第三盧生が幻想入り (ヘル・レーベンシュタイン)
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第零話 誘い

クリームヒルトを幻想入りさせてみました。原作が原作なので少々堅苦しい文章も入れてしまいますが、ご容赦ください。


剣.....それは人を殺す武器の代名詞と言えるだろう。剣で獣を殺すことは難しく、当然ながら空を舞う鳥に刃先が届くはずもない。故に剣は、結局は人が人を殺すための道具と言えるだろう。

だが、同時に剣は人を守るための道具とも言える。避けられぬ戦争、理不尽な諍い、そうした衝突の決着をつけるために、古くから数多の戦士達は剣を手に取ったのだ。こうした歴史から、人々は剣に対して神聖な印象を持つようになった。東洋でも西洋でも、権威の象徴とされるようになったのである。

 

 

 

 

 

故に此処で問おう、剣とは何だ?悲劇を生むだけの兵器か?あるいは人の力を象徴する物だろうか?

それとも.....あなたは、どう思うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は大正時代、ナチスの軍服を身に着けた女性が一軒家の扉の鍵を開けて、荷物を下ろした。

 

 

「ただいま。.....数ヶ月ぶりの実家の空気を吸うと、帰ってきたという実感が湧くな。」

 

女性の名前はクリームヒルト・レーベンシュタイン。人々からは稀代の殺人鬼と呼ばれている。もっとも、真実は常人が連想するような殺人鬼とは全く異なるが.....

 

「む、父は帰ってきてないか。ジンロンの一件が終わり、まずは一言声を掛けようと思ったが....」

 

クリームヒルトは靴箱を見ると、父親の靴がないことに気付いた。おそらくまだ仕事から帰ってきていないのだろうと、そう考えてそのまま自宅の中へと入っていった。

 

「まあ、待っていたらそのうち帰ってくるだろう。」

 

そう呟きながら自宅の中を見渡してみた。それほど内装が変わった様子はなく、至って平凡な自宅だ。そう思っていると、ある物に注目する。

 

「なんだこれは.....」

 

クリームヒルトはテーブルの上にある物に目が止まった。それは端的に表現すると、赤色をした四角の形をした何かだった。

 

「赤い箱、か?なんでこんな物が実家にある?父が持ってきたことなんてないぞ....誰かのイタズラだろうか。」

 

当然ながらクリームヒルトにとっては初めて見る物で、クリームヒルト父が過去に持ってきたような事は彼女の記憶の中ではない。クリームヒルトは訝しみながらも、ゆっくりと赤い物体に手を伸ばし、持ち上げてじっくりと観察をする。

 

「感触自体はそこらの石と変わらんな、しかしまるで結晶のように薄らと透けている.....どういった原理で出来ているのだろうか。うむ....本来はこのようなことはやるべきでは無いが、まあ少しだけな。」

 

そう呟きながら、クリームヒルトは自身の中に眠る異能を僅かばかり発動させた。

その異能の名は「邯鄲の夢」簡潔に説明すると『夢を現実化させる能力』である。だが当然ながら、その能力を無尽蔵かつ無制限に出来るわけではない。扱う当人の意志力によって、その影響力は左右される。詳しい詳細の説明は省略するが、クリームヒルトは自身の能力の一部である、解析能力を用いてその物体の正体を見破ろうとした。

 

「ふむ....なんだこれは、意味不明な情報ばかりが頭を通り抜けてくる。これはまるで、異次元の言葉のような....」

 

そう呟きながら解析を進めていたその時だった。

 

「ッ!」

 

唐突に赤い石が眩い光を放ち、クリームヒルトの手元から離れて宙に浮いた。唐突な出来事にクリームヒルトは目を見開いてその光景を目に移す。そして次の瞬間、抵抗する余裕もなくクリームヒルトは宙に浮いた石へと吸い込まれていく。

 

「これは.....次元跳躍だと?」

 

石に吸い込まれたクリームヒルトが見た光景は、形容し難い亜空間へと放り込まれ、何処かへと流されていく。そしてどこへ向かっていくのか全く見当が付かない。

 

「.....だめだ、夢も使えない。何かしら制限されて時間跳躍もできん。全く、これは何かしらのハプニングに巻き込まれたと考えるべきか....」

 

などと、のらりくららとした口調でクリームヒルトは亜空間の中を流れ続けていた。そして暫くすると、ある場所へと到着した。そこは.....

 

 

 

 

 

 

場所は変わってここは幻想郷、神社。

 

「おはよう、霊夢。」

「あら、おはよう朱音。起きるの早いじゃない。」

 

2人の少女が挨拶を交えた。巫女服を着た少女の名前は博麗霊夢、この神社の巫女である。もう1人は朱音、一時的に霊夢と同居している普通の少女だ。

 

「霊夢、何か手伝えることあるかな?」

「貴女は別に何もしなくて良いのに....まあ良いわ、それじゃあ一緒に朝食の米を買いに行きましょう。」

「お金はあるの?」

「流石にそれくらいはあるわよ。」

 

そう軽く冗談交えながら、2人は神社から離れ、人里へと向かった。まだ早朝のためかあまり人は見られないが、所々店は開いていた。霊夢は普段から行き来している店へと入って、商品を物色していた。

 

「お米を買って、それと安そうなおかずを少々と.....うん、こんなところかしら。」

(相変わらず安いもの重視だなぁ、まあ安く済ませたい気持ちはわかるけど。)

 

朱音はそう考えながら霊夢と一緒にお金を払い店を出た。そしてそのまま神社へ戻ろうとすると、ある少女と出会った。

 

「む、博麗の巫女と、朱音ですか。おはようございます。」

「妖夢さん、おはようございます。」

「はいはい、おはよう妖夢。」

 

2人が出会った少女の名前は「魂魄妖夢」である。人間と幽霊のハーフの少女で、西行寺家のお嬢様である「西行寺幽々子」の護衛役兼剣術指南役である。加えて彼女の食事を工面しているため、こうして人の里でよく買い物をしているのである。

 

「妖夢さんも買い物みたいだったらしいね。」

「ええ本当に、よくあの大食らいの亡霊相手に料理なんてできるわね。どうせ幽霊なんだから食わなくても居座り続けるだろうに。」

「.....それでも幽々子様の為に世話を焼くのが私の使命だからだ。」

「あっそ、じゃあ私達帰るから。」

 

などと、妖夢は霊夢の冷やかしをそう切り返した。すると興味を無くしたのか霊夢はそのまま神社へと向かおうとした。

 

「待ちなさい、その貧相な食事で朱音を食わせていくつもり?そんなんじゃすぐにお腹を空かせてしまうわ。」

「え、いや私は別に....」

「良いから、私に任せて頂戴。買ってきた食材をお裾分けするから。」

 

そう言って妖夢は霊夢達と同行しようとする。すると、話を聞いた霊夢が目を輝かせた。

 

「あら、じゃあ私も美味しく頂いても....」

「貴女は自分の買った食材で賄いなさい。」

「むぅ、ケチね.....どうせ同じ食卓を囲うんだから良いじゃない....」

「全く、現金なんだから....ん?」

 

3人が博麗神社の前へと到着すると、妖夢は鳥居の真下にある赤い箱に気がつく。妖夢は赤い箱へと近づいて手を伸ばす。

 

「これは確か....」

「ちょっ、妖夢!それに触れたら....」

「妖夢さん!」

 

妖夢が赤い箱に触れ、持ち上げようとする。朱音と霊夢がそれを静止させようとするが、既に遅かった。3人は赤い箱へと吸い込まれ、異空間へと放り出されたのであった。

 



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第一話 邂逅

今回から本格的な幻想入りとなってきます。また、今回はおまけも設けましたので、そちらも含めて是非お楽しみください。


 

目覚めたら、私は森の中にいた。そして今、修羅場に直面している。

 

「きゃはは!」

 

不思議なことに、目が覚めたこの森の中には妖精がいた。その妖精達は遊び心、あるいは明確な敵意を持って攻撃してくる。その攻撃には花の花粉の様な物を弾丸の様に飛ばしてくるが、すぐさま理解した。それは拳銃の弾丸よりも非常に脅威、常人が真正面から受ければ最悪死に至るだろう。

私は肉体強化の夢を具現化し、花の弾丸を防ぐ。そしてすぐさま無数の光弾を具現化させ、妖精達へと発射させる。

 

「爆ぜろ」

「あ〜れ〜.....」

 

私は『盧生』という資格を持っており、人類の集合無意識、即ち阿頼耶識と意識を接続することで、夢の中に描いた物を現実へと紡ぎ出すことができる資格だ。無論、その出力は私自身の想いの密度に依存しており、無制限になんでも出来るわけではない。とはいえ並の兵器では辿り着けないような異次元な戦闘は可能だ。最も飛び道具の類とは私は相性は悪いが、目の前にいる妖精達に命中し撃墜させることに成功した。気絶の範疇に収まったのは幸いである。

 

「夢を使えるのは幸いだったな....しかし妖精が出るとは、ここは古代の世界か?」

 

私の故郷、ドイツであれば北欧神話が身近な話であろう。そしてその神話であれば妖精郷(アルフヘイム)という妖精がいる世界がある。もしやそこに飛ばされたのだろうか?

 

「であれば、なぜ私が飛ばされた?私が来なければならない理屈が思いつかん。」

 

森の中を歩きつつそう呟くが、答えが全く出てこない。結局どこまで仮説を重ねても真実には辿り着けるわけがなく、加えて私の中に内包するアラヤ....即ち人類の集合無意識に問いかけても、全く答えようとしない。つまり私、もとい人類にとっても未知の領域というわけだ。であれば私1人で解決できる問題ではない、まずはここの世界の住民に問いかけることから始めなければならないだろう。

 

「さて、まずは人を見つけなければならない。」

 

そうして数分ほど歩くと森を抜け、少し遠くの場所に人里があることに気が付いた。早速向かおうと思ったが、今自分が軍服を着ていることを思い出した。軍人が急に一般人に近付いてきたら高確率で警戒されてしまうだろう。

 

「参ったな、これ以外に服は持ち合わせていない。果たして受け入れられてもらえるものか.....」

「気にする事はないわ。幻想郷は全てを受け入れる、それがどんな人間であろうとね。」

 

すると、唐突に背後から声が聞こえた。背後を振り返ると、妖艶な雰囲気を身に纏う金髪の女性が宙に浮いていた。見た感じ、普通の人間と相違ない。

 

「....誰だ貴様は?人の姿をしているが、人間ではないな。」

「あら、解るのね。さっきの妖精達との戦闘を見ていたのだけど、やはり貴女も普通の人間とは違うようね。まるで、思い描いた物を現実に紡ぎ出す様な....」

「....さっきの戦闘、見ていたのだな。」

 

しかし内包するエネルギーの密度は常人とはかけ離れており、そして何よりも人間ではないことを瞬時に理解した。私は戦闘の際には最低限の周囲への警戒は怠っていなかった。本気の出力ではなかったとはいえ、私の警戒網を潜り抜けるとは、只者では無い。

私はその女性へと視線を集中させ、腰に携えた剣へと手を伸ばす。それを見た女性は口に扇子を当てながらクスクスと笑った。

 

「ふふ、そこまで警戒しなくても良いわよ、貴女と戦闘する気はないわ。ただ貴女に幻想郷のことについて説明しておこうと思っただけよ。」

「....そういえばさっきも幻想郷と言ってたな。全く耳にしたことのない言葉だ。」

「それはそうでしょうね。申し遅れたわ、私の名は八雲紫.....見知った者からは『スキマ妖怪』と呼ばれてるわ。貴女も好きに呼んで頂戴。」

「そうか、では私はユカリと呼ばせてもらおう。私はクリームヒルト・レーベンシュタインという。親しい者からはヘルと呼ばれてるよ。」

 

そう私達はお互いの名前を交換しあった。私は警戒を解き、剣から手を離した。まだ油断はできないものの、この幻想郷という世界は全く預かりの知らない場所だ。であれば幻想郷という場所に理解の及んでいるであろうユカリから情報を聞いておいた方が最前であろうと判断した。

 

「ではユカリよ、早速質問に答えてもらうぞ。そもそも幻想郷とはなんだ?」

「まあその疑問は当然でしょうね、良いわ答えてあげる。幻想郷とは、外の世界....即ち地上にある人間達の居る世界では居られなくなった者達が流れ込んできた、この世界そのもののことよ。具体的には私の様な妖怪や妖精、そして精霊などが居るわ。貴女も妖精くらいなら聞いたことはあるでしょう?」

「なるほど....さっきも見たが妖精か。その様な幻想的な生き物が集まる世界なのだな。」

「ええ、その認識で大体あってるわ。」

 

ユカリの言葉を聞いて、ようやく納得できた。先程交戦をした妖精を見て、ある程度予想していたが、ここは幻想種が集う世界。詳しい原理はまだ分からないが、恐らく徒歩や常識的な方法で辿り着けるような場所ではないだろう。だが、どうして私がここに来れたのか.....恐らく、あの赤い物体に触れたからだろうが.....

 

「あ、ちなみに何故貴女が幻想郷に流れ込んだという疑問については答えられない、というよりも分からないわ。」

「それは私が始めての漂流者だからか?」

「いいえ、外来人が流れ込んでくること自体は決して珍しくないことだわ。ただ、貴女が流れ込んで来た原因が分からないの。強いていうなら侵略とかそういった意図は感じられないから、恐らく漂流してきたんだろうなと私は思ったけど....そこ止まりね。」

「.....なるほど、わかった。」

 

ひとまず外敵と見なされていないのは幸いだと思えた。もしそうであった場合は、幻想郷に住う者達と、最悪衝突は免れなかっただろう。私としても人外、幻想種だからとはいえ、無益な殺生行為は避けたい。

 

「とりあえず、貴女が元の世界へと帰るための探索をしましょう。その為のサポートもするわ。」

「ほう、それは助かる。」

「その為にもまず、弾幕ごっこを覚えましょう。」

「.....弾幕ごっこ?なんだそれは。」

 

ごっこと言うからには遊戯の類なのだろうが、何故それが今ここで出てくる?コミュニケーションを円滑に行う為のツールなのだろうか。確かにそれを通して話が円滑に進むのならば、私としても助かるのだが。

 

「恐らく貴女のイメージしてる通り、遊びの一種よ。だけど、遊びだけどみんな本気で戦闘をしてくるわ。」

「.....ほう、本気で戦闘をか。まるで闘技のようだな。」

「それが貴女達人間にとって近しい概念かもしれないわね。弾幕って言葉の通り、お札や氷、炎や弾丸など様々な武器を飛ばして戦闘するわ。だけど、飛び道具に限らず拳や刀剣を用いた近接戦闘もありよ。」

「ふむ、なるほどな....遊びは遊びでも危険な武器を使うのだな。」

 

先程の妖精達との交戦で既に実感済みだが、幻想種同士の遊戯なだけにあってそのリスクは常人のそれとは比較にならんようだ。だが、近接戦闘もありならば私でも対応可能だろう。何せ飛び道具の類とはあまり縁がないからだ。

 

「とりあえず何か問題やいざこざが起きた時、幻想郷の住民達は弾幕ごっこの勝敗で解決するわ。だから....」

「私もそれに倣って行動しろ、と言うわけか。良いだろう、今後は私もその習いに従おう。」

「ええ、是非ともそうしてほしいわ。」

 

その様な遊戯を通して物事が解決するのならば、それに越したことはないだろう。遊びであれば死人も出ることはないだろうしな。

 

「あ、けどいくら弾幕ごっこでも当りどころが悪ければ死ぬから注意してね。」

「.....心得た。」

 

と思ったが、どうやらその限りではない様だ。当たりどころ次第だろうが、最悪死のリスクもあるらしい。それを先に言って欲しかったが、苦情を言ってる場合ではあるまい。そう考えていると、ユカリは私に数枚の紙を渡してきた。

 

「あと、弾幕ごっこでは技の開放に『スペルカード』を使って開放するわ。貴女にも渡しておきましょう。」

「ほう、スペルカードか。これ自体はただの紙の様だが....」

「ええ、実際のところただの紙よ。だけど弾幕ごっこでは予めそのスペルカードに技名とその効果を記し、開放する為にはスペルカード名を宣誓しないと発動しないわ。」

「ほう、なるほど....技の発動にはその様な手間が必要なのだな。」

「ちなみに、スペルカードの効果は持ち主個人の能力によるものだから、他人にスペルカード自体を奪われてもなんの意味もないし、逆もまた然りよ。」

「つまり使えるスペルカードは自分のものだけ、というわけか。まあ何にせよ、まずは作ってみるか。」

 

概ねスペルカードの概要は理解した。ならば邯鄲の夢と組み合わせた物を作った方がやりやすいだろう....と、考えていると渡されたスペルカードに文字が浮かび上がってきた。

 

・葬符「死想冥獄(ヘルヘイム)」

・宣神「高き者の箴言(ハーヴァマール)」

 

「あら、早速出来上がったようね。」

「これで私も、弾幕ごっことやらに参加出来るわけか。」

「その通りよ。後はそうね.....ここの住民達の中には固有の能力を持っているけど、妖精達との戦闘を見る限り貴女なら問題なく対応できそうね。」

「能力か。確かに私は常識外れな能力を有しているが、幻想郷にもその手の概念があるのか?」

 

少々意外だったが、思い返してみれば妖精が的確な敵意を持って攻撃してきたのだ。ならば幻想郷の住民が一定数異能を有していても何らおかしくない。そうでなければ抑止力が発生せず常時戦場となっていたはずだ。

 

「ええ、そうよ。当然私も持っているわ。名称だけでも伝えておきましょう。私は『境界を操る程度の能力』を持っているわ。」

「境界を操る程度、か....」

 

操る程度と聞くと、どこか後ろ向きなニュアンスに聞こえる。まあ、真実はそれこそ実戦でしか体感できんだろう。自分の情報をご丁寧にペラペラと明かす輩はそういない。ユカリもあくまで表層部分しか明かす気は無いだろう。

さて、ひとまず盧生としての能力の名称を作らなければならない。であれば、これが適当であろう。

 

「私の能力に名前をつけるのならば『阿頼耶識を司る程度の能力』と言ったところだろう。」

「ふふ、ふふふ.....阿頼耶識、ね。随分と大きく出たわね。」

「悪いか?正直これ以外に適切な名称が思い付かなかった。」

 

実は『夢を操る程度の能力』と言った感じの名称を最初にイメージしていた。最も、これはこれで安直なすぎて何処かの誰かと被る可能性もありえると考えて却下した。それに盧生は人の集合無意識が生み出したという背景的に考えれば、名称とマッチしてるともいえなくもないだろう。

すると、ユカリは笑いを抑えた口調で首を横に振った。

 

「いいえ悪くないわ、そんな風に大雑把でも良いのよ、要は特徴さえ表現できれば良いのだから。」

「そうか、であれば特に問題はなかろう」

「そうね.....さて、私から話せるのはこれくらいね。後は貴女の行動次第だわ。そのまま真っ直ぐ進んで行きなさい。きっとその内、貴女に協力してくれる者と出会えるはずよ。」

「了解した、ここまでの協力を感謝する、ユカリよ。では、行ってくる。」

「ええ、行ってらっしゃいヘル。」

 

私はユカリに一礼し、踵を返して真っ直ぐ道を進んでいった。そして背中から感じた妖艶な気配は消えていった。恐らく境界を操る能力とやらで離脱したのだろう。

幻想郷にとって外来人たる私にあそこまで世話をする理由はわからない。普通、幾ら無害とは言え謎の余所者が居れば冷遇するのが世の常である。しかしあの様な大雑把なスタンスがこの世界の住民のノリなのか、はたまたユカリの計画的な行動なのか、どちらにせよ期待された以上応えねばならない。状況を理解し、行動しなければ問題は解決しないのだから。

 

「さて、先に進めば誰かと出会えると言ったが....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の名前は朱音、ある日を境に幻想郷へと紛れ込んだ。しかし博麗神社の巫女である、博麗霊夢と共に様々な異変を立ち会うようになり、いつからか彼女と共に行動することが多くなった。

そして今回、私達は気がつけば知らない土地にいた。幸い近くには霊夢、そして妖夢さんが居たから3人とも離れ離れという最悪な状況にならずに済んだ。だけど、まだ事は済んでいない。これも紛れもない異変だ、早く解決するための行動をしなければ。

 

「見た感じ私達の知ってる幻想郷のようだけど....」

「今いる場所が似ているだけで、本当は違うかもしれないわ。」

「まずは探索あるのみ、ですね。」

 

そして私達は近くの人里へと向かおうとした。幸いにもそう遠くない場所にある、まずは情報を集めない事には始まらない。しかし人里へと向かっている途中の時だった。

 

「....む?」

 

森の方面から軍服を着た金髪の美女が不意に現れた。私達の居た幻想郷でも見たことがない人物だ、なんとなく怪しいと私は感じだ。

しかし目の前の人物は笑みを浮かべながら私へと声を掛けてきた。

 

「ほう、ここで人と出会えたのは幸先がいいな。すまないが....」

「朱音から離れなさい!」

 

すると妖夢さんが私の前へと立って、剣を抜いて女性へと向ける。女性は表情を変えず、しかし数歩ほど後ろへと下がった。

 

「おいおい、急に剣を向けないでくれよ。危ないではないか。」

「それほどの気の密度を有しながら、どの口が言うか。さては貴女が、この異変を引き起こした犯人なのではないですか?」

「え?そ、そうなのかな.....」

 

妖夢さんの発言に、思わず私も反応してしまう。確かにこの女性からは怪しさは感じたが、あのフランクな雰囲気から、あまり脅威は感じられなかったが.....

 

「あら、貴女が異変の犯人なの?なら今回は早めに元の幻想郷に帰れそうね。」

「ちょっ、霊夢まで!?」

 

しかし妖夢さんの意見に霊夢までもが便乗した。元の世界に早く帰れることに越した事はないけど、こんな適当さで大丈夫なのだろうか....と、私は頭を痛めてしまう。

そして、目の前の女性まで不敵な笑みを浮かべ、腰の剣に手を掛けた。ここまできたら、もう後には引けないと確信する。

 

「そうか、なるほど....ユカリが言ってた事はそういう事か。諍いが起きた時は、弾幕とやらで解決すると。お前達が私を脅威と見るならば是非もない。抜けよ、一つ手合わせをしようではないか。」

「良いでしょう....道を切り開くためにも、斬って斬って、斬りまくる!」

「へぇ、紫ね....あのスキマ妖怪と関わりがあるって言うなら尚更きな臭いわね。良いわよ、やってやろうじゃない!朱音、貴女は避難してて!」

「....大丈夫、私もサポートする!」

 

こうして、この世界における初の弾幕ごっこが始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

◆おまけ◆

 

○登場人物の基礎ステータス紹介

 

 

名前:クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン

種族:人間、ただし心が無い。

二つ名:第3盧生・死神・稀代の殺人鬼

職業:軍人(ナチスドイツ)

能力:阿頼耶識を司る程度の能力.....らしい。(あくまで自己申告。邯鄲の夢を幻想郷の環境に合わせた改変した名称である。)

 

スペルカード

葬符「死想冥獄(ヘルヘイム)」

宣神「高き者の箴言(ハーヴァマール)」

 

ラストワード

「????」

※ラストワードの技名も効果も本人もまだ理解していない。

 

備考:上記のスペルカードは、あくまでクリームヒルト本人が環境に合わせて自信で作り上げたものである。本来の威力や効果は多少変化があるかもしれないとのこと。

 

 

 

名前:朱音(ロス子)

 

種族:人間

二つ名:現状無し・みんなの妹?

職業:現状無しだが、一応博麗の巫女の手伝いをしている。

能力:無し、あくまでただの人間である。ただし不思議な手帳を持っており、それを媒介に一度出会った幻想郷の住民を投影して戦闘させることが可能である。

 

スペルカード

無し

 

ラストワード

無し

 

備考:俗に言う東方ロストワードの主人公、ロス子のステータス。名前もロス子だと締まらないので上記の名前に変更しました。容姿はどのようにイメージしても構いません。個人的にはFgoのぐだ子に近い容姿をイメージしています。

 

 

 



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第二話 激突

いよいよ本格的な弾幕ごっこの開始です。しかし複数戦はまだまだ苦手で、自分の力量不足さを実感しました。もっと上手く人物を動かせるよう頑張ろうと思いました。
とはいえ自分なりに頑張って書いてみましたので、是非お楽しみください。


私は3人の少女と出会い、ここで初めて弾幕ごっこを始めた。最初で目覚めた森で妖精達と一線を交えたことがあるが、あれはまだ幻想郷について右も左も分からない状態だった。だが、ユカリからの最低限の知識を得た。故に、今回こそが実質的な幻想郷における初めての戦闘といえるだろう。

さて、ここで改めて私自身の能力の基礎について振り返る。邯鄲の夢、即ち『阿頼耶識を操る程度の能力』とは、簡潔にいえば夢を現実に紡ぎ出す異能。だが当然、思いのままになんでも出来るわけではない。まず、操れる夢は大きく分けて5種類ある。

 

1つ目、戟法(アタック)。身体能力の夢で、筋力と走力を司る。

2つ目、楯法(ディフェンス)。耐久力の夢で、防御力と回復力を司る。

3つ目、咒法(マジック)。飛び道具の夢で、射撃と拡散を司る。

4つ目、解法(キャンセル)。解析や解体の夢で、透過と破壊を司る。

5つ目、創法(クリエイト)。創造の夢で、物質創造と環境操作を司る。

 

これらの夢を基礎として、掛け合わせて現実へと顕現させることができる。更に前述した夢を複数組み合わせ、特殊な能力へと昇華させることも可能だ。その特殊能力は、この世界ではスペルカードに変貌させた。

これが私の能力の大まかな概要である。これらを駆使し、いざ弾幕ごっこを実践するとしよう。

 

「行くわよ、妖夢!」

「ええ、霊夢も気をつけて。」

 

私は自身の重力を解除して、空中へと浮かぶ。少女たちを見ると、紅白の巫女と刀を携えた少女が宙に浮いた。名前は、レイムとヨウムか。そして一方でもう1人の少女....アカネだったか?彼女は地上にいたままだ。どうやらあの少女は至って普通の人間のようだ。

そう思っていると、少女が手帳を取り出して広げた。

 

「藍さん、お願いします!」

 

少女がそう叫ぶと、手帳から眩い光が放たれ、そこから九つの尾がある金髪の少女が現れる。だが、目に光がなく生命力をほとんど感じない。なるほど、どうやら実在する人物の影法師をあの手帳から出したようだ。

これで3対1となった。まず数の面では不利となりこれは戦闘において大きなアドバンテージとなるだろく。だからといって撤退するわけにもいかない。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

ヨウムが太刀を空に振り上げる。すると半透明な弾幕が広範囲に私へと迫ってくる。なるほど、数も威力も妖精の弾幕とは比較にならない。だが私はその弾幕へを身を投じる。僅かな隙間を掻い潜り、多少の被弾を無視しつつ少女達へと接近する。

 

「へぇ、やるじゃない。なら、これならどうかしら?」

 

私が弾幕を掻い潜ると、今度はレイムからお札の弾幕が放たれる。先程の弾幕とは比べると決してその数は多くない。しかしカウンター気味に放たれたそれを体捌きだけで回避するのは非常に困難。であれば私はどうするべきか?

 

「ならば弾幕ごと迎撃するまで。」

 

防御と回避だけで勝てるほど、勝負は甘くない。故に私はここで迎撃という形で始めて攻撃に転じる。解法の破壊と、咒法の拡散を刀身に纏わせて振り切る。結果、広範囲の斬撃で弾幕ごと飛ばした。

 

「なぁっ!?」

「ぐっ!」

 

私の放った斬撃が放たれた弾幕を吹き飛ばす。レイムとヨウムは予想外だったのか対応に遅れ、咄嗟にシールドを展開するも、亀裂を入れて多少のダメージを負わせることに成功した。

 

「なるほど、これが弾幕ごっこか....なかなか興味深いな。」

「なんの、まだまだこれからです!」

 

振り返ると、背後には九尾の少女、ランがいた。彼女から放たれた光弾が私の周りに展開され、そこから鋭い光線が広範囲に放たれた。流石にこれは回避するのは容易くなく、肉体を透過して回避しようとするも、幾つか被弾する。攻撃を避ける隙はあるものの、それを突破するのは非常に困難。なるほど、これが弾幕ごっこの真髄というわけか.....

 

「合わせるわよ、朱音、妖夢!」

「うん!」

「はい!」

 

そしてレイムとランが弾幕を放つと共に、ヨウムが私に向かって接近する。なるほど、弾幕を目眩しに白兵戦へ持ち込むわけか。とはいえあれほどの数の弾幕を掻い潜りながらでは手が焼けるな。

だが、接近戦は私の得意分野である。そちらから来てくれるのは好都合だ。弾幕を最小限に回避、そして迎撃しながら私はヨウムへと接近し、お互いの間合いへと入り込む。

 

「ッ!」

「はぁッ!」

 

剣と剣がぶつかり合い、激しい火花を放つ。膂力は決して強くないものの、その斬撃の鋭さは私以上のものがあると実感した。それはかつて一戦を交えた友....ミズキを連想させる。その懐かしさに自然と笑みが浮かび上がる。

 

「ッ!あぁっ!」

 

しかし、単純な力の比べ合いでは私に軍配が上がった。剣を振り切るとヨウムはまるで木の葉のように吹き飛ばされる。この機を逃すまいと追撃を加えようとした、その時、背後から力の奔流を感じ取った。

 

「夢想の弾幕から、逃れることは叶わない。あなたはもう既に、私の封印の中にいるわ!」

 

その宣誓と共に、レイムの周りに光が集う。その光にはどこから清らかさがあった。その姿は魔性を払う巫女らしさを感じさせられる。

 

「霊符『夢想封印』」

「ぐうッ!」

 

レイムから放たれた、無数の巨大な光弾は自動追尾して私に命中する。この弾幕の威力は充分脅威で、直ぐに私は楯法を発動して防御に徹する。なるほど、これがスペルカードか。必殺技というだけあるな。

 

「....残念、仕留められなかったか。」

「いやはや、大した技だったな。私は弾幕ごっことやらは始めてだが、命の危機すらあり得ると納得できたよ。」

「確か、スキマ妖怪から聞いたんだっけ?まあ、あんたが異変の元凶っていうんなら、容赦するつもりはないけど。」

「それについては私からも言いたいことがあるが、まあまずはこの一戦を終えてからだな。」

「へぇ、まだやる気なのね。」

「無論だ。」

 

そう言いながら私は懐からスペルカードを一枚取り出す。折角作ったのだ、使わずに腐らせるわけにはいくまい。

 

「もしも汝の死に全ての者が慟哭するのならば、我が汝を冥府から解き放つと誓おう」

 

それは冥府の王からの宣言、死から解放されたいと願うのならば、この試練を踏破してみるがいい。

 

「葬符『死想冥獄(ヘルヘイム)』」

 

スペルカードを解放すると、私の力が今までの倍以上漲っているのを実感する。

これは本来であれば邯鄲の夢における4段階目『急段』に該当する能力である。本来の効果とは異なり、弾幕ごっこにおいては半径数km内において私の思想に賛同した数に応じて身体能力の向上となっている。だが、それでも充分な効果であろうと判断した。

 

「いくぞ」

 

そう呟くと同時に、私は空中を全力で疾走する。3人が一斉に弾幕を放つ、まるで通り抜ける隙間なんて無いと思える程に。だが、私はそれを正面から迎え撃つ。

 

「なっ!?グゥッ....」

 

剣を一閃、二閃振り上げる。過去最大級の剣戟が弾幕の8割を吹き飛ばす。その光景に彼女達は驚愕する。まあ無理もないだろう、今の私は最低でも3人分の合意(ちから)も使っているのだから。前述したように私の掲げたスペルカードには、私の思想に賛同した人数分だけ強化される。その思想とは『死を想え』即ち死への認識である。戦いの場においては死を意識しない事などどんな人物であれ事実上不可能であり、目の前の3人だとて例外ではない。つまり無意識下で私の思想に賛同してることに他ならない。

とにかく、これで難なく正面突破、このまま一気に3人の撃破を狙う。

 

「させません!」

 

すると再びヨウムが私へと接近する。確かに他2人はあまり白兵戦向きではないとは思えない以上、その選択は無難だろう。しかしさっきの力勝負では負けた以上、また斬り合いをする訳にはいくまい。さて、どうするのか?

 

「持てる妖力込めた渾身の一閃....その一太刀は肉を斬らずに命を斬る!」

 

それはスペルカードの宣誓だ。どうやらこの一撃で決着をつけるつもりのようだ。確かに私もこれ以上スペルカードの技を喰らえば無事では済まないかもしれない。良いだろう、その勝負に応じるとしよう。

 

「断命剣『冥想斬』」

 

ヨウムが跳躍すると同時に、奇妙な力を纏った刀身が光を帯びて伸び上がる。それをそのまま私に振り下ろして叩き斬るつもりだ。

私もそれに応えるように、刀身に渾身の夢を込め、迫りくるヨウムに向かって剣を振り上げた。

 

「.....」

「.....」

 

剣戟が交差し、静寂が響き渡る。私もヨウムも剣を振り切ったことは実感した。ならばこそ、この一戦の結末は.....

 

「....」

「ぐッ.....不覚」

 

私の身体に無数の切り傷が開くと同時に、ヨウムは崩れ落ちた。結果は相打ち、だが体力をどうにか持ち堪え立ち上がった私の勝利だった。

 

「妖夢!」

「妖夢さん!」

 

レイムとアカネが声を張り上げる。まあ、ヨウムが死ぬことはないだろう。渾身の夢を剣に注いだが、相打ちで威力は半分まで削ぎ落とされた。であれば今は軽い気絶状態になってるはずだ。

 

「中々やるじゃない、じゃあ今度は私のスペルカードをアンタにぶつけるわ。」

「ほう、良いだろう。」

 

ヨウムを撃破したとはいえ、まだ相手にメンバーは残っている以上勝負は続行か。まだダメージは残っているものの、是非もあるまい。私はもう一度夢をこの身に発動させた。

 

「では、いくぞ」

「ええ。かかってらっしゃい!」

 

レイムと私は視線と言葉を交え、再び弾幕ごっこを再開した。その時だった。

 

「はい、それまで」

 

思わぬ第三者によって、生死させられたのであった。

 

 

 

 

 

◆おまけ◆

 

 

葬符『死想冥獄(ヘルヘイム)

 

クリームヒルトの持つスペルカードの一つ。効果は一定の範囲内で無意識でもクリームヒルトの思想に賛同した数に応じて攻防速を向上させる。

本来のクリームヒルトの世界においては五条楽の4段階目・急段に該当する能力。その効果はクリームヒルトが『あらゆる存在を殺せる異界を広げる』能力である。即ち、賛同者の数が増えれば増えるだけ、クリームヒルトが殺せる世界が広がっていく。それは世界樹の最下層を支配する女神ヘルの冥界を地上に無理矢理広げるが如く。冥界においてはヘルこそが最上位の存在であり、例え大神オーディンであろうともヘルの許可無しでは死者を蘇らせることはできないのだから。



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第三話 森の湖

今回からは異変解決に向けて動いていきます。


 

 

「ちょっと、こいつが犯人じゃないってどういうことよ!?」

「どうもこうも、言葉の通りよ....」

 

私達の弾幕ごっこを間を割って静止させたのは、スキマ妖怪のユカリだった。そして彼女はレイム達に事の経緯について話しているが、どうもレイムは納得していないようである。

 

「だからさっきから話してるじゃない、彼女は外来人よ。確かに超常な異能は持ってるけど、異変を起こしてる様子は全くないわ。」

「うーん、そんな事急に言われてもね....」

「まあ、別にどうしてもクリームヒルトを倒したいのなら構わないわよ。だけど、もしこの異変の真犯人が彼女の存在ごと求めていたとしたら?そしたら永久にこの世界から出られなくなる可能性が高くなるでしょうね。」

「うぐっ....確かにそれは困るわね.....わかったわよ、もう彼女に手を出さないわ。」

 

そう言いながらレイムは渋々と戦意を鎮めた様だ。そして他2人へ視線を向けると....

 

「....私は弾幕ごっこで先にやられた以上、異論はありません。」

「私も大体同じ。霊夢が戦う意志がない以上、どうしようもないもの。」

 

ヨウムもアカネも、同じく戦意はなかった。私も剣を鞘に収めて戦意がないことを示す。それを見てユカリはクスリと笑みを浮かべる。

 

「これでようやく話が進めそうね。」

「ああ...そうだ、まだ名を明かしていたなかった。私はクリームヒルト・レーベンシュタイン。親しい者からはヘルと呼ばれている。この通り、全く見知らぬ土地に来たため、右も左も分からん。故に、協力してくれると助かる。」

「そう....私は博麗霊夢、博麗神社の巫女をやっているわ。まあ、あんたが異変を起こしてないっていうのなら、一応協力してあげるわ。」

「私は、朱音....霊夢の助手をしています。よろしく、ヘルさん。」

「私は魂魄妖夢と言います。冥界の白玉楼にて剣術指南役兼庭師をしています。ひとまずは、よろしくお願いします。」

 

などと、私達はまずは自己紹介を行った。これでようやく、少しは互いの警戒を解く事ができたとみて良いだろう。そして、それを見かねたユカリが話を進める。

 

「さて、ここにいる全員が知っての通り、ここの世界は貴女達が元いた世界とは異なるわ。」

「へぇ、見た感じはいつもの幻想郷って感じだけど。」

「確かにね....他の人達の服も私たちの着ている物と大体同じだし」

「ほう、そうなのだな。」

「ああ、貴女は外来人ですものね。無理もないです。」

 

他の者達は幻想郷とやらの出身なのだろうが、私のみは例外だ。

 

「なぜ貴女達がここに引き込まれたのかは私にはわからないけど、きっと抜け出すための鍵はあると思うわ。」

「あると思う、ね。アンタもしかして、何か知ってるのかしら?」

「....ええ、確信というほどでもないけどね。折角だし伝えておきましょう。」

 

ユカリがそういうと、手に持った扇子を村の方へと向けた。よく見ると、村の中には一際大きな建物があった。

 

「あれは....神社?」

「ええ、その通りよ。実際に行ってみたらわかると思うけど、あの神社からは強力なエネルギーを感じるわ。きっとあそこに、この異変に対する答えがあると思うの。」

「へぇ.....じゃあ、あの神社ぶち壊して犯人ごと一気に仕留めれば....」

「話は最後まで聞きなさい.....今のままじゃ、ただの神社よ。おそらく、何か貢物が必要になると思うわ。だから、物理的に壊したところで、あの神社が壊れるだけよ。」

「何よそれ、めんどくさいわね。」

「力で無理やり解決しようとしないでよ霊夢.....」

 

ユカリの話に対して、レイムは露骨に不満を漏らしていた。正直いうと、ここまでの話を聞いていて、私もレイムと同じ様にあの建物を物理的に破壊することを視野に入れていた。もっとも、ユカリが言うには無意味なことらしいが。

 

「だったらどうすればいいって言うのよ?まさか私達の内、誰かが生贄になれって言うんじゃないでしょうね?」

「そんな事はないわよ。ただ、この村と周辺のどこかにこの異変を解決するための鍵があるはずよ。それを3つ探し出すの。」

「えー何よそれ、面倒くさいわね。ヘル、アンタが引き受けてくれない?私は最後に犯人をぶちのめすから。」

「ちょっと霊夢、それはいくら何でも横暴では!?」

「まあ、やれと言われれば私はやる分には問題ないがな...」

 

レイムは面倒臭そうな表情をし、探索を全て私に丸投げようとした。元より、私も最悪は一人で行動することを視野に入れていたため、別段それでも問題はない。

だがその時、ユカリはクスクスと笑った。

 

「あら、ヘルに全てを投げ渡して良いのかしら?少し村を見てきたけど、依頼を引き受けたら報酬としてお金も貰える案件もあるみたいよ?」

「えっ」

「ほう、それは助かるな。私としても、食事は何処かで取りたいと考えていたのでな。」

「それを先に言いなさいよ!」

「貴女が話の途中で投げ出そうとしたからでしょうが....」

 

ユカリはレイムに対して呆れた口調でそう返す。とはいえ、今の話は確かに好都合だ。金さえ工面ができれば、食事にも困らない。その上この異変とやらの解決につなげることができるのならば、尚更お得だ。

 

「ま、何にせよまずは探索しないことには話にならなそうね。3つに分かれてそれぞれ行動しましょうか。私は朱音と一緒に回ってみるわ。」

「では、私とヘルはそれぞれ単独で回るということですね。」

「その様だな、全員に収穫があれば良いが。」

「ふふ、決まったようね。では頑張りなさないな。」

 

こうして私達は、この地域の探索をする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

私は村の中へと入り、周りを見渡しながら歩みを進める。村に自体の様子は至って平穏、特に何か異変が起きてる様子はない。そう考えていたその時、近くの店の壁に一枚の貼り紙を見かけた。それを見てみると『妖精退治の依頼』と書かれていた。私は店の中にいる男に声をかけて呼び止めた。

 

「すまない、これについて詳しく教えてほしい。」

「ん?ああ、それは山にいる妖精の退治依頼だよ。ここの商品は森の中からとってくる穀物もあるんだが、最近どうにも力の強い妖精が森に入ってきた人間に見境無く攻撃してくるんだよ。特に森の中心にある湖に行くと遭遇しやすいらしい。」

「ほう、妖精がか....」

「一応俺も護身用に刀を持って行くんだが、まるで意味がないんだわ....おかげで品揃えも悪くなってきてねぇ。」

「良いだろう、では私がそれを引き受けよう。」

「へ、良いのかい?」

「ああ、報酬も貰えるのならば私は構わないよ。」

「そりゃ助かる!じゃあ早速、その森の方へと案内するよ。かーちゃん、店番頼むわ!」

「はいよー、いってらっしゃい!」

 

男はそう言い残すと、私を妖精の出るといわれる森へと案内を始めた。村を抜けて暫く歩くと、木が多く薄暗い森が目の前に広がっていた。

 

「ここが例の妖精が出る森だ。森の中を、そのまま真っ直ぐ進んで行けば湖のある場所に行けるよ。ただ、昼間に入ってもそこそこ暗いから、足元には気を付けろよ?」

「ああ、案内に感謝するよ。では行ってくる。」

「....てかお嬢さん、獲物はその剣一本かい?言っちゃ悪いがそれだけじゃ厳しいんじゃ....」

「大丈夫、力には結構自信があるのでな。」

「いやそういう問題じゃ....まあ良いや、とにかく気を付けてな!」

 

その言葉に対して私は手を挙げて返しつつ、森の中へと進んでいった。男の言った通り、昼間にも関わらず、結構暗い。

 

「しかし妖精か、私が最初に出会った妖精とは別の種類なのだろうか?いや....」

 

そもそもよく考えれば、さっき出会った男や霊夢達といい、明らかに日本人だ。そしてあの村も日本の風土であった以上、この地は日本のどこかである事は間違いないだろう。だとしたら、この異変を起こしたのは日本の誰かの仕業なのだろうか.....

そう考えていると、特に何も問題なく湖が見えてきた。

 

「ここがあの男の話していた湖か....案外近かったな。それで、妖精というのは....」

「来たなケンセー!今日こそお前をぶっ飛ばしてあたいが最強なのを証明してやるんだから!」

 

声のする方へと向くと、2体の妖精が現れた。緑色の髪と、水色の髪の妖精だ。

 

「チ、チルノちゃん、あの人私が知ってる剣聖さんじゃないよ....」

「....剣聖?」

 

そしてこの妖精達は奇妙な言葉を口している。曰く剣聖、明らかに剣に精通した者の称号だ。剣の逸話を持った人物が居たのだろうか?

 

「んー?けど腰に剣があるぞ、あいつやっぱケンセーだと思うぞ!」

「いやでも、明らかに髪の色とか違うし....」

「....さて、私がお前たちの求めている者かどうかは、手合わせしてみればわかるのではないか?」

「おお、それは良いな!」

「え、ちょっ、チルノちゃん!?」

 

チルノと呼ばれる妖精は、私に向かって攻撃を放つ。氷の魔術を使うのか、大小様々な氷柱が宙を舞って私に向かって降り注ぐ。知性は決して高くない故に攻撃全体は実に拙い。故に回避は難しくないものの、その脅威さは中々のものだ。まるで周囲が一瞬にして氷点下に変貌したかと錯覚するほど、チルノの司る冷気は純度が高い。負ける気はないが、被害が広がる前に勝負つけるべきだと私は判断した。

 

「早めに決着をつけたほうが良さそうだな。」

「なんの、させるかー!」

 

腰の剣に手を伸ばそうとした瞬間、チルノのが手を私に向けてかざすと、冷凍光線が放たれた。なんとか回避したものの、光線が地面へと被弾し、大きな氷が発生する。そしてその氷が私の手を巻き込み、氷結した。

 

「へっへーん、どうだアタイの作戦は!ケンセーに剣を使わせない様にすれば簡単だ!だったらアタイの能力で手を凍らせれば剣なんて使えないもんねー。やっぱアタイったらサイキョーね!」

「チルノちゃん、その作戦思いつくために徹夜したもんね....その分お昼寝してたけど。」

 

なるほど、単純だが中々効果的な戦法だ。剣士に限らず、人間は手に武器を取って戦うのが基本だ。故に手を凍らせられると何も握れず、武器を手に取ることはできない。そうなれば大抵の場合は撤退か降参する以外に道はないだろう。そう、普通であれば.....

 

「よぅし、こうなればアタイの勝利は目前。あとはスペカで....」

「だが、手温いぞ。」

「...へ?」

 

瞬間、私は凍らされた手に向かって夢を纏わせた。それは肉体の強化を司る戟法....筋力増加の夢を流し込んで放出する。そして無理矢理氷結した腕を動かすと、激しい音と共に氷が小さな結晶となって砕け散る。

 

「キャアァァッ!?」

「な、なんじゃそりゃー!?」

 

二体の妖精は驚愕の表情を浮かべながらも、拳の一撃から放たれた衝撃波を咄嗟の反射で回避する。なるほど、戦闘慣れをしているのか良い反応だ。

 

「なんの!凍符『パーフェクトフリーズ』」

 

チルノは憤慨な表情を浮かべながら、スペルカードを発動した。それは様々な色をした弾幕が放射状に広がって凍結し停止する。その直後に砕け散って弾幕が炸裂する。

 

「ほう、面白い。」

 

私はそう呟くと同時に、脚に解法の崩を集中的に纏わせ、地面へと叩きつけた。所謂震脚、同時に咒法の散で放射状に衝撃波を放ち周囲の弾幕を吹き飛ばした。

 

「うぎゃあああッ!?」

 

チルノも震脚の衝撃波に直撃し大ダメージを負う。その隙に私は地面を蹴り、一気に白兵戦の距離へと縮める。

 

「ヒッ!」

 

チルノが気がついた時には、時既に遅し。互いに手を伸ばせば届く距離にいる。チルノは咄嗟に両腕でガードの構えをとる。それの姿に私は苦笑しつつ、気持ち強めなデコピンをチルノへと放った。

 

「グへッ!?」

 

小さな悲鳴をあげながらチルノは吹っ飛び、後方の木へと激突した。これにて決着、チルノは戦意が喪失したのか、周囲の氷が溶けていく。

 

「ぐぬぬ、悔しいけどこの弾幕勝負はアタイの負けだ。」

「そうか、ではもうこの近くに現れた人間に悪さはしないと誓えるか?」

「うーん、けどケンセーが来てくれないとアタイは退屈だぞ。」

「ふむ、もしかしたら其奴はもうこの地域には居ないのかもしれないぞ?例えば旅に出たとかだな。」

「な、何ィ!?ケンセーめ、アタイともう一回戦うという約束を破ったというのか!」

 

するとチルノは顔を真っ赤にしながら激怒していた。そして上空へと飛翔して行く。

 

「よーし、それじゃあケンセーを探す旅に出るぞー!大ちゃんもついてこい!」

「え、ちょっとチルノちゃん!剣聖さんが何処にいるかまだわからないでしょ!?」

「おい、そこのお前!次にあった時には今度は負けないからな!あ、あとそこのアタイのお宝は持っていって良いぞ。じゃーなー!」

「待ってよチルノちゃーん!」

「....行ったか。」

 

2体の妖精が去って行くのを見送ると、私は湖の中央へと向かった。そこには刀や小銭など様々なものが積み上げられていた。おそらくあの妖精が集めていたのだろう。私は袋に詰められそうなものはそれに入れ、それ以外は手で持って森の入り口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、あんたあの妖精は退治したのか!?」

「ああ、そうだが。」

 

入り口に到着すると、案内してくれた男がいた。どうやら律儀に私を待っていてくれていたらしい。

 

「ちなみにこれは、その妖精が集めていたようだ。貴様のものではないか?」

「お、おお本当だ....うっかり落としてしまったものばかり....ん?これは、巻物か。これもあの妖精が?」

「ああ、その様だが。貴様のものではないのか?」

「ああ、巻物なんて持って森に入る事なんて無いよ。他の人達もそうだろうし、そもそも巻物の落とし物なんて聞いた事ないなぁ。」

 

どうやらこの巻物とやらは、この男のものではないらしい。確かに考えてみると、武器になりそうにもないこの巻物が森に落ちているのは少し違和感を感じる。もっとも、誰かが不注意で持ってきたとあれば、それまでの話かもしれないが.....

 

「ま、幸いかなり古いものらしいしアンタが持っていても良いんじゃないか?妖精を退治してくれた功績もあるしな。」

「良いのか?」

「ああ、別に誰も文句言わないだろうしな。あ、あとこれが報酬な。」

「うむ、確かに受け取った。」

「いやぁ、これで安心してきのこ狩りに行けるよぉ。妖精に怯える日からおさらばだ!」

 

などと男は機嫌がよさそうに笑い声をあげながら去っていった。まあ、私も報酬を貰えたし、これで食べ物も得られるだろう。だが、やはりこの巻物がどうにも気になった。

故に封を解いて少し中身を読んでみた。

 

「.....なるほどな。」

 

私はそう呟いて巻物を閉じた。

結論からいうと、よく分からない。内容自体は誰かの日記なのだろうが、どういった意図なのか、そして誰が書いていたのか現状わからない。

 

「もっと他に欲しいものだが、今はこれ以外ない以上、調べようがないだろう。」

 

故にまずは、食事を済ませてレイムたちを待つとしよう。まずは村の甘味でも味わってみるか。

 



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第四話 決闘

またまた戦闘開始のターン!
.....言い訳になりますが、剣士同士が出会ったのだからこうなる流れも自然だろうなと考えながら書きました。
それにしても、即死スキル持ちのキャラは本当に戦闘シーンが難しいですね。当たればそこで終わりですから。原作者は本当にそういうキャラを上手く動かして戦闘描写を書いているなと思いました。
というわけで、今回のお話も楽しんでもらえれば幸いです。


「はいよ、毎度あり」

 

報酬で得た金を店主に支払い、私は甘味を受け取った。抹茶の串団子、食べるのは始めてである。近くの席に腰を下ろし、私は団子を一つ口に運んだ。

 

「うむ、甘いな。」

 

口に広がる団子の甘さの香りが、少しだけ疲労を感じてた身体にゆっくりと癒しを与える。別段、特に重労働したわけではないが。

ひとまず、もう一度巻物の内容を確認してみることにした。巻物を開いて、日記の内容に目を通していく。

 

 

 

 

 

『○月×日

今日から私は日記をつけることにした。実家を離れてから、知り合った男と結婚した。お腹の中には、新たな命が芽生えている。その事に私は喜びを感じているし、夫の嬉しそうな顔を見ると、私も笑顔になれる。子どもが生まれたら、自慢されるような立派な母になりたい。

頑張って続けていた剣の道は諦めないといけないけど、こればかりは仕方ない。望み続けた夢は必ず叶うわけではない。剣の道を捨て、これからは母としての道を進もう。』

 

 

 

 

日記の内容はこういった感じだ。

内容自体はよくある類の話だ。人が一つの夢を諦め、新たな道を選択するというもの。人は出会いと別れを繰り返して成長していくものだ。その過程で、夢の形が今までとは別の形、或いは夢そのものが変わることがある。それは価値観の違いや、他人との衝撃の影響が原因であったりもする。この日記の主の場合、結婚という人生の大きなターニングポイントが最大の原因だろう。もっとも、それは本人が選んだ道だ。こればかりは、本人が後悔しない事を願うばかりだ。

 

「私も、母親になりたいという夢があるからなぁ.....」

 

私は手元の日記を閉じ、団子を口に運びながらそう呟いた。

とまあ、この日記の内容から分かることは現状これくらいのものだ。この異変に繋がりそうな原因は全く得られなかった。そういえば、他の者達の進捗はどうなのだろうか。良い結果が得られれば良いのだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ助かったよぉ、やっぱ若い人の力を借りたほうが早いのぉ。」

 

霊夢達と別れて、私は村の中を探索していた。その時に畑を持っている老人が作業をしており、なにやら困っている様子だったので手伝う事にした。そして現在に至る。

 

「いえ、力になれたようなら幸いです。では、私はこれで。」

「ちょっと待ちなさい、お礼になれば良いのだが、これを食べてから行っておくれ。」

「これは....わかりました、遠慮なく頂かせてもらいます。」

 

老人が私を呼び止めると、おにぎりを渡してきた。ちょうど私も腹を空かせていたので、断る理由もないため、そのおにぎりを食べた。

 

「ふふ、とても美味しいです。おじいさんの手作りですか?」

「その通りだ。男の手料理だから粗さが目立つと思うがのぉ....そういえば、畑を耕している時にこれを見つけてなぁ。」

「これは、巻物?」

「うむ、畑を耕してた時にクワの先に妙な手応えを感じたのじゃ。それで土を掘り返したら箱を見つけての。そして開けるとそれが入っていたのじゃ。」

「はぁ、なるほど....奇妙な話ですね。」

 

畑に巻物が埋まっていたとは、なんとも変な体験だ。そして巻物紐を解いて、中身を見てみる。内容はパッと見た感じ、誰かの日記のようだ。

 

「良かったらもらってくれ、こんな老人がそんなものを持っていても仕方ないわい。」

「はい、ありがとうございます。では、失礼します。」

 

私は老人に一礼し、その場後にした。この巻物は何処か不可思議な雰囲気を感じるので、念の為に持っていたほうが良いだろうと判断した。

 

「さて、霊夢達と合流でも....あれは。」

 

老人宅を出て村の中を歩いていると、茶屋で団子を食べているクリームヒルトを見かけた。そして彼女の手元にも巻物がある。そうだ、では.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘル、その巻物は....」

「む?ヨウムか。これは依頼の報酬でもらったものだが....なるほど、お前もか。」

「ええ、奇妙な一致ですね。」

 

声のした方向に振り返ると、そこにはヨウムがいた。そして手元には巻物がある。どうやらお互い依頼の報酬で似たものを手に入れたらしい。

 

「これはまた、この巻物に怪しさが増してきたな。」

「ええ、そうですね。おそらくこのイベント関係があるのでしょう。」

「ならばレイム達を探してみるか。もしかしたらこの巻物を持ってるかもしれないしな。」

「その前に待ってください、少し私と付き合って欲しい。」

「....なんだと?」

「....ついて来てください。」

 

ヨウムはそういって森のある方向へと歩いていった。無視するわけにもいかないので、私は彼女の後へとついていく。一体何が目的なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く歩き続けて、森の深い場所まで進んでいった。そして不意にヨウムが止まり、振り返って私と向き合う。

 

「.....それで、ここまで私を連れてきて何がしたいのだ?」

「ええ、端的に言います。お手合わせをお願いしたい。」

 

そう言いながら、ヨウムは2本の刀を抜刀した。つまり私と一戦交えたいらしい.....なんとも唐突な話だ。互いの性能の比べ合いでもしたいのだろうか。

 

「先程は初対面な上、霊夢達と一緒の戦闘でしたからね。しかし、剣士同士であれば、単騎戦こそが真骨頂と考えてますが、如何に?」

「ふむ、確かにな。良いぞ、その案に乗るとしよう。」

 

そう言いながら、私は腰の剣を抜いた。実際、タイマンでの妖夢の戦闘力がどれほどか興味はあった。なればこそ、是非もあるまい。

 

「では....」

「いざ尋常に」

「勝負ッ!」

 

剣士同士の決戦が、今始まった。私と妖夢、どちらも双方に地を蹴って接近する。そして、この一戦は本気でのぶつかり合いこそを、ヨウムは望んでいるとみた。この場において、弾幕の応酬はあまり意味をなさないだろう。元より私の咒法適正は低く、何よりこれは剣士同士の決闘なのだから。剣の応酬こそがふさわしいだろう。だからこそ、初手から私は渾身の夢を剣に纏わせる。戟法、解法、創法の三種融合を顕現させ、その一撃を一閃放つ。

 

「くッ、オォォォォォッ!」

 

ヨウムはその剣戟を、自身の刃で剣の方向を逸らそうとした。しかし直前でそれをやめ、無理矢理前転して回避した。

どうやら接触すら危険だと思ったのだろう。実際、単純なパワー比べなら負ける気はないからな。

 

「よく回避した。だが、避けるだけでは勝機はないぞ。」

「その程度のこと、知ってますよ。」

「では、今度はどのように対処するか....」

 

そう言いながら私は再度ヨウムへと向き直り、最接近をする。先程と同様、全力の速度と力を放出させながら、彼女のこめかみを狙った刺突を放った。さあ、今度はどんな対応をしてくれるのだ?

 

「はぁッ!」

「ッ!」

 

今度は首先だけで刺突を回避し、私の脇腹に大刀の一撃を加える。なるほど、綺麗な太刀筋だ......良いぞその調子だ。かつてミズキと一戦交えた時を彷彿させる。まだ喰らった傷は少し浅いものの、更なる武術を魅せてくれると期待できる。

 

「貴女の攻撃は良くも悪くも単純ですからね。軌道さえ読めれば、返し技の一つや二つ思いつきますよ。」

「悪くないぞヨウム、さあもっと語らおう。お前の力で私を魅せてくれ。」

「....随分とノリノリですね。まあ、私も私で武者震いが止まらないのですが。」

 

実際ヨウムの手を注目すると、手が小刻みに震えていた。高度の緊張感で、体が自然と震えているようだな。同時にそれだけ本気で戦っている証拠だろう。

そしてヨウムがスペルカードを出し、宣誓する。

 

「空を断ち、断りを断ち、時をも断つ!我が剣からは何人たりとも、逃れることあたわず.... 人鬼『未来永劫斬』」

 

スペルカードの発動と同時に、ヨウムは私の周囲を全方位に駆け巡りつつ、無数の斬撃を叩き込む。そして最後に一度鞘に納めた太刀を一気に引き放ち、私に巨大な斬撃を放った。なるほど、あれが居合切り。抜刀の勢いを利用した剣術か....興味深い。

 

「....ッ!」

 

その斬撃を私は楯法で身を硬めて斬撃を防いだ。一つ一つの斬撃は軽いものの、連続で当てられれば回復が追い付かないかもしれない、そう感じさせられる技だった。

 

「....防ぎ切りましたか。ならば、何度でも!」

「二度も同じでは通じんよ.... 葬符「死想冥獄(ヘルヘイム)

「ッ!?」

 

互いにスペルカードを発動させた。しかし、今度は私自身もヨウムと同様に高速で動き回って斬撃を放つ。一閃、二閃と無限に続きそうな斬撃の応酬が空中で交差し続ける。そして.....

 

「ガアッ!」

「....ここまでか?」

「うっ、グゥッ.....なんの、まだまだッ!*

 

私の剣戟がヨウムに直撃し、軽くない一撃を与えた。今の手応えで後一撃でも喰らえば、ヨウムは戦闘続行が不可能になることを実感する。少々もったいない気がするが、ここで一度打ち止めとするか。

だがそう考えた時、ヨウムは立ち上がってかつてないほどの眼光、そして闘気を溢れ出しながら私と向き合う。恐らく気力一つで立ち上がったのだろう、彼女の呼吸はひどく粗かった。

 

「ハァハァ.....仕方ないですね。ならば、最後の切り札を切らせて頂きます。」

「....ほう、切り札とな。良いぞ、それは私も見てみたいものだ。」

「ええ、見せてあげますとも!」

 

ヨウムが放つそれは、過去最高の輝きと剣気を放っていた。かつて無いほどの力の奔流を感じさせる。ならばこそ、私も全霊を出さねばなるまい。故に私も、もう一枚のスペルカードを取り出し、発動させる。

 

「冥界・白玉楼、剣術指南役奥義!我が修行の集大成、半人半霊の全身全霊.... 」

「富は滅び、親しき者は死に絶え、いずれは己も死に至る.... 」

 

ヨウムは両手に自身の刀を携え、刀に強力な力を凝縮させていく。一方で私の背後には死想が集いそれが形を成していく。そして顕現せしは漆黒の鎧を身に纏った鋼の戦神、死の概念そのものだ。顕現と同時に時が止まったかのように静謐に満たされ、まるで冥界に落ちたかのように錯覚させた。だが、ヨウムはその雰囲気に呑まれることなく、自身の奥義を私に向かって放ってきた。

 

「『待宵反射衛星斬』」

「宣神『高き者の箴言(ハーヴァマール)』」

 

私達は同時に互いの奥義をぶつけ合った。

ヨウムの放つそれは、時間差で降り注ぐ無数の剣戟の豪雨だった。月面から放たれたかと錯覚するほど長く、そして滝のように降り注ぐ斬撃の豪雨。もはや逃げる隙間なんて皆無と感じさせるそれは、まさに奥義にふさわしいだろう。

そして私はそれを終段....をスペルカードの型に嵌めたそれで迎え撃つ。本来ならば世界そのもに影響を及ぼしかねない夢だが、今回は最大でも山脈を消し飛ぶであろうレベルに引き下げた。そして、私の意思を己の意思として汲み取った神格は、無数の斬撃を前に臆することなく死の大槍を肩に担ぎ、ヨウムに向かって放った。

 

「なっ、それは....」

 

投擲された槍から放たれる神威は、斬撃の弾幕を破壊ではなく死を齎し、一つ残さず消滅させていく。それはまるで冥界の領土を拡大させていくかのように。そして.....

 

「が、あぁっ.....まだまだ、修行不足でしたか.....」

 

最後に槍はヨウムに被弾した。ヨウムは地面へと倒れ込み、この勝負の決着がついたのであった。

 

 

 

 



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第五話 失われた言葉

いよいよ物語も終盤となりました。少々複雑な話になってきてると思いますが、お付き合い頂けると幸いです。


 

 

「う、うぅ....派手にやられました。」

「立てるか、ヨウム?」

「ええ、どうにか....ていうか、殺す気だったんじゃないですか貴女?」

「今の本気でやったのは事実だが、殺すつもりはなかったぞ。」

「そ、そうですか.....」

 

私はそう言いながらヨウムの手を掴み、引っ張りあげた。見た感じ重症を負ってない様で幸いである。やはりスペルカードの型に嵌ったことで、殺生率がほぼ無くなっている様だ。

 

「それはそうとヨウム、お前も妙な巻物を手に入れたのだろう?私のも渡すから、それを見せて欲しい。」

「ええ、どうぞ.....ところでヘル。貴女の剣を何度も受けた身として、感じたことを言わせて欲しいです。」

「ほう、それは是非とも聞かせて欲しいな。」

 

互いの巻物を交換しながら、ヨウムはそのようなことをいった。私としても剣士であるヨウムの意見は貴重なものだ。是非とも参考にしたい。。

 

「まず、貴女の剣が奏でる旋律はとても単純.....例えるなら、一つだけの音色だけを出しているといえば伝わるでしょうか。」

「ああ、それ自体は私も自覚してるとも。」

「ええ、非常に良くも悪くも異端な剣だと思います。」

 

旋律では無く、あくまで単一の概念を極めた剣戟。それこそが私が過去から今に至るまで振り続けた技に他ならない。それをヨウムは異端だと言う。

 

「剣は基本的に柔と剛、あるいはその中間に分類され、そこから自分の剣の質を見極め、昇華させていくものです。ですが、貴女の剣は、その概念すらも平等に殺してしまっている.....つまり、貴女の剣術はあまりに単一すぎる。それ以上成長を施しようが無い、少なくとも私には思いつきません。」

「.....そうか。」

 

それは、私自身脳裏に考えついていたことだ。1人の剣士として考えるのならば、誰であれ成長が望まれる。であれば、どのような未来へと羽ばたいていくのか、その方向性を決めなければならない。だが、私の剣はたった一つの音色、旋律を奏でることができない。故にその道は袋小路、私の剣の道は、成長を望むのが非常に難しいと言えるのだろう。

 

「ですが、これはあくまで私の意見です。もしかしたら、頑張り続けていれば、切り開ける未来があるかもしれません。」

「そうか、心得ておこう。」

「....本当にすみません、半端者ながら身勝手な意見を言ってしまって。」

「構わんよ、いずれ考えるべき事だっただろうからな。」

 

私は微笑みながらヨウムへと返答した。実際、これは私自身の課題なのだから。寧ろ考える機会を与えてくれたのだから、感謝したいくらいだ。

 

「ああ、そういえば私もそちらの巻物は確認してないので、良ければ一緒に見ませんか?」

「そうだな、その方がいいだろう。」

「ありがとうございます。」

 

こうして私とヨウムはお互いに手の入れた巻物を広げた。ヨウムの手に入れた巻物には、このような事が記されていた。

 

 

 

 

『○月△日

子供達が成長し、私の元から離れいった。とても寂しくなるが、同時に誇らしい。あの子達ならきっと、より良い家庭を築いていけるだろう。夫も先立ってしまい、この家には私1人だけがいる。子供の1人が一緒に暮らそうと誘ってきたが、私はあえて断った。せっかく独り立ちするのだから、私をいちいち抱える必要なんて無いのだから。

だから私は、この孤独に耐えるために毎日剣を振り続ける。私だけが体得した剣技を磨き、磨き抜いた心理を尚も研ぎ澄ませる。幾度と無く何度も何度も、溢れ出る涙がきっと止まると信じて.....』

 

 

ここで巻物の内容は終わっていた。

 

「....なるほど。」

 

読み終えてまず私が感じたことは、この書き手は家族と疎遠になったようだ。そして何日も剣の鍛錬を続けていたこと、やはり剣の道への未練がどこか残っていたのだろう。

 

「....この巻物の書き手の人は、どうしても剣士になりたかったのでしょうか。」

 

そしてヨウムも、おそらく私と同じ感想を抱いているのだろう。この異変も、その未練が原因で引き起こしたのだろうか.....

 

「....もう少し、ヒントが欲しいな。」

「ええ、後は霊夢達が見つけてくれるでしょう。」

「では、私達は神社の方で待ってるとするか。」

「はい!」

 

そうして私とヨウムは神社の方へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで終わりかしら。」

 

私と霊夢は今、ある洞窟へ向かっていた。依頼の内容は、洞窟に住み着いた妖精たちの駆除だ。実際に訪れるとあまりの多さに私は驚愕し、霊夢は呆れてため息を吐いていた。そして何体もの妖精を倒して、今に至る。

 

「うん、今目に映る範囲ではいないと思う。」

「そう、それなら良かったわ。全く、面倒を押し付けてくれるわねぇ、あのおじさん。まあ、お金頂けるなら別に良いんだけどねー。」

「あはは...そういえばあのおじさん、変な事言ってたよね。確か『剣聖様が居なくなってから〜』とか。」

「んー、まあね。」

 

そのおじさんもそうだが、この村を散策していてからよく聞く言葉だ。曰く『剣聖様が居なくなってから妖精が出るようになった』とか『剣聖様の加護が無くなった』など。正直何を言ってるのか、私にはよくわからなかった。だけど.....

 

「私はなんとなく予想がつくけど、まあまずはこの依頼を済ませましょう。」

「うん、そうだね。あ、あれって....」

 

霊夢は察しがついているみたいだし、それならきっと解決できそうだな気がした。そう思っていたとき、洞窟の奥に小さな祠があった。その中心には巻物が置かれている。

 

「霊夢、これって....」

「ええ、あの巻物から妙に膨大な霊力が込められてるわ。きっと妖精がこの力に吸い寄せられていたのね。だったら....」

 

霊夢はそう言いながら巻物に手を伸ばした。すると、辺りに感じていた圧力が一気に失ったように感じた。

 

「よし、これでもう妖精が住み着いてわるさをすることはなくなるでしょう。さ、戻ろうかしら。」

「え、中身は見ないの?」

「そんなの後でいいわよ、まずは報酬から優先よ。」

「も、もう.....しょうがないなぁ。」

 

そう言いながら、私と霊夢は洞窟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして洞窟の妖精退治を済ませた事を、依頼主のおじさんへと報告した。そして報酬のお金と巻物を手に入れた。

 

「ふふ〜、結構貰えたわね。これで結構良いもの食べれそうじゃない?」

「そ、そうだね....元の世界に持って帰って良いのか、少し疑問だけど。」

「そんなことは後から考えれば良いのよ。」

「もう、霊夢ったら...」

 

とてもご満悦な霊夢をひとまず無視して、私は手に入れた巻物を開いた。すると、この様なことが書かれていた。

 

 

 

『◯月◆日

ある日1人の男が私の元へと現れ、私の剣技に惚れ込み手合わせをしたいと言ってきた。この皺だらけになった女に興味を抱くとは妙な男だ。だが、最早生きる目的もほとんど無い私だ、断る理由も特に無い。だから、誘われた場所へとこれから向かうとしよう。その場所の名は『■■島』.....この日記を綴る日も、もしかしたら最後になるかもしれない。最悪、私の剣が殺人剣へと成り代わるかもしれない。そうなった暁には、せめて子供達が平穏な日々を暮らせると....それだけが、唯一の私の願いだ。』

 

 

ここで日記は終わっていた。すると霊夢が私の背後から日記を覗き込んで、どこか納得した表情を浮かべた。

 

「....やっぱりね、そんなところだと思ったわよ。」

「えっ.....霊夢は、もう失われた言葉は気付いてる感じ?」

「まぁね。多分この異変を起こした犯人もこれくらいは解けると見込んでると思うわ。それにおそらくだけど、この異変自体に大きな問題はないわ。」

「そ、そうなの?」

「ええ、この異変に複雑な因果はないわ。だって犯人の本当の目的は、私達と出会う事でしょうから。」

 

霊夢は自信を持ってそう言い放つ。随分と先まで見通してる様子のある霊夢に、私は思わず驚きの声を上げた。

 

「凄いわね霊夢、なんだか私置いてきぼりな気がするけど....」

「....別に気にすることないわよ、異変が解決すればそれで良いんだから。朱音、とりあえず手帳を開いてみなさい。」

「え、うん....」

 

私は霊夢に施されるまま、手帳を開いた。すると、白紙だった部分から文字が浮かび上がり、私は目を見開いた。そして霊夢を目線を交わる。

 

「れ、霊夢....このロストワードって....」

「そういう事よ。さあ、紫の言っていた神社に行きましょう。きっとあの二人も着いている筈だわ。」

 

 

 

 

 

 

そして、私達全員は神社の方へと集合した。みんなの手元には集めてきた巻物がちゃんとあることを確認して、鳥居を潜る。そして祭壇の前へと立ち、レイムが3つの巻物をお供えした。

 

「さて、ロストワードを明かすだけね。そしてその先に、この違反の犯人が待ち受けているわ。」

「....なぜ異変が起き、そして私達を招いたのか。」

「その真実を犯人とやらに吐いてもらおうではないか。」

 

場に緊張が走る。そしてレイムがゆっくりとロストワードを口から放った。

そして、アカネの持つ手帳から音が鳴り響き、私達は不意に次元の崩壊に巻き込まれた。

 

「なあっ!?」

「これは....」

 

しかしこの感覚は、どこか懐かしさを感じさせた。それはこの異世界へと運び込まれた時と同じ。まるで資格を得て、次なるステージへと招かれているような....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....んっ」

 

気がつくと、私達の目の前には海が広がっていた。背後には木々が生い茂っている。ここは海岸、なのだろうか。

 

「私たちは、神社にいた筈じゃ....」

「落ち着いて、まずは周りの探索から始めましょう。ここがどんな場所なのか分からないと始まらないわ。」

 

レイムはそう言いながら先へと進んでいった。私達は目を合わせて霊夢の後へと続いていく。

 

「....繰り返しの疑問になりますが、何故この異変の犯人は私達を招いたのでしょうか。」

「それは特に私もそうだ、私に至ってはお前達とは無関係の世界から来たのだからな。私が必要な理由が、全く分からない。」

「確かにそうですね.....」

 

そう、全く分からないのだ。幻想郷とやらの世界に、何故私は巻き込まれたのか。あの日記を読むに、剣への未練が強いことはわかる。そして招かれた以上、全力で取り組む姿勢に変わりはないが、それでもやはりどうしても私が巻き込まれた疑問が残る。そこは犯人にしっかりと話してもらいたいところだ。そう考えていると、レイムが何かを見つけた。

 

「あれは....お墓、かしら?」

 

そこには文字が刻まれた石が幾つか立てられていた。霊夢が言うには墓石のようだが、こるが日本の墓標なのか。なるほど、私の故郷のそれとは微妙に違うのだな。

 

「しかし、誰のお墓なのでしょうか。」

「名前を見る限り、私達の知ってる人物ではなさそうね。」

「ええ、私も心当たりないわ。」

 

3人の反応を見るに、我々の知らない全く無関係の人物の墓のようだ。無論、私に至っては語るまでもない。その他には特に注目する箇所もないので立ち去ろうとした時だった。

 

「へぇ、お前さん達があの試練を踏破したのかい。」

 

背後から声が聞こえ、私達は一斉に振り返った。そこには一人の老女がいた。真っ白な頭髪、皺の目立つ顔、古さの感じる和服....そして、背中には大きな太刀を背負っていた。

 

「....貴女がこの土地の主、ということかしら?」

「....さてねぇ、私は気がついたらここで暮らしていただけだよ。ただ.....」

 

レイムの問いかけに、老女は飄々とした雰囲気で返答した。だが次の瞬間、射抜くような眼光が私達を貫く。

 

「....その墓は私の大事な物だよ、迂闊に触れないでくれ。」

「それは失礼した、何分無知なままこの地に漂流されたのでね。申し遅れた、私の名はクリームヒルト・レーベンシュタイン。貴殿の名前を、よければ教えて欲しい。」

「....へぇ、あんた西洋の人間かい。」

 

老女は名乗った私に少し驚いた目線を送る。そして不敵な笑みを浮かべながら、老女は自身の名を明かす。

 

「私の名前は....いや、与えられた名は『佐々木小次郎』お前達を待ち望んだ女だよ。」

 

そう、その名は神社でレイムが放ったロストワード。失われた言葉とは即ち、目の前の老女の名前に他ならなかった。




さて、ここから先を書き上げるのが大変ですね.....それでも頑張っていこうと思います。


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第六話 剣の求道

いよいよラスボス戦の始まりです。


「まさか、佐々木小次郎と出会えるなんてね...」

「ええ。確か、巌流島の決戦で宮本武蔵と戦った事で有名な人の筈じゃ....」

「へぇ、アンタらのところではそうなんだねぇ....」

 

レイムとヨウムの言葉を聞いた老女は、複雑そうな表情を浮かべながら言葉を返した。私も最初はその名を聞いた時はあまりよく知らなかったが、妖夢達から話を聞いたことである程度理解した。

曰く、日本でも有名の剣豪であるとか。そひて巌流島でライバルたる宮本武蔵との決戦の果てに敗北し死亡した。もっとも、時代が流れるにつれてその逸話もどこまで真実かは不明となった。だが.....

 

「その本人が目の前にいるのならば、その決戦の話も本当かもしれないと....」

「だが、まさか女性だったなんて....」

「ま、その辺りはひとまず置いといて....本題に入りましょうか、佐々木小次郎。」

 

そう言いながらレイムが鋭い眼光をしながらコジロウの前へと出る。

 

「単刀直入に聞くけど、あんたはなんでこの異変を起こしたの?そして、なぜ私達を招き入れたのか....きっちり答えてもらおうじゃないの。」

「....そうだね、端的に言うなら私のわがままだよ。」

 

レイムの問いかけに、コジロウは目を伏せながらそう答える。この異変はコジロウのわがままによるもの。それは具体的にどの様な意味なのか....するとレイムは苦笑しながら言葉を返す。

 

「わがまま、ねぇ。お婆ちゃんも良い歳なんだから、もう少し自重して欲しいんだけど....」

「全くだ、ぐうの音も出ないよ。だけど人間ってのは歳を取れば取るほど大人しくなるといったら、そうでもないのだよ。寧ろ一度暴走した欲望への執着心が強くなって、自分でもどうしようもなくなるほど、爆走してしまうものなのさ。」

「....まあ、確かにそういった部分は誰しもあるかもしれないわね。」

 

コジロウのいった理論に、私も少し肯定する。私も今まで出会ってきた人物でも、当てはまるものが何人か過去の記憶で該当する。それは幸福を飽食する人種、欲望に際限なく突き進む人間と何度も出会い、その多くは大人だった。あの出来事は、人間は大人だからこそ自信の欲に忠実に傾きやすいと言う一例であったのだと、改めて思えたのだった。

 

「そして、あんたもそんな人間だったわけね。まあ、あの日記を読めばそうだったんだろうなって察したけど。」

「ふふ、そうさ....私は一度は剣士の夢を諦めた。そして母親としての道を進んだけど....悲しいかな、その夢は何年経っても諦めることができなかった。そして子供達が自立した後は、私は子供達の前から姿を消し、ただひたすらに剣を振り続けた女だよ。」

 

そう、あの日記に書いていたこととはつまりそういうことだ。ならばこそ、問わずにはいられない。

 

「ではそろそろ答えてもらおう。私達をここに誘ったのは何のためだ?」

 

その問いかけに対し、コジロウは不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

「私がお前達に求めるものは、とても単純だよ。納得(はいぼく)を与えて欲しい、それだけだ。」

「....何?」

 

敗北だと?この女は一体何をいっている。何に敗北したいといってるのだ?するとコジロウはポツリポツリと呟き始めた。

 

「私はね、剣士でありながら実戦経験が一度もないのさ。例外があるとすれば、アイツとの決戦くらいなものさ。何故なら私は女....いいや、子を持つ母親だから戦場に立つことが許されなかった。決して死にたがりってわけじゃないけど、せめて一度はと思わずにいられなかったのさ。」

「....つまりこういうことですか。宮本武蔵以外の剣士と剣を結びたかったと、そういうわけですが。」

 

ヨウムはそう言いながら剣を抜き、戦闘態勢へと入った。その様子を見たコジロウは苦笑を浮かべながらもう一つの真実を明かす。

 

「それもあるが、私はね....まだちゃんと死ねてないんだよ。」

「....何ですって?」

「言葉の通りさ。私はある剣士と戦い、敗北して死んだ。だけどこの通り、ちゃんと死ねてないのさ。そうだね、きっと亡霊と言うやつだろうね....私の中でまだ何か納得を得てないから、こんな風に死に損ないになっているんだよ、きっと。」

「....なるほど、そういうことか。」

 

ここで私は、ようやく理解した。原因こそ不明だが、このコジロウは納得のいく答えを得るまで死ねない身体になっている。故に同じ剣士として答えを出してくれる者を探し続けていたのだ。それこそ、世界の垣根を越えてまで求めるほどに、その執念を滾らせていたのだと。

そしてそのコジロウの妄執が溢れたのか、辺りの空気が張り詰め始めた。最早その意思を押さえきれないと主張してるかの様に、殺気が空間を支配し始める。

 

「良いだろう、ならばその執念に応えるとしよう。」

「ええ、私も貴女と剣を結ぶことを決意した。同じ剣士として、敬意を込めて!」

 

故に私とヨウムの意思に迷いはなかった。剣士として求められた以上、この闘いに応えない訳にはいかない。

その一方で、レイムはアカネを庇う形で正面に立っていた。その額からは汗が数滴垂れていた。

 

「....朱音、私の前に出たらダメよ。小次郎の殺気は並大抵のものじゃない、常人なら直撃しただけで死ねるわ。」

「.....うん。」

 

レイムの言葉に対しアカネは頷くしかなかった。事実、コジロウから放たれる戦意の密度は辺りを支配する神威の如く。その戦意と向き合うだけでも、私もヨウムも精神力が削られている。

そして、コジロウがもう抑えられないと言わんばかりに笑い声を張り上げる。

 

「ふふ、ふははははは!あははははははは!ああ、ずっと待ってたこの時を.....最早この滾る戦意を押さえる必要なし。佐々木小次郎、いざ参る!」

 

そう宣誓すると、コジロウは背中に背負っていた長刀を鞘から抜き取った。その刃自体は至って普通、血の匂いはほとんどない。だが、まるで歴戦の兵士が培ってきた戦意、闘気が込められていた。そしてその密度はまさに常人をはるかに上回る程だ。

 

「いくぞ。」

 

そしてコジロウがそう呟くと同時、一瞬にして私の眼前までへと距離を詰めていた。そして長刀が私の首を斬り飛ばそうと迫ってくる。

私はすかさず腰の剣を抜き、迫る刃を迎撃する。ぶつかり合う剣戟、そして爆ぜる衝撃波が火花を散らす。

 

「ほう、良い反応するじゃないかアンタ。死の剣戟を振り回す、まさに死神だね....ヒヤヒヤするよ。」

「それはこちらのセリフだ....実戦経験が皆無とは聞いて呆れる。初撃で勝負を決める気だっただろう。」

 

事実、距離を詰められた時点で私は命の危機を感じていた。もしも私があの時防御態勢に入っていたら、剣と腕ごと斬り裂いて私に致命傷を与えていただろう。それほどコジロウの斬撃は鋭く、斬れ味と威力なら恐らくミズキと同等、もしくは上回るほどかもしれない。故に攻撃に対して攻撃で迎え撃つ、そういう対応をしなければ間違いなく遅れをとっていただろう。

 

「ほう、ではどうする?」

「....決まっている。」

 

故に、互いの戦術は否応もなく決まる。防御を捨てた特攻の繰り返しである。共に相手に接触すればほぼ即死の剣戟をひたすらに放つ。

 

「はぁッ!」

「ッ!」

 

死滅の剣戟と斬殺の剣戟が交差し、同時に回避する。この時点で刃が交えた数は百を越え、同時に死を感じた回数も同じく百を越えている。まさにここは死地となっていたが、このままこの戦況が続ければ千日手となるだろう。だが、ここにはもう一人剣士が存在する。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

幻想郷の剣士、魂魄妖夢が二刀の刃を振るいあげる。上空から振り下ろされた二連撃を、コジロウは後方へ飛びながら回避する。

 

「そこの小娘も見所があるねぇ....ふふ、楽しくなってきたよ。」

「その余裕、今に崩してあげましょう!」

 

微笑みをあげるコジロウへ、私とヨウムは同時に突貫をする。戦況は変わり、2対1となり数の面ではこちらの有利と言えるだろう。だが....

 

「怖いねぇ、一撃たりとも受けられないよ。」

「くッ!そんな馬鹿な....」

「.....」

 

私達の剣戟が直撃せず、悉くが空を斬る。コジロウの剣は、その長さからは考えられない様な滑らかさで無数の剣戟を受け流す。それはまるで光を喰らう闇の如く、まさに剣聖の名に相応しい剣舞だ。そして....

 

「ふッ!」

「ぐッ....」

「がァッ!」

 

時折放たれる返しの一閃が私達の身体を削っていく。その一撃は軽いものの、徐々に確実に負傷を重ねていってる。耐久力に自信のある私はともかく、ヨウムの耐久力は決して高くないだろう。ならば....

 

「早めに勝負を決めるしかない....宣神『高き者の箴言』」

「....へぇ、それが」

 

私のスペルカードの宣誓と共に、死の神格が背後から顕現した。そして神威を纏った大槍を構え、コジロウに向けて投擲させる。

それに対してコジロウは構えを取り、そしてゆっくりと呟く。

 

「秘剣『燕返し』」

 

北欧の主神を前にして、剣聖と謳われた老剣士は自慢の獲物の剣先を神格と死神へと向ける。物干し竿の剣先が揺らめいた瞬間、なんと主神と私に無数の斬り傷が刻み込まれた。

 

「ッ!ヘルッ!?」

「な、ぁ....」

 

あたりに響き渡るヨウムの声、そして私は実感した痛みと共に苦悶の声を無意識に口から出す。斬り刻まれる過程を認識することは叶わず、終段ともに斬られたという『結果』だけをこの身に実感した。なるほど、これがコジロウのスペルカードの一つ、秘剣と謳いあげるだけの事はある。

 

「それが貴女の奥の手か、死神よ。」

 

視線の先には、剣先を下ろし失望したような表情をしたコジロウが居た。それはまるで期待外れ、そんなものかと、そのような意味を込めた表情が感じ取れた。

 

「別に私は他人の戦い方に文句を言う趣味は無いけどね、アンタに対しては敢えて言っておくよ。最後の切り札が神頼みだなんて、剣士としてそれはどうなんだい?」

「.....」

 

それは今まで一切言われた事のない言葉であり、同時に私にとって大きな衝撃を与えた一言であった。

ならば、私は.......

 

(私は、剣士としての答えを求められているというのか?)

 




小次郎戦、執筆カロリーが想像を絶するほど高いですが、頑張って書き抜けていこうと思います。


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第七話 殺人の業

佐々木小次郎戦も中盤となってきました。


 

 

 

刻まれた切り傷から血が滴り落ち、衝撃のあまり私は片膝を地面に落とす。スペルカード『燕返し』その脅威をその身で味わう羽目になった。

 

「大丈夫ですかヘル!?」

「....心配ない、見た目よりも傷は深くない。まだ戦闘は可能だ。」

 

駆け寄ってくるヨウムに対し、私は片手を出して制する。逆に浅くもないが、楯法で回復すれば何とかなる。痛みの信号を感知し発動した楯法が傷を癒してくる。

攻撃を喰らって理解したことだが、コジロウの燕返しは人間業の延長であるためか本人にとって未知の領域にまで斬撃干渉できないようだ。もしも邯鄲法に理解があったのならば、その概念ごと切断して私は致死にまで至っていたのかもしれない。

 

「確かに手応えは浅かったね....次は胴体もバッサリといければ良いけど。」

 

などとコジロウは不敵な笑みを浮かべながら刀を下ろす。しかしこれほどの実力者が影に潜めていたとは、やはり世界は広いなと改めて実感した。

その時、背後から動く音が聞こえた。

 

「....霊夢、もう私は大丈夫だよ。」

「.....良いの?アンタ、もしかしたら死んじゃうかもしれないわよ?」

「それでも、私も戦わないと....ヘルさんだって傷付いても立ち上がってるもの。」

「そう....なら、頑張りなさいよ。」

 

レイムは微笑みながら前線へと足を運んだ。その瞬間、今までレイムによって防がられていたであろう剣気(殺気)が津波のようにアカネへと襲いかかる。

 

「ッ!」

 

それに対してアカネは歯を食いしばって耐え抜く。常人ならば今頃失神しているだろうその圧力に対し、口から一滴の血が垂れるほど食いしばって耐える。そして目を見開いてコジロウを睨みつける。なるほど、これなら戦えそうだな。

 

「へぇ、中々やるねお嬢さん。」

「あまり朱音を舐めない方がいいですよ、彼女にも戦える力はあるのですから。それに、これだけの数を相手するのは、流石の貴女でも厳しいのでは?」

「....確かにそうだね。なら、こうするまでだ。」

「ッ!?」

 

すると、コジロウがもう一つのスペルカードを出した。その瞬間、地上だけでなく上空の空を埋め尽くすほどの無数のコジロウの姿があった。

 

「剣舞『絶影』....これで互角といったところかな?」

「そ、んな....くっ『未来永劫斬』」

「妖夢、私もいくわ!『夢想封印』」

 

瞬間、レイムとヨウムが放った無数の弾幕がコジロウの分身を破壊していく。どうやら本体ほどのスペックを有していないようだ。だが、残った分身からまた新たな分身が生まれている。であれば私のスペルガードで一掃を狙うか?

そう考えた瞬間、本体であろうコジロウから弩級の殺意が私の体を穿つ。

 

「おっと、アンタは1番厄介だからね。そっちがその気なら、私はあの娘を狙うよ。」

「えっ....」

 

コジロウの剣先がアカネへと向けようとする。燕返しで遠くから斬る気だろう。それを阻止するために私の剣戟、そして同時に動いたレイムの弾幕がコジロウへと襲いかかる。

それを読んでいたかのようにコジロウは僅かな動きで回避する。

 

「剣聖様が随分卑劣なことをするのね、剣士なら正々堂々と戦ったらどうなの?」

「おや、私は正々堂々と戦ってるよ。あの子も『戦える』のだろう?人間というのは戦う者と戦わない者(・・・・)のどっちか、違うかい?」

「....ええ、確かにね。それでも愚痴の一つでも言いたくなるってもんよ。」

「ははは、アンタも言うねぇ。」

 

と、老獪な笑みを浮かべながらコジロウは主張する。確かにこの場においては正論だ。アカネも自分の意思でこの場に立って戦っている。ならば矛先を向けられるのも道理というものだ。

私はアカネへと視線を移した。

 

「うん、わかってる。私だって命を懸けて戦わないといけないということは。だけど、それと同じくらい、絶対生き残ってやるという気持ちもある!」

「ああ、それで良い。私も可能な限り分身は潰す。だが、最低限は自分で対応してくれ。」

「うん、分かった。」

 

アカネは頷き、手帳を取り出した。すると手帳から光が放たれ、白黒の魔法使いが現れた。

それをみたコジロウが興味深そうに視線を向ける。

 

「へぇ、それがね....」

「恋符『マスタースパーク』」

 

瞬間、魔法使いが掲げた小道具から極太の光線が放たれた。それが広範囲に分身たちを消滅させていく。全部とまではいかないが、かなり数を減らした。

 

「ほう、これは中々....」

「ちっ、やはりあの小娘から潰した方が....」

「させません!」

 

コジロウがアカネへと接近しようしようところでヨウムが立ち塞がる。剣士同士らしく激しい鍔迫り合いが繰り広げられる。

同時に無数の分身も動き出したが私とレイム、そしてアカネが迎撃する。

 

「ふふ、だいぶ激しくなってきたね。これほどの合戦を本当に夢見ていたよ....」

「それはまた、破天荒な夢ですね。それ程の力を人間だった頃に持っていたのでしょう?戦場に呼び出されてもおかしくないと思うのですが。」

「....そんな事をして何になる?」

 

ヨウムの問いかけに対しコジロウの言葉が低く、そして重さが増していた。

 

「確かに私一人が戦場に行くことは怖くないよ。ああ、死ぬ覚悟だってあると自負している。だけど、私は女で母親だった。あの子達を置いて戦地に行くことなんてできなかった!」

「....だったら、子供達が大きくなったときに貴女の剣を引き継がせるというのは?貴女ほどの実力を継がせることは簡単じゃないかもしれませんが、時間を掛ければきっと...」

「そんな事できる訳ない!出来る出来ない以前に、剣を引き継がせるなんて、もっての外だ!」

「な、何で?確かに拒絶するかもしれせんが、子供達の中には本望かもしれないのに....」

 

コジロウの否定的な態度にヨウムは動揺を隠しきれなかった。過剰に興奮してるであろうコジロウは言葉を続ける。

 

「....剣はどこまでいっても殺人の道具だ。そして、そんな剣の道に私は憧れを抱いた。だけど、親が人殺しで子供達は誇らしいと思う?そんな風に思われる事を、私は耐えきれなかった。だから、私は家族に迷惑をかけないように、たった一人で剣の道を進むしかなかったんだよ....」

「....そんな風に考えてたんですね。」

「.....」

 

コジロウの明かした真実を聞き、私達は口を閉じてしまった。これもまた、彼女なりの真摯な想いだったのだろう。

だが、それに対し.....

 

「ふーん、なるほどねぇ。要はアンタ、家族に本音を明かすことに臆病だったという事じゃない。」

「....えっ?」

「....霊夢?」

「....何を、言っている?」

 

紅白の巫女、博麗霊夢は冷淡とも言える態度で言い放った。動揺の表情を浮かべるヨウムとアカネ、そして僅かながらも遺憾の表情を示すコジロウを気に留める事もなく、言葉を続ける。

 

 

「違うのかしら、つまり剣士として家族を不純物として見てたんでしょ?剣の道は血に染まってるから、それに家族が巻き込まれるとお互い迷惑なる、だから家族と疎遠になった。しかし傑作よねぇ、戦場で死ぬ勇気はあっても、大好きな家族と本音を語らう勇気はなかったようねぇ、剣聖様は。」

「ッ!黙れぇぇぇぇッ!」

 

憤怒の咆哮を挙げ、弩級の殺意を纏いながらコジロウはレイムに向けて剣を振り下ろした。どうにも彼女は家族絡みのことで口を挟まれると、黙っていられない性分のようだ。

感情の爆発、譲れぬ想い、そうした意志を乗せた一撃は脅威ながらも非常に単純だ。故に拙い。技巧も研鑽も纏っていない一本道な剣筋を、レイムは難なく回避した。更に続けて斬撃を放たれるも、これもまた軽く回避していく。その最中、コジロウは言い放つ。

 

「貴様に、何がわかる!家族に剣士になりたいと明かしたら、恐怖を抱くかもしれないでしょ!親が人殺しになるって宣言する重さを、お前はわかるというのか!」

「さぁ、一々知らないわよそんな事。他人の家族の事情に首突っ込む趣味ないし。だけど、あの日記を読ませた身としていうなら、多分お子さん達は受け入れようとしてたと見えるけど?」

「そんな、こと....」

「無い、てアンタは思い込んでるんでしょうね。本当、人付き合い下手くそなんだから....子供達が大人になっても、なんだかんだ付き合いはあったんでしょ?本当に親の事を疎ましく感じてたんなら、そもそも向こうから縁を切るはずでしょ。」

「....それは。」

「アンタは剣士の夢に夢中になりすぎて、家族との繋がりを疎かにしていたのよ。だから未練を背負って死ねない身体なんかになってしまったのよ!」

「〜〜〜〜ッ!それでも!」

 

霊夢の看破に対し、コジロウは衝撃を受けたようだ。だが、それでもまだ引けない想いがあるようだ。

 

「それでも、人殺しの夢をそう簡単に明かせるものじゃないでしょ!人の死は悲劇をもたらす。そんなこと、平穏に暮らすあの子達にはあまりに重いのだから!」

「.....あーもう!この頑固婆さんは本当に!」

 

中々折れないコジロウに対し、レイムは怒りの声を張り上げる。それを見た私とヨウム、そしてアカネは互いに苦笑をうかびあげる。

 

「ここまで来たら、もはや問答で解決するのは難しいでしょう。」

「うん、多分弾幕ごっこで白黒つけるしかないかも。」

「是非もないな。」

 

そして再びヨウムは本体のコジロウと白兵戦、そして私とレイムとアカネは分身の対応をしていた。

私もコジロウと白兵戦をしたかったが、この時はそうもしていられなかった。なぜなら.....

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お前はこの局面をどう切り抜けるつもりなのだ?勝算はあるのか?」

 

私がコジロウの分身を処理している最中、私の内側で『アラヤ』が問いかけてきた。

人類の集合無意識にして、全にして一、そしてクリームヒルトであって永劫出会わぬ何処かの誰かである。

 

「くどいな、私の真意を知ったうえで聞いているだろう。」

「然り。私はお前で、お前の一側面を担っているからな。この問い掛けは、お前自身の真意の硬さを確かめるがために行われている。」

 

つまりはそういうことだ。アラヤは私の一側面を担っている存在であり、私の深層心理すら見抜き引き摺り出して問い掛けてくるのだ。抑揚なく、何処か他人事の様な口調で内側から更に語りかけてくる。

 

「佐々木小次郎は己が渇望に振り回され、勝手に剣士としての羨望をお前にぶつけてきた。普通に考えれば実に傍迷惑な話だとも。ましてやこの戦闘をこのまま続けていたら、お前達の中で死人が出てもおかしくない。弾幕ごっことやらは、当たりどころ次第では致命傷になりかねないと八雲紫は言ってたからな。

そんな展開はお前にとっても避けたい展開だろう。もっと突き詰めれば、こんなことが起こるとわかっていたのならば、最初から付き合いたくなどなかったはずだ。」

 

アラヤの言ってる理論は確かにごもっともな事だ。コジロウ本人も言ってた通り、彼女の行動は自分の我儘で他人を巻き込んでいる。尚且つ死人すら出しそうになっているのだから始末におえない。アラヤは更に話を続ける。

 

「そして、ただでさえお前には不殺の誓いがあり尚且つスペルカードルールという未知の理を遵守している。これは見方を変えれば枷を何重にも背負っていると言えるだろう。はっきり言って、実に無謀で不条理な戦いだ。ならばこのような状況になったのならば、是非もない。スペルカードルールを投げ捨て、本来の戦闘スタイルに戻って佐々木小次郎を打倒することが最善だ。」

「最善か....荒唐無稽かつ無慙な判断だと思うが。」

 

この状況を打開したいのならば、この世界のルールを敢えて無視しろとアラヤは答える。だが私は、それを恥知らずの所業だと思う、人の世界において規律を遵守しない者は獣と同類と見做されるはずだ。

 

「確かに、それは恥知らずの所業といえばその通りだろう。だが忘れてはいけない、お前は本来この幻想郷の世界の住民ではないのだから、必ずしもその世界の規律を守る義理はないのだよ。それによくある話だ....人間は時には外道に堕ちない程度に、規律を敢えて無視した方が効率よく物事をを進められることはあるのだから。事の大小の違いはあれど、生きている一生で世の全ての規律を誤ちなくずっと正しく守れる人間なんて恐らく居ないだろう。それにお前は邯鄲を経て悟ったはずだ、人は矛盾と不整合を孕む生き物なのだと。これはつまり、そういう事だ。」

 

なるほど、確かにそれも一理ある。基本的に人間は隠し事や嘘を避ける生き物だ。だが敢えて都合の良い嘘を作り大衆へと広めることで納得し、事なきを得るなどという事も時にはある。それは私が過去に、第四盧生・黄錦龍の存在を秘匿するために私が敢えて汚名を被った事に近い部分があるだろう。もっとも、それで全てが解決したわけではないのだが....

とにかく、この事から規律を絶対遵守することが、人の幸福への道だとは限らないことを示しているだろう。もちろん、守り続けることに越したことは無いだろうが.....

 

「....確かに枷を外せばこの窮地を抜け出せる可能性もあるのかもしれん。だが、それでも私は今のまま前に突き進んでみたいと思う。」

「ほう、それは何故だ?」

「ここに来て思ったことだが、そもそも剣とは何かと考えてみた。」

 

アラヤも言ってたことだが、私は不殺の誓いをしている。それは端的に言えば他者の人生をより良く尊重するための決意だ。

だが、その誓いを貫きたいのならば、武器を手放し軍人という死と隣り合わせの立場など、さっさと捨てた方が効率が良いとも考えられるだろう。何故なら、軍人の本質は死の肯定だ。上部の命令一つで誰かを殺さらければならないのだから。それは邯鄲を通して見た未来の世界においても、起こり得た話だ。ましてや比較的平和な日本でもその可能性はあったのだから。

 

「ならば私は戦場から身を引き、武器を手放すべきか?確かに私や....いや、私以外の全ての人間が武器を手放せば今より遥かに平穏な世界になるのかもしれんが.....」

 

そのような世界は、果たして人類にとってより良い未来を目指せる世界となり得るのだろうか?確かに武器を放棄することで得られるメリットは数多くあるだろう。

だが、だからといって人類の暴力性を克服出来るとは思えない。何故なら格闘技がそうであるように、人は徒手空拳であろうとも他人を傷付けることができる。突き詰めれば、どれほど非力な人間であろうとも、人の悪意を無くさない限りこの悪循環は簡単に切ることはできない。もちろん素手と武器が起こす悲劇には罪の重さには違いがはあるだろうが、どちらにせよ根本的な解決にはならないだろう。

 

「だからこそ、私が闘争の世界から身を引くことが最善とは限らん。いいや、むしろ逆だ。殺さずの真を貫くために、より私は戦地を駆け抜けるべきなのだろう。きっとこの一戦はその先駆けだ。ならばこそ、この戦いは負けられん。」

「ほう、ならばこの戦いにおける答えは出さねばなるまい。佐々木小次郎曰く『剣とは人殺しの道具』だと。これは剣の求道における真実だと思うが?」

「....確かに真実だと私も思う。だが、それが剣の全てだとは限らない。」

「では、お前はなんと答える?」

「答えは口に出さん、行動で示し結果を見せるだけだ。」

「.....全く、やはりお前も大概馬鹿者であるな。」

 

などとアラヤはどこか苦笑気味にそう呟いた。仮にも自分自身に馬鹿者とダメ出しされるのは複雑だが、今はそうも言ってられない。私がこれから答えを示すためにも、アラヤとの連携は必須なのだから。

 

「だが、それでこそクリームヒルト・レーベンシュタインだ。存分に振るうが良い、我らが盧生よ。いつもその夢を見守っている。故に協力は惜しまない。」

「ああ、協力してもらうぞアラヤよ。今こそ私達の意思を極限まで共鳴させるぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コジロウよ」

「ッ!」

「....ヘル?」

 

アラヤとの問答を終えると、私はコジロウと視線を交わし、そして呼び掛けた。コジロウと他の者たちも不意な問い掛けで同様の顔をしているが、私は構わず言葉を続ける。

 

「貴様は言ったな、剣は人殺しの道具だと。確かにそれは真実だと私も思う。だが同時に、それが剣の全てではないと私は思う。」

「何だと?なら、それは一体....」

「答えは、私自身が示してみせる。」

 

私はそう言いながら抜き身にしていた剣を敢えて鞘へと戻した。そして腰を低くした構えをとる。そう、これは.....

 

「それは、居合の構えか....」

「ヘル、それは一体?」

「唐突ですまんなみんな、この場は私に任せて欲しい。」

 

コジロウを真っ直ぐと見据えたまま、ヨウム達へそう告げる。するとレイムが笑みを浮かべて答える。

 

「そう、じゃあ後はヘルに任せようかしらね。引きましょう、2人とも。」

「....わかりました、後はよろしくお願いします。」

「ヘルさん、負けないでね!」

「ああ、案ずるな.....私は負けん。」

 

3人な後方へ引いた事を感じ、再び意識をコジロウへと集中させる。正面のコジロウ本体と、周囲を囲む分身から途轍も無い殺意が放たれている。

勝負は一瞬、この一戦で勝負を決めなかれば私の敗北となるだろう。故に、私自身見出した未知をここで示す。

 

 




本当に執筆カロリーが高い!(2回目)


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第八話 決着

いよいよ決着の時です!


 

「.....」

「.....」

 

クリームヒルト、そして佐々木小次郎の両者は沈黙している。そしてそれを見守る霊夢と妖夢、そして朱音も口を閉じてその光景を見守ってる。細波と木の葉を揺らす風だけが音を彩っていた。

勝負は一瞬、両者の放つ渾身の一手が勝負の行方を決めるだろう。

 

(ああ、思えば懐かしいな....かつてあの男と戦った時も、この場所でこんな風にやってたっけなぁ)

 

その最中、小次郎の脳裏にはかつて敗北(かこ)のが浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は家族と縁を切り、そしてかつての名を捨て『佐々木小次郎』と名乗って旅をしていた。旅の中で数多の剣豪と結び、時には妖怪退治を行うことも珍しくなく、そうしている内に大衆から剣聖と呼ばれるようになった。もっとも、当の本人はその事には何とも思っていなかったが....

そんなある日、彼女の元に1人の老人が現れた。

 

「失礼、佐々木小次郎という剣豪はここに居るか?」

「.....如何にも、佐々木小次郎は私だが?」

 

その老人は当時の小次郎から見てもあまりに異質だった。過去に手合わせをした剣士たちと文字通り比較にもならない。まるで数千年の時を生き、今もなお修羅の道を突き進む剣鬼に他ならなかった。

その男は、不思議そうに眉を顰めた。

 

「ほう、名前からして男かと思っていたが、その容姿から見るに女であった。」

「女が剣士をしてはいけないかねぇ?」

「まさか、その様なつもりで言ったのではない。力の有無に性別は関係ない。儂は決闘の申し込みに来たのだよ。」

「.....決闘?」

 

すると老人は懐から紙を取り出し、それを小次郎へと渡した。そしてその後に何も言わずにその場を立ち去った。

 

「.....変な男だ。」

 

小次郎は訝しみながらもその紙の内容に目を通した。そして小次郎もまた、その場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数日後。巌流島にて。

 

「約束通り来たか、佐々木小次郎よ。」

「ええ、あんたの首をもらいにね。」

 

海岸に2人の老剣士が邂逅を果たした。互いに視線を交わすと、小次郎の方から口を開き質問をした。

 

「その前に、あんたの名前を教えてもらおうか。」

「おお、これは失礼した。すっかり忘れてたな....儂の名は『宮本武蔵』だ。」

「へぇ、宮本武蔵ね....」

「....だが、これも偽りの名だ。せっかくだ、貴様に伝えておこう。儂の本当の名は■■■■だ。」

 

確かに当時は聞き漏らしていなかったが、長い時を経て女の記憶から、その老剣士の本当の名を忘却してしまった。

そして今度は、武蔵の方から質問が返される。

 

「佐々木小次郎よ、戦う前にこちらからも一つ問いたい。」

「ほう、何だい?」

「汝にとって『剣』とは何だ?」

「....何だいそのつまらん質問は?言うまでもなく、『人殺し』の象徴だろうに....」

 

武蔵の問いかけに小次郎は鞘から剣を抜き、鞘を捨てながらそう答えた。すると、老人もまた失望した様な表情を浮かべて言葉を返す。

 

「そうか、汝はそこで止まっているのだな....ならば言わせてもらおう。小次郎敗れたり!」

「なん.....だと?」

「否と思うのならば儂に勝ってみせよ、佐々木小次郎よ!」

「......応とも、■■■■よ!」

 

そうして、両剣豪の決戦が始まった。そしてその結果は語るまでもなく....そうした過去を経て小次郎は今に至るのであった。

 

(あの時、武蔵も私の出した答えに不服を抱いていた。そしてあんたは別の答えを出そうとしている。ならば見せてもらおうとするかね。ただし、私に勝てない様な答えならば、その首斬らせて貰うよ。)

 

そう思いながら、小次郎はクリームヒルトの姿を見据えていた。彼女の答えを見定め、落第点ならば斬り捨てる決意を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....さて」

 

眼前から放たれる弩級の殺意を浴びながら、私は鞘に収めた剣に夢を集中させていた。今この瞬間こそ大一番、失敗は決して許されない。何故なら、おそらく過去に誰も試したことのない5種の夢の同時使用を行うのだから。

 

「戟、楯、咒、解、創.....剣を納めると同時にこれらの夢を融合させ集中する。」

 

その瞬間、かつてないほどの領域で夢が全身を駆け巡る。かなり無理な夢の行使だったが、どうにか制御はできた。

そして次にアラヤへと意識を向ける。

 

「うまくいったようだな、では次は私の番だな。覚悟はいいな?」

「ああ、頼む。」

「では....」

 

その瞬間、私の脳裏には膨大な量の情報が押し寄せてきた。それはかつて八層試練の記憶統合にも勝るとも劣らない量だった。阿頼耶識と結合した盧生は、全人類の心の海の過去から現在、そして未来の情報を知ることができる。その中から、まずは幻想郷で私に関わった人物達の情報を最優先でかき集める。

まずは幻想郷の大まかな概要から、土地の情報、そしてレイムにヨウム、ユカリにアカネ、そしてコジロウの意志や情報などなど.....ありとあらゆる情報が私の脳裏へと刻まれていく。常人であれば今頃廃人になってもおかしくないだろう。だが私は、その情報の海から目を逸らさず、一つ一つ見極めて吟味していく。

 

「そしてその中から、私が討つべきモノを見極める。」

 

そう、この判断を見誤れば私自身の真を貫くことができない。故に私は天上から奈落に続く情報全てを見極める覚悟で、この情報の海を処理していく。

そして.....

 

「....見極めたぞ」

 

この瞬間、私のやるべき処理を終えた。あとは実行に移すだけだ。さあ、覚悟するが良い佐々木小次郎。貴様の妄執をここで終焉を迎える。

抜刀の意思と同時に私は最後の切り札の名を口から放つ。

 

「.....ラストワード『デスサイズ』」

 

そう呟くと同時に剣の柄を握り、鞘から刀身を引き抜く。それと同時に内包していた5種の夢を全力で解放した。膨大な密度を纏った剣戟を放つ。だがその瞬間.....

 

「はぁッ!」

 

10mはあったであろう距離を、コジロウは一瞬にして詰めて私の居合切りを阻止した。しかも刀身で止めるだけでなく、闘気(オーラ)を身に纏っている。

その光景を見てレイム達は驚愕の声をあげる。

 

「なっ、嘘....何でわざわざ?」

「全くです.....ヘルはその場で居合切りをしようとしていた。普通に考えれば、敵が剣の間合いに居ないそれはまさに無意味。であれば空振りの後を狙えば小次郎の勝ちが確定でしょうが....」

(ああ、私も最初は剣の娘の言う通りの手順を考えたさ....だけど、私の本能が告げてたんだよ。このまま『剣を振らせたら危険』だと!理由はわからないが、そうだとしたら振り切るのを阻止するまで!)

 

闘気と死が激突する。衝突している空間が蜃気楼の如く歪み、火花が辺りに飛び散る。その最中、私の剣戟を受け止めているコジロウは表情を歪ませながらも、その瞳に宿る意思は決して揺らぎがない。

 

「うっ、おぉぉぉぉぉぉ!!」

「.....」

 

一方で奮起するコジロウに対し、私自身言葉一つを漏らすことができない状態となっていた。何故なら5種の夢を同時に操っているのだから。いくら盧生と言えど、その行使は決して容易いモノではない。夢を操る意思の集中力が僅かでも揺らげば無茶の代償として肉体が崩壊し、私の決断と行動が全てが無意味無価値になり得るのだから。

 

(しかし、この居合切りは何て威力だ。意識を全て防御に移さなければ一瞬で飲まれてしまう....クソッタレ、絶影の一体すら動かすことがままならない。だが見てろ死神、この一撃を回避したあと、私と私の絶影の全てがお前に燕返しを叩き込んでやる。)

 

そしてどうやら、コジロウは私が無防備になった瞬間にあの技を叩き込むつもりらしい。確かにそれは正解だ、無防備になった敵を見逃す馬鹿はそうはいない。ましてやその瞬間の私は文字通り丸裸、全ての夢を一気に放出した反動として夢の一欠片すら絞り出せない状態になるのだから。

まあもっとも、それを『狙う』ことができたらの話だがな。

 

「くっ、ううっ....」

 

そしてこの均衡も僅か、コジロウの纏っていた闘気(オーラ)に亀裂が刻まれ、あと僅かで崩壊するだろう。そう考えた時だった。

 

「はあぁぁぁッ!」

「あっ.....」

 

コジロウが全力で刀を振り払ったことで、そして私の剣戟が大きく逸れた。剣先がコジロウの毛先にすら触れることなく空を斬る。即ち、私の放った剣戟は空振りをしたことに他ならない。

 

「....良い一振りだったよ。だけど、私の勝ちだ....」

「へ、ヘルゥゥゥゥッ!」

「ダメ、行ったら巻き込まれるわよ!」

 

アカネが悲鳴のように私の名を叫ぶ。そして、勝ちを確信して笑みを浮かび上げるコジロウ。そしてゆっくりと、彼女と彼女の分身が剣先を私に向けようとする。無論、今の私に燕返しを防ぐ手段は持ち合わせていない。だが.....

 

「....え?」

「へ?」

「あっ.....」

 

次の瞬間、コジロウの刀の刀身が割れ、その破片が宙を舞って地面へ突き刺さった。その唐突な出来事に私以外の全員が目を見開く。

そして異変はこれだけに収まらない。

 

「な、馬鹿な....私の絶影が!?」

 

視界を埋める程に存在していたコジロウの分身全員が『斬撃』を刻まれ一瞬にして消滅していた。一体でも残っていれば再び増殖したであろうが、これで分身の脅威は無くなった。

 

「これが....ヘルのラストワード?」

「....これはまた、とんでもない剣術ねぇ。」

「馬鹿な、アレはただの居合切りでは無かったと....」

 

ヨウムは感嘆の声をあげ、レイムは呆れたように苦笑していた。ああ、私自身もなんだかんだ成功して良かったと思っている。

そしてコジロウは驚愕の顔を浮かべていた。まあ詳細は後で話すとしよう。何より、1番の狙いは.....

 

「ッ!ガァッ.....」

「な、小次郎!?」

 

コジロウが小さな悲鳴をあげ、そしてゆっくりと倒れていった。出血もなければ身体のどこにも傷は付けられていない。だが何故倒れたか?

それは、私のラストワードでコジロウの中の『ソレ』を殺したからに他ならないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、今回で佐々木小次郎戦は終了となります。
そしてクリームヒルトのラストワード『デスサイズ』のお披露目となりました。本当に出したくて出したくて仕方ありませんでしたよ.....

ラストワードの詳細は次回のストーリーの中で、そして足りない分の説明は後書きの方で詳しく掘り下げていきたいと思います。


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第九話 過去

ようやく色々とゴタゴタが落ち着いたので無事書き上げることが出来ました....この調子で執筆できるようにしたいものです。
後、次回で佐々木小次郎編は終わりを予定しています。


◆追記◆
12/20
文章が抜けていた部分があったので修正しました。

1/1
一部内容に不備があったため修正しました。


一陣の風が両者の間を吹き抜ける。剣を鞘に収め、佇むのはクリームヒルト。対して意識を失い、地に伏せるは佐々木小次郎。両者の雌雄は決したと言えるだろう。

 

「ヘルさん!」

 

朱音は声を荒げ、クリームヒルトの方へと駆ける。その後に続く形で霊夢と妖夢も続けて走る。朱音の声に反応し、クリームヒルトは視線だけを向ける。それを不思議に思った朱音は思わず脚を止めた。

 

「....ヘルさん、どうしたの?」

「....」

 

すると、声を出すことなくクリームヒルトも地面へとそのまま倒れた。あまりに不意な出来事に朱音は言葉を失った。

 

「ちょっ、ヘルどうしたのよ!?」

 

霊夢はクリームヒルトの元へと駆け寄り、体を仰向けにして起こす。すると、ボソリとクリームヒルトは呟いた。

 

「....腹が、減った。」

「.....」

「.....」

「.....」

 

そのクリームヒルトのあまりに緊張感のない返答に、3人は言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして.....

 

「家があったのは幸いね、食べ物もあるしこれで大丈夫でしょ。」

「ええ、おそらく佐々木小次郎の自宅でしょうね。一応必要最低限に使わしてもらいましょうか。」

 

霊夢達は森の中にあった家へと入り、まずは小次郎を寝かしつけることにした。容態は至って健康、取り返しのつかない重傷は特に見当たらず、ひとまず応急処置を施した。

そして一方でクリームヒルトは、家の中にある食べ物を集め、別室でそれを彼女へと食べさせることにした。そして現在へと至る。

 

「しかし街に着いた時もそうだけど、よく食べるわよねぇ、アイツ。」

「そうですね、確かによく食べてる印象が付いてしまいました。趣味が食事だったりするのでしょうか?」

「だとしたらアイツ、食費とかヤバそうよね.....一月でどのくらいのお金が吹き飛ぶやら。」

「さて、それは本人のみぞ知るとしか....」

「はい、お茶だよ。」

 

などと霊夢と妖夢はボヤいていた。そして朱音は入れてきたお茶を2人の元へと運んできた。すると、霊夢がボソリと一言呟く。

 

「それにしても、ヘルヘイムにデスサイズねぇ....」

「....霊夢?」

「妖夢、北欧神話って知ってるかしら?」

「いえ、あまり....多少耳に挟んだ程度ですが。」

「そう、じゃあ少し教えてあげる。北欧神話の大神をオーディン、つまりあっちで1番偉い神様のことね。だけど、そんな権力の強い大神ですら一度冥界に堕ちたら、冥界を支配している冥界の主である女神ヘルの許可無しで蘇らせるはできないのよ。」

「なっ!?」

「実際、あっちの神同士での喧嘩の脅し文句で『お前をヘルの冥界にぶち込むぞ』なんてやり取りもあったらしいからね。神にとってもそれほど驚異なところだったということがわかるわ。」

「....つ、つまり?」

「つまり....あいつは人間や妖怪どころか、神だって殺せれる危険な奴ってこと。」

「.....ならば、あのデスサイズも?」

「ええ、あの剣技も神をも殺す死の斬撃現象と言ったところね.....アレを使って全人類を簡単に滅亡させる事だって不可能じゃないでしょうよ。」

 

霊夢の話を聞いて、妖夢と朱音の顔が一気に青ざめていった。改めて振り返ると、自分がとんでもない相手との対戦を挑んだのだと実感したのだろう。

などと妖夢が震えていると、ふと朱音が呟いた。

 

「だけど、ヘルさんは誰も殺していない....それはどうして何だろう?」

「....まあ、見た感じ弾幕ごっこに合わせるために本来の力を抑えている節はあるわね。それでも最善の戦闘はしてるんでしょうけど.....あくまで専守防衛って感じで。」

「そうですね....ですがそれも、本人の意思一つであっさりと破れるものです。なぜなら彼女は外の世界からの来訪者、最後までこちらの世界のルールを守る義理も義務もないでしょうから。」

 

妖夢のその一言によって、部屋の空気が重くなる。だがその時、閉じていた襖が開いた。そこにはクリームヒルトが佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘルさん....」

「あらアンタ、もう食いしん坊は患ってないの?」

「ああ、おかげさまでな。消費した分のエネルギーを蓄えることができた。」

 

私が閉じていた襖を開けると、レイム達の視線が私の顔へと集まる。無論、先程話していた内容もある程度は聞いている。故にそれに対する答えを、私の口から出す必要があるだろう。

 

「それで、さっきお前達が話していたことだが....」

「わ、私はヘルさんは悪い人じゃないと思うよ!」

「あ、朱音?」

 

だが私の言葉を遮るように、アカネが主張をしてきた。私は敢えて口を閉じで聞き耳を立てる。

 

「確かにヘルさんはとても強いと思うし、佐々木さんとの戦闘に勝てたのもすごいと思うよ。だけど反面、そんな力がもし自分達に向けられたらって思うと....すごく怖いし、間違いなく殺されてしまう。それは確かに私の本音だよ。」

「.....」

「だけど、それでもヘルさんはここまでちゃんと協力してくれた。ここまで裏切りったり見捨る事とかをしなかったことは嬉しかった。これも私の本音....だから私はヘルさんの事は好きし、信頼できる人だと思えた。」

「ほう、では私が真実は邪悪な人間だとして、今この土壇場で裏切るとは考えないのか?」

「それなら何で、佐々木さんと戦う前に私達を始末しなかったの?」

 

やや食い気味にアカネはそう答える。少し引っ込み思案なところのある彼女にしては珍しく、私は無意識に眉をひそめた。

 

「ヘルさんが1人だけで効率よく帰りたいなら、早い段階で私たちと縁を切って、最後に佐々木さんをどうにかして元の世界に帰れば良い。いくら貴女が強いと言っても、私達と佐々木さんを纏めて相手するのは面倒だと思うよ?」

「ほう....アカネは存外物申すではないか。だが、実際のところ私はそこまで考えてないが.....まあそういうことにしておくか。ただ私の信念に従って事を進めてただけだ。」

「つ、つまり何も考えてなかったということ?まあでも。それならそれで良いかな。」

 

アカネは微笑みつつ、そう言葉を紡いだ。それを見て私も意図的に笑顔を作って返した。それを見ていたレイムとヨウムはどこか呆れた顔をしていた。

はて、私の対応に何か問題があったのだろうか?そう思っていたら、私の背後から誰かが現れた。

 

「全く....私の家がいつの間にか賑やかになってるねぇ。」

「小次郎さん....」

「おはようお婆さん、お目覚めはどうかしら?」

「ま、ぼちぼちってところかねぇ....介抱してくれたことには感謝するよ。」

 

私の背後にはコジロウが佇んでいた。レイムの問いかけに朗らかに笑いながら返す。そこには敵意も殺意もないが、不意に鋭い視線が私の顔を射抜く。

 

「さて.....早速だが、アンタに一つ聞きたい。」

「....なんだ?」

「私はアンタの一閃で確かに殺されたと思ったが、結果はご覧の通りだ。これはいったいどういうことだい?」

「....私が死を与えたのは、お前の不死の呪いだけ、といえば理解できるか?」

「えっ?」

「ほう、それは何でだい?剣士....いや、あんたはその枠ではないか。だが、武器を手に取ってる以上戦士ではあるだろう?私が敵であるのならば、デスサイズとやらの力を使って、確実に殺すべきだったんじゃないのかい?」

 

私出した答えにアカネが驚きの声を上げ、コジロウは疑問をぶつけてきた。ああ、やはり私の過去はしっかり話しておかないとな。そうでなければ納得できないだろう。

 

「お前達にも話しておこう....コジロウの言う通り私は戦士、即ち軍人であった。そうして生きていた以上、戦いで多くの者を殺めてきた。」

「.....ヘルさん、そんな過去があったんだ。」

「なるほどね、戦いの中で人を殺してきたってわけね?」

 

私の発言聞いて、アカネの顔に影がかかる。そしてレイムが引き締まった表情で私へと問いかける。

 

「そうだな、軍の本質は死の肯定だ。そして何より、私は作りの乱れているものを見過ごすことができない人間だった。他者の幸福を飽食する者、絶望に陥り死を待つしか無かった者、そうしたもの達を私は手掛けてきたのだ。」

「作りが乱れてる、か.....なるほど。そうした極端に出張った連中を殺すことで、人類全体の幸福満足度を上げようとした....ってところかしら?まあ確かに、そういう人間社会も一種の理想とも言えるかもしれないわね。」

「....だけど、私は嫌かな。あまりにも死と隣り合わせすぎて、すごく怖いよ。」

「そうですね、それは私も同感です。」

 

私の過去を聞き、3人の少女はそのような反応を示した。まあ、妥当な答えと言えるだろう。

 

「ああ、そして他ならぬ私自身も否と思った。何より私自身が造りが乱れているのだから、いっその事私が居なくなればいいのに....とな。」

「そ、そんな極端な....」

「だからだよ、私は足掻いた。死にたくない、生き続けてみたいと。そうした想いを抱き、多くの人々との協力を得て、私はついに私の夢を掴むことができた....それが」

「あの力?」

「その通り、邯鄲の夢をこの手で掴みとった。そしてその過程で、私は私自身の答えを得たのだ。」

「....それが、人を殺さないこと?」

「ああ、一人一人の人生を尊重し、その為に殺人という罪を犯さぬこと。それが私の見出した答えだ。故に私はもう誰も殺さない、デスサイズを作り上げたのも、その悟りを貫くためにだ。」

「......」

 

こうして、私の抱いていた真実を彼女達へと話した。表情を見てみると、アカネを筆頭に皆唖然とした表情を浮かべていた。そして沈黙を破ったのもアカネだった。

 

「な、何というか....とにかくヘルさんは凄い過去があったんだね。そういう感想しか思い浮かばなかった.....」

「まあ、夢の世界に飛び込むなんて普通の人生を送っていればまずない事だからな。」

「まあそうよね、大抵の奴なら眉唾物な話だと思って警戒するでしょうし。」

「だけど、ヘルさんはそう断じる事なく邯鄲へと挑んだ。それも、自分自身が変われるきっかけだと信じて....という事だよね?」

「そういう事だ。殺すことでしか他者と触れ合えない自分を変えたかった。愛のなんたるか、この身で体験し、理解したかったのだ。」

「....やっぱり、私はヘルさんのこと信じて良かったと思えたよ。昔殺人をしてたって聞いた時は驚いたけど、それでもヘルさんなりに頑張ってどうにかしたんだから、すごく尊敬できる人だなって。きっとヘルさんならその悟りを貫けると、私は信じている。それに、最後の切り札だって、結局コジロウさんのことを殺してなかったしね。」

「.....そうか、そう思えるのならば私も光栄だ。」

 

アカネは微笑みながらそう言った。この様子ならば、少なくとも彼女からの信頼は得ることができたのだろう。それならば幸いだ、過去を明かした甲斐があるというものだ。

 

「なるほどね、あんたがその答えに至った経緯がよく分かったよ。」

 

するとコジロウが、うんうんと頷きながらそう呟いていた。そしてもう一度私と視線を交わして言い放つ。

 

「クリームヒルト、この場でもう一度問わせてもらおう。」

「ああ、言ってみるがいい。」

「私にとって剣の本質とは殺人だ、それは剣士....そして戦地に赴く者達全ての抱く真実だと思ってる。」

「そうか、それは確かにそうなのだろう。だが私の見出した真実は、剣の本質は誰かを守護するものだ。それもまた真実だと私は信じている。」

「ならば、お前はその真実を貫いて何を成す?」

「遍く人々に確かな生を与える為に。理不尽に、そして無念のままにその一生を散らすことの無いように、私は数多の障害と戦い続ける。それが私の見出した悟りである。」

「....そうか、生半可な覚悟でその想いを背負っていないことを理解した。ならば改めて認めよう、私の負けだ。ふふ、あははははははは!」

 

その瞬間、コジロウは爆発したかのように笑い声をあげた。それは赤子の産声のようであり、少年少女の泣き声のようだった。だがそこには、一種の喜びも孕んでいるように見える。

 

「感謝する、異界の死神殿よ。私はようやく、己の後悔を晴らすことができた....ああ、アンタほどの者に負けたのならば言い訳も何もない。これで私は思い残すことは何も無い。貴女達も、迷惑をかけてすまなかったね。」

「....まあ、私達は巻き込まれただけだし、別に良いわよ。」

「ふふ、ようやくひと段落ついたようね。」

「あっ、紫!」

 

すると、不意に何もない空間からユカリが現れた。おそらくどこかから私達の様子を見ていたのだろう。となると、彼女が現れたということは......

 

「これにて、この幻想郷にの巌流島の異変、解決といったところね。それじゃあ、帰還するとしましょうか。」

「....ええ、そうね。帰りましょうか、私達の幻想郷に。」

「.....そして、私は私の世界へ。」

 

そう、異変を解決したのだからいつまでもこの世界にいる必要はない。終わりの時はいついかなる時だってあるのだから。

さて、元の世界に戻ったらこの出来事をどう話すべきか.....

 

 

 

 

 

 

◆オマケ◆

 

◯ラストワード

「デスサイズ」

クリームヒルトが邯鄲法と剣術を組み合わせて生み出した剣術奥義、あらゆる存在を死滅させる居合斬りである。

発動の際には邯鄲法の基礎である戟・楯・咒・解・創の5つの資質を全力解放、その結果、居合斬りを放った瞬間に本人及び彼女の阿頼耶が認識できる範囲、かつ対象に選んだもの全てを斬滅させることが可能である。加えて、標的にしたくない相手は、クリームヒルトの任意で対象から外すことも可能である。

故に放たれる斬撃は距離、範囲を無視して対象に命中し即死させる。如何なる巨大な生物であろうと、彼女と阿頼耶が認識できるのならば死の斬撃は届く。

 




今回オマケとしてデスサイズの概要を書かせていただきましたが、恐らく概要だけ見てもピンとこない方も多いと思います。なのでしっかり本編でも納得のできる描写を書けるよう頑張っていきたいと思います。
ちなみにまだ公表してない設定も少しあるので、機会があればそれらも公表していこうかと考えています。


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第十話 再開

とっても遅くなりましたが、皆さん新年明けましておめでとうございます!
そして、これにて佐々木小次郎編完結です!


 

 

そして全員がユカリの元へと呼ばれ、彼女の近くへと集まる。どうやら彼女の能力を使って元の世界へと戻るようだ。

 

「さて、それじゃあみんな元の世界に戻る準備はできたかしら?忘れ物はないわよね?」

「まったく、子供の遠足じゃないんだから....そういえばヘル、あんたはどうやって元の世界に戻るのよ?」

「私か?私は自力で帰ることが出来る。コジロウと決着をつけたことでこの閉じた世界から抜け出せれるようになったからな。盧生にとって世界の境界なんてあって無いようなものだ。」

「何よそれ、何でもありじゃないそんなの...盧生ってのも大概チートね。必要となればどんな世界も自由に行くことが出来るじゃない。」

「あくまで必要な場合に限るだがな。基本的に、任意で好き勝手に移動できるわけではない。」

 

元々私がこの世界へ飛ばされたのも、赤い奇妙な石に吸い込まれた故にだ。そしてコジロウの強い祈りが世界を閉ざし、私も自力で脱出できなかったのが原因だ。しかし、ようやく閉ざされていた世界が修正され、自力でもどっれるようになったからだ。さて、元の世界に戻ったらまずは改めて父に挨拶をしなければな。ああ、ヨシヤ達にもこの幻想郷とやらの話もしておくべきか。それとも...などと考えているとアカネの視線を感じた。

 

「....そうか、ヘルさんは一人で帰れるんだね。」

「なんだアカネ、私と別れるのがそんなに寂しいのか?」

「....うん、もっと色々と話したかったなぁって」

 

アカネは曇った表情でそう呟いていた。なるほど、どうやら私の別れに名残を惜しんでるらしい。ならば私の事情も話しておくべきか。

 

「なるほど....まあ、私の力が必要となれば、また会える機会もそう遠くはあるまい。」

「本当?」

「だが、それは同時に危機も近づくということでもある。」

「....どういうこと?」

 

私個人に会いたいという気持ち自体には問題ない。だが、盧生という人類の代表者が来訪してくるということは、何もメリットばかりではないということだ。

 

「盧生とは夢を現実に紡ぐ人の代表者だ。そしてその夢とは中には世界そのものへ干渉できる大きなものまで存在する。つまり、盧生が全力の状態で現れる必要があるということは、世界そのものの危機もまた孕んでると言っても過言ではないということだ。」

「ッ!?」

「今回はコジロウという個人の妄執に引っ張られるという不測の事態故に、それほどの力を振り絞ることもなかったから幸いと言えるだろう。だが今後もその程度で済むとは限らない。」

「....そうなんだ、ヘルさんも大変なんだね。」

 

私の説明を聞き、アカネはさらに表情を曇らせた。おかしいな、私は事実を伝えたから納得すると思ったのだが。するとレイムが横から会話に割って入ってきた。

 

「あのねぇアンタ、最後のお別れの時にそれ言うのは無くない?せめてそう言う時には元気でねとか、また会おうねーくらいの事は言いなさいよ。」

「根拠のないことを言って信じ込ませて、結果として嘘つき呼ばわりされるのも困るのだが。」

「いやそういうことじゃなくて....いや、まあ良いわ。あんたはそういう人間なんでしょうね。言うだけ無駄そうだわ。」

 

レイムは困った表情を浮かべると、私の手を掴んで握手をしてきた。

 

「とりあえず、貴女と協力したことでこの異変も解決できて感謝するわ。もしもまた異変が起きて一緒になる機会があったら、その時は改めてよろしく頼むわね。」

「....ああ、お前達となら構わんよ。無論、そのようなことは起きないことが最善だろうがな。」

「ふふ、まあ違いないわね。」

 

すると今度はヨウムが私の前に現れ、同様に私と握手を交える。

 

「貴女のような戦士と出会えて、私はとても光栄でした。もしもまた出会える機会があれば、また手合わせをお願いしてもいいでしょうか?」

「構わんよ、受けて立とう。」

「はい、感謝します!いつか貴女を越えるために....」

 

そして最後に、アカネがレイムに施されて私の前へと現れる。そして戸惑いの表情を浮かべながらも私と握手を交えた。

 

「....ヘルさん、今回は本当にありがとうございました。さっきも言ったけど、もしも機会があるなら、こういった異変とかじゃなくて、普通にヘルさんとお話ししてみたいな。」

「そうだな、ならば一つ願望を言っておくか。確か未来でいう女子会だったかな?その場を設けてほしい。そして美味い料理も用意して欲しいな。」

「....ふふ、わかった。その代わり、ヘルさんのお話も聞かせてね。」

「....ああ。」

「さあ、そろそろスキマを開くわよ。」

 

ユカリがそう言うと空間に割れ目が生じ、そこには異空間が広がっていた。そこにレイム達が吸い込まれていく。そして割れ目が閉じるとそこには何も残っていなかった。

 

「....行ったか。」

「その様だねぇ、アンタも自分の世界とやらに戻るのだろう?」

「当然だ。」

 

背後からコジロウの声が聞こえ、私はそこへと振り返った。そして私はコジロウへと言い放つ。

 

「知ってると思うが、私の一撃を受けたことでお前ももう長くは無い。」

「....だろうね、私は本来人間だ。普通であれば肉体も散って魂は閻魔様のところに行ってるはずだ。それが私自身の強い後悔によって半ば地縛霊みたくなっていたというわけだ。」

「そして私の一撃によってその結びが絶たれ、正しい形に戻ったと言うわけだ。あとは語るまでも無いな。」

「ああ、引き伸ばされていた終わりがこうして迫ってると言うわけだ。だから、せめて『言い残した事』はちゃんと言っておくとするかね。」

 

そう言いながらコジロウは踵を返し、何処かへと向かおうとした。ここでお別れという事だ。故に私も向かうべき場所へと歩を進める。その際に.....

 

「さらばだコジロウ、今度こそ『後悔の無い』様にな。」

「さらばだ死神、その『誓い』が揺らがない事をあの世で祈っておくよ。」

 

その言葉をしっかりと聞き届け、私は元の時代へと戻って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして場所は変わり、幻想郷にて。

 

 

「っ!?いたた、尻餅ついた..そうだ、私達、急に赤い封晶石を見つけて....」

「あぅ、土が入った.....紅い封結晶は無くなってますね。本当にアレは何なのでしょうか...」

(....やっぱり2人とも、あの世界での出来事を覚えてないんだ。)

 

妖夢と霊夢、そして朱音は無事に元の幻想郷へと戻ることに成功した。しかしやはり、朱音以外は異世界での記憶は覚えていない様子だ。そして紅い封晶石も無くなっていた。

 

「まあ今考えても仕方ないわ。とりあえず戻りましょう、朱音。」

「うん、そうだね....」

「すみません、予定を変えて私は白玉楼に戻ります。幽々子様にこの事を報告しなければならないので。」

「はーい、それじゃあね。」

「じゃあね、妖夢さん。」

 

こうして妖夢と別れ、霊夢達は博麗神社へと戻った。その後はこれといった大きな変化もなく、普段通りの日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

あれから一週間が経った。

 

「ん?どうしたの朱音....」

「えっと、クリームヒルトって人の名前聞いたことない?」

「....ん?待って、なんかその名前に引っかかりが....」

(えっ、もしかして霊夢は覚えているの?)

 

ある日、普段通り霊夢が掃除をしている時に、朱音はクリームヒルトの名前を出して見た。しかし予想と反して霊夢は何か思い出しそうな反応を示した。

 

「あ、思い出した!確かパチュリーの図書館で見つけたんだけど、ニーベルンゲンの歌で出てきたヒロインの名前だわ!」

「.....」

「それで、そのクリームヒルトがどうかしたの?もしかして読みたい?」

「え?い、いや....やっぱ何でもないよ、あはは....」

 

霊夢のその問いかけに、朱音は苦笑しながら遮った。やはり彼女の記憶には明らかに残ってる様子がない以上、これ以上掘り下げても無意味だと確信したのだ。

そう思った時だった。

 

「全く、ようやく見つけだぞ。数ある並行世界の中から、探し出すのは実に苦労した。」

「....え?」

 

階段から軍靴の音が近付いてくる。そして登ってくる人物の声は朱音にとって聞き覚えのある声だった。大人の女性の声だ。そしてその姿は.....

 

「久しいなアカネ、ここがお前たちの幻想郷で間違いないな?」

「.....うん、お久しぶり。ヘルさん。」

「....え、誰?朱音の知り合い?」

 

漆黒の軍服に豪奢な金髪を持った女性だ。間違いなく、かつて共に異世界を駆け回った、クリームヒルト・レーベンシュタインとの再会を果たしたのだった。驚きの表情を浮かべる霊夢を見て、彼女は笑みを浮かべて答えた。

 

「....なるほど、そういうことか。では自己紹介としておこう。私の名はクリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン。本来貴様達の世界には存在しない人間だが、奇縁があった故に来訪させて貰った。何、そう警戒するなよ。これでも力には自信があってな、お前達の異変解決の役に立ってみせよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある島に一人の老婆がいた。彼女はその生涯において剣を心から愛していたにも関わらず、剣士になれなかったことに悔いを残していた。そしてその最期は、かの有名な剣豪『宮本武蔵』に討たれ、その生涯に幕を閉じた。

 

「ああ、ようやく終わったよ。異世界から妙な連中が来てね、結構良い勝負をしたんだ。結果は惨敗だけどね、不思議と悔しくなかったんだよ。」

 

しかし人としても死んでもその後悔を忘れることができず、いつしか妄執に変わり小さいながらも世界に影響へと及ぼした。その結果、異世界から奇妙な少女達を呼び寄せた。

 

「それにしても人殺しの剣ではなく、誰かを護る剣、か....そんなあり方をもっと早く知っていれば、私も誇りを持って剣を教えることが出来たのかなぁ。なんて、今更言っても遅いよねぇ、ははは....」

 

そしてその奇妙な出会いが老婆の妄執に終焉を齎した。死神の一閃が老婆に再び決定的な敗北を与えたのだ。だがそこに不運や不幸は一切なく、少なくとも老婆にとって納得のいく終わりへと辿り着いたのだ。故に後悔など一切ない。

 

「....なあ武蔵、アンタの言った言葉は今ならわかるよ。確かに私は負けて当然だったね。誰かを護る信念なき者に、己の理想を守れる道理があるはずもなかったか。」

 

そう呟いた時、ふとその剣豪の本当の名を思い出した。思い出したと同時に、思わず老婆は苦笑を浮かべてしまう。

 

「そうだ.....そうだよ。アンタの名は『魂魄妖忌』だったね。まったく、なんで、忘れていたのやら.....ああ、だとしたらあの小娘はアンタの子孫だったのかね?あまりにアンタにそっくりで驚いたよ。まだまだ未熟だが、もっと鍛錬を積み重ねれば.....アンタに追いつくことができるかもねぇ....ただの勘だが。」

 

そう呟き続けていく老婆。次第に生気がその体から消失していく。消失した暁には、もはや地上に留まることは出来ないだろう。老婆そのことを確信しつつも、最期の言葉を紡ぐ。

 

「可愛い子供達、もうすぐ私もそこにいくよ.....迷惑ばかりかけて、私はダメな母親だったね。そっちに行ったら、今までできなかった.....ぶん....はなしを.....しようか.....」

「....さようなら、佐々木小次郎。せめてあの世では家族と幸せにね。」

 

こうして歴史の闇に潜んだ大剣豪、佐々木小次郎の人生は真の意味で幕を閉じた。その最後を見届けた妖怪は敬意を込めて、彼女の墓を家族と一緒の場所にたてた。そしてその墓の下には、佐々木小次郎の愛刀『物干し竿』を添えて。

 

 

 

 

 

END 異変解決

 




これにて小次郎編完結!いつもこの小説を読んでくださった方、ありがとうございました!
元より自己満足のために書いていた小説でしたが、反省点が山の様に出てきたなと思いました。まずはストーリーの構成やオリキャラの設定など、今後のためにもその辺りをもう一度しっかりと学習しないといけませんね。
その点をもう一度鍛え直して、また新しいストーリーを展開していこうと思います。

次回からは新章のスタートとなります。次のストーリーは今回よりもボリュームの増した内容になる予定となっております。またお付き合いいただけると幸いです。


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第十一話 新たな物語

お待たせしました、今回から新章の始まりです!


「ふーん、なるほどねぇ。アンタは盧生という夢を現実に持ち出す能力者と。そして幻想郷とはほぼ関係ない世界から来たってね....そう言う認識でいいわよね、クリームヒルト?」

「話をまとめればそう言うことだな。あと、私のことはヘルと呼んで構わん。」

「はいはい、わかったわよ。」

 

私がアカネのいる幻想郷へと到着し、そしてレイムのいる神社へと招き入れられた。そして茶を差し出されたと同時に、私の知ってること全てを語れと言われた。

ひとまず私の能力についての概要と、そしてアカネと顔見知りであることを可能な限り掻い摘んで説明した。さて、彼女はどう受け取ってくれるのやら。するとレイムは髪を掻き上げながら答えた。

 

「とりあえず結論からいうと、一応は信用してあげるわ。」

「ほう、少しはか。つまり不信感は一掃されたと解釈して良いのだな?」

「まあそうね....まだ不安要素はあるけど。けど、私の知らないところで朱音と一緒に行動してたんでしょ?」

「端的にまとめると、そう言うことになるな。」

「それなら、あの子に免じてある程度信用できる相手だって事にするわ。ま、あとは行動と結果で示して欲しいところね。」

「了解した。元より私も最初からそのつもりだったからな。」

 

ひとまず一定の信頼を得られたのならば何よりだ。後は信用を失うような行動をしないように心がけるだけだ。

何よりも気になるのは、元の世界で見つけたあの紅色の封結晶。あの正体を知ることこそが最大の目的だ。そのためにもほぼ間違いなくレイムとアカネの協力を得なければ困難な問題になるだろう。よって、そのためにもより彼女たちに寄り添わねばならない。

 

「....む?」

「ヘルさん、どうかしたの?」

 

そう考えていた時、誰かがここに向かってくる足音が聞こえた。そして視線の先にある襖から、1人少女が現れた。

 

「なるほど、そちらの方が噂の外来人の方ですか。」

「あ、咲夜さんこんにちは。」

 

突如襖の向こうから、青と白のメイドを服を着た少女が現れた。アカネ曰く、サクヤという名のようだ。レイムと比較してやや大人しい雰囲気を感じさせる。

 

「初めまして、外来人の方。私の名は十六夜咲夜と申します。」

「サクヤか、了解した。私の名はクリームヒルト・レーベンシュタインという。ひとまず、よろしく頼む。」

「はい、クリームヒルト様。こちらこそよろしくお願いします。」

「それで咲夜、あんた何しにしたのよ?」

 

サクヤと私が一通り挨拶を終えると、霊夢がそう問いかけてきた。すると、私とサクヤの視線がぶつかり合う。

 

「ええ、実はお嬢様がヘル様のことに興味を持ち、是非紅魔館に来て欲しいとのことです。要は、招待しに来たということですね。」

「....噂が早いこと。それにレミリアは珍しいもの好きだし。」

「そうですね、実のところ人里で買い物してた的に堂々と軍服を着て歩いていたので目立ってましたよ。」

「も、もう少し人目のつかないところで歩こうよヘルさん....」

「可能な限り最短ルートを歩いたのだが、不味かったか。」

 

なるほど、要は目立つところで歩いてたからサクヤの目に止まったというわけか。そしてサクヤの主に何やら興味を持たれたのか。ならば今度からは慎重に出るとするか。

 

「まあ、過ぎたことは仕方ないわ。それよりもレミリアがあんたの事に興味を持ったみたいね。会いに行く?」

「....そうだな、これを機会にこの世界の住民と語り合ってみるとしよう。」

「うんうん、その方がいいよ。」

 

レイムの問いかけに対し、私はそう答える。アカネも嬉しそうな顔を浮かべて頷いた。まずは顔見知りを可能な限り増やしていこう。そうすることで情報の幅も広がり、問題の解決へと少しずつ進むかもしれない。

 

「承知しました、ではついて来てください。」

「飛んで行った方が早そうね、朱音は私が運ぶわ。」

「うん、お願い霊夢。」

「構わないわよ。あ、そうだ。ヘル、アンタは飛べるわよね?」

「ああ、問題ない。」

 

サクヤとレイムが宙へと浮かび上がり、遠方へと飛び立とうとする。私も解法で重力を無効化し、彼女たちの方へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

飛びながらあたりの景色を見渡してみる。比較的に自然が多く、ところどこに妖精が飛び回っている。そして人里にには人間も住んでいる。その雰囲気も悪くなく、どことなく穏やかさがある。なるほど、こうやって共存しているわけか。幻想郷という名の通り、ある種の理想的な環境といえるかもしれない。

 

「そろそろ着くわ。」

 

そう霊夢の言葉が聞こえ、改めて正面を向く。大きな山を抜けると、霧がかかった湖の上を飛んでいく。

霧のせいで視界が悪くなるものの、決して先に進めないほどではない。レイムやサクヤ達も同様のようだ。そして湖を抜けると、全体的に深紅色の大きな館に到着した。どうやらここが目的の場所みたいだ。

 

「さて、着いたわね。」

「ほう、ここが紅魔館とやらか。」

「ええ、その通りです。」

 

そう言いながら私たちは門の前へと到着した。門の前にはチャイナドレスを着た少女が立っていた。どうやら門番のようだ。門番の少女は笑顔を浮かべながら咲夜へと話しかける。

 

「咲夜さん、お疲れ様です。そちらの方が外来人の方ですか?」

「ええ、お疲れ様ね美鈴。あの方がクリームヒルト・レーベンシュタイン様よ。それにしても、今日はちゃんと起きてたのね。」

「当然、お客様が来るって聞いてましたからね。お出迎えするまで寝ていられませんよ。」

「ふふ、それだとまるでお出迎えが終わったら寝るような言い草よ?」

「え?い、いえいえそんな滅相もない!言葉の綾ですよ、いやだなぁ咲夜さん。あはははは....」

「全く....ほら、お客さんに挨拶しなさい。」

 

呆れた表情を浮かべながら、サクヤはそう言い放つ。そして門番の少女は申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら私達の前へと出る。

 

「どうも、初めましてクリームヒルトさん。私は紅魔館の番人、紅美鈴といいます。どうぞよろしくお願いします。」

「ああ、よろしく頼む。」

「はい、了承しました!しかし、クリームヒルトさんはみた感じ軍人さんでしょうか?」

「うむ、そうだが。」

 

メイリンの好奇の目線が刺さる。

やはりこの軍服では目立つようだな。であればこの環境に見合った服を選ぶべきか。

 

「いやぁ、もし機会があればお手合わせできればと思いまして。へるさんが、どれほどの力をお持ちか気になったので。」

「なるほど、手合わせ自体は構わんよ。」

「えへへ、その時はよろしくお願いします。」

「さて、話も済んだならさっさと入りましょう。」

「それでは門を開けますね。」

 

メイリンがそう言いながら、館の大きな門を開けて私達を中へと入れた。そしてサクヤに館の中へと案内されていく。

 

 

 

 

 

 

 

そして....

 

「お待たせしました、お嬢様。霊夢と朱音、そして外来人のクリームヒルト様をお連れしました。

「ご苦労ね、咲夜。そして.....ようこそ、紅魔館へ。貴女が外来人の人間ね。私が紅魔館の当主、高貴なる吸血鬼、レミリア・スカーレットよ。これからよろしくね。」

「クリームヒルト・レーベンシュタインだ、こちらこそよろしく頼む。」

 

館の中へと入ると、ピンク色と服を纏い背中にコウモリの羽を生やした小さな少女が出迎えてくれた。どうやらこの紅魔館の主の様だ。私は一礼して挨拶を返す。

 

「しかし....随分と長い名前ね。」

「ヘルと呼んで構わん、知人は皆そう呼んでいる。」

「その方がシンプルで良いわね、そう呼ばせてもらうわ。」

「了解した。それで、これから一体何をするのだ?話をするだけならば、別段構わないが.....」

「そうね、話をするといえば確かにそうなのだけど....」

「そこから先は、私が説明するわ。」

 

すると、レミリアの背後からまた新たな少女が現れた。全体的にピンク色の服を着ており、少し顔色が薄い少女だ。

 

「どうも、私はパチュリー・ノーレッジよ。よろしくね、クリームヒルトを」

「ああ、よろしく。それで話とは?」

「そうね、まず結論から話すと貴女と封結晶の関係について色々聞いておきたいの。」

「....ほう、アレとの関係か。」

「ええ、特に紅い封結晶は幻想郷のそこらじゅうに出現してるって大騒ぎになる程ですもの。そしてそんな時に貴女も外来人として現れた。とても無関係と思えないじゃない。」

 

なるほど、確かに側から見ればそう思われても不思議じゃない。であれば、私を尋問することを目的にここに呼んだのだろうか.....などと考えていたが、どうやら違う様だ。

 

「.....だけど、どうやら朱音と顔見知りで悪くない関係みたいね。その点を踏まえると貴女がこの異変の黒幕であるとは考えられないわ。」

「ほう、何故そう考える?」

「今に至るまで黒幕と結びつく様な行動をしてないからよ。朱音達はこの異変を解決しようと積極的に動いてくれているからよ。貴女が黒幕だとして、彼女達を妨害しに来たのなら、使い魔を派遣して邪魔してきたり、貴女が直接物理的に潰しに来た方が手っ取り早いでしょ。だけどそうしないどころか、態々人里のど真ん中を歩いてくる始末。そうなると本当にただ迷い込んできた外来人と考える方が、まだ自然じゃない。」

「....なるほど。」

 

と、パチュリーはつらつらと自身の考察を展開してくれた。実際私は巻き込まれた側の人間だ。そこまで考えてくれるのならば助かる。他のもの達もどうやら納得した様子だ。

 

「取り敢えず、これが私の考えなのだけど本人的にはどうなのかしら?」

「その通りだ。私は封結晶を使って何か目的を果たそうなどと考えてない。寧ろ、それに巻き込まれた方だ。」

「....その辺り、詳しく聞かせて頂戴。」

 

そして私は、実家に帰った時に紅い封結晶を見つけたこと。そしてそれに吸い込まれて異世界に飛ばされる異変のことについて可能な限り説明した。そして.....

 

「....なるほど、よく分かったわ。ありがとう。」

「お嬢様、これは....」

「ええ、どうやら外の世界にまで封結晶が出現してるようね。これは、もしかしたら私達が想像してるよりも遥かに大きな異変かもしれないわね。」

「はい、そのためにも早くあの封結晶の謎を解かないと....」

「お姉さまー!」

「フラン?どうしたのよ急に....」

 

レミリアとサクヤが話し合っていると、館の奥からカラフルな羽がある金髪の少女が猛スピードでこちらへと向かってきた。どうやらレミリアの妹の様だ。

 

「お姉さま、赤いキラキラした四角い宝石みなかった?触ろうとしたら急に消えちゃったの!」

「え?赤い封結晶が!?」

 

フランという少女の発言で、館内の空気に緊張が走る。館内のどこかに赤い封結晶が現れたのは確実だ。そして更に、今度は入り口から駆け込んできたメイリンから報告が上がる。

 

「お嬢様、報告します!門の前に赤い封結晶が現れたと思ったら消えました!」

「ちょ、ちょっと立て続けに出現しちゃってるじゃない!」

 

どうやら次はメイリンが見つけたようだ。既存の物が空間転移したのか、それとも別の個体が現れたのか定かではない。だがどちらにせよ、これから異変が起こる前兆なのは間違いないだろう。

 

「....あっ」

 

すると、アカネが小さな声でそう呟いた。そして彼女の視線の先には、赤い封結晶がテーブルの上にあったのだ。そして異変はそれだけで終わらない。

 

「な、これは....」

「うごけ、な.....」

「あ、あかね....絶対、触っては、いけな....」

「わかってる.....けど....」

 

赤い封結晶が現れたと同時に、私を含めたほぼ全員の身動きが取れなくなった。唯一の例外はアカネだけだが、もうやら彼女の意思に反して手が赤い封結晶を触れようとしているようだ。文字通り、最早誰にも止められない。

 

「あっ.....」

 

そして赤い封結晶とアカネの手が触れ合った。すると封結晶が輝き始め、細かく分解する。そして異次元のゲートが開き、この場の全員を異空間へと吸い込んでいった。

 

 

 




実はロストワードがいつ配信終了になってしまうか不安になってます。せっかくのストーリーが中途半端に終わるとモチベにも影響が出そうなので....


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第十二話 回帰

久々の更新です。
ここから東方よりも戦神館の世界観寄りなストーリーが展開されますが、お楽しみいただけたら幸いです。


ドイツの普通の家族に生まれた、ごく普通の女の話をしよう。彼女の生まれた家庭は、まさに平凡そのものだった。両親ともに健康で、生まれたその女もまた健康の、普通の赤子だった。次第に成長し、子供らしくいろいろなものに興味を持ち、街に出ては友達を作り共に遊びまわっていた。

一つ例外的な特徴を挙げるなら、その少女の好奇心、および探究心は他の子達よりも遥かに強かった。学校では常に首席、加えて運動神経も並の男子ですら敵わないほどだ。それもまた彼女の魅力を引き立てるものといえるのだろう。

 

「ウチの子は天才だ、いずれ世界の頂点に立てるぞ!」

「もう、貴方ったら...けど、あの子が本当にそうなったら、私も鼻が高いわ。」

 

両親のこの発言も、半分本気といったところだろう。だがしかし、この発言は後に真実となる。もっとも、両親が想像してるような穏やかで鼻の高くなるような未来ではなかったが……

 

 

 

 

 

ある日、女と父親が教会の前に通ったときだった。

 

「お父さん、教会って何をする場所なの?」

「神様にお祈りをするためだよ。」

「神様ってなぁに?」

「私たち人間を作り上げてくれた、偉大なお方だよ。」

「どうやって人間を作ったの?」

「それは....色々な考えが広まっているが、神様の力で作り上げたって説がありがちかな?」

「.....神様の力?」

 

まだ10歳の女は首を傾げる。その様子を見て父は苦笑しながら言う。

 

「あはは、要は神様は何でも知ることができて、何でもできるとんでもない方のことだよ。といっても今のお前にはよくわからないと思うが、まあそういうものがあるって覚えておけばいい。」

「....うん。」

「さあお祈りも済んだし帰ろう、お母さんがうちで待っている。」

 

などと、何気ない会話をしながら親子は帰っていった。一見何気ない日常の風景だが、少女の中では爆発するように思考が巡り回っていた。

 

(神様は何で知ることができて、何でもできる力....それを手に入れたら、私はどうなるんだろう?そもそもなんで、その力で神様は人間を作ったんだろう?わからない、わからない、わからない.....)

 

深夜1時、少女の両親も既に就寝している時間だ。だが少女は毛布でくるまりながら、そう思考を巡らせていた。人より一歩強い興味、関心、好奇心が神という魅力的な単語を掴んで、決して話そうとしない。少女中で、強欲という原罪が芽生えた瞬間だった。

 

(カミサマ.....わからない、わからないからとても魅力的だ。欲しい、欲しい、欲しい!神の力が、欲しい!そのためなら、なんだってやってやる....そう、どんなものでも利用してでもッ!)

 

その日、少女は確かな夢を見た。そしてそれが、少女の運命を大きく動かすこととなった………

 

 

 

 

 

 

 

 

時が経ち、女は学生となった。無論成績はトップクラスで、このまま彼女は順風満帆な人生を送るのだと誰もが思った。だが同時に、同年代の学生が行方不明となる件数も多くなっていたのだ。痕跡は見つからず、まるで最初から居なかったかのように、行方不明となったものは2度と人の目につくことはなかった。

 

「そうか....私ももうそろそろ、大人になるのね。」

 

そして少女は、学業で優秀な成績を重ねると同時に本の虫となっていた。特に考古学や宗教学に触れることが多く、図書館の閉館時間ギリギリまで居座っていたという。ある日、両親が将来何になりたいかと聞くと....

 

「私は軍に入ろうかなと思っているわ。私の知識を活用して、この国のお役に立ちたいの。」

 

少女は満面の笑みを浮かべながら、そう答えた。両親は今まで軍事に興味を示さなかった少女が何故と思いつつも、本人がそう思うならとその背中を後押しした。そして少女は大学を卒業し、大人の女となって軍の門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして更に月日は流れ、女はとある男と結婚した。パートナーとなった男とは大学の時に女と知り合い、教師となった後にその女と結ばれた。そして女は妊娠し、無事出産した。生まれてきた子は女の子で、その名は....

 

「クリームヒルトにしましょう。この子は英雄の花嫁となり、みんなに幸せをもたらすのよ。」

 

そう、この生まれた子が後にドイツの稀代の殺人鬼と呼ばれ、人のアラヤから選ばれた第三盧生、死神となる女だったのだ。そして....

 

「そうか、君がそう決めたのならそれにしよう.………″カリーナ″」

 

そしてそれがクリームヒルトの母親の名前……『カリーナ・レーベンシュタイン』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所にて

 

「あたたっ....ここは?」

「....どこかの神社、みたいだね。」

 

霊夢と朱音は、気がつくとどこかの神社の中心にいた。赤く伸びた鳥居に神宮、そして周辺の木々が視界に入る。そして空を見上げると、漆黒の夜空と星々が輝いていた。

 

「そうみたいね....て、レミリア達は?それに、ヘルもいないわね。」

「本当だ、別々になっちゃったみたいだ....」

 

周辺を見渡しても、他の人物の気配を感じなかった。自分達以外誰もいないと判断すると、霊夢はため息を吐いて呟いた。

 

「仕方ないわね、まずは人里に向かいましょうか。この先にあるみたいだし。」

「あ、本当だ。明かりがあるし、人も居そうだね。」

 

霊夢が指さした方向を見ると、数百m先にポツポツと灯が照らされている場所が見えた。そこに人がいるかもしれない。そう思い2人はその方角へ向かって移動を始めようとしたその瞬間、背後から茂みを歩く音が聞こえた。

 

「っ!?」

「待って朱音、ゆっくり音の方向に向かいましょう。」

 

霊夢は走り出そうとした朱音の手を掴み、そう言った。朱音は頷きつつ、霊夢と一緒に忍足でゆっくりと音のした方向へと歩いていく。草木を分けてそのまま進んでいくと人の姿が見えてきた。

 

「…えっ?」

「.....」

 

そこには、朱音と霊夢の知らない少女が立っていた。年齢は目測10歳前後、黒いシャツとスカートを着ており、ウェーブのかかった金髪と翡翠色の瞳が特徴的だ。そして、その特徴から一つの答えが脳裏を駆け抜ける。

 

(この特徴……もしかして、小さい頃のヘルさん!?いやでも、なんで子どもの姿に?)

「えっと、こんばんは。君は誰かな?こんな夜遅くの時間に、小さい子どもがいる外に出たらダメでしょう。」

「....申し訳ございません、目が覚めたらここにいたので。」

「そ、そうなのね……」

 

少女の声を聞いて、霊夢は眉をひそめた。声色自体は日本人とは違ったトーンを感じるが、それ自体はそこまで驚くに値しない。だが問題は、子ども離れした流暢な口調で敬語を使ってることと、言葉の節々から子ども特有のあどけない雰囲気が一切感じられない。まるで子どもの形をしたロボットと会話しているような気分になったのだ。

 

「ところで、君の名前は?私は霊夢といって、こっちは朱音よ。」

「こんばんは、よろしくね。」

「……クリームヒルトです、よろしくお願いします。」

「……嘘でしょ。」

「?」

 

朱音の予想通り、どうやらこの少女はクリームヒルトの幼少期の姿のようだ。名前を聞いて、霊夢は衝撃のあまり手で顔を覆った。朱音は霊夢の近くに寄り、小声で話しかける。

 

(れ、霊夢。これどうなってるの?なんでヘルさん小さくなってるの!?)

(こっちだって知りたいわよ!この世界の影響かもしれないけど、原因がまるでわかないわ。)

(だけど、このまま放っておくわけにはいかないよね……)

(……そうね、ひとまず同行させますか。誘拐でもされたら最悪だろうし。)

 

2人はそう決断すると、改めてクリームヒルトの方へと向き直る。その様子を見て首を傾げるも、なるべく自然な笑みを浮かべながら霊夢は話し掛ける。流石にヘルという渾名で呼ぶと混乱を招くと思い、渾名ではなく本名で呼びかけることに心掛けつつ。

 

「えっと....クリームヒルトはここで他に誰か見なかった?」

「いいえ、私もある程度この辺りを歩きました。ですが、貴女達が初めて鉢合わせした他人です。」

「そうなのね....あと、別に敬語とか良いわよ?こう、堅苦しいしさ。」

「.....何故?貴女達は明らかにわたしよりも年上です。目上の者には敬意を示すために敬語を使う者だと把握してますが?」

「と、とりあえず君をここに置いていくわけにはいかないわ。私達と一緒に行きましょう?」

「……知らない人物について行くなと言われてますが、やむを得ませんね。わかりました。ですが、両親と出会ったらその時点で帰らせてもらいます。」

「……ええ、それで良いわよ。」

 

霊夢と朱音は唖然とした表情を浮かべつつもクリームヒルトの手を掴み、移動を始めた。どうにも彼女の口から放たれる、子ども離れした口調と理論展開に混乱してしまう。ひとまず2人は彼女の手を掴み、このまま移動しようとしたその時だった。

 

「っ!?これは....」

 

突如草陰から漆黒の大蛇が現れた。それも小さな子ども程度なら丸呑みできるほどの大きさで、鎌首をもたげ朱音へと殺意を向け、飛びかかった。

 

「この、やめなさいッ!」

 

霊夢はすかさず妖怪退治の鋭針を、大蛇へと放った。無数の針が蛇に突き刺さり、朱音に噛み付く直前で力尽き黒い霧となって霧散した。霊夢はホッとしたと同時に考える。

 

(つい無意識に攻撃したけど、こっちの世界でも弾幕はできるみたいね....)

「霊夢!い、今の蛇は....」

「わからない、けど明らかに普通の蛇じゃないわ。」

「.....」

 

朱音の質問に霊夢はそう答える。死体が残らず消滅したあたり、明らかに普通の蛇ではないのは確実だろう。だが正体は至って謎であり、考える余裕も与えてくれない。

 

「ちょっ、あの一匹だけじゃなかったの!?」

「あーもう、面倒ね!」

 

さっきの一匹から出てきた茂みから、更に2匹3匹とどんどん矢継ぎ早に蛇の軍団が現れてきた。大きさにもばらつきがあるものの、どれも人間を喰らうには十分の大きさだった。

 

「朱音、ヘルを守りながらここを切り抜けるわよ!」

「うん、任せて!」

 

朱音はそう言いながら手帳を取り出した。そして手帳を開くと、そこから妖夢の姿が具現化し、ヘビに向かって戦闘を始めた。

 

(よし、出てきた!)

「....」

 

具現化した妖夢が、迫り来る蛇達を切り刻んでいく。その様子をクリームヒルトは朱音の後ろから見ていた。その顔は変わらず平静なままである。それを見て霊夢は声を張り上げた。

 

「ちょっ、アンタなに棒立ちしてるのよ。速く逃げなさい!」

「....それはもしかして私に言ってるのですか?」

「そ、そうだよ!ここは危ないから、速く遠くに逃げ....」

 

次の瞬間、針と斬撃の弾幕を潜り抜けた蛇が霊夢と朱音の間を通り抜け、クリームヒルトへと迫った。蛇の牙が少女の首元を喰らおうと迫る。

 

「あっ....」

「クリームヒルトォッ!」

「大丈夫です、私は負けませんよ。何故なら....」

 

だが蛇の口は少女の肌に触れることは叶わなかった。蛇の胴元には拳が突き刺さり、常人を凌駕した速度と破壊が少女から繰り出された。拳が振り抜かれると、蛇は血飛沫を上げながら粉砕された。

 

「....え?」

「何故なら私は、″巨人″ですから。」

 

唖然とした表情を浮かべる朱音を他所に、幼き少女クリームヒルトはそう呟きながら戦闘を行う。蛇の胴体を掴み握りしめると、掌から放たれる万力が蛇を握り潰す。続いて地を這う蛇を逃すまいと振り下ろした震脚が大地を震撼させ、脚元の蛇をトマトのように踏み潰す。もはやその所業は少女のそれとはかけ離れており、阿鼻叫喚を賛美する殺人鬼の所業のようだった。だが、少女顔は徹底して鉄仮面。そこに歓喜や悲哀の感情はなく、ただただ虚無一色であった。

 

「な、なんなのよあいつ……」

 

そしてクリームヒルトは徒手空拳では殲滅力が足りないと判断すると、近くの長い枝を拾い上げ、剣のように横薙ぎに振るい上げた。そこから放たれた衝撃が辺りにいた蛇を残らず消滅させたのだった。

 

「....これで完了ですね、お疲れ様でした。」

 

クリームヒルトはそう呟きながら、服についた汚れを払い落とした。少女の圧倒的な膂力を見せられた霊夢と朱音は、ただ顔を青ざめながら見ているだけしかできなかった。

 




というわけで、とある事情でヘルはロリっ子になってもらいました。肉体と精神年齢は共に10歳前後です。
そして過去話の中でですが、彼女の母が登場しましたね。もちろんオリキャラで、今後のストーリーに深く関わってくる予定です。


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第十三話 秘匿

最近ロスワで幽香を引きましたが、あそこまで強力なキャラになるとは思いませんでした...まるでfgoのキャストリアが実装されたような衝撃でした。


 

ある日気が付いた時に、私は周りの人間と違うことに気がついた。例えば、大人数人で抱えるような岩を私は一人で簡単に持ち上げる事ができる。例えば、他の人達がほとんど1日3食の量を食べるのに対し私はその数倍以上の量を食べる。おかしい、どう考えても普通では無い……明らかに不平等だ。何故このようなことになってるのか答えが出ない。だがある日、その悩みに対して母が答えを出した。

 

「″ミオスタチン関連筋肉肥大化″ね。要は、貴女は普通の人と違って常に筋肉が発達する体質なのよ。それも生まれつき、ね……何が原因かは不明だけど。」

 

母の答えに対し、私は理解したし納得もした。どうやら私は、普通の人間よりも筋肉が発達しやすい体質らしい。だが、何が原因でそのような異常が発生したのは不明なようだが。だが、いずれにしても……

 

「私は……不平等な人間だ。」

 

私が普通の人間とは違うことは確定した、これはどう言い逃れもできない事実だ。

ああ、まるで私は″巨人″だ。手を握ればその手を破壊してしまうし、常人よりも多くのモノを多く食らい続ける。そして他者と触れ合おうとすれば、どうあっても傷付けてしまうだろう。こんな存在はどうあっても不平等を生み出し、存在するだけで害を周りに撒き散らしてしまう。こんな私を、どうやって正せばいいのだろう。

 

「そうだ、自殺すれば良いんだ。」

 

そうすれば私という歪みは排除される、ならばそれを今すぐ実行するしかないだろう。そう決断し、キッチンからナイフを取り出した。そしてそのまま比較的肉厚の柔らかい喉元へと突き刺そうとした、その時だった。

 

「何をしてるんだクリームヒルトッ!」

 

父が怒声をあげながら飛び出し、私の手に持ったナイフを弾き飛ばした。ああ、なんて事を……あともう少しで真なる平等が実現したというのに。

 

「君は……今なにをしようとしたのか分かってるのか?」

「自殺。」

「そうだ、自殺はいけない事だ。君が君を殺すなんて、もっての外だろうッ!」

「そんなことはない。私は歪んだ人間……1秒でも早く死ななければ、この歪みは正されない。」

「君は、何を言って……」

 

そう答え続ける私に、父は顔を青ざめながら困惑の表情をしていた。何故困惑するか分からないが、どうやら私は父を困らせてしまったようだ。歪んだ私を正すだけの作業なのに、何故動揺してるのだろうか?

そう考えていると、母が現れた。

 

「クリームヒルト、貴女自殺しようとしたのね?」

「だって私は普通の人間じゃない……歪んだ人間だからこれは正さないと。」

「ふざけてるんじゃないわよ。」

 

私の答えに対して母はそう即答して切り捨てた。そして明確な拒絶の表情、とにかく私の答えが気に食わないらしい。

 

「馬鹿ね、屑ね。そんな思想は弱者のすることよ。よく覚えておきなさい、クリームヒルト。どのような世界でも原則として弱肉強食、今を生き抜こうとしない軟弱者が自殺した程度で報われる保証も理屈もどこにもない。弱者はどこまでも不遇で、淘汰される運命なのよ。私はお前をそんな塵屑のような弱者にするために生んだんじゃないわよ。」

「……だけど、歪んでしまった私は何のために生きているのか分からない.....なら、私はどうすれば?」

 

私がそう答えると、母は笑みを浮かべながら言葉を返した。その笑みは見た感じ純粋さはあるものの、どこか陰りがあるようにも見えたと記憶している。

 

「安心なさいクリームヒルト。私が貴女を完全なる存在へと導いてあげる。だから、貴女は私のために生き続けなさい。それが、貴女の存在意義となるのよ。」

「……存在、意義。」

 

存在意義、その意味について深く考えるようなことなんてなかった。誰かの役に立つ.……そういうことを続けていけば、そのうち私が生きる意味を見出せるのだろうか。

そんな疑問を抱いた私は、まずは母の言う事を徹底して遵守し続けようと決意したのだった。その先に、私の納得できる答えが見つかると、そう信じて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と……ちょ……ちょっと!クリームヒルト、どうかしたの?」

「……すみません、寝てしまってたようです。」

 

クリームヒルトが目を覚ますと、目の前には霊夢の頭が見えた。どうやら彼女が幼いクリームヒルトを背中で背負いながら歩いているようだ。彼女達は街の方へと向かって歩いている。

 

「全く、急に暴れた後に倒れたのだもの……驚いたわ。ま、腹の虫が鳴ってたからただの空腹なんだろうけどね。」

「街に着いたらまずはご飯食べようか、私もお腹空いてきちゃったし。」

「……そうですね、お願いします。」

 

クリームヒルトは細々としながらもそう答えた。彼女にとって空腹は非常に致命傷であり、体を満足に動かすことのできない状態となる。そのことを知ってる二人は、彼女の腹を満たすために食事処を探すために街へ向かっているのだった。そうしてしばらく歩き続けていた時だった。

 

「ああ、ようやく見つけました。」

「……ッ!」

「あら、咲夜じゃない。」

 

突如3人の目の前に、紅魔館のメイド長十六夜咲夜が現れた。彼女の『能力』を把握している朱音と霊夢はともかく、全く知らないクリームヒルトは鋭い目線となった。常識から逸脱した奇異な能力、それを目の当たりにして警戒を強めたのだろう。その視線に気付いた咲夜は背負っている見慣れない少女に気がついた。

 

「霊夢、その子は?」

「ああ、クリームヒルトよ。理由は不明だけど、こんな姿になってるのよ。」

「……なるほど、お察しいたしました。」

「ところでその様子だと、私達のことを探してたのかしら?」

「ええ、お嬢様にそう命じられたので。着いてきなさい、良い食事処見つけたから。」

「あら、それは奇遇ね。私達もそういうところを探してたのよ、助かるわ。」

 

そう言って霊夢達は咲夜を先頭にして、彼女の後をついていった。そうして街中へと入ったが、不思議なことに街の中には彼女達以外誰も居ない……霊夢と朱音はそれを不気味に感じた。

 

「……何よこれ、誰も居ないじゃない。」

「けど、とこどころ明かりはついてるね。何でだろう……」

「その事についてもパチュリー様が話すわ。さあ、こっちよ。」

 

咲夜はそう言いながらとある建物の戸を開けた。よく見ると入り口付近に看板があり、そこには『生蕎麦真奈瀬』と書かれていた。

 

「戻りました、お嬢様。」

「おかえり咲夜、ちゃんと霊夢達も連れてきたわね。」

「アンタ達、ここにいたのね。」

 

中は至って普通の蕎麦屋の作りをしており、レミリア達はカウンターの方に座っていた。封結晶に吸い込まれた紅魔館のメンバー全員が揃っている。

 

「まあね、正確にはあの封結晶に吸い込まれた後、私達全員この街の真ん中に放り込まれたのよ。その時でもこの通り、この街の住民は誰一人としていないわ。」

「……なるほど、既に私達の知らない異変がこの街で始まっていたと見ていいわね。」

 

霊夢は思わずため息をついた。つまり異変をあらかじめ防ぐということはまず不可能になり、面倒な事態になったと思わずにいられないのだろう。そして次にパチュリーが自身の考察を述べ始める。

 

「とまあ、現状はそんな感じよ。そして私達以外の人間は一切見られないけど、恐らく姿を眩ませたのは、ほぼ最近だと思われるわ。それも自然現象とかじゃなくて、人の手によってね……」

「人の手によって……何か根拠はあるの?もしそうだとしたら、邪魔だと思ったから消したとか考えられそうだけど。」

 

霊夢がそう考えを述べると、レミリアを始めとした他のメンバーを同乗するように頷いた。だがパチュリーは否と首を横に振る。

 

「確かに一見そうと考えられるかもしれないけど、それなら街ごと消した方が手っ取り早いわ。けど消さなかったということは、この街を使って何かを計画してるといったところかしら。」

「街そのものをか……けど、そうだとしても何で住民を消す必要があったのよ。わざわざ消さなくても、洗脳して無理矢理従わせるのだってアリじゃないの?黒幕にそこまでの力があるか、まだ分からないけど。」

「そうね、これもまた確証があるわけじゃないけど……他に考えられるとしたら『証拠隠滅』といったところかしら。」

「証拠隠滅……何か私達に知られたらまずい事があるということ?」

「ええ、私がその考えに至った最大の理由はそこにいるクリームヒルトよ。」

 

全員の視線がクリームヒルトの方へと集まった。それに対してクリームヒルトは、よく分からずただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

「小さくなったクリームヒルトが証拠隠滅と繋がるの?」

「ええ、まず意図的にこの姿に変えられたといえるわ。そして記憶や身体も子どもに戻ったとするなら、大人の頃の記憶も今の時点では覚えてないはずよ。逆にいうのならば、彼女が大人のままだと、黒幕にとって都合の悪い記憶が覚えられてるから、それを引き出されてしまうリスクがあったのだと考えられるわ。」

「……なるほど、確かに隠す手段としてはアリかもしれないわね。しかしよくここまで考えられたわね。」

 

霊夢は思わず感嘆の声を上げる。それに対してパチュリーは薄く微笑みながら言葉を返した。

 

「まあ、あくまで私の推測よ。真実はもしかしたら違ってるのかもしれない。」

「けど、それでも何もないより遥かにマシよ。推測があれば、行動の指針も少しは固まるでしょうし。」

「……そういってくれると助かるわ。それで、今後はどんな感じで行動しましょうか?」

「そうね、ひとまず食事を済ませましょう。腹が減っては戦はできぬっていうし。」

「そうね、そろそろ食べましょうか。咲夜、調理頼むわ。」

「かしこまりました、お嬢様。お店の物を幾らか使わせてもらいますね。」

 

この後、咲夜が時間を止めて蕎麦を作り上げ、霊夢達はそれを食べて食事を済ませたのだった。

 



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第十四話 目覚め

4月となりましたね……みなさんいかがお過ごしでしょうか?
……はい、こちらの更新を遅れてすみませんでした。ストーリーの推敲を積み重ねていくうちに、あれやこれやと詰め込んでしまいました。ひとまず、第十四話をどうぞお楽しみください。


 

 

 

 

生蕎麦真奈瀬から出た霊夢達は、早速異変の調査へと取り掛かろうとした。だがその前に、パチュリーが静止の声を上げる。

 

「ちょっと待って、全員で闇雲に調査したところで非効率だわ。ここはポイントを絞って調査しましょう。」

「その方がいいのでしょうけど、どんな感じに振り分けるの?」

「大丈夫、あらかじめ地図を作っておいたわ。それにポイントを記してるから、どこに行くかこれを見ながら決めていきましょう。」

 

そう言いながらパチュリーは地図を全員へと渡した。それには赤丸がそれぞれ記されており、鶴岡八幡宮、千信館學園、高徳院、辰宮邸、相模湾岸が丸に囲まれてた。

 

「大まかに調べた感じだけど、赤丸に囲まれてる箇所が特に霊力を強く感じたわ。放っておくと何が起こるか分からないから、まずはそこから潰していきましょう。」

「流石パチェ、頼りになるわ。さて、あとはそのポイントへ誰が行くかってところね……」

 

そう言いながらレミリアはじっと地図を見つめ、そして周りのメンバーを一度見渡す。それを見た霊夢が一言声を上げた。

 

「そうね、それなら私は八幡宮とやらに行こうかしら。なんとなーく気になるのよね。」

「そう、なら霊夢は決まりね。」

「では、私はお嬢様に同行を……」

「あら、それはダメよ。」

 

霊夢の行き先が決まり、次に咲夜がレミリアと同行しようとするとレミリアが静止の声を上げる。その返答に咲夜は少し驚いた顔をする。

 

「どうしてです、お嬢様。私は護衛役として……」

「それはダメ、折角都会に来たんですもの、1人であちこち見て回りたいわ。それにまだ夜なんだから陽の光も無いしね。」

 

レミリアはそう言いながら、頭上の月をチラッと見上げた。その様子を見て、咲夜は呆れつつも了承した。

 

「……はぁ、わかりました。ではどうぞお好きに。私は美鈴と共にこちらに向かいます。」

「えぇ、何故私!?」

 

そして咲夜はさりげなく美鈴を巻き込みつつ辰宮邸を指さす。不意に巻き込まれて美鈴は驚きの声を上げた。それに対して咲夜は笑顔を浮かべながら返答する。

 

「貴女のことだから、サボらないようにしっかり見張ろうと思ってね。」

「そ、そんな……信用ないなぁ。まあでも、正直助かります。何せ未知の場所ですからねぇ、何が起こるか分からないからバディが欲しいと思っていたところですから。咲夜さんが居るなら、百人力です!」

「……そう、その意気込みだけは買ってあげるわ。」

 

美鈴の言葉を聞き、咲夜は少し照れ臭そうな表情を浮かべながらそう言った。

そして次に、パチュリーが海岸を指さす。

 

「それじゃ、私はフランと一緒に海岸を回ろうかしら。」

「えー、私もお姉さまみたいに1人で街中を回りたーい。」

「それだと喧嘩しちゃうでしょう……大きな砂の城、一緒に作ってあげるから。」

「……うん、それなら良いかな。大きなお城作って壊しちゃおー!」

「良し、これで決まりね。」

 

最初は不満そうな態度をしてたものの、最終的にフランはパチュリーの提案に同意した。そして残るは2つのポイントとなり、レミリアが言い放つ。

 

「それじゃあ、私は高徳院に行くとするわ。あまった學園の方は、クリームヒルトと朱音、貴女達が向かいなさい。」

「……了解しました。」

「う、うん……別に良いけど、レミリア1人で本当に大丈夫なの?」

 

レミリアの提案に対して、クリームヒルトと朱音は頷いた。しかし朱音はどうにも不安でそう聞いたが、レミリアは不敵な笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「そこまで心配しなくても大丈夫よ、さっきも言ったけど1人で回りたい気分だから。特にそこは、この目でしっかりと見ておきたいと何となく思ったのよね。」

「そう……そこまで言うなら仕方ないね。」

「なら決まりね。それじゃ、それじゃあ改めて、八幡宮には霊夢が、學園にはクリームヒルトと朱音、高徳院には私が、辰宮邸には咲夜と美鈴、そして海岸にはパチェとフラン、この振り分けで行くわよ。各々、決めたポイントに向かってしっかり調査を進めるように。ああ、あと一つ忘れていたわ。」

「?」

 

全員が不思議に思ってる中、レミリアは一度眼を閉じ、そしてもう一度見開き、真剣な眼差しで言い放った。

 

「紅魔館の主として、この場の全員に指令を出すわ。全員『必ず生きて元の幻想郷に戻る』こと!以上、解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程の会議を終え、私はアカネと共に千信館學園という場所へと向かった。

 

「……なるほど、私はそのような力を持っているのですね。」

「うん、霊夢から聞いた話だけどね。」

(と言うことにしておかないと、混乱招きそうだからこう言っておこう)

「貴女の話を聞いた上で結論つけると、もしかしたら私は一種の記憶喪失なのかもしれませんね。」

(思い返してみれば、今のヘルさんって私と似た状況なんだ。)

「確かに、そうかも……けど、きっとこれから思い出せるよ。

「……そうですね、希望的観測かもしれませんがそう考えておきましょう。」

 

学校とやらに向かう間に、私はアカネから私が保有している能力について詳しく聞いた。曰く、夢を現実へ齎す能力だとか。それを把握したことで、戟法や楯法などその能力の概要も思い出してきた。だが、その記憶がどこからか湧いてきたのかはまだ、わからなかった。少なくとも過去に両親や顔見知りの誰かから聞いた覚えはない。

そう考えてると、アカネが別の話題を口にした。

 

「しかしレミリアの指令もなんか不思議だったよね……『全員生きて元の幻想郷に帰ること』ってさ。」

「それほど彼女が今回の異変が危険だと予測したと考えるべきでしょう。」

「そうかもしれないね……それに、やっぱみんなで笑顔で帰りたいしね。」

「……笑顔で、ですか。生還することよりも、それを優先すると?」

「ううん、どっちもだよ。どっちも大事だから両方取りたい。」

「……そうですか。まあ、私も食事を奢ってもらった恩もあります。彼女の指令も遵守するとしましょう。その為にも、貴女を守ります。」

「うん、ありがとう。私もクリームちゃんを守れるよう頑張るよ……あ、学校に着いたみたい。」

「ここですか……」

 

目の前には学校の門らしきものがあった私はアカネを抱えて門を飛び越えて中に入った。するとそこには、綺麗な白く綺麗な校舎があった。どうやらここは日本の学校施設らしく、私の故郷の学校と比べるとクオリティがとても違う。校舎内に入り中を進んでいく。

 

「……これが、日本の学校施設ですか。」

「うん、そうみたいだね。綺麗な机や黒板があるね。だけど夜だからなんか不気味さを感じるけど……」

 

私の投げかけた言葉にアカネはそう言いながら頷いた。もしも叶うのならば、私もこのような環境で様々な事を学んでみたいと、興味が湧いてきた。その時、ふとある疑問が思いついた。

 

「そういえばアカネは、学校に行ったことはあるのですか?」

「え、いや私は……」

 

私の問いかけに、アカネは戸惑いの表情を浮かべる。どうやら彼女自身、そのような疑問自体考えたことがなかったのかもしれない。ならば、私が更に深掘りしてみるのもいいのかもしれない、そう思った時だった。

 

「ふーん、学校に興味があるのか。それは一教師として嬉しいねぇ。」

「ッ!」

 

不意に何処からか、そのような声が聞こえた。声の聞こえた方へと向くと、一人の女性が私達のいる教室へと入ってきた。

 

「ま、実際のところそんなに学校てのはあんまりいいところじゃねえけどな。」

「あ、貴女は誰?」

 

教室に入ってきた女性は、目算20代くらいの女性だった。髪は茶色で、日本の軍服を着ていた。そして顔に浮かべた表情はどこか享楽的で狂気的な笑みが孕んでいる。

 

「誰って聞かれてそう簡単に答えたくないけど、一応教えておくか。私の名前は芦角花恵、これから長い付き合いになると思うが宜しく頼むわ。」

「は、はあ......芦角さんですか。付き合いが長くなるってそれはどういう......」

「あん?そりゃ決まっているだろ。こうするためだよ!」

「え?きゃっ!?」

「アカネ!」

 

アカネの問いかけに対して、アシズミという女性は剣を抜くと同時にアカネの体を掴んで自身の胸元へと引き寄せた。加えてアカネの持つ手帳まで取り上げられた。明らかに人質の体勢だ。

不覚、アカネを人質に取られるとは完全に私の落ち度だ。

 

「悪いな、私の召喚主がこれを所望でな。アンタらをここで始末させてもらうよ。」

「は、離して!」

「安心しろ、お前をこの剣で刺すことはねぇよ。そもそも人質なんてほとんど意味ないしな。」

「……何?」

「ど、どういうこと?」

 

実際、彼女の握ってる剣先がアカネに向けられていない。どう言うことだと、私とアカネがそう疑問を思い浮かべていると、アシズミの背後から無数の蛇がはい出てきた。そして教室全体が異様な空気に包まれていった。何かが変わった。これは邯鄲の夢によって現実が侵食されている。それもアシズミの意思によって、それを瞬時に理解したがあまりに遅かった。もう少し早く気づいていれば朱音を人質に取られることはなかった。

 

「それに、召喚主ですって?貴女一体何を言って……」

「生憎だけどそれは言えないね、知りたかった私を倒しな。ま、倒されても答えねえがな、ひゃはははは!」

 

アシズミがそう言いながら高笑いを上げると、至る所からズルズルと蛇が現れてきた。明確な殺意が私へと向けられているのが理解できる。

 

「つまり、どうあっても私達を始末するつもりですか。」

「残念ながらそういうこと。いやぁ、先生はこう見えても悲しんでるんだよ?若い芽を潰すのは心苦しいってなぁッ!」

 

アシズミはそう叫びつつ手に握った軍刀の剣先を私に向けた。それと同時に無数の蛇が私に向かって牙を剥く。

 

「ッ!」

 

すかさず私は飛び上がり、窓枠の方へと足をつけた。地面にいる限り数の暴力で制圧してくる蛇の方が圧倒的に有利。であれば空中から司令塔と思われるアシズミを攻めた方が最善だろう。だが、アシズミから私に向かって攻撃する様子が一切見られない。そこを疑問に感じる。だが、悩んでいる時間はない。

 

「どうやって蛇を操作しているか知りませんが、考えてる余裕はありませんからね……ッ!」

「ふーん、なるほどそう攻めてくるか。良いぜ、こいよ。」

(この人なんで余裕なの?今から攻撃されようとしているのに、避けようとする様子すらない。)

 

更にアシズミは私の攻撃を察知したようだが、一切防御や回避を実行する様子がない。まるで誘われてるかのように見えるが、かと言って攻撃をしないことには事態は変わらない。よって私は飛び上がり、宙を蹴ってアシズミの顔面に向かって渾身の力を込めた拳を叩き込んだ。

 

「ッ!」

「えっ?」

 

しかし次の瞬間、私の背後から何かが砕け散る音が聞こえた。音のした場所を見ると、そこには血飛沫をあげて潰れた蛇の死体があった。逆にアシズミには血の一滴すら発することなく、至って無傷だった。

その意味不明な光景に私とアカネは解せない表情を浮かべる。その一方でアシズミはゲラゲラと笑いながら言い放つ。

 

「おーおー、まるで落石に潰されたかのようにペシャンコだ。アレを無防備に食らってたらヤバかったなー。」

「な、何が起こってるの一体……」

「んー?おいおい、直ぐに思考停止して他人に答えを求めるのは良くないぞ。最近の若いのはそういうところあるよなー。答えが出るまで繰り返す、トライアンドエラーが重要なんだよ。あ、でもお前は今人質だから実戦しようがないわな!あははははは!」

 

まるで他人事のように言葉を放つアシズミ、そしてその姿を見てアカネの顔が恐怖で白く染まっていく。さて、事態が好転していない以上何か行動が必要なわけだが……

 

「……まあ、確かに彼女の言うことも道理ではありますね。」

「お、良いね挑戦しようとするその姿勢。若い子はそうでないとなぁ。」

「どの道、試さない限り何もわかりません、からね……ッ!」

 

そう言いながら私は背後から迫ってきた蛇の牙を回避し、すかさず蛇の腹部に向かって蹴撃を叩き込んだ。

すると今度は足元から迫ってきた蛇が、先程の倍近い爆発音を炸裂しながら肉体が四散した。なるほど、ようやくこの仕組みが理解できた。

 

「はははは、容赦ないねぇお嬢ちゃん!しかもその様子だと、ようやく答えを得たってところかね?」

「ええ……ようやく理解できましたよ。これは貴女の能力によるもの、この教室内にいる誰かに攻撃を肩代わりさせる、というものですね。」

「ビンゴ、概ね正解。だいたい90点ってところかね。」

「え、何それ……そんなの勝負ですらないじゃん。」

 

私の出した答えに対して、アシズミは拍手しながらそう答えた。なんとも理不尽な能力に私たちは巻き込まれたものだ、アカネの感想に同意したくなる。そしてこの様子だと、さらにカラクリはあるようだ。

 

「そして残りの10点は、肩代わりされた回数分だけ、攻撃力も倍化される。んで、また肩代わりされた奴はそれまた倍に加算されるってところだな。実際のところ、私もお前達も運が良かったんだぜ?もしも当たり引いてたら、今頃こんな風におしゃべりできてなかったろうしな。」

「……っ!」

 

アシズミの答えを聞いて更にアカネが恐怖に震え上がる。確かに今まで攻撃の肩代わりをくらってない私達は運がいい方かもしれない。だが同時に、安易に攻撃できない事態になっている。もしも攻撃がアカネか私が肩代わりしてしまったら、即死してもおかしくない。

なるほど、先程人質として機能してないとはそういうことか……剣でアカネを傷つけたところで、運悪く自分に跳ね返る可能性があったわけだ。しかし、私からしたらアカネが巻き込まれてる時点で最悪に違いないが。

 

「……だけどこの空間全員ということは、貴女自身も対象だと思えるのですが?」

「あん?そりゃそうだろ。自分自身も巻き込んでこそ、ギャンブルの醍醐味ってもんだろ。」

「く、狂ってる……」

「それはまた……享楽的ですねどこまでも。」

「ま、というわけで頑張りな若人。どの道私を倒せないことには、お前達未来(さき)はないからなぁッ!」

 

そう叫ぶと同時に、この教室内が更に彼女の悪夢へと沈んでいく。深く深く、悪夢の深淵へと堕ちていく。

 

「見し夢を獏の餌食と成すからに、心も晴れし曙の空」

 

アシズミが詠唱を謳いあげる。この夢は、咒法の散と解法の崩の組み合わせによるものだと瞬時に理解した。

 

「破段-顕象、夢合延寿袋大成(ゆめあわせえんじゅのふくろたいせい)

 

彼女の破段開放と同時に、アシズミの背後に蜘蛛の巣のような結界が展開される。それはまるで、この場の全員を蜘蛛の巣で雁字搦めにしてるかのように。

 

「おらおら、逃げてばかりじゃ何も進展しねぇぞオラァッ!」

「クリームちゃん逃げて!」

「逃げろと言われましてもね……」

 

足元から迫る蛇の牙を、私はひたすらに回避していた。下手に攻撃をやったり受けたりしたら自分やアカネに跳ね返るかもしれない。そしたら一瞬の終わりだ。レミリアの指示を守れなくなってしまう。かといってこの場を離脱したら、おそらく能力を解除して朱音を殺すことは明らかだ。よって、ここで私が離脱することは論外だ。

 

「だから、私単独でアシズミを倒すしかない。」

 

だがその為には何をするべきか。彼女の背後に展開している蜘蛛の巣の結界、あれがこの能力の核となっていることはわかるが、その前にアシズミが陣取って指一本触れることすらままならない。よってこの答えも最適解とは思えない。ならば結局……

 

「……一か八か、やるしかない。」

「お、また来るか?良いぜ何度でも受けて立つぜ。」

 

結局のところ、これに帰結する。殴って『運良くアシズミ本人に当たりを引かせる』これにたどり着くまで何度も繰り返すしかないのだ。無論、最悪アカネが当たりを引く可能性もあるが、それを警戒して手を出さないのは本末転倒だ。ならばこそ、まずはやらなければ意味がない。

そう決断して私はもう一度跳躍し、蛇の軍団を飛び越えてアシズミへと拳を叩き込む。

 

「ッ!」

「……どうだ?」

 

私の拳がアシズミの頬肉へと直撃したが、彼女に損傷の様子は無し。また別の蛇が肩代わりしたのかと、そう思った次の瞬間、私の身体中から鈍い音が聞こえた。

 

「えっ………ガァッ!」

「クリームちゃんッ!」

「はははははは!ひゃははははははー!良かったなお嬢ちゃん、大当たりだぜ!」

 

結果、ダメージの肩代わりしたのは私自身だった。全身に過去最大級の激痛が走り、左の視線が急に暗転する。そして右の視界が、血に染まる中、黒板の下あたりに球状のナニカが転がってるのが見えた。それが何か考える余裕もなく、身体中の皮膚が大きく裂け、内臓もいくつか破裂し、毛細血管が引き裂かれる音が脳内で響き渡る。そして鼓膜が破裂して、外からの音が一切聞こえなくなった。

 

(ああ、これは……ダメだな。)

 

どうにか脚を踏ん張ろうとするも、そのためのエネルギーすら無くなった。脚が崩れ、私は地面へと倒れていく。その途中でアカネが何か叫んでいるようだが、鼓膜の破れた私には何も聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリームちゃん!起きて、お願いだから起きてよぉッ!」

「あーあ、喚くなよ煩いなぁ。どう見ても致命傷だろ?もうすぐ死ぬから諦めろよ。仮に生きてても、蛇共に食われて終わりだっての。」

 

朱音が泣き叫びながらクリームヒルトを呼びかけるも、彼女は依然血の海の中に沈んでいる。その様子を花恵は鬱陶しそうに見ていた。実際、床に伏せているクリームヒルトの周りに蛇が集まってきていた。牙を立て、彼女の肉体を咀嚼しようとしている。

 

「しっかし思った以上に呆気ないなぁ、弱体化してるとはいえ本当に盧生かよ?私程度に負けるようなら、この先に未来はないぜ?」

「……どう言うこと?そういえば貴女、さっき召喚主とか言ってたけど、その人がクリームちゃんが小さくなった事と関係あるの?」

「ん?あー、そうだな……どの道お前死ぬし冥土の土産程度に教えてあげようか。」

(……なに?外の窓に目を向けてる。あれは、月?)

 

ふと花恵は窓へと視線を向け、そこに映る月を見ていた。月は満月を示しており、闇夜を照らしている。朱音はその様子を不思議に思うが、それ以上のことは何も掴めなかった。

 

(月が、何か意味を示しているの?)

「よーし、じゃあ教えてやる。あのな、この異変の……ん?」

 

そして朱音の問いかけに対し花恵がニヤニヤと笑いながら話そうとした瞬間、教室中から何かが鳴り響く音が聞こえた。それはまるで骨が音を立てているような音だった。

 

「は?おいおい……嘘だろ?」

「え、何これ……」

 

朱音と花恵が音のする方を向くと、そこにはクリームヒルトが佇んでいた。全身から血が流れ、目に正気は宿ってない。しかし幽鬼の様に左右に揺れながら花恵の方へと近付く。花恵は近付いてくるクリームヒルトと偶然目が合い、その瞬間悪感を感じて思わず後退してしまう。

 

「ヒッ、や、やめろ近付くんじゃねぇ!」

「……破段-顕象、 不変黄金蘇生(Baldur・Gullveig)

 

花恵の苦し紛れの言葉すら聞こえていないのか、クリームヒルトは表情を一切変えず構わず前進する。周りの蛇達が全身の至る箇所に噛み付くものの、それすら構わず歩み続ける。その最中、クリームヒルトは破段を完全に開放した。次の瞬間、彼女の身に起きた異変に朱音は気が付いた。

 

「えっ、目が……いや、それだけじゃない。傷も治ってる?」

「……なん、だと?あの蛇、大型の動物すら即死させる毒があるってのに……」

 

朱音の言葉を聞き、花恵も思わず目を見開いた。歩み寄ってくるクリームヒルトの顔面を見ると、飛び散っていたはずの目が左目がいつの間にか元に戻っていたのだ。更に花恵の破段によって肩代わりして受けた全身の損傷も、次第に数を減らしていた。蛇の毒も全く影響を及ぼしていない様だ。まるで一歩進むごとに彼女だけの時間が戻っているかの様に。

 

「……つかまえ……ましたよ。」

「グッ……テ、テメェ……」

 

そして遂に距離を詰めたクリームヒルトは、花恵の喉を掴み黒板へと押しつけた。これで逃さないと言わんばかりにしっかりと掴み込む。そしてその頃には、全身の傷を完全に治癒していた。

 

「へっ、だが傷を回復したところでどうする?またお前が当たりを引くかも……」

「……確かに私のやることは変わりませんが、それを果たして貴女は受けきれるのでしょうか?」

「……は?」

 

クリームヒルトはそう言いながら再び拳を握りしめて花恵に向かって拳を振り上げようとする。それはさっきまでの光景とほとんど変わらない。だが、花恵は一抹の不安を隠せず、思わず冷や汗を流す。それに構わずクリームヒルトは拳の一撃を彼女の顔面へと炸裂した、その瞬間だった。

 

「きゃああぁッ!?」

「ガァッ!これはぁッ!?」

 

教室全体がまるで大地震に巻き込まれたかの様に大きく揺れた。それと同時に爆撃の様な音が鳴り響き、朱音は即座に耳を塞ぐ。そしてクリームヒルトの一撃を受けた花恵は思わず声を張り上げると、花恵の背後の蜘蛛の巣の結界に大きな亀裂が刻まれた。その最中、クリームヒルトは淡々と言葉を紡いだ。

 

「要は、肩代わりできる容量の問題です。思い出しました、破段は誰にでも影響を与えられる反面……誰でもやり方次第で対処することができる。だから、私が貴女の想定を上回る一撃を与えればその破段を正面から突破することができると判断したのです。」

「そ、そんな力技……普通できるはず、が……」

「できるかどうかじゃなく『やるんです』よ。私はそう言う存在だと、気絶しかけた時に思い出しました。私が何者であったか、まだ具体的な答えは出てません。ですが、そうしなければ貴女を倒すことが不可能だと瞬時に理解したのです。」

 

クリームヒルトの思いついた方法は確かに力技ではあるものの、決して不可能な手段ではなかった。邯鄲の夢とは人の紡ぐものである以上、何処かで限界が発生してしまう。事実過去に邯鄲における戦いで、3000倍近くの出力の差を出して破段の効果を無理矢理無効化した者がいるケースもあるのだ。故に、程度の差はあれど確かに可能な手段といえるだろう。

 

「……くくく、はははは、あはははははははッ!全く、ここまでデタラメな答えが返ってくるとは、思わなかったよ……」

 

そして、あまりの荒唐無稽さに花恵は思わず笑いが込み上がってきた。ああ、この馬鹿さ加減、どこか懐かしさを思い出させてくれると。そう苦笑を浮かべつつ、次第に花恵の体と彼女の破段が崩壊していく。

 

「ま、せいぜい頑張りな。これから先、もっと苦しいことがあるだろうが、その馬鹿さ加減なら乗り越えられるかもな?」

「……ええ、たとえ如何なる困難が訪れようとも、私は私の意思を貫いて乗り越えてみせる。」

 

その答えを聞き届け、花恵の体が崩壊していった。それと同時に教室を包んでいた破段が消失し、無数の蛇も消えていった。

 

「……これ、は?」

「人形、ですね。」

 

そして花恵のいた場所には、成人女性ほどの大きさのある人形が地面に落ちていた。朱音は手帳を拾い、そして人形に触れようとした時だった。

 

「朱音!」

「え?ひゃっ!」

 

クリームヒルトは即座に朱音の手を掴み、自分の元へと引き寄せた。すると次の瞬間、朱音のいた場所に落石が落ちてきた。それだけにとどまらず、教室の至る場所に亀裂が入り、崩壊が始まる。

 

「教室から出ますよ。」

「うん!」

 

クリームヒルトはドアを蹴破り、朱音を連れて教室から脱出した。2人が脱出した直後、教室は完全に崩壊し、瓦礫の山だけがそこに残ったのであった。

 

 

 




今回のお話で、オリジナルですがクリームヒルトの破段を解放しました。詳しい設定はタイミングを見計らっておまけコーナーで解説したいと思います。


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第十五話 満ちていく闇夜

また遅めの更新になってしまい、すみませんでした……色々と現実的な問題の対応に追われてしまいまして。
今回からいよいよあのキャラが登場します。


 

 

朱音とクリームヒルトが校舎へと向かっっている一方で、レミリアは高徳院へと飛んで向かっていた。

 

「みんなそれぞれの場所に行ってるようね。しかしこの街……本当に誰もいないわね。まるで帰りを待つ家のようで……すごく寂しそう。」

 

レミリアは夜の街を飛び回り、瞳を閉じて静寂を聞き取りながらそう呟いた。夜の静けさとあまりにシンクロしすぎて逆に不自然だと感じるほどに。自分達がここに来る前に何があったのか、考えていても今は明確な答えは出せない。

 

「パチェの地図が記してる場所は、ここのようね。」

 

しばらく空を飛び、視線を地上に向けると大仏が目に入った。そこから高度な魔力を感じ取り、レミリアはそこへ飛び降りた。

 

「さて、何が待ち受けてるのやら。それにしても……」

 

ふとレミリアは、この街に起きたであろう異変を改めて考えてみることにした。まず、ロストワードによる異変であることはほぼ間違いないであろう。だが、それだけではないとレミリアは考えた。

 

「もし、この異変があの封結晶のみで引き起こしたものなら幻想郷の面影がある世界へ飛ばされるはず。だけど今回のそれは違う、明らかに此処は外の世界に近いわ。」

 

幻想郷とは違い、近代文明の恩恵を感じさせる街並み。明らかに幻想郷由来の並行世界ではないのは確実だろう。そう確信したレミリアは夜空に輝く月を見上げた。月は綺麗な円を描き、満月となっている。それをみてレミリアから一筋の冷汗が滴り落ちる。

 

「まだ異変の目的は明確にはわからない。だけど、一つ確かなことがあるとすれば……急がないといけない。きっと、手遅れに……」

「あら、こんな真夜中にお子様一人でどこに行こうってのかしら?」

「ッ!」

 

すると突如、レミリアの背後から声が聞こえた。声の場所へと顔を向けると、そこには黒髪の少女が立っていた。腰まで伸びた黒髪、そしてセーラ服を着ており明らかに学生だ。

 

「それもそんな吸血鬼みたいな格好しちゃって……今日はハロウィンだったかしら?」

「……ふふ、それならトリックオアトリートと言ったら、お菓子をくれて見逃してもらえるのかしら?」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないっての……生憎と手元にお菓子がないからダメね。それにそもそも、こっちもそんなおふざけに付き合ってる余裕が無いのよ。」

「……余裕?」

 

見るからに日本人の少女が、冷徹な殺気を放ってレミリアを見つめていた。それに対してレミリアは少女の発言に疑問を抱くものの、クスリと笑い傲岸不遜に名乗りを挙げた。

 

「まあ良いわ……こんな素敵な夜ですし、まずは自己紹介しようかしら。私はレミリア・スカーレット、この世界を救いにきた吸血鬼よ。」

「……ふふっ、吸血鬼が世界を救うとかロマンありすぎな話ね。私は我堂鈴子よ、どうぞよろしくね吸血鬼とやら。」

 

我堂鈴子と名乗る少女は、その特徴的な黒色の長髪を靡かせながらそう名乗った。

 

「それで我堂鈴子とやら、貴女は何か私に用?ああそれとも……まさか、吸血鬼たる私の下僕になりたいと志願でもしにきたのかしら?」

「は、はぁ!?誰が下僕よ!寧ろ私がアンタを奴隷にしてこき使ってやるわよゴラァァァァッ!!」

(軽めの挑発のつもりだったんだけど、思ったよりも乗ってくれたわね……し、しかもこの子、女とは思えないとんでもない顔をしているんだけど。お、思わず笑ってしまいそう!)

 

レミリアのちょっとした挑発が、想像以上に鈴子に触発してしまった。その結果鈴子はまんまと挑発に乗せられてしまい、無自覚の顔芸を見せてしまった羽目となった。

流石にこのままじゃ話もままならないとレミリアは判断し、一度落ち着かせることにした。

 

「あー、コホン。落ち着きなさい我堂鈴子。軽率な挑発したのは謝るから、貴女が私の元に現れた目的を教えなさい。」

「……失礼、取り乱したわね。そうね、一応明かしておくと私の目的は外敵排除。私の成すべき使命なのだから。」

 

そう言いながら鈴子は顔を元の形に戻し、そして手を翳した。すると眩い光と共に鈴子の身長を上回る程の長さのある薙刀が握られていた。その光景を見てレミリアは目を細める。

 

「使命、ねぇ……それは貴女の意思か、それとも誰かに生殺与奪の権を握られていて?殺すことで使命を成すなんて、まるで神話の英雄みたいよ、貴女。」

「……ありきたりなセリフなんでしょうけど、死に行く奴の問いかけに答える義理はないわ。さあ、そろそろ無駄話は終わりよ。覚悟を決めなさい。」

 

鈴子はそう言いながら薙刀の先をレミリアへと向けた。それを見てレミリアは不敵な笑みを浮かべ……

 

「……そうね、時間もないことですし。」

 

互いに視線が交差し、戦意と殺意がぶつかり合う。隣に佇む大仏が、見届け人の様に2人を見守る。レミリアは宙へと浮かび両手を広げ、鈴子は薙刀を構える。そして……

 

「行くわよ、吸血鬼(ばけもの)

「来なさい、殺戮者(えいゆう)

 

一陣の風が吹くと同時に両者の激突が始まった。

まず、レミリアの放った蝙蝠型の弾幕が空間を制圧し真っ直ぐと鈴子の方へと飛んでいく。空間掌握、それを狙った攻撃だろう。しかし鈴子はその様子を見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「なんのこれしき……っと!」

 

自身へと迫り来る弾幕を、鈴子は薙刀の肢や刃を巧みに振り回して華麗に軌道を逸らし被弾を回避していく。それはまるで空を切る鞭の様にしなやかさを描いて。そしてそれだけで終わらない。

弾幕へと回避をしつつ鈴子は最短の動きでレミリアへと接近する。そして距離を詰めると薙刀は横一文字を描く。刃の先はレミリアの首へと吸い込まれていく様に向かっていた。

 

「くっ!距離を詰められると不味いわね……それなら。」

 

レミリアはそれを冷静に紙一重で回避する。無駄な動きなく、まるで品定めする様に薙刀の刃を見据えながら。そして弾幕を放ち続けながらレミリアは詠唱を謳いあげる。

 

「ルーンが刻みし運命、操るは『揺れ動くもの』……吾、真祖の流儀にのっとり、汝を刺し貫かん!」

 

レミリアの両手に槍状の弾幕が二本形成される。それを空中で華麗に舞いながら、鈴子に向かって放っていく。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

レミリアの弾幕を回避する中、鈴子へと高速で迫り来る槍状の弾幕。もしこのままであれば、間違いなくレミリアの言う通り二本のグングニルが鈴子の体を刺し貫くだろう。

 

「ふッ!」

 

しかし鈴子はこの状況に対応した。一本目のグングニルに薙刀の刃をあえて引っ掛ける。そして後から飛んできた二本目に向かって、体を回転させ一本目のグングニルを投げ返した。

結果、二本のグングニルが激突し合い大きな爆発を発生させた。その影響でレミリアの展開していた弾幕の大半が吹き飛ぶ。

 

「っ!この……中々やるじゃない……」

 

迫り来る爆風をレミリアはなんとか回避する。だが爆発によって土煙が広がる。その中、鈴子の声が響き渡る。

 

「破段-顕象」

「……何?」

 

鈴子はそう宣言したが、レミリアの目に見える範囲では特に何か変化が起きた様に見えない。何かしらの技の発動を失敗したのか、とレミリアは訝しんだ。だが……

 

「ッ!……なるほど、そういうことね。」

 

そう呟くと同時に、レミリアは右手にあるグングニルを何も無い空間へと振るった。その瞬間、激しい金属音が虚空に鳴り響き、グングニルが両断される。そう、これこそが鈴子の夢の正体である。

 

「なるほどね……これが貴女の能力。自分の斬撃を空間に残留させる程度の能力、といったところかしら?」

「へぇ、やるじゃない。大正解よ。」

 

レミリアの示した答えに対して、鈴子は拍手と同時に賛美の声を上げた。これこそが我堂鈴子の司る能力、過去に自身の描いた斬撃を残留させる能力である。

先程グングニルが両断された位置も、実は鈴子がレミリアの首を狙った位置と全く同じなのである。

 

「だけど、アンタの能力も大分わかった気がするわ。近い未来を予測する能力といったところかしら。恐らく私の破段で自分が切られる未来が見えたから、回避してその未来を潰したと言った感じかしらね?」

「……ええ、そう解釈して構わないわ。」

 

鈴子の放った答えに対し、レミリアは敢えて笑みを浮かべて曖昧な返答をした。実際のところその指摘は正しく、鈴子の攻撃を回避し続けていたのも未来予測によるものが大きいのだ。そしてレミリアは続けて言い放つ。

 

「中々面白い能力だけど残念ながら私には通じないわね。貴女の言う通り、残留された斬撃を予測できるから被弾することはない。よって、その能力は無意味に等しいわよ。」

「ええ……そうね、その力がある限り私の展開した斬撃の檻はほとんど意味をなさないわね。だけど……それで良いのよ!」

「ッ!?」

 

瞬間、鈴子は跳躍しレミリアへ一瞬にして近付き同時に薙刀を振るい下ろす。レミリアは咄嗟に回避し、鈴子から距離を取ろうした。だが途中で無理矢理移動の軌道を変えてしまいどうしても動きがぎこちなくなる。それの意味することは……

 

「ぐっ……これ動きにくいわね。」

「そう、例え直撃しなくても斬撃の檻はアンタの動きを制限する。そうなれば私が捉えやすくなるってものよ!」

 

鈴子はそう言いながらレミリアの退路を予測し、その先へと疾走しレミリアとの距離を詰める。随所で薙刀の斬撃を追加していきながら。レミリアも移動しながら弾幕を放つが先程と同じように鈴子に難なく回避されていく。

 

「そしてこれだけじゃない。これが私の奥の手、吸血鬼のアンタがこれを食らえば終わりよ!」

「……何?」

 

そして一気に鈴子はレミリアとの距離を詰めてもう一度攻撃を放つ。同時に自身のもう一つの能力を解放しながら。

 

「急段-顕象 『犬村大角礼儀(いぬむらだいかくまさのり)』」

「ッ!それは……」

 

レミリアは迫り来る攻撃を見ながら、その本質を一瞬にして理解した。自身へと迫り来る未来は死滅である。何故なら我堂鈴子のこの能力は『人外殺し』に他ならない。

語るまでもなく吸血鬼としての自覚のあるレミリアがその攻撃に直撃すれば消滅は免れない。現にレミリアの未来視では、鈴子に斬殺され消滅する自分の未来を見た。故にこの攻撃の被弾だけはなんとしても避けなければならない。

 

「それなら……紅符『不夜城レッド!』」

「な、ガァッ!?」

 

鈴子の斬撃が直撃しようとした瞬間、レミリアの両手から放たれた光弾が鈴子へ接近する。そしてその直後、巨大な紅色の十字架の弾幕を展開し鈴子に直撃した。

 

「危なかった……流石の私でもあの攻撃だけは喰らいたくないわね。」

「こ、のォォォッ!」

「……流石にあれだけじゃ止められないか。」

 

不夜城レッドの輝きを気力のみで鈴子は突破した。代償として身体中の毛細血管がボロボロになるが、それでも無理矢理前進しレミリアへとただひたすらに近付く。何故ならば急段さえ当てればこの勝負に決着がつく。これは鈴子とレミリアの両者が確かに認識している真実なのだから。そして鈴子が紅十字を抜けレミリアが薙刀の射程内へと入った。

 

「よし、これで獲った!」

「いいえ、終わるのは貴女よ!」

 

人外殺しの刃がもう一度振われようとした刹那、レミリアに過去最大級の霊力が集う。まるで火山の火口に蓄積された溶岩の様に、臨界を突破して放たれようとしている。

 

「貴女の最期は真紅に染まる………受け入れなさい!運命からは逃れられない!『スカーレット・ディスティニー』」

「なぁっ……ガァァァァァッ!?」

 

ラストワード『スカーレット・ディスティニー』を発動。レミリアを中心に無数の赤いナイフが放射状に放たれる。当然ながら鈴子もそのナイフの弾幕へと巻き込まれ身体中を斬り刻まれる。だが……

 

「まだよ、まだ、止まれ…な、い」

「……」

 

それでも鈴子は脚を止めようとしなかった。誰がどう見ても鈴子の終わりが近く、良くて相打ちは避けられないだろう。それなのに頑なに諦めようとしていなかった。それを見てたレミリアは、不意にラストワードによる攻撃を制止し口を開いた。その様子に鈴子は眉を顰める。

 

「アンタ、何をして……」

「……やはり違うわね。貴女からは護ろうとする意思が強過ぎる。」

「……どう言う事?」

「最初、貴女のことは正直外敵を追い払う防衛システムみたいなものだと思ってたの。真実そうであったのならただ力を以って破壊すれば良いだけだった。だけど、貴女にはちゃんと意思があった。この土地を護ろうとする強い意志を私は感じ取った。」

「………私がアンタの言う防衛システムじゃない根拠としては弱いと思うけど?」

「あら、それなら私に一々声を掛けずに闇討ちでもすれば良かったでしょうに。まあ、そこは貴女の愚直な性格が良くも悪くも出たんでしょうけどね。」

「な!?う、うるさいわね!仮にも初対面の癖に知った様な口を利くんじゃないわよ!」

「……ふふっ、貴女結構表情がコロコロ変わるのね。」

「む、むむ……」

 

不意に展開されたレミリアの考察に、鈴子は呆気を取られて聞き入ってしまい薙刀を下ろした。しかもさりげなく交えたジョークに無意識に反応してしまい、緊張感も解れてしまう。その様子にレミリアも軽く笑ってしまいつつも更に話を続ける。

 

「そこで私は一つの仮説を立てた。もしかして貴女は何者かに『この領域に来たものは侵略者だ、必ず討ち取れ』と吹き込まれたんじゃないかなって。」

「っ!わ、わたしは……」

「……その反応、図星の様ね。」

「……ええ、概ね当たりよ。気が付いたら私は此処にいて、そして頭の中からそんな感じの声が聞こえたの。それと同時に、確かに大切な『何か』を奪われたという実感が……だから正直、かなり焦っていたと思う。」

「……そう、そんな状況は並の人間だったら確かに冷静でいられないかもしれないわね。」

「ええ、だけどアンタと会話や戦闘をしている内に疑問に思ったの。本当にこの子が侵略者なのかって……確かにそれなりの力は持ってる様だけど、どうにも悪意が感じられないと言うか……」

 

そう胸の内を明かす鈴子から次第に敵意と戦意が薄れていくのをレミリアは感じ取った。そしてポツポツと明かされる真実を聞いている内にレミリアの表情も引き締まっていく。

 

「念のために聞きたいのだけど、貴女のその奪われた何かというのは今は思い出せそう?」

「……ごめん、思い出せない。ああもう、なんなのよコレ!すごく歯痒くてイライラするわ!こんな事をする奴、ぜっっったい性格悪いわよ!」

(恐らく鈴子の言った『何か』が今回のロストワードに該当するのかも知れないわね。だけどそうなると、幻想郷由来のものじゃないことが確定したわ。そうなると幻想郷出身の私たちが取り戻すのは難しいかも……)

「……どうしよう、もし失ったままなら取り返しのつかないことになるかも……どうしたら……」

 

鈴子の顔が次第に不安一色へと満ちていた。それを見たレミリアはゆっくりと微笑みを浮かべ、鈴子の頬に手を添えながら口を開ける。

 

「言ったでしょ、私はこの世界に救いを齎すと……この言葉に嘘は無いわ。そして、貴女を騙した存在を必ず暴いて見せるわ。」

「……本当に?私、さっき貴女を敵と見做して酷いことしたと思うわよ?」

「あら、あれくらい慣れっこだからそんなに気にしてないわよ。まあ、死にそうになったのは流石に焦ったけど……」

「ほ、本当に大丈夫なの?なんか不安になってきたんだけど……」

「だ、大丈夫よ!それに私だけじゃない、私の部下や妹、そしてなんども異変解決してきた巫女だっているもの。どんな敵だって負ける気がしないわ!」

 

レミリアの発言を聞いて、鈴子は思わず間の抜けた表情をしてしまった。見るからに吸血鬼なのに何処か俗っぽさを感じさせるセリフ。そして自分だけじゃなくて周りまで巻き込もうとするスタイルにどこか青臭く懐かしさを感じてしまい微笑みを浮かべた。そしてこの異変をレミリアへと託す事を決意した。

 

「……そう、なら後は貴女に託そうかしら。だけど気を付けてね、多分一筋縄じゃいかないと思うから。」

「ええ、任せなさい。ひとまずお休みなさい、我堂鈴子。」

「うん、お願いね……」

 

鈴子は笑顔を浮かべ、そう言い残して消滅していった。その姿を見届け、その場を後にした。



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第十六話 深淵より覗き見る

今回もまた戦闘パートとなります。


 

 

 

某所にて

 

「……我堂鈴子が逝ったか。」

 

頭上に浮かぶ画面を見て、女はそう呟いた。女のいる部屋はまさに研究室と呼ぶにふさわしく、ありとあらゆる機械で埋め尽くされていた。女は軍服を身に纏い、その上に白衣を背負っていた。まさに研究者というに相応しい風貌だろう。

 

「まあ所詮は私の夢が生み出した100%の複製、本体スペックを上回るはずもなし……と言ったところか。」

 

不敵な笑みを浮かべながらそう呟き、他の画面へと視線を移す。一つには咲夜と美鈴、もう一つにはパチュリーと小悪魔、そしてフランドールの姿が映っていた。しかしそれはあくまで流し見、次に映った画面に殺意な篭った視線を注ぎ込んだ。

そう、少女となったクリームヒルトと朱音だ。

 

「無様な姿だな、クリームヒルト……私の愚かな娘。かつて心血注いだ投資を無駄にした屑めが……ふふ、ふははははは!」

 

朱音には目もくれず、ただひたすらクリームヒルトに向かって積年の恨みを込めた罵詈雑言を投げ飛ばす。そして打って変わって狂ったように笑い声を上げる。

 

「だが安心するが良い、今度こそお前達を良いように利用してやる。嬉しいだろう?時が来れば、ようやくお前は私の役に立てるのだからなぁ。だが……」

 

そう言い放った後、女は最後のモニターに映る少女を見つめる。そこには霊夢の姿が映っていた。それをみて女は再び邪悪な笑みを浮かべる。

 

「来るか、博麗の巫女。やはり貴様は私の居城に気付いたようだな。良いぞ歓迎してやろう……もっとも、貴様では絶対に私に勝てぬがなぁ………ふふふ、あははははは!」

 

室内に女の高笑いが響き渡る。なにがこの女を突き動かしているのか、今のクリームヒルトや霊夢達には分からない。もしもクリームヒルトが元の姿に戻れわかるかもしれないが、そのための手段をこの女以外知り得ない。もしも、もしもこのまま事態が進んでいけば、この女の一人勝ちとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

場所は変わって辰宮邸へと移る。

 

「とても大きな屋敷ですねぇ……紅魔館と同じくらいでしょうか?」

「無駄口を動かすくらいなら、調査の手を進めなさい。」

 

咲夜と美鈴は館内の探索を進めていた。館内は明かりが消えて真っ暗だが、二人は構わず辺りの調査を続けていく。調理場へと入ると、咲夜の目にティーセットが映る。

 

「あら、綺麗なティーカップね。一つもらえないかしら。」

「あ、あの……咲夜さん?先程の自分の発言覚えてます?」

「うっ、わかってるわよ……探索を続けましょうか。」

 

苦笑しながら進言する美鈴に対し、少し膨れた表情で咲夜はそう言い返した。

そして二人が調理場を探し回って、特に気になる所も無くそのまま別の場所に行こうとしたその時だった。

 

「ッ!咲夜さん危ない!」

「えっ?」

 

不意に美鈴がそう叫びながら咲夜を突き飛ばした。あまりに唐突な出来事に咲夜の華奢な体が弾け飛ぶ。

それと同時に何処からか銃声が聞こえ、咲夜の居た場所へと一つの弾丸が迫る。それを美鈴は腕を横薙ぎに振るい軌道を逸らし被弾を回避した。しかし弾丸を逸らした美鈴は火傷したように手を振りながら涙目を浮かべていた。

 

「いったぁ……とんでもない威力だなぁ。」

「め、美鈴……大丈夫?」

「あはは、これくらい大丈夫ですよ。それよりも動きましょう、止まっていては危険です。」

「ええ、わかったわ。」

 

美鈴の言葉に咲夜は頷き、即座に館内を走り抜けていた。そして走り抜けている最中、先程と同じように二人に向かって何処からか弾丸が迫り来る。それも一発だけでは無く、何発も放たれていた。だが……

 

「なんのッ!」

「はぁッ!」

 

ナイフと蹴撃が迫り来る弾丸の雨を迎撃する。時には回避、或いは相方に背中を預けつつ前進していく。こうした行動を数分続けていくが、それでも何かしらの進展が掴めない状態が続いていた。

 

「全く、見えない敵との戦闘は終わりが見えないわね……」

「ええ、実に厄介です。ですがそれ以上に、殺気が全く違う場所から来てるのが不思議なんですよ。」

「……どういうこと?」

「要は弾丸の発射ポイントと、私たちへ向けられてる殺気を感じる場所が一致してないのですよ。」

「……なるほど、そういうことね。」

「おそらくテレポートのような能力で弾丸を飛ばしてると思うのですが……」

「そうね、私もそう思うわ。」

 

美鈴の発言を聞いて、咲夜は瞬時に事の本質を理解した。原理こそ不明であるが、迫り来る弾丸はたった一人の射撃主によって放たれているのだと。美鈴と咲夜はテレポート系の能力者によるものだと予測するが、真実は現状不明である。

 

「そしてもう一つ、この先にもう一人誰かいます。気配からして私たちの味方とは思えませんが……」

「新手ね……美鈴、貴女は狙撃手を探してきなさい。」

「え、私がですか?時間を操れる咲夜さんの方が良いと思いますが……」

「何言ってるの、貴女が狙撃手の気配を察知したのでしょ。私じゃ弾丸は回避できても、本体を見つける事は困難だわ。」

「そ、それもそうでした……ですが気をつけてください。この先の敵は多分結構のやり手です。なんと無くですが、白兵戦に長けてるかと……」

「大丈夫よ、任せておきなさい。」

「……では、お願いします。」

 

美鈴はそう言ってこの場を咲夜に任せ、別の方向へと駆け出していった。その様子を見届け、咲夜は正面へ向き直る。

 

「良いのか?二人で攻めた方が確実だったと思うが……」

 

廊下の先から歩きながら、少女が咲夜へとそう問いかけながら歩み寄ってくる。少女の頭髪は白と黒が織り混ざっており、服装は学生服を着ていた。

 

「あら、わざわざ教えてくれるなんて優しいわね。貴女に言われるまで気付かなかったわ。」

「……全く、それが本音なのか誤魔化しなのかわからないな。その変化の少ない顔だと判断が難しい。」

「ふふふ、褒め言葉として受け止めておきますわ。」

「もしかして貴女、手品が得意だったりするのか?」

「ええ、多少は嗜んでおりますわ。」

 

少女が苦笑を浮かべながら投げかける言葉に、咲夜は一貫して営業スマイルで返答をしていた。そしてスカートの裾をつまみ一礼して自己紹介をする。

 

「さて、申し遅れました。私は紅魔館でメイド長をしている十六夜咲夜と申します。どうぞお見知り置きを。」

「貴女、その名前からして日本人なのか?まあ良いか……私は石神静乃だ。」

 

互いに自己紹介を終わらせると、咲夜と静乃共に武器を構える。咲夜はナイフを両手に、対して静乃は釵を両手に握って構える。

 

「さて、初対面に関わらず申し訳ないけど、貴女たちは退治させてもらうよ。突然現れた君達と一瞬にして鎌倉市民全員が行方不明となった異変、とても無関係と思えないからな。」

「……まあ、確かにそう考えてしまうのは仕方ないかもしれませんね。ですが、私達なりに目的があるので引くわけにもいきません。是が非でも元の世界へ戻らないといけませんから。」

「なら、この局面を切り抜けてみることだな!」

 

静乃はそう叫ぶと同時に疾走し咲夜へと迫った。音を置き去りにした速度で直ぐに距離を縮め攻撃を放った。

 

「幻符『殺人ドール』」

 

しかし静乃の攻撃は空を切りし、そして気がついた頃には彼女の周囲に無数のナイフが出現し、一斉に襲いかかる。

 

「この一瞬で恐ろしい技だな……だが、対処できないことはない。」

 

静乃は自身の周囲に無数の光弾を発射させ、迫り来るナイフを相殺した。それと同時に土煙が発生し、静乃はその中を潜り抜けて咲夜へと再接近し釵の攻撃を放つ。

咲夜は咄嗟にナイフを手に取り、釵の攻撃を防いだ。しかし膂力においては静乃の方が強く、押され気味になっていた。

 

(やはり、白兵では向こうのほうが上か……)

 

ナイフと釵が交差し、火花が咲き乱れる。しかし静乃が攻め続け、咲夜が防ぎ時に回避するという展開になっている。このまま続けば咲夜が被弾するのも時間の問題だろう。

 

「ならば……奇術『エターナルミーク』」

「っ!があぁぁっ!?」

 

瞬間、咲夜はもう一つのスペルガードを発動。超高速で無数のナイフを放った。流石に静乃も容易に回避することができず幾つか切り傷を刻まれる。

 

「はぁ……どうやら早さは私の方が上みたいね」

「なんの、まだだっ!」

 

そう言いながら静乃は創法の形を使って壁を作り、放たれるナイフの斬撃を防ぐ。そしてその隙をついて飛翔し咲夜へと接近、飛び蹴りを放った。咲夜は意表を突いた行動に思わず反応が遅れ、咄嗟に蹴りを腕でガードする。

 

「ぐっ!」

 

しかし咲夜の耐久力はそこまで高くない。致命傷にはならなかったもの、ガードした腕に損傷を負い、事実上ほぼ隻腕の状態となった。そして静乃も昨夜の攻撃によって全身の至る所に傷が刻まれており、戦闘開始時と比較して戦闘力が低下している。よって、両者ともに互角といえる状態だ。

 

「このままじゃキリがないわね……ねえ、静乃さん。ここはお互いの知っている情報を交換して、身を引くって言うのはどうかしら?」

「……何だと、どういうつもりだ?」

 

昨夜の唐突な提案に、静乃は思わず眉を顰める。咲夜はそのまま話を続けた。

 

「貴女はどうやら私のことを侵略者と思ってるみたいだけど、それは誤解よ。さっきも言った通り私達は元の世界に帰るために活動をしているわ。だから、貴女の知ってることを良ければ教えて欲しいの。その代わり、私達の知ってる情報を教えるし、何なら他にできる範囲で協力するわ。どう、貴女にとっても悪くない話だと思うけど?」

「……要は、協力しろと聞こえるが、そう解釈して良いのか?」

「……そうね、端的に言うのなら。」

「そうだな、確かに悪くない話だ。だが乗ることはできない。」

「……それはどうして?」

「時間がないからだ。」

 

しかし静乃は咲夜の提案を却下した。その対応に咲夜は思わずため息をつき、それを見て静乃は苦笑しつつ進言をする。

 

「だが、そうだな……ならばこうしよう。私を倒せば私の知ってる情報を教える。逆に君が負ければ君達の情報を教えて欲しい。これならどうだ?」

「……結局、どちらか倒すことが前提なのね。」

「仕方ないさ、こうでもしなきゃお互い納得できないだろう。」

「まあ、それもそうかもしれないわね……なら良いでしょう。この十六夜咲夜、全力で貴女を倒します!」

「ならばこの石神静乃も、孝の犬士として全力で応えよう!」

 

静乃と咲夜、両者ともにそう宣言して再度戦闘を再開した。先に先制したのは静乃、無数の光弾を発射させ咲夜に向かって放つ。

 

「くっ……」

 

咲夜は可能な限り迫り来る光弾を避け、時にはナイフで相殺を試みる。だがしかし、片腕が機能不全の状態となっているため、防御に限界が来ている。

無論、静乃はそれを見越して攻撃を放っている。時折飛んでくるナイフが少しずつ身を削るが、その程度で彼女の突貫は止まらない。

 

「獲ったぞッ!」

 

よって、必然的に静乃が距離を詰める。白兵戦の距離まで迫れば後はとどめの一撃を放つだけ。狙うのは頭部、咲夜の耐久力では戦闘不能になるだろう。流石に殺すわけにはいかないが、手加減して勝てるほど甘い相手ではない。釵を振り上げ、咲夜の頭部に目掛ける。このまま直撃すれば静乃の勝利となるだろう。

 

「時間の収縮、因果律の崩壊、偏在するナイフ……過去、未来、今、全ての刃が……貴女を切り刻む。」

「っ!?」

 

だがしかし、その『時間』へと到達することはなかった。咲夜を中心に時が刻まれる。そして静乃の周囲に無数のナイフが設置される。それは『殺人ドール』とは比較にならない数で、一切の逃げ場が無いと錯覚しそうな程に。

これぞ十六夜咲夜の持つ能力『時間を操る程度の能力』を最大限に活用した切り札に他ならない。

 

「『デフレーションワールド』」

「ぐあぁぁぁぁぁッ!?」

 

ラストワード『デフレーションワールド』が発動される。無数のナイフが静乃の退路を塞ぎ、そしてその身体を切り刻んでいく。静乃も可能な限り防御、回避を試みるが処理が追いつかず、そして遂に耐えきれず地に臥した。

よって、この一戦は咲夜の勝利で終わりを迎えたのだった。

 

「……はぁ、はぁ。まさかラストワードまで解放する羽目になるなんて。」

 

どうにか勝利を収めた咲夜は、一気に疲労を感じて壁に背中を預けた。そしてゆっくりと呼吸を整えて片腕に応急処置を施す。

 

「うっ、ぐぅ……あはは、やられてしまったな。悔しいが、約束は果たさないと……」

「……そうね、そう言う約束で戦闘をしたもの。ならば聞き届けましょう。」

 

静乃の声を聞いた咲夜は倒れている静乃に駆け寄り、身体を膝の上に乗せた。そして視線を交わすと、静乃の口が開く。

 

「といっても……これは、私の近くにいた仲間の考察だが……」

「ええ、それでも無いよりマシだわ……」

「そうか、ならば託すとしよう……良いか、よく聞いて欲しい……」

 

 

 




すみません、今回は咲夜の戦闘で打ち止めとなりました。
次回は美鈴の戦闘となります。


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第十七話 真相

今回は歩美vs美鈴です


 

咲夜が静乃と戦闘をしている一方で……

 

「はぁっ!」

 

周囲から迫り来る弾丸を、美鈴は蹴りや弾幕で弾き飛ばして回避を続けていた。しかし、その対処法にも限界があり……

 

「脇が甘いよ。」

「ぐっ!このぉ……」

 

タイミングが遅れて発射された弾丸が、美鈴の死角から払いして肉を抉る。そのダメージ自体は決して大きくないものの、美鈴の体力をゆっくりと削って行く。

 

「中々の射撃能力だね、えっと……良ければ名前教えてくれない?私の名前は紅美鈴(ほんめいりん)だよ。」

「いいよ、めーちゃん。私の名前は龍辺歩美(たつのべあゆみ)だよ、覚えてね。」

「め、めーちゃんって……まあ良い、歩美だね。」

「そうそう、それでめーちゃんはこれからどうするのかな?そこで立ち止まるんなら、蜂の巣になっちゃうと思うけど?」

「うっ、確かにこのままじゃジリ貧だな……なら、少し危ないけどやるしかないか。」

 

すると美鈴は呼吸を整え、そして両目を閉じた。無論、それは直立したまま行なっているが、まるで静かな場所で瞑想しているかの様に見えた。その姿を不思議に思いつつも、歩美は再び破段を用いた発砲を開始した。

 

「……よし、見える。」

「なっ!?」

 

だが飛来してくる弾丸を、美鈴は悉く回避した。正面、左右だけでなく、背後や真下から迫る弾丸を皮一枚散らすことなく回避しながら前進していった。

 

「安易に目に見える弾を態々迎撃しようとしたから、行動に無駄が生じていた。ならば、あえて視界を消し、弾丸の風を切る音を聞き分けて回避すればいいだけのこと!」

「……なるほどね。普通ならできないことだろうけど、貴女はそれができる下地があったというわけだね。」

「その通り。私だって、伊達に紅魔館の番人をしていたわけじゃあない!」

「うーん……頑張るねぇ。なら、その調子で私のところに来れるんだよね?」

「勿論、首を洗って待ってなさい。」

 

この調子で美鈴は弾丸の雨を掻い潜り、殺気の根源へと迫っていく。そして遂に……

 

「ここだ!」

 

扉を蹴破り、美鈴は寝室内へと入り込む。この部屋の何処かに本体が確実に潜んでいる。ここで勝利の未来を勝ち取る、その瞬間だった。

 

「我、ここにあり。倶に天を戴かざる智の銃先を受けてみよ。」

 

寝室の中にいたのは、確かに射撃主たる龍辺歩美だった。だが彼女の狙っていたのは、殺気の飴を潜り目的の場所へ到着し、勝利を確信した瞬間だった。

 

「急段-顕象」

 

何故ならば美鈴が扉を蹴破り、勝利の未来を確信した瞬間こそ、協力強制が成立するのだから。その条件とは即ち「未来が見たい」という意思に他ならない。故にこの瞬間こそ、急段発動の絶好の機会なのだから。

 

犬坂毛野胤智(いぬさかけのたねとも)

 

そして放たれる弾丸、それ自体は今まで放たれた弾丸とそこまで大差がない。だが、美鈴はその弾丸を察知する事はできない。何故ならばそもそもこの急段によって放たれる弾丸は、過去の時間軸から因果律を超えて飛来しているから。例えどれだけ気を読み取ることに長けている美鈴であろうとも、この弾丸を察知し、回避することは能わない。よって、ここに美鈴の敗北が決定した。

 

「おぉぉぉぉぉッ!」

 

しかし美鈴は諦めなかった。何が起こっているのかわからなかったが、自身の敗北が迫ってきていることを直感で感じ取った彼女は切り札を手に取った。肉を切らせて骨を断つ、その覚悟を満たし、敢えて前に出る。

 

「これぞ我が究極奥義……これに全てを託すッ!『真紅星脈地伝弾』」

「ッ!?」

 

ラストワード「真紅星脈地伝弾」が発動された。自身に渦巻く気を極限まで練り込み、そして歩美に向かって一気に全力で放った。放たれた気は巨大な龍の形となり、その顎が室内ごと巻き込んで歩美を粉砕する。

同時に過去より飛来した弾丸が美鈴の腹部へと直撃した。協力強制によって強化された分の威力が直撃し、美鈴にとって過去最高のダメージが襲い掛かる。だが……

 

「ぐっ、はぁはぁ……ううっ」

「………」

 

なんとラストワードが直撃して倒れた歩美に対し、美鈴はギリギリ耐え抜いた。本来ならば美鈴に耐える道理はなく、よくて相打ちとなる未来が訪れるはずであろう。だが、美鈴が放ったラストワードと弾丸が奇しくも同じ交差する軌道となり、その結果どちらも威力が幾らか削られたのだ。よって弾丸は美鈴を倒すほどの威力に至らなかった。逆に歩美の場合、耐久力の適性が極端に低いため、例えラストワードの威力が落ちようとも、直撃すれば致命に至るのは変わらなかったのだった。

 

「あーあ、やられちゃったなぁ……やっば私は一人で戦うのあまり向いてないのかもね。」

「ははは、いやぁそんな謙遜しなくても。私もこれはダメだと思ったよ。」

 

ボロボロになった寝室で、仰向けに倒れながら歩美はそう呟きた。そんな彼女に身を引きずりながら美鈴は苦笑しつつそう返す。

 

「ま、それはそうとして……約束だし貴女に今回の異変のヒント伝えないとね。」

「ああ、そうだ。それを是非教えて欲しい。今私たちには、とにかく手掛かりが必要なんだ。」

「うん、わかった。それはズバリ、「月」だよ。」

「月?」

 

歩美は崩壊した壁面から覗き込む、夜空の月を指さした。それを見て美鈴は疑問を浮かべる。

 

「月と今回の異変に、何の関係が?」

「よく見て、徐々にだけど月が欠けて来てない?」

「え、あ!そういえば確かに最初は満月だった気がする!」

 

よく見ると、月はゆっくりとだが影に塗りつぶされようとしていた。もしも影が全体にまで広がったら、新月となるのは想像に難しくない。

 

「えっと、つまり新月になったら何か大変なことが起こるって事なのかな?」

「うん、今はそう考えていいはず。ごめん、正直証拠不十分だと思うけど、意識しておいて損はないはず。具体的にはわからないけど、どうも無関係とは思えないから。」

「いやいや、何の成果もなしよりかは遥かにマシだよ!了解、とりあえず新月になる前に異変解決を意識する様にするよ。他のみんなにもそう共有しておく。」

「ありがとう、それじゃあ後はよろしくね。」

「ああ、任された!」

 

そう言い残して歩美は姿を消していった。それを見届けた美鈴は、咲夜のある場所へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

場所は変わって朱音とクリームヒルトは……

 

「ぐっ、うぅ……頭が、痛い……」

「アカネ、どうかし……ぐっ!?」

 

崩壊した教室を後に、私とアカネは生徒会室に向かおうとした。しかし突如アカネが頭痛を感じたらしい。どうにか私は回復を施そうとしたが、私の頭にも激痛が走った。その痛みの原因は、唐突に襲った記憶の奔流だった。

初めて見る……否、忘れていた私の記憶が蘇ってくる。そうだ、私はこんな経験をしたことがあったのだった。

 




vs歩美戦は比較的短くなってしまいました、申し訳ない……射撃系の能力者を扱うのは中々苦手でして……精進します。
次回は同時更新、そして今までと比較して非常にハードな内容となってます。


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第十八話 死神の闇

前回の後書きでも書きましたが、今回の話は今までと比較して非常に刺激が強い内容となってます。
可能な限りマイルドな表現にする様にしましたが、読む際にはご注意ください。


 

それは、第三盧生クリームヒルトがナチス軍に入って暫く経ってからの出来事だった。その時期には、彼女の実家には父一人だけが暮らしている。

 

「だ、誰だ君達は?」

 

父の名前はクラウス・レーベンシュタイン。彼自身はごく普通の学校教師だ。だが、後の第三盧生クリームヒルトの父親である。

ある日、玄関からノックの音が聞こえ、開けてみるとそこにはナチス軍の将校が数人が佇んでいた。すると将校の1人が言い放つ。

 

「貴方が教員のクラウス殿ですね?」

「は、はい……あの、私が何かしたのでしょうか?軍に目のつくようなことをした覚えはないのですが。」

「いいえ、貴方の妻であるカリーナ・レーベンシュタインからお呼びですよ。」

「な、カリーナから!?」

 

将校の口から妻の名前を聞き驚きの表情をするクラウス。加えて妻自身からの誘いとなれば、断る理由もあるはずもなく……

 

「わかった、カリーナに呼ばれてるのなら行くとしよう。」

「協力感謝します。ですが道中を見られるわけにも行かないので目を隠させてもらいます。」

「あ、ああ……わかった。」

「では、おい……」

 

将校が指示をすると、背後の部下たちがクラウスの目に黒い布を巻き付けて目隠しをした。そして車の下まで誘導し、乗せ、そして目的の場所まで移動した。

移動する最中、過去のことを思い出す。かつて幼かった我が子、クリームヒルトが自殺しようとした日の出来事だった。

 

「よく聞きなさいクリームヒルト、殺人は最も罪深い行いだ。そして、自殺もまた殺人になるのだよ。」

「罪深いと、どうなるの?」

「……悪人としていずれ死んでしまう。それはいけない、私は君に生きて欲しいのだよ。」

「父さんは、私に生きて欲しいの?」

「ああ、そうだよ……」

「わかった、もう私は自殺しない。」

「そうか、それは良かった。」

 

それ以降、彼女は本当に自殺することも無くなった。そして次第に成長していき、自分の体質に何度か苦しんだこともあったが、それでも成人になるまで至った。

その後軍の門を潜った事はクラウスにとっても予想外で反対だったが、カリーナの進言に抗うこと叶わず彼女はナチス軍人となった。

 

「その結果、要人暗殺をする羽目になるとは……」

 

その後のクリームヒルトは、同僚の中でもトップの成績を収めた。それも、殺人記録で。それはクラウスにとってあまりに悲しい事実であったが、それでもお国の役に立っているのだから、苦渋の決断でその事実を受けいることにした。もっとも、早く平和な時代になって、普通の女性としての人生を歩んで欲しいと願わずにいられなかったが。

そして、車での移動から数分後……

 

「到着しました、降りてください。ただしまだ目隠しを外さない様に。」

 

クラウスは頷き、車から降り、ゆっくりと誘導に従って歩みを進める。すると扉が開く様な音が聞こえ、そこへ向かって進んでいく。

 

「うっ!?」

「静かに、あまり大声を出さないように。」

 

不意にクラウスは異質な空気を感じ取り、思わず声を出してしまった。扉の閉まる音が聞こえる。どうやらどこかの施設に入ったようだ。

将校の抑制の声が聞こえ、反射的にクラウスは口を強引に閉じる。しかしそれでも当たりに漂う異様な空気が絶え間なく漂っているため、ジワジワと吐き気を催してくる。

 

「さて、そろそろ良いでしょう。目隠しをとってください。」

「う、うぅ……ここは一体?」

 

将校の指示に従って、クラウスは目隠しをとった。数秒視界がぼやけるが、何処となく研究室のような施設に見えた。一面白い壁面と床、そして外の空気が出入りするような窓がほぼ無い。その代わりに空気供給感の様な穴がいくつか見られる。まさに研究施設、そんな空間へと入り込んだのだと思った。

 

「それで、カリーナはいったい何処に?」

「……ついてきて下さい。」

 

クラウスの問いかけに対し、将校は視線を交えることなく廊下の先へと進んでいった。背後には配下の者達が退路を塞いでいる。故にクラウスは渋々と先に進む将校の後へと着いていった。

そして歩き続けて数分後……

 

「カリーナ所長、旦那様をお連れしました。」

「ご苦労様。」

「カリーナ……」

 

将校と妻が敬礼を交えた。彼女は軍服の上に白衣を纏っており、如何にも研究員らしい雰囲気を醸し出していた。その凛とした雰囲気に呑まれつつも、クラウスは如何にか妻の名前を吐き出す。その声に反応してか、カリーナは夫へと視線を移し、そして微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、急に呼び出してごめんなさいね。あなたにどうしても見てもらいたい実験があるのよぉ。」

「お、おぉ……そうか。」

 

敬礼をしてた時とは打って変わって、カリーナは女としての立ち振る舞いを全面に出してきた。その唐突な変貌にクラウスは動揺もしつつも、身を寄せてくる妻を寛容に受け入れた。しかし一方で、正体不明の悪感を身を感じつつも。

 

「そ、それで見てもらいたい実験というのは一体?」

「ええ、それは私達が作り上げた最新の兵器の成果をあなたに見てもらいたいのよ。」

「な、それはもしかして、核弾頭という奴か?最近巷で噂になってるが……」

「いいえ違うわ。その存在は私も認知してるけど、私はそれ以上の兵器を作りたいと思ってるのよ。私の夢のためにね。」

「な、それ以上だと?」

 

クラウスは驚愕の声をあげる。核という最新の兵器を認知しつつも、その先を行こうとするカリーナの貪欲さに舌を巻いた。

 

「す、凄いな君は……優秀な女性であることは知っていたが、これ程とはなぁ。」

「やめてよ、照れるじゃない。さ、そろそろ実験を開始しましょうか。それじゃ、お願い。」

「……承知しました。」

 

カリーナが指示を出すと、側にいた将校が緊張感を帯びた表情でスイッチを押した。すると手前のガラス戸の向こう側にある実験場の一つの扉が開いた。するとその扉から、一人の人間がユラユラと揺れながら現れた。その人物を見てクラウスの表情が、真っ青に変貌していく。

 

「な、なぁ……」

「ふふ……あらクラウス、貴方酷い顔をしているわよ。」

「き、君は……君は、一体何を……しようとしてるんだ?」

「何って、兵器のテストよ?」

「ふざけるな!君は、実の娘を兵器扱いする気なのかッ!?」

 

そう、開いた扉から現れたのはこの夫婦の娘、クリームヒルト・レーベンシュタインに他ならなかった。それも全身から生命力を全く感じさせない状態となっている。髪はボサホザ、唇が乾燥し、頬は痩け、目には隈は出来ていた。

 

「しかもあの姿……恐らくあれは栄養失調状態だ。君はあの子に何をしたんだ!」

「何をした、ねぇ……昨日何も食べさせてないわよ。」

「な、何も食べさせてないだと……あの子の体質を知ってて言ってるのか?」

「知ってるわよ、むしろ貴方よりも知ってるつもりよ?ミオスタチン……」

「そうだ、ミオスタチン関連筋肉肥大化!あの子は筋肉の成長が常人の倍早い体質で、その分エネルギーの消費もまた早い!それを知ってる上で、何故あの子に何も食べさせてあげてないんだ!」

 

研究室内でクラウスの怒号が響きわたる。先程までの温厚の雰囲気と一変して、その表情は憤怒に満ちていた。その一方でカリーナの表情は一貫して不変。そしてそのまま口を開いた。

 

「……クラウス、私はあの子の未来を信じてるのよ。」

「未来、だと……」

「ええ、そうよ。さっきも言った通り、私は核を凌駕した兵器を手に入れたい。その為にはあの子の力が必要なの。」

「い、いやまて可笑しいだろう。核を越える兵器が欲しいのは分かるが、その為に何故クリームヒルトを餓死にまで追い詰める必要があるんだ?」

「もちろん、流石に今すぐにそれを実現しろなんて無茶を言うつもりはないわよ。この実験は言わば、そのための第一段階みたいなものよ。」

「なんだと……」

 

最早自分の妻が何を言ってるのかわからず、クラウスは混乱に陥った。それを構わずカリーナは更に淡々と話を続ける。

 

「少し前にね、あの子に強化措置を施したのよ。具体的にはドーピングを幾つかね。」

「い、いやいや待て待て、ドーピングだと!?あの子はただでさえ異常筋肉体質だと言うのに、何をしてるんだ君は!あの子の空腹状態がさらにひどくなるのが目に見えてるじゃないか!」

「煩いわよクラウス、私もそのくらい承知の上でやってるわよ。だけど不思議なことにね、体に大きな変化はあまり見られなかったのよ。」

「……変化が殆どなかっただと?」

 

ドーピングを受けた人間は、原則常人の倍以上に筋肉が膨れ上がるものだ。だが実験場のクリームヒルトを見ると、そういった変化は全く見られない。

 

「なんで、変化が起きなかったんだ……」

「それが不明なのよね。ただ、一つ考えられるとしたら生存本能の力とでもいうのかしら?」

「生存本能の力、だと……プラシーボ効果でも出たというのか?そんな目に見えない力を、科学者の君がそんな答えを出すなんて……」

「恐らくだけどね、だけど現状それしか答えが出ないわ。あの子は本能の力一つで過剰に膨張しようとする筋肉を抑えてるのだと思うわ。」

「そんなバカな……」

 

クラウスが信じられないのも無理はない。過剰に供給された体内エネルギーを、人間の意思一つで制御している様なものだ。だが現に、今頃なんらかの形で死んでいたであろうクリームヒルトが瀕死ながらも生きていたのだ。ならば現状、長い時間見続けていたカリーナの言葉を信じるほか無い。

 

「……わかった、ひとまずクリームヒルトの身にそういう事が起きてたのは理解したよ。それで、今から一体何を……」

「そうね、それじゃ次の扉を開けて。」

「……了解しました。」

 

すると将校が別のスイッチを押した。するとクリームヒルトとは反対側の扉が開き、そこから何人かの人々が現れた。見るからに凶悪そうな男、見窄らしい女、そして中にはガリガリ細い少年までいた。酷な言い方をすると、底辺層であろう人々が扉から現れたのだ。しかも手には重火器や刃物などを握っている。

 

「武器を……あんなに人を集めて一体……まて、もしかして……」

 

これほどの人数を集めて何が起こるのか、一瞬疑問に思ったクラウスだが、直ぐに理解した。これから一体何が行われるのかと……

その事を察したクラウスを見たカリーナは、口端を上げて笑みを浮かべ、そして答えた。

 

「そうよ、今からあの屑どもをクリームヒルトに殺してもらうのよ。」

「カリィィィィナァァァァッ!」

 

瞬間、クラウスの理性が焼き切れた。普段温厚で滅多な事で怒りを示さない男が、憤怒一色に表情を染め上げながら、カリーナにつかみかかろうとした。

しかし無常にも、背後に配置していた軍人達にクラウスは押さえ付けられる。悲しいかな、妻の服の端一つ掴めぬまま床へと抑え付けられた。その姿を見てカリーナは高笑いを上げた。

 

「あははは!いやねぇクラウス、人様の目の前で妻に欲情するなんて、はしたなぁい。」

「ふざけるな!こんな状況で何を戯言を……君は、実の子に人殺しをさせて満足だというのかァッ!」

「人殺し?あらあらクラウスったら、寝言を言っちゃって……」

 

そう言いながらカリーナは地に伏してるクラウスに顔を近付け、微笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「貴方も知ってるでしょ、あの子が総統閣下の命令で要人暗殺を何度もしていることを。だから今更殺した数を増やしたところで大した差は無いでしょうに。」

「そ、それは……だがそれは、あくまで軍命で……それに、アレは……」

「明らかに一般人だから違うとでも?残念、あそこには死刑囚もいるけど社会復帰不可能な物乞いもいるわ。そして、そいつらを実験に使って良いと、総統閣下直々の命令も下ってるのよ。」

「なん、だと……」

「ちなみに、屑どもにはあの子を殺した暁に一生遊んで暮らせるだけの金を渡すと言ってある。まあ嘘だけどね。この実験が失敗したら、毒ガスで全員殺すだけよ。」

 

顔が絶望一色に染め上がるクラウス。そしてトドメと言わんばかりに、カリーナは懐から一枚の紙を地面へと放った。内容を見るとカリーナが言っていた通りの内容が書かれており、そして総統閣下のサインも直筆で書かれていた。これによってこの実験は執行が下されたものと決定、最早誰にも止められない事が決まったのだ。クラウスの理性が徐々に削がれ、体中が痙攣で震えていく。

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だァァァァッ!」

「さあ、私の愛しの旦那様、一緒に我が子の成長を見届けましょう。あ、あとこのガラスは鉛玉程度じゃひび割れない様にしてるから安心なさい。ほら、立たせてあげて。」

「はっ!」

 

カリーナの指示のもと、クラウスは無理矢理立たされた。無論、両腕をしっかりと固定されながら。当然ながらさほど鍛えてない彼が、二人の軍人を振り払うほどの膂力を持ってるわけもない。最早この場から逃げる事はできない。

 

「クリームヒルト……せめて、君だけは逃げてくれ。人殺しなんて、してはいけない……」

 

故にせめて、せめて我が子だけはこの狂気の実験から逃げて欲しいとクラウスは願った。無論、何か策があるわけでもなく、ただただ願うだけしかできない。

 

「……」

「ヒヒ、見ろよあの女。すげぇボロボロじゃねぇか。こりゃ大金は頂きだな。」

「ああ、好きなだけバラしてやるか。」

 

しかしクラウスの願いも叶う事なく、ただクリームヒルトは佇んでいた。意識を保つ事すら厳しいのだろう。

それに対して死刑囚達は嘲り笑い、欲望の視線をクリームヒルトに向けていた。そして、無数の銃口が彼女へと向かい、そして発砲される。その瞬間だった。

 

「ああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ッ!?」

 

クリームヒルトのした事は至って単純、咆哮を放っただけ。だがその威力はまるで大砲が放たれたかの様で、囚人達の意識が一瞬吹き飛んだ。そして次の瞬間、クリームヒルトが元いた場所には誰も居なかった。そしてその光景を見ていたカリーナ達も、あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか分からなかった。そして更なる異変が巻き起こる。

 

「い、一体何が……」

「お、おい!お前その腕!」

「は?腕が一体何を……ッ!?」

 

一人の男が自分の腕を見てみると、何といつの間にか腕の肘から先がなくなっていたのだ。正確には両断され、両腕共に床に落ちていたのだ。

 

「ひっ、ひゃああああっ!?お、俺の腕がァァァァッ!?アヒッ!」

 

腕を無くした男は冷静さを失い、悲鳴をあげる。そして次の瞬間、首が飛び跳ね鮮血を撒き散らす。男の背後には剣を振り抜いたクリームヒルトが居た。

 

「あの女が居たぞ!撃てェッ!」

「おぉぉぉぉッ!」

 

その叫びと共に、囚人と物乞い達が再び発砲を放つ。奇しくも身勝手で人手なしの集団であろう彼らが、仲間割れを起こさず不恰好ながらも連携をとって戦闘を展開していた。しかし……

 

「はあぁぁぁっ!」

「ひぎィッ!?」

「ぎガァッ!」

 

信じられない事に、クリームヒルトには一切被弾しない。かすり傷一つも付かないのだ。過剰なまで注ぎ込まれたドーピングを取り込み、尚且つ生き延びた事でクリームヒルトは人の限界まで到達した超感覚と超身体能力を獲得したのだ。今の彼女には弾丸は蝸牛並に遅く見え、まるで暴風の様に実験場の上下左右を動き回ることすら可能。そして武器を持つ者たちを蹂躙していく。

死刑囚の体が縦から両断された。物乞いの子供が蹴られ、内臓が内側から潰された。小汚い女が頭蓋を殴られトマトの様に赤く潰れた。疾走する彼女と肩がぶつかったら、大型車に轢かれたかの様に半身が一瞬にして無くなった。実験場内が赤く、紅く染まり上がり、死が満ちていく。その光景を見てカリーナの表情が歓喜の絶頂に満ちていた。

 

「ふふ、あははははは!予想以上の結果だわ!そう、これこそ私が望んだ超人変生よ。人類の最新科学の結晶を注ぎ込み、弾丸をその目で捉え、そして弾丸より早く動く人間を作り上げる。これでまた、私の夢の一歩へ進んだわ!」

「はは、ははははは……」

 

歓喜に満ちたカリーナの傍で、クラウスは言葉を見失ってただただ渇いた笑い声を上げるしかなかった。人を超えて殺戮を行なう目に写して精神が限界に到達しようとしていたのだ。

 

「し、しかし所長。何故わざわざ栄養失調にする必要があったのですか?別に万全の状態で実験を行っても良かったのでは……」

「バカね、人間は極限状態じゃないと生存本能を全開にし、100%のエネルギーを出すことできないのよ。そして100%を出せなければ、人が人を越える事は原則叶わない。覚えておきなさい。」

「は、はぁ……失礼しました。」

「と、どうやら終わったようね。」

「……終わった、か。」

 

そして気がつくと、実験場にいる人間はクリームヒルト一人だけだった。その他にはただ屍が転がっているだけである。何はともあれこれで実験は終わり、クラウスは思った。だがその考えを遮る様に、カリーナは口を開く。

 

「さあクリームヒルト、『ソレ』を食べなさい。」

「……えっ」

「はぁ……はぁ……」

 

妻の突如マイクに口を近付けて言い放った言葉に、クラウスは頭が凍りついた。クリームヒルトは呼吸を荒げながら、屍の山へとゆっくりと近づいて行く。

 

「な、何を言ってるんだカリーナ……殺人だけじゃ飽き足らず、食え、だと?君は、気が狂ってるのか?」

「ねぇクラウス、人が人を越えるための最大の証明って、食べることだと思わない?」

「馬鹿げてる……やめろ、頼む、やめてくれ。こんなこと絶対間違っている。あの子にどこまで罪を背負わせる気だ!」

「嫌よ。この実験が終わるまで、あの子はここに閉じ込めるわ。」

「そん、な……」

「さあクリームヒルト、早くソレを食べない。死にたくないでしょ?」

「ぐぅっ………ッ!」

 

体の内に渦巻く飢餓感、そして生存本能に逆らう事は最早限界だったのだろう。1秒でも早く飢えを満たそうと、彼女は屍の山を口の中へと取り込んだ。ただただ本能に従って肉に歯を立て、噛み砕いて胃へとひたすら放り込んだのだ。

 

「うっぷ……ぐえぇぇッ!」

「げえぇぇぇッ!」

「はは、あははは、あははははは!」

 

それを見ていた将校達も、耐えきれず嘔吐した。仮にも同僚が同じ人間として共食いをしていること、そして純粋にグロテスクな光景に耐えきれなかったのだろう。そしてクラウスは、最早耐えきれず精神崩壊を起こし小便を漏らしながら笑うしかなかった。

 

「ふん、どいつもこいつもだらしない……まあ良い、これで第一段階は完了。そして次は……」

 

カリーナは汚物を撒き散らす男達に、侮蔑の視線を送りながらそう言い放った。そしてこの実験室から退室し、扉の外で待機していた男と対面する。

 

「ひとまずこれで今回の実験は終了。貴方の言った通りに進めたら、本当にその通りになって助かったわ。」

「……ふん、随分とご満悦だな。それよりも……」

「ええ、機は熟したわ。貴方の要望通り、クリームヒルトに邯鄲法を施しましょう。それで貴方の夢は叶うでしょう、Mr.セイシロウ。」

「ああ、甘粕も四四八もバランスに長けた盧生だったからなぁ。だが今回は特化型の盧生を作り上げよう。それならば付け入る隙もあるだろうよ。ふふ、ははははは!」

「ええ、そうね……きっとそうだわ。」

 

男の名前は緋衣征志郎、初代逆十字たる柊聖十郎の隠し子。そして第二盧生、柊四四八の異母兄弟に他ならない。征志郎は自分が生きるため、そして柊四四八への復讐のために遂に本格的に動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は人を殺した、だがこれは私が軍に入ってからそう珍しくなかった。総統閣下の命で、そして私自身が納得して行ったことも沢山ある。全ては人々が平等な幸福に至るために。飽食をする悪を葬るため、この手で命を奪ってきたのだ。それが正しいことだと信じて。

 

「はぁ………」

 

だが今回のコレはどうなのだろうか。確かに私が対面した者達は社会からのはみ出し者、そして私の命を明らかに狙った者達しか居なかった。ああいっそのこと、こんな出来損ないな私をどうか殺してくれてもいいと考えた。

だが、私のうちにある生存本能が爆発したのだ。死にたくない、まだ足掻きたいと。その本能に従って私は戦ったのだ。

 

「……その結果が、コレか。」

 

その結果、私が作り上げたのは屍の山だけだ。そして私は、飢餓を埋めるために屍を喰らった。これは本当に、正しいことだったのか。そんな疑問すら抱き始めた。私は何のために生きてるのだろうか。人を殺すことでしか、私は生を証明できないのか。そう考えた時、父の教えを思い出した。

 

「人殺しは同族殺し、故に最も罪深い行い。そして自殺もまた殺人、罪深いこと……はは、どうやら私は、罪に塗れてるらしい。」

 

死にたいと願いながら、生きようとする。生きたいと願いながら、誰かを殺す。ああ、何て矛盾に満ちた人生か。もっと上手くやれたのではないか、そんな後悔ばかりが頭を埋めていく。

 

「無様だな。」

「ッ!」

 

その時、背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには黒いスーツを身に纏い、白髪が特徴的な男がいた。何処となく常人と比較してかけ離れた風貌をしているが、おそらく東洋人なのだろう。

 

「屑どもの命を貪ることに、随分と罪深さを感じてる様だな。だが、何を勘違いしている。人間がそんな上等な生き物かよ。いいや、正確には俺以外の生物に価値なんてあるものか。それでも価値を見出したいのならば、精々この俺の役に立つ様努めるが良い。」

「……お前は、一体?」

「ふん、まあ良い……要件だけを伝えておく。俺の名は緋衣征志郎だ。そしてお前、この俺の盧生になれ。これは決定事項だ。それ以外にお前に価値があるなどと、思い上がるなよ。」

 

そう訳のわからない言い分を伝えて、男は去っていった。端的に言って、訳がわからなかった。だがセイシロウという男の唯我を通そうという意思力には感服するものを感じた。ああ、もしも私もあの男ほど我を通そうとする意思があれば、少しは私自身の作りが変われるのではないかと思ったのだ。

 

「そしてその暁に、確固たる私を手に入れられるのではないのだろうか。」

 

これこそまさに、運命の出会いと言えるのではないのだろうか。そう思いついた私は、セイシロウの言う通り役に立とうと腰をあげたのだった。その先により良い未来が繋がると確信して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

「ん、うっ……私は、何を。」

 

気が付けば、私は目を覚ましていた。どうやら床に倒れて寝ていたようだ。だが、見ていた夢の内容は鮮明に記憶している。そう、間違いなくあれは……

 

「あれは私の過去だ。何かがきっかけで、私は私の記憶を取り戻しているのだ。」

 

おそらく、アシズミという教員を倒したことがきっかけなのかもしれない。原理は不明だが、私たちの前を立ち塞がるものを倒すことで、失われた記憶を取り戻せるのかもしれない。

 

「そして、身体も少しずつ戻った方いるようだ。」

 

眠る前までは10代前半の身体だったのに対し、今は10代後半……大体18〜20代の体になっていた。そしてそれまでの行動もしっかり記憶している。

 

「ふふ、これもアカネのお陰だな。まだ寝ているようだが、どんな夢を見ているのか……」

 

傍で寝ているアカネに視線を移す。まだ寝息を立てて寝ていた。安易に起こせばどの様なことが起こるかわからない以上、今は自分で目覚めるのを待つしかない、

 

「それにしても、何故私は若返ったのか。」

 

そして私はふと疑問を抱く。何故記憶を失ったのか。この現実における戦闘で、私は邯鄲の夢という超常の力を使えている。だが、過去の記憶を振り返ると、まだこの年齢の時にこの力に目覚めていない。常人とかけ離れた膂力を持ち合わせていたのは理解したが、それでも人智を超えた力とは言い難い。

 

「……まだ何か思い出せてない記憶があるのだろう。ならば、更に先に進んで取り戻す他ないか。」

 

ひとまずはそう結論付けて、私はまずはアカネが起きるのを待つことにした。彼女に相談すれば、もしかしたらヒントを得られるかもしれない。そう細やかな信頼を寄せて、その寝姿を見守っていた。

 

 

 




というわけで、クリームヒルトの過去はこんな感じじゃないかな、と思い書いてみました。
仮にも戦神館世界において、人類最強の殺人鬼と謳われてたのでこれくらいハードな人生があったんじゃないかなと考えたので、こんな風に表現してみました。我ながら妙なところに力を入れたなと思いましたが(笑)


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第十九話 歴史 前編

また前回から結構経ってしまいましたね……色々忙しくて申し訳なかったです。
今回は別の人物の話となります。


 

 

 

 

かつて、世界を滅ぼす戦争があった。

ソレはどうにかその災禍から逃れる事に成功し、冥界に蛇と共に身を潜めていた。在る時を境にそこから飛翔し、気が付けば幻想に満ちた世界へと辿り着いた。そこでまた本能のままに生きようとしたが、人間を筆頭に多くの者達から妨害された。そして最終的に巫女と呼ばれる女に封印され、幻想の地から追放された。

 

(何故だ、何故我がこんな目に遭わねばならない。世界が人間を選んだとでもいうのか……ふざけるな!許せる筈もない……いつか必ず、人間を滅ぼしてくれよう。人間は決して許さぬ………許さぬ許さぬ許さぬ許さぬゥゥゥッ!!)

 

ソレは封印された結界の中で、人間への怒りに燃えうずくまっていた。客観的に見て、それは単なる逆恨み。しかしその怒りに目をつけた『人間』が居た。

 

『これはまた、利用出来そうな掘り出し物ね。』

(……何だ貴様、人間か。我の目の前に人間風情がよくも単身で現れたものだ。待っておれ、殺してやる。その魂、我が顎門で喰らってくれよう!)

『……別に良いけど、それだと貴方は一生その中にいることになるわよ?』

(……何だと?)

 

目の前の人間がその様な発言をし、ソレは動揺を見せた。そして邪悪な笑みを浮かべながら、人間は話を続ける。

 

『私が貴方をその封印から解放してあげる、その対価として私の指示に従いなさい。』

(…….戯けた事を。人間如きが我を利用しようなどと烏滸がましい!)

『そして、解放した暁には貴方の人間への復讐を果たしてあげるわ。』

(…….何だと?貴様自身も人間であろうに、何故滅ぼすことに肩を入れようとする?)

 

その人間が向けた提案に、ソレはその様な当たり前の疑問を抱く。同胞を守ろうとするのは、生物としては一種の本能だろう。しかし目の前の人間からは、その様な様子がまるで感じられないのだ。しかし目の前の人間は、傲岸に言い放つ。

 

(決まってるでしょう?私以外の人間は利用されるだけの道具よ。そして利用されるだけの価値のない人間は、残らず滓以下よ。そいつらを貴方が残らず処分してくれたら、実に都合が良いわ。)

『………ふふ、ふはははははは!良いだろう、ならばその条件に乗ってやろう。貴様の様な人間もまた、我にとっては都合が良い。』

(なら、これで契約完了ね。)

『だが忘れるな、貴様もまた我に殺されるべき人間で在るとな。他の人間を滅ぼした後には、貴様もまた我自ら殺されるという事を覚えておけ。』

(ええ、それで良いわよ。)

 

その日、人間によって人類への怒りに燃える者が連れ去られていった。その痕跡は誰にも知られずに……ソレは今も尚、怒りに満ちている。奈落の底にて、復讐の時を待ち続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私は私のできることをやらないとね……」

 

他のメンバーが各々の動きをしている中、霊夢は一人で八幡宮へと向かっていた。そして長い階段を上がると共に、何とも奇妙な圧力を感じた。まるで遥か天空から巨大な瞳でこちらの行動を監視している何者かが居る様な気がする。

 

「本当、誰かに見られ続けるってのは嫌な気分になるわね。けど、これに対処できるのは私だけだろうし。」

 

そう言いながら霊夢は階段を登り切り、それと同時に手を前へと突き出す。すると空間が揺れ始め、謎の空間への入り口が開いた。

 

「やっぱりここ、結界が上書きされてたわ。そしてこの先に、きっとこの異変の犯人がいるんでしょうね……」

 

そう呟くと無意識に頬から冷や汗が人潰された。霊夢は一度深呼吸をし、そして覚悟を決めて入り口を潜る。すると全身を覆うほどの闇が広がり、霊夢は咄嗟に目を閉じる。暫くして目を開くと、そこは機械や薬品だらけの何処かの施設の中にいた。

 

「……いよいよ本拠地か。」

 

辺りは鉄屑や薬品の匂いが漂い、決して心地よさは感じない。しかしその気持ちを抑えて霊夢は歩みを進めた。この先に異変の黒幕が居る、そう確信して施設内を歩き回る。

 

「ッ!」

 

その時、この施設には似合わないある感覚が霊夢の体を駆け抜けた。その感覚を感じた部屋へと駆け出し、扉を開ける。その部屋にあったのは……

 

「……見つけた。」

 

そこには巨大なカプセルがあり、中には大量の培養液が入っている。そしてその液体の中には、フヨフヨと魂の様な何かが入っていた。霊夢はそのカプセルに近付き、お札を一つ貼った。目を閉じ、そのまま状態を数秒続ける。

 

「……後は、お願いね。」

 

目を開けてそう呟いたら、霊夢はその部屋から立ち去った。霊夢の先程の行いで変わったことと言えば、カプセルにお札を貼っただけ。

客観的に見れば、霊夢は何のためにやったのか訳がわからないだろう。しかし霊夢が態々一人の状態で口からその真意を語られるわけもなく、先へと歩みを進めたのであった。

 

「特に気になるものは無いわねぇ……あの部屋以外。」

 

施設内をひたすらに物色する霊夢だったが、特に新しい発見はなかった。何処もかしこも専門用語が入り混じる書物や書類だらけ。唯一例外だったのは、施設内で見てきた中でも、一際大きな扉だった。やむを得ずその扉に近付き、その前に立つ。何やら異質な空気が扉越しから感じられた。

 

「……この部屋は、何?」

 

霊夢がそう呟きながら扉に指をかけた瞬間、全身が強烈な光に包まれる感覚が走った。だがその光には本人の意思に関係なくひたすらに、そして苛烈なまでに全身を包み込む。それはさながら周りの星々を無差別に照らし、灼熱で全てを焦がす太陽の如き神威。

無論、霊夢が今認識している現実世界がその通りになっているわけではないが、その神威の如き圧力に耐えられるほどの精神力がなければ、この扉を開けることは叶わないだろう。故に霊夢は緊張感と共に冷汗を流すものの、意を決して扉を開ける。

 

「これは……」

 

扉を開き、霊夢の目に入ったのは無数の絵画だらけの部屋だった。霊夢は部屋の中を進み飾られている絵画に目を通す。まず最初に見たのは神々の戦争を描いた絵、次は古代の人々が剣や弓を持って争う絵、そして次は銃火器を持って戦争をする……などなど。

こうして飾られている絵を見ていくうちに、霊夢は共通して秘められているテーマが見えてきた。

 

「さながら『試練』ってところかしら?人間ってのは絶体絶命な状況に追い詰められて、初めて己の真価を発揮する……なんて言いたげな絵画ばかりな事で。」

 

呆れた視線をしながら霊夢はそう呟き、部屋の中にある絵画を一通り見ながら奥へと進んでいく。そしてこの部屋の最奥の間には、今までの絵画よりも一回り大きな絵画が飾られていた。いいや、人物画とでも言うべきだろうか。そこには漆黒の軍服を身に包んだ男が玉座に居座り、悪辣ながらも何処か幼い子どもの様な純粋さを感じさせる笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

その男の周辺には絢爛なる天使や邪悪なる悪魔、そして神聖さを感じさせる龍神が描かれていた。更に男の足元には銃火器や刀剣などなど人の長い歴史の積み重ねによって作られた、武器の山が男の足元に積み重なっていた。それはまるで、人の業の頂点に立ち、なお己の傲慢さ(エゴ)を未来永劫貫き通さんと言わんばかりに、そう感じさせる絵画だった。それを見て、霊夢はこの男に対する第一印象はコレだった。

……否、これ以外に言い表せる言葉が思いつかなかった。

 

「まるで『魔王』ね……」

 

霊夢は苦笑を浮かべながらそう呟いた。改めて部屋に入る前に感じた圧力に嘘偽りはなかったのだと実感する。この男を前に決して腑抜けた姿や態度を見せてはならない。例え絵画だろうと隙を見せたその瞬間、魔王の裁きが下されるだろう。それが如何なるものか想像もしたくない。故に霊夢は自分らしさを貫きながらも決して気を緩めない。そしてそのまま、絵画の下にある碑文に目を通し読み上げた。

 

「此れは試練を持って人々に救済を齎さんとした、第一の盧生が抱いた真実であるである。かつて邯鄲の夢で百年後の人々が生きる世界を目の当たりにする。そこで生きる人々を見てまず最初に感じたのは『魂の劣化』に他ならない。その一生で本気で夢を叶える気がない、憂さ晴らしに無意味な時間を浪費する、そのような人間がとても多いと思った。そのような姿が本当に人の魂の輝きなのかと思わずにいられた……と。へぇ、なるほどね。」

 

この男がいつの時代に生まれ、どんな感じにそのような体験をしたのか霊夢には分かりかねない。だが、そのような未来を見たとなれば、確かにその体験は『本物』かもしれないと考えた。どんな時でも人は楽に流されやすい生き物だ。文明の発展と共に楽に没落するのも霊夢にとっては想像に難しくなかった。現に彼女の住まう幻想郷という一種の理想郷でも、その様な姿をする人間や妖怪も散見されるのだから。そう考えた彼女は再び碑文の続きを読み上げる。

 

「そんな未来を前にして、此の者は立ち上がることを決意した。吾が魔王となり、遍く人々に試練の世界を齎そう。一つの巨悪を目の当たりにし、夢を与えれば人々は生き残るために覚醒を果たすだろうから。例え如何なる艱難辛苦が待ち受けていようとも、諦めなければ夢は叶う。その足跡は尊いもので決して無駄ではない……故に人類よ、夢を抱いて吾を討て。その足跡の先に、真なる魂の煌きが宿るだろう………これこそが第一の盧生、魔王の試練が齎す人間賛歌の真実である。なるほどね……なんて傍迷惑なことで。」

 

その碑文を読み終えた霊夢は、頬を垂れる冷や汗を指で払い、そして絵画に映されている魔王と視線を交えながらそう言い放った。

 

「だけど同時に、確かにそれは確かに人が望む理想世界な一つかもしれない。要は、本気で人生を生きてみたいって事でしょ?それも自分一人だけじゃなく、周りのみんなも公平に全力で生きるようになり、思い描いた夢に向かって全力疾走……みたいな感じでね。だけどそれは、人間の成せる所業じゃないわよ。」

 

肯定した一方で一転し、霊夢は魔王の人間讃歌を今度は否定し始めた。心臓は今も激しく動いている。言葉一つ出すたびに嘔吐が湧き出そうだけど、それをグッと堪えて言い放つ。

 

「生きていれば、大概試練だらけなのよ。魔王様から直々に頂くなんてこと、私には少なくとも要らないわね。ましてや幻想郷にそういう物を持ってくるのなら……博麗の巫女として、全力で阻止させてもらうわ。」

 

そう言い放つ霊夢の瞳には、確かに『覚悟』が宿っていた。本音を言えばこんな危険な男と正面衝突なんてやりたくないが、今この瞬間においては、そういった気持ちの絶対値が求められていると霊夢は悟った。

すると、その絵画から感じた魔王の神威が次第に薄れていった。概ね良好、及第点だ。ならば覚悟して先に進むが良い……などと遥か時空からそんな声が聞こえた気がした。その瞬間、この絵画から感じた威圧感は無くなる。

 

「……全く、何様のつもりだか。」

 

ふぅ、と少し大きめなため息を吐く霊夢。ずっと気を張り詰めていた為、まるで心休まる瞬間がこの時まで無かった。これから部屋一つを抜ける度に、こんな体験をしないといけないのだろうか。

 

「……だけど分かったことも確かにあったわ。盧生ってことは、きっとこの先にあいつも……」

 

そう呟きながら脳裏に浮かぶのは、ある日不意に幻想郷に訪れた……何故か朱音と顔見知りのよう金髪の女。クリームヒルトの事も、きっとこの先の部屋で知ることができるはずだと。

 

「まあ、そもそもあと何回こんな感じの部屋がを進めば良いのかすら、わからないんだけどね。」

 

そう言いながら振り返り、もう一度部屋の中の様子を見渡した。特に変化は無し、再度絵画に目を通しても何も感じなくなった。それを確認し、次の部屋へと続く扉を開けて、その先を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し長めの廊下を歩き抜け、また扉を開く。そしてその中は、先程の部屋と同じ様に無数の絵画が飾られていた。

 

「またか……黒幕は絵画好きなのかしらね。」

 

そう呆れつつも絵画を一つ一つ目を通していく。しかし今度は明らかにテーマが変わっていった。

今度は戦争ではなく、東洋から西洋の街が大きく目立ち、そこで暮らす人々の様子が描かれていた。農業や大工作業、商売や教育などなど……人間社会において不可欠な概念が描写されていた。それは一言で言い表すならば『歴史』と表することができるだろう。それらの絵画を一通り見て霊夢は呟く。

 

「……テーマは『継承』かしらね?人というのは一人では生きていけない。過去を知り、今を育み、そして未来に少しでもより良い物を継いでいく。それこそが正に、人としてのあるべき姿……と言ったところかしらね。まあ、私はそんな風に堅苦しく一々生きて生きたくないけどね……」

 

そう少し面倒そうに語りながら、霊夢はこの部屋の最奥へと進み、前と同様に一番大きな絵画を見た。

その絵画を見た第一印象は、後ろ姿の男だった。おそらく日本人だろう……そして軍服を身に纏い、眼鏡を顔にかけ、そして玉座の前に威風堂々と立っている。玉座の背後には巨木が立っており、星々に手を伸ばすかの様に大きな枝を空へと伸ばし、緑に生い茂っていた。まるで人々の歴史を象徴するかの様に。その絵画を見て、霊夢はこう言い表した。

 

「如何にも『勇者』って感じね……ちょっと堅物な漢字があって苦手だけど。」

 

けれど先程の魔王よりかはマシだけど、などと付け加えつつそう呟いた。少なくも一々気を張り詰めなければならない様な空気は感じられなかった。その事から、如何にこの絵画に描かれた人物の人としての寛容さが伺えた。しかしその寛容さに甘える様な事はせず、あくまでも真剣さを維持しつつ碑文を読み上げた。

 

「此れは己が生き様を魅せ、人々の指標として在ろうとした、第二盧生の真実である。第一盧生の野望を阻止すべく、仲間と共に邯鄲の夢へと挑んだ。多くの歴史を知り、学び、そしてその輝きを磨き続けた。先駆者と比べて短期間ながらもその密度は決して劣らない。だが、それでもあと一歩及ばない。両者の激突は勇気の競い合いだったが、第一盧生の覚悟と勇気、そして気合いと根性が覚醒の扉を開き、誰もの予想を上回った……って、ちょっとちょっと。雲行き怪しくなったわよ、どうするのよこれ?」

 

これもまたよくある話だが、勝負事において頑固な負けず嫌いは中々に曲者だ。まだだ、まだだ、いいや、勝つまで諦めない。そんなわがまま一つで勝負が長引けば、相手をする側はいつしか疲弊しかねない。

しかも読めばこの第一盧生、窮地に置かれれば更なる覚醒を引き起こし、幾らでも成長しかねない様な様子が伺える。率直に言って、霊夢から見ても第二盧生の勝ち筋がまるで見えなかった。少し不安に感じつつも、ひとまずは碑文を読み進めて見た。

 

「第一盧生が覚醒を果たす中、男の取った行動は『第二盧生という玉座を捨てる』という暴挙だった……はい?」

 

その一文を見て霊夢は思考が一瞬凍りついたが、呼吸を整えてもう一度読み進める。

 

「……コホン。なぜ男はそんな暴挙をしたのか、根拠は当然ある。まず第一盧生と同様に、前人未到の偉業を成すために。そして尚且つ、第一盧生が決してなし得ない事を実現する為に。それらの条件を達成する為には、盧生という資格を捨て、夢は所詮夢であるという悟りを胸に抱いて特攻するしか無かった。男の選択はあまりに無謀な挑戦であったが、その行動は確かに第一盧生の心に届いた。何故なら、それこそが彼の夢焦がれた勇者の姿そのものだから。待ち焦がれた夢をその手で壊すこともできるはずもなく、第一盧生は敗北を認め、未来を第二盧生に託し現実から去っていた。

この後の第二盧生は託された約束を果たすべく、仲間達と共に来たるべく世界大戦を阻止する為に世界中を生身で駆け抜けるのであった。これそこそが第二の盧生、勇者の指し示した継承の人間讃歌の真実である……と言うわけねぇ。」

 

碑文を読み終えた霊夢はもう一度絵画を見上げた。なるほど、だから玉座に座ってなかったと理解した。故に霊夢は、ここまで読み上げた物として、伝えるべき事をその後ろ姿に向かって告げた。

 

「……私は人間の標べとして在ることが人として正しいなんて思えない。だけど、貴方の示した勇気は確かに理解したわ。あんな窮地の中、よくもそんな大馬鹿な選択できたものよ本当に。だからこそ……貴方には確かに博麗の巫女として敬意を表するわ、元第二盧生の勇者さん。」

 

静かに微笑みながらそう伝えた霊夢。それに対して後姿の男は何処となく優しく微笑んでる様に見えた。

その言葉、確かに受け取った。だからこそ先に進め、お前ならきっと大丈夫だ……そんなちょっと傲慢さを感じながらも、爽やかな朝日の様な優しい雰囲気が絵画から漂ってきた。

 

「そう、なら行ってくるわ。」

 

そんな生真面目さに苦手意識を感じつつも、霊夢もしっかりとそう返事して次の扉へと向かっていった。もう後ろをいちいち振り返らない、受け取るべきものは確かに受け取ったのだから。

 

「さて、次の部屋に向かいましょうかね。」

 

そう言いながら霊夢は扉を開き、次の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 




と言うわけで歴代の盧生の歴史を見ていく話でした。
前編と後編に分ける形になってしまいすみません……なるべく早く仕上げる様頑張ります。


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第二十話 歴史 中編

 

自身の元へと迫る博麗の巫女を見つつ、女は別画面でクリームヒルトと朱音を見た。すると人型の人形を取り出して“自身の夢”を込めた。

 

「まだ時間が足りない、だから足止めさせてもらうとするか。」

 

人形の数は5個、そう言い放って全ての人形は生徒会室へと転移された。そこでは一体何が起こるのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢が扉を開けると、そこも再び絵画だらけの部屋が広がっていた。一つ一つに目を通すと、どれも必ず死人がいる絵が描かれていた。東洋から西洋、あるいは原始人、動物や枯れ果てた自然など、とにかく死を思わせる様な雰囲気ばかりの絵画が描かれていた。故に霊夢の出した答えは……

 

「単純に『死』かしら?命ある者は誰も彼も何れ死ぬ、その真理を忘れることなかれって意味だったわよね……そんなんでしょ?ねぇ……」

 

アンタならそんなテーマになるでしょ。そう呟き、それ以上言葉を紡ぐのはやめた。まるで音をも殺す様な冥界の中を歩いている気分になった。そしてこの部屋の最奥にある大きな絵画へと目を移す。

そこには玉座に座る女と、その周辺には墓場ばかりが敷き詰められていた。東洋から西洋、そして原子的な埋め立ての跡など、誰かが必ず死んでいる、そう連想させる様な玉座だった。周囲は灰色に染まっており、1秒先にも全てが灰になって静寂に包まれ消え去りそうだ。その最中でも玉座に座る女は無表情……否、見る人によっては僅かに微笑みを浮かべてる様にも見えるかもしれない。

 

「……『死神』なのよね、アンタは。」

 

絵画の女と目を交えながら、霊夢はそう告げた。そしてその女の顔と特徴は、自分の知ってる顔見知りの女と見事なまでに一致している。それを確認したら充分、そう思ってゆっくりと碑文へと目を移し、そこに書かれている内容を読み上げた。

 

「此れは死を以って人々へ安息を示した、第三の盧生が抱いた真実である。その女は生まれながらにして、肉体の成長があまりに誰よりも早かった。手を握ればその手を握り潰し、抱擁をすれば腕には血肉しか残らない。女にとって触れ合いは殺し合いに等しく、成長し続ける肉体はあまりに不平等だった。加えて彼女には生まれつき心は存在せず、どれほど非道な指示にも従い、どれほど残酷な運命であろうとも受け入れる。故に人類史上最もの歪みにして、死ぬべきは自分自身であるという真実を知っておきながらも、女はそれに抗って生き続けようとしていた……愛とは何なのか、わからない。だから知りたいと足掻きながら……と。」

 

霊夢はその碑文を読みながら、同時に数多の感情が入り混じっていく実感が湧いてきた。そして例え心の中で有ろうとも、上手く言葉にできない。なぜなら、この女と違って自分の肉体は普通であり、触れ合いだけで殺し合いになるなんてそうそう無い。そして何より、この女と違って自分には確かに心はあると自信を持って言える。

故にこの女の生い立ちは、理解はある程度は出来ても共感がまるで出来ない。まるで人型の何かを観察してる様な心地だ。唯一注目できたのは、愛を知ろうとするその知性。それでも読まねばならない、そう強く思いを抱いて続きを読み始める。

 

「故に女は邯鄲に挑んだ。愛とは何なのか、その答えを探し出すため。しかしその邯鄲は、ある種前任者2人とは根本的に違う変化を引き起こした。何故なら彼らはよくも悪く健常者であるが為に、人類にとって馴染みやすい、未来への光を探す旅路であり、邯鄲の正しい形と言えよう。しかし女は違う、常に死と隣り合わせの身体にして他者へ殺戮を犯す、そんな人生を送っていた。故にその旅路は死の人類史へと変貌を遂げる、天地開闢から今に至るまでの人類が犯し続けた罪にして、終始苦痛と死別に満ちた闇の歴史である。拷問、侵略、強奪、飢餓、叛逆、怨恨、呪詛、凌辱、そして殺人など……心ある人間が見れば、両の瞳を潰したくなる様な屍山血河の歴史を歩み続けた。己の真理を夢見ながら……」

 

ここで霊夢は、彼女の体験こそまさに邯鄲の夢における大事件だと判断した。その理由は至って単純で『異常体質』が引き金となったのだろうと判断する。人間同士の共感性は、まず同じ肉体を持つことが前提と言えるだろう。人の社会とは肌の色が違うだけで差別や戦争の原因にもなり、一部の国では奇形の様な誕生をしただけで神格扱いされる様な所もある。そして邯鄲の性質もまた同様で、第一と第二盧生は常人目線から見れば『普通の肉体』の持ち主だったのだろう。故にある程度の試練の内容に多少の差異はあれど、変質的な差はなかったと思われる。

しかしこの女は生まれつき異常体質持ちだ、故にその邯鄲にも大きな影響を与えたのかもしれない。前任者二人が常人にも共感しやすい光の邯鄲ならば、この女は常人ならば共感できずとも、注目しざるを得ない闇の邯鄲と化した。何故ならば人は普通の正しい情報よりも、後ろ向きで苛烈な情報にこそ目を向きやすい。加えてそこに、理由を付けたがる。何か原因があって悪事を犯した、不運な境遇が人格を歪ませた等と。もしかしたらそこには、自分の身に死を齎す何かがあるかもしれない……その危機感を引き立てるからだ。霊夢はそう考えつつ、再び続きを読み始める。

 

「そして女は邯鄲を駆け抜け、第三の盧生して完成された。変貌した死のアラヤ(普遍性)に触れた生き残った史上ただ一人の人間として、誰も成し得なかった前人未到の偉業と言えるだろう。しかしその代償は決して安くない。ただでさえ邯鄲に入る前から常人よりも短かった寿命が更に減ったのだ。その結果、彼女はもう唯人として生きることは不可能である。筋肉が過剰に成長する体質、過剰な肉体強化措置、殺した相手への食人、死の概念への接触……これだけ肉体の負荷をかけて生きていることが奇跡であり、邯鄲の加護が無ければ既に彼女は死んでいる。故に夢の幻想無くして死神は生はあり得ず、もしもその資格を喪失すれば死の運命は確定している。だからこそ彼女は最早殺人を犯す様真似をしないと決意した。その旅路の果てに、一人一人の価値を見出し、再びこの手でその価値を汚す様な真似はしない。

そして彼女は謳い上げる。『今を生きよ、悔いなき人生を謳歌すべし』と。死こそが普遍、唯一人にとって平等なるもの。故にその恐怖な怯えず、懸命に生きてほしい……盧生としてその様な悟りを見出したのだ。

これこそが第三の盧生、死の安息が齎す人間讃歌の真実であり……」

 

まだ碑文は僅かに続いているものの、一度霊夢はここで読むのをやめた。そしてこれまでの第三盧生の足跡を読み終えて感じたものは、コレだった。

 

「……クリームヒルト、あんたは本当に損な女ね。自分の価値や答えを見出すために、どれだけの無茶を重ねたのよ……それが原因で寿命を縮めるだなんて、本末転倒じゃない。」

 

心が無い、それはつまり自分の価値を見出せる事が出来ないということだ。故にどれほど残酷な運命や行為であろうとも、それを受け入れることで空っぽな自分の価値を見出そうとする。たとえそれが機械の様に、他人に都合良く利用されようとも衝動的、使命感の様に止められない。それが人として損な生き方で不運な事だと実感することは彼女には出来ない。この碑文を読み上げてから霊夢はそう感じていたのだ。そして……

 

「何言ってんだ、コイツ……ッ!」

 

碑文の締めの言葉を見た瞬間、霊夢の心は激情に支配された。そこには以下の文が記されていたのだ。

 

『誰も救うこともできなかった女、最も愚かな盧生である。』

 

読み終えた直後、霊夢は感情のままその碑文に拳を叩きつけようとした。しかし、どうにかして理性でそれを堪えて制する。しかしそれでも胸の中に渦巻く激情が晴れることができない。故に自分なりにこの碑文を読み終えた感想を口にする。

 

「……おそらくこの碑文を書いた奴は、ヘルと関係ある人物なんでしょうね。何せ明らかに文章の量も具体的な描写も、まるで実際に見てきたかの様な書き方だわ。なら恐らく血縁者か、あるいは余程因縁のある奴かしら。」

 

後はこの目で確認し、この異変を治めるだけ。そう決意すると再び絵画へと視線を向ける。他と違ってこの絵画からは何も感じない、何処までもただの絵である。それも言うまでもなく、小さくなってるとは言え本人がこの世界に居るからだろう。

 

「貴女の過去と真実、しっかりと理解させてもらったわ。余程過酷な人生だったようね。だけど、だからといって特別な人間だなんて思わない。貴女も私も、同じ人間よ。だから、過去を知った人間として黒幕ぶっ飛ばしてケジメつけてくるわ。」

 

そう言い残して、霊夢はこの部屋を後にした。その後もこの部屋には何の変化もなく、あくまで静寂のみが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を遡り、場所は校舎内へと変わる。

 

(………)

 

意識の落ちた朱音の脳内には“ダレカ”の記憶がなだれ込んできた。生まれた時は母子家庭、幼い頃に父親をその目に見ることはなかった。それを見届けた朱音は……

 

(普通だ、お父さんが居ないのは寂しそうだけど、友達にも恵まれていた。何でこれを見せられてるのだろう……)

 

しかしその人物が歳にして17の頃に、大きな異変が起こるが……

 

『ネ……カネ……アカネ!』

「……ん、うん?」

 

身体の揺さぶり、そして耳から入ってくる声で意識が現実へと浮上した。その声は少し聞き慣れている感じだが、目の前の人物の容姿を見て、思わず目を見開く。

 

「え、ヘル……さん?その身体、どうしたの?」

「ヘルで構わんよ。ああ、どうやら身体の方が成長した様だ。無論、さっきまでの記憶はある。そして、私が小さい頃の姿をしていたことも……」

「そ、そうか……それは、良かった。」

 

少し戸惑いつつも、朱音はその状況を飲み込み、立ち上がった。身体に付着した埃をはたき落としながら問いかける。

 

「私、どのくらい意識を?」

「私が目覚めてから、大体5分程だ。」

「そうか、じゃあ急いで先に進もう。まだこの異変の事で、あまり進展していないし。」

「……そうだな。」

 

そして2人は廊下の先へと進んでいく。そして生徒会室への扉の前へと到着するが、クリームヒルトは朱音の前へと庇う様な形で立った。

 

「ヘル、どうしたの?」

「……口を塞いでおけ、何か危機を感じる。」

「……?」

 

彼女の言葉を不思議に感じつつも、一応に朱音は口を塞いだ。それを確認しつつ、クリームヒルトは生徒会室の扉を開けた。すると……

 

「ようこそおいで下さいました、御二方。どうぞ、こちらにお座り下さい。」

 

上品さを感じさせる女の声が聞こえたのだった。

 




カルデアにある幼き英雄王はこう言った。

『心を持たないから、どんな酷い命令も実行する。
心を持たないから、どんな酷い扱いも受け入れる。』

とまあそんな感じで、このセリフはヘル姉さんにめっちゃ該当するじゃないかなっと思って今回の話を作りました。あくまで二次創作な上、考察という形になるのですがね。

次回で盧生巡りは終了です。そして生徒会室へ顕現したのは……次回もお楽しみに。


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第二十一話 歴史 後編

お久しぶりです、リアルの事情が忙しくなり中々執筆する時間がありませんでした。
ひとまずこれでお察しの通り、歴代の盧生振り返りのシーンは終了となります。


 

 

 

霊夢が扉を開けると、そこは再び絵画が並べられた部屋が待ち受けていた。少し辟易した表情を浮かべるが、飾られている絵を目に移すと、霊夢の表情が一変して青ざめる。

 

「なに、よ………これ?」

 

そこに描かれていたのは、あまりにも異様な光景ばかりだった。

幼い我が子を喰らう母親、化粧する様に糞便を全身に塗りたくる老婆、羽虫に向かって熱く何かを語ってるであろう男性など、不可思議な景色ばかりが絵画に描かれていたのだ。

 

「あ、あぁ…………」

 

霊夢は思わず、後退りをした。その瞬間、目の輝きが失われる。そしてその隙を突いたかのように、数多の思想が傾れ込んでくる。

“一緒に楽になろう”や“気楽になれ、一緒に楽しい夢を見よう”など、快楽へと委ねるような声が脳内に響き渡る。

そして、多くの思想の中心にいるであろう何者かを僅かながらに見た。底にあったのは巨大な赤い瞳、まるで嘲笑っているかのような視線でこちらを見ていたが、実際には違う。そこにあるのは確かな善性の祈り、夢を見る者たちの幸せを心の底から願っていたのだ。だが、幸福になるための手段は……

 

「あアァァァァァァァッ!!」

 

瞬間、霊夢は全力で自分の額に向かって拳を叩き込んだ。拳と額が直撃し、熱い血が流れる。そして連鎖して伝わる激痛が霊夢の全身を駆け巡る。

 

「〜〜〜〜〜いッッッッたいわねもうッ!」

 

あまりの痛みに床に転がり回り、八つ当たり気味に霊夢はそう叫ぶ。その一方で、この痛みに助けられたと実感した。

もしあのまま快楽に身を委ねれば、きっと衰弱死するまで覚めぬ夢に身を沈めていただろう。この部屋に充満する快楽の神威は、それ程までの危険性があると、改めて実感したのだ。だからこそ、確信する。今まで訪れた部屋より、ここに充満している神威が一番脅威にして異質なのだと。

 

「絶頂、快楽……それを中心にしたテーマといったところかしら?」

 

それこそが答えなのだと、霊夢は理解した。事実、絵画に描かれている人々の手には、阿片が握られていた。そして人々の浮かべている表情には、一切の苦痛がなく快楽に満ちているのだ。

そもそも現実の苦痛を認識せず、己の見出した夢に浸り続ければ、人は幸福感に満たされる。それこそが人が幸福になる何よりの近道なのだと、此処に描かれている絵画は象徴しているのだろう。

 

「馬鹿みたい、そんなの洗脳と何が違うのよ……といっても、アンタには馬耳東風なのでしょう、ねぇ?」

 

そして霊夢は、最奥の絵画の方へと足を運ぶ。そこには今までとほとんど同様に玉座に座り、こちらを見下ろす男が描かれていた。

しかし今まで違って男は軍服を見に纏っておらず、絢爛な中華風の衣服を着けていた。そして髪と肌は白色で、赤い瞳でこちらを見ている。明らかに、今までの人物とは異なり、まるで異星人と対面しているような心地になる。加えてこの男、嘲笑うような目をしておきながら、その顔には純粋な笑みを浮かべてこちらを見ている。

玉座の周囲には無数の触手が蔓延っており、桃色の煙が充満していた。阿片窟、そう表現出来るほどに。

 

「仙人みたいね、まるで……」

 

霊夢は思わずそう呟いた、事実男は何万年も生きた仙人のような異質な存在感を今でも放ち続けている。その存在感に心を委ねれば、また再び快楽の夢想に取り込まれそうなほどに。

そして霊夢は、意を決して碑文を読み上げる。

 

「これは快楽を持って人類を醒めぬ幸福へと導いた、第四の盧生が抱いた真実である。その男は生まれた時から阿片窟におり、幼い頃から阿片の快楽に満たされていた。産んでくれた母親も、周囲にいる何処かの誰かも、阿片の香りを吸って幸福の絶頂に居続けていた。故に男は、阿片の煙に包まれて夢を見ることこそが人の幸せだと信じて疑わない。今も昔も、そして未来も人の世は桃の煙に包まれて幸福の絶頂であり続けるのだろうと思っていたのだ。

しかし現実とはいつだって残酷だ、男の居た阿片窟に火災が発生する。当然ながら阿片中毒者は軒並み快楽の夢を見ながら豪華に包まれ、絶命していった。しかし男は、偶然抱擁してくれていた母が盾代わりとなり、奇跡的な生存を成したのだ。凄い偶然ねそれ……」

 

碑文を途中まで読み上げ、霊夢は思わずそんな感想を呟いてしまう。健全に生きている多くの人々から見れば、男生まれは貧しく、不幸に満ちていると言えるはずだ。

しかし生まれた時から阿片窟に居れば、そういった現実の苦痛をそもそも認識する必要がなく、都合の良い幸福な夢を見れれば何の問題もないのだ。きっと盾になった母の死の間際すら、そんな状態だったのだろう。故に男はきっと、阿片さえ据えれば死ぬ間際すら幸福感に満たされるだろう。その悍ましさを理解しながら、霊夢は続けて碑文を読み上げる。

 

「火災から生き残った男は、青幇という組織に拾われそこの首領の養子となった。そこで見た正しい現実は、阿片窟とは違っていたのだ。全てが苦痛に満ちている、自ら苦しみに手を伸ばすなんて実に愚かしいと。故に男は苦しみに満ちた世に救済を齎す事を決意する。まず手始めに父を、そして次は組織の者達を、そして上海を阿片の煙に包み幸福へと導いたのだ。

男の夢はここで終わらない、いずれ全ての人類に救済を齎そうとするもそこに一人の男と相対する。その男は仁義八行を掲げ、自分と同じく救済を目指す奇しくも似た者同士だった。あれ、これって……」

 

霊夢は2番目に訪れたときに見た、第二盧生と特徴が一致することに気が付いた。思えば青幇は中国の秘密結社、日本と大陸的にも近しい故にいずれ鉢合わせしても確かにおかしくない。

 

「しかし目指す地平は同じでも、掲げてる信念が異なり相容れず敵対することを余儀なくされた。そして男は、多くの困難を乗り越えて邯鄲へと到達する。共に夢の試練を挑んだ眷属の数は総数三百万と過去最高の数、故に最終試練までの到達は僅か数時間と過去最速の記録を叩き出した。だが最後のアラヤの試練もまた、過去最高難易度というもの。それは『第二盧生に勝利せよ』という無理難題が出されたのだ。なるほど、ここで帳尻合わせが来るわけね……

当然ながら、戦闘における勝算は皆無に等しく単純なぶつかりあいでは第二盧生の圧勝だった。だがしかし、アラヤの試練に不可能の概念は存在せず、奇しくも第二盧生の見落としが発覚し、両者共に八層試練の再試行が行われたのだ。それが再び行われるのは百年後の未来、場所は日本の鎌倉で再び試練が行われるのだ。男はその地にて、復活を夢み待っている。これこそが第四の盧生、夢想の救済を齎す人間讃歌の真実である……と言うわけか。」

 

碑文を読み終え、霊夢は溜め込んでいた呼吸を一気に吐き出す。そして絵画の中から赤い瞳でこちらを見下ろす第四盧生と視線を交えて言い放つ。

 

「アンタのやろうとしたことは、確かに善意だし救われた人は確かに居るのでしょうね。だけど、私はアンタの救済なんか必要ない、其方の幸福の価値観を、私に押し付けるな。それでもどうしてもそれをぶつけてくるのなら、全力でぶつかって相手してやる。」

 

霊夢がそう突っぱねるように言い放つと、絵画の中の仙王は尚、幸福に満ちた笑みを浮かべながらこちらの主張を肯定しているように見えた。

 

『お前がそう思うのならばそうなのだろう、お前の中ではな……それが全てだ。』

 

などと、どこかで聞いたことあるような一言をこちらに投げかけたような気がする。それだけを残して、阿片中毒の王の気配が絵画から消えていった。

 

「……ジャンキーになんか誰がなってやるかってのよ。」

 

吐き捨てるようにそう言い放ち、絵画の前から離れる。そして次の部屋に続くであろう扉の前にまで到着する。その瞬間、扉越しに全身に悪感が疾走した。

密度だけで言えば、盧生達の方が圧倒的だろう。だが苛烈さ、悪辣さで言えば扉の先にいる何者かの方が上だ。間違いない、この先にこの異変を引き起こした犯人がいると霊夢は確信した。

 

「腹を括りなさい、博麗霊夢……いくわよ。」

 

自分自身に言い付けるように呟き、霊夢は思い切ってそのドアを開いたのだった。

 




次のお話は執筆中です、なるべく早く出せるよう努めます。


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第二十二話 覚醒の時

お待たせしました、ヘルvs辰宮組・鬼面衆の開始となります。


「ようこそおいで下さいました、御二方。どうぞ、こちらにお座り下さい。」

 

私が生徒会室の扉を開けば、そこには貴族のような雰囲気を感じさせる少女がそこには座っていた。年齢は恐らく17〜18歳程だろう。

しかし彼女から放たれる妖艶な香は、男女問わず魅了していくだろう。事実、同じ女であるはずのアカネですら、彼女の容姿と香りに目を奪われている。心を持たぬ私ですら、無意識に彼女を警戒しようとする意識すら忘却してしまいかねないほどに。故に私はその雰囲気を断ち切るために、アカネの前に出て声を出す。

 

「生憎だが、それは断らせてもらおう。私たちは談笑しに来たのではない。この異変を解決するための鍵を探しにきた。」

「……そうですか、それは残念です。ああ、申し遅れました。私の名は、辰宮百合香と申します。どうぞ、よろしくお願いします。」

「ど、どうも……私はアカネです。」

「……クリームヒルトだ。」

 

柔らかな微笑みを浮かべながら、ユリカという少女は名乗りを挙げた。それに応えるように、私とアカネも名乗り返す。

 

「さて、単刀直入に要件を伝えますか……結論として、私は貴女達を此の場に留めなければいけないのですから。」

「な、何故ですか!?それも芦角さんみたいに、貴女達を呼び出した何者かに操られてるからですか?」

 

アカネの悲願するような問いかけに対し、少女は儚さを感じせる苦情を浮かべて返す。

 

「それに関しては黙秘させて頂きます。私も出来る限り荒事を避けたい為にそう進言したのですが、貴女達の御返事は変わらないという認識でよろしいでしょうか?」

「……はい、私達は止まるわけにはいきません。」

「私もアカネと同じ答えだ。」

「……はぁ。」

 

私とアカネがそう答えると、少女はため息を吐く。まるで仕方ないと言いたげに。

そして目を見開くと、先程の雰囲気とは一変し、まるで戦乙女の様な鋭い視線をこちらへと向けながら言い放つ。

 

「出てきなさい宗冬、そして鬼面衆。アレの始末を命じます。」

「御意」

 

彼女がそう言い放つと同時に、何処からか4人の刺客が現れこちらへと迫り来る。

そのうちの3人は顔面に仮面を被りまるで暗殺者のような装飾をしていた。一方でもう一人は、全身が黒い影のようなもので覆わられおりハッキリと見えない。しかしサーベルを握ってこちらへ刺突を放とうとしている。故に敵意は明らかに窺える。

 

「ふッ!」

「私も手伝う!」

 

まず一番最初にこちらに迫ったのは、サーベルを持った影だった。私も即座に抜剣し、鍔迫り合いとなる。この時点での手応えとして、純粋な力の押し合いでは私の方が上。よってこのまま押し飛ばし、次は鬼面の集団を仕留めることを考えていた。しかし……

 

「な?グゥッ!?」

 

しかしその考えを浅いと言われたかのように、予想外の出来事が発生する。力では私のほうが上のはずなのに、逆に私のほうが飛ばされて壁面に叩きつけられる、という真逆の結果が引き起こされた。まるで“薄紙のように軽い”と言わんばかりに。だがすぐさま、それが夢によって構築された機能なのだと理解した。ならば、鬼面衆も同様に固有の夢を行使していてもおかしくないだろう。

幸い、アカネが剣士の霊、九尾の妖怪、氷の妖精の影たちを召喚して注目をひいてくれている。奴らが暗殺者である以上、僅かな隙すら見せてならない。だが、それでもこの立ち回りは助かる。ならば私は一秒でも早く、この影の剣士を倒さねばならない。

 

「ならば……」

 

もう一度接近し、今度は刀身に解法を纏わせて剣を振り下ろす。この剣士は戟法が特に長けている為単純な物理攻撃での突破は困難だと判断する。ならば物理的な障壁を透過し、解体する夢ならば突破できるのかもしれない。

 

「くっ……」

 

しかし、当たらない。悉くがまるで闘牛を翻弄させる闘牛士(マタドール)の様に上下左右に動いて華麗にこちらの攻撃を回避する。純粋な身体能力ならば、こちらが上なのだろう。しかしそれをも凌ぐ技術力と経験値の加護、それらが圧倒的な壁として立ちはだかり、こちらの攻撃を寄せ付けない。

それどこら時折針に糸を通す様な鋭いカウンターがこちらの地肉を削り、的確な損傷を負わせていく。当然ながら楯法を固めて防御するが、軽化の夢の影響でまるで意味を成していない。

 

「破段-顕象 怪士面・黒式尉」

「グッ……ガァッ!」

「ヘル!」

 

加えて、背後から詠唱が聞こえたと同時に激痛が走る。振り返れば拳を握り締めた鬼面の暗殺者がそこに居た。こいつは徒手空拳を得手とする鬼面の様だが、それだけでは無いとこの瞬間理解する。

背中から生気を喪失する感覚がする。自分でも触れて確認したわけでは無いが、間違いなく皺が発生しているだろう。体力が一気に低下し、呼吸が荒くなっている。

 

「おのれ……グゥッ!」

 

振り向くと同時に鬼面に向けて拳を振るうが、それを掌で受け止められ握り締められる。拳から伝わる激痛、それと同時にそこから老化の夢が浸透する。正気に満ちていたはずの手が、一瞬にして老人の様に皺が発生する。

楯法で回復を図るも、その癒しの生気そのものを蝕む。故に下手な回復は皺の進行を加速させてしまう。故にほぼ無意味と言えるだろう。

 

「おやおや、これはもう対抗する術もないですかね?」

「なんの、まだ……」

「妖夢ちゃん!」

 

私が追い詰められた瞬間、アカネが召喚した霊剣士が縦横無尽に駆け巡り、無数の斬撃を放つ。

 

「人鬼『未来永劫斬』」

 

放たれた無数の斬撃が、鬼面衆と影の剣士の進撃を阻む。不覚、助ける側が助けられる側に救われるとは……などと悠長に考えていたのが不味かった。

 

「止まってください、剣士さん。」

「グゥッ!?」

 

百合の香を撒き散らしながら放たれた言葉は、まさに女王の重みがあった。その言葉を聞いた瞬間、アカネと霊剣士は動きを止める。まるで鎖を身体中に巻き付けられたかのように。

 

「どうか、戦う意志を治めてください。ここでゆっくりして世界の終末を見届けましょう。」

「そ、んな……それに、霊力が操れなく……なってるなんて。」

 

百合香の言葉を振り切り、アカネはどうにかして召喚した者達を動かそうとする。しかし百合香が付け加えた発言によって、更なる負荷が絡まった様だ。これで更に戦況は過酷さを増していった。

加えて、敵の標準がアカネを重点的に定め始めた。

 

「ヒッ……」

「グッ、オォォォォッ!」

 

背丈の高い鬼面が刃の雨を放ち、小柄の鬼面が姿を消して不可視の斬撃をアカネへと放とうとする。私は咄嗟にアカネの前に出て、まず刃の雨をその身で受け止めた。不可視の斬撃をこちらの剣戟で弾き飛ばし、刃の雨は楯法で体を固めて防ぐ。完全に防ぎきれず流血するが、まだこの程度は対価として安いものだ。

この生徒会室の端に追い詰められる。背後にアカネを位置させ、私は盾代わりとして身体を楯法で固めて敵の攻撃を全て受け続ける。

 

「ヘル、ごめん…….私のせいで!」

「構うな。お前がロストワードを解き明かさねば、全てが終わる。私如きの損傷なんぞ、大したものでない……」

 

なぜならば私は、人殺しをした罪人だ。いつ何処で何らかの形で傷を負っても、文句は言えない。しかし一方で、彼女は普通の人間。血の匂いなんてかけらもない。少なくとも今の時点では。

故に本来ならば、この戦地で隣立つ義務すらないはずだ。だから彼女だけは無傷のまま、元の世界の朝に返してあげなければならない。

 

「アカネ、隙を作るからこの場から逃げろ。そして他の者達と一緒にロストワードを探すんだ。」

「……その必要はないよ、ヘル。」

「なんだと?」

「逆だよ、この場は私に任せてヘルは休んで。」

 

私の肩を掴み、アカネは私の前に出ようとする。なんて愚かな事を、自分の立場というものをわかっているのだろうか?

私はここで最悪死んでも致し方ないが、お前が死ねば取り返しは一切効かないだろうに。

 

「何血迷った事を言ってる……お前が前に出れば間違いなく死ぬぞ。」

「それを言うなら、そうやって攻撃を受け続けていればヘルの方が間違いなく死んじゃうよ。だから私が……」

「甘い事を抜かすな。」

 

アカネの言葉を遮る様に、私は食い気味に言い放った。戦地においてその様な甘い理屈は通じない、生き残れば勝利、死ねば負けが原則の世界なのだから。

だからこそ、戦場において人は死を受け入れる精神力こそが求められるだろう。死ぬ覚悟を持たずに戦地に立った者は、その恐怖に打ちのめされ、何の成果も出せず恐怖と苦しみに溺れながら死ぬのが古今東西決まっている。そういう人間を何人も見てきた。

 

「戦場に立てば、死ぬ覚悟を持たねばならん。これは戦士であれば常識の事であり、今回は私がその時期が来ただけだ。ならば、受け入れなければならんだろう。」

「…….違うよ、ヘル。覚悟というのは、捨て鉢になる事じゃない。」

「……何?」

 

それでも尚、決して引かずアカネは反論して言い返す。その意思は断固として固く、一歩も引く様子が感じ取れない。

 

「確かにこういう戦いの場はでは、死ぬ覚悟も必要なのかもしれない。だけどそれだけじゃ、命を犠牲にする覚悟しか生まれない。ダメなんだよ、それだけじゃ……」

「……ならば、他に何が必要だという?」

 

そう私が問いかけると、アカネは柔らかく微笑みながら答えたのだった。

 

「生き残る覚悟だよ。最後まで諦めず生きようとする勇気が、希望を生み出し私たちの進むべき道を示すと私は思う。」

「……その根拠はあるのか?」

「あはは……ごめん。それは無いかな?だけど今までの異変を振り返ると、何となくそれが正しいんじゃ無いかなって思うんだ。どんなに絶望的な状況でも、私は最後まで人として真面目に生き続けることを諦めたく無い。」

「………」

 

アカネの解答は、ハッキリ言って今の私には理解不能だった。仮に理解できたとしても、その様な無根拠な理屈では役に立つ理論とは思えない。だがしかし、不思議と私の記憶の蔵に焼き付けられた。

まるで、それこそがずっと私の追い求めた答えの様で……

 

「だから、そこで待ってて。今度は私が、ヘルを護る番だ。」

「あっ……」

 

そう言いながらアカネは、手帳を片手に私の横をすり抜けて前に出ようとした。その瞬間、私は無意識に呆けた声を出して見届けるだけだった。

勝手な理由で勝手に戦地へ躍り出る。ならばその責任は、本人自身のものとなる。故に勝手に戦わせ、勝手に死ねば良い。それは私の責任にならないのだから。筋としては、それが通っている。

 

「だが、私は……」

 

しかし、私の思考の中で『死なせたく無い』という結論が優先して出始めだ。何故だ?

ロストワードを解けるのは、現状彼女だけだから?それはその通りだ。実に重要なこと。私の求めてた答えを出し、その義理を返すため?それも理由としてあり得るだろう。

 

「……」

 

ああ……だがしかし、どちらも根拠として強く無いと思う。ならば一体、何故私はその様な思考に辿り着いたのか。

前線に出たアカネの前に拳の鬼面が接近し、顔面に老化の拳を直撃させようとする。彼女と縁を結んだ者を呼び出すのが間に合うか、曖昧な距離と速度だ。ならば私は……

 

「……私は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ヘル?」

「破段-顕象 不変黄金蘇生(Baldur・Gullveig)

 

気が付けば私は、破段を発動しつつアカネの前に立って鬼面の拳を受け止めていた。自分でも全く、無意識な行動だった。拳を受け止められた鬼面も、驚愕したように僅かに体を震わせる。そもそも起こるべき老化現象が起きてないのだから。それはひとまず、置いておこう。

今の私が優先して考えるべきことは、不思議な程に頭が冴え渡り、歯車と歯車がしっかりと噛み合ったような快適さが全身を巡らせていた。ああ、私が見つけた答えは……

 

「アカネ、お前の答えは確かに私の記憶に刻まれた。だから今度は、私の答えをどうか聞き届けて欲しい。」

「……うん、聞かせて。」

「お前言った通り、今の私には生きようとする意志が圧倒的に足りなかった。だから、その気持ちに決着をつけるために、どうか私の力で『友』であるお前を護らせてほしい!」

 

それこそが私の答えだ。母が聞けばなんて低俗な、なんて返答がきそうだ。だが、それこそが正しい進むべき道だと確信している。

さて問題は、アカネ本人が私の事を友と思ってくれてるかどうかだ。もしも友になるための条件があるのならば、まずそれを全て満たす必要があるが……

 

「うん、分かった!私もヘルの友達として、それを見届けさせてもらうね。」

「心得た、そこで待っているが良い!」

 

どうやらその問題もなさそうだ、ならば全力で護るために戦える。私が何者か、記憶も少しずつだが戻ってきた。

さあ、今度はこちらの反撃開始だ。私は掴んだ拳を握り締め、驚愕している鬼面を遠くへと投げ飛ばした。

 

「……茶番は終わりましたか?ふざける様ならば、死んでください。」

「破段-顕象 夜叉面・阿修羅」

「破段-顕象 泥眼面・橋姫」

 

ユリカがそう言い放つと同時に、二人の鬼面が夢を解放しながらこちらへ攻撃を放つ。

まず長身の鬼面が跳躍し、今までと比較して3倍程の量の刃の雨を降らせる。眼前に迫りくるそれらを全て、一本一本剣で弾き飛ばす。

 

「ッ!?」

 

長身の鬼面はその光景に困惑した様子を見せ、その隙に私は一気に距離を詰める。

その直後に長身の鬼面は、破段で増やした4本の腕を巧みに操り、退路を可能な限り出さないよう巧みに動かして攻撃を放ってくる。

 

「ならばその全ての腕を、粉砕するまでだ。」

 

迫り来る四本の腕を剣で両断し、時には拳で握った刃ごと粉砕する。これで白兵戦の手段が殆どなくなった鬼面に、トドメとして顔面の鬼面に拳を叩き込んだ。

 

「ッ!」

 

悲鳴を上げることなく鬼面が粉砕されれば、まるで最初からいなかったかのように長身の鬼面は消失した。

これで一体討伐完了、などと油断はしない。

 

「狙って来ているのはわかるぞ。」

「ッ!?」

 

私はそう言い放ちながら、裏拳を背後へと振り返りながら放った。そこには一見何もいないように見えるが、拳が小柄な鬼面に直撃した。奴らの本質は暗殺者、味方がやられればその隙に獲物を狩るのも手段の一つだ。

だが流石にそれくらいは私も熟知している。故に拳を叩き込むと同時に、解法を纏わせ透過の夢を無効化させた。かなりの解法の使い手のようだが、今は私のほうが上だ。

 

「貴様と長身の鬼面は相性が良いからな、奴がやられればその瞬間狙ってくるのは見えていたぞ。だが、貴様の暗殺もこれで終いだ。」

「……」

 

そしてとどめの刺突を放とうとしたが、それは回避され姿を消した。だがしかし、逃がすつもりは毛頭無い。視線に解法による解析の夢を打ち込む。

結果、透過してアカネの方へと迫っている姿を視認する。それと同時にこちらが奴を視認したのを実感したような動きを見せた。どうやら奴は、こちらの思考を読み取る夢を持っているようだ。急いで油断しているアカネを始末するつもりだ。

 

「そんな事を、許しはしない。」

 

奴との距離は10m程だ。奴がアカネを始末するよりも、私が接近するほうが早かった。加えて獲物のリーチが大きく働いた。奴の場合は対象にかなり接近しなければ届かないが、私の場合は刺突を放てば、中距離を一気に稼げる。

よって、半ば跳躍しつつ刺突を放ちながら接近した私のほうが奴に早く届き、細剣の刃が小柄な鬼面の胴体ごと貫き消失させた。

 

「…….」

 

その直後、一瞬だけアカネと視線がぶつかった。そして刹那微笑みあって再び戦況へと戻る。

振り返れば、こちらに接近するのは拳を振り翳す鬼面だ。その拳には明らかに老化の夢を纏わせていた。

 

「フッ!」

 

故にこちらも拳を振り上げ、互いに衝突させた。その直後、血飛沫を上げながら砕けたのは基面の方だった。

小さな悲鳴が聞こえた気がするが、僅かに笑い声が聞こえた。なるほど、誰かの血を見るのが余程好きなようだ。

 

「ならば来い、相手してやる。」

 

私は手をこまねきながら、そう挑発した。すると喜んだような声を上げながら、もう一つの拳を振り翳した。それを私は掌でしっかりと受け止め、握り締めた。アカネを守った時と全く同じく、老化現象が起きていない。

これで偶然の出来事ではないと改めて認識したようで、拳の鬼面は身体を硬らせる。

 

「貴様の夢はもう“理解”した、だから同じ夢の密度ならば最早通じぬぞ。」

 

そう、私の破段はそう言うものだ。一度、自身の体で受けて理解した攻撃や夢、それに対する耐性を得た肉体へと成長することが出来る。即ち再生と無効化を体現した夢と言えるだろう。

よって、老化現象の夢をこの身体で受け、その夢に対する耐性のある肉体へと成長した。よって、奴の夢が更なる高みへと至らない限り、この肉体に影響を及ぼすことは不可能だ。

 

「これで終わりか?ならば、今度はこちらが殴らせてもらうぞ。」

 

そう言い放ち、逃さないように掴んだ拳をしっかりと握る。そして剣を床に突き刺し、お返しと言わんばかりの拳に戟法と解法を纏わせた拳を奴の鬼面へと叩き込む。

奴は回避すること敵わず、鬼面が粉砕されながらその姿を醒めた夢のように消失していった。これで残るは影の剣士とユリカだけだ。

 

「そこ迄です、どうか闘う事をやめてください。」

「……」

 

変わらずユリカは女王の様に椅子に座りながら、百合の香を撒き散らしながら静止の言葉を私に向かって言い放つ。

私は真に破段を獲得した事で、当然ながらこの香りに対する耐性も得ている。しかしそれでも、何者かに足を掴まれているかの様な動きにくさを感じる。だが、言い換えればその程度だ。強引に動かせば気にする程でもない。

 

「来い。」

「ッ!」

 

そう呼び掛ければ、ユリカの側で待機していた影の剣士がこちらへと迫った。私もそれに応えるように、疾走して正面からぶつかり合う。

軽化の夢も、破段によって耐性を得た。故にこちらの攻撃も防御も無力化される事なく、後は強引に力押しで勝てる…….なんて簡単にことが運ぶことはなかった。

 

「……ッ!」

「ヘル!?」

 

この剣士、夢だけでなく純粋な技量も高いのだ。軽化の夢に依存せずとも、巧みな足運び、そしてこちらの筋肉の動き、予備動作で剣筋や拳の軌道を予知し、あらかじめ回避している。

そして返し技として放たれるカウンターの一閃、こちらの隙と力を利用している。故に破段で強化した筈の肉体に確かな損傷を刻み込む。

 

「だが、ここで引くわけにはいかないッ!」

 

影の剣士とは、ここで決着を付ける。技量面では確かにあちらが上だが、力も身体能力面でもこちらが優っている。多少雑で強引だろうと、こちらの流れに持ち込めば良い。

故に力と速度を惜しみなく、過去最高の出力で接近して剣戟を絶え間なく出し続ける。刺突、横薙ぎ、振り下ろしなどひたすら剣を振り続ける。

 

「ッ!」

 

一方で影の剣士は、防戦一方の状況となった。やはり軽化の夢が通じなくなったことで、突破口が無くなったに等しいのだろう。今も尚出し続けているが、先も言ったように私の破段と圧倒的な夢の出力によって、事実上無効化されている。剣の技量による応戦も、最後の足掻きに等しかったのだろう。

故に、ここで荒々しい戦法だが決めさせてもらおう。激しい剣戟で足元への集中が疎かになっており、その隙を突いて大雑把に接近し、震脚する勢いで思い切り影の剣士の片脚を抑えつける。その余波で、生徒会室全体が地震が起きたように激しく揺れた。

 

「きゃあああっ!?」

「……」

「ッ!?」

「これで、終わりだ。」

 

アカネは悲鳴をあげ、ユリカは静かにこちらを見届けている。

脚を粉砕されながら押さえつけられ、影の剣士は動けなくなった。その隙を突いて私は剣を全力で振り下ろす。軽化の夢が“軽くなれ”という意志の力で剣戟を防ごうとするが、最早それは通じない。死神の鎌が首を刈り取るように、細剣が影の剣士の胴体を袈裟斬りで両断し消滅した。この勝負の決着がついたのだ。

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

不変黄金蘇生(Baldur・Gullveig)

 

第三盧生 クリームヒルトの五条・破ノ段。

その効果は「肉体の再生と成長、そして受けた力に対する攻撃や能力に対する耐性を得る」というもの。基本的にこの夢の強度は、クリームヒルト本人の精神力が主柱となっている。その為、受けた力や能力の本質を理解し生き残ることで、それらの耐性を得て事実上無効化することが可能。突破するためには、クリームヒルトが耐性を得た時以上の密度や練度が求められる。ミオスタチン関連筋肉肥大化という、異常体質を体現した夢と言えるだろう。

簡潔な概要を纏めると以下の通り。

 

・無効と再生、成長を加速させる夢。

・一度体で受けて理解した攻撃や能力に対する耐性力を得る。(そのため逆サ磔は原則効かないことになる。ただし万仙陣は例外)

・純粋に耐えられる火力の上限は、盧生の精神力を凌駕する攻撃力が無ければ突破できない(具体例:ラインハルトの黄金の髑髏が放った国破壊ビームや、ヴァルゼライドのケラウノスクラスの攻撃)

・邯鄲の夢の埒外、かつ極限の技術であれば突破可能。(水希レベルの剣術)

 




前回と比較して、明らかに長くし過ぎた内容となりました。
この戦闘は書いてて楽しかったのですが、その反面上手く纏め切れなかったのが反省点ですね……複数戦はまだ慣れてないと改めて実感しました。

ひとまず、ヘルの創作した破段の性能はこんな感じです。接近戦をより有利に立ち回り、fateのヘラクレス並みに並の戦法じゃ突破が難しいややチート気味な夢にしました。折角あんな白兵戦向きのステータスをしてるのですから、それを活かせる夢を得るべきだと考えたので。感想や意見をいただければ、リメイクでもその改善点や反省点を反映させてみようと思います。


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第二十三話 終幕の時

皆さん、かなーり遅れましたが明けましておめでとうございます!
本当は1月の頭くらいに更新したかったのですが、イベント盛りだくさんやリアルの事情でなかなか出来ませんでした。さて、細かいことはさておき、いよいよこの物語も終盤へと入り込みました。


憎い

 

憎い、憎い

 

憎い、憎い、憎い

 

我が魂に滾るは憎悪の炎、憎しみの感情。その矛先は、我を排除した神々と人類に向けると決まっている。

 

傷は殆どが癒えた、唯一の協力者の人間に情報を提供する代わりに、じっくりと傷を癒せる空間を貰った。しかしもうすぐこの空間も不要となる。

 

外の時間がどれ程経ったのかは知らないが、我には関係ない事。あの人間が目的を達成する前に出ればいい。

 

さあ、行こう……人類鏖殺の始まりだッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁッ!」

「キャハハハハッ!」

 

相模湾の海岸にて、少女たちが戦闘を繰り広げていた。その中心となっていたのは、背中から羽を生やし赤い服を着た少女フランドール・スカーレット。そしてそれと相対するのは日本刀を握った黒髪の少女、世良水希だった。

その余波によって砂浜に深い溝が出来、時に海面に爆撃が炸裂したかのように巨大な水柱が発生したりする。しかしその戦闘の痕跡も、瞬く間に回復していった。それを成したのは……

 

「水希、あんま無茶な動きして私の範囲から出るんじゃねぇぞ!」

「分かってる!」

 

黒髪の少女の背後に陣取っている少女、真奈瀬晶が、癒しの光を発する帯によって周囲に癒しを施していた。無論、あくまで対象は刀を握る少女。敵対している者達を範囲内に含めないように帯を巧みに調整している。

その様子を見て、羽の少女は苛つき悪態をつく。

 

「あーもうあの帯が鬱陶しい!折角の弾幕のダメージが無駄になっちゃうじゃん!」

「落ち着いてフラン、焦ったら益々向こうの思う壺になるわ……はぁ、はぁ。」

「パチュリー様も、あまり無茶をしないでください。し、しかし中々厄介な相手ですね……」

 

フランドールの背後には、パチュリーと小悪魔がいた。彼女達はフランドールを支援する形で弾幕を放っていたが、それでも今までの全弾を含めて被弾したのはたったの一割だ。の悉くが水希の純粋な回避、時には夢を巧みに操って迎撃、直撃を防いでいた。その様子を見てパチュリーは舌を巻かずにはいられなかった。

 

(この子達の名前は、確か世良水希と真奈瀬晶って言ってたしら。厄介な組み合わせね……大抵のことはこなせる万能剣士と回復特化のヒーラー。ヒーラーを奥に添えて回復に専念させ、剣士に好きなように戦場に出させる。シンプルだけど、だからこそ突破方法が思いつかない……フランを雑にでも暴れさせればいけると思ったけど、これはダメそうね。なら……)

「ならば、まずは回復役から!」

 

そう言いながら小悪魔が、猛スピードで突進を開始する。狙いは帯を操る晶、水希はフランドールに集中しているため、狙い目と判断する。

実際、水希が進路を阻むことはなかった。そのまま晶へと直撃する……かに見えた。

 

「なんの、それくらい読めてるぜ!」

「え、ちょっ!?」

 

しかし晶は、小悪魔へと目がけて帯を閉じ始めた。ヤケクソになって単純に帯で攻めてきたか?いいや、それだけでないとパチュリーは判断する。

すると、帯が帯電しているを見て危険だと理解した。

 

「日符 『ロイヤルフレア』」

「ちぃッ……」

 

パチュリーは頭上に炎熱を発生させる魔力を放出させ、帯を焼き払った。晶もそれに巻き込まれまいと一旦距離を取る。

 

「今よ小悪魔、そこから距離を取りなさい。」

「は、はい……しかしパチュリー、今のは……」

「恐らく、回復の反転作用が施されてたわ……もしもわずかでも触れてたら、貴女はバラバラになっていても可笑しくなかったわ。」

「ヒィッ!?そんな恐ろしい効果があったなんて……」

「あくまで直感だけど、何にせよ下手に直撃しないに越したことはないわ……」

「ですがどうしましょう……このままでは妹様も、私たちも持ちません。」

「そうね……かなり厳しい状況だわ。」

 

小悪魔の言葉を聞き、パチュリーも疲弊した声を上げる。実際互いに冷や汗だらけで限界なのが素人目から見てもわかるだろう。

しかし、その様子を見てフランドールは声を荒げる。

 

「もう、パチュリー考えすぎ!」

「……フラン?」

「あれもダメ、これもダメって悩んで考えてれば戦いに勝てるの?そんなことやってるなら、適当でも良いから攻撃してちょっとでもマシな状況にしたほうがいいでしょう。」

「い、いや……下手に攻撃したら痛い反撃を喰らうと思うのですが……」

「そんなの知らないわよ、どうあれあっちは攻撃してくるんだから。」

「………」

 

小悪魔の返した言葉に対し、まるでそれを鼻で笑うようにそう言い返すフランドール。その様子を見てパチュリーは思わず口端が緩む。

 

「とにかくパチュリー、貴女はあまり悩みすぎないで。時には適当にやったほうが、案外上手くいくものよ?じゃ、私行くから。」

「……えぇ、わかった。」

 

そう言い残してフランドールは飛び立ち、水希に向かった無数の弾幕が放たれる。まるで絨毯爆撃を連想する量で、相模湾の海岸の砂浜に土煙が広い範囲で撒き散る。

 

「……全く、凶暴な子ね。」

「きゃはははは、だって退屈なんだもん!」

「そう、なら何度だってあってになるわ。かかって来なさい。」

「上等よ、禁忌『レーヴァテイン』」

 

しかし水希は傷一つ無い姿で土煙の帳を開き、一気にフランドールとの距離を詰める。フランドールはすかさずスペカを解放し、紅い一条のレーザーを縦横無尽に振り回す。目に見える範囲のビル群が綺麗に両断され、海岸と海面に深い溝を刻んでいく。

 

「甘い」

「くッ!」

 

しかし水希はその攻撃を全て見切り、無駄な動きを一切せず回避していく。その身体にレーヴァテインが被弾する事なく、まるで水中の魚の様に流暢な動きで潜っていく。

 

「ハアァァァッ!」

「え……キャアッ!?」

 

間合いまで距離を詰め、白刃が煌めきを放つ。即座にフランドールは至近距離で無数の弾幕を放つが、当然の様に回避、時には刃で切り落として一閃を放つ。咄嗟に障壁を張るがまるで薄紙をハサミで切る様にあっさりと刃が障壁を貫通する。

しかし、頬を切り裂かれはしたもののどうにかフランドールは回避した。そして目の前で起きた現象を、自分でも驚くほどに冷静に分析する。

 

(今のは……恐らくこいつらが操っている能力は無関係。まるで私の能力の様に、あらゆる物にある“一番弱い箇所”に刃を通していた気がする。或いは、作り出した?それは分からない……だけど、一体どうやって?)

 

フランドールの所有する能力は“ありとあらゆる物を破壊する程度の能力”というもので、それは万象に偏在する一番脆い箇所を自身の掌に手繰り寄せ、それを粉砕する事で対象を破壊すると言うものだ。当然弾幕勝負では、不平等が発生するためまず使われない能力だ。しかし過去の異変では隕石を破壊した功績もあり、破壊するという点では幻想郷の中でもトップクラスの異能と言えるだろう。

しかしフランドールは、水希の剣術もそれに近しい原理で障壁を貫通させたと感じ取った。具体的な詳細は不明、しかしそうとしか思えなかったのだ。だが結局は答えが出ず……

 

「フラン、下がって!」

「パチェ……ッ!」

 

などと頭を巡らせている最中、パチュリーの張った声が聞こえた。すると即座に水希から距離を取る。

それを確認すれば、パチュリーの周囲に膨大な魔力が渦巻き水希と晶を包み込む。

 

「これは……」

「ちょ、おいおい……」

「錬金術の到達点、五大元素の結晶……出し惜しむと思ってたなら、大間違いよ。」

 

フランドールは言った、時には思考を捨てて適当にやったほうが良いものだと。体力が無いからこそ、慎重かつ安全に事を運びたいパチュリーにとってはその考えは基本的には反対だ。

しかし、ここで敢えてその意見に従うことにした。実際もう他に手段は思い浮かばないからこそ、思い切り自分のラストワード(とっておき)を叩きつける事を決意する。

 

『最後の賢者の石』

「ぐっ、ガァァァァ!」

「晶ァッ!」

 

瞬間、パチュリーが地面に手を付ければ5つの魔法陣が二人の足元から発生する。そしてそこから火、水、木、金、土の属性を帯びた五色の結晶が発生し、炸裂する。

水希は咄嗟に跳躍、それと同時に体を透過させ被害を最小限に抑えた。しかし晶はそうもいかず直撃し、激しく弾け飛んでいった。

 

「はぁ、はぁ……どうよ?私だって体張ってやる時はやるのよ……」

「パ、パチュリー様!なんて無茶を……」

「はぁ……そうは言っても……みんな無茶でも何でも、やらなきゃどうにもならない状況だったでしょ。まあ、もうこれ以上のことはできないけどね。」

 

フラフラな状態のパチュリーを、小悪魔は支えつつそう言った。しかしパチュリーは額の汗を拭いつつそう言い返す。とはいえ、もう手札は出し尽くした。せいぜいが護身用の弾幕くらいしか出せない状態だ。

しかしそんな二人の前に、水希が立ち塞がる。

 

「そう、だけどお生憎様。まだ私が残ってるわよ。」

「ヒッ!?」

「……まあ、そうなるでしょうね。だから次は貴女の番よ……フランドール。」

「ッ!?」

 

背後から強烈な殺意を感じ取った水希、振り返るとそこには膨大な魔力を溜め込んだフランドールがいた。心臓を射抜くかの様な視線、獰猛な笑みを浮かべながら渾身のエネルギーを叩き込む。

 

『閉じ行くシュワルツシルト半径』

「ガァッ……あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

フランドールのラストワードは、端的に表現するならば擬似的なブラックホールの発生と言えるだろう。巻き込まれれば恐らく光ですら逃れられまい。

事前にパチュリーは小悪魔に範囲外まで運んでもらったが、水希は直撃を喰らっている。極限まで透過させて逃げ込もうとするものの邯鄲の夢は万能にあらず、限界がそこまできている。どれほど水希が天才であろうとも無理なものは無理だ。

 

「……あぁ、駄目だ。そろそろ限界かも。」

「へぇ、まだ生きてたんだ。人間なのに意外と頑丈なんだね。」

「だけど……これだけは伝えなきゃ。お願い、月が無くなる前にどうか失ったモノを取り戻して。」

「……月が無くなる前?」

「どういう、事でしょうか……」

 

不思議に思い、パチュリーは頭上の月を見上げた。するとさっきまで半月だったはずの月が、既に三日月へと変わっていた。明らかに闇が広がっている。

 

「もしかして、新月になった時に何か起きる?」

「はい、どうやらその様です!」

「美鈴、それに咲夜も!」

 

背後から声が聞こえ、振り返ると辰宮邸から戻ってきた咲夜と美鈴がいた。損傷だらけの姿を見るに、交戦していた様子が見られる。

 

「その様子じゃ、貴女達も?」

「はい、新月になると何か脅威が弾き起こると聞きました。恐らく、ロストワードを早く探さないと取り返しのつかないことに……」

「そのようね、ならまずは朱音と合流を……」

 

そう行動に移ろうとしたその時だった、足元で何かが蠢くのが見えた。それは全身が黒く塗り潰された蛇だ。しかも大量の蛇が足元を通過し、海の方へと向かっていく。

 

「ちょっ、気持ち悪っ!?」

「しかも一体何が目的で……」

 

美鈴と咲夜がそう訝しんだ声を上げる。その直後、海面が脈動を打ち、鎌倉全域に地震が発生する。海面を見るパチュリーたちに緊張が走る。何か恐ろしいものが、海面から浮上しようとしている。そして、大きな水飛沫を撒き散らしながら現れたのは……

 

「……竜?」

 

全長50mはある、漆黒の西洋竜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢は歩いている、薬品の匂いがプンプンとする廊下を。汗の滴がタラリと床に落ちるが、それを気にする余裕が無い。最奥に近付くに連れて、心臓の鼓動が早くなる。この奥に、この異変を引き起こした犯人が待ち構えている。

扉が視界に映る、それをひらけば恐らくご対面だ。今更引き返せないし、そのつもりは微塵もない。私たちの幻想郷に帰るために、そう胸に抱いて扉を開いた。

 

「……此処は。」

 

扉を開き、目に映ったのは中心に奇妙な機械が陣取った不思議な空間だった。周囲には奇妙な機械が所々置かれており、どこか実験場の様な雰囲気を感じさせる。

 

「ようこそ私の実験場へ、歓迎しますわ博麗の巫女様。」

「……へぇ、あんたがこの異変の犯人ってわけね。」

 

奥から女性の声が聞こえ、そこへ視線を移す。そこには銀髪と翡翠色の瞳が特徴的で、右目を眼帯で覆い科学者らしい白衣を羽織り、その下にはドイツ帝国の軍服を身に纏った妖艶な女性が笑みを浮かべながら霊夢へと歩み寄ってきた。

 

「で、私の事は知ってる様だけどあんたはの名前は?大体もう察しはついてるけど。」

「私の名はカリーナ・レーベンシュタイン、娘がお世話になっています。」

 

そして彼女こそ、第三盧生の生みの親であった。

 




そんな訳でいよいよ現れました、第三盧生のお母さん(オリキャラ)です。
次回はいよいよ彼女の戦闘を予定しています。どうぞ次回の更新をお待ちください。


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第二十四話 零

ようやく書き上げることができました……去年からずっと書き上げたかった話だったもので、かなり慎重かつ時間がかかって申し訳ないです。


 

 

「……娘がお世話に、ねぇ。ヘルのことで良いのかしら?」

「ヘル……ああ、クリームヒルトは親しい人に自分の事をそう呼ばせてるのですね。でしたらはい、私のヘルが私の娘に相違ありませんわ。」

「……」

 

カリーナの返答に、霊夢は眉を顰めた。こいつ、自分の娘のプライベートにはあまり詳しくないのかと。そんな呆れた表情を浮かべながら、霊夢は話を続ける。

細かい事は一旦置き、この際だから確信的な話を一気に切り出す。

 

「それで、アンタがこの異変を起こしているという認識で良いのよね?」

「この鎌倉で起きてる出来事という点では、確かに当たってるわよ。」

(鎌倉……やっぱここは日本だったのね。まあ、街中の色んな場所で日本語使われてたからほぼ間違いないと思ってたけど。)

 

霊夢はそう確信し、少し安心感を得る。そして呼吸を整え、核心的な質問をする。

 

「まあアンタには色々と聞きたい事はあるけど、一番気になるのは結局のところ、アンタの目的は何なのよ?」

「私の目的?そうね……全知全能になるためと言ったら、あなたは納得するのかしら?」

「……さぁ?そこにしっかりとした根拠があれば、信じられるかもしれないわね。」

 

まるで皮肉気味な表情を浮かべながら、そう返す霊夢。しかし、その様子を嘲笑うかの様にカリーナは不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「私はクリームヒルトに負けた後、あらゆる技術を行使して平行世界の観測に成功した。えぇ、あの時のことはよく覚えてるわ……」

(……負けた、アイツに?まあでも、アイツは盧生なんて存在なんだし、あり得るか話か……)

 

彼女の発言聞いて、霊夢は眉を顰めた。いやそもそも、意外にもこの女は娘に親子喧嘩で負けたのかこいつ。

 

「その中で、私は持ち得る科学技術を駆使して、そして第一盧生のみが存在する世界を見届けた。その結果、全てが滅んでいった。」

「へぇ、あいつだけがね……確かぱらいぞ(楽園)だっけ?そりゃあんな苛烈な世界だったらそのうち滅びるでしょう。」

「えぇ、それは確かにその通り。だけど、人類の暴走によるものじゃなくて、異形の存在によるものだけどね。」

「…….何ですって?」

 

霊夢は一番最初の絵画に描かれていた人物を脳裏に浮かべ、その光景をイメージして何処となく納得できた。

だが破滅の原因は、覚悟を極めた人類による覇権争いの果て崩壊ではなく、突如現れた謎の存在による破滅という。一見結果は同じでも、その本質はまるで違うのだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ、何で急に謎の存在が現れてそれで世界が終わったなんてことが起きてるのよ。」

「それは当然私も疑問的に思った、だからこそ未来への解析を進めていた。その果てに得た答えは即ち、どの時間軸でも異形の侵略者による衝突は避けられないということ。」

「ッ!」

 

それを聞いて霊夢は言葉を失った、つまりクリームヒルト達のいる世界では異形の者達からの侵略は避けられないと言うのだ。即ち最初から決まっていた運命であるというのが、カリーナの主張にして彼女の答えだという。

 

「……正直なところ全部アンタの作り話って思いたいのが本音だけど、続けて聞いてあげるわ。それで、どうあっても侵略者が訪れる未来を見てアンタはどうしたいわけ?まさかヘルの持ってる盧生の資格を奪って、アンタが盧生に成り上がる。そして全ての時間軸を救済して、自分を人類の救世主として崇め奉る事が目的とでも?」

「まさか、塵屑共の評価なんてどうでも良いわ。確かに昔、盧生の資格を欲したけどアレは全知全能に至れる代物ではないと理解したからもう要らないわよ。第一、資格が目的なら今ごろ本人をこっちに来る様に誘導するし、そもそもこんな回りくどい戦略する必要ないじゃない。」

「……確かに、それもそうね。なら、アンタの目的って一体?」

 

確かに盧生の夢を現実にもたらすと言う性能は破格だが、全知全能と言われればそれは違う。本当に全能ならばクリームヒルトがこの様な事態を見逃すワケもないし、誰かの協力を仰ぐ必要性もほとんどない。ならば結局のところカリーナの目的は?そう疑問に思えば、本人が待ってたと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「最初から言ってるでしょ、私が求めているのは全知全能。あの子が生まれる前から、それを探し続けていた。」

「……で、その全知全能とやらは何処にあるのよ?まさか、自分は天才だから盧生よりも優秀で、それを手作りできるとでも?それはそれは、実にご立派な事で……」

「……第零盧生。」

 

ふとカリーナが呟いた言葉を聞いた瞬間、霊夢は背中を大きな舌で舐められた様なゾクリとした感覚が走った。

その発想は確かにあり得る、一番目が居るのならば零番目の存在だって人間ならば考えられる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。第零盧生なんて存在したの?」

「ええ、流石の私でもすぐにそれを思いつく事はできなかったわ。だけど、一度あの子に破れてからその可能性を考慮するに至った。始まりの盧生は、本当に第一盧生だったのか。ならば何故、あの時あの時代に発生したのか追究を始めたのよ。」

「……確か大正時代だっけ?世界規模の戦争が始まったと言われている。」

「ええ、その通り。地球上のすべての全土を巻き込んだ世界大戦、それによる全人類の危機なる未来を回避するために、人の無意識が盧生という救世主を求めた。」

 

戦争とは最も命を落とす行動の最たる例だろう、故に戦争を終結させる救世主を望むという流れ。それが現実となり、実現したのがカリーナ達の世界なのだろう。だが、世界規模の戦争が初めてなのは果たして大正時代が初だったのだろうか?

そうカリーナは疑問を抱き、様々な研究を進めたのだろう。だが、一体どの様に考察を進めたのだろうか?

 

「つまり、第零盧生が居る前提で過去の歴史を閲覧したとでもいうの?」

「その通り、その発想に至ってから私は持ち得る知識の技術を注ぎ込んで過去と未来を観測した。その結果、原初世界では第零盧生と究極生物(デッドエンド)という人類史を否定する生物達による生存戦争が行われていたことが判明したのよ!」

「……デッド、えんど?」

 

ここでその謎の単語が聞こえ、それが彼女達の世界に大きく関わっているのだろうと霊夢は予測した。そこで先程の話と繋げて考えてみると、ある点が考えられた。

 

「もしかして、異形の侵略者ってその究極生物って奴らのこと?」

「その通り、第一盧生のみが覚醒した時間軸ではそいつらの侵略を止めることは叶わなかった。それと同時に盧生とは究極生物に対する抑止力という答えに至ったのよ。」

「……なるほど、確かにそう連想するのは自然なことね。それで、第零盧生と究極生物という奴らは結局どういう関係なのよ?」

「ええ、私達の原初世界において第零盧生と究極生物は世界の覇権を巡って争った。結果として第零盧生が勝ち、究極生物はこの世界から姿を失った。だけど世界大戦という人類史の存続危機を起点にあの生物たちが蘇ろうとしている。それこそが四人の盧生が誕生した真実、蘇ろうとしている究極生物に対する対策だったのよ!」

「……なるほどね、概ね理解したわ。」

 

カリーナが話した事を、霊夢はある程度理解した。第零盧生と究極生物、それが彼女達の世界創生に大きく関わっていた事。だが、肝心な事をまだ知られていない。

 

「じゃあ、アンタは第零盧生を手に入れることが目的だったという事?いかにも全能の力を持ってそうな感じだものね、話の流れ的に。」

「その通り、私たちの時間軸の世界は第零盧生によって創られた。その過程で究極生物との戦争があったけど、それでも勝ち残り人間が頂点の世界を創り上げた。私は、その第零盧生の力こそを渇望している!」

「……なるほどね、それでどうやってその第零盧生様を手に入れるってのよ?」

「ふふ、当然そこも計算に入れてるわ。そのためのこの計画ですもの。まず、後もう少しで朔が発生する。」

「朔……もしかして新月のこと?」

 

カリーナは天井の夜空を指差しながらそう言い放ち、霊夢も追う様に視線を上へと向けた。すると満月だったはずの月が三日月となっている。

 

「その通り、朔とは即ち新月。月と太陽、陰と陽が交わりその二つが見えなくなる刹那の時。神祇の世界においては『何が起こるか不明な時』を意味する。本来の運命においてはとある事象が発生するが、私が数多の仕組みを差し込んだ事によってそのシナリオが改変された。故に、その先は私が好きな方向に運命を組み立てることが可能となる。」

「なるほど、そういうことか……アンタ、この朔というのを利用して第零盧生とやらを呼び寄せるつもりか!」

「その通り。無論、これだけじゃ舞台設定は足りない。だからこそ、私の夢によって編み出した贋作の盧生に意味がある。」

 

次にカリーナが指したのはこの研究室の中心に座する、本物そっくりの盧生の人形だ。これが一体何を意味するか……否、そもそもどの様にして作り上げたのか。

 

「あの人形、もしかして生贄のつもり?というか、何が素材で出来てるのか……」

「生贄って表現もあながち間違いではないわ。答えは私の夢によって作られた、本物に限りなく近い贋作。私の夢の一つとして、私の理解力に応じた複製存在を作ることができる。表で塵共の相手をしているのも、私の夢によって複製された存在。」

「なら、つまりこういうこと……第零盧生は私達が観測しようもない場所に存在すると仮定する。そして朔というなんでもありの時期を狙って、そいつら贋作盧生を生贄にし、第零盧生を引き摺り下ろすためのルートの素材、ってところかしら?」

「ふふ、察しが良いわね。その通りよ、贋作といえど私が従前に理解すれば本家と比較して九割ほどの力は再現できる。そして第零盧生が通るための穴を作り上げるためならば、4人いれば充分。同じ盧生として相性は抜群で、まるで磁石の様に惹かれ合うでしょう。まあ、その理解までに膨大な時間は掛かったけどね。」

(……なるほど、あの絵画の部屋は盧生への理解を完全なものにするため。より確実な記憶と理解を得るためだったのね。)

 

そう考えると同時に霊夢は、一歩踏み出してカリーナへとわずかに近付く。すると空気が一気に緊張感が流れ出し、火花を散らすように2人の視線が交わる。そして霊夢が口を開く。

 

「さて、アンタからとっても重要な話をたくさん聞けたわけど、あと一つ確認いいかしら?」

「ええ、どうぞ?」

「あんたもう、究極生物とやらになってるんでしょ?そうじゃなきゃ、逆説的に第零盧生を取り入れるなんて発想に辿り着くとは思えないもの。ましてや、普通の人間が第零盧生を取り入れる器として機能するとは思えないし。」

「……ご名答。」

 

霊夢がその事を指摘をすると、カリーナは凶悪な笑みを浮かべながら口端を指で引っ張る。

すると刃物のように鋭利な歯が現れ、いかにも人外の雰囲気が漂う。

 

「へぇ、吸血鬼になったのねアンタ。」

「さて、どうかしら?偶々、吸血鬼と一致するような特徴かもしれないわ。人類史を否定する地球外生命体が、人類にとって既知の生物であるとは限らないし。」

「確かにそうかもしれないけど、どうやってそんな人外になったのよアンタ?」

「貴女もよく知ってるでしょ?ロストワードよ。」

「ッ!」

 

よく聞き慣れたその単語に、霊夢は反応しざるを得なかった。ついにその言葉が異変の黒幕から放たれたのだ。

 

「第零盧生を引き摺り下ろすその計画を練っていた時、何処からか声が聞こえた。とある言葉と引き換えに、第零盧生を迎え入れるに相応しい器を与えるとね。その結果がこれと言うわけ。」

(……確か、本来ならばこの朔でとある事象が起こると言ってたっけ?ならば、そこにロストワードが隠されてるってわけね。)

「ふふっ、何か色々と思考を巡らせてる顔ね。」

「ええ、おかげさまでね。貴重なお話を聞かせてくれて、そこは感謝する。」

「ふふ、そのお話を聞いて貴女はどうするのかしら?」

「決まってるでしょ、アンタをぶっ飛ばす!」

 

瞬間、霊夢は自身の中で最速で駆け出した。対してカリーナはまだ予備動作すら見せてない、ならばこそ初撃にして絶好の好機と判断する。

 

「夢想天生!」

 

それは霊夢のラストワード(とっておき)であり、彼女の固有能力『空を飛ぶ程度の能力』の本質とも言える技だろう。

その本質とはあらゆる概念から浮遊、即ち無敵となる力。彼女が全力でそれを行使すれば、如何なる干渉を受け付けない透明人間となるのだ。

 

(これで、一気に決める!)

 

故にこの瞬間、誰であろうとも霊夢に干渉する事はできない。周囲に展開した陰陽玉からお札の弾幕が放出され、それがカリーナとその研究施設へと牙を剥くだろう。

霊夢は彼女の目的が危険なものと判断した、ならばこそ手段は選ばず初手から全力で潰しにかかる。仮にカリーナが何らかの方法で弾幕を突破しようとも、今の霊夢は無敵状態。それを上手く活用し、穴を作り上げる贋作盧生の破壊をしようと目論んだ。

 

「……フフ」

 

しかし、迫る弾幕を前にしてカリーナは不敵な笑みを浮かべあげる。それと同時に閃光が爆ぜた。

 

「ッ!?」

 

強烈な殺気を感じ取り、霊夢は咄嗟に後退した。何故、無敵状態になってる彼女ならば強引に突撃できたはずなのに。

しかし、その事実を否定するように霊夢の頬から一滴の血が垂れ落ちる。そしてカリーナの方を見ると、その両手にはクリームヒルトが使う細剣とよく似た物が握られていた。あの一瞬で、圧倒的な速度で抜いたのだ。しかし、それだけではない。

 

「あぁ……そういえば一つ言い忘れてたわ。第零盧生がまだ地上に存在した時、人類は神に勝利するためにある技術を発展させたとね。」

「……何よそれ?」

「それは物質や現象、そして万象の解れを見出し、例え不死にして完全な存在たる神であろうとも地に伏せさせる古代剣術。その名は『神避』人類が地球という星で頂点に立った最大の要因となる力。」

「……つまり、神殺しの剣技。」

「そう、私はこの剣技を以ってお前を空から撃ち落とす!」

「あぁ……本当、最高に最低な状況ねこれは。」

 

この瞬間ついに、博麗霊夢にとって最低最悪な戦闘が始まったのであった。

 




ついに始まったカリーナvs霊夢戦、物語もいよいよ終盤。
次回も乞うご期待下さい。


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