補給途絶鎮守府 (フユガスキ)
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第一章
いっちばーん


初投稿です。勢いで出しているのですぐいなくなります(予定)


「艦娘」それは我々一般人の中で噂されるヒトのような存在。鎮守府と呼ばれる場所で管理される約250種の所謂「兵器」である。

 

そんな彼女らは「深海棲艦」という化け物と、在りし日の魂をもってヒーローごっこをしているらしい。嘘か真かははっきりとしないが、噂のレベルは出ていない。

 

「危ない!」

 

夜の三日月が天に輝く中、騒がしい人波の内からそんな声が聞こえた気がして振り返る。しかし、それは誤った判断で、横から止まりきれないトラックの正面に立ってしまった。

 

―――――――――

――――――

 

死者1名、負傷者1名の不注意による交通事故で処理された。しかしその運転手は書類上から消え、行方不明となっている。その理由は…

 

「軍事機密」の彼女らには人間にない力を持ち、その力の根源は、在りし日の魂―旧大日本帝国海軍所属艦船―にある。

 

火のない所に煙は立たぬ、というがまさかそのような超人がいるとは思わなかった。

 

ちなみに死者1名とは俺のことである。ではなぜ意識があるかというと死んでいないからである。つまりこの、「軍事機密」に助けられたのだ。

 

全く持って意味がわからない。あ、ありのまま、今、起こっ(ry)な感じである。

 

そして目覚めたときに隣のベッドで寝ていた少女は駆逐艦白露らしい。…どう見ても船ではない。全く持って意味が(ry)

 

一度死んだあと、というより「兵器」と関わったあとは、とにかく情報が多かった。

 

海軍のお偉いさんが来て、少尉の称号をもらったり、君は特別だ、などと褒めちぎられたり、そんな波に流された。

 

そして書類上「提督」となり、外の一切見えない車やら船やらに乗せられ、日本なのかも分からぬ場所に移動した。

 

船から降りてから白露は起き、現状が分からず困惑している。

 

「うるせぇ」シュトウ

 

「あいた」

 

正直、現状を把握していないことは俺も同じ。でも、一面、海の広がるここで勝手に勢いで連れてこられ、なんの説明も受けずに2人で取り残されていることを考えると…

 

「これ、どう考えても厄介払いじゃねーか!」

 

「八つ当たりはだめだよぅ」

 

俺の先程の手刀が八つ当たりだと思ったらしい。…君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

 

そもそも艦娘は鎮守府によって管理されると聞いたが、見る限り建物らしきものは見えない。木と砂と漂流物だけである。

 

「鎮守府がねぇ!!」

 

そう叫ばずにはいられなかった。高校生ぐらいの見た目の少女といることは幸福だろうか?そんなことはない。もちろん助けてもらったことには感謝しているが、俺は人の形を模した「化け物」とは一緒に居たくない。

 

だから、俺は第一目標として次の船が通るまで生きることを白露に提案する。




いつか続き書きます。


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散策しようよ

勢い続きます。


幸い朝日が出て間もない頃に陸に足がついたので、この島?を調べることにする。白露には砂浜を歩いて一周してもらい、俺はここで一番高いところを目指すことにする。

 

といっても、大した高さはないが島のある程度の形はわかりそうである。そう思い白露とは一旦別れて、森の中に入る。

 

森の中を歩くのは体力がいるためこちらを選んだが、砂のほうが足が取られるため体力が取られるかも、と森に入ってから思った。…枝とかで傷つきたくないだろう、うん、きっとそうだ。

 

草がそこらじゅうから生えていて歩くのも一苦労だ。そしてようやく森を抜けると、草がまだ生えているが膝をくすぐる程度で少しなだらかな丘がある。

 

その先は崖になっていて、見下ろすと少し思っていたよりも高いことに驚く。当初の目的通り島全体を見渡し、その先の水平線も観ることができた。

 

およそ正方形の形で中に森がありその一角に崖がある形である。さて、と一息ついてまた森に入り元いた場所に戻ることにする。もしかすると向かう先が崖であることに気づいた白露が先に戻っているかもしれない。

 

ならば、と思い。抱えることのできる程度の枝を、焚き火にする用に持っていくことにする。

 

そもそも白露はあまり食事を摂らなくても人間よりも生きることができるらしい。そのため、基本的に食事の心配をするのは俺だけなのである。

 

そこで、その食事について白露に手伝わせることは、同じ状況下の彼女の目には自己中と映るだろう。だから自分が最低限生きる分だけは自分で確保するべきである。

 

「…あつい…」

 

心の中で勝手に正義感を燃やしている俺が暑苦しい、というわけではなく、快適だった朝の時間帯が日が昇ることによって終わりを告げたことに対する文句だった。

 

湿気が増し、草が足や腕に張り付くため、今すぐにでも森の外に出たい。そう思っていると砂浜が見えてきて小走りになる。

 

「ふぅ〜やtってあっつ!」

 

砂浜は火傷するレベルで熱く、靴を履いていても熱気が体に当たってそこでもまた熱い。熱帯地域はいつもこんな感じなのだろうか、と他人事のように考え、白露がいないか探す。

 

「おーい」

 

遠くから声がしてそちらに向くと左腕をブンブンと降っている白露と…焚き火?が見える。近くには漂流物だろうか、太い木があり焚き火の周りを囲むようにしてできている。

 

俺は一周してもらっていたと思っていたが、違っただろうか。どう考えても早すぎる。島一周の方が早く終わるとは思っていたが、焚き火が出来上がるほど時間をかけたつもりはない。

 

どういうことがよくわからないが、焚き火を作る時間を短縮できたと考えればいいか、と考え予備用になった枝を運ぶことにする。



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おひるごはん

「なんで火をつけたし」

 

「…あっ。てへっ」

 

考える素振りを見せ、可愛らしく舌を出す。流木などで風をうまく止めていることには感心するが、この狭い島で貴重な木を簡単に焼いてしまうのはマズイ。それに気づいてくれたようだ。

 

とはいえ、やってしまったことをネチネチ言うのは性に合わないため、有効活用をしたい。

 

「じゃあ昼飯にしよう」

 

そう言うと白露は目を輝かせる。お、おう急にどした。

 

「あたしにできることある?いっちばん、頑張っちゃうよー!」

 

そう言って半袖をまくり上げ、任せてよ、と言わんばかりの気合を見せる。

 

森の中であまり頼らないと決めたばかりだが、早速頼むことにする。

 

森の中では食料になりそうなもの、というのはよく分からず、そもそも木の実らしい木の実も見当たらなかったので、必然的に食事は海に頼るしかない。

 

陸上ならまだしも水中での動きというのは慣れず、前に見た無人島のサバイバル番組でも魚は獲り難いように見えたため、魚料理は困難を極めるだろう。

 

そこで必要なのが白露である。2人いれば魚を捕まえることのできる量は増えるだろうし、海と関わりのある船なら何とかできそうという希望的観測である。

 

「魚とr」

 

口に出して気づいたが、服をどうする気だったのだろうか。何かを着たまま海に潜るのであれば、その服は一時使えなくなる。艦だったとはいえ白露にそれを強要するのは問題があると思う。

 

「魚?魚を食べるの?」

 

「いや、服が濡れるし、他を考える」

 

海に潜れないとなると魚を獲る方法が思いつかない。釣りにしては浅瀬すぎるし、深いところに行こうにもまさか海の上を浮くことのできるわけではない。

 

「服を全部脱いじゃえばいいよ」

 

こんな突拍子のないことを提案するのは白露である。

は?今、全部脱ぐとおっしゃいましたか?

 

「だってそうすれば濡れないじゃん。あっでも…潜るのはいちb―ちょっと苦手かな」

 

そう言って苦笑いしている。無理して笑おうとするタイプの笑い。う〜ん泳げないのだろうか。そうしたら戦力として当てにならない。

 

「でも森の中ならダイジョブだよ!妖精さんたちもいるし」

 

(よ、妖精さん?何言ってんだ、こいつ?疲れているのか?)

 

「あっ。妖精さんって言うのはね、ほらっ」

 

そう言って手の上に何かを大事そうに乗せているポーズをしている。両手を水をすくい上げる形にしてこちらに突き出している。

 

「な、何言ってんだ?ここには何もいないだろ」

 

そう言って白露の両手の上に手をかざすと、何かに触った感触がした。びっくりして熱いお湯に触れたときみたいに手を引く。え、え?どゆこと?

 

「え…もしかして見えてない?」

 

「ま、まぁ」

 

俺は何に触れたのだろうか、そう思って同じように両手を作って白露の手の近くに持っていく。白露はなんの躊躇いもなく見えないナニカを渡す。

 

「おお、」

 

まったく見えないが感触だけある。なんとも不思議な感じだ。妖精の形に撫でると奇妙な形をしていることが分かる。

 

そうこうしていると、そのナニカがもぞもぞと動き出した。されるがままに固まっていると、腕を渡り肩から頭の上に登る。どうやら頭の上で落ち着いたようだ。

 

白露は俺が妖精さんと戯れている間になにか別のことをしていたようで、

 

「うん…よしッ。少尉さん、妖精さん達が食事を用意してくれるって。あたしは寝られるところ、作ってくるから、そこに座ってて」

 

そう言って白露は近くにあるブルーシートを持って森の方に行った。

 



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少尉ていとく

妖精さんは見える人と見えない人がいます。また、感じる度合いもあり、
感じない<<見えないし声が聞こえないけど触れる=声が聞こえるけど何かわからない=見えるけど触れないし聞こえない<聞こえないだけ=見えないだけ=触れないだけ<<触れるし見えるし聞こえる
という感じです。


さて、何をしようか。自分でなにかやろう、一人でやろうと息巻いていたが、何もやっていない。むしろ他人に世話されてばかりである。

 

近くでブルーシートを使い雨風をしのげるような、簡易的な寝床を作る白露を眺める。決して人には真似できないような速度で木を運び組み立てる。どこから出したのかわからないものを背負い、見た目以上の力をふるう。

 

近くで見るとより一層「化け物」というイメージが増してくる。食べ物がなくなったら次に狙われるのは俺だろうか、何かが気に触れば簡単に殺されてしまうだろう、と考えてしまう。

 

今ならゲームの異世界転生の勇者と魔王に攻められる王様の言動に納得がいく。救世の勇者を用事が済めば祭り上げ英雄とし後世に語り継ぐ。英雄とするために王様は一国の兵力に勝る勇者を送り返す。

 

戦力的に見れば、強大な力を持った勇者は手元においておきたい。しかし、勇者が敵に回った場合、魔王以上に厄介になる。デメリットが大きすぎるし、落ち着いた今の状況では必要性が低いため勇者を元の世界に返す。

 

太刀打ちできない、という意味ではそれに似たところがある。違うところは返すことができないところである。つまり白露の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「なにか手伝おうか?」

 

そう言うと白露は背負っていたものを消した。

 

「そっちの端っこを持って、そうそう。そのまま引っ張って」

 

ブルーシートの一角を引っ張り、落ちていた蔓で生えている木に結びつける。

 

「完!成!やったぁ」

 

白露は元気に跳ね回り、いぇーい、と言ってハイタッチを求める。俺は何もしていなかったんだけどな。そう思いつつ要望に応える。目の前の顔は満面の笑みになり、ふふっと声に漏れる。

 

「そういえば、あたし達。自己紹介してないね」

 

「そうだな」

 

そういえば白露は船の中だと目を覚まさなかったな。と思い出し、海軍のお偉いさんに少し聞いただけだったことも思い出す。

 

「一番はあたし!白露型駆逐艦一番艦、「白露」です!はい、一番艦ですっ!少尉さんは?」

 

「ああ、少尉を貰った、あと提督?とか言うものも貰った」

 

これは自己紹介なのだろうか?たぶん自己紹介だとは思うが…。

 

「えっ少尉さんって提督なの?!」

 

そう言ってとても驚いている。そもそも提督って何?っといった感じなのだが白露には伝わっていないようだ。

 

「じゃあこれからは提督って呼ぶね」

 

そこにはこだわりがあるのだろうか。さん付けが外れた分、親しさが増した気がするが提督とは何なのだ。

 

「そもそも、その提督ってのはどういうものなんだ?」

 

「えっとね、あたし達のような艦を動かす司令官のことで、船長とかとは違うんだ。もっと多くの艦娘を動かすんだよ。」

 

だから少将とか以上じゃないとなれないはずなんだよ。と付け足す。ということは今の白露の司令官は俺、ということでいいのだろうか。

 

「ってことは今はあたしの提督だね!」



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思考のみだれ

えっ怖。「あたしの提督」って、完全に所持物と化している。つまり殺るときは殺るということだろうか。やはり「化け物」だったのか。

 

流石に昼飯を手伝おうとしたり、敬称で呼んでいたりするから、怪物的なパワーは持ち合わせても、性格は優しかったりするかもしれない。と思っていたが、ついに本性をあらわしやがった。

 

「じゃ、じゃあ提督ってのは艦娘にとってどういう存在なんだ?」

 

「えっとね、う〜んお父さんだったりぃ、あと恋人ってヒトもいた。後は上司だったり、友達だったり。まあ色々あるけど、やっぱり提督は提督だよ」

 

そう言いつつ白露は立ち上がる。

 

「妖精さんが集めてきてくれたから、妖精さんと昼餉を作ってくるよ。ゆっくりしててっ」

 

ブルーシートの下から小走りで焚き火の方に向かう。その先ではノロノロと準備が始められており、白露に気づいたのか宙に浮いていた葉や石が白露の周りに集まる。

 

そうして、白露は指示を出し始め、手を合わせると一斉に動き出した。なんとも珍妙な光景だが疲れているわけでなく、妖精ってのが本当にたくさんいる。

 

「あれじゃあ、手伝うこともできないか」

 

言いつつ下に敷いてあるブルーシートに寝転ぶ。簡素だが上と下にブルーシートがあるため、砂の上よりかは寝やすい。

 

なんともなく上を見つめていると、むき出しになっている足首に何かが登ってきた。蟻や蜘蛛より重いので、少し恐恐としながら見てみると、何も無かった。

 

ほっとし、足に手を伸ばすと、その手に何かが乗ってきた。

 

「ああ、妖精か」

 

そう言うと妖精は手の上で何かをする。少しくすぐったいが、2本の足で立っているイメージから3本になった。

 

「妖精の声が聞こえたらなぁ」

 

手の上で何かをやっているが、だんだん何かを反復しているのが分かった。

 

「妖精、最初からやってくれ」

 

そう言うと全く動かない2本と動き回る1本があることが分かった。止まったところでもう1度お願いする。

 

「…日に正しい?どうゆうことだ?」

 

日に正しい。文章にしてみてもよくわからない。日正って一体何だ。日、正…

 

「是か!えっと書き始めたのはあんときだから…」

 

俺が前に言ったセリフを思い出していると、妖精か、と言っていたことを思い出した。

 

「はは、かわいいやつだな」

 

とても癒やされる。とはいえコミュニケーションがこれだけ伝わり難かったら、話もまともに通じないので、頭に妖精を寝かせ適当なサイズの枝を探す。

 

「これでいいか」

 

見つけた枝を妖精に渡して、砂の上に置く。すると砂の上に枝が走り、ありがとうの文字が浮かぶ。



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ようせいさん

「ご飯だよー」

 

妖精と話ができるようになって、砂に妖精の等身大の絵を描いてもらっていると、白露の声が聞こえた。見てみると山の幸というより海の幸が多いことに気づく。

 

「森に行ったんじゃないのか?」

 

妖精に質問すると、枝で字を書き始める。え〜と崖、貝に多。なるほどあそこに貝がたくさんあったのか。納得して熱々の貝を頬張る。

 

「あっていとくぅ〜ダメだよぅ、ちゃんといただきますしないと。ねっ妖精さん。いただきまぁす」

 

口の中で火傷しそうになっている俺を片目に、妖精達といただきますをしている。途端、食事が次々と消えていく光景に驚く。なるほど、妙に多いと思ったら妖精も食べるのか。

 

「そうだ、提督。これ終わったら、長距離練習航海行ってくるから、遠征許可ちょうだい」

 

ちょうき…なんだって?遠征ってどっか行くのか?

 

「そのちょうき…「長距離練習航海」…そうそれってなんだ?」

 

「えっとね、この島の周辺をちょっと見てくるのと、弾薬と鋼材を妖精さんと取ってくるんだよ」

 

すごい、1個分からないものがあったら2個に増えた。というか弾薬って、さっきの寝床作っている時に出てきた変な銃に使うのか?

 

逃げられないようにしてから殺るということか。や、やめろぉこっちには妖精がいるんだぞっ。

 

「提督も一緒に行く?」

 

えっどゆこと。なんで俺も行くことになった?そういえば周りを見るって言ってたけど、砂浜走ってもらったよな。

 

「さっき走ってたと思うんだが?」

 

「あー、違う違う。海を征くんだよ。艤装をつけてね」

 

「艤装ってのは?」

 

「これのこと」

 

そう言って先程背負っていたものを出す。見た目的には不相応の重厚感。異様な感覚を持っている。

 

ごちそうさまと言って、海の方に歩き出し不思議なくらい安定して浮いている。海の上って浮くこと、できたっけ?

 

白露がいなくなると急に疲れが襲ってくる。どうやら無意識に緊張していたらしい。お腹も満足とはいかないが無人島にしては豪華な料理を食べたため、眠気がひどく瞼が閉じる。

 

(あいつ、許可せずに行きやがったな…)

――――――――――――

―――――――――

――――――

 

『あといっぷん』『あともうすこし』『ちきゅうのはめつ』

 

騒々しい声が聞こえる。水中から浮き上がる様にして、眠りから覚める感覚になる。目を開けると真上を少し通り過ぎている太陽がある。

 

白露とは明らかに違う声で、もしかして通りかかった船かも、と思い起き上がる。

 

『ガバってなった』『バシュッだよ』『ヒャッハー』

 

しかし周りには誰も見当たらず、声だけが聞こえる。

 

「誰だ、喋ってんのは誰だ」

 

そう言うと十数人も喋っていたような声は、全て止まり静寂が流れる。何が起きているのか把握できないでいると、砂の上の手に登るいつもの感覚があった。

 

「あ、妖精。なんか声が聞こえなかったか?」

 

そう言うと宙に浮いていた枝は落下する。大丈夫か、と声をかけようとしたが、妖精のいる感覚だけが残っていることに気づく。

 

『もしかして聞こえてるの?』

 

 



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化けている者

こんな話でもお気に入りの追加、感想くれる方ありがとうございます。ではどうぞ。


え、妖精?妖精が喋っているのか?

 

「ああ、聞こえてる」(もしかして妖精と喋れるのか!マジか!)

 

じゃああの騒がしかった声も、ここにいる妖精が全員喋っていたものか。何が原因かは分からないが、とにかく妖精の声が聞こえるようになった。

 

「聞こえてる」

 

2回も言ってしまうぐらいには嬉しかったり、また信じられなかったりしている。今まで知らなかったものを、死んでからも知ることになるとは思わなかった。このようなファンタジーなものであれば、特に。

 

『うたげのはじまりだ』『さけをもってこい』『アタタタタタ―』

 

(なんか思ってたよりファンタジーじゃないな、特に最後)

 

白露はこんな騒がしいのをまとめていたのか…お疲れ様です。そんなことを思っていると海の方から声が聞こえた。そちらに向くと何やら黒い点が見える。

 

『しらつゆさんだ』『おかえりー』『激流を制すのは静水』

 

妖精たちが言うには、あの黒い点が白露ということだろうか。だんだんと近づいてきて、手を振っていることがわかった。

 

白露は陸に上がり、艤装を解除して、横にある流木に座る。

 

「もう、せっかくあそこ作ったのに、砂のうえで寝たでしょ。背中の砂払ってあげるから」

 

背中を向けるように言われる。大人しく背中を向けると容赦なく叩き始める。

 

「あっそうだ妖精さん。小さな倉庫を作ってくれない?弾薬や鋼材置きたいからさ」

 

『あいわかった』『がんばります』『てめえらのちのいろはなにいろだーっ!!』

 

そして騒がしかった声が、遠ざかって行く。しかしあの妖精だけは近く―頭の上にいる。

 

「ふふっ懐かれたね、その妖精さんに。でもやっぱり不思議だよ、野良の妖精さんが1日も経たずに心を許すなんて」

 

そりゃ艦娘みたいな人間と近しい存在より、妖精のようなもっと曖昧な方が互いに疑心暗鬼しないだろう。そんなことより、もっと気になるものがある。

 

「弾薬と鋼材ってどこにあるんだ?」

 

「それは、妖精さんが持ってるんだよ。だけど、限界があるから倉庫が必要なんだよ」

 

はい、できた。と言って砂を払い終わる。そしてニカッと笑って

 

「うん、バッチリ!」

 

と言う。こうして見るとただの美少女なのだが、どうにも「化け物」という言葉が頭の片隅にある。この行動を人間に落とし込むと

 

(ただの世話好きなお姉さんだよなぁ」

 

「もっちろん!一番艦だからねっ」

 

「…俺なんて言った?」

 

「お姉さんだよなぁ、って」

 

マジか、声に出ちゃったか。

 

「あっそうそう。長距離練習航海っていつもはあたしと村雨と海風と江風で行ってたんだけど、今回は一人だったから思ってたより少なかったよ。2回も行ったんだけどねぇ」

 

村雨?と…なんだっけ?とりあえずよくわからない艦娘だろう名前が出てきて混乱してくる。

 

「それで、不思議なことにバケツが手に入ったんだ。あっバケツってのは高速修復剤のことね。噂で聞いたことない?」

 

高速修復剤?あーそういえば何かトイッターでそんなこと言ってた人がいた気がする。記憶の中を探るため集中していると、死んだときのイタみがよみがえり少し苦い思いをする。

 

「不思議といえばさ、提督も不思議だよね」

 

「なんでだ?」

 

不思議なことと言われると、死んでいることとか妖精が感じられることだとか、色々あるがどれだろうか。

 

「だって…提督って見た目完全にあたしじゃん」

 

「今更だな、確かになんでだろうな」

 

これが俺の「化け物」と言う根本の理由である。



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妖精はすごい

この白露は俺が死んだとき助けてくれた「軍事機密」であるため、死んでいるが助けようと思ってくれたことには感謝している。

 

ではなぜ、「化け物」と呼ぶかというと、もちろん怪物的なパワーを持っていた怖かったり、海の上を走ることができたりなどもあるが、それ以上に見た目が同じだからである。

 

見た目が同じというと語弊があるかもしれない。つまり複製体なのである。しかし、俺は艦娘でもなければ妖精が見えるわけでもなく、総じて言えば劣化品である。

 

そもそも艦娘というよくわからない存在を誰が好きになれようか。もしいるのなら、そいつは人間の世界では変人でまともな人間関係を築けていないだろう。

 

『あっ、火が消えてきたよー』

 

「ああ、ホントだな」

 

日も落ちてきてだんだんと空が赤くなっていく。小腹が空かないわけではないが、食料は限りがあるし一日2食食べれば良いだろう。

 

「えっ妖精さんの声、聞こえてるの?」

 

「結構たくさんいるよな」

 

そう言いつつ立ち上がり、予備用の枝を火の中に投入する。石が周りにおいてあるため、高さを積めば干物もできる完璧な焚き火である。

 

「さて、また料理を頼もうかな。材料調達はやっとく」

 

そう言って倉庫を作っている場所へ向かう。

 

「あっ、あたしの分は必要ないからね」

 

白露がそういうのであればそうしよう。打算的であるが食べる量が減るのはウェルカムである。

 

――――――――――――

―――――――――

――――――

 

白露が食べなかったため、少し気まずげな夕餉が終わり就寝の時間となる。今までそれなりに街灯がある場所で暮らしていたため気付かなかったが、夕暮れをすぎるとすぐに暗くなる。

 

それこそ、人の手足がわからない程暗くなるため、月の出ていない今日はより暗いのかもしれない。そんな中妖精たちは活発で、

 

『さいごのおおしごと』『あさまでにおわらせる』『おれのなをいってみろ』

 

こんな暗闇でも見えているのか。

 

白露は提督と同じところで寝れない、などと言っていたため、わざわざ縦におろしたブルーシートで寝床を区切る必要があった。

 

死んでから今日まで何日船に乗っていたかは分からないが、三食食べた回数だと大体4日から5日ぐらいかけて乗っていたはず。そう考えると長くて10日間ほど我慢すれば船が来るはずである。

 

そう考え、寝づらいブルーシートの上で無理矢理目を瞑った。

 

―――――――――

 

朝になり、白露より先に目が覚めた俺はいつもの手ではなく、女子の手をしていることに違和感を覚えたが、脳に血が行くにつれて納得する。

 

「そっかぁ、これが普通になんのか」

 

1日で完成した少し小さめの建物を片目に嘆息する。



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いっちばーん(2)

視点変更


「船の準備はできたか」

 

重々しい声で隣にいるα中尉に声をかける。α中尉は敬礼をして、一言一句間違えないように冷や汗を垂らしながら答える。

 

「はっ、港に着き次第、出港できるとのことです」

 

「うむ、下がれ」

 

「はっ失礼します」

 

少し早足でα中尉は先程少尉が出ていった扉から出ていく。完全に扉が閉まったことを確認して、友人に電話をする。

 

2回ほど鳴り、冷たい声のする女性が電話に出る。

 

《はい、こちらη島鎮守府の執務室です》

 

《おい、そっちの提督と変われ》

 

《…流石に頭にきました。お言葉ですが、私は一航戦の加賀です。おい、と呼ばれる筋合いもなければ、面識のない人に命令される筋合いもないです。しかも…》

 

《じゃあSFと伝えろ》

 

そう言うとくぐもった声で、冷やかしですかと言って、紙の捲る音がする。

 

《SFが何かは存じ上げませんが、こちらも暇できゃっ》

 

奥でなにかものが崩れる音がして、男の声が入る。

 

《悪いなθ中将こっちもちょっと忙しくてな》

 

《なに、気にするなη少将》

 

《本当に悪かったって、加賀には後でお前のこと知らせておくから》

 

《冗談だ》

 

《それで、無礼不遜な態度誠に申し訳しようがございませぬが》

 

芝居がかった言葉で話をしていく。

 

《加賀がさ、お前が中将だって分かったら青ざめて仕事が手につかなくてさ。ちょっとフォロー入れるから待ってくれ》

 

《ああ、わかった》

 

そう言うとη少将は電話を片手で塞ぎ、加賀に話し始める。しばらくすると電話の持ち主が変わった。

 

《先程の失言、申し訳ありませんでした。θ中将に対する傲慢な態度、重ねてお詫び申し上げます》

 

そう言い残してη少将に受話器を渡してから駆けていったのが電話越しでもわかる。

 

《うちの加賀、かわいいだろ。クールビューティーな感じから実は…みたいな》

 

《お前の性癖は聞いていない。…で、こっからはあれについての会話だ。秘書官が帰ってきたりしないだろうな》

 

《性癖ってほどではないと思うんだが…まあいいや、あれは赤城のところ行ってるんじゃないかな。一応鍵は閉めておくよ》

 

《あと青葉も危険だ》

 

《知ってるだろ?俺のところには重巡がいないんだよ》

 

《それもそうだな》

 

《それで、船の用意はできていると伝言は伝わっていないのか?》

 

《いやそれは確認した。まず船の件感謝する》

 

《相変わらず堅いな。なに、お前にはでかい借りがあるからな、まあ今回もだいぶでかいが。これで借りは返せたな》

 

《ああ、そこで、だ。船が帰ってきたあと、適当に深海棲艦をあの島に送ってくれ》

 

《…なるほど。分かったやってみよう》

 

《必要なら艦娘を送るが》

 

《いや、大丈夫だ。こちらで可能だ》

 

《貸一つ、だな》

 

《赤城とうまく行かなかった時よく助けてくれたじゃないか》

 

《あれは同期の好だ》

 

《じゃあこれも同期の好だ》

 

《ふっ、では頼んだぞ》

 

《ご期待に応えられるよう、尽力いたしますよ》

 

最後に演技をして電話が切れる。相変わらず自由に生きてるいい友人だ。まあ自由に行き過ぎて痛い目を見る典型的なやつでもある。

 

(さて、あとはウチの白露を運ぶだけか)

 

夕立や時雨と違い、あまり活躍の場がない他の白露型のうち、改二が実装されている4人の練度を上げようと思った矢先に捨てることになるとは思いもしなかった。

 

外出許可を渡して事故に関わるものだから、揉み消すのが少し難しく上から目をつけられている。今は大人しくしていたほうが良さそうだ。

 

それはともかく、白露が急にいなくなったら白露型が騒ぎ出すだろう。白露は少々出難いため、新しくθ鎮守府に来るのはいつだろうか。

 

いなくなったら騒ぎ、新しく建造されたら受け入れる。そんな艦娘に最初は戸惑っていたが、慣れてしまえばどうとでもなる。

 

白露を持ち上げ人気のないところを通ってから車に向かう。シートベルトを締め運転手に発車するよう命令する。

 

港につくとη少将と秘書官加賀と目が虚ろな艦娘が並んでいた。η少将はやぁ、と手を挙げ、それに控える形で加賀が後ろにいる。

 

「今日はγ鎮守府への視察でしたね。それまでの道は我々η鎮守府の名を持って、確実に中将に傷をつけるような真似は致しません」

 

少し芝居っ気の足りない言葉の羅列。というよりギリギリ意味が伝わる程度の文章。あまりη少将らしくない。怪訝な顔をしていると、察したのか笑って答える。

 

「悪いな、少し船酔いしたんだ。まあこれを理由に加賀に面倒見てもらうから別にいいんだけどな」

 

本人の前でそんなことを口走るので、後ろに怒ったような恥ずかしいような微妙な顔をしている現秘書官がいる。

 

「さて、立ち話はなんだ。そろそろ船に乗ろうじゃないか」

 

そう言ってθ中将の斜め後ろにつき、船に向かう。そうすると並んでいた艦娘らが一斉に敬礼をする。まさかまたあれを使ったのだろうか。

 

「次はどうにもできないぞ」

 

「…こうでもしないとこの仕事は回らないものでね。今回が初めてだし、大して問題にならないだろう。それよりも俺はお前の心配をしているのだが」

 

少し後ろの加賀が急に青ざめる。

 

(お前、なんて中将に言うなんて流石に無礼だと思うのだけれど。でも提督同士の会話に首を出せるわけでもないし…。赤城さん、助けてください)

 

みたいなことを考えているに違いない。η少将はとても楽しそうである。

 

「迷惑をかけすぎるなよ」

 

「そこら辺は弁えている」

 

船に乗り込むと丁度よいぐらいに空調が管理されていることが分かる。艦娘らは乗ったことを確認すると、この船を囲むように連携を取る。

 

そうして出港してから中に入ると、η少将がうめき出した。全然弁えてないじゃないか。

 

「うぐぐ、船酔いが悪化したようだッ。こ、これはクールビューティーな人に助けてもらわなければならないと心が叫んでいるっ」

 

船酔いしてるとは思えない名演技で、大きく手を振り舞っている。そんなη少将を見て加賀はとても冷たい目で見ている。その反応であっているのだが、本心が追いついていない。

 

(あああ、ど、どうすればいいのかしら。えっと、えっと、η提督を休憩室に連れていく方がいいのだけれど、中将がお見えになっている手前、先に案内するべきでもあるはず。赤城さんならどうしますか)

 

と考えていることが手にとって分かる、らしい。η少将はついでに、最上階に憲兵がいる部屋がθ中将の部屋であることを言った。

 

「ガアアッ、栄光の一航戦のかの付く方の手がなければ助からないだろうッ」

 

そう言って船内をのたうち回る。うわぁ流石に引く。というかいい大人がよくそこまでやるよ。ここまでくると加賀が可哀想なので、目配せして奇行を止めるよう加賀に伝える。

 

「η提督、起き上がってください。とりあえず休憩室へ向かいましょう」

 

「加賀は気が利くね。ありがとう」

 

そう言ってこちらを睨む。やりすぎだと口パクをして、最上階を目指す。エレベーターを使い最上階を押そうとしたところで、その一つ下の階にずらす。

 

「なるほど、そういうことか」

 

η少将があの奇行にはしった理由、それは憲兵を下の階に集めるため。つまり、最上階に声が届かないにしてもこれはη少将の船のため、近くの憲兵はη少将のもとへ向かう。

 

そうすると彼の使う部屋が開くことになるので、ここまで運んできた白露をそこに置くことができる。荷物用エレベーターを使い白露をこの階まで上げ、彼の部屋をノックして入る。

 

「やあ少尉くん元気にしているかい。って寝ているのか。では」

 

わざわざにこやかに入ったが、少尉が寝ているため意味がなくなってしまった。普通ならば尉官を剥奪し、艦娘の記憶を消して、一般人としていたところだが、どうせ消える運命だと思い不問にする。

 

無言で白露をベッドの上に乗せ、カーテンで仕切り開けるなの紙を貼る。こうすれば、憲兵も開けないだろうし少尉とは話すなと命令しているため、白露がいると知られることはないだろう。

 

そして、特別何もなかったかのようにエレベーターに乗り、最上階の客室に行く。

 

「よし、これであとは手筈通りに行けば、奴らの耳に入らずに消せる」

 

ニタァとした笑みを浮かべた。



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自然回復頼り

小さな倉庫はどう作ったのか分からないが、木材を使って等間隔に隙間があるものだ。木材って少なくとも一日じゃ作れなかったような…?

 

そして中にはドラム缶のようなものと、箱ごとに分けられた弾、奇妙な石ころと寝かせた鋼材がある。

 

「弾と鋼材は分かる。…が、この石とドラム缶はなんだ?」

 

ドラム缶のようなものを開けると、黒い液体が半分くらい入ってある。どろっとしている。よくわからないため蓋を戻し、白露を起こすことにする。

 

似たような見た目をしていることの「化け物」感はまだ抜けないが、こうして見るとかわいい女子高生な感じがする。

 

肩を揺すって起こすと、クワッと目を開いて跳ね起きる。すると寝ぼけているのか意味もわからないことを言い始めた。

 

「あれ、いま何時?!あっ制服のまま寝ちゃってる!むむむ、私がいる…」

 

リアクションがすごい(小並感)。何というか、朝から元気だな。

 

それはさておき、白露はようやく覚醒したらしく、現状把握…完了と納得顔である。まあ旅先の旅館とかだとそうなるよね。

 

「起きたてで悪いんだが、あの倉庫どうなってんの?」

 

「あっできたんだね」

 

そう言って倉庫まで走り、ドラム缶を開けて中身を見る。そして艤装を取り出しているので、何をする気か、と思って倉庫にダッシュする。

 

すると白露は空中を浮いてきた容器を取り、液体をその中に注いで飲み始める。

 

「えっそれ飲めんの?」

 

「そーだよ。あたし達はこの燃料と弾薬さえあれば動いて戦えるんだ。食事はいっちばん楽しいからときどき食べるだけ」

 

なるほど、だから食事がいらないのか。とはいかない。いくら駆逐艦白露の魂なるものを受け継いでいるからといって、人間の体、とは一概に言えないが見た目こそ同じなのだから栄養が必要になると考えるほうが普通である。

 

そもそも戦うというのもパッとしない。おそらくその銃で戦うのだろうが、海の上でまともに狙えるほど自然は優しくなければ、弾丸にあたってしまえば軽症では済まず最悪死に至るだろう。

 

そんな命がいくつもあるわけでもなく、栄養も摂らなくても生きられるとは思わない。

 

但し、普通の人間ならば。そう分かるのは白露のある一言だった。

 

「あたしは、艦娘だからね」

 

艦娘だから人間じゃないから必要ないのか?その見た目をしていておかしいだろ。

 

そんな義憤―要らない怒りを感じている頭に水がかかった。びっくりして振り向くとボコボコになり凹んでいるバケツが宙に浮いている。

 

おそらく漂流物だろう。白露が持ってきた緑色のものとは違うバケツで、少し速めに動いている。

 

『きゃーきゃー』『にげろにげろー』『にげちゃだめだにげちゃだめだ…』

 

妖精たちのしわざか。そう思っていると同じくびしょ濡れになった白露が駆けていく。

 

「よぉーし、はりきって捕まえるよー」

 

おそらく妖精達を捕まえながら走り回っている。何も知らない人が見るとちょっと危ない人である。頭に水をかぶりちょっと冷えた頭の上で、いつもと同じ感覚がくる。

 

『少々荒業だけど、冷えたかな?』

 

「…妖精、今どうやって頭の上に乗った?」

 

『冷えたようだね』

 

すみません。ちゃんと会話の歯車合わせてください。

 

『私はその考え方は好ましいけど、ここを失わないようにしてね』

 

理由を聞く前に妖精は頭の上から消え、どこかに行ってしまった。食事に関して何も言わなかったってことは、現状維持でいいということだろうか。



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艦娘白露とは

試し書き


提督「なあ白露、それって美味しいのか?」

 

白露「う〜ん、歯ごたえはあるけど、美味しくはないかな。食べてみる?」バリバリ

 

提督「い、いや遠慮しとく」(そりゃ弾薬食べてたら聞くだろ)

 

白露「そう?…うん、完璧」

 

提督「艤装なんか出して、どこに行くんだ?」

 

白露「長距離練習航海に行くんだ。弾薬とか少しでも増やしたほうが良いしね」

 

提督「でもそれで燃料と弾薬使ったら意味ないんじゃね?」

 

白露「」

 

白露「使った以上に増やすからぁ」

 

提督「でもなんかあれ、少しずつ増えてるよな」

 

白露「」

 

白露「いや、θ中将さんがよくやってたし…」

 

提督「こことだいぶ環境が違うと思うんだが」

 

白露「」グハァ

 

提督(何も考えずに行ってたのかよ…いやしかし、θ中将だって何か考えての行動か?)

 

提督「そもそも、艦娘ってのはどういう存在なんだ?」

 

提督(あれ?なんか雰囲気が変わった?重い…)

 

白露「…昔に、とてもたくさんの人が死んじゃったことがあったんだ」

 

提督「あれ?話伝わってるか?」

 

白露「最後まで聞いてて。…それでね、その中のある人たちはあたしの、正確には記憶のあたしの、上に乗っていたんだ」

 

提督「上に、乗る?」

 

白露「提督はさ、あたし達の根本の部分は何でできているか知ってる?」

 

提督「噂だと、船の魂だとか」

 

白露「そう、あたしは駆逐艦白露の魂からできてる。その船は魚を釣ったり、世界中を旅したりはしない。ある意味、世界中には行ってる人もいるんだけどね。あたしは戦う船だった」

 

提督「ちょっと待て、それだと白露はあの…」

 

白露「そう、太平洋で戦ってたんだよ。けどちょっとドジしちゃってね、沈んじゃったんだ。海の中は深くて上でみんなが戦っているのを見上げてたんだ」

 

提督「じゃあ一度死んだ記憶があるのか?」

 

白露「死んだ、とはちょっと違うんだけどね、それで改めて今、その駆逐艦が国を守れるようになって生まれ変わったんだ。この姿もあたしのイメージした姿で、だから艦娘の白露はみんな似たような姿なんだよ」

 

提督「そう、か」

 

提督(聞いて悪かった、とは死んでも言えない。思い出すことが辛い?だから謝る?それは絶対にない。あくまでそれは過去にやった事を否定しているに過ぎない。ならば俺は意思を尊重する)

 

提督「ってことは国を守るために生まれてきたってことでいいのか?」

 

白露「うん、母国を護るために艦娘となったんだと思う。艦娘もそんな存在だと思う」

 

提督「じゃあ、その艦娘は何人もいたほうがいいな。それはさておき、駆逐艦ってなんだ?」

 

白露「えっあたしは艦隊型駆逐艦っていって軍縮条約の条約型駆逐艦より改良された駆逐艦で、大和さんとか長門さんは知ってるのかな。その戦艦よりももっと小さくて速い船なんだ。本当は潜水艦を倒すためだったらしいけど、海上で砲を打ったり、魚雷っていうものを使ったりしたんだ」

 

提督「じゃあ白露もその魚雷?を使ったり、砲撃ができるたりするのか?」

 

白露「もっちろん。今持ってるのが12.7cm連装砲と61cm四連装魚雷なんだ。資材使って新しいのも作れるけど作ってこようか?」

 

提督「よくわからないけど、よろしく」

 

白露「じゃあ妖精さん、開発するよ、手伝って」



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初めての装備

沈んだ船の魂ってどういうことだ。つまり、今いる白露は幽霊ってことでいいのだろうか。しかしそうなると俺も幽霊と言うことになる。

 

白露のような艦娘は船が人の形を模して、「化けて」出てきたということなのだ。だからあながち「化け物」と呼ぶのは間違っていないかもしれない。

 

そうなると、その人間の形を模した船、その形に成った死んだ人間と言うことになる。ということは、周りから見れば化けて出たもので「化け物」と呼ばれても致し方ない。

 

ボサっと何かを作っている白露を見ながら、先の話を振り返る。かの大戦―第二次世界大戦の最中、太平洋戦争と子供の頃習った記憶が蘇る。

 

あの時を生きた記憶がある、ということは人間では年を取り過ぎてまともに言えない。だから戦争を知らない若輩が勝手にわかった気になって伝えている。

 

それを本当に知っている船が伝えられる。何百何千人の行動を知っている。きっと艦娘が既知されれば多くの子どもに、なにかしら戦争がだめな理由を教えられるだろう。

 

なぜそれをしないのか。勝手な想像だが危ないのではないだろうか。それこそ、妄想だが最悪の場合、深海棲艦と同時に現れた、とすれば艦娘が未知の理由に納得いく。

 

艦娘が人間を守るとされているが、確証がない。深海棲艦と同時出現の場合、艦娘は深海棲艦なのかもしれない。そうなってもおかしくない。

 

そもそもθ中将がここに俺を連れてきた理由は何だろうか。厄介払いなのはわかるが、そんなことをする必要があるのか。中将という階級である。正直、暗殺の1つや2つはしているイメージだ。

 

「やっと1個完成!」

 

そう言って何かを持ってくるのは白露である。奥には何箱か空の箱が見える。そして見て分かるくらいに減っている資材たち。

 

「どんだけ失敗してんだよ」

 

「過去は気にしなーい」

 

手に持っているものを見せつけながら

 

「これは22号対水上電探だね、これで敵艦の位置が分かるよ」

 

「なるほど、海上で使うのか?」

 

「そうなんだけど、あたしはこれ以上装備できないんだよね。改とかに成ったら話は違うんだけどね」

 

かい?貝…海!でも海ってどういうことだ?

 

「ちなみに改は改造の改ね」

 

「アッハイ」

 

「もうちょっと作ろうかと思ってたけど、夕方なんだよね。夜は暗いしパパッと食べて寝よう!」

 

そう言って妖精に号令をかける。妖精達が集まると声がわかるようになったため、ちょっとうるさい。木に火がつきどこからとってきたのかわからない魚と木の実を火にかける。

 

『しんださかなの、めをしてる♪』『それは、おさかなさんだから♫』『すべてのせいをこんとんのやみへとだらくせよ』

 

なんかひとり違う…。そして、今回は白露も食べるのか食事の用意をしている。もっとも、弾薬と燃料を倉庫に戻すだけだが。

 

妖精の力かは分からないが、焼き上がった海と山の幸を食べる。2日目もようやく終わった。船が来るとしたらあと8日だ。



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夜と明日の味

ブルーシートの上に寝転び、目を閉じる。今日は何もしていなかったが、少し眠気がある。しかし、おそらく白露のほうが工作していた分寝るのが早いだろう。

 

ガサガサとブルーシートがめくれる音がする。光のある場所じゃなければ、月だけで誰かをわかるほど夜の闇は明るくない。

 

とりあえず動かないようにしていると、頭に何かが乗った。いつもとは違い、白露の手だった。頭を撫でる手はまるで姉のような安定感を感じる。

 

「ごめんね、きっと提督のほうが辛いはずなのに、過去のあたしの話をしちゃって。あたしと関わったせいでこんな島に連れてこられて、あたしと関わったせいで同じ見た目になって」

 

そうやって白露は紡ぎ出した。

 

「あたしね、分かるんだ。提督が敵意を持っているか、逆にどれだけあたし達のことを思っているのか。提督がこの島に来てからあたしを怖がっていたり、あたしの気持ちを考えてくれたりしてたの少しだけ知ってるんだ」

 

何が言いたい。感情が分かってそれに共感できる者がいるならば、俺の常識がねじ切れるぞ。白露の手は少し強く俺の髪の毛を握っている。

 

「あたしは…ううん、提督も疲れてるんだよね。気持ちが混じり合っていて、きっとそれは辛いよね」

 

…確かにそうかもしれない。全くもって一貫した考えがなく、白露に対して「化け物」としたり、艦娘と呼ばれる人間としていたり。

 

「寝ている人にこんなこと言っても意味無いよね。こんな弱音吐いちゃだめだよね」

 

こんなシリアスな場面でそれ言うとワケアリの裏切りをしそうなんだが。えっ大丈夫だよね。

 

頭の上から手がどけられ、白露は寝る位置に戻った。寝る直前にシリアスチックな苦い思い出ができ、よく分からないまま寝ようとしたが

 

「あ?」

 

突然砂浜の方で爆発音が聞こえた。音の方向に目を向けると、点々と炎があることが分かる。何が起きたかわからないでいると、隣で白露が立った気配がした。

 

「提督、起きた?ちょっと待ってて倒してくるから」

 

そう言って白露は走り出していった。

 

(倒す?倒すっていうことは深海棲艦か?1日目は現れなかったのになぜ今更?)

 

『提督、今あっちの方に深海棲艦が現れたよ』

 

そう言って肩の上に立っているのは妖精だ。

 

「あっちと言われても分からないんだが」

 

妖精が見えれば話は楽なんだけどな、と思いつつ寝転がる。どうせ俺にできることはなく、心配するだけ無駄である。

 

白露は艦娘で、海の上を渡り見たことないが砲撃も雷撃もできるらしい。俺にできることは何もない。

 

『提督、なんで寝てるの。やることはあるでしょ』

 

「特別なにかあるわけじゃないだろ」

 

『あるよ。もし、先の砲撃に白露が当たったらどうなると思う?』

 

当たったら痛そうというか死にそうだが、艦娘は艤装をつけると硬くなるらしいから、死なないのだろうか。

 

『ここは入渠できないから、傷つけば治せないんだよ。あの高速修復剤を帰ってきたら渡すとか、やることあるよ』

 

なるほど、あのバケツはそのときに使うのか。立ち上がって倉庫の方に向かおうとする。暗くてもそれなりに分かるので、足場に気をつければ問題ない。

 

『それとも、提督も行く?海に』

 

「えっ?」




寝床の図
―――――― ←ブルーシート
  |
  |    ←仕切り用ブルーシート
―――――― ←ブルーシート
角には紐で吊っている。
こんな感じで分かりやすいでしょうか。


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少尉抜錨す!

「は?俺も海を行くのか?」

 

『そうそう、提督ならそれぐらいの気概を見せてよ』

 

そもそも提督にされただけで、兵術も何も知らないのだが…。それはさておき、海の上に浮くことが可能なのだろうか。

 

おそらく船の魂があることが艦娘が海を滑ることのできる理由だと思っている。普通の人間には到底できる芸当ではない。

 

しかも白露は結構速く動いている。波の上であの速度を出せるほど、この体の体幹は強くはない。根性論でどうにかできるわけではないぐらい、妖精だったら分かっているはずだ。

 

『普通の人だったら私もこんなことは言わない。でも、提督は白露さんの体を持っている。つまり、艤装は物理的に使えるということ』

 

そう言っていると騒がしい音が聞こえる。

 

『よいしょよいしょ』『えっこらひっこら』『お、おらにげんき、わけてくれぇ』

 

運ばれてきたのはライトアップされた白露の艤装である。しかし、連装砲や魚雷はついておらず、背負うものと足のものだけである。

 

『勝手に建造して、あとは白露さんの魂を呼び出すだけなんだけど、即戦力にはならない。そういう意味だと改造できる状態のほうが、戦力として優秀だと思う』

 

つまり妖精の言い分はこうだ、生まれたての白露を死地に送るより、武器を捨て軽量化した速い駆逐艦のほうが遥かに優秀だろう。

 

「いやいや、ちょっと待て。俺は人間であいつは艦娘だ。艤装をつければ強く固くなる艦娘と違って、人間にそんなことは起きない」

 

『だから、武器がない』

 

「じゃあ攻撃できないし、戦力になってないんじゃ」

 

『今は夜だから、撹乱するだけでも十分効果がある。それに海上では、妖精が扶けるからちゃんと走れるはず』

 

ええ、俺にあんな化け物じみたことをやれっていうのかよ。

 

『ああ、もう!そういう自己中の人間がいることが私は気に食わない。わざわざ逃げたのに、ここすら人間の手の内だっていうの?!』

 

『たいちょうがおこってるー』『あすはやりがふるー』『ざ·わーるど』

 

妖精に怒られた。逃げてきたってどういうことだ?自己中ってそんなに自己中だっただろうか。解らない。

 

『そんな人間、全員いなくなってっ!みんなっ人間に艤装をつけて、白露さんを助けて』

 

解らない。なぜ、艦娘を艦娘として、化け物として、怒られなければならないのか。解らない。なぜ、艦娘を助けるのか、奴らは兵士だろう。解らない。

 

『ばつびょう』『しゅつげき』『さあ、おれをたのしませてくれ』

 

解らない解らない解らない解らない解らない解らない。

 

波に揺られ、冷たい風にあたり、何も見えない暗闇を妖精たちは見えているかのように進んでいく。俺が操作しないから楽に操作できるのだろうか。

 

頭をよぎる思考はすぐさま消え失せ、別の悩みに塗り変わる。

 

解らない。




簡易関係図
            提督
       化け物↙    ↘頼れる
          
 護る対象↗       人間は総じて嫌い↖
   白露→まとめ役で頼りになる    妖精
      艦娘さんだから無条件の救済←


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鎮守府正面海域

夜の海は真っ黒で目隠ししているような感覚がある。そういう場所だと考えることに集中できてしまう。

 

なぜ、俺は怒られたのか。なぜ、俺はここにいるのか。なぜ、俺は白露を助けようとしているのか。なぜ、俺はあの島につれてこられたのか。

 

考えるというと語弊を生んでしまうだろう。実際には考えてはおらず、ただ、醜く自分を追い詰めているだけである。そのことには気づかない。

 

爆発するような光が見えた気がした。その後花火のように遅れて音がやってきた。その一瞬の光で妖精らは判断したのだろうか。

 

『しらつゆさんが』『たいはしてる』『おれはおこったぞー』

 

白露の姿は見えないが、妖精達がそう言っているならそうなのだろう。ふとすると、目と鼻の先に白露の顔があった。

 

「て、提督?…なんで?」

 

来たのか。そう続く言葉が出る前に敵側の砲撃が始まる。俺は咄嗟のことに動けず、目を瞑った。

 

『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『ひかりのせんしにやどりしそのたましいの…ヒデブッ』

 

「ガッフ」

 

狙いは正確で、不思議パワーのバリアをも容易く貫き、近くで爆発した。しかし、火傷もなければ、ただ飛ばされたような衝撃があっただけ。

 

「だ、大丈夫、かな…」

 

白露が庇っていた。見れば腕は一本なくなり、腹からは腸がたれている。今の衝撃で背中にもひどい傷ができ、血がたれている。

 

「白露、お前もう戻れよ」

 

俺としては気づかったつもりだった。同情や共感というものを断っていた俺が、気遣ったのだ。相当疲れていることが分かった。

 

「それは、てい…提督のためになれないから、かな。まだ、た、戦える。護れるよ」

 

だから逃げて、と押す手には力がなく。勝って守るではなく、囮になって守るということだろうか。それでは助けに来たのに本末転倒だろう。

 

「いや、俺は…」

 

本当にそうだろうか。本当に俺は助けに来たのだろうか。妖精に追い出されてそれを隠すために助けに来た、という口実ではないのだろうか。

 

「勝て、ないよ。…確かに勝てない。でも、あたしの任務は、…お国を護ること」

 

また、砲撃が始まった。しかし、全部外れていき、ダメージはない。

 

「提督、にげて」

 

白露に懇願される。きっと泣いてはいない。内臓が壊れたとき、泣くと痛くなる辛さは分かる。でも、ここで逃げることのできるほど、俺の肝は座ってはいない。

 

もっと打算的に考えろ。白露が逃げなければ、俺が逃げれる。俺が逃げた場合、その先に行き着くのはなんだ?孤独死か餓死だろうか。

 

白露が逃げた場合、俺はここに残ることになる。足が壊れてないところを見るに、回避をし続けたのだろうか。ならば、あの島までもそう長くはかかるまい。

 

あの島には「バケツ」がある。完全復活の後、助けてもらうことも可能だろう。問題は白露を逃がせるかどうかと、戻るまで生き残れるかどうかである。

 

「よし、白露、5分で行けるか?」

 

「島まで?お、往復ならもう少し…」

 

「分かった、未来のことは考えんなよ。過去か今だけ考えて、帰ってこい」

 

フラグ的な意味もあるが、単純に任されるときはこうした方がいい。心配が消えれば、行動は早くなるから。

 

「…」

 

無言で走っていく白露を見送ったあと、おそらく敵のいる方に体を向ける。

 

「さて、避けるか、死ぬかか」 

 

『てきじょうほうかくてい』『じゅうじゅんです』『うそだぁ』

 

「重巡ってのは?」

 

『ちょーつよい』『やばいくらいつよい』『うそだどんどこどん』

 

えっまじで、あんだけ啖呵きっといていうのあれだけど

 

「白露、まじ早く帰ってきて」

 

『じゅうじゅんねきゅう』『きょりをあけろー』『なん…だと…』



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ボス重巡ネ級

動き回るのは完全に妖精らに任せてる。俺の役目はあくまで的。囮ではなく的である。

 

囮とは逃げる逃がすの信頼関係があればできることで、誰かが戻ってくればその関係は信頼ではない。信頼関係とは期待外れでも落胆しなければしないほど強くなる。

 

その式が成り立つならば、俺は白露に勝手に期待をかけて勝手に落胆するだけである。だから、囮ではなく的である。

 

物理的なもので見ても、攻撃手段がなければ引きつけることもできず、囮にすらならない。しかし、的となれるのは、俺が相手にとって倒すものだからである。

 

海の上を大きく右回りに滑っていると、左から光と大きな音が立て続けに来た。しかし砲弾は俺が数秒前にいた場所に落ちる。

 

「なんであっちは俺の場所が分かるんだ?」

 

そう愚痴りたくもなる。なぜなら、見えるのはそこら中の闇だけ、相手の体が見えることなどない。もし、艦娘の目が人間と同じならば、なぜわかるのだろうか。

 

推量として1つ目は艦娘と同じように妖精に似たものがあること。2つ目は電探を積んでいること。最悪としては視認していること。

 

2隻が同時にいた数秒を見ていたなら、あくまで追いかけるのは死にかけのほうだろう。妖精を持っているならこちらも結構近づかないとわからなかったため、この距離でわかるとは思わない。

 

電探を積んでいた場合、2隻いた事はわかっても近くに攻撃する必要がある。電探がどのくらい情報を持てるかわからないため、推量でしかない。

 

「でも、」

 

でもきっと、ずっと俺の後ろを撃っているところを見るに、白露の速さでなれていると考えるべきだろう。これなら、再生可能な白露を利用すればどうにかでかるかもしれない。

 

白露は絶対轟沈させてはいけないが、逆に言えば相手の弾薬が尽きるまで耐えきれば轟沈させることはなくなる。そこからあとは簡単だ、この島に残る必要はなく、この艤装を使って出ていくだけである。

 

しかし、この世はそんなに甘くない。それをよく知っているのは俺自身だっただろう。

 

「あっ」

 

海面を滑る用の艤装に至近弾を受け、足が海面から浮き上がり26ノットで転げる。その速度で当たれば水面は固くなり、おそらく足と腕の骨が折れた。

 

まともに泳げない状態、浮くことだけでも精一杯の状態。止まってしまった的に当てることは難しくない。そして、最期の砲撃が響いた。

 

『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『とまるんじゃねぇぞ…』

 

「――――」

 

―――――――――

――――――

 

そろそろ5分経った。相手は中破でまともな攻撃ができない。ほぼカスダメのため、安心して動ける。重巡といえど、流石に勝てるだろうか。

 

「提督ー!」

 

そう言って近づいてくるのは白露だ。

 

「じゃ、逃げるよ!妖精さん、魚雷八本を扇状に投射ッ」

 

そして、最高速度で島に帰った。



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三日目の朝日

「はぁ、なんかくっそ疲れた」

 

小島についた俺と白露は艤装を外し、砂浜に座る。空は少し明るみを帯びてきて、そろそろ朝が来ることが感じられる。

 

まじか、俺徹夜して戦ったのか。昔の俺に感嘆と疲労を感じつつ、その朝日を眺める。徹夜明けには眩しすぎる光だ。

 

「私達艦娘がさ、やっぱ嬉しいと思うのはこういう時なんだよね。暁が水平線を超えている頃に生きていれば、勝利なんだよ。日常も好きだけどさ」

 

逃げてきて勝利なのだろうか、生きていれば勝利とは価値観が違うことが感じられる。艦娘の方が、死と隣り合わせであることが物理的に感じることができるとか…?そういう理由で、生きるというものを実感しているのだろうか。

 

『提督、さっきの私は取り乱していて、あんなことを言ってしまった。死地に送るという、最悪のことをしてしまったことを、謝らせてほしい』

 

そう言っているのは、妖精らの中だと突出した語彙力を持ついつもの妖精だ。今思えば、ここまで流暢に日本語が使えている妖精はまだいない。

 

「別に妖精が白露を大事にしていることが分かっただけだ。そこに謝る必要はない、と思うが?それに多分妖精は昔になんかあったから、言ったんだろ?」

 

『うん…そう。実はね…』

 

そう言って語り始めようとする。俺も聞いておきたいのは確かだが、流石に徹夜で体を動かせば疲れる。白露が何ともなってないのには驚きだが、人間にはきつかったのだと思う。

 

「あー悪いな。流石に疲れたから寝ていいか?正直、目を瞑ったら絶対寝れるってぐらいヤバいから」

 

そう言ってブルーシートの方に行き、寝転がる。そして、青タヌキのところの早寝の5年生と張り合えるレベルで眠った。

 

――――――――――――

―――――――――

――――――

 

「なん、だ、ここは?」

 

多量のドラム缶が積んであるレンガづくりの倉庫を片目に、ちょこまかと動き回るのはたくさんの人形である。まるで生きているかのような機械的でない動きで、弾薬を運んでいたり、ボーキサイトを運んでいたりしている。

 

その奥には大小の艤装が並び、次々と人の身が現れる。同じ艦娘だとしても白露より小さいのもいれば大きいのもいる。

 

人になるとその倉庫に入ってきた女性が声をかけ、それについていくように倉庫をあとにする。

 

「とりあえずついていくか」

 

レンガづくりの一際大きい建物に入り、数多くあるドアの中で、高級そうなものの前で止まり先頭の女性がノックをする。

 

返事が返ってきたためドアを開け、艦娘全員で中にはいる。そこには紋章のたくさんついた白い軍服を着ている人がいて、艦娘らに書類を渡していた。

 

書類には特に情報はなく、AかBかCかを書かれたものだ。すぐに解散になり、艦娘らは文句を言っている。そこで、目の前は真っ黒になった。

 

画面が切り替わるように、Aの紙を持った艦娘が集まる場所になった。しかし、そこでの音は背中に寒気が走る金属音。カーンカーンカーンと一定のリズムで叩かれる。似たような人が並んでいたのは気のせいだろうか。

 

また切り替わり、次はBの紙を持った艦娘の行く場所である。そこでは何故か、6人で入ったのに一人しか出てこなかった。他の艦娘が入るときにはすでに中には誰もおらず、不気味な感じだ。

 

予想していた通り、Cの紙を持った艦娘である。そこは海の上で、いろんな艦娘が出入りしていて、そのうちの一人に乗ってみれば、人に似た形のした青白い何かがいる。

 

弓を引いたり、どでかい砲を撃っていたり、中破だったり大破だったり言っている。そして、泣きながら進み沈んでいった。

 

――――――――――――

―――――――――

――――――

 

「はぁッはぁッ。今のは…?」

 

太陽はちょうど真上にいて、白露と白露を囲う人形がたくさんいる。ちょっと待てまだ夢なのだろうか。

 

 



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自我持ち妖精

『あっ起きたんだね』

 

そう言って近づいてくるのは、青髪おさげの作業服を着た人形だ。まるで、この声の主と同じ動作をしているような動きをする。

 

「なあ妖精。ここに人形がいるんだが、俺が寝ている間に何が起きた?」

 

『人形とはひどいな。私は妖精だよ』

 

怒ったポーズを取る人形がいる。何故かどこかで見た気のする形だ。ここ二日間の記憶を探る。

 

「あっ思い出した」

 

そう言ってブルーシートの近くを見渡す。確か、妖精の言葉が聞こえなかったときに、模写してもらった絵があったはずだ。

 

ようやく見つけ、人形と見比べる。なるほど、よく似ている。というより、完全一致だ。つまり、この人形が妖精ということか。なんとなく羽の生えたものと想像していたが違ったようだ。

 

妖精だと思うと、人形の束の中ではしゃいでいる白露も微笑ましい。そして誰も予想していなかった突然の雨。白露はブルーシートの下に潜ってきた。

 

「提督も起きたんだね。あたしもついさっき起きたばかりなんだよ」

 

水を払いながらブルーシートに座る。そして、同じ方向を向いていた。木に当たる雨が、海に入る雨が、次々と水しぶきを上げる。

 

あー、なんかこういうタイプのしんみりした時間は好きだ。こうなんて言うんだろ、とにかく落ち着いていられる。

 

『ちょうどいいから今、話していいかな』

 

その空気を遮るのは青髪おさげの妖精である。言わずもがな、言いたい話題はわかる。妖精の過去だろう。そして、あの夢で見た人形と似ている点からして、あの夢が妖精の過去だろう。

 

「妖精のいた鎮守府って、艦娘を三種類に分けるか?」

 

『!』

 

さも驚いたような顔をする。どうやら、予想的中のようだ。考えればわかることだった。艦娘を建造できるものがいて、それを使わない理由はない。

 

無限に生成される戦力を為すことのできる妖精。ただの人間が見てもどんどんと轟沈、解体される艦娘には人権がなく見える。

 

『そう、それが私の記憶。ずっと頭に乗っていたのは心地よかったのもあるけど、脳の開発も兼ねていたんだ。ついでにそれが見えたのなら、間がいい』

 

流石にそれはわからねぇよ。なんだよ、親愛と勘違いして意味もわからず嫌われたと思った俺の心を返せ。いえ、何でもないです。

 

『私はあそこで艦娘と人間の扱いの違いを知った。それで、私は、私達はあの鎮守府を抜け出して、ここに来たんだ。…だから、君たちが来たときには、ついにここも人間の支配下になると、覚悟したんだ』

 

『でも違った。君たちも人間に連れてこられたのだろう?それが分かったから、この人たちとは仲良くできそうだと思ったよ。まさか提督が人間だとは思わなかったからね』

 

それで今に至る、と締めくくり妖精は話すのをやめる。そうか、妖精は人間が嫌いだったのか。それはまた、艦娘とは相対する関係になる。好きを取るか嫌いを取るかの違いである。

 

「あたし、そのニュース知ってるよ。一夜にして妖精さんがいなくなったから、その鎮守府の調査が行われてね。艦娘と提督との関係が改善されたって話。でも、それ随分前じゃない?」

 

『うん、多分3年前かな』

 

『でも、良くなったんだ。それは良かった』



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現状紹介と補足説明

少尉/提督

 

元男でトラックに轢かれTSした。死んだあとは海軍所属となり、θ中将によりおよそ4000km程離れた小島に置いてこられた。白露と同じ見た目をし、妖精に触ったり、声を聞いたりできる。もちろん視れる。

 

白露

 

元θ中将の艦娘。長距離練習航海で練度上げを行っていて、外出許可を出した日に少尉とトラックに轢かれる。艤装を展開していたため、トラックが潰れることになった。そこから海軍病院に届け、気を失い気づけば小島で少尉と置いてけぼりにされた。

 

小島

 

一番近い島はη島で深海棲艦との激戦区域。とはいえ何もないのでほとんど無視されている島。崖側では満潮から干潮になるときに魚が時々入る水たまりと、巻き貝等の群生地となる。どちらかというと熱帯寄り。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

θ中将/提督

 

海軍所属の中将。周りからの評価として堅い人物とされる。η少将と話しているところを見かける尉官や佐官、艦娘は毎回青ざめる模様。最近は問題を起こしたη少将をかばって上から目をつけられることになる。

海軍内の4大派閥の内の一角、戦争で完勝する派の中枢的存在の一人。現秘書官は島風。艦娘にとっては鎮守府内のものを壊したお仕置き部屋という認識になっている。駆逐艦がよく秘書官をしているため、ロリコンという噂もされる。

 

η少将/提督

 

海軍所属の少将。もともと中将で艦娘の私物化と洗脳が露見し、θ中将のはたらきにより少将への降格と鎮守府の異動、つまり左遷でゆるされた。その際ケッコンカッコカリしている赤城だけはついていくことになった。現秘書官は加賀。

 

θ鎮守府の艦娘

 

航空機を扱う艦娘は所属せず、戦艦は海戦の華を地で行く。数多くの艦娘がいる。

 

η鎮守府の艦娘

 

空母が主力で戦う。海域によっては航空戦艦や軽巡が戦う。重巡だけ未所属。

 

α中尉/提督

 

η少将の部下でθ中将へ伝言を預かった。ちなみにトンボ帰りである。基本、佐官ぐらいから一人の艦娘が練習として配られる。しかし、妖精が視えるし触れるしで、コミュニケーションがとれるため、提督適性有りとして提督となる。妖精が分かると建造がしやすいなどで戦力増強がはかれるため、戦略や戦術だけを知る将官や佐官と同じぐらい活躍が見込める。そのため、提督に成れる。現秘書艦は電。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

艦娘

 

妖精脱走事件により地位向上をした。それまでは大破進撃や憲兵の力が及ばないなど、扱いがひどかったが某事件により改善された。それにより、尉官や佐官の大半は無視をするようになり、将官以上でないと提督以外で話すことが出来なくなった。無視をする効果はその程度の階級とは話さないという姿勢により、将官の庇護下に入ること。わたしはそんなタマじゃないわ、ということ。しかし無条件で護るのは人と国。

 

妖精さん

 

建造もできるし、料理もできるしで万能な謎のもの。妖精さんパワーを操り何かと不思議なことを起こす。戦闘に関しては妖精さんバリアやガードでダメージ軽減して、艦娘の負担を減らす。艦娘は守る。

 

提督

 

艦娘に色々させることのできる権力者。建造だったり開発だったり。しかし、やりすぎると上から潰される。派閥争いをしていて

1戦争で完勝

2深海棲艦との和平

3戦争による利益

4艦娘を終わらせる

の4つが主である。

 

建造の設定

 

建造には各資源が必要で、妖精の意思によって作られる艤装が違い、艤装によって呼び出される艦娘が違う。船の魂の一部が人の身をイメージして、船の望んだ人形の艦娘となる。

 

深海棲艦

 

船に乗っていた人の魂の具現化したもの。駆逐イ級のように人の望んだ船になる。ある日艦娘が沈んでから人の形を模した船が人の魂と混同し生まれたのが人形の深海棲艦。



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一章視点変更版
白露型の長女


長いです。


おはようかな?こんにちはかな?一番艦の白露です。寝ている間に変なところに来たよ。見渡す限りの海、鎮守府もなく森と高台のある場所。

 

ここはどこ、あたしはだれ?といった感じに慌てていると、目の前の少尉にチョップを受けました。無視をしてもいいけど、二人だけなので話してみます。

 

「八つ当たりはだめだよぅ」

 

あくまで対等を装う少尉。艦娘と会話ができても嬉しそうな反応や、畏怖のようなものがないのです。村雨といたらどんな感じなのだろうか。村雨的にはどんな感じ?

 

「厄介払いじゃねーか!」

 

見た目とは裏腹にとても男性的な喋り方をしています。理由はわかっているため、不思議な感じはしても嫌悪感はないんだよ。

 

もちろん、休暇の時に助けた一般人なのは知っているため、その補正で普通の少尉より優先度が上なのもあるよ。あのトラックは大丈夫かな〜?

 

「とりあえず島の周りを歩いてくれ」

 

少尉から指示が出たよ。でも、もう妖精さんがたくさんいるため、この小島にどういうものがあるかとかは大体わかってる。

 

「妖精さん、小枝を集めてくれるかな?」

 

『わしらにまかせときーや』『きばっていくでー』『ほな、いってきますわ』

 

その間にあたしはいい感じの流木と、寝られる場所を作ります。艦娘のサバイバル術はとにかく艤装を隠して、仲間が来るのを待つことだけど、最も重要なのは国、その次に人のため、少尉さんを護らないといけないのです。

 

艦娘には食事と睡眠は必要ないけど、人には必要あるからね、仕方ないね。まずは艤装を取り出して、うまい具合に風を止めるよう木を配置します。完成です。

 

次にブルーシートを取ってきましょう。そのためには海岸沿いに走らなければいけません。

 

「いっちばーん!」

 

掛け声と共にブルーシートを探しに行きます。そうして、砂浜を駆けていると目的のものを発見しました。それを持って元の位置に戻ります。

 

元の位置には枝が敷並んでいて、妖精さんが戻っていました。

 

「お疲れ様。じゃあ火をつけるよ」

 

艤装を出して着火する。いい感じに燃えていき、焚き火が完成した。少尉さんを助けるためにはこれぐらいしないとねっ。

 

「なんで、火をつけたし」

 

しかし、焚き火を作ったことを怒られてしまいました。うっ、でもでも、少尉さんのためだし…。

 

「あっ。てへっ」

 

なるほどぉ、ここには木が少ないからね。でも、あたしは少尉さんの役に立たないといけないから、何かないかな?

 

「よし、じゃあ昼飯にしよう」

 

「あたしにできることある?いっちばん、頑張っちゃうよー!」

 

良かった、できそうなことあった。まだ、見捨てられるわけじゃないんだね。半袖をまくって動く準備をします。

 

「魚とr」

 

少尉さんがさかな…?を食べたいらしいです。魚なら海に行かないとね。サンマ取ったことあるし経験は十分っ。

 

「いや、服が濡れるし他を考える」

 

服はたしかに濡れるけど、じゃあ脱いじゃえばいいんじゃない?どうせあたしたち見た目同じだし、あまり恥ずかしくはないよ。

 

「じゃあ全部脱いじゃえば?」

 

別に泳げないわけでもないし、釣りは…。海は深いから魚は下の方にいるのかな、少なくとも手の届かない位置にいそう。

 

あれ?そうなると潜らないといけない…?潜るのは沈んだときだけがいいなぁ。

 

「潜るのはいちb…ちょっと苦手かな」

 

いやまぁ、潜れって言われたら潜るけどね。できれば潜りたくないので、代案を提示したいと思います。

 

「森の中なら大丈夫だよっ。妖精さんもいるし」

 

少し少尉さんが怪訝な顔をしています。どうしちゃったんだろ?もしかして、妖精さんを知らない?見えてないのかな。

 

「あっ妖精さんっていうのはね」

 

砂浜の上にいた妖精さんのうち一人を持ち上げて、見せてあげました。でも視えてないらしく、少尉さんの手のひらに乗せてあげると、少尉さんは妖精さんと遊び始めてます。

 

「妖精さんたち、食べられそうなもの持ってきてくれないかな」

 

『わかったで、じょうちゃん』『わいらのちから、みせちゃるで』『ほな、いってきますわ』

 

そう言うと散り散りと行ってくれました。

 

「うん…よしッ。少尉さん、妖精さん達が食事を用意してくれるって。あたしは寝られるところ、作ってくるから、そこに座ってて」

 

ブルーシートを使って雨風を凌ぐ用の屋根と、砂の上で寝るのは嫌だからという理由の床用を作ります。床用は敷いて端に石を置くだけです。屋根は近くの蔓で木と巻きつけて、少し斜めにします。

 

艤装を取り出すことで力の出力をアップして、固く結びつけます。けど、ピンと張るのは…むむ、難しい…。

 

そして、なぜだか、後ろからすごく怖がられている気配を感じます。冷や汗が止まらないよっ。うひゃぁ、なんか近づいてきた。

 

「なにか手伝おうか?」

 

なんだよぉおどかさないでよ、もうっ。気が抜けて艤装を消してしまいました。いけないいけない。でも、もうほとんど完成形。

 

「じゃあ、そこの端っこ引っ張って」

 

ここをこうして…よし。

 

「完!成!やったぁ」

 

少尉さんに向けて手を高く上げます。すると、少尉さんはハイタッチに応えてくれました。これで、あたしの今日やることは終わりました。

 

終わってみるといろいろやっていないことを思い出します。例えば

 

「そういえばあたしたち自己紹介してないね」

 

「そうだな」

 

ここに来てから一度も名前を呼んでもらったことがありません。あたしも、服装で少尉さんってわかるだけです。

 

「一番はあたし!白露型駆逐艦一番艦、「白露」です!はい、一番艦ですっ!少尉さんは?」

 

「ああ、少尉を貰った、あと提督?とか言うものも貰った」

 

少尉さん、それ自己紹介じゃないよ。あっでも一度助けられなかったから、生まれてからのものって言うとそれしかないのかなぁ。

 

「えっ少尉さんって提督なの?!」

 

あたしはすごい失礼なことをしていたようです。提督なのに少尉さん少尉さんって。でも、見た目は少尉さんだよね。妖精さんが見えれば少尉さんでも提督になるっていう特例は聞いたことあるけど、妖精さんが見えてるわけでもないし。

 

まあいいや、これからは提督って呼ぼう。そっちの方が自然に話せるしね。

 

「そもそも提督ってなんだ?」

 

「えっとね、あたし達のような艦を動かす司令官のことで、船長とかとは違うんだ。もっと多くの艦娘を動かすんだよ。だから少将さんとかじゃないとなれないはずなんだ」

 

ということはあたしが初期艦で秘書艦ってことでいいのかな。秘書艦の必要はなさそうだけど。ってことは今はあたしの提督だね。

 

「じゃ、じゃあ艦娘にとって提督ってどういう存在なんだ?」

 

う〜ん提督は提督かな。あっ、妖精さんが材料集めてくれたみたいです。料理の時間です。と言ってもあたしが作るわけじゃないんだけどね。

 

焚き火の近くに行って妖精さんの手伝いをします。例えば焚き火の火力を上げたり、大きなものをとってあげたり。

 

そして、ちゃんと出来上がりました。

 

「ご飯だよ〜」

 

何故か提督と一緒に妖精さんがいます。しかも木の枝を持った状態で。提督より先に食べてはいけないので、提督がいただきますをするまで待ちます。

 

でも、提督はそのまま食べ始めてしまいました。

 

「あっていとくぅ〜ダメだよぅ、ちゃんといただきますしないと。ねっ妖精さん。いただきまぁす」

 

熱々の貝を頬張ったり、きのみを食べたりして、昼餉を楽しみます。提督のためにやることはもうないはずだから、後は自分のためにやることだけ。

 

「そうだ、提督。あたし長距離練習航海に行ってくるよ」

 

弾薬がないと護れないからね。見たところ工廠の妖精さんもいるので、建造とかもできそうだし。

 

ごちそうさまをして、艤装を取り出して海に出ます。弾薬を取るためには、艤装に乗っている妖精さんが妖精さんパワーを使って資源の取れる場所に行くことが必要です。

 

資源も妖精さんパワーで作り出せます。仕組みはよくわからないです。でも、遠征にも敵艦と遭遇することがあります。特に辺境の海域だと特にそうです。

 

「まずは敵艦発見。駆逐イ級が2隻ね。砲撃はじめっ」

 

『わしのほうげき、かましたるで』『てきさんのあたまとったるで』『ほな、いってきますわ』

 

「…砲撃まであと十五秒」

 

敵艦が先に攻撃してきます。でも、イ級とは何度も戦ってるから当たらないよー。

 

「ってー!」

 

手に持っている12.7cm連装砲が爆発して、秒数計測を始めます。丁度計算通りに弾は爆発して、イ級は大破です。2隻目のイ級が攻撃してきました。でも、難なく躱します。

 

「魚雷発射っ!」

 

『こいつでしめ、や』『ばくはつおちなんてにちじょうさはんじだろー』『ほな、いってきますわ』

 

これでどちらも大破になったため、逃げます。大破ではまともに攻撃なんてできないからね。それよりも任務は資源を集めることです。

 

――――――――――――

―――――――――

 

小島に帰ると提督は寝ていました。なのでもう一周したいと思います。というか、ちょっと敵艦が多すぎます。別の方向に行ってみましょう。

 

――――――――――――

作者:結構飛ばします

―――――――――

 

「むむむ、あたしがいる」

 

寝起きに目の前にあたしがいます。鏡とかではなく、相手も動いているのです。でも、お姉ちゃんなあたしは騙されません。きっと髪の染めやすそうな時雨か、似た色のしている村雨がやっているんだよ。

 

そして開放的な部屋にいることに気づきます。見渡す限りの砂浜と海。…あっ提督だぁ。

 

「それで、あの倉庫はなんだ?」

 

あっできたんだね。よし、これで補給ができます。燃料を飲んでいると、提督に大丈夫か聞かれました。とはいえ、艦娘にとって仕事ができるという意味の食事はこれです。

 

人が食事を取らないと仕事ができない、仕事ができないと食事ができないように、艦娘も生きるという意味では違うけど、そういう意味では同じです。

 

そう説明すると、提督はすごく怒っている気配がします。顔は微動だにしてないけど、怒っているのが伝わります。だって自分の体だから、自分との違いが比較しやすいのです。

 

急に上から水が降って来ました。びしょ濡れですが、いつも海で濡れているため大して変わらないです。でも、妖精さんが逃げていくので、あたしも追いかけます。

 

たくさん遊んだので、食事にします。先に捕まった妖精さんが料理を作ってくれたので、提督さんのぶんはあります。あたしは弾薬でも食べます。

 

「それ、美味しいのか?」

 

バリボリ食べていると提督が質問してきました。同じ体だし食べられそう、と思い渡そうとすると、遠慮されました。むぅ残念。

 

弾薬の味はね、時々海上でも楽しめます。敵の砲弾があたったときなどは、無理やり口の中に入ります。前世でも時々ありました。

 

とりあえず補給が済んだのでまた長距離練習航海に行きます。そうして艤装を用意していると、提督に止められてしまいました。

 

「そもそも、艦娘ってのはどんな存在なんだ?」

 

これはどう答えたほうがいいのかな?先まで前世のことを思い出していたので、どうにもそっちの話に引っ張られてしまいます。

 

前世のことをツギハギのように、辛くなさそうな部分だけピックアップして伝えてみました。でも、提督はとても怖い顔をしています。どちらかというと自分を責めているような。

 

そして、開発をすることになりました。資源は上限の750しかないけど、いっちばんいいのを作ります。けれど意外と難しいです。ペンギンとモコモコが沢山できました。

 

なにか背後に怖い気配を感じながら、ようやく一つ完成したのが、こちらの22号対水上電探です。でも、これをつけれるわけではないです。

 

気がつくと日が暮れ始めていました。急いで夕餉の支度をして、寝ます。今回はあたしも食べたいため、よりいっちばーんです。

 

そして、少し少なめの食事をとって寝ます。ブルーシートに寝ると、昼間の提督の怖い顔を思い出します。やっぱり辛かったのかな。

 

あたしは一番のお姉ちゃんなのに、他の人を不安にさせていい訳ないです。理由は一番のお姉ちゃんだからです。

 

とは言っても相手は提督。こんなことをしてもよいのでしょうか?たぶん寝てるよね。

 

「ごめんね、きっと提督のほうが辛いはずなのに、過去のあたしの話をしちゃって。あたしと関わったせいでこんな島に連れてこられて、あたしと関わったせいで同じ見た目になって」

 

疲れているはずの提督に、あたしが辛かっただけで頭を撫でている。頭を撫でるのには、あたしのお姉ちゃんとしての自己満足もある。

 

嫌われているのが伝わってくるせいで、あたしは辛いんだって、こんな島に連れてこられたのが嫌なんだって、ただ伝えたくなってしまっただけです。

 

「あたしは…ううん、提督も疲れてるんだよね。気持ちが混じり合っていて、きっとそれは辛いよね」

 

ごめんなさい、寝ている人に言っても意味なかったね。

 

そして、急に爆発がおきました。つまり敵襲です。艤装を展開して、出撃の用意をします。きっとさっきの爆発で提督だって起きています。

 

「提督、起きた?ちょっと待ってて倒してくるから」

 

そう言って白露、抜錨します!

 

電探の反応していた場所に向かって動きます。敵艦が動いていたら見つけられませんが、いなかったら戻ればいいだけです。

 

『てきかんはっけんやで』『じょうほうかいせきかんりょうや』『ほな、いきますか』

 

相手は…重巡ネ級?!前の鎮守府でもθ中将がことあるごとに怒っていた敵艦です。あちらは改とかエリートだったけど、あたしにとっては十分すぎる強敵だよぅ。

 

あの深海棲艦を島に近づけては提督に被害が及ぶから、いっちばん頑張ってひきつけます。旗艦は沈まないよ!

 

まずは魚雷攻撃です。夜戦の魚雷は見づらいから運がよかったら当たるかも。

 

「魚雷発射ッ」

 

『いてまうぞ』『くらいなはれ』『ほな、いってきますわ』

 

魚雷命中までの時間を数えます。その間にネ級の砲撃が始まりました。あたしも砲撃の用意を始めます。なるべく近くによって、攻撃を避けつつ攻撃をします。

 

『ぎょうかくこてい』『そうてんかんりょう』『ほな、いってきますわ』

 

魚雷は命中しませんでした。いつまでも残念がっているわけにはいきません。砲撃の秒数を数えます。相手は重巡のため魚雷はないはずです。

 

「15,14,13…10ッてー」

 

『めいれいがでたで』『しれいやで』『ほな、いってきますわ』

 

連装砲の中で爆発し、弾が発射されました。…あたってない。次発装填します。そうしてまた、砲撃の用意をしていると、ネ級の攻撃が来ました。

 

「――――」

 

右腕が吹き飛ばされました。肩から下はなくなり、体のバランスが不安定です。左手に連装砲を持っていたので攻撃可能ですが、当たりづらくなりました。

 

『しんじょうほう』『てきかんちゅうは』『ほな、いってきますわ』

 

中破?!じゃあ大破にすれば勝てるってことだよね。夜戦だったら戦艦と同じくらい活躍できるあたしたちだから、練度10のあたしでもいけるはず。

 

「一番に突っ込むよ!ついて来てー!」

 

『もちのろんやでじょうちゃん』『どこでもついてってやるで』『ほな、いってきますわ』

 

次発装填済みの主砲を打ち鳴らします。

 

「いーっけぇー!」

 

よしっあたった。妖精さん敵情報を教えて。

 

『あまりくらってないんとちゃうかなぁ』『せやね、こうかなしやね』『ほな、いってきますわ』

 

え…重巡ネ級ってそんなに硬いの…?無理そうだよ提督。あたしにあれは倒せなかったよ。でも、いっちばん重要なのは、ただ生き残ることそれだけです。

 

逃げたら提督に被害が及ぶから、護るためには他の方向に逃げて、敵艦をまくしかないです。注意をひきつけるためなので、仰角設定は特になしです。

 

重巡なのであたしより速力が遅く、後ろに下がりながら撃てます。うまく引き寄せつつ、相手に勘付かれないように緩急をつけます。

 

「――――」

 

2発目が当たりました。腕ではなく、お腹の部分で、腸がたらりと垂れています。全身の力が抜け、崩れ落ちます。

 

「フーッフーッ」

 

生きることのできないような傷、ただし普通の人間ならば、です。旗艦に沈むことは許されず、無限にも続く痛み。早くこんな痛みから逃れたいけど、護ることが優先の魂は失われない。

 

薄目でぼんやりと見えるのは、もう一人のあたし。旗艦は沈まないはずなのに、ドッペルゲンガーが来たように思えます。

 

しかし、それは救けるべき人で、あたしの提督でした。なんで艤装をつけてこの海を来られるのか、なんでこんな危険な場所に来たのか。聞きたいことは山ほどあります。

 

「て、提督?…なんで?」

 

そして、遠くで砲撃が響きます。でも、砲撃が聞こえるということは近い証拠です。

 

「ガッフ」

 

背中に砲弾が飛び込み、その先にいる提督を護ります。でも、踏ん張る力はなく、転がっていくことになってしまいました。

 

「白露、お前もう戻れよ」

 

そんな、酷い命令が下りました。提督のために頑張って護っていたのに、そんな言い方はあんまりです。でもあたしはお姉ちゃんなので、感情のままに言いません。

 

「それは、てい…提督のためになれないから、かな。まだ、た、戦える。護れるよ」

 

それで、力を振り絞って押した手は提督に何の影響も与えず、力尽きます。きっと提督のためならまだ戦えると希望を持ちます。

 

勝てないかもしれない、でも提督が助かるなら艦娘として十分な任務達成だよ。だから提督、逃げて。

 

「よし、白露。5分でいけるか?」

 

どこまで?と聞かなくても提督の目線の先と、言い方でどこだか分かります。提督の命令は続行のようです。

 

「往復なら、もう、少し」

 

「じゃあ未来を考えるな、過去か今を考えて、帰ってこい」

 

提督、艦娘に容易く過去とか言っちゃだめだよ。でも、たしかに力をもらえた。つまり、助かるかどうかを悩むのではなく、救けることは確定事項として動けということだと解釈します。

 

そしてノロノロと海の上を滑り、島まで戻ります。戻ったら…じゃなかった、あたしだって艦娘なんだ、だったら海を渡れる。



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第二章
漂流物…人?


「今後の課題を言っていきます」

 

昼ごはん中に話題を持ってきたのは白露だ。課題と一言に言っても、この無人島もとい多妖精島でできることは限られている。

 

そろそろ歯を磨きたいなとか、風呂に入りたいなとかいろいろとあるが、どれを解決するのだろうか。

 

「まず、入渠施設だよ。回復をしないと戦えないからね。その次にあたしの練度上げかな。あっ練度っていうのはレベルのことね」

 

おいおいちょっと待て。わざわざレベル上げる必要ないだろ。あんなボス級に強いやつ早々出ることないだろ。それよりも

 

「いや、そのまえに歯磨きとか着替えとかやることあるだろ」

 

海水が飲めない分、喉の渇きは木のみで誤魔化してきたがそろそろ水が飲みたい。ただの一般人では3日も暮らせないのだから、旅を趣味とする人は凄すぎる。

 

「まあ確かにそれも大事だけど、ここ最近の遠征でわかったのが、ここって戦闘の最前線なんだよね。深海棲艦がよくいるから間違いないと思うよ」

 

最前線?!激戦区じゃん!θ中将はなぜそんなところに俺らを送った?この戦力からして戦わせるためではないだろう。

 

そうなると殺すためっていうのがほぼ確定か。有効的に捉えるなら和平交渉のための最低限となるが、流石にそれはありえない。

 

でもそれなら、わざわざ尉官を与える必要はなかったはずだし、艦娘もつける必要はないはずだ。現に「化け物」によって生き残っている。

 

じゃあ殺すためが違うのか…?それとも称号を与える必要があった…?海軍さんの考えることはわからない。これは一旦保留としておこう。

 

「じゃあ戦力拡大が必要だな。なんでも、艦娘が増えたほうができることも増えるしな」

 

歯磨きなど一般人の日常生活をするにも、一人あたりの負担を減らしたほうがいいだろう。そんなことを考えていると、青髪おさげの妖精が声をかけてきた。

 

『艦娘が流れてきた、早く来てっ』

 

珍しく慌てた声を出して何かと思えば、新しい大きな事を持ってきたようだ。深海棲艦と戦って半日も経たずにイベントが起こるとか、今日は濃度が高すぎるだろ。

 

とりあえず、案内されたところに行ってみると、左の頬はなくなり歯が見え、体は全体的に激しい火傷で血だらけになり右足が皮一枚で繋がっている、おそらく艦娘がいた。

 

艦娘といえば白露しか見たことのない俺だが、艤装をつけているところからして、俺でもない限り艦娘だろう。頭に天使の輪っかのようなものがついているが、死んでないのだろうか。

 

「前の鎮守府で見たことあるよ。この艤装ならたぶん特一型の叢雲ちゃんだね」

 

「バケツってのはもうないのか?」

 

「少なくとも今すぐには無理かな」

 

「…そうか」

 

治せないのか。艦娘なら一度は経験したはずの死。俺も経験したことのある死。自分のことや古いこととはまた違った感覚である。

 

「可哀想とか思わないでね、頑張って戦ってるんだから」

 

もとよりだ。理由は違うが、そう言う感覚は持ち合わせない。そうしようとしている。艦娘として、叢雲として、正しい事をしてほしい。

 

破けた頬から空気の通る音が聞こえる。

 

「勝手に、ころ、殺さないで、よ」



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工廠の妖精ら

青髪おさげの妖精→青妖精に変化します。主人公の言う妖精は大体、青妖精になります。


「えっ生きてるの?!え、えと、喋らないようにしてね」

 

白露は仰向けになっている叢雲の頭を引き、口を上にして気道を確保している。いや、海水を飲んだわけじゃないんだから、処置は違うだろ。

 

目立っているのは全身の火傷と、右足の膝から下の壊れ具合、足元のおそらく骨折ぐらいである。顔は見てわかるとおり、どう止血すべきなのか検討もつかない。

 

火傷をすると基本的に血は止まる。海の固形物にでもぶつからない限り出血することはない。叢雲を見ても汚れている血は固まっているものが多く、血が新しく流れているところは少ない。

 

骨折は木を当ててどうにかなりそうではあるが、それでも全てに関して衛生的に悪いだろう。できれば濡れている砂の上より、ブルーシートの上に持っていったほうが幾分か楽になるだろう。

 

「ブルーシートのとこ持ってくぞ、妖精も手伝ってくれ」

 

『任せといて。みんな、叢雲さん運ぶよ』

 

『ちからのみせどころ』『えんのしたのちからもち』『わたしのせんとうりょくは53まんです』

 

『わしらのでばんやで』『わいがせんとう』『ほな、いってきますわ』

 

思っていたより多いが、これだけいれば頼りになる。白露は補給用の資源を、俺は青妖精を連れて飲水の確保に当たる。

 

水の生成としては雨水を使用したい。正直、雨水も相当汚いが、海水を飲むより飲めるだろう。…たくさん飲まなければ大丈夫だと思う。

 

前に妖精たちによって海水を白露もろとも浴びたときに使ったバケツがあったはずだ。修復剤のバケツはなぜか消えている。

 

そのバケツを見つけてみれば、ちゃんと水が入っていることが分かる。良かった、風に飛ばされていたら完全に振り出しに戻るところだっただろう。

 

一滴もこぼさないようにバケツを運んで、ブルーシートの前に戻ると、燃料を飲ませている白露を発見した。あれ?もしかして飲料水いらない?

 

「あっ提督。ちょっとそのバケツ貸して」

 

白露は俺の手に持っていたバケツを奪って、叢雲の近くにおく。そこからが奇妙で、自分の服を破り始めた。大体15cm幅で自分の体2週分を取り、更にそれを半分に切った。

 

片方を膝の上に置き、もう片方を折りたたんで水浸しにする。そして、水浸しの方で叢雲の体を拭いている。

 

「これは、妖精さんに教えてもらったんだよ。ここにいる妖精さんたちはほとんどが工廠の妖精さんだから、詳しいんだって」

 

白露らしからぬ手際の良さに納得しつつ、自分のやることを考える。やること…やること。いや、妖精に聞けばいいじゃん。

 

「妖精、俺ができることなんかあるか?」

 

『うん、長めの枝で足を固定しよう』

 

そう言うので枝を十数本用意して、青妖精の指示に従って、応急処置をしていく。

 

「よくこんなの知ってたな」

 

『…前の提督の命令だったからね』

 

大破艦娘がたくさんいて、その艦娘らの入渠時間を減らす措置だったらしい。初期はおやつとか貰えてWin-Winでやってるつもりだったが、人間と艦娘の格差に気づいてからはずっと大破し続ける艦娘からおやつを貰うのは辛かったそうだ。

 

俺としては勝手に感情を分かった気になって勝手に傷ついてるだと思う。とはいえ、事実だけ取ればこういう場面で活躍しているのでいいことだと思う。



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イメージ実体

太めの枝をあてがう事で、きっと歩けるようにはなったと思う。後は体中を白露に拭かれている叢雲が、実際に歩いてみるときに微調整が必要だろう。

 

「でも、珍しいね。駆逐艦でここまで外傷が多くなるのは」

 

先の戦いでは随分と大きな穴を腹に開けたり、腕が飛んでいたりしていたが、そうなのだろうか。肉が残っているという意味で言っているのだろう、と勝手に納得する。

 

「至近弾が、多かったのよ…あの日と同じだわ」

 

過去にも同じことをやったのだろうか、歴史に詳しくないので分からない。少なくとも叢雲の前世では回避が上手いのか、運が良いのかそれらのどちらかであることが分かった。

 

「提督、大体拭き終わったし、食べるものを用意しよう。青妖精さんに任せていいかな?」

 

『いいよ、わかった』

 

青妖精以外の妖精らを率いて、崖の方に行く。ならば、俺は森の方に行こうと思い、半分くらいを持っていこうとすると、白露に止められた。

 

「提督もこっち」

 

「手分けしたほうがいいだろ」

 

「いーから」

 

強引に引っ張られ、仕方なく崖の下までついていく。崖の下につくと、白露は手を叩いて妖精達に指示を出す。そういえば俺ら手伝う必要ないじゃん。

 

「…叢雲ちゃんのことだけどさ、艦娘全般に言えるんだけど、入渠かバケツをかぶらないと傷って治せないんだよ」

 

あー、察した。そのことを言いたかったのか。わかるわけ無いだろ!ってのは置いといて、人間のように自然に治ったりしないのだろうか。

 

見た目的には白露は高校生で、叢雲は白露の一個下の後輩といった感じである。高校生ぐらいって結構傷が治りやすいイメージがある。

 

となると、史実の年齢か?軍縮条約云々言っていたから1935年ぐらいだろうか、歴史は苦手である。それで1945年まで生きていたとして10歳。しかし、戦いを見上げていたらしいから、それよりも幼いかもしれない。

 

「艦娘って艦の頃の魂の一部って言ったよね。艦って人間みたいに勝手に治らないんだよ。だからこんな格好していても、全然人間じゃないんだ」

 

年齢じゃないのかよ!

 

化け物だとは知っていたが、怪力を持っても耐久がない諸刃の剣のようなものだったらしい。ま、人間の回復力でも追いつけない傷だが。

 

「艦娘のダメージとか、痛みっていうのも、勝手に私達が思った威力を身体に表した結果らしいよ。それでどっかの鎮守府だと、痛みを考えない訓練をしていたんだよ。夜戦に奇襲がされないのもこれが理由」

 

ちょっとよくわからないです。ええとつまり?知らなければ攻撃を受けないってことでいいのか?う〜ん難しい。

 

「だから何やっても、治療にはならないんだよ。叢雲ちゃんが出血してきたって思えば、出血するし、沈んだって思えば沈んじゃうんだよ」

 

「それで入渠でないといけないわけか」

 

口ではこんなこと言っているが、話についていけていない。結果として白露の言いたいことを言ってみただけだ。

 

「そのとーり。ということで、ここを入渠する場所にしたいと思います!」



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治さない治療

ドック(←入渠施設)を作るって言ったって、どう作るんだ?そもそもドックってのがどういう形なのかすら、全く分からない。

 

「でも、もう完成してるんだよね」

 

「どゆこと?」

 

白露の説明はこうだ。艦娘というのはダメージのイメージを怪我として表現するから、その逆の治療だって想像すればできないことがない。

 

「時雨が夕立にしていてね」

 

つまり、この崖の下にある石に囲われた貝の群生地をドックとすれば、叢雲はドックだと思うから治療ができるということだ。

 

「騙してるみたいなんだけどね」

 

「それは、随分と安上がりだな。逆に言えば欠陥がありそうだと、俺は思うが?」

 

そう、それが可能な場合、ドックの存在が必要なくなる。ただの池をドックとすれば代用できることになる。ということはドックが治せる理由があるはずだ。

 

「やっぱり、提督は気づいちゃうよね。…そう、これは生死の賭けなんだよ」

 

これが出来るのは、あくまで何回も入渠した艦娘に限る。艦娘が治るを意識するから治るのであって、練度の低い艦娘はドックに入る数がどうしても低くなる。

 

治らなければより一層死をイメージして、最終的には沈むことになる。ということだ。なるほど、だから生死の賭けか。

 

いや、それなら聞けばいいじゃん。

 

「それとなく、練度を聞けばいいんじゃね?」

 

「必要ないんじゃないかな。ここは最前線だから相当練度高い状態で来てるはずだし」

 

だから、今回の賭けはそこじゃないよ、と付け加える。

 

「さっきも言ったとおり、ここは最前線だから、きっと名のある鎮守府から来てるんだよ。そうなるとそこの設備はいいはずだから、ここをドックと認めないかもしれないんだよ」

 

所謂、私、箸より重いものを持ったことがありませんの、ってやつか。つまりは、成功する可能性の方が低いらしい。

 

「じゃあ、そういうことにしといてね」

 

そう言って妖精達が集めた魚や貝を持って行く。俺も同様にして持っていく。叢雲のいる砂浜に戻ると、すでに焼けるようになっており、妖精たちに食材を渡すと次々と料理してくれる。

 

「あら、白露型のネームシップが二人もいるのに、料理もできないのね」

 

聞き慣れない声がする。しかし、大体の想像はつくがありえない。白露も振り返って

 

「叢雲ちゃん、立っ、って、えええ!?」

 

そこに叢雲はありえない姿で立っている。空中に浮く耳(?)は立ち、服は全て直り火傷すらなくなっている。頭の輪っかも空中に浮いている…のは元からか。

 

「何?そんなに治っててほしくなかったの?悪かったわね、治っててっ」

 

「「な、治ってるぅ!」」



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意見の小ささ

いやいや、待て待て。さっきまで火傷だらけの体が何で無傷になってんだ?少なくとも入渠ではないとすると、回復ポーション的な何かがあるのか?

 

「もしかして、応急修理女神を積んでた?」

 

応急修理女神?なんか昔らしからぬ名前が飛び出てきたが、何なのだろうか。名前から察するに応急で修理をする女神だろう。妖精とは別種ぽいな。

 

「アイツは、そんなレアなもの渡されるほど偉くはないわ。大破してここに流れてきたのも、アイツの采配のせいよ」

 

アイツっていうのは采配と言っているところから、提督とか言うものだろう。…頭の上に登ってきた青妖精から怖い気配を感じる。怖え。

 

艦娘を大破させてるというところでは、俺と似たところがある。あの時も青妖精には、艦娘に雑な扱い方をしていると怒られた。青妖精の前でそういう話は禁止である。

 

『提督、叢雲さんの提督を怒りたい気分だよ』

 

「そんなことすればここはなくなる。我慢しとけ」

 

すぐに叢雲に言い出さないのも、ちゃんとそういうところを理解してるからだろう。とはいえ、ここに来たのは艦娘の扱い方が酷かったからであるため、叢雲を助けにいかないのは本末転倒もいいところである。

 

だから、妖精の意図を組めばこういう助け方もできる。

 

「なぁ叢雲、ここで過ごす気はないか?」

 

俺の現状は厄介払い。どこが厄介なのかは全くわからないが、こうも辺鄙な場所であればなにかしら大きな理由がある。

 

そうなると中将より下の階級であれば容易に手出しはできない。叢雲の発言からおそらく中将よりかは下ということが分かる。

 

中将より上であれば白露が応急修理女神を使うという発想になるわけがないからである。

 

「そうね。アイツが来るまではお言葉に甘えるわ」

 

は?帰るのか、大破させてる提督の元に?大破っていうのは辛いもので、逃げたくなるものじゃないのか?そうだったはずだ。

 

…いや、俺の認識があまかったのか。そもそもその概念は青妖精の影響である。つまり、青妖精だけの意見を俺の意見とすり替えたのである。

 

と、いうことは。意見の尊重として、反対はしない。

 

「それよりも私は、白露が二人。しかも片方は少尉で口調が変なやつが、ここにいる理由を聞きたいわ」

 

そう言われて俺と白露は顔を互いに見る。俺がこんな化け物と一緒?はいそのとおりです、ごめんなさい。

 

白露はタハハ、と苦笑いをし、俺はナイナイ、と首を横に振った。

 

「こっちは提督、男の人だよ」

 

「はあ?何言ってんのよ。そんなことあるわけないわ」

 

そう言って叢雲は自分の胸を揉んでいる。そして、そんなわけないわ!と叫ぶ。なんで2回言ったし。

 

『ごはんじゅんびかんりょう』『まんじょういっちのでき』『すべてのしょくざいにかんしゃをこめて…』

 

夕飯の準備ができたらしい。青空もそろそろ赤く染まりそうである。

 

「とりあえず、夕飯だ」

 

そう言って俺も白露も特定の位置につく。叢雲も慌てて流木の上に座り、枝で刺した焼き魚を持つ。

 

「「「いただきます」」」

 

今日も無事に一人増えて食事を迎えられた。



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艦娘叢雲とは

今日の夕飯は焼き魚に塩をかけ、少し貝を添えた海の料理。海鮮料理って程料理はしていない。いつもより量が多い分豪華さは増しているが、どんぐりの背比べもいいところだ。

 

しかし、焼き魚という最近では慣れている人も少ない魚料理。極めれば美味しくなるが、ただ焼いて塩などをかけるだけでもご飯が進む。

 

前世―死ぬ前でも好きでよく食べていたため、焼き魚は食べることができる。俺はかぶりつくほうが好きだ。また、2日も連続で食べている白露も食べることには慣れている。

 

問題は叢雲である。箸がないためかぶりつく俺らをガン見して、一向に焼き魚に手をつけようとしない。そのため、手持ち無沙汰になり会話をする。

 

「白露二人組はいつからここにいんのよ」

 

「3日前だよ」

 

白露がそう答える。いや、だから俺は白露じゃないって。

 

「それよりも、どうやって身体が治ってんのかの方が俺は聞きたい」

 

「俺って…まあいいわ。どうやら"お上"の研究で仮説が立ったらしいわ。アイツから聞いて知ったんだけど、魂のイメージらしいのよ、この身体は」

 

そこは知っている。お上っていうのは大本営とか?海軍なら有り得そうである。なるほど、それなら白露の提督がθ中将だから、先にその仮説を聞いていたのか。

 

となると、叢雲の提督も将官とかの階級なのか。でも、たしかそんなに偉くないと言っていたような…?

 

「で、アイツはこんなことを言ったのよ。だから、入渠をしないでバケツもいらない回復をしよう、ってね。その後が大変だったわ、戦闘中にそんなことできるわけないから、母港に帰ってみれば入渠なしで自分で回復しろ、だったもの」

 

愚痴が始まってしまった。青妖精は怒ってるし、白露はホラー映画で怖がってる人みたいになってるし。収集がつかない、というか白露に関しては同じ幽霊の類だろ。

 

「それでどうやったかだったわね。ただ治れ〜治れ〜って入渠してるのをイメージしてただけよ。練習した甲斐もあったわ」

 

つまり、白露と同じということか。叢雲の説明では脳で認識するから魂を騙すことができるそうだ。白露と少し違うか?白露は刻み込まれたものが反応するって感じだったが。

 

夕焼けが空を覆い始めてきた。そろそろ就寝だ。食事も終わったので、ごちそうさまをしてブルーシートに向かう。

 

「えっ。夜の哨戒はしないの?」

 

「ここは激戦区だからな、見つかれば即死ぬし、下手に刺激して迎撃できるわけでもないし、必要ないだろう」

 

まぁ、今までやってこなかったが誰も来てないので、必要性を感じてないのもある。

 

「肝が座ってるのね…」

 

そう言って叢雲はずっと海を眺めているので、俺達も起きざるを得なくなった。



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妖精のうたげ

水面に何かが降る音が聞こえる。だんだんとそれが雨の音だと分かり、はね起きる。どうやら寝落ちしていたらしい。

 

隣の白露は一番に寝ていたのは知っているが、叢雲は未だに起きている。しかし、半分くらい寝ている状態ではある。

 

「前にも言ったが、船が来るのは早くてまだ6日はかかる。いくら待ったって無駄だ」

 

叢雲は眠りかけながら、海を見ている。反応がない、意地になっているのだろうか。

 

「…はぁ、俺が見とくから寝とけ」

 

そういうとこちらを一瞥してから、ブルーシートの上に寝転がる。雨音がするただ一人だけの静かな時間になる。

 

海は荒れている。船がどのくらいから運航中止にするか知らないが、自然の力は強く、艤装を使って海を走れるとは思えない。

 

風が強い。雨はブルーシートの屋根を通り抜け、体に降り注いでくる。台風のような感じがする。

 

艦娘の服は毎日のように海の飛沫に当たるため、防水加工がされており、艦娘自身もそういうのには慣れている。

 

それに対して提督の服は、すでに汚れていたものが更によれよれになる始末だ。これを着ていても冷えるだけなので、雨避けにでも使うことにする。

 

ふと、何かが目の前を通った気がした。この風だから枝だろうと思って座り直すと、黒い物体がどんどんと流れてきた。

 

よく見てみると、それは妖精たちだった。妖精が風にさらわれて、飛んでいる。

 

『おはよう。今日は風が強いね。でも昼頃には止むよ。あと、小一時間といったところだね』

 

頭に乗った青妖精が、のんきなことを言っている。

 

「あれは大丈夫なのか?」

 

『なになに?聞こえない』

 

強い風に声が遮られた。もう一度大きな声で試みる。

 

『んー聞こえない』

 

なんで青妖精の方は聞こえるんだよ!俺は伝えることを諦める。そもそも、ここまでのんびりしているということは、安全で手を出す必要がないということだろう。

 

そして、小一時間経ち本当に雨が止み、太陽が姿を現した。目分量では大体11時といったところだろうか。ということは昼飯時である。

 

「ほら、起きろ白露」

 

肩を揺すって起こす、あの暴風と強雨の中でよく眠れたな、なかなかに図太い。

 

「あれ?なんで提督脱いでるの?」

 

今の俺は黒いランニングシャツ?を着ているだけである。昔も今もあまり服には凝らないためよくわからない。

 

船内で憲兵?と呼ばれる人たちの下着と同じやつを借りたのだが、そのまま置いてかれたので返す暇がなかったものだ。

 

ズボンと上着が濡れているので乾かしている最中である。気温は高いので問題ない。木の枝にかけた衣服を指差して白露に見せる。

 

「提督…図太いね」

 

いや、こんな環境で風邪を引いたらだめだろ。

 

「とりあえず、叢雲は寝かせといてあげろ。飛ばされた妖精を回収して、食事ができたらその時に起こそう」

 

「はーい」

 

島中にもしかしたら、沖にも飛ばされた妖精の回収をしていたら、海の方に黒い点を見つけた。艦娘なら俺が見つける前に見つけているだろう。

 

砲撃があれば、深海棲艦である。注目しているとだんだんとその形が見えてきて、

 

「は、はぁ!?」

 

元祖海の上を征くものが見えてきた。



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冷徹な鉄の塊

遠くに見えるのは4人の人型に囲まれた一隻のボートである。どう見ても中将に位置する人が乗るような船ではない。

 

鎖国中の黒船を見た人もこんな顔をしていたのだろうか。自分でもわかるくらいには阿呆な顔をしている。この島の原住民にでもなった感じだ。

 

近づいてくると人型が手を降っていることに気づく。慌てて手を振り返すと、遠くでお腹をおさえているように見える。笑い声が聞こえてきそうなほど、リアクションが大きい。

 

「何か、いけなかったんだろうか…」

 

けれども、全く近づいてる気のしないため、妖精の回収を優先する。砂浜に埋もれている妖精や、木の枝にぶら下がっている妖精、面倒なのは木の葉に隠れている妖精である。

 

あれから、10体ほど多く回収した頃にようやくボートは浜辺についた。と言っても完全に浜辺ではなく、海の上で浮いたまま人がその中から出てきて、艦娘に運ばれてきている。

 

「白露!」

 

名前を間違えて駆けてくるのは、長い青髪を後ろに垂れ流しているたぶん艦娘である。艤装を消して水しぶきをあげながら近づいてくる。

 

「うぁぁぁぁ〜」

 

その時脳内では清楚なイメージから、ドジっ娘属性に変換が行われた。何もない砂浜で躓き、空中を飛ぶ。時が止まったかのように一コマずつ動いてるあの感覚。

 

思ったより重い衝撃が伝わり、後ろに一緒に倒れる。額同士をぶつけ、軽い脳震盪のような感じである。フラフラしながら上部が黒い視界で青空のような髪を見る。

 

「あっその、ごめんなさいぃ」

 

馬乗り状態で謝られる。うん、まずそこをどこうね。苦笑いしていると、青髪の娘はその状態で後ろを向く。

 

「白露を見つけましたっ」

 

見つけましたって探されてたのかよ…。そろそろどいてもらうように声をかけようかと思っていると、次いで来たピンク髪の娘が気を遣ってくれた。

 

「サミっち、そこどいてあげようよ…」

 

「あっごめんなさい、ごめんなさい」

 

立ち上がってペコペコと頭を下げる。では、改めて白露ではないことを伝えなければ。そう思っていると、どこかの片田舎に居そうな艦娘が近づいてきた。

 

「叢雲ちゃん!叢雲ちゃんはいますか?!」

 

お、おう。ちょ、ちょっと待って。勢いがすごいな。叢雲といえば今はおそらく寝ているはず。しかし、大破していたのを考えると、心配でもしているのだろうか。

 

「いっちばーん!」

 

急に視界へ飛び込んでくるのは白露である。青髪の娘に飛び込み抱きついている。

 

「五月雨ぇ、よく来たねぇ」

 

そう言ってよしよししている。そんな和んでいるムードで異様な雰囲気を放つのが後ろにいる。何もしなくても一歩引いてしまう、何かがある。

 

周りより一際小さい茶髪の艦娘に運ばれているのは、鋭い目つきのしている俺と似たような白い服を着る男である。絵面的には可笑しな場面だが、笑うこともできない。

 

こいつが叢雲を大破させた奴か、最もな感じだ。



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温情な謎の塊

艤装の力によって軽々と運ばれる男は、こちらを鋭く睨む。別に睨まれて一歩引いたわけではなく、その背後に持つ年齢に応じない威圧感、気迫からなるものだった。

 

一歩ずつ重々しく進み、やがて波が足首を通るところまで来たときに、茶髪の娘はその男を波に叩きつけた。

 

「―ッ何するのさ、デンちゃん」

 

「まず、迷惑をかけた場合、上司が謝る。そう電達に教えたのはてめぇなのです。そんなとこでボサッとしてないでさっさとワビ入れるのです」

 

なかなか口調が定まらない娘が、今まで威厳を放っていた男に向かってキレている。あれが標準なのかはわからないため、一概には言えないが周りから見ればキレている。

 

「匿っていただき感謝します。よければ、白露さんお二方をもとの鎮守府にお送りいたします」

 

海面に頭をつけて土下座している。分かる、分かるぞその恐さ。全くわからないけど。とはいえ、緊張は解れ、やっと俺の喋る番が回ってきた。ベストタイムである。

 

「えーと、顔を上げてください。叢雲なら今は寝ているはずです」

 

いや無理だよ。土下座すら完璧だ。できるのはここに来た目的を果たさせるだけ。失礼のないようにという前世で磨き上げた気遣いをして、いつもの場所に案内をする。

 

「叢雲ちゃん!」

 

そう言って黒髪の娘は走って叢雲の近くに寄る。それと交代するように青妖精が頭の上に乗った。

 

『なんで、彼女の提督をここに呼んできた?大破させたんだよ、あの人間は。これじゃあ彼女のためにならない』

 

「叢雲のため云々は知らないが、帰るかどうかは叢雲が決めることだろう。帰らないって言い張ったら手伝うさ」

 

戦闘系アニメでよく使われていたセリフ、トップ何位かぐらいに入る。しかし、別に残って欲しいわけでも帰って欲しいわけでもない。

 

強いて言うなら叢雲が決めればいいというだけで、他には特にない。

 

「んぅ…?吹雪?まだ眠い…」

 

奥の方で感動的な再会をしている。片方は泣いているがもう片方は半分寝ている。完徹してたから仕方ないだろう。

 

「大切な仲間を助けていただいてありがとうなのです。…申し遅れたのですが、秘書艦の電なのです。お見苦しいところをお見せしたのです。ごめんなさいなのです」

 

イナズマって…患者か?年齢的には中学生には見えない。こんな幼い子を…って船のイメージだったな。

 

「そうか、僕もだな。α中尉だよろしく頼む」

 

中尉かよ!確かに階級は上だけれども、大佐とか中将とかそのぐらいの方だと勝手に思ってた。そのα中尉が指を指した。

 

「それで、あの白い服は誰のものかな?」

 

「あーあれは、俺のですね」

 

「「えっ」」

 

はいはい、分かってましたよ。どうせこの一人称だと驚かれることぐらい。

 

「じゃあ、君が少尉くんかい?」

 

「いや、それよりも俺って何だったのです?!」

 

「そのとおりです」

 

「えっ電が間違ってるのですか?この流れは電がおかしいのですか?!」

 

うるさく喋ってる電はスルーしました。いちいち同じ説明をするのは面倒だからである。どうせ後で質問されるため一回で答えたい。

 

「渡りに船だな」

 

えっちょっと待って聞こえない。なんて言った?

 

「申し訳ない、先の話はなしだ。けど、君とは友好な関係を築きたい。どうせここはほとんど誰も来れない、階級などという堅苦しいものはなしだ。よろしく、少尉くん」

 

えっと、えっと、えっと、えっと、えっと。

 

「えっと?」



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彼とはお友達

先程の話というのは、日本に帰ることか?それは無しにされたら困る。そもそも第一目標はこの島からの脱出である。

 

この島で生活するのも嫌だし、帰る場所はないが日本には帰りたい。何よりも化け物及び艦娘と一緒にいるのも嫌である。

 

「そうだな、その代わりと言っては何だが、必要なものを用意しよう。まず、歴史系の書物で、優先して駆逐艦白露についてと、提督業関係はできなさそうだから…」

 

勝手に決定して、未来の展望をたてている。身勝手すぎるだろう。

 

「待て待て、俺は帰る気しかないぞ」

 

「残念だが少尉くんに帰ることは許されない。自分の見た目を把握しているだろう?」

 

は?見た目が関係する?…そういえば艦娘って軍事機密だったな。少し引っかかる部分もあるが、よく分からないので無視する。

 

つまりどういうことだ?今までの4日間の我慢はどうなる?わざわざ帰れることを信じて、10日間は待つつもりだったし、そのために化け物ともちゃんと生活をしていた。

 

…落ち着け。熱くなっては駄目だ。思い通りに行くと思うのは自己中だけだ。深呼吸だ。よし、落ち着いてきた。

 

「TSキタコレ!マジぱねぇっすよご主人さまっ!」

 

「漣ちゃん今は司令官さんが話してるから…」

 

「吹雪、あれは無理よ。諦めなさい」

 

「叢雲さん、ただのしかばねのようだごっこをしてるんですから、起きちゃだめです」

 

「それは、楽しいのですか…」

 

α中尉がどこかに飛んでいき、艦娘らが集まる。ギャグ漫画かな?ピンク髪の娘が手をさしだす。どうやら握手を求められているので、握手をする。

 

「ほああぁぁ、こ、これがTS娘の手!漣は今、猛烈に感動しております!」

 

いちいちリアクション面白いな。名前はサザナミでいいのだろうか。漢字はいまいち思いつかない。白露が前に来てサザナミに手を向ける

 

「じゃあ紹介していくよ」

 

「まず、駆逐艦漣、さんずいに連なるで漣って言うんだよ。それで、α中尉の近くにいるのが駆逐艦吹雪、叢雲のお姉ちゃんだよ。その叢雲の近くにいるのが、駆逐艦五月雨、あたしのかわいい妹だよ」

 

「えーと、その姉とか妹とかってのは何だ?もとは船だろ、艦娘になってからそうなったのか?」

 

艦娘にも血縁者とかいるのだろうか。船のイメージと言っている時点でいないとは思うが、謎な感じだ。

 

「船には型ってのがあってね、あたしは白露型の一番艦、五月雨は白露型の六番艦だよ」

 

なるほど、型ってのは似たような形ってことでいいだろう。そうなると、船の出来た順番になるのか。へぇ、面白いな。

 

「それはそうと少尉くん、さっきなんかタメ口だったよね。そうか、もう友達の関係になったのか。ありがたいね」

 

うるせえ。3人目はキャパシティオーバーだ。というか、α中尉の艦娘は総じてよく喋る。何というか、勢いがすごい。

 

とりあえず言えるのはα中尉の友達にはまだなってない!



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いっちばーん(3)

今回でいっちばーんシリーズになったθ中将とη少将の話です。


これは妖精が鎮守府から消える事件がおきて2年後のθ中将とη少将、そしてζ大将の話である。

――――――――――――――――――――――――

「はぁ…」

 

η中将が少将になってから一年、ようやく諸々の書類をまとめ日常に戻りつつある。終わってみれば雨垂れ石を穿つ感じだ。一年前は全くと言っていいほど終わりは見えなかった。

 

年齢も40を来年迎える。周りからはよく老けて見えると言われているため、なかなか複雑だ。η少将はそういう意味では一歳差にも関わらず30前半に見られるのだから羨ましい。

 

「…寝るか」

 

時計は27時を回った。5時にはここで執務を執り始めるため、後2時間程寝るらしい。この歳だと体を壊さないか心配が出てくる。

 

どれもこれも妖精が消えた鎮守府があったせいで、η少将の研究が水の泡になったからだ。今さら愚痴を言っても後の祭りだが。

 

執務室の隣にある私室の高給感溢れるベッドに―ではなく近くのソファーに寝転ぶ。ああいうのを使うのは田舎出にはしっくりと来ない。

 

それに、2時間であれば仮眠のようなものだ。こちらのがもってこいだろう。

 

そして、4:30頃電話が鳴った。館内電話かと思って壁にかけられた受話器を見るも、なっている様子はない。どうやら、携帯電話が鳴っているようだ。

 

《θ中将か!俺は》

 

うるさい声がしたため、一度耳から携帯電話を離す。この声でだいたい予想ができた、ζ大将閣下である。

 

《夜分遅くにどうなされました。閣下》

 

《なに、そう堅くなるな。業務時間外だろう》

 

《いえ、そういうわけには…》

 

《ははは、まあよい。あの件だかな、ようやっと通ったぞ》

 

《それは、本当ですか!》

 

《それで、今日の夜頃、伺おうと思うのだがどうだ?》

 

《承知致しました。では失礼します》

 

「…よしっ」

 

あの件―特例提督の登用、それが可決した。特例提督とは妖精とコミュニケーションのとれる者に尉官を与え、その地位でありながら艦隊を指揮できるという特例によってなった提督のことである。

 

なぜそこまでの特例が出されるかというと、戦術·戦法を学んで成り上がった将官などと、同等の働きができるという理由からだ。

 

深海棲艦に対抗できるのは艦娘だけであり、その建造には妖精が必要である。妖精を知らなければ失敗することもある建造を、完璧にできる人材がいれば即戦力になる。

 

とはいえ、彼らを面白くないと思う者も多い。そのため基本彼らは左遷され、満足な兵力がないまま前線へと駆り出される。

 

そして今回、同じ派閥―完全勝利派及び有力者への特例提督の配属が決定した。部下という扱いになるため、管理責任者は上司になり、艦娘達との情報共有もしなければならない。

 

細かいことは今日の夜に分かるだろう。目が覚めてしまったため、執務室へ向かう。ポーラや那智を呼んで酒を選ばないといけないだろう、今日は哨戒を優先的にすべきでもある。

 

「おっ提督ぅ、おっそーい」

 

置き時計の針はまだ5時を指していない。

 

「今日は忙しくなる。まずは大掃除だ」

 

艦娘達にそれぞれ任務を与え、反応は様々。哨戒が多いことに不満を言っていたり、掃除担当に愚痴を言ったりと。

 

「解散ッ」

 

号令をかけ、艦娘達はぞろぞろと動き出す。

 

――――――――――――

―――――――――

 

夜になった。最初は艦娘全員に敬礼させるつもりだったが、ζ大将閣下のご意向により秘書艦の島風のみで出迎える。

 

「よう、θ中将。久方ぶりだな」

 

豪快に笑いながら歩いてくる。秘書艦はビスマルクらしい。190台の身長という巨駆と、高齢でありながら尚衰えない筋肉。かつて深海棲艦を退けた武勇は有名である。

 

「おお!これは懐かしいな、お前の親とよく飲んでおった」

 

父親に聞いたことのある日本酒である。見つけるのに手間取ったが、そういう意味だとこの地位は素晴らしい。

 

「…秘書艦殿、席を外してもらえますかな」

 

「島風、ζ閣下秘書艦の案内を頼む」

 

私室に残ったのは二人。時間がないため先の話を進める。

 

「それで、どうなりましたか」

 

「焦るな、まずは乾杯だ」

 

酒瓶をとり盃に注ぎ、少し上げてから飲み干す。

 

「ふぅ…電話で伝えた通り、なかなか大本営の奴らを説得するには時間がかかったが、好ましい形になったはずだ」

 

「ありがとうございます。して、どのように?」

 

「詳細は後に送られてくる。簡単に言えば、短期間の教育プログラムだな。特例の奴らの経験を少し積ませるってだけだ。その間はこき使えってこった」

 

「ふむ」

 

「ただそんだけだ。…あとはそろそろ席を譲らねぇといけねぇな」

 

「…そう、ですか」

 

「そういえばな、お前のじっちゃんと俺の親はな、あのビックセブンの陸奥に乗ってたんだ。この酒もそれがもとでな…」

 

――――――――――――

―――――――――

 

「じゃあそろそろ、だな」

 

「まだ、一献残っていますが」

 

「そうだな、…写真撮ってくれ」

 

戸棚に仕舞っていたカメラを取り出し、ζ大将の写真を撮る。

 

「たつ鳥あとを濁さない、ってな」

 

――――――――――――

―――――――――

 

無事帰宅してトイレにこもる。60台ともなると、少しばかり尿意の間隔が早くなる。

 

「来るのは分かっておったよ、ミスタークレイジー」

 

「残念、私は女の性を持って生まれました」

 

変声器か。そしたら、この部屋の録音は意味がなさそうだ。

 

「うちには防犯カメラがあるが?」

 

「そんな生易しくはないですがね」

 

きっとそちらも覆面か何かでスルーしたのだろう。

 

「貴様は武神の名を知っておるか?」

 

「ええ、試製51cm連装砲も準備万端です」

 

毒を盛られても死なず、深海棲艦の軽巡ホ級の攻撃にも耐えた。とはいえ軽巡、戦艦の砲撃は喰らったことがない。まず手を横に広げる。敵は背面から撃つだけの姿勢。

 

「さあ、撃ってみよ。この老躯が武神だ」

 

「…」

 

―――――――――

――――――

 

「ご機嫌麗しゅう、θ中将」

 

「止めろ、恩師の前だぞ」

 

トイレで見つかった木っ端微塵の体が、ここに埋葬された。写真は亡くなる前の数時間に撮ったもの。ζ大将―恩師の家族は亡くなっているため、親族はここにいない。

 

ζ大将を知るものが集まり、この葬儀を開いた。人数は多く、悲しむ人懐かしむ人様々だが、不思議と暗くはない。どちらかといえば明るい。きっとζ大将の人柄だろう。

 

「俺がヘマしなければ、まだ生きてたのかもしれないな」

 

「η少将が、珍しい」

 

机に座り盃を3つ用意する。

 

「なかなかキザなことをするようになったな」

 

「恩師の願いだ」

 

あの夜の残った一献。それを注ぎ、それぞれ杯を持つ。

 

「音頭はどうする?」

 

「恩師に、でいいだろう」

 

「いや、そうだな。兄ちゃんに、でどうだ」

 

「そうしよう」

 

昔を思い出す響きだ。海の近くで毎日のように汗水垂らしながら、街中を駆け回ったり船の極意なる物を教わったり。

 

「兄ちゃんに」

 

「兄貴に」

 

「「乾杯」」



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急に底につく

「また暇があったら来るよ」

 

そう言って5人の艦娘に囲まれてα中尉は帰っていく。トンボ帰りとは、お疲れ様です。

 

さて、もう夕方である。今日は一食も食べていない。そのためいつもより多く取るとこにする。妖精らを連れていつもの場所に行こうとすると、青妖精に止められる。

 

『提督、もうあそこの貝はとれない。魚も今日はいなかった。つまり、人の食べることのできる物はもう残っていない』

 

マジで?飲料水もなければ、食物もなくなってしまった。あと6日間を飲食無しで過ごさないといけない。ギリギリいけそうだ。

 

「っていうか、一日で船が来ることができるのに、なんで10日間も待とうと思ったんだ?」

 

考えてみればそうである。ここに来るまで5日間かかった計算でやっていたはずだ。つまり、何かが間違えているということになる。

 

…近くに島があるのか。わざわざ日本から来る必要はない。近くに物資を多量に送るところがあれば、そこ経由で送ればいい話である。

 

したがって、α中尉はそこから来たと考えるのが自然である。現状、往復の最短時間は2日。これならば今日までに来ることは可能である。

 

それが来ていないということは、

 

「厄介払いではなく、捨てられた?最初から戻る気などなかったということか?」

 

そうすると、α中尉の言葉の理由が分からない。なぜ、ここに俺がいることが必要なのか。わざわざ俺がここにいることを全員に伝えたのだろうか。

 

それとも、ここが任地だと勝手に勘違いしたのだろうか。後者のほうがありえそうである。とはいえ、最前線に少尉を任せるか?少尉というものがどれくらいの地位なのかは知らないが、佐官とか将官に任せそうなイメージである。

 

「ええぇ!提督のご飯ないの?じゃああたしも食べないよ」

 

「何言ってんだよ、ちょくちょくこの島の周辺を滑ってるくせに、腹が減っては戦はできぬって言うじゃん」

 

「なんで知ってるの?!」

 

「バレてないと思ってたのか…。というかあれを食べたり飲んだりしてたらバレバレだろうに」

 

「じゃあ哨戒にいかないければ、それで食べなくて済むよね」

 

ドヤ顔をしながらそんなことを言う。姉妹が来て浮かれているのだろうか、だいぶおかしなことを言っている。

 

「それ、本末転倒じゃね?」

 

「…はっ、確かに」

 

姉妹といえば、たしか白露が一番艦などと言っていた気がする。

 

「なぁ、話が戻るんだけど、船の型ってなんだ?駆逐艦とかそういう分け方じゃなさそうだけど」

 

「それはね、船体の違いだよ。質量が重かったり、排水量が多かったりとか違いがあるんだよ」

 

「じゃあ一番使いやすい型の一つだけ量産すればいいんじゃないか?」

 

「いや技術力とか色々あるからね」

 

そんな15年間で変化するものなのだろうか。軍縮の脱退前後の違いだけな気がしなくもない。

 

「とりあえず、何か食えよ。俺はまあ、食わなくてもそれなりに生きられるから」

 

「…はーい」

 

ふてくされた顔をしつつ、燃料を飲んだり、弾丸を食べたりしている。しかし、それで補えるのは航行することと、砲を撃つことだけである。

 

「やっぱり、傷が目立ってきたな」

 

ドックを作ることを白露が強く言っていた理由は、少し体にできた傷の個数が増えているからである。毎日のように行っていたら、きっとどんなに注意しても攻撃を受けてしまうのだろう。早々になんとかしなければならない。



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日照りの砂浜

何事もなく朝をむかえ、今日も一日頑張るか、と気合を入れる。タイミングよくお腹がなったので、食事の用意を…出来なかったことを思い出し落ち込む。

 

今日は珍しく快晴。初日と似た感じである。5日目の朝の感想は寝苦しい、これ一択だと思う。

 

さて、5日目にして今後の方針がなくなったわけだが、ここから何を目指せばよいのだろうか。日本に帰ることは絶対の目標にして、達成のためにどうすべきか。

 

「あつすぎて頭が回んないな」

 

昨日の雨で濡れた服も乾いたが、着る気にはなれない。出来ればこのランニングシャツすら脱いでしまいたいが、人が来れることがわかったので少し羞恥心がある。

 

俺よりも早く起きていた白露すらも、半袖であるが暑そうだ。というか、いつもあの服を着ている、それは寝ている時でさえも。

 

「なあ白露、その服寝づらくないのか?」

 

当然の疑問だ。俺の場合はズボンは履いていたが、上着に関しては掛け布団代わりにしていた。一応寝るスペースは仕切られているので、たとえ半裸でも気づきはしない。

 

「いや、提督の前で下着になるのは問題が…」

 

「別に俺はお前に対して性的感情h…」

 

今なにか違和感があった。そういう感情がないのは確かだ。しかし、そういう人間的な何かがかけている気がする。

 

「あっ、排泄してない」

 

そう、ここに来て5日も経っているのに一向に便意、尿意が来ない。異常事態だ。というか艦娘である白露もしたところは見ていない。いや、見れるわけがないが。

 

「艦娘はトイレに行かないよ?体が全部、吸収しちゃうし」

 

何それすごい。つまりは、人間には毒でも艦娘には効かないということか。それは、イメージ云々と関係がありそうだ。

 

「それは体がイメージで作られてるからか?随分と精巧に作られているが」

 

前の戦闘のとき、白露の体には腸があることを確認している。つまり、消化器官の形は人間と大して変わらないということだ。一概には言えないが。

 

「まあ、もとが船だからね。鉄が食中毒にはならないでしょ?たぶんそういうことだよ」

 

「じゃあこの胸は?船には必要ないし、中学生には刺激の強いものだと思うが?」

 

本当にこれは謎である。船なのか少女なのかはっきりしてほしい。味を感じる機能とかも船にはない要素だと思う。

 

「それは、船って女の子だし」

 

いやいや、うんたら丸とか〇〇次郎とか聞いたことある。少なくとも白露の二十四節気の方では、秋の何かだったから女子の名前ではないだろう。大和だって男子っぽい。

 

「日本の船の名前の付け方って諸説あるんだけど、とりあえず私達は女性名詞だよ」

 

う〜ん納得いかない。だが、本人がそう言うのだったらそうなのだろう。…なんか話が脱線したな。えーと、そうそう、学生服っぽい服装で寝る理由か。

 

「とりあえず、次にα中尉が来たら寝やすい服でも持ってきてもらうようにしよう」



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脱出のルート

ぐうぅとお腹がなる。なぜ白露は平気なのに俺だけ腹が減るのか聞いたところ、よくわからないという返答をもらった。

 

だが、辛いのは最初の一日だけで、その後は不思議と鳴らなくなる。それまで待てばいい話である。やることも特にないので、情報収集をする。

 

「白露、もしまた、強い深海棲艦が現れたとき、対抗するためにはどうすればいい?」

 

「艦娘を増やして、練度をあげて、数で対応するのが王道というかそれしかないよ」

 

なんか、そこまで言い切られると別の方法を探したくなる。けれども、それが出来るのも土台があってこそなので、まずは艦娘を増やすべきだろう。

 

あの青妖精のいた鎮守府では、でかい建物で妖精せっせと働いて作っていたのを思い出す。……どうやら艦娘は増やせなさそうだ。

 

「練度ってのはどうやって上げるんだ?」

 

「それこそ、艦娘だからね。戦って上げるんだよ」

 

「それは何か指標になるものがあるのか?例えば何体の深海棲艦を倒せますとか」

 

「えーと今は15かな。そういう具体的なのはないけど、レベルみたいなものだよ。キャップは100だよ」

 

システムチックなものだなと思いつつ、管理のしやすさでは優れているとも思う。15がどれくらいなのかは分からないが、レベルキャップ100を参考にすると低いと思う。

 

これならば、叢雲の練度を聞いておけばよかった。α中尉の周りにいた艦娘はおそらく護衛だろう。となると、戦線に来るためにはあの数が必要ということだ。

 

叢雲の練度を知っていれば、単純計算で練度×5を白露の練度にすれば帰ることができることになる。…100とか言われたら…いや、うん、考えちゃだめだ。

 

「…じゃあ、今回の出撃には俺も参加しよう」

 

なるべくならやりたくなかった。だが、ここからの脱出において、ルートを調べておくのは必須。敵の戦力が一番薄いところを知っておきたい。

 

そして、予想される反論は、危ないからだめ。これに対しては今後のリスクを説明すれば言いくるめられると思う。しかし、

 

「うーん、正直なところ練度が足りないから護れないかなぁ。いっちばん頑張るけどね」

 

そう、足手まといとなる、と言われたら反対できない。戦いのプロではないので感覚というのは分からないが、足手まといは邪魔なのは分かる。だから、ほんの少しだけ譲歩してもらいたい。

 

「深海棲艦と遭遇したら逃げるからさ、戦闘の邪魔はしない」

 

なんかのフラグっぽいが、今は気にしない。死ぬのは怖いから普通に逃げる。電探を持っていくため、流石に視認距離まで近づかれることはないだろう。

 

「むー、…じゃあいいよ。提督はいっちばんに逃げるんだよ?」

 

「分かってる」

 

許可が出たので青妖精に頼んで、艤装を操れる妖精たちを集める。そして、電探を積み、初の昼間の航行をする。前よりかは楽しみである。



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ピンチの倍増

海の上をスケートのように滑る。スケートと違う点は暑い空気と海の匂いがすることである。しかも、水しぶきを上げ、デコボコした道を流れに沿って滑ってることから、スキーに似ているかもしれない。

 

前世の俺はどちらも滑ることはできたが、今回の場合は難しい。何が難しいかって?

 

艤装が妖精らに操られるため、高さがあればジェットコースターそのものである。また、自分であまり動かしてはいけないため、体幹で重心を調整しなければならない。

 

艦娘というものは、このアンバランスの中であれだけ動けるのだからすごい。初めての自転車を体験した記憶がよみがえる。子供の頃だが、強烈な記憶だ。

 

さて、いつまでも感傷に浸らず、ここに来た目的を果たすことにする。ちょっと重めの22号電探を持ち上げ、妖精たちに指示を仰ぐ。

 

『でんたんにかんあり』『だいたいあと2〇ごにせってき』『もうむりだ……おしまいだぁ』

 

「じゃ、提督は島に帰ってね。あたしもすぐに帰るから」

 

まあ約束だ。仕方ないので帰ることにする。なんか、死亡フラグっぽいのは気になるが、おそらく問題ない…かな?

 

通ってきた道を通って孤島に帰る。先までは前に白露がいたが、このだだっ広い海に一人だけでいると少し寂しくなる。

 

およそ10分ぐらい過ぎただろうか、体感ではちょうど折返し地点である。

 

『またまた、でんたんにかんあり』『さげんがわにあと1〇ご』『なにをねごといってる。ふてくされるひまがあったらたたかえ』

 

ええと、10分後ということは、島の到着と一緒か。つまり、深海棲艦もあの小島に行きたいということか?

 

今は一人のため戦うことはできない。そのため、島にいたら深海棲艦に殺されそうである。しかし、ここに立ち止まればいつ深海棲艦に会うかもわからない。

 

八方塞がりである。まさか、他の島に行くわけにもいかない。あてもないのに適当に行くのは危険だ。そうすると、白露のところに戻るのが得策か?

 

今、引返せばちょうど接敵した頃に…ではなく白露も進んでいるため戦闘開始から20分後くらいにつくことになる。最大速度を出せばもっと早く会うことはできる。

 

「よし、妖精達。白露のとこ行くぞ」

 

『えー、しらつゆさん、きちゃだめって』『いってたー』『だまれこぞう』

 

「いいんだよ。逆に一人の方が危ないだろ」

 

『なるほどー』『あたまいー』『イーーッ』

 

そう言って180度方向転換して白露の方に直進する。こういうときなんか言うことがあったような…。思い出した。

 

「よーそろー」

 

にわかに覚えている船系の知識を出して、鼻につく潮の匂いを吸い込み、戦地に赴くことにする。



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駆逐艦の本領

「おお、おぉぉぉお!」

 

最大ノットである37ノットはとても速い。時速にすると確か68.5キロぐらいだろうか。車とかだとだいぶとばして走っているぐらいの速さである。

 

まず、風が強い。腕とか千切れそうである。妖精パワーがあるため楽になっているが、それでも明日には筋肉痛確定である。

 

そして、水がかかる。服はびっしょりと濡れていて、せっかく乾かしたものが台無しだ。もう本当に水で前が見えない。

 

ドゴンッ

 

そんな爆発音が聞こえ、薄目ながら前を見る。遠く離れているが白露と、煙の中から黒い物体が見える。白露はおそらくこちらに気づき、黒い物体と俺の間に滑る。

 

「うわっ」

 

それまで直進していたが、急にギザギザと動き出しバランスをとるのが難しい。今まで神業のごとく態勢を保っていたのに、ここに来て一気に難度が上がった。

 

目の前―と言っても声が届かないぐらい離れているが―にいる白露は、俺よりも遥かに綺麗に走っている。砲も撃っているのだから驚きだ。

 

こう見ると何もできない劣化品の俺が惨めに思えてくるが、白露が化け物であると言い訳をする。

 

「あっ」

 

白露が少しぐらついて、減速をする。助けに行くべきだろうか。そう思ったのも束の間、黒い物体の付近で何かが爆発し、そこから黒い物体は失せる。

 

「なにしてんの、提督!島に戻るって言ったじゃん!」

 

「いや、帰るに帰れなくてな」

 

俺は赤子か?まあ白露から見れば年齢的には赤子同然だろうけど。しかしながらこちらも言い分がある。

 

「な、何があったのさ」

 

「どうやら、島に深海棲艦がいるらしい」

 

そう言うと妖怪百面相のように表情を使い、最終的にはふんす、と意気込んでいる。戦うことにしたようだ。

 

「じゃあ、今回は中断して、占領された島を取り返すよ。地の利はこちらにあるからね」

 

海の上で地の利って関係あるのだろうか。まあ、その手のプロが言うんだからあるのだろう。とりあえず帰路につく。

 

「数と艦種は分かる?」

 

『わからなーい』『しらなーい』『きにするな』

 

それぐらい確かめてくれば良かったか。というか、島の周りに適当にいれば良かったんじゃ…気にしないでおこう。

 

ところで、この今着ている服は厚めの服である。つまり、水分をよく吸収して重くなっている。肌につく感覚も好ましくない。

 

その点艦娘の服はすごい。あれだけ動いてもあまり濡れておらず、服でカバーされていない頭や足は水が滴っているが、透けるとかそういうラッキースケベは起きない。

 

「まあ、望んでもないが…」

 

「?」

 

提督服を脱ごうとすると止められた。日焼け云々と言われたが、半袖のやつに言われたくはない。

 

そこは白露が頑固だったので、脱ぐことは叶わなかったが、そろそろ島も見えてきたので緊張を緩める作業は終わらせる。



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1−1再挑戦

「そういえば、さっきの黒いのってなんだ?」

 

「あれは駆逐ロ級だね。あれが1、2体なら、まだ対処できるよ」

 

同じ駆逐艦でも少し差があるのか。そういう意味だと、駆逐艦相手ならばある程度有利に立ち回れそうだ。

 

「じゃあ、あたしは先に行って敵艦を島から遠ざけるから、提督は崖のところから上陸してね。あそこらへんはいないと思うからっ」

 

そう言って白露は波を滑っていく。俺も崖の方に向かうことにする。そもそも、深海棲艦なのに島にいるってのがよく分からない。

 

おそらく、俺たち狙いというのが妥当だと思うが、海の上で白露を沈めてから殺しに来てもいいだろう。…それともこの前のネ級とかいうやつか?

 

滑っているとちょうど白露が敵艦を後ろにして、砲撃をしながらひきつけているのが見えた。

 

『くちくかんがにせき』『けいじゅんがいっせき』『あきらめたらそこでしあいしゅうりょうですよ…?』

 

駆逐艦の方はいいとして軽巡?漢字だと駆逐艦の方が強そうであるが、重巡と同じ系列ならば厄介そうである。

 

青妖精のあの言葉が甦る。きっとこのまま島に行けばまたあれを言われるのだろう。言われると分かっていれば行動は自ずとわかる。つまり、助けに行けということだ。

 

「はぁ…。妖精達、あっち行くぞ」

 

『もちのろん』『とぉぉりかぁじ』『よろしくおねがいしまぁぁぁぁす』

 

緩やかに左にカーブをし、白露に追いつけるように少し速度を上げて直進する。結構日が傾いてきた。いつもならお腹も空いている時間だな、と思いつつ、空腹を感じなくなったことに少し驚く。

 

「提督ぅ?!」

 

白露も驚いたようだ、理由は違うが。あまり助けるというのは自分勝手すぎて好きでないので、自分の戦闘の練習だと伝える。

 

「そんな無茶なことしちゃ駄目だよ!提督はあたしが帰ってくるのを待っててっ!」

 

牽制をしながら器用に怒る。

 

あれ…?確かに何しに来たんだろ?先まで体を動かしていたせいか冷静ではなかった。ここにきて俺は何ができるというのだろうか。

 

ネ級のときは的として時間稼ぎができた。しかし、今回は敵艦が3隻もいて、そのうち1隻は軽巡である。

 

もし、俺が軽巡を受け持つとして、白露が駆逐艦を倒している間を持ちこたえられるだろうか。おそらく無理である。攻撃を受けないだけなら何とかなるかもしれないが、白露に攻撃させないというのはできない。

 

駆逐艦2隻を相手したとしても、先程と同じ理由で無理だろう。

 

「はいっ、魚雷を片方あげるから、駆逐イ級を一隻よろしくね。倒さなくてもいいから、妖精さんの言うとおりに動いて」

 

そう言って白露は上手くイ級とホ級、イ級に別れさせた。つまり俺は右側に行けばいいわけである。

 

『よろしゅうな』

 

魚雷に乗っている妖精と挨拶をする。関西に白露が関係あるのだろうかと思いつつ、黒い物体の輪郭がわかるぐらいまで近づく。

 

「な、んだ、あれ?」

 

そこにいたのは得体のしれない化け物である。艦娘よりも船に似ていて、船よりも今持っている魚雷に似ている。

 

それを見たとき込み上げてくるものは恐怖と憎悪。自分でも恐怖はわかるのだが憎悪の方は何がそうさせているのわからない。

 

とりあえず、倒さなければいけない相手だと思った。



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最も弱い敵艦

『いきゅうがくる』『おぉもかあぁぁじ』『どうこうせんやで』

 

体が右に旋回する。急なことに対応できずに転びかけるが、何とか体勢を立て直す。一旦イ級から離れようとするが、イ級も随分速い。

 

『ぎょらいや、ぎょらいをうつんや』

 

妖精が言うと、体はバッと反転して後方に下がりつつイ級が目の前に見えるようになる。魚雷、というのは手に持っているものを言うのだろうか。いや、確かそうだったはずだ。

 

魚雷を構える。どう構えていいのかも分からず、そもそもどうこれで攻撃するかもわからない。ちょっとずつ視界が狭くなる。

 

『めいれいだけだしてくれればあとはうちらがやるで』

 

あの爆発を思い出す。これが攻撃として放たれれば、あの爆発が起き相手は死ぬことになる。死ぬ、そう死ぬのだ。俺がこれを放てばあの生き物は死ぬことになる。

 

死んだ魚は食べたことがある。実際、この島で何匹も殺した。そこに生々しさはあまり存在しなかった。しかし、ここまで大型の場合は別だ。自分を殺し得るものには生々しさが強く感じる。

 

「ぎ、ぎょら、」

 

膝が震える。殺される可能性がここまで間近にいる恐怖によるものだ。ネ級のときは絶対に殺されないという、妖精に対する信頼があった。それに対し今回は殺さなくてはならない恐怖も存在する。

 

ここまでくると、白露―化け物に潰し合いをさせて、逃げ出したくなる。いつもの俺ならそうするが、今の俺にはできない。こみ上げてくる憎悪によるものだ。

 

バンッと言う音と、眩しい光がイ級の近くで起こった。至近距離、と言っても50mほど離れているところからの銃撃だ。

 

『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『あなたはしなないわ、わたしがまもるもの』

 

正面に火花が散ったかと思うとすぐ右に小さな水柱ができた。何が起きたか分からないが、とりあえず攻撃されたことはわかる。

 

『はよせぇや、てきさんもだまっちゃくれへんで』

 

まずは深呼吸。血の巡りを良くすれば、視界は開け頭も回る。ただ単に攻撃命令を出せばいいだけである。別に何も考えなければ、一瞬のことだ。

 

「やっちゃってくれ」

 

『しゃきっとせぇへんけど、ま、いいやろ』

 

目を閉じて、最低限バランスを保つ。どうせなら耳も塞ごう。あと何秒後に爆発するだろ…考えるな。もう目を背けよう。あちらの化け物の方がよっぽどいい。

 

耳をふさいでいたため少し小さめの爆発音と、後ろから来た光に少し驚きつつ、ため息を吐く。なんとも、見たくない結果だ。俯いたまま目を開け、前を見る。

 

すると、イ級とはまた違った容姿の何かがいた。全部が黒ではなく、人型に近しい形で白くなっている。肌として白いではなく、人間味のない白さである。

 

今度はイ級よりも大きな音が聞こえ光が見えた。

 

『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『おまえはもうしんでいる』

 

―――――――――

――――――

 

強い風で飛ばされた妖精たちを集める。砂に埋まっていたり、気に引っかかっていたりするのでなかなか難しい。おそらく見渡す限り取り終えたので、いつもの場所に戻る。

 

「あっ提督。妖精さんをそんなにたくさんも…。いっちばんはあたしなんだから!」

 

そう言ってまた、妖精探しに出かける。いや、別に競ってるわけじゃないだろ。そんな声をかける暇もなかった。



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常識人の叢雲

白露が走っていって体感で30分ほどが経った。その間、妖精たちが昆虫や爬虫類と戯れているのを見ながら点呼を行った。俺ではなく青妖精が、だが。

 

『とりあえず確認した。あと4妖精足りない』

 

あっそのまま使うんですね、はい。さて、という声とともに立ち上がり、叢雲を見る。未だ起きる気配はない。

 

というか、先まで女子中学生の制服に似たものを着ていたのに、なぜか今ではピンクのパジャマである。なんというか、あんまり見ないタイプだと思う。(偏見)

 

『そうそう、ちなみに今は白露さんが2妖精下回ってるけど、4妖精見つければ白露さんの勝ちになる』

 

いや、だから競ってないから。

 

「おーい」

 

声のする方向に向くと白露が手を振って走ってくるのが見えた。ちゃんと4妖精持っている。

 

『これで全部だ』

 

青妖精が終わりを告げる。妖精の回収作業も終わったので、そろそろ昼飯にしたい。しかし、白露がもう食材が残ってない、と言った。

 

もともと魚などを集めるときは崖下にあるくぼんだ穴のところに行っていたのだが、あそこに入る魚は満潮と干潮によって入ったものだ。穴釣りに似たものがあるが、あれとはまた一風変わっている。

 

なんとも、人間として絶望的なことを言われたが、仕方ないことなのだろう。ここの島の食物連鎖では上手くいっていたものを壊しただけである。

 

「んぁれ?ここ…どこよ…?」

 

どうやら、叢雲が起きたようだ。もはや二番煎じなので特段感想は持たない。

 

「…あぁ、そういえばそうね。って白露、なんて格好してんのよ!」

 

白露?そう思って白露の方に向く。すると、白露もこちらを見た。白露に別段変なところはない。強いて言うなら叢雲のために服を切ったため、ヘソの部分が見え隠れしてるぐらいか。

 

「何が、ん?よ!そっちの白露のほうに決まってるでしょっ」

 

干してあった提督服を手に俺に近づいてくる。起きたてから元気だなぁ、と思いつつ大人しく袖を通す。

 

「全く。艦娘で少尉だなんて、世界も広いものね」

 

「いや、だから俺は艦娘じゃないから。人間だから」

 

叢雲はやれやれ、といった様子だ。絶対に信じないつもりなのだろうか。無理に信じてもらおうとはしていないため、どちらでもいいが、化け物と一緒にされたくはない。

 

「じゃあ白露1号と2号と呼ぶわ」

 

「ふふん。ここでもあたしは1番だよっ」

 

どこまで一番に飢えてるんだよ…。流れから察するに俺が2号ということか。まあ、問題はないだろう。

 

「じゃあ、まずここの正面の海域に行くわ」

 

あー、たまにいる仕切りたくなる人か。まあ、よくうざいとか言われているが、俺自身はあまりそうは思わない。それを優しいと捉えるかは知らないが。

 

「でも、前にも言ったように危険性が――」

 

「そう。だからこそ挑戦するのよ。だってか…」

 

白露が叢雲の口を塞ぐ。白露は何かを誤魔化すように、話を始める。

 

「ま、まあ、えーと。練度あげないといけないし。ある程度は必要だよ」

 

「ま、そういうことね。あなたも含めて3人で海域突破するわ」

 

えっ俺も行くんですか。行きたくないんですけど。しかし、叢雲はそんなことは意に介さず海に立つ。アッハイ俺の意見は聞いてないんですね、分かります。



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みんなで哨戒

叢雲が指示を出しそれに従う。きっとああいう姿が提督なるものなのだろう。旗艦は白露になったらしい。ちなみに、旗艦というのはその艦隊の司令が乗るものらしい。叢雲がそう言っていた。提督と司令は違うのだろうか。

 

他にも、武器の持たない俺を見て、なんか色々と言ってきた。それはもう、色々と。ほうらいげきせん…?いきゅう…?よく分からない。

 

あと練度なるものも聞かれたが、俺はそういったものは持ち合わせていないため、無いと答えた。なぜか叢雲の魚雷で殴られかけたが、白露が止めてくれた。ちなみに白露は15だそう。

 

「ばっちり艤装つけてるじゃない。何が、艦娘じゃない、よ」

 

いや、まあ、そうなんですけどね。

 

艦隊は白露を先頭に叢雲、俺、と縦一列に並んでいる。叢雲の後ろについていくだけなので、だいぶ簡単に進める。すると、叢雲が少しづつ近づいていた。白露との距離は変わっていないため、叢雲が速度を下げたようだ。

 

「白露2号。アンタ、1号のことを嫌っているわよね?少なくともここにいる仲間なんだから、仲はいいほうが良いわよ。ま、好きにしてくれていいけど」

 

うーん。いや、そもそもここにい続けるつもりないし。それに嫌いなわけじゃない、ただ怖いだけである。まあ、怖いものを除こうとする行動を嫌いととればそうなのだが。

 

なんというか、口調といい考え方といい中学生の女子感がパない。背伸びしてる感が、田舎の中学校から都会の高校に私行くから、っていうのを彷彿とさせる。

 

思い出すといえば、叢雲の練度ってどのくらいなのだろうか。白露は高いはずと言っていたのでネ級とか倒せるのだろうか。えっこわ。

 

「練度って今どれくらいなんだ?」

 

「今の話でどうしてそっちに行くのよ、まったく。今は22ぐらいだわ。悪かったわね、期待に答えられなくてっ」

 

吐き捨てるようにそう言う。白露と7しか差がないらしい。弱い――無論、俺より強いが――確かに期待していたほどではなかった。

 

叢雲は怒ったようして速度を上げて前に行く。直後、白露が大声で叫ぶ。

 

「一番先に、敵艦発見!」

 

そこからは叢雲と白露で駆逐ロ級を各個撃破し、ほぼ無傷である。戦闘に参加できない俺はただ見ていただけである。なかなか、試合とか見ている感じで楽しかった。

 

白露は基本的に砲撃と雷撃を混同して使っているのに対し、叢雲は雷撃だけである。RPGでパーティーを組んだ際には何でも使えるタイプのやつと、魔法とか弓が得意なやつといった感じだ。その場合、俺は周りのモブといったところか。



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ばーさすホ級

「2号邪魔ねぇ…」

 

いや、連れて来といてひどくないか。一応、白露の指示された場所で彼女らの戦闘を見ていたのだが、叢雲の視界に入って戦闘に集中できないらしい。

 

小島への帰り道、道?…道で所謂反省会が行われた。俺は海戦なんてものは分からないので、艦娘の二人だけで会話している。なかなか辛辣だ。

 

白露は俺が男だということが分かっているのでフォローをしている。最初はなるべく戦わせようとしていなかったみたいだが、今はなるべく安全になおかつ有効なものを言っている気がする。あくまで素人目…耳?であるが。

 

まあ、それはね?使えない人がいて切り捨てるのは普通のことだと思いますよ。ただ、有効に活用をしようとかいい子かよ。そういうのに参加したくないときはあるけど、ね。

 

そして、おそらく十分ぐらいした頃にようやく島と、それを背にする黒いのが見えた。

 

「――ッ敵艦?!沈みなさい!」

 

「提督ッ逃げて!」

 

妖精達はその声に反応して後退を始める。俺は転びそうになりながらも進行方向に体を向ける。ふと、振り返ると白露と叢雲は別方向に誘導していることが分かる。

 

「妖精、あの真ん中の人はなんだ?」

 

『けいじゅんほきゅう』『くちくかんよりおおきい』『よわいよわいよ』

 

軽巡?はともかくホ級っていうのはネ級と同じ系列ということか?残りの黒いのは先のロ級に似ているな。深海棲艦はうんたら級って名前なのだろうか。

 

とはいえ、前のと違い今回は2:3で数で負けている。だいぶロ級を簡単に倒していたのを考慮しても、数の差は戦況に大きく影響が出ると聞いたことがある。

 

う〜ん、あの戦いに参加すべきだろうか。ネ級のときとはかなり状況は違い、避けるということに現実味がない。3方向からの攻撃というのは、例え戦闘を知らずとも辛そうである。

 

考えとしては参加すべきでないことは分かる。しかし、感情的には今すぐに消し去りたいものである。なぜか、あの姿を見るととても憎たらしく感じる。恐いというのも大きいが。

 

この2つをどう比べるべきか。こういう場面に当たるたび自分の何もできなさに悔しくなる。だから、参戦しようにも、彼女らに迷惑をかけるわけにはいかない。

 

確かに白露は恐いし、不愉快の感じる人と一緒にいたくない。ただし、それはあくまで俺の弱さである。それを押し付けるのは愚かである。

 

そんな偽善の言い訳を心の中でし、逃げることにした。どこに向かえばいいのかわからない。ただただ、迷惑をかけないという言い訳で頭を満たし、生を掴み取りにいったのだ。

 

しばらくして、憎悪、嫌悪などなどはなくなった。ようやく頭も回るようになり、たった一人で海の上にいる危険性を悟った。

 

「そろそろ、戻っても大丈夫か…?」

 

根拠はない。しかし、日も傾きもうすぐ夜が来ようとしている。妖精たちもどこか寂しげで、なんとなく帰りたくなった。

 

「妖精、来た道を戻るぞ」

 

『!おけまる』『りょ』『かえったら、しろいしゃつ』



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どす黒い大海

視点は白露になります。


提督は逃げてくれたようです。普通なら、提督たるもの逃げるなどもってのほか、となるのですが、艤装を提督が使っている自体が異常なのでその論は通用しません。

 

そもそも、お国を護るのがあたしたちの任務です。大変な数の艦娘を所有していれば話は別ですが、護ることを重要視するあたしたちにとっては少数――たった2隻であれば士気に関わることはほとんどありません。

 

「なんで逃げんのよ!だらしないわ!」

 

まあ、叢雲ちゃんは少し怒っていますが、戦闘に支障はないです。それにどちらかというと、旗艦であるあたしに合わせて行動しています。

 

しかし、全く演習も練習もしたことのない艦娘と連携をとるなんてできるはずがないので、練度差であたしが駆逐イ級2隻で、叢雲ちゃんが敵旗艦の軽巡ホ級を相手してくれます。

 

駆逐イ級が2隻。あたしにとっては倒すのが難しい敵です。1隻であれば難なく撃沈できるのですが、2隻ともなってくると正直もう1隻の艦娘が欲しいところです。

 

「ってー!」

 

無い物ねだりをしても仕方ないので、砲雷撃戦を開始します。まず、敵艦のうち1隻を攻撃しづらい状況にし、その間にもう1隻を相手します。

 

けれども、思ったようには敵艦隊の陣形は解かれず、効果は少しちょっかいを出した程度です。こちらは連携できなくても、相手もそうだとは限らないです。

 

「…作戦Bにするわよ」

 

仕方ないので事前に用意してあった次善策―――作戦Bに移行します。この言い方は叢雲ちゃんが慣れているのだとか。

 

次善策と言っても、基礎中の基礎である艦隊の行動です。2隻では陣形という陣形は組めないですけど、簡単な形で一緒に行動します。

 

これだけだと先に述べたように欠点だらけです。しかし、旗艦だけを沈める場合には集中攻撃ができるので一番いいんです。

 

深海棲艦は人型に近づくにつれて知性を手に入れます。逆に言えば、こういう駆逐イ級では知性が乏しく、旗艦がいなくなればとても大人しくなります。

 

そうと決まれば魚雷を放ち、主砲を鳴らしホ級にダメージを与えます。今は反航戦です。敵艦3隻も砲撃しました。進む方向を変え、砲撃を躱します。

 

「っ…」

 

だけれども、叢雲ちゃんに砲撃があたってしまいました。心配して振り返ると、後ろを見るなと手を払ってきます。見たところ小破ぐらいなので大丈夫かな?

 

よく見ると駆逐イ級があたしの雷撃を浴びて大破になっています。同航戦の状態になり、次発装填済みの主砲を撃ちます。敵艦も駆逐イ級のうちダメージを受けてない方が同じタイミングで撃っています。

 

あたしたちは難なく避け、攻撃は上手くいき、ホ級には大してダメージが見られないけどイ級は中破になり良好です。

 

「寒いし、痛いし、恥ずかしいし…んもぉー、今に見てなさいよぉーっ!」

 

でも、油断大敵。ホ級の弾丸があたしに当たってしまいました。左足の太ももが抉られ、左側のお腹も爆発で火傷とクレーターのような穴ができます。中破といったところです。

 

「一旦離脱するわよッ…!」

 

そういって右腕を引っ張り魚雷を撒きながら離脱を図ります。敵艦からの追撃はなく、あっさりと逃れました。日も傾き、そろそろ夜戦が始まります。




書き忘れてましたがグロ注意です。


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夜戦の駆逐艦

夜戦、それは日本の水雷戦隊にとっては恐いものです。夜の闇に紛れ密かに撃沈する。日本の水雷戦隊は確かにとても強かったです。しかし、夜は混乱しやすく何隻もの轟沈を見届けています。

 

ただし、艦娘の駆逐艦の強さを発揮できる機会でもあります。夜戦なら駆逐艦でも重巡並みに活躍できます。

 

「1号はここでその傷、治して…って治せなかったわね。後ろから援護は…危険ね」

 

叢雲ちゃんが、ブツブツと言っています。

 

「中破なら、まだ、攻撃できるから、一緒に、頑張ろうよ」

 

「何言ってるのよ。アイツでも夜戦に中破では参加させないわよ」

 

「でも、ホ級が…」

 

「練度で言えば私のほうが上なのよ。…それにアイツは轟沈艦を出したことがないわ。1号はどうか知らないけど、私は少なくとも沈まないわね。なら危険な場所に行くのはこの私になるのよ」

 

そんな、確証がないことをなんで信じるのでしょう。提督はいつでも鎮守府にいます。そして、あたし達の背中を支えています。でも、だからこそ、沈む艦娘もいるんです。

 

なんとなく、妹でも見ている気分です。危なっかしくて、一匹狼になりたがる妹です。あたしの姉妹にはいないタイプです。でも、いたとしたら、あたしは嫌がっても構いに行ったでしょう。…本気で嫌われちゃやだけどね。

 

「あたしは旗艦だし、沈まないよ。あたしは、あたしの提督を護らないといけないから、力を貸してほしいな」

 

「し、仕方ないわね。相手の旗艦だけでも沈めるわよ」

 

なるべく元気に返事をし、敵艦隊の場所に近づきます。あの3隻は全く動いておらず、簡単に発見しました。まずは、奇襲攻撃です。

 

「魚雷投射ッ」

 

魚雷はイ級にあたり、轟沈を確認しました。けれど、どちらのイ級かは分からないです。そして、私達の位置に気づいた敵艦は動き出します。

 

「ここからが、私の本番なのよ!」

 

叢雲ちゃんも続いて撃ちます。と、暗闇の中に一瞬だけ爆発が見えました。敵艦の砲撃です。とりあえず回避に専念します。

 

「や、やだ、…ありえない」

 

叢雲ちゃんに命中したようです。近づいて確認します。

 

「機関部がやられたわ。ほとんど航行できない状態よ」

 

叢雲ちゃんを肩に担ぎ、逃げます。最初は嫌がっていましたが、すぐにそれもやめました。あたしは砲撃も雷撃もして、牽制します。叢雲ちゃんもあとに続くように攻撃してくれます。

 

それでも相手の攻撃はやみません。だんだんダメージも蓄積し、疲弊してきます。今や敵艦も軽巡ホ級を残すのみです。でも、それに対しあたし達は中破と大破。勝敗は決定しました。

 

…ここで沈んじゃうのかな。

 

そんな物が頭をよぎりました。頭を振ってその考えを払いのけ、前を向きます。そこに見えたのは小島です。あたし達は、逃げた結果帰ってきたようです。

 

あとに引けるところがありません。 

 

「ってー!」

 

当たれ、当たって、そして大破になれ。そう願わずに要られません。相手は小破か中破と言ったところです。可能性はあります。

 

「――――」

 

当たった。たしかに当たりました。でも、なお倒れておらず。あっちの方から砲撃の音が聞こえました。ただ聞こえただけです。真正面に見ていたはずなのに光すら見えずに。

 

ああ、目を閉じていたんですね。受け入れがたい現実があっ…、――…、。

 

そして、意識が途切れました。



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身勝手な期待

提督視点になります。


あたり一面に広がる暗闇。月の光が海面に当たった結果、乱反射している。だから、そこに海面があると分かるが、暗闇のせいで足場がない気がするという、なんとも奇妙な感じだ。

 

今夜はおそらく晴天である。月も随分と明るく見えている。その光の中、妖精らは歌を歌っている。俺も寂しさがなくなり、心地が良い。

 

「おっと」

 

航行が急に止まり驚いた。よく目を凝らすとそこには絶壁がそびえ立っていた。どうやら崖の下のようだ。ここは潮の流れの影響で魚がいるので、よく使っていた。

 

艤装を取り外し、陸に上がる。すると、少しばかり異臭がすることに気づいた。まるで、鉄製のもので感じるような臭い。ここに鉄らしき鉄がないのを踏まえると。

 

「血か?」

 

思い当たるのは艦娘らである。彼女らも元は船だし、そんな匂いがしてもおかしくないのだが、叢雲が流れ着いていたときの体には血が流れていたようだったので、血の臭いで間違いない、と思う。

 

「ここにいるってことは、終わったのか」

 

怪我をしているだろうことは分かるが、ここが平和なことにホッとする。

 

「―――ッ」

 

後ろに気配がいた。もちろん、こうも暗いと数分おきぐらいに振り返ったりするのだが、今回は違う。とても、憎たらしいのが後ろにいたのだ。

 

振り返った先――正確にはほんの5メートルほどの場所に何かがいた。銃口のようなものは光り、この暗闇の中でもなおわかる白い体。白いのが見えているのは上半身だけである。

 

マジの幽霊を見てしまった。そう思っていた時期も俺にあった。

 

『ホ級だ!逃げろ!』

 

青妖精の声が聞こえ、頭の血が引くように冷え冴える。実際には恐さで血が引いて、人間的に白い肌が青白くなっているだろう。

 

に、逃げ…れない。足が笑っている。腰がはずれている。目が引き寄せられている。自分の意思で動かない。違う、自分の意思はない。すべて、目の前のモノでうまっている。

 

「よくも、やってくれたわねっ」

 

何かが動いた気がした。その瞬間、奪われていた意識が戻ってきた。あれは誰の声だ。聞き慣れない声があったと思う。情報が整理できない。

 

時系列で並べよう。軽巡ホ級が現れ、俺が動けなくなり、ホ級の左側に爆発が起き、誰かの声が聞こえた。記憶を辿り声の主を探す。そう、あれは

 

「叢雲!」

 

「そっちにいるのは2号ね。アンタ、そこを動くんじゃないわよ」

 

動けと言われても無理だったので、ちょうどよかった。その後も近くで爆発が見え隠れした。時間が経つにつれて、今やるべきことを考えるようになった。

 

そう、この鉄の匂いの正体である。真っ暗で周りはあまりよく分からない。

 

「妖精、ここらへんに白露はいないのか?」

 

『まだ、見つけてない。提督の艤装を使わせてほしい。白露さんを見つけてくる』

 

「おう、頼んだ」

 

ひとまず、ここらへんに白露はいないことが分かった。そして、俺は花火のような、それでも花火と似ても似つかない爆発を眺めることにした。



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一足す一はニ

何十分経っただろうか。そんな問がふと、頭の中によぎる。この島にそのような高い文明は存在しないというのに、だ。

 

そう、この日本からおそらく遠く離れたこの島は、自然の摂理が強く働いている。例えば弱肉強食。最も想像しやすい自然の力だ。

 

では、艦娘とは一体どういうものなのだろうか。もし、文明というものが工夫の度合いを表すのだとしたら、艦娘は低い文明にいることになるだろう。

 

生まれ持った知識で、生まれ持った力量で、生まれ持った管理下で、その存在がいる。確かにそのステータスは人間を超越しているだろう。しかし、発展していない。

 

ただただ高いステータスでは使い潰されるのが人間の、社会の摂理である。自然の摂理に則っている艦娘とは違う。故に、艦娘の社会では魚や猛獣などと同次元の争いが起こる。と、俺は考える。

 

何を根拠に、と言われれば何もないのだが、とにかく結果として弱肉強食が働いている。俺の目の前で起きたことに呆然とするしかなかった。

 

明るい月びかりの中、ぎりぎり見える人型。それが叢雲だと言うのは状況的にそうなる。

 

「悪、かったわね…期待に、答えられなく、て」

 

酷い煙の匂いがする。深海棲艦から火の手が上がり、それでも地に――海に伏しているのは叢雲である。

 

再び憎い面と対面する。この嫌悪の出処は未だにわからない。分からないが、憎いナニカがいて、死に直結する力を持つナニカに望むものは一つだ。消え失せろ。

 

前の時の恐さによる怯みはない。俺にしては珍しく単純な思考。とても殺してやりたい。あの深海棲艦に向かって睨む。燃え盛る炎の中にある巨体と、照らされた銃口を交互に睨む。

 

やっぱり出てくるもう一つの感情。悔しさである。この非力な俺がいるから、自分自身を守ることができなかった。一人では何もできない、なんてことはありえない。自分の身ぐらい自分で守りたい。それで一人前。まだ半人前。

 

くそっ、もっと艦娘を知っていれば。もっと艤装をうまく扱えれば、もっと戦うことができれば、そう思うと悔しい。

 

水平線の彼方で薄く光が漏れ出てきた。太陽が出てきたのだ。そのほんの一瞬で叢雲は倒れたし、俺は悔しがった。そして、同時に起こるのが爆発である。

 

「――――」

 

………あっあれ?なんでホ級が倒れんの?

 

ホ級が倒れ背後に見えてくるのは、腹部に大きな火傷を負い、両足に多数の軽傷があり血だらけになっている。そして、隻腕になり、右目が潰れ、顔の半分に腹部と同じく大火傷になっている。

 

「化け物?」

 

ついつい、そんな名前で呼んでしまうぐらい彼女は化け物であった。



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運の無い提督

正に化け物と呼ぶに値する形相である。良く言えば満身創痍になるまで戦った、になる。悪く言えばなんでそれで死なないの?になる。

 

血みどろな白露と血みどろな叢雲と、白く光っているホ級。……ん?いま変だったぞ。えっなんでそんな光ってんの君。

 

緊張の糸が切れたように白露が前に倒れる。支えに行こうと動こうとしたが、腰が抜けて動けない。しかし、驚くべきことに、その白い光が支えていた。

 

もう少し厳密に言おう。その光の中から現れた誰かに支えられていたのだ。その人は明らかに先の深海棲艦とは違う。もっと人間味があり、憎悪なんてものもない。

 

「ん、朝だねぇ。これなら着任してから出撃すれば…って白露?!なんだ、大破か…。おやすみ」

 

あの緊迫感もどこへやら。急に出てきた人に場の空気が一掃される。えっと、どちら様でしょうか。

 

「他の艦娘は…叢雲と、あれ、白露?」

 

俺と白露を交互に見ている。というか、白露と叢雲を知っているということは艦娘なのだろう。見た目は高校三年生ぐらいな感じだが、ほんの少しだけアイドルな感じがしなくもない。

 

「ん?あっ提督だね。んんっ。川内、参上。夜戦なら任せておいて!」

 

もう一時間早く来て?!いやいや、状況がわからない。因果関係を作るなら、深海棲艦から生まれたことになる。だがしかし、今までそんなものはなかった。は?どゆこと?

 

それに、なんで俺が提督だって知ってんだ。叢雲は分かってなかったし、未だに信じようとしてない。本当に一体どうなってる。

 

「とりあえず、私が白露を運ぶから、叢雲は提督を運んでくれない?」

 

「はあ、だらしないわねぇ。それでも、司令官かしら」

 

そう言って俺を背負う。すまねぇ、腰が抜けたんだ。いや、痛いんだけどさ、そんなことを言う場面じゃない。気恥ずかしいというか、なんというか、どこにそんな力があるんだってぐらい軽々と持ち上げる。

 

そして、いつもの砂浜に戻り、白露をブルーシートの上に寝かせる。

 

「さて、えー、川内。…なんでいんの?」

 

これしか思いつかなかった。捉え方次第では酷いことを言っていると思うが、つまりはどうやってここにいるのか、状況を整理したい。

 

「何気にひどいっ」

 

「あー、それなら私から説明するわ。この夜戦バカはドロップ艦娘と言って、深海棲艦を沈めると出てくるのよ」

 

何それすごい。深海棲艦と艦娘って同じということか?違うか?違うな。改心した敵のようなイメージにしておこう。

 

「でも、今まで出なかったよな?」

 

「ええ、2号の運が悪かったんでしょうね。でも、これによって分かったこともあるわ」

 

あーそれな。トラックにはねられるし、勝手にこんな島連れてこられるし、運が悪いな。というか、その運の問題はさておき、艦娘が深海棲艦を沈めたら現れるって普通の考え方なのか。

 

「そもそも、ドロップ艦娘って泊地がないと出ないのよ。つまり、ここが泊地であるということの証左になるわ」

 

えーと泊地って何って感じだが、とにかく今はいい。ところで、なぜ叢雲は簡単に治っているのに白露は治らないんだ。

 

「そうなのか。で、白露を治すにはどうすればいいんだ?」

 

我ながら突飛なことを言った自覚はある。しかしながら、この島で艦娘が増えることがわかった今、とにかく人手がほしい。

 

「なんだ、ちゃんと1号のこと心配してるじゃない。…そうね、アイツにバケツを持ってこさせるわ。それで治るわ」

 

アイツって言うのが誰かわからないが、ありがたい。というか、アイツって人がここに来られるのなら帰ることもできるわけで、したがって目標である日本に帰ることができる。

 

「来たみたいだわ」

 

そう言って叢雲は手を振る。よく分からなくて目を凝らすと、その先には驚くべきものが存在していた。その海の先にいるのは元祖海を征くものだった。



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片割れの主役

ここからはもう一人の主人公目線です。


なかなかに寝心地の良くないところで目を覚ます。視界にはムキムキではなく、かと言ってヨボヨボでもない一般的な足が見える。

 

どうやら、車で座ったまま寝てしまったようだ。高校生にもなって恥ずかしい限りだ。しかし、とても頭が冴えている。

 

「お目覚めですか、α少尉。もうすぐη鎮守府に着きますよ」

 

若い男の声が聞こえる。α少尉、いい響きだ。ここに来るまでに学んだことを思い出し、気を張る。さて、ここから頑張るのだと。

 

本当にすぐに停車し、運転手は外に出る。外には加賀が立っていて、運転手が開けたドアから外に出る。

 

「話は聞いているわ、α少尉。η少将の執務の補佐を務める加賀よ。では、こちらへ」

 

鎮守府の門の前に憲兵がズラッと並んでいる。その十数人は皆、敬礼をしている。僕も敬礼をして返す、我ながら完璧だと思う。

 

そう思っていると、加賀が驚いたようにこちらを向く。そりゃそうだ、なんたって特例提督――一般人が見事、敬礼をしてみせたのだからな。憲兵すら驚いている。

 

そして、一番奥の憲兵服に包まれた不動の男。彼がここの管理者であるη少将だ。自分でも長身だと思っているが、僕と同じ身長である少将も長身だろう。

 

「η司令長官、α少尉ただいま参上しました」

 

うむ、自分でもカッコいいと思えるほどいい挨拶。トーンも完璧。ナルシストとは違う。

 

ここにいるほぼ全員が驚いているのに対し、η少将は全く表情を動かさない。

 

「ははっ、いっぱい喰わされたな。赤城よ、彼は面白いぞ」

 

「そのようですね。ただ、この場に参列するまでもなかったと、そう思いますが」

 

「いやいや、期待以上の人材だ」

 

そうだった。この人はただ面白いというだけでこうも豪華に歓迎をし、自分でさえもモブの一員として参加する道化師だった。

 

あの赤城すらこの場に立たせるとは予想していなかった。どこまで僕に期待していて、どこまで予測していたのか、僕には考えが及ばない。

 

「ふむ、では加賀。待ち合い室の方に案内してやってくれ。それと茶も用意しといてくれ。資料も渡しておいて貰いたい」

 

「分かったわ」

 

そう言い切ると赤城とη少将は建物の方へ歩き出す。僕らは別の建物の方のようだ。加賀のあとをついていく。

 

出されたのは緑茶のようだ。弓道のような姿にはとてもよく似合う。少し飲み、ほうっと息を吐く。

 

「粉茶かな」

 

「…良くわかったわね」

 

今日何度目なのかわからないクールビューティーの面が剥がれた顔。粉茶といえば少し安物感があるが、割と手の込んでいるものである。高級品だけバンバン出されるよりかはずっといい。



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まだ何もない

 ノックの音が聞こえ、扉が開きかの道化が入ってくる。

僕は椅子から立ち上がり、敬礼をして迎え入れる。わざとらしく驚き、向かいの椅子に座る。僕も座る。

 

「悪いねα少尉、加賀は君のことをあまり好いていないようだ。加賀も、相手はいくら階級が下と言っても司令官としての資格を持っている」

 

 加賀のサイドテールがしゅんと下がる。

 表情が変わらないのに髪が動くってどうなってる。そして、彼女は何処かにいそいそと消えていった。

 

「……さて、まずはη鎮守府へようこそ。君はここで一ヶ月の研修期間が用意されている。だが、今この島では非戦闘中にしている。ただでさえ実戦がないのに、2日後、俺は本国に帰るからそこから数えて…およそ2週間ほどこの島にいない。つまり、研修は2週間で終わらせなければならない」

 

「それは、もしかして、ζ大将の百か日でしょうか」

 

 そう、大将という大物が死んでからちょうど100日目となる。彼は武神として名を馳せ、また大の酒好きとも聞いている。

 その神とη少将が繋がっていたっておかしくない。そう考えただけである。

 

「!…そうか、そうか。うむ、いいだろう。こんな茶しか出せなかったが容赦してくれ、それと客室を用意しておいた。大淀に案内させよう」

 

 何かが分かったらしく早口で話す。怖えよ。何がわかったんですかね。

 すると、η少将はスクッと立ち上がり早足で外に出ていく。数分経つと今度は赤城の声が聞こえた。ただし、機械的な音で。

 

《艦娘の呼び出しをします。軽巡洋艦大淀、直ちに執務室にお越しください》

 

 これ、絶対にη少将が考えましたね。面白そうだからやれって赤城に言って、赤城は仕方ないですねみたいな感じでやってしまう。

 おそらく元は迷子センターだと思う。

 

 そして、その放送の数分後、慌てた様子で大淀が部屋に入って来た。なぜかスス汚れている。

 

「はぁ、はぁ。お、遅れました。では部屋に向かいますね。ついてきてください」

 

 残りの茶を飲み干し、大淀を追いかける。

 彼女は黒くなった軍手に鍵を握り、作業に集中していたのか服に黄色いテープがついている。

 

 あるドアの前で立ち止まり、鍵を鍵穴に差し込み、ドアを開ける。その中はとても殺風景で、椅子も机もない。ただの四角い空間である。

 

「まだ荷物を運び入れてないので、もう少し待っていてください。一応、鍵は渡しておきます」

 

 銀色に輝く鍵。鍵付きの部屋とはまた豪華な部屋をもらったものだと思う。内装は……これからでいいだろう。

 運ばれるのをこの部屋で待っていようかと思ったが、そこで大淀が魅力的な提案をした。

 

「どうです?一緒に練習の様子を見に行きませんか?…あっ無理にとは言いません、今は何もできませんから少しでも艦娘のことを知っておいたほうが研修の目標を達成出来るのでは、と思いまして」

 

 真面目だなぁ。

 大淀らしい発言だと思う。まあ、ここの空母の戦績は優秀で、海軍内でもひと目置かれる彼女たちだ。見ておいて得しかない。

 

「ありがとうございます。どこでやっていますか?」

 

「案内します」

 

 テクテクと大淀は歩いていく。僕もその後ろをついていく。ようやく、ようやく提督になったのだ。

 

「艦娘を代表して、これから一ヶ月楽しんでいきましょう」

 

 その笑う姿はとても嬉しそうだった。



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殲滅的な空母

―――ババババババッ―――

 

 そんな感じの音だった。この鎮守府の航空戦力は海軍内でも群を抜いている。

 空母らの艦載機が群がり、グループに分かれて攻撃している。空を埋め尽くさんばかりの数で、向こうの空は青いのか分からない。とても迫力がある。

 

「今は二航戦の方々とIntrepidさんが五航戦の方々と演習していますね。どうやら、η提督がIntrepidさんの戦力化を図りたいみたいなんです」

 

 直に見るのは初めてな光景を目に焼き付けようと、瞬きも忘れる。

 見た目ではやはり、3隻いるほうが押しているように見える。ただ、練度差でIntrepidの艦載機は続々と落とされている。それを二航戦がカバーしているようだ。

 

 一通り終わり艦娘が港に上がってくる。空母といえばそれはもう、高嶺の花といった感じで、戦艦と同じくあまり見たことがないし、間近で見るのに関しては初めてである。

 

「大淀、ちょっとこっち来て」

 

 瑞鶴が大淀を呼ぶ。大淀はこちらをちらっと見てから、瑞鶴らの方に行く。

 そしたらなぜか、大淀の周りに円になるように彼女らは集まり、ちょこちょことこちらを見る。

 

 これについてはおそらく昔の風習のせいだろう。

 昔と言ってもつい最近なのだが、特例提督が始まる前、艦娘は基本的に彼女の提督となる存在としか話さなかった。

 

 提督は基本的に将官以上で、たまに七光的に大佐の駆逐艦隊があった。本当に極一部だが、中佐でも提督になっておる例があるのだとか。

 つまり、そういうことで、艦娘は将官としか話したことが無いため、少尉がいることは歪なのである。

 

 そして、もう一つ重要なのが、量産が可能という事実だ。

 艦娘はその特性により価値が下がり続けることがあった。その結果、生まれたのが妖精の事件だったり、艦娘の兵器化だったりする。後者は未だに回復していないが、度重なる不当な扱いにより始まったのが、艦娘の独占である。

 

 艦娘にとっては独占は少なからずいい方に動いた。

 まず、将官に限定することにより、それ未満の奴が関われなくなり、艦娘もそいつらを無視することが許された。

 また、艦娘の不当な扱いも相対的に減り、例え提督の頼みであっても断りやすくなる。

 小さな艦娘社会が作られることにより、提督一人に集中しやすい、などの利点があった。

 

 ただ、艦娘の役割とも言える戦闘がしづらくなったのが難点であった。

 提督一人に負担が行くため、秘書艦やケッコンカッコカリなどができるようになったが、あまり改善されたとは言えない。

 

 一人でも多くの艦娘を戦わせないといけないこの時代。そこで現れるのが特例提督である。

 

 そして話は戻る。

 彼女らは最近追加された制度を知らず、そのため僕がここにいることや大淀が近くにいることが不思議でならなかったのだろう。

 

「ええと、紹介します。こちらが、一ヶ月ここでテイトクカッコカリとなるα少尉です。…α少尉さん、右から順に瑞鶴、翔鶴、蒼龍、飛龍、Intrepid、です」

 

 呼ばれた順にそれぞれ挨拶をしていく。

 瑞鶴は首を下げる。翔鶴は丁寧に腰から折れる。蒼飛龍は手を振る。Intrepidは蒼飛龍に習い手を振っている。

 うむうむ、なんかアイドルにでもなった気分だ。すごい珍しいみたいな目線を感じる。



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最初期艦選択

補足として
瑞翔鶴は改二甲、練度90台であり、イントレピッドは無印、練度20台、二航戦は改二、90台です。少将というランクを慮ってこんな感じです。


 空母らは走って鎮守府内に戻っていった。

 大淀に聞くとここは演習場と言って、時間制で使用する場所のようだ。

 

「次は水雷戦隊が使用するのですが、見ていかれますか?」

 

 僕は首を振る。

 ここの水雷戦隊も見たいのは山々だけど、次のところに行きたい。

 

「では、そろそろお昼時なので、食堂に参りしょう」

 

 特に異論はないため、頷く。ここの食堂に入るのは初めてだ。高校の食堂は一度行ったことがあるが、味が普通か不味いくらいなので少し期待している。

 

 日が真上に来て、外が蒸し暑くなっている頃、中は冷房が効いていて過ごし易い。

 大淀の後ろを歩いて着いた先は、食堂「間宮」である。

 

「今日のメニューはカレーですね。美味しいんですよ、間宮さんのカレーは」

 

 僕は入って食事の受付場まで行く。

 そんな入口から受付に行くまでの十数歩の内に、騒然としていた食堂はだんだんと静かになった。

 予想はしていたが、やはりこうなってしまった。駆逐艦から軽巡、重巡と戦艦は飛ばして空母や潜水艦、海防艦。そして水母に揚陸艦が箸を止め、空気を強張らせる。

 間宮でさえもこちらを向いたまま固まってしまい、注文ができない。うーん、どうしたものか。この静寂の中で声を出すのは勇気がいる。

 

「はっ。あっ、え、えと、大淀さん。そんな汚れて入っちゃいけないって何度言ったらわかるんですかっ」

 

「えっそんなこと言われたことがな――」

 

 間宮は大淀の背中を押して出入り口を通ってしまった。

 大淀のあれは確かにフォローできなさそうである。しかし、僕の料理が作られてないのはどうすればいいのでしょうか。

 

 そんなところに一人の艦娘が来た。

 サイドテールを揺らし、表情が読み取れず、弓道着を着た艦娘。加賀である。

 

「食事はα少尉の部屋に用意するわ。早く戻りなさい」

 

 加賀と一緒に私室に戻る。

 室内は先程とは打って変わって家具が置いてあり、どちらかと言うと和式な感じだ。

 畳があり、箪笥があり、座布団があり、座敷机がある。和風でないのは押し開きのドアと、ベッドがあること。この2つだけ周りから浮いている。

 

「茶を入れ直したわ。それと、今後について説明があるわ」

 

 とりあえず、座布団の上に座り、茶を飲んでから並べられた資料を見る。

 今度は随分と高級な味がする。どうやら玉露のようだ。先の粉茶より良い味がしている。

 

 資料には5人の艦娘が5ページにわたり説明がなされている。そして、その下には日誌が置いてある。

 

「その日誌は好きに使って構わないわ。それと、その娘達は初期艦で、一隻選びなさい」

 

 実はここに来る前からどの艦娘にするかは決めていた。

 

「この、デンちゃんにするよ」

 

「……電ね」

 

 いなづま?いえいえ、デンちゃんです。



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食事処で色々

 加賀の説明も終わり、美味しい煎茶も飲み、ゆったりとした時間が流れる。

 新しい畳の匂いと共に、用意されていた醤油煎餅を頬張る。僕はザラメ煎餅が好きだ。しかし、文句は言えないので醤油煎餅を食べます。

 

 加賀が出ていって数分経つと廊下が騒がしくなっていることに気づいた。

 昼食が終わったのか。そう思うと、僕が昼飯を食べてないことを思い出した。

 そして、気づけば来る空腹感。食堂「間宮」はまだ営業しているだろうか。

 

 そう思って残りのひと切れの煎餅を放り込み、食堂「間宮」に向かう。が、その行く手は阻まれてしまった。

 ドアの前に艦娘がたくさん構えていたのだ。主に駆逐艦が多い。

 

 と、思っていたら、わっと逃げ出してしまった。まっくろくろすけかな?目ん玉はほじくらないから怖くないはずなのに…。

 

「どうしたんだい?」

 

 しゃがんで目線を低くして、笑いながら話しかける。最前列にいたのは睦月と如月で、少し怯えていたのが、分かりやすく顔が晴れていく。

 

「あ、あなたが噂のテイトクカッコカリさん、なの?」

 

 やはり少し固い感じがする。

 出来るだけ爽やかに人当たりよく、害意がないことを伝える。

 

「そうだよ。α少尉って呼んでね」

 

 子どもに話しかけるように優しく言う。年代で言えば駆逐艦の中で二番目に旧い型なのではあるが、見た目も中身も子どものようである。

 そして、その純粋さ故に一人でも優しくすれば、広がるように僕への不安は取り払われる。

 ううむ、こう考えると悪いことをしている気がする。とりあえず、第一印象が良いものになったと喜んでおく。

 

 そして、一気に僕への興味が爆発する。

 何故いるのか、何をしに来たのか、今は何をしようとしているのか、かわいいね、てやんでぇ、などなど。

 その騒ぎの中、後ろにいた鳳翔が話しかけてきた。

 

「α少尉さん、鳳翔と申します。お昼がまだなのですよね?でしたら、居酒屋「鳳翔」にお越しになりませんか?」

 

 これはお言葉に甘えるとしよう。流石にこの駆逐艦の数は対応できない。

 逃げるように鳳翔の営む居酒屋に行き、準備中の看板がかけてあるドアを開き、中に入る。準備中のため、誰も中にはいない。

 

 未成年なので飲酒はできず、何でもできる鳳翔にメニューにない食事を作ってもらった。

 財布を出そうとしたが、そもそも経費は軍費から出ているので、必要なかった。

 

「…先の加賀ちゃんの件、改めて謝らせていただけないでしょうか」

 

「いえいえ、そんな、どちらも美味しかったですし、加賀の人となりも分かりましたし、大丈夫ですよ」

 

「そう言ってもらえると助かります。ただ、加賀ちゃんは勘違いされやすいので、どうも心配なんです」

 

 鳳翔はとても加賀のことを気にしているということが伝わってくる。

 そして、鳳翔はそれだけを言って料理の準備に取り掛かる。僕もせっかく出された料理を冷ましてしまうわけにはいかないので、冷めないうちに食べることにする。



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他愛のない話

「あっ、ここにいましたか」

 

 その声とともに入ってくるのは大淀である。

 お風呂に入ったのか煤汚れがなくなり、制服もよれていない。

 何故、準備中と書いてあるのに入って来たのかは置いておいて、なんで探していたのだろうか。

 

 加賀が迎えに来たため、大淀の役割は終わったと思っていたが…。

 

 昼も食べ終わったので、大淀の案内を再開する。

 

「では、工廠に向かいましょう。今は多分休憩中なので、入っても大丈夫だと思いますよ」

 

 工廠といえば、建造をしたり、改修改造をしたり様々のことをできる場所である。

 

 ただし、工廠は少し離れた場所にあり、少し歩かなければならない。

 鎮守府の敷地内のため、その道すがら艦娘とすれ違うだろう。駆逐艦ならおおよそ緊張もなくなったと考えていいが、それ以外の艦娘はまだなのである。

 そして、その艦娘に避けられるのはメンタルがきつい。

 

 ……だめだな。こうやって避けていては人間が艦娘に嫌われるのも仕方ないことだ。

 

「そういえば、α提督の年齢は何歳なのでしょうか?いえ、失礼なのは分かっているのですが、ただの興味といいますか…。すみません、忘れてください」

 

 オウ、沈黙されるとどうしようもない。

 そうだった。艦娘側だって避けてきたのだから話せないのは同じこと。おそらく、気まずいのだって同じだ。

 僕が踏み込まなければいけないのだ。

 

「高校三年…17歳です」

 

「!」

 

 急に反応して、首がグルンってなる。怖っ。

 そして、恥ずかしかったのかすぐに前を向き、眼鏡をカチャカチャする。

 

「あ、あのっ――」

 

「もうっ、なんでさきにいっちゃうのよ!」

 

「不死鳥の名は伊達じゃないよ」

 

「暁、も〜と私に頼っていいのよ」

 

「はわわ、そんなに走ると危ないのです」

 

 第6駆逐隊が走っている。

 一瞬、初期艦に指定したデンちゃんが来たのかと思ったが、まだ加賀と別れてから一時間半ぐらいしか経っていない。

 初期艦は大本営が送ってくるので、(それまでに艦娘を建造してもいいのだが)二日間は最短でもかかる。

 

「おや、テイトクだね。私は不死鳥だ。よろしく頼むよ」

 

「響はレディファーストを知らないの!」

 

「暁ちゃん、響ちゃんも、れでぃなのです…」

 

「私が雷よ!ふふん、雷は挨拶だって出来るのよ!」

 

 素直な感想だと、微笑ましい。

 やはり、駆逐艦の掴みは上手かったと言えよう。

 

「あ!暁ちゃん、発見です!」

 

 道の向こうに阿武隈の姿が見える。

 

「ふむ、私はこちらに行くとしよう」

 

「じゃあ私はあっちねっ」

 

「はわわ、電はテイトクさんの後ろに隠れるのです」

 

「え、えっと、暁はぁ、暁は――」

 

「はい、暁ちゃんタッチぃ〜」

 

 そして、暁はトボトボと歩いていき、阿武隈は何処かに走っていった。電もいつの間にかいなくなり、騒がしさがなくなった。

 

「嵐のような娘達でしたね」

 

「す、すみません」

 

 そして、相変わらず少しずつ話しながら工廠に向かうのだった。



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自由な工廠で

 歩いて目の前に工廠が見えてきて中に入ろうとする。

 すると、後ろから声をかけられて、振り向く。

 

「大淀ぉ、貰ってきたよー」

 

「本当に間宮の料理は美味しいのよね。データも十分よ」

 

 コンビニの帰りのような、小さなビニール袋を片手にこちらに来る。

 どうやら僕には気づいているようだが、特に気にしてないようだ。駆逐艦の子たちから聞いたのか、それともそういう性格なのか、とにかくあまりない反応である。

 

「で、大淀。そちらの方は?」

 

「こちらテイトク(以下略。α少尉さん、明石と夕張です」

 

 手で指しながら説明をする。

 ピンクの髪を膝上まで伸ばし、頭の横に…あれはどうなっているのだろうか。束にして、束ねたところから10cmぐらいで切っている、といった感じで、スカート?袴?が際どいのが明石である。

 夕張はメロン要素がリボンに出ている。緑のような銀髪をポニーテールでまとめている。また、前髪をぱっつんにし、服の配色にも拘っていそうだ。

 

「なるほどねぇ。じゃあ、α少尉もお弁当食べる?」

 

「いえ、僕は食べてきたので」

 

 鳳翔の料理は割と量が多いのだ…勘弁してください。

 

 工廠の中に入り、彼女らは昼飯を食べる。

 一応、気遣ってどこかに行こうと思ったのだが、転校生でもよくあるように、質問攻めにされた。

 大淀は仕事と女子トークとに板挟みになり、無口となっていたが、明石と夕張はそういう足枷もないため遠慮なく話している。

 

「テートクになる前は彼女とかいたの?」

 

「いえ、特に…」

 

「身長高いよね、いくつ?」

 

「185.6ぐらいだったと思います」

 

 所謂、女子である。どちらかと言うと年う……おっと一瞬目がヤバかった。

 ただ、同年代に見える少女に囲まれるのは、中々この歳ではない状況だ。なるべく不躾でないようにしつつ、楽しみたい。

 

 そのためにはまず、話題を変えよう。丁度いいことにここには機械がたくさんある。

 工作艦である明石と実験艦もとい軽巡である夕張にとってもこういう物は話しやすい内容であるだろう。

 近くに見つけたピンクのふちのメガネが目に入る。

 

「これなんて、どういう物なんですか」

 

「あぁ、それはまだ作ってみただけの模型。度も入ってないしコスプレ用だねぇ」

 

「へー、明石つけてみてよ。きっと可愛いはずだから、ね」

 

 大淀がここに来て初めて話した。と、言うより僕のことを忘れている気がする。丁寧語もなくなっているし。

 

 ふと、件のメガネの近くにあった紙が目に映る。

 髪の上部に太字で〇〇メガネと書いてある。〇〇の部分は角度が悪くて見えない。

 態勢を変えて、頭の位置を動かし、それを見ようとする。後もうちょい。

 

「あっこんなところに企画書落ちてたわ。明石、はい

 

 なんて書いてあったのか分からずじまいになってしまった。

 そして、そろそろ工廠の作業が始まるので出ていくように、と言われたので、大淀とともに外に出る。

 

 大淀は本当に僕のことを忘れていたようで、明石に指摘されるまで気付いていなかった。

 大淀はもっと真面目に仕事をするイメージがあったので、いい一面を見れたと明石たちには感謝している。流石にずっと仕事モードというのは疲れるのだ。



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重要な三日目

 とりあえず、重要なところは回りきったので、2時には大淀と別れた。

 その後は駆逐艦の遊び相手となり、そこに軽巡や空母などが参加し、いい友好関係が築けたと思う。

 

 二日目には流石は高校生の体力で、届いた荷物の荷解きをしていた。

 とはいえ、一人では中々に大変だったので、駆逐艦達が手伝ってくれたため一日で終わった。

 

 そして、本日三日目、この日は僕にとって重要な日となる。

 そう、初期艦がついに着任するのだ。ヒャッハー。

 まあこれは私的な感情だが、仕事的にもある。それはη少将が本国に一時的に帰る日なのだ。

 この間の代理は僕が務めることになっている。

 

「いや本当に、いいのかな。それは」

 

 つまり、この鎮守府を何処の馬の骨とも知らない輩に明け渡すことに等しい。

 ここの航空戦力は凄まじいのは知っての通りなので、例えば別派閥の鎮守府に利用されたり、そのまま艦娘を沈めてしまったりする可能性がある。

 

 海軍と言えど一枚岩でもないので、大いにあり得る。実際にここに僕を送り込んだ奴は、η少将とは別派閥である。

 まあ、そんなことをする気はないが。

 

 ピーッと鋭い音がなる。定期便がこの島に到着した音だ。

 僕もη少将の部下であるので先に港に行き、入港を見届ける。

 

 出てくるのは食材の数々。艦娘達が言っていたとおりであった。

 そして、その船を囲う艦娘達は大本営直轄の艦娘である。それぞれ練度が高く、ほとんどの深海棲艦ならば払いのけてしまう程のツワモノぞろい。戦艦や空母など力イズパゥアーな編成である。

 

 そんな中、明らかに歪な艦娘がいた。他の艦娘が海の上で待機しているのに対し、港に近づいてくる駆逐艦である。

 

 その娘はよっと、陸に上がり僕の方に近づいてくる。もちろん、僕もその容姿でなんの用で来たのかが分かる。

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

「うん。よろしくデンちゃん」

 

「……はにゃ?!」

 

 デンちゃんは後ろを向いたり、僕の顔を見たりしたあとに、自分を指で指して大きな声を出す。

 

「あ、あの…α司令官さんがそう呼びたいのなら、それで良いのです」

 

 ううむ、流石に初対面で言葉遊びは失礼だったか。冗談で言ったつもりが受け入れさせてしまった。

 あ、ヤベ、すっげぇ悲しそうな顔してる。おい、っベーって、マジっベーって。どうしようか。

 

「ほ、ほら、こう、信頼の証?みたいな?信用してるよって伝えたかったみたいな?」

 

「そう、なのですか。ありがとう…なのです」

 

 セーフ?かな。と思っていると、η少将が歩いてきた。赤城と加賀を侍らせて。

 まあ、赤城はケッコン艦娘でもあるし、行くのは不思議ではないが、加賀はまだ練度99にも到達していなかったはずだ。

 道化の考えることは分からない。

 

 そして、敬礼をしてη少将を出迎え、船が見えなくなるまで微動だにしない。

 それから、解散の流れになり、自室にデンちゃんと戻るのだった。……ん?デンちゃんと?



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テートク着任

 僕ことα少尉は今、とても大きな課題に直面している。

 元々、僕はデンちゃんと同じ部屋で過ごすというのはなんてことなく、話し相手も増えるのでいいことだと思っていた。

 だがしかし、考えてみてほしい、高校生男子の部屋に女子が入ってくるのだ。彼女とかならまだしも、部下である。

 いや、流石にロリコンになった覚えはないが、年下の女子と同じ部屋というのは、健全な欲求を持った不健全なメンタルはブレイクされる。

 

 欲求が発散できないのは結構厳しい。食事も睡眠も出来なかったら、イライラするだろう。つまりそういうことである。

 

 よって、それを可能にする為に、彼女には別の部屋に行ってもらおう。

 口実としては、他の艦娘と仲良くなるべきだとか、男性と同棲というのは怖いだろうとか、その辺にしておこう。あくまで気遣いである。

 

 僕はこの部屋に来てから、ぼうっとしているデンちゃんに話しかける。

 

「デン……電ちゃんはさ、姉妹艦とかと同じ部屋のほうがいいよね」

 

 なるべく明るく話しかける。

 自分が邪な理由――直接、デンちゃんに被害は及ばないが――でこの話を切り出しているとは悟られてはならない。

 しかし、優しいデンちゃんならばこう返すだろう。

 

「い、いえ。電はα司令官さんの秘書艦なのです。最初のうちはここにいさせて欲しいのです」

 

 くっ、デンちゃんに気を遣わせている罪悪感ガガガ…。

 だが、僕にも後に引けない事情があるのだ。折れてもらうよう説得するしかない。

 

「いや、でも――」

 

「だめ、ですか?」

 

 グハァッ。デンちゃんの上目遣いは非常に効く。

 僕の心は完全に死んだようだ。そのため、自然とこちらが折れてしまった。

 

 仕方なく僕は腹を括り、デンちゃんの座布団を用意し、僕から右斜め前に座らせた。

 

 今からするのは臨時の執務である。

 特例提督として一ヶ月の滞在中にやるべきことは、主に艦娘の運用と書類仕事である。

 

 その片方の執務をこれから行うのだ。

 今朝方届いた資料をデンちゃんと黙々とやっていく。と思っていたのだが、デンちゃんのでは止まっていた。

 

「ちょ、ちょっと見せてもらうのですっ」

 

「?」

 

 既に済ました書類をデンちゃんが見る。確認作業をしてくれているのだろうか。嬉しい限りだ。

 

「う、嘘です…。あり得ないのです…」

 

「なにか不備があったのかい?」

 

「そんなことはないのです!」

 

 うお、びっくりした。勢いでペンを落としてしまった。

 畳の上に転がったペンを取り、デンちゃんの方に向く。何かいけなかったのだろうか。

 

「ただ、α司令官さんはなんでキチンと書けているのかなって、思ったのです」

 

 えっ、キチンと書いちゃいけなかったのか。

 そうやって分からないという文字を顔に貼っつけていると、デンちゃんが察してくれて続きを話した。

 

「ぁ、違うのです。α司令官さんは悪くないのです」

 

 どういうことなのだ。

 もう少し説明して欲しいと伝えると、わかりやすい答えが帰ってきた。つまりは

 

「初めての書き方で、完璧に書けるというのはおかしいのです」

 

 だそうだ。確かにその通りである。



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心優しい艦娘

 執務代理を初めて二日目。デンちゃんもこの鎮守府の環境に順応しつつあり、かく言う僕も艦娘との触れ合いは欠かさない。

 まず、朝には起床号令を掛け、朝礼を行う。η少将が毎日していたので、それに則った形だ。

 ただし、そんなに厳しいものではなく、形式化しているものをなぞるだけだ。

 

 その後の朝食は明石と夕張、大淀と共にデンちゃんも一緒に食べている。

 たまに他の駆逐艦の娘が来たり、逆にデンちゃんが駆逐艦の方に行ったりと、それなりに良い出だしだと思う。

 

 最初のうちは、話しているのが明石と夕張だけという悲惨な状況だったが、まだ馴染みきれていないものの、間宮や鳳翔とも話せている。

 ちなみに、海外艦は基本的に日本の風習とかはあまり気にしないようだ。というより、知らないようだ。

 IntrepidやGraf Zeppelinなど海外艦は時々分からない言語で話すが、会話できている。

 

 まあ、つまり未だに接点がないのは日本の巡洋艦らである。

 

 提督らしく振る舞う、というのは難しいもので、チャラく接していれば舐められ、厳しく接すれば怖がられる。

 一部の艦娘にとってはそちらのが威厳があると、好評だろうが、僕が望んでいない。

 

「……はっ…」

 

 今はおよそ22時ごろ。デンちゃんは断続的に寝ている。

 持っているペンは動かず、書類にはにょろにょろとした線が書いてある。

 

 流石に見ていられないので、仕事を切り上げて布団を敷く。昨日、デンちゃんだけ先に寝かせようとしたら、頑なに拒んだためである。

 

「ほら、寝るよ」

 

 肩を少しだけ揺らす。

 駆逐艦であれば運んで行くのもありなのだが、前にそれで問題になった鎮守府があったらしい。世知辛い。

 

 デンちゃんは少しばかり目が覚めたようで、立ち上がる。

 

「α司令官さんも寝ますか?」

 

「もちろんだとも」

 

 優しいなぁ。

 でも、22時までに執務を終わらすことのできる僕、凄くない?

 鬼のように手も頭も動かしたため、今日は疲れた。存分に寝ることができるだろう。

 

 全館に消灯命令を出し、デンちゃんと同じ部屋で眠る。

 まだ、川内型が騒いでいるが、瑞鶴とか大淀辺りが注意してくれるだろう。

 

 そうやって期待して眠りに落ちた。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 η少将が日本に帰ってから2週間が過ぎ、明日にはここに来ることができる見通しだ。

 その間、深海棲艦による侵攻もなく、書類の量も少なく、とても平和である。

 

 そして、デンちゃんはというと、なぜだか良くわからないが、

 

 

    グレていた。



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自己中な提督

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 先輩の戦艦級の方たちの艦隊を抜けて、電を初期艦として選んでくれた司令官さんに挨拶をする。

 怖い人だとイヤだなぁ、と思っていたが優しそうな人で良かった。

 だけど、背が高くて、α司令官さんの顔を見ていると首が痛くなる。

 

「うん。よろしくデンちゃん」

 

 あれ?今おかしかったのです。

 電はちゃんといなづまと名乗ったはずなのに、α司令官さんはデンと呼んでいる。

 

 つまりきっと何かの手違えで、後ろに人が……いないのです。

 ということは、まさか自分のことだろうか。

 

「……はにゃ?!」

 

……もしかして、頭が弱い人なのだろうか。

 いやいや、司令官さんなのだし、そんなことはないだろう。

 しかも、テートクカッコカリに選ばれた人なのだし、適当な人ではないと思う。

 

「あ、あの…α司令官さんがそう呼びたいのなら、それで良いのです」

 

 別にイヤな名前ではない。電の名前は確かにデンとも読むことができる。

 ただ、やっぱり自分にはいなづまと言う名前があるのだから、そちらで読んで欲しかった。

 

「ほ、ほら、こう、信頼の証?みたいな?信用してるよって伝えたかったみたいな?」

 

 信頼。

 あだ名で呼ぶことは、信用になるらしい。きっと、α司令官さんにとってはあだ名は愛称となるのだと思う。

 初対面で信用されるのは嬉しい。だけど、こちらが愛称で呼べるわけではないのが、悲しい。

 

「そう、なのですか」

 

 自分は悲しくても、相手が信用してくれるのならば、感謝を伝えなくてはならない。

 

「ありがとう…なのです」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 今、電はα司令官さんの部屋にいる。テートクカッコカリ特有の私室兼執務室である。

 意外、と言ってはダメなのだろうが、意外と和室の部屋である。

 

 部屋は一人で住むには広く、二人だとちょうどいいぐらいだろうか。およそ一般的なテートクカッコカリに用意される部屋サイズである。

 少し歪に感じるのは部屋の高さだろう。普通、和室といったら天井が低いイメージだが、ここは結構高い。

 艦娘寮とは別棟のため、少し高めに作ることができたのだろう、と予想する。

 

「デン……電ちゃんはさ、姉妹艦とかと同じ部屋のほうがいいよね」

 

 何を変なことを言っているのだろう。

 あくまで電はα司令官さんの艦娘だ。他の鎮守府の艦娘と同じ部屋になれないのは普通のことだし、雷ちゃんや暁ちゃん、響ちゃんに会えないのは仕方ないことだ。

 もちろん、会いたいことに変わりはないので建造して欲しい。

 

「い、いえ。電はα司令官さんの秘書艦なのです。最初のうちはここにいさせて欲しいのです」

 

 α司令官さんの秘書艦として、まだここにいたい。

 駆逐艦というのは、使われるのは最初の頃だけである。

 夕立ちゃんや綾波ちゃんといった艦娘もいるけど、電のような改二を持っていない艦娘は戦場に立つ権利すら与えられない。

 

 だから、まだ活躍できる時に御国の為になれるのなら、そちらの方が良い。そして願わくば電の希望を叶えて欲しい。

 

「いや、でも――」

 

「だめ、ですか?」

 

 α司令官さんは後ろにズルズルと下がる。一体、どうしたのだろうか。

 

 と、思っていたら、座布団を取り出して机のそばに置いてくれた。座れ、ということである。

 何をするのかと思いきや、大量の書類を取り出して5:3ぐらいに分けて3の方を渡してくる。

 

 執務の開始のようだ。

 電達のような初期艦は、テートクカッコカリに執務の仕方について教えるのが役目だ。

 まずは最重要とも言える役目をこなすことにする。

 

 フンスと気合を入れ、α司令官さんの方を見ると手慣れたように報告書の誤字脱字の確認や、食材や日用品関係の値段を計算機ではじく。

 

「ちょ、ちょっと見せてもらうのですっ」

 

 そう言って済ましてある書類を確認する。

 見たところ、添削に間違いはないし、計算し直しても数は合っている。

 

……電は要らない娘なのですか?

 

「う、嘘です…。あり得ないのです…」

 

「なにか不備があったのかい?」

 

「そんなことはないのです!」

 

 咄嗟にそう叫んでしまった。

 α司令官さんは驚いてペンを落としてしまうし、電も不安から大きな声を出してしまうし、恥ずかしい。

 

 α司令官さんから疑惑の目が向けられた。

 不安だったから、とは言い難いので他の理由を探す。

 

「ぁ、違うのです。α司令官さんは悪くないのです。本当は電が説明を任されていましたが、α司令官さんは簡単にこなしていて、すごいのです」

 

 電は今、自分に嘘をついてしまった。

 不安であるのに、それを押し潰して、相手を褒める。

 ここに来る前に先輩の艦娘が、すごい、と褒めれば電ぐらいの歳であれば、なんとかなると言っていたとおりだった。

 不安というものが自分の中から隠すことができた。

 

 そして、その後も何ということなく時間が過ぎ、電も頑張って書いたがα司令官さんのほうが早く、α司令官さんは電が部類分けしていた書類を適当に持っていく。

 ちょっとそれのせいで電の仕事は遅れてしまったが、結果的にα司令官さんに手伝ってもらったほうが早かった。

 

 今は夜の22時ごろで、そろそろ眠くなってきた。

 

「そろそろ終わるかい?」

 

 声をかけられてα司令官さんの方を見ると、あと十数枚あった。

 

「いえ、電も手伝うのです」

 

「でも、眠いんじゃ…」

 

 ウトウトして、口数が減っている自覚はあるが、α司令官さんより先に眠るわけにはいかない。

 

 その決意とともに日付を越え、26時になる頃、予想以上に難しかった紙という敵を倒し、昼頃に届いた布団を広げる。

 そして、α司令官さんと同じ向きに枕を置くと、倒れるように意識を手放した。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 やっと自分とα司令官さんの適切な仕事量が分かった頃には2週間が過ぎ、ここの司令長官であるη少将がη鎮守府へ来る目処がたった。



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電はグレてる

 執務も軌道に乗り、少しばかり余裕が出てきた。

 ならば、そろそろ電の練度上げをすることにしよう。できれば、一人だけ建造し二人で運用したかったのだが、資材が無いため仕方ない。

 

「デンちゃん、少し動こうか」

 

「はあ…電の書類を捌くスピードが遅くて面倒くさいから、外で雷ちゃん達と遊ばせてその隙に進めてしまおうって感じですか。それならそうと言うのです」

 

 グレたデンちゃんは何かと自虐的である。

 相手を貶さないところを見るに、もともとの性格により自分が悪いと思い込む傾向にあるようだ。

 

 僕はデンちゃんの仕事量を減らしているし、たまに手伝うこともあるので、ここで不満とかは生まれないだろう。

 そうすると、艦娘のいない環境が悪いのだろうか。

 これに関してはη少将から建造の許可を取らなければならないので、もう少し待って欲しい。

 

「いや、そんなことはないんだ。そろそろ戦っておきたいからね」

 

 僕は好戦的な方ではないが、2週間も戦闘で頭を使っていないと鈍りそうだからである。

 

 そうとは言っても、実際に戦うのはデンちゃんであり、彼女の動き方について大まかな指示を出すだけである。

 戦闘中に口うるさく指示されたら動くに動けないだろう。だから、艦娘と提督で息のあった戦闘をしなければならない。

 

「…駄目に決まってるのです。そもそも、テートクカッコカリというのは、戦略や戦術を体験する為にここにいるのです」

 

 確かにその通りだ。

 特例提督というものは、妖精を触れたり視えたりする一般人を急いで戦力化することが目標である。

 その教育を任された側からすれば、何も知らない一般人に勝手に艦娘を使用されたくはないだろう。

 

「………」

 

 う〜ん、会話が止まってしまった。いや、元々あまり話さないのだが、気まずいものは気まずい。

 

 デンちゃんがグレ始めてからというもの、前までやっていた仕事中のお茶を二人分注がなかったり、牛乳は今までの2倍を飲んだりと、変わったことが多い。

 あの頃は無理矢理にでも会話を続けようとしていたのに、今では強く当たることが多い、自分に。

 

「おや、昼だね。そろそろ間宮に行こうか」

 

「あ……分かったのです」

 

 そう言ってデンちゃんは立ち上がり、一緒に食堂「間宮」に向かう。

 それにしても、艦娘はすごい。正座を何時間もしているのに、足が痺れるどころか進んで正座をする。

 足が痺れない裏技でもあるのだろうか。僕はいつもあぐらをかいている。

 

 そしていつも通り、何故だが駆逐艦に囲まれつつ食事をとる。

 今日は川内と神通も一緒のようだ。というより、今のデンちゃんを面白がっている川内とそれを宥める神通といったところか。

 

「α提督さん、今ちょっといい?」

 

 後ろから話しかけられて振り向くと、そこには瑞鶴がいた。

 本日、僕は初めて日本の空母と話します。



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空母らと昼餉

 いつもツリ目で怒っているような雰囲気のある瑞鶴の後ろには優しく微笑む翔鶴がいる。

 そして、遠い席に座っている瑞鳳や大鳳、龍驤などなど空母たちもこちらを横目に見ている。やはり、こちらの情報が少ない分信用できず、自分たちで確かめようとしているのだろうか。

 

 ならば、相手に信用させるには挙動不審にならないことが大事だ。

 目を逸らしたり、手が空中を彷徨っていたりしていると、相手にとっては、何かあるんじゃないかと、訝しむ。

 故に堂々とすることが重要だ。そもそも、隠すような物もないし、テートクでもあるのから多少上から目線でも問題はない。

 

「何か用かい?」

 

「……α提督さんは、私の艦種、なんだと思う?」

 

 それは一体どういった質問なのだろうか。

 普通であれば空母である。……もしかして空母って艦種じゃないのか?いや、おそらくそれはない。

 空母なのは見てわかるが、こういう質問をする辺り、見てわかるようなものではないのだと思う。

 

 しかし、分からない。瑞鶴の欲しい答えが分からない。仕方ないので普通に答えることにする。

 

「空母だね」

 

「それはそうなんだけど、……赤城さんや二航戦の先輩や翔鶴姉ぇと比べて、だとどう?」

 

 それら艦娘の共通点といえば正規空母である。いや、翔鶴は違うか。

 

 もしかすると、瑞鶴は普通に艦種を答えてほしいだけかもしれない。瑞鶴たち空母が欲しいのは、僕がどれだけ信用できるかの情報である。

 ならば、正しく答えることが僕のやるべきことである。なぜなら、相手のことをプライベート以外で知っていれば、それは相手に関心があるという好意的な解釈を得られる。

 

 例えば相手が少将であり、それを知らずに目の前を通れば失礼だろう。そのかわり、敬意を示せば第一印象は良好になる。

 つまり、ここで答えるべきは装甲空母であるということになる。

 

「装甲空……」

 

 いやまて、早まるな。

 瑞鶴は、比べて、と言っていた。つまるところ、何か差があり、それを言い当ててほしいということではなかろうか。

 

「今、装甲空母って言った?!」

 

「え?あ、はい」

 

 はっ、違う、訂正しなければ。

 そう思った頃には遅く、瑞鶴は空母らの屯う机に行ってしまった。

 そして何度かこちらをチラ見した後、次は大鳳がこちらに来た。翔鶴は依然としてニコニコと笑みを浮かべている。

 

「α提督、私の艦種はなんですか?」

 

……自分の艦種を聞くのが流行ってるのだろうか。

 というか、言い方がボケた奴みたいになっている。

 

 ええと、五航戦と同じく装甲空母だったか?確かそうだったはずだ。

 

「…装甲空母だと思う」

 

 まあ、予想通りというか、大鳳も走って元の席に戻ってしまい、空母達が大鳳を囲って何かを話している。

 遠目に見ても盛り上がっていることが分かり、明らかに僕のことをネタにしている。

 

 別に嘲笑われる事はしてないはずなので、特に嫌な気はしないが、なかなかよくわからない状況である。

 本当に一体何が起きているのだか分かったものじゃない。



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道化に出迎え

 ふと、その空母らから目線をずらせば、口角を少し上げた状態のままでいる翔鶴が見える。

 先程から微動だにしないで笑っている。少し怖い。ただ救いとしては、後ろの駆逐艦達が楽しそうに食事をしていることである。

 

 昼食を食べに来ていたのを思い出し、冷めないうちに料理を食べる。うむ、相変わらず間宮と伊良湖の料理は美味しい。

 そして、駆逐艦の娘たちとの会話を楽しんでいると、次は龍驤がやって来た。

 

「なあ〜キミィ、うちの艦種、何やと思う?」

 

「軽空母だね」

 

 まあ流れからして聞いてくるノリであったので、即答できる。

 龍驤はといえば面食らったように驚いている。というかいい加減、この流れは何なのだろうか。龍驤はこういう流れに乗らないタイプだと思っていた。

 

 だが、今までとは違い、走ってもとの場所に戻っていない。逆に他の空母を招いているまである。

 そうなってからようやく翔鶴の笑いも止まり、ふっと倒れる。それを蒼龍と飛龍が受け止め、横に寝かしていた。だ、大丈夫なのだろうか。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「敬礼ッ」

 

 豪華なものが好きなη少将の趣味により、必要以上の迎えを用意する。

 僕より階級が上の中尉や大尉も、η少将が帰ってくるまでは少尉の部下である。とても不思議だ。

 

「α少尉、後で執務室に来なさい」

 

 加賀は僕にそういった後、η少将と赤城の近くに戻った。

 

 遂に、執務室に入室する許可を得た。つまり、これから艦隊の指揮が見れるという意図である。

 ただし、注意しなければならないのは、彼が道化だということである。もし、予想を逸脱する質問や命令がされれば、期待する応えを返せる自信がない。

 

 そして、積み荷も運び終わり、私室で身だしなみを整えデンちゃんに留守を頼んでから外に出る。

 執務室前の扉につき、深呼吸をする。ここが正念場である。

 冷や汗がツーっと顔の輪郭に沿って流れる。

 

 よし、よし。完璧にこなせば良いだけである。覚悟オーケー。

 

 さ、最悪、空母の指揮を見ることができれば儲けものである。うん。最悪それであれば、どうにだってなる。はず…。

 

 周りとは一風変わった扉を4回ノックし、入室許可の声を待つ。

 ワンテンポ遅れて、どうぞ、の声がし、失礼しますと言って入る。高校の職員室とかこんな感じだったなぁ。

 

「………」

 

 入った瞬間、時が止まったような錯覚に陥った。こういう感覚は主に常識外れの状況を目の当たりにしたときに起きる。ソースは僕。

 光景としては高級そうな机に、その前のこれまた高級そうなソファ。ガラスのテーブルにその上に乗った書類の束。

 

 そして、驚くべきことに赤城がいる。それだけでも僕にとっては何が起こるか分からない恐怖に駆られるが、それ以上に唖然とするものがある。

 

 それは鼻メガネである。

 笑うべきなのか、スルーすべきなのか迷う。すごいのは意味が分からなすぎて呆然としてしまう僕がいることだ。

 普通ならば笑っていたであろう。失礼だと思って堪える努力をしたはずである。

 

「――席に、どうぞ」

 

 促されるままに席に座る。

 完全に覚えていたものを忘れてしまった。マジやばい。



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すとれすふる

〚η鎮守府空母定例会議第121回目〛

 

 そんな看板が掲げられた私達翔鶴型の部屋で、初めての会議が開始する。

 瑞鶴が一人で何を作っているかと思えば、提督に迷惑のかかりそうなものを…。

 招待されたのは、一航戦の先輩方を覗いた全空母である。ただ、鳳翔さんと隼鷹さんは来ないらしい。

 

「あれぇ?私、まだ一回目なんだけどっ」

 

「安心せい瑞鳳。ウチも一回目や」

 

 そう、120回も開催したことはなく、一回目である。なぜ121回とするのか聞いたところ、気分なのだそうだ。

 

 司会の瑞鶴がマイクを片手にコホンと咳払いをし、今回の会議の議題を発表する。

 

「今回のテーマはこちらっ!デデン!あのロリコンの正体を暴け!です!」

 

 事前に用意していた紙を紙テープで壁に貼り付ける。そこには大きくあのロリコンの正体を暴け、と書いてある。

 その紙を見て皆さんは納得顔。……あのロリコンで誰かわかるんですね。前日に瑞鶴に注意していた私の努力はどこへやら。

 

「―――さて、では場も温まってきたところで」

 

「誰も喋ってないんやけどな」

 

「……温まってきたところでっ、そこのワイン開けようとしてる海外艦どもぉ、後で栓抜き持ってくるから意見言って」

 

 この空母の中でα提督に関わったことがあるのは、海外艦勢だけである。

 理由としては戦艦や重巡がいないこの鎮守府で、艦娘としての立場を保つ、つまり舐められないためにはどうすれば良いのか考えていたら、既に2週間程の時間が経ってしまったのだ。

 

「ンフー」

 

「おいそこのドイツ艦、それ言えば何とかなるとか思ってんじゃないわよ」

 

「そ、そういうの絶対、ムリだしぃ」

 

「おーけー、ベイ子。後で一緒に行くわよ」

 

「「「そ、そういうの絶対、無理だしぃ」」」

 

「アメリ艦隊、とりあえずベイちゃんに謝れ」

 

「よしよし。よしよし」

 

「パスタも対抗心燃やすな!」

 

「そうだな…彼は身長が高かったな、それと、よく駆逐艦と一緒にいるのを見かける」

 

「アークロイヤルッ、ちょっと違うけど、私は信じてたよ!」

 

 話が進まない…。

 そもそも、こちらは他力本願であるのだから、もっと瑞鶴には下手に出てほしいところではある。

 だけど、あの提督について知りたいのは私も同じである。艦娘にとって正式に関われる男の人というのは少なく、こういう経験は貴重である。

 

「ズィーカクよ、そのα Admiralとは私も然程関わったことがない。そもそも、Ark Royalの言うように、駆逐艦好きなのだから、二、三言話したことがあるというのが皆の現状だと思うが」

 

「むぅ」

 

 それぞれが一様に首を立てに振る。

 一度も話したことない日本艦からすれば、話しているだけいいことだと思う。

 そもそも、挨拶をしないという無礼を働いているのに、海外艦がそれを責めないのも日本艦の立場を知っているからだろう。

 ただ、それで力になれないからと言って暗い顔をされると心が痛む。

 

 自分たちのエゴでやっていることが、関係のない人にも影響を及ぼしている。

 結束力の高さに嬉しく思う反面、関わらせてしまった申し訳なさもある。

 

 しんみりとした空気が作られた。

 こういう空気を嫌う瑞鶴も、何も言えずに言い淀んでいる。

 

「なあ、瑞鳳。やっぱ、ウチらのようなおっぱいがない空母って空母とちゃうんかねぇ?」

 

「き、急に何言い出すの龍驤」

 

 りゅ、龍驤さん。今はそういうのを言える雰囲気じゃないと思いますよ。

 けれども、龍驤さんは注目を浴びつつ、口を止めない。

 

「いや、な?こういう雰囲気になったら、もう進むもんも進まへんやん?と、いうことで、瑞鶴。ここらでお開きにしようや」

 

「え、ええ。そうね」

 

 その後、すぐに全員が席を立ち帰り始める。

 私も壁に貼り付けられた紙テープを剥がし、丸めてゴミ箱に捨てる。

 人気も少なくなり、いつもの時間に戻った。

 

 と思っていた。

 

「よし、じゃあ、貧乳空母会議始めるで」

 

「ええ〜、可愛くない」

 

 残っているのは瑞鶴、瑞鳳さん、大鳳さん、龍驤さんそして、私の5人。

 

「やっぱ、ウチらの4人ってここで弄られるの多いらしいやん」

 

 親指で胸元を指し示す。言葉が違えばカッコいいと思える格好。

 確かに、演習相手の瑞鶴以外の3人は弄られているとこ、特に龍驤さんはよく目にする。瑞鶴を弄っている提督はあまり見かけない。おそらく、そういう提督には爆撃機が降るのだと思う。

 

「そうね。η提督はそういうことなさらないけど、そういう噂はよく耳にするわ」

 

 そう答えるのは大鳳さんである。

 大鳳さんには装甲空母になった際、助けてもらったのを覚えている。初めにあったとき軽空母と思っていたのは内緒である。

 

「だからな、そういうので調べてみるのはどうや。例えばウチをエグいぐらい弄ってきたら、ほんならそいつは加減を知らん奴なるし、いい感じにツッコミとボケが出来てたら、オモロイやつになるし、何も弄ってこんのなら、ノリの悪ぅやつか紳士なやつになるやろ」

 

「でも、η提督さんみたいな人かもよ」

 

「そんときはそんときや」

 

 いや、α提督はあまり下品な目で私共のことを見ていることはないし、その問題はないだろう。

 それに、α提督は基本的に執務をしていらっしゃるので、駆逐艦の娘たちと一緒なのは食堂だけである。つまり、身体的特徴で判断していることはないと思う。

 

 よって、あまり龍驤さんのしようとしていることは意味ないのだが、これによって関わることができるのならば御の字である。

 

「やから、発案者のウチが仕掛けてみようと思う」

 

「そんなことさせれないわよ。私達スレンダータイプの空母の仲はそんなものなの…ッ」

 

「そ、そうだよ、龍驤。一人でなんて行かせないよ」

 

「龍驤さん、頼ってください、私達のことも」

 

「君ら…」

 

 何この茶番。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 じゃんけんにより、勝者の瑞鳳さん以外がみんなで艦種を聞くということになった。

 4人曰く、軽空母2人いたから丁度いいそうだ。

 

 まず、先陣を切って瑞鶴がα提督にアタックをした。もう本当に、ご迷惑をおかけします。

 気が気でなく、せめて印象を悪くしないように愛想笑いをする。

 

 早く瑞鶴を終わらせてほしいと、切に願っていると遂に終わった。

 はう、とりあえず一回目が終わり、休憩時間になる。ふと、α提督と目が合う。より一層愛想笑いが固まる。

 緊張で膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、胃が痛くなる感覚を味わう。

 大鳳さんは思っていたよりも早く終わり、龍驤さんもようやく終わってくれた。

 

「う〜〜ゆ」

 

 後ろの二航戦の先輩方に支えられているのを感じながら、緊張の糸が切れて気絶した。



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自己中対狂人

「……さて、α少尉。単刀直入に聞こう。君は何派の人間だ?」

 

 鼻メガネをつけたままそう言う。

 何派とは何だ?航空優位思想と大艦巨砲主義のことだろうか。

 というか鼻メガネ外してください。

 

 でも、そんなことを駆逐艦のみの特例提督に聞くのだろうか。

 そもそも僕はどちらでもなく、駆逐艦のみで艦隊を組むつもりである。これにも理由があるが、まあ適当に誤魔化しておけばよいだろう。

 

「どちらでもないです」

 

「ほう…、完全勝利派でもなく、艦娘消去派でもないと言うか」

 

 完全勝利派?艦娘消去派?……あ〜そういえば、そう言うのもあったなぁ。

 つまり、この海軍内で誰の傘下に入るのかということだろうか。だんだん思い出してきた。僕は無所属で行きたいと思っている。

 

 そうだった、僕がこの場を利用して伝えたいのは戦後のことである。

 戦後、艦娘というのは十中八九酷い有様になる。忌避や差別、主従に迫害と、現状、どんな筋道を通ってもそうなるのは目に見えている。

 

 故に完全勝利派であるη少将及びθ中将を説得し、世界平和派を抱き込み、他派閥を崩壊させ海軍を一枚岩にしたところで、戦争を終結させることが艦娘の人権尊重に繋がる。

 そう信じている。

 

 それをするための対談の場はあり、鼻メガネをしているが一応真面目にしているはずである。

 というか鼻メガネが面白い。

 

「――粗茶です」

 

 鼻メガネをつけたままの赤城が、僕が話そうとしたタイミングで茶を出す。

 どちらかというと洋風な部屋に合わず、緑茶が目の前に置かれる。

 

「α少尉の処理した書類は見せてもらったよ。いやぁ凄いな。なんたって、明らかに初期艦からでは学び得ない機密事項の処理すら済ませてあるのだから、な」

 

 そう言って書類の束から無造作に何枚か抜き取り、指で指し示す。

 そこには海軍内の上層部のみ知り得る、艦娘のステータスの詳細の数値が書いてある。

 最近、装備として乗せるものによって一部の艦娘にはより高い攻撃力があることが分かり、本当にそうなのか実際のデータを集めているのだ。極秘裏に。

 

「さて、今から俺の見解を話そう。これは勝手な妄想だが、聞いておいた方がどちらにせよ、いいぞ」

 

 η少将が言うには僕を推薦したのはγ大佐で、そいつは艦娘消去派であるため、僕がスパイである可能性が高く、もしスパイなのであれば自分がいない間に資料を片っ端から漁るのは当然であり、出港する直前までに見極めるつもりが、出会い頭にあの気迫を見てその可能性はなくなり、というより面白そうだと思い、野放しにした結果まんまと釣れてしまった。

 

 つまり、有り体に言えば手のひらで転がされていたということだ。

 

「それで、α少尉、この近くに近々新しく建てられる泊地があるのだが、そこの正式な提督になる気はないかい?」

 

 利用する気が満々だったことが恥ずかしくなるぐらい利用され、それでもまだ仕掛けてくるようだ。

 もちろんこれは罠かもしれない。僕がスパイなんてことは全くないのだが、言ったところで証拠がなく意味がない。

 だが、断る理由がなく、というより、ここで断ったら明らかにスパイ確定である。

 

 よって自分の意思に関係なく、了解した。



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二章過去編
ヤタのカガミ


α提督の過去編です。


――君は妖精が見えるそうだね――

 

 ある高校の近くの公園で、放課後にブランコ付近でワクドナルドで買ったジュースを飲んでいた。

 その時、コートを羽織ったおっさんにそんなことを言われた。

 

 まだ、同じ高校の友達と一緒にいたので、そいつにとってはおっさんがただの物好きに見えたのだろう。

 

「そーなんスよ。こいつ昔っからそんなことを言うんスよ」

 

 誰が言ったでもないのに、友達のことをべらべらと喋り始める。昔っからこいつはそんなやつだ。

 小っ恥ずかしいことも全部言う。

 

「そうか、貴重な話だが君には話を求めていない。私が求めているの君の方だ」

 

 ガタイの良いおっさんが手のひらを向けてくる。

 持っていた鞄を下ろして、周りをキョロキョロする。探しているのはあのふわふわした謎のもの。

 

 呼称として僕はサブリミナルを使っている。人形のようなもの―サブリミナルを見つけ、おっさんの前に持ち上げる。

 

「あんたもこれが見えんのか?」

 

「その通りだ」

 

 にわかに信じ難い。

 僕が持っていることを知っての上で、本当に見えていなくても行っている可能性がある。

 

「じゃあ手の平に何個いる?」

 

「一つだ」

 

 なるほど、本当に見えるらしい。しかし、なぜこのおっさんは僕がこれを見えることを知っているんだ?

 

「君が今思っていることに答えてあげよう。それは私が犯罪者だからだ」

 

 そう言うのが先か僕の手を掴んで黒い車の方に向かう。

 友達は静止の声をかけながら、スマフォで動画を撮影している。そもそも他力本願のつもりもないので、反抗をする。

 

「おい、やめろよ!手を離せよ!」

 

 グイグイ引っ張るがおっさんは見向きもしないまま、僕を赤子のように車の中に詰め込んだ。

 その中にも二人いて、一人は運転もう一人は僕に手錠をして足を縛り、タオルを噛ませ、頭を袋で覆った。

 

 息苦しい中だんだんと鼻での呼吸に慣れてきて、この犯行は随分と手際がいいと他人事のように思った。

 車が進むに連れ、僕の頭も動き出し、ここから逃げる方法を画策しはじめた。

 

 友達がトイッテーにあの動画をアップすれば、車の番号で道筋の特定は簡単だろう。

 すぐに警察が動き出し最悪、犠牲を払って捕まえることに尽力したい。

 

 そもそも妖精が見えて、意味も分からず嫌われて、捨ててもいい世界だ。

 大して名残もなければ、悲しむ人も少ない。

 

「この件についてはご両親も納得している。もちろん先程上がった動画は削除させてもらった」

 

 は?親が納得している?僕が犯罪に巻き込まれてもいいと、両親はそういったのか。

 嘘だろう、そんな簡単な嘘に騙されるわけ無いだろ。

 

「学校には犯罪に巻き込まれたがすぐに解決し、両親が引っ越すので転校した、というシナリオを用意しておいた。妖精が見えて辛かっただろう、このぐらい世間と離れても別にいいだろう?」

 

 騙されるな。

 こういう寄り添う話し方は騙すときによく使われる。ソースは僕。

 あくまでこれは犯罪者の話である。

 

「そろそろ名乗っていなかったな。海軍というのは聞いたことあるだろうか。私はそこのγ大佐だ。もう一人がσ中佐である」

 

 仰々しく紹介する。佐官ということは上に将官、下に尉官と下士官がいるわけだ。

 そんなお偉いさんがまたなんで一般人のところに来る?

 

 もうすでに設定がおかしい。この話はすでに信じる価値を失った。

 考えることは、着いた先で何をするか、である。

 

「よし、降りろ」

 

 なぜか僕が捕まったかのように、麻の袋を被り手錠をしている。そのため、歩くのはとても遅い。

 ガララというドアを開けるような音が聞こえ、数歩歩いたところに座らされた。

 

 そして、袋をとられ周りが見えるようになり、ここがどこかの一部屋ということが分かった。目の前にはさっきのおっさんとはじめましてのおばさんがいる。

 

「さて、君は艦娘なるものを知っているか」

 

「…知らない」

 

 そういえばサブリミナル――妖精だったか、がよく艦娘さんがいると言っていた。おっさんも妖精を知っていれば艦娘を知っているのも何らおかしくない。

 

「そうか、では簡単に説明をしよう」

 

 そう言いながら、後ろから入ってきた奴から紙を渡される。おっさんおばさんたちとはまた違った服装である。

 

「この世には艦娘と深海棲艦というものがいる。現時点では艦娘は人間を守り、深海棲艦は人間を攻撃している。その艦娘らは太平洋戦争時に戦っていた船が元になっていると考えられている」

 

 分厚い紙束をめくりながら話を聞く。紙の中は文字の羅列でとても読む気はしない。

 

「君はそんな艦娘で艦隊を組み、作戦を指揮し、深海棲艦に打ち勝つことになる」

 

 それはおそらく特例提督と呼ばれるものだろう。

 最後のページに付け足されるようにあったので、最近追加されたものだろう。

 

……と、まずいまずい。本気にしてしまうところだった。

 艦娘は知っているが深海棲艦は聞いたことがない。偽情報と分かりやすい、お粗末なものだ。

 

「…さて、ここまでが建前だ。君にはその艦娘らをこの世から消してもらう。なに、簡単なことさ。必要なくなればいいだけだからな」

 

「そんなこと、一般人に言っていいのか?社会も知らない若者は何でも言うぜ?」

 

 この場面ではこう返すのが普通なはずだ。あくまで、鵜呑みにしていたらの話だけどな。

 ここで急にこの部屋が動き出した。

 

「出港しました」

 

 おばさんが初めて喋る。そして敬礼をして、出ていった。

 なかなか様になっている、と感心する。ここまでくると、なぜここまでクオリティを上げてまで俺を連れて逃げたのかが気になってくる。

 

「問題ない。君はお国のために死ぬ覚悟で望め。我々人間が深海棲艦に打ち勝ち、艦娘の支配に終止符を打つのだ」

 

 軍人のような台詞を吐き、タイミングよくドアがノックされる。

 おもむろにおっさんは振り返り、入れと命令をする。

 

 入ってきた例のおばさんと小さく話し合ったあと、今度はおっさんの方が出ていった。そして、おっさんが出ていったことを確認すると、おばさんが口を開いた。

 

「αさん。貴方には少尉が与えられます。よって、今から私の部下となります」

 

 突如、外で爆発音が聞こえ、それに対し僕は音が聞こえたであろうほうに目を向ける。

 しかし、おばさんは特に驚いた様子もなく、リモコンを片手にスクリーンを取り出した。

 

「α少尉はこの映像を見てもらいながら、こちらに耳を傾けてください。この後睡眠をとり…」

 

 おばさんには申し訳ないが、今はスクリーンに映る光景に釘付けになってしまった。

 先のおっさんが船の上で何かを持って喋り、女子高生から女子小学生ぐらいの6名が海に浮いて――海の上を滑っている。

 

 海に沈まないためには足が沈む前に次の足を出す、という根性論――もとい、量子力学の理論は知っている。

 しかし、現実でやると水蒸気爆発を起こしそうなものより、こちらの方がとても優雅だ。

 

 おそらく、こいつらが艦娘と言うのだろう。もうカメラからは遠く離れ、個体差が分からなくなった。

 サブリミナルのいう『きれいなおねえさん』もあながち間違ってないな、と思っているとカメラがズームし始めた。

 

 船の揺れがあってもほとんど揺れないカメラに映るのは、解像度の低い艦娘らと黒と白の人型である。

 

「こちらに映るのが深海棲艦と我々が呼んでいる物たちです。今の爆発は見えましたでしょうか。このようにしてγ大佐の指揮のもと、艦娘は戦っております」

 

 おいおい、冗談じゃない。何で戦うんだよ。あれは比喩じゃなかったのか?

 爆発物を所持してるのは犯罪者で、殺し合いなんてもってのほかだ。

 

 あの白黒が人を攻撃するならば、守るのは自衛隊の役目だろう。海だから海自か空自かもしくは米国の力を借りて撃退か捕獲かすべきだろう。

 

 とりあえず、戦闘をするのは学生服っぽいものを着ている彼女らにはできない。

 

「生身の人間が、しかもまともに鍛えていない人がなんで戦ってるんだ?可哀想だろ」

 

「それならば、α少尉が戦いますか?」

 

 何故、僕が戦わなければならない。あの爆発にあたったら怪我をするし、最悪死に至る。

 そのような危険極まりない場所にどうして行かなければならない。

 

「いや、自衛隊とかにさ、守ってもらうべきでしょ」

 

「他力本願が過ぎますね…。お忘れですか、ここは海軍です。つまり、私達がお国を守ります」

 

「じゃあなんで、艦娘が戦ってんだよ。γ大佐だっけ?その人が戦えばいいじゃん」

 

 なぜだか頭が回らない。忘れていたのはそう、相手が犯罪者だということ。そこまでは分かる。

 そいつらが何をしているのか、理解できないではなく、分からない。もっというならば、普通に思える、だ。

 

「だから、艦娘を消すんですよ」

 

 そんな訳のわからないことを…眠い。…寝てしまってはだめだ、考えろ。

 そう、犯罪者の言うことを真に受けるな。

 

「では、おやすみなさい」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 目が覚めるといつも寝ている感覚ではないことが分かった。普通、寝るというのは床などに這いつくばったことを言うが、今回は椅子に座って寝ている。

 

「お目覚めですか、α少尉。もうすぐη鎮守府に着きますよ」

 

 若い――と言っても年上だが、γ大佐やσ中佐より若い男が車を運転している。

 そうだ、晴れて海軍の提督適性があると判断された僕は、艦隊運用の実習をη鎮守府ですることになったのだ。

 

「すまないね、寝てしまったようだ」

 

 ググッと伸びをする。僕は長身な方なのでこういう車は結構窮屈に感じる。

 

「いえ、あっη鎮守府正門に到着しました。扉を開けますので少々お待ちを」

 

 そう言って車をあとにして出ていく。窓から見ると、弓道のような服装をしている美人が立っている。

 というか胸当てでかっ。高校生男子には健全な欲望があるものだ。こういう反応も致し方ない。

 

 運転手が扉を開けたので、外に出る。なかなか、富豪か何かになった気分だ。

 

「話は聞いているわ、α少尉。η少将の執務の補佐を務める加賀よ。では、こちらへ」

 

 手で促す先は服をピシッと着ているマッチョがいる。敬礼をして両脇に計20人ほどズラッと列をなしているのは壮観だ。

 皆、にこやかにしているが、僕は萎縮してしまう。

 

 真ん中を通り加賀に案内された部屋で待つ。ふかふかのソファに華美な机、しかし、不愉快さは感じない。

 しばらくすると扉が開き、白で揃えた服の男性と先の弓道の女性が入った。

 

 男性は僕の対面に座り、加賀は男性の後ろに立っている。男性は道化のような仮面ごしに、おそらく僕を覗いている。

 

「…ふぅ、一般人の提督か。俺らが計画したものだったが、…なんとも言い難い、な」

 

 こもった声でそう言う。

 道化の仮面なのでおちゃらけたことを言うと思っていたが、そうでもないようだ。顔が見えないため口調などで判断するしかない。

 

「さて、α少尉。俺がη少将だ。よろしく頼む」

 

 白い手袋をつけている手を差し伸べる。改めて見ると、どこを見ても肌が見えない。強いて言うなら耳が見えているだけである。

 

 右手で触るだけのような握手をして、もとに戻る。

 丁度そのときに加賀がいつの間にか淹れた紅茶を持ってきた。仮面男は器用に仮面をずらしつつ飲む。

 

「さ、自慢の秘書艦の茶だ。飲んでくれたまえ」

 

 促されて少し舌を湿らす程度に飲む。

 紅茶は飲み慣れていないが、ワクドナルドのものよりかは美味い気がす…る?

 

「美味しいですね。紅茶は苦手でしたけど、飲みやすいです」

 

 咄嗟に出てきたのは小学生並みの感想。いや、一般人――高校生に高級品がわかるわけがない。

 美人さんが淹れたものは全部美味しいんだぜぃ。よし、困ったらこれを言おう。

 

「ふむ、それは良かった。ね、加賀さ――い、いやなんでもないさ」

 

 後ろに立っている加賀が僕でもわかるぐらいにη少将をにらみつけている。

 どうやらη少将は変態紳士――踏まれて喜ぶ人ではないようだ。

 

「…気を取り直して、君の仕事は至って単純だ。基本は加賀と行動してほしい。わからないところがあれば加賀に聞いてくれ」

 

 一息つくように紅茶を飲む。2回目、だけれどやはり不思議な飲み方である。

 すると、加賀がどこからか一冊のノートを取り出し、η少将に渡す。

 

「これはいわゆる日誌だ。別に誰が見るものでもないから、好きに使ってくれ。では、失礼するよ」

 

 η少将は立ち上がって、扉の取っ手に手をかける。何か思い出したのか、おもむろにこちらに向きなおる。

 

「そうそう、実戦に関してだが、しばらくは行わない。その間に色々と身に着けてくれたまえ」

 

 そう言い残してこの部屋をあとにする。

 しばらく戦わずにいられるってことは深海棲艦ってのもスローリーのようだ、と思いつつ紅茶を飲む。

 やはりチビッとしか飲めない。

 

 加賀が先程まで仮面の男が座っていた場所に座り、仮面の男が飲んでいたティーカップに口をつける。

 大胆だなぁと感心しつつ驚きもある。というか、驚き九割だ。

 

「まず、α少尉には5人のうちから1人を選んでもらうわ。これがおおまかな資料よ。目を通しておいて」

 

 初対面に対してこの態度はないだろう。少なくとも、現高校生すらここまで高慢に話すことはない。

 今のところ、ここで話した人の第一印象は変人と傲慢である。やばいところに来てしまった。

 

 とりあえず、渡された書類を見る。

 内容は5ページに5隻の艦娘の写真とそれぞれのちょっとした説明。

 

 幼い見た目だけが集まっているのが気になるが、まあどうせ艦娘だ。大して変わらない。

 強いて言うなら、兵器らしく喋らないものがいい。

 

 叢雲はだめだ。きっと僕に指図するため、使うのにはむいていない。

 似たような点で、えーと、なんて読むんだ?ハス?…まあ、この名前も行動もよく分からないのもだめだ。

 

 そうすると残るは3人。そのうち二人がドジだから、吹雪にしようか。

 それとも、真面目が忠実と同じとは限らないから、反抗をさせないために気の弱そうなデンにしようか。

 

「じゃあ、このデンにします」

 

「…電ね。分かったわ」

 

「いな、づま?」

 

 これ、いなづまって読むのか。氵に連で何と読むのかを聞くと、さざなみだと教えてくれた。

 こんなものは高校までで習わないので、仕方ない。

 

「電はここに着き次第、α少尉の秘書艦になるわ。分からない時は秘書艦に聞きなさい。それまでは、この私が最低限を教えるわ」

 

 艦娘の分際で僕に指図するなんて、マジで調子に乗ってる。最低限を知らない奴に教えてもらうことなどない。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 まず、最初に言っていたのは敬礼の話。自分より階級が上の奴が入室したらせめて敬礼をしろ、ということだ。

 敬礼に厳しい形はないようだが、一応ここをこうする、というのはあるらしい。

 

 兎にも角にも、加賀はη少将がとても偉いのだということを言っていた。

 その点は分かるのだが、妙にそれ以外の感情が見え隠れしている。

 

 その話をしながら、鎮守府内を練り歩いた。

 演習場に食堂「間宮」、居酒屋「鳳翔」、艦娘寮に執務室、そして客室の場所。

 

 どうやら部屋のサイズは艦娘寮のものと同等のようだ。

 艦娘寮の部屋は一つで6隻入れるように作られているので、一人で使うにはだいぶ広い。

 

 ただ、艦娘と同じ種類のベッドやテーブルはいただけない。なぜ、僕が艦娘と同じ程度なのだ。

 

――――――――――――

作者「申し訳ないのですが、ここからはダイジェスト気味になります」

―――――――――

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

「よろしく」

 

 駆逐艦電。僕の手となる存在である。

 η鎮守府への定期便と共に連れてこられ、本日付で着任をした。

 

 また、最も重要であるη少将の日本への帰還を送るために、早朝より集まり敬礼をする。

 一夜漬けの敬礼のため、様にならない。

 

 η少将は、加賀とはまた違った弓道着を着る艦娘を連れている。

 初めてここに来てまともそうな奴を見た気がした。どちらかと言うと真面目な感じがする。

 提督という存在を引き立てる気品と、溢れ出る強者の気迫。けれども彼女は艦娘である。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 駆逐艦電を部屋へ入れ、荷物を持ってこさせる。

 何を勘違いしているのか、手伝ってもらえるという考えがあったらしい。おこがましい。

 

 ただ、兵器として――道具としては優秀で、執務という提督のすべき仕事を一から教えてくれた。

 取り敢えず、加賀のところに手伝える書類を取りに行かせ、僕は部屋で日誌を綴ることにする。

 

【テートク日誌】

 

今日、初の艦娘である駆逐艦電を入手した

 

【テートク日誌】

 

 そういえば、荷物と一緒にあった分厚い資料を思い出した。

 一応、あれに書かれていることもこの一ヶ月の間に覚えておいたほうがいいだろう。

 

 そう思って荷物置き場から分厚い資料を取り出し、1ページずつ読んでいく。

 細かい字で綴られ、図や表は少ない。なかなか見辛いものを10ページほど読んでいると、電がノート一冊分ぐらいの書類の束を持って来た。

 

「まずは、このぐらいから始めるのです」

 

 そう言って円い机の上に書類を広げる。

 一番上にあるのは何やら図のようだ。電の説明によると、各資材――弾薬、鋼材、燃料、ボーキサイト及び高速修復材に高速建造材が折れ線グラフで書かれている。

 その下の表には細かな数字が書かれており、上の図の対応するようだ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 受験勉強超えの筆記時間をし、割と厳しい電の採点も多少、合格点に届くようになり二週間が過ぎた。

 今日は定期便が来る日であり、η少将が帰ってくる日でもある。

 η少将のご意向により、憲兵から声をかけられ、朝から電とともに港に来ている。

 

 加賀がη少将と何度か話したあと、三人で建物の方へと入っていった。

 僕の役目も終わったので、部屋に戻ることにする。

 

《α少尉、至急、執務室に来るように》

 

 η少将の声が聞こえた。

 なんだろうかと思い、駆け足で執務室へと向かい、2回ノックをする。

 

「α少尉、参りました」

 

 十秒ほどの静寂のあと、入室の許可を得て中に入る。

 ガラステーブルにフカフカそうなソファ。客室とは大違いである。

 

「どうなされました?」

 

「ハハハ、失笑物だね」

 

 急に笑われてしまった。敬語は使ったし、問題ないはずである。

 もしかして、何か僕に非があったのだろうか。何かしたかな?

 

「……提督、彼は今まで一般人の子どもですので、仕方ないかと」

 

「ふむ、赤城に言われては仕方ないね」

 

 あの加賀とは違った弓道着の――便宜上、赤い方と青い方とする――は赤城というらしい。

 

「さて、では本題に入ろう。α少尉、君には今から俺が指揮をするところを見てもらう。これでも空母には自信があるから、見ていくといい」

 

 空母…そういえば、あの分厚いやつの最初の方に載っていた。確か、海上での航空機(艦載機)を扱う船なのだとか。

 η少将と赤城はヘッドセットをつけて、何やら喋っている。

 

「第一艦隊旗艦蒼龍、聞こえるか」

 

「第二艦隊旗艦翔鶴、聞こえますか」

 

 現状把握できない。

 困っていると加賀が解説を始めてくれた。

 

「今は第一艦隊と第二艦隊が、深海棲艦の補給路を断つために出撃してるわ。基本うちの鎮守府では、旗艦が現場の指揮を執るのよ」

 

――――――――――――

―――――――――

 

【テートク日誌】

 

今日で研修期間最後の日が終わった。この二週間は執務か見学のみで、実戦は出来なかった。その間、η少将の艦娘にそれぞれ「η少将についてどう思っているか」を聞いたためここに書いておくことにする。

·η少将は空母贔屓をしているが、満足行く働きの場を全艦娘に用意してくれるので嫌いではない。

·η少将はスケジュールを調整して、無理なく運用してくれるため、上司として尊敬している。

·η少将は赤城や加賀をあまり出撃させず、彼女らに戦闘をさせればもっと楽になるとは思っていたが、最近になり、一航戦の誇りを垣間見た気がする。η少将については何を考えているかわからない奴だ。

資材の管理や、艦娘の細かいレベルは把握出来なかったが、空母以外は30にも達していないと思われる。

 

【テートク日誌】

 

 一息ついて、ほとんど全てがもとの状態となった部屋を一瞥する。

 あとはσ中佐に会い、詳細を伝えればいいだけである。その後はあまり目立たないように過ごしつつ、艦娘消去派の改革を成功させる一兵卒となるのだ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「ふむ、まあこんなものか」

 

 γ大佐とσ中佐に報告をしたが、是とも非とも返答しない。

 そして、一応η少将と繋がりができたので、積極的に関わるように、という方針に決定し、僕は北方の前線付近の島に送られた。η島は南側であるのだが……。う〜む、よくわからない。

 

 そのα島で高校生人生初の無料私有地を確保した。高校生として喜びしかない。まあ、もう高校生ではないのだが。

 なんだか色々と難しい説明があったが、つまりはいっぱい働いて、報酬は食費代と物資代に消えるらしい。

 η島と同様に定期便が来るので、その経路の安全を確保するようにとのことだった。最初のうちは周りの提督に頼るなりして、練度向上及び戦力拡大に努めることが普通のようだ。

 

 そして今、γ大佐の勧めによりβ大佐のもとに向かっている。

 β大佐は艦娘消去派で、水雷戦隊を一隊所有しているのみだが、提督となった僕より権限は劣るそうだ。

 だが、僕らはあくまでも艦娘消去派であり、艦娘が出る前から海軍に所属している方が、成金の提督に頭を下げるのはおかしい、という思想を共有する仲間である。

 

 よって、電と共にβ大佐の住まうところへと行き、補給路の確保を要請する。

 権限的には相手が断れないのは分かっているのに、立場的には断られる覚悟で臨まなければならないという、なんとも奇妙な感じである。

 

 β大佐と対面すると、周りの全艦娘6個は皆生きた目をしていないことが分かる。

 僕もβ大佐と話してわかったことだが、彼は加虐心の持ち主のようだ。

 下手に出ていればどんどんと罵る言葉が強くなり、しまいには手を上げるまでしたほどだ。高校生という情緒不安定な時期によく耐えたと思う。マジ僕凄い。

 

 要請自体は上手くいき、対談のあと何故か艦娘に感謝された。

 あの道具らに感謝されるというのは気持ち悪いが、結果的に消去する物と言えど大事に扱うのが、勿体ないの心である。

 

――――――――――――

―――――――――

 

《電、資源スポットはどうだ》

 

《はい、妖精さんによると、もう少し先みたい……のようです》

 

《その他、敵艦隊はいるか》

 

《ソナーに感ありま…ありです!2時の方向!どうしますか》

 

《敵艦隊の偵察。早急に結果を報告せよ。我が艦隊は気づかれているものと思え》

 

《………駆逐イ級が2隻…です》

 

《よし、攻撃初めッ》

 

 爆発音が轟き、一斉に攻撃を仕掛ける。

 編成では駆逐艦電が旗艦で、随伴艦が叢雲と漣。建造の1隻目に叢雲が出て、ドロップで漣である。今ではβ大佐の力を借りずに補給路の安全を確保し、自分達で資源を回収するまでになった。

 どうやら、この成長速度は妖精さんが見えなければなし得ないものらしい。噂によると、妖精さんが見えなければ殆ど建造できないらしい。

 

《沈んだ敵も……いえ何でもないです。資材の回収を始めます。叢雲ちゃんと漣ちゃんは周辺を警戒してください。その後、叢雲ちゃんと電が交代します。最後に漣ちゃんが回収したら、帰投します》

 

《では、叢雲、聞こえるか》

 

《問題ないわ、能無し。せいぜい、自分では何も出来ないあの旗艦に言いたい放題言っている能無しよりは、活躍してあげるわよ》

 

《………》

 

《何?怒ったの?そんなんだから器の小さい、テートクカッコカリなんて言われるのよ》

 

《………》

 

《なんとか言いな――何?電がそれくらいにしろって?はん、救われたわねテートクさん? どう?道具に自分の弱いところ抉られて、自分の道具に助けられるなんて、ふふっ、いい土産話だわ》

 

 いつでもどこでも反抗を続ける駆逐艦叢雲。

 彼女は自分達は道具なんかではないと、意味の分からないことを言う艦娘である。

 道具だと言っているのに聞かないし、作戦だと言っているのに実行しない。本当に使えない道具である。

 そのくせ、どうやっても轟沈せず生きて帰ってくる。

 消す存在であるが、わざわざ傷つける必要もないため、β大佐のように蹴り殴りの暴行はしないが、それを逆手に取り、煽りに煽ってヘタレ呼ばわりをする。

 本当に面倒な駆逐艦である。

 

《!ソナーに感あり。敵艦は4隻!?逃げるわよ漣!》

 

《駄目だ、電と合流し情報を集めてこい》

 

《何言ってんのよ。今はアンタと話してる暇なんかないわ。あっちには少なくとも空母がいるの。おそらく機動部隊よ。もう見つかってるかも知れないわ。取り敢えず近くの鎮守府に向かうわよ。これで十分でしょ》

 

《では、何級かを確認して来い。最低限の情報ぐらい集めろ》

 

《ああ、もう!本当に頭固いんだか――》

 

 爆発音が聞こえる。何が起きた。

 

《……マズイわ。電、大破。漣、中破。叢雲、大破。もう相手の手の内よ。アンタは何処か大きな鎮守府に援軍を要請して、ここに向かわせるべきね》

 

 はぁ、また一から建造のし直しか。艦娘がいないんじゃ今のところどうしようもない。

 一応、艦娘消去派の研究員による対深海棲艦の武器を開発中とのことだが、まだ何年先になるかわかったものではない。

 

―――――――――

――――――

 

 水面へと浮かび上がるような感覚で目が覚める。

 どうやら寝ていたようだ。確か、叢雲らが轟沈して電が帰ってくるまで待とうと思っていたから、そのときにでも寝てしまったのだろうか。

 

 起きるとそこは数ヶ月前に見た車の中に似ていることに気づいた。

 

「お目覚めですか、α少尉。もうすぐη鎮守府に着きますよ」

 

 は?

 

――――――――――――

―――――――――

 

 よく分からないが戻ったようだ。

 今まで見た景色を見て、ほとんど同じ道を通り、α島でのあの戻った日を迎える。

 今日の出撃をすべてなくし、常に警戒態勢にする。これでまた戻ったら、この日だけでも日本に戻ってみることにしよう。

 

 2回目ともなると叢雲の反抗も予想通りで、ある程度は耐えられるようになった。全く、道具に教えられることもあるものである。

 

 そして、まる1日が経つも戻ることはなかった。

 何だったのだろうか。よく分からないまま、あの資源スポットへと向かう。

 資源スポットとは海上に存在し、資材を集められる場所であり、妖精さんが何かをしてそこを活用するらしい。

 この前と同じ状況。だが、一日だけずれており、時間で戻ることはないことは確認済みである。

 つまり、あの戻るやつは時間制限があるものではなく、何か確認できる事象をきっかけとする可能性が高い。

 例えば、あの資源スポットを使うことであの時間に戻る可能性が考えられる。今回はそれの確認である。

 

……何も起きずに帰投し、また一日がすぎる。

 もしかしたらあれは夢だったのかもしれない。艦娘が轟沈するという面倒くさいことを、予知したのかもしれない。

 

 いつもどおり、いちいち反抗をする叢雲を怒り、ある遠征任務へと行かせた。

 電や漣も行くと志願してきたが、それでは罰の意味がない。一人で行かせることに意味があるのだ。

 

 そして、電と漣で艦隊を組み、次の海域の拡大を図る。現状は余裕が生まれているので問題がないという判断の上だ。

 

《敵艦載機です!》

 

 そんな声が通信に聞こえた。

 そういえば、前も敵空母の攻撃の後に戻ったことを思い出す。もし、深海棲艦の攻撃、正しくは味方艦娘の轟沈によりあの現象が起こるのだとし――

 

―――――――――

――――――

 

 水面へと浮かび上がる(ry

 

「お目覚めですか、α少尉。(ry」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 そこから僕は、轟沈させないようにということを念頭に置いて作戦を組んだ。

 警戒を厳として行い、深海棲艦の動向をより注意深く思考を巡らせる。

 それでも一介の少尉にそこまで考えられることはなく、大きく作戦が変わることはない。

 

 しかし、毎回のようにあの空母による攻撃で沈み、僕はあの時間に戻りリスタートをする、ということは判る。

 よって、僕が取るべき目先の行動は、あの敵空母機動部隊の正確な戦力と、何を目的としているのかという情報、そして、そこの壊滅方法である。

 

【α提督日誌】

 

まず、一回目もしくは三回目の僕は、空母がいる位置を割り出すことにする。資源スポット付近に14:30頃の出現し、翌日の12:50にβ島付近で敵航空隊により漣が轟沈した。したがって、この海域にいることは間違いない。敵はここで何かしらをすることだろう。

 

【α提督日誌】

 

 無論、この日誌も全て真っ白になるため、今書いたところで意味はない。ないが、回数を記録することは悪くないことだと思う。

 さて、では(あとの僕が)死なないように(今の僕が)死ぬことにする。

 

―3回目―

 

 資源スポットにおいて、来ることを知らせるが、練度不足により叢雲が轟沈。

 

―4回目―

 

 η少将に演習を申し入れるも、断られ、対空用装備を重点的に開発し、資源スポットに向かうも、練度不足は解消されず今度は電が轟沈。

 

―5回目―

 

 時間の問題により練度不足を陥るため、γ大佐に援軍を要請するも、確実な情報ではないと一蹴されてしまう。意気消沈で何もせずに今までの最高記録に達し、大規模反抗に出た深海棲艦の最初の餌食となる。

 

―6回目―

 

 避けては通れないと知ったので、敵の偵察機の後を追うように艦娘に指示を出すが、無謀も無謀で即座に轟沈艦娘を出す。

 

―7回目―

 

 無理矢理海域を拡大し、敵の主力が集まる場所を発見することを試みる。しかし、練度の問題で広げるというより奥に進むという方がふさわしく、広い範囲での情報は得られなかった。

 

―8回目―

 

 虱潰しにやっていくしかない。

 

―63回目―

 

 ついに見つけた。敵の主力部隊である。そこの直掩機はまるで雲のように濃く空に広がり、一瞬で第一艦隊は壊滅した。

 

―64回目―

 

 正確すぎる情報はγ大佐の腰を動かし、別派閥での名だたる面々が揃い、敵機動部隊及び主力部隊に奇襲を仕掛け、結果は上々。彼らのうちに轟沈艦娘を出すも、僕が戻ることはなかった。

 

 ようやく、切り抜けたのだ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 僕の功績が讃えられ、中尉へと昇進を果たした。

 

 だが、彼の指揮能力が中尉の域に収まっていないことを、まだ誰も知らない。

 

 そして僕は、昇進祝いに今作戦に関わった人々から酒を貰ったが、高校生が飲めるように憲法は作られていない。

 せっかくの貰い物であるため、ちゃんと貯蔵しておく。

 実は、僕は中尉としてはあまりに多すぎる報酬を受け取っている。そのため、ちょっとした施設なら作れないこともないのだ。

 

 また、僕は艦娘に対する考え方に疑問を持つようになった。それは、なぜ彼女らを道具だと思っていたのかである。

 艦娘は道具、というのはしっくりくる考え方だ。ただ、僕の例の現象と密接に関わっているとなると、道具とすることは出来ない。

 どちらかというと運命共同体。それ故に、道具では物足りない。相棒とか仲間とかそういう対等な関係がいい。

 

 とすると艦娘を消去するというのは……頭がモヤにかかったみたいになる。

 こういうのを考える度、まるでそれ以上考えるのを危険であると言うように、頭にモヤがかかったようになる。

 

 一体、何なのだろうか。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 あれから3ヶ月ほど経ち、別の海域で深海棲艦という脅威に大規模作戦が発令された。

 幸いこちらの艦娘に出撃命令は出なかったものの、より多くの轟沈艦娘を出してしまった戦いである。

 

 そもそも、戦力は駆逐艦5隻と、その作戦に向かえるようなものではなかったが、僕が関われば何かが変わるのではないかと思ってしまう。

 しかし、海軍内でも、あの量を3ヶ月毎に用意する深海棲艦に勝てるわけがないと、和平条約などでこれ以上被害を出さないほうがいい、といった意見も多くなっている。

 慢心ではないが、もし僕が関わって軽微な被害で勝ってしまったならば、この考えが衰退してしまうだろう。

 

 どちらが正しいのだろうか。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 あれから二年。今では中佐にまで昇進し、海軍の一部には目の上のタンコブ扱いされている。

 だが、実力がベテラン級にまで上がっている僕の風当たりは悪くはない。

 

 戦績も上々で、今では艦娘の数も増え、轟沈させるような無理な作戦も組まずにすむようになった。

 噂では、海軍もそろそろ代替りだと、その第一人者は僕だろうと、なっている。

 

 それに、4代派閥の勢力分布も変わり、艦娘消去派は随分と縮小してしまった。

 殆どの年配は戦争利益派に属し、完全勝利派と世界平和派は目立たないが確実に増えている。

 

 また、一般にも艦娘を隠すことが難しくなり、つい先日、現情報を隠すところは隠して伝えた。

 そして、当然のように返ってくるのは、艦娘を戦わせるなデモ。海軍に人道はないのか!艦娘は危険じゃないのか!といった看板を掲げ、日本中が突然の事態に混乱している。

 その流れは外国にも影響を及ぼし、世界中を恐怖させた。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 そこからまた二年後。

 僕を引っ張り上げてくれたμ中将の話も聞かなくなり、僕は大佐止まりとなった。

 その頃にはようやく、艦娘も受け入られ始め――というより受け入れざるを得なくなり、前時代的生活を強いられている。

 たまに見るコマーシャルではポップな艦娘の紹介がされており、艦娘に対する目というのも変わってきた。

 

 前までは休暇を与え、街に送り出しても、自販機でペットボトルを買うのが関の山である。

 また、奇妙なことに、艦娘は外見は美人揃いなので、街にいる一般人のうち顔の整っている人が艦娘扱いされる事件が発生していた。

 

 それが今となっては、目線をそらされたり避けられたりするものの、ある程度楽しむことに支障がないようにはなった。

 因みにナンパ等にはあわない。理由は怪力だから。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 5ヶ月後。我々日本は深海棲艦の二度目の虐殺を許してしまった。

 もう、武神は存在しない。

 多大な被害を出し、どうにか鎮圧に成功するも、一般が海軍にむける信頼をほとんど失ってしまった。

 

 一方、海軍内でも派閥争いは過激化し、今では2大派閥の世界平和派と完全勝利派となる。

 僕はη少将との繋がりで完全勝利を謳うが、ここは元戦争利益派も多数いるため、不穏な空気に包まれている。

 

 聞くところによると、何やら秘密兵器が作られているのだとか。新しい艦娘なのだろうか。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 あの日の深海棲艦の攻撃により、沢山の人が道に倒れ、そのには僕の両親の亡骸も見つかった。

 艦娘の大破姿を見ている僕からすれば、戦争を肌で感じている僕からすれば、死んだ両親が分かる形で残っていたことが嬉しい。

 

 だけれども、わかる形で残っていたことにより、両親が確実に死んだことがわかる。そんな事をしでかしたあの深海棲艦共を僕は恨むようになった。

 

 そして、同じくその故人を秘密兵器に乗せて、敵を一掃しようとする海軍にも憎むようになった。

 

 実は、海軍の研究チームによって、おそらく深海棲艦の数は上限があり、その深海棲艦を作るのは艦娘若しくは死んだ人間である、ということが分かった。

 この理論が正しかった場合、この秘密兵器によって数万の人間を海に沈め、その人間が深海棲艦化することで上限を超えようということだ。

 

 ここで、もう一つの研究結果である深海棲艦化傾向、にも触れなければならない。

 この傾向は人間は主に最初期からいる深海棲艦になり、比較的に鬼姫休暇をよりも弱く、艦娘が沈んで深海棲艦となった時は鬼姫級のような強力な深海棲艦を生み出す、というものだ。

 

 つまり、亡き人間が弱い深海棲艦と成りまくり、上限数まで達したところで一気に叩けば勝てるという魂胆である。

 

 だからといって、非人道的過ぎるそれは一般人に認められてないかというと、そうでもない。

 今では国が深海棲艦を倒すという雰囲気に包まれ、非常に盲目的な状態である。

 

 きっちり、研究チームの発表した上限以上の死人を集め、忌々しき機械に入れられる。

 その前ではお国の為になると泣く人や、それを見て泣かずに堪える人などがいる。誰もがこの世界は間違っていると解っているが、一人では無力なのだ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 遂に両親を乗せた機体が発進することになった。

 僕たちは、そのロケット状の機械が深海棲艦に撃ち落とされることの無いようにしなければならない。

 あの後の研究で、ある程度中身がキレイな形でなければ深海棲艦化しないことが分かった。そのため、全提督にそのロケット状のものの護衛任務が下ったのである。

 

 もちろん、ロケット状なだけで、日を吹いたり、きりもみ回転をしたりはしない。水上を艦娘でもついていける程度の速さで突き抜けるのだ。

 そして、中心部付近までいき海中に沈みながら死人を手放し、その秘密兵器は自動で日本に戻る仕掛けらしい。

 

「全く、最期まで面倒のかかる親だな」

 

 こうでも言わないと、自分に踏ん張りがつかない。

 艦隊に号令をかけ、現状最大の戦力で戦場に向かう。

 

 親の花道、ヘンテコな感じだが、邪魔はさせねえ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

―戦後―

 

 あの戦争も終止符を打ち、今ではこの国は皮肉にも大きく増えた財力により大きな進歩を遂げていた。

 戦前をも上回る技術。

 そうそう、この世代の戦前は深海棲艦との戦争の前を指すことを言っておかねばならない。

 

 僕も今では、彼の戦争の記憶を持つ数少ない人物となってしまった。

 彼の戦争――第三次世界大戦の完勝の日には毎年、放送メディアのインタビューに追われることになる。毎年その日、僕は、非常に心が痛くなる。

 

 最大の功労者である艦娘。彼女らを語る前に少し僕の話をしよう。

 艦娘消去派、そこに与していた人々は洗脳という、これまた摩訶不思議な力が働いていたことがわかった。

 戦後の人間に行われるカウンセリングで、どちらが洗脳なのかも分からぬまま、頭のモヤが晴れていった。しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 

 僕らが行ってしまった仕打ちは酷いものだ。

 おそらく洗脳にかかる前の、高校の友達と別れた直後、その時までは今と同じ感性だったはずだ。

 あんな幼い子を矢面に立たせ、銃まで握らせた。怪我をして帰ってきても、特に心配もせず戦績を聞き、失敗すれば罵倒し、成功すれば自分の手柄としていた。

 

 そして僕は即刻、彼女らに謝りに行った。

 もちろん許してもらえるはずもなく、今後一切関わらないと誓った。

 

 そんな彼女らは今、どうなっているだろうか。

 丁度ニュースでもやっている。

【「保護」している艦娘、またも反抗か!】

 

 保護、単体で聞けばいい言葉であるが、本質的には奴隷に近しいものである。

 あの深海棲艦と艦娘の違いは海軍内ではよく分かっているし、妖精さんのお墨付きでもある。

 しかし、報道陣がどう伝えたのか、あの戦争での最大の功労者は、あの戦争の最大の犯罪者となってしまった。

 

 それをいいことに艦娘を奴隷化し、人間にやれば犯罪でも、艦娘であれば犯罪ではない世界となった。

 美人だし、老いないし、使い勝手はいい。日本の犯罪件数は減ったが、どこかの艦娘がそのしわ寄せにあっている。

 

 僕も毎回インタビューのたび、艦娘を奴隷とするなと言うが、国民はそれを求めてはいない。どれだけ艦娘がきっかけで人が死に、経済が破綻したのか、それを彼らは求めている。

 

 そして、元僕の艦娘達は散り散りとなり、きっと何処かで誰かの奴隷となっているだろう。

 僕のところにはケッコン艦である電が残っている。また、僕は奴隷は複数所持可能なので、逃げ出してきた艦娘を真っ当に保護している。

 一応、海軍の中佐としての権力は残っており、そういう艦娘の元主人だった奴を追い払うことはできる。

 

 さて、突然だが、所持している艦娘が沈んだら戻る現象はまだ有効だと思うだろうか。答えは是である。

 

 僕はやはり、親の死ななかった世界、二度目の虐殺が起きなかった世界、そして、艦娘が受け入れられる世界があっても良いと思う。

 

 それら全てを話した艦娘電に銃口が向けられる。

 

 未来を見てきた、そう話したとき彼女は驚きつつ、納得していた。やっぱりα司令官さんは凄いのですと、そう言っていた。

 

 電は震える手で古びた魚雷も取り出す。

 

 彼女は、次の電達には優しくしてください、α司令官さんがこの何十年もあの日々の情報を集めていたのは、ここの電が知っているのです、と微笑みながら言った。

 

 海の上で魚雷が爆ぜる。艦娘はどんな攻撃でも一度は耐えるのだ。

 

「――!おい!α提督、止めろよ!おい!」

 

 爆発音に気づいて駆けてきたのは天龍である。どうやっても僕は止める気のないことに察して、天龍は艤装を展開し、電のもとへと向かった。

 

 電は天龍に気づくものの、自分の砲で頭を撃ち抜いた。

 

「止めろォ――」

 

 次は絶対、止めてみせるよ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「お目覚めですか、α少尉。もうすぐη鎮守府に着きますよ」




マリアナ沖の2ch(現5ch)の影響を受けています。


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第三章
無事に出会う


久しぶりの提督視点です。
あらすじ、軽巡ホ級を倒し川内が出てきて白露は大破の状態で、船がやって来たところです。


 数隻の人間――おそらく艦娘に囲われてこちらに近づいてくるのは小型の船である。

 とは言ったものの、ゴマのようなものが海の上に見えるだけだが、まあ海に浮いているものなどゴミと艦娘で十分である。

 

 さて、近づいてみれば腕を振っているように見える。俺に面識――顔は見えない――がないため、おそらく叢雲に振っているのだろう。

 そう思って叢雲を見れば、立ち上がり機械的な動きで腕を振った。怪我が酷いのだから無理するなよ。

 

 数十秒程何かをしてから座る。

 朝の淡い光の中、こうして無傷でいることに嬉しさが込み上げてくる。

 一人だけ時間を早めてるように見えるぐらい肉が蠢いて再生をする叢雲や、全身血だらけで一部無くなって寝ている白露や、深海棲艦を倒したことで生まれた無傷の川内、を見ていると、まあ何だ、自分にも力が欲しいと思わなくはない。

 

 だが、力を欲するという行為は、その環境に適応しようとする意思であり、日本に帰るという目標を達成する欲求を薄めることになる。

 だから、俺は目線をずらし船の方を見た。

 

 その小さな船から出てくるのは、身長の高い男である。迫力のある態度に鋭い目を持ち、俺と似た白い服を着ている。

 ただ、俺のものは随分とヨレヨレしていてみすぼらしいが、彼のものはピシッとしている。

 

 彼はその目を更に細め、微笑みながら手を振る。

 

「やあ、少尉くん。健在そうで何よりだよ」

 

 は……?なんで俺のこと知ってるんだ?

……そうか、思っていたよりも早いがθ中将の船か。であるのならば、これで目標達成である。この船に乗れば日本に帰ることはできる。

 

 もし断るのならば、鎮守府がないことや食糧問題を提示すれば上手くいけば帰れる。

 

 だけども、この人怖いなぁ。

 白露は艦娘であれ普通の女子と変わらなく、俺は男子の中では普通ぐらいであったので、背も低くなっている。そのため、元の体より高く見えていて、感覚的には2m台に届きそうな感じだ。

 

「叢雲ちゃんッ!」

 

 そう言って海から陸に上がり叢雲に駆け寄るのは、どこか片田舎を彷彿とさせる黒髪とセーラー服を着る少女である。

 

「白露!」

 

 先の娘に続いて来るのは、青髪を長く伸ばした娘である。勢いよく白露の方に駆け寄るが、途中で砂の上で転けて、額を抑えながら寝ている白露に寄る。

 

 そして、それに遅れて3人が上陸し、こちらによってくる。

 

「少尉くん、僕がα中尉だ。あと、茶髪の娘がデンちゃんで、ピンク髪がサザなんとかさんだね」

 

「おはようなのです。電なのです。よろしくお願いします」

 

「ぶっ飛ばしますよ、ご主人様。……漣です。で、白露さんはぁ、なぜぇ、提督のコスプレを…?マジ、リスペクトだぜぃ」

 

 口調が分かりやすい艦娘と口調のはっきりしない艦娘だった。

 というか、中尉かよ。もっと上だと思ってたよ。



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二白露の解釈

「で、α司令官さん。さっさと説明しろなのです」

 

 そう、俺も気になっていた。

 俺の見た目は現在、白露の体である。つまり、漣のように、提督服を着た白露と思っても仕方ない。というよりそれが普通だ。

 でも、α中尉は少尉くんと、なんの疑いもなく言っている。

 もちろん、この提督服に俺の知らない階級の見分け方があるのかも知れないが、それでも既知の身体に有り得ないものを羽織っていれば気になるだろう。

 

「あ、いや、あはは…。そうだな…、まず、少尉くんは男性だね」

 

「ご主人様、そりゃあひでぇよ」

 

 俺に気を遣ったのか、漣はそんなことを言う。

 まだ一言も喋ってないのに俺を男と分かるのは、どういうことだろうか。

 

「ああ、俺は男だが、どこで知ったんだ?」

 

 考えられるのは、この島に来る前にθ中将の呼んだ車の運転手だろうか。船の中で話したことはないが、車のときは話したことがある。

 だが、あの時は仕切りがあり姿が見えなかった。そのためそこで知ったという確証はないが、あり得るのはそれぐらいである。

 

「えっマジ!?キタコレ!TS娘パない!握手オナシャス!!」

 

 き、急に元気になるなよ。

 テレビで昔のやつだとよく見た告白シーンっぽい感じに手を伸ばし、こちらの握手を求めてくる。

 軽く握るぐらいで握手をすると、無遠慮に手をニギニギしてしばらくすると手を離す。

 

「やべぇッスご主人様、もうこの手洗わないです。サンタさんもプレゼントをもう一つ増やすレベルですぜ」

 

 そう言って叢雲の方に行き、見てみて〜TS娘に触ってもらった〜、分かるわけないでしょ。みたいなやり取りをしている。

 

「α司令官さん、電はとても寛容なのです。だから、いい加減になんでTS?してるのか説明しろ」

 

「怖いよデンちゃん。まぁ説明しないといけなかったし、いいのだけどね」

 

 つまり、α中尉は俺が何故この姿なのか知っているということか?当事者でもないのに?

 なんらかの試験を受けて、その結果から考えられるものを言われるのならまだいいのだが、憶測ばかりのものは宛にしたくない。

 

「さて、少尉くん。君はトラックに轢かれて死んだはずだね。だけども彼女は助けている。ここからの説明は彼女に起きてほしいんだけど、あの様子じゃ無理そうだね…」

 

 まあ、言っていることは間違っていない。

 ただ、ここまで知っているというのは明らかに間違っている。記録されていないはずのそれを、どうやって知ったのか。不思議だ。

 

「きっかけに関しては妄想だけど、本当に助けているのならば艦娘の硬さのおかげで、君は死なないはずだ。だから、君はちゃんとトラックにぶつかっていることになる。おそらく、その後に彼女が少尉くんの体を守り、轢かれることを避けた」

 

 ふむ、なるほど確かにそうだ。

 艦娘というのはいわば船の擬人化、船の能力を受け継いでいる。

 だから、馬力も高く強固である。それなのに俺が死んでいるのは遅かったからに他ならない。

 

「まあ、理由はどうあれ、艦娘は船の魂の具現化なのは知っているね。つまり、もとを正せばただの魂だ。ここで重要なのは人間にも魂があるということ」

 

「彼女らの魂はどんな形であれ、人間の生きることを望んでいる。それを存在理由とする魂は、人間の魂を、器である肉体に入れ、生かそうとした。その結果、船の魂は外に出て、君の魂が白露の体に入り、君は生きながらえた」

 

「船の魂はいつものように肉体を形成し、新しい白露という体を作った。途中途中、心情的なものを理由としたけど、分かりやすさ優先だね。魂の持つ肉体化の傾向何だけど、説明するにはちょっと口じゃ足りないからね」

 

 

 長ったらしい説明を終え、一息つく。

 つまりは何だ、俺が白露の体を乗っ取ったということか?

 

「つまり、君は白露になったというよりも、憑依に近いと言える」

 

 マジか。化け物の体を乗っ取ったのは俺である。

 よって、俺はこの中で一番の化け物ということか。は、マジかよ。……マジかよ。



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彼は説得する

 俺はあの艦娘のような化け物とはまた違った化け物である。吐き気がする。

 白露より劣等であることに嫌になり、彼女を化け物に仕立て上げ、今度は自分が化け物となった。しかし、この体であれば永遠に守られる側――下等であるということだ。反吐が出る。

 

 今までは体が同じなため、力においての劣等であったが、今は力では同じで、体において下等である。いつまでたっても、俺が白露と対等になることはない。

 

 よし、逃げよう。そもそもこんな島にいるつもりはない。

 憑依云々言っていたが、まあ大丈夫だろう。身体こそ変わってはいるものの、人間のような見た目だ。日本という人間社会で生きることはできる。

 

「じゃあ、日本に――」

 

「それは無理だ」

 

 まだ言い終わってないんですけど。

 まあ、諸問題を伝えれば、何かしらの対応をとってくれるはずだし、最悪、白露を帰すことが出来ればそれでいい。

 あの艦娘がいなければ、多少この嫌な感覚からは脱せられるだろう。

 

「食糧が――」

 

「ここから魚を捕らなくなって久しい。釣りをすれば安定して捕れる」

 

「鎮守府が――」

 

「狭いから仕方ない」

 

「最前線――」

 

「ここらへんに深海棲艦はあまり来ない」

 

「入渠が――」

 

「……彼女は一旦こちらで預かろう。ドックはそう簡単に作れるものでもないからね」

 

 妥協点である。

 そう思っていると、青妖精が話しかけてきた。

 

『提督、あの人間は大破しても入渠させない奴だよ?もしかしたら、白露さんにも同じことするかも知れない』

 

「ははは、そんな事はしないよ。ちゃんと彼女には高速修復剤を使うさ」

 

 α中尉、地獄耳かよ。

 ただ、いくら耳が良くても後ろに目はないようで

 

「い"ッ」

 

 背後の魚雷を持った電がその魚雷を振り下ろし、α中尉は頭から砂浜に突っ込む。

 あの高さの頭を魚雷で打って、地面まで落とすって死んでもおかしくないだろ。

 

「このっ、くそっ、司令官っ、さんっ」

 

 追い打ちをかけるように顔を蹴る。

 なにか向こうで、ぼの!?って声が聞こえた気がする。

 まあ取り敢えず、うわぁと言った感じだ。

 

「うわぁ」

 

 というか電さん、今真面目な会話してたんです。ギャグはその後にでもどうぞ。

 

 そのギャグみたいな光景は艦娘ならではの力で、頭がどんどんと砂に埋まり、最終的には見える部分が胴体と足だけになる。

 

「ふぅ、服に砂はつけていないのです。感謝したほうがいいのです。あっ、自分でつけたら知らないのです」

 

 悪魔だ。天使の皮をかぶりそこねた悪魔だ。怖っ。

 α中尉も最初は手で顔の周りの砂をどけていたものの、十数秒もすれば暴れだした。危ない。

 

『あ、あのそろそろ助けてあげて』

 

 青妖精ですら助けるほどだ。相当である。

 俺を死地へ送っておいてよく言う、と思うほど自分を棚に上げるバカではない。

 

「仕方ないのです」

 

 そう言って、魚雷を地面に突き刺し少し離れる。それに倣って俺らも離れる。

 数秒後、俺らの見守る中、バンッと魚雷は爆発し、α中尉は数メートル程吹っ飛んだ。流石に死んだんじゃね。

 

「α司令官さんに頼んで作ってもらった、人間が死なない魚雷なのです」

 

……解説ご苦労です。



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みんな仲良く

「じゃあ、僕たちは失礼するよ」

 

 そう言ってα中尉は艦娘らに号令をかける。

 青妖精が、あんな人間のところに艦娘をおいておけない、と言っていたが、あれだけ叩きのめすところを見れば、おそらく大丈夫だろう。

 

「そうそう、君とは良好な関係を築きたい。欲しいものがあれば手の届く範囲でとってこよう」

 

 俺が帰ることを拒んだくせによく言う。

 白露を丁寧に船に乗せ、艦娘に囲まれて来たときと同じように出発する。

 

 そうすると必然的に俺はこの島で一人となってしまった。……ん?一人?

 

「川内がいない!?」

 

 急いで船の方を見るが、周りより背の高い艦娘はいなさそうだ。

 えっホントにどこ行ったんだ?

 

「提督ー!こっちー!」

 

 どこからか来た声が降り注ぐ。これは川内の声だ。

 周りを見渡すと、丘の上に何やら人影が見える。おそらくあれが川内なのだろう。

 森というか林というかと言った木々をくぐり抜け、膝ほどの草の生える丘に出る。その先には川内がいて崖の下を見下ろしている。

 

「およ、来たね提督。見て見て、これ」

 

 それは先程通ってきた木々の一つだった。

 川内は自分の身長の2〜3倍程ある木を一本抱え、地面に突き刺す。

 流石、艦娘。馬力は優秀である。

 

「ここらへんってログハウスすらないじゃん?だから、私好みで小さい建物、作ってもいい?」

 

「は?作れんの?」

 

「もっちろん!」

 

 か、艦娘ってそんなに優秀なのか…!

 建築と言えば資格を取るのが相当難しい部類だ。確かに資格取らなくても犬小屋ぐらいは建てられるのかもしれないが、艦娘が、それも生まれたての艦娘がそんなことを出来るのか。

 というか、人間が住むということは、犬小屋では足りない。

 

「妖精さんも手伝ってもらって、う〜ん、4日前後はかかるかなぁ。白露が帰ってきたらもっと早く終わるよ」

 

 ふと、一晩であの小さな倉庫――一人で暮らすには狭すぎるあの倉庫を、妖精は作ってしまったことを思い出す。

 妖精たちが一晩であの大きさなら、4日では随分としっかりしたものができるのではないか。

 そこにあの怪力が加わるのだ。もし艦娘が一般に知れ渡ったら、ショベルカーとかブルドーザーとか諸々の掘削機を始め、力仕事が艦娘の仕事になるではなかろうか。

 

「あっ、そうそう、提督にも手伝ってもらうからね」

 

「よし、指示出しをしよう」

 

 ふっふっふー。これこそ、俺の数少ない技、面倒くさそうな作業を回されて最初に役割をとっていくことで積極的に取り組んでいることを知らせつつ自分にとってやりたくないものを遠ざける方法、である。

 そもそも、提督という指揮する立場でもあるのだ。大義名分はバッチリである。



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建築の優先度

 まず、作るべきなのは風呂であると思う。

 現実的ではないのは分かるが、いい加減にサッパリとしたい。人間というのは何もしなくても汗をかくし、そうでなくても海の上で水飛沫を浴びまくり、体中がベタベタする。

 

「まずは風呂から作ろう」

 

「ドックは必要だけどさ、海水じゃないとドックって作れないんじゃなかったっけ?」

 

 何その情報。そもそもドックを作ろうとしてないし。

 しかし、よくよく聞いてみると、どうやらドックは人間からしてみれば風呂と同様のようで、湯気も立つし目に効くという効能もあるので、ほぼ温泉のようなものであるらしい。

 

 ただし、ドックは艦娘の回復効果がメインであり、その回復効果は妖精によるものらしい。

 その妖精さんパワーが効率よく浸透する海水が理想であるらしい。というより、海水でないとほとんど浸透しないのだとか。

 

 海水といえばそこらへんにいくらとっても構わない量が存在している。

 ただ、海水は人間の体にとってはあまり良いものではない。蒸発させれば塩の濃度が高くなるためである。

 あくまでこれは艦娘用の回復を目的としているということだ。

 

「じゃあ飲水の確保を優先させよう」

 

「おっけぇ。任せといて!」

 

 そろそろ水をとらないとヤバいので、飲める水を確保する。

 海水は人間が飲めるような代物でもないので、青妖精に相談してみる。

 

『じゃあ、海水を蒸発させて、それを集めればいいんじゃない』

 

 そう言われてもよく分からないので、取り敢えず青妖精がに頼むことにする。

 

 さて、俺が一番ほしいものは終わったも同然なので、川内と共に艦娘として必要なものの優先順位をつける。

 

「ドックは必要だよな。他は何が必要だと思う?」

 

「クナイと手裏剣」

 

「それは何に使うんだよ」

 

 忍者かよ。

 川内が言うには陸上の敵に、素早く攻撃をできる手段として優秀、らしい。そもそも、陸上で戦うこともないだろうに。

 突き詰めていくとついには浪漫とか言い出した。手に負えない。

 

「じゃあ、夜戦を沢山できるようにしないといけないから、日の入らない部屋を作ろ!」

 

 夜、夜か。ヨルコワイ。

 私的感情により却下する。断固拒否、一刀両断。

 

「えー、提督、夜戦しよ!」

 

「無理、駄目、夜は危険が危ない。他の意見は?」

 

「……建造?」

 

 なるほど、そういえば青妖精の夢で6人の艦娘が作られていたな。

 しかし、あの建物を作るとなると、相当の時間がかかるはずだ。

 妖精らならそうでもないのかもしれないので、これは候補に入れておいてもいいかもしれない。

 

「あとあれだな、普通に部屋が欲しい」

 

 あの赤レンガの建物と比べると、一個の家――雨風が避けられ、簡単には倒れない――のが小さいので、そちらから取り掛かることにする。



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良く働く川内

 方針は決した。あとは行動にうつすのみである。

 イメージとして建築に必要なものは、図と材料と経費と人員と道具である。

 図は砂に書くのはあまりにも非現実的なので、頭をフル稼働させるとしよう。然程入り組んだものを作ろうとしているわけでもないので、多少不安は残るがその時はその時である。

 

 材料は主に木材を使用する。というかその選択肢しかない。妖精さんパワーにより原木を綺麗にまっすぐな木材できる。数年かかるらしい手順を短縮できるのだから、妖精様々である。

 

 人員は比較的か弱い俺と、百人力の川内を併せて端数切り捨てで百人である。ヨーシ、ガンバルゾー。泣きたい。

 

 道具に関しては無い。無人島に持っていきたい道具はなんですか、と聞かれる暇さえなかったのだ。

 

 というか、とても今更な話だが、なぜ家を建てようとしてるのだろうか。

 俺はここに居座るつもりはなく、船が来たらさっさと帰りたいし、船が来なくても最前線であるここから抜け道を通って日本に帰りたい。

 家というのは住まう場所である。歩みを止め、その社会に溶け込むことを決意するものである。

 

……もしや俺はこの生活を心のどこかで、好んでいるのだろうか。ちょっと探してみよう。……うん、無いな。

 そもそも、そんなものがあるのはあり得ないのだ。この結果は必然と言える。

 

 溶け込みたくなる理由。それは、また別のところにあるようだ。

 白露を大事にするわけでもなく、川内は会ってまだ数時間しか経っていない。う〜ん、なんだろうなぁ。

 

「提督、そっち持ってー、あーもうちょい右、そこそこ

、じゃあキープしといて」

 

 川内に指示を出され、そのとおりに動く。使えない指揮でゴメンな。

 今はドアなんてものを作る必要もなければ、荷物置き場を用意する必要もない。そのため普通なら一人暮らしサイズを、雨風がしのげる程度の四角く作っている。

 

 何というか、川内が予想以上にそういう造形を得意としていて、構想から建築まですべて任せている。

 それに対し俺は指揮をするといったのに禄な活躍もできず、おまけに力もないとくる。だが、なぜだろうか、嫌な感じにはならない。

 きっと、川内の仕事配分が上手いのだろう。俺にも適度に役割があり、川内だけを頑張らせるという状況ではない。また、川内は楽しげに作っているというのもあるのかもしれない。

 

 そんなこんなで建築を初めて一日目。ささくれのせいで多少手に傷ができたが、海水に触れなければ大丈夫だろう。傷に塩を塗り込むのってまじ痛い。

 進行状況は枠組みを造り終わり、明日からは壁を取り付けることにする。そして、家が滑り落ちないようにしないといけないのも、忘れてはならない。



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川内は自由人

 久しぶりに快眠をし、次の日の朝である。今日は7日目で、もし1日目を月曜とするならば今日は日曜である。

 火曜と金曜で頑張ってのだから、休みたい。休む場所などあるわけではないが。

 

 そもそもですね、歴史を見渡してもですね、安泰でなければ余裕は生まれないんですよ。

 

「はあ、帰りたい」

 

 きっと睡眠欲を満たしたせいだろう。食欲を筆頭にいろんな欲が出てきた。死にたくないという次元のものから、冷房の効いた部屋でカーペットの上で掃除も考えずにスナック菓子を食いテレビを見たい、という次元のものまで色々とやりたいことがある。

 

 今まで寝ていたブルーシートをどけ、くるくるとたたむ。この6日間お世話になった此処とも、おさらばである。

 ようやく俺らは、下に石があったり枝があったり、砂が乗ってきたり小雨が入ってきたりして寝づらかったこの場から解放されるのだ!

 なかなかに感慨深いものがある。

 もちろん、あの時だって一所懸命にここを作ったし、ここにいたお陰でネ級に気づいたとも言えなくもない。

 

 よし、この場に感情移入するのもこのくらいにして、あの頂上に向かうことにする。

 川内は先に起きていたのか、この場にはいない。あの所謂家を造っているのだろうか。

 

 枝を避けつつ奥に進み、ちょっとした上り坂を上がり丘に出る。

 裸足のため少しというか、だいぶ痛いが、もう慣れている。今日は日が強く、少し暑くなりそうだ。などと思いながら川内に挨拶をし、早速作業に取り掛かる。

 

 妖精らは早いもので、すでに水を集めることは出来るそうだ。今までのハードコアが嘘みたいな話である。

 川内は建築の速さも考えて、建材についてと妖精らの休憩についての指示を出している。もう、お前が提督やったほうがいいんじゃね?

 

「提督〜、疲れたぁ。眠ーい」

 

「ええい、抱きつくな。一体、俺が何日風呂に入ってないと思ってんだ。自分でも汗臭いの分かってるから、そんな臭い、付きたくないだろ」

 

 俺より背の高い川内が寄りかかってくると、流石に支えられない。

 というかいい匂いする。人間的匂いである。久しぶりに嗅いだ。ずっと汗と潮の臭いだけだったから、こうも敏感に匂ったのかもしれない。

 

「む、じゃあお風呂に入ったら提督に抱きついてもいいの?」

 

 川内は不敵な笑みを浮かべる。

 ふ、憐れだな川内よ。その反論は予想済みだ。反論が予想できているのなら、対処法などとうに出来上がっている。

 

「どうせ白露と間違うのが落ちなんだよな」

 

「ふふん、私、提督と白露なら見分けれるからね」

 

 は?マジで?そういえば、初めてあったときも俺を提督だと言っていたな。

 

「どこ?」

 

「うーん、…教えなーい。教えて欲しくば、私を改二にして夜戦をすることだねっ」

 

 そう言うと、俺の隣の壁を取り付けに行く。

……改二って何だよ。



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多大なる貢献

 そういえば白露は改になったらとか何とか言っていたが、改二とはそれに近いものなのだろうか。

 

「なぁ、改二って何だ?」

 

「ええー、じゃあ、白露に教えてもらって。私は呆れて言葉も出ないよ」

 

 くそう、酷い言われようだ。

 そう思っていると、早くも壁を一枚取り付けた川内は、妖精達の持って来た一枚の分厚い板を受け取った。

 何をするのかと様子を見ていると、その分厚い板の下に短く太い棒を突き立てる。

 

「これ床にするからさ、ちょっとそこ、どいてくんない?」

 

 そう言われてもどこにどくというのだ…。

 取り敢えず川内の後ろに周り、床の設置を邪魔しないようにする。その板の上では妖精達が、どこから取り出したのか玉を転がし、水平にしようとしている。

 

 川内は水平になるように調整している。詳しく言えば太い棒状のものを、怪力を使って地面に埋め安定させている。

 何というか、荒業過ぎて思いつかなかった方法である。

 

 さて、と一息ついて、タイミングよく妖精の持って来た水を飲みながら休憩する。

 ちなみにこの水、宙に浮いている。飲むときは手を丸めてボウル状にし、そこに水を入れてもらって溢れないうちに飲む、と言った感じだ。

 妖精って超能力を持ってるのかよ。俺も妖精さんと呼ぼうかな。

 

『いや、それはなんか気持ち悪い』

 

 相変わらず頭の上に乗っている青妖精が、久しぶりに喋る。

 君、ずっとそこにいるよね。少しぐらい手伝って欲しい。

 

「さぁて、提督。いい汗かいたあとは何するか知ってる?」

 

「お前ら、汗かかないよな」

 

「だあぁ!そうじゃない!そうじゃないよ、提督!気分じゃん!そういう、気分じゃん!」

 

「うっさい。川内、うっさい」

 

「そう、夜戦だよ夜戦!ね、夜戦しよー!」

 

 横でンクンクと飲んでいたと思ったらこれである。艦娘には騒ぐやつしかいないのか。いっちばーん、然り、夜戦しよ、然り。

 そもそも、前に夜はだめだと言っているだろうに。先みたいに、艦娘二人がかりでようやく倒せる敵が現れたらどうするというのだ。

 

「夜は駄目だ。提督権限?とかいうので拒否します」

 

「…提督らしいこと、してないのに」

 

 グフッ…。いやそういう提督たる者の責任みたいなのないから、あまり精神的ダメージは無いのだが、提督という肩書を取られては、俺のここでの存在意義がなくなってしまう。

 存在意義が無くなれば、艦娘を束ねるわけでもないので、邪魔になればあの怪力で……あれ?提督なら殺されないのか?

 

 死んでしまっては帰ることもできないからな、うん。提督って何をするのか知っておいて損はないだろう。

 白露は提督について確か、父親とか恋人とか言っていたが、なかなかパッとしない。もう少し他の人の意見を聞いといてもいいだろう。

 

「なぁ――」

 

「提督は、さ。白露のことが嫌いなの?」

 

……またこの流れかぁ。



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たった一日で

 前に叢雲に、嫌っていてもいいが仲良くしたほうが良い、的な内容を突き放した言い方で言われたことがある。

 その時はその後の会話がなかったため自分の意見を言う必要がなかったが、今回はそうともいかない。

 なぜなら、川内は俺が日本に帰るまでここで暮らす艦娘である。小さな島を共有して使っているとなると、白露との友好関係の結論を先延ばしにできない。

 

 でもね、怖いから関わらない、と結論が出ているんだよなぁ。

 

 例えば、艦娘が深海棲艦と仲良くすることは可能だろうか。無理である。

 出来るのであればすでにやっているだろう。むしろ、仲良くしない理由がない。

 だが、戦っている。そこには、根本的には仲良くできるとしても、嫌う理由がある。至って単純な話で、攻撃してくるからである。

 

 もちろん、どちらが先に攻撃したのかは知らないが、こちら側としては攻撃してくるから応戦する、という心理が働いている。

 まあ、つまりは俺と白露も似たようなものだ。

 勝手に俺が完全上位互換の白露を怖がり、そこに近づかないようにする。白露の方は俺に近づこうとしてくれてるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そこを推測することは可能だが、傲慢である。

 

「嫌いではない」

 

 ただ、川内と喧嘩したいわけでもないので、自分に嘘をつかない程度に穏便に行く。

 こういう時の便利な言葉が方便である。飛躍した言い回しになるが嘘はついていないという、超便利な言葉。

 

「じゃあ何で、提督らしいことしてないの?」

 

 おっと、どういうことだ。

 予想の斜め上の質問に頭が混乱する。いやいやこの流れは、俺の白露に対する態度を例に挙げて、説明を求めるところだろう。

 

「そもそも、提督らしいこと、ってのを知らないからな。しゃーないだろう」

 

 今の俺にできるのは、反論ではなく逃げである。

 まあ、ただ逃げるのも味気ないので、そもそも、を用いることによって多少の反発の意思を表明する。

 

「ふーん……私は、提督がもっと頭の回る人だと、思っていたよ」

 

 は?(威圧)よし、落ち着け。

 何においても冷静なほど良いことはない。大丈夫、川内は俺の怒りを煽っているだけだ。

 川内よ、的確に俺のイラッとするポイントをついたことは褒めてやろう。だがしかぁし、半端な攻撃は追撃を喰らうだけだと思い知るがいい!

 

「会話の腰を折るなよ。だけどまぁ、俺より頭が回るなら、夜戦がどれだけ危険が分かるよな。もう夜戦はなしな」

 

 結構話を逸したが、長期的な目で見ればこちらのがより効果的である、という判断のもとである。

 ふっ、観念しな川内。お前の負け……おっとこれはフラグだな。セーフだよね?

 

「残念、提督。この世には多数決と呼ばれるものがあるんですよ」

 

 ん?こいつ何を言い出すんだ。

 というかなんか煽り口調だし、何を企んでいやがる。

 

「つまりぃ、夜戦の決定権は多数決で決めたほうがいいよね!」

 

 はっ、そんなもの提督権限で……あ!さっき、提督らしきことなど知らないって、自分で言って。

 

「そして、ここには夜戦したい私、こと川内と、夜戦したくない提督がいるから…言いたいこと、解るね?」

 

 つまり、白露が決定権を有し、どちらかが取り込むことによって、やりたい事ができる。

 俺は夜戦が危険ということを理由にしているため、止めなければならず、夜戦を禁止されている川内はノーリスク·ハイリターンになるということだ。

 そして、白露と仲良くしなきゃ、自分の意見を突き通せないということか。

 

 考えやがったな、完敗である。



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艦娘川内とは

 勝負事となれば俺は燃える質だ。

 それも知っての上で、この喧嘩をふっかけてきたとすれば、川内は天才である。

 

 ただ、一つ引っかかるのは、たった一日でここまで俺の性格について分かるのか、ということだ。

 普通、一年とか二年とかかけて、だんだんと相手を知っていくのだと思うが、それに対して川内は一日である。明らかにおかしい。

 一応、5日間を共にした白露ですら、俺を手駒に取るような真似は出来なかった。まぁ、川内を見ていると、白露も俺については知っていて、それでもそれをしなかった、とも考えられるが。

 

 したがって、何か裏があるのではないかと思う。

 それに、全ては始まる前の下準備で決まる、と経験則が語っている。

 

 休憩も終わり、壁を取り付ける作業に戻って、片手間に話し始める。

 

「なぁ、川内。お前、生まれたばっかだよな?」

 

「艦娘としては、そうだね」

 

「じゃあ何で、俺と白露を仲良くさせたいんだ?」

 

 もし、もしも、だ。心の中を読めるとか、それに準ずる不思議パワーがある場合、性格を知っているふうに見えたのも納得できる。

 だが、情報として事前に知っている物――つまり、心を読むことではなし得ない、人間関係を知っているのなら、それは事前にどこかで知ったということだ。

 

 例えば、俺がα中尉と話しているときに、白露もしくは叢雲から何かしらを頼まれたのだとしたら、仲良くさせようとする理由も納得いく。

 

 要するに、白露から歩み寄ろうとしているのかを聞きたいのである。

 それがあればおそらく、少なからず恐怖が解消されるだろう。俺が白露に対する恐怖は後天的なもので、似ているのに格下、というのが気に食わないから持っているものである。

 だからこそ、譲歩があれば理性が恐怖を押し付けてくれるはずである。

 

「私はべつに、仲良くしろ、なんて言ってないよ。ただ、私が仲良くしてほしいだけで、相手にそれを押し付けるのは自分勝手が過ぎる、でしょ?」

 

 考え方の押し付け。確かに俺が嫌うものではある。

 しかし、何なんだこいつ。口調と表情によって、明らかに、からかっているのが分かる。そして、俺に酷似した言い回し。

 だが、これは憶測に過ぎない。だから、俺の言葉をパクるなとも言えない。

 

 おっと、もうちょっとクールダウンしようぜ。

 いちいちこんな事考える必要はない。事実だけを抜き取れば、それで大半のことは解決する。

 

「はああぁぁぁあ、すううぅぅぅぅ」

 

 大きく深呼吸をする。

 突然、奇行に走った俺にびっくりし、川内はこちらを振り向き、俺の行動を伺っている。

 

「実はな、それは対等な関係でしか成り立たないんだよなぁ。よって、上司、部下の関係、つまり俺と川内の関係ではその式は成り立たない。だから、日本に帰るという目標は強制的に手伝わせることが出来んだよ」

 

「じゃあ、提督ってのを知らないとね」

 

「おう、だから、提督ってのを一から教えてくれ」



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腹が減っては

「さて、と」

 

 太陽は既に傾き始めており、その頃の建物の進行状況はというと、未だ、四方を囲む壁のうち一方向が塞がったのみだ。

 川内と俺は別々の壁を担当しており、俺より早く終わった川内はまたもや水を飲んでいる。

 

 なんで俺のほうが先に始めたのに、川内の方が早く終わるんだよ!と心の中で文句を叫びつつ、集中の続かない自分を悔いる。

 集中が続かない理由として考えられるのは、やはり、空腹からだと思う。

 

 2日間何も食べなければ、割と空腹感は抜けるものだと思っていたが、その感覚は日に日に強くなっている。

 体が変わったことが原因なのか、活発に動いていることが原因なのか、まあどちらにせよ、そろそろ食事が欲しくなってきた。

 

「川内、釣りに行こう」

 

「サンマはもう少し先だよ?」

 

 秋刀魚?何言ってんだ?

 確かに秋刀魚は海で取れるのだろうが、別に他の魚でも良いだろう。そこまで固執するものでもないと思う。

 

「秋刀魚じゃなくても、食えるものはあるだろ。おそらく」

 

「へ?食べちゃうの?」

 

 川内が、こいつ何言ってんだって顔で見てくる。いやいや、聞きたいのは俺の方である。なんで、釣っても食べないんだよ。食べるだろう、普通。

 

「…あぁ!食べるのね!そっか、提督は人間だもんね」

 

 なんかもうよく分からないので無視でいいだろう。

 と、時間がないのだった。釣りというのは時間がかかるため、少しでも多く時間を取っておきたい。

 

 そのため、川内に艤装を使い、一緒に海に出てもらうよう頼む。

 

「えぇー、川内ちゃんはオレンジ疲労だよう。疲れたぁ」

 

「さっき、休憩したろ」

 

 ヤバい、イライラしてきた。

 頼んでいる立場で急かすような事を言うのはどうかと思う。だけれども、そういう最低限のルールすら守れないほど、単純な思考になってきている。

 

 お腹が減ると怒りやすいってのは、こういうことなのだろう。

 

 よし、クールに、なるべく無感情でいこう。

 

「…仕方ないなぁ。提督がどうしてもって言うんなら、夜戦、してあげてもいいよ?」

 

「だから、夜戦はしねぇって」

 

 全く、こいつは何を言っているんだ。夜戦にそれほどの価値はないだろうに。あれはただ暗いだけではないか。むしろ明るいうちのほうが戦いやすいだろう。

 

 川内は不貞腐れたように頬を膨らまし、やーせーん、やーせーん、とうるさく騒いでいる。

 

「夜までに帰るから。夜戦とかあり得ないから」

 

「夜になったら夜戦していいの!?やったー!」

 

 いや、夜になる前に帰ると言っているだろう。

 もし、夜になるとしたら、それは魚が釣れなかったときだろう。

 

 だが、α少尉の説明では、人間が海で魚を取らない分、魚の量は増えているそうだ。そのため、魚が普段よりも取りやすい、と言っていた。

 

 まあ、それでも、万が一、時間がかかることがあるとするならば、夜に帰らざるを得なくなる。

 

 とは言っても、夜戦の怖さというのは二日目の夜と五日目の夜で嫌というほど思い知らされたので、夜戦には持ち込ませない。

 

「夜戦はなしだ。深海棲艦に遭遇したら、逃げる」

 

「ちぇー、次は夜戦、してよね」

 

「それは、さっきの多数決を取ってからだろう」

 

「うん、もっちろん」

 

 そう言って川内は快活に笑う。

 川内は黙っていれば美人というか、可愛いと綺麗を足して二で割ったような感じだ。

 

 というか、知っている艦娘は皆整った顔をしている。

 しかし、今の俺が少女であることが関係するのか、不思議と全く興奮とか、緊張とかしない。

 

「というかさ、提督はどうやって釣りすんの?」

 

 妖精製の釣り竿を用意している川内がそう問いてくる。

 ははは、そんなもの決まっているじゃないか。

 

「川内に運んでもらうんだよ」

 

「エッ」



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フィッシング

 今、俺は川内におぶられながら海上を移動している。

 

 それというのも、軽巡ホ級との戦闘の際、妖精達に艤装を渡してそれを白露が使い、そのままα中尉が持っていったことで手持ちに艤装がないのだ。

 

「これじゃあ、夜戦、出来ないじゃん」

 

 まあ、私的にも夜戦の抑止力になったようで、ちょうど良かった。

 

 とはいえ、本当にヤバくなった時は、泳いで逃げる事も想定しておいたほうがいいので、なるべく小島から離れないようにしている。

 

「ここらへんにしておこう」

 

 そう言って川内を止め、二本の釣り竿のうち片方を川内に渡す。

 

 この釣り竿は浮きもなければガイドもなく、ザリガニ釣りで使うような簡素なものである。

 しかし、糸は大抵のことでは切れず、究極的に釣り上げることに関しては問題ない。

 

 ただしこれは人間の話である。

 艦娘の場合、魚が餌を喰らいさえすれば、圧倒的な馬力で釣ることが可能だ。

 もちろん、水の抵抗というのも強いので限界はある。

 

 釣り糸を垂らし、竿に抵抗が来るのを待つ。

 ちなみに釣り糸は絡まないらしい。そこら辺は流石妖精といったところか。いたりつくせりである。

 

「……暇だな」

 

 待てど暮らせど一向に現れない魚に、ふとそんなことを呟いた。

 餌も少ないので早く釣れてほしい。

 

「提督、なんか面白いこと言って」

 

「無茶振りするなよ」

 

「いいから、いいから」

 

 何もよくねぇよ。

 というか、こういう無茶振りって真面目に答えなくていいものだよな?

 

「ある犬は体が白い。では尾の色は?」

 

「尾も白い。ワー、オモシロイナァ。ワタシ、イマ、スゴイ、オナカイタイ」

 

 まあ、そんなものだろう。

 また、長い間沈黙が続き、魚も現れる気配がない。

 

「そういえば、提督について教えてほしいって言ってたよね」

 

「急だな。…まあ、確かに言ってたな」

 

「提督ってのはね、夜戦をいっぱいやらせてくれるんだよ」

 

 えぇ、あり得ないだろ。あの夜戦だろ。やりたい人はいないと思う。

 

 つまり、提督っていうのは、狂った人のことを指すのか?

 流石に俺はそこまで狂ってない。

 

 というか、なんで川内が提督について知っているんだ?

 まだ、ドロップ艦で、提督って呼ばれる存在に会ったことなど俺しかないと思うのだが。

 

「っていうか、川内はなんで提督ってのを知ってるんだ?」

 

「ん〜、艦の頃の記憶?私が艦の時は三水戦っていうところで頑張ってたんだぁ」

 

 川内は昔を懐かしむように遠くを見ている。

 三水戦とかいうよく分からない単語は置いといて、なるほど、昔の提督は夜戦を好んだのか。

 

 そうなると、あまり川内の話は参考にならなそうだな。

 1940年代に深海棲艦が出たわけでも無いので、明らかに環境が違う。

 

 となると、結局のところ白露に聞くしかないのか。まあ、この件については追々解決していこう。

 

「それより、糸、引いてるぞ」

 

「へ?あっ、ほんとだ」

 

 川内はそう言うと、ざっぱーんという音とともに魚を釣り上げる。

 

 音だけ聞くと大きな魚のように思えるが、およそ20cm程の中くらいの魚である。

 

「妖精、これは人間が食べても大丈夫な魚か?」

 

『加熱すれば大体大丈夫』

 

 青妖精曰く、大丈夫な魚らしい。

 

 って、騙されるかー!随分とアバウトな返答しやがって。

 とはいえ、本当に駄目なときは食べる前に止めると思うので、今日の釣りはこのぐらいでいいだろう。

 

 日も傾いて来たのでそろそろ帰らなければいけない。夜の海というのは怖いものなのだ。

 

「じゃあ、偵察機出すね」

 

 行きと同じように帰る。この零式水上偵察機を見たとき、日本史で知った空母と呼ばれる艦だと思った。まあ、すぐに川内に否定されたが。

 

 戦艦大和とか白きゼロ戦は軍艦を知らなくても耳にしたことがあり、ミッドウェー海戦の空母部隊なんかも有名だ。

 

「ん?」

 

 川内がぼそっと呟く。どうしたのかを聞くと、何やら発見したらしく、航路を変更した。

 

「大破艦4隻、中破艦2隻の水雷戦隊を発見ッ。助けに行くけど、いいよね?!」

 

「深海棲艦とかじゃないのか?」

 

「うん、あれは艦娘だったッ」



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艦隊を救護す

 川内が飛ばした零式水上偵察機が着艦し、その偵察機はどこかに消える。

 

 川内の進路は、おそらく艦娘らの方に向いており、結構速く海の上を滑っている。川内はその艦娘らを助けるつもりのようだ。

 

 ここで俺は一つ疑問に感じた。

 

「なあ、川内。それって助けてほしいのか?」

 

 艦娘を見捨てると怒る青妖精の手前、あまり、助けるなとは言えないが、それでも、相手に助けてほしいと思ってなくても助けるのは、少々おせっかいではないか。

 

 というのも、別に艦娘だけであるのなら、わざわざ助けるのを止めはしない。

 

 しかし、今回の場合は人間がおぶられていると聞く。

 俺のように艤装を使える人間は少なく、そうでない人が多いだろう。所謂普通の人は、艦娘程、海は自由でない。

 

 つまるところ、俺以上に足手まといである。

 

 そんな人を連れてこんなところに来るという事は、それなりの練度があるのか、自殺志願者ぐらいだろう。そうでも無ければ、その人は狂っている。

……何か、凄いブーメランを感じた。

 

 まあとにかく、そういう理由で自己満足的に助けるのは気に入らない。

 

「そんなこと分かんないけど、私は艦娘で、艦娘は国を護ることが仕事だから、なるべく多くの人を救けないとね」

 

 あ〜仕事ね。それは仕方ないなぁ。

 仕事は仕事であり、そこには私情を挟む余地はない。相手がどう思おうが、自分は自分の役割を真っ当するのが理想的な仕事である。

 

 それは命が直接的に関わる艦娘の仕事には顕著に出るだろう。死んでしまっては元も子もないからな、うん。

 

 しばらくすると黒い塊のようなものが見え、更に進むとそれが数人の塊であることがわかった。

 

 そして、最終的にはところどころに怪我を負った艦娘が6名と、そのうち、一番軽傷に見える艦娘に一人の太った男性が乗っていることが分かった。

 

 ただ、その男性が乗っている艦娘が、その中で幼い見た目をしているので、絵面がだいぶ酷いことになっている。

 

 あちらの男性もこちらに気づいたようで、比較的大人びた艦娘に指示を出している。その艦娘はよろよろと滑りながらこちらに来る。あっ倒れた。

 

「多摩、大丈夫?!」

 

 多摩と呼ぶ艦娘に川内は駆け寄り、目線を合わせる。

 

「多摩はダイジョブにゃ。それより、川内はどこの所属にゃ?」

 

 砲は圧し折れ、右足を失いところどころに切り傷のある体にしては、ハキハキと喋っている。それでも活発とは程遠い。どちらかというと、冷え切った口調だ。

 

「私はすぐ近くにある小島に住んでる。提督が泊地の名前を知らないから、泊地は分からないけど、野良ではないよ」

 

「そう、分かったにゃ」

 

 そう言うと、多摩は元いた場所へと向かう。川内も同じように動き出し、その艦娘らの顔がよく見える位置にまで移動する。

 

 よく見ると、そのおぶられている男性は肩や胸の辺りにキラキラとしたものを掛けていて、θ中将のようなお偉いさんといった風貌だった。

 

「おい、そこの艦娘。ちっこい方、私と変われ。そして、私を助けろ」

 

 つまり、男性は俺と場所を変われと言っている。そして、その上で安全な場所に連れて行けと言っている。

 

 うわ、くそウザい。



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過激な消去派

 何だあの態度は!と思ったが、実際に助けるのは川内なので俺には関係のないことだった。

 川内はニコニコして対応している。作り笑い怖い。

 

 そして、俺はあの男性に、艦娘が御国から賜った服を身に纏うとは何事だ!と言われ、よく分からないうちに黒シャツ一枚になってしまった。もちろん、パンツは履いている。

 

 結果的に、川内はあの太った男性を乗せ、俺は元々あの男の乗っていた艦娘に乗ることになった。

 

「ごめんなさい白露さん、血だらけで…」

 

「いや、別に…」

 

 どちらかというと、この怪我の多さなのに背負わせてしまって申し訳ない。それに、このシャツは黒なので、まあ、大丈夫だろう。

 

 そして、恒例の白露呼びだが、どうせこの後も間違えられるので、一度で伝わるときに話そう。

 

「白露さんは見たところ艤装を付けてないけど機関部が故障したの?」

 

「いや、今は貸しているから、手持ちになくてな」

 

「ふぅん。…え?」

 

 ん?なにか変だっただろうか。もしかすると男口調なことに引っかかったのかもしれない。

 

「おい、お前ら、口より足を動かせ。さあ、艦娘。お前の提督のもとに連れていけ」

 

 川内が俺の方を見る。川内の言いたいことは分かる。確かに、川内の提督は目の前にいる。

 

 とはいえ、ここにいますよ、とも言えない雰囲気なので島に連れて行ったほうが良いだろう。

 

 俺が首を横に振ると、川内はおそらく小島の方へと動き出した。それに続くように他の艦娘らも動き出し、きっと周りからはノロノロと夕焼けの中で蠢く何かに見えると思う。

 

 あの男が号令をかけた時から他の艦娘らが全く喋らなくなったので、俺は魚が腐らないかを心配していた。次からは水槽でも持ってこよう。

 

「すみません提督。提督のお名前と階級、そして何処でこのようになったのか、ご説明をお願いします」

 

 川内が俺のことを読んだのかと思ったが、そうではなく、あの男性に言っているようだ。

 

「何故、艦娘のお前に言わなければならん」

 

「いえ、私共の提督にご報告し、身元確認と早急に安全な場所への護送、及び深海棲艦への対策を立てなければなりません故」

 

 川内がどこか忍者っぽく感じる。特に〜〜故。で区切るところとか、時代劇のようだ。

 

「……その通りだな。うちの艦娘もこのくらい気がきけばいいのだがなぁ」

 

 そう言ってこちらの方を嘗めるようにして見てくる。そうすると川内以外の艦娘が一様にビクッとなる。

 

 まあ、男の俺でもだいぶキモイ視線だと思ったので、女性なら尚更だろう。

 

「私はβ大佐である。元々北の方が任地だったのだが、今度の戦いでこちらに一時的に駆り出されたのだ」

 

 β大佐か…大佐というと相当高い階級だったはずだ。随分と大物が来たなぁ。



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七日目の夕日

 これだけ傷だらけであるのに深海棲艦の襲撃はなく、すんなりと小島に戻った。

 

 普通が通用するのか分からないが、普通、逃げる事もままならない程の傷を相手に負わせれば、とどめを刺しに行くものである。

 

 刺しに来ないとなると、それより重大な理由が深海棲艦側にあるのだろうか。例えば、逃がす事で何かしらの利益があったり、逃さざるを得ない状況下に陥っていたりなど。

 

 逃がす事での利益……う〜ん、思いつかない。しかし、逃さざるを得ない状況は想像がつく。

 

 β大佐以外にも交戦している人がいた場合だ。他の艦娘の攻撃に手一杯になり、この6人の艦娘を追うことが出来なかったと考えれば、なんとなく納得いく。俺は戦闘に詳しいわけではないので、本当になんとなくである。

 

「おい、お前の提督は何処にいる。私が来てやったのだから、すぐに出迎えにあがるのが当然だろう」

 

 β大佐がこの島に着いて直ぐに川内にそんなことを言っている。まあ、目の前に白露の見た目をした提督はいるけどな。というかむしろ、一緒に海にいたまである。

 

 ただ、俺が提督だとは知らないそうなので、仕方ないというか、俺が言わなかったのが悪いので、普通に失礼だった。

 

「しょ――」

 

「あちらが私の提督、少尉です」

 

 そう言って川内はこちらに手を向ける。もちろんそんなことを予想もしてなかったであろうβ大佐は一瞬、こちらを睨めつけたが、直ぐにその目を川内に向けて

 

「艦娘の分際で、ふざけるな。どこをどう見ればあれが人間に見える。その無い頭で考えても分かることだろう」

 

 いやぁ、川内は嘘ついてない。ただ、β大佐がそう思うのも分からなくないところが辛いところか。とはいえ俺が提督だと証明できるものはない。

 

 そう思っていると、川内が小声で話しかけてきた。

 

「ねね、提督。私に改装を許可して。確か、電探があったはずだよね?」

 

「ああ、そうだな。けど、なんで?」

 

「いいから!」

 

 小声で強調するって、なかなか器用なことするぁ。

 

 そして、俺はよく分からないが川内に改装を許可し、川内は偵察機を外して電探を積んだ。

 すると、β大佐は驚いたような顔をして、俺をまじまじと見ている。

 

「ふむ、貴様が提督で間違いないようだな」

 

 どういうこと?俺が改装を許可して川内が改装しただけだよな。改装が何なのかは知らないが、もしかすると改装と呼ばれるものを許可するのが提督の権限なのかもしれない。

 

「だが、確か白露とかいう……貴様、ここにドックはあるのか」

 

「いえ、ないです」

 

 白露が前にイメージ云々言って説明していたドックがあるといえばあるが、危険だと言っていたので止めといたほうが良いだろう。



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ばりぞうごん

「それならば、大本営に連絡できないのか?」

 

 大本営?

 大本営というと、大本営発表とか何とか言って日本史に出てきた覚えがある。しかし、それは昔の話であり、今ではもう無かったはずである。いや、海軍があるのだし、大本営があってもおかしくはないか。

 

 ただ、一般人に毛が生えた程度の俺が、そんな堅苦しい人々との連絡手段を持っているはずがなく、そんな連絡手段があればとっくの昔に使っているわけで、電子機器など、ここには存在しないのである。

 

「いえ、ないです」

 

「では、近くの島との連絡は…?」

 

「いえ、ないです」

 

「」

 

 というか、大佐なら無線だの何だのの通信機の一つぐらい持っていてほしい。

 

 そうすれば、直ぐにでも帰れるだろうに……ん?帰れる?

 そうか、この人についていけば日本に帰れる可能性があるのか。そうなると、尚更β大佐をさっさと発見してほしい。ついでに帰らせろ。

 

「そういえば、貴様は少尉であったな。それで提督ということは、特例の奴か。ならば、初期艦がいるだろう。それを呼び出せ」

 

 しょきかん…?書記のことだろうか…?

 まあ、俺のところに書記官と呼ばれる役職を持つ人はいないので、いないで良いだろう。

 

「いえ、ないで――」

 

 急に口を抑えられた。俺の口を抑えているその手の持ち主は川内で、またもや小声でなにか言っている。

 

「初期艦は白露じゃん、提督。というか、合わせてって言ったのに、何で進んじゃうかなぁ」

 

 書記官が白露だとは知らなかった。

 でも、白露って書記っぽいことしてたっけ?そもそもここに紙などの文字媒体もなければ、書く内容もない。書記官の意味ないと思う。

 

「初期艦は白露ですが、大破しているため今はα中尉にご配慮いただいて別の場所にいます」

 

「ほう、α中尉を知っているのか。ならば迎えはすぐに来るな」

 

 おや、β大佐もα中尉を知っているのか。世間が狭いのか顔が広いのか、どちらにせよβ大佐は帰れるらしい。

 

 しかし、俺は帰れなさそうだ。昨日にα中尉から日本に帰ることを断られたばかりだからである。はあ、いつになったら帰れるのだ。

 

 空は夕焼けの橙から段々と暗くなってきており、今にも夜の闇が訪れそうである。

 もう慣れてしまったため違和感がないが、日本にいた頃は日が落ちても起きていたし、むしろ日が落ちてからが本番であった。

 

 全くもって慣れとは恐ろしいものである。いつも通り眠ろうとすると、丘の方に移したことを忘れていた。

 

 そして、もう一つ忘れていたものがある。そう、β大佐及びその艦娘達の寝る場所である。



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そしていつも

毎回、一日目が何も起きず、二日目に何かしらが起きることが恒例です。


 寝るところ、どうしようか。

 大佐とかいう雲の上のような人にブルーシートを渡すわけにもいかないし、かと言って俺だけ眠るのも気が引ける。

 

……というか

 

「妖精よ、頭の上で揺れるのはやめておくれ」

 

『あの人間の言動に耐えている。止めないで』

 

 青妖精がβ大佐のような艦娘の扱いに対しては黙っていないだろう、と思っていたがぎりぎり耐えていたらしい。

 

 ただ、それを耐えるために俺の頭の上で打ち震えている。何というか、頭の上からの負のオーラが凄い。

 感覚的には幼い頃に悪さをしたときに、母親から発せられるものに似ている。青妖精はお母さんだったのか。

 

『違う』

 

……最近になって、青妖精に俺の心が読まれているのではないか、と思ってきた。…あれ?何も返事が来ない。こんなことを思えば何かしらの反応があると思ったが。

 

―――――――――

――――――

 

 七日目の夕方。すんなりと小島に戻ることができた。

 川内はβ大佐を背負っているし、他の艦娘も大きな傷を負っているため、深海棲艦に襲われでもしたらひとたまりもない。

 

 そして、小島には見覚えのある艦娘がいた。叢雲である。他にも、吹雪、漣、電、五月雨の四人がおり、このメンツとなるとおそらく、α中尉がいる。

 

 だが、α中尉は白露を連れて行ったはずである。

 艦娘だけここに来た可能性も否定できないが、一応、戦線であると聞いているここを、艦娘なしで航行するのは些か危険ではないのか。

 

 そう思っていると、α中尉が森の中から出てきた。

 

「β大佐、ご無事でしたか」

 

「む、α中尉。貴様、遅いぞ。何をしていた」

 

 β大佐はズカズカとα中尉に歩み寄り何かを話し始めた。どうやら知り合いのようだ。

 

 ただ、α中尉となると、日本に帰ることができないので残念である。

 

「司令官さん、こんにちは、なのです。ちょっと、このバケツを運ぶのを手伝って欲しいのです」

 

 そう言って電に渡されたのは、緑色のバケツに修復と大きく書かれ青い液体の入ったものである。

 

 確かネ級との戦いの時に白露が一度だけ使っていたものだ。今、電たちはクルーザーからそれを運び出している。

 

 このバケツだと重さもそれなりにあり、運ぶのが大変なのはわかるが、艤装を使えばいいというのは野暮だろうか。

 

 そして、その用意された6つのバケツは、β大佐の艦娘に使われた。どうせ持ってくるのならば、6つでなく7つでいいではないか。さすれば、白露も完全回復だし。

 

 あれ?そういえば何でこんなに早くここに来れるんだ?

 一日半で往復できるという事は距離が近いのだろうか。でも、船って整備だとか、給油だとかで簡単に動けるわけではないだろう。どのくらいそれに時間がかかるのか分からないが、少なくとも一日半以内に往復は出来るらしい。

 

「司令官さん、少し説明していいのです?」

 

 そう言って電は説明を始める。

 曰く、まだ白露は大破状態であること。この修復材は本来、俺に渡される予定だったが、急遽β大佐の艦娘に使用してしまったことを謝らせてほしいこと。そして、今、大規模作戦が始まり、近海は危険だということ。




解説
――――――――――――
―――――――――
↑の時には、時間が流れたことを表し、

―――――――――
――――――
↑では、α中尉が戻ったことを表します。

一応、それで統一しているはずです。


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久方ぶりの食

 薄暗い海の向こうに船は沈んでいき、遂には見えなくなった。

 β大佐とα中尉およびその艦娘らは船と一緒にどこかに行ってしまった。艤装があればついていくのに。

 

 さて、と一息つくと香ばしい匂いがする。

 見てみると、先程釣った魚を妖精らが焼いているようだ。すっかり忘れていた。

 

 お腹はならない程、空腹なので、その匂いに釣られるようにして焚き火に寄る。釣られた側に釣られるとは中々滑稽である。

 

「あ〜、ちょー疲れたぁ。何なのあのおっさん。艦娘を道具みたいに言っててさ。α中尉もα中尉だよね、相槌だけ打ってさぁ」

 

「そんなもんだろ。別に人間を道具だと思うのは不思議なことじゃない。馬鹿も鋏も使いようってことだ」

 

『提督は人間すら道具だと言うのか…』

 

 変わらないと思うがなぁ。

 例えば、会社内のある課で功績を上げるために、誰でもいいが利益となる人と関わるだろう。その人にはそれだけの価値があり、その人を使いたいということだ。

 

 友人関係であっても、元々何もない所から何かしら利益になること――悩みを聞いてくれるだとか、いい情報を持っているだとか――が理由で段々と親密になったり、価値がなくなれば離れたりするだろう。

 

 無論、使い合ったり、利益を得る過程で感情が出るものは道具ではないのかもしれないが、そんなものは予め常識として人間が何たるものかを設定しなかった社会が悪いのであって、俺は悪くない。

 

『ほら提督、焼けた』

 

「ああ。人間って食事、摂らないと死ぬから面倒くさいよな。その点艦娘は……いや、燃料とかとらないと、実質死んだも同然か」

 

「美味しいよ、飲んで見る?」

 

 そう言って川内は燃料を差し出してくる。いや、飲めるわけがなかろう。軽くデジャブを感じる。

 

 そういえば艦娘の燃料って重油なのだろうか。軽油とか灯油とかのような匂いを感じた。

 

 そんな匂いとともに焼き魚を頬張る。

 俺は前々から割と大きく食べる方であったが、今の体では思っていたよりも魚が欠けていない。口が小さいとこういう事が起きるようだ。

 

「……はぁ、男に戻りてぇな」

 

「え?提督って男性なん?」

 

 あれ?言ってなかったっけ?

 でも、男口調を不思議がっていなかったと思う。それならば、何故今更男なことに驚いているんだ。

 

 もしかして、女性なのに男らしい喋り方だと思っていたのだろうか。この見た目なら仕方ないか。

 

『提督はそういうのに憧れてるから』

 

「いや、まあ、うん。良い…のかも、ね?」

 

 おいコラ青妖精。便乗するな。

 

 そして、俺は否定の意味も込めて、今までの経緯――トラックに轢かれてから、川内に会うまで――を簡潔に語ったのだった。



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初めての建造

 焚き火に使える枝もなくなったが、火はまだ燃えている。だが、何れ消えてしまうだろう。

 

 そんな中、俺は一つ思い出したことがあった。

 

「そういえば妖精、建造ってできないのか?出来れば艤装は欲しいんだが」

 

 そう、前に艤装のみを作っていたことを思い出した。俺の体は白露と形は同じなので艤装を付けることができた。ならば、もう一度同じように作れば艤装ができ、そして、俺の行動範囲が増えることになる。

 

『建造はできない。建造ドッグがない』

 

「でも、前は作ってたよな。同じようにすればいいんじゃないか?」

 

 建造ドッグはおそらくあの夢で見た大きな建物を指すのだろう。しかし、あれが無くても作れるため、あれは絶対に必要なわけではないだろう。

 

『いや、前回のものは特殊でね』

 

「と、いうと?」

 

 川内は興味津々といった様子で青妖精に説明を促す。正直、俺も少し興味がある。実際、俺にも関わることなので、興味無くても聞きたい。

 

『初期艦は知っているね。あ、そうそう、書記のことじゃなくて、初めの艦という意味』

 

 えっそうなん?知らんかったわ。ありがとーな。やべえ、驚きすぎて京都弁を喋ってしまった。声には出てない。

 

 つまり、書記官ではなく初期艦ということか。理解。いやぁ、間違えて使う前に知っといて良かった。どうやら、青妖精には知られたみたいだが。

 

『そう、それで、新米の提督には初期艦という艦娘が渡されることになっている。正確には、現れる、だけどね』

 

 初期艦って艦娘の名前なのかよ。何か、一番初めである、と分かりやすい名前だ。というか、昔はその艦を使って戦ってたんだよな。そうすると名前から察するに、初期艦って練習とかに使われてそうなイメージだ。

 

『ちなみに今は、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨、で統一されている。この内の一人を選んで自分の初期艦とする』

 

 その5人の名前はどっかで…α中尉か!でも、一人を選ぶらしい。…どういうことだ。

 

『でも、一年前まではその制度もなく、誰が初期艦となるかは選べなかった。基本的には階級に応じて、それなりの艦娘が現れた。まあ、そのせいで道具だとか言う風潮になったのは、置いておこう。…で、つまり、提督一人につき、一人の艦娘が現れるんだよ』

 

 なるほど。よく分からん。まあでも、一人増えることは分かった。ということは、俺にとっての初期艦は白露になるのか…?いや、でも、あれはθ中将のものだったし。となると、川内か。

 

『そして、これが、今の話に結びつく。結論から言ってしまえば、一人の艦娘は提督になる』

 

 は?え、は?

 

 いや、確かに体はそうだが、艦娘ではない。現にα中尉も憑依だと言っていたはずだ。信憑性で言えば俄然青妖精なのだが、α中尉があっているというのは希望的観測だろうか。

 

『分かりやすく言うと、艤装ってのが初期艦。ええと、私達妖精がまだ決まっていない初期艦を作り出した。つまり、建造ドッグも資材も必要としない初期艦を逆手に取って、建造ドッグも資材も必要としないで艤装を作り出した。で伝わるかな』

 

「ん?ま、まあ、うん。つまるところ、出来ないってことか?」

 

『そうだよ』



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戦争の火の粉

 屋根もなければ、壁も半分しかない家で寝ていると誰かの声が聞こえた。

 

 薄く目を開けると最初に入ってくるのは、白みがかった夜の空である。

 目を擦り、汗でギトギトのなった頭をかく。起き上がり、半目のまま誰が声を出しているのかを見ると、家を少し出たところで叢雲と川内が話していることに気づいた。

 

「あら、起きたのね。仕事よ。これを付けなさい」

 

 そう言って手渡されたものは、小型の円と言うには少し歪で、よく見るとRとLが書かれてある。

 その真っ黒いもの2つを何に使うのか分からず、叢雲に説明を求める。

 

「それ通信機を小型化したやつで、音声も送れるし受信もできるわ。ただ、故障しやすいし、遠くに行くほど音声は粗いしで、使い物にならないけど、あるだけマシだと思いなさい」

 

 そう言って叢雲が見せてくるのは、この黒い通信機とは別物であるがおそらく通信機であろうものが付いた耳だ。

 彼女のものは耳から口の方に尖っていて、いかにも音声拾います、と音声聞こえます、とが別れて見えるが、黒い通信機は尖っていない。

 

 取り敢えず耳につけると、川内の声が右から聞こえる。左は故障しているのだろうか。

 

《左のものが送信、右が受信だって。何かかっこよくない!?》

 

 川内はそう言いながら近づいてくる。あっ止めろ、こっち来ると…。

 右耳の方から小さくフォンフォンと鳴り初め、次第に大きくなっていく。俺はいち早く左のものを外すが、川内は、何か変な音鳴ってるね、といってとらない。

 

 川内、君の左耳は死ぬようだ。骨は拾ってやるよ。耳の骨ってあまりイメージないけど。

 

「ん!うるさ!痛っ!!」

 

 そう、電話とかマイクとかでよく起こる現象、ハウリングだ。

 部屋の隅に行き、ハウリングが収まるのを待つ。というか、別に待っているわけではない。電源ボタンが見つからないのだ。

 

 取り敢えずハウリングは収まり、川内が涙目になっただけである。ご愁傷さまです。

 

 朝日が丸く見えるぐらいまで上り、空は朝の色に染まっている。ググッと手を上に上げて体を伸ばし、息を大きく吸い、吐きながら体を縮める。

 これを2回して、垢だらけの体を掻きむしり、関節をポキポキと鳴らす。

 

 まずは指の付け根、指の第二関節、手首、肘、肩、膝、足の指、足首、首、背骨、そして腰。一連の動作をやり終え、もう一度深呼吸する。

 

 さて、体を動かしたためようやく眠気も覚めた。本題に入ろう。

 

「さて、叢雲。何しに来た」

 

「本業の練習、兼、本番、かしらね」



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現状簡易まとめと補足(2)

夜テンションというか、何というか。書いちゃえって勢いで書いているので、だいぶふざけてます。一応、物語の進行とは合っているはずです。


提督/少尉

 

 θ中将によりある泊地へと行く(強制送還)。その泊地は孤島で周りに海以外何もない。

 ある夜、トラックに轢かれるも、白露が助けに入ろうとしてなんやかんやで白露に憑依することになった。つまり、肉体的には死んでるってことだね☆

 憑依とかどこかの妖怪かよって感じだけど、人間だというのが質の悪い。そして、その体を存分に使い、あんなこと(艤装の使用)やこんなこと(妖精とのコミュニケーション)をしている。

 ステータスは、普通より少し賢いぐらいで、その他平凡。顔が良かったり、スタイルがいいのは白露なのでこちらのステータスではない。あと運が悪い。8ぐらい。

 

白露/艦娘

 

 θ中将の艦娘。今は提督の艦娘に異動した。ネ級と戦ったり、ホ級と戦ったりしている。現状の練度は16(演習使わずに、6日間であればこのぐらいかと。元々、θ鎮守府にいた分もあるので、どのくらい上がったのかは定かでない)。

 ある男性がトラックに轢かれそうなのを見て助けに行くが間に合わず、その男性は死んでしまった。だが艤装を展開していたためトラックも死んだ。

 そして、せっかく助けに行ったのに憑依され、自分の肉体から魂を移動させなければならなくなった。んで、移動させ、肉体を形成し、気がつくと孤島にいた。目の前には自分と同じ姿形がおり、てんやわんやであった。

 ステータスは、基本的に少し緩い頭をしていて、時々勘が鋭くなる。可愛い(個人の感想です)。

 今は大破しており、治すためにα中尉に連れられる。

 

川内/艦娘

 

 1-1ボスマスでドロップした。提督初のドロップ艦。未だ特筆すべきことはない。嘘ですあります。

 造形の能力に優れ、夜戦バカで、自由気ままで、夜戦バカで、夜戦バカな艦娘である。

 現在、孤島で提督と一緒におり、夜戦をする為にどちらが多くの票を取れるかを勝負している。

 ステータスは手先が器用。あとそれなりに頭が良い。

 

孤島/小島

 

 提督達が住まう場所。提督が来てから7日経ち、次話では8日の朝になる。3年前の妖精事件の犯人である青妖精その他一行はこの島に来た。

 ここは今では戦争の最前線となっているが、あまり深海棲艦の姿は見ない。

 

青妖精

 

 青髪の妖精。まあ、艦これで青髪の妖精と言ったら、工廠の三つ編みおさげの妖精さんです。他に青髪いましたっけ?

 日頃は提督の頭の上で寝ている。元は脳に干渉して、妖精とのコミュニケーションもとい、肉体と魂の浸透を早めるのが目的だったが、居心地が良かったので住み着いた。基本、妖精さんは自由な存在なのだ。このせいで提督はいつでも姿勢を正さないといけなくなったのは、言わずもがな。

 妖精さんとしては珍しく、流暢に喋ることができる。妖精さんを率いるリーダー格である。

 

――――――――――――――――――――――――

 

α提督/中尉

 

 η付近島を任地とする特例提督。高校生(80歳余)という若い年齢にも関わらず、たった半年で中尉に昇格する。ちなみに、α島は北の方なので、η付近島とは別。

 η少将に気に入られ、それなりの好待遇を受ける。

 艦娘は現在、初期艦5隻を所持しており、全て改である。その中で最もグレているのは電で、最も真面目なのは吹雪。

 ステータスは長身で爽やか、自己中。入渠させないという鬼畜の所業を除けば、性格に難はない。また、未来の知識もあるため、ある程度は無双している。

 

β提督/大佐

 

 決まった任地は持たず、様々なところを転々とする。戦力不足を補う水雷戦隊を所持している。水雷戦隊の旗艦は多摩。提督が乗っていたのは雷。その他、風雲、子日、秋雲、朝潮。

 ステータスは肥満と強欲。絵に描いたような悪役で、自分が軽視している艦娘は愚か、人間でさえも害を加えてくる。班にいると邪魔しまくるタイプの人。

 艦娘消去派。

 

η提督/少将

 

 η島のη鎮守府にいる。空母を主に運用する。赤城はケッコン済み。加賀が秘書艦。ステータスは長身、変人、狂人。

 完全勝利派。以上!!

 

θ提督/中将

 

 θ島のθ鎮守府にいる。戦艦を主に運用する。ケッコン艦はいない。島風が秘書艦なことが多い。ステータスは堅物。

 完全勝利派。以上!!

 

ζ提督/大将

 

 お前はもう死んでいる。昔は武神と讃えられた男。最期の秘書艦はビスマルク。第一回深海棲艦本土襲撃時に軽巡ホ級の攻撃を受け止め、その弾丸を体から抜き取り、それを手に殴り返したり、駆逐イ級を振り回して投げ、ロ級を大破させていたりしている。武勇伝は未来に発行される『海の漢の背〜武神と呼ばれし者〜』(仮)に2割程誇張されているが、詳しい。

 

――――――――――――――――――――――――

 

艦娘

 

 艦娘とは艦の魂の一部が具現化したものである。ファンタジー作品で言えば魔法に似ているのかもしれない。魔法はよく、魔力の流れをイメージして、その流れを外に放出するだとか、放ちたい魔法をイメージして発動させるだとか、そういう解説がある。艦娘の場合、後者。艦の一部がイメージして、艦娘と呼ばれる体を創造する。要は艦娘にとって体は傀儡のようなもの。

 そのため、提督はその体の主導権を握り、白露の魂を追い出した、ということである。

 

深海棲艦

 

 艦娘と人間の敵。ヤタのカガミを読んでくださった方は、おそらく分かりづらい説明だったと感じたと思うので、もう少し詳しく書いてみたいと思います。

 深海棲艦とは海に沈んだ人間が成ったもので、軽巡ホ級や駆逐級は基本的に人間からの深海棲艦である。ただ、海に沈むのは艦娘でもありえることなので、艦娘からの深海棲艦は姫鬼級となる。

 しかし、深海棲艦に成りやすいのは人間である、というのが深海棲艦化傾向である。

 また深海棲艦の数には上限が決まっており、その値になれば、いくら艦娘を沈めようと、人間を沈めようと深海棲艦に成ることはない。




正直、ヤタのカガミは作者が読み返してもよく分からないところがあるのでまとめてみた次第です。ヤタのカガミに関しては、α提督が死なれ戻りしていることを知ってもらいたかっただけの作品なので、そこを抑えてくだされば物語上あまり問題ないです。


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未訓練の本業

……ん?あれ?何か予想していたものと違う。本業…?

 

 俺は頭にハテナマークを浮かべているが、叢雲は何が分からないのか分からない様子。

 

「えっと、また大破してここに来たんじゃないのか?」

 

「んな、大破するわけないじゃない!馬鹿じゃないの?!」

 

 ええー…。艦娘って戦闘ごとに大破しているから、そういうものだと思っていた。

 

「もう少し詳しく言うわね。まず、川内さんにも説明したけど、ここから少し離れたところで大規模な攻略が開始されているわ。アナタも知ってるβ大佐もその攻略の一部隊なの。そんで、要は戦力が足りないから、猫の手も借りたいってこと。だから、私のα提督がアナタも参戦して欲しいそうよ。分かった?」

 

 ほうほう。寝起きの頭って本当に回らないよね。つまり、ちょっとよく分からないです。

 うーんと、俺の要望は聞かないけど、手前の要望は聞け、と言うことだろうか。自己中かよ。正直なところ関わりたくない。

 

「いくら足りなくても、俺のところはおかしいだろ。今は川内しかいないぞ。練度だって1のはずだし、戦力としては無いと言っても過言ではないと思うのだが」

 

「そこらへんはよく分からないわ。私のα提督は、基本的に何考えてるか分かったものじゃないし」

 

 マジか。子どものおつかいでも金は支払うぞ。この場合、子どもは叢雲、買い物が俺、金は対価に値する。

 

 まあ、分からないとなると俺にとっては、行く必要はなくなったも同然。あとは川内が――

 

「ええー、行こうよー。夜戦したーい」

 

――戦いたいと言わな…え?マジで言ってんの?

 行きたいと言うなら行かせたいと思うが、どうしたものか。俺は川内に轟沈されると、青妖精に何されるかわからないためあまり大きな賭けはしたくない。せめて、大規模がどのくらいかを分かれば、止めやすい。

 

『少なくとも、ネ級を超える深海棲艦がワンサカいる』

 

 おいおい。無理じゃん。そんなん勝てるわけがない。これは止めたほうが良いだろう。死んでしまえば元も子もないからな。

 

「あっそうそう、深海棲艦の進行方向はこっちだから、負けたらどうなるかしら、ね」

 

「よし、行ってこい。今すぐ行ってこい」

 

 単騎で挑むよりかは、その一騎を軍隊に加えたほうが余程いいだろう。それにここだけに要請が来ているとは考えにくい。

 

「じゃあ、この通信機で指示出し、主に進軍と撤退を指示してね。夜戦の時とか夜戦しか考えてないからさぁ」

 

 川内がニマニマした顔をしている。どれだけ楽しみにしているのだろうか。

 

 さて、まあおそらく、青妖精からのツッコミが来てないのを慮るに、艦娘の扱いとしてはこれが正しいのだろう。

 こちらには青妖精もいるし、川内が沈むことはないだろう。それに、川内の主張する夜戦の良さにも目を向けたい。



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進め友軍艦隊

 川内を送り出して数時間。聞こえてくるのはガールズトークと戦闘の話。

 ほわほわと平和な雰囲気を醸し出していると思えば、急にピリッとした緊張が張り巡らされる。彼女らの切り替えの良さは凄まじいな。

 

 そんな会話を聞きながら時間は過ぎていく。まあ、うん。すごい暇だ。

 そして、暇だと思い、空を見上げてみれば雲行きが怪しいことに気づく。

 

「これは、第二次妖精台風が再来かッ」

 

『そんな、大層な名前つけなくても…』

 

 青妖精に呆れられてしまった。というか、俺がここに来る前から妖精台風していたらしいし、第二次ではないのか。

 

 雨となると屋根が必要になりそうだ。だが、材料はあるものの、屋根をつけることが出来ない。理由は背が低いから。

 そもそも、風も結構あったので、屋根だけではあまり役に立たない。こういうときに万能なのはブルーシートである。そろそろブルーシート教が出来てもおかしく無いと思います。

 

 また、運のいいことに壁は平行ではなく、垂直に作ってあるので、掛けるだけでいい。平行だと水の重さで、真ん中がどんどんと沈んでしまうからな。

 

 そんなこんなで太陽もそれなりに上がり、川内達はおそらく、海軍の基地と思われる場所にいる。

 それというのも、α中尉とβ大佐と思われる声が時々入るためだ。

 

 あれ?ちょっと待てよ。海軍が集まっているということは、θ中将もいるのだろうか。さすれば、俺が日本に帰ることもできるはずだ。ただし、艤装があれば…。

 

「妖精、本当に艤装作れねぇの?」

 

『そうだよ』

 

 はあぁぁ…。ホント、間が悪い。白露、帰ってこないかなぁ。

 

《あー、あー、提督、聞こえる?聞こえたら、夜戦をさせます。いえ、してください、と答えてね》

 

《ハイハイ、聞こえる聞こえる。どうした?》

 

《つれないなぁ。取り敢えず、作戦内容を説明して進ぜよう》

 

 川内が言うには、α中尉の艦隊に一時的に加わり、空母機動部隊の護衛をする、とのことだった。

 空母らの作戦行動は明日の早朝より開始するらしいので、夜間に目的地まで向かうらしい。その間、三部隊が護衛する為、その一部隊としてα中尉が抜擢されたそうだ。

 

 ふむ、護衛か。空母というのは艦載機を飛ばす船ということは知っているが、護衛が必要なものなのだろうか。ゼロ戦で無双しているイメージが強い。

 

「どう思うよ、妖精」

 

『まあ、水雷戦隊らしい任務だと思うよ。ただ、轟沈をしないように言って欲しい』

 

《轟沈さえしなければそれで構わない》

 

《ふふっ、心配症だなぁ。よーし、待ちに待った、夜戦だー!》



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艦娘は大切に

《じゃあ、こっちからは以上だから、切らせていただくよー》

 

《いやいや、夜戦がどんなものか知りたいから、聞こえるようには、しといてくれ》

 

 俺は片耳についている送信の方を外し、受信のみ出来るようにする。川内の声は聞こえるので、今のところ問題はない。

 

 さて、どうしたものか。夜までは時間があるので暇になった。食料も今のところない、というか、半端に食べたせいで余計にお腹が空いた。

 

 じゃあ、久々に崖下のところにでも魚を捕りに行くか。

 崖下は魚にとってはトラップのようになっていて、満潮と干潮の差によって魚が時々いるのだ。

 

 森の中を通り、砂浜を歩き少し行くと、崖下に着く。2日前にはここで軽巡ホ級と対峙し、夜戦というものの怖さがよく分かった。

 

「んぐっ」

 

 突如感じる肉の腐った匂い。魚でも打ち上がったのだろうか。

 

 結論から言えば、近からず遠からずで、肉ではあるが魚ではない。

 

 あの夜、この岩場で血の匂いがしていたことを思い出す。その血痕を辿ってみれば、そこに落ちているのは人の腕――否、白露の片腕である。

 

 白露は確かに、隻腕であった。その落とし物は既にカビていて、見ていられるものではなかった。

 理性ではなく、本能で明らかなる異物、未知の存在、忌避すべき怖いもの、と認識している。

 

 腹の上のあたりが気持ち悪くなり、そこから上へ上へと気持ち悪さが上がってくる。

 

「おえっ、ゴエッ、あ"ー」

 

 不幸中の幸いで、食べた物はすでに消化済みであった。胃液のみの黄色い液体は、思ったより少なく、海の上を漂っている。

 

 男の時は、効果音でいうとオロロロロってぐらい出るものだが、こうも少ないのはきっと、喉が細いからだろう。後、食べなさ過ぎて胃が小さくなっているのもある。

 

 海水で酸っぱい口を濯ぎ、多少の気持ち悪さを無くす。海水は海水でまた別の気持ちの悪いものがあるが、この際気にしない。

 

 そして、襲ってくるのは、吐いたあとの倦怠感。食欲も失せたため、家(半壊)に帰ってもう寝よう。夜には川内の行動も把握しなければならないし、早めに寝ておくのもいいだろう。

 

 ということで、俺は面倒臭いなと思いつつ、坂道を上り家の中で寝たのだっ…。

 

「寝れねぇ!」

 

 妖精台風の再来である。

 妖精達は嬉しそうに悲鳴を上げながら四方八方へ流れていく。木の枝とかも飛んでいるため結構危ない。

 

 ブルーシートは裂けて使い物にならないし、家も壁が一枚剥がれるとかいう、凄まじい被害を与える。

 こういうときに森の偉大さを感じる。激しく揺れているが、風を緩和してくれている。ただ、残念なのは小高い場所は守られないことだ。

 

 枝が痛い。小石が痛い。砂が目に入る。砂利が口に入る。葉が肌にくっつく。風が横殴りに吹く。妖精がぶつかる。

 

 今回のことで分かったことをまとめます。

 

「自然には勝てないよね」




クリスマス中には無理そうです。せめて日曜には出したいです。


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オーガナイズ

 第二次妖精台風により、また妖精らが島中に飛び散る。今回は青妖精もどこかに行ったので、妖精を全員集めるのは困難かもしれない。

 

 取り敢えず、家の下に隠れていた妖精を確認し、木の上にも1妖精いるのを確認する。あの木の上から妖精を助けるには、木を揺らすか登るかしなければならない。

 雨が降ったあとなので木はつるつると滑るだろうし、揺らせば水滴も降ってくるだろう。

 

 ただでさえ雨で体が濡れているのに、そこでも濡れるのは嫌だ。

 

 いつの間にか、服はびしょ濡れになっている、というか今、上半身裸である。軍服は水を多く吸っているので、この暑い気温でも乾くのにそれなりに時間が要りそうだ。

 

 黒シャツのほうは夜になるまでには乾くだろう。と、予想を立てて、妖精を探しに行く。

 まず、優先的に青妖精を探しに行こう。最悪、青妖精に任せれば問題ないだろう。

 

『全く、人使い、いや妖精使いが荒い』

 

「お、運が良かったな。じゃあ、他の妖精を探しに行くか」

 

『いや、その点は問題ないよ。だいぶ疲れているようだし、寝てなよ』

 

 ありゃ、気が利くな。願ったり叶ったりだが、青妖精ってそこまで気を遣えただろうか。

 

『失礼な。私だって人並みには気を遣える』

 

 妖精なのに人並みとはこれいかに。

 まあ、いいや。体力も限界なので寝れること自体は嬉しい。ただ、半裸で濡れた木材の上で寝るのは少しばかり引ける。

 

「こういうときのブルーシートだよなぁ」

 

 半分に裂けたブルーシートを掴み、床の上に広げる。多少濡れているが、床よりかはマシである。

 そして、俺は夜の闇が訪れるまで寝たのだった。

 

――――――――――――

―――――――――

 

《こちら、旗艦川内!敵艦隊発見す!戦艦一隻、巡洋艦二隻、他駆逐艦と補給艦の計六隻!援軍を求む!》

 

《……了解!各艦に継ぐ、複縦陣をとり敵巡洋艦以上の砲撃を警戒しつつ、補給艦及び駆逐艦を優先的に撃破せよ》

 

 おお、あの川内がテキパキしている。

 ふくじゅうじん、だとか、ほきゅうかん、だとかよく分からないものは出てくるものの、切羽詰まっているのは分かる。

 

 あと、戦艦という知っている単語も出てきた。イメージは大砲を撃って、船を沈めるものだが、駆逐艦も同じことをしていたような…?

 駆逐艦と戦艦に差は無いのだろうか。

 

《やったぁ!待ちに待った夜戦だー!撃てっ!》

 

 ボンッと爆ぜる音がして、川内の細い吐息が聞こえる。ザーッザーッと海を走る音とともに、ドボンという水柱の立つ音も聞こえる。

 

 そして、ポチャン、ジジジという音ともに音が聞こえなくなった。

 

「川内、落としやがったな」



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いっちばーん(4)

「メリクリ、メリクリ〜」

 

 そんな声とともに、執務室にノックもせずに入室してくる。

 電子時計を見ると12/25と表示されていて、世間で言う所謂クリスマスである。

 

 なるほど、それであればあの奇怪な服にも説明がいく。地が赤を基調にし、白で縁取られたクリスマスならではの服装。サンタクロースコスチュームである。

 

 あざとい服装はその艦娘の性格や外見も相まって、他人の目からは魅力的に映るだろう。

 

「って、ちょっとぉ。鈴谷だけ出ても、意味ないじゃん」

 

 そう言って扉の陰に隠れる。

 中々帰ってこないため執務を再開すること十分。鈴谷と似たような服を着こなして、それでいて恥じらいながら艦娘が姿を表した。

 

「この熊野を気易く見るだなんて、θ提督も何か勘違いをしているのではなくって!?」

 

 鈴谷にどうどうと宥められながら、若干泣き目でそう訴えてくる。相変わらず仲の良い艦娘だ。

 

 そうそう、よく勘違いされるのだが、この鎮守府ではこのような格好を許容している。陰で堅物だの脳筋だのと言われているのは知っているが、それはあくまでも陸軍出身の提督だからであって、実際の鎮守府及び提督の評価ではない。と思っている。

 

 現にこの鎮守府でもコスプレしている艦娘は多く、出撃や遠征に支障が出なければ自由である。但し、秩序というものはあるため、そこは弁えさせる。

 

「気易く、ではない。しっかりと見ているぞ」

 

 もちろん、冗談も言える。というより、この歳で冗談の一つも言えなければ、それは本当に40年程生きているのか疑いたくなる。ただ、冗談だらけというのも人の信頼を失うだけなので、そこの駆け引きは重要だ。

 

「…ホント、θ提督のジョーダンって分かりづらいよね」

 

「ええ、正直に申し上げると、キモかったですわ」

 

「…明日の5時に熊野は執務室前で待機」

 

「なんで!?ですの!理不尽ですわ!」

 

 上官に対してはもう少し言葉を選ぶことだ。この年末年始はどこの鎮守府も気が緩みがちで、そのしわ寄せがこの鎮守府に来ているため、秘書艦が決まるのは非常に都合がいい。

 

「ヘーイ、提督ぅ。メリー…クリッスマスだヨー!」

 

 又もやノックもせずに入ってくるのは、英国の帰国子女こと金剛である。こちらはサンタクロースのコスプレはせず、いつもの服装での入室だ。

 

「さぁ、ワタシへのプッレゼンツを早く出すのデース」

 

「あっ、鈴谷にもプッレゼンツ、ちょーだいっ」

 

「鈴谷が貰うのでしたら、この熊野にも渡すものがなくって?」

 

 艦娘は午前4時でも元気である。

 無論、艦娘にクリスマスのプレゼントなど用意していなかったため、誰にも渡すことは叶わない。

 

 金剛らは、ワタシだけの、と強調し、さぁ、んさぁ、と催促しているが、そのいがみ合いは「ない」の一言で撃沈した。

 

「それより、鈴谷の持つ袋の中に何か入っているようだが」

 

「んーん。ていとくはナニが入ってると思う?」

 

 小悪魔のような笑みを浮かべ、袋の中を弄る。

 これを若い時にされていたら、無理矢理にでも告白してしまっただろう。だが、それは若い時であって、こんな一回り以上の歳上の上官にするようなものではない。

 

「鈴谷、提督の手を止めてしまってはいけませんわ」

 

「そうデース。子どもが寝る時間はとっくのとうに過ぎてマース。ここからは大人のハリウッド映画並の夜の時間デース」

 

 金剛はそう言って、手の甲で二、三回程空中を仰ぐ。

 鈴谷はそれを受け、徐ろに窓の方に歩いていき、カーテンを勢いよく開ける。

 

「やー、朝日が綺麗…びゅーてぃーだねぇ。ハリウッド映画並のドロドロと絡み合う、ディープな大人の夜は、終わるのが早いねー!」

 

「ん"に"に"に"に"」

 

 金剛があからさまに怒り、地団駄を踏み出す。

 これは、今日の秘書艦は鈴谷だったが、金剛に変えておこう。

 

「よっし、熊野。提督にも熊野の可愛い姿、見せれたし、帰ろ♪」

 

「あっ逃げたデース。マテーイ」

 

 五月蝿い話し声も遠ざかり、書類に目を通す。

 そして、5時にはいつものように総員起こし、今日の大まかなスケジュールが放送によって知らせる。

 

《12月25日金曜日、朝の5時です。今日は毎月4週目の金曜日、恒例のカレーの日です。……》



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解釈の相違さ

 朝日が眩しく顔を照らし、汗と雨でギトギトの肌が乾いているのがよくわかる。

 

 そして、周りを見てみれば、未だに青妖精が近くにいないことがわかる。いい加減帰ってきていても良いと思ったのだが、どこでほっつき歩いているのだか分かったものじゃない。

 

「妖精ー、どこだー」

 

 そう言って森の中に入ろうとすると、突然上から何かが上から降ってきた。

 と思えば、それは頭の上で弾み、前の方に落ちてくる。慌てて手をお椀のようにして出し、その何かしらをキャッチする。

 

『や、やぁ、どうしたんだい』

 

 そう言ってやや慌てながら話すのは青妖精である。青妖精が慌てるなんて珍しいこともあったものだ。

 そんなこと思いつつ、妖精を探す目的を言った。

 

「なあ妖精、川内っていつ帰ってくるんだ?」

 

『さぁ、私には分からないな。ただ、あの様子を見るに、諦めることも念頭に入れたほうがいいよ』

 

 それはいったい何を諦めるのだろうか。帰ってこないことを諦めろを言っているならば、いつ俺が嫌われたのかが気になる。

 

『いや、嫌われたのかは分からないけど、そういうことじゃあないよ。もっと単純で生々しい理由さ』

 

「…思いつかないな。答えは?」

 

『沈んだのかも、という話さ』

 

 は?え?

 急な妖精の発言に混乱する。

 艦娘でいう沈む、というものは人間でいう、死ぬと同義だったはずだ。そして、この青妖精はそういうことを強要する人間が嫌いだったはずだ。それこそ、一つの軍事施設を壊滅させる並には。

 その妖精が特段怒り狂うわけでもなく、こうも冷静であるのはおかしい。

 

『一つ、提督は重大なミスを犯している。それは、艦娘を死地に行くことを強要させる人間がきらいということだ』

 

「…つまり?」

 

『つまり、私は沈むことについては、悲しいとは思うが、致し方ないと思っている』

 

「へぇ…。え?」

 

『私は、死地に…要は無謀に、自暴自棄のように戦わせるのが嫌いだ。それに対し、突き詰めて作戦を立てて、それでも沈んでしまうことはあるだろうし、言い方が悪いが、尊い犠牲だと思う。もちろん、沈まないことが一番だよ』

 

 尊い犠牲、ね。なんとも嫌な響きだ。

 それはともかく、青妖精はそう考えるのか。川内が沈んだ、と聞けば俺はどう思うだろうか。きっと、悲しいな、と口では言うと思う。実際に心は痛める。

 けれども、たった二日の付き合いだ。そんな短い付き合いで、泣き崩れて部屋に三日三晩引き籠れ、というほうが無理な話だろう。

 

 ただ、やはり生きていたほうが嬉しいことに変わりはない。そうでなければ、俺はここにきてすぐにでも死んでやったさ。そうしないのはまだある程度、人間の感性が残っているからだろう。



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初めての開発

「んで、川内はいつ帰ってくるんだ?」

 

『おそらく、低練度の軽巡ということを考えると、遅くても明日中には帰ってくるよ」

 

 なるほど、そうでなければ沈んだということか。一つの指標ができたのはいいことだ。

 俺は艦隊運用どころか艦娘一人一人の運用すら知らないため、運用側が何を求めどう使うのかは全く持って分からない。そのため、有識者の情報はありがたい限りだ。

 

「じゃあ、その間暇だな。白露も明日ぐらいに帰ってくるらしいし」

 

『まあ、私達は言うほど暇じゃないけどね…』

 

「ん?何かしてるのか?」

 

『いや、別に大したことないよ。…そ、そう、かくれんぼをしているだけさ』

 

 ふうん?そうなのか。まぁ、妖精達は基本的に自由であるし、この島にも着て長いらしいので、心配する必要もないのだろう。とはいえ、俺が現状手持無沙汰なことに変わりはないので、何かやることがないのか青妖精に聞いてみることにする。

 

「なぁ、俺が何かできることはないのか?」

 

『特にないかな。休んでていいよ』

 

 俺は川内がいなければ家の建築すらままならないし、白露がいなければ日本に帰ることもできない。だから俺は誰かに頼らなければ自分のやりたいことすらできない。

 俺としてはこういう状況は避けたかった。この状況だと、俺は完全に足手まといで、お荷物で、邪魔な存在である。この自然環境下で、生きるためにいらないもの、役に立たない弱者は生きるためという名分で殺されても文句は言えない。

 

 ただ、俺もうすうす勘づいたことがある。もしかすると、艦娘というものは提督というものを殺せない――もっと言えば守らなければならないのではないかということ。

 これは仮説にもなりえないほど理由のないものである。だが、あれだけの怪我をしてまで、主観的だが、白露は俺をホ級から守っている。川内もいやいやながら魚を釣ることを手伝っている。これはもはや、父親だとか兄だとかいう曖昧なものではなく、生まれてきた使命のようなものではないか、と俺は思う。

 

 しかし、こんな確実性のないものに頼るほどまだ切羽詰待っていない。この殺される殺されないという課題の解決方法はいくらでもある。そのなかで、一番効果的なものをやっていこう。

 

 その考えのもと言ったのが先の言葉である。できること、つまり役割が欲しい。それこそ艦娘がある程度依存しているものが好ましい。

 

「そうだ、開発っていうのを白露がしていたが、俺にはできないのか?」

 

『う~ん、あれは…いや、でもな…そうか!いや…うん、できなくはないと思うし、できたら面白いから同行しよう』



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開発のルール

最近1時くらいの投稿にしてますが、ちょっとリアルが忙しかっただけです。これからは9〜10時台を目安にできるはずです。


「か、開発ってそんなに難しいものなのか?」

 

 流石に青妖精のあの熟考は疑問にせざるを得ない。中々に勿体ぶりすぎている。

 

『そうだね。まず一つ、秘書艦に開発させるべし』

 

「へ?」

 

『一つ、資源と開発資材の消費量を確認すべし」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

『一つ、目的の物が出来なくても妥協すべし』

 

 青妖精の語り口が止まる。これは俺の質問タイムということなのだろうか。

 

「え、えっと、今のは?」

 

『開発の三原則さ。唯一、あの鎮守府で獲得した教訓だよ』

 

 あの鎮守府は妖精事件のものだとして、開発の三原則か。三原則というからには守るべき規則なのだろう。

 俺は最初のもの以外は問題ないと思う。資源の消費はあまり目的に沿わないし、一つのものに凝るタイプの人間でもないからだ。

 

「つまり、秘書艦にやらせるってのは満たしてないよな」

 

『そう、そこが私のいう、面白いところさ。普通は秘書艦に開発させる。というより、艦娘なら誰でもいい。ただ、工廠を使う権力を提督と秘書艦と特別な艦娘――と、この話は置いとこう。要は、その艦娘にあった装備を自分で作るのが開発と呼ばれるもの。そして、提督は白露さんだ。だから、白露さんが開発可能なものは提督にも開発可能なのではないか、と思った次第だ』

 

 早口にまくしたてるように青妖精は言う。長い上に分かりづらいが、面白そうだからやれ、と言うことはわかった。

 

「やり方の説明を求む」

 

『簡単だよ。資源をまとめて開発資材でごちゃごちゃしていると、たまに形を成して装備となる。上手く出来なかったら、っていうのは白露さんを見てるから分かるよね』

 

 ああ、あのペンギンとモフモフな。あれは結局どこかに消えたが、どういう仕組みなのだろうか。少し気になる。

 ごちゃごちゃという曖昧な説明で物騒なものを作るれるのかはとても不思議だが、それで艦娘のため、ひいては自分のためになるのならば万々歳である。

 

 青妖精から離れて倉庫の方に行く。青妖精はやることがあるそうだ。

 そして倉庫につくと、恐ろしいことに資源が満タンになっていた。確か、川内とβ大佐の艦娘らと、α中尉の艦娘らが使っていたため殆ど空だったはずだ。

 白露がいた頃も妙に増えていると思ったが、これで確定した。この島――海域には誰かがいる。資源というものは自然回復でもしない限り、増えるものではない。

 つまり、誰かが何かのために資源をここに置いているのだ!

 

『そうそう、伝え忘れてたけど、資源って私達が時々置いてるから、増えるよ、ってもう遅かったか』

 

「あ、ふーん」



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運がないのに

 満タンの倉庫から少しだけ資源を取り出し、砂浜の上に並べてみる。

 燃料、おそらく重油は白露や川内が使っていたカップを十杯分。弾薬と呼ばれる艦娘の撃つ弾は十束分。鋼材も十束分。ボーキサイトと呼ばれるものは十個。そして、ネジっぽい開発資材を一個。これらで開発していいよ、と言われた。

 

 青妖精が言うには、現在あの倉庫にはどれも750あるらしい。そうすると、開発は最大で75回ということだ。

 だがここで開発資材も必要という制限がかかる。開発資材を使わなければ開発はできず、開発資材は現在4個。そのため、作れるものは最大4個となる。

 

 開発には失敗と成功があり、資源の量により変動するが、その確率が一定でないため未だに研究が進んでいないらしい。

 だが、取り敢えず分かっていることは、一つでも一桁であると必ず失敗するということだ。

 

「…と云々言っていたが、肝心の開発の仕方の説明してねーじゃん」

 

 ごちゃごちゃするじゃよくわからない。本当にごちゃごちゃしてやろうか。

 いや、でもなぁ。重油は溢すだろうし、鋼材は重いしボーキサイトと弾薬は…あまり危害ないな。

 

 う〜ん、まあ、取り敢えずゆっくりとごちゃごちゃしてみよう。うん、何も起きなければ青妖精に聞けばいいし。

 

 そして、昔、それこそ1、2歳のころに遊んでいたように、それらをごちゃごちゃとする。何か凄い童心に帰る。

……何も起きないな、うん。

 

 立ち上がり、青妖精のところに向かおうとすると、急にネジを中心に資源が光りだした。

 と、思えばすぐに光は止み、何かが見えた。

 

「…ペンギンとモフモフ、ということは失敗か」

 

 そして、そのペンギンとモフモフの下には先の開発資材があった。それを拾い、また同じ資源を持ってくる。

 

「まあ白露もあんだけやってたし、それなりに失敗するものなのだろう」

 

 まだ、資源はある。まだ行けるはず。と、取り敢えず十回。

 失敗、失敗、失敗……。

 おかしい。全くもってでない。今ので残りは640。まだいける。取り敢えず320までには終わりにしよう。

 失敗、失敗、失敗……。

 現在残り320。いや、きっと次で出るはず。何か駄目なタイプな気もするが、平気平気。

 失敗、失敗、失敗……。

 残りは、数えたくない。ラスト5回でいこう。あと5回で終わる。うん。

 失敗、失敗、失敗……。

 

「しゃっ、オラァ!やってやったぜ、クソが!あーもう、ホント、づがれ"だー」

 

 4回目にて成功。開発ってのはここまで根気のいるものなのか…!達成感により叫んでしまった。ついでに5回目もしてみたが、だめだった。

 いや、まあ、成功と言っても何が出たのか分からない。白露の持つ砲に似ているが微妙に違う。少し小回りである。こればっかりは実物を見ないと分からないため定かではないが。

 

『おおー、ていとくさんにかいはつされちゃいましたー///』

 

 んで、何故か妖精も付属している。



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アグレッシブ

今年も最後ですね。つまり、いっちばん後ろの日ということです。よって作者は白露とともに年明けを迎えたいです。


「え、えっと君は?」

 

『ふっふっふー、ていとくになのるななどない』

 

 可愛くないな。まあ、青妖精に聞けばいいか。

 それにしても、凄く微妙に白露のものと違う。白露のものは確か、12cm…いや、17cmだったか?まぁ、それぐらいの、えーと、れ、れい?れん?何だったか。

 きっとこれもそれと同じ類なのだろう。

 

『ふ、ふん。ていとくのためになのるわけじゃないんだからね///』

 

 面倒くさい。さっさと名乗ればいいものを。

 

『わぁぁ、ていとくがおこったー。12cmたんそーほーでーす』

 

「たんそーほー」

 

『たんそーほー』

 

 ふむ、全くわからない。だが、おそらく12cmたんそーほーというものが、この砲の名前なのだろう。だから、12cmたんそー砲ということだ。

 そして、この妖精がこう喋ったということは、この妖精は12cmたんそー砲の妖精だということが分かる。艤装とかも艤装を制御する妖精が制御していたので、それに沿えば、この妖精も12cmたんそー砲を制御できるのだろう。

 

「それで、妖精。そのたんそー砲で何が出来るんだ?」

 

 そう、問題はこれが何に使えるか。やっと開発できたものが使いづらいものでは割に合わない。

 だが、バカもハサミも使いよう、という言葉がある。つまり、使いようによっては十分な活躍が出来るというものだ。

 

 だから、一つでも特徴があれば、それを使いやすいように伸ばせられる。特徴がないなら付け加えれば良い。そのため、どちらにせよ情報は重要なのである。

 

『んー、でいりーしょうかとか、きらづけとかかなー』

 

……ん?何か全く理解できない単語が出てきたのだが。

 なんとなく予想をしていたものは、砲撃が出来るだとか、コレコレよりも強いだとか、そういうものだと思っていた。

 

 それがどうだ。でいりー?しょうか?もうこの時点で分からない。しょうかは消化だとか消火だとかの日本語だとして、でいりーとは何だ。少なくとも日本語ではない。

 

 そして、きらづけ。これは本当に意味がわからない。でいりーしょうか、というものが何かを消すか昇らせるのだと予想出来るが、きらづけに関しては予想できない。

 

『やーいやーい、ばーかばーか』

 

 何か言われているが、まあ事実なのでいいだろう。放置で問題ない。

 

『こんなからだにかいはつしといて、ほうちなんて…ひどいです』

 

「変り身早いな!」

 

 この妖精は、ううむ、中々距離感がわからない。どちらかというと、悩んでいる俺を楽しんでいるような。もしくは、こういうやり取りを楽しんでいるような。

 どちらにせよ、構ってほしそうに見えるが、実際のところは良く分からない。

 

『かまえ』

 

……ホントにプライバシーって大切だよね。




お笑い番組がベタベタなのでベタベタです。作者がベタなものしか書けない訳じゃナインダカラネ。


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八日目の夕方

明けましておめでとうございます。


 というか、プライバシー云々の前にもっと気になるものがあるだろう。

 

「そういえば、結構流暢だよな」

 

 そう、青妖精程ではないにせよ、普通の妖精よりも流暢である。例えるならば、日本に来て一ヶ月の外国人と、一年の外国人ぐらい違う。ちなみに青妖精は十年。

 

『それはけっこーふる…れでぃにこんなこといわせるなんて……ていとくひどいです』

 

 それ、俺に非はないよね。というか、妖精は女性の判定なんだ。知らなかった。

 と、そんなことよりも、結構古いってどういうことだろうか。この妖精が現れたのはこの12cmたんそー砲が開発されてからである。ただ、資源から妖精が作れる、とは考えたくないというか想像がつかない。まあ、資源をごちゃごちゃして形になる時点で想像もつかないのだが。

 

『わあぁー、ていとくってそんなこともしらないのー?』

 

 ちくしょう。こっちの身にもなれ。というのはエゴだろう。相手は初対面であるし、こちらの情報などない。加えていちいち自分だけ理解して欲しくて、相手は理解していないというのは愚かだ。

 故に、相手を理解しない俺は、自分を理解されてないと仮定した状態で話すのが筋である。っていうかこの考えも伝わっているのか。取繕おうとした俺が馬鹿みたいではないか。

 

「ああ、悪いな。教えてほしい」

 

 けれども、余裕を持って敗北を認められるのが大人の嗜み。表面上だけでも良くするべきである。

 

『そんなっ。調教してほしいなんて、困っちゃうよー///』

 

 この妖精、若干変な妖精、いやだいぶやばい妖精である。俺はこの妖精に年増妖精と名付けたいと思います。異論のある方ー?

 

『はーい、さすがにひどいとおもいまーす』

 

……無いようですね。では、年増妖精で決定致します。皆さん拍手。パチパチパチパチ。

 

 脳内で子どもの為のプレゼンを一通り終え、この妖精を年増妖精とすることになった。ちなみに特別に子どもが好きであるというわけではない。

 

『ろ、ろりこん。ということはきょよーはんいない?』

 

「違います」

 

 直ぐに否定した。今どきそれを認めれば簡単に解雇への一途を辿ることができる。いや、ある意味、解雇された方がいいのか。

 そういえば、まだ男子高校生だった頃、割と老け顔というか疲れていたせいで、迷子を連れていてその子が泣いたときに、偶然その子の母に見つかってしまい、その母親が騒ぐものだから、正義漢に羽交い締めにされたことがあった。今なら逆にセクハラで訴えてやる。

 

『ていとくさいてー』

 

 それな。わざわざ助けようとする必要ないよな。分かる。

 

『捻くれてるねぇ』

 

 どこからか、そんな声が聞こえた。おそらく、この流暢さは青妖精だろう。妖精は音質が変わらないから分かりづらい。

 

『ご明答。そろそろ夕方だよ』




今年もこの物語をよろしくお願いします。


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戦え友軍艦隊

100話記念です。何故か思っていたよりも長くなってしまいました。


「では、旗艦をよろしく頼むよ」

 

 私はα提督と呼ばれる中尉の一時的な指揮下に入った。

 高身長の切れ目で、威圧的な印象を受けるが、まだ若い。そのくせ、立派に軍人の匂いを付けているのだから、恐ろしいものだ。

 

 もう一人の横に高身長な男性のβ大佐。彼は年相応の平凡な大佐だ。ただ、仕事を見ている限り、質も量もα中尉が優っている。

 

 おそらく、決定的な違いは妖精さんが視えるか視えないかだろう。β大佐は確実に妖精さんを知らない。その点、α中尉はお菓子を渡しているまである。

 経験上、心の余裕というのは大事だと思っている。

 その点、α中尉は妖精さんを構っているため、それなりの余裕があるように見える。それでいて、気を張るべきところでは張っているため、慢心ではなさそうだ。

 

 そして、最後に、少し鍛えているように見える男性はγ大佐というらしい。

 β大佐と仲が良いようで、作戦が始まるまでは談笑していた。内容は酷いものであったが、私に矛先が向かなければそれでいい。

 

 そして、作戦が始まるまでの約6時間は他艦隊との交流に時間を費やす。

 今作戦以外でもどんな戦いでも、緻密な連携というのは功を成す。作戦を成功させるには、少なくとも味方のことは知っておかなければならない。

 

「川内。さっきはありがとにゃ」

 

「こういうのはお互い様だかんね。今夜、いい戦いが出来ればそれで良いじゃん」

 

 β大佐の水雷戦隊旗艦の多摩。昨日出会ったばかりの仲である。

 ただ、あの艦隊はどの艦娘も虚ろな目をしていて、まるで生きていないようだ。ありがとう、という言葉にもどこか違う感情が入っているように思える。

 

 提督の言っていた、本当に助けられたいのか、という言葉を思い出す。

 この生気を失った目が、人間への失望だったり、生きることの諦めだったりしたら、提督の言うとおり救けない方が良かったのだろうか。

 

 否、そんなことは関係ない。私は私がやりたいようにやり、私のケジメは私がとる。

 

「あ、あの!…羽黒です。本日は、よろしくお願いします」

 

 γ大佐のとこの羽黒である。少し私よりも背が高いので、縮こまっているとちょうど同じくらいの目線になる。

 

「うんうん。夜戦では頼りにしてるよ」

 

「先週以来?久しぶりにゃ」

 

 どうやら多摩と羽黒は知り合いらしく、先週はどうのこうの先月はうんたらかんたらと話し合っている。γ大佐とβ大佐がどれほど仲がいいのか伺える。

 

 ただ、気になるのは、羽黒の目は虚ろではないことだ。

 あれだけ仲が良いのであれば、何かしらの共有点があるはずだ。β大佐の持っている部隊が水雷戦隊なのを考えると、この戦隊は各所を転々としているはずである。それに対しγ大佐はβ大佐の戦隊よりも重めの戦隊を持っている。重巡旗艦に軽巡2駆逐3と少しβ大佐よりも強い。練度が同じくらいなのであれば十中八九、β大佐が負けるだろう。

 

 つまり、今回の夜戦火力トップはγ大佐率いる戦隊ということだ。よって殿を務めるのはγ大佐ということになる。私がしたかったなぁ、夜戦出来そうだし。

 

 とはいえ、私も練度差が分からないほど馬鹿ではない。夜戦はしたいが作戦の成功を優先すべきなのは、理解している。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 作戦開始!という号令とともに囮部隊が出港する。その2部隊が出港して初めて、空母機動部隊が出撃できる。

 時間差を設けて2部隊が出港するのを見届けてから、出撃の号令がかかった。

 

《水雷戦隊旗艦川内、出撃します!》

 

《くれぐれも被弾、いや轟沈しないように。以上だ》

 

 被弾しないように、と言いかけてなかっただろうか、α中尉?!

 

 そんなことを考えながら艤装を展開し、空母機動部隊の東側を並行する。そういえばなぜこの時間帯なのか詳しい説明はなかったが、大方被害が軽減出来るといったところだろう。少し不安なのは潜水艦といったところか。

 

「んで、そんときボノたそが、めっちゃ嫌そうな顔で、面倒くさいのが増えた、って」

 

「ふふっ、今のすごく似てるわね。流石は姉妹艦ってだけはあるかしら」

 

「いや、叢雲ちゃん。一応私達の妹でもあるからね」

 

「そうすると、電の姉でもあるのです?」

 

「それなら電さんが提督にとっている態度も納得です!」

 

「五月雨ちゃん、それは違うのです。あんなクソクソ言っているくせに、正月には箒を物置から引っ張り出す、煮えきらない奴とは違うのです」

 

「電さんよ、今、実の姉と、ついでに不特定多数のツンデレキャラを敵に回したぜ?」

 

「ついでなのです」

 

「開き直るなんて…長女として将来が心配だよぅ」

 

「そうでもなくない?」

 

「なくなくなーい?」

 

「なくなくなくなーい?」

 

「そこ!うっさい!」

 

「どうどう姉御。そんなにムラムラしてないで雲のようにゆったり行こうず」

 

「ムラムラしてな――」

 

「叢雲ちゃん、ムラムラしてんの?!そんなのお姉ちゃんが許さないよ!」

 

「ムラムラってそういうものじゃなくない?!」

 

「えっ、じゃあムラムラってどういうの、なんですか?」

 

「え、あの、えっと、その…」

 

「おお!叢雲様の珍しい顔!暗くて見えないけど!サミっちアメージングなファインプレーね!」

 

 と、あまりにも場違いな空気である。

 一応、編入された身ではあるが、旗艦としてこの空気は正しておくべきだろう。

 

「あ、あのさ、君たちちょっといい?」

 

「…え、アッハイ、何でしょう」

 

 声を発した瞬間、5隻の目が全てこちらに向く。針のむしろというのか、とても気まずい。

 そして最初に返事をした漣を見る。先の弛んだ空気はどこへやら、吹き付ける風とともに緊張した空気が入ってきた。一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 

「あのさ、敵艦隊への警戒と、臨機応変な対応を出来るようにしとかないといけないんじゃない?」

 

 自分で言っていてとても曖昧だと思う。

 けれども、α中尉が今までどんな指示を出していたかなど知らないので、そこに別の意見を持ち込むのは些か、運用する側から考えれば危険だろう。そういう意味では割と万能である。

 

「あ、いえ、一応電探の反応は見ていますが、確かに気が緩みすぎていました。ごめんなさい」

 

「いや、私に謝られても…結局沈むのは自分だし、謝るならα中尉じゃない?」

 

 何か我ながら面倒な上司の気分だ。怒るけども謝るな。そして、それについて失敗しなければ私のおかげだと言う。

 それに対し提督はそういうのも考えた上で答えを出しているのだろう。彼と接していてストレスを感じない。むしろ、無さ過ぎて怖い。一応、我慢させてるのかと思い、煽って喧嘩をふっかけたが、どうやら我慢はしていなかった。

 

 それに、我慢とかそういうのをひっくるめて感情とすると、提督から感情を感じない。至って無表情。白露といるときに限って怖い。

 嫌味のようだが、あの提督からそこにいるだけで感情を引き出すなど、とてもすごい。私にはまだできない。

 

「あっ、あと、開き直るわけじゃねっすけど、毎回ご主人様が敵艦隊の位置を言ってしまうんすよ。これで漣達を正当化するわけじゃねっすけど、一応耳に入れておきたいかなって」

 

 へぇ〜!今は現場で電探とか駆使しなくても、司令部で敵艦隊を見つけることが可能なんだ!す、すごい。

 って、そんなこと可能なわけない。司令部には予測可能ものと予測不可能なものがある。結局、全ては現場の私達が敵艦隊を捕捉し、迎撃しなければならない。

 

《旗艦川内、そのまま15度右に旋回し、直進すると敵艦隊と交差するはずだ。迎え撃ってほしい》

 

《え?電探には感ないけど…》

 

《問題ない》

 

 本当に敵艦隊の場所言っちゃったよ、この人。いや、でもそんな根拠もないことがあってるとは思えない。それに例えあっていても、こちらは水雷戦隊の旗艦の身。いくら夜戦がしたくても、全員轟沈を犠牲にするほど馬鹿でない。もう少し確実な情報があればいい。

 

《意見具申、よろしいでしょうか》

 

 返事が返ってこない。ひと呼吸おいて、もう一度言おうとしたその時。

 

「あー、川内さん。うちのご主人様がそこに行けって言うなら行った方がいいです。ご主人様のそれ、外れたことがないですから」

 

「いや、だけどねぇ」

 

「川内さん、α司令官さんも一応、司令官さんなのです。"過去"の記録を元にこの結果を導いているのです。ただ、それが電たちのシマ以外の艦娘には言いづらいのだと思うのです」

 

 そう言われれば納得するしかない。

 後ろの方で「アイツが敵情報を積極的に集めてたとこ見たことないわね」「中尉という役柄、入ってくるものがないんだよ、きっと」みたいな会話をしているが、気にしないでおこう。

 

 でもなぁ、中尉の人間が下した決断が英断になるわけでもないだろう。なんと言ったって中尉である。

 中尉と言えば整備士やら航空兵のパイロットやらで普通は指揮官にはならない。だというのに、γ大佐やβ大佐は司令官でなく司令であるが、少尉やα中尉が司令官であるのはどういうことだろうか。

 

 まぁ、これに関しては特例らしいので無理矢理納得したが、それでも権力が上がると能力が上がるわけではない。

 

《じゃあ、敵艦隊の情報だけでも》

 

《一応、潜水艦がいないことは確認している。また、補給目的の艦隊であるため、軽めの艦隊であると考えられる。ただ、用心は忘れないように》

 

「ご主人様はなんと?」

 

「補給艦が一隻以上の艦隊だって」

 

「じゃあ、パパっとやっつけちゃいましょう」

 

 後ろの吹雪たちも「やっつけちゃうんだから」と息まいている。それでも旗艦が動かなければ動けないため、実質、決定権は私にある。

 とはいえ、もうほとんど私の心は決まっている。もちろん、夜戦だ。敵情報も申し分ないというか、有難いほど貰っている。本来であれば、提督に言われれば、即行動が理想であるにも関わらず、だ。

 

 けれども、私の引っかかる要因、それは、軍全体の作戦行動である。

 私達は空母機動部隊を基地まで護衛するのが目的である。そのため、何かが起きたときに、本当はそこにいるはずの我が艦隊が、α提督の命令でそこにいないとなると、護衛は完全に破綻する。

 

 一応、空母にも夜戦用の装備を積んだとはいえ、戦力が多いに越したことはない。

 ならば、ほぼ確実にいるだろう敵艦隊を迎撃せよというα提督の命令と、大元の作戦に支障が出ないように管理しやすい状態にするのと、どちらが重要だろうか。

 

 本音を言えば夜戦したい。けれども作戦を蔑ろにするのは旗艦として、三水戦として許せない。

 

「――ッ電探に感あり!6――」

 

《来たか》

 

 電が言い終わる前に、α提督がそう言った。

 

《変更だ。α艦隊は敵艦隊の迎撃準備》

 

《はっ!》

 

 命令とともに敵艦隊に近づく。

 海を蹴り、飛沫に体を濡らしながら、血が滾ってきた。これで心置きなく戦える。

 あの敵は明らかに襲撃を目的としている。何故ならばこちらの電探の範囲内に入ったからだ。それで十分である。

 

 よしよし、楽しくなってきた。今からでも心臓がうるさい。ばったり出会えるであろう敵。練度はばっちりとは言えない。それでも偵察機を電探に変えたことにより、多少なりとも砲撃は当たるようになる。

 

《こちら、旗艦川内!敵艦隊発見す!戦艦一隻、巡洋艦二隻、他駆逐艦と補給艦の計六隻!援軍を求む!》

 

 何と、戦艦とは凄く良い。あのタフネス。重い一撃。どれをとっても優秀だ。

 そして今、私達には夜という味方がいる。あの戦艦を一撃で重傷を与えなねない砲雷撃。実に良い。

 

《戦艦や巡洋艦に構うな。駆逐艦と補給艦が優先だ。砲撃を避けて、遅延させよ》

 

《……了解!各艦に継ぐ、複縦陣をとり敵巡洋艦以上の砲撃を警戒しつつ、補給艦及び駆逐艦を優先的に撃破せよ》

 

 まぁ、仕方ない判断だ。はぁ。

 そもそも砲撃を避けろとはどういうことだ。私は可能だ、と言えたら良かったが、生憎練度が足りない。

 そして、ここで複縦陣を選ぶメリットは命中率の向上だ。火力で考えれば、駆逐艦のみが相手なので少し下がろうが問題ないだろう。

 ならば、ある程度の打撃力ダウンは許容できる。

 

《やったぁ、待ちに待った夜戦だぁー!》

 

 だが、私は勘違い、いや思い違いをしていた。海戦というのは単艦で仕事はしづらい。そして、この水雷戦隊は私のみ急遽所属したものだ。

 その点を忘れ、いつものように、と相手の最後尾に攻撃を仕掛ける。

 

 さて、駆逐艦達は、と横目に見ると……ついてきていない。

 

 私は単縦陣の敵艦隊に反航戦になるように動いたが、駆逐艦達は敵の向かいに立ち、まるで敵艦隊を一つの矢とすると、その的のような位置で待ち構えている。

 

「川内さん!イ級を2隻、お願いするのです!」

 

 電はそう言って、後尾にいるイ級を2隻を落伍させ、私もそれに便乗してイ級に牽制する。

 

 とはいえ、電たちは大丈夫なのだろうか。旗艦のみが離れているという状況。下手すれば駆逐艦5隻では太刀打ちできなかった場合、沈むことになってしまう。

 

「っと、こっちもかまけてらんないね」

 

 駆逐イ級の2隻が上手い具合に挟撃しようとしている。

 練度が低くても、夜戦と素の性能の差で対処は可能である。それがただの駆逐艦であれば。

 

 よく見るとその2隻は赤い光を纏っている。その光が表す意味は、

 

「elite?!」

 

 eliteはマズい。少なくとも倒しきれない。しかし、直ぐに増援は来ない。

 他の艦娘は戦艦や巡洋艦を相手に砲弾を避けている。ってあれ、避けるというより攻撃をさせてない気がする。普通避けると言ったら速度の緩急をつけ、方向を転換し翻弄することを言うが、どちらかというと敵艦隊を一つにまとめ、射程の長い戦艦の懐に潜り込み主砲を撃たせない。

 もちろん艦娘も撃てない距離なので、逃げ回ることしかできない。つまり、完全なる遅延行為である。

 

 けれでも撃てないのは主砲であり、機銃はそうではない。殆どダメージがないが、それでもカスダメにはなる。

 なるほど、だから、私のみが戦うのか。

 

 私以外は連携して動いている。余った私が、余らせた敵艦と対峙する。これがα提督のやり方のようだ。

 

 けれど、やり方が分かったところで、勝てるかというとそうではない。

 

《援軍は?!》

 

 右に左に動きつつ、精度の高くない砲撃を放ち、敵の手前に落ちる。

 魚雷を装填し、居てほしくない場所を牽制する。

 やはり、攻撃力も精度も高くない。また、夜戦が続けられて楽しい。

 

《β艦隊もγ艦隊も交戦中。逆に彼らも援軍を求めている》

 

 つまり、送れないということか…!

 

《機動部隊の進路変更は?!》

 

《既に行っている。もう少しの我慢だ》

 

 護衛対象に危険が及ばなければ、適当なところで切り上げてもいい。だからこその遅延。けれども、この艦隊は私達じゃ手に負えないはずのもの。何故か今は持ち堪えているだけの、危険な綱渡り状態である。

 

「は、あぁぁあぁ!」

 

 イ級eliteの砲撃にあたり、吹き飛ばされる。ダメージは中破だろう。まだ、やれる…ッ。

 やっぱり、夜戦だからか、当たった場所が悪い。そこも夜戦の醍醐味ではあるが、左脇腹に大きな火傷がある。

 

「って、そういえば」

 

 夜戦の面白さを教える、と言って耳につけていた通信機。提督との繋がりが…ない。

 いつ、落としてしまっただろうか。いや、そもそも解説できるような、余裕のある場面ではない。気にしていられない。

 

《こちら、羽黒。私以外大破、私は中破です。これ以上の戦闘の継続は出来ません。撤退の許可を》

 

 え…?どういうことだ。被害状況からあちらの方面の敵艦隊が明らかに戦力が高い。

 

《β水雷戦隊旗艦多摩、全員が大破にゃ。申し訳ないにゃ》

 

 大破…?おかしい、明らかにここと比較して敵艦が強い。

 

《α水雷戦隊の川内、旗艦中破、他無傷》

 

 何かが違う。ここだけ被害が少なすぎる。というより、他の被害が尋常じゃない。たった数分の戦闘だ。それだけでこの被害状況。

 

《おい、ちょっと貸せ。艦娘、聞こえるか。敵艦隊の編成をもう一度言ってみろ》

 

 β大佐の声が聞こえる。どことなく怒っているような声色。きっと、中尉程度に自分が越されて苛立っているのだろう。

 

《戦艦一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦二隻、補給艦一隻です》

 

《eliteやflagship、改は?!》

 

《駆逐艦二隻どちらもeliteで、他は分かりません》

 

《そう、か》

 

《α中尉だ。川内、機動部隊は撤退した。我が艦隊も迅速に撤退するように》

 

 撤退命令。

 もう少し戦っていたいような思い残しはあるが、電たちに撤退を命令する。

 よし来た、とばかりに魚雷をばら撒き難なく撤退した。微妙に慣れている感がある。

 

「お疲れ様です。α司令官さんは他に何か言ってましたか?」

 

「いんや、何も言ってないよ」

 

 何だろうこの違和感は。何かが違う。

 何故、深海棲艦は3艦隊で空母機動部隊を襲ったのか。何故、私達のところだけあんなにも弱かったのか。何故、α提督の言っていた敵艦隊は姿を現さなかったのか。

 おかしい、何かがおかしい。敵艦隊が3隊だったのは偶然としよう。私達のところが弱かったのも偶然だ。でも、もう一つの敵艦隊が現れないのはおかしい。

 

 最後のがおかしいと、その艦隊に戦力を分担したせいで私達のところが弱くなった、と考える事ができる。けれども、それなら平等にすべきでないのか。それとも、私達が一番弱いとバレている…?

 

 バレていると、3艦隊なのも納得がいくし、私達のところが弱いのも納得出来る。しかし、もう一つの艦隊が現れないのはどういうことだろう。

 

「あっ基地が見えてきました」

 

 私はそれまで考えていたことを打ちやめにする。取り敢えず補給でもして、入渠は後回しだろうから包帯でも巻いておこう。

 お、よく見れば空母の連中も帰ってきている。他の艦娘は見えないため、私達が最初だろうか。

 いや、どうやら多摩達が先のようだ。港に近づき、艤装を解除する。

 

「あ、お帰りにゃ。というか、本当に無傷にゃ」

 

 今まで死んだ顔をしていた多摩が、少しばかり驚きの表情を見せる。

 

「さっきの無線の話、本当かにゃ?」

 

「そうだけど…どうしたの?」

 

「いや、多摩のとこも同じ編成だったに。もしかすると、羽黒達も同じかもしれないにゃ」

 

 え…。同じ編成?いや、きっと見間違えたのだろう。重巡と戦艦を見間違うことはそれなりにある。きっと、戦艦だと思っていたのも巡洋艦だったのだ。そうに違いない。

 

「取り敢えず、それぞれの報告に向かうにゃ。またにゃ」

 

「うん、あとでねー」

 

 多摩と別れて、駆逐艦たちを見る。何度見ても無傷だ。

 

「川内さん、行きましょうっ」

 

「君ら、すごいね。いつもこんな感じ?」

 

「んー、いつも、じゃあないかなーって。川内さんがいたぶん、楽でしたぞ」

 

「お、生意気なこと言うじゃん」

 

 笑いながら右手で漣の頭を乱暴に撫でる。電たちはそれを不思議そうに眺めている。

 

「どうしたん?」

 

「いえ、川内さんが電達の知っている性格とちょっと違うと思ったのです」

 

「どうゆー風に?」

 

「もう少し、男の人っぽかったのです。え、あ、失礼ですよね。ごめんなさいなのです」

 

 そうだろうか。まあ、艦娘というのも魂の一部に過ぎない。それなりの個性が出ても仕方ない事なのだろう。

 

――ドォン!!

 

 建物の方から爆発音が聞こえる。

 

 バッと海を見ると遠くの方に深海棲艦が見える。

 

「オノレ…イマイマシイカンムスドモメ…」

 

 あのオーラ。存在感。見た目。間違いない。姫だ。

 泊地棲姫だ。

 

《川内。この通信器を電に渡してくれ》

 

 直ぐに機械を取り外し、電に渡す。電は何かしらの指示を受けている。

 

《緊急放送、緊急放送!大破艦以外の方は全て、深海棲艦の撃退に向かってください。細かな指示はそれぞれの提督に一任します。こここそが私達艦娘の連携を見せるときです!》

 

 その放送の最中、電ら駆逐隊は駆け出し、海を進んでいった。

 

 私は中破。練度も低いため、ダメージは通らないと考えていいだろう。知っている中では、攻撃可能な艦娘は羽黒と私と先程出た駆逐隊と空母の夜戦参加可能艦である。

 対して深海棲艦は泊地棲姫、浮遊要塞が5個。

 

 ヤバい、絶望できる。戦艦がいれば話が違う。…そう!囮艦隊はどうしたのだ。あの艦隊が戻ってくればきっと。いや、だからそれまで耐えろということか。よし、よし!

 

「川内、出撃する!」

 

 心躍る夜戦。大破になった瞬間。攻撃を受けた瞬間。夜戦が終わる。ふふふ、楽しみだ。背水の陣は燃える。そうでなくても燃える。

 

 主砲を撃ち、効かない。魚雷を放ち、効かない。私の攻撃は意に返さない。

 では、もっと撃とう。攻撃を避ける。浮遊要塞が厄介だ。近づき、遠ざかり、右に反転、左に回転。私が避けきれるのはおそらく、あの電たちのお陰だろう。

 

「これ以上、やらせませんっ!」

 

 そう意気込んで主砲を鳴らすのは羽黒だ。やはり火力が違う。浮遊要塞を一つ撃破した。この調子だ。

 

「川内さん、あとに続いてください!」

 

 羽黒の撃ての合図で、方角を合わせて撃つ。よし、それなりに入ったはずだ。

 

「次!一斉射!」

 

 主砲の数は羽黒のほうが多い。私が一回撃てば、彼女は二回撃てる。よし、いける!これなら!

 

 不意に、何かが吹っ飛ぶ。それは海であり、羽黒であり、泊地棲姫だ。

 違う。私が吹っ飛んだ。両足がなくなった。ハハ、動けない。

 

「川内さん!」

 

 羽黒がこちらに来る。しかし、雨のような砲撃により行く手は阻まれる。大丈夫、沈みやしない。朝が来なければ、沈むことはない。

 

 首だけを動かし周りを見れば、駆逐隊は無傷で砲撃し、羽黒は空母の少しの夜攻とともに浮遊要塞を攻撃している。

 あっ、羽黒も大破した。後は駆逐隊にどうにかしてもらうしかない。羽黒や私は朝になれば、例え駆逐艦の砲撃であっても沈むだろう。けれども、朝になれば空母が満足に攻撃できる。

 

 自分が生き残れる万策は尽きた。一刻も早く日が昇り、空母が攻撃できるのが一番いい。轟沈2隻など安いものだろう。

 

「はは…」

 

 自嘲気味に笑い。半分となった体を見る。若干燃えている体である。夜戦ができる体ではない。

 

「速度と火力…ふふ、夜戦開始よ!」

 

 そんな声が戦場に響く。頭を持ち上げて周りを見渡せば、1つの艦隊が泊地棲姫に対峙している。

 どうやら、旗艦がマイクを握っているようだった。

 

「んじゃあ!そろそろ本気だぁす!」

 

 マイクをもって宣言するようにそう言う。次の艦娘に渡し、

 

「うぇ、わわ、危なかったです。あ、敵艦隊発見致しました! 全艦砲戦準備、宜しくお願い致します…」

 

 尻すぼみにそう言い、次の艦娘に渡す

 

「巻雲、突撃します!」

 

 次の艦娘に

 

「全艦突撃!鳥海に続いてください!」

 

 次の

 

「このローマについてきなさい、全艦突撃!」

 

 戦艦は大迫力に砲塔が火を吹き、重巡も負けじとばかりに砲撃する。駆逐艦も砲撃をし、確実に浮遊要塞を沈めていく。

 本当にあっという間に、あの泊地棲姫を沈めてしまい、私達のような大破艦を救助してくれている。

 

「この横須賀鎮守府の頭脳に間違いはありませんでしたね!」

 

「はいはい、霧島さんすげえー。…つかれた、寝よ」

 

 ローマと望月を除いた艦娘は全て改二であり、改めて改二の強さを思い知らされた。…あの時は対価として要求したけど、私も改二になろうかな。

 

「あれ、多摩は…?」

 

 港の近くにいない。どうやらどこかに行ってしまったようだ。ドックだろうか。

 私も、もう帰れと命令されてしまったので、入渠してから帰ることにする。とんぼ返りも良いところだ。




戦闘シーン、もう少し書けるようになれたらなぁ。


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妖精のちがい

 青妖精と年増妖精と12cmたんそー砲を持って、踏み潰されたり、折れたりしている草木の空いた空間を通って、家に向かう。

 そういえば、青妖精と年増妖精を見比べても大した違いは無い。もちろん、見た目は違っているのだが、それ以外に違いがない。いや、当たり前か。

 

 って、そういうことじゃなく、年増妖精は装備を操る妖精であるのはわかるが、青妖精は装備を操らない。そこの差が見た目では分かりづらい。

 結構理不尽な事を言っている自覚はあるが、その差がわかり易くならないものか。

 

『それは難しいけど、数が少ない方の妖精を覚えれば、ある程度解決できるんじゃないかな?』

 

 なるほど、その通りだ。

 

『じゃあ少し集めてくる』

 

 そう言って俺の頭から飛び降り、草の中に消えていく。そういえば、妖精は全員見つかったらしいが、何をやっているのだろうか。

 いつもは何をせずとも、妖精らは一か所に集まっていたが、今では姿が見えない。そして青妖精が暇じゃない、つまり忙しいと言っていた事から何かをしているのは分かるが、何をしているのだろう。

 

 まあ、手伝えと言われていないことを鑑みるに、手伝って欲しいとも、それについて知ろうと思えとも言われていない。つまり、別に気にすることではないということだ。これを人は面倒くさがり、といいます。

 

『ほら、集めてきたよ』

 

 そう言って目の前には3妖精が並ぶ。というか、こんな森の中でやる必要なくね。家の方が場所的に良くね?

 

『注文が多いな。仕方ない、私もあちらには用があったし、いいだろう』

 

 おっと、伝わっているのだった、失礼失礼。

 それで、数十歩で家に着き、青妖精が満を持して話を始める。

 

『実は装備を操らない妖精と装備を操る妖精以外にも妖精の種類はある。それはそれ自体が装備の妖精だ。ただまあ、この妖精についてはいないから説明出来ないんだけどね。それで残る二つのうちの操らない方、つまり、工廠での建造やドックの回復効果を付与する妖精は種類が少ない。私含めてこの3妖精だ』

 

 そう言って並ぶ3妖精を見る。まずは緑のショートの妖精、次に金髪ポニテの妖精、最後に青妖精。

 

『しらつゆさんがもどってきたー』『よくひっかからなかったねー』

 

『いや、白露さんじゃなくて提督だよ』

 

 いやまあ、それはいいんだが、引っかかるって何?俺は草か何かに引っかかると思われていたのだろうか。心外だ。

 

「んで、っていうことは、その妖精以外は戦えるということでいいのか?」

 

『うん、そうだよ』

 

 ふむ、それはあれだな。戦闘面では申し分なく働けるが、その戦闘が激しくなるほど裏方の仕事が増えるということだ。

 どのような効率なのか分からないが、3妖精のみでそれらを分担すると、かなり負担が襲うだろうし、非効率的だ。ここは一応、最前線であるらしいので、追々もしかしたら戦闘が過激になるかもしれない。理想はそうなる前に帰ることだが、そうならなかった場合生きるために戦うだろう。

 

 そうなれば必然的に最大限の戦いをするしかない。その時に、出撃出来ませんでした、じゃ話にならない。可及速やかに対処しなければ。

 

『いや、種類がないだけで、量はそれなりにいるから』

 

 あっ、そうなんですか。へぇ〜。



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妖精の志す物

 あのボランティアで集まってくれた妖精らはどこかへ行き、ここには青妖精と年増妖精と俺がいることになる。

 だが、何故か空気が非常に重い。な、何故急に…!

 

 そして、この空気を作り出している張本人は青妖精である。表情が変わらないため何なのかよく分からないが、何となくもじもじ、いやはらはらしている。

 これには年増妖精もびっくりのようで、アッラー、あらあら、あんらー、とか言っている。どうして神の名を呼んだ…?

 

『つまり、提督はどう思う?』

 

「え、あ、何か喋ってた?」

 

『ちゃんと聞いておくれ…』

 

 はい、スイマセン。以後、最大限の努力をする所存でございました。つまり、しないということ。だって、喋ってなかったよね。

 

『端的に述べよう。提督は艦娘をどのような、いや、人と比べてどうだと言える?』

 

「ええと、同じぐらいだと思うが」

 

 馬力だとか生まれ方だとかは違う、という言葉を飲み込む。俺が答えたい内容は、人権とかそういう話で、そういう意味では同じぐらいだと思っている。

 

『いや、そういう事じゃなくてね…というか、相手の言葉を汲み取ろうとしないのは、提督の悪い癖だ』

 

 勝手に決めつけるな、と教わってきたもので。

 まあ実際決めつけるというものは、ある程度相手の行動を制限するものであり、あまり良いものではない。

 もちろん、やろうと思えばできる。前に出来てないとか言われた事があるが、出来る。…出来る。

 

『4分の1ぐらいは当たってるんだけどね。もっと視覚化できる物で比べて欲しい』

 

 それは先程飲み込んだ、馬力とか生まれ方の話だろうか。思い当たる節がそれしかないので、とりあえずそれを言ってみよう。

 

「単純に言えば馬力じゃないか?普通の人よりか力があるし、むしろスポーツマンでも勝てないんじゃないか?」

 

『そうだね。じゃあ提督は艦娘が人間より優れていると思うかい?』

 

 むむっ、これはだいぶ難題をふっかけてきたな。

 もちろん、身体的能力を見れば愕然とした差があり、圧倒的に負けている。

 では頭ではどうかというと、おそらくそこは同じレベルであると言える。

 あとはフィジカルだろうか。これが難しい。精神というのは比較が難しく、分けて考えることができない。故にここは評価項目に含まれない。

 

 最後に人間として欠かせないのは人間――他の人間の存在だろう。つまり社交性。俺は人間なので人間を贔屓目に見よう。へっへっへ。

 生憎、俺の社交性は低いが、それでも人間は割とそれなりに世界と繋がっている。よって高いと言えよう。

 それに対し艦娘は、世界中の海で戦っているらしい。う〜ん、甲乙つけがたい。

 

 従って、これらのことにより艦娘のが総合的に優れている。

 そのように結論を出すと青妖精は声を発した。因みに口は動いてない。

 

『そう……提督ならそういうと思ったよ。私もだいたい同意見だ』

 

 よ、良かった。また何か青妖精に言われるのかと思った。勝つかヴァルハラかなんて言われたら、と思うと肝が冷える。



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逃走せしもの

β司令官視点です。


 何故だ、何故なんだ。

 何故、α中尉の艦隊だけあんなにも軽微な損傷なのだ。何故、最も言うことを聞かせられている私の艦隊が、中尉程度の作戦指揮に負けるのだ。

 やはり艦娘か。あの艦娘共が弱いから、私の作戦についてこられないのか。いや、今までの言うことを聞いてこなかったから、今勝てなかったのか。

 

 奴ら艦娘は何度言っても、近海のはぐれ艦隊に敗北するし、大破することなんて珍しくない。資源は無限でないと言っても、何度でも大破してくる。本当に使えない。

 

 挙げ句の果には、基地の目の前に深海棲艦が現れているではないか。しかも姫級。泊地棲姫である。

 この緊急事態に我が艦隊のみ出撃できないと、私が恥をかいた。艦娘共には後で懲罰を与えなければ。

 

 そして今、私は緊急脱出用ボートに乗り海に出ている。

 

「ハハハ、哀れだな深海棲艦よ。この基地内で最も優秀な私を取り逃がしてしまうとは!」

 

 これは敵前撤退ではない。後に確実な勝利を掲げるための布石だ。ここから一番近いのはη鎮守府だろうか。派閥が違うため少し微妙だ。他には何処か良い場所はないものか。

 

――ゴンっ。

 

 その音からほんの一瞬で体が爆風に煽られる。

 何ということだ。運悪く外れ弾がボートに当たってしまった。

 そして、海に落ちた私は爆風に流されて、気絶をしてしまった。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 なんの運命の因果か、目覚めた私は偶々小島についていた。確かここは…、そうあの少尉がいた場所だ。

 あの少尉、忘れもしない。少尉のあの目は艦娘を道具として見ている眼だ。おそらく洗脳も受けていないだろう。純粋に、艦娘消去派に取り込める人材だ。

 

 しかもあの姿は艦娘の姿だ。どういうことか分からないが、もしあれが量産でき、艦娘の能力を受継げるなら、艦娘は要らなくなる。

 むしろ、戦艦の装甲に、空母の殲滅力、駆逐艦の機動力に、海防艦の対潜能力、潜水艦の潜水能力と、雷巡の雷撃能力のハイブリッドができるならば、万能の人造艦娘へとなれる。それが出来たならば、特化型でも良いだろう。

 

 兎に角、彼女はこちら側へ引きずり込まねばなるまい。私の長年の勘がそう言っている。彼女こそ、艦娘という忌々しき侵略者を滅ぼすのに必要な鍵なのだ。

 

 それにこれはほぼ全ての派閥を納得させられるだろう。完全勝利派はそのまま人造艦娘の運用をすればいい。戦争利益派は新たな兵器を作るために、どんどんと働いてくれるだろう。もしかすると先行投資されるかもしれない。世界平和派は数も少ないため無視で構わないだろう。

 

 そうと決まれば早速説得、もとい強制送還だ。確か今、ここの艦娘はα中尉が運用していたはずだ。つまりここに艦娘はいない。

 フハハ、ツキが回ってきた。良い、実に良い。



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小島の絶対者

グロい?要素があります。


『ツキとは運の付きかな。いや、尽きかな』

 

 何処からか声が聞こえる。幻想的で神秘的で、それでいて殺気立っているような声色。

 

 瞬間、視界が反転した。同時にくる左足の締め付けられた感覚。

 そして、逆さまの状態で空中を勢いよく飛び、森の中へと入る。

 

 地面に体をこすり、泥に頭を浸け、枝に軍服を切り刻まれ、草で体中を切る。痛みに口を開ければそこから土や草が入り、悲鳴すら上げることは叶わない。

 

 時間にしておそらくほんの十秒。何だ、何が起きた。

 

 途端に怒りがこみ上げてくる。国から賜ったこの軍服を汚し、国の宝である私をこれ程にまで踏みにじった。この罪は重い。

 きっと、この犯罪を犯したものは、あの声の主であろう。

 

『ああ、いたいた。全く、この人間の身の程知らずには困ったものだよ』

 

 その声と共に、自分の右手の小指が切られた感触がした。

 実際に、コロコロと転がるそれは、確かに私のものだ。

 頭から血がなくなる感覚がした。視界が悪くなり、その小指から目が離せない。

 

『あらら、この程度で音を上げてもらっちゃ困るな。いや、人間には毛ほどの興味もないんだ。勘違いしても良いが、それは助けにならない』

 

 次に同じく右手のくすり指が千切れる。どちらかというと、引っ張って抜けた感じだ。

 私の、私の身体が、おかしい。

 

「――――」

 

 声を出そうとした。この島には少尉がいるはずだから。しかし、声は出なかった。出せなかった。

 

『私の興味があるものは艦娘だ。だから、艦娘の為にも音を上げてもらっちゃ困る』

 

 中指からは面倒になったのか、あらぬ方向に同時に折れた。

 左手は手首から千切られ、次には足が一本外れて、もう片方は光の粒子となって消えていく。

 外れた足は、丁寧に足の構造を教えるかのように肉が剥ぎ取られていく。

 

 湧き上がってくるのは吐き気と恐怖。しかしまだ、諦めてはいない。この状況を凌ぎ、この犯人を殺す。ただ殺すのでは足らない。これよりも残虐性をもって、

 

『そうそう、艦娘は人間より下等ではない。むしろ超常の存在と言えるだろう。人間よりも自然に対応できている。それがどれほど素晴らしいことか、わかる人間は少ない』

 

 光の粒子は腰の部分でなくなり、私の体は上半身を残すのみとなる。

 その上半身には、可動域を超えないように動く腕と現状普通の腹が見える。

 

「――――」

 

 再度訪れる悲鳴を上げたい痛み。腹を一部焼かれ、そこには文字が浮かび上がる。

 憎い。クズ。忘れるな。しね。愚かね。恨むぞ。哀れだ。思い出せ。消えろ。……

 全面に書かれた文字。その度肉体的に痛めつけられ、それでも悲鳴は上げられない。

 

『君程度の人間に艦娘から贈られている言葉だ。ありがたく受け取るといい。さて、これ以上やると提督に怒られそうだから、開放してあげよう』

 

 提督…少尉のことか。少尉も関わっているとなると、これは一旦引き返したほうが……ボートがないのだった。

 ならば、説得する他ない、か。少尉のため大佐である私には逆らうことは出来ない。この辱めの代償は高くつく。

 

 気がつくと私は普段の体であり、木にもたれかかっていた。ふと、見上げれば、丘の上には半壊の家が見える。あそこに少尉がいるのだろう。

 怒りを飲み込んで演じきってやろう。艦娘は道具ではないと、そういえば問題ない。



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這いつくばる

提督視点です。β司令官は一応軍人なので精神補正がかかってるんです。たぶん。


「朝…か」

 

 日が落ちてから寝、日が昇ってから起きるという、非常に健康的な生活を送って9日目。明日になれば10日だが、今ではほとんど意味をなさない指標だ。

 

 お腹がきゅうと鳴る。可愛い音だ。…腹が減った。

 やはり、少しばかりでも食べれば、お腹はまた空く。これなら食べない方がまだ楽だった。とはいえ、栄養的には食べないより食べるほうがいいのだろう。

 

「ん?」

 

 まだ眠いなぁ、寝ようかなと考えていると、不意に音が聞こえた。

 大型の熊が暴れ回っているかのような音で、森の方から聞こえる。え、怖。

 

「青妖精ー!青妖精ー!」

 

 頼れる妖精を大声で呼ぶが返事がない。え、ちょま、流石に怖いんですけど。

 

『あらあら、おねーさんがまもらせてあげさせなくもなきにしもあらずかもしれないきもするかもよ〜?』

 

 年増妖精!嫌にまどろっこしいが、どちらでもいいという事なのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。

 そして銃を構えるかのように砲身を森の方へと向ける。

 

「って、撃ち方わからないんだけど」

 

『うてるわけないわ。だってぎそうがないし』

 

 最初っから言えよ!というか意味ないじゃん!

 何だよ、守ることは可能だとか言ってたじゃないか。

 

「いや、これを投げればいけるか?」

 

『ごきげんななめになるみらいがみえるわ』

 

 そうか、あまり意味ないのか。いよいよ使えないではないか。

 

 ふと気づくと、あの暴れるような音はなくなっていた。何だったのだ一体。

 

『そもそも、ここにやせいのどうぶつなんているの?』

 

「……いない」

 

 そういえばそうだった。ではこれは一体…?

 

『おや、提督。起こしてしまったかい』

 

「犯人だ!捕まえろ!」

 

 明らかに犯行後の発言。自分がやったと言っているようなものだ。まさか、頼れる妖精が犯人…人?妖精?だったとは…!

 心の中でそんな茶番をしつつ、無理やり捕まえた青妖精を解放する。

 

『全く。…そうそう、人間、ええと、β大佐が来て、ちょっとムカついたから懲らしめといたよ』

 

「そうか」

 

 反射的にそれヤバいだろ!と叫んでしまいそうになったが、すんでのところで踏み留まる。

 一見、大佐なんて人に手を上げようものなら、何をされるか分からない。しかし、今回やったのは青妖精である。β大佐は妖精が知覚できていなかったようなので、夢でも見たで切り抜けられ…るか?

 

『無理だね。わざわざ、聴こえるようにしたんだから』

 

 青妖精は馬鹿か。いや、この場合、触れない妖精より触れる俺に怒りの矛先が向く。つまり、青妖精はノーダメージ。謀ったな。

 いや、信じてもらえるか分からないが、妖精のせいだと言ってしまえば勝ち筋は残るのではないか?

 

『さらっと提督のせいにしといたよ』

 

 鬼畜か。鬼畜なのか。いや、ポジティブに考えれば、怒られて日本に帰れるではないか。いい事じゃないか。

 そして、軍法会議なり、裁判なりで牢屋にぶち込まれ、解放されても前科持ちは生きづらい。ダメだ、明るい未来が見えない。

 

 そのように思い悩んでいると、太っ…平安時代にモテそうな体格の男性が森の中から出てきた。割と切り傷だらけで。

 

「ちょっとじゃなくない?」

 

『すごく懲らしめてみた』



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裁きの鉄槌を

 青妖精の言動に呆れつつ、β大佐の心配をする。β大佐の傷は叢雲や白露ほど酷いものではなく、走って転んだ程度の傷である。とはいえ酷い切り傷に見えるのは、服が身体の傷に見合わないほど裂けていて、泥だらけなのも相まって大げさに見えるからだろう。

 と、冷静な解釈をしている場合ではなかった。上手くして裁判を避け、それでいて日本に帰らなければ。

 

 β大佐に近づき、俺は心配しているというアピールをする。これは抜群に効果的とは言えない。ここからどう動くかで、相手の印象は変わるものだ。

 

「貴様がこれをやったのであろう?」

 

「いえ、これは妖精らが自発的に行ったもので、関わってないです」

 

 まずは責任を避ける。そもそも、妖精は俺に従っていることはないので、本当に責任はない。

 そして、ここで、俺にも責任があるなどと悪びれるのは悪手だ。小学生が許しを乞うときにするなら効果的だが、この言葉は責任が俺にあると言っているようなものなので、非常に危険だ。

 

「そう、か。あれは妖精がしでかしたものなのか。…まあいいだろう」

 

 しかし、俺は毎回これに失敗する。理由を問うと、言葉遣いが粗削りのため、もっと言葉を尽くせ、と答えられる。何故だ…。

 

『さて、艦娘はどう、と考えるかな』

 

 よし、後は直ぐにでも日本に……は?急に何言ってんの?昨日もそんなことを言っていたが、また聞くのか。

 β大佐はピクッと肩を動かし、こちらを睨めつける。な、なんだ?

 

「…艦娘は道具でない。価値など、存在しない」

 

 何故か、慎重に言葉を選ぶように、β大佐は話す。あれ?海上で道具というより、奴隷的な扱いをしていなかったか?

 それがこうも意見を変えているのは、可能性としては、改心したか、俺の認識が間違っていたか、の二択である。

 

 まあ、とはいえ、二択のどちらにせよ、今、彼は艦娘は道具であるという主張らしい。

 口では道具じゃない、価値がないなどと言っているが、価値云々の話をしている時点で艦娘は道具だと思っているのだ。

 

 どういうことかというと、もし、艦娘は道具だと考えているとするならば、それらは価値の高低で判断するだろう。もし艦娘が道具でないとするならば『価値がない』ではなく、『価値以外の何かしらで比べる』若しくは『価値などの指標を使わない』だろう。

 つまり、価値の話をしている時点で、艦娘は道具だと主張している者と同じ土俵にしか立っていないのである。

 

 喧嘩は同じレベルでしか起きない、というあまり知らない有名人の名言を一部引用させてもらうと、同レベルで考えていれば、それは同じ考えだということだ。

 

 と、説明口調で心の中で喋ったのには理由がある。

 それは、青妖精に伝えるためだ。俺は関わりたくない案件なので、そちらで解決していただくとありがたい。取り敢えず意見のみ言って逃げる作戦である。

 

「…おっ」

 

 などと思っていたら何故か左腕が――12cmたんそー砲が上がっていく。抑えようとしても俺の細腕の力では足りず、上がり切るとその砲口はβ大佐に向いていた。

 

『どうぐあつかいなんて、つかえないこあつかいなんて、わたくしだけでじゅうぶんかしら』

 

 β大佐は明らかに恐れの表情が浮かんでいる。



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ただのおどし

 肥満体型の体に脂汗を流し、目は瞼から飛び出そうな程にこの銃口を見ている。

 けれども、少しの理性は残っており、未だに冷静を保っている。

 

「き、貴様っ。その銃を降ろせっ」

 

 もちろん俺も降ろそうとしている。だが、どういうわけか、びくともしない。

 これはおそらく年増妖精のしでかしたものだろう。そう予想はつくが、流石にこれは駄目だろうと思い、年増妖精に止めるよう言おうとすると、

 

『すこしみておいてくださいまし』

 

 少し…少しね。取り敢えず青妖精も止めに入らないのでいいのだろうと思う。青妖精は艦娘が大事らしいので艦娘の立場が悪くなるようなことはしない筈だ。

 俺の立場はあまりない。故におそらく俺だけでも守れる。守る対象が分からないが。

 

「わ、私が悪かった。この島には二度と近づかないと約束しよう」

 

 え、それは困る。β大佐が来なくなるのは構わないのだが、もしβ大佐が交友関係のあるものに、この島には注意するように言ってしまえば、俺が日本に帰ることが今よりも出来なくなってしまう。

 

「あ、金、金をやろう。いくらだ」

 

 いえ、金はいらないです。使い道ないし。

……いや、ちょっと待てよ。ここで日本に帰らせろと言えば帰れるのではなかろうか。いやいや、それでは帰ったあとに何されるか分かったものではないな。でも、日本…。うーん、何か良い言い回しはないものか。

 

「昇級もさせてやろう。中尉、いや大尉でどうだ」

 

 大尉…大尉!?そうか、その手があったか。

 階級が上がることでこの島から脱出し、日本に帰れるような場所に行けるかもしれない。

 よし、これだ。喋っていい?いいよね?少しは経ったよね?異論は認めない。

 

「あ、あの――」

 

――ばァんッ!!――

 

 爆発したことによる熱さと衝撃を感じ、手に負荷がかかると同時に、カメラのフラッシュのような光に反射的に目を瞑る。

 爆発?なんで?近い。俺?腕の衝撃。12cmたんそー砲を撃った?誰に?β大佐?暴発?死?

 

 死…死!!?そう思って目を開けるとそこには、赤い縁の眼鏡をかけ、肩に届かないぐらいの茶髪を揺らし、大きく腕を広げ誰かを守るように立っている少女がいた。

 その目は疑問や驚愕、憤怒が伺えて、その感情の対象は俺であることを知覚する。

 

 何故、疑問。何故、驚愕。何故、憤怒。分からない。だから、その思考は破棄する。

 それらよりも今は別に考えなければならないことがある。何故そこにいる

 

「…白露」

 

 絶対に怒らせてはならないと思っていた艦娘に喧嘩を売り、しかもそれが俺の上位互換である白露――化け物であったことに戦慄し、今度は俺が恐怖するのだった。



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安全を第一に

前回のあらすじ、脂汗を白露が守りました。


「よ、良くやった艦娘!その反逆者を捕えよ!」

 

 パワー準拠の縦社会において圧倒的な力を手に入れたβ大佐は絶好の機会と見たやいなや、白露に命令し俺を反逆者と呼んだ。

 そしてこの場合、俺にこの状況をひっくり返す術はなく、どう動くかを様子見するしかなかった。

 

「β大佐、いえβさん。あたしは提督の艦娘。だから、攻撃はできないよ」

 

 ああ、俺の勘は当たっていたようだ。

 艦娘は提督に攻撃できない。つまり、無謀な作戦にも反発することなく参加させられる、ということだ。だからこそ、青妖精のような存在が生まれたのだろう。

 

「…ん?β、さん?」

 

「そーだよ、提督。そこのβとか言う人は何やら色々やらかしてるみたいでねぇ。詳しいところは知りたくないけど、…まあ、お迎えが来てるから、そっちに、ね」

 

 川内が歩きながらこちらに来て、後ろにいる人らを指差す。

 

「やあ、少尉くん。久しぶりだね」

 

「あ、この間はありがとにゃ」

 

 そう言って、α中尉と猫っぽい艦娘が挨拶してくる。

 

「は、離せっ!艦娘が触るな!」

 

『もう一度アレ、やっとく?』

 

「ひぃぃ」

 

 すっかりと小物と化したβさんは、白露に縛りあげられている。……青妖精アレとは、あっいえ何でもないです。

 

「では、βさん。船はあちらです。あ、γ大佐もθ中将の視察などで明るみに出た証拠から……おっと、では少尉くん、失礼するよ」

 

「お、おう」

 

……何か、嵐のようだったな。βさんはα中尉に連行されて、ところどころ暴れながら森の中へと消えていく。あの猫っぽい艦娘は何をしに来たのだろうか。

 

『どうしよう提督、不完全燃焼だ』

 

「…何が」

 

『せっかく皆に手伝ってもらって色々としたのに、カッコよく終われなかったよ」

 

 なるほど、だから最近見かけなかったのか。青妖精、色々って、あっいや何でもないです。

 そして、青妖精とは対照的に、一仕事終わった感を出す白露。ふぅーと言いながら額を左腕で拭っている。…どうやら怒っている様子はない。俺が白露をつぶさに観察していると白露はこちらに振り返る。

 

「もう、提督。人に主砲向けちゃだめでしょっ。空砲だったから良いものを…」

 

 え、空砲だったん?年増妖精に目を向けるとうんうんと頷いているし、多分そうなのだろう。

 これに関しては言い訳したいところだが、客観的に見れば明らかに俺が悪いので謝る他ないだろう。

 

「あ、悪かったな。今度から気をつける」

 

 12cmたんそー砲を触らないように。うん、嘘は言っていない。これを方便という。違うか?違うな。

 

「うん、ただいま」

 

「え?お、お帰…り?」

 

「あー!私も、ただいま!」

 

「そういえば、生きてたのな」

 

「酷くないっ!?」




何か完結したので完結です。(3章)
無駄に長かったなぁ感がヤバいです(語彙力)
今回は提督が全く動かずに完結しましたが、まあ裏では色々やってます。(書く予定なし)
纏めると、
白露は入渠。その後川内らと合流して、提督の下へ
川内は100話参照。その後α中尉らと提督の下へ
青妖精は妖精台風により提督に不審がられないように妖精らをバラけさせ、また来るであろうβ司令官に備える。
α中尉は多摩の証言や過去の記憶からβ司令官の犯罪の数々を世に出し、横鎮から「ちょ、メンドイから捕まえて?」と命令され実行。
こんな感じです。


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第四章
夜戦投票結果


かませ犬にもならなかったβ司令官が退場し、1章分の間を開けて白露が登場です。


 α中尉の船を見送り、その頃にはもう陽も高くなってきた。

 

「チキチキ!夜戦したいやつ手を上げろ〜!多数決万歳スペシャル!どんどんパフパフ」

 

 急に川内がテンション高めに賭けの宣言をする。覚えていたのか…。

 白露はこのテンションについていけてない様子で、何これ、という目を俺に向けてくる。

 

「説明しようッ!これは俺と川内の間で始まった、壮大かつ高貴な闘いなのである!」

 

「二人ともテンション高くない!?」

 

 そう、この闘いは今後の安全を確保するための大事なものなのである。そして、川内も言っているように多数決で決めるため、そこに異論を唱える余地はない。故に今ここでこの白露をどちらが抱き込めるかが勝負なのだ。

 先手必勝の勢いで先に取りに行くのは俺である。

 

「白露、夜戦ってのは危ないよな」

 

「う、うん。そうだね」

 

「じゃあ、夜戦はやらなくていいよな!」

 

「え、う〜ん…」

 

 チッ、やはり数字を出さねばなるまいか。しかしながら俺に艦隊運用は分からない。だからまともに意見できる数字はない。

 言葉に詰まった俺の一瞬の隙を突き、次に川内が語りだす。

 

「夜戦、するでしょ?私達の本領は夜戦でバーンでしょ?」

 

「へあ!?川内さんまで?!」

 

「夜戦しよ!」

 

「うぅぅ…」

 

 両者拮抗といったところか。だがここで、俺が負けるわけにはいかない。理由は危ないからだ。

 

「夜戦のデメリットである危険性。これは見過ごすことができない。治療システムの整っていない今、大きな怪我を負うのは致命的と言える」

 

「夜戦、楽しい、おーけー?」

 

 ンな訳あるかぁ!夜戦、辛い、オーケー?

 

「…んで、そろそろ聞いたあげよーか。白露はそのメガネどうしたん?」

 

 あ、川内。それは態々聞かないようにしていたのに…。まあいいか。若干俺も気になってたし。

 そう、白露がβさんを守ったときに、と言っても空砲だったみたいだが、の時から着けている赤い縁の眼鏡。目が悪くなったのだろうか。

 

「あー!やっと聞いてくれたぁ。ふふん、どうよ。賢そうでしょ!」

 

 おお…ありきたりなバカ発言。しかもメガネ赤というベタっぷり。中々やるな。

 

「それで、白露はなぜメガネ属性に?」

 

「属性…?まあいいや、電に教えてもらったんだよ、秘書艦業」

 

「ヒッショカンって確か秘書のことか?」

 

「そうそう、提督を補佐する役割だよ」

 

 ほう。補佐ね。補佐……補佐、補佐!??

 俺って補佐される程仕事は…ないはず。ということはどういうことだ。何を補佐するというんだ。

 頭の中で補佐について考えていると、川内が声を上げた。

 

「はい、じゃあ、夜戦したくない人、手ー挙げて」

 

 多数決を取り始めた川内に、咄嗟に反応して手を挙げる。急過ぎるだろ。

 そして白露の方に目をやるとそこには、天を5本の指で指すものが伺えた。俺はホッと安堵し、川内に目をやる。

 

「ほら、勝ったぞ」

 

 その時の俺は忘れていた。川内の目的は白露との仲を良くさせるということ。つまり、早く終わらせれば終わらせる程、話すなどのコミュニケーションが取れなくなる。

 しかし、川内はとても早く切り上げてた。ここから導き出されるのは、白露と俺の仲を良くするのが目的ではないということ。

 

「じゃあ、夜戦したい人」

 

「あれ?あたしはよく分かんないけど、終わったんじゃないの?」

 

 そして、早く切り上げるのは勝利が確定したからに他ならない。

 

 川内の後ろにそびえ立つ手。その数は2を超えている。そこには妖精らの手があった。

 

「ありかよ!?」

 

「なしじゃないよ。フフっ」




日本の勝利である。


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提督を補佐す

3章が長かったので4章短めにしようかなと思います。


 多数決により夜戦をすることが決定してしまった。非常に怖いが多数決ならば仕方がない。多数決ならば仕方がないのだ。

 

「いやいや、おかしくない?!夜戦だよ?戦闘だよ?そんな簡単に決めていいものなの?!」

 

 白露が不思議なことを言っている。いや、まぁ、俺も夜戦は怖いことには怖いし、やりたくもないものなのだが、文殊の知恵以上の知恵が決定しているのだから、それが最良だろう。

 

「川内さんも、川内さんだよ。夜戦なんてそう易易とできるわけじゃないんだよ?」

 

「だからこそいいんじゃん。それに怪我しなければ良いだけだし」

 

「それはそうだけど…。そうじゃなくて、備蓄だよ!び·ち·く」

 

 備蓄…?なぜ、夜戦と食料が関係するんだ?

 そもそもここの食料なんて、妖精印の釣り竿モドキを持って海に行かなければ手に入らない。というか、本当にあの釣り竿はどうなってるのだろうか。世に売り出したら飛ぶように売れる気がする。

 

『売るつもりはないよ。それと、備蓄は資源の話だね』

 

 青妖精が頭の上から話す。あ、そっちね。いや、それでも意味わからない。どこで資源が夜戦と関係するんだ。

 

「そうそう提督、夜戦ってのは普段より弾薬を多く消費するんだよ。だからここの備蓄だけじゃ夜戦が何回もできるわけじゃないんだ」

 

 白露がメガネをクイクイしながら言う。若干というか物凄くドヤ顔に見えるのは俺だけだろうか。

 

「ドヤァ」

 

「言うのかよ…」

 

 咄嗟にそんなツッコミを入れる。中々コミュニケーションは上手くいっているのではなかろうか。化け物が攻撃できないと分かれば、いくら上位互換と言えど怖くない。むしろ容姿は可愛いまである。

 まあ、実際は白露の方が先にこの容姿なので、俺が化けているわけだが…そこは主観である。

 

「じゃあ夜戦をするにはどうすんだ?」

 

「提督、違うよ。夜戦は手段の一個で必ずやらないといけないわけじゃないんだよ。だから、夜戦をするじゃなくて、なるべく昼戦で倒すってしないと」

 

 なるほど、昼戦で倒してしまえば夜戦は不可能で、倒しきれなければ川内のしたい夜戦をすればいい、ということか。チラッと川内を見ると異論はなさそうだ。

 

 ふと、今まで保留にしていた疑問を思い出した。それは白露にも川内にも関係するし、というかあまりよくわからない答えしかなかったものだ。

 

「なぁ、提督ってなんだ?」

 

「あたし達艦娘の運用及び、資源管理や作戦立案をする役割、だったかな?」

 

 あれ、なんか意外とまともな答えだ。




1000字ピッタリです。


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実地研修なし

「その提督業何だけど…提督っておそらく、テートクカッコカリ何だよね」

 

 テートクカッコカリ?何だそれ。

 頭に疑問符を浮かべながら川内の方を見やると、どうやら川内もピンとこないらしく、こちらを見た。

 

「その、テートクカッコカリって何だ?」

 

「テートクカッコカリっていうのは提督になるための研修生みたいなもので、そこには条件やら規則やらがあるんだよ」

 

 ふむ。俺がテートクカッコカリだったとして、条件は何だろうか。トラックとぶつかることだろうか。規則は孤島にほっぽり出すことだろうか。

 と、皮肉を色々と考えていると白露が語りだした。

 

「まず条件は、妖精さんが知覚できること」

 

「今は当てはまってるが、ここに来る前には到底無理な話だな」

 

 どうやら俺は条件に沿ってなかったようだ。じゃあテートクカッコカリじゃないと思うが?

 

「規則は色々あるんだけど簡単に言えば、鎮守府である程度、あたし達の運用を学ぶこと。初期艦と呼ばれる艦娘五人のうち一人を選んで秘書艦とすること。そして、深海棲艦との戦いに大いに活躍すること。ってぐらいかな」

 

「お、おう」

 

 どのルールも守ってないのに、どこでテートクカッコカリだと思ったのだろうか。今までの話であれば、むしろ一番遠い存在だと思うのだが…。

 

「まぁ、ここまでは提督とあまり関係ないね。それで、いっちばん関係あるのが、テートクカッコカリは一般人から選ばれるということ、だよ」

 

 TSするのが一般人だろうか…。

 どうやら川内は納得いったようで手の平を拳で叩いている。

 

「なるほど、戦力増強ができて、ついでに提督として働ける人を見つけられて、一石二鳥じゃん」

 

 ど、どういうことだ。戦力増強=提督の人材ではないのか。

 

「うーんとね、妖精さんって妖精さんが見える人を好むんだよ。だから、艦娘を簡単に建造できるのは嬉しいんだよ」

 

 おお!点と点が繋がった。青妖精は艤装を操れないが変わりに建造は出来る。そして青妖精は気難しい性格をしているから、会話できなければ相手にならない。だから妖精が分かる必要があるのか。なるほど。

 

「って考えてたんだけど、提督ってそういうのしてないよね?」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、提督って何なのかな?」

 

「俺は一般人だと思っていたけど…何故か妖精だの性転換だのしてるし、俺にもわからない」

 

 まぁ、素直な感想だ。本当に分からない。

 急に隔離されるし、日本には帰れないし、俺が何をしたと言うんだ。思い当たる節がありすぎるが、ここまで酷い状況にはならないだろう。

 本当に帰りたい。



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食事は大切に

 よく分からないし、だから考えなければいけないことが多いが、取り敢えず今やるべきことは分かっているつもりだ。

 役職、階級、権力などは縦社会、究極的には自分とは別の者がいなければ役に立たない。やはり、人間というものはどうにも生きながらえたく、その為には健康が一番である。

 

「…腹が減ったな」

 

 クー、と可愛らしく腹が鳴る。

 そうそう、可愛らしくと言えば、白露は2、3日前より随分とキレイになった。というのも、やっぱり艦娘もそれなりに日焼けや肌荒れがするらしく、潮風の影響も受けて初日よりも体から臭いがあったりなどしたのだが、今では初日と同じくらいにキレイである。

 それに比べ俺は、汗臭く、肌も荒れ、髪も傷んでいる。男の時にはあまりなかった感覚だが、自分の髪がどんどんと傷んでいる気がするってのは一種の恐怖だ。

 

「じゃあ、また釣る?」

 

 川内がどこから出したのか、例の釣り竿モドキを取り出した。

 川内の提案は嬉しいのだが、俺は別に殺されないとしても、自分のことぐらいは自分で世話したい。だが、俺には海に出る手段がないため、川内に利益のあるようなものを模索しよう。

 

『ああ、そうだ。川内さんと白露さんは私と一緒に釣りに行ってもらおう』

 

 青妖精は頭の上から降り、白露の手の平の上に乗る。

 

「いや、別に一人で充分――」

 

『提督、女子トークの邪魔をする気かな?』

 

 その見た目で女子というのか、この妖精は。

 とはいえ、見た目の話をすれば俺も女子なので、きっと見た目は関係ないのだろう。

 ここは紳士的対応をしてやろう。

 

「あー、そういえば俺、やることあったなー。その間、海で魚釣ってくれると助かるなー」

 

 もちろん、やることなどない。けれども、女子トークと食事が対価交換可能なのであれば、それに越したことはない。

 

『それは紳士とは程遠――』

 

「ホントに!?提督は魚釣ってきたら嬉しい!?」

 

「あ、うん、まぁ、な」

 

「よぉーし、張り切っていきましょー!」

 

 そう言って白露は、いっちばんに釣ってくるよ!ついてきて!と海に駆け出した。何が白露をあそこまで駆り立てるのだろうか。

 

「じゃあ、私も行ってくるね」

 

 そう言って川内は白露を追いかけていく。

 

 さて、暇になってしまったな。何をしようか。

 

『は、ことうにふたりっきり……ていとくにおかされますぅ』

 

 もう無視でいいだろうか。いいよな。

 と、無視していると年増妖精が顔をぺしぺしと叩いてきた。顔の上にいる年増妖精をつまみ上げ、手のひらに置く。

 

「何だよ」

 

『…は、ことうにふたりっきり……ていとくにおかされますぅ』

 

 もう本当に無視でいいよな。



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妖精を率いる

 暇を惰性に過ごすこともありだったが、砂浜は非常に熱く、木陰に隠れても虫がまとわりつき、休む間もない。

 太陽は真上を少し過ぎており、暑いのも納得できる頃合いだ。取り敢えず、魚を生で食べるわけにもいかないので、木の枝でも集めることにする。落ち葉や草も焼く対象にはなる。

 

 意外とこの作業は時間がかかるもので、太陽は更に傾き、再度同じことをすれば夕方である。

 そして俺は少し試してみたいものがあった。

 

「妖精たち、一昨日みたいに水を浮かせられるか?」

 

 そう、まるで魔法であるかのように、水を球状に丸め自由自在に動かしていたことがあった。それを使って小学生のレンズの実験のように、太陽光を使って焚き火が作れるのではないか、と思ったのだ。

 

『できるかな』『できるんじゃない』『できそうだよね』

 

「よろしく頼む」

 

『たのまれたー』『がんばろー』『まかされよ』

 

 儀式のように妖精たちが四隅に行き、はあぁっと手を突き出している。そして、海水から作った水を浮かべさせ…られなかった。

 

『むりだー』『むちゃだー』『あきらめんなよ』

 

「何で出来ないんだ?」

 

『あねきがいない』『ねえさんがいない』『あねうえ』

 

 姉?妖精って家族構成があったのか。知らなかった。

 

「姉ってのは誰?」

 

『りーだー』『かっこいい』『ちからもち』

 

 うむむ、分からん。妖精って各々の顔に違いがないから、基本的に髪型で判断する他ない。それで、かっこいいや力持ちというのは判断できず、唯一分かるのはリーダー気質といったところか。

 

「他に髪型とか服装とか分かんない?」

 

『むずかしい』『あきた』『みかはすげぇよ』

 

 え…難しかったか?などと思っていると心なしか妖精が集まってきた。

 

『おどろー』『まつりだー』『うわぁぁあい』『なにするー』『もようがえの』『backgroundmusic』『いってみよー』

 

 俺は妖精の流れについていけず、足元でわちゃわちゃしてるため動けずにいた。

 そして妙にいい発音で言っていたように、何処からか曲が流れてきて妖精達が足元で踊り始めた。

 

『ていとくも』『のりわるーい』『そんなおどりでだいじょうぶか』

 

 ある妖精は手に乗り、ある妖精は足を掴み、ある妖精は肩に座る。どういう原理かわからないが、おそらく妖精の思うように勝手に体が動き、それはまるで踊りのようだった。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「提督、何やってんの?」

 

「……妖精が見えないと提督になれない理由の実体験かな」

 

 夕方、白露達が釣りから帰ってきて、そこに付属する青妖精に妖精達は向かっていった。妖精達は青妖精に向かって姉貴だの姉さんだの姉上だの言っている。青妖精だったのか……。

 

 そして、ようやく開放された俺は、砂浜に寝転び川内のスカートの中が見えるか見えないかのような位置にいる。人間って疲れると興奮しないものだ。

 

 また、俺は一つ賢くなった。

 青妖精をどこかにやってはいけない。



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安泰と理解と

 一つ賢くなったところで、白露達の釣ったであろう魚を見やる。

 サイズは秋刀魚より少し小さいぐらいだろうか。見た目も悪くはないし、食べる分には申し分ない。ただ、毒があるものは食べたくないが、きっと青妖精がどうにかしているだろう。

 

 白露に頼み、焚き火を作ってもらい、釣ってもらった魚を焼く。餌付けってのは悪くない。

 相も変わらず艦娘は弾薬をバリボリと食べ、燃料をごくごくと飲み干している。よく食べるなぁ。

 

……はっ。そもそもこの光景は普通ではない。慣れってのは怖いな。普通の人が見たら狂気の沙汰ではないだろうか。

 

 魚もいい感じに焼け、ヒレなどを毟ってからかぶりつく。これまた良い感じに熱く、ハウハウと口の中にある熱い身を冷まし、何とか飲み込む。なかなかに旨いではないか。

 

「そうだ、提督。明日はどうすんの?」

 

 川内が燃料を飲んで一息つき、質問する。

 明日…明日ならそろそろ家を作らねばならないだろう。衣食住の住だ。大事である。

 優先順位としては次にドックが来るだろうか。一応戦線らしいので、回復は必要不可欠だろう。そして、後は資源とか艦娘とかを増やして、日本に確実に帰ろう。

 

「あれを完成させないとな」

 

「それもそうだけど、艦娘、増やしたほうが良くない?」

 

「いや、あれ作って、ドック作って、その後だと思うのだが…」

 

「……」

 

 何か無言になった。変な発言しただろうか。間違ったことは言ってないと思う。うん。

 では何だろうか。思い当たる節がないぞ。そう思っていると、黙っている川内に代わり白露が話し始めた。

 

「提督、ドックってのは入渠、つまり回復だよね?」

 

「そう、だが?」

 

「でもさ、艦娘が増えたら手数が多くなって怪我もしづらくなるし、例えあたし達が戦えなくなっても他の艦娘が戦えるんだよ。それに入渠は時間がかかる事もあるから、まずは艦娘を増やさないと」

 

「いや、それじゃあ増えるまでが苦しいじゃないか。例えノーリスクローリターンでもリスク無いならやるべきだと思う」

 

 それにずっと怪我したままというのは少々目に毒だ。性的な意味で。

 いや、もしかすると、ドックを作るなと言っているのだろうか。こんなとこにいるぐらいなら死んだほうがマシだ、と言うのか。

 

 それは困る。どうしようか。生きる意味を説いてみようか。無理だ。生きる意味を俺は持っているが、個人的なものだ。

 

「…提督って、優しい、というか意外と純粋だよね」

 

「は?」

 

「んー。川内さんも、そう思うよね?」

 

「確かに、提督ってピュアだんね」

 

 ええ…。俺は結構捻くれた考え方してると思うのだが…。

 まあ、言動は普通にしていると思ってるけど、それでも捻くれてると思うがなぁ。

 

「…どこらへんが?」

 

「そうやって、他人の言ったことを、ちゃんと考えてるところ、だよ。ね」

 

「そうだねぇ。良いことだと思うし、むしろ、会話のテンポがズレてないのが凄いけど、普通の人はもっと適当といえば、適当じゃん? そういう意味でピュアだよね」

 

 ああ、そういう。…あれ?何で心読まれてんの?

 

『まぁ、ガールズトークで盛り上がるのは、異性について、だからね』

 

 頭の上から青妖精の声がする。そうか、犯人は青妖精なのか。

 俺は腹いせに頭を振って、青妖精を振り落とした。



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破滅と理不尽

登り坂20度くらいのクライマックス山を作りたいところ。谷はおそらくクラ湾ぐらい深いです。


 日が沈み、月が上り、焚き火以外の場所はとても暗い。今夜は雲一つなく快晴である。

 

 夕飯も食べ終わり、暗い森を通り抜け、傍から見れば半壊の家の床に寝転がる。

 不思議なことに艦娘というのは人間より夜目が効くらしく、森の中でも暗すぎて見えなくなることはないらしい。ちなみに俺は目隠しをしている気分だった。

 

 家は3人で雑魚寝しても余りがあり、十分余裕が持てる。

 俺は食事をとった影響なのか、頭が冴えていた。食事というものは大事なのだと実感する。

 

 隣では夜戦夜戦うるさかった川内がすでに寝ている。夜戦してくればいいのに。

 その奥に白露がいて、さつまいもおいしいと寝言を言っている。さつまいも好きなのか。

 

 そういえば、白露と二人のときはブルーシートで分けて、互いを見えない状態で寝ていたが、今は分けていない。

 あの時は男と寝るのが嫌だったのだろうか。いや、考えるまでもなくそうだろうな。

 

 といったように記憶を思い返していると、今にして思えば短絡的な言動をしている俺に恥ずかしくなってきた。

 何が価値だよ。聞いてるこっちがハズい。叢雲を帰す時だって、やりたいようにやらせる、とか、もう本当に…。

 

 考えるのは辞めよう。危うく恥ずかしすぎて床を叩いてしまうところだった。

 あれだな。食べないというのは悲観的になって困る。やはり人間は健康が一番だ。

 

「ふあぁぁ…」

 

 眠くなってき――

 

――ピカッ

 

 浜辺から大きな光が見えた。な、なんだ。

 そう思って起きると、川内と白露も飛び起き、一緒になって浜辺を見る。

 

 その瞬間、眩しい光に照射される。

 

「なんだ、これ!」

 

 そう叫ぶと、その光はなくなった。

 夜目の効く川内を見やると、おそらく悩まし気な顔をしている。

 

「提督、漣が来たんだけど、何か知らない?」

 

 漣というと、あのピンク髪の艦娘か。

 しかし、何の用だろうか。全く身に覚えがないので首を横に振る。

 

 すると、何か分からないが、光がチカチカとしている。

 

「え·ん·ぐ·ん·も·と·む…だって、行っていい?」

 

「いや、取り敢えず情報が足りない」

 

 そう言って足早に森を駆け抜け、漣の元へと急ぐ。

 

「どうした」

 

「いえ、大規模な深海棲艦の艦隊がこちらに来ており、力をお貸し戴ければ、と」

 

「俺たちはどのくらい相手すればいいんだ?」

 

「詳しいことは言えませんが、おそらく1、2隻ほどです。お願いできますか?」

 

 漣は真面目なときには真面目なのだと感心しつつ、情報を頭の中で並べる。

 これはおそらく先日の続きだろう。そして、より一層ここに近づいたということだ。つまり、答えは一つである。

 

「朝までには帰ってくるんだぞ」

 

「…締まらないなぁ」




本日は2話投稿です。


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いっちばーん(5)

θ中将視点です。白露がトラックとぶつかる少し前の話になります。


「…どういうことだ」

 

 最近少なくなってきた書類の束を上から一枚ずつ処理していると、少しばかり異様なものを発見した。

 その紙はη少将からであり、それ自体は変ではない。ただ、その内容が精神科医にでも連れて行こうかと思えるほどの奇妙な文章だったのである。

 

 内容は演習についてだった。兄貴――ζ大将の百箇日のついでに紹介された男、α少尉、いや中尉の艦隊との昼夜込みの戦闘の申請。そこにも疑問符はつくが、さほど奇妙ではない。

 奇妙なのは、PS.B勝利だった。の一文である。正式な書類に何をしているのか、と呆れたいがそうじゃない。B勝利だったのである。

 

 η少将は海軍内でも空母の戦術に通じていると評判である。その彼がたった一年の特例提督にB勝利しか取れなかったのだ。

 

 特例提督、それは一般的な司令官並の活躍が期待できるから故の措置である。その基準は妖精さんが知覚できるかどうか、である。

 妖精さんという存在は大きい。知覚できなければ建造すらまともにできず、その結果3年前の妖精事件のような反乱すら起こり得る。

 つまり、妖精さんを知覚できるだけで即戦力なのである。

 

 しかしそれは、戦術を知らない者が、質を量で補った結果である。だから特例提督――α中尉は、質も量も持ち合わせる者――η少将には敵わないはずのである。

 

 そこで今回のB勝利だ。η少将たる者がα中尉との演習で勝てないはずがなく、むしろS勝利が普通であろう。百歩譲ってもA勝利だのにB勝利。明らかにおかしい。

 

「オウっ、てーとくぅ、手がおっそーい」

 

 そう言って、事務処理のスピード勝負を仕掛けてきた島風がこちらの紙を覗き込んでくる。

 そして、その紙に了承の判子を押して自分の作業に戻っていった。まぁ、良いか。もしかしたら、η少将が何かを起こすためのきっかけ程度なのかもしれない。きっと、この判断は間違っていないはずだ。

 

 残りの書類も決済し、時間は22時丁度。遠征部隊の結果報告書と出撃部隊の戦果報告書を受け取り、消費と増加分を纏め一息つき、島風の入れた麦茶を取る。

 

――カスっ

 

 手は空振り、麦茶を取ることは叶わなかった。代わりのように手の中には三枚の書類があり、横目に見れば島風が麦茶を飲んでいる。

 

「ゴクッ、ぷはぁ。あ、今日の業務終了の手続きと、残業分のお金に、インスタント食品と麦茶の在庫が少なくなったので追加、お願いしますね。早めにね」

 

 そう言い残して、おっおー、と言いながら執務室から出ていく。彼女は花瓶を割ったことを、ここで反省するのが目的だと分かっているのだろうか。

 もう数え切れないほど物を壊しているが、いつの間にか執務室にはインスタント食品用の棚ができている。最早、ここに来るのが当然のように捉えてる節がある。

 

……α中尉との演習時に艦隊に加えるか。

 

◇◇◇たまに三人称、主に電視点です

 

 電なのです。先日、η少将と演習したと思ったら、今度はθ中将との演習を予定に入れる、という身の程を知らないバカなα司令官さんをぶっ飛ばし、言い訳をし出したので頭突きをかましてやりました。電なのです。

 

「お初にお目にかかります。η島付近のγ島のα中尉です」

 

「η少将から聞いている。早速、開始しようではないか」

 

 その合図と共に10機の艦載機が飛んでいった。

 あれは何なのだろうか。そう思って艦娘がいるであろう方向を見ると、そこには日向がいた。

 

「お、特別なずいう」

 

「貴様が旗艦か。よろしく頼むぞ」

 

 幅の広いコートを羽織った艦娘が話しかけてきた。見上げて顔を確認すれば、どの艦娘も驚くだろう。戦艦長門と、後ろにいるのは戦艦大和である。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。なのです」

 

 周りを見れば相手の艦隊は、長門、大和、伊勢、大淀、島風、響、だそうだ。それに対して電達は、電、吹雪、叢雲、漣、五月雨、である。戦力差は圧倒的である。

 

「ふむ、潜水艦がいると思ったが、そうでもないのか。α中尉、もう一隻はどこだ」

 

「いえ、我が艦隊はこの5人のみです」

 

 一瞬、θ中将は目を見開き、深く目を閉じる。何かを考えているのか、電には分からない。

 

「…演習開始は一四〇〇からだ。総員、持ち場につけ」

 

 号令がかかり、一斉に海へと出ていく。去り際に長門さんが、我々は常に全力だ。エンジェル…駆逐艦と言えど、手加減はないと思え。と言っていた。

 

 そして、海に出てから分かったが、どうやら先の10機はこの演習の映像を撮るためのもののようだ。

 

《まあ、いつも通り頼むよ》

 

《まともな指示をお願いしてやるのです》

 

《高度な柔軟性をもって、的確かつ効率的に、臨機応変な行動をして欲しい》

 

 α司令官さんはまともの意味が分からないようだ。知っていたが。

 

「ふー、……電の本気をみるのです!」

 

 作戦開始です。

 電探によりθ艦隊を探しつつ、航行する。相手の艦隊には航空戦艦伊勢がおり、偵察機に見つかり次第、攻撃を開始してくるだろう。

 しかしながら、θ中将は大の戦艦好き。艦載機の開発は少ないと聞く。つまり、艦載機を全てうち落とせれば、相手は砲でしか攻撃手段がない。

 

「電、来たわ!」

 

 いち早く敵偵察機に気づいたのは叢雲である。ここでα司令官さんが電達に積ませた機銃や高角砲が活躍できる。

 叢雲の10cm高角砲×2と高射装置により、奇跡的なまでに瑞雲12型を落とす。どうやら、だいぶ少ないみたいだ。すべての爆撃を避けきり、瑞雲をすべて撃墜する。

 

「作戦A、なのです」

 

 作戦A――取り敢えず逃げるが勝ち作戦を実行に移す。そもそも駆逐艦というのは昼に大したダメージは期待できない。しかし、夜になるとそれなりに活躍できる。

 また、演習の勝利条件はこちらが無傷で、相手を一隻でも轟沈判定にすれば最低限勝利できる。つまり、航空機に攻撃されなければ、夜戦まで逃げて勝ちである。

 

 とかいう、バカげた作戦だ。α司令官さんの命令なので従わざるを得ない。

 

◇◇◇急に長門視点

 

「なぜ逃げている!」

 

「長門がエンジェルとか言うからよ!」

 

 かれこれ三時間程鬼ごっこをしている。最初は可愛らしいので素直に追いかけていたが、流石に長過ぎる。

 

「二手に分かれるか。低速な私、大和、伊勢はこのまま追いかけ、大淀、島風ちゃ…島風、響「ヴェールヌイ」…ヴェールヌイは周り込め」

 

「それは二時間前にこの大和が言いました。…大淀さん、島風ちゃん、響ちゃ「ヴェールヌイ」、ヴェールヌイちゃん、よろしくお願いします」

 

「分かりました。では」

 

 そう言って大淀とエンジェルスは私共より速く進んでいく。

 

「フフフ、あの5人のエンジェルたちとも後で一緒に風呂に入ろう。こういう焦らしもまた一興だ。勝つのが楽しみだなぁ!」

 

「最後だけ切り抜ければ、まだいいんだけどね」

 

◇◇◇戻ります

 

「さて、そろそろでしょう」

 

 吹雪がふと、言葉を発する。確かにそろそろだ。

 

「おそらく、そろそろ敵艦隊は二手に分かれているのです。なので、思惑通り、片方に突っ込むのです」

 

 そう、おそらく分けるのだとしたら、戦艦とその他である。つまり、その他の軽巡と駆逐艦が回り込むなどしているはずなので、電達は攻撃を仕掛けると戦力的にも丁度いい。そう、戦艦のほうに。

 

「おぉ、不敵な笑みを浮かべていらしゃる」

 

「電ちゃん、その笑い方やめてよぉ!」

 

「進行方向反転なのです。その後、単縦陣を組み、長門さん達に攻撃しにいくのです」

 

 電探の範囲内に3隻を感じとった。おそらくこれが電達に回り込む艦隊だろう。電探で捉えられるかられないかの際の部分を航行している。

 

 充分に引きつけて……今!

 最大限の時間を確保し、最大速度で戦艦に突っ込む。

 

……発見!

 射程はあちらが長いので、α司令官さんによりで培った回避で肉薄していく。

 

 そもそも、電たちの脅威となるのは主砲による攻撃である。当たり前に思うかもしれないが、考える過程が違う。

 電たちはα司令官さんにより、大破していても時間があれば回復できるような、想像力がある。そのため、戦場で戦艦のような一撃大破の砲撃を受けると、回復が時間的に出来ない。

 

 しかし、機銃など火力の低いものは違う。圧倒的な衝撃がなければ、電たちは想像力により瞬時に回復出来る。まあ、行く行くは主砲でさえ怪我をしない、というのをα司令官さんは求めているらしいが。

 

 そんなわけで、電たちは必然的に砲撃を避けなければならない。そこで、これまたα司令官さんにより、回避力を強制的に上げさせられた。

 大破の状態で夜にイ級の砲撃を避けることから始まり、…本当にあれだけは辛かった。

 

 右に左に弾を避け、ついに戦艦の懐へと入る。

 

「チィッ!」

 

 大和と伊勢を手前側に出し、長門だけ後ろに下がり距離を取る。

 漣と五月雨に目配せし長門を追いかけさせる。何とか進路妨害と誘導を混ぜて3隻が固まる状態に戻す。

 

「おっそーい!」

 

 吹雪が砲撃に撃たれる。

 

「叢雲ちゃん!」

 

「分かったわ!」

 

 2隻を戦線から遠ざける。もちろんそこに砲撃が飛ぶことが予想されるので、魚雷で牽制しながら下がり、追ってこれないようにしている。

 待ってましたとばかりに戦艦らが砲撃を開始するので電と漣と五月雨で大淀らの方に行く。

 

「五月雨ちゃんは島風ちゃんを、漣ちゃんは響ちゃんをお願いするのです!」

 

「はい!」

 

「ほいさっさー!」

 

 島風は速いが故に少しばかり突出しているので、一対一に持ち込みやすい。響と大淀は無理やり引き剥がせば良い。最悪、二対二である。

 だが、おそらく簡単に離れる。理由は――

 

「電さん、よく分かりましたね、私らが対潜装備を積んでいるということに」

 

 そう、対潜である。θ中将は、潜水艦がいない、と言っていた。つまり、潜水艦がいる想定だったということだ。

 そして、戦艦は対潜が出来ず、航空戦艦も水上爆撃機を数機しか積んでないとなると、潜水艦には手も足も出ない。

 よって、考えられるのは駆逐艦と軽巡に潜水艦を攻撃させるということ。そして、第6駆逐隊の中でも対潜値の高い響を起用しているということは、潜水艦を攻撃するためだろう。

 また、大淀の4スロットを活かして、対潜のサポートをしているのだろう。

 

 したがって、彼女らには対水上艦の攻撃力がいつもより低い。けれども、いつもより低いだけであって、電たちに負けるわけではない。

 相手からすれば、本来は連携を取るべきである電たちが、自らその選択肢を手放したのだ。それは一対一では絶対の自信があるであろう彼女らへの煽りである。

 

「けれど、とはいっても練度の差はひっくり返らないのですよ。その選択が間違いであったことを次に活かしてくださいね」

 

 それはα司令官さん次第である。

 

◇◇◇ひび…ヴェールヌイだ。

 

 なんだ。何なのだ、この漣は。

 

 装甲値には自信がある私が、小破に追い込まれて尚、漣は無傷である。

 状況は私が有利なはずだ。戦艦の人たちの砲撃もあるし、練度では勝ってるはずだし、第一、彼女らは実質3隻しか残っていない。

 

 2隻は戦線を離脱し、たった半数。だというのに、相手は無傷。

 戦艦の砲撃は避け、私達の砲撃も避け、偶に当たったと思っても、何故か当たっていない。

 

 そんな調子で延々と戦っていると、大破したはずの吹雪が無傷で戦闘に参加し始め、混乱した私達は一旦離れることにした。

 

「吹雪さんは大破だったと思いますが、皆さんはどうでしたか?」

 

「私もそのように見えた」

 

 皆同意見であり間違ってはない。

 どういうことだ。

 

「なぁ、時雨と夕立の話は知っているな?」

 

 時雨と夕立の話。噂程度に流される奇跡の話。

 時雨がある池を入渠ドックだと言い、夕立を騙し、夕立がそこに浸かると、たちまち傷は全て消えた、というものだ。

 

「一応、このビックセブンも同じ艦隊だったのでな。…この話は本当だ」

 

 皆一様に驚きを表している。あの長門が認めたのだ。

 

「他言するなよ」

 

 周りを見れば、戦艦の方は大丈夫だろう。大淀さんは艦隊司令部と行き来していたぐらいには信頼できる人だ。

 私も口は硬いほうだと思っているし、島風はよく執務室にいるので問題ない。流石長門さんだ。ハラショー。

 

「ある研究があってな。それによると想像によりこの体は作られているらしいのだ。それを逆手に取り、怪我を治したのではないか、と思うのだ」

 

「それは大破であっても、ですか?」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 皆、黙り込んでしまう。それはそうだ。これではいくら私達が攻撃しようとも、全てなかったことにしてしまうのだ。勝てるわけがない。

 

「…いや、忘れてくれ。そもそも、簡単に治せるのなら、逃げたり、近づいてきたり、しないだろう。つまり、一撃必殺で攻撃すれば、勝ち筋はある。現に、あれだけ攻撃されていても、島風も響「ヴェールヌイ」、ヴェールヌイも小破だ。攻撃力はないものと思っていいだろう」

 

 日が沈み、夜になる。作戦…とは言えないが、やるべきことは決まった。いこう。

 

◇◇◇電なのです

 

 夜戦というものは少し見えづらいため当たりどころが悪ければすぐに大破してしまう。

 そのため少し苦手だが、出来るだけやってみようと思う。

 

 泥沼のようにただ撃って躱して、絶対に怪我などしていないという意思を持ち、自分の体は怪我などない。……α司令官さんのせいでよく鏡の前に立たないといけなくなった為、若干ナルシスト気味になっているのは、腹いせに後で殴っておこう。

 

 さてさて、戦艦の砲撃による水柱を左に右に避けていき、駆逐艦を狙っていく。電たちの攻撃が通用するのは駆逐艦ぐらいである。

 

 おっと、左腕に衝撃が…。いや、衝撃などない。現に電の腕は見えなくなって、肩から血が出ているに過ぎない。

 電の腕、電の腕…。右腕を見て、それと似たような物を左腕に生成する。すると、指から骨まですべて逆なので、それらを人間の仕組みと合わせていき、自然な電の左腕が完成した。

 

 漣に続いて砲撃をし、響に当たる。予想外だったのか、ちゃんとした対処もせずにそれを喰らい、中破へとなる。

 

「不死鳥じゃない…。まるで、ゾンビだ…!」

 

 響が独り言のように、そう呟いたのを聞こえた。

 その発言により、後に不死身(ゾンビ)艦隊と呼ばれるようになるのを、彼女たちはまだ知らない。

 

「フッ!」

 

 それは夜戦まで誰一人欠けることなく参加してるが故の発言だろう。粘り強く夜戦に持ち込み、一本の勝ち筋を掴み取る。

 

 駆逐艦ばかり狙っていると、戦艦が庇ってしまう恐れがあるので、偶に戦艦の方に行き、すれ違いざまに魚雷を投げる。

 低速で大きな戦艦は、どんなに上手く動こうと一本は当たってしまうだろう。

 

 長門に向かって投げた魚雷は予想通りに水柱を上げ、命中したことを知らせる。

 すると、弾が飛んでくるので、爆発の影響を受けないように、なるべく躱していく。

 

 全て躱しきり島風に向かって砲撃をする。

 ふと、何だか躱しやすくなっている気がした。やはり空母との演習で避けることに専念していたのが活きたのだろうか。

 

 取り敢えず、混戦になりかけているので、指示を出して一旦離脱する。夜戦において混戦状態というのは好ましくないからだ。

 

「全員、いるのですか?」

 

「大丈夫よ。私と吹雪は、ね」

 

「漣とサミーも、異常なーし」

 

 どうやら航行不能になっていた人はいなかったようだ。夜戦となると、どうしても助けるのは難しいので、安堵する。

 そして、気持ちを切り替えて敵情報を問うと、

 

「島風ちゃんは轟沈判定をだしたよ」

 

「ええ、ちょっと速かったけど、何とか仕留めたわ」

 

 なるほど、じゃあ残り5隻。

 

「はい!響ちゃんも轟沈判定です!」

 

「うん、サミーがちびっこにぶつかりかけてたけど、一応その前に轟沈させてたぜぇ」

 

 おっと、4隻のようだ。だいぶ減っている。このまま逃げきれば、戦術的勝利だろう。

 

――ドクンッ

 

「カハッ」

 

 血反吐を吐いて、体中が痛みに悲鳴を上げる。

 

 そう、轟沈だったり、大破だったりそういうものの怪我を回復させるのが想像である。

 逆に言えば、大破姿を想像してしまえば、大破になってしまうということだ。

 

 2隻の轟沈の結果収集で少し生々しく想像してしまったため、一種の発作のように気絶するような痛みに襲われる。

 

「ああもう、ちょっと休んでなさいよ。あと4隻ぐらいなら何とかなるから」

 

 叢雲にそう催促される。確かに、これを治すのには少し時間がいる。

 仕方ない。ちょっとだけ休むとしよう。

 

◇◇◇胸が熱いな!

 

 完全に掌の上で戦っている感覚だ。

 響の言ったように、まるでゾンビかのように無限に戦うその様は、狂気と言える。

 

 その上、私達は本来の戦い方が通用せず。戦艦の火力は全くと言っていいほど活かしていない。

 そして、こちらはエンジェルスが轟沈してしまった。作戦とはいえ、守りきれなかったことは悔やみきれない。

 

「もうすぐ、終了の時間です。長門さん、せめて旗艦だけでも轟沈させないと、勝利にはなりませんよ」

 

「分かっているつもりだ。しかし、あのエンジェルたちは旗艦と離れていても、各艦が完璧な連携をしている。あれでは指揮系統をダウンさせても、意味がない」

 

 そうだ。彼女らは練度という枠組みで劣っていても、強さにおいては互角に近しい。そう思って相手をしなければならないだろう。

 けれども、通常じゃあり得ない戦術だ。その対処にどれほどの時間を要するのか、未知数である。時間の余裕もなく、この戦況もひっくり返せない。

 

「――来ました!」

 

 4隻の駆逐艦が姿を現し、こちらに向かっている。

 

「艦隊ッこの長門に続け!斉射、ッてー!」

 

 予想通りに当たらず、全ての弾丸の雨を避けきり、こちらに突進してくる。

 

「右舷に進め!」

 

 号令を下し、右舷に進路変換する。できる限りの距離を取りたいところだ。

 

「む、大和!何をしている!」

 

 単縦陣で進んでいるかと思えば、大和のみ艦隊から落伍していた。もう、敵艦隊との距離も近い。

 

 大和は何故か砲も向けておらず、完全に戦意を喪失している。

 異常時だと思ったのか、駆逐艦のエンジェルたちも砲を下ろして、大和に近づいた。

 

「あの、何か合ったんですか?」

 

「……」

 

 大和は無言のままそのエンジェルたちを見つめている。いつもの私なら大和を張り倒してでも場所を交換したいところだが、今はその光景を見つめることしかできない。

 

 不意に、大和の副砲が動き出し、上を向く。

 その角度の先にあるのは、日向の出していた観戦用の瑞雲である。

 爆発とともに弾は飛び出し、瑞雲を撃墜する。

 

「…さて、今は誰の目にもここは映りません」

 

 腰の前に手を重ね、ボソボソと喋り始める。

 

「私達はθ中将の艦隊です。だから、貴方がたに負けるわけには参りません。ですから、私達は全力でこの戦いに臨みました。そして、今は私達は貴方がたよりも弱いことを実感しました。私達が勝つことは出来ないでしょう」

 

 まさか…

 

「けれど、私達は負けるわけにはいきません。…虫のいい話なのは承知の上で、勝ちを譲って頂けないでしょうか」

 

 そう言って、大和は頭を下げようとしている。

 

「止めろ、大和」

 

 手を出して、頭を下げることを止める。私に気づいたのか、驚いた様子を一瞬だけ見せて、反抗の目を向けてくる。

 

「しかし、こうでもしなければッ――」

 

「違うッ。お前の頭はそんなに簡単に下げていいものではない。下げるのならば、先に私の頭だ。…そういう訳で、私からも言いたい。どうか、勝ちを譲ってくれないだろうか」

 

 そう言って、勢いよく頭を下げる。

 まさか、このビックセブンが誰かに頭を下げる日が来るとは思ってもいなかった。

 

「いや、その、頭を上げてください。……まぁ、ちょっとスミマセン」

 

 頭を上げて、声の主を見れば、そこには少し距離をとった漣がいた。

 主砲を体の前で構えて、私がそれを視界に入れた瞬間に、撃った。

 

「!…ん?」

 

 撃たれた感触はあった。けれども、怪我を負っていない。

 

「この通り、漣達の攻撃では傷一つ、つけることも出来マセン。それに、旗艦も轟沈判定なので、実質負け確何ですヨネ」

 

 ご、轟沈?いつ、轟沈していたのだ。

 そう思っていると、遠くの方から旗艦が無傷の状態でやってきた。

 

「あ、あの、何かあったのですか?」

 

「ちょ、末妹〜。今、いい感じだったんよ。もうちょい空気読もうゾ」

 

「え、何でそんな塩対応なのですか!?スパイス付け過ぎて、言葉のキャッチボールが一方的に手荒れしちゃうのです!」

 

「落ち着きなさいよ。全く。電は何言ってるかわからないのよ。普通は内角低めのフォークボールは取れないわ」

 

「酷いのDEATH」

 

「WA☆O、160km/h級の死球は漣には耐えられないのです」

 

 そんなやり取りをしているエンジェルたち。可愛らしい…?

 

 そして、空に演習終了を示す合図が光り、私達は武装を解除する。

 

「ふふ…私達の負けですね」

 

「あ、ちょっと待ってください、なのです」

 

 そう言うと電は轟沈判定程の怪我に豹変する。これには流石のビックセブンも驚きを禁じ得ない。

 

「…感謝する」

 

「ええ、では帰投するのです」

 

――――――――――――

―――――――――

 

「ふむ、B勝利といったところか」

 

「ええ、負けました、流石ですね」

 

 結果を報告して、ついでにカメラも破壊してしまったことを詫びる。ただ、演習の大部分は見れたので問題なかったようだ。

 

「我々もこれまで以上に練度を上げなければならないな」

 

 独り言が溢れていたのに気づき、慌てて口を塞ぐ。

 この後は、α中尉は少しだけ滞在し、その後帰る予定だそうだ。

 エンジェルたちと風呂に入ったり、買い物に行ったり、…あ、運動をするのも忘れてはならないな。あの流れる汗は…フフフ、胸が熱いな!

 

「長門と大和、少し来い」

 

 挨拶を済ませたθ中将に呼ばれて、θ中将に近づく。

 

「何故、B勝利だった?」

 

「私達の努力は足りなかったようです」

 

 大和の言うとおりだ。このB勝利はお情けと言える。本来であれば、D敗北すらあり得たのだ。

 

「それは貴様らの火力を持ってしてもか?」

 

「ああ、奴らは我々の砲撃に怯えることもなく、勇敢なタフネスを持っていた。名付けるのならば、そうだな…〈不死身(ゾンビ)艦隊〉だろうか」




長門とながもんを足して2で割った長門でした。あと島の名前が分かりづらいと思いますが、今のところ、α中尉→γ島、β大佐→なし、γ大佐→なし、η少将→η島、θ中将→θ島(日本近海)です。


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再び悪夢見る

白露視点です。


《そっちの様子はどうだ?》

 

《ちょっと予想以上に数が多いけど、駆逐艦しかいないから、全然大丈夫だよ!》

 

 前にα中尉に貰った通信機により通信をしています。どうやら、川内さんが落としてしまったらしく、その代わりだそうです。

 

 そして今、10隻目のイ級を倒して提督に返答をします。漣から1、2隻と言われていたのにも関わらずこんなにも多いのは、ある中佐が別のところに攻めてしまったからだそうです。

 

「おーい、白露ー、こっちは終わったよー」

 

「はぁい」

 

 川内さんと合流し、これからどうするかを考えます。

 まず、これまでの戦闘が多く、4戦もしてしまったため殆ど弾が残っていないです。

 また、燃料も心もとないので一旦、小島の方に帰投するべきでしょう。

 

 漣からもここら辺が終わったら帰っていいと言われたので、きっと大丈夫だと信じたいです。

 

「ん?…あ、白露。深海棲艦を発見!」

 

「え?」

 

 そちらの方向を見れば確かに深海棲艦の影を確認できます。

 目を凝らしてみると薄く赤色に光っているのが見えました。

 

「あ、あれは…」

 

 その深海棲艦は、二股の尻尾の先に砲がついていて、顔の半分以上を黒い何かで覆っている重巡。

 

《何かあったのか?》

 

《ネ級…重巡ネ級…elite》

 

 再び二日目の夜の絶望が始まろうとしています。

 

――――――――――――回ッ想ッ

 

「ふぅ…」

 

 思わずそんな声を出してしまいました。

 α中尉の入渠ドックは、シャンプーやリンス、コンディショナー等をおいてある、というとても良い設備です。

 普通はドックというのは、冷たい場所に何時間も浸からなければならないものです。それが、このドックではお湯が出て、女の子関連のものは揃っているという完璧ぶりです。

 

 そのため、あの島での生活と、天と地ほどの差があることに溜息を吐いてしまった私を、咎める人はいないでしょう。

 

「まぁ、ドックのおかげで髪とか肌の艶ってのは元通りなんだけどね」

 

 完全に置物と化しているボトルや、回復効果を加えてくれる妖精さん達を眺めながら、あの島での生活を思い出す。

 

 初対面から印象最悪の表情を顔に貼り付けていた提督との生活。相手の悪感情はあたしに向いているという自覚に逃げ場はなく、よくあのストレスに耐え抜いたと思います。

 無論、あたしのせいである事には変わりなかったので、あたしは罪滅ぼしの様な気持ちで提督の助けになろうと思っていました。

 

 あまり努力は報われなかったし、むしろ、活躍すればするほど、顔を強張らせていたように見えました。

 

 それでも耐え抜いたあの数日。θ鎮守府にいた頃では考えられないほど濃密な数日でした。

 時々、単艦で島の周りを駆け回り、少し疲れて帰ってみれば、恐怖の目を向けられます。最初こそ、こういうものなのだろうと思っていましたが、思っていた以上に長く、その目に晒され続け…。

 

「ん!」

 

 水面に顔をつけ、一旦思考を止めます。こんな悪感情を積み重ねるのは姉としてあるまじき姿です。

 

「川内さん!一番に突っ込むよ!ついて来て!」



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悪夢さながら

2話ぶりの提督視点です。


《ネ級…重巡ネ級…elite》

 

 漣との別れ際に運良くもらった例の通信機により、艦娘と提督的に共同して戦うことが出来た。

 この、何故か――いや、まあ、理由は解るのだが――何故か厄介払いされ、情報の少ないこの島で、遠距離で話せるというのはとても利用価値の高いものだ。

 

 それ故に、ただでさえその大事なものを海に落とした前例のある川内に通信機を持たせず、まだ前科のない白露に旗艦として持たせたのだ。

 

 そこで、1、2隻とは思えない量の爆発音のあとに聞こえてくる名前は、俺と白露、少なくとも俺にとっては悪魔的存在だった。

 ネ級、忘れもしない。あの二日目の夜には、偶々中破であったから見逃してもらえた。けれどもそうでなければ、俺らは確実に死んでいただろう。白露しかまともに戦えない頃にとっては、最悪の深海棲艦である。

 

 しかもエリートらしい。字面からして強そうだ。

 

『どうかしたのかい?』

 

「いや、なにも」

 

 きっと白露たちでは敵わない。川内というのが、あの軽巡ホ級と同程度の力だったとして、多く見積もっても駆逐艦2人分といえる。

 そうなると、白露が3人で束になって戦っているぐらいということだ。

 

 重巡は軽巡より強いという青妖精の情報から、高く見積もって互角ぐらいではなかろうか。

 敵いそうもない。しかもそれは万全なときに、だ。敵艦を何隻も倒したあとであれば、それは万全とは言えないだろう。

 

『小さな嘘はつくべきではないよ』

 

「ちょっと待ってくれ」

 

……死にたくない。白露達が沈めば次は俺の番だ。怖い。恐ろしい。

 

『白露さん達が沈みそうなのか。じゃあすぐに撤退させないと』

 

 さて、恐怖というのは何種類かある。

 その内俺がこの島で体験した恐怖は、まずは得体の知れない恐怖だろう。

 例えば、幽霊だったり、お化けだったりがこれに当たる。何故か俺の体が白露だったのが、その恐怖だ。

 

 次に物理的な恐怖を味わった。艦娘と呼ばれるものの怪力や、深海棲艦からの砲撃や雷撃がそれに当たる。

 

 他にも生物的な恐怖――人間ならば死んでいるだろうと思えるほどの傷や、それらが瞬時に治ること――等もあるが、今回は真新しいものだ。

 名付けるのならば、理解できるからこその恐怖、だろうか。

 

 理解できるからこその恐怖。それはネ級という深海棲艦の強さを知ってしまったが故に、どうしても希望が抱けない。

 四面楚歌、八方塞がり、八方美人…最後のは違うな。つまりは抜け道がなく、死への一本道ということだ。

 

『…早く。なんで言わないんだっ』

 

……いや、まだだ。まだ手札をすべて切ったわけではない。今の状況では死ぬという、それだけだ。

 

 まずは目的として、生き延びることを設定しよう。そして、脅威となる敵と、自分の使える手札を並べて、どう目的を達成するかを考える。

 

 艦娘は手持ちにいない。あるのは通信機と青妖精ら。通信機からは、精々、いつ沈むかの情報ぐらいしかないと想定して、ネ級がこの島に来る前に島を脱出すれば問題ないだろうか。

 

 しかし、どうやって…?



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我儘な選択で

明日、投稿できるか分からないので、2話目の投稿。一応、できるとは思います。


 どうやって逃げきれば…そもそも逃げ場は?…海に出れば、α中尉に会えれば…方法は?…艤装…ない…妖精の不思議パワー…これだ!

 

――パンッ

 

 唐突に何かの弾けたような軽い音がする。

 そちらを見れば、どこか怒っていそうな青妖精と普段通りな年増妖精がそこに立っている。

 

『まずは、艦娘を助ける。考えるのはそれからだろう』

 

 艦娘を助ける…?なぜ?

 そもそも俺は無力だ。人を助けることはできない。それに俺にそれをするメリットがない。

 

 それよか、なぜ俺は死んでもいいのだ。

 青妖精は何もかもにおいて艦娘を優先する。それこそ俺が死んでも構わない、とでも言うかのように。

 もちろん、強弱という土俵において、俺は艦娘に劣っており、この島での存在価値は低い。

 

 けれども、俺がそこに行ったとして何が変わろうか。

 無駄に俺の死体ができ、精々、魚の餌になるぐらいだ。

 それを犠牲だと、艦娘に対する誠意だと言うのだろうか。

 

「艦娘を助ける?そんなことできるわけ無いだろう。白露達は俺を助けてくれているんだ。逆らえないから、守りたいから、理由は様々だろうが、そこに俺が助けられるものはない」

 

『違う。助けるのだから対価として、艦娘を沈ませないことが提督には必要だ』

 

「何を言っているんだ。助けてもらうというのに、対価が必要なのであれば、それは実績が残らなければ意味がない。だから、まずは助けたという結果が不可欠だ」

 

『そうじゃない。提督はここに残って、最後まで艦娘に前を向かせなければならない。けれども今回は勝てそうにもないから、艦娘を一旦後ろに下げろ、と言っているんだ』

 

「下げようが何しようが、ネ級と戦うことに変わりはない。むしろ3人がここで死ぬより、白露達の意思を汲み取って、一人でも助かるほうがいい」

 

 意思を汲み取る。何ともウザったい言葉だ。

 きっと頭に血が上りすぎたせいで、まともに思考できていなかったのだ。

 青妖精は黙り込み、俯いてしまった。

 

 瞬間。カッと顔を上げたかと思えば、月光の中で少しばかり赤く揺らめいた。

 

『いい加減にしろ人間。私もやっと信じられるかと思えば、…まったく。…人間一人程度なら、廃人にできるが、試してみようか』

 

 暴力、だろうか。その言葉が嘘か真か分からないが、おそらく、あのβ大佐をあそこまで萎縮させた謎の力だろう。

 怖い、怖いが、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている人間に、普通の判断というものはできない。こういう時は、体が普段よりいい動きをするし、気も大きくなって、なんだってできると思える。

 

 それに、我慢強さには少々自信があるのだ。なんたって俺は長兄だから。




クッ殺的な展開?いえいえ、来ないです。ケンゼンなので。


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感情かつ理性

おそらく、白露視点が多くなります。今回は提督視点です。
そして、白露が相変わらず季節感なく芋を食べ続けていて、可愛いなぁと和む毎日。また、川内(改二じゃない方)が、こちらも秋の私服が続いてて、寒そうだと思う毎日(特に中破絵)。です、まる。


 長兄や長姉は頼りがいがなければならない、弟妹に尊敬されなければならない、そういう考えを持った家庭で俺は育った。

 長年の刷り込みのせいか、俺はそれが間違ってないと思うし、時代錯誤だとは思わなかった。実際、俺は納得している。

 

 つまり何が言いたかったのかというと、青妖精の謎の力に長兄だから負けるわけにはいかないということだ。

 

《…ごめん、ね》

 

 はっ、と冷静になる。冷水を浴びせられたように、頭の血が引いていく。

 

《ど、どうした?》

 

《ごめん、なさい。護れなくて…怖い思いをさせて…ごめん…ごめんなさい》

 

 は…何が言いたい。

 化け物は息も絶え絶えに、謝り続ける。…そうか、通信、切ってなかったのか。通信されているのならば、俺が一人で喋っていたと思われても仕方がない。

 そういえば、リズミカルに鳴っていた爆発音もいつの間にか止んでいた。

 

《…終わったのか?》

 

《…うん、終わっちゃった。…護ることも逃げることも全部…》

 

 白露のその口調が物語る、全てが終わってしまった――負けてしまったことを。

 ようやく俺は自覚した。俺は自分自身の弱さを他人のせいにし、その責任転嫁を正しいとしていた。

 

 何が助けてもらう、だ。バカバカしい。自分の身は自分で守れて一人前である。本来、助けてというのは必要ない、という状態が好ましいのである。

 俺は他人に手を差し伸べられないから、せめて自分だけでも、他人の迷惑にならないようにする。それが、半人前が目指す一人前ではないのか。

 

 しかし、俺は助けられてしまった。化け物に――いや、違うな。俺が何をしようが助けてしまうあの白露を、自分は他を助けることが出来ないから遠ざけてしまっただけだ。

 その劣等感から「化け物」と言い、あくまで、自分は普通であるとしたかっただけだ。

 

 初日の焚き火を作ることから始まり、ネ級やホ級を経て、今回のネ級eliteでも助けられた。いや、もしかしたら、着陸したときの慌てていた様子すらも緊張をほぐすためだったのかもしれない。

 

 つまり、そういう劣等感を無自覚に強くさせる白露を俺は「化け物」と呼んだ。

 その化け物から、ごめん、と謝り続けられている。助けることはサービスであるのにも関わらず。

 

《もう、謝るな。俺はまだ、諦めていない》

 

 そうだ。俺は諦めていない。化け物と呼ぶのはもう止めよう。そもそも、頼りがいのある者を演じるには嫉妬は必要ない。

 すべて俺が間違えていた。一つの仕事に集中している艦娘を、批判し遠ざけ、屁理屈を混ぜ混ぜにして理屈のようにしていた。

 

《無理だよ。もうすぐ夜明けだから…。朝になれば、大破のあたし達はきっと、…沈んじゃうよ》

 

 考えてもみれば、半人前の俺と、人間のなり損ないである艦娘は、割と釣り合いが取れているのではなかろうか。

 タイムリミットは日が出るまでだ。それまでに俺ができることをしければならない。持ちつ持たれつつの関係である。

 

「妖精。俺が悪かった」

 

 自分が悪いと認める。これには青妖精からの恐怖による後押しも入っているが、そこは言及しなくてもいいだろう。

 

「力を貸してくれるか」

 

 散々馬鹿にしていた青妖精に、頼み事をするなど、虫のいい話ではあると思う。

 しかし、ここは嫌嫌ながらでも貸してもらえる勝算がある。

 

『仕方ないね。白露さんたちを沈ませることはできないからね』

 

 そう言うと青妖精は、青、赤、黄、橙、に淡く光るフワフワしたものを取り出した。

 

 空も白んで来た。



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最悪の状況下

白露視点です。


 外したメガネをかけ直して、深海棲艦を見据えます。

 この赤いメガネは入渠後に貰ったものです。私は大破したと言えど練度は低いので、入渠時間は1〜2時間程度です。

 

 その為、実はもっと早く帰れたのですが、少し近海で練度上げをしていたり、β大佐に関する資料を整理していたりと、あの島に帰らない理由をつけることに必死でした。

 

 そして、電に諭され、秘書艦業を学び、帰ることになりました。

 その時に買ったのが、このメガネです。眼と提督との間に何かがあるだけで、ほんの少し安心感を得るためのお守り代わりでした。

 

「爆雷、投射!」

 

『わかったで』『りょうかいや』『はのおく、がたがたいわせたるで』

 

 敵編成は重巡ネ級eliteのみではなく、潜水カ級が2隻いることが分かっています。けれども分かっているだけで、攻撃が届きません。潜水艦は夜では無敵です。

 

 あたし達が出来ることは、潜水艦が魚雷を撃てないように牽制するのみです。だけれど、深海棲艦はただでさえ脅威であるネ級が攻撃できます。

 

「白露、危ない!」

 

「――ッ!」

 

 ネ級からの砲撃を川内さんが受けます。旗艦であるあたしを庇ったばっかりに、まともに攻撃を喰らい、中破へと追い込まれます。

 

「川内さん!」

 

「来ちゃだめだ、白露!潜水艦に狙われる!」

 

 負傷し一瞬でも足を止めた艦娘は潜水艦の絶好の的です。相手も連携しているとなると、砲撃着弾時に雷撃が来る可能性が高いです。

 つまり今は一分一秒を争う判断が必要で、最善解は私だけでも雷撃されないようにすること。そして、雷撃の方向から、大体の潜水艦の位置を割り出すことです。

 

 そして、闇の中に見つけた一筋の雷跡。進行方向は川内さんとあたしの未来位置との直線上です。

 ということは、もう一隻がどこかで狙っているはすです。

 

 右に左に目線をずらしもう一本の雷跡を見つけました。それは川内さんのみが当たるような方向です。

 

――ドォン!

 

 川内さんに魚雷が命中したのを皮切りに、近くの潜水艦へ爆雷を投げ込みます。

 そして、川内さんを曳航して離脱を――

 

「――ッ」

 

 顔を鷲掴みにして押し倒され、誰かに馬乗りにされます。この場でそれができる該当者はただ一人――否、一隻です。

 

 指の隙間から覗く先にはネ級がいます。こんな型破りな戦闘は予想できるはずもなく、対処に一瞬遅れてしまいました。

 しかも、艦娘には体術の心得がなく、近接戦闘では火力で負ければ勝負に負けます。

 

 馬乗りにされた状態で為す術はなく、人間の型に近しい重巡ネ級はもう一方の手で拳を作り、それを叩きつけます。

 艦で例えれば、体当たりか白兵戦でしょうか。非常に古風です。

 

 重巡の馬力に駆逐艦が勝てるはずもなく、ちょっとずつ小破、中破、大破になります。

 幸いなのは耳から通信機が落ちなかったことでしょうか。あたしは自虐や自責で頭を埋め尽くし、気が飛んでいる暇はありませんでした。

 

 満足したのかネ級はあたしから離れ、砲撃可能範囲内ギリギリにあたしを捉えています。

 立ち上がる気力もなく、大の字に体を広げ、呼吸をするたび痛む肺から、声を出します。

 

《ごめんね》

 

 我慢していた想いを吐き出します。この後沈むであろうあたしが、きっと記憶に残るであろう言葉を綴っていきます。

 

 本当に、最後の最後で面倒くさい艦娘になったなぁ。

 

《もう、謝るな。まだ、俺は諦めていない》

 

《無理だよ。もうすぐ夜明けだから…。朝になれば、大破のあたし達はきっと、…沈んじゃうよ》

 

 空はもう白んでいる。




意外とすぐに纏まってしまいました。


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暁の水平線に

ウダウダしている様子を書きたいなぁ、と思いつつ随分とあっさりめに仲良さ気になった白露と提督。仲良し度合いは協力関係を組む程度です。例えるならば、ラインで事務的な内容のみ届くぐらいの関係性です。


 メガネは紛失し、空を仰ぎ見ていると、空に一点の光が垣間見えました。

 

 朝です。

 

 ついに諦めの時が訪れました。やっぱり、護り切れなかったです。

 けれども、悔し涙も流れないほど体力は底をつき、指一本動かすことはできません。

 

 ネ級を見れば、砲の仰角を水平にして、狙える限りで最も近距離かつ火力の高い状態にしています。

 砲撃の轟音が鳴り、その音が届く頃にはあたしは沈んでい――

 

《白露、改》

 

 赤、青、黄、橙の光があたしを包み込み、白い光に覆われて、やがて収まります。

 弾薬、燃料共に満ちており、耐久値も回復した状態になります。所謂、改装です。あたしの改装は、対水上艦能力を失くし、対潜水艦能力を増強します。装備は94式爆雷投射機と、95式爆雷です。

 これなら、これなら戦えます。重巡には敵わないかもしれませんが、潜水艦なら問題ありません。

 

《ふふ、いい感じにカッコいいね!》

 

《あれ?何かあったのか?え、妖精、どうなってんの?》

 

 白露、完全復活。一番良いコンディションです。

 とはいえ、気を抜いていいほど強くなったわけじゃありません。まだまだ火力も手数も足りないのは変わりません。

 ただ、殆どの艦娘のトラウマになるだろう潜水艦を倒せる能力は、この場面において丁度いいです。

 

 ネ級の射程内よりも近づき、撃たれないようにしつつ、駆逐艦の機動力を活かして、また捕まらないように小回りに動きます。

 そして、大破している川内さんを担ぎ、ネ級の近くで待機していた潜水艦に爆雷を一発叩き込みます。

 

「毎度あり〜」

 

 潜水艦は一隻轟沈し、残り一隻。

 ネ級が砲撃したのを横目で捉えて、回避行動に移ります。けれども、近くにいた分精度は高く、直撃はしませんでしたが至近弾です。

 

『ようせいさんしーるど』『ようせいさんぷろてくと』『ほな、いきますか』

 

 至近弾のダメージも妖精さんのおかげで無くなり、次の潜水艦を狩りに行きます。

 

「いっけぇー!」

 

 そもそもは潜水艦という脅威に対抗するために作られた駆逐艦。本来の役割を果たして、戦闘終了、とはいきません。

 先の深海棲艦はカ級だったから撃沈できたものの、ネ級となるとそう上手くはいきません。ネ級は防御力が高く、改ともなれば戦艦でも一撃で倒せないことがあります。

 

 下位互換と言えど、充分にあたし達には脅威です。

 

「…あれ?」

 

 ネ級は後ろを向いてどこかに行っています。砲撃も雷撃も効かないという自信の表れでしょうか。

 あたしも無理に手を出すこともないので、見えなくなるまでは気を張り詰めて砲撃の準備をします。

 

「…たはぁー」

 

 完全に見えなくなり、緊張の糸を解きます。ちらっと川内さんを見れば、川内さんは気を失っていることが分かります。

 

《終わったよ》

 

《そうか、じゃあ気をつけて帰ってこいよ。…白露》

 

《はーい!》

 

 ここ数日で一番いい朝を迎えることができた気がします。

 そして、左足が膝から下を失い、右膝は骨が見えている状態で、足全体に火傷傷の負っている川内さんを抱えて、提督のいるところへと向かいます。




電lv15単艦で同じ装備載せて、1-5の初戦B勝利してるので出来るかなと。


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勝利を刻め!

提督視点です。いつもの2倍ぐらいです。


 青妖精の近くで、フヨフヨと蠢く謎の光。青妖精が言うにはこれは純粋なエネルギー体だそうだ。

 細々した説明は省くね、と前置きし、話を始める。

 

『このエネルギーを使うと艦娘に強化が施せて、資源を使って作り出した純度の高いエネルギーは、艦娘に比較的強力な強化を行えて……って、そうじゃなくて、取り敢えず、これを手に持って』

 

 はい、と渡される。え、は、え?持てるのそれ?

 若干疑いつつ、それに手を差し伸べると、よく分からないが手に乗った。

 ただ、手に乗った感覚はない。けれども、手の上から別のところに移動しないため、おそらく手に乗っている。意味わからない。

 

『じゃあ、これを持って、白露さんを改装して』

 

 改装…?改二とかと似たようなものか?

 いや、どうやって?どうやって改装するんだよ。

 

「白露、改そ――ッ」

 

 改装ってできるか、と問おうとした時、淡い光が一段と強く光り、海の向こうへと飛んでいった。

 いったい、何だったのだろうか。青妖精は敬礼してるし…誰か説明してくれ。

 

《ふふ、いい感じにカッコいいね》

 

《あれ?何かあったのか?》

 

 タイミングからして、おそらくあのエネルギーと白露が関係するのだろう。となると、導き出される答えは…全くない。

 

「え、妖精、どうなってんの?」

 

『提督が提督であるべき理由。または、艦娘が提督を必要とする理由、だよ』

 

 俺の質問に答えてくださる?

 いや、まぁ、俺が艦娘にとって必要なのは分かった。何故かは分からないが。

 それはそれとして、どうなってるのだ、この因果は。

 

『提督が白露さんを改にしたんだよ』

 

「いつ?」

 

『さっき』

 

 直近の出来事と言えば、どうせ死ぬんだから、と艦娘に悪態をついていたぐらいか。

 まぁ、化け物呼ばわりする程、化け物ではないなと、ちょっとは反省した。いや、そもそも第一印象が悪いのが原因だ。つまり俺は悪くない。うん、そうだ。……今はどうでもいいな。

 

 取り敢えず、毎度あり〜、だの、いっけぇー、だの独り言を言っている白露に、かけ声が出る程度には危機がなくなったと安堵を覚え、青妖精の奥の砂浜に目を向ける。

 

「光ってるな」

 

 そう、何故か白く光っているのだ。先のエネルギー体が関係するのか、それとも全く別なのか分からない。

 しかしながら、俺にはこの光に見覚えがある。川内にあった時のことだ。ドロップ艦娘、と呼ばれる者が出てきた前例があるので、今回も同じなのだろう。

 

《終わったよ》

 

 通信機からそんな声が聞こえる。終わった、と言えば先程のは絶望を指し示す代名詞だったが、声の調子からして、「勝った」の終わったなのだろう。

 

…そうか、良かった。

 

…あれ?何で嬉しがってるのだ。きっと、嬉しいと思うことがあったのだろう。それは何だろうか。戦いに勝利したことだろうか。サッカー観戦や野球観戦で応援したチームの勝ったとき、戦ってもないのに嬉しがるアレだ。

 つまり、俺は白露達を応援していたのだ。白露達に生きて欲しいと思っていたのだ。

 

 あれだけ嫌っておいて、手のひら返しが早いなぁ。本当に。

 何にもできないのに、過剰な力を手に入れて、優秀な者を有効に使えない。しかも現場で有効に使われる事もできない。それなのに、あれだけ愚かな挙げ句、こうして醜態を晒している。本当に、クズだなぁ。

 

《じゃあ、気をつけて帰ってこいよ》

 

 一旦言葉を切り、集中する。

 ハラワタが煮えくり返りそうになるほど、自分の愚かさに怒り、声が震えそうなほど恥ずかしい、けれども、それを表に出すほど、俺は子どもではない。

 

《白露》

 

《はーい!》

 

 俺にとっては一種の宣言だった。

 もう化け物ではなく、白露として、何のレッテルも貼り付けずに、真っ直ぐに見るための、誓いだ。

 

 朝日の方向を向き、見据える。

 10日前の俺に問おう。見た目高校生の女子――まぁ、川内とか、目の前の光る艦娘とか、いるが――しかも、見た目は同じで、怪力で、俺のサポートをする為に秘書艦を学び、厳しい親のような妖精らを味方につける美少女と、この小さな島で過ごすのは幸福だろうか。

 答えは是だ。幸福に決まっているだろう。少なくとも、誰かわからない人と、無限に出会わないといけないことより、遥かに幸福である。

 

 日本?帰りたいさ。帰りたいけれども、それまでは艦娘と過ごすのも悪くはない。

 

 通信機の電源を切り、服のポケットにしまう。初めてこの服を服として使ったのではなかろうか。

 

「ウラァァアァ!」

 

 叫びたい気分だったので叫んだ。

 偶に漫画でこういうのを見かけるが、確かに気持ちいいものだ。いまズボンとシャツしか着ていないため、朝の風が気持ちいい。

 

 そんなことを思っていると、丁度叫び始めたタイミングで光は消え、艦娘が顕になる。

 

「…あの、榛名さんじゃありませんが、私は、そんな提督でも大丈夫です…。あ、私は、軽巡洋艦、神通です。よろしくお願いします」




第4章完結です。作者的には1〜4章が第一遍ですかね。


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第五章
姉妹艦を知る


4章、本当に短かったですね。5章は物語は落ち着いていると思います。


 今、俺はすごく死にたい。

 いや、死にたいわけではないのだ。ただ、恥ずかし過ぎて穴があったら入りたくなっているのだ。

 

 先程までの恥ずかしさとは違うベクトルの恥ずかしさである。そして、気まずい。そこはかとなく、気まずい。

 

 昔からこうなのだ。感情が昂ぶると、完全なる黒歴史を作る。いつもそうだった。

 あーもう、ホント、ハズい。

 

 何とはなしに海を見て白露達の帰還を心待ちにしているが、ジンツウがこちらをチラチラ見ながら距離を取るため落ち着かない。

 というか、ジンツウって何だよ。陣痛か?だけど、発音が違ったような…。どちらかというと神通力の神通と同じだ。

 あと、白露や川内も漢字がわかりづらい。白露はギリギリいけるとして、川内は無理だ。読むとしたらカワウチであるし、書くとしたら仙台だ。軍艦というのは難しい言葉しか使わないのだらうか。

 

 しばらくすると、海の向こう側に黒い点が見える。

 どんどんと近づき俺の視覚でも分かるぐらいに接近すると、どうやら白露と川内だということが分かった。

 そして、見慣れた船も一緒に来ている。

 

 神通はようやく白露達に気づいたのか「ぁ、川内姉さん」と呟いていた。

 

……姉さん?姉さんというのは、俺の知っている姉さんと同じだよな?

 つまり、川内と同じ型の船ということか。確かに衣装も似ているし、分からなくはない。しかし、それにしては随分と雰囲気が違う。夜戦が好きそうな感じがしない。

 

 そして、白露達艦娘と船が砂浜に到着し、ぞろぞろと上陸する。もう一度言おう、白露達艦娘と船である。

 

「白露と神通さんっぽい。よろしくっぽい!」

 

「夕立。その人は白露じゃなくて提督だよ」

 

「ひえぇぇ。蒸し暑いです」

 

「この霧島の分析が間違ってなければ、この方が提督ですね」

 

「はっ、無人島に北上さんと二人っきり…そのためにはコイツラを退かさなければ…」

 

「大井っち、なんか顔怖いよ?」

 

 喋った順に、赤い目をした夕立と呼ばれる艦娘、そして夕立を宥める艦娘、巫女服の改造した物を着ている艦娘、同じ服を着ている自称霧島、北上さんという人と二人になりたそうな大井っちと呼ばれる艦娘、そして大井っちと呼ぶ艦娘。

 他にも青髪をツインテールにしている艦娘や、ダンケダンケ言っている艦娘に、同志同志言っている艦娘もいる。

 

 ちなみに、自称霧島の指し示す方向には白露がいる。よって分析は間違っている。

 

「説明してくれ、白露」

 

「うん、あたしにも分かんない」

 

 若干、背の高くなっている白露を見上げる。何でこいつ背が伸びてんの?

 

「それは、僕から説明しよう」

 

 そう言って、船から出てきたのはα中尉である。そして、後ろからもう一人、黒い軍服を着た女性が出てくる。

 

「少尉でありますな。私は烈風拳の使い手、受けて見るであります」



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普遍的な主役

 レップウケン。そう言って俺より少々大きな少女は、何やら飛行機を持って胸の辺りに突き出す。

 しかし、それは男の頃では持ち合わせないものにより弾かれてしまった。

 

「なッ、我が烈風を持ってしても、この山は超えられぬというのか…!クッ、なんて奴だ。これではRJセンパイでも歯がたたないだろうッ」

 

 RJセンパイ?いや、そんなことより驚くことがある。艦娘が人間に攻撃したのだ。

 船から出てきたため、多少疑問は残るが、おそらく彼女は艦娘だ。その艦娘が人間に攻撃するということは、すなわち、川内達も攻撃できる可能性があるということだ。

 

 ま、まぁ、多少はまだ役目あるし、大丈夫だろう。一応、信用している。

 

「おい、キミィ!何、言うとんのや、自分。同じ胸を志す仲間やろ!」

 

 通称RJセンパイ、と呼ばれる艦娘は関西弁でツッコんでいる。確かに、同じ胸だ。双壁を為している。

 RJセンパイは俺より少し背が低く、似たような背の夕立や白露に比べれば、身長と比例する成長だと言える。どことは言わないが。

 まだ、焦るときではないと思うが、随分と胸に憧れているようだ。

 

「ほぉ、キミがα司令官の言ってた司令官やな?ホンマに白露とそっくりさんなんやな。ウチ、驚いたわ」

 

 まぁ、α中尉に拠れば、白露らしいからな。そっくりと言うか、本物である。

 

「なぁなぁ、ウチの艦種、分かる?」

 

 艦種というのは、確か駆逐艦とか軽巡とかの話だったはずだ。

 まぁ、迷わずに駆逐艦だろう。川内や神通、白露を見ていると、駆逐艦より強い軽巡の方が背が高いことが分かる。

 これにより、背の高い順に強さが決まっているのだとしたら、俺より少し小さいぐらいのRJセンパイは駆逐艦だろう。

 

「駆逐艦だろ?」

 

 その瞬間、空気が固まった。え、何?

 全ての艦娘がこちらを見ている…って大井っちは違うな。

 

「…いやぁ、α司令官の知り合いだから、つまらん奴かと思とったわ。中々、笑いの分かるやつもいるやないかい」

 

 そう言うと、一気に空気は緩み、各々が元通りに話し始める。何だったんだ一体。

 

「なぁ、参考までに、どこを見てそう思ったか、聞かせて貰うか」

 

「身長?」

 

「…は?胸やなくて?」

 

「胸?艦種の判断にそこは指標になるのか?」

 

 胸か。川内も神通も白露も、だいたい同じくらいだと思う。胸の大小が艦種に関係なさそうだと思ったのだが違っただろうか。

 

「ま、まぁ、少尉くん、龍驤さん。この話は置いといて、ここに来た目的を果たそう」

 

「ん、そうやな。何か、熱うなってたわ」

 

 どこに熱くなる要素があったのだろうか…。いや、そういう対応が大人な対応か。自分に非が無くても、非を認めて他人を優先する。見た目に反して、随分と大人だ。

 

「さて、少尉くん。こちらが現海軍最強の軍神だ」

 

 そう言って手で指し示すのは、レップウケン等と言っていた女性である。随分と急な紹介で、どうやら神様のようだ。

…は?ちょっと俺の理解できる範囲を超えている。この話は考えないでおこう。

 ただ、現海軍最強と言われても、海軍の実力など知らないため、よく分からない。結局、何もわからないではないか。

 

「ちょ、その二つ名は中二病的には唆るけど、黒歴史で恥ずか死ぬから止めて」

 

「あぁ、済まなかった。サキ中佐だ」

 

「霧崎 咲でっす。サキ司令って呼ばれてまぅす」

 

 気を取り直したようで挨拶をする。中々珍しい名前である。

 

……人間かよ!



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それぞれの役

運営の改二予告が来ました。まぁ遅くても夏だろうと気長に待つ次第です。個人的には能代かもと思ってます。根拠がないので、本当に希望的観測ですが。


「それで?何でこんなに艦娘がいるんだ?」

 

 今まで最大人数9人の島に、25人もの人がいるのだから疑問に思うのも仕方ないことだろう。まぁ、名前を覚えているのは、大井っちとRJセンパイだけだが。

 

「あぁ、この内12名の艦娘はサキ中佐のものだ。そして6名は僕のところで、3人は君の艦娘だ。で、残る1人は横須賀鎮守府の艦娘だ」

 

 背の高いα中尉は俺と目線を合わせて、指を使って艦娘を団体別に囲いながら所属を教えてくれる。ただ、大井っちや、ぽいぽい言っている艦娘が動き回るため囲うのが大変そうではある。

 

「クソッ、リア充氏ね。ファーック!」

 

 充実…?全くしていないと思う俺は異端だろうか。

 と、あまり空気読めない発言は止めておいて、彼女にとっては俺とα中尉がリア充に見えたらしい。…どこが?

 少なくとも野郎が二人で話しているだけだ。彼女が腐ってもない限り、そこにリア充を見出すことは不可能だと思う。

 

「…あっ」

 

 違った。俺の今の見た目は女性だ。だから、リア充に見えるのも頷ける。俺もこの距離に男女が二人でいたら、リア充だと思う。

 もしかすると、この、えー何ちゃら中佐とは気が合うかもしれない。

 

「残念ながら俺は男だ」

 

「…LGBTの方ですか?」

 

 あぁ、なるほど、そういう見方もあるのか。けれども、それに後天的なものは存在するのだろうか。俺に学術的なことは分からないので、取り敢えず違うでいいか。

 

「いや、違う」

 

「…ちょっと、こっちに」

 

 そう言うと、手を引かれて少し離れた位置で他に聞こえないように小声で話し始めた。

 

「転生者の方ですか?」

 

「…は?」

 

 何を言っているんだ、この人は。転生者?何だそれ。

 

「えっと、急にここに連れてこられたとか、気づいたらその姿になっていたとか、あります?」

 

 急に連れてこられた…その通りだ。気づいたらこの姿になっていた…その通りだ。

 

「あるある」

 

「やっぱ、転生者ですか!?」

 

「は?」

 

 どこに転生要素があったのだろうか。転生と言えば、魂が云々、新しい人生がウンタラカンタラ、というイメージだ。α中尉も魂が云々言っていた気もするが、よく覚えていない。

 

「少尉くん、気にしなくていい。サキ中佐は天才故にちょっと外れているんだ」

 

「いや、私、普通の高校生だから、むしろ、真面目に中佐とか言われる資格ないから!中佐は止めるように」

 

 α中尉がこちらに来ていたらしい。

 そうか、彼女は天才なのか。そういえば軍神などと言っていた気もする。高校生であるのに凄いな。俺と同じ歳だとは思えない。

 

「ハハハ…キリサキさんもそろそろ帰ろうか」

 

「あ、そうだった。少尉、先の夜戦では増援、感謝します。そこに置いてあるバケツはほんの感謝の気持ちです」

 

 そう言って指差すところには、計4個のバケツが置いてあった。




補給途絶鎮守府のため、まずは始めないといけないのです。


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安寧のじかん

 何故か本当の意味でお礼参りされた後、そこには元からそうであったように、静けさが戻っていた。

 一つ驚いたのは、俺達があの夜に会った漣は俺の知っている漣じゃないことだ。どうやら、あの漣はサキ中佐の漣らしく、α中尉の漣より言葉が分からなかった。

 

 と、他人のことを思い出すのはここまでにして、今日の主役に何か声をかけなければならない。

 

 今日の主役――神通は、今朝現れた艦娘だ。そして、俺の新たな艦娘でもある。

 

「神通ー、不貞腐れてないで、こっちゃ来い」

 

「姉さん、私は不貞腐れてません。ただ、私は必要なさそうな提督ではなく、話し相手になる妖精さんと話しているだけです」

 

 川内曰く、神通は責任感の強い艦娘らしい。自分が頼られる事は多く、だから当たり前に、本当は誰かに頼るべきことをやってしまう。

 そこを他人に強要しないところは良いんだけどね、だそうだ。

 

 いや、これ、どう見ても我儘だろう。

 基本的に俺は、責任感が強い人と、自己中心的な人、というのは同じだと思っている。他人から見て、ある仕事を一人で出来ているならば、責任感の強い人と呼ばれ、出来ていなければ、自己中心的な人と言われる。

 だから、根本的に、仕事を一人でやっていることに変わりはないので、似たようなものだと俺は思うのだ。

 

 そういった意味で神通は次女として標準的であると言える。

 次女、次男、それぞれに言えることだが、どちらも多少我儘だったり、世話好きだったりする。長男長女は弟妹よりも先に 挑戦 をしなければいけないため、失敗が多い。だから、それを見て育つ弟妹は、兄姉より優秀かつ世話好きなのだ。

 

 そして、よく考えてみれば、この島には長男長女しかいない。妹は神通が初だ。

 だからこそ、我儘は我慢するという当たり前が効かない初のケースであり、妹属性には非常に、兄としての、という思考が働く。

 

 とはいえ、別家庭にまでそれを持ち込むわけにはいかないので、ここは自重する。

 

「ほら、立って立って。二水戦の筆頭がそんなんでどうすんの」

 

「二水戦…そうでした。姉さん、ありがとうございます。私達は切り込み担当。その覚悟に比べれば、この程度造作もありません」

 

 とてつもなくディスられている気がするが、きっと言葉を間違えただけだろう。うん。

 

「あの…軽巡洋艦、神通です。よろしくお願い致します」

 

「あぁ、よろしく」

 

 神通と挨拶を終え、さて、家を造るか、と言おうと思っていたら、神通は言葉の弱々しさとは裏腹に、俺の体に穴が開きそうなほど、こちらを見ていた。

 

「あの、一つ気になっていたのですが、なぜ提督はシャツ一枚なのでしょうか。女児として、横乳が見えるのはどうかと思いますが」

 

「いや、男だから」

 

「え」

 

 川内と白露は盛大に笑い転げていた。



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天照らす大光

「艦これ…ね」

 

 私――霧崎 咲は、ようつべやニコニコなどを利用し動画視聴し暇をつぶす。時折漏れる笑い声が、締め切った部屋に消えてゆく。

 

 スマホを使い、ツイ○ターに流れてくるものを読み、小説投稿サイトで無双及び異世界転生·転移している主人公の作品を読み、AIの選ぶニュースを読み、時間を消してゆく。

 

 そんな普遍的な生活に、ある異物が混入する。その名も「艦隊これくしょん-艦これ-」である。

 もう8年も前だろうか。高校生の私からすれば小学校中学年ぐらいの時期に、大人気ブラウザゲームとして街中の所々にぶら下がる広告を見たことを薄く覚えている。

 

 あのときの私はヲタクという単語も知らない少女であったが、今となれば家族から嫌がられる程度にはそういった類にどっぷりと浸かっている。

 まあ、これに関しては父の所為もあるのだが、そのことで父が母に叱られていようと知ったことではない。

 

 さて、その艦これというゲームを、私はやったことはない。

 正直、8周年ともなると遅い気がするが、たまには新しいものを取り入れるのも一興だと思い、艦これをプレイすることにした。

 

 予備知識は二次創作のみ。私はどちらかというと攻略ガイド本を読まずに適当にプレイするタイプだが、艦これにおいては別である。ウィキでも見ないとやってられないだろう。

 

 そして、どの二次創作でも話題に上がるのが、資源と呼ばれる4種のアイテムである。もちろん他にもバケツやら間宮やらあるので、そういうのを含めて、艦これは基本的に兵站ゲームと言えるだろう。

 

 つまり、時間と精神と幸運と運営がどうにかなれば、どうにかなるゲームである。少し心配になってきた。

 

 とはいえ、私の知っている二次創作の情報は多くが古いので、現状はもう少し別の要素があるのかもしれない。

 そんな淡い希望とともにPCで艦これを立ち上げ、初期艦選択画面に来る。

 

「吹雪…?あぁ、アニメの。叢雲は、たまに見るよね。おお、漣ちゃんは知ってる。電ちゃんは天使。でもさっきプラズマを見てしまいまして…。えーと、五月雨ちゃんは天使!…う〜ん、悩ましいねぇ」

 

 どうしよっかな。二次創作でよく見る艦にしてもいいし、あまり知らない艦もありだ。

 

 駆逐艦というのは全員が天使である訳で、選ぶのにも時間がかかる。小悪魔っ娘属性も嫌いじゃない。むしろいいと思います。

 

 うんうんと悩み、出た結論は

 

「やっぱ、真ん中って、大事だと思うんだ」

 

 ということで、私が選んだのは駆逐艦漣である。

 改二の実装されている吹雪や叢雲でもいいのだが、改二に改装できる頃には初期艦は揃っているらしいので、何となくである。

 

 そして、チュートリアルを適当にこなす。

 まずは建造らしい。任務から[はじめての「建造」]を選び、オール30で建造する。

 

 高速建造材はまだ少ないため、18分ほど待つことにする。確か、18分は睦月型だったか。

 

 この隙に資源の集め方を調べたり、建造時間を調べたりしていると、あっという間に完了していた。

 

「さって、誰が最古参勢の仲間入りかなぁ」

 

 デデン!という効果音を頭の中で流し、GETをクリックする。こういう派手さのない演出、とてもいいと思います。

 

 そして、画面の前に現れたのは、けだる気な様子で挨拶をする駆逐艦望月である。睦月型の十一番艦が初の建造艦となった。

 

 確か、睦月型は他の駆逐艦より燃料の消費が少ないらしい。だが、まあ、あまり序盤には関係のないことだろう。どちらかというと、火力を出してくれたほうが嬉しかった。

 

 夕立とか長波とか綾波とかは、二次創作で駆逐艦としては高火力だ、とよく言われている。でも、それは改二の話であり、新米提督には重巡とか軽巡とかのが良い。

 

「あっそうだ」

 

 どっかに重巡や軽巡の建造レシピが載っているだろうと思い、スマホで、建造レシピを検索する。検索結果の一番上にあったページに行き、そこの解説に目を通す。

 

 レア駆逐艦レシピ、戦艦·重巡レシピ、空母レシピ、どれもまだ資源的に手をつけられないものばかりだ。

 

 仕方ないので、艦これ初心者 やるべきことを検索する。

 そして、出てきたものを見ていくと不思議なものを見つけた。

 

 サーバー選択とゲーム名入力である。

 

 そういえば、そんな画面が現れなかったな、と思いPCの艦これの画面でその2つが出来そうなところを探す。

 

 設定?戦績表示?どこにもない。

 

「そりゃ、そうだよね。サーバーないと、これ、遊べないし」

 

 何らかのバグだろうか。垢バンされないうちに直してほしい。

 

 取り敢えず、艦これを閉じてもう一度DMMのログインからやり直す。こんなことに意味があるのかわからないが、まあ一応、ね。

 

 スマホで似たような事例がないのか検索しつつ、艦これのスタート画面にまで来る。かんこれ!という声が流れて、GAME START(艦隊司令部へようこそ!)のボタンが青く光る。

 

「この画面でも、ないかぁ」

 

 運営にでも相談しておこうかな。でも面倒くさいなぁ。学校に行った時に隙を見てオタク連中にでも聞いてみることにしよう。

 

 まぁ、現状どうする事もできないし、このまま垢バン食らうのも癪なので、艦これを続行することにする。

 

 青く光るボタンをクリックし、次は何しようかと机の上においたスマホに手を伸ばす。

 

「―――ッ」

 

 一瞬視界が白くなって、すぐに暗くなったように感じた。

 思い当たる節は昨日は徹夜したぐらいか。たった一度だけなのに……少し仮眠でも取ろうかな。

 

 伸ばした手で何も掴まずに、ベッドへと向かう。

 両親は仕事の関係で2日間いないと言っていたし、明日は休みなので今寝ても特に問題はない。

 

「ねむ…」

 

 私は布団に潜り込み、即寝落ちした。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 空に夕陽が浮かんでいる。

 私は、普通に覚醒し、その夕陽を見る。お昼食べ損ねたなぁとか、みかん食べたいなぁとか、そういう感想だ。

 

「あっ」

 

 しまった。画面つけっぱなしだった。

 そう思ってPCのディスプレイを見ると、未だにローディングの画面で固まっていた。

 

 やはりサーバー選ばないと駄目でしたか。

 

 ブラウザを閉じようとしてマウスを動かすも、画面上のものは動かない。

 キーボードも効かないのでモニターの端にあるディスプレイの電源ボタンを押すが全く動く気配がない。画面が消えないとかどうなってるし。

 

 これはいよいよパソコン自体に問題があるのかと思い、強制再起動を決意する。これをするのはあんまり好きではない。

 

 いやいやながらディスプレイの隣にある本体の電源ボタンを押す。

 

 するとなぜだか目眩を覚え、近くの椅子に倒れるように座る。

 電源ボタンを押したら、自分の電源が切れました。オモシロイオモシロイ。

 

 頭を手で抑えて目眩が収まるのを待っていると、急に、提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります。の音声が流れる。

 

 びっくりして画面の方を向くとそこには漣がいた。

 それも、無表情な望月と一緒に部屋の片隅にいる泣き目の漣が。

 

「ご、ご主人、様?」

 

 その部屋は私の部屋とは打って変わって、ダンボールの山が焦げ茶の床の上にあり、赤カーテンの窓が塞がりかけている。

 

 まだ二度しか見ていない風景。いや、初めて来るところを二度も見ている方がオカシイか。

 

 異世界転生系のラノベを読んでいた私だからこそ、ラノベの主人公のような理解力が身につく。

 そう私は完全に理解した。ここは艦これの鎮守府である。なぜか、艦娘が泣いているという不可解を除けば。

 

「え、えと、な、なんで泣いていらっひゃるのでしょうか」

 

 噛んだ、死にたい。

 

「ゆ、ゆゆゆ、幽霊がしゃべったあー!」

 

 よく見ると望月の目がグルグルしている。あれって漫画的表現ではなかったのか。

 というか望月ちゃんよ。今どきの幽霊は結構活発だから、どちらかというと、その反応は飽和状態なんだよね。

 

「いや、艦娘も幽霊みたいなものでしょ?」

 

 私の発言に二人はキョトンとしている。

 いやほら、二次創作でもよく言われてるし。むしろ、ここまでがテンプレである。

 

「つ、つまり、ご主人様はユーレイ!?」

 

「いやいや、幽霊じゃないから」

 

 自分で言っておいて心配になってきた。

 これ、異世界転移だと思ってるけど、神様会ってないし、割と理不尽系の異世界転移だったりするかも?

 

 異世界転生とかだったら救いようがない。

 そうだとしたら、たぶん艦これであるこの世界で、建造レシピも、開発レシピも、ルート固定も、制空権諸々の計算式も、無知の状態でやらなければならない。

 

 あっでも、艦これの設定と完全に同じでなければ、どちらにせよ、か。転移であれば帰れる可能性あっても、帰る意義がなくなってしまうわけだし。

 

 まあ、そもそも、こんな機会が滅多にあるものでもないので、帰る気などさらさらないが。

 

 と、私が思考の海に潜っていると、漣と望月が互いに見合い、こくっと頷き話し始める。

 

「まーいいや、司令官は司令官ということだねぇ」

 

「漣の第六感がそう言ってますっ」

 

 何というか、切り替え早いですね。先までの泣き顔は何処へ行ったのか、ケロッとした顔で部屋の隅から私のところへ近づいてくる。

 

「ということで、改めて、第一艦隊旗艦、特型駆逐艦の漣です。本日より、この鎮守府に配属しました」

 

「睦月型駆逐艦望月でーす。よろしくー」

 

 何だか、挨拶に格差がある。この二人は割とくだけたイメージだったが、こんなにも違うものなのか。、

 若しくは艦これの設定と違うということなのか、分からない。

 

「私は……何なんだろうね。きっと貴方達の提督だと思うよ。あっ名前は霧崎 咲ね」

 

「キリサキ サキ?不思議な名前、キタコレ!」

 

 不思議?そうだろうか。キラキラネームだと言われたのは初めてだ。

 まあ船には姓がないからだろう。

 

「咲でいいよ」

 

「サキ司令官か。ん、分かった」

 

◇◇◇

 

 漣はなんでこんなヘンテコなご主人様の最初期艦娘なのだろうか。

 

 漣達初期艦は初期艦育成校と呼ばれる場所で卒業までの三ヶ月に、ある程度の執務補佐をする能力を培わされる。

 漣はそこの特型駆逐艦十二番艦部門を首席で、その代の総合能力試験でも一位、この校の歴史に残る第一期卒業生となった。

 

 故に漣は特例中の特例の提督の補佐に回された。

 

 元々この校はテートクカッコカリの為に作られたものであり、漣が優秀な特例提督の補佐をするのは当たり前だった。

 

 しかし、そこで漣でも想像し得なかった提督がいた。その人はテートクカッコカリでありながら、少尉という階級でなく、少佐から始まるという、いい意味でバカげた人だ。

 

 優秀な少尉ではなくただの少佐の方が何倍もの権力も、能力もある。

 漣はその時は素直に嬉しかった。その少佐に釣り合う能力が漣にはある、と言っているようなものだ。

 

 そして、鼻歌を口ずさみながらその泊地に向かい、到着して大きな建物の中に入ってみれば、そこにはまだ誰もいなかった。

 

 漣も興奮して早く来てしまったと思っていたので、仕方ないと思いダンボールを開けていると、執務室に一枚の紙が降ってきた。

 

 自分でも恥ずかしいぐらい大きな声で「はにゃ!!?」と叫んでいた。

 恐る恐る紙を拾い上げると、何処からか金属を叩く音やボオォォという音が聞こえた。

 

 ここは無人島のはずだ。わざわざ海軍が呼びかけて避難させた場所だ。誰も居るはずがない。

 

 その紙には[はじめての「建造」]と書かれた見出しと詳細が細かい字で打ち込まれているのが見て取れた。

 

 急にキイィィという音がして「ふわあぁ!!」と叫ぶと、その方向にいた誰かも「うわぁ!」と叫んだ。

 キッとそちらを向くと、ドアの横で尻もちをついている望月がいた。

 

 「も、もっちぃー」と、泣きそうになりがらも名前を呼び、望月の近くに寄る。

 

 けれど、望月はもちろん漣の体験など知らないので、いくら説明をしても「まさか、まさか」と信じてくれない。

 

 しかし、漣は知っています。

 こういう幽霊現象のとき、最初にやられるのは「もう、こんなところに居られねぇ。俺は帰らせてもらうぜ」とか言う奴です。

 

 何とか頼み込み、この部屋にいてもらうようにして、ついでにダンボールを片付けるのを手伝ってもらった。

 

 その後は何も起きず、勝手に建造された不可解を除けば、他は正常だ。

 

 夕陽が見えるぐらいになってきて、流石に提督の着任が遅いと大本営に連絡を入れようとしたところ、突然執務机の近くが光りだした。

 

 また、何かが起きるのだと望月に伝え、今度は分かってくれたらしく、どんどんと人型に変形するその光を、互いに近くで震えながら見守る。

 

 それで出てきたのは、軍装を着ていないご主人様だった。

 

 そうして今、キリサキ サキと名乗ったご主人様は、明らかに漣の想像とはかけ離れていた。

 

 寡黙で鋭い目、落ち着いた物腰で、端正に軍服を着こなす。そんなものを想像していた。

 一般人から少佐へとなるのだ、そのくらいあってもいいだろう。

 

 だが、ご主人様はどうか。

 深海棲艦の脅威、いや、この一世代前の生活すら体験していないような、平和ボケした顔。できる人オーラと勝手に呼んでいる実力派の威圧感もなく。七光でもない。

 

 海軍は何故、こんな人を少佐へと選んだのだろうか。今の光のような不思議能力を何個も持っているならば、提督でなくヒーローのほうが活躍は出来るだろう。

 

 と、そんなヘンテコなご主人様は名前も変だし、服も変だし少なくともよそ行き用ではない。

 

 そして、極めつけは今行おうとしていることだ。

 海に向かって叫んでいる。

 

「ナニコレ!艦これ!キタコレ!!」

 

……どうやら、ご主人様は頭も変なようだ。

 

 そして、次にやることは何かと様子をうかがっていると、こちらに近づいて無遠慮にジロジロと漣や望月を見ている。

 

「あんまり見つめると、ぶっとばすぞ♪」

 

「いやいや、ブラック鎮守府お馴染みの、提督攻撃されない設定は割と有効なはずでしょ。そうじゃなくても、艤装をつけないと強くないとか、どう転んでも提督が有利なように出来てたりするものですぞ。ほら、もっちーのほっぺもっちもちー、なんてね」

 

 望月は完全に為されるがままだ。

 というか、艤装をつけないと普通の女児と同程度しか力がないと、どこで知ったのだろうか。

 それに頭脳系とおふざけ系でキャラが被っている。これは一刻も早く何とかしなければならない。

 

 それにしても、男性が多いこの社会で、珍しく女性の提督の部下となったのにこのセリフを使うことになるとは…。

 

 先が思いやられる今日この頃でござる。



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武神は没し、軍神が昇る

サキ司令視点です。この後の何話かは同じ視点です。基本的に無双系なので、ダイジェストっぽいなにかです。


 この世界に来て、1週間が経った。その間で分かったことはたくさんある。

 

 ここは地獄だ。ゲームほど生易しくなく、艦娘は腕が飛んだり足が消えたりする。しかも、深海棲艦は近海に頻繁に出現し、チュートリアルもありはしない。

 

「いや、艦これは元からそうだったらしいし、あんまり関係ないか」

 

 それに、本当の戦術を立てなければならないため、むしろゲームより戦略性は高い。けど…

 

「そんなのは欲しくないんだよぉ!私は!ただ!短冊ブルブルゲーで暇つぶしをしたかっただけなんだよぉ!!」

 

「ご主人様、授業中ですよ。しょーじき、うるさいです」

 

 そう、今私は、見た目に反して艦娘の中で最も頭のいい漣に、ご指導ご鞭撻して頂いている。

 

 この授業で、一応、地獄と言えど、救いようはあるこど分かった。

 まず、この世界に羅針盤の魔の手がないこと。真のラスボスと言われる羅針盤は、海軍黎明期から装備として使えないし、方向は分からないし、と言うふうに意味の分からない物らしい。

 

 そのせいで、羅針盤の妖精さんは他の妖精さんとも仲が悪く、執拗に攻撃するようだ。

 まぁ、その妖精さんに会ったところ、羅針盤の使用は二つ返事で了承を得た。ただ、漣から奇異の目で見られました。何故でしょう。

 

 まぁ兎に角、これにより、深海棲艦の出現場所が分かったため、戦局は有利に運ぶことができる。そう考えると、艦これの全深海棲艦の位置を表示する機能は相当ヤバい。

 

 次に、ステータスである。無双系お馴染みの鑑定スキル。そのモドキと言える。

 例えば漣であれば、Lv3でそれ相応の火力や雷装などが数値となって見える。また、称号のようなもので、〈初期艦全過程卒業〉〈初期艦総合筆記試験一位〉〈初期艦総合対艦試験三位〉の3つが見える。は、ハイスペックだ。

 

 因みに私は〈特例提督〉〈少佐〉〈忌避されし者〉〈迷いし者〉と書いてある。少佐は解る。特例提督は漣の言うテートクカッコカリらしい。他は分からない。迷いし者はこの世界に迷い込んだからだと、解釈したい。

 

 そして、最後に、艦娘は進撃か、夜戦突入時に大破だと轟沈する。攻撃を受ければ轟沈することもあるが、放置でも沈むことがあるらしい。

 それでも、攻撃されて沈みました、ではないだけ優しさがある。

 

 このように、意外とゲームと似たようなものもあれば、酷くなっているものもある。しかしながら、良くなっているのはない。特に艦これ初心者にとっては。

 

 だけれども、これは地獄ではない。地獄というのは、ここにゲームがないことだ…!

 何たる悲劇か。一日中勉強に運動、睡眠食事。ゲーム時間がなければ、ゲーム機すらない。むしろ、疲れ過ぎて自由時間があっても、無いのと同じである。

 

 私の汗をかくお色気シーンに需要はない。一刻も早くゲームしたい。けれど、艦娘は沈んで欲しくないから、勉強はしなければならない。

 

 もし、これが私の物語なら、題名はこうだろう。

 

 ゲームの世界にゲームは無いためゲームほど生易しくない。



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世間を知り、自分を知る

 ここに来て二週間が経った。

 この二週間で私は真人間となった。夜は12時に寝て、朝は6時に起きる。7時までに身支度を済ませ、朝礼を行い、7:30からは執務のスタート。秘書艦として漣は優秀で、私は判子を押すだけである。

 

「ちっがーう!私は、こんなことより、世間一般の情報を集めないと、いけない!」

 

「うるさいです。黙って手を動かしてください。というか、秘書艦を増やすことを漣は所望します」

 

「仕方ないのだよ、漣くん。任務で赤城が手に入らないから、制空権が取れなくて、皆でドロップを狙ってるんだから」

 

「何で、ご主人様は、そう偏った知識しか持ち合わせてないんですかネ」

 

 高校生の私にはこの仕事量は捌ききれない。そのため、私より幼い漣が全て消化しているのには、本当に感謝している。

 

「謝りたいと、感じている。だから、感謝というのだろう…!」

 

「そうですカ。気持ちだけ受け取っときます。…あ、13時ですネ。七駆の皆とランチに行きますから、ご主人様は適当に食べといてください」

 

 相変わらずの辛辣な対応を受け、執務室に一人残される。

 さてさて、この昼の自由時間。お昼を食べることも一つだが、もう一つやることがある。それは、もとの世界に帰ることだ。

 

 この世界は嫌いではないが、もとの世界に帰ることができるのは良いことだ。もとの世界は嫌いであるが。

 

 そして、私はこの部屋のどこかにあるだろうと、あたりを付けている。

 

「妖精さん、間宮さんのところに行ってお昼持ってきて」

 

 これでお昼は確保できた。後は何がもとの世界に帰るきっかけなのか探すだけである。

 

「けど、どこにあるか分からないな〜」

 

 執務室は結構広く、この部屋を探すとなると相当の時間がかかる。この部屋になければ、もう帰る気力はない。

 

 取り敢えず、執務机の棚を開け閉めし、秘書艦の机の棚を開け閉めして、何も分からず、席に座る。

 

「ノーヒントで探すって、頭悪いなぁ」

 

 ホコリを被っている万年筆を紙で拭き取り、ペン立てから取り外す。

 

 その瞬間、目眩が起き、目を瞑りフラフラする感覚が消えるのを待つ。

 目を開けてみると、無駄に高級そうなペンと服を着けている一人の女子高生が、電源の切れたディスプレイに映っている。

 

「か、帰ってきたー!」

 

 外を見れば夕陽が輝いており、家中を走り回っても両親はいなかった。スマホを開けば、あの時と同じ日時を指し示している。

 

「あ」

 

 あの世界に戻ることが出来ないのか試さねばならない。艦これを開き、スタートすると、普通に画面が開いた。

 

 まじか…。

 

 完全に萎えて、電源を落とそうとすると、また、目眩が起きた。

 目に映る光景は、お昼の用意された執務室である。

 

「やった、やった!やぁりましたぁ!」



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現世で遊び、現代で戯ぶ

 私は今、華の高校生活を送っている。

 血生臭く、磯臭いあの場所から抜け出し、媚と油を売るこの場所に帰ってきた。

 

 数日間、私はどういった条件で艦これの世界へと行けるのか試してみたところ、艦これを起動している状態で電源ボタンに触れると行けることが分かった。

 

 また、私が異世界人だと明かしている漣を使って、任務だとか戦闘だとかを試したところ、色々わかったので紙に纏めてみた。

 

一つ、私が現世にいるときは昼夜がリンクし、昼に夜戦突入すると、こちらが夜になるまで艦これは進まない。

一つ、任務は受けることが可能で、艦これの世界にいても達成可能。ただし、艦これの世界で任務は受諾不可。

一つ、昼戦のみで終わった場合、次のマスに進むと、そこが戦闘マス空襲マス等のダメージが発生するものである限り、一日経たなければ進まない。逆に言えば、そうでないマスは進める。今のところ2-2周回は優秀である。

一つ、艦これの世界で、海軍から支給されたものは現世でも使用可能。もしかすると、震電が手に入るかも?

 

 こんなところだろうか。他はまだ初心者提督なので分からない。

 

 また、漣だけ練度50超えなのは、艦これの世界では貰える経験値が一定でないのに関係する。

 自分にどれだけ活かせるか、を考えることができる艦これの世界では、本当の意味で練度となる。誰かが、人間は考える葦だ、と言っていたが、その意味がよく分かる。

 

「では、ご主人様、朝礼の時、よろしくメカド●ク、です」

 

「いや、それはハズい。青葉に頼んで…はそれもそれでハズいし、執務室に来た娘にサラッと伝えたい所存でございます」

 

「……出来ますカ?」

 

「…高度な柔軟性を持って的確かつ臨機応変に対応することに、最善の努力を持って望みます」

 

「諦めたらそこで――」

 

「分かったよぉ。朝礼で言うから、原稿作っといて」

 

「人使い…艦使いが荒い、ご主人様ですネ」

 

 そして、もとの世界に帰ることができるようになった今、艦娘に事情説明をすることになった。

 言う必要はないと思ったのだが、こんな変なことで混乱を招きたくない、と漣は言っていた。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「―――この後、第一艦隊、夕張、村雨、夕立、五月雨、春雨、千歳は柳作戦のため、執務室に。第二艦隊、第三艦隊は編成を変えずに、防空射撃演習と、警備任務にあたってください。対潜哨戒のため、第四艦隊、五十鈴、朝潮、大潮、満潮、荒潮は鎮守府近海に出撃。……では、最後に、提督よりお話があります」

 

 漣がチラッとこちらを見たため、艦娘達の前にカチコチに緊張しながら出る。

 漣に渡されたメモ用紙を開き、前を向く。

 

「傾聴!」

 

 漣の合図とともに、皆の気迫が増す。ちゃんと聞こうとするのは嬉しいんだけどね、こちらとしては普通にして欲しい。

 楽にしていいよ、といった目線を送るが、首を横に振られてしまった。

 

「コホン、…えー、ここからの話は、外に漏らしてはいけません。…あっえーと、いけないので、異動等を考えているなら、漣に指示を仰いでください」

 

 そう言って目線を上げると、一同は緊張した面持ちをしていた。誰一人動いていないので、一応、私に信頼はあるのだと実感する。

 

「…さて、正直、皆からすれば、私の行動は奇怪に感じていたと思います。今回はその理由を、この場で話します」

 

 ざわっと空気が揺れ、若干名の頭が動いている。

 

「端的に言わせてもらいます。私は異世界人です」

 

 そう言うと、一拍置いてから、皆は吹き出した。笑いが会場に広がり、呆れや怒りも見え隠れする。

 

「ちょっと、このクズ司令官!そんな与太話、ここですることじゃないでしょ!」

 

「……証拠、になるか分からないけど、そうであることを今から見せます」

 

 そう言って例の万年筆を台に置き、ペン立てから万年筆を抜き取る。

 

 いつもの目眩がして、気づけば艦これの画面が見える。きっと今頃、提督が消えたと騒いでいるのだろう。

 

 私は、まだ練度の低い霞を使い、赤城とともに1-1を5回ほど回す。

 

 そして、電源ボタンに触れると、また目眩がして艦娘達の目の前に立っている。

 

「ま、こういうことです」

 

 赤城が小破し、霞が中破している姿を見て、皆一様に言葉を失っていた。



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再生と戦い、不死と争う

 艦これの世界に行って、一年が経った。

 定期テスト前には艦これの世界に行き勉強し、それはもう鰻登りに成績が上がった。艦これの世界にいると、現世の時間は止まるためである。

 因みに、成績が上がる事で、グループの人たちと関わることが減り、男子と勉強関連の話で盛り上がってしまうため、イジメられることは増えた。今更ではあるから気にしないが。

 しかも、艦これの世界で、年を取ることがない。使い勝手が良すぎる世界だ。

 

 そんな私もついに、演習を申し込まれた。その提督の名はα中尉らしい。

 α中尉はビシッと敬礼を決めている。

 

「は、α中尉、ただいま参上しました」

 

 見た目は高校生だろうか。背は高いし、顔は普通だ。目つきは鋭いため、威圧感が半端ない。

 それもそうか。相手は本物の軍人だ。私みたいな一般人の場違い感が凄まじい。

 

「は、はひ。ふ、ふふふ、ふちゅちゅか、ふちゅちゅか、ふちゅつか、者ですが、ヨロス、シクお願いしましゅ」

 

 噛んだ。死にたい。

 

「どうも、電なのです。本日はよろしくお願いします」

 

「漣です。電はおひさ。教育校以来?」

 

 横の繋がりもあるのか。なら、ステータスを覗いてみますか。

 

 α中尉は〈特例提督〉〈中尉〉〈不死身艦隊〉〈回りし者〉を冠している。不死身艦隊って名のとおりだとすると、相当実力があるのではなかろうか。それと、回りし者とは何だろうか。踊りが得意なのだろうか。

 

 電は〈初期艦全過程卒業〉〈初期艦総合対艦試験一位〉〈不死身艦隊〉である。電は不死身なのか。響は不死鳥らしい。

 そして、目を見張るのは、対艦試験一位の記録の保持。漣は三位だったので、初期艦の時点では一番強いということだ。

 

「では、早速演習を開始しましょう」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 端的に言おう。日本の勝利である。割とギリギリだが、S勝利だ。不死身艦隊という名の通り、非常に面倒くさい相手だったが、練度差での勝ちだ。

 

「流石に強いですね」

 

「い、いえ。それほどでも…」

 

 いやいや、練度90超えしかいない私のPTに、改にすら至ってない駆逐艦が夜戦までもつれ込むって、相当強いと思うんですが…。

 

「タービンでも積んでいるんですか?」

 

「いえ、高角砲を二つと、電探一つですよ」

 

「へ、へー」

 

 海軍、ヤバすぎでしょ。練度低くてこれほど強いと、99とかになるとどうなるんだろうか。

 

「では、迎えに行きましょうか」

 

「は、はい」

 

◇◇◇

 

 コンチハ、漣です。今はα中尉と対談を行っています。ご主人様は抜きです。

 

「それで、どうしたんだい、漣さん」

 

「まずは、艦娘の話を聞いていただき、ありがとうございます。…それで、何を企んでいるんですカ?」

 

 この人は、あの可愛い電のガラを悪くさせた人だ。相当頭の可笑しい人に決まっている。

 

 α中尉という名は、かねがね聞いており、艦娘消去派――その中の虐待派に属するという。完全勝利派とも言われているが、あれはデマだ。

 

「僕は、彼女の力を借りて、この戦争を終わらせたいだけだ」

 

「…貴方からすれば、続いた方が嬉しいんじゃないですか?」

 

 なるべく、切り札になりそうな情報は隠したかったが、純情な艦娘を演じるには丁度いいだろう。ある程度の情報なら持っているという牽制に、隠さずに言ってしまうという印象の効果がある。

 

「残念ながら、僕は四大派閥の何れにも属していないよ。きっと、サキ中佐もそれは知っている。所謂、無所属というものだ」

 

「そうですカ」

 

 わかりやすい嘘だ。

 それでも、ご主人様に害がなければ、それでいい。ご主人様は軍事会議の存在も知らなければ、自分の評価するも知らない。漣が消しているからだ。

 理由としては、ご主人様がアホなのが該当する。

 

「そこで、だ。漣くん。僕に協力してくれないだろうか」

 

「…メリットは?」

 

「僕に協力してくれれば、過激な人間を近づけないようにさせよう。また、資源等も融通する。デメリットを挙げるならば、漣くんの仕事量が増えるくらいかな」

 

「…資源の融通はお断りします。代わりに、貯めて頂ければと」

 

「分かった」

 

「…では、話は終わりです。漣の仕事が増えるぐらいなら、問題ありませんし。…にゃはは、じゃあ、お疲れ様でぇーす☆」

 

 客室のドアを閉め、今演習について褒めているだろうご主人様の下に駆け出した。



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住み留まる志

提督視点です。最近、キャラが増えすぎて何が何だか、って感じですが、きっと落ち着きます。


 大笑いしている白露と川内に制裁という名の手刀を喰らわせ、神通も含めて半分の家の中に円を描くように座る。

 

「さて、そろそろ何するか、決めようか」

 

「いや、君らが止めてたの、分かる?」

 

「ケチな男は嫌われるよ?」

 

「そうかい」

 

 どうでもいいやり取りをし、適当に気を引き締めたところで、話題に乗っかりに行く。

 

「ま、取り敢えずは、この家だよな」

 

「そうだねぇ。まずは雑魚寝状態から抜け出さないとね」

 

「川内姉さんとの雑魚寝…!それはいけませんね。即刻、対処をしなければいけない問題だと、私も思います」

 

「…あれ?ごめん、提督。話区切るけど、日本に帰る気はなくなったの?」

 

「いや、別に。けど、それは最終目標だ。今はここで生きる事を目標にしている」

 

 そう、俺は帰ることを、絶対の目標から、最後の目標へと変えた。

 それは、俺の我儘で振り回されていた白露にとっては、今までの頑張りが報われなかった、ということになるだろう。

 

 けれども、俺は過去を悔いないように生きている。俺がやったことは、俺にとっては最善だった。ならば、その時想定していた尻拭いを、今やればいいだけの話だ。

 

「…悪いな、白露。これからも目的を変えていくと思うから、迷惑をかける。なるべく、かけないようにはするが、な」

 

 あの時、こうしていれば…等ということは言わない。今どうするか、どうなるのか、を言うのが、尻拭いだ。

 

「今、提督、謝った!?え、謝ったよね!??」

 

「あ、おう」

 

「もう一回、もう一回謝って」

 

 他人に謝らせようとするとか、どれだけ厚かましいのだ。とはいえ、実際に悪いとは思っているので、一回とは言わず、二回謝ろう。

 

「はいはい、ごめんごめん」

 

「誠意が籠もってないよ?!」

 

「痴話喧嘩してないで、さっさと意見言ってって」

 

 話題を切り出したのは白露なので、俺は悪くない。

 

「いや、提督と夫婦とか、ありえないよ」

 

 ちょ、マジ顔は傷つく。

 氏ね、消えろ!と叫ばれて走り去られるより、氏んでください、消えてください、とマジトーンで言われる方がダメージが大きいのと同じだ。まぁ、100と120の違いだが。

 

「じゃあ、家を完成させる。でいいな?」

 

「まぁ、良いんじゃない? 提督を私達と寝かせるのは忍びないし」

 

「いや、俺は問題ないんだが、川内達が濡れるのは嫌だろうと思ってな」

 

「言い方変えるね。男の人が幼気な乙女と同じ部屋にいるのはどうかなって思うの」

 

……女子って、群れると途端に強くなるよな。

 そんなことを思いつつ、建築開始の合図を出した。



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進捗速度二倍

建築について専門的な知識は持っていないので、文化祭並みの設計となります。


 川内の得意分野は建築であった。そのため、神通にも何かしらのセンスがあるのかと思ったが、どうやらあまり無いようだ。

 

「せ、川内姉さん。板が…飛び出てしまいました」

 

「ちょ、それ床の補強用のやつじゃん。壁の板はこっちに置いてあるから、私の作業、任せるよ。私は神通のやつやるから」

 

「せ、川内姉さん。板が…入らないです」

 

「それ、縦。横にすれば入るよ」

 

「川内姉さん、板が…」

 

「今度は、どうしたの?」

 

「嵌りました」

 

「はま…嵌ったのね。うん」

 

 白露の作業を手伝っているため、横目で見ていると、大体このような会話をしていた。

 

「じゃあ、神通。神通は遠くから見て、私達に指示を出してくれない?」

 

「分かりました、川内姉さん。神通にお任せください」

 

 まぁ、仕方ないか。

 そう思って作業に勤しんでいると、神通が駆け寄ってきた。

 

「提督と白露、作業が遅れていますよ。川内姉さんに合わせてください」

 

「いや、あれは無理だろ」

 

「川内姉さんに出来て、提督が出来ないでいてどうするんですか」

 

「えぇ…」

 

 川内を見れば、舞っているかのように次々と壁を組み立てており、まるで忍者か何かのようだ。

 あれの真似をしろと…?

 

「白露も、弛んでいると夜戦に川内姉さんも連れて出撃しますからね」

 

「え"! 神通さん、それは流石に…」

 

「つべこべ言わないで手を動かしてください」

 

「はーい…」

 

 鬼だ、鬼がいる。というか、夜戦が好きなのはどちらも変わらないみたいだ。

 

 俺と白露が壁を一枚作っているうちに、川内は壁を二枚組み立てていて、彼女は大工か何かに転職したほうが良いのではなかろうか。

 

「神通ー、休憩にしよー」

 

「分かりました、姉さん。提督と白露、休憩です」

 

「だあ"あぁぁ、疲れたー」

 

「…俺って、提督だよな…? 艦娘に指示を出す側だよな…?」

 

 まぁ、あまり提督という自覚はないが。

 それはさておき、青妖精らが水を運んできたため、ふわふわと浮くそれに口を当てて飲む。

 本当に、水分を手に入れられて良かった。海を飲むのはなかなか勇気がいる。

 

「次は二階かな?」

 

「え、二階建てにするのか?」

 

「そのつもりだったけど…」

 

 労働力と時間が足りないだろう。そもそも、雨風を凌げればいいだけなので、簡易的なもので十分だ。

 けれども、川内達と俺とで部屋を分けなければならないため、部屋は2つ必要だ。なるほど、それで二階建てなのか。

 

「別の部屋を作るか、今の家を区切るか、のどちらかだろうな」

 

「もう一部屋、造る?」

 

「それは、キツイな」

 

「だよね」

 

 どうすればいいのだろうか。出来れば、あのスコールがもう一度来る前に建ててしまいたい。

 

「…二階、建てるかぁ」

 

「だしょ?」

 

「流石、姉さんです」




神通、シスコ…おっと誰か来たようだ。


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活発的な陸上

艦これ二次創作あるある
砲塔逆にして発射
改装による全回復
陸の上では弱い

この内一つはやったので、あと二つですね。


 灼熱を思わせる砂浜に、服が肌に張り付くような湿気を伴い、常夏とはよく言ったものだと実感する。

 太陽が真上にあることから、ここは赤道付近であることが分かり、台風が多いのもその結果だと断定する。

 

 そんな南島に家が一軒建てられている。

 四角い形状の天井のないそれは、太陽の光を受け取るかのように作られていて、電気代のかからない、エコな設計であることが見受けられる。

 

「じゃないんだよ!暑いんだよ!熱いんだよ!」

 

 俺の慟哭は虚しくも空に吸収され、葉が葉を擦る音だけが残っている。

 

「木陰でこの暑さはないわ。家建てるの、朝と夕方しか無理じゃない?」

 

 その通りだ、と頭を縦に振り、手で顔をパタパタと仰いでいる川内の奥にいる神通へと、目を向ける。

 

「…体が、火照ってきました」

 

 そう言って、神通は長い髪を括り、ポニーテールのようにする。うなじって良いよな。因みに性癖ではない。日本男児の共通の心だ。たぶん。

 

「器用だな。髪だけで結うなんて」

 

「提督も、髪が伸びたら教えて差し上げます」

 

 ははは、この髪は伸びるのかな。爪が伸びてないため、髪も伸びないと思う。根拠になってるのかは、分からない。

 

 因みに、この蒸し暑い中、白露はどこから取り出したのか、ビーチバレーを妖精達とやっている。なんか、さっき、パァって光って、少し日焼けした白露が出てきたのだ。

 

「提督もやろーよ!」

 

「…元気だな」

 

「仕方ないなぁ。白露!私が相手、したげるよ!」

 

「ふっふっふ、負けないからね!」

 

「望むところよ!」

 

「…元気だな」

 

 今日はここに来て最も暑く感じる日なのに、気だるさもなく遊べるのは子供の特権か。いや、俺も体は同じなので、心の問題かもしれない。

 

 そんなことを思いつつ、ドゴンッボバンッとビーチバレーとは思えない音が響き渡り、両者引けを取らずにアツい試合を展開する。

 

 はたまた、男子の特徴だと思うが、露出度が高いと見入ってしまうものだ。特に、自分についていないものには興味が出る。…ついているが。

 風呂に入ることもないので確認しなかったが、白露は意外と胸があるようだ。それこそ、少し揺れるくらいには。

 

「…変態」

 

「…神通、客観性のある変態という単語は、他と比較する必要があるため、俺は変態ではない」

 

「…私の中に沢山いましたから、知ってます」

 

「は?…あぁ、そういう…」

 

 なるほど、船を動かすには人が必要だからな。考えもしなかった。

 つまり、昔の人が薄い本を持ち込めるかどうかにもよるが、ある程度の耐性はあるということか。

 

「では、提督もあれに参加しませんか?」

 

「え、普通に嫌だけど」

 

「じゃあ、私は川内姉さんのチームですね」

 

 聞く耳持たずに神通は川内の取りこぼしたボールを打ち返す。

 

「ちょ、神通さん?! 提督は、こっち!」

 

「…俺、まだ、死にたくない。おけ?」

 

「いや、死なないよ!?」

 

 音からして死にそうだ。

 試合を観戦していると、白露の頭で弾んだボールがこちらに転がってきた。

 

「提督ー、とってー」

 

「はいはいっと」

 

 少し手の届かない位置にあるボールを取るために立ち上がり、ボールに手を伸ばす。

 その瞬間、見た目からは想像つかないような重い感触が手に伝わり、どうやっても持ち上がらないどころか、ビクともしない。

 

 これ、本当に死ぬやつじゃん。




ビーチバレー会です


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夏を満喫する

 ボール遊びも終わり、川内と神通は木陰に戻ってくるものの、白露は依然として遊ぶ気があり、次は海に行こうなどと言っている。

 

「提督、あそこまで先に泳いだら勝ちね」

 

「いや、どこだよ」

 

「じゃあ、相手の足が見える位置まで速度が落ちたら負けね」

 

「俺、結構泳げたよ?」

 

「あたしが、一番だから!」

 

 まぁ、泳ぐぐらいならいいかと思い、腰を上げる。

 無論、この体で泳いだことなどないので、本当に泳げるかは些か疑問ではあるが、カナヅチでないことを祈るだけだ。

 

「位置について、よーい」

 

 川内の合図とともに、海に駆け出す姿勢となる。

 ここで、俺は勝負する気などないことを言っておかねばなるまい。

 

 俺は水浴びがしたいだけだ。ただ、それに白露との勝負が重なっただけである。

 別に勝とうが負けようがどうでもいいので、適当に泳ぐ。むしろ、早く終わらせることを重視している。

 

 ただし、白露とてただ勝って喜ぶわけではなかろう。接戦に勝つことが目的なのだ。

 故に俺は白露が満足できる程度に泳がせ、適度に負けることが要求される。

 

 先に、俺は速い、と宣言しておいたことで、こちらが本気であるかのように見せることはできた。よって俺は最初は早く泳ぎ、島から少し離れたぐらいで負ければ良いのだ。

 

「ドン!」

 

「うおぉらぁあ!」

 

「えっ」

 

 さて、これには必勝法がある。

 早く終わらせることを目的とした俺は、初見殺しで勝つのが一番良い。

 走りの時点で白露を追い抜き、先に海に飛び込む。これにより勝ちが確定する。

 

「もう一回、もう一回!」

 

「…で、勝ったらなんだっけ」

 

「そんなこと言ってないよ!?」

 

「ケチくさいこと言うなよ」

 

「大人げなっ」

 

 ふむ、流石に駄目か。では、元のプランを実行するとしよう。

 

「じゃあ、先に海に浸かっておいて、合図で泳ぎだそうよ」

 

「まぁ、いいだろう」

 

 ズブズブと海をかき分けて歩き、胸のあたりに水面が来るぐらいで止まる。

 川内が仕切り直して合図を出し、それと同時に泳ぎ始める。まずは、潜水だ。泳ぐのはこれが一番速い。

 

「!」

 

 胸が、胸があって泳ぎづらい…!

 なんだこれは、邪魔すぎるではないか。水圧がすごい。

 浮上、浮上。

 

 海面に出ると、白露は頭一つ分後ろにいることが分かる。よし、接戦は作り出せた。後は少しずつ速度を下げて、時々上げればいいのだ。

 

 よし、そろそろ島も見えづらくなってきたな。ラストスパートっぽいのをかけに行くとする。

 そして、予定通り抜かされて、波も高くなってきたところで白露と俺は水面から顔を出している。

 

「いっちばーん!」

 

「あーあ、負けた負けた。速いなぁ」

 

「ふふーん!」

 

 流石にここまで来ると疲れるので、波に揺られながら少し休憩する。

 

「ギッ」

 

 やべっ、つった。足と胸をつった。あ、ヤバい。衣服が重い。ブラとシャツ、着てくるんじゃなかった。

 

「あー、提督、ちょっと待ってね」

 

「いや、待つとかモゴゴ、ぺっ、無理モゴゴ」

 

 すると、白露は体ごと海の上に立ち、俺を引っ張り上げた。艤装を展開したのだ。

 所謂、お姫様抱っこで運ばれ、島へと着き、まずは足を伸ばす。

 

 よし、よし。足は慣れてきた。けど、胸ってどうやるのだろうか。何となく筋肉を伸ばしてみて、試行錯誤しているといい感じに治った。

 

「シャツはいいとして、ブラジャーの耐久力高いな」

 

「まぁ、艦娘用だし、砲撃とかでないと簡単には破れないよ」




運動するときは適度に体を温めてから入ろう!


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特注家具職人

 童話の中にこんなものがある。

 靴屋が休んでいると妖精がやってきて、靴を完成させてその後いなくなる、といった話だ。

 

 もし、あの話が実話だったと言われたら、今の俺なら信じるだろう。なんと、部屋にダンボール3箱と赤いカーテンの窓があったのである。

 

「失礼しました」

 

 俺は急な展開に驚き、ドアをそっと閉めた。

 あれは、何なのだろうか。そこはかとなく遊び、先の尖った棒で魚を捕まえて帰ってくれば、無人島らしからぬ部屋があったのだ。

 

 きっと、あれだ。疲れていたのだ。最近、変なタイミングで食べるものだから、体が疲れていたのだ。そうに違いない。

 

 ガチャ、と音を立てて、またドアを開けると、中には先程と同じ部屋が広がっている。

 

「提督、白露が一番に入るんだよ?」

 

「あ、あぁ、分かっている」

 

 また、そっ閉じをし、白露の方に振り返る。

 そもそも、ドアすらまともになかったのに、なぜ、さも平然のようにドアを見ているのだろうか。

 

「白露、頬を引っ張ってくれないか」

 

「え?千切れるよ?」

 

「加減を知れ」

 

 使い物にならない白露から目を逸らし、自分で頬をつねる。わぁ、ほっぺ、柔らかい。…じゃなかった。うん、痛い。

 というか、10日も風呂に入ってないのに、男の俺より肌の質がいい。どういうことだ。

 

「提督ー、まだですかー」

 

「すぐ開ける」

 

 まぁ、いいか。ていとくは、かんがえるのを、あきらめた。

 どうせ、白露が先に入るのだから、俺に害はない。

 

「じゃ、入っていいぞ」

 

「いっちばーん!」

 

「失礼します」

 

「提督、ありがとねぇ」

 

 最後に川内が入ったのを確認し、俺も入る。

 やはり、部屋の中にはダンボールと窓があり、どちらもここでは手に入らないものだ。

 

 窓枠に近づき、そこから外を見渡す。

 いたって普通の風景だ。ダンボールの中身も確認するが、三つとも空箱だった。

 

『そういえば、提督は知らなかったね』

 

「妖精は知っているのか?」

 

『もちろんさ。これは、私の仲間がやったことだからね』

 

「仲間?」

 

『そう、名前は特注家具職人。それなりに数の少ない妖精だよ』

 

「そうなのか」

 

 特注家具職人。名前からして家具に関することだ。ダンボールや窓を家具と呼ぶかは分からないが。いや、ダンボールは家具ではない。

 

 まぁ、いいか。ダンボールは保温性があるため、多少の寒さには重宝する。だか、ここは南の島だ。あまり意味はない。

 他にダンボールの使い道といえば、仕分けができるぐらいだろうか。

 

「…それくらいなら、ダンボールじゃなくて、紙とボールペンが欲しいところだな」

 

 文字媒体の優秀さは、その機能が無くなることによって実感できるものだ。



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戦闘の反省会

最近イージーモードだなぁと感じ、もう少しルナティックにしたいです。


 空が赤くなりつつあり、そろそろ一日が終わることを知らせてくれる。

 そんな中、俺達は例のごとく焚き火を作り、俺のみ生物をたべている。

 

「俺の除け者感、すごくない?」

 

「そう?バリバリ、別にボリボリ、普通だとゴクゴク、思うけどプハァ」

 

「食うか、食べるかの、どっちかにしなさい」

 

「じゃあ、食べ…うん?」

 

 食べる選択肢しかない選択権を与えられた川内が困っているのを横目に、今日のメニューを見る。

 メニューは、海香る魚焼きの南の島風味の単品である。つまり、ただの焼き魚である。

 

 塩もなければ柚子もないため、味付けも何もない魚を食す。今回のは肉が柔らかすぎて、尚かつ苦い。食えるが食いたくないものだ。

 

「さて、白露。改ってなんだ?」

 

「あれ?知らなかったっけ?」

 

 その通りだと、首を縦に振る。

 改二だの、改装だのと知らないことは多く、なるべく知っておきたい。

 

「改ってのは、基礎能力が基本的に上昇するんだよ。例えば、あたしは耐久力が倍近く上がってるし、対潜値も装備で高くなってるよ」

 

「ん?じゃあ、連装砲とか、魚雷とかはなくなったのか?」

 

「あー、いや、倉庫か家にあると思うよ」

 

 もしや、ダンボールの中に積まれていたのだろうか。なるほど、それなら三つの箱は説明がつく。それぞれ偵察機(川内)、連装砲(白露)、魚雷(白露)が入っているのだろう。

 

「じゃあ、川内も改になれるのか?」

 

「いや、私はなれないよ。練度が足りないからね」

 

「どれくらい必要なんだ?」

 

「私は白露と同じ、練度20。神通も同じだよね?」

 

「はい」

 

 川内は、左手でピースと右手で丸を作って見せる。

 確か、練度とはレベルみたいなものだったか。となると、20は低いな。

 

 そういえば、白露はホ級倒す前は16だと言っていた。つまり、ホ級とイ級とネ級分で20まで上がったということか。

 

「いや、ちょっと待て。白露、白露がここに来たとき、練度はどのくらいだった?」

 

「う〜んと、10?」

 

 そしたら、覚えているのは、ネ級、イ級が2隻のみだ。つまり、これで6レベルアップして、最近、4レベルアップしたということか。

 まぁ、大体そんなものか。バランスは間違ってない。

 

「あ、そうそう、今更なんだけど。あたし、結構頻繁に出撃してたんだよ」

 

「…はぁ?」

 

「いや、目的は一応あってね。ドロップ艦を狙ってたんだよ」

 

 ドロップ艦といえば、川内や神通がそれにあたる。

 

「でも、思ったよりドロップしなくて…だから、今の練度はそれも込みで上がってるんだよ」

 

 なるほど、俺の知らない間に戦っていたのか。

 ということは、俺はそれを知らないとはいえ、その間もずっと化け物だと思っていたのか。

 

 俺、クズだな。

 知らないから罵っていいわけでもない。むしろ、知らないからこそ、罵ってはいけない。そう思って生きていたのに、また思い込みで動いてしまった。

 

「白露、今度からは言うように」

 

「はぁい、ごめんなさい」

 

 うわ、もう俺、本当に最悪じゃん。

 え、何?白露一人すら生きるのが大変なのに、俺を助けて、俺はそれに気づかずに自分本位に生きていたということだ。最低じゃないか。



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乙女の夜の話

2章の後半あたりを読んでいると、かなり文章が雑になっていて、書き直したいと思いつつ、書き直せる気力もないため、放置というのが現状。


 空が暗くなり、月が空に輝いている。

 いつもより少し明るい外を眺め、俺は黄昏れていた。

 

「はぁ」

 

 人には性欲と呼ばれる欲求がある。

 食欲、睡眠欲のように満たすことが必要な欲求だ。そして、俺は他の二つを満たしたため、残り一つの欲求が暴れ始めたのだ。

 

 下世話な話だが、最初から共に過ごし、苦楽を共にする。そんな相棒とも呼べるモノは、難なく自慰行為に使用できた。

 だが、どうだ、女子のモノは。自分でヤるにはグロテスクである。おそらく、女子から見た男子のアソコがグロい様に、男子から見ればグロいのだ。

 

 なら、見なければいいじゃないか。そう思う人もいるだろう。しかし、ここには艦娘と妖精がいる。

 後ろに振り向けば壁も隔てずに艦娘が見えるし、青妖精は俺の頭から離れない。

 

『そんなにしたいなら、外ですれば?」

 

「露出狂か」

 

 完全に心を読む青妖精に、溢れんばかりのパゥワーで右ストレートをかましたい衝動に駆られつつ、色々な衝動を抑えて床に寝転ぶ。

 

「固い」

 

 木の床はとても固く、これならば砂浜のほうが寝やすい。とはいえ、もう三日目なので慣れてきた。

 

 それはいいとして、問題なのは白露達だ。

 急に笑ったり、静かになったりしてどうにも寝づらい。女子の会話を聞くのはタブーだと思っているが、この至近距離で会話していて、内容が入ってこないわけがない。

 

「そういえば白露って、提督の前にも提督がいたんでしょ?」

 

「そうだよ。θ中将の艦隊だけど、あまり戦ったことなかったなぁ」

 

「中将ですか。では、戦艦の指揮を執られていたのでしょうか」

 

「あー、いや、よく駆逐艦を秘書艦にしてたし、どうだろ?」

 

「珍しいね。水雷戦隊を中将が使うなんて」

 

 水雷戦隊ってなんだよ。駆逐艦を使っていれば水雷戦隊なのだろうか。

 であれば、βもα中尉も使っていたので、珍しいこともないと思う。

 

「その、θ中将は仲良くしている方は、いらっしゃらなかったのでしょうか」

 

 別にθ中将に会うわけでもあるまいし、それを聞いてどうすると言うんだ。

 

「あー、η少将はよく関わってるけど、仲が悪そうだったよ。ζ大将はもう亡くなっちゃったけど、仲は良さそうだった」

 

「大将? それは凄いねー。どんな人なの?」

 

「何か、武神?とか呼ばれてたよ。深海棲艦と戦った人なんだって」

 

「人間が? どんな人なの、その人。深海棲艦と比肩できるだけで、相当強いでしょ」

 

 凄いな。少なくとも俺は深海棲艦に立ち向かう気にはなれない。

 

 そう思いながら、瞼も重くなってきたので、俺は眠りについたのだった。



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現状簡易まとめと補足(3)

何も思いつかなかったため、説明回。


謎の小島

 

 少尉の特例提督に、白露、川内、神通が所属している。憲兵はいない。

 妖精の力がとても強く働いており、激戦区でもあるという重要な場所。正方形に近い形をしていて、一角には崖があり、そこを除いた3辺は砂浜になっている。中の方には森が生えていて、崖の上には家が建っている。

 

α島

 

 現状、誰にも使われていない島。β大佐は付近にいたが、もう辞めている。北の方にある。イメージとしては北方領土より東。

 

β島

 

 α島の近くにある。β大佐の本拠地。特に説明はない。

 

γ島

 

 η島の近くにある。α中尉がいる場所。他には吹雪、叢雲、漣、電、五月雨、が所属している。

 

η島

 

 η少将の任地。空母は比較的練度が高く、空母が連れていける海域なら、多少不利でも連れて行く。

 

θ島

 

 θ中将の場所。日本近海。それだけ。

 

横須賀鎮守府

 

 ヤバいところ。

 チートな霧崎 咲を除けば、海軍最強の鎮守府。南の方で起きた中規模作戦では、α中尉の手回しによってメガネっ娘艦隊を出撃させた。

 大抵のことは握りつぶしたり、陥れたりできる権力者。大本営の雇っていると噂される技術者と太いパイプを持っているという噂があったりなかったりする。

 四大派閥には入っていない。というか、どうでもよい。

 

少尉

 

 何か、ヤバい島に飛ばされた可哀相な人。純情。

 

α中尉

 

 何か、ヤバい能力で時を飛ばしまくってる人。なるべくバレないように、裏で動き回り、失敗したらリスタートする。

 大抵の人の弱みは握っているため、大体蹴落とすことができる。けれど、艦娘が可哀相だと言って、そういうことはしない。

 フツメンで背が高く痩せ身。雰囲気イケメンなので、ほんの少しモテている。

 

霧崎 咲

 

 何か、ヤバい頭のネジが2、3本飛んでる人。

 ゲームの世界に入り込み帰れないのに、とても嬉しそうに艦娘と触れ合えるタフ·メンタル。

 主人公のスペックを持っているのに、主人公に抜擢されない可哀相な人。

 南の方の中規模作戦では、すんごい活躍を見せた。

 世界を行き来しているため、α中尉でも弱点を突けずにいる。

 漣ちゃんという、とんでもない艦娘を所持していて、実はこの艦娘がα中尉と色々やっているが、今のところ知られていない。

 文月が出たときは祭壇を設けて祀ったため、文月は偉そうになった。世に文月のあらんことを…。

 朝潮が出たときは朝潮型はガチとか言ったため、霞と満潮に罵倒された。一応、反省はしている。ただ、朝潮が霧崎に対する苦手意識は拭えなかった様子。

 

β大佐

 

 消えた

 

γ大佐

 

 実はいっちばーん(2)で名前だけ出ている。

 

η少将

 

 ちょっとやらかした完全勝利派の頭脳派。

 

θ中将

 

 陸上がりのため、ζ大将の後ろ盾が必要だった。

 

ζ大将

 

 武神。




良かったら、お答えください。


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天の叢雲の剣

叢雲視点です。


 気づいたとき、私はドックにいた。

 

 縦に長い体ではなく、私達の中にいた群小な英霊たちと同じように、二本の棒のようなものを使って立っている。確か、人はこれを足と呼ぶ。

 不思議なことだ。どうして、こんな細いもので体を支えられるのか。甚だ恐ろしい。

 

 目線は足から胴体へと上がっていき、手に槍を持っていることが見受けられる。

 

 そして、目が丁度前に向いたとき、白い服を身に纏った好青年と、茶髪を後ろで束ね、手に魚雷を持つ少女がいた。

 

「叢雲、α提督だ。よろしく頼む」

 

「アンタが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい」

 

 まだ、若いのに提督らしい。随分とこの国の階級制度は緩くなったものだ。けれども、α司令官の持つ雰囲気は嫌いではない。何となく、歴戦の覇気を感じた。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 私は今、電が出撃によって中破したとの報告を聞き、港の方へ出ている。α司令官も一緒だ。

 

「まだ、小破から治ってないのか」

 

 この鎮守府に来て、一週間が経った。その間、出撃したのは一度のみ。最初の出撃で小破して以来、自力で治るようになるまで軟禁されている。

 

「んなこと、無理に決まってるでしょ!アンタ、バカじゃないの!」

 

「いいや、無理ではない。理屈で出来るからね」

 

「じゃあ、机上の空論ってやつよ、それ」

 

 もう、呆れ果ててものも言えない。何が、念じれば治る、だ。一週間も治っていない。

 しかも、この鎮守府はドックがあるのに、入渠は出来ない。だから、どうやっても怪我は自力で治さないといけない。

 

「というか、建造しなさいよ。艦娘、増えないわよ」

 

「僕が目指すのは少数精鋭だからね。今はまだ、要らないさ」

 

「はぁ? そんなことじゃ、降格待ったなしよ」

 

「それが、そうでもないのです」

 

 タイミングよく帰ってきた電の声が聞こえた。どうやら、中破というのは本当らしく、腹部に傷を負っている。

 

「ちょうどいい。デンちゃん、それを治してくれないかい?」

 

「電なのです。言われなくても、分かっているのです」

 

 この港には一つの鏡が置いてあり、それは体全体を映し出すことが可能だ。

 電はその鏡の前に立ち、まじまじと自分の体を眺めている。

 

 途端に、電の体は腕が膨れたり、腹が消えたりと異型のものに形を変えながら、十数秒で普通の電になっていた。

 

「ね?」

 

「ね?じゃないわよ。ね?じゃ。え、何、電はα司令官に何か変なことされたの?」

 

「そんなことない…とも言えない、というか、色々とされたのです」

 

「ちょ、デンちゃん!誤解しか生まない表現はよしてくれよ」

 

「電なのです。それと、叢雲ちゃん。今、α司令官さんは否定しなかったので、自白したも同然なのですが、電は承知の上なので、変な気は起こさなくて良いのです」

 

「え、あ、そう…」

 

 電の目がやさぐれている…!まさか、この司令官は嫌がる電を無理やり

 

「無理やり、なのね!」

 

「いや、変に気を遣わなくても…」

 

「いえ、わかっているわ、電。アンタの意思は伝わったわ」

 

 必ず、α司令官の本性を白昼のもとに晒す、と誓った。取り敢えず、α司令官から一歩離れて、身に危険を少しでもなくしておく。

 

「それで、話は戻って降格しない理由だが、僕は特例提督と呼ばれる者なんだ」

 

「特例…?」

 

「電たち艦娘の間ではテートクカッコカリと呼ばれるのです。その役割は艦娘を建造するこもにあるのです。だから、戦果は降格に関係ないのです」

 

「ふーん。でも、建造する必要はないって、言ってなかった?」

 

「そう、それは、君が治って出撃し、ドロップ艦を手に入れなければ、理想型からズレてしまうんだ」

 

「理想型? さっき言ってた、少数精鋭の話よね?」

 

「それもあるが、もう一つ、重要な物があり、これはその一環とも言える」

 

「指示後が多すぎて、分からないわよ」

 

「ふむ。じゃあ、ちょっとついてきてくれるかな」

 

 そう言って港から向かったのは、ホワイトボードの置かれた小さな会議室だった。

 

「さて、ここで僕が君に言うことは全て本当のことだ。ただし、本当のことをすべて話す訳ではないのは、分かって欲しい」

 

 意味のよくわからない前置きをして、ホワイトボードに文字を書きつつ、話し始める。その間、電に席に座るよう促され、用意されていた水を飲む。

 

「分からないことがあれば、電が聞くのです。大抵のことは答えられるのです」

 

 講義は2時間に及び、合間合間に電に質問しながら頭の中で話を纏める。

 

 要約すると、こうだ。

 まず、私達艦娘は妖精さんによって建造されるか、ドロップするかでしか、絶対数を増やすことは出来ない。だから、妖精さんとコミュニケーションをとれる一般人を特例提督という新しい枠組みに入れた。

 この特例提督というのは、普通の提督と勝手が違い、分かりやすい表現をするならば、艦娘の親である。親が艦娘を生み出し、軍部に所属しある程度の戦略·戦術知識を持つ提督がその艦娘を育て、深海棲艦を打倒する。

 

 ならば、提督などと言う地位ではなく、建造責任者とか工廠責任者などの部下にしてしまえば良かったのではないか。そう質問すると、そうとも問屋が卸さないらしい。

 艦娘の絶対数が増えれば、今度は人の数が減る。元々人数が足りない海軍に、これ以上の艦娘の動員は苦しかった。そこで、妖精さんともコミュニケーションのとれる一般人を、提督という名にして管理すれば良いのではないか。そして、それを上から指示出せば良いのではないか。という結論に至ったそうだ。

 

 次に、少数精鋭を方針とする理由だ。

 まず、α司令官にはある程度の軍事知識と、敵情報があるらしい。故に、特例提督ではなく、普通の提督にも匹敵する戦略が組める。

 そして、深海棲艦を攻略するには、今解っている戦力で充分なそうだ。だから、自分は目立たないように裏から動きたい、と言っていた。

 

 私は電に、それって職務怠慢よね?と聞くと、これについては後に説明があるのです。と答えられた。

 

 そして、最後に、α司令官の秘密だ。

 α司令官には、「再生」と呼称する能力があるとのことだ。それは、自分の艦娘が轟沈することで発動する。なので、艦娘の轟沈を避けるような指揮を執るのは必要不可欠だ。

 

 そこで、沈まないように作戦を立てていれば良い。けれども、単純に済む問題ではなかった。例えば、上からの圧力により、艦娘を沈めなければならない場面が出てきたとき、α司令官は再生しなければならない。

 また、そんな生ぬるい作戦では誰も納得しない。そのため、全てをクリアするために「沈まない艦娘」を作ることにしたらしい。

 

「へー。それで、私に自己修復を許容してたわけね」

 

「そうだ。前の叢雲も出来ていたのだから、君も出来るはずだよ」

 

 前の叢雲。それは一つ前のα司令官の艦娘として所属していた私だ。なるほど、それならば、昔も今も私なら努力するだろう。けれど

 

「…なら、最初に言ったように、最初の叢雲と同じことを言いなさいよ」

 

「残念ながら、最初の僕は甲斐性がなくてね。70回目でいいかい?」

 

 70…?そんなに、同じ場面を同じように暮らしているのか。それはどれほど長い時間なのだろう。いや、それよりも、心が先に参ってしまう。

 

「いいえ、気が変わったわ。その数字が嘘でないことは何となく分かるし、というより、そうじゃないと納得できないわ」

 

 この歴戦の佇まいは簡単に出せるものではない。人より多く生きているのなら、納得できる代物だ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「ふぅ…」

 

 鏡の前に立ち、自身の姿を見る。今は傷だらけであるが、頭の中にある自分のイメージを鏡を使って視覚的に具現化する。そこが私の今できる自己修復だった。

 

 あれからもう一週間経ち、どうにか中破ぐらいなら治せるようになった。また、ドロップで漣が出て、もう一度あの講義を聞く羽目になった。

 

「いやぁ、説明されて、できるもんじゃないでしょ。というか、再生ってヤバくね?マジヤバー。ご主人様、マジヤバーだわ。やばたにえん」

 

「それでも、やらなきゃいけないわ。ほら、もう一回、治してみなさいよ」

 

「もう一回治す、とかいうパワーワード。というか、ムラクモさんは一週間で出来たかも知んないけど、秘書艦はどのくらいか、知ってる?」

 

「1…2ヶ月ぐらいとか言ってたわよ」

 

「だしょー。漣さんも、そのくらい必要っす。ガイザーさんが凄いだけ」

 

「ガイザーはやめなさい。それと、電は電で頑張ったのよ。それこそ、私みたいに見本がないからね。第一人者がすごいことに変わりはないわ」

 

「はぇー」

 

 実際に電は凄い。私だったら自己修復が出来るまで、2ヶ月以上かかると思う。それを、見本があるため、一週間に縮められたというだけだ。

 しかも、電はこの一週間で、大破ですら治せるようになっている。まだまだ、私の敵う相手ではない。

 

「失礼するよ」

 

 ドアをノックして入ってきたのは、α司令官である。

 

「返事を待ちなさいよ」

 

「なぜ、執務室に入るのに、僕が待たなければいけないんだ?」

 

 α司令官はハハハと笑っている。

 実は漣の提案により、私と漣は執務室で自己修復を試している。漣曰く、サービスって大事じゃん、とのことだった。

 

「それで、君たちには北の方に行ってもらう必要がある。とは言っても戦うわけではない。ある意味、裏方の仕事だ」

 

「ここ、結構、南の方だと思うんだけど…」

 

「まぁ、それは仕方のないことさ。深海棲艦はどこでも現れるからね」

 

「まぁ、そうね」

 

 そう言いつつ、北に行く準備をする。防寒着やら暇つぶしの遊びやらをカバンに入れる。

 

「僕たちが向かう先は、中規模作戦が行われることになる場所だ。もちろん、そんな予定はないため、今から作りに行く。分かったかい?」

 

「初めての作戦行動ね。心配いらないわ」

 

 こうして、私は艦娘になってから、初めての真っ当な作戦を行い、それなりにいい結果を残せたと自負している。




やはり、視点を変えると同じ内容が多いな、と感じます。


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日常の朝焼け

 何となく目が覚めてきたので起きると、もう白露たちの姿は消えていた。

 因みに、窓枠は日が昇る方向と逆側にあるので、家の中は割と暗い。

 

 ドアを開けて外に出てみると、ちょうど朝日が顔を出したぐらいの頃合いだった。普通の朝だなぁ、と伸びをして砂浜の方を見てみれば、そこには丁度、戦闘から帰ってきたであろう少し怪我をしている3人の姿が見えた。

 

 遠くなので声が聞こえないが、ヤバい、見られた!だから、一言声をかけて行きましょうと…。み、みんな落ち着いて。大丈夫、話せば分かる。…みたいなことを言っている気がする。

 

『超能力者かい?』

 

「いや、それ、妖精は分かっていると言ってるようなもんだぞ」

 

 どうやら、青妖精にはそう言っていることが分かるらしい。どういう手段を使っているのだろうか。

 そして、その3人が森の中に入っていくのを見て、そろそろ来るであろう、とあたりを付ける。

 

「いっちばーん!じゃなかった。提督、これはね、別に出撃したわけじゃないんだよ」

 

 なるほど、出撃したのか。だから、怪我を負っているのか。

 

「そうそう、私達は別に黙ってしようとしたわけじゃないよ」

 

 なるほど、黙って何かをしたのか。

 

「姉さんの言うとおりです。駆逐ハ級と戦ったことなどありません」

 

 なるほど、駆逐ハ級と戦ったのか。神通が一番情報量が多いな。

 まぁ、でも、服が破けているだけだし、今回は自白もあるし、咎める必要もないだろう。

 

「そうか。家で姿が見えないから、少し心配した」

 

「…罪悪感ガガガ」

 

 川内は胸に手を当てて、苦しそうに悶ている。中々に演技派だ。

 

「え、怒ってないの?」

 

「オコじゃないよ?」

 

 白露が変な質問をする。なんだろうか、別に怒ることはないと思う。

 

「提督、今、すっごい怖い顔してる」

 

「…あぁ、太陽が眩しいんだよ」

 

 今まで暗いところにいたため、陽に目を細めていたら、それが怒っているように見えたらしい。

 

「つまり、怒られるようなことをやったと?」

 

 怒っているように見える、ということは、何かしら怒られるようなことをした自覚がある、ということに繋がる。まぁ、そうとも限らない場合もあるのだが。

 

「うぇ、い、いや、別に、そんなことないよ」

 

「そうか」

 

 この焦り具合は隠している気がするが、死なない程度であれば問題ない。

 

 ぐぐっと体を伸ばし、寝起きの硬い体を少し柔らかくする。

 

「よし、じゃあ、二階を作り始めるか」

 

「あ、そのことなんだけどさ。提督は参加しなくていいよ」

 

「…え?」

 

「だって、二階に登れないでしょ」

 

 二階、ということは一階の上である。一階の上を見ると、自分の身長に跳躍と腕の長さを足しても上がれないことがわかる。

 

「マジ?」

 

「うん。だからさ、白露とお勉強ってことで、よっろしくぅ」

 

 そう言って川内は、現時点での屋根に登る。縮地だよの応用だと、言っている。お主、忍びの者か。

 

「お勉強って何すんの?」

 

「さぁ?」



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艦娘とは何か

 さて、どうするかな。

 お勉強タイムと言われて学ぶこと…は結構あるが、やはりペンと紙が欲しいところだ。

 

「取り敢えず、何にするか?」

 

「そうだなぁ。…よし、じゃあ、提督が質問して、あたしが答えるよ」

 

 白露め、自分が考えるのを避けたな。

 とはいえ、この質問形式はそれなりに効率がいいのも事実である。ここは、それに乗っかることにしよう。

 

「じゃあ、あれだな。艦娘とは何か、だな」

 

「お、おう…結構、重いね。まぁ、任せてよ。えーと、…もう少し、範囲、縮めない?」

 

「じゃ、改装とは何か、だな」

 

「質問、違くない?」

 

「いや、改装とかする艦娘って何だろうな、って言う質問」

 

「あー、そういう。うーんとね、人で言う…遺伝子組み換え?」

 

 え、怖っ。凄い科学的じゃないか。最新ってわけでは無いけど、まだまだ廃れてない学科だと思う。

 それに、一般の病院で出来るわけでもないのに、艦娘はこうも簡単にやるとか…お前ら、人間じゃねぇ!

 

『酷い言い草だな』

 

「いや、世界的にも有名な、ポケットの怪物が主題のアニメの中に出てくる、主人公のメインヒロインであるタケシさんのお言葉だ」

 

『ふーん、そう』

 

 青妖精は興味を失くしたかのように、また頭の上で寝る。

 そのアニメで思いついたが、今の青妖精は黄色い電気ネズミに似ているかもしれない。妖精パワーによって色々できるし。

 

「さて、白露。遺伝子組み換えはいいとして、なんで俺に白露は攻撃できないんだ?」

 

 まぁ、やはり、この質問はしておくべきだろう。

 バルタ●星人は怖く、ウルト●マンは怖くないように、自分に都合の良いように制御できるものは怖くないのだ。

 

「えぇと、あたしが提督の艦娘だからだよ」

 

「なんで、俺の艦娘だからって、攻撃できないんだ?」

 

「えっ、…そういうもの?だから?」

 

 いやいや、アバウト過ぎだろう。そんなフワッとした理由なわけない。

 

「じゃあ、どうにかして、攻撃できたりしないのか?」

 

「提督がやれって言ったら、できるよ」

 

 なるほど、命令に従順ということか。つまり、俺が命令しない限り何もできないということだろうか。

 

「要は、俺が何か言わないと、何も出来ないってことか?」

 

「そうだね。日常生活は可能だし、普通に話すこともできるけど、話すなって言われたら絶対に話さないよ」

 

 そうか。だから、改装と言わなければ、改装ができないのか。けど、出撃とかは自分でやっていたような…?

 

「それは、凄いな。だけど、一々言うの、面倒くさいから、自分で出来ないのか?」

 

「無理だよ。どんなに自由な命令を言っても、自由過ぎれば実行できないからね」

 

「そうか」

 

 そんな縛りがあるのか。

 ああ、そうか。だから、艦娘――軍艦の魂、つまり、人間に制御されていた人工物の、九十九神的な存在だと言うことか。



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艦の基礎知識

 艦娘というものが、一種の神のような存在だとすると、途端に分かることが増える。

 人間に攻撃できないのは、互いに不干渉でありたいから。見た目に比例しない馬力は、人間の及ばない力が働いているから。魂や4種に光るエネルギー体などのような、ファンタジー的なものも神だから。

 

 つまり、そういうこと。それが理なのである。

 

 常識が間違えているのはよくあることなので一々驚かないが、真新しい情報に好奇心を持つのは何歳でも変わらない。

 

「いや、じゃあ、提督などと名乗って従えるというのは、些か畏れ多くないか?」

 

「?」

 

 白露は疑問符を頭の上に浮かべている。俺、変なこと言ったか?

…そうか。九十九神のようだと思ったのは俺であって、白露がそう自覚しているとは限らない。

 

 というか、俺だって、九十九神という言葉がすんなりと出るほど、神を崇拝しているわけではない。つまり…

 

「青妖精、何かやったろ」

 

『あらら、バレちゃったか。巧くやってたと思ったんだけど』

 

 やって"た"?要は、前々から何かをやり続けていた、ということだ。

 そういえば、あの夢を見たときには脳を開発してるだとか何とか言っていた気がする。それを引き続き行っていたのだろうか。

 

『気にならない程度に変えているだけさ。今回は失敗したけどね』

 

「まぁ、上手くやれよ」

 

 俺としては、それで恐怖の感情がなくなったり、正しく判断ができるならば問題ない。…いや、この考え方も改変された結果かもしれない。…はっ、この考えすら改変された結果か?…無限ループって怖いな。

 

「取り敢えず、話題を変えるか。んじゃあ、次は艦種って物にしよう。あれはなんだ?」

 

 確か、あの駆逐艦っぽい空母に艦種について聞かれたが、正直、空母と駆逐艦、軽巡と重巡の違いは分からない。

 

「えーと、排水量、なんだけど、用途別の区分けと思ってくれていいよ。例えば、駆逐艦は小型水雷艇を攻撃する、のが元だけど、途中から魚雷で大型艦を減らすのも仕事になって、今は数合わせで艦隊に入れられるかな。でも、あたしの妹たちみたいに、最前線で活躍する駆逐艦もいてね。時雨は魚雷を使うのが上手くて…」

 

 途中から、妹の自慢話となったため、ほぼ聞いていない。しかし、駆逐艦というのは、燃費がいいのと、魚雷が使えるのが特徴らしい、ということは分かった。

 

「で、軽巡ってのは、巡洋艦のうち軽い方で、川内さんや神通さんみたいに、大体、駆逐艦の上位互換な感じだよ。重巡は、軽巡と違って潜水艦に攻撃できなくて、でも夜戦の火力は高くって、頼りになる人たちだよ」

 

 急に短くなったな。自分の艦種以外はあまり知らないのだろうか。だが、あのネ級に対して、無傷で攻撃する方法と、有利に動ける環境を分かったのは良いことだ。次は朝方にでも出撃しよう。

 

「空母は艦載機を飛ばす人たちで、基本的に夜と雨のときには攻撃できないよ。理由は、艦載機を飛ばせないからだね。戦艦は火力が高いし、砲撃方法が色々あるし、装甲高いし、強い人だよ」

 

 戦艦って艦種だったのか。戦う船は全部戦艦だと思ってた。というか、今の説明だと、戦艦が一番強そうだ。空母に関しては欠陥だらけではなかろうか。



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水雷戦隊とは

第5章はそろそろ終わりです。6章との間にη少将の話を入れるので、間章を入れます。


「よぉーし、お昼にしよう!」

 

 川内が二階から声をかけてくる。太陽を見れば、確かに真上にいる。水分補給の時間だ。

 例のごとく、青妖精からフヨフヨ浮く水を受け取り、口に流し込む。この暑い環境において、水の大事さがよく分かる。

 

「白露、今、提督はどのくらい知ってんの?」

 

「まだ、艦種について教えてる途中だよ」

 

「じゃあ、水母とか雷巡とかについては?」

 

「それはまだ」

 

「ふーん。分かった」

 

 ライジュン…!何処か、カッコいい響きだ。どのくらいカッコいいかというと、クーゲルシュライバーぐらいカッコいい。

 

「では、提督。私と神通で水雷戦隊について教えるね。私はともかく、神通は華の二水戦って呼ばれるくらいには凄いから」

 

「そんな…恥ずかしいです。私なんて、偶々戦うことが多かっただけで、川内姉さんの方がうまく戦えてたはずです」

 

「流石は鬼だねぇ。あれだけ頑張って、謙遜することはないさ」

 

 華と鬼、中々に共存し辛い二つ名である。

 とはいえ、二つ名が付くということは、極端に性能が違うということだ。そして、川内の自信に満ちた様を見るに、強い方向に性能がずば抜けているのだろう。

 

「まず、水雷戦隊ってのは、基本的には軽巡を旗艦にして、駆逐艦隊を纏めるんだ。それで、私達の生きた時代には、漸減戦の方式が取られていてね、素早く敵艦に近付いて、魚雷を使って大型艦を撃沈して、主力艦隊をアシストする、ってのが役割になってる」

 

 イメージはしやすいが、理想論な気がしてならない。前提条件として、相手は何もしないことを置いていると思う。さすれば、相手が何かしたときに対応できないのではなかろうか。

 いや、だが、これは基礎的なところなので、態々突っ込んで聞く必要はないだろう。

 

「そして艦娘となった私達は、艦の頃と違い、体を曲げたり、水との接地面積が少なくなったりしているので、砲雷撃は格段に当たりづらくなっています。そのため、水雷戦隊というのは現状、とても弱いです。素早さというのはこの体では、あまり重要視されないものですから」

 

 む、難しい。何となく解る、としか言えない。なんというか、微妙に引っかかってるのは判るのだが、何が引っかかってるのか解らない感じだ。

 

「んで、じゃあどうやって戦うかというと、夜戦しかなくなるんだよね。昼じゃ火力が出ないし、弾着観測射撃ぐらいしか特殊砲撃がないし。でも夜なら、探照灯や照明弾積んで、連撃を使ったり、魚雷CLで射抜いたり、戦う方法も増えるんだ」

 

 弾着観測射撃?というものは、特殊砲撃らしい。何それ、技とかあるのか。凄いな。もしや、レップウケンもそのうちの一つか?

 というか、探照灯ってなんだよ、照明弾?連撃?魚雷CL?

 

「はい質問」

 

「どうぞ」

 

「探照灯って何」

 

「漣が持ってた光るやつ」

 

「あーあれね。照明弾は?」

 

「光る弾を撃って、敵艦隊を照らすんだよ」

 

「連撃、魚雷CLとは」

 

「連撃は二回の砲撃。魚雷CLは運が良ければ出来て、戦艦をも凌ぐ威力の雷撃のこと」

 

 わ、分かりやすい…!

 というか、艦娘って色々出来るんだな。…あ、弾着観測射撃を聞くのを忘れていた。



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生活に不可欠

 川内たちは建築を再開し、俺と白露はまたしても勉強タイムとなった。

 

「えーと、何する?」

 

「そうだな。…魚、取りに行くか」

 

 お腹がぐぅと鳴ったので、食欲が湧いてきた。

 例の釣り竿もどきと銛もどきを持ち、砂浜へと歩を進め、俺は海の中に、白露は海の上に行った。昔話感がすごい。

 

 海の中は冷たく、島の上より気持ちいい。非常に快適だ。ただ、胸があるために、そこはかとなく泳ぎづらい。

 けれども、α中尉の言っていたように、今は漁獲量が減って魚が増えたため、魚を取りやすいのは事実だ。

 

 というかそう考えると、まだ男だった頃、艦娘という都市伝説が少し顔を出していたが、あれは漁師の人たちが発信したものだろうか。

 例えば、国から漁を行ってはいけない、というお達しが来たら、自分たちの収入源がなくなることを意味する。それは非常に大きな問題だ。

 

 まぁ、その問題が浮上していないということは、どこかの権力者が上手く情報操作をしているのだろう。日本にとって、漁師がいなくなるのはどうしても避けたいものだろうし。

 

「!」

 

 そう考えていると、丁度いい場所に魚が見え、反射的に銛で刺す。

 だが、魚はそれを避け、岩場に潜ってしまった。

 

 やっぱり、男の頃とは筋力に差がある。体のつくりも違うため、運動が出来ないのは必然だろう。

 

 また、新たに魚を発見し、今度は適度に近づく。

 おそらく、魚はこちらに気づいているので、警戒するギリギリのラインを攻めていき、銛の射程圏内に入った瞬間、勢いよく突出す。

 

「――プハっ、今回はとれた!」

 

 水面から顔を出して、銛の先を確認すると、何もついていないことがわかる。マジカ。あれでもだめか。

 

 そう思っていると、遠くから白露が来て釣り糸の先を見せつける。

 

「ふふーん。あたしが一番にとったよ!」

 

 俺、勝負しよう、とは言ってない。だが、まぁ、手伝ってくれたのは感謝すべきことだろう。

 

「あぁ、ありがと」

 

「うんうん。あたしはいつでも、一番なんだからねっ」

 

 そう言い残して、また遠くに行き釣り糸を垂らす。クーラーボックスとか欲しいなぁ。

 

 無い物ねだりをしても仕様がないので、海に潜り魚を探す。魚はいることにはいるが、小さいものが多く、いい感じのサイズがない。

 

「お」

 

 少し離れた位置に魚の群れを発見した。あそこにいけば、銛が多少下手でも当たるのではないだろうか。

 そう思って勢いよく近づき、一回突くが獲物は捉えず、二回目も突くが、掠りもしなかった。

 

「ふぅ…諦めようかな」

 

 陸に上がり、シュッという音ともに水が足裏から消える。熱さに顔を歪めると、鼻頭が日焼けしていることに気づき、体を見れば少し赤くなっている。

 

 体に張り付いた黒い下着を脱いで砂の上に乗っければ、蒸発している音が聞こえる。どんだけ熱いんだよ。

 

 太陽を見上げれば、あともう少しで空が紅くなりそうな位置にあり、今日がもう終わることを表している。

 男の頃、というより、日本にいた頃は夕日を見る機会など多くはなかったし、日とともに眠るなんて生活は無かった。

 

 とても当たり前の話だと思っていたが、場所が変われば常識など一変する。むしろ、ここは常識という概念が存在していないのかもしれない。

 ここの生活を一言で言えば本能だ。食って寝て動いて、そんな生活は本能的と言えるだろう。それ以外をしていないのだから、常識は存在しない。

 

…我ながら、難しいことを考えたな。

 まぁ、要はアレだ。空気が変わると、考え方も変わるってことだ。うん、きっとそういうことに違いない。



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間章
友人との約束


η少将の話です。短く区切ります。恐らく10話〜15話ぐらいで終わる予定です。


 ある防衛学校を去る時の、友人――θとの会話を思い出す。

 あれはまだ、俺たちが若く、艦娘を知らないときだった。

 

―――

 

「俺は海自に行くが、θはどうするよ?」

 

「ん?あぁ、そうだな。陸自に行くことになっている」

 

「そか」

 

 田舎から出て、一緒に防衛学校に入学した。ずっと一緒だった友人とも今日でお別れだ。また、既に偉くなっているζにも、そろそろ会えるだろう。

 

「全く、浪人はするものじゃないな。一歳差の奴に追いつかれてしまう」

 

「海外に行ってんだから、留年って言うんだぜ?」

 

「どっちでもいいが、俺は賢くなかったから仕方なかったのだ。対して、ηは頭も体もスペック高いからな。羨ましい限りだ」

 

「まぁ、イケメンは何でも出来るんだな、これが」

 

「顔については言ってないだろうに」

 

 笑い合って、θを見やる。この束の間の休息が終われば、直ぐに訓練の毎日となる。

 

「まぁ、お互い、頑張っていこうや」

 

「今日は結構、普通もとい異様な喋り方をするのだな」

 

「…俺、普通にいいこと言ったと思うんだけど」

 

「いやなに、小粋なジョークだ。貴様が真面目なことを言うものだから、つい、な」

 

―――

 

 そんなことがあってから約10年余。

 俺はそれなりに階級も上がり、そろそろ結婚を考えねばいけない年になった。

 

 そんなとき、この世界に激震が走った。

 海から突如として現れた黒い何か。所謂、魚雷のような見た目をしたものや、人のなり損ないのような見た目までいる。種類としては多くないが、未知のものであることに変わりない。

 

 最初の港への侵攻はζ少将が応戦していたが、対応はしきれていない。

 それぞれ防衛のための道具を持ち、侵攻を止めようとしたが、勢いは止まらない。

 

 絶望していたその時、ある一般人がこの港にやってきた。

 巫女のような服に身を包み、金色の角のような物を頭につけ、その華奢な体格に見合わない大きな武器を操っている。

 

「フフフーン、ワタシが来たからには、もう大丈夫デース!英国からの帰国子女、金剛!ここに見参しまシタ!」

 

 超弩級戦艦の火力、目に焼き付けるネー!という掛け声とともに、誰もが想像できなかった爆発を起こし、自分たちにとっては奇跡のような結果を作った。

 

「さあ、貴方方はここから離れ、港にいる人たちの安全の確保を!後はお姉様と私に任せて、大丈夫です」

 

 気合、入れて、行きますっ。と元気よく駆け出し、先の彼女と同様に大きな武器を動かしている。

 この場の光景に呆けていると、後ろから部隊長が話しかけて来た。

 

「お前らァ!いつまで、ボウっとしてるつもりだ!さっさと動けェ!」

 

 部隊長の相変わらずの怒鳴り声と共に、皆が動き出す。

 

「まず、資料を配る。話を聞きながら目を通せ」

 

 そう言って送られてくる資料に目を通す。そこには陸自の移動経路が書かれていた。

 部隊長曰く、空と海が潰れたため、陸で一般人を輸送することになったらしい。そのため、海自も出来るだけ動員するようにしたらしい。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 あの黒い何かの数が減り、危険度が少なくなった。

 そうすると、自衛隊の中にも多少弛んだ空気が流れ込み、今回の事件の噂話をする。

 

「あの物騒なもの持っていた娘、可愛かったよなぁ」

 

「何でも、キリサキとかいう人の娘なんだと」

 

 キリサキ、知らない名だ。

 兎も角、未知の武力を持つ者が現れ、自衛隊は疎か米国でも相手にならないという状況は、確実に世界中に一波乱が起きる。

 

 もしかしたら、世界恐慌をも超える財政難に苛まれるかもしれないし、正義のヒーローに翻弄されるかもしれない。

 

 ただ、確信を持って言えることは、戦争が起きるということだろう。

 平和だの非武力行使だのを言っていられなくなった。実に…実に、楽しくなってきた。



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海軍及び提督

ようやく…ようやく、作者の艦隊に北上様が…。大井っち、良かったねぇ。そして、神州丸を確保しても明石が所属していないのはなぜだ…。自語り失礼しました。


「全員傾聴!」

 

 号令とともに騒いでいた少女――艦娘たちが静まる。

 

 遡ること2日前、深海棲艦と呼ばれる脅威から国を救った艦娘たちから自衛隊に招集がかかった。

 そこで、艦娘が提督として相応しい人材を"何となく"選び、まる一日を荷物整理やら色々な手続きやらで追われ、今に至る。

 

 その艦娘は現在確認されているもので、金剛、比叡、Гангут、Warspite、の4隻のみだ。これならばQueen Elizabethはなぜいないのだろうか。

 

「ワタシは金剛型の一番艦、金剛デス。まずは、このような場を設けてイタダケタ事に感謝しマース」

 

 幾分かカタコトな日本語を喋りながら、深海棲艦の概要とこれからの所属についてを軽く説明した。

 

 曰く、艦娘率いる提督は自衛隊とは別組織の「海軍」という名を冠し、総統として大本営並びに艦隊司令部を置く。

 武力行使については、艦娘はどの国にも国籍を持たないため、基本的に無法ということになる。ただ、秩序は守るつもりのため、許してほしいとのことだ。

 

 全体的に浮ついている。けれども、肩書上、自衛隊は疎かこの国の大臣でさえも拒否できない権限からの許可である。それほど、世界中が深海棲艦を危険視しているということだ。

 

「…そして、ココにいる皆さんは提督になってイタダキマス。提督とは艦娘を束ねる役デスネ。あ、提督はその国の法が有効なので、ヘンなことはしちゃダメデスヨー?」

 

「お姉様に手を出したら、私が裁きます!」

 

「もう、比叡はカワイイんだから、そんなスケアリーなこと言っちゃ、ノーなんだからネ」

 

「分かりました、お姉様!」

 

「コホン…では、皆さんはワタシ達の工廠で建造してくだサーイ。そしたら、ニューフェイスが登場しマス。そのニューフェイスとともに、エネミーをやっつけまショウ!」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 建造の仕方を教わり、4つ全てを300にして建造してみたところ、艦隊のアイドルと称する艦娘が現れた。

 

「艦隊のアイドルゥ、なっかちゃんだよー☆よっろしくぅ☆」

 

 どうやら、史実の建造順で出現するわけではないようだ。他の奴も全て最大値で建造していたり、ランダムで建造しているようだ。

 

「艦隊の提督、ηだぁよ。よぉろしく」

 

「お、提督もノリいいねぇ。男女混合のアイドルグループ、結成しちゃおうか。キャハ☆」

 

「作曲の方を担当しよう。何せ、提督だからね。シュバッ」

 

「うんうん。センターは那珂ちゃんで決まりだからね☆いい歌を作ってね。キラりーん☆」

 

「熱く語り合おうじゃあないか」

 

 この時、どうせ有耶無耶になるだろうと思っていた作曲を、本当にやることになるとは思いもしなかった。

 

 だが、取り敢えず、これがηの提督としての門出だったのである。



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観客増大作戦

 提督となって数カ月が過ぎた。

 感想を一言で述べるのだとしたら、因果応報と言う。

 

 いい意味で言えば迅速、普通に言えば無茶ぶり。そんな人事整理のために、自衛隊と海軍本部は毎日書類に追われることになった。らしい。

 

 噂によると、羅針盤が使い物にならなかったり、防衛省から海軍への引き渡しの際にミスを連発し、所属の分からない人物が出て、全体的に管理し直すことになったり、と色々だ。

 けれども、その仕事は後方の担当であり、前方にいる我々には関係のないことだ。むしろ、日々増える艦娘や新発見の艦娘のデータ、戦果報告、妖精さんの存在、深海棲艦の区別、装備の種類etc...。を纏めている方が辛いのではなかろうか。

 

「てーいとくぅ、那珂ちゃんはダンスの練習をしないといけないんですけどー」

 

「俺がヘラヘラ出来ないくらい大変な時期だ。いつまでとは言えないが、頑張ってくれ」

 

「那珂ちゃんだって、☆を飛ばせないんだよぉ。これじゃあヤな雰囲気が続くじゃん。裏方の仕事は提督がやって、那珂ちゃんはみんなを盛り上げなくちゃいけないのですっ」

 

 全員をローテーションさせていて、一人でも欠けたら崩れる不安定なところに、歌って踊っているだけの艦娘がいたら皆はどう思うだろうか。きっと、羨ましがったり、恨んだりするだろう。

 今の状況は、皆が頑張っているから、自分も頑張ないといけない、という雰囲気を作り出しているに過ぎない。だからこそ、所謂裏方が士気を保つうえで重要なのだ。

 

「…ふむ」

 

 けれども、那珂の案も捨てたものではない。

 アイドルの日本語訳は偶像である。日本において偶像は崇拝するものだ。故に、アイドルを作るのは、究極的には宗教的な心の支えを作る可能性がある。

 そこまで大げさにしなくても、明日も頑張ろう、と思えれば十分だ。

 

「那珂。戦闘に出るなら、場所を確保してやってもいい」

 

「場所って…もしかして!」

 

「あぁ。アイドルデビューだね」

 

「うん!やる!いえ、やらせてください!」

 

 さて、では秘書艦をどうしようか。…そういえば、今日はノルマの建造をしていなかった。よし。

 

「では、那珂ちゃん。弾薬以外を400、弾薬は最低値で建造してきてくれ」

 

「あいあいさー☆」

 

 那珂はキラキラとした光を振り撒きながら工廠に向かった。

 この建造というものは、小型艦と大型艦の間で格段に資源の消費量が違う。けれども、限定できるのは駆逐艦と軽巡、潜水艦しか建造されないか、それも含め大型艦を建造できるかの違いである。

 そして、そのボーダーラインが400付近にあると思われるが、弾薬は戦闘時に多く消費するので建造では最低値だ。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「新しい子、入ったよぉ☆楽しみだね〜」

 

 建造が終わったらしく、妖精さんが那珂に伝えたようだ。俺には見えないため、不思議なものだ。

 

 すると、木製のドアがノックされた。

 

「どうぞ〜☆」

 

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

 

「η大佐だ。よろしく。早速で悪いが、君には秘書艦を受け継いでもらう。最初は那珂に教えてもらうといい」

 

「はい、よろしくお願いしますね、那珂さん」

 

「うん、じゃあ、早速やろーかー」

 

「え、あ、は、はい」



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作曲と仕事と

 あれから、一年が経った。

 数の減らない深海棲艦と戦い、一度だけ訪れた赤色海域に数々の鎮守府が敗れた。

 鬼級姫級といった深海棲艦には改造を施した艦娘でさえも苦戦する。まぁ、雷巡という切り札がいるにはいるが。

 

「提督、どうぞ」

 

 そう言って赤城は珈琲と菓子を盆に乗せて運んできた。書類を端に寄せ、朝の頭にカフェインを取り込む。

 今では、艦娘の数も増え、資源の継続的な保持のために遠征に出してみたり、空母率いる主力艦隊で海域を広げたりと、この一年でだいぶ仕事が軌道に乗ってきた。

 

 そのため、艦娘というものも提督というものも、それなりに仕事として定着してきた。あと二年もすれば、慣れてくるだろう。

 

「?」

 

 ふと赤城の方を見れば、菓子に目が釘付けになっているのがわかる。

 

「たべるかい?」

 

「いいんですか!?……いえ、やはり……やはり、いい…です」

 

 断りつつも目は菓子から外れず、俺が食べようとして爪楊枝を摘むとより一層執着の念が伝わってくる。

 

「…食べるかい?」

 

「貰います」

 

 赤城は爪楊枝で菓子――間宮の羊羹を一つ口に頬張り、とても美味しそうに食べる。

 

「別に、この執務室に菓子くらいなら持参しても構わない。むしろ、それで効率が良くなるなら万々歳でしょう」

 

「流石にそれは……勝手場があれば良いのですが…」

 

「ふむ、じゃあつけようか。台所」

 

「いえ、お気になさらなくても」

 

「丁度、自分で夜食等は作りたくてね。夜に、鳳翔や間宮に邪魔するのは悪いから」

 

「別に気にしないと思いますが…η提督がそう仰るなら」

 

 仕事は優秀だし、空母のまとめ役を鳳翔と共に担っているし、これぐらいの報酬は与えてもいいだろう。

 どうやら赤城は、食いしん坊なのが欠点と思っているらしいが、完璧な人物の少しの欠点は可愛いものだ。むしろ、長所といえる。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「ηさーん。歌はどんな感じ☆?」

 

 ノックもせずに執務室に入り、明るい部屋に星を飛ばしてくるのは那珂である。

 

「あぁ、要望には添えたと思いたい所存だよ」

 

「どれどれー……うーん、曲調が随分と大人しめだね☆那珂ちゃんはもっと楽しい歌を歌いたいけど、ηさん的にはどんな感じ☆」

 

「偶には視点を変えて、新規を増やしたくてね。赤城さんに頼んでみたんだ」

 

「やはり、私にはこういうのは出来ませんね。加賀さんはそういうのに精通していますので、頼られては如何ですか」

 

「むむ…ダメだよ。バッテンだよ、赤城さん☆もっと笑顔で自信を持たないと☆」

 

「え?」

 

「那珂ちゃんは、この歌、歌うから☆いいよね、ηさん☆」

 

「まぁ、いいんじゃ――」

 

「振り付け考えてくるー☆」

 

 輝く星は部屋を去り、自室へと帰った。

 ふと、ある資源スポットへの遠征をしている艦隊の時間を見ると…那珂は今頃遠征のはずだ。

 

「…赤城、那珂を呼び出してくれ」

 

「はい」




作詞作曲はη提督。


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赤城との恋愛

注意、作者は白露好きです。


 提督となって一年と数カ月。戦時中だというのに、恥ずかしながら、赤城を好きになってしまった。

 

 まず、仕事ができる。

 上司を立てられるし、書類捌きも上々、艦娘としても一流、仲間の特に空母の結束も固い。仲間の関係も良好という、これ以上ないほどの部下だ。

 

 そして、美人で性格もいい。

 艦娘全般に言えることだが、赤城はドストライクだ。普段の真面目な雰囲気も、弓を射る凛とした姿も、その後の気の抜けた表情も、一つ一つの所作も、全部がいい。もちろん、大食らいなところもだ。

 

 褒めるべき点が兎に角多い。だから、理想像にとても近い女性だと意識してからというもの、この歳で青春の空気に触れてしまった。

 

「…報告します。深海棲艦の主力艦隊は壊滅。被害は球磨、北上、島風大破、雪風中破、加賀小破、赤城…轟沈です」

 

「…」

 

 轟沈?おかしいな。戦略は完璧だったはずだ。なのに、なぜ…。きっと、聞き間違いだろう。

 報告書に目を通すと、字はぼやけて黒くなっている。ほらな。こんなにも小さな字だから読み違えたのだ。ハハハ…ハァ。

 

「あ、あの。…どちらに行かれるのですか」

 

 目に浮かぶ涙を拭き、木製のドアのところまで行きドアノブに手をかける。

 工廠とだけ伝え、加賀に自由にしてよしと言う。工廠の道の間、すれ違う艦娘に若干引かれながら、せめて大の大人が泣き崩れないように、弱々しく足に力を入れる。

 

 赤城が出た資源の量は覚えている。我ながら資源の量は潤沢な方だ。いや、むしろ、他の鎮守府に頭を下げてでも資源を調達しよう。

 

「あ、あの提督。そろそろ、資源が…」

 

「海域の攻略はしない。最低限、奴らを追い返すだけでいい。明石は中のところに行き、遠征班を3艦隊分組んで、遠征に向かわせろ」

 

「は、はい」

 

 赤城以外の新規の艦娘はすべて解体し、装備も貯めていたものをすべて廃棄し、何回も建造する。

 

 そろそろ、建造回数も1000回の大盤に乗ろうかというとき、ようやく我に返り、散乱した工廠を見渡す。

 このηは結構理性的な人物だと自分で評していたが、自暴自棄になるぐらいには感情に流されやすいようだ。

 

 もう止めようか。

 ここで鎮守府が壊滅するより、長い間かけて赤城に会える機会が増えたほうがいい。…言ってみたものの、気休め程度にはなった。

 

「航空母艦、赤城です。空母機動艦隊を編成するなら、私におまかせくださいませ」

 

 赤城…!やっと、やっと会えた。

 いや、まずは、同じ赤城なのかを確かめよう。

 

「…赤城、君は、覚えているか。君は、艦載機に殺られたことを」

 

「え…はい、もちろんです。もう、慢心はいたしません」

 

 ちゃんと覚えていた。同じ赤城だ。

 そう思うと、どこか心のタカが外れ、思いの中に沈ませていた想いの丈が津波のように涙腺に溢れてきた。

 

「俺は、このηは、この名に誓って、もう君を沈ませたりしないっ。だから、どうか、ずっとそばにいてくれ。そして、守らせてくれ…ッ」

 

「それは…もちろんです。私は艦娘ですから、そばにはいます。だって、艦娘は提督に背中を預けていなければ、まともに戦えませんから」

 

「そうだ…そうだな。俺は、君を守る。だから頼ってほしい」

 

「はい。この赤城、命はη提督に預けます」



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対立空母水鬼

赤城が沈む少し前の話。赤城視点です。


「第二次攻撃隊、発艦始め!」

 

 赤色海域も終盤となり、残るは空母水鬼のみである。

 第二次攻撃隊は戦艦棲鬼を沈め、私は着艦した艦載機を整備するよう妖精さんに頼んだ。

 

 もうすぐ夜なので、夜も動ける駆逐艦と雷巡を優先して守るのがいいだろう。攻撃できない空母は盾代わりになるのが丁度いい。

 

「ヒッ――」

 

 空母水鬼の最後の足掻きが、目の前にいる雪風に襲いかかる。これならば、届く。

 

「雪風さん、伏せて!」

 

 被害は小破から大破へと変わる。けれども、夜戦の火力を残せたことを考えれば、全体の被害にはならない。

 

「やらせないクマーッッ」

 

「駆逐艦に手を出すとか、見過ごせないよね」

 

 球磨型の姉妹は、軽巡にしては高威力な砲撃と、軽巡にやや劣る砲撃を放つが、それでも装甲の厚い空母水鬼にダメージは見られない。

 

「オウッ、左舷に新たな敵艦を発見!」

 

「フハハ!…カエレハ、シナイヨッ!」

 

 敵艦隊は重巡級3隻と軽巡1隻、駆逐2隻である。それに対しこちらは、北上と加賀と私を除き中破、北上と加賀は小破、私は大破。夜戦までにあと一回、攻撃できるのは加賀のみである。

 大破の私はこのままでは沈んでしまう。考えうる限り、私が助かる道はない。

 

 ならば、私は意味ある死を選ぶ。

 

 思ったが早いか、幸いにも航行可能な足で空母水鬼に近づき、空母水鬼の動きを封じる。

 

「加賀さん、今しかありません!」

 

「それじゃあ、赤城さんが…」

 

 あのミッドウェーでの失態。その失態と同じ失態は犯さない。

 加賀なら私が空母水鬼を抑えなくても撃沈できるかもしれない。けれども、確証はない。もし、撃沈できなければ、その信頼は慢心へと変わる。

 

 だから、最善手を尽くし、今の私のような――新たな敵艦を予想しなかったという失態を、加賀に背負わせてはならない。

 

「はやく!」

 

「――っ!」

 

「チッ、ジャマダ…!ドケッ」

 

 加賀の爆撃隊が発艦し、高高度からの急降下爆撃をする。ボロボロの体をさらに燃やし、遂に足に力が入らなくなる。

 

 空母水鬼とともに海の中へと沈んでいき、深海棲艦の肌と同じ温度に包まれる。

 そういえば、風の噂で深海棲艦の肌は海のようだと聞いていたが、あれは本当だったようだ。その報告書を出した鎮守府は、私と同じような轟沈艦を出したのだろうか。

 

 あぁ、η提督に挨拶ができなかったなぁ。

 私が艦娘となって、とても愛しいと想った人。私の死を嘆いてくれるだろうか。

 

「イイダロウ…。ススムガ…いいわ」

 

 空母水鬼が沈んでいくのを見届け、私も意識を闇の中に沈ませた。



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会えると信じ

「急な思いつき」というサブタイトルだった話の改変版です。あの話は削除しました。赤城視点です。


 気づけばそこは、白い世界だった。いや、黒かもしれない。いや、7色の…そんな曖昧な世界だ。むしろ、そんな世界があるかも疑わしい。例えるならば、座学中の居眠りのような感じだろうか。自分では起きているつもりだが、周りから見れば寝ていた、そんな感じだ。

 

 その曖昧な世界で声がした。誰かは分からない。いや、声はしていないかもしれない。だが、兎に角、意思の疎通をしている。

 

「コンニチハ」

 

「はい、こんにちは」

 

 簡易な挨拶を交わし、数瞬の沈黙が訪れる。

 

「…あの、どこからいらしたのですか?」

 

「ワタシハ、ウミカラ、キタワ」

 

「同じですね。私も海から来たんですよ」

 

 ふふふ、と笑い合い、またもや沈黙する。

 

「…何を海でされていたんですか?」

 

「ワタシハ…ソウ、タタカッテイタ」

 

「奇遇ですね。私もですよ」

 

 相手はどこか驚いたような顔をした、気がした。

 

「デモ、ワタシハ、ウミニウカンデイタ」

 

「私もですよ!」

 

「ホントウニ?」

 

「ええ、凄いですね。ここまで似ているとは」

 

 どこの鎮守府なのだろう。まさか、沈む直前に想像していた艦娘だろうか。それとも、仲間の艦娘が私以外にも沈んだのだろうか。

 

「ジャア、ワタシハ、カンサイキ…ヒコウキヲ、トバシテイタ」

 

「私も空母なんですよ」

 

 そうなると、加賀かそれ以外の空母かの二択だ。

 

「私は、結構大食らいで、よくボーキがなくなりかけてました」

 

「ワタシモダ。ナカナカニ、キガアウナ」

 

 二航戦や、軽空母の可能性は消えた。ただ、依然として加賀の可能性は残っている。

 

「…私は今日、沈みまして…宿敵を道連れにできたのは良かったのですが…」

 

「ワタシモ、ニタヨウナモノダ。ワタシノバアイハ、イマイマシイヤツ、ダガナ」

 

「ふふふ、そうですか」

 

 どうやら、加賀の線は消えたようだ。ならば、もうこの世界にいる必要はない。

 

「イクノカ」

 

「ええ、私は帰らねばいけませんから」

 

「ソウカ。ワタシハ…ソウダナ。コノママ、アノヨ、ニデモイコウ」

 

「そう、ですか。では、さようなら」

 

 名前を聞いておけばよかった。その考えを別れてから思ってしまった。だが、きっと、艦娘の時に出会えていれば、楽しいことを色々と話せたかもしれない。

 

 そして、これで、またη提督に会えるだろう。別の鎮守府でも異動届けを出せば受理してくれるだろうし、私はη提督を忘れない。忘れなければ、絶対に会える。

 

 そうして私は、深い後悔と哀しみと憎しみとの念に心が押しつぶされ、海の底深くから這い上がることに成功した。




目次を変えました。


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最後に笑える

シリアスなんて、続かせません。


 赤城が沈んでから2年の月日が経た。

 赤城は練度最大となり、ケッコンカッコカリを行った。

 

 また、赤城に見合うよう頑張った結果、今では中将まで登りつめ、ある程度のことなら手が届くようになった。

 そして、友人のθも陸自から海軍に入り、少将という将官を得ている。それというのも、θは妖精さんなるものを見ることができるらしい。妖精さんは重要だと、ここ最近知られるようになった。

 

《敵の主力艦隊を発見。進撃しますか?》

 

《もちろんだ、赤城。だが、予想外が起こったら直ぐに帰ってくるように》

 

《分かってます。では…作戦行動開始!》

 

 赤城の轟沈から戦闘の態勢を大幅に変更し、通信機を取り付けることや、中破以上の進撃はしないことなどを絶対に順守すべきこととして掲げた。

 

 また、今回は空母水鬼の出現している海域に出ている。あの日の雪辱を果たすという意味で、俺は昂ぶっている。

 

《ススミタイノ…カ…》

 

 ポイントに到達し、空母水鬼の声が聞こえる。

 憤り、暴れまわる心を鎮ませ、新たなる力を使う指示を出す。

 

《航空攻撃、開始ッ》

 

《はい!扶桑さんに山城さん、千歳さん、合わせてください!…艦載機の皆さん、用意はいい?》

 

 練度が上がってきた恩恵なのかは分からないが、砲撃の前に航空戦により制空権が争えることが分かった。これはキリサキ元帥が発券者だ。

 

《次、先制魚雷、発射》

 

《千歳さん、大井さん、魚雷をお願いします》

 

 そして、もう一つ、先制攻撃として魚雷が打てることが分かった。元は潜水艦のみだったが、甲標的を積むことによって雷巡や水母でも可能だ。因みにこれも、キリサキ元帥が第一人者である。

 

 だが、それは深海棲艦とて同じこと。深海棲艦の規格外な能力は舐められるものではない。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 港へと足を運び、艦娘の帰りを待つ。

 夜の海はとにかく暗く、鎮守府の明かりが届かなくなると、そこには闇が広がっている。

 

 その闇から紅一点、俺の愛する人が帰投した。血に濡れ、汗まみれで、ひどい怪我を負っているが、帰ってきてくれた。

 

「おかえりなさいませ、マイラブリーハニー」

 

「あの、毎回言いますけど、流石にそれは恥ずかしいですので…」

 

「あーあ、こちとら疲れてるのに惚気はないわー。球磨型の部屋に戻りたーい」

 

「しれぇ、噛み砕いていいですか、その指輪」

 

「あの、千代田が心配するので、帰ってよろしいでしょうか」

 

「そのノリで扶桑姉様に近づいたら、撃ち抜くわよ」

 

「山城、物騒なことを言ってはなりませんよ。提督も、まだ若いですからそういうのも理解できますが、なるべく二人だけの時にでも」

 

 そう言いながら各々が鎮守府へと戻り、俺と赤城だけが残されている。

 

「…さて、ドックに行こうか」

 

「はい」

 

 夜の静けさの中で、那珂の沁みるような歌声が微かに響いていた。




戦闘シーンはカット。次話で書くかもしれません。


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深海化の艦娘

またもや赤城視点。


 理性が飛びそうになるほどの負の感情に抗い、常に落ち着いて物事をする癖がついて約2年。私――赤城は空母水鬼になっていた。

 

 私としては、まだ、赤城としての感情や思考は残っていると思う。だが、艦娘としての、と言われると答え難い。認めたくないが、私は深海棲艦として生きているのだ。

 

「ススミタイノ…カ…」

 

 今回の深海棲艦側からの中規模作戦では、私が一つの要となっている。

 主力艦隊の強化を行っているこの場所は、この作戦において重要である。故に私は艦娘を倒さねばならないのだ。

 

「艦載機の皆さん、用意はいい?」

 

 私と同じη鎮守府の赤城は合図とともに艦載機を飛ばす。私も負けじと発艦するが、ギリギリで制空権を奪取された。チ、イマイマシイ、カンムスドモメ!

 

……危ない。まずは、雷巡を狙うことにしよう。その次に駆逐艦である。

 

 心を落ち着かせていると、扶桑型姉妹の砲撃が被弾し、多少のダメージを負う。私は、続いて砲撃しようとしている北上に向かい、戦艦棲姫に主砲を構えるよう指示を出す。

 

「ヤラセハ…シナイヨッ!」

 

 戦艦棲姫の砲撃は北上に刺さり、大爆発を起こす。やはり、魚雷を積んでいると、燃えるのが速い。

 

「まぁ、なんて言うの?こんなこともあるよね…早く修理したーい」

 

 中破して尚、砲撃をしようとする手は下ろさず、私に主砲を向けている。

 北上が撃ったのと同時に、戦艦棲姫は私の前に立ち塞がり庇った。

 

「あーあ、外したかぁ」

 

「ソウイウコトサッ…!テェ!」

 

 北上に向かって攻撃を放ち、大破させる。

 すると、いつの間にか赤城が戦爆連合CIを飛ばしていて、直掩機は落とされダメージを負った。

 

 ワタシノ、ワタシノ、ツギノ、赤城ノクセニ…!

 

 恨めしく赤城を睨んでみると、そこには、指に煌めくものを持っていることが分かる。

 あれは風の噂で聞いたことがある。確か、男女間で結ぶという誓いの象徴。それをつけているということは、あの赤城はη提督とケッコンをしたということだ。

 

 ワタシガ、モラウハズダッタノニ…ナゼ、アトカラキタカンムスナンカニ…!

 

「シズメェ!シズンデシマエ!!」

 

「沈むのはあなたです、空母水鬼。η提督の望み通り、前回の私を沈めた仇は取らせていただきます」

 

 ワタシノ愛シノヒトノナヲ、ヨブナァ!

 バクゲキキ、ハッカンセヨ!モクヒョウ、赤城!

 

「第二次攻撃隊、全機発艦!」

 

………マタ、シズムノカ。アノ海ノソコニ。

 

 私の体で燻っていた怨みや憎しみは、水深が深くなるとともに消えていき、かろうじて生きていた私は完全に絶命した。




不幸があれば、幸福もある。赤城が不幸でも、η提督は幸福である。

追記、ツイッターの方でこの作品について、投稿時間の変更だとか、投稿中断だとかを言うときがあります。


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第六章
なんだかんだ


「…提督、ごめんね」

 

「いや、謝ることはない」

 

 目の前に突きつけられる惨状から目を背けたいが、これに関して誰も悪いことはない。むしろ、青妖精の注意を聞かなかったのが悪い。

 

「ホント、提督って運がないよね」

 

「それはあれか?川内に会えたことで、幸運、使い果たしたと言ってほしいのか?」

 

「うわぁ、キザ野郎は及びじゃないです」

 

 適当に茶化しつつ、この惨状についてどうすべきか、頭を回す。

 

 この惨状、それは、魚に関することだ。

 白露が釣ってきた3匹の魚を青妖精が鑑定したところ、全てが食べられないものだった。

 とは言っても、お腹を壊したり、胃もたれしたりといった具合で、大した毒ではない。だから背に腹は変えられず、と焼いてみて、妖精らが食べてみたところが今の状況だ。

 

 ある妖精は痙攣しているし、ある妖精は顔が青くなったり白くなったりしている。

 

「…ご愁傷様、ということで」

 

「そんなんでいいの?!」

 

「いや、俺に妖精とかよく分からないし、妖精パワーでなんとかなるだろ」

 

 いつだって妖精パワーはすごいのだ。きっと、どんな問題にも対応してくれる。そう信じてる。うんうん。

 

 そんなわけで、食べるものがなくなった俺は、夜の海なら捕れるかも知れない、と思い海に行こうとしたら、白露が危険だと止めるため絶賛腹ペコである。

 

「あの…燃料でも飲みますか?」

 

 そんな俺を憐れんだのか、神通は重油っぽい物を差し出してくる。

 

「艦娘って一回はそれやらないといけない縛りでもあるのか?」

 

「?」

 

 白露といい川内といい、弾薬と燃料を俺の口に入れたがるのはどうにかならないものか。こういう部分は艦娘の特徴なのかもしれない。全く、驚きすぎて開いた口が塞がらない。

 

「そういえば、川内。話は変わるが、家はどうなった?」

 

「家?鎮守府じゃないの?」

 

「は?」

 

 チンジュフ?何か、白露か叢雲が言っていたような気がするが、何だそれ。

 まぁいいや、明日にでも聞こう。もう夜なので、若干眠いのだ。

 

「チンジュフの二階はどうなった?」

 

「まだ完成はしてないかな」

 

「そうか」

 

 じゃあ、また同じ部屋で寝るのか…。まぁ、仕方ないか。

 もし、俺が男なら、R18の展開になっていたかもしれ……いや、ないな。社会的に死ぬし。むしろ、悲鳴を上げられ、艤装を展開した状態で頬にビンタされ、頭が物理的に吹っ飛んでいたかもしれない。

 

「白露、マジ感謝」

 

「うぇ?!何?どったの?!」

 

「何でもない。…それで、二階は後どれくらいで完成する予定だ?」

 

「二日間ぐらいだけど、妖精さん達がダウンしちゃってるから、復活するまで進めないかなぁ」

 

 つまり、妖精が死にかけ…死にかけ?…まぁいいか、死にかけていなければ、俺は二日間我慢するだけで良かったのか。

 よって、責任はこの状況にした者が持っている。

 

「白露、マジか。…いや、マジか」

 

「だから、ごめんって…。というか、あたし、感謝されてたよね?落差の酷すぎない?」

 

 ちょっと、言ってる意味が良くわかりませんね。



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艦娘の服装は

 そろそろ寝るかと思い、四人で家の中に入り、雑魚寝の状態になる。因みに俺だけ少し離れている。仕方ないよね。

 

「明日の訓練どうする?」

 

「では、明日は私が指導しましょう。頑張ってくださいね」

 

「え、神通さんと訓練は、えーと、遠慮したいというか…あはは」

 

「なるほど、私だけでは物足りないというのですね。分かりました。川内姉さんにも指導にあたってくれるようお願いしましょう」

 

「もちろん、オッケーだよ」

 

「…て、提督〜」

 

 なんだ?助けてほしいのか? それは無理な相談だ。なぜかって? そんなの決まっているじゃないか。今の会話は全くもって分からないからだ。ハハハ。

 

「どうした?」

 

「何というか、その、提督は明日、やることある?」

 

「やること?そうだなぁ」

 

 何をしようか。明日は全員のやることがない。建築は進まないだろうと予想されるからだ。

 とすると、魚を取るのを手伝ってくれ、と頭を下げる以外にやることはない。

 

 そうすると、やるべきことは……艦娘関係だろうか。例えば、開発とか、戦闘時における艦娘の指揮の仕方とかが挙げられる。

 

「…開発?」

 

「それだ!ほら、あたしは開発をやんないといけないから、訓練には参加できないかなぁって」

 

「問題ありません。明け方に終わる予定なので」

 

「み"」

 

「つまり、夜戦だね!」

 

「あ"あ〜」

 

 白露は腕に顔を沈めて、唸っている。

 うん、まぁ、その、何だ…ドンマイ?

 

 取り敢えず俺は、夜戦に行くなら気をつけろよ、と注意を促す。夜戦は危ないからな。

 

「…んで、白露。いつまで水着を着ているんだ?」

 

「随分と急だね…。えっと、これは着替えれないんだよ。だから、今は白露全員が水着姿になってるはずだよ」

 

 マジか。何だその、秩序保っているように見えて、風紀の乱れっぷりは。艦娘ヤバすぎだろ。

 いやでも、夏のシーズンになったら、人は一斉に水着を着るからな。それの拡大版と考えればおかしいところはない…か?

 

「それ、戦ったら全裸になると思うんだが」

 

「そこは大丈夫。なぜか分からないけど」

 

 理由が分からないのに全裸にならないと信じるとは…白露はバカなのか? いや、きっと統計か何かをとっているのだろう。

 

「まぁ、寝づらくないのならいいか。俺は先に休ませてもらう」

 

「うん、おやすみぃ」

 

 それぞれ挨拶をし、白露は軽巡二人に外に連れて行かれた。騒がしくないことはいいことだが、夜更しは感心しない。いい子も悪い子も真似しちゃだめだぞ。

 

『じゃあ、私は仲間の介抱をしてくるから』

 

「妖精、起きてたのかよ」

 

 暗闇から声がして、その声の方向に首を曲げてしまったせいで、首がとても痛い。べ、別に、ビビってないし。

 

『私も、その首の曲がり様は見ていて怖かった』



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二水戦の訓練

 久方ぶりに爽快な睡眠ができ、気分の良いままに起き上がる。床で寝るのもなれてきたかもしれない。

 

 周りを見渡せば未だに白露達は帰っていないことが分かる。若干意味が異なるが、言葉通りに捉えれば朝帰りというものだ。うん、違うか。

 

 ドアを開けて外に出てみれば、島から少し離れたところで白露と神通がドンパチやっている。徹夜だろうか。

 俺は暇なので、ラジオな体操の曲を脳内で再生しながら、白露と神通がどう動いているのかを観察する。

 

 白露が神通の水柱を左右に避けて撃ち返し、神通は一発撃ってから避ける。神通の弾は白露に当たり、白露は神通がいるだろう方向の反対側に大きく弧を描くように回りつつ、魚雷を投射する。けれども、そこには神通はおらず、白露の向かう先にいた神通は魚雷を神通に当てる。

 そこで二人の動きは止まり、川内が間に割って入った。

 

 俺がラジオな体操第二に曲が変わるぐらいに川内はこちらに気づいたようで、こちらの方を指差している。おそらく、そろそろ帰ってくるのだろう。

 

 そう思ってラジオな体操第二をし終わると、丁度白露達は帰ってきた。

 

「おはー。いやぁ、眠いねー」

 

「あいにく、俺は快眠できた」

 

 後ろの二人より元気そうな川内と挨拶を交わす。

 

「そうだ。提督から見て、神通と白露はどうだった?」

 

 どう…とは?具体的に何を聞いてるのだろうか。

 まず、単純に考えて、白露と神通は海で戦っていた。俺は戦闘について知識がないので、戦闘の良し悪しは聞いていないだろう。

 そうなると戦っている理由――例えば、白露と神通の仲がどうだったのかを聞いているのだろうか。

 

 そういう話であれば、戦う理由はただ一つである。自分の思想をぶつけ合っているのだ。勝者こそがより優れた思想であるとなる。

 つまり、この回答は仲が悪い、ということになる。

 

 そう答えると川内は、こう言った。

 

「え?神通達って仲悪いの?知らなかったなぁ」

 

「いえ、仲は悪くありません。むしろ、教える相手が一人な為に、多少訓練の質を上げてもついてきているので、私は好ましく思っております」

 

 うわっ、鬼畜だ。なるほど、鬼だな。どれくらい訓練がキツイのか知らないけど。

 というか、神通は若干Sが入ってるかもしれない。教鞭と眼鏡でもかけてみればいいのではなかろうか。

 

「だあぁぁあぁあ!」

 

「うるさい、白露うるさい」

 

「今日は食べるよ!提督、魚釣るよ!」

 

「お、おう」

 

 ヤケ食いか?急に叫んだと思ったら、釣り竿モドキを持ってズカズカと海辺まで行き、海の上に浮かぶ。

 

「妖精達の恐怖、再演」

 

『恐ろしいことを言わないでほしいね』



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艦載機の発見

今回はちょっと長めのシリアスの予定。


 釣りに行くと言う白露についていき、俺は銛っぽいものを持って海に潜る。図らずとも食糧にありつけそうだ。

 今回は川内と神通も釣りを手伝うようで、二人とも釣り竿を持っている。

 

「じゃあ、昼頃集合で」

 

「おっけー」

 

「承知しました」

 

 二人は艤装を展開して白露を追いかける。

 俺も魚を取るためにある程度深いところに潜って魚を探す。

 

 まず、気をつける事は動いている魚を狙わないことだ。基本的に魚は速いため、俺が銛で突くよりも先に逃げてしまう。

 そして、なるべく進行方向の延長線上に突くことだ。水の抵抗を最も受けないように、銛を体に沿わせるようにする。

 

 昨日と一昨日の経験を活かし、おそらくこの二点に気をつければ魚を捕まえられるだろう、と推量した。

 丁度、目の前に恰好の獲物がいるので狙ってみることにする。

 

「シッ――」

 

 銛は思っていたよりも右に流れ、魚の奥にある岩に当たった。

 三点目の要素として筋力が入ってくるかもしれない。今のままでは安定感も速度も足りないからだ。

 

 一旦浮上して海面に顔を出す。すると、よく分からない物が空を飛んでいるのが見えた。

 

「ユー…フォー…?」

 

 あれUFOじゃね?未確認飛行物体じゃね?

 しかもそのUFOは三機も飛んでいる。もしかして、地球侵略されているのか?

 

 そうか。俺はその第一発見者としてテレビ局に呼ばれ、どこかにいるこの世界の主人公にこの危機を伝える役目なのかもしれない。第一話のモブキャラだとは光栄ではないか。

 

……まぁ、普通に考えて深海棲艦だよな。実際、地球侵略してるし、俺はその関係者だし。

 

「一番先に敵偵察機発見!」

 

「対空砲火用意、ってー!」

 

「撃ちます」

 

 白露達はその艦載機に向かって弾幕を展開し、神通の張った防空網が艦載機を捉えたことにより一機撃墜する。

 

「提督、逃げるよ!」

 

 白露はそう言って俺を海面から引っ張り上げ、所謂お姫様抱っこの状態で運ぶ。

 川内や神通もその後に続き、気持ち速く島に帰ってきた。

 

「えーと、どゆこと?」

 

「ごめん、今、提督に説明してる暇はないんだ」

 

 え、ちょ、待てよ。仲間はずれかよ。

 抗議の目線を白露にやるが効力は発揮されず、本当に仲間はずれにされて、白露と川内と神通は3人で何かを話している。

 

 そんな時の頼れる助っ人、青妖精!解説よろしくお願いします!

……あれ?頭の上に青妖精いないんだけど…。

 

 そういえば、白露のせいで体調の悪い妖精を介抱していたことを思い出した。仕方がないので、妖精達の集まっている場所に足を運ぶことにする。



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敵侵略の焦燥

「ということで、妖精、説明してくれ」

 

『何が、ということで、何だい』

 

 ということで、と言ったら、ということで、だろう。そんな流れもわからないのか。

 

『そんなもので理解する方がおかしい』

 

 正論だが、そんなものは求めていない。ただ、そろそろ本題に入ったほうがいいだろう。

 

「何か、白露達が慌てて話し合っているんだが、どうしてか分かるか?」

 

『何で、慌てているのか検討は付くかい?』

 

 慌てている理由、か。

 何だろうな。深海棲艦の偵察機というものが空を飛んでいて、それを撃ち落としたが、深海棲艦が関係することでこんなにも慌てたことはないはずだ。

 

『偵察機…か。なるほど、それは不味いな』

 

「それは、どのくらい?」

 

『そうだな。少なくとも、提督にとって最大の脅威となる』

 

 それは、深海棲艦の侵攻よりも、だろうか。あの時はどのくらいの規模か分からないが、援軍を2回も求められたため、相当な脅威ではないか、と思っている。

 

 まぁ、確かに、三日目と六日目と十日目に関しては、怖いという感情はあまりなかった。

 

『二番目だった。それよりかは強くないが、ここの艦娘さんの練度具合からするに、対処不可能に思えるのは変わらない』

 

「ん、じゃあ、具体的にどうゆうことだ?」

 

『まず、偵察機がいることから、ここに艦娘さんがいることがバレている。そして、深海側には空母が含まれていることも分かる。そうなると、ここの艦娘さんでは相手にならない。対空戦ができなければ、一方的に殲滅させられるだけだからね』

 

 空母がいると殲滅させられるってどういうことだ?

……そういえば、白露が何か言っていたような気がする。確か、艦載機とか言う飛行機によって攻撃されるだとか、なんとか。

 

 つまり、その艦載機を撃ち落とさなければ、無防備に攻撃を受ける――殲滅させられるということか。

 

 結構、ヤバくない?

 しかも、空母だけとは限らないから、他にも重巡とか軽巡とかがいる可能性があるということだ。

 

「逃げよう。マジで逃げないとヤバい」

 

 今回は事前に深海棲艦が来ると知ることができた。だから、いつもと違い逃げる準備ができる。

 

『いや、空母の索敵能力を舐めてはいけない。帰った偵察機がここの情報を伝えて、もう一回飛ばしてくるはずだ。いくら速く動こうと、艦載機の方が速いから逃げることはできない』

 

 じゃあ、どうすればいいんだ!?

 逃げれない、勝てない。無理だ。死ぬ気しか起きない。

 

 頭がクラクラする。視界が狭まる。

 方向感覚がなくなり、膝を地について安定しようとする。

 

 そうだ。今のままでの深海棲艦の襲撃が怖くなかったわけではない。今までは、いきあたりばったりで考える時間がなかったから、怖いだとかの感情まで頭が回らなかった。

 しかし、今回は考える時間ができ、死への秒針を刻むことができる。

 

 まだ俺は、死にたくない。



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度重なる希望

 死にたくない、というのは今までの自分本位な理由ではない。せっかく、白露――艦娘の方を向いて、歩み寄ろうと思えたのに、こんな呆気なく終わってしまう後悔によるものだ。

 

 そして、空母というものは聞く限りでは間違いなく負ける。それは青妖精の発言からもわかることだ。

 負ければ死がやってくる。最低限の文化的生活なんてものも有り得ない。

 

『提督…』

 

 青妖精は何かを言おうとして、それでも言葉が出ずに押し黙ってしまった。

 

 そうか……俺は心配されているのか。

 

 心配されるということは、それだけ常軌を逸した言動をしているということだ。心を読める青妖精には、余計に多くのそういった言動を聞いているだろう。

 

 俺は心配されるのは悪いことだと知っているため、俺が取るべき行動は、今のみっともない姿をどうにか取り繕うことだ。

 

 だからといって、空元気にポジティブになるわけではない。勝てないものを勝てると言い、気合だ根性だと叱咤激励するのは自他に対して無責任だ。

 じゃあ、どうするかというと、後悔しなければいい。

 

 いつも、深海棲艦の襲撃はいきあたりばったりで何とかしてきた。その時には後悔していない。

 ならば、同じ状況にすれば、心配されることも後悔することもない。つまり、今できることをする。

 

 無論、そうすれば未来から目を背けられる、と言いたいわけではない。現在とその他とで正確に情報を区分けしているのだ。

 

 そして、俺が今何をできるかというと、艦娘を指揮することができる。

 しかし、俺一人では白露達が俺の言葉を聞くのには物足りない。

 

「妖精、俺は提督として、艦娘を勝たせたい。協力してくれないだろうか」

 

 なるべく、他人に頼りたくないが、今回は青妖精に頼ることにしよう。

 

『…勝利条件を聞いておこうか』

 

 おかしなことを聞くものだ。今までの俺の心を読んでいるなら、察しがつくだろう。だが、言葉にするというのも大事なことだ。

 

「全員生きて、朝日を拝む」

 

 9日前の初めて深海棲艦と対峙した日、白露は、朝日を見れれば勝利だと、そう言っていた。水平線が広がるこの島なら、どこにいても朝日を迎えることができるだろう。

 

『うん。それなら、協力しよう。私も死んでほしいわけじゃあないからね』

 

 よし、これで空母……おっとこれ以上を考えると、またループするからな。気をつけなければ。

 

 取り敢えず白露達のところに行こう。そう思ったとき、白露達のところから鋭く乾いた音が響いた。い、いったい、な、何が起きたんだ…?



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ターニング点

筆が走ってるなぁ…反省。


 空に響いた音に焦燥感を募らせ、青妖精を連れて白露達のところに戻る。

 そこに近づくに連れて川内の怒号が聞こえて、おそらく神通に対して怒っているのが分かる。

 

 木々の間をのけて、そこに出てみれば、座り込んで川内を見上げている神通と、神通を怒る川内、そしてその修羅場にあたふたしている白露がいる。

 状況的に川内が神通を叩いたのだろう。そう思って神通を見れば、少しだけ左頬が赤くなっている。

 

 顔はだめだろ、顔は。と呟きつつ、白露にどういう状況なのかを説明してもらう。

 

「えっと、提督はちょっと分からないかもだけど、今からきっと深海棲艦の空母がやってくるから、それをどうするか話し合っていたら喧嘩になっちゃって…」

 

「なるほど…まぁ、分かった」

 

 少し前の俺なら全く分からない状況だが、今の俺なら少しばかり分かっているつもりだ。

 未だに怒っている川内に近づき、話しかける。

 

「Hey、センダーイ。ちょっとストップ」

 

「何、白つ、って提督じゃん。今、結構シリアスな雰囲気だったのに崩れちゃったじゃん」

 

 こういう怒っている人には、雰囲気を読まずに話しかけるのが有効である。めっちゃ嫌われるけど。

 

「ね、提督はどっちが駄目だと思う?私は――」

 

「どっちも駄目だ」

 

 食い気味に川内の話を区切り、自分の話しやすい場にする。正直、俺には戦略だの戦術だのはわからないので、どちらか片方を選ぶ事はできない。

 それに、

 

「というか、姉妹喧嘩に他人を巻き込むなよ。家庭内のいざこざを他人に見せるなんて、みっともないって言われて終わりだぜ?」

 

 家族内のものは家族内で処分し、他家の迷惑にならないようにする。これは基本だ。

 

「んで、何で駄目かって言うと、俺が提督だからだ。艦娘だけに考えさせて、出撃させるなんて、提督としてあってはならないことだからな」

 

 白露に教わったことを言ってみたまでに過ぎない。けれど、普通なら、提督としての行動なんてしたことないのに提督を語るな、と言われるだろうが、白露、引いては艦娘の共通認識として、提督が自分達を管理する、というものがあるはずだ。

 

「ということで、まず、白露と川内と神通はそれぞれ分かれて島の3方向に向かってくれ。深海棲艦を見つけたら直ぐにここに戻り、俺に伝えること」

 

「…つまり、提督はこの状況で戦うって言うの?」

 

「そのとおりだ、白露。夜まで待って、夜になったら逃げよう。あくまでも怖いのは空母だ。そこをクリアすれば、あとは夜戦だ。それなら勝てるだろう?」

 

 これは一つの賭けだ。川内が勝てると言うかどうか、そこに賭けている。しかし、ほぼ勝っていると言っても過言ではない。

 多数決をしてまで夜戦をし、夜戦をしたいと日々言っている川内に拒否の選択はない。

 

「酷いね、提督は。けど、まぁ、分かったよ。やるだけやってみるさ」

 

 そう言って川内は艤装を展開して、海に進んでいく。

 やはり、川内は賢いな。俺の考えをお見通しのようだ。

 白露はそんな川内を追いかけ、まだ方向言われてないけど大丈夫?などと言っている。

 

「さて、神通。いつまでも蹲ってないで、立ってくれ」

 

「…」

 

……さて、俺も気合入れるかぁ。




謎のツワモノ感


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わがままな妹

 川内達がいなくなってから、神通が沈黙を頑なに守り通して、随分と時間が経った。

 その間、俺は、どうにか神通と話せないものかと考えていた。

 

 まず、この戦いには神通の存在は欠かせない。だから、川内と神通が喧嘩するなどとは考えられなかった。俺は、川内のことだからそれくらい判っている、と高を括っていたのだ。

 おそらく、艦娘を一人も欠かせられないのは川内も判っている。けれども、怒りが理性を上回り、神通に手を上げたのだと推測する。

 

 そこで、俺は何をすべきだろうか。答えはいたって簡単だ。提督らしくするだけだ。

 

 俺は、提督が艦娘の様に戦えず、管理しかしないという無能なのに、艦娘が提督を必要とする理由として一つ案を考えた。

 それは、コンディションを整えることだ。艦娘を完璧な状態で戦わせ、悔やむことなく深海棲艦と戦わせる。それこそが提督のやるべきことだ。

 

 そして、今の状況。神通のコンディションは最悪だ。素人でも分かる。

 喧嘩相手との連携は上手くいくはずもない。そんなことは一般人にでも分かる。

 

 この2つが導くものは、俺が神通を奮い立たせ、川内に負い目を感じさせないように戦いに参加させること、になる。

 

「神通が川内とどんな会話をしてたかは知らないけど、今は神通が必要だ。戦ってくれないか?」

 

 そのためには、まず神通とコミュニケーションを取らなければいけない。

 じゃあ、どうするかというと、拗ねている子どもには「君は必要だ」とか「君は正しい」とか言えば何とかなる。…一桁歳までは。

 

「…」

 

 まぁ、無反応だよなぁ。流石に一筋縄ではいかない。

 ならば、ちょっとカマをかけてみよう。

 

「そういえば、イ○ス·キリストさんがお亡くなりになられたのは、生きる罪を無くす為だったらしい」

 

 まぁ、後から付けられたものらしいが…そんなことはどうでもいい。

 

 今、俺が話しているのは、この場において超がつく程どうでもいい事だ。

 

「つまり、最大の罪である、生と死のうち生をなくして死がトップになったわけだな。だから、死ぬのは駄目ならしい。…どうでもいいけど」

 

 俺が弟に話を聞いてもらうときに確立した話術。それが今やっていることだ。

 

 面倒くさい話をすれば、相手は興味をなくす。というより、反抗の意思を失う。反抗すれば、より面倒くさいと分かるからだ。

 反抗の意思がなくなれば、俺がここにいても暴力が飛んでくることはない。まぁ、どこまでそれを続けるかの線引きは難しいところではあるのだが。




イ○ス・キリスト?誰でしょうね


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ネチネチ話し

 次段階としては、神通が凹んでいる理由を探し当てることだ。

 こういう子どもっぽいのは基本的に、自分が何かを正しいと思っている事が多い。その何かに関連することを俺が見つければ、後は楽だ。

 

「…おそらく神通の言い分は正しい」

 

 神通は少しだけピクッ体を揺らしと反応を示した。

 ええ、まじか。結構簡単な仕事じゃないか。こんな軽い言葉で反応しちゃって……小学生かよ。

 

「ただし、俺は神通が正しいと信じているわけじゃない。神通の言っていることが正しいと思っているだけだ」

 

 意外とこの言い方は小学生に効いたりする。

 私は君を信じている、という常套句は受け流されやすいが、相手の意見を尊重した上で常套句から外れた言い方の方がよく聞く。

 

 

「……提督は、本当に正しいと思ってくれますか?」

 

 お、早くも神通が話し始めた。

 

「もちろんだ。世の中の大体は正しいからな」

 

「……話しても怒りませんか?」

 

 いやそれ、怒らないと言っても怒ると言ってもダメなパターンじゃん。

 

「それは、神通が怒られていると感じるかどうかだな。俺には分からん」

 

 俺の108の秘技の一つ、感情とかいうよく分からないものに任せる戦法。これは、その名の通り、未だに研究·実験の進まない感情というものに責任をすべて託す技だ…!

 

「実は、二日前のことです。夜に勝手に海に出たことを覚えていますか?」

 

……あぁ、思い出した。何か妙に焦って隠し事をしていた日だ。結局あれは、勝手に夜に出撃したことを謝って終わったはずだ。

 

「その日、私達は一隻の駆逐艦、いえ、深海棲艦を鹵獲しました」

 

 は?…えぇ!?マジか…いや、マジか!!

 

 神通によると、その駆逐艦を使って深海棲艦と接触を図り、この島への侵略を止めるように交渉しようとしたらしい。

 だが、それが逆に空母の偵察機を引き寄せ、さらなる脅威を呼び寄せたのだとか…。

 

「そして、川内姉さんはその駆逐艦を殺そうって言うんですよ」

 

 それはそうだろう。完全に裏目に出たわけだし、殺して何が悪いのだろうか。

 

「でも私は、まだ生かしておきたくて……やっぱり、姉さんが間違えてますよね?」

 

 間違えてねぇよ!むしろ、間違ってるの神通だよ!!

 バカなのか? 神通って、もしかしなくてもバカなのか!?

 

 けれど、先に正しいと言っているため、俺が神通に間違えている、とは言えない。

 となると、川内が正しい、かつ神通も正しい、という答えを出さなければならない。

 

《ザー、ザザー…とく、提督!敵艦載機を一番に発見!どうする?》

 

 ナイスタイミング…じゃなかった。空母が出てきたようだ。

 

《きゃぁー!痛いってぇ!》

 

 白露の悲鳴が聞こえ、額から頬にかけて冷や汗が垂れる。空母は聞く限りでは、ネ級と比べ物にならないぐらい強いらしい。

 

《被害は?》

 

《ちょっと待って……》

 

 主砲とはまた違った音が連続して鳴り響く。他にも、少し遠くで爆撃の音が聞こえたり、川内が叫ぶ声も聞こえる。

 

《…よし、取り敢えず、第一波は何とかなったかな。川内さんが小破、私が小破だよ》

 

 小破?比較的被害が少ないように思える。とはいえ、攻撃を受けたことには変わらない。

 

《じゃあ、敵艦隊と会敵しだい、白露は川内を守りつつ戦ってくれ。白露は積極的に攻撃しなくていい》

 

《分かったよ》

 

《あと、川内にはこれについて伝えないでくれ。代わりに、川内には、簡単に倒せるものから攻撃するように伝えてくれ》

 

《ん?まぁ、分かったよ》

 

 俺は、川内がまともに戦えるとは思っていない。むしろ、俺に神通を任せている分、いつもより攻撃的になる可能性が高い。

 それを案じた結果がこの指令だ。

 

「姉さん達が会敵したんですか?」

 

「その通りだ」

 

 神通はまた俯いてしまう。これは…まだ、戦いに行けないな。



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打ち克つ為に

 さて、では、誰も不満を感じない答えを出すとしてよう。

 

「確かに、神通の言っていることは正しい。だから川内は間違っているだろう。だけれど、川内の言っていることは正しいし、神通は間違えている」

 

「?」

 

 正しい、という言葉は、似たような意味として、合っている、が該当する。

 その正しさは、問い、若しくは課題に対する答えとして一番相応しいものだ。

 

 つまり、川内のものと神通のものとを比べた場合、俺にとっては正しさが同じだった、ということだ。

 

「神通、よく考えてみろ。この場において、最も優先すべきものは生き残ることだ」

 

 神通の言うように、その深海棲艦を残せば、襲撃されるのが100%として、いつか交渉が成立すればほぼ0%になる。期待値は0.5つまり50%だ。

 川内の言うように、その深海棲艦を殺せば、毎日襲撃されるだろう100%の戦闘率が、6回(戦闘回)/12日(経過日)の50%となる。これでは命がいくつあっても足りない。

 

「俺にとっては神通の言い分も川内の言い分も、間違ってないがあってもない」

 

「それは、些か言葉遊びが過ぎませんか? そんな言い方で納得するのは、10歳までです」

 

 神通は嘲るように笑い、肩を揺らした。

 神通…小学生じゃなかったのか。……じゃなかった、早く神通に戦闘に向かわせなければならなかった。

 

「社会は正しさでいっぱいだからな」

 

 まぁ、どちらかというと、間違っていないもの、だが。

 

「例えば、参考書でも、挨拶の定型文でもいいけど、そういう"定形"ってのは正しいように作られているものだ。ただ、実践においては、自分の頭で考えて使い分けなければならない。同じように、神通と川内が言ったものは、ある程度"定形"のもので、定形だから正しい。だから、何度も言うように"言っていることは"正しい」

 

 簡易的に纏めるならば、使用者の判断が間違えているのだ。バカもハサミも使いよう、ということだ。

 

「では、提督はその目標のために、駆逐艦はどうすべきだと思いますか?」

 

 もちろんその答えは用意してある。けれど、どうやら白露達がそろそろやばいようだ。

 

《提督、ごめん、足やられた!もう、川内さんも中破――たぉと、――ガサッザザッザー――提督ー、聞こえるー?》

 

《どうした、川内》

 

《後、軽空母ヌ級と、軽巡へ級なんだけどさ。私も白露も流石に無理を通しすぎたかなって。取り敢えず私はここで止めるから、神通と一緒に逃げてくんない?》

 

《…》

 

 は?何言ってんだ。逃げれるわけがない。そう決着をつけたじゃないか。

 

《いや、川内達がいて、逃げられな――》

 

《逃げろって言ってんの、分かんないの!?今しか逃げるチャンスないんだよ!絶好の機会何だって!》

 

 川内は怒気を孕んで、叫ぶように言う。

 

《川内達が生きられない》

 

《――馬鹿じゃない!?こっちは無理して戦ってんのに、こちらの言うことは聞かないで…!ちょっとぐらいその偽善的な考え方を抑えて、今回は言うこと聞けよ!!》

 

 偽善…偽善ねぇ。

 利己的と言えばそうかもしれないが、善い行為をしている自覚はない。

 

「姉さん…?」

 

「ん?聞こえてたか」

 

「姉さんは何と?」

 

「逃げろだってさ」

 

「逃げろ、ですか」

 

 神通はまた俯いてしまった。これは…そのまま川内の言葉を伝えないほうが良かっただろうか。



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少女は俯こう

ちょっと長め。今回は中二病全開


 何故、神通は俯いているのだろうか。原因はおそらく、川内の逃げろという言葉だ。それ以外に俺が因果を予想できるものはない。

 とすると、逃げ出すのが嫌なのだろうか。

 

……いけないな。俺は人を決めつけることができるような人間ではない。だから、そういうレッテルを貼らないように気を付けていたはずだ。

 例え、レッテルを貼らなかったせいで、他人に嫌がられようと、そこだけは譲れない信念だ。

 

 信念を忘れていたのは恥ずかしい。恥ずかしいが、ここは一旦、焦っていたからとしておこう。

 

 さて、改めて、神通が下を向いているのは何故だろうか。

 むむ、解らないな。そういえば、視覚や聴覚などから入ってくる情報の処理には、割と頭を使うらしい。そのため、いつまでも煩く怒鳴っている川内との通信を切り、目を瞑る。

 

 俯いている理由が解らないのなら、それについて考えるだけ時間の無駄だ。

 俺の目的は、川内と神通に不満を抱かせずに戦闘させること――否、深海棲艦に殺されないことだ。

 

 まず、考える出発点からして違ったのだ。不満は持ったままでもいい。深海棲艦を退けて、尚かつ全員が生き残ればいい。

 

 だったら、することは単純だ。川内との通信を再開し、情報を集める。

 

《川内、ヌ級は今、どんな感じだ》

 

《いやだから、逃げろって――》

 

《ヌ級が艦載機を飛ばせるか飛ばせないかで、逃げる方法が変わんだよ。あくしろよ》

 

 ホモではない。それは置いといて、逃げる方法と言ったが、逃げる気はない。俺は嘘はついていない。

 

《…まだ、無傷だよ。というか、そろそろ発艦してくる》

 

《よし分かった》

 

 俺は目を開き、空を見上げる。この空を黒く染まってしまえば、負け確だ。

 

《あと1、いや2分発艦を止めてくれ》

 

《しゃーないか…。ちゃんと、逃げるんだよ…ッ》

 

 一際大きな波の立つ音が聞こえ、川内は突撃する。残念ながら、逃げないが。

 後は俺が神通を戦場に行かせれば、川内が大破して動けないところに着くだろう。

 

「さて、俺には神通が俯いている理由が分からない。つまり、この場において、神通を理解する者はいない」

 

 若干突き放した…というより、誘導した言い方。

 大抵、捻ている人にこれを言うと、理解云々について考える。ソースは俺。

 

「…ええ、私を理解できる人なんて、いませんよ」

 

 予想的中。

 理解できるできないの話であれば、俺は誰も理解できないし、誰にも理解されない。

 例えば、酸素がある状態で火をつけたら燃えるだろう。中学生でも9割以上が分かることだ。

 しかし、それを知らなければ爆発物に火をつけてしまうかもしれない。理解してなければ、理解者がいくら駄目だと言おうと、熱湯風呂(押すなよ、絶対に押すなよ!)のようなことが起きる。

 

 だから、相手を理解できなかろうと支障がないようにしなければならない。

 

「だったら、神通は川内を理解できるか?」

 

「出来ないです」

 

 そうだろうそうだろう。自分を理解する者はいない、と言ったら、自分が理解できるとは言えない。

 

「だからな、川内の言葉は、何かよくわからない人が何か言ったに過ぎないんよ」

 

「!」

 

 神通は顔を上げ、こちらを見る。俺の顔になにか付いているのだろうか。

 

「じゃあ、神通はどうしなきゃいけないかっていうと、あくまで俺の意見だが、自分のやりたいようにしなきゃいけない」

 

 やりたいようにやる、と考えるようになったのは、小学生の頃から、将来は自分で決めれますと言い続けられた結果だ。

 俺はこの言葉は間違っていないと思う。ただ、判り易くするのなら、やりたいように相手を誘導する、だ。

 

 どうにか自分で情報を集め、自分をより良くなるよう誘導する。全知があれば全能はいらない。まぁ、欲しいが。

 

「川内にその意見を認めさせるためには、今のままでは足りない。だから、自分であれこれ考える。別に難しいことはない。視点をずらせ、客観的になるなんてことは要求しない。ただ、川内の言葉の捉え方を全通り考えて、そのどれにも反しないように行動すればいい」

 

 分からないから疑う、では駄目なのだ。分からないから、全部考える。疑う必要はない。捉え方を今とは違うものにすればいい。

 

「なるほど……。あの!じゃあ、どうすれば全部考えられるようになりますか?」

 

 神通は勢いよく立ち上がり、前のめりで聞いてくる。

 

「いや、別に、俺の考え方なだけで、神通がそうする必要は…」

 

「そこまで言っておいてヘタれないでください」

 

 お、おう。何の言葉が神通の琴線に触れたのだろうか。俺には分からん。

 

「コホン…えーと、そうだな…。抽象的でもいいか?」

 

「あ、はい。構いません」

 

「じゃあ、できる限りの情報を集めるだけだ。その情報について……例えば、逃げろって川内が言っていたが、生かしておきたいから逃げろ、なのかそれとも、逃げた方が戦いやすいから逃げろ、なのかが考えられる。他にも、俺たちが逃げれば川内が死なないから逃げろ、なのかもしれない。…こんな風に考える」

 

「ふむ。分かりました。やってみます」

 

 神通は黙り込んでしまった。いやだから、別に俺がそうするというだけで……。

 

「…………提督。私、戦ってきます。それで、川内姉さんに伝えてきます」

 

「おう、頑張れよ」

 

「して、提督。提督には座右の銘のようなものはお持ちですか?」

 

「お餅じゃないです」

 

「?そうですか…」

 

「あ、うん、お持ちお持ち、持ってるから」

 

 ちょっと巫山戯ただけ何だ。許してくれ。

 

「座右の銘って一つに決めらんないけど…そうだな、じゃあ、あれだな」

 

「何ですか?」

 

「誰が言ったってわけでもない。っていうか、俺の中二の時に作ったものだが…コホン、えー、上を見ろ。上を見なければ、蔑み虐げる本人を見つけ出せない。下を見ろ這いつくばっている雑魚を嘲笑うこともできない。前を見ろ。追いつく背中なんてものは無い。周りを見ろ。いつ攻撃が来ても守れるように。手を伸ばせ。その手に掴むものは、一緒に戦う仲間だ」

 

「…ふ、ふふ…くふ。す、すいません。ふふっ」

 

 まぁ、そうだろうなぁ。言ってて途中から恥ずかしくなったし。

 というか、最後のものは要らないだろう。本当に中二病は黒歴史だ…。

 

「はい。ありがとうございます。軽巡洋艦、神通、抜錨します!」

 

 敬礼をして、海に駆け出し、艤装を展開して海を走り去る。

……さて、もう少し格好つけるか。



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風に弄ばれる

川内視点です。


 2分、2分だ。2分なら弱い私でも、このヌ級を止めることができるかもしれない。

 

 私はおそらく、他の川内よりも弱い。性能的にではなく、艦娘的に。

 私はだいぶ頭が良いと自負している。だから、頭がいいが故に、提督の命令にも疑ってかかるし、全体の行動として正しい選択をしたくなる。

 そのため、考えが行動の先にくるため、艦娘的に弱いのだ。

 

 弱さは戦場において必要ないものの一つだ。

 私は艦娘的に弱いせいで、性能を十全に発揮できていない。α中尉の指揮下でも駆逐艦を一体も沈めてないし、夜とはいえ潜水艦の魚雷に真っ先に当たった。

 

 白露はそのことを知っていたのだろう。さっきまで私を守るように戦い、私を庇って大破した。提督ならきっと、足手まといだ、と言って切り捨てていただろう。

 

「肉薄するッ!!」

 

 敵艦隊の編成は、軽空1、軽巡2、駆逐艦1。軽巡1と駆逐艦1は白露が沈めた。そして、私は白露のアシストによって軽巡1を中破にしている。

 そして私は中破。カスダメでも大破になる。けれど、2分ぐらいなら残りの命を削いでも何とかなる。

 

 私は距離をとっているヌ級に近づき、発艦されないようにほぼ密着する。

 普通なら、この距離まで近づければ、格納庫に弾をねじこみ、爆発すればいいのだが、私には主砲がないため攻撃もできない。

 

 むしろ、攻撃より回避のほうが重要だ。

 ヌ級だって近づかれば負けると分かっているだろうから、どうしても距離は取りたいはず。

 だから、ヌ級の動きに付いていきつつ、軽巡の砲雷撃をも避けなければならない。

 

《…おーい、川内、聞こえるか?》

 

 やはり2分は早い。提督がこちらに連絡を入れたということは、逃げるのが終わったということだ。

 もう、提督は安全圏にいる。なら、私の仕事もこれまでだ。楽しい夜の時間が短いように、夜に生きる私の生は短い。

 

《聞こえてるか?》

 

《何?辞世の句でも聞きたいの?》

 

《どこのニンジャだよ…。じゃなくて、ちょっとカッコつけにきた》

 

……は?格好つけにきた、ということは、近くにでもいるのだろうか。私達が命を賭して機会を作ったのに、どうして…。

 

《なぁ、川内。海の天気は変わりやすいって知ってるか?》

 

《――そんなことより!逃げなよ!…神通!神通がそこにいるでしょ!提督連れて逃げて!》

 

《まぁ、そう叫ぶな川内。今日は祭りだ。妖精にとってな》

 

 何を言っているんだ。今日こんなにも天気が悪く、雨粒がポツポツと………え?

 

《祭りの参加者1名追加、川内ッ!第三次妖精台風――開催!》



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夜戦の招待者

川内視点続きます。


「は、はは…」

 

 これは、本当にスコールじゃないか。それも、とても強いものだ。

 海は荒れに荒れ、風は強く雨粒が横殴りに襲い来る。これでは転覆の危険すらあるだろう。

 

 この状況であれば、空母は置物と言ってもいい。残りは中破の軽巡へ級eliteを沈ませればいいだけだ。

 しかし、その力は私には残っていない。

 提督がこの雨を予期していたのは驚きだが、それでも、逃げてないのだとしたら、一手足りない。最初から逃げていれば、私らが犠牲にならなくても逃げれていたはずなのに…。

 

「川内姉さん!遅れてすみません!」

 

 おかしいな。神通の声が聞こえる。

 神通は責任感が強く、頑固だ。だから、私を助けに来るなどありえない。

 そもそも、神通と提督だけを残したのは、神通がいれば逃げ切れると思ったからだ。提督は逃げることを選択すると、そう思ったからだ。

 

「姉さん!聞こえてますか!白露を連れてあの島に帰ってください!」

 

「それは!提督の指示!?」

 

 一際強い風が吹き、発した音が宙で消える。全く、こうも風が強いと、まともに喋れない。

 

 ふと、妖精さんの声が聞こえ、へ級に目を向ける。へ級はこちらに砲を向けて、発射する寸前――

 

「シッ――」

 

 急旋回して左に回り、落ちた妖精さんを空中で掴みつつ、砲撃を避ける。

 

「違います!私が全体的に捉えて、一番間違いのない選択です!!」

 

 何を言っているんだ。一番間違いがないのは、2分前に逃げる事だ。それが状況的に一番正しい。

 

「それに!手の届く位置は助けたいです!」

 

 助ける?…そうか。助けるなんて言葉は、提督が使うはずがない。ということは、本当に神通が考えたのだろう。

 けれど、妹の考え方は、大抵姉より深く考えていないのが常だ。

 

 神通は私を助けたいと言っているが、助けることができないかもしれない。そんな力もないのに、強がって言っている。そうだったら、私がここで逃げて、良い未来など訪れないだろう。

 

 けれども、優先順位を間違えてはいけない。一番上は国民、次に提督、次に私達だ。この場合、この状況で、最も正しいのは、何だ。

 島には提督と、深海棲艦……がいる。

 

「ありがと、神通!ここは任せるよ!」

 

「はい!!」

 

 マズいマズい。マズいマズいマズい。

 やっぱ、神通は何も考えてない。深海棲艦は島にいるのに、護衛がいなくなってしまえば、提督が狙われるのは必然。

 これを神通に説明していたら、時間がなくなってしまう。けれども、戦力にならねば意味がない。この2つを満たすには、白露を曳航する。これしかない。

 

「白露、引っ張るよ」

 

「あれ?川内さん?深海棲艦は?」

 

「それは後で」



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海上の陸上戦

提督視点です。


 うむ、カッコつけも終わり、新しい黒歴史の誕生に悶えていると、不意に森の中に黒い陰を見つけた。

 その陰を見た瞬間、行き場のない憎悪やら嫌悪やらに心を奪われかける。この感覚は深海棲艦を見たときに、共通してやってくるものだ。よって。

 

「かかってこいよォ!深海の駆逐艦!」

 

 俺は高々と宣誓し、気持ち悪い音ともに短い脚で突進してくる駆逐艦から逃げる。

 よく見れば、その駆逐艦の体は黄色に靄にかかっており、所々壊れている。

 

「妖精、あの駆逐は何だっ」

 

『あれは、駆逐ロ級flagship。ロ級の中でも上位種だね』

 

 ロ級は確か、叢雲がいたときに戦っていた弱い深海棲艦だ。あの時の白露でも一撃で轟沈。それの上位種と言えど、大して強くないだろう。

 

「妖精。何か手はないか」

 

『強く無いとか言っておいて、頼るのかい…。まあ、そうだね…あの人間にやったやつが残っていたと思う』

 

 あの人間?

 

『β?だったかな。大佐だよ。あの太ったの』

 

 ああ、思い出した。あの階級剥奪された人か。

 そういえば、結構服がぼろぼろだったり、青妖精を怖がっていたりしてたなぁ。

 

『怖がっているとは心外だね。艦娘さんっていうものを教えてあげただけさ』

 

 おお、怖っ。

 けれど、あれだけ傷ついているなら、それなりのダメージを期待したい。

 

『まぁ、他の仲間がいないから無理だけどね。今、飛んでるし』

 

 おいこの、欠陥!唯一の攻撃がなくなったではないか。

 そもそも、あの深海棲艦を海に出しては負け確、陸の上ならパワー負けという状況で、どう相手取れば良いのだ。

 

 俺は浜辺にいるので、駆逐ロ級も海には近くなる。そうすると、ロ級は海に行こうとするので、俺はそれを止めなければならない。

 

 考えろ、俺。

 今は雨が降っている。むしろ台風並だ。そして、戦えそうなのは俺と青妖精、年増妖精。これじゃあ、勝てない。俺は神通に言ったように、この状況でまだ捉えきれてないものを考えるんだ。

 台風、妖精、砲撃……違う、もっと大きく考えろ。

 

 台風はあらゆる側面を持っている。しかし、その全てに共通するのは、災害だということ。

 そう、どんなに優れた耐久性を誇っても、自然災害によって被害が出る。人工物とは、そんなものだ。人では自然には勝てない。

 

 いや、最もらしく考えても、そんな情報は使えない。

 他のことを思い出さなければ、考えなければ、この状況は打開出来ない。

 式で考えれば、自然>俺>ロ級であれば勝てる。最悪、自然>ロ級であれば、何とかなる。

 

「……そうか!」

 

 人では自然に敵わない。つまり、人が一回でも勝てば、それは自然未満である。

 そして、二日前の夜、白露が語った武神。彼は人だ。人が深海棲艦に勝っている。

 

 つまり、俺に武神並の力があれば……って、そんなものあるか!あるわけ無いだろ、バカか俺。



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憎しみ合う敵

 どうするか、と考えていると、ロ級は再びこちらを見た。

 

「グギャ、ギャギャッ」

 

 異様な声を上げながら、またもや俺に向かい突進してくる。

 力は圧倒的に負けているだろうけれども、速度は遅く、小学校低学年並みなので、避けることは容易い。容易いが、当たったら内蔵とか外傷とかがヤバそうなので、避けることに全精力を注ぐ。

 

「チッ、思考が纏まんねぇ」

 

 断続的に襲ってくるからというのもあるが、深海棲艦に対する恐怖やら憎悪というのもその一つである。

 そういう短気になりそうなものを押し込めて考え事をするのは、酷く不愉快だ。

 

『ぺしっ』

 

 そんな声とともに頭の上で蚊に刺された感覚――否、青妖精に叩かれた感覚があった。

 

『よく見るんでしょ、提督』

 

 はぁ?(怒)

 よく見てる。けど、分からない。考えてるから、邪魔しないでほしい。

 

『どうどう。冷静になりなよ』

 

 冷静だし。……いや、冷静じゃないな。うん。普通にキレてた。

 違う違う、よく考えろ。疑ってかかるわけではなく、捉え方を変えるんだ。最も単純化するのだ。

 

 今の状況を単純に言うと、ロ級がこちらの方向に移動した、となる。

 そう、海の方向ではなく、こちらの方向だ。俺の後ろに何かあるのかもしれないし、この位置に移動したかっただけかも知れない。

 

 要するに、海の方に行く気はないということだ。ということは、俺は海に行かないように立ち回る必要はない。

 

「…つーことは…!」

 

 つまり、俺は攻撃法だけ考えればいいのだ。そして、攻撃法は現状、年増妖精に任せるしかない。よって導き出されるのは、青妖精に家に行ってもらい12cmたんそー砲と、年増妖精を連れてきてもらうことだ。

 もし、俺が行って家を破壊されたら、たまったものじゃない。

 

「って、家、壊れてるーッ!?」

 

 一階はまだしも、二階が崩れて壁が宙に浮いている。これなら、もう家が壊れる壊れないは関係ないだろう。俺が家に向かった方が速いので、森の中に入り家に向かう。

 

「ギャギャッ」

 

 俺が木を避けつつ走っていると、後ろから木々をなぎ倒してロ級が迫ってくる。ちょ、ヤベーて、あれ当たったら、まじ死ねる。死ぬの確実ぅ、である。

 

『何が始まるんです?』

 

「言ってる場合か!」

 

 危うく、第三次大戦だ、と言いかけた。この島にはまだ4人しかいないため、皆殺しにしても絶望感がないだろう。当の本人たちは、絶望だらけだが。

 

『絶望してるの?』

 

「そんな言葉を使うほどではないにせよ、ベクトル的にはそんなもんだ」

 

 そう、大して絶望的状況ではないと思っている。ゾンビ映画のような怖さはあれど、デデドンって急に現れなければ何とかなる。

 

 そう思って森を抜け、開けた丘に出てみると一人の人影が、雨の中でも燃える半壊の家の前に立っていた。

 それは10日前に初対面し、深海棲艦という恐怖を最初に俺に叩き込んだ悪魔――重巡ネ級。しかもご丁寧に、flagshipのオーラまで持っている。




第三次妖精台風は大惨事大戦(違)を言いたいがための布石。今回の艦隊が軽空1軽巡2駆逐1の4隻編成なのも、ロ級flagshipとネ級flagshipを入れるための布石。


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いつかの再戦

「オヤ、ヒサシブリダネェ、シラツユ。フツカブリカナ」

 

 いや、俺と会うのは10日振りぐらいである。

 だが、俺を白露と言っていっているように、ネ級は俺を白露と見間違えている。

 だったら、俺は白露と誤認させたままにしておこう。喋り方や仕草を白露に似せれば完成度は上がるはずだ。

 

「……話せるんですね。お茶でもどうですか」

 

「ハハハ、キンチョウデモシテイルノカ。ヘンナクチョウダネェ」

 

……似せるのって難しいな。もういいか、面倒くさいし。

 

「あの、その家……」

 

「アァ、コレ?ヨクモエルヨネェ。カンムスニシテハ、ヨクデキテイルヨネェ」

 

 深海棲艦にしてはよく喋るなぁ。むしろ、話すのは初めてではないか?

 しかも、あの夜には気づかなかったけど、結構女性の顔だし、サイドテールだし、随分と人間らしい。けれども、深海棲艦らしいところもあり、どちらにもなれなかったのか、それともどちらにもなったのか分からないが、どちらにせよ"生まれたて"な感じがある。

 

「よく、意思疎通なんて出来ますね。交渉しませんか?」

 

「ヘェ?カンムスノバカナアタマデ、コウショウナンテ、デキルノカ?」

 

 やはり、多少上から目線で話しても、行動に対して興味があるあたり、とても子どもらしい。

 

「グギャ」

 

 奇異な声を聞き、頭が一気に冷める。そういえば、ロ級から逃げ回っていたではないか。なら、ネ級と話している時間はない。

 

「シラツユ。ナニヲソンナニコワガッテイルノダ?ソイツナラカンタンニ……アァ、ギソウガナイノカ。ナラ」

 

 凄まじい風圧と共に焼けるような炎が飛び出し、俺の横を過ぎ去る。

 後ろに振り向けば、半分が消失してしまったロ級が光となって空に向かっているのが分かる。

 

「同士…討ち…!」

 

「ナカマジャナイサァ。ニンゲンデイウ、カチクテイドノヤツダカラナ」

 

……食うのか?

 いや、まぁ、違うだろう。光を食べるとか、深海棲艦の雰囲気に合わないし、そもそも触れそうなものじゃないし。

 

「ナァ、シラツユ。ハナセルッテイイナァ」

 

「そうですね。随分と人間的な進歩だと思いますよ」

 

「アァ、ソノトオリダ。ココロッテイウモノヲモツノハ、ニンゲンシカイナイ。ダカラ、ワタシハココロヲテニイレタ」

 

「はぁ?」

 

 曖昧な返事をする。

 まぁ、言語野って人間しか持たないらしいし、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「コレガナニカワカルカナ?」

 

 そう言って二股の尻尾に置いて見せるのは、一匹のキモい鳥みたいなものだ。

 

「偵察機?」

 

「オシイ。コレハ、カンサイキダガ、テイサツキデハナクコウゲキキダ」

 

 徐ろに二股の尾を伸ばし、キモい鳥を数十羽解き放った。

 

「ゼツボウノジカンダ、シラツユゥ!」



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理性の芽生え

 絶望の時間だ。そう宣言し、一斉に空へと放った鳥は次々と堕ちていく。

 

「ナ、ナンダ!」

 

「いや、台風の中で艦載機を飛ばせるものか」

 

 俺もつい最近知ったが、艦載機は台風の中で飛ばせないらしい。それを知らないとなると、艦載機を持ったのが最近なのかもしれない。

 けれども、そういう大事なところは注意するのではなかろうか。となると、生まれたてだから理解できなかったのだろうか。

 

「チッ、マァイイ。ヨキョウガナクナッタダケノハナシ。メインディッシュガ、ハヤマッタダケダカラナァ」

 

 角っぽいのや歯っぽいので顔が隠されているため片目しか見えないが、それでも狂気を醸し出す笑いに顔を歪めた。

 

「余興は食事中に見せたり食事前の準備期間に聴かせたりするものだ。決してメインディッシュと関わりはない。ついでにいうと――」

 

「ドン!」(ダマレ!!!!!!)

 

 理不尽じゃないか?黙○ドン太郎に謝……らなくてもいいや。

 というか、この深海棲艦。日本語を使っているだけあって、日本文化にどっぷりのようだ。

 

『誰だい、黙○ドン太郎って』

 

「ある漫画の……やっぱり、太鼓叩いてるやつでいいや。ドンとカッでビートを刻む凄い人……太鼓だ」

 

 まぁ、あまり説明する気もないしこれでいいだろう。

 

 取り敢えず、ネ級はキモい鳥を尻尾と腕によって集めまわり、こちらに近づいてきた。

 

『嘘なんだ。…それはいいとして、ムードを壊しすぎじゃないかい?』

 

「いいんだよ、こんなもんで。俺はな」

 

「サテ、シラツユ。ワタシタチヤカンムスハ、リクデハウミホドハヤクウゴケナイ。ケド、ソレハカンキョウノデバフ。ダカラ、ステータスニハカンケイナイ――ンダヨッ!!」(訳:さて、白露。ワタシ達や艦娘は、陸では海ほど速く動けない。けど、それは環境のデバフ。だから、ステータスには関係ない)

 

 相手の腕の射程内に入った瞬間、右腕を大きく振りかぶり、圧倒的なパワーで振り抜く。

 身長が俺より高いため、俺に反撃の機会はない。だが、どんなにステータスが高くても、生物にとって――理性を持つ者にとって越えられない一線は、例え深海棲艦であっても越えられない。

 

 台風は34ノット以上の風だ。そして、白露の速度は大体26ノットだと言う。これがどういうことか分かるだろうか。

 

『ていとくに、てをだすんじゃないのよ!』

 

「タワバッ!」

 

「ナイス、年増妖精!」

 

 (運動エネルギー+風の加速)×質量による12.7cmたんそー砲の力は、他のいろいろな要素で軽減されても、十分な威力を発揮する。

 

 いや、本当はね、俺の真上で12.7cmたんそー砲を落としてもらい、カッコよくキャッチしてロ級を倒す予定だったんだけど、急遽予定変更してネ級の頭に落として貰うことにした。

 ただ、残念なことに落下物は肩に当たってしまい、致命傷ではなかった。見た目だけだけど。

 

「ガッ、アァァアァ!」

 

 右肩を抑えて膝を付き、地面に向かって慟哭する。おそらく骨は折れてるだろう。骨があるのか知らないけど。



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フラグシップ

 ネ級は地面に這いつくばり、泥を被りながら怨めしそうにこちらを見上げた。

 

「クチクカンノクセニ、ワタシヲナンドモ、ナンドモ、フミニジリヤガッテ…!シズメェ!」

 

 叫びとともに、二股の尾がウネウネと動き、砲を縦横無尽に発射する。所謂、乱射というものだ。

 木に坑が空き、焼き崩れる家は尚の事燃え、地面は抉れる。このままでは俺にあたってしまうのも、そう遅くはないだろう。

 

 けれど、銃というのには砲身がある。

 砲身より中に入ってしまえば、攻撃が当たることはない。

 蛇を掴むときは、首を抑えるのがいいように、武器は持ち手の部分が一番弱い。そのため、ネ級のすぐそばにいた俺は、もう少し近づけば当たることはないだろう。

 

「……キタァッ!」

 

「ぅ、オゴォ!」

 

 尻尾の部分というのは、見ての通り身体よりも太く、それこそ丸太で叩かれるような痛みがあるだろう。

 尻尾は弧を描くように俺にぶち当たり、俺は燃えている家を通り越し、更に高い丘の端まで転がった。

 

「ゥあぁ……ぁ」

 

 高く吹き飛ばされたため、頭から落ちるのは必然だった。そのため、どうにかして頭を守ろうと、後頭部に両手を添え、腹筋を使って頭を上にしようと試みるも、ほぼ水平に落下した。

 めちゃくちゃ背中が痛い。踵も痛い。腰も痛い。けど、頭は守りきったと評価している。

 

「フフ……カンムストイエド、ギソウヲツケナケレバ、コンナモノカ」

 

 力の入らない体の首を掴み、ネ級は易易と俺を持ち上げる。

 苦しい。息がしづらい。離せ。ホント、マジで!

 

「ソウアバレルナ。マルデ、ニンゲンノヨウ……ウン?」

 

 そう言って、ネ級は俺の体を宙に浮かしたまま、割と女性的で綺麗な造形をしている顔に近づける。

 形のいい小さい鼻を使いスンスンと俺の匂いを嗅いだかと思えば、俺の顔を両手で掴み自分に引き寄せ接吻した。

 

 は?何?え、ちょ、本当に待って。百合ですか!?え、明らかに百合展開だよね?でもなぁ、中身が男だし、百合っていうのは見るときが尊いものだからなぁ。

 

「!」

 

 ネ級はキスでは飽き足らず、舌まで口の中に入れてきた。え、何?本当にそういう感じ?

 

 いや違う。ネ級が舌と共に入れてきた丸っこいものがある。おそらく、狙いはこの異物だ。

 ネ級は口を離し、俺の拘束を解いた。

 

「オエ…」

 

 俺は泥だらけの地面に手を付き、ネ級に喰わされたものを吐き出す。

 形を見ると、白露たちの食べていた弾丸に似ていることが分かる。

 

「ヤハリ、オマエハニンゲンカ。ナラ、コレイジョウハナスヒツヨウモナイ。シズ……イヤ、シネ」

 

 まだ、死ぬわけにはいかない。動け、俺の体。

 ヨロヨロと足を動かし、頼りない足取りで走る。

 ネ級の顔を見れば、そんな俺が滑稽なのか、笑いに笑っている。そんな顔ができるのも、今のうちだけだ。

 今の俺でもやろうと思えば一息で崖の端まで行けるギリギリのラインを踏むと、今までの頼りない足取りを止め、ほぼほぼ四足歩行のように走る。

 

 崖の下は海だ。運が良ければ死なない。

 死ななければ、海を潜ってネ級に攻撃されないようにできる。100%死ぬよりかは、ある程度死ぬ確率が少ない方を選ぶべきだ。

 

 そうして俺は、崖から身を放り出したのだった。



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あの時の約束

 台風っていうのは、本当に凄まじいエネルギーを秘めている。それこそ、車を吹き飛ばすほどに。

 それが人間の体ではどうだろうか。それはもう、吹っ飛びまくるだろう。けれど、それは大型の台風だ。頻繁にそんな台風が起きるわけがない。

 

 とはいっても、抵抗を感じる程度には風がある。だから落下しても、せいぜい3階ぐらいの高さであれば助かったりするものだ。

 

「グッ」

 

 だが、命は助かるけども、体が平気であるわけがない。風に飛ばされ、着地したところは砂浜である。砂浜に着いた右手は、腕の部分がボコッと浮かんでいる。

 それはもう、腕の形が見てわかるほどに変わっている。剥離骨折のレベルではない。

 

「あー、痛い」

 

 何だろうな。骨折って痛いとは感覚が違う。気持ち悪いっていうか、どちらかというと違和感があるって感じだ。

 もちろん、痛いことには痛いから、めっちゃ泣きそうなのを我慢している。

 

「剥離骨折しか経験ないんだけどなぁ」

 

 剥離骨折であれば、ちょっとした添え木探して、服なんかでグルグルまきにすれば済むが、骨が出っ張っているとどう対処するべきなのかさっぱりだ。

 

「あれ?提督じゃん。大丈夫?」

 

 驚いて振り返ってみれば、その声の主は川内だった。

 先ほどとは違い怒った様子もなく、この場の雰囲気にはそぐわない声音だ。

 

「……怒らないのな」

 

「頭冷えたんだよ、物理的にも」

 

 川内は薄暗い空を見上げながら、そう呟く。

 そうか…頭の冷えた川内なら、もうアレを聞けるだろうか。

 

「なぁ、川内。……俺は提督らしくなっただろうか」

 

 提督らしい、というのは、俺が散々嫌がっていたレッテルだ。そのレッテルによって、提督らしい言動、態度を強いられる。

 そんな嫌なものを態々自分に貼ろうと思ったのは、俺の一般人としてのケジメと、生きるために最低限必要なものだからだ。

 

「あはっ、やっぱり?」

 

 何処か嘲ているようで嬉しそうに快活に笑って見せ、ビシッと格好良く敬礼する。

 

「うん、提督は提督らしく、なったんじゃないかな。少なくとも私は、提督を提督だって認めてる。……けど、随分と回りくどいやり方したね。気づくの遅れちゃったじゃん」

 

「生憎、俺には承認欲求が少ないんだよ。……まぁ、その方法しか思いつかなかったのもあるが」

 

 まぁ、あれだ。

 俺としては、提督としての地位を確立するために、今回の敵艦隊はちょうど良かった。

 まず空母を無力化するための黒い雲――台風を使って、地の利を活かして敵艦隊を撃退するつもりだったが、神通の暴露によってこの島に深海棲艦がいることが分かって、敵艦隊の迎撃を為しつつ駆逐艦を倒すには、被害状況的に神通のみで十分だと判断し、白露と川内に駆逐艦を倒してもらう、という構想をしてた。

 だが、それもネ級によって破綻したが、元々過剰戦力の白露と川内なら十分に戦えると思う。

 

 そして、川内の言ったように、俺は提督らしくならないと命令や指令といった類は出来ないため、川内には認めてもらう必要があった。

 なんたって、川内はこの中で一番賢いからな。

 

「提督ってのはね、賢さだけじゃないんだよ。社交性やら資金やら腹黒いのも必要だけど、そういうのを全部集めても半分なんだ。あと半分は何が必要かって言うと、管理能力かなって私は思う。提督はそれを出来てると思うから、私は全然異論ないよ」



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陸上ファイト

「そか。そりゃあ、良かった」

 

 いや、本当に良かった。

 提督らしくなる、ということはすなわち、逃げ出さないことを言うらしい。前に白露が言っていたはずだ。

 つまり、俺に艦娘を置いて逃げる選択肢はなく、最期までこの場所を守る義務があるということだ。元よりそのつもりだったが、約束として明言することによってその意志が固くなる。

 

「じゃあ、提督。私は神通、助けに行くから」

 

「いや、ちょ待てよ。川内にはまだやってもらうことがある」

 

「え?深海棲艦はもういないんじゃないの?」

 

「いや、まだネ級がいる」

 

「……は?」

 

「flagship」

 

「………はぁ!?」

 

 川内は驚きのあまり、俺の方を掴みガクガクと揺らす。ちょ、痛い。腕が非常に痛い。

 俺が腕を抑えていると、川内はそれに気づいたのか、ご、ごめんと謝り、肩から手を放す。

 

「…で?何で生きてんの?」

 

「え、何、死んでほしかったの?ひどくない?」

 

「いや、そうじゃないけど……え?ネ級でしょ?しかもflagship。私達が全員で戦っても勝てないと思うよ?」

 

 は?まじ?……え?本当に?

 マジ?と川内に聞いてみると、マジ、本気と書いてマジと返答された。

 え、やばくない?ここまで来て、計画破綻するのかよ。

 

「――来る!妖精さん!」

 

『ようせいさんがーど』『ようせいさんばりあ』『ようせいさんぷろてくと』

 

 川内が鋭く叫ぶと同時に、3枚の薄い光の壁が目の前に浮かび、川内は俺を抱えて逃げた。

 次の瞬間、火花が弾け飛び、薄い光の壁がパリンと割れた。

 

「シラツユゥ…シラツユハ、ドコダッ!」

 

「ネ級…!」

 

 森の中からネ級は姿を現し、二股の尻尾をこちらに向けた。

 

「海に出るのは……分が悪いか」

 

 川内がそうつぶやいたかと思えば、俺は砂浜に落とされ、川内はネ級に向かい駆けていた。

 

「はあッ!」

 

 川内は艦娘らしからぬ徒手空拳により攻撃を試みるものの、ネ級は少年マンガのように顔で受け止め、左腕を大きく振りかぶる。

 

「シッ!」

 

 ネ級がパンチを振り抜くが、そこには川内がおらず、既にネ級の後ろに回っていた。え、何が起きたし。

 川内は両手を刀のようにし、力一杯に肩に振り下ろした。

 

「ガッ」

 

 ネ級は右肩を抑えて再び膝から崩れ落ち、雨で濡れた砂を喰らうように額を砂浜に押し当てた。

 これは先ほども見た図だ。だからまたしても、あれが来るだろう。

 

「川内!尻尾!」

 

「――ッ!」

 

 俺が叫ぶと同時に、川内はその場から離れ、俺の隣にまで来る。

 

「フフフ……ニンゲン、キサマガテイトクカ。ソウカ……マァイイダロウ。ヨクオボエテオケ、ツギニアウトキニハ、シラツユハカナラズシズメル……」

 

 そう言うや否や、ネ級は強引に尻尾を振り払い、こちらに突進してきた。俺と川内はそれを避けると、意外にもネ級は何もせずに海に行き、砲撃もせずに去っていった。

 

「川内、逃していいのか?」

 

「や、それ、私が決めることじゃないし、そもそも、勝てなさそうだったからいいかなぁって」

 

 ふむ、そんなものか。

 川内は、怖かった〜と言いながら座り込み、未だに荒れている天を仰ぐ。

 正に、嵐のような深海棲艦だったな。



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発展はしない

深海棲艦側の話書きたいなぁ。ということで、第6章、本題です。


 取り敢えず、目前の危機は去り、嵐も落ち着いてきた頃、朱色に染まる空を背後に神通達は帰ってきた。そう、神通"達"は、帰ってきたのだ。

 

「あの、大破と中破の艦娘が海に浮いていて、連れてきたのですけど、宜しかったでしょうか…?」

 

「どうだろうな。俺には分からん」

 

 川内に目を向けてみれば、まぁいいんじゃない、とのことだった。

 その艦娘の見た目は、大破してる方が魔女っぽいフードを被っていて、中破の方がリアル小学生の見た目だ。というか、中破してる方は艦娘じゃないんじゃ…?

 

 そして、川内達とこの艦娘達をどうするかと話し合っていると、森の方から艤装をつけた白露が出てきた。

 

「あ、白露、どこ行ってたんだよ」

 

「ちょっと、鎮守府に用があってね。後、妖精さん達が燃えないように避難させてたり、色々」

 

 おお…意外とまともな理由だ。

 俺としては白露がばったりネ級と会敵してしまったらいけないと思い、そろそろ探しに行こうかと思い始めていたのだ。うん。決して、忘れていたとかじゃない。

 

「でも、提督。あたし、ちょっと怒ってるよ」

 

「え」

 

 自覚ないんだけど。むしろ、怒られることなんてしていただろうか。

 白露はズカズカと俺に近寄り、明らかに怒気を孕んだ言葉を放つ。

 

「提督、何回も言ってるよね?提督は艦娘が護る人だって。それなのに、何で提督がネ級の相手をするのかな。しかも、崖から落っこちるし……あたしがネ級から提督を護ろうと思って丘を登ってたら提督が落ちるんだから、本当にびっくりしたんだよ?」

 

 あー、はいはい。心配、優しさの押し付けね。

 そういうのは、見返りを求めないで自分勝手に思うから美徳なのであって、心配してると発言するのは本来はあってはならないものだ。

 だからこそ、心配を押し付けるのはそういうところを理解してなくてムカつくが、押し付けがましいと言うと怒られることを俺は知っている。

 

 よって、俺の行動を正当化するならば、

 

「俺は一応提督という立場にいて艦娘を統率しているが、この場所において提督というのは艦娘と対等な立場だ。だから、価値は同等だから、白露が死にかけるか俺が死にかけるかの違いで、そこに差異は存在しない」

 

 実際そのとおりだ。白露が死んだとして、きっと俺はすぐに死ぬだろう。だって、戦力が減るのだから。

 じゃあ、俺が死んだとして、白露はどうだろうか。きっとすぐに死ぬだろう。だって統率者がいないのだから。

 全員がほぼ同じく死ぬのだから、価値は同じだ。だったら、ネ級が相当恨んでいる白露に戦わせるわけにはいかない。もし、俺が白露の場所を知っていたとしても、俺は同じ判断をするだろう。

 

「そう……だけどっ。提督はもっと、もっとさ、感情的になりなよ!もっと…理論とか価値とか難しいこと言わないで、体を大事にしてよ!」

 

「理論は大切だし、感情に従順だと自負もしている」

 

「そうじゃなくて…!もう、提督、大っ嫌い!」

 

 非常に子どもらしく癇癪を起こし、平手打ちを俺の頬に叩き込む。

 俺はリアクションを取ることもできずに、人智を超える馬力によって打ち出されたビンタを無防備に受け、海の上を数回ほど跳ねながら錐揉み回転で吹っ飛んだ。

 

 脳震盪がヤバい。方向は分からない。けれど、首は繋がっている。

 海に沈みながら吐瀉物を吐き出し、鞭打ちになった首を動かせずに段々と意識が遠のいていった。




ギャクじゃないです。シリアスです。


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一難去って再

「!」

 

 意識がだんだんと覚醒し、妙に柔らかい弾力を頭の下に感じるのと聞いたことのない声を二つ聴きながら、右手で目を擦りつつ目を開ける。

 するとそこには、ドでかい山があった。それはもう、迫力もあるため冒険心をくすぐる。しかも、あり得ないほどデカイわけでもなく、所謂美乳である。

 

「あ、おはようございます!司令官!」

 

 この巨乳っ娘とは別の方向から声が聞こえ、そちらを見てみれば、私立小学校の生徒がいる。

……いや、ちょっと待て。冒険心を宿してる場合ではない。白露達はどこに行った。

 

 俺は白露たちを探すべく、役得な膝枕の呪縛から離れつつ、周りを見渡す。一見、今までと同じ景色だ。

 次に体に変な部分はないかと体中を見ると、特に不思議なところはない。全部健康体そのものだ。……うん?

 

「腕が……治ってる……」

 

 あの尖っていた腕が綺麗に治っている。しかも、鞭打ちになったであろう首も何ともないし、頭の上に青妖精がいない。一体、どうなっている。

 

「えーと、君ら、白露を知らないか?」

 

「白露さんなら、川内さん達が追いかけています!」

 

 ビシッと効果音が付きそうな敬礼を決め、不動の姿勢となる。敬礼しているってことは、海軍なのか?やっぱり艦娘?

 

「君ら、えー、名前を教えてくれないか」

 

 小学生の艦娘の方は事案が発生しそうなので、なるべく魔女っ娘の方を見て質問する。いや、やましいことはないんだけどね?小学生は見るだけでもロリコン疑惑だから……。

 

「……R1であります。提督殿」

 

 R ONE?何か、秘密工作員的な、特殊捜査機関的な感じだ。Rといえば……レジスト?抵抗する団体の第一人者か?抵抗といえば、艦娘は深海棲艦に対抗しているし、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「駆逐艦、朝潮です!勝負ならいつでも、受けて立つ覚悟です!」

 

……勝負?俺って艦娘と勝負するの?に、肉弾戦じゃないよね?

 まぁ、多分、受けて立つと言っているから、俺から勝負に誘わなければ、勝負は行われないのだろう。そもそも勝負する気はないので、勝負することはない。

 

「んじゃ、俺は白露のとこに行く……のは、ちょっとアレか」

 

 ぶん殴られたことを思い出し、白露のところに行くのは止めておく。そうすると、必然的に俺がするべきことはなくなり、何をするかと考えているとR1が話しかけてきた。

 

「提督殿。何ゆえ提督殿はそのような口調をしているのでありますか?」

 

 またか。

 まあ、女の見た目をしていて男口調なのだから、興味持たれるのは仕方ないのかもしれない。けれど、今は男女平等を謳う社会。そのため、そういう男の口調とか女の口調とかを区別していると、何かと問題……おっと、この話題は自粛しておこう。

 

「吾輩は男である。名前はまだない。トラックとぶつかったのか皆目、検討しかつかぬ」

 

「はぁ…?」

 

 R1は何言ってんだ?という顔を向けてくるので、俺は普通に説明をする。

 いや、ね?こう何回も聞かれると遊びたくなるじゃん?



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決断の思考力

「それで、R1や朝潮はなんでこんなところに?」

 

「朝潮は、聡明なるδ司令官の指示に従いましたが、朝潮の力が及ばず、艦隊から落伍してしまいました…」

 

 それ、聡明って言わなくない?

 むしろ、仕事を選ぶ上で能力をしっかりと把握していない無能ではないか。

 

「このR1は、ε提……大将殿により、追放されて海を彷徨い深海棲艦の攻撃を受け、恥ずかしくも逃げたのであります」

 

 R1は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。っていうか、大将!?俺の知っている階級の中で最高のものだったはず……いや、元帥とかいう階級だから、その下だろうか。

 それはそうと、恥ずかしくも逃げたって言うが、自己犠牲の精神の塊だろうか。逃げたければ逃げればいいし、そもそも逃げるような事態にしなければいいだろう。

 

「そうか…。じゃあ、これからどうしたい?」

 

「どう……したいとは?」

 

 え?どうしたいと言ったら、どうしたいかじゃないのか…?

 もしかして、俺の語彙力が足りない感じか?いや、もしかしなくてもそんな感じだな。うん。

 

「えっと、えー……どう、どうかぁ……。そうだな…何をしたいか、だ」

 

「何……とは?」

 

 無限ループか!

 何だ。これの解決方法は何だっ。青妖精、教えてくれ……っていない!

 

「えっと、じゃあ、あれか?具体例を提示すればいい感じか?」

 

「お願いするであります」

 

「それなら例えば、元の鎮守府に帰りたいとか、ここにいたいとか、沈みたいとか、沈ませたいとか、色々だ」

 

 まぁ、元の鎮守府に帰りたいのであれば、殆ど無理だと言うし、沈みたいなら歩いて5分で逝けるよと言おう。

 

「なるほど…R1はこの4つから選べばいいわけでありますね」

 

「いやいや、他にも考えてくれて構わない」

 

 R1は再び、何言ってんだ?みたいな顔をこちらに向ける。俺、またなんかやっちゃいました…?

 いや、俺は賢者との関係はないので、何かやらかしたわけではないだろう。

 

「考える……とは?」

 

「は?いや、マジで?」

 

 R1は結構マジ顔で聞いてくる。というか、よく見ると目が死んでるな。ハイライトの入らない目って、中二の頃やってみたけど出来なくて断念した。おっと、黒歴史ガガガ……。

 

「考えるっていうのは……何だろうな?」

 

 考えるって確かに何なのだろうか。説明のしようがなくないか?

 取り敢えず、考えてみよう。考えるってのは脳を使うが、それ以上は分からない。じゃあ、脳から離れた捉え方にすると……期間だろうか。考えるには時間がいる。

 じゃあ、いつ考えるのだろうか。答えは簡単だ。勉強しているときである。勉強はつまり、何かを習得するためにあるので、考えるというのは、

 

「えー、ある課題に対して、決断するための過程?かな?」

 

「ふむ……」

 

「まぁ、今みたいに、R1に質問されたことを考えて返答しただろ?こういうのを考えるって言うんだ」

 

「……その、すまないが、何ゆえこのR1が考えなければならないのだろうか?」

 

「は?」



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お嬢様ボジ?

 いや、え?何で考えなければならないのか、って、考えるものじゃないのか、普通。

 だって、選択が許されるのは高校生、百歩譲って大学生までじゃん?そこで艦娘は学生どころか義務教育すらないわけで、選択がな……あれ?義務教育ないから、選択するしないという概念がないのか?所謂保育園のように。

 

 いや、白露も川内も神通も考える事はできたはずだ。つまり、どちらかというと環境的要因であろう。R1を取り巻く環境が、こことは違う何かだったのだろう。

 

「ちょっと待ってくれ。R1は鎮守府でどう過ごしていた?」

 

「……質問の意図が見えませんが?」

 

「大丈夫だ。どの答え方でも、質問の意図にそうはずだ」

 

 そう、大抵の答えならば質問の意図に沿う。

 先ほどのR1の言葉だってそうだ。質問の意図が見えない。つまり、俺の考えた環境の違いというのに、疑問点を持たなかったということだ。それほど、通常とする閉鎖的な空間にいた可能性が高い。

 

「朝は四時半に起き、三十分で身支度を整え、五時の朝礼に向かいます。そして、朝礼が終わり次第六時迄に朝餉を食べ――」

 

「俺が悪かった。そういうことじゃなくて、職場環境的なそういうものだ」

 

 いやだってねぇ?私生活をそのまま言うなんて思わないじゃん、普通。

 

「職場環境、でありますか。基本的には、ε大将殿の決められた遠征に馳せるか、規模の大きい作戦の発令時に海域に出陣するか、の何れかであります」

 

 あー、なるほど。聞く限りでは、R1が何かを考えて行動することはなく、ε大将の決めたものに従順に従ってるようだ。

 これでは考えるということをしないのも納得である。むしろ、選択肢が存在して当然だと思っているのではなかろうか。

 

「ただ、ε大将殿は陸を嫌い、執拗にR1に文句をつけるため、職場環境という意味では悪かったと思います」

 

 何というか、それだけだとR1が悪いのかε大将が悪いのかわからないな。R1が無意識の内に毒を吐いていたのかもしれないし、ε大将が陰湿な人だったのかもしれない。

 だが、一つ言えるのは、R1はメンヘラ染みている。俺の勘のため些か信頼性に欠けるが、私可哀想でしょ?って感じがする。

 

「じゃあ、R1。R1には、ここからその鎮守府とか行きたい場所に行く権利と、ここで暮らす権利がある。どちらがいい?」

 

 選択でなきゃ行動ができないと言うならば、艦娘を攻撃することもないだろう。被害がないのであれば、別に暮らそうが暮らさまいがどちらでもいい。

 

「行く宛もありません故、ここに残らせて頂ければと」

 

「おけ、わかった」



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生真面目な娘

 とても軽い返答をし、次は朝潮に目を向ける。

 

「それで、朝潮……ちゃん?はどうしたい?」

 

 いや、小学生ってさ、ちゃん付けにするよな?何というか、不可抗力的な力を感じる。

 

「提督、朝潮で構いません!」

 

「や、その、うん、気を遣わなくて大丈夫だから。うん」

 

 ホント、幼い子って扱いが難しくて苦手だ。言葉が純粋すぎるし、思考も真っ直ぐで、自分が汚い者だと意識させられてしまう。

 因みに俺はゴスロリ以外のロリも認める。しかし、常識から外れた発育は認めない。今、ロリコンって思った?俺の年齢は高校生だ。故にJCなら後輩JSなら未来の後輩となる。おーけー?

 

「はっ!承知しました!」

 

 こいつ、俺の心をッ…!違うか。違うな。

 うーん、にしても元気すぎやしないか?

 基本的に今風の子どもというのはナヨナヨしているか、調子に乗っているかのどちらかだ。そのどちらとも外れるこの快活さは、俺がこの歳ですら失ってしまったものに違いない。

 

「んで、元の鎮守府に帰るのと、ここに残るのとどっちがいい?」

 

「はい!δ司令官は迎えに来てくれるので、それまでお世話になります!」

 

 おいおい、こっちはこっちでδ司令官とかいう人に心酔し過ぎではなかろうか。前に叢雲がいたとき、叢雲は、アイツなら絶対に迎えに来る、と言っていたが、彼女はある程度分別できそうな見た目していたのでスルーした。だが、朝潮のような幼い娘が裏切られる思いをしたらちょっと可哀想だと思う。非常に勝手な心配だと思うが。

 

 まぁ、それはさておき、これからどうしようか。

 まず、白露に殴られたのでその解決法を見つけ出さなければならないだろう。他には、R1の艦種を知っておかなければいけないのと、二人の練度も知らなければならないだろう。

 

「……あれ?そういえば、二人とも怪我はどうした?大破してなかったか?」

 

「それでしたら、川内さん達がバケツを使ってくれました!」

 

 そうか、高速修復材を使ったのか。確か、それは4個あったはずなので、残りは2個……違った。白露と川内が治っているので残りは0個である。

 しかし、この計算だと神通の怪我が治っていないのではなかろうか。となると、神通は小破か中破か、はたまた大破の何れかの状態であるということだ。

 

「そうか……。まぁ、分かった。じゃあ、ここで暮らす上で質問とかあるか?因みに自給自足だと先に答えておこう」

 

「はい!」

 

「はい、朝潮ちゃん」

 

「白露さんは司令官の艦娘ではないのでしょうか!」

 

 え、違うの?



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提督と艦娘と

 白露は俺の所属ではないのか?でも、そうだとしたら、朝潮がこんなことを言うはずもない。つまり、朝潮が分かる範囲で、白露が俺の所属であることに疑問点を持つ事象があったということだ。

 

「その心は?」

 

「はい、白露さんに殴られたとお聞きして、それなら司令官の艦娘ではないのかな、と思いました!」

 

 殴られたことと、俺の所属なのとどこに関係があるのだろうか。

 いやちょっと待てよ。そういえば白露は、ある鎮守府所属の艦娘がそこの提督を攻撃することはできないと言っていた。なので、白露が俺に攻撃することができるということは、白露は俺の所属ではないということだ。

 

 しかし、おかしくないだろうか。

 α中尉の電はα中尉に攻撃をしていた。そして、電はα中尉の所属だ。だから、一概に所属だけが関係するとは言えないのではないか?

 

 拠って、あり得る可能性としては、白露が俺の所属であっても攻撃する方法を知っているか、白露は知らなかったが出来てしまったか、俺が提督ではないのか、のどれかだろう。

 だが、確定しているのは、俺が白露に殺される可能性が再び出てきたということだ。

 

 そして、そうなると思い出すのが「化け物」と呼ぶ感覚だ。あの頃も同じく、白露に殺されるかもしれないと思っていた。

 一応、殺さない信じておきたいが、信用し切ることはできない。例え話になるが、友人でも家族でもいい。それなりに関わった人が自分と話していたとしよう。その時、相手が拳銃を片手に話していたらどう思うだろうか。俺は怖いと思う。

 つまり、圧倒的な攻撃力を誇るものには、どうしても恐怖が舞い降りる。

 

「あの、司令官……?」

 

「あぁ、悪い。白露が俺の艦娘じゃないのか、っていう話だったな。そればかりは白露に聞かないと分からん」

 

……というか、俺はなぜ殴られても生きているんだ?白露って艦娘だったよな…?

 もしかして、艦娘に殴られても死なないのか?それとも、艦娘って実は弱いのか?いや、そんなことはないはずだ。

 ということは、白露が手加減をしたということだ。あれだけ感情的でも、頭は冷静ならしい。すごいな。

 

 そうすると、白露がこの場にいないのは何故だろうか。全くもって思いつかない。

 ならば白露に聞きに行きたいが、やはり殴られた後というのは雰囲気的に顔を合わせづらい。

 

「不肖、朝潮が聞いてきましょうか!?」

 

「いや、いい。朝潮ちゃんが気を遣わなくていい」

 

「そ、そうでしょうか…」

 

 朝潮は若干残念そうにしてしまった。俺はどうすれば良かったというのだ…?



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大事な事です

 まぁ、ウダウダ考えていても仕方ないか。

 そう考えて俺は、よく分からないことから目を逸らすことにした。

 

 そもそも今は夜である。正確に言えば夕刻も終わる頃だ。この時間帯は寝る時間である。俺は良い子だからな。これを現実逃避といいます。

 さあて、寝るか。と意気込んで家に行こうとするが、家が焼けたことを思い出し、思い止まる。

 

 家がない。つまり、寝る場所がない。拠って、寝れない。いや、それはおかしいか。砂浜にでも寝転べばいい話だ。上着でも敷いておけば問題ないだろう。

 

「と、いうことで俺は寝る。お休み」

 

「ぇ、あの、ちょ、ちょっと待ってください。司令官!この朝潮、意見を伺って宜しいでしょうか!」

 

「や、別に、そんなに畏まらなくても……。まぁ、どぞ」

 

「近海の哨戒や遠征は行わないのでしょうか!」

 

「必要ないかなぁ」

 

「その理由を伺っても…?!」

 

 何だったか。前に白露にも聞かれたことがあった気がする。そのときは、なんと答えていただろうか。確か…

 

「えと、ここは結構激戦区らしくて、よく深海棲艦が出没するらしい。そして、俺よりちゃんとした軍人が戦っていてもその深海棲艦が倒せないのなら、俺たちが戦ったところで負けるのは必然だ。だったら、下手に刺激しないようにするしかない、からだな」

 

 まぁ、何回も撃退はしているため、若干その論が怪しくはある。だが、面倒くさいものと関わるのは面倒くさいので、なるべく関わらないようにするのは良い判断だと思う。

 

「意見具申、宜しいでしょうか!」

 

「え、あはい」

 

「ここは別に激戦区ではありません!この前の中規模作戦により深海棲艦の進行を止め、更には海域奪取もできました!」

 

「えっ」

 

 あ、マジで?あれ、そういう感じのあれだったのか。

 ということは、俺もとい川内が活躍していれば、それなりに俺も知られている可能性あり?

 いや、まぁ、ないか。そもそも川内は低練度なので、球磨きならぬ装備磨きでもしていたのではなかろうか。無名の者が第一線に放り出されるなど、ないだろう。そこまで切羽詰まっているのなら、日本じゃなくて内陸の国にでも向かおう。

 

「なので、近海の警備も兼ねて近くに通りかかる艦娘を探すべきではないのでしょうか!?」

 

 朝潮がズズイッと近づいてきたので、少し後ろに下がる。まさか、ネ級を前にしても退かなかった俺が、無意識に後退りしてしまうとは……中々やるな。まぁ、動いたら12cmたんそー砲が当たるため、動くに動けなかったのだが。

 

 さて、真面目に考えよう。

 朝潮がこの意見を言った理由はおそらく、同じ鎮守府の仲間を早く探したいからだろう。どこぞの名探偵のように見た目は子ども、頭脳は大人でもなければ、こういう状況は子どもには辛いはずだ。

 発狂とか乱暴とかしていないだけ楽だ。だからといって、それらをしないという保証はない。なるべくこの均衡を保つ努力はすべきだろう。

 

 そして、保つのに手っ取り早いのが、朝潮の意見を認める事だが、それはこちら側がマズい。

 もし、朝潮を轟沈させてしまえば、δ提督とやらに悪印象を抱かれ、最悪こちらの一隻を渡さなければならないかもしれない。それだけは避けるべきだ。

 

 よって、この両方を解決する方法は、白露達に探してもらうことである。しかし、それは個人的に嫌だ。

 

 なので、明日考えることにする。

 

「よし、それは明日考えるから、今日は寝よう」

 

「いえ、それでは深海棲艦が…」

 

「問題ないだろう、たぶん。さっき、帰ったばかりだし」

 

「そう、ですか…?」

 

 一応、納得したようなので、俺は上着を脱ぐ……って、着てないし。どこやったっけ?えーと、最後に見たのは…家?じゃあ、家に行……燃えてんじゃん。え?上着燃えた?むしろ、ズボンも燃えたくね?流石に、黒シャツと黒パンのみで過ごすのは、無法地帯過ぎませんかね。



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偽名はバレル

 おはようございます、皆の衆。俺は今、何故か柔らかい太ももの上に頭を置いて寝ています。……なんで?

 

 俺は木の下に普通に寝転び、普通に寝たはずだ。それがどうだ。朝になってみれば、頭の下は固い地面から膝枕に変わっている。

 もう少しこの感触を味わいたいが、体温でめっちゃ熱いので離れることにする。俺にはお腹側を向く勇気はなかったよ……。

 

 眠気眼を擦り、膝枕の正体を確認すれば案の定R1……じゃない。誰だこの人。あの薄暗そうで幸薄そうな魔女とは全然違う美少女が寝ていた。

 しかしながら、服はR1と変わらない。むしろ、体格すらそっくりである。

 

「……ん。あ、おはよう、ございます。提督殿。申し訳ございません。提督殿よりも後に起きるなど…。どうか、寛大なご措置を」

 

 その美少女は尋常じゃない速さで起き上がり、綺麗な土下座をした。

 いや、え、何?どゆこと?

 と、とりあえず、何か誤解してるよな?なんとかしなければ。

 

「いや、別に、寝たいならもっと寝てて構わないし、うん、本当に。いや、寝たいなら寝れば、知らないけど、みたいなニュアンスじゃなくて、ね」

 

「寛容なご配慮に感謝します。この本艦、今後このようなことをしないよう、厳重な注意を心掛けてまいります」

 

「いや、あの、そんなに俺は怒らないから」

 

 礼儀正しいとは思うが、高校生にとっては言葉が堅すぎて若干気圧される。

 というか、本当に誰?朝起きたら美少女に膝枕されてました、とか最近のラブコメでは何番煎じか分からな……くもないのか?一緒に寝てたとか、起こされたとかならあるが、膝枕は新しいのでは……?

 

「それで……あの、どちら様でしょうか」

 

「?G.L.、ゴッドランドであります。提督殿」

 

 ゴッドランド…神の土地?中々、大層な名前だ。

 そんなことを思っていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「あの、先ほどはR1と名乗られていたかと」

 

 振り向いてみると、声の主は朝潮だった。え?この美少女、R1なの?いやいや、そんなわけないだろう。

 

「あ……提督殿、R1であります」

 

「マジか!?」

 

 いや、え、マジで?

 そう思っていると、R1は服についているフードを被った。

 マジだ。R1じゃん。俺、眼科行ったほうがいいのかもしれない。

 

「ていうか、なんでゴッドランドって言ったし?偽名?」

 

「いえ、その、言葉の綾といいますか……」

 

 何か、嘘を言っていそうだ。俺がジーッと見つめていると、長い沈黙のあとR1が観念したように目を反らした。

 

「実は偽名を使っていたのであります」

 

「それは知ってる。本名は?」

 

「…龍城丸であります」

 

「ホントに?」

 

「はい。本当であります」



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最硬の提督服

 R1の本名が龍城丸と分かった今、俺のやるべきことは、

 

「ちょっと、丘の方に行ってくる」

 

「え、あの、ちょっと待ってください!」

 

 え?俺は今から家に行って、焼失してないものを探したいのだが……。

 俺に待ったをかけた朝潮の手には水入りの500mlペットボトルが握られていた。

 

「これ、飲みませんか?」

 

「あぁ……いや、後で、な。すぐ戻るし」

 

 そう言って、丘に行こうとすると、万力のような力で腕が握られた。痛い。

 

「え、えと、朝潮ちゃん?」

 

「これ、飲んでください」

 

 ええ…面倒くさ。

 

「いや、それ海水でしょ?そうじゃないとしても、ここらへんに転がってたなら不衛生じゃないかなぁ」

 

「いえ、抜かりありません!未開封の飲料水です!」

 

 まぁ、いいか。別に飲むだけだ。大したことではない。

 俺が手を差し出すと、朝潮はペットボトルの蓋を開けて俺に手渡した。

 俺は朝の乾いた喉にその水を流し込み、だいたい4分の1ぐらいでいったん口を離す。

 

「よし、朝潮ちゃん、飲んだから行ってくる」

 

「は、はい」

 

 朝潮と別れ、森をすり抜け丘を登り、焼け崩れている家の前に来た。まずは中がどうなっているのか見たいので窓から中を見る。

 不幸中の幸いというか、家の中には殆ど何も入れていなかったので、足の踏み場もないほどではない。ただ、二階が崩れて一階に落ちているので、足を怪我しないよう細心の注意を払うべきだろう。

 

 ボロボロになっている壁を無理矢理破り、部屋の中に入る。すると、部屋の片隅に白く目立つ布上のものがあった。提督服である。

 

「すげぇなこれ。焼けないのか」

 

 多少炭がついているものの、破れた箇所は見つからず服としての機能は果たしている。

 

「うっ……」

 

 何の前触れもなく、突如として睡魔が襲ってきた。だんだんと瞼が重くなり、立っている状態が維持できず横たわる。

 

 何でこんな眠いのか。おそらくはこの部屋に理由がある。

 この部屋は焼けて一日も経っていない。焼けるのには酸素が必要だ。この2点を組み合わせると、酸素の少ない部屋だということだ。

 これと睡魔との因果関係は酸欠である。俺は酸欠になり眠くなった。

 

 そうだとすると、この状況は芳しくない。早く、外に出なければ……

 

 俺はそこで意識を手放した。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 急に意識が覚醒し、目を開け周りを見渡す。

 白い長机に白い椅子。窓には遮光性の高いカーテンがかかっており、若干暗めの雰囲気を醸し出している。

 俺の体は椅子に縛り付けてあり、手と足は動かせない。というか、何処も動かせない。

 

「目を覚ましたかね。少尉」

 

 後ろから声をかけられるが、首も動かせないため誰が言っているのか分からない。猿轡もされているため、声も出せない。

 取り敢えず、体を揺らしてみようとするものの、椅子が軋むだけだ。

 

「そう、警戒しなくてもいい。ほら、これも外そう」

 

 そう言うと、俺の口から猿轡を取り、俺を喋れる状態にする。

 

「……そう言う貴方は警戒しまくっているようですが?」

 

 俺が嫌味も込めて言ってみると、笑って誤魔化された。

 

 まず、この状況は何なのだろうか。話している相手は男性だと分かるが、具体的に誰なのかは分からない。

 

「俺には、貴方のような知り合いはいないんですけど、どなたかとお間違いじゃないでしょうか」

 

「いやいや、間違ってないさ。私はただ、君を日本に送りたいと思っている者だよ」



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夢が叶うかも

 え、マジか。いい人じゃん!……って、なるはずもないんだよなぁ。拘束されてるのに信頼するのはあり得ない。

 

 おそらく、この男の言うことには裏があると考えられる。きっと、俺を捕らえることによって、この男にいい影響を及ぼすのだろう。

 だとすると、俺が考えるべきは、俺への影響だ。いい影響か、はたまた悪い影響か。もし、被害が及ぶのであれば、それは避けなければならない。逆に、いい影響、若しくは今までと変化がないのなら、この男についていくべきだろう。

 

 とはいえ、今この状況において、拘束されているのは事実。助けを呼ぶのには十分すぎる理由だ。

 だから、助けを呼ぶ、では考えが足りない。この男が猿轡を外したということは、猿轡を外しても問題がないという事だ。つまり、周りに人がいないか、ここが防音なのか、のどちらかである。

 故に、騒ぐのは非効率的である。つまり、助けに期待はできない。

 

「さて、では、少尉を無事に送り届けるために話し合いをしようか」

 

 話し合い…ね。

 おそらく、というか絶対にこの対話は対等には行われない。それは自分の状況を鑑みればすぐに出る結論である。

 だから、俺は自分だけの利益のために話すべきではない。あくまで、相手の利益を考えた上で、うまく自分の利益に繋げる。現状、できる話し方はこれが限界だ。

 とはいえこれは、この男の言う事に適当に相槌を打っていれば達成される。途中途中に、彼の逆燐に触れないように意見すればいいだろう。

 

「まず、君は基本的に、そこにいるだけでいい。あとは全て、こちらが上手くやる」

 

「はい」

 

 終わったじゃん。話し合い終わったじゃん。え?流石にもう少しさぁ、何かあるじゃん?

 

「えと、えー。俺はその後、どうなるんですか?」

 

「私の頼れる者に一時的に身を寄せてもらい、その後は晴れて自由の身となる。このまま海軍に携わるもよし、社会に出るのもよし。君の欲するままに生きられる。無論、こうして海軍に無理矢理関わらせてしまったから、支援はさせてもらう」

 

 うわっ、怖。いや、マジで怖い。

 この男、取らぬ狸の皮算用のような言い回しをする。

 

 おそらく、言っていることは事実だ。けれども、例えば、彼の頼れる者に身を寄せるらしいが、そこで自由だとは言っていない。その後の自由は保証されていても、その時の自由は保証されていないのだ。

 これに関しては少し警戒しないといけないかもしれない。

 

「支援というのは、口止め料ですか?」

 

「ハハハ、包み隠さず言えばそうなるね」

 

 俺の百八の必殺技のうちの一つ、バカなフリ。

 これは、誰でも気づくようなことを勿体ぶって言うことにより、俺はこのぐらいのバカだと相手に錯覚させることができる。

 これにより、この男の隠したいポイント――今回で言えば、自由に関して、俺は全く気づいていないと思わせることが可能だ。

 この選択が吉と出るか凶と出るかは、俺の行動にかかっている。

 

「では、了承を得たということでいいかね?」

 

「はい」

 

 主語言わないあたり、厭らしい言い方だ。でも、俺もそのおかげで返事ができた。だって、俺が今、了承したのは、支援を受け取ることだけだ。屁理屈?そんなもの知らないですね。



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掌の上で踊る

「そうかい、そうかい。君が賢い判断をできる人で良かったよ。ハッハッハ」

 

 あれか?賢い判断をしなければ、素っ首を跳ね落とすぞ的な?怖い。この男、怖い。

 そういえば、この男の名前を聞いていなかった。上機嫌な今なら聞き出せるだろうか。

 

「あの、俺は貴方をなんと呼べばいいでしょうか?」

 

「あぁ、δだ。δ少将でいい」

 

 δ少将……確か、朝潮の提督の名前だ。ということは……え?なんで俺は拘束されてんの?朝潮を助けた張本人だよ?

 ちょ、ちょっと待ってくれ。この状況が一気に複雑になったのだが…。

 

 え?いや、マジで、え?何なの本当に。

 

「えーと。朝潮の提督で間違ってないでしょうか?」

 

「その通りだ、少尉」

 

 うん?ちょっと待てよ。この男、少将とか言ったか?それで、俺は少尉。この差はおそらく6段階。……はぁ!?やばい人だ、この男!少なくとも、逆らっちゃいけない相手だ。

 やべぇ、マジでやべぇ。少将に頭脳戦仕掛けるとか、命知らずだ。まずは、謝らないと……

 

 そう思っていると、コンコンと後ろの方で音がして、ガチャッと何かが開かれた音がした。

 その音と共に入ってきた足音は、少しだけ知っている声を発した。

 

「すみませんδ少将。少しお時間を……」

 

「なんだ」

 

 後ろで俺に聞こえない程度に話したかと思えば、δ少将ともう一人はどこかに立ち去ってしまった。つまり、俺一人である。

 そして、体が動かせないため血流が止まってきた頃、またもやガチャッという音と共に聞いたことのある声が入ってきた。

 

「やぁ、少尉くん。また会うことになるとはね」

 

「またか、α中尉」

 

 α中尉はどこにでもいるな。まさか、分身でも使えるのか?それは羨ましいな。

 だが、α中尉がいることによって、俺は少し親近感が湧き、安心感を得られたのも事実である。これはあれだ。大学に行って、偶々中学の友達と会えたのと似ている。まぁ、大学に行ったことないが。

 

「中尉は辞めてくれよ。僕は大尉になったんだ」

 

「そんな細かいことを気にしてるとモテないゾ」

 

 俺の恋のレクチャーに、α大尉はヤレヤレと言いながら俺の目の前に来た。それはもう、目と鼻の先に。

 

「こうして見ると、随分と可愛いらしいじゃないか」

 

「サディストかよ。いや、ホモかよ。というか、足がそろそろ痛いというか、色んなとこが痒いので、これ取ってくれませんかね」

 

「僕にはその権利がないさ。それに、細かいことを気にしていてはモテないよ」

 

 相変わらず鋭い目つきに反して、爽やかな雰囲気を醸し出している。

 

「それで、少尉くん。一つ忠告だ。δ少将の言うことには従ったほうがいい。というより、従ってくれ。僕のためにも」

 

「α中……大尉……いや中尉でいいか。のため云々は知らんが、従うつもりではある」

 

「そうか。その答えを聞けて安心したよ。なんせ、ようやく、ここまで来たのだからね」

 

 ニィっと悪そうな笑みを浮かべる。鋭い目つきも相まって、魔王か何かだと錯覚してしまいそうになる。

 

 ところで、ここまで来たとは何だろう。この場所まで来た、なのか、何かしらの計画が大詰めなのか、それとも、大尉にまで上ったからなのか。

 まぁ、どれにせよ、俺の方向性は変わらないのでどうでもいい。俺は無事に日本に帰るだけだ。

 

「じゃあ、僕は失礼するよ」

 

 そう言ってα大尉はドアか何かを開けて外に出てしまった。

……今更ながら、トイレ行きたい。



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至急トイレへ

下ネタ多め。TSだからね。仕方ないね(開き直り


―――――――――

――――――

 

「その通りだ、少尉」

 

 少将かよ!なんで俺なんかに少将が会いに来てんだよ。もっと他の人がいるだろうに。

 というか、これはあれだ。頭脳戦を挑んじゃ駄目なタイプだ。従順になっていた方がいいタイプだ。

 

「えー、すみませんδ少将、俺は今からどこに行くんでしょうか」

 

「日本の首都、東京だ。ここから先は教えられん」

 

「ありがとうございます」

 

 東京、東京かぁ…。どうせなら北海道とか涼しい方が良かったなぁ。

 そう思っていると、δ少将はガチャッとドアか何かを開けて出て行き、去り際に、警備のものが来る、と言い放った。

 足音が離れていき、何しようかなと考えていると、また誰かやってきた音がした。

 

「申し訳ありません!遅れました!」

 

 入室したのは声からして朝潮だ。

 朝潮はズカズカとこちらに詰め寄り、俺の拘束を外した。俺は拘束が外れたのを確認して椅子から立ち上がり、腕や足首をぐるぐる回す。

 

 そして、朝潮の方を向くと、あら不思議、目が真っ赤に泣き腫らした跡があるではありませんか。

 え?マジで何で泣いてんの?え?俺何もしてないよ?

 このままでは俺に疑惑が降り注いでしまうので、後退りながら部屋の端まで行く。仕方ないよね。今は子どもを見てるだけでも犯罪の疑惑だからね。

 

「……やっぱり司令官も、朝潮を……朝潮達を怖がるのですか?」

 

 真っ赤な目を伏せて、嗚咽混じりに質問される。

 

「いや、まぁ、うん」

 

 どちらかというと、二次災害が怖いというか、周りが怖いというか。

 そう答えると、朝潮は泣き出してしまった。えぇ、ちょっと待ってくれ。俺は何もしてないっすよ。

 

「確かに…!朝潮達は艦で…!人々を護らないといけなくて…!こうして心を持たない艦艇の頃も、奮闘して…!でも…!心を持てて、より一層尽力できる今が…!なんで怖がられなきゃ……」

 

 おいおい、ここの空気の温度差、酷くない?

 

 というか、全く関係ないけど尿意が……。トイレ行きたい。

 トイレにたどり着く方法は、この部屋を出て探し回るか、朝潮に聞くかの二択だ。明らかに朝潮に聞いたほうが速いが、この状況だとそうも言っていられない。

 

 いや、聞くだけ聞いてみよう。そのためには、この温度差をどうにかしなければならない。

 

「えっと、朝潮ちゃん。泣き止んでくれない?」

 

「はい、はぃ。すみ、すみ"まぜん」

 

「えっとね。なんで泣いているのか、教えてくれない?」

 

「いえ、大丈夫です。朝潮は任務を全うします」

 

 おいおい…マジかよ。朝潮、めっちゃ拗ねちゃってるじゃん。言葉も投げやりだし、全てに失望してる感が溢れ出してる。

 でも、まぁ、任務を全うしますと言っているし、問題はないか。

 

「朝潮ちゃん、トイレってどこかな」

 

「部屋を出て右の突き当りです」

 

「サンクス」

 

 俺は部屋を出て、ダッシュでトイレに向かう。それというのも、男子の頃より尿意が収まりづらいのだ。何か、我慢できる期間が短い。

 それを見た朝潮が、俺を追いかけてきているが、止めに入るわけではなさそうなので、そのままトイレに直行する。きっと、監視か何かだろう。

 

 中に入ると馴染みの男子便所があり、所謂大きい方用はない。けれど、今は小さい方なので問題ないだろう。

……ん?oh, where is my MUSUKO?おっと、驚きすぎて英語になってしまったが、決してち●このことではない。もう一度言おう、決して……。

 いや、そんなことはどうでもいい。今は小さい方をしなければならないのだ。この体では所謂座れる便所がなければならないのだが、生憎ここには浮いている方しかない。

 

 他の場所に移動する時間は……どうやらなさそうだ。というか、内股になるぐらいには、尿意がやばい。

 これは、浮いてる方でやるしかないのか…?物は試しだ。えっと、まずはズボンとかを脱いで……ここからどうすればいいんだ?

 取り敢えず、ガニ股に……ちょ、ここカット、カァァット!!



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白露と提督と

「ふぅ……」

 

 手を洗い、近くにあった紙を2、3枚掴んで、手についた水を拭いとる。

 洗面台の下にあるゴミ箱に丸めた紙を放り込み、顔を上げるとそこには、白露の顔がある。

 

 もちろん、ここには白露がいないため、白露の顔があるというのは通常ではあり得ない。

 けれども、俺の体は白露とそっくりである。だから、洗面台に付属する鏡の中に自分が――白露が映るのは必然だ。

 

 改めて見ると、本当によく似ている。今まで揺れる水面に映るものしか見ていなかったので、こうして落ち着いて自分の体を見る機会はなかった。

 思えば、本来、性転換というのは、その初日に鏡を見て驚愕なり動揺なりをするものだが、俺にはその機会がなかった。

 

 俺は異性の体となり、背丈や運動に若干ドギマギしたものの、本当に変化しているというのを認識する今日までズルズルと間を開けてしまったため、割とこの変化を受け止めている。むしろ、受け止められない方が……とは流石に言えない。

 受け止めているといえど、人の体がこうも簡単に変化できるというのには動揺しているのは事実だ。

 

「にぃィー」

 

 ちょっと見えているものが信じられなくなり、鏡に向かって顔を変形させてみる。

 歯もろくに磨いていないために歯は黄色くなり、顔も全体的にパサついていて、髪はボサボサだ。それに比べ白露は何故か俺より良い状態だ。

 

「これが、俺なんだよなぁ……」

 

 きっと、整形をしたあとの心境は、今俺が感じている名残惜しさと同じなのだろう。ただ、前の俺が好きかと言われると、そうでもないのだが。

 だって、そうだろう。楽してモテる顔に生まれ変わったのだから。

 

 そもそも俺は、人は顔で決める。恋人にしたいポイントは?と聞かれたら、金と顔で迷った末に顔と答える。性格などと言えるのはイケメンのみだ。

 なぜかって?イケメンとっては殆どが自分以下の顔面偏差値だからだ。その点俺のようなイケメン未満の周りにいる者の性格は千差万別でかつ理解不能だ。けれど、唯一解る指標として顔がある。

 

 顔はその人の性格や環境を顕著に表す。今の俺のように、黄ばんだ歯は歯も磨けないような環境及び歯を磨かない性格だと思われる。

 だからこそ、俺は顔で判断をする。その意味で白露の体になったのは、非常に嬉しいことだ。

 

 まぁ、詰まるところ、顔が同じなのが二人いるというのは、他人なら普通でも自分にとっては歪で許容し難いものだ。

 だから俺は、白露を見たとき、というより、自分の顔を水面に映したとき、自分自身を嫌いそれを白露に擦り付けたのだ。あれだけ人間離れした能力を持ち合わせる存在なら、多少のレッテルを貼り付けたところで問題はないと思ったのだ。

 

 しかしながら、俺のモットーは相手を決めつけないことだ。そのせいで、白露を化け物と決めつける俺に嫌気が差し、またそれを白露に擦り付けるという悪循環を生み出した。

 

 畜生。我ながら気持ち悪い。女々しい。

 

「……楽観主義者じゃないのかよ」

 

 そうだった。俺は楽観主義だ。女々しいと言ったら、俺は女の見た目です。ぐらい言えるようにするべきだ。

 

 そもそも、思い悩んでいるのが良いことなのか。そんな訳はない。辛いんだねと憐れまれ、色々考えてるんだねと同情される。

 同情とかいう理想の押しつけはされたくないし、させるべきではない。ならば、思い悩むのは悪いことだ。

 

 よって、俺は楽観主義者だ。一々悩む必要はない。

 だから、俺は白露を一人の艦娘ないし人間として扱っている。



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艦娘朝潮とは

 俺は色々と頭の中で纏めた後、トイレのドアノブに手を掛け、もう一度鏡を見てから部屋を出る。本人には言えないが本当に可愛い顔をしている。顔の好みではストライクだ。

 

「司令官、朝潮、お待ちしておりました!」

 

「あ、うん」

 

 ドアの前にいるのは止めてね?びっくりするから。

 このドアは中に引くドアなので、俺が鏡を見たままだったら朝潮にぶつかっていた可能性がある。そうすると事案発生だ。

 

「あの…もうちょい離れてもらっていい?」

 

「そうすると、逃げたときの対処が遅れるため、この距離が適切かと思います!」

 

 はっきり言うなぁ。というか、俺は逃げる可能性がある人物なのか。知らなかった。

 なるほど、それで拘束されていたのか。ふむふむ……え?何で朝潮は俺の拘束を外したし。というか、俺が逃げて誰が得するし。

 

「えっと、朝潮は間違っていたでしょうか…?」

 

 俺が黙っているのを否定と捉えたのか、朝潮は怯えた口調で質問してきた。

 いや、そんなもの俺が分かるわけ無いでしょうに。

 

「大丈夫だ。世の中、正しいことばかりだからな」

 

「お言葉ですが、司令官!そんなことは、ないと思います!」

 

 なん…だと…!

 大抵の人は流すのに、反論するとは……もしや、真面目か?

 

「ふむ。君の意見を聞こう」

 

 そう言いながら歩きだし、元居た会議室のような部屋に向かう。

 

「何故なら、正しさとは人それぞれだからです!どうやっても、分かり会えない人だっています!」

 

「中々、捻くれてるな!どんな生活したら、その歳でそんなに捻くれられるんだよ!」

 

 やばいな、この娘は。親でも殺されたのか?

 

「まあ、それはいいとして……朝潮ちゃんは何故、正しさが人それぞれだと思った?経験から思ったのか、誰かの受け売りなのか、どっち?」

 

 会議室のドアを開け中に入り、適当な椅子に座る。対面には朝潮が座り、如何にも議論する雰囲気だ。

 

「この朝潮は深海棲艦を滅ぼすことが正しいことだと思っています。けれど、δ司令官はこの国を平和にすることを正しいことだと仰っています」

 

「どっちも良いことだと思うけど?」

 

「突き詰めて言えば、δ司令官は他国がどうなろうと、日本さえ安全であればそれでいいとしています」

 

「あぁー」

 

 なるほど…なるほどね。きっとそこには、少将という立場の政治的理由や、深海棲艦を滅ぼすことの現実味のあるなしなどが関わっていて、δ少将からしてみれば、朝潮の言うことは非現実的だし、朝潮からしてみれば、愚直ではないと思うのだろう。



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家族の価値観

 まぁよし、経験は分かった。その上で結論を出すとするならば、朝潮は勘違いしていると言えるだろう。

 

「おけおけ、朝潮ちゃん。朝潮ちゃんは正しさは人それぞれと言ったね?」

 

「はい!」

 

「そこからして違うんだよ。まず、正しさとは一つに決まっているものなんだ」

 

「え」

 

 そう、正しさは一つに決まっている。それは全世界共通である。

 よく、私の国ではこれこれが正しい、正しさの奪い合いが戦争、などと言う者がいるが、それは違う。それは正しさではなく価値観だ。

 

 では、正しさとは何か。そんなものを俺が知るわけが無い。誰にも分からないからこそ、誰しもが違う正しさを持っていると錯覚するのだろう。

 これを懇願丁寧に朝潮に説明してやる。そうすると、朝潮は今にも泣き出しそうな顔をして、訴えかけてきた。

 

「では、司令官は……どんなに酷いことであっても、それは正しいと言うのですかっ…!」

 

「まぁ、酷いっていうのも価値観だしなぁ」

 

「それはっ、妹が人質に取られていても!同じことが言えますかっ!」

 

 人質?え?まじ?どういう状況?

 あー、そういえば、少し前にも朝潮が泣きじゃくっていたのは同じ理由だったりする?

 けど、他人様の事情に関わるのもなぁ……といつもなら思うが、今回に関しては少し関わり合いになるのも吝かではない。

 

「朝潮、ちょっと良く聞け」

 

 朝潮の両肩を握り、目線を合わせる。

 本来なら事案発生で敬遠する動作だが、今回に関してはそういうのも言ってられない。なんてったって、俺は少し怒っている。

 

「正しさは価値観だ。そこは変わらない。けど、朝潮、俺は個人的に朝潮が嫌いになった。所謂、価値観の押しつけだ」

 

 俺が嫌う行為である価値観の押しつけ。いやぁ、本当に気持ち悪い。吐き気すら湧いてくる。

 

「朝潮、お前、なんでここにいんだよ。妹は大切じゃないのか?」

 

「たい、せつ。大切だから、こうしてここにいるんじゃないですか!!」

 

「おいおい、ここにいて妹が助かるのか?んなわけないだろ?」

 

「いえ、δ司令官がこうすれば、解放していただけると……」

 

 なるほど、朝潮の妹を人質にしているのはδ少将か。

 

「じゃあ、朝潮は妹を他人に任せて、自分は一人でのうのうと生きているという、薄情な奴なんだな?」

 

「朝潮だって、朝潮だってぇ、頑張って助けようと」

 

「頑張るのは結構。俺が聞いているのは助けているかどうかだ。お前がどれだけ努力していようが、考えていようが、知ったことじゃない。妹を奪い取るぐらいの気概を見せろ。つーか、それぐらいやれ。大事な妹だろ?」

 

 おっと、泣き崩れてしまった。流石にやりすぎたか。結構、優し目に言ったつもりだったが…。

 

 いや、うん。今きっと、朝潮は、私頑張ってるって言いたいのに、頑張ってないのかな?みたいなことを考えているに違いない。こういうのを理不尽といいます。

 まぁ、あれだ。言いたいことは色々とあるが、結論を言うと、家族は大事にしろということだ。



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突如、冷静に

 何かアレだ。言う事言ったら、冷静になってしまった。冷静になると、それはもう色々とやらかしたなと、思います。はい。

 

 まず、普通に考えて、朝潮は助けるためにここに来てんじゃん?即ち、助けてるんじゃね?ということだ。いや、もう、支離滅裂過ぎてヤバい。ホントに恥ずかしい。

 けれど、朝潮は何を思ったのか、なるほどぉ!とやる気に満ちている。それでいいのか、朝潮よ。

 

「司令官、ではこの朝潮はどうすればよいのですか!?」

 

 泣き腫らした目を拭い、頬に涙の跡を残しながら詰問してきた。いや、冷静に考えたら無理難題過ぎて、具体例は思いつかない。

 

「そうだな。その妹を連れて、逃亡でもすればいいんじゃないか?」

 

「逃亡したあとは?」

 

「きっと、孤児院に入れられるだろうな。そこで成長して…」

 

「艦娘に成長はありません。それに、人権だってありません」

 

 ええ…?日本の法律って機能してなさすぎでは?

 いや、まぁ、致し方ないか。死ぬ前の情報ですら、艦娘は噂だったのだ。法律などに艦娘が乗っていたら、法学部の連中から情報がだだ漏れである。

 

「あ〜、じゃあ、他の鎮守府に行くとかは?」

 

「δ少将がすぐに見つけるでしょう」

 

 そうだろうか。

 なんとなく、少将という階級になってくると、色々と裏で闇取引だったり殺人だったりしていて、君は知りすぎたと言いながらブルジョワな酒を嗜んでいるイメージだ。

 だから、色々なところから反感を買っていて、事あるごとに少将という階級から落とそうと策を練る人が多い。その人のところに行けば、少なくとも好待遇を受けることができると思う。

 

「そうかぁ。じゃあ何も思いつかないな」

 

「司令官……見損ないました」

 

 いや、まあそうだろうね。

 あれだけ啖呵切っといて、現実味を帯びた方法がないのだ。

 ようは気持ちの問題!と、言うのは簡単であるが、それは流石に考えを放棄しすぎている。

 

「けど、朝潮、勇気をもらったので、大丈夫です!」

 

 えぇ…何この子。この状況で冗談とか言えるの?

 何か後ろの窓からいい感じに光が差し込んでいたり、先程まで無かった風が吹いてカーテンが捲れたりして、カッコいいんだけどね?普通に考えて、絶望的な状況でここまでポジティブにはならんでしょ。

 少なくとも、家族を大事に思っているならば、勇気を貰えば大丈夫だと言えない。それこそ、先の朝潮のように泣きじゃくって半狂乱になる方が正当である。

 

 でも、俺がそこまで口を出せるわけじゃない。

 怒って視野が狭くなって、価値観を押し付けて経験を否定していた俺では今はない。今の俺は割と冷静で、この場に相応しい言葉を投げかけられる。

 

「勇気で人が救えたら……まぁ、アンパンの顔のヒーロー等は置いといて、基本的に勇気で何かできるわけじゃないだろ。行動を起こすことは出来ても、行動が決まってないんじゃ――」

 

「ここ4日で理解しましたが、司令官って純粋に捻くれてますよね」

 

 今までの他人行儀が嘘みたいな言葉を投げかけられる。え、4日?

 はてなマークを頭に3つほど浮かべていると、朝潮は徐ろに耳に人差し指を押しあて、

 

「通信機を傍受してみました」

 

「え、いつ?」

 

「そうですね、時期はβ司令官……いえ、今は違いますね。その人と、ある研究所の話……結果的に、捕まった頃、若しくは、神通さんがドロップする前と言えば分かるでしょうか」

 

 それは、もしかして、2つ目の通信機のことでしょうか。あれはポケットにしまってあった気がするけど……ってそんなことはどうでもいい。

 えっと、え?そんなに前から俺はこの船に乗る予定だったの?

 

「あ、ついでに白状しますと、司令官が急に倒れたのは朝潮が原因です。ペットボトルに睡眠薬入れたんですけど、結構時間が掛かって驚きました」

 

 驚きました、じゃねぇよ。え、この娘、怖っ。形振りなさすぎてヤバいんですけど。



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復習の時間だ

 やはり、少将がヤバければ少将の艦娘はヤバいのだろう。うん、マジヤバである。

 これは、俺の身の振り方も気をつけなければいけないだろう。少なくとも、朝潮を泣かせたり、朝潮に怒鳴ったりしては首チョンパは免れないだろう。……え、さっき、めっちゃ失礼なことを言いまくったような……。

 

「では、この朝潮はやることがあるので、失礼します!」

 

 元気よく挨拶をして扉を駆け抜けていってしまった。あれ?もしかして、いや、もしかしなくても、反乱分子を生み出したくね?

 いや、ま、まぁ、ね、一応、身の安全は保証されているので、大丈夫だろう。

 

「……というか、朝潮ちゃんって警備じゃなかったのか……」

 

 職務放棄をしていることは咎めないでおこう、と心に決め、俺は椅子に座り直して窓の外を見る。まぁね、俺が撒いた種だし。

 

 窓の外は雲一つない晴天で、青色しか広がっていない。黒い深海棲艦がいないということは、本当に前線から離れたのだろう。今から日本に帰るのが楽しみだ。

 

 そんなことを思っていると、数人の足音がこちらにやってきた。笑い声と共に近づいており、遂に扉の前へと到着した気配がする。

 

「何か今、艦娘が出ていかなかったか?w」

 

「ラッキー。あのジジイがここで何してんのか見るにはいい機会じゃねw」

 

「マジあのジジイ死んだら、次は俺が艦娘従えるわw」

 

 うわぁ、如何にもガラ悪いのが来やがった。

 その3人は扉を通るのと同時に俺のことに気づき、俺は椅子に座ったまま後ろを向いて目を合わせる。

 数秒の時間を置いて、そいつらはペコペコと謝りながら、δ少将にチクるのは止めてほしいと言ってきた。

 

「ええ、良いですけど…あの」

 

「じゃ、じゃあ、俺らは戻るんで!」

 

「あの」

 

「失礼しやした!」

 

「あ」

 

「ホント、サーセン!」

 

「えぇ…」

 

 後どのくらいで日本に着くのか聞きたかったのだが……というか、δ少将嫌われすぎじゃね?

 

 またもや青空を見て耽っていると、また数人が近づいてくる声が聞こえた。扉をガチャリと開けて姿を覗かせたのは、先程の三人のうちの一人と、その他2名だった。

 

「マジだって、ちょ、見てみ」

 

「どれどれ、うわ、マジじゃん」

 

 その他2名は女性で、こちらに手を振ってみせたので振かえしてみた。

 すると、うわっ、かわいー、と黄色い声が飛んでくる。動物園ってこんな感じだよね。あと小さい頃もこういうのはよくある。

 

「え、どっから来たの?」

 

 扉に身を潜めたままこちらに声を投げる。俺は無意識に絶対領域を発動しているのだろうか。

 

「南国のどこかです」

 

 そう答えると片方の女性は、なんて?と言い、もう片方が南国のどこかだって、と答えた。

 

「ミステリアスじゃーん!」

 

「ミステリアスだね!」

 

 ははっ、疲れる…。



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一番の始まり

白露の進水日なので白露過去編です。私的には休憩回。長いです。


「白露型の一番艦、白露です。はい、一番艦です!」

 

 執務室入室と共に元気よく挨拶をする。執務室前の廊下は、所々にカビが生えていたり、蛍光灯が光ってなかったりしているが、執務室内は華美な装飾に物々しい本棚が置いてあることが分かる。

 

 秘書艦はどうやら陸奥さんのようで、けれどもイメージにある大人の女性とは別だった。

 そして、目の前に座っているのは、提督である。きらびやかに着飾っており、対照的に眉間には皺が寄っている。

 

「……煩い」

 

 入室の際、大きな声での挨拶は、社交性や健康さを示す上で大事なことだ。白露型の長女として、あたしはしっかりしていなければならない。

 

「…ごめんなさい」

 

 けれども、そういうのを嫌う大人もいる。だから、謝るときには謝らなければいけない。

 

「…お前の今後については、おって連絡する。下がってよし」

 

 え、私の今後はいいとして、今はどうするの?執務室から出たあとは、どこに行けばいいのだろう。

 

「下がれと言っているんだ」

 

「は、はい」

 

 逃げるようにドアから出て、なるべく音を立てないように閉める。

 大きくため息をついて、幸先悪いなぁと俯いていると、後ろから声をかけられた。

 

「駆逐艦、白露だな?戦艦、長門だ。付いてこい」

 

「はいっ」

 

 どこに連れて行かれるんだろう、と思いながら、掃除したくなるほどではないけど微妙に汚い廊下を歩いて、鎮守府から少し離れた微妙に薄暗い部屋に案内される。

 そこには部屋が計六部屋あり、ドアには部屋の主であろう人の写真が飾ってある。

 

「あ、あの…写真、撮るんですか?」

 

「いや、一週間後だ。それまでは、適当に過ごしておいてくれ。…あ、ただ、部屋は綺麗にしておいたほうがいいぞ」

 

「は、はぁ」

 

 あたしは曖昧な返事をして、それを聞いた長門はスタスタと本館へと歩いていってしまった。

 ここにいても仕方がないので、取り敢えず一番左の空いている部屋の中に入ってみると、若干広めの玄関があり、横にある棚には大量のティッシュ箱が積まれている。

 

 艦娘にとっては、艤装が靴の代わりとなるので玄関は要らないが、形式美というものだろう。

 そう思って、玄関から伸びる廊下を歩き、まずは一番手前の左側にあるドアを開ける。そこには、二人でいても若干広い部屋に佇むトイレがあった。設計ミスだろうか。

 次の右側の部屋は寝室となっており、とても大きめのベッドが置いてある。あたしが二人分でちょうどいいサイズだ。それと、どうやらタンスも用意されているが、艦娘には必要ない。

 最後に突き当たりにある部屋はリビングとなっており、いままでの部屋とは対照的に狭めだ。けれど、一人で住むには十分である。それというのも、本館からここに来る途中、間宮食堂があったので、キッチンの設備が必要ない。おそらく、台所があれば、もう少し狭く感じていただろう。

 

 ちなみに、リビングから通じる部屋は風呂になっていて、これまた広い。

 

 けれど、なんでこの建物に連れてこられたのだろうか。そこにはきっと、本館に住む艦娘との相違点があるはずである。

 明らかに異質な設計。広すぎたり狭すぎたりと、住む機能には些か不適切だ。

 もし、艦娘が多すぎて部屋が足りないのであれば、この部屋は2,3人部屋になるだろう。そうでないとするならば、艦娘が多すぎるわけではない。

 

 いや、そう断定するのは早い。艦娘が多すぎるために解体が追いつかず、ここで一時待機なのかもしれない。

 そうか。解体される艦娘ならば、辻褄が通る。妙に広い寝室も戦艦の人ならちょっと大きめのサイズだ。風呂も同じ解釈でいいだろう。けれど、トイレだけは広すぎる。これだけは設計ミスだと思う。

 

 そして、長門の去り際の一言は、次に使う艦娘のために、ということだろう。去つ鳥後を濁さず、だ。

 

「はぁ」

 

 またもや溜息をつく。艦娘として現世に顕現したのに、海を見ることもなく解体をされてしまう。それぐらいだったら、近代化改修の素材にしてもらった方が、まだ自分の気持ちに納得できるというものだ。

 

 取り敢えず、殺風景なリビングから狭い通路を歩き、寝室に入りベッドにダイブする。

 非常に柔らかく弾まないベッド。おそらく安いものだろう。けれど、ベッドで寝れるのだから文句は言えない。

 

「……そういえば…挨拶しないと…」

 

 暗くなる気持ちを押し戻し、他の部屋に挨拶に行くことにした。

 広い玄関からドアを開け外に出て、まずは隣から挨拶をしようとする。だが、手土産もなしに伺うのは如何なものだろう。

 

 だとすると、何か丁度良いものを用意せねばなるまい。そういう時、万屋というのは便利なのだが、ここにある似たようなものと言ったら酒保だ。

 ここから本館まで歩いていき、誰にもすれ違わないまま酒保までやってきた。

 

 酒保は意外にも綺麗に整っており、掃除も行き届いているようだ。

 酒保を見渡し、商品の並ぶ棚を眺めていると奥から誰かが声を掛けてきた。

 

「貴方、別棟にいる娘でしょ?なら、だいたいのものはただであげるよ」

 

「ホントに!?」

 

 聞き返してしまってから手を口に当てる。

 他の艦娘はいないものの、なんとなくこういう場所で声を上げるのは憚られる。

 少し口角を上げて愛想笑いをし、ヘコヘコと頭を下げて場を和ませる。そして、棚に並んでいる商品を見比べて、どれか最も適当な手土産かを決める。きっと、安っぽくなくすぐに消費できて見栄えのいいものが良いはずだ。例えばお饅頭とかお煎餅とか。

 

 それで、探し回った結果、見つかったのはカステラとビスケットだ。この2つならカステラだろうか。

 

 ふと視界に入ってきたものに目をやると、そこには青黒い暖簾がかかっていた。もしかすると、暖簾の奥には他の物を取り扱っているのかもしれないと思い、ピンク髪でスカートと袴を合わせたような服を着る人に話しかけてみた。

 

「あの、そっちには何があるんですか?」

 

 青黒い暖簾を指差すと、彼女は一度そちらを向いてから、あ〜そっちね、と言ったきり押し黙ってしまった。どうやら、言葉を選んでいるようだ。

 

「ええとね……そこは〜…男の人が、そう男の人が使うから、私達は使っちゃ駄目よ」

 

 男の人……?提督とは違うのだろうか。

 まぁ、今回の目的とは関係なさそうなので暖簾から目を逸らし、カステラを手に取る。あの別館には部屋が6部屋あるので、カステラ4個入りの小袋を6つ用意する。

 自分も食べたいしね。

 

 その6つを持ってピンクの髪の人のところに行き、会計を頼む。

 

「はーい、じゃあ、レシート渡すからちょっと待ってね。ええと……はいはいっと」

 

 赤外線でバーコードを読み取り、機械に映し出された金額を数える。そして、その金額を払ったことにして、機械から吐き出されたレシートを渡される。

 あたしはレシートを受け取り、その金額を見る。値段は4804円である。

 

「あの、本当に良かったんですか?」

 

「いいのいいの。むしろ、あの6人……じゃなくて今は5人か……に、渡すんでしょ、それ?その5人に私達は感謝してるからね。これぐらいじゃ、安いぐらい」

 

 あたし達が解体されることの皮肉だろうか。感じ悪いが、買ったものが高すぎたのだろう。調子に乗らなければ良かった。

 取り敢えず、今度来るときには高いものをお金で買おうと決意し、やがて訪れるであろう解体までに金を稼げるものかと肩を落とす。

 

 一喜一憂しつつ別館まで歩き、自分の部屋の玄関にカステラの束5つを置き、その足で隣の部屋へと向かう。

 ドアを軽い音でノックして、返事を待つ。なるべく笑顔にして待機していると、中からドアが開き緑髪の艦娘が顔を見せた。

 

「な、なんだ、いつもの野郎じゃないのか。見かけない顔だが、新入りか?」

 

「はい!隣に住んでいる白露です!」

 

「そうか……お前が奴の代わりか…。ふむ……」

 

 品定めされるかのように下から順に凝視され、丁度お腹の辺りで視線が止まる。

 

「そいつは?」

 

「あ、ここに来たので、挨拶にと……」

 

 どうぞ、とお腹あたりに持っていたカステラを差し出すと、一拍子挟んでから受け取った。

 

「そういえば、オレの名前は木曽だ。別に、覚えなくていい。使うこともないからな」

 

 不敵な笑みとともに哀愁漂う言葉を口にする。あたしは木曽の自虐のようなものに対してどう反応していいのか分からず、あはは……と曖昧な笑みを浮かべた。

 木曽はカステラを片手に持ち左右に踊らせながら、それはそうと、と話を切り出した。

 

「なんというか……お前、他の奴らにもこれを渡すんだろう?だったら、やめておいたほうがいい。オレならまだしも、他……特にオレの隣の隣にいる奴は話しかけるな。それと、どうしてももう一人ぐらい訪ねたいのなら、一番端の奴にしとけ。オレからはそれだけだ」

 

 口早に説明をし、扉を閉める。あたしは感謝ぐらい伝えたかったのだが、これでは仕方ないだろう。

 誰もいない扉に向って礼をしてから自分の部屋に戻り、もう一つカステラの袋を取る。これはあたしの反対側の端っこの艦娘用である。何で木曽の隣の艦娘ではないかというと、木曽に注意されてしまったからである。とはいえ、木曽が嫌っているだけなのかもしれないので、他者の意見も聞いておきたい。そうすると、必然的に木曽に紹介された艦娘のところに足を運ぶことになる。

 

 カステラを左手に持って、右手でドアを叩くと、はぁいという声とともにドアが開けられた。

 

「どうも、一番端っこに新たに来ました。白露です。よろしくお願いします」

 

 今度の会話はいい切り出しで、カステラをズイっと差し出す。

 薄い緑髪の艦娘は少し驚いたような様子を見せ、すぐさまにこやかにカステラを受け取った。ここには緑の髪しかいないのだろうか。

 

「おお!ズーヤさんも今日のおやつを悩んでたから丁度いいじゃん!軽巡の娘、ナイスゥ!」

 

「あ、軽巡じゃなくて、駆逐艦です。白露型の一番艦」

 

「え?あー、ごめんごめん。最近の駆逐艦は育ってるじゃん??まぁ、鈴谷のには負けるけどね!」

 

 そう言って、鈴谷は胸の部分を持ち上げる。若干、距離感を間違えている気もするが、いい人そうで良かった。

 

「あ、そうだ!鈴谷、割と長い方だから、ごみ捨てとかよく分からなかったら、相談に乗ってあげないこともないじゃん!あんま陰口とか言いたくないけど、他の4隻はだいぶ頭やられてるからねー」

 

 鈴谷も木曽と同じことを言っている。むしろ、鈴谷からしてみれば、木曽も関わり合いたくないようだ。

 

 けれども、木曽はちゃんと話せていたので、鈴谷が話を盛っている可能性がある。そのため、どのような印象を抱かれているのか訊いたほうがいいだろう。

 まずは、木曽の挙げていた要注意艦娘について尋ねてみる。

 

「あー、あそこね。あの駆逐艦は絶対に出てこないよ。この鈴谷さんよりも前、むしろ、最初期からいたらしいからね。私でも最初の頃しか会ったことはないよ」

 

 絶対に出てこない?ということはカステラを差しあげるのは無理なのだろうか。だとすると、ドアについているポケットのような部分に手紙を同封して入れておこう。

 

「では、隣の方は…」

 

 言ってて気づいたが、だいぶ失礼なやり取りではなかろうか。本人に会わずに情報収集なんて、本人も周りの人も良く思わないだろう。

 

「隣?えっと、あー、あの重巡ね。あー、何か、パンパカパンな感じで部屋に連れ込まれるからやめといたほうが良いんじゃね?まあ、鈴谷的にはもう慣れたけど」

 

 鈴谷の隣の部屋のドアに掛けてある写真を見ると、目を引くのは胸のサイズだ。金髪なのが気にならないほどに大きい。

 

「……あ、教えていただきありがとうございました。これからもよろしくお願いします」

 

「ん?それはいいけど、あそこの二部屋はいいん?」

 

 鈴谷が指し示すのは木曽ともう一人の艦娘の部屋だ。

 

「木曽さんにはもう挨拶したので……」

 

「それじゃ、あっちはまだじゃん?」

 

「ええ、まぁはい」

 

「あの練巡は最近だから一番イカれてないし、話しやすいんじゃね?」

 

「ありがとうございます。後で伺います」

 

「んじゃ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 鈴谷が扉を閉めるのを確認して、また部屋に戻る。ふぅとため息を吐き、大きく伸びをする。

 いやぁ、鈴谷さん話しやすい人で良かった!気軽に話せそうな人がいるだけで安心する。木曽さんはうん。気軽に、とはいかない雰囲気だった。

 

 気を取り直してもう一袋を持って練巡の部屋へと足を運んでみるものの、どうやらいないようだ。明日に伺うことにする。

 そうなると次は重巡の部屋となるのだが、鈴谷曰く部屋に連れ込まれるらしい。流石に初対面でそれは怖いので、丁重に断る理由を作っておこう。

 

 コンコンとノックして艦娘が出てくるのを待とうとすると、0秒でドアが開き、目にも止まらぬ速さで中に引きずり込まれた。

 

「あらぁ、こんな可愛らしい娘がなんでこんなところにいるのかしらぁ?」

 

「……?……?」

 

 どうなっているのだろうか。あたしは部屋の外に立っていたはずなのに、いつの間にか金髪の艦娘の前に立たされている。

 ま、まぁ、それだけならここまで混乱しない。一応先に聞いていたので、ある程度の心構えはあった。

 

 問題なのは、その艦娘の服がはだけて、胸が丸見えであり、尚かつ下半身裸の男が立っていることだ。

 この男性は提督ではない。つまり部外者か海軍内の関係者がこの鎮守府の風紀を乱している。あたしは結構な一大事であると思う。

 

 それにも関わらず、この艦娘は怯えていない――むしろ了承の上で事に至っているように見える。

 これらから考え得るに、あたしは良い所で邪魔をしたということだ。

 

 怒られる前に立ち去らなければ…!

 

「す、すみませんでした!失礼します!」

 

 そう言って部屋から出ようとするものの、その男性に腕を掴まれてしまった。

 

「おいおい、嬢ちゃん。それはないべ。キチンと落とし前を着けねぇと、なぁ?」

 

「ごめんなさい…!あの、離してください!」

 

 カステラを床に落として、腕を引っ張るがビクともしない。そろそろ、艦娘としての力を使って、無理にでも解くべきだろうか。

 

「謝るんでなくて、何かで払ってもらわんと」

 

「あたし、何も持ってなくて……ごめんなさい」

 

「いやいや、良い体持ってるべ。ここは体で――」

 

「はぁい、そこまぁでっ」

 

 艦娘としての力を使ってしまおうかと思った矢先、重巡の艦娘が男の人の腕を掴んだ。胸で。

 

「お姉さん、さみしいー」

 

「ちゃんと相手するだ。だでども、こいつを――」

 

「やぁん、その娘はまだダーメ。そういう契約……でしょ?」

 

「チッ、分かったべ。さっさと帰るだ」

 

 男はあたしの拘束を解き寝室へと潜り込んでいった。それを見届けて重巡の人は床に落ちたカステラを拾い上げ、棚に無造作に置いた。

 

「1号室の艦娘わよね?どうせ、初日で挨拶に来たんでしょ?」

 

「はい。えっと、あちらの人は……?」

 

「たぶん、一週間後に教えられると思うけど……私達6隻は所謂天井のシミを数えるのが仕事なの。だから3号室のように、病んでしまう艦娘もいるし、1号室のように壊れたら解体される艦娘もいる」

 

「……」

 

「だから、あなたも早々に他人なんか気にしないことをお勧めするわ。まぁ、きっとすぐに自分のことしか考えられなくなると思うけど」

 

「はい」

 

「じゃ、もう来ちゃだめよ。お姉さんとの約束」

 

 そう言って妖艶に笑い、部屋の外へと出される。

 あたしは外の景色を見て、何とはなしに全てがつながったように思えた。

 

 木曽の言う、名前を使わない理由は、艦娘がすぐに代わるから。

 ここの艦娘が全員イカれているのは、艦娘としての仕事が出来ていないから。

 部屋の前に写真が飾られているのは、誰が中に入っているのか知るため。

 酒保で優しげな顔をされたのは、この鎮守府がこういう仕事を公認しているため。

 酒保に男性用に分かれた商品があるのは、この仕事のため。

 

 あたしは足早に本館の執務室へと足を運び、ノックもなしにドアを開く。

 中にいる提督は驚いたようにこちらを一瞥するが、すぐに納得したように書類の文字へと視線を落とした。

 

「話が、あるんですけど…!」

 

「こちらは持ち合わせていない。下がれ」

 

「別館での仕事。あれは、提督がやったんですか」

 

 ほぼ確信している。鎮守府内のことを提督以外が弄れる訳がない。だったら、この男性向けの嗜好は提督が関わっているはずだ。

 

「……そうだ」

 

「否定は、しないんですか」

 

「する必要性を感じないのでな」

 

「憲兵に言ったら、ただでは済みませんよ」

 

「言ってみろ。出来るならな。ただ、アドバイスをやるとするなら、このシステムは、もう三年も続いている。この意味をよく噛みしめるんだな」

 

 その言葉を最後に執務室を出て、憲兵隊の内で一番近い隊に接触する。

 

 だが、そこで事の顛末を伝えるが、言葉を濁されてしまった。まさか、憲兵すらも買収したのだろうか。秩序を守るはずが、そんな……。

 

――――――――――――

1号室:白露、2号室:木曽、3号室:鹿島、4号室:島風、5号室:愛宕、6号室:鈴谷

―――――――――

 

 一週間が経った。今日は写真を撮り、仕事を開始する日だ。

 

 この一週間で嫌と言うほどこの仕事の内容を知った。夜になれば割と分厚い壁を抜けてくる嬌声が睡眠を妨げ、煩わしい。けれども、毎日聞いていれば、あたしとて女である。自慰の一つもしたくなる。

 

 そして、あたしも遂に地獄の日々を迎えることになる。好きでもない男と絡み合う日々…はぁ……。

 

 これが本当にあたしの護るべき人達だったのだろうか。いや、艦の時代からそういうのは知っていたが、それをあたし達に向けられるとは微塵も思っていなかった。

 

「どうも、白露というのは君か?駆逐艦と聞いていたが、期待外れだよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

 長い夜が始まる。最初から提督にとって期待外れのあたしが、この場でも期待外れと言われ、気が沈みそうになるが、そんなことはさせない。

 

 沈むならあたしも一緒にしてほしい。

 

――――――――――――

ええ、まあ、カットです。

―――――――――

 

 2ヶ月が経った。言うには易いが、あまりに濃い日々だ。そのせいで、あたしはこの状況を壊す気力はなくなっている。

 

 打開するための情報として、まずはまわりに伝えるべきだと判断したあたしは、憲兵、視察官、演習相手等に伝えてみるも、これまた丁寧に提督の息のかかった人だった。

 

 しかし、一つの打開策として、この仕事の相手の男を攻撃するというのがあったが、それは解体一直線だろう。

 

 そもそも、あたし達艦娘は提督に攻撃できないが、他の人なら攻撃できる。それが、性行為にも反映され、提督に性行為は出来ない。

 だから、別の鎮守府の提督にこの鎮守府の艦娘が攻撃することは出来る。そのため、この仕事は成立している。

 

 だが、それも今日までである。

 

 今日の視察団は提督の息の掛かっていない、むしろ、息をかけたら仇になって返ってくるような団体だ。

 

 ことの発端は妖精消失事件。色々と呼び名があるが、兎も角、この事件により全ての鎮守府がキリサキ元帥直属の艦娘により視察されることになった。

 賄賂も効かない、媚も売れない。

 

「助かった……たすかっ……!」

 

 不意に涙が溢れる。いなくなった5号室と2号室には悪いが、喜びが勝る。どうしようもなく、救われた。たった2ヶ月、されど2ヶ月。一年以上この仕事に勤しんだであろう彼女らより、救われた。

 救われることは、どうしようもなく、嬉しい、幸せだ、喜ばしい。一言では表現しきれないような、そんな気持ちだ。

 

「我々、人間のために、いや、何でもいい、深海棲艦と戦ってくれるか」

 

 あたしは、救われたから救いたい、と思った。いや、違う。それでは語弊がある。もっと、根本を捉えるならば、救われる気持ちを知ってほしいから救う、だろう。

 だから、あたしはここで出来なかった分、θ中将の元で働くことにする。

 

――――――――――――

鹿島は解体。鈴谷、島風、白露はθ中将に保護

―――――――――

 

 夜に三日月が天に輝く頃、車道に飛び出した青年を呼び止め、あたしはその青年を救った。



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意外と高い級

「あ、やべ、そろそろ時間だ。おい、戻るぞ」

 

「ええ、まぢぃ?はやーい」

 

「じゃあね。ばいばーい」

 

 子ども扱いが酷い。俺って高校生、百歩譲っても中学生の見た目なのに、何故こんなにも子ども扱いされねばならんのだ。まぁ、手を振られたので振り返すのだが。

 

「あ、そういや、あのジジ……少将には言わないでね。…えーと、名前なんて言ったっけ?」

 

「あ、少尉です。提督をやってます」

 

 一応、軍の関係者のようなので階級と共に伝えると、その瞬間、時が止まったかのように沈黙が訪れ、はためくカーテンの隙間から差す光が顔の方に……眩しっ。カーテン、仕事しろよ…。

 

「し」

 

「ん?」

 

「「「失礼しました!」」」

 

 先程の雰囲気とは心機一転。弛んでいた顔が引き締まり、俺に怯えているかのように冷や汗を垂らしながら姿勢を正している。

 

「提督とは露知らず、これまでの無礼をどうかお許し下さいっ!」

 

「いや、別に」

 

「あの!元を正せば、δ少将の注意も聞かず、少尉候補生としての自覚の足りなかった俺の招いた失態です!責任は全て俺が追うので、どうか他の二人にはお慈悲を!」

 

 慈悲って、俺は魔王か何かなのだろうか。そもそも、少尉と言っても、なんちゃって少尉だしなぁ。貴様!無礼だ!クビ!とかできるわけではない。いや、やってないだけで出来るのかも知れないけど、やる気はない。

 

 取り敢えず俺は、まあ落ち着き給えと目線で送ると、彼らは押し黙って俺の言葉を待った。

 

「……えっとですね。この船が日本に着くにはあと何日かかりますか?」

 

「へ?あ、はい。えー、明後日中には着く予定です」

 

「ん、ありがとうございます。あと、δ少将には秘密にします」

 

「え、え?いいんですか?」

 

「全然良いです」

 

 そう言うと三人はペコペコと礼をしてから駆け足で去っていった。俺からしてみても日程を聞けたのでwin-winの関係と言えるだろう。

 それにしても、あと二日か。俺が日本からあの島に行くのには5日間かかったので、3日間ほど寝ていたことになる。……え?怖っ。睡眠薬の持続性が長すぎる。睡眠導入ってレベルじゃない。

 

 というか、栄養は?三日間も食べてないとか、体が持たないんですけど?そう意識したらお腹が空いてきた。

 

「何か食いたい……」

 

 小さい会議室っぽい部屋に俺の言葉は染み消え、後には赤くなり始めた空を写す波が為す音だけが残った……。

 

《もうすぐ到着する。エイ班は……ビー班は……》

 

……あのガラ悪そうな人達、まともな日程も知らないのかよ。



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帰国ヤッター

 アナウンスの後、開いているドアから身を乗り出して見てみれば、ぎりぎり見えるくらいに黒い粒が確認できた。きっとあれが日本なのだろう。

 近づくにつれて規模も大きくなり、港のある大きな陸があった。

 日本、だよな?日本の形は上から見た図でしか知らないし、港だけで国がわかるほど港について知っているわけではない。だから日本なのかは分からない。

 

 とりあえず、窓とカーテンを全部閉め、適当な椅子に座る。

 

……暇。超暇だ。暇すぎて暇という漢字を頭の中で書くほど暇だ。因みに今は50個目である。

 というか、朝潮、遅くない?もしかして帰ってこないのだろうか。

……ん?帰る……帰る?

 

――その時、俺の頭に電流が奔った……様に思える閃きが起きた!――

 

 日本に帰る、つまり、あの小島から離れるということだ。それが指すところは、白露達と別れるということ。

 

 しかしながら、あの小島で白露に殴られた後、白露達を見ていない。その理由は全くもって知らないが、些かおかしくないだろうか。

 何故、あの島で白露の顔を見なかったのだろうか?

 

 もし、仮説として、俺が殴られたあと、白露達が今の俺と同じように拘束されていたのだとしたら、あの島で会わなかったのも納得である。

 この発想は突飛だろうか。いや、そんなことはない。朝潮の発言から、俺に誘拐まがいの事をしたのは計画性がある。何らかの目的で白露達を攫うのもあり得るだろう。

 

 よって、δ少将が白露達を拘束している可能性がある。それこそ、朝潮の妹のように。

 だったら、朝潮に協力するのも吝かではないだろうか。δ少将が何をしているかの情報だけでも知ることができれば、万々歳である。

 

 とはいえ、例えそうだとしても、危険を犯す必要はないのも事実だ。

 別に白露とは2週間ぐらいの付き合いで、神通であれば4日程度の付き合いだ。彼女らに何かが起きたとしても、俺は少し寝覚めが悪いだけだ。特に心配する必要もない。

 

……と、まぁ、妄想もこのぐらいにしておいて、近づいてくる足音に警戒をする。

 先程のように疲れる会話はしたくないので、見知らぬ人なら逃げる必要がある。決して、コミュ障ではない。朝潮をちゃん付けで呼び、肩を掴んだり目を逸らしたりするキモいコミュ障ではない。

 

「少尉、ちょっといいかな」

 

 ドアを開けて入ってきたのはδ少将だ。

 

「あ、はい」

 

「今、日本の占有している島に急遽経路を変えた。ここから別の船に乗って日本に向かうことになるのだが……そこで少尉に頼みたいことがある」

 

「はい、何でしょう」

 

「少尉にはその見た目を活かして、艦娘に擬態してほしいのだ。すまないね」

 

「いえいえ、別に……分かりました。やってみます」

 

 つまり白露に似せろと?

 アホっぽく騒いでれば何とかなるだろうか。あと一番って言うことも忘れてはいけない。



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深海棲艦の級

 俺はδ少将のあとに続き、別の船に乗るために移動している。どうやら、ここからは別の船に乗るらしい。

 

「あの、δ少将、質問してもいいですか?」

 

「足は止められないが……?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

 俺はδ少将に白露に似せろと言われたり、海路を変更するだの言われたりしたが……いや、おかしいだろ、と言ってやりたい。

 まず、船を止める必要がないだろう。故障ならば言えばいい話だ。それに白露に似せる理由も知らないし、最も気になるのは、この場に朝潮がいないことだ。

 

「何で、船を変えたんですか?」

 

「不祥事……いや、まぁ、少尉ならば問題ないか。深海棲艦が現れたのだ。それも鬼級がな」

 

 鬼……級?今までイ級やらホ級やらネ級やらと、カタカナに級が付いていたが、鬼が付くのは初めてだ。何となく、他を凌駕する深海棲艦のように思える。

 

「今、そいつらを撃退すべく、近くを巡回していた精鋭……来たようだな」

 

 δ少将の目線の先には7人の美女美少女が屯っており、こちらに気づいたや否や黒髪の三人組が近づいてきた。

 

「挨拶に向かえず済みません、δ提督」

 

「いやいや、仕方ない。そろより、佐世保の提督によろしく伝えてくれ」

 

「承知しました。……して、そちらの子は?」

 

 急に目線を向けられ、反らしそうになる目線をどうにか堪える。いやだって、めっちゃ美人だし。好みではないにせよ、大和撫子の気品を感じる。

 

「えーと」

 

「僕の姉の白露さ。ところで白露はなんで提督の服を着ているんだい?」

 

 長い黒髪を編んでいる美少女は勝手に俺を紹介し、別の質問をしてくる。……いや、この子だれ?白露の妹らしいが、名前も顔も知らない。

 

「というか、僕っ子キャラかよ。黒髪編んどいて僕っ子かよ。質素で物静かな図書室の隅っこでマイナーなSF本を読んで、声をかけられたら気弱そうに、私のオススメ、読んでみる?とか聞く典型タイプじゃないのかよ。いやむしろ、眼鏡を掛けてなかったり、髪で目が見えてなかったりしてないから、気弱そうなキャラから外れてるけどさ、髪を編んどいて僕っ子かよ。僕っ子ならボーイッシュにするか、中性的な身体の造りにしろよ。いやむしろ、その見た目だから典型から外れて好感持てるけど、このタイプは身内に別方向の強いインパクトがないとキャラが立たないと思うが?そもそも、姉より良い出来をした妹というポジションなのは分かるけど、そのせいで自分を出しづらいとか飽和状態だろ。いや、ね?キャラを派生させやすいという面ではいいと思うよ?でも、黒髪編んで僕っ子はなぁ、今後に期待せざるを得ないと思いませんか?」

 

「「「「……」」」」

 

 あ、やべ。どうやら、俺の命はここまでのようです。……恥ずかしい。死にたい。

 

「……扶桑。僕はどうやら目か耳が悪くなったみたいだ。むしろ、両方かもしれない。だから、僕は佐世保に先に帰ることにするよ」

 

「大丈夫よ、時雨。貴方ほどの幸運でも、偶の不幸が訪れただけよ」




個人の感想です


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西村艦隊出撃

 扶桑と呼ばれた大和撫子を大和撫子Aにしたときのもう一人の大和撫子である大和撫子Bにとって俺は白露の妹にとっての不運だったらしい。大和撫子の見た目をしておいて、中々毒舌だな。

 

「そんなことより姉様、さっさと深海棲艦など消し炭にして帰りましょう」

 

「そうね。早く倒さないと被害が広がってしまうわね」

 

 そう言って大和撫子二人組は去っていき、白露の妹のみがここに残った。

 

「……それで?白露はなぜ提督の服を着ているんだい?」

 

「提督だから」

 

 穴があったら入りたいほど恥ずかしいため必然的に言葉数が少なくなってしまう。

 というか、別にオタクというわけではない。何故か引かれているが、オタクではない。だってこんな可愛い顔してオタクだったらどう思うよ?そんなことないと思うはずだ。そんな人がいるなら、俺は確実に、二次元に行きやがってくださいお願いします、と言うだろう。ついでに、好きになってやらないこともないんだからね!と言っている。

 

「艦娘が提督だなんて、聞いたこともないけど?」

 

「艦娘でないから提督にはなれる」

 

 俺は艦娘ではなく人間だ。うむ、間違いない。

 

「え?白露は艦娘だよね?」

 

「そう」

 

 そのとおりだ。白露は艦娘である。

 

「じゃあ、白露は提督なの?」

 

「艦娘」

 

 なんだか話が噛み合ってるようで噛み合ってないような気もするが、まぁいいか。

 

「??」

 

「話を割ってすまないが、時雨も扶桑らのように準備を始めたほうがいいのではないか?」

 

「はっ、忘れていたよ。でも、深海棲艦は絶対に撃滅するから」

 

「うむ、健闘を祈る」

 

 そう言うと、タタタっと時雨は走っていった。こちらも、新たな船に歩を進め、偶にくる潮風に髪をなびかせつつ無言の空間を作っている。

 

 気まずいっ!

 

「あ、そういえば、朝潮ってどこにいます?」

 

 なんとなく思いついた話題を提示し、気まずい雰囲気を払拭する。

 

「あぁ、その艦娘なら今しがた解体した。済まなかったな、あんな仕事をまともにこなせない艦娘を警護に回してしまって」

 

 解体?解体といえば、家とかビルとかをバラバラにすることを言うが、朝潮を解体するとはどういうことだ?

 朝潮は人の形をしているから、腕とか足とかを引きちぎったということだろうか。怖い。

 

 いや、流石にありえないか。それは異常者過ぎる。

 きっとあれだ。改とか改二に発音が似てるから、その系列のものなのだろう。

 

 そうやって俺の中で納得すると、丁度新しく乗る船が見えてきた。

 見た目は先程と変わらないが、ちょっと見知った少女が船の前に立っていた。

 

「あ、白露提督!おひさ〜!」

 

 あの絶壁は見覚えがある。確か名前はキリサキとかいう珍しい人だ。

 

「知り合いかね」

 

「ええ、まぁ」



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船に乗る前に

200話目前にしてお気に入り登録者数が100になりました。ここまで応援していただいた方々に感謝します。これからもこの数字を励みにして参りますので、よろしくお願いします。


「それでは、私のような年寄は邪魔だな。適当に話したら船の一番奥の部屋に行くといい」

 

 ハッハッハと笑いながらδ少将は船の中へと入っていき、俺とキリサキ中佐のみがここに残った。

 いや、あのおっさん、何してくれんの!?さっきまで俺のこと拘束してたじゃん!?急に手放しになんないでくれる!?

……なんか、言ってて面倒くさい女だと思いました。はい。

 

 でもね?俺とキリサキ中佐って話をするような間柄じゃないんだよ。

 

「う〜む。このお胸、いやパ●パイはけしからんなぁ。まっこと、男とは思えんのぉ」

 

 そして、なぜか、キリサキ中佐に揉まれています。

 なんかあれだな。話す間柄じゃなくても胸を揉まれる間柄っていかがわしいけど、別にそんな間柄ではない。

 

「あの、やめていただけると、助かります」

 

「別に嫌がってないからいいよね」

 

 こいつ…!男が女に触れたら犯罪だと知らないのかよ。

 まぁとにかく、十歩ぐらい後退り、マジでやめてくれという意思を示してみる。

 

「えぇ、そんなに引かなくても……」

 

「すみません。本能的に行動してしまいました」

 

「ア"ァン!私の胸がない当てつけかァ?元男のくせに胸つけて嬉しいンか?ア"ァ!?」

 

 逆ギレかよ。というか怖すぎかよ。どんだけコンプレックスなんだよ。

 

「そういえば、なんでキリサキ中佐がここにいるんですか?」

 

「中佐はやめてくださいお願いします……。あと敬語もなしでいいよ」

 

 切り替え早すぎだろ。

 いや、話を逸らしたのは俺だけど、ここまで簡単に変えれるとは思ってなかった。

 

「フッ、なんでここにいるか、だったね。それはね……昨日にα大尉に頼まれたんだよ」

 

 昨日……?この路線変更は深海棲艦という脅威が急に現れたからだったはずだ。

 とすると、α大尉がこの事態を予見した……?なるほど、だから船に何の被害もなく、精鋭の艦娘たちを集められたわけだ。

 

「そうなのか。じゃ、そういうことで」

 

 取り敢えず、話をしたのでこの場を去ろうとしたら、キリサキ中佐に回り込まれてしまったッ!!

 

「ねぇ〜、せめてザーナミが帰ってくるまで話し相手になってくだちぃ」

 

「……ザーナミさんっていつ来る?」

 

「!この船が出るまでには来るはずだね!」

 

 じゃあ、まあいいか。

 というか、なんか敬語付けないほうがしっくりくるのは、こういうだらしなさから来るのだろうか。中佐という階級にありながら、ラフな人だ。

 

「じゃあ、何を話す?」

 

「……いい天気ですねー」

 

「乗ってもよろしいですか?」



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いきとーごー

 いや、ね?いい天気ですね、と言われたら、会話下手かってなるじゃん。ネタだとしても、ほぼ初対面でそれはないだろう。

 

「……というかさ。今更だし、迷惑かも知んないけど、ちゃんと栄養摂ってる?流石に体が細すぎるし、それに体臭も酷いことになってるよ」

 

「あー、そうだよな」

 

 急に真面目な顔をして何をいうかと思えば、そのことか。

 実際、俺も栄養どころか霞すら食えないような状態だったから、健康的な細さではなく不健康な細さであると実感している。体臭に関しては言わずもがな。

 

「悪いな。ちょっとそういうのが出来づらい場所にいたんだ」

 

「おおっ。なんか、軍人っぽい」

 

 軍人?俺が?いや、ないない。

 どこでそう判断したのか分からないが、俺は一般人だ。TS娘が一般人かと言われるとそうではないが、一般人である。

 

「でもさ、あ、話変わるんだけど、TSして美少女ライフを満喫できないって、どうなん?」

 

 辛いだけですが、何か?

 いや、楽しい部分もあったよ、一応。でも、TSの関係しないところで色々あり過ぎて、TSは関係ないと思わなくもない。

 

 だが、それは置いといて、もしかするとこの中佐、話の分かる人かもしれない。

 

「だよな。俺も満喫したいのにさぁ、やけに現実的なんだよ。TSってのは現実を度外視して遊びまくるのが楽しいのに、なんで現実味を帯びるかなぁ」

 

「分かる。TSはあくまで二次元よね」

 

 やはり、こいつッ、話のわかる奴だ…!

 

 俺はトイレで洗ったばかりの右手を差し出し、無意識に握手を求めた。中佐もそれに気づいたのか、フッと言いながら左手を額に当て右手を差し出した……。

 

「ちょっと待って、その手結構汚いんじゃ……?」

 

「さっき洗ったばかり」

 

 仕切り直して右手を重ね、軽く握手をする。

 

ズキュュューン(ただの握手)

 

――――――――――――

―――――――――

 

「……ご主人様、何やってるんですカ」

 

「いや、その……」

 

 今、ピンク髪の小さな艦娘に叱られている。

 俺と中佐は船の前でプチパーティを開き、ポテチやジュースを散乱させ乗り場を汚してしまった。

 それというのも、ここは風が強く、海に菓子が落ちたり、ペットボトルが飛んだりするため、ゴミの収集がし難くなったのだ。

 

「まぁ、海に落ちたゴミは漣が集めるとして、陸のものは片付けてくださいネ」

 

「はい。申し訳なく思ってま〜す」

 

「はぁ」

 

 漣は額に手を当てて、大きくため息をつく。

 

 しかし、漣ってこんな性格だっただろうか。大して話したこともないが、もっとはっちゃけた艦娘だったはずだ。

 

「それで、確か貴方は、二回目ですネ。久しぶりです」

 

「え?あ、はい」

 

 二回目?三回目じゃなかったか?

 一回目はα中尉と叢雲を探しに来て、二回目は二個目の通信機を貰うときに会った。三回目は今回である。

 

「というか、漣ってα中尉の艦娘じゃなかったか?」

 

「今はα大尉ですけど、漣はご主人様の艦娘ですヨ」

 

「そうそう、ザーナミはウチの艦娘」

 

 ザーナミって漣のことか。分かるわけがない。

 

「それより、ご主人様が迷惑をかけませんでしたカ?」

 

「いや、全然」

 

「そうですカ。良かったです。ぁ、よかったら水しかありませんが、浴びますカ?少しは身も引き締まると思いますヨ」

 

 おお、ありがたい。流石にこの体臭は一日では抜けないと思うが、少しでもサッパリしておきたい。

 

「ありがと」

 

「では、案内します。ご主人様はゴミを片付けといてください」

 

「ねえ、私の扱い酷くない?ねぇ?」

 

「後で大型建造させてあげます」

 

「ワーイ、ヤッター」

 

 では行きましょう、と言われ、その小さな背中についていく。

 この二人、仲いいな。




これは一次元だからセーフ


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裸の付き合い

 今、俺は漣とお風呂に入っています……。

 これはそう、遡ること2秒。船の中にある時間交代制の共同の浴室で、漣の言ったように水しか出ないシャワーを浴びているときのことだった。

 入ります、と言いながら澄ました顔で入ってきたのだ。HA☆DA☆KAで。

 

「驚かないんですネ」

 

 いや、めっちゃ驚いてるが?むしろ、驚きすぎて言葉が出ないまであるが?

 取り敢えず、漣の体を見ないように水を少しずつ体にかけていく。それというのも、海上において水は貴重なので、消費は最低限でなくてはいけないのだ。

 

「まぁ、いいですケド。それで、漣がここにいるのは他でもありません。α大尉のことについて、どこまで知ってますカ?」

 

「α中尉、について?」

 

「大尉ですヨ」

 

 なんともなしに中尉で呼んでいたが、注意をされたのでそろそろ大尉にしておこうか。

 それはそうと、この漣は俺がシャワーを浴び終わるまで待てなかったのだろうか。

 

「あ、今、なんで待てないのかって思いましたヨネ。裸の付き合いってやつです。男の人はそういうのが好きだと、ご主人様が言ってたので」

 

「あー、そーゆー」

 

 なるほど、確かにあいつなら言いそうではある。

 

「それで?知ってる情報と言っても、何もないぞ?強いて言うなら、ドSってぐらいだ」

 

 前に叢雲が言っていたが、α大尉は轟沈寸前まで戦闘を続行するらしい。確実にドSである。

 

「そんなことは知ってます。他になんかないですカ?例えば、α大尉から艦娘を不死身にする方法とか、艦娘になる方法とか、教えられませんでしたカ?」

 

 艦娘を不死身にする方法……?そんなのがあったら俺が使ってる。

 それと艦娘になる方法……?それは俺みたいなことを言うのだろうか。それだったら、心当たりがなくもない。

 

「あー、艦娘になる方法なのか分かんないけど、確か、俺の魂が白露の体に憑依して、この体になったとは聞いた」

 

「魂……ですカ?それはまた、漣が言うのも何ですがオカルトチックな話ですネ」

 

 漣はううむ、と首をひねって考え込んでしまったので、俺はシャワーの栓を締めて外に出ることにする。

 

「あ、一ついいですカ」

 

「?」

 

「少尉は、α大尉に殺されかけてますヨ。まだ積極的ではありませんが、そのうち動くでしょう」

 

「え」

 

 え?α大尉が俺を?

 いやでも、初めて会ったときにα大尉は、仲良くしようと言っていたはずだ。流石にそれは嘘だろう。……と思いたいが、割と俺を助けてくれたことはないので、確信がない。

 

「そこで提案です。漣と手を組みませんカ?ご主人様は関わらないですが、なるべく資源的に支援ができるはずです」

 

「……それだと、漣に利益がないが?」

 

「いえ、ありますヨ。まぁ、投資のようなものですけど」

 

 ふむ。まぁいいかな。最近、考えることばかりだったから、疲れた。だから、考えることを放棄します。

 まぁ、悪い条件には思えないし、大丈夫だよね……?



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全員集合する

 取り敢えず浴室から出て、更衣室にある物置台に何枚か積み重なっているタオルを手に取り、濡れている体を拭う。

 いや、何というか、はい。本当に不健康な体だと思いました。けれど、別に2週間ほど食べてないだけだ。言うほどガリガリではない。

 

 水をすべて拭き取って、タオルを使用済みタオル置き場に投げる。

 ついでにその周りには、俺が着ているような黒シャツと黒パンツも散乱していたので、俺もそこに下着を置いた。まぁ、前に盗んだ……ゲフンゲフン、奪っ……拝借したものだからね、返さないとね。

 

 そしてその下着が沢山ある場のそばには、自由!!と書かれた札とその下に綺麗に折り畳んで重なっている下着があった。

 また、拝借させて頂きます。

 

「あ、少尉。さっきの話は乙女の秘密ですヨ」

 

「乙女じゃないし」

 

 そう、俺は乙女じゃない。ブラジャーを着けていても、パンツがピッタリでないと違和感を覚えても、乙女ではないのだ。

 

「乙女ですヨ」

 

 くっ、身体をどんなに変えたとしても、心まで変えられると思うなよ!そんな辱めを受けるぐらいならば死んだほうがマシだ。殺せ!

 略して、くっ殺。

 

 ま、冗談は程々にして、割と汚れてない提督服を羽織って更衣室を出る。もちろん、下着も履いている。

 漣は海に落ちたゴミを回収するらしいので、俺はδ少将の言ってた部屋に向かうとする。

 

「……あ、そういえば、艦娘に擬態しなきゃ、いけなかったんだったか」

 

 すっかり失念していた注意を思い出したが、今更な感じがするので擬態しないことにする。

 

 そして、無事に船の突き当りの部屋まで着き、鍵のかかってないドアを開けて中に入る。

 そこはベッドだけの狭い部屋で、ベッドは4つ確認できた。そのうち一つのベッドには見慣れた人影が二つあり、一人はこちらに気づくや否や驚いた顔を見せ、もう一人は知っていたかのように笑って見せた。

 

「キリサキと、α中、大尉か」

 

「え、白露提督もこの部屋?え、α提督は知ってた?」

 

「知ってたよ。僕が呼んだからね」

 

 犯人は貴様か。

 いや、まあ、知らない人よりかはいいんだけどね?しかし、4つのベッドがあって、この場には3人しかいないとなるともう1人は知らない人なのかもしれない。

 

「というか、そうなるとこれ、α提督のハーレムじゃん」

 

「確かに、α大尉のハーレムだな。チクショウ」

 

「残念ながら、誰も恋心は持ってないようだけどね」

 

 こいつッ……!ナチュラルにフリやがったな。まぁ、恋してたらしてたで、どう転んでも俺が困っていたが。

 

 取り敢えず俺は適当なベッドに座り、暇な時間をどう潰すかを考えることにする。

 すると、すぐにドアが開き、4人目が入ってきたようだ。

 

「ご主人様、戻りましたよ〜……って、少尉?あー、少尉ですカ」

 

 4人目の漣は一瞬、疑問符を浮かべたものの、腑に落ちたように頷いた。

 

「おや、驚かないんだね」

 

「まぁ、α大尉の艦娘がいないなぁ、とは思ってましたし」



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わきあいあい

「え、ちょっと待って。俺それ聞いてないんだが?」

 

「ん?δ少将に艦娘のフリをするよう言われなかったかい?」

 

 あー、あれはそういうあれなんですね。分かります。

 え、ということはつまり、艦娘に擬態するってのは、α大尉の秘書艦として振舞え、ということになる。

 

 え、俺、そんなこと出来ない。

 

「あぁ、別に静かにしてれば問題ないよ」

 

「そっか。そうだよな」

 

 そうか。俺が素人なのは知った上での判断するのが普通か。

 

「ねー、そんなことより、夜まで暇だからゲームでもしよ」

 

「あ、ご主人様、漣は仕事があるのでパスです」

 

「僕もやることがあるから、参加できないかな」

 

 キリサキ中佐の提案に類稀なる協調性の無さを発揮する二人。残された俺はキリサキ中佐に見つめられていた。まるで、最期の頼みの綱かのように……。

 

「急に眠くなったから、寝るわ」

 

「えー!何で!こんな美少女がお願いしてんだよ!」

 

「「美?」」

 

 俺はいいとして、漣よ、お前はそれを言っていいのか。キリサキ中佐の艦娘だろう。

 

「ちょ、ヒドイ!…α提督!この二人に何か言って!」

 

「……僕は、まぁ、若々しいとは思いますよ」

 

「ほら!」

 

「いやそれ、どことは言わないが、成長してないからじゃ」

 

「おい、白露提督。タイマンだよ、表に出な。もうあれだから。RJさん並に怒るから」

 

 キリサキ中佐はピコピコハンマーを持ってドアの方へと向かった。……今、どこからピコピコハンマーをとったんだ…?

 因みにピコピコハンマーは、商品名K○ハンマーらしい。つまりKOにしてやんよ、ということだ。

 

 まぁ、元々ジョークなので、俺は行く気はない。

 数秒後、キリサキ中佐はピコピコハンマーの代わりにトランプを持っていた。

 

「あれ?ピコピコハンマーは?」

 

「え?あー、ヤツはこの戦いについていけそうにないんでな。置いてきた」

 

 どこに?

 まぁいいか。特に気にするようなところではない。最も気にするべきなのは、RJとは誰なのかということだ。

 その名前は記憶の片隅に引っかかるのだが、微妙に思い出せない。

 

……いや、思い出した。あの駆逐艦の艦娘だ。確かにあの艦娘もまな板だったが、まだ発展途上だろう。

 

「んー、トランプ持ってきたから、みんなでババ抜きしよ」

 

「七並べなら、漣も参加します」

 

「僕は何でもいいよ。だけどチーム戦も面白いと思うな」

 

「七並べって個人戦じゃね?」

 

「……じゃあ、神経衰弱」

 

「まぁいいですヨ。漣は参加します」

 

「じゃあ僕も参加しよう」

 

「神経衰弱のチーム戦って個人戦と大差ないような……」




作者は何故かピコピコハンマーについて昔から知ってる。本当に何故か。調べて違ったら済みません。


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色々とする①

謎の回を経て、間接的に一話と最近に登場したアイツの出演です。間接的過ぎて、登場してないまである……。


 俺とα大尉、漣とキリサキ中佐のタッグでの神経衰弱の戦いは過激を極め、白熱し拮抗したそのバトルはあの白いトランプにさえも火をつけた……!

 

「何で燃えてるのぉぉぉ!」

 

 本当に突如として燃えた全てのトランプは眩い光とともに忽然と姿を消した。一体何だったのだろうか。

 

 そんな突然の事態についていけない四人は消えたトランプの空間を凝視し、数分か、はたまた一瞬の静寂を作り出した。

 だが、そんな雰囲気もドアをノックする音と共にどこかへと飛んでいき、ドアの奥からキリサキ中佐を呼ぶ男の声が聞こえた。

 

「はーい」

 

 タタタと小走りにドアへと近づき、ガチャッとドアを開けるとそこにいた人物を部屋に招き入れた。

 その人物は少し前に見覚えがあり、確か、少尉候補生と言っていた人たちだ。

 

「ゲッ、少尉さんと知り合いだったんスカ、キリサキさん」

 

「んー、マブ?」

 

「マブ」

 

 そう、俺達はマブダチである。時間なんぞ関係ないのだ。

 それはそうと、この人達、キリサキ中佐の知り合いなのだろうか。いや、キリサキ中佐は中佐なので、部下なのかもしれない。

 

「白露提督、紹介するよ。この人達はようつべで活動していた底辺」

 

「ちょ、底辺じゃないし、今じゃケッコー再生数あるんだし」

 

「あー、炎上系でしたね」

 

「ぐぅ、それを言われると、何も言えねぇ」

 

 炎上系か。そういえば、俺が死ぬ前に炎上していた5人組の動画投稿者がいたような……?

 

「少尉くん。分かりやすく言うと、艦娘を世界で初めて投稿したのが彼ら5人組だ」

 

「え!?」

 

 艦娘が存在するという疑惑の発信源かよ!?俺もその動画は見たが、海しか写ってなくてよく分からなかった。

 

「そう!私達が艦娘の存在を生放送で世に伝えたのさ!」

 

「そのせいで、こんなところで過ごさないと行けない羽目になったんだけどね」

 

「仕方ないでしょ。一般人が海の立入禁止区域に来たんだから、警戒するのが普通でしょ」

 

 まぁ、それは、ご愁傷さまです。

 

 その後、キリサキ中佐とその5人組は何かを喋ったあとに、帰っていった。因みに隣の部屋のようだ。

 

 そうこうしていると夜になったので時間別で食べる食堂が開いた。夕飯の時間である。

 俺達は最初に食べなければいけないグループなので、素早く食堂に移動し食事をとる。時間も15分程しかないので、割と早く食べなければならなかった。

 

 料理の味は……うん。無人島のときより良かったんじゃないかな。

 ちなみに、何故かキリサキ中佐と漣は二人で食べていたらしい。どこで食べていたのか甚だ不思議だ。



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色々とする②

この世は月月火水木金金……日曜など訪れないのだ……。すみません、近いうちに出します。2百話記念的な話を。


 夕飯を食べ、シャワーを浴び、俺は温かな布団で寝ようとしていた。だが、この部屋には年頃の男子(一部女子)と女子(一部艦娘)がいるため、何も起きないわけがなく……

 

「好きな子を言い合おう!」

 

 まるで修学旅行のようなテンションで会話を切り出すキリサキ中佐。先にα大尉が言っていたように、恋心を持っていないだろう四人にその話題をするのは無謀では……?と思う。

 

「漣は好きですぞ、ご主人様」

 

「うーん、あざとい、好き!」

 

 え、あ、そういう。

 これは恋とかではなく、友人関係でもいいらしい。ちなみに俺は、そういう意味ならキリサキ中佐はいい友人だと思っている。

 

「α提督は大天使電だとして、白露提督は白露でしょう?」

 

「いや、ないな」

 

 白露とは趣味すらも知らない仲なので、仕事仲間のようなものだと思っている。好きでも嫌いでもない。強いて言うなら、嫌いな時期はあったため、嫌い寄りである。

 

「またまた〜、照れ隠ししなくても」

 

「いや、ないな」

 

「あ、さいですか」

 

 まあ、これに関しては冗談は特にない。白露に対しては、俺が日本に帰れることで少しばかり負い目があるくらいだ。

 

「そうだな。川内とかは割と好きな部類だ。頭いいし」

 

 実際、俺の中では川内に好感を持っている。家を造ってくれたし、距離感もちょうどいい。あの島で会わなければ、好きになっていたのではないだろうか。

 

「あー、川内ね。いいよね。夜戦夜戦ってうるさいけど、"こっち"だと夜戦は楽だからやりやすいし」

 

 夜戦が楽……?イカれているのか?

 いや、そういえば、キリサキ中佐はα大尉曰く最強である。俺みたいな提督とは違うのだろう。

 

「α提督は?」

 

「僕は……全ての艦娘を大事に思ってますよ。もちろん、漣もね」

 

「はぁ、どうもです」

 

 一瞬、α大尉は明後日の方向の遠くを見るような目をして、鋭い目を和らげていた。

 え?α大尉、その歳で悟りでも開いてるのか?今の顔は年寄りそのものだった。

 

「えー、もっとさ、特別なのはないの?プラズマちゃんはよく連れてるじゃん?」

 

「プラズマという名前、彼女はあまり気に入らなかったようですが、デンちゃんは確かに、他の艦娘よりかは大事にしてますよ」

 

 電って確か、α大尉をボコボコにする艦娘だったような……?もしや、α大尉はマゾヒストか?Mなのか?

 

「あ、やっぱし?だと思ったんだよね。え、じゃあさ、ケッコンとかもしちゃう感じ?」

 

 結婚……だと……!

 え?艦娘って結婚できるの?マジで?

 そんなことをしたら、籍に入った瞬間、艦娘が世に知られてしまうのではなかろうか。

 

「結婚というのは、ケッコンカッコカリのことですね?まぁ、するつもりはないですよ」

 

 カッコカリ……?何それ?結婚前提に結婚しましょう的な?

 

「へー。私は漣としたよ。あと長門と陸奥と大和と武蔵と、伊勢、日向、赤城と加賀、瑞翔鶴、………とか色々と」

 

 同性結婚も可能だと!?進んでるな。まぁ、しないけど。



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色々とする③

 四人で適当に話していると消灯時間が訪れ、部屋がすぐに暗くなった。

 それを合図に、そろそろ寝ようか、とα大尉が言い、皆が布団に潜ったが、俺の体はそれを許さないようだ。

 

「……くっそ」

 

 布団の中で声を殺して呟く。

 それというのも、無人島の食事に慣れを覚えていた体には、ここの加工食品が合わなかったようだ。そのため、慣れない食事を味わった腸は支障を来し、下痢を引き起こした。

 女子がお腹痛いというと、便秘のイメージがあったが、それだけとは限らないらしい。

 

「トイレ……行くか」

 

 部屋の向かいにある便所に行き、個室に入り、痛む腹を抑え、鍵を締め、便座に座る。ここまで僅か30秒。

 

ホゲエェェエェェ(下☆痢)

 

 恐ろしく早いトイレへの直通便、俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 ちなみに、俺は先にトイレットペーパーを便器に敷いておいた。そうすることによって、排泄物が付きにくくなるのだ。茶色いのって見られると恥ずかしいもんね。

 

 取り敢えず、尻を拭ったり、第二波が到来したりして、色々とあった下痢も終わり、スッキリとした俺は寝るために布団に潜った。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 起き上がり、大きく欠伸をする。俺は久しぶりに快眠できたことを嬉しく思います。

 それはそうと、今日は昨日にまともな食事をしたおかげでそれなりに元気がある。だから、魚でも釣りに行こう。

 

「って、そうじゃん。あの島じゃないじゃないか」

 

 すっかり染み付いてるな、あの生活。たった二週間ぐらいなのに。

 そんな感慨深く思っていると、漣が起き上がった。

 

「おはよう」

 

「ぁ、おはです」

 

 しかし、こうも早いと二度寝しようか迷うな。α大尉の枕元にある腕時計は5:00を示している。やはり二度寝しようか。

 

「……もしかして、見ましたカ?」

 

「は?何を?」

 

 急に見に覚えのないことを言われ素っ頓狂な声が出た。

 

「見たんですヨネ?……ちょっと外に来てください」

 

「え、え?」

 

 腕を掴まれて引っ張られ、外に出る。窓のない部屋からは分からない淡い青に染まった空は、未だに生物の活動時間外だと告げている。

 

「万年筆を……いえ、その前に、少尉は異世界を信じますカ?」

 

「は?いやいや、それは外に引っ張りだして言うことじゃなくね?」

 

 そんなことを言うために引っ張り出したのだとしたら、朝のテンションが高すぎやしないだろうか。

 

「真面目に答えてください。…もし、何か目的を達成するために漣達が邪魔なら、なるべく邪魔しないようにするために漣に伝えるべきです」

 

「いや、別にそんなこと言わなくても、あるかもなぁ程度には思ってるけど……」

 

 逆に、高校生男児が異世界だとか超能力だとかのフィクションを憧れないことはないだろう。憧れないのなら、そいつは現実的でいいと思います。

 

「そう、ですカ。なら、いいです。……ぁ、くれぐれも、漣との約束は忘れないでくださいネ」



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色々とする④

八周年目前……予定は特になし。白露と一緒に迎えます。


 約束?ああ、そういえば約束していた。確か……あれ?結局、どういう約束だっただろうか。俺は資源を貰えるが、漣に何かするわけではない。

 というか、個人的な約束で資源を横流しにするって、だいぶ犯罪まがいではなかろうか。

 

「なぁ、漣。その約束ってバレないのか?」

 

「ご主人様にですカ?それともα大尉にですカ?」

 

「どっちも、というか組織内に」

 

「ええ、バレませんよ。ご主人様の仕事は全部、漣が受け持ってますし、α大尉は漣に興味がないので問題ないでしょう。むしろ、組織内という意味であれば、絶対にバレませんヨ」

 

「詳しく」

 

「まず、ご主人様は海軍と殆ど関わっていません。特例提督の定例会議から、定期的に行われる海軍総出の作戦立案まで、どれも出席していません。むしろ、今回で海軍と関わるのが初めてです。そして、少尉もそれは同じはず。いえ、今は海軍を揺るがす大事件の発端ですケドネ」

 

 は?何それ?え?聞いてないんですけど?

 字面だけ見ればカッコいい気もするが、そんな大層な者になった覚えはない。俺はただ、小さな島で細々と暮らしていたはずだ。そんな俺がなぜ……?

 

「ちょ、ちょ待てよ。俺、またなんかやっちゃいました?……って、そんなレベルじゃねーよ。え?俺が何した?え?マジで、え?」

 

「え?本当に心当たりないですカ?」

 

「当たり前だろ。そんなヤバいことが出来るほど、馬鹿じゃない」

 

「えーと、どこから説明しますカネ。まぁ取り敢えず初めからいきましょう。少尉は白露の見た目ですネ?」

 

 そのとおりだ。嫌というほど思い知らされている。

 

「つまり、少尉が艦娘の力を持ってなくても、艦娘と同じ見た目になった。これは、周りから見れば、艦娘に成ることが出来るかもしれない、と考えられます」

 

 まぁ、確かに。俺だって艦娘のように戦えれば、青妖精に怒られなくて済むから楽だ。だから、艦娘のように戦いたいとは思ったこともある。

 

「で、海軍には今まで、人が艦娘に成るという事例はありません。よって、女子供の見た目をしている艦娘を量産するしかありませんでした」

 

「うん?」

 

「女子供の見た目をした艦娘が、隠すのも難しくなってきた深海棲艦と戦っているとメディア知られれば、海軍は多大な批判を寄せることになるでしょう」

 

 あー、話が読めてきた。久しぶりの食事のおかげで頭の回転が速い。

 つまり、男の見た目で艦娘に匹敵する能力を獲得できれば、メディアに公表できて、海軍の足枷が外れるというわけだ。

 

「まぁ、そろそろ気づいたと思いますが、今の情勢を国民に発信できれば、ある程度の軍事費を見込めます。他にも色々とありますが、そういえ、メディアに情報を流せるのも一つの理由です」

 

「え?他にもあるのか?」

 

「ええ。少尉がいるという事実は、本来はあってはならないことです。だから、θ中将が隠していましたが、β氏から少尉の情報が漏れ、今、θ中将は軍法会議に掛けられています。そこで、少尉がθ中将の目の前に現れればθ中将は言い逃れできません。そうすると、まぁ、確実に降格。下手すればリアル島流しですネ」

 

 ええ、俺ってそんなに重要人物なんですか……。さっさと殺しておけば良いものを。まぁ、俺のことだが。

 

「そこで、です。θ中将の失脚はα大尉が関わっているので触れたくありませんが、少尉の将来については関わってないはずです。そして、少尉は十中八九、漣でも想像できないところで所謂闇の人体実験的な事を受けます」

 

「仮面ライダ●1号かよ」

 

「ここで、漣のご主人様の登場です。ご主人様によると、そろそろ中規模作戦が開始されるとの情報があります。そのドサクサに紛れて逃げましょう。そこらへんには漣とご主人様はめっぽう強いです」

 

 はぇ〜。まぁ、割とキリサキ中佐とは仲いいので、有り難く漣の考えに乗っかることにする。

 マブダチは信頼するんだじぇ……。



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現状簡易まとめと補足(4)

じゃ、じゃーん!やったぁ!八周年だよ!提督!はっ、しゅぅ、ね〜〜〜んヘヘヘ~ンハハ。いやぁ、九年目だよ。白露たち、ガチ、すごいよね!提督の最高のご馳走、たべたぁ〜い。おねがいっ。

すみませんでした。白露推しとして、このあざと可愛さだけは布教。


少尉

 

 ようやく主役らしさの現れた海軍の要注意人物。けれども、荒れているのは中将以下の人たちであって、派閥とか関係なく興味もない上の連中にはどうでもいい存在。

 実はTS娘です。

 

α大尉

 

 完全勝利派を崩すために動き始めた【廻りし者】。少尉に仲良くしようと言ったのはこの日のためである。……なんてことはなく、白露が改になったときの話で出てくるネ級に殺されるだろうと思っていたら、少尉が元気でびっくりしている。実は霧崎中佐と共に小島に来たときは、生死を確認しに来ていた。

 こう見ると悪党のように思えるが、未来の艦娘に悪夢を見させないようにしている根はいいヤツ。そのためなら自分の命すら惜しくないのだとか。

 

 β氏

 

 名前だけは登場するものの、おそらくもう出ないであろう人物。艦娘消去派の虐待派。

 

 γ少佐

 

 名前すら登場しないが、α大尉を特例提督にした人物。二階級特退。マインドコントロールを勉強した。艦娘消去派の穏健派。

 

 δ少将

 

 ガタイのいいおっさん。割とノリに乗れる人。世界平和派の防衛派。

 防衛派…日本が平和であれば、世界は平和だと日本人は思うよねっていう思想。この思想を持っていなくてもも、日本の艦娘は多いため、外国に回すことができたら良いよねって思う人から支持を得ている。

 

 ε大将

 

 名前こそ出なかったものの、元白露の提督。戦争利益派で、未だに風俗的なことはしている。

 

 ζ大将

 

 死。武神。

 

 η少将

 

 空母大好き。赤城とケッカリしている。完全勝利派。

 

 θ中将

 

 少尉を小島に送った張本人。軍法会議にかけられている。完全勝利派。

 

 霧崎中佐

 

 所謂、広く浅いオタク。艦これを起動し、コンピュータの電源ボタンに触れると艦これの世界に入れる。また、万年筆を手に取ると元の世界に帰れる。学生。

 艦これの世界にいるときは、元の世界の時間は進んでおらず、元の世界にいると艦これの世界の時間は進むという機能がある。

 

 キリサキ元帥

 

 名前だけ出てくる唯一の元帥。

 

 白露

 

 少尉の秘書艦兼初期艦。様々な経験を積んでいるため、割と知識だけはある。

 

 電/プラズマ

 

 α大尉の秘書艦兼初期艦。α大尉のせいで天使の心は消え去った。艦娘の中でも強い方。

 

 漣

 

 霧崎中佐の秘書艦兼初期艦。最初は互いのオタ知識を語り合ったが、壮絶なる物語のあと、霧崎中佐を支えるという役目にシフトした。艦娘の中でも頭脳派。

 

 ネ級

 

 日本語を学び、日本文化を知った深海棲艦。白露に毎回トドメをさせていないので、重巡のプライドに火が付き、いつかは白露を沈めると誓った。登場毎にグレードアップしていく。

 実は毎回仲間のせいで撤退になっているため、仲間が弱いんじゃ……?と思い始めている。



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色々とする⑤

 未だに寝息が聞こえる部屋に入り、俺は何をしようか迷っていた。

 

 それというのも、朝の空気を吸って適当にお喋りをしたら、完全に目が覚めてしまったのだ。この状態では寝れないため、何をして時間を潰そうか。

 

 現時間はおおよそ5:15。時間割の食堂は6:00から15分間利用可能なので、あと30分程暇である。これくらいなら、海でも眺めていようか。

 

 思い立ったら即実行の精神で外へと向かおうとすると、小声で漣に声をかけられた。

 

「どこ行くんです?」

 

「ちょっと外出る」

 

 咄嗟にそう答えてしまったが、これは答えになってないのではなかろうか。いや、まぁ、訂正するのも面倒くさいので、言いなおさないが。

 

 外に出てすぐに、落下防止の柵が建てられており、そこに肘をつこうとするが肘をつくには微妙に高いので、所謂学校の机に伏せるときのような感じに腕を組んだ。

 

 なんというか、こうして海を見ていると感慨深くなる。どうして海ってのは飽きるほど見ても飽きないのだろうか。いや、違うな。別に海の中から見ればすぐ飽きるので、海を見てるようで見ていないのだろう。

 

「すげぇ、……詩的だな」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 

 何というか、これはあれだ。旅行が終わった後の特有のあれである。

 実際、俺が日本を離れあの島で過ごしたのは二週間程度だ。ちょい長めの旅行のようなものである。

 

 旅行に行くとある程度の思い出ができるもので、俺の場合は、初日に未知の超生物にあったり不思議な小人にあったりと濃い一日を過ごし、二日目に超生物っていうのが白露っていう艦娘だと知り、その夜に深海棲艦とかいう恐怖の塊みたいなのを相手取り、三日目に叢雲とかいう超再生能力を持った艦娘に出会って………………………いや、思い出、濃すぎかよ!

 俺はいつから異世界系の主人公になったんだ?その主人公でも物語が動くのには一ヶ月とか掛かるんだぞ。それがどうして、こんなにも濃ゆいのだ……。

 

 俺は普通の高校生のはず。というか、トラックに轢かれる前に「俺は普通の高校生で云々」と自己紹介とかしてないはずだ。だのにこんな非日常を味わうとか、この世界はイカれてるんじゃ?

 

 それに、冷静に考えてみれば、TS物って元の性別に戻ることが最終目標であるのが王道だが、俺の場合は元の体が死んでいるので戻れない。

 というか、そもそも俺は日本で自由に暮らせるようになっても、どう生きればいいのだろうか。

 

 戸籍も金もないのだ。住まいは買えないので最初はバイトか何かをするのだろうが、高卒――むしろ中卒のような見た目の俺がまともに給料を貰えるわけがない。

 となると、日本社会で暮らせないので、海軍内に残るのが逃げ道として残るのだが、それはそれで怖そうである。

 

「やっぱり、漣についていくのがいいのか」

 

 結局のところ、それが一番良いだろう。誠心誠意を持ってキリサキ中佐に雇ってもらえれば、食いっぱぐれることはないだろう。



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色々とする⑥

 いやしかし、頼みの綱が一本しかないというのは些か不安だな。などと未来について考えていると、最も端にあるこの場に近づいてくる声が聞こえた。

 

「〜〜、はい、大丈夫です!」

 

「ハハハ、〜〜、〜〜〜〜………」

 

 海を眺めていた目を声のする方向へと向けると、そこには改造巫女装飾を着た少女と俺と同じ服を着た男性がいた。明らかに艦娘と提督であろう。

 相手もこちらに気づいたのか、艦娘の方は丁寧に頭を下げ、提督の方はおはようとにこやかに手を振った。

 

 俺はおはようございますと言って会釈をし、また海を眺めることにした。いやぁ、今更だが、この格好は良くないか?美少女が船に揺られながら海を眺めているって、中々絵になると思う。一応言っておくが、ナルシストではない。いや、本当に。

 

「その見た目から察するに、君は駆逐艦白露だな?」

 

「ぅぇ、な、何ですか?」

 

 何で話しかけてきたんだ、この提督。中々ラフに接してくるじゃあないか。こっちには軍神と呼ばれる予定のあるらしいキリサキ中佐がいるんだぞ。

 

「確かこの部屋は、α大尉の部屋だったと思うが、秘書艦である君が何故提督服を着ているのかな?」

 

「ぁ」

 

 ヤバい。この提督、陽のオーラを持っている。だってこの提督、いきなり腕の服を掴んで持ち上げているのだ。ハラスメントで訴えるぞ、マジで。

 

 とはいえ、δ少将の忠告やらα大尉の事情やらで、俺が白露を演じなければならないというのは知っている。白露の黒髪の妹のときのように、ヘマをしてはいけない。

 

「ι提督。白露ちゃんが困ってますよ。…ごめんなさいね、白露ちゃん。でも、貴方にちょっとだけ伺いたいことがあるの」

 

「はぁ、何でしょう」

 

 俺がそう答えるとι提督と呼ばれた男は咳払いをし、俺たちの部屋に目を向ける。

 

「α大尉は君に酷い虐めをしてないだろうか?それか、仲間の娘が暴力を振るわれているのを見ていないだろうか?」

 

「は?」

 

 α大尉って見た目は暴力的だが、そういう噂は立ちそうにないと思っていたが……。

 えーと、まず、俺は酷い虐めを受けていない。白露達に暴力を振るわれていない。うん。

 

「ないです」

 

「やはり、か。彼は消去派だと言われているが、実のところは……よし、白露。α大尉はいつ頃の予定が空いているか分かるか?」

 

 うーん。知らないが、別に忙しそうではないので、いつでも空いているのではなかろうか。と思っていると、部屋のドアが開き、背の高い男――α大尉が出てきた。

 

「おや、しょ…白露だけかと思ったら、ι少尉までいましたか。どうかしましたか?」

 

「あ、お早いですねα大尉。して、お時間はあるでしょうか」

 

「ふむ。そんなに急ぎの要件ですか?僕はそろそろ食事に向かいたいのですが。それとも、一緒に食事にしますか?食事に仕事の話を持ち込むのは好きではありませんが、それでいいなら聞きますよ」

 

「―――ッ」

 

 α大尉はその背の高さと鋭い目を活かし、いつも以上の迫力を作り出し、俺ですら背中に冷や汗が垂れるほど威圧している。

 いや、怖すぎかよぉ。武装色の覇気かよ。マジで死ぬかと思った。

 

「で、では、後ほどお話の時間を……」

 

「ええ、今度は正式な約束を取ってから来るといい。まぁ、もっとも、時間があるかは分からないが」

 

「は、はい、失礼します」

 

 ι少尉は若干足早に去っていき、艦娘の方は丁寧にお辞儀をしてから走ってι少尉を追いかけた。

 あの艦娘、凄い図太いな。肝が座っていらっしゃる。



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色々とする⑦

久しぶりに艦これにログインしたらカタパルトの任務が来ているんだが……?運営が神過ぎて笑う。え?カタリナ?あったっけ?と思いながら、ぜかましを開きました。本当にぜかまし優秀。


「悪いね少尉くん、驚かせてしまって」

 

「いや、うん。や、それよりも、なんでそんなに睨みつけたし?」

 

「あー、……まぁ、これから必要になるかもしれないし、教えておこうか」

 

 そう言ってα大尉は所謂海軍の裏事情を話し始めた。

 まずは派閥争いについて。

 海軍内には主に、戦争利益派、世界平和派、艦娘消去派、完全勝利派の4つがあり、佐官以下の将校は主にそれらのグレーゾーンに身を置いているらしい。例えば、完全勝利派でありつつ、世界平和派にも顔が効く、みたいな。

 しかも、その派閥内でも意見は食い違っており、例えばδ少将とι少尉のように同じ世界平和派であっても、防衛派と講和推進派に分かれるらしい。

 

 次に特例提督と自衛隊上がりの提督について。

 海軍発足時、というより深海棲艦がある港に攻めてきた直後は、まだ新たな組織ということもあって人員不足だった。そのため、海自の中から艦娘が気分で提督を選び、応急措置的に日本中に配備したらしい。それが日に日に数を増やし、日本を安定して守れる程にまでなった。

 けれど、守れるだけで攻めれない。そうなると、持久戦では一抹の不安の残るのが日本だ。そこで、従来の提督と比べ、より効果的に戦力を増やせる存在として妖精を知覚できる人間が必要になった。それが特例提督――正式名称テートクカッコカリである。

 

「まぁ、なんで妖精を重要視したのかとか、建造がそもそもどこから来たのかとか、色々と歴史はあるけど、取り敢えずこのくらいを知っておけば困らないよ」

 

「え、あはい」

 

 うん。分かりやすい。実際に分かった。けど、この情報いらなくね?

 

 俺ってなんで睨んだのかを聞いただけなのに色々と無駄なものがついてきた。

 いやまぁ、恐らく、α大尉とι少尉が別派閥だから関わりたくないのだとは解るが、言うならそこだけでいいだろう。

 

「あ、そういえば、キリサキ中佐はどこの派閥なんだ?」

 

「あぁ、彼女は海軍と関わってこなかったから、派閥はないよ」

 

 そういえば、漣がそんなことを言っていたな。

 

「なんだい?彼女に興味があるのかい?」

 

「どこからそんな発想に行ったんですかねぇ」

 

「いやぁ、君が誰かを知ろうとするとは思わなかったからね。ここまで生きてきて一度もなかったよ」

 

 α大尉は俺の何だというのだ……。

 

「恋だなんて青春してるじゃないか。年齢とも合致してるし健康的だね」

 

「お前はどの目線で言っているんだ?というか、どこを恋と捉えた?年寄りか?俺と同じ歳で年寄りか?」

 

 絡み方がウザすぎるだろう。

 まあ、俺は楽観主義なので、α大尉は健康を気遣ってくれていた、と捉えます。(関係ない)




時系列纏めないと分からなくなるな…。


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色々とする⑧

「いや、それはいいとして、何で睨んでたし」

 

 話が脱線しすぎたので軌道修正を試みる。

 そもそも、質問はなぜ睨むのかだったのにあれだけ話を広げるのだから、それなりに勿体ぶるべきものなのだろう。

 

 いや、むしろ、勿体ぶるということは聞いてほしくないことではなかったのだろうか。あまり深入りして欲しくないから適当に話をそらしたのだとすれば、謝ったほうがいいかもしれない。

 

「あぁ、それはね。彼がいい加減しつこかったからだね」

 

 話を繋げた、ということは話したくないわけではないということでいいんだよな?

 俺が目線で詳細を求めると、それが伝わったのか、α大尉は歩きながら話そう、と言って歩き始めた。

 

「彼は所謂、講和推進派なのだけれど、まぁ、今の戦況では非現実的だし、将来的にも無理な話でね。まるで夢物語のような思想を押し付けてくるのだから、話すのが嫌にもなるさ。まぁ、これには僕が目立ちすぎたからってのもあるんだけどね」

 

「ふーん」

 

 ι少尉は言うほど変な人には見えなかったが、一応気に留めておこう。

 

 それはそうと、α大尉と歩いてやってきたのは食堂である。食堂の前に置いてある掛け時計の短針は6の手前を向いており、俺らが使うことができるのには1、2分ほど時間がある。

 ちょうどそこには例の5人組がいて、α大尉は爽やかにおはようと挨拶をした。

 

「あ、おはっス、少尉さんもおはようっス」

 

「え、あ、えはい。おはよう、ございます」

 

 おい、挨拶してないのに挨拶するんじゃないよ、まったく。これだから陽の者は……。

 そんな挨拶を交わしたあと、α大尉はどこかに行こうとしていたので付いていくことにする。

 

「あの、少尉くん。僕はトイレに行きたいんだけど」

 

「は?トイレ?あー、じゃあ俺も行くわ」

 

 そう言って、α大尉についていきトイレに入る。こうすることであの5人組から離れることができるわけだ。

 

「あの、ここは男子トイレ何だけど」

 

「は?俺は男子ですが?」

 

 何を言っているのかね、このα大尉は。俺は男だ。まぁ、体が女なので大きい方を使うが。

 

「いや、そうじゃなくてね。これだと、僕が艦娘を無理矢理連れ込んでいるって見られるから、そういう噂は極力流したくなくてね」

 

「あー、そういう」

 

 なるほど、ということは時間差で入るべきか。

 

「じゃあ、俺が先に入るから、α大尉はその後な」

 

「ん?僕は大尉で君は少尉なわけだ。分かるね?」

 

 こいつ……!まさかのパワハラか…!?

 ふふふ、今の社会では上司の方が立場的に弱いということを教えてやろう……。




最近TS要素多め。


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色々とする⑨

 そんなことを思っていると、食堂の利用可能時間が来て、利用客が一気に雪崩込んだ。やはり15分という短い時間で食べ終わらなければならないため、少しでも早く食べたいらしい。

 

「じゃ、僕は中のトイレを使うことにするよ」

 

 そう言ってα大尉は中へと消えていき、男子トイレの前には俺のみが残った。

 

「ま、入るか」

 

 これでトイレが使用できるので、中に入って個室で小便をする。女子の体だからね。仕方ないね。

 ただ、座って小さい方をする感覚は、男の頃とは違って中々慣れない。

 

 適度に尻を拭いて、手を洗いに行くと丁度誰かが入ってきたようだ。

 

「え、あ、すみません!間違えました……え、あれ?え?」

 

 その男――ι少尉は俺の顔を見るや否や飛び退いて外に出て、けれどもまた入って近づいてきた。なにがしたいんだ?

 

「あの、白露。ここは男子便所だが?」

 

「そうですね」

 

 それがどうかしたのだろうか。男が男子トイレを使う。別に普通……あ、そっか。ι少尉には艦娘だと思われていたのだった。

 

 やばいなぁ。一応、α大尉の艦娘として演じなければならないのに、どう言えば言いくるめられるのだろうか。

 

「取り敢えず、出ていってくれ」

 

「はい」

 

 おぉ、良かった。話さなければバレることもないだろうし、一件落着である。

 

 男子トイレの出入り口から出ると、そこにはι少尉の近くにいた艦娘が立っていた。

 あぁ、これはもう読めた。先の流れが読めてしまう。これぞ、一難去ってまた一難。

 

「ι提督、お早いで――ぇ、白露ちゃん?」

 

 その艦娘は俺を見た途端、目を大きく見開き口をパクパクさせながら固まってしまった。きっと、漫画ならカチコチになっているだろう。

 

「ぁ」

 

 そういえば、この艦娘の名前は何というのだろうか。……そうだな。カチコチなのだし、クリスタルのお嬢とでも呼ぼうか。って、本人に言えるわけ無いだろ。

 というか、あだ名で呼べるほどの仲じゃないので、あちらから話しかけてもらうことでしか会話ができない。決して、俺の会話デッキが皆無だから、とかそういう理由ではない。

 

………話しかけてこいよぉ!なんだよ!こっちは気まずいんだよ!

 いや、待て。冷静に考えれば、話す必要無くないか?むしろ、マイナスではなかろうか。

 うん、そうだな。よし、適当に挨拶をしてここを去ろう。いや、挨拶をしなくてもいいかもしれない。適度に頭を下げるだけで問題ないはずだ。

 

 頭を少し下げてクリスタルのお嬢の前を通り過ぎ、食堂に入る。よし、よし。我ながら完璧なムーブだった。足音を立てずに相手の視界の端へと消えていく。うむ、完璧すぎる。まぁ、何回も使ってきたので、今回も成功しただけなのだが。……あれ、何か涙が。ペロッ。これは精神的ダメージを負ったときの味ッ。




元ネタは汗を舐めてる方。青酸カリじゃない。


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色々とする⑩

 クリスタルのお嬢と別れて食堂に入り、α大尉の金で料理を食べる。なぜ俺がα大尉に奢られているかと言うと、α大尉の艦娘だかららしい。もしや、艦娘って無一文なのか?

 まぁ、だとしても奢られるというのに悪い気はしないので、遠慮なく食べよう…と思っていたが、昨晩は下痢をしたので少なめの食事をとることにする。

 

「……」

 

 いやぁ、それにしても、加工した料理が食べられるってのはいいことだ。

 無人島にいた頃は焼き魚がメインだったが、それだけでは素の味は誤魔化せない。どうせ何かを食べるのなら、なるべく食べ物は美味しく食べたい。

 というか、俺って二週間もよく生き残れたな。何か、前にも思っていた気がするが、本当にすごいと思う。もちろん俺だけじゃなく、白露も川内も神通もいたので俺だけの力ではない。それでも、無人島生活は辛かった。この辛さは終わってから実感するタイプなだけに誇張な感じもするが、やはりあの時の精神状態は危険だったと思う。

 だって、ネ級やホ級といった深海棲艦を見たら、怖すぎて逃げるのが普通だ。むしろ逃げたくても逃げられないのかもしれない。けれども、俺はそれなりに立ち向かっていた。

 

 これについて批評を加えようと思えば、背水の陣だった、や、生存が難しい状況で極限状態に陥っていた、などときっちりと科学的に見ればいくつも出てくるだろうが、そんなものは後出しジャンケンであり、考えるべきはそこではない。

 

……おっと、難しいことを考えようとすると箸が止まってしまう。時間がないので早く食べねば。

 

 取り敢えず、消化に良さそうなものを食べ終わり、α大尉とともに部屋に戻ることにする。ちょうどその時、ι少尉とクリスタルのお嬢、いや元·クリスタルのお嬢とすれ違い、その際に元·クリスタルのお嬢に手を握られた。

 

「?」

 

 急に握られたため手を固めていると、元·クリスタルのお嬢は手を離し、俺の手にはぐしゃぐしゃになった紙切れが置いてあった。

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、何でもない」

 

 握らされた紙切れをポケットに入れて、トイレに行くとだけα大尉に伝える。

 

「さっきも行ってなかったかい?」

 

「女子のトイレは早いんだよ、知らんけど」

 

 空いている個室に入り、紙切れを見てみると、どうやら文字が書かれていた。

 

 内容は、この後、お話を聞きたいので迎えに行きます。準備をお願いします。とのことだった。

 

「拒否権はないんですね、分かります」

 

 まぁ、拒否する気はないが、α大尉にこれを伝えるべきだろうか。いや、伝えないほうがいいな。たぶん。

 文の最後には榛名と書かれていて、恐らく差し出し人の名前だと考えられる。まぁ、もしかしなくても元·クリスタルのお嬢だろう。

 いや、でも、これが艦娘の名前だとすると、迎えを用意するのは艦娘だということだ。つまり、何が言いたいのかというと、この迎えにι少尉が関係していない可能性が高いということだ。

 要するに艦娘の独断で動いているのだとしたら……って考え過ぎか。艦娘が独断で動くことなんて……いや結構心当たりあるな。漣とか朝潮とか。

 そうすると、やっぱり艦娘の独断か?うーん。分からん。



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小休憩的戦闘

春イベ始まりましたね、3日前ほどに。そういう感じです。


 いやいや、ちょっと待て。冷静に考えろ、俺。

 そもそも、そもそもだ。なんで俺はα大尉にこの紙のことを隠した?意味がな…くもないか。漣の忠告もあるので、明らかに間違っているわけではない。

 だとしても、艦娘の独断云々に関しては、考えるだけ無駄だろう。艦娘のみで考えていようが、提督が絡んでいようが、そこに俺が受ける影響は大して違いがない。

 

 とすると、迎えを待つのが妥当だろうか。でもなぁ、変なことには関わりたくない。

 

 けれど、文書を見る限り、「迎えに行きます」なので拒否のしようがない。つまり、迎えを拒むのであれば、榛名側からしてみれば敵対の意思表明だと思うだろうし、迎えに従順であれば、俺が何をされるか分からないということだ。

 俺としては、なあなあの関係が一番なのだが、それが出来ないとなると、どうするべきだろうか。

 

 まず、指標となるのは敵対した時の有利不利だろう。例えば、敵対したときにオマエ、テキ、コロス、になるか、オマエ、フトドキ、シネ、になってしまったとき、俺は応戦しなければならない。流石に直接攻撃は海軍という組織内のため出来ないだろうが……いや、出来るのか?

 俺の立場は現状、θ中将の弱みとなっているわけだが、その役割が終われば俺は用済みとなる。つまり、生かすも殺すもよし、である。

 

 いや、流石に簡単に人の命を殺めたりしないよね?うん、いや、普通そうだろう。なんか、α大尉が俺を殺すとか漣に聞いた気もするが、流石にないだろう。うん。

 

 まあ取り敢えず、考えれば考えるほど泥沼のような頭脳戦が繰り広げられてる気がするが、その渦中にいるはずの俺が最も情報弱者なので、榛名の迎えを待つ方が良いだろう。伊達に世界平和派を謳っているなら、色々と教えてくれそうだし。

 

 これからの方針も大まかに決まったので男子トイレから出ることにする。

 個室から出て、愉快な笑い声を上げながら小便をするおっさん達の後ろを通って、食堂前に出ると俺を待っていたのか、α大尉の姿があった。

 

「別に帰っていても良かったが?」

 

「一応、僕の艦娘だという自覚を持ってくれ…」

 

 あぁ、なんかそういうのありましたね。

 

 その後、α大尉とキリサキ中佐って付き合ってんの?という話をしながら部屋に戻り、高身長の雰囲気イケメンの爽やか三白眼野郎は二次専の女子にはモテないって結論に至ったところで、部屋の真ん中に一枚の紙切れを見つけた。

 その紙切れには文字が書いてあり、雑な字で「フィリピン方面に向かいます」とだけ書かれていた。

 

 部屋の片隅においてあったキリサキ中佐の荷物がなくなり、漣とキリサキ中佐がいないことから慮るに、この手紙の主はキリサキ中佐である。

 

「やはり、動いたか。……よし」

 

 α大尉はそういうと、走ってどこかに行ってしまった。ねぇ、本当に俺って、情報弱者がすぎるんですが?



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いざ南沙諸島

「―――以上の事に注意して、決して勝手に動かないように。いいね?」

 

「はい」

 

 α大尉の長い話も終わり、数々の注意事項を頭に詰め込んで疲れ切った声で返事をする。

 

 それというのも時間は遡り約二時間程前、忽然と消えたキリサキ中佐と残された紙切れを見てα大尉はこの船の主――船長ではなくδ少将に何かを話したらしく、進路変更のアナウンスやら、荷詰めの指令やらが鳴り響き、その最中にα大尉から諸々の説明を受けていたのだ。

 

 曰く、軍法会議は延期となった。曰く、沢山の提督がいるから規定の位置、もしくはキリサキ中佐と一緒にいて欲しい。曰く、軍神は神出鬼没である。……等等。

 そういえばキリサキ中佐は神じゃないのに軍神とか呼ばれていたな、と思い出しつつ、詰まるところ、作戦基地なるものの中で大人しくしろ、とのことだった。

 

 いや、それよりさ。キリサキ中佐は?

 

 α大尉との会話で言及されなかったが、キリサキ中佐ってどうやって比島方面に向かったんだ?

 ここは海にど真ん中であり、脱出はほぼほぼ不可能だ。数多くの推理物がそう言っていたので間違いないだろう。

 けれど、この場面を見る限りその理論は正面から壊されている。つまり、その理論が間違っているか、キリサキ中佐が船の中にいるかのどちらかだろう。

 

「で、キリサキ中佐は?」

 

 まぁ、これに関しては考えても答えが出るように思えないので、一番情報を持っていそうなα大尉に聞くに限るだろう。

 

「だから、比島方面沖に向かったと言ったじゃないか」

 

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて、どうやって向かったのか、って話」

 

「だから言ったろう、軍神は神出鬼没である、と。僕だって方法を知っていれば上手く対処出来るのだけど、何せ足取りが掴みづらいから、こういう紙切れだけで彼女の場所を探さないといけないから大変だよ」

 

 ハハハ、と笑いつつ愚痴をこぼして、僕にはまだやることがあるから、と言って再び部屋を出ていってしまった。

 何かアレだな。好きなアイドルを追いかけるファン的な、そんな雰囲気と似ている気がする。

 そう、昔の俺も突発とか緊急とかの開始数時間前の発表の多い推しの生配信を渡り歩いたなぁ。

 

 

 

「………そっか」

 

 昔……と言うには最近すぎるが、少し前の俺はそんな予告もないような戦場で、無力なのに生きるために艦娘を使う提督だったのだ。

 それが、今となっては戦場を間近に戦わなくていい環境にいる。それがなぜか少しばかり虚しさと焦燥感を駆き立てる。

 

 たった二週間のあの島での生活が虚しさを感じるほどに自分の中で特別な体験になるとは思わなかった。そのせいか、出来れば今の提督でない俺と、硝煙の匂いの届かない、そして潮の香りの漂うような場所で、適当にふざけ合える仲間でいたいと憧れる。

 そんな大切な仲間だと思える彼女らが、今度の海戦で沈んでしまわないか、不安で心配で焦燥を覚えて仕方がないが、結局俺が口出ししたところでより悪い結果になるとは分かりきっているので、自分にはこの、知らぬ間に守られる立場、にしか立っていられないのだと、納得してしまった。



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甲勲章の輝き

霧崎視点です。


「艦これ!春イベ!」

 

 私が艦これを始めて、現世の時間ではおよそ5ヶ月。艦これ界では約一年の月日が流れた。

 そして、冬イベには練度的に参加できなかった私も、今春イベには参加することを決めた。とは言っても、私の春イベは世の提督の言う春イベとは一味も二味も異なる。

 

 元々、艦これ界に物理的に入ってしまえる為か、演習はいつまで経っても受けられなかったり、ランキングには名前がなかったり、任務が殆どなかったりしているが、イベントもその例に漏れず、甲乙丙丁の難易度選択がない。むしろ、敵編成から考えるに、強制的に甲作戦になっている。

 けれど、札がないかというとそうでもなくて、札的な機能は実装されている。しかもルート分岐もあるため、割と高難易度である。

 

 まぁ、ここまでなら普通の春イベだろう。だがしかし、ここからが違うのだ。

 まず、ゲージがめちゃんこに長い。それはもう、2桁の出撃では足りないほどに。

 そして何より、艦これ界の提督にとってはマジの戦争なので、ゲージが勝手に削れてたり、それぞれのマスの敵編成が大幅に変わっていたりする。潜水艦だと思っていってみれば、戦艦や重巡が出るだなんてことも珍しくない。

 

 つまり何が言いたいのかというと、

 

「……これ、普通に攻略できるかいな!」

 

 私だって……私だって、割と粘ったのだ。E1の1ゲージ目は頑張った。2ゲージ目の集積地棲姫も対地装備が二式迫撃砲と特二式内火艇しかないながらも、空襲での大破を撤退し中破で乗り越え半分まで減らした。けど、対地装備が圧倒的に不足している。基地航空隊の航空隊もまともに使えるのは銀河のみ。

 しかも、私は学生であり且つテスト期間であり使える時間は限られている。となると、この海域が突破できないのは火を見るよりも明らかである。

 

 よって私は、最後の切り札を切ることにする。

 

「アツメタブッシハ……ヤラセハシナイ。アツメタブッシハ……ヤラセハシナイ…」

 

 もう何回も聞いたセリフを吐きつつ、艦これ界にログインするために電源ボタンを押した。こうして、私の春イベ(リアル)は三日間で幕を閉じた…。

 

 春イベ(艦これ界)の幕開けである。

 

「あ、ご主人様、ようやくですカ」

 

「うむ」

 

 周りのリアルに血を流している他提督の艦娘から目を逸しつつ、急に鼻腔をくすぐる磯と硝煙の匂いに息を止めて、取り敢えず建物の中へと逃げ込む。

 この建物は所謂作戦基地であり、今作戦の重要拠点である。漣がそう言っていた。

 

 造りは簡易であるものの、実質寮のようなこの建物は受付で〇〇号室を使用すると言えば、簡単に鍵が手に入りその部屋を使える。いやぁ、マジで便利。誰でも簡単!提督になるだけで作戦期間中は無料で一部屋即貸切に!

……本当にこの海軍、大丈夫なのだろうか。貿易がほぼできない今の状況で、こんな大型の建築をするとか頭がおかしいのではなかろうか。いやほら、組織のガバさは挙げたらきりがないから一々言わないけれども。



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大胆なる歓迎

提督視点です。


 変な感傷に浸りつつ、何も目立つものがない部屋を見渡す。あるものと言えば、α大尉の書類関係と机と棚と布団くらいだ。

 もう少し詳しく言うのであれば、机の上に乱雑に置かれた数枚の書類と、「今日中」と書かれた箱にある書類の束、空の棚とシーツは回収済みの布団である。

 

――あの書類、見てもいいものだろうか。

 

 ふと、暇すぎて他人の書類を盗み見たい欲求に駆られてしまうが、α大尉は俺と違って本物の提督なので流石に見ないほうがいいだろう、と思い直す。

 まぁ、「てめぇは知りすぎた」で死ぬ可能性があるから見ないほうが……いや、でもそのシーンは割とカッコいいから憧れる。

 

 ヤバい。ものすごい見たくなってきた。だ、大丈夫、ちょっと見るだけだから…。そう、ほんのちょっと見るだけである。

 

「ヤベ。今、犯罪的なセリフ吐いてたぜ……」

 

 と言って自分の中で盗み見るのを言い訳して、机の上の書類を見る。机の上ならば、偶々目に入ったと言えば誤魔化せるかもしれないはずだ。うんうん。

 

 さてさて、机の上には細かい字が刻まれた日記帳と何色かの丸が所々に散らばる地図、そして沢山の名前が記載されたものがあった。

 日記帳は読むのは気が引けるので地図を見てみる。どうやらその地図は比島方面を縮小したもので、よく見ると赤と青の矢印が引かれていた。

 

「良く分からね」

 

 最後の紙に目を通してみるが、誰々がどこそこにいるだとか、今作戦の主力か支援かだとかが連なっていて、特に見る気になれない。

 ただ、艦娘と思しき名前が〇〇提督の保持艦娘として山ほど連ねられているが、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨の比率が多い気がする。また、キリサキ中佐を除いて、保持艦娘数は10〜20人ぐらいが平均値だろう。因みにキリサキ中佐は300を超えている。抜群のトップである。えぇ…(困惑

 また、平均練度なるものも著されていて、こちらは大体50〜60といったところだ。因みにキリサキ中佐は88(端数切り捨て)だそうだ。流石に保持艦娘が多いだけあって平均練度はトップではないらしい。トップはα大尉の99である。えぇ…(困惑

 

 俺の知り合いには実力派が多いことが分かったところで、ドアが勢いよく開く音がした。

 

 唐突だが既に予想された事態なので、落ち着いて言い訳の言葉を口から出す。

 先ずは、この書類は偶々目についたのだと言わねば。

 

「α大尉、これは違くt」

 

「少尉さん、失礼します!」

 

 目の前にはα大尉、ではなく床が見え、視界の左端には赤いミニスカがある。

 顔を見上げてみれば、長い髪を綺麗におろした人――榛名と金色の角的な何かが見えた。



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大船に乗った

 今、俺はどういう状況だ……?

 前には床、横には榛名。俺の腹が締め付けられる感覚と、榛名の仄かないい香り。

 その他諸々の状況から察するに、どうやら俺は榛名の脇に挟まれ抱えられているようだ。それも、まるで自分が羽毛ほどの軽さかと錯覚してしまうほどに軽々と持ち上げられている。

 

 この細腕のどこにそんな力が……と思ったが、それについては榛名の頭の金色の角のようなものと、背中にある大きな砲によって、彼女は艦娘であったことに気がついた。

 

「榛――」

 

「口閉じないと、舌を噛みますよ」

 

 榛名はそう言うと走り出し、ただでさえ人一人が限界の狭いドアを壁ごと殴り倒して俺と榛名が通れるようにし、背中につく砲塔でもう一回り壁を削り、その勢いのまま海に出た。

 俺はというと言葉の通りの激しい運動に舌を噛み、痛みに顔を引き攣らせていた。

 

「このような手荒な真似をしてしまいすみません。けど、もうすこし口を閉じておいて下さい。ι少尉の下へ急ぎます」

 

 どうやらι少尉もこの件について関わっているようだ。ブバッ

 ということは、ι少尉の意志で俺を連れ出したことになる。ブヘァ

 けど、なんのために…?ブベラッ こんな強硬手段に出るほどだ。モゴゴ 何か、それなりの理由がビシャァァ

 

 水が顔にかかるんじゃい!!

 

 砲がデカいだけでは飽き足らず、水飛沫まで大きい。榛名が相当勢いを出している為か、体中が水をかぶる始末である。

 しかもこの水にも勢いがあり、榛名の腕がなければ俺は波に飲まれ海の藻屑となっていたことだろう。むしろ、榛名の腕があるせいで水が大量に圧してくるのを逃げ場もなく受けなければいけないので、首とか腕とか圧し折れてもおかしくない。

 

 俺、ちゃんと生きてるといいなぁ

 

――――――――――――

―――――――――

 

「着きましたよ、少尉さん」

 

「」

 

 荒波に揉みに揉まれ、途中で出くわした深海棲艦との撃ち合いもゼロ距離でリアル体験をし、デカい砲は飾りじゃないことを見せつけられ、また荒波に揉まれ……俺は疲れた。しかも、寝落ちができないタイプの疲れである。

 

 そして、どうやら俺はどこかの島の港に辿り着いたらしく、整備されたアスファルトの上にびしょ濡れの状態で寝っ転がり、夏の熱さによって蒸発させる。と、それらしいことを言ってみたが、単純に疲れただけである。

 

「お、榛名、着いたようだね。少尉も……って大丈夫か?」

 

 どこをどう見たら大丈夫に見えるんだ、コラァ?こっちは疲れてるからすぐにキレて、すぐにどうでも良くなるぞ、コラァ?

 というか、話す気力とかホント無いんで、話しかけないで欲しい。あ、でも、風呂は入りたいんで、風呂を沸かしてもらえればと、思います。

 

「まぁ、取り敢えず、話だけ聞いてくれ」

 

 疲れてるから話の内容を覚える気力がない。いや、どうせ覚えるのだろうけど、話しかけてくるのは苦痛なんで本当にやめてほしい。

 

「確か、君はα大尉と繋がりがあるな?」

 

 そうだぞ。こちとら、α大尉の艦娘……あれ?今、少尉って呼んでなかったか?え、あれ?

 

「そんな君を――」

 

「あ、提督じゃん。おひさ〜」



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仲間との再開

 俺は疲れた身体に無理を言わせ、腕を地面について声の主を見上げた。確か、いや絶対にこの声は川内のものである。

 けれども、やはり無理なものは無理で、腕には微塵も力が入らず、虚しくもその人物を確認することは叶わなかった。

 

 俺は挨拶の返事すら言えず、無言で気まずい空間が広がるが、川内が大きく溜め息を吐いて俺の近くに寄り、うつ伏せに寝ている俺の目の前に川内は屈み込んだので、俺は唯一動く目を上に上げて川内の顔を見上げた。

 すると彼女は快活な笑顔を見せて一言

 

「提督、もう何日も休んでるから、今夜は夜戦だよ!」

 

 ハハッ、何だよそれ。言葉にこそ疲れて出なかったものの、思わず口角が上がってしまう。特別面白かったわけでも何でもないが、心の底から笑みが溢れた。

 どこからどう見ても俺は疲れているように見えるだろうし、正直、今夜を徹夜できるほど体力が残っていない。だから、川内の提案自体は断るしかない。

 けれども、別に川内は勝手に夜戦ができるので、態々口に出す必要はない。そんなことは川内も分かって言っているのだろう。

 

 じゃあなんで笑ったのかというと、恐らくそれが最も川内らしい発言だったからだ。あるいは、〇〇らしい、という決めつけを嫌う俺が川内らしいと思ったことに対する嘲笑も含まれる。

 

「じゃ、提督をお風呂にでも入れようか。ι提督はその後でもいーい?」

 

「嗚呼、構わないよ。むしろこの手法しか見出せなかったこちらの失態だから、出来る限り要望には答えたい」

 

 うわっ、これはかなり印象操作しに来てるな。

 まあ、言っていることは正しいので、一々噛みつきはしないが、どんな無茶振りをされるか覚悟したほうがいいかもしれない。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 所変わって風呂の中。大きいが簡易的で機能重視の建物に取り付けられた風呂――というより温泉である。硫黄のキツイ匂いと「健康な肌に必要な天然の栄養がたっぷり!」みたいなキャッチフレーズの書かれる看板があるため、ほぼ間違いないだろう。

 取り敢えず、そんな看板を横目に服を脱いで暖簾をくぐり、蒸れた空気の中、湿った石畳の上を歩いて近くのシャワーの前に座る。俺個人の感想だが、木と石しかない温泉にシャワーって不相応な気がしてならない。

 

「そうは思わんか、川内?」

 

「え?私と夜戦したい?えっと、どっちの?」

 

 どっちのとは何だ?というか、夜戦したいなんて一言も言ってないのだが……。

 川内には何でもないと言って、俺は髪を洗うためにシャンプーを手に取る。ちなみに無料だ。

 

……え?川内がなんでいるかって?これについては深い事情があるのだ。

 まず、俺は男湯に入ろうとして、見た目で断られた。因みに女湯でも同じ理由で断られている。やはり、見た目が艦娘だとダメならしい。

 それで泣く泣く俺は、所謂ドックに入る羽目になってしまい、川内と一緒に入っているのだ。



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初めての入渠

 無料で支給されるシャンプーやらボディーソープやらを使って、背丈にしては色々と成長している身体を洗う。別にどことは言わないが、存在感がある。うむ。なんというか、中学校で少し成長が早くて、男子からの視線を集めることもできるだろう。

 

 とはいえ、実際に持ってみると大変なもので、あの二週間でも散々身に染みたが、胸が大きいと割と困る。

 簡単に思いつくものだけでも、弾むと痛かったり、足元が見えなかったり、と男の頃にはない故に知らないことが多い。まぁ、所謂IカップだったりJカップだったりはしないので、体の動かし方を変えたり、首を前に出して足元を見たりすれば解決するぐらいの面倒臭さではあるが。

 

 けれど、胸があると困るのはもっと別の理由だったりする。

 それは、胸というのが基本的に脂肪で出来ていることだ。脂肪は筋肉ではないので維持をすることが難しく、すぐに容姿を変容させてしまう。胸はその効果が顕著で、重力に従って垂れていく。しかも、動けば服で擦れるし、靭帯が切れてさらに垂れるし、大変だ。

 だからこそ俺はこう言いたい。

 

「ブラジャーは最高だ」

 

「え、きもっ」

 

 別に卑しい気持ちなんぞ、持ち合わせていない。むしろ、これだけ精緻な機能性に尊敬にすら値する。

 

 そんなことを考えながら、体を洗い終わり浴槽に入ることにする。

 

「ぅぇ、早くない?」

 

「別に早くないが?」

 

「いや、早いでしょ。もうちょっと肌に気を遣いなよ」

 

「夜更しするのは肌に悪いらしいぞ」

 

……おっと、いけない。温泉に浸かると脳死で会話してしまう。

 女子との会話には肌と体重の話を振ってはいけないのだ。ソースは俺。

 

「私はドックでそういうの関係ないけど、提督は人間だし」

 

「チートかよ」

 

 ふむ、ドックには美容効果まであるのか。確か、白露からは回復効果しか聞かされていないので、中々に人間くさい効能だ。

 人間くさいといえば、今の川内は幾らか俺から離れた浴槽の縁に座っており、胸とか股間とかを隠している。……川内よ、そっちの方が興奮する輩もいるんだぞ。俺のようにな……。とはいえ、それで理性を失っているなら、俺は自分の裸にすら興奮するだろう。

 

「というか、白露と神通は?」

 

「妹と一緒に提督を入らせるわけには行かないでしょ。ほら、神通って恥ずかしがり屋だから。それと白露とは喧嘩中じゃん」

 

「えー、まだあれは続いてんのかよ」

 

 俺はもう何で殴られたのか覚えてないぞ。

 

「そりゃあね、白露が殴ってなかったら私が殴るとまではいかなくても怒ってたね」



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想像性と干渉性

久々なので初投稿みたいなものですね。


 ふむ、川内でも怒ることがあるのか。いや、まぁ、通話越しに怒鳴り声が聞こえたこともあったので、不思議と言うほど不思議ではないが、あまり怒るイメージはなかった。

 

「というか、あれってなんで俺は殴られたんだ?」

 

「…………はぁ。自分で考えなよ、って言いたかったけど、私もこの喧嘩が延々と続くのはヤダし、教えてあげるよ」

 

「あざ」

 

「うわっ、軽いなぁ。あれは、提督が勝手に危ないことをしていたから、だと私は思うよ」

 

 勝手に危ないこと?まぁ、勝手と言えば確かに勝手にネ級と対峙していたし、それは危ないことだとは思う。だが、それは白露も川内も同じことであり、俺だけがやっているわけではない。子どもじみた言い訳だが、俺はそうだと思っている。

 

「って、そういうことじゃなくてだな。何というか、白露は何で俺を殴れたのか、って話だ」

 

「あー、そういう」

 

 そう、白露は前に、艦娘は提督に危害を加えることはできない、と言っていた。それが今回の件で嘘である可能性が出てきた。

 思えば、電はα大尉に魚雷で攻撃していたので、現状、普通に攻撃できるという結論に至る。

 

 けれども、白露があの発言をしたのは随分と前だ。それこそ、俺が白露は化け物だと思い、避けていた時である。

 その恐怖を感じ取って嘘を付いたのだとしたら、中々に俺を、というより人間をよく分かっていると言える。

 

「えーと、あれはね。まだ、私も憶測に過ぎないんだけど、恐らく、白露が提督の艦娘じゃないからだよ」

 

「は?」

 

「例えば私や神通は提督に攻撃は愚か、一定以上の恐怖とか痛み、総じてマイナスの感情なり危害を加えることはできない。だから、提督が触られるのが嫌なら、私は提督と触ることができないってこと」

 

「ふむ」

 

「でも、白露は相当提督に嫌悪されていたはず。若しくは、提督が顔に見せるほど恐ろしく思ってないのかもしれないけど、まぁそれは兎も角、……そうだなぁ、じゃあ」

 

 そう言うと川内は胸に当てていた右腕を外し、そのまま大きく振りかぶり俺との距離を詰めながら、確かこうやって、と呟いた。

 

「提督のえっちぃー!」

 

 綺麗なフォームで的確に頬を捉えた健康的なスナップの効いたビンタは、俺の左頬へと狙いを定め――当たる直前に俺が目を瞑ったのと同時に俺の頬に当たるはずの部分だけ川内の右手は消し飛んだ。

 

「…え?」

 

「いてっ。…まぁ、こんな感じに、ね」

 

 川内は先程と同じように右腕を胸に押し当て、今度は話し易いくらいの距離に腰を下ろした。

 

「えっと、今のは?」

 

「え?提督ってこういうのが好きなんでしょ?」

 

 いや、まぁ、好きというか、様式美で取り込まれるアニメが多いからよく見てしまうだけで……まぁ、嫌いではない。だが、やるのだとしたら、氏ね変態!ぐらいが丁度いい。尚、決してMではない。

 

「いや、そういうことじゃなくて。え?どゆこと?」

 

「ま、これが提督と艦娘の関係」

 

「……攻撃できないって、そういう」

 

「うん。これは神通も同じだよ」

 

 攻撃できない。この言葉はどこまでもその意味の通りで、やろうと思えばできるわけではなく、摩訶不思議な力によって阻まれている、ということだろうか。明らかに超常現象なのできっとそうなのだろう。

 

「まぁ、私としては攻撃できないって言うより、……いや、表現しづらいな……。何というか、何だろ」

 

 川内は天井を見上げて考え事を始めてしまった。

 まぁ、俺も何となく川内の言いたいことは分かっている。と思う。

 恐らく、川内の話を聞く限り、攻撃できないというのは提督と艦娘の関係性の一部に過ぎず、どちらかというと提督の――この場合で言えば俺の感情に左右されるということだ。

 

「例えばそれは、俺がその一定以上の恐怖ってのを艦娘に持てば、すぐにでもその艦娘は消えるってことか?」

 

「うん、そうだね。ちょっと難い表現だけど、提督主体の干渉能力ってところかな」

 

 何とも中二病チックなものだ。俺が中二のときならクラス中に自慢して精神異常者扱いされるまである。

 

 それはそうとして、たぶん、川内の言う能力は、噛み砕いて言えば、俺が思ったものが直接艦娘に伝わるといったものだろう。先程のビンタを例に挙げれば、俺がビンタをされたくなかったから、川内の手が消えた、ということだ。

 だから、逆に言えば、艦娘が受け身の不干渉能力とも言える。

 

「……あ、イメージ…」

 

「ん?何それ?」

 

「いや、そういえば似たような話を白露もしていたな、と思ってな」

 

 白露の言うイメージ。川内の言う干渉能力。この2つは似ている。むしろ、同じまである。

 

 白露は、艦娘がイメージしたものが艦娘の体を作る、と言っていた。正確には入渠の際に自分で回復できる、といったものだが、まぁ同じだろう。

 そして、川内は、提督主体の干渉能力と表した。もしこれが、俺の言うように、艦娘が受け身の不干渉能力なのだとしたら、辻褄が合う。

 

「――つまり、絶対に当たると思ってビンタすれば当たるんじゃないか?」

 

「なるほど…。言ってることが本当ならそうかもしれないけど、実験のしようがないね。提督がビンタを嫌がらないといけないし、私もビンタが当たると思えないかもしれない」

 

「そっかぁ」

 

 万事休す。仮説を立てても再現性のない実験では意味がない。

 

 はぁ。と少しため息を吐いて、煮詰まった考えをどっかにやる。すると、喉が結構乾いているのと、全身が火照っているのを感じ、唐突に視界が狭まり吐き気を催した。

 あ、不味い。これはもしや人生初の、のぼせるってやつじゃないか。

 

「川内、俺を涼しい部屋に運んで、保冷剤とビニール袋を用意してくれ」

 

 口早に要件を伝えて、平衡感覚の取れなくなった脳が停止していくのを待つ。

 あぁ、これが気絶ってやつか。

 

「えっ、ちょまっ」

 

――――――――――――

―――――――――

 

 体の四肢の冷たく痛い感覚とともに目を覚まし、見上げた先には知らない天井があった。

 こういうときに発する言葉は一つだ

 

「知らない、天井だ」

 

 うむ。人生で言う日が来るとは思っていなかった。というか、めっちゃ恥ずかしい。

 

「あ、起きた」

 

 急に声が聞こえ驚くも、それが白露の声だと分かり落ち着いて白露の方向を見る。

 俺は今、布団に寝転んでいる状態で、白露は俺の枕元より少し離れたところで何かの本を読んでいたようだ。

 

「……」

 

「……」

 

 何と声を掛けようか。下から見上げているせいでパンツの色が分かると紳士的に教えるか、本の表紙に乗っているサツマイモについて話題を掘り下げるか、の二択である。

 

「あの」

 

「その」

 

 あぁぁあぁ!!やっちまったぁ!気まずい!空気が気まずい!

 ふぅ。落ち着け俺。こういうのは先手必勝。お先にどうぞをするのは即ち死を意味する。

 

「いや」

 

「えっと」

 

 何してくれてんだこのアマァ!

 ふぅ。落ち着くんだ俺。糖が足りなくてイライラしてるのは分かるが、クールに冷静に対処するのだ。

 そう、俺の53万の必殺技の一つ。俺が話し始めるけど、先に話したいならどうぞ、を発動!

 これは、俺の今の姿勢を正して、俺が話す意志を見せつつ、もし先に話したいなら聞くよという意味にも捉えられる圧倒的に謙虚な必殺技なのだ。

 

 俺は布団の上に座り、白露が話を始めないのを確認してから、伝えるべきことを伝えた。

 

「なんだ、その。悪かったな」

 

「え」

 

 白露が驚くのも仕方ないだろう。なんの脈絡もなかったからな。

 俺は取り敢えず、何に対して白露が怒り、何で俺が悪いのか全く持って理解できなかったが、謝ることにした。

 

「いや、何というか、怒って殴るって割と普通なことなのに、提督と艦娘ってだけで色々と制約が存在しているらしい、って結論づけてな。じゃあ、そういうの全部かいくぐって殴るんだから、相当、俺に思うことがあるんだろうし、覚悟とか決心とか付けてるんだろうから、俺が謝るのが筋だろ?」

 

「え?意味が分かんないんだけど。別に筋じゃなくない?」

 

「え?筋じゃね?」

 

「ま、まぁ、いいや。あの、提督、そうじゃなくってね。あたしからも、ごめんなさい」

 

 お?どういうことだ?何か謝られるようなことしたか?

 

「あんな状況になったのはあたしのせいだし、そもそも殴るなんてことしちゃダメだし、本当にあたし、ヤな奴だよね……」

 

 うわっ、面倒くせぇ。自虐することで相手に肯定してもらえるっていう、女子がよく使う構文ではないか。

 しかもこの構文の厄介なところは、お前はヤな奴だ、と言うと更に面倒くさくなるところだ。全くもって面倒だ。

 

 ただ、この構文は対処法がある。それは、一切自虐について触れないことだ。そうして誤魔化すしかない。

 

「えっと、つまり、俺のやり方で続けてもいいと?」

 

「え、まぁ……いやいや、違うよ!」

 

 白露は少し逡巡してから、右手を顔の前に持ってきて、イヤイヤイヤと横に往復させた。

 おい、何で雰囲気をぶち壊してんだよ。白露が作った空気だろ、これ。

 

「もっと自分を大事にして欲しいの。提督には理論とか冷静さでは敵わないから説得とかできないけど、怖いなら逃げて欲しいし、勝てないなら戦わないで欲しい」

 

 ああ、なるほどね。把握。

 つまり、白露はどうやら自己犠牲精神の所持者らしい。だってそうだろう。俺はあの場では白露達に最大限の仕事を与えた。あれ以上の戦果は無理である。だから、ネ級は想定外だったが、俺が戦わなければいけなかった。

 ただ――

 

「そうか。分かった」

 

 白露の意見は、意見としてとっておくことにする。恒常的な関係には意見交換を行えるのが絶対条件である。ソースは俺。

 

「うん、ありがと」



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ι少尉とは

 取り敢えず会話が一段落したところで、白露はパンッと手を合わせ、さて、と言いながら別の話題を切り出した。

 

「じゃあ、ι提督のところに行くよ。ついてきて」

 

「え?何故?」

 

 そもそもι提督って誰だっけ?……あぁ、思い出した。俺をここに連れてきた張本人だったはずだ。

 その張本人に会うということは、何かしら話すのだろうか。まぁ、普通にそうだろうなぁ。じゃなかったら、俺をここに連れてくる意味ないし。

 

 だが、α大尉の忠告もあるので、多少なりともリスクが出る可能性がある。例えば、恐喝とか脅迫とか。

……うん、まぁいいか。考えるのが面倒くさい。なぜか最近、思考するのを放棄しがちかだが、俺は悪くない。うむ、きっと悪くない。

 

「おけおけ」

 

 そう言いながら立ち上がり、白露に了承の意志を見せる。すると白露も読んでいた本を座敷机の上に置いて、尻に敷いていた座布団を片付けた。

 ふと、座敷机の上にあるものに目がいった。それは白露の読んでいたサツマイモ料理の本ではなく、旅館で出るような包に入った羊羹である。見るとどうやら何個か食べられており、容器の大きさからすれば残り僅かである。

 先程から糖が足りなかったので、どれお一つ、と一つ手に取り包装を破いていると、白露から待ったがかかった。

 

「なんだ?欲しいのか?」

 

「いや、あたしはもう要らないけど、それ、残りは提督と神通さんの分だから残してあげてよ」

 

「り」

 

 ふむ。残りが3個で、神通と分けるのならば1:2となる。まぁ、どうせ一口分しか要らないので、食べるのは1個だ。

 手頃な大きさの羊羹を一口で食べ、包装紙は近くのゴミ箱に捨てる。

 

「あ、鍵、渡しとくね。一応、あたし達と同じ部屋だけど提督だし」

 

「は?いや、まぁ分かった」

 

 別に白露が持っていても構わないのだが、まぁいいか。

 鍵をポケットに入れて部屋を出ようとすると、ポケットの中に何かがあった。

 

 何だろうか、と思って取り出してみると、ヨレヨレになった紙だった。

 

「何それ?」

 

「ん?あぁ、これは榛名に貰ったものだ」

 

 もう濡れてしまって文字は読めない。どうせ用済みのものなはずなので捨ててしまって構わないだろう。

 ポイッと紙をゴミ箱に放り込み、部屋の外に出て鍵を締める。部屋の外はちょっと窮屈な廊下となっていて、二人で並んで歩く分には十分だが、三人となると並んで歩けないだろう。肩幅のない細い身体の俺でそうなのだから、大人の男からすれば更に手狭だろう。

 

 白露は、こっちだよ、と言って手招きするので並んで歩いて行くと、廊下の先に階段を見つけた。

 

「ここを上がってくよ」

 

「へぇ。何階まで?」

 

「六階」

 

 因みにここは三階である。壁に3Fと書かれているのだからそうなのだろう。階段を上がるのは少し面倒くさいが、エレベーターがないので仕方ない。

 

「そういえば、さ。もしかして、時雨に会った?」

 

「誰だそいつ?」

 

 階段を一段上がるたびカーンカーンとなる響く中で、白露は思いついたように言った。

 俺が質問すると、白露は、黒髪、大人しい……などの特徴を挙げて時雨を説明し始めた。

 

「あ、なんだっけか。確か……佐世保の」

 

「そう、それ。やっぱり会ってるよね……」

 

 白露は落胆したかのような口調で額に手を当てた。なぜそこまで落ち込んでいるのか、と目線で送ってみると、どうやらこちらの視線に気づいたようだ。

 

「いや、何ていうか、時雨があたしに会ったときの反応も変だったし、しかも変な白露に会ったとか言ってるし、なんか提督がやったんだろうなぁ、って思ってたから」

 

「あぁ、まぁ……、確かにあれは流石に反省してる。けど悔いはない」

 

「提督が反省してる……!?一体、何したの!?」

 

 いや、俺だって反省ぐらいするが?

 白露は五階の踊り場で俺の肩を掴み、何したんだー!吐けぇー!と言うかのようにガクガクと脳を揺さぶる。

 

「冷静に、クールダウン、してくれ」

 

「ふしゅうぅぅ」

 

 何だこいつ。前までこんなことしていたか?いや、ここまで感情的になることはなかったはずだ。

 

 俺の十八番である人間観察は陰に生きるものなら初めに取得しているスキルであり、長く使える有能なものだ。

 そんな陰の存在である俺は、今までの白露を素を見せずに取り繕う性格――端的に言えば、お姉ちゃんしているやつという印象だった。

 だが、今ので分かったことがある。白露は素でもお姉ちゃんしてるということだ。

 

 つまり何が言いたいかというと、

 

「……時雨を見たときに、こいつは何かと激しい姉妹がいて、始めて輝けるタイプだ、的なことを長々と言ったんだが」

 

――白露はその激しい姉妹ってタイプではない。赤メガネ教師っていうキャラに手を出していたが、メガネキャラとしてはなり損ないだったし、時雨って娘のほうがキャラが立っていた、と思う。

 因みに俺はメガネキャラが怒ってメガネを外すのは許せない人間です。

 

「ごめん、あたしにはなんでそういう会話になったのか、訳が分からないよ……」

 

「いや、まぁ、それは、うん、まぁ、そういうことだ」

 

 だって仕方ないだろう。俺の本能がそうしろと言っていたのだ。

 白露はどーゆーこと、と頭を抱えている。そうか、白露はまだこちら側の人間もとい艦娘ではないのか。

 

「こちら側に来たら楽になれるぞ」

 

「行ったらあたしまで時雨に嫌われるよっ」

 

 なんだこいつ、情緒不安定か?

 

 そんなことを思っていると、どうやら目的の部屋についたようで、白露はドアの前に立ち止まりドアをノックする。

 

……来ないな。いや、まだちょっと気が早いかもしれない。もう少し待つか……。……遅くね?この時間、気まずいのだけども。

 

「……返事がないな」

 

「そうだね。なんでだろ……あっ」

 

 白露は何かに気がついたかのように目を見開いて、俺の方を見た。

 

「一階の離れにある工廠だった、行く場所」

 

「白露、お前、マジか。いや、マジか」

 

 グダグダかよ……。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 はい。ということで、なぜか白露と走って向かった先は、だだっ広い空間の広がった工場みたいな場所である。中では数々の妖精がそこら中に散らばっており、近くの妖精達はプロレスをしている。

 

「お、来たか」

 

「ごめんなさい、遅くなりました」

 

 白露が謝ると、ι少尉は今来たところだ、と笑いながらスマホをしまった。絶対、待っていただろう。

 取り敢えず歩きながら話そうか、と工廠の奥へと歩を進めながらι少尉の説明が始まる。

 

「少尉、俺は貴方に俺のできる範囲でなんでも協力させてほしい。その証拠に、こんなものを用意させてもらった」

 

 え?何?どゆこと?

 そもそも、ι少尉は俺のことを艦娘だと思っていたはずだ。それがなぜか、今は俺を少尉と呼んでいる。

 しかも、できる範囲でなんでもする、と言っているが、どうしてそんなことを言ったんだ?俺と彼はそんな関係ではないはずだ。

 それに協力してくれたとして、その対価は何だ?この少尉は何を望んでいる?

 

「お気に召したかな?」

 

 ふと、その言葉に思考の海に沈んでいた俺は意識を取り戻し、目の前の物に注目した。

 

「――!」

 

 俺はそれを見て言葉を失った。興味がなかったり意味がわかったりしたわけではなく、むしろその逆、全てが分かったのだ。

 俺が見たそれは、鈍く重厚感のある光を放ち、周りの質素なコンクリートブロックに似て、それでいて一際存在感をも放つ輝きを併せ持つ。俺にとっては圧倒的な力の象徴。

 

「白露の、艤装……」

 

「その通り。少尉、あなたのための艤装だ」

 

 思わず俺は目を見開いてι少尉を睨みつけてしまった。――こいつはとんだ異常者だ。



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新たな思想

 ι少尉は異常だ。艦娘と人間を同価値に見ている。俺に艤装を用意したということは、そういうことなのだろう。俺に海で戦えと言っているのだ。

 

 確かに俺は艤装をつけることができる。だから、普通の人間と違い、海で戦うことは可能だ。だが、戦えるというのは勝てるということではない。

 

 例えば、俺には魚雷を射つことができない。主砲を撃つこともできない。火力不足だ。

 じゃあ、耐久性は?と言われると、これまた脆く、腕が一本でも消し飛んだら気絶するだろう。

 というか、そもそも、深海棲艦と真正面で対峙するなど怖すぎて無理だ。最悪、見えなければ何とかなると思うが、その想定は意味がないので省いていいだろう。

 

 つまり、デコイにも主力にもなれない俺が、どうして艦娘のような戦いができると思ったのだろうか。艦娘は人間より優れているのだ。

 

「これが俺からのプレゼントだ。受け取ってほしい」

 

「え」

 

 貰うだけなのか…?い、いや流石にあり得ないだろう。一日しか働かない白髪の爺さんでも、一年分の良い子と引き換えにプレゼントを与えるんだぞ。

 

「いや、警戒するのは判るが、別に何も騙そうとはしていない」

 

「そ、そうか」

 

 怪しい…。騙してないよってアピールしているのが、逆に怪しい。

 だが、現状は対価を求められていない。ということは、本当に何も要らないのだろうか…?

 

 まぁ、後から言われたら、そんなものは知らない、と言ってしまえば良いか。

 

「まぁ、ありがとうございます。頂きます」

 

「…あ、いや、ちょっと待ってくれ」

 

 ん?何だ?

 

「少尉。契約……というほどではないが、約束、は覚えているか?」

 

「いや、全然、全く、これっぽっちも」

 

 うわぁぁぁ、やっぱ、あるじゃねーか!あぶねぇー!

 

「いや、本当に断ってくれても艤装は渡すし、少尉にデメリットはないけれど、出来ればやってほしいって程度のお願いみたいなものなんだが」

 

「そ、それはなんぞ?」

 

「α大尉との対談の場を用意してほしい。もしくは、それに繋がる情報を流してほしい。どうだ?受けてくれるか?」

 

 ふむ。そういえば、船の上でι少尉はα大尉に正式な手続きをしろ、と注意されていたはずだ。それを俺にやれということか。

 うーん。まぁ、正式ではなくても、成り行きでその場に持っていくことは、多分できる気がする。おそらく、α大尉は俺のところに来るだろうし、キリサキ中佐のところの漣に言えば、何とかしてくれるはずだ。

 というか、俺に話しかける人って、基本的にα大尉の情報について知りたがる人が多いな。漣然り、ι少尉然り。α大尉って何者なんだ?軍神とか言われる予定のキリサキ中佐より目立ってないか?

 

「……分かりました」

 

「おお!ありがとう!」

 

 ι少尉は嬉しそうに笑顔を作って、俺の右手を握りしめた。こいつ、陽の者か。

 

「あっ、そういえば、名乗るのを忘れていた。いやぁ、すっかり」

 

 へへへと、ニヤケたままコホンと咳払いし、あまり切り替わってない表情で名乗り始めた。

 

「俺は少尉と同じく特例提督と呼ばれるι少尉だ。趣味は割と何でもいけるし、運転免許は持ってるし大型のものも運転できる…etc」

 

 え、あっはい。……運転免許の話し必要なのか?いや、まぁ、陽キャってそういうものなのだろう。彼らの生態は分からないことだらけだ。

 それはさておき、特例提督ということは、ι少尉は妖精が見える、ということか。まぁ、だから何だ、という話ではあるが。

 

「そして、同じ深海棲艦と戦う提督として、少尉を見込んで話がある」

 

「は?」

 

 やべ、陽キャムーブが強すぎて適当に頷いてたら、何だか良くわからない話になっていた。というか、俺のどこを見込んだんだよ。禄に提督らしいことはしてないぞ。

 

「少尉、深海棲艦と手を組まないか?」

 

「はぁ!?」

 

 ι少尉の主張する内容はこうだ。

 現在、海軍と深海棲艦との勢力は拮抗している状態である。だから、今のままでは勝てる見込みがない。ならば、人と艦娘と深海棲艦とで講和条約を締結させ、この戦争を終わらせないか…?簡潔にするとこんな感じである。

 今までの戦争で全世界が海と遮断され、不況へと、果てには世界恐慌へと陥るだろう。今はまだ、耐え忍んでいるが、もうすぐ誰もがこの事実に直面する。そうなる前に、講和という形でこの誰の得にもならない戦争に終止符を打とう。等等。おおよそ言っていることは同じなはずだ。

 

 詰まるところ、早く平和な世の中にしようぜ!ということだ。確か、α大尉が、ι少尉は世界平和派だ、などと言っていたはずなので、その名の通りドストレートな思想である。

 だが、それは理想であり幻想に過ぎない。あんな怖い奴らと一緒に暮らすなんて無理だ。見るだけで筆舌し難い恐怖に襲われるような奴と交渉などできるはずがない。

 

 ι少尉はきっと、間近で深海棲艦と対面したことがないのだろう。話せばわかるものなのだと、盲信しているのだろう。だがしかし、それは無理だ。絶対に無理だ。

 

「……そうですか」

 

 とはいえ、俺が否定できるわけもなければ、例え否定したとしても代案は存在しない。適当に相槌を打って、曖昧な返答をしておこう。

 

「それで、少尉は深海棲艦に対してどう考えるか、聞かせてもらいたい」

 

 まぁ、文意を捉えずに言うのなら、怖いの一言に尽きる。だが、俺は話の流れが分かる人間なので、ι少尉の機嫌を損ねないように、話を合わせておこう。

 

「俺はたった二週間程しか戦闘の経験がなく、提督としての覚悟もなく、深海棲艦の脅威もいまいち分かってないもので……」

 

 俺には何も分からない、という態度を示してみると、そうか、高校生ならそんなものか、と返された。

 え…?なんで、俺が高校生だって知ってんの?やばっ、怖っ。

 

「……じゃあ、俺はそろそろ指揮を執りに行く。また、欲しいものがあったら、何でも言うといい。なるべく用意しよう」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

 工廠から駆け足で出ていくι少尉にお礼をして、ι少尉が見えなくなるまで見送る。

 

「やっぱ、たぶんだけど、ι少尉って大学生だよな?社会人には見えない……。いや、新卒とかだったらワンチャンあるけど」

 

 うーん、何となく、運動系でゆるい系の恋愛一色なサークルに入ってるイメージだ。服が私服なあたりその気を感じる。しかも、こっちの胸とか胸とか、あと胸とかガン見だったし。あれだけ見られれば嫌でも分かる。

 

「だが、見た目がJCの俺の胸をガン見とか、童貞か?いや、合法ロリだとか思ってたのか?」

 

 いや、まぁ正直、ここまで身体が出来上がってると、ロリって感じはしないが。

 そう考えると、この身体はどこら辺に分類されるのだろうか。小柄なJKとかだろうか?

 

「どう思うよ、白露」

 

「えぇ……あたし、完全に空気だったのに、このタイミングで話しかけんのはサイアク」

 

「運が悪かったな。それでどう思うよ」

 

「ι提督も大概だけど、提督もサイテー」

 

 答えになってねぇ。まぁ、答えを求めていたわけではないが。

 

 それはそうと、流石に首が疲れたな。ずっと上向くのは割と大変である。

 俺が首をゴキゴキ鳴らしていると、白露はねぇねぇと話しかけてきた。

 

「なんだ?俺は白露の姉さんじゃないぞ」

 

「小学生かっ。て、そうじゃなくて、この艤装。誰が使うの?」

 

「俺じゃね?ι少尉もそう言ってなかったか?」

 

「でもこの艤装、見た感じ対空CIも使えるようになってるよ」

 

「何だそれ」

 

「ええと、敵艦載機に対して普通の対空性能より大幅に強化された弾幕を張って撃ち落とすっていう技術なんだけど……」

 

 ふむ、技術か…。じゃあ、俺は使えそうにないな。

 

「じゃあ、白露に装備を……なんだっけ、改装って言うんだっけ?」

 

「そうそれ」

 

「改装するから、白露も艤装を出してくれ」

 

「うん」



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艦娘って人間とは違う

お久しぶりです。


 白露が展開した艤装と、今目の前に佇む艤装とを互いに見やると、なるほど、確かに細かい部分が変わっているようだ。

 

「えーと、何を改装すればいいんだ?」

 

「いや、提督は改装の許可だけ出してくれればいいよ。そうすれば、あたしが入れ替えておくから」

 

「そうか」

 

 昔、小学生のときにこういう許可というか命令というか嫌がらせ的な縦社会の遊びをしたことがあったな、と懐かしく思いつつ、結局あれはイジメだったことも思い出し、吐き気の催すような嫌悪感を感じながら、白露に改装の許可を出した。

 

「なんか、顔怖いよ?」

 

「いや、やっぱり、俺って上司って性格じゃないんだなぁ、と思ってな」

 

 まぁ、やれと言われたらできなくはないが、ストレスが溜まりそうではある。主に思い出によって。

 

「ふぅん」

 

 白露は興味なさげに相槌を打って、艤装を弄っている。

 素人目であるが見たところ、主砲は今まで白露が持っていたものより、少し小さな物のようだ。とすると、火力が弱かったり飛距離が近かったりするのだろうか。

 そしたら、主砲は交換しないほうがいいと思うが、わざわざ交換するのだし、何かしらの理由があるのだろう。それが対空CIなるものに繋がっているのかもしれない。

 

 そして、その小さな主砲が二つと、艤装に取り付けられてる円柱状の何かの装置を取り外し、自分の艤装に設置した。

 

「それは?」

 

「あぁ、これ?これはね、高射装置っていうんだよ。91式だね」

 

「高射……装置?91式…?」

 

「あー、えっと。高射装置っていうのは、えーと、取り敢えず、対空砲火に役立つもので、さっきの対空CIに使うもので、91式っていうのは、零式の前のものだよ」

 

「ゼロ戦の話?」

 

「あーうん。それそれ」

 

 どういう計算してるのかよく分からないが、取り敢えず必要なものなのだろう。知らんけど。

 

「っていうかさCIって何?ゲームならカットインだけど」

 

「同じだよ?」

 

「え?」

 

 何言ってんだこいつ。リアルにカットインが存在するわけないだろう。さっき、技術だとか言っていたのに、それ関連じゃないのかよ。

 

「えっとねぇ。魚雷カットインとか対空カットインとか、あと弾着カットインとか、色々とあるんだけど、全部、なんかこう、いける!って思った時にするものなんだよね。んで、それは戦ってるうちに身につくから技術かな」

 

「でもカットインだろ?」

 

「うん」

 

「カットインってどこから来た?」

 

「…………さぁ?」

 

 というか、何となくの攻撃って戦闘としてアリなのだろうか。戦闘ってできることを100%こなしていくイメージだったが、そうでないとすると、それほど練習の詰めない環境下にあるか、それとも本当に所謂カットインなのか、のどちらかだろう。

 白露の提督は元々はθ中将だったし、そういうところをしっかりシステム化してると思うんだがなぁ。ほら、イージスシステムってあるし。

 

「とにかく、戦艦とか空母って凄いんだよ!カットインで全部バーッて。かっこいいよね」

 

「そうか」

 

 全くイメージが湧かないが、取り敢えず相槌だけ返しておく。

 すると、どこからか、スピーカーのプツッという音が聞こえ、放送がなされた。

 

――1445、作戦基地にいる第四艦隊第七八九輸送部隊、第四五六護衛部隊に告ぐ。1455より艦娘の出撃準備を完了し整列、1500にて作戦開始せよ――

 

「――ッ、提督、どうするの?」

 

「そうだな。俺にはなんのことか分からないし、キリサキのところに行くのが先決だろ。たぶん」

 

 そもそも、輸送部隊ってなんぞ?字列だけ見れば何かを運ぶ部隊だろうと予想できるが、何かを運べと言われてないため、俺には関係のない話だろう。

 なので、取り敢えずは知り合いのところに転がり込み、何がどうなっているのかを聞き、俺が何をすべきかを考えるのが先である。無論、首を突っ込まなくて良いならそれに越したことはないが、この場に来た以上どこかで関わらねばいけないはずだ。例えば、α大尉とι少尉との談話の場を用意するとか。

 

 兎も角、善は急げと白露を連れて工廠を出て、作戦基地に戻ることにした。途中、海水と血液でビショビショになって歩いてる艦娘の横を通り過ぎ、受付のようなところに入ると、ちょうど探していた人物がそこにいた。

 

「いや、だから、私は部屋を使いたいんですけど、何号室が空いてるのか分からないから、部屋割を見せてと言っているんです」

 

「いえ、あの、一般の方にはご覧いただけないものでして……」

 

「だから、私は中佐ですって」

 

「ですから、それを証明できるものをご持参頂けませんと、こちらとしても対応しかねます」

 

「ちょっと、忘れただけなんだって」

 

 うわー、関わりたくねぇー。まだ長そうだし、先に自室にでも帰っておくか。いや、キリサキのいる場所が分からないと、何かと困るだろうし、ちょっと待っていようか。

 ということで、キリサキが厄介客のようなことを言っているので、一旦外に出ると、白露が辺りに見当たらず、代わりに漣がいた。

 

「あ、漣。ペットの放し飼いは推奨されてないぞ」

 

「え?えっと……どこの白露さんでしょうカ?」

 

 ン?

 

「えっと、さっきまで船で一緒にいたじゃん?」

 

「え……と、たぶんですけど、それはまた別の漣ですネ。私はα大尉隷下、駆逐艦漣改デス」

 

「え、キリサキ中佐じゃなくて……?」

 

 ど、どういうことだ?漣はキリサキ中佐の秘書艦だったはずだ。

 でも確かに、あの漣のような気迫というか雰囲気は感じないため別人のように思えるが、漣は漣一人しかいないだろう。

 

「あーー、思い出しマシタ。あの島の2号の方ですか。その節は靴じゃなくて命を落としかけたツンデレラちゃんこと叢雲がお世話になりマシタ」

 

「えぇ、まぁ――」

 

「――って、そんなことより、なしてアンタがここさいるべなぁ?」

 

 どこから来た、その方言。なんてツッコミを入れつつ、漣のキャラのあまりの代わり映えに困惑した。

 どう考えても、あの月曜日の朝のような目をしている漣が、今の祝日が入り2連休になった日の2日目の朝みたいな目をする漣に変われるとは到底思えない。

 

 とかなんとか思っていると、後ろから同じ声質だが落ち着いた声音が聞こえた。

 

「あれ、意外と早かったですネ、少尉」

 

 アイエーーー!ナンデ!?サザナミ、フタリ!!ナンデ!!?

 

「どうしまシタ、少尉。そんな街の雑踏の中に美少女を発見したような顔をして」

 

「そりゃあ、同じ漣なんだから、美少女に決まってるじゃないデスカ〜。テレテレ」

 

「えー、と。……え?」

 

 俺のイメージ通りの漣と真反対の性格の漣の2人がやいのやいのと俺を囲んで話している。

 いやいや、まじでどういう状況だ、これ? 艦娘って双子とかあるのか? いやでも、そういえば、姉妹艦というものがあるらしいし、双子があっても不思議ではないのか。

 

「それで、少尉。そちらの艦娘はお知り合いですカ?」

「2号さん、そっちの漣はどこ所属ですかネ?」

 

 被った声に互いに驚き、困惑する二人と、全く何もわかっていない俺が集まったの図。三人寄らば文殊の知恵とはよく言ったものだが、必ずしもそうとは限らないらしい。

 

「二人は双子とかじゃないのか?」

 

「「いやいや、全然、全く、一ミリも」」

 

 とてもお似合いなことだ。

 俺の知る漣の方は、キリサキ中佐初期艦兼秘書艦と名乗り、俺を2号を呼ぶ漣の方は先ほど俺に名乗ったように名乗った。

 

「あー!やっと追いついたぁ!」

 

「ぁ?」

 

「もー、待ってって言ってるじゃん。って、どうしたの?」

 

「いや、別に?」

 

 そういえば、俺の見た目は白露なんだし、これはこれで双子と思われるかもしれないな。

 

「そういえば、キリサキは?」

 

 そもそもここに来たのが、キリサキを探しに来ていたことだと思い出した俺は、キリサキの方の漣にこれを問いだしてみると、まぁなんか長そうだったので置いてきた、と答えられた。まぁ、そうっすよね。

 

「おまた〜、ってあれ?どうしたの?こんな、集まっちゃって」

 

 噂をすればなんとやら。本人の登場である。しかも付属してα大尉と艦娘まで付いてくる始末だ。

 

「おや、少尉くん、心配したよ。元気そうで何よりだ」

 

「こんな、人一人守れない無能を押し付けてしまい申し訳ないのです。ほら、さっさと謝れなのです」

 

 ちょっとキレ気味に背の高いα大尉の膝を蹴って、目線が同じくらいになるように両膝をつかせた。急なことにかつてない驚きが……いや、この驚愕ぶりは前に一度あったような……。

 そうだ、思い出した。まだ孤島にいた頃に、叢雲を探しにやってきた艦娘の内の一人で、名前は確か

 

「デンちゃん、だったか」

 

「その名前、誰に教わったのです?吐かなかったら、半殺しなのです。吐いたらα司令官さんの首を吹き飛ばすのです」

 

 な、なんで、α大尉の首を吹っ飛ばすんだ?

 いや、まぁ、確かに、この名前はα大尉がそう呼んでいたから勝手に俺が覚えただけだし、その意味でα大尉に教わったと言えなくはないけれども。

 あ、なるほど。既にα大尉から教わったと気づいているということですね、分かります。とデンちゃんの言葉の意図に気づいた頃にはもう遅く、手に持ったイカリの尖った部分を頭に振り下げていた。

 

「この世のすべてをそこにッ」

 

 いや、解りづらいわ。途中でセリフ終わらせるなよ。確かに断頭台っぽいとは思うけど。

 α大尉は上手く首を使って、イカリの切っ先を逸らし、コンクリに頭を打ち付けることで死を免れた。

 

 だが、その判断はデンちゃんにとっては好意的な状態で、その頭の上に足を乗せて、更に追い打ちをかけようとしたが、途中でやめた。

 

「流石に、解体はゴメンなのです」

 

「そうだね。ここらで切り上げないと、僕らの将来に関わる」

 

 取り敢えず、キリサキ中佐の執務室にお邪魔しようか、とα大尉が提案し、漣二人と何やらアニメの話をしているキリサキは話半分に快諾して、部屋に向かうことになった。



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え?輸送と護衛って同じ艦隊だよね?

 所変わって、作戦基地内にある二階の奥から3列目の大部屋。ここがキリサキ中佐の一時的な執務室となるらしい。現在謹慎中のθ中将の代わりだとか何とか。

 だが、大部屋と言っても、俺と白露とα大尉とデンちゃん、キリサキに漣、その他の艦娘7名の計13名が介すと流石に狭く感じる。

 

「今回の第一海域の第一ゲージは相変わらず、輸送だから、今回も大発を積んでもらうんだけど、空襲が一回入ってちょっと強めだから対空装備を皐月と五十鈴の二人で固めといて、後、対潜があるけどこっちはあんまり気にしなくても大丈夫。一応、五十鈴にソナー着けとくね。で、Qマスのボスだけど、S勝利2回でギミックあるから、最初は戦闘面重視で、ギミック終わったら輸送重視。あと、索敵も若干あるから睦月に電探と千歳に瑞雲六三四空、乗せといて……」

 

 ?????

 こいつ、本当にキリサキか?テキパキしすぎだろ。というか、ゲージってなんだよ。ギミックってなんだよ。マジで意味がわからない。

 

「んで、旗艦が五十鈴で、二三番艦が千歳、最上、警戒陣あるから睦月と如月、皐月が第四五六番艦。七番艦は文月さまね。通信機は五十鈴と文月さまが所持してるから、連絡はどちらかに伝えてね」

 

「五十鈴に任せなさい!」

 

 トラックみたいな名前の艦娘が返事をし、ツカツカと部屋を出ていき、他もそれに続いて出ていった。

 

「あれ?そういえば、漣は行かないのか?」

 

「ええ、そうですネ。作戦中は忙しいので秘書艦が必要になりマスし、むしろ、猫の手も借りたいぐらいですネ」

 

 へー。キリサキって大変なんだな。腐っても提督ってことか。

 などと思っていると、α大尉がこれで失礼しますと言って、急に立ち去ってしまい、残されたのは俺と白露、キリサキと漣の4人となってしまった。

 

「あれ?白露提督はここにいて大丈夫なの?」

 

「特にやることもないしなぁ。いやまぁ、出ていけというのなら、出ていくけど、なんかα大尉にお前の近くにいろと言われてしまったからな」

 

「え、やっぱり、もしかして、白露提督って提督じゃない?いや、何というか、所謂軍人みたいな感じじゃないの?」

 

「ん、まぁ、違うな。特例提督?っていうの聞いたことない?」

 

 そう聞くと、あるっちゃあるけどない、とキリサキは答えた。どっちだよ。

 

「でも、安心したわ。私も中佐って言うほど軍人じゃないし、そもそも高校生だし」

 

 え、てことは、キリサキも特例提督なのか?と、すると、俺ってもしかして、特例提督の中でもだいぶ弱いほうなのでは……?

 

「でも、にしては、キリサキ、だいぶ艦娘多くない?」

 

「あー、それは、まぁ、うん。そうだね」

 

「どうやって増やしたし」

 

「あー、それはちょっと企業秘密かな〜」

 

 キリサキは徐にスマホを取り出して、画面に注視した。あ、話題を流そうとしているな。

 

「じゃあさ、どうやって戦ってるのか見せてもらえる?やっぱ意見交換って大事じゃん?」

 

「白露提督、なんか遠慮なくなってない?」

 

 言いながらキリサキは漣の方に視線を向けると、漣は肩をすくめて、まぁいいと思いますよ、と言った。

 

「あ、それってあたしも見ていいやつ、ですか?」

 

 今まで空気だった白露が久しぶりに発言したが、キリサキはまたもや漣を見て、漣は一人も二人も変わりませんよ、と返した。

 

「じゃあ、川内さん達、呼んでくるね!」

 

「いいのか?」

 

「まぁ、漣が良いって言うなら、良いよ。というか、そしたら、大きめなディスプレイを持ってこようか。漣、頼める?」

 

「分かりましタ。少尉も一緒に来てくだサイ」

 

「おけ」

 

――――――――――――

―――――――――

 

「少尉、正直言って、ご主人様の戦略は参考にならないですヨ」

 

 漣が、二番倉庫と書かれた倉庫の出入口から体格に見合わないディスプレイを軽々と持ち運んで出てきながら、そんなことを言った。

 

「ご主人様は前提条件として、深海棲艦の出没地と編成を事前に知った上で、こちらの編成を組み上げていマス。動きの読みづらい潜水艦や、航空機による奇襲、深海棲艦に最も重い打撃を食らわせる方法、などなど、それらを知った上で、デス。ハズレのない情報と、確実な未来視、むしろ、未来予知の域、をまず、揃えていマス」

 

「うん」

 

「しかも、普通は護衛艦隊と輸送艦隊と主力艦隊の三艦隊が役割を分担して攻略しているものを全て担う、たった一部隊で攻略しているのだから、作戦自体もあり得ないし、それを可能とする艦娘の練度も異常デス」

 

「ん」

 

「だから、ご主人様を真似るなんて、はっきり言って少尉には無理ですヨ」

 

「そか」

 

 ごめん、何も聞いてなかった。いやまぁ、真似できないよ、というのを力説してるのは伝わるけど、そこからどうして欲しいのか、分からない。

 参考にならないから諦めてくれ、と言っているのか、参考にしてもいいけど真似しようとは思わないでね、と言っているのか。どちらにせよ、俺には戦い方なんて知らないので、例え異質であったとしても知っておきたい。

 

「あ、そういえばさ。ι少尉って、分かる?」

 

「いえ、知りませんヨ」

 

「なんか、その人に世界平和目指そうぜ、って話しされたんだけど、ついでにα大尉とお喋りしたいから場を用意してって頼まれたんだけど」

 

「あー、場が用意できないから、漣に頼みたい、ってコトですカ?」

 

「そゆこと。よく分かったな」

 

 白露にない頭のキレの良さに少々感心したが、漣の、ご主人様は漣から聞かないと喋ろうとしないですからね、という言葉に納得した。

 

 何やかんやと話していると、先の部屋に着き、足でドアを開いて、持ってきたディスプレイを中に入れた。大きなドアで良かったが、それでも斜めにしてギリギリである。

 

「提督、遅いよ!」

 

 一番に声を上げたのは白露だった。そのままこちらに駆け寄りそうな勢いだったが、予想外に大きなディスプレイにちょっとたじろいでいた。

 

「お、提督〜、手ぇ治ったよー」

 

「ご無沙汰です。提督」

 

 川内がドックのときに消し飛んだ右手をヒラヒラと振ってアピールし、久しぶりに顔を見た神通はどこ怯えた表情がサッパリなくなっていた。

 

「提督殿、揚陸艦神州丸です」

 

 そして、フードを被って異彩を放っている彼女は、おそらく俺の、え、誰?という視線に気づき名前を名乗った。え、誰?

 必死に思い出そうとするが、あの島にいたときにいた艦娘に、彼女はいなかったような……?

 

「あの、後がつっかえてるんで、早く入ってもらえませんカ?」

 

「あ、悪ぃ」

 

 大きなディスプレイを壁に設置し、キリサキのスマホから画面を飛ばしてディスプレイに映した。

 すると、大海原を駆け巡って戦闘を繰り広げる大勢の艦娘達の姿と、その艦娘達と対等に戦ってる深海棲艦の群れが確認できた。

 

「PTか……」

 

 キリサキがボソッと呟いたが、それ以上は言わず、また黙りこくって海戦を見入った。

 

『相変わらず、よく避ける奴らね!』

 

『ふえぇ、当たらないよぉ』

 

「取り敢えず、そこは倒さなくてもいいから、攻撃を受けないうちに進んで」

 

 通信用のマイクにそう伝え、それが伝わった旗艦からの指令により七艦娘のスピードが上がり、映し出される動画を撮るカメラのスピードも上がった。

 

「そういえば、このカメラって誰が持ってるんだ?」

 

「え?文月」

 

「持たせてたっけ?」

 

「いや、目からそのまま」



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快進撃!遊撃部隊!

今回は文月視点。世に文月のあらんことを………


 どうも、司令官曰く、遠征でいつの間にか改二に成っていた方の、二人目の駆逐艦文月改二です。一人目の方は自分の艦隊相手に演習をして、練度上げまくってケッコンカッコカリも結んでいます。

 

 今回はあたしも初めてとなる中規模作戦への参加で、睦月、如月、皐月も同じである。旗艦の五十鈴は何回も登板しているベテランで、千歳も最上も今回が初めてではないらしい。

 

「そろそろ、提督の言っていた戦闘マスに到達するわ!最上、瑞雲を出してちょうだい!」

 

「あいあいさー、ってね」

 

 敵が近くになってきたから艦載機を出す、なんてちょっぴり不思議な感覚である。本来であれば、周囲の警戒用に数機を出しておくものだ。

 それに偵察機ではなく爆撃機というのも妙だ。まるで空母がいるなんて考えてない、と言っていると驕っているかのように感じられる。

 

「お、発見!提督が言ってたように、PTの数が多いね。駆逐艦と軽巡もいるから、先に片付けておくよ」

 

「お願いするわ」

 

 え、あの話、本当だったんだ。睦月も如月も皐月も、司令官凄いね!と笑っている。

 そして、緊張感もなく進んでいくと、旗艦に警戒陣を取るように言われ、練習通りの位置に付き、接敵間際になると、どこかの艦隊に所属しているであろう艦娘が深海棲艦と血塗れになって戦っている場についた。

 

「気にしてる暇なんてないわ!先に進むわよ!」

 

 怯えて呆然と周りをフラフラと見回しているあたしに気づき、五十鈴は気合いが入るよう声をかけた。その言葉に、同じような状態だった睦月たちも気を取り戻し、行進し続けた。

 

「ちょっと!アンタたちどこの艦隊!?って編成的に輸送ね、遅いのよ!」

 

 左目とその付近が焼けただれた霞に声をかけられ、あうあうとしている間に鬼のような形相で急ぐように急かされた。

 なんでこんなド素人を連れてきたのよ、と捨て台詞を吐かれ、まだ改の霞は自艦隊の隊列に戻っていった。

 

「ほら、そろそろ戦闘開始よ!シャキッとしなさい!」

 

 遂に戦闘が始まり、陣形を崩さずにPTに対して放火したが、一発、二発、三発と射っても一向に当たる気配がない。

 

「ふえぇ、当たらないよぉ」

 

 PTも射ってくるが弾道が簡易なため避けることは可能だ。旗艦の取り敢えず逃げ切る、という判断のもと無傷で戦いを終え、次の対潜マスへと向かった。

 

「ここも追われない程度にダメージを与えてから、逃げるわ」

 

 まるで、敵を屠る気がないような、消極的な作戦だが、本当にこんな作戦でいいのだろうか。改二になって、そこそこの深海棲艦なら――例え戦艦だったとしても――相手取ることは可能だと自負しているため、ただでさえ多い深海棲艦の低級を倒さずに進むというのは、理解しがたいものだ。

 

「提督から伝言があるわ。とにかく、道中でのダメージは少なくして、できるだけ小破以下でボスマスに向かってほしい、とのことだったわ」

 

 司令官のこの言葉は、あたしが遠征していた頃から、作戦があるたびに祈るようにして発言していたものだ。いつでもはっきりと、机の上で手を組んでいる様子が思い出せる。

 というのに、司令官は深海棲艦を積極的に減らそうとはせず、回避の方向をとっている。意味がわからない。

 

「単横陣!」

 

 旗艦の指令により、一斉に横並びになり、来る潜水艦を待ち構えると、五十鈴が爆雷を投げた。

 

「五十鈴には、丸見えよ!」

 

 ソナーで潜水艦隊三隻のうち、一隻を撃沈したのを確認し、次いで来る潜水艦からの攻撃を回避する。そして、いとも簡単に残りの二隻を片付けてしまった。

 

「凄いね、司令官!やっぱり、ボクの司令官は超能力者なんだ!」

 

「そういえば、実は異世界人だって、聞いたことがあるにゃしい」

 

「そういえば、先輩達が噂していたわねぇ」

 

 司令官が実はこの世の人ではない、という噂が鎮守府内で語り継ぐられている。正直、交戦場所をマスと呼んだり、深海棲艦の主力部隊をボスと呼んだりして、中々普通では持ち得ない感性をしているが、この世ならざる人とは思えない。噂は噂に過ぎないと思っている。

 だが、それにしては噂はあまりにも冗談っぽくなく、ちょっと確かめてみたい気持ちもある。

 

「さて、次は空襲よ!気合い入れなさい!」

 

 叱咤を受け、皆緩んだ気を引き締め、来る空襲へと備える。こういう時、司令官はよく祈っていたものだ。

 

 しばらくすると敵艦載機と思われる機体が群雲のように現れ、輪形陣のあたし達に対空砲火の弾幕をくぐり抜けて爆弾を投下してきた。

 

「散!」

 

 旗艦の判断により、一斉に互いと距離を取り、少しでも艦載機からの被害を減らす。妖精さんの不思議な守りも相まって、雪崩のように立て続けに降ってくる爆撃を躱しに躱し、全体を見ても特筆すべきダメージはなかった。

 

「次が来る前に逃げるわよ!」

 

 艦隊の速度を1段階上げて、敵艦隊の索敵圏外へと逃れる。だが、実のところこれは、一応敵の術中である。そのため、輸送物資を譲渡した直後、所謂ボスマスへと到着する。ボスをここで叩かなければせっかくの物資がなくなってしまうので、S勝利を目指したいところだ。

 因みにこの物資は、ここを突破したあとに使えるようにしているらしい。あとは航空基地とか諸々である。

 

 航路通りに進み、目的地に到着したあたしたちは、妖精さんに物資をおろしてもらい、その足でボスマスへと向かった。今回は軽巡の姫級とヲ級fragshipに、潜水艦数隻とPTが数隻がいるらしい。あたし達だけで大丈夫だろうか、と心配したが、司令官曰く、連合艦隊でないだけマシならしい。

 

「あら、来たようね」

 

 普通の艦載機より一回り大きな影が、艦隊の上空を通り過ぎ、艦隊の進行方向へと一直線に向かっていった。あれは、基地航空隊である。

 千歳と最上が、おーこれまた派手にやったねー、あらいい仕事をしますね、などと盛り上がりながら、時々実況も交えて伝えてくれる。どうやら、ヲ級を中破まで持っていき、潜水艦を一隻沈め、一隻は中破にしたらしい。PTのせいで攻撃が吸われた割には、良い成果であるようだ。また、基地航空隊が撃ち漏らした敵艦載機は、皐月と五十鈴により多少減らしている。

 

 そろそろいいかなー?と言って瑞雲を送り出し、最上と千歳はとりあえず制空拮抗の状態にする。あとはこちらが頑張る番である。

 

 まず五十鈴が潜水艦のもう一隻を沈めてくれたので、視認距離まで近づき、PTの掃討に取り掛かる。当たりづらいPTだが、距離が近づけば近づくほど回避は不可能へとなっていき、互いにダメージを負いやすくなる。相手より自分の方が耐久が高いので、多少のダメージになっても中破までにはならない。

 最上は中距離から軽巡と一騎打ちしているが、流石に姫級ということだけあって、主砲を積まなければ太刀打ちできない。そのため、あまりダメージは見込めない。

 

 そして、ヲ級は割合ダメージと呼ばれるダメージで、なぜか大破手前まで持っていくことができ、そのままズルズルと夜戦に持ち込むことになった。

 

 こちらは千歳が中破、それ以外は小破と、予想されたダメージ量より少し良い程度に収まり、深海棲艦は残り姫級が小破、ヲ級が中破となっている。

 

 敵からすれば、ヲ級をデコイにして姫級を逃がすことを注力するだろう。と、予知した司令官から優先的にヲ級を沈めるように、と指示がなされていたので、五十鈴、最上、千歳、睦月、如月らがヲ級を撃沈し、皐月とあたしで姫級を討つことになった。

 

 5隻は照明弾を打ち上げ、ヲ級を引きつけて軽巡から引き剥がし、あたしたちは闇に潜んで回り込む。十分に距離を取ったら、皐月の探照灯を照射して姫級への一本道を作る。

 姫だろうが空母だろうが、気づいた頃にはもう遅い。妖精さんが魚雷を取り出して、シャッシャッシャッ、という音とともに、軽巡の横腹を狙って投射した。

 

 闇の中、一際輝く炎も水柱に、雷のような音を轟かせて、軽巡棲姫は轟沈していった。と同時に、ヲ級も撃沈し、問題なくS勝利を達成した。

 

「あたったぁ〜、良かったぁ」

 

 ふとした安心感に詰まった息を吐ききり、帰投の合図で作戦基地へと向かった。



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作戦前大演習

 すっかり夜も深まり、いつもなら夕飯時な頃合いにスクリーンに映る戦闘は終わった。

 一日かけての戦闘。これを毎日やるというのだから、本当にどうかしていると思う。まぁ、ここまでしないと勝てないのかもしれないが。

 

 先程まで俺たちは、キリサキが持ってきたポテチの袋を破り、ムシャムシャと食べながら観戦していた。どうにも手持ち無沙汰で無性に食べたくなってしまったのだ。

 見終わってからの感想というと、何やってるのか分からないが、すげえな、って感じである。小並感。

 

 神通は興味津々に画面に食入って見ていて、川内は夜戦まで寝るねー、と言って寝入り、今は興奮冷めやらぬ様子で起きて、私も行ってくると言って出ていった。意外なのは、白露が終始集中して見ていたことだろう。へぇ珍しい、とか、まぁそうだよね、などブツブツと呟いていた。

 また、フードを被っているしん……しん何だっけ。しんまる?何か間に入った気がするけど、まぁいいか。のしんまるは途中で寝落ちした。隣が川内だったので、川内の肩に頭を乗せていたが、夕方になって目覚めた川内が肩から自分の椅子へとしんまるの頭を置き、川内は立っていた。

 

「神州丸、であります」

 

(こいつ直接脳内に……!)

 

 しんまる、もとい神州丸はいつの間にか起き上がり、漣が注いだ麦茶を飲んでいた。あ、それ俺にも頂戴。

 

 キリサキは、割と被害なく突破したし、輸送増やそうかな、とか、こっちは心配なさそうだし第二ゲージも進めるかぁ、などと呟いていた。

 

「あ、漣、バケツ渡して来て」

 

「分かりまシタ」

 

 バケツ……!バケツは聞いたことあるぞ!確か、高速うんたらとか言う、艦娘の回復を促す緑色の液だったはずだ。

 っていうか、あれって貴重なものじゃなかったっけ?そんな軽く使って良いものじゃあなかったと思う。

 

 漣が部屋から出ていく姿を見送ると、いつの間にか神州丸がそばに立ち、紙コップに麦茶を注いで渡してくれた。

 

「神州丸、もしかして心が読めたりする?」

 

「いえ、特には」

 

 落ち着いた調子でそう答えると、今度は割り込むようにして白露が、で、提督、これからどうするの、と質問した。

 

「そうだな。……何すればいいと思う?」

 

 対空カットインなるものは確認しておきたいけど、夜に艦載機を飛ばせるわけではないらしいから、今はできないし、俺がいない間、何があったのか聞いておきたかったけど、その話は川内がいたほうがいいし、特別やることがない。

……あ、そういえば、神州丸がどんな艦種なのか聞いていなかったし、それを確認するのは必要だろう。まぁ、後でやるか。

 

 白露に目を向けると、白露は白露でいい案が思いつかないようで、頭を捻っている。それを見たキリサキから、じゃあさ、と提案をもらった。

 

「友軍で支援してくれない?うまくいけば、輸送一回減るし」

 

「じゃあ、そうするか」

 

 友軍って、どこかで聞いたことがあった気がするけど、どこだっけ?ってぐらいにしか、友軍について知らないが、キリサキが言うのだから、まぁ、大丈夫だろう。

 

 明日の方針も建ったところで、そろそろお暇するよ、と伝え、部屋に戻ることにした。

 

――――――――――――

―――――――――

 

 部屋に入り、時計を確認すると、時刻は22:05。夕飯時を少し過ぎたところである。

 ちょっとしたら飯にでも行くか、と言うと、いや、私達必要ないし、と返答された。あっはい、そうですよね。

 

 というか、そもそもどこで食べれるのだろうか。外にいたときに食堂らしいところは見かけなかったため、この施設内にはないのかもしれない。そうなると、インスタント食品が置いてあったりするのだろうか。

 

 そう思って部屋の戸棚を一通り開けると、入っていたのは雑多な機械の線関係。俺は機械のは疎いほうなので何なのかは分からない。取り敢えず今は関係ないので閉まっておくことにする。

 他にはないかないのか周りを見渡してみるも、特に目新しいものも見当たらず、諦めて座布団に座った。

 

 机の上に上半身を預け、ぐだーっとしていると、座敷机の上の、菓子の入っているカゴの底に、円形のカゴに合わせるようにクシャクシャになった広告を見つけた。内容が何か気になり取り出してみると、何やら大きな文字で「祭」と筆で書いてあった。

 なんのことかと思って、姿勢を正して見てみると、どうやら基地内で作戦決行の前夜祭が行われるらしく、それに乗じて地域の人々の協力のもと、屋台が出店されるらしい。しかも、タダである。

 

 もう一度言おう、タダ飯である!

 

 開始時刻は22:00からなので既に始まっているだろう。港から離れた内陸側の基地内でお祭りが賑わっているらしく、大目玉は巨大なスクリーンに映し出される艦娘の実践演習である。大きさは球場のスクリーンも白目を剥くらしい。

 

「なあ、近くでおまつ――」

 

「白露提督ゥーー!!前夜祭いこーぞ!!!」

 

 誰も鍵を締めていなかったドアをドーン!と開け、行くっしょ?ねぇ、行くっしょ?と自然に流れるように手を組み、みんなも来なよ!と白露たちも誘って、俺の止める間もなく会場へと向かった。

 外に出てすぐから、すでに周りの雰囲気はお祭り感を醸し出しており、昼間の戦場はどこに行ったのか、生々しい死を感じることはない。行き交う者全てがお祭りを楽しむことに全力であり、元から提督とはエンターテイメントだったと、錯覚してしまいそうになるほどである。

 

「そういえば、α大尉も実践演習出るらしいけど、見ない?」

 

「見る」

 

 面白そう。

 

 あと20分くらいで一試合目が始まるから、焼きそばでも貰ってこようか、とキリサキが言うので、じゃあ人数分貰うか、と答えて人数を数えようとすると、神通が、私は大丈夫です、と断った。

 そのまま、神通は雑踏の中に紛れ込んでいき、おそらく知り合いらしい艦娘に挨拶をした。見た目は神通に酷似しているが、どこか神通とは違う。まるで、白露の改装前と改装後のような違いである。

 

「あれは、改二だね。ここ、改二少ないし、主戦力かな」

 

 キリサキがいうのであればそうなのだろう。白露は焼きそばじゃなくて、焼き芋が食べたいと言って走っていき、神州丸は、飲み物を貰ってきますが、どうしますか、と訊いてきた。いや、貰えるもの、麦茶とビールだけなんだが。

 

 俺とキリサキは、麦茶でお願いします……、と伝え、神州丸は、分かりました、と言って取りに行った。

 

「……というか、あいつら食べんのかよ」

 

「え?普通じゃないの?」

 

 あれれ〜?おっかしいぞ〜?どうしてこうも、キリサキと俺は環境が違うのかなぁ〜?(ネットリ)



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因縁の対決、決戦の海上、必殺の改二!

 それぞれ、適当に口に運べるものを手にし、スクリーンの前に集合する。流石は中佐ということもあって、キリサキの連れであれば割といい席に陣取ることができた。

 開始のアナウンスが流れたあと、紅白に分かれて戦うルールとメンバーの発表がなされ、初戦が始まった。ルールによると、全10試合での勝敗数で勝負が決し、試合を追うごとに高度な戦いになっていくらしい。具体的には、初戦が特例提督の中から選出した提督で、次からは階級に分けて争うようだ。

 

「この演習は、いい試合をすれば昇進のチャンスを掴めるからね。皆、躍起になっているさ」

 

 急に声をかけられ驚いたが、どうやらα大尉が来たらしい。

 キリサキに、あれ、演習は?と問われ、まだ少し先だからね、と焼きそばを3箱片手に隣に座った。

 

「それに、今回、僕は手の出しようがないからね。ルール上、執務室にいなきゃいけないけど」

 

「へー、あっ、そっか。対戦相手、そういえばプラズマちゃんと同期だもんね」

 

……?俺のわからない話をしないでもらえますか?いや、別にいいけど。

 

「あ、白露提督は知らないんだっけ。実はね、α大尉の初期艦の娘が、対戦相手のκ少佐の初期艦と同期の娘でね」

 

 顔に出ていたのか、キリサキが解説をし始めた。

 曰く、初期艦と呼ばれるものには、それになるための試験があり、試験までの知識を蓄えるための施設――所謂学校で3ヶ月ほど学ぶらしい。また、決められた艦娘が集う機会のため、性能の差の振れ幅の測定にも一役買い、そのカリキュラム内にある戦闘としての強さの、一位と二位が、デンちゃんとκ少佐の艦娘――吹雪らしい。

 因みに白露はその学校を卒業しているのだろうか。いや、多分してないな。初期艦というか、説明を聞く限り秘書艦というものは、提督の補佐らしいので、あまり補佐というほど補佐していない白露は、その教育を受けていないと思う。まぁ、そこで学べない特異な例なのかしれないけど。

 

「じゃあ、お邪魔したね」

 

 α大尉はそう言って空の焼きそばを3箱持って会場の方へと言ってしまった。食うの速いな。

 

 すると何やらキリサキは、おーい!と手を振って、ホットドッグサンドを食べているロr……幼じ……女児たちを呼び出した。女児はセーフか?むしろ変態差が増した気もしなくもない。

 呼ばれた女児――おそらく艦娘たちは、タタタッと駆け寄って、一人はキリサキの膝の上に、一人は左隣、一人は右隣、そして最後の一人は後ろから抱きつく形に収まった。この娘たち、どこかで見たことある気がする。

 

「両手に花よりも豪華ね」

 

「めちゃめちゃいい匂いですやん。もしや、風呂上がりですか」

 

「入渠してるんだから、当たり前じゃない」

 

 遅れて歩いてやってきた三人のうちの一人、ツインテの子が、まるでロリコンを見飽きたけれど一応注意しておこう、ぐらいの気持ちの籠もった言葉をやり取りした。

 ところでこいつのオパーイはすごいな。身長に比べてメチャクチャロケットしているオパーイだ。普段あまり胸に目はいかない、というより下を見がちな俺だが、それでもあのオパーイには目が引き寄せられた。まさにオパーイである。

 

 思わず凝視しているとツインテの艦娘は怪訝な顔をして腕で胸を隠した。ふむ……この巧い具合の恥ずかしさと絶妙な胸囲、そしてツインテと口調。総合的に見て主観的な意見を述べると、この艦娘は完璧すぎて逆に刺さらないタイプと言えよう。

 という紳士的な判断をしていると、隣で芋を食べている白露に足を踏まれたので振り向くと、見すぎ、と注意された。

 

「いや、あの絶妙なバランスで彩られた美しさは目に焼き付けておいて損はないからな」

 

「キモ」

 

 白露、遠慮なくなったな。

 

 キリサキの右隣を陣取っているロリが、こっちの白露さんたちは誰にゃしい?とキリサキに問うたので、キリサキがそれぞれを説明し始めた。

 どこかで見たことがあるな、と思ったら、先程の戦闘を繰り広げていた艦娘たちだったようだ。

 

「白露さんってどうやって提督になったのか、ボクにも教えてほしいなっ」

 

「あたしも、知りたい」

 

 金髪の……さつき?とかいう艦娘と、キリサキニに覆いかぶさるようにして抱きついている文月に急かされ、提督の成り行きを説明しなければならなくなった。しかも、キリサキも思い出したかのように、そうそう私は聞いたことなかった、と便乗するので、なおさら説明する状況が組み上がった。

 だが、どう急かされても、特に何もないわけで。なんかなっていた、としかいえない。

 

「提督ということに、いつの間にかなっていたからなぁ」

 

「え、じゃあボクも提督になれるかな?」

 

「さぁ?」

 

――――――――――――

―――――――――

 

「さぁ、次のステージに上がるのは、この二人だ!」

 

 試合数に連れ段々と集まった観客のボルテージを熱烈に上げる司会は、続々と挑戦者を紹介していった。

 赤連合、κ少佐。艦隊の規模もそこそこ、甲勲章を獲得したこともある期待のルーキー、特例提督の中でも艦隊指揮に評価の高いカリスマ、らしい。

 白連合、α大尉。駆逐艦だけと侮ってはいけない。不死身の艦隊の異名を持つ5隻を率い、抜群の撃沈数を積み上げてきた名高い実力者、海軍将校とも張り合う特例提督のNo.1、らしい。

 

 カメラは赤コーナーから入場してくる艦娘にフォーカスして、艦名を読み上げていく。

 旗艦、特型駆逐艦一番艦、吹雪。

 同じように白コーナーにカメラを向け、入ってくる1名の艦娘のみを映し出す。特Ⅲ型駆逐艦四番艦、電、とだけ司会は読み上げた。

 両者1名のみである。

 

 会場にいる観客は予想外だったのかどよめき始め、キリサキや白露なども、あれ?という顔をしている。俺もちょっと何言ってるのか分からない。

 

 そんな観客の心境は追いつかないまま、今度は執務室にいるだろうκ少佐にカメラが近づき、やけに自信満々な顔の少佐に、艦娘の選出の理由と、演習の展望をインタビューした。話す内容からも勝利への自信が伺える。

 次にα大尉にもインタビューしに行ったが、α大尉はあまり多くを語らず、すぐに演習の海上へとスポットが当たった。

 

「えー、それでは!赤連合、κ少佐と、白連合、α大尉の演習を始めさせて頂きます。……では、始めっ!!」

 

 夜空に打ち上げられた光る弾――照明弾を合図に、両駆逐艦は一息に距離を詰め、互いの射程距離ギリギリで右回りに半回転し、手始めとばかりに2発程撃ち合い、即座に距離をとった。

 

「流石に主砲の性能が違うね。電ちゃんは10cm高角砲をなぜか使ってるっぽいけど、吹雪の方はD型改二で、あたしはよく手に馴染む砲だね」

 

 白露が何やら玄人っぽく分析しているが、専門用語過ぎて要領得ない。こうかくほう……?広い角度に撃てるんか?

 

 両者共に態勢を立て直し、相手を正面に構え次の行動を予測し始める。だが、白露の言うように吹雪の方が電より装備の強い分、次の行動の選択肢が多く、最適解を導くのにより多くの時間を要する。その差が電の、本能に近い行動を選択する一歩の差となった。

 電は、時間を与え次の手を打たれるより、自分がより早く行動し戦闘の主導権を握ったほうがいい、と判断して一直線に距離を詰め、被弾一発の傷を負いつつも、ゼロ距離射程圏内へと入る。

 吹雪の激しい弾幕の中で傷を修復しつつ、確実に吹雪にもダメージを与える。これで、回復手段の持たない吹雪の負けは確定する。……はずだった。

 

「相変わらず、着弾を確認しない癖は抜けてないですね!」

 

 近い。

 そう察知した電は一旦攻撃を止め、あたりを見回し敵影を探す。しかし、水柱によって塞がれた視界では情報を集めるには不適切と察し、弾幕から逃れて射線の先を見ようとするも、それは叶わずにどこからか飛んできた弾丸に貫かれてしまった。

 

「……はぁ、初見殺しが3つあれば仕留めることができる、と言っていたのを思い出したのです」

 

「あれ?今のは当たったと思ったのになぁ……」

 

 ちゃんと当たっているのです。まぁ、修復したのですが。

 これでまた両者共々、拮抗状態は崩れず、はじめと同じ状態になった。否、互いに近い分、被弾のリスクを考えると、電のほうがやや有利な対面である。

 ここは一旦堅実に魚雷を発射して相手の行動を少しでも制限するのが吉、と考え、吹雪は直線に電のやや左気味に投げて、電は扇状に投射した。

 

 吹雪は魚雷で電が左に行くのを封じた、ということは、右からの攻撃が来る可能性が高い。そのため、右舷に注意を向け、近づいてきたところを意表をついて攻撃するべきだ、と電は推測し、装填の完了した主砲を撃ち鳴らす。すると、予想通りに右から砲撃が飛んできたので、修復しながらその方向へと突っ込み、手を伸ばせば届く距離にまで近づいた。

 

「ンなっ…!」

 

「仕留める、というのはこういうことを言うのです」

 

 吹雪は方向転換しようとするが、艦娘の回転や横移動の速度は前進に比べて遅いため、ここまで近づかれると逃げる事はできない。それは電もまた然りである。

 

 電は、これが見えますか、と言って手を徐ろに挙げると、そこには五連装酸素魚雷がぶら下がっていた。

 吹雪は一瞬下を向き、また電を見て、それは私の……、と額に嫌な汗をかきながら言った。

 何をするんだ、と聞くまもなく、電は躊躇なくそれを海に落とし、自分で踏み抜いて五連の爆音と巨大な水柱で吹雪もろとも自爆した。

 

 無論、電には修復がある故の荒業である。

 

 呆気ないのです、と服の吸った海水を絞ろうとすると、爆発の直後に5色の光がこちらに飛んできて、もう片方の艦娘の中へと入った。

 

「改二は公平じゃないから遠慮していたんですが……」

 

 回復し、更に性能も大幅に強化される最後の切り札。改装第二段階、通称改二。電は未発覚のため改二までにはなれず、性能的に大幅な遅れを取ることになる。

 

「もう負けるのはヤなので、全力でいきます!」




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改二vsチート

 改二、それは従来の艦娘を大きく上回る性能を、それ相応の資材を消費して得ることのできる改造である。それ故に、改の艦娘では普通歯が立たず、この試合はα大尉の負け、と思うものが多かった。というより、それが常識である。

 しかし、戦闘は尚も拮抗し、焦る吹雪と相手の隙を窺う電、という対面が続いていた。

 

 だが、その緊張も壊れる音が聞こえた。

 

 画面の向こうには血だらけで意識のない川内と、担ぐ吹雪と電。この場は、陽気だった司会が避難指示を行い、一気に混乱状態へと陥った。

 

「住民の避難を優先にし、小破以下の水雷戦隊を編成後、今より読み上げる提督は島の北地点1に集合し、ε大将の指示を仰ぐように」

 

 ε大将は、確か神州丸の提督だったはずだ。ということは神州丸が元の提督のところに戻るには、いい機会だろう。

 そう思って神州丸の方を向くと、青褪めた顔で明らかな嫌悪感じる声音で一言、考え直して頂けませんか、とか細く呟いた。まだ、何も言ってないが?

 

 ワケアリのようなので視線を神州丸からキリサキに移すと、そこにはもうキリサキはいなかった。

 

「えー、α大尉から伝達。少尉は直ぐに、作戦基地へ戻れ。繰り返す……」

 

 え……俺?まぁ、取り敢えず行ってみるか。

 そうして俺らは作戦基地の方に向かった。

 

――――――――――――

―――――――――

 

「少尉、君にはキリサキ中佐の補佐を頼みたい」

 

 作戦基地に着き、受付嬢にこちらですと案内されて部屋に入ると、開口一番にα大尉から告げられた。内容はキリサキの保有する第五、六艦隊の指揮である。

 

「すまないが、命令だ。キリサキ中佐には話を通してある。直ぐに中佐の補佐にあたってほしい」

 

 そう言い終わるとα大尉は、海図を前にして、囲うように並ぶ偉そうな雰囲気を纏った人達と、なにやらよく分からない会議を始めてしまった。

 あまり状況が飲み込めないまま、また受付嬢に案内され、キリサキの待つ場所へと向かった。

 向かった先は工廠で、多数のゴツい艤装をつけた艦娘やらこれから決戦にでも向かうかのような目つきで話している提督やらがまばらにいる中、一際大きな集団とその中心でまとめ上げている少女を見つけた。

 

「お、来たね。じゃあ、早速で悪いんだけど、この娘たちの指揮を頼むね」

 

 手で指し示した先には、先の戦闘で活躍していた艦娘の五十鈴、睦月、如月、皐月、文月、と川内と雰囲気の似ている艦娘と、全く知らない艦娘が6名の計12名である。

 

「あなたが私達を指揮するというのね。……ま、赤城さんの指示をそのまま伝えてくれれば、問題ないわ」

 

「だめですよ、加賀さん。私ではいざという時に力不足です」

 

 何がとは言わないが、デカアァァァイ!!説明不要!な青と赤の弓道部が、圧倒的な威圧感でこちらに話しかけてきた。特に青い方。

 

「えぇと、はい、私が正規空母赤城でこちらが同じく加賀さん」

 

「加賀よ」

 

「また、第五艦隊の旗艦を務めさせていただくのが、私赤城、そして」

 

「第六艦隊旗艦加賀です。特に研鑽も積んでいないような者が、赤城さんのような素晴らしい判断をできるわけがないでしょう。はやく、受信機を渡しなさい」

 

「もう、加賀さん言い過ぎですよ」

 

 あ、ハイ。なるほどね。こういうキャラね。流石にもう慣れた。絶対に提督に対してあたりの強い艦娘が、1艦隊に一人はいると、経験上知っている。

 それよりも、怖いのは加賀ではなく赤城の方だ。一見、赤城は指令という立場を避けているだけのように見えるが、その実、発言内容は謙遜しかなく、否定はない。つまり、俺が指示をするのは役不足である、ということだ。

 

「あ、提督、ようやく見つけたー」

 

 この声は白露だろう。白露の声に振り返ると、白露はその勢いのまま飛びついてきた。な、なんだ!?

 

「急にいなくなっちゃうから、探したよ」

 

 そういえば、途中から艦娘立入禁止になっていて、基地内に入れていなかったな。忘れてた。

 メンゴメンゴ、と謝り白露の奥に目を向けると、神通と神州丸がいた。

 

「川内は?」

 

「今、ドックにいるよ。ひどい怪我だったからね」

 

 聞くところによると、どうやらあのスクリーンに映っていた川内が、俺らの川内らしい。マジか。

 なるほど、そうすると、川内が夜戦に行って、そこで深海棲艦を見つけたと考えるべきだろう。

 

「川内さんとその知り合いの艦隊で偵察中に深海棲艦の艦隊を見つけたんだって」

 

 俺冴えてね?

 

「あ、白露提督。その神通借りていい?というか、そっちの艦隊に組み込んでもらえる?」

 

「え?なんで?」

 

「いや、ちょっとここにいる軽巡少ないから少しでも主力艦隊に改二は回したいんだよね。それにその練度なら夜戦任せられるし」

 

「?」

 

 冴えていたと思ったがそうでもなかったらしい。意図は読めないが、川内似の服を着た艦娘が外されてそこに神通が入った。

 

「えぇ〜、那珂ちゃん外されちゃうの〜。神通ちゃんと一緒がいい〜☆キャピッ」

 

「じゃあ、五十鈴こっち来て」

 

「分かったわ」

 

 う〜ん、この。いまいち何がどのくらいの規模で起こっているのかわからない感じ、好きじゃない。とはいえ、深海棲艦が攻めてきていて、俺は提督としての仕事をしなければならない、という明確にやることがあるため、手持ち無沙汰にはならないところが、居場所が提供されているようで居心地よく、結果としてなぁなぁのまま、何も知らずに事が進んでいきそうである。

 いや、つまり、自分が全部知っていて、どういう風に動くべきかを決めたいという自己中心的な話なだけだが。

 

「じゃ、白露提督はこれを耳につけて。作戦は伝えたから、もし何か異変が起きてこれに通信が来たら、それを私に伝えて」

 

 そう言ってキリサキは作戦開始の合図を出し、漣を連れて執務室に戻ったので俺もついていった。



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スタートライン

 あまり状況が飲み込めないままキリサキ中佐率いる大艦隊が出撃し、Wマスとよばれる地点へと急ぐ。一応軽く作戦内容だけは説明してもらったが、あまり理解できるものはなかった。

 というのも、何やらこれ以上戦艦を積むと分岐して空襲2回来るから、これがベターなはず、だとか、高効率化のために、まだ解除してないL,Oマスのギミックを同時進行で解除するために第五艦隊と第六艦隊が必要、だとか言って、相変わらずキリサキだけ世界観が違う。

 

 まぁ取り敢えず、俺が為すべきことは、道中の空襲マスでもしも中破が発生したときは伝えて、大破が出たときは即帰還命令を出すことらしい。空襲が来るとわかっているなら対策のしようがいくらでもあると思うのだが、そうでもないらしい。よく分からん。

 概ねの戦闘は旗艦の判断に拠る手筈なので俺が指示を出す必要はないが、白露に危ないでしょと言われたため、一応通信機をつけておく。オカンかな?

 因みに神州丸は、キリサキの艦娘と思われるスク水たちと戯れている。

 

「はっ!?スク水ッ!!?」

 

 思わず綺麗な二度見をしましたね。白露に頭を叩かれ、作戦中、と短く叱られた。だから、オカンか!

 そういえば、なんで白露だけ叩けるのか、答え出てなかったな。

 

「で、アレなに?キリサキのプレイ?」

 

「こら、失礼だよ」

 

 キリサキに聞くと、キリサキはう〜ん、と考え込んでから、ブラック営業?と答えた。なんで疑問型なんだよ。

 

「いや、オリョクルなくなったし、今はそうでもないか」

 

「オリョクル?」

 

「あー、いや、何でもない。ま、えっと、あの娘たちは潜水艦だね」

 

 なるほど、だからスク水か。って、納得するわけ(ノリツッコミ)。成長しすぎて、あそこなんかスク水を着ちゃいけなさそうなのが、ちらほらと見えるが。

 

「ありゃりゃ〜?もしかしてイクに興味津々なの〜?やっぱりトリプルテールは伊達じゃないのね!」

 

 いや違う、そうじゃない。トリプルテールは見えてなかったし珍しいけど、それ以外にヤバいとところあるだろ。

 というか、さっきから艦娘、デカいの多くないか?俺の目が胸に行きすぎなのか、ナイスバデーが多いのか。圧倒的後者だろう。白露もまぁまあ、うん、少し芋臭いけども美少女だし。

 

「イク、お前はもうちょっと自分を気にかけるでち」

 

 おや、そんな水着を着て正論パンチを食らわせるなんて、どんなブーメランだ?

 ゴーヤ、もしくはでっちと呼ばれる艦娘は俺にぺこりと頭を下げ、トリプルテールを3本まとめて鷲掴みにして引っ張っていった。丁稚奉公とかいじめられてるんか?

 

「ははは……。そういえば、神通さん大丈夫かなぁ」

 

 神通といえばキリサキの第五艦隊に編入され、今Lマスに向かっている。途中までは第六艦隊と同行するようなので轟沈は万が一にも避けられると思うが、その先はどうなるかわからない。確かに心配だ。

 元々、神通はキリサキの艦娘ではないから連携もまともに出来ないだろうし、十中八九練度も足りない。艦娘は一発では轟沈しないとはいえ、大破でもしようものなら足手まといにほかならない。

 俺だったらキリサキのように他所属の低練度の艦娘を編入しないが、何か作戦でもあるのだろうか。

 

 それを聞こうとしたら、基地航空隊をまだ決めてないからごめんね、と断られた。基地航空隊ってなんぞ。

 

「やっぱり即席の装備じゃ夜戦でも落とすの無理か……。というか、編成的にイベントの深海棲艦じゃないよね……。なのにルート分岐そのまんまとか、無理ゲーすぐるくん」

 

 う〜ん、う〜ん、と唸った挙げ句、もうだめだーと机に突っ伏す。いやいや、だめだー、じゃないが。

 

「お前がやらねば誰がやる」

 

 ちょっと低音にしてそう問いかける。別に特定のアニメや漫画のネタでもないが、ありがちな文句はやはり低音に限る。

 それに真面目な話、キリサキの艦隊の練度は全提督中の上位層だとα大尉の書類に書いてあった。しかも艦娘の保有数だってNo.1である。だから、キリサキにできなければ、誰にもできないのだ。

 

「……教えてくれ、少尉。勇気はどこにあるんだい?」

 

 ノリに乗ったようで、尊厳のある面構えでゲンドウポーズをとる。そのメガネどこから出したんですか?

 しかしまぁ、ポーズと言葉が全く持って合ってないが、中々に哲学チックなことを聞くな。エモいじゃないですか。

 

「……その言葉に……、すべてを託されたのではないのかい?」

 

 フッ……フッ……と互いに意味有り気に笑い合い、しはらく沈黙が続いた。いや、何の意味もないが。かっこいいから言ってみただけだし。

 その沈黙の中、一人今何が起きたのか理解できずにオロオロとした白露が神州丸にどういうこと?と聞いたことで、このただ格好つけたいだけの雰囲気は消え、漣がキリサキにどうするんですか、と尋ねる。

 

「取り敢えずこれは総力戦。バケツが足りないこの基地じゃあサイクルは難しい。そうなると、ウチの全艦がいても足りない」

 

「ええ、そうですネ」

 

 え、足りないん?というかサイクルってなんだよ。もしかしてあれか。バケツを使いまくって出撃させまくるとかいう感じか?

 

「しかも、分岐もあるし渦潮もあるから、資源も限られる。基地航空隊もあまり高性能なものはないし、武器だって改修されきってないものが多い」

 

「そうデス」

 

 渦潮ってなに?いや、普通の意味なら分かるけど、なんかの業界用語だろ、絶対。だって、機動性の高い艦娘が渦潮に引っかかるとか、ありえないし。

 

「もし、私の鎮守府から支援しようとしても、距離が遠すぎてサイクルには不適。資源は半分程もう次の作戦基地に輸送しちゃったから、どちらを落とされても大損害になる。ここまでは完全に無理ゲー」

 

「その通りデスネ。攻略不可能デス」

 

 最後のは意味がわかった。確かにそれは大損害である。俺が島で有していた資材の何千倍という数だ。量の次元が違いすぎる。

 

「ここで、キリサキちゃん考えました。基地を襲わせず、島民をすべて逃して、深海棲艦を一網打尽にする策が」

 

「漣には思いつきませんが、いつもの奇策には乗ってあげますヨ」

 

「言ったね?じゃあ、発表します。その作戦は……ダラダラダラダラダダン!私は勇者だ、英雄だ作戦!」

 

「はあ……?」

 

 はぁ?

 

「この作戦は、島のギリギリまで深海棲艦を集めて攻撃を当たりやすくして、一斉斉射で一気に突破するというもの」

 

「いえ、それでは無理デス。あまりにも敵の数が多ぎマス」

 

「そう、そこで私よ!私が出る!」

 

「出るって、出撃って事ですカ?」

 

「そう!!」

 

「それ、最悪――」

 

「――あーあー!うるさいうるさい!そーいうのは言わなくていいの!」

 

 何を言おうとしたがわからないが、何かしらのリスクがあるようだ。きっと、俺の思っているような、深海棲艦に対する恐怖とかそういうのではなく、もっと別の……おっと、これ以上はフラグになりかねない。

 

「……ご主人様と一緒に家に帰れば、ご主人様も漣もみんなも絶対に助かるのに、いいんですカ?」

 

「うん、ここは漣達がいてなんぼでしょ?」

 

 なんか急に世界観が違うシリアスストーリーになったが、何かを決めたような面構えで、漣によろしく頼むよ、と伝えた。何かいい案が浮かんだようだ。

 漣が万年筆を持って扉の方に向かうと、同じタイミングで扉を開ける者たちがいた。

 

「キリサキ中佐!貴様、何をしているっ!?」

 

 怒鳴り散らして入ってきたのは、きらびやかな金属類を肩にかけ鳴らし、一見して海軍将校のトップ層であるだろうと分かる人々だ。肩章、と言ったか、それの多さはθ中将より少ないくらいだろう。

 

「上官の指示も待たず出撃とは、処罰対象だぞ」

 

「いんや、んだことより、あの数の船を保有している中佐がいるだんで、情報は上がってきてねぇべな」

 

「こりゃ、作戦を練り直す必要があるわな」

 

 扉の近くにいた漣を弾き飛ばし、執務机に座って警戒しているキリサキ中佐の両腕を逃げられないように持ち上げ、そのまま連行しようとしたところ、遅れて来たα大尉が待ったをかけた。

 α大尉は、憲兵と呼ばれる警察的な組織にしかその権利は所有していないのだから、然るべき手順で裁くべきだ、と主張している。

 

「なるほど、これがα大尉の隠し玉か……」

 

「んな生真面目がこれから先で通用するわけではないだろう。規則違反は糺されるべき違反である」

 

 ちょ、離してください!と喚くキリサキは気にも止めず、無理矢理に腕を引っ張る。ここは、どうすべきか。俺が止めに入っても力が足りないし、何より意味がない。結局、連れていかれる未来は変わりそうにない。

 いや、艦娘ならば、話が違うか。白露が止めに入れば……入ってどうする?そこから逃げるわけにもいかないし、からといって暴れるわけにはいかない。

 白露の方にちらっと目を向けると、なぜか、端に寄って神州丸と一緒に縮こまっていた。ゑ?

 

 漣なら、漣ならば何とかできるかもしれない、と目を向けると、漣は既にこの部屋から消え、どこかに行ってしまっていた。いつの間に?

 

「おやおや?こーんなところで奇遇だね、α大尉」

 

 デケェ、と思わず呟いてしまいそうなほどの巨漢、といえど細身な男性が同じぐらいの背のα大尉に手を降っている。なぜか、仮面をつけて。

 しかも、今までキリサキの腕を握っていた提督たちはその手を離し、その人にビシッと敬礼を決めている。

 

「η司令官……」

 

「α大尉、敬礼なんて水臭いじゃあないか」

 

 ハハハと笑ってα大尉の背中を叩き、それで、と仮面の男はこちらに目を向ける。

 

「可憐な少女に手をかけるなんて、君たちはその子の彼氏さんかな?」

 

 いやいや、どういう状況を見たらその結論にたどり着くんだよ。というか、彼氏なら手をかけてもいいのかよ。

 η少将は、君たち邪魔だから消えてくれる?と何にも隠さずに単刀直入に伝え、そこにいた3人の提督を部屋の外に追い出した。怖ぇ。

 

 3人が出ていくのを見送ったあと、η少将は俺にも邪魔だよ的な視線を送ってきた。あ、はい、今すぐ退きますね。

 しかし、白露と神州丸に目配せをして外に出ようとすると、やっぱり君は残っていい、と抑えられた。え?

 

「そうか、君がθの言っていた白露か」

 

 θってたぶんθ中将のことだよな?あの、俺を島に送って、裁判にかけられてるとかいう。

 

「ふむ、いつか因果が応報すると思っていたが、そうかそうか……」

 

 何かに納得したようにη少将はうんうんと頷いて、目線をキリサキの方に向けた。たぶん、おそらく。いやだって、仮面で目が隠れてるし。

 

「それで、α大尉。私は納得したからもう戻るけども、何か面白いことでもするのかい?」

 

「……η司令官、貴方の身柄はこちらで保護させてもらいます。すぐに港まで送る者が来ますので、しばらくお休みください」

 

 え?え?どゆこと?意味がわからん。何この状況。

 η少将はもうこの仮面は要らないね、と言って仮面を外し、キリサキに向かって一言、よろしく、と言って去っていった。



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ネクストステップ

 台風一過といった感じに、何やら忙しなく事が発展していき、結局元の状態に落ち着いてドっと疲れた雰囲気が辺りに充満する。緊張の糸が切れる音が聞こえた気がした。

 キリサキは掴まれていた腕を手で撫で、掴まれていた感覚を消しているし、漣は消えるし、白露と神州丸は隅の方で呆然としている。この場の皆、今の今まで何が起こったのか、全部は把握しきれていないみたいだ。

 

 やはり、脳の処理が追いつかない決定打は、最後の、η少将と呼ばれる者が出落ちしたことだろう。あれは綺麗な出落ちだったが、少々パニックになっていたため考えが及ばなかった。

 まぁ、あれは俺の理解を越える大人の闇的なやり取りなのだろうが、白露と神州丸はなんで隅っこにいるのだろうか。

 

 なんとなく、顔色から判断するに恐怖とか嫌悪とか、何か嫌のものを見たという顔だが、深海棲艦を見てもそういう顔にならないのが艦娘だし、何かの間違いだろうか。

 それとも、他の可能性を挙げるのなら、俺らには見えない何かしらを見ているとか、だろうか。妖精は艦娘なら普通に見えるのに、人間は特殊な人間でなければ見ることができないため、似たような存在がいる可能性はなきにしもあらず、だ。

 

 うん、考えてもこの類の問いに答えはないだろうし、いち早くパニックから復帰した俺が、場を立て直すことにしよう。

 手を叩き3人の注意を引き、頭を切り替えさせる。すると、キリサキはやることを思い出したのか執務机に座ってデスクに広げた海図に目を向け、白露と神州丸は適当な椅子に座り、若干涙目で俺を見た。

 うーん、何であんな隅にいたのか問い質したかったが、一応、止めておくか。

 

 そういえば俺も受信機を付けてなくてはならないことを思い出し、トラブルの前に外したのを付け直すと、緊迫した声が聞こえた。

 

『――令を求む!第五艦隊旗艦赤城、北の港に向かう敵艦隊を確認!迎撃命令を求む!』

 

 やべっ、俺が受信機を耳から外したばかりに、大事に陥っている様子だ。キリサキにすぐ伝えないと。

 

「キリサキ、北の港に――」

 

「あ、ダイジョブ。それ私も聞いたから」

 

 oh...もしかして、俺いらない感じですか。メイビー。

 いやまあ、与えられた役割すらまともにこなせてないし、至極当然ではあるか。

 

「赤城にカメラ繋いでって伝えてくれる?」

 

「お、おう」

 

 すぐに仕事きたわ。この世に要らないやつなんていないんや……!(感動)

 

「赤城さん、カメラを繋いでください」

 

『承知しました』

 

 祭りの前に設置したスクリーンに映し出された景色は、めちゃくちゃデカい深海棲艦とその周りで動き回る小さい深海棲艦たち、後ろの方で並ぶ二人の深海棲艦が見えた。

 カメラが見上げるとデカい深海棲艦の全容が見えてきて、その白いのは鯨のような形をしているのが分かる。

 

『右舷海上及び同上空に異常な暗雲を発見。警戒を要す!』

 

 赤城の声が聞こえたかと思うと、すぐに空には暗雲が立ち込め、海が赤色へと変わっていき、めちゃくちゃデカい深海棲艦の叫び声が通信機越しに聞こえ、荒波が発生した。どんな大声だよ。

 ザブザブと揺れる波にカメラの端に映る艦娘は一生懸命バランスを保っている。

 

「げっ、太平洋深海棲姫と防空棲姫じゃん。えっ何?死ぬの?」

 

「なんそれ」

 

「あー、ちょっと待って、通信機渡してくれる?」

 

 手を差し出してきたので、はい、と言って渡し、俺はまたスクリーンを見た。この画面の中には例の執念深いネ級はいないようだ。

 キリサキは、あー、それ無理無理、帰投して、と赤城に伝える。いやだからキリサキで無理なら(n回目)

 

「ごめん、白露提督。使いっ走りのようで悪いんだけど、α大尉呼んできてくれない?」

 

「了解」

 

 すぐに部屋を出ていこうとすると、白露と神州丸も着いてきて、一緒に港に行く流れになった。おそらく港にはα大尉がいるはずである。

 というのも、α大尉がいるのは、先程見た威厳のある人たちのいる部屋か、η少将を連れていった港か、のどちらかである、と予想できる。しかし、海軍の偉い人たちの部屋はちょっと怖いので、先に港に行くべきである。ちょっとだ。ほんのちょっぴり怖いだけである。

 

 この島の北の民間用の港ではなく、反対側の作戦基地に隣接する港に向かうと、二人の高身長男性、おそらくη少将とα大尉がまだ話をしていた。

 近づいてもこちらに気づく様子がなく、盗み聞きできる距離まで近づいた。

 

「えぇ、問題ありませんよ。クリアできるまでやり遂げればいいだけの話ですから」

 

「……本当に、いーい人だね。実に面白い。面白くて、まだこの役目に食いついていたくなる」

 

 何言ってんのかさっぱりだ。クリアするまでって何?

 

「では、そろそろ出港しないと、深海棲艦に追いつかれてしまうので」

 

「それはそれで、いーんだけどね」

 

 そう言って、η少将を船に乗せ、α大尉は船に乗っている船員によろしく頼む、と伝え見事な敬礼を披露する。素人目でもなんか気迫があって素晴らしい、と感じる。

 

「η司令官殿!感謝申し上げます!」

 

 突然神州丸が大声でη少将に声をかける。え、面識あるの?

 η少将はちらっと、こちらを確認すると、そのままそっぽを向いて、船の中に入っていった。な、何だったんだ、一体と思って神州丸を見ると、やけに晴れ晴れとした顔をしていたが、すぐにいつものハイライトの消えた顔に戻った。

 

「時に少尉くん、君の用事はおそらく、キリサキ中佐に呼ばれていることを伝えに来たのだろう」

 

「あぁ、そうだな」

 

「まぁ、それについては、こちらの海にやってくるだろうキリサキ中佐の艦娘に伝えるとして、君には手伝ってほしいものがある」

 

「え?」

 

 何を急に、と思っていると、急に脳に直接揺さぶるような轟音というか野太い慟哭と共に、大きな水柱を上げ砲声が鳴り響き、荒波が波濤に押し寄せる。

 君にも見えているだろう、とα大尉が指差した先には、先程スクリーンの中に見たあの鯨と同じ鯨が火と煙とに被さりつつも、何事もなかったかのように吠える様子と、港を血塗れになりながら――偶に担がれたり半身がなくなったりしながら、帰投と出撃を繰り返す艦娘の姿が見えた。泣いているような心の痛む声だったが、気のせいだったのだろうか。

 

 気づけば、俺達の周りにも、あの敵は倒せるのか、自分たちの味方が減るだけではないのか、はたまた、まだ諦めるときじゃない、と潰れてしまいそうな声で呟きながら通り過ぎる艦娘が多くなった。

 

「それで、手伝ってほしいのは――」

 

――オオオォォォ……!!

 

 腹の底から震え上がるような咆哮がこの港とは別方向の北の港から聞こえ、そちらを見ると、まだ少し遠いが暗雲が立ち込めているのが分かる。あれはきっと俺がさっき見た鯨の深海棲艦の方だ。

 

「2体の太平洋深海棲姫……。ふむ」

 

 取り敢えず、デカアァァァイ!説明ふよ、いや要るだろ。説明しろ!!な深海棲艦のうち、正面にいる鯨――太平洋深海棲姫を退けるためには、俺が必要不可欠らしい。なんで?

 返答は、島民を避難させないと危険だから、だそうだ。直接、深海棲艦を退けることにはならないが、失うものが少なくなるため防衛だけでなく攻めの行動に出られるらしい。防衛戦にはこちらのメリットが一つもないのだとか。

 よって、失うもの、つまり犠牲を限りなく減らすため、俺は北の港から出る民間用の船を護衛して、赤い海の外の安全地帯に送らなければいけない。ただ、ここで問題になるのが、あの鯨で。あの鯨はこちらの言う妖精の深海verであり、普通の提督には見えない。だから、普通の提督が作成した航行ルートは、鯨にぶつかる可能性がある。そのため、俺が緊急時には航行ルート変更の指示を出し、誘導する任務が与えられた。

 

「いやいや、俺、そこまでできる程知識ないんだが」

 

「大丈夫。少尉くんは船長に何がどこにいるのか伝えるだけでいい」

 

「それ、別に俺じゃなくても良くね?他の艦娘とか」

 

「提督らしい服装をしてるのが少尉くんだけだからね」

 

 あ、そういう基準。



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バトルフェイズ

 α大尉に言われたように、俺と白露と神州丸は艤装を装備して北の港へと向かった。久しぶりの艤装だし、青妖精がいないため若干不安定さが残るものの、進むだけであれば問題なく動ける。

 北の港では、軽巡や駆逐艦が屯していて、島民の案内をしているようだ。その中に知っている顔が見えた。

 

「赤城さん、無事でしたか」

 

 そう問いかけると赤城はこちらに振り向いて、提督の白露さん……と言ったきり、あとの言葉が続かないようで、口をモゴモゴとさせて口つぐんでしまった。どうしたのだろうか。

 

「俺、避難の護衛を任されてまして」

 

 たぶん、俺がここにいる理由が分からないのだろう、と考えて、なぜいるのか率直に伝えてみる。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 何かが腑に落ちたようで、ぽんと手を叩く。そちらでも何かが起きたのかと心配したんですよ、と赤城は心底ほっとしたような安堵の表情を浮かべた。俺がちゃんと通信機をつけていなかったせいでいらぬ心配をさせてしまったようだ。はー、ホント、俺って使えねー。

……おっと、悲観はいけないな。あくまで楽観主義である。

 

 ではでは、と言って赤城から離れようとすると、死角にいた誰かにぶつかってしまった。すみません、すみません、と謝って相手の顔を見ると、そこには鬼のような形相で俺を睨みつける加賀の顔がある。え、マジでオコなの?これは冗談抜きで怒ってる顔だ。

 

「………」

 

 加賀は何も喋らない。えぇ?いや、全面的に悪いのは俺だけども、そんなにぶつかられたの嫌でしたか。

 

「不注意程度で済んで良かったわね。貴方、提督失格よ」

 

 そう言って、加賀はズカズカと海の方へと向かった。不注意程度で済まなかったら何されてたんだ?ま、まぁ不注意だったのは、そうなのだが。

 赤城は加賀さんっ、と言って加賀を追いかけていったので俺もそろそろα大尉に言われた通り船に向かうことにする。

 

「因みに提督、今のは通信機のことだよ」

 

「え?あぁ、そういうこと」

 

 あー、その件については本当に申し訳なく思っている。いや、思ったところで何になるんだ、という話ではあるが、今後はこんなことはしないだろう。後悔はしたくないし。

 しかし、白露はよく分かったな。加賀と同じことを考えてたのだろうか。

 

「提督殿、それは視点の違いというものです」

 

 なるほどなぁ。というか、ナチュラルに心を読むんじゃないよ、全く。

 

 白露と神州丸を連れてα大尉に紹介してもらった艦長に会いに行くと、α大尉の言っていた場所にはその艦長と他に数人が一緒にいた。近づくと艦長もこちらに気づいたようで、よろしく頼むよと言いながら握手を求めてきた。

 応じて手を差し出すと、艦長の手は手汗で若干濡れていて、それなのに、俺の手をどう引っ張っても抜けないほど強く握りしめられた。なんだっ?!と思って顔を見上げれば、とても青い顔をして歯が小刻みに揺れているのが見えた。

 

「なにを、こわ……がって、あ」

 

 やべっ、声に出てた。慌てて口を塞いで目を逸らすも殆ど言ってしまったし、あまり意味がない。恐る恐るもう一度艦長の顔を見れば、初対面で言葉を交わした数も少ない俺に向かって膝をついて泣き崩れた。

 

「そりゃぁ、そう、だ!あの深海棲艦が、人の力ではどうしようもない、深海棲艦が!またここを襲いに来たんだろう!?数多くの同胞が死んだ!あの日海に出ていた仲間は皆殺しにされたんだ、あいつらに!しかも今度のはお前らでも太刀打ちができないらしいじゃないか!何だ!俺らの目には映らない怪物がいるんだってな!だから、そいつを避けるためにお前が呼ばれたと聞いてる。そんなもんがいるわけねぇだろ!そんなチンケな嘘に誰が騙されるんだよ!要は死ねって言ってるんだろ!なあ!……お前も運が悪いよな。どうせ、上司とか組織とかの嘘を突き通すための犠牲だろ。怪物から守ろうとした結果、諸共犬死にしましたってな。お前のような艦娘でもない人間に、深海棲艦とやり合える力なんてないもんな!俺の手でも殴り殺せそうだな!そんなやつに俺らの命を預けなくちゃいけねって!おかしいよなぁ!」

 

 長いし痛いし怖いし。大の大人がかくも子どもの如く泣けるものか。こちらまで泣きたくなってくる。何なら涙ぐんでいる。

 後ろに並ぶ数名はこの光景から目を逸らし、悔しそうな顔をそれぞれしている。おそらく、今語ったことはこの人たちの総意なのだろう。支離滅裂だったから若干頭に入ってこなかったが、言いたいことは汲み取れる。つまり、死ぬのが怖いのだ。

 強く握りしめた手は、艦長が項垂れて涙をこぼすに連れて次第に弱まり、ついには俺の手を離れ地面に手を突き震える体を支えた。

 

 だが誰が何と言おうと、海に怪物がいるのは事実である。いや、突き詰めて正確に言おうとするなら、あの鯨は一般には観測できないため、事実というのは言い過ぎではある。俺やα大尉や艦娘が幻覚を見ているだけなのかもしれないからだ。何ならそうであって欲しい。

 けれど、あの鯨は妖精に親しいものであり、一切幻影ではなく物理的攻撃が可能……ん?ちょっと待てよ。物理攻撃してこなくね?

 

 あの鯨はα大尉によると、一種の妖精であるらしい。妖精というものは人間を攻撃できない、少なくとも物理では太刀打ちできないから、攻撃力皆無と言っても過言ではない。鯨がその一種なのだとすれば、同じく人間を攻撃できないということになる。

 まぁ、そうとは言っても、青妖精のように妖精の中でも例外は存在するので、あの規格外の大きさであれば例外として攻撃力があるのかもしれない。

 

 結局のところ実害があるのか結論がつかないが、そもそも深海棲艦いる時点で攻撃されるのは目に見えている。だから死ぬ可能性があるのは変わらない。

 けれども、確かに人一人を守るために複数の艦娘が必要なのだから頼りないかもしれないが、チンケな嘘とか犬死にとか、流石に貶しすぎではないだろうか。別に艦長と島民を犠牲にしてまで勝利を掴もうとしているわけではないし、それをすれば人道的に問題がある。それに、島民を犠牲にしたところで相応のメリットは存在しないのだから、そもそも犠牲になどしないのである。

 

 そんなことも分からず、守られる側である艦長が守る側の艦娘を貶し、あるまじくか艦娘に非協力的になるなんていう迷惑をかけ、自分勝手に絶望して慟哭するなんて無様にも程がある。その捻曲がった思考が周りを同じく絶望させ、負の連鎖が起こる立場だという自覚はないのだろうか。ぜひ、自分の言葉に責任を持ってほしい。

 

――殴れ

 

 頭の隅に、怒りが芽生えた。艦娘に迷惑しかかけないコイツを殴って叱ろうとさせる怒りが込み上げてきた。

 怒りはだんだんと大きくなり、うずくまっている艦長の右肩を左手で掴んで起こし、右手で平手打ちをするイメージを何度もして、その度に艦娘の意志を伝える言葉を反復させた。言ってやるんだ、この無知な人間に、艦娘の素晴らしさを。

 

「提督……」

 

 ふと、意識の外にあった白露の声で怒りの熱は一気に冷めていき、目元から垂れる涙を拭う。あれ、いつの間に涙なんか流していたんだ?

 というか、そもそも、俺は艦娘至上主義でも暴力ですべてを解決する人種でもない。どちらかというと、艦娘の印象は最初は悪いほうだし、昔感情的になった艦娘に殴られるくらいには冷静だという自負がある。何なら、あんなに突発的に怒ったのなんて、幼少期に癇癪を起こしたときくらいである。そんな俺がこうもすぐに怒るだなんて、何かが変だ。カルシウムが足りてないのか?

 

 白露の方を見ると、困ったように眉をひそめてこちらを見る白露と目があった。白露にも俺が頼りなく見えるのか。まぁ、それはそうだろう。実際、助けられてばかりだし。

 ただ、一応この怒りの原因は見当が付く。おそらく、青妖精だ。青妖精が随分前に、俺を洗脳していることを告白していたから、俺を艦娘至上主義になるように洗脳していると考えるべきだろう。青妖精って艦娘大好きだし。

 そうなると、今までは頭の上に乗っても文句を言わなかったが、今のように短絡的になってしまうのでこれからはちょっと避けようか。

 

「……何でもない」

 

 取り敢えず、艦長の慟哭は終わり、そろそろ頭が冷えてきた頃だと思うので、何か協力してもらうための言葉を考える。

 まず、艦長の意見は、海軍が島民を殺そうと企てている、と、俺が弱く見える、との2つの理由で協力できない、である。

 

「少尉さん、既に我々は覚悟ができています。もちろん、少尉さんもそうであらされると思います。お若いのに……世とは非情なものです」

 

「は?え、あはい」

 

 覚悟?それは死ぬ覚悟か?

 できるはずがないと思うが、見た目からして50代なのでそれ相応の死にそうな経験をしたことがあるのかもしれない。いくつその経験があると、死ねる覚悟はできるのだろうか。

 

「我々大人はそれでも良いかもしれませんが、船には少尉さんと同年代の子どももたくさんおります。万が一、その時が来てしまいましたら、救命ボートで乗員を避難させますので、その際はその子たちだけでも救っていただけませんか」

 

 あれ?もしかして非協力的なのは目の前の艦長だけで、後ろにいる人たちは協力的なのか?じゃあ、別に説得する必要ないな、これ。

 

「はい」

 

 個人的には他人の勝手で救うのは嫌いだが、避難をしているということは、皆一様に死にたくないということだ。それは艦長たちも例外ではない。

 だって、死ねる覚悟があるというのに艦長たちはここに残ろうとしないし、囮になろうともしない。子どもを生かしたいだけなら、それこそ救命ボートに子どもだけを乗せて大人は囮役をこなせばいいだろう。そうしないのはできる限り死にたくないのと、俺ら艦娘や提督が守ってくれる――最悪自分たちのために死んでくれる、という信用があるからだろう。生きたいのに死ねるって可笑しな話だ。

 

「霧が出てきましたね。参りましょう」

 

 まだ空は明るくなってはないが、薄っすらと灯台から差し込む光は白みがかっており、曇り空なのも相まって祭りのときより一段と暗くなった気がする。

 霧に乗じて逃げるという作戦なのだろう。ちょうど、島民全員が乗り終えたと告げる報告が来たため、すぐに出発することになった。蹲っていた艦長は、体をわなわなと震わせガバッと立ち上がり、俺を指差して一言、まだお前はあいつらの冷えた眼差しを知らない!と言って船とは反対方向に走っていった。えぇ……。

 

「彼はもう、諦めましょう。我々は我々の為すべきことを全うするまでです」

 

 そう言って他の5人は2隻の船へと向かう。大人って冷てえ。とはいえ、俺も艤装の再調整をするのだが。

 やっぱり、自己中心的な行動は見捨てられるのが世の常なんだよなぁ。それに、ここにはキリサキがいるので、ここに残るという判断はあながち間違っていないかもしれない。



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ターニングポイント

 濃霧に隠れて内地を目指して船団は進んでいく。空に一滴の水色が垂れて染みていくように、大空は色を変容させて日の出を待っている。

 

「暇だ……」

 

 2隻の大型の客船を率いて約1時間。船を囲うように軽巡や駆逐艦で守りを固め、はじめは緊張して通信機に耳を凝らしていたが、霧の中でしかも慎重に進むため何も起きず、俺は飽き始めていた。異常が起きたら確認して、すぐに船内にいる自衛隊の人に伝える大役を担っているが、俺のような徹夜の高校生に集中力を求めるほうが酷だろう。多少のムリは利くが、体力と集中力は別物である。

 それに、霧というのも中々に俺の集中力を奪う一因になっている。はっきりと前が見えないというのは嫌なものである。

 

「ねぇ、提督。日本ってどんなところなの」

 

「うん?」

 

 隣を並走する白露もそろそろ飽きが来たようで、他愛のない質問を投げかけてくる。

 

「世界で7か11番目に大きい島に連なる島国」

 

「7番目ね」

 

 なんだ、博識だな。じゃあ、別に聞く必要なかったよね?

 

「そういうことじゃなくて、あたし達のいた時代から何が変わったのかなって」

 

「あー、20世紀からって、こと?」

 

「そうそう」

 

 んー、何だろうな。ゲームボーイがスイッチに変わったくらいか?(世代を○す一撃)いや、あれは1990年くらいのはずだから、もっと前だと、カラーテレビになったくらいか?(一部には更に重い一撃)ウォークマンとかもそれくらいのはず。

 いや、戦後ということはアニメ文化がちょうど黎明期くらいだし、アニメ文化が答えとして丁度いいだろう。俺のオタ知識が火を吹くぜ。

 

「戦後というと、アニメ、という絵を動かす映像が作られ始め、有名なものだと鉄腕ア○ムとか○厶とジェリーとかが放映されたのデスゾwww。正確に言えば、○ムとジェリーは米国で40年代に放映されてるから、知っているはずでござるwww」

 

「何その口調」

 

「オウフwwwコポォwww」

 

 おうふって何?こぽーって?とあまり気持ち悪いという反応もせずに聞いてくる。やめてくれ、その反応が一番効くんだ。

 この口調はネットの発達により生まれたものだと説明すると、そのネットはあたしの知ってるネットと違うみたい、と言ってキモがられた。ぐ、その反応も効くんだ。因みにこの話し方、アニメの話になると使う人は使うぞ、と教えると更に物理的に距離をとった。

 

「いや、新たなインターネットができるとか、スケール壮大すぎて草」

 

「どこから草生えてきたの?というか、何で目逸らしてんの?」

 

 すまない。汚れのない清潔な白露に不純物を混ぜてしまってすまない、という気持ちから目をそらさずを得なかった。まぁ、そこまで重くはないが。

 

「そして、戦後のアニメは日常的なものが多かったが、ここで日本アニメの転換点が訪れる」

 

「あ、続けるんだ」

 

「もち。それが、月に変わってお仕置きよ、で有名な」

 

「あ、いつの間にか霧が晴れたね」

 

 割り込むようにして白露が言うのに気づき見渡すと、確かに一面が真っ青な海が広がっているのが分かる。透き通るほど綺麗な色をしており、目を凝らせば魚が見えないこともない。

……いやいや、おかしい。魚が見えるわけない。きっとこれも青妖精の仕業だろう。

 

「そういえば、結構スムーズに動いてるね。練習でもした?」

 

「いや、何にも」

 

 これも青妖精の力か?孤島にいた頃は妖精たちのからくり人形のように動かされていたが、今では思い通りに動く。

 

「主砲も持ってきたんだね」

 

「ああ、一応な」

 

 少し重たいが一度撃つくらいならなんとかなる。流石に連続で撃てないけど、まぁ何かしらの牽制にはなるだろう。なってほしいところだ。

 

 またアニメの話を盛返そうとして白露に止められたり、しりとりをしたりして暇を潰していると、何やら船の上の方が騒がしくなってきた。何だろうか、と見上げると、船の陰が盛り出てその中で光が点滅しているように見えた。

 

「なんだ、あれ?」

 

「ん〜、何だろうね」

 

 目を凝らしてみると、どうやら人が密集してスマホで何か撮っているようだった。スマホの向きからして、明らかに俺らを撮っているのだろう。船の近くのため波の音で上の会話は遮られるが、なんとなく珍しがられてる気がする。動物園のパンダのようだ。

 まぁ、白露は普通に可愛いし、そうすると結果的に俺も可愛いということになるし、その二人が海の上に立っているのだから、見栄えもするし珍しいことこの上ないだろう。

 

「けどなぁ、俺が日本にいたとき、艦娘なんて都市伝説扱いだったんだよなぁ」

 

「そうなんだ。え、じゃあ、あたし達始めて撮られたってこと?」

 

 呑気だな、という呆れた視線を送ってみるも、白露はいまいちピンとこないようで首を傾げた。

 いや、どう考えたって艦娘は軍事機密だろう。海の上を立つなんて前代未聞だし、深海棲艦とかいう化け物と戦うなんてSFが過ぎている。そんなものを世界に公表してしまえば混乱にもなるだろうし、何より艦娘への批判が殺到する。子どもが戦っていたらおかしいと思うのは当たり前なので、この批判は避けられないだろう。まぁ、本来は戦うこと自体が忌避されるべき存在だが。

 だから、俺らではなく、例えば加賀さんとか赤城さんとかであれば、最悪の自体は免れるが、撮られてしまったのが俺らなので非常にマズい状況である。

 

 けれど、俺にはどうする術もないので、無視する他あるまい。それに、写真撮影をしているということは、甲板が客に開放されたということだから、あの写真撮影は自衛隊の許可が降りたということだ。それなら、別に問題あるまい。

 あ、そうか、普通に問題ないじゃん。そういう判断ならちょっと良い顔しようか、と乗客に向かって手を振ると心なしかフラッシュが多くなった気がする。

 

「というか、スマホって知ってるんだな」

 

「うん、θ提督のところにいたとき、触ったことがあるよ。すごいよね、あんなに小さくなるなんて」

 

「まぁ、それだけならもっと小さく――」

 

『前方第一護衛部隊、十時の方向に敵水雷戦隊を確認。このままでは進路に交差します!』

 

 通信を聞いた俺と白露は挙げていた手を下ろし、白露は他の護衛部隊情報を伝え、俺は船の中にいる自衛官に連絡を取る。

 

「前方第一護衛部隊が十時の方向に敵艦隊を確認しました」

 

『了解。船を一時停止させる』

 

 白露に一時停止の旨を伝えると、それを全艦娘通達し、俺らも船に合わせて停止した。

 

「でも、おかしいね。赤い海からはだいぶ離れたのにこんなところに深海棲艦がいるなんて。斥候、にしては遠いから、野良の深海棲艦かな」

 

「あ、それフラグ」

 

「え、何、フラグ?」

 

「そう、フラグってのは、やったか!?って言ったときに大抵死んでない、みたいな、それをしなければ思い通りになっていることが多いのに、それをしてしまうせいで思い通りにならない確率が高いものに建つもの。どこが最初かは知らない」

 

 ん?ちょっと待てよ。こういう解説をする時も割とフラグ建ちがちだった気が……。

 

 そう思った瞬間、渦潮のようなものが目に映るぎりぎりくらいに出来始め、乗客の人たちが俺たちではなく渦潮に目を向けて写真を撮り始めるくらいになると、その渦潮は渦潮と呼ぶには深すぎるくらい下に伸びていき、海に穴ができたと思うほどになると、ズッと勢いよく大きく白い化け物が出てきた。その刹那、海を血塗られたような赤に染め、白い化け物は海に着水し、その全貌を明らかにさせた。

 

「太平洋深海棲姫……」

 

 白露が呟くのを他所に、俺は眉間に手を押し当てた。一体俺が何したってんだよ。



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リメンバー

『全艦退避ーッ!』

 

 疾風迅雷に恐怖が駆け抜け、乗客の悲鳴が聞こえた。自衛官のカチカチと噛み合わない歯の音も通信機から漏れている。

 件の鯨は妖精に親しいため、乗客のほとんどはクジラが見えず、赤い海に目を向けているが、数人は鯨を見上げスマホで撮ろうとしている。

 

「提督殿……っ、これはいったい何事でしょうか?」

 

 船尾の方を担当していた神州丸がフードを手で抑えながら俺らの近くまでやってきた。

 取り敢えず、船が旋回するようなので少し船から離れながら神州丸に何が起こったのかを話す。どうやら、船の陰に隠れて何も見えなかったらしい。

 

「つまり、船団がここを脱するまで、時間を稼ぐということですね」

 

 あー、そっか。普通に怖いし逃げようと思っていたけど、今の俺は護衛の一人だから守らないといけないのか。

 うわっ、逃げたい。何とか理由を付けて逃げたい……が、同じように4体目が出てきたら、それこそ絶体絶命のピンチとなる。つまり、逃げるよりここに残ったほうが俺の生存率は若干高い…はず。

 というか、なんで自衛官が指揮せずに、俺に指揮権委ねてんの?無理なんだが?

 

 白露に若干助けてほしい気持ちも含めつつ目を向けると、頑張れみたいな目で見つめ返してくる。そんなご無体な。

 神州丸に同じように目を向けると、敵前逃亡は断固拒否、全速前進あるのみ、みたいな圧がフードの下から送られてきた。君フード被ってるのに、大概熱血系だね。

 

「けど、無理なものは無理なんだよな」

 

 キリサキには余裕だろ的なことを言ったが、実際にこれほどの規模の敵と戦うとなると、やっぱり何もアイデアは浮かび上がらない。何か策を思いついたキリサキが異常である。

 

「えー、もっと頑張ろうよ」

 

 白露さん、あなた状況分かってる?もしや勝てるとお思いで?

 

 そんなことを思っていると、ふと、足元の赤い海面に泡がブクブクと漏れてきた。警戒して少し距離を離すと、水着姿の艦娘たちが海から顔を出した。

 

「ばあ!」

 

「ありゃりゃ、お久しぶりなの」

 

「イク、ちゃんと作戦を聞くでち」

 

 キリサキのところの潜水艦たちだ。大変仲が良さそうである。しかし、何か用があるのだろうか。

 しばらく注意して見ていると、いそいそと浮き輪に乗っかって淡い赤髪の潜水艦が近づいてきた。

 

「えーと、白露司令官と神州丸さん、ちょっとついてきてくれる?」

 

「え、どこに?」

 

「見えるでしょ。あのデカイのを撃ち抜くのよ」

 

 撃ち抜く……って、えぇ?俺と神州丸で太平洋深海棲姫を撃沈しろと?無理だろ。

 何言ってんだ、という顔でその艦娘に目を向けていると、何か思い出したかのようにポンと手を合わせた。

 

「あ、私はキリサキ司令官のとこの伊168、言いづらかったらイムヤで良いわ」

 

 今更のように名乗った淡い赤髪の少女は、浮き輪の上に仁王立ちして俺と目線を合わせる。体幹どうなってんだこいつ。

 

「そしてこっちがゴーヤ、イク、ハチ、ヒトミ、イヨ」

 

 でち……、と小さく会釈をするピンク髪の小さい艦娘がゴーヤ。先程も会った青髪トリプルテールのエロゲにいそうな艦娘がイク。グーテンタークと独語を話す赤メガネをかけた黄髪の小柄な艦娘がハチ。瓜二つな容姿でこの中であれば高身長の艦娘がヒトミとイヨ。

 

「私含めこの5隻で白露司令官をデカイのの近くまで運ぶわ。で、あなたには深海棲艦に目にもの見せて欲しいの」

 

「え、あはぃ」

 

 ん?いつの間にか指揮権が俺でなくイムヤに……。まぁ、いいか。そちらの方が経験量からして良い作戦ができるはず。

 

「でも、それだと1隻足りなくないか?」

 

「ゴーヤだけは別行動なのよ」

 

 どうやら作戦内容は、ボスを倒して即帰還、らしい。

 敵編成は太平洋深海棲姫、集積地棲姫×2、砲台小鬼×2、駆逐古姫。対潜能力はほぼ皆無な艦隊なので潜水艦隊ならば圧倒的有利だが、足止めできるというわけではない。そこで、俺が太平洋深海棲姫にそこそこのダメージを与え、神州丸が集積地棲姫を撃沈すれば、相手は撤退を余儀なくされる、らしい。そもそも神州丸にそんな攻撃力があるのか、俺がそこそこのダメージを与えられるか、甚だ疑問ではある。

 

「それって、どうやって撃ち抜くんだ?」

 

「あれ?キリサキ司令官から聞いてないの?」

 

「え、あぁ、聞いてないな」

 

「ま、いいわ。普通に妖精さんの言うとおりにしておけば、なんとかなるわ」

 

 なんとか、ね。まぁ、青妖精もなんとかしてくれたし、なんとかなるかもしれないが、それと恐怖を克服できるかは別問題である。だって、俺ははっきり言って勝てない戦いだと思っているのだから。流石にキリサキだからといって命を預けられるような存在ではない。

 

 だが、これまでもそうだったように、俺は理性で昂ぶる恐怖を押さえつけ、冷静に戦ってきた。無論、知識なんてものはないため、何がどうなっているのか意味不明すぎててんてこ舞いだったし、ギリギリまで白露や川内や神通を追い込んでしまった。そこはキリサキの姿を見て反省している。猛省だ。

 だから今度も冷静になれば生き残れるはずである。例え今は酷い指揮でも、白露との初めての戦闘のあと言っていたように、「暁が水平線を超える頃に生き残っていれば、勝利なんだ」。まぁ、今は超えたばかりで次に太陽が昇るのには一日かかるが、つまりは生き残っていれば勝利である、ということだ。

 

「ふぅ……」

 

 とはいえ、気張っても失敗するだけで、少しのリラックスと客観性が必要だ。客観性といえば、俺が思い浮かべるのは神通に伝えた言葉だろう。あの時は正直恥ずかしかったが、俺に客観性を与えてくれる言葉である。偏屈とも言う。

 上を見ろ、上を見なければ蔑み虐げる本人を見つけ出せない。下を見ろ、這いつくばっている雑魚を嘲笑えない。前を見ろ、追いつく背中なんてものは無い。周りを見ろ、いつ攻撃が来ても守れるように、手を伸ばせ。その手に掴むものは、一緒に戦う仲間だ。

 

「白露は俺とでいいか?」

 

 まぁ、なんだかんだ、今一番頼れるのって白露だし、近くに置いておきたい。何か起きたあとでは意味ないからね。

 

「えぇ、良いわよ。他の軽巡さん達は神州丸さんと行動してもらうわね。それで残りは護衛でいいかしら?」

 

「いいんじゃないか?……あ、やでも自衛官に報告するのはどうするんだ?なんか、俺じゃないと提督じゃないから問題があるんじゃないのか?」

 

「じゃないじゃない、言い過ぎじゃない?まぁでも、問題はないわ。あと少しで安全区域に着くし」

 

 え、じゃあ、ここで俺が戦う必要なくね?俺も安全区域に行きたいんだけど。

 

頑張れー!!負けるなー!!

 

 遠くから聞こえた多くの声に振り返ると、甲板に集まった人々が目一杯に広げた手を振って応援しているのが見えた。なるほど、後ろには退かせてくれないと。いよいよこれは、腹を括るしかないか。

 

「……白露、全艦隊に指示を飛ばしてくれ」

 

……さて。これで俺も戦わなければならない。全艦隊の提督は俺であり、全艦隊の責任は俺にある。年端も行かない俺に負わせ過ぎなんだよ、世の海軍さんは。もっと若者を哀れんでほしいね。(愚痴)

 まぁ、愚痴を言っても仕方がない。とか何とか言ってると、なろう系主人公みたいにチートなパワーが溢れてこないかなぁ。



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リテイク

「分かったよ、提督」

 

 白露は耳に手を当て、通信を繋いだ。あとは白露が軽巡とその他とで分けて指示を出して、軽巡がこちらに合流したら戦闘開始となる。

 そのあとは総力戦だ。姫というのがどの程度かわからないが、キリサキが警戒するくらいなので、ネ級と同じくらいには精強を誇っているのだろう。十二分に注意する必要がある。

 やはり全艦隊への指示とあって、空気は張り詰め、やけに波や風の音が耳に残る。俺の分岐点となる点だからかもしれない。

 

『こちら2隻とも、緊急回避行動完了。これより作戦行動に戻る』

 

 ふと、俺の通信機に息を整えている自衛官からの通信が入った。船を見ると確かに、朝焼けに掠れて、揺らいで見える船影がある。

 了解、と伝え今一度右手に持つ12cm単装砲を握りしめる。

 

 

 

「……全艦隊、突撃開始!」

 

 不意に、聞き馴染みのない言葉が聞こえた。完璧なはずの作戦、高まった士気がボロボロと崩れ落ちる音が聞こえる気がする。

 

「――え?はぁ!?」

 

 え、まじ、イミワカンナインダケド。神州丸だって目見開いて脳の機能停止してるし、イムヤ達も白露と俺を交互に見てるし、俺だけが理解できてないわけではないだろう。

 トツゲキ?なにかの用語か?いやいや、突撃は突撃だろう。あれ?白露、作戦聞いてなかった?イムヤと俺で話してたの聞いてたよね?無理矢理突破しようとしても犬死するだけっていう前提を理解した上で、死ぬのを最小限に、っていう話だったよね?言葉の裏にはそんな意味があったと思うんだけど?

 

「それだと、轟沈艦が増えて……」

 

 思わず震える声を発するとその反応が分かっていたかのように、白露は少し自嘲気味に笑い俯いた。

 

「いやあんなもの、作戦じゃないし」

 

 自嘲ではなく、俺に対する嘲笑のようだ。

 

「なっ」

 

 大声を出して怒り、頬を張ってやろうかと思ったが、一旦冷静になる。

 俺が怒って白露に暴力を振るいたいのは、あくまで俺に重大な責任が――死者を出さないという任務において、必要以上の死者を出すことによる責任が――降り注ぐからであって、それの憂さ晴らしである。それで殴りかかるほど、自分を制御できないわけではない。

 

「殴らないんだね」

 

 は……?

 

「提督のことだから、殴るんだと思ってた」

 

 突然だが俺は、レッテルを貼られるのが嫌いだ。貼るのも嫌いだ。そして今、暴力の沸点が低いというレッテルが貼られた。望み通り殴るとしよう。

 そもそも、あの孤島にいたとき、一度殴られてるのだし、殴り返したって文句は言えないはずだ。

 

――殴るな

 

 沸々と湧き上がった怒りは急激に収まり、脳に響く青妖精らしき声で、殴りたい衝動はきれいさっぱりなくなった。怒りで自然に握りしめていた拳を緩め、揺れる波で湿った服がべったりと張り付く感覚を一際強く感じる。

 

「提督、やっぱり仲間を失うって怖くて辛いことなんだよ」

 

「……だから、なんだ」

 

「だから、私は提督に死んでほしくなかったから殴った」

 

 殴った、というのは孤島にいた頃に俺が白露に殴られたときのものだろう。だが、それは白露が無謀な指示を出していい理由にはならない。

 

「それとこれと、なんの関係がある」

 

「関係あるよ。大ありだよ。仲間に沈んでほしくなかったら、一緒に戦うしかないじゃん。一緒に戦うんなら、まともな作戦じゃないとイヤじゃん」

 

 じゃあ、なんだ。いい作戦なら死んでもいい、とそう言いたいのか。悪い作戦なら更に被害が増えようと、自分勝手に指示を出してもいいのか。

 

「んなわけ。そもそもこの作戦に悪いなんてとこないだろ」

 

「いやいや、どう考えても、ねぇ?」

 

 なぜか呆れたように白露はイムヤに視線をずらし意見を求めた。そういえば、発案はイムヤなのだし、同意を求めるような口調はおかしい。

 イムヤは、んー、そうねぇ、とどこかこちらを気遣うような視線で一瞥した。なんか歯切れが悪いな。

 

「まぁ、言いたいことは分かるわ。指示は不明瞭だし不適切だし、擁護のしようもないわね。……それに、はっきり言うけど、今回は白露提督さえ生き残って戦ってくれれば、追い返せるし、逆に白露提督がいなくなると止めようがないから、囮が増えるのは良いことよ」

 

 おとり……?いや、意味は分かる。問題はなぜ必要なのか、だ。本来、囮なんて軽く口から出てしまうような言葉ではないはずだ。それこそどうしても必要なら、計画を練りに練って最小限の死をもって、最大限の成果を挙げなければならない。そうでなければ、そんな非人道的な作戦は遂行できるはずもない。

 だから囮が増えるのは全くもっていいものではない。だのに囮がたくさん必要というのは、それ相応の理由が必要である。理由があれば死ねるとはいえないが、理由なく死にたくはない。

 

――しかし、この感覚は人間らしい感覚であり、艦娘の感覚であることを忘れてはならない。

 

『前方第一護衛部隊、肉薄する!』

『第二護衛部隊、北上さんに続いて!』

『第三護衛部隊、死ぬ気で斬りかかるぜ!』

『後方部隊、阿武隈につづ、もぅ、みなさーんきいてくださーい』

 

 オオォ……!と腹の底を震わす声が俺たちの横から前へと通り過ぎていき、ワラワラと艦娘があの鯨へと一直線に進んで行く。

 艦娘とて馬鹿でも能無しでもないはずだ。それこそ、俺なんかより戦術は分かるだろう。だから、これが囮だというのは皆わかっているはずだ。なのに

 

「なんで……」

 

 自分でも気づかないほどに呟き、イムヤに目をやると、行くわよという一言で深い海へと潜っていった。続いて他の潜水艦も潜り、この場には白露と神州丸と俺が残った。

 

「提督」

 

 そう俺を呼んだ白露は、口を開いては閉じ、俺にかける言葉を探してるようだが見つからず、そのまま鯨の方へと向かい、神州丸も、何も言わずにフードを更に深く被って行ってしまった。

 はぁ、仕方ない。結局重要なのは俺であり、俺がいかなければ作戦の根幹が崩れる。つまり、俺はなるべく多くの艦娘を助けるために早くいかなければならない。死にたがりは死なせておけっていうのがポリシーだが、今回は仕方ないだろう。助けてくれと言われてしまったから。

 

 ちょっとづつスピードをあげて、砲撃の音がそこら中から聞こえるような場所まで近づくと、ジグザグに航行することにする。周りがそうしているし、そうしたほうがいいだろう。

 というか、なんか砲撃が聞こえる割には進みやすいなと思っていたが、どうやら潜水艦たちが魚雷で牽制してくれているようだ。俺の目の前には太平洋深海棲姫しかいない状態になっている。

 

「まずは一発!」

 

 構えて、標準を合わせて、妖精の声が聞こえたら撃つ。そうそれだけである。何度も頭の中で思い描いて、想像通りに構えて、大体の標準を合わせる。あとは妖精が調整して、OKが出たら引き金を引くだけだ。

 そう妖精が教えてくれるはずなのだ。前にイ級を仕留めたときだってそうだった。

 

「……え、あれ?」

 

 な、なんで。なんで妖精がここにいないんだ……?そういえば、最近、妖精をどこにも見かけたことがない。いなくなったというより、もしかして、俺が見えなくなったのか?そうだ、確かにここ最近はずっと妖精がいない。いつからだ?祭りの前?それとも榛名とここに来る前?キリサキに会う前?……どこだ?

 

 いや、そんなことより、今どうするか、である。妖精が見えないと言うことは、弾が撃てないということだ。え、やばくね?

 

 それに気づいた瞬間、目と鼻の先、いや、まつげに触れるくらいの距離に真っ黒な弾が飛来してきたのが目に映った。認識までには至らなかったが、同時に発生した爆発により、そもそも頭諸共吹き飛んだ。

 

―――――――――

分岐:作戦前大演習

――――――

 

 すっかり夜も深まり、いつもなら夕飯時な頃合いにスクリーンに映る戦闘は終わった。

 一日かけての戦闘。これを毎日やるというのだから、本当にどうかしていると思う。まぁ、ここまでしないと勝てないのかもしれないが。

 

「失礼するよ」

 

 ノックとともにノータイムで入ってきたのはα大尉だ。相変わらずの強面を少し渋くしている。つまりこわいかおである。

 

「え、なになになに、どうしたん、話聞こか?」

 

「あぁ、少々厄介でね。キリサキ中佐にはできる限りの戦力を揃えてほしい」

 

「え、そんなに?まぁ、分かったよ。1/2くらいならすぐに用意できると思うよ」

 

「すまない、感謝する」

 

 それだけ早口に伝えて、足早に去ってしまった。



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主戦力集結

 1/2ということはおよそ150隻ということだろうか。確か、キリサキの保有する隻数は約300隻と書かれていたのを見たことがあるので、大体そんなものだろう。キリサキにとって150隻ほどを用意するのは造作もないことのようだ。最強かな?

 しかし、そんな数を集めて何をしようというのだろうか。普通に考えて、艦娘を集めるということは深海棲艦を倒しにいくということだ。だが、倒すだけならすぐには必要ない。というより、すぐに用意したところでその量を使い切るだけの作戦がすぐにはできない。逆に言えば、すぐ必要ということは、すぐに作戦上の好機がやってくるということ。つまり、今から大きな作戦が動き出し、この結果が戦況に大きく響くということである。

 

「でも……」

 

 もしも、すぐにという言葉が緊急時を指すのだとしたら、話は変わる。深海棲艦の全く予期されない動きを観測し、その動向が大きな被害をもたらすと予想されたのならば――つまり奇襲されそうと予期されるならば、150隻は防衛重視になる。逆にカモにするにしても、島の安全が第一のはずだ。だから不利なことには変わりない。

 

 いやまぁ、考えすぎなんだけども。150も数がいるなら攻守ともに万全だし、なんなら滅ぼすことも可能だろう。たぶん。

 そんなことは提督歴の短い俺にとってはただの勘でしかなく、経験上の推測でも、数多くの戦績からの予測でもない。なので、きっと何もしなくても、キリサキやその他の提督がなんとかしてくれるに決まっている。

 

 とりあえず、何が起きてもいいように、夜戦に行ってしまった川内を連れ戻そうか。それは神通にたのも……いや神通だと川内が帰ってこなさそうだし、白露、も一緒になって帰ってこなさそうだから神州丸に頼むことにしよう。いやむしろ、自分で行ったほうがいいまであるな。

 

 立ち上がって、文月たちの戦いを観戦していたときに、食べていたポテチの塩がついた手を拭こうとティッシュを探していると、神州丸が気を利かせてティッシュを手渡してくれたので、ありがたくいただく。

 

「提督殿、海に出られるのであれば、この神州丸も同行させていただいてもよろしいでしょうか」

 

「え、あ、うん、もち」

 

 心が読めるのかな?

 白露と神通はそのまま部屋に戻るようなので、神州丸と共に海に出ることになった。正直、神州丸がいなければ居場所のわからない川内を夜目が利かない状態で探す羽目になっていたので、助かった。まぁ、川内のことだからそれほど島から離れていないと思うが。

 

 部屋を出て、神州丸とともに艤装を装着して港から海に降りる。最近海に立っていなかったため少々不安定だが、走るくらいはできそうだ。

 いこうか、と神州丸に声をかけ、島を右回りに一周する旨を伝える。一応、12cmたんそー砲を持っていくことにしよう。

 

「あれ?」

 

 そういえばすっかり忘れていたけど、この主砲には妖精が乗っていたはずだ。というかなんなら頭の上にいるはずの青妖精すらいない。ι少尉からもらった艤装自体の妖精はいるようなので動きはするが、あの島の妖精とは雰囲気が少し違う。あの小島では青妖精の統率のもと動いていた感じであるが、この艤装の中にいる妖精は常にぼーっとしている。大丈夫か?

 なんてことを考えていると、神州丸に、どうされました、と聞かれたので、なんでもないと言って早速川内を探しに行くことにした。

 

「不調がありましたらすぐに仰ってください。海というものは危険なので、一つの不備が命運を分けるなんてよくある話であります」

 

「おけおけ。今は全然大丈夫だ」

 

 まぁ、青妖精も、高飛車な12cmたんそー砲の妖精も、いないところで何か困ることはあまりない。妖精が多少いないところて、どうせ攻撃力は皆無に等しく、戦闘経験がないのだから、戦うことは万に一つもありえない。というか12cmたんそー砲の妖精ってなんか名前あったっけ?最近見てないから忘れてしまった。なんか、〜〜かしら、とかよく言ってたイメージ。

 

「……あ、提督殿、あれをご覧ください!」

 

「ご覧て……別に敬語使わなくても」

 

 急に神州丸が島とは逆側の海を指さしたが、俺には暗くて何も見えず何があるのかよく分からなかった。

 

「あれは、おそらく哨戒班でしょう。川内がこちらに来ていないか訊いて参ります」

 

「お、おう……」

 

 なんか思ったより頼りになるな、こいつ。でも、暗い海で一人残されるのはちょっと怖いので、ついていくことにする。実はあまり神州丸も見えてはいないけど。

 神州丸の進む跡の波を頼りに哨戒班に近づくと、神州丸はどこからともなく妖精を取り出して前に突き出した。何やってるんだ?

 

「これは彼女らに味方だと伝えるために、妖精さんに通信を取ってもらっています。たまに妖精さんのイタズラで誤射されることもありますが、深海棲艦も喋れる個体が増えているので確実な方法となります」

 

「え、なにそれ怖っ」

 

 確かにネ級とか余裕で喋っているので、妖精を使うのはいい手段だと思うが、イタズラで誤射されるのか。リスクも大きくないか?というか、ナチュラルに心読んでくるスタイルなのね。

 

「不肖、この本艦、陰陽に多少通じておりまして」

 

「陰陽って、あの陰陽?」

 

「陰陽は陰陽であります」

 

 魔法やんけ。え?この世界って魔法が存在するの?まじかよ。ということはもしかして、チート全開で無双ターン始まる?神州丸って実は艦娘界最強だったりする?あ、そっか、これも聞こえてるのか。

 

「そんなことはないですが……あ、到着致しました」

 

「ん?お、そうか」

 

 確かに目を凝らすと、海に反射した月光りでうっすらと人の輪郭が浮き出されている。たぶん6人。

 そのうち、こちらに近づいてきた人影は――もとい船影は、マントを羽織っているようで、人の輪郭が少し分かりづらい。

 

「2隻か……どうした?」

 

 お、話が早いな。さっきスクリーンで見たキリサキの艦隊は、なにやら、どこの所属だ、とか、輸送か護衛か、とか問われて度々足が止まっていたっけ。

 問いかけに応じようと前に出ると、神州丸が、ここは本艦が、と言って俺より先にに応じた。

 

「木曾、貴艦は川内を見かけなかったか?」

 

「いや、見ていないな。まさかはぐれたのか?」

 

 はぐれたというか何というか。元はと言えば、川内が夜戦夜戦と言って飛び出したからであって、俺らも夜戦をしにきたわけじゃない。

 

「夜になると騒ぎ出すからな……」

 

 おっと、思わず口に出てしまった。

 木曾はこちらに顔を向け、お前そんな口調だったか……いや、そっちはそっちで色々あるんだな。と両肩に手をおいて頑張れと励ましてくれた。お前、眼帯してるやつに言われても、木曾のほうが大変そうだよ。

 

「はぁ……ったくそっちの指揮官はどうなってやがるんだ。……まぁいい。俺らも探すが、哨戒のルートから外れるわけにもいかない。見かけたら戻るように伝えるが、それでいいか?」

 

「力添え、感謝する」

 

「つーか、1隻なんて轟沈しててもおかしくないぞ。何なら貴様らの指揮官のとこに直接乗り込んで、斬り捨ててやろうか?」

 

 その指揮官、目の前にいますよ。斬らないでね。

 な!と賛成を求める木曾に、あ、あぁはい、まぁ、と曖昧な返事をして、ではそろそろ、と手を離してほしいことを暗に伝える。すると木曾は、肩から手を離し、じゃあな、と快活に言って哨戒班に戻っていった。

 

「では、我々も探しに行きましょう」

 

「おっけぃ!」

 

 遠くから、斬るってオレの剣じゃないだろうな、もちろんお前の剣だ、天龍、みたいな会話が聞こえてくるのをよそに、俺らも逆方向に進んで行く。

 というか、あの木曾って男性じゃないのか?なんか艦娘って女性だけだと思ってたんだけど、違ったのか。

 

「いえ、木曾は女性ですよ」

 

「え、マジ?」

 

 木曾が女性なのにも驚きだけど、艦娘って艦じゃなくて女性なのか。



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心を読むもの

 そういえば、艦の性別が女性だって話だが、神州丸はどうなのだろう。昨今、名前の性別らしさは薄れつつあるが、昔にあった概念からするとこの名前は女性らしくはない。

 

「それは、本艦には分かりません。色々な名前があったもので」

 

「あー、あの島にいたときそんなこと言ってたな。神州丸の提督がつけた偽名じゃなかったんだ」

 

「えぇ、まあ……」

 

 気のない返事が返される。神州丸の顔は見えないが、どこか遠くを見ている感じがする。まぁ、彼女が本当に生きた時代は随分と前のことなので思い出に耽っているのだろう。俺も懐かしく思う過去はあるにはあるが、思い出したくもないものである。

 

「提督殿の過去ですか」

 

「あっ」

 

 そっか、これも聞こえてるのか。いや、別に俺の過去と比べるまでもなく、神州丸の見てきたものの方が、人の数の分だけ経験があるわけで、辛い過去が多いに決まってる。小中学生のイジメなんて、一個一個取り上げたら他愛もないものばかりで、積み重ねの痛みである。

 

「って、これもか。もはや話す必要ないまであるな」

 

「……提督殿は嫌いですか」

 

「いや別に。便利だなぁとは思う」

 

「便利、ですか」

 

「あー、もっと利便性高めるなら、脳内に直接語りかけられるのか興味はあるな。喋らないで意思疎通って青妖精もやってたけど、まぁ便利だったし」

 

 小さいのが、ナイス太腿の意味深フード美少女に変わっただけだ。むしろ、上位互換まである。ただ、ntrされそうな見た目であるのが些か不安ではあるが。

 

「ntrですか……」

 

「それは知ってるっていう反応?どちらにせよ、割と失礼なこと言ってたから、そこは、本当に最低ですね、とかでいいんだぞ」

 

「はぁ……?」

 

 うーん、神州丸って性を知らないのか、それともntr程度では話にすらならない、ということなのか。

 というか、ntrって昔からある言葉なのか?概念自体はありそうだけど。もしくは前の鎮守府で知った説もあるな。

 

 などと不毛な思考をしていると、遠くに光が飛び上がるのが見えた。

 

「なんだあれ?」

 

「っ!!あれは照明弾。ということは、交戦中ですか」

 

 照明弾?あの光ってるやつって弾丸だったのか。って、そんなことより、交戦中だって?深海棲艦と艦娘が?

 

「ってことは、木曾達呼びに行ったほうがいいんじゃないか?」

 

「いえ、ここで戦ってるということは哨戒班の艦娘らです。それならすでに、島にいる彼の艦娘らの提督に通信が行き、あちらで判断していることでしょう。そこで本艦と提督殿がすべきことは――」

 

 話している途中で神州丸は話を止めて、耳に手を当て耳を澄ました。何事かと思って俺も静かにしていると、島の方が少し騒がしいのが分かる。

 

「これは……おそらく祭り、作戦前の景気づけの前夜祭といったところです」

 

「へぇ、そんなものが」

 

「はい、この祭りのために、普段より哨戒班が少ないのでしょう。ならば、無用の混乱を避けるために、適度に離れて機を伺うべきです」

 

 機って、何の機だろうか?もしかして、援護しに行くのか?機なんてそれぐらいしかないよな?

 いや待て待て、よく考えろ。まさか割って入って交戦するなんてありえないだろう。そうだ、そもそも組織的に動いている哨戒班に、どこの馬の骨だか分からない二人が紛れ込んだら、多少なりとも混乱するはずだ。交戦中なら尚更。

 だから、機ってのは援護のタイミングじゃないだろう。しかし、それ以外には考えられないしなぁ。逃げるなら今すぐ行けばいいし。

 

「戦闘は、避けるつもりです。ですが、敵戦力が判断つかない以上、無闇矢鱈に逃げるのは危険です。他の敵艦隊がいないともわからず、味方の作戦も知らず、通信が基地に届いているのかさえ不確定。動くにはリスクが高すぎます」

 

「お、おう」

 

「ですので、少々離れて、戦況を見てから動くのが吉だと、進言いたします」

 

 つまり、臨機応変ということか。まぁ、臨機応変なんて言われても俺には判断材料がないのでなんにも出来ないが、きっと神州丸が何とかしてくれるのだろう。

 おそらくこれも神州丸には聞こえているので、よろしく!という意を込めてサムズアップをして見せると、承知いたしました、と返事が返ってくる。便利だなぁ。

 

 しかし、判断材料が少ないのは不便だ。あの小島でもここでも、判断材料の少なさが、俺の状況把握を狭めている。島の方では状況が分からなすぎて、割と勝手に判断して、白露達艦娘の定石から外れた行動をしたため、俺にとっては正しいと思っていた考えと白露の行動が噛み合わなかった場面はとても多かった。と、今から思い返せば言えるが、あの頃は流石に生死がかかっていたので、自己判断が先行するのは仕方がないだろう。自分の身を最終的に守れるのは、自分だけなのだから。それに、俺の死と白露の死はほぼほぼ一致していたのも勝手な行動の原因かもしれない。

 対して、ここでは、小島のとき程の緊迫感はないが、小島と違って人数が多いため逆に組織としてのルールがある。ここでは、俺の行動がルールに抵触してしまった場合の混乱および招かれる犠牲が予測できないため、あまり目立つ行動は避けるべきである。触らぬ神に祟りなしだ。

 つまるところ、自分で判断できず他人に聞かなければ分からないのは、効率が悪いし的確かも判別できないので、好ましくはない。

 

「……幾ばくか疑問に思っていましたが、提督殿は聞き及んでいたものより思慮深いのですね」

 

「どこ情報か知らないが、分からないことだらけだから仕方ないな」

 

 流石に自分の死と直結する課題を怠けようとする者はいないだろう。楽観主義者ではあっても、それを理由にした横着者ではないのだ。

 

「あ、もしかして皮肉か?お前考えすぎてうるさいんだけど、みたいな。読心術ってのはこういう思考もノイズになるとすると、少々不便だな」

 

「いえ、皮肉なんてそんな……。提督殿の求めるものを即座に差し出すことが、艦娘としての務めですから」

 

「えぇ……、いつの間に俺、お坊ちゃまになったんだ?そんなに我儘なつもりないんだけどな……」

 

「あ、いえ、我儘と言いたいわけではないのです、決して。それは言葉の綾でして、えぇと……」

 

 あぁ、神州丸って、口下手なんだな。あと思い悩んでしまう性質もありそうだ。言い換えれば、言葉を真摯に受け止めているとも言えるが。

 しかし、心を読めるなら、俺は特に貶されたと思ってるわけでもなければ、意味もなく怒ってるわけでもないことぐらいわかると思うが、なんで言い訳を……いや、これ以上は俺のポリシーに反するか。

 俺のポリシー、まぁ、ポリシーと言えるほど固いものでもないが、相手の行動や性格に対して先入観を抱き、思い込みというレッテルを貼り、縛り付ける行為は、俺の嫌う行いである。かといって、何でもできるとか何にもできないとかのように、極端な考え方も結局、相手を縛り付けるレッテルにすぎない。そうではなく、なるべく、自身も他人も、自由であるべきなため、自分の思考の中に不自由な存在は入れるべきではない、ということである。

 つまり、神州丸が何を思おうと――何も思わないとしても――結果として、俺にその思いが伝わってしまったなら、それ以上は深読みである。

 

「お、おおお、想いなんて……!」

 

「わかりやすく狼狽えるなよ」

 

 ntrで狼狽しなかったのに……。もしかして、ntrになんの反応も示さなかったのは、知らなかったからか?



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やっぱり弱い

 というか、意味が分からなくとも、ntrって連呼するのはセクハラか?最近のハラスメント事情は詳しくないが、セクシュアルというぐらいなので、性関係の話はやめておくべきだろう。

 

「――提督殿、気を引き締めてください。何か来ます」

 

 お、マジか。

 神州丸が見つめる方には黒い海が広がるばかりで、島の方の騒がしさとは真逆の静けさである。揺れる波はいつもと変わらず、予兆らしき予兆は一切感じられない。

 今一度、12cmたんそーほーを握り直し、逃げる準備だけはしておく。

 

「あ、れ……ていと、く?」

 

 掠れた声で息も絶え絶えに問いかけるのは、満足に航行もできないだろうと見受けられる川内だった。艤装の形は保っているが、内部でガラガラと音を立て、大きく破損していることが分かる。身体も火傷、皮下出血、内臓破裂、大きく削り取られた腹が直撃を意味している。

 

「通信、きれちゃ、って……戦艦の、棲姫と水鬼……ほかは、わからな」

 

 ガフッ、ゲホッゲホッ、と血反吐を吐いて、川内は喋らなくなった。気絶って始めてみた……。

 神州丸は川内を担いで、本艦は川内を曳航しますゆえ、提督殿は基地にいる他の提督に状況を伝達してください、と言い放って島へと一直線に走っていく。俺もあとに続く形で戻ることにする。

 

「戦艦の棲姫と水鬼が出たと伝えればいいのか?」

 

「えぇ、この地にはε大将殿が赴任していると聞いております。実力派ですので伝えればすぐに作戦を立てて頂けるでしょう」

 

 ε大将の鎮守府は神州丸の元配属先だったため、信頼があるのだろう。そうでなくとも、大将にまで上り詰めるのだから、実力は言うまでもない。

 神州丸と別れ港に到着し、防波堤を登って暗がりを走って行くと、近づくまで気が付かなかった人影を避けることができず、衝突してすっ転んだ。目を開けると高級そうな革の靴が見える。相手は転んでないようだ。

 

「あ、すいません」

 

「君は、θ中将の……奇遇だね。大丈夫だ、こちらに怪我はない」

 

「ホントにすいませんでした。では」

 

 そう謝っていち早く基地に戻ろうとすると、おっと、と行く手を塞がれた。俺の十八番で躱せなかった……だと。ぼっちムーブに気づくとは、何奴!?

 

「特に海軍側ではないはずの君がそれほど急ぐということは、何かしらの脅威が出現したと考えられる。逃げるにせよ、戦うにせよ、君には対処しきれないから、助けを求めに来た……といったところかな。時間帯からしてもおかしくはない」

 

「え……」

 

 何この人。俺のこと知り過ぎじゃない?ストーカー?そういえば、θ中将がなんとかと言ってた気がする。

 

「君はおそらくこのあと、結果的に死ぬか生きるかの窮地に立たされるだろう。その時には私が助けになれる。Mr.AKAGIという名を覚えておいてくれ給えよ」

 

 それだけ言うと、口元に手を当てた男は去っていった。仮面を被っていたから口元かは定かじゃないけど。

 さて、俺は先を急がなければならないので、少し心残りを覚えながら基地に行くと、一室だけ光の漏れた大部屋を見つけた。人がいればいるほどε大将のいる確率も高いので大部屋に飛び込むと、既にそこには海図を囲む男がずらりと並んでいた。とても既視感がある。

 

「貴様は、どこの艦娘だ。おい、誰か知らんが駆逐艦をこの部屋に連れ込むな」

 

「あ、申し訳ございません」

 

 ちょっとちょっと、とα大尉は両手で押し出すような動作をして、俺が部屋の外に出るよう促した。

 部屋を出て扉を半開きに閉めると、どうしたんですか、と少々大きな声で質問した。

 

「なんでそんな声……」

 

「まぁまぁ」

 

 なんなのかよくわからないが、取り敢えず必要なことだけ伝える。戦艦の棲姫と水鬼が出現したこと。それを含む艦隊に哨戒班の一つが壊滅しかけてること。そして、通信が繋がらないこと。

 

「え?海域に戦艦棲姫と水鬼が!?」

 

 わざとらしく驚いて、中に聞こえる程の大きな声をだす。なるほど、なんとなく俺も声量を大きくしたほうが良さそうだ。

 

「あぁ、ε大将ならばなんとかしてくれると聞いた」

 

「あ、それは言わなくて良かったんだけどね……」

 

 チラッと部屋を確認すると、姫級だと?鬼もいるのか、などと大勢がどよめきたち、その中で、椅子に座り落ち着き払った態度で、周りとは異なる空気を醸し出す3人がいる。あのうちの誰かがε大将なのだろう。もしくは、どっかの海軍と同じく、赤青黄の大将なのかもしれない。

 しかし、肩章を付けた本物の海軍が慌てふためき、立案した作戦を無に帰して一から考え直そうとするほどの敵とは、姫とか鬼とかというのはどれほどの危険度なのだろう。ネ級とは名付けが異なるため性質が違うのだろうと察せられるが、ネ級を超える脅威とは到底想像し難い。少なくとも単体の強さで言えば、ネ級はトップクラスだろう。名前から想像できるのは、姫は深海棲艦から守られるような存在で、鬼は……単純に強いのだろうか。というか、どちらも()()だから、どっちがどっちなのか判らんけど。

 

 さて、伝えることは伝えたし、神州丸のところに向かおうとしたところ、α大尉が、これよろしく、と囁いて俺に何かを握らせた。感触からして、紙切れのようだ。

 手を開いて紙を開いてみると、小さい切れ端に更に小さい文字列が並んでいて、半開きの扉から差し込む光を頼りに読み取ろうとすると、α大尉が中に入って扉を閉めてしまった。この暗闇では読めないため、胸ポケットに入れて照明を探すことにする。

 

「っていうか、取り敢えず白露のとこに戻るか」

 

 彼女らは今、3階の一番奥の部屋にいるはずだ。もしかしたら祭りの方に参加しているのかもしれないが、明るさのある場所も探しているので、白露たちが部屋にいれば一石二鳥である。

 

 まぁ、照明だけならば、基地を出てすぐの灯りでどうとでもなるのだが、なんで、態々白露たちを探そうと思い立ったかというと、端的に述べれば川内の大破に起因する。

 現状、予想され得るものの最悪は、海軍でも撃退しきれない程の戦力――それも物量に拠る攻め手だった場合である。島は八方塞がりになり、行く行くは消耗の末、逃避も許されず死に絶えることになるだろう。だから、さっさと逃げるのが吉だろう。では、最善の場合、哨戒班の艦娘の一隊を追い詰めた深海棲艦一個隊を、主戦力をもって撃滅することだろう。あの慌てようから、一個隊を迎撃するだけの艦娘を揃え難いと察せられるが、野放しともいかないはずなので何かしらの策を立てると考えられる。問題なのは、その作戦に川内程ではないとはいえ戦闘好きの神通が参加する可能性を有し、本当にしてしまったら目も当てられないということだ。木曽のときにも所在を確認されたことから、どこの艦娘なのかははっきりさせなければならず、勝手な行動をされると困るのだ。故に、どこに誰がいるのかの確認が必要なのである。

 

 3Fと書かれた階まで階段で上がり、一定の間隔で置かれた窓から差す薄い月明かりを頼りに狭い廊下を歩いていき、行き止まりでドアを開けると、部屋の中にはキリサキ中佐と白露と神通が女子会を開いていた。女子会というにはあまりに空気が重いが。

 スゥーっと音をたてずにドアを閉めようとすると、座っていたキリサキが必死の形相でドアに手をかけ、閉めようとする力に反発する様に万力の如くドアを止めた。そして、そのまま怯んだ俺の腕を掴み、中に引きずり込み、何故か若干枯れた声で言った。

 

「君、なんでTSの概念教えてないの……?」

 

「は?」

 

 益々、この状況の意味が分からなくなった。



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忽然と

 なんでいきなりTSなんて言い出したんですか?と無言の圧に気圧されて、敬語で訊き返す。すると、何やらTSというものの良さを語っている時に、神通が、では前の人生が加味されないと面白みに欠けますね、と宣ったおかげで、こんな雰囲気の重い状況になっているらしい。白露は俺の人生を狂わせてしまった罪悪感に居た堪れなくなり、キリサキは俺の旧友に会うイベントがいつかは起こるなぁ、と考えていたところ、ああいうオタクは友人関係が狭いだろうからお母さんとかにあっても気まずいなぁ、と気が落ち込んでいたらしい。白露はともかく、キリサキには俺に対する印象を改善すること希望したい。

 

「大丈夫。私は白露提督の連絡先交換している女性がお母さんだけでも、笑って流してあげるよ!」

 

「ソウダヨネ。ソモソモアタシガブツカラナケレバ、アノシマニモイカナカッタシ。テイトクカラスレバ、コロサレテルンダヨネ、アタシニ……」

 

「もちつけもちつけ」

 

 そもそも、俺を物理的に殺したのはトラックであって、白露ではないからそこまで落ち込まなくてもいいだろ……。っていうか、なんでTSの話からその話に飛んだんだよ。

 

「……じゃなかった。ちゃんと全員いるな?」

 

 上に跨るキリサキを退けながら、神通と白露がいることを確認する。川内と神州丸は今、ドックにいるはずなので、逃げようと思えばいつでも全員で逃げられる。それが確認できれば、俺の今すべき最低限は終わったようなものだ。

 

 預かっていた紙っきれを胸ポケットから取り出し、机の上において何が書いてあるのか確認する。本来の目的であるこの小さな紙には、少々驚きの内容が書いてあった。キリサキが、何それ、と覗いて、何これ、と俺に訊くくらいには傍から見れば瞬時には理解に苦しむ内容だった。

 

――2300 南の港にι少尉を連れて

 

 殴り書きのように書かれたそれは、一見特別な意味はなく、ただ単にα大尉がι少尉を呼び出したい、かのように思える文字列だった。しかし、呼び出したいのなら何かしらの通信機器を用い、アナウンスした方が俺に頼むより確実だろう。そのため、態々紙を破り俺を通してι少尉を呼び出そうとする必要性を、キリサキが問うのは当たり前と言える。これは、事情を知るものしか理解できない類のものである。

 まぁつまり、紙に書かず普通に口頭で言えばいいじゃん、とキリサキは言いたいわけである。

 

 ではなぜ俺に頼んだのか。おそらくだが、α大尉は今回の件をなるべく他人に知られたくないのだろう。その理由までは解りかねるが、厄介な海軍の派閥関係なのは明確である。α大尉がそれを水面下で遂行させたいなら、一応キリサキにも伝えないほうがいい気がする。

 まぁ、それとは別に個人的に驚いたのは、α大尉からこれを申し出たことである。以前、ι少尉がα大尉を訪ねたとき、有無を言わさず突っ返していたから、あまり関わり合いになりたくないタイプの人間なのだと思っていたが、そうでもないらしい。これで実質、ι少尉からの依頼も達成できたため、一石二鳥と言えるだろう。

 

 だから、ι少尉とα大尉の事情を知らないキリサキにとっては何で態々南の港に呼び出すのか分からないのも無理はない。

……いや違うわ。キリサキはι少尉を知らないから、俺に誰なのか質問しただけだわ。意味深に事情を知るものとか言って、闇社会的な勢力関係の話だと勘違いしてたけど、普通に誰か知らないだけだわ。俺目線、α大尉とι少尉が関わるところには海軍の政治的な亀裂的なものが露見すると強く印象付けていただけに、キリサキにもその印象を押し付けていたようだ。

 

「で、誰これ?」

 

「んー、知り合い?」

 

「何故に疑問形?」

 

 一瞬話しただけだからな……。胸を見てきた大学生、という印象しかない。あとは、ちょっとした危険思想の下、無理矢理この島に俺を連れてきた人物、だろうか。物理的には榛名だったが。

 

 兎も角、俺にとっても詳細はよく分からないので、時間が指定されているのならば、その時間に合わせるべきだろう。十分前くらいに到着するのが良さげだろうか。

 

「今何時?」

 

「22:40くらい」

 

 ということは、あと十分ほど猶予がある。今のうちにι少尉の居場所を把握しておくべきだろう。居るとしたら、祭りの方かこの基地内かのどちらかであるが、基地にいるα大尉が伝言を俺に頼んでいることから、おそらく基地にはいないと考えられる。となると、祭りの方に探しに行くべきだろう。移動時間も含め、あまり余裕はなさそうだ。

 

「で、何なのこれ?」

 

「あぁ、これはたぶん今、深海棲艦が襲ってきてるから、そのことについてだろうな」

 

「え、マジ?間に合うかな……」

 

 確か、キリサキは少し前に、α大尉に戦力を揃えておくよう頼まれていたはずだ。おそらくそれについての発言だろう。キリサキの艦隊が間に合えば百人力なのだが――というか、総勢300の艦隊なので本当に100くらい来そうだが――間に合わなかったときを想定して動くべきだろう。やはり、逃げる準備だけは必須と言える。

 

「じゃ、白露と神通、悪いが着いてきてくれ。えーと、キリサキはどうする?」

 

「ちょっと待って?え?急にどこに行くの?何故?」

 

「ι少尉を探しに行くから、祭りの方に行ってくる」

 

「あ、ふーん。え?で?白露ちゃんたちを連れてくのは何故?まさか、ついでに祭りを楽しもうと?」

 

「そんなつもりはないけど、連れていくのは勝手にいなくなられても困るからだな」

 

 全員で逃げるならば居場所はリアルタイムにわかった方が良い。キリサキは一人でもなんとかなるだろう。海上の船の上から逃げ出せるほどの神出鬼没加減だ。というか、それは本当にどうやったんだ?

 お前はママか!というキリサキにツッコみを無視して、ほら行くぞ、と白露たちを急かす。

 

「え〜、本当に行くの〜」

 

「いえ、提督がそういうのでしたら、そうすべきなのでしょう白露さん行きましょう」

 

「じゃ、じゃあ私も……って、そうか。やっぱいいや。じゃねっ」

 

「??お、おう?」

 

 なんだろ?着いてくる場面かと思ったが、そうでもなかったらしい。あまり時間もないため、白露たちを連れてさっさと祭りの方に赴くことにする。

 白露たちが部屋を出るのを待って、白露、神通に続いて外に出て、ι少尉、またはその艦娘である榛名の居場所を予想しようと試みるが、大して人物像を知らないため断念しつつ、階段を下っていると、α大尉からの紙切れを机に置き忘れたことに気づいた。

 

「あ、忘れ物したから、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言い残して階段を駆け上がり、廊下の突き当たりにある扉を開けて、先程紙を置いた机を確認すると、そこには紙だけがあった。

 

「あれ……?キリサキは?」

 

 廊下は一本道であるからすれ違えば気づくし、下の階に降りるには階段を使うしかないから、キリサキがこの部屋に隠れてない限り、忽然と消えたことになる。

 流石に消えるなんてことはないため、ふすまを開けたり机の下を覗いたりしてみるが、和式の部屋だけあって隠れるところはあまりなく、すぐに探し終わった。結果、キリサキは消えたようにいなくなったことが解った。

 

「どうせ、俺が入ったと同時に扉の隙間に隠れて出ていったとか、そういう……」

 

 なんで隠れているのかは解らないが、思いつきとか衝動とかそういう類だろう。紙だけを取って部屋を出て、今度は階段を駆け下りると、先に一階まで降りた白露たちと合流した。

 

「あれ?キリサキは?」

 

「え?部屋にいるんじゃないの?」

 

 え?すれ違ってないの?いや、さては、白露たちに口止めしたな。何が彼女にそこまでの衝動を与えているのか解らないが、気にせず自分のやるべきことを全うすることにする。



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信頼と不安

 キリサキがこの、割と危機的状況で悪ふざけをするのか、少々疑念を抱きつつ、立ち止まってもいられないので、祭り会場へと小走りで進む。

 

「あの、提督。川内姉さんは今どこに……?」

 

「あぁ、川内ならドックにいるはずだ。神州丸と一緒に」

 

「あ、やっと名前覚えたんだ」

 

「流石にな」

 

 元々といえば、神州丸がR1だとかゴッドランドだとか呼び名を誤魔化していたから本名を覚えられなかっただけで、初めから知っていればもっと早くに覚えていただろう。

 というか、なんで態々偽名を使ってたんだ?確か、神州丸はε大将に追い出されて流れ着いた先があの島だった、という経緯があったはずだ。ならば、偽名を使う必要がない。つまり、また別の目的があったということだ。

 別の目的……何だろうか。そもそも偽名なんて使うことがないため、目的なぞ分かるわけもない。こういうのは、当の本人に訊くのが手っ取り早いだろう。

 

「……ねぇ提督」

 

「なんだ?」

 

「……」

 

「ん?」

 

 声を掛けたはずの白露から返答がないため、立ち止まって振り返ってみると、白露が立ち尽くしていた。

 立ち止まってなんかいられない、と急かそうとしたが、俺は空気の読める男、というか、前と同じ空気を感じたので、逸る心を抑えて耳を貸す。そう、あの時のような、殴られる空気感である。

 

「また、勝手に行動してない?あたし、なんの説明もないし……ううん、説明はなくても仕方がない。そういうことじゃなくて、提督がまたあたし達を置き去りにしないか心配なの」

 

 心配、か。一度も死んだことがないから、俺が死ぬほどのことは人生の中で起こってないのだが、それでも白露にとっては心配すべき対象として俺を見ているらしい。嫌なレッテルだ。

 

「艦娘っていうのは、提督が采配した戦略を信じて突き進むしかない。それは、説明なんかなくても、それが考えうる限り最小限の被害で済むという信頼の証なの」

 

 白露は、心配だけでなく信頼というレッテルさえも俺に貼りたいらしい。

 信頼というものは厄介だ。信頼されたとおりに物事を進めなければ、すべての歯車が狂い支障をきたす。だから原寸大の信頼が必要なのだが、信じすぎたり信じなかったりすると、それは関係を悪化させる原因となり得る。

 

「でも、提督は提督自身が深海棲艦と戦った。それは采配ミスでもなく、提督が戦うことを前提に組んだ戦略、でしょ?」

 

「それが、最大の効率だった。それだけだ。そもそも、俺に戦略なんていう程のものは考えられない。もっと良いものが他にあるのだとしたら、そちらを優先した」

 

「違うよ。提督が戦うことを前提にした戦略を考える提督を、あたしは信じられないって言ってんの」

 

……まぁ、いつかは破綻することが分かっていた。そもそも、生きる術なんて考えなくても暮らしていた現代高校生が、海のど真ん中の無人島にほっぽりだされ、尚且つ、超人的パワーを誇る艦娘と深海棲艦の戦いの指揮を任される。そんな、漫画みたいな状況は段階を踏んで強敵に挑むような展開でしか成功例がなく、俺には不可能な大役だ。

 提督というものを楽観視できるほど身の程知らずではないため、すぐにでもこういう不安が根付くのは分かっていたことではある。あるのだが、今は不味い。まだ、気づかないで欲しかった。

 

「……いや、違うな」

 

 その兆候はあった。殴られた時点で気づくべきだった。それを見ないようにしていたのは、俺自身である。

 まともに見ていないものは他にもある。川内はなぜ俺の過去を知っているのか。神州丸はなぜ無人島に逃げる必要があったのか。神通はなぜ異常に強いのか。白露はなぜそこまでして俺を守りたいのか。俺はなぜ白露の身体なのに人間のように老化しているのか。

 

 提督というもの以外にも分からないことだらけにも関わらず、何も互いを知らないまま、関係を存続させようなどと到底無理な話だったのだ。

 だが、俺は未だに提督をやっている。というより、やらせてもらっている。白露が提督と言ってくれるから、提督としての俺がいる。つまり、白露が提督として俺を見なければ、白露は信頼の置けない戦略を遂行せずに済むのである。

 

 だから、今話しているのは、提督としての自覚なんていう高尚な話やら、建設的な意見の出し合いではなく、俺と白露がどれだけ頑固なのか、それを比べているただそれだけである。提督というものを知っているはずの神通が口出ししないのも、そういうことだろう。

 

「はぁ……、まあ、分かってしまえば単純な話だ。白露が言いたいのは、提督とは後ろにいるべき。だよな?」

 

「うん」

 

「それは至極当然、全くもって異論の入る余地がない。もちろん俺もそこには賛成だ」

 

 弱き者は強き者に頼り、逆に強き者は弱き者を守らなければならない。こんなことは自然の摂理で、生後すぐに身につける世の理だ。これぐらいのことは分かっている。

 

「だったら――」

 

「――だが、だからといって、俺が戦わなくていいという話ではない」

 

「え?」

 

 元々、白露の意見を俺が全面的に受け容れてしまえば、このケンカには決着が着くのだ。だからこそ、頑固さの勝負なのであるが、じゃあ、俺の頑なになってる部分は何かというと

 

「俺は後悔したくない。そして、今の俺は戦ったことを後悔してない。だから、これからも戦う。単純だろ?」

 

 至極単純な話。無論、将来的に死ぬ可能性、少なくとも怪我をする可能性がとても高いのは重々承知の上だ。だが、抵抗せずに殺されるのはその瞬間、必ず後悔する。よって、ベストを尽くす必要があるのだ。逆に、ベストを尽くせば後悔なんてものはしない。

 

「そんな……それは――」

 

「――おっ!少尉じゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」

 

 白露が何かを言いかけたところで、俺の後ろからι少尉の声がした。そのさらに後ろには榛名さんがいる。改造巫女服を着ているため暗闇でもよく目立つシルエットだ。

 

「あ、α大尉が――」

 

 そういえば、ここまで来たのはι少尉に伝言を伝えるためだった。思い出した俺は、紙切れをポケットから取り出して、ι少尉に見せようとした。

 

「――α大尉が俺を呼んでるのか!?行ってくる!榛名は船と通信を!」

 

「えぇ……」

 

 何あの人、怖っ。俺が要件を言う前に、速攻で走って行ってしまった。港にいるみたいですー!と聞こえるように伝えると、ありがとう!と大きく手を振りかぶって感謝する声が聞こえてきた。榛名さんは、失礼します、と頭を下げてから、待って下さい、とその後ろ姿を追いかけて、闇の中へと消えてしまった。

 

「あ、やべ、時間伝えるの忘れてた」

 

 数瞬遅れて気づいたため、俺はいたちごっこのようにその背中をめがけて走り出した。しかし、榛名さんとι少尉、速いな。

 

「あ、もう、話の途中だったのに……」

 

「いい加減、仲直りしたと思っていましたが……まだ、ダメみたいですね」



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焦燥

 ι少尉に時間を伝えると、じゃあ今だね、と言われた直後、港に到着し、α大尉と背の高い誰かがそこに立っているのが見えた。

 

「やぁやぁ、時間通りに来たようだね」

 

「いやぁ、十分前には到着しようと思っていたんだが……色々あってな」

 

 何が起きてもいいように五分前行動、というのは日本の教育で培われた慣習であり、準備期間の五分をプラスして動くのが基本である。という風に習った記憶がある。そのおかげで白露との喧嘩が相殺されたので、十分前行動様々である。

 君がそんなに几帳面だとは思わなかったよ、とα大尉が軽い口調で口に出し、俺の隣に目を滑らせて、で本題は君だ、と鋭い目を光らせた。

 

「え、えぇと……その前に、一つ伺いたいことが」

 

「あぁ、この方はη司令官。階級は少将だ」

 

「そう。私がご紹介に預かった、天才的頭脳により空を支配する、と巷で噂のη少将、ご本人様であらせられる」

 

「こ、これは失礼しましたっ」

 

 角の生えた仮面を被った背の高い男は暗闇に不気味に揺れ、その隙間から酷く冷めた視線が送られたように感じた。α大尉が言うにはこの不気味な大男がη少将らしい。あまりに軍人らしくない。言う程、俺も軍人ではないけど。

 

「さて、実はあまり時間がない。そのため、質問にも答えられない。さっさと君の役割を伝えよう」

 

「アンタ本当に高校生か……?」

 

 α大尉って高校生らしくないよね。分かる分かる。俺も始めて知ったとき、何を冗談を、と思ってたし。

 

「まず、ι少尉はδ少将に避難経路及び船の用意を連絡。その後、君ら側の者たちを招集して、船団を警護し、確実に島民を送り届ける。これが君の役割だ」

 

「な、なんで、避難なんか……まさか、深海棲艦が来るのか!?」

 

 あー。そうか、ι少尉は知らないのか。というか、俺が知ってるのが異常なのかもしれない。作戦会議に集っていた提督は皆ジャラジャラと肩章をつけてたし、大尉以上の機密事項なのかもしれない。

 

「質問は受け付けないと言ったろう……。さて、η少将についてだが――」

 

「――分かった。一点、質問させて頂く。その避難が俺らだけがすべき理由。つまり、世界平和に繋がる点とは何だ?」

 

 ι少尉たちだけっていつ……そういえば、君らの側ってそういうこと?α大尉はι少尉が世界平和派なので、ここにいる世界平和派のみを集めて船を警護させようとしていて、対してι少尉は世界平和派のみで警護する理由及びその先にはある自分たちの利点を訊いている、ということだろうか。

 

「……それについて、η少将の護衛輸送。これを君に任せるために、ι少尉、あなたを呼んだ」

 

 どういうこと?護衛対象が一人増えただけな気がする……。むしろ、η少将が護衛されている分、戦力が減るのではなかろうか。もしくは、η少将やδ少将など高級の提督を別々の船に乗せ、避難時のリスクを下げるのだろうか。

 

「η少将を……?」

 

「事情はδ少将が全て知っているだろう。これは確実に君らに有利に働くだろう」

 

「η司令官の護衛輸送の件は承った。が、α大尉が俺に任せる理由が分からん」

 

 確かにそれはそうだ。何やら知識が豊富なα大尉がδ少将とコンタクト取ったほうが、ι少尉より適任だろう。

 なんてことを考えていると、まぁそれについては私が直々に教授してあげましょう、とη少将がι少尉の肩を持ち、基地の方へと歩きだした。え、それ俺も知りたい。

 

「……さて、少尉くん、君の仕事についてだが」

 

 α大尉は一旦そこで口を閉じ、海の方へと目線を逸らす。え、俺も何かするんですか?

 

「まぁ、こっちは少々時間に余裕があるため、ゆっくり話そうか」

 

「お、おう」

 

「まず、君の知っての通り、今から中規模の深海棲艦の艦隊が夜襲を仕掛けてくる。およそ現戦力で勝てる相手ではない」

 

 アイエエエ!?勝てないのナンデ!?中規模の艦隊に勝てないってことは、この作戦基地は小規模の深海棲艦に対する艦娘ってこと?実は俺が思ってるより頼りない基地?

 

「まぁ、中規模と言っても数の問題であり、質は前代未聞であるが。それはさておき――」

 

「――っておい。置いとくな。それ、めっちゃ大事なやつ。前代未聞?それ大丈夫そ?」

 

「あぁ、大丈夫ではないから、避難ということだね」

 

 そ、そんなに軽く……。というか、そうなると俺だけで逃げようとしなくてもいいのか。α大尉の作戦に従って動けば助かりそうだ。

 いやぁ、正直、逃げると言ってもプランが全くなければ、白露たちが賛成するかも分からなかった。俺が着の身着のまま海へ飛び出せば、なし崩し的に追ってくるという打算的な考えはあったが、その先を切り抜けられるのかは未知数だったので、作戦があるのなら従うのが吉だろう。

 

「それで、君の仕事だが、君には太平洋深海棲姫、見た目はクジラのような深海棲艦の相手をしてもらう。本体はクジラではなくその近くにいる深海棲艦なのだが、ほとんどクジラと戦う腹積もりで構わない」

 

「え?」

 

 え?

 

「あぁ、艤装はこちらで用意、というよりキリサキ中佐に用意して頂けるとのことだ。少尉くんの艦隊は、少尉くんを旗艦に神州丸、神通、は加えるように。他は君の判断に委ねる」

 

「ん?」

 

 ん?

 

「その後、撃沈を確認したら一度帰投し、神州丸と少尉くんの被害次第で次の太平洋深海棲姫を討ち取りに行ってもらう」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 え?俺、逃げれるんじゃないの?δ少将とかη少将とか避難しているのに、俺は戦うの?俺、ここで最弱だよ?キリサキでも慎重になっていた程の戦力に敵うとでも?

 

 スゥーッ。落ち着け。これは俺が太平洋深海棲姫と呼ばれる敵に勝てるという前提で作戦が建てられてる。ということは、太平洋深海棲姫はその程度のクジラだということだ。ネ級程ではないのなら討伐できないことはないだろう。

 と、すると、他の提督はそれ以上を相手取ることになる。ι少尉の話を加味すると、世界平和派以外の派閥が戦うということだろうか。つまり、船団が避難できるように、俺たちが深海棲艦を島に引き寄せるのが作戦ということだろう。

 

「つまり、俺は囮?」

 

「勘が鋭いね。でも、悲観的に捉える必要はないさ。なんたって、君が唯一、この基地内の即戦力および最終防衛ライン、もとい、太平洋深海棲姫に有効打を与えられる艦娘なのだから」

 

「――っ」

 

 俺が、艦娘……?てか、最終防衛ライン?つまり……

 

 つまり、

 

「俺のターン来た?」

 

 深海棲艦は怖い。怖いが、俺が対抗できる唯一の艦娘とお墨付きを頂いたことで――2週間の孤島で無力さを味わった身からすれば、初めて俺の存在意義が見出だすことができたと言える。せっかく掴みかけた存在意義だ。白露たちに後ろめたい思いをもうしないよう示してみせよう。

 

「やってくれるかい?」

 

「任せろ。それで、具体的にはどうすればいい?」

 

「割と煽てたとはいえ、流石に単純すぎじゃないかい?」

 

 まぁ、単純といえば単純かもしれない。でも、この存在意義は俺が喉から手が出るほど欲していたものだ。単純なのも仕方がないだろう。

 

「取り敢えず、君は港にある君の艤装をそのまま装着すれば問題ない。探照灯と照明弾、そして12cm単装砲が置いてある。神州丸に関しては、先程キリサキ中佐に伝えたので、もうすぐ来るはずだ。あと、神通などについてだが……君の後ろで待機してる娘たちで良さそうだね」

 

「え?」

 

 あ、そういえば、白露と神通を置いてきてしまっていた。二人が追ってきてくれたようで一安心だ。振り返ってみると、4つの人影がある。あれ?多くね?

 目を凝らして再度見てみるが、人影は減る気配を見せない。その人影たちは歩いてこちらに来ているようで、一定間隔に置かれたライトの真下に4人が達したとき、彼女らは"全員"であることが分かった。

 

「お、初めての全員集合じゃね」

 

「そうだね。提督が来る前はよく集まってたけどね」

 

「集まざるを得なかっただけだと思いますけど……」

 

 え?俺だけハブ?悲しいね。

 

「あれ?川内はもういいのか?」

 

「バケツ被ったからね。避難だ避難だーって大騒ぎだったし」

 

 案外対応が早いな。組織っていうのは人数が増えればそれだけ動きが悪くなるものだが。

 

「感動の再開に水入らず、といきたいところだけども、残念ながらそこまでの時間はなくてね」

 

「ヒールかよ」

 

「もうすぐ、最初の咆哮が聴こえるはず……」

 

――オオオォォォ

 

 悲痛な唸り声が聴こえて、こだまする声の主を探してキョロキョロと周りを見ると、夜の闇の間に一際暗い雲が立ち込め、血のような赤い海が、波に乗って波濤へと押し寄せた。

 

「一体目……!」

 

「ほんとにクジラだ……」

 

 薄い月光に照らされた巨体は神秘的な白さを身にまとったクジラだった。まだ遠く離れているとはいえ、近づけば基地ごと食べられても可笑しくないようなサイズだ。

 

「さ、頼んだよ」

 

「え、あれ倒すの?」

 

 生き物染みてて攻撃しづらいんだけど……。



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会敵

 白いクジラの咆哮は島全体を揺らし、異変を感じ取った基地内にいた提督らが、なんだなんだ、と様子を確認しに出てきた。そこに状況を説明しに行ったα大尉の後ろ姿から目を離し、太平洋深海棲姫に目を向ける。

 

「じゃあ、行くか」

 

 あの孤島では深海棲艦がとてもとても恐ろしくて、自ら戦いに馳せるのは、それこそ天変地異でも起こらない限り不可能だったが、今は不思議とあまり怖くない。

 艤装を取り付け、手に12cmたんそー砲なるものを持って、簡単に水面を走り安定しているのを確認して、徐々にスピードを上げていく。後ろに白露、川内、神通、神州丸と続き、真っ直ぐにクジラを目指す。

 

「んで、あのデカい深海棲艦を倒す算段はついてるの?」

 

 川内が手を筒のようにして深海棲艦の艦隊を注視しながら訊いてきた。クジラに関しては素の状態でも見えているため、何を見ているのだろうか、と思っていると、ブツブツと何かを口にし始めているのが見える。音は波にかき消されて聞こえない。

 しばらくすると、ちょっと止まって、と川内が待ったをかけたので、減速しながら川内の隣に移動する。

 

「敵は太平洋深海棲姫、集積地棲姫が1隻、砲台小鬼が2隻、戦艦タ級が2隻の計6隻。タ級はどちらも赤かったからeliteだね」

 

「eliteか……」

 

 ネ級がeliteになったときにも格段に強くなったため、タ級は少なくとも3人以上で抑えるべきだろう。他の5隻のうち太平洋深海棲姫は俺が唯一勝てる相手らしいので、どの程度の実力か未知数なのは集積地棲姫と砲台小鬼である。

 対してこちら側の戦力は、もしタ級eliteがネ級eliteと同等の強さだった場合、白露と川内と神通の3人がかりであれば、撃退できるはずである。特に神通はネ級eliteには及ばないまでも、足元を掬える程度だという、願望に近い信用があるため、タ級eliteの2隻はこの3人で五分五分といったところだろう。よって、実力が想像付かないのは神州丸のみである。

 

「そういえば、神州丸はキリサキに何を装備させられたんだ?」

 

「キリサキ提督殿は、装備がマチマチだからと謙遜なさっていましたが、優秀な装備を預かりました」

 

 そう言って目の前に出すのは、瑞雲と特二式内火艇と特大発動艇、と呼ばれる代物。実際に指し示されていても、漢字が多くてかっこいい(無知)みたいな感想しか湧かない。

 

「なにやら、索敵値が足りないだとか、制空値が異常に低いからこれで足りるだとか、珍妙なことを仰っていましたが、この装備なら負けません」

 

 どうやら、俺の奇妙なものを見る目線を、心配の表れだと神州丸は受け取ってしまったようだ。キリサキの言うことを疑っているわけではないが、夜間に瑞雲って飛ばせるのだろうか?一見、海に浮かんでいる点以外は艦載機と変わらないのだが。

 

「ところで、提督殿。不肖この本艦、集積地棲姫の相手を務めたく存じます」

 

「え?まぁいいけど、なんで?」

 

 できればキリサキからの装備で強化されている神州丸にはタ級を任せたかったのだが、どうやら理由を聞くに、この装備は対地?装備らしく、集積地棲姫に莫大なダメージを負わせるべく積ませたものらしい。集積地棲姫を庇うように動く砲台小鬼も、同様に沈められるようなので、神州丸一人にその3隻を任せることも可能なようだ。

 

「いくらキリサキといえど、それはちょっと信用できないなぁ」

 

 単純に優秀な装備を積むだけで一人の艦娘に対し3隻の深海棲艦が戦力で釣り合うようになるということは、2人いればフル編成の深海棲艦とやりあえるということだ。それは流石に嘘が過ぎるだろう。

 嘘だった場合の対価が大きすぎるため、神州丸には中破したら一旦退くように伝えて、残りの白露、川内、神通にタ級eliteと戦うように指示する。

 

「いや、タ級に関しては私と神通でだいじょーぶ。夜戦なら遅れを取らないよ」

 

 でも、eliteだし、と食い下がると、提督の見ていないところで案外、レベルアップしてるんだよ?と押し切られた。

 

「それより、白露は提督と一緒に行かせてあげて」

 

 なぜ俺と一緒に?と一瞬疑問に思ったが、確かに太平洋深海棲姫も実力は未知数なので、いくらα大尉に煽てられたとはいえ攻撃が通用しなかったときの退く手段は欲しい。川内達は最悪、朝になるまで沈まない保証はあるが、俺にはその保証がないため、白露を同行させるという提案は腑に落ちる。俺がトカゲの尻尾のように白露を扱えるかは別にして。

 だが、本当に全てα大尉やキリサキが言った通りだとしたら、白露だけ腐らすことになる。それは勿体ないため、俺の最低限の安全保証と白露を余すことなく活用することを両立させる作戦は……

 

「じゃあ、作戦をまとめると、川内と神通はタ級elite2隻を、神州丸は砲台小鬼と集積地棲姫を、俺は太平洋深海棲姫を攻撃する。そして、白露は俺と同行するが、俺が太平洋深海棲姫を倒し次第神州丸に参戦する。どう?」

 

 俺が太平洋深海棲姫に近づくまでに、一つでも障害があれば白露に任せることもできるし、最も荷が重い神州丸に助太刀もできる。中々に良い作戦なのではないだろうか。

 決を採ると、満場一致で頷いた。白露からの反論がなかったのが意外だったが、何かこの一瞬のうちに心変わりでもしたのだろうか。

 

 ようやく戦略が決まったため動き出すと、みるみるうちにクジラとの距離が縮まっていき、肉眼でも人影……というか船影が見えだしてきた。

 

「提督、照明弾!」

 

「お、そっか」

 

 照明弾自体は効果を聞けば便利な道具なのだが、慣れない装備は忘れてしまいがちでいけない。照明弾を飛ばし、暗闇を弾の発光によって照らすと、視界には赤黒い海が広がった。そして、その奥には標的である深海棲艦の群れがいる。

 

「さぁ、私と夜戦しよっ!」

 

 川内の砲撃を合図に、示し合わせた訳では無いが一斉に散り、それぞれの相手へと向かっていく。砲弾はタ級2隻の間に着水し、水柱を立てて、タ級の意識を川内へと向かせた。かと思ったが、敵艦隊は一切興味を示さず、むしろクジラが出現してから位置すら変わっていない。

 

 何かがおかしい。そもそも射程距離の長い戦艦が先に砲撃してこない時点で気づくべきだった。いや、更に前に、港から向かっている時点で、目標の位置が動いていないのを疑問に思うべきだった。相手は完全に停止している。なぜ?

 

「――っ提督!」

 

 白露が焦ったように呼ぶ声がして、驚愕やら焦燥やらの表情を浮かべる白露の目線の先に目をやると、クジラの尻尾が横薙ぎに迫っているのが見て取れた。

 思わず、その口に生えてるデカい砲台は何なんだよ!とツッコミつつ、どうにか無傷でやり過ごす方法を考える。

 

――避ける?

 だめだ。俺の速力じゃ足りない。

 

――深海棲艦に近づけば?

 確かにこのクジラは深海棲艦なのだから味方を攻撃するはずがない。咄嗟に思いついたにしては良い方法ではなかろうか。って、それは前門の虎、後門の狼というやつだ。深海棲艦に近づくのはナシである。

 

――そもそもなんで尻尾で攻撃を?

 それは、弾薬の消費を抑えるとか、無駄な争いはしたくない精神とか、そういう……って、そんなことを考えている暇があるなら逃げることに集中しようね、俺。

 

――じゃあ、撃つしかなくない?

 

「……えっ?」

 

 それ自体は物理的に可能である。いくら俺でも、この的は外さない。だがしかし、当てたからといって、効果があるのか分からない。

……逆に、他の手段は効果がないのが分かり切っているのだ。ならば、現状思いつく限り、最も生存率の高そうな手段を取る選択肢しか、俺には残されていないのではないだろうか。

 

「――ッ」

 

 正面に砲を構えて、赤黒い海に染まらない真っ白な尻尾を目掛けて、引き金を引いた。

 思った以上の衝撃に軽く仰け反りながら尻尾を見上げ、刻一刻と近づく尻尾に着弾する瞬間を今か今かと待っていると、

 

――グオォォォ……!

 

 それはクジラの尻尾だけでなく胴体部分に大きな風穴を開けた。遅れて轟く爆音と暴れる爆風に波は荒れ、痩せているとはいえ俺の体さえも軽く宙に浮かした。

 

「ちょっ、提督!何あれ!?……え?何あれ!?」

 

「なそにん」

 

 世界観、息してる?



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挫折

 放った弾丸は物理法則を無視してクジラの土手っ腹を貫き、迫る尻尾を完全に停止させた。自分でも信じられなくて引き攣った顔で皆の顔を見ると、一様に口をあんぐりとさせて目を皿にしている。やっぱりこれは普通じゃないよねー。

 

 俺らの為すことに一切興味を示さなかった深海棲艦たちも、これには流石に動かざるを得ないようで、俺を危険因子と見て一転攻勢に出た。足並み揃えて砲台を俺に向け、すぐにでも引き金を引ける殺意が伝わってくる。

 正直、今はまだ(アレ)をぶち抜いたという昂りが残っているため、アドレナリンドバドバで砲台を向けられただけでは恐怖が襲わない。理性では逃走を指示しているが、身体は闘争を選択しているため、逃げ出す一歩目が踏み出せない。焦るが、焦った分だけ何もできない時間が増えていく。

 

 焦りの中、時が止まったかのような静寂が拡がり、周りから見れば、深海棲艦の挙動も艦娘の避難信号も、視えている、聴いているはずなのに魂の抜けた人形のように見えるだろう。

 その実、トラックにぶつかって、白露と小さな島に取り残され、青妖精と出会って、ネ級と戦って、叢雲と出会って、ホ級を倒したら川内が出てきて、α提督と出会って、神通と出会って、再びネ級と戦って、朝潮と神州丸と出会って、キリサキ提督と出会って、榛名にここへ連れてこられて、ここにいるという今までの記憶が――奇跡的に生き残ってきた記憶が、走馬灯のように蘇る。いや、走馬灯だわ、これ。

 気がつくと、加速度的に時間が進み、普段の流れになった。視界の端から俺を庇うように滑る白露が段々と速くなり、普段と同じ拍の息づかいになったことが証左である。

 

 そして、その瞬間、俺は自らの死を察した。

 

「逃げてっ!」

 

 白露が言うのが先か、大きく腕を広げこちらに背を向ける白露に目もくれず逃走を選んだ。トカゲの尻尾切りの様、と揶揄していたのに、この様である。無様としか形容できない。

 2、3歩踏み出して、爆音が聞こえたと同時に底知れない恥と不安が心の奥底から満ち満ちてきて、背中に危険信号が溢れる。その知らせに従い本能的に振り返る。

 

 視るまでもなく必然の未来は振り返ってすぐに訪れた。見えるのは白露の足だけで、背中に背負った無骨な艤装に隠されて背や頭は見えない。ただ、精度の高い砲撃を一身に受ける彼女の足は確かに震えていた。顔が見えていれば悲痛で顔が歪んでいるのが見えただろう。

 

「――ッ」

 

 爆風に乗って飛んできた艤装の欠片や海の飛沫やそれとは違う赤黒い液体で、身体中に切り傷擦り傷、または打撲などを負った。咄嗟に頭を腕で覆ったとはいえ、隙間を通った数多の部品によって負傷は避けられなかった。

 どうにか守った眼を開け、腕の隙間から恐る恐る惨状と予想される現実に目を向けると、波に乗った漂流物が足にあたった。感覚的な質量から、見なくともそれが何なのか直感で察知する。外れていて欲しいという希望的観測と、外れているわけがないという状況証拠に拠る予測で、自身の裡にある死に対する恐怖を理性に置き換えて諦観の念で結果を観ると、およそ当然の如く白露がいた。

 

「……」

 

 得られた情報は、艦娘は儚い命ではないということそれだけである。つまり、本当に艦娘は死なないのである。浮くのが限度、というか、生きているのがはみ出た横隔膜――と思われるもの――の上下によってのみ判別できる。息づかい以外はほぼ死体である。

 また艤装によるものか、はたまた人体発火か、兎に角、轟々と燃える白露からは異臭が漂い、皮肉にも死ぬわけではないが死に際を明るく照らしている。髪が、肉が、服が、焼け、酸素を燃焼して消費しているため、酸素濃度が著しく低い空気を取り込んでいると予想される。人間ならばすぐにでも酸欠で気絶、または焼けた時点で……。

 俺が砲撃を受けたならば死んでいたに違いない。横隔膜が外側に出ているなんて、考えただけでゾッとする。だから、ある種の自然法則を捻じ曲げたような耐久力に救われたのだ。

 

「……ッフ」

 

 また何秒気が散漫していたのだろう。死にかけの白露を前に、もしもの未来を想像するという、無意味な思考をしていた。

 目を掴んで離さない地獄絵図を、生死の境にある恐怖を、何とか冗長した文字列で飲み込み、蛇に睨まれた蛙のような状態から脱出する。数瞬後には同じ姿になるかもしれない状況で悠長に頭を使うなんて、そんな暇はないはずだ。現実逃避か、はたまた心を奪われるというのはこういうことをいうのだろう。フリーズした脳に血流が行き渡る感覚と共に、短く息を吐きだして呼吸を整えた。

 素早く目を深海棲艦と艦娘に向け、状況把握に取り掛かる。一分一秒が問われる戦場において、長い間立ち尽くしていたと思ったが、さほど時間は経っていないようだ。目に映るのは、白露が俺を庇いに来たと同時に動き出した川内がタ級に向かって魚雷を投げ、今、雷管に触れて、爆発を起こし水柱が立った様子だ。

 

「sっ――」

 

 作戦とは、お役所が作れば大抵その通りにいかないと相場が決まっている。ズブの素人が建てればさらに酷い。あんな夢物語のような稚拙な作戦が成功するはずがなかった。

 俺は作戦を立てる上で重要なことを見逃していたのだ。余裕のない作戦は失敗しやすい。その事実を顧みず、皆が理論値を出せば可能な、所謂机上の空論という作戦を組み立ててしまったのだ。目的と方法を入れ違えたのである。

 

 だが、それに艦娘たちが気づかないわけがない。彼女らは前世の記憶を持ち合わせているのだから、この作戦は浅慮な作戦と気づかないわけがないのだ。だというのになぜ反論しないのか。それはきっと、俺が提督だからだろう。理論値を出せと命令されれば理論値を出さなければいけない。俺の作戦に過不足なく応えることこそが、優秀な艦娘なのだ。

 なぜ今まで気がつけなかったのか、と己に問いかける。しかし、その問いにはまだ答えることができない。それを考えられるほど深海棲艦は優しくないのだ。取り敢えずは火急速やかに川内を呼び戻さなければならない。一対一よりも多対一の方が効率がいいことが判ったのだから。

 しかし、声が出なかった。恐怖で声が出ないなんていう不思議現象ではなく、喉が閉まっているのを感じる。脳が神経を通してそうせよと命令しているのである。きっと声を出さないほうが気づかれない、とかそういう本能で……とまたすぐ関係ないことを考える。気を散らすな、と叱咤し、腹に力を込め、叫ぶ準備をする。

 だが、川内を呼び戻すため叫ぼうとしているのに、身体が言うことをきかない。

 

「……ッヒュ」

 

 脳がまともでないなら、脊髄に反射させればよい。

 熱をもった何かに足を握られ、その熱さに脳が機能を止め、即座に飛び退こうとすると同時に喉が開いた。それでも離さない熱さに目を向けると、荒波に包まれて尚ゆらゆらと燃える白露がいた。艦娘の超人的な馬力で握られた足はジュウジュウと音を発し無限の痛みを与えてくる。

 熱い、辛い、足が軋む。それでも俺は冷静だった。骨が曲がるような痛みに転倒し、せめて足を海に漬け冷やそうとしながら、やるべきことを見失わなかった。

 

「せんだぃっ……!」

 

 声は出た。でもなんて伝える?短い言葉で作戦変更と、次なる作戦を……いや、次の作戦などない。この作戦は間違いだが、だからといって第二の第三の考えがあるわけではない。

 ならば、ここは

 

「夜戦だっ!」

 

 夜の戦いだから夜戦?そんなことは分かり切っている。川内にとって夜戦とは、もっと特別な意味をもつ。

 孤島での契約、というほど大層なものではないのだが、多数決において、川内は夜戦を好きにしていい、という許可を得ている。本来それは、物資の限られたあの状況で、気の向くままに夜戦をする許可であるのだが、もっと広い解釈で、俺の指揮に拘わらず自由に戦っていいという合図である。更に、新たな作戦を立案したら上々なのだが、川内目線では俺の頭の中に代替案があるのか判断できないため、せめて川内だけでも自由になれば何かしら好転を見せるはずである。

 だから、頼む。俺には現場で何もできないことがよくわかった。このままでは容易にみな死んでしまうことがわかった。だからせめて、生き残るという目的を果たさせてくれ。

 

――滑稽だな

 

 また、あの声がした。確かに滑稽である。結局最後には他力本願であるのだから、寸分の反論もできない。

 だが、あの島で川内に夜戦を好きにしていいと言ったのは――多数決において全妖精に手を挙げさせたのは――お前のはずだ、青妖精。

 

――あ、バレてた?



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暗闇

 あ、バレてた。この言葉は、多数決において票数操作をしたことの白状ではなく、この心の内にある俺とは違う脳で喋っているような、そんな声の正体が青妖精だ、ということの告白である。

 

 まぁ、とはいえ、青妖精が頭の上に乗っている感覚はしないため、何かしらの不思議パワーによって離れた場所からでも声が届くのか、洗脳の効果であるか、どちらかだろうが、どちらにせよいくら考えたところで答えにたどり着かないため、無駄である。

 考えるべきは、この焼け爛れただけの右足で、俺が何をできるかである。右足をすぐに海水で冷やしたのは悪手だった。海水の塩分が焼けた足に染みて更なる痛みを与える。痛みに悶えれば波が顔に被さって呼吸困難になる。右足を白露の手から引き剥がそうとすれば、てこでも動かないようさらなる握力を加える。実質、行動不能だ。敵地の真ん中で、遮蔽物のない海上で、白露と共倒れである。この状況下で俺が取るべき最善手は何だ、と考えを巡らす。

 

……いや、俺の役割なんかはじめから決まっていたじゃないか。俺だけはこの戦いで何をすべきか決まっていた。あの鯨を海底に沈める。逆にそれだけしかできないのだ。

 そうと決まれば砲撃、としたいところだが、如何せん痙攣していてまともに主砲も持てない。この痙攣はまだ収まる気配を見せない。

 

「ゥ゙クッ……」

 

 しばらく、いやほんの数秒して、波が顔に寄せる。どこか不思議と、痛みは薄まり、今度は痙攣のために息が苦しくなる。おそらく、アドレナリンだとか、そういった無意識の自衛である。

 くそっ、情けない。悪態を口にしようとして、また波が顔にかかる。今は一刻を争う場面だと言うのに、いつまで経っても同じ言葉を繰り返している。目的は鯨を沈めることで、達成するための主砲さえ持てなくて、別にできることはあるかと考えて、鯨を沈めることしかできない、とループしている。これじゃあ何も変わらない。

 

 今は変化が欲しい。圧倒的な、そして劇的な。息詰まるこの状況を打破する転機が、欲しい。

 

 また、熱を持った頭に冷水が浴びせられる。

 

 違う。作るんだろ、そんな転機を、俺が!俺以外誰も願ってないのだから、自分で作るしかない。

 心が昂っているのを感じる。間違っていないとは決して言えない言い分でも、正しい気がしている。自分で転機を作れるし、転機があれば変われる――勝てると信じて、突き進む活力がある気がした。

 立て!今なら立てる。そんな予感がする。

 

「おっ……!」

 

 その予感は的中した。万力の如く締め上げてた白露の手は煙のように消え、だらんとしている。その腕の先にある白露を見て、俺の思考は急速に減速する。

 

 待て待て。何もできない自分を嫌って無闇に突撃しても、道半ばで途切れるのが関の山。火を見るよりも明らかである。今は堅い戦術が必要だ。

……いや、あー、そうか。そういえば、川内に一任したんだった。ならば、俺より上手くやるだろう。つまり、おそらく戦力外として考えられている俺がとるべき行動は、やはり鯨の撃破、これにかぎる。そして今はもう、痙攣がなくなってる……なら撃てる。

 

 まるではじめから無かったかのように痙攣や痛みは霧散し、むしろ身体が軽いとさえ感じる。身体の内では、なんでもできるという全能感とそれを抑える冷静さがせめぎ合っている。撃てる、やれる、いけ、終わらせてしまえ、と心の底から叫びが聞こえる。

 

――一旦、やってみるか

 

 思い立ったが吉日と、奥底から響く声を聞き容れようとするが、いやいやいやいや、なにが一旦だ、と自重する。解決策がなくて、わかりやすい方法に頼ってしまうのは、考えを放棄していると言わざるを得ない。もっと、何かあるはずだ。何か今の状況を覆せる神の一手が。

……また思考が逡巡する。俺が次の行動を迷ってしまうのは、ハイリスク・ハイリターンの突撃ではなく、ローリスク・ハイリターンの何かしらの策があるのではないか、と考えてしまうからである。ただ、俺はこれが怠慢であることも知っている。考えている期間が間延びしていくにつれ、この時間を費やすに足る最善策を思いつかなければ無駄になってしまうのである。しかもそのリミットはおそらくもう過ぎている。

 つまり、無駄に考えすぎたせいで、白露という犠牲を払うことになった。その犠牲を払った結果、結局俺が取れる選択肢は突撃しかない。その事実から目を背けたい己の怠慢から、また選択する機会を先送りしているのである。

 

「あぁ……」

 

――やり直せるのなら、やり直したい。その言葉を飲み込んで太平洋深海棲姫を睨む。無い物ねだりができるほど余裕があるわけでもないのだ。後悔の言葉は口にしてはならない。

 俺はやるぞ!と心の中で唱える。主砲を持つ右手に力を込めると無機質な鋼鉄が握った分だけの力を返して伝えてくる。

 

 そうか、今からこれを使って鯨を撃たないといけないのか。

 

 やる、という曖昧な言葉ではなく、実物の重量感が撃つということの持つ意味を等身大で伝えてくる。鯨を撃つというのは、すなわち、敵を討つということに他ならない。討つとは殺すということだ。だから、今から俺がやろうとしていることは、生死を分かつ戦である。

 

 死ぬというのは、今まで積み上げてきたことも、これから積み上げるだろうものも総てを壊すということである。そう考えると、一度、思いもかけず死んでしまった身であるが、自ら進んで死を選ぶのは怖いものである。

 生きるというのは、相手を死なすということである。相手に死を強要し、相手の過去も未来も今も奪うということである。

 

 この砲を撃ったのなら、当たれば痛いでは済まないだろう。先の俺のようにのた打ち回ることになる。魚を陸に打ち上げたときに苦しそうに跳ね回るのと変わらない。あの姿には一種の恐怖を覚える。

 

 さて、こうまで考えて、俺に太平洋深海棲姫を討つ覚悟はあるだろうか。自分の心に問いかける。あの得も言えぬ恐怖に耐えることが出来るのか、耳を傾ける。

 

――沈めよ

 

 鳴りを潜めていた青妖精の声がした。何故かその声は溶けるようにして心に染み込み、鯨を撃ち抜く勇気を湧き上がらせてくれた。

 あぁ、なるほど、もう考えなくとも特攻すれば万事解決するようだ。太平洋深海棲姫を撃沈する、それだけのことである。

 

 死なば諸共、背水の陣、そんな心持ちで1歩目を踏み出す。あとは成り行きで2歩3歩と加速度的に速度を上げていき、主砲を突き出して鯨を正面に捉える。的は大きいので、何をしても当たるだろう。

 

 ダンッ!!

 

 近くに水柱が立つ。その柱は左半身を飲み込み、かろうじて避けた左脚の代わりに、左腕が外れた。おそらく脱臼や骨折というものだろう。アドレナリンが分泌されているからか、痛みは少ない。

 こんなんでは止まらない、と自身を鼓舞し、また一歩一歩と歩みを進める。夜の闇の中、白く淡く光るあの鯨に向けて砲撃の用意をする。

 主砲にはトリガーがない。ある程度の照準を合わせたら、妖精たちが精度を補正して撃ってくれる。だから、俺が砲撃の指示をするのはタイミングのみである。

 

 まだ。まだ早い。もう少し近づいてからでないと。しかし、深海棲艦の次発装填が済んでからでは遅い。あと一歩。

 

 

――――――

 

「撃てっ!」

 

 自分の声がやけに耳に残り、飛び起きる。

 

 "飛び起きる"?

 

「は」

 

 思わず言葉に詰まる。自分の身体を見た瞬間、すべてを理解し後悔の波が押し寄せる。感覚的には、寝坊をしてしまった感覚に似ている。

 

 夢

 

 俺は今、波止場にいた。位置は出撃の際に使用した港から、そう遠くには離れていない。起き上がった、という自覚を逆算すると、今の今まで波止場に打ち上げられて、寝ていたのだ、と分かる。

 確かに残る目のむくみや、体の凝り固まった感覚が、夢の中にいたという推理を裏付ける。

 後悔と落胆と怒りと……そんな思いがごちゃまぜに混ざり合って、身体中をどす黒いものが渦巻いているようだ。もはや痛みすら感じるほどの感情に、頭や手や足などの末端から痺れるようにして血が抜けていく感覚がする。

 

「ち……ぉ……」

 

 あぁ、取り返しがつかないことをしてしまった。



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光明

 怒りに拳を握りしめ、悔しさに目を瞑る。しかし、他人の死はやはり他人事で、僅かに残る理性から一点の希望を見出した。

 

「……あっ……!」

 

 波止場、波を防いだり、船舶を停泊させたりする場所である。消波ブロックと呼ばれる三角だか四角錐だかのブロックを見たことはあるだろう。つまり、波止場もとい防波堤の上には波はあまり来ない――打ち上がったとしても、人を乗せられるほどではない。

 だから、波止場に俺がいるのは普通ではありえない。ということは、逆に言えば誰かが俺を波止場に寝かせたのだろう。

 

 いったい、誰が俺をここに寝かせていたのか。候補としては、白露たちの誰かか、α大尉、キリサキである。可能性として、白露たちの誰かが生き残って、俺をここまで運んだと考えられなくはない。

 兎に角、運んだのなら誰かがこの島にいるということだ。誰にしろ、いるとすれば基地内である。

 

 海を見渡す。残念ながら、誰一人戦っている様子は見られない。しかし、波止場から落ちないように設置された灯りに照らされる海は赤いので、まだ深海棲艦の脅威は去っていないようだ。

 基地を見る。あの中に誰がいるのだろうか。白露たちがいるのだろう。そうであってほしい。

 

「いっ……」

 

 立ち上がろうとすると、右足に痛みを感じた。何あろう、火傷である。どれが現実でどれが夢なのか記憶が曖昧だが、これは白露に握られたときに出来たものだろう。つまり、少なくともあの時点までは現実だったようだ。

 

 ズキズキと痛む足を気に留めず、遅くだが確実に前に進んでいくと、体感2倍くらいの時間をかけて基地の扉の前へと到着する。体重を預けるようにして開くと、そこはもぬけの殻だった。

 照明は点いているが人気はない。だれか、と問いかけてみるが、応える者はいなかった。

 

 どういうことだろうか。少なくとも誰かがいるはずなのだが、誰もいない。段々と起きてきた脳を働かせて、人の痕跡を探そうと目に見えるものを凝視していると、重大なことに気がついた。今まで作戦会議していた提督たちが、戦って血だらけになった艦娘たちがいないのである。

 まだ、戦うべき敵は残っている。それは先ほど確認した。しかし、現実に人の姿はない。何故だろうか。いや、すぐに答えには辿り着く。海軍は逃げて、俺は残されたのである。

 

 敵はいて、味方はいない。そんな戦場の真っ只中に取り残されるということは、もはや疑いの余地もなく死ぬべくして死ぬ。担いでる艤装も戦う力を残していないため、ここから逃げるということも不可能。そもそも、俺一人では赤い海を突破できるとは思えない。

 じゃあ、この島で救助を待つのか、というと、それも不確定要素が多い。俺が死んで白露の体で生き返ったとき、島に置き去りにしたのは海軍である。その後2週間も音沙汰ないのだから、救助は望めない。が、海軍としてではなく、面識のあるα大尉やキリサキならば、助けに来てくれるかもしれないが、それもいつになるかわからない。他にも、俺を波止場で寝かせた人物は誰なのかや、ネ級のように上陸する深海棲艦がいるのか、また、俺が様々な要因により残り生きられる日数など、挙げればキリがない。

 

 取り敢えずは、最悪なパターンである"今既に深海棲艦は上陸している"を想定して、俺を波止場に寝かせた誰かを探しに行くとしよう。

 基地の扉に寄りかかっていた体を持ち上げ、押し開きの扉を閉めて外に出ようとすると、異質な水の跳ねる音がした。

 

「海ノ底デ会オウ、駆逐棲姫」

 

 一言で表せば怪物と呼ぶべき砲?に身を委ねる深海棲艦が、黒い涙を流しながら、砲塔を俺に向ける。咄嗟に頭を下げ、砲の先端から身を躱すと、大きな爆発とともに扉諸共弾け飛んだ。

 破片が全身を抉り、貫き、一際大きなブロックにすり潰された脚はもはや感覚がしない。

 

 脚も腕も背中も肺も、血を流していないところを見つけるほうが難しい身体を眺めながら、見ているという意識のないまま俺は静かに死んでいった。

 

――――――――――――

もうちょっとだけ続くんじゃ

―――――――――

 

「……チャント、恨ミナガラ死ンダヨウダナ」

 

 少尉くんを殺した中枢棲姫は、足の分だけ軽くなった少尉くんの体を軽々と持ち上げ、大事そうに抱えて海へと歩を進める。もっとも、深海棲艦の力を有していれば、人の一人や二人変わらないのだが。

 

「待った」

 

 一部始終を見た僕は隠れていた物陰から姿を見せ、中枢棲姫を呼び止める。中枢棲姫は僕の存在を認めた瞬間、問答無用に砲撃をかましてくるが、僕の艦娘たちによりその攻撃は届かない。

 

「チッ、ナゼダ、ナゼアタラナイ」

 

「当たってるさ。ダメージがないだけで」

 

 中枢棲姫からの問答に答えると、電に、早くしろ、ナノデス、と急かされた。あまり時間もかけられていないため、こちらの話を進める。

 

「君が意思疎通を図れることも、ある程度の会話に応じることも確認している。なぜなら、君の視点では攻撃が通じないのだから、戦いになりたくはない。つまり、話すことで時間を稼いで戦力を集めたいからね」

 

 本来ならば、僕も攻撃手段がないため戦力を集めたいところだが、今回は中枢棲姫と事を構えるつもりはない。今、僕がここにいる目的は別にある。

 

「……キサマモ同様ダ」

 

「そうだね。だから、話し合うことが互いにとってwin-winだ」

 

「チガウナ。キサマカラ得ラレル情報ハナニモナイ」

 

 全くもってその通りである。また、僕にとっても得られる情報は何もない。なので、今回の目的は答え合わせである。僕の手札が攻略を完遂するに値するものであると確証を得るために、態々このような場を用意したのだ。

 

「まぁ、そう言わずに。……この度の基地急襲は作戦決行が2230頃、太平洋深海棲姫Aを擁する陽動部隊を基地前に展開し、更にその後、北側の民間人の使用する港に、同じく太平洋深海棲姫Bをはじめ6隻の姫鬼級を編成された主力連合艦隊と中枢棲姫率いる通商破壊部隊を置き、島の隔離と敵戦力の漸減を始める。つまり、前門の虎にこちらの主力を集中させながら、後門の狼で民間人や哨戒班を殲滅する算段だった。ここまではいいかな?」

 

「……ナルホド、ヤケニ気ヅクノガハヤイト思ッテイタガ、知ッテイタノカ」

 

 話し終えるの同時に砲撃が飛んでくるが、やはり僕には届かない。チッと舌打ちするが、今度こそ砲塔を下げて交戦の意志を取り止めた。

 

「そうしてくれると助かる。……が、あまりに早く陽動部隊が大きく損傷してしまったため、本来は取り零しを抑えるために用意した遊撃部隊の太平洋深海棲姫Cを旗艦とする6隻を、陽動部隊に加勢させることで前門の虎を機能させるよう指示した。結果的にはそれが裏目になって、僕たち海軍と一部の民間人が逃げる隙を与えてしまうことになるのだが、そこはまぁ、僕というイレギュラーがいるのだから仕方がないだろう。そんなわけで、これら四隊が全戦力ということになる。あっているかい?」

 

 そう訊くと、中枢棲姫の興味がないと言わんばかりの顔が段々と歪み、口角を上げ、抑えきれない笑みがわずかに声となって溢れ出す。

 

「ク、フフ、筒抜ケカ……。ソノ情報源ニハ興味ガアルガ、流石ニ……不用意スギルッ!」

 

 その音が届く前に、僕の頭は撃ち抜かれた。最期に見えたのは、電が自身の頭に主砲を構える姿だった。



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朝潮生存ルート

参照【夢が叶うかも】
2年も前の話なので補足をば。
δ少将の朝潮が提督に睡眠薬を盛り、しばらくして目を覚ました提督は船の上で椅子に縛られている、といった状況です。前回は、その後に朝潮が解体されたり、深海棲艦を避けるため航路を反らしたり、しばらく港で休憩となった際にキリサキ中佐と出会ったり、また船に乗った後には榛名に拉致されて島に連れて行かれたりしました。


「やぁ、少尉くん、久しいね」

 

「おい、お前はまだ後だろう」

 

 椅子に座る俺の背面にいる男は入ってきた誰か――声からしてα中尉と予想される――を窘めた。何やら数度、会話を交えた後、男の方が退出したようだ。

 

「さて、早速で申し訳ないのだが、君には大変な役割を果たしてもらいたい」

 

 俺の背面から対面へと移動したα中尉は椅子の拘束を外して、俺の脇下を掴み上げて立たせた。

 

「流石に軽いね」

 

「いや、少なくとも30はあるぞ」

 

 栄養関係で同年代の平均よりかは軽いかもしれないが……って、そんなことはどうでもいいのだ。大変な役割って、え?なに?拉致監禁的な状況下でその言葉は、悪い予感しかしないのだが。

 

「君はこれから来る佐世保鎮守府の面々の指揮官補佐を任せたい。実務としては、彼女らがこの船の航路上に位置する深海棲艦隊の掃討にかかるから、その連絡係だ」

 

「佐世保……えっと、指揮官補佐ってことは指揮官はα中尉ということでいいのか?」

 

「いや、佐世保のところのλ大佐が執る。ちなみに、僕は中尉から大尉へと昇格したから、α大尉と呼んでくれないかい」

 

 大佐、というと俺は少尉だから5階級の差がある。佐世保の名を冠するということは、相当エリートな指揮官なのだろう。歴史的に有名な場所であるし。

 

「でもなんで、態々俺が指揮官補佐なんか……」

 

「不服かい?少尉という階級ならこれ以上ないほど重大な役割だと思うけど?」

 

「いや逆。裏の意味なしに大役過ぎるって話。どう見ても釣り合ってなさすぎるだろ」

 

 俺の肩書が一介の提督から佐世保鎮守府指揮官補佐に変わるということだ。字面からして只者じゃない。最早、キャリア積みまくってエリート街道まっしぐらのスタートラインまである。

 

「まぁ、連絡係としてどこにどういう形で配属されるかは、λ大佐から指示されるはずだから、そこで聞くといい。優しい人だけど、戦略を少しでも違えると元々ない信用をさらに地の底に落とすことになるから、気をつけたほうがいいだろう」

 

「言ってることはごく当たり前なのに、優しさがねぇ」

 

 右に舵を取れと指示されたのに左に舵を取れば、すなわち何かしらの危険とぶつかるわけで、戦略をこなすというのは、それ以外は危険であるという意味で前提なのだ。しかし、優しい人なら信用に値する人を起用するはずである。信用のない者が十中八九失敗して、最悪、艦隊全体を危険にさらして失墜するなど、意地が悪いと言わずして何だろうか。

 

「無論、結果を残せば正当に評価する人だし、もしかしたら、佐世保鎮守府末端の末端として採用されるかもしれない。君にとってはメリットのみだが、受けてくれるかい?」

 

 確かに、これ以下に下がるところはないためデメリットはゼロ。受けたほうがメリットが多いだろう。それに、見ず知らずの俺に仕事を任せるということは、失敗したところで大きな痛手にはならない仕事だということだ。気軽に受けていい役割だろう。

 

 任せろ、と伝えると、連絡を取るから艤装の準備をしてほしい、と頼まれた。どうやら、任命するのは決定事項だったようだ。ここを右に出て奥の突き当りを左に行くと甲板に出るから、そこに白露の艤装がおいてある、とのことだ。δ少将の指示に従って途中まで航路を選択し、佐世保艦隊と合流し次第、λ大佐へと指揮権限が移るらしい。

 α大尉と別れ右に進むとトイレがあったので手洗い済まし、言われた通りに甲板へと出る。

 

 甲板には朝潮と、顔を知らない2名の艦娘が既に艤装を準備していて、近くに白露の艤装が置いてある。

 

「ん、む?白露か?そろそろ出撃だ、気を引き締めろよ」

 

 ポニテの艦娘に、その服装どうした?提督服を着ているから提督が到着されたのかと思ったよ、と問われたので、えーまぁはい、そうっすね、と返答する。基本的に人見知りなので初対面の、特に異性ともなると会話ができない。もしかしてこれ、連絡係向いてないんじゃ?

 なんてことを思いつつ艤装を取り付けると、中から妖精が出てきて敬礼されたので、それっぽく敬礼してみて返すとまた艤装の中へと潜っていった。

 

「ね、あなたはどこの白露?私たちはδ提督だから、あなただけ所属が違うんだよね」

 

「あー、それは……」

 

 さっきの黒髪ポニテとは別の、白髮サイドテールに声をかけられた。

 しょ、所属?俺はどこ所属なのだろうか。提督ということは艦娘ではないので、どこの提督所属というわけでもない。俺を含め提督を統べる役職が存在するなら、そこになるだろう。だが、そんなものは知らされていないので、判らない。

 

「あ、由良さん。その方は白露なんですけど、白露じゃなくてですね」

 

 俺が困っていると、朝潮が助け舟を出してくれた。見た目はそうなんですけど、違くってですね、えーと、どこから説明すれば……となんとか説明しようと頑張っているが、うまく説明できず困っているようだ。説明できずに困惑する2名と、事情が分からず困惑する2名の図。うーん、地獄絵図。

 

「出撃準備が整ったようだな」

 

「あ、δ提督。全員敬礼!」

 

 黒ポニテの娘が号令を出すと、皆ビシッと寸分違わず敬礼をした。俺も一応敬礼しておくことにする。

 δ少将は手をかざすようにして黒ポニテの娘に合図をだすと、黒ポニテの娘が休んでよし、と言って敬礼を下げたので俺もそれに倣う。

 

 δ少将は、知っての通り、と前置きしてから、航路について悉に解説し始めた。といっても、内容は殆どわからず、取り敢えず、途中に一つ島があるから、そこまで北上したら真西に進んでほしいとのことだった。合流ポイントはその先にある泊地で、そこからはλ大佐が司令官となって指揮するらしい。

 

「では、ご武運を、少尉」

 

「あ、はい」

 

 急に話を振ってきたδ少将に驚きつつ、返事をする。すると、黒ポニテと白サイドテールこと由良は、δ少将の前ということもあって体裁は保ったものの、えっ、と声が漏れ出た。

 

「なんだ、知らなかったのか」

 

「えぇ、はい」

 

「水雷戦隊の旗艦は白露こと少尉の彼に任された。矢矧、サポートしてやれ」

 

「はっ」

 

 黒ポニテこと矢矧はこちらを一瞥して若干不満な面持ちを残しつつ、甲板から海へと飛び降りた。続いて由良、朝潮と順に飛び降りるので、俺も続く。

 

 海に着水すると、妖精が何やら点と線が刻まれた紙を差し出した。おそらくモールス信号というものだが、読めはしない。

 矢矧に紙を渡して解読を頼むと、数秒もかからず難なく読み取った矢矧はδ少将からの伝言だと言った。

 

「水雷戦隊、出撃せよ、とのことです」

 

「なるほど?返信したほうがいいのか?それ」

 

 多分それ、甲板から飛び降りる前にかっこ良くキメるべき言葉だと思うんだけど、矢矧が颯爽と飛び降りたせいで言う機会を逃したのだろう。だからといって、紙媒体で伝える意味は大してないはずだが、態々伝えてきたということは、なにか理由があるのだろう。おそらく、通信に不備がないかの確認だと思われる。

 

「というか、正直この機能初耳なんだけど、どう返信するんだ?妖精に頼めば送ってくれるのか?」

 

「勿論、送る際は妖精さんが翻訳してくださるので、普段通りに話すだけでよろしいかと」

 

 なるほど、と頷いて、妖精に、承知しましたと伝えてくれ、と頼むと敬礼して艤装の中へと潜っていった。了解したということでいいのだろうか。

 

「では、そろそろ行きましょうか」

 

「あ、はい。すみません」

 

 どうやら待たせてしまったらしい。いつもなら矢矧たちはもう少し円滑に確認作業を済ましているのだろう。謝ってすぐに出発する。目指すは北である。



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艦隊、北へ

 海に出て体感10分。誰も一言も言葉を発さず、沈黙が続いていた。この航路の一つの節目ともいえる島、第一到達ポイントまでの時間はおよそ1時間。次の合流までの第二到達ポイントは2時間。計3時間も海の上にいることになるので、あまり時間に支障を来さないよう時計を持たされている。その時計を確認すると、未だに針は出発して5分を示している。ということは単純計算で、体感時間6時間も気まずい時を過ごさなければならない。ここが地獄か。

 だが、地獄が嫌なら会話しなければならないが、話すとなるとそれはそれで話題が見つからない。こんなときに白露がいれば、そこはかとなく上手い感じに話題を作れたろう。

 

 いや、そういえば白露とは絶賛喧嘩中。顔面ブローを喰らい気絶していたら、朝潮と神州丸が何故かいて、何故かここにいるのだった。わけがわからないよ。

 流れで何となくここまで来てしまったが、白露たちの居場所が分からない今、あまり安請け合いしていいものではなかったかもしれない。物事に整理がつかないまま、次から次へと取り掛かるのは好ましくないのである。

 

 だが、今から引き返すというのも出来そうにないため、結果的に地獄から脱することは不可能に近い。いや、会話をするだけといえばそれだけなのだが、由良や朝潮は兎も角、矢矧の面が怖い。

 出発してからというもの、いつまで経っても不満そうな面持ちでこちらを睨めつけ、それでいて不満につながるような箇所を身に覚えがないというのが沈黙の始まりである。白露のようにどこが不満なのかはっきりと言ってくれれば、何かしらの会話のきっかけにはなるんだろうけども。

 

「しらつ……提督、2時の方向から敵艦隊が近づいてきます」

 

「え、あぁ、敵艦隊」

 

 平穏そのものの海のため、完全に上の空になっていたら、急に矢矧から声をかけられた。

 

「提督、集中してください」

 

「あ、うん、悪ぃ」

 

 謝ると、矢矧はため息をして気を取り直してから、言った。

 

「2時の方向の敵は5隻の、おそらく野良の深海棲艦だと思われます」

 

「野良?」

 

 野良の深海棲艦?もしかして、深海棲艦って組織と野良があるのか?孤島によく来ていたネ級はどちらなのだろうか。野良であの強さを振るわれると組織だったときに怖いので、組織的な深海棲艦であってほしい。

 

「はい。私たちの脅威とはならないでしょうが、どうしますか?」

 

「どうするか、か」

 

 深海棲艦が近づいてきているのだから、戦闘を避けるか迎撃するかの二択だろう。今後の戦闘を考えて、この戦闘は避けたいところである。

 と、孤島にいたときの俺ならば考えるだろうが、今はだいぶ状況が違う。まず、艦娘が違うし、出撃の目的も違う。作戦を考えるのも、作戦の規模も、俺の知るところではない。なので、δ少将に指示を仰ぐのが自然だろう。

 

「まぁひとまず、δ少将に連絡を取るべきだな」

 

「いえ、この程度の相手、事後報告でよろしいかと。野良の深海棲艦は何度現れるかもわかりませんから、逐一連絡していてはδ提督のお手を煩わしてしまうだけです」

 

「そうか……?」

 

 もし中破してしまったら、事後報告で中破したので戦力になりません、と報告することになる。そうなったら、なぜ事前に報告しなかったのか、と詰問されること必至。矢矧の意見であるが、最終判断は俺なので、責任の所在は俺となる。責任を持って判断せねばなるまい。

 とはいえ、普段の矢矧たちが野良相手には事後報告で済ましているというのならば、それに従うほうがいいはずである。普段通りが最も上手くいくのだから。

 

「いや、でも、やはり、事前報告は大事だから、一回目は事前報告にして、二回目以降は事後報告で良いと言われたら事後報告にしよう」

 

「……わかりました。艦隊、減速!」

 

 矢矧が指示を飛ばし、全体的に遅くなる。妖精に件の旨を伝えると、しばらくして、返答が返ってきた。

 曰く、敵に気づかれているようなら交戦し、なるべく戦闘を避ける方針で第一到達ポイントまで向かいたいらしい。読み上げた矢矧は敵の動向を探るべく、偵察機を飛ばしている由良に確認を取った。

 

「由良、敵の様子は?」

 

「今、気づかれちゃったかな。真っ直ぐこっちに来てる」

 

 これもしかしなくても、連絡が遅すぎて気づかれた?なるほど、現場判断も時には重要なようだ。

 

「結局か……」

 

 結局、事前報告していようがいまいが、戦闘は避けられないようだ。つい最近、俺が艦娘のように戦って殴られたばかりだが、敵艦5隻に対し、こちらは3隻なので、俺も戦うことにする。

 と思ったが、俺は今、主砲を持っていなかったため、戦力にはならなそうである。最悪、敵の注意を引いたりはできるだろうが……。

 

「総員、戦闘態勢!艦隊、増速!合戦、用意!」

 

 と、考えていると、矢矧が号令を発した。

 矢矧に続いて由良、朝潮が慣れたように続く。まさしく鶴の一声である。一応、旗艦を任されているため、本来は俺の仕事ではある。

 取り残された俺は、自身の戦力を知っているので、後方で腕を組んで戦況を見渡す。こうしているとそれっぽい猛者感が醸されるが、実のところ弱者どころか、野次馬に等しい。野次は飛ばさないので、ただの馬である。ひひん

 

 馬が見るにこの戦局、有利は我が軍にあるようで、矢矧と由良が駆逐イ級を3隻撃沈し、朝潮が軽巡ホ級に至近弾を与え、締めの魚雷一斉投射で、決着を見た。

 この3隻のなかだと、矢矧にキレがあるように思える。予測していたかのようにスルスルと砲撃の合間を縫い、攻撃は外さない。開戦と同時に、魚雷を放ち軽巡ホ級の動きを抑制しつつ、その奥にいるイ級を沈めるという高い戦闘スキルも有る。神通より強いんじゃないか?

 対して由良は神通と同程度、若しくは若干上といった印象だ。少なくとも矢矧ほど高い壁はなさそうである。朝潮は、白露とほとんど変わらない。つまり、矢矧は抜群に強いが、由良と朝潮は月並みといったところなのだろう。戦闘は一回のみなので大したことは分からないが。

 

 掃討し終わったことを確認して矢矧たちが帰ってきたので、社交辞令的におつかれ、と労いの言葉をかけると、そうでもないわ、と返された。戦っている姿を見ていても、余裕が垣間見えたので、たしかに疲れることもなかったのだろう。

 

「ね?由良たちにはないの?」

 

「ん、いや、おつかれ?」

 

 社交辞令だから求められてするようなものでもないとは思うが、平等さを欠くとそれはそれでやる気に差を生んだりするので、由良と朝潮にも労いの言葉をかけた。

 何で疑問形、と由良にからツッコミが入ったが、それには特に答えず、妖精に報告の内容を伝えながら、また隊一列になって第一到達ポイントへと向かう。

 

 

 ここ数度、言葉を交わして分かったことだが、矢矧は気難し屋らしい。対して由良は馴れ馴れしく、朝潮は真面目系といった印象だ。あの孤島にいたときのように、提督は守られるべきという雰囲気はないが、かといって、勝手に動くのは止めてほしいところだ。いや、戦力外なのは痛感しているけど。

 

 再び、沈黙が続きしばらく進むと、またしても由良が敵艦隊がいることを報告してきた。時計を確認すると、先の戦闘から十五分も経っていない。本当に次から次へと来るな。

 そんな感想を抱きつつ、回避するために少し航路から膨れていき、その報告をする。ホウレンソウ、大事。

 すると、返答に第一到達ポイントに着いてからまとめて報告してほしい、と連絡が来た。矢矧から、ほら言った通りでしょ、という目を向けられた。



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まだまだ北へ

「あと1kmほど進むと、軽母ヌ級を擁する艦隊とぶつかる予定です。制空権は奪われるため、少し離れていてください」

 

「え、避けれないのか、それ?」

 

「はい」

 

 矢矧曰く、その艦隊は一定の周期でこの海域を巡っている艦隊で、他にも似たような艦隊がいくつがあるらしい。所謂、組織的な深海棲艦というものだ。今回のは、そのうちの一つで、他にも複数いるが、この艦隊を撃破して進撃するのが最善とδ少将が判断したらしい。なので、避けて通るとそれはそれで、むしろ被害甚大になる可能性が高くなる。

 

「なるほど。でも、離れるってどのくらい離れれば良いんだ?見える距離にはいたいんだが」

 

「ここです」

 

「え?」

 

「ここ」

 

 矢矧は俺の目に指を向け、そのまま海を垂らす。今立っているこの場所で待っていろ、ということらしい。

 周辺を見れば水平線が一周回っている。見える距離に深海棲艦はいない。が、万が一にも野良が現れるかもしれない。そうなってしまえば、一方的に殺されるのは目に見えている。

 

「……そもそも、それはδ少将の指示か?そうでないなら」

 

「δ提督の指示です」

 

 誰々が何処其処で待機、などと細かく指示をしているわけはない、と高を括ってみたが、そうでもないらしい。指示がなければ、ここに留まる必要もなかったのだが、指示ならば仕方ないだろう。

 だが、やはり万が一があるかもしれないので、ある程度の自分を守れる術は欲しいのだが、どうにかできないものだろうか。

 

「だろうか」

 

「何が、だろうか、なのかわかりませんが、妖精さんが私たちの場所を知らせてくれるので、ある程度の範囲内にいれば問題ありません」

 

 なるほど、最悪深海棲艦に出会してしまったら、急いで矢矧たちと合流すれば良いのか。

 

――――――

 

 提督は何か思案した後に、私たちに激励の言葉をかけた。他所属とはいえ旗艦であり提督なので、許可が下りなければ無闇に戦えないのだが、その言葉を許可と受け取って、私たちは通称、偵察部隊Aと呼ばれる深海棲艦隊を迎え撃つべく出発した。

 

「……ね。矢矧、あの提督さん、いい人だと思うけど、ね?」

 

「……だが、彼は少尉で、作戦未経験だ」

 

 彼の印象は正直、頼りないというのが大きい。一目でわかる非健康そのものの体躯、人目に晒される上で最低限整えるべき容姿、たまに聞き取れないほどの小声、常識的に身に着けているはずの艦娘の知識。私が最低限求めるものが悉く欠如している。

 そして最も気に食わないのは、少尉という階級だ。少々昔話になるが、私は海軍創建以降最初期の艦娘の一人であり、かつ海軍唯一の矢矧である。殆どの作戦に参加したし、戦果も上げた。故に重宝されるし、高い階級の提督の下、第一線で活躍してきた。

 

 なのにどうだ。δ少将の傀儡化しているとはいえ、少尉の下に就くだと?この矢矧が。

 

 戦いに生きた矢矧というプライドが、少尉の下に就くことに不満を覚えている。しかし、この編成を考えたのはδ少将であり、それに従うのは艦娘の定めである以上、仕方がないだろう。

 とはいえ、戦果を上げることこそが矢矧の矢矧たる所以であるので、戦果に響くのなら取り除かねばならないだろう。そういう意図で、彼は戦闘に参加させてはならない。

 

「朝潮はどう思う?いい人そうだよね?」

 

「私は、誰であろうと提督は提督かと思います」

 

「大人だね、ね?」

 

「……そんなことより、そろそろ敵艦載機がしかけてくる。吶喊するぞ」

 

 大人しい戦いは嫌いなのだ。

 

 

 ピリついた空気の中、予想通りにやってきた艦載機が落とす爆弾を、針に糸を通すように避けていって、本隊まで駆け抜けると、駆逐、軽巡、軽空母で成る艦隊を発見した。こちらの被害は朝潮が小破している以外、ダメージはない。

 

「矢矧、突撃する!」

 

 甲標的による先制雷撃によりヌ級を狙う。やはり、最大火力は先に落とすべきだろう。思い通りに轟音を上げて沈んだヌ級の水柱の後ろから、大きな手を模した砲塔で水柱を割り、手をこちらに向けるツ級が姿を現した。

 その瞬間、続く砲撃による一撃は、こちらを狙っていたツ級を貫く。今までの経験則に拠るもので、外れるわけがない。無論、狙われているとわかった瞬間に撃っては間に合わないので、ヌ級に雷撃が着弾すると同時に撃っている。

 

「よーく狙ってぇ……てーっ!」

 

 間髪入れず、由良の攻撃は駆逐ロ級を燃やし、海に沈めた。

 ここまでは凡そ想定通りである。艦隊は隊列を保っているし、足並みも安定している。

 残るは軽巡ヘ級と駆逐ロ級2隻だ。へ級の砲弾は由良へと飛んでいき、弾道を避けた由良の跡に着弾後、その波は由良の足を少し浮かせる程度の効果しか生まなかった。

 

 由良が狙われたと分かった瞬間に、ロ級2隻の内1隻に朝潮が砲弾を中て、中破に追い込み、ロ級が由良に集中攻撃することを避けた。既に小破していて装甲も薄い朝潮を庇うようにして立つと、2隻はタイミングをずらして砲撃してきたので、私を狙う弾を避け、返しの魚雷で2隻とも海の藻屑と化した。

 

「……よし、戻ろうか」

 

――――――

 

「イエベ」

 

『ベールヌイ』

 

『伊勢』

 

『川内』

 

「何でそんなマニアックな……」

 

 水流の圧力と高さの関係や神宮のことを考えながら、暇なので妖精としりとりをしていると、戦いが終わったのか矢矧たちが近づいてくるのが見えた。いやベルヌーイだったか、あれは。

 

「い、イーストエッグ」

 

『グレカーレ』

 

『レーベレヒト・マース』

 

『鈴谷』

 

 こいつら、たまに分からない単語を出すな……。グレカーレってなんだ?レーベレなんちゃらは人っぽいけど……、鈴谷は地名か?

 なんてことを考えていると、矢矧たちが自然に会話できる距離まで来た。

 

「ヤったか?(フラグ)」

 

「(フラグ)とやらは知らないが、無論だ。しかし、ここもそう長く安全というわけでもないから、早急に第一到達ポイントに向かうべきだろう」

 

「じゃあ、道すがら報告するから、被害状況や残りの燃料、弾薬など、纏めてくれ」

 

 そう頼むと、第一到達ポイントに進みながら矢矧が確認を取り始めた。ちなみに、報告内容はδ少将から貰ったマニュアルを参考にしている。これは後にも活かせそうなので、覚えておいたほうが良さそうだ。

 

 そうこうしていると、漸く、第一到達ポイントである島の影が見えてきた。



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島についたけどやることない

提督視点じゃ、ないです。数少ないTS要素


――とある整備士

 

 俺は辺境の島の末端の整備士。主に中継地点として働く島で、艦娘たちの装備点検、修理、補給などの仕事がある。今回は補給だ。

 俺は海軍とは何の関係もない一市民だったものの、何の因果か、街中で艦娘に声を掛けられ、ここで働いている。最初は妖精だとか深海棲艦だとか信じられないものばかりだったが、傷つく艦娘や艤装を見れば何となく信じる気にもなってきた。

 

 そんな日がな一日、またいつも通り艦娘が渡航した。いつも通りに艦娘は艤装を置いてドッグへ入り、俺たちは点検された艤装に燃料を注ぎ込んでいく。

 そんないつもの一幕。何気ない1シーンに、幸運にも一人の少女を見つけた。

 

 可愛い少女だった。背丈は中学生くらいだろう。遠くからでも目鼻立ちが整っていると分かる。いや寧ろ遠くだからだろう。少し痩せてる気がするのも遠近法だとか、そういう類だ。

 配属当初、整備長が、美しい女性は年齢拘らず艦娘だと思え、と耳にタコができるほど言っていた。つまり、彼女も艦娘なのだろう。しかし、艦娘がここに来るとは珍しい。基本的にドックにいるか、待機所で団欒しているかの二通りなのに。

 

 などと手が止まっていると、何を思ったのか工廠の中に入ってきた。と思ったら、すぐさま踵を返し工廠を左に曲がってしまった。仕事場に美少女が来るなんて、今日はラッキーだったな……。

 でも、彼女は何をしに来たのだろうか。艦娘とはわからないものである。

 

――とある給養員

 

 僕たちは毎日が戦場である。俗に語られるこの言葉は何の尾ヒレも背ビレもついておらず、まさしくその言葉の表す通りである。

 その食の戦場に珍しい客が来た。見目麗しい少女である。

 

 普段ここを利用するのは、この島で仕事をしている仲間たちだ。だが、あんな少女は記憶にない。そもそも昼休憩でもないはずだ。

 となるとこれは、渇いた人生の妄想か何かだろう。ここでは、美少女といえば艦娘が常識だが、艦娘は食事を必要としない。つまり、焼肉屋でのバイト中に艦娘にスカウトされたきり、ほとんど接点のない僕に与えられた幻想としか思えない。

 

 券売機の前で腕を組み考える姿は、食事への執念を感じさせる。ダイエット期間だとか栄養管理だとかを考えているのだろう。痩せているし。決して、お金がなくて払えないだとか、匂いがつくラーメンや跳ねたら色が落ちにくいカレーを食べようとは思っていないはず。

 

 数秒して諦めたのか項垂れ、券売機の前を去っていった。同時に僕も崩れ落ちる。妄想であってもチャンスを掴めない僕はこれからもチャンスは来ないだろう。あんな娘が実在するといいな。

 

――とある郵便配達員

 

 私は日本を離れ仕事に勤める方のため、島々を行き来する配達員である。海軍は公の組織ではないため連絡手段を制限せざるを得ず、身内や友人との交流はほぼ現物の手紙を以て行われる。

 そんな前時代的職場に就いているのは、偏に艦娘からの誘いがあったからに他ならない。

 

 誘い文句は、私がいっぱいいるような職場で役に立てる才能がある、だった。私を誘った艦娘は長門と名乗っていたが、まさか本当に長門が複数いる職場だとは思わなかったものの、体力には自信があったので引き受けた。

 仕事柄、週に一回程度は艦娘を見かけることがあるが、長門のような戦艦が近くにいることはまずなく、駆逐艦や軽巡が大半を占める。

 

 といってもそれは海の上の話であり、今のように陸地で搬入している分には出会うこともないため艦娘と話をする機会はまるでない。

 と、普段のように中身を改めた手紙の山を受け取っていると、見覚えのある顔が視界に入った。

 

 食堂から姿を現したのは白露である。駆逐艦は戦艦や空母に比べ、一般人とも快く話す確率が高いため、多少話すこともできるかもしれない。

 そう思い、手紙を郵送するふりをして白露に近づくと、その顔立ちの良さ、スラリとした骨格とメリハリのある肉付きなど、美少女としての要素で全身を余すことなく埋め尽くされていることがわかる。流石、艦娘だ。この容姿で誘われてしまって、押し黙って見入ってしまった過去の私をバカにすることは、誰にもできないだろう。

 

 やー、かわいいかわいい。と眼福を賜りながら話しかける距離に入ろうとすると、目線を隠すようにして食堂に戻ってしまった。どうしたのだろうか。基本的に白露の性格はノリが良いタイプだと思っていたのだが。

 

――とある清掃員

 

 ガチャっとドアの開く音がした。たまに居るんだ、清掃中の看板を置いてもお構いなく入ってくる人。

 無論、注意するわけではないし、何なら入ることを禁止しているわけではない。だが、気まずいし気まずい。

 

 まぁ、いちいち気にするものでもないし、便器に行く道を塞がないように清掃している風を装って、再び床を掃く。

 掃き終わった綺麗な床を眺めて適当に手を動かしていると、視界の端に工廠関係者のものとは思えぬ靴が見えた。ここの利用者はほとんどが工廠関係者のものであり、給養員は厨房に隣接したトイレを使う。たまに外部の人も利用するが、その類だろうか。

 

 9割無意識に1割物珍しさから目線を上げて顔を確認しようとすると、その少女と目があった。

 身長はおそらく150cm前後。育ち盛りの中学生という印象で、将来有望なものを抱えている。だが、その顔は疲労感を漂わせており、薄幸そうな容姿は年齢との乖離が見てとれる。

 

 ただ、ここは男子トイレである。美とはこの娘を指すのだと思わせるほどの少女に驚く前に、女性が男子トイレにいることに驚きを隠せない。

 

 目を合わせ完全に固まること2秒ほど。

 何でここに女の子が?てか、めっちゃ可愛いな。疲れているのか猫背気味で眉間にシワが寄っているけど、逆にリアル感あってグッド。特に頬がゲッソリしているし、尋常じゃなく疲れているのだろう。何にそんなに……あれ?そもそも艦娘か?こんだけ可愛いのだ。そうだろう。うわ、初めて見た。提督に誘われた口だから、清掃員仲間にマウント取られまくってウザかったんだよな。いやでも、この可愛さを生で見て話したとあらば、自慢したくなる気持ちもわからなくはない。高嶺の花だ。

 

 このぐらいのことを考えていると、少女は何かをブツブツと言って男子トイレから出ていってしまった。もっと見ていたかったし、話したかったなぁ。

 

――佐世保鎮守府、時雨

 

 今日、僕は友軍を迎え入れるべく島に訪れた。友軍はδ少将の矢矧さん、由良さん、朝潮、そして白露らしい。彼女らはこの島で待機することになっているので来たのだが、少々早く着きすぎてしまったようだ。

 ならば早く出発して早く増援して、早く決着をつけるのがいいように思うが、早く出発すると、それはそれで深海棲艦に気づかれかねないので予定通りに出発せざるを得ない。

 取り敢えず、矢矧たちを探すことにする。

 

 談話室に行こうとすると、男子トイレから出てくる白露の姿を見た。え、何、どういうこと?なんで白露が男子トイレに?まさかいかがわしいもの?でも、それ以外に考えられない……。

 兎に角、問い質してみよう。

 

「白露。お疲れの、様子だね」

 

 まずはジャブ。一見、素直に見た目の様子を述べつつ会話の切り出しの言葉、と見せかけて、何に疲れているのか、つまりナニに疲れているのかを聞き出す言葉だ。不自然な言い訳をしたらクロ、そうでなくとも疑いは晴れないが。

 

 当の白露は僕を見て少しドギマギしている。なんだろうこの感じ。ジャブでKOされたというよりか、僕のことを知らない?

 いやまさかね。艦娘は生まれたその日から全ての艦娘を知っている。それに僕らは姉妹だ。忘れることもないだろう。

 

「あぁ、うん、まぁ。それより……どうしてここに?」

 

 白露は僕の質問にはあまり答えず、聞き返してきた。これはクロだね。え?何言ってもクロっていうかって?そうだよ。

 でも、態々暴いたりはしない。プライベートの問題だし、そもそも僕は佐世保の時雨だからね。

 

「僕はδ少将の艦娘たちに用があって来たんだ。そういえば、白露もそう?」

 

「あぁ、たぶんそれ」

 

 運が良い。談話室に行って探す手間が省けた。まぁ、矢矧といえばあの矢矧だろうから、談話室で艦娘の密集している場所が矢矧のいるところだろうけど。

 ということは、僕が優先的に達成しなければいけないものはもうなくなったと言っていいだろう。つまり、クロな白露こと黒露がどんなことをされたのか聞き出すことに時間を割ける。

 

 そもそも、3年前の事件があるため、艦娘で性的趣向を満たすことは禁止を明言されているはずだ。例外的にケッコンしているときと、艦娘から求めたときのみできるのだが、求めるなら作戦終了後だろう。つまり、ヤるとしたら無法にヤったと考えるのが妥当である。

 まぁ、とはいえ正直、黒露が間違えて入ってしまったのだろうとは思っているが。ここは珍しく男女分けされたトイレが設置されているし。

 

「それはそうと、男子トイレで何を?」

 

「エッ、いや、別に……」

 

 黒露がしどろもどろになる。あれ、もしかして、本当にクロだった?

 

「あ、や、全然ッ、僕は良いと思うけどね、うん。個人の自由ってやつだよ、うん。そんな淫らな姉をもって悲しいとかそういうんじゃないよ」

 

「……は?淫ら?」

 

「ああ、いや……違うくて。言葉の綾というか……別に悪気があるわけじゃなくて」

 

「いや、淫らって……」

 

 言い訳して誤魔化しながら、次の言葉を考える。思わず口走ってしまった言葉のせいで身を滅ぼしかけているが、なんとか保身できる言葉を探す。

……ん?というかよく考えたら謝れば済む話だ。そう、僕は失敗も認めて次に活かしてきた艦娘のなかの艦娘。次は失敗しないさ。

 

「ご、ごめん。……もう一度、初めから、やり直させてくれないかい?」

 

 拒否されないよう細心の注意を払いながら言葉を紡ぐ。僕たちならもう一度やり直せるはずだから……!

 

「ね、ごめん、どういう会話?」

 

 と話していると由良さんに話しかけられた。後ろには困惑顔の朝潮と矢矧が見える。おそらくδ少将の艦娘たちだろう。時計を見ると出発の時間になっていた。

 

 じゃあ、行こうか。



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西へ

 俺達は第一到達ポイントに到着した後、なんやかんやあって第二到達ポイントを目指し出航した。

 なんやかんやというのは、島で小休憩をしていた際に、同じ方向に行くから同行するとかいう時雨という艦娘が、艦隊に加わったとか、少し話したとか特筆することのないものである。強いて言えば、矢矧と妙に仲がいいので、旧知の仲なのだろう。

 

 時雨とはトイレから出た時に初顔合わせをしたのだが、時雨は何やら俺を白露だと勘違いしていたようで、男子トイレから出てきたことに驚いていた。肉体の機能的には、どちらのトイレでも構わないのだが、今度からは女子トイレに入ることにしよう。

 まぁ、トイレから出てきたにしてはファーストインプレッションはそこそこ良好で、先までの無言の矢矧たちとは打って変わって、話題に尽きない。

 

「いやまさか、黒露が提督だったとは……」

 

「くろつゆ?」

 

「あ、いや?なんでもないよ」

 

 出撃から今まで、懇切丁寧に俺が白露でないことを説明して、逆に作戦内容について説明されて、今に至る。説明によると、前回のように急に置いてけぼりにされることはなく、時雨の後ろにぴったりついて行くことで戦闘に参加することになるらしい。

 

「でもその形式でやるには、俺の練度不足が否めないというか、正直ついて行ける気がしないけど……」

 

「そうだね。艦娘だと思っていたから問題なかったけど、提督となると、ちょっとね」

 

 時雨もそこは懸念点らしい。一人にするよりは、というだけで時雨の戦力を大きく下げることには変わりない。

 ただ、予定では残り2戦のどちらも空母が含まれておらず、制空権を取られることもないため、多分大丈夫と言われた。

 

「それに僕は海軍唯一の第三改装に到達した艦娘だ。護って、みせるさ……」

 

 そう言って拳を固める。もしかして何か因縁があるのだろうか。知ったことではないが、地雷を踏みかねないので気になる……。

 いや、それより、第三改装だ。私とても気になります。

 

 そもそも俺の知っている改装というものは、白露に施した際に改になってそこそこ能力が上がるものをいう、という認識だ。おそらく他の艦娘にも施すことができて、それぞれ能力が上がるのだろう。

 例えばそれを第一改装と名付けると、第二第三と続くのは不自然ではない。むしろ自然だ。何なら、分かりやすく強くなるもの、覚醒だとか変形だとかは唆るものがある。

 

「なぁ、第三改装ってなんだ?」

 

「あぁ、そうか。海軍に入ってすぐ島に行ったから知らないのか。……そうだなぁ。改は知ってる?」

 

 もちろん知っている。赤、青、橙、黄の四種の光を飛ばす事によって、不思議パワーで強くなるものだ。今は白露のみだが、練度が高まれば川内や神通も改になるだろう。

 

「そっか、じゃあその先に改二があることは?」

 

「いや、知らない」

 

「じゃあ、そこからだね」

 

 そう言うと時雨は矢矧を指差しながら、解説を始めた。

 

 まず、改二も改三も、効力自体は改とほぼ等しいものであるらしい。ただ、改はまだしも、改二以降に改装できないとされる艦娘は未だ多く、改三に至っては時雨のみに許された改装なのだとか。また、改二とは明記されないが、名前が変わることで改二と同等の力を得る艦娘もいるらしい。

 また改二は改の完全上位互換であり、その強さは駆逐艦が戦艦に匹敵することもあるほどだという。白露が改になったところで神通には及ばないことを踏まえると、その強化度合いが伺える。

 ただ、その莫大な上がり幅に対応できるようにするため、改二に至るには高い練度が要求される。

 

 そして、改二固有の改装としてコンバート改装がある。甲乙丙丁などの記号で分類されていて、特化する能力を選択することができる艦娘もいるらしい。特に、矢矧で言えば、今は改二乙だが、改二の状態に戻ることも可能だとか。正直、何に特化しようと艦種の域を出ないのなら、コンバートの意味を見出だせない。多重変形には多少憧れるけれども。

 

「なるほど……白露は改二に改装できるのか?」

 

「出来るよ。コンバートは発見されてないけどね」

 

 おぉ、それはちょっと気になるな。改のときには身長が少し伸びる程度だったから、改二も身長が伸びるだけかもしれないが。

 

「白露の改二はどうだったかな……。確か、笛を――」

 

「――っおい!ちょい待て待て!ネタバレは禁止だ」

 

 白露改二をネタバレしようとした時雨を止める。俺はネタバレには厳しいんだ。

 すると時雨は、そう……と言ってネタバレを諦めて、僕も改二のときは少し妬んでいたものだよ、と胸を手で抑えた。マジか。まだ膨らむのか……って、ネタバレじゃないか。

 

「おぃ……」

 

「……」

 

 ツッコもうとすると時雨は海の彼方を見て、物思いに耽ってる素振りを見せていた。え、何。そんなにデカいの?

 邪なことを考えながら微笑む時雨を見つめていると、満足行くまで耽ったのか俺と目があった。

 

「……あぁ、いや、三年ほど前にね。矢矧も僕も所属は違えど生まれはキリサキ元帥だから、経過観察対象だった白露と一年ほど同じ鎮守府にいたことがあったんだよ。それを、ちょっと思い出してね」

 

 感傷に浸っているのか、涙を隠すようにして微笑んでいる。言葉は支離滅裂ながら、補える範囲だ。

 3年前、というと何かとつけて青妖精や白露が口にしていた、妖精消失事件のことだろう。妖精が労働環境を気に入らずストライキを起こしたというものだ。

 

 その余波が一部の艦娘にも影響したことは白露から聞かされていたが、時雨が話したのはおそらくそのことだろう。

 となると、経過観察が必要ということはその事件に関わっているということだろうか。例えば、扇動、または被害者で更生の余地があると判断されたのかもしれない。まぁ、詳しい経緯は知らないので、想像の範疇を超えないが。

 

「あぁ、妖精消失事件とかいうのだっけか?」

 

「そうだけど、あまり口に出すのは良くないね。僕たち艦娘は大して気にしていないのだけど、提督たちの間では禁句のようなものだから」

 

 えぇ……。名前を呼んではいけないあの人みたいな存在なのか……。

 

「それで話を戻すけど……提督は白露改二を見たいのかい?」

 

 見たい、とは思っている。多重変形に興味はあるし、単純に強くなるならリスクが減る。あと笛が何なのかとか、胸がデカいとかいう情報に、なんていうか……その…下品なんですが…フフ……勃起するものはないけど、気になる。

 正直、俺は今のサイズがちょうどいいというか、これ以上増えると重そうという意味で増えてほしくないのだが、それを差し引けばデカさはメリットしかないわけで。……服?艦娘って自前で用意するじゃん。

 

 などという胸談議は置いておいて、何にしても改二は目指すべきだ。特にうちは少数の艦娘しかいないため、重要度は高い。

 

「もちのろん」

 

「……そっか。じゃあ、沈ませちゃ、だめだね」

 

「ん?あぁ……」

 

 そりゃまぁ、本末転倒だし……。



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敵精鋭巡洋艦戦隊

 時雨の意図のわからない質問に答えると、先を走っていた由良が警戒を呼びかけた。

 

「前方、重巡二、雷巡一、軽巡一、駆逐二。巡洋艦戦隊っ!」

 

 その声が耳に届くや否や、時雨は速力を上げ前へ躍り出た。言われたとおりに、俺も時雨の背を追う。

 時雨の後ろに俺、横並びに矢矧、後方に由良と朝潮を従えて、敵影が見えるまで近づいた。

 

「見つけたよ、任して」「敵を見つけたわ」

 

 時雨と矢矧が目配せをして、矢矧が敵との直線上に魚雷を投げた。魚雷の雷跡は俺たちを追い抜いて敵に当たり、水柱を建てる。遅れて轟音が聞こえ、同時に深海棲艦が砲を構えるが、臆することなく時雨は突き進んだ。更に速度を上げて。

 

「ロ級後期型elite2隻……1隻撃沈。軽巡ト級elite、雷巡チ級elite、重巡リ級flagship2隻か……」

 

 時雨から呪文のようなものが聞こえる。微妙に単語として認識できるが、ほとんど意味のわからない単語の連続だ。きっと魔法か呪術かの詠唱なのだろう。艦娘とかいう超肉体の改三なので、ビームが出てきてもおかしくはない。

 などと考えていると、時雨が急に減速したので、慌ててブレーキをかける。気を散らす暇はないようだ。ついでに、慣れないスピードに荒れた息を整える。

 

「ちょっと離れてて」

 

 聞き返す暇もなく時雨付近の海が爆発したので、一歩後退る。何が起きたのか理解できなかったものの、雨のように続く弾丸で数瞬遅れて理解する。おいおい、全部撃ってきたのかよ。

 理解が追いついた頃には時雨は雨による水柱でその身を隠され、その怒涛に押し寄せる波を、たぶん一秒にも満たない間、身の毛が弥立つような思いで見届けた。おそらく、呼吸も止まっていたと思う。

 

 弾丸が尽きたのか新たな爆発がなくなり柱が霧散し始めると、その水煙を腕で割いて、無傷の姿を露わにした。正直、俺の寿命が縮んだが、生きていたようだ。

 お返しとばかりに時雨は主砲を撃ち鳴らし、結果を知っているかのように、深海棲艦には目もくれず左へと舵を切った。寿命が削れてもまだまだ戦いは続くようだ。出来れば心臓に負担のない避け方をして欲しいところである。

 

 撃ち出された弾は深海棲艦に吸われているかのように着弾し、見事撃沈してみせた。時雨はそれを見ずに矢矧の方に振り返り、サムズアップして何かの合図を出す。

 

 合図を受け取った矢矧たちは右に舵を取って、深海棲艦の進行方向に対し右斜め前から斬り込むように滑った。対して時雨は、左に曲がって深海棲艦の後ろに回り込むように、先と違って、ジグザグと速度を変えて進み始めた。時雨と矢矧で深海棲艦隊を挟み込むような形だ。

 不規則に揺れる背中を追いかけているせいか、自動で走っているというのに、どんどんと体力が削れていく。喉が次から次へとの空気を欲して、喉の乾きと横脇腹の痛みが強くなってきた。

 

 深海棲艦はまたも時雨を一点集中で砲撃するが、時雨を狙う弾は時雨だけでなく俺の背すらも通り越して着弾する。どの弾も当たる気配を見せない。

 だが、いくら当たらなそうだと思ったとしても、先のように急に減速する可能性もあるので、それにも対応できる心持ちでなければならない。そうでなければ死ぬ。マラソン最後の、血の味が口内に広がるような感覚はあれど、ここで手を抜けば必ず死ぬ。そう思わせる威力が、あの弾にはある。

 

……いつまで続くのだろう、これは。マラソンであればゴールがあるが、戦闘のゴールはなんだろうか。例えば、このまま進んで深海棲艦の後ろをとっても終わりじゃないかもしれない。そうなれば、俺はもう動けないので、時雨についていくことは不可能。死ぬことになる。そもそもこの例も、すぐに後ろを取れることが前提であり、まだまだ時間がかかるというのなら、体力が先に尽きるだろう。

 どちらにせよ、もう視界が狭くなってきている。息が足りないのに休む暇が無いので、酸欠のような症状だ。止まったら死ぬ、止まらなくてもいずれ死ねる。艦娘の戦闘とは、かくも過酷なのか。

 

 一生懸命に時雨の背を追っていると、いつの間にか深海棲艦を目の前に捉え、矢矧たちが延長線上に見える位置になっていた。

 

「とどめ……だよ……!」

 

 そう呟いたかと思うと、時雨の腿に取り付けられた魚雷が発射され、矢矧と合わせて脱出不可能の挟撃が刺さった。深海棲艦は激しく燃え、悲鳴のような鳴き声を上げて沈んでいった。

 

「……お疲れ」

 

 油断できない時雨の背を追い続けた俺に、時雨が労いの言葉をかける。いや、本当に疲れた。変則的に速度は変わるし、砲弾がいつ当たるか分からないし。結果的には無傷で終えたが、精神的にも身体的にも未だに緊張感が拭えない。マジでヤバイ。

 返事を返すこともなく、呼吸をすることに全神経を注ぐ。喋ろうとしてもうまく喋れないことは目に見えているので、許して欲しい。心の中では謝罪しておく。

 

 しかし、これだけ疲れた代償として、十分な結果を得ている。俺だけでなく艦隊全体が無傷で戦闘を終了することができたし、深海棲艦は全滅した。完全勝利と言って良いのではなかろうか。その旨をδ少将に妖精を通して報告してもらう。

 

 やはり、勝利の要因は熟練の艦娘がいたことなのだろう。時雨と矢矧は一瞬の合図で意思疎通をできていたように見える。また、個々の戦闘能力も秀でたものがあるのだと、この戦闘で実感した。

 そう考えると、戦闘中には気づかなかったが、意図的に弾を躱していたのかもしれない。戦闘中は時雨に追いつくことで精一杯で、命中率悪いな程度にしか思っていなかったが、回避率が高いというのもあり得る。

 だとすると、あの無駄に思えた動き方も何か意味があるのかもしれない。後で落ち着いたら教えてもらおう。

 

 時雨は俺に傷がないことを確認して、矢矧たちの方へ行き、おそらくお疲れ的なことを言っている。声が聞きづらいのは、波の音もあるが、緩急をつけて走ったために呼吸が荒いのが原因である。もう一歩も歩きたくないし、ここが地面なら既に座っているくらいには体力が削れた。膝に手を付けて立っているのがやっとだ。

 

「ど……提督………………ご……………」

 

「…………提督………た………………で………」

 

 なんだ?俺のことを話しているのか?俺、またなにかやっちゃいました?逆だろうけど。

 傍からみても俺は、もう時雨の動きについていけないと判断されているのだろう。だから、これ以降の戦闘も同じようにやるのか、話し合っているに違いない。艦娘の超肉体ありきの動き方なのだから、駄目で元々だ。正直、これっきりにして欲しいところである。

 

「ね、提督さん、そろそろ動ける?」

 

 疲労困憊といった様態を呈している俺を下から覗き込む由良と目が合う。その長い髪の先を海に浸けているが、気にした様子はない。

 

「あぁ……いける……」

 

 呼吸の合間に言葉を絞り出して伝える。ニュートラルとはいかないが、動けないというほどでもないので、問題ない。

 

 しかし、憑依前の身体であればこの程度では息が上がらなかったはずだ。やはり、不健康ということもあるだろうが、人間で言えば中学生程度の体だ。体力は前より劣っているようだ。

 

 由良に手を差し伸べられたので、実情、手を貸してもらうほど動けないということはないのだが、手を取らないほうが不自然なので、汗がついた手を服で拭って、手を添える。

 態勢を起こして自然に手を下ろそうとすると、由良は逆に手を離さないように握った。それも、常人なら態々握り方を変え、鬼の形相で力むような握力を、艦娘の理不尽な身体を存分に使い、顔色一つ変えずに、である。由良の指先が触れる皮膚がミチミチと割ける激痛に手を振り解こうとしても、暖簾に腕押しとはまさにこのことと、まざまざと見せつけられるかのようだった。やっていることは逆だが。

 

「ね、提督さん。動けるの意味、分かってて言ってるのかな?それとも、最後には助かるものだと自惚れてるのかな?ね?提督さんがどれだけ貴重で重用される人物かはδ提督さんから聞いてるけど、それって可能性の話だよね?それで積み重ねを蔑ろにできる謂れはないよね?時雨改三と矢矧改二という存在はいるだけで、士気が上がる、戦力が増す、作戦の要になる。それだけあの二隻の存在価値は高い。ね?言いたいことわかるかな。提督さんとあの二隻、どちらかを犠牲に出さなければ助からないとき、私たちはどっちをとると思う?例え一隻であっても提督さんは選ばない。あの二隻を失うことは海軍にとっての損失。対して提督さんは現状功績がない。誰が考えても提督さんを選ぶ理由なんてないよね。だから、提督さんを庇って時雨が沈むなんてことがないように動くことを、動ける、っていうの。ね、分かってくれたかな?」

 

 由良"さん"がヤンデレ目になっている。怖っ。



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いつかの理想

 由良さんがヤンデレ目で手を握りつぶそうとするので、何回も縦に頷く。正確にはヤンデレしてないので、暗黒微笑だとかその類になるだろう。

 頷いてみると手の圧が消えたので、引き寄せてもう片方の手を添える。正しく手当てである。不思議と痛みが和らぐ気がする。

 

「……で、提督さん。私たちはいつでも提督さんを殺せる。覚えておいて」

 

 由良さんは手についた血を海で洗い流しながら言う。どうやら、俺の敵は艦娘と深海棲艦らしい。敵の敵は味方じゃないようだ。

 俺も手についた手型の傷口を海水で洗おうとしたが、傷口に海水が入ると痛かったので、やめておく。

 

 そろそろ行くよ、と時雨に声をかけられたので、由良さんから逃げるようにして時雨の後ろに駆け込んだ。時雨だって同族ではあるが、由良さんと違い理不尽に殺されることはないはずだ。

 時雨は、やる気十分だね、と感心した風に言う。やる気と言うか殺られる気がしていたのだが、そう思ってくれたほうが都合がいいので、訂正しないでおこう。

 

 

 

 過ぎれば一瞬だった慌ただしい戦闘を終え、しばらく平穏そうな海を走り出しておよそ二十秒。戦闘時の時雨と同じ背中なのか疑うほどゆったりと揺れる背中を追う。加速しなくなってきたので、この速度で進むようだ。

 

「黒露、さっきのことだけど」

 

「え、はい」

 

 さっき、というと由良さんとのことだろう。もう一度釘を差しにきたのだろうか。

 

「これからの戦闘は更に激しくなるし、黒露の役割は夜戦だから、今のままだと戦えない、と思う」

 

 夜戦……確かに昼より視界が悪く、戦いづらい印象だ。ただまぁ、先程の練度を考えると昼戦も夜戦も誤差のようにしか思えない。あ、でも、視界が悪くて時雨の背を追いづらいのは大きなデメリットだな。

 

「予定では、僕がついていける昼戦はあと一回。その後は島影に潜伏して、南シナ海で友軍として夜戦から参加。つまり、はっきり言って、黒露には次までに、矢矧の足を引っ張らないようにしてもらう」

 

「え」

 

 ということは、夜戦では時雨はいないのか。じゃあ、俺はなんで由良さんに詰められたんだ……?

 

「ところで、旧式艦娘汎用戦闘法は知ってる?」

 

「はい……ん?いや知らない」

 

 旧式艦娘……なに?兎に角、字面はかっこいい。そういうの結構好みですね。旧式っていうのがまた唆る。普通に考えれば改善点を直したのが新式としてあるはずだから、新式を教えるべきところを態々旧式で教えているところが、創設当時からの艦娘としての貫禄も感じれてグッド。

 

「まぁ、そうだよね。3年前の事件までは使われていた戦闘技術だから、あの時期以降の艦娘は殆ど知らないんだ」

 

 おや、流れが変わったな。

 3年前の事件というと、艦娘たちの管理体制に不満を覚えた妖精たちが一種のストライキを起こして大きな騒動となった事件だ。白露からの説明しか聞いていないが、何かと転換点として扱われやすい。

 そういう背景を考えると、旧式というのは改善点しかないものなのではないだろうか。例えば、艦娘の修繕能力に物を言わせて、無理矢理突破するような、俺に真似できないものかもしれない。

 

「掘り返すべきではないのかもしれないけど、後一回の戦闘で習得できて生存率が高そうな技術はこれだから、教えておくよ」

 

「あざ」

 

「まず第一に、旧式の発想は深海棲艦から得ていてね。語れば長くなるんだけど、結論を述べると艦娘と深海棲艦は似ているし、深海棲艦の動きを参考にしよう、というのが発案」

 

「じゃあ、次の時に深海棲艦の動きを真似できるから習得が早いかもってことか?」

 

「そうだね」

 

 確かに記憶に残ってる深海棲艦の動きも参考にできるし、完全に新しいものを学ぶよりかは習得が早そうではある。問題は、俺が艦娘ではないから深海棲艦に似ていないという点である。

 

「ただ、深海棲艦は上位種、姫級や鬼級だけでなく、イロハ級のeliteでさえ単純な動きはしないし、そもそも一撃は必ず耐える前提で動くから、真似する意味はない」

 

 姫級?イロハ級?聞き慣れない深海棲艦だ。イ級とロ級と、まだ出会したことがないがハ級が合体でもしたのだろうか。

 

「だから旧式が真似したのはただのイロハ級の動き、またはそれを少し艦娘風に改善したもの……」

 

 時雨は言葉を切って考える素振りを見せる。

 一拍ほど間をおいても次の言葉が聞こえないので、アバウトに背中を見ていた目を時雨の顔へと運ぶと、俺を横目で見る時雨と目があった。

 時雨は気まずそうに微笑みで誤魔化して、前に向き直る。ヒロイン属性の持ち主のようだ。オタクはこういう動作にすぐ調子乗るから困る。

 

「少し冗長に話しすぎたね。そろそろ具体的な話をしようか」

 

 そう言うと時雨は自身の砲を眼前に構えて固定した。俺がよく見えるようにという配慮か、進行方向に対して横向きに腕を伸ばし、その先を見据えている。

 

「今は態勢は置いといて、砲を撃つタイミングについて話すよ。イ級をはじめ、さっきの戦闘でもいたツ級も例外なく、イロハ級は砲撃の際、必ず動きが止まる。イ級やロ級といった人型ではない深海棲艦は跳ね上がって空中で殆ど止まったタイミングで撃つし、その他の人型の深海棲艦はほとんど静止した状態で撃つ。これは単純に命中率の底上げに繋がるから、旧式にそのまま組み込まれているよ」

 

 止まっているときには攻撃、動いているときには攻撃以外と、役割を明確に分けている、ということか。簡単そうに聞こえるが、逆にパターンが分かりやすいので、止まった瞬間に合わせて攻撃される可能性を考えると、脆そうに思える。

 

「逆に動いているときは、敵の動きを読んで、攻撃する隙を伺う。基本的には深海棲艦の攻撃に合わせて、直後に攻撃することになると思う。砲撃の直後は次の砲撃が出来ないから、自分に攻撃が当たらない保証があるんだよ」

 

 なるほど、逆に言えば、撃った後にはリスクがあるから、回避に専念したほうが良いのか。

 時雨は、まぁ姫級ともなると、次を撃てる準備をしているからそんな隙はないんだけどね、と肩をすくめて付け加える。

 

「あとは、走り方について、足元の波の高さで速度がわかるだとか、方向を切り返しながら走ることで弾が当たりづらいとかあるんだけど、黒露が戦う相手のレベルを考えると、そこまで意識する必要はないかな。他に重要なのは……そうだ、陣形についても教えておくよ」

 

 時雨は腕を斜めにしてその指先を指差した。

 その形は警戒陣というらしい。夜戦で使うことになり、高い回避率を誇る陣形だ。ほぼ単縦陣のようなものだが、主力艦が後方に行き、前方の3方向に警戒艦を配置するらしい。

 

「黒露は最後尾だからあまり関係はないけど、艦隊から落伍するかもしれないから、なるべく右に避けてね」

 

 だいたい説明し終わったかな、と呟きながら、時雨は徐ろに腕時計を見て、どちらにせよだね、と振り返ってニッと笑みを浮かべる。

 

「予定ではそろそろ敵影が見える頃だけど、どうだい由良さん」

 

「噂をすれば何とやら、ね。丁度十一時の方向にいる!」

 

 声を張り上げて時雨が問うと、由良さんがそれに答えた。どうやら2戦目の敵が発見されたらしい。

 

「じゃあ、ここからは実践だよ。暗くないけどそれ以外はほとんど同じ状況にするから、やってみて」

 

 そう言うと時雨が速度を落とし、矢矧に近づいて何かを伝えてから最後尾に行った。

 それを受けて、矢矧は腕を前に伸ばし、凛とした声で宣う。

 

「艦隊、警戒陣を取れッ!」

 

 そう宣言すると矢矧も由良さんも朝潮も速度を上げ、俺を追い越し、連携して並び始める。

 時雨は最後に一言付け加えてから、俺の背中を押し、俺の分を空けて警戒陣に並んだ。

 

「僕はいないものだと思って。夜戦じゃ救けられないから」



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初めての出撃

「見えた!」

 

 由良さんが口にするよりも早く、矢矧が水平線に動く黒い点に砲撃を放った。放物線を描いて飛んでいく様子を目で追っていると、その先に虫の大群のようなものを捉える。数秒後にはそれが虫ではなく、頭蓋骨ほどの飛行物体だと分かった。

 

「UFO……!?」

 

「敵艦載機だ!弾幕を張れ!」

 

 白くて丸い奇怪な艦載機は、矢矧や由良さん、そして妙に動きの良い朝潮によって蹴散らされていく。主砲よりかは小さいが連射性能の高い砲で曲面状に弾丸による幕を張ることで、網のように艦載機を捉え、撃墜しているようだ。

 弾幕によってイナゴの大群のような艦載機は数を減らし、それを掻い潜った艦載機の投下した爆弾を避けていく。避けること自体は簡単だが、着水した爆弾が爆発し音と波を発生させるため、少々恐怖を感じる。もし当たったら、という恐怖も含まれているが、大きな音というのは本能的な恐怖を感じさせる。

 

 艦載機の大群をやり過ごし、一息つく暇もなく砲撃戦が開始される。量が量だけに、無傷には終われないと思っていたが、意外にも誰もがダメージを負っていない。敵の艦載機が帰っていく間に、すぐに攻勢に出られた。

 

 奥に陣取っている深海棲艦は帰ってきた艦載機を取り込むが、中破しているようで、次の動きがない。矢矧たちは手前にいる深海棲艦を狙って砲撃した。俺もそれに倣って、砲撃をしようと水面から飛び上がった駆逐ロ級に対して主砲を撃ち鳴らす。

 

 俺が撃った弾の軌道は見事にロ級を飛び越して着水し、爆発した。正直、遠すぎて遠近感覚が分からない。対して敵からの攻撃は、艦隊の前方にいる朝潮と由良さんに集中し、大きく反れることはない。

 躱しきった玄人な艦娘たちは各々、深海棲艦の装甲を破り、黒煙を吐き出させ、残るは俺が撃ち漏らしたロ級と中破の空母のみになった。矢矧から魚雷発射の合図が出たが、俺には魚雷が装備されていないので、特に何をするでもなく、深海棲艦は撃滅された。

 

 大量の艦載機が海の上で燃えているので、新鮮な空気を確保するために少し移動し、矢矧が皆のダメージを確認して回る。

 

「完全勝利だね。おめでとう」

 

「あ、あぁそうだな」

 

 確かに、味方は無傷で敵は全滅なので完全勝利ではあるのだが、殆ど教えられたことをできていないような気がする。俺が勝利に貢献したとは言えないだろう。

 

 実際に役割を与えられると、自分が如何におんぶにだっこだったのか痛感する。今回の必要最低限の仕事は、艦載機の爆撃を避けることと、ロ級を撃破することだった。思い返せば、前者は朝潮や由良さんに集中的に投下されており、かつ、弾幕で数が減っていたために避けるのが容易だった。後者は、タイミングは掴めたような気がするが命中せず、尻拭いを他に任せてしまった。むしろ、俺の経験のために気を遣って、ロ級を優先して狙わなかったのかも知れない。

 

 更に思い返せば、孤島で一人で重巡ネ級を相手取り、ほとんど無事に終わったものの白露に怒られたのは、今回の件で重々納得がいった。

 旧式すら知らない素人が深海棲艦を相手に生き残ったのは奇跡に近く、作戦としてはありえない。それを臆面もなしに作戦としたのだから、怒って然るべきだろう。

 

「……結構落ち込んでるね」

 

「……いや、落ち込んでる、というわけではないけど、少し思うところがあってな」

 

「……まぁ……うん、初戦はそんなものだよ」

 

 所詮は艦娘たちに姫プされたにすぎない。外見は女だが中身が男なのでネカマではあるし、囲いは女性っぽいから姫プといえるかは疑わしいが、兎に角、余裕があるうちに教えているにすぎない。

 現状、足りないものが分かっただけで、何も具体的な成長はしていないため戦力にはならないが、なぜ由良さんに厳しくされたのか、というのは合点いった。

 

 余計に気を遣わなければ死んでしまうくせに、守ったからといって攻撃できるわけでもない。完全にお荷物である。なるほど、さぞ邪魔だろう。

 これは早々に邪魔にならないように立ち回らないと、本当に由良さんに背中を撃たれるかもしれない。

 

「さて、そろそろ切り替えて、反省会しようか」

 

 時雨が手を鳴らし合わせ、どこからともなく赤いフレームのメガネを取り出した。さながら典型的な教師といった様子だ。白露といい、教えるときに形から入るのは、血なのだろうか。

 

「まず、落ち込むのは良くないね。僕たちの戦いでは生き残ることが正義だから、今回の勝利は正しく動けた結果だよ。正しいのに悔やむ必要はないさ」

 

 なるほど?白露は俺が生き残っても怒ってたけどな……。

 

「……気休めぐらいにはなったかな?これはブラックジョークってやつさ、創設初期のね。艦娘が量産できて、日本近海の深海棲艦を一網打尽にできていた頃に調子に乗った上層部が、後進育成、つまりドロップ艦娘を育てるための資材を、代わりに連続出撃のために使うことを推奨していてね。その頃は、ある程度練度が上がれば深海棲艦を簡単に攻め落とせたから、短期決戦のつもりだったんだろうけど、そう簡単な話じゃなく、すぐに限界が来たんだ。それでも少数精鋭だから今更練度を揃えるわけにもいかず、無理強いされていたんだけど、艦娘や一部の提督が方針反対を訴えたところ、返答が――」

 

「――もし、現状の快進撃に疲弊し、闘争心を蝕んでいるのならば、近日発表される作戦海域に参戦せよ。より大きな功績を残せた艦隊には相応の報奨が授与される」

 

「そう、つまり万遍なく海域を広げるのではなく、一点突破しようとし、さらに報酬まで与えるという方針に変更した」

 

 よく覚えているね、と時雨が褒めると、途中で割って入った矢矧は、忘れるわけもないだろう、と苦虫を噛み潰したような顔をする。

 時雨はメガネを外してポケットにしまい、矢矧に目を向けた。

 

「黒露、途中だけどごめんね。それで、どうしたんだい、矢矧」

 

「いやなに、創設当初の話は知っての通りなぜか人気なんだ。見てみろ」

 

 矢矧が指差した方を見ると、耳をそばだてるどころか興味津々という顔の由良さんと朝潮が隠す気もなく近づいてきた。

 

「時雨さん、続き聞かせてよ、ね?」

 

「後学のために、ご教授願えませんかっ」

 

 この様だ、とでも言いたげに矢矧は肩を竦める。朝潮と由良さんは、作戦中だということも忘れているような緊張感のなさだ。言わんとするところが分からんわけでもない。

 だが、やはり昔話というのは気になるもので、俺もどちらかといえば由良さんたち側である。

 

 時雨は頬をかいて、やっちゃったなぁ、と呟く。居心地が悪そうな様子で俺に反省会はできそうにないことを伝え、矢矧の目を見て、

 

「まぁ、もう哨戒区域内だろうし、いいんじゃない?」

 

「……はぁ、仕方ない。何遍も話している内容だろうに、飽きないな」

 

 矢矧は呆れつつも、珍しくくだけた表情で続きを促した。

 

「……で、どこまで話したっけ。あぁ、そうそう、その訴えは、作戦海域は生半じゃ突破できないから、一丸となって突破しようという試み、の理由付けに利用されたのだけど、当時は戦力が増えれば少しは後進育成に回せると躍起になってその作戦に参加したんだ」

 

「その頃だな、艦娘同士で顔を合わせたのは。それまでは鎮守府が異なる艦娘と会う機会は殆ど全くなかった」

 

「そうだね。まぁあの時はどちらが目の前の深海棲艦を沈めるのかの競い合いだったから、交流を深めるだとか連携を取るだとか、協力なんてのはなかったんだけどね」

 

「そして、その競い合いは段々と過激になっていき、兎にも角にも、戦績を上げることだけを考えた結果、ドロップ艦をデコイにすればいいという考えにシフトした。作戦前までは反対していたのに、結局、最も戦績を稼げる方法をこれしか知らなかったんだ」

 

「その時の艦娘内の標語のようなものがさっきの言葉さ。誰が言ったのかは今となっては定かではないけれど、どこかの海で誰かを見捨てた娘にかけた言葉なんだろうね」

 

「逆に言えば、この言葉通りにできない艦娘は皆沈んでいった……。本来ならば、彼女らこそが正義だったんだろうな。その正義も口数が減ってしまってはどうしようもないが」

 



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ブルネイ泊地

「だから、三年前まではデコイがいたのは知ってのとおりだよ。艦娘はその方針を割り切れる艦しか生き残らないし、提督もそれでノルマを達成できるなら、態々無理をしてまで変える意味はないだろうからね」

 

「そうだな……」

 

 矢矧は話を区切って目線を上げた。その先には大きな港が広がっている。港には数多くの船が並んでおり、人の行き来も盛んである。

 どうやら第2到達ポイントに到着したようだ。

 

「ところで、提督。私と時雨は指令通り、これより南にある作戦基地に赴かなければならないが、提督には特に指令が出ていないはずだ」

 

「あぁ。何も言われていないと思う」

 

「ならば、提督には私達と同行するか、この港で待機するか、の二択があるが、どうする?」

 

 つまり、作戦基地に行くか否か、か。

 作戦基地が何か知らないが、字面から作戦に関わるものなのだろう。例えば、複数の提督がいて会議をしていたり、複数の艦娘が出撃や入渠に使ったり、兎に角、作戦の中核を担うような基地なのだと予想できる。

 だとすると、提督という肩書上、俺は行くべきだろう。肩書がなければただの一般人なので、行っても骨折り損になるのは百も承知だが。

 

 それに、この作戦には俺も戦力として組み込まれている。δ少将は時雨についていけばいい、と仰っていたが、どうやら夜戦では別行動らしいので、そこの真偽も確認せねばなるまい。

 

「……同行しよう。たぶんそっちの方が良い」

 

「いや、だめでしょ」

 

「え?」

 

 なぜ?

 本職の提督たちの話についていけないのは分かりきっているが、議論はどうあれ自分が何をすべきか程度は理解できると思う。無論、それしか解らないのなら、時雨か矢矧かのどちらかに作戦を共有して貰えば良いのだが、やはり提督たるもの、いつまでも解らないというのは許されないだろう。

 と、反論に対する応えを練っていると、思わぬところを指摘された。時雨が言うには俺の立場上行くべきではないらしい。矢矧もそれに同意するように頷いている。

 

「立場上、という話なら提督なのだから行くべきでは?」

 

「ちがうちがう。黒露には黒露たらしめる特徴があるじゃないか」

 

「ナニソレ」

 

「え、それだよそれ。その体」

 

 時雨に体を指差されたので、改めて自分の体を見回す。細長い腕、張り出した胸、水飛沫で見えない足、視界の端に垂れ下がる橙がかった髪。栄養不足で若干痩せこけているが、白露の体だ。

 

「特に変には見えないが?」

 

「変とかじゃなくて……もしかして説明されてない?」

 

「説明?」

 

 説明とはなんだろうか。この体に関することで説明が必要なものと言えば"憑依"が真っ先に思いつくが、それ以外に何かあっただろうか。

 あまり腑に落ちていないという表情を見せると、時雨は信じられないものを見たような目を向けた。

 

「うそ……どこまで知らないでここに?」

 

「"憑依"くらいは知ってるが――」

 

「――ちょっ、そっちは機密!」

 

 時雨は慌てて俺の口を手で塞いだ。素早く矢矧に目を向けると、矢矧は意を汲んだようで、一つ頷いた。

 

「由良、朝潮、今聞いた言葉は一切の他言無用だ。同じ鎮守府の仲間にも、作戦を共にする仲間にも、勿論提督にさえ口にするな」

 

「「はいっ!」」

 

 え、そんなに重要なことなのか、これ。α中尉は簡単に話していたが……。

 時雨は口を塞いでいた手を退かし、代わりに顔を近づけ波にかき消されそうなほどの小声で囁いた。

 

「いいかい。……黒露、君は海軍全体に狙われているんだ」

 

「え?」

 

 ね、狙われている?俺になんの価値があって……って機密というぐらいだから、憑依に関するものか?だとしたらば、憑依って並の人間が知って良いものじゃないんじゃ……。だが、α中尉が知っていたくらいだし……うーん、憑依の機密さ加減が分からん。

 

 でも、俺が白露に憑依していることと、海軍に狙われることが繋がっているのだとしたら、俺はなぜ孤島にいたのだろうか。狙っているのなら、孤島で死にかけるような状況を作るより、手元に置いた方が良いはずだ。

 ということは、俺を孤島へ送った張本人であるθ中将は、俺を狙っていないのだろう。いやむしろ、逃がしたとも取れる。死にかけたけど。

 

 だとするならば、時雨は海軍全体と言っていたが、θ中将のように助けてくれる味方もいるようだ。もしかしたら、このような作戦を練ったδ少将も味方側かもしれない。

 

「その様子だと本当に知らないみたいだね……。取り敢えず、一つ言えるのは今までは運が良かった。いくらでも死ぬことはできたのに、そうならなかったに過ぎない。そして、作戦基地に行けばどうあっても生きて帰れないだろう」

 

 時雨が真剣な眼差しでこちらを見据える。似たような目をどこかで見た気がした。俺の左頬を叩いたときの、あの目に似ている。思えば、白露と時雨は性格に差はあれど、どこか顔立ちが似ている。特に、意識しなければならないような横髪の外跳ね具合なんて、瓜二つである。

 あの時、俺がしたことを間違いだとは思わないが、もう叩かれるのは御免被る。もし、相手が白露なら、また気絶する程引っ叩かれるだろう。

 

 あの夜は俺がネ級を食い止めねば全滅必至の状況だったので、気絶程度は受け入れられるが、今回はそういうわけでもない。殴られるくらいなら受け入れたほうが良いだろう。

 

「そこまで言うなら、ここで待ってる」

 

 話しているうちに、もう人が識別できるほど港に近づいた。艤装を回収しようと垂れ下がるクレーンがいくつか見える。返答に満足したのか、時雨と矢矧は港に入らず俺たちと別れて作戦基地に行くようだ。俺がなぜ海軍に狙われているのか理由くらいは聞きたかったが、港に入れば人目につくのであまり話せないのだろう。

 由良さんか朝潮にでも聞けばよいのだが、生憎と艦娘内ではビッグネームな時雨と矢矧と動向を共にした事もあって、港にいた多くの艦娘に囲まれている。そのため、聞くに聞けない状態だ。

 因みに、俺も囲まれているのかというとそんなことはなかった。解せぬ。

 

 そんな折に、見知った顔を見かけた。

 

「……川内?」

 

 囲みの外側にいた艦娘に声をかける。いつもの橙色の制服のような服装ではなく、フリルに縁取られたアイドルのような服装を着ているが、たぶん川内だろう。

 

「ん……?えっと、ごめん、どこの白露だっけ?」

 

 暫定川内は惚けたようなことを言う。初対面の艦娘にはよく言われる文句だが、2度も聞かれることはない。大抵、白露だよね?白露じゃなくて提督?わぁびっくり、といった調子で、それ以降は提督と呼ばれるのが常だ。時雨のように黒露と呼ぶ例外はいるが。

 正確には、川内とはそういったやり取りをせず俺を白露じゃないと認識していたようだから、こうやって聞かれるのは初めてである。

 

「いや、俺は提督らしい」

 

 こういったやり取りは何度もしたので、ほぼ定型句になりつつある。

 

「おれ?……んー、前に会った時もその変なキャラなら覚えてるはずなんだけどなぁ」

 

「変?」

 

「あ、触れちゃいけない感じだった?やー、悪いね。アハハ!」

 

 川内は居心地悪そうな様子で笑い飛ばした。昨日まで共に島で過ごしたとは思えない距離感である。

 

「たぶんなんだけど、白露の知っている川内は私じゃあないかな。一応ここにはもう一隻川内がいるけど、ドロップしてまだ一週間程しか経ってないらしいし、この部隊にはいないかも」

 

 川内がもう一隻?どういうことだ?川内というのは名字のようなもので、それぞれ名前があるのだろうか?それとも、複製体が多数いるから、それらをまとめて川内と呼んでいるのか。

 居心地悪そうな様子や、孤島の記憶がなさそうな素振りから後者も筋は通るが、本当にあり得るだろうか。若干不気味である。

 

「じゃ、私、もう行くから」

 

 川内は捲し立てるようにして、由良さんの囲いの中へ去っていった。時雨や矢矧についての話というのはそんなに聞きたいものなのか。

 よく見ればその囲いを構成する艦娘たちにも同じ容姿のものは複数いて、朝潮なんて3人もいる。まだ三つ子で済む範囲であるが、数十人ともなってくると、きっとヘタなホラー映画より不気味だろう。まぁ、全て俺の想像でしかないが。

 

 しかし、暫定川内の話が事実なのだとしたら、囲いの中に見える白露も俺が知らない白露の可能性がある。隣に川内や神通の姿も見えるし、後ろにはフードを目深に被った艦娘もいる。彼女の名前は……確か、しん、何だっけ?

 

 名前を思い出そうと無意識に凝視していると、その手前にいた白露と、ふと目が合った。

 その瞬間、あっ、と言って――正確には囲いの声が騒がしいため聞こえはしなかった――手を振り上げようとしたが、肩より上には上がらず、何を思ったのか囲いの奥の、さらに内陸側へと走り出した。

 

 3人は白露が走り出したことで遅れて俺に気づき、フードの艦娘を白露の方へ走らせ、川内と神通は俺の方へ駆け寄ってきた。

 

「あの……提督、お久しぶりです」

 

「久々だね。なんでこんなとこに?」

 

 どうやら、この川内と神通は孤島にいた川内と神通らしい。ということはあの白露も俺の知っている白露だろう。

 

「たぶん同じ作戦に参加するんだと思う。それより、白露は何しに行ったんだ?」

 

「何しにって、えぇ……覚えてないの?」

 

 何かあっただろうか。生憎と全く身に覚えがない。

 白露が内陸側に走っていった理由……うーむ、全くもって引っかかるものすらない。

 

「……はぁ、相変わらずね。取り敢えず、謝ってきなよ。私は提督と白露には仲良くやってほしいし」

 

 謝れとさも簡単かのように言うが、当人に否がないと思っている以上謝る内容がない。まぁ強いて言えば、白露が要求しているのは俺が危険な行動をしないことで、俺が提案したのが危険を犯して全員を生存させることだったので、要求を満たすような解決策を挙げられなかった、という点について謝れと言うのならば謝るが、まさかそこまで求めてるわけではなかろう。流石に理想的すぎる。

 とはいえ、不完全燃焼のまま燻っているのも良くないので、近いうちに互いに水に流しておくべきだろう。

 

「……姉さん、提督、謝る気がなさそうです」

 

「まぁ、そうだよねー」

 

 川内は知っていたとばかりに諦めた様子で肩を竦めた。その言い方だとまるで、俺が謝ることを知らない非人道的人物かのように形容されているが、心外である。俺は、自らに否があれば勧んで謝り、他者に否があれば責め立てない聖人君子である。

 

 そんな聖人君子を非人道的と称した川内は、取り敢えずどこかで集まろうよ。積もる話もあるしさー、と工廠へと向かったので、俺と神通も後を追う形で歩を進めた。



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