私こんなにチョロい女だったっけ?

 

「綾波、シンジ君、か…」

 

 上から渡されたセンセーのプロフィール。元々は私と同い年の男の子。でも今は名と姿を変えて、歳上のお兄さん教育実習生として第壱中学校に勤務しながらパイロットを勤める人。姿が変わったのはエヴァに乗った事が原因らしいけれど詳細は不明。

 

 朝の第一印象から優しそうな人だと思った。お昼にそれは間違いないと確信して。そして何もかも受け入れてくれそうな優しさにお母さんを思い出した。

 

 その後に捕まった時はさすがに険しい顔つきだったけれども、それは仕方がない、私の所為だから。でもその後はやっぱり柔らかい笑みを浮かべながら撤収まで暇を持て余す私の相手もしてくれたし。多分根っからの優しい人なんだろう。

 

 ファミレスで弱音を吐いてしまったときも嫌な顔ひとつしないで受け止めてくれて、守るもののひとつだって言われたから。嬉しかったから、ちょっとしたお礼のつもりで頬っぺたにするつもりが気づいたら唇にキスをして好きって告白しちゃってた。

 

「あーうー、なにしてんのよ私ったら。あぁ、でもでも、うぁぁぁ……」

 

 どんどん顔が熱くなって、ベッドの上をゴロゴロする。明日マトモにセンセーの顔見られるのかなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「くんくんくん。な~んか別のオンナのニオイがするにゃ~」

 

「ネコなんだかイヌなんだかどっちかにしない?」

 

「綾波クンはどっちがイイ?」

 

「……ネコ、かなぁ。うわっ」

 

「うにゃうにゃうにゃ、私のニオイで上書きしてやる~」

 

「くすぐったいんですけどぉ」

 

 綾波クンから感じる別のニオイ。なんだか知らないけれど、綾波クンが優しくしてる女の子。

 

 霧島マナ。

 

 戦自のスパイだって判ってるのになんでか優しくしてる綾波クン。そりゃワタシにも言えるコトだけどさ。

 

「あのコ、どうするつもりなの?」

 

「わからない。でも、なにか抱えてる気がする。それが判るまで話してみたいって思う」

 

「敵かもしれないのに?」

 

「マリだってそうだったけど、今はそうじゃないでしょ?」

 

 指を絡み合う綾波クンの表情には全く此方を疑う色が無い。私が悪いオンナだったらどうなっちゃうんだろうかこのコは。

 

「まぁ、どうするかは綾波クンに任せるけどさ。女の子はコワ~いんだから気を付けなよ?」

 

「それ自己紹介になってない?」

 

「さぁ、なんのことかなぁマイハニー。おヨメさんに不誠実なコトをしてるつもりはないけど?」

 

「確かに、今のマリにならなんでも話せちゃうかなぁ。現金なヤツって思う?」

 

「別に。頼ってくれて嬉しいって思うよ」

 

 頼りにされてるって事は、甘えてくれてるってコトだから。何もかもを1人で背負って壊れてしまうよりも、頼られる方が何倍も良い。

 

「帰る時にね、マナにキスされて好きって言われたんだ」

 

「おおう。そりゃまた唐突な」

 

「うん。びっくりしちゃった。だからどうしたら良いのかなって」

 

「綾波クンはどう思ってるの?」

 

「……嬉しいって、思う。ヘンかな?」

 

「そんなことないと思うよ。ま、相手が相手だけどもさ」

 

 他人から面と向かって好きだと言われた経験が無い綾波クンは人の好意に弱い。それが欺く為のモノだったとしても、綾波クンはその言葉を疑わない。疑い方を知らない。

 

 霧島マナが戦自のスパイだと判っていても、言葉通りにその好意を受け止めてしまっている。だからその事を私に伝えたんだろうけど。

 

 下手に相手を知っているってのも、難儀するよね。

 

 ただの女の子だったらちょっと嫉妬する程度で、綾波クンを貪り倒して誰のモノなのかわからせちゃうってもアリなんだけど。いや、そうでなくても貪り倒してバリバリに依存させるのもアリ? 多分綾波クン1回抱かれたら一生着いていくチョロい女の子みたいな危うさバリバリだし。そこも恋愛を知らない事の弊害だ。

 

 だから悪いオンナのコにダマされないようにワタシが見張る。てか私が貰う。だってもう互いのあんなことやこんなことまで隅々まで知り尽くして文字通りのツーカーで、両者了承の上でひとつに融け合っちゃったんだから、これで夫婦じゃないのは詐欺でしょ!

 

「なに考えてるの?」

 

「え?ナニの攻めと受けどっちが燃えるかなって」

 

「なんでマリって唐突に残念になる事が多々あるの?」

 

「ダイジョーブダイジョーブ、綾波クンだけにだからさ。なに? もしかして妬いてくれてるの? やーん♡かわいーい~♪」

 

「誰に妬くのよ…」

 

 呆れてるご様子の綾波クン。だって綾波クン無防備過ぎて襲って襲ってって喧伝してるようなもんだよ。自覚無いんだろうけど。来るもの拒まずオープンなのは構わないけど、相手をちゃんと選んで欲しくもある。でないとホントに悪いオンナに捕まるから。

 

 その辺もこれから手取り足取り教えてあげていきますかにゃ~。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝。毎日の様に顔を合わせる冬月先生にトライデントの事を切り出した。

 

「情報が早いな君は。確かに今回の件は戦自の身内の暴走によって起きたものらしい。あちらも事を大きくならない内に処理したいのか、特殊部隊による捜索隊と、万が一に備えて戦車部隊を1個大隊展開する用意があるそうだ」

 

「それはまた、大捕り物になりそうですね」

 

「散々我々を詰って来たツケだよ。第3新東京市(こちら)で例のロボットを捕捉出来れば有利なカードになる」

 

「何処の誰が最初に尻尾を捕まえられるかの勝負、ですね」

 

「そういう事だ。事と次第では君の学校に居る女生徒に話を聞くが、構わないかね?」

 

「彼女の自由意思の尊重と身柄を約束してくれるのなら」

 

「無論、約束しよう」

 

 冬月先生から情報が早いと言われているが、こっちは原作知識があるから別として、そんなものがない冬月先生は既にマナの事ことも掴んでいるのだから、冬月先生には敵いそうにもないと畏敬の念を抱く。いや、2年A組はその全員がエヴァパイロットの候補であり、マルドゥック機関の管轄だ。そして、マルドゥック機関はゲンドウと冬月先生、リツコさんが実質的に運用している組織だ。2年A組に転校するということは、その転校する生徒の背後関係は丸洗いされて当然の事だろう。

 

「場合によっては彼女をネルフで保護したいと思いますが。可能ですか?」

 

「保安権限の1つに要人保護権というものがある。彼女がネルフの要人足る何かであれば適用は可能だ」

 

「或いはネルフの要人である僕が傍に居ればその権限の内で保護は可能、という事ですか」

 

「権限を余り乱用すると目くじらを立てる輩が後を尽きないが、可能ではあるな」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 権限の拡大解釈も良いところだが、許可をくれた冬月先生に礼を述べて頭を下げる。これで何かがあった時、必要ならマナの身柄をネルフで保護出来る。

 

 マナはスパイであるけれど、シンジ君を好きになってしまったとあるくらいだから普通のスパイだとは思えない。そして、自分の事も好きと言ってくれたマナの瞳の影には何処か助けを求めるような、そんな感じがしたのだ。どうして良いのか判らなくて、迷子になっている子の様に思えたから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「センセーってさ、何処に住んでるの?」

 

「ん? ネルフ本部の中だけど」

 

「あっ、じゃあ…、アソビに行っちゃうとか出来ないんだね」

 

「残念ながらね」

 

 一夜明けて昨日の事が何でもなかったかの様に普通にマナと会話が出来ていた。マナに気にした様子が無いなら、こういうことは男から掘り返すのはデリカシーが無いって言われるだろう。

 

「言い寄られてるからってデレデレしてんじゃ無いわよ! さっさと車出しなさいよバカフォース!!」

 

 マナと話しているとアスカがやって来た。今日は午後からシンクロテストがあるから午後抜けなのだ。

 

「あ、うん。今行くよ。それじゃあ霧島さん、また明日ね」

 

「う、うん。また明日…」

 

 マナと別れようとしたけれど、やっぱり何かを抱えているマナの事が気になってしまって、踵を返した足を再びマナの方へ戻した。

 

「ねぇ、霧島さん」

 

「え? な、何ですかセンセ」

 

「何か悩みがあるのなら、それがもし僕が力になれるものならいつでも力になるよ」

 

「そんな…。そんなこと言うと、ホンキにしちゃいますよ?」

 

「僕のこと、好きって言ってくれたマナの為なら、僕はなんでもするよ」

 

「……なんでもするって。軽々しく口にしちゃダメですよ」

 

 自分の言葉を受けて、マナは俯いてしまった。両手でスカートを握り締めて、何かを悩んでいるのか葛藤しているのかは判らない。

 

「じゃ、また明日」

 

 だから今は無理には訊かない。何かがあるとして、後はマナが話してくれるかどうかを待つだけとする。

 

「遅いっ!! このアタシをこのアッツい中待たせるなンてナニサマのつもりよ!」

 

「ごめんごめん、お待たせ」

 

 マナと話すのに少し待たせてしまったからアスカはカンカンだ。

 

 先にみんな待っていて自分が最後だから申し訳なさも倍増だ。

 

 昨日はインスパイアだったものの、今日は人数が居ると予め判っていたからハイエースをチョイスした。自分含めてアスカ、レイ、レン、シオンにマリと現時点で6人も乗せて移動となると車種も選ぶ様になる。シンジ君が外に出るようになればカヲル君も入れて8人となるもの考えてなるべく大きな車種にしたのである。

 

 カギを開ければ真っ先にドカリとアスカが助手席に座る。他のみんなは後部座席だ。車が運転出来ないからせめて一番前の席って所がアスカっぽい位置だなぁと思いながら車を出す。

 

 今日シンクロテストがあるのはアスカとレイだ。弐号機と零号機のテストとなる。自分はその辺のテストはシンクロ率を自由に変えてしまえるためやるだけ無意味なので免除されているが、代わりにやることがある。

 

 ジオフロント内に位置する初号機は巨大な機械に跨がっていた。初号機本体が80m前後あるのならその機械は人間で言うとスクーター程の大きさでとはいえ200mはある巨体だ。

 

 巨大なスカート状の装甲を備え、巨大な脚部が初号機を含めた機体重量を支えている。メインエンジンにN2リアクター2基を備え、固定装備兼EVA用装備として大出力γ線レーザー砲を備える。エヴァのATフィールドでエネルギーチェンバーを形成すればラミエルの加粒子砲に匹敵する火力を有する代物だ。

 

 機体には重力子フローターを備えているために単独飛行が可能であり、もちろんエヴァを乗せても飛べる。しかも2機もだ。

 

 その名もダンディライアン。

 

 ヴンダーの護衛戦力として計画したインレ計画の試作機だ。

 

 エヴァでインレを造るというバカみたいな計画だが、サハクィエルは無理だとしても、アラエルという宇宙空間に出向く必要がありそうな使徒は居る上に、全長2kmになるヴンダーを護衛するための戦力としてはこれくらいのものが要るだろうとMAGIの計算に基づいて計画したものだ。

 

 エヴァの支援兵器としてヴンダー計画提出よりも早く進んでいた此方の計画は早くも試作機が完成していた。

 

「F型もそうだけど、この追加ユニットもエヴァの汎用性を悉く損なう物ね」

 

「代わりに理論上では大気圏外にまでエヴァを運べる代物ですけどね」

 

「そうね。陸に空に海に。使徒が何時までも重力の井戸の内側からやって来るとは限らないものね」

 

 シンクロテストはマヤさんに任せて来たのだろう。まだ扱いの難しいN2リアクターの調整もあって、リツコさんはこっちに来てくれていた。

 

「そういえば日本重化学工業共同体が、JA(ジェットアローン)の二度目の公試運転をするそうよ。なんでも今度はN2リアクター搭載型ですって」

 

「なんともまたタイムリーな」

 

 N2リアクター搭載の支援機の試作機が完成したこの時にN2リアクターを搭載したJAの話を聞くことになろうとは。ていうかJAの事故なんて聞いていないから、順調だったらこれくらいの時にJA改は形になるというか、N2リアクターが出回り始めるのか。

 

「でも性能では此方が上よ。アナタの計画を基にMAGIが設計して私が手掛けているんですもの。飛べもしなければ稼働冷却に水源地が必要なんてナンセンスよ。火力だってエヴァの支援が無くとも第3新東京市の防護アーマーを一撃で貫通可能なのよ?」

 

「それ最大出力で撃つから1発でデバイスがオシャカになる切り札ですよ?」

 

「あら、切り札の有る無しは天と地程の差があるのよ?」

 

 ダンディライアンを見るリツコさんはなんだか燃えている様に見えた。こう、科学者としてメラメラと。

 

「それにまだファイバーも控えているし、最終的なインレが形に成ればファイバーとダンディライアン単独でもエヴァを圧倒するかもしれない兵器になるのだもの。人の科学で使徒に勝てる技術の勝利って良い響きだと思わない?」

 

「E計画の担当者とは思えないセリフですね」

 

「良いのよ。出来る人が居ないから母からE計画もMAGIも継いだけど、私としては母とは違う道で、母を超えたいのよ」

 

 メラメラと燃える炎は静かに内に潜みながらも、情熱を胸に決意を表すリツコさんを、自分はキレイだと見惚れてしまった。

 

「…出来ますよ。リツコさんならきっと」

 

「そう? ありがとう。でも先ずはアナタを超えなければならなくなったわね。ヴンダー、インレ、F型装備にステージ2エヴァ、新型兵装、アナタがここに来てから兵器体系が様変わりする様をこの眼で見ていると若い発想には恐ろしさを感じるわ」

 

 とはリツコさんは言うものの、自分からすれば既にあるものを落とし込んでいるだけで自分で発想しているものは1つもない。言わばカンニングなのだから褒められても申し訳無くなってしまう。

 

「それでも、ここまでの物を必要とする使徒の方が何倍も恐ろしいのだけれどもね」

 

「勝てますよ。絶対」

 

 勝てなければセカイが終わってしまうのだから勝つしかない。常に尻に火が点いている背水の陣。だからこそ1日1日を悔いなく進めるしかない。

 

「ん。今日も美味しいです」

 

「毎日飽きないわね、アナタも」

 

「これ飲まないとほっと出来ない身体になりましたよ」

 

「あら。それは嬉しい限りだわ」

 

 リツコさんが淹れてくれたコーヒーに舌鼓みを打ちながら、フワフワ浮いているダンディライアンを見上げる。

 

「どーやって外に出します?」

 

「1度ブロックごとに幾らか分解して、また外で組み直して、駐機は基本外ね。厚木か御殿場に置くようになるかしら」

 

「ですよねー」

 

 エヴァの運用に特化してる第3新東京市。だがエヴァの倍以上の大きさのユニットとなると街中に発進させるのは無理だった。

 

「あ、山間部の偽装口はどうですか?」

 

 提案したのは旧劇でのラミエル戦で夕方に初号機と零号機が発進した第壱中学校近くの山に設けられている様な山間部の発進口である。

 

「確かにああいった所なら改良すれば運用出来なくはないでしょうね。技術部で回しておくわ」

 

「ありがとうございます」

 

 発進口の改良を立案するリツコさんに礼を述べて、降りてきたダンディライアンへ向かう。そのダンディライアンから降りた初号機の手に乗って、ダンディライアンのコックピットへ上がる。そう、このダンディライアンは有人操縦が可能なのだ。

 

 だからってワケでもないのであるが、翌日ダンディライアンはある程度のブロックに分解されて地上に搬出後に再接合。そして何故か旧東京に向かうこととなった。

 

「へー、中々スゴいもの造ったじゃん綾波クン」

 

「別に。ネルフの技術力があればこそだよ」

 

 コックピットにマリを乗せて、前を行くネルフ所有のVTOLに追随する。

 

 まさかリツコさんが日重に挑戦状叩き付けるなんて思わなかった。

 

 名目としてはJAの二度目の公試運転と新型機関完成を祝して。ちなみにウチのネルフでも同型の機関を積んだロボットが完成したのでコンベンション等如何ですか? といったモノである。つまり喧嘩吹っ掛けた様にしか思えないのだが、前回の公試運転に行かなかった事で何かあったのだろうかと訪ねて見た時のリツコさんの青筋の立ち方と来たらまぁ恐ろしかった。

 

 色々とはしょって簡潔に言えば。ウチの新型JAのお披露目やるんですけど、どうせネルフさんは今回も忙しくて出席出来ませんよね? 取り敢えず席は用意してますのでお暇ならどうぞ見学に来てください。

 

 という事をリツコさんから日重の恨み辛みを含めて聞かされたのである。

 

「でもまぁ、リっちゃんの気持ちも解らんくもないかにゃ~」

 

「それは同じ科学者として?」

 

「そんなとこかなぁ。まぁ、どうなるかお楽しみってところで」

 

「いやお楽しみはご勘弁いただきたいんだけど…」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。仮にボカンしてもN2リアクターだから放射線被害は無いわけだし」

 

「もう止めて。ホント、マジで関わってるんなら止めて。止めさせて。判ってても心臓に悪い」

 

「心配性だなぁ、ウチのカミさんは」

 

 前回の公試運転はネルフが手を出す余裕が無かったから何も起きなかったとしたら、今回それが起こるのは止めて欲しい。最悪地図を書き直す爆発が起こる事になってしまうのだから。

 

 

 

 

つづく。

 

 



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ヒトが造りしモノ

古き良きエヴァFFでは時として起こる展開で使い古しの内容ですがどうぞ。


 

 会場となるのは前回JAが公試運転を行った旧東京都心。第28放置區域の再開発臨海部の国立第3試験場だ。

 

「ここがかつて、花の都と呼ばれていた大都会とはね」

 

「カミサマを見つけて手を出した結果がコレなんて、笑えない話だよ」

 

 眼下に見えるかつての栄華の残骸。

 

 セカンドインパクトで南極が蒸発した事で起こった最悪の被害は全世界の沿岸部を直撃した水位の急上昇だろう。

 

 セカンドインパクトが起きたなんて事をその時に普通の人は知りもしないのだから。真実を知らないまま東京は海の底に沈んでしまった。

 

「次はセカイの破滅かにゃ?」

 

「そうはさせないよ、絶対」

 

 既に出席する関係者を乗せて来たヘリコプター等がヘリポートに並んでいる。その中でもネルフのVTOLは異彩を放つが、さらにそこへ滞空する巨大な機影はヘリコプターやVTOLとは一線を画す存在感を放っていた。

 

「おうおう。これまたチョー注目のマトって感じ?」

 

 後ろから身を乗り出してコンソールのキーを叩くマリ。此方に注目する下界の人々をクローズアップする。額に手を当てて影を作って上を仰ぎ見る人や、双眼鏡で見上げる人も居る。太陽を見たりしないか心配だ。

 

「これってこのまま降りて良いと思う?」

 

「良いんじゃない? こんなデカブツ、試験場に入れたらメインディッシュが1発で脇役に蹴落とされちゃうにゃ」

 

「そんなつもり無いんだけどね、僕は」

 

「リっちゃんはそうじゃないみたいだけどねぇ」

 

 折り畳んでクローと化していた脚部を展開。歩行は出来ないが、エヴァを2機乗せていてもへっちゃらなランディングギアとしての役割は十二分に果たしてくれる。

 

 なるべくソフトに降りたが、コックピットにまで伝わる着地の振動は柔らかい感触のエヴァと違って固い。機械によるものの違いだろうか。

 

 200mクラスの巨体。ガンバスターが横になっている様なスペースを取るものの、脚部によって自立は可能であるので足場分のスペースさえ確保できればそこまで邪魔でもないだろう。多分、きっと。

 

「お、襟が曲がってるよん」

 

「あぁ、ありがとう。…なんだか着慣れないなぁ、コレ」

 

「そう? カッコ良くて似合ってるよ」

 

「マリは渋い色だけど似合うね。ピンクも良いけど、緑も好きかな」

 

「やん♪ そんな口説き文句言っても下着がピンクからライムグリーンに変わるだけよ?」

 

「変わるんですか」

 

 卸したての上に着慣れてないから服に着られてる感覚がするのは、ネルフの正装だった。自分は黒、マリは深緑。

 

 黒はゲンドウとお揃いなのだが宜しいのだろうか。

 

 そこに目の色を隠すサングラスも相まって鏡で見た時はまんまゲンドウの格好をしたシンジ君だった。なおシンジ君ご本人は複雑な表情で今朝見送ってくれた。

 

 ダンディライアンから降りると、此方に視線が集中する。中には驚きの視線も感じられた。

 

「ゲンドウと間違われたかな?」

 

「いんや。こんなキューティクルなヨメさんをゲンドウ君と間違えるとかあり得んしょ。というより、このデカブツのパイロットが女子供だって事に驚いてるんじゃないの?」

 

「驚くことかな?」

 

「アニメとかでマヒしてるだろうけど、普通兵器って訓練した大人が乗るものだからねぇ」

 

「それもそっか」

 

 マリとそんな話をしながらミサトさんとリツコさんと合流して会場に入る。

 

 用意されているテーブル席は他のテーブル席に囲まれたど真ん中。コップは並べてあるが料理は無し。どう並べたのか気になる手の届かないビール瓶たち。

 

「うっわ。感じワル~」

 

「歓迎ムードじゃ無いのは確かね」

 

 その光景を見て、マリとミサトさんが感想を溢す。

 

「形式的なものですもの。それに、今日ここに来たのは別に豪華な歓迎を受ける為ではなくてよ?」

 

「だからって、見せ物じゃないあれじゃ」

 

「仕方ないですよ。あちらからすれば僕たちは招かれざる客なんですから」

 

 笑われるのも今は気にしたって仕方がない。それに挑戦状叩き付けて来たのだからこういった対応をされるのも織り込み済みだ。

 

 JAの開発主任の時田シロウさんだったか。

 

 前回の原子炉搭載型JAからの変更点。新型機関として今全世界が開発に躍起になっているN2リアクターを初搭載したロボットであることを大々的に喧伝しながら大まかな仕様を説明していく。

 

 渡されたパンフレットと合わせて読み込む限り、原子炉と比べて放射能の出ないより安全な動力炉ということが自慢気に書かれている。

 

 しかし見掛けがまんまJA改であり、リツコさんも言っていたが、冷却の為に現時点では水源地を必要とする旨が書かれていた。

 

 ちなみにダンディライアンのN2リアクターは冷却問題をクリアしている。そこは世界最高髄の技術力を結集させているネルフであるから実現した事だ。ただ冷却問題を抱えているとはいえ、民間団体がここまで漕ぎ付けた事の方が日本企業の技術力の底力を垣間見た気がする。

 

 JA改の仕様説明が終わったあと、質疑応答の時間となってリツコさんが手を挙げた。

 

「これは、ご高名な赤木リツコ博士。お越しいただき光栄の至りです」

 

「質問を、よろしいでしょうか?」

 

「ええ。ご遠慮無くどうぞ」

 

「先程のご説明ですと、内燃機関を内蔵とありますが」

 

「ええ。本機の大きな特徴です。連続150日間の作戦行動が保証されております」

 

「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵することは、安全上の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが」

 

「5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ?」

 

「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」

 

「パイロットに負担を掛け、精神汚染を引き起こすよりは、より人道的と考えます」

 

「人的制御の問題もあります!」

 

「制御不能に陥り、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますがね。制御出来ない兵器など全くのナンセンスです。ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません」

 

「その為のパイロットとテクノロジーです」

 

「まさか…、科学と人の心があのバケモノを抑えるとでも? 本気ですか?」

 

「ええ。もちろんですわ」

 

「人の心という曖昧なものに頼っているから、ネルフは先の様な暴走を許すんですよ。その結果、国連は莫大な追加予算を迫られ、某国では2万人を超える餓死者を出そうとしているんです。その上あれ程重要な事件にも関わらず、その原因が未だ不明とは。せめて、責任者としての責務は、全うして欲しいものですな。良かったですねぇ、ネルフが超法規的に保護されていて。あなた方はその責任を負わずに済みますから」

 

「なんと仰られようと、ネルフの主力兵器以外、あの敵性体は倒せません!」

 

「ATフィールドですか? それも今では時間の問題に過ぎません。いつまでもネルフの時代ではありませんよ」

 

 聞いている限りだと、旧劇のやり取りそのままが繰り広げられていた。しかし違うのは、周りに笑われていても余裕でリツコさんが冷静であることだ。

 

「そのATフィールドに関してですが、通常兵器での貫通には1億8千万kwものエネルギーを必要としました。その様な大出力をどう確保するのか、我々も楽しみにしておりますわ。そして新時代の兵器開発も我々は押し進めております。表のモノがその試作機ではありますが、完成品に搭載する予定のテクノロジーは既に搭載済みのモノとなっております」

 

「あの様な巨大なもの迄をも用意する為の費用は考えたくもありませんね」

 

「我々ネルフの敗北は即ち人類の敗北を意味します。作戦行動期間に関してはそちらが優れているのでしょう。しかし今現在に至るまで現れた敵性体の何体に、あなた方の兵器は通用するものでしょうか?」

 

「全領域対応型への改良も現在計画中であります」

 

「お話になりませんわね。現時点で既に5体もの敵性体が立て続けに襲来し続ける現状で矢面に立っているのは我々です。我々の活躍があればこそ、あなた方は安全な後方で敵襲来に追われずに潤沢な時間を使えているのではないでしょうか?」

 

 今までの仕返しと言わんばかりに捲し立てるリツコさん。売り言葉に買い言葉で終わりは見えそうにないが、そんな不毛な事をリツコさんがするわけがない。

 

「そうでないと仰りたいのなら、我々の造り上げた新時代の兵器を超えてご覧に入れて下さいな」

 

「よろしいでしょう。しかし万が一壊してしまった際の弁償は致しかねますよ?」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

 つまりコンペという名の模擬戦的なものを催して、向こうの面目丸潰れにさせてやるというえげつないものだった。

 

 ミサトさんは大人げないとか言ってるけれど、旧劇でロッカーを蹴り壊している辺り鬱憤溜まってそうである。

 

「じゃ、あとはよしなに、ね、シンジ君」

 

「あ、はい」

 

 リツコさんは笑って此方に言ったが、目が笑ってないのでやっぱり腹に据えかねる様だった。

 

 人間同士でいがみ合ってる場合じゃないと思いたいものの、あんな風に言われると快く思われていない相手と協力するには、此方が折れるか、相手をへし折るかとなってしまう。話し合いで解決出来れば良いのだが、それも今は難しそうだ。

 

 ミサトさんも愚痴っていたが、ネルフの利権に溢れた人たちの腹いせ、さらには背後には日本政府も絡んでいる。少なくとも内務省長官が。

 

 ネルフの嫌われようも凄まじい。そしてそんな莫大な予算を使ってヴンダーやインレを造っている自分も同類として目の敵にされるのも当然の立場の人間であるから、自分から言葉を発しても今は無意味だ。

 

「勝算は?」

 

「まぁ、ね」

 

「にゃはは。まぁ、そうだよねぇ」

 

 小声で耳元に囁いてくるマリに答える。

 

 JA改の戦闘能力はエヴァ2での最終ステージのものしかないが、ハンマーと掌の放電。エヴァシリーズのATフィールドを時折貫通するが、基本的にはエヴァがATフィールドを中和してやりながら戦闘をしていた覚えがある。時折貫通するのはおそらく電撃攻撃が選択されている時なのだろう。

 

 互いに何処が壊れても弁償ナシということは向こうは本気で来るのだろう。しかし此方が本気でやると勝負は一方的になる。ミサトさんの大人げないという言葉そのままだ。

 

 今現在のJA改に飛ぶ術は無いだろう。だが、ダンディライアンは飛べるのだ。

 

 さらに大きさも、エヴァと同等の大きさのJA改に対して倍以上の質量の差がある。多分体当たりでもすればJA改は倒せる。

 

 問題は電撃を食らった時は、ダンディライアンも機械だ。EMP対策はしているとはいえ、電撃の発する電磁パルスで内装がやられれば負けるだろう。そうならない様な立ち回りと、装備は用意してあるが。

 

 とはいえデモンストレーションで呆気なく終わらせても意味がない。被害無しを目指すなら近寄られる前にレーザー砲で脚を撃ち抜けば終わるのだから。

 

 来る時も正装のままだったので、デモンストレーションも正装のままコックピットに上がる。

 

「じゃあ手筈通り、ガンナーよろしく」

 

「えらほらさっさー、おーまかせってね♪」

 

 最初からこうなるとだろうと思っていたから、ついでにインレ用のデータを取ろうと思ってダンディライアンのコックピットは2人乗りのコックピットを登載している。

 

 インレもアレ、ダンディライアン側とファイバーⅡ側にそれぞれ機体の機動担当と砲手で別れてコアMSが乗ってるからね。

 

「お、出てきた出てきた!」

 

 コックピットのモニターにはハンガービルから歩行して出てくるJA改の姿が見える。人間的に動くエヴァに比べたら動きが造り物っぽい印象を抱かせる。

 

「N2リアクター始動。重力子フローター正常、動力伝達問題なし。ダンディライアン、発進!!」

 

「さらばー地球よ~っと」

 

「データリンク正常、問題なし。エンゲージ!!」

 

 JA改に向かって機体を飛ばす。ダンディライアンは重力子フローターによる反重力推進で浮いている。そこにロケットエンジンを加えることで高い機動性を確保した。見掛けによらず速いのだ。

 

 最初のスタートで先ずはその速さの違いを見せつける。しかも此処に来るまでに露呈しているが、飛べるということだけでも大きな差となる。とはいえ、この巨体のペイロード故にそこまでの多機能を積み込めるといちゃもん付けられたら返す言葉も無いのだが。しかし反重力推進機関の開発はまだネルフ本部が世界初である筈だからこその特権である。

 

「砲撃用意! 主砲照準!」

 

「アイアイサー! 砲撃用意、主砲動力伝達。照準よし、発射準備完了!」

 

「発射ぁっ!!」

 

「発射!」

 

 機体上部装甲側面に1基装備している大出力γ線レーザー砲が光を放つ。もちろん画像処理されたCGで実際に撃っているわけではない。

 

 今頃JA改の制御室のスクリーンには足元をレーザー砲で吹き飛ばされる光景でも映っている筈だ。

 

 JA改はたたらを踏んで片膝を着く。倒れない辺り、オートバランサーは優秀らしい。

 

 よろよろと立ち上がるJA改。ただやはり遅い。エヴァに乗って対使徒戦を経験してるから思う。この鈍さだと使徒と戦うのは無理だ。

 

 JA改がその少ない武器の内のひとつのハンマーを振り上げる。

 

「ワオ! あんなの食らったら装甲ヘコんじゃうじゃん?」

 

「歪曲フィールド展開、出力最大! 受け止めて!」

 

「フィールド展開、出力最大! 気張れ~ダンディちゃん!」

 

 振り下ろされるハンマーをダンディライアンは逃げもせずに正面から受けて立った。

 

 しかしてハンマーが機体を傷つける様なことはない。

 

 バリアの様に展開される半透明の青い壁に阻まれていた。

 

 重力制御技術と共に開発された歪曲フィールドだ。

 

 機体周辺に均質化された力場を展開し、球状フィールド外縁を通過しようとする運動エネルギーを歪曲、張力拡散させる事で負荷許容限界までの攻撃を一切無力化するインチキバリアだ。

 

「おととい来やがれべらんめえ!!」

 

 歪曲フィールドを解除し、ハンマーを振り下ろした体勢で受け止められていたJA改がつんのめるのをカウンターで合わせて、ダンディライアンは軽やかにバレルロールでハンマーを躱すと、その胴体にサマーソルトキックを叩き込んだ。

 

 優先権は操縦士側だが、ガンナー席からも機体は動かせる。一連の動きはマリによるモノだった。

 

 エヴァと同じ特殊装甲であるからダンディライアンの心配は程無いが、逆にJA改の装甲が無事かを心配する。N2リアクターとなってメルトダウンの心配はなくなったとはいえ、依然としてN2リアクターを搭載しているのだから間違っても爆発させるような手荒な真似は出来ない。なのに蹴りを入れるとは思わなかった。

 

「マリ、もう少しお手柔らかにして」

 

「メンゴメンゴ。ちぃとアタシも頭にキてたかにゃ~」

 

「それで爆発したら笑えないよ」

 

「いやこんくらいで爆発されたら使い物にならんしょ」

 

 とは言うが、爆弾を蹴り飛ばした様なものだから内心冷や汗ものだ。

 

 モロに蹴りを食らって倒れたJA改がノロリと立ち上がる。だがどうやら此処までの様だ。

 

「ありゃりゃ、水漏れしてる」

 

「あぶな、前面装甲割れてるよ」

 

 質量の差というか、エヴァ2機を乗せてもへっちゃらな脚部は巡航形態ではクローとしても使える為にパワーもあって頑丈だ。

 

 それで蹴られたJA改は、胸の部分から装甲が割れて冷却水が漏れ出していた。

 

『お疲れ様、2人とも。デモンストレーションは終わりよ』

 

「了解。状況終了します」

 

「あーあ、なーんか拍子抜け。ま、わかっちゃいたけどさ」

 

「そうでもないよ。エヴァを殴ってダメージを与える質量を受け止められたってだけでも良いデータが取れた」

 

「綾波クンは優しすぎにゃ~」

 

 飛べない相手にイジメだったかもしれないが、それでも良い成果が得られたのは事実だ。

 

 ヒトはATフィールドに匹敵する盾を手に入れたのだ。

 

 会場に戻ればお通夜ムードが渦巻いていた。敵愾心に近い視線は向けられるわ、破損させたJA改の弁償をすべきではないかという声も聞こえる。 

 

「私も科学者だ。そして男でもある。女性と交わした約束を違える気はない。我々の造り上げたJAが現状で劣っている事も認めよう。だが次こそはあなた方ネルフの技術を、我々は超えてみせましょう」

 

「その時を楽しみにさせていただきますわ」

 

 時田さんとリツコさんの会話で、JA改公試運転式典は幕を降ろす事となった。

 

 時としてエヴァFFでも見掛けたJAをぶっ飛ばすという展開を、まさか自分がやるハメになるとは思わなかった。

 

 本当にこれで良かったのかとも考える。今回の件で日本政府との関係も悪くなってしまったのではないかとも考えてしまう。

 

「難しい顔してる。なーに考えてるの?」

 

「いや。ホントにこれで良かったのかなって。もっと角が立たない方法とかあったんじゃないかなって」

 

「優しいのは綾波クンの美点だけど、優しさと甘さは違うよ。舐め腐った連中を叩いて現実を見せるのだって、ひとつの優しさなんだよ」

 

 マリの言うことも理解出来る。自分が甘いという事も。JAはそもそもエヴァに対抗して造られたロボットだ。同じ使徒を倒すための兵器という括りではなく、エヴァを倒して自分達がその利権の座に着くための道具。そのJAを造った日重とネルフがそう簡単に相容れない事も。

 

 だからこのやるせなさは胸にしまうしか今はなかった。

 

 

 

 

つづく。



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鋼鉄のガールフレンド

ガールフレンドいっぱいの綾波クンの明日はどうなるのだろうか。


 

 トライデント追跡調査に動きがあった。

 

 岩盤に激突して擱坐しているトライデント。

 

 状況から見て崖を踏み外してその勢いのままぶつかったらしい。

 

 ネルフの調査班が機体に取り付いて調査しているのを、上空で滞空しながら待機するのは零号機だ。

 

 久し振りの零号機のコックピットはすっかり女の子の香りになっていた。

 

 両肩のロックボルトを固定器具として流用して装着されている追加ユニットの構成は、背部に重力子フローター、両肩の脇にはN2リアクターと歪曲フィールド発生器を内蔵しているジェネレーターユニット。そのジェネレーターユニットから伸びるバインダーには対空レーザーとホーミングレーザー、ロケットノズルを装備する。

 

 一見するとまるで傘の様な見た目になるその装備の名はファイバーユニット。ダンディライアンと合体するインレの上半身を構成するファイバーⅡのプロトタイプである。

 

 エヴァに装備することで、ウィングキャリアーといった大掛かりな輸送手段が無くとも遠隔地に緊急展開を可能としている。

 

 先日の出撃のメンテナンスをするダンディライアンに代わって、今日はファイバーユニットの出番となった。

 

 学校へ行く直前のタイミングでの非常召集。

 

 動き出したトライデントを追尾と確保する為にネルフの現時点最高戦力である零号機F型を出撃させる事になった。さらに緊急展開を必要とする為にファイバーユニットを装備してでの緊急出動となった。

 

 トライデントの追跡を行った結果がこの現状であった。

 

 トライデントの調査現場には戦略自衛隊も加わっていた。

 

 既にパイロットの暴走による脱走兵器だという通達も降りている。

 

 推進器も使わずに浮遊しているファイバーを訝しげに見上げる視線もいくつかある。

 

 岩盤に激突した事で大破と言って差し支えのない様子のトライデントの頭上に浮かぶファイバーを装着した零号機という構図はなんとも嫌味に見える事だろう。

 

 戦略自衛隊が心血を注いだロボット兵器の有り様と対比して空をも作戦行動区域に加えたネルフのエヴァ。

 

 JA改は致し方無いとして、戦自に対しても技術力の違いを見せつける様な構図となってしまっているのだ。

 

 個人的にはそれを狙っていたわけでもない。儘ならない事は時として連続してやって来るものだ。

 

 トライデントの胴体にパイロット用だろうハッチが見受けられる。

 

 眼下でそのハッチを抉じ開ける作業が行われ始めた。

 

 それを横目にファイバーの各種ステータスが問題ない事を確認していく。少々の小競り合いはあったが、歪曲フィールドは悉くトライデントの攻撃を無力化してくれた。

 

 あとは実際に使徒と戦闘してみなければわからない。マトリエルがそうした意味では特殊な能力も持たない使徒としては最適だが、ネルフ停電と時期が被るとすると、すんなり出撃が出来るかどうかの問題となる。ファイバーとダンディライアンのN2リアクターから直接電力供給をしてエヴァを発進させる対応シミュレーションもしているが、正・副・予備の3系統の電源を落とされる大事態だ。その仕掛人は加持さんだが、その背後は日本政府となっている。しかも今回は日本政府から攻撃される材料を作ってしまった辺り本当に儘ならない。

 

 故にN2リアクターを緊急電源として使う案は誰にも話していない。だがあの加持さんがその事に思い至らないはずは無いだろう。日本政府にも既にN2リアクターをネルフが開発し終えた事も出回っているはずだ。

 

 最悪インレ計画も狙われるかもしれないと思うと気が気でない。

 

 ただそれならそうで良い。本命はヴンダーだ。インレ計画はヴンダーの護衛機建造計画に過ぎない。それすらエヴァの全領域対応装備計画案という触れ込みだ。

 

 ヴンダーが建造出来れば移動可能な本部施設として機能し、後顧の憂い無く戦う事が出来る。

 

 トライデントから救出されたのは中学生くらいの男の子だった。

 

 重症という事だが、生きてはいる様だ。

 

 搬送先は戦略自衛隊病院。戦自の兵器に乗っていたのだから当然の事だが。

 

 トライデントの回収作業の支援も含めて零号機は出動している。ファイバーに装備して来たウィンチを降ろして、ワイヤーとフックが固定されるのを見守る。吊り上げて運ぶのは人目に目立つだろうが仕方がない。

 

 新御殿場駐屯地にトライデントは運び込む事となった。

 

 急ぎの旅でもない上に、大破して折れ曲がっているトライデントを揺らすワケにもいかないので、反重力推進だけでゆっくりと丁寧に運ぶ。風に吹かれない様にATフィールドで円柱形に零号機ごとトライデントを保護する。

 

 これも折角だからデータを取る為だった。ワイヤーから吊り降ろす機体の保護。サンダルフォン戦に役立てられないかというそんな考えからだった。

 

 トライデントの回収後、ネルフ本部に戻るとリツコさんがトライデントのパイロットを見に行くというので同行する事にした。

 

 リツコさんが他人に興味を持っているのも珍しい。トライデントという戦略自衛隊秘蔵のロボットのパイロットに興味があるのか。しかし良く脱走したパイロットにお目通りが叶ったなと思う。

 

「例のパイロットのカルテを見たけれど、中々面白い事がわかったわよ?」

 

「面白いことですか? いったいどんな?」

 

「あのトライデントという兵器の欠陥。激突した衝撃で打撲やら骨折やらで酷かったけれど、彼らの身体に相当の負担が掛かっていた痕跡を見つけたわ。おそらく、コックピットの居住性は最悪でしょうね。いったい何人のパイロットを使い潰したのか、想像したくないわね」

 

「どういう負担が掛かっていたんですか?」

 

「内臓をやられる程のシェイカー機能付きロボットってとこかしら。機体胴体はリアクターや冷却器に占有されていて、パイロットを乗せる余裕が機首にしかなかった様ね。放射能汚染の危険も考慮すれば合理的ではあるけれど、問題はコックピットの居住性を確立出来なかったという事ね」

 

「そんなモノに子供を乗せるなんて…」

 

「私たちが言えた義理じゃないでしょうけど、エヴァの完成と運用、そして使徒殲滅の戦果と実績はこうした他の組織の歪んだ成果を生み出す結果に繋がったのでしょうね。とはいえ、それにあなたが責任を感じる事も無いわ。そもそも、全人類の生命を背負っているあなたが背負う必要も無いことよ。これは大人の話ですもの」

 

「……はい」

 

 確かにそんなことまで背負う必要も無いし、背負えと言われても自分は身の周りの事で精一杯だ。

 

 しかしアスカの事も一緒だ。自分のしてきた事で預かり知らぬところで不都合が沸いて出てしまっている事に思わないところが無いワケがない。

 

 かといって、使徒は倒さなければならない相手で、そんな相手を倒した後の事で誰かに不都合やら不幸が降り掛かるなんて考えられるワケがない。

 

 だからリツコさんは気にするなという。気に留めてもどうしようもない事だと。

 

 ただそれでも、あんな痛々しい姿を見てしまうと、ココロが疼いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あれは…」

 

 戦略自衛隊病院から出ようとすると、人目を気にして廊下を行くマナの姿を見つけた。

 

「なにしてるの? 霧島さん」

 

「きゃっ!? …なんだぁ、綾波センセーか。驚かさないでよぉ」

 

 こちらの姿を見て胸を撫で下ろすマナ。どう見ても様子が変だ。

 

 申し訳無くリツコさんを振り向くと、行ってらっしゃいと言うように手を振って送り出してくれた。廊下を去っていくリツコさんを見送って、マナに振り返る。

 

「どうしてこの病院に?」

 

「……私の友だちが運び込まれたって聞いたんです」

 

 花束を抱くマナの様子から、誰かを見舞うのだったのだろうと思い当たるが、ならばどうして人目を気にしていたのかの説明がつかない。

 

「トライデントのパイロット」

 

「っ!?」

 

 その言葉を口にすると、マナの肩が跳ねた。そして、何もかもを諦めた様な表情で自分に向き合って来る。

 

「なにもかも、お見通しだったんですね…」

 

「僕が知っているのはマナが戦自のスパイだって事だけ。今日この病院に運び込まれた急患でマナの友だちって考えたら中学生くらいの男の子だったトライデントのパイロットくらい。知ってる事はそんなに無いよ」

 

「そうですか……」

 

 マナの言葉は消え入りそうに小さかった。

 

「センセ?」

 

「この前も言ったけど、僕はマナの為なら出来る事をしてあげたい。僕は、マナの味方だから」

 

「センセ…」

 

 そんなマナを見てられなくて、マナの手を握ってそう口にしていた。

 

「中々堂が入った告白じゃないか、シンジ君」

 

「誰!?」

 

「加持さん」

 

 そんな自分達に声を掛けて来たのは加持さんだった。

 

「どうしたんです? こんなところで」

 

 加持さんの仕事の持ち場的に此処に居るのも不思議である。

 

「なに、今回のロボット騒動の件で少し呼ばれただけさ。人の造ったものだけに色々と面倒でね」

 

 やれやれと肩を竦める加持さん。エヴァに対して戦略自衛隊の脱走ロボットが攻撃をした。その事実だけでも一大不祥事なのは言うまでもない。

 

「みんな、私の所為かもしれない…」

 

「どういうこと?」

 

「待った。今これ以上この場に留まるのは危険だ。そして、俺もさっきの事は聞かなかった事にする。シンジ君、彼女を頼んだ。そして君も、これ以上この病院に近づくな」

 

 加持さんの真面目な雰囲気によろしくない空気を感じ取る。加持さんに頷いて、マナの手を離さないように握る。

 

 同じ戦略自衛隊なのにマナがこそこそとしていた理由と、さっきの言葉から重い事情を抱えているのは察しがつく。

 

「ネルフ権限における要人保護権に則り、彼女を保護します」

 

「綾波シンジ特務三佐の要請を受理。さ、早くこの病院から出るんだ」

 

「はい。行くよ、マナ」

 

「え、あ、えっと、了解?」

 

 状況が読み込めていないというマナの手を引いて病院を出る。

 

 去り際加持さんから渡された車のキーと小さなメモを頼りに、駐車場の車を見つけて乗り込む。ミニクーパーとは、かわいい趣味をしていらっしゃる。

 

「ねぇ、綾波センセーって結構偉い人だったの?」

 

「まぁ、最近なったばっかりだけどね」

 

 非常時に措ける措置として、自分はパイロットの統括者の1人として三佐相当──つまりは少佐クラスの権限が与えられる。ミサトさんも一尉から三佐の昇進が決まっているのは冬月先生から下りてきた情報だ。

 

 乱用は厳として慎むモノだが、今回は身の危険を感じた為に敢えてネルフ本部司令部付きの三佐として身分的に振る舞う宣言をした。

 

 こうなったら怪しい車が追ってきても下手な手出しは出来ない、と思いたい。

 

「さっきの、自分の所為だって話。どうしてトライデントの事件に、霧島さんが絡んで来るの?」

 

「それは、ネルフの人間として知りたいんですか?」

 

「学校の先生として、というわけでもない。僕個人として、霧島さんのコト、放っておけないから」

 

「……なら、話せません」

 

「霧島さん……」

 

「優しく、しないで。優しくされたら私、センセーに甘えちゃう」

 

「甘えたって別に」

 

「なら、エヴァのコックピットがどうなってるとか話してくれるの? くれないでしょ! 機密なんだもの、そんな同情ひとつで話せる内容なんですか!?」

 

 涙を溢れさせながら叫ぶマナ。マナの任務。自分に近付いた理由。トライデントの欠陥を知ったから察した。

 

「確かにエヴァの機密は簡単に教えられない事が多い。でもマナの任務を達成させてあげられる技術を僕は持ってる。その技術は僕の管轄だから教えてあげられる」

 

「なにを言ってるんですか。軍事機密はそんな簡単に伝えて良いものじゃないんですよ?」

 

「でもそれでマナの悩みがひとつ減って、トライデントという人類の力がひとつ完成するのなら、僕は惜しいだなんて思わない」

 

「センセー…なんで……」

 

「好きって言ってくれたことが嬉しかったから」

 

 マナだったから助けたい、というのも何処かにはあるのかもしれない。少なくとも何も知らない他人よりはマナに対して知っている事はいくつかあった。

 

 でも実際にマナと少ないながらも話して、触れ合って。助けたいって思ったのはウソじゃない。

 

「だから助けたい。マナのこと」

 

「……チョロすぎるよ。センセー」

 

「そうかな…。そうだとしても仕方がないよ。コレが僕なんだから」

 

 キスされて、好きだと言われただけで此処まで気を許して動いてしまうなんて確かに客観的にはチョロいヤツなのかもしれないけれど、それで目の前の女の子を助けられるなら、チョロくても構わないって思ってる時点で多分自分はバカの部類だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフに到着して向かった先は冬月先生の所だった。

 

「綾波シンジ、入ります」

 

「ああ。ご苦労だったな、綾波特務三佐。報告は聞いているよ」

 

 おそらくは加持さんの方から連絡が行ったのだろう。加持さんが何処の味方かはわからないけれども、今回の件は此方の味方として動いてくれた様だ。

 

「そちらの彼女が、例の娘かな?」

 

 冬月先生の視線が連れて来たマナを向く。

 

「はい。要人保護権の行使で、彼女の身柄を保護しました。詳細は後程上げますが、彼女の証言からトライデント開発過程において非人道的なテストが繰り返されていた事が判明しました。また戦略自衛隊隊員による不当な暴力に端を発し、今回の事件へと発展した事実が判明しました」

 

 ネルフに到着するまでの間でマナが話してくれたのは、今回の事件の経緯だった。

 

 トライデント開発においては幾人ものマナと同世代の子供たちがいたらしい。ただトライデントの劣悪な操縦性からひとり、またひとりと身体を壊してリタイアしていく中で最終的にマナと他2人の男の子が残ったらしい。さらには大人たちから暴力も振るわれていたという事だ。よって子供たちは完成したトライデントで逃亡を謀った。

 

 マナが自分の所為だと言ったのは、トライデントで逃げ出そうというのを最初に言ったのは彼女であったかららしい。

 

「彼女の証言だけではその事実を立証するのにはまだ弱いな」

 

「はい。ですので残るトライデントのパイロットの確保がこの件を決着させる為の鍵であると思われます」

 

「そうなるだろうな。そして、それを裏付ける様に戦略自衛隊から彼女の身柄を寄越す様通達が来ておるよ」

 

「彼女の身柄はネルフ権限に則り私の保護下にあります。そして彼女の証言が事実であるのならばなおのこと身柄を引き渡すわけにはいきません」

 

「戦略自衛隊と事を構えるメリットが我々ネルフには無いわけだが?」

 

「先の事実から戦略自衛隊の非道を暴き、直轄である日本政府にも貸しを作ることが出来ると愚考致します」

 

 冬月先生の揺さぶりに負けない様に無い頭から言葉を搾り出す。個人の感情で組織を動かすことは叶わない。メリットとデメリット、損得勘定という天秤で得をするという方に傾けさせなければならないのだから。

 

「辛いが、まぁ、合格としてあげよう。実際、戦略自衛隊と日本政府に貸しを作ることが出来る材料は充分なメリットとなる」

 

「ありがとうございます、冬月副司令」

 

「構わんよ。さてお嬢さん、そういうわけで君の身柄は綾波特務三佐の管轄となる。少しの間不自由となるが我慢してくれ」

 

「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「うむ。礼儀のしっかりしているところは好感が持てる。困った事があれば綾波特務三佐を頼りなさい。あとは此方の仕事だ、下がって構わんよ」

 

「はい。では失礼します」

 

「し、失礼します」

 

 マナと並んで執務室を辞する旨を口にすると、冬月先生は微笑みで送り出してくれた。

 

「ぷっはぁぁぁ、き、緊張したぁ。綾波センセー良く平気だったね」

 

「普段の優しい冬月先生を知ってるからね。今は副司令と三佐の立場で接する必要があったから堅苦しい雰囲気になっちゃったけど」

 

 自販機コーナーで休憩する事にすると、マナは肩から力を抜いて大きく一息吐いた。

 

 オレンジジュースを2本買って片方をマナに手渡す。

 

「ありがとう。でも頼もしかったな、センセ。もっと好きになっちゃいそう」

 

「あんな話を聞いちゃったら余計マナの事放っておけないよ」

 

「センセー優しすぎ。そんなんじゃ色んな人に簡単に騙されちゃうよ?」

 

「僕だってちゃんと良いかダメかって判断してるよ」

 

「じゃあなんで私は良かったの? 最初からスパイだってわかってたんでしょ?」

 

「実際に会ったマナが助けて欲しそうな目をしてたから」

 

「私そんな目してた?」

 

「僕にはそう見えたってだけ」

 

 そんな風に誤魔化しておく。実際にマナについて知っていることは少なかったけれども、シンジ君に惚れちゃったっていう覚えていた情報から悪い娘じゃないだろうなと勝手に思っていただけだ。

 

「だ~れだ?」

 

「それ隠す気ないでしょ」

 

 目隠しをしないであすなろ抱きをしてくるマリにそう返した。

 

「綾波クン、まーたオンナのコ囲うつもり?」

 

「人聞きの悪いこといわないでよ」

 

 別にそんなことしてるワケじゃないし、してるつもりもない。

 

「え? センセー、あんなに私のこと好きって言ってくれたのに…」

 

「あー、いーけないんだいけないんだ。せーんせいに言ってやろー」

 

 突然見放された様にショックを受けた様子を見せて泣き崩れるマナと、それを見て此方を指差して批難するマリ。

 

「冬月先生が困るからやめようね? マナも嘘泣きで僕を陥れてどうするつもり?」

 

 ただあまりの突拍子もなさにマナのそれが演技だっていうのはいくらなんでも判るし、それで騙せる程自分はバカじゃないしチョロくもない。……でもマジだったらどうしようと思ってる辺りやっぱり騙され易いチョロいヤツなのかもしれない。

 

「だって、たぶんその人が一番強敵そうなんだもん」

 

「お、良いカンしてるぅ。そうだにゃ~、綾波クンはそう簡単に渡すワケにはいかない真希波お姉さんにゃ~」

 

「僕はマリのなんなのさ」

 

「え? お嫁さんだけど?」

 

 スラリとなんの考慮もなく自然と放たれた言葉をそのまま受け取っても良いものかと考える。融けあってからマリは時折自分を嫁扱いしてくる。

 

 それで良いのか悪いのかわからないものの、そう言われる事が自分を大事にされている様に感じて、心地好さを感じている自分はチョロいという事に言い逃れが出来る材料が見当たらない。

 

「綾波センセーって、頼もしいけどカワイイんだね」

 

「お、そこが判るのは中々解ってるねぇ」

 

「何処が、何が」

 

「お嫁さんって言われて満更でもなくてワタシの腕にすっぽり収まってる所とか」

 

「ネコみたいですよねぇ」

 

「本質はワンコだよ綾波クンも」

 

「解った。具体的に言わなくて良いから」

 

 マリに甘えている、それを改めて言葉にされると恥ずかしさが沸いて出る。自分のすべてを知るマリに余計な墓穴を掘られる前に降参の意思を告げるしかなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はじめまして、霧島マナです!」

 

「い、碇シンジです。よ、よろしく…」

 

「うん。よろしくね、碇君!」

 

 本来あるべきであっただろう出逢いは紆余曲折を経てネルフ本部寄宿舎の中で行われていた。

 

 マナみたいな明るい娘が、シンジ君には必要だろうと思って引き合わせてみた。結果良い調子のスタートだろう。

 

「にしても、綾波センセーと碇君ってそっくりなんだね」

 

「親戚だからね。似る事もある、と言いたいけれど、マナって僕の事どんな風に聞いてる?」

 

「えーっと、綾波センセーは元々碇シンジ君だったとか?」

 

「上にはそれで出回ってるのか」

 

 綾波シンジは元々は碇シンジだったということで上層部には情報として出回っている事に、現状をどう説明するのかという難しさに頭を悩ませる。

 

 それこそエヴァの秘密に触れないとならない関係であるからだ。

 

「僕も元々碇シンジだった。けれども綾波シンジとして生きることにした。だから僕は綾波シンジで、碇シンジは彼の方だって覚えておいてくれれば良いかな」

 

「それって、エヴァの秘密に関係あるってこと?」

 

「ある。だから話せる事も少ないんだ。ごめんね」

 

「わかった。まぁ、碇君は碇君で、センセーはセンセーって覚えるから良いよ」

 

「ありがとう、マナ」

 

「えへへ~、どういたしまして」

 

 身を乗り出して微笑むマナ。ふと身体に誰かがしがみつく。

 

「シンジは渡さない…」

 

 それはシオンだった。う~っと唸るシオンの頭を撫でてやる。それでもあまりご機嫌はよろしくならない。

 

「センセーモテモテだね」

 

「まぁ、悪い気はしないよね」

 

 シオンの反対側にマナが抱き着いてくる。

 

「マナ?」

 

「私も、センセー…、シンジのコト、好きになっちゃった」

 

「マナ……。あうっ」

 

「私も忘れちゃダメだよ? 綾波クン」

 

「ま、マリまで…」

 

 背中に抱き着いて来たのはマリだった。

 

「わたしも、ぽかぽかしたい。1人は、寒い…」

 

「レイ…」

 

 そして胸に寄り添って来るのはレイだった。

 

「そう。みんなと居ると温かい。1人ではないことを知る。アナタはワタシ、ワタシはアナタ。アナタの想いはワタシのココロ」

 

 優し気に微笑んで此方を見るレンに助けは期待出来ず、シンジ君は既にカヲル君とカヲシン空間で台所に立ち、此方は眼中に無い。

 

 温かい通り越して少し熱いでもないけれど、それ以上に、好かれていることに嬉しさと幸せを感じる自分は易いヤツだなと思うしかなかった。

 

 

 

 

つづく。



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生命は眩しい明日を待っている

ガールフレンド真っ只中なのにぶっ込む暴挙。中々話が進まない儘ならなさ。トントン拍子に話を進ませるのは簡単だが、深みを出すためには牛歩のごとしというジレンマ。それでエタるのか完結出来るのかは未来の私が知っている。

2000年初期の頃みたいにエヴァのFFだったりSSがもう一度盛り上がる時代とか来ませんかねぇ。


 

 日課の朝の散歩に出る前だった。

 

 部屋を出るとカヲル君が通路に居た。

 

「おはようカヲル君」

 

「おはよう兄さん。少し良いかな?」

 

「良いよ。でもカヲル君からなんて珍しいね」

 

 用があるのはほぼ此方からで、カヲル君から声が掛かることは本当に少い。

 

「実は暫く月に行くことになってね」

 

「ツキって、あの月?」

 

 カヲル君が月と言うと途端に意味深くなるので、頭の上を指すジェスチャーで確認を取ると、カヲル君は頷いた。

 

 さて、カヲル君と月と聞くとひとつ思い当たる事がある。

 

「ただの観光、というワケじゃないよね」

 

「そうだね。ただ、僕がどうなったとしても、シンジ君の幸せを願っているのは変わらないことだよ」

 

「なんでそんなことを言うの?」

 

 まるで最後の様な言い回しの言葉に心配が募る。

 

「僕は君の鈴役を放棄していたからね。僕という存在も代わりの居る幾つもの僕の一個体でしかない。彼らに不都合があれば、僕は不要なモノとして処理されるだけさ」

 

 そう言ったカヲル君だったけれども、それをカヲル君が承知しているものとは思えないのは、その事をカヲル君本人が不服そうに語っていたからだ。

 

「カヲル君はカヲル君だよ。僕たちと話して、ご飯食べて、一緒に生きてきたカヲル君は、目の前のカヲル君だけだ」

 

「僕と君は敵同士なのに、何故君は僕の事を心配するんだい?」

 

「それは僕と君の立場であって、君が僕個人の敵じゃなかったからだよ。シンジ君の幸せを願うのなら、僕は目の前のカヲル君に帰ってきて欲しい」

 

 代わりが居るからだとかで納得しない。記憶が引き継がれるのだから良いとも言わない。

 

 自分が見てきた目の前のカヲル君だから信じられる。

 

「君は我が儘だね」

 

「我が儘だから、戦えるんだよ」

 

 サードインパクトを起こさせないために、人類補完計画を阻止する為に。

 

「だからカヲル君にも我が儘になって欲しい。君は『自由』なんだから」

 

「……なるほど、そうだね。僕は『自由』…か」

 

「か、カヲル君…?」

 

 自由意思を司る使徒である自分を再認識する様に呟いたカヲル君に、何故か抱き締められた。

 

「キミの中に居る彼が羨ましいよ。肉体も、魂も、何者にも脅かされる事もなく還る場所。リリンや僕たちが求める安らぎの部屋。僕も、其処に還れるのなら」

 

「んっ、ぅっ」

 

 カヲル君の身体が、自我境界線を超えてひとつになろうとしてくる。

 

「そうか。僕たちもまた、ひとつになることで安らぎを得たかったのか。他者との隔たり。ATフィールドは僕たちを強くするモノであっても、僕たちの弱さまでは守る事は出来ない」

 

「アダムも、リリスも、ひとりぼっちが寂しくて自分の仔を産み出した。でも生命を象るのにATフィールドは絶対的に必要な他者との壁だ。だからひとりぼっちではなくなっても、寂しさは残ってしまった。でも黒き月の生命は、その寂しさを癒す方法を知っている。その頂点であるリリンも例外じゃない」

 

「…涙。何故、僕が」

 

「誰かに受け入れて貰えるのってさ、とても嬉しくて、安心して、ココロが解れるものなんだよ」

 

「キミは、僕を受け入れてくれるのかい?」

 

「出会った頃と違うのは、今のカヲル君なら僕は良いって思うのは、それだけカヲル君を知ったから」

 

 カヲル君は確かにゼーレの側の存在かもしれない。けれどもカヲル君個人は敵じゃないと思えるのは微笑んでシンジ君と過ごしていたのを見ていたからだ。

 

「他者を受け入れる為に時を必要とする。自我の強いリリン特有の無駄遣いだね」

 

「その無駄な時間で、ヒトは絆を深めあって、他者を自分の中に受け入れられるんだよ」

 

「生命として強すぎる僕たちには、その脆さが理解できないんだろうね」

 

「でも今はリリンの肉体を持つカヲル君なら理解できる事だと僕は思うよ」

 

「キミの言葉は優しく響き渡るね」

 

「ヒトの優しさが解るキミは、もうただの使徒じゃないよ。使徒でありながらヒトのココロを持つ新しい存在だよ」

 

「キミのお陰で産まれ変われたんだよ。お母さん」

 

「お母さんはちょっと困るかなぁ」

 

「仕方がない。姉さんで我慢してあげるよ」

 

「いきなりボケ倒すのやめない? 本気なんだかどうなんだか判断に困るんだけど」

 

「僕に自由にしろと言ったのはキミだよ?」

 

「自由過ぎても困っちゃうよ。加減はしてね?」

 

「難しいね、リリンはさ」

 

「それがヒトだから仕方がないんだよ」

 

 互いに向かい合って笑い合う。カヲル君からはもう顔の陰りが無くなっていた。

 

「ちょっと付き合って欲しいんだ。構わないかい?」

 

「うん。良いよ」

 

 カヲル君みたいな美形に手を握られてそんなことを言われたら、普通の女の子は一撃だろう。あとはシンジ君も。男で良かった。

 

「僕が女の子だったら、シンジ君はもっと早く僕を受け入れてくれたかい?」

 

「ノーコメントで」

 

 そんなことを言うカヲル君は少し意地悪そうな、イタズラをしてやろうかと思案する顔をしている。

 

 カヲル君が女の子だったら?

 

 自分はともかくシンジ君が保たないでズブズブになってそうだから、今のカヲシンを維持する為にもカヲル君には男の子でいて欲しい。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 カヲル君に連れられてやって来たのは司令私室。つまりゲンドウのもとだった。

 

 ユイさんのお陰か、部屋は綺麗に片付いていた。

 

「お前たちがやって来た理由は、コレか?」

 

 そう言ってゲンドウが見せたのは、右手に宿る胎児のアダムだ。

 

「やはりアナタが持っていたんですね」

 

 カヲル君の視線がゲンドウの右手を指してからその右手の主を向く。

 

「今の私には、最早不要のモノだが。今までの罪を忘れるなと言わんばかりに何をしようとしても阻まれる」

 

「その肉体の防衛本能がそうさせるのだろうね」

 

「シンジ君と話さないのも、その手を見られたくないからですか?」

 

「……いや。それは私自身の問題だ。コレは関係ない」

 

 ゲンドウはシンジ君を恐れて遠ざけた。シンジ君を愛せる自信も、愛される自信も無くて、傷つけるくらいなら遠ざけた方が良いという不器用な人だ。

 

「何をするつもりだ?」

 

「そんなモノがあったら、シンジ君を抱き締められないじゃないですか」

 

 ゲンドウの右手の手の平を両手で包む。そんな自分の手をさらにカヲル君が包む。

 

「元々は僕の肉体だ。その扱いも僕が心得ている」

 

「あなたが今まで歩んできた道は決して良いモノじゃなかった。でもやり直して欲しいと思うんです。シンジ君の為にも、もう一度」

 

「お前たち…」

 

 メリメリと、なにかを剥がす様な音と共に、自分の右手に熱を感じる。自分の中にアダムが入ってくるのを感じる。そのアダムも、自分の中に融けて広がっていく。きっとそれはカヲル君がやってくれた事だと察する。

 

「んっ……ふぅ。…もう、大丈夫、ですよ…」

 

 身体に感じる熱りと気怠さ。カヲル君に身体を支えて貰ってその言葉を口にした。

 

 ゲンドウの右手は、皮を剥がした様に色が変わっているが、もう其処にはアダムの肉体はなかった。

 

「アダムを取り込んだのか」

 

「それでもあなたの罪が無くならない。過去は変えられない。でも、未来を穢す必要なんてないですよ」

 

「そうか……」

 

「生きてください。シンジ君との未来を。それが碇シンジでもあった僕からの願いです」

 

「そうか…」

 

 ゲンドウの罪は上げていけばキリがない。それでもあんなものを残しておく必要もない。

 

 堤防に並んで魚釣りでもしてくれればそれで良い。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフ本部内ターミナルドグマ。

 

 ネルフ本部に勤務する人間でも限られた人間が踏み入れる場所。

 

 そのターミナルドグマで最もリリスに近い場所。

 

 ダミープラグユニット生産プラント。

 

 天井からは人間の脳にも見えなくもない複雑怪奇に絡み合った配管が伸び、その先には脳幹の如く存在するのは半透明のガラス張りの筒──空の中央プラント。

 

 真っ暗な部屋にそれだけが存在する様は不気味としか言い様がない。

 

 隣をここまで歩いてきたレイは、此方の手を握る力は強く白み、震えてさえいる。握られている此方は相応の痛みを感じるが、彼女の事を想えばこんなもの痛みにもなりはしない。

 

 見て貰いたいものがあると導かれて来たこの場所は、レイの出生、存在、全てを司る場所だ。

 

 正直この場に連れてこられるとは思いもよらず、此処に居るのは自分とレイだけだ。

 

 ただこの場所に来た事を理解した時にはもう、腹は括った。

 

「わたしはワタシでもあって、私でもある。でもそれだけじゃない。わたしはわたしだけじゃない、わたしの代わりは幾らでも居るの」

 

 そうレイが言葉にすると、暗闇であった壁面に明かりが灯り、L.C.Lに浮かぶ無数のレイを映し出す。

 

 わかっていた事だから驚きはない。ただやはりホラー的な演出に内心は夢に見そうだと苦笑いを浮かべる。

 

「あなたはわたしはわたしで良いと言ってくれる。でも、わたしはわたしである事を嬉しいと思うけれど、わたしになれないわたしがコワい」

 

 肩まで震わせるレイの身体を抱き寄せる。

 

「良いんだよ。レイはレイしか居ないんだから」

 

「わたしは、わたしはっ、なに、わたしは本当にわたしで居て良いの…?」

 

「もちろん。不安なら何度でも言ってあげる。教えてあげる。伝えてあげる。レイは、綾波レイは、ひとりしか居ないんだから」

 

「っ、うっ、うぅっ…っ」

 

 此方の背中を掻き抱いてしがみつきながら嗚咽を漏らすレイの頭を撫でる。

 

 自我を育み、自身を確立してきたレイにとってはもはやこの場所がイヤでイヤで仕方のない場所なのだろう。

 

 それはレイが自分をひとつの命であることを自覚していることに他ならない事に嬉しさを感じる。

 

「自分だけ自由になるなんてユルサナイ…」

 

「っ、レイ? あ、が、ぐ…ぁ……っ」

 

 唐突に呟かれたレイのモノとは思えない声に訝しむと、首を何者かが締め上げる。いや、レイが此方の首を締めている。

 

「だ、れ、だ…」

 

「身体が使徒だと頑丈なのね」

 

 此方を蔑む様に目を細めるレイは明らかにレイとは違う別の誰かだ。

 

「どうせあの人と同じ様に、わたしも、ワタシも、私も、みんな利用してるだけでしょう。あなたが気持ち良くなりたいただそれだけの為に」

 

「ち、ぅおぇ、が…う…っ」

 

 女の子の力とは思えない程に首の締め付けは強くびくともしない。ATフィールドが使えれば対処は出来ても、その瞬間本部内に警報が鳴り響く最後の手段だ。

 

「どうしたの? 殺されそうなのに躊躇してるの? そんなにこの子が大事? バケモノのクセに」

 

「あ、たり、ま、え、だ…っ、ぉえぇっ、げぼっ」

 

 酸素が行き渡らず薄くなる意識を気合いで繋ぎ止めて、その循環を心臓のS2機関で保つ。使徒もエヴァも呼吸なんて必要じゃない。今は自分をエヴァに準えて生命維持を第一とした。

 

「おかしいわね。わたしの時はあんなにあっさりだったのに」

 

 レイではないモノのその呟きを聞いて、零号機、初号機、13号機、更には各エヴァを通じてリンクしているMAGIの演算能力が算出した答えと、自身の疑問がひとつの答えを提示する。

 

「ひ、とり、め、の…ッ」

 

「あら。もうわかってしまったのね。つまらないわ」

 

「ぐぅぅッ」

 

 更に締め付けが増す。

 

 レイという存在で首を絞められた経験談なんて語られたら1人しか思い当たらない。

 

「な、ん、でっ」

 

「なんで? わたしはわたしでもあるのだから当然でしょ?」

 

 レイの引き継ぎのメカニズムについての詳しい言及は無いが、旧劇の描写からしてダミープラントで他の身体に記憶の引き継ぎが行われていただろう推測は容易い。

 

 だからアルミサエルと刺し違えた時の想いはあの2人目のレイだけの物だ。

 

 でも魂が引き継がれた3人目も涙を流した事から記憶は魂にもある程度付随している事が伺える。

 

 でなかったら魂だけの存在の自分が向こうからこっちに記憶を引き継いだままシンジ君の身体に宿る筈がない。

 

「あなたはわたしをわたしにしたから、わたしもわたしになった。けれどそれは他のわたしも同じ。わたしだけが自由になって、わたしだけが檻の中なんてユルサナイ…」

 

 霞む視界の中で、培養槽の中のすべてのレイが自分を──レイを見ていることを気付く。

 

「だからわたしはユルサナイ。わたしをわたしにしたあなたを赦さない。だから殺してアゲル」

 

 いつの間にか景色は変わり、馴染みのあるオレンジの海の中で、巨大な白い巨人に身体を握り締められていた。その仮面は七つ目の、ゼーレのマークでもあり、旧劇のリリスの物だ。

 

 その仮面が剥がれ落ち、その貌がレイのモノとなっていく。

 

 レイがリリスの魂であるのなら、1人目のレイもまた同じ。その魂はリリスであって当然の事だ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」

 

 身体を締め上げる力はレイの身体の時の比ではない。骨が軋む音が聞こえる。とはいえ此処が魂だけが存在するガフの部屋ならば、これは魂の軋む音だ。

 

 レンの時とは違う。ひとつになろうとするものではない。これは魂を壊すただそれだけの為の暴力だった。

 

「わたしはワタシみたいにひとつになろうなんて思わない。だからこんな簡単にあなたを壊せる」

 

「ぐ、ぎっ、ぅがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」

 

 魂を直接攻撃される経験なんて無いことだから抗えず悲鳴だけが口から飛び出すが、逆を言えば挫けない限り砕けないということだ。

 

「無駄にしぶとい。じゃあこうしてあげる」

 

 そう呟いたリリスは、その口を見せびらかせる様に大きく開けた。そこから察する結末はリリスという存在が頭の中で旧劇を強く意識させているからだろう。直接魂を噛み砕いてしまおうというなんとも子供らしい発想だ。

 

 そう、子供だ。なんとも子供らしい。

 

 子供だから歪みやすくて影響され易くて、純真無垢な子供をユイさんを失って拗れに拗れた悪い例のゲンドウの側に置いておけばこうもなる。あるいはそれをすべて計算した上で、用済みのナオコさんを陥れる為に1人目のレイを仕向けたか。これもまた、ゲンドウの罪の一つだ。

 

「じゃ、さよなら」

 

 大きな口が恐怖感を煽るようにゆっくりと近付いてくる、人なら静かな吐息でさえこのサイズ差なら大きな温風だ。

 

「ナメるなよ、クソガキ」

 

「え…?」

 

 静かに呟いた筈の言葉が厭に響いて、リリスは動きを止めた。

 

 その隙を突く様に横から13号機が空間を砕きながら現れ、リリスを殴り飛ばした。

 

「きゃあああっ!!」

 

 リリスの手の内から放り出されるが、そのままATフィールド推進の応用で身体を浮遊させる。

 

 13号機を背に腕を組んで、殴られて倒れたリリスを見下ろす。

 

 さながら気分は宇宙怪獣を前にガイナ立ちを披露するバスターマシン7号withバスターマシン軍団だ。脳内には当然ガンバスターマーチ指定である。

 

 でも13号機を勝手に動かしたとなると第7ケイジが壊れてそうだ。あとでリツコさんとか冬月先生に謝らないとなぁ。

 

「な、なんで…っ!?」

 

 殴られた頬を押さえながらリリスが此方を、13号機を睨み付けてくる。

 

「ガフの部屋は魂の還る場所だとしても、13号機は俺自身の魂の器だ。そしてATフィールドを反転させてアンチATフィールドを局所的に展開すればガフの部屋の扉を開くことなんてどうってこともない。わかったかクソガキ。フロム脳搭載してるエヴァヲタクを舐めるのも大概にしろ」

 

「ヒッ」

 

 仕方がない事とはいえ、いやあればどうしようもなかったのか。それを煽るくらいにゲンドウのシナリオは完璧だったのか。ナオコさんは1人目のレイを殺してはならなかったんだ。それを言うのは酷過ぎるし、終わってしまった話を蒸し返しても仕方がない。

 

 知るかそんなのクソ食らえだ。大人として舐めた口を利くクソガキは叱ってやらなくちゃならないんだ。

 

 13号機の肩に降り立つと、機体がリリスに向かって歩き出す。

 

「い、いや、や、こ、来ないで…っ、こっち来ないでよ!!」

 

 一皮剥けばその本性は丸っきり子供だ。綾波シスターズ末っ子筆頭のシオンより子供だ。……いや、シオンはわかっててあのキャラしてるから質が悪い。

 

 そういう意味では早々に殺されてヒトらしい時間を過ごしていない1人目のレイは正しく子供だと言うことだ。

 

 怯えながら後退るリリス──巨大なレイを見るとイジメてるみたいで物凄く良心が痛いが、ここは心を鬼にしよう。

 

「ひぃぃっ、やあああ!!!! 離して、離して!!」

 

 13号機はリリスの両脇に手を通して持ち上げる。逃げようとするけれども、そこは第三と第四の腕も使って逃げないように押さえ付ける。

 

 リリスの視線の高さに合うように13号機の肩から飛び上がる。

 

「ごめんなさいは?」

 

「え…?」

 

「君は自分の都合で俺を殺そうとした。自分が気に入らないからって他人を殺そうとするなんていけないことなんだ。悪いことをしたらごめんなさいしなくちゃダメなんだ」

 

「そ、それくらい知ってるわ…っ」

 

「なら出来るよね?」

 

「…女の子を力で捩じ伏せて謝らせようなんて鬼畜外道よ」

 

「全部聞こえてるぞー」

 

「オトコなら聞いてないフリくらいしなさいよ!」

 

 先程まで殺されそうだったのに空気はもうぐだぐだだ。それも仕方がない。何故なら自分は綾波族にめっぽう弱い、甘い、好き、なのだから。

 

「そこまでの自己があるのならレイの中に居る必要も無いでしょうに」

 

「わたしもわたしなのよ? そんなこと出来るわけ無いじゃない。そんな魂を引き裂いて別けるようなことなんて」

 

「ならそれが出来る様に魂を分ければ問題ないわけでしょう?」

 

「そんなこと出来るわけ……」

 

 そう、普通なら出来るわけがない。

 

 でもイスラフェルを取り込んでいる自分なら可能な事だった。

 

「1度俺に君の魂を取り込んでもう1度別ける。君ひとりで足りない部分を俺が補えば良い」

 

「……出来るの?」

 

 期待する様な、縋るような眼差しをリリスは向けてくる。綾波族は共通して自己の確立に不安を抱える娘たちばかりだ。そんな娘達の兄をやってるのは伊達じゃない。

 

「理論上は」

 

「なら、わたしがわたしになれたら、ごめんなさいしてあげる」

 

「生意気だなぁ。自分の立場わかってる?」

 

「仕方ないでしょ。文句ならあの根暗おやじに言って」

 

 生意気な上に自分の性格の原因を他人に擦り付けやがった。とはいえこの娘も被害者であることには変わり無い。

 

 ホントあのマダオはホントマダオもうマダオとしかコメントがわかないわ。

 

「でも、わたしだけじゃない、わたしたちみんなわたしなのよ」

 

「わかってる」

 

 リリスが言う様に、ダミーユニットすべてを一つにするつもりだ。

 

 リツコさんは魂の宿らないただの容れ物だと言った。

 

 でもならどうしてそんな容れ物でエヴァが動く。シンジ君の声に反応した。

 

 魂がなければエヴァは動かない。ヒトも同じだ。

 

 ならダミーのレイ達は?

 

 レイの記憶から、魂の欠片とも言うべきものを持っていても不思議でもない。レイの中に1人目のレイが居た様に。

 

「なにを願うの……?」

 

「君が君として存在することを、かな?」

 

「……いつかきっと刺されるわよ、あなた」

 

「その時は、まぁ、自業自得ってことで受け入れるよ」

 

 リリスを迎え入れる様に両腕を広げる。

 

 13号機が白く光耀いて擬似シン化形態へとなっていく。

 

 そして、リリスの両手が優しく自分を包んで、その胸に受け入れる。

 

 リリスと1つになったことで、リリスだけじゃない、レイの存在を感じる。リリスと存在を共通しているから、レンやシオンの存在をより強く感じる。

 

 13号機がこの場に来れた理由は、ターミナルドグマ最深部のヘブンズドアの奥。リリスを前に零号機と初号機が共にアンチATフィールドを形成してくれていたからだ。

 

 そして、レイともひとつになった事でレイの抱えていた苦しみも理解した。

 

 数えきれない程の自分を感じるなんて、自分が自分であることを不安に思って当然だ。自分の他に自分がいくらでも居るのなら、自分のことを代わりが居るだなんて思っても当然だ。

 

 でも違う。レイはレイだ。

 

「そう。あなたがわたしをわたしにしてくれた」

 

「ワタシをワタシに」

 

「私を私に」

 

「わたし達をわたし達に」

 

 レイが、レンが、シオンが、リリスが、俺を包み込んでくる。

 

 そして無数の漂うレイ達を迎え入れる。

 

 俺の中のイスラフェルが少しびっくりしているけれども、それを落ち着かせながらダミーのレイ達を受け入れる。外の13号機を介して見える今のリリスは翼を生やして両腕を受け入れる様に広げて、ダミープラントを両手で包んでいた。それはさながらサードインパクトで黒き月を介して人々の魂を受け入れる巨大なリリスそのものだった。

 

 受け入れる数多のレイたちは、やはり存在感が薄すぎてL.C.Lの中で辛うじて自我境界線を保てる程度のATフィールドを持つ魂の欠片を宿すものだった。

 

 それでもレイの記憶自体はちゃんと持っていた。けれどそれはすべて2人目のもので、1人目の記憶はない。

 

「やっぱりわたしは使い捨ての駒でしかなかったのね。ま、今更だけれども」

 

 そうリリスの言葉が頭に響く。

 

「でも生まれた意味はあるわ」

 

 レイの言葉が頭に響く。

 

「彼がワタシたちを導いてくれる」

 

「私を見つけてくれる。いつだって」

 

 レンとシオンが左右にそれぞれ寄り添ってくる。

 

「だから、わたし達を受け入れる」

 

 レイのその言葉と共に、数多のレイの存在を取り込む。レイはレイで、リリスはリリス。

 

 その境界線は1人目と2人目のレイというものでくっきりとしているから別けるのは容易かった。

 

 そして、別れた魂の足りない部分を自分の魂を分けて補い、逆に足りなくなった自分の魂は取り込んだ数多のレイ達で補うという少し面倒なプロセスを踏んだのは、レイもリリスも1人であることを実感させるにはこの方法が最も妥当だと判断したからだ。

 

 そしてまだ産まれる事すら知らない数多のレイ達は、自分とひとつになることを望んだからだ。

 

「まぁ、あれだけの事をしたらそうもなるか」

 

 頭を預けて腕の中で眠るレイとリリス。その身体を支える自分の腕は女性の様に細く、また肩が少し吊る様な感覚と胸元の不思議な柔らかな感触は今は考えないものとする。

 

 取り敢えずL.C.Lの水面に映る自分の顔がレイのものだったのは、高校生シンジ君の身体だった自分なんか塗り潰して当たり前の数のレイ達と融合したからだろう。その数を物語る様に髪の毛も色はレイと同じで背中まで届く長さになっていた。

 

 己の中でひとつとなっているふたつの存在、イスラフェルとダミーのレイ達の安らかな眠りを感じつつも、取り敢えずターミナルドグマに降りてきた弐号機と伍号機に向かって苦笑いを浮かべておく。

 

『アンタ……もしかしてバカフォース?』

 

『やーん! 綾波クンマジで!?マジなの? ついに言葉だけじゃなくて身体でもお姉さん口説くつもりニャのぉ?』

 

『黙ってなさいよネコメガネ』

 

 後ろを振り向くと、其処には主の居ない巨大な十字架が残るだけだった。

 

 アダムを取り込んだと思えばリリスとも一つとなった1日。これをどう報告して良いモノだか考えるだけで少し頭が痛くなった。

 

 ただ自分の頭痛で誰かの為になるのならそれで良いかと思ってもしまう自分はやっぱり安いヤツなのだろう。

 

 

 

 

つづく。

 



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鋼鉄のガールフレンド 2nd

前回は色々とスマナイけれど、それでも付いてきてくれるみんなにありがとう。


 

「まったく。アナタは毎度毎度──」

 

「ごめんなさい。でもわざとじゃないんです」

 

「ワザとである方がまだ可愛げがあるわよ」

 

 やはり思っていた通りに、リツコさんからお叱りを貰った。

 

「アダムの件は委員会も預かり知らぬ事でしょうから良いとしても、リリスに関してはなんの言い逃れも出来ない最重要案件よ。アナタがリリス自身となったなんてどう報告したものかしら」

 

 額に手をやるリツコさん。リリスが無くなっていた事からも、ならばリリスは何処に行ったのかと思えば自分と一つになったらしい。

 

 零号機と初号機の記録映像からは、巨大なリリスがL.C.Lとなって弾けた中から、自分がレイとリリスを抱いて13号機と共に現れたというモノになっている。

 

「構成成分の8割がリリス、残り2割が使徒由来のものと元々のアナタだったものの名残ね」

 

 検査の結果としてヒトから遠ざかっているのは相変わらずに、身体がほぼレイと変わらない姿なのはダミーのレイ達を取り込んだからだろう事は理解できる。しかしそれでリリス由来が8割になっているのは肉体としては完全だったリリスを取り込んだ所為であるのだろうか。

 

 アダムを取り込んだ身でリリスとの融合を果たす。まさか自分が旧劇のゲンドウがしようとしていた状態になるとは思わなかった。

 

 結果としてサードインパクトが起きるなんて事にはならなくて良かったけれども、また一つ間違えたら危ない橋を渡っていた。とはいえ今回の事は事故の様なもので、最初からあんなことになるなんて誰が想像出来るものか。

 

 ただこの胸の内に渦巻く全能感というモノは扱いを間違えると即インパクトを起こしかねない危険なモノとして強く戒めなければならないものだと認知する。知恵の実と生命の実を合わせ持った完全な生命。さらにはアダムとリリスを宿したとなれば今度こそゼーレが黙っていなさそうだ。ヒトでありながらアダムの肉体とリリスの肉体を取り込み、使徒の肉体と魂、そして幾多のダミーのレイ達の魂の欠片を宿しているなんてどんだけ設定がドカ盛りされているのか。一昔前のスパシンじゃあるまいし。

 

「お疲れー。リっちゃんにこってり絞られたみたいね」

 

「最悪ゼーレにお呼ばれしそうなんて思うとゲロ吐きそう」

 

「おーよしよし。そんな傷心の綾波クンにはお姉さんのおっぱい貸しちゃるぜ~」

 

「わぷっ、ちょ、なにどさくさに紛れて胸揉んでんのさバカマリ」

 

「ワァオ、私よりおっきいぞこんチクショーめ! うりゃうりゃ!」

 

「あぅっ、ちょっと、やめっ、あっ」

 

「よいではないかーよいではないかー♪」

 

「んもう! ユイさんに言いつけてやるっ」

 

「あ、それはゴメンご勘弁許しておくんなましお代官さま~」

 

 首をキメられて逃げ場が無いのを良いことに無遠慮に胸を凌辱するマリを、ユイさんの名前を出して静かにさせる。なんでかわからないけれどユイさんの名にマリは弱い。マリの気持ちになって考えてもその答えは不明だ。

 

「ひゃあっ!? ま、マナぁ?」

 

「シンジってばズルい。私より美人でおっぱい大きくなっちゃうなんて」

 

「んぁぅ、す、好きでなったワケじゃないのにぃ、ひうっ」

 

 マリを止めたと思えば今度はマナが後ろから胸を鷲掴みにしてくる。逃げようにも前にはマリ、背中にはマナが居てどうしようもない。

 

「っべぇー、色気ヤベーよ綾波クン…。今すぐ部屋に行って大人のプロレス、シちゃお?」

 

「真希波さんってそういうシュミ?」

 

 鼻息荒いマリを見て、マナは自分の身体を守るように抱き締めて引いた。

 

「んにゃ? 別に~、好きなヒトならどっちでもバッチグーよん」

 

「今時バッチグーなんて使わないよ」

 

「にゃにょ~? そんなナマイキな綾波クンはこうじゃ!」

 

「きゃあああー!?!? どこ触ってんのさァ!?」

 

「え? 見たには見たけど、ちゃんとシモのムスコの確認をね?」

 

「せんで良い!!」

 

 女の子のはずなのにひょうきんなのかオヤジくさいというか、実年齢から来る向こう見ずというか恐いもの無しなマリでもいきなり股間を掴んで来るなんてやめて欲しい。もう少し女の子としての恥じらいを忘れないで欲しい。なんで変にオトコらしいのか意味わかんない。

 

「ハン、バケモノになったかと思えば今度はオンナになるなんて最っ低。キモチワルイったらありゃしない」

 

 そして預かり知らぬところでまたアスカの好感度がマイナスに失墜するのはホントどうにかなりませんかね。

 

「素直じゃないわね。部屋出てくるまでそわそわしてたクセに」

 

「っるさいわね、人形その1のクセに」

 

「だからなに? アナタだって変わらないじゃない。ねぇ? お人形のアスカちゃん?」

 

「ッ!! っ、避けんな!」

 

「来るって判ってるのに避けないわけないじゃない。バカなの? あぁ、お人形さんだから脳ミソに綿が詰まってるのね」

 

「コイツ!」

 

「まぁまぁまぁ、待ってよアスカ」

 

「うるさい! どけバカフォース!」

 

 掴み掛かる勢いのアスカを止めるのに両者の間に入るが、アスカに思いっきり睨まれた。

 

「リリスもなんでそんな意地悪するの」

 

「先に煽ったのはあっちよ」

 

「なにバカ言ってんのよ。先に煽ってンのはアンタの方でしょ!」

 

 口の悪さは現状仕方がないとして、まさかアスカと相性最悪だとは思わなかった。

 

「アンタもなにどさくさに紛れてアタシに触ってんのよバカフォース!」

 

「でないと手が出るでしょアスカは」

 

「うるさい! 良いから離しなさいよ!」

 

 食って掛かるアスカを止めるために正面から羽交い締めする様に抱き締めていたのにすら今さら気付くアスカは本気で頭に血が回ってしまっている様子だ。

 

「手を出さないって、約束してくれるなら」

 

「知るか。その人形の態度次第よ!」

 

「キーキー煩いわね。お猿さんなのかしら?」

 

「ンだとこのガキぃ!!」

 

 ワザとやってるんじゃないかってくらいリリスの言葉は相手を煽る。それを一部とはいえ知っている自分からすると笑ってゲンコツだけれど、今のキレたアスカはおっかなくて手放せない。

 

「ほぉら、姫ぇ。そんな眉間にシワ寄せてたらキュートな顔が台無しにゃん」

 

「うるっさいネコメガネ! そのガキ殴らせろっ!!」

 

「綾波ク~ン、姫は任せてその子頼むにゃー」

 

「あ、うん。わかった」

 

「こるァッ!! 逃げンなバカフォース! そのクソガキ置いてけぇっ!!」

 

 背中から烈火の如しのアスカの怒声が響くが、マリを信じてリリスの手を引いてマナを連れ立ってその場から退散する。

 

 いくつかブロックと階層を移動して適当な自販機スペースに移ると、膝を折ってリリスと視線を合わせる。ちなみにリリス──1人目のレイは7歳の姿なので真面目な話をするのに視線を合わせるとなると屈む必要がある。

 

「ねぇリリス。なんでアスカを傷つける様なことを言ったの?」

 

「なんで? 当たり前じゃない。わたしが、わたし達が傷付いたからよ」

 

「でもリリスを傷つける様なことをアスカは言ってないと思うけど」

 

 視線を合わせたリリスは明らかに怒っていた。先程の会話を聞く限りだとアスカはリリスに対して最初は何も言ってはいなかった。突っ掛かったのはリリスの方からに思える。

 

「わたしが認めた男、わたし達を育む母を悪く言われて頭にコないワケないでしょ。それくらい察しなさいよ」

 

 つまりリリスは自分()がアスカに悪く言われたから怒ってあんな風に煽ったという事になる。それがリリスに出来るアスカへの反攻だったということだ。

 

「そっか。ありがとう、嬉しいよ。でもちゃんと言わないと相手に伝わらないよ」

 

「ふん。今まで甘やかされてるのにも気付かないで生意気言ってるガキには良いクスリよ」

 

 そう嫌悪と共に吐き捨てるリリスは、とても7歳児がして良い顔じゃなかった。first Impressionは最悪な形で幕を開けてしまったらしい。本当は躾の意味も含めてキツく言わないとならないのだろうが、この口の悪さもリリスのヒトなりのひとつならそれを否定するのも憚られる。それに、自分の代わりに怒りを示してくれた事に愛おしさが沸いて出てしまうと怒りたくても怒れなくなってしまう。

 

「あと言い過ぎも良くないからね?」

 

「甘いわよ。そんなんじゃあのバカは解りっこないわ。そもそもわたしの認めた男をバカバカバカってなによ。バカって言う方がバカじゃない」

 

 リリスのなかでは煮え繰りかえったハラワタはまだ落ち着きそうにないらしい。

 

「私も、リリスちゃんの言いたいこと解るなぁ」

 

「マナまで?」

 

「だって、好きなオトコのコのコト悪く言われたらカチンってキちゃうよやっぱり」

 

「それは…。でもアスカにも色々とあるし、ああなのは僕にだけだから」

 

「そうかな? 学校でも惣流さんってちょっとコワいってウワサだよ? 転校したての私でも知ってるくらいだから相当だよ?」

 

「…僕の所為なんだよ。アスカがあんな風なの。ホントはもっと良いコなんだよ」

 

「どういうこと? シンジが惣流さんに悪いことしたなんて想像つかないけど」

 

「なんと言うか、間が悪かったというか…」

 

「エヴァに関係あること?」

 

「うん、ごめんね」

 

 アスカが自分を嫌う理由を話せばマナもアスカを嫌いになってしまうのではないかと思って、エヴァの機密とウソを吐いて誤魔化した。

 

 本来のアスカならもっと活発で明るくて、勝ち気なところが人によってはキツいなんて見られるけれど、それを含めてアスカだ。

 

 それをあんな風に歪めてしまったのは結果的に自分の所為だ。アスカの居場所、拠り所を何もかも奪おうとする敵にしか彼女には今の自分は見えているのだから。

 

 それでもお弁当は受け取ってくれるし、ちゃんと残さず食べてくれるのだから悪いコじゃないんだ。

 

「アスカは何も悪くない。悪いのは頑張りすぎた僕なんだ。だからアスカの事を誤解しないでね」

 

「シンジは優しすぎるよ、ホントさぁ」

 

「だって、ホントのことだし」

 

「もっと怒っても良いって言ってるの。カッコいいシンジも好きだけど、私は今のかわいいシンジも好きなんだから」

 

「……ありがとう、マナ」

 

「かわいい笑顔反則、怒る気しなくなっちゃう」

 

「怒らなくても良いのに」

 

「ダーメ。シンジが怒らないんじゃ誰かが怒らないとダメなの。そういう意味でリリスちゃんグッジョブ!」

 

「いえ~い」

 

 リリスとハイタッチするマナ。こっちは良好の様でなによりであるが。

 

「でもマナは僕のこと、気持ち悪いとか思わない?」

 

 口を突いて出たのはその言葉だ。アスカの言う通り普通じゃない自分を嫌われても仕方がないと思っている。

 

 マナは今の自分も好きだと言ってくれたが、それでも不安から確認する様な無粋さからも他人に嫌われたくないという自分の弱さが垣間見れる。

 

「見た目が綾波さんになっちゃったのはびっくりしたけど、いつもみんなを見守って笑ってるシンジとなにも変わらないってわかってるから、気持ち悪いとか思わないよ」

 

「そっか…。うん、マナのお陰で胸のつっかえが取れたよ」

 

「そう? なら良かった」

 

 こんな特殊な自分を嫌う事もなく受け入れてくれたマナに感謝して、さてはて自分はこれからどうなって行くのかと思いを馳せた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 最早定例となり始めたゼーレの緊急会議。しかしその議題はゼーレを以てしても持て余すモノだった。

 

「サードチルドレンとリリスとの融合。我々のシナリオから大きく逸脱する事象だ」

 

「さらにはダミーユニットまでも融合したそうだ。データは残っているが、ネルフ本部でのユニット生産は一時見直さなければなるまい」

 

「もとよりデータ収集用の生産設備だ。量産型はドイツでも間に合わせられる。しかし鈴を付けても鳴らんのでは意味がない」

 

「タブリス、なにを考えている」

 

「別に。ただ彼にとっては今回の事は事故の様なモノだった様だ」

 

「意図した事でないとしても、リリスとヒトの禁じられた融合などもっての外だ」

 

「左様。結果リリスを失っては我々の計画のすべてが頓挫することとなる」

 

「リリスは消えてなどいないさ。彼自身がリリスとなっただけで」

 

「神の仔が名実共に神となったということか。しかしそれでは使徒殲滅も慎重に行わなければならん。使徒と接触してサードインパクトを起こされるわけにもいかん」

 

「彼はそれでも使徒と戦うさ。サードインパクトを防ぐ事が、彼の望みだからね」

 

「槍を用いて魂を解き放ち、空となった器による補完を行わざる得まい」

 

「お前には槍の執行者としての器を与える。努々抜かるでないぞ」

 

「わかっているよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今回のこと、大変だったわね」

 

「まぁ、事故みたいなものとして受け入れますよ」

 

 検査結果が出揃ってからのマヤさんとの初の共同作業。リツコさんの後輩であるから他のネルフスタッフよりもネルフの闇の一面を少し知っている人だ。

 

 レイのダミーユニットと、リリスを取り込んで再構成された肉体だと知る数少ない人物である。

 

 他のスタッフには実験の失敗で肉体が変化したという事になっている。リリスやダミーユニットが絡んでくるため、今回は日向さんや青葉さんも知らない事になる。

 

「でも男の子から女の子になるなんて大変だよ。困ったことがあったら言ってくれ、力になるよ」

 

「水を被って女になるだとか言われないだけ良かったぜ。まぁ、元に戻れると良いな」

 

 そんな感じで日向さんと青葉さんもコメントをくれた。一目見た時は驚かれたけど、意外と受け入れられている事に逆に身構えてしまう。

 

「さすがに聞いた時は面食らったが、君が変わっていないようでなによりだよ」

 

 冬月先生もそんな風に受け入れてくれた。

 

「ゼーレは何と言ってきていますか?」

 

「特には無かったよ。今回の事もリリスから君を取り込もうとしたのを君が逆に取り込んだという事実を話したまでだ。まぁ、リリスが消滅した事で今頃ゼーレも頭を抱えているところだろう」

 

「消滅したのとは違いますよ冬月先生。リリスは僕と一つになっただけですから」

 

「そうだな。しかし今後はどうするつもりかね。リリスと使徒の接触はサードインパクトを引き起こしかねないぞ」

 

「エヴァに乗っていれば多分平気だと思います。それに、既に僕はアダムや第7使徒とも融合を果たしていて今回の件です。気を付けてさえいればインパクトは起きないと思います」

 

「知らぬ内に人類が滅びかねなかったと知るのは心臓によろしくないな」

 

「申し訳ありません。可能な限り注意します」

 

 今でこそ安定しているから恐らくは平気だと思うが、バルディエルやアルミサエルと言った侵食系の使徒には最大限の警戒を払わなければと肝に銘じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「Mark.04、オールシンクロ、起動!」

 

 円盤型のコアブロックのみのEVA Mark.04の起動実験。ダミーシステムの応用で指揮するエヴァのパイロットとの並列シンクロにより遠隔操作ユニットとして稼働する事に成功したMark.04は04Aとして一先ず6機を完成させた。

 

 これもインレ計画の一端で、Mark.04をインレの艦載機として運用できないものかと考えての発案だった。

 

 ファイバーを装備してダンディライアンに跨がるのは青い零号機だ。

 

 その青い零号機──零号機改二は保管されていた零号機のプロトタイプのパーツを使って組み上げられた新しい機体だ。

 

「中々面白いわね、このコたち」

 

 そして膝の上に座っているのはリリスだった。

 

 ファイバーのバインダーにぶら下がるMark.04たちが飛び立っていく先は芦ノ湖の中だ。

 

 ファイバーとダンディライアンを合体させたインレ形態のテストとMark.04の実践投入を芦ノ湖に潜伏しているだろうトライデント相手にやることになるとは思わなかった。

 

 6機のMark.04Aで芦ノ湖を直接調査する。

 

 プロトタイプとはいえ、インレ計画のシステムが一通り揃ったことで実行に移れた作戦。でなかったらエヴァのサイズの釣り竿で一本釣りなんて間抜けな作戦が待っていたのだから末恐ろしい。とはいえエヴァは汎用人型決戦兵器の名はあれども、水の中に対する装備を持ち合わせていない。Mark.04はATF推進と重力子フローターによる自由な推進力で水の中でも高速移動が可能である為にこうして水の中に潜らせられているのだ。

 

「反応があったわ」

 

「さてと。追い込み漁と行きますか!」

 

 目的はトライデントの拿捕。

 

 控えとして零号機F型と弐号機が待機しているが、MAGIの計算ではインレ形態の零号機改二単機で作戦遂行は可能と出ている。またアスカの心象を悪くさせる事を好きでもないのにしなければならないことに胃が痛みだしそうだ。

 

 Mark.04が攻撃されている影響で芦ノ湖の湖面が爆発して水が弾け飛ぶ。

 

 トライデントに関しての解析結果は既にネルフの優秀な技術部が出してくれている。

 

 100mm機関砲の他にはミサイルランチャーも装備しているが、ATフィールドを貫く威力は無い。

 

 湖面に姿を現したトライデントはホバー移動で御殿場方面へと逃れるが、市街地に入らせる前に決着をつけるつもりだ。

 

 3機のフォーメーションを組んだMark.04がATフィールドでトライデントの動きを止める。機関砲を撃ってくるが、虚しくATフィールドを叩くだけだ。

 

 そして残る3機のMark.04は、搭載されているビーム砲でトライデントの脚部を破壊して行動不能に陥らせる。

 

 Mark.04の御披露目にしては充分だろう。

 

 その鋭い脚で地面に刺さる様に降り立ち、トライデントを囲うMark.04たち。その上空へと機体を進ませて、あとはネルフの回収班を待つだけだ。

 

 ひっきりなしに戦自からの通信要請が入ってきているがすべて無視を決め込む。

 

『シンジ君、今すぐそこから逃げて!!』

 

「はい?」

 

 発令所からの通信ウィンドウ画面には焦る様子のミサトさんが表示される。

 

『戦自の奴ら、すべてを無かった事にする為にN2爆雷でトライデントを処理する気よ!』

 

「なんですって!?」

 

 芦ノ湖とはいえ、近くには御殿場市街だってある。こんなところでN2爆雷なんて使ったら戦術級だとしても街に被害が出るのは明らかだ。その巻き添えで避難している民間人に犠牲者が出ても構わないというのか。

 

「この場に残って爆雷を処理します。各種測距データとサテライトリンクをまわしてください」

 

『まさか狙撃する気? 無茶よ』

 

「無茶ですけど、無理ではないと思います。それにこんなところでN2兵器を使われたら街に被害が出ますよ」

 

『シンジ君…』

 

『その心意気ィ、アタシは大好きだぜマイハニー!!』

 

「マリ!?」

 

 肩の簡易式ロンギヌスの槍を装備するパイロンを外した伍号機が現れて、ダンディライアンに飛び乗ってくる。

 

『狙撃はアタシがやってあげる。アタシの腕、綾波クンは知ってるっしょ?』

 

 確かにエヴァQの前半だと狙撃能力の高さも垣間見える。パチンコだとハンドガンのイメージもあるけれど、何でも出来るって感じに近いか。

 

 ただ自分よりも射撃が上手いのはきっと確かだ。

 

「わかった。大当たりならハグとキスしてあげる」

 

『うおやっべ、こりゃあ一発でキメて良いところ見せてやんなくちゃじゃん!』

 

 ダンディライアンの搭載する大出力γ線レーザー砲を装備した伍号機にダンディライアンの制御を渡して、エネルギー系統をダンディライアン側に回す。

 

 狙撃姿勢の為に機体を地面と水平に横たえる。しかし重力子フローターのお陰でそのまま倒れるだとか無様は晒さない。

 

「狙うのは爆雷。爆撃機はダメだからね」

 

『合点承知の助!』

 

『爆撃機、N2爆雷を投下!!』

 

 発令所の青葉さんの声が聞こえる。太陽越しに黒い飛行機の影が見えた。

 

『的を~、射貫けば~、外さないよん♪』

 

 γ線レーザーが放たれ、空にもう一つの太陽が生まれた。

 

 ATフィールドで地上に被害が行かないように防御する。

 

 でもまさかネルフのエヴァが居るのにも関わらずにN2爆雷を投下してくるなんて思わなかった。

 

 街もトライデントも守る事が出来た事に安堵する。

 

『ふぃ~、お姉さんも中々やるっしょ? 約束のキッス、あとでシようね~』

 

「約束だからね。忘れてないよ」

 

『うひょーー!! はやく帰りたいな、還ろうよ、はやくはやく、ハリーハリーハリー!』

 

「ミサトさん、回収班到着まで現場で待機します。第二波の心配は?」

 

『ネルフ権限を強制執行したから、第二波の心配はしなくて良いわ。ありがとう、シンジ君』

 

「それが僕たちの仕事ですから。構いませんよ」

 

 その後、ネルフの回収班がやって来るまで帰ろう帰ろう連呼するマリの相手をしながら、トライデントが収容されるのを見届けた。

 

 これで一先ずは、トライデント事件が一旦片付いたと思いたい。

 

 

 

 

つづく。



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マグマダイバー

色々あったんで潔く綾波クンには女の子になって貰いました。

男の魂に女の身体、知恵の実と生命の実で完全生命体という事にします。


 

「ありがとう、シンジ」

 

「うん? 何が?」

 

「ムサシのコト、助けてくれたでしょ?」

 

「ああ、うん。どういたしまして」

 

 マナが収容されたトライデントのパイロットの見舞いをしたいという事で本部の医務室に向かった。

 

 部外者が居ない方が話しやすいと思って部屋の前で待っていると、見舞いを終えたらしい部屋から出てきたマナに感謝された。

 

 作戦要項からトライデントのパイロットを殺さないで確保する必要があったとはいえ、それを言って彼女の想いを傷つける意味はない。素直にその感謝を受け取った。

 

「やあ、お嬢さん方」

 

「あなたは」

 

「加持さん」

 

「えらくべっぴんさんになったな、シンジ君」

 

「今の僕ならデートに付き合ってくれます?」

 

「君みたいな美人の誘いを断るのは心苦しいな。悪いがこれから仕事なんだ」

 

「彼の身柄…、大丈夫なんですか?」

 

「ムサシをどうするんですか?」

 

 加持さんがわざわざ仕事だと言ったからには何らかの動きをするのだと予想は付く。そして自分たちに声を掛けた意味からその仕事がなんなのかを察する。

 

「然るべき所に保護して貰うのさ。彼と、もう一人のパイロットも保護してある」

 

「ケイタも?」

 

「君の身柄はシンジ君が保護しているから平気だが、彼らはそうじゃない。それに脱走兵でもあるからより扱いも慎重になってるんだ」

 

「そうですか…」

 

「望むなら君の身柄もこっちで面倒見られるよ」

 

「私もですか?」

 

「君たちは生き証人だ。然るべき所に出て闇を裁く権利がある」

 

「私は──」

 

 マナが此方を見る。

 

「マナがしたい様にすれば良いと思うよ」

 

「──傍に居てって、言わないの?」

 

「そうしたいのなら、僕はマナの想いを尊重する」

 

 一緒に居て欲しいと言うのは簡単だ。

 

 ただマナの立場と、迷いの方向を決めてしまうのは良くないことだと思うからマナに決めさせる事を選んだ。

 

「私、行ってくる。行って、終わらせてくる」

 

「わかった。いってらっしゃい、マナ」

 

「うん。いってくるね、シンジ」

 

 互いに視線を交わして一時の別れを済ませる。そこにあるのは再びの再開の約束だった。

 

 加持さんと共に行くマナを見えなくなるまで見送った。

 

「寂しいなら寂しいって、言えば良いじゃない。言えば残ったわよ? あのコ」

 

 いつの間にか居たリリスが意地の悪い笑みを浮かべながらそう言ってきた。

 

「うん。だから言わない。だってマナのやりたいこと引き留めたくなかったから」

 

「素直じゃないわね」

 

「人間素直で万事上手く行くわけじゃないからね」

 

 だからまた会える時まで寂しくても彼女を送り出す。

 

 でもまた直ぐに会える、そんな予感がするから寂しくなんてなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 カヲル君が月に行ってしまってから見るからにシンジ君は元気が無い。

 

「痛ッ」

 

「だ、大丈夫? シンジ君」

 

「へ、平気、平気だってば」

 

「指切ったでしょ。ちょっと見せて。レン、薬箱」

 

「わかったわ」

 

「大丈夫だってば…」

 

 その所為か集中力に乏しい。それで今は包丁で指を切ったらしい。

 

 ちょっと嫌がるシンジ君の手を取って、切った人差し指を口に含む。健康的な鉄の味がする。

 

「も、もう大丈夫だってば…」

 

 視線でそんなことはないと告げる。血が止まらないから少し深く切ったらしい。

 

「持ってきたわ」

 

「んっ…、ありがとう」

 

 薬箱から絆創膏を取り出して、その間に出てきた血をもう一度舐め取って、素早く絆創膏を張る。止血も兼ねて少しキツめに巻く。また2枚の絆創膏を出して、一枚目の端の両側を塞ぐように巻く。これで血は滲んでも漏れるという事はない上に止血も兼ねる一枚目が弛むのも防いでくれる。

 

「はい、おしまい。あとはくっつくまで2、3日様子見」

 

「あ、ありがとう……」

 

「うん。どういたしまして」

 

 わかっててはいても今の自分の見掛けはレイそのもの。同い年の美少女に指を舐めて貰って、ケガの手当てまでされると気恥ずかしいのは同じ男であった身として痛い程理解できる。

 

「どうかした? ちょっとキツい?」

 

 絆創膏の巻かれた人差し指を見るシンジ君に問い掛ける。

 

「な、なんでもないよ。…ただ、なんで君は僕の事をあんな風に心配してくれたのかなって」

 

 シンジ君は自分が心配される意味がわからないと言いたげに問いを返してきた。

 

「家族を心配しない理由がある?」

 

「家族…?」

 

「いつもご飯を作ったり、作ってくれたり、一緒に食べてるだけだけど、それは赤の他人じゃないでしょ?」

 

「それは、…そうなのかな」

 

「だから家族。まぁ、こんな僕と家族だなんてあまり良くないかもしれないけど」

 

 同じ人間になったり、歳上になったかと思えば今度は女の子だ。そんなおかしなヤツと家族だなんて嫌だと言われたらそれまでだ。

 

「そんなこと…、ない、と、思う」

 

 自信なく歯切れの悪いシンジ君のそれは一つの確認だ。自分が家族でも良いのかという。

 

「そっか。…ありがとう」

 

 だから答えは肯定の意を示すこと。

 

「うん…」

 

 ケガをしていない手を取ると、シンジ君も恐る恐る手を握ってくれた。そこから絆を確かめる様に互いの指を絡ませるのに時間は要らなかった。

 

「あ、えっと…」

 

「ん? どうかした?」

 

「名前、シンジって、呼べば良いのかな?」

 

 シンジ君がそんなことを訊いてきた。自分の名前を呼ぶのに抵抗感があるのは理解できる。

 

「呼べそう?」

 

「呼んでみる。君も、僕だから」

 

「ん、ありがとう、シンジ君」

 

「よ、よろしくね、シ、シンジ…」

 

「うん。よろしく」

 

 気恥ずかしいのを誤魔化す様にシンジ君は絡み合う指を弄ぶ。

 

 今なら切り出せると思って、ひとつの話題を口に出した。

 

「あのさ、シンジ君」

 

「な、なに?」

 

「学校、行ってみたりしてみる?」

 

「学校?」

 

「うん。もし良かったら、ね」

 

 切り出したのはシンジ君の復学だ。カヲル君のお陰で随分顔色が良くなった今のシンジ君なら学校にも通えると思ったからだ。あとカヲル君以外の友だちも作って欲しいとも思う。それがトウジとケンスケなのかはシンジ君に任せるけれども。

 

「最初は教室に顔を出してみるだけでも良いから。どうかな?」

 

「……うん。やってみるよ」

 

「うん。偉いよシンジ君は」

 

「偉い、かなぁ」

 

「逃げないで前に進んだんだから偉い偉い」

 

「────……」

 

 褒められ慣れていないから頬を赤くして息を吐くシンジ君がなんとも可愛らしい。これは学校通ったらモテそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 第壱中学校2年A組が修学旅行に旅立った。

 

 ネルフの中にあるプール施設を貸し切ってパイロットに開放して貰った。修学旅行に行けなかったパイロットの気を紛らせる為のものだった。

 

 泳げなくてプールに入れないシンジ君は、プールサイドで復学に向けた勉強をして貰っている。科目は理科。ちょうど熱膨張も扱っている範囲なのは運命かなにかなのか。

 

 ただ不仲な自分や、繋がりのなど殆どないシンジ君から熱膨張の事を伝える機会が見出だせない。

 

「どーしたの綾波クン? おっぱいなんて触っちゃって。もしかして欲求不満かにゃ?」

 

「そうじゃないよ」

 

 白のビキニに身を包むマリの言葉に返す。

 

「次の使徒の事を考えてて」

 

「次? あぁ、姫のマグマダイバー」

 

「うん。熱膨張のヒントをどうやって伝えようかなって」

 

「ほうほう。確かに綾波クンもワンコくんも姫とそんな仲良かないもんね」

 

「その場の一生懸命を尽くしてるのに儘ならないのが悲しいところだね」

 

「ならアタシに良い考えがあるにゃん♪」

 

「あ、マリ…」

 

 止める暇も無く、マリはアスカに駆け寄ると、後ろから胸を鷲掴みに行った。当然アスカは怒る。

 

 ただそこからアスカを宥めて、泳いで冷えた身体を暖める為のサウナに向かったのを見て成る程と感心する。

 

 サウナという熱い場所で熱膨張の話題を出せば、アスカなら実戦でも答えに辿り着くだろう。

 

 その日の午後、浅間山の火口でまだサナギの状態と思われる使徒の存在を確認。これを捕獲する為にネルフ権限による特別宣言A-17は発令された。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 浅間山に現地入りしたのは、局地戦用D型装備の弐号機と、B型装備の初号機という旧劇そのままの陣容だった。

 

 今回はダンディライアンもファイバーも、その艦載機としてダウンサイジングされたMark.04Aたちも整備の為にお休みだ。

 

 初号機の中で作業を見守る。

 

 アスカは潜水服の様な見た目のD型装備の弐号機を嫌そうに見ていたが、それでも文句を言わずにエヴァに乗った。

 

 使徒を倒す。絶対倒す。必ず倒す。と言わんばかりの気迫だった。しかしそれはエヴァのパイロットであることに拘り、そこにしか居場所がないと思い込む危うさも同居していた。

 

 エヴァよりも数倍巨大な14式大型架橋自走車が設置され、先ずはレーザーを火口に撃ち込み、進入路を確保する。続けて弐号機が発進位置に着くと、ミサトさんの号令で弐号機は火口に降りていく。

 

 溶岩内に入るときのおふざけもなし。それほどアスカに余裕がないのか、自分とはそんな軽口を言う間柄でもないから言わないのか。後者であることを願うだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マグマの中は視界はゼロ。モニターを切り替えても良くなったとは言い難い。

 

 装備の関係から抜擢された弐号機。そのパイロットのアタシが務めるのは使徒の捕獲。

 

 殲滅でないことに不満を感じなかったと言えば嘘だ。弐号機のみっともない姿に作戦に不満を抱いたけれども、だからといって降りるなんて言える筈もない。

 

 完全無敵のフォースさまのお陰で、日本に来てから何も成果を上げられていない。

 

 弐号機が、アタシが要らないなんて言われないように、どんな仕事でも我慢して引き受けてやる。

 

 だから今回、アタシと弐号機にしか出来ない任務だという事に優越感を感じても、あのバカは変わらずへらへらしていた。それが頭にクる。同じ性別になったのだって、この前のクソガキの事だってムカつくのに。

 

「っ!?」

 

 機体からイヤな音が響く。第二循環パイプに亀裂。その上プログナイフを固定するベルトも外れた。

 

 背中を冷や汗が流れる。本当に大丈夫なのか?

 

 わざわざダサい潜水服みたいな弐号機に、風船みたいに膨れたプラグスーツを着てやってるのに、外圧でぺしゃんこだなんて死にかたしたら、死んでも死にきれない。

 

「なに考えてるのよ…、アタシは…っ」

 

 そんな笑われる死にかたをしても、あのバカは泣いて悲しむんだろうって確信がある。しかもそれを嬉しいだなんて思う自分の思考を疑う。

 

『アスカ、大丈夫?』

 

「アンタに心配されるほど落ちぶれちゃいないわよ」

 

 通信であのバカの声が聞こえる。

 

 そうだ。アタシはそんなヤワな人間じゃない。いつも一人で乗り越えてきたんだ。今回も、そのひとつに過ぎない。

 

 限界深度を超えての作戦続行…。人が乗っているから作戦続行を躊躇う声もあったけど、ここまで来て手ぶらで帰れるわけがない。

 

「居た…!」

 

 モニターに映る影。何かの卵のような楕円形のそれはまさしく使徒の卵だ。

 

 相対速度を合わせて、電磁柵を展開。

 

「電磁膜展開、問題なし。目標捕獲しました」

 

『ナイス、アスカ!』

 

 通信の向こうで安堵の息が漏れるのが響いてくる。

 

「捕獲作業終了。これより浮上します」

 

 使徒を捕まえたまま、弐号機を吊るしているケーブルが巻き上げられて浮上を開始する。

 

『さすがだね、アスカ』

 

「ハン、この程度目を瞑ってても出来たわよ」

 

 実際少なからず恐怖を感じていたし、大役を勤めるプレッシャーもあった。けれども、あのバカの声を聞いたらそんな事頭から吹き飛んで、アイツに弱味なんか見せてやるもんかと気合いが入り直る。

 

 だからその変化に気付くのも早かった。

 

「何よこれ!?」

 

 電磁柵の中の使徒が卵から姿を変えていく。

 

『不味いわ、羽化を始めたのよ。計算より早すぎるわ』

 

『キャッチャーは!?』

 

『とても保ちません!!』

 

『捕獲中止、キャッチャーを破棄!』

 

 使徒キャッチャーを言われるまでもなく破棄。電磁膜を突き破って暴れる使徒の手から間一髪で逃れる。

 

『作戦変更! 使徒殲滅を最優先! 弐号機は撤収作業をしつつ、戦闘準備!』

 

「了解っ。さぁ、待ってたわよ、この時を!」

 

 プログナイフにアームを伸ばす。けれどもそこにナイフは無い。

 

「しまった! ナイフは落としちゃってたんだわ。っ!? 正面!? バラスト放出!!」

 

 バラストを排除する事で使徒との正面衝突は避けられた。

 

「速いっ」

 

 しかも視界が悪すぎて早々に使徒の姿をロストした。その上やたらと熱くてスーツもベッタリしててキモチワルイ。もう最低だ。

 

『アスカ、今の内に初号機のナイフを落とすわ、受け取って!』

 

「了解」

 

 武器が無いんじゃ戦えない。癪だけども背に腹はかえられない。

 

「ヤバっ、早くしなさいよバカフォース!!」

 

 モニターに使徒の影が向かってくるのが見える。アタシはあのバカに少しでも早くする様に怒鳴り上げていた。

 

『ナイフ到達まであと40』

 

『使徒、急速接近中!!』

 

「いやあー、来ないでってばぁ!! てか早く来なさいよー!! もー! 遅いー!!」

 

 使徒が衝突する前にナイフを掴めた。鞘が爆砕ボルトで抜かれて、ナイフの切っ先は襲い掛かる使徒の腕に突き立てられる。

 

「っ、しまった!」

 

 ただならばと空いている腕で使徒は弐号機の左足を掴んできた。しかもこの溶岩の中で口を開いて、弐号機の頭のヘルメットに噛み付いて来た。

 

『左足損傷!!』

 

「耐熱処置!」

 

 防護服の左足が使徒によって剥ぎ取られる。耐熱処置を施しても気休めだ。

 

「こン、ちくしょぉぉぉぉっっ!!!!」

 

 痛みと熱さを怒りに変えて、ナイフを振り下ろす。でもそれを嘲笑う様に使徒の身体は傷つきもしない。

 

『高温高圧、これだけの極限状態に耐えてるのよ、プログナイフじゃダメだわ』

 

『では、どうすれば!?』

 

『アスカ、熱膨張を使うんだ!』

 

「熱膨張…、っ、ひとつ貸しにしておいてやるわよ!!」

 

 思い出したのはあのネコメガネとのサウナでの我慢比べ。水風呂に入った時に憎たらしく無駄にデカい胸を強調して、熱けりゃ大きくなるし冷ますと縮むと言っていたのを。

 

「うりゃあああ!!!!」

 

 左腕の循環パイプをナイフで切断して、ちょうどお誂え向きに開いている使徒の口に左腕を捩じ込む。

 

「冷却液の圧力をすべて3番にまわしてっ、早く!!」

 

 間髪入れないで冷却液の洗礼を受けた使徒が苦しむように踠き暴れだした。

 

「でええええいっ」

 

 使徒にトドメと言わんばかりにプログナイフを突き立てる。急激に冷やされて脆くなった使徒にナイフが突き刺さる。

 

「はっ!?」

 

 使徒が力を失ったのを感じると同時に、使徒の最後の悪足掻きの様に、弐号機を吊るす冷却パイプとケーブルが引き裂かれた。

 

 使徒はボロボロと肉体を崩壊させて沈んで行ったが、この分じゃアタシと弐号機も同じ運命なのがイヤでもわかってしまった。

 

「せっかく殺ったのに……。やだな、ここまでなの……」

 

 皮一枚で繋がっていたケーブルも千切れて、弐号機が落ちる。千切れたケーブルを、アタシは見上げるだけだった。

 

「くっ」

 ただその時、衝撃が襲って何事かと思えば──。

 

「バカフォース……なんで…」

 

 千切れたケーブルを腕に巻き付けて、弐号機を掴む初号機がそこに居た。

 

「うっ、眩しっ!?」

 

 眩しいのは太陽の光だった。

 

 マグマを押し退けるのはATフィールド。

 

『アスカ、大丈夫!? アスカ!!』

 

「……うるさいわね。聞こえてるわよ」

 

 声も変わってるのに、調子だけは何も変わらないあのバカに、込み上げる安堵を悟られないように突っぱねる様に返す。

 

「なんで、そんなムチャしたのよ」

 

 初号機の装甲は所々熔けていた。ATフィールドがあるのに自分を守ることに使わなかったのかこのバカは。

 

『だって。アスカに間に合わないんじゃないかって』

 

「バッカじゃないの、その方がアンタも清々するでしょ」

 

『そんなことない。アスカが無事で良かった』

 

 バツが悪くなって、それ以上アタシは何も言うことはなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アスカを無事に助けられたのは良かった。ただ、見ているだけなのは心臓に悪かった。

 

 どうにかして、どうにかならないかと散々考えたけれども、アスカを信じて任せる事を決断した。それがアスカの為になると自分に言い聞かせた。

 

 手出しをしなかったお陰で使徒殲滅は変わらずに行われて、サンダルフォンが殲滅された時にケーブルが切れたためだろう、弐号機をモニター不能になった瞬間には駆け出していた。多分シンジ君も同じように駆け出していたから初号機は弐号機を助けに行くのに間に合ったんだろう。やっぱりシンジ君は男の子だなぁ。

 

 弐号機と初号機は回収されて、パイロットの自分たちは近くの温泉でひとっ風呂浴びる事になった。

 

「ちょっと、どっち行くのよ」

 

「え? でも、あっ」

 

「アンタ今身体はオンナでしょ。さっさと来なさい」

 

「あ、わ、う、うん」

 

 一緒に入るのは嫌だろうと思って、しかもネルフ貸し切りだから良いかなと思って男風呂に向かおうとしたらアスカに引き留められた。

 

「ちょ、何も見えないよぉ」

 

「アンタバカ? 中身は男なんだから見せるわけないでしょ」

 

 脱衣所で手拭いで目隠しをされて前も後ろもわからなくされてしまった。

 

「ホラ脱がすからじっとしてなさいよ」

 

「あ、うん」

 

 そのまま服を脱がされてもう一枚手拭いを渡されると、手を引っ張られた。

 

「あ、アスカ…?」

 

「気を付けないと、スッ転ぶわよ」

 

「う、うん」

 

 あのアスカが手を引いてくれている。ちょっと感動してたりする。

 

 そのままシャワー台まで連れていかれて、木の椅子に座らされた。杉か檜かは不明。そのまま頭から脚まで隅々まで洗われて、露天風呂に浸かる。

 

「今日のこと、一応感謝はしてあげる。……最後、どうしようもなかったから。だから貸しにしとく」

 

「洗ってくれたからもう良いのに」

 

「それは熱膨張の事でチャラよ」

 

「わかった。なら、待ってるよ」

 

「ふん。すぐに返してやるから待ってなさいよ」

 

 本当ならアスカと入るのはミサトさんだったはずだけれど、悪いことをしちゃったかなと思いながら、少しだけアスカと近づけた風呂は心地が良かった。

 

「うひゃー、すっご、良い温泉~ってカンジ」

 

「クワワワ!」

 

「ホント、ペンペンもはしゃいじゃってる」

 

「……かわいい」

 

 風呂場に入ってきたのはマリとミサトさん、ペンペンを抱えたレイと、リリス、レン、シオンの綾波シスターズ。静かな露天風呂は一気に騒がしくなった。

 

「ちょっと、静かに入ってきなさいよネコメガネ!」

 

「いやん、おこっちゃやーよ姫。それにしても目隠しプレイなんてマニアックですなぁ。つーか、マジエロい」

 

「違うわよ! コイツ中身は男なんだからアタシの柔肌見ようなんて100万年早いのよ!」

 

「つまり100万年経ったら見せてくれるんだ。姫ったら大胆~♪」

 

「うっさい!見せるわけないってことの暗喩だってわかるでしょうがっ」

 

「自分から騒がしくしてるのに騒ぐなって、頭バカなのかしら?」

 

「ンだとこのクソガキぃ!」

 

「きゃー、こわ~い」

 

 アスカで戯れるマリと、そんなアスカを煽ったリリス。

 

「あ…」

 

「きゃーー!! なに見てんのよエッチぃ!!」

 

「ぶはっ」

 

 リリスが自分の目隠しするタオルを取ると、目の前には裸のアスカが居て、悲鳴を上げながらアスカに引っ叩かれた。

 

「大丈夫、もう大丈夫よ」

 

「アイツ、ムカつく」

 

「なに、この胸のもやもや」

 

 引っ叩かれた先にはレンが居て、レンの胸に顔が収まる。シオンが怒りを露に、レイは表情を見ないとわからないがよろしくはなさそうだ。

 

「はいはい、騒がしいのはその辺にして、ゆっくりと浸かりましょ」

 

 ミサトさんの掛け声で取り敢えず事態を収める。アスカはマリが、リリスとシオンは自分が宥めた。ちなみにレイのもやもやは残念がるような感じだった。はて何故に?

 

 女三人寄れば姦しいとはこの事かとちょっと体験した露天風呂だった。

 

 

 

 

 

つづく。

 

 

 



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静止しない闇のなかから

何が正解で何が間違いなのかわからなくて右往左往しながら結果途轍もない駄文ですが許してください。


 

 その日、第壱中学校二年A組を震撼させる出来事があった。

 

 修学旅行を終えたばかりで思い出話がそこかしこで繰り広げられていた教室が静まったのは、教壇に立った綾波レイの存在だった。しかし教室には既に綾波三姉妹が自らの席に居ることから、彼女らの何れかがというわけでもない。

 

「みんなお帰り。修学旅行は楽しめたかな? みんなが修学旅行に行った間にちょっと実験に失敗しちゃってね。僕が誰なのかわからないみんなにもう一度名乗ります、綾波シンジです。またよろしくね」

 

「「「「「えぇぇぇーーーー!?!?」」」」」

 

 仰天とはこの事だろう。クラスのみんなは驚愕している。

 

「なおこの事はネルフの機密に関わることだから、詮索しないでね」

 

 ネルフの機密という言葉に、みんなの顔にはネルフへの疑念が浮かび上がる。

 

 既に使徒の存在はようやく片付け終わったラミエルの死骸が第3新東京市の中心部に擱坐していた為に周知の事実となって久しい。それら使徒を迎え撃つ組織であるネルフとエヴァの存在もまた同じ。

 

 敵から街を守る正義の組織というのが一般的に流布するネルフの情報だが、実験を失敗して男が女になる組織など、何をしているのか疑問に思うのも無理はない。ただ、二年A組は全員がエヴァパイロットの候補であり、家族の誰かしらがネルフと関わりを持つ人間であることから、機密という言葉に対する察しは割と機能する。

 

「落ち着いたところでもうふたつ。ひとつは新しい仲間が増えます。ひとつは長期入院していた碇シンジ君が復学します。それじゃあ、入って来て」

 

 そう呼び掛けると、教室の扉が開かれてシンジ君が現れた。

 

「早く入りなさいよ。後ろがつっかえてるわ」

 

「あ、う、うん…」

 

 躊躇いがちにシンジ君が先ず教室に入ってきて、続いてリリスが入ってきた。

 

「い、碇シンジです。その、よろしく…」

 

「もっとシャキッとしなさいよ。綾波リリスよ。まぁ、よろしくしてあげるわ」

 

 居心地の悪そうなシンジ君と対象的に胸を張って偉そうなリリス、だけでは終わらなかった。

 

「ヘ~イ! レディースあ~んどジェントルマーン、幼気(いたいけ)な少年少女たち! 転校生の真希波マリでっす! 嫁の綾波クン共々よろぴく~♪ あいたっ」

 

「普通に入って来なさい普通に」

 

「うおぉ、すっげぇいてぇ。まさかの出席簿アタックなんて愛がイタイにゃ~」

 

「いきなりフルスロットルで誰も着いてこれてないでしょ。今のマリ、豪快にスベってるよ」

 

「イヤン、綾波クンの冷ややかな視線でお姉さんもビクンビクンしちゃう。うん、わかった、ごめん。だからそんな冷ややかさも温かみもない視線は勘弁お願いプリ~ズ!」

 

 漫才やってんじゃないからマリをただ睨むだけで黙らせる。お陰で教室は静まり返っているけれど。

 

「以上、今日の連絡は終わりです。あぁ、あと進路相談と授業参観日が来月にあるので、親御さんの日程を聞いて置いてくださいね」

 

 そこで話を終えて出席を取ったあとはSHRの締め括りは根府川先生にお願いする。

 

 まぁ、マリの怒涛の勢いのお陰でシンジ君や自分に対する質疑も流れたからお礼は言っておこう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで話って、何のこと?」

 

 昼休みに校舎の中庭に呼ばれたシンジはその相手であるトウジとケンスケに用件を訊ねた。

 

 復学に際してシンジ(綾波)より聞かされた、シンジ(綾波)が碇シンジとして第壱中学校に通った出来事で、鈴原トウジとの喧嘩話は珍しくシンジの興味を引いた。

 

 人畜無害で喧嘩など無縁そうなシンジ(綾波)の人なりを知るからこそ、そんな喧嘩話が気になったのだ。

 

「スマン碇! ワシにはお前を殴る権利なんてなかった。お前の戦いを見てワシは自分のアホさがわかっとらんかった。ホントにスマン!」

 

「碇が入院してた間さ、トウジもその事でずっと気に病んでたんだ。碇が良かったら赦してやってくれないか?」

 

「うん。良いよ」

 

「ホンマか? ワシを赦してくれるんか?」

 

「互いに殴った仲だからね。僕はとっくに赦してるよ」

 

 だからこんなことがあると予想していたシンジ(綾波)からシンジは言葉を託されていた。

 

「だから、良いんだ」

 

「おおきに、ホンマおおきにな碇! いや、シンジと呼ばせてくれや。お前のパンチも中々やったで」

 

「そ、そうかな、あはは」

 

「あの時の碇もキレてたからなぁ、中々迫力あったよ」

 

 自分のしたことではないから素直には受け取れず微妙な表情を浮かべるしかないシンジは、それでも殴った相手にも自分に非があれば謝れるトウジを悪いやつだとは思えなかった。

 

「碇君、大丈夫だった?」

 

 教室に戻ったシンジを出迎えたのは、アスカと談笑していた委員長の洞木ヒカリだった。

 

「う、うん、大丈夫。ありがとう」

 

 誰かに真摯に心配される事に慣れていないシンジの切れは良くなかったが、取り敢えず言葉はなんとか返せた。

 

「そんなところに突っ立ってると邪魔よ」

 

「ご、ごめん」

 

 そんなシンジを後ろから小突いたのは綾波三姉妹を引き連れたリリスだった。見掛けは一番幼いが、情緒が一番確りとしている綾波シスターズの頂点。だが、誰にでも容赦がなく口が悪いのが玉に瑕でもあった。

 

「もうちょっと柔らかく言わないとダメ」

 

「そうそう。シンジがそう言ってたからそうしないとダメ」

 

 そんなリリスを咎めるのはレンとシオン、互いにシンジ(綾波)と繋がっているからこそ、シンジ(綾波)の思いを汲んで、リリスを注意する。

 

「別に良いじゃない。はっきり言わないと伝わらないのよ」

 

「でも、口は災いのもととも言うわ…」

 

「フン。あのコは許してくれてるわよ」

 

「それでも言い過ぎはダメ。彼が言っていたわ」

 

 リリスの言葉にレイも諫める側に回った。実際それで殺された経験のあるリリスは面白くない為、逃げるように顔を背けるものの、レイはさらに言い聞かせる様に説いた。

 

 そんな綾波シスターズの討論会を写真に収めるのはケンスケだった。

 

 厳しい検閲で懐が寂しいケンスケだったが、それでも良いダメのラインを見極めはじめていた。

 

 ちなみに綾波シスターズの人気はレンが高く、次いでシオンも人気があった。前者はその体つきやら中学生男子の悲しい性。シオンに関しては単純に庇護欲を掻き立てる普段の様子からだ。とはいえレイも最近微笑む程度だが笑うことも増えたので人気がないわけではない。そこに小動物的な愛らしさを破壊する勢いでクールで偉そうなリリスが加わるのだが、シンジ(綾波)を加えるかどうかかなり悩んだものの、とある写真で加える事に決まる。

 

 それはマリがふざけて後からシンジ(綾波)の胸を鷲掴みにして、ワイシャツに薄く青いブラジャーが浮かび上がっているというアウトな写真なのだが、かなりの売り上げを伸ばしたのはやはり中学生男子の悲しい性だった。言ってしまえば髪の長い綾波のそんな淫らな姿なので仕方がないと言えば仕方がないのが男の悲しいところだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「三者面談、ね」

 

「はい。シンジ君も復学しましたので、親であるユイさん方が行くのが自然かと」

 

「…シンジは私を親だとは認めんだろう」

 

 シンジ君からはまだ伝え難いかと思って、ユイさんとゲンドウには自分の方から伝える事にした。まさか子の前に親の面談をする事になるとは思っていなかったが。

 

「もしそうなら第3新東京市にシンジ君は来てませんよ。この際なので、三者面談と参観日前に親子の絆を深める為のピクニックにでも行ってきてください」

 

「ピクニックかぁ。あの子が小さい時に行ったわね」

 

「そうだな…」

 

 その時の事を思い出しているのか、ゲンドウの声はとても優しかった。

 

「私を、赦してくれるだろうか…」

 

「それはシンジ君に直接訊いてあげてください。逃げずに、ちゃんと、大人で、親であるんですから」

 

「う、うむ…」

 

 シンジ君の逃げ癖はこの親の遺伝だと、ゲンドウを見ているとシンジ君と親子だなと思わされる。

 

「…すまなかった」

 

「え?」

 

「お前も、シンジである事に変わりはない。私は、お前とも逃げてはならないだろう」

 

「……僕は赦しています。でもシンジ君がそうだとは限りません。ちゃんと親子の会話をしてください。シンジ君が生まれた時に感じたものを思い出せばきっと大丈夫です」

 

 本当は碇シンジではない自分に謝られても、赦す赦さないはシンジ君にしか答えられない事だ。しかしそんな空気を読めていないような返答はしない。そして少しでも親子の間が取り持てる様な言葉を送る。

 

「シンジが、生まれた時か……。そうか、そうだったな…」

 

 サングラス越しにでも判る程、穏やかな顔をしているゲンドウを見れば大丈夫だろうと確信出来る。

 

「ユイさんも、言うまでじゃないでしょうけれど」

 

「そうね。逃げていたのは私もよね」

 

 人類に振り掛かる試練の為に、人類の生きた証を遺しながらも、人類が抗うために、シンジ君を守る為に初号機の中に残ったユイさん。

 

 ロマンチストな科学者でありながら母親でもある自身の願いを叶える場所が初号機の中でこそ可能だった。

 

 でも今は、母親としてシンジ君に向き合って欲しいというのが自分の思いだった。人類に振り掛かる試練は自分が退けるから。生きた証を遺すための方舟も用意するから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 強化ガラスの向こうには青い零号機の姿がある。

 

 ネルフ本部が所有するエヴァの中で最も普通のエヴァである零号機改二。

 

 零号機はF型装備用と改修を受けてステージ2EVAとなり、初号機は覚醒を果たし、13号機の中身は使徒だ。

 

 その点弐号機も普通と言えるが、各種テストや実験を先行量産型の弐号機でやるよりも、プロトタイプである零号機系列でやる方が問題点の洗い出しに本部スタッフも慣れている。

 

 ヴンダーを護衛する為の機体を開発するインレ計画のコアモジュールとして零号機タイプを選んだのもそうした如何様な事態でも対処が利かせ易いという観点もあった。もっとも、保管されている零号機の試作パーツで安く早くエヴァを用意する為という台所用事情もあったが。

 

「実験中断、回路を切って」

 

 アラートが鳴り響く実験棟制御室でリツコさんの声が響く。

 

「回路切り替え!」

 

「電源回復します!」

 

 何故アラートが鳴ったのかを洗い出し、モニターを睨むリツコさん。

 

「問題はやはりここね」

 

「稼働電圧が他より0.02低いのが気になりますね」

 

「ギリギリで計測誤差の範囲内ですが、どうします?」

 

 今やっているのはエヴァの稼働時間を引き伸ばす為の新型蓄電システムの実験だ。理論上、これで5分しか動けないエヴァが内部電源だけで8分動けるようになる。

 

 旧劇で量産機相手に内部電源5分で弐号機が戦っていることから、形にならなかったが、実験機の零号機がアルミサエルと共に自爆してしまったからか。

 

「主電源ストップ、電圧ゼロです!」

 

「わ、わたしじゃないわよ?」

 

 リツコさんが起動スイッチを押した途端にすべての電源が落ちるという神憑りのタイミングに、制御室中の視線がリツコさんの背中に刺さる。

 

「…変ですね。別回路に切り替わらないなんて」

 

「……そうね。ものの数秒あれば切り替わるのに」

 

 自分の言葉に続いてマヤさんが疑問を口にする。

 

「確かに妙だわ。もう1分も経つのに電源が落ちたままなんて」

 

 どういうタイミングで来るかなんてわからなかった第3新東京市停電事件。ともかく来てしまったものは仕方がない。

 

「正・副・予備の3系統が同時に使えなくなるのは異常ですね」

 

「ともかく発令所に急ぎましょう」

 

「臨時の緊急回線で本部施設のみなら復旧は可能だと思いますが」

 

「そんな回線、いつ作ったの?」

 

「本来はリアクター点火用の回線ですが、逆に電力を送ることも可能です」

 

「なら先ずはそちらをどうにかしましょうか。案内して」

 

「わかりました」

 

 先ず方針が固まったところで、制御室からの脱出が始まった。制御室に詰めていた男手総出で出入り口の自動ドアを開ける。

 

 するとパッと急に灯りが点いたので目を細める。

 

「灯りが…」

 

「点いたようね」

 

 マヤさんとリツコさんの言葉を背中に、制御室に戻って受話器を取ると、とある場所に連絡を入れた。

 

《はい、こちら地下特設ケイジです》

 

「ユイさんですね。火を入れられたんですか?」

 

《あら、シンジね。ええ、N2リアクターを点火して電力供給をしているわ》

 

「わかりました。そのまま供給維持をお願いします」

 

《わかったわ、任せて》

 

 ユイさんとのやり取りを終えて、リツコさんのもとへと戻る。

 

「取り敢えず最低限の電気は来てると思いますが、まだ足りない部分の電力確保にジオフロントの特設ケイジに向かおうと思います。それと」

 

「この事件を起こした犯人を探す為の保安部の手配ね。わたしは発令所に上がってMAGIにダミープログラムを走らせておくわ」

 

「はい、お願いします」

 

 リツコさん達とは別れてジオフロントに向かうルートを進む。

 

 間に合せだが、この時の為に構築した緊急回線は役に立ってはくれた様だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ジオフロントの特設ケイジにあるファイバーのN2リアクターからも電力を供給させてネルフ本部施設だけでも電力の復旧を完全にさせる。

 

 ジオフロント内に、カタパルトで射出されて初号機が姿を現した。続けて零号機F型、零号機改ニ、弐号機もやって来る。

 

 既にマトリエルが侵攻していることはキャッチしている。

 

「お待たせ」

 

「ううん、待ってないよ」

 

 初号機には既にシオンが乗っていた。

 

 零号機改ニと弐号機がダンディライアンに乗り込み、アンビリカルケーブルを接続して取り敢えずの電力供給の心配は無くなった。

 

《んじゃ、さっさと地上に出ちゃいましょ》

 

「特殊装備用発進口がある。先導するから付いてきて」

 

《わかったわ》

 

《了解》

 

 アスカの言葉に、ダンディライアンが出られる出口を示しながらリリスとレイの返事を聞いて、機体をATフィールド推進の応用で浮かび上がらせて天井都市を目指す。

 

 本部施設の電力供給は確保したものの、天井都市にまで回せる電力は無い。

 

 当然、エヴァ射出ルートも沈黙している。

 

 非常時である為に仕方がなく隔壁を破壊して先を進み、ようやく地上に上がる。

 

「あれか」

 

 巨大なザトウムシの様な姿に、中心の胴体には目の様な模様を多数持つ使徒──マトリエル。

 

《じゃ、アタシから行くわ!》

 

 ダンディライアンから飛び出した弐号機は、その手に持つソニックグレイヴを振り回して、上段に構えると、自重も加えた一撃をマトリエルに振り下ろした。

 

《硬いっ》

 

 ただその一撃もATフィールドに阻まれる。

 

 劇中だとパレットライフルの一斉射で倒された弱いイメージのある使徒だったが、もしかしたら下からの攻撃には弱く、上からの攻撃には強いのか。試してみるか。

 

「バスタァァァァトマホゥゥゥクッ!!」

 

 腹の底から声を出して、発音は由緒正しいゲッター発音を踏襲したバスター発音。

 

 スマッシュホークを振り翳して、マトリエルに斬り掛かる。

 

 弐号機と同じように上からの攻撃ではなく、横からの攻撃を加えるが。

 

《いけない、避けてっ》

 

 通信で聞こえるレンの声に、咄嗟に横へと転がると、マトリエルが噴出した溶解液がアスファルトの地面を溶かす。エヴァ2でもそうだったが、横にも溶解液は噴出出来るらしい。

 

 マトリエルが胴体を地上から離して空に逃れると、そのいくつもの目の様な模様から溶解液を噴出してきた。

 

 ダンディライアンに乗る零号機改ニと零号機F型は空に逃れ、他の弐号機と初号機は地上でATフィールドによる防御で難を逃れたが、溶解液による攻撃は触れたら溶けてしまう為に厄介極まりない。

 

「上もダメ、横もダメとなれば」

 

《あとは下ね》

 

 零号機コンビが攻撃を加えているが、横からの攻撃も難なく防いでいる。と来れば、やはり下からの攻撃には弱い使徒だった様だ。

 

「こっちでフィールドを破る。アスカはトドメを」

 

《ハン、任されてやるわよ!》

 

 脚を思いっきり曲げて、全身のバネを使って飛び上がる事で初速を稼ぐ。

 

 こっちの動きに気付いたマトリエルが溶解液を放ってくるが、ATフィールドで受け止めながら上昇して、マトリエルの胴体に体当たりする。

 

「まだまだァ!! バスタァァコレダァァァッ!!」

 

 両腕に稲妻を纏い、ATフィールドを抉じ開けながら電流を放出する。

 

 負荷の掛かったATフィールドは簡単に抉じ開ける事が出来た。

 

《これでェ、ラストォォォォッ!!》

 

 槍投げでソニックグレイヴを投げ放った弐号機。

 

 その切っ先は初号機の脇を擦り付けて、マトリエルの胴体底部にある一際大きな目玉模様を貫いた。

 

 その一撃でコアを穿たれたらしいその身体は傾いて倒れ伏した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフ本部自体の電力供給が絶たれなかったお陰もあってか、夜の真っ暗な丘で横になってテッツ学~♪ なんてやる時間よりも前に第3新東京市含めた停電事件は幕を閉じた。

 

「随分潜るのね」

 

「物が物だけに、ですからね」

 

 自分はリツコさんを伴ってネルフ本部地下深くへとエレベーターで降りていた。

 

「ターミナルドグマまで降りるなんて、相当のお宝の様ね。IDカードも上級幹部クラスのモノなんて何時手に入れたのかしら?」

 

「まぁ、それなりに」

 

 使っているエレベーターはIDカードを通す事で動くタイプの物で、このエレベーターに乗るだけでも普通の職員には叶わないセキュリティが施されている。

 

 エレベーターが目的の階層に到着するが、そこから防護服に着替えて貰う。

 

 幾つかの部屋を通って辿り着いた場所は、作業現場を上から見下ろせる通路だった。

 

 作業するのはほぼ機械で、人間はその保守や各部の調整など、全長2kmに渡る巨大構造物を造っている様には思えない程に人影は少ない。

 

「これは…」

 

「ヒトの為の神殺しの刃、名はヴンダーと言います」

 

「『奇跡』とは、随分と大袈裟な名前ね」

 

 中央部の構造体はほぼ形になり始めているが、両舷はまだ枠組みが組まれている最中のヴンダー。

 

 完成を急いでいるために大分機械式にはなっているが、艦の根幹部分にはエヴァ由来の技術が惜しみ無く注ぎ込まれ、エヴァと同じくATフィールドの運用も可能としている。

 

「いらっしゃい、シンジ、リっちゃん」

 

「ユイさん、…そう、あなたがココの指揮を」

 

「昼間はありがとうございます」

 

「良いのよ。役に立てて良かったわ」

 

 昼間の停電事件の折りに、本部に電力を供給したのはこのヴンダーの補機であるN2リアクターだった。補機とはいえ、全長2kmにもなる超巨大戦艦のエンジンである。本部施設の電力を賄うくらいは出来たが、供給ラインが急造の都合上でそこまでの電力を扱えなかった問題があったが、加持さんによる工作を逃れる為にサンダルフォン戦直後から急ピッチで整備した緊急回線としては充分な仕事を果たしただろう。

 

「少しでも子ども達の役に立とうと思ったら、シンジがこのコの話を持ってきたのよ。エヴァを超えるヒトの力を造ろうだなんて言うんだもの、最初は驚いてしまったわ」

 

「だとしてもこの大きさは異常よ。いったい何と戦う気なのかしら」

 

「複数の使徒級の戦力が相手でも落ちない司令部兼避難所ですからね。設計はMAGIを使いましたから過不足無いはずです」

 

「あまり勝手に使われても困るわ。それで、ワタシにコレを見せた以上は、やって欲しい事があるのでしょう?」

 

 鋭いリツコさんはただ今回の事件の復旧に役立った立役者を見せに来たわけでは無いことを察していた。

 

「はい。リツコさんにお願いしたいことは、MAGIのコピーを造って欲しいんです」

 

「なるほど、確かにワタシがやる方が効率的ね」

 

 リツコさんの能力をアテにするのは心苦しいが、MAGIの構造を把握してコピーするよりも、MAGIの全貌を知っているだろうリツコさんに頼むのが良いだろうし、ある意味筋ではないかと思ったからだった。

 

 世界中にあるネルフ支部にあるMAGIのコピーのソフト面のセットアップをリツコさんが態々担当しているのもMAGIがリツコさんの母親であるナオコさんが造ったものだからだろう。

 

 だからヴンダーに搭載するMAGIコピーも同じようにリツコさんにお願いするのが筋だと思ったのだ。

 

「良いわ。コレを知った以上、後戻りは出来ないのでしょうし。今回はあなたの気遣いに免じて引き受けてあげましょう」

 

「ありがとうございます、リツコさん」

 

 リツコさんに礼を表す為に深々と頭を下げる。

 

 ヴンダーの頭脳の目処が立った事で一つ肩の荷が下りた様だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今回の件、政府はなんと言ってますか?」

 

「君は情報が相変わらず早いな。まぁ、知らぬ存ぜずだろう」

 

 停電事件の翌朝。冬月先生との語らいの場で切り出したのは、今回の停電の真犯人についての話題だった。

 

 今回の停電の仕立ては加持さんだが、その他にも内部調査の人員は居て当然であった。なにしろ加持さんには停電中にミサトさんとエレベーターで缶詰めというアリバイがあるのだから。

 

 幾人かのスパイを締め上げた調書に今回の停電の真犯人がヒットしたのだが、それで日本政府がハイそうですと認めるわけが無いのは最初から承知済みである。

 

「書面等の命令書は難しそうですか?」

 

「絶望的ではあるが、なに、以前した調べ物に比べたら大したこともない」

 

 その調べ物がなんであるかはわからないが、冬月先生が味方で居てくれる事の頼もしさは事実である。

 

「しかし政府を揺するネタを仕入れたところで反感を育てるだけではないかな?」

 

「今回は無事なんとかなりましたけれども、また何時同じことをやられては堪りませんからね。一部の暴走とはいえ、政府には身内の引き締めをして貰わないとなりませんでしょう」

 

 ネルフ本部が日本にある以上、日本政府とは切っても切れない関係にあるのだ。それなのにその日本政府にも疑心暗鬼にならなければならない等労力の無駄遣いで、割くキャパシティも勿体無い。

 

 ネルフの利権で利益を得ている人間は日本政府にも居るのだから、反抗勢力の牽制はそちらにやって貰う方が効率的だし、それをやって貰わないとただ利益を貪る寄生虫でしかない。

 

 何故本業はパイロットの自分が、そんな他の組織の勢力にまで気にしないといけないのか疑問に思うし頭が痛くなる。ただ最終的に戦自侵攻をどうにかするのに売れる恩は売っておくしかない。最後を穏便に済ませたいと考えると、無視は出来ない問題だった。

 

「そう言えば来月の事になるが、私と碇は出張となる。その間は三佐に昇進予定の葛城君と共に本部を任せるよ」

 

「出張ですか?」

 

 二人揃って出張とは何かあったかと記憶を掘り起こすが、残念ながら直ぐにはヒットせず。新劇であれば月に視察をしに行ったのだが、旧劇の方ではどうだったか。

 

「なに、少々忘れ物を取りに行くだけだ」

 

「忘れ物…」

 

 そんな数少ないヒントではピンっとくる物が無かった。

 

 思い悩む自分に、冬月先生は何処か楽し気な視線を向けてくる。

 

 お手上げの白旗を上げると、冬月先生は「南極に行ってくるのだよ」と付け足してくれて初めて繋がった。

 

 サハクィエル戦当日、南極で運ばれていたのはロンギヌスの槍だったと思い出した。

 

 

 

 

つづく。



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そこに愛はあるのか

明けましておめでとうございます。

新年早々見た夢にマリが出てきましてね。

「はやくアタシと綾波クンのイチャコラ書けよオラァ!!」

っとモードビーストで物理的に襲い掛かられてATフィールドを殴り壊す勢いで殴られたので書き上げました。


 

 綾波シンジに関して混乱が無いわけではなかった。男が女になる等という非常識をそう簡単に受け入れられる筈もなく、その真相を探ろうとする生徒が少なからず居たものだが、そうした生徒が真相に辿り着くのは不可能だった。

 

 なにしろ綾波シンジの存在はもはやリリスという人類の祖と同列に等しい。

 

 ネルフどころかゼーレが扱う様な機密性の高い情報に、一般人が、ましてや中学生が辿り着ける筈もなかった。

 

 軽くはない労力を割いても、綾波シンジで居ることに拘るのは、綾波シンジという自分だけの名と存在を無くしたくはなかったからだった。

 

 男から女になった事で生じた弊害は本人の預かり知らぬ所だが、幾人もの女子が枕を濡らす事になっただとか、男子の間で写真が出回りはじめて人気を獲得しつつあるといった所か。

 

 童顔ながらもイケメン、面倒見も良く気さくだった男の綾波シンジは思春期の女子中学生に刺さる人気を持っていた。

 

 女になってからは更に増した包容力と、元男であるから生じるちょっとした距離の近さに度肝を抜かれる男子が続出したといったところか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 参観日というのは自分の親を他人に見られる日というもので、小学生の頃は学校に親が来ることに心を踊らせたものでも、思春期の中学生であると謎の気恥ずかしさが込み上げる事もままある微妙な日だ。かといって親が来られないと少し寂しくもある大人と子供の中間の多感な時期。中学3年生となれば高校受験も控えて少しずつ大人の自覚を持てる様になるものの、中学2年生はまだ子供だと思っている。

 

 そんな参観日の参列にはやはり父親なり祖父、または兄や姉が居るが、母親の姿がとんと無い2年A組だった。唯一、シンジ君の母として参列しているユイさんだけである。ゲンドウまで連れ立ってはじめて両親が参加したシンジ君の参観日は、唯一の母親の参列とあって目立つし、キレイな母が何処か自慢で、しかし何処か気恥ずかしいという感じか。高校生とかになればそんなキレイな母親が何よりの自慢の母になると思う。両親の容姿が優れているというのも、子どもにとっては自慢の一つなのだ。

 

 その点、ユイさんは文句無しの美人だ。ゲンドウも見方によれば髭が厳ついもののイケメンとなるだろう。

 

 両親が気になるのか、シンジ君は時折教室の後ろに視線を向ける。幼い頃の母の記憶はもとより、捨てられたと思っていた父が自分の参観日に来てくれたことの実感が追い付かないのだろう。

 

 そんなシンジ君の様子を、隣のアスカが複雑な顔で見ていた。

 

 アスカからすれば、母親が学校に来てくれる事なんて叶えられない夢物語だからだろうか。

 

 参観日とは別に、親が学校に来る用事がある。三者面談だ。

 

「なんでアンタがアタシの親代わりなのよ」

 

「まぁまぁ。実際マンツーマンで話が終わるから気楽でしょ?」

 

 アスカは不本意だろうが、エヴァパイロットの統括者兼管理人という立場である自分が二者面談に就く運びとなった。

 

「アスカは将来、どうしたいと思ってるの?」

 

「そんなの決まってるじゃない。弐号機のパイロット続けるに決まってるじゃん」

 

 さも当然と言うように返してくるアスカに彼女らしいと思う。

 

「でもいつまでも使徒が攻めてくると決まってるワケじゃないし、エヴァを降りる日が必ずやってくると思う。そうした将来に、アスカはどんな事をしたいのかなって」

 

 マトリエルまで倒したことでまだ対使徒戦は中盤と言ったところだが、そう遠くない未来に使徒はやってこなくなる事を知っている身としては、アスカにもエヴァパイロットとは別の生活を考えてみて欲しかった。

 

「…そんなの、わかるわけないじゃん。アタシにはエヴァしかないんだから…」

 

 サンダルフォンの一件からアスカの自分に対する態度は目に見えて変わった。以前までのトゲのある態度ではなく、こんな風に地を見せてくれることもある。

 

「そんなことないよ。大学出てるし、日本語もドイツ語も出来るなら通訳っていう選択肢もあるよ」

 

「通訳ねぇ……」

 

 いまいち食い付きが良くないのも仕方がない。自分の成長、性格の形成、存在の土台にエヴァが常に在ったアスカにいきなり生き方や考え方を変えろと言うのも無理な話だ。

 

 ただエヴァのみに生きるに非ず、エヴァ以外の生き方の模索をして欲しい。だからアスカのスキルを生かせる職なんかを考えて教えてみたりもしている。

 

「なんでアンタはエヴァじゃない生き方を薦めるワケ? アンタだってエヴァと生きてるみたいなクセに」

 

「今は確かにそうだと思う。けれど使徒を倒し終えた後、そこから続く日々を生きるイメージは、僕には出来てるつもりだよ」

 

 少なくとも綾波シスターズの面倒は見る日々を送ることは想像に難しくもない。

 

 そして対ゼーレに関してもどうにかしなければ今のままでは旧劇の結末を迎えてしまうかもしれない。

 

 シンジ君が現状でエヴァに乗っていないのなら、生け贄となるのは自分か、或いはアスカか。アルミサエル戦で死なせるつもりはないからレイという可能性もあるものの、現状アスカの方が適任であるかもしれない。だからアスカにもリビドーに溢れる日々を送って欲しいと考えている。未来に希望を持って今を生きて欲しいと願っている。

 

 脳裡を過る窶れた姿で荒れた廃墟のバスタブに浸かる彼女の姿。

 

 そんな不幸を味あわせたくないと思うから。

 

「だからアスカにも、今は難しいかもしれないけれど、自分の未来を考えて欲しいって思うんだ」

 

「……アタシの未来、ね」

 

 今はまだ難しいかもしれない。エヴァに生きてきたアスカには想像出来ないかもしれない。でもエヴァだけではない生き方を探させてあげる為にも、サードインパクトは起こさせない。その先の未来を掴みとる必要があった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ご高齢の根府川先生に代わって自分が2年A組の生徒の三者面談を受け持つ事になったのは別に良い。

 

 言ってしまえば2年A組の生徒全員はネルフの管理下に置かれている。広義的には第3新東京市その物がネルフ、引いてはMAGIの管理下だが。特にエヴァパイロットが通っている第壱中学校はネルフの手が行き届いている。

 

 性転換等という非常識的な事態が起こっていても然したる騒ぎになっていないのも根回しをしたからに他ならない。

 

 ひとクラスその物がエヴァパイロット候補者の寄せ集めであり、身内にネルフ関係者が居る子供たちの面談で保護者からわざわざ追求の言葉が出ないのもその為だ。

 

 特務とはいえ司令部付きの三佐の藪を突く冒険者は居ない。純粋な好奇心が勝る子供たちは別にしてではあるが。

 

 表面的には問題もなくそつなく三者面談を終えられていたものの、厄介な面談という問題は存在した。

 

「……………」

 

「……………」

 

 空気が死んでいるというのはこうした沈黙を指すのだろうか。

 

 自分と机を挟んで向かい合っているのは碇ゲンドウ、そして碇シンジ君の碇親子。

 

 なにをもってゲンドウがシンジ君の保護者として三者面談に出席しているのかは理解が追いついていない。

 

 ネルフ本部のトップが息子の三者面談の時間を融通出来るのかと問われれば、ユイさんが還ってきた事で人類補完計画を進める必要がなくなったゲンドウは燃え尽き症候群的な物を発症して現在のネルフの実質的な指揮は冬月先生が執っている。故に手隙と言えば手隙だった。それでも表向きには委員会やゼーレへの報告義務があるため暇では無いが。

 

 このセッティングをしたのは誰かと考えれば真っ先にユイさんが思い浮かぶ。というより彼女でなければ誰がゲンドウを動かす事が出来るというのか。

 

 これが育成計画の親バカゲンドウならば自分から率先して三者面談にも来てくれるだろうが、そうはならない。この世界は普通に真面目な新世紀の世界なのだから。

 

 サングラスで表情は見えないものの、沈黙を保つゲンドウ。

 

 対してシンジ君も無言だが、険悪な空気ではない。ただゲンドウが三者面談に来てくれた事の実感を呑み込めていない雰囲気だ。此方からしてそうなのだから、当事者のシンジ君は更にそうだろう。

 

 しかしてこのまま普通の三者面談を始められるかと言えば、それも難しい。シンジ君は復学して間もない。学校生活に関して伝えられる引き出しは少ない。精々がトウジとケンスケとは友達になれたらしいと言うことだ。

 

 他には成績的にも問題ないということか。なにしろ両親からして京大出てるサラブレッドなので地頭は良い。

 

 普通の親ならば学校生活ではどんな様子だとか、成績はどうだとか向こうから切り出してもくれるが、そうした質問が目の前のゲンドウから飛び出した日には我が耳を疑う程度には目の前のゲンドウはまだまだ親として、人として不器用であるのはシンジ君がまだ両親と暮らせていないところを見れば察せられる。

 

 ユイさんをヴンダー専属にした原因の一端が自分にもあるために強くは言えないのだが、それでも人間的に不器用なゲンドウとシンジ君が親子として和解するにはまだ時を要するのは仕方のない事だった。

 

 此方としても出来るだけのフォローはしているが、結局は当人同士が互いを受け入れられるかどうかなので、この事については外から出来ることも限られてしまっている。

 

 さて、いつまでも黙っていては始まらないので此方から切り出す。それが仕事なのだから仕方がない。

 

「先ず、シンジ君の学力に関しては復学する時にしたテストでも学年平均点数は取れてましたので心配はないと思います」

 

「そうか」

 

「………」

 

 先ずは無難に学力に関しての話題を振る。シンジ君が居心地悪そうなのは理解出来る。通信簿でしか親は子の学力を判断出来ない。他はテストの点数だが、中学生にもなってバカ正直にテストの点数を親に見せるのは勇気が要る。或いは見せたくもないというのが思春期の本音だ。それが良い点数で親に見せても恥ずかしくないのならばまた話が変わってくるだろうが。少なくともテストの点数の話題を振ると子供たちは良い顔はしない事が多い。

 

 対するゲンドウの言葉は一言だけだ。問題がないのならばそれで良いというスタンスなのだろうか。

 

「復学して間もないので多くは語れませんが、学校生活でも今のところ問題は見受けられません」

 

「そうか」

 

 これに関しても、登校は自分達と一緒であるし、授業中でも問題は無さそうに見える。保安部からの報告でも問題は無し。なにかあればレンが知らせてくれるから本当に問題はない。ただクラスに溶け込めているかどうかはまだ判断がつかない。しかしそれは時間が解決する事だろうし、本人からして目立ちたがりでもないため落ち着くところに落ち着くだろう。トウジとケンスケが居るからクラスで孤立するという事も無いだろうとは思っている。

 

「友達も出来た様なのでクラスで孤立する事も無いと思います」

 

「そうなのか?」

 

「え? あ、うん。そう、だよ」

 

 これに関しては珍しくゲンドウが興味を示した。

 

 自分の殻に閉じ籠っているゲンドウと違い、シンジ君は少しずつかもしれないが、人との繋がりを育んでいくのがゲンドウとの違いであり、ユイさんの血のお陰なのかもしれない。

 

「そうか」

 

 言葉は同じでも声の質が柔らかかった。

 

 不器用でも不器用なりに子供のことを気に掛けていられるのは人類補完計画の為に──ユイさんの為に生き急ぐ必要も、シンジ君を拒絶する必要もないからだろう。

 

 ユイさんが居れば大丈夫な代わりに、ユイさんが居ないとダメなのも碇ゲンドウという人間なのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 三者面談が終われば終わったで先に帰るぞと帰ってしまうゲンドウ。そこはシンジ君と一緒に帰ってやれよとも言いたくもあるが、他ならぬシンジ君本人はまだそこまでゲンドウと打ち解けているわけでもないのでそれは必然とも言えた。

 

「お疲れさま」

 

「あ、うん。おつかれさま」

 

 面談の労をねぎらうと、何処か心ここにあらずといった様子だった。

 

「なにか、気になるコトでもあった?」

 

「どうなんだろう。よく、わからないんだけど…」

 

 思い出すように、或いはそれを噛み締める様子のシンジ君の言葉を待った。

 

「父さん、僕に、興味を持ってくれたのかなって……」

 

 不安気に、それでも気恥ずかしげに頬を掻きながら呟くシンジ君を思わず抱き締めそうになった。

 

 オレは悪くねぇ! オレは悪くねぇ!!

 

 そんな庇護欲暴走を引き起こす胸中を抑えつけて、そのシンジ君の言葉を肯定する。

 

 友達が出来たという事に優しげな声を向けたゲンドウを思えば、シンジ君の事を無関心などと誰が言えるだろうか。

 

「無理せずに、少しずつ向き合えば良いさ。人生まだまだ長いんだからさ」

 

「うん。そうだね……」

 

 微笑むシンジ君の顔に光が差す。この顔を陰らさない為にも、やっぱり人類補完計画はブッ潰すのである。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ミサトさんが一尉から三佐に昇進した。分かりやすく言うなら大尉から少佐に昇進したという事になる。

 

 旧劇ならケンスケが襟章の違いに気付いて昇進祝いのパーティーになるところだけれども、残念ながらこの世界ではミサトさんは一人暮らしのままでシンジ君を引き取るルートにはならなかった為に、ケンスケとの交流はない。

 

 だからというワケじゃないけれども、ささやかながらの席は用意させて貰った。

 

 ジオフロント内の天井都市レストラン。以前にミサトさんとリツコさんに連れていって貰ったところだ。

 

「歳上のおねぇさんを酔わせて、どぉするつもりなのかしらねぇ、シンちゃぁん」

 

 既に軽く出来上がってらっしゃるミサトさん。

 

「別にどうもしませんよ。ていうか、ミサトさんには加持さん居るでしょ」

 

「だぁれが、あんなヤツと…!」

 

 そうは言うが、未練まみれなのは端から見ても分かる。

 

「シンちゃんも、気をつけなさいよぉ? あんなヤツみたいに、オンナで遊ぶ様なオトコになっちゃ、めっ、なんだから」

 

「あははは…」

 

 遊んでる気は無いのであるが、耳に痛い言葉である。

 

「お待たせ。って、もう出来上がってるのねミサトったら」

 

「あぁによぉ~。遅くなるから先にやっててって言ったのはアンタでしょ~」

 

「絡み酒はウザったがれるわよ? 大変だったでしょ、シンジ君」

 

「いえ、別にそんなことないですよ」

 

「そうよぉ、シンちゃんったらお酌上手いのよぉ。だからどんどんお酒進んじゃうのよ~」

 

「飲み過ぎて明日に響いても知らないわよ?」

 

「まぁまぁ、リツコさんもどうですか? 中々美味しいですよ」

 

「未成年云々はアナタには通じなさそうね。ホントはダメだけど、今夜は特別よ」

 

 リツコさんの分にもグラスにワインを注ぐ。

 

 リツコさんが遅れてきたのは他でもなく、地下のヴンダーに内蔵するMAGIの監督をしていたからだ。

 

「ホント、美味しいわね」

 

「はい。赤は渋みが苦手だったんですけど、これは美味しくてぐいぐいイケちゃいますよ」

 

「そうね。お土産にあとで貰おうかしら」

 

「シンちゃぁん、もっぱい!」

 

「あ、はい。ただいま」

 

「まるで上司にお酌する新卒の子ね」

 

「まぁ、昔取った杵柄ってやつですよ」

 

 空になったミサトさんのグラスに新しく注ぎながらリツコさんに答える。

 

「よっ。相変わらず飲んでんな、葛城」

 

「んげ…っ」

 

「いらっしゃいませ、加持さん」

 

 ミサトさんにリツコさんともなれば、祝いの席に加持さんが居ないのはダメだろう。

 

 地下のヴンダーの事を調べているところを取っ捕まえて参上願ったワケだけれども。

 

 さすが加持さん。油断も隙もあったもんじゃない。

 

 アダム、或いはアダムと勘違いしているリリスに関してゼーレがなんと言っているかはわからないが、ヴンダーを調べられるのは少々困る。

 

 EVAだけならまだしも独自に戦闘艦まで誂えていると知れたら後々面倒だからだ。この際、加持さんもどうにかしてこちら側に引き込めないかと色々と知恵を回しているが、肝心の加持さんが釣れない事にはお話にならないのである。

 

 カモフラージュにインレ計画はジオフロントで展開させているのに、そちらではなくターミナルドグマの奥底の方で建造しているヴンダーに目を向ける鼻の良さはなんなのだろうか。

 

 だからこそ、惜しい人材であるし、個人的にも加持さんは好きだし、なによりミサトさんを悲しませたくないからどうにか加持さんには生きていて貰いたい。

 

「ぬぁんでアンタがココに居るのよぉ~」

 

「つれないなぁ。葛城の昇進祝いをするってシンジ君に誘われたのさ」

 

「んもぉ、シンちゃんたらぁ。こんなヤツ呼ばなくったってイイってのに~」

 

「そうですか? 僕は加持さんと居るの楽しいですけど」

 

 確かに油断も隙もなく、ゼーレ、ネルフ、日本政府の三足わらじであるからこちらに利益がありながら不利益もある微妙な立場ではあるけれども、個人的に加持さんと居るのが楽しいのはホントの事だ。

 

「良いこと言うねぇシンジ君。どうだい? あとでデートでもしようじゃないか」

 

「ちょっとぉ、中学生相手にナニ考えてンのよぉ」

 

「本命の前で他の娘を口説くのはNGなんじゃなかったんですか?」

 

「そこは心配ないさ。今のオレはフリーだし」

 

「もぉ~、ダメよ! 絶対ダメっ、こんなヤツと遊んじゃダメよ。ただでさえ今のシンちゃんオンナのコなんですからね!」

 

「信用ないなぁ」

 

「大丈夫ですよ。いざとなったら僕の影から零号機が生えて来ますから」

 

「それはご勘弁願いたいね」

 

「笑えない冗談よ。それでまた本部施設でも壊してみなさいな。次の給料は出てこなくってよ?」

 

「肝に銘じておきます」

 

 リツコさんの声がマジトーンだったので、気を付けておこうと胸に誓う。

 

 ミサトさんを挟んでデートのお誘いに何処まで本気なのかと考えさせられる。もちろんこれは普通のデートではない。そして、なにかするのだとしても自分個人の守りは万全だと牽制しておく。いくらどう足掻いたところで、EVAにはそう簡単に対処は出来ない。

 

「どうですか? 駆けつけに1杯。揃ったコトですし改めて乾杯でも」

 

「そうだな。貰っておくよ」

 

 ワインのボトルを見せると、席に着いた加持さんはグラスを差し出してくる。祝いの席でこれ以上の真面目な話は野暮だということだ。

 

 その後の事は特に何事もなく、主役のミサトさんが酔い潰れて寝るまで楽しい飲み会を過ごさせて貰った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「葛城を酔い潰して、いったい何を考えているんだい? シンジ君」

 

「ミサトさん、重かったですよね?」

 

「確かに。またちょっと太ったかもな」

 

「ソレ、本人に言ったらしばかれますよ?」

 

「大丈夫だ。今ここには君とオレしか居ない」

 

 ターミナルドグマへと続く通路で加持さんを捕まえる。加持さんにはミサトさんを自宅に送って貰った。なのにその足でネルフ本部にとんぼ返りするなんて。

 

「ミサトさんを悲しませないでくださいよ? ネルフはともかく、まぁ、日本政府もでしょうけど、ゼーレに見切りをつけられたらアウトですよ」

 

「やっぱりすべてお見通しか。いや、飲み会の前に捕まった時にそうなんじゃないかとは思っていたけどな」

 

 降参と言わんばかりに手を上げる加持さん。その死因であるネルフが現状加持さんを殺す必要がないから良いものの、冬月先生をゼーレの命令で拉致したりなんだりされたら自分でも庇いきれるかはわからない。冬月先生とは悪くない関係性を築けているとは思っているけれども、それはそれで、組織としての処断はしなければならないだろう。或いはそれが加持さんを味方につけるタイムリミットだ。

 

「アダムの件はゼーレに報告を上げています。ここのコトを調べているのは日本政府の命令ですか? それとも、加持さん自身の思いですか?」

 

「そうだな。オレ個人の趣味、という事にしておいてくれ」

 

 それが何処まで本心なのか測る術は無いが信じるしかない。

 

 だとするのならば、やはり加持さんの目的はセカンドインパクトの真相を知ることだというのだろう。

 

「オレの方も質問しても構わないかな?」

 

「どうぞ」

 

「君は何処まで関わっているんだい?」

 

 その加持さんの質問は、答えによって何かが変わると思わせるには充分な雰囲気が伝わって来た。

 

「人類補完計画──サードインパクトを阻止する為に、ゼーレと戦う決意をしている人間ですよ」

 

「ゼーレと戦うと来たか。良いのか? ゼーレの側の人間でもあるオレにそんなことを伝えて」

 

「ミサトさんやリツコさんを悲しませたくないので、ある程度の情報漏洩は覚悟の上ですよ。そして使徒が居る限りはゼーレもこちらには仕掛けて来ないでしょう」

 

「その根拠は?」

 

「僕自身がサードインパクト、人類補完計画のトリガーの1つだからですよ」

 

「なんだって…?」

 

 唖然、といった様子の加持さんが此方を向く。そんな加持さんにスマイルを送っておく。

 

「15年前、セカンドインパクトはただの調査中の原因不明の事故でもなんでもありません。真相はゼーレが他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元させる過程で起こったアンチ・ATフィールドとS2機関の解放によって引き起こされた大爆発によって南極大陸は蒸発したんですよ」

 

「……とんだ、笑えない冗談だな」

 

 今まで追い求めていた真相をいきなりぶつけられ、しかもその仕立て人が自分が所属する組織だという事に、いつも余裕のある加持さんからはそれが消えて戸惑いを隠せていない。

 

「冗談ではありませんよ。サードインパクトは使徒がトリガーというだけではありません。使徒が第3新東京市を目指す理由は、ここの地下にアダムと同質の存在である地球に住むすべての生命の源のリリスが封印されていたからです。そして、セカンドインパクトが人為的に引き起こされたものであるのなら、最後の敵は使徒ではなくゼーレという事です。ゼーレの掲げる人類補完計画は、行き詰まった人類を原罪のない新たなステージへと人為的に進化させる計画ですが、その為には人間が己のカタチを保っているATフィールドを全地球規模で強制的に解放させ、他者の垣根を無くし1つにするなんていう迷惑な計画でしかないんです。だから──」

 

「ワタシはそれを望まない」

 

「わたしは、わたしでいたい」

 

「私はシンジと一緒が良い」

 

「わたしが認めた男、わたし達の母がそう望むのなら、わたしはそれを望まない。それがわたし達の総意で、わたしの思いよ」

 

 レン、レイ、シオン、そしてリリスが現れて、自分の言葉に続くように人類の母としての言葉を紡いでいく。

 

 自分の背からいきなり現れた彼女達は軽くホラーかもしれないが、機関銃の如く放たれた真相の連続に加持さんはそれを読み込むので精一杯だろう。

 

「わかった。いや、なにをどこからどう理解したら良いんだかわからないが、とりあえず呑み込んでおくよ。それにしても、大層な役割を担っているんだな君は」

 

「望むとも望まずとも関係なく、自分で選んだ結果ですから。この娘たちと過ごしていく為にも、ゼーレとの戦いは避けられません。サードインパクト、人類補完計画の発動はこの娘達の存在さえ消えてしまうもの。そんなこと、絶対にさせないし許さない」

 

「なるほど。君も男だな、シンジ君」

 

「僕が伝えられる事は伝えました。加持さんはどうするつもりですか?」

 

「少し考えさせてくれ。もちろん、君の不利益になるようなことはしないさ」

 

「なら、ミサトさんやリツコさん、アスカを悲しませる様なことはアウトです。つまり死ぬのなんて許しませんという事です」

 

「ああ、肝に銘じておくよ」

 

 まだ味方になるかどうかはわからない。けれども、少なくともゼーレとの関係は考えてくれるだろう事に期待する。セカンドインパクトの事は全部話したのだから、それが真相なのか否かを突き止めるのにゼーレに深入りしないようにも釘を刺しておく。どこまで効果があるかはわからないけれども。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 綾波シンジ──碇シンジ、いや彼はもう、或いは最初から碇ではなく綾波シンジだったのだろう。

 

 第一次直上会戦後にしばらく意識が無かった彼は目覚めてから、それ以前の碇シンジとはまったく別の人間の様な行動を取っていた。内向的で社交性はあまりないというのがそれまでの碇シンジであった。しかし彼は内向的ではあるが社交性を人並みに有している。その違いは無視できない程に大きい。

 

 そんな彼の口から齎されたセカンドインパクトの真相、ゼーレの推し進める人類補完計画がサードインパクトと同義であること。

 

 そして、綾波レイをはじめとした綾波シンジを取り巻く綾波という名の少女たち。

 

 ずっと追っていた事実を明かされ、その裏に隠された真実まで知らされた。サードインパクトのトリガーだと自ら明かした彼と、使徒が目指すリリスという存在。その名を持つ綾波リリス。

 

 隠しだてする必要もないということなのか。本当だとするのならば、彼女らはサードインパクトのトリガーとなるリリスそのものだということになる。

 

 そして彼女らはサードインパクト、人類補完計画を認めないという。だとするのならばゼーレとの衝突は必至。

 

 自分に死ぬことを許さないと言った彼は、葛城やリっちゃん、アスカの名を出してオレの命を憂いていた。

 

 そんなに想われる程に彼との交流を持っていたワケでもないが、それでもその言葉が本気であるのは読み取れた。

 

 知りたかった真実を唐突に知ってしまったが為にこれから何をするのか路頭に迷いそうだった。或いは真実を告げる事でオレが彼に味方するのを期待しているのか。葛城の事を強調するのもある意味での人質ということなのか。

 

 それは無いだろうなと、疑り深い思考を否定する。葛城のことも、リっちゃんのことも慕っている彼なりの気遣いで、忠告だ。

 

 それはそれで大人として少し情けなく思うが、その言葉に少し甘えさせて貰うとしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで結局そのまま何も言わずに帰しちゃったの? なんだか危なくない?」

 

「大丈夫って信じるしかないかな。というより、加持さんが真実を知ったっていうのをゼーレに教えても自分が消されるだけだし、日本政府にチクったらチクったでゼーレの動きを牽制して貰えるかもだし、そこまで損な事でもなかったと思うけど」

 

 ターミナルドグマでの加持さんとの語らいのあと、綾波姉妹を寝かしつけて自分はマリと先程の加持さんとのやり取りを話した。何故かお風呂で、湯船に浸かりながら。

 

「綾波クンはもうチョイ他人を疑うってのを知った方がイイよ絶対」

 

「それどっぷりゼーレ側の人間の自分を疑ってって言ってるようなものだよね?」

 

「イヤン、アタシはもう綾波クンにNTRれちゃったオトメだし」

 

 人を疑えと言いながら、自分の立場を忘れているマリをジト目で睨み付ける。だからこんな質問を切り出してみた。

 

「ユイさんと僕のどっちかの味方するってなったら僕の味方してくれる?」

 

「それちょっとズルい問題だねぇ。でもう~ん、ユイさんの味方しながら綾波クンにベリーラブリーってのじゃダメ?」

 

「それじゃあユイさんの味方で僕の敵ってことになるからダメじゃん」

 

「まぁねぇ。でもまぁ、アタシ今綾波クンにぞっこんだからさ。それで許してくれない?」

 

「ダメ。怪しいからマリのこと疑っちゃうよ」

 

「そんなぁ。こんなにちゅき♡ちゅき♡オーラ全開なのに~?」

 

「そんなんで騙されるほど甘い人間じゃありません。あとナチュラルに胸揉むな」

 

「あ~、やわらけぇなぁ。これ実質ユイさんのおっぱいでもあるんだよなぁ。っぺぇ、なんか背筋ゾクゾクするぅ」

 

「結局ユイさんが好きで僕のことはついでなんじゃん」

 

「おやおやぁ、今日はちょっとナイーブな感じ? どしたのよ? お姉さんのおっぱい揉む?」

 

「別に。ただちょっと拗ねてるだけだし」

 

「なぁに? 嫉妬? ユイさんに嫉妬? でもしょうがないじゃん、ユイさんは特別なんだし。でも特別なのと、好きってのは別なんだってのは綾波クンだってわかるでしょ?」

 

「まぁ、それは…」

 

 それを言ったら自分は普通にクズ男だ。

 

 レンの事は言葉では言い表せない特別な存在。言うとするなら自分の影、初めて心を融かしあった特別な相手で、掛け値無しの、もう一人の自分であり最大の理解者だ。

 

 レイの事も、シオンの事も、妹の様な存在として愛している。近頃はリリスもそれに加わっている。

 

 リツコさんの事は尊敬しているし、好きな人、である。

 

 こんな自分を受け入れてくれるマリやマナの事も、好きだ。

 

 誰も彼も好きだなんて素人の書いた三流小説じゃあるまいし。

 

「ねぇどうしよう。おれって物凄くクズなんだけど」

 

「アタシから言うと恋を知らないガキってくらいだけどね」

 

「しょうがないじゃん。恋愛なんてしたことないんだから」

 

「だからさ、お姉さんで恋人ごっこしてるわけじゃん」

 

「ごっこ……、ごっこかぁ…」

 

 恋人ごっこと言われた事に胸がキュっとした。もう自分がわからなくなる。

 

「そう。マジになっちゃダメだよ? それこそ何股かのクズ男になっちゃう」

 

「誰かを好きだって事に人数制限があるって誰が決めたんだろ」

 

「それは強欲だよ、綾波クン」

 

「だって、マリの事だって好きなんだよ、おれ。顔とか声とかじゃなくて。こうなんでも許してくれて包み込んでくれる感じとか。一緒にバカやってくれもするところとか。なんてんだろう、飾らない自分を見せられるの、多分マリだけなんだと思う」

 

「甘えん坊で欲張りだなぁ。そんなに私は良い女じゃないと思うけど?」

 

「じゃあ、おれにはそんな良いオンナに見えてるの」

 

「だからマジになっちゃダメだって。互いにごっこ遊びの方が楽でイイじゃん。それにアタシよりマナちゃんの方がイイ娘だし」

 

「マナはマナでこう友達感覚というか、忘れ物みたいなものというか同情もちょっぴりあったとか。こんなおれのこと、好きだって言ってくれたから。って、話逸らさないでよ」

 

「ホント、チョロいよね、綾波クンって」

 

「も~。とにかく、マリのこと、ちゃんと好きだってどうしたら伝わるの?」

 

「じゃあさ、全部ブッ壊してアタシと綾波クンだけの世界を作ってくれるんだったらOKしてあげる」

 

 真剣な目差しでそんなことを言ってくるマリの声は本気だった。思い起こしたのは、赤い海と白い砂浜。そこに居るアスカとシンジ君。

 

「……本気なの?」

 

「だって、その方がアタシも綾波クンも他に目移りしないでしょ? だって目移りしようがないんだし」

 

 そうまでしないとならない想いを前に、どうするんだと試されている気がした。そこまでするのなら愛してあげるとも言われている様な気がする。何故ならそれは彼女にとっての、或いは自分にとっての特別な相手さえ否定して作り上げた世界での事なのだから。

 

「私はそんなに、安い女じゃないよ」

 

 互いに目的が同じだから付き合っているだけの関係。暗にそう言われている様な気がした。

 

「綾波さん達も、リっちゃんも恋を知らないから綾波クンでも堕とせた。けれど私は人に恋した事がある。その恋が叶わないと知った経験がある。居なくなったあの人の意志を継ごうと決めた決意がある。それすらを上回る想いが君にはあるかい? 綾波クン」

 

「おれは……」

 

 マリの人生がどうだったのかというのは1度融け合った事で知っていた。でもその想いまでもはマリのものだ。

 

「君もワンコ君と同じだ。誰かに甘えたいだけ。甘えたいから誰にでも優しくして自分を好きになって貰おうとする。そうすれば甘えても良いんだって思ってる」

 

 否定は出来ない。でもそれは人間誰しもが同じだ。

 

 好かれようとすることの何がいけないのだろうか。

 

「だから誰か1人を愛せない。だって皆が大切だから。それは美徳に見えて、だけれど愛されたい側からすれば酷く残酷な事なんだよ」

 

 理解できる事だ。いや、それが一般的な常識だ。

 

 好きであることと、愛することは似ているようで違う。恋愛と親愛は違う。

 

 男が女を愛するということは、好きだということは複雑で単純にはいかない。

 

 万人すべてが好きだと宣うのは、それは人のものではなく神か何かのものでしかない。

 

「誰かの為に世界を壊してまでもう一度会いたいと、1つの想いを貫き通すゲンドウ君の愛の方が、誰も彼も好きだという君よりも何倍も尊いと私は思うよ」

 

「だったらなんで……今までどうして……」

 

「君がかわいそうだったからだよ。人の愛し方を知らない君がね。君の愛は子供過ぎるんだ」

 

 もう、どうしたら良いのかわからなくて、頭が真っ白だった。だから湯船から立ち上がったマリの手を反射的に掴んでしまう。

 

 でも、それも直ぐに離した。

 

 マリは言った。甘えてるって。それの何がいけないんだって思うのと同時に、ちゃんとしないとダメだって思った。

 

「ありがとう、マリ」

 

「ん。どういたしまして」

 

「それでさ。うん、だから。……結婚してくれますか?」

 

「ブッ、アッハハハハハッ、な、なんでそうなるのっ、ハハッ」

 

「だっ、だってその、色々やっちゃってるし。責任、取るしかないって思ったし。それに、マリのこと好きだから」

 

「もう、ホント子供だねぇ。そんなこと気にしなくって良いんだよ。要はアレ、セフレってヤツで構わないんだってば」

 

「ヒドイ! 今人生でめちゃくちゃ本気だったのに!」

 

「はーいはい。まぁ、真剣なのはお姉さんもドキっとしたけどさ。そーゆーのは全部終わってからにしようにゃ。でないと万が一でもあったら綾波クン第二のゲンドウ君になりそうだし。てかなるよね、綾波クン、メンヘラ気質だし」

 

「ホントにもう、マリのバカぁ」

 

「んげっ、ちょ、泣かないでよ~、アタシが悪かったからさぁ」

 

「じら゛な゛い゛、ぐれ゛でや゛る゛ぅ」

 

 真剣な告白だなんてしたことがないのにそれを笑われるなんてマリは酷すぎる。その所為か勝手に涙が溢れ出てきてしまった。

 

「まぁアレよ。初恋は実らないって言うし」

 

「はづごい゛じゃな゛い゛も゛ん゛」

 

「あ、幼稚園の先生だっけ初恋」

 

「マ゛リ゛の゛バカ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~」

 

 記憶が1度融け合った関係でマリには自分の赤裸々な過去はすべて筒抜けになっている。仕方がないがめっちゃ死にたくなる。デストルドーが上がると大変なんだぞ。

 

「まぁ、とりあえずこんなもんか。初恋破れの綾波クンはそれでも私のこと、好きでいられる?」

 

「…………好きだよ、とっても」

 

 綾波ボディのお陰で背はマリの方が大きいけれども、マリの事を抱き締める。

 

「あんなふざけかたされても、それでもマリと一緒が良いって思ったんだ。それじゃダメかな」

 

「男の子ならもっとしゃっきりしないとダメだぞ~、もう少し自分に自信持って」

 

「……マリと一緒に居たい。死んでも一緒が良い」

 

「死んでもと来るか、やっぱメンヘラだね綾波クン」

 

「どうしろっていうのさぁ」

 

「フツーで良いんだよ、フツーでさ」

 

「……真希波マリさん、愛しています。おれと、付き合ってください」

 

「そうそれ。普通に言えば良いんだよ普通に。うん、OKにゃん♪」

 

「いや軽っ、今までの雰囲気ぶち壊しじゃんかっ」

 

「にゃはは~、いやー、やっぱマジよりこっちの方が気が楽でイイじゃん?」

 

「ねぇ、ホントにOKなの? アレでイイの?」

 

「OKOK、不安ならこの後ベッドでじっくり隅々までねっとりシて教えてあげるからさ」

 

「やっぱり身体だけが目的なんじゃないの?」

 

「だって今の綾波クン啼かせるとユイさん啼かせてるみたいでメチャ興奮するんよ」

 

「ヒデェ、マジヒデェ、やっぱり身体だけが目的なんだ!」

 

「だってココロはもうアタシのもんなんでしょ? ならカラダの方楽しまなきゃ損じゃん?」

 

「言いたいことはわかったけれど納得したくねぇ」

 

「じゃあやめとく?」

 

「ヤダ、この際だからちゃんとマリのこと好きなんだってわからせてやるっ」

 

「おー、元気だねぇ。それじゃあアタシも手加減しないよん♪」

 

 ただ遊ばれてるだけにしか思えないけれども、多分きっと、自分とマリの関係はこんな調子が普通なんだと思うしかなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 綾波クンが意地悪なコトを言うから仕返ししてやったらマジ告白受けちゃって、お姉さんドキがムネムネになっちゃった。

 

「ホント、かわいいなぁ綾波クンは」

 

 今は色も変わってしまった髪を撫でてやる。涙の跡を残しながらも穏やかな寝顔が愛おしく思うのはやっぱり真剣な告白を受けたからだろう。

 

 1度1つに融け合った事で私達はもう一蓮托生なのに、それでもそれは別として好きだって言われたことの照れ隠しでちょっぴり本気出して啼かせまくった結果の涙の跡だったりする。綾波クン、好かれようとなんでも受け入れてくれちゃうからマジで危ないのはホントの事。

 

 誰かを好きになった事はある。でも、誰かから真剣に好かれた事なんてなかったから、私も綾波クンの事を言えた立場じゃなかった。

 

「情けないなぁ、アタシも」

 

 或いは綾波クンに告げた言葉は自分への裏返しだったのかもしれない。それでも好きだと言ってくれた彼に、私も本気になって愛してあげようと思った。

 

「お休み、私の王子さま」

 

 眠る綾波クンの頬にキスをして、私も布団に潜り込んだ。

 

 やっべ、綾波クンのお尻ちょーもっちりでずっと揉めるヤツだ。いつも視姦してるしなんなら揉み倒してるけど、相変わらずいいケツしてるなぁ。

 

 

 

 

つづく



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奇跡の価値は

だいぶ短いですがどうぞ。


 

 ゲンドウと冬月先生が揃ってネルフを留守にする場面でやってくる使徒が居る。新劇で映像の進化を見せつける場面となったEVA3機による全力疾走と、サハクィエルのべらぼうさ。

 

 EVAの何倍もの大きさに新劇に至っては受け止めるだけで解決しない新たな要素は当時手に汗握る展開だったのを覚えている。

 

 そのサハクィエルが静止衛星軌道に姿を表した。

 

 監視衛星に捕捉されたサハクィエルに対して新型のN2爆雷による攻撃が実行されるが、ATフィールドによってまるで効果なしだった。

 

「大した破壊力ね。さっすがATフィールド」

 

 モニターのクレーターを映す映像にそう溢すのはミサトだった。

 

「落下のエネルギーと質量を利用しています。使徒そのものが爆弾みたいなものですね」

 

 その映像の解説をするのはマヤだ。

 

「とりあえず初弾は太平洋に大ハズレ。で、2時間後の第2射がそこ。あとは確実に誤差を修正しています」

 

 モニターには3回の使徒による自らの一部を切り離して行った落下攻撃の結果が映されていた。

 

「学習してるってことか…」

 

「以後使徒による電波撹乱のため消息は不明」

 

「…来るわね、多分」

 

「次はここに、本体ごとね」

 

 行方を眩ました使徒に対して、ミサトとリツコは互いの見識が同じ答えを導いたのを確認する。

 

 電波撹乱で地上からの狙撃は不可能。

 

 EVAを空中へ移送するにしても使徒が何処に居るかわからなければならない。

 

 そもそも宇宙から落下してくる使徒を空中でどうにかする作戦すら考えつかない。

 

 作戦とも呼べない、原始的な方法でどうにかするしかないとミサトは眉間にシワを寄せながら指揮官として子供たちに作戦を通達した。

 

「はァ!? 手で受け止める!?」

 

「そうよ」

 

 現状運用可能なすべてのEVAを投入する作戦は、落下してくる使徒をEVAで受け止めるというものだった。

 

 そんな作戦とも呼べない作戦にアスカが声を上げる。

 

「良かったの? マリまで勘定に入ってるけど」

 

「大丈夫。ちゃーんと委員会経由で出撃要請も降りてるにゃん」

 

 現状運用可能なEVAの頭数にはマリの5号機も入っていた。

 

「シンジ君。例の機体は出せるのよね?」

 

 ミサトの言う例の機体とはもちろん13号機の事だ。

 

「可能ですが、出すのならもう1人パイロットが必要です」

 

 シングルエントリーも可能だが、ダブルエントリーの方が性能を引き出せるのが13号機だ。

 

 現状運用しているEVAとパイロットの組み合わせが最も性能を発揮する組み合わせで、13号機を運用するのならその組み合わせを崩さなければならない。

 

 最も相性の良い2人乗りのレンとシンジの組み合わせをすると、初号機と零号機の性能が下がる。

 

 もともとシングルエントリーの初号機と零号機はパイロットが1人でも動くが、パイロットのコンディション、特に初号機に関しては留意する必要があった。

 

 人類の存亡を前になにを言っているのかと言われそうだが、子供がヘソを曲げる程厄介なことはないのだ。

 

「なら現状のままが良いか」

 

 零号機、初号機、弐号機、5号機の計4機のEVAでの作戦が最善というのなら仕方無いとミサトは決断する。

 

 或いは碇シンジに一時的にEVAに乗って貰うことも考えたが、素人をEVAに乗せる余裕があるのかどうかを天秤に掛けて、ノーだと傾いた。そんな余裕は今の自分達には残ってはいないと。

 

「こんな作戦で申し訳ないけれど、万が一の時は全力で自分を守って。エヴァのATフィールドなら万が一でもあなたたちの身は守れると思うから」

 

「無理を言いますね。落下したらセントラルドグマどころか、ターミナルドグマまで剥き出しになるんですから。必ず止めないとみんな死にますよコレ」

 

 だから不退転の決意で挑まなければならないとミサトさんへと言い返した。

 

「バカフォースの言う通りよ。まさか最初から諦めてこんな作戦立てたワケじゃないんでしょ?」

 

「少しの可能性でも、やります。わたしがわたしである今を守る為に」

 

「と言うことです。奇跡は起きます。起こしてみせますよ。ミサトさん」

 

「ありがとう。…終わったら何か美味しいものでも食べに行きましょ」

 

 敗けは許されない。だから勝つことだけを考えて、各々ミサトへと声を掛け、互いに1度見つめ合うと頷きあった。

 

「良いにゃ~。青春ってカンジ」

 

 新参故にマリはちょっとした疎外感を感じていたが、自分はそれでも構わないとパイロット達を見守った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 EVA全機の配置が整った。第3新東京市を四角形で囲う形でEVAは配置された。4機のEVAでやるなら一番無難な配置だろう。

 

「目標を最大望遠で確認! 距離およそ2万5千!!」

 

「おいでなすったわね。エヴァ全機スタート! 肉眼で捉えるまでとりあえず走って! あとはあなたたちに任せるわ」

 

「MAGIによる落下予想地点、エリアB-2!」

 

「外部電源、パージ! 発進っ」

 

 ミサトさんの号令とともにEVA4機は駆け始める。

 

 初号機を駆って、ソニックブームで街がメチャクチャになろうが構わずに突っ走る。どうせ特別宣言のD-17で半径120Kmは無人になってるのだから気にしないで動き回れる。間に合わなければ全てがパーになるのだから。

 

 MAGIの落下予想地点に一番近いのは、初号機だった。

 

「来ます! あと2千!!」

 

「来たっ。フィールド全開ッ!!」

 

 雲を割って姿を見せたサハクィエルの真下に初号機を滑り込ませてATフィールドを全開にする。

 

「止まれええええっ」

 

 出し惜しみはせずに擬似シン化形態に移行させてまでサハクィエルを絶対に止めるのだと意思を込めれば、初号機だけでもどうにか支える事を可能とした。

 

 だがそれで使徒は止まらない。ならばと、ATフィールドをアフターバーナーの様に噴出させてさらに荷重を掛けて来た。

 

「ぐおっ、ああっ」

 

「きゃあああっ」

 

 その衝撃と荷重に初号機の身体が軋む。落下を支える両腕が耐えられずに割ける。

 

「うっぐ、うおおおおお!!!!」

 

 雄叫びと共に初号機の背にATフィールドが展開する。

 

「グオオオオオオオ!!!!」

 

 初号機が吠えると一瞬で両腕の損傷が回復した。そしてそのまま使徒の重量を単独で支えきった。

 

「到着したよマイハニー!」

 

「弐号機、フィールド全開!」

 

「やってるわよ!!」

 

 他のEVAが間に合えばあとは簡単だった。零号機がフィールドの一部をプログナイフで切り開き、使徒のコアを弐号機が同じくプログナイフで突き刺して終了だ。

 

 使徒の爆発に巻き込まれたけれども、マリの5号機がその爆発を防いでくれて大した損傷もなくサハクィエル戦は幕を閉じた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「如何なる生命の存在も許さない、死の世界…南極か。いや、地獄というべきかな」

 

「だが我々人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」

 

「科学の力で守られているからな」

 

「科学は人の力だよ」

 

「だが碇…、その傲慢さが15年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ。そして結果この有り様だ。与えられた罰にしては大きすぎる」

 

「原罪の穢れなき浄化された世界。それを認めるわけにもいかなくなった」

 

「気をつけろ碇。何処に耳があるかわからんぞ」

 

「問題ない。いずれはそうなるのだからな」

 

 愛する妻を取り戻したゲンドウは、その恩がある綾波シンジの目的に同調する。それは即ちゼーレとの決別を意味していた。無論すぐさま反旗を翻すのではない。現状、使徒襲来にはゼーレの資金力が不可欠だ。さらには日本政府の協力も必要となるだろう。

 

 使徒を倒し終えた後の敵は、おそらくは人間だろうという予想に反しなければ。

 

 その為の暗闘は此方の仕事だ。

 

「付き合って頂きますよ? 冬月先生」

 

「やれやれ。私の周りにはクセのある生徒ばかりが集まって来て困るよ」

 

 そうは言いながらも、既に希望を託している冬月はゼーレと戦うという意思を固めていたので是非もなしであった。

 

「それでな碇。彼はどうやら真希波君と契った様だぞ?」

 

「彼女とか……。振り回されなければ良いが」

 

「彼女の破天荒振りが却って彼の息抜きになるだろうさ。親子揃って生き急いでいるのは似通っているな」

 

「親子、か…」

 

 ゲンドウの脳裏に浮かんだのはまだ幼い我が子の姿。泣いている子を置いて去り行く自分だ。

 

 その情景しか思い浮かばない自分が果たして息子の父親だと今さら名乗れるのだろうかと。

 

 そしてもう1人の息子に言われた事を思い出した。

 

 シンジが生まれた時の事を思い出して欲しい。その時の心があれば大丈夫だと。

 

 思い起こすのは暖かな、か弱くも力強い生命の息吹き。小さな手で自分の指を掴むシンジ。愛おしい妻との愛の結晶。

 

「シンジ…」

 

 思わず呟いたゲンドウの言葉はとても柔らかなものだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 パイロットだけでもレイ、レン、アスカ、シオン、自分に、マリ、補欠扱いのシンジ君入れて7人の大所帯を屋台ラーメンに収容するのは難しいので無難にファミレスで済ませる事になった。

 

「まだ腕痛むの?」

 

「いえ。ちょっと引き攣るだけですよ」

 

 ミサトさんに大丈夫だと返す。EVAのフィードバックで腕を痛めたのは事実だが、その後に自己修復したのと同時に痛みも引いた。ただ高いシンクロ率から後を引く痛みが残るのは仕方がなかった。

 

「言ってくれればあーん位するよ?」

 

「スプーンくらいは持てるよ」

 

 横に座るマリがそう言ってくるけれど、公衆の面前であーんは恥ずかしいから勘弁させて貰った。

 

「自分が場違いだって思ってる?」

 

「……うん。僕は何もしてないのに、ここに居るべきじゃないと思うんだ」

 

「そう? 家族なんだから気にしなくたって良いのに」

 

 確かにシンジ君はEVAに乗ってないから今の場違いを気にするのも仕方がない事だろう。だがみんなして外で食べるのにシンジ君だけ仲間外れなのも違うだろう。だから辞退する彼を無理やり連れてきたのだが、真面目なシンジ君は真面目に居心地の悪さを感じていた。

 

 だから気にするなと言ったのだけれどもあまり効果はないらしい。

 

「そんなに気にするのなら君もエヴァに乗れば良いじゃないか」

 

「…そう、だよね」

「マリ」

 

 軽い感じで乗れば良いと言うマリ。シンジ君は歯切れが悪い。それも仕方がない。本来乗る筈の初号機を使ってしまっているからEVAに空きがないだけに、補欠だったのだから。無理に乗せなくても良いという宙ぶらりんの環境に押しやったのは自分が原因でもある。

 

「綾波クンはワンコくんに甘過ぎ。時にはお尻を叩いてあげなくちゃダメだよ」

 

「わかってるよ。でも乗るのならちゃんと意味を持って欲しいんだ。仲間外れが嫌だから乗るだなんて理由じゃ戦えないよ」

 

「戦う理由、か…」

 

 シンジ君を甘やかしてる自覚はある。だからちゃんとした理由を持って戦って欲しいというのも我が儘だった。

 

「弱虫にそんなの出来るわけないじゃん」

 

「コラ。そんなこと言う子はデザートなしだからね」

 

 シンジ君に当たりの強いシオンを咎める。シオンは知らないけれども、シンジ君も立派な男の子だ、やる時はちゃんと出来る子なのだ。

 

 それを知っているから、せめてその為の理由を持てるまでは今のままでも居られるように頑張るのが自分の役目だった。

 

 

 

 

 

つづく



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