渡り歩く者 (愛すべからざる光)
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*随時更新予定

*多少のネタバレを含みます*


名前:梓條(しじょう) 蒼士(そうし)

性別:男性

年齢:16歳

身長:180cm

人種:人間

国籍:日本

職業:学生、HSA社長、研究者

趣味:料理、武器集め・作成、術式開発

長所:初めて会う人でもすぐに仲良くなれる

短所:集中すると周りが見えなくなる

社会的地位:企業連社長

武器:主に刀だが、素手の方が強い

 

 

外見

・背は達也よりかは少し高く、肩に届く黒髪、青く澄んだ瞳で、絶世の美少女の司波深雪と一緒に居ても負けないレベルの美男子。

 

・社長という立場なので身嗜み、清潔感はちゃんとしている。

 

 

性格

・真面目で誰にでも優しく、外見だけで人を判断したりせず、人の良い面と悪い面を見て、内面を重視し受け入れるタイプ(※)。内面が腐りきっている外道には容赦はしない。

 

・社長をやっているせいか、何事にも柔軟に対応ができ、年上でも年下でも誰とでも会話ができ、すぐに仲良くなれる

 

・非常に容姿がいいのを知っているのでそれを使って相手に揺さぶりをかけたりして、揶揄ったりしている。

 

・女性には紳士であり、優しく接する、揶揄って接するなど女性のことは大事にしていて、女好き。

 

・男性とも話が合うように流行、世間的な話、ゲームなどの知識もあるので話を合わせるのも上手い。

 

 

実力

・元いた世界でも戦いがあったので、実力は折り紙付き。戦闘面での経験や技術は四葉の人間が手が出せないほどであった。

 

・この世界での魔法は現在修行中であるが、元いた世界での魔法を使用するとほとんど無双状態になり、世界最強の魔法師の一人の四葉真夜を殺しかける。

 

・主に刀で相手が視認できないレベルで斬るか、武器を破壊するために斬るのを主にしている。

 

・素手では対人レベルが非常に高く、達也の師匠である九重八雲でも三分持たせられないレベル。相手の技量に合わせてしまう癖があるが、それを行うのは蒼士が興味を持った人物だけである。

 

 

使用魔法

 

『掌握』(固有魔法)

・対象に触れるだけで相手のことの全てのことを把握できる。(相手が持つ魔法能力、サイオン量、記憶)

・相手の魔法が使用できるようにもなるが自身の技量で習得するため、すぐに使えるわけではない。

・他者の記憶から他者の情報も得れる。

・第二十話でオンとオフの制御が出来るようになり、滅多なことや相手の了承を得ない限り使用しないことにしている。

 

千変万化(せんぺんばんか)』(オリジナル魔法)

・見えない糸で相手を拘束する(光系統の魔法で光学迷彩にしているため糸は見えない)

・蒼士の技量によって糸の本数が増えていき、完成したCADを使用すれば三桁ぐらいの本数は増やせる。

・最終的には、拘束用魔法と攻撃用の切断力を高めた殺傷魔法になる予定。

 

韋駄天(いだてん)

・目にも映らぬほどの高速移動歩法。

・極めていけば移動距離も伸びていく。

 

質量展開魔法『輝剣(クラウ・ソラス)

・サイオンに質量を持たせて形状変化させて、好きな形に変化させる。

・自身が視認している場所に誘導し、攻撃することも可能。

 

『疾風迅雷・雷光(らいこう)の陣』

・雷のような速さで放つ斬撃。

・抜刀せずに使用でき、抜刀する場合は速度が増す。

 

元の世界での出来事

 

・???

 

○クロスオーバーキャラ

 

『BLEACH』

・道羽根アウラ

・ユーグラム・ハッシュヴァルト

・バンビエッタ・バスターバイン

・キャンディス・キャットニップ

・リルトット・ランパード

・ミニーニャ・マカロン

・ジゼル・ジュエル

 

『セキレイ』

・浅間 美哉(この小説内では美哉と名乗っている)

・松

・鴉羽

 

『ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期』

・東条斬美

 

『軌跡シリーズ』

・シャロン・クルーガー

・リーシャ・マオ

 

『花右京メイド隊』

・剣 コノヱ

 

『Re:CREATORS』

・アルタイル

・シリウス

・シマザキ セツナ(本名:島崎 由那、この小説内では島崎 刹那と名乗っている)

 

『Fate/Prototype』

・玲瓏館 美沙夜

 

『Fate/Apocrypha』

・フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア

 

『空の境界』

・黒桐 鮮花

 

『グリザイアの迷宮』の登場人物

・日下部 麻子

 

『MURCIELAGO -ムルシエラゴ-』の登場人物

・朽葉 怜子

 

『シャイニング・ウインド』の登場人物

・クララクラン

 

『アカメが斬る』の登場人物。

・アカメ



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入学編
プロローグ


十月に来訪者編が放送されるということで書きました。
仕事の休みの日に書いているので更新は不安定です。


魔法—それが伝説の産物でなく、現実の技術となってからもうすぐ、一世紀になる世界中の国々が“魔法師”の育成に邁進していた。

 

 

 

 

とある一軒家に二人の男女が暮らしている。一人は兄、一人は妹、仲良く暮らしている二人だが、現在は不安そうな表情で誰かを家の中で待っていた。

 

「お兄様、私は不安です」

 

ソファに座って隣にいる兄に寄りかかる少女。今にも泣きそうな表情でいる。

 

彼女は司波(しば) 深雪(みゆき)という。綺麗な黒髪が特徴的であり、非の打ち所のない美貌の美少女。魔法師としては非常に優秀であり、生半可な魔法師では深雪の足元にも及ばない程の魔法実力があり、知識もある。

 

そんな深雪は兄を世界で一番大切で敬愛し、尊敬し、それを通り越して崇拝の域に至っている。簡単に言えば重度のブラコン(・・・・)だ。

 

「深雪、心配しなくていい、深雪は何があっても俺が守る」

 

「お兄様……」

 

深雪の頭を優しく撫でてくる兄にうっとりしながら深雪は兄に体を委ねる。

 

彼は司波(しば) 達也(たつや)という。切れ長の鋭い眼元が特徴的で整った容姿の男性。普段鍛えていて服の上からでは分からないが筋肉質で引き締まった肉体をして着痩せするタイプ。魔法師として優秀な妹に比べて、魔法科高校入学試験の魔法実技の成績は悪く、魔法が上手く使えず使えたとしても発動が遅く、使い物にならない模様。だが、魔法理論は深雪以上の知識を持っている。他にも色々と隠し事があるがそれを知っている者は少数の人しかいない。

 

「(何が目的なんだ、叔母上……)」

 

内心で達也も叔母である四葉(よつば) 真夜(まや)が何が目的で人を寄越すのかを考えていた。

 

四葉 真夜とは世界最強の魔法師の一人と目されて「極東の魔王」「夜の女王」などの異名を持つ。そして日本で最強魔法師家系の十師族の四葉家が現当主。達也と深雪の叔母に当たる人物。そんな人物が寄越す人物とは。

 

そしてその人物は訪れた。

 

高級リムジンから降りてきた人物は二人の予想とは違った人物であった。

 

「やぁやぁ、初めまして」

 

敵意が瞳に宿った視線をものともせずに声をかけてきて達也と深雪に近づいてきた。歩いてくる彼に敵意を向けているのが徐々に消えていくのを二人は感じている。何故だか理解出来ないが達也は自身が持つ魔法でも理解できていなかった。

 

彼はとても整った顔立ちをして、肩に届く程の黒髪、青く澄んだ瞳が特徴的な青年。妹の深雪と並んで歩いていたら絵になるな、と達也は思っていた。

 

「当主様から聞いていると思いますが、梓條(しじょう) 蒼士(そうし)と言います。同い年なので蒼士と呼んでください。これからよろしく」

 

穏やかな雰囲気を纏って人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて二人に挨拶してきた人物が叔母の四葉真夜から紹介したかった人物であり、これから二人と共に第一高校に入学するのである。

 

 

 

 

「これが上手くいかなくてさぁ、ソフト面では達也に聞いた方が良いって真夜が言ってたから」

 

「そうだな、このプログラムだと一般的なものよりも倍は効率的だが、ここを変えればもっと良くなるぞ」

 

達也の隣に座っている蒼士は自身のCADを達也に渡して見てもらっていた。自分自身で一から作った武器を他人に渡して全てを見せていた。

 

「それか、やっぱりすげえよ達也は、流石はシルバー様だな」

 

「いや、蒼士も大したものだ、このハードは俺には到底作れない、ソフト面でも俺が考えてなかったプログラムが見つかった、ありがとう」

 

出会って一時間も経っていないの仲良くなっている蒼士と達也。明らかに警戒していた達也に自分から自身の情報を公開し、CADも見せ、自分が無害だということを証明してみせた。

 

「深雪もこんなに凄い兄を持って幸せだな」

 

達也と蒼士が熱く語りながら弄っているのを不満そうに見ていた深雪に気付いていたものの話が止められず放置していた深雪に話を振った。

 

「はい! それはもう深雪には勿体ないお兄様です!」

 

不満そうな表情から打って変わって、頬を赤く染めて手を頬に当てて、うっとりしながら体をくねらせている深雪。

 

「こんな逸材を隠しているとか真夜のヤツは何を考えているんだが……」

 

「「……」」

 

真夜の名前が出るだけで雰囲気が変わる二人。

 

「四葉の闇みたいなのは真夜や執事の葉山さんから聞いたし、二人のことを誰にも言わない」

 

深雪が入れてくれた紅茶を飲んで息継ぎして新たな話を切り出す。

 

「さてと俺が誰かは真夜から説明して貰ってはいないと思うから今から説明するけど」

 

蒼士から会話をしてきた為に二人とも蒼士のことについて聞くのを忘れていたのだ。

 

家の中に入ってから達也はCADについて、深雪は自分が入れた紅茶を褒められ、敬愛している兄を褒められて、すっかり二人とも本題を忘れていた。

 

「俺は異世界人だ」

 

「「……」」

 

こいつは何を言っているんだ、という表情で蒼士のことを見る達也と深雪。

 

「こんなこと言っても信じてもらえないけど真実だ」

 

まだ会って間もないが信用出来る人物だと思え、自分らとも波長が合う気がするのを感じ取っていた。達也はある意味で警戒していた気持ちがいつの間にか消え去っていたことに驚きを禁じ得なかった。

 

「半年前に急にこの世界に飛ばされて、運悪く四葉家に墜落し、運悪く真夜のベットの上に着地したは良いけど襲いかかるようになって真夜と同士討ちで死にかけたのが真夜との接点」

 

話した内容に驚きを隠せない達也と深雪。世界最強の魔法師の一人の四葉真夜と相打ちになるほどの実力者ということに、それに何で死にかけてこの場にいるのだということに。

 

「俺の魔法で俺も真夜も回復して全快になったけど、四葉家全員敵になりかけたけど真夜が止めてくれてどうにかなったわけ」

 

そのことを思い出したのか、蒼士はソファに背中を預けてぐったりしていた。

 

「それからは何故か気に入られて四葉でお世話になりながらこの世界について調べて勉強中」

 

蒼士が言っていることは理解できなくもないが理解したくもない達也と深雪。二人は身を持って四葉の力、脅威を誰よりも知っている。

 

「改めて言うが、それは本当か?」

 

達也は蒼士の目を見て聞く。それと同時に彼の表情、動きを同時に見た。

 

「あぁ、本当だ」

 

蒼士の言葉に達也は嘘をついていないと確信を持つことが出来た。達也自身の魔法を使わずとも信用できると判断でき、達也だけではない深雪も達也と同じようだ。

 

「お兄様、私は信じます」

 

「俺もだ」

 

二人の言葉に笑顔でありがとう、と応えた蒼士。

 

「四葉のことは気にせず、これから友達としてよろしくな、達也、深雪」

 

二人に笑顔で手を差し出して握手を求める。

 

「こちらこそよろしく、蒼士」

 

彼の手を握る達也。

 

「はい、よろしくお願いします、蒼士くん」

 

達也の次に深雪も彼と握手を。

 

達也は握手をした時に多少の違和感を感じたが、それよりも自分達の事情を知っている人が身近にでき、不安よりも穏やかな気持ちになっていた。自分に感情というのはない、妹の深雪だけに対して自分は感情が出るというのに。

 

深雪は純粋に四葉のことを知っていても気にしなく、敬愛する兄に対して尊敬と敬意を払ってくれている蒼士を全面的に信用できると判断できた。

 

「じゃあ、友達になれたということで今日は俺が夕食を作ってあげよう、これでも腕には自信あり」

 

蒼士はそういうとキッチンに向かう。

 

「私もお手伝いします」

 

深雪もソファから立って掃除の後を追っていく。

 

初めて訪れた家のはずなのに蒼士は冷蔵庫、調理器具、調味料の場所など的確に分かっていた。

 

 

 

 

“調理中”

 

「動きを見てれば分かるが深雪はかなり料理しているな」

 

「はい、お兄様のために毎日作っています」

 

「達也は幸せ者だな、美人な妹に毎日料理を作ってもらえて」

 

「そんな、私がしたいからしているだけで」

 

「いやいや、こんなにも完璧な妹がいる達也も鼻が高いだろうね」

 

「そんなことありませんよ」

 

「(うっとりしながら体をくねらせてるのに手元はちゃんと動いてるのは凄いな)」

 

「……でも達也もかなりカッコいい部類に入るし、中学の成績も良かったんだろ?」

 

「はい、勉学や運動もとても成績が良かったです」

 

「じゃあモテモテだっ「お兄様が何か?」」

 

「ちょ、ちょ、み、深雪さん、炒めてるから! 火が、火が消えてまうー」

 

「私が止めていなければ何人からラブレターを貰ったことですか!」

 

「深雪さん、ごめんごめん、じゃあモテてなかったんだね、だから落ち着いて冷気を消してくれ」

 

「蒼士くん! お兄様がモテてないとでも!」

 

「ちょい待ち、包丁持ってこっちに急に向くなッ! 殺す気かッ! なんだ、このめんどくさい女!」

 

「おい蒼士、深雪を侮辱するな」

 

「達也、オメェもかよ!」

 

 

 

 

蒼士と深雪が一緒に作った料理を食べた達也は目を見開いて驚いていた。常に冷静沈着な達也をもってしても蒼士の料理、いつも食べている筈の深雪の料理、二人の料理はとても美味しいのだ。

 

「おっ、それ自信作だからな、美味しいだろう?」

 

彼の言葉は耳に入っているが達也は箸が止まらず料理に手を出していた。

 

「はい、とても美味しいです、驚きです」

 

深雪も箸が止まらないようで笑顔で蒼士に応えた。

 

「美味しく食べてもらえて嬉しいよ、それにしても深雪の料理も美味しいよ」

 

「本当ですか、お兄様にしか食べて貰ったことがありませんので嬉しいです」

 

純粋に美味しい、と褒められて頬を赤く染めて照れる深雪。蒼士と深雪の会話に参加せずご飯をおかわりして箸を進めていく。

 

「達也……深雪をくれ!」

 

蒼士の言葉に達也と深雪の箸が止まる。

 

「やらん!」

 

一言と箸を蒼士に向ける達也。

 

「そんな、まだ知り合って一日も経っていないのですよ」

 

頬に手を当てて照れる深雪。

 

「って、半分冗談で半分本気だから気にしないでくれ、それにそんなことが知れたら二人の叔母に何をされるか」

 

苦笑いしながら二人に言う蒼士。頭の中ではその事態になった光景が浮かんで口にできなかった。

 

「そうだ、急だけど俺の固有魔法についても話しておくよ」

 

蒼士の言葉に二人は驚く。魔法師にとって自分の魔法を知られるのを嫌う傾向があり、弱点にもなるからだ。

 

それを教えるということは自分の手の内を明かすということなのだから。

 

「いいのか?」

 

達也が確認をとる。

 

「うん、二人には信用して欲しいし、友達だしね」

 

蒼士の発言に思わず達也と深雪は顔を見合って笑顔を浮かべる。

 

達也はとんだお人好しだな、と思い、深雪は友達と呼ばれて嬉しくなっていた。

 

「俺の魔法は『掌握(しょうあく)』という、能力的には相手との接触で相手の全てのことを把握、理解してしまうというものだ、最近やっと使用できるようになってね、でも今は常時発動していてオンとオフの切り替えが出来ないんだ」

 

蒼士の話を聞いてしまって二人は心底驚いていた。単純に聞いてもとてつもない魔法であり、理解してしまうと恐ろしくも感じてしまう。

 

「全てとはどのぐらいなんだ?」

 

達也が質問する。

 

「全てだよ、相手の感情、魔法技能、身体能力、思考、知識、俺にかかれば全てが丸裸になってしまう、そして魔法師ならその人の魔法も理解し使用できる」

 

蒼士の言葉にさらに驚く二人。そして最初に会って自己紹介した時に二人は握手したのを思い出した。

 

「二人の動揺も分かるよ、最初握手した時に達也と深雪については理解していた。達也の『分解』『再生』『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』ともう一つ、深雪の『コキュートス』も理解はしたけど難易度が高くて、まだ使用はできないけどね」

 

達也は蒼士と握手した時に感じた違和感がようやく理解できた。自分のことを調べられていたからだと。

 

「あと最近使用できるようになった、とはどういう意味だ」

 

「この世界に来た当初は前の世界での技術や魔法が上手く使えなくてね、徐々に思い出すというか、脳や体が適してきたおかげで以前の力を使えるようになってきたんだ」

 

そのせいで真夜から致命傷クラスの魔法を喰らったんだが、と悔しそうな表情で述べた蒼士。だが、すぐに表情を笑顔になって切り替えていた。

 

「もちろん誰にも口外しないし、それに使い勝手は良いけど余計な情報まで手に入るから」

 

蒼士の言っていることは理解できている達也であったがあまりにも危険すぎる魔法だと実感出来たからだ。彼と関われば全て筒抜けになってしまい、どんな隠し事もできないということになる。

 

「二人が真夜を倒そうとしてるのも分かってしまったけど、それをとやかく言うつもりはないし、寧ろ応援したいから」

 

達也と深雪の最大の秘密がバレていた。そして予想外の発言に戸惑う二人。

 

「真夜の『流星群(ミーティア・ライン)』に散々やられたから、これで攻略できる見込みが出てきて感謝するよ」

 

まさかの感謝の言葉に驚く二人。

 

「あ、あの、叔母様には本当に」

 

「言うつもりはない、命を賭けてもいい」

 

「なら私は蒼士さんを信じます」

 

深雪の言葉に達也は驚愕する。こんなにも簡単に信用していいものか。

 

「達也は不満があるみたいだし、信用もできないかな?」

 

「あぁ、まだ会って間もないのにそこまで信用できていない、確かに先程まで会話から信用できる人柄だとは思う」

 

「お兄様……」

 

不安そうに達也の方を見る深雪の頭を撫でる達也。

 

「じゃあこの情報も明かす」

 

達也に蒼士は名刺を渡した。

 

受け取った達也は書かれていた内容に驚き、横から深雪も覗いて驚いていた。

 

「本当か! お前がそうだったのか」

 

「本当なんですか、蒼士くん」

 

二人の驚きように満足しながら頷く蒼士。

 

「これを知ってるのは四葉の一部と達也と深雪と俺の個人的付き合いがある少数だけだ」

 

蒼士の言葉に達也はある意味で理解できた。

 

アレが世に出てきたのも蒼士が異世界から来たという時期に合う、そして達也も関わっていることだから。

 

「とりあえずは信じよう、ただし深雪に何かしたらその時は俺が殺す」

 

「お兄様!」

 

「(何かってどちらかという達也と深雪で何かしら起こりそうだけどな)了解した」

 

二人が納得したおかげでどうにか山場を越えて、ホッとしていた蒼士であったが、達也が空の御茶碗を出してきた。

 

「蒼士、おかわりだ」

 

「さっき自分でやってたよね!?」

 

「お兄様、おかわりなら私がよそいますが」

 

「いや俺がやるよ、信頼の証としてやらせていただきますよ」

 

「良きに計らえ」

 

「もうお兄様ったら」

 

「なんなの、この兄妹は」

 

何時も二人だけの食卓であったのが一人増えて三人での食事はとても盛り上がるものになった、と深雪は語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば蒼士くん、どうして叔母様を呼び捨てにしているのですか?」

 

「うーん、向こうからお願いされてね、名前を呼んでねってね」

 

「叔母上が」

 

「名前以外にご当主や四葉さんって呼ぶと魔法をぶっ放してきて不機嫌になるんだよね」

 

「(あの叔母上がここまで気にいるとは、一体何を考えているのやら、まさか蒼士を四葉家に取り込むのか)」

 

「(叔母様ってもしかして蒼士くんのこと気になっているのかしら……)」

 

「四葉家には借りがあるから仲良くしていくつもりだから」

 

達也と深雪の考えは果たして……



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第一話

全国にある九校の中の一つ、国立魔法大学付属第一高校は本日入学式である。

 

司波達也、司波深雪、梓條蒼士の三人も入学する。

 

そんな良き日、新入生達が講堂へ向かっている中に達也と深雪は言い合っていた。深雪が一方的に言っているだけにも見えるが。

 

学校の正門付近で言い合っている二人はとても目立っていた。そんな二人を見てザワザワと騒ぎ出す周りの新入生達。

 

新入生達は二人の制服のある部分を見て思うことがあった。

 

一科生(いっかせい)』『二科生(にかせい)』。二百名が真っ二つに振り分けられる。魔法科高校はペーパーテストよりも実技が優先されるため、実技、テストともに優秀であった深雪は一科生、テストは優秀でも実技が悪かった達也が二科生と別れてしまったのだ。

 

そして何よりも一科生達は二科生よりも優れていると自負してしまっているせいか、二科生を蔑んでいる傾向がある。それを助長するように一科生をブルーム、二科生をウィードと呼ぶ差別用語が存在している。

 

その理由から、深雪は兄である達也が蔑まれ、侮辱されることに怒っているのだ。実際は自分よりも優れている兄が、何も知らぬ他人に侮辱されるのが許せなかった。

 

達也自身も分かっていたことであるが、自分の分まで深雪が怒ってくれているのが何よりも救いになっている。その反面、自身のせいで深雪がこんなにも感情的になってしまっているのに情けなさを感じていた。

 

「二人とも、せっかくの入学式なんだから」

 

二人とは別行動していた蒼士が現れた。自身に手を振っている一科生の女子達に手を振り返しながら達也と深雪の仲介に入る。蒼士は何故か見下されたり、蔑まされたりしていなかった。

 

「深雪だって達也の事情は分かっているだろう?」

 

「それは、分かっておりますが……」

 

言い淀む深雪に手招きして自分の所に呼ぶ蒼士。何だろう、と近寄る深雪の耳元で蒼士はあることを囁いた。

 

すると、一瞬だけ顔が真っ青になったかと思いきや、次の瞬間には頬を赤く染めていた。

 

「おい、深雪に––」

 

「お兄様、深雪は一生懸命答辞をやりますので見ていて下さい!」

 

達也の言葉は深雪の言葉で掻き消された。先程まで怒っていたのが嘘のように笑顔を浮かべて達也を見る深雪。

 

今まで兄の事で一杯だった深雪はふとした疑問を蒼士にぶつけた。

 

「そういえば蒼士くんはどうして二科生なのですか? 叔母様と互角に戦えるということは実力があるのでは?」

 

「確かにな、叔母上は世界最強の一人でもある実力者だ、それなら蒼士もそれに匹敵するんだろう?」

 

達也と深雪は蒼士が二科生であるのを知ったのは当日で非常に驚いていたのだ。

 

「この世界に来てから文字も言葉も分かっていなかったから、そういうものも勉強して常識も学び、とにかく情報を集めて覚えていったんだ。けど急に真夜に「第一高校に入学しなさい」って言われて、しかも入試が次の日だったから徹夜で勉強。CADとかの勉強も同時進行、実技も同時進行で付け焼き刃で試験を受けて現在に至る」

 

予想よりも壮絶な出来事があったのを二人は察した。そして、理論と実技を一日で入学出来るまでに修得したのは凄い、と二人は思う。第一高校に入学できる時点で相当の勉強と実力がなければ不可能なのに、付け焼き刃で入学できたというのはとんでもないことなのだ。

 

「だから試験後から徹夜はせずにCADについても理解できたし、CAD操作も上手くなったと思っているけどね。四葉の人達で色々と経験を積んで真夜以外には負け無しになってるよ」

 

蒼士が軽く放った言葉に驚愕する二人。十師族の中でも実力者揃いの四葉家の人間相手に負け無しというと相当の実力があることが伺えた。

 

「そろそろリハーサルだから行った方がいいのでは?」

 

「そうだな、深雪の晴れ姿を楽しみにしているよ」

 

「はい、行って参ります、見ていて下さいね、蒼士くん、お兄様」

 

上機嫌で手を振りながら深雪が駆けて行くのを見送った二人。

 

「まだ時間あるけど、どうする?」

 

蒼士が達也に聞くと、達也はベンチに座って携帯端末を開いていた。

 

「俺は読書してるよ」

 

「そっか、俺はちょっと周りを見てくる。後で迎えに来るからここにいてくれ」

 

離れて行く蒼士を見ていた達也は思った。会って間もない蒼士を信用できると判断している自分がいることに。なんらかの魔法なのかとも思ったが、そういう類ではなく、蒼士の人間性なんだろう、と達也は改めて実感させられた。

 

 

 

 

達也と別れて単独行動中の蒼士は学校内をうろついていた。魔法師の育成に力を入れているのがよく分かると感心しながら施設などを見ていた。

 

「貴方は新入生ですね?」

 

背後から声を掛けられた。

 

ふわふわした黒髪ロングの巻き毛、小柄でありながらも肉体的に魅力があるトランジスタグラマーな美少女が立っていた。

 

「はい、少し時間があったので散策していました」

 

胸に手を当てて頭を下げた蒼士。

 

「ふふふ、私も早く新入生の子たちと会いたくて、こうして歩いているんですよ」

 

口元に手を当てて上品に応える美少女。

 

「あっ、名乗ってませんでしたね。私は第一高校生徒会長、七草(さえぐさ) 真由美(まゆみ)です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」

 

最後にはウインクが添えられていそうな、嬉しそうな口調で蒼士に挨拶をする真由美。

 

「生徒会長でしたか。自分は梓條蒼士です。これからよろしくお願いします」

 

自己紹介をしてから握手を求めると、生徒会長からも蒼士の手を握ってくれた。

 

そして、この間に彼女が十師族であることや、彼女の魔法など全てを「掌握」する。理解は出来たが、まだ使用出来るレベルに自身の技量が追いつけていないな、と思う蒼士。

 

「十師族のご令嬢でしたか。名家である責任や重圧に潰れないようにして下さいね。七草先輩は美少女なんですし、これからもまだまだ楽しい人生が待っていますよ」

 

「えっ……」

 

思わず固まってしまった真由美。

 

まさか会って間もない彼にそのような言葉を掛けられるとは思っておらず思考が停止していた。綺麗、可愛い、などの言葉はよく言われて慣れているのにまさか初対面で家柄のことを心配されるとは思っていなかったのだ。

 

「……ありがとうね」

 

頬がやや赤くなって照れながらもお礼を言う真由美。小さな声であったが蒼士の耳には聞こえており、内心で可愛いと思いながら笑顔を浮かべていた。

 

「どうです? 歩きながら学校の案内をお願いしても良いですか?」

 

「えぇ、いいわよ。お姉さんが案内してあげる」

 

彼女の裏のない綺麗な笑顔に改めて美少女だな、と感じる蒼士。

 

真由美は蒼士の隣に来ると歩き始め、腕と腕が触れ合いそうな距離まで接近していた。蒼士も美少女が近くにいることが嬉しいので笑顔でいる。

 

「蒼士くんって呼んでいい?」

 

「はい、自分は七草先輩って呼ばせてもらいます」

 

蒼士の言葉に真由美は小悪魔的な笑みを浮かべる。何か思いついたという悪い笑みを。

 

「別に真由美でもいいわよ」

 

してやったり、と内心ほくそ笑む真由美。普通なら真由美の笑みを見て照れる男子がいるのだが。

 

「それは、これから七草先輩と男女の関係になった時にとっておきます」

 

「っ!?」

 

予想とは違った発言に赤面する真由美。

 

「顔を真っ赤にさせて可愛いですよ、七草先輩」

 

「……もう! 年上を揶揄(からか)うんじゃありません!」

 

「可愛い子は虐めたくなっちゃうんですよ、自分」

 

逆襲にあって手玉にとられた真由美。

 

設備の案内など関係なしに会話をする二人。仲良く歩いている二人は近くからでも遠くからでもカップルのように見える。

 

「でも十師族の人は、もっとプライドが高くて偉そうにしている人ばかりかと思っていました」

 

「すごい偏見ね……私はそんなことはないわ」

 

「はい、まだ少ししか会話していませんが七草先輩にはそういうのはないですね」

 

歩幅を合わせて彼女と歩き、階段では彼女の下に少しまわりエスコートするように動いている蒼士に気付いていた彼女は、笑顔を浮かべて嬉しそうにしている。

 

「そういえば蒼士くんって百山(ももやま)校長を知っているの?」

 

(もも)じぃのことですね」

 

「百じぃ!?」

 

「お孫さんが誘拐されそうだったところを助けたのがきっかけで知り合ったんですよ。それから将棋や囲碁を打ち合う仲になったんです」

 

「そ、そうなのね。百山校長からの強い推薦で教職員枠の風紀委員会に入って貰うからね! 風紀委員長には私から強く言って後押ししておくわ」

 

想像していたよりも凄まじい出会いをしているんだな、と真由美は苦笑いを浮かべていた。

 

「七草先輩の期待に応えられるように頑張ります」

 

「うふふ、期待してるわね、蒼士くん」

 

笑顔を浮かべて上機嫌な真由美が話し出す。

 

「どうしてかしら、蒼士くんと話をするのはとても楽しいわ」

 

「自分もです。呼吸が合うというか、言葉が出てこないんですが、何故だか安心して話ができますね」

 

「本当にね……なんでかしら?」

 

顔を見合いながら笑い合う二人。自然な流れでお互いに気を遣った様子もない。

 

「ねぇ、連絡先を教えてくれない?」

 

「勿論です、自分も今聞こうと思っていました」

 

互いの携帯端末で連絡先を交換し、ちゃんと交換出来ているかを確認して互いの端末を見合わせ、さらに距離が近くなった二人。腕と腕が当たっている距離。

 

「授業の分からないことや人間関係でも相談に乗るわよ、先輩として何でも聞いてね」

 

「頼らせていただきます。先輩も気軽に連絡を下さいね、悩み事や愚痴も聞きますので」

 

「その時はお願いね」

 

彼女は蒼士を見上げる形で上目遣いで見ていた。誰が見ても美少女と認めるであろう彼女の魅力に男性は勘違いしてしまうだろうが蒼士はならなかった。

 

蒼士を見上げていた真由美に蒼士は顔を近づけて、耳元で小さく囁いた。蒼士の整った顔が近付いたことで彼女もビクッと反応して顔を赤らめる。

 

「プライベートのことも気軽にどうぞ、真由美さん」

 

数秒の硬直後、名前を呼ばれて頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にしてしまった真由美。

 

真由美は年上である自分が年下にいいように遊ばれているのは分かっているが、名前を呼ばれて心臓がドキドキしているのを自覚する。

 

「もぉ! 名前呼び禁止っ!」

 

顔は赤いままだが、蒼士と距離を空けて蒼士に向かって指を差す。

 

自分より先を歩いて行こうとする真由美を追いかける蒼士であった。彼女はニヤけている顔を見られたくない為、彼より前を歩いているのだ。

 

 

 

 

真由美と蒼士が歩いていると、いつの間にか達也が座るベンチまで来ていた。

 

真由美と達也はお互いに自己紹介をした。彼女は達也の入試の成績を知っていたようで、彼の魔法理論と魔法工学の満点成績を純粋に褒めていたが、達也はそれを軽く流して講堂に移動していく。

 

近くで見ていた蒼士には達也が真由美を苦手としているのが見てとれた。意外にも真由美みたいな性格が苦手なのだと達也の弱点が分かって内心ほくそ笑む蒼士。だが、実際蒼士の内心では純粋に褒められるのに慣れていないのだろうな、とも思っていた。

 

蒼士も達也に続いて後を追うように真由美と別れた。達也の冷たい態度に困惑することなく笑顔で蒼士と別れた真由美。

 

彼女は面白い一年生が入ってきたと思いつつも、先ほど連絡先を交換した端末を胸に当てて嬉しそうに新入生を講堂に案内していくのであった。

 

 

 

 

講堂に一緒に入った蒼士と達也には思ったことがあった。座席の指定など無いはずなのに、綺麗に一科生と二科生で別れていたのだ。最前列から半分が一科生、後ろ半分が二科生という席順になっていた。

 

達也も蒼士も差別意識は無いので、くだらないと思いながら後ろ側の空いている席に座ることにした。

 

席を確保した二人。静かに座って待とうとした達也に蒼士は席を取っておいてもらい、周りの新入生に話しかけに行く。

 

行動力のある奴だ、と思いながら妹の深雪のことを考えていた達也。自慢の妹の晴れ舞台を画像で残したかったが残念だ、と表情に変化はないものの、内心残念がっていた。

 

「あの、お隣は空いていますか?」

 

空いていた隣の席から声を掛けられて顔を向けた達也。

 

目の前には肩までかかる長さのボブカットの眼鏡の少女で、特に達也が気になったのはそのかけている眼鏡だった。

 

内心で眼鏡のことについて思うところがあった達也だったが、彼女の奥にも少女がいた。

 

「ねぇ、貴方って彼の知り合いなの?」

 

眼鏡少女の後ろにいた少女が話を振ってきた。彼女が指を差す方向には一科生の少女に囲まれている蒼士の姿が映った。一科生の女の子たちが楽しそうに話しかけて、それに蒼士が笑顔で受け答えをしているように達也には見えた。

 

「あぁ、隣の空いている席に座る梓條蒼士という」

 

「ふーん……そっか、ありがとう。あたしは千葉(ちば) エリカ、よろしくね」

 

ショートヘアの明るい栗色の髪、ハッキリした目鼻立ち、明るい口調から活発な印象の美少女はそう名乗った。

 

達也は先ほど生徒会長の七草真由美にも会って、続けて千葉という数字付き(ナンバーズ)に出会い、初日からこんなこともあるんだな、と考えていた。

 

「私は柴田(しばた) 美月(みづき)といいます。よろしくお願いします」

 

眼鏡の少女、柴田美月もエリカに続いて自己紹介してくれた。

 

「司波達也です。こちらこそよろしく」

 

達也も挨拶して二人に空いている隣にどうぞ、と座らせた。

 

「千葉さんは蒼士のことを知っているのか?」

 

達也は先程までの疑問をエリカにぶつけた。自分たちは昨日知ったのに、その前から知っているというのか?と考えていた。

 

「ちょっとね、ほんと、ちょっとねっ!!」

 

達也の言葉に応えていたエリカが急に座席の肘掛けに手をついたと思いきや、達也の方に向かって飛び蹴りをかましていた。エリカの隣に座る美月は反応できず、達也は誰に蹴りが向いていたのかを理解していたので涼しい顔をしている。

 

「––いきなり蹴りをかますとはいい度胸だな、エリカ」

 

「アンタが悪いのよ、勝手にいなくなってさぁ」

 

達也から見ても一般人では到底出せない鋭い蹴りを見事に無傷で捌いた蒼士。受け止めた足をすぐに離して席に着かせる蒼士に素直に従うエリカが着席した。

 

「あの時は急用が入ったからさぁ、相手できなくてごめんよ」

 

エリカに申し訳なさそうに謝る蒼士にエリカは怒っていますよ、という表情で言う。

 

「後日に相手してくれるって言ったのに、今日まで一回も連絡してこなかったじゃないの!」

 

怒るエリカに謝る蒼士についていけない達也と美月。

 

すると美月があわあわしているのを見て自己紹介をする蒼士。明らかに話を逸らそうとしている。彼に自己紹介されて赤面して挨拶を返す美月と、無視されたと思いぷりぷり怒るエリカ。

 

「蒼士は千葉さんのことを知っているみたいだが、何処かで会ったのか?」

 

自分が思っていた疑問を直球でぶつける達也。それと自分を挟んで会話するなよ、と達也は内心で一ミリも思ってはいない。

 

「剣術で有名な千葉道場に鍛錬をお願いに訪問した時、出会った仲だよ」

 

「ウソつきなさい! あれは討ち入りよ!」

 

「最初は丁寧に訪問したのに相手にされず、二回目だって菓子折り持って訪問したのに相手にされず」

 

「まだそこはいいわよ! 三回目に殺気を振りまいてくるやつがあるかっ!!」

 

なんとなくだが達也は把握した。

 

エリカは剣術の大家の千葉家の娘ということ、蒼士が千葉家に道場破りをしに行ったのだと。達也の隣に座っている美月はなんのことだか理解できていなかった。

 

「これから一緒の学校なんだし、好きなだけ相手してやるよ」

 

「そうね、それでいいわ」

 

蒼士の言葉に納得して落ち着いていくエリカ。勿論、エリカの中では剣での勝負で決着をつけて、鍛錬に付き合わせるつもりでいる。

 

だが、蒼士は小さな声で余計な一言を発する。

 

「––やるよ」

 

「「––っ!?」」

 

蒼士の隣に座る達也、達也の隣に座る美月には聞こえており、エリカには聞こえていなかったようだ。

 

「……」

 

コイツは何を言っているんだ、と冷たい視線でゴミを見るような視線を蒼士に向ける達也。

 

「(い、いま、ベットの上でって、聞こえたけど、ふ、二人は男女の関係!?)」

 

赤面しながら蒼士とエリカのことを忙しく見合う美月。耳まで一気に顔も真っ赤にさせて、美月の隣に座るエリカに心配されてしまい、エリカに話しかけられたせいで、頭の中の妄想が広がっていってしまった。

 

そんな二人に冗談冗談、と笑みを浮かべている蒼士であったが、一人は冗談だと理解していたが、もう一人は本気で信じてしまっていた。そして理解できていないエリカがいるのであった。



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第二話

深雪の答辞は大変素晴らしく、本人の並外れて可憐な美貌も相乗して新入生、上級生の区別なく男子たちのハートを鷲掴みにしていた。女子たちにも一部惚けて深雪を見つめていた者もいたらしい。

 

達也は立派に答辞をやり遂げて、講堂にいる人たちを魅了した深雪が誇らしく、口元が緩み笑みを浮かべそうになっていたがポーカーフェイスを貫いていた。

 

そんな達也の心情を悟った蒼士は、ぷっ、と笑いを我慢できず達也に睨まれた。

 

式が終了してIDカードを受け取る蒼士、達也、エリカ、美月は偶然にも同じE組になった。

 

「いえーい!やったな、達也、エリカ、柴田さん」

 

ハイタッチをしようとする蒼士にエリカは手を重ねて応え、美月も恥ずかしそうに応えたが、達也は理解してなかった。

 

「なんだそれは……」

 

「せっかく同じクラスになったんだから喜ばなくちゃ!」

 

そういうものなのか、と疑問に思いつつも達也は蒼士と手を重ねた。新高校一年生としてはこれが当たり前なのかもしれない、と自己完結する達也。

 

満足した蒼士は周りの二科生に話しかけて何組か、と聞きながら仲良くなろうと話しかけていく。講堂で話しをしていた人たちにも再び話しかけて仲を深めたことで、男女関係なく蒼士の周りに人が集まっていた。

 

達也はそんな光景を見ながら妹の深雪を待つことにした。エリカと美月もそんな達也に付き合うように待っていた。何よりも達也の妹の新入生総代の深雪に興味があり、話ができればいいな、と思っている。

 

三人で話しながら待っていると蒼士の話になった。

 

「梓條さんって何者なんですか……?」

 

美月が急にそんな話を達也とエリカに振る。達也とエリカは困り顔になりながら応えた。

 

「俺は昨日からの付き合いだが、いい奴だってことは言える。が、変わり者でもあるな」

 

「あー、それ分かるかも。いつの間にか蒼士くんって自分のペースに引き込んで仲良くなっちゃうんだよね」

 

二人の話を聞いて感心するように蒼士のことを見る美月。いつの間にか一科生とも話をしている蒼士にさらに美月は感心する。一科生と二科生の差別があるのは誰が見ても分かる上に、講堂でも一科生が二科生を見る目はどこか見下していると美月は肌で感じていた。それをまるで感じさせない振る舞いをしている蒼士に興味ありげな視線を向ける美月であった。

 

蒼士に視線を気付かれて手を振られ、思わず手を振り返し、恥ずかしくて頬を赤く染めることになった美月であった。

 

三人で話をして時間を潰していると、自分を囲んでいた人垣を抜け出してきた深雪が達也に声を掛けてきた。

 

待っていた深雪の背後に多くの人が付いてきていて大変そうだなと思うのと、あまり会いたくなかった人物がいるのに気付く。

 

生徒会長の七草真由美であった。

 

妹は妹で、兄の近くにいて話しをしていたエリカと美月に対して兄に問いただしていた。可愛らしく小首を傾げ、淑女の微笑みを浮かべるものの、目が笑っていない。

 

そんな深雪の対応に少し強い口調で叱る達也に深雪は申し訳なさそうな表情を浮かべ、改めて二人に自己紹介をして仲良くなろうとしていたが、そんな深雪の行動にエリカも美月も気さくに応えて仲良くなっていく。

 

達也は深雪の背後にいる生徒会長や、その後ろに控えている男子生徒のことを深雪に伝えると、真由美が遠慮気味に言う。

 

「深雪さん、式の前にもお話をしたと思いますが、詳しいお話はまた日を改めて」

 

真由美が笑顔で軽く会釈し、そのまま歩いていくのかと思ったら、背後に控えていた男子生徒が真由美を呼び止めていた。だが、真由美はそれを無視して達也の正面に移動する。

 

「司波くん、彼をお借りしてもいいかしら?」

 

何を聞かれるのだと身構えていた達也だったが、真由美が言ったことと彼女の視線の先にいた蒼士で察する。蒼士はこちらの事情など露知らず、一科生の女子と話をしている。

 

「えぇ、別に一緒に帰る約束をしたわけでもないので」

 

「ありがとう。司波くんもいずれまた、ゆっくりとお話をしましょうね」

 

人懐っこい笑顔を浮かべて蒼士の所へ歩いていく真由美。その後を付いていく男子生徒は達也のことを舌打ちが聞こえてきそうな表情で睨みつけていた。

 

「……さて、帰ろうか」

 

入学早々に上級生に目をつけられてしまったな、と思う達也であったが、これくらいで嘆くほどのメンタルではない。

 

深雪の後ろを付けていた取り巻きのような生徒たちも達也に対して怪訝な視線を送っていた。

 

そんな達也に申し訳なさそうに深雪がしょんぼりとしているのを頭を撫でて慰める達也。エリカも美月も二人の光景を見ていて兄弟とは知っているものの仲が良すぎるのでは、と勘繰ってしまう。達也に慰められて元気になる深雪。

 

「蒼士くんを呼びますか?」

 

「いや、蒼士には生徒会長の相手をお願いする」

 

「あら、お兄様ったら。蒼士くんに全部押し付けましたね」

 

「あぁ、蒼士なら容易いだろう、きっと」

 

笑顔で語り合う達也と深雪にエリカは、まぁいいか、と思い、美月は申し訳なさそうにして、四人で帰ることにした。

 

 

 

 

達也たちが帰っていることも知らずに蒼士は一科生の女子生徒二人と話をしていた。先程までは二科生の男女、一科生の男女と多く話をしていたが今は彼が顔見知りの二人に話をしていた。

 

「ねぇ、私の話聞いてる……?」

 

二科生は比較的気軽に会話ができて打ち解けやすかったが、一科生に関しては予想通り、自身が二科生だと分かると見下す視線を向けられたのを感じて骨が折れそうだと思った蒼士。

 

そんな相手とでも、何人かとは仲良くなっていた蒼士であった。

 

「あ、あの……蒼士さん、大丈夫ですか?」

 

内心、考え事に耽っていると、彼の目の前にいる少女二人が心配そうに見ていることに気付く。

 

しまった、と気付いた蒼士は目の前の少女らに謝罪した。

 

「ごめんね、ちょっと考え事をしてた」

 

謝る蒼士に対して二人の反応はそれぞれ違った。

 

「い、いえ、気にしないでください」

 

謙虚で自信なさげな口調の少女は、光井 (みつい) ほのか。ヘアゴムで二つにした長髪。かなりプロポーションが良く、胸とお尻が大きめだが、くびれがちゃんとあり、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる美少女。

 

「もしかして私たち一科生のことを思っていた?」

 

もう一人話し掛けてきた少女は冷静な口調で表情があまり変化がない。だが、顔立ちは十分に美少女の北山(きたやま) (しずく)。ほのかよりも背は小さく、子供体型にも見えるが華奢な体つきの美少女。

 

「あれ、分かっちゃう?」

 

「うん……だって表情が曇ってたよ」

 

「へぇ~、よく分かったね雫」

 

蒼士の疑問に雫がズバリ当て、ほのかが驚いていた。ほのかから見れば特に変わったところはなかったのに、雫は見抜いていたのだ。

 

「んー……そうなんだよねぇ。女子はどうにかなりそうだけど、男子がねぇ……」

 

あっ、とほのかと雫はなんとなく言葉の意味を理解していた。先程も蒼士が話しかけないと一科生の男子は話すそぶりもしなかったのに対して一科生女子は積極的に蒼士に話をしていたのだ。蒼士の容姿が非常に整っているためにお近づきになりたいという目論見が多少なりともあるのだろう。

 

「蒼士さんなら大丈夫ですよ!」

 

容姿だけはなく蒼士ならきっと仲良くなれると自信をもって思えるほのか。蒼士とはまだ短い付き合いであるがそう信じさせるだけの力があると確信していた。

 

「私もそう思う。私達とも仲良くなれたんだし、蒼士さんなら余裕だよ」

 

二人とも純粋に自分の事を信じてくれていることが嬉しくて笑顔を浮かべる蒼士。

 

「ありがとう、ほのか、雫」

 

彼の言葉と満面の笑みを真正面から受けしまうほのかと雫。何故かわからないが惹かれてしまう笑顔に心臓がドキッと動いてしまう。

 

蒼士と出会ってから雫とほのかの二人で電話をしているときも、この話を出すと顔がどうしても熱くなってしまうのを二人は感じていた。

 

「は、はい、お役に立てたなら幸いでしゅ」

 

「ん……気にしないで」

 

噛んでしまったほのか、顔の熱を冷まそうとする雫。

 

「じゃあ帰ろうか」

 

蒼士の言葉に頷いて左右に付くほのかと雫。

 

「近くに美味しいケーキ屋があるけど寄っていかないか?」

 

「ケーキ屋さんですか!? 寄りましょう!」

 

「うん、寄ろう」

 

ほのかも雫も寄る気満々である。女性はやっぱり甘いものが好きなんだな、とほくそ笑む蒼士。

 

そんな蒼士たちに声を掛ける存在がいた。

 

「蒼士くん、さっきぶりね」

 

「七草先輩、どうされたんですか?」

 

第一高校生徒会長の七草真由美が声を掛けてきたのだ。真由美の後ろには達也を睨んでいた男子生徒もいる。

 

「蒼士くんってば女の子と随分お話していたけどモテるのね」

 

笑顔を向けてくれているのに全然笑っていない真由美。少しだけ言葉に棘があるように伺える。

 

「そうですね。これからの学校生活で仲良くなって、共に切磋琢磨していきたいです」

 

真由美の言葉に怯むどころか、気にせず自分の意見を述べた蒼士。蒼士の後ろにいるほのかと雫は様子を伺っている。

 

「もぉ! モテるのは否定しないのね……」

 

「顔が良いのは自覚してるので」

 

頬を膨らませて不満な表情をする真由美に対して何ごとも無いように応えた蒼士。そんな蒼士は真由美に近づいて小声で話す。

 

「一科生と二科生の溝、自分の方でもどうにか頑張ってみます」

 

蒼士の言った言葉に驚く真由美。真由美自身も生徒会長としてどうにかしたい問題であり、頭を悩ませていたことでもあった。真由美の周りにもこの問題に協力してくれる人材はいるのだが、思ったように上手くいっていない。

 

そのことだけ言うと真由美から離れて帰ろうとする蒼士。だが、その前に真由美の後ろにいる男子生徒に一言。

 

「すいません、彼女さんに気安く近づいてしまって」

 

えっ、と真由美と男子生徒が固まってしまった。思いがけない言葉に反応できずにいる。

 

帰ろうとする蒼士に真由美の後ろに控えていた彼氏?が勢いよく話そうとする前に真由美がそれ以上の勢いで割って入る。

 

「はんぞーくんは副会長だから!私に付いて来ているだけだから! 彼氏とか全然違うからね!!」

 

蒼士に詰め寄ってハッキリと大きな声で強く否定する真由美。想定外の気迫に冷や汗を流す蒼士は苦笑いを浮かべていた。何もそこまで言わなくても、と。

 

そんな真由美のハッキリとした言葉に、後ろに控えていた男子生徒は明らかに沈んでいた。誰が見ても分かるぐらいに。

 

「あはは、そうなんですか。じゃあ今は誰もいないんですね?」

 

「えぇ、そうよ」

 

蒼士の方が背が高いので自然と見上げる形になる真由美。

 

「––しました」

 

「へっ?」

 

小さな声が蒼士から発せられ、近くにいた真由美の耳には聞こえていた。でもその言葉を理解はしたものの思考が固まってしまう。

 

「えっ……(安心しましたってもしかして蒼士くんって私のことを––)」

 

急に顔を真っ赤にして両手を頬に当て、動揺を隠せずにいる真由美。

 

「蒼士さん行こう!」

 

「うん、蒼士さん行こうよ!」

 

ほのかと雫に両腕を引っ張られる形で学校から去っていく蒼士。そして落ち込む生徒会副会長と顔を真っ赤にしてその場で立ちすくむ生徒会長が残っていた。

 

 

 

 

「ねぇ、蒼士さんって会長と仲良いの?」

 

「いや、今日初めて会ったけど」

 

「えぇぇぇ!う、嘘ですよ~」

 

「本当だって、ほのか」

 

「いくら蒼士さんが話しやすくて優しい人でも会長のあの態度は異常だよ」

 

「信用されているってことじゃないかな、雫」

 

「七草会長って綺麗な人だもんね」

 

「そうだね、あんな美人は男子が放っておかないよね」

 

「蒼士さんは……?」

 

「うーん、様子見」

 

「女の子をその気にさせておいて酷いです……蒼士さんは。そう思わない?雫」

 

「うん、蒼士さんは酷い人」

 

「まぁ、ほのかや雫たちの方が今は気になっているからさぁ」

 

「うへぇ!? 何を言うのですか、蒼士しゃん!」

 

「落ち着いてほのか、これは蒼士さんの罠だよ」

 

「はぁー、雫と手を繋ぎたいなー」

 

「そ、そんな言葉には、この雫軍師は騙されないよ……」

 

「はぁー、雫を抱きしめたいなー」

 

「うくっ、て、手を繋ぐぐらいなら」

 

「しずくぅぅぅ!」

 

「ほ、ほのか、これには深いわけが」

 

「あ、此処がオススメのケーキ屋だよ」

 

「「ちょっと蒼士さん!?」」

 

 

 

 

蒼士にからかわれて彼のペースに持ってかれる形になったほのかと雫は怒っていたが、目の前の美味しそうなケーキに目を輝かせ上機嫌になっていた。そんな二人を笑顔で眺める蒼士は相席した人物たちに話しかけた。

 

「で、達也たちは何で此処に?」

 

「せっかくだからお茶でも、と私がお誘いしました」

 

「で、あたしが此処に誘ったのよ」

 

なるほど、と頷きながら納得する蒼士。達也は優雅にコーヒー、深雪も紅茶を飲んでゆったりとしていた。

 

当初は達也たちを見つけて深雪の存在にほのかが慌てて、雫は冷静で、そんな二人の存在に深雪は自分から自己紹介をして仲良くなっていた。同じA組ということで深雪も気軽に話せる相手が欲しかったようなので二人の存在はありがたかったようだ。

 

そのまま達也、エリカ、美月とも自己紹介をして同じテーブルに座ることになり、親交を深めようとスイーツを食べているのであった。

 

ほのかが自分のことをチラチラと見ているのを達也は気付いていたがあえて相手にせず、深雪は少し警戒していた。お兄様に害をなすつもりなのか、と。でも、そんな心配はなかった。深雪にはほのかが達也を尊敬の目で見ていることを感じ取ったのだった。

 

ほのかや雫に気さくに話そうとする自分に雫はいつも通りの態度で話をするが、ほのかは緊張気味で話をしているのを深雪は笑顔で見ていた。

 

その勢いで蒼士は美月に名前で呼んでもらい、蒼士の方も美月とお互い名前を呼びあう事に成功していた。美月は異性から名前で呼ばれるのに慣れていないようで、顔を赤くさせていた。

 

そんなこんなで交流を深めていく中で達也は疑問を蒼士に問う。

 

「蒼士は二人とどう知り合ったんだ?」

 

一緒にケーキ屋に来るということはある程度は知っている仲なのでは、と推測していた達也。

 

「雫とは雫の親経由で知り合ったよね」

 

「うん、そうだったね」

 

ピースして応える雫。

 

雫の父は実業家で、財界や政界に強い影響力を持つ人物である。そんな二人は北山家主催のパーティで初めて出会い、同い年ということで話すうちに仲良くなって、連絡先も交換。電話でも話すようになってからはほのかと一緒に蒼士と出会っており、ほのかも蒼士のことを知っていたことに驚きつつも時々ほのか、雫、蒼士で出掛けるようになっていたのだ。

 

「何で蒼士くんが大物実業家と知り合いなの?」

 

エリカは疑問に思ったことを聞いた。美月も思っていたことである。

 

「俺ってこういう者なんですよね。このことは秘密でよろしく」

 

蒼士が名刺を取り出してエリカと美月に見せた。その名刺を見た二人は驚いているが達也、深雪、ほのか、雫は知っていたので驚いてはいなかった。

 

「アンタがそうだったのね!」

 

「まさか蒼士くんがそうだったんですね!」

 

半年前から名前が聞かれるようになり、最近では誰もが知っている企業の関係者だということを知ってしまい、声を出さずにはいられなかったらエリカと美月である。

 

ほのかと雫もエリカと美月の反応に自分らと同じ反応だったな、と笑っていた。

 

徐々に落ち着いてきた一同。雫との出逢いは分かったので、次に全員の視線がほのかに注がれる。一瞬だけビクッとするほのかであったが一息して語り出す。

 

「私はストーカーに襲われそうになった時に助けてもらって」

 

ほのかの言葉に雫と蒼士以外は驚いていた。

 

「相手も魔法師だったから私怖くて上手く動けなくて」

 

「俺も偶然通っただけだったけど、ほのかみたいな美少女が襲われてるのは見過ごせるわけないしね」

 

当時のことを思い出してしまったようで震えるほのかにそっと肩に触れる蒼士。彼が触れると震えも止まって落ち着きをみせるほのか。

 

「何事もなく撃退できたから」

 

「う、嘘です! 蒼士さんは銃で肩を撃たれてしまったんです……」

 

蒼士の発言にほのかが真実を述べる。

 

動くことができなかったほのかを守りながら難なく撃退したものの、最後の悪足掻きと懐から取り出した銃を蒼士に向けるのではなく、ほのかの方に向けられてしまい、彼女を助けるために抱きあげて移動する際、肩に当たってしまったのだ。幸い擦り傷程度であったが、ほのかはずっと気にしていたのだ。

 

そんなほのかの気持ちを理解している蒼士はネクタイを緩めて傷がある部分を見せてみた。突如の蒼士の行動に達也は勿論のこと深雪、エリカ、美月、雫も驚きを禁じ得なかった。

 

「ほら、もう傷もないから気にするなよ」

 

「うぅ、だって––」

 

確かに傷は残っていないのをほのかは見た。そして赤面する。

 

「俺が好きでやっただけなんだし、何よりもほのかを守れて良かったよ」

 

蒼士の言葉が余程嬉しかったのか、瞳が揺れて今にも涙を流しそうになっているほのか。彼女は蒼士の瞳を見ながら、彼の暖かな言葉が胸で渦巻いていた悲しい気持ちを消し去ってくれたのを感じた。

 

「ありがとう、蒼士さん……」

 

「あぁ、いつでも守ってやるよ」

 

ほのかの頭を優しく撫でて落ち着かせる蒼士。その行為を素直に、嬉しそうに、恍惚な表情で受け入れるほのか。

 

「じ、事情は分かったけど、蒼士くん……急に脱ぐのはやめてよね」

 

エリカが二人の空間に割って入ってくる。嬉しそうに喜んでいるほのかはエリカの言葉で正気に戻って恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「別にエリカは道場とかで男の裸は見慣れてるだろう? 深雪も達也の裸は見慣れてるだろうし、雫は弟?のを見慣れてるだろう、美月さんはごめんね」

 

思ったことを口にしてしまった蒼士。そして反応する者たちがいる。

 

「ちょ、ちょっと確かに道場連中で見慣れてはいるけど、なんかムカつく!」

 

「わ、わたしが、お、お兄様の裸をですか!?」

 

「弟と蒼士さんの体は全然違うよ!?」

 

「蒼士さんの鎖骨ってとても綺麗ですね、ご馳走様です」

 

女性陣の反応はそれぞれであり、誰もが頬を薄く赤く染めているが、美月は惚けた表情でいた。一人だけ何故だか違う解釈している人物がいるようだが。

 

「さてと、そろそろ暗くなってきたから帰ろうか、今日は俺の奢りだ」

 

伝票を持ってそそくさと会計に行く蒼士。

 

「蒼士さん、私も払うよ」

 

「ちょっと待ってください、蒼士さんっ」

 

雫とほのかが慌てたように彼を追う。

 

「蒼士くん、まだ話は終わってないわよ……って美月はうっとりしてないで行くわよ」

 

「エ、エリカちゃん、べ、別にうっとりなんてしてないよ」

 

鞄を持って蒼士の後を追おうとするエリカ、まだ頬が多少赤くなっている美月も出ようと準備している。尚、この後も美月は上手く誤魔化せずにいた模様。

 

「うふふ、とても楽しい高校生活になりそうですね、お兄様」

 

「はぁ、騒がしいの間違いだろう、深雪」

 

いつまでも二人のペースでいる司波兄妹を深雪は楽しそうに笑みを浮かべ、帰ろうとする蒼士たちを見ていた。達也は軽く溜め息を吐いているが気疲れや失望などではなく、単に深雪と二人で蒼士と付き合っていたら退屈な学生生活を送れずに済みそうだ、とこれから先のことを思ったまでだった。

 

それから自分の奢りで会計も済み、ついでにお持ち帰りで全員にケーキを買ってあげていた蒼士であった。



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第三話

無事に何事もなく入学式が終わり、これから楽しくなりそうだと思いつつ、連絡先を交換した新入生たちと家で交流を深めていた蒼士。

 

寄り道して一緒にお茶をした達也達とも連絡をしていた。達也に関してはCAD関連。深雪は今度の休みに一緒に出掛ける約束のお願い。エリカは千葉の道場で試合をする約束。美月には目の霊子放射光過敏症(りょうしほうしゃこうかびんしょう)について聞き、ほのかと雫に関しては三人で会話しながら出掛ける約束をすることに。そしてもう一人とも長電話をして過ごした。

 

そんな忙しい一日を終えて、次の日になってからも蒼士は朝早くから動いていた。朝食を取らずに第一高校の通学路の通り道になっている駅前の喫茶店に訪れていた。

 

約束した人物はまだ来ておらず、コーヒーを頼んでゆったりとしていると、入口の扉が開くのと同時に鈴の音が響き、約束の人物が現れた。

 

「ごめんなさい蒼士くん、待った?」

 

「いえ、自分も来たばかりですから、七草(・・)先輩」

 

彼女が座れるように椅子を引いてあげる蒼士。ありがとう、と嬉しそうに席に着く真由美。

 

彼が待っていた人物は第一高校生徒会長の七草真由美であった。昨日の夜に真由美から蒼士に電話を掛けて約束をしたのだ。蒼士は断ることなく、そのまま彼女が一方的に話すことを聞きながら相槌を打ったり、ときには意見を述べたりして長い時間彼女と電話をしていたのだ。

 

お互いに朝食を取りながら話をして、朝の時間を楽しむ二人。喫茶店の中では朝から美男子と美少女がイチャイチャしているのにムカムカしている人、その光景をニコニコして見てる人がおり、何時もよりブラックコーヒーの注文が多かった、と喫茶店のマスターは語っていたとか。

 

真由美から話を振ったり、蒼士から話を振ったりと誰が見ても楽しそうにしている二人はカップルにしか見えなかった。

 

「朝早くから家を出て大丈夫でしたか?」

 

「問題ないわ、妹たちが事情を知りたそうにしていたけどね」

 

「護衛の方もですか?」

 

「あれ、知っていたの?」

 

「七草家のご令嬢に護衛が付いていないのは可笑しいでしょう」

 

「それもそうね、勿論大丈夫よ」

 

お互いに顔を見合わせて笑う、自然の流れが二人の間で出来ており、その後も会話は続く。

 

「蒼士くんの方はご家族は大丈夫なのかしら?」

 

「両親は自分が幼い頃に亡くなってしまい、今は一人で暮らしています」

 

「ご、ごめんなさい、私ったら……」

 

「いえ、お気になさらず。もう昔の話ですから」

 

少し気まずい雰囲気が流れたりもするがそんなものは二人には意味がない。

 

「一人暮らしですので、七草先輩も何時でも来て下さって結構ですよ」

 

「ほんと!? あ……でも、一人暮らしの男の子の家って……」

 

「ちゃんと綺麗にしていますから大丈夫ですよ」

 

「いや、そういうのじゃなくてね……」

 

頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている真由美に蒼士は何故だろう、と一瞬考えて答えが出る。

 

「もしかして男の家に入るのが恥ずかしいんですか?」

 

「なっ、そ、そんなことないわよ」

 

おほほ、と笑って誤魔化そうとするが完全に失敗していた。

 

「七草先輩みたいな美少女なら一人や二人ぐらい彼氏がいて、部屋なんて余裕で入っているんだと思っていました」

 

「ちょ、ちょっと! なんて印象を持っているのよ! 酷いわ、蒼士くん!」

 

軽く頭を下げながら謝る蒼士に怒りが収まらない真由美。

 

「じゃあ、我が家で料理をご馳走致しますよ」

 

「えっ、蒼士くんって料理出来るの?」

 

「何かと便利な時代ですが、自分で料理した方が美味しいのでよく作るんですよ」

 

この世界は自動で料理など出来るので、自分で料理する人もいるが自動に頼る人の方が多いのだ。

 

「七草先輩のためだけに特別な料理を作りますよ」

 

「っ! 本当ね?」

 

照れながらも嬉しそうにする真由美に頷く蒼士。

 

「そろそろ出ましょうか」

 

「もうこんな時間なのね」

 

店内の時計を見てみると通学時間になっており、二人は店を出る準備をする。

 

「本当に蒼士くんと話していると時間があっという間に過ぎていくわね」

 

「自分も七草先輩と話していて楽しいですから、時間なんて一切気にしていませんでした」

 

誰もが見惚れてしまう笑顔で言う真由美と彼女に負けないぐらい綺麗な笑顔で応える蒼士。真由美が腕を絡ませてデートの続きでもするのではないかという雰囲気で、お店を後にした二人。

 

通学時間になっていたということで第一高校に着くまでに二人はかなりの生徒に目撃されることになった。

 

 

 

 

* 七草真由美の教室での出来事 *

 

「おい真由美!アレはなんだ!」

 

「ちょっと摩利(まり)!? 一体何のこと?」

 

「新入生と一緒に登校してるのを見たぞ」

 

「えぇ、梓條蒼士くんね」

 

「彼がか……」

 

「そう、お昼に生徒会室にランチに誘ったから摩利も居てね」

 

「それは別にいいが、さっそく噂になってるぞ……」

 

「噂って?」

 

「会長が新入生に一目惚れして付き合いだしたって」

 

「えぇぇぇ!? 誰よ! そんな噂を流しているのは!」

 

「それは知らないが、あんな光景を見てしまうと信じてしまうぞ」

 

「えっ?そんな……?」

 

「あぁ、かなりの人数が見ていたからな」

 

「はぁぁぁー……!どうしよう!!」

 

「そんな顔を真っ赤にするくらいなら、一緒に登校しなければいいだろう……」

 

「だって話したかったんだもん」

 

「だもんって……(もしかして本当に好きなのか?)」

 

顔を真っ赤にしてあわあわしている真由美は授業にも集中できずに過ごすのであった。

 

 

 

 

新入生たちは自分の端末で席を確認し、続々と教室に入っていく。席に着いて隣の人と話す者、周りの人と話す者、それぞれがこれから始まる学校生活に胸を躍らせていた。

 

「おはよう、二人とも」

 

達也の席は美月の隣であった。美月はさっそくエリカと話をしていた。

 

「オハヨ、達也くん」

 

「おはようございます、達也さん」

 

エリカ、美月に挨拶されてから達也は選択科目の履修登録のためさっそく行動していた。今では珍しいキーボードオンリーの入力にエリカや美月も驚いており、それを覗いてしまった男子生徒も驚いていた。

 

「蒼士くんも速かったけど、達也くんも凄いわね」

 

感心するように頷いているエリカ。

 

「本当に速いですね」

 

瞳を輝かせて尊敬の目を向ける美月。

 

達也はそんな二人にそうでもないだろう、と言わんばかりに手を止めることなく入力していく。

 

「すげぇよ! さっきも蒼士のやつがキーボードオンリーでやっていたけどそれより速いんじゃねぇか?」

 

達也は視線を感じていたから分かっていたが、背後から声を掛けられた。

 

「わりぃ、自己紹介がまだだったな、西城(さいじょう) レオンハルトだ。親父がハーフ、お袋がクォータなもんでこんな名前でさ、レオでいいぜ」

 

西城レオンハルト、大柄で骨太な体格で話しやすそうな雰囲気を出している。

 

「司波達也だ。俺のことも達也でいい」

 

OK、達也、と笑顔で応えてくれたレオ。感じのいい印象を相手に与える奴だ、と達也は感じ取っていた。

 

「そういえばレオ、蒼士が何処に行ったか知らないか?」

 

「んぁ?達也の隣の席で履修登録した後クラスの連中と話をしながら廊下に出て行ったが?」

 

そうか、と納得した達也。やっぱり蒼士の奴が隣の席だったことも内心納得する。

 

「お、呼んだか?」

 

そんな質問をしていると携帯端末を操作しながら蒼士がやって来た。忙しそうに端末を弄りながら達也に話しかけている。

 

「また交流でも深めていたか?」

 

「そうだよ、中々面白そうな人材がいたよ」

 

呆れたような表情する達也は手を止めずに入力し続けていた。達也と蒼士が会話をしていると何やらエリカとレオが言い合っていた。お互いの態度が気に入らなかったようだ。声を張り上げているせいか注目されている。

 

「おいレオ、女の子には優しくしろって教わらなかったのか!」

 

達也と話していたはずの蒼士はいつの間にかエリカの横に移動してエリカの腰の辺りに手を当てて、自分の方に引き寄せていた。違和感を感じさせない自然な流れでエリカは蒼士の胸の辺りに収まっていた。

 

「これも紳士の嗜みだぞ」

 

はわぁ、と顔を赤くさせる美月に、エリカは何をさせられたのか分かっておらず理解した瞬間に美月と同様に顔を赤面させていた。

 

「ア、アンタも、何やってくれてるのよっ!?」

 

高速で蒼士から離れるエリカ。恥ずかしそうにしながらこんな事態にした張本人の蒼士に向かって身構える。

 

「女性に優しくするのは当然だろう!」

 

「い、いや、何で私が攻められてるのよ」

 

周りにいた生徒達がそのやりとりを見ていて笑ってしまっていた。まだ関わりがないのに周りを巻き込んで笑顔にさせたのだ。

 

「……分かったぜ、蒼士と千葉がそういう関係だってことが!」

 

「全然分かってないわね、アンタ!」

 

レオも本当に分かっているのかいないのか、天然力を見せてさらにクラスの中が笑いで満ちる。ふっ、と鼻で笑うように達也は口元が緩んでいた。

 

「おや、達也が笑ったぞ」

 

「笑っていない」

 

近くにいた蒼士に勘付かれてしまい、達也は失態だと内心思っていた。

 

「ちょっと美月さん見ましたよね」

 

「は、はい、確かに口元が緩んだような」

 

周りに同調者を増やして逃げられないようにするつもりだ、と瞬時に理解した達也は逃げようとする。

 

「柴田さんもか」

 

「まぁ、今のは分かりにくかったが、このクール野郎を絶対に笑わせてやろうな、美月」

 

はい、と元気よく応える美月。そんな二人を見ながら達也は内心で自分の事情を知っているクセに何言ってんだ、と蒼士に幾分か不満を吐いた。

 

盛り上がるE組内であったが予鈴がなって席に着いて落ち着きを取り戻す。そんな中で達也は隣の席にいる蒼士を見た。明らかに異常な行動をとっていたからだ。

 

本鈴が鳴りオンライン授業のはずが、総合カウンセラーの小野(おの) (はるか)という人物が学校の説明などをしていく中で、一人の生徒を名指しした。

 

「梓條くん、私のお話を聞いていますか?」

 

達也の隣で異常な行動をしていた蒼士であった。蒼士は何時もとは違う端末でキーボードを打ち込みながら画面をスクロールしていた。

 

「はい、聞いています」

 

「貴方は何をやっているんですか?」

 

耳では聞いているとは思うが、先生を意識していないのは明らかであった。片手でかなりの速さで打ち込み、片手でスクロールしていく。

 

「第一高校にハッキングと全校生徒一覧を見ています」

 

何を言い出すんだ、とクラス内の全員が思ったことであった。遥先生も唖然としている。ざわざわとクラス中がしている中でキーボードを弄る手を止めて両手を上げて述べる蒼士。

 

「勿論、冗談です。ちょっと履修登録の修正を、すいません」

 

冗談か、とクラス中が笑ってしまい、遥も思わず笑ってしまっていたが達也は冷や汗を流していた。達也の位置からでも十分に見えていたが蒼士がやっていたことは本当だったのだ。第一高校の警備状況、先生達のスケジュール、監視カメラの配置、そして全校生徒の顔写真、速い動作で見えていなかったのかは知らないが達也にはハッキリと見えていた。

 

達也は思わず蒼士を睨みつけていたが、蒼士は笑って誤魔化していた。

 

履修登録を終わらせていた人は先に退出していいということを遥が言うと一人だけ先に退出していった。切羽詰まった表情の男子生徒を興味深そうに蒼士は見ながら何かしら考えていた。

 

その後も遥の説明を聞きながら進み、第一高校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを受け、授業が終わった。

 

午後まで自由な時間が出来たので蒼士、達也、レオ、エリカ、美月の五人で学校内の施設を見ることにした。工房に興味がある者が多かったので工房見学をすることに。エリカとレオが何やら言い合っていたようだが、見学しているうちに何だかんだで仲良くなっていたようだ。

 

入学二日目にして行動を共にするグループは固まりつつあったが、その中でも蒼士は異質であった。達也達と行動を共にしているが、他のグループに呼ばれたり、工房見学中も他クラスの女子に腕を掴まれてひっぱりだこになっていた。近くに先生や上級生がいるのに蒼士に施設内のこと、専用道具のこと等を聞く人が後を絶たなかったのである。そしてそれらの質問にすんなり答え、使い方などの説明もする蒼士は凄い人物だと、周りに居た人たちも思わざるを得なかった。

 

お昼になり食堂で食事をする達也達。

 

「工房見学楽しかったですね」

 

美月は設備が充実していてとても興味を引いたようだ。

 

「なかなか有意義だったな」

 

達也も食べながら感想を述べた。達也自身も元々の目的であり、学べる環境としては良い印象を持てていた。

 

「あんな細かい作業を俺はできるかな……」

 

見学して改めて実感したレオ。工房で見たことに多少の心配があるようだ。

 

「アンタには無理に決まってんでしょ」

 

からかうように言うエリカにレオはむっ、と声を荒げて怒っていた。エリカもレオも冗談半分というのを分かっているので本気ではない。

 

「レオはどうでもいいとして、蒼士くんって生徒会に呼ばれてたんだよね?」

 

「あぁ、そうみたいだ」

 

軽くレオをあしらってエリカは達也に聞いた。この場に蒼士はいない。生徒会に呼ばれ、そっちでお昼を取る、と達也は蒼士から聞いていたのだ。

 

ふーん、とつまらなそうに反応するエリカ、凄いですね、と感心する美月、食事に集中するレオ、となんとも個性的なメンバーだと達也は思った。

 

そして達也は自分の目に映り、こちらに歩み寄ってくる妹の深雪と、その後ろにいる取り巻き達を見て嫌な予感がした。視界の端でほのかと雫が申し訳なさそうに頭を下げていたのがさらにその予感を増幅させた。

 

 

 

 

蒼士は達也たちとは別行動をしていた。朝一緒に登校した真由美からお昼を誘われていたので生徒会室まで訪れていた。

 

インターホンを押して入室を請う蒼士に扉のロックが外れる音が聞こえたので入室する。

 

「いらっしゃい蒼士くん。さぁ、座って」

 

正面の机から真由美に声を掛けられた。そして自分の近くの席に来るように誘導される。蒼士は真由美から見て正面右隣に座ることにした。他にも三名の役員が同席しており、蒼士のことを見ていた。

 

一人目はストレートのショートボブの女性で整った顔立ちを持ち、同性からもモテそうな雰囲気を醸し出している女生徒。蒼士を興味深そうに見ており口元を緩めていた。

 

二人目は背も手足も長く整った顔立ちだが、どこか相手にきつめの印象を与えてしまうような、美少女ではなく美女と表現するのが相応しい女生徒。

 

三人目は中学生にも見えるくらい小柄で童顔の少女。気弱な性格のようで蒼士を見て多少警戒しているが、可愛いらしい小動物のような印象の美少女だ。

 

「お話は、お食事をしながらしましょう」

 

生徒会室には自動配膳機(ダイニングサーバー)があり、肉、魚、精進や複数のメニューがあるらしい。

 

それぞれ頼んだものが配り終わるとホスト席に座る真由美が声を掛けてきた。

 

「蒼士くんの前に座るのが風紀委員長の渡辺(わたなべ) 摩利(まり)よ」

 

蒼士のことを興味深そうに見ていた凛々しい彼女が、とある(・・・)人物から話を聞いていた人だ、と断定できた。蒼士自身は自分の魔法で分かっていたが。

 

「君の事は知っているよ、期待しているぞ」

 

摩利の方も彼女の彼氏から蒼士のことは聞いており、当然知っていたようで、それは蒼士も同じであった。

 

「こちらも修次(なおつぐ)殿からお噂はかねがね。愛すべき女性で何よりも大事だと聞いておりました。若輩者ですがよろしくお願いします」

 

そう述べて頭を下げる蒼士に対し、顔を真っ赤にさせて動揺する摩利。

 

蒼士が摩利のことを知っていたのは彼女の彼氏である千葉(ちば) 修次(なおつぐ)から聞いていたからだ。修次は千葉家の次男でエリカの兄にあたる人物。防衛大学校在籍中で、三メートル以内の間合いなら世界屈指の魔法白兵戦技の英才であり『千葉(ちば)麒麟児(きりんじ)』と呼ばれる人物である。

 

そして何よりも蒼士と一戦交えているのだ。

 

蒼士のさりげない言葉に普段クールな摩利も堪らず反応してしまった。自分の知らないところでも彼氏に大事に思われているのが嬉しくて隠しきれないのであった。

 

「え、えっと、次は会計の市原(いちはら) 鈴音(すずね)、通称リンちゃん」

 

赤面している摩利を見て考えた末にスルーを決め込む真由美は、次に摩利の隣にいる整った容姿で美女の雰囲気を漂わせる人物を紹介した。

 

「この前、国立図書館でお会いしませんでした?」

 

確か何処かで見た記憶があったので蒼士は聞いてみた。その言葉に鈴音は多少驚いたが、すぐに冷静な表情に戻っていた。

 

「会話もしていませんのによく覚えていましたね」

 

鈴音としても偶然通り道に蒼士が座っており、通っただけだったのだから。

 

「勿論、市原先輩みたいな綺麗な女性は一目見たら忘れられませんよ」

 

笑顔を添えて述べる蒼士。

 

「そ、そうですか」

 

頬を薄く赤く染めて視線を下の方に向ける鈴音。真正面から堂々と自然な流れで言われてしまった為に、普段の冷静さを失ってしまった。

 

「蒼士くん! 綺麗な女の子を見たらすぐに口説くの辞めてね」

 

真由美が頬を膨らませ注意してくる。

 

「綺麗な人に綺麗と言うのは良いことだと思いますが」

 

そ、それは、と言い淀む真由美。

 

「七草先輩はどうも虐めたくなっちゃいます、とても可愛いですよ」

 

悪ぶれたつもりは無かったが真由美の反応が蒼士を刺激したようだ。

 

「可愛いって言われても、お姉さん許しません」

 

口では否定しているが頬を赤くさせている真由美。

 

「今度の休みに一緒にお出掛けしませんか? 新しく洋服が欲しいので……いやな「行きましょう!」では一緒に行きましょうね」

 

ニコニコして嬉しそうにしている真由美。蒼士はなんなくデートの約束を取り付けることに成功したのだ。そしてそんなやりとりを見ていた摩利、鈴音、小柄な女子生徒は同じことを思っていた。会長は本当に彼のことが好きなのでは?と。

 

「あ、それからリンちゃんの隣が書記の中条(なかじょう) あずさ、通称あーちゃん」

 

真由美に呼ばれてビクッと反応するあずさ。

 

「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。私にも立場というものがあるんです」

 

腕を振りながら真由美に対して苦情を入れるあずさであったが、逆にそれがあーちゃんと呼ばれるのにピッタリだな、と蒼士は内心で思った。

 

「これからよろしくお願いします、CADショップの前でガラス越しにCADを物欲しそうにしていた、中条先輩」

 

はぅぁ!と蒼士の言葉に机に顔を押しつけて突っ伏してしまったあずさ。先輩と呼ばれて嬉しいのであるが、それ以上の大ダメージを受けてしまった。

 

「……見てたんですか?」

 

「はい、とても輝いた瞳で商品を見てたので」

 

はぅぁ!と顔を上げたと思ったら、また机に沈んだあずさ。微笑ましくそれを眺める蒼士であった。

 

「……よろしければあのCAD持ってきてあげましょうか?」

 

へっ、と顔を上げて蒼士のことを見るあずさ。恥ずかしさで赤面させていた先程と違い、目を輝かせている。

 

「持っているので、見たくなけ「見たいです! 是非とも持ってきてください!」分かりました」

 

沈んでいた時とはまるっきり変わって元気百倍で蒼士に応えたあずさ。それほどCADのことが好きなのか、と納得せざるを得なかった蒼士。

 

また蒼士が女子と仲良くしているのを見た真由美が割って入ってきて、蒼士に言い負かされてしまい、摩利も鈴音もあずさもその光景に思わず笑っていた。蒼士はついでに全員に名前で呼んでほしいともお願いしていた。

 

食事も食べ終わり、一息してから真由美が生徒会の説明を始めた。蒼士が入るのは風紀委員であるが一応説明を聞いてほしいということは伺っている。一通りの説明を聞くと摩利が風紀委員の説明をしてくれた。

 

「百山校長や他の先生方からの強い推薦で教職員推薦枠で入ることになっている。それに個人的にも君を風紀委員に入れるのは賛成でね」

 

「修次殿にでも聞きましたか?」

 

うっ、と言葉を詰まらせる摩利。

 

「んんっ、そうだが……蒼士くんがシュウに勝ったというのは本当か?」

 

摩利の言葉に真由美、鈴音、あずさはおどろかずにはいられなかった。世界的にも知られている人物である千葉修次に勝ったということに。

 

「こんな得体の知れない相手に油断していたんですよ」

 

「いや、シュウは本気だったって言っていたぞ」

 

彼女には本当のことを話しているんだな、と蒼士は察した。これは完全に知っているなと思ってしまった蒼士。

 

「えぇ、勝ちましたよ、三戦三勝で」

 

蒼士が本当のことを言うと全員驚いてしまう。彼の口から言ったことと摩利の表情から真実なんだと知ってしまったのだ。

 

「で、でも、なんで蒼士くんは二科生なんですか?」

 

あずさが最もらしい疑問を言ってくれた。彼は一科生ではない、二科生である。実技が優先されている魔法科高校でそれほどの実力があれば魔法技能も平均以上なのでは、と思ってしまう。なら一科生にもなれていたはず。

 

「あ、それは第一高校の試験の前日から勉強を始めたので、単に実力がついていなかったのです」

 

何事もないように応える蒼士であったが、蒼士以外の面々は疑問を感じられずにはいられなかった。

 

「つまり蒼士くんは前日に試験勉強をして知識と魔法技能をつけたということですか?」

 

そうなります、と笑顔で応える蒼士に驚愕する生徒会メンバー。

 

「覚えるのは得意分野なので」

 

それでも限度ってものがあるだろう、と生徒会の面々は同じようなことを思う。

 

「それに……」

 

言葉を濁して何か言おうとする蒼士に耳を傾ける面々。

 

「成り上がりって結構好きなんですよね。実力のある者が実力が無いと思っていた者に負かされるのが」

 

半笑いでこの場にいる面々に言ってみせた蒼士に面々は内心で((((Sだ))))と同意見で一致していた。

 

蒼士は自身の話もしながら真由美、摩利、鈴音、あずさのことを知ろうと時間が許す限り会話をしていくのであった。

 

皆も蒼士と話をしてみたいと思っていたようで、気まずい雰囲気になることもなく自然な流れの会話が出来、それぞれに好印象を残した。

 

お昼休みの終わり間際まで生徒会室でお世話になった蒼士であったが、教室に戻ってみるとレオとエリカからイラついている雰囲気を悟ったので達也に聞いてみると、一科生と揉めた、ということを聞いて不安を感じる蒼士であった。

 



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第四話

放課後になって達也たちと帰るつもりだった蒼士であったが、親しくなった他のクラス女子に連れていかれ、達也たちに先に帰るように言う。

 

女子生徒に連行されると、蒼士と話してみたかったという男子や女子たちと自然な会話をして過ごす。差別意識の無い一科生や、差別など気にしない二科生も混ざっていく内に食堂での事件の話になる。

 

午後の見学の最中、達也から話は聞いていたが、相手の名前までは知らなかったので彼ら、彼女らから聞けて有り難かった。

 

森崎(もりさき)という人物とその取り巻きたちが特に二科生を見下しているという話も聞いた。身勝手で傲慢な振る舞いをする森崎たちに同じ一科生でもいい印象は持たれていないようだ。勿論、二科生からは最悪の印象だが。

 

蒼士はそれらの話を聞いて嫌な予感がしていた。そのときタイミングよく雫とほのかを見つけて、会話を切り上げて彼女らと帰ることにした。ちゃんと連絡先も交換してから別れる。

 

雫とほのかも蒼士に相談したいことがあったらしく探していたらしい。

 

二人と合流し、下校しながら話を聞こうとしていた蒼士であったが、嫌な予感が的中することになる。

 

達也たちが正門付近で口論になっていたのだ。達也たちの声は聞こえない距離だが、どう見ても何かしら起きているのが分かる。

 

達也の前には深雪がいるが、その深雪の背後に一科生が複数人、達也たちを睨みつけて威圧している。明らかに敵意むき出しで、今にも魔法を使いそうな感じが分かる状況だった。

 

「蒼士さん、あの人が森崎だよ」

 

雫が指を差した先にいた人物が森崎だと蒼士は認識するが、何よりもグループの一番前にいるので分かりやすかった。

 

蒼士たちからはまだ距離があるので何を言っているかは分からないが、森崎の言葉に美月が何かしら主張したようだ。そして何故か深雪が慌てていた。

 

「大丈夫なんでしょうか……?」

 

不安な表情でいるほのかの肩に優しく触れて蒼士は二人よりも前に出る。

 

「二人はゆっくり歩いてくるといいよ、俺が解決しとくから」

 

まだ達也たちと距離があるのにどうするのだろう、と思うほのかと雫。そんな二人に蒼士の視線は達也たちの方を向いており、森崎が魔法を使おうとした瞬間、蒼士は動いていた。

 

 

 

 

校内でのCADの携帯が認められている生徒は生徒会の役員と一部の委員のみ。

 

校外における魔法の使用は法令で細かく規制されている。だが、CADの所持に関しては法令で禁じられていない。そして、校内では授業開始前に事務所に預け、下校時に返却を受ける、という規則になっている。

 

そして、今現在は下校時のためCADを持っているのは別におかしなことではない。

 

「だったら教えてやるよ!」

 

森崎が達也たちに向かってCADを向け、魔法を放とうとする。

 

エリカとレオがそれを阻止しようと動こうとする。達也もあまり騒ぎになるのを嫌い、目立つ真似はしたくなかったが、仕方なく自身の魔法を使おうとするが、その前に事が済んだ。

 

「性格改変チョップ!」

 

「あた」

 

「以下略チョップ!」

 

「いたっ」

 

「同じくチョップ!」

 

「いっ」

 

森崎の取り巻きたちにチョップをかました人物がいたのだ。一回ずつ取り巻き全員にチョップをして痛そうに頭を摩る森崎たち。

 

「蒼士くん、何をやったの?」

 

森崎たちの魔法に対応しようとしたエリカが声を掛けた。

 

先程までほのかや雫たちのところにいた蒼士が森崎たちの背後に現れていたのだ。この場にいる全員が思った。いつ現れた、と。

 

達也、深雪、エリカ、美月、レオの五人の視線があったのにも関わらず、それを掻い潜って、森崎たちにチョップしたのだ。

 

「そろそろ分かるよ」

 

深雪たちの方に合流してエリカの言葉に応える蒼士。そんな蒼士に警戒の目を向ける達也がいた。

 

達也は自分が気配でも魔法でも察せられなかった蒼士の実力に驚愕しているが、警戒の方が圧倒的に大きかった。そんな達也の不安をエリカは口にする。

 

「ねぇ、どうやって彼らの背後に現れたの?」

 

そのことについて達也たちは聞いておきたかった。誰も分からなかった答えを。

 

「ただ速く動いただけだよ、こんな感じでね」

 

蒼士は予備動作も無しに、合流しにこちらへ来ていたほのかと雫の背後に現れたのだ。今度は目の前で一瞬で移動してみせた。

 

突然背後に現れて声を上げて驚くほのかに、雫も驚くが声はあげていなかった。

 

「人体って各部がバラバラに動いていて、とても効率が悪いんだよね。最大限の力を出しきれていないから体の動きも生かせていないんだ」

 

言い終わるとまた達也たちの視線から外れて、達也の横に移動していた。

 

「確かに、それは身体技能みたいだな。起動式すら展開していない」

 

「流石に良い目をしているね、達也」

 

達也は自身で確信した。身体技能のみでやっていることなんだと。

 

なんでそんなことが分かるのか、という疑問が達也と深雪以外の面々は思ったようなので、達也は起動式を読み取れることを話す。普通では信じられないことだが、深雪と蒼士が本当のことだというと納得したようだ。

 

「一応、訓練すれば誰でも出来るとは思う。エリカと達也は見たところ素質があるから比較的楽に習得できると思うぞ、この呼吸法と歩法」

 

蒼士のこの言葉にとてつもなく興味を惹かれるエリカと達也、覚えられるなら是非とも覚えたいと思う二人であった。

 

「貴方たち何をやっているの!」

 

かなりの騒ぎになっていたせいか、周りで様子見をしていた生徒が生徒会に連絡したようだ。声が聞こえた方には生徒会長の七草真由美と風紀委員長の渡辺摩利が向かってきていた。

 

「偶然校内を歩いていたら一年生の生徒が揉めていると連絡を貰ったので来たのですが、蒼士くん、これはどういうこと」

 

達也たちのグループで親しい仲である蒼士に真由美が問う。摩利も蒼士の言葉を待っているようだ。

 

「一科生が新入生総代の司波深雪さんともっと仲良くなりたいあまりに一緒に帰ろうとごねていたようですが、深雪さんが兄の司波達也くんと帰る先約をしていたことに嫉妬して、大きな声をあげていたみたいですよ、七草先輩」

 

最初から居なかったのによく分かるな、と達也たちは思っていた。

 

「なんなら森崎くんたちに聞いてみたら良いですよ。今は反省しているみたいですから……だよね?森崎(・・)くん」

 

そういえばさっきから森崎たち一科生たちが何も言ってきていないな、と思っていた達也たち一同は振り返って確認してみる。あれ、何か変なような?と感じさせる雰囲気を漂わせる森崎グループ。

 

「はい、僕たちが全面的に悪いんです!」

 

誰だ?と言っても過言ではないぐらい性格が変わっているのだ。達也たちは唖然として何が起こったか理解できなかった。

 

「僕たちが司波深雪さんと無理矢理帰ろうとしたからなんです。彼らは悪くありません」

 

森崎の発言に取り巻きたちも頷いて申し訳なさそうにしている。見下していた筈の森崎たちが非を認めていた。

 

「そ、そうなんですか? 失礼ですが貴方は深雪さんのお兄さんが二科生でもなんとも思わないのですか?」

 

真由美たちの前に来て事情を説明してくれた森崎に質問してみた真由美。真由美の質問に深雪は少しだけムッとなったが、それよりも森崎の答えが気になるようであった。

 

「思わないと言うなら嘘になりますが、それでも二科生の人たちも自分らと同じで魔法科高校に合格したという実績があるので見下したりなんてしませんよ」

 

マジで誰だよ!?と思う達也たち面々。まるっきり別人になっているとしか思えない。

 

「司波さんに皆さん、本当にすまなかった」

 

まさかの達也たちに頭を下げて謝り始めた森崎たちに吃る達也たち面々。

 

「僕たちが悪いんだから、司波さんたちはどうぞ帰って下さい。僕らが生徒会長と風紀委員長の対応をします」

 

睨みつけていた筈の視線も今では申し訳なさそうな目で達也たちを見ていた。

 

「では、そういうことなので自分らは帰らせていただきますね」

 

何事もなかったように帰ろうとする蒼士に、頷いて応える森崎たち。

 

「ほら、帰るよ」

 

唖然として固まっていた達也たち面々は動き出して正門から学外に出ていく。真由美や摩利も経緯も分かり、悪いと思っている面々が目の前にいるので、巻き込まれた人たちを止めることはせず帰らせた。

 

達也たちのせいではない、ということを必死に説明してくる森崎たちに苦笑いで応えていた真由美は、今夜も電話して問い詰めてやる!と心に誓うのであった。

 

 

 

 

まだ森崎たちに使った魔法の説明をされていなかった達也たちは気になって仕方なかった。歩きながら説明するのも何なので、喫茶店に寄って落ち着くことになった。

 

「で、あの威張っていた森崎たちに何をしたんだ?」

 

達也が問う。その周りにはレオ、深雪、エリカ、美月、ほのか、雫たちがおり、飲み物を飲みながら先程の出来事の説明を要求していた。

 

蒼士が現れるまで二科生を見下し、達也たちを完全に舐めきっていたはずの森崎グループが一変して、素直に謝ってきたのだ。まるで人が変わったように……。

 

「あれは俺のオリジナル魔法だよ。精神干渉系統の魔法で、簡単に言えば今の感情の真逆になるっていう効果かな。効果は一時間ぐらいしかないけど」

 

軽い口調でとんでもないことを言っていることに蒼士は気づいていない。聞いていた面々は口元に手を当てて驚いていたり、目を見開いて驚く者もおり、全員がリアクションをとって驚いていた。

 

「まだ改良の余地があるし、何よりも出力を間違えると大変なことになる。相手の精神をめちゃくちゃにして崩壊させてしまったり、まるっきり別人にしてしまったりと失敗作なんだよね」

 

飲み物を飲んで一息する蒼士に冷や汗を流す面々。さりげなく言ってのけたが、危険なワードがてんこ盛りなのを聞き逃していなかった。

 

「それに相手に触れなければいけない、というのが弱点でね」

 

「いやいや、そんなの弱点じゃないわよ!接近するだけなら蒼士くんがやってみせた歩法でいいんじゃないの?」

 

エリカが最もな意見を述べると全員が頷く。

 

「遠距離、せめて中距離ぐらいで放てる魔法にしたいんだよね」

 

この魔法が放てるようになったら、と思うだけで嫌な予感がする面々。

 

「もしかしてだが、他にもオリジナルを開発していたりするのか?」

 

達也が疑問に感じたことを聞いた。オリジナルの魔法を作れるということはまだあるのでは。

 

「戦闘用が何個かと、精神干渉系統も何個かと、開発の方に時間が割ければ、もう何個か出来ていたかな。今はこれだけしか実用できてないけど」

 

「例えばどんなものを開発しているんだ?」

 

魔法工学のエンジニアとして高い能力を持つ達也は蒼士の魔法に興味津々であった。少しだけ前のめりになっている。

 

「お、お兄様!?」

 

冷静沈着な達也を知っている深雪は兄が多少なりとも興味を示していたこと驚いている。

 

「性別逆転チョップ、髪の毛が伸びろチョップ、低血圧治れチョップ、冷え症治れチョップとか––」

 

「チョップは絶対なのかよ!?」

 

ビシッとツッコミを入れてくるレオ。

 

「とりあえず触れればいいんだけどね」

 

「チョップの意味は!!」

 

的確なツッコミを入れるレオ。

 

性別逆転チョップは、名前の通りに男子なら女性に、女性なら男性に、と性別が反対になる魔法。

 

髪の毛伸びろチョップは。単に髪が伸びていく魔法。

 

低血圧治れチョップは、低血圧が治る魔法。

 

冷え症治れチョップは、冷え症が治る魔法。

 

これらの魔法は精神どころか体の構造を変えてしまうため、非常に危険な魔法ということを一応説明している蒼士であった。

 

「なんというか、凄いくだらないような気がしますよ、蒼士くん」

 

深雪には凄いのか、凄くないのか、分からないがとてもくだらなく感じていたようだ。そんな深雪の心情にお構いなく、深雪に近づいて周りに聞こえないように話す蒼士。

 

「ちょっと待ってもらおうか、深雪。もしも達也が性別逆転チョップに当たったら、達也は女子になるんだぞ?そしたら深雪の『お姉様』になるんだぞ!」

 

ハッと蒼士の言葉を瞬時に理解してしまった深雪。稲妻のような速さで思考が回転した深雪は思った、同性であれば普段の生活も一変するのだと。

 

今は異性だが、同性になったら一緒のベットで寝たり、一緒にお風呂に入ったり出来ることを一秒未満で考えつく。

 

「とても! とっても! 素晴らしい魔法じゃないですか!! 是非とも、是非とも完成させて下さいね!」

 

何時もの落ち着いた態度の深雪ではなく、熱く火がついていた。蒼士の両手を握ると瞳を見ながら言う深雪。その目の中では兄への欲望が、否、姉への欲望が渦巻いている。

 

予想以上の反応に苦笑いする蒼士であったが、まだ深雪以外の面々が困惑顔であったので一人一人の機嫌を上げることに動く蒼士。

 

達也に近づいて達也しか聞こえない声で喋る蒼士。その言葉に耳を傾けた達也であるが蒼士の口から出た言葉に驚いて目を見開いてた。蒼士が言ったことが出来れば自分の可能性が(ひろ)がると確信できるので表情には出ていないが上機嫌になっていた。

 

「期待するぞ、蒼士」

 

達也完了。

 

次にレオに近づいて達也と同様に周りに聞こえないように喋る。その事を聞くと、マジかよ、と驚くレオ。レオも上機嫌になる。

 

「絶対に完成させろよ、蒼士」

 

レオ完了。

 

次にエリカであったが、深雪、達也、レオときていたので明らかに警戒していた。そんな警戒をものともせずエリカに近づくと喋り出す蒼士。周りに聞こえないように喋る蒼士にしょうがなく耳を傾けていたエリカであったが聞き終わると目を輝かせて上機嫌になる。

 

「お願いね、絶対よ、蒼士くん」

 

エリカ完了。

 

次に美月。小声で話すためお互いの距離が近くなってしまうので美月は赤面していたが、そんなことお構い無しに話す蒼士に対して、本当ですか!と驚愕する。まるで神にお願いするように両手を組み、瞳を輝かせて尊敬の目を蒼士に向けている。美月も上機嫌になる。

 

「それが出来れば、わ、わたし、蒼士さんのために何でもします!」

 

ん? 今何でもするって、美月のこの発言に反応してしまう達也、エリカ、雫。深雪、ほのか、レオは大胆な発言だな、と思っていたようだ。当の本人は頭から湯気を出すぐらい顏を真っ赤にさせている。

 

美月完了。

 

次にほのか。蒼士の話を聞いていく内に満面の笑みになっていく。ビクビク、と何を話されるのか不安であったほのかであったが今では満面の笑み。ほのかも上機嫌になる。

 

「よろしくお願いしますね、蒼士さん」

 

ほのか完了。

 

最後に雫であったが明らかに警戒をしていた。今までの面々が全員上機嫌になったのを見て、私はそんなことにはならないぞ、と意気込む雫に話し出す蒼士。

 

「うん、蒼士さんってやっぱり最高だね」

 

即落ちである。

 

見るからに上機嫌になり、蒼士の腕に抱きついて絡まるほどであった。

 

雫完了。

 

「ふっはっはっはっ、期待してくれたまえ」

 

全員を陥落させた蒼士も上機嫌であり、魔法開発の意欲が湧いてきていたのだ。

 

普段ならエリカが調子に乗るな、とツッコミを入れるところだが、今日は上機嫌なので何も起こらなかった。

 

日も沈んできたので帰ろうとする上機嫌な面々の中で、冷静さを取り戻していた達也は思う。

 

もしもその魔法が完成したらヤバイのでは?と。世間的にも国単位で狙われるし、十師族も黙ってはいない筈だろう、と不安を残す達也であった。

 

それも達也や深雪にとって生みの親であった母親の司波(しば) 深夜(みや)の魔法が精神構造干渉系統の魔法の使い手であったのだ。世界で唯一の禁忌の系統外魔法であった。

 

蒼士は精神干渉魔法と言っているが深夜の魔法と酷似しているのでは?と達也は内心で深く考えていた。

 

全員と別れる時に最後に絶対に誰にも喋らないように、と蒼士の口から言われたので黙ろうと誓う面々。

 

 

 

 

「ちょっと蒼士くんたちが帰った後、大変だったんだからね」

 

「具体的には?」

 

「私と摩利が許したのに、迷惑をかけて申し訳ありませんでした、とか、学校の名誉に泥を塗ってしまい、とか規模が大きくなっていったんだからね」

 

「なんか申し訳ありません(魔法は完璧だったはずだが、出力を間違えたか)」

 

「許しません!」

 

「どうしたら許してくれますか?」

 

「また明日も朝食に付き合ってくれたらいいわよ」

 

「そういうことでしたら勿論、付き合いますよ」

 

「よろしい、今日と同じ時間でね」

 

「分かりました、今から楽しみですね」

 

「そ、そうね、それと蒼士くん……一つ聞いてもいいかな?」

 

「はい、何でもどうぞ」

 

「今から会いたいって言ったら迎えに来てくれる?」

 

「えっ」

 

「ごめんなさい、わたし「勿論、行きますよ。なんだったら我が家に泊まってもいいですよ」え、ちょ、ちょっと待って」

 

「会いたいに決まっているじゃないですか」

 

「––––––––」

 

携帯端末越しに嬉し恥ずかしくて悶えている真由美。

 

「七草先輩?」

 

「ご、ごめんなひゃい、ちょっと舌を噛んじゃって」

 

「気をつけて下さいね。で、迎えに行きましょうか?」

 

「ひぇ」

 

「だから迎えに行きましょうか? 部屋は空いていますし、食事も用意しますが?」

 

「–––––ごめんなさい、冗談よ」

 

自身のベットの上で冷静に落ち着こうとしているが体を忙しくゴロゴロさせている真由美。

 

「そうですか、残念です。もしもプライベートや家の事情などで何かあったらいつでも迎えに行きますよ」

 

「–––うん、ありがとう」

 

ベットから立って鏡を見ながら髪を指で忙しく弄る真由美。

 

「七草先輩のためなら「真由美」えっ?」

 

「二人の時は真由美って呼んで、皆の前では呼んじゃいけません」

 

「真由美さん」

 

「さ、さんも要らないわ」

 

「真由美」

 

「–––––––」

 

再びベットに戻ると枕に顔を埋めて悶える真由美。

 

「年上を呼び捨てでもいいんですかね?」

 

「わ、私は気にしないから……それと敬語も無しでお願い」

 

「そっか、ありがとう、真由美」

 

声を出したい思いを枕に顔を埋めて抑えようとしているが足がバタバタ、と忙しく暴れている真由美。

 

そんなこんなでこの後も会話をして過ごした二人であった。

 

真由美はお風呂に入っている時に蒼士とのやりとりを思い出して彼のことを異常に気にしてしまい、嬉し恥ずかしさのあまりのぼせるのであった。



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第五話

次から更新速度が遅くなります、すいません。


翌朝、蒼士は昨日と同じように真由美と喫茶店で朝食をとりながら楽しく会話している。多少早く家を出ているのに二人とも眠そうな表情などしておらず笑顔で話をしていく。

 

「今日は家の人からは何も言われなかったんですか?」

 

二日連続で朝早くから家を出ているので、何かしら注意されているのでは、と蒼士は思っていた。

 

「昨日と一緒で妹たちから言われたけど、友達と外で食べるからって言ったら納得してくれたわ」

 

何事もないように食後のお茶を飲みながら述べる真由美。

 

「それが男友達って知ったら絶対に怒りますよ」

 

蒼士の言葉にむせる真由美。

 

真由美は考えた。妹たちには相手の名前を出さずにいたから女子同士だと思われているに違いない、だが実際は自分よりも年下の男子と食事をしているのだと。

 

「大丈夫ですか、真由美」

 

むせたことに心配する蒼士であったが真由美の耳には蒼士の言葉は入っていなかった。

 

真由美は思った。今更だが、私って男子と二人っきりじゃん、ということに。

 

「ん、うん、だ、大丈夫よ」

 

むせた影響なのか顔が赤くなっているが手振りで大丈夫ということを示す真由美。内心では今更思ったことに恥ずかしさが溢れ出していたのだ。

 

私って男子とお話する時に普段はこんな気持ちにならないのに、と内心で思っている真由美である。

 

「無理はしないで下さいね」

 

蒼士が心配してくれていることは嬉しいし、異様に心臓が動いており、彼に名前を呼ばれるとどうにもテンションが上がってしまう気持ちになる真由美であった。

 

それから蒼士から話を振って、真由美が相槌を打ったりして通学時間になり、喫茶店を後にした。

 

顔を赤らめている真由美を心配して声を掛ける蒼士に対して深呼吸を五回程して落ち着きを取り戻した真由美。

 

学校の正門まで来ると達也、深雪、エリカ、美月、レオたちと合流して学校の中に入っていく。歩きながら真由美が達也と深雪を生徒会室でのランチに招待していた。達也が行くなら深雪は行くので、深雪がお願いすれば達也は付いていくので、二人とも特に拒否することなく了承していた。

 

「あっ、蒼士くんは強制ね」

 

ウインクを添えて当然のように蒼士を誘った。蒼士も断る理由もないので了承した。

 

 

 

 

お昼になり蒼士と達也はA組に深雪を迎えに行くと案の定、森崎とその取り巻きたちに会ってしまったが明らかに取り巻きメンバーは蒼士を見た瞬間に体をビクつかせて畏怖していた。森崎本人は睨みつけるだけで特に何もしてこなかったのが幸いであった。

 

深雪と合流して約束の通りに生徒会室に向かう三人。

 

「あっ、忘れ物したから先に行っていてくれ」

 

突如、蒼士は何かを思い出したように声を上げて達也たちと別れた。

 

「生徒会室に入ったら四人いると思うけど特徴は––」

 

達也たちに何か言ってから歩いてきた方向を引き返して行く蒼士。そんな蒼士の後ろ姿を見ていた達也と深雪は先ほどの蒼士の発言に疑問を感じていた。

 

「さっきのは一体?」

 

「見れば分かるって、何でしょうかね?」

 

顔を見合わせる司波兄妹。疑問に思いつつも歩き始める。深雪は生徒会の何人かとは顔を合わせているので分かっている人もいるが全員は知らなかった。

 

そして知ることになった。蒼士の言っていた意味を。

 

「ようこそ、生徒会室へ、遠慮しないで入って」

 

ホスト席に座る生徒会長の七草真由美のことは前から知っていたので達也たちは納得。

 

「あれ、蒼士くんは?」

 

三人を誘ったはずが二人しか来ていないのを二人に問う真由美。達也たちは蒼士のことを説明して、後から来ることを伝えて席に着いた。真由美の正面右隣に深雪、その隣に達也が座り、達也の隣に蒼士が座る予定。

 

達也と深雪が座ると正面には生徒会役員である人物たちがおり、蒼士の言った通りだった、と達也は納得して、深雪は顔を知っている人物に会釈して、知らない人を見て、蒼士の言った通りだと、達也と同じく納得していた。

 

真由美が生徒会の面々を自己紹介をしてくれて、ちゃんと全員のことを知れた二人は思わず苦笑していた。

 

「ん、何か変なところあったかしら?」

 

流石に真由美や他の面々に気づかれてしまい、謝る二人であった。

 

「すいません、先ほど蒼士が言っていたことを思い出しまして」

 

「失礼しました、私も先ほど蒼士くんが言っていたことを」

 

一体なにを言ったんだ、と生徒会の面々は一緒のことを思い、二人に聞いてみた。

 

「七草先輩のことを『お姉さん的な存在に見えて可愛らしい美少女』と」

 

「なぁ!? お姉さん的なって、私の方が年上なんだからね」

 

達也の言葉にこの場にいない蒼士に怒る真由美。本気で怒っているわけでない。

 

「渡辺先輩のことは『クールな見た目に反して乙女で彼氏持ちの勝ち組』と」

 

「おい!? あいつの中での私のイメージはどうなってるんだ!」

 

深雪の言葉に真由美と同じく声を上げて怒る摩利。勿論、本気で怒っているわけでない。

 

「市原先輩のことは『生徒会の頭脳であり、冷静沈着な美女』と」

 

「そうですか、有難い評価ですね」

 

達也の言葉に何事もなかったように答える鈴音であったが、頬が少しだけ赤らめて、口元が緩んでいるが手で隠していた。

 

「中条先輩のことは『去年の主席入学者で生徒会の可愛らしいマスコット的な存在』と」

 

「あ、あれ、私って褒められてます? 馬鹿にされてます?」

 

深雪の言葉に疑問を浮かべるあずさであったが、一つ上の先輩としてマスコットと思われていることに腕を振り上げて怒っているあずさ。勿論、本気で怒っているわけでない。

 

そしてこのなんとも言えない雰囲気を作った張本人が登場した。達也たちを見ると言葉を述べた。

 

「おっ、その様子だと予想通りだっただろう?」

 

何事もないように言う蒼士に詰め寄る人物たちが居た。

 

「ちょっと、お姉さん的なって酷いわよ!」

 

「お前な、このことをペラペラと喋るなよ! 私は良いが、しゅ、シュウの方に迷惑が掛かるだろう」

 

「蒼士くん、私のことをマスコットと思わないで下さい! 上級生として敬って下さい!」

 

三人から怒涛の言葉責めを喰らう蒼士。

 

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 

落ち着かせようとするものの蒼士に詰め寄って、次々と言葉を述べていく真由美、摩利、あずさ。

 

「お二人は何にしますか?」

 

騒いでいる面々を無視して鈴音は食事の用意をしていく。一人だけ褒め言葉しか貰わなかったので別段怒る理由がないので冷静に下級生の面倒を見ていく鈴音であった。

 

達也と深雪はそんな鈴音を見て、確かに冷静沈着だ、と心から思っていた。

 

 

 

 

「お兄様、私たちも明日からお弁当にしましょうか」

 

「深雪の弁当はとても魅力的だけど、二人になれる場所がね」

 

「兄弟というより恋人同士の会話ですね」

 

「市原先輩、この二人は血の繋がりがなければ恋人になって結婚している領域ですよ」

 

「蒼士、確かに俺は血の繋がりがなければ恋人にしたいと考えたことはあるが」

 

「あるが?」

 

「もちろん、冗談ですよ」

 

「「えっ!?」」

 

「中条先輩の反応はまだしも、深雪が反応するのはどうなんだろうな? 深雪さん?」

 

「え、いえ、あの、蒼士くん、何を言うのよ」

 

「そんな達也と深雪にオススメの情報が」

 

蒼士は情報端末を机の真ん中に置き、全員に見えるように表示した。

 

「日本ではダメみたいだが、海外なら近親婚出来るところもあるみたいだぞ」

 

「え、ちょっ、蒼士くん!? 何を言い出すの!?」

 

「二人の応援をしようとね」

 

「だからあれは冗談だと言っているだろう」

 

「達也……まぁ、頭の片隅にでも入れておくといいかもね、あとで深雪にこの情報を送っておくね」

 

「は、はい! じゃ、じゃなくてですね!」

 

「蒼士くん、二人を揶揄うのもそれくらいにしてあげなさい、これは二人の問題なんだから!」

 

「そうだぞ、愛の前では何人(なんぴと)たりとも止められないものだぞ!」

 

「流石は彼氏持ちの人は余裕がありますね」

 

「おい、蒼士くん! 余計なことは言わなくていい」

 

賑やかなお昼を過ごす生徒会室であった。

 

 

 

 

食事も終わり、一息しているところで真由美が生徒会の役割の説明をして、深雪を生徒会の役員に勧誘していた。

 

隣で聞いていた達也には妹の深雪がちゃんと評価されているのに兄として嬉しくしていた。そんな穏やかな状態は長く続かなかったが。

 

深雪が兄の達也も生徒会に入れてはくれないか、と申し込んだのだ。兄の入試成績の話を持ち出し、有能な人材を迎え入れる、という生徒会の方針に深雪は自分よりも優れている達也が相応しいと語る。

 

隣で聞いている達也は気が気ではなかった。止めることもできず深雪が語ってしまい、身贔屓(みびいき)な発言に焦る達也。

 

「––––ふふ」

 

必死に懇願する深雪に焦る達也であったが、真由美、摩利、鈴音、あずさは口元に手を当てて肩を震わせていた。

 

「ほら、言った通りになりましたよね!」

 

達也の隣に座っている蒼士が声を出した。深雪と達也は何が起きているのか分かっていない。

 

「えぇ、本当にその通りね」

 

笑いながら応える真由美。

 

「絶対になりますって言うから期待はしていたが本当になるとはな」

 

笑っていたのが落ち着いたのか摩利が述べた。

 

「特に冷静な司波くんが唖然としたのは少し面白かったです」

 

いつもの冷静な表情に戻っている鈴音。先程まで控えめに笑っていた。

 

「ふふ、でも蒼士くんもよく予想できましたね?」

 

まだ少し笑っているあずさが蒼士に聞いてみた。

 

「自分もまだ司波兄弟と仲良くなってから日は短いですが、二人の兄弟愛は相当なものだと分かっていましたから」

 

してやったり、とドヤ顏をする蒼士に、イラッとするのを我慢する達也と深雪。

 

「ごめんなさいね、達也くん、深雪さん、蒼士くんが深雪さんを生徒会に勧誘するなら兄の達也も居た方が面白いですよって言うからね」

 

真由美の言葉に再度イラッとする二人。

 

「蒼士くんから達也を風紀委員に入れてはどうか、と言われてね、生徒会の推薦枠で入れるつもりだ。そして風紀委員は二科の生徒を選んでも規定違反にならない」

 

摩利の発言にイライラが一瞬で晴れた深雪は笑顔になり、そして達也は困惑。

 

「ちょっと待ってください! 風紀委員が何をする委員会か、分かっているでしょう!」

 

「勿論だとも、そこで二つほど試させてもらうよ、蒼士くん」

 

達也が焦った声色で言うが、すぐに摩利の言葉に反撃された。摩利に呼ばれて蒼士は足元からケースを机の上に置き、中からCADを二つ取り出した。

 

そのCADに関してはこの場にいる全員が興味を持っていた。一般的に普及されているCADではなく、半年前から急に市場に参入し、瞬く間に全世界に知られることになったCADであった。

 

「中条先輩に見せるのも兼ねて持参したCADです、もう一つはCADではないですがね」

 

蒼士の手にあるCADに注目していた。形は一緒のCADが二つあるように見えるが一つは別物。

 

魔法師にとって魔法を起動するために必要な道具であるため現代魔法師が現代魔法を使うために必須のツールである。

 

H(ヒロイック)S(スカイ)A(オールマイティ)社のCAD『加護(プロテクション)()指輪(リング)』と呼ばれています」

 

加護(プロテクション)()指輪(リング)と呼ばれた物は指輪型のCADで普通の指輪となんら変わらない形をしており、赤の宝石が付いている。普通の指輪にも見え、魔法師が使うような代物には到底見えない。

 

「そしてもう一つの青の宝石が付いている指輪が一般人でも使える代物の加護(プロテクション)()指輪(リング)です」

 

形状はまるっきり同じであるが嵌っている宝石が赤か、青かの違いしかない。

 

「赤の加護(プロテクション)()指輪(リング)はCADであり、攻撃魔法系も勿論起動できますが、あくまでこれはCADの補助をメインに作られています」

 

蒼士が達也に渡してそれを興味深そうに観察しており、深雪に渡してどんどん流れて渡していっている。

 

「装着者の魔法の起動式立ち上げ、取り込みを通常の二倍の速さで実現させる」

 

蒼士が説明しながら指輪型のCADは真由美から摩利に渡っていた。

 

「この指輪型のCADはサイオンを流して起動するがサイオン波の干渉を受けないので実質両手にCADを持てることになります。その場合は使用しているCADの補助をしているために攻撃魔法などの起動はできず、ただの装備品になります」

 

片手に汎用型、特化型のCADを持ち、もう片手には加護の指輪を付けている場合は加護の指輪は攻撃系の魔法は起動できずに片手に持つCADの補助にまわる仕組みになっている。

 

「そして青の加護(プロテクション)()指輪(リング)は一般人向けに作られた物です。動力源は電気であり、健康管理をメインで作られ、装着するだけで本人のコンディション状態、一日前との体調の比較、自分にあったダイエットのオススメの料理などのサポート機能、などなど、まだあるのと、オマケにスタンガンのような護身機能も付いている」

 

蒼士の説明の途中から真剣に聞いている女性陣。魔法師しかいないこの場にも関わらず明らかにこちらの指輪に興味津々な女性陣。約一人はCADに夢中になっているが。

 

「そのCADの中にある魔法式を構築するためのデータの塊、起動式を達也に当てて欲しい」

 

あずさの手に渡った瞬間に飛び上がるように嬉しそうに眺めて、頬ズリして瞳を輝かせてうっとりしている。

 

「蒼士くんから聞いているが、君は起動式が読み取れるようだから、この場で証明して欲しい」

 

起動式の情報量は膨大すぎて展開する本人も処理するだけで精一杯なことなのに達也はそのデータの塊を理解できるのだ。

 

「お兄様……」

 

不安そうな表情を浮かべる深雪を見た達也は決意していた。

 

「蒼士、さっそくやってくれ、分析は得意分野だ」

 

深雪に悲しい表情は似合わない、そう思っている達也は行動していた。

 

達也の言葉には動揺や不安などなく、ハッキリとした声であったのに生徒会メンバーは驚いており、蒼士は笑顔を浮かべていた。

 

「それでこそ司波達也だな、じゃあ、さっそくやります」

 

あずさから渡して貰い、蒼士は魔法をいくつか起動させた。その起動式を見て、何の魔法を展開したか、迷うことなく答える達也。それが続いて十回目の起動式もハッキリと答えた達也。

 

起動式を展開した本人である蒼士は達也の答えが全部合っていることを言葉にしてハッキリと伝えると達也の事情を知らない面々は驚愕する。本当に理解しているとは思えなかったからだ。

 

深雪は分かっていたように満面の笑みで達也を見ると達也も笑みを浮かべて返していた。

 

「凄いな、君は」

 

達也のことを再評価した摩利。摩利の言葉に会釈して感謝の言葉を述べた達也。

 

「ありがとうございます、で二つ目は何ですか?」

 

一つ目は満点レベルの評価を生徒会メンバーと摩利から貰い、二つ目に挑む。

 

「力比べだ、喧嘩が起こった場合に力ずくで止めれるか知っておきたいから模擬戦をしてもらう、相手は私がやろう」

 

摩利が述べた。第一高校の警察の役割を担う風紀委員は魔法使用に関する校則違反者の摘発と魔法を使用した騒乱行為の取り締まりである。

 

「無論、私は起動式を読み取る分析力でも風紀委員に入れたいが一応実力も知っておきたいからね」

 

摩利の発言に真由美も鈴音もあずさも頷いていた。達也の分析力だけでも評価に値するレベルであるのを実感しているからだ。

 

「そういうことだから、放課後は摩利と模擬戦をしてもらうからね、今はここまでね」

 

真由美は昼休みの終わりが近づいていたので一旦終わらせることにした。達也はまだ話したいことがあったが諦めた。

 

実技が優秀じゃないから二科になったのに実力を見せてもらおうって言われてもな、と内心で愚痴っていた達也。

 

深雪は達也が生徒会の面々に評価されて嬉しそうにしていた。そして放課後も待ち遠しそうにしている。達也の本当の実力を知っているので確実に勝てると信じて疑っていないからだ。

 

 

 

 

「そういえばプロテクション・リング以外にもケースの中に入っていたようだが?」

 

「見られていたか、あれは俺のCADだよ」

 

「蒼士くんのCADはどういうのなんですか?」

 

「うーん、近々見せるよ、別に大したものではないしね」

 

「嘘をつくな、お前のCADが大したものではないはずがないだろう」

 

「深雪もお兄様と同じ意見です、あのプロテクション・リングだって現在のCADの中で最小だと聞いておりますが?」

 

「そうだ、ハードが指輪型で小さいのに一般で購入できる汎用型CADのハードを凌駕し、特化型に迫る性能を持っているのがか?」

 

「ははは、そこまで評価されているのは嬉しいものだね、じゃあ休みの日に我が家に招待してそこで教えるよ、二人とも予定を空けといてね」

 

「あぁ、よろしく頼むぞ」

 

「はい、楽しみにしていますね」

 

蒼士の家に招待された達也と深雪であった。だが深雪がエリカたちの前でこのことを言うとエリカ、美月、レオ、ほのか、雫も来ることになったのだった。

 

 

 

 

放課後になって達也と深雪は生徒会室に移動していた。約束通り摩利と模擬戦をすることになっているので事務室にCADを取りにいってきたので、達也の手にはCADの入ったケースがある。

 

「蒼士くんは後から合流するみたいです」

 

「あぁ、そうみたいだな、それにしても蒼士のあの言葉はなんだと思う、深雪」

 

隣を歩く深雪に達也は聞いていた。

 

蒼士とも生徒会室に向かう予定だったのだが、先に行くところがある、という事で蒼士とは一緒にいないのだ。

 

「私にも分かりません」

 

「そうだな、模擬戦は早く終わると思うから俺とも戦ってくれ、か」

 

まるで予言みたいに言う蒼士の言葉に達也も深雪も理解できていなかった。

 

生徒会室に着くまでは––––

 

「司波深雪さん、生徒会へようこそ、副会長の服部(はっとり) 刑部(ぎょうぶ)です」

 

深雪には挨拶をして、隣の達也のことは睨みつけていた。

 

そんな様子に真由美は申し訳なさそうな表情を浮かべ、鈴音は知らない顔でおり、あずさはあわあわ慌てていた。摩利に関しては片目を瞑り、両手を合わせて声をあげずに謝ってきている。

 

 

なるほど、蒼士が言っていたことはそういうことか、渡辺先輩よりも格下(・・)を相手にするから、だから早く(・・)終わるか……

 

 

 

 

「お前はこれを何処で入手したんだ?」

 

ズシリと頭に残る威厳がある声、分厚い胸板と広い肩幅、制服越しでも分かる、くっきりと隆起した筋肉。

 

そんな存在が蒼士の目の前にいる。

 

「情報を集めるのは得意なので十文字(じゅうもんじ)先輩」

 

蒼士と対談していた人物は十文字(じゅうもんじ) 克人(かつと)という。十師族の十文字家の次期当主であり、第一高校の部活連会頭でもある人物。

 

「そうか、この情報を渡したからには何かして欲しいのだろう?」

 

今は二人だけでの話し合いをしているが、この案件は自身の父親も混ぜるべきだと思っている克人。

 

「勿論、十師族の十文字家の力で関東内に散らばっている反魔法国際政治団体『ブランシュ』を二箇所に集めるように工作して欲しいんです」

 

蒼士のこの発言に声は出さないが驚く克人。第一高校内でも情報規制されており、政府も規制しているので知っている人もごく僅かなはずが。

 

ブランシュ……魔法能力による社会差別を根絶することを目的とした組織である。だが、それは建前で強行手段に訴え、テロのような行動も起こしている危険な組織。その中には若年層が中心の『エガリテ』という下部組織もある。

 

「二箇所? 一箇所では無くてか? それと集めるだけでいいのか?」

 

「もう一箇所は七草家にやってもらいたく、試したいことがありますので集めるだけで結構です」

 

蒼士の口から出た言葉に再度驚く克人。十文字家だけでなく、十師族の七草家まで動かすつもりなのだと。

 

「関東一帯の守護と監視は七草家と十文字家の両家です。どちらかに加担することはしたくありませんので」

 

克人の警戒度は上がっていた。蒼士が持ってきた情報は有用であり、ブランシュを壊滅に追い込むには十分なものであった。

 

「二箇所というのは監視がしやすくなりますし、それと勘付かれて逃走された時にゲリラ的な行動にならずもう一つの拠点に逃げ込むはずですので、ただの逃げ場です」

 

ちゃんと考えているんだな、と克人は蒼士を評価する。テロリストが散り散りに逃げ、ゲリラ的な行動をされるのは非常に面倒になるのを頭で理解していた克人。

 

「魔法師の非難的な世論を拡大させるのは十師族としては不快であり目障りなはずです。悪い話ではないと思いますが?」

 

日本の魔法師のトップに君臨する十師族としても魔法を非難される、魔法師を非難されるのも立場的に社会的にも嫌う。

 

「……梓條、この件を承諾したとしてだ、お前は何を得る」

 

「両家の当主に顔を知っていただけます」

 

地位が上がっていけば、それだけ人と会い、顔を知ることになる。その中でどれだけ地位の高い者に顔を覚えてもらうかが出世の近道だと蒼士は思っていた。

 

「ふははは、面白いな、お前は」

 

思わず笑ってしまった克人。表情が乏しそうにも思えたがそうではなかった。

 

「十文字先輩、あともう一つ得たいモノがあります」

 

「聞こう」

 

ある程度笑って落ち着くと蒼士の言葉に耳を傾ける。

 

「ブランシュが持つ組織金、お金を頂きたい」

 

なるほどな、と克人は一人納得していた。組織というのは、人、モノ、金で動くものだ。金があればある程度のことは出来る、それに組織のお金というと大量であろう。

 

「すまないが理由を聞いてもいいか?」

 

大量のお金を手に入れて何をするのか、気になる克人。

 

「……借金の返済です!」

 

「……」

 

予想していたことではなく驚きもするがそれよりも何とも言えない気持ちが込み上げてくるのを克人は感じていた。若いのに大変だな、とも思えてきた克人。

 

「この件は当主である父には俺から言っておく、お金のこともな。強く生きろよ」

 

「……はい、宜しくお願いします」

 

蒼士は話していないが自分が会社を持つために資金提供してくれた人物に返すためである。冗談で高額な金額を要求してみたところ、ポンッとくれたのでその資金で会社を建てたのだ。

 

資金提供者からは別に返さなくていい、と言われたが自分自身が納得できないので蒼士は返す気でいるのだ。

 

「話が変わるが梓條、風紀委員に入るのだろう、期待しているぞ」

 

克人も一科生、二科生の差別意識的なのは持ってはいないので二科生だろうと実力があれば文句はなかった。

 

「十文字先輩がこの後お暇なら、自分と同じ二科生の生徒と服部副会長の模擬戦を見に行きませんか?」

 

「なんだと、服部がやるのか!?」

 

克人は服部の実力を知っているので驚いていた。二年生の中でもトップレベルの実力を持つからだ。

 

「本当は渡辺先輩が司波達也の相手をするはずだったのですが、服部副会長に変わったみたいです」

 

「七草が言っていた司波兄の方か」

 

三年同士でもあり、真由美、摩利、克人は三人で三巨頭と呼ばれているのでお互いに話をしたり情報を共有していたので司波達也のことを克人は知っていたのだ。

 

「先ほど七草先輩から連絡を貰いましたので、どうですか?」

 

「面白そうだな、では俺も行こう」

 

二人で達也と服部が模擬戦を行う第三演習室に移動した。

 

歩きながら蒼士が話を振ったが冷たくされることもなく、気さくに返答してくれる克人だった。克人の方も梓條蒼士という人間を知ろうと話をしていく。

 

そして第三演習室について克人は驚愕する。

 

「……勝者、司波達也」

 

達也が向けるCADの銃口の先で、服部の体が崩れ落ちて倒れていた。摩利による勝ち名乗りを二人はちゃんと聞いた。

 

克人は服部が倒されたことに驚きもしたが、それよりも今年の一年生には面白い人材が入ってきたな、と隣にいる梓條蒼士と服部を倒した司波達也の事を見るのであった。




赤の加護(プロテクション)()指輪(リング)……魔法師用に作られた指輪型のCAD。魔法陣の起動式の立ち上げ、取り込みを通常の二倍にする。

青の加護(プロテクション)()指輪(リング)……一般人向けに作られた指輪型サポートアイテム。装着者の健康管理をメイン。本人の体調状態、前日との体調比較、本人に合った最適なダイエット方法、食事管理のサポート、護身にスタンガン機能付き。


本当は寵愛と加護の指輪(ダクソ)とかにしたかった(^ω^)


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第六話

達也が服部を倒したのはこの場にいる生徒会の真由美、鈴音、あずさ、深雪、風紀委員長の摩利、倒された直前だけを見た克人が目撃者であった。

 

倒れている服部を壁際に寝かせて、達也の能力について面々が聞いていた。何故だか、達也ではなく深雪が嬉しそうに語っていた。

 

達也は、忍術使い『九重(ここのえ) 八雲(やくも)』の弟子で古流を教わっているのだ。

 

摩利や克人は九重八雲の名声をよく知っていた。有名な人でもあり対人戦闘に長ける人なら誰でも知っている人物であった。

 

そして真由美や鈴音は身体的技能のみで魔法による補助と同等の動きを実現する古流の奥深さに驚きを隠せずにいた。

 

忍術で倒したようにも見えたがそんなことはなく単純な魔法で服部は倒されたことを知り、達也が持つCADシルバーホーンがあるにしても多変数化の処理速度などをやってみせた達也の実力に、その事を分かってしまった面々は驚愕して言葉を失っていた。

 

達也が得意とする部類は第一高校では評価されない項目であったので、達也は二科生ということになっている。だから深雪はその事に心を痛めていたのだ。

 

だが、これで兄の評価が認められた。この場にいる全員には兄の達也の実力を知ってもらい、上機嫌の深雪であった。

 

「達也、まだいけるか?」

 

「問題ない」

 

司波達也のことを認める面々を尻目に蒼士は右手に黒い手袋をして達也と服部が戦った位置に移動しようとしていた。制服のままだが、上着を脱いで多少なりとも戦える服装になっている。

 

そんな蒼士に続いて達也も上着を深雪に預けて右手にシルバーホーンを持ち、蒼士と同じように向かう。

 

「渡辺先輩、俺もちょっとだけ達也と戦いたくて審判をお願いしてもいいですか?」

 

蒼士と達也の行動になんとなく察していた摩利は真由美と克人の方を見た。二人とも頷いて了承していた。

 

真由美も摩利も克人も教職員推薦枠で蒼士が風紀委員に入る事は知っているのだが、実力までは知らなかったのでいい機会だと判断している。

 

了承を得られ、蒼士と達也は摩利たちには聞こえないように会話をしていた。先ほどの達也と服部戦のルールの他にも、達也が隠している魔法を使用するかの有無を、達也の魔法は秘蔵物であり簡単に使えるものではないために確認を。

 

達也にだけそんなことをするのはフェアではないので、蒼士は接近戦主体で攻撃するのと自分の魔法を口頭で一部開示した。一部だけなので達也もちゃんと理解してはいなかったが注意すべきものだと判断した。

 

 

 

 

「七草に十文字もいるから分解魔法は使えないよね、術式解体(グラム・デモリッション)も使わないのか?」

 

「当たり前だ、分解魔法はやすやすと使える魔法じゃない、術式解体(グラム・デモリッション)もまだ明かしたくない」

 

精霊の目(エレメンタル・サイト)ぐらいなら使えるだろう?」

 

「そうだな、それぐらいなら」

 

「なら精霊の目(エレメンタル・サイト)で糸のようなモノが見えたら注意しろよ、俺の魔法だ、肉眼では見えないようにしてあるし、光学迷彩もしてある」

 

「言っていいのか? そんな重要なことを」

 

「俺だけが達也の情報を知っているのはフェアじゃないだろ、それと接近戦主体で攻めるから」

 

「いいのか、俺は待ち受けるだけの構えをするぞ」

 

「それでいいよ、まぁ反応できればの話だがな」

 

「ふっ、そうだな」

 

「俺も達也の守りを崩せなかったら方針を変えるかもしれないがな、臨機応変ってやつだな」

 

「好きにしろ、俺も臨機応変でいくからな」

 

 

 

 

改めて摩利がルールを説明していた。

 

・相手を死に至らしめる術式は禁止

・直接攻撃は捻挫以上の負傷を与えない範囲

・武器使用は禁止、素手は許可

・勝敗は負けを認めさせるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。

 

ルール違反は摩利と克人が力ずくで処理する。

 

異論も何もないため蒼士と達也は開始の合図を待っていた。

 

蒼士は達也の実力を自身の固有魔法で知っているが実戦経験済みの実力を突き崩せるかが楽しみで仕方なかった。

 

達也にしても周りにいる人、よく一緒にいる人の実力を把握しておきたかったのもあるが蒼士から口頭で聞いていた四葉を相手にとって生き残っている実力も知っておきたかったので楽しみであった。

 

摩利の合図を待つ間、場が静まり返る。

 

「始め!」

 

達也と蒼士の正式な試合が開始された。

 

二人にとっては試合ではなく、様子見程度にしか思っていなかった。

 

 

 

 

開始の合図と同時に蒼士が消えて、達也の背後に現れて拳を達也に叩きつけようとしていた。一瞬の出来事に見ている面々は驚愕している。

 

目を離したつもりはなかったが動き出した動作すら感じさせずに達也の背後に急に現れたように見えていたからだ。

 

達也は顔色一つ変えることなく首を動かして頭部付近に襲いかかってきた拳を避けてみせた。達也自身も蒼士から目を離したつもりはなかったが完全に見失っている時に背後からの強い殺気に体が勝手に反応していたのだ。

 

「(いいね、殺気に反応して体が動いているね)」

 

蒼士の今の攻撃は試しであった。わざと殺気を出して達也が動けるかの確認であり、予想通りの反応に満足していた。

 

そんな達也は蒼士の拳を避け、距離を空けて右手に持つシルバーホーンを蒼士に向けていたが、既に距離を詰められて魔法を起動できる時間もなかった。

 

真正面から攻めかかる蒼士の拳をCADを持たない左手で防ぎきろうとするがこちらは片手、相手は両手で攻めてくるので防ぎきれないと判断した達也は右手に持つシルバーホーンを自身の頭上に投げて、蒼士の攻めを両手で捌いてみせた。

 

周りで見ていた人たちは達也の行動に驚愕していた。魔法師にとってCADを手放す行動は考えられないのだ。

 

対して達也と対峙している蒼士は驚いておらず攻めていたが伸びきってしまった手を掴まれ、引っぱられ、達也の後方に投げ飛ばされる形になり、達也との距離が空いてしまう。引っぱられて体制が悪かったために達也に時間を与えてしまった。

 

「(これなら直撃する)」

 

彼の背後を取る形で距離もあり、計算通りのタイミングで落ちてきたシルバーホーンを右手に持ち、単純な移動魔法で相手を後方に吹き飛ばし、壁に激突させ、衝撃で戦闘不能にさせる魔法を起動してシルバーホーンの引き金を引く。

 

「なぁっ!?」

 

蒼士に向けていたシルバーホーンが腕ごと自分の意思とは関係なく、誰もいない空間に魔法を発動させていたのだ。

 

周りで見ていた面々はチャンスだったのにどうしたんだろう、と疑問に思っているが、それ以上に魔法を使用していた本人である達也の方が困惑していた。完全な無防備の蒼士に決まるはずだった魔法が意味不明な場所に発動してしまったことに。

 

「達也、目だ」

 

蒼士が達也に声を掛けてきていた。既に構えており、いつでも動ける態勢にいる。

 

蒼士の言葉をすぐに理解していた達也は自身の精霊の目(エレメンタル・サイト)を使用して先ほどの魔法の不発がなんだったのか理解した。

 

「なるほどな」

 

蒼士の右手の黒い手袋はCADであるのが分かり、その手袋から糸のようなモノが出ているのが見える。肉眼では見えないのでこの場では達也ぐらいしか分からないだろう。だが例外が一人いる。

 

達也がなぜ魔法が蒼士に使用出来なかったのかが分かった。あの糸で腕ごと軌道をずらしたからだと。

 

分かったところで蒼士は行動していた右手を動かして糸で達也を捕縛しようとしている。精霊の目(エレメンタル・サイト)で見えるのが分かったが五本の指からそれぞれ一本ずつ出ている五本の糸が生き物のように動いて絡まろうとしてくるのを身体能力で躱す達也である。

 

観戦者の人たちは達也が見えない何かから逃げているのを理解できずに何をしているんだ、と思っているが真由美の遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』で肉眼では見えないものが見えており、糸のようなモノが達也に襲いかかっているのを説明していた。

 

心配そうに二人の戦いを見ている深雪は蒼士の実力に驚いていた。口頭で言っていた通り四葉を相手にして生き残っているだけはあり、自分がもしも相手だったら勝てるのか、不安そうな表情を浮かべる。

 

何十回もの糸の攻撃を避けていた達也はある程度の攻撃パターンを読めるようになっていた。こちらに糸の攻撃をしている時には片手が塞がり、接近戦をすれば自分を攻撃してしまう可能性が出てくるために糸攻撃はできないはずだと考えた達也。

 

一瞬だけ間が空いた糸攻撃の合間を身体能力で掻い潜り、蒼士の足元を振動魔法で揺らし、足を乱し、態勢が崩れたところに蹴りを入れようとしていた。態勢が崩れて達也の攻撃を防げる手段がないに見えた蒼士だったが。

 

「やっぱり強いね」

 

掻い潜られて無秩序になっていた糸たちが蒼士の後方の壁に触れており、また何本かが蒼士の体に触れており、糸に引かれるように達也の蹴りを避けていた。自分で後方に飛ぶことなく、糸の力だけで引っ張られて躱したのだ。

 

また達也と蒼士の距離が空いた。

 

お互いに全力で出せる状態でもないのに楽しいと思ってしまい、達也も初めて見る新種の魔法に興味があり、目の前で実体験させられていることに気分が高揚していたのだ。

 

身構えつつ、また動こうとした蒼士に制止を掛ける人物がいた。

 

「そこまでだ! 二人の実力は分かった、これ以上は怪我をすることになりそうだから、ここまでだ」

 

審判である摩利が二人を止めるように介入してきた。止められた二人も特に言う事なく、お互いに近づいて話をしていた。

 

「手加減しているとはいえ、やっぱり強いな達也は」

 

「手加減しているのはお互い様だろう、俺に当たりそうな攻撃は極端に殺気が込められていたぞ」

 

達也には蒼士が仕向けていた行動がバレていたようであった。達也に当たりそうな攻撃には殺気が込めれていたので避けることが出来ていたのだ。

 

お互いにリスペクトしあう二人は深雪たちのところへ歩いていく。

 

「お疲れ様です、お兄様、蒼士くん」

 

深雪から上着を受け取り着る達也。蒼士は深雪の労いに笑顔で片手を上げて返答していた。

 

「二人とも凄いわね! お姉さん感動したわ!」

 

真由美も二人に寄ると感想を述べていた。学生が出せるレベルではないという意味も含む言葉であった。

 

「今年の風紀委員は逸材だぞ」

 

摩利もこれから風紀委員に入る二人に期待できると確信を持てて上機嫌である。

 

「蒼士くんは一体どんな魔法を使ったんですか? 私には何も見えなかったのですが?」

 

鈴音が蒼士に近づいて聞いていた。接近戦での技術は目を見張るものがあり、異常なまでに洗練されていたように鈴音には見えていた。

 

そして後半の達也が避けている動作から何が起こっているのかが理解できず真由美のマルチスコープで見えていたのを説明して聞いてはいたものの、どの系統の魔法かが分からなかったのだ。

 

「これですか?」

 

鈴音の疑問に答えるように蒼士が右手の指を動かすと自身の上着を誰の手も使わずに取ってみせた。誰も何もないところを浮遊して蒼士の手に渡った。

 

模擬戦をしていた時よりも近くで見ているのに何が起こっているのか理解できていない面々。そんな面々に蒼士は笑ってネタを明かす。

 

「これならどうです」

 

蒼士の言葉と同じタイミングで目の前に青色の糸が出現した。まるで生き物のように動くそれを右手の手袋を使いながら次にCADが入っていたケースを取ってみせた。

 

「光を使って相手が見ている奥の風景をこの糸に写し、透明化、いや光学迷彩のようにしているんですよ」

 

五本ある糸のうち三本を光学迷彩化させて見えないようにして見せた。

 

「でも七草先輩のマルチスコープみたいな知覚系魔法には見えてしまうので」

 

いやいや、知覚系に魔法を割いている最中にこの魔法に捕まったらおしまいだろう、と思う面々。

 

「この糸も想子(サイオン)を『収束』させ『移動』『加速』の現代魔法を常時展開させて使っているだけですから、ちなみにオリジナルです」

 

光の魔法も入れたら常時四系統の魔法を使うなんて、普通の人には出来ないんだが、と困惑顔の面々。

 

「あのね、蒼士くんは簡単に言ってみせてるけど、それって凄いことなのよ」

 

ケースに自分のCADを戻そうとしている蒼士に言う真由美に、そうなんですか!と驚いている蒼士。

 

「そうです、それに光学迷彩ですか、それをこんな精密にやってみせるなんて、蒼士くんは天才ですか?」

 

「いやいや、ただ発想が良かっただけですよ、こんなの誰でも出来ますよ」

 

鈴音の言葉に笑ってみせる蒼士であるが自分の凄さを全く理解していなかったのだ。

 

今いるメンバーで真由美、克人、摩利は実力者として学校内で知られているがこの三人でも蒼士と同じように四系統の魔法を使えと言われても使えることは使えるが扱いはとても難しく至難の業であろう。

 

「蒼士くん、蒼士くんのCADって何処の会社製ですか? 私見たことないんですが?」

 

ケースに収まっているCADを瞳を輝かせて興味津々のあずさ。達也のシルバーホーンにも興味を示しており、先程まで達也の許可なく触ったりしてケースに収まるまで眺めていた。そして次にこちらに来たのだ。

 

「自分のオリジナルですよ、市販のCADとかを弄りながら自作したんです」

 

えぇっ!と驚愕の声を上げるあずさ。周りにいる面々も同じように驚いていた。戦闘面でも秀でているのにCADの面でも秀でているのかと。

 

「ハード面はほとんど独学ですが、ソフトの勉強は難しかったですが、近場にそういう面で超優秀(・・・)な人材がいたんで案外楽でした」

 

達也と深雪はこのCADのことは蒼士と出会った当初に知っていた。そして超優秀な人材とは達也のことであり『超優秀』という言葉を述べている時に達也を見ていた蒼士。蒼士の視線で兄のことを褒められてルンルンの深雪が笑顔で蒼士を見ていた。

 

「身体能力も飛び抜けているな、最初の司波の後方に瞬間移動のように現れたのも身体能力か? 魔法か?」

 

「古武術の歩法みたいなものです、こんな感じで––––」

 

ただ立っていたはずなのに克人の目の前から消えて隣に移動してみせた。予備動作なしでの技術に驚愕する克人。

 

「肉体も鍛えて、歩法の技術も鍛えて、血の滲むような鍛錬が必要でした」

 

相当な苦労が声と表情から伺えるぐらい顔を歪めていた。

 

「でも十文字先輩も相当鍛えていますよね、服の上からでも分かりますよ」

 

人よりも鍛えていた自信はあったが近くにこんなにも鍛錬をしている人物がいたことに負けられないという気持ちが込み上げてくる克人。

 

そして鍛えてきた筋肉を褒められて表情が柔らかく嬉しそうにしている克人がいた。

 

二人の実力が分かり、誰も風紀委員にすることに反対する者いなくなり、達也と蒼士のことを見下していた服部ですら反対はしなかった。

 

摩利に風紀委員会本部に案内されることになったので移動するが蒼士はその前に一言克人に述べていた。

 

「先ほどの案件よろしくお願いします」

 

「あぁ、任せておけ」

 

改めて頭を下げて克人にお願いした蒼士。克人も父親を説得してみせるつもりだ。

 

「蒼士くんと十文字くんは何のお話をしているのかしら?」

 

近くにいた真由美が興味ありげに二人に聞いてきた。

 

「七草先輩にも後で知って欲しいことです」

 

「今ではダメなの?」

 

自分だけ知らされずにいることに不満な真由美は不機嫌そうな表情を浮かべている。

 

「七草先輩、今日一緒に帰りません?」

 

「どうせ私は仲間はずれで、ん?」

 

蒼士の言葉をすぐに理解していなかった真由美。

 

「今日一緒に帰ってくれません? それと七草家にも案内して欲しいです」

 

「う、うん、一緒に帰るのはいいわよ、でも家に来たいのは何で?」

 

ここ最近非常に仲良くなったから帰るのはとても嬉しいことだと真由美は内心で喜んでいるが、駅前などで別れるのではなく、わざわざ家まで送ってくれることに少々戸惑う。

 

「勿論、自分が七草先輩との交際の許可を申し込むためです、ですよね十文字先輩」

 

「あぁ、そうだ」

 

「……!?!?!?!?!?」

 

蒼士の言葉を理解した瞬間、顔を真っ赤にさせて頭から湯気が出てくるレベルまで熱くなっている真由美。

 

蒼士くんが私と、つ、付き合うの!? その許可を親に取るってことは、け、結婚まで考えてるの!? でも普通は私の気持ちを確認してからじゃないの!? もしかして親の許可で、外堀から埋めて、私を逃げられないようにして仕留める気なのかしら!? で、でも、そ、そんなことしなくても蒼士くんならOKなんだけどな……

 

と異常な思考で考えを巡らせ、真由美の頭の中では大混乱を起こしていた。

 

「勿論、冗談ですよ、ねぇ十文字先輩」

 

「あぁ、そうだ」

 

面白いものが見れたと克人は笑っていた。意外にもノリが良い。

 

「へっ、冗談なの? 本当に冗談なの? 本当に本当に冗談なの!?」

 

蒼士に詰め寄り真剣な表情で問い詰める真由美。声色が本気で目が見開いており本気度が伺える。そんな真由美に多少驚きつつも蒼士は真由美の耳元で一言。

 

「––––ですよ」

 

真由美にしか聞こえないように喋った蒼士。

 

「ッ!?!? ならいいわ、じゃあ生徒会室に迎えに来てね」

 

上機嫌な足取りで鼻歌を歌いながら生徒会室に戻って行く真由美。演習室から出る時に蒼士に笑顔で手を振っていた。

 

そんな二人のやりとりを見ていた克人は述べた。

 

「七草を娶って十師族入りするのも俺は悪くないと思うぞ」

 

一言だけ言うと第三演習室から出て行く克人。今年の一年は期待できるな、と期待しつつ上機嫌で歩いていく。

 

「ほら、達也くんに蒼士くん行くぞ」

 

生徒会メンバーは生徒会室に戻り、勧誘された深雪も付いていき、達也と蒼士は風紀委員長の摩利と一緒に行く。

 

その後は風紀委員会本部へ着くと達也と蒼士は二人してあまりにも散らかっている部屋の掃除をしながら風紀委員の先輩たち何人かと挨拶を交わした。二科生であることで見下されそうになるのを摩利が先程の服部との模擬戦と二人の模擬戦の話をして即戦力ということを教えると先輩方に歓迎された。

 

風紀委員の面々や生徒会の面々は比較的差別意識が無い者が多く、二科生でも実力があれば問題ないと判断されたようだ。



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第七話

ご感想などお待ちしております。




真由美は蒼士が第三演習室で耳元で述べた言葉を思い出していた。

 

(もしも本当に許可を貰えたら本気で付き合いたいですよ)

 

「(蒼士くんったら私のこと好きだったのね)」

 

「上機嫌ですね、七草先輩」

 

「蒼士くんと一緒に帰れてるからかな、それと運転手の人には聞こえないようになってるから名前で呼んで」

 

「そっか、ありがとう真由美、用事がなければ何時でも一緒に帰るよ」

 

「うん、そうするわ」

 

上機嫌な真由美と一緒に七草家へ向かう蒼士。車で七草家に向かっているが護衛の運転手の人と話をすると当主から聞いていたようなのですんなりと話が通った。

 

「でも父に用があるって一体なんなの? ほ、本当は交際の許可とか?」

 

「残念ながら違います、まぁその事も聞きたいところですが今回は我慢して別の話です」

 

「(別に私はいつでもいいのに)」

 

「真由美?」

 

「ううん、なんでもないのよ。このままだと夜も遅くなってしまうからご飯も食べていくといいわ」

 

「ご迷惑では?」

 

「蒼士くんはそこまで気にしなくていいわよ、お客様をおもてなしするのは当たり前じゃない?」

 

「ご当主様の許可が貰えればありがたくご一緒させてもらいますよ」

 

「うんうん、それでいいわ」

 

 

 

 

七草家に着くと蒼士は客間に通されて、真由美は制服から私服に着替えていた。そしてもう一人、十師族七草家の現当主にして真由美の父である、七草(さえぐさ) 弘一(こういち)であった。

 

護衛の方々は部屋の外で待機している。

 

「本日はお約束したとはいえ急なご対応ありがとうございます」

 

「気にしなくていい、それに君には会ってみたいと思っていた。H・S・A社の社長殿」

 

弘一がさりげなく言った言葉に弘一の隣にいた真由美は驚愕していた。口元に手を当てて非常に驚いている。

 

「そ、蒼士くんがそうだったの!?」

 

「自分は隠さなくていいと言っているんですが、取締役の四人が「学業に集中させたい」ということで表立っては名前は明かしてませんでしたから」

 

H・S・A社……半年前から急成長を遂げた民間企業であり、多岐に渡り『物作り』『商社』『商売』『金融』『サービス』『マスコミ』『ソフトウェア・通信』のあらゆる業界に進出して成功を収めている。魔法師にも役立つ商品などを出してはいるが、一般人にも人気な商品を数多く出しており瞬く間に名前が広がった理由は一般人の間での情報交換、SMSなど口コミ拡散が主であった。

 

今は『物作り』に集中しており、魔法工学部品メーカーに進出中であり、CADの部品やソフトウェアに着手している。

 

十師族である七草家であればある程度の情報も簡単に手に入るのは伺える。そして蒼士の前にいる弘一はそんな彼を個人として知ろうとしていた。

 

「第一高校の入試の成績は軒並み普通であったね、実力を隠していたのかな?」

 

第一高校の入試なんて生徒にもバレているので調べればすぐに分かる事であった。

 

「お恥ずかしながら入試前日まで魔法に興味を持っていなく、勉強をしていませんでしたので、一日で覚えるには大変でして」

 

「……だが、一日で入試に合格する順応能力は尊敬に値するよ」

 

真由美が驚いていた蒼士の入試理由に弘一は顔色一つ変えずに応えていた。

 

「恐れ入ります」

 

軽く頭を下げてお礼を述べた蒼士。

 

「では本題に入ろうか、君が持ってきてくれた交渉材料に我々も協力しよう。先ほど十文字家からこの件について協力要請も受け取ったよ」

 

弘一が端末を起動して見せてきたものは十文字克人に見せたものと同じブランシュ構成員リスト、下部組織エガリテの構成員リストであった。そして現在の職種や何処にいるのかが詳細に書いてあるものであった。

 

「え!? 蒼士くん、ブランシュとエガリテのこと知っていたの? 情報規制していたはずなの」

 

「規制していようが噂の出所を全て塞ぐのは無理でしょう」

 

蒼士の言うことは正しかった。国が情報規制しているが魔法師を目の敵にしている者たちにとっては情報規制している時点で国に不快感と不安感を抱くに違いなく、それが国の重要ポストに付いている人間だったら情報規制など無いに等しいので外部に漏れる。

 

「そうだな、この件に関しては政府の対応が悪いと私も思っている」

 

サングラスを一瞬だけ弄った弘一。

 

「七草様なら意見の一つも言えたはずではないでしょうか?」

 

「……」

 

十師族の七草家の当主なら何かしら対応ができたのでは、と蒼士は思っていたようだ。

 

「もう起こってしまった事態ですから、あとはどう解決するかですから、お気になさらず」

 

「そうか」

 

蒼士の言葉に一言だけ述べて切り替える弘一であった。

 

「君が提案してきた件には我々七草家も乗る気だが、二箇所の拠点に構成員を集めるだけでいいのか?」

 

「はい、それで構いません。制圧は私の部隊を派遣します。H・S・A社の実働部隊ですがまだ出来たばかりで実力が計りかねますので、実践に初投入です」

 

ほぅ、と興味がある雰囲気を漂わせる弘一にやっぱり乗ってきたか、と思う蒼士。

 

「それはこちらの部隊も居てもいいのかい?」

 

「構いません、十文字家の方でも実力を見たがっているようなので」

 

監視も兼ねて実力を知れるので弘一としては有難かった。

 

「ブランシュの武装などの情報も随時十文字家と共有させていただきます、アンティナイトについても」

 

相手の情報を知っていれば有利に事が運べるので蒼士は情報を隠さずに共有することにしている。

 

「二箇所に追い込むのは十文字家、七草家にお任せします。存分に采配を奮って下さい」

 

「あぁ、そこは任せてくれ」

 

一応の話は終わり、詳細は後日煮詰めるとして弘一から食事のお誘いを受けたので承諾した蒼士。真由美がこっそりと話をしておいたみたいだ。

 

「私はまだ仕事があるから行けないがゆっくりしてくれ」

 

弘一のご厚意に頭を下げてお礼を述べてる蒼士。

 

「そういえば君は真由美のことをどう思っているんだ?」

 

「お、お父様!?」

 

突然の弘一の言葉に問いかけられた蒼士ではなく真由美が慌てていた。

 

「先輩たちの中では一番仲良くさせて貰っています、信頼も信用もしています」

 

「ふむ、異性としては?」

 

「お、お、お父様!?」

 

蒼士の本音の部分を聞いてみたいと思っている弘一。自分の娘に好意を抱いているなら、彼を取り込むのにも使えるかもしれないという考えもあるようだが。

 

「好意が無いといえば嘘になります、まだ出会って日も浅いのでこれが勘違いかもしれませんが」

 

「そうか、悪かったね。真由美と一緒に食事をしてきなさい」

 

部屋から出て行く弘一を見送り、先程から動かなくなっている真由美に近づいていた蒼士。顔を真っ赤にしている真由美に呼び掛ける。

 

「七草先輩、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫よ、お、お父様ったら何であんなことを聞いたのかしら?」

 

手を激しく動かして大丈夫なように見せているが顔がいまだに赤く、大丈夫には見えなかった。

 

「娘に悪い虫が付いていないかを確かめたかったのでは」

 

「そんな蒼士くんはそんな子じゃないのに」

 

蒼士のことで悲しそうな表情を浮かべてくれている真由美に近づいて肩に手を置く蒼士。自分のことをここまで想ってくれていることに感謝していた。

 

「ありがとう、真由美に親しく想われているだけで俺は嬉しいよ」

 

「そんな、私が蒼士くんを想っているのは当然よ、だって––」

 

意を決して真由美が蒼士に言おうとした瞬間であった。

 

「お姉ちゃん! 話し合いは終わったの––」

 

扉が勢いよく全開になったと思ったら小柄な少女が入ってきた。

 

蒼士は真由美から聞いていたから分かったが彼女が双子の妹の一人の片割れであり、扉から隠れてこちらを見ているもう一人がもう一人の片割れだと分かった。

 

「こらーーーっ! お姉ちゃんから離れろ!」

 

彼女から見たら真由美が蒼士に抱きついているように見える位置取りにいたので激昂してCADを操作して魔法を使用しながら飛び蹴りをしてきたのだ。

 

「ちょっと失礼しますね、七草先輩」

 

「ひゃ、蒼士くん!?」

 

真由美を胸元辺りまで抱き寄せ、飛び蹴りをしてきた少女に向けて手をかざしていた蒼士。

 

急に抱き寄せられて焦ってはいたが、現状を堪能をしようとする真由美は蒼士の胸元に埋もれ、これ好きかも、と顔を埋めて酔い()れていた。

 

「ちょ、何で魔法が消えたの!?」

 

蒼士が手をかざしていた先にいた少女は空中で態勢を整えて着地していた。それよりも魔法がキャンセルされて発動しなくなったことに混乱しているようだ。

 

「アンタがやったのか!? それとお姉ちゃんから離れろよ!」

 

走って近づいてきて姉の真由美を引っ張って、蒼士から離れさせようとしているが離れない。蒼士自身は真由美のことをもう抱き寄せてはいなかった。ということは真由美がしがみ付いているということに。

 

「七草先輩、離れてもいいですよ」

 

「もう少しこのままでいいでしょう」

 

蒼士から離れない真由美。蒼士の匂いを嗅ぐようにしている真由美に思わず苦笑いを浮かべる蒼士。真由美ってこんな性格だったっけ?と思ってしまう蒼士。

 

「何をやったんだよ! お姉ちゃんが変態さんになってしまったじゃないか!?」

 

妹さんに責められる蒼士であったが、俺が悪いのか?と不思議でしょうがなかった。

 

そんなやりとりをしていると扉の方にいた双子の片割れが小走りで来てくれた。瓜二つの二人に真由美から聞いていた通りの双子の妹なんだな、と実感させられた蒼士。

 

香澄(かすみ)ちゃん、落ち着いて下さい。お姉さまはきっと大丈夫なはずです、多分」

 

「多分って泉美(いずみ)! ボクの直感が叫んでる! コイツがいるとお姉ちゃんが狂ってしまうって!」

 

あれ、もう一人の妹さんが止めてくれるのでは?と思っていた蒼士はこのままでは埒が明かないと思い、胸元にいる真由美を正気に戻すことにした。

 

「––ぞ!」

 

「ひゃい、ちょ、ちょっと、それは待って! 心の準備も出来ていないし、お風呂にも入っていないから!」

 

真由美の耳元で響かれた蒼士の言葉に瞬時に彼から離れ飛び退いた真由美であった。そんな飛び退いた真由美にしがみ付く双子の妹二人。

 

 

 

 

なんとかその場を治めて、食事をすることになったが真由美の妹たちが蒼士の事を観察していて食事に集中できずにいたのだ。

 

敵意を剥き出しにしている七草(さえぐさ) 香澄(かすみ)という。癖のないショートカットのボーイッシュな少女。

 

それに対して丁寧な口調で自己紹介をしてくれ、肩に掛かるストレートボブの少女が七草(さえぐさ) 泉美(いずみ)という。

 

姉である真由美からお客様に失礼でしょう、と注意をされていたがあまり効果はないようで、二人して蒼士に視線を向けていたのだ。

 

だが、蒼士本人はそんなことを気にするたまではないので真由美と会話をしながら香澄と泉美にも話を振りながら会話していく。そんな気遣いに真由美は感謝しながら蒼士との会話を楽しんでいた。

 

「ねぇねぇ、蒼士くん、さ、さっき言ったことって本当にやるつもりだったの?(ベットに連れ込むぞ!って本当に積極的なんだから、でも実際そんなことになったら逆らえないかもな、私)」

 

「いえ、ここは七草家ですからそんなことをするはずないじゃないですか」

 

「そ、そう、そうよね」

 

「我が家だったら我慢できずにやっていたかもしれませんが」

 

「……えっ!? えぇーーーーーー!!?」

 

顔を真っ赤にさせて両手で自分の体を抱いてくねくねしている真由美。

 

「こらぁ! お姉ちゃんに何言ったんだよ!」

 

「ここまで嬉し恥ずかしそうにしているお姉さまは見たことありません」

 

大きな反応をされれば近くにいる人は気付く、それは一緒に食事をしていた香澄と泉美も然り。姉の驚愕の声に香澄はいち早く反応して、泉美も姉の動揺っぷりに驚きながらも感心していた。

 

「そ、そっ、蒼士くん、ちょ、ちょっとまだ早いというか、や、やっぱり、そ、そのぉ……」

 

頭から湯気を出して顔を真っ赤にしている真由美は指と指を合わせて恥ずかしそうにしながらもそんなことになったら実際問題、受け入れちゃうな、とさらに顔を赤くさせてしまっていた。

 

話せる状況ではなくなった真由美をそっとしていて、蒼士は妹二人に話し掛ける。

 

「そういえばさっきの香澄ちゃんの飛び蹴りはなかなか様になっていたね、でも蹴り足を伸ばして、上に蹴り上げず、前に刺すようにすると威力が上がるよ」

 

「そ、そうなの、って何でそんなことが分かるんだよ」

 

蒼士に当たる前に魔法をキャンセルさせて飛び蹴りは不発に終わったのに蒼士は一瞬見ただけで最適な飛び蹴りのやり方を教えてあげるぐらい理解していたのだ。

 

「体術は学んでいるし、体の動きは自身でも分かっているつもりだから分かるんだよ、香澄ちゃんは蹴り技も強そうだから脛を狙うのもアリだね、魔法無しの場合は」

 

「ふーん、ボクも学んでお姉ちゃんのように強くなりたいから、一応聞いてあげるよ」

 

蒼士が語る人間の体の弱点部分や最適な蹴りや膝蹴りのやり方を喋っていると香澄は興味なさそうに聞いている振りをして真剣にその話を聞いていた。

 

「泉美ちゃんは冷静で周りのことがちゃんと見えていて偉いね」

 

「そんなことはありません、それに私が香澄ちゃんの行動を見ていたのに気付いていましたよね?」

 

活発で好戦的な香澄に比べて、随分と落ち着いて視野を広く持っている泉美。お淑やかでおっとりとした空気を纏った雰囲気があるので姉の香澄よりもしっかりしている印象が持てる。

 

「七草先輩はこんなにも可愛らしい双子の妹がいらっしゃったんですね、自分は一人っ子でしたので」

 

「兄もいるけど、一番仲がいいのはやっぱり香澄と泉美なのよね」

 

姉妹仲は良好であり、香澄はお姉ちゃん大好きっ子で泉美も負けず劣らずお姉さんのことは好きなようだ。

 

気がついたら香澄と泉美とも普通に話すようになり、普通に二人の名前を呼んでいたりする。他人の家ということで丁寧な口調で話している蒼士であった。

 

三姉妹の方も普段は父や兄が居て食事などもするが基本は三人で食べているので、蒼士が加わって話が尽きることがなく、楽しく食事をして過ごせていたようだ。

 

 

 

食事も終わってゆっくりしている真由美、香澄、泉美であったが蒼士の姿はなかった。蒼士は少し席を外していて、今は三人だけだった。

 

「二人とも、蒼士くんとお話して、いい子だって分かったでしょう」

 

「うぅぅ、癪だけどアイツが良い奴っていうのは認める」

 

「お姉さまの言う通りです。まだ出会ったばかりなのにお話しやすくて、特にお姉さまや香澄ちゃんのことを褒めて下さって私は嬉しかったです」

 

まるで自分のことのように言う真由美は二人が蒼士のことを信用に値すると認めてくれたことに嬉しそうにしていた。

 

「役に立つことも教えてくれたし、ボクとしてはまだアイツから聞きたいことがあるかな」

 

「私も時間が許す限りでいいのでお話をしていたいです」

 

妹たちが蒼士に興味を持つのは別に悪いことではないし、寧ろ良いことだと理解しているはずなのに、言葉では説明できないけどイヤだと少しだけ思ってしまっている真由美がいた。

 

「でもアイツってボクが見た男の人の中で一番顔が整っているんだよね、泉美もそう思わない?」

 

「あっ、香澄ちゃんの言う通りだと思います。非常に容姿が整っていてカッコいい人だと思いますよ」

 

香澄と泉美の言葉に真由美は内心で同意した。

 

真由美の内心では、学校でも毎日女の子と話をしているし、気付くと近くに女の子がいるし、マルチスコープで遠目から見た時だって女の子とお話しているし、男の子といるよりも女の子といる方が圧倒的に多いし……

 

「ねぇ泉美、お姉ちゃんなんかイラついてない?」

 

「香澄ちゃん、完璧にイラついてますね、机に乗っている手に力が篭っています」

 

オロオロしている香澄と泉美はとりあえず早く蒼士が帰ってきて助けて欲しい、と懇願していた。

 

 

 

 

何事もなかったように部屋に戻ってきた蒼士は女性使用人と一緒に入ってきた。部屋の雰囲気が変わっていることに気付いていたがあえて無視して行動していた。

 

女性使用人は食後の飲み物を持っており、蒼士も何故だかお盆を持っていた。

 

「食後のデザートです、簡単なモノですが美味しいはずですよ、はちみつは自分の好みで入れてみてください」

 

蒼士が席を外していた理由は今日のお礼も兼ねて簡単な料理をしていたのだ。使用人が止めようとしていたが言葉巧みに誘導されて止められなかったのだ。

 

食後のデザートに簡単なキウイヨーグルトを作っただけだった。

 

「食後だけど食べやすくて美味しいわ」

 

「何コレ、美味しいんだけど!」

 

「美味しいです、蒼士さん」

 

七草三姉妹はとても美味しいそうに食べてくれているので調理した蒼士は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

「貴女もありがとうございます」

 

「い、いえ、私はお嬢様たちのお世話をするのがお仕事ですので」

 

一緒に入ってきた女性使用人に労いの言葉を掛けていた蒼士。女性使用人は真正面から蒼士の整った容姿から出される笑顔を直視してしまい、顔を真っ赤にさせて慌てた様子で部屋を出て行くのであった。

 

そんな女性使用人に、慌てて転ばなければいいけど、と思いながら席に戻った蒼士は異様な視線を感じていた。

 

「あのなんですか?」

 

真由美、香澄、泉美の視線であった。

 

「ねぇ、ウチの家でウチの使用人を口説くって、蒼士くんはちょっと節操がないんじゃないかしら」

 

「オマエはやっぱりダメだ、このチャラ男!」

 

「(私も真正面から見たら顔を真っ赤にしてしまうかもしれません)」

 

使用人の人にはお礼を言っただけなのになんで怒っていて、怒られているんだろう、といつもは察しがいい蒼士にしては鈍かった。

 

 

 

 

「今日は楽しい食事をありがとうね、蒼士くん」

 

「いえ、こちらもご馳走様でした」

 

「おい、お姉ちゃんからもう少し離れろ!」

 

「蒼士さん、またお食事しましょう」

 

三姉妹に見送られながら呼んだ車で帰ろうする蒼士。

 

「香澄ちゃんも泉美ちゃんも連絡先は交換したからいつでも連絡しておいでね」

 

話しているうちに連絡先を交換することになり、香澄も泉美も拒否することなく交換してくれていた。

 

「だ、誰がオマエなんかに……」

 

「はい、いつでも連絡させていただきますね」

 

香澄と泉美の反応は相変わらず正反対の反応で見ていて楽しいな、と蒼士は思っていた。容姿は似ているのに本当に性格がまるで違うのだから。

 

「勿論、七草先輩はいつでも歓迎ですからね」

 

「もう、分かっているわ。そんなに言うと甘えちゃうんだから」

 

蒼士の言葉に自身の容姿を全開に使用してウインクして可愛らしさを全面に出している真由美。普通の男性だと、俺に気があるじゃないか、と思うレベルの真由美のアピールに蒼士は動揺しない。

 

「はい、甘えて下さいね」

 

近寄っていた真由美の髪の毛に触れて、頭をポンポンと優しく触るだけのことをした。

 

「あっ」

 

蒼士の行動に、これ超好きかも、と内心ドキドキしている真由美がいる。上目遣いで蒼士のことを見ている真由美は蒼士と視線があって、彼の笑顔を見て赤面しているのであった。

 

「じゃあ、二人も元気でね」

 

顔を下に向けて動かなくてなってしまった真由美を放置して、香澄と泉美の頭もポンポンと優しく触っている蒼士。

 

「「んっ」」

 

香澄と泉美の二人して素直に蒼士の行いを受け入れていた。泉美はまだしも好戦的である香澄も素直に受け入れていたのだ。

 

そのまま迎えの車に乗って去って行く蒼士を三姉妹は見えなくなるまで見送っていた。

 

真由美は胸元に両手を合わせて、早く会いたいな、と蒼士のことを思う。

 

香澄は最後に油断して触らせてしまったことに内心ムカムカしていたが、もう一回触らせてあげてもいいかもという気持ちも芽生えていた。

 

泉美は家族構成的に兄はいるが、十師族の七草家であっても態度を変えずに接してくれたことに感謝しつつ、素敵な男性であった蒼士をお兄さまと呼んでみたいと思うのであった。

 




次の更新は土曜日です


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第八話

ご感想などお待ちしております。


七草家の交渉を終えて次の日には克人から直接口頭でブランシュの件についての了承を頂き、協力体制を敷くことになった。

 

この件に関して直接指揮を取ろうかと思っていた蒼士であったが会社の部下たちから「学業に集中しなさい!」と社長でありながら怒られてしまい、指揮権を譲ることに。

 

急速に拡大し、成長したHSA社には味方もいれば、裏で敵対している組織もいるのでお金の経済的な制裁だけでなく、武力での面でも実力をつけなければいけないのでブランシュの件には積極的であった。

 

HSA社の中には民間軍事会社もあり、そちらの部下に蒼士直々に頼むと即答で了承をもらっていた。

 

だから部下たちに全部投げることになったが心配はしていなかった蒼士。元々知っている面々でもあるし、信用も信頼もしているので実力は折り紙付きだと確信しているのだ。

 

そんなこんなで蒼士は風紀委員の初仕事をするために本部に達也と一緒に移動していたがそんな二人に話しかけてくる人物がいた。

 

「やっほー、蒼士くん、達也くん、クラブ決めた? 決めてなかったら一緒に回らない?」

 

明るい声色で二人に話してきたのはエリカであった。一人でいるエリカはなんか珍しく感じる二人であり、そういえば美月は美術部、レオは山岳部に決めていたな、と二人は同じ考えをしていた。

 

「実は風紀委員の仕事でその見回りをしなきゃいけなくてな」

 

達也が説明しているのに頷いている蒼士。そっか、と残念そうに背を向けて去ろうとしていたが蒼士が止める。

 

「各部を回るわけだし、委員会の仕事をしながら一緒に回ってあげなよ、達也」

 

「いいの!?」

 

去ろうと背を向けていたのに蒼士の言葉を聞いて明るい笑顔を向けて振り返っていたエリカ。

 

「俺か? 蒼士はどうなんだ?」

 

「先約があってな、複数のクラブの見学に来てくれって言われていてな」

 

あぁ、と達也もエリカも納得していた。休み時間に一年生の教室に先輩たちが何人か訪れて、蒼士に話をしていたのだ。そのことを知っている二人は自然と納得していたのだ。

 

「だから達也よろしくな」

 

自分も一緒に回ってみたかったが残念と思いながら達也にお願いする蒼士。

 

「一度、風紀のミーティングがあるからその後でなら」

 

「うんうん、全然いいよ! 三十分後に教室の前で待ち合わせねー!」

 

それだけ言うと嬉しそうに背を向けて歩いていくエリカ。

 

「嬉しそうだな、エリカ」

 

「そうだな」

 

「達也と一緒だからでしょう?」

 

「そんなわけないだろう、単に一人で回るよりかは寂しくないからだろ」

 

「このままエリカが達也のことを好きになって達也もエリカのことを––」

 

「蒼士、いい加減にしないと蹴るぞ」

 

「すいません、冗談です」

 

達也の本気度にもよるが本気で蹴ったら骨は余裕で折れる威力を持つ。

 

 

 

 

風紀委員会本部に着くと先輩たちが既に集まっており、蒼士と達也が最後だったようだ。入室した瞬間にやはり制服の一部分を見て、二科生だと分かると二人を見ていた目の色が変わっていた。一部の先輩たちは昨日摩利から聞いているのでそういうことにはならなかった。

 

摩利が全員いるのを確認して席に座らせると会議を始めた。

 

毎年バカ騒ぎの一週間がやってきたことを告げた。クラブ活動による新入部員勧誘期間。いわば合戦だと。

 

こんなことになっているのも毎年ある全国九つの魔法科高校による九校間で行われる『全国魔法科高校親善魔法競技大会』略して『九校戦(きゅうこうせん)』が原因であると。

 

九校戦の結果は学校全体の評価に反映されるので、活躍した生徒とそのクラブは学校側から優遇されるという理由で有力な新人の獲得が最重要課題になるために暴動騒動が起こるという。

 

そしてなによりも勧誘期間中はデモンストレーション用にCADの携行許可が出ているため厄介であると。素手での殴り合いならまだしも魔法を使用する事件も毎年起こっているようなので注意することを摩利は説明した。

 

一通り説明が終わると新人の蒼士と達也の自己紹介を摩利がしてくれたが、二人とも1ーEで二科生ということで実力なしと見て、完全に舐めきった先輩たちもいたが摩利の一言で黙った。

 

「コイツらは服部に勝てる実力を持ってる、私や真由美や十文字が証人だが、文句あるか?」

 

舐めきっていた先輩たちも摩利の発言に驚愕していた。服部の実力を知っている者だったようで見下すこともなくなり、言葉はないが頭を下げて謝ってもくれていた。

 

摩利が改めて気合いを入れさせて出動させた。

 

先輩たちを見送りながら摩利から改めて細かな説明を受けた。風紀委員の腕章、連絡方法、騒動の報告方法、無理せず仲間を呼ぶことなどの説明をしたところで二人も出動してもらった。

 

部屋を出てから達也と別れて行動することになった蒼士は端末でメモをしたクラブの見学に行くことに。

 

巡回がメインなので簡単に見学しようと蒼士は動き出した。

 

 

 

 

校舎から外に出るとお祭り騒ぎになっており、一年生とみるや容赦なく勧誘の手が伸びていた。あちらこちらで勧誘合戦が起きている。その中を蒼士は進んでいた。

 

腕に付いている風紀委員の腕章に視線がいくと自動的に二科生であることが知られてしまい、やや蔑むような視線が送られてくるがそんなことは一切気にしない蒼士。

 

目的のクラブに着くとさっそく部長らしき人や部員の人たちに囲まれて見学させられていく。二科生であることを馬鹿にしてくる人たちもいるが蒼士の実力を見ると一変していた。

 

運動関係のクラブなら、見本を見せてくれた後に体験できる時には異常な身体能力で先輩たちを物ともせず相手取り、勝っていくところを見せつけた。先輩たちでもできないような動きをしたりして場を盛り上げ、周りで見ていた同じ一年や運動部の人たちから賞賛を貰ったりしていた。

 

だが、そんなことをやれば反感を買うことにもなるのだが、見本を見せてくれた先輩にさらに動きが良くなるようにコツを教えたり、デモンストレーションをしているはずなのに蒼士が周りで見学している一年生を参加させて簡単な試合を始めたりして部員でもないのに盛り上げていったのだ。

 

「先輩、右足を怪我したことありますか? 一回怪我したせいか右足の動きが躊躇しているのか動きが悪いですよ」

 

今日初めて会った人のことを何故か知っているように喋る蒼士。彼が声を掛けた先輩は一年前に右足を骨折していたのだ。そのことを見抜いた蒼士は右足の動きが悪いことに気づいて意識して治させようと注意したのだ。

 

「実際にやってみると楽しいもんだろう」

 

同じ一年生には同じ動きをしながら楽しさを共有させる。見ているだけもいいかもしれないけど、運動系のクラブはやっぱり体を動かしてこそ楽しいもんだろう、と蒼士は思っていた。

 

そんなことをしていたおかげでそのクラブに非常に感謝もされ、入部する人たちも出てきて、一科生の先輩たちに頭を下げられることになる蒼士。

 

勿論、そのクラブに勧誘されるが風紀委員が忙しいので、と理由をつけて断っていた。ほかのクラブもこの理由で断るようになる。

 

「役に立てて良かったです、では自分は巡回に戻ります」

 

このような行為をほかの運動部や文化部でも行い、一年での知名度もさることながら二年生、三年生での知名度も上げていった。だが、蒼士はある噂で有名であったからそれに拍車をかけるように顔が広まった。生徒会長の七草真由美と付き合っている、という噂で。

 

「このロボットは足への負担が大きいですね、HSA社のこの部品とこのメーカーのメモリで足回りと動作が跳ね上がるはずですよ」

 

チラッと覗いたPC画面のデータで反応が悪い箇所を特定したり、機能向上の方法を教えたり、とお節介もしたりしている蒼士であったが、やはり根に持つ人たちもいるのだ。

 

腕輪型のCADを操作して魔法を起動させようとした瞬間に蒼士は相手の片手を掴んで、近くでこう言っていた。

 

「ここで風紀委員として貴方を捕まえてもいいんですが、一年生や部員の人たちが見ているんですよ? 貴方一人のせいでガラが悪いクラブだと思われ、貴方のせいで新入部員が入って来なくなったら「お前のせいだ」と虐めにあうかもしれませんよ、だから魔法の使用はオススメしません」

 

これだけ言うと相手の顔を見て笑顔で離れていくのであった。そんなことを言われたら魔法なんて使えるわけもなく、言葉だけで制止してみせる蒼士。蒼士に言われた先輩は手の震えと足の震えでその場で動けずにいた。

 

それでも魔法を行おうとしてくる常識がない人には蒼士の魔法で相手の足に見えない糸を絡めさせ、スリップしたようにその場で転ばす罰を与えている。四、五回も何が起こっているか理解できずに転び続けさせるのであった。

 

蒼士の見えない糸の魔法名を鈴音に聞かれていたが、まだ完成していないので名前がなく、完成すれば両手で糸が使用でき本数も増やせるようになり、千の技を使えようになりたいという意味を込めて『千変万化(せんぺんばんか)』と呼ぶことにしている。

 

 

 

 

それから何箇所も回りながら見学と巡回もして風紀委員の先輩たちの助けに入ったりしながら仕事をちゃんとこなしていった。

 

連絡が入り、危険魔法使用者の捕縛の手伝いに動くために走って移動していたが建物の反対側なので魔法を使用して建物の屋根に飛び乗ってショートカットをしていた蒼士。

 

高いところから周りを見渡すと校庭の隅から隅が見えていたが蒼士の視界に凄まじい速さで移動している人物たちがいた。

 

一人は風紀委員長の摩利であったが摩利の前方の二人は見たことがなかったが蒼士の固有魔法の『掌握』で摩利や真由美の記憶にあった人物だと思い出す。卒業したSSボード・バイアスロン部のOGの人たちだと把握できた。

 

一人は萬谷(よろずや) 颯季(さつき)という。蒼士自身の面識はないが、固有魔法の記憶からショートヘアで兄が四人もいるため男臭く自由奔放な性格らしい。

 

もう一人は風祭(かざまつり) 涼歌(すずか)という。蒼士自身の面識はないが、固有魔法の記憶からロングヘアのお淑やかそうに見える見た目だが悪戯好きで、気体流動制御に高い適正を持つ「風使い」であり、その力を生かした「スカートめくり」が得意技という見た目では考えられないことをする人物だった。

 

記憶を呼び起こして把握した蒼士であったが、卒業生の二人が一体何しに来たんだろう、と気になり動こうとしたが二人が抱えている人物を見て一瞬だけ固まってしまった蒼士。

 

「というか、何でほのかと雫は先輩たちに抱えられているんだ?」

 

蒼士は捕縛の手伝いに行く場所を見るとほかの風紀委員の人たちが協力していたので摩利の加勢に行こうとしたが、自分がいる建物の真下あたりでぐったりとしている生徒たちがいたのでそちらに行くことにした。摩利の実力なら大丈夫だろうとの判断で。

 

屋根から魔法で降りて衝撃を受け流して着地した蒼士は具合が悪そうなグループ近くに顔見知りの女の子がいたので声を掛けた。

 

「エイミィ、何があったんだ?」

 

「あっ、蒼士くん、私にも分からないんだ」

 

声を掛けられたのが蒼士だと分かるとエイミィと呼ばれた女の子は近寄ってきて話をした。

 

彼女は明智(あけち) 英美(えいみ)という。日英のクォーターでフルネームがアメリア=英美=明智=ゴールディという。愛称はエイミィ。ルビーのような光沢の髪とモスグリーンの瞳がクォーターである証とばかりに目立ち、それ以外は日本人的な外見で童顔で小柄である。

 

「どれどれ見てみましょうか」

 

蒼士は体調が悪そうな狩猟部(しゅりょうぶ)の面々を見ていた。女の子だけのクラブのようで男の子がいなかった。全員同じ症状にも見え、話を聞けそうな人たちから具合が悪くなる前に何かあったかを聞いてみると同じ答えだったのでこの症状がなんなのかを理解した。

 

それと具合が悪い子に少しだけ触って、固有魔法を使っていた。

 

「サイオン波酔いだと思うぞ、全員が強いサイオン波を浴びた傾向があるし、あと話を聞く限りだとこの症状になる前も同じものを感じたらしいから」

 

「ほんと!? でも私は何も感じなかったし、何も起きてないよ」

 

「エイミィはそのサイオン波の範囲には入ってなかったんじゃないのかな、それか強いサイオン波に耐性があるのかな」

 

蒼士が言葉を聞いて納得してくれたエイミィ。先輩たちや他の周りの人たちにも怪我などした人はいなかったのでホッとするエイミィであった。

 

「とりあえず保健医の安宿(あすか)先生を呼んでちゃんとした対応をしてもらおう、俺が先輩たちの様子を見ているからエイミィは安宿先生を呼んできてくれ」

 

「うん、ちょっと待っててね」

 

狩猟部の面々以外は今のところ具合が悪い人はでていないがこれからも出るかもしれないからすぐに対応が出来る自信がある蒼士が残り、エイミィに先生を呼びに行って貰った。

 

安宿(あすか)先生とは第一高校の女性保健医であり安宿(あすか) 怜美(さとみ)という。

 

乗り物酔いと同じ症状だと分かっていた蒼士は具合が悪そうな先輩たちのために気流操作の魔法で風の流れを操って新鮮な風を送ってあげていた。

 

「狩猟部のみんなどうしたの!? 大丈夫!?」

 

「蒼士さん、ここで何をやっているんですか?」

 

「ほのか、蒼士さんって風紀委員に入ったんだからその仕事だよ」

 

上級生っぽい人とほのかと雫が心配そうに近寄ってきていた。

 

蒼士は狩猟部の人たちに起こったことを説明しながら魔法を起動していた。ほのかと雫からも女子SSボード・バイアスロン部に入部したのを知らされ、部長の五十嵐(いがらし) 亜実(つぐみ)も紹介された。

 

「えっと、梓條くんでいいのかな? 私はだいぶ楽になったから本当にありがとうね」

 

魔法の使用を続けている蒼士に狩猟部の先輩が話しかけてきた。体調が悪くて座っていた先輩だったが新鮮な風に当たり、空気を吸っていたら楽になったようだ。

 

「良かったです、安宿先生が来るまでまだ座っていた方がいいですよ」

 

「そうね、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

風紀委員の腕章を見て、次に二科生であることを知った先輩であったが特に何もなく蒼士に頭を下げて座っていく。

 

「こうして見ると君ってカッコいいね」

 

バイアスロン部の部長の亜実が蒼士を品定めするような視線で見てきていた。他のバイアスロン部の部員も同調して同じようにしている。

 

「ぶ、五十嵐部長、蒼士さんが困ってますよ」

 

ほのかが慌てた様子で言っているが別に蒼士は困ってはいなかった。魔法を常時使用しているが特に苦でもなく、女の子に囲まれるのは大歓迎であった。

 

「そういう部長さんも可愛いですよ」

 

お返しとばかりに笑顔で亜実を褒めた。噂で容姿が整っていてカッコいい一年生が入学したと聞いていて確かめてみたら本当だったのをさっき会って知ったが、そんな蒼士が笑顔を添えて言葉を述べたせいで亜実は頬を赤らめて、他のバイアスロン部員も影響を受けた。

 

「ちょっと蒼士さん、部長を口説かないで下さい!」

 

「ほのかの言う通り、只でさえ蒼士さんってモテるんだから!」

 

ほのかと雫に腕を引っ張られて説教される蒼士。二人揃ってこれ以上蒼士の周りに女の人を増やしたくない方針なのだ。

 

「ごめんって、悪かったってば」

 

二人の勢いに負けて謝る蒼士であった。そんな蒼士の行動とは裏腹に。

 

「ねぇねぇ、連絡先教えてよ、私のも教えるからさぁ」

 

部長の亜実が蒼士に携帯端末を向けて近寄っているのだ。部長に続けといわんばかりにバイアスロン部員も同じようにしていた。

 

「ねぇ、私たちにも教えてくれない?」

 

追加とばかりに狩猟部員も端末を構えていた。

 

「じゃあ、全員交換しましょうか」

 

相手からの好意は受け入れる蒼士は連絡先を交換しようとする。

 

「「蒼士さんっ!!」」

 

ほのかと雫が揃って蒼士の脛を蹴っていたが逆に自身の足を痛そうにしていた。蒼士自身は鍛えていたので痛くはなかったので二人の心配をする。

 

「脛はかなり鍛えているから痛かったろう?」

 

蒼士の言葉に、知りません!と言って視線を逸らすほのかと雫であった。

 

「安宿先生、早く早く!ってどういう状況?」

 

安宿先生を連れてきたエイミィであったが何名かはもう立って動けるようになっていたり、バイアスロン部も来ていて、状況を掴めていなかった。

 

状況が分かっていた蒼士が説明して保健医として専門的な知識を持つ安宿先生にも診てもらい、蒼士の言った通りの症状であったので休ませていれば治ることを知って、再度ホッとするエイミィであった。

 

そのまま狩猟部の面々は休むことになり、エイミィはバイアスロン部のほのかと雫と自己紹介をして、エイミィの持ち前のコミュ(りょく)とフレンドリーな性格で、すぐに友達になっていた。

 

場が収まると蒼士は狩猟部、バイアスロン、安宿先生にも一声掛けて風紀委員の仕事に戻ることに。

 

そして蒼士はとある人物たちを見かけたので会ってみることした。

 

 

 

 

学校の正門付近でバイアスロン部OGの颯季と涼歌がいまだに歩き回っていた。

 

「あの二人は入部したと思うか、涼歌」

 

男勝りな口調で隣を歩く涼歌に聞いていた颯季。

 

「そうね、私が抱えていた小柄な女の子は興味ありそうだったけど」

 

長い髪を整えながら応える涼歌。

 

後輩弄りもでき、摩利の成長も見れて、十分に楽しんだ二人は帰路に着こうとしていた。

 

「先輩方、少しだけお話し出来ませんか?」

 

「「っ!?」」

 

背後から急に声を掛けられて驚く二人であったが、それよりも足音一つ立てずに魔法の使用も感じさせずに背後に現れたことの方に驚いたのだ。

 

「何かな、先輩たちに話したいことがあるなら何でもいいぞ」

 

「えぇ、貴方のような素敵な殿方ならいくらでもいいわよ」

 

驚きはしたがすぐに切り替える二人。

 

「自分は今年入学した一年の梓條蒼士と言います。先輩方をスカウトしたくて」

 

自分たちが在学中に見たことがなかった美男子だから一年ではないかとなんとなくだが分かっていた二人だった。

 

二人も自己紹介をしてさらなる疑問を問いただすことにスカウトとは一体どういう意味なんだと。

 

「自分こういう会社を持っていましてね、先輩たちには大学を卒業したら是非とも我が社に入って頂きたくて」

 

自分が社長であることがバレるが名刺を二人に渡した蒼士。その名刺を見て、はぁ!と驚愕する颯季と涼歌。

 

「お前社長かよ!?」

 

「社長の名前や存在は公表されていませんでしたが、まさか梓條くんが」

 

誰でも高校生が社長しているなんて知ったら驚くものだろう。

 

「えぇ、萬谷先輩と風祭先輩には光るものが見えましたからスカウトさせて頂きました。このあと時間があればお食事でもしながらお話しませんか?」

 

後輩からの食事の誘い、後輩と言っても社会的に地位が高い後輩だが。

 

仲が良いのでお互いのこの後の予定は知っていたので顔を見合わせて食事の誘いに乗ることにした。

 

「特に予定はないからいいぞ」

 

「私も颯季と一緒で予定はないのでいいですよ」

 

二人が食事の誘いに乗ってくれたことに感謝して頭を下げた蒼士。次に端末を出して二人にあるお店の情報を送った。

 

「自分も学校が終わり次第、向かいますので先にお店に行っていて下さい、場所は送りましたので」

 

颯季と涼歌も二人して端末に送られてきたお店の場所を見て驚いていた。

 

「この店って結構いい料亭じゃなかったか?」

 

「えぇ、最近出てきたばかりだけどお金を持っている上流階級の人の行きつけになりつつあるって聞いたことがあるわ」

 

蒼士の会社の傘下にある料亭を用意したのだ。思いのほか有名であった。

 

「今日は二人のためにこのあと貸切にしておきます、それと高級店なのでドレスや綺麗な服を二人にプレゼントいたします、このお店の近くにあるウチの傘下のレディースアパレルショップで購入して下さい。もちろん、料金はこちらが持ちますので好きなモノを買って下さい」

 

えっ!?と固まってしまった二人。何から何までやってくれる蒼士の対応に思考が追いついていなかった。

 

お店を貸し切りにする、服装を整えるのにお金は蒼士が払う、なんでもありかよ!?と逆に焦る颯季に涼歌。

 

「––すまん「あ、それから我が社で育成した使用人がお世話をしますので、では、自分は風紀委員の仕事を終わらせてきますので」お、おい」

 

「あーあー」

 

蒼士の完璧な対応に付け入る隙を失ってしまった颯季は言葉を述べられなかった。そんな颯季を見て残念と思う涼歌。

 

そして自分たちから離れていく蒼士を止めることができなかったので見送りつつ正門に待機している車と使用人の人たちに向かう颯季と涼歌であった。

 

 

 

 

日も傾きクラブ活動も勧誘も終わり始めたので風紀委員の仕事も終わることになったので報告をするために本部に行くと先輩たちから感謝されることになった。

 

昨年に比べて逮捕率も少なく、それぞれのクラブから蒼士と風紀委員に向けて感謝の言葉が述べられたのだ。蒼士は一人だけ名指しだったが。

 

労いとばかりに先輩たちから肩や背中を叩かれて、感謝の言葉を述べられた蒼士。

 

そして蒼士は達也がいないことに気付き聞いてみると剣道部と剣術部の揉め事を止めようとして実力行使に走った剣術部の面々を無傷で制圧したということを聞いた。

 

「(達也なら余裕だろうな)」

 

先輩たちは達也の実力に驚愕していたが、一人蒼士は当然の結果だと分かりきっていた。

 

その達也は克人、摩利、真由美のそれぞれ部活連、風紀委員、生徒会の責任者に報告をしているので本部に居なかったのだ。

 

約束があるので蒼士は先に帰ることにした。先輩たちに挨拶してから別れ、正門を出るときに深雪やエリカたち達也を除いたいつものメンバーを見つけて用事があるから先に帰ることを告げて帰っていく蒼士。

 

深雪やエリカは蒼士に聞きたいことがあったが、用事があるならしょうがないと残念そうな表情で達也のことを待つことに。

 

 

 

 

蒼士の手配で颯季と涼歌は動きやすかった服装から社交的な服装になっていた。ただ蒼士と食事をするだけなので堅苦しい服装ではなく、二人の容姿に合う服装になっている。

 

勿論、これからの交友も兼ねてのプレゼントということで支払いは全て蒼士持ちである。

 

蒼士も服装を制服から着替えており、二人と一緒に歩いていても違和感が出ない服装になっていた。

 

颯季と涼歌も最初の蒼士の話や対応には流石に動揺していたが、今は二人とも自分のペースに戻っていた。大人の余裕がある感じにも伺える。

 

「自分は未成年ですが、颯季さんと涼歌さんもお酒を頼んでもいいですよ」

 

「おっ、いいね、あたしは飲むけど、涼歌もどうだい?」

 

「ふふっ、いいわね、私も頂こうかしら」

 

心に余裕ができ自分のペースを握れるようになった颯季と涼歌は蒼士のことを名前呼びにして、自分たちの名前を呼ぶことを許可していた。先輩というのもプライベートだし、学校も一緒になったわけではないので呼ぶことを嫌ったのだ。

 

「蒼士くんは話の仕方が上手いな、食事の席なのに全然不愉快に感じないぞ」

 

「えぇ、それにとても興味がそそられるわね、そして食事も美味しいですね」

 

二人ともまだ大学生であるが蒼士の会社に興味津々であり、話を聞きながらもお酒を飲む手を止めることはなかった。

 

楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまい、夜も遅い時間になったのでこれからで終わることになり、二人を送る手配をしようとする蒼士であった。

 

「おい、まだあたしは話し足りないぞ」

 

「そうね、まだ帰るには早いわよ」

 

お酒の酔いが回り始めたのか、二人して蒼士の両腕に抱きついて絡めてくる。両手に美人を侍らせる蒼士はしょうがなく二人が満足するまで付き合うことにする。

 

 

 

 

「本当に蒼士くんは高校一年か、まさかあたしら二人がな」

 

「本当、女性の扱いが上手すぎるわ、でも気持ちよかったわ」

 

「あはは、それは何よりでした」

 

案の定、颯季と涼歌の二人の美女と一緒にベットインしてしまった蒼士であった。お持ち帰りするつもりはなかったが相手から求められたら応えるのが男というものを体現した蒼士。

 

両サイドにスタイル抜群の美女に抱きつかれ、キスマークを残されていく蒼士。

 

「蒼士くんはウチの兄たちやそこらの男とは違うって分かったよ、だからまだデキるだろう?」

 

汗で顔に付いていた髪を払いながら彼の下半身の一部を(まさぐ)る颯季。

 

「もう一回お願いね、蒼士くん?」

 

蒼士の下半身に跨ると自身の体を見せつけるように動く涼歌。

 

美人のお姉さんに求めれたら応えなきゃ男が廃るというもの。

 

蒼士は深夜の戦いに挑むのであった。




最後にはっちゃけちゃいました!

次の更新は明日です。


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第九話

ご感想などお待ちしております

今回は短めです。


次の日になって何事もなく学校に来ている蒼士は達也から昨日の騒動の話を聞いていた。

 

「そっか、駆けつけられなくてごめんな」

 

「いや、蒼士の方こそ大変だったみたいだな」

 

お互いに騒動に巻き込まれる体質のようだと苦笑していた。達也は剣術部と揉め、蒼士はクラブ見学とデモンストレーションの参加をお願いされ、大忙しであった。

 

「ほら、またクラブの先輩たちが来ているぞ」

 

達也が指差した方には集団でそれぞれの部活の服装で蒼士を見つけて寄ってきている先輩たちがいた。さっきも先輩たちからデモンストレーションに出てくれとお願いされていたのだ。

 

「ありゃりゃ、またデモに出て欲しいってお願いかな」

 

「人気者は辛いな」

 

笑って困り顔の蒼士に苦笑してみせた達也。

 

「ちょっと話してくるわ」

 

「俺のことは気にするな」

 

席から立って先輩たちの相手をしに行く蒼士の背中を見送り、達也は今日も風紀委員の仕事で剣術部みたいなことが起こらないことを祈り、ため息を吐いていた。

 

 

 

 

先輩たちからクラブ見学をして欲しいやらデモンストレーションに出て欲しいのお願いをされ、風紀委員の仕事の妨げにならなければ、という理由で承諾する蒼士。

 

そして少し寄り道をすることに。

 

「風紀委員会及び生徒会に数多くの希望願いがきていてな、君にはクラブ連中の手伝いをして貰いたい、昨年よりも初日の逮捕者が圧倒的に少ないから仕事がら––––じゃなくて、減っていい傾向だからお願いな」

 

風紀委員長として逮捕者が減ればそれだけ楽になるだろうな、と内心で蒼士は思いつつ摩利の言葉にとりあえず納得しておく蒼士。後で彼氏の修次に、後輩に負担を押し付ける女、と話しておこう、と心に誓う蒼士であった。

 

「蒼士くんが名実ともに有名になるのはお姉さん的には嬉しいし、蒼士くんが二科生であることを馬鹿にする人も減るのは良いことだと思うわ」

 

笑顔で蒼士に語る真由美は初日から注目されて有名になっていく蒼士を自分のことのように喜んでおり、応援しようとしていた。そんな真由美の期待に応えようとする蒼士。

 

だが、この話をしてから一時間後に真由美は頭を抱えていた。有名になればなるほど蒼士くんと話す機会も減るし、モテちゃうじゃん!?と生徒会長としての仕事に手付かずになっていた。

 

「蒼士くんを希望された複数のクラブと一応ですが、私なりにスケジュールを組んでみました。このように動けば一番効率が良いと思いまして、参考程度にはなると思いますよ」

 

鈴音からは連絡先を交換していたので端末に生徒会に蒼士を来て欲しいという複数のクラブデータと効率の良いクラブ巡りが纏めれており、クラブ巡りに関してはスケジューリングされているデータが送られてきた。

 

「蒼士くんの負担が大きいと思いますが、あまり無理をなさらないように」

 

そしてこの言葉を鈴音から掛けられて感動で彼女を抱きしめようとする衝動を我慢する蒼士がいた。いきなり女性に抱きつくなんて失礼なことはできないとグッと我慢する蒼士。

 

ありがたくデータを受け取り、お礼に何か欲しい物はないか、と聞いてみたが今はないみたいなので欲しい物があれば買ってプレゼントすると約束する蒼士と鈴音であった。

 

「私のクラスでも蒼士くんの噂が飛び交ってましたよ、一年のそれも二科生にヤバイ奴がいるとかその子がクラブ見学に来ると絶対に入部希望者が出るって、一体どんな魔法をしたんですか?」

 

二年のあずさの所でも蒼士は噂の人になっているみたいだ。生徒同士の噂話というのはあっという間に拡散するもので上級生などクラスに関係なく広がっているようだ。

 

可愛らしく問いかけれたので軽く頭をポンポンとすると「子供扱いしないで下さい!」と怒ってしまい、謝る蒼士であった。

 

「大変素晴らしいご活躍みたいですね、蒼士くん。お兄様も無傷で剣術部を制圧したみたいですし、一年生の風紀委員は実力者であることが証明されて私は嬉しいですよ」

 

生徒会に入った深雪はあずさから生徒会のことを教わっていたようだ。やはりお兄様大好きな深雪は兄の活躍にうっとりしながら、蒼士の活躍も褒めて、これで二人揃って二科生であることを馬鹿にする輩も減るだろうと思っているようだ。

 

さりげなく達也のことを褒めるだけで幸せオーラを纏う深雪に思わず笑ってしまう蒼士であった。

 

 

 

 

要請に応じるために各クラブを訪れている蒼士は見学と体験をしながらデモンストレーションに何故か先輩たちと一緒に参戦していた。

 

蒼士がいるクラブを体験しようとする人たちは多く、体験後も入部を決めた者やどのクラブ入部するか迷っている者たちの中でも好印象を残すことに成功していた。

 

次から次にクラブを訪れている蒼士は移動中に一年生を取り合う勧誘者たちを目撃した。一年生は困っており、やめてくれ、と声を掛けているが先輩たちには聞こえていないようだ。

 

一応風紀委員でもあるし、知り合いの女子生徒だったので助けるために動くことを決めた蒼士。

 

未完成ではあるが千変万化(せんぺんばんか)を使用して女子生徒を掴んでいる先輩たちの手に糸を絡め、手を離させてる間にその女子生徒を()(さら)っていく。

 

「いくぞ、スバル」

 

「君は蒼士くんかい!? 」

 

急に現れたと思ったら顔見知りの男子生徒だったので揉みくちゃにされていた女子生徒は非常に驚いていた。お互いに名前呼びをしているので仲は良い方だ。

 

そのまま人が少ない校舎の裏まで逃げ切る二人。勧誘のために動いていた先輩たちはただ唖然として二人の後ろ姿を見ることしかできなかった。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

蒼士が助けた女子生徒は里美(さとみ) スバルという。美少年と見紛う外見だが女の子であり、言動や行動がどことなく芝居がかっている。

 

「どういたしまして、それより服を整えた方がいいぞ」

 

スバルから視線を逸らして述べる蒼士。そのことが気になったが自分の服を見るために視線を下に向けるスバル。

 

「服を––––」

 

勧誘の人たちの揉み合いで服が肌蹴ていて、スバルの下着が見えていたのだ。美少年ぽい見た目だが、れっきとした女の子であるスバルは頬を赤く染めて、蒼士から胸元を隠すようにしていた。

 

「……見たかい?」

 

服装を整えながら恥ずかしそうに蒼士に聞くスバル。

 

「見ました、すいません。でもスバルに黒の下着はとっても似合ってたし、素敵だと「それ以上恥ずかしいことを言うな!?」おう」

 

一言だけ謝れば済むことであったが、蒼士は率直な意見を述べ、純粋に思ったことを口にしていた。そのことに耳まで赤くなって止めに入ったスバル。

 

「キミはぁっ! 僕の下着の感想を言えって言ったか!?」

 

「正直な気持ちを言ったまでだ」

 

「余計に恥ずかしいわっ!?」

 

蒼士に褒められるのは大変嬉しいが、下着のことを真顔で褒めてくるのはどうなんだろう、と思っているスバル。

 

「全く! そうやって女の子を(ところ)(かま)わずに褒めて、変な誤解を招くなよ」

 

「女性を褒めるのは紳士の嗜みだぞ」

 

はいはい、と受け流すスバル。蒼士との出会いはなんの変哲も無い学校内の廊下であり、新入生同士仲良くという簡単な自己紹介であった。それから見かけれる度に挨拶をされる、するをしているうちにお互い気軽に話せる仲になっている。

 

「そういえばクラブの方では大活躍みたいじゃないか」

 

「当然のことをしたまでだよ、一科生、二科生っていう理由で才能ある者の芽を潰すのは勿体ないからね」

 

クラブ勧誘の時に先輩からクラスを聞かれて一科生であると積極的に勧誘され、二科生だと明らかに態度が変わるのを真由美や摩利などの先輩たちから聞いていたので、そんな馬鹿馬鹿しい理由で隠れた才能があるかもしれない人が表に出てこないのは損だと蒼士は考えていた。

 

「そうだね、だけどそうやって行動できる蒼士くんはすごいと思うよ、僕は」

 

眼鏡を外して蒼士の目を見ながら言ってきたスバルの言葉に蒼士は一人でもこういう蟠りを分かってくれる人がいるのが嬉しく、気持ちが楽になるような気がしていた。

 

「ありがとうな、スバル」

 

「君の行動を見ているのは面白いし、何よりも第一高校が良くなるのは良いことだ」

 

さも当然に言うスバルは実際に一科生、二科生というのが意味が分からず、結局世の中に出たらそれぞれが違う分野の仕事をしたりするんだから関係ないじゃん、と蒼士に語っていた。魔法科高校にいるからといって魔法関連の仕事に着くとは限らないからだ。

 

「ほら、蒼士くんはクラブの手伝いがあるんだから、行きなよ」

 

蒼士がクラブの手伝いをするっていうのは一年生の間では話が通っていたのでスバルは知っていた。

 

「あぁ、スバルもあまりにもしつこい勧誘が来たら風紀委員に言えよ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

流石に二度も揉みくちゃにされるのはゴメンだ、とため息を吐くスバル。

 

「それと、紺色の下着も似合うと思うぞ」

 

「余計なお世話だぁっ!!」

 

 

 

 

スバルと別れてクラブ見学という名の手伝いをさせられる蒼士。

 

一日で広がった噂のせいか、二科生である蒼士を蔑んだ視線を送る人はいなくなっており、お礼や頭を下げてくれる人が多くいてくれて、このまま一科生と二科生の仲が良くなれば良いんだがな、と内心愚痴る蒼士であった。

 

「先輩、五回目から肘が下がり始めるので注意してください、そのせいで命中率が下がっているんですよ」

 

「中学校の時に運動部に入っていたでしょう? 動きを見れば分かるよ、それとこのクラブのスポーツと君の魔法適性は相性がいいから入部した方がいいよ」

 

「ちょっと失礼します、このフォームが先輩には合ってますよ。それと大丈夫ですか? 息が荒いような気がするんですが?」

 

蒼士の注意を聞くだけで結果が伸びていたり、動きが良くなったりと蒼士の言葉を聞いとけば成長できると知らぬ間に部員同士の会話、先輩同士の会話で蒼士の噂が拡散していく。

 

そんな蒼士も連続して仕事を引き受けていたので休憩をしていた。ベンチに座って携帯端末を見ていたら、遠くの方で少し離れて逃げる相手を達也が追いかけていた。

 

「(あの足じゃ、達也から逃げられないな)」

 

達也から逃げていた男子生徒と達也の距離はみるみる縮まっていたが、突如左の方に飛び退いた達也。

 

先程まで達也がいた場所には魔法が放たれており、達也は背後からの魔法攻撃を避けていたのだ。そしてまるで何事もなかったように追いかけていた人物を追いかけ始めて逮捕していた。

 

第三者視点として見ていた蒼士は魔法を放った人物の捕獲に動いていた。背後からの攻撃を避けられたことに驚いて固まっていたので、容易に逮捕することができた。

 

「先輩、後輩に向かって魔法を使うなんて、どういうつもりなんですかね」

 

蒼士に逮捕された男子生徒は悔しそうな表情を浮かべており、蒼士のことを睨みつけていた。

 

「反省の色はないですか」

 

逮捕者と接触している蒼士は固有魔法を使えるということで遠慮なく使用していた。自分の予想通りだったため思わず笑ってしまう蒼士。

 

「なんだ、逮捕してくれたのか」

 

達也が逮捕者と一緒に蒼士に近づいてきていた。達也の逮捕者も悔しそうにしていた。

 

「達也か、怪我はないか?」

 

「このぐらいでは怪我もしない」

 

当然のように応える達也。普通は背後から攻撃を視認せず避けるなんてできないんだがな、と蒼士は思っていた。

 

「で、何か面白いことでもあったのか?」

 

「もちろん、口頭では言えないから今データで送る」

 

蒼士は端末を操作して達也にブランシュ、エガリテのデータを送った。

 

「……確かに、口頭では無理だな」

 

データを確認した達也は分かっていたのだ、エガリテの構成員には、青と赤で縁取られたリストバンをしており、それが信奉者の印であるのを。

 

そして蒼士と達也が逮捕した二人がそのリストバンドしているのだ。

 

「蒼士、お前はまだ手伝うクラブがあるのだろう? 俺が連れていくからお前は戻れ」

 

「すまんが頼めるか、次のに遅れてしまう所だった」

 

蒼士がいなくなって再度逮捕者の二人が襲ってきても達也は余裕で制圧できる実力を持っているので蒼士は任せることにした。

 

「あとで詳細な情報を送るから」

 

達也に任せると走っていく蒼士。それを見送る達也であった。




次の更新は16日の水曜日です。


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第十話

ご感想などお待ちしております。


そろそろ新入部員勧誘期間も終わりが見えてきたので風紀委員の仕事をこなすようになってきた。

 

まだ蒼士にクラブを手伝って欲しいという要請はあるが当初よりは減っていた。クラブの手伝いをしたおかげで有名人になっている蒼士。

 

廊下をすれ違う先輩に挨拶されるのは当然になっていたり、ちょっとした話もするようになっていたりする

 

「確かに、料理はしますが俺って要ります?」

 

「要るよ、蒼士くんは顔が良いのだからそれだけでも女の子が寄ってくるんだから、それにあやかり、我が料理部も部員が一名でも欲しいのよ」

 

料理部の手伝いにきてお菓子を作っている蒼士であった。部長曰く、いるだけでもいい、という言葉通り甘いお菓子で寄ってくる女子生徒、蒼士目当てで寄ってくる女子生徒という構成で料理部は賑わっていた。

 

「それにしても慣れた手つきよね」

 

「一人暮らしですから、それと料理してると気が紛れるのでよく料理するんですよ」

 

料理部の部長と話しながらも手は止めずにいる蒼士。魔法も使用して冷やす時間を短くしたりしている。

 

「とりあえず多めに作りましたので、見学者全員と部長も食べて下さいね」

 

「おっ、ありがと」

 

味見をして確認してから全員に配っていく蒼士は一応部長との約束を果たした。

 

「悪かったね、生徒会に呼ばれていたんだよね?」

 

「そうですが、部長のような美少女にお願いされたら断れませんよ」

 

エプロンを脱いで教室を出て生徒会室に向かおうとする蒼士。

 

「び、美少女って、褒めても何も出ないぞ」

 

恥ずかしそうにしている部長はさり気なく蒼士の手を握っていた。貸していたエプロンを受け取るついでに。

 

「何かあればまた連絡下さいね」

 

「うん、本当にありがとうね」

 

それだけ言うと蒼士は教室を出ていった。ちゃんと教室にいる見学者や料理部部員の人たちにも声をかけて。

 

「ぶちょっ!! 何さりげなく手を握ちゃってるんですか!?」

 

「そうですよ、私なんて肩触れただけなのに!?」

 

「いや、それだけでもいいじゃん! 私なんて声を掛けられただけだよ!」

 

蒼士がいなくなった料理部の部屋の中では騒ぎになっていた。

 

「あぁーー、何を言ってるのか聞こえないわー、ってこのケーキうまぁっ!?」

 

部長は自分のペースでいて、蒼士のケーキを一口食べて驚愕していた。

 

 

 

 

生徒会室に移動した蒼士は料理部で作ったケーキをご馳走していた。生徒会室には真由美、鈴音、あずさ、深雪、服部、風紀委員長の摩利がいた。

 

ケーキと言葉にした瞬間に真っ先に動いていたのは真由美であり、女性陣は比較的早く仕事を切り上げて席に着いていた。ただ服部だけは不満そうな表情を浮かべていた。

 

「まぁまぁ、はんぞーくんも疲れているときには甘いモノがいいって言うし!」

 

真由美の言うことは聞く服部は素直に席についていた。

 

「会長、それは間違いです。甘いモノを食べると、急激に血糖値が上がりますので、その血糖値を正常に戻そうとして大量のエネルギーを消費するので食べる前よりも疲れてしまいます」

 

鈴音が間違った知識を正そうとしていた。

 

「もうリンちゃんったら、脳が欲しているんだからしょうがないじゃない」

 

お硬いんだからリンちゃんは、と笑う真由美であった。真由美の次に席に着くのが早かったのが鈴音であるのは言葉にしない。

 

「蒼士くん、私も手伝います」

 

「じゃあ、取り分けてくれないかな、俺は飲み物を用意するから」

 

全員食べる気満々なので用意する蒼士を手伝う深雪。達也と深雪は二人暮らしであり、家事を全てこなす深雪は取り分けるのも戸惑わず綺麗に取り分けていた。

 

蒼士の方も深雪が慣れているが分かっていたので任せ、自身はチーズケーキに合う紅茶を淹れていた。砂糖、ミルクを用意して。

 

「ありがとう深雪、助かったよ」

 

「いえ、これぐらい普通ですよ」

 

蒼士が用意した紅茶の配膳も手伝ってくれた深雪に感謝する蒼士であった。

 

「蒼士くんは私の隣ね」

 

真由美が蒼士を呼んで強制的に隣にさせていた。その隣には手伝っていてくれた深雪が座り、蒼士は両手に花の状態であったがために服部に睨まれていた。それと真由美が隣にいるせいでもある。

 

「休憩も兼ねて頂きましょう」

 

真由美の言葉が発せられて全員がチーズケーキを食べていく。見た目からして綺麗でいて、美味しそうな見た目なので味も期待できると判断されていた。

 

「美味しい! 美味しいわよ蒼士くん、私これ好きよ」

 

一口食べてさらにフォークを進める真由美。

 

「これはいいな、ほどよい酸味が心地よくて、私は好きだぞ」

 

摩利からも高評価であった。一口食べて目を見開いて驚いている程だ。

 

「甘さも控えめで食べやすいですね、美味しいですよ蒼士くん、私もこれは好きです」

 

鈴音からも高評価であった。一口食べて味わうように目を閉じて口から無くなるまで味わうと感想を述べていた。

 

「美味しいです、蒼士くんって料理も出来るんですね!」

 

あずさからも高評価であった。ケーキを食べて、紅茶にミルクと砂糖を入れてミルクティーにして飲むとさらに美味しくなることに気付いてフォークを進める。

 

「本当に美味しいですよ、蒼士くん。このレシピを是非とも教えて下さい」

 

深雪からも高評価であった。一口食べて口元を押さえるぐらい驚愕の美味しさであったようだ。そしてこの美味しいモノを兄である達也とも共有したいと深雪は思っていた。

 

「食べれないことはない、お、美味しいとだけ言っておこう」

 

服部の反応はツンデレであった。一番最初に食べ終わったのが服部であることをこの場にいる面々は目撃しているのであえて黙っている。

 

「作った甲斐がありました」

 

全員に美味しいと言われて満面の笑みを浮かべて喜ぶ蒼士。自分で食べてみて、いい感じ、と判断できるぐらい良かったケーキであった。

 

「料理部に手伝いにいくと聞いたときは大丈夫か、と思っていたがこれ程の腕があれば全然大丈夫だったな」

 

紅茶を飲んで摩利は内心の思いを口にしていた。風紀委員長として部下の蒼士への依頼は摩利にも伝わっていたのだ。

 

「料理部の部長からは、顔だけ貸して、というお願いでしたがいい結果になりましたね」

 

鈴音の言ったことに、確かにそうだったな、と苦笑いの蒼士。自分の名声と容姿だけで見学に来ていた女子生徒もいたので大正解だと。

 

「二年でもやっぱり蒼士くんの噂はよく出ていますね。そういえば蒼士くんの噂に嫉妬した人が侮辱的なことを言ったのを服部くんが止めていましたよ」

 

「ゴホッゲホッ、な、中条、な、何を言ってるんだ」

 

あずさの言葉に紅茶を飲んでいた服部はむせていた。口元を押さえて整えようとしながら噂の本人の方を見ていた。

 

「梓條! 別に、お前のためとかではないぞ! 事実を述べたまでだ!」

 

「でも、結構本気で怒っていませんでした?」

 

なっ、とあずさの言ったことに言葉を詰まらせる。三年の真由美、摩利は面白そうにニヤニヤとしており、鈴音も興味深そうに服部のことを見ていた。一年の深雪に関しては達也を蔑んでいたこともあったので驚きつつも感心していた。

 

「服部副会長、俺は服部副会長のことを勘違いしていました。これからも良き先輩でいて下さい!」

 

「梓條、笑いながら言うな! 俺はお前よりも年上で先輩だぞ!」

 

蔑んだ視線は消えており、一人の後輩として認めていた服部。達也に対しても驕っていた自分を倒して、視野の狭さを正してくれたことに感謝していた。

 

「はい、先輩として尊敬しますので料理部にまだあるケーキを取り行きましょうね」

 

「おい! 尊敬してないよな!? 先輩を扱き使うつもりだろう!?」

 

真由美たちがまだ食べたそうにしていたのを表情から読み取ったので、服部を連れて生徒会室から料理部の部室に向かおうとする蒼士であった。

 

「気遣いができるのもモテる秘訣ですよ。先輩は恵まれた環境にいるのを自覚して下さい! 生徒会室には貴方一人しか男がいない場合が多々あるんですから、美少女たちに囲まれてハーレム状態とかずるいですよ!!」

 

「お、おう、って何で怒られてるんだ。お前の方こそ上級生とか関係なしに連絡先を交換しているって聞いているぞ! それによく女の子たちに囲まれてるのを見るぞ!」

 

生徒会室に居た唯一の男子ニ名が生徒会室から出ていった。生徒会室から一歩出た扉前での会話だったせいなのか、完璧に生徒会室の中に聞こえていたのだ。

 

「よく分かってるわね、蒼士くんは」

 

「確かに、よく生徒会室にいる男子は服部一人だけだったな」

 

「いえ、会長が言っていているのは蒼士くんが言った「美少女」という所だと思いますよ、渡辺委員長」

 

「はぇ、相変わらず蒼士くんは恥ずかしいことを堂々と言いますね」

 

「中条先輩も美少女の部類に入っているんですよ」

 

真由美、摩利、鈴音、あずさ、深雪の順番に流れるような会話が成り立っていた。

 

「それよりも蒼士くんってどれだけモテてるの?」

 

真由美のこの発言に気になっていたことだったので、この場にいる全員が参加することに。

 

「非公式ですがファンクラブが出来たとも聞きますが」

 

「ファンクラブ!?」

 

冷静沈着の鈴音からの発言に驚愕する面々。特に声を出して真由美が驚いていた。

 

「ちなみに会長も非公式ながらファンクラブがありますよ」

 

「えぇぇ!? 私も!?」

 

自分にもあるとは思っていなかったのか、驚いている真由美。

 

「一年生の方では連絡先を交換していない人はいないというレベルで交友を持っていますよ、特に女子生徒ですが」

 

深雪が優雅に紅茶を飲みながら述べた。一つ一つの動作が魅力を感じてしまい、その空気に呑まれてしまいそうになる深雪以外の面々。

 

「に、二年の方も私経由や他の子の経由で連絡先を聞こうとしている人たちがいます」

 

「それは三年も同じですね、私も聞かれたことがあります」

 

あずさと鈴音が話したことに真由美や摩利も頷いているので同じことがあったようだ。生徒会メンバーと知り合いになってから廊下や図書室などで会った時には挨拶は当たり前だが、多少の会話などしていたあずさと鈴音。

 

一年でも有名になりつつある蒼士はいやでも目立つので、多少なりとも楽しそうに会話していたあずさと鈴音のことを目撃した人たちが蒼士と親しい仲だと判断されてしまい、二人経由で知り合いになろうとしているようだ。

 

「そうね、容姿が非常に良くて、いつも笑顔で魅力的だし、聞き上手で、誰にでも同じ態度で接するし、気遣いできて、話しやすくて会話も面白い、何よりも女性を大切にしてくれているっていうのが分かるのが良いところよね、これはモテるわけね」

 

「いや、一番蒼士くんを有名にさせたのはお前だぞ」

 

怒涛のごとく喋り出した真由美に全員聞き入っていたが、摩利の言葉に同意するように真由美以外の全員が頷いていた。

 

「えぇー、私って何かしたかしら?」

 

「おい、忘れてると思うが、未だに蒼士くんと真由美が付き合っている説は消えてないんだからな」

 

あっ、と何かを思い出しように机に顔を沈める真由美。耳が赤くなっているので忘れていたことの恥ずかしさで赤くなっているのか、蒼士と付き合っているという想像をして赤くなっているのかは真由美にしか分からない。

 

「まだ付き合ってないです」

 

顔を伏せたまま述べた真由美の声を全員聞き取っていた。

 

「でも蒼士くんとの電話中とかに会長の名前が結構出ていましたよ」

 

「私との電話中でも会長の名前は聞きました」

 

あずさと鈴音の会話を聞いた瞬間、頭を上げて、前のめりに二人に近づいていた。あまりにも素早かった行動にあずさも鈴音も驚きで冷や汗を流していた。

 

「私の時も会長の名前は出ましたから、蒼士くんの中では非常に好感度は高いと思いますよ」

 

「深雪さんも!」

 

風切り音が聞こえるレベルで深雪のことを見る真由美。あまりの速さに驚く深雪であった。

 

「これはお互いに両思いなんでは?」

 

「(やっぱり蒼士くんは私のことが好きなのね)」

 

「お、おい、真由美? 真由美さん?」

 

揶揄(からか)い半分で言った摩利の言葉に真剣に考え出してしまう真由美。

 

付き合いたいといえば付き合いたいと思っている真由美。だが、七草家がそれを許してくれない、親が決めた許嫁が許してくれない、家族に迷惑を掛けてしまう、こんな思いが真由美の中では駆け巡っていた。

 

「そっとしておきましょう」

 

鈴音の一言に全員同意してしまう。

 

「でもこの場にいる全員が蒼士くんと電話したりしているんだな」

 

摩利の言葉に反応する者がいた。

 

「渡辺先輩もですか?」

 

「あぁ、わ、私はその、シュウのことについてだがな」

 

あぁ、と鈴音とあずさと深雪は同じこと思った。彼氏のことについてか、と。

 

「私はCADについてですよ」

 

「私は勉強内容の質問など、後はただの世間話です」

 

「私はお兄様のことや市原先輩と同じで勉強のお話です」

 

あずさ、鈴音、深雪の順に述べた。特にこれという違和感はなく、異性の友達と接する関係で納得できる内容。

 

「あっ、蒼士くんがHSA者の人と知り合いみたいなんで、CAD開発の見学に招待してくれたんですよ!」

 

あずさの言葉は純粋にCAD大好き人間なので嬉しそうに満面の笑みで飛び跳ねそうな勢いで述べていた。

 

「二人でか?」

 

「え、はい、他に見学する人なんていないって蒼士くんは言っていましたよ」

 

摩利の言葉にあずさは可愛らしい容姿をきょとんとさせていた。

 

「あっ、私も欲しいものが出てきましたので、今度一緒に出掛ける約束をしましたね、以前欲しいものがあれば言ってくれ、と言ってましたので」

 

何事もなかったように語っている鈴音に摩利は聞いた。

 

「二人でか?」

 

「私と蒼士くん以外はあまり興味ないものだと思いますので、二人です」

 

チラッと摩利のこと見たと思ったら紅茶を一口していた鈴音であった。鈴音の目は摩利が何を考えているか分かっているつもりだと語っていた。

 

「私も一緒に出掛ける約束をしました、それと夕食もご馳走になる予定です」

 

深雪も何事もないように普通に述べている。

 

「二人でか?」

 

「はい、お兄様には隠していたいことでしたので、男性で一番仲が良い蒼士くんに私がお願いして、二人です」

 

深雪自身は兄の誕生日のために男の人の意見が欲しいので蒼士に付き添いをお願いしていたのだ。

 

「蒼士くんは一体どれだけの女の子に手を出しているんだ」

 

摩利のこの言葉にあずさと深雪が理解してしまった。男性と二人だけで出掛けるのって、一般的にはデートなんじゃないか、と。鈴音は分かっていたので変化なしに見えて少々照れていた。

 

「私だって一緒に出掛ける約束もしてるし、ウチに招待して一緒にご飯食べたし、一緒に登校とか下校もしてるんだから」

 

「真由美、生きていたのか!?」

 

「ずっと考え込んでいると思っていました」

 

「わ、私たちの話を聞いていたんですね」

 

「再起動できて良かったです、会長」

 

完全に自分の世界に入っていると思っていた真由美であったが、ちゃんと周りの人の話を聞いていたようだ。そして真由美に対して辛辣な言葉が返ってきていた。

 

「みんなっ!? ヒドイわよ! ちゃんと頭で考えながらも耳で聞いていました!」

 

いつもの明るい真由美に戻っており、考え事をしていて落ち込んでいたのとは打って変わっていた。

 

「もう、お姉さんが蒼士くんに説教してやるんだから!」

 

気合を入れる真由美の機会はすぐに来た。

 

話題になっていた蒼士とケーキを持ってきた服部が入室してきたのだ。

 

「ちょっと蒼士くんおはな「深雪! 達也が二年の壬生先輩とカフェで楽しそうに話をしているぞ!」何それ!? 面白そう!!」

 

熱い手のひら返しを目の前で目撃した摩利は頭を抱えていた。

 

「会長……」

 

鈴音も同様に。

 

「司波くんが紗耶香(さやか)ちゃんと!?」

 

あずさは蒼士の言葉に出てきた同じ二年の生徒の方が気になっていたようだ。

 

話に出てきた人物は壬生(みぶ) 紗耶香(さやか)という。剣道部所属で黒髪セミロングストレートが印象的な美少女。中学でも剣道をしており、全国二位の実力者で、当時はルックスも相まって『美少女剣士』『剣道小町』など騒がれていた。

 

達也のことに関しては世界中の誰よりも気にしている深雪が黙っているわけがない。

 

「やはりお兄様は会いに行かれたのですね、ですが楽しそうにしているとはどういうことなんでしょう」

 

生徒会室前で達也に見送られてきた深雪は少し前に紗耶香とも遭遇しており、兄に話があるという彼女のことを警戒していたのだ。

 

「服部副会長にも確認して貰ったから、あれは壬生先輩だったよ、それに達也の言葉に対して赤面していたりしたから一体どんな話をしているんだか」

 

二年の服部は紗耶香の顔も分かっていたので証人になっていた。そして蒼士の話を聞いて黙っているわけがない深雪。

 

「蒼士くん、案内してください!」

 

突如立ち上がると蒼士を連れて走っていこうとする深雪。彼の腕を掴むと強制的に走らせる。

 

ただの話で相手が赤面するなんて普通じゃない、と判断した深雪の行動は速かった。

 

この場にいるメンバーは彼女の行動に驚愕していた。お淑やかで淑女のような存在であった深雪が元気いっぱいに走っているのだから。

 

「わたしも「ダメです、会長は仕事がありますので」ちょ、リンちゃん少しだけでも「ダメです」はい」

 

深雪の勢いに同調して真由美も行こうとしたが鈴音に止められて動けなかった。悔しそうにする真由美にあずさが苦笑いしていた。

 

「渡辺先輩、今年の一年はなんか凄いですね」

 

服部が述べた。

 

「そうだな、蒼士くんに司波妹、それに兄の方もな」

 

摩利も思っていたことを述べた。

 

男女ともに魅了する容姿で美しすぎて近寄れない美貌を持ち、魔法実技の成績は学年トップであり、総合成績トップの実力を持つ司波深雪。

 

その兄はペーパーテストの成績はトップで、その中でも魔法理論と魔法工学は小論文も含めて満点という前代未聞の高得点を叩き出し、魔法の起動式を読み取れるという優秀な存在の司波達也。

 

そして容姿が非常に整っており、成績の面では二人には及ばないものの、司波兄妹二人の成績にも迫る勢いで成長中であり、二科生である立場に怯むことなく、一科生とも積極的に関わっていき、差別意識を薄れさせつつある規格外の存在の梓條蒼士。

 

この三人が今後も活躍してくるのを摩利は予期していた。




次の更新は19日の土曜日です。


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第十一話

ご感想お待ちしております。


お昼の時間には生徒会室が日課になりつつある蒼士、達也、深雪であった。深雪は生徒会役員であるが蒼士と達也は風紀委員という接点しかないが真由美から呼ばれているので生徒会室で食事をしている。

 

「ねぇ蒼士くん、そのつくね団子食べたいなー、お返しに玉子焼きあげるから」

 

「いいですよ、七草先輩のも美味しそうですね」

 

真由美と蒼士は隣同士になっているためにお弁当のおかずを交換し合っていた。お昼をお弁当にしようと言っていた深雪に同調して蒼士もお弁当にすると真由美もそれに続いてお弁当を持ってくるようになった。

 

「皆さんも如何ですか?」

 

蒼士と真由美だけがこの場にいる訳ではなかった。蒼士、真由美、摩利、あずさ、深雪、達也が生徒会室にはいるのだ。

 

「蒼士くん、和風だれが私の好みでとても美味しいです」

 

「美味しいな、是非ともレシピを教えてくれ」

 

自身でお弁当を作る深雪と摩利は絶賛しており、作り方などを蒼士に聞いているほどだ。真由美もあずさも達也も美味しいと言ってくれていた。

 

「司波、蒼士くん、結局昨日の達也くんと壬生の件はどうだったんだ?」

 

和やかな生徒会室が一瞬で静まり返った。達也は箸を落としてしまい、深雪は顔を伏せて、蒼士だけは笑顔でいる。

 

「別に何もありませんでしたよ」

 

達也がいち早く答えた。壬生と直接会話をしていたのは達也なのだから当然の反応。いつも通りの表情でいる達也。

 

「そうですね、特に何もなく壬生先輩を美少女とか言って赤面させたぐらいですかね」

 

「おい、蒼士どういうつも––––」

 

その場にいなかったのになんで知っているだという驚きと深雪がいる前で言うんじゃない、という怒りもあったがそれよりも達也の隣にいる深雪から冷気を感じ取ったのだ。

 

「お兄様、実は私と蒼士くんはその現場を見ていたんですよ?」

 

嫉妬という思いの強さが無意識に魔法を発動させてしまっている深雪。

 

「ま、魔法…?」

 

「発動プロセスなしで魔法が無意識に出ちゃうなんて、事象干渉力がよっぽど強いのね」

 

冷気が満ちてきてお弁当が凍ってしまってきていたが、蒼士が止めに入る。CADなどの操作もせずに軽く机を指で叩くだけの動作で深雪の冷気が消え去り、部屋の中が過ごしやすい気温になっていた。凍ってしまったお弁当もほどよく解凍されていた。

 

「蒼士、深雪の干渉力を上回る力で制したのか?」

 

深雪の能力も実力も分かっている達也ですら信じられないものを見た表情を浮かべていた。

 

「最近覚えてね、上手く制御できて良かった。さてご飯を食べましょう」

 

深雪は何事もなかったような表情をしている蒼士を見て希望を得た気持ちになっていた。深雪の事象干渉力は強く、自分でも感情が高ぶると制御できずにいたのに、それを上回る力でねじ伏せ、制御している蒼士に尊敬の目を向けている。

 

「蒼士さん、事象干渉の制御の仕方を教えて下さい、今まで感情が高ぶると無意識に周りに冷気を放ってしまっていたので、どうしても制御したいのです」

 

深雪の必死さが伝わってくる言葉と表情を感じ取った蒼士は当たり前のように述べる。

 

「勿論いいよ、いつでもいいからウチに来てくれ、練習する環境を用意するから」

 

ありがとうございます、と頭を下げて感謝する深雪。兄の達也は笑みを浮かべて喜んでいる妹の深雪を見て、自身では気付いていないが笑みを浮かべていた。

 

「つまり蒼士くんって、主席の深雪さんより魔法干渉力があることになるの?」

 

「いえ、まだ自分は深雪よりも下だと思っていますがとりあえず次の期末試験で分かると思いますよ」

 

真由美の質問をはぐらかす蒼士。まだ魔法を触れて半年も経っていない人物が魔法環境で育った人物に勝てるとは思えないからだ。だが、才能があればそれは凌駕されるかもしれないが。

 

「まぁ、話を戻しますが達也と壬生先輩の話は剣道部の勧誘と達也が壬生先輩の容姿を褒めたという展開になったんじゃないのかな?」

 

「なんであの場にいないのに知っているんだ」

 

蒼士の言ったことは当たりであったために達也が非常に驚いていた。

 

「実は私と蒼士くんはカフェでお兄様たちの近くの席にいたのです」

 

「俺の魔法で気配を偽って、達也が知るはずの深雪の気配を別人にしてな」

 

真由美たちは蒼士と深雪が飛び出してカフェに行ったことを知っていたが、まさかそんなことをしていたとは思っていなかった。

 

「馬鹿な、俺が深雪の気配を間違うわけがない」

 

達也にしては珍しく焦っており、こんな兄を見たことない深雪は非常に驚いていた。

 

「深雪とカフェに移動中に魔法を起動して、こんな感じでね」

 

蒼士がCADを操作して実際に使用してみせた。目の前にいた蒼士がどうゆうわけか、靄が掛かったように薄れ、視認できなくなっているのをこの場にいる全員が体験していた。確かに人がいるというのは分かるんだが、見えないのだ。

 

「隠密的な行動には最適の魔法だろう?」

 

蒼士の言葉には頷くが汎用性がある魔法だと達也は感じ取った。潜入、暗殺などにこの魔法を使われたら防ぎようがないぞ、と達也は内心思っていた。

 

「だから達也と壬生先輩が別れた後に俺が壬生先輩に接触して確認した。反魔法国際政治団体ブランシュに協力もとい操られています」

 

えっ、と声を上げた真由美と摩利、あずさだけは分かっていなかったので、蒼士がブランシュについて説明すると顔を青ざめて震えていた。

 

「剣道部はほぼ全員侵食されていますね、三年、二年の二科生の何名かは操られて協力しているようですね、一年にはまだ被害は出ていないと思いますが」

 

自身の固有魔法で接触相手の全てを理解してしまうので、壬生とブランシュの関係、剣道部主将が壬生を勧誘、操られた魔法、ブランシュのリーダーとの会話、第一高校の協力者たちを把握していたのだ。

 

「あれは、催眠術系のような魔法でマインドコンロールされていましたね」

 

蒼士が語る内容を深雪は前もって聞いていたのだが、改めて聞いていると怒りが込み上げてきていた。そんな状態になると無意識に冷気が出てしまう深雪だが、蒼士が肩に手を置いて正気に戻していた。

 

「蒼士くんには現状の対策があるのか?」

 

摩利は真剣な表情で聞いてきた。その言葉に視線が蒼士に集中していた。

 

「何人かを正気に戻させて、ブランシュの命令にしたがっている風に偽り、こちらに情報を流してもらう、で少しずつですが正気に戻す人を増やしてからブランシュの情報を警察やら国の機関に流していれば、自ずと消えていくでしょう(でもその前に殲滅しますが)」

 

淡々と語る蒼士の話に冷や汗を流す面々、学生にそんな諜報的なことをさせるのは危険だろう、と。

 

「これはあくまでですが、もう既に手を打っていますよね、七草先輩(ウチの会社が現在進行形でやっていることを大々的に言いたくないので)」

 

「えっ、う、うん、勿論、七草家が対応しているわよ(なるほどね、十師族の七草家の名を使うのね)」

 

蒼士の言葉に真由美は応えていた。そのあとは小声で二人は会話して、二人以外に聞こえないように喋っていた。

 

「そうか、十師族が出てくるんだったら私たちができることはあまりないな」

 

「はい、でも紗耶香ちゃんが……」

 

摩利は納得したように頷いており、あずさは同級生でもある壬生が心配のようであった。

 

達也と深雪は蒼士から送られてきたブランシュとエガリテのデータにブランシュ日本支部の壊滅作戦に目を通していたので知っていた。達也は協力すると蒼士に言ったが、達也の存在を目立たせたくない、四葉家の意向があることを伝えると身を引いていた。

 

七草家と十文字家が動いていることに勘付いていた四葉家の現当主である四葉真夜は直接電話で蒼士に問い質し、蒼士は彼女にも作戦のことを話していた。手助けは不要だ、と伝えると少しだけ悲しい表情を浮かべていたが、蒼士が四葉家から借りた借金の返済のためだ、というと笑顔を浮かべて応援してくれていたようだ。

 

 

 

 

蒼士は部下からの情報で面白いものを見たので、その面白い人物に会いに行くところであった。

 

生徒会室での話では、まだ蒼士は語っていない部分もあった。ブランシュにいいように操られている生徒たちのことだ。

 

七草家が対応しているという嘘だが、実際は蒼士に指揮権を頂いた部活が操られている生徒たちを無理矢理逮捕するわけにもいかないので泳がせて、監視が付いているだけにしているのだ。だが、その監視は二十四時間の監視であり、衛星、監視カメラ、果ては携帯端末、情報端末も相手から分からないように監視しているのだ。プライバシーもあったものではない。

 

そして部下は社長である蒼士に許可を頂いているため正式な作戦でもあった。

 

このことを話すと絶対に反対されるのは目に見えていたので、何よりもこれからの作戦に支障をきたすのであえて蒼士は誰にも言っていない。

 

「あっ、蒼士くんだ、やっほー!」

 

「蒼士さん、今おかえりですか?」

 

「蒼士さんも一緒に帰らない?」

 

エイミィ、ほのか、雫が仲良く三人で下校しようとしていた。ほのかと雫はいつも一緒で仲良しだが、エイミィも知り合って間もないというのに二人と仲良くなっており、気軽に話せる仲になっているようだ。

 

「ごめんね、ちょっと行く所があってね」

 

申し訳なさそうに謝る蒼士。しょうがないな、と思いながら三人で帰ろうするほのか、雫、エイミィに蒼士が一言述べた。

 

「最近何か探っているようだけど、気をつけなよ」

 

蒼士のこの言葉を聞いて三人揃ってビクッと肩を震わせていた。ぎこちない動きで振り返って蒼士のことを見ようとする三人は彼の後ろ姿を見た。校舎に歩いていきながら振り返るのが分かっていたのか、手を振っていた。

 

「アレって、完全にバレてるのかな?」

 

背を向けている蒼士に指を差して、ほのかと雫に聞くエイミィ。

 

「多分、そうかも、蒼士さんって何でも分かってそうだし」

 

エイミィの問いにほのかは述べた。蒼士に質問すると何でも応えてくれた経験があったほのかは蒼士のことを口にしていた。

 

「何でもは知らないと思うよ、知っていることだけ。でも今回の私たちのことは知ってると思う」

 

蒼士でも知らないことがある事を知っている雫はほのかの言ったことを否定しつつも今回の件については知っているだろう、と予想を立てていた。

 

そんな三人は風紀委員の仕事をしていた達也が背後から魔法で攻撃されるところを目撃しており、犯人の特定をしようと動いていたのだ。ほのかと雫は同じクラスで友達の深雪の兄である達也のこと心配しているために、エイミィは不意打ちという手をとる犯人が許せないし、ほっとけないからという理由で三人は犯人を探していたのだ。

 

そして三人は蒼士と別れた後に犯人の候補であった人物を追いかけて行ってしまったのだ。

 

 

 

 

とある人物に会う前に蒼士は電話を掛けていた。

 

「何だい、ボス」

 

「すまないね、鴉羽(からすば)、今から動けるかい?」

 

「問題ないけど、どうかしたのかい?」

 

「俺の護衛の時に会った光井ほのかと北山雫について覚えているかい?」

 

「勿論だよ、可愛らしい子たちだったね」

 

「襲われるかもしれないから護衛についてくれないか?」

 

「……根拠は?」

 

「勘って言ったら」

 

「ボスの勘は当たるから怖いんだよね、第六感とかそういう類じゃなくて、もはや未来予知級だよ」

 

「頼めるかい?」

 

「自分がボスのお願いを断ったことがあるかい? 貴方の部下たちが一度でもお願いを聞かなかったことはあるかい?」

 

「そっか、非番だったのにすまないね」

 

「別にいいよ、体を動かしたかったしね」

 

「居場所は「いいよ、(まつ)に調べて貰うから」ありがとうな」

 

「お礼は一晩付き合ってくれればいいから」

 

「一体何をするんだか」

 

「ナニをするんだよ」

 

「よろしく頼むよ」

 

「了解、ボス」

 

部下との会話を終えると目的の人物に会うために歩き始める蒼士であった。

 

 

 

 

蒼士はカウセリング室に入室して目的の人物に会っていた。一度会っているので初めてというわけではなかったが、あまり話す機会がなかったのでいい機会だと思っている。

 

「急に呼び出してごめんなさい」

 

彼女との接触はないので固有魔法も使ってはいないから名前や学校のデータを閲覧した程度の情報しかないところに部下からの情報がもたらされて興味が湧いていた蒼士。

 

「いえ、自分も会って話をしてみたかったので、小野先生」

 

蒼士が会いに行った人物はカウンセラー小野遥であった。彼女からのメールの呼び出しもあったので好都合であった。

 

「梓條くんは入学当初から噂は聞いていたけど、今では有名人よ、キミ」

 

遥の目の前の椅子に座るように招かねて素直に従う。

 

「自分の思ったように動いたまでですよ」

 

「それで結果がちゃんとついて来ているんだから凄いと思うわよ」

 

こちらを探るような視線を向けてくる遥に対して気にせずに蒼士は遥の魅力的な服装に注目していた。

 

丈の短いタイトスカートの下から、薄手のストッキングに包まれた肉感的な太股(ふともも)と胸元が大きく開いた淡色のブラウスで、下着の線が透けて見えているのだ。

 

「小野先生のお姿は大変魅力的ですね」

 

「あら、嫌いかしら?」

 

挑戦的な笑みを浮かべてくる遥に怒りはせずに瞬時に距離を詰めて行動している蒼士。遥は開いている胸元を下着が見えないように少しだけ開いて見せているのだ。

 

「大好きですよ、女性から誘って貰えるなんて嬉しいですよ。紳士として応えなければ、近くにベッドもあることですし」

 

遥の両手に優しく触れて彼女と目があった瞬間、微笑んでみせる蒼士。大人の女性である遥ですら蒼士のこの行動に赤面してしまっていた。

 

「ご、ごめんなさい、じょ、冗談よ」

 

動揺しながらも声を出せた自分を褒めたいと思った遥。彼の笑顔を見ていたらそのままの流れでベッドに向かおうとしていたからだ。もしも肩に手を添えられて優しく誘導されていたら完全に堕ちていたと自覚があったのだ。

 

「残念です。でも小野先生が誘ってくれればいつでもご期待に応えますよ」

 

慣れているような流れで蒼士は元の椅子に座っていた。大人である遥の心臓がドキドキしているのに対して蒼士は涼しい顔をしているのに不満げな表情をする遥。

 

そんな表情も蒼士と会話を始めると微笑みと笑顔を浮かべるようになっていた遥。

 

カウセリングの先生として自分たちの業務の説明と継続的にカウセリングを受けて欲しいこと、蒼士のことを知りたいということで質問を受けたりなどをしている内に話しやすい彼のペースに乗せられてしまい、いつの間にか上機嫌になっていた遥。

 

「今ので質問は終わりだけど、何か聞きたいことはあるかしら?」

 

情報端末を見て確認して満足な答えを貰えたので笑みを浮かべている遥。そんな遥を笑顔で見ていた蒼士は部下から知らされた情報を言う。

 

「小野先生って警視省公安庁の秘密捜査官なんですか?」

 

端末を動かしていた指がぴたりと止まった。動くのに二、三秒有したことから明らかに動揺しているのが伺える。

 

「そんなわけないじゃない」

 

端末にだけ視線を向けていて蒼士のことを見ていない遥。

 

「九重八雲先生の修行は大変でしたか?」

 

蒼士としては確定情報なので認めてくれるまで彼女の情報を開示するつもりでいる。

 

「えっ、わ、私が忍術使い九重八雲先生の?」

 

今度は目が泳いでいた遥。それを見逃さない蒼士。

 

「流石に耐え抜きますね、ミズ・ファントムさん」

 

「ごめんなさい、私の負けです」

 

最後の一言で蒼士に頭を下げてしまった遥。降参ということで先生という固い雰囲気が消えていた。

 

「もう…私の情報が筒抜けってどういうことなの?」

 

「自分はここの社長をしているので、過保護な部下たちが周りにいる人たちを調べているんですよ」

 

拗ねたような表情をする遥に蒼士も意地悪すぎたかな、と反省していた。それも彼女の情報を全て開示して自分が彼女の正体を知っているということを教えたのだから。弱味を握られたという状況になっている。

 

「えっ、うそ、本当なの?」

 

やっぱり初対面の人が社長であることを知るとこういう反応になるんだな、と自分に言い聞かせるように頷いていた。

 

「事実です、表立っての発表はしていませんがね」

 

それから蒼士はHSA社が蒼士に対しての対応などの説明をした。部下から学業に集中しろ、ということを言われたことなどを。

 

遥は表情でもちゃんと驚いていたが、内心でも驚愕していたのだ。自分が調べていた時には社長の正体なんて出てこなかったのに、と。

 

「小野先生ってBS魔法師ですよね?」

 

蒼士のこの言葉にはもう驚かなかった。正体がバレているということは魔法もバレていると遥は思っていたからだ。

 

「その肩書きは好きじゃない」

 

プイッと顔を横に向けて嫌いですとアピールしている遥。明らかに機嫌が悪くなったので蒼士も察していたようだ。

 

BS魔法師とは、先天的特異能力者、魔法としての技術化が困難な異能に特化した超能力者。

 

「それはすみませんでした」

 

とりあえず女性を不機嫌にさせてしまったのは自分なので謝っておく蒼士。

 

「別によく言われることだから、気にしないで」

 

「ありがとうございます、で、本題なんですが小野先生を我が社にスカウトしたいんです」

 

自分の情報をばら撒かないのを条件にどんなことが来るか、身構えていた遥は唖然としていた。予想と違うのもあるがスカウトとは。

 

「公安よりは高い給料になるのは保証しましょう」

 

「え、本当!」

 

公務員ということで普通の人よりも高い給料を貰っているのにそれよりも高いと聞いて、思わず声を出して聞いてしまっていた。声を出してしまったことに恥ずかしくて赤面している遥。

 

「会社が急速に成長したので人手は欲しいんですよ、会社の詳細はデータを送りますが、詳しく知りたいならこの電場番号まで」

 

遥が赤面しているのを見て思わず微笑んでしまった蒼士は一枚の名刺を渡した。

 

渡されたのは普通の名刺で会社名、名前、電話番号が書かれおり、至って普通の名刺だった。

 

「この電話番号に?」

 

「はい、彼女が対応してくれますので」

 

名刺に書かれている名前を思わず声に上げてしまった遥。

 

道羽根(みちばね)アウラさん?」

 

「彼女は非常に優秀でね、どんな仕事を任せても卒なくもこなしてくれて頼れる存在ですよ」

 

蒼士の声のトーンや表情から信頼されている人なんだ、と察する遥。

 

遥自身も急成長し、世間にあっという間に知られ、世界中に進出を始めている会社に興味をそそられていた。

 

「試しにアウラの話を聞くのをオススメしますよ、私の名前を言えば時間を作ってくれるはずです」

 

それだけ言うと蒼士は部屋から出て行った。質問などをしている時に連絡先を交換していたのでいつでも彼とコンタクトができるから呼び止めることはしなかった遥。

 

興味本位で彼と話す機会を作り、手を出した遥は自分の判断が正しかったことを知ることになる。

 

道羽根アウラとの出逢いとBS魔法師としての彼女の可能性が広がるのを。




あとがき

本棚の漫画を読んでいて好きだったキャラを使ってみました。

セキレイに登場する人物。
・鴉羽
・松

BLEACHの小説 BLEACH Can’t Fear Your Own World に登場する人物。
・道羽根 アウラ

他の漫画のキャラも出すつもりです。

次の更新は明日です。


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第十二話

※誤字脱字があれば報告お願いします。

今回は短めです。


蒼士が小野遥との対談をしている時に、ほのか、雫、エイミィは達也を背後から魔法で攻撃をしたかもしれない犯人の跡をつけていた。

 

「何処まで行くんだろうね、そろそろ学校の監視システムの外に出るよ」

 

エイミィの言葉にほのかも雫も頷いていた。だんだんと人が少ない通りになっていくのを雫は気付いていた。

 

「ちょっとだけ不安かも」

 

暗い表情を浮かべるほのか。

 

「実は私も」

 

「えっ、エイミィも!?」

 

「完全に不安がないってわけじゃないけど、私たち三人なら大丈夫」

 

エイミィも雫も不安はあったが三人ならできると信じて尾行していく。

 

美少女三人が男性を尾行しているのはある意味で目立つので一般人に視線を向けられていたが、その視線の中に彼女ら三人のこと知る人が二人ほどいるのに三人は気付けていなかった。

 

「あっ、気づかれた!?」

 

路地に入ると犯人と思われる男性が走り、三人を振りきろうとしていた。突然の行動に反応が遅れた三人は路地を曲がった先で見失ってしまう。

 

「逃げられちゃったかな?」

 

エイミィの言葉に思わず落ち込んでしまいそうになるが、雫があることに気づいていた。

 

「奥の曲がり角から音が聞こえた」

 

三人は雫が聞こえたという奥の曲がり角に行くと驚くべき光景を目にしてしまった。

 

「か、鴉羽(からすば)さん!?」

 

「鴉羽さん、どうして此処に?」

 

数人のヘルメットを被ったライダースーツの不審者が倒れており、その中心にはほのかと雫の知り合いがいたのだ。さらに数人の不審者と交戦している状況のようだ。

 

「あ、気付いちゃったかい? 久しぶりだね、ほのかちゃん、雫ちゃん」

 

鴉羽と呼ばれた女性は、笑顔で浮かべて、銀灰色の長髪に男物の黒スーツ、スーツの上から袖を通さず引っかけた羽織をしており、手には太刀を持っていた。

 

「君たちを待ち伏せて襲おうとしていたみたいだから、自分が倒しておいたよ。でもまだいるから下がっていてね」

 

安心させるように三人に笑顔を向けていた鴉羽に対して、ゾクッと背中から悪寒を感じてしまっていた三人。太刀から滴る血が地面に垂れていき、鴉羽の足元に倒れている不審者からは血が流れている、この光景に顔を青ざめさせていた三人。

 

「ね、ねぇ、ほのかも雫も知っている人なの?」

 

エイミィが震えた声で述べたのを無言の頷きで返すほのか、雫。

 

「そ、蒼士さんの護衛の方で」

 

「私たちとも仲良くしてくれた人」

 

護衛ということは荒事に慣れていることになるが、実際に目の前で惨事を見てしまうと、顔を背けて見ないようにしてしまう。

 

「無理して見ない方がいいよ、君らはそこにいなさい」

 

背を向けている鴉羽は背後にいる三人の行動が分かっているみたいに話をしていた。さらに数人の不審者に歩いていく鴉羽。

 

三人のことはボスである蒼士に頼まれているので守り抜くのは当たり前であったが、実際に不審者たちと対峙してがっかりしている鴉羽。

 

「(軍人崩れとかいるのかと思っていたけど、ド素人だからがっかりだよ)」

 

内心で愚痴りながら太刀に付着していた血を払いながら一歩に力を入れた鴉羽は目にも止まらぬ速さで終わらせていた。

 

「えっ」

 

ほのか、雫、エイミィの三人の誰が声を出したのか分からないが一瞬の出来事で驚き以外の声を出せなかったのだ。

 

鴉羽が一歩踏み出した瞬間に彼女が視界から消え去り、不審者たちの背後に立っていると思えば、太刀を鞘に納めると不審者たちが血を流しながら倒れたのだ。

 

「い、今のなに」

 

雫が目の前で起きたことに言葉を述べたが、ほのかもエイミィも応えられなかった。自分たちも分からないんだから。

 

「おや、まだ意識がある者がいるとは、根性あるね」

 

三人に向かって歩いていた鴉羽は身体中から血を流しながらも片手を動かして、指に付いている指輪を使おうとしていた。

 

「アンティナイトだっけ? キャスト・ジャミングっていうのが使えるんだよね」

 

アンティナイトを使ったキャスト・ジャミングを鴉羽に放ち、波のような波動がくるが鴉羽は涼しい顔をして言ってみせた。

 

魔法師の魔法を妨害して発動を困難にさせるキャスト・ジャミングは魔法師にとって天敵であったのだ。

 

「自分魔法師じゃないんだ」

 

地面に倒れている不審者に対して容赦のない一撃を喰らわせる。ヘルメット越しに踏みつけて脳震盪で気絶させた。本当は踏み砕いてもいいかな、と思っていだが、蒼士に頼まれた三人がいる中で不愉快な思いをさせないように考慮したのだ。

 

不審者全員を倒して三人に近寄る鴉羽は瞳に恐怖を宿している三人を見て、ため息を吐きそうになっていた。

 

「で、そこのお嬢さんは誰だい?」

 

鴉羽にだけ集中していたせいか、背後から来ていた人物に気付いていなかったほのか、雫、エイミィ。

 

「貴女は何者ですか、当校の生徒から離れなさい」

 

手にCADを持ちながら魔法を起動状態で待機している深雪がいたのだ。明らかに警戒しており、深雪の周りだけ空気が違っていたのだ。誰から見ても太刀を持った人物なんて警戒するに決まっていた。

 

そんな彼女を見て、常に目を細めていた鴉羽の目が開いて、面白い、と内心で思わせていた。雑魚の不審者たちの相手をして欲求不満だった鴉羽にとっては最高の強者が来てくれたことに感謝していた。

 

「み。深雪、彼女は鴉羽さんっていって、蒼士くんの護衛の方なの!」

 

ほのかが深雪に近づいて必死な様子で説明していた。

 

「鴉羽さんも深雪は一高の生徒で私たちの友達で、蒼士さんの友達でもあるの」

 

雫は鴉羽に近づいて説明していた。二人の間の空気を察したのか、珍しく焦っている雫。

 

「鴉羽さんが私たちを助けてくれたんだよ」

 

持ち前の性格で明るいエイミィが深雪に笑顔で話していた。

 

三人のおかげで二人の間にあった嫌な空気も無くなり、深雪はCADを服に仕舞い、鴉羽も太刀に手を掛けようとしていたのを辞めていた。

 

「そっか、それはごめんね、自分は鴉羽。ボスの梓條蒼士の護衛をしているんだ」

 

「先ほどは失礼しました。些か警戒を強くしすぎました。蒼士くんには大変お世話になっております」

 

お互いに自己紹介をして和解した鴉羽と深雪。鴉羽の視線が一瞬だけ強くなったのを感じていた深雪であったがあえて口にしなかった。

 

「ボスのお願いで自分が動いていなかったら今頃襲われていたよ、三人とも」

 

鴉羽はほのか、雫、エイミィを軽く叱っていた。深雪も危ないことには手を出さないで、と注意をする。

 

「蒼士さんやっぱり分かってたんだ」

 

ほのかの言葉に雫とエイミィは顔を伏せて落ち込んでいた。蒼士と会った時に注意されたことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのだから。

 

「とりあえず反省したところで、君らは帰りなさい、ここは大人に任せて」

 

笑顔で三人を見ていた鴉羽は述べた。いつまでもこの場にいるのはいけないと。

 

「ですが、鴉羽さんにお任せしてもよろしいので?」

 

「大丈夫だよ、それよりも君たち学生がこんな血生臭い現場にいる方が問題だからね」

 

鴉羽の背後に広がる空間は女子高校生にとっては辛すぎる環境であり、鴉羽は誰一人も殺してはいないが出血で死ぬかもしれないから、早めに彼女らには居なくなって欲しかったのだ。

 

深雪がほのかと雫とエイミィを連れていくようにその場から離れさせて行った。三人とも鴉羽にお礼を言ってから頭を下げて帰っていく。深雪が会釈しているのに軽く手を振っている鴉羽であった。

 

彼女らを見送ると携帯端末を出して電話を掛ける鴉羽。

 

 

 

 

「あ、松、鴉羽だけど」

 

「はいーはぁいー、松がちゃんと手配しておきましたんで、カメラなどリアルタイムの偽データは完璧ですよー!」

 

「手際がいいね」

 

「ボスじゃなくて、そうたんから連絡を頂いていたので、それとご褒美に松も混ぜろですよー!」

 

「自分だけじゃ、持たないかもしれないから誘うつもりだったんだけどね」

 

「ならいいですよん、で、本題なんですが」

 

「なんだい?」

 

「No.1が鴉羽たんにお怒りです、視線だけで人を殺せそうでしたよー」

 

「ボスに頼られたのが自分だったのが悔しかったのかな、可愛らしい嫉妬だね」

 

「嫉妬ですよー」

 

「じゃあ急いで帰るよ、No.1と戦えるなんて、想像するだけで怖くて、怖くて、ゾクゾクする!!」

 

「(戦闘狂ですぅー)」

 

鴉羽は移動しながらボスの蒼士に報告をして、急いで帰ると玄関前に尋常じゃない殺気を放ち、仁王立ちしている人物と欲求不満であったのを晴らすように壮絶な戦闘を繰り広げた。




『セキレイ』
・鴉羽
・松
・No.1

No.1の存在は分かる人には分かります。後々登場させます。

次の更新は明日です。


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第十三話

ご感想お待ちしております!

※誤字脱字があれば報告お願いします。



夜になり家の研究室に閉じ籠っていた蒼士はCADなど魔法の開発に勤しんでいた。多少の疲労を感じ、休憩している時にほのか、雫、エイミィから連絡が来た。

 

四人でグループでの会話をすることになったが、急に女性陣三人は蒼士に謝ってきたのだ。理由を察している蒼士は無事で良かったことを伝えて、再び感謝されることに。

 

三人とも蒼士の忠告も聞かずに危ないことに首を突っ込んでしまったことに非常に後悔しており、蒼士の部下である鴉羽に助けられたことを伝える。

 

今度からちゃんと自分や周りの人に相談することを、蒼士が伝えると分かったようで反省しているようだったので、暗い話から明るい話に切り替えることに。とりあえず今の一科生の勉強している部分などを聞いて話を逸らすことにした蒼士の策は上手くいく。

 

切り替えが速く、明るい性格のエイミィが元気になるのをきっかけにほのかも雫も暗い雰囲気からいつもの機嫌に戻ったおかげで、楽しい会話できるようになって、長電話をすることになった。

 

「(そういえば松が助けを呼んでいたけど、なんだったんだろう?)」

 

三人との会話を楽しみながら蒼士は部下からの連絡を受けていたことを思い出していた。修繕費がヤバいですよー、と叫んで電話が切れ、すぐ後になんでもないですよー、と棒読みの松の声を聞いて、とりあえず心配ないかと区切ったことを思い出していたのだ。

 

蒼士が一人で住んでいる場所は大きな一軒家であるが、実際には大きな豪邸を所有しており、そこに住んでいたが学業に集中するために一軒家を購入していたのだ。心配性の何人かの部下は毎日訪れて使用人のような仕事をしてくれていたり、掃除や洗濯なども蒼士に気づかれないようにしてくれているがモロバレであったりする。

 

本邸の方では部下たちも住んでおり、鴉羽や松が住んでいるのはこちらであり、松が伝えようとしたのは、とある人物たちの死闘で修練場が半壊しかけたことなのだが、近くにいた大満足中の鴉羽に脅されて伝えられなかったのが真実であった。

 

そんなことを知らない蒼士は美少女三人と楽しく会話していたのだった。

 

 

 

 

蒼士が所属するE組は魔法実習中であった。

 

「蒼士さん、お疲れ様です」

 

壁際に寄り掛かりながら休む蒼士に美月が労いの言葉を掛けてきた。蒼士は実習課題を一番最初にクリアしていたので他の生徒にコツを教えていたのだ。

 

一般的な魔法処理の仕方など起動式の立ち上げ、起動式の取り込み、魔法式の構築、魔法発動などの意識を少しだけ変えさせていた。魔法の発動速度は血統や才能で決まってしまう所もあるが、少しの意識の改革だけで多少の変化があることを蒼士は研究中に理解していた。

 

男女問わずに蒼士の話を聞いて、もう一度やってみると確かに少しだが、速くなっていることに驚いて課題をクリアしていく人が多く出てきたのだ。

 

「俺は何にもしてないよ、ただのアドバイスだよ」

 

「いえ、私は凄いと思いました、魔法の見方や魔法への意識の仕方なんて、考えたことがありませんでしたよ」

 

尊敬の目を向ける美月に笑顔でお礼を言って応える蒼士。

 

「でも理解してない人はいるみたいだよ」

 

「エリカちゃんとレオくんですね」

 

あの二人は感覚派だからな、と内心で二人のことを思う蒼士。頭で考えるよりも体を動かすタイプの二人だからな、と思いながらエリカはまだ頭を使うかと認識を改めた。

 

「でも達也さんも苦戦しているのは意外でした」

 

「ん、なんでだい?」

 

美月が口にした言葉に思わず反応していた蒼士。

 

「一旦構築しかけていた魔法式を破棄していて、最初の試技の時には起動式の読み込みと魔法式の構築が並行していて、この程度の魔法なら起動式なしで直接魔法式を構築できるんじゃないか、と思いまして」

 

美月の言ったことは正しかった。珍しく驚いてしまう出来事に蒼士も冷静ではなく、『目』で見ただけでそこまで分かってしまうのかと驚愕していた。

 

霊子放射光過敏症(りょうしほうしゃこうかびんしょう)とは、意識して霊子放射光を見えないことにすることができない知覚制御不完全症である。俗称は『見え過ぎ病』とも。

 

霊子という超心理現象の次元に属する非物質粒子で、この存在は確認されているが正体については解明されていない。そんな粒子の活性化によって生じる光を過剰な反応を示してしまうのが、霊子放射光過敏症という。

 

「凄いな、そこまで分かってしまうとはね、良い目をしているね」

 

美月は目のことを言われて、顔がサッと蒼褪めていたが、蒼士はそんな彼女に近づいて言う。

 

「達也はそれを知られたくないみたいだから、内緒でね」

 

美月の性格から言いふらすような子ではないことは知っているが一応釘を刺しておくことにした蒼士。

 

「は、はい、誰にも言うつもりはありません」

 

「うん、俺も友達として達也の秘密を守ってあげたいからさ」

 

美月の言葉に満足気に笑顔でいる蒼士。美月も吊られて微笑んでいる。二人が笑顔でいる間に達也は課題をクリアしていた。

 

「やっぱり美月もその目で困っていたりするんでしょう?」

 

「はい、元々この目をコントロールするために魔法を勉強しているだけで」

 

人が少ない場所でならメガネを外していてもそこまで辛くないようだが、人が多い場所だとかなり辛い、と美月から話を聞いていた蒼士は一つの提案を出す。

 

「じゃあ、ウチの会社の研究に協力して欲しい」

 

「え、蒼士さんの会社というとHSA社ですよね」

 

美月も蒼士が社長であることを知る一人であるから当然知っていた。

 

「そうそう、ウチの研究者に霊子放射光過敏症に興味を示している人物が居て、だから協力をして欲しいんだよね」

 

蒼士の話す内容を真剣に聞いている美月の表情からは既に答えは出ていると言いたげであった。

 

「はい、それは当然協力します」

 

彼女にしては珍しく興奮しており、普段は見せない積極的で蒼士の手を掴んで瞳を輝かせていた。

 

「こちらから協力をお願いしているわけだから、お金も出すし、美月の身に危険なことは及ばないように配慮する」

 

「そ、そんな、お金なんて要りませんよ、私の意思で協力したいんですから」

 

蒼士の目を見て話す美月はいつにも増して興奮して、気合いが入っていた。それも生まれてからずっと目で苦しんでいたのだから、制御できるかもしれないという希望が出て来たら(すが)りたくもなる。

 

「ちょっと、美月。なにエキサイトしてるの?」

 

蒼士の手を美月が両手で握り、目と目が合って見つめ合う二人は目立っていた。さりげなく声を掛けてきたエリカが割り込まなければ、まだ続いていただろう。

 

「はぅっ!?」

 

ようやく気がついた美月は顔を赤くして俯いた。

 

「美月って可愛いね、話はまた連絡するからよろしくね」

 

そんな彼女の慌てように思わず言葉を述べた蒼士であった。頭を優しく撫でてるとさらに耳まで赤くなってしまった美月。

 

「蒼士くん! 女の子に気安く触らないのっ!」

 

美月が機能停止して動けないのを見て、エリカが止めに入る。

 

「エリカも撫でてあげようか?」

 

「いらないよ、それよりも課題見てよ!」

 

美月から離れさせるようにエリカが腕を絡めてきて蒼士を連れていく。エリカと組んでいたレオも待ってました、と蒼士が来てくれたことに感謝していたようだ。

 

「美月、ちょっと座って休んだ方がいいぞ」

 

達也がまだ顔を赤くしている美月に言葉を掛けているのだった。

 

蒼士のアドバイスのおかげで誰も居残りせずに昼食に行けたので、クラスメイト達から感謝される蒼士。

 

 

 

 

昼食は生徒会室で取らずに屋上で取ることにした。いつものメンバーでお弁当がない人は買ってきたもので食事をしていた。

 

弁当組は蒼士、達也、深雪、ほのか、雫、エイミィであり、エリカ、美月、レオは買ってきたものを食べていた。ほのか、雫、エイミィは昨晩の電話している時に話していたので弁当の用意をさせていたのだ。食堂ではなく屋上で食べようと誘っていたのだ。

 

蒼士の予想通りほのかと雫とエイミィに会った時には直接謝られたが、もう気にしていなかった蒼士はすぐに話を切り上げていた。昨日の時点で謝罪は受け取っていたから。

 

エイミィは初めて会うE組の達也、エリカ、美月、レオに自己紹介して、すぐに仲良くなっていた。明るい性格のエイミィはエリカと相性が良く、すぐに連絡先を交換して仲良しになっていた。

 

「蒼士さんの料理ってどれも美味しそうですね」

 

深雪は前にも蒼士の弁当を見ているが相変わらず美味しそうな見た目をしているのを褒めていた。勿論、味が美味しいのも知っている。

 

「食べる?」

 

遠慮しなくていいよ、と蒼士が言うとそれぞれ食べたいものを食べていく。

 

流石に人数が多いので蒼士が食べる量が減ってしまうのを気にしているほのかや雫であったが気にしないで、という蒼士の一言で食べることに。

 

「なにこれ!? 美味しすぎ!」

 

「ほんと、美味しすぎるよ、蒼士くん!」

 

エリカとエイミィが絶賛しており、蒼士の背中を叩いて褒める。他の面々も美味しいと賞賛の嵐であった。

 

「何年も趣味で料理していたらいつの間にか上手になっていてね、料理は自慢できる自信がある」

 

自分の料理を食べて味に満足しながら食べ進めていく。

 

「でも蒼士さんって何事も難なくこなしていくから苦手なこととか無さそうだよね」

 

雫の言葉に全員頷いてしまっていた。勉強も魔法も並の人以上、一人暮らしをしているせいか家事全般も卒なくこなしている。

 

「苦手なものならあったな、昔だけど」

 

完璧超人に思えた蒼士にも過去形だが、苦手なものがあったことに一同驚いていた。

 

「是非とも知りたいな」

 

達也が興味津々に聞いてきた。蒼士の苦手なものには非常に興味があったようだ。他の面々もそのようだが。

 

「空を見るのが苦手だったんだ」

 

「あぁ、分かるかも、なんか空を見てると身体ごと空中に投げ出されるというか、引き込まれるというか、浮遊感を感じる時があるんだよね」

 

エリカが蒼士の言ったことに同調した。蒼士もその通りだと頷いている。他の人達もあったことがある者もいれば、分からないなという人たちもいた。

 

「苦手だったのは昔だからね、今は全然大丈夫だよ」

 

微笑んでいる蒼士に思わず周りも笑みが溢れる。

 

「克服したのも空の向こうにある宇宙に行ってみたいと思ったからなんだ」

 

空を見上げて述べる蒼士の姿に思わず聞き入ってしまう一同。彼が語る言葉に引き込まれている感覚を感じていた。

 

「無限に見え広がる宇宙、先が見えない恐怖もあるけど、未知との遭遇、未知の大発見があるかもしれない、だから宇宙に行ってみたいって思ったんだよね」

 

壮大なことを言っているようにも思えるがこのことを言っている蒼士なら有言実行できそうな気がする一同。確証もないんだか、この人なら出来そうという雰囲気を感じていたようだ。

 

「だから、ウチの会社がさっそく衛星を打ち上げたでしょう? ニュースになっていたはずだけど?」

 

今日のニュースやSMSなどで話題になっていたことを思い出していた一同は、このことだったのか、と思い知る。

 

「蒼士さんは夢に向かってもう行動していたんですね!」

 

興奮した面持ちでほのかが述べた。同じ年齢で学生の蒼士が夢に向かって歩んでいることに感動しているほのかだった。他の面々も驚愕と感心と感動を実感していたようだ。

 

「宇宙に気軽に行けるようになったら面白そうだな」

 

「アンタはお気楽ね、全く」

 

レオの言葉にエリカが呆れたように応えていた。エリカの言葉にレオが反応して言い合いなっていた。

 

「ウチの会社の衛星がやっと一つ活動し始めたから、これからもっと打ち上げる予定だからね」

 

今までは買収した衛星などを使用していたが、HSA社の記念すべき第一号は無事に打ち上げが成功して稼働しているのだ。

 

「今度の打ち上げの時にみんなで見学しに行こうか?」

 

蒼士のこの誘いにエリカとエイミィが一番に反応していたり、全員ノリノリで賛成していた。普通はテレビなどで見るのだが、直接見るのはそれだけでも貴重な体験である。

 

「ほら、早く食べないとお昼終わっちゃうよ」

 

話に夢中になっていたせいか昼食の時間が結構経っていたので食べ始める一同は蒼士の意外な一面を知れて良かったと思えていた。

 




インターステラという映画を見た影響である。

次の更新は明日です。


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第十四話

※誤字脱字があれば報告お願いします。



E組での蒼士は課題が出ると教えて欲しいとクラスメイトが殺到して忙しい思いをしていた。今はもう一人の生徒と一緒に教えることが多くなり、分散する事ができ、非常に助かっていた。

 

達也も教える側に入れる知識を持っているんだが、遠慮して断っていた。

 

(みき)比古(ひこ)、そっちはどうだ?」

 

「うん、こっちも課題終わりそうだよ」

 

卓上端末オンラインの授業での半分で課題が出てしまったので質問してくる生徒を相手に振り返るように授業内容を簡単に説明していた蒼士。授業内よりも分かりやすいということで教卓に出て、自分の端末を接続して全員に見えるように表示しながら説明している。

 

課題に重要な部分や補足を入れて説明し終わると半分以上は課題をやり始めており、一部は蒼士と吉田(よしだ) (みき)比古(ひこ)という男子生徒と一緒に教えていく。

 

吉田(よしだ) (みき)比古(ひこ)という男子生徒は、細身の中背で、黒髪を綺麗に整えており、神経質そうな外見である。成績は良く、達也には劣るが記述試験は十位以内にいる頭の良さをしている。旧家にして古式魔法の名門・吉田家の次男でもある。

 

神童と呼ばれるほどの実力を有していたが事故により魔法力を損なった状態で第一高校の入試を受けた為に実技試験の方では力を出せずに今の二科生でE組に所属していた。

 

最初の頃は焦っていたのかピリピリした雰囲気を漂わせていたのでクラスメイトから警戒されおり、浮いていた存在だったが、蒼士が話しかけたことにより落ち着き、周りにも目を向けられるようになっていた。だが、胸の内には焦りを秘め、隠せずにいるために何かあればまた同じ状態になるだろうと蒼士は心配していた。

 

幹比古も蒼士と話している時やクラスメイトと触れ合っている時などは焦りを忘れられていいな、と感じているので自分の知識が役に立つなら、と蒼士と共に一緒に教えている。

 

「ミキ、此処が分からないんだけどー」

 

「エリカ、僕の名前は幹比古だ!」

 

蒼士の心配していることを察していたのは幹比古の幼馴染であるエリカであった。クラスが一緒になってから気にしていたようで、焦って浮いている幼馴染を見ていられず、相談したのが蒼士であり、昔のように気軽に呼んで揶揄えるような関係になれて蒼士に感謝していた。

 

「幹比古、こっちも頼むわ」

 

「ちょっと待って、レオ」

 

レオも貢献してくれていたが、本人にそういった意識は全くなかったようだ。

 

「蒼士さん、ちょっと聞いてもいいですか」

 

美月に呼ばれた蒼士は彼女に近づきながらエリカに揶揄われ、言い合う幹比古を見て、微笑んでいた。

 

「お節介だな、相変わらず」

 

「なんのことだい、達也」

 

幼馴染同士はやっぱり仲良くなくっちゃね、と思っていたことを達也に見抜かれて誤魔化す蒼士であった。

 

 

 

 

放課後になってクラブに行く人、友達とお店を誘って何処かに行こうとする人、図書館などで勉強する人、各々が自由に動き始める。

 

「(七草、十文字の工作の方はほぼ予定通り)」

 

個人情報端末に部下からの報告を受け取り、読んでいた蒼士は満足している一方で、全権を預けたんだからこまめに報告しなくていいのに、と部下の負担が増えていないか心配していた。

 

全権を委譲された人物もきっちりと『報・連・相』が出来る人であり、彼の部下たちも優秀だったので蒼士が心配するほどのことにはなっていないようだ。

 

表の顔は社長の代理となって社内でも代理と認知されているが、世間的には彼が社長だということにされてしまっている。取材やマスコミなどの対応も社長代理と答えていたりする。社長である蒼士の方針で隠さなくてもいい、という意見が出ているが彼も含め取締役たちでの間で意図的に拡散しないようにしていた。その事に蒼士も気付いているがあえて何も言わないし、問い質したりしてはいない。

 

「ねぇ、蒼士くん、一緒に帰らない? 美月やレオや達也くんもいるよ」

 

エリカが帰りの誘いをしてきたので蒼士は了承して一緒に帰るつもりであった。だが、それは出来なくなった。

 

ハウリング寸前の大声がスピーカーから飛び出してきたのだ。思わず耳を抑えてしまう者もいるほどであった。

 

スピーカーから聴こえてくる内容から明らかにブランシュに操られている面子だと判断できたというか蒼士は知っていた。一科生と二科生の差別撤廃、待遇改善などの要求に対してE組のクラスメイトたちは困惑顔であった。差別は些かあるかもしれないが、待遇改善は別にいらない、という面持ちであった。他の二科生のクラスでも過激なこの行動に困惑している者が多かったようだ。

 

有志同盟と聞いて改めて鼻で笑ってしまった蒼士。

 

「有志同盟ね、とりあえず放送室に行こうか、達也」

 

「あぁ、そうだな」

 

エリカたちに一緒に帰れないことを告げてから蒼士と達也は放送室に向かう。途中で深雪と合流し、携帯端末の方に連絡が来ているのを確認して三人で向かうのであった。

 

「これは、ブランシュの仕業でしょうか?」

 

「そうだよ、深雪の言う通りブランシュの意思が働いているよ」

 

「蒼士は知っているような口振りだが、何故止めないんだ」

 

「一高生徒に被害を出さないためだよ、犠牲者が一高から出たらマスコミが黙ってはいないだろうし、そしたら平穏な学校生活を送れなくなる。何よりも生徒同士の口論は生徒同士で解決した方が締めはいい」

 

「ですが、もしも武力に訴えてきたらどうします?」

 

「その前に此方の実行部隊が動くから平気かな、多少の誤差はあるかもしれないけどね」

 

「じゃあ前に見せてもらった計画通り進んでいるのか?」

 

「あぁ、ブランシュの拠点が潰されているから焦っているんだろうね」

 

「そっちに気を取られて一高への工作に割く時間と人手が減っていて、ブランシュの方でも揉めているのか」

 

「そう、だから達也や深雪への被害はこういう迷惑行為だけになるかな」

 

「蒼士くん、それはそれで嫌なんですが」

 

「深雪と同意見だ、血を流すような行いがないのは良い事だと思うが」

 

「二人とも一高の生徒なんだから手伝ってくれよ」

 

達也と深雪は元々自分たちから協力をお願いした経緯があったので問題なく協力するつもりであった。

 

 

 

 

放送室前には、既に摩利と克人と鈴音がおり、風紀委員と部活連の実行部隊も揃っていた。タイミングよく全員が揃ったようなので鈴音や摩利から現状報告をされる。

 

放送室の扉は閉鎖され、立てこもり犯たちは鍵をマスターキーごと手に入れているという報告を聞いてその場がざわつく。明らかな犯罪行為であるからだ。

 

鈴音は慎重に動く事を薦め、摩利は多少強引でも短時間の解決を薦め、方針が対立して膠着していた。その中で一人だけ二人の討論に耳を貸さずに放送室の扉の端末前にいる蒼士。

 

「梓條、お前は何をやっているんだ」

 

周りを見ていた克人は蒼士が一人だけ行動していたことに気付く。その声に摩利も鈴音も反応しており、その場にいた全員が蒼士に視線を向けていた。

 

「あ、もう開きますよ」

 

はぁ? と声を上げたのは誰か分からないが全員が思っていたことは確かであった。

 

「あと俺がタッチするだけ開きますよ、この扉」

 

自分の端末をその場にいる全員に見せて説明する蒼士。彼は黙ってハッキングしていたのだ

 

「このぐらいのならハッキングは簡単でしたよ、もっと網膜スキャンや指紋認証の方がセキュリティ的にはいいと思いますが」

 

「学校でそれほどの警備システムがいるところは限られますし、放送室には必要はないですよ」

 

「市原!? そこを注意するのか!? もっと他の部分があるだろう」

 

蒼士の行動に驚いていたものの冷静な鈴音は言葉を返していた。彼ならそのぐらい普通にやってしまうだろうと思っていたようだ。

 

摩利は『ハッキング』という単語に反応していた。学校の設備に侵入して短時間で解決させてしまったのだから。

 

「それと、これは光系統魔法の応用と科学技術の投影です」

 

蒼士は端末を弄りながら扉に魔法を使用して投影して放送室内の現状を映していた。熱源だけではあるが中には五人がいるということが分かった。

 

「君はつくづく有能だな」

 

「褒めても何も出ませんよ」

 

摩利が蒼士を褒めるも特に反応もなくつまらなそうにしていた。

 

「これだけ情報が揃ったので、突入してもよろしいのでは? 放送室内は既にハッキング済みですから操作もできないので」

 

蒼士の言葉に慎重派だった鈴音も突入に賛成することに。突入前には放送室内の機材を少しだけ操作し、混乱させてからの突入になるようにアシストするとも説明する蒼士。

 

克人、摩利、鈴音の意見が一致したので突入を開始した。ロックしていた筈の扉が急に開き、放送室内の機材が弄っていないのに反応するなどの混乱であっさり突入部隊に捕縛されることになった有志同盟。

 

捕縛された有志同盟の中には紗耶香もおり、達也や蒼士のことを睨みつけていたが、そんなことを気にする二人ではなかった。覚悟もなく、悪いことをしているという意識もなく、踊らされている存在に興味はないからだ。

 

「ごめんなさい、彼らを放してあげてもらえないかしら」

 

捕縛され連行される有志同盟のメンバーを止める人物が現れた。生徒会長の七草真由美であった。

 

真由美は今回の件についての措置は生徒会が委ねるということを報告する。先生たちには真由美が説明していたのでこの場にいなかったのだ。

 

有志同盟の面々に現在置かれいる立場などをさりげなく説明する真由美に対してまるで反省していない有志同盟メンバー。五人の中でリーダー的な行動を担っていた紗耶香に真由美はこれからの交渉に関する打合せを提案して紗耶香は承諾していた。

 

この件は一時保留で済ますことになり、捕縛されていた有志メンバーは解放されることに。不満を残す者もいるが生徒会長、部活連会頭、風紀委員長が三巨頭が納得していたのでそれに従うしかなかった。

 

「蒼士くんは議事録を取って欲しいからこの後も手伝ってね」

 

真由美と紗耶香は打合せの為に移動するようだったが、真由美の一言で蒼士が手伝うことに。蒼士自身も不満はなく、寧ろ真由美、克人などには手伝って貰っているので協力は惜しまない。

 

「壬生さんもいいかしら」

 

「……はい、構いません」

 

真由美が紗耶香に確認を取ると多少の間があったが了承してくれた。

 

「事後処理を手伝えなくてすいません、市原先輩」

 

「構いませんよ、それよりも会長の相手をお願いします」

 

「あぁ、俺と市原でやっておくから気にするな」

 

鈴音と克人から気にしなくていい、と言われたので真由美たちの方に移動する蒼士。真由美は全員に帰っていいと発言して解散を指示した。達也と深雪もそれに従い、帰って行った。

 

真由美と紗耶香の話し合いの末に生徒会と有志同盟の公開討論会が決まった。有志同盟は承諾しており、生徒会からは生徒会長である真由美が一人で参加することに。

 

その場にいた蒼士は自分も参加しましょうか、と聞いてみたが真由美の方から遠慮していたのだ。打合せする必要がないのと複数人だと何処かに綻びが出てしまい、そこに付け込まれてしまうのではという考慮があったのだ。

 

 

 

 

「ごめんなさい、遅くまで付き合わせちゃって」

 

「気にしなくていいですよ、真由美には七草家との連絡役として協力して貰ってますし、これぐらいの手伝いならいつでもやりますよ」

 

「うん、ありがとう、でも七草家のためだけなの?」

 

「いえ、そちらは建前で真由美のような美少女と一緒に居たいのが本音です」

 

「もう、蒼士くんは相変わらず嬉しいことを言ってくれるのね」

 

「やっぱり真由美には笑顔が似合いますね。では、このあと予定が無ければウチで料理でも食べて行きませんか?」

 

「え、蒼士くんの家、ん、うん、予定は無いから行くわ、行きたいわ!」

 

「では、決定で。一応護衛の方にも連絡を入れておいて下さい。自分が真由美を誘拐したと思われたくないので」

 

「そ、そんなことにはならないわよ、連絡しとくわね(蒼士くんにならイイかも…)」

 

「ほらほら、また顔を真っ赤にさせて可愛いですね、真由美。家に着くまで手を繋いでもいいですか?」

 

「うへぇー、可愛いとか言わないでよ、蒼士くんがどうしてもって言うなら手を繋いでもいいわよ」

 

「強がっていても顔は真っ赤のままですよ、真由美が嫌ならいいです、さぁ、ウチに案内しますよ」

 

「え、あ、うーん、つ、繋ぎたいです」

 

「正直なのは良い事ですよ」

 

「もうー、お姉さんを困らせて楽しいのかしら。それにしても男の人の手は大きいのね、それに暖かいわ」

 

「恥ずかしながらもちゃんと握ってくれて嬉しいです」

 

「普通は男の子から握ってくれるんじゃないの?」

 

「恥ずかしがる真由美を見たかったからあえて受け身に入りました、すいません」

 

「まったく、蒼士くんったら、このまま手を繋いだままで家まで案内してくれたら許すわよ」

 

「それは勿論、ちゃんとエスコートしますよ、お嬢様」

 

人通りが少ない道でお互いに笑顔で会話をして肩が触れ合う距離感で歩む二人は誰がどう見てもカップルにしか見えなかった。




※蒼士と真由美は付き合ってません!(重要)

次の更新は26日土曜日です。


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第十五話

灰茨悠里さん、((´・ω・`)さん、誤字脱字報告ありがとうございました!

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


公開討論会の話は学校中の噂になっており、生徒会長の七草真由美と有志同盟の対決は一日もしない内にあっという間に広まっていた。

 

「ふざけんじゃないわよ、あんな強引な勧誘で同盟なんかに参加するわけないじゃない!」

 

E組内ではエリカが大声で怒鳴っていた。周りにもクラスメイトがエリカの意見に同意のようで頷いていた。

 

「ちょっと強引なような気もするね」

 

「ちょっとじゃないわよ、ミキ。アイツら強引に話を聞かせようとしてんのよ、興味ないのに止めれたのよ」

 

僕の名前は幹比古だ、とE組ではお馴染みの光景に珍しがる者もいなくなっていた。エリカも幹比古も廊下に出れば有志同盟の面々に絡まれているみたいだ。二人だけでなく二科生と見れば誰彼構わずに声を掛けて勧誘し、一人でも多くの味方を付けようとしているようだ。

 

「放課後の討論会のためとはいえ、随分と活発化しているな」

 

「興味ねぇよって言っても話でも聞いてくれって止めてきやがるんだぜ、全くいい迷惑だぜ」

 

達也とレオも迷惑しているようだ。クラスメイトたちも同じようで話を聞いてみたものの同じ気持ちにはなれなかったというのを数多く聞いていた。そして一年の二科生は教室から出るのが減っている。出れば確実に同盟に絡まられるからだ。

 

「そういえば蒼士くんと美月は?」

 

「蒼士は生徒会に行って、美月も外に出ているようだぞ」

 

エリカの問いに達也が応えていた。真由美に呼ばれたのを近くにいた達也に伝えていたのだ。美月もクラブの用事で出るという事で蒼士と一緒に出て行ったのを見ていた達也。

 

「美月、一人で大丈夫かな?」

 

「僕が迎えに行ってこようか」

 

エリカの心配を幹比古が拾っていた。今の現状で美月を一人にしておくのは危ないだろうし、何よりも同盟が黙っているわけがないので心配であった。

 

「蒼士がそんな状態で黙っているわけないだろう」

 

「あっ、それもそうね」

 

「うん、確かに、絶対ボディガードみたいに付いてそう」

 

「やべぇ、余裕で想像できるわ」

 

達也の言葉にエリカ、幹比古、レオが反応して笑っていた。蒼士の性格を把握しているので困っている女子を放っておかないだろう、と全員同じことを思っていたようだ。

 

そして噂をしてるとなんとやら。

 

「蒼士さん、わざわざありがとうございました」

 

「気にしないで、俺も生徒会室に呼ばれていたからさぁ、それに美月のことが心配だったしね」

 

強引に勧誘されて拒否することが出来なさそうだから、と蒼士が素で思っているのとは別のことを考えてしまった美月は赤面してお礼を述べていた。

 

「ちょ、ちょっと、なんで美月が顔を赤くしてるのよ」

 

「エ、エリカちゃん、わ、私は別に赤くなんてなってないよ」

 

いや無理があるだろう、と達也とレオと幹比古が内心ツッコミを入れていた。誰が見ても美月は顔を赤くさせていたのだから。女子同士仲良く盛り上がっているエリカと美月。

 

「外はどうだった?」

 

「さっきよりかは同盟の姿はないけど、まだチラホラいるね」

 

外の様子が気になっていた達也は蒼士に聞いていた。案の定、まだいるようであった。

 

「生徒会長の様子はどうだった?」

 

「問題なしだったね、体調は万全で何を言われようと負ける気がしないって言ってたよ」

 

レオの問いに蒼士は応える。見惚れてしまいそうな彼女の笑顔を見たので問題なしと判断していた蒼士。

 

ただ最後の方で美月に同盟が近寄らないように護衛しているのを話し、見られたら機嫌が悪くなっていたのは蒼士の胸の内に秘めることに。

 

 

 

 

放課後になり、公開討論会が始まった。

 

講堂には全校生徒の半分が集まっており、多くの生徒が二科生だけでなく一科生もこの問題に関心を持っているようだ。

 

服部副会長も壇上に上がっているが真由美の後ろに控えるようにしている。同盟側は四名であった。

 

「これほど集まるとは予想外でした」

 

「それほど一科生と二科生の問題を気にしていたということだろう、市原」

 

鈴音と摩利の会話を傍で聞いていた達也は講堂内を隅々まで見ていて気付く。

 

「壬生先輩や放送室を占拠した人たちはいないようですね」

 

ある人物たちを探していた達也は見つけられなかったのだ。放送室の占拠という暴挙に出たメンバーを。

 

「蒼士くんの言う通りですね、別働隊でいるんでしょうね」

 

「同盟メンバーを全員把握しているって規格外にも程があるな、蒼士くんは」

 

予め言われていたことを思い出す鈴音と摩利。ブランシュの行動と共に連動するつもりであること、それぞれ部隊を分けていることも、そしてそれぞれの配置も、全部蒼士から情報提供されていたので講堂内の同盟メンバーに対して的確に風紀委員が各々のマークに付くことが出来ているのだ。

 

「学校内の配置も蒼士が会頭と一緒に実行部隊の指揮をしているおかげで準備できているみたいです」

 

達也が携帯端末から蒼士のメッセージを受け取り報告していた。

 

「達也くん、日本のブランシュは壊滅したんだよね」

 

「委員長も見たはずです、蒼士の動画を」

 

摩利は不安に思っていたことを達也に告げていた。鈴音も隣で気になっていたようだ。

 

「昨夜、一高生徒との作戦会議が終わったブランシュを襲撃し、壊滅させたのは俺も蒼士から報告を受けました。何よりも日本支部のリーダーである(つかさ) (はじめ)と幹部クラスが捕らえられていた動画を見たんですよね」

 

「会長が呼び出した時に蒼士くんから報告は受けましたが」

 

「真由美や十文字は特に驚いていなかったから真実なんだろうな」

 

鈴音も摩利も生徒会室に訪れた蒼士からこの話と動画を見せられて驚愕していたのだ。知らぬ間にブランシュという組織が壊滅していたのだから。

 

「ブランシュが一高に襲撃してきたタイミングで同盟も動くみたいでしたが、それがこちらに筒抜けとは思っていないでしょう」

 

達也の発言に頷く二人。相手側からしたら作戦内容も配置も全て筒抜けであるとは思わないだろう。

 

「同盟メンバーが動けば拘束、動かなくても討論会が終われば拘束、こちらは単純な作戦で助かりますが」

 

「最後は蒼士くんが持っている動画を同盟メンバーに見せて改心すればベストだな」

 

鈴音と摩利の会話を耳に入れながらも視線を舞台へ向けると討論会が始まった。

 

 

 

 

義兄(にい)さん、なんで電話に出てくれないんだ、なんで他の人にも連絡がつかないんだ!」

 

「先輩、お困りですか?」

 

「お、お前は梓條!?」

 

「ブランシュ日本支部は昨夜壊滅しましたよ」

 

「なぁ!? う、嘘だぁッ!?」

 

「では、連絡が取れましたか? 司一や他のメンバーには?」

 

「ば、馬鹿な、う、嘘だ、義兄さんが……」

 

「急な質問ですが、頭の中に(もや)が掛かったことがありませんか? それとちゃんと義兄さんを信用していましたか? いつから信用していました?」

 

「な、なに、を、言うん、だ」

 

「本当は馴染めなかったのではないですか? 得体の知れない義兄に」

 

「そ、そんなわけ、ない、俺は……」

 

「即否定できないということは何かしら思い当たる点があるんでしょう? 答えを知りたければ付いて来て下さい、講堂の方も終わったはずなので」

 

「まさか、作戦が」

 

「作戦は失敗です、ですから貴方には真実を教えましょう。そして貴方には義兄の正体を知る権利がある」

 

「義兄さんの正体?」

 

「だから行きますよ、もしも腕のCADを操作したらこちらも遠慮しませんので、俺の事を調べていたんですから分かりますよね?」

 

「……分かった」

 

剣道部主将の(つかさ)(きのえ)は素直に蒼士の後を付いて行く。自分が信頼しているはずの義兄についての真実を知る為に。

 

壬生紗耶香は剣術部の桐原(きりはら) 武明(たけあき)が説得、拘束したようだ。克人に選ばれた実行部隊におり、自分から紗耶香の担当を請け負ったようだ。

 

 

 

 

公開討論会が始まって同盟側の質問と要求を真由美が生徒会を代表として反論するという流れになっている。

 

同盟側は、二科生しか所属しないクラブや一科生が所属しているクラブなどの予算配分を平等にするべきなど、二科生はあらゆる面で一科生より劣る差別的な扱いの改善などの具体的な要求がなく、具体的な事例、どのぐらいの予算配分が良いなどの詳細な数字が無い曖昧な要求であった。

 

真由美は、一つ一つを具体的な事例と曲解の余地がない数字で反論して看破していく。要求などが無くなり、差別意識の討論になっても凛々しい表情と堂々とした態度で熱弁を振るう真由美に対して、同盟側の反論は既に尽きていた。

 

一科生であること二科生であることを自覚して壁を作ってしまい、勝手に優れている、劣っているなどの意識の壁を築いてしまっている。この環境について熱弁する真由美に講堂にいる生徒達は真剣に聞いていた。同盟側のヤジも無くなり、真由美の声だけが講堂内に響いていた。

 

真由美が語ることについては講堂の大半がもしかしたら考えたことがあったかもしれない。無意識に一科生よりも、二科生よりも、とかを考えた事がある生徒たちは改めてこの意識を認識でき、意識の壁というのを自覚させることに成功していた。

 

真由美が言い終わると拍手が湧いていた。一科生と二科生に区別なく手を打ち鳴らしていた。誰もが無意識に受け入れてしまっていた差別意識を認識、自覚させてくれた真由美に感謝していた。

 

同盟側は反論する気力もなく、悔しそうに睨むだけであった。

 

最後に真由美は希望を述べていた。生徒会役員は一科生から指名することになっているのを撤廃させると公言、公約し、どよめきが起こるが生徒会長が自ら差別意識への一歩を踏み出してくれたというのを生徒たちは感じ取り、満場の拍手で迎えられる形で公開討論会は終わりを迎えた。

 

「同盟の動きは?」

 

「作戦の合図がないので動揺していますね、それと会長の言葉が伝わったのでしょう、明らかに動くのを躊躇っています」

 

舞台袖にいる摩利と達也は真由美に拍手を送りながら講堂内を確認していた。拍手をしながら周りを確認する者、きょろきょろ顔を動かして同盟メンバーとアイコンタクトをする者、明らかな動揺を見せていた。

 

「では、動こうか」

 

「はい、予定通りに」

 

摩利が無線で風紀委員に指示を飛ばした。統率が取れた動きで各々マークしていた同盟メンバーに近寄り、告げる。「作戦は失敗だ、合図はない」と。

 

言葉の意味を悟ったのか、抵抗することなく顔を伏せていく同盟メンバー、作戦予定時刻になっても何も起こらない、風紀委員から告げられた言葉は全てこちらのことがバレていると判断したようだ。

 

「どうやら無抵抗のようですね」

 

「何人かは武力に訴えてくると思ったんだがな」

 

鈴音と摩利は講堂内にいる同盟メンバーが力なく項垂れているのに一安心していた。強硬手段で魔法の使用もあるだろう、と考えていたのだが無駄であった。風紀委員にも強硬手段に出た場合は力づくで拘束してよい、と摩利が許可していたのだ。

 

「蒼士くんの方も無事に終わったみたいですね」

 

「……おい、蒼士くんはどうして市原の方に報告してんだ? 風紀委員長の私に報告するもんだろう」

 

「信頼の差では?」

 

「おい、お前も言うようになったな、市原」

 

無事に済んだことで気が緩む鈴音と摩利であった。

 

 

 

 

討論会も終わり生徒たちが講堂から出ていくのだが、項垂れて風紀委員が近くに控えている生徒は講堂に残っていた。つまり同盟メンバーはいつでも拘束できる状態で講堂に残っていたのだ。

 

壇上の近くに集められた同盟メンバーは衝撃の光景を見ることになる。講堂の裏口から入ってきたのは同盟の学校内に配置されていた実行部隊であった。各々が沈んだ表情と空気を纏い現れたのだ。同盟側の実質的なリーダーである司甲も観念した面持ちで壇上の近くの席に座っていた。

 

「一高内の同盟はこれで全員です」

 

「うん、ありがとうね、蒼士くん」

 

「感謝する、梓條」

 

端末を弄っていた手を止めて報告した蒼士。蒼士が知る同盟メンバーの人数、顔、名前を確認して、全員いることを真由美と克人に知らせたのだ。

 

こうして有志同盟の面々を集めた意味の説明を始める克人。真由美も隣に控えるようにおり、蒼士は舞台袖に控えていた。摩利も舞台袖にいるが同盟側に目を向け警戒していた。

 

克人の説明は単刀直入であった。ブランシュ日本支部は壊滅したこと、リーダーである司一をした幹部の逮捕について語っていた。

 

昨夜行われた一高への最終的な作戦確認後、一高生が居なくなった後にブランシュの二箇所の拠点を奇襲し、司一、幹部クラスの捕縛をしていたということを。

 

そのことを知った同盟側は連絡が取れなかったこと、作戦時間になっても何も起こらなかった、ちゃんとした理由を知ることになり、絶望していた。何よりも作戦がダダ漏れであったことに。

 

「そしてお前らには見て貰いたいモノがある、梓條」

 

克人に呼ばれた蒼士は壇上にあるスクリーンにある動画を流した。同盟側が本当の真実を知るために。

 

動画にはブランシュ日本支部リーダーである司一が映っており、白い服のような拘束具に両手を縛られ、足にも枷を嵌めれている光景が映し出されていた。体が恐怖で震えているのようで動画を撮られている真正面も向けずに地面ばかり見ていた。

 

震える声で彼は語り始める。第一高校の生徒に催眠効果の魔法を使用し手駒にして、一科生と二科生について煽り、衝突、混乱するように仕向け、工作部隊が混乱に乗じて学校内の特別閲覧室から魔法研究の成果を奪おうとしていたこと、そしてバックにいる存在の大陸の大亜細亜連合(だいあじあれんごう)を明かしていく。

 

講堂内にいる真実を知らなかった一同は驚愕していた。ブランシュのバックには大亜細亜連合という国がいることに。そして捨て駒のような扱いで第一高校の生徒を操っていたことに。

 

同盟側も信じていないという面持ちであったが司一の催眠効果の魔法についての詳細な説明を聞いていく内に納得せざるおえない真実になっていき、泣き出す者も出てきていた。自分たちが信じていたリーダーが自分らのことをなんとも思っておらず利用するだけ利用して切り捨てようとしていたのだから。

 

泣きながら自分を見つめ直すことができていた同盟メンバーは記憶違い、不自然な行為、思い出せない出来事など、改めて整理すればおかしな部分が多々あることが理解でき、何で気付けなかったんだという後悔の念が押し寄せて涙が止まらずいた。

 

摩利、鈴音などの風紀委員の面々なども泣き崩れている同じ学校の仲間を見ていて、同情してしまい辛い表情を浮かべてしまっていた。深雪は動画の内容を聞けば聞くほど内から溢れてくる憎悪が爆発しそうになっていくのを感じていたが、そんな深雪を察し、達也が深雪に寄り添うようにしていた。

 

辛い真実を知った彼らにはもはや抵抗することも討論することも不要であった。

 

克人は催眠効果の後遺症などあるかもしれないので念のため病院で安静にするように伝え、病院に搬送することに。十文字家次期当主として権力を使用して病院を手配していたのだ。

 

真由美や克人は口外しないように指示を出し、風紀委員や実行部隊は解散になったが、後味の悪い終わりになってしまった。

 

だが、物的被害、犠牲者なども出ることなく、生徒同士で一応は決着がついた形となる。

 

 

 

 

事後処理などを終えて帰る蒼士と真由美は二人っきりであった。昨日も同じような展開であったが今日は真由美に元気がなかった。

 

「お疲れ様でした、真由美」

 

「うん、蒼士くんもお疲れ様」

 

労うように笑顔で声を掛ける蒼士であるが相手の真由美の反応はイマイチであった。討論会を一人でやり遂げたので精神的疲れもあるようだが、それだけではない。

 

「同盟の生徒たちが気になりますか?」

 

「……やっぱり分かっちゃう」

 

目の前で真実を知ってしまい、信じていた者に裏切られ悲しみに声を上げ、涙を流していた光景を目の当たりにして、真由美も心情的には辛かったようだ。

 

「他の手段は無かったのかな?」

 

「その場合は武力でのぶつかり合いになってしまい、第一高校が襲撃され、怪我人やもしくは犠牲者も出てしまっていたかもしれませんよ」

 

そっか、と悲しい表情で応える真由美。何時も元気で明るくいてくれる真由美に戻したく話し始める蒼士。

 

「同盟メンバーは真実を知り、改心していくと思います。そのメンタルケアなどもしていこうと十文字先輩とは話していたんですが、真由美も当然協力してくれます?」

 

「えっ」

 

伏せ気味の顔が蒼士の顔を見つめるように見上げる真由美、きょとん、とした表情で浮かべていた。美少女ってどんな顔でも似合うな、と内心で蒼士は思っていた。

 

「もちろん、服部副会長、渡辺先輩、市原先輩、中条先輩、深雪にも協力してもらい、彼らが立ち上がれるサポートをするつもりですよ。真由美自慢の生徒会メンバーに親友の渡辺先輩も協力してくれますよ」

 

「……」

 

まだこれからもやることがあるんだと再確認した真由美。気落ちしている場合ではないと気合を入れるのであった。

 

「うんうん、私も手伝うわよ、生徒会長ですからね」

 

元気が出てきて明るい綺麗な笑みを浮かべてくれた真由美。いつもの雰囲気が出てきていた真由美に蒼士は述べた。

 

「今日は頑張ったのでまたウチでご飯でも食べていきませんか?」

 

「行く行く!」

 

即答の真由美に笑みを浮かべる蒼士。

 

「では、また手を繋ぎますか?」

 

「それもいいけど––––」

 

蒼士の誘いの返答に最後まで口にすることはなかった真由美。彼女は蒼士の腕に抱きついて絡まっていた。カップルのように密着している。

 

「やったぁー、蒼士くん一瞬だけど驚いたでしょう? やっとやり返せたわ」

 

咄嗟のことに蒼士は多少の驚きをしていたのを真由美を見逃していなかったようだ。密着して感じる彼女の体温、とてもいい香りがする髪に役得だと嬉しくなる蒼士。

 

「このまま家までよろしくね!!」

 

「お姫様の良きように」

 

先程までの暗い雰囲気が嘘のように元気な真由美とそれを嬉しそうに見ながら会話する蒼士がいるのであった。

 

 

 

 

「ね、ねぇ、今日はメイドさんが料理してくれているのね」

 

「ウチの家の管理をやってくれているんです、掃除、洗濯、料理や食材の補充とか細かなところとかも、でも今日は真由美を労うために料理を任して、俺が真由美の相手をすることにしたんだ」

 

「ん、うん、それは嬉しいんだけど……蒼士くん、今日は積極的ね」

 

「一緒にソファに座りながらテレビ見ているだけですよ」

 

「そ、そう、そうなんだけど、ひゃ、どこ触ってるの」

 

「今日は労いですから」

 

「あ、ん、腰に手を回して、そ、そのまま、どうするの」

 

「どうして欲しいですか? このまま胸元に抱きしめて欲しいですか、腰にある手を上に進めて真由美の胸を触って欲しいんですか」

 

「そ、蒼士くんも、男の子ね、こんな子供体型な体に興味があるの?」

 

「勿論です、真由美は子供体型と言っていますが魅力的な体をしているんですよ」

 

「あっ、ちょっ、んぁ、腰からだんだん上に、手を進めて、ん、こないで」

 

「ウエストも細くて、胸も大きいですし」

 

「んひゃ、ま、待って、タイムタイム」

 

「青少年をナメていましたね、真由美」

 

「ナメてました、ごめんなさい」

 

「ダメです」

 

「きゃ、ま、まだ、私たち付き合っていないのよ」

 

「では、抵抗して下さい、随分と軽い力で倒れてくれたような気がしますが」

 

「そ、それは」

 

「期待してますね、期待してますよね」

 

「ッ!?」

 

この直後に扉からノック音と食事の準備ができたことを告げられた。全然怒っている様子がない真由美は顔を赤くしながら乱れた服を整え、食事の前に洗面所に向かうことに。

 

だが、彼女の内心が分かってしまい、拒絶どころか求めている感情を感じ取ってしまっていたので、割り込みが無ければあのまま続けていたかもしれない、と少しの反省と残念感を蒼士は胸の内に秘めることにして真由美を待つ。

 

洗面所から戻ってきた真由美に調子に乗っていたと蒼士は頭を下げて謝り、真由美は顔を赤くさせながらも全然気にしていないと許していた。そのまま食事をしていくと普段の真由美に戻っており、楽しい食事をして過ごすことができたようだ。

 

「今日も美味しい料理をご馳走さま」

 

「いえ、本日は俺の自慢のメイドである東条(とうじょう) 斬美(きるみ)が調理しましたので」

 

蒼士の背後に控えるメイドを紹介するように動いていた。メイドも蒼士の動きに同調するように一歩前に出ると、手を揃え、目を伏せ、礼儀作法の手本のようなお辞儀を見せた。

 

あまりにも綺麗な動作の一つ一つに真由美もたじろいでしまっていたが、彼女にお礼を述べていた。

 

「メイドさんも蒼士くんもこんなに美味しい料理なら毎日でも食べたいわね……冗談だけど」

 

「別に構いませんよ、その場合は真由美がウチで暮らすというのが良いと思いますが?」

 

真由美のさりげない冗談を乗せた言葉を本気で返答していた蒼士。

 

「––お父様の許可が出たらね」

 

多少の間があったものの頬を赤く染めて述べた真由美。

 

「はい、楽しみにしておきます」

 

笑顔で真由美に応える蒼士。

 

「じゃあ、今日は特別にお礼ね」

 

蒼士の言葉に笑みを浮かべていた真由美は大胆な行動を取る。真由美は蒼士の顔を両手で優しく触りながら自分に引き寄せるようにして、蒼士の頬にキスをしていた。

 

触れるだけのキスですぐに真由美は蒼士から少しだけ離れ、顔を真っ赤にさせて頬が緩んだのを隠すように手で抑えていた。

 

「……ほっぺですか、唇じゃなくて良かったんですか?」

 

「わ、私だって恥ずかしんだからね、それと私の唇は安くありません!」

 

キスをされた頬を触りながら蒼士は述べた。真由美自身も恥ずかしいと分かっていながら行動した結果であった。

 

「では、真由美のファーストキスは自分が頂きます」

 

「ッ!? もう、恥ずかしいこと言わないでよ! じゃあ今日はありがとうね」

 

逃げるように迎えの車に乗っていく真由美を見送った蒼士は頬に残っている感触を確かめるように手で再び触れていた。美少女から頬にキスをされて上機嫌の蒼士。

 

そんな蒼士の背後に控えるメイドの東条斬美がいた。

 

東条(とうじょう) 斬美(きるみ)とは、女性では高い身長であり、妖艶であり高潔さと気品を兼ね備えてる容姿をしており、スタイルも抜群、髪で片目が隠れ、フリルのカチューシャを付けている。服装は特殊であり、蜘蛛の巣がプリントされている黒のワンピースを着こなしており、それ以外はメイドらしく全体的に白黒で統一されている。成人してから彼女は蒼士に仕えるようになった。

 

「蒼士様、また女の子を堕としているんですね、これは報告させて頂きますね」

 

主人である蒼士の悪い癖を指摘する斬美は従順に従うだけのメイドではなく、甘やかしたりせず指摘をするなど意志の強い人物でもある。

 

「刺されるかも」

 

「いえ、ぶった斬られるか、ぶん殴られるかのどちらかではないでしょうか?」

 

蒼士からも高く評価と信用されており、気軽に話せる相手だと蒼士は思っている。斬美の方も仕える主人からの信用と信頼に光栄だと思っている。

 

「余計にヤバイな」

 

「その分は夜の相手を増やせば良いと思われます、僭越ながら私の相手も宜しくお願い致します、ご主人様」

 

メイドは主人のあらゆる要求に応えられるようにあらゆる能力を付けているものだと斬美は考えている。そんな主人のためにも自分が一肌脱ぐことに。

 

主人をお慕いしており、好意を寄せている一人として二人だけでいる間は自分の時間だと勝手ながらも思い込んでしまっている斬美。

 

そんな彼女の内心が分かっているかのように蒼士は主従関係のメイドとしての斬美ではなく、一人の自分を慕っている女性の斬美として、エスコートするように彼女の腰に手を回して一緒に家に入っていくのであった。

 

 

だが、斬美は真由美との出来事を他のメイドにちゃんと報告していた為に蒼士は夜を眠れない日々を過ごすことになった。




※蒼士と真由美は付き合ってません!!(重要!)

ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期に登場する人物。
・東条斬美

次の投稿は明日27日です。


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第十六話

今回は魔法科の人物は出ません。

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


有志同盟が第一高校への作戦を開始する当日深夜。

 

第一高校から一時間も掛からない距離にある工場跡、此処がブランシュの拠点になっている。完全な夜になっており、街外れの丘陵地帯のため周りに人影など一切なかった。

 

催眠効果のある魔法で操っている第一高校の生徒には既に作戦内容の最終的な確認をして解散させていた。今は工場内には一高生徒は誰もおらず中にはブランシュ工作員の大亜細亜連合の兵隊だけとなっていた。

 

そんなブランシュの拠点ではリーダーである司一が荒れていた。時間とお金を掛けて拠点を増やしてきたのに最近になり、拠点が潰され、怒り心頭であった。そして何よりも潰された拠点から部下は誰も帰って来ず、調べても何も出てこないという事態に焦っているのだ。既に拠点はこの工場跡を含め二箇所しかないという状況であった。

 

そして一高への作戦確認後からもう一つの拠点とも連絡が取れず、部下を送ったにも関わらず何の連絡もないという状況に物や部下に怒りをぶつけていた。

 

 

 

 

ブランシュに気づかれないように工場跡を包囲する集団が居る。四方を囲み、逃げられないように包囲し、人員も配置済みであった。

 

「ハッシュヴァルト様、準備が整いました」

 

白い軍服のような服装の女性が同じく白のマントを羽織り、白軍服の男性に報告していた。

 

「では、始めよう」

 

ハッシュヴァルトと呼ばれた男性は金髪の長髪の整った顔、イケメンの部類に入る容姿をしており、感情を表に出さず何事にも冷静に対処する技量を保有している。そして彼は忠義を誓った蒼士からブランシュ件についての指揮を任されていた。

 

ハッシュヴァルトは後ろに控えていた五人の人物を呼ぶ。全員が白を強調した軍服を改造した服装であった。

 

「久し振りに暴れられるわね!」

 

黒髪ロングの美少女が元気よく飛び出していこうとするのを他の四人に止められる。

 

「おい、待てよ、このクソビッチ」

 

ボブヘアーの小柄なロリっ子が荒っぽい口調で止めに入った。

 

「今のリーダーってリルだからバンビちゃんは黙ってた方が良いと思うの」

 

ピンク色の髪に巨乳でおっとりした口調の女性が二人を止める。

 

「ったくよ、このクソビッチのせいでボスに嫌われたらどうすんだよ」

 

ライム色の長髪が特徴で露出の多い制服を着ている女性が目の前の光景に愚痴をこぼしていた。

 

「えぇー、キャンディちゃん、ソウシちゃんのことなんて気にして、可愛いぃぃー」

 

黒髪アホ毛の華奢な容姿をした女性にも見えるが、彼女は男である。このことを指摘するとかなりキレる。

 

「バンビエッタ、リルトット、ミニーニャ、キャンディス、ジゼル、君たちの能力の使用は蒼士様から許可を頂いている」

 

個性的な五人を前にしても顔色一つ変えずに告げるハッシュヴァルト。

 

バンビエッタ:愛称は「バンビちゃん」

リルトット:愛称は「リル」

ミニーニャ:愛称は「ミニー」

キャンディス:愛称は「キャンディ」

ジゼル:愛称は「ジジ」

 

五人でバンビーズと名乗っているがバンビが全て決めたことであった。バンビエッタがリーダーであったがとある事情によりリルトットがリーダー的な存在になっている。

 

「おい、クソビッチ、お前はバカか、お前が突っ込んだら何も残らないだろうがぁ!」

 

「リルの言う通りだよ、バンビエッタちゃんがバカみたいに突っ込んだら作戦が台無しだと思うの」

 

「けっ、バカに何言ってもしょうがねぇよ」

 

「うんうん、バカはバカだもんねぇ」

 

リルトット、ミニーニャ、キャンディス、ジゼルからお叱りを受け、馬鹿と言われたバンビエッタは体を震わせてキレそうになっていた。

 

「バカバカ言うな! バカって言った方がバカなんだよ!」

 

子供のように地べたを踏んで怒るバンビエッタに呆れる他のメンバー、そしてそれを見ていたハッシュヴェルトも。そして彼は声を掛けていた。

 

「バンビエッタ、君だけが五人の中でまだ功績を残していない」

 

ハッシュヴァルトの言葉に、えっ、と言葉を詰まらせるバンビエッタは四人に振り向き見る。

 

「オレは残党掃除をやったぞ」

 

「私も拠点を潰したの」

 

「あたしも船を沈めたぞ」

 

「ボクもボクも、それと工作員同士を殺し合わせて、傑作だったよぉー」

 

バンビエッタ以外の四人はブランシュの拠点を潰していたようだ。バンビエッタだけハブられていた。

 

「なんだよそれぇ! あたしだってやってやるんだからねぇ!」

 

そう述べるとバンビエッタは工場跡に突撃しようとするが服の襟を掴まれ、リルトットに止められる。勢いがついていたので服から破れたような音がして慌てるバンビエッタを気にせずリルトットは述べる。

 

「だからなぁ、今回は捕縛対象がいるんだからよ、キャンディが先に捕縛しに行くから、テメェは後だ」

 

リルトットの言葉に落ち着きを取り戻したバンビエッタ。

 

「じゃあ、あたしが捕縛対象を連れて来るから、ちょっと待ってな」

 

キャンディスの体が光るのと同時に頭に円盤のようなものと背中から羽のようなものが顕現し、キャンディスの姿が消えた。

 

「で、周りの状況は」

 

リルトットがハッシュヴァルトに話しかけていた。

 

「この工場一帯を隔離結界が張ってある、音も遮断し、姿も認識不可能になっている。どれだけ暴れても誰も気付くことはないだろう、それとこの一帯は既に買収済みだ」

 

バンビーズの実質リーダーのリルトットが確認したのは自分らが暴れても心配ないのかということを聞いていたのだ。

 

お菓子を食べながらハッシュヴァルトの応えに満足しているとキャンディスが帰ってきていた。地面に焼け焦げた跡を残し、体からビリビリと雷のようなものが(ほとばし)っていた。

 

「コイツらで良かったんだよな」

 

キャンディスが気絶させて連れてきたのはブランシュ日本支部のリーダーである司一と幹部らであった。

 

「確認した、全員捕縛対象だ」

 

「うっしゃ、これであたしの仕事は終わりだな」

 

ハッシュヴァルトの報告にキャンディスは体を伸ばしてリラックスしていた。

 

「蒼士様にはちゃんと名を出して報告しておこう」

 

「マジかッ!? これであたしにも声が掛かるか?」

 

蒼士の名前が出ると食い気味にハッシュヴァルトに問い詰めるキャンディス。

 

「あぁ、間違いないだろう」

 

「しゃぁぁー! やっぱりお前っていい上司だわぁ!」

 

ハッシュヴァルトの背中を叩いて褒めるキャンディ。功績にはちゃんと応えることができるハッシュヴァルトは部下に思いの良い上司。

 

「じゃあじゃあ、あたしが行ってもいいんだな」

 

キャンディが目の前で功績を挙げたのを見て、焦るバンビエッタ。

 

「殲滅しても良いぞ」

 

ハッシュヴァルトの言葉を聞いた瞬間、バンビエッタは工場跡に突っ込んで行った。バンビエッタが工場内に消えていくとすぐ爆発音が響いた。銃声も聞こえるが明らかに爆発音の方が多く聞こえてくる。

 

「ホントに殲滅ならバンビちゃんはうってつけだねぇー」

 

既にジゼルはブランシュなどに興味がないようで木に寄りかかりながら述べた。その言葉に頷くリルトットとミニーニャ、キャンディスは早起きして何時間もかけてセットした髪を確認していた。

 

「逃げれねぇように包囲しているが、意味なかったな」

 

リルトットは工場跡から誰も出てくる気配ないのを悟り、新しいお菓子を食べ始めていた。ミニーニャは髪を弄り始めて、一同と同じく興味なしであった。

 

ハッシュヴェルトは側近の女性と一緒に此方の実力を知りたがっていた七草家、十文字家の実働部隊の代表と面会し、司一の尋問を請け負いたいということを提案し、彼から証言、証拠を提示して貰うつもりであった。両家ともに承諾してくれた。

 

それぞれに代表は五分もしない内に敵方のリーダーと幹部クラスを捕縛し、圧倒的火力で敵を屠っていき、蹂躙していく少女とどういう魔法なのか理解できずに恐怖していた。アレが自分らに向いたら考える暇もなく殲滅されるのではというのが頭によぎってしまっていた。

 

一時間もしないうちに殲滅は終わり、ご機嫌のバンビエッタが工場跡地から歩いてきていた。途中からチマチマ撃ってくるのにイラつき辺り一帯を更地にするレベルの爆撃をして一掃していたのだ。深いクレーターが彼方此方に出来ている。

 

「ご苦労、事後処理は此方でしておくので帰って良いぞ」

 

ハッシュヴァルトは既に側近の女性と自身の指示で事後処理に動いていた。部下を的確に動かしていく彼の動きに無駄は無かった。

 

「おう、ハラが減ったからどっか寄ってくぞ」

 

「夜食は太ると思うの」

 

「それもいいが、明日何処か行かないか?」

 

「賛成賛成、ボク的には横浜とか良いと思うかなぁー、ほら、中華街とか美味しいものがあるよん!」

 

リルトット、ミニーニャ、キャンディス、ジゼルの四人は仕事が終わったのでこれから何をするかなどの話をしながら仲良く帰っていく。ジゼルはリーダーの好きな食べ物の話題を敢えて出して、自分が行きたい場所に誘導させていた。

 

「ちょ、ちょっと!? あたしに労いの言葉とかないの、お疲れ、とかでもいいからさぁ」

 

何も言ってくれなかった四人にバンビエッタは怒っていた。自分が殲滅したのだから何か一言あってもいいんじゃないかと。

 

「もう終わったんだからいいじゃん」

 

「な、何か一言欲しいのよ!」

 

キャンディスの言葉にバンビエッタは納得できていなかったようだ。

 

「うるさいなぁー、ソウシちゃんに頼んでゾンビ化させちゃうぞぉ!」

 

「ごめんなさい、ゾンビはやめてぇ!」

 

ジゼルの一言で足に力が入らなくなってしまい、その場に座り込んでしまったバンビエッタ。ジゼルを怯えるように見て、体を震わせていた。

 

過去にジジの能力でゾンビ化しており、バンビエッタの中でトラウマと化している。蒼士にゾンビ化を治されてからは元気がある普段の彼女に戻っているが『ゾンビ』と聞くだけで泣きそうになってしまう。

 

「あぁー、めんどくせぇな、ほら、ファミレス行くぞ」

 

座り込んでしまったバンビエッタを立ち上がらせて、腕を掴み強制的に歩かせていくリルトット。こんな所で時間を取られて食べる時間が減ってしまうと考えていたリルトットである。

 

バンビーズは仕事を終えた打ち上げにファミレス、カラオケなどを楽しんだのであった。

 

バンビエッタは『ゾンビ』と聞いて震えて明らかに沈んでいたが、ハッシュヴァルトの労いの言葉に感激し、いつもの機嫌に戻っていたようだ。

 

出来る上司ハッシュヴァルトは殲滅後の事後処理、司一への尋問、七草家と十文字家への対応など完璧に終わらせて、日の出を眺めながら側近の女性とコーヒーを飲んでいたのだった。




今回は自分が好きなキャラを全面的に登場させて頂きました。また本編で登場させるかは考え中ですが、多分出ます。

生前の『聖文字(シュリフト)』の能力は蒼士の許可なく使用できなくなっていますがバンビーズは納得しています。衣食住の提供などギブアンドテイクで互いに信用している仲。

あと変な妄想をしていました。

横浜の中華街で食事をする。

周公瑾のお店を訪れるバンビーズ。

周公瑾が「女性四人と男性一人ですね」と言ってしまう

「は?」とジジがキレてしまう。

我ながらおかしな妄想でした。

BLEACHに登場する人物。
・ユーグラム・ハッシュヴァルト
・バンビエッタ・バスターバイン
・キャンディス・キャットニップ
・リルトット・ランパード
・ミニーニャ・マカロン
・ジゼル・ジュエル

※蒼士は『聖別(アウスヴェーレン)』はしません。

次の投稿は30日水曜日です。


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第十七話

狗井零次郎さん誤字脱字報告ありがとうございました!

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


ブランシュの件については隠蔽が行われた。一部の者たちしか知らない事であった為に学校側と三巨頭の協力で風紀委員や有志同盟の捕縛に協力してくれた生徒たちには口外しないように約束させた。

 

ブランシュに洗脳され、操られていた生徒たちにもカウンセラーの先生たち、生徒会メンバーなどがメンタルケアなどをすることにより立ち直っていた。学校にもすぐに戻れるようになっている。

 

壬生紗弥香もカウンセラーの先生とメンタルケアを行なっているが桐原武明が常に傍におり、紗弥香を心配して学校に戻ってくるまで毎日病院に通っていたようだ。

 

そして有志同盟のメンバーであった者たちが集まり、一年から三年までの全クラスに謝罪しに行ったのだ。自主的な行いであったので生徒会も知らなかったのだ。

 

ブランシュの件は伏せた内容の話をしてから頭を下げて謝罪していく。二科生で構成されているメンバーを一科生たちも謝罪を受け入れていった。一科生の中でも不満がある者もいるようだが、ほとんどの一科生たちはメンバーに優しく声を掛けていたのだ。そんな中で罵倒する者はいなかった。

 

二科生も同様であった。一緒に頑張っていこうなどの励ましの言葉を受け取って、同盟側のメンバーには泣く者もいたほどだ。大変迷惑なことをしたのに受け入れてくれる人たちに我慢できなかったようだ。

 

 

 

 

蒼士の家にはいつものメンバーが集まっていた。男性陣は蒼士、達也、レオ、幹比古。女性陣は深雪、エリカ、美月、ほのか、雫という面々。

 

A組の深雪、ほのか、雫にも幹比古は自己紹介しており、お互いを知る仲である。初めて会った時には思わず深雪の美貌に惚けていたのを達也に声を掛けられるまで気付けず、恥ずかしい思いをした経験があった。

 

いつものメンバーが集まった理由は達也の誕生日を祝う為である。深雪からのお願いで蒼士はいつものメンバーに事前に知らせており、サプライズで祝おうとプレゼントも用意させていたが、エリカとレオがボロを出して、バラしてしまうという致命的なことをしてしまい、本人の達也にバレてしまったのだ。達也の方も何かあるなとは勘付いていたようだ。

 

バレたものはしょうがなかったので蒼士の家で誕生日会を行うことになっていたので全員集まることに。本当なら深雪と達也は少し遅れてくる予定だった。

 

一応全員が蒼士がHSA社の社長であるのを知っているので豪邸だろうと思っていたようで、普通の一軒家に住んでいたことに驚いていたようだ。一度来たことがある達也、深雪、ほのか、雫は特に驚いていなかった。

 

ちなみに幹比古が蒼士の正体を知った時には大声で驚き、信じられないモノを見る目で見ていたようだ。古式魔法の名門の吉田家の何名かは蒼士の会社に入社しており、魔法関連の部署で活躍しているのを本人たちから聞いていた幹比古は、身内が務めている会社のトップが目の前にいたことに驚いていたのだ。そして身内の話から興味を持ち、入社しようとする者が多く吉田家にはいるようだ。

 

蒼士の家を見たことがなかったエリカやレオが予定よりも早めに来たのに呼応して達也たち全員も早く来てしまっていた。そのため全員揃った時にはまだ料理が完成していなかったので時間を潰すことに。

 

「二人とも、準備の方はどうだい?」

 

みんなと一時離れ蒼士はキッチンに来ていた。蒼士が誕生日会の料理の準備をしようと思っていたところにメイドの二人が止めに入り、メイドたちが準備をすることになった。

 

「順調でございます、皆様のご到着が予定よりも早かったのは予想外でした」

 

斬美は喋りながらも手を止めずに動いていた。無駄な動きが一切なく、テキパキと調理していく。

 

「斬美は私よりも優秀ですから、私はやることがないですわ」

 

斬美の他にもう一人メイドが調理を手伝っていた。斬美の見事な手際に負けず劣らずテキパキと斬美の邪魔にならないように調理している。

 

「何を言うの、シャロン。私よりも貴女の方が優秀だわ」

 

二人の息はぴったりであった。スムーズな連携が出来ており、全ての動作が一つに繋がっていた。

 

シャロン・クルーガーという彼女は蒼士のメイドである。外見は容姿端麗という言葉がぴったりの美人、やることなすこと全てが洗練されており、料理の腕前は高級料理店にも張り合えるレベルである。掃除、洗濯もこなし、スケジュール管理もこなしてしまう。同じくメイドとして蒼士に仕えている斬美のことや他のメイドこともリスペクトしており、メイド仲は良好だ。主人である蒼士を揶揄うなどお茶目な一面も持ち合わせている。

 

「約束の時間よりもだいぶ早く来たからね、予定通りに始めようと思うから、宜しくね」

 

蒼士が見た感じでは、手伝うところは全くなく、入る余地がなかった。あまりにも見事な動きと洗練された技術に感動すら芽生えていた蒼士である。

 

「はい、予定通りに進めておきます」

 

「皆様は地下でございますか?」

 

シャロンの問いに頷く蒼士。蒼士が住む一軒家の地下には研究室と趣味部屋と訓練室が存在している。地下に行く為には蒼士自身の認証とAIによる認証が必要のため厳重であった。研究室、趣味部屋は完成していたが、訓練室は最近完成したので時間を潰すのに最適であったので一同に案内していたのだ。

 

地下一階は研究室が広がっており、最新鋭のCAD調整装置やCAD作成に必要な機材も揃っている。政府施設などにあるような機材ばかりが置いてある。

 

地下二階は趣味部屋であった。世界中の武器が飾られており、日本刀や西洋の剣なども飾られ、銃器なども存在していた。武器以外にも美術品など骨董品も置いてある。

 

地下三階が訓練室となっており、立体幻像(ソリットビジョン)という技術を使用して基本は映像ではあるが実際に目の前にいる本物の物体がいるような技術である。蒼士は実戦を想定した訓練も開発しており、実際に実体化のシステムも組み込んでおり、組手など実体化した人に触れるようになり複数人との組手なども出来る。AIが管理しており、的確に訓練者の力量に応じた訓練を提示してくれるシステムも搭載している。

 

「地下でみんな楽しんでいたよ、あれなら時間まで余裕で時間を潰せるよ」

 

蒼士はそれだけ言うと斬美とシャロンに任せて地下に移動していた。蒼士以外の面々は各階で見学や実際に体験などをしていたのだ。

 

地下一階の研究室には達也と深雪がいた。大型ディスプレイに表示されるデータを見ながら最適なソフトを作成していく達也。少し離れた所には興味深そうに周りの機材、CADを触っている深雪がいた。

 

「今日は達也の誕生日なんだから、もっとゆっくりしていろよ」

 

「いつの間にか手が動いていた、だが、蒼士がこんなモノを渡すのが悪い」

 

蒼士が達也に話し掛けているがその間も達也の手は止まっていなかった。達也が興味を持ったのは人工知能、AIである。蒼士が達也にプレゼントしようとしたのはAIが搭載された手帳型の情報端末であった。他の端末にも搭載でき、自宅の端末機器に搭載させて、色々なサポートが出来るようにもなる。

 

達也はその初期設定をやっていたのだ。達也のことをマスターとして認識はさせていたがそれ以外には手をつけておらず、達也自身の手でカスタマイズが可能にされていたのを早速弄っていたのだ。

 

蒼士は達也に内緒にしてプレゼントをみんなと一斉に渡そうとしていたのだが、早めに来訪してしまったみんなに対応するしていて、うっかりプレゼントの端末を隠すのを忘れてしまい、バレたので達也に渡してしまっていたのだ。何よりも興味を示す達也にしょうがなく先にプレゼントしたのだ。

 

「うふふ、蒼士くんもミスをしたりするんですね」

 

「俺も人間だよ、ミスはするさ、深雪」

 

微笑んで近くに歩いてきた深雪に頭を掻いて困り顔の蒼士。今まで何事も卒なくこなしていた蒼士にしてはうっかりのミスだったと微笑んでいた深雪。

 

「でも蒼士くんの家も私とお兄様の家と同じぐらい改造されてますね」

 

「俺が提案したら部下たちが全てやってくれていたんだよね、持つべきものは優秀な部下だね」

 

司波家も地下に最新鋭のCAD調整装置などがあるなど一般家庭とは違っていた。そしてそれを超えるレベルの環境を揃えていたのが蒼士であった。

 

「じゃあ、二人も満足したら下に降りてきてね」

 

「はい、お兄様に言っておきます」

 

画面を見ながら操作して集中している達也を深雪に任せて、蒼士は下に降りて行く。

 

地下二階の趣味部屋には美月と幹比古がいた。二人ともある剣の前に立っていた。

 

「美月、メガネ外していて平気か?」

 

「はい、それよりも蒼士さん、この剣は一体?」

 

「僕も知りたい、この剣の周りには精霊が漂っている、普通の剣でないのは分かるよ」

 

ケースに入っているのは、刃先がボロボロで剣としては使用できない剣を直視する美月、呪符を手に持ち真剣な面持ちで剣を見つめている幹比古。

 

天羽々斬(あめのはばきり)だね、十束剣(とつかのつるぎ)って言った方が知ってるかな」

 

蒼士の発言に声を上げて驚く二人。美月は図書館などの本で読んだことがあるので知っていて、幹比古も古式魔法の家柄なので日本の歴史などには詳しかったから知っていた。

 

「日本神話の剣ですよね!? なんで蒼士さんが持ってるんですかッ!?」

 

「ヤバイって一個人が持っていい代物じゃないよッ!?」

 

二人が焦るのも分かる。神話の武器である伝説上のモノを所有しているのだから。

 

「まぁまぁ、落ち着いて、それってレプリカだから」

 

は?と美月と幹比古はポカンとした表情を浮かべていた。そんな二人の反応が面白く笑ってしまっていた蒼士。

 

「本物なんて持っているわけないじゃん」

 

そうだよね、と二人とも納得してくれていた。蒼士曰く、精霊が寄ってくる効果があるから大事にケースに入れていた、と説明すると幹比古は納得してくれていた。

 

「でも剣からは神々しい光がしますが」

 

美月の目ではそう見えているようであった。蒼士はそれも精霊が寄ってくる効果と言い、美月を納得させていた。

 

「(ホンモノです、なんて言えないしね)」

 

二人には真実を話していなかった蒼士。実際は本物であった。前の世界での戦利品であり、直すことができずに保管してあったのだ。ボロボロの天羽々斬を元に戻すのは不可能に近く、打ち直すことが出来れば元の剣に近いのが出来るだろうと考えている蒼士だったが、まだそこまでの技量を習得していないので無理な状況であった。尚且つ素材がないのが深刻だった。

 

「でも此処に保管されているモノは全て不思議なオーラを纏っています」

 

「僕もそう思った。神聖な物や邪悪な物の気配があるし、なんだか不思議だ」

 

「此処に飾ってあるものは害を及ぼさないから大丈夫だよ、ヤバめのモノも保管庫に厳重に保管してあるから」

 

この部屋の一箇所だけ厳重な扉に髑髏マークが付いている所があり、予め蒼士から注意をされていたので誰も近づいていないが、ヤバそうと一目で分かるレベルであった。

 

「二人も見終わったら下に来てね」

 

美月と幹比古はまだ見回るようなので蒼士は下に降りることに。

 

地下三階にはレオ、エリカ、ほのか、雫がいた。四人とも訓練室を堪能しているようだ。雫が今は訓練室に入っているようでレオ、エリカ、ほのかはそれを観戦していた。

 

「雫はスピードシューティングを体験しているのか」

 

「はい、雫ったら九校戦の種目も体験できると聞いてから興奮しっぱなしで、訓練室にあった訓練用に設定されているCADで早速やっているんですよ」

 

蒼士が降りてきたのに気付いたほのかは蒼士に近づくと訓練室内で現在行なっている雫について教えてくれた。自分用に調整されたCADではなかったので思ったように撃ち抜けていなく苦戦している雫。

 

「蒼士くん蒼士くん、此処って凄いわね! 実戦を想定した訓練もできるし、実体化した人とも斬り合えたし、私ココに毎日でも通っちゃうかもー」

 

「ホントだぜ、相手の戦闘レベルっていうのも設定できるし、受けたダメージも設定できるのは驚きだったぜ」

 

エリカもレオも興奮気味に蒼士に話し掛けてきていた。二人も体験済みであり、最初に試しでレオが体験しており、レオの力量を自動的にスキャンし、対戦相手を実体化させていた。黒一色の服に仮面をした不気味な人物とレオは互角の戦いをしてレオの体力が尽き掛ける前に訓練終了となっていた。

 

エリカも訓練室にある模擬刀を持って実体化した黒一色の不気味な仮面をした人物と戦うことに。エリカは攻め切れずに息が上がってきたところで終了となった。

 

そして三人目の雫は蒼士が言っていたこと、設定の画面にある九校戦の種目を選んで挑戦していたのだ。男子のみのモノリス・コードなどもあるがチームで挑まないといけないのでプレイヤー側もチームを組まないと出来ないようだった。

 

雫は九校戦通であり、毎年ある九校戦を観戦に行くほど大好きなのだ。そして今年は雫自身が参加できるという年なので気合の入りようが尋常ではなかったのだ。期末試験の結果により選手が決まるので、勉強にも力が入っている。

 

「蒼士さん、この家に住まわせて」

 

満足そうに興奮している雫は蒼士を見つけると彼の手を握りながら述べた。冷静な雫にしては大胆で積極的であったのでほのかが驚いていた。

 

「ちょ、雫、なんでそうなるの」

 

「だって、此処だったらずっと練習できるんだもん」

 

ほのかは雫の暴走を止めるために両肩を掴んでいた。雫はとにかく目を輝かせて蒼士のことを見つめていた。

 

「親御さんに相談してからでね、了承を貰ったらいいよ」

 

「そ、蒼士さんも甘やかさないでください! し、雫、ガッツポーズしないで」

 

蒼士の言葉に思わずガッツポーズしてしまった雫は男らしかった。ほのかは優し過ぎる蒼士と暴走する親友を止めるために動いていた。だが、雫の「ほのかも一緒に住もう」という言葉に一瞬理解出来ていなかったが顔を真っ赤にさせて顔を伏せてしまった。何を想像したのかはほのかしか知らない。

 

結局、誕生日会を始めようとしていた時間を少し過ぎて始まることになった。達也が降りてこず、地上に戻るついでに地下一階の研究室に寄ってみるとまだAI搭載の端末に夢中になっており、終わる気配がない達也を待っていたら時間が過ぎることに。

 

 

 

 

思う存分楽しんだ面々は豪勢な料理に驚いていた。斬美もシャロンもみんなの反応に満足そうにお辞儀をしている。

 

達也の誕生日会は豪勢に始まった。食事もさることながらケーキも高級店のパティシエが調理したものではないかと思うぐらいの見事な出来栄えであった。そして用意された料理はどれも絶品であり、最高の誕生日を迎えられたことに達也は感謝していた。メイドの二人にもだが、全員にお礼を述べるほどだ。

 

切り分けられたケーキを食べてレオやエリカに話し掛けられている達也を嬉しそうに深雪は見守っていた。

 

「達也が友達に囲まれていて良かったな」

 

「はい、これも蒼士くんのおかげです」

 

深雪に切り分けられたケーキを渡す蒼士。それを受け取る深雪は蒼士に非常に感謝しており、お礼を述べていた。

 

「私のお願いを叶えて下さって、本当にありがとうございます」

 

「友達の願いだからね、達也にはこれからも友達でいて欲しい、勿論、深雪もだよ」

 

今までの人生は兄にとっては決して幸せであったとはいえず、辛いものであったと深雪は思っている。なら私の出来る範囲で兄を幸せにさせてあげたい、と思っての行動であった。そして蒼士にこの相談をして誕生日会というものを企画、実現して貰ったのだ。

 

「それに美少女の深雪に寂しそうな顔は似合わなかったしね」

 

「そ、蒼士くんったら、相変わらずね」

 

お互いに微笑んでケーキを食べている。深雪からしたら兄以外でこんなにも自然に話せる相手は蒼士ぐらいであった。

 

「それとその桜のブローチ着けてきてくれたんだね」

 

「はい、とても素敵なデザインでしたので、それに蒼士くんからの初めての贈り物ですからね」

 

深雪の衣服には見事な細工のブローチが着いていた。それは蒼士と深雪が達也に内緒で達也のプレゼントを買いに行った時に蒼士が深雪にプレゼントした物であった。達也のプレゼントを選ぶのに男性である蒼士にお願いして、一緒に出掛けたのだ。

 

「結構気に入っているんですよ」

 

とても嬉しそうに笑顔でブローチを触る深雪。

 

「桜の花言葉って知ってる?」

 

「花言葉ですか?」

 

蒼士の言葉に反応する深雪。きょとん、とする彼女の耳元に近づいて蒼士は述べた。

 

「優美な女性、精神美、深雪は上品で美しい、しとやかで美しい、まさにぴったりだよね」

 

急に近づかれて嫌な気持ちも驚きもしなかった深雪だったが、耳元で囁かれた言葉に思わず赤面してしまい、恥ずかしくなってしまっていた。

 

敬愛する兄以外に自分の感情を乱し、心臓の鼓動を激しくドキドキさせる人が現れるなんて微塵も思っていなかった深雪。兄のことについて相談しようとした時も一番最初に頭によぎっていたのは蒼士であったと深雪は思い出し、さらに顔を赤くさせていた。

 

「ほら、みんな呼んでるから行くよ、深雪」

 

自分のことを呼ぶ蒼士のことを考える深雪。蒼士は誰にでも優しく、特に女の子には優しいのだと深雪は知っているし、体験もしている。周りの仲が良い女子、エリカ、美月、ほのか、雫が少なからず蒼士に惹かれるのも分かった気がした深雪。

 

「蒼士くんはやっぱり女誑しです」

 

悪口のようにも聞こえたが深雪には悪口のつもりはなかった。彼女は綺麗な笑みで蒼士に告げていた。

 

「褒められたと思っておこう」

 

蒼士と深雪は達也たちと賑やかに過ごし、全員にとってとてもいい思い出として残る事になった。




英雄伝説 閃の軌跡に登場する人物。
・シャロン・クルーガー

次の投稿は3日土曜日です。


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番外編 司波 深雪 1

灰茨悠里さん、誤字脱字報告ありがとうございました。

ご感想お待ちしております。

誤字脱字があれば報告お願いします。


深雪は朝から出掛ける準備をしていた。

 

兄以外の男性と出掛けるのが初めてであったのでどういう服がいいのか迷っていたようだが、白と水色が強調されたワンピースを着ている。深雪自身の素材が良いので何を着ても似合うが、今日はさらに深雪の美しさが増しているようにも見えた。

 

携帯端末で時間を確認すると約束の時間だと深雪は部屋から出るとインターホンが鳴り、一緒に出掛ける人が来たと深雪は急いで階段を降りて玄関に行く。

 

「蒼士くん、時間通りですね」

 

深雪は玄関の扉を開けると一緒に出掛ける人物が居た。第一高校への入学前日に知り合い、知り合って日は短いものの友達といえる関係になることができた梓條蒼士だった。

 

「もうちょっと早く着くつもりだったんだけど、今やってる作業に集中しちゃって」

 

自動化された車から降りてきた蒼士は深雪に謝っていた。蒼士の中ではせめて二、三分早く到着している予定だったのが丁度の時間帯になってしまったことに。自分が研究していたモノに集中し過ぎていたせいで時間を忘れてしまっていたのが原因であった。

 

「遅れたわけではないんですから、気にしないで下さい」

 

家の鍵を掛けて出てくる深雪は全然気にしていなかった。寧ろ深雪もギリギリまで鏡で服装や髪などを確認していたので都合が良かったのだ。

 

「ありがとう、達也は予定通りかな?」

 

深雪にお礼を言いつつ兄である達也の動向を知ろうとする蒼士。

 

「お兄様は予定通りFLTに行っています、帰りも遅いので大丈夫ですよ」

 

深雪は予定通りに進行していることを告げた。兄の達也の誕生日プレゼントを秘密裏に買う為に蒼士に選ぶのを協力してもらい、兄のスケジュールも把握しておいたのだ。

 

「それは何よりだ、じゃあ行こうか」

 

蒼士と一緒に深雪も自走車に乗ることに。兄には黙っておりサプライズとして渡したいという深雪の気持ちを尊重して蒼士も達也にバレないように協力していたのだ。

 

共用車両(コミューター)は行き先を設定すれば自動で向かってくれるので蒼士と深雪は気兼ねなく会話をしていた。情報端末を使用して、今日行こうとしているお店の情報を深雪に見せていたりして目的地に着くまで楽しく過ごせた。

 

 

 

 

深雪は改めて蒼士の徹底した紳士っぷりに感心していた。

 

目的地付近に到着し、コミューターを降りる時も蒼士から降りるのだが、深雪が降りる時には手を差し出してくれて降りやすくエスコートしてくれていたのだ。

 

「ありがとうございます、蒼士くん」

 

深雪のお礼にも笑顔で応えて、彼の気遣いに深雪は安心感を覚えるようになっていた。学校でも席を引いてくれたりして何処にいても変わらない蒼士に思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「どうかした?」

 

急に笑顔になった深雪に問う蒼士。

 

「いえ、蒼士くんは何処にいても蒼士くんなんだなと思いまして」

 

何だそれ、と理解できなかった蒼士は思わず笑ってしまい、深雪もそれに吊られる形でお互い笑みを浮かべていた。絶世の美少女の笑みというのは美しいものであり、周りにいる人は男女問わず見惚れて深雪を見ており、隣にいる蒼士にも女性たちからの熱い視線が集中して見惚れているようであった。

 

住宅街から街中に来ているので人も多く、はぐれてしまう心配がありそうだと判断した蒼士は深雪に提案した。

 

「深雪、良ければはぐれないように手を繋いでもいいかい?」

 

蒼士の言葉に一瞬だけきょとん、としていたが深雪は手を差し出していた。自然に手が出ており、深雪自身も無意識で彼に手を差し出していたのだ。

 

「勿論です、エスコートお願いします」

 

兄以外に自分のことを自然に触るのは蒼士だけであり、そのことを当たり前のように受け入れている深雪。深雪には全くの自覚がないのでそれほど深雪は蒼士を信頼し、信用しているのである。

 

「光栄です、お姫様」

 

深雪の手を握ると目的のお店へと歩み進める蒼士と深雪。周りにいた一般人は二人を見て、美男子と美少女のお似合いのカップルだと自然に思ってしまっていたのだ。綺麗な女の子だな、凛々しい顔立ちの美男子だな、などの嫉妬心などは芽生えずお似合いのカップルだと心の底から思われているようだ。

 

「深雪も気になった商品があったら言ってくれよ、深雪にもプレゼントするよ」

 

「そんな、私のことよりもお兄様のプレゼントの方が大事です」

 

「せっかく深雪と二人で出掛けられたんだから記念にね」

 

「……蒼士くんがどうしてもというなら何かプレゼントして貰おうかしら」

 

「そうでなくちゃね」

 

蒼士が選んでいたお店を周りながら達也のプレゼントを選んでいく蒼士と深雪。どのお店も二人が入店すると驚愕の表情を浮かべられて、笑顔で接待される。特に気にすることなく、お互いの意見を交換しながら達也のプレゼントを決めていこうとする。

 

「高校生でありながら達也って個人でかなりのお金を持っているからな、大抵のものは買えるもんね」

 

「そういう蒼士くんだって社長をしているんですから、結構持っていますよね」

 

達也自身も身分を隠しているが世界中に知られるトーラス・シルバーとして凄腕のCADエンジニアとして稼いでいるのだ。自身の夢のために向かって技術を身に付けながらの上で稼いでいるのだから達也にとっては最高の環境だろう。

 

蒼士も当初は会社の運営に思いっきり関わりながら足場が固まり始めると部下達から学業に集中しろ、と言われて現在に至る。重要な案件の確認などの連絡は来ているがあまり働いている実感はなく、口座にお金が振り込まれているのに罪悪感を感じていたりするが、部下達から気にしないで下さい、と言われてからは気にしないようにしている。

 

「達也の服のサイズは知っているんだよね?」

 

「はい、完璧に覚えています、お兄様の服は私が選んでいたりするんですよ」

 

日常生活について料理、掃除、洗濯なども自動で行えるような環境が整っている現在において深雪は自身が出来ることは自分でしていた。家での兄の面倒の全てを深雪がみているので達也に関しては深雪はスペシャリストであった。流石はブラコン。

 

「そろそろいい時間だから、予約したお店で食事しようか」

 

「私のために予約までして下さったのですか?」

 

「それはもう、深雪のためにですから」

 

「ありがとうございます、蒼士くん」

 

「実は予約したお店の料理が気になっていたので、丁度良かったんだよね」

 

「……私の感動を返して下さい」

 

お店を回りながら会話をしていくうちに砕けた会話をしたり、冗談を言い合える仲になるぐらい親交を深めている蒼士と深雪。

 

そして何よりも未だに手を繋いでおり、お店の中で商品を触る時には手を離しているが、すぐに手を繋いでいたりする。蒼士は意識して手を握ってあげていたが、深雪は完全に無意識で彼の手を繋いでいる。

 

「美味しいです、流石は蒼士くんが予約して下さったお店ですね」

 

「……」

 

「蒼士くん? どうかしましたか?」

 

「上品で綺麗な食べ方だね、周りの人たちも見惚れてしまっているよ」

 

「そう言われると食べれなくなってしまいます」

 

「食べる姿って意外と見られているものだからね、深雪の食べる姿から育ちの良さ、人柄の良さが垣間見えるよ」

 

「……蒼士くんには私はどう見えているんですか?」

 

「素敵な人だなって思ってるよ」

 

「褒めても何も出ませんよ」

 

ふふふ、と口に手を当てて笑う深雪の姿も美しく綺麗であると蒼士は思っていた。周りで食事をする人達も男女関係なく、深雪の一つ一つの動作に見惚れていた。

 

蒼士自身も周りにいる綺麗で美人の美女、美少女を見慣れていなければ終始照れていただろうと思っていた。

 

「蒼士くん、先ほどのお店にもう一度行ってもらっていいでしょうか?」

 

「気になるのあったかい? 他にも回るお店もあるけど?」

 

「うーん、そうですね、まだ見て回りましょう」

 

食事も済ませてお店を回る蒼士と深雪。人混みとかはないのに二人は手を繋いでいた。蒼士から出された手を深雪は無自覚で握っていた。

 

深雪は達也のプレゼントを決められた。蒼士にも話を聞きながら良いと思ったモノであった。

 

「失くさないようにちゃんと持っていなよ」

 

「子供じゃないんですから大丈夫ですよ」

 

「高校生なんてまだ子供だよ」

 

自然体な深雪はとても可愛くてドギマギする蒼士であった。

 

「あ」

 

「どうした? コレが気になるかい?」

 

「いえ、見事な細工の桜のブローチだと思いまして」

 

「買ってあげるよ、むしろ買わせてよ」

 

「いいんですか?」

 

「うん、深雪にとっても似合うと思うからさ」

 

手に取って確認して深雪に桜のブローチを着けてみるととっても似合っていた。深雪自身の素材がいいからというのもあるが深雪の魅力をさらに際立たせており、店員さんも感激したように深雪を褒めてくる。

 

「ありがとうございます、蒼士くん、大切にしますね」

 

「俺が深雪にプレゼントしたかったから買ってあげたんだ、気にしなくてもいいよ」

 

「いえ、今度ちゃんとしたお礼をします」

 

「そっか、じゃあその時を楽しみにしてるね」

 

はい、と返事をしてくれた深雪は誰もが見惚れてしまうような綺麗な笑みを浮かべてくれている。達也が大事にしている理由が分かってしまう気がした蒼士。血が繋がっているとか兄妹とか肉親だとか関係なく、一人の女の子として惹かれるものを感じられるのだ。

 

神秘的な美貌で、美しすぎる容姿もしているが守ってあげたくなる純粋さと素直な性格が保護欲を刺激して、男性を(とりこ)にするのだと蒼士は理解してしまう。容姿だけでも男性を虜にするのに性格でも虜にするなんて、深雪恐ろしい子、と思っていた蒼士。

 

「蒼士くん、また一緒に出掛けて欲しいって言ったら来てくれますか?」

 

「勿論だよ、今日は十分に楽しませて貰ったからね、深雪も楽しかったかい?」

 

「はい、お兄様以外の人と出掛けるのは初めてでしたが、蒼士くんの優しいエスコートも楽しい会話も出来て、とても良い一日でした」

 

「うんうん、嬉しいことを言ってくれるね」

 

「本当のことを言ったまでですよ」

 

「さてと、夜になってきたから帰りますか、家までのエスコートをしても宜しいですか?」

 

「はい、宜しくお願いします、蒼士くん」

 

蒼士にプレゼントして貰った桜のブローチを身に付けて、蒼士のエスコートで家まで送ってもらう深雪。

 

従者のような演技掛かった動作で蒼士は手を出しており、それに自然な流れで自分の手を差し出す深雪はまるでお姫様であった。

 

 

 

 

「深雪、今日は何か良いことがあったのか?」

 

「ありましたがお兄様には内緒です」

 

「(深雪が幸せそうならいいが、深雪にしては珍しく隠し事か)」

 

「コーヒーを淹れてきますね」

 

「あぁ、深雪のコーヒーは美味しいからね」

 

「ふふふ、お待ち下さい」

 

家の中でも深雪は桜のブローチを身に付けていた。

 

上機嫌な深雪は達也のためにコーヒーを淹れている時に胸元に蒼士からプレゼントされた桜のブローチが目に入り、笑みを浮かべていた。

 

深雪自身もとても気に入っているが、兄以外の男性からの初めてプレゼントということなのか、蒼士からのプレゼントだからなのか、どちらにせよ、深雪の中で蒼士の存在は大きくなりつつあった。




深雪が達也の誕生日プレゼントを蒼士と深雪と秘密で買いに行く話でした。

このような話を原作キャラで書いていこうと思います。
クロスオーバーキャラでは書かないと思いますが原作キャラと絡めるのはやると思います。

次の更新は10日土曜日です。
来週から仕事が忙しくなるので更新が遅れます。


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九校戦編
第十八話


ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


ブランシュの件が終わり、第一高校の雰囲気は九校戦に向けて着々と動き出していた。

 

毎年全国から魔法科高校生たちが集い、魔法関係者のみならず多くの観客を集める魔法科高校生たちの晴れ舞台、九校戦がもうすぐ始まろうとしていたのだ。

 

「というわけでほのか、雫は九校戦が終わるまでウチで暮らすことになりました。学校だけではなく、家でも九校戦の訓練をしたいという二人の要望により、ちなみにご両親は承諾済み」

 

「意味わかんないだけどッ!?」

 

放課後の喫茶店での蒼士のいきなり発言にエリカが大声を上げて席を立ってしまっていた。周りにいた他の人の視線を一身に受けてしまい、咳払いして座り直すエリカ。そしてエリカ以外の達也、レオ、幹比古、深雪、美月は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「いやいやいや蒼士、君たちはまだ未成年なんだよ、そんな「今、卑猥(ひわい)なことを考えただろう?」なぁっ!? ち、違う、そんなこと思うわけないだろう!」

 

幹比古が蒼士に声を掛けていた。若い男女が暮らすのはどうか、と言おうとしていたのを蒼士に阻まれた。幹比古は男女が一つ屋根の下で、というシチュエーションを想像して一瞬でもエロい方面を考えていなかったとは言えなく、自ら頬を赤くさせて認めてしまっていた。

 

エリカや美月も卑猥という単語に反応して頬を赤くさせてしまい反応してしまった。達也は紅茶を飲みながらスルー、レオはよく分かっておらずシーザーサラダを食べていた。

 

「へぇー、蒼士くんはほのかと雫と一つ屋根の下で何をするんですか?」

 

蒼士の隣の席で目を細めて蒼士を見ていた深雪。エリカや美月はひゃ、と悲鳴にも似た声を上げてしまい、幹比古は石のように固まり、レオはフォークを落としてしまっていた。

 

「み、深雪、どうした」

 

紅茶を飲んでいた達也はむせてしまっていた。明らかな深雪の変化に冷静な達也も焦っていた。目を細めてジッと見る深雪は美しく怖いという印象を周りに与えていた。

 

「だから九校戦に向けて訓練だよ、練習、特訓。というか深雪も来てくれよ、深雪にとっても訓練になるし、何よりも競うべきライバルがいるとほのかも雫もモチベーションが上がるから」

 

深雪から自分に向けられた視線を気にもせず話す蒼士。図太い神経しているな、と改めて周りにいる一同は思っていた。

 

「はい、是非とも伺いますね、お兄様もいいですよね?」

 

「勿論、友達だから良いに決まっているだろう」

 

だそうですお兄様、といつもの可愛らしい笑みを浮かべる妹の深雪に戻っており安心する達也だが、さっきの深雪の反応は一体なんだったんだ、と疑問を残してしまう達也。妹のことに関しては感情が働くが今まで感じたことがなかったものであったと達也は感じ取っていた。

 

「まさか本当に二人の両親が許すとは思ってなかった、そこまで信用されていたのか」

 

蒼士は勘違いしていた。ほのかと雫の両親は蒼士のことを異常に信用しているのだ。

 

ほのかの両親には娘が襲われたのを助けられたのもあり、感謝されているのもあり評価は高く、娘から蒼士の話ばかり聞かされて、信用できる人物と思われ、最後の一押しがほのかの家に訪れた時に両親と蒼士が改めてゆっくり会話をして気に入ったのが決定打であった。蒼士がほのかの家に行くと「孫の顔が見たい」など言われ遠回しに娶れと言ってくるのが定番になっていたりする。

 

雫の両親に関しても同様かそれ以上で父の北山(きたやま) (うしお)、母の北山(きたやま) 紅音(べにお)に婚約者候補をすっ飛ばして婚約者にさせようとしている。潮とは会社設立当初からお世話になっており、潮も日も浅いのに結果を出して発展させていく蒼士を気に入っており、雫とも馬が合うようで前より笑顔を見せてくれたことで信用はカンスト気味になっている。

 

母の紅音は最初は警戒しており、優秀すぎる若者の素性が簡単に掴め、普通すぎる蒼士の情報に得体の知れない者を娘の近くに置いておけないと警戒していたのだが、彼がアパレル関係の仕事に幅を広げていき、女性の紅音に意見など商品のモデルなどを頼む内に打ち解けてしまったのだ。最後の一押しになったのは化粧品をプレゼントしたのが良かったらしく、それをとても紅音が気に入った為であった。今ではいつでも家に来ていいわ、と言われるぐらい仲良くなっている。

 

雫の弟である北山(きたやま) (わたる)とも仲良くしているので、雫の家に行くと雫と一緒に蒼士と居ようとして雫を怒らせてしまうのもしばしば。

 

蒼士はほのかと雫の両親が信用度MAXなのを知らないのだ。最初の頃に触れて以来、両親たちには触れておらず固有魔法を使っていないので知らないのであった。

 

二人の両親とは仲良くさせてもらっているので大変感謝していた蒼士の行いが彼等に届いていたようだ。

 

「蒼士さんって誰とでも仲良くなれますから」

 

美月が思ったことを述べてくれた。それに同意する一同。最近では普通に森崎と話していたりするのを一同は知っていたからだ。入学早々に絡んできて揉めたりもした森崎たちと今では普通に話しているのだ。

 

「そっか、ありがとう美月。深雪だけじゃなくみんなも泊まりに来ても良いからね、部屋は余ってるから」

 

蒼士の地下のことを知ってしまったので是非ともまた行きたいと思っていたので喜ぶ一同。

 

「でも俺、深雪、ほのか、雫たちを優先的に使わせてくれよ、九校戦のメンバーとして出場するんだから」

 

分かってますー、とエリカが笑顔で述べた。

 

「でも蒼士も達也も大変だったね、期末試験の結果を疑われて」

 

幹比古の言葉にその場が静まる。

 

「俺は入試で手を抜いていましたって言ったら納得されたけどね」

 

「俺は実技試験は手を抜いたんじゃないかって疑われたがな」

 

期末試験の結果が九校戦のメンバー候補に考慮されるのは全校生徒が知ることであったが、その中で蒼士は一年一科生たちを抜いて総合二位という結果を出しており、実技試験は深雪よりはわずかに下であったが二位、記述試験も二位という二科生ではあり得ないだろうという偉業を成し遂げてしまったのだ。何か不正があったのでは、という疑いも出たようであったが、本人の名前を見たか聞いた瞬間、何故か納得されてしまったのだ。梓條なら出来そうだな、梓條なら普通じゃんなど生徒だけでなく先生たちにも認識されていたのであまり疑っていなかったようだ。

 

記述試験一位にいる達也も先生たちから多少の質問などがあったようだが、インパクトが強すぎた人の影響ですぐに誤解は解けていた。

 

だが、二科生がこんな成績おかしいという輩はいるもので蒼士に突っかかってくる者たちもいたが、人が少ない場所に蒼士が呼び出し、優しく丁寧にお話しすると男性は蒼士を見るだけで体を震わせてビビってしまうようになり、女性は頬を赤くさせて息も荒くなり、股をモジモジさせて蒼士を見つめるようになっていた。

 

「でも誤解は解けて本当に良かったじゃねぇか」

 

レオの言葉に蒼士も達也も安心したように頷いていた。

 

それからは他愛のない話をして過ごした。

 

蒼士とエリカで剣道部に乗り込み気合いを入れさせた話、蒼士と達也と幹比古の古式魔法の話、蒼士の家の訓練室に通いつめようとする深雪とレオの話など学生らしく楽しく過ごせた時間であった。

 

 

 

 

友達との楽しい一時(ひととき)を過ごした蒼士は北山家へ訪れていた。雫が蒼士の家に住む許可が出たので迎えに来ていたのだ。

 

「よく来てくれた、蒼士くん、君なら雫を安心して任せられるよ」

 

蒼士の背中を叩きながら気さくに話しかけて来てくれた人が雫の父親である北山潮であった。大実業家であり蒼士の才能にいち早く気付き、全面的な支援などを行ってくれた人だ。

 

「はい、雫のことはお任せ下さい、この身に掛けてお守りいたします」

 

頭を下げながら蒼士は自分への信頼、信用が尋常ではないことを知った。そのことを知れてとても嬉しく思えた蒼士。お世話になった人からの厚い信頼は何よりも嬉しく、胸が暖かくなっていた。

 

「ははは、紅音聞いたか、相変わらずいい男だな」

 

「ふふふ、私が潮くんと出会っていなかったら蒼士くんに惚れていたわね」

 

潮の隣にいるのは妻の北山紅音であった。頬に手を当てて蒼士を見ながら述べていた。彼女は雫が蒼士の家に住むことに一番に賛同した人でもあり、このまま蒼士と娘の雫がくっ付いて欲しいと願う人でもある。

 

「ちょっと、お母さん何言ってるの!?」

 

荷物を持った雫が両親の後ろから現れた。先ほどの蒼士の言葉が聞こえていたのか頬を赤らめて照れているようであった。その後ろには弟の航が付いて来ている。

 

「でも潮くんがいるから私は幸せなのよ」

 

「紅音ぉぉ!」

 

潮が感動したように紅音の肩を抱き、自身に引き寄せ、優しく抱き合っていた。他人が居てもイチャつくのはこの二人にとっては日常茶飯事。

 

「蒼士さん、姉さんをお願いします」

 

両親の行為を見慣れてる雫の弟である北山航が蒼士に頭を下げてお願いしていた。大切に思っている姉を一時的とはいえ預けるのだから航も精一杯の気持ちを込めて言葉を述べてお辞儀をしていた。

 

「大事なお姉さんは俺が守るよ、航」

 

蒼士は航の頭を撫でながら返事をした。姉のことを大事に思っている気持ちが蒼士には伝わっていた。

 

「もう九校戦の間だけなんだから」

 

「それほど雫のことを大切に思っているって事だろう」

 

大事(おおごと)のような言われように照れたようにそっぽを向く雫に蒼士は北山家族の気持ちを代弁していた。家族のことを大切に思っており、暖かなこの家庭に触れているのは蒼士も心地良く好きであった。

 

「体には気をつけるんだぞ」

 

「蒼士くんと上手く過ごすのよ」

 

「毎日電話します、姉さん」

 

家族に見送られながら蒼士と雫は車に乗り、ほのかの家へと向かう。車に乗ってから五分もしないうちに雫の携帯端末に着信が来たのには思わず蒼士は笑ってしまっていた。

 

雫が通話中なので蒼士は運転席の人物に話し掛けていた。

 

「今日の予定を変えてしまってすまないね、コノヱ」

 

「蒼士様が気にすることはありません、我々は蒼士様の役に立つことが至上の喜びなんですから」

 

車を運転している者も蒼士のメイドの一人であった。

 

彼女は(つるぎ) コノヱ(このゑ)という。黒髪ロングであり、背も高く、スタイルも良く、顔も整っており美女と言える。改造したメイド服を着ており、彼女の他にも同じようなメイド服を着たメイドが何名かいる。武勇に秀で剣の達人でもある。職務に厳格で部下からの絶対の信頼も得ている。反面、可愛いものが好きなど女性らしい一面も併せ持つ。

 

「コノヱをこれからも呼ぶことがあるかもしれないけど宜しくね」

 

「勿論です、蒼士様(やった! 蒼士様の側に居られるなんて幸せだ)」

 

蒼士の言葉に平然と答えるコノヱだが、内心でお慕いしている主人と一緒に居られるとウハウハであった。メイド内でも蒼士を慕う者は数多く二人きりになることなど殆どないのでこうゆう機会は貴重であったのだ。そんな状態でも運転には一切影響がなく、目的地へ向かって行く。

 

 

 

 

北山家と同じ様に両親が見送り来ており、蒼士と話をしていた。ほのかはその間にコノヱに荷物を預けていた。

 

「君にならほのかのことを任せられるから頼んだよ」

 

「ほのかのことを宜しくお願いします」

 

ほのかの父親も母親も全面的に蒼士を信頼、信用しているのを蒼士は把握した。ほのかの両親とはほのかが襲われた時に守ってあげてから付き合いであったが、そこまでの付き合いはなかった。それからほのかに誘われ、家に招待されて食事をしたりする以外に交流はなかったのだが、異常に好感度が高かった。

 

だが、蒼士には思い当たる点があった。

 

『エレメンツ』の血統。

 

現代魔法が確立される前は地水火風雷光などの属性分類が研究され、未知数の要素が多い力に権力者が怖れた結果、遺伝子レベルにおいて主への絶対服従が付与された。そしてエレメンツの末裔は高確率で依存癖が観測されていた。

 

ほのかは光のエレメンツの末裔であった。蒼士と出会い、助けられ、蒼士との時間を過ごしていく内に依存傾向が伺えた。危険な所を助けられた運命的な出会いであったのでほのかにとってはとても心に残る出来事であったのだ。

 

両親は毎日のように蒼士の話をするほのかを見て、自分達も同じ経験があるので察したのだ。娘が依存した相手を確かめるために食事などで交流しながら蒼士の事を探り、問題ないと判断したようである。

 

「はい、ほのかは自分にとっても大切な存在です。若輩の身ですが悲しませないと約束します」

 

ほのかの両親の思いを受け取り、頭を下げて述べた蒼士。そんな彼を見て、笑顔で安心したようであったほのかの両親。

 

「そ、蒼士さん、雫も待っているから早く行きましょう」

 

蒼士の言葉が聞こえていたせいか恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて蒼士の腕を掴んでいたほのか。その光景にほのかの両親も微笑ましそうにしていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「う、うひゃい(蒼士さんが触ってくれてるよー!)」

 

ほのかの両親に挨拶も済み、ほのかの手を握り車の方に歩いていく蒼士。急な展開にほのかは動揺を隠せず舌がもつれていた。

 

ほのかを見送ったほのかの両親は一人娘がいなくなってしまい、寂しい気持ちになっていたが奥さんの方からほのかに妹か弟を作ってあげようと誘い、二人で励むのであった。

 

 

 

 

蒼士の一軒家に着いてから好きな部屋を使っていいということ聞いたほのかと雫は蒼士の部屋の隣と真正面の部屋を選んでいた。部屋などの掃除はメイドの斬美とシャロンがしてくれたおかげで埃一つない部屋になっている。メイドの二人に日用品や必要な物の買い物をお願いしていたのでほのかも雫も困る事はなかった。というかほのかも雫も自分達の好みを把握していることに驚愕していた。

 

これからは蒼士のメイド達の誰かが家にいるようになり、お世話などをしてくれるが出来る事は自分達でするように、と蒼士がほのかと雫に説明していた。二人とも異論はなく了承していた。

 

「じゃあ、さっそく練習して来ていい?」

 

荷物の整理などもある程度終わると雫が興奮気味に蒼士ににじり寄っていた。

 

「いや、今日はもう遅いから明日にね、それよりも他にやることがある」

 

「他ですか?」

 

蒼士の言葉に疑問の声を上げるほのか。雫も同じようで分からないといった表情である。

 

「今から二人が身につけている通常型のCADの調整をする、そのために二人には大事なことをして貰うよ」

 

真剣な表情で述べる蒼士の迫力に並々ならぬ事だ察する二人。

 

「服を脱いで、俺の前に下着姿で立ってくれないか」

 

「「……へっ?」」

 

思わず情けない声を出す二人。理解が追いついていないほのかと雫であるがだんだんと分かってきてしまい、顔を赤くしていく。

 

「ちょ、蒼士さん、それってセクハラだよ!?」

 

「わ、わ、わ、あわわわ」

 

顔を赤くさせて雫は蒼士に強い言葉を述べ、ほのかは大混乱して喋れなかった。

 

「二人の身の安全のためにCADの調整は必要だ。勿論、俺が全力で二人を守るがもしも俺が間に合わなかったことを考えてだ。そして二人の調整は本格的にしようと思うからウチの調整装置は服を着ていてもいいけど、本格的に調整を行う時はなるべく服は脱いでいて欲しい」

 

自分達の身を守るために魔法が必要、そして魔法を使用するためにはCADが必要、そのCADの性能によって実力は変わる。そのことを知っている二人は自分達のことを心配しての行いなんだと理解してはいるものの恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

普通に考えれば異性に身体を見せるなんて恥ずかしいものだ。それが好意を持つ異性なら尚更。

 

「わ、分かりました! 光井ほのか突貫します!」

 

意を決して行動したのはほのかであった。ほのかが服のボタンを外し、脱ぎ始めたのだ。顔を真っ赤にさせて上着を脱いでいく。

 

「わ、分かった、言う通りにする」

 

雫もほのかと同様に顔を真っ赤にさせて服に手を掛けていた。ぎこちない動きで蒼士のことをチラチラ見ながら脱いでいく。

 

その光景をソファに座りながら見ていた蒼士。視線を逸らすことなく二人を見ている蒼士はまるで王様のようであった。

 

「蒼士様、御巫山戯(おふざけ)も大概に」

 

「そういうことは私達の担当ですよ、蒼士様」

 

パチンッ、と素晴らしくいい音が響き、蒼士は頭を抱えて痛そうにしていた。叩いた者はメイドの斬美とシャロンであった。二人は主人の余りにもふざけた行いに制裁を下したのだ。

 

「ほのか様、雫様、とりあえず手を止めて頂いていいですよ」

 

斬美が二人に静止するように忠告していた。二人ともブラジャーが見えており、それだけでも青少年には刺激が強いものであるのに平気な顔をして痛む頭を摩る蒼士。

 

「調整装置は地下一階ですから、下着の姿のまま地下まで行くつもりですか? 露出性癖があるなら御止めはしませんが」

 

シャロンのこの言葉に脱ぎ掛けていた服を着直すと蒼士の視線から逃げるように斬美の後ろに隠れていた。

 

「いや美少女二人の半裸なんて贅沢してみたいじゃん!」

 

痛む頭を摩りながら述べた蒼士のことを睨みつける雫とモゾモゾと恥ずかしく立ち直れないほのか。

 

「全く変態ですか」

 

「ですから、そういう要望は我々メイドの役目ですから言ってくれればよいのです」

 

斬美は呆れていたがシャロンの方は乗り気であった。そのことに同僚を睨む斬美、ニコニコしていつも通りいるシャロン。

 

「俺は先に地下にいるから二人に任せる」

 

それだけ言うと蒼士は地下に降りて行った。蒼士自身は半ば冗談まがいで言っていたが、思いのほか素直に二人が従ってくれたので楽しむつもりであった。

 

「雫様もほのか様も安心してはいけません、調整するときは結局脱ぐのですから」

 

安心したつもりはなかったが斬美の声で再度自覚することに。蒼士の目の前で脱ぐということは未然に終わったがCAD調整のために下着姿にならなければいけなかったのだ。

 

「(恥ずかしい……けど、蒼士さんって私の体に興味あるのかな)」

 

隣のほのかの体つきと比べて貧相だと思ってしまう雫。こんな身体に蒼士は興味を示してくれるのかと内心で思いを巡らせていた。

 

「(ええい、ままよ! それに私は蒼士さんになら見られてもいい、寧ろ見て欲しい、蒼士さんの視線を釘付けにさせたい、蒼士さんになら全てを捧げたい、この機を活かさずしてどうするのよ!)」

 

ほのかは内心で感情が暴走気味であった。というか吹っ切れている。自分が自覚しつつあった蒼士への依存心が高まった影響で彼のものになりたい、彼と過ごしたいとなどの感情が現れてきている。

 

彼の家に住む、彼と衣食住を共にする仲になる、彼に身を預ける、つまりは全てを差し出すという恋するほのかの解釈により蒼士に尽くしたい、蒼士の役に立ちたい、蒼士に全てを捧げたいなどの感情を確立していったのだ。

 

「大丈夫ですわ、御二方とも蒼士様に大切に思われております、きっかけさえあれば蒼士様に抱いて頂けるのは間違いないです」

 

笑顔のシャロンは二人が内心で何を考えているかをまるで分かっているような発言をした。ほのかも雫もドキッと心臓が跳ねるのを感じており、図星に近いことを言われて驚きと恥ずかしさで顔を伏せてしまった。

 

人の感情なども把握するのもメイドの嗜みだと答えるシャロンであった。そんなシャロンは二人にアドバイスをする。

 

「ですから、蒼士様に–––––」

 

シャロンの言葉に顔を見合わせて笑うほのかと雫。ため息をして困ったような表情を浮かべる斬美がその場にいるのであった。

 

 

 

 

ほのかと雫は病院の検査着の様な、簡素ガウンを身に着けていた。傍には斬美とシャロンも控えている。蒼士は二人のCADを預かっており、調整する準備が出来ていた。

 

調整装置の計測用の寝台に横たわる時には二人とも下着姿であり、恥ずかしそうにしている。蒼士の視野の中には横になるほのかと雫の下着姿がどうしても入ってしまうので内心で有り難く思いつつ、ディスプレイにデータが表示されると画面に集中して意識を調整の方へ向けていた。一人一人のデータを取ったので二人には服を着ていいと述べた蒼士だが、二人はガウンを羽織って蒼士に近付いて来ていた。ディスプレイに集中しているが気配で近付くのが分かっていた蒼士。

 

「蒼士さん! 乙女の柔肌を見たんだから責任取って!」

 

「そうです! 私達だけ恥ずかしい思いをしたんですから蒼士さんも何かして下さい!」

 

ガウンを羽織っただけの二人は蒼士の両腕にそれぞれ抱きついて惜しみなく体をくっ付けていた。蒼士は思わず動揺してしまい、キーボードを打ち間違えエラー音を鳴らしていた。

 

二人がこんな大胆なことをするのには誰かの後押しがあったのだろうと予測を立てていた蒼士は確認するために後ろに控えているメイドの二人に視線を向けると斬美がシャロンを指差し、シャロンはうふふ、と微笑んでおり、確信犯がそこにいたのだった。

 

犯人が分かったところで両腕に顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている二人の対応に動く蒼士。

 

「責任って、俺も脱げばいいのか?」

 

「違うって!? どうしてそうなるの!?」

 

蒼士の脱ぐ発言に首を左右に振って否定する雫。

 

「私と雫の二人と一緒に寝て貰っていいですか?」

 

上目遣いで蒼士のことを見つめるほのかに可愛いな、おい、と内心呟く蒼士であった。雫も頷いている。

 

二人の美少女のお願いを蒼士が無視するわけがない。

 

「いいよ、今日だけじゃなくて、毎日でもいいよ」

 

蒼士の発言に喜ぶほのかと雫。ハイタッチして服を着るために地下から上がっていくほのかと雫はシャロンともハイタッチして喜びを共有していた。斬美は蒼士に会釈してからほのかと雫の後ろを付いて行くのであった。

 

「二人のCADの調整を終わらせた後に二人の美少女と一緒に寝るのか……ご褒美じゃん」

 

地下一階の研究室に一人になった蒼士は上機嫌になりながら作業を進めていく。ご褒美が待っているからといって手を抜くことはせず最高の性能に仕上げていく蒼士。

 

 

 

 

蒼士のベットは三人が寝ても余裕の大きさであった。

 

「パジャマ可愛いね、二人とも」

 

「褒めても何も出ないよ」

 

「雫の言う通りです、褒めても私達が密着するだけです!」

 

「女の子特有の柔らかさなのか、安心感で眠くなってきたかもしれない、二人共もっと抱きついていいよ」

 

「そうする、私も眠くなってきたかも」

 

「私も抱き付きますね、雫は寝つきがいいもんね」

 

「二人の温もりのおかげかな、なんだか心地いいよ」

 

「私も蒼士さん抱き枕、好きかも」

 

「うん、わ、私もかな(このまま身を委ねていたい)」

 

「普通なら美少女二人にこうして両サイドから抱きつかれているのに興奮した方がいいのかもしれないけど、安心しちゃってね」

 

「そのまま撫でていてね、蒼士さん」

 

「私はどんな蒼士さんでも受け入れます、そ、それと、わ、私も雫と同じように撫でて下さい」

 

「これから宜しくね、雫、ほのか」

 

「宜しく……zzzz」

 

「はい、宜しくお願いします、蒼士さん」

 

「雫は寝てしまったようだ、ほのかも眠いなら寝ていいからね」

 

「目が覚めちゃって眠れそうにないです」

 

「そっか、じゃあ雫が起きないように喋ってようか」

 

「蒼士さんも眠かったら寝て下さいね、私のために起きてなくていいですよ」

 

「好きで起きてるから平気だよ、それとも寝て欲しいかな? もしかしたら俺が眠っている時にほのかが俺に悪戯するのかい」

 

「し、し、しまんせんよ!(ななな、なんかバレてる!)」

 

「ほのかの思っていることは二人の時にしようか、二人きりでゆっくりじっくりとね、今はゆったりと喋っていようか」

 

「はい(今私が思っていることって、蒼士さんに抱かれたいとかキスしてみたいとかだったけど……まさかバレてるの!? でも、しようってもしかして本当に抱いてくれたり、キスしてくれたりしてくれるのかな?)」

 

蒼士とほのかは眠気が来るまで会話をしていた。ほのかがA組になれて深雪と出会えたことに熱弁し、蒼士とほのかと雫と一緒に出掛けた話などお互いに笑顔になるような会話を楽しんだ。

 

 

 

 

「蒼士さん、寝ちゃいましたか?」

 

ほのかは声を掛けて、蒼士の顔を覗くと目を閉じて穏やかに呼吸音が聞こえ眠っているのが分かった。

 

「……ごめんなさい、蒼士さん」

 

普段の凛々しい蒼士も好きであるが無垢な寝顔の蒼士を見て心臓が速くなっていた。寝顔に見惚れてしまっていたほのかは彼の顔に近付き唇を見つめてしまっていた。頬が徐々に熱を持ち始めるのを感じるほのかは自分の欲望が高まっていた。

 

「好きです、蒼士さん」

 

我慢できずに蒼士の唇に自身の唇を重ねてしまっていたほのか。触れるだけのキスであったがほのかは自身の唇を触って惚けていた。相手の眠っている隙にキスをしたという罪悪感もあるのだが、それ以上に幸福感が上回ってしまっていた。欲望に負けてしまったほのかはもう一回と呟くと二度目のキスをした。そして三度目のキスも。

 

「(蒼士さんは誰にでも優しいし、私以外にも好意を持っている女の子も多い、けど今だけは自分のもの)」

 

蒼士の横顔を見ながら彼の腕に抱き付きその手を自分の下半身に持っていき、触って欲しいところを触って貰うほのか。腕を触られながらも眠っている蒼士を確認すると彼の手を胸元に誘導し、触らせる。蒼士が眠っていることをいいことに欲望を叶えていくほのかであった。

 

己の身体が満足感で満ちると自分の胸の谷間に蒼士の腕を挟んで密着して眠りつくほのかである。幸福感と満足感に身体を支配されたほのかはすんなりと眠れることができた。




花右京メイド隊を知っている人がいれば嬉しいです(^_^)

花右京メイド隊に登場する人物。
・剣 コノヱ

次の投稿は明日4日です。


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第十九話

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魔法科高校にも魔法以外の一般科目の授業はある。その中には体育の授業もあり、フットサルから派生した競技でレッグボールというものがある。透明の箱の中で軽量のボールを使用して相手のゴールに蹴り込むというシンプルなスポーツだ。箱の中ということもあり跳ね返ったボールなども駆使してゴールを決めるのもありであった。

 

「幹比古もかなり身体が動くんだな」

 

「達也と蒼士とレオに比べたら僕なんて全然だよ」

 

達也は幹比古の予想以上の身体能力に意外感を覚えていた。パスの処理も的確で冷静な判断が下せていたと達也には判断できた。

 

幹比古が述べた三人よりかは動けていなかったことを述べているがこの三人は特殊であるから仕方がなかった。蒼士も達也も身体を鍛えて実戦経験を積んでいるので運動神経は高く、レオも山岳部所属のため人並み以上には鍛えているが、レオは生まれながら高い身体能力を持つのが保証されていた。ドイツで開発された遺伝子調整体魔法師であったからだ。

 

達也と幹比古はパスをした蒼士を見ていた。蒼士に追いつき隣に並ぶレオ。

 

「レオ合わせろよ」

 

「おうよ! 任せろや!」

 

蒼士が左足で、レオが右足で同時にボールを蹴ろうとしていたのだ。タイミングを間違えれば大怪我をしてしまいそうだが、二人は息ぴったりであった。普通ならどちらかの足を蹴ってしまったり、空振りで終わってしまうが二人は完璧なタイミングでシュートしていた。

 

『ツインシュートだぁっ!』

 

同じチームメイトだけでなく、相手チームのメンバーは興奮した面持ちで二人の同時のシュートに歓声を上げていたのだ。

 

『ボールが揺れたァ!』

 

タイミングとパワーが完璧にあったシュートはボールが揺れて分裂したように見え、ゴールキーパーには捕球不可能な必殺シュートになっていた。

 

キーパーは必殺シュートに反応することが出来ず、得点を許してしまった。ゴールを決めた二人はハイタッチして喜び、観戦していた女子生徒たちからは黄色い声が上がっていた。蒼士とレオはそんな彼女らに手を振りながら声援に応えて、達也と幹比古に合流することに。

 

「身体を動かすのはいいもんだな」

 

「全くだぜ」

 

肩を組み喜び合う蒼士とレオに思わず笑みを浮かべてしまう達也と幹比古。

 

その後は勢いのまま圧倒的点数でE組の勝利に終わった。試合終了後に対戦相手のF組の男子生徒が蒼士とレオに握手を求めていたりする。

 

試合も終わったので見学ゾーンから少し離れた位置に腰を下ろして休んでいた達也、レオ、幹比古の三人。

 

「蒼士のやつ、試合後なのに疲れてないのかよ、フルで動いてたのに」

 

レオの吐き捨てた言葉に達也も幹比古も同じ気持ちであったので頷いていた。

 

話題の蒼士は女子生徒たちからタオルや飲み物を貰ったりしながら会話をしているのだ。蒼士を囲むように女子生徒たちがいるので、簡単には抜けられなさそうであった。

 

「ほんとー、蒼士くんって人気よね」

 

「本当ですね、私もエリカちゃんも近付けませんでした」

 

達也たち三名のところにエリカと美月が近寄って来ていた。そしてエリカの格好を見てしまい、幹比古とレオは目を見開いて驚き、達也も視線が鋭くなっており、多少ではあるが驚いていた。

 

「エリカ、何て格好をしているんだ!」

 

幹比古が少し裏返った声を上げ、顔を赤くさせて、その原因を作ったエリカを視線に入れることが出来ず顔を逸らしていた。レオはギョッと驚いており、達也はもう驚いておらず特に反応なしであった。

 

「何って、伝統的な女子用体操服だけど? ブルマーって言うの」

 

キョトンとした表情で小首を傾けて答えるエリカ。三人に見せつけるようにするエリカに一人はおどおど恥ずかしがり、一人は照れたようにしながらも観察しており、一人は特に反応なしであった。エリカは美少女でスタイルも良く、鍛えているので引き締まっていながら少しも筋張ったところのない太腿(ふともも)、綺麗な素肌が健全な青少年には刺激が強かったようだ。

 

からかうつもりはなかったエリカであったが予想以上の反応に驚いていた。達也の無反応にはなんだか負けた気がしたので声を掛けようとするエリカであったが。

 

「ひゃわぁっ! そ、蒼士くん!? ちょ、なに触ってるのよっ!?」

 

「ブルマだね、おお、言われた通り鍛えているね、エリカ」

 

音も無く現れた蒼士はエリカの太腿や脹脛(ふくらはぎ)を触りながら揉んでいた。蒼士自身は特に表情を変えることなく、筋肉を確認していたのだ。

 

だが、エリカの方は急に触られ、悲鳴に似た声を上げてしまった。頬を赤くさせて身体を震わせて怒ろうとするエリカであったのだが。

 

「ちょ、あ、ん、く、(くすぐ)ったいって、っていうか、んぁ、はぁはぁ、や、辞めて、くれない」

 

「次は右足ね」

 

怒ろうとするタイミングに限って背中からビリっとした味わったことのない感覚が身体中に広がって、強く言い出せずにいた。片足を見終わったらもう片方に移ってしまって、さらに足全体にもエリカが体験したことのない刺激を受けてしまい、呼吸が乱れてしまっていた。

 

足に触れて観察している蒼士は平常通り、達也も特に無反応、レオは興味深そうに蒼士とエリカのやりとりを見ており、幹比古と美月は手で顔を抑えて二人のことを見ないようにしていたが、美月は指の隙間から覗き見ていた。

 

「うん、次のステップに進もう、次は、って大丈夫かい?」

 

エリカの足を観察、堪能した蒼士は立ち上がってエリカに言おうとしたが、顔を真っ赤にさせて息を整えるエリカを心配になったので声を掛けていた。

 

「はぁはぁ、なに、いきなり触ってくれてるのよっ!!」

 

伏せていた顔を急に上げて蒼士を睨みつけた勢いそのままに蹴りをおみまいするエリカ。鋭い蹴りが蒼士を襲うはずであったが当たらなかった。

 

「エリカの足はメリハリがあって、綺麗な肌で、まさに美脚だね」

 

「は、恥ずかしいこと言わないでよっ!?」

 

エリカの足蹴りを全て躱していく蒼士。一発も当たらないエリカはジャンプして回し蹴りを当てようとするがそれも回避されてしまった。着地の瞬間に足がもつれてしまい、前のめりに倒れそうになるが蒼士が受け止める。彼の胸元に収まってしまったエリカ。

 

「おちつい「隙アリ!」っ!?」

 

蒼士の胸元にいるエリカであったがゼロ距離の腹パンをおみまいしていた。拳を腹部に叩き込んだエリカであったが違和感を感じている。

 

「あんたの腹部硬すぎよっ! 私の手が痛いんだけど」

 

「ふっふっふっ、鍛えているんでね」

 

手を痛そうに痛みを取ろうと手を振っているエリカは腹パンされてピンピンしている蒼士に愚痴っていた。女性の力でも殴られれば痛いものだが、蒼士には一切効いていなかったようだ。

 

「エリカちゃん、大丈夫? 蒼士さん、いくらなんでもからかい過ぎですよ」

 

エリカを心配して美月が近付いてきてくれた。

 

「美月も足を揉んでやろうか、ほらほら」

 

手をワキワキさせながら美月に近付く蒼士に思わず動きが止まる美月。からかい半分で冗談を言う蒼士。そんな彼の行動は裏目にでる。

 

「……そ、そ、蒼士さんが、したいな、い、い、いいですよ」

 

顔を真っ赤にさせて声が途切れ途切れだったが、蒼士とエリカの耳に入っていた。真に受ける美月。

 

周りの女子と比べて圧倒的に胸が大きく巨乳といえる彼女は全体的にムチムチな体つきをしており、美月が差し出すように片足をゆっくり蒼士の方に動かしている太腿、脹脛はムッチリしている。

 

「な、なに言ってるのよ、美月! こんな変態馬鹿エロエロ魔人なんてほっといて行こう!」

 

「あ、エリカちゃん、そんな引っ張らないで」

 

エリカが美月を引っ張って女子グループの方に逃げていく。その後ろ姿を眺めながら一息する蒼士。

 

「お前も大胆だな、蒼士」

 

呆れながら達也が蒼士に近付いてきた。現在は肌の露出が控える世の中になっており、エリカのブルマはかなりの露出になるが、それ以上に乙女の柔肌を触って平気な顔をしている蒼士の度胸の凄さに感服していた達也であった。

 

「俺にはできないな」

 

レオも蒼士の肩を叩いて近くにいた。親しい仲の女子でも普通に喋ることなど、少しのボディタッチはあるかもしれないが、堂々と肌に触るのは自分にはできないとレオは思っていた。レオの考えは普通であり、普通ならセクハラになるからだ。

 

「そうだよ、僕が触ったら間違いなく血祭りだったよ」

 

まだ顔の熱が取れていないようで頬が赤い幹比古も蒼士に近付いていた。女性の柔肌を触って平気な顔をしている蒼士の凄さを改めて知り、幼馴染のエリカが恥ずかしそうにしているのも珍しくて驚いていた幹比古。それよりも自分では避けれないエリカの蹴りを軽々避けていた蒼士の身体能力にも驚いていたようだ。

 

「ある程度の好感度が無ければ嫌われてたな」

 

うんうんと自分自身に頷いていた蒼士。

 

普通なら同性であっても肌に触られるのを嫌う者もいるが、ましてや蒼士とエリカは異性同士であるのにエリカは触らせていたのだ。それだけ信用しているか、あるいは好意を持っているかになる。エリカが感じたことがなかった快楽で動けていなかっただけかもしれないが。

 

「いや好感度があっても普通は無理だと思うよ」

 

幹比古の言葉に同意するように頷く達也、レオであった。

 

授業も終わって教室でエリカと美月に会うとエリカは既に切り替えており、蒼士が以前やってみせた歩法を習得する為の話をしていたりして気にしている様子はなかった。

 

美月は蒼士の顔を見ると頬を赤く染めて、先ほどの自分が言ってしまった言葉を思い出してしまっていた。蒼士はその事を勘付いていたので美月に近付いて耳元で何かを呟いてみせた。蒼士の言葉にボンッと顔を真っ赤にさせて顔を伏せてしまった美月。それから放課後までぼーっとしては、顔を赤面させたりの繰り返しをすることに。

 

「(もっとスゴいことをしようねってどういうことなんですか蒼士さん!? エリカちゃんだって気持ち良さそうにしていたようにも見えたし、声も色っぽかったような気もするし、それ以上って……わ、わ、わたしったらなに考えてるのっ!? )」

 

 

 

 

お昼を生徒会室で過ごす蒼士と達也と深雪。いつもの生徒会メンバーに摩利もおり、食事をしている。

 

夏の九校対抗戦に向けての準備で忙しく動いており、いつも活き活きとした笑顔が魅力の真由美も精彩を欠いていた。

 

「ごめんね、蒼士くん。選手なのにエンジニアも手伝わせちゃって」

 

「お気になさらず、自分は副担当でほとんど補助役ですから負担は少ないので大丈夫ですよ」

 

真由美が申し訳なさそうに蒼士に謝っていた。選手として出場する蒼士は副担当の技術者も兼任することになっていた。三年生の技術者が少ないのでその穴を埋めるのと他の担当者の補助も手伝うことになっている。

 

蒼士が自分のCADを製作して調整しているのを知っていたので真由美から技術スタッフになって欲しいとお願いされていたのだ。

 

「三年生のエンジニアは蒼士くんのおかげで負担が減りそうです、本当に助かります」

 

鈴音もホッとしているようで蒼士に感謝していた。

 

「選手の方もだが、技術者の方も一苦労だな」

 

「そう言ってる摩利には自分でCADの調整をやって欲しいものだわ」

 

すまんな、と顔を逸らして真由美に言葉を述べた摩利。

 

「二年生は中条さんをはじめ優秀な人材がいますから安心ですね」

 

鈴音から声を掛けられたあずさは照れたように会釈していた。

 

「一年生は自分も手伝いますが、凄腕の達也が入るので大丈夫ですよ」

 

「何を根拠に言ってるんだ、蒼士」

 

蒼士の隣で呆れ気味にいる達也。達也は自分が九校戦の技術スタッフになることに反論していたが、生徒会メンバーが達也のシルバーホーンのこと、深雪のCADを調整していること、風紀委員会本部の備品のCADのメンテナンスなどを行っているのを知っていたので、真由美、摩利、あずさ、鈴音から半包囲されながらも反論していたが、最後には深雪にお願いされて完全包囲され、降伏して完全に諦めていた。

 

諦めた達也を見て、周りの人たちには見えないところで蒼士は『計画通り』と悪い笑みを浮かべていたりする。

 

「今日の放課後に達也くんも蒼士くんと同じように技術スタッフメンバーの前で実力を見せてね」

 

蒼士は真由美から(あらかじ)め技術スタッフをやって欲しいと言われていたので三年、二年の技術スタッフの先輩たちに紹介されていたのだ。その時には一年の二科生であるのを理由に文句を言われ、実際に実力を示すことになり、自分がお願いしたのだからと真由美が実験台になって実力を示して黙らせること成功していた。

 

納得できないような先輩たちもいたのだが、その場にいた服部の口添えもあり納得してくれたようだ。そして今日は達也がその番になったのだ。

 

「一年やら二科生やらで九校戦を台無しにされてたまるか、能力的に大丈夫なら文句はないだろうに」

 

多少のため息をつく摩利。学校の威信が掛かった大会なのだから実力がある人材を使わないでどうする、と摩利は思っていた。摩利のこの考えには生徒会のメンバーは勿論のこと克人や他の三年、二年の選抜メンバーが思っていることであった。

 

「微力を尽くします」

 

この場にいる人たちには期待されているというのを分かっていた達也。何よりも深雪のためでもある。

 

「九校戦でもお兄様にCADの調整してもらえるなんて、深雪は幸せです」

 

可愛い妹の頼みを達也が無視するわけがない。

 

達也に笑顔を向ける深雪は兄に頭を撫でてもらい幸せそうであった。そんな兄妹に触発された人物がいた。

 

「蒼士くん、私も頑張ってるから撫でてよ」

 

「よく頑張ってますね、七草先輩」

 

真由美が蒼士に甘えるように擦り寄ってきた。達也と深雪の兄妹のじゃれあいに触発されたようにおねだりする真由美。そして真由美の髪を自然な流れで触りながら頭を撫でる蒼士。最近の真由美の行動は露骨に蒼士に絡み、甘えているのが多くなっていた。

 

「お前らいつの間にそんなに仲良くなっているんだ」

 

この場は蒼士と真由美だけの空間ではない。二人以外にもいるというのに甘えだしていた真由美は恥ずかしそうにしているが蒼士が髪を触りながら頭を撫でてくれるのを受け止めて自分を心配してくれている、励ましてくれている、と感じ取れてしまい、安心して彼の優しさに甘えていたのだ。

 

「か、か、会長は恥ずかしくないんですか?」

 

「中条さん、会長は頬を赤くさせて恥ずかしくしていますが、蒼士くんの撫でテクに墜ちてしまってるのです」

 

イチャつく蒼士と真由美にチラチラ二人を見ながらも述べたあずさ、その答えを述べる鈴音。鈴音に関しては表情では特に気にした様子はなかった。

 

「市原先輩、腕を抓るの止めて下さい」

 

「何のことですか?」

 

真由美が笑顔を浮かべて蒼士の労いを受ける一方でもう片方の腕を抓る鈴音がいた。女性の力でも意外に痛いもので苦笑いをする蒼士に、何事もないようにしている鈴音。

 

「市原先輩には人がいないところで労うので許してもらえませんか」

 

「……」

 

蒼士の言葉に抓るのを止める鈴音。

 

「リンちゃんも私みたいに甘えればいいのに」

 

「私は会長みたいに、はしたなくないので」

 

ニヤニヤしながら真由美は鈴音のことを見ていた。真由美のにやけ顔に多少の怒りが込み上げた鈴音は強い言葉を述べた。

 

鈴音の言葉に頬を赤くさせたまま否定する真由美。はしたない、という単語を気にしているのか蒼士のことをチラチラ確認しながら鈴音と言い合う真由美。

 

「(わたしもシュウに会いたいな、はぁー、今日電話しよう)」

 

現実逃避の摩利は彼氏のことを考えていた。自分も甘えてイチャイチャしたいなどの欲望が頭を駆け巡っていた。モゾモゾと身体を動かして頬を赤くさせているので明らかに怪しい人物にしか見えなかった。

 

「(あ、司波くん、今日はシルバーホーンを持ってきているんだ)」

 

真由美と鈴音のやりとりを見ていたあずさであったが達也がシルバーホーンを取り出したので意識がそちらに向いていた。

 

「(会長も幸せそうな表情を浮かべている、蒼士くんに撫でられるのもいいのかな、ちょっとだけでいいから撫でて欲しいかも)」

 

兄に撫でられながら横目で真由美と鈴音に挟まれている蒼士を見ていた深雪。兄以外の異性に撫でられたことが無いので興味が出てきていた深雪であった。

 

言い合っている二人の手を握って落ち着かせることに成功した蒼士は約束があったので生徒会室を出ていく。

 

普通、好ましく思っていない異性などに手を触られるのは嫌なものだが、真由美も鈴音も蒼士に手を触れられ嫌がるどころか握らせていたりする。

 

「(リンちゃんもライバルか、普段はクールなリンちゃんも私が蒼士くんとイチャついてるのを見て嫉妬したのかしら? ふふふ、可愛いわね)」

 

「(私としたことが会長に乗せられてしまいました、反省しないといけませんね。それにしても蒼士くんに手を握られて予想以上にドキドキしてしまって、私も存外ウブなんですかね)」

 

 

 

 

蒼士は約束した人物と会っていた。

 

「いきなり頭を下げてどうしたんだ、森崎?」

 

「一緒に練習してくれないか?」

 

「九校戦の話か、勿論いいけどいきなりどうしたんだ?」

 

「自分の力がちっぽけなものだったって思い知ってしまってな、ただのメイドに俺も手も足も出なかったんだ」

 

「(ウチのメイドが森崎家のボディガードをボコボコにしたって聞いていたが、森崎自身も居たのか)」

 

「風紀委員で動いていた時のお前の動きや行動は見ていたから分かる。お前は只者ではないと、そして試験の結果でも明らかだった」

 

「……」

 

「二科生であっても優秀な人がいるって思い知らされたよ。だから一緒に出場するスピード・シューティングの練習に付き合ってくれ」

 

「あぁ、それは勿論だとも、こちらこそ宜しくな、俺のことは蒼士って呼んでくれ」

 

「ありがとう、俺のことも名前で駿(しゅん)と呼んでくれ」

 

お互いに握手して友情を築く二人。

 

蒼士は後で知った事であったが、HSA社は色々な人材を一人でも多く求めているのでボディガードの仕事をしている森崎家にも興味を持ち、仕事という名目で実力を試す模擬戦をした結果、五人のボディガードを瞬殺してしまったのだ。HSA社が保有するメイドの一人によって瞬殺された中に森崎駿もいたのだった。

 

 

 

 

蒼士と森崎が話している時の生徒会室ではあずさが達也のシルバーホーンに目を輝かせて興味津々であったり、FLT社専属のトーラス・シルバーについて熱く語るあずさにちょっと引き気味の達也。

 

深雪はドギマギしながら聞いていたが、それが行動に出てしまい、キーボードの打ち込みのミスを連発したりして周りの人に心配されるという出来事があったようだ。

 

放課後になると九校戦メンバーの選定会議にて予想通り二科生の達也に対して文句が飛び交ったが、蒼士という前例がいたので達也自身のエンジニアとしての実力を示すことで納得させていた。直接調整を目にしたあずさや一部の技術スタッフは達也の実力を高く評価し、技術スタッフに歓迎していた。納得していない者には三巨頭と服部副会長の言葉により黙らせることができた。

 

 

 

 

蒼士は一軒家の自宅のリビングで個人的な電話をしていた。ほのかも雫も蒼士の近くでソファに座りテレビを見ながらゆっくりとしていた。

 

「マジかよ、商品化したらウチの会社も受注するように指示しとくよ、本当におめでとう、歴史に残る偉業だぞ」

 

電話相手の話す内容に驚いて興奮していた蒼士。近くで聞いていたほのかと雫は相手が誰か分からないが仲が良く、とても良いことがあったのだろうと察する。

 

多少の会話をして電話を切った蒼士は携帯端末を置くとある人物に呼び掛けた。

 

「アルタイル、聞いていたと思うが本社に連絡しといてくれ」

 

「了解した、我が創造主よ、余に全て任せておくがいい」

 

蒼士が置いた携帯端末から粒子のようなモノが集まり構成されていき、精巧に出来たフィギュアのようなサイズの少女が出現した。アルタイルと言われた少女は、騎兵帽に改造した軍服を身に纏っており、足元まである銀髪の少女であった。

 

蒼士とHSA社で働く島崎(しまざき) 刹那(せつな)という女性と作成した人工知能、AIであった。

 

凝りすぎて性能とデザインがヤバいことになっていたのを作成してから気付いた蒼士と刹那であったが遅すぎた。服装に影響を受けたのか自己学習した結果、一人称が「余」になったり、蒼士と刹那といる時には「私」になったりと二人の予想に反して成長していくアルタイル。HSA社のデータ管理、他社へのハッキング、ネット上での性能は優秀といえるレベルを超えており、サイバーテロを起こす事もでき、インフラを破壊して一国を落とせるかもしれないと蒼士と刹那は予想している。

 

「余の妹も元気そうであったな」

 

「達也に預けたシリウスか」

 

達也に誕生日プレゼントとして渡したAIはアルタイルの妹にあたり、シリウスという名前を授けていた。達也もそう呼んでいる。

 

そして蒼士の電話相手は達也であり、飛行術式が完成したという報告を受けたのだ。加重系魔法の三大難問の一つが解決したという歴史的快挙であった。電話越しに深雪も声を上げて、兄の代わりのように喜んでいるのが聞こえていた。

 

「本当に凄いね、アルタイル」

 

「アルタイルさんって本当にAIなんですよね」

 

雫もほのかも蒼士から紹介された時には非常に驚いていた。今のところ第一高校の中では雫とほのかと達也と深雪ぐらいしかアルタイルの存在を知らない。三人に関してはアルタイルの性能などは知らないが達也は妹のシリウスを預かっているのでいつか気付く可能性はあった。

 

HSA社の中でもサイバー関係などの仕事に付いている者は存在を知っているが、それ以外の人たちには知られていない。

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

演技掛かっているが綺麗なお辞儀をして感謝しているアルタイルに改めて感心する雫とほのか。用件も済み手が空いたので二人に声を掛ける蒼士。

 

「じゃあ、九校戦の練習しますか?」

 

「待ってました! 最初は私のスピード・シューティングから手伝って」

 

「ずるいよぉ! 私のバトル・ボードからお願いします!」

 

立ち上がった蒼士の両サイドから抱き付く二人。家の中ということで周りに目が無いことをいいことに積極的になっている雫とほのか。

 

はいはい、と二人に誘導されながら地下に降りていく蒼士。俺も練習したいんですがね、と内心で思いつつも口にはせず二人の練習に付き合う蒼士であった。

 

三人を最後まで眺めていたアルタイルは消えていった。

 

 

 

 

「アルたんアルたん、そうたんのお風呂上がりの生写真をプリーズですー」

 

「ふふふ、松、君はスケベだな」

 

「そうたんには全開オープンですよ」

 

「よいぞ、ほら我が創造主の写真だ、とくと見るがいい」

 

「おぉぉぉぉ、これは売れるアングルですよー、この無垢な寝顔も最高ですぞぉー!「松さーん、なにをしているんですか」ヒィィィ、美哉(みや)たんッ!?」

 

「No.1か、君がどうして此処にいる」

 

「蒼士さんへの不埒な気配を察しまして」

 

「松を気絶させたか、恐ろしく速い手刀、余でなければ見逃していたな」

 

「アルタイル、貴女が生身の身体を持っていたなら松と同じ目にあっていたわよ」

 

「それは恐ろしい、では余は君に媚びを売っておこう、我が創造主の最高の一枚を君に献上しよう」

 

「……今日のところは見逃しましょう」

 

「君も欲には勝てぬか、では余はセツナのもとへ戻るとしよう」

 

アルタイルはそれだけ述べると美哉の前から姿を消した。気絶している松を起こす前にアルタイルから携帯端末に送られてきた写真をもう一度確認してから懐にしまう美哉であった。

 

美哉(みや)という名の彼女は常に和服姿のお淑やかな美人の女性である。普段から笑顔をたやさないのだが、怒ると背後に般若の面が浮かぶ。居合の達人でもあり、蒼士が保有する戦力の中でもトップクラスの実力者であり、実力者の鴉羽も本気の彼女に半殺しにされた経験があるほどであった。自身が慕う蒼士のことを誰よりも大切で愛している。




登場するキャラは多原作と違い、多少変更しています。
・原作でアルタイルの創造主である本名:島崎由那はこの世界では絵師の名前『島崎(シマザキ) 刹那(セツナ)』という名前になっている。
・原作セキレイで浅間美哉であるが、この世界では結婚していないので『美哉』という名前だけになっている。

Re:CREATORSに登場する人物。
・アルタイル
・シリウス
・シマザキ セツナ(本名:島崎 由那)

セキレイに登場する人物。
・浅間 美哉(この小説内では美哉)

次の投稿は明日11日です。


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第二十話

ご感想お待ちしております!

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九校戦メンバーのお披露目という名の発足式が行われる講堂には全校生徒が集まっていた。クラス内でいない者は選抜メンバーに選ばれたことの証なので各クラス騒ついていたりする。

 

「梓條くんも司波くんも緊張してなさそうだね」

 

舞台裏では選手たち、作戦スタッフ、技術スタッフがそれぞれのユニフォームを着て、待機している。蒼士も選手用のスポーツジャケットを羽織り、達也も技術スタッフ用のジャケットを羽織っていた。

 

「そんなことないです、緊張してますよ、五十里(いそり)先輩」

 

「右に同じく」

 

達也の答えに蒼士も同意していた。二人に話し掛けていた人物は一つ上の先輩であった。

 

五十里(いそり) (けい)という男子生徒で容姿は中性的な美少年で女性ではないかと見間違えてしまう美貌、頭脳も優れており、魔法理論では二年生でトップであり実技の方も常に上位をキープしており優秀な人物である。CADの調整での腕前を見ていたので蒼士と達也のことを高く評価しており、一科生であるが威張ることも馬鹿にすることもない良き先輩である。

 

「なによー、もっとオドオドしてもいいのよ、後輩の二人は生意気ね」

 

啓の腕に抱きついている人物が声を掛けてきた。舞台裏に入ってからずっと啓の腕に抱きついていたのを目撃しており、そして二人の目の前に来てもその姿勢を崩さずにいる。

 

千代田(ちよだ)先輩、顔に出ないだけで本当に緊張していますよ」

 

「右に同じく」

 

達也の言葉に蒼士は同じく同意していた。そして話し掛けてきた人物も啓と同じく一つ上の先輩であった。

 

千代田(ちよだ) 花音(かのん)という女子生徒であった。五十里啓とは許婚同士であり、学校の中では有名な話である。負けず嫌い、明るい性格、ポジティブな美少女であり、啓にべっとりで彼のことが絡むと人が変わる。摩利に可愛がられており、本人も慕っている。

 

「梓條くんはずっと携帯弄ってるけど何してるのよ」

 

花音の述べた通り蒼士は先程から携帯を弄り、誰かと連絡を取っていた。

 

「いえ、もう終わったんで、お気になさらず」

 

花音に問われるのと同じタイミングで蒼士は携帯端末を閉じていた。

 

「それにしても相変わらず五十里先輩と千代田先輩はラブラブですね、結婚式は何時なんですか?」

 

携帯端末の方に意識が向いていたので簡単な返事しかせず、今は二人の会話に意識を集中できるようになった蒼士。いつもの調子でからかい半分の言葉を述べていた。

 

「し、梓條くん、まだ早いって」

 

「あ、あたしはいつでもいいわよ、啓」

 

両想いでありながら常にラブラブな雰囲気を滲み出している啓と花音。頬を赤く染めて見つめ合う二人、そして花音の方から啓に顔を近付けていき、キスをしようとしている。

 

「馬鹿どもが! 発足式前だろうがッ!」

 

花音の頭に摩利のチョップが炸裂していた。痛そうにしゃがみ込んでしまった花音に対して啓は心配している。

 

「仲が良いのはいいけど、場所を考えて欲しいわね、蒼士くんも二人を煽るようなことはしないようにね」

 

摩利の後ろから真由美が現れ、頬に手を当てて呆れ気味に後輩カップルのことを見ていた。二人を誘導した蒼士にも一言だけ注意している真由美。

 

「はい、出来るだけやらないようにします」

 

綺麗な笑みを浮かべる蒼士にまたやるな、と感じ取った真由美と摩利であった。

 

発足式も始まるので舞台裏の人たちは移動を始めているが蒼士は真由美に声を掛けていた。

 

「七草先輩、今日一緒に帰りませんか?」

 

「あら、急にどうしたの?」

 

真由美は進行役なので舞台袖の場所で待機しているので移動はなかった。全校生徒の前に立つのに緊張している雰囲気もなく、笑みを浮かべて蒼士の誘いを歓迎していたが、すぐに表情が曇った。何か嫌なことを思い出したようだ。

 

「ごめんなさい、家の用事で今日はすぐに帰らないといけないの」

 

「そうですか、じゃあまた今度にしますね」

 

真由美自身は一緒に帰りたかったが、父の弘一から言われていたのでそちらを優先したのだ。七草家の長女として家のことも家族のことも大事にしているので、好意を持つ男の子からの誘いも断ったのだ。

 

真由美の返事を聞いた蒼士は舞台に移動していた。そんな蒼士の背中を見ながら残念だなぁ、とため息を吐いて残念がる真由美である。蒼士くんからのお誘いだったのに、と内心で呼び出した父に対して愚痴っていたりする。

 

発足式は時間通りに始まり、つつがなく進んでいた。だが、舞台上の選手、スタッフたちの中でも異様に視線が集中している人たちがいた。

 

二科生で選手として抜擢された蒼士と同じく二科生で技術スタッフとして異例の抜擢された達也の二人であった。二科生が抜擢されているのを不服に思っている者たちは勿論いるが、その人たちと比べられない人たちが好意的な視線を向けている。特に学年問わず二人と同じ二科生の生徒達からは尊敬の念を禁じ得なかった。

 

一人一人、選手の紹介が始まり、蒼士が真由美に呼ばれて、一歩前に進み出て一礼する。笑顔の深雪に応えるように蒼士も笑顔を浮かべて、深雪から徽章(きしょう)をユニフォームの襟元に付けて貰う。付け終えると同時に大きな拍手と歓声が沸き起こった。拍手はほとんどの生徒がしており、歓声は二科生クラスの三年、二年、一年から声が上がっており、歓声に混じって蒼士を呼ぶ黄色い声も上がっている。

 

歓声に応えるように一礼して手を振る蒼士。舞台にいる全員は思わず苦笑していたり、ため息を吐いていたりと各々が蒼士という人物に期待しているのだ。

 

技術スタッフの達也も一年生全体や二科生の三年、二年の先輩たちから大きな拍手を多く受けていた。二科生の技術スタッフということで舐めている先輩たちもいるようでブーイングが起こりかけそうな時に蒼士や深雪や真由美が拍手をしてタイミングを逃していたりする。

 

兄が期待され、舞台で注目されていることに本人以上に喜んでいる深雪はうっとりしながら達也に見惚れていた。その状態の深雪を見た者たち男女問わず総じて顔を赤らめていたようだ。

 

 

 

 

「雫、ほのか、蒼士くんは?」

 

「今日は本社の方に用があるんだって」

 

「蒼士さん、今日は帰って来れないかもって言ってた」

 

「そうなのね、じゃあ今日は学校終わりに蒼士くんの家には行かないことにするわ」

 

「ん、別に蒼士さんはいない時に訓練室を使っても怒らないよ」

 

「雫の言う通りだよ、寧ろデータが取れて助かってるって」

 

「雫、ほのか、別に行きたくないわけじゃないのよ、日用品などの買い出しもしたいと思っていたの、だから丁度良くてね」

 

「そうなんだ、私はてっきり蒼士さんがいないから来ないものだと思った」

 

「う、うん、私もそう思った」

 

「ちょっと、まるで私が蒼士くんを目当てで行ってるみたいに言わないで」

 

「違うの?」

 

「そうじゃないの?」

 

「……蒼士くんはとても効率の良い練習メニューを組んでくれますし、お兄様と同じでCADの調整もすぐに出来るので助かっているだけですよ」

 

「ほんと?」

 

「本当だよね、深雪?」

 

「二人が蒼士くんのことを好きなのは知っているわ、邪魔するようなことはしないわよ」

 

「(って言ってるけど、ほとんど毎日のように蒼士さんの家に来てるんだよね)」

 

「(深雪は達也さん一筋だもんね、蒼士さんには友達として接しているだけだよね)」

 

「分かって貰えたかしら、雫、ほのか。それよりも放課後の練習始めましょう」

 

その後、三人とも閉門時間ギリギリまで学校で練習をしていたようだ。

 

 

 

 

蒼士は迎えの車でHSA本社に訪れている。夜に本社から近い場所に用事があるので寄っていたのだ。

 

本社の人たちには教えていないのでお忍びで訪れていたはずなのだが、車から降りると熱烈歓迎されていた。社員総出とかではなかったが一部の人たちが待機している。

 

「蒼士様、美沙夜(みさや)様が部屋まで来るようにと」

 

メイドの一人が頭を下げながら蒼士に述べていた。メイド達に頭を下げられながら蒼士は本社内に入ろうとしていた。

 

「蒼士さん、お久しぶりです!」

 

「ちょっと鮮花(あざか)、社長に失礼でしょう」

 

蒼士に駆け寄ってきた女性とその女性を追いかけてきた女性の二人が蒼士に目の前まで近寄っていた。

 

「久しぶりだね、鮮花、フィオレ」

 

鮮花と呼ばれた女性は蒼士の腕に抱きついて甘えており、蒼士も笑顔で受け入れ仲の良さが伺える。鮮花を止めるようにフィオレと呼ばれた女性は蒼士に謝りながら鮮花を引き剥がそうとしていた。二人とも美沙夜と呼ばれた女性の部下であった。

 

鮮花(あざか)と呼ばれた女性の本名は黒桐(こくとう) 鮮花(あざか)という。容姿端麗で更に頭脳明晰でもあり、非の打ち所がない人物に見えるが、実際には目的の為なら手段を選ばない傾向があったりもする。主に蒼士関連では。

 

フィオレと呼ばれた女性は本名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアという。彼女も容姿端麗で頭脳明晰でもあり、穏やかで奥ゆかしく、身分に関係なく礼を忘れない人格者である。鮮花とよくいるので彼女とは親友同士で遠慮なく接しているが鮮花が羽目を外した時の責任や苦労を取ることになってしまっている苦労人でもあった。

 

「フィオレも抱き付きたいなら片腕空いてるからいいぞ」

 

「え、そ、そんな私如きが烏滸(おこ)がましいです」

 

「えー、蒼士さんが良いって言ってるんだからフィオレも抱き付きなよ、こうやってね」

 

蒼士の言葉に恥ずかしそうにしているフィオレを鮮花が自分の真似をしろと言わんばかりに見せつけていた。鮮花は蒼士の腕に自分の胸を押し当てているのだ。巨乳と言ってもいいぐらいの大きさであり、カーディガンを着ているのだが、胸の部分が服を押し上げていることから大きいのは分かっていた。鮮花の十分すぎる大きさの胸は蒼士の腕に柔らかな感触を伝えている。

 

「ほらフィオレもやってみなよ」

 

片目を閉じてウインクする鮮花に対してフィオレは恥ずかしそうに頬を赤く染めながらゆっくりな動きで蒼士の腕に抱き付いていた。フィオレも鮮花に負けないぐらいの巨乳であったので両腕に蒼士は柔らかな感触を感じており、まさに両手に花の状態。

 

「じゃあ、美沙夜さんの所へ行きましょう」

 

「そ、そうね、行きましょうか」

 

一人は元気よく蒼士の腕を引っ張っており、もう一人は恥ずかしそうにしながら蒼士の腕に胸を押し付けながら部屋まで誘導していくのであった。

 

 

 

 

部屋の前に着いて入室すると、まず初めに部屋の主人に睨まれて見下された。ソファに座りながら足を組んで瞳の奥の光が消えた真っ黒な瞳で蒼士達のことを見下している。

 

「その状況は?」

 

「社員を労うのは社長として当然だろ?」

 

コイツは何を言っているんだ?といった表情で蒼士のことを見下す彼女は美沙夜(みさや)と呼ばれた女性であった。蒼士の両腕には自身の部下である鮮花とフィオレが抱きついていたからだ。ニコニコ顔の鮮花に対して顔を青ざめさせているフィオレ。

 

彼女の名前は玲瓏館(れいろうかん) 美沙夜(みさや)という。麗艶(れいえん)な顔貌と抜群のスタイル、綺麗な黒髪が腰の辺りまであり、見た目は完璧美女っぽいがプライドが高く、女王様気質でサディストな性格である。

 

「……(わたくし)には貴方がご褒美を貰っているように見えるのだけど?」

 

「……否定できません」

 

蒼士の方が一応上司にもなるのだが、蒼士と美沙夜の関係は対等な間柄であった。美沙夜の方も自身の命を救ってもらった大恩があるので彼に尽くしている経緯がある。

 

「それで、お忍びで来たのは何故かしら?」

 

「ちょっと本社の七大(ななだい)工房の永劫回帰(えいごうかいき)を使用したくてね」

 

HSA本社の敷地内には複数の施設があり、七大工房と呼ばれる技術部門が管理している場所があるのだが、その一番奥に厳重に管理されているところが永劫回帰と呼ばれる場所で蒼士を含めて彼に認められた数少ない人しか立ち入れない領域であり、常人では扱えない代物や封印状態の存在が保管されているのだ。

 

「貴方は早く本来の力を取り戻しなさい、何時迄(いつまで)もそんな気味の悪い固有魔法を使用しているんじゃないわよ」

 

「分かってるさ、『掌握』の制御と元の力の一部でも取り戻すよ」

 

フィオレが用意してくれた紅茶を飲みながら蒼士と美沙夜の間での会話は一時的に終わったが、二人揃ってお互いのことを理解しているような会話をしており、それだけで二人の関係の深さが伺えた。鮮花もフィオレもそんな二人の信頼感に何故だか、負けた気がしていた。そんな鮮花は蒼士の腕にさらに強く抱きついて嫉妬心をぶつけていたりする。

 

久しぶりに会ったので情報交換などをしつつも美沙夜、鮮花、フィオレと会話を楽しむ蒼士。美沙夜の強い口調に鮮花が突っかかるような物言いをするのをフィオレが止めに入ったりと上司と部下の関係を超えて信頼しあっている三人だと蒼士には感じ取れた。

 

三人と別れた蒼士は一人で七大工房の永劫回帰で予定の時間まで鍛錬をすることに。身体を使用する鍛錬、身体の内に眠っている力の制御と把握、現状の状態で何処までが自分の限界で、どれだけの力を使えるのかを把握していく。

 

前の世界での技能や力を少しずつ取り戻しつつあるが大半が封印状態であり、一気に解放をすると自身が滅びる危険性と周りを巻き込む危険性を考慮しつつ、慎重になっていたのだ。

 

予定の時間まで鍛錬をして一部の封印を解き、今まで制御出来ていなかった固有魔法『掌握』の制御に成功していた。掌握魔法のオンとオフが出来るようになり、滅多なことや相手の了承を得ない限り使わないようにすることにした蒼士。

 

シャワーを浴びて身なりを整えてから約束の人物へ会う為に車で移動する蒼士。相手の方は蒼士が来るとは知らずに待ち合わせ場所にいるようだ。




あとがき

後付け要素に『掌握』魔法を制限を掛けました。
小説を書いていくうちにこの魔法がかなり厄介になってきてしまったのが原因でもありがますが、感想で書かれたように、他者の信頼を失いかねない魔法なので制限することに。

『Fate/Prototype』の登場人物。
・玲瓏館 美沙夜

『Fate/Apocrypha』の登場人物。
・フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア

『空の境界』の登場人物。
・黒桐 鮮花

来週もまだ忙しいので17日土曜日の投稿です。


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番外編 七草 真由美 1

二十話の放課後の話です。

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。




第一高校生徒会長、七草家長女の七草真由美は最近オープンしたホテルのラウンジにいた。父に説明も無しに指示され、放課後すぐに実家に戻り、身なりを整えて化粧もして今に至る真由美。

 

「はぁ、お父様ったらまた婚約者との食事なんてさせて、今は九校戦で忙しい時期なのに」

 

真由美はこの状況を理解していたようだ。この展開は婚約者と会うということだと分かっており、このような経験が何回かあるようでため息を吐く真由美。学校が忙しい時期なので学校のことに集中したいと思っていた真由美にとっては迷惑極まりなかった。

 

「(婚約者の方は正直に言って好きじゃないのよね、嫌いと言えば嫌いなんだけど、親が決めたことだから、私の一存では……)」

 

ニットワンピースの清楚で可愛らしい服装で、スタイルの良い真由美のバストライン、ウエストのくびれ、ヒップラインなどが際立ち、真由美のことを見かけた男性は見惚れてしまうほど魅力的であった。そんな真由美の表情は曇っている。

 

何回も婚約者との食事などを経験したり、話す機会はあったのだが、真由美は婚約者のことを好きとは言えなかった。十師族の七草家という名声に惹かれているのが分かってしまい、真由美自身にも惹かれていると思うのだが、それは真由美の容姿に興味を持っているのだと分かり、実際に目が欲で眩んでいたり、真由美のことをイヤらしい目で見ているのを真由美は体験していた。

 

「まだ時間があるし、蒼士くんにでも連絡しようかしら、でも蒼士くんも練習してると思うし、香澄か泉美にでも」

 

携帯端末を操作しながら時間を過ごそうとする真由美。放課後になってすぐに帰宅したので、まだ学校には生徒たちがいる時間帯でもあり、ましてや九校戦前の練習で忙しい時期なので蒼士への連絡を躊躇している真由美。

 

「はぁー、蒼士くんと帰る約束も断っちゃったし、嫌われてないかな」

 

待っている時間帯だけで二桁になるため息を吐く真由美。実際に用事がなければ確実に蒼士と一緒に帰っていただろう。

 

自分の中で大きな存在になっており、自分が心を許せる相手であり、すんなりと本音や素直に喋れる相手になっている蒼士に思いを馳せている真由美。そして異性として好きと自覚している。

 

「すいません、遅れてしまって」

 

「っ!? いえ、私も今来たところで––––って蒼士くん!?」

 

端末を操作していて気が抜けていたせいか近付く人物に気付けなかった真由美は声を掛けられた人物に驚きの声を我慢して瞬時に切り替えて振り返ると、先程まで考えて想っていた梓條蒼士本人が居て驚愕していた。

 

「自分も早く出たつもりでしたが、待たせてしまって」

 

約束の時間よりも早く到着したつもりだったが真由美の方が早かったようだ。そのことについて謝罪している蒼士。

 

「う、うん、気にしないで、それよりもどうして蒼士くんがいるの?」

 

まだ動揺を隠しきれない真由美は蒼士に聞いていた。

 

「あれ? もしかして聞いていないのですか、前の婚約者との婚約は破棄されました。それとウチの会社も関わったことなので自分が対応を」

 

「えぇぇぇっ!?」

 

蒼士から聞かされた内容に驚いて大声を上げてしまった真由美。ホテルのラウンジなので人もいるので真由美一点に視線が集中してしまい、そのことに気付いた真由美は恥ずかしそうに顔を赤くさせて会釈して謝っていた。

 

「弘一さんも随分と味なことをしますね、自分の娘に何も言わないなんて何を考えているんやら」

 

真由美の真正面に座るとウエイターの人に注文する蒼士に対して真由美は混乱の極みにいた。

 

「えぁ、ん(落ち着くのよ、つまりは婚約者はいなくなったってことでいいのよね、でもどうしてここに蒼士くんがいるの? それにお父様も黙っていたってどういうことなのかしら……)そ、そう、そうなのね」

 

内心での整理がついたので深呼吸しながら落ち着こうとする真由美。困惑の表情を浮かべて困っている真由美に声を掛けた蒼士。

 

「経緯を説明すると前の婚約者さんが我が社と関係を持とうとしていたので部下たちが調べていたら前の婚約者さんが横領や脱税などの資金洗浄(マネーロンダリング)していたのが分かりまして」

 

「……社会の黒い部分ね」

 

蒼士の語ることを真剣に聞く真由美。先程まで赤面していた人物とは思えない切り替えの速さであった。

 

「発覚して繋がりを辿ると七草家の表の会社も関わっているのが分かったので、父君の七草弘一氏に問い質してみると自分たちも知らなかったようで、部下たちが勝手にやっていたというのが分かりました。ですが、既に起こってしまっていることなので上司を切り捨てても名誉や家柄に傷を残す案件になりますので、婚約者と七草家の関わりを一切の証拠を残さず抹消する後始末を我が社が引き受けた代わりに報酬としてお金も貰い受けましたが、それと真由美とのお付き合いを認めるというのも受け取りましてね」

 

「……へっ?」

 

自分の知らないところで壮絶なことが起きていたのを知って驚き、言葉が出てこなかった真由美。つまりは実家の不始末の汚れ仕事を蒼士が引き受けた代わりの報酬で真由美は差し出されたのだ。

 

「かなり隠された繋がりでしたが、いずれは婚約者が捕まり、マスコミが探り、社内の者がバラしてしまえば七草家も関わりがあるとバレてしまう可能性もあり時間の問題でした」

 

相手のことを知るために調べていると犯罪の形跡や証拠が出てきて、調べていくと七草家も出てきて、蒼士の部下が蒼士自身に報告して発覚したことであった。七草家が関わっていなければ部下たちだけで処理する案件であったのだが、十師族の七草家、自分たちの上司が通っている学校の関係者ということもあり蒼士に伝わっていた。

 

「そっか」

 

小さな声で真由美は返事をしていた。

 

親族の直接的な関係がなくても部下の汚名が大々的にバレてしまうと上司や一番上のトップへの責任などの追求もあるだろう、周りの影響や評判が悪くなったりするのは避けられなかったのを真由美は理解した。表の社会でもそうだが、魔法社会での十師族という立場での悪影響や信頼関係が崩れたりと取り返しがつかない事態になっていたかもしれないと察することが出来た。

 

「第一にこんな奴が婚約者っていうのと真由美を好きにされるのはどうにも我慢できませんでした。真由美が良ければお付き合いして良いことになりましたが、嫌でしたか?」

 

「イヤというわけじゃないのよ、寧ろ嬉しいのだけど、事情が事情だからね」

 

こんな形で結ばれるのは本意ではなかった真由美。個人的に蒼士のことを好いているので家の事情などに巻き込んでしまったことに罪悪感が込み上げてきているようだ。

 

「俺は真由美が居たから行動したのであって、貴女がいなかったら何もしなかったですよ、貴女の悲しい顔を見たくなかったのが一番の理由です、大切な真由美だから」

 

「蒼士くん……」

 

真由美の目を見て述べた蒼士の言葉は本心であった。蒼士も真由美も互いに接するうちに好きになっていた。

 

蒼士は笑顔の真由美、拗ねた真由美、照れた真由美、彼女の小悪魔な性格の全てに惹かれていたのを自覚していた。女性からの好意には敏感なつもりの蒼士自身も真由美からの好意には気付いていたのでどこまでいけるかアピールして危うくベッドインする手前まで行きかけ、真由美の好感度を確かめ済みであった。

 

「このことについてどうこう言うつもりはありませんので心配なく、俺もそれで納得しますし、今まで通り接していくつもりです」

 

蒼士の言葉を聞いて心臓の鼓動が跳ね上がった感覚を味わっている真由美。七草家の(しがらみ)で婚約者が決まっており、好意を持つ男の子と結ばれないと思っていた矢先に巡ってきた好機であり、正式に付き合える状態が整っているのだ。親の計らないなのか、それともただの生贄なのか、分からないが真由美としてはチャンスであった。

 

「イヤよ、私は蒼士くんがお付き合いしたくないならしょうがないけど、私は蒼士くんとお付き合いしたいわよ、男女の仲としてね。それぐらい蒼士くんのことが好きだし、蒼士くんも分かっているんでしょう実際は」

 

今度は真由美が本心を語って告白していた。自身の気持ちに嘘はつけなく、本当の思いを声に出して蒼士に伝えた。蒼士の顔を見ながら顔に熱を感じながら述べた真由美に微笑んで答える蒼士。

 

「はい、女性の気持ちには敏感なもので、前から真由美の好意には気付いていましたよ。ではこれからは真由美は俺のモノということでいいんですね」

 

真由美の告白を受け入れた蒼士。彼女の隣の席に座ると抱き寄せていた。

 

「いいわよ、私は貴方のモノよ、ダーリン」

 

「これからよろしく、真由美」

 

蒼士は短い返事であったが真由美のことを受け入れ告白は成功した。女性からの告白であったが無事に二人は付き合える環境ができ、真由美は願いを叶えることに出来た。

 

「さっそく彼女からの質問なんだけど」

 

幸せな気分で上機嫌で可愛らしい笑顔を浮かべる真由美は蒼士の胸元に抱きつきながら聞いていた。なんだろうと蒼士は思いつつ待つのだが。

 

「蒼士くんって随分と女性に慣れてるけど、どれだけ女性関係があるのかしら」

 

真由美の言葉に蒼士自身は動揺したつもりはなかったのだが、眉が動いたのを真由美が見逃していなかった。ずっと前から気になっていたのを今聞き出す真由美。

 

「私も馬鹿じゃないのよ。正直に話してくれたら怒らないし、根に持たないわ」

 

これを機に関係を明らかにしておきたいと真由美は考えていた。既に蒼士の太腿(ふともも)を抓っており、怒っている雰囲気を(かも)し出している真由美。言ってることとやってることが矛盾してる行動に真由美は気付いていない。

 

「えっと––」

 

蒼士は逃げられないな、と勘弁したのか正直に話し始めた。蒼士の口から女性の名前が出てくるわ出てくるわ、で怒るを通り越して呆れてしまう真由美。聞いたことのある名前や思いっきり知り合いの名前まで上がっていた。そして何よりも知ってはいけないような名前の人もいた。

 

「もうぉぉぉっー! お姉さんが指導するっ! 教育的指導よっ!!」

 

真由美は顔を真っ赤にして手首に付けているCADを操作して蒼士を攻撃しようとしていた。躍起になり暴走した真由美を止めたのは勿論、蒼士であった。

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さいって」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

「女性の好意に応えるのも紳士としての務めなので」

 

「だったら私も抱きなさい! 私がどれだけいい女か教えてあげるんだから!」

 

多少の討論の末に真由美が大胆な発言をした。顔を真っ赤にさせて体を少しだけ震えさせながら蒼士のことを上目遣いで見つめる真由美。

 

「はい、それを真由美が望むのなら全身全霊で応えましょう」

 

蒼士は彼女の気持ちを受け取った。自然な流れで蒼士は彼女の手を取ると立ち上がって蒼士は真由美の腰に手を回してエスコートしていた。改めて大胆な発言をしたと顔を真っ赤にさせている真由美。

 

「家には連絡しておいて下さい、今日は帰れないと」

 

「ん、うん、明日が休みで良かった」

 

「はい、だからじっくり真由美と二人で過ごせます」

 

真由美は携帯端末で連絡を入れて、蒼士はホテルの支配人から部屋のカードキーを受け取っていた。このホテルはHSA社傘下の企業のホテルであり、蒼士の存在も知っている人物が運営していたのですんなり部屋が取れたのだ。権力ってやつだ。

 

実家への連絡が済んだ真由美は恥ずかしそうに蒼士に述べた。

 

「ねぇ、私、初めてだからね、その、優しくしてね」

 

蒼士に引き寄せられて彼に抱きつく形でエレベーターに乗っていた真由美はモジモジしながら蒼士のことを熱い視線で見つめていた。

 

「勿論です、真由美さんの初めては最高なものにしてみせます」

 

バカ、と小さな声で真由美は呟き、蒼士と真由美は一緒に部屋に入っていく。蒼士と真由美にとって記念日になった日であった。年上としてマウントを取ろうとする真由美は熟練者の蒼士にいいようにされてしまうことに。

 

二人が部屋から出てきたのは翌日の夕方であった。一日前に比べてベタベタのラブラブの新婚夫婦のようになっていた。真由美が周りを気にしていたぎこちなさも消えて、彼女の方から蒼士に抱きついて、二人っきりになった瞬間に首筋や鎖骨にキスマークを残して、自分のモノだという証を残していくほどの溺愛っぷりで蒼士は少々困り顔であった。

 

 

 

 

部屋の中での出来事。

 

「これから宜しくお願いしますね、真由美」

 

「うん、こちらこそ、私のことちゃんと愛さないと怒るからね」

 

「それは心配なく、肉体的にも精神的にも十二分に愛したのは伝わったと思いますが」

 

「分かってるわ、だって体がいうことをきかないんだもん、それに頭の中は蒼士くんでいっぱいだし、全く初めての女の子を快感漬けにして」

 

「何度も自分から求めていましたよね」

 

「アレは、ね、蒼士くんがいつもより荒々しくてなんだか、ドキドキして昂ぶっちゃってね、あれがべッドヤクザっていうの?」

 

「ちょ!? 何処でそんな言葉を知ったんですか!?」

 

「女の子だって性欲はあるのよ、こういうことだって調べるわ」

 

「そうですか、そんなエロい女性にはさらにお仕置きが必要ですね」

 

「きゃぁ、蒼士くんったら積極的ね」

 

「嫌いですか、積極的なのは?」

 

「嫌いじゃないわよ、蒼士くん限定だけど」

 

このように二人は部屋の中で仲良く過ごしており、学校も休みということで二人だけでイチャイチャして過ごして、さらに仲が深まっていった。途中で真由美の妹の香澄と泉美から電話があり、真由美が電話をしながらイチャついて、真由美は新たな性癖に目覚めかけたそうだ。

 

そんな中で蒼士と真由美は自分たちの関係について深く話し合いをしていた。社長としての立場の蒼士、七草家の長女としての真由美。

 

一部を除き二人が付き合っているのは秘密にするということであった。社会的に蒼士はHSA社の社長であり、真由美も十師族の七草家長女として地位も高いので騒がれたくないということもあった。

 

次に彼女の真由美のことをちゃんと愛するのであれば、他の女性と関係を持つことが何故か認められた。真由美自身の提案でもあったが何よりも女性から頼まれたら断れないという蒼士の性格で女性関係を辞められないと判断しての決断であった。付け加えると自分一人では蒼士の相手が十分にできておらず、何よりも一人では体力が持たないというのもあった(主に夜の相手)そして女性と関係を持ったら真由美に報告すること。

 

このように器が大きな彼女に感謝して真由美を労う蒼士(主にベッドの上で)

 

現在進行形で同棲しているほのかと雫のことを知ったので真由美も勢いのまま蒼士の家で暮らすことになったのだ。真由美の中では彼女を放っておいて他の女の子と同棲するのは許せない、という気持ちもあったがほのかと雫が蒼士に好意を抱いているのを知っていたので、真由美の中である策が思いついたので、実行するために自分も蒼士と暮らすことにした。

 

七草家から真由美が蒼士と同棲することについては特に問うこともなく、寧ろ借りを返せる機会になり、あわよくば真由美と蒼士が結ばれれば蒼士を取り込みHSA社との関係を強くし、さらに七草家の地位や力を強くできるという野望があったが蒼士の部下からさらなる弱味を握られて迂闊に真由美と蒼士が付き合っているということの公表や噂を流すことも出来なくなってしまったのだ。

 

だが、蒼士の部下は七草家からただ恨まれるだけではなく、新たな事業を任せたりしてさらに力をつけるのに協力することで恨みを無くし、互いに友好的な関係を築く事が出来ていた。




ラブコメ風に書こうとしたら暗い話からのイチャラブエロ展開になっていました。
構成を考えていた当初の自分のメモを頼りに書いていたのですが、過去の俺は一体何を考えていたのやら……

次の投稿は明日18日です。


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第二十一話

ご感想お待ちしております!

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九校戦が刻一刻(こくいっこく)と近づくのに合わせて第一高校全体が熱を持ち、盛り上がっていた。

 

選手たちとは関係がない運動部などのクラブも放課後は手伝いなどをして下働きを仰せつかっていたりする。

 

そんな忙しい中でも蒼士たちいつものメンバーはテーブルを同じくして昼食を取っていた。達也、レオ、幹比古、深雪、エリカ、美月のメンバーは興味がないと涼しい顔の者、興味深そうに見ている者、恥ずかしくて顔を逸らしている者、自分も兄にやるべきか考える者、ジト目で呆れている者、オドオドしている者、それぞれが目の前の光景に反応していた。

 

「蒼士さん、これも私たちが作ったんですよ、美味しいですから是非食べて下さいね」

 

「ほのかの言う通り、美哉さんから教わったから自信作だよ、これも美味しいから食べて」

 

蒼士の両サイドからお弁当のおかずを箸で掴んで蒼士の口元へと差し出すほのかと雫がいたのだ。普通に差し出されおかずを食べて感想を言う蒼士は美味しいと二人に返事をして、笑顔を浮かべて嬉しそうにするほのかと雫。

 

両手に花という男なら誰もが羨むに違いない状況を当然のように受け入れている蒼士には微塵の動揺もなかった。この状況に慣れているということなのか。

 

「二人とも随分と上達したね」

 

蒼士は本心を述べていた。

 

家のことなどはメイドがいるので一部は任せっきりになっており、蒼士も料理に関しては手伝っていたのだが、九校戦の練習の息抜きという名目でほのかと雫が料理を始めたのだ。慣れた手つきではなかったが回数をこなしていくうちに手際も良くなってきて、美味しい料理も作れるようになっている。蒼士のメイドの斬美、シャロンなどの教える腕も良かったのもあるが一番は美哉という和服姿の女性使用人の特訓が効いたようだ。

 

今では日ごとに分けて、メイド達の日、ほのかと雫の日、とお弁当を交互に作り分けている日常を送っている。蒼士自身も参加しようとして女性陣から却下されていたりする。

 

「美哉さんの教育のおかげですよ」

 

「うん、背後に般若の面が見えたのは怖かったから、こっちも必死だったよ」

 

ほのかも雫も当時の出来事を思い出したようで体を震わせていた。何があったか想像したくない蒼士は何も聞かなかった、というか自分も経験があったので聞きたくなかったようだ。

 

「一緒に暮らすようになってから随分と仲良くなっているわね、ほのか、雫」

 

この光景を見ていた者たちの代弁を深雪がしてくれた。深雪以外のエリカと美月は少し前までの二人はそんなに積極的ではなかったような気がすると感じ取り、疑問に思っていた。

 

「そ、そうかな、普通だよね雫」

 

「うん、前から変わってないよ」

 

多少の動揺をするほのかに対して雫は平然として返答していた。ほのかも雫も普通に食べているが蒼士に食べさせてあげた箸を使っており、間接キスをしているのに気付いていないのだ。深雪、エリカ、美月は何かあったな、と察していた。

 

「そういえば七草会長も蒼士の家で練習しているんだろう?」

 

レオが突然話題を切り替えた。レオ自身は蒼士がモテているのを知っているので特にほのかと雫の行動に疑問を感じていなかった。

 

「私も練習しに蒼士くんの家に訪れた時に居たのは驚きました」

 

深雪もレオの言葉に頷いて言葉を述べた。ほのかと雫がいるのは知っていたのだが、まさか急に真由美も加わっていたのに深雪も驚いていたようだ。

 

「あぁ、俺が七草先輩に話したら興味を持ってね、雫たちと同じく九校戦の間は家に住むことになったからさ、同じように親の了承済みだから」

 

何事もないように食べながら述べた蒼士の内容に、一部はそうなんだ、と短絡的に納得しており、もう一部の方では驚愕の出来事で驚いている。七草真由美の親というと十師族の人であり、その親が了承したということは何かしらの蒼士と七草家には関係があると伺えたからだ。

 

特に達也と深雪は四葉家の関係者であり、十師族関連には敏感なので気になっており、後で問い質すと達也は決め込んだ。

 

「会長の腕前は凄いよ」

 

「見ていて圧巻だった」

 

ほのかも雫も生で真由美の実力を見たので、流石だなと感服していた。

 

「七草先輩のスピード・シューティングもクラウド・ボールも優勝は確実だと思うけど、油断せずに練習してるから、二人も頑張ろうな」

 

蒼士の言葉に笑顔で頷くほのかと雫。

 

「蒼士はどうなんだい? 聞いた話だと他の人のサポートばかりしているみたいじゃないか?」

 

「幹比古、蒼士のことは気にしなくていい、スピード・シューティングに関しては優勝確率は九割を越しているからな」

 

幹比古の言葉に蒼士ではなく達也が答えていた。達也の口から語られた内容に事情を知っている深雪、ほのか、雫以外の面々は驚いていた。

 

「それって優勝確実じゃない」

 

「達也さんが言うなら本当のことなのでしょうが」

 

エリカも美月も達也の言葉に驚いて、蒼士の方を見ていた。

 

「まぁ、例外は三高の吉祥寺(きちじょうじ) 真紅郎(しんくろう)がどういった戦術でくるかによるな」

 

「吉祥寺真紅郎ってあのカーディナル・ジョージかい!?」

 

あぁ、と返事をする蒼士に幹比古は驚いていた。それだけの知名度のある人物であった。

 

「相手が誰であれ、叩き潰すのは変わらない、それよりも三高にはクリムゾン・プリンスこと一条(いちじょう) 将輝(まさき)がいるしね、十中八九どこかで当たるだろうし、俺の予想ではアイスピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに来るだろうと予測してるけど」

 

今年の一高の一年もかなりの実力者揃いであるが、三高の一年にも十師族の一条将輝が出るので油断ができない。

 

「十師族の『一条』の御曹司か」

 

幹比古は小声で呟いていたが全員に聞こえていた。

 

日本で最強の魔法の家系である十師族の一条であり日本の魔法界に君臨する一団である。一高にも七草家の七草真由美、十文字家の十文字克人がいるが二人とも最強の魔法師家系に恥じない実力を持っているのを一高生なら誰でも知っていた。

 

「早く会ってみたいものだ」

 

萎縮するどころか笑顔で待ち遠しそうにしている蒼士に心配する必要がなかったと一同は思ってしまった。

 

「一条に当たった場合の勝てる見込みは?」

 

「十分あるよ、勝つ気しかない」

 

エリカの問いに即答する蒼士。

 

「そうか、お前がそこまで言うなら勝てるんだろうな、期待してるぞ」

 

達也だけは蒼士の使用する魔法のことを知っていた。自身でCADの調整が出来る蒼士であったが、達也にも見てもらった時があり、その時に達也は知ったのだ。

 

「でも蒼士くんが苦戦するところって想像できないわよね」

 

確かに、と全員がエリカの言葉に同じ気持ちになっていた。常に余裕を持っているし、苦戦する姿どころか負ける姿が思い浮かばない一同。

 

「エリカちゃんの言う通りかも、蒼士さんなら一条さんに勝っても不思議じゃないかもしれません」

 

美月も蒼士が勝つと信じているようだ。同じくと全員頷いているのをみるとこの場にいる全員蒼士が勝つと思っている。

 

「これは勝たないとね」

 

みんなからの期待に応えなければと気合を入れ直す蒼士であった。

 

「司波や光井や北山もいるし、一年の新人戦はかなり期待できるな」

 

「達也がエンジニアなんだ、当然だろレオ」

 

レオの言葉に当然のように言う蒼士。深雪もそれに頷いてご満悦であり、本人の達也は呆れ顔であった。

 

「達也さんが調整したCADって一年の女子の間で評判いいんですよ」

 

「エイミィも和美(かずみ)菜々美(ななみ)も絶賛してたよ」

 

「それを聞いたのか、一年男子のCADも調整しているしな、駿が、森崎が褒めてたよ」

 

ほのか、雫、蒼士の順に達也のこと褒めていた。技術者としての達也の腕を疑うものは一年の間にはいなくなっていた。例え一科生でも達也のことを認めているほどだ。

 

滝川(たきがわ) 和美(かずみ)春日(かすが) 菜々美(ななみ)も一年で九校戦の選手メンバーに選ばれた女子生徒たちである。

 

「その分、忙しさが三倍になっているんだがな」

 

「お兄様が疲れた分は深雪が癒して差し上げますから頑張って下さいね」

 

敬愛する兄が大勢の人から認められいる現状を深雪は嬉しく思っており、出来る限り自分の出来る範囲で達也を癒してあげている(深雪が達也に甘えているので癒しているとはいえないかもしれない)

 

「男子も女子も達也のおかげでかなり期待できる環境になっているから優勝者が何人も出るかもしれないね」

 

蒼士も達也に付き合ってCADの調整をしているので一年生の練習も付き合い実力を把握している。

 

「達也の戦略や考えは勝利に欠かせないよ」

 

「そういうお前も選手たちの基準値を上げてくれているからこちらも戦略の幅が広がって助かっている」

 

互いを褒める蒼士と達也。蒼士は運動能力の向上のために身体を使ったトレーニングや本人が使用する魔法の本人視点ではなく、蒼士自身の他人から見た視点のアドバイスなどをしたりしている。自分が使用している魔法の違う使い方や意識してなかった使い方などを知れているようだ。

 

達也は完全なサポートに徹しており、選手たちを万全な状態にして注文も聞き、その状態にしてから本人とのやりとりで修正や効率の良いプログラムを組んでいる。

 

高校生という若いこともあり、尚且つ蒼士と達也という環境的にも人材的にも最高の中でメキメキと実力をつけていく一年の選手たちであった。

 

「じゃあ今日の放課後は私のミラージ・バットの練習に付き合って下さいね、蒼士さん」

 

「蒼士さん、私のアイス・ピラーズ・ブレイクにも付き合ってね」

 

「お兄様は私のミラージ・バットに付き合って下さいね」

 

美少女からのお願いを断れるわけがない蒼士は頷き、達也も最愛の妹からのお願いを断れるわけがなかった。

 

昼食の時間を楽しく過ごして気分を上げていき、放課後の練習に挑む深雪、ほのか、雫。信頼できる人たちと切磋琢磨していく今の環境に大満足している三人であった。

 

達也もあまり好意的でないと思っていた一年男子のメンバーと交流を深めて、技術者としても同級生としても信頼関係を築けたような気がしていた。

 

 

 

 

「ねぇ、雫、今日って誰が蒼士さんと寝るんだっけ?」

 

「今日は真由美さんとほのかと私の三人でだよ」

 

「そっか、真由美さんが来てから、私たちも変わちゃったね」

 

「蒼士さん包囲網のためだから」

 

「う、うん、それは分かっているんだけど」

 

「蒼士さんの相手は一人じゃ無理だもん、三人でもだったけど」

 

「あぁぁー、恥ずかしいし、高校生でこんな関係いいのかな」

 

「好きなら問題ないよ、ほのかだって蒼士さんのこと好きでしょう?」

 

「……好きだよ、蒼士さんとの関係が進んだのも凄い幸せだし、何よりも雫もいるしね」

 

「私もほのかがいるから気にしてないよ」

 

「でもまだ増えるんだよね」

 

「真由美さんはそう予想していたよ」

 

意味ありげな会話をして練習に向かうほのかと雫。真由美が蒼士の家に住むようになってから環境が変わっていたりする。




R-18展開を仄めかし。
創作意欲が湧いてくる!!!(R-18)

次の投稿は24日土曜日です。


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第二十二話

尾関 結翔さん誤字脱字報告ありがとうございました。

ご感想お待ちしております。

誤字脱字があれば報告お願いします。

※多少のキャラ崩壊あり


九校戦へ出発する前日に蒼士はとある場所を訪れていた。相手側から呼ばれたのでそれに応える形で訪れている。

 

「話すのなら電話でも良かったのに」

 

相手側の執事が淹れてくれた紅茶を飲みながら目の前の人物に話す蒼士。

 

「久し振りに私が直接話したかったの、いけなかったかしら?」

 

蒼士が話す相手も紅茶を一口飲みながら述べた。蒼士も彼女もお互いを知っている仲であり、気軽に話せる仲であるようだ。

 

「いいや、真夜(まや)との関係は崩したくはないし、それに葉山(はやま)さんの紅茶も好きだからね」

 

蒼士が名前を上げた葉山と呼ばれた人物は真夜と呼ばれた女性の後ろに控える老執事であり、会釈して感謝していた。

 

「……真夜と居たいとか真夜に会いたかったとか言ってくれないのかしら、もっとホテルに連れ込むとか」

 

蒼士の言葉が不服なようで拗ねている真夜。まるで子供のように蒼士から視線を逸らして頬を膨らませていた。

 

「昼ドラの見過ぎでは?」

 

「左様でございます、奥様は毎日鑑賞しておいででして」

 

「ちょっと、葉山さん! 余計なことを言わないで!」

 

執事の葉山も仕える真夜に気軽に接するような態度で揶揄(からか)うと怒ったように声を上げていた。本気の強い口調ではなく、親しい者と接するような怒り方であった。

 

真夜と呼ばれた女性は四葉真夜という。世界最強の魔法師の一人である大物が蒼士と直接会話をして、気さくに接しているのだ。異性を惹きつける妖しく色香を漂わせ、大人の可愛らしさと美しさがある。達也と深雪の叔母に当たる人物だが、とても若く綺麗な女性だ。

 

真夜の背後に控える人物は四葉家の執事長を務める葉山(はやま) 忠教(ただのり)という。四葉家の中でも重鎮で当主の真夜が唯一気軽に接せれて信頼されている人である。

 

蒼士との関係は非常に友好的であり、葉山も蒼士と気さくに接していた。

 

「体の方は完璧に治したつもりだけど、精神まで弄ったつもりはないんだけどな」

 

蒼士も真夜もとても仲良くみえるが、出会った当初はお互いに重傷を負うほどの壮絶な殺し合いをした過去を持つ。

 

蒼士は腹部に大きな風穴をあけられて、右腕も失う程の重傷を負うことに、真夜は身体中に傷ができ、腹部から大量の出血をするほどの重傷を負っていた。出血により真夜が気絶して、蒼士は自分の治療をしてこの世界に来てから初めて接触した人にいきなり殺され掛けたのにも関わらず真夜を治療して情報を聞こうとしたのだった。

 

本当は無傷で真夜を落ち着かせようとしたのだが、この世界に来てから自身の持つ力が上手く使用できなくなっており、その事に気付く前に戦闘に発展してしまい、真夜の流星群をモロに受けてしまう。蒼士は相手を無力化させようとするが力を制御できず真夜に重傷を負わせてしまう、など最悪な展開になっていたのだ。

 

現在ではそのことを気にすることもないぐらい友好的な関係である。

 

「私の青春時代は闇だったわ、だからなのかしらね、青春を送ってみたいと純粋に思っているわ」

 

真夜が語る話を真剣に聞く蒼士は彼女の瞳から一瞬だけ光が消えて、ドス黒い闇が渦巻いていたのを見た。蒼士は彼女の過去を知っていなければ真夜の奥底に眠る闇を目撃してゾクッと鳥肌が立っていたかもしれなかったと感じ取っていた。

 

そんな真夜は蒼士に暗い表情から綺麗な笑顔を向けていた。

 

「貴方のおかげで穢れた私の体は治って、生殖機能を取り戻して子供も作れる体にしてくれたのよ、だから感謝しかないわ」

 

暗い感情を一切感じさせない真夜の笑顔に安心する蒼士。彼女の治療の過程で真夜の体を正常な状態にしてさらに二十代ぐらいまで若返らせてしまい、真夜が目覚めてから自分の身体の変化に気付き、ちゃんとした検査をしてから自分の生殖機能が回復しているのと肉体年齢が二十代前半になっていることを知ったのだ。肉体が若返った影響なのか精神面でも若返ったような言動や行動が多くなっているのだが、当主としての仕事をこなす器量は治療前と変わっておらずいるので原因は蒼士にも分かっていなかった。

 

「だから私に貴方の子供を産ませてくれないかしら?」

 

そして真夜は蒼士に毎度のようにこの言葉を述べている。

 

「第一高校卒業してからの約束だろう」

 

「だって、私だって子供が欲しいんだもん」

 

だもん、と可愛らしくウインクする真夜に思わず可愛いと思ってしまった蒼士。精神面でも若々しくなって可愛いが実年齢は四十代後半である。

 

「それに私以外の人と肉体関係を持ち過ぎよ」

 

四葉家当主の彼女とも蒼士は肉体関係を持っていた。真夜は蒼士に多大な恩が出来ており、彼の言うことは殆ど聞いてしまうほど盲愛している。蒼士がこの世界のことを知るために情報を集めるのを手伝い、直接勉強を教えてあげたり、蒼士が会社設立するのにすぐに資金を提供してあげるなど蒼士のことになると周りが見えなくなっている。葉山などもそれに困っていたので蒼士本人に相談して、ある程度は落ち着いたようだ。

 

独立を望んでいる彼のために環境を整えてあげたり、人材を貸してあげたりと真夜は蒼士に尽くしてくれて、蒼士も出来る限りの範囲で借りを返す事に務め、彼女の過去を払拭させるように真夜とプライベートで出掛けてデートしたり、旅行に行ったり、彼女が若い頃に出来なかったことを叶えてあげていた。そして最終的な真夜の願いが好きな人の子供を産みたいという願いを叶えることを蒼士は約束していた。期間はあるものの真夜も待っていてくれて、その間にも青春時代に出来なかったことを蒼士に叶えて貰うつもりだ。

 

「そうかな、あまり関係はないと思うけど」

 

「ウソつきなさい! HSA社の関係者だけならまだ知らず七草家の長女にも手を出しておいて」

 

あれ、バレてると蒼士は思った。魔法社会でかなりの権力と力を持つ十師族の四葉家であるのだから、一人の存在を探るのは容易い。だが、相手は今では世界中に拠点を持つようになった大手のHSA社の社長である人物なのだが。

 

「松さんが教えてくれましたわ、それに第一高校の生徒や教師の何人かにも手を出していますわね」

 

「(口が軽いぞ、松)」

 

面白い展開を望む部下の性格を舐めていた蒼士は部下の裏切りにあっていた。重く重大なことではなかったが、今度あったらお仕置きすると心に誓う蒼士。だが、それこそ彼女の策であり、お仕置きを望んでいるとは蒼士は知るはずもなかった。

 

「蒼士さんは容姿も性格もいいんですから、話しやすいムードや下心を一切感じさせない優しい話をされちゃったら好意があるんじゃないかと気になってしまうんですからね」

 

「普通に接しているつもりなんだけどな」

 

嫉妬で怒っている真夜だが、単に自分も構って欲しい、自分にももっと接して欲しい、ということを素直に言えなかったのだ。

 

蒼士自身は相手のことを知ろうと接しており、話を振って相手の会話で一部分でも相手の性格を知ろうとしており、少しずつ相手の本音を出させつつ自分も砕けた口調や本心を出していくので相手側も気軽に接しられ、気を許せる相手に蒼士はなっているのだ。

 

「だから今日は帰さないから」

 

真夜のこの言葉に寂しかったんだな、と彼女に寂しい思いをさせてしまったことを悔やんだ。学校のことに集中し過ぎて真夜と会うのは本当に久し振りであった。

 

「心配しなくても逃げないから、背後にいなくてもいいよ、葉山さん」

 

「失礼いたしました」

 

蒼士の背後には気配を消していた葉山がいた。蒼士は葉山が移動していたのに気付いていたが特に気にせずに葉山に背後を取らせていた。

 

主人の願いを叶えるのも執事の務めとしている葉山は真夜の幸せを願っている。小さな時から知っているので本当の娘ではないが親心を抱き、真夜が心底惚れ込んでいる蒼士との幸せを成就させようとしている。

 

勿論、葉山の気持ちを知っていた蒼士は行動として応える。

 

「では、今宵は寝かせませんよ」

 

蒼士は真夜に近付くとお姫様抱っこをして彼女の寝室へと連れていく。この家でお世話になっていた期間があるので家の中は把握済みであり、真夜の部屋の中も同様に。

 

「お姫様抱っこ、私初めてされたわ、蒼士さんは私の初めてを何個も奪って罪な人ね」

 

蒼士の首に手を回して密着する真夜。不機嫌さは消え失せ、上機嫌の真夜は蒼士の頬に手を添えてうっとりしている。

 

「よい、一夜を」

 

頭を下げて二人を見送る葉山。

 

葉山自身も真夜の幸せそうな表情を見れるとは思っていなかった、蒼士と出会うまでは。最初の出会いこそ最悪だったものの今では四葉真夜を幸せにしてくれる唯一の存在として梓條蒼士を信頼している葉山であった。

 

 

 

 

「達也さんと深雪さんは元気かしら?」

 

「元気だよ、真夜から直接の連絡はしてないのか?」

 

「えぇ、葉山さんを通してはしているのだけど、あの子達にどんな顔で会えばいいか、分からなくてね」

 

「手伝おうか?」

 

「いえ、これは私の問題だから私自身の手で決着をつけないと、でも貴方には私が不安になった時には支えて欲しいの」

 

「勿論、支えてあげるし、二人との関係が上手くいかないならいつでも手伝うよ」

 

「ありがとう、ねぇ、やっぱり私が養ってあげるから一緒にいて欲しいわ、お金もあげるし、何でも言うこと聞くわよ、私の体だって好きにしていいのよ」

 

「なんとも人を堕落させる魅力的な提案だけど遠慮するよ」

 

「そう、でもいつでも蒼士さんなら受け入れるわ」

 

「じゃあその分はちゃんと愛しますよ」

 

蒼士の腕を枕にして彼に寄り添う真夜。そして真夜は内心で思いを巡らせていた。

 

出会った当初は侵入者か暗殺者の類だと思い、全力の殺し合いをしていた仲なのに、彼に治療されて穢れた体を治して貰ったことで過去の因縁が少しだけ晴れた気がして救われ、蒼士にこの世界のことを教えて接しているうちに惚れてしまった真夜。

 

いい大人の自分にまだ乙女のような気持ちが残っているとは思っていなかったので最初は気持ちの整理ができずに蒼士と顔を合わせるだけで顔を真っ赤にさせて動揺していたが、信用している葉山からの言葉で自分が蒼士のことを好きなのだと自覚することができ、そして自分の思いを告げて真夜の方から蒼士を襲って男女の関係になっていた。

 

「好きよ、蒼士さん」

 

男女の関係になってからは蒼士に対しては本音を多少は話せるようになって、人に甘えることを蒼士で実践していたりする。

 

「今だけは私を愛してね」

 

異世界人や年下など関係なく、一個人として蒼士のことが好きであり、蒼士を独り占めしたいなども思っているが、蒼士自身がモテるのは一時期だけ一緒に暮らしていて十二分に分かっていた。そして女性から求められたら断れない彼の性格も。そんな彼でも好きであった。惚れた弱みなのかもしれないが。

 

「私を見ていてね」

 

だから彼が複数の女性と関係を持つのを見て見ぬ振りをしている。ちゃんと相手のことは把握して、真夜と同じ純粋に彼のことを好きな者であればそのまま継続させ、変な野心を抱く者は裏で始末する面持ちであった。だが、真夜が動かなくとも蒼士の部下達がそういうことは管理していたので真夜は協力する関係になっていた。

 

四葉家当主としての責務や責任があるが蒼士に甘えられる時は当主としてではなく、一人の女として彼に甘える四葉真夜であった。

 

 

 

 

蒼士は真夜と一晩過ごしてから直接九校戦で宿泊するホテルに向かうことにした。荷物などはメイド達に任せて現地で受け取ることにしている。

 

一緒に住んでいるほのか、雫、真由美には一緒に会場に向かえない事をとりあえず謝っておき、昨夜のことは直接本人達に告げることにした蒼士。

 

先に一人だけ到着した蒼士はホテルのロビーで一高が到着するのを待っている間に到着していた九校戦に参加している各校の生徒と会話をして友好関係を築こうとしていた。これから戦うことになる相手とは仲良くしたくないと冷たく当たる者たちもいたが友好的な人も多く居たので、それぞれ各校生と会話をして仲良くなっていく蒼士。他校の女子生徒と連絡先まで交換しているコミュ力お化けと化した蒼士を止められる者は一高生でなければ無理であった。

 

一色(いっしき)さんは綺麗な髪をしているね、お母さん譲りなのかな?」

 

「えぇ、お母様と同じなのよ」

 

「きっと一色さんに似て綺麗な人なんだろうね」

 

「私よりもお母様の方が綺麗だわ」

 

「それはそうかもしれないけど、一色さんも見惚れてしまうぐらい美人さんだよ」

 

一色と呼ばれた女の子は頬を赤くさせて、笑顔で見つめてくる蒼士の視線から逃げるように顔を逸らしていた。

 

「のぅ、愛梨(あいり)があんな表情になるのも珍しいもんじゃな」

 

「相手が一条くん以上の美男子だからじゃないかしら」

 

一人目は古風な口調の女の子、二人目は冷静な口調の女の子、二人が今の状況を述べていた。

 

ロビーのソファに座って蒼士は三高の女子生徒の三人と計四人で友好を深めていた。蒼士から話しかけて最初は無視をしようとしていた一色だったが、同じ学校の一条将輝にも並ぶほどの美男子であり、少しだけならと蒼士と会話をしていくうちに口数も増えていき、ロビーのソファに腰を据えて仲を深めていった。三人の中でリーダー的な存在の一色に従う形で他の二人も付き合っている。

 

沓子(とうこ)(しおり)も何を言ってるのかしら」

 

彼女は一色(いっしき) 愛梨(あいり)という。綺麗な金髪をリボンで二つ結んでいる美少女、容姿端麗で一色家の令嬢『エクレール・アイリ』と呼ばれる異名を持ち、リーブル・エペーという競技で数多くの大会で優勝をおさめる実力者である。

 

四十九院(つくしいん) 沓子(とうこ)という古風な口調をしていた女の子。綺麗な髪が腰まであり、背丈は雫よりも小さく、老人のような口調なのが特徴的であった。常に余裕がある振る舞いで愛梨や栞からも信用されている美少女であった。

 

十七夜(かのう) (しおり)という冷静な口調の女の子。クールなイメージが似合うクール美少女の栞は愛梨とは中学から付き合いで、空間把握能力と演算能力に磨きをかけて実力を付けてきた努力してきた秀才であった。親友の愛梨をとても信用している。

 

「一条の御曹司とは会ってみたかったけど、もう部屋に行ったようだね」

 

「なんなら私が呼んで来ましょうか?」

 

蒼士の隣で話す愛梨の述べた言葉に遠慮する蒼士。この後には懇親会があるのでその時にでも挨拶をすればいいという考えだから。

 

「それに今は一色さんたちと話をしていたいしね」

 

「そうなのね、じゃあ少しならいいわよ」

 

またしても蒼士の視線から逃れるように顔を背ける愛梨。

 

「愛梨はチョロすぎじゃな」

 

「そうみたいね」

 

テーブルを挟んで座る沓子と栞は愛梨の行動の不自然さや頬が赤くなっていることから察する。

 

「二人とも聞こえてますよ!」

 

強い口調で目の前に座る沓子と栞に怒る愛梨であったがその口調は心を許している友達との馴れ合いのような気軽な言葉であった。笑顔の三人の触れ合いに蒼士も笑顔を浮かべていた。

 

「三人とも仲良しでいいね、やっぱり美少女が笑顔で触れ合ってるのは見栄えるね」

 

自分の本心を述べていた蒼士。そんな蒼士の言葉に知り合って間もない男の子の前で素のやりとりを見せてしまったことに思わず恥ずかしがる三人であり、蒼士が見せた綺麗な笑顔にも思わず顔を背けて頬に熱が集まっているのを感じて、愛梨のことを言ってられないな、と沓子と栞は思ったようだ。

 

「良ければ三人とも連絡先を交換しないかい? 他校との交流なんて滅多にないからさ」

 

蒼士の提案に三人とも特に気にすることなく連絡先を交換した。交換してからも蒼士と会話をしつつ仲良くなっていたが、この後の懇親会に参加するための身支度などを考えて蒼士から会話を終わらすことにした。

 

「さてと、三人とも部屋に戻って懇親会の身支度があるかもしれないからここまでにしようか」

 

蒼士の言葉にすんなりと従う愛梨と栞であったが、沓子だけはもっと話そうと不満そうにしていたが二人に言われて従うことに。

 

「今年の三高は強そうだけど、一高が優勝して三連覇させてもらうよ」

 

彼女らの中でリーダー格の愛梨に握手を求めるように手を差し出して告げた。宣戦布告のような発言に愛理や後ろにいた沓子と栞も驚きはしたが、愛梨は彼の手を握ると述べた。

 

「この九校戦で優勝するのは第三高校よ」

 

自信に満ちた表情で挑戦的な笑みを浮かべて蒼士と握手する愛梨。背後にいる沓子も栞も愛梨の言葉に満足そうに笑顔を浮かべていた。

 

三人と別れてから蒼士は背後の死角に隠れている人たちに挨拶しに行った。

 

「いつまで隠れているつもりだ」

 

蒼士は隠れている人たちが誰かを気配で分かっていた。蒼士の視界に入ったのはいつものメンバーであった。

 

「おっ、やっぱりバレてたか」

 

「ほら、やっぱりバレているじゃないか、エリカ!」

 

「えぇー、だってあんな面白そうな現場に割り込めないわよ」

 

「蒼士さん、こんにちは」

 

レオ、幹比古、エリカ、美月が隠れていた人たちだ。

 

そんな四人から話を聞くと四人とも九校戦の応援で来てくれたようで、千葉家のコネで関係者として選手たちと一緒のホテルにも泊まれることになっていたようだ。他にも裏方として手伝いやコンパニオンとして接客対応をすることをエリカが語ってくれた。

 

「やっぱりああいう熱い展開は良いものね」

 

「珍しく同じ意見だな、これから戦う相手に正々堂々真っ向からって展開はいいな」

 

エリカとレオが先ほどの三高の愛梨とのやりとりを聞いていたようだ。二人だけでなく幹比古も美月も聞いていたようで頷いていた。

 

「戦争でもない限り全力で魔法を放てる機会なんてないからね、全力を尽くして挑んできて貰いたい」

 

魔法科高校生の実力を確かめる九校戦でもあるが、自分の限界や実力を確かめられる機会であり、全力で挑んでもいい環境が整っているこういう機会は二度とないかもしれないので互いに死力を尽くして欲しいと願う蒼士であった。

 

その蒼士も自分が開発した術式や新たなCADのお披露目の絶好の機会だと思っているので気合いが入っていた。

 

四人と多少の会話をしてから裏方の手伝いなどの説明があるということでエリカたちと別れてロビーで一高の到着を待っている蒼士。すると携帯端末に一高のバスが事故に巻き込まれそうになったという報告を受けた。事故処理などをHSA社が引き受けたことや実行犯の素性や何処かの組織が関わっているなどの事情を探ることの報告を受けて、部下に礼を述べつつ、また荒れるな、と内心で呟く蒼士であった。




純愛ってなんだろうと感じるこの頃。
R-18も交互に書いているせいか、エロい雰囲気に書いてしまっている。

次の投稿は明日25日です。


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第二十三話

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


第一高校のメンバーが到着したのを迎える蒼士は先輩たちや同級生に自分だけ直接現地に向かったことを謝罪していた。九校戦の本番前に自分だけ単独行動をしたことについて。

 

克人や鈴音や摩利たちの親しい先輩たちは家の事情というのを聞いていたので気にしておらず、他の先輩たちも気にしていなかった。ただ真由美とほのかと雫は納得していなかったようだ。家に帰ってこなかったので心配もしていたが、三人の女の勘が何かあったなと訴えていたのだ。

 

そんな三人に何で帰れなかったかの説明をする前に蒼士は達也から話を聞いていた。深雪も達也から話を聞きたそうに近くにいた。

 

「では、先程のあれは、事故では無かったのですね」

 

達也が深雪の問いを肯定していた。事故車には魔法の痕跡があり、達也の精霊(エレメンタル)()(サイト)で確認したということは事実であることが分かった。

 

さらに犯人の魔法師は運転手であり、自爆攻撃というのも分かったので、深雪は卑劣な行いをする犯罪者に怒りを抱いていた。そんな深雪を落ち着かせる達也。

 

「分かった、こっちでも調べてみる。何かしら進展があったら報告するよ」

 

第一高校に妨害行為をして優勝させないつもりなのかと考える蒼士はHSA社の部下たちを本格的に動かすことにした。蒼士が指示するまでもないが部下たちはとっくに行動していると思うが、改めて指示することに。

 

「あぁ、任せるぞ、俺はエンジニアで忙しくなりそうだからな」

 

「宜しくお願いしますね、蒼士くん」

 

達也と深雪にお願いされたので応えるしかなかった。友達二人からの頼みでもあるので。

 

「あっ、深雪、達也さん、蒼士さんをお借りします!」

 

「行くよ、蒼士さん」

 

「深雪さん、達也くん、ちょっと蒼士くんは貰っていくわね」

 

蒼士の両サイドをほのかと雫に固められて、真由美が蒼士を押してホテルの中に入っていく。それを唖然としながら見送る達也と深雪であった。

 

連れ去られた蒼士は自分の一人部屋まで連れていかれ三人を部屋に入れることに、そして家に帰れなかった理由を説明していた。名前を言える人物ではなかったので伏せて説明している。心に傷を負って傷ついている女性で自分が頼られているので一晩過ごしたことを。

 

ほのかも雫も真由美も蒼士の性格は分かっているがやっぱり自分たちの知らないところで知らない人を抱いているのは気にくわないようだ。罰として九校戦中に甘えさせること、九校戦後は一日デートをすることを約束して解決した。

 

九校戦中は競技に集中したいのもあるので甘えるだけで我慢するということで蒼士の部屋で懇親会まで抱き付いてイチャイチャする四人であった。ほのかや真由美が蒼士の体を触ったり、自分の体も触らせたりしてイケナイ雰囲気になりそうになるが雫が止めに入るのでどうにかなっていたが、蒼士と二人っきりでいる時に暴走してしまうかもと心配するほのかと真由美がいたりする。ひょっこり蒼士の股座に座る雫。

 

 

 

 

懇親会がもうすぐ始まろうとしている時に控え室で蒼士と達也は予備の一科生のブレザーに着替えていた。一科生のブレザーの左胸には八枚花弁のエンブレムが刺繍されており、二科生にはそれがないために着せられていた。各校は校章よりも色で見分けがつくのだが、全員揃っていた方がいいという判断で二人は着替えさせられたのだ。

 

ただ単に刺繍されている服に着替えただけであったが深雪が蒼士と達也の姿を褒めてくれて、この時だけでも同じ一科生になれたと思い、うっとり眺める深雪。ほのかも雫も褒めてくれているが蒼士に関してはそのまま一科になってもいいのではという冗談を摩利から声を掛けられていたりする。何人かは冗談と受け取り、笑って面白がっていたが、もう何人かはそれもいいかもと内心で思っていたようだ。

 

懇親会が始まり三百人から四百人の大規模なパーティになってホテル側のスタッフも忙しそうに動いており、その中には大人びたメイクをしたエリカがいた。美少女のエリカにさらにメイクが加わってとても可愛く綺麗で大人びたメイクも似合っていた。

 

距離があるが蒼士が見ていたのに気付いたのか目が合うとエリカはウインクしてくれた。蒼士に向けてやったことだろうがその蒼士とエリカの間に居た男子生徒などは勘違いして、自分に向けられたと思い込んで懇親会中はずっとチラチラとエリカのことを見て気にしているようだった。

 

そんな蒼士はホテルのロビーで親しくなった他校の人たちと会話をしながら目的の人物に接触できていた。

 

凛々しい顔立ちに蒼士と同じぐらいの身長、長い脚、美男子と呼ぶに相応わしい人物が蒼士の目の前にいる。

 

「初めまして第一高校の梓條蒼士と申します」

 

蒼士は頭を下げて礼儀に沿った挨拶をしていた。目の前の人物の隣にいる人が何かを言おうとしていたがそれを蒼士が声を掛けた人物が止めた。

 

「そうか、第三高校の一条(いちじょう) 将輝(まさき)だ、隣にいるのが吉祥寺(きちじょうじ) 真紅郎(しんくろう)だ」

 

蒼士が挨拶したのは一条将輝と吉祥寺真紅郎である。十師族の一条家の御曹司とカーディナル・ジョージと呼ばれる天才の二人だった。

 

「こちらを受け取ってくれますか」

 

蒼士が差し出した名刺を疑うことなく受け取る将輝はそこに書かれていることに驚き、真紅郎も横から見て驚いていた。

 

「直接の対面はこれが初めてですが、父君の剛毅(ごうき)さんからは二人の話を聞いていました」

 

何事もないように述べる蒼士であったが目の前の二人は驚いて声が出なかった。将輝や真紅郎は一条家の現当主の一条剛毅から話を聞いており、剛毅が高く評価する内政力と同じく魔法師としてもかなりの実力者と評価していたのを聞いていたので、こんなに早く接触してくるとは思っていなかったようだ。

 

「お前だったのか!? 親父が随分と高く評価していたから気になっていたんだ」

 

「君がそうだったのか!? HSA社の社長が本当に高校生だったとは」

 

将輝も真紅郎も動揺を隠せていなかった。只でさえ美男子同士の対面が注目の的になっていたのに二人のざわつきにさらに視線が集まっていた。

 

蒼士は給仕服のスタッフから飲み物を貰い、二人に渡して落ち着かせていた。驚きで取り乱してみっともないところを見せてしまったことを後悔しつつ蒼士から飲み物を貰って落ち着く将輝と真紅郎。

 

「二人とはスピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクで戦う事になるから、声を掛けておきたかったんです」

 

蒼士は仕事の取引で知り合った人が自慢する息子とその親友に会っておきたかったのも理由の一つであった。

 

「なるほどな、だが、親父が珍しく褒めた奴でも負けるつもりはないぞ」

 

「あぁ、僕も負ける気はないからね」

 

二人から油断というのが消え失せていた。最初は出場選手の名前を確認して有名な名前の者がいなく満足いく相手がいないと思っていたが、将輝の父親の剛毅が高く評価する相手が目の前に現れたのだ。そして二人と戦う事になっているからには将輝も真紅郎も慢心な気持ちがあったのを振り払い、全力で挑む気持ちに切り替わっていた。

 

「そうでなくては面白くない、お互いに全力で頑張ろうな」

 

蒼士が手を出して握手を求めると将輝も真紅郎も握り返してくれた。固い口調から柔らかな口調に変えた事により、将輝と真紅郎と話しやすくなって親交を深める事に成功した蒼士。

 

そこに一色愛梨や十七夜栞や四十九院沓子などロビーで親しくなった人たちも参加して蒼士と会話していくことに。

 

「梓條、あの子の名前は?」

 

将輝は先程から一人の女の子のこと見つめていた。その子は蒼士と同じ一高の制服だったので蒼士に名前を訪ねている。

 

「深雪のことかい、彼女は司波深雪、男女ともに魅了する神秘的な美貌を持ち、一年生の中で総合一位の成績であり、才色兼備とは彼女のこと言うのかな」

 

蒼士の解説に将輝はポツリと深雪の名前を呟き、ただならぬ熱が込められた視線を送っていたのに蒼士は気付く。真紅郎も珍しく将輝が女の子に興味を持っていることを揶揄うがまさかの黙り込む将輝に驚いている。沈黙は肯定とも捉えれる。

 

「司波深雪……」

 

蒼士は隣にいた愛梨の言葉が聞こえていた。深刻そうな表情で深雪を見ている愛梨。

 

「大丈夫かい、一色さん?」

 

「えぇ、同じ女性として彼女の美しさに驚いていただけよ」

 

愛梨の言葉にはまだ何かがあるなと感じ取った蒼士。深雪の存在感に自然と負けを認めてしまったことを悔やんでいる裏があった。

 

「一色さんも深雪に負けないぐらい可愛くて美人さんだから負けてないよ」

 

一色の内心の動揺にすかさず反応してフォローする蒼士。

 

「っ!!? 貴方って人は! そんな恥ずかしいことを言わないで下さる! もぉ、彼女に挨拶に行くわよ、栞、沓子」

 

蒼士の言葉に顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしている一色。蒼士に背を向けて親友の二人と深雪の元へ向かおうとする。

 

「愛梨、嬉しそうだったわ」

 

「お主はプレイボーイじゃな」

 

栞と沓子にも蒼士は声を掛けられ、二人は愛梨の後ろを付いて行った。

 

「じゃあ、俺も一高のところに戻るので、今度は会場で」

 

蒼士は将輝や真紅郎や途中から加わっていた一条親衛隊のみなさんに別れを告げて一高生がいる場所に戻って行く。

 

 

 

 

一高生が多くいる場所に戻った蒼士は三高の一条将輝のことを聞かれていた。ただ自分が出場する種目の一番の障害になる人に挨拶しにいっただけだと説明して上手くその場を誤魔化していた。

 

「蒼士さんはもう動かないで下さい!」

 

「うん、呼吸をするように女の子を口説かないでね」

 

蒼士はほのかと雫に捕まっていた。というのも蒼士が各校の生徒と交流していたのを見ており、その中で女の子と接しているのを多く見かけたので、これ以上は蒼士に自分たち以外に女の子に触れて欲しくないという独占欲にも似た嫉妬心であった。

 

「了解、動かない分は二人が話し相手になってくれよ」

 

そんな可愛らしい二人の気持ちに気付いていた蒼士は素直にほのかと雫に従っていた。二人も嬉しそうに美味しそうな料理を持ってきてあげたり、飲み物を持ってきてあげたりと至れり尽くせりであった。

 

「私も混ぜてよね」

 

三人の光景を見ていた真由美も参戦してきた。真由美も九校戦で知り合った他校の生徒と会話をしていたのを切り上げて、一高生の集まっている場所に戻ってきていた。

 

「ほんと、何処でもモテるんだから、困ったものだわ、蒼士くんには」

 

他校の生徒と連絡先を交換していたのも他校の女子生徒が蒼士を見る時に頬を赤くさせていたのを目撃していた真由美は一高だけならまだしも他校にまで手を広げている蒼士に内心怒り気味であった。

 

「七草先輩だって、他校の男子生徒が見惚れていましたよ、七草先輩の横顔や立ち居振る舞いはそれだけで魅力的なんですから、美少女って自覚してます?」

 

「ふぇ、あ、ごめんなさい」

 

自分が怒っていたはずなのに蒼士から説教にも似たようなことを述べられて思わず謝っていた真由美。そんな真由美に近付いて耳元で言葉を掛ける蒼士。

 

「––––––ないんですから」

 

「うんうん、反省するわ(貴女は俺のモノなんですから、俺以外の男性と話しているのも視線を向けられているのも実際は耐えられないんですからって蒼士くんも結構独占欲があるのね、なんか嬉しいわ)」

 

ぷりぷり怒っていたのが一瞬で鎮火して大人しくなった真由美。頬に手を当てて熱を持って赤くなった頬を落ち着かせようとするのだが、頭の中で蒼士の言葉が再生されて嬉しそうにニヤニヤしていた真由美。

 

そんな風に蒼士、ほのか、雫、真由美は過ごしていると来賓の挨拶が始まって、食事の手を止め、談笑を中断して舞台上の声に耳を傾けることに。

 

そうして入れ替わり立ち替わりに現れる魔法界の名士を見ていると十師族の長老であり『老師(ろうし)』と呼ばれる人物が登場する。

 

九島(くどう) (れつ)という人物であった。

 

二十年ほど前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物で十師族という序列を確立した魔法師であった。九校戦に毎年を訪れている大物が今年も登場するのを今年が初めての一年生などは落ち着かずざわついていた。

 

期待していると一人の綺麗なドレス姿の女性が舞台上にいるだけであり、九島烈の姿がないことに会場全体がざわつく事態になる。

 

「あの女性の後ろにいますね」

 

「えぇ、私もマルチスコープで確認できたわ、それにしても蒼士くんはよく分かったわね」

 

「精神干渉魔法は自分も使用するので分かりました、それと知覚系統魔法も使用したので」

 

蒼士と真由美の会話に周りにいた一高生は驚いていた。二人の言葉を聞いても認識できないのに蒼士と真由美はお互いに分かっていたのが嬉しかったのか笑顔で微笑んでいた。

 

「会長はまだ分かりますが蒼士くんも底がしれませんね」

 

「あぁ、十文字でも分かっていなかったようだぞ」

 

鈴音と摩利は改めて規格外な一年の蒼士に感服していた。克人も前々から実力は認めていたが改めて再認識させられた。

 

蒼士と真由美は九島烈の存在を認識できており、烈本人にも気がつかれたようでニヤリと笑っているのが確認できた。悪戯を成功させた少年のような笑顔である。

 

ドレス姿の女性がスッと脇へどいた。ライトが背後にいた老司を照らして大きなどよめきが起こる。九島烈本人が登場したからだ。

 

烈が声を出して悪ふざけについて謝罪し、自身が魔法を使用していたことを告げて、そのことに気付けた者が六人しかいなかったことを述べた。もしもこれがテロリストだったら六人しか対応ができないこと、多大な犠牲が出ていたことなどを指摘して魔法に関しての話をしていく。使い方を工夫した低ランクの魔法も高ランクの魔法にもまさるようにもなることを指摘して、九校戦で集まった学生に改めて魔法というモノの奥深さを説いたのだ。

 

そうして烈の演説が終わると全員が手を叩いていた。戸惑いながら拍手する者もいたが魔法界の重鎮の演説は人によっては希望を与える言葉であった。魔法力を向上させるのは魔法師としては当たり前であるが、才能や血筋で差があるのも確かであり、圧倒的な実力を見せつけられで挫折する者もいるのは事実で、それを創意工夫で覆せるのを九島烈自身が示して伝えたのだ。この言葉を理解した者はさらに努力を重ねて成長するだろう。

 

だが、九島烈が使用した魔法は生まれつき知覚系統の才能を持っている者しか見抜けない魔法だったと理解していた蒼士は少しだけ笑ってしまった。

 

 

 

 

懇親会も終わり各々が部屋に戻って休んだり、自由に過ごしている中で蒼士はとある場所を訪れていた。

 

ほのか、雫、真由美が部屋に遊びに来たがっていたが用事があるのを告げると終わったら連絡をして欲しいとお願いされたので応えるつもりであった蒼士。

 

「お久し振りです、老師」

 

「久しぶりだな、梓條くん」

 

蒼士が対面している人物は懇親会で登場した九島烈と対談していたのだ。この場所以外でも会ったことがあり、会社の事業を拡大させていく上で日本の中でも重鎮と呼べる人たちと対面した中に魔法界の重鎮の九島烈もいたのだ。

 

「HSA社も随分と成長しているようだね、社長の君の器量が成せる業なのかな」

 

「部下たちが優秀なんですよ、自分は部下たちの提案を了承するだけですから」

 

蒼士の言葉に口元を緩めて一言だけ述べる烈であった。

 

「ところで十師族の当主とは友好的な関係を築けているようだな、立ち回りが上手いものだ」

 

烈の言葉に無言で蒼士は軽く頭を下げていた。十師族という有名な名家との繋がりを築くことによって経営戦略的にスムーズに事が進み、円滑に十師族管理の勢力圏内での経済活動ができていた。

 

烈自身、当初はHSA社が世界中に知られる企業になるとは思っていなかったが、社長である蒼士と対談したことによりその思いが過ちであったと気付き、九島家はHSA社と友好的な関係を築くことになる。

 

「君も九校戦に出場するのだろう、期待して観戦させてもらうよ」

 

「えぇ、是非とも来て下さい、期待に応えられると思います」

 

それは楽しみだ、と表情は変わっていなかったが声のトーンが若干変わっていたので楽しみにしているのだなと分かった。毎年九校戦を訪れる烈は若者が何をするのかが楽しみの一つになっていたようだ。

 

それからはHSA社の製品の性能やCADのことなど魔法関連についての世間話をして過ごしていく蒼士と烈。ぎこちない雰囲気や緊張感という空気もなく、互いに親しさを感じる雰囲気を出しながら会話していく。

 

「そういえば響子(きょうこ)とは会っているのかね?」

 

烈の口から出た名前の人物は蒼士が親しくしている女性の一人であった。

 

藤林(ふじばやし) 響子(きょうこ)という。藤林家の長女で九島烈の孫娘にあたる。顔立ちは整っており、スタイルも良く、メリハリのある目の毒なプロポーションの美人な女性。電子・電波による高度なハッキングスキルを得意とし『電子(エレクトロン)()魔女(ソーサリス)』と呼ばれる二つ名を持つ女性。

 

「九校戦の期間になってから会っていませんね、準備とかが忙しくて、電話は貰っていますが」

 

蒼士が響子と出会った経緯は九島家のパーティであった。蒼士が響子に話し掛けて、話しが合うようで意気投合して、それから九島家からの依頼などで度々会うようになり、プライベートでも会うようになってから年下の蒼士の面倒をみるお姉さん的な立ち位置になっていたのが、逆転して響子が蒼士に甘えるようになって大人の関係に発展していた。

 

部下からの報告で気になっていた人物だったので蒼士が直々に接触してみたら響子の方も気になっていたようで、互いに友好的に接していくうちに親しくなったのだ。

 

「そうか、女性の扱いを心得ているのだから、寂しい想いはさせないで欲しいな」

 

「やっぱり家族ですね、孫娘の幸せを願っているんですね」

 

「君なら任せてもいいと思っているんだがな」

 

蒼士と響子が親しくしているのを知っている烈は蒼士と響子が結ばれれば九島家と蒼士の関係も強くなり、HSA社の恩恵を受けることを期待してもいるが、第一に孫娘の幸せを願う祖父でもあった。

 

 

 

 

蒼士は烈と対談を終わらせて自分の部屋に帰ってきていた。

 

「おっと、どうしたんだい、ほのか」

 

「ほのかってば、蒼士さんと身も心も繋がってから蒼士さんのことばかり考えてるの」

 

部屋に帰ってきてからほのか、雫、真由美に連絡して帰ってきたことを告げたらほのかと雫が一番乗りしてきた。ベッドでゆっくりしていた蒼士を見て、すぐに腕に抱きついて甘えているほのか。雫もゆっくりとベッドに座ると重力に任せるように体を蒼士に預けていた。懇親会も終わって夜遅くになっていたのでほのかも雫もパジャマで薄着であった。

 

「あ、シャワー浴びてないから臭うかも」

 

「大丈夫です、私はこの匂い好きなので」

 

「私も大丈夫」

 

一日を終える前にお風呂に入り、綺麗にしようと思っていたのを忘れて、先にほのかたちを呼んでしまうという失態をしていた蒼士であったが、特に問題になっていなかった。

 

「一日の疲れを取るためにも、シャワーだけでも浴びることにするよ、二人はゆっくりしていて」

 

この部屋にはバスルームがあるので二人を部屋に残して蒼士はシャワーだけでも浴びようとバスルームに入ろうとするが雫が声を掛けてきた。

 

「一緒に入る?」

 

「魅力的な提案だけど、理性が持たないと思うからまた今度ね」

 

うん、と返事をして雫は蒼士を見送った。隣であわあわしているほのかを放置して。

 

「しずくぅぅ! 大胆だよ」

 

「蒼士さんがお願いしてたら、ほのかも連れて行くつもりだったよ」

 

雫の発言にボンッと顔を一瞬で真っ赤にさせて悶えるほのか。

 

しばらくして落ち着いてきたほのかはベッドの上に置いてあった蒼士のブレザーをハンガーで掛けようとしていたが、蒼士の物だと改めて認識したら強く抱きしめてブレザーに顔を埋めていた。そんなほのかを見て、頭を叩いて正気に戻した雫。

 

雫は蒼士に言われた通りにテレビを見てゆっくりしているのだが、ほのかはそわそわして落ち着きがない。テレビの音に紛れてバスルームのシャワーの音が聞こえてくるのがほのかにとっては落ち着かない要因になっていた。ほのかの頭の中では蒼士が上がってきたらセックスするものだと思い込んでいるようで悶々としていた。最近のほのかは思考がエロい方面に流れる傾向がある。

 

蒼士がバスルームから出てきて思ったことは、なんだコレ、であった。ベッドに座って顔を真っ赤にさせているほのかに、枕に体を預けてお菓子を食べながらテレビを見ている雫である。あまりにも温度差がある。

 

「蒼士さん、上半身裸で何やってるの?」

 

「着替えを持っていくのを忘れていた」

 

蒼士も蒼士で最近は家のことをメイドに任せていたのでお風呂上がりの服を持っていくのを忘れていたのだ。彼の上半身裸の姿に食べようとしていたお菓子を落としてしまった雫。

 

「わわ、私が用意します!」

 

下半身はバスタオルで隠していたのだが、上半身は隠せておらず裸をほのかはガン見していた。慌てて蒼士の荷物から服を取り出そうとして蒼士の下着などを見て、またもやボンッと顔を真っ赤にさせて思考が停止していたほのか。

 

そして運が悪いことに。

 

「そ・う・し・くん! お姉さんが来たわ––––よっ!?」

 

真由美が部屋の扉を開けて参上したのだ。会長権限及び学校の責任者、生徒代表として部屋のマスターキーを持っていた真由美は遠慮なく蒼士の部屋に入ってきたのだ。入り口から入ってすぐの所にバスルームが配置されていたので真由美とその後ろにいた面々は蒼士の上半身裸の姿を目撃してしまったのだ。

 

眼を瞑る間も無く、顔を逸らすこともできずに服の上からは見えてなかった蒼士のしっかりと鍛え抜かれた身体を目視する。

 

「おおおぃぃぃ、はは、はやく、ふ、服を着ろぉぉぉ!」

 

「服の上からでも分かっていましたが、鍛え抜かれたいい筋肉ですね、バランスもとてもいいと思います」

 

「おお、男の人の、は、ハダカ、あぅぅ!」

 

「摩利、ちょっと声を抑えて! 人が集まってきちゃうじゃない! リンちゃんは冷静すぎよ、ってペタペタ触らないの! あーちゃんはとりあえずベッドに寝かせましょうか(あ、改めて見るといいカラダ、わ、わたしってあのカラダに抱かれたのよね、今になって恥ずかしくなってきたわね)」

 

摩利、鈴音、あずさの二年、三年の先輩を真由美は連れてきたようだ。顔を真っ赤にさせて大声を上げる摩利、冷静な鈴音は少しだけ頬を赤く染めて蒼士の上半身を触り、あずさは蒼士を視認して今の状態を理解すると瞳の中をぐるぐる回して混乱して気絶していた。

 

とりあえず真由美は蒼士をバスルームに入れて、全員部屋の中に入れて騒ぎを治めていた。部屋の中ではほのかが顔を真っ赤にして蒼士の荷物を探っていて、雫はテレビを見ているなど、頭を抱える事態だった。

 

流石は生徒会長の真由美は瞬時に蒼士に着替えを渡して、顔を真っ赤にさせているほのかと落ち着かない摩利に水を渡して一息させ、あずさを空いているベッドに寝かせていた。鈴音はテーブルに置かれていたCADに興味を示していた。そして落ち着くと蒼士の肉体を思い出して赤面している真由美がいるのであった。

 

「蒼士くん! 入っちゃいけないなら言ってよね!」

 

「いや、七草先輩が急に入ってくるのが悪いんですよ、返答する暇もありませんでしたよ」

 

服を着てきた蒼士にいきなり発言する真由美であったが、あっそういえばそうだった、と真由美は自分の行いを反省する。

 

明日が九校戦の前日になるので多少の話をしておこうと摩利、鈴音、あずさを呼んでいたのだが、それどころではないハプニングに遭遇してしまった。ほのかも摩利もチラチラと蒼士を見て頬を赤くさせていたりしたが、摩利は比較的早く回復していた。流石は彼氏持ち。

 

鈴音は蒼士のCADに興味を示して先程のハプニングを全く気にしていなかった様子であった。それからは作戦スタッフとしての九校戦での作戦案などの会話をすることに。

 

あずさは気絶から復帰して最初は顔を真っ赤にさせてあわあわしていたが、蒼士が競技用に使うCAD以外を持ち込んでいるのに気付いて、CADに興味が向いて、熱く蒼士のCADについて問い詰めていた。見たこともなかったタイプのCADであったからだ。

 

真由美もそれぞれの話に参加して会話していたが、ベッドに座る蒼士の隣をちゃっかりキープして、徐々に徐々に蒼士に近付いて、最終的はべっとりと蒼士の肩に頭を預けて身を委ねていた。

 

真由美の反対側にはほのかが真由美と同じようにしており、雫は蒼士に膝枕されて眠りかけていた。

 

真由美、ほのか、雫の三人が知り合いがいるのに甘えているのを目の前で見る事になった摩利は親友の真由美に問い詰めて、三人とも蒼士と肉体関係になっているのを聞かされて摩利は顔を赤面させることに。鈴音はやっぱり、と察していたのか一言だけ呟き、あずさは最初は分かっていなかったが、真由美が小声で耳元で教えた事によりまたもや顔を真っ赤にさせて気絶した。

 

摩利は複数と付き合っていることを蒼士に問い詰めており、三人とも納得した上での付き合いをしていると説明していたが、摩利は納得できずにいたが真由美に小声で話された内容に渋々納得することになった。彼氏の修次に一際会いたくなった摩利は携帯端末から修次に電話していた。

 

鈴音は何か考えている表情であったが特に蒼士に問うこともなく、真由美、ほのか、雫に蒼士との出会いや好きになった出来事などを聞いて、恋愛話をしていた。蒼士に抱きついて話す三人に終わるまで付き合う蒼士。

 

女性に囲まれてまさにハーレム状態の蒼士は夜遅くまで彼女たちに付き合うことになった。明日は九校戦前日のために気が抜けない日であり、今日ぐらいはゆっくりしようと思いながら彼女たちとの会話を楽しんだ。




次の投稿は31日土曜日です。


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第二十四話

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懇親会が前々日に(もよお)されたのは、前日を休養に当てる為であったが、技術スタッフや作戦スタッフは最後の追い込みに追われていた。選手は英気を養いつつ明日からの戦いに備えている。

 

そんな中で作戦スタッフで指揮をしている市原鈴音は本日最後の打ち合わせを終わらせ会議室で一人でいた。

 

「流石に疲れましたね」

 

複数の人との意見の交換とそれを取り纏めた鈴音は一人になってからどっと疲れが襲ってきていた。自分が思っていた以上に気を張っていたのだと自覚することに。

 

鈴音が一人でいる会議室に新しく訪れる人物がいた。

 

「お疲れ様です、市原先輩」

 

鈴音の元に現れたのは蒼士であった。二つのカップを持っている蒼士は鈴音に一つを渡して彼女の隣に座る。

 

「ありがとうございます、これは?」

 

「はちみつレモンミルクです、厨房を借りて簡単に作ったものですけど、エリカたちには好評でしたので美味しいはずですよ」

 

蒼士からの飲み物を一口飲んで、美味しい、と述べた鈴音に笑顔で良かったと安心する蒼士。エリカ、美月、レオ、幹比古たちにも味見をして貰っていたので味の心配はしていなかったが鈴音の口に合ったようで一安心。

 

「疲労回復と美容にも良いので今度は市原先輩自ら作ってみてくださいね」

 

「蒼士くん、二人っきりなんですから名前で呼んでください」

 

飲み物に口をつけて鈴音は蒼士に指摘した。この場には蒼士と鈴音の二人っきりなのだから、遠慮しなくていいと。

 

「では、お疲れ様でした、鈴音さん」

 

蒼士に名前を呼んでもらい、満足そうに口元が緩んでいた鈴音。クールで常に冷静な彼女にしては随分と緩んで表情が豊かになっている。

 

「はい、少々疲れていますのでちょっとだけ甘えることにします」

 

「遠慮せずにどうぞ」

 

隣の席の蒼士に椅子を寄せて寄りかかる鈴音。まるで分かっていたように蒼士は寄りかかる鈴音を優しく受け入れて、彼女の綺麗な髪に触れていた。指に絡まることなく、なめらかな髪を触る蒼士に対して何も言わずに触ってもらえて嬉しそうにしている鈴音。

 

「甘えるというのはこんな感じでいいんですか?」

 

「いいと思いますよ、鈴音さんも甘えることを覚えてくれたんですね」

 

蒼士くんにだけですよ、と彼に頭を撫でて貰っているのを素直に嬉しく思え、胸が熱くなるのを感じている鈴音。

 

鈴音は疲れを背負って溜め込むタイプと思っていた蒼士は彼女にストレスの溜め込ませないように自分に甘えさせることを実践させていた。二人で出かけた時は遠慮していたのに、学校で過ごしていくうちに心を開いていき、蒼士と二人だけの時にだけ弱さを見せるようになってきた鈴音を蒼士は優しく受け止めて自分の出来る範囲で労い甘えさせている。

 

「すぐにいつもの私に戻るので、今だけはそのまま撫でていてください」

 

「満足するまで付き合いますよ」

 

鈴音も蒼士との学校での付き合いやプライベートでの付き合いで少しずつだが、惹かれていたようであり、真由美と仲良くしている蒼士を見ていて胸に芽生えていた嫉妬心で隠れていた恋心に気付き始めていた。そして九校戦のことで作戦を練っている時に二人で過ごす時間の中で改めて蒼士のことが好きになっていたのを認識した。

 

我ながら単純な女だったんだな、と鈴音は内心で思っていた。蒼士の容姿が良いのは誰もが認めることであったが、会話や生徒会の仕事で接していく内に好きになっていたなんて、こんな少女漫画展開になるとは思っていなかったようだ。

 

「九校戦が終わったら一日デートして下さい、私も会長と同じ立場になりたいので、意味は分かりますよね?」

 

「はい、勿論です。最高のデートにして差し上げましょう」

 

楽しみにしていますね、といつもの冷静な口調と表情に戻った鈴音は飲み物のお礼を述べると甘えさせてくれたお礼に蒼士に近づいて頬にキスをした。触れるだけの優しいキスであった。

 

そのまま蒼士を置いてクールに去っていく鈴音を見送る蒼士。最近になって三年の男子生徒たちが可愛くなったと鈴音のことを言っていたことを思い出して、彼女の去り際の横顔はキスをして恥ずかしかったのか、表情がとても可愛かったと蒼士は思いながら鈴音にキスされた頬に触れていた。

 

 

 

 

九校戦のために宿泊しているホテルの地下には大浴場がある。そして現在は一高一年女子の貸切になっていた。国防軍の施設であるために許可が必要であったが試しに頼んでみたら許可をくれたようで使用している。

 

行動力がある英美が率先して動いたようで一年女子に声を掛けて誘ったのだ。深雪、ほのか、雫も一緒にいたので便乗することに。

 

温泉に浸かる時には湯着着用という仕組みになっているので女性用の『純白のミニ丈甚平、ただし半ズボンなし』を着用して入浴することになっている。

 

「ほのかって胸大きいよね、服の上からでも分かっていたけど」

 

「え、えぇぇ、そんなこと言われても」

 

里見スバルから温泉に浸かっていながらも主張しているほのかの大きな胸をまじまじと見られ、思わず浴槽の縁に逃げて腰を下ろすほのか。

 

「うんうん、ウエストも細くてスタイル良いよねぇ、ずるいよー」

 

「そんなことないよ、エイミィだってスタイル良いよ」

 

「それは逆効果だよ、ほのか」

 

えっ、と隣にいた雫が呟いた言葉を理解できていなかったほのかは目の前でプルプル震えて、顔を伏せている英美を見つけてしまった。

 

「私だってほのかみたいな爆乳になりたいのよぉぉぉ!!」

 

「ひゃ、ちょ、え、エイミィ!? 胸を、ひぃん、鷲掴みにしないでよ」

 

英美はほのかの胸を湯着の上から鷲掴みにしていた。あまりの大きさに揶揄(からか)うつもりの気持ちが怒りになって、両手で鷲掴みして弄り倒している。抵抗するほのかから上手く避けながら胸を揉む英美といった構図が出来ていた。

 

「雫、止めなくて良いのかい?」

 

「うん、ほのか、胸、大きいから」

 

スバルが雫に声を掛けて、二人のじゃれあいについて述べたが、雫は知らんぷりを決め込んだ。親友であるほのかであるが、自分のスタイルの良さを自覚して欲しいのと私もほのかみたいなスタイルが欲しいという気持ちがあったので、少しだけ痛い目に合わせるためのお仕置きであった。一年女子が湯船に浸かっているのだが、ほのかの言葉で大半の女子は視線を下に向けて自分の胸の辺りを触っていたりする。

 

「いったい何を騒いでいるの?」

 

唯一、まだシャワーを浴びていた深雪が現れたことによりほのかと英美のじゃれあいも停止した。長い髪をアップに纏めて、湯船に浸ろうとする深雪に一年女子のチームメイトの視線が一斉に注がれた。

 

「な、なに?」

 

思わずたじろぎ、足を止めて尋ねる深雪の問いに答える声はなかった。

 

「深雪の姿が色っぽいからみんな見惚れてるんだよ」

 

「うん、女同士でも深雪の色気に魅了されちゃうな」

 

雫とほのかがいち早く回復して答えていた。二人も同性である深雪に見惚れていた。だが、二人は今いる一年女子の中でも違った経験を積んだ為に深雪の魅了から早く回復できたのだ。

 

「ちょっと、色気って、女の子同士で何を言うのよ」

 

焦った声を出しながら湯に浸る深雪。それと同じくして雫とほのか以外の女子が再起する。思考が蘇った面々は深雪から視線を逸らして見惚れていたことが恥ずかしくなっていた。

 

非の打ち所がない肉体美、ほんのりと上気した体の全てが鮮烈な色香を醸し出していたので見惚れてしまうのは仕方がない。

 

ここで深雪が咳払いしてこの会話を強制的に終わらせた。これ以上言うと怒ってしまうかもと全員が察して話が終わった。

 

それからは自然と懇親会で見掛けた男性の噂話になっていた。見掛けた中でも三高の一条将輝の話題が出ることに。

 

「一条の御曹司の彼も結構良い男だったよね?」

 

「あっ、見た見た。梓條くんと二人で並んで話しているのも見たけど良い男だったね」

 

「でも梓條くんの方がずっと良いと思う」

 

「だね、一条くんよりも全然良い男だよね」

 

将輝と蒼士が会話していたところを目撃していた女子生徒が美男子二人の話で盛り上がっていたが、蒼士の方がやっぱり良い男という結論になっている。

 

「うんうん、一条と梓條の絡みですか、アリですね」

 

ないわッ!と湯船に沈められる女子がいたりする。

 

ここで不意に英美が湯船の隅でゆっくり湯に浸かっている深雪に話を振った。

 

「そういえば三高の一条くんって、深雪のことを熱い眼差しで見てたね」

 

この言葉に他の女子も騒ぎ始めた。美男子である将輝と絶世の美少女の深雪との恋愛の話になりそうになるが。

 

「一条くんのことは写真でしか見たことないわ。蒼士くんと一緒にいるのは見たけど、蒼士くんしか見ていなかったから印象にないわ」

 

バッサリと切って捨てた深雪の言葉にワクワクしながら耳を傾けていた少女たちは揃ってがっかりしていた。

 

「じゃあ、深雪の好みってどんな人? やっぱりお兄さんみたいな人が好みかい?」

 

スバルのこの質問にがっかりしていた少女たちも耳を傾けて聞いていた。そんな中で深雪は至って平静な様子で呆れた表情を浮かべて答えた。

 

「何を期待しているのか知らないけど、わたしとお兄様は実の兄弟なのだから、恋愛対象として見たことなんてないわよ」

 

「じゃあ、蒼士さんは?」

 

何事もなかったように淡々と答えていた深雪に雫が問う。ただの一言であったが深雪の身体が一瞬硬直したことに雫とほのかだけが気づいた。

 

「蒼士くんね、友達としてとても頼りにさせてもらってるわ、私のことも特別扱いや気負うこともなく接してくれるので凄く助かっているわね、それに人には見えないところでちゃんと努力しているのも知っているから、向上心があって尊敬できる人とも思っているわよ、それに––」

 

「あ、うん、分かった」

 

語り尽くした深雪に全員が思ったことは、蒼士のことが好きなのでは?であった。蒼士のことをよく見ていて、高く評価しているのは伝わったのだが、この場にいるのは思春期真っ最中の少女たちなので恋愛方面にどうしても思考が向いてしまう。

 

「深雪、言わせて欲しいことがあるの」

 

「え、うん、なに、ほのか?」

 

ほのかから名前を呼ばれた深雪はほのかを見て何かを感じ取って少しだけ動揺して焦った。深雪だけでなく、雫以外の全員も何故か彼女からの謎の雰囲気に呑まれていた。

 

「蒼士さんのことを好きになったら逃げられなくなるよ、蒼士さんのこと四六時中考えちゃって、蒼士さんと話すだけで幸せな気持ちになって、もっと話していたい、一緒にいたいって思っちゃうよ」

 

ほのかは語る。自分が蒼士に想う気持ちを述べてしまい、恥ずかしい気持ちもあったがどうしてか声に出して伝えたかった。光のエレメンツの依存心もあるが、ほのかが蒼士を想う気持ちは本物である。

 

「ほのかの言う事は本当だよ、女性をダメにするというか女性を甘えさせる天才、一度でもこの沼に入ったら抜け出せなくなる。私もそう」

 

ほのかの隣にいる雫も静かに述べた。二人の言葉を静かに聞いていた面々は二人が蒼士に好意を抱いていたのは知っていた。最近になって二人が蒼士に積極的にアプローチしているのも目撃している。

 

「それに蒼士さんに頭を撫でてもらったり、身体に触れてもらうだけでね、おへその下の付近がきゅんってして身体中がマッサージされたように気持ちよくなるんだよ、蒼士さんのものになりたい、蒼士さんに全てを捧げたいってなっちゃうんだよ」

 

ほのかが喋り出すと蠱惑的(こわくてき)な甘い雰囲気が彩られ、イケナイこと聞いているような気持ちになっているのを少女たちは感じ取っていたが、どうしても聞いてしまう。蒼士に対して情熱的な囁きをするほのかの表情は愛する人を誘惑するような色っぽい女の表情で思わず目を奪われて唾を呑む一同。

 

「ほのかの言い方はちょっと過激かもしれないど、褒めて欲しい時に褒めてくれるし、声を掛けて欲しい時に居てくれるのが安心するの。それで蒼士さんの胸元に抱きついて労ってもらうのが凄い幸せなんだ」

 

ほのかに続いて雫の述べることにも静かに聞いていた少女たちはほのかと同じく謎の色香に襲われた。絶世の美少女の深雪がいるのに雫から漂う色気に思わず見惚れてしまう。

 

ほのかと雫が漂わせるただならむ雰囲気と色気に唾を呑んで身体の内から何か言いようのない感情が湧いてくるのを感じる一同。容姿が飛び抜けている深雪という最高の女性もいるのだが、ほのかと雫には女としての魅力、色気、言葉にできない何かしらの成長したことを感じ取っていた一年女子。

 

「でも蒼士さんって来るものは拒まないから安心して」

 

「それがさらなる沼にハマる事なっちゃうんだけどね」

 

ほのかと雫は二人で顔を見合わせて微笑んで見せた。官能的な雰囲気が漂っていたのを一瞬で払拭させて穏やかな雰囲気になる。

 

「ほのか、サウナに行こう」

 

雫がほのかを誘って湯船から出て二人でサウナに向かう。二人を見送る一年女子は二人の成長には蒼士が関わっていることをハッキリと認識した。

 

 

 

 

ほのかと雫がサウナに向かって抜けた一年女子たちには変な雰囲気が流れていた。

 

「ほのかと雫、なんか、扇情的というか」

 

「スバルが言いたいこと分かるよ、エロかったね」

 

スバルが口籠るのを英美が直球で代弁した。口にした英美は顔を真っ赤にさせて、その言葉を聞いた一同も顔を真っ赤にさせていた。湯に浸かって温まっているのもあるが、それ以上に変な想像や妄想をしてしまった影響もあるようだ。

 

「(ほのか、雫……二人とも語っている時、とても綺麗だったわね、言葉にできないけど惹かれるものがあったわ。それも全部蒼士くんが関わっているからなのかしら、二人が蒼士くんに好意を抱いているのは知っている、恋をするとあんなにも変わるものなの? それに二人が蒼士くんについて語っているのを聞いていて胸に変な感情が渦巻いている、これは何なの?)」

 

湯に映る自分を見ながら考え込む深雪。周りの声は聞こえているが自分の中で巡る考えに答えを出せずにいた。

 

「蒼士くんって確かに女心を(くす)ぐるよね」

 

「あぁー、だね、容姿も褒めてくれるのも嬉しいし、話しやすくて会話が弾むんだよね」

 

「うん、些細な変化にも気づいてくれるだよね、少しだけ髪切ったのも気づいてくれたし」

 

「自分が欠点だと思っていたところも褒めてくれて、可愛いって言ってくれた」

 

「駄目なところはちゃんと注意もしてくれるから頼れるんだよね」

 

女子同士の雑談が盛り上がっていた。話の中心人物は蒼士であり、それぞれの体験談などを一人一人が興味深そうに聞いて、共感したりしている。

 

「ああ見えて蒼士くんって筋肉質な体つきで、ちゃんと身体も鍛えているしね」

 

「ん? スバル、どうしてそんなこと知ってるの?」

 

スバルが語った言葉に思わず疑問を浮かべる英美。

 

「一度だけ転びそうになった時に助けてもらった時があってね」

 

「あぁぁぁ、分かったー、その時に蒼士くんに抱き止めてもらったんでしょ?」

 

スバルの言葉に合わせてきた英美。

 

「エイミィ、そ、そんな大袈裟に言わなくてもいいだろう、事故だったんだから」

 

ちょっとだけ照れながら述べるスバル。彼女にしては珍しく戸惑いの表情が出ており、英美からの視線から逃れようとしているがそれがかえって裏目に出る。

 

「その時に蒼士くんの胸元に顔を埋めて、ときめいちゃったんだね! スバルも乙女だね」

 

「おおぃぃ!? 何を勝手に妄想して声に出してるんだ! 僕がそんなことを想うわけないだろう!」

 

英美の独自解釈によりあられもない妄想の被害にあってしまったスバル。周りで聞いていた同級生たちは思わず、きゃぁぁ、と声を上げてそのまま蒼士とスバルの妄想恋愛話に発展していた。一度火がついた思春期少女の妄想を止められないスバルは頭を抱えている。

 

そんな騒ぐ中で一人の少女は曇った表情を浮かべていた。

 

「(私が蒼士くんに抱いている気持ちは友達としての好きなのよね、異性ではお兄様と同じぐらい頼りになって、最近ではほのかや雫とは別でちゃんと練習を見てくれて、練習相手にもなってくれている。もしかしたらお兄様より最近は話しているのかも、最初に浮かべる男性になっているのも蒼士くん……お兄様と蒼士くんは同じ? これってお兄様と蒼士くんが同じ位置ってことなの!? わ、私って、もしかして–––––)」

 

「え、ちょっと司波さん!?」

 

「えぇぇー、深雪がのぼせちゃってる!?」

 

深雪以外の女子が騒いでいたが、深雪は一人静かに頭の中で考えを巡らせていたらのぼせてしまっていた。そのことに気づいたスバルと英美が驚いて声を上げて、その声にサウナに入っていたほのかと雫も気づいて、プチパニック状態になりかけるのであった。

 

 

 

 

のぼせてしまった深雪を休ませている時に達也と幹比古は拳銃と爆弾を持った正体不明の賊を遭遇していた。

 

最終的に幹比古が撃退したが魔法の発動が遅く、拳銃で撃たれると思っていたのを達也に助けてもらうことで自分の古式魔法で撃ち倒すことができた。だが、そのことに幹比古は納得できずに達也から術式の無駄があることを指摘されて言い合いになりそうになるが、達也は魔法式が見えていることを告げて、信じられなさそうにして混乱している幹比古に賊を放置しているわけにいかないので警備員を呼びに行かせた。そして達也は近づいてくる知人の気配に自分の魔法の発動を中断して知人と話をすることに。

 

そんな様子を覗き見ていた者がいた。達也からは遥か遠くでライフルのスコープから覗いて見ていたのだ。

 

「あの坊やは只者じゃなさそうだね」

 

スコープ越しから達也のことを強者だと察している。動きに無駄がなく隙がない達也は彼女から見てもヤバイと感じる存在感を放っていた。

 

麻子(あさこ)、そっちは終わったの?』

 

スコープで達也のことを見ていた人物は麻子という女性であった。耳に付けていたインカムから聞こえてきた声も女性の声である。

 

「賊の逃走用の車はパンクさせて、車内にいたサポート役も狙撃して仕留めた、本社に後処理は頼んだよ。そっちはどうだい、怜子(れいこ)ちゃん」

 

インカム相手に報告して問い返す麻子。自身の仕事を終わらせて交代要員と代わるために撤退の準備をしながら会話している。

 

『ちゃんは付けないでって言ってるでしょう、こっちも五人始末した』

 

麻子の通信相手の怜子も仕事を終わらせたようだ。

 

麻子(あさこ)と呼ばれた人物は日下部(くさかべ) 麻子(あさこ)という。身長が女性にしては高く、大柄で肉感的なグラマラスな体躯の持ち主。格闘や戦闘術に優れて、その中でも遠距離精密射撃が得意である。

 

怜子(れいこ)と呼ばれた人物は朽葉(くちば) 怜子(れいこ)という。麻子と同じで凄腕のスナイパー。物静かで声も小さい。外見が男性に見えるためによく男性と間違われるがれっきとした女性であり、男扱いした者は例外なく「男じゃないわ」と言い放って殴り倒している。

 

二人は蒼士の部下であるが今は別の人物の指示で動いていたのだ。

 

『そういえば今回の狙撃距離は?』

 

「千四百メートル、あと二百は余裕でいける。そっちは?」

 

『千メートル、そんな長距離を余裕でできる貴女は化け物ね』

 

「いや、怜子も十分に化け物クラスだろ」

 

怜子の問いに淡々と答えていた麻子。二人とも長距離狙撃を簡単にやってみせていた。軍人や分かる人が聞けばどれだけ凄いかが窺える。

 

「いつもの店に飲みに行くつもりだけど付き合わないか?」

 

『私は帰って寝る、通信終了』

 

インカムが切られて麻子と怜子の交信が終わった。やれやれと思いつつプロとして証拠や痕跡を残さず撤退する麻子。

 

麻子と怜子の上司は蒼士から一高を襲った車両の犯人の背後にいる組織を調べてる指示を受けた人物であった。




温泉シーンの湯着を着ているのは普通に裸で入浴するよりかエロく感じたのは俺だけなのか。

『グリザイアの迷宮』の登場人物
・日下部 麻子

『MURCIELAGO -ムルシエラゴ-』の登場人物
・朽葉 怜子

次の投稿は11/1日曜日です


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第二十五話

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九校戦は何事もなかったように開幕した。昨夜におかしな動きがあったが、そのことを知るのはごく僅かであるために影響はなかった。

 

今は蒼士、達也、深雪、ほのか、雫で真由美のスピード・シューティングを観戦すべく、競技場へ移動していた。

 

「達也、俺ってなんか深雪に嫌われることしたか?」

 

「さぁな、だが、問題はないと思うぞ」

 

「いやいや、俺のこと見ると顔を逸らすんだぞ、これが問題ないとは思えない」

 

「気にしすぎだ、害はないからいいだろう」

 

蒼士と達也は今朝からのおかしな出来事について話していた。途中で深雪、ほのか、雫からお願いされて、席の確保を任され、三人で何か話があったようで離れていた。先に蒼士と達也の二人で一般用の観客席に陣取っている。

 

おかしな出来事とは、開会式のために一高生が集まった時に蒼士は一年女子メンバーに会って挨拶したのだが、ほのかと雫以外の面々が頬を赤くして挨拶してきたのだ。その中でも深雪が頬を赤くさせながらそそくさと挨拶してから兄の達也の元へと行くのを見送った蒼士であったが、それから開会式で並んでいる時も深雪の隣になって、チラチラと蒼士の顔を見てて、目が合うと勢いよく顔を逸らすなどの深雪にしては変な行動が目立っていたのだ。

 

そのことについて兄の達也に聞いてみたのだが、知らないという答えを貰う。なんかしたかな、と頭の中で考えを巡らせている蒼士を面白そうに眺めていた達也。

 

「そういえば昨夜だが、賊が侵入しようとしていたぞ」

 

「部下からの報告で聞いたよ、どうやら一高を妨害したいようだね」

 

「やはり知っていたか、じゃあ俺や幹比古が対処しなくても良かったのか?」

 

「あぁ、でも自分らとは別で国防軍の人が気づいていたから様子見していたところに幹比古や達也が参戦したって流れかな、その賊たちの後続はこちらが始末したんだけどね」

 

蒼士の言葉になるほどな、と納得していた。撤退のための人員がいると思っていたら蒼士が対処していたのかと分かったからだ。

 

「こちらもまだあまり手掛かりを掴んでいないから、相手がどう動くやら」

 

実際にある組織の名前と下部組織の動きなどが部下から報告されているのだが、今の達也には九校戦に集中して欲しいというのもあったので、敢えて口にしなかった。

 

「そうか、そっちは任せる」

 

了解、と返事をする蒼士。そんな蒼士たちに近づいてくる人物たちがいた。

 

「あ、蒼士さん、すいません、席の確保を任せちゃって」

 

「ごめんね、お礼に会場限定のアイスあげるから」

 

ほのかと雫が観戦席を取っていてくれた蒼士と達也にお礼を述べていた。蒼士も達也も特に動いたりしていないので感謝されることではなかったが有難(ありがた)く、雫からアイスを受け取る前に人に呼ばれた。

 

「蒼士くん、少しいいかしら?」

 

ほのかと雫の後ろにいた深雪が蒼士を呼んでいた。席から少し離れて深雪と二人っきりなる蒼士。頬が赤くなったりせず先程とは打って変わっている深雪はいつもの落ち着いた雰囲気の深雪である。

 

「さっきは変な反応ばかりしてごめんなさい、ちょっと恥ずかしいことがあったから」

 

「そっか、深雪にしては珍しく慌てたりしてたから何かあったんだろうな、とは思っていたけど、てっきり嫌われたものだと」

 

声のトーンも普段通りに戻っていた深雪は蒼士と話をしていた。蒼士は知らないが温泉でのことで深雪の中で蒼士の存在が特別な存在になっていたのに気づいてしまい、兄と同等かそれ以上の存在になっていることに戸惑っていたのだ。それを先程まで引きずっていたのだが、ほのかと雫が深雪の気持ちに気づいて何かしらの会話があって、深雪はいつも通りに戻ることができていた。

 

「そ、そんなことはないわ、(むし)ろ––」

 

深雪は思わず口走ろうとした言葉を止めた。言葉を呑み込んだのを自分でも褒めたいぐらいであった。

 

「寧ろ?」

 

歯切れが悪かったので蒼士は深雪に聞いていた。

 

「んっ、お兄様と同じぐらい頼れる人よ」

 

「達也と同じか、それは高く評価してくれて嬉しいな」

 

可愛らしく咳払いして言葉を述べた深雪。動作の一つ一つが魅力的で美しく周りにいた人たちが深雪に見惚れいた。蒼士もその一人であったがすぐに深雪の言葉に答えていた。

 

「ほら、達也の隣の席を取っておいたからそこに座りなよ」

 

蒼士が言った通り達也の隣は空いていた。達也の隣には妹である深雪が座るのが当たり前のように思っていた蒼士はわざわざ席を取っておいたのだ。

 

「ありがとうございます、でも蒼士くんも隣にいてくださいね」

 

深雪が蒼士の手を握って一緒に達也たちがいる席まで歩いていく。深雪の行動に驚く蒼士であったが可愛らしい行動に思わず笑顔を浮かべる蒼士。

 

「深雪からのご指名ですか、それは応えなくちゃね」

 

「そうですよ、私がお誘いしたのですから」

 

いつもの調子に戻っている深雪と笑顔を浮かべ合う蒼士の二人。普段の深雪に戻ってホッとする蒼士に、普段通りに蒼士と接せれるようになったことにホッとする深雪。

 

蒼士と深雪は達也たちと合流するとエリカたちも現れて一緒に観戦することになった。達也、深雪、蒼士、ほのかという順番の上の段にはレオ、幹比古、雫、エリカ、美月のいつものメンバーが揃っている。

 

「いきなり真打(しんうち)登場ね」

 

「毎年優勝候補に名前が出るし、今年も優勝すれば三連覇になるから凄い期待されているしね」

 

エリカと幹比古が述べた。二人が述べたことは一高生なら誰でも思うことであり、真由美はとても期待されているのだ。

 

「七草先輩なら問題ないよ、今回も優勝で決まりだ」

 

蒼士が呟いていたのを全員が聞いていた。誰かに聞かれる前に蒼士はさらに述べる。

 

「コンディションも万全だったし、先輩の知覚魔法『マルチスコープ』とドライアイスの弾丸を撃ち出す魔法『ドライ・ブリザード』の芸術的なまでに磨き上げられた魔法で他を寄せ付けないレベルだからね」

 

蒼士の言葉に達也、深雪、ほのか、雫は頷いていた。蒼士の家での練習で達也も真由美の実力を見たので知っており、深雪、ほのか、雫も実力を目の当たりしている。

 

「あれ、蒼士さん、もしかして会長に会ったんですか?」

 

「うん、始まる前に少しだけね」

 

美月の疑問に蒼士は答えた。達也たちと移動する前に蒼士は真由美に会って会話をした。勿論、応援することも告げたがそれだけではなかった。

 

 

 

 

達也たちと合流する前に真由美と会っていた蒼士。人の気配がない場所に案内されて真由美と二人っきりになっている。

 

「ねぇねぇ、優勝したらご褒美ね」

 

「真由美の実力なら優勝間違いなしだと思うけどいいですよ」

 

真由美のお願いを蒼士は笑顔で了承した。その答えにさらに気合いを入れた真由美はやる気に満ちている。

 

「体調も良さそうですし、真由美の勇姿を見させてもらいますね」

 

「うん、私のこと見ていてね」

 

蒼士にしか見せない真由美の可愛らしい笑顔に蒼士も笑顔で返す。二人っきりというのもあって、真由美は周りを気にせずに蒼士と接しており、蒼士も同じく。

 

「最後に蒼士くんから元気を貰うね?」

 

真由美が笑顔からウインクしたと思ったら蒼士の首に腕を回して抱きつくように引き寄せてから唇を重ねた。真由美からの行動に一瞬だけ驚かされるがすぐに受け入れた蒼士。唇を塞いだまま十秒が過ぎて真由美から唇を離した。

 

「んっ、ねぇ、もう一回いい?」

 

真由美のお願いに今度は蒼士から応えてあげて唇を重ねキスをする。そんな蒼士の行動に嬉しそうにキスをする真由美は彼の行為が嬉しくて気分を良くしている。そんな真由美はさらに蒼士の行動に気分を良くして受け入れていた。蒼士から舌が入ってきてディープなキスになったのを驚きはしたものの、それに応える真由美は舌を絡めていく。同じく十秒ぐらいしてから唇を離すと二人の唇から透明な糸が光っているのが見えた。

 

「ありがとう、これで優勝できるわ」

 

舌をペロッと出して舌舐めずりする真由美は色っぽい表情をしていた。つい最近までこのような行為を想像するだけで赤面していた彼女は蒼士に変えられていた。身も心も。

 

「これから試合だから昂ぶっていたんですか?」

 

「いいえ、私がしたかったからしたのよ、蒼士くんだってちゃんと応えてくれたじゃない、舌を入れてくるなんて」

 

蒼士の家に住み始めてから蒼士へのアプローチが過激になっている真由美。一度経験したことを二度三度も経験すれば慣れや余裕が出てくるものだが、真由美はまさにそれであった。

 

「家に帰ってから覚悟していて下さいね」

 

「私が家まで我慢できないかもしれないけど、うん、楽しみにしているわね」

 

蒼士と短い時間を過ごして元気を貰った真由美は控え室に向かって行く。それを笑顔で見送り、達也たちと合流するために身嗜みを整えてから向かう。

 

 

 

 

真由美が登場した瞬間に観戦席の前列にいた真由美のファンが声を上げて、さらにエルフィン・スナイパーというニックネームにピッタリの近未来映画のヒロインのような雰囲気がさらに盛り上がる要素になっていた。豊かに渦巻く長い髪とヘッドセットと目を保護するゴーグルを掛けて、小銃形態デバイスが相まって、可愛らしさと凛々しさが絶妙にミックスされていた。

 

真由美をネタにした同人誌があることをポツリと呟いてしまった美月は深雪から変な目で見られて、あくまで聞いたことがあるだけであったのにそんな対応されるとは思っていなかったので動揺する美月もいたりした。

 

そんなじゃれあいをしていると試合が始まった。

 

真由美の技量を知っていたほのか、雫は何回見ても高校生のレベルを超えている実力に感服していた。達也はレオやエリカに真由美の魔法を分かりやすく解説して、深雪もそれを聞きながら、流石は十師族の七草だと認識させられた。

 

その中で蒼士は真由美がマルチスコープでこちらを見ているのに気づいて、ちゃんと集中しろよ、と彼女に視線を向けるがマルチスコープの視線が消えることはなく、クレーを撃ち抜いていく。

 

蒼士が言った通り真由美は全てのクレーを撃ち抜き、パーフェクトという圧倒的な実力で勝利した。観客席にいる真由美のファンの人たちが歓声を上げているのに応えるように真由美は手を振っていた。

 

 

 

 

次にバトル・ボードに出場する摩利の観戦に来ていた。一枚のボードに乗って、まともに向かい風を受けるので、選手には相当な体力を消耗する競技である。女子にはつらい競技であるが、この競技にほのかは選ばれているのだ。

 

「ほのか、体調は大丈夫かい?」

 

「問題ありません、蒼士さんに言われた通りに鍛えてきましたので早く私と蒼士さんの成果を見せたいです」

 

ほのかの試合はまだであるが気合は十分(じゅうぶん)のようで早く試合をしたいようだ。蒼士に気にかけてもらったことが嬉しくてニコニコしているほのか。

 

「へぇー、蒼士くんがほのかを鍛えていたの?」

 

「うん、私もほのかに付き合って鍛えてもらったよ」

 

エリカの問いに雫が答えていた。ほのかと常にいる雫も蒼士の家でほのかのトレーニングに付き合いつつも自分の練習をしていた。

 

「二人に合わせたトレーニングだったけど二人とも弱音を吐くことなく、一生懸命やってくれていたね」

 

素直にほのかと雫のことを褒める蒼士に嬉しそうに笑顔を浮かべて照れる二人。自分自身も鍛えられ、好きな人のお世話になりながら一緒にいる時間が増えて二人にとっては全然苦ではなかったようだ。

 

「でもトレーニング後の蒼士さんのマッサージをしてもらうのも楽しみになっていたので全然辛くありませんでしたよ」

 

ほのかの言葉に雫が頷いていた。上機嫌になるほのかと雫の二人に呼応する人物がいた。

 

「あ、アレね、確かに、とても気持ち良かったわね」

 

「マッサージされたまま寝落ちしちゃってたもんね、深雪」

 

頬に手を当てて照れている深雪に雫が一言。雫の名前を呼んで思わず声を上げてしまった深雪は自分の行為が恥ずかしくなって周りからの視線に戸惑っていた。

 

「あれか、確かに、気持ち良かったな。マッサージというのを味わったことがなかったが蒼士のマッサージは相当のものだぞ」

 

えっ、と事情を知らないエリカ、美月、レオ、幹比古は驚いていた。達也も蒼士とトレーニングや組手をして蒼士の家を訪れた時に蒼士にマッサージをしてもらった経験があった。達也本人は遠慮したのだが、妹の深雪から話を聞いて興味が出たのでマッサージを受けたのだ。

 

ほのか、雫、深雪、達也からのベタ褒めの蒼士のマッサージとはいったい、と興味を惹かれて、やって欲しいと四人は思ったようだ。達也の気持ち良かったというコメントに美月だけは違う解釈をして赤面していた。

 

摩利の試合が始まるまで十分に会話をして時間を潰せた一同は試合を観戦することに。真由美と同じで摩利にも熱心なファンがいて、真由美は男性が多かったが、摩利は女性ファンが多かった。

 

試合の結果は一着でゴールして勝利していた。臨機応変に多種多彩な魔法をコントロールして他を寄せ付けなかった。予選だが、圧倒的な強さを見せてくれた。

 

 

 

 

昼食後、午後はスピード・シューティングの準決勝と決勝を観戦することにして、達也だけ一旦、別れて昼食をすることに。

 

達也が昼に用事があるのを今朝聞かされて蒼士と深雪は達也の用事の内容を問われないように配慮し、協力して昼食を取っていた。今いるメンバーの中で達也が軍属の独立魔装大隊の隊員であることを知っているのは蒼士と深雪だけである。

 

「蒼士くんの予想だと七草会長は優勝なんでしょう?」

 

「あぁ、みんなも見たと思うけど驚異的な速度と圧倒的な精度の精密射撃は高校生のレベルを超えている。それに直線だけでなく、ありとあらゆる全方位から撃てる『ドライ・ブリザード』それを可能にして死角がない『マルチスコープ』それ故に『魔弾(まだん)射手(しゃしゅ)』と呼ばれる」

 

蒼士が語っていることを再度聞いても強すぎると感じてしまう一同。接近するにしてもドライ・ブリザードを掻い潜るのが必要、隠れていてもマルチスコープで把握され狙撃されるという完全に詰み状態になってしまう。

 

「じゃあ蒼士くんと七草会長ってどっちが強い?」

 

エリカにとっては単純な疑問を蒼士にぶつけた。だが、聞く人によってはとてもつもなく重要なことになる。

 

「一応、スポーツとしてスピード・シューティングと対人戦形式で模擬戦した結果を聞きたいか?」

 

蒼士が淡々と答えてくれたのにエリカや美月やレオは興味があり、聞きたそうにしている中で幹比古だけは事の重大さに気づいていた。相手は一般人ではない、日本最強の魔法師集団の十師族の七草ということに。

 

「あれ見ていて凄かったね」

 

「うん、二人とも凄かった」

 

「確かに、どちらも凄かったわね」

 

ほのか、雫、深雪は知っていたのでそのことについて思い出していた。

 

「スピード・シューティングでは決着がつかずに引き分けで、対人戦では俺が勝ったよ、流石に強かった」

 

蒼士の言葉に結果を知らない面々は驚いて詳細を知ろうと蒼士に聞く。幹比古は知ってはいけないことを知ってしまって頭を抱えていた。十師族の七草に勝ったってどういうことだよ、と。

 

「スピード・シューティングについては本番で見せるつもりだから秘密で、対人戦に関しては使い慣れてる刀を使用して、ドライ・ブリザードを切り払いながら接近して勝負あり」

 

淡々と述べているがありえないだろうと信じられない面々は目撃している人たちに視線を移すとほのかも雫も深雪も頷いていたので真実だと知ってしまう。

 

「高速のドライ・ブリザードの弾幕を切り払って、私は展開が速くて目で追いきれなかった」

 

「エリカやみんなも見たことあると思うけど、蒼士さんの特殊な歩法『韋駄天(いだてん)』で会長の背後とかに移動したりして翻弄していたんだ、私も目が追いきれなくて後から聞いたんだけどね」

 

「私はぼんやりとだけど見えていたわ、それでもマルチスコープで蒼士くんの動きを捉えて魔法を放つ七草会長は私でも無理だわ」

 

ほのか、雫、深雪から当時のことが語られるのを聞くエリカたち。幹比古も韋駄天を見たときは驚いていたのを思い出して、蒼士なら勝ってもなんか違和感出てこないな、と思い始めていた。

 

「七草先輩は前衛がいればさらに凶悪になるし、それに奥の手も披露してなかったから、実力的には互角だよ」

 

模擬戦とはいえ、十師族の七草真由美に勝ったことに蒼士は謙虚であった。それも互いに本気は出していなかったので訓練程度としか蒼士は思っていなかったが、相手の真由美は蒼士が強いことを見抜いていた。奥の手は隠していたが、その時の真由美は本気に近い気持ちで挑んで、蒼士に敗北していたのだ。死角がない『マルチスコープ』でも捉えているのに対応できない速度で近づいてきて、反応が間に合わなくなって真由美は負けていた。

 

そのことに関して真由美は前々から実力を隠しているのは察していて、負けたことを一切気にしていなかった。寧ろ自分よりも強くて、さらに惚れ直したというポジティブ思考であったのだ。

 

「それと、このことは内緒でね、友達だから特別に教えてやったんだからな」

 

蒼士の言葉にエリカたちは頷いて口外しないことを約束した。というか言える内容でもはないと分かってしまったから。

 

「蒼士くんが強いのは知っているし、勝ったのには驚いたけど、なんか違和感ないわね」

 

「そうだな、なんか説明できないがコイツならありえんじゃね?って思っていたからよ」

 

エリカとレオの言うことに美月と幹比古は頷いていた。

 

「蒼士さんは誰にも負けませんよね」

 

「君が負けるところは、やっぱり想像できないや」

 

美月も幹比古も思ったことを口にしていた。嘘偽りのない本音である。

 

「だから俺も負けるときはあるからな、でもみんなが信じてくれていることは嬉しいよ、ありがとう」

 

純粋に自分のこと信じてくれていることに蒼士は胸に熱いものを感じて嬉しくなり、笑顔でお礼を述べた。そのまま昼食を取りながら午後の真由美の試合まで時間を潰していく。

 

「ねぇ、本格的に私も鍛えてよね、この前の模擬戦は為になったから」

 

「俺も鍛えてくれよ、身体は頑丈な方だからな」

 

エリカ、レオもほのかや雫が鍛えていることを聞いて体育会系の二人は蒼士の家での訓練を望んでいた。

 

「僕にも出来ることがあれば手伝うよ」

 

「私も何かお役に立てることがあれば手伝いますね」

 

幹比古も美月も何かしらの役に立ちたいようで蒼士にお願いしていた。

 

「九校戦が終わってからなら訓練室もフルに使える時間が増えるから歓迎するよ。俺が気づかないこともあるかもしれないから幹比古も美月も協力してくれよ」

 

エリカもレオも蒼士の言葉に喜んでいた。幹比古も美月も頼られていることに頷いて笑顔でいる。ほのかも雫も深雪も付き合うつもりであり、今はいないが達也も蒼士の家の訓練室を使用しているので協力してくれるはず。

 

それぞれ向上心があり、頼れる仲間たちと切磋琢磨していくのは学生の本分である。

 

 

 

 

午後から開始されたスピード・シューティングは圧倒的な実力を誇る真由美が予想通り優勝した。準々決勝から凄い人気であり、会場は満席になっていたのでそれだけ注目されているということが伺える。選手たちにも向けられる視線が増え、期待度が高まって緊張する者もいたのだが、真由美はそれを全く感じさせず実力を発揮した。

 

優勝した真由美は観客に手を振って声援に応えていて、突如、指で銃のような形を作ると観客席にいるとある(・・・)人物にバァン、と銃を撃ったような動作をするというパフォーマンスを見せていた。真由美のパフォーマンスの銃の射線上にいた男性たちは自分かと思ってしまって舞い上がっているのを目撃されている。

 

あざとさがある真由美のパフォーマンスは小悪魔的な彼女にはピッタリだなと蒼士は思いながら真由美のことを見続け、優勝した彼女に拍手を送った。

 

 

 

 

一日目の競技のスピード・シューティングは作戦スタッフの予想通り、女子部門と男子部門で一高が優勝した。

 

夜になり、食事も入浴も終わって、英気を養うばかりの時間であったが、真由美の部屋には真由美、摩利、鈴音、あずさ、深雪が集まっている。あともう一人いるのだが。

 

「女の子に囲まれるのは非常に嬉しいのですが、女の子同士で労いあった方が良かったのでは?」

 

「いいのよ! 蒼士くんは特別なんだから、会長権限と年上権限よ!」

 

ベッドに座っている蒼士の隣には真由美が居て、蒼士にしな垂れ掛かりながら口にしていた。その様子を苦笑いで眺めている摩利とあずさ、鈴音と深雪も面白くなさそうに見ていたが、本日の功労者に免じて我慢しているが気持ち的には嫌な気分であった。

 

「了解、今日は本当にお疲れ様でした、明日も頑張ってくださいね」

 

入浴後に集まっていたのでシャンプーのいい匂いがする真由美の頭を優しく撫でて労う蒼士。

 

「んっ、とにかく優勝おめでとう、真由美」

 

「会長、おめでとうございます」

 

咳払いする摩利と二人イチャつき具合に視線を逸らすあずさの祝福に真由美は笑顔で頷く。蒼士に甘えながら。

 

「ありがとう、摩利も無事、準決勝進出ね」

 

今はジュースで簡単な祝杯を挙げているところだった。

 

九校戦は今のところ予想通りの展開で進んでいるがバトル・ボード男子部門の服部が予選で苦戦していて、今後何があるか分からない状況なので何かしらの対策をした方がいいと話し合おうとしていたが、既に対策済みであった。

 

「服部先輩は明日オフなのでエンジニアの木下先輩が調整に付くようにして、自分が木下先輩の代わりに明日の女子クラウド・ボールの副担当に入ることになりました。担当者の和泉先輩、作戦スタッフの市原先輩に許可はとっていますので問題はないと思いますよ」

 

いつの間に、と驚いていた真由美と摩利。あずさと深雪に関しては蒼士が服部と木下と話をしているところに付き添っていたので事情を知っている。後輩にまで心配されていたことを知って、服部も気持ちを入れ替えて蒼士の提案を聞き入れ、明日は体調管理とCAD調整に専念することを承諾した。

 

「中条先輩と深雪が居てくれたからすんなりと話が進みました」

 

蒼士の付き添いでいたあずさと深雪も蒼士に協力したようだ。

 

「いえ、違いますよ、蒼士くんがほとんど一人で話を纏めてくれたんですよ」

 

「はい、私たちは頷いていただけでした」

 

あずさと深雪の答えは違かった。蒼士の語ったことは服部を説得するのには十分であったが、蒼士だけではなく、あずさと深雪の計三人から説得されたのが後押しになったのだ。

 

「本当に君は優秀だな」

 

「惚れちゃいました?」

 

摩利とのやりとりで揶揄(からか)う蒼士。

 

「馬鹿を言うな! 私にはシュ––」

 

彼氏の名前を言いそうになったのを急に止めた摩利。自分で墓穴を掘るところだったのに気づいて、揶揄(からか)ってくる後輩をどうやって怒ろうか考えていると自分の代わりに動いてくれた人物たちを目撃する。

 

「ちょっと、摩利にまで手を出さないでよね!?」

 

「蒼士くん、彼氏さんがいる女の子に手を出すのはいけないと思います」

 

「いい加減にしてくださいね、蒼士くん」

 

蒼士に好意を持つ女性陣が蒼士に睨みを利かせていたのだ。それと脇腹や太ももを抓り、物理的な痛みを与えている。笑顔を浮かべている真由美と鈴音は謎の威圧感を纏い、深雪に関しては冷気が漂い室温が低下するのを感じる。

 

「すいません、冗談です」

 

冷や汗をかいて苦笑いを浮かべる蒼士、三人の豹変に震えているあずさ、摩利に関しては腹を抱えて爆笑していた。

 

素直に謝ってくれたことに真由美と鈴音は一言だけ注意して普段通りの機嫌になっていたが、深雪はそっぽを向いて不機嫌であり、蒼士や周りの先輩たちの会話でいつもの深雪に戻ってくれた。それからは女子同士の会話に上手く話していく蒼士のおかげで楽しい時間を過ごす。

 

 

 

 

明日も九校戦はあるので解散になるが蒼士は女性陣を部屋に送っていた。ホテルの中とはいえ女の子が部屋の外を出歩く時間帯ではないのもあったからだ。

 

今は深雪だけとなり、一番部屋が遠かったので最後までエスコートをする蒼士。

 

「ごめんなさい、明日から忙しくなるのに、わざわざ送ってもらって早くお休みになりたいですよね?」

 

「気にしないでくれ、まだ休むつもりもなかったしね、それよりも深雪の方が優先(・・)だよ」

 

二人っきりで互いに肩が触れ合いそうな距離であったが絶妙に触れ合っていなかった。そんな二人はいつも通りに接している。今朝の深雪の混乱もなく普段通りになっていた。

 

「そんな、蒼士くんったら、私のことをそこまで考えていて下さったんですね」

 

少々大袈裟かもしれないが両手を頬に当てて、戸惑っている深雪。

 

「達也が深雪のことを任せてくれたんだから、その期待に応えなくちゃね」

 

こういった深雪のエスコートなどの役割は達也が担っていたが真由美の部屋に集合する前に達也は一年男子、女子からCADの調整をお願いされ、技術スタッフとしてそれに応えて、動けなかったので蒼士に深雪のことを任せたのだ。

 

深雪のことに関しては誰よりも大切にしている達也が他人に妹のことを任せたことを蒼士もその場にいた深雪も驚いていた。兄に大切に想われているのを深雪は身を以て知っていたから尚更だった。

 

「それに達也には高校生として楽しんで欲しいのもある。レオやエリカたちのような信頼できる仲間や大切な妹の深雪と思い出に残る高校生活を送って欲しいものだ」

 

「はい、私もそう思います。それには蒼士くんも必要ですから手伝ってくださいね」

 

達也は一年男子、女子のCADを調整してあげたりして、ここ最近では話題の人物になっている。達也の実力を認める一年一科生も多く出てきて信頼を置かれる様になっていた。

 

「勿論だよ、深雪も高校生活を楽しもうね」

 

蒼士は笑顔で述べると隣を歩いている深雪の頭をポンポンと優しく触れていた。自然な流れであったので深雪はただ受け入れるしかなかった。

 

「あっ」

 

自然と声を漏らす深雪。今まで真由美やほのかや雫が撫でられているのは見たことがあったが自分はされたことがなく、ましてや軽く頭を触られただけで胸に暖かみを感じて兄といるような安心感を実感する深雪。

 

「すまん、いつもの癖で」

 

「いえいいんです、それよりもちゃんと撫でてもらってもいいですか?」

 

さっきまで真由美の労いのために撫でていたので無意識に深雪に触れていたことに気づいて蒼士は謝ったが深雪は気にせずにもっと求めていた。

 

深雪の反応に少しだけ面食らったが頬を赤くして可愛い彼女の期待に応えるように頭を優しく撫でる蒼士。自然と蒼士にくっ付いて歩いている深雪。

 

「ねぇ、蒼士くん、私もまだ眠くないから少しだけ話さない?」

 

すぐにでも鼻歌を歌いそうなぐらい上機嫌の深雪は笑顔で蒼士に告げた。上機嫌の深雪の微笑みは誰もが見惚れてしまうぐらい美しく魅力的である。

 

「深雪を寝不足にさせたら俺が達也に何を言われるか」

 

「大丈夫ですよ、私も謝りますから」

 

美少女からのお願いであるが、親友からのお願いを果たすために断腸の思いで止む無く断ろうとするが綺麗な笑顔の深雪の甘い誘いに乗ってしまう。シスコンの達也は深雪には強く出れないことを知っている蒼士は少しだけであるが自室に招待して話すことにした。

 

「話が分かりますね、蒼士くん」

 

蒼士に頭を撫でられて胸がポカポカしている深雪の今の気持ちは少しでも彼の傍にいたいという気持ちであった。

 

兄も大切な存在であるが、蒼士も大切な存在で好意を持っているのを自覚してきた深雪は行動を開始している。ほのかと雫の後ろ盾という強い味方もいるので深雪は動く。




すみません、次回の更新が少し間が空きます。
できるだけ早めに投稿できるようにはしたいと思いますのでよろしくお願いします!


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第二十六話

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


九校戦二日目。

 

蒼士は技術スタッフ用ユニフォームを着て、真由美とコートに向かっていた。女子クラウド・ボールの副担当になったのは昨晩から急遽ではあったが、先輩たちの手伝いなど練習に付き合う機会があったので選手データは知っていたので苦労はなかった。

 

早めに移動しているので人の気配もあまりなく、すれ違う人もいなかったので二人っきりであった。

 

「ねぇ、似合ってる?」

 

真由美が今の自分の姿を蒼士に聞いていた。試合のユニフォームに着替えており、蒼士の前で一度だけ回って見てもらおうとしている。ポロシャツにスコート姿はテニスウェアといえる。

 

「とても良く似合っていますね、他人に見せたくないぐらいですよ」

 

「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 

互いに笑顔を見せ合う二人。ここが自宅だったら部屋に連れ込んでしまうな、と自分の中に芽生えている欲望を抑える蒼士。真由美は自分のことを想っていてくれて独占欲を出してくれている蒼士に気分を良くしていた。

 

クラウド・ボールは動きの激しい競技なので両手両足がむき出しのヒラヒラした格好の真由美は青少年には目の毒であり、彼女の魅力に何人の男が魅了されるか、とため息を吐いてしまった蒼士。

 

「もう急にため息なんてどうしたの?」

 

「いやですね、またまた真由美の魅力の虜になる男性が増えるのだと思いましてね」

 

蒼士の顔を覗き込むように真由美は問いかけてきた。スピード・シューティングでも人気があった真由美のファンはさらに増えているだろうと予測している蒼士はまたファンが増えるのか、と心配をしていた。優勝した後の真由美にしつこく付き纏う生徒を追い払った経緯があったからだ。

 

「蒼士くんが守ってくれるんでしょう? 私は蒼士くんを信じているから心配はしていないわよ」

 

ニコリと笑顔を浮かべてくれている真由美の言葉に気が楽になったのを感じて、男として彼女の期待に応えないといけないと気合を入れ直す蒼士。

 

「全身全霊で期待に応えさせてもらいますね」

 

「そうそう、私が好きになった男の子なんだから」

 

年上としての威厳を保つ真由美は蒼士を頼ることもあるが、頼られても応えられる柔軟な女性であった。

 

いい雰囲気のままコートに着くと真由美のストレッチを手伝っている蒼士。身体が柔らかいので軽い力で広げた脚に胸がついていた。

 

「体調は良さそうですね、昨日の疲れもなさそうで」

 

真由美の身体に触れながら蒼士は囁いた。

 

「んぅ、うん、疲れていないわ、疲労感もないから万全よ」

 

背後にいる蒼士が耳元で囁いていたのに身体が反応してしまい、相手の蒼士は親切に手伝ってくれているのに自分が耳元で囁かれたのに背筋をゾクゾクさせて感じていたのが恥ずかしくて薄く頬を赤くさせている真由美。蒼士からは真由美の表情は見えていなかったのが救いだった。

 

「もう良いわよ、ありがとう」

 

真由美に言われて手を離した蒼士は立ち上がろうとする真由美に手を差し出して、彼女は笑顔で手を握ると蒼士が軽く引っ張ると真由美は立ち上がるがそれだけでは済まなかった。

 

淑女として扱ってくれる蒼士に嬉しそうにしている真由美は彼に抱きついていた。蒼士はちゃんと抱きとめて、真正面から抱き合う形になっている。

 

「やっぱりココが一番落ち着くわねぇー」

 

本日の主役になる真由美の好きにさせる蒼士は真由美の髪を触りながら頭を軽く触っていた。抱き合っていたのは短い時間であったが大変満足している真由美。

 

「貴方たち試合前に何をやっているの?」

 

蒼士と真由美以外の第三者が現れた。

 

「あら、イズミん」

 

「後輩の前で、その呼び方は辞めてよね」

 

蒼士や真由美とは多少の距離があって近づいてくるその人物は技術スタッフ三年の和泉(いずみ) 理佳(りか)という女子生徒であった。

 

和泉には蒼士と真由美が向かい合っていただけに見えていたようで、抱き合っていたのは見ていなかったようだ。

 

「和泉先輩、おはようございます」

 

「おはよう、梓條くん。選手と仲良いのはいいのだけど節度は守ってね」

 

蒼士の挨拶に表情を変えずに普段通りに返答する和泉だが、蒼士に寄り掛かる真由美に頭を抱えている。

 

「それでどうしてイズミんがいるの?」

 

「木下くんと代わってもらった梓條くんの様子を見に来たのよ」

 

真由美の質問に淡々と述べる和泉。

 

「わざわざありがとうございます、ご心配には及びませんよ、和泉先輩」

 

「そうね、癪だけど貴方の実力は本物だものね」

 

怒っている様子も声のトーンも変わっておらず、呆れているような仕草をしている和泉。

 

「イズミんが素直に認めるなんて、蒼士くんと何かあった?」

 

真由美が知っている和泉の反応とは違ったので蒼士に問い質す。

 

「二人っきりで「ちょっと!? 何も言わないでよ、梓條くん!」だそうです」

 

蒼士が口にしようとしたのを和泉は蒼士の口を手で押さえてとても焦った表情を浮かべていた。そんなことを真由美が黙っているわけがない。

 

「わたし、気になります!」

 

瞳を輝かせて興味津々の真由美の好奇心を止められる者などおらず、二人に詰め寄る真由美に対して和泉は。

 

「あ、私の担当に行かないと、梓條くん、何も言わないでね! 言ったら恨むからね!」

 

蒼士に押しつけて逃げるという選択肢を選ぶ。蒼士に指を差して、念を押して言わないように述べてから去っていく。

 

そんな行為を見せられて黙っていられる筈がない人物がいる。

 

「イズミんもいなくなったし、教えてよ、蒼士くん」

 

再び二人だけになった真由美はベンチに座っている蒼士の隣に座って、寄り掛かりながら媚びるように聞いている。美少女からの上目遣いと口元に手を触れて、あざとくお願いする真由美。

 

「真由美が思っているようなことではないですよ」

 

「わ、私が思っていることって(二人っきりの部屋で壁際にいるイズミんに蒼士くんが壁に左手をついて、イズミんの顔を覗き込む……ってわたしがやって欲しいシチュエーションじゃないッ!?)」

 

蒼士の言葉に内心で考えていたことを実際に想像してしまい、和泉の立ち位置に自分を置いて、思わず赤面してしまった真由美。

 

「どうぞ、CADの確認お願いします」

 

真由美に追求させる時間を与えずに蒼士は真由美がクラウド・ボールで使用するCADを手渡した。ベンチに座っている間に最終的な確認をしていた蒼士。

 

「んっ、ありがと、蒼士くんの家でもCADの調整お願いしてたから心配ないわよ」

 

自分のCADを受け取る真由美は笑顔を浮かべている。自分でもCAD調整が出来るのだが、蒼士にやってもらってから魔法効率が上がり、処理の負担が格段に減ったのを真由美は知っていたので信頼していた。

 

「加速系統魔法『ダブル・バウンド』オンリーで今年も優勝はできるとは思いますが、油断せずに」

 

運動ベクトルの倍速反転『ダブル・バウンド』これを一つだけで去年も勝利してきた真由美。他にも加速系魔法も入っているが使用しなかった。

 

「分かってまーす、蒼士くんが調整してくれたんだから勝つわよ、勿論、優勝よ」

 

拳銃形態のCADを持ち、芝居かかったポーズを決めて優勝宣言をする真由美。彼女の魔法力なら同じ魔法オンリーでも勝てる実力があるのは蒼士も身を以て知っている。

 

「はい、信じて応援していますね」

 

今の蒼士は真由美のサポートなので彼女のコンディションの管理も役割の一つになっている。昨日のスピード・シューティングの疲れもなく、モチベーションも上がっているので試合に挑む万全な状態が整っていると判断できた。

 

「ねぇ、蒼士くん、ちょっとこっちに来て」

 

真由美に手を握られて移動する二人。移動する前に真由美が『マルチスコープ』で辺りの確認をしていたのを蒼士は把握していたが、何のためなのかが分かっていない。

 

人影がない場所に真由美は蒼士を連れてくるとお願いをした。

 

「ねぇ、また元気を頂戴ね」

 

スピード・シューティング前の時と同じように真由美は蒼士と唇を重ねた。このためにわざわざ魔法を使用していたのか、と分かった蒼士。

 

唇を通して互いの体温を感じる。キスをしたまま顔の角度を変えて互いに求め合う。蒼士が求めてきていると分かると上機嫌になった真由美は唇を強めに押し当てる。

 

「ん、んっ……好きな人とのキスって幸せね」

 

息が苦しくなる前に、そっと唇を離した。首元に掴まって息も当たる距離の二人は離れない。

 

「今日はディープな方はしないの?」

 

瞳を潤ませておねだりする真由美に応える蒼士。

 

蒼士から唇を重ねると嬉しそうに受け入れる真由美は積極的であった。蒼士の舌が口内に入り真由美を求めているのに真由美自身も応えて舌を絡めていく。真由美の腰に手を回して引き寄せる蒼士の行為を嬉しく思い、彼を求めてやまない真由美。

 

「んっ、んぁ……大満足ッ!!」

 

頬に手を当ててうっとり顔の真由美。これから試合なのにデレデレの表情をしている。

 

「では、勝ってきて下さいね」

 

蒼士の言葉に満面の笑みで応える真由美。そのまま二人で競技が行われるコートまで向かう。観客席には多くの人が押し寄せている。

 

真由美の試合は一方的なものになっていた。

 

対戦相手も複数の魔法を使用して点を取ろうとするのだが、圧倒的に魔法力で真由美サイドのコートに落ちる前に全てのボールが、一球の例外なく、倍のスピードに増速されて反転していく。

 

まるで真由美の前に大きな壁が存在して侵入させないようであり、一点も取ることができない。

 

短いインターバルに入り、汗を拭いたり水分を補給したりする真由美はベンチで待つ蒼士の元へ笑顔で向かった。

 

「お疲れ様です、本当に調子が良さそうですね」

 

「ありがと、蒼士くんが調整してくれたCADのおかげよ」

 

蒼士から差し出されたタオルを受け取りながら蒼士の隣に座る真由美は自身が持つCADを触りながら蒼士のことを褒めていた。

 

「相手側も色々と試しているようですが真由美の『ダブル・ハウンド』を攻略できないようですね」

 

「そう簡単に得点は取らせないわよ」

 

真由美の体調を管理している蒼士は座っている彼女を観察していたが、疲労感もなく、連戦しているとは思えないほど調子の良さが伺えた。一日の試合数が最も多い競技のクラウド・ボールであるが魔法力を消費しすぎて体調を崩す人もいると聞いていたので心配していたのだが問題はなかったようだ。

 

「ねぇねぇ、またキスしてくれたらもっと頑張れるんだけどなぁー」

 

自分に視線を向けていたことに気づいた真由美は蒼士に上目遣いをしてお願いをする。

 

「最近キス魔になってませんか?」

 

「そうかも、蒼士くんとのキスって心が躍るというか気持ちいいだもん、ねぇ、だからー」

 

既にキスをつもりで動いている真由美は蒼士に近づくが。

 

「あいったぁー!」

 

優しくデコピンしたつもりだったが案外強かったらしくデコを摩る真由美。

 

「ただでさえ近付き過ぎていて観客席の真由美のファンからの殺意のこもった視線を浴びているんですから、それと人の目を考えて下さいね」

 

「はぁーい、ごめんなさい」

 

浅はかな考えであったと反省している真由美であったが、蒼士が耳元で囁いてくれた言葉でテンションが上がって試合に挑んでいく。鼻歌を歌いながら今にもスキップしそうなぐらい嬉しそうにしているのが分かった。

 

真由美はそのまま相手選手をまるで寄せ付けない圧倒的な実力を遺憾無く発揮して、全試合無失点ストレート勝ちで、女子クラウド・ボール優勝を飾った。

 

「(あ、イズミんのこと聞き忘れちゃってた)」

 

優勝を飾った真由美を観客が盛大に祝福しているのを笑顔で手を振って応えていた真由美。内心では同級生と自分が好きな男の子の関係が気になって仕方なかったようだ。

 

 

 

 

午後からのアイス・ピラーズ・ブレイク予選では先輩の千代田花音の応援に来ていた蒼士、達也、深雪、雫、ほのか。午後から行われる男子クラウド・ボールは担当者がいるので蒼士はこちらに来ていた。

 

エリカ、美月、幹比古、レオは男子クラウド・ボールの桐原の応援に行っているのでこの場には居なかった。

 

スタッフ用のモニタールームでフィールドを直に見渡すことのできる大きな窓が設けれているのでそこから観戦していた。

 

「性格が思いっきり出ていますね」

 

蒼士の言葉に花音のエンジニア担当兼彼氏の五十里啓が苦笑していた。蒼士と一緒にいる四人も同じようだ。

 

試合は千代田家の『地雷原(じらいげん)』という魔法で、直下型地震に似た上下方向の爆発的振動で相手の氷柱を二本、三本と一気に倒壊させていく。

 

守るよりも攻め重視の姿勢で相手側の防御力を打ち崩していき、自身の氷柱が倒壊しても気にせず相手の氷柱に攻め掛かる。

 

「思い切りが良いと言うか大雑把と言うか、倒される前に倒しちゃぇ、なんだよね、花音って」

 

五十里が苦笑を浮かべていた。

 

花音の性格は蒼士たち後輩も分かっていたので、五十里の言葉に納得できた。こういった試合では攻撃力に全振りは戦法としてとても良く、花音の『地雷原』の前では相手側の選手も攻撃から防御に切り替えている間に攻められて氷柱を失っていった。

 

自陣の氷柱に余裕を残して敵陣の氷柱を全て倒し終えた花音は勝利した。

 

櫓から降りて来た花音が得意げな笑顔でVサインを作って見せたのに応える五十里は手を振って笑顔であった。

 

「本当にラブラブだね」

 

「うん、本当だよね」

 

雫とほのかが述べた通り、五十里と花音は誰が見てもラブラブのカップルであり、一高生は誰でも知っている事実だった。

 

「理解し合っている、と言っておこう」

 

達也は五十里と花音の関係を嫌でも知っており、目の前で嫌でも見せられたことがあったので苦笑いしている。

 

五十里からエンジニアとして説明などされている時に五十里の隣にいる花音が後輩の前でもお構いなしにイチャつこうとして苦笑いを浮かべて、強く出れない五十里は後輩の達也の前でイチャつきながら説明していたのだ。

 

 

 

 

一高の天幕に引きあげて来た蒼士たちは重苦しい雰囲気に思わず眉を(ひそ)めた。これは何かあったな、と誰でも分かる空気が漂っている。

 

「男子クラウド・ボールは優勝できなかったんですか?」

 

「その通りです、一回戦敗退、二回戦敗退、三回戦敗退です」

 

比較的いつもの雰囲気を保っていた鈴音に蒼士が聞いていた。ハッキリと述べた鈴音の言葉を冷たく受け取ってしまう人もいるかもしれないが誤魔化されるよりかいい。

 

作戦スタッフの予想が一つ外れただけで動揺しているのではこれから先に何かアクシデントが生じた場合に、作戦が総崩れになるかもしれないと懸念した蒼士は動く。

 

「渡辺先輩や十文字先輩は優勝するとして、千代田先輩も十分に優勝する実力を持っているのは確認しましたし、俺たち新人戦メンバーも信じてくださいね」

 

得点の差では二位とはまだ大きな差があるので、そこまで焦ることはなく、優勝できる人材が多くいる一高は一位を維持できると蒼士は確信していた。

 

「新人戦は本戦の半分の得点ですが、自分らが優勝すればそれだけ貯金ができますので、そこまで心配しなくても良いと思いますよ、市原先輩も自分らの実力を知っていますよね?」

 

蒼士の言葉に暗い雰囲気が漂っていた天幕内が多少だが明るくなった気がした。作戦スタッフは選手の実力を知っているので、蒼士の実力もだが、彼の後ろにいた深雪、雫、ほのかの実力も知っていた。

 

深雪、雫、ほのかも蒼士に同調して、先輩方を安心させるように頑張ることを伝えていた。

 

作戦スタッフが考えていた本戦で残り六種目のうち、四種目で優勝しようと少しハードルの高い計算であったが、新人戦の優勝の得点も入れればハードルも下がるものだった。

 

「はい、蒼士くんの実力は知っています、では、一高のために優勝してくださいね」

 

「勿論、そのつもりです」

 

重苦しい雰囲気を崩してくれた蒼士に感謝をする鈴音。頼れる後輩に笑顔を向ける鈴音は周りの男子が鈴音の綺麗な笑顔に見惚れているのに気づいていていなかった。

 

きつめの印象が強い鈴音が普段は見せない笑みに天幕内の男子は胸が熱くなるのを感じ、ドキドキしていたりする。

 

 

 

 

いつものメンバーが勢揃いで夕食を取ることになりながら蒼士と達也は会話をしていた。

 

「達也の仕事が早いのは知っているが、その試作品を作った人物も随分と優秀な人のようだね」

 

「そうだな、俺も遊び半分で依頼した物だったんだがな、半日で完成させて送ってくるとは、無理をしたんじゃないか疑うレベルだ」

 

蒼士と達也が話しているのは先ほど達也の部屋を訪れた際に届いていたCADであった。摩利のバトル・ボードで使用していた魔法を応用した打撃武器、武装一体型CADである。

 

新魔法・新デバイスの性能チェックにレオが選ばれて、夕食後にテストすることになっていた。硬化魔法を使用するレオに丁度よく、レオも興味ありげだったので魅力に負けてテストを手伝うことに。

 

「いいなー、あたしにも何かやらせてよー」

 

同じテーブルで食事を共にしているエリカが達也に愚痴ってきた。剣型の武装一体型CADだったので興味があったのだ。

 

「腕力が必要になるからレオが最適なんだから、エリカは我慢な」

 

「ぶーぶー、あたしでも上手く使えるわよ」

 

「まぁまぁ、落ち着いてねぇ、エリカちゃん」

 

蒼士の言葉に納得できていないようでそっぽを向くエリカを隣にいる美月が落ち着かせようと声を掛けていた。そんな様子に笑顔を浮かべる一同。

 

「お兄様、蒼士くん、どうぞ」

 

達也と蒼士に深雪は飲み物を持ってきてくれたので受け取って二人は礼を述べている。その行為にほのかが私も何かやらないと動こうとしているのを雫が止めていた。

 

「蒼士さん、このアイス美味しいよ」

 

雫が自分の食べていたアイスを蒼士にスプーンで分け与えるようにして口元に運んでいた。雫の行為に特に疑いもなく、食べる蒼士は美味しいことを雫に伝えて、二人とも笑顔で見合っていた。

 

「蒼士さん! このケーキも美味しいですよ!」

 

雫の行動を見ていたほのかは慌てて自分のケーキを雫と同じく蒼士の口元に運んで食べさせようとしていた。蒼士は可愛らしいほのかの行動にケーキを食べて、頭を撫でてあげている。

 

えへへ、と幸せそうにしながら撫でられているほのか。

 

「(私もやった方がいいのかしら? でも人前で、はしたないと思われてしまうかしら)」

 

蒼士のことをチラチラと見ながら深雪は考えていた。兄の目もある中で自分も動いていいものか、と考え込んで気を逃してしまう深雪。

 

「エリカにはこっちのデバイスのテストをしてもらいたい、屋内訓練所は借りてあるから」

 

美月に愚痴るエリカが蒼士の話に一瞬で機嫌が良くなっている。エリカの切り替えの早さに笑ってしまう一同。

 

「HSA社で開発した物だから完成品を俺にチェックして欲しいそうだから、そろそろ到着すると思うけど、後は個人的に受け取るものがあるから」

 

深雪から渡された飲み物を飲みながら蒼士は告げる。

 

「ちなみにまだ世間で公表されていないものだから、秘密で宜しく」

 

おい、と思わず全員がツッコミを入れしまいそうになっていた。軽い対応の蒼士に苦笑してしまう。

 

「ふふん、食後の運動には丁度いいわね」

 

世間など気にしないエリカは今か今かと楽しみにしている。エリカ自身は口外するつもりはさらさら無い。

 

「新作か、後で俺にも見せてくれ」

 

達也も興味があるようで蒼士にお願いしている。エンジニアとして新しい技術には興味があり、自分のためにもなるので非常に関心を寄せている。

 

達也の言葉に蒼士は元から達也にも見せる予定であったので了承していた。

 

美味しい料理に満足しながら他愛もない話で楽しく過ごしていく中で先に達也とレオが屋外訓練場を使用するために抜けていった。達也の指示で深雪は付いて行かずに蒼士たちといる。他の幹比古、エリカ、美月、雫、ほのかも蒼士と一緒に残っていた。

 

蒼士の携帯端末に連絡が来たことでHSA社のコネで借りた屋内訓練場のある場所に移動することになった。

 

 

 

 

屋内訓練場で蒼士の部下であり、HSA社に所属する二人と合流していた。一人は雫、ほのか、深雪が知っている人物がおり、もう一人は初対面の人物であった。

 

鴉羽(からすば)、クララ、よく来てくれたね」

 

蒼士は部下たちを労っていた。わざわざ九校戦のホテルまで足を運んでもらって感謝していた。

 

「ボスのためなら何処にでも行くよ」

 

「わたくしも貴方様のためなら何処にでも行きますわ」

 

一人は刀袋を持った黒スーツの女性で蒼士の護衛を務めている鴉羽であった。顔見知りの雫とほのかに笑顔を向けて手を振っているのに対して会釈する二人。一度だけ会ったことがある深雪は鴉羽の視線から逃れるように蒼士の背後に隠れている。

 

もう一人はクララクランという女性であった。水色と白色が強調されたメイド服を着ており、胸元が大きく開いているので彼女の巨乳が強調されてしまって、刺激が強く幹比古は挨拶された時に顔を背けて顔を真っ赤にさせていた。美月も自分と同じぐらいの大きさの胸を見てしまい、同性であるのに顔を赤くさせてしまう。

 

「これが新作だよ」

 

鴉羽から長方形のケースを受け取ってダイヤルを合わせて開錠すると、ケース内に「刀」が入っていた。一目で日本刀と分かる。

 

「エリカ、これを試してくれ」

 

蒼士は興味津々のエリカに刀を放り投げた。

 

「ありがと! 随分と軽いわねぇ」

 

危なげなく慣れた手つきで日本刀を受け取って鞘から抜いていたエリカ。打刀、二尺ぐらいだと分かると片手や両手で持ちながら刀を振っていく。手に馴染んでいない刀を慣らすように動作をしていくエリカ。

 

剣の扱いに関しては優れていることはエリカが千葉家ということで証明されている。そして蒼士はエリカの実力は模擬戦で把握済みであった。

 

「どうだ?」

 

蒼士はエリカのことも確認しつつ、クララが届けに来てくれた書類に目を通している。いつもなら端末に情報が送られてくるのだが、紙媒体で届いたということはそれだけ厳重ということが伺えたので目を通していく。

 

「問題ないわ、それよりも『自己加速術式』が組み込んであるの?」

 

「あぁ、(つか)の部分にトリガースイッチを押せば起動する、今のところは一つだけだが、複数組み込めるようにカスタマイズ出来るぞ」

 

恐れなどなく柄部分のトリガーを押すとエリカは普段使っている自己加速術式を発動していた。訓練場内を高速で移動して試している。

 

自己加速は千葉家に馴染んだものであったのでエリカはすぐに加速に慣れている。本人用に調整していないので多少の違和感はあるようだが、さしあたり問題はなかったようだ。

 

「次に柄部分にあるダイヤルを一段階ずつ回してくれ、エリカが限界だと思ったところでダイヤルを戻してくれ」

 

蒼士の言葉に先ほどから感じていた違和感の正体に挑む。刃、刃先、刃文(はもん)(しのぎ)(みね)、どれも普通の刀、柄の部分も黒を強調されたデザインであったが至って普通、トリガーがあるのと(つば)の部分に『重』と『軽』と表示されたダイヤルがあるのを除けば。

 

エリカはとりあえず『重』に一段階進めてみたが特に変化はなかったので一段ずつ進めてみるとハッキリと魔法が発動しているのを身を以て感じ取ることに。

 

「ちょっと、どんどん重くなってきてるんだけど!!」

 

「それが武装一体型CAD『重力剣(グラビティソード)』だ」

 

ダイヤルを回していくうちにエリカは片手持ちから両手持ちに切り替えていた。それだけ刀が重くなっているという証だ。

 

「ダイヤルを戻していいぞ、発動はちゃんとしているな、身体に疲労感は? 」

 

蒼士の許可でダイヤルを戻すエリカは重さから解放された。

 

「身体の違和感はないわ、サイオンもそこまで消費していないと思うわね」

 

重さが戻った刀を振りながら自身の身体も確認していくエリカは問題なさそうだった。重い刀を持った影響で筋力を使っただけであり、疲労度もそこまでなかったようで。

 

単純に重くなる刀ならレオでも良かったのだが、エリカの役目はここからだ。

 

「じゃあ次は実戦だ。『重力剣』を上手く使い、自己加速も使用して戦ってみてくれ、相手は–––」

 

蒼士の言葉は最後まで続けられなかった。その前に動き出した人物がエリカに向かって斬り掛かっていたから。

 

肌で感じた殺気に咄嗟に反応したエリカは相手の刃を受け止めていた。蒼士の近くにいた筈の人物が急接近していたのだ。

 

「相手は自分だよ、宜しくね」

 

「鴉羽さんっだっけ? いきなり切り掛かってくるとか、やるじゃん」

 

観戦していたメンバーも蒼士を除いて鴉羽が移動した瞬間を認識できなかった一同は驚いている。先ほどまで蒼士の隣で笑顔を浮かべていた人物がエリカと刀を交えているのだから。

 

間合いを取るエリカに対して太刀を向ける鴉羽。

 

「いいねぇ、いい反応だよキミ、性能テストだから遠慮なくきてよ!」

 

「言われなくてもねぇ!」

 

トリガーを押して加速して斬り掛かるエリカに対して太刀で受け止めてエリカの実力を最大限引き出させようと(たの)しそうにしている鴉羽。

 

二人の刃先は潰していない本物の真剣であるのは二人が十分に分かっていた。相手を殺すことができる武器を持っているのは認識している。そしてエリカは相手の鴉羽が物凄い強者であるのも察していた。

 

「ほら、もっと速く動かないと」

 

蒼士や鴉羽にはエリカが加速した時の動きはハッキリと見えていた。深雪とクララは微かに動いているというのは見えているようであり、二人を除いてほのか、雫、美月、幹比古にはほとんどエリカの姿が見えていなかった。

 

刀の強度を気にしていたエリカであったが、全力で斬り結んでも全く刃こぼれや破損する気配がなかったのでエリカも全力で叩き込み始めた。

 

「これはどうよ!」

 

上段から斬り掛かったエリカの斬撃を片手で受け止める鴉羽。だが、そんな余裕もなくなってしまう。

 

「五十倍よ!」

 

ダイヤルを弄ったエリカの急な重さの変化に思わず両手で刀を握る鴉羽。純粋に上から下に掛かる重さが鴉羽に一気に掛かり、鴉羽の足場が嫌な音をして壊れそうになっている。

 

そんな状況で奇襲を仕掛けるエリカ。

 

ダイヤルを戻して軽くなった瞬間の隙をつこうと身体を素早く動かして横に一閃。

 

「いい速さだね、もっと見せてよ!」

 

エリカの一閃は鴉羽に届くことはなく刀に受け止められた。不敵な笑みを浮かべる鴉羽に背筋が凍るよう感覚に襲われるエリカだが、油断はしていない。

 

重さを弄りながら斬り掛かるエリカの剣戟を受け止めていく鴉羽はエリカの反応速度が増していることに気づき歓喜していた。だんだん受け身の姿勢から攻めに変わろうとした鴉羽。

 

「いくよ」

 

エリカとの間合いが開いた瞬間、鴉羽は動いた。

 

斬り結ぶ二人の関係は逆転して鴉羽が攻めでエリカが守りの姿勢になっている。鴉羽の動きに付いていけてるエリカだが、手が出せないでいた。

 

「ほら、油断しない」

 

気を緩めずにいたエリカの警戒を掻い潜り鴉羽の一撃が入りそうになるが。

 

「はい終了!」

 

そこに蒼士が乱入した。エリカに届く前に刀の切先(きっさき)を掴んで止めに入っていた。本物の刀なのに血を流さずにいる蒼士。

 

不満げな表情をする鴉羽は素直に太刀を鞘に納めると身嗜みを整えていた。エリカも不服そうな表情をしていたが、重さを戻して刀を鞘に納めて息を整えていた。自己加速術式を使用したので多少の疲労が溜まっているようだ。

 

「二人ともありがとう、とりあえずはそれぐらいでいいよ。トリガーもダイヤルもラグもなく、起動に違和感もなかったようだから成功かな、刃先の耐久性も十分かな」

 

エリカから『重力剣』を受け取って確認していた蒼士。実戦形式で使えることも確認できて、最後に限界までダイヤルを回した場合をチェックしたかったが、借りた訓練場を壊すわけにもいかなかった。

 

「鴉羽さん、貴女とはどこに行けば戦えるの?」

 

「ボスの本邸に住んでるから、ボスと一緒に来るといいよ、遊んであげるから」

 

鴉羽の方が背が高いので見上げる形になっているが挑戦的な表情のエリカに、普段は目を細めている鴉羽も面白いものを見つけたのか、目を開いて返答していた。

 

「自分の他にも化け物のような強さの人がいるから紹介するよ」

 

「面白そうね、あたしのことはエリカって呼んで下さい」

 

「硬い口調にならなくていいよ、エリカ、キミが来るのを楽しみにしているよ」

 

短い時間であるが実力を確かめ合った仲なので仲良くなれている。エリカの性格もあるが、鴉羽もこれから成長していき、自分と殺し合いが出来る実力をつけて欲しいと期待していた。

 

「わたし、何が起きてるか分からなかった」

 

「うん、速すぎる」

 

「はい、何が何だか」

 

「微かに見えるだけで、僕なら一瞬で終わってたよ」

 

「あの人もエリカも凄いわね(私もあんな接近されたら対応できないわね)」

 

ほのか、雫、美月、幹比古、深雪の面々は只々唖然としているだけであった。エリカが千葉家というのは知っているが、まさかここまでの実力を持っているとは思っていなかったようだ。

 

互いに笑顔で握手しているエリカと鴉羽であったが、握る手には相当の力が込められている。

 

本格的に攻めて、攻めきれずに、守りに回ってしまい、重力という刀の魔法に頼ってしまったことが悔しいエリカ。純粋な斬り合いで負けていたのを自覚していた。

 

相手の鴉羽も戦闘した衝動で昂ぶっているのをどうやって静めようか考えていた。

 

 

 

 

「部屋は取ってあるから泊まっていきな」

 

「うん、そうするけど、ボスの部屋はダメなのかい?」

 

「鴉羽様、蒼士様もお疲れですのでご遠慮を」

 

「いや二人にはいつもお世話になっているしね、それにクララとは久し振りに会ったんだからいいよ」

 

「流石は蒼士だね。あの子のせいで昂ぶった気持ちを静めてよ、蒼士が欲しくてたまらない」

 

「わたくしも蒼士様にお会いしたかったです、今宵はお傍に」

 

仕える主人に二人は寄り添いながら蒼士の部屋に消えて行った。




『シャイニング・ウインド』の登場人物
・クララクラン

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第二十七話

ご感想お待ちしております!

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九校戦三日目は男女バトル・ボード、男女アイス・ピラーズ・ブレイクの各決勝が行われる。

 

蒼士は先輩たちの応援に行っている友人たちとは別行動をしており、ホテルのラウンジで親しくさせてもらっている女性と会う約束をしていたのだった。

 

「先輩方の応援に行かなくて良かったのかしら?」

 

「何事もなければ優勝、二位、三位に入れる実力はありますから大丈夫だと思いますよ、それに久し振りに響子(きょうこ)さんに会いたかったですから」

 

「あら、私も会いたかったわよ、本当に蒼士くんは嬉しいことを言ってくれるわね」

 

お互いに席に座り紅茶を飲みながらゆったりしながら会話をしていた。

 

蒼士が約束していた人物は藤林(ふじばやし) 響子(きょうこ)であった。九島烈の孫娘であり、蒼士とはプライベートでも会うぐらい親しい仲である。

 

「そういえばエンジニアもこなしているんでしょ? 無理してない?」

 

「大丈夫ですよ、オフの日もありますし、ちゃんと休んでいるので問題ないです」

 

なら良かったわ、と呟く響子の笑顔に蒼士も笑顔を浮かべてお互いに微笑んでいた。自分のことを心配してくれたことに感謝する蒼士。

 

「そういえば我が社を調べていたんですね、響子さん」

 

「んっ、んん、知ってたのね」

 

響子がティーカップに口をつけた時に蒼士の言葉を聞いてしまった為にむせてしまう。

 

「部下からの報告で聞きました。サイバー対策には力を入れていますから響子さんでもハッキングできなかったでしょう?」

 

「はい、ごめんなさい(私も蒼士くんの知り合いじゃなければHSA社の暗部に暗殺されていたのかしら)」

 

響子が所属する国防陸軍第一〇一旅団・独立魔装大隊の任務だったとはいえ、響子は電子・電波魔法のスペシャリストであったのにも関わらず一切、情報が掴めずに終わり、次の日からこの任務は破棄され、HSA社に触れるな、と上層部から命令されていたのだ。

 

個人的に調べようとした響子であったが、やはりハッキングできずに逆に三重にもダミーを用意していたのに個人を特定されそうになるという失態を犯していた。そして自宅でHSA社の手の者に暗殺されそうになったが忠告だけされて見逃された経験をしている。

 

裏社会のハッカー達の間ではHSA社の情報には手を出すな、というのが広まっており、興味本位で腕に自信があるハッカーは挑み、ハッキングできずに、次の日から音信不通になるのが多発しているのため暗黙のルールとして拡散している。

 

「響子さんが話せる範囲でいいので『無頭竜(ノーヘッドドラゴン)』について教えてください」

 

無頭竜(ノーヘッドドラゴン)は香港系国際犯罪シンジケートである。

 

蒼士の話した内容に響子は驚いていなかった。彼の手足となって動くHSA社の存在と彼を崇拝している部下たちの存在を知っているからだ。

 

響子が話す内容を聞く蒼士は部下から受けた報告の内容と同じであったのを確認して新しい情報を得ることができなかったことに少々残念な気持ちになったが、すぐに切り替える。

 

「ありがとうございます、再度言いますが我が社には手を出さないでくださいね、部下の暴走があるかもしれないので」

 

「うん、分かっているわ、私もあんな経験はしたくないもの」

 

響子は蒼士の言葉を深く受け取っている。顔を青ざめさせて当時のことを思い出してしまっていた。

 

HSA社を調べていたその日の夜、セキュリティも万全な自宅に帰宅してみるとリビングに気配を一切感じさせずに(たたず)む白色の仮面に赤い線が彫られたデザインの仮面を身に着け、全身黒装束を纏っているので男か女かが分からない人物がいたのだ。背後にも同じく白仮面を被る人物に囲まれて、血の気が引き、ゾッとした感覚に襲われる、といった経験をしていた。

 

軍人である響子はどうにかこの状況を打破しようと魔法を使用するがその前に目にもとまらぬ速さで間合いを詰められ、白仮面の人物は、HSA社について調べるな、と忠告だけして霧のように消えていったのを記憶していた。

 

響子の中でその出来事はトラウマになるレベルであり、上層部が急に任務を破棄した理由を身を以て知ることになった。ただそれ以上に軍にも容易に指示できる政治的圧力を保有していることが分かってしまった。

 

響子の雰囲気が変わったのを感じ取った蒼士は話を変えることに。

 

「ところで、自分の心配をしてくてくれたのはとても嬉しかったですが、響子さんも無理していませんか? 軍の仕事などで?」

 

「そうね、此処の所は働き詰めになっているわね」

 

「それはいけませんね。ちゃんと休んでくださいね」

 

「うーん、ありがとう、そういう言葉を掛けてくれるのは蒼士くんだけよ」

 

魔装大隊での響子の立場は重要であり、活躍する場面も多く、大隊内では欠かせない役割を担っているためにあちらこちらで仕事を頼まれていたようだ。

 

「響子さんとはいつまでも付き合っていきたいですから」

 

「……それって告白かしら?」

 

急な蒼士の発言に頬を赤く染めて照れている響子。

 

気になる男の子という印象だったのがお酒の勢いがあったとはいえ、肉体関係を持ってしまって、それから会う度に自分から蒼士を求めてしまい、気になるから、本当の好きになっていたことを自覚してしまった。響子は心の隙間を埋めてくれた好きな男性からの言葉に思わず反応してしまっていたのだ。

 

「ご想像にお任せします」

 

「ちょっと、年上を揶揄(からか)うなんて、酷いわよ!」

 

笑顔で答えて誤魔化す蒼士に響子は年下にいいようにされて可愛らしく怒っていた。

 

面倒見の良いお姉さんだな、という印象を響子に持っていた蒼士。二人で一緒に出掛けている時に響子が過去に婚約者を亡くしていたのを本人から聞いて、心に傷を負っている女性を放っておけないという自分の性格もあり、響子とプライベートを過ごしたり、肉体関係を持ってしまった経緯がある。

 

そのことに関して蒼士は一切後悔はしていない。ただ一つだけ気になっていることはあった。

 

「軍を辞めて我が社に入社してくれると本当に助かるんですけどね」

 

「……それは考えているわ」

 

HSA社の社長である蒼士から勧誘を響子は保留にしているのだ。

 

家や軍の事情もあるのだが、暗殺されかけたという印象が強く一歩を踏み出せずにいる響子。蒼士個人との付き合いは平気なのにHSA社については拒否反応を示している。それだけ響子の中で恐怖の対象になっているようだ。

 

堅い話はここで終わって、プライベートな話に切り替えた二人。久し振りに会ったので蒼士と話していたい響子の気持ちを汲み取り、次にどこに出掛けたいかなどデートの話になって楽しく会話をする蒼士と響子。

 

だが、二人の携帯端末に同時に通知が来て、楽しい二人の時間は終わりを告げた。

 

「すいません、またちゃんとした時間を作りますので」

 

「私のことは気にしないで、早く行って」

 

ラウンジから飛び出すように蒼士は響子の元を去る。

 

「これも『無頭竜』の仕業なのかしら」

 

蒼士と響子の端末に届いた内容はほとんど同じであった。

 

––女子バトル・ボード準決勝で事故、一高と七高の選手が接触、フェンスに衝突し負傷。

 

 

 

 

蒼士が会場に到着した頃には摩利と七高の選手は医務室に運ばれていた。

 

達也が同行していたので、蒼士は現場を確認するために移動したが大会委員のスタッフに止められて、現場に近づけず、破損したフェンスの修復作業をしていたので現場の確認ができなかった。摩利と七高選手のCADも大会委員のスタッフに回収されていたのでCADの記録なども見れなかった。

 

とりあえずは友人たちと合流することにした蒼士は不安にさせないようにいつも通りの態度で過ごしていこうと心掛ける。

 

案の定、不安な表情を浮かべていたほのかや雫を宥めて、深雪も表情には出ていなかったが右手で左腕を強く掴んで動揺しているのが分かった。

 

そんな様子を見た蒼士は深雪を落ち着かせようと力がこもっている右手にそっと手を重ねていた。

 

「達也が向かったんだから大丈夫だよ」

 

深雪は自分が動揺しているのを改めて認識して、深呼吸して落ち着こうとする。

 

「ごめんなさい、もう大丈夫よ」

 

蒼士の手を一瞬だけ握って、すぐに離すといつもの深雪に戻っていた。敬愛する兄が的確に応急措置を指示していたのだから大丈夫だと信じられた。

 

気持ちも切り替えられて他の先輩方の応援をすることにした一同。

 

 

 

 

蒼士は女子バトル・ボードに出場しているもう一人の先輩の元を訪れていた。優勝候補の摩利がいなくなってしまい、バトル・ボードでの彼女への責任という重圧と期待が高まっていたのだ。

 

「応援に来てくれてありがとう、梓條くん」

 

小早川(こばやかわ)先輩、渡辺先輩の分まで頑張ってください」

 

「君まで私にプレッシャーを与えるのかい?」

 

「では、楽しんできてください、景子(けいこ)先輩」

 

「ぷっ、なんだそれは、それと君にはまだ名前で呼んでいいと許可を与えていないが特別に許そう、私は君の先輩だからね」

 

「ほら、肩の力が抜けたでしょ?」

 

「……そういえば」

 

「新人戦に出場する後輩たちも見ているんですから期待させてもらいますね」

 

「おぉい、緊張が解けたと思ったらまた緊張させるとは何事だ!? おい、梓條、ちょっと待てコラ!?」

 

蒼士との他愛のない会話でリラックスして試合に挑むことができた小早川は二位(・・)という成績を残した。一位と僅かな差であったので非常に盛り上がった試合になった模様。

 

同級生では居なかった好青年の蒼士に九校戦の練習の間に仲良くなり、小早川を担当している技術スタッフの平河(ひらかわ) 小春(こはる)とも蒼士は面識があり、仲良くさせてもらっていた。

 

 

 

 

病院に搬送された摩利の付き添いに付いている真由美と連絡して容態などを確認しつつ、達也の部屋に向かっている蒼士。

 

達也、五十里が中心になって摩利の事故究明にあたっていた。深雪と花音も付き添っているようで幹比古と美月も協力している。

 

蒼士は大会委員から返却された摩利のCADを持っていた。真由美を経由して調べていいことを摩利から許可されたので、達也に渡そうとしているところであった。

 

達也たちと合流してから達也と五十里に確認してもらったが異常はなかったことを確認している。もしかしたらあるとすれば七高側のCADの方かもしれない。

 

達也と五十里が調べた結果、不自然な水面の動きは魔法によるものだと分かり、精霊(SB)魔法の可能性が出てきたが、達也の答えは大会委員に工作員がいるというものであった。

 

この発言にはこの場にいる面々はただ絶句したままだった。蒼士と深雪を除いて。

 

競技に使用するCADを大会委員に引き渡した時に何かを仕掛けたのだろうと推測し、そして事故後に証拠を回収する。

 

CADを調べても細工が分からず、どういった手口かが分からないのでいっそ警戒を怠ることはできなくなった。

 

このことはこの場にいる面々だけが知ることで、口外しないように約束し、克人、真由美、摩利、鈴音にしか報告しないことを決めた。

 

 

 

 

三日目の成績は男女アイス・ピラーズ・ブレイクで優勝、男女バトル・ボード二位。総合得点二位の三高はこの逆の成績であったので点差は開かずに余裕を持てる状況であったが新人戦でも何が起こるか分からない。

 

そのため作戦スタッフは新たな一手を打つために深雪を呼び出し、過保護な保護者の兄の達也もミーティングルームに呼び出していた。

 

深雪と達也が克人、真由美、鈴音、摩利と会っている時に蒼士はホテルの屋上にいた。蒼士は人と会うために屋上におり、約束の時間より少し早く来て、一人っきりでゆっくりしていた。

 

摩利とホテルで会った時に頭部に包帯を巻いていたので心配し、声を掛けたが、日常生活には問題ないということで元気そうに振舞っていたのを目撃している。全治一週間のため今年が最後の九校戦に出場できないと知り、悔しいはずなのに人前では気にした様子を悟らせない摩利の芯の強さに感服する蒼士。

 

お節介かもしれないが彼氏の千葉修次に連絡した蒼士は、既にこちらに向かっているということを聞いて思わず苦笑してしまった。海外出張中なのに大急ぎで彼女の元へ行こうとする修次の行動の速さと行動力に。とりあえず蒼士は摩利には黙っていることにした。

 

ホテルの屋上に一人でいる蒼士は知っている人物の気配を感じて、振り向くと白仮面を着ける人物が二人いた。見た目からして不審者であるが蒼士はその二人のことを知っている。

 

アカメ(・・・)リーシャ(・・・・)、誰もいないし、監視の目もないから解いていいよ」

 

蒼士の言葉に素直に従う二人は仮面に触ると霧状のものが二人の身を包んで、中の人の正体が明かされた。身長、体格、全ての外見が仮面を着けていた時とは大きく違った人物たちが現れる。

 

「久し振り、蒼士」

 

「お久し振りです、蒼士さん」

 

アカメとリーシャと呼ばれた人物はどちらも女性であり、美人と呼ぶに相応しい容姿をしている。HSA社が開発した隠蔽魔法が組み込まれた仮面で自身の姿を偽っていたのだ。

 

アカメと呼ばれた女性は、腰まで届く黒髪と赤い瞳が特徴的な美少女。黒い制服のような服の上から黒コートを着ており、腕には赤い籠手を装備し、コートの中には日本刀のような武器を隠し持っている。

 

リーシャと呼ばれた女性は、綺麗な髪を後ろで結び、物凄い豊満なバストが特徴的な美少女。露出が多い戦闘服だが、服の各所には暗器のような武器が見え隠れしている。

 

「本当にリーシャまで動いているなんて、表の仕事は大丈夫なのかい?」

 

「はい、許可はもらっていますし、それに蒼士さんのためなら無理をしてでも動いちゃいます」

 

胸元で両手を組んで元気に振る舞うリーシャに思わず笑みをこぼす蒼士。

 

劇団『アルカンシェル』の新人アーティストとして成功し、最近では取材などを受けて知名度をあげているリーシャのことを気にしていた蒼士。本人が表も裏の仕事もこなしてみせると決心しているので本人の意思を尊重して止めずにいる。だが、このことに関してリーシャをアーティストとして鍛えている上司からの苦情を蒼士は直接受け取ったりしている。

 

「私だって蒼士のためなら無理をしても動くぞ」

 

リーシャに張り合うようにアカメも蒼士に詰め寄っていた。自分のことを心配してくれている二人の気持ちを嬉しく受け取る蒼士。

 

「俺のためとはいえ、体は壊すなよ、二人とも」

 

蒼士は二人を落ち着かせるように軽く頭に触るだけをした。子供のような扱いをされたように感じたが不服ではないような表情を浮かべるアカメとリーシャ。

 

「クララからの報告は無頭竜とは別件だったけど、何か新しい情報は?」

 

蒼士の言葉に緩んでいた表情が一瞬で切り替わる二人。実力は折り紙つきの二人は仕事モードになっていた。

 

二人からの報告では九校戦で賭けを行い、大きな金の動きがあること、横浜から他国の工作員が不法に侵入していること、HSA社にも手を出しつつあるという報告を聞く。

 

「社長として動くべきかな?」

 

「いえ、既に手を打っているので問題ない、ということです」

 

そっか、と呟く蒼士は部下に任せることにした。全幅の信頼を置く部下たちならと納得する蒼士。

 

「大会委員のスタッフの情報も洗っていますので」

 

「他国の、大亜連合本国からの無頭竜工作員は私ら暗部が始末している」

 

リーシャが秘書のように報告に耳を傾け、アカメの報告も聞いていると屋上に上がって来ている人がいることに気づく蒼士。アカメもリーシャも気づいたのか仮面を着けて変装していた。

 

「じゃ、また報告に来る」

 

「明日の試合頑張ってください」

 

アカメとリーシャが蒼士に声を掛けて、結構な高さがあるホテルの屋上から飛び降りて行った。二人の実力は知っていたので心配してなかったが、知らない人が見たら絶叫ものだな、と面白くて苦笑していた蒼士。

 

「あ、いた、蒼士さん、もう休みましょう」

 

「そうだよ、明日は本番だよ」

 

屋上に来たのはほのかと雫であった。

 

明日から始まる新人戦に出場するのは蒼士、ほのか、雫でもあったのだ。

 

「そうだね、もういい時間だし、休もうかな」

 

部下たちが遠ざかっていくのを感じ取りながら先程まで密談していたのを悟らせないように二人を屋上から室内に戻そうとする蒼士。暖かくなってきた季節とはいえ、夜はまだ冷えるので二人が万が一でも体調を崩さないように気をつけての行いである。

 

「はい、休みましょう!」

 

「ほのかの言う通りだよ」

 

両サイドから腕に抱きつかれた蒼士。身体全体で甘えるほのか、腕に抱きついてくっ付くようにしている雫。

 

「明日は頑張ろうな、ほのか、雫」

 

明日が本番で緊張しているのかと思っていたら特に緊張した様子もない二人に安心した蒼士は微笑んでいる。

 

「はい、蒼士さんとの練習の成果を早く発揮したいです」

 

蒼士の笑みに呼応してほのかも微笑んでいる。

 

緊張しやすい性格だと自分でも分かっていたほのかであったが蒼士に期待されていると想うだけで緊張が解けていくのを感じ取っていた。本番でもこの気持ちを秘めて実力を発揮すると決心していた。

 

「うん、蒼士さんもそうだけど、協力してくれた達也さんのためにも勝つ」

 

出場する選手なのでエンジニアとして蒼士はサポートできないが達也が二人の担当をしてくれている。学校での練習、蒼士の家での練習、作戦の提案、新たな術式開発など達也も多大な貢献をしてくれているのでほのかも雫も期待に応えたいと思っている。

 

「達也の頑張りを無駄にしないよう頑張ろうな」

 

蒼士の言葉に笑顔で頷くほのかと雫。

 

九校戦の練習をして自分自身に身に付いた実力、技術面で優秀すぎる達也のサポートを受け、メンタル面でも蒼士という存在がいるだけで二人には何よりの効果を発揮できる。気持ちの面で負けそうになった時に蒼士を想えばいい、とほのかと雫は心に誓うのであった。

 

 

 

 

「二人とも部屋に戻らないの?」

 

「今日は蒼士さんの部屋で寝させてください」

 

「パジャマも持ってきてるから心配ない」

 

「あの雫さん、まだ許可をしていないんですが?」

 

「ダメなんですか?」

 

「ダメ?」

 

「どうぞ、お入りなってください」

 

ガッツポーズをするほのかと雫。

 

「で、一緒に寝るかい? それとも片方のベッドが空いているから使ってもいいよ」

 

「勿論、蒼士さんと一緒に寝ます、ねぇ雫」

 

「そうだよ、熟睡できるのに協力してよ」

 

「了解、俺にも役得だしね」

 

蒼士を真ん中にしてほのかと雫が両サイドに抱きつくような寝る体勢になっていた。蒼士の家では日常になっていたことであったが、改めてこの体勢の効果を知ることになる。他愛のない会話して過ごしていると二人とも様子が変わってきた。

 

「なんだか、眠くなってきました」

 

「ん、わたしも」

 

瞼が重くなってきて睡魔が襲ってきている二人に毛布を肩まで掛けてあげて寝かせる蒼士。安心したのか寝始める二人を見届けてから蒼士も眠りについた。

 

妨害工作があるかもしれないと警戒はするが部下たちを信じて明日の試合に挑むことにする蒼士。




『アカメが斬る』の登場人物。
・アカメ

『零の軌跡・碧の軌跡』の登場人物。
・リーシャ・マオ

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第二十八話

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九校戦四日目(新人戦一日目)

 

今日から五日間、一年生のみで勝敗を争う新人戦が行われる。本戦の得点とは違い、二分の一の得点になるがポイント差をつけるのには十分な得点である。またその逆も言えることであり、追いつかれる危険もある。

 

本日はスピード・シューティング予選・決勝とバトル・ボード予選があり、午前のスピード・シューティング女子には北山雫、明智英美、滝川和美の三名が出場し、達也が技術者として担当する。

 

午後からはスピード・シューティング男子の試合が行われ、蒼士、森崎などが出場し、ほのかも午後からバトル・ボードで出場する。

 

一高の応援のために蒼士、深雪、ほのか、エリカ、美月、レオ、幹比古などいつものメンバーが揃っていた。蒼士、深雪、ほのかは途中から合流してエリカたちに席を確保して貰っていた。

 

「蒼士さん、ほのかさん、準備はいいんですか?」

 

パンフレットに目を通していた美月が、ふと気づいたことに話し掛けた。

 

「午後まではまだ時間があるから問題ないかな」

 

「私も問題ないです、自分でも信じられないぐらい落ち着いていますから」

 

蒼士の言葉の後に続くほのかも落ち着いていた。蒼士と顔を見合わせ笑顔になると幸せそうな表情で頬を抑えるほのか。

 

「心配なさそうね」

 

「リラックスしてますね」

 

「ここまで緊張していないのも凄いよ」

 

「ガチガチに緊張するよりかはいいな」

 

エリカ、美月、幹比古、レオの順に二人ことを見て述べていた。試合まで時間があるが緊張せずに自然体な二人を見ての感想だった。

 

「……」

 

その光景を深雪はジッと見ていた。エリカたちの声は聞こえているが反応せずに見ている。

 

「深雪、まだ今朝のことで怒ってる?」

 

そんな深雪に気づいたほのかは話し掛けた。明らかにおかしな深雪だったから。

 

「いえ、もう怒ってないわよ、ただ二人とも本当に仲が良いなと思ってね」

 

そうかな? と蒼士の方を向いて問い掛けるほのか。

 

「まぁ、一緒に暮らしてるからね」

 

ほのかの問いに蒼士が答える。

 

当然のように述べる蒼士の言葉に納得する深雪。学校だけじゃなく同棲して過ごす内に仲良くなっているというのは九校戦の準備期間中に分かっていた。

 

「そうですね、蒼士さんの言う通りです。だから深雪、朝の出来事の時に言ったこと考えておいた方がいいよ」

 

「ッ!?」

 

ほのかが深雪だけにしか聞こえないように近づき、話を切り出した。ほのかに自分の考えていたことがバレていて、ドキッと動揺を隠せずにほのかのことを見る深雪。

 

「雫も言ってたよね?」

 

ニコニコしながら述べるほのかに深雪は今朝の出来事について詳細に思い出してしまっていた。

 

深雪とほのかがコソコソ話しているのが気になり、エリカが絡んできたのをほのかは笑顔で対処する。そこから雫の今朝の状態の話、エンジニアをしている達也の話、昨夜に深雪がミラージ・バット本戦に出場することになった話で試合が始まるまで過ごすことになった。

 

その間の深雪は相槌を打つだけで特に大きな反応を示さなかった。兄の達也の話でも。深雪の変化に気づいていたのは蒼士とほのかだけである。

 

 

 

 

今朝の深雪は少しだけ早く起床していた。睡眠時間も十分に取り、体調も良く、万全な状態である。

 

ほのかと雫と一緒に朝食をとろうと思っていた深雪は二人の部屋を訪れるがノックをしても誰もいなかったので兄の達也を誘おうと移動した。

 

達也と朝食をとりに行こうと思っていたが、一年男子女子のCADの確認を頼まれ、部屋で食事することを聞いて誘えなかった。一年男子の中には森崎もいたが、特に揉めることなくフレンドリーに達也に話し掛けている。

 

兄が偉大さを認めてくれる人が一人でも多く出てきてくれて嬉しく思う深雪は兄の邪魔にならないように移動した。

 

深雪は最終的に蒼士の部屋を訪れていた。

 

部屋の前に来てから何故か緊張していることに気づいた深雪は深呼吸してノックをする。普段通りにしていればいいのに落ち着かない自分の感情を不思議に思いつつも蒼士を待つ。

 

「おはよう、深雪、どうしたんだい?」

 

「おはようございます、蒼士くん、一緒に朝食を、と思いまして」

 

扉が開くと蒼士が出てきて、笑顔で挨拶をしてくれた。それに応える深雪も笑顔を浮かべている。

 

「おっ、是非とも一緒に行くよ」

 

蒼士は当然のように了承した。誘いに応じてくれたことにホッとしていた深雪だったが…

 

「二人とも準備は?」

 

蒼士と一緒に食事をとることになった深雪であるが蒼士が部屋の中にいる誰かに呼び掛けているのを不自然に思う。一人部屋であった蒼士の部屋に誰かいるのか、と。

 

––あ、す、少しだけ待ってください。

––ほのか、まだ?

 

蒼士が開いている扉の隙間から部屋の中にいる声が聞こえ、深雪は知っている声だと分かってしまった。それが先ほど部屋に行ったのにいなかった友人たち声だと。

 

「蒼士くん、ちょっと失礼しますね」

 

脳が命令を下す前に身体が動いていた深雪の行動は素早く、扉を開けている蒼士を押し込み、部屋内に簡単に入ってしまった。蒼士は特に止める気もなかったので通した。

 

「二人とも、何で蒼士くんの部屋で着替えているのかしら? そこのパジャマも気になるわね」

 

部屋に入って深雪が目にしたのは鏡の前で髪を梳かしているほのかと椅子に座って足をブラブラささている雫である。さらに二人の鞄もあることに気づき、パジャマなども見てしまい、頬を引きつらせている深雪。

 

「み、み、深雪、ちょっと怖いわよ」

 

「蒼士さんの部屋に泊まったからだよ」

 

ほのかは深雪の存在感にビビっていたが雫は正直に答えていた。

 

その答えを聞いた深雪の反応は魔法の暴走であった。周囲の体温が下がり始め、冷気が深雪の身体の周りを覆いかける。

 

「落ち着け、深雪」

 

「……ほのかと雫もですが蒼士くんにはちゃんと話してもらいますよ」

 

蒼士はとりあえず魔法に事象干渉して冷気を打ち消したが瞳が真っ黒に染まっている深雪に袖を掴まれてしまっていた。普段の家で過ごしている対応をしてしまったことを深雪の前で軽率な行動だったと内心で反省する蒼士。

 

「深雪、私たちが説明するからその間に蒼士さんには朝食をとってきて貰って、部屋で食事しよう」

 

深雪の変化に動揺しない雫が提案した。

 

「そそ、そうだよ、私たちが説明するから蒼士さんにはお願いしよう」

 

ほのかも動揺しながらも述べた。深雪の嫉妬心は分かっているつもりだったが、間近で見ると深雪の存在感に動揺を隠せない。

 

「いや二人にだけ任せるわけ「いいでしょう、蒼士くんは私たちの朝食を取って来て下さい」…いやしかしな「い・い・で・す・ね?」…分かりました」

 

蒼士の言葉に深雪が被せて言葉を捩じ伏せた。なんとも言えない凄味を発する深雪に蒼士は従うことに。蒼士が部屋から出て行くのを見送ると深雪と対面する形でソファに座るほのかと雫。

 

「ほのか、雫、もしかして蒼士くんの部屋で一晩過ごしたの? もしかして一緒に寝たの?」

 

深雪の言葉に二人とも頷く。

 

「蒼士さんの家だとこれが普通だよ」

 

雫のこの言葉に驚いてしまう深雪。ひとつ屋根の下で暮らしているのは知っているが、まさかそんな仲になっているとは思っていなかったようだ。

 

「その、もしかして、そ、添い寝?」

 

この深雪の発言に二人は頷く。発言時に少しだけ頬を赤く染めている深雪。

 

「うん、蒼士さんとくっ付いていると落ち着いて、ぐっすり眠れるんだよ」

 

深雪の態度が戻っていたのでほのかも自然に応えられた。さっきまでの嫉妬にも似た雰囲気を纏った状態は消えてくれたようだ。

 

「蒼士さんは来る者は拒まないから深雪も受け入れてくれるよ」

 

「ほのかの言う通り、深雪も蒼士さんの家で暮らせばいい、今まで以上に仲良くなれるよ」

 

ほのかと雫が述べた言葉に思わず深雪は怯んでしまう。二人は自分が蒼士に恋心を抱いているのを気づいているのに恋敵が増えるのは、普通なら嫌なはずなのに何故?という疑問が芽生えた。

 

「深雪なら私は全然いいよ、私は深雪のこと好きだから」

 

「うん、私も深雪のこと好きだよ、まだ過ごした時間は短いけど信用できる人だって分かっているから」

 

深雪の疑問にほのかと雫は述べた。二人の素直な想いを聞いてしまい、照れてしまう深雪。自分と付き合ってくれる友人は何処か遠慮気味の人が多かったのにほのかと雫に関しては、学校でもプライベートでも過ごす時間が多く、遠慮なく接することができる友人、友達だと深雪は思っていたので、それが間違いなかったということを知れて、二人の気持ちが嬉しくて照れてしまう深雪。

 

「それに蒼士さんは私たちが見ていないとすぐに女の子を口説くし、気が強い弱い女の子関係なく、蒼士さんの前では意味がないんだもん」

 

「そう、深雪も知っている人いるよ、エリカと美月もきっと好意を抱いている、だから一人でも味方が欲しい」

 

ほのかと雫の困り顔に思わず笑みをこぼしてしまった深雪。二人は自分たち以外に好意を持つ人を増やさないようにしたいのだと理解し、味方に自分も加えようとしているんだと深雪は把握した。

 

「だから深雪、考えておいてね!」

 

「切実な願いだよ」

 

高い本気度が伺える二人の言葉に思わず頷いてしまった深雪。怒りにも似た何かが心にあったのにいつの間にか消えていたのを深雪は気づいていない。

 

二人の行為には感謝して微笑んでいると部屋の扉からノック音が聞こえた。

 

「なんか盛り上がっているみたいだね」

 

朝食を持ってきてくれた蒼士が部屋に入ってきたのだった。そこから四人で食事をして過ごすことに。

 

だが、深雪は時間が経つにつれて、蒼士の家に住むことについて本格的に考えてしまう。考えないようにしても考えてしまい、まず一番に兄の達也に相談をして、叔母の四葉真夜にも許可を貰うなど住もうという意思が強くなってきてしまい、どうやって許可を貰うかを考えることになる。

 

 

 

 

雫の試合が始まり達也がオリジナル魔法として開発した魔法『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』を遺憾なく発揮して予選を突破する。

 

見たことがない魔法に魔法関係者は驚愕し、豪快な魔法に大勢の観客から嘆声が漏れた。順調にクレーを粉砕していき、予選をパーフェクトで勝利した。

 

その後の女子スピード・シューティング予選は雫を含めて一高生三名が予選を勝ち上がり次のトーナメントに進出した。そして今から雫の準決勝が始まろうとしていた。

 

「いよいよ雫さんの出番ですね」

 

「コラコラ、美月が緊張してどうするの」

 

美月が試合に出るわけでもないのに異様に緊張しているのをエリカがツッコミを入れていた。既に雫以外の二人はベストフォーに進んでいたので、雫が勝利すれば一高から三名が進むことになるので期待が高まっている。

 

「大丈夫だよ、雫は必ず勝つよ、それに達也さんもいるから」

 

「お兄様がエンジニアとしてサポートしているんですから勝ちますよ」

 

親友の雫が勝つことを心の底から信じているほのか、兄のエンジニアとしての実力を十二分に知っている上に雫の実力も知っているので勝利すると自信がある深雪。

 

「雫は勝つよ、相手が十七夜(かのう)(しおり)でも問題ない」

 

蒼士が名前を出した人物は雫の対戦相手であり、雫と同じくパーフェクトで勝ち進んでいる実力者であった。蒼士がホテルで話をした三高女子でもある。

 

「奥の手はとっておくものだろ?」

 

蒼士のこの言葉の意味はすぐに分かることになった。

 

個人予選は破壊したクレーの数で決まるスコア型、そして準決勝からは対戦形式になるので、達也は試合に勝利するためにハンドメイドのCADを雫に使用させたのだ。

 

試合が始まると序盤は栞がリードしていたが後半になるにつれて雫が追い上げていき、栞のペースが崩れていき、雫が逆転して勝利を収めた。

 

雫が持つハンドメイドされた汎用型CADを特化型CADにも劣らないレベルの処理速度になっており、負担も少なく、余裕を持ってクレーを粉砕し、勝利してみせた雫。対戦相手の栞は特化型CADであり、消耗も激しく、雫より疲労したことによるスタミナ切れ、集中力切れが敗因であった。

 

その後は決勝トーナメントに一高の生徒が三名進出して、さらに一位から三位を一高が独占する快挙をしてみせたのだ。

 

雫、英美、和美という選手の力もあるがエンジニアとして達也が担当した三人でもあったのだ。

 

 

 

 

達也は蒼士に呼ばれて人影がない場所に連れて来られた。第一高校の天幕に向かう途中だったところの達也を捕まえて移動したのだ。

 

「蒼士、いったいなんだ?」

 

達也は蒼士から呼ばれて理由を聞かないまま蒼士に付いて来たが、ようやく立ち止まって喋れる状態になったのを確認して問い質す。

 

「すまん、ある人からお願いされてな、それとおめでとう、一位から三位まで独占させるなんて、やっぱり達也は凄いな」

 

「全部選手たちが頑張ったことで、俺は何もしてないぞ」

 

「いやいや、エンジニアとしての達也の技量があってこその快挙だぞ、他校も達也の存在に警戒するかもしれないぞ」

 

大袈裟にも感じるぐらい褒めてくる蒼士に謙虚な達也であったが、友人が褒めてくれることは悪くなく、とても有難い気がしていた。

 

「で、誰が俺を呼んだんだ?」

 

達也は本題を切り出した。蒼士を経由して自分を呼び出した存在が気になっている。

 

達也の問いに答えるように蒼士は携帯端末で誰かに電話して、少しだけ会話をしてから達也に携帯端末を渡した。この場にいない人物だとは分かった。

 

「盗聴防止回線で、周囲の音波を遮断してあるし、一応この周囲は魔法で隔離状態にしているから聞かれる心配はないよ」

 

達也は蒼士から携帯端末を受け取って電話に出てみて驚愕する。蒼士が厳重すぎる対策をしているから只者ではないと思っていたが、確かに、只者ではなかったと達也は思い知った。

 

電話相手からの話を聞いているようで達也の反応はなく、何か言おうとするような動作も見られたが、相手側に何か言われたようで押し黙る。最後に「はい」と答えるだけで電話が終了したようだ。

 

「おい、何か言うことはないか?」

 

達也の鋭い視線が蒼士に向けられているが、達也から携帯端末を受け取って、相手の要望で黙っていたが、ドッキリが成功したことに満足気分でいる蒼士は意にも返していなかった。

 

「しょうがないだろ、向こうにも黙っていてって言われたんだしさ」

 

「……全く叔母上(・・・)も何を考えているんだ」

 

二人はその場を後にして達也と一緒に第一高校の天幕に向かう。蒼士と一緒に観戦していた深雪とほのかは先に天幕に行っており、エリカたちとは昼食時に合流する予定であった。

 

第一高校の天幕に着くと一位から三位を独占した快挙に浮ついた雰囲気に満たされており、雫、英美、和美に称賛(しょうさん)の声が掛けられていた。技術者としてサポートした達也も称賛されて、選手三人から物凄いお礼を言われ、珍しく反応に困っている達也が見れて、真由美や摩利などに笑われていた。深雪は兄が褒められて嬉しそうにしている。

 

そして鈴音から雫が使用した魔法『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』についてインデックスに正式採用するという報告を受けたことによって、さらに場が盛り上がる。

 

魔法大学から新種魔法として登録されることは研究者にとって、一つの目標とされている名誉であり、第一高校から出たことによりさらなる称賛の声を掛けられる達也。一年男子などは背中を叩いて達也のことを褒め称え、一年女子も声を掛けて褒めてくる光景に口元を引きつらせて対処する達也。率先して褒めたのは森崎であったということに驚きもあったようだが。

 

開発者名として達也の名前が登録されるのを達也は承諾(・・)していた。内心では不服な気持ちなようであったが表情に出さずにいたりする。

 

「(流石です、お兄様。お兄様はもっと褒められるべきなのです)」

 

「深雪、ちょっといいかな?」

 

兄が褒められて気分が良くなっている深雪が蒼士に声を掛けられて天幕内の隅に移動する。携帯端末を取り出して何か打ち込んでいる蒼士に疑問を浮かべる深雪。

 

「声を出さずに読んでくれよ」

 

蒼士から携帯端末を渡されて画面に目を通して、すぐに深雪は驚きの声を上げそうになってしまい、思わず自分で口元に手を当てて口を塞いでしまう。答えを聞くために深雪も携帯端末で文字を打っていく。

 

『(これは本当なんですか? 叔母様が本当に許可を?)』

 

『(うん、直接電話が掛かってきて、本人から聞いたよ)』

 

深雪も端末から文字を打ち込んで、蒼士も同じように打ち込んで返答して声を出さずに会話をしている。トークアプリなどで会話すればいいかもしれないが念には念を入れて。

 

『(開発者名の登録で達也の名前が世間に広まって、身元を調べられ、四葉との関係も暴き出されるかもしれない危険を考慮した上で、だよ)』

 

蒼士の打ち込んだ内容を見て、深雪は内心で考えていた。

 

叔母の四葉真夜がそんな危険を(おか)してまで許可したのには裏があるのでは、と深く考え込んでしまう。

 

『(甥の名誉のために人肌脱いだんじゃないのかな?)』

 

蒼士の端末に書かれていた内容に、信じられない、といった表情で返答する深雪。四葉が達也にしてきたことを知っている深雪は否定した。

 

蒼士は真夜の気持ちも深雪と達也の気持ちも分かっているつもりあったが、やはり関係修復には時間が掛かる、と予想通りであり、深雪の反応は織り込み済みである。

 

深雪にも知っておいてもらおうと蒼士は深雪にも敢えて報告していたので、徐々に真夜が寄り添えるように二人の意識改善に動いている。

 

渋々だが深雪は達也に起こった事態を把握してくれたが何処か不服そうな表情であった。

 

この件も終わり、蒼士は達也たちの方へと向かおうとするが深雪に制服の袖を掴まれてしまう。

 

「深雪?」

 

何だろう、と深雪のことを見る蒼士。

 

『(蒼士くんは叔母様のプライベートナンバーを知っているんですね?)』

 

蒼士の目の前で端末を見せて内容をハッキリと確認させる深雪。可愛らしい微笑みとは裏腹に目がは笑っていない。

 

「それは知っているよ、HSA社との取引する時もあるからね」

 

「あ、うん、そうよね」

 

蒼士は平然と答えたが、その言葉に納得できずに拗ねたような表情を浮かべてしまった深雪。

 

「その反応可愛いな、兄の達也がいなければ全力で口説いていたよ」

 

思わず深雪の頭を撫でてしまう蒼士であった。

 

蒼士は此処のところ深雪が自分に心を開いて、甘えてきてくれるのを嬉しく受け取っている。兄の達也以外に頼れる男性として深雪に認められたことを嬉しく思っている。そして蒼士の中では深雪が好きなのは達也だということにしてしまっていた。

 

勘が良い蒼士であるが深雪の達也への『敬愛・尊敬』を好意を(いだ)いているという勘違いをしており、二人の兄弟愛を超えた仲だと勝手に思い込み、先入観で判断してしまうという致命的なミスを犯していた。

 

「え、えっと、蒼士くんになら口説かれてもいいですよ」

 

頭を撫でられながらチラチラ、と蒼士のことを見ながら頬を赤く染めている深雪に驚いてしまう蒼士。深雪からそんなことを言われるとは思っていなかった。

 

「え、本当かい? それなら「蒼士さん、私が優勝したんだからもっと褒めてよね」ちょっと「蒼士くん、深雪と何してるのー?」エイミィ、ちょっと待って「ラブ臭がするわねぇー!」滝川さんは何言ってるのかな!?」

 

深雪に対して声を掛けていた蒼士であったが、雫、英美、和美の介入により最後まで話すことができずに達也たちの方へ連れていかれてしまった。

 

「(もうちょっとで蒼士くんが声を掛けてくれたのに……ッ!? わたしったら何を期待しているのかしら!?)」

 

口説かれてもいい、という大胆な発言をしてしまった自分自身に恥ずかしくなって顔を手で覆う深雪。

 

「(蒼士くんに口説かれてどうするのよ!? そのまま腰に手を回されて蒼士くんの部屋に……ってわたしったら本当に何を考えているのよ!? そんな破廉恥(はれんち)な行為について、私は嫌いだったはずよ、どうして最近はこんなことばかり考えるのよー! 破廉恥な深雪をお許しください、お兄様!)」

 

雫と英美が蒼士に撫でられいるのを視界に入れて、深雪は内心で考えが纏められずにいた。温泉でほのかと雫の話を聞いてから深雪の中では何かが変わり始めていた。蒼士への想いを自覚してからでもある。

 

「気になったから来ちゃったけど、深雪さん、大丈夫?」

 

「か、会長!? 大丈夫ですよ」

 

真由美が深雪に話し掛けてきた。達也を褒め称える生徒のことを見ていた真由美は天幕内の隅で蒼士と一緒にいる時から見ていたようだ。

 

「蒼士くんなら応えてくれるわよ、深雪さんが想っていることについて(だって私も経験あるだもん!)」

 

面白いものを見つけたと真由美は微笑みながら揶揄(からか)う言動をしてみせた。まるで深雪の内心が分かっているような発言に深雪自身は驚いている。

 

深雪の動揺具合に関しては破廉恥な妄想をしてしまうことは真由美自身も経験済みであったから察せられたのだ。

 

「ッ!? わ、わたしは何も想っていませんよ、お、お兄様が褒められていたのが嬉しかっただけです!」

 

冷静に振る舞おうとしている深雪であったが動揺が隠せていなかった。

 

「それならいいんだけどね、年上のお姉さんとしてアドバイスよ」

 

いつもの深雪の反応ではなかったので、それが可愛らしく思えて微笑んでいる真由美は述べる。

 

「女は度胸よ!」

 

胸元で握りこぶしを作って、それだけ言うと手を振って、達也の元へ去っていく真由美。反応に困る深雪。

 

深雪は真由美の言葉を聞き、一気に冷静になって、普段通りに振る舞える状態まで落ち着く。ある意味で真由美に感謝した深雪である。

 

達也が称賛されている()の中に深雪も加わろうと動いた。今は兄の功績を称えることを優先する深雪。視界に蒼士が入ってしまうと思わず頬に熱が集まりそうになるが想いを内に秘めて、深雪は兄の元へ。




次回の更新も少し間が空きます。


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第二十九話

読む専用さん、そうたそうさん、クオーレっとさん、誤字脱字報告ありがとうございました。

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


新人戦一日目の午後。

 

女子スピード・シューティングを一位から三位の独占という快挙があり、第一高校の士気は上がっていた。

 

午後からの男子スピード・シューティングやバトルボード予選に挑む選手たちに大きく影響を与えて、緊張がほぐれていて、試合に挑むにはとても良い状態であった。

 

「ほのか、お互い頑張ろうな」

 

「はい、蒼士さん、私も頑張ります!」

 

蒼士とほのかは既に試合のユニフォームに着替えており、第一高校の天幕内で会場に移動しようとしていた。

 

ほのかは落ち着いた雰囲気を醸し出して、緊張し過ぎず、慢心もしておらず、普段通りのほのかであった。

 

「あずさ先輩もほのかのことお願いしますね」

 

「勿論です、光井さんのエンジニアは私なんですから、蒼士くんの方こそ頑張って下さいね」

 

ほのかの担当技術者はあずさであった。技術者としてのあずさの腕は第一高校の中で達也を抜けば一番といえるレベルの技量を保有していたので、蒼士は安心してあずさに任せられ、信頼できる人でもある。

 

「それと、試合が終わったらCADを見せて下さいね、絶対ですよっ!」

 

興奮しているあずさに蒼士もほのかもちょっとだけ引き気味であった。蒼士が使用する自作CADにあずさが興奮しているからだ。

 

九校戦開催前に蒼士の部屋で見たCADとは違うモデルだったので興味津々だったのだ。

 

「試合が終わったらですよ、ほら行きますよ」

 

試合前とは思えない雰囲気を漂わせて、会場に向かう三人。途中で蒼士と別れるほのかは緊張せずにあずさと会話しながら試合に向かうのであった。

 

 

 

 

「蒼士、光井さんと中条先輩と話しながら来るなんて、随分と余裕だな」

 

「森崎か、自分なりの緊張をしない方法なんだよね」

 

「なんだそれ、それと名前で呼んでいいと言ったはずだぞ」

 

「どうも森崎って言う方がしっくり来るんだよね、悪いけど」

 

「まぁいいか、決勝で待っているぞ、蒼士」

 

「それはこっちの台詞だよ、先にカーディナル・ジョージに当たるのはそっちなんだから」

 

「分かっている、奴に勝って、お前にも勝つ!」

 

「気合いは十分みたいだね、じゃあ、先に決勝のステージで待っていようかな」

 

「ふんっ! 首を長くして待ってろ」

 

学校での練習も一緒こなして軽口をたたけるぐらい仲良くなっていた蒼士と森崎。

 

 

 

 

蒼士のスピード・シューティングを観戦しにきていたのは一高生は半分以上が来ており、予選であるのに大勢の観客が来訪していた。

 

「蒼士さんはどういった魔法を使用するんですかね、楽しみです」

 

「蒼士くんのことだから、あたし達が思いつかないようなものなんだろうね、そうでしょ、達也くん?」

 

「どうだろうな、見ていれば分かるぞ」

 

雫以外の蒼士の友人たちが観客席にいた。雫はほのかの方の応援に行っている。

 

「えぇー、深雪は知ってるんでしょ?」

 

「知ってるわ、でもお兄様の言う通り、見れば分かるわよ」

 

エリカに微笑みながら深雪も達也と同じくお茶を濁す。深雪の答えに不服そうな表情を浮かべるエリカ。美月、レオ、幹比古も苦笑してその場にいる。

 

話している内に蒼士が登場して、会場がざわめくことに。

 

蒼士が手に持つのはスピード・シューティングにまるで合っていない武装一体型CADの刀であったからだ。打刀サイズの日本刀に自動小銃のマガジンが装着されており、見た目が刀なのでどうやって競技に挑むのだ、という疑問が持ち上がる。

 

観客のどよめきを気にせず蒼士がスタート台に移動している時にソレは突然起こった。

 

刀から小銃形態に変形(・・)したからだ。

 

注目されていたせいで会場のカメラが蒼士に向けられていたのでスクリーンにその場面が映っており、鞘に納刀された日本刀のような状態から変形の違和感を感じさせない自然な流れで競技に適した小銃形態になっていたのが映像として流された。

 

魔法を知らない者も知っている者もこの光景を驚愕しており、そのことを知っていた達也、深雪だけは面白そうに会場を眺めている。

 

少し時間が経つと観客から声が上がり始め、見たこともないCAD、ロマンが詰まったCADなど、魔法を知らない人も「なにそれカッケェ! 」「SF映画のモノだろ!」と興奮した歓声の声が上がっていた。

 

そして試合が始まるかというタイミングで大会運営委員が一時中断するという大胆な行動をする。蒼士のCADのハード面でも競技用の規定を満たしており、検査を通っているので問題はないはずであるが中断する理由もないはずなのに運営本部のお偉いさんから特殊すぎるCADなので、もう一度検査が入ることになった。

 

せっかく盛り上がっていたムードを台無しにされた観客はブーイングにも似た野次が飛び掛けるが、蒼士が申し訳なさそうに頭を下げたことにより治る。試合に挑む準備が出来ている時に止められたので一番文句を言いたいのは本人である蒼士であるはずなのだから、と観客は検査で移動する蒼士を静かに見守った。

 

「おいおい、なんか大変なことになったな」

 

「まさか試合前から驚かせてくるなんて、予想外だよ」

 

レオと幹比古の口から漏れた言葉に蒼士の持つCADの事情を知らないエリカと美月はただ頷くだけだった。

 

「うふふ、本当に蒼士くんは人を驚かせるが上手ですね、お兄様」

 

「あれに関しては俺も驚いたしな」

 

深雪と達也は驚愕している友人たちを尻目に二人で会話をしている。当時の深雪と達也も蒼士に披露された際は友人たちと同じで驚いていたのだった。

 

「ねぇねぇ、達也くん、あの日本刀型の時って…」

 

「ちゃんとした刀だぞ、刀身もあるぞ」

 

エリカの言うことが予想できた達也は答えた。達也の答えに満足して笑顔でいるエリカ。自分が扱う得意武器に関して気になっていたようだ。

 

「実際のところ達也はあの仕組みは理解しているのか?」

 

レオが疑問に思ったことを聞いていた。達也の技術者としての腕を知っていたから問いを投げかけた。

 

「いや、俺でもあのCADの仕組みは理解できていない」

 

九校戦で技術者として名を上げた達也でも理解できていないことに友人一同は唖然とする。それだけの技術を蒼士が持っていたのか、と改めて認識させられた。

 

 

 

 

五分も経たずに蒼士は戻ってきた。観客から拍手で迎えられ、対戦相手の選手に謝罪をするように頭を下げてスタート台に立つ。日本刀の状態からライフル状態になるのを再度見れて、観客は喜んでいた。

 

そして待ちに待った試合が開始された。

 

試合開始と同時に小銃の引き金を引くと蒼士の周囲に十個ほどの黄色の球体状のモノが浮遊展開されていた。この光景を見ていた人々は何事だと驚きながら次の動きに目を見開くことに。

 

クレーが有効エリアに侵入した瞬間に黄色の球体状がクレーを撃ち抜いていたのだ。複数のクレーが侵入した瞬間も撃ち抜き、得点を重ねていく。有効エリアに入った瞬間に撃ち抜かれており、目で追いきれない速度が出ており、黄色の閃光が飛び回っているのが見えるだけであった。

 

その光景は観客を惹きつけていた。黄色の球体が高速で撃ち抜くのがとても綺麗であったということだ。同時にクレーを撃ち抜いた時など綺麗な閃光が舞っているようであり、目移りしてしまっていた。

 

あっという間にパーフェクトを取り、勝利してしまった蒼士。

 

観客を魅了した蒼士に対して盛大な拍手と歓声を上げる会場内はまるで決勝戦のような雰囲気を漂わせることになっていた。

 

その後も蒼士は順調に勝利し、決勝進出を決める。

 

「(森崎と吉祥寺真紅郎、どちらが勝利するか見物(みもの)だな)」

 

控え室で二人の対戦を観戦する蒼士。森崎と一緒に練習を積んで実力が格段に上がっていることを蒼士は知っている。そして対戦相手の吉祥寺真紅郎の実力も予選と準々決勝を見れたのである程度は理解できた。まだ本気を出していないことも把握している。

 

「森崎のCADは達也も調整に携わっているからな…」

 

スピード・シューティングは一日で終わる競技であり、インターバルもあるが優勝者を決めるまで一気に試合をするので消耗もそれなりにある。だから森崎も真紅郎も本気を出していなかったが、今回の両者は本気であるのが伺えた。

 

二人揃って使用していたCADを変えてきていたから。森崎が持つCADは達也も調整に関わっていたものだった。

 

 

 

 

試合後の待ち時間に達也たち一同は今までの試合を振り返っていた。

 

「蒼士さんの魔法はいったいなんなのでしょうか?」

 

「そうね、試合毎に展開するモノが違ったのは気になったわ」

 

美月とエリカが疑問に思ったことを口にしていた。事情が分かっていないレオも幹比古も頷くような動作をしている

 

「本当だぜ、球体、矢、槍、剣、様々な状態に変化してクレーを撃ち抜いていくって、なんなんだ、アレは」

 

「魔法演算力も処理能力も桁違いだね、それに試合が終わった後もピンピンしてるし、疲労していないのか、蒼士は」

 

レオと幹比古も友人の蒼士の規格外に驚愕している。元々、普通ではないと悟っていたのにその上をいくことをしてみせて認識を改める二人。

 

一試合目では球体状の魔法を展開してクレーを撃ち抜いていた。

 

二試合目では球体ではなく、矢の形状をしたモノが展開され、展開された数も増えて同じようにクレーを撃ち抜いていく。高速でクレーを撃ち抜いていく矢の軌跡が観客を魅了させていた。

 

三試合目では矢からファンタジー世界の武器のような綺麗な装飾の槍が展開され、数も倍近くに増えており、空中に展開されている槍が自由自在に動き回りながらクレーを撃ち抜いていき、時には円陣を組んで観客を目で楽しませていた。

 

四試合目では槍から西洋の剣ような形状の武器が展開されて、クレーを撃ち抜いていく。展開された剣の射出速度が上がっている中でも正確に撃ち抜いていき、他を寄せ付けない実力を示し、決勝へと進出したのだった。

 

「魔法名は『輝剣(クラウ・ソラス)』形状は自由にできるみたいだけど、剣の状態がしっくりくるみたいよ」

 

エリカたちの反応に口元を抑えて笑っている深雪。自分が初めて見た時と同じような反応だったからだ。

 

「詳細は俺も知らされてないが、今回は魅せる魔法ということだ」

 

達也の言葉に疑問を浮かべる一同。

 

「一般の人たちに魔法というものの認識を変えさせたい。魔法が危険という認識、魔法師の印象を少しでも変えたいということだ」

 

達也の話を聞いて、それぞれが蒼士の真意を知ることに。一般人からしたら魔法師は力を持った存在であるという認識になっており、危険な存在だと考える者たちもいる。世間一般の印象を少しでも変えようとする蒼士の心意気を知ることになった。

 

そして会場内でも特に一般客の方が盛り上がっていることに気づく。魔法関係者の方も蒼士の魔法について話題沸騰であり、それ以上に一般人も次々と魅せてくれる魔法に魅了されて、蒼士が登場するだけで会場のムードが上がるほどになっていた。

 

「蒼士さん、そこまで考えていたんですね……感激です!」

 

「只の女たらしじゃないとは思っていたけど、ちゃんと考えてるのねー」

 

美月は胸元で手を組んで興奮気味でおり、エリカは頬を掻く仕草をして蒼士に対しての評価を上げることに。

 

「だが、俺からしたら非効率すぎて物好きだな、としか思えない」

 

蒼士への評価が友人たちの中で上昇している時に達也が発言した。

 

「お、お兄様!? いいムードが台無しですよ!」

 

「達也、辛辣すぎだろ」

 

「うん、上げて落とすのかい、達也」

 

深雪が慌てて、レオ、幹比古が口元を引きつらせている。

 

達也の言葉は、常人ではサイオン不足や魔法処理不足で使用できない蒼士の魔法に対しての率直な感想であった。

 

「え、えっと、あ、決勝戦始まるみたいですよ!」

 

「同じ一高生(・・・)同士なのにいいのかしら?」

 

森崎(・・)くんは蒼士くんと練習を重ねていましたから、決着をつけたいんだ思うわ」

 

雰囲気を変えようとする美月、一位と二位が同じ学校で決まっているのに戦う意味があるのか疑問に思うエリカ、蒼士の練習を見ていたこともあり、事情を知っていた深雪が説明した。

 

森崎はカーディナル・ジョージこと吉祥寺真紅郎に勝利していた。

 

 

 

 

「カーディナル・ジョージに勝ってやったぞ、蒼士」

 

「マジでやるとはな、凄いな」

 

「司波が調整してくれたCADのおかげでもある。僕の担当のエンジニアの先輩が、シンプルで無駄がないって褒めてたからな」

 

「そっか、じゃあ俺も手加減なしでいかせてもらいますか!」

 

「あぁ、全力で来てくれよ、自分の限界を出し切って、協力してくれた先輩や司波のためにも勝つ!」

 

入学当初に二科生である達也たちに絡み、問題を起こしかけた森崎であるが、蒼士に手玉に取られ、さらにはHSA社の一般メイドにボコボコにされて、魔法師としての誇りを砕かれた。

 

落ち込みもしたが、改めて自分を見つめ直し、視野を広げたことにより気づくことが沢山あり、見下してしまっていた二科生にも一科生に負けない実力を持つ者、才能がある者の存在にも気づけた。

 

自分が最初に絡んでしまった達也も技術者として類稀なる実力を持っていることにも気づき、達也と会話をして友好を深めつつ、自分のCADも任せられるほどの信用を達也に向けられるようにもなる。

 

そして達也に調整してもらったCADを所持して決勝戦に挑もうとしている。

 

 

 

 

一高同士の決勝戦という異例の試合になってしまったが、一位と二位をハッキリさせるために決勝進出者の蒼士と森崎の意思によって試合が決まった。

 

蒼士のすべての試合で好印象に残る魔法を使用して、観客を魅了したことにより蒼士への期待感が高まっていた。また幻想的で芸術的な視界で楽しませてくれる娯楽にも似た感覚を期待している。

 

そして蒼士と森崎は登場して決勝戦が始まる。

 

スタート台に着いた蒼士に観客は違和感を覚えていた。今までの試合はスタート台の時にはライフルの形状にしていたのに今は刀のままだと…

 

そのまま膝を少し下げて居合を放つ構えでいる蒼士。急な方針転換に観客も騒つき始めて、動揺は対戦相手の森崎にも伝染していた。

 

試合の始まりのブザーが鳴り響くが蒼士は微動だにせず居合の構えを崩していなかった。蒼士の指定の色のクレーが有効エリアに侵入した瞬間、稲妻のような黄色い閃光が走り、クレーが粉々に砕け散った。次から次へ飛来するクレーが閃光と共に砕け散る現象に、何が起こっているんだ、と観戦している観客は蒼士に視線を向けて、蒼士の刀が薄く光を発しているので蒼士の魔法であるのを理解する。

 

対する森崎の方は魔法を発動して有効エリア内でクレーを砕こうとするが全て黄色い閃光により掻き消されているのだ。魔法は発動しているのに有効エリア内で魔法が無効にされて、そんな中で蒼士は順調に得点を重ねている。

 

魔法名『疾風迅雷・雷光(らいこう)の陣』

 

蒼士の魔法は有効エリア全域に作用しており、さらに有効エリアから五メートル範囲全域に蒼士自身が探知できる結界のようなものが展開されている。侵入してきたクレーは勿論だが、森崎の魔法も蒼士の結界内に入ってきた瞬間に斬られていた。蒼士の魔法は鞘から抜刀せずに居合の構えで発動している。

 

四方八方からクレーが飛んでくるが全て粉砕し、黄色の閃光がエリアの全体で光を放つのが神秘的に感じて見惚れてしまう観客。

 

そして一つも見逃さずクレーを全て粉砕し、森崎に一点も得点させることなく、完全勝利をする蒼士であった。

 

 

 

 

ほのかのバトル・ボードも無事に予選を突破した。小細工なしのスピードを重視した作戦で後続との差をつけてゴールしており、他校に自分の手の内を明かすことなく、予選を終えていた。

 

ついでに同じ競技に出場している三高の沓子にも絡まれて少しだけ話をしたようだ。

 

優勝した蒼士は魔法関係者たちに色々と聞かれることになり、自分が開発した魔法に関して聞かれた。自分の魔法について簡単に答えはしたが詳細は教えずにその場を切り抜けてみせた。

 

第一高の天幕でも優勝したことを称賛されて、それ以上に使用した魔法について聞きたがる人が多くて、思わず苦笑いの蒼士がいたとか…

 

そして今は決勝で戦った森崎と対面していた。

 

「森崎も「やっぱり蒼士は凄かったんだな」ん?「お前ってやっぱり実力を隠していたんだな!」」

 

悔しがっているのかと思っていたが、そんなことはなく、声を上げて蒼士のことを称賛する森崎。そのことに面食らう蒼士。

 

「蒼士も司波もやっぱり実力者だったんだな、蒼士については身を以て知った。司波も技術者として類稀なる才能を持っていたし、風紀委員の時での身のこなしも一般人ではできない動きだった。二科生って見下していた少し前の自分が恥ずかしいぞ!」

 

流暢に喋る森崎に口を挟めずに聞くだけの蒼士。

 

「確かに、悔しい気持ちもあるがカーディナル・ジョージにも勝てたし、蒼士の実力を知れて良かった」

 

悔しさ、悲しさなど森崎の表情には一部もなく、笑顔で蒼士に握手を求めている。

 

「次は負けないからな!」

 

「変わったな、森崎。これから強くなるよ、お前は」

 

二人で握手をする。

 

上から目線の蒼士にムッとなる森崎だったが、達也にもCADのお礼と優勝できなかった謝罪をするために走って行った。

 

走っていく森崎を見送る蒼士は通路の角に隠れている人物達を呼び出した。

 

「森崎には気づかれていなかったけど、俺は気づいているぞ、エリカ、美月」

 

えへへ、と苦笑いのエリカと頭を下げている美月が現れた。森崎は二人がいることに気づいていなかったようで走って行ってしまった。

 

「別にわざとじゃないわよー」

 

「盗み聞きするつもりはなかったんですよ、本当に」

 

蒼士と森崎が話していた場所はホテル廊下だったので人がいるのは当然である。

 

「分かってる、森崎の声も大きかったから聞こえていたと思うけど、他の人には話すなよ」

 

「あたし達だってそれぐらい分かっているわよ、ねぇ美月?」

 

「はい、二人の男と男の熱い友情を軽々しく話せませんよ!」

 

蒼士の言葉にエリカは分かっていると返答して、美月にも同意を求めたが、美月の反応に引き気味になってしまうエリカであった。余りにも勢いがあって熱が乗った言葉であったから。

 

「そ、それよりも蒼士くん、優勝おめでとう」

 

「あ、そうでした。蒼士さん、優勝おめでとうございます」

 

エリカと美月から称賛の言葉にお礼を述べる蒼士。

 

「ありがとう、この勢いのまま明日から始まるアイス・ピラーズ・ブレイクも優勝したいな」

 

蒼士は明日から始まるアイス・ピラーズ・ブレイクにも出場する。エリカも美月もそのことを知っている。

 

「優勝するなら一条の御曹司に勝たないとね」

 

エリカからの一言に蒼士は頷いていた。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクでは十師族の一条家の一条将輝と戦うことになる。戦う本人でもある蒼士や美月も分かっていたことだ。

 

「でも、蒼士さんが言うなら優勝しますよね」

 

戸惑うことなく述べてくれた美月の言葉にエリカも頷いて同意してみせた。二人の期待に応えるつもりでいる蒼士。

 

「うん、一条だろうが関係ない、誰であろうと倒して優勝するよ」

 

蒼士は笑顔でエリカと美月に答えた。その表情と言葉に満足気の二人は互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべていた。

 

エリカと美月は蒼士の規格外っぷりを知っているので十師族だろうが蒼士が負ける姿が想像できなかった。だから二人は蒼士が優勝すると信じている。

 

「二人とも給仕服だけど休憩中とか?」

 

蒼士は疑問に思っていたことを聞いていた。会った時から聞きたかったことで、二人とも丈の短いドレス風味の制服を着ていたからだ。

 

「そうそう、レオとミキ達とは別で休憩を取ってるの」

 

「はい、部屋に戻る途中で、二人の会話を聞いてしまって」

 

なるほどな、と蒼士は納得していた。

 

「それは悪いことをしたな、お詫びに部屋でお茶でもご馳走しようか? ちょっとした差し入れでお菓子やスイーツが手に入ってね」

 

蒼士の誘いにエリカと美月は顔を見合わせて、既に答えが決まっていたようで誘いに乗った。

 

蒼士は森崎に会う前に一度部屋に戻っており、その時にテーブルに部下からの紙媒体のメッセージと大量の差し入れが置かれていた。一人では消費しきれない量なので困っていたので丁度良かったと思っている。

 

「それにしても二人とも給仕服似合っているね、可愛いよ、うん」

 

部屋に移動しようとしている時に蒼士が不意に述べた。エリカに関しては懇親会の時に見ていて言葉を掛けられなかったので改めて言えた。

 

「ん、ありがと、達也くんは何も言ってくれなかったけどね」

 

「あ、ありがとうございます、言われると急に恥ずかしくなってきちゃった」

 

蒼士から褒められて、エリカはフワリと広がったスカートを揺らして見せつけながら笑顔でお礼を述べた。美月はお礼を述べながらも蒼士に見られていると意識してしまい、モジモジしている。

 

「うんうん、二人とも美少女だからね、何を着ても似合うというか、素材が良いというか……もしかして二人とも他校の生徒にナンパされてたりしてない?」

 

素直に褒めてくれる蒼士に嬉しく思う二人であったが、余りにも褒めてくるので頬を赤く染めていた。そして蒼士の疑問に答える。

 

「ナンパね……そういえば、懇親会の時もあったような…あ、蒼士くんの試合の観戦前にも男の子に声を掛けられたわよ、レオとミキが追い払ってくれたけどね」

 

「私はそんなこと……あ、電話番号が書かれていた紙を渡されましたけど、これもナンパに入るんですか?」

 

エリカと美月は思い当たる節を口にしていた。二人とも美少女といえる容姿をしているので男が黙っているわけがないと蒼士が予期していたことが現実になっていたことを知る。

 

「…何……だと…お、俺のエリカと美月にナンパをした奴を懲らしめてやるぞッ!!」

 

「ちょ、ちょっとッ!? い、いつからあたしがアンタのモノになったのよ!! 第一にあたしは蒼士くんのようなチャラい男が嫌いなのよぉー、蒼士くんのような女誑しなんて嫌いよー、それにそういう台詞は付き合った時に言うもんでしょ! まだ(・・)付き合ってもいないのに俺のモノ発言するなー、バカァ!」

 

「そ、そ、そそ、そんな私なんかが、そ、蒼士さんのものなんて、蒼士さんにはほのかさんに雫さんもいらっしゃるのに、私なんかが烏滸(おこ)がましいです…そ、それは、蒼士さんのものになれたらいいな、とは思ったことがありますが、まだ(・・)私には……」

 

蒼士の発言に動揺を隠せずにいるエリカと美月。大胆すぎる蒼士の発言にいつも通りの自分を保てずにキャラ崩壊していくが、二人は気づかないところで同じ発言をしていた。

 

「まだ」というところを無意識に言っており、自分でも気づいていない。

 

エリカは蒼士より先を歩いて怒りながら蒼士の部屋へと向かい、美月は恥ずかしそうにしながら蒼士と一緒に歩いていく。

 

エリカの機嫌を直すために大量のお菓子を献上して、ご機嫌を取った蒼士。モノで釣られるようであったがエリカは上機嫌になっていた。美月も大量のお菓子を渡されて遠慮していたが、甘い食べ物の誘惑に勝てずに貰ってしまっている。

 

 

 

 

エリカと美月の休憩も終わり、二人を見送って部屋でゆっくりしていたら英美とスバルに誘われる形で女子会に招待された。

 

お菓子やスイーツがあることに英美とスバルは喜んで受け取って、持つのを手伝って貰い女子会が行われる部屋に訪れると深雪、ほのか、雫、蒼士と親しいメンバーや春日(かすが)菜々美(ななみ)など一年女子が集まっていた。

 

「蒼士くん、こんなにお菓子やスイーツ貰って良かったの?」

 

「全然いいよ、俺も十分に食べさせてもらったから、それに凄い美味しいからみんなにも美味しいものは共有したいしね」

 

英美の言葉に蒼士は小皿にケーキなどを取り分けながら述べ、蒼士の手伝いを深雪もしてくれて全員に渡るようにしていた。

 

「じゃあ、ありがたく頂くね」

 

「うん、絶対に美味しいからね、エイミィ」

 

英美が蒼士に感謝して雫が一言だけ述べていた。蒼士が作る料理を食べている雫は美味しさを知っていて、蒼士のメイド達の料理もスイーツも絶品というのも知っていたから自信を持って美味しいと言えたのだ。

 

「では、雫と蒼士くんの『早撃ち(スピード・シューティング)』優勝とほのかの『波乗り(バトル・ボード)』予選突破を祝して」

 

『かんぱーい』

 

英美の言葉に一同が飲み物を掲げて乾杯をした。男性が蒼士一人だけという状況だが、そんなことで動揺するタマではない。

 

各々が本日活躍したほのか、雫、蒼士を称賛して、蒼士が持ってきてくれたお菓子やスイーツを食べていく。同級生で仲良い女子同士での会話は気兼ねなく話せて盛り上がる。

 

異性である蒼士の存在は例外であるが、蒼士も何故か、すんなりと女子同士の会話に入っていくというコミュ力の高さをみせていた。全体的に一人一人と話していく蒼士。

 

「あ、これ、ホント、おいしーい!」

 

「うん、美味しいね、やっぱりスイーツは別腹だ」

 

「何これ!? どこのお店のー?」

 

英美、スバル、菜々美の順に蒼士が持ってきたスイーツを絶賛していく。ほのか、雫、深雪も同様で、夜食に甘い物を食べるのに罪悪感を感じているほのかを尻目に雫と深雪は美味しそうに食べていく。

 

「ほのかは明日休みだから十分に休めるね」

 

「はい、体調管理もしっかりして準決勝に挑みます」

 

蒼士とほのかが喋っているのにこの場にいる全員も耳を傾けて話に加わっていく。

 

「明日は、蒼士さん、深雪、エイミィ、雫はアイス・ピラーズ・ブレイクで、スバルと菜々美はクラウド・ボールだよね」

 

明日の予定を確認しているほのかに名前を呼ばれたそれぞれが頷いて応えていた。明日が試合の面々だが、友人と気楽に話せて緊張の面影など感じられなかった。

 

クラウド・ボールでは三高の一色愛梨が出場するので油断できない相手であるが、スバルと菜々美は気にもせず一位と二位のワンツーを目指すとテンションが高まっている。そんな様子に微笑む一同。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの深雪、英美、雫は自分の実力を精一杯発揮してベストを尽くそうと和やかな雰囲気を出していた。

 

菜々美が気づいたような反応で明日の深雪たち三人の技術スタッフの達也の存在を口にしていた。新たな魔法の開発でインデックスへ登録されて、スピード・シューティングの快挙に一役買った人物であったから達也の存在は大きいものになっている。

 

雫や英美は達也が調整してくれたCADを使用して一位と二位を手にしていたので、二人の口から語られる達也への称賛を羨ましいそうに菜々美は聞いて、自分たちの担当もして欲しかった、と残念そうにしていた。

 

兄が必要とされて嬉しそうにしている深雪と本人がいない場所でもちゃんと評価されて、信頼されている友人に自分のことのように頷いて喜んでいる蒼士。そんな二人はお互いに目が合うと自然に微笑んでいた。

 

達也のことを、兄のことを、と蒼士と深雪は自然と考えが分かっていたような反応をしている。

 

長い時間ではなかったが、小さなパーティは終わって、蒼士が持ってきたスイーツとお菓子は全てなくなり、女性陣が美味しく頂いてくれた。

 

「じゃあ、蒼士さん、深雪、お休みなさい」

 

「二人ともお休み」

 

蒼士がほのかと雫を部屋に送り届けて、見送られている。英美は先に送り届けていた。

 

ほのかと雫の二人は蒼士の部屋で一緒に寝ようとしていたが、深雪からの鋭い視線と蒼士と雫が二日連続で出場するのだから、ゆっくり休むことを進言したことで二人は自室で就寝することに。

 

そして最後に深雪を送り届けようとする蒼士であったが、深雪がまだ眠くないということで話し相手になって欲しい、とお願いされてしまっていた。

 

「雫と同じで俺も連続出場になるから、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないのかな、深雪? さっきほのかと雫に言ってたしね」

 

「そ、それは、そうですね…」

 

先ほど自分が言ったことを蒼士に言われて、図星を突かれてしまい、吃る深雪。自分が蒼士に言ったことは矛盾してしまうと理解して、自分の軽率な行為に恥ずかしくなってしまっていた。

 

深雪自身は蒼士と少しでも話していたかっただけの純粋な気持ちが出てきてしまっていただけであった。

 

しょんぼりとしている深雪に蒼士は思わず笑ってしまい、言葉を述べる。

 

「実は俺もまだ眠気がきてないからさ、話し相手が欲しかったんだけど、相手になってくれないかな、深雪?」

 

蒼士は最初から深雪の申し出を受けるつもりであったが、少しだけ揶揄(からか)いたくてワザと否定的な言葉を述べていた。

 

「…えぇ、勿論です。こうゆう展開がつい最近もありましたね」

 

「そうだね、深雪と話しているとこっちも楽しいし、本当に有難いよ、眠気が来るまで宜しくな」

 

蒼士からの誘いに悲しそうな表情から一変して、笑顔を浮かべて蒼士と会話を始めた深雪。悲しげな表情も絵になるな、と思いつつも深雪を自分の部屋までエスコートをする蒼士であった。

 

蒼士の自室では、深雪から達也がインデックスに登録することになった後押しをしたことへの改めてお礼を言われていた。

 

そのことに関しては蒼士は何もしておらず、深雪と達也との関係を改善し、親しくしたいなら、と言葉を濁して真夜に発言しただけであった。決して達也のことををちゃんと評価しろ、とは言っていない。

 

蒼士の頑張りで叔母である四葉真夜を説得して兄の正当な評価をされたのだと深雪は思っていたようで、大変感謝していた。

 

蒼士と深雪は会話をしながら明日の試合の意気込みや不安なことなど色々と話して、楽しんでいたが、二人揃って眠くならずに最終的に自室で深雪の存在を認識した達也からの連絡で終わることになった。

 

「過保護な兄だね、こんなにも可愛い妹がいれば分かるけどね」

 

「お兄様に大切にして頂いて、私はとても幸せ者です。蒼士くんも私のこと大切ですか?」

 

深雪を部屋まで送り届けている蒼士は深雪に真剣な面持ちで問われていた。

 

「それは大切だよ、友人の大切な妹だしね」

 

「…一人の女性としてはどうですか?」

 

蒼士に寄り添うように上目遣いで蒼士を見つめる深雪。

 

「…大切だよ、深雪はもう俺の大事な人の一人に入っているんだからさ」

 

真剣な表情の深雪に応えるように蒼士は深雪の華奢な腰に手を回して、自分に密着するように動いた。

 

抵抗することも出来るのに深雪は蒼士に(もた)れかかるよう身を委ねている。蒼士の言葉が嬉しかったのか、顔を赤らめながらも笑顔で喜んでいた。

 

「このまま部屋までお願いしていいですか?」

 

深雪の問いに蒼士は部屋に送り届けるまで深雪に甘えさせた。

 

部屋の前で名残惜しそうに離れていくのを見守り、蒼士は自室に戻って休んだ。

 

見送られた深雪の方はベッドの中で嬉しさと恥ずかしさで悶えていたりした。



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第三十話

サンド☆さん、オロゴンさん、読む専用さん、誤字脱字報告ありがとうございました。

ご感想お待ちしております!

誤字脱字があれば報告お願いします。


九校戦五日目(新人戦二日目)

 

昨日は男子スピード・シューティングは一位、二位、女子の方も一位から三位を独占するという快挙を成し遂げ、士気が高い状態で新人戦二日目を迎えている。

 

特に女子陣は見るからに調子が良さそうでクラウド・ボールに出場するスバルと菜々美から気合十分、といった雰囲気を感じ取れていた。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの深雪、雫、英美も調子が良く、英美に関してはテンションが高くて逆に心配されていたりする。深雪と雫は落ち着いていて普段通りである。

 

それとは真逆で男子陣営の一部は明らかにテンションが低く、その原因がアイス・ピラーズ・ブレイクで一条将輝に予選で当たるからであった。十師族の一条と対戦するということで萎縮してしまっている男子生徒を励まして元気づける蒼士がいた。蒼士も出場するのだが、一条と当たるとしたら決勝戦であったので余裕があった。

 

「さてさて、俺も一条と当たるのか…」

 

「珍しいな、蒼士でも気後れすることがあるんだな」

 

「大丈夫ですか、蒼士くん?」

 

蒼士は英美が会場へ向かうのを見送った後にボソッと呟いていたが、選手の控え室に一緒にいた英美の担当技術者の達也と一緒に応援に来てくれた深雪に聞かれてしまっていた。

 

「あー、別に一条と当たるのは問題ないんだけど、勝った場合の自分の立場と状況が、と思っていてね」

 

達也と深雪は蒼士の発言に唖然とする。表情の変化があまりない達也でもこの発言には目を見開いていた。

 

「…もう勝ったつもりでいるのか?」

 

「そうですよ、今日は予選なのですからまだ早いですよ」

 

達也と深雪の言葉にそうだな、と一言述べて英美の応援のために移動しようとする蒼士。

 

「ちなみに一条くんには実際に勝利できるのですか?」

 

スタッフ専用の観戦席に移動する蒼士に達也と深雪も続いて歩き、深雪が疑問に思っていたことをぶつけていた。達也も深雪と同じようで聞きたそうに視線を蒼士に向けている。

 

「相手の情報を知っていて、準備期間があれば対策は十二分に出来ているよ、一条が俺の予測を超えてこなければ九割の確率で勝てる」

 

「……そうか、だが、一条も実戦経験を積んだ実力者だ、並みの魔法師では歯が立たないぞ」

 

蒼士の勝てる見込みに驚く二人であった。すぐに達也は本音の部分を出して蒼士に聞いている。

 

十師族であり一条家の御曹司である一条将輝は新ソビエトが佐渡島へ侵攻してきた、佐渡侵攻事件に際して、弱冠十三歳にして義勇兵として戦列に加わり、父親と数多くの敵兵を屠った経験を持つ実力者である。そして今現在も成長して実力をつけている人物でもあり、そのような人物に勝つなら相当な実力が必要になることが考えられる。

 

「二人とも、俺が並みの魔法師だと思っているのかい?」

 

あっ、と深雪は声を漏らして、達也は納得したように頷いていた。

 

「そうだったな、お前は規格外だったな」

 

達也は昨日のスピード・シューティングで披露した魔法を思い出して納得した。常人では使用できない術式であり、魔法力、魔法処理、サイオン保有量、どれも一級品でなければ無理な魔法を涼しい顔で使用しているだから。

 

「そうだわ、蒼士くんはいつも常識の範囲内では収まらないものね」

 

何故かは分からないが彼なら一条に勝てる気がしてきた深雪は自分でも理解できていない自信に微笑んでいた。好意を持った男性だからというのもあるが、いつも驚かせて、予想を超えてくる蒼士の存在からくる信頼、信用というのが深雪にあった。

 

「ですが、まずは予選からですよ、足元をすくわれないようにしましょうね」

 

「勿論、油断せずにいくよ」

 

深雪の言葉に笑顔で応える蒼士。三人は英美の応援のために移動していく。

 

「ちなみに部下からは『当然勝てるのですから勝って、名を広めてください、後の事情なんて考えなくていいです!』って言われている」

 

蒼士の言葉を聞いて思わず苦笑してしまう達也と深雪であった。

 

 

 

 

第一試合の英美は自陣残り三本で何とか勝利した。見ていて肝を冷やすような場面もあったが勝利してホッとしていたが、本人が一番ホッとしていたようだ。

 

次に行われるのが雫の試合であったので、技術者の達也と蒼士と深雪が控え室に応援に来ていた。先にほのかも居て雫の応援をしていた。

 

「振袖似合ってるよ、雫」

 

「ありがとう、蒼士さん」

 

蒼士に褒められて照れている雫は慣れたように腕を捲るように(たすき)を掛けている。深雪とほのかも雫のことを大変褒めており、達也だけ心の中で動きずらそうだと思っていたようだ。

 

「体調も万全そうだな」

 

「うん、達也さんが調整してくれたCADもあるから勝つよ」

 

達也の言葉に対して意気込みが十分に伺える雫。

 

達也自身も雫の練習、作戦提案、術式開発などの手伝いをしているので雫の実力は分かっていた。彼女の実力なら深雪が相手でなければ勝てるだろう、と予測もしている。

 

「応援してるからね、雫」

 

「雫、頑張ってね」

 

ほのかと深雪も雫を応援していた。

 

「ありがとう、ほのか、深雪」

 

二人の応援に微笑む雫は落ち着いていた。試合前ではあるがとても落ち着いており、どんな状況にでも対応できる雰囲気を出していた。

 

雫の試合が始まるので控え室から出ようとする一同は達也が部屋の扉を開けて、先に出て行き、その後を雫が続く形で蒼士、ほのか、深雪が出て行こうとしたが…

 

「蒼士さん、ちょっといい?」

 

雫に呼ばれた蒼士は雫に近づいていくと、いきなりキスをされた。身長差があるが雫は上手く蒼士に抱きついて首に腕を回して、触れるだけのキスをしてみせた。

 

「ありがと、これで勝てる」

 

すぐに蒼士から離れてVサインをして達也が出て行った後に続いた。蒼士は反応できていたが、敢えて動かずに雫の好きにさせて、受け入れていた。

 

蒼士と雫のキスシーンは近くにいた女性二人には丸見えであった。

 

「しずくぅぅぅー!! ずるいッ! ずるいよッ!」

 

頬を赤く染めて出て行った雫を追いかけるほのか。親友の大胆な行動に驚きながらも一瞬だけ蒼士の唇を見てしまって、耳まで真っ赤にさせてしまうほのか。キス以上の仲になっているほのかでも初々しさは消えていなかったようだ。

 

「……(い、いま何が起こったの、蒼士くんと雫が抱き合って、くっついて……キ、キ、キスしたの!? 唇と唇が接触したのよね!? し、しずくぅぅ、あ、アナタ、何やってるのよッ! 好きな人とならキスしてもいいとは思うわ、でも人前でやるなんてハレンチだわ! 私なんてドラマのキスシーンを見てるのでも恥ずかしいのに、なんで私やほのかの前でキスするのよぉぉ!)」

 

両手で頬を押さえて頬の熱を逃がそうとする深雪であったが、思考回路が全開に働いて、蒼士と雫のキスシーンに対して色々と考えてしまっている。キスシーンが頭を(よぎ)ってしまい、頬の熱を逃がすどころではなかった。

 

「そのー、深雪、雫の応援に行こうか」

 

頬を掻きながら蒼士が深雪に話しかけていた。照れたつもりはなかった蒼士も気まずい雰囲気になってしまったので言葉が詰まっていた。

 

「…はい」

 

深雪自身は恥ずかしくしており、蒼士のことを直視できずに視線を逸らしながら一緒に雫の応援へと向かおうとしていた。

 

先に部屋から出ていた達也はどこか嬉しそうに口元を触っている雫を目撃し、頬を赤く染めて雫を追いかけているほのか、頬が薄く赤くなっている深雪と困った表情の蒼士が出てきて、自分が出た一瞬で何があったのだと疑問を浮かべる達也。

 

試合前にお茶目なことをする雫は意気揚々と試合に挑むのである。

 

 

 

 

雫の試合は圧倒的な実力を示して一回戦に勝利した。相手側は手も足も出ずに全ての氷柱を破壊されて、唖然とするしかなかったようだ。

 

深雪の試合は一回戦の最終ゲームであり、午後からだったのでまだ余裕があったので蒼士の予選の応援に訪れていた。

 

スタッフ用のモニタールームで観戦する達也、深雪、ほのか、雫。雫の二回戦は待ち時間があるので応援に来ている。

 

そして深雪、ほのか、雫の三人は達也から離れて部屋の隅の方である話をしていた。

 

「雫、アナタいったいどういうつもりだったの?」

 

「なにが?」

 

「そ、その蒼士くんとの、キ、キスよ」

 

「み、深雪、少し落ち着いて」

 

深雪、雫、ほのかの会話は先ほどの雫の控室での一件のようだ。

 

「だって、したかったんだもん」

 

「だもんって…もっとこう、時と場所があるでしょう」

 

「安心するためにしたかったの、蒼士さんとキスしたおかげでいつもより魔法効率が良かった気がする」

 

「…で、でもね、私の前でキスしなくても良かったんじゃないの?」

 

「ん? だって深雪も蒼士さんのこと好きなんでしょ?」

 

雫の言葉を聞いた瞬間に思わず頭を壁にぶつけてしまう深雪。部屋の中とはいえ、達也にも見える距離であった為に心配されたが、達也を心配させまいとする深雪。

 

「…ズバリ言われると恥ずかしいわ」

 

「私達は分かっていたからいいよね、ねぇ、ほのか」

 

「うん、深雪も私達と同じで蒼士さんのこと好きなのは知っているそれに蒼士さんと話をしている時の表情なんて幸せそうなんだから、分かっちゃう」

 

「私ってそこまで分かりやすいのかしら」

 

雫とほのかの言葉に表情が変わっていることまで知らずに驚いてしまう深雪。

 

「深雪も早く気持ちを伝えるべきだよ、好きな人とキスをすると胸が暖かくなって、幸せな気持ちになるんだ」

 

雫が語る話を聞いていた深雪は雫に色っぽさを感じ取っていた。唇を触って、蒼士のことを思っているのだろうか、同性から見ても雫に魅力を感じてしまう。

 

「で、でもわた「三人とも蒼士の試合が始まるぞ」い、今は目の前のことに集中しましょう、とりあえず蒼士くんの応援を」

 

雫に触発されて自分の気持ちを口に出そうとした瞬間に達也から声が飛んできて、深雪の気持ちは飲み込んでしまい、言葉に出すことができなかった。

 

兄の達也の元へ先に行く深雪の後ろ姿を微笑んで見ている雫とほのかは友人の恋心を応援したくてしょうがなかったようだ。

 

 

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイクのルール上に服装に関しては触れていないので、何時の頃から女子のファッション・ショーの様相を呈していた。女子だけでなく、男子もそれに(あやか)るようになっていた。

 

英美は乗馬服スタイル、雫は振袖であった。

 

今から試合を行う蒼士は赤を基調とした和装袴を着ている。腰に二丁の拳銃を所持しているのが見受けられた。デザインが違う拳銃型のCADは蒼士自作のCADである。

 

スピード・シューティングでの劇的な試合を観戦した一般客が多く客席に来ており、予選であるのに満員となっている。蒼士の登場では歓声が上がっている。

 

知名度が爆上がりしていた蒼士は周りの歓声に気後れすることなく、スタート位置である櫓に立ち、拳銃型のCAD一丁だけ抜き、開始の合図を待つ。

 

試合の開始と同時に蒼士は拳銃の引き金を二度引いていた。一度目は自陣と相手のエリア内が発光して、すぐに消え、二度目では自陣の氷柱全てが光を発して、同じくすぐに消えた。

 

一般客の人にも光は見えており、二度目の光が治ると蒼士はエリアに向けていた拳銃を腰に収めて、まるで終わったような佇まいでいる。

 

相手側もそんな隙を黙っているわけがなく、魔法で蒼士の氷柱を破壊しようとした時に魔法の発動と同時に自分の魔法が砕け散り、自陣の氷柱が一つ爆ぜる光景を目撃してしまった。

 

目の前で起こった現状に相手側は怯むがすぐに蒼士の氷柱をもう一度破壊しようと動くが、同じく魔法が砕け散り、自陣の氷柱が破壊されてしまい、理解できず守りに入ろうとするが、それよりも前に蒼士が動く。

 

自陣の氷柱は無傷であり、相手側が自陣の氷柱の情報強化で防御に力を割きながら攻撃もしてくると予測した蒼士は演技かかった動作で指を鳴らしてみせた。

 

鳴らした音と同時に相手側の氷柱が一つ残らず爆ぜて粉々になってしまい、蒼士の勝利が決定した瞬間であった。

 

 

 

 

第一高校本部内で観戦していた真由美、摩利、鈴音の三人は摩利が唖然としており、真由美と鈴音の二人は勝って当然、といった表情を浮かべていた。

 

「アレはなんだ、何をしたのか理解できないぞ」

 

見たこともない魔法に驚いている摩利。

 

「理解できなくて当然よ、だってアレも蒼士くんが開発した新たな魔法よ」

 

「魔法名は『爆撃地雷(エクスプロード・マイン)』自身が指定したエリアに侵入した敵、魔法を感知すると発動し、爆破するという魔法です。今回だと蒼士くんのエリアに侵入したら発動し、氷柱を破壊していましたね」

 

本人でもないのに嬉しそうに語る真由美。自分の情報端末を見ながらハキハキと答えている鈴音。摩利は二人の反応から知っていたな、と察する。

 

「じゃあ、対戦相手の魔法が砕け散ったのは何だ?」

 

摩利は二人に問う。

 

「蒼士くんのエリア内で発動したから爆撃地雷(エクスプロード・マイン)が探知して自動迎撃したのよ」

 

真由美が淡々と答えていき、鈴音は頷いていた。

 

「蒼士くんは何でもありなのか、本当に驚かせてくれるな」

 

後輩の能力の高さに感心する摩利。学校でのことも合わせて高く評価していたつもりだった摩利だが、蒼士の規格外っぷりを再認識させられた。

 

「私ね、あの魔法の練習に付き合ったわよー、蒼士くんからどうしてもってお願いされちゃってねぇー」

 

真由美が頬に手を当てて嬉しそうに話すことを摩利は呆れながら聞いていた。蒼士と真由美の関係を知ってしまい、真由美からの惚気話を散々聞かされていた摩利は話が長くなりそうだと悟ってしまう。

 

女同士ということもあり、親友でもあるので気兼ねなく話してくれるのを嬉しいと思っていた摩利も肉体関係についてを詳細に生々しく話されて、色惚けしている親友を嫌いになりそうになっていたり、しなかったり……

 

「会長、私は蒼士くんに意見を求められたり、データの収集に付き合いましたよ」

 

張り合うように鈴音が横から口を挟んできた。端末を見ながら話している鈴音は何でもないように喋っていたが、真由美が反応するのには十分であった。

 

「ん? リンちゃん、私の方が蒼士くんに頼られているのよ」

 

「そうかもしれませんね、でも彼への貢献度は私の方が高いと思います」

 

摩利を挟んで何やら険悪なムードを漂わせる二人。間にいる摩利は思わず苦笑いで介入できずにいる。

 

「じゃあー、蒼士くんに聞きに行きましょう! 今は控え室にいると思うから」

 

「良いですね、本人の口から聞いた方が一番分かりやすいですから」

 

本部から出て行こうとする二人を摩利は止めに入る。

 

「おい! 今はお前らがこの本部内を指揮をしているのだから、この場から離れるな」

 

生徒会長として一高を率いている真由美、作戦スタッフのリーダーとして指揮している鈴音の二人はどちらも一高には欠かせない人物であり、本部内の責任者という立場でもあった。

 

「摩利がいてくれればいいでしょ!」

 

「すぐに終わりますので安心してください」

 

まるで話を聞かない二人に摩利はキレかける。

 

「私は怪我人だから、普通はもっと大事に扱うものだろうがぁ!」

 

第一高校の本部はとても騒がしかったと天幕近くを通った人たちは語った。

 

そして蒼士の知らない場所で蒼士への追及の手が伸びようとしていた。摩利の言葉を真に受けて真由美と鈴音は動かずに一時的に我慢して、蒼士に会ったら問い(ただ)すという話が知らぬ間に決まっていた。

 

蒼士は相手に何もさせずに予選を突破して勝ち上がった。

 

 

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイクでは、男子は蒼士ともう一人が、女子は深雪、雫、英美が三回戦進出、明日の試合に備える形になっている。

 

クラウド・ボールは男子が一名だけ六位以内で入賞、女子よりか戦績が悪かったらしく、女子は三高の一色愛梨が優勝し、スバルが準優勝、菜々美が六位入賞と惜しくも優勝を逃したが、それでも十分すぎる戦績を残した。

 

「深雪の『氷熱地獄(インフェルノ)』スゴかった」

 

「怖気づいたかい?」

 

雫と蒼士は夕食をとるために食堂に移動していた。歩きながら予選で実力を披露した深雪に関しての話をしている。

 

蒼士の家での練習では同じ競技に出場する雫と深雪は一緒には練習せずに別々の時間に練習していたので、試合で初めて知ったのだ。

 

深雪は登場から対戦相手を圧倒しており、緋袴の巫女姿の衣装は見ただけで観客が歓声を上げて、味方につけるほど似合っていたのだ。ただでさえ整いすぎている美貌に衣装が相まって神々しさが垣間見えていた。

 

そしてさらに深雪が使用した魔法『氷熱地獄(インフェルノ)』はAランクの高等魔法で、相手に何もさせずに圧倒的実力で勝利してみせた。

 

「寧ろ深雪と戦ってみたいって気持ちが強くなった」

 

胸元で拳を突き出してやる気に満ちている雫を見守る蒼士。圧倒的実力を示した深雪に怯むことなく、前向きに挑もうとする雫の精神的な強さは尊敬できると内心で抱く蒼士。

 

「蒼士さんの方こそ、一条の御曹司と戦うのは怖い?」

 

「雫と同じで楽しみだね」

 

見上げるように見てくる雫に思わず頭を撫でてしまう蒼士。その行為を受け入れて撫でられる雫は蒼士に寄り添いながら歩いていく。

 

今だけは二人っきりだから甘えることにした雫は胸が暖かくなって、少しの間だけ目一杯甘えていく。

 

 

 

 

第一高校のメンバーが一同に会する食事の時間は男女共に話を交えていた。男子の戦績は女子よりか悪く、暗くなっている男子選手たちの中で予選を勝ち上がっていた蒼士が暗い雰囲気を覆しにかかり、女性陣の協力にもより男女共に楽しく過ごせる空間が形成されていた。

 

「良かったね、みんな楽しそう」

 

「うん、蒼士さん頑張りましたね」

 

「俺は何にもやってないよ、雫、ほのか」

 

蒼士、雫、ほのかの三人は一年グループとは少し離れたテーブルで食事を取っていた。少し前まで男子女子にも話しかけられて食事ができていなかった蒼士を雫とほのかが切り上げさせて、話の話題を蒼士から対象が達也と深雪へと変わっていた。

 

深雪が使用した魔法『氷熱地獄』や達也が深雪、雫、英美の担当技術者ということもあり、女子から話を振られたり、森崎が達也の技術のおかげでカーディナル・ジョージに勝てたなど男子女子が混ざり盛り上がっていた。

 

こういう対応に慣れていなかったのか、達也は苦笑して対応したりして困っているようにも見えた。

 

「私もほのかも蒼士さんが場を和ませようとしたことは分かっているから」

 

「そうですよ、今日は試合もあったのにお疲れ様でした」

 

雫とほのかの労いに自然と顔が緩んで笑顔を二人に向けてお礼を述べる蒼士。二人に好かれている自分は幸せ者だな、と認識して愛おしく感じている蒼士。

 

「じゃあ、甘えちゃおうかな、食べさせてくれる?」

 

二人は蒼士の言葉を聞く前から食べさせてあげる気満々だったらしく、全く同じタイミングであーん、と食べさせてあげていた。蒼士に頼られていることを喜ぶほのかや蒼士に次々に食べさせていく雫の光景が広がっていく。

 

二人の美少女からの奉仕に癒されている蒼士の背中に突如として衝撃が走り、同時に柔らかな感触も背中に感じていた。

 

「雫さんもほのかさんもズルいわよ、私も蒼士くんに食べさせてあげたいわぁー」

 

真由美が蒼士の背中に抱きついてきたようだ。

 

「七草「今は私達だけだから」…真由美、胸が当たっているんだけど?」

 

「うふふ、当ててるの」

 

背中越しに感じる柔らかな感触を堪能する蒼士。食堂ということでかなりの人数がいるのだが、蒼士の背中に隠れるようにいる真由美は見えづらくなっている。

 

「誘っているのですか?」

 

美少女からの嬉しい行為に思わず口にしてしまった蒼士。

 

「だったらどうするの?」

 

蒼士よりも背が低い真由美は挑発的な笑みを浮かべて蒼士のことを上目遣いで見つめている。頬を赤らめているのが見受けられ、この先の展開を待っているかのように期待している真由美。

 

「…家まで我慢してください、俺も我慢しますので」

 

「…そうね、九校戦中だも「ですが、家に帰宅したら次の日まで寝かせませんから」ッ、う、うん、がまんするわね」

 

自分が有利に事を運んでいたのに蒼士に耳元で言われた言葉にその光景を妄想してしまい、一瞬で顔を真っ赤にさせて伏せてしまった真由美。

 

「真由美さんだけじゃなくて、私もほのかもだよ」

 

「う、うん、蒼士さんが求めるなら、わ、私は何でもします」

 

真由美との会話は両隣にいる雫とほのかにもちゃんと聞こえており、蒼士の腕を掴んでお願いする二人。雫は両手で蒼士の腕を掴んでおり、ほのかは腕から手を掴み、そのまま自分の豊満な胸に当てようと誘導しようしていたのを雫と真由美で止めに入っていたりした。

 

四人でイチャイチャしているのを一部の生徒から容赦ない視線を向けられていたのを四人は気づかずに過ごしていく。

 

深雪も視界に入ってしまった四人で楽しそうに過ごしている姿に意識がそっちの方へ向いてしまい、会話していた相手に曖昧な反応してしまっていた。

 

雫が蒼士の腕に触れている、ほのかが蒼士の手を握っている、真由美が蒼士に身を預けて寄りかかっている、三人で蒼士に食べさせてあげている、どうしてもその光景を見てしまうと胸がチクっと痛くなってしまうのを我慢していた。

 

今すぐにでも蒼士と話したい、触れて欲しい、と思う深雪は隣で同級生から頼りにされている兄を見て、グッと思いを内に封じ込め、達也の側を離れずにいた深雪であった。

 

 

 

 

食事も終わりに近づき食堂を去り始める一高生。食堂は一時間毎に交代で各校が食事を取っていたので次の高校と入れ違いになる。

 

「あら、貴方は」

 

「そっか、次は三高の食事の時間だったんだね、一色さん」

 

食堂の出入口で三高の一色愛梨と会ってしまった蒼士。彼女の後ろには十七夜栞、四十九院沓子が会釈して挨拶してくれていた。

 

「クラウド・ボール優勝おめでとう、映像で見たけど魔法だけじゃなく、身体の動き、判断力、君の実力の高さが伺えたよ、ミラージ・バットだとさらに凄そうだね」

 

「…素直にありがとうと言うわね……映像だけでそこまで見抜くなんて貴方も凄いわね、それに吉祥寺くんにも勝つなんて」

 

自校の選手に勝った相手にも偏見がなく、称賛の言葉を送る蒼士に驚く表情をする愛梨は同じように称賛の言葉を送った。三高の中では吉祥寺が優勝するという予想が立っていたのにそれが覆されて三位に終わったことに三高内では相当話題になっていたようだ。

 

「自分が吉祥寺に勝ったわけじゃないよ、森崎が勝って、その森崎に勝っただけ」

 

「それが凄いのよ、見たこともない新魔法を使用して圧倒的な実力で優勝しておいて…それに一条くんから聞きましたが貴方がHSA社の社長なんですよね?」

 

愛梨の問いに頷く蒼士。その反応に愛梨と栞が改めて事実だと知って驚愕し、沓子はニコリと笑顔を浮かべて笑ってみせた。

 

「おぬしはやっぱり面白いな!」

 

沓子の言葉に笑顔を浮かべて言葉を受け取った蒼士。

 

「三人とも自分の連絡先を知ってるよね、何かあれば頼ってくれていいよ、プライベートなことでも我が社の商品が欲しい場合も」

 

これも何かの縁とばかりに蒼士は三人とは友好な関係を築くつもりでいる。将来優秀な人材が自社に入社してくれるためなど、学生ながら蒼士は人材のスカウトもしている。

 

「…まったく、アナタときたら今は九校戦の最中で敵同士なのよ」

 

愛梨が冷静な判断で言葉を述べるが…

 

「愛梨の言うことには一理ある、けど、ありがとう」

 

「うむ、九校戦だから他校と交流できるのを生かさなくてはな」

 

栞と沓子はこういう機会ぐらいしか他校と接する機会がなかったことに感謝し、HSA社の社長という大物と繋がりが出来たことを嬉しく思っていた。

 

「じゃあ一色さんとは–––––よう」

 

「なぁッ、何を言ってるの!?(プライベートで二人っきりで食事をしながらゆっくりと友好を深めようって……デ、デ、デートのお誘い!? か、彼とはまだ出会って数日も経っていないのに何で心臓の鼓動が早くなってるのよッ!! た、たしかに…梓條くんとは話しやすくて、真面目に話してくれて、聞いてくれて、好感が持てる人物であるのは、確かだけど、何でココまで私が動揺しなくちゃいけないのよー!)」

 

愛梨に近づき本人だけに聞こえるように蒼士が投げ掛けた言葉を聞いて、顔を真っ赤にさせて、蒼士から離れると壁際で顔が周りに見えないように隠している愛梨。蒼士の言葉のせいで色々考えてしまい、動揺してしまっている。

 

「愛梨があそこまで反応するなんて、何をやったの?」

 

「おぬし、ワザとじゃろ?」

 

愛梨の親友二人からの問いに蒼士は答える。

 

「一色さんも十七夜さんも四十九院さんとも友好的な関係を築きたいだけだよ、九校戦が終わったらそれぞれの学校に帰って、気軽に会えなくなっちゃうからね、本人がいるうちにアピールしとかないとね」

 

「じゃが、あれは逆効果ではないか?」

 

「私もそう思うわ」

 

沓子と栞の言葉にそうかな、と疑問を浮かべる蒼士であった。

 

「夏休みとか自分が所有するプライベートビーチ、海にも招待するよ」

 

「おぉ、それはいいのー、大海原でバカンスか!」

 

「愛梨と沓子が居れば、私もいいわよ」

 

蒼士の言葉にノリノリで誘いに乗る沓子、親友たちと一緒なら行くと言う栞。

 

何だかんだで友好関係が築けている蒼士であった。

 

「そういえば、愛梨は司波深雪さんに用があったみたいなんですが会えますか?」

 

未だに復活してこない愛梨を尻目に栞が愛梨の代わりに蒼士に深雪に会いたいことを伝えていた。

 

「本人の許可が取れればね、呼んでみるよ」

 

栞からのお願いを叶えるために深雪を呼びに行く蒼士。その間に栞と沓子は愛梨を再起させるべく動くのであった。

 

 

 

 

深雪は一人で椅子に座ってゆっくりとしていた。兄から疲れているのだと思われて座らされていたのだが、疲れているわけではなかった。

 

「私ったら、お兄様の前で溜め息をついてしまうなんて」

 

自分がやらかしてしまったことを恥じる深雪。兄と一緒に居て、無意識で溜め息を漏らしてしまい、見られてしまったことを深く反省している状況であった。

 

「…これも蒼士くんのせいです」

 

「呼んだか?」

 

ひゃ、と声を上げてしまう深雪。周りには誰もいないと思っていたので、口にした言葉を拾われて驚いてしまう。それも名前を出した本人にだ。

 

「達也からゆっくりさせてやってくれって言われてるけど、大丈夫かい?」

 

「え、えぇ、大丈夫ですよ、それよりも気配を消して近づかないでくださいね、蒼士くん」

 

動揺から回復するのが早かった深雪は現れた蒼士に強めの視線を向けて抗議していた。睨みつけるまではいかないが何時もの深雪にしては視線が鋭いことに気づいた蒼士。

 

「ごめんごめん、俺も気配を消していたわけじゃなかったんだ、深雪が何やら考え事をしていたようだったから邪魔しないようにゆっくり近づいたまでだよ」

 

自分が考え事をしていたのを見抜かれて少しだけ驚く深雪。蒼士は近くにあった椅子を持ってきて深雪の隣に座る。

 

「そうだったのね、ごめんなさい」

 

「気にしないでくれ、それよりも何か思い悩んでいるなら相談に乗るよ」

 

蒼士の言葉に「貴方のことで悩んでます」なんて言えるわけない、と内心で一人でツッコミを入れていた深雪。

 

「…蒼士くんは本当に優しいですね」

 

悩んでいたことは確かにあったが蒼士とこうして話していたら悩みが薄れていくのを感じていく深雪。

 

「少しだけ甘えさせてもらっていいですか?」

 

蒼士の許可など関係なく深雪は蒼士の肩に頭を預けて寄り添う。深雪からの行動に多少の驚きはあったものの、すぐに深雪を受け入れた蒼士。

 

「頭も撫でてあげようか?」

 

「はい、嬉しいです」

 

素直に甘えてくる深雪を可愛いと思いつつ、とことん甘えさせる蒼士は深雪の綺麗な黒髪を触りながら頭を撫でていた。

 

蒼士からの提案は深雪にとっては嬉しくて、自分のことを考えてくれている、と思えて胸が暖かく、ポカポカな気持ちになって心地が良かった。

 

「もう休むかい? 明日も試合があるのだから」

 

「もう少しだけこのままでお願いします」

 

顔が緩んで嬉しそうにしているのが一目で分かる深雪に蒼士は行為を継続していく。美少女に頼られているのは全然苦ではなかった。

 

「そういえば、蒼士くんは何か用事があったのですか?」

 

寄り掛かりながら深雪は蒼士に聞いていた。

 

「あ、深雪に魅了されたせいで忘れていた」

 

「まぁ、私が悪いようではないですか、酷いですよ」

 

先ほど頼まれたことを思い出した蒼士。深雪は口元に手を当てて上品に笑みを浮かべている。絶世の美少女の深雪の一つ一つの動作が魅力的であり見惚れてしまう。

 

蒼士はそこから三高の選手が会いたがっていることを伝えて深雪に聞き、深雪は会うことにした。蒼士から疲れているなら会わなくていい、と言われたのにも関わらず深雪は会うことを選んだ。

 

蒼士と短い時間だったが過ごしたおかげで、深雪の内心に渦巻いていたモヤモヤが払拭され、逆に元気になっている深雪であった。

 

三高の一色愛梨に会い、正々堂々の宣戦布告とライバル宣言をされて、表情を変えることなく深雪は彼女と握手し、愛梨の言葉を受け取った。

 

三高生と入れ違いになるように別れたが、蒼士を見つめて頬を赤くしていた愛梨の行動に疑問を抱き、蒼士を問い詰める深雪。

 

「蒼士くん、一色さんにも手を出しているのですか?」

 

「手なんて出してないよ、連絡先を交換したり、今後もよろしくって言っただけだよ」

 

「……それは手を出しているって言うんですよ!」

 

深雪を部屋まで送り届ける道中で蒼士は深雪から問い詰められ、説教をされていた。蒼士の中では美少女と友好な関係を結べて嬉しかったが、深雪にはそれが嫌であったようだ。

 

「女性に優しいのは蒼士くんの良いところですが、誰でも口説くのは止めてくださいね」

 

「美少女を口説くのは男とし「イ・イ・で・す・ね」…努力します」

 

綺麗な笑みを浮かべる深雪の有無も言わせない圧力に蒼士は頷き返事をするしかなかった。

 

「私を怒らせた罰として私が眠くなるまで話し相手になってください!」

 

「……それぐらいならお安い御用だが、達也から深雪の見送りを頼まれているから、今日はもう休んだ方がいいんじゃないのか?」

 

「お兄様には私から言っておきますから、気にしないでください」

 

「本人が言うからいいか、でも疲れているなら正直に言ってね、明日も試合があるのだから」

 

ここ最近は蒼士の部屋で二人っきりで話すのが深雪の中では習慣になりつつあった。まだ短い時間だが、この時だけは自分が蒼士を一人占め出来るので堪能する深雪であった。




仕事あるのはめちゃんこ嬉しいのだが、こちらが疎かになってしまって申し訳ないです。


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