取り残された少年少女は、お構い無しに生きていく (凡人EX)
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乱暴者な少年の場合

ようやく方針が固まったので投稿。


 ジリリリリリリリリリリ……

 

「……うるせぇ」

 

 グーで思いっきり目覚まし時計のボタンを殴りつける。毎朝毎朝いい気分で寝てるって時に邪魔しやがって……セットしてんの俺だけど。

 

 夏休みでも規則正しい生活を心がけろ〜、とか親父が言うから頑張ってるけども、それこそ夏休みなんだしゆっくりさせてもらいたい。ただ、6時には起きて、花に水をやり、親父に電話しないと小遣いが減らされる。管理社会かクソッタレめ。

 

「……はあ〜、あっちい」

 

 デカいため息をついて布団から起き上がり、外に出ようとするが。

 

「……何か燃えてる? ってか妙に明るいな?」

 

 何処からか妙に焦げ臭い臭い。窓の方を見てみれば、朝日とは違う光がカーテン越しに確認出来る。

 

 何事かとカーテンを開けてみれば……

 

 

 

 

 

「……………………Oh.」

 

 

 

 

 

 街一帯が、見事に炎上していた。

 

 

────────────────────────

 

「……銀世界ならぬ紅世界ってか? 何があったんだよコレ……なんかもう面白いぞ」

 

 カーテンを閉めて、少ししたらゆっくり開ける。未だ炎は煌々と民家を燃やしている。

 

 カーテンをもう一度閉め、今度は下からくぐるようにして窓の外を覗いてみる。ガソリンスタンドの方で大爆発が起こったのが見えた。

 

「開け方が悪いとかじゃねぇのか……本格的に大災害? 俺逃げ遅れた? 死んじゃう?」

 

 とりあえず、こういう時は……

 

「……親父ィ!!!!!!」

 

 肝心な時に居ない親父へと電話してみる。火の手が回ってこないことを祈ろう。

 

 

 

「知ってた」

 

 電話が繋がらない。テレビもラジオもつかない。情報源が軒並み死んでやがる……詰みゲーですか? 

 

 ラジオもつかないっておかしくねぇ? 電池変えてもこの有様だ。ノイズが酷すぎてまともに聞こえないっていう状況なわけで。

 

「……………………家捨てるか」

 

 まあ、いつまでも家で燻ってるわけにもいかんだろうし、さっさとトンズラかますことにしよう。

 

 まさか、中2の夏休みが危険地帯からの命懸けの避難から始まるとは思わなかった。色んなところで自慢できそうだ。

 

 リュックに着替えや食料、水をできるだけ詰め込む。そして俺自身は、学校指定の体操服……白い半袖シャツと青い短パンに着替え、雰囲気だけでも明るくしようと(そもそも炎でめちゃくちゃ明るいが)、意気揚々と言った調子を無理矢理作り出した。

 

「うっし、めげずに頑張ってこ〜! ってな」

 

 明るさを保ちながら、遊ぶ約束をしていた友達との待ち合わせに向かうが如く、元気に扉を開け放った。

 

 

 

 

 

「グヴァァァァァ……」

 

 

 

 

 すぐに閉めた。

 

 

────────────────────────

 

「……………………何アレ」

 

 扉を、チェーンをかけた上でもう一度、今度はこっそりと開ける。

 

「ヴゥゥゥゥゥ……」

 

 もう一度閉め、今度は執事の様に、丁寧に開けてみる。

 

「ヴァゥゥヴヴヴ……」

 

 再び閉める。

 

 二回確認したが、意気揚々と開けた時と同じく、何かがいた。さっくり言うと……ゾンビだろうか。

 

 見た目は人間なんだが、皮膚があちこち爛れていて、なんなら溶けかけているまである。というか腐ってる。眼は血走り焦点が合っていない。唸り声からは人間特有の理性が感じられない。むしろ獣というのが近いだろう。

 

 まだ冷蔵庫に残っている2Lペットボトルの水を、直接口をつけて飲む。電気は夜の間に止まっていたらしく、地味に温かい。

 

「…………○イオハ○ードじゃねえんだからよ……シリーズ詳しく知っている訳じゃねぇけど」

 

 SAN値チェックくらいそうな物を見た割に、俺は冷静だ。緊張感が極限超えたせいだろうなぁ。

 

 とにかく、冷静なうちに対策を……

 

「籠城……は、ダメか。どうせこの家そのうち燃えるだろうし」

 

 あんなにパーリィしている炎だ。陰キャなこの家にまでしつこく絡んでくるだろう。

 

「潔くハラキリ……論外。生きるために対策立てるってのに、何考えてんだ俺」

 

 訂正、あんまり冷静では無い。当然のことではある。朝起きたら家の周りが火事。しかも外に出ようとしたらゾンビ的なアレがいるときた。ただまあ、普通は怖いだろうが、俺は……何故かそんな恐怖はない。

 

「特攻するか」

 

 よって、ゾンビ達に突っ込む事にした。

 

 

────────────────────────

 

「鉄バットヨシ、チャリの鍵ヨシ、体調……寝みぃのと昨日から腹下し気味なの以外はヨシっと」

 

 妙に腹痛てぇんだよなぁ……1日置いた刺身が祟ったか? 解凍方法がまずかったか? ……まあいいや。

 

 いざという時に振り回すため、俺の部屋にあった鉄バットを右手に装備する。そして、背中にさっきのリュック。結構重たいが、チャリをこぐのに支障はない。

 

 俺のチャリは玄関出て右。すぐに乗っちまえば後はどうとでもなる。人を探してしばらく行ってみようか。

 

 

 

 チェーンを外し、扉を思いっきり開ける。目の前にも横にも、さっきのクリーチャーみたいなのはいない。ならとっとと……

 

「冒険カッコ笑いに出かけましょうかね!」

 

 ひとまずの目的地を、物資がまだありそうな近くのスーパーにして、チャリを漕ぎ出す。全身に熱い風が当たるが、今更どうこう言ってはいられない。

 

 まあ、この時の俺、鬼灯遊冥(おにびゆうめい)は、まさか自分が世界の危機を救いに行く事になるなんて、微塵も考えていなかったわけだ。




遊冥君は主人公の一人ですね。思考回路がバイオレンスな方向にぶっ飛んでます。


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堅物な少年と奥ゆかしい少女の場合

伏線ばら撒き回です。


「……何故……こんな事に……」

 

「……」

 

 燃え盛る町の、建物の中。木刀を持った中高生程の少年と少女。

 

 少女は虚ろな顔で現状への疑問を口に出し、少年は気絶しているのか、少女の膝の上で何も言わない。

 

 彼らが何故こんな事になったのか。幾らか時を遡って見ていこう。

 

 

 ───────────────────────

 

 午前三時、夏とは言え、まだまだ陽の昇らない時間。とある道場にて、少年が木刀の素振りを行っており、その様子を、凄まじい覇気の老人が見守っていた。

 

 少年の名は荒霊修司(あらたましゅうし)。剣道部所属の中学二年生である。

 

 もっとも、修司の腕前は中学生の領域を完全に超えており、もはや世界レベルである。少なくとも、部員でありながら、入部当初から指導に回る程だと言えばわかるだろうか。

 

 彼がこうなったのは、幼い頃より望んで師に教えを乞うていたからなのもあるだろう。

 

 それが先程の覇気の強い老人、修司の曾祖父にして彼の師匠、荒霊厳十郎(あらたまげんじゅうろう)(御年百七歳)である。

 

 厳十郎は、かの戦争において無類の強さを発揮し、幾多の戦場を無傷で渡り歩いたという、言わば生ける伝説である。

 

 その強さは“鬼神”などと謳われ、あと二、三人程彼の様な人間がいれば、歴史はより良くなっていたと言われる程である。

 

 終戦後、戦場にて研鑽を重ねたその剣技を伝えるべく、自らの技術に“荒霊流”と名を付け、道場を開いた。

 

 それを聞き付けた政府は、荒霊流道場そのものを特殊警備部隊として、厳十郎の快諾もあり認定した。

 

 それもあってか、門下生は彼の息子、孫の代に至るまで増え続け、今では三百を超えている。

 

 その中でもっとも幼い頃より鍛えられてきた修司は、本人の弛まぬ努力もあり、門下生最強、また最も厳十郎に近いと噂される。

 

 早い時間に修司が素振りしているのは日課であり、厳十郎がいるのはたまたまである。

 

「……呼吸を乱すでないぞ、修司。如何なる状況にあろうとも、自然体である事を心掛けよ」

 

「押忍」

 

 細かい部分にも指導を入れる厳十郎。荒霊流の基礎は全て『自然』に集約されている。あらゆる盤面において、ただ自然体であれと教えているのだ。

 

 ここで言う自然とは、呼吸や瞬きの様な、日常の何気ない、無意識に行われる様な動作の事。荒霊流は、呼吸も、動きも、日常と同じ様に剣を振るうことを到達点としている。

 

 この原理によって、厳十郎は自らが傷を負う前に、敵を斬り払ってきた。

 

 ただ、曾孫たる修司すらもその原理をいまいち理解できていない。故にこそ、いつか曾祖父と同じ高みに辿り着く為に、修司は剣を振るうのだ。

 

 

 木刀を振り続けてしばらく。修司はその手を止めた。

 

「……」

 

「満足はいったか」

 

「はい。師範、御付き合い頂きありがとうございました」

 

「よい、励む者を見れば、儂もまた励めると言うものよ」

 

 一線を退いてなおも衰えぬ鍛え上げられた肉体、研鑽を重ね続ける故の技の冴え、そして年老いた事による精神力の飛躍的な向上。心・技・体揃って人類最高峰にある厳十郎の元気の源は、若者の努力する姿だという。

 

 そしてそれを糧に更に強くなっていくという、成長の底が見えないハイスペック爺さんである。

 

 そんな彼だが、取っ付き難いと思わせて凄く親しみのある爺さんだ。

 

 快活に笑い、非道を許さず、そして楽しむ事はとことん楽しむ、優しく厳しい師範。

 

 門下生を引き連れてよくキャンプに行くことも知られ、そこでも戦場で培ったサバイバル術なんかを教えている。

 

 普段はニコニコ、稽古では歴戦の達人と、非常にギャップがある爺様である。

 

 そんな曾祖父に育てられてきた修司も、規律を重んじつつ、あらゆる事に手を抜かない性格だ。父親譲りで頭がかなり固いのが難点ではあるが。

 

 そんな二人がいる道場だが、もう一人いる。

 

「お疲れ様でした、修司さん。早めの朝食におにぎりをお持ちしましたが、お召し上がりになりますか? 師範の分もありますよ?」

 

 そう言って二人におにぎりを差し出したのは、花柄の和服を着た可憐な少女。

 

「おお、美味そうな握り飯だな。ありがとな、信乃ちゃん」

 

「助かる、信乃。いつもありがとう」

 

「いえ、お二人の為ならこの位わけもありません。荒霊に嫁ぐ者として、当たり前の事です」

 

 名を和魂信乃(にぎたましの)。荒霊家と古くから交流のある和魂家の一人娘にして、荒霊流門下生。修司のいる剣道部の部員。

 

 彼女もまた、門下生の中で修司と並ぶ異常な腕前を持つ少女であり。

 

 修司の許嫁でもある。

 

 何故かは分からないが、三代に一度、両家は婚姻を結ぶという風習があり、今回は修司と信乃だった。

 

 両家の関係が何時からあるのかは書物が消えており不明。口で伝えられている限りでは、少なくとも鎌倉からある縁であり、風習もその時からあるそうだ。

 

 同い年の二人は、最初は何かと競い合う様な間柄だったが、成長するにつれてお互いに恋心を自覚、ある幼なじみの後押しもあり、現在は実際に付き合っている。中学どころか、巷でも有名な亭主関白な夫婦であるという、漫画の様な恋人達である。

 

「……安泰じゃのう」

 

 仲睦まじい二人を見て、ぽつりと零す厳十郎。それは二人の耳に届いた。恥ずかしがる二人が何かを言う前に、

 

 

 

 道場を、白い閃光が包んだ。

 

 

 

 爆発が起こったわけでもなく、ただ光ったというあまりの異常事態。三人がそちらに気を取られるのも無理は無い。

 

「……妙な光だったな」

 

「はい。修司さん、師範」

 

「うむ。二人とも、警戒を怠るでないぞ」

 

「「押忍」」

 

 臨戦態勢へと移行する三人。それぞれ木刀を持ち、道場から飛び出した。

 

 

 ───────────────────────

 

 未だ朝日が昇りきらない街に蠢く人型。ある一点の座標から湧き出ているらしい。それも、優に三桁は超える数である。

 

「……師範、あれは?」

 

「……いや、儂には分からぬ。只人より長く生きてきたが、斯様な物は見た事はない」

 

「人が溶けた様な……ごめんなさい。少し、気分が悪くなってきました」

 

「無理はない。拙にもあれは堪える……確か、ああいうのをゾンビと言うのだったか」

 

 信乃や修司の感想ももっともである。爛れた肌に合わない焦点、そんな人型を見て、不気味に思わない人がいるだろうか。

 

「……ここ、集合住宅がありませんでしたか?」

 

「そうだ、あの人型に気を取られている場合では無かっ──」

 

 何者かが、厳十郎の言葉を遮り猛スピードで突っ込んできた。

 

 飛来する影に対し、木刀を正眼に構える厳十郎。影はどうやら蹴りを繰り出してきたらしい。足裏を木刀で受け止め、勢いを上に逸らす。

 

 そのまま上段から木刀を振り下ろすが、影は木刀を足場にして後ろへ向かって一回転しつつ跳ぶ。

 

 着地した人影は、自らを追いかけてくる修司と信乃に気づく。修司は跳躍し、木刀を振り下ろす。信乃は少し遅れて鳩尾への突きを繰り出す。人影は両方、それぞれ片腕で受け止めようとする。

 

 が、修司の真向の威力は片腕では相殺しきれず、思わず両手を使ってしまう人影。疎かになった鳩尾に信乃の突きをモロに食らい、吹っ飛んで行った。

 

 この間、わずか一秒。

 

「……下手人の顔は見えたか?」

 

「申し訳ございません。陽は昇って来ましたが、まだ周りが暗く……気をつけてください、手応えがありませんでした」

 

「恐らく、後ろへ飛んだのだろうな。信乃の突きの威力を抑えたはずだ」

 

「実戦に慣れている……動きが彼みたいだな。主に脳筋だと言うところが」

 

「彼なら受け止められておしまいです。まだ良い方向に転んでいるでしょう」

 

 冷静に分析する三人。やがて、影の飛んで行った方向から声が聞こえてきた。

 

「父さん、話と違うじゃないか。もう実験体達がここに来てるんだけど…………ん? 木刀持った三人組だけど……いや、それ先に言ってよ。思いっきり蹴りかかっちゃったじゃん……それで? 僕はどうすればいいの? …………了解」

 

 スタスタと歩いてくるのは、修司や信乃と同じくらいの背丈の少年。声からして、歳も近いだろう。

 

 驚くべきは、逸らされたかもしれないとは言え鳩尾に突きを食らったはずなのに、全くピンピンしているということである。

 

 朝日がビルの影から姿を見せる。照らされた少年は銀髪に銀色の目と、この街では随分目立つ容姿だが、同時に、入院患者の様な白い服を着ているのも異質さを感じさせる。

 

 右耳に手を当てて誰かと話しているようだったが、耳から手を離して三人へ、正確には厳十郎へと話しかけた。

 

「あ〜、えっと、はじめまして、荒霊厳十郎さん。父さんの要請で、お迎えにあがりました」

 

「……師範、彼とは何処かで?」

 

「……」

 

「師範?」

 

 信乃の問いかけに、何も答えない厳十郎。代わりにか、少年の方へ話しかける。

 

「もう、時がきたのか」

 

「はい。もうそんな時間です」

 

「…………そうか。早いものだな…………修司」

 

「はい」

 

「すまぬ」

 

 謎の少年を警戒する修司にそう言うや否や、厳十郎は音もなく近寄り、木刀によって気絶させる。何が起きたかも分からないまま、修司は意識を手放し、その場に倒れ込む。

 

 木刀だけは離さないあたり、流石と言わざるを得ないだろう。

 

「修司さん!? 師範、一体何を──」

 

「信乃」

 

 少年の方へと歩いていく厳十郎は振り返る。その顔を見て、信乃は言葉に詰まる。

 

「…………すまない。修司を、よろしく頼む」

 

「師範! 言っている意味が「あ〜、のさ」

 

 問い詰めようとする信乃に、今度は少年が割り込む。

 

「色々聞きたいことはあるだろうけど、とりあえず逃げた方がいいよ? ここ、そろそろ爆発させるし、ソイツ連れてとっとと行きなよ。また会えるだろうし」

 

 厳十郎は何も言わない。背中を向けたまま、こちらを見ようともしない。

 

「…………次に会った時、全て話してくださいよ」

 

 とりあえずは師範と少年の言う事を信じ、修司をおぶって引き返した。最善をとるための行動である。

 

 

 ───────────────────────

 

 そしてしばらくの間修司をおぶって走った。朝日が昇りきった時、聞こえたのは大きな爆発音。振り向きたい気持ちを押さえつけ、道場まで戻っていく。

 

(……あの少年の言う事を信じて良かったみたいですね……しかし)

 

 信乃には気になる点が大きく三つあった。

 

(師範が修司さんを気絶させたのは一体……距離的には、私の方が狙いやすいはず……)

 

 そう、位置的に信乃が近いはずだったのに、わざわざ修司を近づいてまで気絶させたのだ。

 

 ただどちらかを背負わせて逃がすだけなら、力のある修司に信乃を運ばせた方がより遠くへ行けるのだから、そういう面でも不思議なのだ。

 

(そして、あの少年。身体能力が並ではなかった。彼と同等の瞬発力は……そうは出せないはず)

 

 次に少年の事。彼の飛び蹴りの速度は、もしかすると音速に近かったかもしれない。現に、風を切る音が少し遅れていたのだ。厳十郎が知っている風な様子だったのもおかしな話である。

 

(…………いいえ、何より。何故あの辺りを爆破する必要があったのでしょうか。あの人型が邪魔だった?)

 

 最後に人型ごとあの地帯を吹き飛ばした事。生存者がいる可能性も考慮せずに吹き飛ばした。人型が邪魔だったと考えられはするが、それはそれで人型達の存在が謎となる。

 

 少年が同座標に現れた事、少年に指示を出す誰かがいた事を考えれば、少年と人型は何かしらの関係があってもいいはずである。

 

 仮に、仲間や配下の様なものであるとするならば、あの威力の爆発では人型は流石に木っ端微塵になっているはずであり、あちらにとっても損となる。

 

(……全て憶測に過ぎません……何も分からない……)

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 道場の中。火の手が先程の爆発現場から広がってきたのが見えてきた時、修司はようやく目を覚ました。

 

「! 修司さん……良かった」

 

「……心配をかけた。現状は?」

 

 目を覚ました途端、そう声をかける修司。信乃はあの後に起こった事、信乃自身が疑問に思う事を全て粛々と話した。

 

 余談だが、彼らが亭主関白だとからかわれるのはこの様なやり取りが主だからである。他人の入る余地が無いほどに少ない口数で完璧なコミュニケーションがとれるからだろう。

 

 

「…………爺様は、意味の無いことはしない」

 

「……」

 

「信乃が気づいたことも、何か意味があるだろう。それより今は」

 

「これからどうするか、ですね」

 

「うむ。この家には幸い我々しかいない。稽古のためと師範が、修行のため拙と信乃が残り、我々の家族は旅行……」

 

「そういう意味では、私達は幸運ですね」

 

「師範が敵に回らなければ、な」

 

 修司も、厳十郎の行動は気がかりだ。尊敬する曾祖父が敵に回るなど考えたくはないが、状況的にありえない想定ではない。

 

 家族だからという面でも、稽古でも未だ一本も取れたことが無いという面でも、最大の脅威となりうる。

 

「…………とにかく、食糧や水など、必要な物を持って脱出経路をいくつか確保しよう」

 

「その後に、師範を捜す」

 

「うむ。さて、早速準備を進めよう」

 

 

 こうしてまた二人、燃え盛る街に繰り出す者が現れた。

 

 彼らの行く末は……まだ、わからない。




二人共強くない……?

想定内の範囲で収まったけど、どうしてこうなった。


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煽り屋な少年とヤンキーな少女の場合

めちゃくちゃ悩んだ末、文字数が割と少なくなってしまいました。申し訳ありません。


「あれあれあれあれ、こんなところでうずくまってどうしたんですかぁ? おねんねですかぁ?」

 

 白い半袖シャツに青い短パンという様相の少年が、建物の前で蹲る、白いポロシャツと黒いスカートの少女に話しかけている。

 

 しかし、少年の言葉の端々にはバカにしたような態度が見える。というか、恐らく全力でバカにしかかっている。

 

 少女は顔を上げることもせず、威圧的な声で返事をする。

 

「……何か用かよ」

 

 が、どうもその声は弱々しい。毒気を抜かれたらしい少年は、その隣に座る。

 

「オイオイ、何時もの元気はどこ行ったんだ? 元気と面倒見の良さぐらいしか取り柄ねぇのに」

 

「余計なお世話だよ、ほっといてくれ。てか座ってくんじゃねぇ」

 

「え〜、湊良ちゃんが一人で寂しそうだったから一緒にいてあげようと思っただけなんだけどなぁ」

 

「テメーがいたって腹が立つだけだっての……」

 

 湊良と呼ばれた少女は、細々と話す。

 

「てゆーか、よりによってお前かよ……しぶといだろうとは思ってたけど、お前じゃねぇんだって……」

 

「そりゃボクちゃん、生命力あの黒いアレ並ですから? 高々街が燃えてる程度で死にはしないと言いますか?」

 

「…………もう、さ。黙れよお前」

 

 ……………………沈黙。先程までテンション高めに喋っていた少年も、何も言わなくなってしまった。

 

 少女、鹿屋蔵湊良(かのくらみら)はこの少年、比喜嶋弥一(ひきじまやいち)が何とも苦手なのだ。幼稚園の頃から付き合いはあるものの、言動がウザい弥一には何度もイライラさせられてきているのだ。いわゆる腐れ縁というやつである。

 

 とはいえ、お互いをよく分かっているのもまた事実。実際、弥一は湊良の感情の機微を感じとって、彼なりに元気づけたりする事もよくあるし、湊良も弥一が割と繊細で、今も強がっているのは筒抜けである。

 

 そういうわけで、湊良は言い過ぎたかもしれないと思い、先程まで声のしていた方を見ると……

 

 

「なになに? 心配してくれてんのぉ? 湊良ちゃんやっさし~~」

 

 

 少年はニタニタと笑って湊良を見ていた。近い。

 

「ぎゃぁぁ! キモイってマジでやめろお前!!」

 

「ぐほぅ」

 

 湊良は反射的に少年の鼻っ面を殴る。声からして少年は割と余裕そうなのが何とも言えない。少なくとも、湊良にとっては腹立たしい。

 

 鼻血を出しながらも、少年はまたニタニタ笑って湊良に話しかける。

 

「ほっほっほ、パンチの威力と精度がダダ落ちですわよ湊良ちゃま? C区画最強の女番長はそんなものでおじゃるか? んん?」

 

「うっせぇ! てかお前そういうとこだぞ! そんなんだから友達できねぇんだぞ!?」

 

「ええ! ボクちゃんと湊良ちゃん友達じゃなかったんですか!?」

 

「~~~~っ、弥一、おま、お前っ!」

 

「嘘でも友達じゃないって言えない湊良ちゃんやっぱや~さしぃ~~」

 

 左拳をワナワナと震わせながら睨む湊良と、ケタケタと笑う少年こと弥一。

 

 一応言っておくが、二人がいるのは図書館前。その図書館も、中の本と共に盛大に燃えているが。

 

「ほら、元気になったところでここからトンズラしようぜ。色んなところが燃えてて危険が危ないっていうか?」

 

「……………………はぁ~~、弥一の言う通りだよ全く。さっさと行くぞ」

 

「ハイハイ、従いますよお嬢さぶげぇ!!」

 

 立ち上がった二人。おちゃらけた態度の弥一に、湊良の振り向き腹パンが炸裂。利き手の左手である事や、振り向いてのパンチであるために遠心力が加わっており、威力がかなりのものなった。

 

「お嬢様呼びすんな、次は蹴り入れるぞ」

 

「ゴホッゴホッ……イエスマム……うぅ、超痛い」

 

 

 ───────────────────────

 

 すぐ近くのビル街を歩く二人。ふと湊良が立ち止まり、つられて弥一も立ち止まる。

 

「お? どうした湊良ちゃん?」

 

「……何か、変じゃねぇか?」

 

「何が? 湊良ちゃんの頭が?」

 

「炎の中にぶん投げんぞお前……違ぇよ、人気が少なすぎねぇ? って話だよ」

 

「あ〜。少ない、というかもう無いよね、うん」

 

 図書館からここまで結構な距離であったにも関わらず、その道中で人っ子一人見当たらなかったのだ。代わりにだが、

 

「ゾンビ見つけちゃった時は思いっきり叫んでたよね湊良ちゃん」

 

「いや、あんなもん見つけたら誰だってビビる……って、アンタは笑ってるだけだったな……」

 

 ということだ。初めて見かけた時は遠目だったので、駆け寄って話しかけようとした湊良だったのだが、近づいてみれば所々腐っている人型だったため、全力で悲鳴を上げたのだ。

 

 弥一も驚いたのは驚いたのだが、それ以上に驚いている湊良を見て、面白くなってしまったらしい。

 

「ふぇっふぇっふぇっ、あの時の湊良ちゃんの悲鳴ったら……めっちゃ可愛かったなぁ~。キャーだもん、キャー! 女の子みたいな悲鳴。普段のキャラと違いすぎでしょ」

 

「よく喋るなこの状況で……段々アイツに似てきてない? あと、アタイれっきとした女ね?」

 

「普段が男勝りすぎんのよ湊良ちゃんは! んで、アイツって誰? もしかしてあのサイコパス? ボクちゃんあそこまでアレじゃ無いからね?」

 

「いいや、むしろアニキがいると鳴りを潜めるアイツより厄介だよアンタは」

 

「うーん、ぐうの音も出ない正論だね!」

 

 カラカラ笑う弥一。呆れた顔の湊良。閑散としたビル街には、弥一の笑い声だけが響く。

 

 車も、自転車も、二人以外の歩行者もいない。普段ならサラリーマン達が忙しなく動くビル街が、正しくゴーストタウンと化している。

 

「ん〜? 大騒ぎしても誰も何も言わないなぁ? ホントに誰もいないんじゃないの?」

 

「今……11時ちょっと過ぎたとこ。仕事とかならとっくに始まってんだけどね……」

 

 ふと、弥一が思い出したように話し出す。

 

「そういえば、ウチのママンとシスターが何処かに行っちゃったっぽいんだよね。パパンは単身赴任中なんだけど、今日起きたら家にはボクちゃん一人だったんだ。湊良ちゃんとこもそうじゃない?」

 

「……確かに、おと……オヤジとお袋は本部に行ってる……あれ? 使用人達を今朝見てない……」

 

「……湊良ちゃん、これ、偶然だと思える? ボクちゃんは思えないし、言いたくもないね。特に湊良ちゃん家、あんな大豪邸を一中学生の湊良ちゃんだけ置いて出てくなんて有り得る?」

 

 そう言う弥一の顔からは、いつもの軽薄で腹立たしい笑みが完全に消えており、目がマジである。

 

「…………アタイの家、無駄に広いからまだ見つけられてないだけかもしれないよ?」

 

「……湊良ちゃん」

 

 弥一の呼び掛けに、湊良はただ頷く。

 

「弥一、アンタも手伝ってくれない? 家に戻って使用人の誰かを捜す」

 

「湊良ちゃんの頼みだ、モチのロンだとも」

 

 

 二人は来た道を駆け出す。ビル街、そして図書館の更に向こうに、湊良の住む家はある。

 

 日が昇りきる前の出来事。湊良の家で、二人を何が待っているのかは、まだ語れない。

 

 

 

 

 オマケ

 

「そういえば、湊良ちゃん何で図書館にいたの?」

 

「……アタイとアニキが初めて会ったのが、あそこだったから。アンタともあそこだし、人も普段多いし、何となくあそこに行けばって」

 

「要は寂しかったんだって事だねぇ? かわいいなぁもぉ〜!」

 

「うっさいキモイ! じゃあアンタは何であんなとこに来たんだよ! 普段本読むわけでもないしさぁ!」

 

「ボクちゃんのことよく見てるんだねぇ? 嬉しいよ「そういうんじゃないから! 質問に答えろ!」……湊良ちゃんがいるかなぁって思ったから」

 

「…………」

 

「あ、照れた? ねぇ照れた?」

 

「…………いや、なんか、アンタ……キモイ……」

 

「うーん、手厳しい!」

 

「……顔が良いだけに言動が残念なのがね……」




弥一君以上に湊良ちゃんの口調が分からなくなるや〜つ。


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苦労人な少年と厨二病な少女の場合

無理矢理感を詰め込み、設定を瓦解させた結果です。


 季節外れなフード付きの青いジャージを着た少年と、フリルの多い、真っ黒なゴスロリ服を着た少女が、とある家の前に佇んでいる。

 

「……へ、へへへへへ……」

 

「……コホン、陸斗、我が盟友よ……そう落ち込むでない。貴様はまだ地獄の業火に焼かれる運命でなかった、というだけまだマシであろう」

 

「フ、フヒ、フヒヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ、ハハハハハハハハ!!」

 

「……り、陸斗?」

 

 壊れたように笑う少年に、最初は尊大な態度で話しかけていた少女。だが、その呼び掛けに反応せずただ笑う少年の迫力に、その威勢も剥がれ、ビクビク震えてしまっている。

 

 分からなくもない。狂ったような笑い方をする人を間近で見て、平気な人間は一体いくらいるのだろうか。

 

 そして、少年が笑い続けるのも分かる。何せ、

 

「家燃えんの何回目だよクソッタレェェェェェェェェェァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

「ひぅっ」

 

 火の手が回り、大炎上した自分の家を目の当たりにしているのだから。頭を抱えて怒号を上げる気持ちも分かるというものだ。少女は涙目である。

 

 

 ───────────────────────

 

「盟友よ、これを食うといい。貴様の好きな“全てを死に至らしめる毒草を練りこみし悪魔の菓子”、だ」

 

「……おう、草餅な。ありがとう……てか、よく残ってたなコレ……」

 

 叫びながらのたうち回っていた少年だったが、自分達まで燃えるのでは無いか、という少女の言葉で平静を取り繕い、二人で何とか燃える住宅街から脱出した。

 

 そこからしばらく歩いた所にある更地で、二人は座っている。

 

 少年の心はもはや虚無に支配されていたが、少女がフリルの裏から取り出した(どうやってしまっていたのか、などは謎)大好物の草餅に、少しだけ救われた気になる。しかし目は死んでいる。

 

 よく残ってたな、という少年の呟きに対し、少女は左掌で口を隠し、広げた親指、人差し指、中指の間から両目を覗かせるという独特なポーズで答える。

 

「盟友はこの悪魔の菓子を食えば活力を取り戻す……故に我は盟友のために常備しているのだ」

 

「ほんな単純じゃあないっへの、んぐっ。つか、もしかしてまだあんの? 欲しいんだけど」

 

「餌付け用故に、渡す訳にはいかない。そして相も変わらず食す速さは光の様だな」

 

「曲がりにも盟友じゃないの? 餌付けって何? それペット扱いしてない? ねぇ。あと草餅程度一口だろ」

 

「……こう、一人で何処にも行かないかなって」

 

「ペット扱いじゃねぇか! そうじゃなくてもお前四六時中俺といるだろうが! 特に夏休み中は!」

 

 少年の指摘に、キョトン顔を返す少女。少年はため息をつく。

 

「お互い親が旅行だって言うから一緒にあの家にいたんだろうが……思春期の男女を一緒に住まわせるか普通……」

 

「……家は既に灰となったがな」

 

「望叶、俺をそんなに発狂させて、楽しいか? ん?」

 

「……ごめん」

 

「「…………はぁ〜……」」

 

 大きなため息をつき、空を見上げる二人。少年の見上げる空には、少年と少女、それぞれの両親がニッカリ笑ってサムズアップしている様に見えている。ご丁寧に歯がキランと光っているのが、いっそう腹立たしい。

 

「……陸斗」

 

「あん?」

 

 空に両親達の面影を見て、かなり複雑な気分になっていた少年、祇洲陸斗(しじまりくと)は、ジャージの裾を引っ張る少女、氷澄望叶(ひすみののか)の方を見る。

 

「二人っきり……だね」

 

「? そうだな……」

 

 白い頬を紅潮させ、俯く望叶。陸斗がしばらく眺めていると、望叶は紅い顔を上げる。目が潤んでいるのを見て、陸斗は自分の身にラブコメ的な気配を感知した。

 

「誰も、いないね」

 

「……おい望叶、お前キャラ付けどうしたんだ? いつにも増してブレブレじゃねぇか」

 

 体ごと陸斗に向き合う様に座り直す望叶は、キャラのブレを指摘される。

 

 余談だが、彼女がちょこちょこ尊大な態度で話すのは、彼女がハマっているダークファンタジー小説、“夢無きものへ喝采を”の主人公を真似ているかららしい。

 

 結構古株な小説で、長い間中高生をその道に引きずり込んでいる。今も尚現役ということもあり、知らない人はいないほどなのだ。

 

「……………………ここ、人いないね」

 

「スルーかそうか……それより、ジリジリと顔近づけてくるのやめようぜ? 何するつもりだお前?」

 

「……いつもの?」

 

「ああ、なるほど。不幸の帳消しか。人いないのを確認してたのそういう事か。いるんだよなぁ向こうに」

 

「……ぇ?」

 

 陸斗の視線の先に、人影が動いているのが分かる。角度的には確かに望叶からは見えない位置である。公園である事を考えると、草むしりをしているおばちゃんとかだろうか。

 

 望叶はその人影を体を捻って見つけ、固まる。微動だにしない、という訳ではなく、小刻みに振動しているのが、密着している陸斗に伝わった。耳が赤くなっているのも丸わかりだ。

 

「油断して随分と恥ずかしい事してたってわけだな……」

 

「…………は」

 

「え?」

 

「早く言ってよバカ!!」

 

「イッデェェェェェ!?」

 

 パチィィン、と乾いた音が鳴る。綺麗な弧を描いた全力の平手打ちが、陸斗の左頬に真っ赤な紅葉を作り出した。見るに鮮やかである。

 

「あ、ご、ごめん! 大丈夫?」

 

「何でだ……何でなんだ……どうしていつもこうなんだ……クッソ痛てぇ……別に大丈夫だけどさぁ……昨日も同じこと無かったっけ?」

 

「……昨日? ……あ」

 

 思え返す二人。脳裏に浮かぶのは昨夜。まだ燃えていなかった家でのことだ。

 

 

 ───────────────────────

 

 陸斗はトイレへと向かうために廊下を歩いていたのだが、その途中にあるドアノブに腕をぶつけた。

 

 そのドアノブはドアから外れて飛んでいき、コロコロと床に転がることとなった。

 

 一方陸斗は当たり所が地味に悪く、かなりの痛みを噛み殺して再びトイレへ向かおうと一歩踏み出した。

 

 そこに先程のドアノブがあった。

 

 見事に踏んづけた陸斗は転びそうになったため、バランスを取ろうと壁にもたれかかったのだ。

 

 その壁が綺麗に抜けてしまい、倒れた先には。

 

 入浴中の望叶がいたのだ。

 

 そんな何処ぞのピタゴラ装置もビックリな経緯で、陸斗は悲鳴と共に回し蹴りを側頭部に食らい、ダウンすることとなった。

 

 ───────────────────────

 

「本当に何なんだ……俺何処に行ってもこんな感じじゃんか……」

 

「……盟友よ、貴様の不幸は確率的に起こり得ぬ事をも引き起こすな……」

 

「要素一つ一つがそうはならんだろって確率だし、それら全部絶妙に最悪な巡り合わせで起きるから尚更な」

 

 陸斗は、生まれてから定期的にハプニングが起こる。時にそれは他人の運命をも狂わせる程に大きな騒動に発展することもあった。

 

 不思議な事に、望叶が近くにいる時はせいぜいラブコメの範囲で済む等、比較的マシなのだ。彼女が何らかの理由でいない時、その不幸は先程の例が霞む程に、仕組まれた様な事件に巻き込まれる。

 

 実際、陸斗は無辜の人々を巻き込んで死にかけたことがある。それも三回だ。

 

「……何かもう疲れた……修司ん家にお邪魔するか? 親父達に家燃えたって連絡入れて」

 

「何時も申し訳と思うな……」

 

「しっかし、なんで急に燃えたんだ? アレ。周りの家も軒並み、同タイミングで出火したっぼいしさぁ」

 

「遂に我にも抑えられぬ程に……」

 

「やめろやめろ、おっそろしい想像するな。ますますお前から離れらんねぇじゃんか。幼なじみっつったってそろそろ辛いだろ、異性を意識しちゃう年頃だろ。俺らは良くても他の目がキツイんだよ」

 

 陸斗にとっての天敵は、自身と望叶をからかう輩である。ある種最強のボディガードはいるものの、何度もからかわれていれば精神が擦り切れてくるのだ。が。

 

「私は完全に役得」

 

 超小声で呟く望叶。幼い頃から片思いを続ける彼女にとっては、寧ろ望むところであろう。素でラブコメ主人公な陸斗は全く気づいていないが。

 

 

 ───────────────────────

 

「さて、現実に戻るか」

 

「現実逃避はもう終わりでいいのか? 我は嫌だ」

 

「諦めてくれ望叶。俺も嫌だけど、そろそろ限界が来てるんだよ……まさかさぁ……」

 

 燃え盛る街をバックに全力で走る陸斗と、そんな彼にお姫様抱っこをされている望叶。何故こんな事になっているのかというと……

 

「草むしりのおばちゃんがゾンビとか思わんだろうがァァァ!!」

 

 彼の後ろを、大量の人型が追いかけているからだ。

 

 腐りかけ、内臓も転び出ているのが、ざっと数十程追いかけてくる。動きは遅いが、めちゃくちゃ怖い。

 

 ちなみに、走り出したのは昨夜の事を思い返していた時だ。望叶のビンタの音に反応したのか、焦点の合わない、というか片目がない、正しくゾンビな顔が振り向くのを、陸斗は見たのだ。

 

 徐々に近づいて来るので、思わず望叶を抱き上げ、走り出し、今に至る。

 

「盟友よ、我も走れるぞ。下ろすがいい」

 

「前にそう言って走って服破けただろうが!! 器用にスカートだけとっぱらいやがって!!」

 

「……」

 

「ア゙ア゙ア゙ァァァ!! 何でこうなるんだよぉぉぉ!!」

 

「……その、いつもごめんね?」

 

「お前はいいんだよお前は!! 問題は現状だっつーのマジでどうすんのコレェェェェェェェェ!!!!」

 

 走り、叫ぶ間にも、人型は増えていく。横からも出てきているが、躱しつつ走り続ける。

 

 ふと、望叶が提案する。

 

「ホームセンター……」

 

「え!? 何!?」

 

「ホームセンターまで! 頑張って! ある程度! 対抗! できるかも!」

 

「こっからどんだけ離れてると思ってんだ!! 最悪俺死ぬんだけどォ!?」

 

「草餅! あるから!」

 

「うっしゃ任せろォォォォ!!」

 

 

 こうして、全速力でホームセンターまで走る少年、祇洲陸斗と、普段より想い人に密着できている状態をタネに現実逃避しようとする少女、氷澄望叶の二人組が、天変地異に巻き込まれた。

 

 この街の一番近くのホームセンターまでは、陸斗が走る場所から、約三キロ。

 

 彼らの旅路は恐らく、多数のハプニングで舗装されていることだろう。




陸斗の不幸は、起こる確率がゼロでも強制的に百にするという、逆に幸運な不幸だったり。

望叶の言う埋め合わせは、その通り陸斗の不幸を埋め合わせるものである(陸斗は望叶を妹の様に思っているため、一種のセラピーとして認識している)

……のは建前で、実際には陸斗に女性として意識されようと望叶がアレコレ頑張る口実だったりする。


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