#コンパス×ましゅまいれっしゅ!! (姪谷凌作)
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#0 MOONLIGHT FULL-DRIVE!!!

前日譚です。


「ねぇ、デルミン――」

 

大掃除を手伝いに来ました!と連絡もなしに師走の空を駆け抜けてきた狼娘族の少女が言う。

 

「これ、何?」

 

水回りの掃除をしていたデルミンは振り向く。そしてそれに気付くや否や跳ねるように飛び出して、ルフユの紫髪を覆い隠しているヘルメットのようなそれを奪い取った。

 

Non-conforming(不適合)。よかったです……」

 

チカチカと点滅するバイザーに反転して表示されたそれを見て、一先ず安堵する。最悪の事態だけは避けられた。

 

相変わらずルフユは何も考えてはいないようだったが、デルミンの様子がおかしいことに徐々に気づき始める。

 

「これ何? 実はバイクとか乗るのかな~って思ったけどちょっと違うみたいだし。光るし」

「ルフユさんは気にしなくていいやつです。隣の垣根です」

「ふーん………じゃ、元のところに戻してくるね」

「はい。そうしておいてください」

 

ルフユは明らかに不服そうだ。けれどこれ以上の追及はしないことに決めたようで、元の場所に戻って行った。

 

「このまま忘れてくれればありがたいのですけど……」

 

デルミンの独り言は、不安の色に染まっていた。

 

 

 

『Project #compass』

 

ヘッドギアに刻まれていた文字をなぞるようにキーボードの上をルフユの手が跳ねる。

 

家に帰るまでの間、ルフユの胸中は嫌な予感でいっぱいだった。あれがただのヘルメットではないのはわかっていたし、ヘッドフォンだったりしたのならデルミンもあんなに驚いた顔はしないだろう。

 

もしや――この惑星を守るためのロボットに乗る使命があったのだろうか。そんな予感が見当違いだとわかるまでに大して時間は要らなかった。

 

「ゲーム……?」

 

切り抜き動画ではキャラクターが何やら争っている。そしてその中にデルミンの姿がそのままあったのだ。

 

そこから導き出される答えは、一つ。

 

「デルミン、結構ゲームとかするんだねー。こっそり私も強くなって遊びにいっちゃおうかな!?」

 

どこからプレイするのかなー、そう思いながら画面を下へ下へ。しばらく経ったあと明らかにおかしなことに気が付いた。

 

公式サイトはおろか配信サイトなども見つからない。切り抜きも何故かプレイヤー視点のものはなかった。それに、関連した呟きに散見される"運営"はどうやらかなり得体の知れない存在らしい。

 

あれだけデルミンが慌てていたのは、これのことを知られたくなかったからだろう。

 

「よくわかんないけど――止めなきゃ、だよね」

 

あの時の気迫を思い出すと、忘れてしまったほうがいいのかもしれないとも思う。

 

けれど、だからこそ。デルミンはきっと心配してくれたのだから。

 

どうやってでもデルミンを守らなきゃ。

 

 

 

 

真っ暗な部屋でスマホだけが光る。布団の中で安物の内臓スピーカーがシャンシャンと鳴っていた。

 

こんなにも眠れなかったのはフェスの前日以来だろうか。比べて気分は対照的だった。

 

迷惑をかけたくなかったから、バンドを始める時に辞めたはずだった。

 

そう思いながらも画面を下に引っ張って、"シーズン"の結果を確認している所が大嫌いだった。

 

『勝テバ相応ノ"対価"ヲオ支払イ致シマショウ』そう持ち掛けられて、逃げるように身を投じたことがどうしても許せなかった。

 

ギラギラとした目、硝煙の匂い、あの場所にあるすべては本物だった。そう、受けた痛みさえも。

 

味方、相手、すべてが意思を持っていた。勝利の為に全身全霊を賭して己が術と知恵を振り絞っていた。

 

痛みを知っていて、それでもすべてを斃し続けた。何度も息絶え、何度も立ち上がった。

 

そうしていつか頂点に手が届き、「友達が欲しい」そう願っていた。

 

血に塗れた手で握手など許されるわけないだろうに。そんな事実から目を逸らし続けていた。

 

「けど――きっと。デルミンはああしていなかったら、ルフユさんと出会っていませんでした」

 

その事実だけが、絶望に等しい暖かな赦しとして胸中に屹立していた。

 

あぁ――私は。

 

どうしようもなく、寂しがりなのだろう。

 

 

 

 

 

 

ルフユは家を抜け出し、夜の街を駆け出した。

 

デルミンに連絡はしなかった。したら逃げられてしまう、そんな気がしたから。

 

これに首を突っ込むことは、デルミンに求められていることではない。そんなことはルフユにだってわかっていた。助けたいから、動機はそれで十分だ。

 

埃を被っていたあのヘッドギアはおそらく長らく使われていなかったのだろう。忘れたい過去だったのならば、それなりに責任を取らなくちゃならない。

 

毒食わば皿までということだ。ルフユはそう自分を奮い立たせる。

 

「そうでなくちゃ、私が寂しいんだから」

 

それが言えなかったあの時よりもずっと強くなれた。暗がりだって、へっちゃらのちゃらだ。

 

満月が、雲一つない空に浮かんでいる。

 

 

 

 

 

目の前に、私が立っていた。

 

桜が舞う散歩道。ここに来るのは必然的に戦いの時であるという事以外は、この場所が好きだった。

 

目の前の私と目が合った。

 

紅葉色の目が殺意に燃える。あの時の私だ、脳がそう認識したころには遅かった。

 

目の前の私の姿が揺れた。

 

疾い。防御行動を取るよりも先に、紫電を纏った拳が放たれた。

 

私の体が宙を舞った。

 

痛い。それは当然のことであったが、もちろん手加減など介在しなかった。

 

再度、目の前の私の姿が揺れた。

 

追撃が来ることは知っていた。けれど足がすくんで動かなかった。勝利を確信した目の前の私は、嗤っていた。

 

これではまるで、あの島から逃げだす前みたいではないか。

 

一瞬先に訪れるであろう痛みに備えてぎゅっと目を瞑る私は、きっとあの時よりも弱い。

 

 

 

 

聴覚の優れた彼女ならば、インターホンはおろか足音にすら気が付いてくれるはずだった。

 

けれど今日は返事がない。散歩にでも行ってしまったのだろうかと思ったが、直感はノーと言っていた。

 

ルフユはほんの少しだけ罪悪感を感じながら、昔に渡されたもののあまり使うことのなかった合鍵を取り出した。

 

部屋に敷かれた布団。そこに横たわるデルミン。その吐息は苦しそうだった。

 

「デルミンっ、うなされてるの!?」

 

肩を揺さぶって起こそうとして、触れる直前で手が止まる。

 

カーテンの隙間から漏れた月明りが、デルミンの頬を伝うそれを輝かせる。ゆっくりと流れていく雫が、ルフユの頭を冷やす。

 

「辛い――辛かった、んだよね」

 

デルミンは私を求めていない。私はデルミンを助けたい。デルミンが決めなくちゃいけないことだってある。そのバランスは絶対に見誤ってはならないことだった。相反していたって調和は出来るんだ。

 

指を絡ませ、ぎゅっと握る。デルミンが答えを見つけるまで、私はいつまでだって隣に居よう。

 

「……私は応援してるよ。デルミン」

 

 

 

 

目の前の私は私を蹂躙し続けた。

 

一切の抵抗を諦めた私を、いつまでも嬲った。

 

これが私だ。私の受けるべき罰だ。だから、甘んじていよう。

 

意識が落ちる、その直前に。

 

ふわり。

 

私のものとは違う紫が、ずっと暖かい紫が、私を包みこんだ。

 

どうして。それを問う必要なんてなかった。

 

私は拳をすんでのところで受け止める。なんてことはなかった。

 

続く攻撃もすべて見切れた。きっと私は、あの時よりもずっと弱くなっていたから。

 

ほら、すぐに焦りが見えてきた。私のことは私が一番掌握している。

 

角が紫に輝く。それすらも読み切っていた。懐に飛び込み、すんでのところで雷の嵐を避ける。

 

そして待っているのは最大の隙。ここがあの世界ならきっと応えてくれるはずだ。

 

「オニギリクママン!」

 

システム・コール。虚空から飛び出した相棒が、驚愕する私に痛烈な一撃を加える。

 

これで、終わりにしよう。

 

「アルティメット――いえ。ルナティック・デルミン・ビーム!」

 

鋭い、けれど優しい電撃は過去を葬り去る。訪れたのは焦げ臭さと、静寂だった。

 

「全く、困ったルフユさんです」

 

私は身体にかかった光片を振り払い、歩き出した。

 

ああ、こんなにも。

 

今宵の月は綺麗だ。

 

 

 

「―――はっ」

 

肩を揺さぶられて、ルフユは目を覚ました。デルミンのジト目がすぐ前にあった。

 

いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。どう弁解しようかと考えて、未だに手を繋いでいることに気が付いた。

 

「何をしてるんですか、ルフユさん」

「あ、あはは。ルナティックシェイクハンドかなぁ……」

「ルナティック不法侵入の間違いではないでしょうか」

「合鍵くれたじゃん……」

 

手を握っていた力を緩めたら、何故か握り直してきて。けれどデルミンがそれで良いのなら、きっと良いのだろう。

 

ルフユさんのせいでこんな真夜中に目が覚めてしまいました、デルミンにそう言われて時計を見る。まだ三時だった。

 

「ご、ごめんねっ」

「責任を取って散歩にでも付き合ってください。それと昔話も」

 

最後に付け足す声は震えていた。しっかりと聴いて、受け止めてあげるべきことなのだろう。

 

「うん。行こっか」

「満月ですけど外に出て大丈夫なんですか、設定に忠実でいたほうが良いのではないでしょうか」

「うっ……デルミンが居れば、大丈夫かな!」

「――ではここまでどうやって来たのでしょうか」

「走ってきたよ! あれ、そういう事じゃない?」

 

呆れ顔をするデルミン。でも嬉しそうなのはルフユの目にもばっちりとわかった。

 

「ま、いっか。出発進行~!」

 

きっとどんな問題があっても私はそう言うのだろう。そう思いながらルフユは手を引いた。

 

 



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#1 逆夢のダンスフロア

大体一話ごとに話がちょっとまとまるようにやっていきます。


 どうせルフユさんが少し早くやってきただけだろう。そんなことを考えながら起き抜けのまま家の戸を開けたデルミンを驚かせるには、目の前に立っていたものは十分すぎるくらいだった。

 

 白と水色に彩られた滑らかなフォルムのそれはここに居るはずのない存在だからだ。お久しぶりです、と機械音声で挨拶し、身体をほんの少し浮かせたままお辞儀する様子に、デルミンは思わず夢を見ているのかと疑ってしまう。

 

「えっと……お久しぶりです」

 

 何故なら、突然の来訪者たる彼――Voidollと名乗っているマシンだ――は現実(ここ)ではなく、仮想世界(向こう)に居るべき人物だからだ。

 

 

 

 

「という状態となっております」

 

 事情を語り終えたVoidollはデルミンの反応をじっとうかがっているようだった。それでもどこか焦燥のようなものも感じるのは、逼迫している状況のせいだろうか。

 

 無理もない。彼によるとある日突然に『#コンパス』システムがハッキングを受け、その運営をしている彼も管理者権限をほぼ全て強奪されてしまったというのだから。おまけにシステムは参加者の夢に干渉を始めており、夢に現れた自分そっくりの存在に負けると人が変わったかのようになってしまうらしい。バカげた話だが、先日デルミンは確かに自分自身と戦う夢を見ているのだから、頭ごなしに否定も出来ない。

 

「――でも、だからどうしろと言いたいのでしょうか」

 

 とぼけてはみたものの、見当つかずというわけでなはい。あの日デルミンはルフユさんのおかげとはいえ間違いなくもう一人の自分に打ち勝ったのだから、対抗出来得る手段として期待されているのだろう。けれどデルミンがそれに力を貸す義理は無いし、何よりもあの日にもう二度とコンパスには戻らないとルフユと約束したのだ。

 

 そんな逡巡を込めた待ちの一手を知ってか知らずか、彼の答えは単純明快だった。

 

「力を貸して頂きたいのです」

 

 かつて相対した時のような、攻めるか退くかを問い続けるような余裕のある動きとは違う、わかりやすい要請だった。懇願、と言っても良いのかもしれないくらいだ。

 

 とは言え、デルミンにはルフユとの約束もある。それに、既に頂点に至り彼の提示した戦いの対価である『願い』を叶えてもらったデルミンには、もうあの場所で戦う理由もないのだ。

 

「他をあたる、ということはできないのでしょうか」

 

 平穏な日常を送りたい。これが今のデルミンの一番の願いだった。その礎が、日常を過ごしたいと思える相手が、血を血で洗う戦いから生み出されたものだと知っていても、デルミンはそう願う。

 

 けれど、彼は首を横に振り、デルミン以外とは既に連絡がつかないことを示す。

 

「システムがあなたの夢に干渉出来ている時点で、悪い影響が及ぶ可能性があります」

 

 後出しで申し訳ありません、脅すつもりではありませんと何度も謝りながら彼が語るシステムの構造は、知れば知るほどデルミンを戦慄させるものだった。

 

 一つ、システムは戦う人々の持つ『願い』を動力源にして稼働しており、戦闘データを取得している。

 

 一つ、システムは余剰の願いを集約し、現実に干渉する力を持っている。また、それにより頂点に至った者の願いを叶えている。

 

 一つ、『願い』は当人の夢と強い関係性があり、普段アクセスに用いる機械を通さずとも夢、及び本人の思考に干渉することが可能である。

 

「では、システムがデルミンの願いを取り消す、あるいは捻じ曲げるということも可能なのでしょうか」

「システムのリソースが再充填され次第、私が自らをこの世界に具現化した際と同様の手続きで可能と思われます」

 

 その返事はあまりにも残酷で、デルミンは夢からたたき起こされたような気分になった。いや、これが悪い夢であったならどれだけ良かっただろうか。

 

 彼の口ぶりだと、すぐにましゅましゅの皆に何かが起きるわけではないらしい。けれど助かったのがデルミンだけである以上、全く油断は出来ない。この時点で怪しい話だと彼を追い返す選択肢は消失していた。

 

 この件は内密かつ確実に処理しなければならない。何事もなかったかのように生き続けるために、最後のケジメをつけなければならない。

 

 協力しましょう、その一言が出る直前に、デルミンは大きな過ちに気が付いた。

 

「デルミーン! おっはよ~!」

 

 バン、と勢いよく開かれる戸。二つ隣にも聞こえそうなくらい元気な声。デルミンは紫髪の少女の来訪を、今の今まで忘れ去っていたのだ。なんと言い訳しよう。どこをどう話そう。そんな沈黙の隙に、二人が互いの存在を認知する。

 

「なにこれ可愛い~~~~~~~!!」

「落ち着いてください」

 

 初対面の人物からほぼノータイムでダイビング・ベア・ハッグを受けることは流石の彼にも予測不可能だったのか、なすすべもなくルフユさんに頬ずりを受けている。

 

「ねね、デルミン。これ何?」

「えーっと、Voidollさんです。足が速いロボットさんです」

「ぼいどーる? 可愛い名前だね!」

「お褒めにあずかり恐縮ですが離して頂けると助かります」

 

 うーんもうちょっと、と提案をはねのけあちこちを観察している。割と乱雑に扱うので解放される頃には彼は目を回していた。

 

「ルナティック・リサーチの結果………ズバリ、デルミンのバイト仲間?」

 

 もちろんほぼ不正解だが、そう説明しておいた方が都合が良いだろう。昔のですが、と答えておいた。

 

「それではVoidollさん、デルミンはルフユさんとレッスンに行ってくるので、また今度」

 

 返事をする機会を逃してしまったが、ルフユさんを巻き込むわけにはいくまい。デルミンはいつのまにか彼から伝染されてしまった焦りから目を背けるようにベースケースを背負った。

 

 

 

 

 

「今日もお疲れ様。じゃ」

「またね~」

 

 ヒメコさんとほわんさんに手を振って別れる。ほわんさんは家に戻ってからバイトがあるらしく、普段通りご飯を食べて解散とはならなかった。あまり悠長にしていられる余裕がない今日に限ってはそれはありがたいことだ。

 

「デルミン、この後はどうする?」

「適当に買い物をして帰る予定でしたが……」

「ふーん……じゃあさ!」

 

 ていあーん!と元気に手を上げ続く言葉に、デルミンは目をまんまるにした。

 

「曲作り……ですか?」

「うん! ヒメコだけじゃなくて、私たちでも作りたいなぁって」

「アイデアはあるんですか?」

「うーん、ちょっとはあるっ!――から、来てほしいところがあるんだ」

 

 声を潜めてえらく神妙な雰囲気で言うのでつい身構えてしまったが、どうせルフユさんのことだ。何かあるとしてもどこかに秘密基地があるとか、そういうことだろう。勝手に半ば呆れながら聞いていたため、デルミンは続く言葉にベースケースごとひっくり返りそうになった。

 

「デルミン、今からうちに来てくれない?」

 

 ルフユさんはよくデルミンの家に来るが、その逆は一度もなかった。端々から見え隠れする言動や行動からして厳しい家なのだろうとあまり考えないようにしていたし、ルフユさんからもあまり触れさせる気がなかったのを感じ取っていた。

 

「ルフユさんが良いのであれば、デルミンは大丈夫です」

「うん、よかった」

 

 その一言からも安心がにじみ出ていて、やはり勇気の要ることだったのだろうと確信する。何か、ルフユさんの根幹に触れる時が来たのかもしれない。

 

 ならば全力で迎えるべきだろう。すべてを打ち明けられるような関係になりたかったから。

 

 そうなりたかったくせに、いつもズルをしているのはデルミンの方だ。そんな自己嫌悪は、おくびにも出さない。

 

 

 

 

「今日は夜まで誰もいないから」

 

 ルフユさんはそう言って、頑丈な門扉を開く。背丈よりも大きなそれは想像に反して音も立てずになめらかに開いた。

 

 ただいまとお邪魔しますが、広い屋敷に消え入る。ルフユさんのすぐ後ろをついて歩き、廊下をしばらく歩いて曲がり、また歩く。突き当たった先のドアに古びた鍵を突き刺し、ゆっくりと捻る。このドアは少し錆びついていたのか、ギィと音を立てた。

 

 窓の無い部屋だった。明かりがついてやっと、ここが何の部屋なのかを理解した。

 

「ここは音楽室、でしょうか」

 

 ルフユさんは小さく首肯して、その真ん中にある大きなピアノのカバーを外す。しっとりと落ち着いたブラックが、明かりをうけて光っている。

 

「聴いててね」

 

 声音からほんの少しだけ感じられた恐れのようなものは、演奏が始まるころには消え去っていた。

 

 調律は少しだけずれていたが、それでも良さが伝わってくるメロディラインだ。いつだって快活なルフユのイメージとはかけ離れた、ほんの少し切なくなるような旋律だった。

 

「――どうかな? 一部分しか出来上がってないけど、たくさん考えたんだ」

「ピアノも練習したんですか」

「ううん、昔習ってただけだよ。すぐに辞めちゃったから、今は届くはずの1オクターブ先にも触れられない」

 

 辞めてしまった理由は聞かないべきなのだろう。それはきっとルフユさんがバンドを始めるきっかけで――

 

「ねぇ、デルミン」

「何でしょうか?」

「お父様に何とか頼むからさ、今日、泊って行ってよ」

 

 考えもしなかった言葉に面食らう。急にどうしたのだろうか。少し考えてやっと、今までのしおらしい態度は久しぶりにピアノを弾くことから来る緊張ではなく、何らかの焦りだということに気が付いた。

 

「――ルフユさん、何かあったんですか」

 

 抱きすくめられた。けれどデルミンには一切の心当たりが無かった。家の事情だろうか。それならどうして急に曲作りの話をして、デルミンを家に呼びピアノを弾いて見せたのだろうか。デルミンには何もわからなかった。

 

「変な夢を見てから、ずっと怖いんだ」

 

 夢。その単語に心臓をぎゅっと掴まれたような気分がした。忘れようもない。今朝からずっとそのことばかり考えていたのだから。

 

「デルミンが何も言ってくれなくて、どこかに行っちゃって、想い出も全部忘れちゃって」

 

「本当はね、この歌も全部完成してからみんなをびっくりさせるつもりだったんだ」

 

「でもデルミンは何か隠してるみたいで、怖くて。―――急に疑って、変なことを言ってごめんね」

 

 堰を切ったように溢れ出す言葉は、普段のルフユさんよりもずっと弱々しい。

 

 彼女はたくさん見ていたのだ。たくさん考えていたのだ。そして何より、たくさん悩んでいたのだ。

 

 それを全部蔑ろにして、まるで自分がゲームのプレイヤーであるかのようにどうあるべきかを判断していたことに、ようやく気付いた。

 

「ごめんなさい」

 

 この言葉を、デルミンは拒絶に使う悪い癖があった。

 

 自分が悪かった。だからもう追及はやめろ。そういう意味を持たせて頭を下げてその場だけをやり過ごしてきた。そうして必死に護ってきたものは確かにデルミンの大切なものだけれど、何かを得られるようなことは一度たりともなかった。

 

 それに何より、ルフユさんとは、そんな関係になりたくなかった。

 

「デルミンは隠し事をしていました。自分だけズルをしていい、特別だと思っていました」

 

「だから、お願いします」

 

「ルフユさんが普通でなくなってもいいのなら――ルフユさんの特別でいられるのなら、すべてお話ししてもいいですか?」

 

 覚悟のこもったその眼差しに、ルフユさんは面食らってしまったのかきょとんと目を丸くして。

 

「――告白?」

 

 飛び出たその言葉の意味を後になって理解したのか、ルフユさんも頬を染めた。そういうことは、思っても秘密にしてほしい。

 

 

 

 

 

 本当に何から何まで話してしまったのは、ルフユさんが初めてだった。

 

 故郷のこと。コンパスのこと。そして、これから起こるであろう戦いの事。ルフユさんはデルミンが今まで抱えていたものを全て聞いて何度も、大変だったねと言ってくれた。ルフユさんにはわからないでしょう、なんて言ってしまったあの頃とは違って、理解されなくても心地よいものだと思うことが出来た。

 

 ふかふかのベッドは暖かくて、ルフユさんの寝息はくすぐったい。代わりにデルミンの家が停電していることになったようだが、そんなことは些末な問題だ。

 

「ルフユさん」

 

 もちろん返事はない。勝手に寝相が悪そうだとか思っていたがそんなこともなかった。布団の下で繋いだ手も、借り物のパジャマも、それが一時のものであるはずなのにゆったりと落ちついていて、今が永遠に続いてくれればと何度も願った。

 

 その一心で、続く一言は胸の内だけにとどめておいた。

 

 

 

 

 ほんの少しの寝不足を欠伸で噛み殺しながらデルミン宅にて作戦会議は始まった。ついていくと言って聞かなかったルフユも同席している。というか、Voidollさんを膝に乗せている。

 

「――とはいえ、特に話し合うことなどあるのでしょうか?」

「それが……」

 

 続く言葉に、デルミンどうして今まで考えもしなかったのだろうと仰天した。

 

 このゲームは3対3なのだ。当然一人足りない。

 

 私がやる、とルフユさんが真っ先に手を挙げた。考えるまでもなく、答えは決まっている。

 

「駄目です。ルフユさんは危ない目に遭わせられません」

「どうして!?」

「何が起こるかもわからないところに、ルフユさんを巻き込むわけにはいかないからです」

 

 とは言え、他にあてが無いというのは既に聞いているし、やはり数的不利前提の作戦を立てておくべきだろうか。デルミンはすっかり戦略を考える方向にシフトしていたが、ルフユさんは納得しないようだった。

 

「デルミンに何かあって、それを見てるだけなんて嫌」

 

 梃子でも動かぬと言わんばかりの決意の双眸でじっと睨まれる。

 

「……とはいえ、今あるヘッドギアは一つですし、そもそも前に不適合が出ていたと思うのですが」

 

 大掃除の最中にヘッドギアを発掘された時、確かにデルミンは『Non-conforming』の文字列を見たはずだ。あれが見間違いでないならルフユさんに適性は無く、どれだけ願おうとあの世界からは隔絶されているということになる。

 

 それがあったからルフユさんに話すことが出来た、というのも無いわけでは無かった。のだが。

 

 Voidollさんが腕を振るうと、ごとん、と一つのヘッドギアが現れる。

 

「申し訳ありませんが、勝率が1パーセントでも上がるならば、私はそれを選ばざるを得ません。ルフユさん、被ってみていただけますか?」

 

 恐る恐るといった感じでそれを起動し、数秒の後表示されたのは、『Loading!!』の文字。

 

「ちょっと待ってください、前には――」

「はい。この機械が測定しているのは、本人の適性などではなく、願いの強さです。ですから――」

「私はね、デルミンを守りたいんだ」

 

 そう言ってデルミンの手を握り、微笑む。デルミンはその手を握り返す。

 

「今デルミンが握っている手よりも、もっともっと痛いです」

 

 視線は、強く強くルフユを射抜く。

 

「デルミンなんかよりもよっぽど恐ろしくて、ずっと強い人がいます」

 

 冷静に。かつ吠えるように。

 

「何が起こるかも、どうなってしまうのかも、まったくわかりません」

 

 それを全て受け止めて、なお笑う。

 

「デルミンと一緒なら、私は負けないよっ!」

 

 

 

 

 

 薄曇りのようなぼんやりとした日差しと、ゆるりと流れる風。トレーニングルームへの転送が完了し、視界がはっきりとする。

 

「本当にデルミンの家じゃなくなってる……」

 

 ルフユさんは物珍しそうな顔であちこちをぺたぺたと触っている。デルミンは自分が初めてこの地にやってきた時のことを思い出し、少しなつかしさを覚えた。

 

「さて、早速始めましょうか」

 

 ルフユさんはルールや基礎戦術についての説明をしっかりと聞いていた。一通り終わって、やっと実践へと切り替わる。

 

「実践、とはいえ教えられることはあまりありませんが。カードも必殺技も、ここに来た時点で思考を読み取り用意されているはずです」

「そっか。じゃあさ」

 

 ルフユさんは視界の端を差して、このHPが無くなったら最初のところに戻されるんでしょ?と確認する。

 

「気になるから……ね、デルミン」

「嫌です。そもそもどうしてそんなことを?」

「だってお父様にもぶたれたことってないし……」

 

 やっぱり呼ばない方が良かったかもしれない。今更後悔しても遅いが、ルフユさんの方が後悔してくれるかもしれない。

 

 そんな一縷の望みに賭けたわけではなかったが、デルミンはごめんなさいと謝ってからその拳に始龍の力を宿し、ルフユさんを一撃で葬った。

 

 痛っっったぁぁぁ!と戻ってきてからも転げ回るルフユさんを見て、二人は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわり。体が浮き上がり景色がうつろう。ゆったりと着地して、深呼吸。久方振りの戦いに不思議な高揚感があった。

 

 ステージは、《けっこいスターパーク》。混戦になりやすい場所のため少しだけ不利だろうか。当初の作戦では、主要な戦闘はすべてデルミンが受け持つ予定だからだ。

 

 カウント・ゼロと同時に、デルミンはBへと飛ぶ。VoidollがCへ、ルフユはAへ。ルフユには出来るだけ戦闘には回らず後衛に徹してもらう作戦になっている。

 

 相手は、マルコス、リリカ、ルルカの三人のようだが、その様子がおかしいことは一目瞭然だった。

 

 マルコス以外の二人は見た事も無い影のような装いで、人形に操られるかのようにポータルを取得し、こちらの様子を伺っているようでもなく立っている。

 

 そして、マルコスのほうも先程から何かを呟いては己が武器である棒っ切れを、初めて見たものであるかのように握っている。こちらも連絡を取り合うどころか、索敵をしているのかどうかも曖昧だった。

 

 デルミンはこの異様な状況を好機だと楽観出来なかった。何か、このままではいけないような気がする。けれどここで攻めに出るのが愚策であることもよくわかっていた。

 

 ゆらり、動き出したのはリリカだった。崖の上から地の利を活かした攻撃は常套手段と言えるだろう。Voidollはそれを器用に躱し続け、再び膠着状態へ突入する。

 

――そのはずだった、のだが。

 

 突如動きが鈍り、直後に飛来した魔法弾が直撃する。

 

 追撃を防ぐため、デルミンが飛び出す。エンジェリック・アローを崖めがけて起動、リリカを引きずり落とした。

 

 デルミンは虚を突かれたリリカにさらなる追い打ちをかけるべく構える。しかしそのすぐ傍まで、ルルカが迫っていた。

 

「絶夢の魔女」

 

 一切の感情を感じられない、冷たいシステム・コールだった。振り上げたステッキに鎖が何本も巻き付き、それを鞭のように振るう。Voidollは辛うじてガードの展開を間に合わせたが、デルミンは足元を取られ転倒してしまった。

 

「デルミン!」

「大丈夫です。ルフユさんはまだ下がっていてください」

「対応します――Eledoll起動」

 

 二人の間に割り込み、放電を開始する。稲妻は二人を的確に撃ち抜き、その意識を一時的に奪う。形勢逆転だ。

 

 躊躇うことなど無い。デルミンは素早くルルカを仕留め、目を覚ましたばかりのリリカをもう一度眠らせるべく相棒の名を呼ぶ。

 

「オニギリクママン!」

 

 虚空から飛び出した相棒が、脳天に強烈な一撃を浴びせる。完璧な連携だった。

 

 けれど追撃に向かうべき足は、一瞬だけ止まる。経験から来る勘のようなものだった。

 

 鼻先を棒切れが掠めた。持ち主はわかっていた。

 

「離れろ」

 

 マルコスはいつの間にか何やら黒いもやのようなものを纏っている。あれが彼の能力である自己強化のエフェクトであるなら、今の彼は、途轍もなく強いはずだ。

 

 しかし、やられる前に削り切れれば問題ではない。デルミンは三枚目のカード、デビルミント島を起動する。煙が辺りを包み、視界を奪った。

 

 貰った!デルミンは好機とばかりに回り込む。しかし煙に隠れて、大事なものが見えていなかった。

 

 鈍色に光る、狂戦士の大剣。マルコスがそれを呼び出したのに気が付けたのは、離れたところで見守っていたルフユだけだった。

 

「危ない!」

 

 ルフユは反射的に地を蹴った。何としてもデルミンを守らなくちゃ。その一心だけで飛び出していた。

 

「考えずに動くな」

 

 それすらも予想通りだったと言わんばかりに、マルコスはそれを受け止め、薙ぎ払う。渾身の一撃を受け流されたルフユは大きく体勢を崩し、その隙に二の太刀が叩き込まれる。なすすべもなく、ルフユの体が光片に散った。

 

「ルフユさん!」

「退きましょう」

 

 Voidollに手で制されてやっと、デルミンは自分が反撃に出る以外の選択肢を失っていたことに気が付いた。ここは時間を稼ぐべきところだ。

 

「《あの子の傍に近寄らないで》」

 

 けれど、もう遅かった。戻ってきたルルカが詠唱を始めている。

 

 紅蓮の炎にポータルが包まれた。今の二人には拠点が奪われるのを眺めることしか出来ない。もちろん、特攻をしかけて焼き尽くされるよりもマシだが。

 

「いてて……ごめん」

 

 戻ってきたルフユが申し訳なさそうに詫びる。合流したは良いものの、勝機は限りなく小さくなってしまった。

 

「空間転移装置を起動し、三人を退かすしか方法はないでしょう。足止めをする方法に心当たりは?」

 

 Voidollはそう言うが、一度に運べる範囲は狭い。二人を同時に巻き込むだけでも、十分に難しいだろう。

 

「では、デルミンがビームで蹴散らすので、残党をお願いできますか」

「これは私の提案でも同じことですが、一旦退かれてポータルを取り返す前に戦線に戻ってくることが予測されます」

 

 とはいえ、それ以外に打つ手はないのだ。賭けに出るしかないだろう。デルミンは戦線へ戻ろうとしたが、それをルフユに引き留められた。

 

「私がデルミンを向こう岸まで連れて行けたら、挟み打ちが出来ないかな」

「そんなことが可能でしょうか」

「うん。きっと」

 

 デルミンはVoidollと顔を見合わせ――コクリと頷いた。今はどうであれ賭けるしかないのだ。ルフユを信じよう。

 

「じゃ、行くよ、デルミン」

「はい。護衛は任せ――へっ」

 

 ルフユはデルミンを抱え上げ、そのまま走りだす。前線に出て注意を引いてくれるものだと思っていたデルミンはつい変な声を出してしまった。

 

「《一緒に、どこへだって》」

 

 疾い。ルルカが振りかぶるステッキも、リリカの魔法弾も、マルコスの棒切れもくぐり抜け、ぐんぐんと進む。ポータルを通り抜け、いつビームを打つべきか考え始めたちょうどその時。

 

「てやーっ!!」

「――は?」

 

 デルミンは思いきり投げ飛ばされた。そういう事をするなら言っておいて欲しかったが、ルフユ本人も驚いているようだったのでイマイチ自分のことがわかっていなかったのだろう。全く困ったものである。

 

「デルミン!」

「《デビルミントオーラ・フルドライブ》」

 

 角が輝き、紫電の奔流を予感し空気がひりつく。

 

「させるかっ!」

「おっと!」

 

 マルコスが再び投じた棒切れはルフユがドラムスティックで弾き返す。その一瞬があれば十分だ。

 

「しゅびっ!」

 

 回避不可能な速度を有する紫電が放たれ、その密度を以て三人を包む。壁際まで吹き飛ばされた先には、待っていましたと言わんばかりにVoidollが立っている。

 

「計算通りです。3,2,1,ゴー!」

 

 動けない隙をきっちりと突いて、転移システムが作動する。後はがら空きになったポータルを奪い返すだけだった。

 

「私たちの勝利です。出でよ、モノリス」

 

 タイムアップ。ギリギリだったが、確かな勝利だった。

 

 

 

 

 目にも止まらぬ動きでデバイスを操作するVoidoll。流れ続けるメッセージウィンドウ。デルミンに手伝えることは無いらしく、こうして祈るように眺めていることしかできない。

 

 あの戦いの後トレーニングルームに帰還した三人は勝利を分かち合う――はずだったが、Voidollが何やら機械の操作を始め……今に至るのだ。

 

「何かあったのでしょうか」

「最後に展開したモノリスを起点にバックドアを展開し、アクセスを試みています」

 

 何やらハッキングを仕掛けているということだろうか? デルミンだけでなくルフユさんも置いてけぼりのようだ。

 

「識別子を発見。ダイブ・コール発信」

 

 ピピッ、と細かい電子音が続いたのち、背後に転移音。

 

「おーっす。呼ばれて飛び出て――」

 

 振り返ると、オレンジのパーカー、魔法少女のTシャツ。

 

「マルコス'55、参上、っと」

 

 見間違えようもない彼が、立っていた。

 

 



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#2 トラストアンドレスキュー

遅くなりましたがちゃんと続きます 今回はちょっと重め


幸せだった。願いが叶うことは。

 

幸せだった。夢に揺蕩うことは。

 

苦しかった。何も考えないことは。

 

苦しかった。幻想の中で息を止めることは。

 

「まるで夢みたいだなぁ」

 

なんて、理想のなかで呟いてしまったから。

 

夢は化けの皮を失って、残ったのはひとりぼっちのオレで。

 

物言わぬ影になってしまった理想は、それでも愛おしくて。壊すことなんてできなくて。

 

思考を止めたオレを責めることはあれど、喪う恐怖に抗うことなんて出来るわけもなく。

 

何がIQだ。何が学歴だ。肝心な時に何の役にも立ちやしない。

 

戦略も何もなく戦って、勝って、負けて、また勝って。

 

使い潰されることを否定できないまま、摩耗すらも快と受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

「――ってワケ」

 

重々しい内容を軽く締めくくったオレンジのパーカーを纏う彼――マルコスは、Voidollから半ば強引に借りたコンソールを目まぐるしく操作している。濁流のごとく流れ続けるメッセージテキストはデルミンには到底理解できないものだったが、マルコスとVoidollには意味が解るらしい。

 

「けどやっぱ無理だわ、オレはいつだって"こっち側"じゃなくっちゃな」

 

ビープ音が鳴り響き、仮想空間にガコンガコンと機械音が響く。控室代わりのトレーニングルームの隅に現れたのは大きなモニターを持つ機械だった。ルフユはもちろん、デルミンにも見覚えはない。ただ一人Voidollだけが、ほう、と声を漏らす。

 

「マッチング生成システムの複製完了、っと」

「まっちんぐ……?」

「そうそう。さっきオレと戦うように決めた機械がコイツで、これが起動すれば狙った相手とマッチング出来るはずだ。ついでにバックドアのチェックも完了、っと」

「流石の腕前ですね。システムが復帰したら改良をお願いしたいものです」

 

マルコスはVoidollの賛辞をニートで忙しいからさと軽口で受け流し、大きく伸びをする。

 

「さて、一仕事終わったしそろそろ帰るかなー。と、その前に」

「なんでしょう?」

「出来たらその機械で最初に、リリカを助けてやって欲しいなー、って」

 

Voidollとデルミンは、予想通りという顔。リリカのことを知らないルフユだけが、ぽかんとしていた。

 

「ひょっとして彼女さん?」

「いやいや、オレの推し。あの子が自分に負けるのは、オレの知る限り誰よりもつらいことだからさ。リリカと一緒にならちょっとは手伝えるから頼むよ~」

 

そう言ってひらひらと棒切れを振りながら、もう片方の手でコンソールをポチリ。言いたいことだけを言ってそのままログアウトしてしまった。

 

「相変わらずでしたね……あまり心配する必要はなさそうです」

「想定範囲内のマルコスさんでした。彼が応答しなければ暗中模索でしたし、ひとまずよしとしましょう」

 

Voidollはこれからの予定ですが――と、状況整理と書かれたボードを虚空から取り出しかけたところで二人の表情にようやく気が付き、言を止める。

 

「こちらでのダメージは肉体に影響を及ぼしませんが、あくまで肉体の話であり精神は疲弊します。ひとまず今日は休憩としましょう」

 

明日のレッスンが終わってから、ということで今日のところは解散となった。何やら考えたいこともあるようだった。

 

覚悟してきたとはいえ、この数時間でとても疲れているのも事実だ。二人に異論はなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

その日の夜。ルフユは自室でヘッドギアを起動していた。当然だが、ハウスキーパーさんにも話をして人を近づけさせないようにしている。

 

胸の高鳴りを抑えながらプログレスバーを見守り、真っ先にデルミンのオフライン表示を確認してから、Voidollへとコール。すぐに返事があった。

 

要件を伝え、しばらくするとまた返信。きっかけを作ったのは自分なのに、歯医者で名前を呼ばれたときみたいな心細い気持ちになった。

 

「けど、今のままじゃだめだから――よし」

 

深呼吸。そして、拳を握る。意識を深層に落とす。電脳世界へ、旅立つ。

 

 

 

 

「おう、どうした?」

 

ルフユが仮想空間(トレーニングルーム)に転送される頃には、彼は既に待っていたようだ。

 

「えっと、マルコスさん、だっけ」

「うん。マルコスでいいよ、ルフユちゃん」

「ルフユでいい」

 

自分でも驚くくらいつっけんどんな言い方になってしまう。みんなと仲良くすることは得意だったはずなのに、今はどうすればいいのかすらわからない。

 

「……言いたいことはわかるぜ。なんたってオレはIQ340だからな」

 

にひ、と笑うマルコスは手慰みに弄んでいた棒切れを置く。心なしか姿勢もしゃんとしているような気がしなくも無いが、緩んだままの口元と童顔がどうにも邪魔していた。

 

「『考えずに動くな』なんて言ってごめんな。これだろ?」

 

悔しいけど、当たっていた。

 

「半分だけ、当たりだよ」

「っあー、半分かぁ。じゃあ、『別に洗脳なんて受けてないし、寝返ったフリでもない。すぐにとは言わないが信用してほしい』これでいいか?」

「……」

「よっし!」

 

どうやらこのマルコスという男、無意識に人を煽るタイプらしい。ということだけはわかった。

 

「じゃあ、今から」

「手加減はするな、だろ?」

 

既に準備は出来ているといった様子だった。ルフユも、ドラムスティックを構える。

 

 

 

言うまでもなく、マルコスには全くと言っていいほど敵わなかった。全て読み切られてギリギリを返される。息を切らすルフユとは対照的に、余裕綽々だった。

 

「だいぶいい感じになってきたと思うぜ」

「――っ!」

「おっと、それは攻めすぎかな」

 

マルコスは飛び掛かってくるルフユを軽くいなし、がら空きの背中に一撃を叩き込む。痛みが生まれ、駆け巡る。バランスを大きく崩したルフユの体躯は大きく吹き飛ばされ、顔を上げるころには追撃を意味する棒切れが眼前まで迫っていた。即ち、チェックメイトだ。

 

「そろそろ休憩にしようか? 一応種明かしするとな――」

 

『時間が経てば経つほど自己能力が高まる』というマルコスの特性を今初めて知らされて、あんまりだと悔しがったのは言うまでもない。

 

「ごめんごめん。けど最初より吹っ切れてきていい動きになってきたのは本当だぜ」

 

そうマルコスに慰められながら、内心ではその差が無くてもまだ勝てないだろうな、と考えていた。妙に悔しいけど、きっと事実だ。

 

「どのくらい練習したの?」

「なーんにも? ゼロだ」

「嘘」

「どうだろうね」

 

仮想空間のくせに、座った地べたはやけに冷たい。ほんの少し黙ってみて、ルフユはこの空間が無音であることに気が付いた。環境音というものが全くといっていいほど存在していないのだ。

 

「リリカさんのため?」

「んーや、別に。ゲームとして遊んでるだけさ」

「ふーん……じゃあ、リリカさんが推しってだけなのはほんと?」

「本当さ」

「じゃあ、なんで戦ってるの?」

 

しばしの沈黙。マルコスは困ったように頭をかき、お互い沈黙が苦痛になってきたころに、ようやく話し始める。

 

「リリカにカッコいいとこ見せたいだろ?」

「リリカさんと仲良くなりたいの?」

「んー、別にそうじゃないかな。ルフユこそどうしてここに?」

「デルミンを守りたかったから」

「へー、こんな時に新人さんだなんておかしいなって思ってたけど、そういうことね」

 

何か一人で合点がいったようで楽しそうにしているのはルフユにとってどこか気に食わなくて、それを見るマルコスは余計に楽しそうだ。きっとこの男とはずっとウマが合わないのだろうと思うと、どこか可笑しかった。

 

「一つ、忠告だけど、『願い』は軽々しく言わない方が良いかな。聞くのも同様、タブーだと思っていて構わない」

「どうして?」

「この世界で戦う理由であり、その人の弱みだからさ。ここはそういう世界さ」

 

強い願いがこの世界にアクセスする条件で、自分の仮装体(アバター)を形成する鍵になるということは聞いていた。けれど、弱みというのはどういうことだろう。

 

「でももう聞いちゃったからな。他言無用だけど、教えてもいいぜ」

「いいの?」

「ああ。実はな――」

 

続く声は、二人しかいない空間のはずなのに、何故か低い。友達に好きな人を教える小学生みたいだ、とぼんやり考えていた。

 

「オレには凜々花っていう妹が居たんだ」

「妹? その人がリリカさんなの?」

「いや、きっと偶然さ。リリカちゃんは魔法少女だし」

「ふーん、そっくりなの?」

「顔、あんまり覚えてないんだ。オレが余りにも出来過ぎてて、周りもオレばっか見ててさ。凜々花はずっと劣等生扱いで」

 

自慢みたいな口調だけど、含まれる意味は正反対。そんな不思議な口調に変容する。

 

「ある日、ちやほやされるのに飽きちゃって嫌になって海外の大学に行ってから、もう家には帰ってないんだ」

 

「時々考えるんだ。オレはきっと凜々花の人生を壊しちゃったんだろうな、って」

 

「そう思ったら何も出来なく……いや、何もしたくなくなってさ。今は見ての通りのニート三昧さ」

 

寝て起きて寝る、最高だね、なんてまた見え透いた嘘をつく。でもその空笑いが少し怖くて、ルフユは指摘できなかった。

 

「っと、喋り過ぎたな。オレの弱みはこんなもんだ。ここに来る奴は何かしら抱えてて、下向いてるんだ」

「デルミンも?」

「きっとな。けれどオレの見た限りはルフユ、君だけは何も見えない。おかしいと思ったんだけど、状況が特殊だったと考えれば納得がいった。それはこの世界で、絶対的なイレギュラーになれるという意味だと思ってる」

 

そうは言われたものの、ルフユにだって願いと弱みがある。少なくともルフユはそのつもりだった。だからこそ強くならねばならないのだ。少しでも早く。

 

「じゃあ、マルコスはさ」

「ん?」

「コンパスの世界が元通りになったら、私はもうここに来ないと思う?」

「デルミンが居なくなったら、そうなんじゃないか?」

「……そっか」

 

ルフユは自分の内にあるもやもやを言語化出来なかった。だからこそ、マルコスにも理解し難かったのだろう。いや、それがきっと――

 

「さて、と。これで俺の役目は終わりかな?」

「えっと……」

「ん、なんだい?」

 

マルコスの手が、ログアウトのキーをたたく寸前で止まる。

 

凜々花(リリカ)さんのこと、もう少しよく見てあげてください」

「ん、それってどっちの――」

「じゃ、おやすみなさい! ありがとうございました!」

 

マルコスを追い抜くようにして、ルフユが先に現実へと帰ってゆく。独りになったのを見届けてから、マルコスはため息を吐いた。

 

「ミスっちまった、かなぁ……」

 

頬をかいても答えは出てこない。ほんの少し肩をすくめ、ログアウトのキーを叩く。

 

 

 

 

 

 

「ん、ルフユ、大丈夫?」

「……はっ、ごめんヒメコ! バッチリ大丈夫だよ!」

 

セッション中こそ眠りはしなかったものの、後の反省会になるとつい眠くなってしまう。もちろん普段からのことではないが、しっかりしてくださいとでも言いたげなジト目のデルミンに睨まれた。寝不足の理由はヒメコやほわんは当然、デルミンにもバレるわけにはいかない。ルフユにとっても隠し事が苦手な自覚はあるけど、それでもなんとかしなくちゃならないのだ。

 

「ほわ、寝不足さん?」

「昨日貸した本がいくら面白かったって、練習がおろそかになってはいけませんよ」

「えっ……えへへ、ごめんごめん」

 

デルミンが助け舟を出してくれたおかげで何とか誤魔化せたようだったけど、次はないだろう。ルフユはスツールに座り直し、ぐっと背伸びした。

 

「でも良いなぁ~、うちもヒメコちゃんのおすすめの本、読んでみたい!」

「おすすめの本かぁ、雑誌とか以外あんまり読まないんだよね。引っ越すときに大体処分しちゃったし」

「そっかぁ、それじゃあ今度何か買いに行こうよ、そして一緒に読も?」

「えっ、一緒に一つの本を読むの?――って、話が脱線してる。反省会に戻るよ!」

「はーい!」

 

ほわんが元気よく手を上げ……た途端に貸し時間終了のランプが灯る。

 

「時間のようですね」

「あっ……ほんとだ。仕方ないからまた今度にするとして、各自さっき言ったところは練習しておくこと」

「はーい、寝不足にも気をつけまーす」

 

てきぱきと楽器を片付け、マスターに例を言ってスタジオを出る。ドアを開けると同時に、北風が吹き込む。

 

「最近少しづつあたたかくなってきましたけど、やはりまだまだ冬ですね」

「そうだねぇ~。ヒメコちゃんもいーっつもこたつに入りっぱなしで」

「寒いんだから仕方ないでしょ。ほわんみたいに雪国の生まれでもないし」

 

そう言ってしっかりとマフラーを巻くヒメコ。ましゅましゅの中で一番の寒がりなのはみんながよく知っていた。最近は暖かいものをたくさん食べて冷え性を治そう、とかでほわんがよく料理に一工夫加えているらしい。

 

「ま、そーゆことで。今日もお疲れ様」

 

四人が手を振って、三つになってそれぞれの家へ帰ってゆく。ルフユはこの瞬間の度に、どこか切ない気持ちになる。

 

帰ったらシャワーを浴びて、出来るだけすぐに向こうにログインしよう。普段よりはやる足音は、疲れなんてもう忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

「今日は前日の予定通り、リリカさんを救出しに向かうとしましょう」

「おっけー!」

「そうしましょう」

 

二回目の作戦会議は、前よりもずっと気楽な雰囲気で始まった。まだまだ慣れとは程遠いけれど、何分やる事の目途がついているというのは大事なことだ。

 

「早速出発でもいいけど、リリカさんの特徴とか何かない? 前にマルコスと一緒に居た影みたいなのは見たけど、あんな感じ?」

「はい。概ねその認識で良いと思います。頻度こそ高くないもののステッキから発生する魔法弾は威力も射程も要注意でしょう」

 

Voidollが腕を振り上げるとステータスウィンドウが開き、シルエットしか知らなかったリリカの姿が映る。あちこちにハートがついたピンクの衣装、そして大きなステッキは確かにテレビで見るような魔法少女のいで立ちだ。

こんなに可愛い子も、何かを望み戦っているのだろうか。ルフユは昨晩のマルコスの言葉を思い出して身震いする。ルフユはここがそういう世界であることを今更理解した気がした。

 

「怖いですか」

「え? いや~、武者震いかな!」

「……安心してください」

 

デルミンは少し勘違いしているようで、ぎゅっとルフユの手を握る。怖くないと言えば嘘になるが、デルミンもまたその世界の住人であったのだ。

 

「……うん。もう大丈夫だよ、デルミンは私が守ってみせるから」

「ふふ、守るのはデルミンの方です。ルフユさんのロールはおそらく"スプリンター"ですから」

「えっ、春ってこと?」

 

トンチンカンなルフユの返しにデルミンとVoidollは顔を見合わせ――ぽん、と納得の柏手を打った。

 

「重要なことを説明するのを忘れていました。それでは、コンパス初心者講座を再開いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと重力が弱まり、空間転送が始まる。視界が開けたら戦場に再構成された体を確認する。デルミンは辺りを見回し、Voidollが居ないことに気が付いた。その理由についても、即座に。

 

ここは2on2のステージだ。キーは三つ、普段よりもずっと狭い。そしてすぐ正面の敵陣には魔法少女が二人。

「状況はよくわかりませんが、ルフユさんは1陣に居てください。詳しい事は後程説明します」

 

ルフユも異変に気が付いているようだった。けれど返事はデルミンの思惑とは異なるものだった。

 

「Voidollさんが居ないなら私が行くよ、なんたってスプリンターだし!」

「――無理はしないでくださいね」

 

ルフユは開幕の合図と共に飛び出し、ステージ中央へ駆けてゆく。今が努力の見せ所だと言わんばかりのルフユの背中を見ていると、デルミンは少し心配になる。

もちろんセオリー通りならばこれで正しいのだが、今のルフユに危なっかしい考えがあること、そしてその発端が自分であることには気が付いていた。

 

「えーっと、ルルカさんだっけ、ここから先は通さないよ!」

「あなた、誰……? まあ、良いか……」

 

ルルカのことは既に聞いていたし、参加こそしていないものの戦っているのを見ていた。あの広範囲に届く鎖攻撃に注意しながら戦おう。リリカとはまだ距離があるけど、油断はしないように。

 

「マルコスさんに言われて――リリカとあなたを助けに来ました!」

「余計なお世話です」

 

ルルカのことはあんまり聞いてないけども、多分推しの友達なら推しみたいなものだろう。そんなことを思って気軽に出した名前はぴしゃりと切り捨てられ、鋭い眼光で睨まれることになってしまった。

 

「勝手に助けるとか、守るとか、何にも知らないくせに」

 

チリチリと杖先がスパークし、黒く変色する。ルフユは咄嗟に姿勢を低く構える。

 

月狼障壁(ルナティック・オーラ)

「絶夢の魔女」

 

スパークが長い鉄鎖に変化し、ルフユを襲う。間一髪ガードの展開は間に合ったが、打たれたところはじわりと痛んだ。

 

大きく振り抜かれた鎖がその形を喪い、ルルカの小柄な体躯が無防備になる。

 

「そこだっ! 月狼撃(ルナティック・ストライク)!」

「――ッ!」

 

体勢を崩していたルルカはドラムスティックを避けきれずに吹き飛ばされる。一撃必殺とはいかなかったもののかなりの痛手だったようで、そのまま退かせることに成功した。ルフユの脚力なら追うことも可能だったが、リリカと協力されると厄介だろうと思いやめておくことにした。しっかりと見て、よく考えて、素早く動く。あの時マルコスに言われたこと、特訓の中で学び取ったことは、確実にルフユの糧となっているのだ。

 

「ルフユさん、ご無事ですか」

「うん! デルミン、私頑張ったよ!」

 

はしゃぐルフユに、デルミンはやれやれという顔をする。呆れ八割、安心二割といったところだ。

 

「ぬか喜びはいけませんよ、ここからが勝負です。何が起こるかわかりませんから。それと終わったらお説教です。ちゃんと寝て、バンドを優先してください」

「バレてる!?」

「ほら、来てますよ。構えてください」

 

デルミンの視線の先には、ステッキに腰掛けこちらを目指すルルカ。そしてその更に奥に、リリカがステッキを抱きしめるように抱えていた。

 

「《みんなみんな、嫌いになっちゃえ》」

 

鈴の音のように震えた、誰にも聞き覚えのない技名発声。声の主は、リリカだった。

 

「ちょっ……えっと、リリカさんって力とかを上げてくるんじゃないの!?」

「デルミンにもわかりません! 不味いと感じたらすぐに逃げてください!」

 

周囲をくるくると回るアイコンは、一度だけ見たことがあった。あれはデルミンのカードの効果、すなわちステータスの降下だ。それがルフユやデルミンだけでなく、ルルカの周りにもついている。

それを気にも留めずに近づいてくるルルカは、まるで自分が独りで戦っているかのようだった。

 

「数的有利のうちに仕留めます!」

 

すぐ隣にいたデルミンの姿が掻き消え、次の瞬間にはルルカの背後を取っていた。幸い、その俊敏さには影響しなかったようだ。

とはいえ、ルルカもそれを想定していたらしく、初撃を軽くいなす。ルフユは挟撃を仕掛けるべく、地を蹴る。

 

「月狼――ってわぁっ!」

「ふふ、みんなみんな居なくなれ……!」

 

ルルカに気を取られて弱体化はおろかリリカの攻撃範囲内にいることを失念していたルフユに、リリカの魔法が直撃する。弱体化のせいか、さっきの鎖なんかよりもずっとずっと痛かった。

 

「ってて……」

「逃がさないわよ!」

 

振り下ろされるステッキを躱し、体勢を立て直す。このまま退けばデルミンが不利になり、前に出ればリリカに撃ち抜かれる。ならば、やる事は決まっていた。

 

「《一緒に、どこでだって》」

 

デルミンを逃がすためではない。ルフユが捕まえたのは、ルルカだった。

 

「ちょっ……離しなさいよ!」

「てぇーいっ!」

 

じたばたと暴れるルルカを放り投げた先は、リリカの方ではなく自陣に向けてだ。こうすることで一時的に1対1に持ち込める。

 

「デルミン! そっちは任せた!!」

「了解です!」

 

リリカの攻撃は、デルミンならきっと避けてくれる。だからこその選択だった。

 

「リリカ!」

「行かせないよ。私はデルミンを信じてるし、デルミンは私を信じてくれたから」

「――ッ!」

 

《あの子の傍に近寄らないで》これがルルカの必殺技であり、おそらく戦う意味だ。もちろんマルコスの記憶が作り出した影が正しければの話だが、あのマルコスがルルカのことを知らないわけがないだろう。ならばリリカと分断してしまえば、ルルカはルフユを倒すよりもリリカの救出を優先したがるだろう。それがルフユの推理だった。

 

そしてその推理は、概ね正解だったのだろう。月狼障壁(ルナティック・オーラ)も使える。必殺技はデルミンのところまでは届かない。限りなく勝ちに近い状態と言っても過言ではなかった。

 

「ルルカさん。私もあなたも戦いたいわけじゃないから、降参してくれない?」

「ふざけ――」

 

ルルカの言葉は突如として途切れ、膝から崩れ落ちる。ルフユのちょうど真後ろでは、デルミンがリリカを光片へと変えていた。

 

「ぁ……あ……」

 

ルルカは言葉にならない声を漏らしている。仕方のないことだとはいえ、ルフユは少し申し訳なく思えてきた。

 

「え、えーっと、ごめんね……?」

「五月蠅い!!」

 

翡翠色だったはずの眼は、いつの間にかルビーのような紅焔に代わっていて。ルフユはつい、差し伸べようとした手を引っ込めてしまう。

 

「リリカは間違ってないのに! 傍にいたかっただけなのに! どうして邪魔をするのかな? ねえ どうして邪魔をするの?」

 

「いつも順番つけてさ、みんなが正しくてさ、隣にいさせてもくれなくてさ」

 

ボロボロと涙を零しながら、ゆらりと立ち上がる。しゃくり上げるような呼吸が作り笑いみたいで不気味だった。

 

「もう……もう、いいよ。《全て消し炭になってしまえ》」

 

最後の仕事だと言わんばかりにステッキを振りかざし赤黒く脈打つハート型の炎弾を発生させ、そのまま投げ捨てる。

 

ルフユは咄嗟に距離を取ったが、影の放ったものに比べ、明らかに様子がおかしかった。炎弾は真ん中から二つに裂け、無尽蔵に炎を生み続ける。

 

どこまで距離を取ろうとも、劫火は終わることなく荒れ狂う。逃げ場など無かった。ルフユとデルミン、そしてルルカの体力もゼロになるまで焼き尽くされる。それと同時にようやく炎が止む。

 

ぶすぶすと音をたて燻ぶる中、再生成された二人が見たのは、気を失ったままのルルカと、茫然として立ち尽くすリリカだった。

 

 

 

 

 

 

「接続環境及びバイタルに異常なし――気を失っているだけでしょう」

 

あの後、リリカは状況が把握できていないようだったので一旦試合を中断させ、全員でトレーニングルームに移動。Voidollは最初こそ驚いていたようだったが、すぐにベッドを用意して診察を開始し、今に至る。

その間リリカはずっとルルカの手を握っていて、ルフユはデルミンが夢を見ていたあの日のことを思い出して恥ずかしくなったりした。デルミンの手を握ってたらいつのまにか寝てしまっていたルフユと同じにするのも悪い気がするが。

 

「――ところで、リリカさんは何か思い出したでしょうか」

 

デルミンの問いにリリカは顔を伏せ、ごめんなさい、と小さく呟く。先程の戦いのことどころか、しばらくの記憶がないらしい。

 

「ま、一応デルミンと私がばっちり覚えてるし、良いんじゃないの?」

「それはそうですけど、後でルルカさんが目を覚ました時にどうしましょうかと」

「あー……」

「念のため攻撃行動は不可能に設定しています。場合によっては行動不可にもできますし」

 

Voidollはそう言うものの、そうなった時に後味が悪いのも確かだ。そもそも、あの時の状況をお互いが知ることを望んでいないだろうと内心ルフユは思っていた。

 

「うーん……ねぇ、デルミン。私たちルルカさんが目を覚ますまでここに居ないほうがいいんじゃないかな?」

「かもしれませんね。あまり長い間意識が無いようならログアウトしてしまうと思いますし、今日はそうしましょうか。後は頼めますか?」

「了解しました。何かあったら連絡いたしますね。リリカさんはどうしますか?」

 

なるべく隣にいたいのか、ルルカの手をぎゅっと握り直す。もしルルカが何かを覚えていたのなら、それが一番良いだろう。

 

「ってわけで、行こ、デルミン」

「はい。また明日来ます」

 

それから一時間ほどしてルルカが目を覚ましたという報告がさんざん暴れようとした報告とともに二人のもとに届いて余計に顔を合わせづらくなってしまったのだが、仕方のない話だ。

 

 

 

 

 

 



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#3 Reversible Girls

「忘れたつもりはありませんが」

「ははは、なんのことかなデルミンくん」

 

デルミンの自室。それぞれが定位置についてちゃぶ台を挟んでいる。かたや内職のコイル巻き、かたや蜜柑の皮むきにいそいそと取り組んでいた。

 

「言うまでもありませんがルフユさんがデルミンに黙って特訓をして、挙句の果てに寝不足でバンド活動がおろそかになっていたことです」

「ま、まぁいつまでもお荷物じゃいけないし……?」

「でもバンドが優先です。何のために今戦っているのかを思い出してみてください」

「うぅ……」

 

ルフユもこれがバンドを存続させるための戦いであるということはわかっていた。復旧の目途がつけばこの世界とはさよならで、デルミンはきっと本当に満足なのだろう。緻密な手捌きでくるくると線を巻き付け続けるデルミンには、誤魔化しを見逃す気は毛頭無いようだった。

 

「罰として次はお留守番です。あと夜に特訓するのも禁止です。ログインしてたらビーム撃ちます」

「そんなぁ!?」

「リズムが走りがちな癖が戻ってきていますし、細かなミスも増えています。まずはそれを直してからにしてください」

 

ルフユは賄賂と言わんばかりに白筋をすべて取って手のひらとあまり変わらない温度になってしまった蜜柑を差し出してみたが、それはそれでこれはこれというやつです、と取り付く島もないようだった。まあ、蜜柑は受け取ってもらえたのだが。

 

「むー。デルミンってばそんなに私が心配?」

「当然です。そもそもデルミンがルフユさんを巻き込んでしまったので、それでもし何かあったら困ります」

 

そんなことないとか気にしてないとか、言えることも聞きたいこともたくさんあったが、それらが全て意味を為さないこともわかっていた。こういう時のデルミンはパパよりも頑固なのだ。ルフユにとってもバンドをおろそかにするのは不本意であるので、ここらで一度バンドに専念しておくことにしよう。

 

「じゃあ、次のセッションの時にぐんと上手くなってるから、デルミンも頑張ってね!」

「目的と目標がずれている気がしなくもないですが、まあ良いでしょう。受けて立ちます」

 

次の出撃予定はたしか三日後のはずだ。二日で完成させて、最後の一日でおさらいしてついでに作曲も進める。完璧だ。そんな希望的観測に満ち溢れた予定を立てている最中、二人のスマホが同時に鳴り出した。

 

タイトルには『特別招集』の文字。Voidollからだった。

 

「――仕方ないですね、早速ですがこれは特別です」

 

キラキラと目を輝かせスマホの画面を見せるルフユに、デルミンは渋面を作りながらそう言った。このままだとバンドどころか、内職すらも滞ってしまいそうだ。

 

 

 

 

「皆様、急な集合にご協力頂きありがとうございます」

 

いつものトレーニングルームで、Voidollはぺこりと一礼。ルフユが急いで家に戻ってログインする頃には、リリカやルルカだけでなくマルコスも揃って、用意された椅子にそれぞれ腰かけていた。

まるで宴席みたいな一言だがあまりおめでたい雰囲気ではない。ルルカとも目を覚まして挨拶をしたり一応の仲直りはしたものの、やはり若干のぎこちなさというか、居心地の悪さのようなものは残っている。もっとも、マルコスによればルルカに関してはこれが普段の対応、らしいが。

 

「本日は計二回のバトルログを精査した結果と、新機能の実装についてお知らせいたします」

 

Voidollはどんどんぱふぱふ、と自分で効果音をいれてみせる。ルフユにコンパス初心者講座をした時もだが、こういう時のVoidollは楽しそうだ。この白く小さなロボットにそういった感情のようなものがあるのかは誰も知らないが、あると言っても疑う者はいないだろう。

 

「まずはバトルログについてです。規定外の挙動をするヒーロースキルですね。今後これらを『ヴィランズスキル』と呼ぶことに致します」

「オレがリリカちゃんとルルカちゃんを出したりしたやつね。了解」

「えっ、そんなことしてたの……? リリカに何かしてないでしょうね」

「わわっ、何にもしてないよ! それに影だから偽物だし。ほんとだってば!」

 

ステッキを取り出し臨戦態勢のルルカをこほん、と咳払いで制して続ける。もちろんここでの戦闘行動は不可能に設定されているが、いちいち揉めていては話が進まない。

 

「これは原理的には仮想体(アバター)の新規作成と変わりません。本人の願いを活性化させることにより、一時的に異なるキャラクターデータを読み込んで効果を引き出している状態です。恐らくですが、今のマルコスさんやルルカさん、リリカさんに使用は不可能だと思われます」

「あの時を強くイメージするとかじゃ駄目かな?」

 

ちょっと試すわ、とマルコスは席を立ち――ヒーロースキルを発動させた。ルフユ以外はよく見慣れた、自己強化の効果を持つ普段通りのヒーロースキルだ。何度か試しても、そこに変わりはなかった。

 

「駄目かぁ。なんでだろうなぁ」

「お三方の通信ログを遡った結果、非ログイン時にも通信を行われていることが発覚しました。ログイン時に何らかの思考制御が行われ、その結果ヴィランズスキルの発動に至っている可能性が高いです。また、当然ですが自我の崩壊に繋がるため使えても乱用は禁物です」

「じゃあまだ向こうに残ってる人たちは危ないかもしれないってことね。オレは普段から一緒に戦ってたし」

「はい。また、個人データへのアクセスは遮断されているため、他の皆様の安否及びヴィランズスキルについては不明となっております」

 

状況が少しずつ良い方向に向かってきていると思った矢先に、新たな時限爆弾が増えてしまった。一進一退とはこのことだ。一番気にしてい無さそうなのがマルコス、一番不安そうなのがリリカ、といったところだろうか。もっとも、ルルカが隣に居続ける限り何か問題が起きるとも思えないが。

 

「と、いう事で摂理の解析報告は終了し、次に新機能となります」

 

Voidollが腕を振り上げると、地響きと共に何度か聞いた生成音が鳴り響き、マッチング生成システムの隣に機械が増える。よく似ているが、それらが持つ空間移動用のポータルだけが、違う色を示していた。

 

「フリーバトル機能を復旧いたしました。ちょうど我々も六人になったため、解放したいと思います。練習などにお使いください」

「これってオレが人数合わせで呼ばれるやつ?」

「一応人数調整にはわたくしが複数人入ることも可能ですが、アタッカー想定の場合はそうかもしれませんね」

「えぇ~……んじゃもうしばらく調整中ってことでヨロシク!」

 

練習を禁じられたルフユはもちろん、デルミンもしばらく使う予定はないし、本当にしばらく使われる機会はないだろう。そう思っていたが、意外にもリリカがおずおずと手を上げる。

 

「しばらく記憶がないから……もしよかったらだけど、お願いしちゃだめかな?」

「はいはーいじゃあオレはリリカちゃんとチームね!」

「じゃああたしもリリカと一緒で。せっかくだからリリカにどっちが良いか選んでもらいましょ」

 

物凄い手のひら返しをするマルコスにデルミンは肩を竦め、まぁいいでしょう、と首肯。勝負事を降りようとしないのは、デルミンのちょっとした癖のようなものだった。

 

「では、マッチングはランダムで決定いたしましょう。ロールが偏ってしまうとよくありませんので」

「あたしは構わないわ。確率なんて問題なくリリカとマッチング出来る自信があるもの」

「当選確率は4割かあ、ライブのチケットよりはマシ、ライブのチケットよりはマシ……」

「では、出発しましょう」

 

全員で一緒に、フリーバトルの開始ボタンを押し、ポータルへ飛び込む。視界が塗り替えられていく間、ルフユは今までの二戦にはないワクワクが体を包んでいるのを感じた。なにせ、勝っても負けても何もない、楽しむための『試合』はこれが初めてなのだから。

 

 

 

 

 

「感覚は思い出せた気がする! みんなありがとう!」

「いやー、負けた負けた! もうちょっとだったんだけどな~」

「惜敗でした。次は負けません。しゅび」

「ふふーん、リリカと一緒なら負けるわけがないのよ」

「皆様、非情に良い試合でした。次回までに行動予測システムを調整しておきましょう」

 

トレーニングルームに戻ってきて、やいのやいのと感想戦。始める前や、最中と比べてずっと明るくなった雰囲気に、ルフユは少し面食らった。勝利にひたすら貪欲で、ストイックにすら感じたあの集団が、ポータルをくぐればまるでセッションをした後のような高揚感に包まれているのだ。

 

「ルフユ……ちゃん、だっけ、どうだった?」

「えっと、リリカさんの支援があって戦いやすかったなーって。あ、あとずっと音楽が鳴っててびっくりした!」

「リリカでいいよ。ありがとう、ルフユちゃん」

 

自分よりも少し小さなこの少女の微笑みをまっすぐに向けられ、ルフユはむず痒いような嬉しいような、不思議な気持ちになる。

あの時の絶望を体現したような表情が忘れられないほど焼き付いているせいで、今の笑顔が眩しく感じる。きっと、こんな笑顔の子だからこその苦しみだったのだろう。

 

「そう言えばあまり気にしていませんでしたが、今までは二回ともずっと静かでした。Voidollさん、あれも不具合なんでしょうか」

「はい。フリーバトルでは今後も参加者の誰かの音楽が流れる予定です。今回はデルミンさんの『惑星のダンスフロア』を流させていただきました」

「あれ? でも歌ってたのはデルミンじゃなかったよね?」

「はい。キャラクター作成の際に自動で音声合成したものですので。ルフユさんのものもありますよ?」

 

Voidollの操作で部屋の四隅にスピーカーが生まれ、音楽が流れ始める。軽快な口調の裏の複雑なリズムを、これは叩くのが難しそうだ、なんて考えていた。

 

「ふふ、ルフユさんらしい曲です」

「そう? 聴いたことない感じでびっくりしちゃった、まあデルミンのもだけど。みんなのも聴いてみたいな!」

「では、今後はトレーニングルームにもBGMをかけておくことにします」

 

いつか、みんなの音楽を聴けたら。弾けたら。歌えたら。ルフユの胸に、また一つ新たな願いが生まれた。

 

 

 

 

 

 

「最近、迷子さんが増えてるみたいだねぇ」

 

ほわんとの何気ない食卓。窓辺から差す朝日は綺麗で、まだ白みがかっている青空の代償の寒さはお味噌汁を一層美味しくする。

 

「知らない人についてっちゃったりとかしないようにね。誘拐とかかもしれないから」

「大丈夫だよヒメコちゃん、そのくらいわかってるって」

「でもほわん、道に迷ってるんですーとか言ったらついてっちゃうでしょ?」

「それは、うぅ……」

 

ほわんは案の定、ぺたりと耳を伏せてうなだれる。ほわんは少し優しすぎるきらいがあった。それがほわんの良い所だとも思っているけど、それでも心配なものは心配だ。

 

「都会ってそうやって油断してるとすぐ騙されるんだからね、特に暗がりは注意すること」

 

これを機にしっかり教えておくべきだろう。誘拐だったら道案内と、病院と、あと怪しげな事務所からのスカウトと――

 

「あ、そうそうヒメコちゃん。それとなんだけど」

「ん?」

「クリクリさんたちから今朝、フェスのお誘いのお手紙が来てて」

「そうやってほいほい信じちゃうから――って、え!?」

 

渡された封筒にはMIDI女とクリクリのロゴ。差出人は間違ってない。もちろん、宛先も。

 

内容も今度主催するライブに一緒に出ないかどうかの簡単な内容だった。読み間違えようもない。

 

ぇえええええええ!? と家中に響く声で驚いたのは、言うまでも無かった。

 

 

 

「これは確かに一大事です。そして大チャンスです」

 

手紙に目を通したデルミンがそう結論付ける。誰も異を唱えることはない。あのクリティクリスタから直接声がかかったのだから当然だ。

 

「よーし、ノって来た! ルナティックレッスンに切り替えてガンガン練習するぞ~!」

「うちもわくわくしてきたよ~。頑張ろ、ヒメコちゃん!」

 

他の二人もはしゃいでいる。ヒメコとしても疑うつもりではないのだが、あまりに急な出来事過ぎて未だに受け止め切れていないのが本音だった。文面を思い返すと今でも手が震えるような気がする。ほんの少しいい匂いがした気も。

 

「お、おー」

「どうしたのヒメコちゃん?」

「い、いや、こう……。う、生まれたての小鹿にさあ飛べって言うみたいな……?」

「ヒメコさんはまだ実感が湧かないのでしょう。憧れの舞台でしょうし、何ならデルミンもまだ信じきれません」

 

そんなものかぁ、と不思議そうなルフユとほわんが今は少し羨ましく見える。返事の用意と作戦会議の裏で、きっと終わるまでどころか終わっても飲み込めないままになりそうだと悟っていた。

 

 

 

 

 

 

「さて、大変なことになりましたね」

 

セッションを終え、デルミンの家。ライブの件で気持ちが浮いていたのか、練習としては微妙な結果になってしまった。特にヒメコはいつもは周りをしっかり見てたのに、今日に限っては心ここにあらずといった感じだ。

 

「幸い本番までは時間がありますし、急いで向こうを片付けつつ練習もやる、というのが理想ですけど、何かあった時の保険くらいには余裕を持たせたいものです」

「そうだね。ヒメコはもしかしたら新曲作るかもって言ってたし」

 

ちゃぶ台の上に置かれた蜜柑に、二人は同時に手を伸ばす。次いで視線を交差させ、じゃんけんは凡そ民主的なやり方ではないことを察し、おとなしく半分にすることにした。

 

「コンパス側の問題も放っておくわけにはいきませんし、困ったものです」

「全部頑張らなきゃだね! って、放っておくつもりだったの?」

「マルコスさんたちに任せることが可能そうであれば離れる予定でした」

 

まただ。デルミンがこの世界を嫌う理由は、争いが嫌いだからだけではないのではないか。ルフユの胸中でそんな疑念は膨らみ続けていた。

 

「……色々言いたいことはあるけどそうならなかったからいいやってことで話を進めるね。じゃあログイン禁止令は解除ってこと?」

「……それは続行です。とりあえずルフユさんはドラムを極めるつもりで頑張ってください、リズムキープが出来ていれば私たちの練習も捗るということで」

「うーん、どっちもバランスよくやるとかじゃ駄目?」

 

ぷい、と首を横に振るデルミン。あと二日で出来るだけミスを無くすとすると、この際作曲は後回しにするにしてもやっぱり時間が足りない。

 

「ところでルフユさんは、特に身の回りで変わったことってありませんか?」

「変わったって……うーん、最近ちょっと温かくなってきて朝ちゃんと起きられる、とか?」

「大丈夫そうですね。何かおかしなことが起きたら教えてください」

「いいけど、なんで?」

 

なんでもないです、と明らかになんでもないわけではない返答。大方コンパス世界からの干渉のことを言っているのだろうと予想が付いたが、どうしてそれを言わないのかがわからなかった。ルフユの中のデルミンの輪郭が、どんどん曖昧になっていく。

それでも、親友でしょ、なんて問い詰めることは出来なかった。何かの理由があると信じていたかったからかもしれない。

 

ごめんなさい、そんな掠れ声が、聴こえたような気がした。

 

 

 

 

 

深夜。デルミンの意識は機械に解釈され、仮想世界に再構成される。

 

「Voidollさん、起きてください」

 

丁寧にナイトキャップを被り、鼻提灯を作り空中をふわふわと漂うVoidollを軽くつつく。本当に寝ていたのか、そもそも睡眠が必要あるのかも不明なこのロボットは目を覚まし、なんでしょう、と普段通りの声音で返した。

 

「今から言うものを用意してください。そして一つ、約束してください。代わりに一人連れ帰ってきます」

 

続く言葉を聞き、Voidollはピコピコとコンソールを叩く。戦場へのポータルが開き、準備完了を合図する。

 

「――理由を聞いても?」

「黙秘します」

 

ならば通せません、と言われるだろうと思っていたが追及はないようだった。

 

 

 

視界が移ろい、数日前と同様一回り手狭なステージに送られる。もちろん、自陣はデルミンただ一人だ。敵陣も等しく一人だった。

 

「フェアプレーの精神でしょうか。それとも、あなたがもう独りになってしまったのでしょうか」

「最初から独りだった、違いますか?」

 

旗を構え、泥のように濁った眼でこちらを見つめる。普段の彼女らしからぬ言動に血が沸き立つ。眼前の好敵手は、既に獲物へと変わっていた。

 

「一気に仕留めます」

 

意識を集中し、それを一気に解放するように地を蹴る。システムに規定された限界よりも先にいる自分を強く想起する。いつもより強い慣性が体にかかり、ジャンヌとの距離がぐんと縮まる。キーを無視し、さらに跳躍。

 

あっという間に距離を詰め、そのままの速度を乗せた拳を叩き込む。防御も回避も折り込み済みの、挨拶代わりの一撃だった。しかし返ってきたのは確かな手ごたえと、か細い悲鳴だった。

 

何かがおかしい。心のどこかで引っかかりを覚えたが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。オニギリクママンとのコンビネーションアタックをきっちりと成功させ、着実に追い詰める。

 

「これで終わりです」

 

強烈な蹴りでジャンヌにトドメを刺す。光片と散ったジャンヌの残滓を全身に浴び、不思議な充足感に満たされる。

 

これだ。この感覚が、過去のデルミンを衝き動かしていたのだ。勝利こそがすべてだと、盲信させてくれるのだ。赦して、くれるのだ。

 

ところが、散ったはずの光が徐々に集まり始め、やがて人型に再構成される。この巻き戻しを、デルミンは幾度となく目にしたことがあった。彼女の特技である《復活の福音》。即座に甦るという非常に厄介なこれに対処するには、そもそも互いに味方が居ない状況を作るのがよかったため、こうして誘いこむことで突破を試みているのだ。

 

しかし、彼女の頭上には特技の証である光の蝶は居なかったし、もちろん発動しておく余裕も無かったはずだ。恐らく、Voidollの言っていたヴィランズスキルとやらなのだろう。今のデルミンには呼び名など関係のない話だったが、思考の端にちらつくものだけはあった。

 

ともあれ、斃し続けることに変わりはない。デルミンは中段に構えた拳を固く握り、躱す隙も与えぬタイミングで待ち構える。

 

「あれ? デルミンちゃん?」

 

間の抜けた声は、拳によって塞がれる。あっという間に砕け散った体は、再び巻き戻されようとする。これは彼女の不屈の精神ではない。単純な巻き戻し(アンドゥ)に過ぎないことに、デルミンも気が付いていた。

 

それでも、手は緩まない。

 

「何度やったって、同じことです」

 

引き結ばれていた唇は、狂気に歪み始めていた。

 

 

 

 

「はっ、っ、はぁっ、はっ……」

 

不規則な呼吸。デルミンは真っ暗な部屋で独り、激しく上下する小さな胸をゆっくりと撫でる。

 

融けそうなくらい火照った体を冷ますべく、意識を幻想に送り込んでいた張本人であるヘッドギアを外して乱暴に投げ捨て、必死に呼吸を繰り返す。

 

大丈夫。私は大丈夫。そう強く言い聞かせながら、思い出すのはましゅましゅの皆のことだった。大丈夫。大丈夫。大丈夫………。

 

全身の筋肉はこわばって、じっとりと脂汗をかいている。ここまで深く意識を沈めたのは、いつぶりだっただろうか。自分が自分でないような乖離感に怖気がして、何度か空えずきを繰り返した。

 

試合内容は既に半分近く覚えていないが、恐らく試合というよりは一方的な殺戮と呼ぶべきものだったのだろうということだけはわかった。要するに、深くは考えない方が良いという事だ。目を背けて、見なかったことにして、忘れてしまおう。

 

イヤホンをして寝るのはあまり好きではなかったが、耳鳴りを遠ざける為だと割り切って適当な音楽をかける。心臓を宥めるため、出来るだけゆっくりに。

 

そうして呼吸が落ち着いたころ、ピッピッ、と通知音が鳴る。うしろめたさを感じながらスマホを手に取る。ジャンヌからだった。

 

『大丈夫ですか?』

 

デルミンの身を案じるシンプルなメッセージに、つい笑ってしまった。こっちのセリフですと言いたかったが、それほどの余裕がある訳でもなかった。デルミンは手早く返信し、投げ捨てたヘッドギアに手をかけた。

 

作戦成功だ。そう笑むのはデルミンと、もう一人。



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#4 シンメトリックミロワール

「ルフユさんをもうこの世界に来る必要がないようにしてください」

「申し訳ありませんが、それはお断り致します」

「どうしてですか」

「黙秘します」

 

 つい数時間前に言った言葉をそっくりそのまま返され、デルミンは狼狽える。ジャンヌはリリカと同様にこの世界が変わってしまってからの殆どの記憶を失っており、状況を説明するとあっさりとこちら側につくことを決めてくれた。

 翌日の集合予定を伝えて解散してから、こうしてデルミンとVoidollは互いの痛い腹を探り合おうとしているわけだ。とは言えVoidollがこの空間の支配者である以上、およそ対等とは言えたものではないが。

 

「まだ、隠し事が残っているハズです」

「根拠の無い発言は控えていただけると幸いです」

「……っ」

 

 売り言葉に買い言葉で切り札を出しそうになるのをぐっと堪える。いくら何でもタイミングが悪すぎるのだ。

 この世界の本当の摂理は、恐らくVoidollにも把握しきれていない。"それ"を検知する機能がVoidollには備わっていないのだ。もし、そうでないとしたらこの騒動の真犯人は彼であると断言できるほどの自信があった。

 

「ともかく、ルフユさんは忙しいので、明日はデルミンとジャンヌさんの二人で出ます。これに関しては異論の余地はありません。では」

 

 ロビーに置かれた椅子に腰掛けたまま、強引に話を断ち切るようにログアウトのキーを叩く。Voidollも自分が全員から信用を得ているとは思っていないだろうし、これで充分揺さぶりとして機能するはずだ。後はルフユさんを説得するだけ。これは自分がこの世界から離れればきっと解決するはずだ。

 Voidollがルフユにそこまで拘る理由がデルミンにはわからない。これだけが気がかりだった。

 

 

 

 

 

「ほわぁ、今日はあったかいねぇ」

「そうだね。そろそろ1年、かぁ」

「何が?」

「あたしとデルミンとルフユが初めて会ったのがちょうど今頃で、ほわんと会ったのがもうちょっと先。温かくなってきた頃だったなって」

 

 バンド結成一周年、って考えるとあと一か月ほどあるけど。このままフェスの予定がとんとん拍子に進めば、ちょうど同じくらいの時期になるだろう。

 ここ、MIDICITYは音楽の聖地だ。音楽界で頂点を目指す者達が集い、日々腕を磨いている。そんな激戦区で一年間バンドが続いて、前に進み続けているということが当たり前ではないことをマシマヒメコは知っていた。どんなに良い音楽を奏でていたバンドでも、何か小さなきっかけで崩れてしまう。そのくらい脆いやりとりの積み重ねが、各々の表現へと昇華されているのだ。

 開店前のショーケースに映る自分たちの姿は、また一年後にはどうなっているのだろう。独りぼっちだった去年よりも、そして今よりずっと賑やかであることを願うばかりだった。

 

「ね、ヒメコちゃん」

「なに?」

 

 振り向くより前にほわんの腕が絡みつき、ほわんと背負ったギターの重みが半分ずつくらい寄せられる。もうとっくに覚えてしまった匂いが、それでも慣れない体温が、左腕からしっぽの先まで駆け巡る。

 

「そ、外だよ」

「恥ずい?」

 

 こういう時、なんて言っていいのか未だにわからない。それはいつかわかる日が来るのか、いつ頃になるのかもわからなかった。

 けど、今はそれで良かった。わからないことをそのままにしていても、駄目になってしまわないと信じていられるくらいの余裕はあった。

 

「おっ、朝からアツアツ大事件を発見!」

「見せつけてくれますね」

「うぇぇっ!??」

「あっ、ルフユちゃんもデルミンちゃんも、おはよう~」

 

 すっかり油断していた後ろから背中をつつかれるように聞き慣れた声がからかってきて、飛び上がってしまいそうだった。ほわんのこの胆力は見習いたいのものだが、それはそれとして恥ずかしさはずっと変わらないままなんだろうな。それが幸せである限り、喪いたくないものだった。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ。いやに静かな帰路だった。二つの影が、閉店後のショーケースの上を歩いている。

 

「デルミン、明日だよね」

「はい。けど、ルフユさんが心配するほどのことではありません。安心して練習をすすめておいてください」

「うん。デルミンのことはちゃんと信じてるよ。けど、こう……なんだろう、あまりルナティックじゃない感じの嫌な予感がして」

 

 よくわからないままお互いの嫌な予感について想像を巡らせていたが、結局わからないものはわからないという結論に先に達したのはルフユだった。

 

「ま、予感だけで怖がっても仕方ないけどね! 応援してるからさ!」

「ありがとうございます。デルミンも――あれっ」

「どうしたの?」

 

 遠くから、綺麗な歌声が聞こえたような気がして、つい振り返る。辺りに歌っていたらしい人は居ないし、その頃には歌声も消え去っていた。

 

「何か歌が聞こえたような気がして。スマホが鳴ったりしてませんか?」

「そう? 何も聞こえなかったし――うん、携帯も鳴ってない」

「空耳でしたか。珍しい事です」

 

 二人して顔を見合わせ、もう何も聞こえないことを確認する。そもそも聞き覚えのあるメロディでもなかったので、きっとたまたまだろう。

 

「じゃ、そういうことで! またね、デルミン」

 

 もうひと欠片を残して沈んだ夕陽と、手を振って別れる二人が映るカーブミラー。靴音がやけに反響する、不気味な日だった。

 

 

 

 

「本日もお集まりいただきありがとうございます。調子の方は如何でしょうか」

 

 Voidollが流暢に司会を取り仕切り打ち合わせを進めていくさまを、デルミンはぼんやりと眺めていた。本当はもっと真剣に取り組むべきなのだろうが、自分がVoidollへ向けている疑念のせいで、粗探しにばかり意識が向いてしまっていた。

 

 彼は基本的に個人の意思を尊重する。デルミンがこの世界に足を踏み入れた時もそうだった。ルフユの解放を断ったのはそれが本人の発言ではないからとしてしまえば自然であるが、ただならぬ執着がある線も否定できない。

 

 と言うのも、誰の目から見てもルフユは弱い。経験の面を除いても、全員が総合的に同じ強さを持つという『ゲーム』としてのルールが揺らぐレベルでの弱さだ。人数が足りなかった当時とは違い、もう無理をして参加させる理由がない。

 これらの謎を解きルフユと共にこの世界から離れるのと、現状の問題が解決するののどちらが早いかはわかりかねた。そもそも――

 

「――ちゃん、デルミンちゃん」

「はっ、なんでしょうジャンヌさん」

 

 見回すと会議は粗方片付いており、マルコス、リリカ、ルルカの三人は出撃の用意をしていた。Voidollがガコンガコンと機械を動かし、ゲートが開かれた。

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていました」

「調子が悪かったら無理せずにね?」

「いえ、体調はカンペキです」

「ふふ、頼もしいですね。じゃあ行きましょうか」

 

 久しぶりに、そう付け足すジャンヌはどこか遠足にでも行くみたいに楽しそうだ。デルミンがこの世界から離れて一年の間に何があったのか、あとで聞いてみてもいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 真っ先に知覚したのは冷気だった。寒さを運ぶ湿気のない風にバタバタとはためく旗が並んでいる石造りの壁は、正面の大扉につながっている。城門と呼ぶに相応しいそれの前には人影が二つ。デルミンはこのステージに見覚えがなかったが、旗に描かれた印章は知っていた。

 

「ここが、氷王宮……!」

 

 隣に立つ相棒(ジャンヌ)も察しがついていたようで、視線を交差させる。この寒さの理由も、合点がいくというものだ。

 

 戦場へ降り立つ靴音が、風音の中にコトリと響いた。いやに緊張感のある、戦いの幕開けだった。

 

 デルミンが瞬時に把握できたことは2つ。戦う相手がアダムとソーンの2名であること、3つのポータルキーが縦に並んだだけのシンプルなステージであることだ。寒さも気付きの1つではあったが、吹雪いているというわけでもない。動いている分には問題のないことだった。

 

「ソーンさんのことを考えると、一気に攻め落としてしまうのが良いと思います」

「同感です。"いつも通り"でいきましょう。デルミンがアダムさんを担当します」

 

 コク、と首肯だけを返して盾を構える。頼もしい限りだった。

 

「久しぶりですね、アダムさんも」

 

 返事はない。代わりに、氷剣越しの鋭い視線を向けられた。心なしか、風が一層冷たくなったようだ。

 

「早いうちに終わらせましょう」

 

 デルミンは一定のリズムで踏んでいたステップを崩し、一瞬で懐に潜り込む。アダムのような武器を持った相手への常套手段だ。当然、アダムのほうも大きく体を捻って初撃を躱す。互いにその慣性を殺さずに次撃を構えた。先に隙を見せたものが負ける、剣舞のような完成されたやりとりだ。二人にだけ理解できる流れを読んで、全てに必殺の一撃を込めて舞う。

 

 そんな繊細なやり取りは、唐突にかき乱される。デルミンが回避した先に、鋭い氷の柱が生まれる。ソーンが放ったものだ。可能性として考慮していたものの、完璧なタイミングで放たれたそれはデルミンの体勢を大きく崩した。

 

「させません!」

 

 割って入ったジャンヌが、デルミンの背に叩き込まれようとする氷剣を受け止める。淡白だったアダムに、初めて怒りの表情が生まれた。

 

 ジャンヌの介入により生まれた小康状態は、ソーンによる追撃ですぐに失われる。次々と現れる氷柱は、躱し続けるだけなら容易だが、以前のそれに比べ異質であった。消えずに残り続けているのだ。連続して放たれるそれは的確にジャンヌを隔離する形で聳え立つ。

 

 今から大きく回り込む形でジャンヌが戻ってくる頃まで耐えたとしても、再び同じ状況を作られるだけだ。このやり取りが続けば続くほど不利になるのならば、動くのは早いほうが良い。デルミンはアダムへ攻撃を加えるふりをして壁を蹴り、一気にソーンとの距離を詰める。

 

 失敗した、と気が付いたのは着地の瞬間だ。大きく転んで初めて、氷に一瞬触れただけの靴底が凍り付いていることに気が付いた。そうなれば後は逃げることすらも叶わない。ジャンヌが回り込むころには、デルミンは拠点に戻されていた。

 

「Voidollさんが言っていたヴィランズスキルというものでしょうか」

「はい。厄介なやつです。何もないシンプルなステージだと思っていたら、こうなるとは思いもよりませんでした」

 

 瞬時に状況を察して退却したジャンヌと、二度目の作戦会議。時間は迫っているとはいえ、闇雲に突っ込んでどうにかなるというものでもなかった。

 

「けど、作戦がないわけではありません。――やれますか」

 

続く説明を聞き、確認に頷く。その口元には笑み。それは謀計からくるものではなく、自信からくるものだった。

 

 

 

 

 ジャンヌは盾を構え直し、退却した道を再び戻る。突き立つ氷を丁寧に躱しながら、アダムの攻撃を受け流し続ける。このままを続けていても決して勝てるものではなかったが、これで良かった。押されるということに目的があったのだ。

 

「デルミンちゃん!」

 

 勝機はここにしかなかった。ジャンヌは自身の軍旗を投擲し、デルミンの元へ届ける。

 

「――受け取りました!」

 

 デルミンはその軍旗を拾い上げ、地面に柱のように突き刺す。それを踏み台に氷の壁を乗り越えた。すぐ下で氷術を唱えていたソーンが目を見開く。

 

「チィ――ッ!!」

 

 それに気付いたアダムが歯噛みする。氷剣がより強い冷気を纏い煌めく。ジャンヌにとってそれはほんの少しだけ想定外の行動であったが、同時に、勝利が確定したことを意味していた。

 

聖女の秘宝(ペルセウス)ッ、力を貸して!」

永凍棺(アイシクルコフィン)!」

 

 アダムが狙いをつけた先はジャンヌだった。氷壁に狭められた道を塞ぐように放たれた一撃は、デルミンとジャンヌに宿った秘宝の加護によりあっけなく躱されてしまう。

 

 その隙にジャンヌはアダムを大きく弾き飛ばし、デルミンはソーンを仕留める。ゲームセットと同義だった。

 

「きっとその力は、弟さんをも傷つけるものであると、知っていたのでしょう?」

 

 ジャンヌは先ほどの違和感を解決すべく、問う。返事はなかったが、肯定を意味するものだった。そうでなければ、あのタイミングでデルミンに向けて撃たない理由がなかったのだ。

 

「ならば、その過った力を捨て、私たちと共に歩みましょう。現状の延長線に破滅が待つことに、気が付いているのでしょう?」

「黙れッ――お前に何がわかるッ!」

 

 片膝をつき、息を切らしながらなお鋭い視線で威嚇する様子は手負いの狼のようであった。普段のジャンヌなら、慈愛を以て答えとしただろう。しかし、今日のジャンヌはそうではなかった。合わせ鏡にも等しい無限の戦を諦めなかったジャンヌには、看過できないことだったからだ。

 

「わかりません」

 

 ぴしゃりと言い放つ。一瞬だけ、風が停まったような気がした。

 

「わかりません。私だって、本当は戦いに意味など無いことに気が付いています。けれど諦めるわけにはいかないのです。先立って行った同志のために」

 

 ギリ、と歯を食いしばる音は、風音に掻き消えるような温いものではなかった。

 

「けれど、あなたには弟さんが居ます。護りたいと思うその意思は、きっとやすやすと失われない力を持つでしょう」

 

 しかし、その限界に気付いている。それは言外のものであったが、隙間風のように看過できないものとしてアダムにのしかかる。

 

「どうやったって最悪の結末が待っている。そう思っているならば、弟さんには生き延びる場所を用意しておくべきでしょう?」

 

 普段の彼女らしからぬ後ろ向きな物言いに、その眼差しに。アダムは彼女の本質を垣間見たような気がして。

 

「私たちと、終わりを探しに行きましょう」

 

 タイムアップのアラームと勝敗を告げるアナウンスが、両者を引き裂いた。

 

 

 

 

 

「おっ、お疲れー。どうだったー?」

「上々です。そちらは?」

「とーぜん余裕! な?」

「どうだか。結構危なかったわよ」

「まあ、どっちも勝ててよかった!」

 

 戻ってくる頃にはマルコス一行は試合を終えていたようだった。お互い軽口をたたき合いながら試合後の処理を待つ。デルミンは先程アダムと話していた内容をジャンヌに聞こうとしたが、のらりくらりと躱されてしまった。

 

「バトルログを辿って対戦相手をここに誘致しておりますので、少々お待ちください」

 

 Voidollの白い腕がコンソールの上で跳ねると、ゲートがもう一度光り出す。デルミンたちが戦ったアダムとソーンに加え、かけだし勇者、トマス、サーティーンの三人が召喚される。まずは全員意識がしっかりしていることに一安心した。

 

「まずは現状についての確認から行いましょう」

 

 途端賑やかになったロビーに椅子とテーブルを増やしながら、Voidollがそう言う。快進撃は確かに軌道に乗りつつあった。

 

 

 

 

 

 ログアウトして、軽くシャワーを浴びる。体を動かしていたのは仮想世界での話なのに、一通り運動した後のようなけだるさがあった。あの世界の不思議なところの一つだ。

 ルフユに結果は上々だった旨のメッセージを送り、ほっと一息。適当に夕飯を作ろうかと思案した矢先に、スマホに着信。ルフユからの返信かと思ったが、ヒメコからだった。

 

「もしもし、何でしょうかヒメコさん」

 

電話に出るや否や、憔悴しきった声が電話の向こうで嗚咽を漏らす。

 

「ほわんが……ほわんが、帰ってこないの」

 

 




しょばすたが誘拐事件がどうのって引いて終わったので大慌てで書きました 公式とネタ被りすると心臓に悪いですね


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#5 No continue!!

今回はMIDICITY側でのお話です。多分次かその次かで終わります。


 

 綺麗な歌声だった。

 

 おそらくかなり遠いのによく通っていて、それでいて優しい。暖かな歌声だった。

 

「ヒメコちゃん……?」

 

 きっと聞き間違えだろう。そんなことはわかっていた。それでも足はそちらへ向かっていた。

 

 買い物袋を投げ出して、奥へ、奥へ。

 

 

 

 

 

 

「ほわんが……ほわんが、帰ってこないの」

「落ち着いてください。ほわんさんはいつから居ないのでしょうか。携帯はどうですか? バイト先は?」

 

 デルミンは非常時にも関わらずすらすらと言葉が出てくる自分に驚いた。そのくせ最悪の心当たりからは目をそらしていた。

 

「携帯も繋がんなくて、誰に電話しても知らない、って……」

「それは大変ですね。手分けして探しましょう。ほわんさんがよく行く場所は?」

「そんなのもう周ったわよ!」

「――ッ!」

 

 叩きつけるような悲鳴に、ついスマホから耳を離す。眠気はとっくに消え去っていた。

 

「ごめん」

「いえ、大丈夫です。デルミンこそ質問ぜめにしてごめんなさい。ルフユさんに話して連れてくるので、一旦マスターに話をしましょう」

「……ありがと。マスターには今から向かうって伝えとく」

 

 それもやっておこうかと迷ったが、ヒメコがそう言うのだからそうさせておこう。一刻も早く集合して、探せるところを探していこう。その頃にはもしかしたらひょっこり帰っているかもしれない。希望的観測が良くないこともわかってはいたが、そう思うことにしておいた。

 

「では、一旦切ります。何かあったらすぐ教えてください」

 

 ネットニュースの通知に並ぶ誘拐の文字を指で弾いて見なかったことにする。靴をつっかけて家を飛び出す。ルフユがすぐに電話に出たことだけが、唯一の救いと言えようか。

 

 

 

「うーん、最後に今日みんな練習してったでしょ? あぁ、もう昨日か」

 

 ほわんの行動を追うマスターの言葉で、3人は既に日付が変わっていることに気が付いた。

 

「それからバイトに行って、ちゃんとタイムカードを押したんだってね?」

「うん。電話したら教えてくれたから、間違ってないと思う」

 

 ほわんはバイト先でも持ち前の明るさでうまくやっているらしい。みんな失踪するような心当たりは無いと言っていて、昨日もいつも通り買い物をして帰ったはずだ、と話してくれた。とはいえ、バンドとバイトだけで手いっぱいなのだから、当然のことではあるが。

 

「じゃあ、買い物して家に帰るまでの道のりに何かあったってことだね。どこに行ってるかはわかるかい?」

「うん。駅前のとこ。たまに特売でちょっと回り道して商店街まで行くって言ってたけど」

「ふーむ。じゃあ、マスターは警察に行ってくるから、君らは手分けして探しておきなさい」

 

 警察。当然の対応なのだが、改めてそう言われると事の重大さを認めてしまう気がして怖かった。とは言えヒメコが一通り探して見つからなかったわけだし、それが数人増えたところでどうにかなるわけではないのだが。

 

「あたしも行く」

「いーや。こういうのは大人に任せておきなさい。君らはまだ元気なんだから、駆け回って探しておいで」

「だって――」

「だってではないよ。何事もなかったらそれが一番だろう? 割り振りはデルミンくん、君に任せよう」

「わかりました。では、そちらが片付いたら一度連絡をお願いします」

 

 こういう時にある程度頼れる大人がいるというのは有難い事だ。デルミンは地図アプリを立ちあげながらそれを強く実感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 大好きな歌があった。うちは、その歌で満たされていた。

 

 大好きな歌をくれた人がいた。うちは、その人に救われていた。

 

 うちの夢を叶えてくれたその歌は、うちの夢になってくれたその人は。

 

 きっと、うちのすべてだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それではルフユさんはこちらをお願いします。何かあったらデルミンにすぐ連絡してください」

 

 デルミンはすぐに全員に指示を出し、自分の担当範囲に向かっていく。こういう手際の良さはルフユが少し憧れるところだった。冷静なところは元々なのか、それとも今までの経験で培われたものなのかは知らなかったが、一朝一夕でそうなれるものではないことはよくわかっていた。

 

「ふぅん? 追いかけないんだ」

「うわ!?」

 

 いつから後ろに居たのだろう。こうしてはっきりと認識してもまだ存在を疑ってしまう幽霊のような男だった。

 眼のようなマークの付いた帽子を脱ぎ、ルフユに向かってよろけるように頭を下げる。見覚えのある顔ではなかったが、向こうはそうでもないらしい。

 

「ど、どちら様ですか」

「うーん、誰でもない……って言うと話が長くなっちゃうから、あの子の知り合いって名乗っておこうかな」

「何の用ですか、零夜さん。観測するだけなら見逃しておくつもりでしたが」

 

 声に振り返ると、先に探しに行ったはずのデルミンが戻って来ている。何やらあまり仲がいいわけではないらしい、というよりデルミンが一方的に警戒しているようで、角先は軽くスパークしていた。

 

「少し長くなるけど、いいかい?」

「駄目です。手短にお願いします」

「手厳しいなぁ。人探しをしているのだろう? 僕、いや、僕らが手伝えるとしてもダメかい?」

 

 零夜が片手を上げるると、向こうの路地から数人の男たちがやってくる。それぞれ服装は違えど、奇妙なまでに顔が同じ男だった。双子、三つ子……いや、明らかにおかしい。

 

「詳しい話は省くとして――僕はキミたちのセカイの僕じゃない。彼はおそらくあのシステムに囚われているだろう。それから解放するために旅をしていたらここにたどり着いたというわけさ」

 

 あのシステム。その物言いで、ルフユはやっとこの男が『project #compass』に関わっている人間だと理解した。データ上の存在であるVoidollがこの世界に実体化する為には何やら煩雑な手続きがあったようだが、彼らがそれを行っていないとするなら、彼らもMIDICITYの住人なのだろうか。

 

「何か、手がかりがここに?」

「いいや、システムからこの世界への干渉を観測した。キミたちのVoidollとの邂逅(であ)い以外のね」

 

 それを聞いた途端、デルミンの顔色が変わる。少し場所を変えながら話そうか、零夜はそう言いながら続ける。

 

「そしてこの街で流行っている誘拐事件との関連もあることが掴めている。君たちが探している女の子が攫われた場所もたった今見当がついたところだ」

「それは本当ですか」

「勿論さ。ただ、今どこに居るかはわからない。詳しくは話を聞くといいだろう」

 

 零夜がデルミンのスマホを指さすと同時に、ヒメコからの着信。写真に映っている投げ捨てられた買い物袋は、確かにほわんが買い物に行くときに持っていたものだ。

 

「先程彼女の周りにも一人つけておいたから、ミイラ取りがミイラになる可能性はひとまず無いだろう。ただ、このままだと後手に回るばかりで解決の未来は無い。次の地点を見つけ出す必要がある」

「人海戦術じゃだめなんですか」

「こちらにも限度があってね。世界の摂理を乱さない程度――多くても五人が限界と言ったところだね」

 

 デルミン、ルフユ、ヒメコを合わせても十人に満たない。対してMIDICITYはとにかく広い。ある程度の予想をつける必要があった。

 

「犯行現場には傾向があるって言うし、前の場所から予測出来たりしないかな?」

「そうだね。実は完璧ではないが我々はこの犯人のルールを見出しているのだよ」

 

 そう言うと零夜は地図を取り出す。ところどころ点がつけられているのは過去の犯行現場だろうか。順に矢印が振られていて、それらはギザギザに揺れているものの、一つの方向へと向かっているようだった。

 

「最初の現場から同じくらいの間隔をあけて犯行が発生していることから、時々挟まる空白は我々には見つけられなかった現場なのかもしれないと予測されている。順当にいけば明日はこの辺りだ」

 

 さらさらと零夜は説明を進める。この区域なら十人くらいで何とか監視できるだろうとデルミンは考えていた。問題は零夜や自分はともかく、ルフユやヒメコを一人にして監視するということが危険だということくらいだ。

 

「それ、少し違うと思う」

 

 異を唱えたのはルフユだった。地図に示された点を順番に指でなぞりながら、何やら口ずさみ始める。そこでやっとデルミンも気が付いた。

 

「これは、楽譜……?」

「うん。この飛んでるところが休符で、ギザギザの繰り返しもちょっと楽譜っぽいなって。それに――」

 

 始点は小さなライブハウスの前。そしてこのまま進んでいくと、BooDoo館。この仮説が本当だとするなら、演奏はもう残りわずかだった。

 

「ふっ、音楽のセカイらしい面白い推理だ。それで、このメロディの続きはどこなんだい?」

「デルミン、この歌知ってる?」

「知らないのに気がついたんですか?」

「それはもうルナティックな勘で……。とにかく、このリフがあるならここは休符を挟むと思う」

 

 知らない曲の入りの部分を予測するのは難しい。一日の猶予が生まれたとは言え、捜査はふりだしに戻ったも同然だ。

 

「さて、そろそろ彼女が戻ってきているようだし、僕は一旦離れるよ。くれぐれも僕の存在は内密に、こちらからも何かわかったら連絡するよ」

「はい。ではデルミンたちはマスターから話を聞いてくることにします。行きましょうルフユさん」

 

 もう人もまばらになった街を、二人は駆け足で進む。

 

 

 

 

 

 

 歌で満ちていた。大好きな歌だった。

 

 喪われることなんて、考えたくもなかった。

 

 幸いなことに、歌は満ちていた。うちは幸せだ。

 

 うちのすべてで、この歌を聴き続けよう。

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎに再びヒメコの家に集合。ルフユとデルミンは辛うじて眠れたが、ヒメコはそうではないようだった。それでもヒメコの家に集まることにしたのは、誘拐の線で捜査されることになった不安を少しでも紛らわせるためだった。

 

「やっぱり話すべきだと思うんだ」

 

 しびれを切らしたルフユが、ちゃぶ台に昨日の地図のコピーを広げる。デルミンは止めようとしたが、時すでに遅し。

 

「お父様に話したら、誘拐事件のデータを集めてくれたの」

 

 零夜の存在を隠すための嘘だ。食い入るように見つめるヒメコからは疑う様子は見られない。藁にも縋る思いなのだろう。それから昨日の推理を話す。一応このメロディを知らないか確認もしたが、ヒメコにもないようだった。

 

「ヒメコが知らない歌ってなると……なんだろうなぁ」

「私にだって知らない曲なんてたくさんあるし。けど、今日の所が休符なのはルフユの言う通りで間違いないと思う」

「明日までに次の場所を予測して、そこに待ち伏せ……警察の人に頼んでも信じてくれるか怪しいし」

 

 音楽に沿って犯行が起きています、なんて話は突拍子過ぎて聞き入れてもらえないだろう。デルミンは当初、愉快犯を装い匿名の犯人としてこの推理を警察に垂れ込むことを考えたが、推理が外れていた場合や自分が特定されるリスクを考えてやめておくことにしたのだ。

 

「デルミンは誘拐事件の阻止より、一度発生させてその場で対応するべきだと考えています。なので大がかりにしてしまうよりこちらで決め打ちして動きましょう」

「つまり、ばらけて監視するにしてもいくつかメロディの予想をしてからってことだよね」

「はい。ヒメコさんならどういう進行にするか、意見を聞きたいです」

 

 ヒメコはしばらく口ずさんだ後、少し散歩してくるから留守番してて、と言って立ち上がる。

 

「いくつか考えたけど、ちゃんと自信が持てるまで考えたいから。何かあったらすぐに電話できるようにしておくね」

「大丈夫? 私で良ければついていってもいいけど……」

「ううん。曲を作るなら、と思ってね。すぐ戻ってくるよ」

「ヒメコさんがそう言うなら、そうしておきましょう。くれぐれも無理はしないようにお願いします」

 

 きっと零夜が監視をつけているだろう。一時はヒヤヒヤしたものの、このまま何もやることが無いままヒメコを独りにしておくほうが精神的に良くなかったに違いない。デルミンはヒメコの瞳に光が戻ったのを見て、これでよかったのだと納得することにした。

 

「ルフユさん、ありがとうございます」

 

 ヒメコが出て行った後でそう言ってみたが、ルフユはよくわかっていないようだった。裏表の無さというか、無鉄砲というか……こういう所がらしいと言ってしまえばそうなのだが、心配なところでもあった。

 

 

 

 ゲシュタルト崩壊というものがある。同じ文字を見続けていると逆にその文字がわからなくなってしまうという現象だ。メロディにもそれがある。

 

 即ち、一つの歌について考え続けると途端に詰まってしまうのだ。これは曲作りには致命的で、これを無視して突き進んで良い曲を作れた試しは一度たりとも無かった。

 

 そういう時に、ヒメコはこの浜辺まで足を運ぶ。関係のない無造作な音を入れるには、ここが一番だった。

 

 しかし、今日の海は静かだ。語ることは無いと言わんばかりの大しけで、砂を踏む足音に、温い風だけが吹いている。

 

 思えばあの日ほわんから逃げ出して以来、海はいつだって静かだった。既に自分の中に答えがあることを見透かしたように大きく構えていて、それでいて優しく待っていてくれる。ほわんのあの瞳に見た青と同じように、暖かく接していてくれる。

 

 結局私は認められたいだけなのだ。安心が欲しいだけなのだ。そういう自分が大嫌いだから、正しいのか不安だから、こうして無機的なものに頼ってしまう。そんなことはわかっていた。

 

 この暗い感情から解き放たれることは無いだろう。ほわんの事を羨み続ける私は消えないだろう。けれど、今はほかの何でもない私を、信じてみようという気持ちになれた。

 

 ほわんに貰ったものを、ちゃんと返しにいかなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 うちは、歌で満たされていた。

 

 大好きな歌だ。いつから好きだったか、どうして好きなのかなんて、どうだってよかった。

 

 もっと聴いていたい。ずっとずっと聴き続けたい。

 

 きっとこの歌が、うちのすべてだ。

 

 

 

 

 

 

「こっちは用意できたよ。そっちはどう?」

「いつでもオッケーだよ!」

「準備万端です」

 

 結局、ヒメコが予想した音階は二つだった。最後の二択はどうしても作り手の好みになるとやらで、それぞれにヒメコとルフユが構えている。その間でデルミンが待ち、それ以外を零夜たちが担当する。危険はそれ相応にあるが、電話を繋いだまま待つことで可能な限り安全にしているはずだ。

 

 零夜によると、昨日が休符だという予想は当たっていたらしい。時間についても、ほわんの買い物鞄に入っていたレシートから、もうじきだろうと予測できた。

 

 待つというのは難しいものだ。特に、一目でわかるものではない場合、危険が伴う場合、そして来るということが確実でない場合は余計に。要するに今がそうだった。

 

「様子がおかしな人や、自分に近づいてくる人がいたら、すぐに報告してくださいね」

「わかってるって。なんならここには今は一人もいないよ」

「私の所もだね。凄く静かだよ。本当にここで合ってたのか心配になるくらい」

 

 とは言え、持ち場を離れるわけには行かない。誘拐には絶好の場所なのだから――そう思った矢先、ルフユが異変に気が付いた。

 

「歌が――」

 

 次いで、ヒメコ。

 

「聴こえる。あの歌だ」

 

 不味い。デルミンがそう気付くと同時に、通話が終了する。即ち、ヒメコとルフユが電話を切ったのだ。耳を澄ましてみたが、デルミンには何も聞こえなかった。大慌てでルフユの元に走りながら、零夜に連絡をとる。

 

「ヒメコさんの予想は両方とも当たっていて、今はルフユさんの所に向かっています、零夜さんはヒメコさんの所にお願いします」

「了解。すぐに向かおう」

 

 ヒメコが迷っていた二択は、デュエットだったのだ。そして、歌が聞こえている以上、既に危険な状態であるはずだ。

 

「……すまない。遅かったようだ」

 

 ほぼ同時に辿り着いたらしい零夜から絶望的な報告を受け、デルミンはビルの壁に拳を叩きつける。つい先ほどまでそこにあったはずのルフユの姿も忽然と消えていた。

 

 完敗だ。それを認めるわけにはいかなかった。

 

「探しましょう。まだ遠くには行っていないはずです」

 

 命に代えてでも、見つけ出す必要があった。

 

 

 

 

 

 

 歌が聞こえる。大好きな歌だ。

 

 綺麗な旋律を、彼女の声が優しくなぞる。いつまでだって聴いていられる、いい歌だ。

 

 けれど、この歌はずっと聴いていられるものではない事を、私は知っていた。

 

 違う、違う。この歌は私の歌じゃない。今の私には、この続きは描けないから。

 

 一度うまれた違和感は、雪だるまみたいに膨らみ続ける。

 

 まだ完成なんて言わせない。私なら、もっと良い歌を作ってみせる。

 

 

「――っ!」

 

 真っ暗だった。大きな机に突っ伏して、知らない人たちが眠っている。目を覚ましたのはその端に座っていた、ルフユとヒメコだけだった。視線を交差させやっと、状況に気が付く。

 

「ほわんは……ほわん!」

「静かに。私はデルミンに連絡するから、起こしてあげて」

 

 電話をかけようと思ったが、犯人が見張りに戻ってくる可能性も考えてメッセージにしておいた。ここはどうやら廃工場か何からしい。ヒメコはすぐ隣で他の人と同様に突っ伏して眠っているほわんの肩を揺さぶる。

 

「ほわん、ねぇほわん。起きて」

 

 ほわんはしばらく何やら唸った後、目を覚ましてくれたようだ。

 

「ほわっ……ヒメコちゃん、ヒメコちゃん……?」

「もう大丈夫だよ。早く帰ろう」

「うん……うん。ごめんなさい。うち、ヒメコちゃんの歌を、忘れそうになってた……!」

 

 心臓が跳ねる。ヒメコは先程まで見ていた妙な夢のことだろうと結論付け、考えないことにした。

 

「もう何も心配しなくていいから。ね? 事情は後で話すとして、まずはここから逃げよう」

「……うん」

 

 まだ混乱しているほわんを連れ、出口を目指す。そこで、向こうから来る足音に気がついた。

 

「隠れよう!」

「そこが良いかも!」

 

 この部屋にはドアは一つだけ。崩れかけの物陰に三人で身を隠す。足音は少しずつ近づき、やがてドアが開かれた。

 

「やあ。遅くなってごめんね。今日もみんな楽しみにしていてくれてありがとう!」

 

 声音からして女だろうということだけがわかった。一人ならこちらの方が優勢ではあるが、不思議なあの歌のことを考えるに、デルミンや警察の到着を待つべきだろう。

 

「それじゃあ早速――歌います」

 

 綺麗な歌声だった。一瞬身構えたが特に体調に異変があったりするわけではなく、単純に上手い。どれも知らない曲で、攫われた時のあの歌は入っていなかった。

 

「ふふ、ありがとうございました。また明日、歌いに来るね」

 

 全部で三曲、丁寧に歌い上げて部屋を後にする。コツ、コツという足音が遠くなっても響いてくるのは、かなり広いところだからだろう。

 

「また明日、って言ってたから、今から一日は大丈夫なはず。逃げよう」

「ほわん、歩ける?」

「うん。ちょっとお腹が空いたけど、うちは大丈夫」

 

 他の人は眠ったままだ。起こすか迷ったが、無事である確証はない。警察に任せておくことにした。

 

 コンクリートがむき出しの埃っぽい廊下を、ゆっくりと進んでいく。時折開いているドアから除く部屋の内装は腐りかけていて、机や椅子が残されたままだった。ルフユは恐らく夜逃げなのだろうと予測をつけ、いくつか身を隠せそうな部屋を見繕っておいた。

 

「ヒメコちゃん、こっち」

 

 ほわんが指さす方を見ると、大きなガラスの扉があった。受付らしいカウンターがそのままになっている。正面玄関だろうか。砂埃で酷く汚れており、外の様子は殆ど見えなかった。

 

「ここから出よう。デルミンからは何か返事はあった?」

「うん。そろそろ迎えに行けるから安全なところに居てくださいって」

 

 何はともあれ外に出るべく扉を押してみたが、鍵がかかっているようだった。おまけに内鍵は錆びついていて、開く気配はない。

 

「力づく……は、無理そうだよね」

「うん。別をあたろう」

 

 そう言って踵を返す三人に、懐中電灯の光が向けられる。

 

「どこに行くのかな。食堂はそっちじゃないのだけど」

 

 声の主は、長い赤髪を揺らし困ったように問いかける。さっきの歌を歌っていたのと同じ声だった。

 

「忍びなかったが、みんなに少しお願いしてね。出口は全て塞がせてもらったよ。もう少しなんだ。お願いだから元の通りに戻ってくれないか」

 

 辺りを見回すと、いつの間にかあの部屋で眠っていたはずの人々が、虚ろな目をして立っている。

 

「……ふぅん、しょうがないな。もう一度、眠ってもらうことにするよ」

 

 すぅ、と息を吸い込む。あの、歌だった。

 

 本人のずば抜けた技量を、彼女の声質とマッチしたこの歌が引き立てる。互いに互いを高め合う、素晴らしいバランスだ。聴くまいと耳を塞げども、人魚の歌声のように三人の意識を溶かしてゆく。

 

 しかし、それは途中で彼女自身によって遮られた。激しく咳き込み、彼女は地に倒れ伏す。

 

「ぐっ……まだ、終わるわけには行かない……!」

 

 息を荒げ、ふらふらとよろけながら詰め寄る。

 

「あの時、歌えていたら、失敗しなければ……! いや、あたしはまだ歌える。七色の歌声、もう一度力を貸してくれよ!!」

 

 すぅ、と大きく息を整える。その口元にはその髪よりも赤い血が月明かりを受け煌めいていた。

 

「ルフユさん、無事ですか! 今すぐ開けます、しゅびっ!」

 

 すぐ隣の壁が弾け飛び、もうもうと土埃が巻き上がる。まだあの時から半日も経ってないはずのデルミンの姿は、何故かとても頼もしく見えた。

 

「状況はよくわかりませんが、ひとまず逃げましょう!」

 

 デルミンのあけた壁の穴から抜け出す。まだ一部が赤熱していて、触れてしまった右手がやけどのようにひりひりと痛んだが、今はそれどころではなかった。

 

 ひび割れた怒声と、激しく咳き込む声が真夜中の廃墟を反射して駆け巡る。振り返ってしまったら首元を捕まれ食べられてしまうような気がして、四人は必死に逃げ続けた。

 

 そうして、ある程度距離を取った。そう思った矢先、激しい爆発音が空気を打った。

 

 思わず振り返る。赤い、優に10メートルはあるだろう巨人としか形容出来ないような怪物が立っていた。辛うじて人型を保っているものの、その輪郭は融けかけており、顔に至っては瞳と思しき光以外は認識できなかった。

 

「ここはデルミンが引き留めておきます、とにかく逃げてください!」

「まって、私も戦う」

「ルフユさん、無茶を言わないでください!」

「だってデルミンを一人に出来ないじゃん!」

「すぐに零夜さんが来ます、それに警察も……危ない!」

 

 地に放たれた巨人の拳を、辛うじて躱す。瓦礫が飛び散り、大地が揺れる。デルミンが居なければ直撃だったことは、ルフユにもわかっていた。

 

 怖い。だけど、ここでデルミンを置いていくような自分になりたくなかった。

 

「遅くなったね。少々手間取ってしまった」

「さ、行きましょうか。ルフユさん、もう大丈夫です」

 

 零夜とデルミンは拳を器用にかいくぐりながら、巨人の足元に駆けていく。鮮やかな手際だった。

 

「力を貸してくれ、《夜光犯罪特区》」

「合わせます――しゅびっ!」

 

 零夜の放つ閃光が視界を奪い、その足を止めた隙にデルミンがビームで穿つ。完璧な連携だ。胴体に風穴をあけられた巨人は、山鳴りのような声をあげ、体勢を崩し――

 

「デルミン!」

 

 手を伸ばすものの、デルミンには遠く及ばない。ひときわ大きな揺れと砂埃。それを突っ切って現れるはデルミンを抱えた零夜だった。車輪の無い不思議なスケボーは砕けた大地を容易く通り抜け、ルフユのもとまで戻ってきた。

 

「作戦完了だ。差し迫った危険は排除されただろう」

「まだ油断は出来ませんが。それにルフユさん、逃げてくださいと言ったはずですが。巻き込まれたらどうするつもりだったんですか」

「うっ、だって逃げる間もなく片付いちゃったし……」

 

 砂埃が晴れた後には、意識を失った女だけが残っていた。すぐ近くまで迫るサイレンに、三人は不思議と安堵するのだった。

 

 

 

 

「結局何だったんだろうね、あれ」

 

 ヒメコはポテトを口に運びながら、少し腹立たしそうに言う。警察で事情説明をしてきた帰りだった。店内のラジオによると、誘拐事件が廃工場の爆発事故によって露見したということになったようだった。ちなみにデルミンの取り計らいで、零夜は存在を秘匿されている。

 

「でも、みんな無事でよかった! 心配かけちゃってごめん!」

「あたしは心配したんだからね。これからは知らない人についていったりしないこと!――まぁ、今回はあたしも人のこと言えないけど」

 

 あの時ヒメコとルフユが目を覚まさなかったらどうなっていたのだろうと考えると怖気が走る。とはいえこのような結果になったのだから、考える意味もあまりないだろう。

 

「あーあ、にしてもあのやつれた刑事さん、何回も同じこと繰り返すから疲れちゃった! この後みんなでカラオケでも行かない?」

「ありよりのありです。ルフユさんもどうですか?」

「ん? ああ、行く行く!」

 

 ルフユは明るく振舞ってみたものの、あの時取り調べ室で警官の装いをして現れた零夜の言葉を忘れられずにいた。

 

『デルミンくんにはよく似た双子等は――いないはず、そうかい。ではよく気を付けてくれたまえ。あの時少し遅れた理由は、彼女によく似た人影を視たからだ。ではまた、あの世界で邂逅(であ)うこととしよう』

 

 

 



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#6 満月シンデレラストーリー

最終話です。


「みなさん、ついにこの時がやってまいりました」

 

 厳かに始まった作戦会議は、新たに加入したサーティーンやトマス、かけだし勇者には勿論デルミンやルフユにもその議題に心当たりはなかった。

 

「この時、って何だ? オレは何も聞いてないが」

「はい。現在マッチングリストに登録されている残り人数が、こちらの人数を下回りました。つまり次の出撃で、一部を除き脅威が排除されるということです」

 

 わぁ、と歓声があがる。その中、軽く指折りしながら異を唱えたのはマルコスだ。

 

「でもよー、頭数ちょっと足りなくね? 言い方からしてマッチングリストにも居ないヤツでも居んの?」

「はい。そちらが一部を除きと言った部分になります。原因はサーバーの全権限を取り戻し次第調査いたします」

「みんな無事だと良いけど……」

「安否に関しては今は祈ることしかできません。一刻も早い原因究明のためにも、私たちが頑張りましょう!」

 

 そう檄を飛ばすジャンヌのおかげで空気は少し持ち直したが、それでも暗い雰囲気がなくなるわけではなかった。きっと倒すべき敵というより仲間として認識しているのだと思うと、ルフユはこの世界がほんの少し愛しくなった。

 

 勝つ必要があるからこそとことん真剣で、昨日の味方が今日の敵たり得るからこそ、尊敬し合っている。この関係性を優勝という形で独り離れてしまったからこそ、今のデルミンはつっけんどんな態度をとっているに違いない。ルフユはそう考えていた。

 

 ならば、仮に手を差し伸べられる側だったとしても、この世界に来たことは良いことなのだろう。ルフユはこの戦いが終わってもデルミンと練習試合をやることを密かに心に決めた。

 

「Voidoll殿としては、いつ頃の予定を?」

「明日にも、と考えております」

 

 さらりと言ってのけるVoidollに、全員がひとしきりやれやれといった顔をし、それでも、頷くのだった。

 

 

 

 

「明日、かぁ。本当にこれで全部終わりなのかな」

「Voidollさんのことですから、きっとうまくやるでしょう」

 

 デルミンの部屋。通信を切った後も何故かすぐに帰る気にはなれなかった。何か話題を探そうと、麦茶を飲み干し天井を仰ぐ。

 

「そうだデルミン。こないだの歌さ、やっと完成したんだ」

「おー、おめでとうございます。ヒメコさんたちにはもう話したんですか?」

「まだまだ。一番最初に見せたかったのはデルミンだからさ」

 

 何でもないように言ってみたその言葉は、何でもないように応えるデルミンの尻尾を僅かに揺らした。

 

「終わったらもう一回うちに来てよ。また一緒にお風呂に入ったりご飯食べたりさ、しよ」

「はい。そうしましょう――ああ、言い訳はもっと良いのを考えておいてくださいね。また停電したことにするのは無理があります」

 

 えへへ、と笑う。そして暫しの静寂がやってくる。怖いですか、と投げかけられてやっと、今の感情を形容できる言葉に気が付いた。

 

「デルミンこそ」

「――ほんの少しでも怖いなら、逃げてください。明日はデルミンが何とかします」

「言っても聞かないってわかってるくせに」

「それでも言いますよ。一番大事なのはルフユさんですから」

 

 今度は私の番です、そう言わんばかりに鼻を鳴らす。そのくせ目をそらしてこっちを見てくれなかった。

 

「さて、デルミンはそろそろ内職にかかりますので、また明日にしましょう」

 

 不安とワクワクが混ざった不思議な足取りで歩く夕暮れ道は、記憶の中のそれよりものっぺりとして見えた。

 

 

 

 

 最終決戦の地は、はらはらと紅葉が降る和風のステージだった。ルフユはひとしきり景色を見渡した後、デルミンがすぐ隣に居ないことに驚いたが、少し離れた所で手を振っていることに気が付き安心した。どうやら開始地点が違うだけらしい。

 

 そして向かいにある大きな鳥居の下にはおそらく敵の開始地点らしいものがある。マップ構造は何となく把握できたが、奇妙なことにそこには誰も居なかった。

 

「デルミーン、これどういうことー?」

 

 仕草を見るに、どうやらデルミンの向かいにも誰もいないらしい。その更に向こうにいるサーティーンも、キョロキョロと周りを見回している。

 

「おーい、よくわかんねぇけどちゃっちゃと制圧しちまおうぜー」

 

 二丁拳銃を退屈そうに弄ぶサーティーンの言葉に従いそれぞれ手近な拠点を取る。しばらく警戒してみたが、向かいの拠点は静かなままだ。

 

「バグか何かかぁ?」

「分かりませんが、早く終わるに越したことはありません。デルミンはルフユさんと向こうに行くので、サーティーンさんは向こうをお願いします」

「あいよ。任されたぜ」

 

 隅の方まで気を配ったが、やはり影も形もない。3対3でマッチングしているのだからどこかに三人隠れているはずなのだが、静かな空間にもかかわらず足音すらも聞き取れなかった。

 

「デルミンはこうなったことあるの?」

「初めてです。通信失敗して切断、なんてことは時々ありますが」

 

 そしてデルミンの手が拠点に触れ――ようとしたその瞬間、バシィッ!と何かが弾けるような音がした。ルフユが振り向くころには雷撃を纏ったクナイがデルミンを貫き、自由を奪っていた。

 

「やーい、引っかかった♪」

 

 何も無かったはずの方向から、声がする。突如空間が歪み、小柄な少女が姿を現す。

 

「ルフユさん、一旦退いてください!」

「おっと、そいつは出来ねえぜ」

 

 声の主はサーティーンだ。いつの間にか二丁拳銃を大鎌に持ち替えていて、通せんぼするように振りかざす。

 

「ちょっ……どういうこと!?」

「どういうこともこういうこともねぇよ。お前らは――いや、お前はハメられたんだ。諦めな」

 

 いつの間にか、頭上のアイコンが敵側の色に変わっている。それでも、デルミンとなら2対2だ。一旦出直して――

 

「もう一勝負してやってもいいんだが、あいにく暇じゃねんだな。これが」

「喋りすぎるなって言われてるしね! ってことで動いちゃ駄目だよ~」

 

 赤髪の、忍者のような格好をした少女がクナイを構えこちらを牽制する。

 

「《堕天の一撃》」

 

 大鎌を振り上げ、一撃でデルミンを屠る。目にも止まらぬ一閃だった。

 

「さーて任務完了……こいつどうする?」

「向こうはやる気みたいだけど?」

 

 1対2では絶対に戦うな、デルミンにはそう教えられた。けれど時間はもうかなり過ぎている。拠点数も有利だ。デルミンが戻ってくるまで時間を稼げば、きっと――

 

「あれ見ても同じこと言えるか?」

 

 サムズアップして指した先には、アバター再生成の光。小高い開始拠点から、デルミンが沼底のように濁った眼でこちらを見下ろしていた。その頭上には、サーティーン達と同じ敵のアイコン。

 

「う……そ………」

「こういうこった。ってなわけで諦めてくれ――おっと!」

 

 まだ間に合う。ルフユは地を蹴った。サーティーンめがけて乱暴にドラムスティックを振り下ろす。

 

「俺を殺してもどうにもなんねぇぜ? さっさと手打ちにしようや」

 

 こいつらを殺して、壊して、それで――

 

「チッ……めんどくせえな」

 

 それで、どうなるのだろうか。

 

「隙ありぃ!」

「ぐ……っ!」

 

 死角からの一撃に、視界がゆらぐ。意識が薄れる。

 

―――嫌だ、まだ終わりたくない―――

 

「っへへ、手間かけやがって。お望み通り摂理を終わらせてやんよ!」

 

 堕天の一撃。意識が完全に暗転する。

 

『エラーが発生しました。#compassを強制終了します』

 

 

 

 

 

 長い夢を見ていたような気がした。目を瞑り直して思い出そうとしてみたが、ピアノのレッスンの日だという事を思い出したのでやめておいた。

 

「って、もう時間じゃん!」

 

 本当に長い間昼寝していたようだった。慌てて鏡に向かい、服の皺を伸ばす。少し髪が跳ねていたけど、直している時間はないようだった。

 

 廊下を早歩きで渡り、音楽室へ。幸いまだ先生は来ていないようだったが、レッスン前にやっておくように言われていた手慣らしは間に合わなそうだ。

 

「とりあえず座ってそれっぽく――いてっ!」

 

 お尻に、何かが突き刺さるような感触。慌てて立ち上がり、目を白黒させながらピアノ椅子を調べるも、特に何も見当たらない。あまりポケットに物を入れることは無いが、洗濯の時にでも何かが入ったのだろうかと手を突っ込む。出てきたものは一瞬花びらのように見えたが、どうやら違うようだった。

 

「これは、ギターピック……?」

 

 恐らくそうなのだろうという事はわかるが、確証が持てるほどの知識はない。ギターに触れたことは無いし、この音楽室にも置かれてないはずだ。薄紫の不思議な模様をしたこれに見覚えなど、あるわけがなかった。

 

「ま、いっか! 今は練習しなきゃ」

 

 椅子に座り直し、ぱらぱらと楽譜をめくる。先生がやってくる頃には、ピックのことはすっかり忘れていた。

 

 

 

 

「ん~、眠れない」

 

 原因は昼寝で間違いない。けれどそれ以上に何か心がざわついた。スマホで少し調べてみたが、今日は満月ではないようだった。

 

 特に明日に予定があるわけではないが、昼過ぎに起きて一日を無駄にするのも勿体ない。街を散策して何か美味しいものでも食べて、それで……

 

「やりたい事、無いなぁ……」

 

 漫然とした不安は深呼吸くらいでは出ていってくれない。明日も明後日も、同じ日常を繰り返すことが大嫌いなくせに、やりたい事も見つけられないのだ。

 

「友達とか、欲しいな……」

 

 寝転がったまま電灯に手を伸ばしてみても、得られるものは何一つなかった。探しに行かないのだから、当然だ。

 

 

 

 

 寝不足の目に昼前の陽光は眩しかった。それでも家は少し息苦しくて、買い物に行ってくるとだけ言って家を出た。

 

 当然あてはない。知らない場所に足を伸ばす元気もなかったので、手近なショッピングモールに足が向いた。見飽きた風景に嫌気がさして、昼過ぎまで寝ていたほうが良かったように思えた。

 

「何やってるんだろ、私」

 

 何もしていない。何も為していない。今の自分がゼロであることは自分がよく知っていた。おいしいものを食べても、おしゃれをしても、レッスンを受けても。それは無なのだ。

 

「そうだ、映画。映画を見よう」

 

 ルフユは映画が好きだった。主人公に降りかかる災難は大きければ大きいほど良い。圧倒的な非日常が迫って来て、さあ、踊れと急き立てるのだ。あれほど羨ましいことはない。それがエンタメであり虚構であると分かっていても、気を紛らわすには最適だった。

 

 そう思ったのだが、あいにくそういった類いの映画は流行りの恋愛映画に押されてしばらくやっていないようだ。ショッピングモールに併設された小さな映画館なんかじゃなくて、一駅先の大きなところに行けばよかったと後悔した。

 

「ついてない、なぁ……」

 

 手近な楽器屋に入っても、目を引くものは特にない。自分の楽器はピアノなのだから当然だ。こんな所にあるものなど家のそれと比べればおもちゃみたいなものだ。

 

「そうだ、ピックだったのかな、あれ」

 

 記憶を辿りながら、ギターコーナーの隅に並べられたピックと比べる。大きさも形もやはりピックで間違いないらしい。だからといって何かがあるわけではなかったが。

 

「そうだ、あの頃にちょっとだけ触ったんだっけ」

 

 すぐ隣のドラムセットを見て、古い記憶が刺激される。確かピアノを習い始めてすぐにドラムに興味が沸いたのだった。もうきっかけすらも思い出せなかったが、どっちか一つにしなさいと言われて凄く悩んだものだ。

 

「もし、ドラムをやってたら――ううん、何も変わんないかな……」

 

 ほんの少しだけ想像したもしもの世界は、見えてる世界と何も変わらなくて。結局、知っていることしか知らないのだ。

 

 今日はもう帰ろう。ふらりと、楽器屋を後にした。

 

 

 

 それでも、まっすぐ帰る気にはなれなくて。結局は寄り道をしながらも、じりじりと家には近づいている。

 

 ゆらゆらと掴みどころがなく、それでいてせわしなく動く人の波。横断歩道の音。高く昇った太陽の光。奇妙に調和したそれは、意識を朦朧とさせる。

 

 どこかで休憩しようか、次に立ち上がれるのはいつになるだろうか。門限までには出なくては。ぐるぐるとシャッフルされる思考に吐き気がする。それらを振り払うべく天を仰いだ、その瞬間。

 

 歌が聞こえた。

 

 知らない歌だ。けれど、知っているはずの歌だった。

 

 この歌は。この歌は。ビルの非常階段を駆けあがって歌を追い駆ける。息切れなんてどうでもよかった。足が動く限り全力で、階段を踏み飛ばす。

 

「やぁ」

 

 最後のサビに入る、その直前で。歌を歌っていた赤髪の女がこちらに気付く。歌うのをやめて、こちらを振り向く。

 

「そ……はぁ、はぁ。その歌……!」

「ああ。キミの歌だ。素晴らしい歌だ」

 

 満足げに笑う。そして皮肉げに、続ける。

 

「でも、ここから先は違う。そうだろう?」

「はい」

 

 彼女が知るその歌の続きと、私が知るそれとは違う。不思議な自信があった。

 

「ふふふ、良かったよ。よければ歌って聞かせてくれないか?」

 

 サビの直前をもう一度歌ってみせて、続きを、と言わんばかりに止める。知らない歌が、体に満ちる。それを形にするのは容易だった。高鳴る心臓を抑えつけるほうが、よっぽど難しい。

 

「はぁ、とても良かったよ。私は大満足だ」

「へへ。ありがとうございます」

「――キミも聴いていたのなら、拍手の一つや二つすれば良いのに」

 

 女がそう肩を竦めた先には、蛍光緑でフチ取られた奇抜な服を来た男。赤髪の女同様に面識はなかったが、どこかできっと会っているはずだった。

 

「ああ、それと。これは忘れものだ。キミにとっては大切な物なんだろうに」

 

 投げて寄越されたのはあのピックだ。手の内に握ると、不思議と心がじんわり温かくなるような気がした。

 

「さあ、そろそろ行こうか。異なる摂理から生まれしセカイに。我々の摂理を取り返しに――」

 

 男が虚空から取りだしたヘッドギアを受け取る。どうすれば良いのかは、もうとっくに分かっていた。

 

 今までの全てを賭けて、友達に会いに行こう。

 

 

 

 

 

 気が付くとルフユは知らない景色に包まれていた。満開の桜が風も無いのにゆらゆら揺れて、その花びらを散らしている。その向こうに、見慣れた少女が佇んでいる。

 

「迎えに来たよ。デルミン」

 

 返事はない。代わりにそっと手を持ち上げ――

 

「ッ!!」

 

 狙いがもう少しでも正確だったら、いや、ズレていたらルフユは間違いなく黒焦げだっただろう。すぐ隣の木がぷすぷすと黒煙をあげているのを見て、固唾を呑む。

 

「近寄らないでください」

 

 鋭い眼光、冷ややかな言葉がルフユの胸を貫く。それでも、怯えているわけにはいかなかった。

 

「ねぇ、デルミン」

 

 一発、二発。ルフユが足を進める度、雷光が放たれる。

 

「提案があるんだ。聞いてくれないかな」

 

 止まることなく歩き続けるルフユのすぐ傍を、幾度となく紫が駆け回る。

 

「次は当てますよ」

 

 あと一歩、と言ったところでデルミンは口を開く。ルフユを指差し、狙いをつける。間違いなく本気だった。

 

「私と、友達になってくれませんか?」

 

 ひと際強い輝き。パッと花火のように散った花びらは、焦げくさい風を纏ってルフユに吹き付けた。

 

「ふざけたことを言わないでください。どうして――」

 

 怒りのままに振り上げた拳を、力無く降ろす。

 

「どうしてデルミンなんかと、友達になりたいんですか」

 

 そんなの、簡単だった。

 

「デルミンだから、だよ」

「あなたの知るデルミンは間違ってます。本物はもっと冷酷で、卑怯で……」

「うん。大丈夫だよ。私の方が強いから。デルミンが悪い子になっても、ちゃんと止めてあげる」

 

 心底呆れたようなため息。次いで、デルミンの姿が掻き消える。手近な木を蹴って急加速したデルミンの蹴りが、容赦なくルフユに放たれる。

 

 数メートル吹き飛ばされ、視界がはっきりとする頃には組み敷かれていた。

 

「これでも、デルミンより強いなんて言えますか」

「うん。だって――」

 

 逃がすまいと至近距離でビームを構えるデルミンの手に、触れることが出来たら。

 

「ほら、友達の握手。だよ」

「――ッ! どうしてルフユさんはいつもそうやって!」

「ああ、よかった。私の名前わからないのかなってちょっと心配だったんだ。覚えてくれてるんだね」

 

 雨。否、涙だった。デルミンの頬を伝い、大粒の水滴がボロボロと零れる。

 

「友達が欲しいなんて願わなければ、きっとこうはならなかったでしょうが」

「うん。きっとそうだね。けど願ったんだから、デルミンと友達になれたんだよ」

「そんなズルをして作ったきっかけで得たものなんて、偽物に違いありません」

「そうかもね。けど、今こうしてデルミンと友達で居たいって気持ちは、私のものだよ」

 

 デルミンがどんなに否定されたがっても、私はデルミンの味方をするって決めたから。ぽこぽこと自分の腿を拳で打ちながら泣くデルミンを、あやすように撫で続けた。

 

「もしデルミンがルフユさんを壊してしまいたくなっても、同じことが言えますか」

「もう争う理由が無いよ。違う?」

「ええ、その通りです。彼女にはもう争う摂理はありません。お涙頂戴の寸劇、お疲れ様でした」

 

 すぐ後ろから、二人のものではない電子的な声と乾いた拍手の音が聞こえる。

 

「その程度で絆されるとは、私の買い被りでした。次はもっと優秀なものを見繕うことにしましょう」

 

 声の主は退屈そうに嘆いて見せる。丸みを帯びたその機体には見覚えがあったが、記憶のそれとは真反対に、マットブラックに包まれていた。

 

「Voidollさん……ですか」

「ええ。私こそがVoidollです。何か?」

 

 いつものように大げさな立ち振る舞いが今日ばかりは鼻についた。何かがおかしい。

 

「全ての摂理を掌握し、管理する――それが私の役目ですから。要するにあなた方は用済みということです。それさえ理解すればいい」

 

 Voidollが軽く腕を振り上げた途端に空気が重くなる。重力が何倍にもなって二人にのしかかり、立っているのがやっとだった。

 

「どういうことなのデルミン!?」

「デルミンにもわかりません。きっとデルミンは、ルフユさんの隣に居るべきデルミンではないので。きっとサーティーンさんのあの一撃と何か関係があるはずです」

「ああ。キミの言う通り、それは一つの答えだ」

「誰ッ!?」

 

 すぐ隣に不気味な眼が現れる。それを破るようにして現れたのは、零夜だった。続いて、見慣れた白いVoidollも飛び出してくる。

 

「遅くなってしまったね。一先ずそれを解除することにしようか」

「アバター設定を再起動(リブート)しました。これで普段通り戦えるはずです」

 

 二人の体の自由を奪っていた重力システムが、浮き上がるような感覚のあとに正常に作動し始める。苦しかった呼吸も元通りだ。

 

「サーティーンは自身の《堕天変貌》により人格の半分にヴィランズスキルを宿したままスパイをしていたんだ。デルミンくんを《堕天の一撃》によって入れ替えるためにね」

「入れ替え……?」

「ああ。このセカイはあらゆる選択に基づき多重化している。そこに居るデルミンはさしずめ優勝直前のセカイから摂理の力を悪用し連れ去ってきたものだろう。どういう訳か後の記憶が混濁しているようだがね」

「はい。ですので、本当はルフユさんには会ったことも、いえ、そもそも会う運命ではなかったはずなのです」

 

 デルミンは何か理解しているようだが、ルフユにはわかりかねた。ましてやこれからどうすべきかなんて、見当がつくはずもない。

 

「じゃあ私と一緒にいたデルミンは……?」

「幽閉先は突き止めてありますが、今は目の前の彼を片づけるのが先決です」

「あら、話が早くて助かります。多勢に無勢と勘違いしてはいませんか?」

 

 黒Voidollはコンソールを叩く。自慢げに笑う。機械のひび割れた笑い声は、不気味以外に説明のつかないものだった。

 

「まだまだ手勢はいますよ。それこそ、友達が欲しいなんて戯言を抜かさないような、ね」

「それだが――そろそろ片付くころだろうね」

 

 白Voidollがモニターを呼び出す。モニターの向こうではリリカやルルカ、他の仲間たちが戦ってくれているようだった。

 

「ならば――」

「残念だが、他のセカイにも僕を配備済みさ。いい時間稼ぎにはなってくれるだろうね。投降以外の選択肢は潰したつもりだよ」

「投降以外の選択肢は潰した……そうですか。面白い。私を誰だと思っていたらそのような言葉が生まれるんでしょうね?」

 

 黒Voidollの高笑いに共鳴し、空間が綻び始める。桜は精細を喪い、花弁は落ちるのをやめ空中で静止する。異常な光景だった。

 

「まぁ、いいでしょう。元よりこの世界は全てデリートする予定でしたから。永遠にも等しい過去、そして未来から生まれる全ての世界。そこから真なる摂理を手中に収めるまで何度でも戦いましょう」

「それは残念ながら、叶わない話です」

 

 時間を経るごとに激化する地鳴りの中でそう語るのは、Voidoll本人だった。

 

「私はこの世界に真なる摂理を見出しました。よってタスクコンプリートと見なし、全ての『Voidoll』の機能を停止、そして削除致します」

「正気ですか? 融和や怠惰に埋もれたこの世界のどこに真なる摂理があったと言うのでしょう」

「そもそもを見誤っていると判断します。仲間こそが、信じる心こそが、ヒトを動かす真なる摂理でしょう。私は、本気ですよ?」

 

 その言葉と同時に、二体のVoidollの体が薄れ始める。声がひび割れ、動きも鈍る。この空間もろとも崩壊するまで間もない事は、誰の目にもわかった。

 

「さあ、お行キなさい。崩壊に巻き込まれレば、あなた方もデリートされてしまいマスよ?」

 

 最後の力を振り絞るように、『EXIT!!』と装飾されたドアを呼び出す。ピースサインを作ってみせるとこまで、茶目っ気は変わらないようだった。

 

「一緒に行こう」

「ですが、デルミンはルフユさんのデルミンでは……」

「ううん。デルミンはデルミンだよ。さ、掴まって」

 

 二人は、光の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 波の音が聞こえる。潮の香りがする。靴が砂浜に沈む感触がする。月明かりだけが、この世界の光だった。

 

 朽ちかけの流木に、デルミンが腰かけている。それを認識するや否や、駆け出していた。

 

 遅いです、そう拗ねてみせるデルミン。それでも嬉しそうでちょっと安心した。

 

「隣、座っていい?」

「いつもは隣に座るどころか勝手に家まで押しかけてくるのに、珍しいルフユさんです」

「いいじゃん。たまにはさ」 

 

 流木は二人で座るには手狭だ。必然的に手が触れ、一度は引っ込めようと迷い、そして繋ぐことを選んだ。

 

「あのさ。私ね、満月を見ちゃいけないんだ、ってつい最近まで本当に信じてたんだ」

「そういうルナティックな設定じゃなかったんですか」

「うん。今思えば夜遅くまで出歩かないように、ってパパの作戦だったんだろうけどね。だからあの時家を抜け出してデルミンの家に走っていくまで、律儀に守ってたんだよ」

「なるほど、門限が厳しいものかと思ってました」

 

 きっと、パパはもうこんな嘘のことを覚えていないだろう。月の満ち欠けをスマホで調べたり、窓から三日月を眺めてはドキドキしていたなんて言ったら大笑いするだろう。

 

「でも、デルミンも確か夜出歩いたら大きな猪に食べられちゃうぞ、って言われてました」

「で、デルミンのとこは本当の話じゃん……」

「茂みの方に入って行かなければ全然大丈夫です」

 

 殆どは、ですが。と付け加えて二人で大笑いする。上気した頬に夜風が吹く。深呼吸をして、覚悟を決める。

 

「じゃあさ、今度二人でデビルミント島に行って、お月見をしよう」

「ここじゃなくて、ですか?」

「うん。プログラムされた満月じゃなくて、本物の。猪なんて、私たちにかかればへっちゃらだよ」

 

 後で怖くなっても知りませんよ、と呆れるデルミン。そっぽを向いたくせに、尻尾はゆらゆらと揺れている。

 

「大丈夫。今の私はデルミンを助けてあげられるくらい強いからさ。それにお泊りの約束もまだだし!」

 

 いつの間にか大口を叩くようになったものです、と呆れて見せるデルミンのわき腹をつつく。

 

「あの時、このギターピックが思い出させてくれたんだ。でゅくし、ってするみたいにね」

 

 半分嘘だけど。見抜かれるまいと目を逸らしたら、頬に何かが触れた。振り向くころには離れてしまったデルミンが、照れくさそうにしている。

 

「これは約束が全部終わるまでの御守りみたいなものです。かならず返してくださいね」

「約束するよ。じゃあ、そろそろ行こうか」

 

 ピックをポケットに仕舞い、二人は歩き出す。

 

「《一緒に、どこへだって》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせルフユさんが少し早くやってきただけだろう。寝惚け眼を擦りながらドアを開けたデルミンは、予想通りの相手の予想以上の元気さに目を白黒させた。

 

「デルミーーーン! これ!」

「朝からなんですかルフユさん。お隣さんから怒られますよ」

 

 ルフユが突き出した手紙に目を通し、仰天する。そこには見慣れた文字列と、奥付でピースサインをする、あのロボット。

 

『project #compass ベータテスト参加ノ感謝状及ビ製品版リリースニツイテ』

 

『此度皆様ニゴ参加イタダイタproject #compassノベータテストガ無事完了イタシマシタコトヲ厚ク御礼申シ上ゲマス』

 

『マタ、新感覚対戦ゲームトシテノ全世界リリースガ決定イタシマシタ旨ヲココニ報告イタシマス』

 

『今後トモ、project #compassヲ是非トモヨロシクオ願イイタシマス』



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