もしもミルコに義理の弟がいたら。 (檸檬ソーダ)
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彼のオリジン

 焦げ臭い匂いが立ち込めている住宅街の一角、火災が起きているであろうその現場には、大きな人だかりができていた。救急、消防、警察、そしてヒーロー。ラビットヒーローと人々に呼ばれるミルコもまたその現場にいた。彼女はのちにヒーロチャートにランクインするほどの人気ヒーローとなるのだが、それはいま語ることではないだろう。ミルコは、ほかのプロヒーローらとともに怪我人の救命にあたっていた。この火災。いや、ヴィランが起こしたと思われる犯行によって住宅4棟が倒壊及び火事になっていた。特に内一軒の損壊がひどく、家はほぼ全壊。そしてそこの住人の三名中二名の死亡がすでに確認されていた。その事実がミルコに強い精神的ショックを与えていた。ヒーローであるミルコがこの現場にいることには二つの理由があり、一つは現場のヴィランの迎撃。そしてもう一つ。それこそがミルコの一番の目的だった。

 

ーーー

 

「落ち着けミルコ!救助はほかにまかせろ!」

「黙ってろ!私は落ち着いてる!!」

「いやどう見ても...おいまてって!」

 

 一番被害の大きかった住宅での救助をつづげるヒーロー一行。その先頭を行くのはミルコだった。他ヒーローの制止を無視して突き進む彼女に対し居合わせたヒーローの一人が苦言を呈す。しかしそれを一蹴し捜索を続けるミルコ。

 

「私が助けなきゃいけないだろ...」

 

 この住宅に住んでいた一家。彼らとミルコは親縁関係にあった。夫と妻はすでに遺体で発見され、息子であるもう一名も現場の被害から見て生きている可能性が低いこと、そんなの自分にもわかっていた。特別、あの家族と仲が良かったわけじゃない。親戚の集まりで顔を合わせ、そこで話をする程度。しかし、

 

「こんなことになっていい理由なんて、あるはずないんだよ」

 

 涙で少し視界がかすんだ。思考だってまとまらない。でも助けなきゃいけない。ヒーローだから。まだ見つかってない子供を探しながら昔のことを思い出す。ヒーローを目指すという私に対してその子が言った、「僕だってヒーローになる」という言葉。無邪気な笑顔がやけに印象的で。

 

「なんで今こんなこと...」

 

 意識を捜索に向けなおす。集中しろ。私が絶対助けるんだ。呼びかけに反応はなかった。なら私の個性でどうにかするしかない。全神経を耳に集中させる。炎が燃える音。その中にかすかだが人の息遣いが聞こえた。ヒーローのものじゃない弱弱しい息遣い。急いでそちらに向かう、炎で体が焼けるのもいとわず、瓦礫を押しのけた先には探していた少年がいた。服はところどころ焼け落ちてはいるが、特に目立った外傷はなかった。安心して崩れ落ちるのをぐっとこらえヒーローとしての使命を全うする。

 

「救助完了!急いで救急班へ!」

 

 大きな被害に複数の死傷者を出したこの事件は、被害規模。そして犯人が捕まらなかったことから凶悪なヴィラン事件として人々の記憶に残ることとなり、その後の犯罪への個性使用を取り締まる動きを強めることとなった。

 

ーーー   

 

 救助した子供、兎山カオルが受けた検査の結果、命にかかわるようなケガはなかった。やけどの跡が目立ったが、それも治療によって跡も残らないそうで。しかし、心、精神へのダメージはそうではない。事故の影響か、全後の記憶が曖昧らしいが、両親との死別。それを受け止めるにはまだ幼すぎる。カオルはまだ8歳、寄り添わねばと私は思った。ヒーローとしてではなく、姉のように接してくれていたこの子のために、家族として寄り添おうと。そう決めたんだ。

 

ーーー 

 

 少しの時間が空き、カオルの病室を訪れた時のこと。彼は涙ながらにその心情を少しずつ話した。ため込んだものが少しずつあふれるようにして出てきたそれらは、自分の身に降りかかった理不尽に対しての嘆きだったり、家族を助けられなかったヒーローに対しての怒りだったりした。そして、最後にこう言い放った。

 

「どうしてぼくだけ生きてるの?ぼくも...母さんたちのとこにいきたいよ。」

 

それを聞いてふざけんなとか、そういう言葉で叱ってやりたかった。助かった命を無駄にすんなって。でもいまかけてやるべき言葉はそうじゃないと思った。元々私は考えるの苦手だし、この子が納得するような答えは出せないと思う。でも、救ってあげられるのは自分だけだと思うから。

 

「薫の父さんと母さんが死んじまったのはヒーローである私のせいだ。だから、薫が死ぬときは私もいっしょに死んでやる」

 

 驚いたように薫が私の目を見つめる。その真っ赤な瞳は飲み込まれそうなくらいきれいだった。

 

「でももし、薫が生きたいって思えて、楽しい事とかつらいことがあったなら、私も同じように笑ったり泣いたりするよ。そしたら薫の胸に抱えた痛みも少しは軽くなるだろ」

 

 ベットに腰掛け、薫の小さな体を抱き寄せる。

 

「だから今は、たくさん泣いていいんだよ」 

 

 それを聞いて、胸にたまっていた悲しさだとかの感情を全部吐き出すように薫は大声で泣いた。そうして泣きつかれるまで泣いた後、そのまま寝てしまった薫の頭を、私は優しく撫でた。私と同じ色の白髪がさらさらと気持ちよかった。 

 

――― 

 

人を救う。そのことにおいてミルコはこのときどこまでもヒーローだった。そしてミルコが一つの決意を固めたように、ミルコの言葉が、カオルのヒーロに対してのあこがれをより一層強いものへと変えたのだった。

 そしてこの事件についてだが、被害にあった兎山一家の夫が再生系の珍しい個性持ちだったために、いわゆる個性目的の犯行であるとして捜査が進められたが、この事件をきっかけとして犯人にたどり着くことはなかった。しかし、その数年後、オールマイトを中心としたチームにミルコも参加したヴィラン討伐。これによって撃破したヴィランが先の事件の犯人と同一とし、一連の騒動に終止符が打たれることになった。

 



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死亡フラグは突然に

 個性「チャージ」それが齢8歳にして知った僕の個性。それを知った時の喜びは今でも忘れない。ヒーローへのあこがれが現実に、ほんの少しだけ近づいたような感覚だった。元々僕は足の小指の関節が少ない個性が発現するタイプの人間だったし、発現してなかった方がおかしかったんだけど。4歳を過ぎてからの個性の発現。おそらく両親を失った事件の影響だろうとお医者さんには言われたものの、実際どうなのかはよくわからないっていうのが本音である。

 

 事件のショックも時間とともに薄れていった。というか、記憶障害やらなんやらであんまり当時のことを思い出せなかった。

 

 中学に上がってからは本格的にトレーニングへと取り組み、姉であるミルコのもとで修業に...励めればよかった。というのも姉さんはヒーロー活動で忙しくそんな暇はなかったのだ。まあ、言ってしまえば当然なんだけど。そんなわけで姉さんも昔稽古をつけてもらってたっていう道場にてしごかれてました。とりあえずそこら辺の話はまた今度します...

 

 なんでこんなこと語ってきたかっていうと、机の上にある進路希望調査の紙。全部これのせいだ。 

 

 当然ヒーロー志望でしょ?と言われれば、まあそうなんだけど。問題は学力。そう、学力なのである。何を隠そう僕は頭がよくない。いや決して悪いわけじゃないんだけど。

 

 雄英高校。偏差値80前後。

 

 頭おかしい。もう一度言おう、頭おかしい。第一志望の雄英、偏差値高すぎなんだよマジで。そこでさっきの自分語りに戻るんだけど、ほとんど肉体面のトレーニングしかしてないんだよね僕。

 

「マジでどうしよ...いけるか?あと一年もないぞ?」

 

 高校試験まであと一年足らず。その間偏差値を20近く上げる。考えただけで頭が痛くなってくる。

 

 そこでふとあることを考える。僕のなりたいヒーロー像。それはオールマイトでもエンデヴァーでもなく...ミルコ、姉さんなんだ。だから僕はよくこうやって考える。もし姉さんだったらどうするかって。そこまで考えて、僕は記入用紙にペンを走らせた。そこに書いた高校名は雄英。こんなところで、こんな障害で止まってられない。姉さんみたいな立派なヒーローになるために。

 

 そして記入用紙が回収された後、教師がその内容を声にして読み上げたのである。僕個人に対してではなかったが、雄英を受ける生徒を一くくりにして。めちゃくちゃ背伸びしたので正直やめてほしかったが、おかげで同じく雄英志望がいることが分かった。緑谷、そして爆豪。二人ともいろんな意味で有名である。言ってたらほら、始まった。

 

 個性の爆破で緑谷の机を吹き飛ばし、怒鳴り散らす爆豪。幼馴染でどんな確執があんのかしらないけど、中3なんだしもっと大人になった方がいいと思うんだよね。てか個性をこんな「てめえもだくそチビ!!」...あ?

 

「記念受験かなんだか知らねえが、受かる気もねえのに同じ土俵にくんじゃねえ!」

 

 そう言い残し席へと戻っていく爆豪。僕は、その背中を思いきり蹴り飛ばした。机に突っ込んで倒れこむ爆豪。怒りが頂点に達しているのであろう、顔がすごいことになっていた。しかしそれはこちらも同じ。やつは越えちゃいけねえラインをこえちまったのさ。人の身長を馬鹿にするという禁忌を...

 

 

ーーー

 

 結局、教師の仲裁、および受験に関しての脅しのような形で収まった喧嘩だったが、先に手を出した僕が悪いということで放課後職員室でのお説教。プラス反省文の提出という結果で終わった。あいつは反省文だけ。ゼッタイオカシイ。

 

 帰りの荷物を取りに行くために教室に戻ると、緑谷と爆轟。そして爆轟の取り巻きがいた。入るか迷っているうちに爆豪が緑谷のノートを爆破し窓から投げ捨て、緑谷に罵声を浴びせて教室から出てきた。そこで僕と目が合う。反省文をこれ以上増やしたくないのか、舌打ちだけを残して去っていく。目が怖い、ヴィランかよ。

 

 続けて教室を出ようとする緑谷。そこでこちらの存在に気づいたようで、こちらに軽く会釈して通り過ぎて行った。

 

 僕は彼らについて、お互いが幼馴染であるということぐらいしか知らない。だからなんて言葉をかければいいかわからず、その場から動けなかった。爆豪は明らかにやりすぎだと思うし、あれだけやられて避けようとしない緑谷のことも理解できない。だからこれからでも知りたいと思ったんだ。志望校同じだし、なんなら同じクラスだし。そう決めた後、自分の席に行き、急いで帰り支度をした後、緑谷を追いかけた。

 

 追いついた先で、緑谷は鯉を飼育している小さな池に落ちたノートを拾い上げていた。

 

「兎山君...?どうしてここに?」

「心配で。ノート貸してみ」

 

 そういいながら右手を差し出す。緑谷は少し戸惑いながら僕にノートを預ける。するとどうだ。みるみるうちに濡れたノートが乾いていく。そうして乾いたノートを緑谷に返す。

 

「乾いてる...それって君の個性、チャージだよね!水を吸収できるってことは制限が簡単なのか?生き物に対しては...」

 

 自分の世界に入ってしまった緑谷。オタクっぽいのは知ってたけど相当だな。

 

「爆豪は嫌な奴だし、乱暴だし口悪いし目つき悪いし嫌な奴だから、つらくなったら言ってよ。緑谷、そういうの抱え込みそうな感じするから」

 

 というか8歳まで無個性だったことの経験から言うなら、無個性のやつが毎日明るく過ごすっていうのはなかなか難しい。幼いころでそう感じたんだ。緑谷の年齢、ヒーロー志望ならなおさらだろう。だから同じ苦しみを知る者として少しでも力になってやりたいと思った。あの日姉さんがそうしてくれたみたいに。

  

 緑谷とはそこでわかれて各々帰路に着いた。その日あったヴィランによる事件。聞けば緑谷と爆豪の二人も巻き込まれたが無事だったそうだ。最後の別れみたいにならなくて本当に良かったと、とても安心した。

 

ーーー

 

 それから約一年、学校で勉強し、塾でも勉強し、たまに道場でしごかれるという生活を続けた結果。学力は向上し、雄英ももしかしたら狙えるかも?ぐらいにはなっていた。そんなある日のこと。珍しく姉さんは休みらしく、机で勉強する僕の反対の席でアイスを食べていた。この時点でいやな予感はしていた。しかしそれは気のせいだと言い聞かせる僕の気も知らず、姉は口を開いた。

 

「入試、実技あるんだってー?」

「そうだね」

 

 体から嫌な汗が出てくる。

 

「ちゃんとトレーニングも続けてんだろー?」 

「そうだね」

 

 ペンを握る手が震える。

 

「…仕上がり、見てやるよ」

 

 事実上の死刑宣告。これを受け、即座に後ろへとはねのいた。考えるより先に体が動いていた。それは生物としての本能だったのかもしれない。

 

 僕が一手打ったと同時、いやそれよりもわずかに早く、姉は次の一手を打っていた。追いかけるように跳躍し、こちらに飛びかかってきたのである。空中で、もっと言うならプロヒーローの本気の追撃。まだ高校生にもなってない僕が、それをさばけるはずもなかった…

 

 

 

ーーーBAD ENDーーー

 

 

 




続きます。


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姉弟対決

 雄英高校の入試は、筆記試験と実技試験に分かれている。そのため本来なら対人での調整というのは、しておいて損するものでもないとは思う。そう思いながらも目の前の人物見つめる。軽く体をほぐしながら好戦的な笑みを浮かべるのは自身の姉。トップヒーロー、ミルコ。 

 

 いや違うだろと。確かに調整はありがたいけども。一週間後に控えた入試。怪我をして支障が出る予想をするぐらいには僕と姉さんの実力差は離れている。当然ではあるのだが。かといって一度やる気になったら簡単に止まるような人でもないことも確か。

 

「やるしかないかぁ…」

 

 乗り気でないことこの上ないが、この際思い切り揉んでもらおう。そう覚悟を決め、姉さんに向き合った。場所は普段お世話になっている道場である。私有地につき個性使用可。いわゆるガチンコ勝負。まあさすがに手加減はしてくれるだろうけど。…してくれるよね?

 

「とりあえず攻めと受けで見てやるよ。さあ、どっからでもこい!」

 

 構えをとる姉。好きなタイミングで来いって話しだろうが、相変わらず隙が無い。ひとまず脅威なのは足技とそれによるリーチ差。身長差がないのがまだ救いだろうか。まあとりあえず…

 

「突っっっこむ!!」 

  

 体中にエネルギーをチャージする。出力は最初から身体許容限界まで。体には青白いスパークがはしり、身体能力を向上させる。今できる最速での肉薄。距離とられたら負ける。それを防ぐ突貫。

  

「最初から全力かよ!いい判断だ、でも…」

 

 向けた掌底に蹴り上げを合わせられる。当たれば体勢が崩れ主導権も握られるだろう。だがそれもあたればの話。

 

ーーリバーサルーー

 

 蹴り上げられた足が当たる瞬間、手のひらを合わせ衝撃を個性で吸い取った。そして逆の腕を姉の顔に向け、衝撃を返す。もろに食らったことで一瞬出来た隙。所詮はこけおどしで、ダメージにはならないことはわかってる。だから本命は別にある。

 

「出力100パーセント…」

 

 掌が青く光り、電気がほとばしるように力があふれる。

 

「インパクト!!」

 

 放たれた閃光。しかしそれが姉さんにあたることはなかった。あの一瞬に反応され、蹴りを合わされた。それで攻撃を上にそらされた結果、天井を吹き飛ばし、大穴を開けている。当てればあるいは勝負が決まってたかもしれない。それほどの出力。放った体は硬直していた。そしてこの人はそれを見逃したりはしない。腹部への強烈な衝撃。それによって腹を蹴り上げられたことを遅れて理解した。体が浮くことで足が地面から離れる。

 

「衝撃までのためとそのあとの硬直。まだまだ課題だな。初動の入りはよかったけどな!」

 

 追撃が入れられることはなかった。その代わり言われたアドバイス。大体考えた通り。そのために最初に視界を奪ったんだけどなあ。とはいえこれで終わりだろう。あとは入試までにそのあたりを煮詰めよう。

 

 そう思いながら帰ろうとしたときだった。姉さんが一言、構えろと。

 

「言ったろう攻めと受け。つぎは受けを見るぞー、ビシバシ行くからな!」

 

 本当の悪夢が始まる...

ーーー 

  

 結局、個性のエネルギー切れによって戦闘継続ができなくなり、稽古は終わった。体中痣だらけだし、なんなら何度か胃の中身が出た。一週間前にすることじゃないとは思ったが、その分課題もはっきりした。インパクトの際生じる隙。なくすことはできないだろうから、放ちどころを考えていかないといけない。それに受けた攻撃をそのまま返すリバーサルも、返すまでにまだまだラグがある。見せすぎたらラグを読まれることも考えるべきか。

 

「攻めはそんな感じだけど、受けはなかなかよかったぞ!!あとはエネルギー管理だな!」

 

 とは姉の言葉だ。受けの自信はかなりついた。そもそも普段からそっちメインで練習しているのもあるけど。そして後の課題のエネルギー管理。僕の個性はチャージ。名前からして吸収ありきの個性かと思われることもあるが、本質はシンプルな増強型が近い。あらかじめためておいたエネルギーを体へチャージすることで能力を底上げする。インパクトやリバーサルなどの体の外へ干渉できるのは両手のひらのみ。吸収したエネルギーはその形のまま使うことしかできない。

 

 そこまで整理したうえで、課題について考える。貯めておくエネルギーは体力みたいなもので、休息などで回復。貯められる量は肉体の強度に依存。例えば僕の体が姉さんみたいに強靭ならば、今よりたくさん貯められるだろう。そして一度にチャージできる出力にも同じことが言える。強すぎる力を振るえばその分反動が来る上、エネルギー切れも早い。最悪は反動で体がぶっ壊れるだろう。燃料切れが起こるのはこの際仕方ないとして、大事なのはペース配分か。必要な時必要な量、うまく使えば何とかなるとは思う。決して入試を楽観視しているわけ時じゃないが、ヒーローミルコと拳を交えた事実が僕の背中を押してくれている。

 

「ほんとに、いい姉さんを持ったよ」

 

 そうつぶやいた言葉は、耳のいい姉さんならあるいは聞こえたのかもしれない。

 

 




オリ主の個性は結構複合的な感じです。


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入試らしいですよ

 

 

 夢を見ていた。父さんと母さんと晩御飯を一緒に食べる、それだけの、ただただ暖かいだけの夢。壊れてしまったもう二度とかなわない夢だ。あの頃は何にだってなれると思っていた。でももうそうじゃない、あの日両親が殺された時から僕には復讐(ヒーロー)になる道しかなくなった。二人を、両親を殺したあの男を殺すために。  

 

 

ーーー

 

 入試当日だというのに今朝の目覚めは最悪だった。終わった夢、そして終わった目標。 

 あの男は姉さん含めたヒーロー達に討ち取られた。だからもう自分のために生きていいはずなんだ。僕はミルコみたいな、本物のヒーローになる。

 

「だからもう忘れさせてくれよ...」 

 

 雄英に向かう電車に揺られながらそんなことを考えていた。そんな僕を見て、体調が悪いと思ったのか、彼は話しかけてきた。

 

「兎山君、大丈夫?」

 

 声でだれか分かった。緑谷出久。そういえば彼も雄英受けるって言ってたっけ。無個性での雄英受験。馬鹿にしてるわけではないが、無謀な挑戦だとも思う。

 

「緑谷はなんで雄英受けるんだ?」 

 

 会話の中で思ったことをポロっと聞いてしまった。失言だ、そう思い取り消そうとしたとき。 

 

「認めてもらったんだ」   

 

 緑谷は続ける。

 

「一番尊敬してる人、目標にしてる人に、君はヒーローになれるって。そういって、いろんなものをもらった。だから僕は...」

 

 緑谷がまっすぐこちらを見つめる。

 

「ヒーローになるよ」  

 

 そうだ、そうなんだ。余計な事、考えたってしょうがないことは考えなくていいんだろう。ただまっすぐ目標をみつめてさえいれば。 

 

 まだ雄英に受かってもいないんだけどね。笑いながらそういう彼に、心から感謝を伝える。

 

「ありがとう緑谷、おかげで試験に集中できそうだ」

 

 気を引き締めるまだ僕の道は始まってすらいないんだから。 

 

 

ーーー

 

 筆記試験が終わり講堂に実技試験の説明を受けていた。筆記の方は自己採点でラインぎりぎり、ともかくあとは実技を頑張るしかない。  

 

 ポイントが割り振られた仮想的そいつらを倒しつつ総合ポイントで順位を決めるという内容。少し気になるのは0ポイントのお邪魔敵。大型で大暴れするだろうとの説明。0でもポイントと表記している以上、倒すこと、あるいは戦うことは想定されている。大型である以上ほかに比べて弱いわけもないだろう。 

 

「それなのに0ポイントてことは…」

  

 この試験、ポイント以外にも採点基準があるのかもしれない。それを考えるなら状況次第では0pと戦うことも頭に入れておいたほうがいいか。

  

 そうして説明を受け、受験生たちはいくつかのグループに分けられ、ステージとなる巨大なビル群を前に各々準備運動などをしていた。そういう僕も運動着に着替えたところだ。インナーにTシャツに短パン。全体を黒と灰色で揃えていること以外は特筆することのない運動着いつも使ってる分これが一番使いやすい。

 

 緑谷たちとは別のグループみたいだけど、同じ中学での協力禁止のためだろうか。そんなことを考えていると開始の号令がされた。教師曰くヴィランは待ってはくれないぞと。それを受けて僕は個性の使用にあたまを切り替える、試験の制限時間は10分。戦闘での消費を考えるなら常時3割が限度。

 

「エネルギーチャージ…… 30パーセント」

 

 体に青白い光を帯びながら徐々に出力を上げる。後れを取った受験生達を追いかけ、追い抜きそして引き離す。

 三割で十分。余裕はそこまでないが、索敵と移動。どちらかで後れを取れば高得点は狙えないだろう。 

 

 ビル群に入ったあたりで、目の前にロボが現れる。仮想敵、形状からして1ポイント

 

 まずは様子見ロボのアームによる攻撃を潜り抜け、右拳による一撃を放つ。放たれたそれは容易にロボのボディーを粉砕し戦闘不能にした。

 

 3割でも動きを終えてなかったし、これなら案外余裕かもな。

 

ーーー

 

 開始からしばらくたち、試験も終盤に差し掛かってきた。  

  

 獲得ポイントはすでに十分獲得できたし。余裕があったので、チャージも少し出力を落としてある。まだ不安があるとするなら…

 

 ちょうどその時地面が大きく揺れ始めた。轟音とともに道路を大きく割りそこから這い出てきたのは巨大なロボット。高さは横にあるビルと比べても遜色ないほどに巨大であり、逃げ出す受験者たちに今にも襲い掛かろうとしている。

 

 間違いなく0ポイント、救助対象なんかが出てこない限り、逃げるのが安定択。それと同時にここで倒せたりしたなら、こいつによる被害を減らすこともできる。 

 

 それならやるしかないだろ

 

「フルチャージ!!」

 

 出力100パーセント、それによる身体強化。今持てる全部で

 

「叩き潰す!!」 

 

  

ーーー 

 

 

 全速力で0pに接近していく。近づくほどに気づかされる巨大さ。それに伴う威圧感。しかしそれを今からねじ伏せる。横目ではケガで逃げ遅れた様子の受験生が見えた。想定外ではあるが、救助による採点基準に数えられるだろう。そちらを優先する。

 

 近づいてみると受験生は二人いた。足を瓦礫に挟まれた女子にそれを助けようとしている男子。男子の方が体を固くする個性のようで瓦礫を削りながらも脱出スペースを作っているようだ。手を貸さなくても助けられそうだが、手を貸せば簡単に助けれそうだ。

  

「手をかすよ、上の大きな瓦礫どかすからここを押さえてて」 

  

「お、おう!でもどかすたってこの大きさをどうやって...」 

 

 大分大きな瓦礫だったがフルチャージならどかすぐらいなんてことはなかった。

 そうして二人で女子を救出する。 

 

「助かったよ!俺は切島ってんだ!おまえは?」

 

 その問いに答えようとしたとき、大きな振動を捉えた。振り返ると0pがまっすぐこちらに向かってきている。

  

「やべえ、早く逃げよう!肩貸すぜ!」

 

 女子を連れて逃げようとする切島。こちらにも呼び掛けてくる彼だが、ケガ人を連れて振り切ることは難しいだろう。それならば...

 

「ごめん切島君、その子を連れて先に行っててくれ」 

 

「何馬鹿言ってんだ!速くにーー兎山ーー...え?」

 

「兎山カオル、僕の名前。切島君、雄英でまた会おう」 

  

 それだけ言って僕は巨大ロボに向かって走り出した。

 

 

ーーー

 

 

 接近する僕に気づいた0pがその大きな腕を振り上げる。その巨大さ故、振り下ろすだけで即死級の攻撃だが、それもまともに喰らえばの話。

 

 振り下ろされる一撃。轟音とともに迫るそれを両手の平を広げ、そして捉える

 

ーーリバーサルーー 

 

 

 

 物理による単純な攻撃に限り吸収、反撃に転じる技。しかし一気に吸収できるエネルギーにも限度はある。

 

「くっ…!!」

 

 吸収しなかった衝撃が体を押しつぶそうとする。全身がそれに悲鳴を上げ、全身の筋肉は引きちぎれ、鼻からは血が噴き出る。両足を大きく広げ、精一杯踏ん張る。そうして衝撃を吸収していき、右手のひらにエネルギ―を収束させていく。

 

「くらえよでかぶつが!出力600パーセント...

 

  ーーインパクト!ーー

  

 その瞬間青白い閃光が巨大ロボの腕を突き抜け胴体に届くまで破壊した。 

 

  

 片腕を失いバランスをとれなくなり倒れこんでいく巨大ロボを見て、ぎりぎりつなぎとめていた意識を手放した。

 



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ここからはじまる

 

 

 またあの夢だった。年を重ねるごとに鮮明に、何度も繰り返し見た夢。守りたい人、守ってほしかった人。伸ばした手は届かず、最後は決まって全部失った。

 

「もう二度と失わない」

 

 ヒーローになる。そう決めた日に建てた誓い。そのために強く、ただ強くなるために努力した。でも、それがいつしか目的になっているような気さえしていた。

  

「僕はヒーローになるよ」

 

 緑谷のまっすぐな目に、気づかされた。いやあてられたといった方がいいかもしれない。そうして思い出した僕の目標、原点。

 

「姉さんみたいな、本物のヒーローになる」

 

 これが僕の、兎山カオルのオリジン。

 

 

   

  ーーーーーーー

 

 

 

 まどろんだ意識の中、アルコールの鼻の奥につんとくるようなにおいと、真っ白な天井で、そこが病室であるだろうことが分かった。少しづつ頭を働かせながら自分の体に意識を向ける。

 

 実技試験の最後、実際のところけっこうな無茶をしていた。デカブツの攻撃をリバーサルで吸収した時点で、受けきれなかった衝撃で体はズタズタ。おまけに許容限界を完全に無視したインパクト。目をそむけたくなるぐらいにはひどいけがをすると予想してたんだけど。

 

「なんともない」

 

 包帯を巻かれてはいるが、その下にひどいけがをしているような感覚はない。気になることがあるとすれば、体全体を包むような倦怠感ぐらいか。

 

「そりゃアタシがなおしたからねえ」

 

 女性の、それもしわがれた年老いた声がした。声のする方、かかっていた白いカーテンをめくると、医療者らしい格好の老婆がいた。

 

「どうも」

 

「ちゃんと挨拶出来てけっこうさね」

 

 老婆、もといリカバリーガールから僕が眠っていた間のことを聞いた。リカバリーガールと聞いてほとんどの人が予想できるだろうけど、ケガが軽く済んだのはこの人の個性、治癒で治してもらったおかげのようだ。そうしてここが雄英の保健室であることもわかる。ちなみに倦怠感は治癒の反動らしい。体力が回復したら自分の足で帰れと、そう言われながらグミをもらった。おいしい。

 

「まったく今年は無茶する子ばっかりだよ。あんたといいその子といい」

 

 どうやら僕のほかにも似たようなやつがいるらしい。まったく馬鹿な奴もいたもんだ。そう考えながらリカバリーガールが見やった方に視線を向けると、カーテンの隙間から見覚えのある顔が見えた。

 緑谷出久、まぎれもなく彼だった。目立った傷はないが包帯を体中にまかれている。大方無茶をしたんだろう。

 運命めいた。とまで言ってしまうと大げさだが、それにしたって流石だとは思う。僕はあの日、緑谷に言われた言葉に突き動かされた。緑谷のせいにしたいわけでは断じてないが、結果的に僕はあのデカブツに挑んだのだ。

 

「馬鹿な奴…」

 

 そう馬鹿なのだ。彼は馬鹿が付くほどに正直に、真っすぐにヒーローになることを見据えている。だからこそ、僕の心も動かされた。

 

 誰かを本気にできるのは、本気で生きている奴だけなのだ。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、緑谷に姉さんを重ねた。僕の中のヒーローに。生きる希望を示してくれた人に。そこまで考えて、僕は自分が寝かされていたベッドの傍らに置かれている自分のバッグに手を取り、帰り支度を始めた。そんな僕を不審がってかリカバリーガールが声をかけてくる。

 

「いいのかい?お友達の目が覚めるまでいなくても。もうしばらくすれば起きると思うけどね」

 

「いいんです。彼とはこのあといくらでも話すことになる。そんな気がするんです」

 

 そういい残して、保健室を後にした。廊下の窓から見える夕日がひどくまぶしくて、これから始まる刺激的な毎日を予想させるようだった。

 

 

  ーーーーーーー

 

 雄英高校のある一室。薄暗闇の中で、教師であるプロヒーローたちは、大きなモニターを眺めながら今年の受験生についての話に花を咲かせていた。

 

 曰く、今年は豊作だと。

 曰く、危なげのある生徒が目立つと。

 曰く、戦闘力に秀でている者が多いと。

 

 そんな中でも、話題の中心は主に二人の生徒に終着していた。

 

 その一人が、圧倒的な戦闘力で終始ロボットを破壊し続け、実技成績1位という好成績をたたき出した爆轟。

 

 実技試験は救助ポイント、敵撃破ポイントに分かれており、その総合点によって順位が決まる仕組みだ。

 

 救助ポイントはおもに人命救助、ヒーロー然とした行動に対して加点されていくのに対し、敵撃破ポイントはロボットの撃破という純然たる戦闘力に対しての評価である。

 

 そしてこの爆轟のポイントはすべてが敵撃破によるもの。それだけでこの受験者の異質さ、そしてその戦闘力が教師陣の中での共通認識となる。

 

 そして話題の受験者のうちのもう一人が、兎山カオルであった。

 

 敵撃破ポイントでは爆轟に大きく劣っている。爆轟が汗の分泌が増えるほど爆破の個性のギアを上げるのと対照的に、兎山は個性を使えば使うほどエネルギーが消費されていく。それを考えての消極的な戦闘であると考えられていた。

 

 しかし、教師の一人、相澤は消極的な姿勢はその一点のためだけではないとみていた。個性届には大まかな戦闘可能時間なども記載されている。エネルギー消費を上げるほどに身体能力が上がるこの個性。試験時間を考えて力を調整しているのだとしたら、

 

(あまりに消極的すぎる)

 

 不自然なほど余力を残しての戦闘。それに対しての疑問は、巨大ロボットの出現によって解消された。

 

 巨大ロボを見るなりギアを上げた兎山、彼はこの状況を見越して余力を残したのだろう。そこまで考え、相澤は大きくため息をつく。

 

(この時点までなら、試験の構造に気づき対策を立てていた優秀な受験生…)

 

 相澤が問題視しているのはこの後、捨て身での巨大ロボ撃破である。リカバリーガールのバックアップがあるとはいえ一歩間違えれば命を落としかねない危険な行動。しかも兎山がリカバリーガールの存在を認知していたかも怪しい。

 

 そんな相澤をよそに、英雄たる行動に盛り上がる教師陣。それどころかほかにも捨て身で巨大ロボを撃破した者がいるなどということが耳に入る。救助ポイントを考えればその生徒らが合格する可能性は極めて高いであろう。

 

 戦闘しか頭にない問題児に、己の力を顧みない自殺志願者。特に相澤が嫌っているのが後者であった。彼は生徒をヒーローにしたいのであって、無茶をして命を落とすために育てるわけではないのだ。

 

 自分の命をなげうってでも正義を通すこと。それがヒーローと呼ばれ英雄視されだしたのはいつからだろうか。

 

 今年は豊作だ。そんな誰が行ったかもわからない言葉をふと思い出し、相澤は顔をしかめる。表情の変化に乏しい彼だが、彼をよく知るものならばその変化に気づいただろう。

 

「今年は問題児だらけだ」

 

 そういって再びモニターに目を移した。

 

 

 

 

 

 

 



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ファッキン体力テスト

 

 

 

 

 

 「でっけードアだな」

 

 

 

 目の前のドア、厳密にいうなら、雄英高校1ーAの教室。そのドアの大きさに思わず独り言を漏らしてしまった。雄英の入学式である今日という日にここにいるということ。それが意味するのは僕、兎山カオルがあの入試を合格したってことだ。

 

 ーーーーーーーーー

 

 やはりというか、入試の実技は、ロボ撃破とヒーローらしさの二点で評価されていたようだった。

 

 実技成績だけでいうなら次席での成績での通過とのことらしい。筆記に関しては知った事ではない。底辺だなんてことは断じてないのだ。

 

 ちなみに合格通知は封筒で届いた。封を開けると中には小型の投影機が入っており、コスチュームをまとったオールマイトが投影され、彼から先ほどの内容を伝えられた。さすが雄英。金の使い方が大胆だし、雄英教師になったとはいえ、わざわざNo1ヒーローを結果勧告のためだけに使うなんて誰が考えたんだろう。

 

 

 

 映し出されたオールマイトを見て最初に思ったのは、老けたなぁってことだ。

 

 記憶の中の、もっと言うなら幼少期の事件後に会った時の彼はもっと若々しかったというか、そんな気がした。

 

 というのも僕は昔の事件の時、オールマイトと二回会っている。事件直後に一回。そして事件の犯人をオールマイトや姉さんらプロヒーローたちが討ち取った時に一回。記憶にあるオールマイトはいつ思い返しても本当にかっこいい。この人に任せれば大丈夫だと思わせるような、安心感を感じさせる。でもそれは今だって変わらない、多少の衰えはあるのかもしれないが、それでも目の前のナンバーワンヒーローは依然として圧倒的な存在感を放っていた。

 

 話の中で、君が雄英に来てくれて、ヒーローを志してくれて嬉しいと、そういってくれた。僕だって嬉しい。一番の目標とあこがれは姉さんだ。それは昔っから変わってない。それでもNo1ヒーローとして、平和の象徴としてあり続けるオールマイトを見て、憧憬を抱かないヒーローの卵たちがどれくらいいるんだろうか。あるいはそんなやつはいないのかもしれない。

 

 今考えればいくらでもある敵事件の中で、僕の元へ来て励ましてくれたこと。そしてその後の敵討伐にかかわっていたことを考えると、あの時の敵はオールマイトにとっても因縁のある敵だったのかもしれない。凶悪性が高かっただけってこともあるかもしれないが。

 

 それはともかく合格通知を受けた僕は、雄英での学園生活を想像し、期待に胸を膨らませた。

 

 

 ーーーーーーーーー

 

それなのに、楽しい学校生活が始まるはずだったのに、僕は絶賛不良から絡まれていた。不良もとい爆豪勝己。彼の言い分によると、どうやら僕が自分に次いでの次席だったのが不服だったようで、それだけで突っかかる理由としては十分らしかった。上昇志向が強いというか完璧主義というか。なんにしろクラスメイトからの視線が痛い。悪目立ちするからやめてほ「聞いてんのかクソチビ野郎が!!」

 

 

 「うっせぇんだよ爆竹野郎が!!!」

 

 

 そう言ってから、自分も不良の仲間として見られる危険性に気づいた。もう遅いけど。

 

 ヒートアップしていく両者。優等生っぽい眼鏡の子が止めに入ってくれたり、周りにいた緑谷があわあわしたり、あわや手が出るかというぐらい熱くなったときだった。

 

 「いつまで騒いでる、問題児ども」

 

 声のした方向に目を向けた一同。そこにいたのは黒い芋虫だった。いや違う、人間だった。なんでもこのクラスの担任というその人物は、自らを相澤と名乗った。

 

 「全く君たちは、合理性に欠くね」

 

 芋虫もとい相澤はそう言いながら、体操着を取り出した。そうして合理性芋虫はこう続けた。

 

 「早速で悪いが、君たちには体力テストをしてもらう」

 

 

 

 ーーーーーーーーー

 

 

 

 突然だが、皆さんが最後に体力テストをしたのはいつだろうか。

 

 中学まででもなじみのある体力テストだが、このテスト、相澤先生の言葉を借りるなら、非常に非合理であるといえる。

 

 個性によって身体能力が拡張される人が多い昨今、個性使用禁止という前提で行われるものは身体機能のすべてを使っているとは言い難く、また異形型の個性に関してはその前提には含まれない。そんな体力テストにどこまでの価値があるのだろうか。

 

 そうした考えが皆頭のどこかにあったのだろう、個性使用許可での体力テストと聞いて誰かがつぶやいた。  

 

 「おもしろそう」

 

 そんな言葉に反応したのか。相澤はこう言い放った。成績最下位は除籍処分だと。

 

 驚きを隠せない生徒一同。そんな中、僕の内心はやる気に満ちていた。

 

 

 

 

 「お前には負けねえよ爆竹ボーイ」

 

 

 そんな一言で始まった対決は、言ってしまえば爆豪との体力勝負。どちらが高いスコアが出せるかの戦いだった。 

 

 もともと僕だって、こんな不良野郎に負けているのが気に食わなかったのだ。こんな人間爆竹野郎に。

 

 その一言に対し爆豪は、売り言葉に買い言葉で、対抗心に速攻火が付き、勝負はヒートアップしていった。

 

 ここで僕の個性「チャージ」をおさらいするなら、その機能の多くは身体強化。体にエネルギーを巡らせ超常的な能力を得る。

 

 そうして出たスコアは、例えば50メートル走だけなら、爆轟を上回るほどのスコアをたたき出した。

 

 しかし、ここからが爆豪の爆破とは対極的であり、使用が長引くほどギアが上がっていく爆轟に対して、我が個性はいうなれば貯水タンクのようなもので、蛇口を大きくひねるほど能力も上がるが、比例してガス欠も早くなる。

 

 そうした二人の性質とともに対決は進んだいった。

 

 そんな中の最終種目で、緑谷の順番が回って来た時のことだった。

 

 

 ここまでの緑谷の成績は、一言で言って平凡。正直最下位であろうという予想もできた。

 

 そんな緑谷の投げたボールは、40メートルやそこらといった記録に終わってしまった。

 

 信じられないといった様子で自分の手を見つめる緑谷。そんな彼に話しかけながら歩み寄ってく相沢先生が言い放った言葉は、緑屋の個性を消したというものだった。

 

 (個性を消す…?消すも何も緑谷は無個性のはず、しかし相沢先生の言葉が本当なら緑谷の個性は…)

 

 その後行われた二投目。ボールを放つ瞬間。緑谷の指が衝撃を放ち、ボールをはるか彼方に放り投げた。

 

 なんという規格外の能力だろうか。ボールを放った緑谷の指は大きく腫れていたが、それにしたってとびぬけたスコアを出していた。体に見合わないほどに強力な個性。それが理由で個性をひた隠しにしていた?

 

 

 

 そうして緑谷の個性について考えてるうちに、僕と爆轟のボール投げも終わり、個性把握テストは終了した。 

 

 開示される全体スコア。発表と同時に相沢が言い放ったのは、除籍処分が嘘であるということだった。

 

 そんなことは置いておいて、気になる僕と爆豪のスコア。その結果は…

 

 

 

 

 「このクソ微生物が!!!!」

 

 

 まさかの同率三位。それに気づいた途端にぶっ飛んでくる爆豪に、僕はハイキックによるカウンターを合わせた。

 

 そんな僕らを見て相澤は、

 

 「お前らほんとに除席するぞ」

 

 

 

 苦々しくもそう言い放った。

 

 

 

 

 



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vs有精卵

 

 

 体力測定のあった次の日のこと。

 

 「わーたーしーがーーー

 

 普通にドアから来た!!」

 

 その勢いとともに教室に入ってきたのは、みんなおなじみオールマイトだった。

 

 普通に授業も担当するんだなぁ、なんて思っていると、早速と言いながら、戦闘訓練という名の授業の提示。それと戦闘服への着替えを指示された。その指示に従うクラスメートの後に続いて、自分の戦闘服を手に取った。

 

 戦闘服もといコスチューム。僕が要望したそれは、実戦を特に想定したものだった。動きの邪魔にならないように携帯物を減らした戦闘スーツに、腕と足の防具。

 

 黒を基調とした見た目は、みんなが想像するような特殊部隊の隊員のような見た目から、ごちゃごちゃとした装備を全部取っ払ったような見た目だと思ってもらえばいいだろう。

 

 シンプルイズベスト。それが僕のコスチュームへの答えだ。

 

 皆がそれぞれの感想を言い合いながら訓練場へと向かった。歩きながら思ったのだが、ヒロイックーーヒーローなんだから当たり前だがーーな見た目の人が多くて、少し自分が浮いているような気分になった。変更できるタイミングがあればもうすこしヒーロー然とした格好にしようとも。

 

 戦闘訓練は、ビル内での屋内線。かつ二人1ペアの2対2の形式で行われるようで、そのペアはくじ引きで決められた。

 

 僕のペアは葉隠透さん、透明になる個性らしく見つけるのに少し手間取った。

 

 本人は気さくな性格らしく「頑張ろうね!」と明るく声をかけてくれた。そんな雰囲気の彼女が急に暗くなったような気がしたので、どうしたのか訪ねてみた。

 

 「どうしたのって、兎山くん相手見てないの?」

 

 そう言われて、なるほど。とおもった。

 

 僕らの相手はガタイのいい障子と、推薦入学組の一人、轟焦凍だった。

 

 

ーーーーー

 

 いくつかのペアの戦闘が終わり、僕らの順番になった。

 

 ビル内の爆弾を守る敵側と、それを確保するか敵役を捉えるヒーロー側。僕と葉隠さんは敵側だった。

 

 ちなみに今は四階の爆弾のあるフロアにいる。

 

 「葉隠さんは二人の個性知ってるの?」

 

 爆弾のハリボテの位置を調整しながら、同じく防衛の準備をしている葉隠さんにそう訪ねた。

 

 「あんまり詳しくはないんだけどね、障子くんはたくさん耳とか腕とか生やせる個性で、轟くんは氷の個性らしいよ!」

 

 氷?エンデヴァーの息子って聞いたから炎熱系かと思ってたけど…

 

 そんな事を考えていると、もうすぐ訓練スタートという頃合いになった。

 

 障子の個性で耳をはやせるならそれを使って索敵してくるだろう。葉隠さんを伏兵にしても探知されては意味がない、だから爆弾前のこの位置で迎え撃つのがいいはずなんだけど。

 

 そう考えながら、頭のどこかに危機感があった。

 

 訓練開始のアラームがけたたましく鳴り響く。葉隠さんの方を見ると彼女もこちらを見ているようだった。ちなみに彼女は透明化の個性を最大限に活かすためほぼ全裸なため、あくまで僕がそう思っただけだが。

 

 葉隠さんからドアの方へ視線を移す。この部屋にはドアは一つだけ、他には窓もあるがこっちからヒーローが来るとは考えにくい。

 

 緊張する気持ちを落ち着けようとしたその時だった。僕の両足を、凄まじい冷たさが襲った。

 

 「……は?」

 

 凍結による激しい痛みを感じながら、徐々に現状を理解した。轟の個性によるものだろう。ヒザ下辺りまでが凍りついていた。そしてそれは葉隠さんも同様だった。

 

 (最悪だ…。警戒はしていたけど、まさか凍結の規模がここまでだなんて。警戒したりなかった…!)

 

 僕はこの最悪の状況において、取れる最善の行動に身を移した。

 

 

ーーーーー

 

 凍結した通路を進むのは障子と轟だった。轟の半歩後ろを、障子が複製した耳を広げながら続いて歩いていた。

 

 「この部屋か?」

 

 障子の方には目もくれず轟が尋ねる。

 

 「その部屋で間違いない。葉隠と、兎山のどちらもいるが片方は少しもがいているようだ。このまま部屋に入るのか?」

 

 個性で部屋の様子を探っているらしい障子はそう聞いた。

 

 「ああ。このまま行く」

  

 もう勝ちは決まったと。冷めた様子の轟はそう言って、凍ったドアノブを力強くひねった。

 

 氷が砕ける音と感触とともにドアを開き、部屋に入っていく轟。その瞬間。前方から飛びかかってくるカオルをその目で捉えた。

 

 反射的に氷で迎撃した轟だったが、その氷壁はカオルの手のひらからの衝撃で粉砕された。

 

 「轟!」

 

 なおも接近してくるカオルに対して、後方にいた障子が3つの腕を振りかぶって間に割り込む。振るわれた3つの拳はどれもその小さな兎を捉えたかのように見えた。しかし拳にカオルの指先が触れると、そのどれもがピタリと運動を止めてしまった。

 

 深い踏み込みとともに反撃の拳が障子に放たれる。障子の意識が防御に割かれたが、それを振り払うようにカオルの拳は強い衝撃を放って加速した。

 

 防御を振り切り、障子の横っ腹に深々とストレートが突き刺さったそのとき。一連の攻防の中で力をためた轟が特大の氷壁を繰り出してみせた。障子を守ると同時に薫の小さな体を覆い尽くさんとしたその氷壁は、しかしその体を捉えることはなく、カオルは体を翻しながら回避した。

 

 一方で、この一瞬とも言える戦闘を少し離れて見ていた葉隠は、まるでレベルが違うと唖然としていた。 

 

ーーーーー

 

 (仕留めきれなかった)

 

 攻防を終えたカオルの胸中にはそんな後悔があった。

 

 轟の初手の大規模凍結によって凍りついた両足はリバーサルによる冷気の吸収と放出による地道な作業で復活したが、その活動は本調子には程遠い。できるなら負荷がかかる前に不意打ちで終わらせたかったが、ガタイのいい障子があまりにも邪魔だ。接近に持ち込んでもさっきのように割り込まれては轟を仕留めれない。

 

 だからといって障子から倒そうとしたらそれはそれで轟がそれを許さない。全くどうしたものかと、ちらりと葉隠さんを見やる。

 

 彼女を救出するまでの時間はなかったので、彼女の両足は凍ったままだ。無理に動けば皮膚を持っていかれるだろうし、この戦闘での復帰は難しいだろう。

 

 こちらが呼吸を整えてるうちに、早くも障子がダメージから回復したようだった。

 

 (見た目通りタフみたいだな。ならやっぱフルパワーで行くか)

 

 「ミルコの弟ってのもあながち嘘じゃないみたいだな」

 

 そう言う轟に少し驚いた。このタイミングでそんなこと振ってくるのか。

 

 「そちらさんは、エンデヴァーの息子って割に氷メインなんだな」

 

 「親父の力は戦闘では使わねえ」

 

 そう言って語気を荒げる轟。

 

 (言い方的に炎も使えんのか?なんかちょっとムカついてきたな…)

 

 「…そりゃあボコしがいがあんなァ!!」

 

 個性チャージの出力を最大まで上げ、轟に肉薄していく。重心はできるだけ低く、敵の狙いを下方向に絞らせる。

 

 迎撃の氷壁を天井に跳躍して回避、続け様に迫る氷の柱をインパクトで防ぐ。

 

 天井で足のバネに力をため、そして跳躍。轟を障子とは挟む位置に着地。地面に手を向け

 

「出力100パーセント…」

 

 まさかといったような目で轟がこちらの意図に気づく。が、もう遅い、

 

「インパクト!!」

 

 その衝撃で三人がいる床を大きくぶち抜いた。

 

 地面がなくなったことで空中に放り出される三者。一番最初に行動に移ったのは障子だった。轟の背中を掴み僕から遠ざけるようにして間に腕を回す。

 

 それに対して僕はインパクトの放出による反動でその腕に組み付いた。

 

 そして落下する方向とは逆に片手を掲げその手のひらを大きく広げた。

 

 「下まで付き合ってもらうぜ、三連インパクト!!」

 

 再大出力での三連射。その反動で轟を抱える障子を真下に突き落としていく。床を二枚続けて打ち抜き、そうして障子を一階の床に打ち付けた。舞い上がったホコリに目を細めながら少し離れると、障子はダメージですぐには起き上がれないようだった。

 

 轟は障子の腕の中から這いでながらこちらを一瞥すると、

 

 「お前イカれてんのか?」

 

 と顔をしかめたので、成り行きとはいえクラスメートを下敷きに床を複数枚ぶち抜いたことに若干の罪悪感はあったため、その言葉は否定しないでおいた。

 

 そうして両者が構え直すのと、オールマイトによる戦闘終了の合図がされたのは、ほぼ同時だった。

 

 気の抜けた様に、脱力する轟に対して、今回はこっちの勝ちだと。軽く笑みを向けると、轟は見るからに嫌そうな顔をしたので、僕はそれを見てさらに笑みを深めた。

 

 

ーーーーー

 

 戦闘の講評が終わったあと、僕は保健室を訪れていた。僕自身の怪我もあるが、それ以上に痛めつけた障子に付き添うためにだ。

 

 あれだけのことをしたので嫌われたかもと思ったが、障子はガタイの良さからくる威圧感に反して、とても気のいいやつだった。逆に戦闘中に考えてたことなどを聞かれた。それらに答えていくうちに、半ば反省会のような会話になっていった。

 

 また、障子の怪我には深刻なものはなく、リカバリーガールの治癒で全て治ってしまった。

 

 

 そんなこんなで一日を終え、帰りの電車に乗り、途中のコンビニでアイスを二本買って、その日は家に帰った。

 

 リビングで買ったアイスバーをかじっていると、まだ七時を回ったばかりだというのに、珍しく姉さんが帰ってきた。

 

 まだ帰ってくるとは思っていなかったので、急いで夕飯の支度をしながら、今日あったことを姉さんに話した。

 

 クラスでのこと、授業のこと、そして訓練のこと。

 

 轟の凍結で両足が凍った話では、訓練をつけたそうな顔をしはじめたので、完全にやぶ蛇だと思った。

 

 

 そうして夕飯を作って、いっしょに食べた。その日はシチューだったが、珍しく姉さんと一緒に食べられたので、いつもよりなんだか美味しい感じがしたし、何よりも楽しかった。

 

 戦闘訓練はつかれたし、姉が特訓したそうな顔をしているのは不安だが、毎日がこんなふうに過ぎていてくれたらなとも思った。

 

 

 

 

 

 



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救助訓れ

 

 

 

 ある夜の、ある町の、ある廃工場に、ある集団がいた。

 あたりは薄暗かったが、それでも何とか10人余りのその集団が、比較的若い人間の集まりであることは分かった。さらに付け加えるなら、若者たちの格好、様子を言い表すなら、彼らはチンピラ、あるいは不良と呼ばれる若者の集まりだった。

 

 そんな不良集団がたむろするこの場所に、一人の来訪者が来た。

 

 その人物は男だった。がしかし、そのほかの年齢や、どのような顔かなどの説明をすることはできない。その男は男性にしては長すぎるほどに伸びた青白い髪をしていた上に、加えて何より特徴的な部分があった。男は顔全体を覆うほどの大きい手を顔に着けていたのだ。この手というのはそのまま人間の手、つまり手首から切り落とされた人間の腕を、顔だけではなく、体のいたるところに身に着けていた。一見するだけで奇怪で不気味な男だった。

 

 

 そんな男は不良少年たちに対してこんな内容を持ち掛けた。

 

 自分の仲間にならないか、と。

 

 突然の出来事で、加えて不審者という言葉でも足らないような不審すぎる男の提案に対して、集団の中には不安と緊張が走った。だがしかし、そんな中でも不良のリーダー格である少年が、男に対して反抗という態度をとれたのは、それこそ彼らを不良たらしめる理由なのだろう。アイデンティティとすら言えるかもしれない。  

 

 男に罵声を飛ばしながら近づいていく少年。その手のひらからは刃物のようなものがちらついていた。といってもこれは少年がナイフを持っていたというわけではない。

 

 個性「刀」

 

 それが少年、もとい刀場鋭(かたなばえい)の個性であった。

 

 が、個性も少年の名前もここでは記憶する必要はあまりない。

 

 なぜならば次の瞬間。正確には、来訪者である方の男が、猫のような瞬発力で、少年の頭に手で触れたとき、少年は絶命した。 

 

 それは、表現するなら崩れた、あるいは崩壊といった方がいいか。触れた部分からひび割れが広がっていき、ばらばらと崩れ、最後には粉になるように消えてしまった。 

 

 「こうなりたくないなら、おとなしく仲間になれ」

 

 無感情にそう言い放ったーー名を死柄木弔(しがらきとむら)ーーに対して、数瞬の間をおいて、話しかけた人物がいた。

 

 

 「仲間になったら何か楽しいことがあるのかな?」

 

 

 「あ?」

 

 

 

 死柄木は、言葉を放った人物を見た。その高めの声の通り、その人物は女だった。薄ら笑いを浮かべ、目に光がなく、真っ黒の髪の毛をしたその女は、死柄木とは、傾向こそ違えど同じように不気味だった。

 

 「カガミです。よろしくね、不審者のお兄さん」

 

 カガミと名乗ったその女は、底が見えないような黒い瞳で死柄木を見つめながら、やはり薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 「救助訓練だってさ、バクゴークン」

 

 「うっせェ話しかけんなカスがっ!!」

 

 話しかけただけで怒んなよ…。

 

 僕たちは今、学校の授業のために移動用のバスに向かっている。各々のコスチュームをまとって。

 

 爆豪のコスチュームは何というか彼らしい、一歩間違えれば敵のようなコスチュームだと思った。喧嘩になるだろうからもちろん口には出さないが。

 

 「バクゴークンは自信あるの?救助とか。あ、いやあるわけないか「んだとコラクソほどあるわ!!!!」あ、そう」

 

 手のひらからボムボムと爆発を起こしている爆豪と談笑しているうちにバスについたので、僕らはバスに乗り込んだ。爆豪とは席が少し離れてしまった。

 

 バスはソファのように長い座席が前方に二つと、後方はよくある二人掛けの席になっていて、僕は前方の席の一番端に座った。隣には緑谷が、その一つ隣は蛙吹さんという、蛙を擬人化したような女の子が座った。

 

 「緑谷ちゃん、私思ったことを何でも言っちゃうの」

 

 蛙吹さんがそう言った。何でも、とは一歩間違えれば究極のノンデリだなと思った。

 

 「あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

 それに対して緑谷は明らかに動揺したようだった。まあ確かに彼の個性はオールマイトに似てると言えなくもない。あまりちゃんと覚えていないが、先日の戦闘訓練の際に腕が使い物にならなくなるほどの馬鹿力を発揮していたし、その前の体力テストでも同じようなことをしていたなと思う。

 

 

 だがそれでも決定的に違うのは、怪我の有無か。

 

 その話を皮切りにして、それぞれの個性がヒーロー業でどのくらい目立つかという話になったり、その際爆豪の性格。クラスメートの上鳴曰く、「クソを下水で煮込んだような性格」がみんなからいじられているうちに、僕らは訓練を行う施設までたどり着いた。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 敷地はかなり広かった、説明を行ったヒーローであり教師でもある13号によると、東京ドームが何十個も入ってしまうほどらしかった。そして施設名がUSJ。ウソの災害や事故ルームの略語らしい。

 

 何かの冗談だろうかと、少し遠い目をしていた時だった。視界の端に、より正確に言うなら施設内の広場中央、噴水のあるあたりに、黒い靄をとらえた。それを見た瞬間、全身の毛が逆立つように、不安が胸の中に広がっていくのを感じていた。ずっと昔、それこそ子供のころのトラウマを思い出すような。

 

 黒い靄からはまず人の手が出てきた。その手が靄のふちをつかんで、続けてその手の持ち主である男が、靄から身を乗り出して姿を現した。男は顔に、そして全身に、人間の手を身に着けていた

 

 そして僕は男の、不吉の象徴であるその男の目を見てしまった。目が合ってしまった。その目はかつて、僕からすべてを奪ったあの男と同じ。いや同じとは言わずとも、だが確かに、根っこの部分に同じものを宿した目だった。

 

 「あれは、誰だ?」

 

 頭に浮かんだイメージに理解が追い付かなかった。確かに僕はあの目を知っている。あの不吉な目を知っている。

 

 鋭い痛みを覚えて僕はこめかみのあたりを抑えた。

 

 「ひとかたまりになって動くな!!」

 

 侵入者の存在に気付いたのだろう、担任の相澤が大きな声で叫んだ。

 

 

 

 「あれは…(ヴィラン)だ!!」

 

 

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、僕はその時、物語の歯車がずれ始めたような気がした。

 

 

 

 



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ヴィランとの邂逅

 

 

 

 「...逃げなさい、カオーー」

 

 

 

 

 こっちを向いた母さんの、目を見開いて焦ったような顔が、僕が見た母さんの最後の顔だった。

 母さんがすべて言い切る前に、その体は内側から破裂した。夏祭りのヨーヨーが割れるみたいに。

 

 

 

 飛び散った血が床、壁、天井までもを汚し、そのうちのいくらかが顔にかかった。

 

 あまりの出来事に、現実が受け止められない僕は、カーペットに血をしみこんでいくのをただただ眺めていた。

 

 

 「せっかくだし、一応息子の個性も見ていくとしよう」

 

 

 目の前の黒いスーツの男が、父さんと母さんを殺したその男がそう言った。ぞっとするような低い声で。

 

 それほど遠くもない距離をゆっくりと近づいてくる。僕はその男の目を、家族を殺した男の目を、その時初めて見た。

 

 

 そして僕は...

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 「また奪いに来たのか...」

 

 

 忘れようとした記憶が呼び起されていく、鮮明に、そして鮮絶に。

 

 黒い靄から続々と出てくる敵たちを前にして、13号と生徒に対して非難の指示を出す相澤。そうして自身は敵の集団に突っ込んでいった。

 

 首に巻いていた布をロープのように器用に使い、次々と敵を制圧していく相澤先生。その戦いぶりは、彼がプロのヒーローであることを納得させるような洗練さを感じさせた。

 

 

 「私たちは早く逃げましょう!」

 

 13号の指示で、一斉に施設の出口に駆け出すクラス一同。しかしその行く手を暗い靄が阻む。

 

 「させませんよ」

 

 黒い靄の中心にいた、靄のと使い手と思われる敵は「オールマイトを殺すためにここに来た」と言い放った。緊張した空気が流れる中、爆豪が手を振りかぶり、切島が個性で腕を硬化させて、靄の敵に対して攻勢に出た。

 

 爆発音が響き、煙が二人と敵を包む。しかし、並みのヒーローだったら倒せてしまうんじゃないかと思えるほどの攻撃を受けても、敵は健在だった。それどころか傷の一つも付いたようには見えない。

 

 13号が二人に離れるように言ったとき、黒い靄にも動きが見えた。黒い靄はあっという間に広がっていき、僕やクラスメートたちを包んでいく。

 

 視界が真っ黒に染まる。そして黒色が見えなくなったとき、僕はUSJ内の市街地にいた。いたるところで火災が起きており、熱気でじんわりと汗が出てくる。

 

 ここがおそらくUSJ内の区画の一つだろうと気づけたのは、あたりに敵と思われる人影があったから。およそ十人ほどの集団だ、きれいに僕を取り囲んでいる。

 

「なんだよ、ひとりだけかよ!」

 

 敵の中の一人がそんなことを言った。下卑た笑いを浮かべて。

 

 こいつもそうだが、一見して強敵とわかるようなやつはいなそうだ。例えば姉さんみたいな。

 

 「おっさんたちどうせただのチンピラだろ?」

 

 「おっ...なめてんじゃねえぞガキがっ!」

 

 そう言いながら激高して殴りかかってくる敵。振りかざした拳にはとげのようなものが生えていた。

 

 (チャージ90%...!)

 

 あえて踏み込むことでタイミングをずらし、アッパー放って顎を砕く。それを隙だととらえたのか、次々に敵が襲ってくる。対して僕は、一人、また一人と時にはリバーサルで攻撃を受け流し、また時にはインパクトでそれらを適切に対処し、次々と無力化していく。

 

 当初の見立て通り、大した奴はいなかったようで、3分とかからずに全員の無力化に成功した。

 

 

 ふう、と呼吸に一息入れ、チャージの出力を落とし、次の行動を考える。ほかに飛ばされたであろうクラスメート助けに行くべきか、広場に戻るべきか。

 

 

 この程度の敵ならみんなの脅威にもならないか。と中央広場に向かおうと決めたとき。後頭部を強い衝撃が襲った。

 

 「っっ!!」

 

 

 

 飛びそうになる意識を何とかつなぎとめる。

 

 上体が前に倒れるのを感じながら、ちらりと後方を確認すると、そこには大学生くらいの、黒い髪の女が立っていた。

 

 倒れる体を、片足を一歩前に出すことで何とかこらえ、女に向き直る。グラグラと頭の中が揺れて、臨戦体制をとるので精いっぱいだった。

 

 「おもいっきり殴ったんだけどなー、君頭かったいねー」

 

 そう言って女は、手のひらから伸びた刀、いや殴ったという言葉が正しければ、鉄の棒を構えなおした。

 

 チャージで身体を強化していたとはいえ、先ほどの衝撃は相当で、頭はいまだにかきまわされているようだった。できるだけ回復に時間が欲しい。

 

 「まだ残りがいたんだな。不意打ちとは随分じゃないか」

 

 「人聞きが悪いなぁ。私はただ君の戦いぶりを、その鬼神のごとき戦いぶりを"観察"し終えたから、油断した君の後頭部に一撃くわえただけだよ?」

 

 

 「それを世間一般では不意打ちと呼ぶんだろ」

 

 

 まだ時間を。  

 

 

 「そのあんたの刀。相当なまくらか?」

 

 女の右手のひらから伸びてるそれを指さす。

 

 

 「あーこれ?...本当は十分な切れ味だったんだけど、確かに、人が切れるって代物ではないよね」

 

 

 面白いよね。と薄ら笑いを浮かべる女。笑顔は人を幸せにするというが、こいつの笑顔からは不吉な感覚しかしなかった。

 

 

 それにしても、と女が続ける。

 

 

 「君の個性、すごいおもしろい。ざっと観察しただけでも、身体強化。攻撃の反転。そして衝撃の放出。こんなきれいな個性の人なかなかいないよ」

 

 不気味な笑みを強める女。

 

 

 「お姉さん、君の事ちょっと好きになっちゃったかも」

 

 

 冷たい声色に、背筋がぞっとするようだった。

 

 

 「笑えない冗談だね」

 

 

 女はクスッと笑いながら

 

 

 

 「冗談だったら、こんな時間稼ぎなんかに付き合ってあげてないよ」

 

 

 その言葉に、またひやりとした。だが頭のダメージはもうほぼ回復していた。

 

 

 「付き合ってもらったところ悪いんだけどさ、あなたを倒させてもらうよ。ヒーローの卵として」

 

 戦いに備えるように、チャージの出力を高める。

 

 

 「ならもっと見せてよ。君の個性」

 

 

 その言葉を合図にして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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パロディ

 

 

 火災による熱気で熱せられた体からは汗がにじみ、コスチュームが肌に張り付いて不快な感触がする。それに比べ目の前の女は、この不吉な敵はそんなこと全く平気という風に、顔色一つ変えず、僕の初撃から今に至るまでのいくつもの攻撃をいなし、躱して見せた。加えて的確に、そして無駄なく返しの刀で僕の体を殴打していた。

 

 それらの攻防で感じたのは違和感だった。しかし、最初それがなにかは分からなかった。

 

 「ッ逃げんな!」

 

 チャージで加速させ、隙を見極めて放った右の拳は、彼女にかすりさえしない。 

 

 「!!」

 

 

 攻撃の直後の、それが隙と呼べるか怪しいぐらいわずかな時間を狙って、反撃の刀が顔めがけて向かってくる。反射的に身をそらせ、すんでのところでその攻撃を回避しようとして...

 

 さらに伸びた刀はぼくの顎を正確に捉えた。たまらずたじろぎ、距離をとる。

 その時やっと、違和感の正体をつかみかけた。

 

 

 (気持ち悪ィ...)

 

 違和感の正体は何となくだが分かった。しかしそれなら、奴があの刀を振るえている理由がわからない。

 

 

 「恐ろしく高度な先読み..?_」

 

 

 つぶやくように出た独り言を聞いて、目の前の女は笑みを浮かべた。

 

 

 「そう。

 

 私のこれは、いっそ個性だと結論付けた方が納得するようなこの特技は、言ってしまえばただの先読みだよ」

 

 相手の動きをよく観察し、動きを読む。文字にしてしまえばそれだけだが...

 目の前の女のそれは、はっきり言って異常だ。

 

 僕が動くよりも早く回避に移り、逆にこちらの回避に合わせて攻撃をそこに置いておく。それはもはや先読みというよりも、未来視とかの類に片足突っ込んだレベルだと思うが。

 

 しかし目の前の女は、下手な個性よりも個性らしいのその能力を、ただの特技と言い張った。僕からしたら、刀の方が手術か何かで後付けしたもので、未来視の個性を持っているといわれた方が納得できるほどに不可解だったが。

 

 「なんだか不満げな顔だね?」

 

 女はそう言って首をかしげる。その動作からはおよそ可愛らしさというものは感じられず、この状況から言えばむしろ攻撃的な印象を受けた。

 

 「納得いかないか...まあそれもそうか。でもしかし、人から信用してもらえないというのは案外傷つくものだね」

 

 「敵が何言ってんだ」

 

 わざとらしく、悲しげな顔をしていたかと思えば、またすぐに楽し気な笑みを浮かべる。

 

 「ネタ晴らしをしようか」

 

 「ネタ晴らし?」

 

 「そう、ネタ晴らし」

 

 くすくすと笑いながらそんなことを言い出した。ネタ。やはり先読みを可能とする個性なのか。

 

 

 「私の個性。それはーーー

 

 

 

*******

 

 

 

 

 ヒーローにあこがれた。

 

 

 みんなを笑顔で助け、かっこよく敵を倒すヒーローに。

 

 

 ヒーローが大好きだった。その個性も好きだった。

 

 ヒーローによって、全然できることが違って、多種多様で、そのどれもが魅力的で。

 

 幼い私は魅了された。そして、自分もいつかそんな風になるんだと、心の底から信じていた。信じ切っていた。

 

そして齢四歳にして私はーーー

 

 

 

*******

 

 

 

 

 「個性パロディ」

 

 

 「それが、私の個性だよ」

 

 

 パロディ?ていうとコピー系の個性か?それとあのバカげた未来視がどう関係あるんだ。

 

 「あせらないでよ。ちゃんと説明してあげるから」

 

 

 こちらの考えを見透かしたように、浮かべた笑みがにやにやとした、こちらを嘲るようのものに変わった気がした。馬鹿にしているのか。それとも馬鹿にしているというポーズか。目の前の女からはどこかくつかみきれない印象を受ける。

 

 「...それで、あんたのその刀と、未来視ともいえるほどの先読みは、そのパロディとやらで真似たものだっていうのか」

 

 僕の言葉を聞いて、何かを考えるように刀に視線を移す女。

 

 「未来視ねえ...」

 

 フッと少し自虐気味に笑った女は、うっすらと笑ったままこう続けた。

 

 「まあ半分、いや半分以上正解かな?」

 

 続ける女。

 

 「この刀はね、もともと私がいたグループのリーダーの男の人の個性だったんだ。」

 

 もう死んじゃったけどね。と言いながらどこか遠い目をする。

 

 「本当はもっとキレ味とかすごくて、人間なんか簡単に殺せちゃう個性だったんだよ。私が使うとなまくらだけどね」

 

 なまくら。それがパロディの、完全なコピーではなくどこか滑稽さが残るような部分なのだろうか。

 

 「確かに、コピーとは、言い難いな」

 

 「そう、どんなに見栄を張ってもコピーとは言えない、猿真似。いやそれ以下かもしれない」

 

 先ほどの自虐的な笑みの理由が分かった気がした。

 

 「そしてその個性。その発動条件は」

 

 「相手をよく見ること」

 

 わかるようで、全くわからない説明だった。

 

 「見るというのは、つまり観察するとか、視界にとらえるとか...?」

 

 僕の質問に対して、

 

 「その認識自体は間違ってないよ。相手の動きとか表情とか。とにかくいろんなところを、隅から隅までよく見る。それが個性の発動条件」

 

 「一点、おそらく私と君とでずれていると思われる認識はズバリ、その見るという時間の長さ。情報量の多さだよ」

 

 「情報量...?」

 

 またも怪訝な顔をしてしまう僕に対して、今度は馬鹿にするでもなくこう続ける。

 

 「こう見えて、私も昔はヒーローになりたくてね。この個性が分かった後、あこがれていたヒーローの動画だったりを一日中と言っていいほどに見続けた。暇な時間をすべてそれに費やした」

 

 「確か、空を飛ぶ個性のヒーローだったよ。スーパーマンみたいにね」

 

 笑みを浮かべたまま続ける女。

 

 「それでいつ個性が発動したんだ?」

 

 純粋に気になった、見るだけで発動するコピー能力も聞いたことがあるし、やたらともったいぶる彼女の個性の準備期間はどれくらいなのか。

 

 「14歳の時」

 

 「え?」

 

 「私が個性をまねできるまで、7年かかった」

 

 

 7年。あまりにも長い。およそ16年ほどしか行けていない身からすれば、いや何年生きていようとも、長すぎると感じる時間だ。

 

 「14歳で個性が発動して、それでどうなったと思う?」

 

 

 「どうって...?_」

 

 「つまりさ、切れる刀がなまくらになるような個性だ。空を飛ぶ個性がどんな猿真似になるかも、大体予想がつくんじゃないかな?」

 

 「それは...?」

 

 正直、飛べるかどうかも怪しいと思った。仮に飛べたとしても大空を駆け回るなんて真似は到底不可能だろう。

 

 「とにかくさ、私の個性は深く、深ーーく観察することで発動するのさ。先読みっていうのはただの副産物に過ぎないよ」

 

 それはつまり、年単位でヒーローの動きを観察し続けたことによって、先を読む動きが著しく発達したということだろうか。

 

 恐ろしい。それはもはや個性と呼んでもいいだろう。

 

 「それで、今こうやって、無駄話してるのは」

 

 女は笑みを一層強くした

 

 「そう。君の動き、表情、個性を観察して、自分のものにするため。あぁ、心配しなくても年単位の時間なんてかからないよ。結構慣れてるからね」

 

 「その刀を見るに、真似をする意味があるかわからないけど」

 

 「そうとは限らないよ、君ほどきれいな個性は見たことがないから、あるいは、攻撃の吸収くらいはちゃんとできるようになるかもしれない」

 

 

 そう言われて思ったのは、この女はここで仕留めきるべきということだった。これ以上力を伸ばされたら、今後厄介な敵になる。

 

 はっきり言って、現状でも手に余りすぎるほど厄介な敵だが、これ以上強くなられたらたまったものではない。

 

 チャージの出力を上げなおす。倒せるとは思わないが、だからと言って放置もできないだろう。

 

 二人の視線が交差し、どちらかが踏み出そうとしたとき、

 

 轟音

 

 爆発音にも似た音のした方、USJの天井の方を反射的にみると。そこには大穴が開いているのが分かった。さらに目を凝らすと、黒い物体が大空に向かってぶっ飛んでた。

 

 「あーーー。時間切れか」

 

 

 「時間切れ?」

 

 悲しいようなあるいはつまらなそうな声がして、

 

 女の方に向きなおすと、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 僕にとってのUSJの事件はこの時点で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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