ありがとうちゃんの村 (エリマキトカゲ)
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第一日目
1日住めば極楽浄土、1週間住めば笑いの民に、1ヶ月住めば笑いの神に、1年すれば永遠の笑いに精神を病み、おめでたい人になってしまう。(途中でバグりました)
そんなありがとうちゃんの村は、今日もある者の名前が飛び交っていた。
ゼロ歳でハイハイを習得、(当たり前)一歳で離乳食デビュー。三歳で幼稚園……そんなことをわざわざ伝えるために私がいるのではない。要約すると彼女は普通の人と変わりないのだ。しかし彼女には決定的な違いがある。
決して笑いを理解することができなかった、つまり笑わない。
この村でスキンシップをとるにあたり、一番大切なのは笑顔でお礼を言うこと。誰もが営業スマイルのような機械っぽい笑みを浮かべ、ありがとう、と一言。ありがとう。これさえ言えば永遠の親友。こんなキャッチコピーを抱える村に、決して笑うことができないものがいること自体、忌避すべき事態である。故彼女は誰からも避けられる。話すこともおろか、顔を合わせることさえできない。
笑うのが当たり前のありがとうちゃんの村では、決して彼女は理解されることもないだろう。しかしそれは彼女も同じ。彼女曰くこの村の住民は……
「何でこいつらわろてんねん?」
そんな彼女の日常と僅かなファンタジー、そして彼女の日記を描いた作品である。
今日も退屈である。今日もまた面白くないものである。日記の一行目がこのような文でいいものか。終わり良ければ全て良しとかいうが、私は始めも重要だと思う。始めがダメならあともダメ。ラストスパートに期待してもそれなりの成果しか得られない。
ならばそう書けばいいのに。
嘘を書いてもただ罪悪感に晒されるのみ。ならば戦争だ!(?)
落ち着け私。鬱憤を晴らすためにわざわざ日記を買った訳ではない。さて今日あったことを記録するか。
あっ、名前を書き忘れていましたね。私、笑田笑子(しょうたえみこ)と申します。名前からして笑ってそうなのに、生まれてこのかた、1度も笑ったことなどございません。だって理解できないんだもん。なんで笑うのかなー。
みなさんまるで違和感丸出し、製作過程途中のCGみたいな顔して笑う。なんでかなぁ。無理して笑う必要なんて微塵もないと思うんだけど。
「笑子〜!ご飯よ〜。ありがとう!」
今日もありがとう言っているの?飽きないの?
「まさかぁ、それがこの村での挨拶だもの。飽きるわけないでしょ?笑子こそ笑うべきなんじゃないの?」
嫌だよ、そんな機械みたいな感じの笑いをするのは。
「……ご飯よ。早く来なさい。」
へいへい。
声色自体はかなり変化しており、怒っているのが丸わかりであるが、得意の営業機械スマイルは保たれたままである。多分普通に怒るよりも狂気に満ちており、(多分ね、今まで笑いながらしか怒られてないから。)単純に怖い。
笑子はさっさと部屋を出ると、そそくさと席に座る。今日の夕食はハンバーグだ。ニコニコマークに盛られたケチャップを見て、はぁ、と盛大な溜息をつく。溜息をすると幸せが逃げていくとか言うが、私の場合は幸せの「し」の字すらないのでただの空気である。
「ありがとう!いただきまーす!」
いただきます。ねえ、一言じゃダメなの?わざわざありがとう、とつける意味ある?
「文句言わない。ありがとうは最高の言葉よ。」
ああ、洗脳されている貴方にはこんなこと言っても無駄なんでしたね。
「さっさと食べなさい。」
食べてもすぐ戻すよ?
「なんでよ」
笑顔が気持ち悪いからだよ。あ、お父さんは今日どうするんだって?ご飯は?
「今日はお勤めよ。」
どうやら今日は笑顔の布教活動に従事しているようだ。この村の八割のものはお父さんみたいに笑顔の布教活動をしている。具体的には村の外に出て、笑顔をまき散らす仕事。例え罵声を浴びてもニコニコし、ただひたすら笑うだけ。自分を偽っていて疲れないのだろうか。この村はストレス性腎不全でなくなる人が多い。バカみたいな話である。
結局もう話すことがなくなってしまった。いつものように無言が空間を支配する。まるで家が私を拒むような、よそよそしい冷たい雰囲気に、心の中で舌打ちをする。
ご飯を食べ終わり、さっさとお風呂に入る。足元に置いてあるニコニコマーク模様の足ふきマットの笑顔に思わず「消えろ」という言葉が出かかる。危ない危ない。そのような言葉はここでは御法度である。代わりにめいいっぱい踏みつけた。
風呂から出て、足ふきマットを踏みつけ、ドライヤーで髪を乾かす。今日もいつもと変わりない、白。私の生活は永遠に白なのだろうか。
○月× 日
今日も退屈である。今日もまた面白くないものである。夕食のハンバーグが割と美味しかった。風呂の温度がいつもと違った。そろそろ夏だからだろうか?
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第二日目
今日もニコニコマークの天井に見守られながら目を覚ます。私はニコニコマークが嫌いである。しかし、この天井のニコニコマークはデザイナーが上手かったのか、まだ「まし」な方である。部屋は見回せば見回すほどニコニコマークに溢れているのがわかる。鉛筆や消しゴムなど、割と普通なものから、ケバケバしいピンクの下地に黄色いニコニコマークの「ださい」カーテンや、部屋の隅に置かれた埃をかぶった本棚の本の表紙まで。それらから目をそらそうと布団に潜り込めば、シーツや布団のニコニコマークが目に入る。
唐突だが、この村に義務教育というものは存在しない。数少ない「外」の本には学校とやらのことが書いてあったが、この村には生憎幼稚園しかない。もっとちゃんと勉強をしたいものである。
あ、でもここに学校なんて作ったらカオスになるわ…。ヤバイ、想像しただけで吐き気がする。
まぁ私は本で勉強しているので同年代の子たちに比べては学のある方だと思う。じゃあ学校いらない…か。
七分丈のジーンズにニコニコマークが描かれた服を着る。下着の柄?察してください。
私はあくびをしながら階段を降り、洗面所でごしごしと顔を洗った。乾燥しやすい体質の私は、毎朝ローションを塗らないと肌がガッサガサになる。あぁ、面倒くさいわぁ。
さて、これから第一ミッションの朝食に行こうと思う。朝食というのは、美味しさや楽しさによってその日の運勢を変えるといっても過言ではない。しかし、今のところ私が楽しく朝食を食べられたことは数えるほどしかない。朝食のあちこちに仕掛けられている
食卓に着くと、まずピザトーストが目に入った。ニコニコマークのチーズはまぁ、想像がつく。今日のメニューは爆弾入りピッッッッツァトーストとサラダ、そして油が乗っていて美味しそうなソーセージだ。流石にサラダにニコニコマークは入っていない。私はわざとピッッッッツァトーストの口の部分を大きく頬張り、ごしゃごしゃと噛んだ。牛乳を一口飲んで流し込むと、今度はソーセージにかぶりつく。しかし油断した。ソーセージの断面はぶん殴ってやりたいほどの満面の笑みであった。訳がわからない。肉詰めに何笑顔詰めてんだよ。もっと肉詰めろ。ってかこんな技術もっと他んとこ使え。
「笑子、おはよう。ありがとう!」
おそよー。
今日の私は寝坊気味。よって挨拶もおそようだ。今日のバァちゃんの表情は…あ、やべ、これ頼み事してくる目じゃん…めんどくさぁ。
私の勘は見事に当たる。彼女は口を開くと遠慮がちに、しかし目は大胆に私に話しかける。
「よかったら今日、頼み事があるのだけれど。」
はい。
「買い物行ってきてくれないかしら?ありがとう!」
え“ーーーーーーーー。やだ。
よりにもよって買い物ときたか。今日はついていないな。私みたいな変わり者は珍しいので、村中の興味の的である。まるで見ちゃいけないもののような扱いをされる。
いや、見なきゃいいじゃん。
しかし、今日のご飯が私のわがままで無くなってしまうのはごめんだ。私は極めて模範的でいい子なので、エコバッグを母さんからひったくると、サンダルを履いて表に出る。
表は閑静な住宅地である。ここは何故か現代的?な技術だけは発達しており、ほとんど関わりのない外の世界と同じくらいの文明を持っている。
まだ朝の眠気の残る目を瞬かせて、早歩きでスーパーへ向かった。
「ねぇ、あれって…」
「“笑わずの子“だわ。」
今日もいつも通り私を噂する声が周囲から聞こえる。小さい頃は理解できなかったその声は、今となっては私の日常と化している。
なぜ、私は噂されるの?
なぜ、みんな笑っているの?
ああ、そうだ。私が他と違うから__
なぜこんなにも単純極まりないことを理解することができなかったのだろう、と胸の中の幼い自分を嘲笑いながらスーパーに入店する。頼まれた野菜や肉を無表情でカートの中に入れる。その間にも私を噂する声は聞こえる。うるさいうるさい。何なの?
「2145円になります。領収書はいりますか?」
「いえ、結構です。」
すっかり重くなったエコバッグを持ち、家へ帰る。足取りが行きより心なしか重くなったような気がする。荷物が重いからだろうか?
きっと、そうに違いない。そう思いたい__
「おかえり」
いつもは嫌っているはずの母の「おかえり」と言う言葉でさえ優しく感じる。
ああ
誰か見ているのか。見ないで欲しい。わたしは変わっていない、ごく普通の人__
「私はわたし、貴方はあなた」
悪魔がそっとわたしに囁いた気がした。
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