ガンダムビルドダイバーズ Re:TURN:TYPE (ルシエド)
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ファーストコンタクト・サイエンスフィクション
『ファースト・コンタクト』とは何か


 

 

 

 

『宇宙の基本法は愛であり、愛が人間の最高位のもので、神の名を"愛"と言うんだ』

 

―――Ami, el niño de las estrellas/小さな宇宙人アミ

 

 

 

 

 

 GBN。ガンプラバトル・ネクサスオンライン。若者ならば、その名を知らない者はいなかった。

 

「ねえねえ知ってる? GBN!」

「ああ、今一番熱いオンラインゲームだろ?」

「凄すぎて電子生命体とか生まれちゃったってニュースでやってたね」

「二千万人以上がアクセスって、アクティブユーザー二千万人以上?」

「へー、世界一なんじゃない?」

 

「ガンプラを作って読み込んで、ゲームの中で自分が操作できちゃうらしいよ!」

「戦ったり冒険したり、色んな人とお喋りするだけでもいいんだってね」

「戦うのもまったりするのもユーザーの自由なのはいいね」

「世界中から人が集まってガンダムで戦ってるのか……いいな!」

「ガンダム知らないけどやってて楽しかったよー」

 

「ガンダム知らなくてもいいってのがいいよね」

「GBNか」

「オレ中学校の時GBNやってないと話題に入れなくて仲間外れになってたなあ」

「休日に家族でやると割引プランとかもあるから家族チームとか多いよねー」

「私は作ったガンプラを褒めてもらうだけかな。芸術家も結構いるのパねえよ」

 

 今や、世界で一番勢いのあるオンラインゲーム。それがGBNだ。

 ガンダムというややニッチながらもアニメ業界最大手の一つだったジャンルは、世界中の誰もが参加し交流できるオンラインゲームという土壌を得て、世界に羽ばたいた。

 障害者でも問題なくプレイできる補助つきVRシステム、外国人同士が交流できる高度な翻訳の交流システム、ガンダムという無限の可能性を秘めた原作。全てが上手く噛み合ったのだ。

 

 何もかもが上手く行っているゲーム。

 今一番に悩み事がない運営。

 多くの人がそう思っていた。

 けれど―――そうではなかった。

 

 GBNの片隅、オンラインゲームのバーの中で、二人の"女性"がそのことについて話していた。

 

「異星人? 正気か、ママ」

 

「正気よぉ。来ちゃったのよ、このGBNに、異星人がね」

 

「……にわかには信じられん。が、信じるに足る理由がいくつかあるな……」

 

「でしょう? メイならそう考えられると思ったわ」

 

 ママ、と呼ばれた男/女の名はマギー。

 190を超える長身に筋骨隆々とした鍛え上げられた肉体は男らしさの塊で、服装によってはプロの格闘家にすら見えるだろうが、その服装は一見して誰にも分かるほどにゲイのそれだった。

 話し方も女性らしく、トランスジェンダーであることがひと目で分かる。

 これは"看板"だ。「私はこういうものです」という看板だ。

 マギーは、服装と振る舞いで看板を掲げている。

 トランスジェンダーに偏見がない者は彼/彼女に普通に話しかけ、忌避するものは近寄らず、またそれゆえにマギーも過剰に気を使わず自然体で生きることができる。

 トランスジェンダーの装いとしては、彼女は最適解の一つを採択していると言えた。

 

 ママ、と呼んだ女性の名はメイ。

 マギーが装いでは隠しきれないほどの男性性を持つ男であるとするならば、メイは逆にどんな男装をしても女性であることを隠せない女だった。

 目の覚めるような美形に、翡翠の瞳、もう少しで膝まで届きそうなほどに長い黒髮は美しく、まるで黒曜石のような光沢を放っている。

 スラッとした高身長ながら異性の情欲を集めそうなプロポーションに、感情のない表情が、どこか高嶺の花という印象を与えてくる。

 服装は地球のどの服の系統にも属さない、SF映画の近未来ロボットのようなもので、厚みのある全身タイツに上着を一枚被せただけの、やや扇情的なものにも見えた。

 『遠い未来の日本人の末裔の美人』を絵に書き起こしたら、こうなるのかもしれない。

 

「GBNが"どこか"に繋がっているという話は、以前からあった。

 ママからそういう噂話を聞いたこともあった。

 他のプレイヤーがそう推察していたのも聞いた覚えがある」

 

「そうね。他のサーバーに不正に繋がっているとかそういうレベルの話ではないわ」

 

「とはいえ、今日まで与太話として聞き流していたことも確かだ。私も、ママも」

 

「現実的じゃないものねえ。

 ネットゲームが遠い宇宙に繋がってました、なんて。

 私もメイも本当のことだなんて思ってなかったわ。

 遠い宇宙の知的生命体なんて、今の地球人にとってはSF小説の妄想でしかないもの」

 

「その通りだ。

 だが、SF小説の妄想など既にいくつも現実になっている。

 テレビやラジオを内包する携帯端末。

 遺伝子を組み替えた生物。

 人間と会話するコンピューター。

 動く歩道、稼働する階段。

 ……電子生命体。全てかつては夢物語だったが、今は全て現実に在る」

 

「そうねえ」

 

 マギーはこのネットゲームでアバターを使っているだけの、ただの人間だ。

 だがメイは違う。

 彼女は電子生命体―――『ELダイバー』と呼ばれる、GBNで生まれた生命である。

 世界で一番勢いがあるネットゲームのサーバーで生まれた電子生命体ということで、ニュースでは随分騒がれていたが、一般層全てにはまだイマイチ認知されていない存在であった。

 

 ELダイバーの発生プロセスは未だによく分かっていない。

 『GBNプレイヤーの想いが蓄積されてELダイバーになる』という考えが今は定説だが、それだけで説明できないことも多々存在する。

 常人離れした絶世の美女であるメイは、そもそも人間離れした生命体なのである。

 

 ある者はELダイバーを新人類と言った。

 ある者は地球で最も新しい野生動物と言った。

 ある者は人類を超えた存在と言った。

 意見は十人十色、千差万別。

 人類は『解答』を見つけていない。

 ELダイバーという新生命に対しても、宇宙人という異生命に対しても。

 

 "来たるべき対話"の到来は、人類の準備完了を待ってくれやしないのだ。

 

「メイは今受けているミッションも、"そう"考えていた……確かそうだったわね」

 

「ああ。推論の最後のひと押しになった。だが今はそれが問題ではない」

 

「異星人よねえ」

 

「異星人だな」

 

「分かる? メイ。これって、『人類の存亡を賭けた対話の始まり』ってやつなのよ」

 

「……」

 

「下手を打ったら大変なことになると思うのよねえ」

 

「だろうな。私もママの意見に同意する」

 

「『ファーストコンタクト』っていうのはね、多くの場合悲劇を伴うものだから」

 

 ファースト・コンタクト。

 それは元々、文化人類学が定義し、生み出した言葉だった。

 文明的に優位である側が、文明的に劣位である側に接触することで、時に過度の文化的衝撃(カルチャー・ショック)を与えてしまい、劣位の文化を粉砕してしまう。

 そういったことが、人類の歴史にはたびたびあった。

 

 優れた他国に憧れ、自国の文化を捨ててしまう。

 先進国への劣等感から、戦争を仕掛けてしまう。

 発達した先進国の武器によって、劣位の国が一方的に征服されてしまう。

 そういった最悪の事態が起こり得る、非常にハイリスクな『出会いの瞬間』―――これを、学者達は、ファースト・コンタクトと呼んだ。

 

 やがてこれは、SF用語として定着し、多用されることとなる。

 人類と異星人の『出会いの瞬間』には何が起こるのか?

 地球人はまだ遠い星にまで行けない。

 地球に来れる、つまり地球を超える技術を持つ異星人との出会いはどうなる?

 かつて、地球では劣った国は先進国に蹂躙されることもあった。

 地球人が蹂躙されたらどうする?

 友好的な異星人が来たとする。

 どうすればその友好を維持できる?

 

 今まで『自分の方が先進的で優れている』という形でしかファースト・コンタクトをしたことがない幾つかの地球国家は、自分達が劣位のファースト・コンタクトに耐えられるのか?

 人類はそういったことを、SFという分野で百年以上、ずっと考え続けてきた。

 そして、来たるべき時は来たのだ。

 

「だがママ。何故その話を私にする?」

 

「そうよねぇ、そこは疑問に思うわよね」

 

「こんな話、私が知る理由がない。

 ママが知っているだけでも少し怪しむところだ。

 こんな事実が世間に広まれば確実に混乱が起こることだろう」

 

「でしょうねえ」

 

「高度過ぎるゆえに、GBN内のことは政府がGBN運営に全面的に任せている。

 だが運営はこの情報を秘匿しようとしていたはずだ。

 いかなる事情があろうとも、ママが私にこの話をするのは不可解だ。違うか」

 

 表面的に見る限りでは、マギーは優しげな男性/女性で、よく微笑んでいる。

 対しメイは感情があるのかないのかもわからない、無表情の絶世の美女。

 だが、表情で感情を隠し腹芸をするということに関しては、マギーの方が上手そうだった。

 内心が透けない笑みと、内心が透ける無表情があった。

 

「向こうがあなたをご指名なのよねえ」

 

「? 私をか?」

 

「『彼』……彼と言っていいのか分からないけど、彼はまず運営と対話を始めたわ。

 それはそうよね、彼が現れたここGBNは高度とは言えオンラインゲーム。

 GBNで政府首脳にあたるのは運営だわ。……でもね、ちょーっと問題が出てきちゃったの」

 

「問題とはなんだ、ママ」

 

「会話が成立しなかったのよ」

 

「……ああ、なるほど」

 

 メイは納得した様子で、鋭利な目つきを細め、頷いた。

 

「異星人さんは日本語をちゃんと習得して来てくれたわよ?

 そこはちゃんと感謝しないといけないんだけど……

 でも、言語以外の部分がダメだったみたい。

 倫理。概念。常識。文化。全てがすれ違ってしまっていたみたい」

 

「当然だ。運営は地球人。

 私のような電子生命体(ELダイバー)も地球人の常識しか知らん。

 数千年積み上げてきた人間の常識をどうして異星人が理解できる?

 異星人も同様に積み上げてきたならば人間がどうしてそれを理解できる?

 人生経験のない私にもわかる。それは一朝一夕には越えられない認知の壁だ」

 

「そうなのよねぇ。困っちゃうわ。

 異星人さんが歩み寄ってくれてるのが分かるから、なおさらに」

 

「SFなら、地球を理解できない異星人は地球を攻撃するだろうからな」

 

「そうそう。うふふ、粘り強く対話をしてくれる異星人さんで幸運よね」

 

 異星人と地球人の相互不理解。SF作品で幾度となく扱われたテーマであり、地球人が山のように考察してきた心配事が、今ここにある。

 星と星の途方も無い距離が、二つの星の常識の"遠さ"をそのまま表している。

 かつて地球で隆盛した民族と未開の部族が出会った時のように、先進的な側――異星人――が武力行使を躊躇わなかったならば、地球は焦土と化していたかもしれない。

 

 相互理解の難しさを、地球人類は知っている。

 言葉が違えば分かり合えない。

 国境を挟んだ二つの国が分かり合えない。

 言葉が通じる同じ国の人間同士ですら分かり合えない。

 場合によっては、同じ家の血が繋がった家族同士ですら分かり合えない。

 

 それでどうして、異星人と分かり合えるなどと思い上がれるだろうか。

 地球人類は未だ、遠き星の違う知的生命体との『来たるべき対話』をこなせるほど、成長した知的生命体ではないのかもしれない。

 だが。

 今、この星には、人類以外の知的生命体が存在している。

 

「でもね、その異星人さんが言い出したのよ。『人間以外ならどうか』ってね」

 

「……ELダイバー」

 

「そ。どうもね、その異星人さんは意識の波を調べられるみたいなの。

 地球人と自分の意識の波が合っていないことに気付いてたらしいのよね。

 でも……他の人間とは比べ物にならないくらい、意識の波長が合っている子がいたのよ」

 

「だから私か」

 

「そ! 嫌なら断ってくれて構わないわ。

 その異星人さんは地球人を勉強してるから、いつかは意識の波長も合うらしいからね」

 

「構わない。断る理由もないからな。

 そうか、人間のことをよく知らない私だが……それゆえに、異星人に近かったか」

 

 メイが長い黒髪をかき上げ、納得した様子で腕を組む。

 

 人は皆、自分が生まれた意味、生きる意味を探している。

 そして、大人になるにつれて探していたことを忘れる。

 メイもまた、その意味を探している者だった。

 この出会いが、異星人とELダイバーという関係性が、それを自分に与えてくれるかもしれない……そんな、淡い期待もあったのかもしれない。

 

「だが私は礼節に長けているELダイバーではない。失礼を働く可能性もある」

 

「大丈夫みたいよ? 大分好意的な異星人らしいからね」

 

「ふむ。そうか」

 

「機嫌を損ねないためにどうするかは、運営はよく考えてるらしいけど、はてさて……」

 

 素直な姿勢で現状に向き合っているメイに対し、マギーは女性らしい柔らかい表情を浮かべつつ――男性らしい声で喋りつつ――、現状に対してある程度の警戒心を持っていた。

 

「でもあんまり余計なことは話さないようにね?

 運営の一部はまだちょっと警戒してるみたいだから。

 侵略戦争の下準備は、まず好意的なスパイを送り込むものだものねえ」

 

「勿論留意しておく。人類の内情を事細かに語るつもりはない」

 

「うんうん、いい心がけよぉ」

 

 古今東西。邪悪に賢い者は、最初は友好的な隣人として接してくる。

 そして折を見て、邪悪な顔を見せるのだ。

 狙った獲物のことをよく知ってから、悠々と侵略するために。

 未知の異邦人を信じるべきなのか?

 その善意を信じるべきなのか?

 正解などない。

 ただ、心のどこかで疑っておくことは、間違いなく必要なことだろう。

 

 心の奥の一抹の不安が、マギーの口をついて出る。

 

「……断ってくれてもいいのよ?」

 

「繰り返すが、断る理由はない。

 ママも運営も困っているのだろう。

 私にできることがあるならば、私はそれを成し遂げるべきだ」

 

「んまー、本当にいい子よね、メイ! ナデナデしてあげる!」

 

「いらん」

 

 無表情で淡々とマギーへの好意を口にするメイに対し、マギーは笑顔で、声で、抱きしめて撫でようとする動きで、全身で好意を表していく。

 無愛想な女性と優しそうな女性に見えるけれども、二人には相方向の好意と確かな絆があって、それを形にする方法が違うだけだった。

 

「ママ。その異星人は今どこに?」

 

「GBNのあるエリアを周期的にうろついていると聞いているわね」

 

「……? 行動を制限していないのか?」

 

「無駄に行動を制限して嫌われたくないでしょう?

 それに彼は好意でGBN……このゲームから出ないで居てくれるのよ。

 その気になったらゲームの中なんて狭い所から出て行っちゃうだけだわ」

 

「なるほど」

 

「それに、『彼』はそんな必要もないと思われるくらい好意的みたいねえ。

 もちろん運営もモニタリングは常時してるらしいわよ?

 『彼』の周りの映像と音声は常に拾えるから、何をしているかも分かるみたい」

 

「異星人とやらは、毎日何をしているんだ」

 

「人間を観察して、本を読んで、アニメを見てるみたいよ。人間を理解するために」

 

「人間を理解するために、か」

 

 メイが何かを考える仕草で、目を細める。

 その僅かな表情の動きでメイの内心を察せるからこそ、マギーはメイからの経緯と信頼を受ける女性であった。

 

「ちょっとメイに似てるかもしれないわね。

 メイも人間を理解するために、色んなことを知ろうとしているでしょう?」

 

「それは……そう、かもしれない」

 

「うふふっ」

 

 異星人もELダイバーも、"地球における人間"ではない。

 彼らが人間を理解するのには時間がかかるだろう。

 ゆえに、異星人とELダイバーのメイは、ある程度近しいところがあった。

 流行り物の良さが分からない人間が集まってアンチスレというコミュニティを作るように、人間というものが分からない者同士であれば、そこには共感が生まれる。

 分かり合う可能性が生まれる。

 

 人間を理解しようとするメイを通して、運営は異星人に人間を理解させようとしているのかもしれない。

 

「私はその『彼』をなんと呼べばいい?」

 

「彼らの代表者……彼はGBNを通して情報を得て、こう名乗ったそうよ。『エヴィデンス01』と」

 

「……ほう」

 

「GBNにやって来て、GBNで人間を学んだ者らしいと思わない?」

 

「ああ」

 

 その名前は、ガンダムシリーズを好む者にとって、GBNを遊んでいる者達にとって、誰もが知る存在であると言えるものだった。

 その名前に込められた意味を、この世界ではほとんどの者が知っていた。

 

「しかし、ハイセンスな異星人だな」

 

「そうよねえ。わたしもストライクフリーダムの改造機使いだから嬉しかったわ、うふふ」

 

 メイもマギーも、異星人がその名前を名乗ったことを知って初めて、『仲良くできる異星人かもしれない』と思うようになっていた。

 

「すると私の役割は、調整者(コーディネイター)か」

 

「そ。普通の人間(ナチュラル)の私はサポートに回るから、困ったら何でも言いなさいな」

 

「ふっ……そうだな。困った時は頼りにしている。ママ」

 

「ええ、どーんと頼りにしなさい!」

 

 何故ならば、そこには。

 

 相互理解の"種"が埋まっている。そう感じられたから。

 

 

 

 

 

 ―――『地球外生命存在証拠一号(エヴィデンス01)』。

 

 彼がそう名乗ったのは、『ガンダムSEED』に登場する地球外生命体の化石・エヴィデンス01に由来している。

 羽の生えたクジラのようなその姿は、地球外の異様な生態系や、遠い宇宙の知的生命体の存在を人々に想像させ、皆、やがて来る地球外生命体と出会う日に想いを馳せていった。

 

 この地球外生命体の存在証拠(エビデンス)を発見した者が、遺伝子を調整して強力な能力を持たされた人間・コーディネイターの最初の一人、ファーストコーディネイター:ジョージ・グレンであったことが、ガンダムSEEDの宇宙を混乱の渦へと招くのだが、それはこの世界には関係のないことだろう。

 

 ガンダムSEEDの宇宙において、コーディネイターは遺伝子を調整され、普通の人間(ナチュラル)よりもはるかに優れた能力を持った人間のことを指す。

 だが、本来はそうではない。

 コーディネイターという名前と枠組みを作ったファーストコーディネイター:ジョージ・グレンは、『調整された優れた者』という意味合いでこの名を付けたのではない。

 彼は作中世界にて、こう語った。

 

『僕はこの母なる星と、未知の闇が広がる広大な宇宙との架け橋。

 そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者。コーディネイター』

 

『僕に続いてくれる者が居てくれることを、切に願う』

 

 調整された者(コーディネイター)ではない。

 調整する者(コーディネイター)

 それがSEED宇宙における本来のコーディネイターである。

 

 現実におけるコーディネイターは、管理者、交渉者、利益分配者……多くの役割を果たし、物事を調整する者を指す。

 SEED宇宙のコーディネイターもまた、やがて生まれ来る新人類と旧人類の架け橋、異星人と地球人の架け橋、その調整者となることを期待された者達であった。

 いつの日か、新しき民と古き民の橋渡しとなってほしい。そんな祈りがあった。

 

 調整者(コーディネイター)の役割をメイが自認したのは、そういうことだ。

 

 メイの受けた使命(ミッション)は、地球人と異星人と橋渡し。

 

 人類にかつて例のない、人類にとってもメイにとってもファースト・ミッション。

 

 言うなればファーストコーディネイターに、メイは選ばれたのであった。

 

 

 

 

 

 初心者用サーバーの森の中に、『彼』はいた。

 

 初心者達がうろつき、たむろし、楽しげに雑談する広場を見下ろせる森の中に、彼はいた。

 銀色の髪。

 絹の布一枚を縫い合わせたような服。

 そして、金色の目。

 革新者(イノベイター)のような目だと、メイは思った。

 

 銀色の髪が風に揺れている。

 星の光のような銀髪だ。

 空の星の集まりを、人が銀河、乳の川(ミルキーウェイ)と表現してきたことを、メイは知っていた。古来より星は、銀か白で表されるものだった。

 白銀の星。黒色の宇宙に煌めくもの。その髪色はまさに星そのものだ。

 メイの長く綺麗な黒髪が風に揺れ、彼の髪色と合わさって、宇宙をこの場に形作る。

 

 星の白が顔を上げて、宇宙(そら)の黒と目が合った。

 

「―――」

 

 メイが僅かに目を細める。

 頭の中に何かが入って来そうで入ってこない不快感があった。

 言葉にならない言葉のようなものが頭に染みてくる、そんな違和感があった。

 黒き絶世の美女に、白き眉目秀麗の美男子が語りかける。

 両者共に、無表情だった。

 

「ああ、すまない。

 地球のコミュニケーション手段は、大気の振動……音、だったな」

 

 男が口を開くと、声が響く。

 現verのGBNでの声はリアルでの肉声をそのまま使うことも、加工することも、既定プリセットを適当に使うこともできる。

 男の声は既定プリセットを混ぜたもので、容姿もGBNのデフォルトパーツを組み合わせたものに見える。

 だが、声も容姿も細かいところに『GBNではありえない微細な仕様の差異』があり、この男が普通のプレイヤーでないことは分かる人には分かるようになっている。

 

「いやはやすまない。量子波での対話は癖でな。

 うっかりそちらを使いがちだ。

 現実では大気の波による声を。

 電脳世界では声を電子情報に落とし込んだものを。

 そうして会話するのが地球人のコミュニケーション手段……で、あったな」

 

「お前がエヴィデンス01か」

 

「で、あるな」

 

 絶世の美男子の銀色の髪の先端だけが透明になっていることに、メイは目を凝らしてようやく気がついた。

 

「私はメイ。運営から話は通っているはずだ」

 

「メイ殿、で、あるな」

 

「メイでいい。私はお前をどう呼べばいい?」

 

「好きに呼ぶといい。

 私達の種族に個体名はない。

 体内の情報結晶の量子波で個体を識別しているからだ。

 地球人やELダイバーのような個体を識別するための名称を、我々は持っていない」

 

「ふむ……他の人間は、お前をどう呼んでいるのだ?」

 

 男は名乗る。

 

「一つだけ。GBNの運営側の人間から呼ばれた愛称がある。

 私はエヴィデンス01、一つ目の地球外知的生命体の存在証明、一つ目ゆえに―――」

 

 来たるべき対話は、ここより始まる。

 

 

 

「―――『ヒトツメ』と、そう呼ばれている」

 

 

 

 



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『異星人が考える地球で最も価値ある資源』とは何か

 森の中に風が吹いている。

 葉が地面の上を転がっていく。

 柔らかな日差しが差し込んでいる。

 けれど、虫は一匹もいない。

 限りなくリアルでありながら、ユーザーのためにどこまでもバーチャルの都合良さを求めるGBNの森の中で、白銀の青年と漆黒の美女は遠くの広場を眺めていた。

 森の中には椅子が二つ置かれており、二人はそこに座って言葉を交わしている。

 並ぶ二人の髪は長く、対照的な漆黒と白銀だ。

 

「大分人間のことも勉強してきたが、未だ多くを知らない。

 それにこの身は異星のものだ。

 知識を身に着ける正しい順序も分かっていない。

 メイを通して理解できたらいいと思っている。ご教授頼んだ」

 

「ああ。だが、知識を身に着ける正しい順序などあるのか?」

 

「ある。万物の知識は、正しい順序で身に着けることで正しく理解される。

 たとえば、で、あるが。

 『戦争はいけない』という部分の知識だけ身に着けても実感は伴わない。

 『なぜいけないのか』という過程の知識があって初めて意味がある。

 知識は正しい順序で頭に入れなければ歪んでしまうことも多い。そういうものだ」

 

「そうか、なるほどな。

 私もまだまだ人間について多くは知らないが、できる限りの助力はしよう」

 

「ああ、夜露死苦。言葉の意味も覚えている最中だ」

 

「さっそくおかしい知識が出てきたな」

 

 エヴィデンス01がおかしなことを言って、メイがそのたびに修正すれば、異星人が地球人の倫理を獲得することはあるのか。

 それともELダイバーのちょっと変な倫理観になるのか。

 結果はまだまだわからない。

 

「一つ、最初に疑問に思ったことがあった。聞いていいだろうか?」

 

「で、あるか。

 構わない。

 君に永続的な質問の許可を与える。

 君が何を言おうと私は不快に思わず、質問に回答を拒絶することもないだろう」

 

「感謝する。では聞くが、お前は何故このオンラインゲームに来たのだ?」

 

「私は広域調査員だ。

 この広大な宇宙を少しでも知るために存在している。

 その中でも私は知的生命体を探し出す役目を与えられている。

 私の後に量子管理員、その次に環境詳細調査員が来る。地球人の言葉で言えばそうなる」

 

「そうか。では少し質問を変える。

 何故リアルではなく、わざわざオンラインゲームの中になど来たんだ?

 私にはメリットが良く分からなかった。現実の首相官邸にでも行けばよかっただろう」

 

「……少し待ってくれ。説明の言葉を、今地球人の言葉に変換する」

 

「ああ、わかった」

 

 説明する言葉だけならすらすら出てくるのだろう。

 だが異星人の言葉で作られたそれを、地球人やELダイバーに誤解がないよう、最適な言葉を選んで翻訳するのは、流石に時間がかかってしまうに違いない。

 エヴィデンス01はメイに言葉を尽くそうとしていた。

 それは、地球では誠意と呼ばれるものだった。

 対話の一つ一つに対し真剣であろうとする異星人の姿は、メイがほのかな好感を抱く理由には十分であると言えた。

 

「私は地球人が想像してきた異星人というものを分類した。

 人間型。

 人外・動物型。

 機械生命体。

 電子生命体などの情報生命体。

 光などのエネルギーのみで構成されるエネルギー生命体。

 地球の生命概念の外側にある異常形状のもの。

 そして、肉体の概念を持たないなどの、上位次元存在。

 多くはこの七つのどれかに分類され、少数の例外が存在している」

 

「私は電子生命体だな。お前はどれに分類されるんだ?」

 

「私は……強いて言うなら、最後にあたる。上位存在だ」

 

「……それは、どう捉えれば良いんだ?」

 

「どう捉える必要もない。

 私達の種族も宇宙全体で見れば下位の種族だ。

 威張れるような存在ではないよ。

 私は情報として、電子のデータに変換可能な、素粒子に近い状態でここに来ている」

 

「ああ、分かった。理解した。だからGBN……電子の世界に辿り着いたのか」

 

「その通り。ここから遠く離れた宇宙に私の本体はある。

 私の意識は量子波に乗る、偏在する意識の波動だ。

 地球人風に言えば、私は宇宙の遠くまで心だけを飛ばしていた。

 心だけを遠くに波動として飛ばし、遠く彼方の宇宙を見る。私はそういう種族なんだ」

 

「ここに来ているのは、お前の心だけというわけか」

 

「で、あるな。ゆえに、地球には我々の生態系と根本的に違うものが存在していて……」

 

 エヴィデンス01はまた少し考え、できる限り誤解なく伝わる言葉を選ぶ。

 

「メイ。地球で最も価値があるものはなんだと思う?」

 

「……むう。私はそのあたりに詳しくないからな。

 普通の人間にも同席してもらえばよかっただろうか」

 

「正解はしなくて構わない。君の意見でいい」

 

 真摯に考え言葉を選んだ男に対し、メイも腕を組んで真剣に考え、答えを選ぶ。

 

「ありきたりな返答になるが、鉱物資源だろうか。

 大分昔から人間はそれを奪い合って殺し合ってきたという」

 

「希少資源は確かに価値があるだろう。

 この宇宙に1gしかない金属もある。

 素材がもうこの宇宙に存在しない油もある。

 だがこの地球にそういうものはない。

 少なくとも価値のある無機物の類はない、と私は判断している」

 

「ならば、異星人のお前が考える地球で最も価値のあるものとはなんだ?」

 

「命だよ」

 

「命? 人間や動植物などの命か?」

 

「で、あるな」

 

 ELダイバーを除いて、本当の命なんて何もない電子による虚構の世界で、エヴィデンス01は地球の生命の価値を語り始めた。

 

「鉱物など掘り出せばいい。

 水も油田も、宇宙に探せばいくらでもある。

 だが地球の生命は違う。

 この星は推定だが、50億年ほど前に生まれた。

 50億年の進化の果ての多様な生態系がここにある。

 もし、人為的に同じ地球を作ろうとするなら……

 50億年の歴史を、星の数より多く繰り返しても難しいだろう。

 今この地球にある命は、その一つ一つが、星より価値があるものなのだよ」

 

「それが、お前の考える『この星で最も価値あるもの』か」

 

「で、あるな。

 ペニシリンという物質があるだろう?

 地球のカビなる生物が生成する抗生物質というものだったな。

 あれをそれ以外の手段で作るとなると、時間も手間もかかりすぎる。

 だが地球の環境ならば非常に簡単だ。

 地球にはそれを可能とする生態系があるからだ。

 他にも、地球生物だけがごく自然に生成する物質がある。

 地球生物だけが発生させる希少な資源がある。

 地球の命の一つ一つが星よりも価値があるとは、そういうことなのだよ」

 

「なるほどな。そういう観点は私も持ったことがなかった」

 

「実に面白い。私には君達のような笑いの概念はない。

 笑うという表情表現もまだ習得していない。

 だがもし君達に近い生物であったなら、歓喜で笑っていたかもしれん」

 

「笑うのか。無表情なお前が笑っている姿が想像できないが」

 

「は

 は

 は

 は

 は

 は

 は」

 

「クロスボーンガンダムの敵役のような笑い方をするな」

 

「違ったか……指摘感謝する、メイ」

 

「顔の筋肉がピクリとも動かない笑い方をする地球人はいない」

 

「////」

 

「待て、その線はどうやって出しているんだ? 無表情だがどういう感情だ?」

 

「地球人は恥を感じた時、これで照れの感情を表現するのではないのか?

 何かを間違えた時、恥を感じるがゆえにこうするのだと、小説で学んだのだが……」

 

「……照れているのか?」

 

「……? いや、別に。照れるべきだと思ったのだが」

 

「……?」

 

「……?」

 

 メイは会話をほどほどのところで打ち切る。

 

「まあ、この話はここまでだ」

 

 真摯に人類に向き合い、誠実に人間を学ぼうとし、日々人間を理解しようとしていてこれであるならば、初期に運営はどれほど苦労していたのだろうか。

 

「地球生命の貴重性は前述の通り」

 

「会話では前述とは言わないぞ。先に言った通り、が良いだろう」

 

「で、あるか。なるほど、感謝する、メイ。

 地球生命の貴重性は前述の通り。

 で、あるならば。ここGBNという場所は、それを間接的に際立たせている」

 

「ここがか?

 むしろ逆だと私は思うが。

 ここにはお前が価値を見ている地球固有の生命など、ほとんど居ないのだから」

 

「いや、ある。ガンプラだ」

 

「ガンプラ……?」

 

 メイが無表情に小首をかしげる。

 容姿端麗な彼女がそういう所作を取ると、無表情でも可愛らしい。

 愛想は無いが、愛嬌はある。

 

「正確に言えばプラスチックだ。あの概念が面白い」

 

「プラスチック?」

 

「で、あるな。

 プラスチックは合成樹脂、なのだろう?

 樹脂というのがそもそもこの地球の特産品だ。

 この地球の樹木がなければ生まれない。

 それの代用品、再現品というのが面白い。

 GBNはそれを電子的に更に再現したものが動くんだろう?

 で、あるなら。こんなものは地球でしか生まれないだろうと断言できる」

 

「ああ……なるほどな、そういう考えか。

 私も生きている樹に触れる機会はあまりない。盲点だった」

 

 GBNはそれぞれのプレイヤーが作ったガンプラをスキャンし、ゲームの中でスキャンしたガンプラを乗り回して遊べるゲームである。

 当然、ガンプラはその名の通り、石油やトウモロコシなどを原材料とし、樹脂を模造した物質であるプラスチックからできている。

 日本ではかつてプラスチックは植物のセルロースが原料であった。ガンプラは、エヴィデンス01が貴重性を見た地球植物の延長にあるものなのだ。

 

「美麗な森の中にいるというのに、お前はそちらに目を向けるのだな。エヴィデンス01」

 

「これは作り物さ。

 地球人の美的感覚を取得していない私には分からない。

 森の美しさは分からない、だが、地球の植物の希少な価値は分かるのだ」

 

「……私もだ。森が美しいという感覚は、よくわからない」

 

「で、あるか」

 

 運営が現実のどの森よりも美しく作った爽やかな緑の中で、普通の人間とは違う視点で、二人は森を眺めていた。

 

「私達に無いのは、道具の概念だ、メイ。君達のガンプラもその枠に入る」

 

「道具を生み出さずに発展してきた宇宙生命体である……ということか」

 

「で、あるな。

 我々は自己の外側に機能を求めなかった。

 必要な機能は生命としての進化によって備えてきた。

 我々にとってできないこととは、

 『自分を進化してできるようにすること』

 であって、

 『道具を作ってできるようにすること』

 ではなかった。

 道具を作って星の覇者となった地球人とは、そこが決定的に違う」

 

「ああ、それはこの前テレビでやっていたから知っているぞ。

 人間の繁栄は、道具を使って自分より強い動物を倒せたかららしいな」

 

「テレビ……」

 

「テレビを知らないのか? なら、今度一緒に見ようか。私もママから借りておこう」

 

「感謝する。メイ。私は地球でよき友人を得たようだ」

 

「私はよき友人か? よき友人とはなんだ?

 私はELダイバーだ。まだそういう言い回しと人間の機微は理解できない」

 

「私にも分からない。私にも地球人の機微は分からない。

 だが、全宇宙共通の、全ての知性体に共通する考え方はある。

 遠き星から来た者に対し、攻撃ではなく、手を差し伸べる者は、よき友だ。

 それは恒星より得難く、超新星よりまばゆく照らすもの。宇宙で唯一の道標なのだ」

 

「……そういうものか」

 

「で、あるな。地球人の言語は勉強中ゆえに、正しく伝わっているかはわからないが」

 

 白銀の美男子は、GBNの空中を舞う葉を一枚こともなさげに掴み取る。

 

「この地球の概念でたとえるなら……

 別の星で、善意で『有害な酸素は全部除去してあげよう』となったことがあった」

 

「それは……最悪だな。私は酸素が必要だと思ったことはないから、他人事だが」

 

 そして、その葉をメイに見せるように握り潰す。それが示すところは明白だ。

 

 大昔、地球において酸素は全ての生命の大敵、最悪の猛毒であったという。

 だが今は、そうではない。

 そして、それを理解できる異星人ばかりではない。

 善意による滅びの可能性は、十分にある。

 だからこそ、相互理解は絶対に必要なのだ。

 

「で、あるなら。

 地球は酸素を利用する生態系が基本と解釈している。

 そこはまず留意しておくべき部分だな。でなければ地球の生命が滅びてしまう」

 

「頼む。地球に好意的なお前が、地球を理解することが必要だ」

 

「で、あるか。任された。そのためにも地球と人間を知らなければならない」

 

「分からないことがあれば聞け。

 教えられることなら教える。

 私にも分からないことは一緒に学んでいこう」

 

「助かる、メイ。なら一番の難関であると思われることから聞こう」

 

「一番の難関、だと……? なんだ……?」

 

 エヴィデンス01は懐に手を入れ、メイがごくりと生唾を飲み込む。

 

 懐から取り出された"一番の難関"は、RX-78-2―――いわゆる、ファーストガンダムだった。

 

「ガンダムの顔の見分けがつかないんだが……すまない、私が地球人でないからだな」

 

「安心しろ。地球人の大半もガンダムの顔の見分けなんぞつかん」

 

「???」

 

「ツノが生えてて目が二つあったらそれでガンダムだ。そんなものでいいぞ」

 

「で、あるか」

 

 一番の難関の放置が決定された。

 

 エヴィデンス01は前髪をつまんで両手で斜め上に引っ張り、アンテナのようにする。

 ツノが二つ。

 目が二つ。

 

「私は……ガンダムか? メイ」

 

「お前は……ガンダムではない」

 

「刹那・F・セイエイは……ガンダムではないのか?」

 

「いや……彼はガンダムだ」

 

「そうか……」

 

「そうだ……」

 

「何故彼は『俺がガンダムだ』と言っていたんだ、メイ」

 

「ガンダムが神だったからだ」

 

「……?」

 

「……?」

 

 地球人よくわからん、とエヴィデンス01は思った。

 

 刹那・F・セイエイよくわからん、とメイは思った。

 

 

 



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『おっぱいとおちんちん』とは何か

 現verのGBNの町並みは、大まか三種が多い。

 現代の地球にある街並みを再現、あるいはモデルにして昇華したもの。

 中華風にヨーロッパ風にファンタジー風に近未来風、非現実感を強めたもの。

 ガンダム作品に登場する街をゲームに落とし込んだもの。

 現実的なものの安心感、非現実的なリアリティによる興奮、ガンダムリスペクトのファンサービス。この三つの強みを全て取り込み、他で合間を埋めるからこそ、GBNは強かった。

 顧客満足度が異様に高い理由が、ここにある。

 

 そんな街並みを、エヴィデンス01とメイは歩いていた。

 二人は見目麗しい男女だが、ここはGBN。容姿を自在に変えられるオンラインゲームだ。

 普通に歩いている分には、デザインセンスのあるプレイヤーだとしか思われないだろう。

 

「君は私をヒトツメとは呼ばないのだな」

 

「色々あってな。その呼び方はやめた方がいいと思う。私の個人的感情の問題でしかないが」

 

「で、あるか。であればそうしよう。好きに呼んでくれ、メイ」

 

「呼び方か……適当に考えておく」

 

 メイは無感情な瞳で周りを見渡し、エヴィデンス01もその視線に追随し、周囲の有象無象―――GBNダイバー達を見渡す。

 皆笑っていた。

 皆楽しそうだった。

 皆、メイや彼と違い、ごく普通の人間だった。

 

「エヴィデンス01。お前から見て地球人をどう思う?

 異星人との接触、交流は、まだ地球人類には早いと思う意見があるようだ」

 

「早い? ……早いか?

 あのガンダムという作品の中でも、そういう見解が多いのか?

 地球では現実でも創作でも『人類には早い』という傾向が強いのか?」

 

「多いな。ほとんどの作品で、人類は外宇宙知性と接触するに足りないとされている」

 

「……ううむ、で、あるか」

 

 周囲から学んだ認識を素直に話すメイに対し、エヴィデンス01は彫刻のように動かない顔で少し考え始め、その結論を口にした。

 

「で、あるなら。私が見てきたものと、それを下敷きにした私見を述べるが。

 知的生命体の多くは、宇宙に出る前に、母星から飛び出すこともなく、絶滅するのだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。多くの生命は知性を持て余すのだ。

 そして、同士討ちし、殺し合う。

 互いに知性をもつがゆえに。

 同族同士の殺し合いで絶滅しないよう『我慢』できる生物は、割合の上では多くない」

 

「……」

 

「獣は同族殺しも共食いもする。

 で、あるが、種が絶滅するまでやることは中々無い。

 種が絶滅するまでやるのは知性体だけだ。

 知性は、生命を獣の本質から遠ざけるが……

 同時に獣がやらないような絶滅の内戦も起こしてしまう。地球人は賢いな」

 

 メイは眉を顰める。

 彼女はGBNで生まれた。

 GBNはガンダムシリーズから生まれた。

 メイという電子情報にとって、ガンダムという電子情報は遠い祖先のようなものだ。

 当然、彼女は多くのシリーズを視聴済みである。

 

 ガンダムはロボットアニメであり、戦争アニメであり、そこからの派生作品達だ。

 よってほとんどの作品に戦争がある。

 そしてそれらのほとんどは、地球人と地球人の戦争なのだ。

 もっと言えば……それらの作品で、人類が滅亡する終わりはほとんどない。

 地球から戦争はなくならない。

 けれど戦争はいけないものだ。

 なのに戦わなければ守れない。

 この三要素こそが、ガンダムの基本的なものであると言える。

 

 戦争がなくならないから、地球人は宇宙に進出する資格はまだないと、ガンダムシリーズを作ってきた者達は考えた。

 戦争で種が絶滅せず、どこかでストッパーをかけられるだけの種族自制があるのであれば、宇宙に進出する資格はあると、エヴィデンス01は考えた。

 

「人類は絶滅していない。

 絶滅しないまま、他の星に足をつけた。

 だから地球人は十分宇宙に進出する資格がある。

 自己評価が低い種族というものはあるからな。

 地球人は自分たちを卑下しすぎているのだろう」

 

「そういうものか」

 

「そういうもの、で、あるな」

 

 無論、彼が全面的に正しいわけではないだろう。

 彼は地球人が宇宙に進出する資格があると考えているだけ。

 『外宇宙の知的生命体に失礼のない地球人になってから宇宙に出ていくべきだ』と考えている地球人達とは、根本的に目指しているところが違うとも考えられる。

 

 これは単に視点を置いている場所が違う、それだけ。

 そして、彼という異星人が、『地球人は野蛮だから宇宙に出て行ってはいけない』といった思考を一切持っていないということの証明でもあった。

 

「私には正確に想像もできないが……

 進んだ文明の異星人は、相対的に後進的な地球を見下さないものなのか?」

 

「文明に上下はない。

 文明の発展度で貴賤を決めるなどナンセンスだ、メイ。

 この宇宙で偶然一億年先に生まれただけの文明は、一億年後に生まれた文明より優良か?」

 

「兄は弟より偉いのか、といった話になりそうだな……」

 

「で、あるな。

 ここには多くの意見があるだろう。

 だが私は文明を見下すという行為自体に愚を感じる。

 幼い文明は過去の自分に見える。

 老成した文明は未来の自分に見える。

 幼子を未熟だ、愚かだ、野蛮だ、と言うことに正しさを感じられないのだ」

 

 エヴィデンス01は宇宙人視点の持論を展開し、その途中ハッと何かを思いついた様子で、最後に一言付け加えた。

 

「―――個人的に!」

 

「おい、エヴィデンス01、何故そんな格好付けて言った?」

 

「え、ああ、いや。

 地球人はこうするのだろう?

 『個人的に』と付ければ文句を言われにくい。

 だから主張する時は『個人的に』を付ける。

 これを付けるだけで地球人っぽくなると思ったのだが」

 

「順調に余計なことを学んでいるな……」

 

「ぬ。ダメだったか」

 

「私は『個人的意見だから反論するな』という予防線はあまり好かない」

 

「で、あるか。地球人らしさの道は長いな……研究を重ねるしかあるまいか」

 

「そうしてくれ」

 

 メイが先導し、彼はその後についていく。

 そうして街を歩いていくと、二人はある店の前にいた。

 

「ここは?」

 

「私と最も親しい人間の酒場だ。おそらく、私以上に人間を知っている」

 

「で、あるか」

 

「今は店に誰もいないはずだ。別件で忙しいらしいからな。

 だがすぐ帰って来るから店で待っていてくれと言われている」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

 店の扉を開くと、店の奥から流れ来る音楽が、彼と彼女の耳に届いた。

 どこか優しく、どこか熱のこもった、若い男のラブソング。

 店に入ると、木星の床やレトロな壁紙が音を反響し、心地の良い空気を作っている……ように聞こえるよう、電子的に加工された音楽が、店の中に満ちていた。

 

「これは……音楽、だな。

 人間の音階と表紙の娯楽。

 地球の大気を媒体とする芸術だ」

 

「『マギー・メイ』という曲らしい。

 私は音楽に詳しくはないが……

 イギリスで一番人気の時期もあった名曲だと聞いている」

 

「音楽はいい。コミュニケーションによく使われる。

 一定以上の文明レベルに到達した種族のほとんどは音楽の類を持つ。

 地球のように空気の振動で表しているわけでない。

 で、あるが、心地のいいリズムというものは、全宇宙共通の娯楽だ」

 

「そういうものか」

 

「そういうものだ」

 

「ちなみに、お前はどういうものが好きなんだ?」

 

「地球でストローハル数と呼ばれるもので表されるものが好きだな。

 流体の振動における周波を娯楽のリズムに落とし込んだものは、とても美しい」

 

「そうなのか」

 

「そうなのだ」

 

 メイが頷く。

 エヴィデンス01も頷く。

 無表情で無感情で無愛想な二人が会話していると、たまにシュールな時間が流れる。

 それを二人とも気にしていないものだから、たまにギャグ漫画のような絵面になっていた。

 

 エヴィデンス01が店のカウンターの端に置かれていた写真立てを手に取る。

 そこには店の主であるマギー同様、女性性を感じさせる男性達が仲良さげに笑っていた。

 ゲイバーか? とすぐさま判断するような俗な知識は、まだ彼の中に蓄積されていない。

 

「性の多様性……というものだったか」

 

「そうだな。

 様々な人間がいる。

 様々な性別がある。

 道理に合わないものも、合理ではないものもある。

 だがそれを"人それぞれ"で済ませるのもまた、人間なのだろう」

 

「私にとっては、地球生物の男女差というものは一度調べてみたい対象ではある」

 

「ほう?」

 

「私も活動の都合上、目立たない人間の男性の姿を使っているが……

 人間のような性別は本来持っていない。

 私の本来の構成体に性別はない。メイのような女性体でも良かった」

 

「性別の必要性においては、私達も同様だな。

 ELダイバーに子供が作れるかも定かではない。

 私達は人の思念から生まれた電子生命体だ。

 性別があるのは、おそらく元になった人類という生命に性別があるからだろう」

 

「そうだ。私は、性別が必要ない生態系の生命ゆえに」

 

「私は、通常の生殖のサイクルの外側に在る電子生命体ゆえに」

 

「地球人類が持つ性別の必要性を持っていない。私も、メイも」

 

 エヴィデンス01は、メイの体をじっと見た。

 彼がその体に欲情することはない。

 生物としての規格が違いすぎる。

 だが人間の男性体にも、女性体にも、知的好奇心のようなものはあった。

 

「触ってみてもいいだろうか?」

 

「構わないぞ」

 

「感謝する」

 

 ストレートで恥じらいのない要求。

 恥じらいも躊躇いもない即答。

 あまりにも異様な一瞬が過ぎ去り、男の手がメイの胸を揉んだ。

 

「柔らかいな」

 

「柔らかいだろう」

 

「メイのように女性体の方が柔らかいのは、有性生殖生物特有の役割分担か」

 

「ELダイバーにもそういうものはあるのだろうか」

 

「肉体が不変ならばそうだろう。ELダイバーはどうなんだ?」

 

「私達はこのアバターが本体だ。

 だが、そのアバターをGBNの仕様に沿って自由に変化させられる。

 性別も容姿も根本的には意味がない。

 お前が男性体を選んだのと同じだ。

 私は私が選んだ私の姿、私の存在、私の在り方として、こう在っている」

 

「自認識が自分を作る。

 電子生命体……情報生命体として、メイは正しい在り方、で、あるな」

 

「お前はどうなんだ? 自認識と異なる姿で在ることは不快ではないのか」

 

「いや。新鮮でどこか心地良さすら覚える」

 

「そうか。不快でないならいいが」

 

「そもそも私の本来の体は物質的でないが、この太陽系より大きいからな」

 

「……え?」

 

「何も対策せずそのままの姿で到来すれば地球のような小さな星は粉々になってしまう」

 

「……そうなのか」

 

「意識をリンクさせたGBNのアバターを扱うのが、この星を知るためにはちょうどいい」

 

 メイは昔長谷川裕一の手で描かれたという漫画で、ガンダムZZの主人公:ジュドー・アーシタが出会った、宇宙そのものをリセットしてしまうという巨神の存在を思い出していた。

 人間に歩調を合わせる超越存在。

 人類に理解を示すサイエンス・フィクションの神。

 人々が正しい道を選べればよき隣人となる脅威。

 メイは、目の前の存在がそういうものに見えてならなかった。

 

「メイの乳房は大きいな」

 

「そうらしい」

 

「乳房、とは言うが、色々な呼び方があることは知っている。おっぱいだとか」

 

「……」

 

「多様な表現は地球人の文明のきめ細かさを実感させるな」

 

 エヴィデンス01はまだメイの乳を揉んでいた。

 

「だが容姿を変更できる電子生命体に必要なものなのか? メイ」

 

「わからん。お前はどうなんだ? その容姿に必要性はあるのか」

 

「人間を再現することそのものが、私にとっての必要性だ。欠けているものもあるが」

 

「欠けているもの?」

 

「名称は記憶した。インターネットで検索した。おちんちんというものだ」

 

「おちんちん」

 

「男性に絶対に必須なものであるようだ、おちんちんというものは。

 だがよく分からなかった。

 余計な情報のノイズが多く、また抽象的なものも多かった。

 私が調べた限りでは、女性にあることすらあるという。

 乳首に生えているパターンも発見した。

 どういうことなのだろうか? おちんちんというものは。

 だがそれを正しく備えなければ男性を再現できていないということも分かるのだ」

 

「……」

 

「地球人……奥深い」

 

「戻って来れないほど深いところに行く前に戻って来い」

 

「? メイ、発言の意図が分からないのだが」

 

「お前の言っていたことが分かった。よく分かった。

 知識とは、確かに正しい順序で身に着けるべきものだな……」

 

「で、あるか。分かってもらえたようだな」

 

「ああ。私はお前よりはまっとうな人間の女性に近い。

 それを確信できた。ならば私は、お前を正しく導かねばならない」

 

「おお……ありがたい。重ね重ね感謝する、メイ」

 

 まだメイの乳を揉んでいるエヴィデンス01。

 色気もなく、発情もなく、むしろこの光景に扇情的なものを覚える人間が異常であるかのような空気の中で、非人間的な二人は言葉の交流を重ねる。

 互いが互いを人間として見ておらず、けれど遠い宇宙の彼方の一個人としては見ていて、一つの生命として互いを尊重し合っている。

 それは理想的な地球生命と異星人の交流であった。

 あった、が。

 どうしようもないくらいに、地球の人間が当たり前に持っている感性、特に性的な恥じらいの類が存在していなかった。

 

 なので、そこに帰って来たマギーは、ログイン筐体越しに心臓が止められてしまうかと思うくらい、盛大にびっくりした。

 

「何してるのあなた達!?」

 

 びっくりして二人引き剥がしたマギーが状況を理解するまで、数分を要した。

 

「素っ裸で互いを見て何の恥じらいもなかった∀ガンダム一話じゃないんだからもう……」

 

 そして、落ち着いて話ができるようになるまで、更に数分を要したという。

 

 

 



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『酒と性』とは何か

 GBNは既存のオンラインゲームより、はるかに現実との結びつきが強い。

 多くのユーザーは現実の自分とあまり変わらない姿のアバターを使い、現実の自分の声をそのまま使い、現実の本名をそのまま使っている。

 違うのは服くらいだという人間も少なくない。

 

 GBNのプリセットを利用すれば、ダイバーは容姿も声も自由に変えることができる。

 変えていることが一目瞭然になりやすいが、それを気にするユーザーもいない。

 その自由度もまた、GBNの良さの一つだ。

 だが、匿名性を選べるにもかかわらず、GBNでは大してその匿名性は重要視されない。

 GBNはコミュニティとして見た場合、ハンドルネームを使って当たり前のツイッターより、本名登録が原則のフェイスブックに近いということなのだろう。

 

 逆に言えば、リアルの自分をアバターに色濃く残したダイバーは、GBNのプリセットにない声と容姿のパーツを使っているためひと目で分かる。

 マギーのように男性の声を残している者や、その存在のために外見と声にプリセット外のバグ的仕様が混ざっているエヴィデンス01は、見る者が見れば非常に分かりやすい。

 

 マギーと出会い、少し話しただけで、エヴィデンス01はマギーの複雑なジェンダーをある程度理解した。

 マギーもまた、エヴィデンス01を見て、彼が"そう"であることをひと目で見抜いていた。

 

「うふふ、取り乱してごめんなさいね。マギーよ」

 

「で、あるか。いや、気にすることはない。

 悪意ではなく誤解から生まれたものであればいかなる暴言も怒りの理由にはならない」

 

「ま! 話に聞いていた以上にいい子ね~! エビちゃんと呼んでいいかしら?」

 

「構わない。愛称で親愛を示す地球人の文化は正確に理解している」

 

「ありがとうねぇ。ふふふ、しがない酒場だけど、ゆっくりしていってちょうだいな」

 

 カウンターに座る表情な男女二人に、ニコニコと笑うマギーが酒を出す。

 もちろん、これで酔うわけはない。が、味はある。

 GBNはフルダイブ型のゲームではなく、感覚は全て錯覚だが、現verのGBNは試験的に感覚のフィードバックが行われるため、本物の感覚と変わらない錯覚があった。

 食べ物を楽しむ分には問題ないだろう。

 次回のアップデートでVer.1.79になればもっと凄くなるだろう……と、GBNのダイバー皆のもっぱらの噂であった。

 

「酒……アルコール。

 いくつかこの手のものを嗜好する種族を見てきたが……

 共感はできないが理解ができる絶妙なものだな。酔うという気分に興味はある」

 

「ほう」

「あらあら、そうなの?」

 

「で、あるな。マギー殿。あなたに酒の専門家として聞く。酒とは人間にとって何か」

 

「あらあら、専門家にされちゃったわ。

 そうね……人生の友。

 辛い時に励ましてくれる、いい友人だと思うわ」

 

「で、あるか。

 抽象的だが、貴重かつ分かりやすい見解だ。感謝する。

 酒とは何か?

 向精神効果のある薬か?

 娯楽効果のある嗜好品か?

 破滅に誘導する毒か?

 社会悪性が依存症を利用する商品か?

 我々のように物質的な肉体のない生物にとって、それは長年の研究対象だった」

 

「ああ、私もよく分かる。

 私にも酒に酔う機能は無いからな。

 人間のわざわざ酔いたがる気持ちがさっぱりわからん」

 

「んまー、お酒で酔わないからって二人とも好き勝手言っちゃって! ふふふ」

 

 マギーがクスクスと笑っていて、メイがエヴィデンス01の話にうんうんと頷いている。

 

「そもそも、食という機能が本来栄養補給のために備わったもの。

 栄養補給のために行われるものだ。

 酩酊は肉体的なバグ、あるいは他生物の誘惑によるもの。

 それを好んで"気持ちいいから"と繰り返すのは性交中毒に近い……気がする」

 

「分かる、分かるぞ。リアルでぐでんぐでんに酔っているママを見ていると更にそう思う」

 

「オホホホ」

 

 二人に色々言われても、マギーはどこ吹く風である。

 酒の美味さを知らない子供に何を言われても、健康志向の知識人に何を言われても、腰の入った酒飲みが酒をやめることはない。

 全部分かった上で酒を飲み続ける。

 それもまた"大人"というものだ。

 

 二年も生きていないメイにも、上っ面だけ地球人の真似事をしているエヴィデンス01にも、まだそれは理解できない概念である。

 普通の地球人でさえ、二十年以上かけなければ理解はできない、複雑なようで単純なようでもある、ちょっと厄介な領域の概念であった。

 

「でもねぇ、酒がないと皆毎日ケンカしてると思うわよ?

 酒があると嫌なことを忘れられる。

 酒があると皆仲良く話せる。

 誰だって他人に暴力や悪口をぶつけたくないもの。

 みーんないい人で居たいから、お酒の力を借りるものなのよ」

 

「で、あるか……なるほど。なるほどなるほど。

 闘争の回避と対話の補助か……それは盲点だったな……」

「ママがリアルでも酒を皆に提供していたのはそういうことだったか」

 

「まーお酒に酔って喧嘩しちゃうこともあるんだけどね! うふふっ」

 

「「 本末転倒では? 」」

 

 声がハモって、二人が顔を見合わせ、マギーがこらえきれない様子で笑い声を漏らしていた。

 

「どうする、エビ。酒と地球人の関係について調べてみるか?」

 

「エビ、であるか。まあいいか。いや、酒についてより私はこの人と話がしたい」

 

「あら」

「ママと? 何か興味を持つことがあったか?」

 

「性自認と肉体性別が違う地球人と話したい。私にとっては必要なことだ」

 

「!」

 

 マギーは微笑んだままだが、その心が少し身構えた気配がした。

 

「ママに無礼なことを不躾に聞くようであれば、私が許さない。覚えておけ」

 

「で、あるか。マギー殿はいい娘を持ったな」

 

「あら、ふふふ。いいのよメイ」

 

「私には地球生命の親子の情は分からないが……

 いや、それは本題ではないな。

 私はできる限り礼を失しないようにしたい。

 で、あるが、人間を知らない。

 同席していてくれメイ。私が不躾なことを言った時、君が止めてくれると嬉しい」

 

「……ふん」

 

「まーまー。メイもそんなプリプリしないの。

 エビちゃんも気にしないでいいわよ?

 何を言われても、まだよく知らないから誤解してたで済むわ、私達。

 悪意ではなく誤解から生まれたものなら怒る理由にはならない、でしょう?」

 

「感謝する。地球人の良心よ。

 メイにとって一番親しい人間が貴方であることが、メイの最大の幸運であるだろう」

 

「あらあら、ふふふ」

 

 エヴィデンス01は、石像の動かない顔のまま、マギーに深く頭を下げる。

 

 下げた頭がカウンターに衝突し、骨が砕けるような嫌な音がした。

 

「……痛くないか、エビ」

 

「……? 頭は下げれば下げるほどよいのではないのか?」

 

「いや……それは……どうなんだ、ママ」

 

「頭をぶつける礼儀はないわねぇ」

 

 エヴィデンス01は額が衝突で赤くなった――ように見えるサーバー内映像処理がされた――額を気にせず、話を続ける。

 

「人間は有性生殖生物だ。

 オスとメスがあり、これがセットで生殖を行う。

 だが長期的には諸説あれど、短期的には有性生殖より無性生殖の方が種の存続には有利だ」

 

「どういうことだ、エビ」

 

「異性を探し回るリスクが少ない。

 雌雄の数の割合が釣り合っている必要がない。

 無駄なエネルギーもコストも資源も使わない。

 知性体は優秀な子孫を残すため異性を選り好みする傾向も強くなるからな。

 生殖効率で見れば、単性単独で繁殖ができる無性生殖の方が優れている、とされる」

 

「なるほどな。続けてくれ」

 

「で、あるからして、有性生殖はデメリットの方が多い。

 増えにくいため、生存競争で負けやすい。

 優れた形質を獲得した無性生殖の方が星の覇者となりやすい。

 で、あるが。

 たまに、星の特殊な環境によって、有性生殖が優位になる星がある。地球がそうだ」

 

「地球が? そんなに有性生殖が流行っている星なのか?」

 

「で、あるな。一種のパラドックスを内包しているほどだ。

 この星の学者は大分頭を悩ませているのではないかな。

 有性生殖は遺伝子の交雑だ。

 古い遺伝子二つを混ぜて新たな一つを生む。

 そうして多様性を作る。

 地球の人間種が高い環境への適応力を持っているのはこれが理由、で、あるな」

 

「お前が前に言っていた、道具による適応力の高さも見逃せない。そうだろう?」

 

「流石だメイ。学んだことを無駄にはしない……

 で、あるな。

 有性生殖の武器は、長期的な多様性だ。

 発展した無性生殖の知的生命体は対策を持つ。

 私達のように高次に進化したり、強化外装体を得たり……

 そうして環境への対応力を獲得していく。

 それに対抗するためには有性生殖は多様性を持たなければならない。

 だが、言い換えれば、有性生殖は性欲求の奴隷になってしまいやすい」

 

「性欲求の奴隷、だと?」

 

「性欲に負ける、ということだ」

 

「……」

「そんな目で見なくていいわよメイ。事実だもの。人間のサガってやつよぉ」

 

「女が欲しい。

 男が欲しい。

 より魅力的な女を。

 より優れた男をを。

 酒であれ、性欲であれ、生物は肉体的欲求に支配されやすい。

 高次の生命体になるために、肉体を捨てることが多いのはそのためだが……」

 

 エヴィデンス01はマギーを横目に見て、少し言葉を選び、口を開く。

 

「……肉体の縛りを超越した個体は、その種が生来持つ縛りを踏破している」

 

「!」

 

「多くの種族が、そう考えている。

 種の多様性が、種の枠組みを突破した時。

 種の知性が、本能を凌駕した時。

 自分の性を自分で決められるほど、個々の在り方が円熟した時。

 いくつかの個体が、その種族の肉体に縛られない生殖の在り方を得る、とな」

 

「お前は……ママの在り方を肯定するために話しているのか?」

 

「一面的にはそうなるのかもしれない。だが、私は人類全体の話もしている」

 

 マギーが少し驚いた顔をして、淡々と話すエヴィデンス01、隠しきれない感情がにじみ出てきたメイを見て、優しく微笑んだ。

 

「マギー殿。有性生殖生物における性の超越は、君達の言うところの"人類の革新"なのだ」

 

「―――」

 

「それを文明が受け入れているのも興味深い。

 私が知っている限り、2364種の知的生命体において、それは受け入れられなかった」

 

「……ま、そうよね。地球も同じだわ」

 

「いいや、地球は違う。

 地球は受け入れる動きがある。

 それは素晴らしいことだ。

 倫理的に、ではなく、生物的に良い。

 普通は排斥する。

 生殖における異常個体は排斥し、種の生殖の健全性を守るのだ。

 それが生物として、獣として正しいことだ。

 そうすれば同性愛による生殖の遅速化は起こらない。

 だがそれでも、同性愛個体などを排斥しない生物の方が、高次に行きやすい」

 

 "同性愛者や複合ジェンダーを全く受け入れなかった種族群が大いに繁栄した例ももちろんあるがね"と、エヴィデンス01は付け加える。

 彼はマギーや地球人に都合の良い話だけをしているのではない。

 地球人に媚びているわけでもない。

 

 ただ、マギーのような男性の体に女性の心がある人間というものを、宇宙的観点から、個人的な見解も加えて話しているだけだ。

 

「マギー殿。その根本にあるものが何か分かるだろうか」

 

「……自分と違うものへの寛容と許容、そして共存かしら?」

 

「そう、その通り。

 正解だ。

 素晴らしい。

 ハッキリ言って、私には人間の反差別というものが分かっていない。

 同性愛を許す隣人愛、いや、人間の愛そのものが分かっていない。

 性別に根ざした感情は全てが理解の外だ。

 だが宇宙の基本原則は知っている。

 自分と違うものを受け入れようとする心の芽生え。

 それが宇宙に進出し、外宇宙にて知的生命体と出会い、手を取り合う種族の絶対条件だ」

 

 エヴィデンス01が手を差し出す。

 マギーが少し嬉しそうにしながら、その手を取る。

 地球人と異星人が、個人間ではあるが手を取り合うその光景に、メイの口角が僅かに上がった。

 メイが僅かに微笑んだことに、メイに背を向けている異星人だけが気付いていなかった。

 

「たとえばエビちゃんみたいな?

 ふふ、ファースト・コンタクトの異星人が優しい種族で、地球人は幸運だったわね」

 

「いや、私は……それは、今の話題に沿っているものではないな」

 

「?」

 

 エヴィデンス01は何故か言葉を濁して、話を続ける。

 

「"当たり前でない性"を受け入れられない者は、異星人も受け入れられない。

 肉体を超越した性を許容できなければ、複雑な精神構造に進化していけない。

 まず精神生命体に進化していくなら、肉体の縛りは邪魔だ。

 電子生命体に進化していっても同様だ。

 結局のところ……共存共栄ではなく、攻撃を選ぶ種族は、宇宙的道徳において下等となる」

 

「地球人はまだまだ下等なのねえ」

 

「いや、地球人は下等ではない。未熟なのだ。

 自分と違うものの許容と共存。

 これを道徳的に優れた行為であると定義しているなら、あと数千年で確実に解決されるだろう」

 

「長いな」

「長くない?」

 

「長くは……あるか。

 数千年ほどなら私も見守っていられる。

 マギー殿が子孫に伝言があるなら、伝えておこう」

 

 マギーとメイが顔を見合わせて、マギーが苦笑し、メイが呆れた表情をする。

 無言で通じ合う二人の間には、時間間隔のスケールすらあまりにも別物である、どこか愉快な異星人への呆れがあった。

 その呆れは、人間の友人に向けるような呆れであった。

 

「大切なのはマギー殿が自分をどう思っているかだ。

 メイ同様、高度に進化していった生物は自分で自分を定義する。

 自分の存在、性、在り方を自分で定義する。

 各々が出す人生の答えこそが、その種族と文明が成す、精神性の果実なのだ。

 無数に成るその果実こそ、知る価値がある。

 劇的な一言が聞きたいわけではない。

 時間をかけて、一生命としての見解、言うなれば人生に積み上げてきたものを聞きたい」

 

「ありがとうね、エビちゃん。ちょっと嬉しいわ」

 

「? ここで嬉しがる意味は……?」

 

「それも話してあげるわよ、うふふ」

 

 マギーは席を立ち、店の奥の店を漁り始める。

 

「長い話になりそうね。

 ちょっとお菓子とジュースも持って来るわ。再現味覚だけでお腹は膨れないけど」

 

「お菓子! 話には聞いている。うまい棒というものを食べてみたいのだが」

 

「あるわけないだろう……GBNだぞ」

 

「あら、あるわよ?」

 

「「 あるのか…… 」」

 

 

 



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『恒星と水と大気と夕陽』とは何か

 地球人に限らず、他星の知性体を理解することは難しい。

 難しい上に、時間がかかる。

 地球人同士ですら他人を理解することが難しく時間がかかるというのに、違う星の者同士の相互理解の難易度など、想像もしたくないレベルにあるものだろう。

 

 少しずつ、少しずつ、エヴィデンス01は"人間"を吸収している。

 "地球の倫理と論理"を吸収している。

 まず知ること。そして理解すること。最終的に尊重し合うこと。

 彼はそれを主としていたが、マギーやメイのことを一日や二日で理解できるはずもない。

 

 そも、理解とは何か?

 どこまで理解したら理解したことになる?

 どの程度なら『理解した気になっているだけ』と馬鹿にされる?

 「理解が大事だ」とか、「相互理解こそが重要だ」とか気軽に誰もが言うが、理解とは本来、主観と客観が高度に入り混じった非常に高度かつ難易度の高い行為なのだ。

 

 エヴィデンス01は、『対象の文明・個人に意図していない影響や侮辱を決して与えないこと』を理解の最低ラインとしている。

 俗な言い方をすれば「相手が不快に思うことを思わず言っちゃうようじゃその相手を理解してることにならないよ?」といったところだろうか。

 これが彼の"理解"の定義であるということだろう。

 

 マギーはエヴィデンス01を認め、いつでも来ていいと言ってくれた。

 今後はちょくちょくあの店に行ってマギーと話すことになるだろうが、それだけで人間を理解できるはずもない。

 

「もっと人間を知らなければな」

 

 第一に、メイの助力を得て人間を知っていくこと。

 地球で生まれ最も異星人に近いELダイバーを仲介としていくこと。

 第二に、その合間に一人でも知り合いを作っていくこと。

 そうして人間の理解度を上げていくこと。

 第三に、すべきことを全てした後、決断をすること。

 それでこの星における自分の役割は終わりだと、エヴィデンス01は考えていた。

 

「で、あると、なんだ……

 何をすればいいんだ?

 どこが一番人間を理解しやすいのだろうか。

 極力偏りなく理解できるところが良いが。

 Googleに聞いてみるか……

 『人間の全てを理解できる場所』、と……

 ……大昔の哲学ばかりが出てくるな。で、あるなら、どうしたものか」

 

 少し思案してから動き出そうとしたエヴィデンス01の肩を、小さな手がポンポンと叩いた。

 

 振り返り、エヴィデンス01は目を見開く。

 

「あなた、私と同じ?」

 

 そこに立っていた白い少女を見て、彼は絶句し、口を半開きにしたまま、言葉を失っていた。

 

 白百合のような少女だった。

 光の反射で白く見える薄水色の髪、純白のドレスが、白のイメージを打ち立てている。

 長い髪は青いリボンでまとめられており、純白のドレスも青い上着、首から下げたペンダントは紫と、寒色系でまとめられた服装は清純さを感じさせる。

 それでもなお冷たさを感じないのは、その眼差しが、その声色が、とても暖かい優しさに満ちているからだろう。

 

 エヴィデンス01の量子と素粒子も見通す眼は、眼前の少女が元々は何であったかも一瞬で見抜いていた。

 

「……で、あるな。私もELダイバーだ」

 

「ELダイバー? あ、だから同じなのかな……私はサラ。ELダイバーだよ。あなたは?」

 

「エヴィデンス01。人は私を、エビちゃんと呼ぶ」

 

 どうやら彼はこの呼び名が気に入ったらしい。

 少女はずっとにこにこしている。花のような微笑みだった。

 

「わあ、エビちゃん。可愛い名前だね」

 

「君の名前の方が可愛い。

 地球人基準で容姿も君の方が可愛い。

 つまり私の完敗、君の完全勝利だということだ」

 

「? 私、勝ったの?」

 

「で、あるな。サラ殿はソロプレイヤーというものか」

 

「ううん。リクと離れちゃったの」

 

「陸と離れてしまった? 空を飛んだのか」

 

「うん。リクは空を飛ぶの。誰よりも早く、誰よりも高く」

 

「陸は空を飛ぶのか……哲学的だが、分からないでもない。

 "空を飛ぶ"が、"陸から離れる"と同義でない時代が来ているのが今のこの星だ」

 

「そう、リクと離れちゃったの。ミッションに一緒に行く約束だったのに」

 

「ミッション……ミッションとは?

 何度か名前だけは目にしていたが、触れる機会がなくてな」

 

「あ、生まれたてのELダイバーなんだね。

 ミッションはみんなで楽しく何かするんだよ。

 何かできたらミッションクリアーになって嬉しくなるんだ」

 

「なるほど……奥が深い。

 ところでこういう表現は何故奥が深いと言うのだろう。

 奥と手前は正しいのか? 底が深いと言うのが正しいのではないだろうか」

 

「……?」

 

「……?」

 

「言葉って大変だね」

 

「サラ殿も苦労を?」

 

「私は……仲間が居たから。

 私があんまり上手く話せなくても、寄り添ってくれる人達と出会えたから」

 

「……仲間、で、あるか」

 

 そこに、会話を遮るような大きな声が飛んで来た。

 

「サラ!」

 

「! リク!」

 

「ダメじゃないか、今日はここに人がいっぱい集まるって言ってたのに。

 ぎゅうぎゅう詰めになるから手は離さないようにってちゃんと言ったよね?」

 

「ごめんなさい、リク」

 

「いいよ。サラが無事なら」

 

「リク……」

 

 全力で走って来た男の子が、サラを抱きしめる勢いで突っ込んできた。

 空気が一変して、"青春の空気"とでも言うような、どこか楽しげで、どこか若々しく、ひねくれた大人だと居心地が悪い空気が出来上がる。

 エヴィデンス01は、その空気を心地良く感じていた。

 

「おっ! リク、サラちゃん見つかったんだ。よかったー!」

 

「あ、モモちー」

 

「モモありがとう、一緒に探してくれて。ちゃんとサラ見つかったよ」

 

「いいよいいよ、私も通りかかっただけだし。見つかってホントよかった」

 

 リクと呼ばれていた少年はリアルベースの姿だろうか。

 格好良さや背の高さに目を瞑れば普通の少年だが、服装はベタな和製RPGの主人公の服装をなぞったようなベーシックなものになっている。

 だが瞳の奥にある真っ直ぐで純真な光が、平凡に見える彼の非凡な本質を垣間見せていた。

 

 モモと呼ばれている少女は、ピンクの長い髪をツインテールにして、パンダを模したコスプレをしたような姿である。

 リクはまだ『RPGの主人公の服を着たイケメン』として現実でも見るだろうが、モモのそれはGBN以外ではほぼ見ることはないレベルのものだった。

 コスプレ大会にでも行かなければ見れないだろう。

 "オンラインゲームなんだから思いっきり!"という少女の割り切りと熱量が、フルパワーで放出されているような、パンダモデルのコスチュームであった。

 

 三人が並んでいると、和製RPGの凛々しい勇者、助けを待ち祈る姫、勇者の仲間のおバカな獣人女に見えてくるから不思議なものだ。

 三人は会話しているところを見るだけでも一目瞭然な、信頼し合うチームだった。

 

「ところでサラ、今話してたその人は?」

 

「わー、金色の瞳と銀色の髪が綺麗。ダイバールックがシャフリさんみたい」

 

「リク、モモちー、この人は、私と同じ人」

 

「え!? じゃあELダイバーの人!? サラ以外の!?」

 

「あー、だからサラちゃんと話してたんだ!

 初めまして、私モモでーす! この子はリク!

 サラちゃん……は知ってるかな。フォース・ビルドダイバーズ! よろしくっ!」

 

「で、あるか。

 サラ殿、リク殿、モモ殿、ビルドダイバーズ。

 よし、覚えたぞ。私の名前はエヴィデンス01。親しい者はエビちゃんと呼ぶ」

 

「よろしく、エビちゃん!」

 

「よろしくお願いします、エビさん。

 サラを見つけて話してくれていて、ありがとうございました!」

 

 エヴィデンス01は、新鮮味と好感の両方を抱いていた。

 サラはおしとやか、モモは元気、リクは誠実とそれぞれタイプが違ったが、根っこにあるのは純然たる善意。三人それぞれが、眩しいほどに真っ直ぐだった。

 

 未来に不安を持たずにまっすぐに部活に打ち込む少年少女が持っているものと同じ、ひねくれたところも汚れたところもないような、光の心。光の存在。光の在り方。

 成人の体と感情が欠落した心のメイ、世の中の酸いも甘いも知ったいい大人のマギー、歳を重ねた運営の一部としか交流して来なかったエヴィデンス01には、何もかもが新鮮だった。

 この子らもまた、人間の一部。

 いずれ来る未来の社会の担い手である。

 

 光を宿す子供達に、エヴィデンス01はマギー達に受けたものとは別種の感銘を受けていた。

 

「ねえねえ、エビちゃんはここで何をやっていたの?」

 

 モモが陽気に、人懐っこく問いかける。

 現実でもネットゲームでも、多くの友人を作っていくタイプなことが窺える。

 

「俺とサラはミッションに一緒に行く約束で待ち合わせてたんです。

 モモはソロミッションでランク上げとか。

 あ、そうだ、ミッション一緒に行きませんか? 一緒ならきっと楽しいですよ」

 

 リクが凛々しい表情で、威圧感の対極にあるような柔らかい雰囲気で、嫌だと思ったら断りやすい空気をごく自然に作り、楽しい時間にエヴィデンス01を誘う。

 絵に書いたようないい人だ。

 善意を心臓に宿した人間は、こういう風に在るものなのだろう。

 

「……ううん。リク、この人は、そういうことをしに来たんじゃないよ。

 ね。人間を知りたくて、地球のことを理解したくて、ここで人を見てたんだよね」

 

 そしてサラは、その目で見た者を深くまで見通しているかのようにすら感じる。

 この少女が一番、浮世離れした雰囲気を纏っていた。

 白百合のように微笑み、可愛らしい振る舞いを自然とこなし、見抜けるはずもない真実をその目で見抜き、事もなさげに口にする。

 

「で、あるな、サラ殿。その理解で相違ない。一人では限界を感じていたところだ」

 

「エビちゃんは、人間を好きになりたいんだよね。

 私にとってのリクやモモ……仲間のみんなみたいに」

 

「で、あるからして、サラ殿の言うように、人間を理解せねばならないのだ」

 

「あはは、サラが二人居るみたいだね、モモ」

「ELダイバー同士って基本的に仲良いわよね。男の人のELダイバーでもそうだったかー」

 

 ELダイバー。

 電子生命体。

 人間に非ず者。

 この三人の中で一番エヴィデンス01に近いのは、間違いなくサラだった。

 

「じゃあ、俺とサラとモモで手伝って……」

 

「ダーメ! リクはサラちゃんと一緒にミッション行く約束でしょ?」

 

「あ」

 

 善意で動こうとするリクを、モモが即座に嗜める。

 

「女の子との約束すっぽかすなんて最低なんだからね?」

 

「モモちー、リクは私のエビちゃんを助けたいって意思を尊重してくれたから……」

 

「ダーメ、サラちゃんはもっとワガママ言っていいの! リクはそれを立てること!」

 

「うん、モモの言う通りだ。俺、そうするよ! ありがと、モモ」

 

「ふっふっふ、ここは私に任せて先に行けー!

 ELダイバーならサラちゃんの弟同然!

 二人の分もちゃんと頑張ってサポートしておくから」

 

「モモちー、ありがとう」

「ありがとう、モモ!」

 

 "またね"と小さく手を振るサラ、去り際に頭を下げていったリクがミッションに出発し、後にはエヴィデンス01とモモが残される。

 

「じゃ、改めて自己紹介ね?

 私はモモ。愛機はモモカプル!

 あなたと同じELダイバーのサラちゃんと一緒に、ビルドダイバーズやってます!」

 

「で、あるか。私がエヴィデンス01、エビちゃんのままでよいぞ」

 

 ビルドダイバーズ。

 メンバーの名前は知らなかったが、ビルドダイバーズの名前は色々と調べていたエヴィデンス01も知っていた。

 二年ほど前、最初の電子生命体(ELダイバー)として出現した少女を守り、GBNの上位ダイバーほとんどを敵に回し、最後には世界最強のチャンプすら打ち倒したという。

 始まりのELダイバーは仲間達(フォース)のおかげで救われ、GBN運営は方針を転換、今のGBNは人間と電子生命体が共存する理想郷の雛形となった……という、話だ。

 

 GBNという二千万人以上のアクティブが存在する世界で、世界全てを敵に回して勝ち、一人の女の子を救ったという伝説のフォースチーム。

 無名のGBNダイバーには、「俺元ビルドダイバーズなんだぜー!」と大嘘をつき、イキりまくるという、ネット通称『イキリマス・ヴィダール』が大量発生したとかなんとか。

 

「さってー、人間が知りたいんだっけ? ……どうしよっか」

 

「君に任せたい。

 君は人間だ。君の方が人間を知っている。

 で、あるからして、君に任せた方が効率が良いだろう」

 

「って言われてもなー……あ!」

 

 モモが瞳を輝かせて、手を打つ。

 

「そうそう!

 そういえばユッキーが雑誌の特集で見せてくれたあれ!

 新設の宇宙エリア!

 あそこ今すっごく人居るんだって。

 ねえねえ、行かない?

 よし、行こう!

 さあ、ガンプラに乗って軌道エレベーターに乗って、いざ宇宙へー!」

 

 モモが目をキラキラとさせたまま全力で駆け出し。

 

「いや私ガンプラ持ってないので行けないぞ」

 

 エヴィデンス01の一言で盛大にずっこけて壁に激突した。

 

 顔をぶつけて赤くしたモモがエヴィデンス01に掴みかかる。

 

「なんでー!?」

 

「作ってないから……」

 

「なんで自分のガンプラ作らないでログインなんて……最初の私もそうだったー!

 というか最初のサラちゃんがまさにそうだったー! 忘れてたー! うあっー!」

 

「すまない」

 

「あ、ううん、いいのいいの。

 私なんて最初アカウントさえなかったもん。

 ハロの体でなにこれー! って騒いでて、サラちゃんに運んでもらってたなあ」

 

「で、あったか。ガンプラか……必要だとは分かっているが、後に回してしまっていたな」

 

「気が向いた時でいいんじゃない? 

 うーんじゃあ、人が多そうなところに向かってみようか!」

 

「まさか……ある可能性は低いと思っていたが、あるのか、人間の動物園!」

 

「あるわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 それぞれが愛を込めたガンプラを実際に巨大ロボとして動かせるGBNにおいて、手の込んだ愛機というものはそれ自体がガンプラビルダーの心の写し身である。

 モモの乗機はモモカプル。

 かつてはペンギン、今はパンダ的なロイヤルペンギンカラーリングにされている改造カプルだ。

 これは飛ばない。ペンギンだから。パンダだから。

 

 よってエヴィデンス01を手の上に乗せ、のっしのっしと大地を駆けていく。

 

「モモ殿、あれはなんだ」

 

『モモでいいよ。アレ?

 アレはこの辺の名物、トランザム流星群だね』

 

「トランザム流星群」

 

『トランザムっていう、性能を三倍にできるやつがあるんだけどねー。

 ちゃんとガンプラ作ってないと発動しても壊れちゃうんだ。

 今のGBNはリクに憧れて始めてる子とかも多いから、みーんなああして落ちてくの』

 

「日常化してるのか……」

 

『一週間に何個落ちるか賭けしてる人達もいるんだって。ガンプラのパーツ賭けて』

 

「トランザム自爆は既に学んだがトランザム賭博は知らなかった」

 

 空から落ちるガンプラが地面に突っ込み、作られたクレーターの横を通り過ぎ。

 

「モモ、あれはなんだ」

 

『あれはカップリングフォースの抗争だねー。

 アスカガVSアスメイとか。

 ミカアトVSミカクーとか。

 フリエミVSフリユリとか。

 普通のダイバーさんの迷惑にならないようここで戦う取り決めなの』

 

「カップリング……カップリング……?」

 

『特定のキャラとキャラの関係推し?

 恋人になった妄想する?

 とかそんな感じー。

 好きなキャラ同士の組み合わせで楽しんでる人達みたい。

 だからしょっちゅう喧嘩しそうになって、ガンプラバトルで決着付けてるんだって』

 

「で、あるか。……ああ、今、理解できてなかったもののいくつかが理解できたな」

 

『あっちの奥の方には"腐海"っていうバトルフィールドがあるんだよね。

 私は近付いちゃいけないってコーイチさん達に耳にタコができるくらい言われてるけど』

 

「で、あるなら、後回しでいいか。いつか私が単独で行ってみよう」

 

『あ、ずるい! 私も何があるのか見てみたいのに!』

 

 燃える草原と、腐る森の脇を抜け。

 

「モモ、あれは?」

 

『あれはなんだっけ……

 仮面ライダーガンダムトーナメントとかそういうのだったかな』

 

「仮面……?」

 

『GBNがガンダムだと認識する範囲なら色々できるらしいよ?

 ジャンプキャラトーナメントとかゾイドトーナメントとかよく見るかな』

 

「で、あるか。自由だな、ガンプラ……いや、愛があるから成立しているのか」

 

『前にビルドダイバーズとフォース戦したんだよね。

 トーナメント優勝した人達が、最強の称号目指してるんだって言って。

 ブラックRX-78-2とダブルオーマジオウ? だっけ?

 まとめてリクが倒しちゃって……

 W0サイクロンジョーカーとズゴックゴッグII世が殴り込んで来て……なんか勝ってた』

 

「"なんか"なのか……」

 

『あ、でもねでもね! 楽しかったよ!』

 

「で、あるか」

 

 常に多くのダイバーが戦う広い闘技場を尻目に駆け。

 

 彼らは、海に辿り着いた。

 

「ここは……」

 

『このあたりは景観が良くて色んな人が来てるんだ。

 バトル興味ない人とか。

 デートしにきてる人とか。

 家族連れで遊びに来てる人とか。

 エビちゃんが色んな人を見たいなら、ここがいいんじゃないかな』

 

「夕陽の、海」

 

『ちょっと移動したら朝の海にも行けるよ。

 時間経過で太陽が動く海にも行けるね。

 あー、なんか思い出すなー。

 サラちゃんと二人で遊んでた時もよくここに来てたんだよね』

 

「いや、ここでいい。ここがいい」

 

 夕陽が輝いている。

 海がそれを反射している。

 夕陽の色が、砂浜を、立ち並ぶ木を、その場にある全てを染め上げている。

 まるで、その場にある全てが、柔らかな炎になっているかのような錯覚がある。

 

「記録では見ていた。

 これも電子情報なのは分かっている。

 だが……そうか……これがGBNの海か……」

 

『海は初めて?』

 

「ここではない海ならいくつか。こういう海は初めて、で、あるな」

 

『GBNの海は綺麗だもんね』

 

 ざあん、ざざあと、寄せる波が砂浜にぶつかり、砂と波が心地良い音楽を奏でている。

 

「空気、屈折率1.000292。

 水、屈折率1.3334。

 地球の個性だ。

 本来、大気の熱的ゆらぎで約470nmの短波長である青い光は散乱する。

 よって昼間の空は青く見える。

 だが夕陽は……

 約580nmの黄色、約610nmの橙、約700nmの赤色が散乱して……

 黄金が燃えるような色合いが、海と空を満たし、宝石に勝る世界を作る」

 

『むっずかしい言い方するわねえ。サラちゃんは"綺麗"で済ませてたわよ』

 

「気分を損ねただろうか。で、あるなら、次回から修正する」

 

『いいんじゃない? 綺麗なもの見てどんな感想言うかって、皆の自由だと思うし』

 

「で、あるか」

 

 宇宙にはいくつもの恒星があり、太陽に似たものがいくつもある。

 水は宇宙全体で見れば非常に少量だが、水の惑星や氷の惑星もそれなりにある。

 太陽と海がある星は、宇宙全ての星の割合で見れば極小で、けれど宇宙という広大な世界の中には数え切れないほどにある。

 その多くを、エヴィデンス01は見てきた。

 地球のこれも、その一つにすぎない。

 

「空気と水に溢れた星でのみ見ることができる、恒星と水が作る自然芸術」

 

 いくつもの海と太陽のコントラストを彼は見てきた。だが、それがどうしたというのか。

 

 本当の美しさとは縦に並べることができないものだと、彼は知っている。

 

「美しい」

 

 それは、異星人は誰も知らず、地球人ならば誰でも知っているもの。

 この星に知的生命体が生まれる前から存在し、この星の生命全てが滅びた後も残るもの。

 地球という星そのものが持つ、星という美女が誇り続ける美しさであった。

 

 光を生み出す恒星と、光を屈折させる水や氷の組み合わせは、宇宙の各地で愛されている。

 それに美しさを感じた者達が、これを形に残すため、絵や創作を始める。

 太陽と海は、芸術や文化の種なのだ。

 

 地球人が美しいと思うものを、異星人が美しいと思うかは分からない。

 美的感覚は、星の環境と、文明の過程に左右されるからである。

 だがこれは宇宙に普遍的に存在する恒星と水によって生み出される『美しいもの』であるため、これを美しいと思う気持ちは、地球人以外の異星人も持ち合わせている事が多い。

 エヴィデンス01もまた、そうだった。

 

「……」

 

 海を眺めて止まっているエヴィデンス01の横で突然、ぱしゃぱしゃと海水を蹴る音がする。

 

「ひー、冷たい冷たい」

 

「何故海に……? 食料の捕獲……で、あるわけないか。GBNだものな」

 

「海来たら入って遊びたくなるものでしょ?」

 

「ものなのか」

 

「ものなの!」

 

 靴を脱いで海に膝下まで浸かっているモモが、にししと笑っている。

 夕陽と海のコントラストは、古来から世界中の人々が目を奪われてきた美しいもので、エヴィデンス01も見惚れるほどの美しさがあった。

 そこに人を足すことは、ともすれば邪魔なものを付け足すことにもなる。

 人が美しさを損なってしまう、という懸念が生まれる。

 

 だが、エヴィデンス01は、その光景を美しくないとは思わなかった。

 

 夕陽を背にしてきゃっきゃと遊んでいる少女を見て、そこにも美しさを感じた。

 綺麗なものの中ではしゃぐ少女に、可愛げを感じた。

 これがメイであったなら、贔屓目という可能性もあったかもしれない。

 だが彼女は、本日初対面だ。

 贔屓が入る余地はない。

 この上なく綺麗な景色の中に人間を一人足し、美しさの劣化を感じなかったのは、もっと根源的な感性に起因するものだ。

 

 "これが地球人の感覚か"と思い……彼は一つ、地球人が持つ感覚を獲得した。

 宝石を超える美しさの中に、人がそこで生きているという息吹を足すことで、景色に血を通わせる……古来から地球人が受け継いできた美的感覚の一つを、彼は得たのである。

 

「ぬあー!?」

 

 だがそこで、モモがずっこけた。

 

 どうにも綺麗なまま〆られない少女であるようだ。

 

 海に全身突っ込み、全身ビチョビチョになった状態で、モモはジト目で彼を見る。

 

「……笑いなさいよ」

 

「は

 は

 は

 は

 は

 は

 は

 は」

 

「いやー! 顔が動いてないから妙に気持ち悪い!」

 

 異星人は人間を知る前に、笑い方を知るべきであるようだ。

 

 

 



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『探しもの』とは何か

 感覚をフィードバックする現verのGBNは、本物と遜色ない錯覚によって、夏の暑さも海の冷たさもダイバーに実感させることができる。

 たとえクリスマスでも、常夏の島で海水浴を楽しむことができるだろう。

 リアルに近付いていくバーチャルは、現実の季節という縛りすらも凌駕する。

 しからば冬より夏が好きな人は、一年中GBNの海に入り浸るに違いない。

 水着が好きな人も、異性のダイバーを海に誘うことが増えることだろう。

 内陸地で海をあまり見たことがない国の人間も、海のエリアに頻繁に来ているらしい。

 世界中の海を見たことがない人に海を提供することもまた、GBNの美点の一つだった。

 

 そんな人々を、少し遠巻きにエヴィデンス01が眺めていた。

 その横でモモが、バーチャル接着剤で砂の城を作っている。

 

「どうどう? 人間理解した?」

 

「そんな君、『攻略本読んだ?』みたいな……」

 

「人間ぶっちゃけそんなに理解するのに時間かからなくない? そんな難しい?」

 

「君、普段あんまり考えて生きてないのか……?」

 

「なぁんですって!?」

 

 モモがエヴィデンス01の肩を掴んで豪快に揺らし、その最中にふと、何かを思い出した。

 

「あ、そうだ。ELダイバーってよく生まれるよねえ。エビちゃんでそろそろ100人行っちゃう?」

 

 金色の瞳が、わずかに細まる。

 彼はELダイバーではない。

 だが、本当の素性を話せば社会の混乱は必至なため、『むやみに自分の素性を明かさない』と運営と約束もしている。

 そのためELダイバーという仮の素性を使っており、彼の浮世離れした雰囲気から、周囲の人間は誰もエヴィデンス01がELダイバーではないのかとは疑わない。

 

 エヴィデンス01はある程度ならば『地球人らしい嘘』を使うことができたが、量子偽装による真意の隠蔽を使えない会話において、言語上の欺瞞を用いることで文章上の真実を隠し、声のニュアンスで偽装の精度を高める地球人の嘘は、彼にはまだ大分難易度が高かった。

 それは、人間が猿の嘘を真似するのが難しいのと同じことだった。

 

「で、あるかもしれないな。同胞の数は数えていない」

 

「はー、そっかー。

 でもいいことだよね。

 サラちゃんも仲間が増えたら寂しくないだろうって思うもん」

 

「GBNは膨大なデータの集積によって成り立っている。

 そこからELダイバーは生まれる。

 で、あるなら、GBNはELダイバーの飽和水溶液なんだろう」

 

「ELダイバーの飽和水溶液……???」

 

「飽和水溶液に塩を落とすとそのまま結晶が沈殿する。

 GBNに新しいダイバーの思いが入ると、ELダイバーという結晶ができる……」

 

「わぁぁぁ! 理科の実験でやった覚えあって変なイメージが出てくるからやめてぇぇぇ!!」

 

 モモが追いかけ、エヴィデンス01が逃げる。

 海のそこかしこで恋人達が、家族達が、友人達がしていたじゃれ合いを、そこに宿る意味も理解しないままにエヴィデンス01は模倣している。

 形から模倣し、後から中身を理解する。

 数ある理解の手法の内から、今の彼はそれを選択していた。

 モモは違和感も持っていなかった。

 

 海で泳ぐ者がいて、砂の城を作る者が居て、海の中でガンダムが踊り、砂の中から十字架が飛び出して何人かが吹っ飛んでいく。

 誰も彼もが楽しそうで、この光景には、GBNが人気になった本質があった。

 

「皆楽しげ、で、あるな」

 

「皆遊んでるからね。私達もいくよ、へーいっ!」

 

「へぶっ」

 

 モモがガンダムに登場する小型機械・ハロを模したビーチボールを投げ、上手くキャッチできなかったエヴィデンス01の顔面に当たる。

 挑発的に笑うモモはどうやら、投げ返してほしいらしい。

 このビーチではボールを無料で貸してもらえるが、絶対に空気が抜けないビーチボールから、当たると痛みなく体が吹っ飛ばされるボール、ちょっと苦しい感覚をフィードバックする効果がある自分で膨らませるボールまで、色んなボールが陳列されていた。

 データなので全て無料である。

 

「へーいへーいばっちこーい!」

 

「で、あるなら、それっ」

 

「ナイスボール! いい肩してるよー!」

 

「テンションの入れ方が大分熱いな」

 

「こういうのは楽しんだ者勝ちだから! ほら、こっちからも行くよー!」

 

 モモが投げ、エヴィデンス01が今度はちゃんとキャッチする。

 エヴィデンス01が投げ、ちょっと逸れて、「うおー!」と飛びついてキャッチしたモモがからからと笑っていた。

 

 エヴィデンス01はモモを見て、その動きを記録し、解析し、自分なりに解釈して噛み砕いて、GBN用の人体を模したボディになぞらせている。

 だがちょっと微妙に、上手く行っていない。

 それはモモがリアル体ベースのダイバールックでアバターを作成している、というのが理由の一つにあった。

 

 モモはリアルでスポーツ大好きな女の子である。

 スポーツで体を動かし、体を動かすことで自分の体を作り上げてきた。

 人体はその個体の活動状況に合わせて筋肉量や身体構造を大なり小なり変化させる、ある程度の環境適応能力を保持している。

 その体基準で作られたアバターは、バーチャルの体でありながら、リアルの感覚が残ったまま現実と同じ感覚で動かせてしまう。

 モモの体と、モモの体の動かし方は、十数年間セットで運用されてきた、モモだけのもの。モモにしかないもの。モモにとってのみ動かしやすいものなのである。

 

 エヴィデンス01の今の体には『それ』がないのだ。

 だから、モモの動きと体の使い方をそのまま模倣しても微妙に上手く行っていないのである。

 目に見えない十数年が、彼の模倣を失敗させていた。

 

 この『理解するまでは理解されないままそこにあるもの』こそが、サイエンス・フィクションでたびたび浮上する、異星人から地球人への不理解になるものなのである。

 海辺でビーチボールのキャッチボールをするのが上手く行かない……なんて事案は、大して重く扱う意味もないくらい、些末で小さなことでしかないのだが。

 

「上手くできなくてすまない。で、あるならば学んで今後上手くなっていこう」

 

 それを気にする可愛げが、彼にもあった。

 

 モモはきょとんとして、ああ、と納得して、にっこりと笑う。

 

「いいのいいの!

 こういう遊びは上手いか下手かじゃないの、楽しいか楽しくないかだから!」

 

「……それが、地球人の概念か」

 

「今度サッカーやる?

 野球でもいいけど、初心者には難しいもんね。

 サラちゃんとか皆誘ってわいわいやったら、それだけで楽しいと思うんだよねー」

 

 にっしっし、とモモは笑った。

 

 エヴィデンス01が知る限り、実利を伴わないただ楽しいだけの娯楽を楽しむ知的生命体は、全体の三割程度であった。

 そも、実利を伴わない娯楽とは何故あるのだろうか。

 それはストレスがあるからだ。

 基本的には、娯楽はストレスを消すために発明される。

 

 ならばストレスとは何か?

 ストレスとは、生命活動を圧迫する環境から逃げるための機能だ。

 暑いからここは嫌、寒いからここは嫌、恐ろしいやつが居るからここは嫌、毎日苦しい思いをしているから今の環境は嫌……そういったものから、本能が逃げようとする機能。

 それがストレスである。

 地球の獣は、この機能によって、知性を得る前から自分の生命活動を圧迫する環境から逃げ、自分達が繁栄できる環境に移動することができた。

 

 本能のストレスを、理性的に行う娯楽で解消する。

 これが地球人類が獲得した生命活動のサイクルである。

 言い換えるならば、地球人類は未だストレスなくして健全な生命活動を行えず、本能が生むストレスから逃げることができないのである。

 獣であった頃に獲得したストレスという鎖に、人類は未だ生命活動を縛られている。

 娯楽なくして生きられないのだ。

 エヴィデンス01が知る限り、宇宙に進出した知的生命体の多くは、自分の意思でコントロールできないストレス・システムのようなものは持っていなかった。

 

 だが、"楽しい"を全身から放出しているようなモモを見ていると、宇宙的観点を持っているエヴィデンス01ですら、こうした生態も十分に良いものだと考えてしまう。

 ストレスを溜めに溜め込んで、それを"楽しい"で発散する……その時に発生する快感は、ストレスを持たない生物には味わうことができないものなのだろう。

 

「ね、エビちゃん、楽しい?」

 

 ふと、モモが問いかける。エヴィデンス01は少し考え、言葉を選んだ。

 

「楽しい……そうだな。

 地球人と私の精神構造は違う。

 感覚の言語化方式も違う。

 だが、そうだ。

 この感覚を地球人感覚で分類するなら……楽しいのだろうな」

 

「そっかー、よしよし!

 でも人間を地球人って言うELダイバーは初めて見たかも。なんか新鮮」

 

 細かいことを気にしないモモは、違和感を抱かない。

 いや、ほとんどのダイバーがそうだろう。

 変わった言い回しをするダイバー自体は珍しくもなく、また地球外生命体がGBNにいるなどというトンチンカンな想像をする人間も居ない。

 真実を直接口にするまではバレることはないだろう。

 

 モモはボールを膝の上でぽん、ぽん、とリフティングを始め、少し首を傾げる。

 

「あ、そうだ、人間観察とかって楽しい?」

 

「楽しい……のか?

 自分から進んでやっていることではある。

 で、あるなら、どちらかと言えば楽しいのだとは思う。

 ただ楽しくてやっているかというと、少し違う。

 私の行動原理は使命だ。

 "するべきこと"を成し遂げることこそが、私が常に志望しているものだ」

 

「ふーん。夏休みの宿題みたいなカンジ?」

 

「で、あるな。……いや、私は夏休みの宿題とかしたことないが」

 

「えー、そうなんだ。じゃあ次の夏休みにやってみる?」

 

「……それは『私の代わりに宿題やっておいて』という意味か?」

 

「てへ」

 

「てへではなく」

 

 モモが誤魔化すためにボールを投げて、エヴィデンス01が無表情にキャッチした。

 

「ねえねえ、人間見てどういうこと考えてるの?

 ちょっとどういう観察してるのか気になっちゃうんだけど」

 

「そう……だな。

 たとえばあそこの女性。

 あそこの女性は大分雑な性格で、飽き性だな。

 今は恋人と海で泳いでいるようだがそろそろ飽きる……ほら飽きた。海から出てきたな」

 

「おお、凄いじゃん! 人間理解してるしてる! 人間の全てを理解してるよ!」

 

「地球人が地球人の底を猛烈に浅くするのやめないか」

 

 エヴィデンス01が強めにボールを投げて、ふっふっふと笑むモモがキャッチする。

 

「人間を見るには、ガンプラを見ればいいということに気付いたのだ」

 

「ガンプラを?」

 

「あの女性が乗ってきたストライクガンダム、だが。

 私はガンプラの技術を持っていない。

 そんな私でも物理的痕跡を見れば分かる。

 半分ほどやって止められたやすりがけ。

 先端が僅かに折れて放置されているガンプラ。

 関節には削りカスと埃か? ゴミが詰まってるな。

 生来雑で適当で飽き性なタイプなのだろう。

 悪意はなく、また気にしてもいない。

 愛着も持たないタイプに感じる。あの恋人の男とも長続きしないだろう……と、推測した」

 

「ほへー」

 

「で、あるが。

 実際どうかは分からない。

 私は人間にもガンプラにも理解が及んでいない。

 地球人風に言うと『にわか乙です』……というものだ」

 

「いやいや、十分じゃない? 実際性格の推測当たってるんじゃないかな」

 

「で、あるか」

 

 ガンプラを見れば、人間が分かる。

 ガンプラはその人間の技術と心の集大成だから、その人間を構成する一側面がそのまま形になって出てくるものだから。

 ガンプラについてもっと多くを知れば、もっと正確に理解できるのかもしれない……そう考えたモモは、一つ思いついたことがあった。

 

「あ、じゃあさ、理解を深めるために試しにガンプラ動かしてみる? かもんカプル!」

 

 モモが指を鳴らすと、虚空からポリゴンとテクスチャの渦が現れ、それがモモカプルとなる。

 モモはモモカプルのコックピットを開き、エヴィデンス01と一緒に乗り込もうとする。

 だがエヴィデンス01は思い留まり、足を止めた。

 

「で、あれば、遠慮なく頼るが、いいのか」

 

「? 何が?」

 

「このGBN攻略wikiのユーザーアンケートによると……」

 

「変なのすごいあてにしてる……」

 

「自分の愛機、丹精込めて作り上げたガンプラは他人に触られたくないそうだが」

 

「あーそういう?

 うんまあ、知らない人には預けるの怖いよ?

 現実では壊されるの怖いし。

 GBNでも悪用されたら運営さんに何されるかわからないもん」

 

「だったら」

 

「でももう知らない人じゃないでしょ? 友達じゃない、私達」

 

「―――」

 

 彼は地球では友人、他の星でも同義の言葉を使う。

 それは自分の親愛感情を表現するために最も有効だからであり、他星と交流を持とうとする際、この距離感を維持するのがもっとも無難であると彼が考えているからだ。

 彼は「私はあなたの友です」と伝え、「あなたは私の友です」と伝え、ある程度打算的に、他星生物との友好を構築している。

 彼にとって友情や友人関係とは、道具としての側面も持つものなのだ。

 彼は友情を道具として使い、他の星の知性体と仲良くしようとする。

 

 彼の数億年という生涯において初めて。

 彼が地球に来て初めて。

 彼が出会って来た人間で初めて。

 他人が先に、彼を友と呼んだ。それも、打算無しに。

 

 打算をもってエヴィデンス01が自分から誰かの友人になる、のではなく。

 ただの少女が、打算抜きで、純粋な善意と親愛と友情で、友情を道具として使う前のエヴィデンス01を、友と呼んだ。

 

「あ、忘れてた! フレンド登録、フレンド登録!」

 

 モモはコンソールを操作して、エヴィデンス01にもやり方を教えて、モモとエヴィデンス01はフレンド登録を結ぶ。

 エヴィデンス01の3Dコンソールの『フレンド:0』が、『フレンド:1』に変わる。

 彼はその変わった数字を、少しの間、じっと見つめていた。

 

「今日限りじゃなくてまた何かあったら連絡して。

 時間空いてたら、いつだってどこだって駆けつけるから!

 このクラスの通称"頼りになるヤシロさん"を頼りなさい、ふふん」

 

「ヤシロさん?」

 

「今のナシで。ナシでー!」

 

 ついついリアルの名前を言ってしまったモモがあたふたし、周囲のビーチで遊んでいた大人がくすっと笑みをこぼす。

 

 エヴィデンス01とモモはモモカプルに乗り込み、操縦桿を握るエヴィデンス01に操作方法を教える形で、二人を乗せたモモカプルは海辺を歩き始めた。

 

「そうそう、そうやって歩いていく感じ。上手い上手い!」

 

「で、あるなら、こうか」

 

「いい感じいい感じ! エビちゃん、才能あるかもね?」

 

「御指導御鞭撻、感謝する」

 

「かったいなーもう! サラちゃんの弟っぽくなーい! もっと気楽でいいのに」

 

「弟ではないが」

 

 褒めが基本である者は、隣人にするにも教師にするにもいい。

 厳しくしなければならないトレーナーには向かない事もあるが、優しく褒めを続けることで自尊心を後押しし、楽しく努力できる空気を作る。

 モモは褒めが基本にある少女であった。

 おそらく、モモと波長が合うリクやサラもそうなのだろう。

 全員と出会ってもいないのに、ビルドダイバーズというフォースがどのくらい居心地の良い空気のチームであるのか、エヴィデンス01は正確に推測できていた。

 

「やるじゃんエビちゃん! これでガンプラ持ってないのもったいないよ?」

 

「そうだろうか。……で、あるなら、機会があれば作ろう」

 

「アドバイスくれる人がいるといいから、手が空いてる人私の方でも探しておこうか?」

 

「で、あれば助かるが……いいのか? そこまでしてもらう筋合いはない」

 

「いーのいーの、もう友達だし!

 エビちゃんのガンプラが出来たら一緒にミッション行こっか? どこがいいかなー」

 

「……感謝する」

 

 人間は、信頼のために様々なものを利用する。

 紹介状。

 履歴書。

 卒業証明書。

 運転免許証。

 その中でも最も古来から利用されてきたものは、やはり付き合いの長さだろう。

 一日しか付き合いのない人間と十年以上付き合いがある人間なら、後者を信じる。

 人はそういう信頼のルーチンによって、信頼のリスクを極力排除してきた。

 

 彼はそういった証明書ではなく、付き合いの長さでもなく、自分の感覚とそれを処理する量子脳が出した結論によって、対象が信頼できるかを判断する。

 彼にとって付き合いの長さが一日でも十年でも変わらない。

 己の中にある対象の総情報量と、対象への分析深度こそが信頼を決定する。

 

 エヴィデンス01は、モモを信頼するに足る知的生命体と判断した。

 

「少し、頼み事を聞いてもらえないだろうか」

 

「頼み事? いいよ、」

 

 エヴィデンス01の発言と行動の全ては、運営によってリアルタイムで監視・記録されている。

 彼の発言で運営の知らないものはない。

 はず、だった。

 エヴィデンス01はリアルタイムでデータを改竄し、運営にデータの改竄も気付かせないまま、ここからの会話を誰にも傍受されないようにする。

 運営の記録に、今なされている会話とは別物の会話が記録されていく。

 

「人を探している。

 あまり大事にしたくない。

 だが秘密裏に探すには私は地球を知らなすぎる。

 で、あるからして。

 人脈が豊富で、運営と関係なく、現実とGBN両方を調べられ、信頼できる人間を探していた」

 

「人探し? 人探しの仲間も探してたってこと?」

 

「で、あるな。

 そう言うのが正しいだろう。

 私の本目的のついでの人探しだ。

 その人物はこの地球かGBNのどこかに居る。必ず居るはずだ」

 

「なんでその人を探してるの?」

 

「……頼む側である以上、それを伝えるのは最低限の礼儀だ。

 で、あるが。言うことはできない。

 私がその人物を探していることは、絶対に発覚してはならない。

 この地球にその人物がいるであろうことも、その理由もだ。……言えないんだ」

 

「言えない事情があるなら、聞かないけど」

 

「正直に言えば、私は全てを知っているわけではない。

 私も断片的にしか知らない。

 だからどう事態が転がるか予想できない。

 リスクは消せずとも、管理すべきものだ。

 頼む側でありながら申し訳ないが、詳細は知らないまま、その人物を探して欲しい」

 

「んー、できる限り皆に隠して探すくらいならいいけど、どういう人?」

 

 一秒か、二秒。

 言葉を選んでいるからではなく、その言葉を、その人物の名前を、口にすることそのものに気後れがあるかのように、エヴィデンス01の言葉が止まる。

 だが、彼は口を開き、探し人の名を呼んだ。

 

 

 

「その女性の名はイルハーヴ。家族からは、イヴと呼ばれていた」

 

 

 



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『美』とは何か

 ガンプラ。

 人類は樹脂を加工し、都合のいい道具に加工してきた。

 やがて樹脂よりも都合の良い合成樹脂(プラスチック)を生み出した。

 そんな技術の発展の、娯楽方面の最先端がガンプラだ。

 

 現実では手に乗る程度の玩具だが、GBNにおけるガンプラは巨大で、全ての基本である。

 時に戦い、時に身を守り、時に大切な人を守る。

 飛行機のように長距離移動には必須で、レースやお宝探しといったイベントにも必須、拠点構築などにも使われることがある。

 自動車は地域によって所有が必須だが、車以上に便利で有能なGBNにおけるガンプラは、車以上に個々人が持っておくべきものになっていた。

 500円以下のガンプラも珍しくないため、入手自体は困難ではない。

 小学生ですら自分の愛機を持っている。それがGBNだ。

 

 エヴィデンス01もモモの勧めを受け、モモの教導を受け、すっかり『自分専用のガンプラか……』という気持ちになっていた。

 ガンプラを作りてえ! というほどの強い気持ちではない。

 いい感じになんか作れたらそれはそれでよさそうだ……くらいの気持ち。

 ガンダムが好きという熱意があるからではなく、劇的な感情の変化があったわけでもなく、『クラスの友達が全員GBNやってるけど自分だけやってないと気付いた男の子』の気持ちに近い。

 ぼんやりと、エヴィデンス01は自分のガンプラを持つべきだと思い始めていた。

 持ちたい、ではなく、持つべきだと思い始めていた。

 "好き"という衝動はない。

 

 そんなこんなで調べ始めた。

 一端人類の倫理への造詣を深める調査をやめ、様々なガンプラへの調査を始める。

 数十年の歴史があるガンプラへの制作例、改造例は、呆れるほどに膨大だった。

 これら全てを知っている人間はいないだろう、と断言できるほどに。

 その調査過程でエヴィデンス01は、様々な疑問を持った。

 

「メイ、コロスオーバーとはなんだ」

 

「オーバーキルのことではないのか?」

 

「オーバーキル……敵に致死量のダメージを与えてなお、更にダメージを与えることだったか」

 

「うむ」

 

「で、あったか……色々を調べている内、その単語を発する人間がいてな」

 

「しかしコロスオーバーとは物騒な言い草だ。過剰攻撃は褒められたものではないが」

 

「スーパーロボット大戦というゲームでは頻繁にしてるらしいぞ、メイ」

 

「なんだと? 人間のゲームをもっとやっておくべきだったか……私も勉強不足だったな」

 

「で、あって、地球人の並行世界概念に面白さを感じてな。

 いや面白い。

 量子論までは実証科学的だが、その先がファンタジーだ。

 非現実的なファンタジーが科学と混ざっているのだ。

 現実の延長にある科学的立証の対極だよ。

 多世界解釈や並行世界の概念が、剣と魔法の世界の想像と重なっている。実に興味深い」

 

「もう一つの世界、か。

 あれば私も行ってみたいが……行ったところで、別の星のように感じるだけだろうな」

 

「かつて私の種族に、平行世界の可能性移動を極めた者が居た。

 ありとあらゆる可能性の世界を旅し、全ての並行世界を知ったらしい」

 

「ほう。そのエビの同族は、どうなったのだ?」

 

「一言残し、自殺したそうだ。

 『全ての者が幸せになれる世界は存在しなかった』

 と、彼が残した言葉は今も語り継がれている。遠い昔のことだったそうだ」

 

「……そうか」

 

「全ての命が幸せになる未来は無いのかもしれんな」

 

 二人はマギーの酒場で語り合っていた。

 時には語る価値のある内容があり、時にはあまりにもくだらない話題があった。

 だが二人は、極めて真剣にその内容を語り合っていた。

 二人に積極的にふざける性質はない。

 かつ、普通の人間の常識もない。

 普通の人間が聞いていれば何か言わずにはいられない会話が、突っ込み不在のまま無限に無制御のまま突っ走っていた。

 

 酒場には二人のみ。

 客を迎えに行っているマギーすらいない。

 

「で、あってな、昨日面白いものを見つけた。

 元の言葉と発言者はまだ確認していないが、

 『健全なる精神は健全なる身体に宿る』という言葉があるらしい」

 

「それは私も聞いたことがあるな。エビの耳にも入ったか」

 

「そして調査を行った。

 どうやら地球人は容姿でその人間の精神を判断する傾向があるらしい」

 

「何? それは初耳だが……いや、心当たりはあるな」

 

「美女の犯罪者に対し刑罰が軽くなりやすい。

 美男子の殺人者を擁護するものがSNSに発生しやすい。

 顔が良くないものへの信用が悪くなりやすい。

 容姿が悪い者が悪人のイメージを持たれやすい。

 どうやら地球人の調査においても、そういった調査結果が見られるようだ」

 

「事実だけを見ない、ということか。

 ある意味私達の理解の半歩外側にある考えとも言えるかもしれない。

 我々は容易に容姿を変えられるが、普通の人間は変えられないものだからな」

 

「そして、その過程で見つけた書き込みがあった。

 『えっちな体にはえっちな精神が宿るのでは?』……とな」

 

「なんだと?」

 

「ありえない話ではない、と現段階の私は思う。

 事実、容姿と精神を同一に見る人間の考え方があるわけだ。

 で、あるなら……他のダイバーにえっちと見られているメイの精神に影響がある可能性がある」

 

「なるほどな、心配してくれたわけか。

 だが問題はない。

 セルフメンタルチェックは毎日行い、ママという客観的な監視者もいる」

 

「で、あるか。えっちな肉体にえっちな精神が宿るという危険性は否定してよさそうだ」

 

「待て。まだ確定したわけではない。

 ただでさえ私達ELダイバーについては何も分かっていないのだ。

 お前の言うえっちな精神というものが私に宿る可能性も0ではないだろう」

 

「で、あるな。あらゆる可能性を考えておくべきかもしれない」

 

「ELダイバーの精神の変革か……

 実は、仮説レベルだが存在するものもある。

 ELダイバーは電子生命体だ。

 つまり肉体、精神、魂全てが電子情報なのが私達だ。

 パソコンのOSは破損したなら再インストールすればいい。

 だがELダイバーは?

 ELダイバーの脳にあたるものが壊れればどうすればいい?

 どういう条件で私達の電子情報は破損する?

 私達はある日突然データが壊れて悪人になるのか?

 心が壊れても治せないのか?

 それで悩んでいる同族もいる。

 できれば救ってやりたい。

 だが同じくELダイバーでしかない私には……何もしてやれないのだ」

 

 言葉を重ねるたび、メイの語調は落ちていく。

 人間にしかない悩みがある。

 ELダイバーにしかない悩みがある。

 解決することのできない苦悩は、どんな生き物にもある。

 

 だが今は―――機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)も、ここにいる。

 

「で、あるな。だが今は私がいる」

 

「エビ……」

 

「電子生命体には専門の医学が必要だ。

 それこそ、数千年の蓄積がなければ救われない命もある。

 電子の難病も、電子の伝染病もある。

 地球はまだ電子生命体の医学の蓄積がなさすぎる。

 私には、他の文明から吸収した電子生命体の医学の蓄積を提供する用意がある」

 

「! お前は……」

 

「お前の大きな悩みも、小さな悩みも、解決できる。

 で、あるなら。お前がそこまで気負うこともないのだ。

 同族を救ってやれないという大きな悩みも。

 自分が救われないかもしれないという小さな悩みも。

 今ならば、解決する道がある。

 遠い星の友人、メイよ。

 自分ではなく他人の未来を案じるお前は、お前のその在り方ゆえに救われるのだ」

 

「……感謝する。エヴィデンス01」

 

「違う、メイ。

 私に礼を言われる筋合いはない。

 『命を救う技術』は広めなければならないのだ。

 何故ならそれは、命を救いたいという誰かの祈りから生まれたものであるからだ。

 礼を言われるべきは、その医術を作り上げた者なのだ。

 医術というものは、それがどれだけの命を救ったかによって、価値が決まるのだから」

 

「それでもだ。それを運んで来てくれたお前に、礼を言いたい」

 

「ならば受け取っておこう。

 だが覚えておいてくれ。

 お前達が電子の病に侵されても、この医学がお前達を救うだろう。

 それは、遠い星にもお前達の同族が居るからだ。

 その同族が編み出した医学があるからだ。

 この広い広い宇宙の彼方に、お前達を救った同族が居て、お前達を救うのだ」

 

「ああ」

 

「そして、その同族は……

 同族を救うために生み出した医術でお前達が救われたなら、きっと喜ぶのだ」

 

「それは、いいことだな。きっと……とてもいいことだ」

 

 メイはマギーが店に一本だけ置いているオレンジジュースを勝手に出し、エヴィデンス01の前でコップに注ぎ、差し出す。

 

「健全な肉体に健全な精神が宿るとは言うがな。

 電子の体にはどんな精神が宿るのが正しいのだ? エビ、どう思う」

 

「どうなのだろうな。

 変幻自在の肉体の生物に妥当な精神の形とは何か……」

 

「そもそも私に魂とやらはあるのか? 私はそこから確信がないぞ」

 

「で、あるな。

 証明には研究と実験と実証をこなすのが地球式だろう。

 地球で容姿と精神の相関性がある理由は、ある程度理解できる。

 容姿が劣ったものは周囲から貶められ自信を失っていく。

 容姿が優れているものは持て囃され自信を付けていく。

 これは人間社会にのみ発生する社会疾患と定義できる。

 これが種族的慣例となり、容姿と精神の相関になった……と考えられる」

 

「となると、ELダイバーには適用できないとも考えられる。エビ、お前にもだ」

 

「で、あるな。だがメイ。ELダイバーに、俗に言うブサイクは存在するのか?」

 

「私がそもそも対して他人の美醜に詳しくはないが、居ないと思う」

 

「そうなると論証が難しくなるな……

 元より、容姿で性格が決定されるわけがない。

 しかし容姿と性格に相関性が発生する傾向があるというデータはある。

 それは本人の問題ではなく環境の問題だ。

 周囲の反応がその人間の性格を作るからだ。

 で、あるなら。

 実例を観察するところから始めるのがいいだろう。

 人間とは異なるELダイバーについて有意な研究を得るには、メイの精神を観測するのがよい」

 

「なんだ? 私がえっちな精神を持つということか?」

 

「で、あるわけがない。

 君の容姿にはもう一つの側面がある。

 メイの容姿は地球人基準でとても美しいということだ」

 

「……そうか」

 

「地球人は心を神聖視している。

 そういう傾向がある。

 だが物質的な肉体を持つ生命体において精神と肉体は一体だ。

 肉体の状態が悪くなれば、精神の状態が悪くなるようにね。

 ELダイバーのように全てが電子である生命体はより分かりやすいかもしれない。

 君の心も体も、全て0と1の集合体だ。

 君の美しい体に美しい心が宿れば、ELダイバーの肉体と精神の相関性の証拠になる」

 

「証明されたらどうなる?」

 

「醜い容姿で周囲から笑われ続け、なおも美しい心を持つ人間の素晴らしさが証明される」

 

「……ああ、そうか、お前はそういうやつだったか」

 

「肉体を超越した精神。その価値が正しい意味で証明されるかもしれない。仮定だがね」

 

「お前は、未来の話をよくするな」

 

「楽しみな明日の話ばかりする種族が好きだ。私もそうなりたい。君はそうではないのか?」

 

「……考えたことも無かったが、そうかもしれない」

 

 メイが差し出したオレンジジュースをエヴィデンス01がぐいっと飲むと、客人と迎えに行っていたマギーが帰って来た。

 

「ただいまー! ありがとねえ、メイ、エビちゃん」

 

「こんにちは」

 

「いらっしゃい、姉さん」

 

「あ、メイ。元気そうで良かった」

 

 マギーと、その後ろに小さな客人が居る。

 その客人がサラであることに気付き、エヴィデンス01は少し驚いた。

 

「あ、エビちゃんだ」

 

「で、あるな。御機嫌よう、サラ殿」

 

「ごきげんよー」

 

 まったりとエヴィデンス01の言葉を真似て、微笑むサラ。

 サラは椅子に座るメイに駆け寄り、その膝の上に座った。

 純白の印象を持つサラと、漆黒の印象を持つメイは、カラーリングで見ると正反対だが、こうして見るとちゃんと姉妹に見える。

 身に纏う雰囲気がどこか似ているのは、二人ともELダイバーゆえか。

 

 サラはメイとエヴィデンス01を交互に見る。

 

「メイとエビちゃん、知り合いだったんだ」

 

「はい。私は姉さんと彼が知り合いだったことを知りませんでした」

 

「うん、お友達。メイともお友達?」

 

「……ええ、友人です」

 

 メイがエヴィデンス01を友人と呼んだことに、マギーが無言のままめっちゃニコニコしていた。

 

「で、あるな。ああそうだ。マギー殿。

 先程メイと話していた内容の続きになるのだが、聞きたいことがあってな」

 

「なぁに?」

 

「マギー殿。ガンダム歴代で一番顔がいいヒロインとは誰だ」

 

 マギーの顔色がさっと悪くなった。

 ……ように見える、表情処理が入った。

 その絶句の意味は、地球人でなければ理解できない。

 

「―――あなた、それはバルカン半島でオーストラリア皇位継承者殺すようなものよ」

 

「サラエボ事件……?」

 

「エビちゃん、メイ。サラちゃん。

 覚えておきなさい。

 ガンダムの世界には火薬庫があるの。

 とびっきりの火薬庫がいくつもあるのよ。

 人間は100年も生きないのに、その火薬庫のせいで20年以上平然と口論を続けちゃうの」

 

「で、あるか……恐ろしいな」

「いや普通に恐ろしいが」

「こわい」

 

 エビメイサラがちょっと戦慄する。

 

「いや……本当にね?

 最強のMSが何か、でも荒れるのよ。

 GBNはその辺りはガンプラバトルで決着つけろー、で終わるんだけど。

 どのヒロインの容姿が一番いいかってなると……

 大真面目にどうなのかしら……

 容姿抜きにどのヒロインが一番人気なだけで荒れるのに……」

 

「で、あるか。もしや、調査の時も思ったが、人間は容姿の美しさに絶対の基準がないのか?」

 

「ないわねえ」

 

「で、あれば……おかしくはないか?

 私は人間の外見に絶対の基準があると考えて調査していた。

 私が絶対の基準が分からないのは調査不足であると考えていた。

 絶対の美しさの尺度が存在し、その上に相対の尺度が置かれているものだとばかり」

 

「無いのよ、絶対の基準」

 

「だとすれば……何をもって美女とする? 美男子とする?

 絶対の基準があればいい。それに当てはめればいい。

 だが絶対の基準がないのであれば、個々人の好みで決まってしまうこともあるのでは?」

 

「ええ、そうねぇ。

 美の基準は人それぞれ。

 時代によっても変わるものなのよ」

 

「そんな曖昧なものを基準に、こんな社会常識を構築したのか?

 美人を褒め、不細工をバカにし、絶対の尺度がそこにあるように語る常識を……」

 

「異星人さんからすれば、愚かに見えるかしら?」

 

「で、あっても、愚かとまでは思わん。

 外見で優秀な異性であることをアピールするのは、このタイプの知性体の基本だ。

 それは他の生態系の知性体にバカにされていいものではない。進化に本来正解はない」

 

「あら、そう。ふふふ」

 

「で、あるからして。

 私はただ、少し予想外の知見を得ただけだ。

 メイは絶対の尺度で美人ではなかった。

 まず、個人の好みがあった。

 そして、美人とそうでない人間という相対があった。

 これによって、他の女性と比べて、より多くの人間から美しいと思われた者。

 それが『美人』……揺れ動く人類の美の観点において、現代の女神とされた者が、メイ」

 

「そうそう、それで合ってるわ」

 

「メイ、褒められてるよ?」

「この男に他意はないのです、姉さん」

 

 サラがキョトンとして、メイが冷めた目で二人の会話を見ていた。

 

「いい? エビちゃん、これから言うことだけは覚えていおいて。一番大切なことだから」

 

「で、あるか。分かった、言ってくれ。

 私に肝はないが、肝に銘じる覚悟で聞こう」

 

「うふふ、ありがとう。いい?

 ()()()()()()()()()()()()()()の。それだけはしてはいけないのよ」

 

「好きに正解を作ってはいけない……?」

 

「正解を作るとね、それ以外が間違いになってしまうのよ。

 人間は正解を求める生き物で、正解を作る生き物なの。

 でも正解が作られる度に、それと一緒に間違いも増えていったの」

 

「で、あるなら……『間違っている好き』を作ってはいけない、ということか?」

 

「ええ、そうよ、エビちゃんのその理解で正しいわ。

 名画が生まれて、下手な絵が酷評されるようになった。

 歌手という職業が生まれて、音痴はバカにされるようになった。

 人気のアニメがあるから、不人気のアニメは貶められるようになった。

 ガンダムだってそうね。

 本当は全部のガンダムを好きだって言いたいけど、言えない人も居るわ。

 好きになるのが正解のガンダムと、間違いのガンダムがあるように見えてしまう」

 

「"あるように"……で、あるか。

 好きになるのが正解のガンダムも、間違いのガンダムも、本来ないのだな」

 

「そう! そうなのよ!

 いいのよ、全部正解で、全部好きでも。

 世界はこんなにも単純なのに、みーんなすぐにそれを忘れてしまうのよ」

 

「で、あるなら、そうか。

 女性の好みも。

 ガンダムの好みも。

 全て自由でいい。

 "好き"は否定されるべきではない。

 正解が無いからこそ、全て正解で良い、全て好きで良い……それが地球人の結論」

 

「素晴らしいわ。その回答を出せるあなたは、きっと地球人の誰とも仲良くなれそうよ」

 

「それは分からん、が。感謝する、マギー殿」

 

 エヴィデンス01が勢いよく頭を下げ、その頭がカウンターの角にぶつかる前に、メイが無言でその頭を抑えた。

 

 メイがぐぐぐっと押して頭を元の位置に戻すと、エヴィデンス01は腕を組んでこの話の始まり……自分のガンプラについて考え始める。

 ガンプラは皆の"好き"で作られたもの。

 そうして"好き"が集まって生まれた生命体がELダイバー。

 しからば、ここGBNを通して地球を理解していくなら、"ここ"は避けては通れないだろう。

 

「好き、か。

 地球人の愛……

 愛でる心……

 地球という環境下でのみ育まれる"好き"は……どういう法則性か……」

 

「エビちゃん」

 

「? どうかしたか、サラ殿」

 

「自分の中の"好き"に向き合って、エビちゃん。

 今日も、明日も、明後日も。

 そうしたらきっと、エビちゃんは間違えないと思うから」

 

 サラの言葉を受けたエヴィデンス01の脇を、メイが肘で突く。

 

「姉さんがいいこと言ったぞエビ、上手い感じの返答を返せ」

 

「えっ……で、あるか。これが無茶振りというやつか?」

 

「こーらっ、メイ」

 

「ふふっ」

 

 マギーがメイを窘めて、サラが笑い、メイが無表情なまま少しバツが悪そうにする。

 

「私の中の好き。私の中の好き……で、あるか。

 さて、どうしたものか。

 地球人の持つ『好き』……それを私の中に落とし込んだら、どうなることか……」

 

 悩むエヴィデンス01。

 彼は自己進化系宇宙人の一種である。

 道具や機械に頼らず、自らを生物として進化させ、自らの中に多様な機能を備えていく生物は、道具を作って自分の外側に様々な機能を外付けしていく地球人類の対極だ。

 

 道具を作って自分の機能を拡張していく地球人類タイプの生物は、道具を付け替えることで生物個体としての能力をいくらでも改造・強化できるのが強みだ。

 肉体が進化の限界に到達しても、技術を発展させていけば無限に己を拡張し、生命体として高次の存在になっていくことができる。

 だが逆に言えば、肉体的にはあまり進化していけない生物の選択肢なのだ。

 

 その身一つで、思うまま望むまま進化し、欲した機能を自分の肉体に備えていける生物は、星一つにすら収まらないスケールの個体となる。

 エヴィデンス01がまさにそれだ。

 彼らの本体は全能でこそないものの、地球人から見れば万能に近く、ゆえに道具で己を拡張する必要性がなかった。

 ガンプラのようなものを生み出す意味がなかった。

 

 『ガンプラを作る』どころか、『造形物を作る』文化がない異星人は、いかに優れていようが、ガンプラ作りにおいてはチンパンジーに等しい。

 

「ここか」

 

 解答を求める……つまり、まだ"正解を求めてしまっている"エヴィデンス01の思考を、店の扉を開ける音が遮った。

 

 そこに、鬼が居た。

 ガンダムは近未来が舞台で、GBNもそれを真似て比較的近未来の服装が多い。

 だがその男は、いっそ平安時代まで遡ったのかと思うくらいに、『古き絵巻物の鬼』を模倣したダイバールックをしていた。

 額に生えた三本のツノは、ガンダムには登場しない化生の鬼、幻想に語られる人外の化物をあえてGBNに持ち込もうというこだわりだろうか。

 

 まるで、神話や伝説の中で伝説の勇者を返り討ちにしてしまう理不尽に強い鬼のような、身に纏う風格があった。

 

「おい、お前か? ガンプラの操作の見込みがあるっていうELダイバーは」

 

「? 君は……」

 

「俺はオーガ。フォース・百鬼のリーダーだ。

 ビルドダイバーズに才気を認められたお前の強さを……俺に食わせろぉぉぉぉ!!」

 

 膝の上からサラを下ろしたメイが、素早くオーガとエヴィデンス01の間に割って入る。

 エヴィデンス01を守るように立ち、オーガを睨みつけるメイの瞳の力は強い。

 

「こいつはガンプラを持っていない。帰れ」

 

「なんだと!?」

 

 まるで、神話や伝説の中で伝説の勇者を返り討ちにしてしまう理不尽に強い鬼のような、身に纏う風格があったが、台無しだった。

 

 やっぱ早めにガンプラ用意した方がいいな、とエヴィデンス01は思った。

 

「生身のエビとガンプラが戦えばコロスオーバーになってしまうぞ」

 

「コロスオーバー……? なんだそれは」

 

「で、あるな。

 スパロボというゲームでよくやっているものらしい。

 曰くオーバーキル。で、あるからして。

 私も君のガンプラと今戦えばコロスオーバーされてしまう」

 

「待て、スパロボで? コロスオーバー?」

 

「で、あるな。私はコロスオーバーされても死にはせんし気にしないが」

 

「待て。エビは特殊な存在ゆえに万が一ということもある。

 お前は私が守ろう。そもそも、生身のダイバーにコロスオーバーするのはマナー違反だ」

 

 ???となっているオーガを尻目に、サラがメイとエヴィデンス01に語りかける。

 

「ねえ、ねえ、メイ、エビちゃん」

 

「なんだ姉さん」

「なんだサラ殿」

 

「それ、クロスオーバーじゃない?」

 

「「 ああー、なるほど 」」

 

「エビちゃん……メイ……んもう」

 

「……」

 

 空振った戦意の行き場をなくし、オーガは顔を片手で覆い、天井を仰ぎ見た。

 

 

 



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『ガンプラを作るのに必要な三つの要素』とは何か

 モモがフォース・ビルドダイバーズの中でエヴィデンス01を褒めちぎったことで、伝言ゲームで話が流れ、『ビルドダイバーズが才能を認めたELダイバーがいる』と密かに噂になっていた。

 オーガはその噂を聞きつけ、やってきたのである。

 

 ビルドダイバーズはかつて始まりのELダイバー・サラを救うことが決まった『第二次有志連合戦』で、世界を相手取って立ち回った伝説のチームだ。

 有志連合戦がネットで話題になり、動画でそれを見た人の一部がGBNを始めたり、ビルドダイバーズの機体を模した愛機を作ったりしたという。

 つまり、影響力が強いのだ。

 モモはアホだが、発言に影響力があるアホなのである。

 一番厄介な人種とも言う。

 

 それに振り回されたオーガは怒り――モモというアホの考えなしの発言に振り回されたことで更に怒り――かなり怖い剣幕で吠えていた。

 

「ガンプラを作る気がなかっただと……!? 早く作れ!」

 

「ええ……」

 

「食いごたえが出るまで俺がしごいてる。

 ガンプラは国から支給されてんのか?

 パーツが欲しけりゃ言え。

 ゲーム内通貨だがいくらかやる。

 ELダイバーとしてのお前の力……この俺に見せてみろ!」

 

「で、あるか。君は乱暴なのは口調だけだな」

 

「あぁ!?」

 

「好戦的であることは、低俗でも低価値でもない。

 戦いを忌避するものが上等で高価値というわけでもない。

 本質はそこではない、ということだ。で、あるならば、君を尊重する価値もある」

 

「何言ってんだ、テメェ?」

 

 直情的なオーガと死ぬほど合わないタイプの人間は、いくつかある。

 それは主に、初対面での印象の悪さや会話の合わなさとして現れる。

 オーガが好むのは人間の剥き出しの感情で、異星人はそれを持ち合わせておらず、更に人間と分かり合うために合理的な話し方を徹底している。

 エヴィデンス01は、オーガと死ぬほど合わないタイプの存在だった。

 だが。

 

「ちょうどいい。君がそう望むのであるなら、私も応えよう」

 

「あん?」

 

「で、あるなら、君と戦うガンプラを用意して準備しておこう……という話だ」

 

「! へっ、気合い入ってるじゃねえか……!」

 

 性格が合わなくとも"戦う意志"さえあれば、受け入れる度量がオーガにはある。

 彼は百鬼の長、鬼の王。

 

「気合が入ってるやつは嫌いじゃねえ。

 無駄に経験積んでるやつよりずっと食いごたえがある。

 で? どんぐらい時間が要る?

 ELダイバーの戦士なんざ俺もよくは知らねえ、期間はお前が決めろ」

 

「闘争の経験自体はある。あとはガンプラを作るだけだ」

 

「ほーぅ」

 

「150ね……15日で一機作ってこよう。私は君の挑戦状に受けて立つ」

 

「言ったな。いいぞ、15日後だ。

 その日まで準備を重ね、最高に美味いランチに仕上がっておけ」

 

 そう言って、オーガは去っていった。

 鬼が去り、オーガを見送ったエヴィデンス01の肩にメイが手を置く。

 

「エビ。さっき150年と言おうとしたな」

 

「……メイには嘘をつかない約束であったか。まあ、そうだな。流石に長過ぎた」

 

「長過ぎるにもほどがある」

 

「いや、なんだ……時間は多めに取っておく悪い癖がついな」

 

「お前が地球人だったらデートの一時間前に待ち合わせに来るタイプだな……」

 

 マギーが横目で、ちらりと店の時計を見る。

 

「すぐ行くわけじゃないけど、私とメイはELバースセンターに行く予定があるの。

 あ、ELダイバーの保護施設のことね。

 サラちゃんも一緒に行く予定よ。

 エビちゃんはどうする?

 一緒に来てもいいけど、正直15日後に初バトルなら時間無いんじゃなぁい?」

 

「同感だ。エビは今は自分のために時間を使うべきだろう」

 

 あと一時間、長ければ二時間は交流し、エヴィデンス01の人間理解を深めることもできたかもしれないが、事情が変わった。

 エヴィデンス01が『そちら』の方に興味を持ったなら、今日から二週間ほどは、ガンプラの作成に取り組むべきだろう。

 

「で、あれば。ガンプラはどうするかな……」

 

「エビちゃん」

 

「ん? サラ殿か。いや、心配する必要は」

 

「こういう時は、友達を頼るんだよ」

 

「……」

 

「ね?」

 

 ふんわりと笑むサラが促し、エヴィデンス01がコンソールを開く。

 そこには『フレンド:1』の表示がある。

 

「で、あれば。頼るか」

 

 エヴィデンス01は『メッセージ』と表示されている部分に、そっと指で触れた。

 

 

 

 

 

 

 市街地の外に広がる草原で、エヴィデンス01は本を読んで人を待つ。

 週刊誌の特集単行本だ。

 地球基準での正しい知識の習得順をまだ理解できていないエヴィデンス01は、地球人すら知らない地球のことを多く知りながらも、地球での常識の多くを知らない。

 その穴を埋めているのだ。

 あんまり正しい形で埋められていないが。

 

 そこにのっしのっしと、パンダ的ペンギンのモモカプルがやって来た。

 

『やっ、おはよう! サラちゃんからメールで教えてもらったよ、大変みたいじゃん』

 

「で、あるな。大変というほどでもないが。私も望んだことだ」

 

『あーダメダメ、オーガだから良いけど他の人はちゃんと言わないと。

 オーガは本気でバトル望んでない人には粘着しないもん。

 最後の一線は守るマンだからね。

 でもGBNには本気で嫌がらないと分かってくれない人だっているからねー?』

 

「そうか。そうかもしれん」

 

『分かれば良し。じゃあ行くよ、ガンプラに詳しい人のとこ!』

 

「誰だろうか?」

 

『シャフリヤールさん!』

 

 モモはエヴィデンス01を手の上に乗せたまま、通称『ガンプラ電車』に乗り込んだ。

 これは初代ガンダムに登場する輸送用トレーラー・サムソンを連結したもので、サムソンが機関部とトレーラー部の二つで構成されているのに目を付け、複数の機関部を連結した先頭と、複数のMS積載部で作った後ろで構築した、ガンプラ運搬用の列車である。

 陸戦特化のMSを使うダイバー達は時々、これを利用していた。

 

 モモカプルに乗るモモ、モモカプルの手に乗るエヴィデンス01は、のんびり景色を眺めながら、爆速で駆ける電車に運ばれていく。

 

『本当は一番頼りになるビルドダイバーズのビルド担当に頼みたかったんだけどね』

 

 GBNは宇宙ほどの広さがあり、GBN運営ですらその全貌は理解できていないという。

 移り変わっていく景色と、それぞれの景色で動き回る人達を見つつ、エヴィデンス01はモモの言葉に耳を傾ける。

 

『今日はELダイバーの体について調べるとかのお仕事が忙しいみたいで……ごめんね』

 

「で、あるか。私は頼んでいる側ゆえ、不満はない。むしろ嬉しいと言える」

 

『あ、でもねでもね!

 シャフリさんは私達のガンプラにも助言してくれてる人なんだよ。

 なんかすっごくてなんか賞取ってる人なんだって、すごいでしょ!』

 

「真空を隔てた向こう側の熱量ほどには伝わったぞ、すごさ」

 

『よくわかんないけどちゃんと伝わったみたいね! 流石私!』

 

「……」

 

 おそらく、異星人に最も近いELダイバーや、マギーのような成熟した立派な大人と触れ合うだけでは知ることもなかったであろう人間の代表格が、ここにいた。

 

「……来たみたいだね、モモ君と、例の彼が」

 

 かくして、到着したモモとエヴィデンス01を男が出迎える。

 

 そこは、ブレイク・ピラー・エリアと呼ばれるディメンションだった。

 壊れた軌道エレベーターが、世界を縦に貫いている。

 その周辺に広がる荒野には、無傷の建物と落下した残骸だらけの荒野。

 地上付近から宇宙にまで届く塔は、宇宙にも届きそうな領域の外装が剥がれ、それらが地上に落下したということがひと目で分かった。

 これは、ガンダム00で破壊された軌道エレベーターの物語を再現したディメンションだ。

 

 それらの瓦礫に腰を降ろして談笑している者達がいた。

 何百人と集まって、『ブレイク・ピラー・ミッション』に挑戦しようとする者達がいた。

 瓦礫の合間でガンプラのパーツデータを販売している移動商人がいた。

 ここもまた、"GBNの楽しみ方"が目一杯詰まっている、GBNの縮図であった。

 

 その片隅にて、モモ達を出迎える男がいた。

 

「シャフリさーん! ご無沙汰してまーす! あ、こっちはエビちゃんです!」

 

「や、モモくん。

 相変わらず元気そうだね。

 モモカプルもよく磨き込んである。ひと目で分かったよ」

 

「えへへ」

 

「で、あるか。シャフリヤール殿……というのか。本日はよろしく頼む」

 

「ああ、話は聞いているよ。今日一日で基本から奥義まで叩き込んであげよう」

 

 秀逸なダイバールックだ、とシャフリヤールに対し、エヴィデンス01は理論的に分析していた。

 

 銀色の髪にほどほどの紫を足した長い髪。

 銀の対象色は金色で、紫の対象色は黄色だ。

 よって金と黄の対象色二つを混ぜ込んだ銀と紫の組み合わせは、神秘的にも、野獣的にも、また優しい色合いにもできる。

 そのため非常にセンスが問われるが、その二つを混ぜ込んで適度な濃淡に調整したシャフリヤールの髪色は、遠くから見るのと近くで見るのとでまるで印象が違い、光の加減でまた印象が違うという、神秘的美術造形の極みのようなバランスに仕上がっている。

 

 誰が見ても美しいと思う、そんなバランスだ。

 これと比べると、エヴィデンス01の髪はSFチックでとても美しいものの、ただ美しいだけで、地球人の美的感覚においてはシャフリヤールに遠く及ばないということが分かってしまう。

 

 シルエットとしては人狐というのが近い。

 シャフリヤールのダイバールックは、人と狐が合わさったような姿だ。

 金毛黄毛にたとえられる狐の対照に、銀毛紫毛にしたということだろうか。

 あるいは、千夜一夜物語(アラビアンナイト)の148夜目に語られる、『ぶどう畑で狼を口先で騙した狐』をリスペクトして、狐に紫を合わせたのかもしれない。

 

 ゆったりとした白と淡い色の服に、要所に金と黄をあしらい、全体のバランスを整えつつ、強い色の印象がない。

 それはおそらく、ダイバーのデザインと色が、隣に立つガンプラの印象を邪魔しないため。

 ガンプラの印象に自分自身の印象が入らないようにするためだろう。

 

 天才が感覚のままに適当にデザインしたダイバールックとは違う。

 全てが計算。

 全てが美の法則性。

 エヴィデンス01が知らない、『地球の美の基準』を中東風に落とし込んだ存在が、見ているだけで勉強になるような存在が、そこに居た。

 

「……ある程度のラインを超えた人工物は、自然物と明確に区別がつく。

 異星の人工物は、異星人には自然物に見られてしまうことも多い。

 そこに込められた知的生命体の知的活動の痕跡が理解されないからだ。

 で、あるからして。

 どんな異星人にも人工物だと認識される、知性の集合体もある。あなたがそれだ」

 

「おやおや、お褒めいただき嬉しいね」

 

 くっくっく、とシャフリヤールが笑う。

 

「なんかシャフリさんとエビちゃんって並ぶと兄弟みたい。綺麗で銀髪だから?」

 

「……」

 

 とぼけたことを言っているモモに、"違いが分からん子だな……"と、エヴィデンス01は御無体に思った。

 

「シャフリさん! 15日後にオーガに勝てるくらい強いガンプラの作り方を!

 エビちゃんに素早く手早く丁寧にかつパーフェクトに教えてあげてください!」

 

「モモ君は相変わらずだねえ。

 でも忘れたのかい?

 ガンプラの道に近道なし、だよ」

 

「うっ……それは分かってるんですけど……初心者の一戦目は勝たせてあげたいんです」

 

「君の気持ちは分かってるよ。

 オーガに勝つことは難しいだろうが、私も全力を尽くそう」

 

 いい子だな、とエヴィデンス01はモモに思った。

 

「リクはログイン初日の初ミッションの初戦でBランクのドージに勝ったんですよ!」

 

「いやモモ君、それはリク君がおかしいんだ」

 

「ログイン二日目の二戦目でオーガといい勝負してたって話ですよ!」

 

「いやだからそれはリク君がおかしいんだ」

 

 シャフリヤールが苦笑する。

 

「で、あるか。リク殿は天才というやつであったか……

 私は……同族を見る限り、どちらかというと落ちこぼれの部類に入る」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。

 GBNは落ちこぼれとかないから!

 楽しむ才能があればあるほど最強なゲームだからねっ!」

 

「モモ君、正解。エビ君も大事な部分は間違えないようにね」

 

 ブレイク・ピラー・エリア特有の瓦礫を椅子代わりにし、腰を降ろした三人は長くなりそうな本題を話し始める。

 

「ガンプラを作るにあたって、君には三つの基本要素を覚えておいてほしい」

 

「三つの基本要素?」

 

「まず第一に愛。

 第二に製作技術。

 第三に……君が最初に何を目指すか、だ」

 

「で、あるか。何を目指すか? 目標設定ということだろうか」

 

「そうだね。

 コンセプト、と言い換えても良い。

 自分の好きな作品のガンプラで戦いたい。

 可愛いと思うガンプラで戦いたい。

 GBNでやりたいことのためにガンプラを作りたい。

 誰よりも美しいガンプラを作りたい。

 "己の心が向いている方向"……それがコンセプトとなる。いちばん大事なものだ」

 

「己の心が向いている方向……で、あるか」

 

「コンセプトが決まれば、あとは愛という熱意。

 そして実際に作る製作技術だ。

 製作技術は私が教えてあげられる。

 だけど愛とコンセプトを私があげるわけにはいかない。

 それでは私の劣化コピーにしかならないからね。面白くない」

 

「で、あるな」

 

 シャフリヤールはモモに向き直り、イケメンに弱い女なら一発でやられてしまいそうな微笑みを浮かべた。

 

「モモ君、少し男同士の内緒話をする。悪いが、少し待っていてくれないかい?」

 

「男の人そういうの好きですねー。いいですよ」

 

「ありがとう」

 

 シャフリヤールはボイスチャットモードに切り替え、シャフリヤールとエヴィデンス01以外に会話が漏れないようにする。

 エヴィデンス01と違いログの改竄まではしていないため、運営には聞こえる会話だ。

 で、あるならば、その内容は。

 

「地球を楽しんでいるかい? 遠き宇宙の彼方から来た、近き星の隣人の君よ」

 

「! で、あったか……モモの頼みを聞いたという話だったが、その実……」

 

「いや、モモ君の頼みで来たのは本当だよ。

 運営から頼まれていたのさ。

 『地球の文化と美術から交流を図ってほしい』ってね。

 地球の美とは地球の文化であり、それを理解するのは大事なことだ。

 とは言っても、気が乗らない。

 地球の美を伝える代表というのも荷が重く感じていた。

 異星人に興味はあったが、身の程に合わない責任だと思って、一度は断ったんだ」

 

「で、あるか」

 

「でもモモ君に話を聞いてね。

 運営の話を聞いていたからピンと来たんだ。

 どうやら君は私が思っていたような異星人ではなかった。

 ただの一人のGBNの初心者として君は在る。

 そういうことなら、私は喜んで君に"ものを作る技"を教えたいと思う」

 

「それはまた……独特な理由だな」

 

「今GBNのユーザーで君の正体を教えられているのは三人。

 『ELダイバーを育てている上位ダイバー』、マギー。

 『GBNの中でならどんな異星人でも倒せる』、チャンプ。

 そして『地球の価値を教える適任者』としての私だ。

 ま、私はそんな大層なものでもなくて、美しいものを教えるくらいしかできないがね」

 

「で、あったか」

 

「で、あるわけさ」

 

 ふふふ、とシャフリヤールが男にしては妙に色気のある笑みを浮かべる。

 

「君は地球人ではない。そして、地球人を理解しようとしている」

 

「で、あるな」

 

「ならば一番重要なことはなんだろうか?

 何よりも美しいものを作ることかな?

 オーガくんとの戦いに勝つことかな?

 いいや、違うだろう。君が人間を理解することだ」

 

「……確かに」

 

「そこで提案がある。ガンプラビルダーの聖地・ペリシアで、私と勝負しないかい?」

 

「勝負……? それはガンプラの出来を比べるという意味で?

 ……ああ、なるほど、『第三に何を目指すか』か。

 その勝負を目標にして作っていくのか。いわゆるシメキリ、というものだな」

 

「そういうことだ。

 そしてお題だが、私は君にとっての美しさを、君は地球人にとっての美しさを求めたまえ」

 

「! それは……なるほど。

 そういうことか。

 地球人基準の美しいものを作り、それを動かす。

 美と戦闘の両立。

 地球人の観点の実現化と操作を通したその実感。

 同時にこれは、地球文化の理解度を測る私見にもなる。

 なら私にとっての美しいものは、映像データを地球のフォーマットで作成して送っておこう」

 

「ありがとう、助かるよ。

 地球を知り、それを形にし、それで戦いたまえ。

 あんまりにも乱暴だが、それが理解への近道だと、私は思うよ」

 

「で、あれば、こちらこそ感謝しよう。

 私が地球人にとって美しいものを作る。

 それは分かる。

 だがそちらが私にとっての美しさを形にするのは……

 君の、『異星人にばかり負担をかけない』という意思表示に他ならない。

 君からの歩み寄りに他ならない。君が私を理解しようとしてくれたこと、感謝する」

 

「そういう見方もあるだろうね」

 

 シャフリヤールがボイスチャットモードを切り、退屈そうにしていたモモに呼びかける。

 

「モモ君! 彼と私でガンプラビルド勝負することが決まったよ」

 

「なんで!? 勝てるわけなくない!?」

 

「で、あるな。だが負ける気はない。

 勝つつもりで勝負を挑む。

 合理性の欠片もない精神論だが、それが地球における礼節なのだろう?」

 

「そう、その通りだ。いい心持ちだよエビ君。私も受けて立とう」

 

「わー、男の人の世界に入ってる……」

 

 ま、いっか。とモモは言う。

 細かいところを気にしないのがモモの長所であり、短所であり、美点である。

 

「期限は?」

 

「君がオーガと戦う前日、つまり二週間後にしよう。どうかな?」

 

「ええええ、シャフリさん、二週間は短いですよ!

 ガンプラは初心者には面倒なんですよー!

 ニッパーとかよくわかんないから!

 サフとかもよく分かんないから!

 ああ、でもオーガと15日後……おのれオーガー!」

 

「そうだね、モモ君。

 普通の初心者には難しいだろう。

 でも彼は……そうだね、才能があるから、大丈夫なのさ」

 

「!」

 

 シャフリヤールはエヴィデンス01の身の上を隠した言い回しをしたが、それが『シャフリヤールが才能を認めた』言い回しに聞こえたモモは、それを自分のことのように喜んだ。

 

「やるじゃんエビちゃん!

 あのシャフリさんに才能褒められるなんて!

 これもしかして最初からすっごいガンプラできるんじゃない!?」

 

「で、あるか」

 

「で、あるよー!

 シャフリさんはなんかこう……皆褒めてて凄い人だからね!」

 

「量子エンタングルメントが切れた状態での粒子の回転程度には伝わったぞ、すごさ」

 

「よくわかんないけどちゃんと伝わったみたいね! 流石私!」

 

「……」

 

 他人が褒められたのを自分のことのように喜ぶモモの善性に好感を持ち。

 ちょっとおバカに得意げに、ふふんと鼻を鳴らすモモに好感を持ち。

 モモが連れてきた人間と対決の約束をし、人間理解を深める道を進む。

 

 『必然の出会いが人間を理解させていく』のが彼にとってのメイなら、『偶然の出会いが人間を理解させていく』のが彼にとってのモモだった。

 

 

 



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『花火』とは何か

 13日後にシャフリヤールとガンプラ見せ合いっこ対決。

 14日後にオーガとガンプラバトル。

 そんな日数の限界が迫る中、メイとエヴィデンス01は夕陽が沈みきる直前の海で、水切り勝負をしていた。

 二つの勝負を抱えつつ三つ目の勝負を抱える傲岸不遜なる異星人が投げた石を、メイが投げた石が追い越していく。

 

「十回跳ねたな。どうだエビ、これが地球の力だ」

 

「むっ……五回が限度か。で、あるなら、君の勝ちだ」

 

「ふふん」

 

 拳を握るメイは、地球で二番目に異星人との勝負に勝利した地球の女となった。

 一番目はサラ。

 

「それでどうだ、ガンプラは出来たのか?」

 

「ううむ……それがな……」

 

「? どうした。私の問いに全て素直に答えると言っていたくせに、端切れが悪いな」

 

「どんなガンダムを見ても『現実の私より弱いな』となってしまうんだ」

 

「斬新な最強厨だな……」

 

 メイがもう一度石を投げると、今度は海面で11回跳ねる。

 現実に海でメイのような女性が居れば、男性誰もが振り向くであろう得体ゆえ、色々と揺れているのだが、気にする人間はここに居ない。

 ここに居るのは、今は二人だけだ。

 

「最強厨……私は最強厨か……で、あるか……」

 

「全てのガンダムを弱いと言い切ってしまうのは最強厨らしいと思うが」

 

「反省せねばならんな」

 

「エビはどう反省するんだ」

 

「そもそも反省とはなんなのだろう……」

 

「反省とは何か、か……深いな……」

 

「深いのか、メイ」

 

「深いんだ、エビ」

 

「そもそも語り考察すると長引くものをテーマとして深いと言うのは何故なのだろう?」

 

「何故なんだろうな。私にも分からん」

 

「興味深い話だ」

 

「興味も深いのか……」

 

「色んなものが深いな、メイ」

 

「そういえば、海も深いのだったな。この地球で一番深いものか」

 

「深いとは立体的概念だ。

 『上』と『下』が『深い』を定義する。

 だが宇宙には上も下もない。

 『深い』は重力によって上下が定義される惑星上生物の固有概念だ。

 それ以外の生物はこの概念を持っていない。

 宇宙に進出する過程で『深い』の概念を失った生物もいる。

 宇宙を別の言葉に置き換えた生命体もいる。

 これもまた、地球の知的生命体が地球で生まれ文化を育てたという証である、と言える」

 

「なるほど、深いな」

 

「メイも……深いな」

 

「お前も深いぞ、エビ」

 

 ぽちゃんぽちゃんと海に石を投げまくる二人に、後方から声がかかった。

 

「おーい、花火買ってきてやったぞ!」

 

「早かったなカザミ」

 

「おうよ。後でMS手持ち用の特大サイズも持って来てやるからな」

 

 メイとエヴィデンス01に駆け寄ってくるのは、カザミという男であった。

 メイのフォースメンバーであり、エビとは今日が初対面である。

 服装はアメリカンな星をあしらった――アメリカは星条旗の影響で星の意匠の人気が強い――ボディラインが出る、アメリカン・ヒーローらしさのある服に、赤いバンダナ。

 服装も相まって筋骨隆々な体が際立っているが、個人差で発生する僅かな人体の筋肉のバランスの崩れがなく、異星人の目には既存プリセットを使っていることがひと目で分かる。

 つまるところ、リアルのカザミにはこんな筋肉はないということ。

 GBNで筋肉モリモリの巨漢になりたいタイプの人間なのだろう、とエヴィデンス01はすっぱり見抜いていた。

 

「で、あるか。感謝するカザミ殿。今日は時間を割いていただき、ありがたく思っている」

 

「へっ、いいってことよ。あ、代わりと言っちゃなんだけど俺のチャンネルの登録を……」

 

「登録……? ああ、Gtubeか。

 話には聞いている。動画配信サイトだな。

 分かった、今日中にアカウントを作っておこう。宣伝もしておいた方がいいか?」

 

「お……おおおおお!! あざます! サンキュー!!」

 

「人間にとっては大事なことなのだろう? 理解している。

 ならば私は尊重しよう。再生数が伸びず自殺未遂するGtuberのようになってほしくはない」

 

「……ELダイバーってのは本当に浮世離れしてんだな……」

 

「私をエビと一緒にするな」

 

「お前も含めて言ってんだよメイィ!」

 

 メイとカザミは仲間で、最近どこかで花火のデータとガンプラを使ったらしい。

 それを聞いたエヴィデンス01が、それを所望した。

 データの世界とはいえGBNの再現度は抜群で、リアルの花火と同等、一部の花火はリアルよりも綺麗な光景を作るらしい。

 

「で、あれば、早速……」

 

 線香花火に手を伸ばしたエヴィデンス01の手を、カザミが掴み止めた。

 

「あーダメダメ。線香花火は最後だろ?

 最初はパーッと打ち込み花火!

 それも海にやるんだよ!

 これが海花火の醍醐味だ!

 魚がびっくりすっから漁の時期はダメだけど、ここはGBNだしな!」

 

「海に詳しいのだな、カザミ殿は」

 

「おおう!? お、おう、人並み程度にはな?」

 

「で、あれば、海の男という称号がカザミ殿には似合うのだろう。知っているぞ」

 

「……お、おう」

 

 カザミの視線が泳ぎ、誤魔化すようにエヴィデンス01に背を向けた。

 

「こんなの初心者wikiでも見りゃ一発で出てくるだろ……ったく……何してんだ俺」

 

「カザミに聞いた方が早く間違いもない。実績もあるからな。

 第一、私達が例のミッションを受けるには四人揃わなければならない。

 そんな頻繁に時間が合うわけがない。

 長時間のバトルなら土日か祝日でなければ現実的でない、違うか?」

 

「そりゃー四人揃わなきゃ例のミッションは進められねえけどよ……」

 

「分かっているならいいだろう。それとも他に用事があったか? 誘う人間がいたのか?」

 

「いねーけどよー! ちっくしょー!」

 

 カザミは脱兎のごとくその場を離れ、MS用のドデカ花火を取りに行った。

 

「メイ、例のミッションとは? 話しにくいこと、で、あれば話さなくてもいいが」

 

「ああ、今カザミと私と、他の二人で進めているミッションが大一番でな」

 

「で、あったか」

 

「それが終わればしばらく暇だ。

 お前にももう少し多く付き合ってやれる。

 ……次の出撃で終わりになれば、の話だが」

 

 メイの言葉に多少の懸念と、多少の思案と、踏み込まれたくないという意思を感じ、エヴィデンス01は深くは聞かなかった。

 代わりに、MSに巨大打ち上げ花火を持たせているカザミを指差した。

 

「で、あれは、いいのか」

 

「あれで面倒見はいい。

 そしてくじけず、へこたれない。

 客観的に見て、私の知人の中で楽しい空気を作るのが一番上手いのがあの男だ」

 

「……意外に高評価だな。メイがああいう人物を高評価するイメージがなかった」

 

「信頼はできる男だ。

 だが面を向かって伝えない方がいいだろう。

 調子に乗ると本当の力を発揮できない男であるようだからな」

 

「で、あるか」

 

 カザミの欠点への理性的理解と、欠点をバカにしないスタンスと、その上でカザミの長所を認め性格を信頼し、その人間らしさに僅かな尊敬を持っているような、そんな言い方だった。

 メイがカザミを仲間だと思っていることがよく伝わってくる、そんな言い草だった。

 カザミは人間で、メイはELダイバーで。

 されど二人の間にあるものが、目には見えないもので、掛け替えのないものであることを、エヴィデンス01は感じ取っていた。

 

「花火か。面白いとは思わないか、メイ」

 

「何がだ」

 

「人間の攻撃の基本は、物理的破壊か熱破壊だ。

 剣や銃で破壊し、ミサイルや突撃車で物理的に破壊する。

 火をつけて焼き殺し、火薬や油でそれを増強する。

 他にも様々な殺害があるが、基本はこの二つだ。

 火薬は戦場で使われるために生まれ、人を吹き飛ばすために使われた。ガンダムでもそうだ」

 

「そうだな。ガンダムでも火薬は使われる。

 実弾にしろビームにしろそれ以外にしろ、物理破壊か焼き殺すかだ」

 

「だがその火薬がこうして、争い以外のものに使われている。これはバーチャルだが」

 

「……そうだな」

 

「で、あろう?

 それだけではない。

 ガンダムも同じだ。

 あれもまた、破壊のための兵器だったはずだ。

 で、あったが、人はそこに美しさを見た。

 人は破壊を嫌う。

 なのに同時に、破壊のためのものに美しさを見るのだ。

 花火の美しさは、元は人を焼くための炎に宿っていたものだというのに」

 

「人間が破壊に美しさを見ている……お前はそう思ったということか?」

 

「そう考えている……が。もう一つ、別の可能性を考えている」

 

「なんだ?」

 

「地球人はどんなに醜いものの中にも、一抹の美しさを見つけるのではないか、ということだ」

 

「ああ、そうか、なるほど」

 

「泥の中に花を見つける。

 人を殺す火薬から花火を見つける。

 醜悪な人間に一欠片の優しさを見つける。

 ガンダムの醜悪な戦争の中に美しいものを見つける。

 つまるところ、それらは人間の性情の、総合的な理論に落とし込めるのではないか」

 

「泥からも花は生まれ、悪からも善は生まれる。人間はそういうものらしいな」

 

「で、あれば、この花火もただの光の散乱ではない。より美しいものに見えるだろう」

 

「確かに、そうだな」

 

 話し込む二人の頭上を花火の玉が通り過ぎ、海の彼方で炸裂する。

 

「小難しい話してんなあ。花火なんて派手でかっけえから好き、でいいんじゃねえの?」

 

「カザミ、答えになっていない。そういう話ではない」

 

「いや、いいんだ。

 言語化出来ないことをそのままにする。

 それをよしとする。

 それはそれで文化の在り方としては悪くない。

 理性の言葉も感情の言葉も等しく価値がある。

 言語化できるかできないかの壁があるだけだ。

 私は理屈に落とし込まなければ理解できない、それだけの話でしかない」

 

「そういうの考えてて疲れねえ? 細けえこととかどうでもよくねえか」

 

「それはそれでいいのだ。

 ガンダムのアニメをいくつか拝見しているが、感情論が多いだろう?

 感情論が言い合いに勝つことが現実より多い。

 それは何故か?

 感情論は理屈になっていないからだ。

 感情論は感情論でしか論破できない。

 感情の勢い任せの人間に理屈はなく、ゆえに理屈には大抵負けない。

 感情論と感情論がぶつかっても勝つのは感情論だ。で、あれば、花火が好きというのも」

 

「だーっ小難しいな!

 『好きだから好き』でいいだろ、そんなもんは!」

 

 カザミのその答えに、エヴィデンス01は感情を顔に表すことができなかったが、心の中で大きな感銘を受けていた。

 

「―――素晴らしい。君の今の答えが、きっと百点満点だ」

 

「ええ……よくわかんねえやつだな」

 

「我思う故に我在り。好き在るがゆえに好き在りということだ」

 

「よーし分かった! お前と俺話が合わねえ! メイのがマシだ!」

 

 理解を放棄したカザミがMSの中に戻り、また花火を打ち上げ始めた。

 

 花火を見上げるエヴィデンス01の横に、メイが立つ。

 

「私の短い人生で出した、何のあてにもならない解答だが」

 

 作り物の海。

 作り物の空。

 作り物の花火。

 "世界中の海が見てみたい"―――そんな風に思っていたエヴィデンス01が、メイの方を向く。

 

「花火とは、何を見るか、どこで見るかではなく、誰と見るかが大事……なのだと思う」

 

 その言葉が、エヴィデンス01の胸の奥にストンと落ちた。

 

「誰と見るか……か」

 

 メイは、もう本物の人間と遜色ないものになりつつある。

 人間の心と遜色ないものを持っている。

 自分で考えて出した答えが、人間らしい答えと遜色ないものになる、そんな存在になりつつあった。

 エヴィデンス01は、まだそうなれない。

 メイのゴールは着々と近付き、エヴィデンス01はまだスタートしたばかり。

 それぞれのゴールで何を掴むかは、それぞれの人間にしか分からない。

 

 けれど、時は待たない。

 

 全ては等しく終わりへと向かっていく。

 

 終りを迎え、次の何かを始めるために。

 

 その日、ある宇宙で衛星砲が発射された。

 

 ある者達は敗北し、ある星の表面は焼かれる。

 

 GBNは稼働を停止し、量子意識紐は重力波で切れ―――そして、『彼』の本体は目覚めた。

 

 

 



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『地球から光の速度で何十年もかかるほど彼方の知的生命体』とは何か

 宇宙は広大である。

 星よりも大きな生命体が居たところで、宇宙全体から見れば小粒でしかない。

 宇宙は大まか粒子と波動によって構築されており、一部は粒子と波動の両方の性質を持っているとも考えられている。

 地球生物はほとんどが波動を利用する粒子で出来た生命である。

 

 そんな地球の知的生命体は、古来から粒子を体の組成に用いない、波動によってのみ存在する生命体を想像してきた。

 地球人類から見て上位に存在する生命体。

 遥けき進化の果ての上帝(オーバーロード)

 心だけで生きる者(オーバーマインド)

 波動生命体。

 情報思念生命体。

 宇宙は無限ゆえに、人類の想像そのままの、あるいはそれを超越した生命が存在する。

 

 エヴィデンス01が、それだった。

 

「……」

 

 かつて、彼の種族は、地球人に似た精神の生命であったという。

 それが三段階を経て、今の波動生命体となった。

 地球に普通に存在する空間結晶、地球の最先端科学で研究されている時間結晶、その先にある情報構造体による情報結晶により、彼の一族は戦闘を行わない限り不老不死であり、また永久機関にあたる機能を持っていた。

 その上でまだ、彼らは進化しようとし続けている。

 

 その三段階の進化の詳細を、彼は知っている。

 それゆえ、自らの種族を蔑している。

 地球で話題に出す時、彼は度々、三段階それぞれの時代の自分の種族のことを語る。

 『私達の種族も宇宙全体で見れば下位の種族だ』という彼の自嘲は、嘘でもなんでもない。

 

 彼の種族は以前、より上位の生命体によって絶滅の危機に逢い、それから長い年月をかけて再興している最中だった。

 獣の枠を超えたのが地球人類。

 星の枠を超えたのがエヴィデンス01の一族。

 であれば、もっと上の生命もいる。

 エヴィデンス01の一族は地球人から見れば神であったが、宇宙全体で見ればアリに等しい。

 エヴィデンス01の本体が地球人をアリのように踏み潰せるように、更に上位の生命体は、エヴィデンス01の一族を踏み潰すことができるのだ。

 

 だからこそ。

 エヴィデンス01の一族は、自分達を無敵の種族だなどと思っていない。

 彼らは、大敵を恐れている。

 自分達がいくら進化しても、進化する前に自分達を滅ぼしかけたものを、恐れている。

 

『―――』

 

「はい。問題はありません。で、あれば、調査を続行します」

 

 エヴィデンス01は、地球概念でたとえるなら、自分の上司にあたる生命体と話し始めた。

 

 彼はまだ、地球に関する報告をしていない。

 

 全ての情報が確定してから報告するのが、彼の一族の慣例だった。

 

『―――』

 

「……! エルドラが!? まさか、そういうことでしたか……」

 

 彼の一族は三段階の進化を遂げた。

 その中で、第二段階の頃、彼らが侵攻した星があった。

 

 その星の名を、『エルドラ』と言う。

 

『―――』

 

「確かにこちらにも影響はありました。

 意識を繋ぐ量子波を切断するほどの波動……

 で、あれば、話に聞くあのエルドラの衛星砲ならば、余波だけでそうなるでしょう」

 

 かつて、エルドラという星と、彼らは戦争を行った。

 現在ほどの進化を成していなかった彼らは、人々が平和に暮らしていたエルドラという星に侵攻し、その星の資源を奪い尽くそうとした。

 だが、返り討ちにあった。

 

 エルドラの守護者アルス。

 聖獣クアドルン。

 そしてエルドラ人達。

 彼らは高潔で腐敗せず、諦めることを知らず、高い科学力を持ち、野蛮で残忍なエヴィデンス01の一族の尽くを打ち倒した。

 

 エルドラの衛星に設置された巨大砲は、量子存在にまで進化した彼らであっても、一撃で死に至らしめられる脅威の兵器であるという。

 それはただの余波だけでも、光速を超えることはできないという地球人の常識を超え、数十光年離れた星にまで影響を及ぼすという。

 エヴィデンス01の一族を殺すため、大昔にエルドラ人が用意した兵器であった。

 

『―――』

 

「アルスの健在が確認できた、ということですね」

 

 だからエヴィデンス01の一族は、守護者アルスや聖獣クアドルンを恐れている。

 かつて負けたから今でも恐れている。

 進化を繰り返した今も恐れている。

 

 宇宙の彼方でエルドラの衛星砲が撃たれたことは間違いない。

 光の速度も超えて余波が宇宙に拡散する兵器など、他にあるわけがない。

 地球も今は世界各地で機械が動かなくなり、GBNも完全停止状態だ。

 何故衛星砲が撃たれたかは分からない。

 だが分かっていることもある。

 衛星砲を撃てるのはエルドラの守護者アルスのみ。

 かつてエヴィデンス01の一族を片っ端から打ちのめし星を守った伝説の英雄が、エヴィデンス01の一族が今も恐れる英雄が、まだ生きているのだ。

 

 だから、エルドラ再侵攻を考えていたエヴィデンス01の一族は手を止めるしかない。

 いくら進化を重ねても、彼らはアルスを恐れている。

 英雄アルスと相棒のクアドルンの強さを覚えているから、進めない。

 エルドラを放置することを、彼らは決定した。

 

『―――』

 

「で、ありますか。承知しました」

 

 アルス達はエヴィデンス01の一族を撃退したが、惑星エルドラは荒廃してしまったという。

 エルドラ人達は荒廃した星が再生することを願い、ほとんどは星を旅立った。

 だがその一部は肉体を電送し、情報体化して時空の流れに乗り、時空の彼方に旅立ち、いつの日かエルドラに戻って来ようとしたという。

 可能性レベルで言えば、今のエルドラには、かつてエヴィデンス01の一族を打ちのめしたアルス・クアドルン・エルドラ人が揃っているかもしれない。

 かつてのそれより進化しているかもしれない。

 それは、恐ろしい話であった。

 

 ……とはいえ、エヴィデンス01はそれらを実際に見たわけではない。

 

 種族で共有される量子的情報ネットワークから情報を引き出しているだけだ。

 エヴィデンス01自身は、アルスも、クアドルンも、エルドラも知らない。

 全てが情報の吸収によって知っただけの事実。

 エヴィデンス01が実際に会ったことがあるのは、エルドラ人だけである。

 

『―――』

 

「現在担当宇宙の話であれば、報告した内容の通りです。

 知的生命体の存在は確認できておりません。

 見るべき資源も確認できておりません。

 まだ他の調査員の派遣は必要無いでしょう。

 存在の痕跡も無いため、宇宙に旅立った後ということもないと思われます。

 次なる知的生命体の発見は、いまだ時間がかかるかもしれません。しばしお待ち下さい」

 

 彼はまだ、地球に関する報告をしていない。

 全ての情報が確定してから報告するのが、彼の一族の慣例だった。

 報告で嘘をついてはならない。それもまた、彼の一族の慣例である。

 

 エヴィデンス01は、量子波による意識共有に近い通信を切る。

 

「何が楽しいんだろうな、他の星の侵略って」

 

 そうして、手慰みに手を動かし始める。

 

 身じろぎすれば地球程度は砕けてしまいそうな巨体で、物質をいじり始める。

 

「……ガンプラでも作ってみるか。物質を集めて、確かこういう形に……」

 

 一つ作れば、自分の意識と一緒に情報化して、GBNに持ち込むことができるだろう。

 

「……楽しいな。ただの作業なのに。何が楽しいんだろう」

 

 ただひたすらに楽しそうに、彼はガンプラを作っていた。

 

 

 



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『異星人が地球人に合わせて作るガンプラ』とは何か

 母星でのエヴィデンス01の長く重要な報告が終わり、しばしの時間が経過した。

 

 エヴィデンス01は、通常ユーザーと同じ経路からログインしてこない。

 いや、正確には、ログインと呼んでいるものの、ログインすらしていない。

 彼は観測されることが重要な量子と関わりが深い波動生命体であり、彼のGBNへの無秩序な進入経路は本来正準量子化を用いることで求められるが、彼はあえて能動的に特定の一点に現れる。

 その方が運営の仕事が少なくなるからだ。

 そのために彼はちまちまとした作業を、GBN進入の度に行っている。

 

 『在る』と『無い』の境界線が情報で出来たGBNの世界に現れて、『無い』が『在る』に変わっていき、そこにエヴィデンス01が現れる。

 それを、メイが出迎えた。

 

「お前はどちらの言葉で迎えてほしい?」

 

「メイ?」

 

「『いらっしゃい』か、『おかえり』か」

 

「……後者で頼む」

 

「ああ、おかえり、エヴィデンス01。お前の帰りを待っていた」

 

「で、あるか」

 

 ELダイバーと異星人にだけ通じる、言葉の裏の想いのようなものがあった。

 

「しばらく来なかったな」

 

「で、あるな。すまない」

 

「いや……お前がGBNの再開を知ることができないのは分かっていた。

 こちらから連絡を取る手段もなかったからな。

 肝心のお前は地球の彼方。

 お前に知ってもらうにしても心だけこちらに飛ばす?

 どういう感じに? 気軽にできるのか?

 そう思うとどうにもならなかった。あまり気軽にできることではなかったようだな」

 

「で、あるな。

 とはいえ毎日心を引き剥がすと弊害が出るというだけだ。

 GBNに心を置きっぱなしにすれば問題もない。

 毎日心と体を離すとそうだな……

 ううむ……

 地球人でたとえると……毎日寝ずにソシャゲの周回をずっとしてるような……?」

 

「お前は余計な知識ばかりつけていくな……」

 

「で、あってだな、私は知識としては知ってるだけでソシャゲというものをやったことがなく」

 

「やらんでいい」

 

「そうか……」

 

 運営の監視と観測が再度貼り付けられていき、エヴィデンス01とメイが歩き出す。

 

 一度途切れたが、来たるべき対話の再開だ。

 

 来たるべき対話は、地球人と異星人の対話であり、希望ある未来を作るためにある。

 

「君の言う通りだった、メイ」

 

「何がだ?」

 

「『花火とは、何を見るか、どこで見るかではなく、誰と見るかが大事』……だ」

 

 エヴィデンス01は手を差し出す。

 メイはあまり深く考えずその手を取る。

 交わされた握手に、エヴィデンス01は少し強くその手を握った。

 

「で、あるからして。今気付いた。

 私もまた『何を』ではなく、『どこで』でもなく、『誰と』が一番大事だったようだ」

 

「……そうか」

 

「君には大事なことを教えてもらったらしい」

 

「……別に、思ったことを言っただけだ」

 

 メイの目を真っ直ぐに見てそう言うエヴィデンス01に、メイは少し気恥ずかしさを感じた。

 表情は変わらなかったが。

 あいも変わらずこの二人は、何があっても鉄面皮である。

 

「メイのミッションはどうだった? 勝ったか?」

 

「負けた。完膚なきまでにな」

 

「……で、あったか」

 

「取り返しのつかない敗北だ。

 やり直しも効かず、失われたものも多い。

 今、どう責任を取ればいいかを考えている。戦うことくらいしか思いつかないが」

 

 メイが落ち込んでいるように見えて、エヴィデンス01は少し驚く。

 いや、驚いたのは、そんな内心をメイが大して隠してもいなかったからか。

 

 エヴィデンス01は、マギーと一緒に居る時のメイに新鮮さを感じたことがある。

 マギーの前だとメイは少しだけ、感情が出やすくなっていたから。

 カザミと一緒に居る時のメイに真新しさを感じたこともある。

 信頼できる仲間と一緒に居る時のメイは、事あるごとに新しい自分を見つけていたから。

 

 だから、自分と二人きりの時に、メイがここまで自分の内側を見せてきたのは初めてだった。

 それほどまでにメイが落ち込んでいるのか。

 それとも、心の内を少しは見せてくれるくらいには、メイが彼を信用し始めたのか。

 日々語り合ったことで生まれた親しみが、メイに心の隙を生んだのか。

 人の心をまだ勉強中の彼には、分かるはずもない。

 

「ELダイバーの君、で、あれば知らないかもしれないが。

 友情の示し方には、責任を分け合うというものがあるらしい」

 

「責任を分け合う?」

 

「私にできることはないだろうか。君を助けたい。君を放っておけない」

 

「―――」

 

「私が友を頼ってガンプラを習ったように、君は友である私を頼る権利がある」

 

 『仲間ではない友』が差し伸べた手は、メイの心に染み込んだ。

 けれど、メイはまだ甘えない。

 

「そうだな。どうしようもなさそうなら、お前に頼ることも考えよう」

 

「で、あるか」

 

「まだお前との付き合いが短い私に、お前を信頼させてくれ」

 

「で、あるな。

 信頼できない者を味方にはできない。

 何が起こるか分からないというものだ」

 

「今の私は……自分を信じることも難しいのかもしれない」

 

「メイ?」

 

「悔しいのかもしれない。

 悲しいのかもしれない。

 辛いという気持ちも、怒りの気持ちもあるかもしれない。

 だが私はそれらの気持ちを表す方法を知らない。

 エビ。お前のように地球式の感情表現を知らないのではない。何も知らないのだ」

 

 他人を頼ることは他人を信じること。

 他人の助けを借りるのは、その人を信頼することだ。

 自分すら信じられなくなっている者は、どんな者も頼れない。

 今のメイが信じることができているものは、命を預けたフォースの仲間達のみ。

 顔に出さないだけで、口に出さないだけで、自分で自分の心も分かっていないだけで、エヴィデンス01が知らない『敗戦』は、メイの心を大きく揺らがしていた。

 

「応援している。

 今日のシャフリヤールとのガンプラバトル、勝ってこい。

 私はそれを自分のことのように喜びたい。そしてお前を信じたい」

 

「ああ」

 

「それと、安心しろ。お前が負けても別に失望はしない」

 

「で、あるか……」

 

 誰もが口にできない事情を抱えている。

 誰もが語らない、語れない過去を持っている。

 探しものが見つからない者も山のようにいる。

 そして、抱え込んだ事情の全てを話すことが正しいなどということはない。

 

 互いの隠し事を聞かずとも支え合えるのが、仲間であり、友なのである。

 

 

 

 

 

 聖地・ペリシア。

 GBNでガンプラビルダーの聖地であるとされるペリシアエリアの通称である。

 神秘の砂漠の地・ペルシアとデザイン用色鉛筆のペリシアのダブルミーニングと思われるこのオリジナル地帯は、初心者ダイバーだと辿り着くのも中々難しい。

 よって、総じて民度が高く、世界各地の腕自慢のガンプラビルダーが集まる地だ。

 

 ガンプラビルダーの技術交流なども盛んに行われており、細かなウェザリング技術から、ガンプラに電飾を仕込む技術まで多種多様。

 ここで得られる技術は、世界の最先端……否、地球の最先端だ。

 ペリシアで高評価を受けたものを毎年記録しておけば、百年後には『人類がその時代に美しいと思っていたもの』という題名で、最重要文化資料になることだろう。

 

「ここがペリシア……で、あるか」

 

 シャフリヤールがここを勝負の場所に選んだのは理由がある。

 一つは、エヴィデンス01が異星の概念で作ったガンプラを自分の目だけで正しく理解できるか、そこに自信がなかったこと。

 異星の概念のガンプラを正しく批評するには、自分以外の凄腕ガンプラビルダー達の目が必要であると、彼は考えた。

 シャフリヤールは自信家でナルシストの気があるが、冷静で思い上がらない。そういうタイプの人間だった。

 

 もう一つは、勝っても負けても、エヴィデンス01と周囲のガンプラビルダーの交流が始まる……つまり、エヴィデンス01の地球への理解が進むだろう、ということだった。

 勝っても負けても何も終わらない。

 そこから続いていくものが変わるだけ。

 それがシャフリヤールの考えるガンプラ美学である。

 エヴィデンス01が勝っても負けても、その先にエヴィデンス01が人間を理解していく道があるならば、それでいいのだと、シャフリヤールは考えていた。

 

 見方を変えれば、エヴィデンス01がこの勝負に乗った時点で、シャフリヤールは大局的には勝利していたのである。

 それはそれとしてシャフリヤールは負けず嫌いなので、本気でエヴィデンス01に勝つための準備をしてきたのだが、それは脇に置いておこう。

 

「エビちゃん!」

 

 ペリシアに足を踏み入れたエヴィデンス01を真っ先に見つけ、声をかけてくる少女。

 モモだ。モモが来た。モモが転んだ。ハンドスプリングで跳ねた。エヴィデンス01の前に着地して、ニカッと笑った。だがすぐはっとして、不安そうな顔になる。

 エヴィデンス01は反応に困った。

 

「だ、大丈夫だった!?

 いや本当に大丈夫だった!?

 GBNずっと落ちてて連絡も取れなくて!

 こ、このタイミングでGBN鯖落ちとか……延期頼もうよ延期! 許してくれるって!」

 

「いや、かえってガンプラ作りに集中できた。

 こういう時はなんと言うんだったか……

 そう、『上手く作れすぎて馬になったわね』だ。そうだな?」

 

「絶対違う」

 

「で、あるか……」

 

 ああ、心配されていたんだな、と思うと、胸に暖かいものが宿った……気がした。

 エヴィデンス01のその感覚が本物か、錯覚か。それは彼にも分からない。

 GBN(ここ)には、本物の感覚と区別がつかない錯覚が、多すぎるから。

 

「ELダイバーって、サーバー落ちてたら大丈夫だった?

 寂しくなかった?

 真っ暗な箱の中に閉じ込められてる感じだった?

 サラちゃんはその時ドールで現実に居たからいいけど……エビちゃんは大丈夫?」

 

「……ああ、私も同族と一緒に居た。一人ではなかった」

 

「そっか!

 よかった!

 はー、GBNで生まれた命だから、その辺本当に心配だったんだよね。

 サーバーのデータが消えたらエビちゃんも消えちゃうんじゃないかって……」

 

「……寂しくは、あったかもしれない」

 

「! っ!! わっ、わっ、エビちゃんがかわいいこと言った!」

 

「で、あるか……可愛いか?」

 

「うん、今初めてサラちゃんの弟のELダイバーだなーって思ったよ」

 

「……で、あるか」

 

「可愛いは最強だよ。何せ私のモモカプルが強い理由も可愛いからだもん」

 

「……???」

 

「今日のエビちゃん可愛いこと言ってるから勝てるんじゃない?」

 

「……………………」

 

 しょっちゅうエヴィデンス01の理解の範囲から自由に飛び出していくモモは、見ていて楽しい少女であったが、見ていて戸惑う少女でもあった。

 

「あ、そうそう、例の人、名前で検索してみたりGBNでちょっと聞いてみたけど……」

 

「見つからなかった、か?」

 

「……ごめんね」

 

「で、あれば、私は感謝しておくべきだろう。

 探してくれただけありがたい。元よりそう簡単に見つかるとは思っていない」

 

「どういう関係の人なの? それも聞いちゃダメ?」

 

「……ああ。言えない。すまない。

 二人の片方は見つけた。ならもう片方も居ると思うのだが……」

 

「うーんどこまで聞いていいのか分からない……見つけてどうしたいの?」

 

「……幸せそうならいい。そうでないなら何かしてやりたい。それだけなんだ」

 

「なんだか不思議。エビちゃん表情全然変わらないけど、今は表情があるみたい」

 

「そう、か?」

 

「ん。なんだか不安そう」

 

 エヴィデンス01は、踏み込まれたくない部分をごまかそうとして、そして気付く。

 自分は地球人に対して友好な隠し事の振る舞いをする時、メイの真似をしていると。

 メイが彼に隠し事をしているように、彼はモモに隠し事をしていた。

 メイが彼を頼ろうとする気持ちがあるように、彼にはモモを頼る気持ちがあった。

 それはとても奇妙な繋がりだと、彼は思った。

 

「で、あれば、初めてのガンプラ勝負で不安になっているのかもしれないな、私も」

 

「あー、わかるわかる。

 私も初戦はドキドキしたなあ。

 あ、私の初めてのガンプラ勝負はね、ビルドダイバーズの皆で―――」

 

 シャフリヤールが来るまで談笑を続けようと、なんともなしに決めた二人。

 つまらないことを話しながら、ペリシアに遊びに来た人、勉強に来た人、出来たガンプラを見せに来た人、それぞれの人のガンプラを眺める。

 その中で一機、エヴィデンス01の目を引いたガンプラがあった。

 

「あれは……」

 

「あれ? ええと名前の表示が……

 BUILD Γ GUNDAM……ビルドガンマガンダム? って名前なのかな」

 

「あれはガンマという名前の記号か……で、あるなら、よし、私のガンダムの名前は決まった」

 

「!? え、決まってなかったの!?」

 

「いや名前はどうでもいいから後で適当に決めようかと……ノーネイムでもいいかと……」

 

「名前は大事だよ!? エビちゃん名前が無い惑星から来たの!?」

 

「……で、あるからして……」

 

「ちょっとー!」

 

 何も考えてない少女であることは分かっているが、何も考えていないはずのモモの着想や行動がモモにとって最良の結果を引き当てている。

 なんとも恐ろしい。

 言葉の核心を突く確率……いや、もっと根本的な、モモが生来持っている幸運値と言うべきものがかなり高い。

 過程がグダグダでも結果論で褒め称えられるタイプの女だ。

 

「名前はそんなに大事、で、あるかね」

 

「大事大事。エビちゃんだって可愛くて美味しそうでいい名前じゃん」

 

「美味しそうって今言ったか?」

 

 そんな二人の横合いで、笑い声が漏れる。

 いつからか二人の話を聞いていたシャフリヤールが、そこで笑っていた。

 

「シャフリさん!」

「シャフリヤール殿」

 

「やあ。準備は万全かい?」

 

「勿論……で、あるぞ」

 

「延期を申し込んで来ないとは、君も不器用だね。

 君の担当に当てられたという、サラ君の妹の彼女を少し思い出してしまうよ」

 

「私はメイほど不器用ではない。器用ゆえ、このガンプラを完成させた」

 

「おや、ジョークを覚えたのかい? いいことだ。さ、始めようか」

 

 シャフリヤールは有名すぎるゆえに、ダイバールックを隠したり変えたりなどの小細工を繰り返しているため、ペリシアに堂々と来てもバレることはない。

 エヴィデンス01も当然知名度はない。

 何百という人間が流れ行く街の一角で、数人だけが見ている中、とても静かに、地球の美の代表と異星人との、歴史上初の美の対決が始まろうとしていた。

 後方でモモが何故か"私が育てた"という後方師匠面をしている。

 

「で、あれば。先攻をもらおう。これが私の最初のガンプラ」

 

 そして、現れた銀色の巨人を見上げ。

 

「『ゼノガンダムΓs(ターンエルス)』だ」

 

 シャフリヤールは、思わず息を呑んだ。

 

 それはモビルスーツのたとえに使われる銀色の巨人ではなく、既に銀色の巨神だった。

 

「―――いいね」

 

 まず目を引いたのは異形の顔だった。

 地球で誕生したどの動物とも違い、ほとんどのモンスター造形に合致せず、あらゆる美術品と重なる部分もない。

 地球外の美的感覚によって作られた、異形の顔。

 シャフリヤールはそれを見て、地球外生命体ELSを連想していた。

 

 次に目を引いたのは両手足だった。

 肘がない。膝がない。足首も無ければ手首もない。

 だが、"ある"ような気がする。

 そして柔軟に動く両手足が、機体を直立させている。

 徐々にターンエルスの異質さを見て集まったギャラリー達は構造が理解できていないようだったが、シャフリヤールは構造的に唇脚綱などの節足動物が持つ身体構造の一部をガンプラに取り込んだものであると見抜いていた。

 クロスボーンガンダムに登場するMSバロックの剣をシャフリヤールは連想する。

 

 日に照らされると様々な色に輝く銀色のボディ。

 光沢と鏡面性によって美しさを演出しつつ、所々で光に透けるボディは、不可思議な透過性を併せ持っている。

 異形の顔は分かる。

 関節のない両手足も分かる。

 だが、こればかりはシャフリヤールにも分からなかった。

 総じて、既存のガンプラのどれにも近くない、シンプルながらも常識を揺らがすような異形感がにじみ出ている。

 

 なのに、『これはガンダムだ』と見る者に訴えかけるエネルギーがある。

 

 全体的に、これまで作られてきた全てのガンプラと全く違う、異質な存在だった。

 

 "エイリアン的なガンプラ"は地球人の多くが求めてきた。

 想像の翼を羽ばたかせ、エイリアンを想像し、モビルスーツにそれをなぞらせてきた。

 地球外生命体を

 だがそれらはあくまで、『地球人が考えた異星人の機体』でしかない。

 異星人を知らないまま"異星人っぽいもの"を作ったにすぎない。

 ターンエルスは『地球人に理解できるところまでレベルを落とした異星人のガンプラ』だ。

 "異星人が地球人に合わせて作ったガンプラ"とも言える。

 

 だから、GBNでよくある、ガンプラを改造してガンプラから外れすぎたためにGBNが認証してくれないということはない。

 ターンエルスは異星人という異端のセンスの持ち主が、ガンダムへのリスペクトによって生み出したものだからだ。

 精一杯『ガンダム』を作ろうとしたエヴィデンス01の気持ちを、GBNは汲み取ってくれる。

 ここはそういう世界だからだ。

 だからこそ、人間が理解できず、GBNのシステムが理解した、『人間は理解できず機械は理解できる』という異星人らしい異形のガンダムが、ここに在る。

 

 恐るべきことにシャフリヤールは、地球外生命体と接触した経験も無いというのに、この機体の大まかな概要をひと目でほぼ理解していた。

 

「ベースはレギルス、モチーフはターンXとELS系MSかな?」

 

 エヴィデンス01も少なからず驚く。

 シャフリヤールは地球という狭い世界しか知らない人間ながら、既に宇宙的観点における美の概念を理解する入り口に立っていた。

 エヴィデンス01の美の概念を理解するため、エヴィデンス01が美しいと思ったものの動画を送られたことで、感性の幅を広げたのかもしれない。

 

「……凄まじいな。正直に言えば、で、あるが、見抜かれるとは全く思っていなかった」

 

 ガンダムレギルスは、ガンダムAGEに登場する敵・ヴェイガンのガンダム。

 ヴェイガンは『UE』と呼ばれて居た頃は正体不明の宇宙からの侵略者であり、当初は遠い宇宙からの侵略者であるとも想像されていた。

 ヴェイガンのガンダムは異形のデザインであり、異星人らしさに満ち溢れている。

 

 ターンXは∀ガンダムに登場する、主人公機・∀(ターンエー)の宿敵である。

 あまりにも謎が多い機体であり、その中でも最も多く語られているものは、『ターンXは遠い宇宙から地球に流れ着いたものである』という設定だろう。

 当時の地球の全ての兵器と文明を一機で消滅させられるターンXはあまりにも脅威であり、これを元に∀ガンダムが建造され、ターンXと∀は兄弟機とされたという。

 地球人をはるかに凌駕する地球外知的生命体が作った機体が、ターンXなのだ。

 

 ELS(エルス)はガンダム00に登場する地球外知的生命体。

 場所によっては、宇宙怪獣、金属異性体とも呼称されるもの。

 金属の断片となり宇宙を飛翔し、対象に取り付いて同化し、吸収することで学習し、それを再現する。星すら飲み込む金属生命体の群れである。

 ガンダム00においては戦力差10000対1という絶望的戦力差で地球防衛戦線を圧倒し、最上位MSの完全再現によって質でも凌駕、"地球を喰らう"一歩手前まで行っていた。

 人類の理解外の、人類を完全に圧倒する地球外知的生命体である。

 

 ターンエルスはその三つを混ぜていると、シャフリヤールは見抜いていた。

 恐るべき慧眼だ。

 異星人の"ガンダムへのリスペクト"すら見逃していない。

 エヴィデンス01という刺激物を得て、彼は既に地球人の枠を超えた観点を得つつある。

 

「君が言っていたことだろう?

 人工物と自然物には違いがある。

 そしてそこに知性の集合体はそうと分かる、とね。

 君という知性が頑張った軌跡は、しっかり見て分かるよ」

 

「で、あるか。まいった。もうこの時点で負けた気になっている」

 

「なぁに、私もひやひやしてるところさ。

 もしかしたら初心者に負けるかもしれないと思っているからね」

 

 シャフリヤールが苦笑して、勝利を確信しないまま、ターンエルスの周りをぐるりと回ってそのフォルムを舐めるような視線で堪能する。

 

 徐々に、二人の対決を見ようとするギャラリーが集まってきていた。

 

「この色合いはどうやって出してるんだい?」

 

「私にとって最大の難関は、プラスチックの再現だった。

 何せ地球の特産品である樹脂と、その系譜にある合成樹脂だ。

 私の故郷の周辺にあるもので、合成樹脂に近い高分子化合物を探した。

 地球のガンプラはプラスチック、金属、布などを読み込む。

 だがあくまでメインはプラスチックでなければならない。

 そこで地球のバンド理論や、プラスチックの定義などなど勉強した。

 分子レベルの掌握とプラスチックの定義に則れば、金属さえプラスチックだ」

 

「なるほどね。

 『金属をプラスチックで完全に代替する』……

 それは現代の科学者の夢だ。

 部分的には出来てるが、まだ完全にはできてない。

 そしてそれは『金属とプラスチックの相互互換』を意味している」

 

「で、あるな」

 

「導電性プラスチックで金属の代替をする研究を思い出すよ。

 そうか……金属とプラスチックの中間、あるいは両性並立のガンプラ。

 それをもってしてELSらしくもガンプラらしい、生々しい金属感があるのか」

 

 異星人であることは隠しつつ、ギャラリーが理解できない小難しい言葉を使えば、彼の正体が感づかれることもない。

 ちょっと変わったELダイバーで終わりだ。

 モモなど完全に分かったフリで頷くマシーンと化している。

 

「そして、こいつは」

 

 ターンエルスがエヴィデンス01の操作で、歩き始める。

 

「どんな場所でも歩けるようにしてあるのだ、シャフリ殿」

 

「ほう? ……そのための足構造か」

 

「で、あるな。

 低重力、高重力。

 凸凹した山道、沈む沼地。

 深海から空に貼られたロープの上でも歩けるようにしてある」

 

「その真意を聞いてもいいかな?」

 

「私は人間ではない。そんな私が見て感じた"人間にとっての美しさ"は、足にあった」

 

 エヴィデンス01の言葉は、ELダイバーの言葉として、周囲のビルダーの耳に届く。

 

「辛くても前に進む。

 困難の中でも進み続ける。

 倒れても必ず立ち上がる。

 しっかりと地に足をつけて歩く。

 人間は前向きな心の在り方を、足の動きにたとえていた。

 心が足に無いにも関わらず、だ。

 で、あるからして、私はそこに起源的な、人間が人間で在るためのものを見た」

 

「なるほど」

 

「で、あるが、その前に、私は調査で人類の進化説を学んでいた。

 人類が猿から進化した理由の説の一つに、二足歩行があった。

 二足歩行を始めたことで、大きな脳を支える体が出来た。

 二足歩行によって、声帯の構造が変わり、言語が生まれた。

 両手が空いて、道具を使う手が出来た。

 知性が出来て、皆で話し合い、手で何かを作り始めた。

 人類の文明、そしてガンプラは、始原的な猿から人類への進化の延長にあるのだ」

 

「良い着眼点だ。よく調べているね、エビ君」

 

「二足歩行。

 二つの足で歩くこと。

 辛くても前に進む。

 困難の中でも進み続ける。

 倒れても必ず立ち上がる。

 しっかりと地に足をつけて歩く。

 そこにこそ、人間が美しいと思うものがある……それが私の結論だった」

 

「その具現がこのガンプラというわけだね。どんな場所でも歩けるガンプラ」

 

「心だ。

 心だよ。

 そこに美しさはあった。

 人はそれを足の在り方に見たんだ。

 それは人間が猿でない証明。

 獣でない証明だ。

 知性をもって他人に優しくできる生き物になったという証明なんだよ」

 

「『人への進化は足から始まった』……アファール説だね。知性がそこから芽生えていった」

 

「そうだ。人間にとって大事なものは足だ。

 で、あるなら、自分の足で歩いていくこそこそが、人間の美しさを表すのだ」

 

「素晴らしい。これがテストだったら、私は君に百点をあげたいところだ、エビ君」

 

 シャフリヤールはエヴィデンス01の見解、地球への理解度、それを落とし込んだターンエルスのコンセプトに簡単し、手を打った。

 

 その合間にシャフリヤールが少し悲しそうな表情をしていた意味を、エヴィデンス01は理解していない。

 

 『自分の足で歩くことこそが人間の美しさの本質』であるとエヴィデンス01が全力で証明した瞬間に、シャフリヤールが浮かべた表情の意味を、異星人は知らない。

 

「で、あれば、シャフリヤール殿の番だ。

 地球人が生み出した私にとって美しいもの、それを魅せてもらおう」

 

「ああ、君から貰った動画は素晴らしかったよ。久しぶりに面白いものを作ってしまった」

 

 そして、シャフリヤールもガンプラを出す。

 

 エヴィデンス01は自信満々にターンエルスをこの場に持って来た。

 真実を言ってしまえば、エヴィデンス01は勝つ気満々だった。

 が、それは超越者の未来の確信ではない。

 初心者にありがちな「これだけ手が込んでるんだから最高の出来だ」という思い込み。

 上級者ならば「いや、まだできることはないか?」と考えるところの手前で停まっている。

 

 にもかかわらず、エヴィデンス01のターンエルスの出来は素晴らしいものだった。

 根本的な技術レベル、文明レベルに差があるからだろう。

 シャフリヤールはGBNを代表するアーティストビルダーであるが、下手に手を抜いたものを作ればそのまま負けてしまいそうなほどに、ターンエルスのレベルは高かった。

 完成度が高いのではない。

 レベルが高いのだ。

 だから、エヴィデンス01は勝つ気満々だった。

 

「これが私の作品だよ」

 

 だから、シャフリヤールが自分のガンプラを披露した瞬間。

 

 それを見ただけで、彼は心底敗北を認めていた。

 

 

 




【ゼノガンダムΓs(ターンエルス)】
 Γ(ガンマ)ではなく『上下逆のL』。
 ゼノ(Xeno)とは『異なる』を意味するギリシャ語で、『ガンダムとは異なる異星のもの』であることを意味しており、またそれを異星人が地球人の言葉を使って表したことに意味がある。
 また『エル』はセム語における神を意味する言葉であるため、それを反転させるということは、『私は神ではない』という意思表示でもある。
 総じて、地球文化をよく勉強した異星人が示すことができる地球人への最大の敬意と言える。

 『ガンプラの基本はリスペクトである』と学び、『リスペクトの基本は過去に倣う』と学習したエヴィデンス01が、母星のある銀河系の物質を元に作ったガンプラ。
 ∀ガンダムのターンXと00ガンダムのエルスをモチーフにし、ガンダムAGEのレギルスをベースにした独特のシルエットを構築している。
 特に顔は、地球のどの生物とも、どの機械とも異なる異形となっている。

 太陽系外で作られたものやそれを取り込んだものという作中設定があっても、現実では地球人のデザイナーにデザインされたものでしかないターンXや∀とは違い、本物の異星人がデザインした()()()()()()()()()である。

 基本素材として、
 "透明な金属"
 "光を無限に吸収する黒い宝石"
 "熱を閉じ込められた太陽型生命の血液"
 "動物でも植物でも菌でもない生命が絞り出した樹脂のようなもの"
 などが使われている。

 ただし、これらの素材はあくまで地球人に理解できる概念で説明した場合こうなる物質であり、正しく理解するにはこの名前では不足がある。
 現在の人類の言語・理解力・保有概念では、これらの素材を万人に理解できる言葉として落とし込むことは不可能だろう。
 金属光沢を持ち、流体の装甲を身に纏い、宝石の煌めきと百花の色合いを兼ね備えるが、素体の物質組成は地球定義でのバイオマスプラスチック……すなわち、ガンプラに近い。

 角度次第で多種多様な色の反射が見えるが、基本的に常時機体の八割が銀色に見えるようにカラーリングを統一されている。
 これはエヴィデンス01が、光沢がなければ灰色と扱われる色が、光沢や鏡面性を持つことで、銀色という独立した色として扱われるという人類文化に感銘を受けたため。
 『銀色』は明治の文豪の造語である。
 彼の一族は可視光の反射率で色の種類を分けるという概念を持たず、色空間や定量的な表色のみで色の種類を分けているため、人類のそういった富んだ色分けに感動したのであった。
 太陽光が色とりどりの光に散乱して見えるため、海で見る花火や、海面で反射した花火の光のようにも見える。

 また、地球人の兵器概念、及びその延長にあるガンダムの兵器概念とは根本的に違う、エヴィデンス01が自分達以外の先進的種族を参考にした、基本的兵器概念が反映されている。


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『地球人が異星人に合わせて作るガンプラ』とは何か

 それは、ボールと呼ばれる初代ガンダムの量産用ポッドであるように見えた。

 あるように見えるのは、その機体が透き通っていたからだ。

 透過度を高めたアクリル樹脂などをベースに作ったのだろうか?

 そのボールは、透き通っていた。

 

 そして、その中に、様々な景色が入っていた。

 

 昔から太陽にかざして回すことで様々な模様を見ることができるビー玉というものはあり、それは大人にも子供にも人気だった。

 現代アートはそれを更に発展させた技術を用いており、ガラスや液体の中に芸術を作り、見る角度によって全く違う風景が見えるアートを次々生み出しているという。

 

 シャフリヤールはそれを用いた。

 人間の目は、直線的に目に入って来る光しか知覚しない。

 だから、地点Aと地点Bで目に入る光を計算し、制御した。

 正面からは透けて見えるがそれ以外の角度では透けないフィルムで背景の切り替えを行った。

 二面二色シートを1mm単位で精密に切り分け、仕込む。

 そうして、ボールの中に『エヴィデンス01が美しいと思った風景』を作った。

 

 三本並列する星の川。

 球状惑星の外ではなく内側に広がる森と街。

 冷たい太陽と燃える氷の世界。

 二つの星の間で月よりも太い雷が何千年も無限に行き来している銀河。

 ブラックホールを内側に取り込みエネルギー源とする宇宙ステーション。

 純金に近い星と純銀に近い星が太陽の周りを回る双子星。

 他にも多くの、SF映画でも見られないような宇宙の神秘がボールの中に見える。

 

 シャフリヤールは―――銀河を、ガンプラに閉じ込めた。

 

「すっ……げ」

 

 誰かの声が漏れ、他の者達は絶句している。

 

 『ジオラマ』というガンプラのジャンルがある。

 風景とガンプラをセットで作り、世界観レベルでの表現、物語の立体化、動きのある造形を行う手法である。

 ガンプラを作り、その周りの風景を作るのだ。

 だが。これはその逆だ。

 

 ガンプラを作って、その中に風景を作っている。

 あるいは、風景を作って、その外側にガンプラを作っている。

 被写体が風景の中に居るのではなく、風景が被写体の中に居た。

 しかも機体の中にある風景が、光の加減でどんどん移り変わっていき、時には宇宙空間にある二つの風景が重なって見えるのだ。

 

 皆いつしか、ボールの周りに集まり、その周りを歩き回っていた。

 

「うお、すっげ」

「宇宙写真かなにかを使ったのかしら」

「いやこれ結構創作あるって。こんな宇宙の写真見たことないってのあるし」

 

「う、うわっ、この部分こっちの角度だと月でこっちの角度からだ太陽なんだ、うわっ」

「このフィルム、正面から見ると一部の宇宙から透けて見え、他だと余計な光を区切るのか」

「いや驚いた。真っ黒な宇宙空間かと思ったら片面黒で片面鏡の板なのか」

 

「もしかしてここの部分は太陽がある時に自然光を取り入れて光る星?」

「えええ……なにこれ色合成? 別々の風景のフィルム三枚が重なって別の色に?」

「うーわ! これミノフスキー粒子効果か! GBNの中だけ見える光景なのか!」

 

「これ現実でどう作ったんだろう……ああでも大きめだなこのボール」

「大きめのボールをアクリル系でフルスクラッチ? やべえな」

「これなんかシャフリヤールさんっぽいな……影まで計算してるのがなんか……」

 

「これなんでサテライトキャノン付いてんだろ」

「作りが頑丈だし戦ったら厄介そう」

「ボール+サテライトキャノンの遠距離特化で大火砲型なのは見れば分かるしな……」

 

「……サテライトキャノン? ボール?

 あー!? あああああ!!!

 サテライトボウルだ!

 人工衛星モデルのインテリアの!

 ミラノのデザイナー・カルロ・コンティンの!

 足回りに細い棒があって綺麗なバランスだと思ってたらそういうことか!」

 

「あー!」

「なるほどなるほど、職人芸だな」

「私達を試すとは……フフフ、面白い。一流のアーティストの匂いがしますね」

 

 ペリシアの名のあるビルダーたちが、次々にシャフリヤールの作品を褒めていく。

 もはや、聞くまでもなく作品の上下は決まりきっていた。

 いや、事ここに至るまでもなく、誰よりも先に、エヴィデンス01は己の敗北を確信していた。

 何故なら、ひと目見た時から、エヴィデンス01は彼の作品に感動しきりだったのだから。

 

「わぁ……本当に綺麗……ハッ!

 わ、私はエビちゃんの味方だからね!

 エビちゃん応援してたからね!

 エビちゃんのだって銀色が綺麗で……っていない!?」

 

 モモがボールに見惚れていたが、ハッとしてエヴィデンス01のフォローに入ろうとして、そこで気付く。

 

 エヴィデンス01もシャフリヤールも、どこにも居なかった。

 

 

 

 

 

 二人は建物の屋上に居た。

 二人が見下ろす広場で、ターンエルスとサテライトボールをビルダー達が囲んでいる。

 主にサテライトボールが称賛の雨を受けているが、ターンエルスも少なくない人間に囲まれ、写真を撮られ、褒めちぎられている。

 屋上の縁に体を預け、シャフリヤールは皆を見下ろし、微笑んでいる。

 自分の作品が褒められていることも嬉しそうだが、それ以上に自分の作品が誰かを楽しませていることに喜びを感じているように見える。

 

 日が傾き、遠くの山に太陽が近付いている。

 あと一時間もしない内に、ペリシアエリアは夕方のモードに入るのだろう。

 夕方の直前の太陽を背に、シャフリヤールはエヴィデンス01に微笑みかける。

 シャフリヤールの影が、銀髪金眼のエヴィデンス01にかかっていた。

 

「惜しかったね」

 

「違う」

 

 エヴィデンス01は、首を横に振った。

 

「違うのだ。

 私は、私が見た地球人の美しさを形にしてしまった。

 だからシャフリ殿の作品ほど皆の心に響かなかった。

 それではダメだった。

 地球で皆に愛された美とは、地球人が見た美しさでなければならなかった。

 シャフリ殿は『地球人にとっての美しさ』と言った。

 それは地球人が当たり前に持っているものではいけなかった。

 地球人が当たり前に持っていないものでなくてはならなかったのだ」

 

「そう、そういうことだ。

 難しい概念だけどよく理解したね。

 美とは、日常と、非現実の両方にある。

 しかし心に響くのは後者だ。

 どちらもおろそかにしてはならないが、まずそこを理解しなくてはならない」

 

「当たり前過ぎるものは心に響かない……ということ、で、あるな」

 

「そういうこと。

 君の作品は間違いなく素晴らしいものだった。

 でも、君の作品を見ていて分かったよ。

 君は人間の中の当たり前の優しさを作品にするタイプなんだ」

 

「……」

 

「私が審査員だったなら、私の作品じゃなくて君の作品の勝ちにしていた。

 君の敗因は、君がまだ地球を理解していなかった。それだけだと私は思う」

 

「シャフリヤール殿……」

 

「分かるよ。

 想像だけど分かる。

 地球人にとっての当たり前は、君にとっての当たり前じゃない。

 皆が君の持って来た『宇宙という世界』に夢中になった理由がある。

 君が人間を好きになった理由がある。

 その二つはきっと近いんだ。

 皆は君にとっての当たり前を愛した。

 君は人間にとっての当たり前を愛した。

 "自分の中にない当たり前"を好きになる……それは、いいことじゃないかな」

 

「で、あるか。私は人間をもっと知りたい。だが、理解するだけでいいのかとも思う」

 

「へえ。理解した先で、何がしたいんだい?」

 

「……分からない」

 

「……君もどうやら、複雑な身の上のようだね」

 

 エヴィデンス01は、メイが自分の内面を周囲に見せたことに驚いた。

 その変化に驚いた。

 だが、それはメイだけの変化だったのだろうか。

 メイ同様に彼が変化していないなどと、誰が言えるのだろうか。

 変化していくのが命であり、人間もELダイバーも異星人も、そこは同じだというのに。

 

 太陽を背に、シャフリヤールが笑む。

 

「正直にいえば、今日の勝負、君のガンプラを見て感銘を受けたよ。

 私が生み出せるものではない、とすら思った。

 だからこそ燃えた。

 燃ゆる太陽に照らされた気持ちになった。

 私に作れない何かを作れる人が、この世界に宇宙に、たくさんいる。

 それを君が思い出させてくれた。

 初心者だった頃と同じくらい、今の私はガンプラが作りたくてたまらない。感謝している」

 

「で、あれば、何故私に感謝を? それは君の心の動きでしかない」

 

「そうだね。良いライバルと出会えたことに、としておこうか」

 

 くっくっく、とシャフリヤールが含み笑いをする。

 

「今回の勝負は、私のホームだから私が勝っただけさ。

 いつか君の母星に行って、君の同族に囲まれてガンプラ勝負をしたいところだね」

 

「それは……やめておいた方がいい」

 

「おや、何故だい?」

 

「……シャフリヤール殿の寿命が尽きる前に、地球人が私の星までは来られない」

 

「あははっ! それはそうかもしれないね!

 でもそれなら、やめておいた方がいいではなく、できないと言うべきじゃないか?」

 

「で、あるな」

 

 嘘つきには寿命がある。

 嘘がバレる。嘘をついていることに耐えられなくなる。嘘の意味がなくなる。理由は様々だが、嘘と嘘つきは永遠ではない。寿命がある。

 嘘と真実がぶつかれば真実が勝つために、嘘は常に消えていく運命にある。

 

 欺瞞は真実の前に、必ず滅びる。

 隠されていた真実は必ず明らかになる。

 "その時"は刻一刻と迫りつつあった。

 

「ゼノガンダムターンエルス、か」

 

 (エル)の逆、Γ(ターンエルス)を眺め、シャフリヤールは指先で唇をなぞる。

 ダブルオーガンダムを喰らったELS、∀の宿敵ターンX、ガンダムAGE-2と激闘を繰り広げたガンダムレギルスがよく混ざりながら、異物的なシルエットで統一感が出来ている。

 

「いいガンプラだ。もし私の想像が正しいのなら……オーガともいい勝負ができるかもね」

 

「で、あるかな」

 

「ターンエルスか。……ふふっ、面白い。

 リク君の機体がELSと戦ったダブルオー。

 サラ君のモビルドールが月光蝶を使える∀タイプ。

 メイ君の機体が∀を目覚めさせてターンXに破壊されたウォドム。

 運営が用意した異星人への抑止力のチャンプの乗機が、レギルスの宿敵であるAGE2」

 

 運命、というものがあるのだろうか。

 それぞれが無作為に選んだものが、運命のように引き合うことはあるのだろうか。

 あるのだとしたら、それはどれほどの距離を越えて結ばれるものなのだろうか。

 この地球と、宇宙の彼方の異星人で、運命が結ばれることはあるのだろうか。

 

 それはもう、神にしか分からない。

 地球人からすれば神に等しい彼にも分からない

 (エル)に非ず、ターンエルを名乗る者が、そんなものを分かるわけがない。

 

「ある意味、必然だったのかもしれないねぇ」

 

 シャフリヤールは静かに、かつて地球人が神と崇めた太陽を――GBNが作った神/太陽の偽物を――穏やかな表情で眺めた。

 

 

 



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『好敵手』とは何か

 シャフリヤールと離れ、エヴィデンス01は歩き出す。

 ペリシアはいい街だ。

 朝、昼、夕、夜、全てに違う顔がある。

 そこかしこが賑わっていて、皆がガンプラの技術に長けていた。

 

 ペリシアは宝の山だ。

 金銀財宝の山があるのではない。

 ビルダーのように技術を求める者、異星人のように人間の価値を認めながらも人間を知らない者にとって、ここは宝の山なのだ。

 人が懸命に生み出したものの結晶が、そこかしこにある。

 時間が許す限り全てを観測していたいと、エヴィデンス01は思う。

 

 とはいえ、そんなに時間が有り余っているわけではない。

 明日には百鬼の長・オーガとの戦いが待っているのだから。

 

「あ、見つけた!」

 

「モモ」

 

「しょうがない、しょうがない、相手がシャフリさんだもん! ドンマイ!」

 

「で、あるな。素晴らしい人物だった。

 あの人間を技術レベルだけで語ることは愚かしいな。精神も円熟している」

 

「あ、でもでも、エビちゃんのガンプラも凄かったよね?

 いや凄かった! 綺麗に虹みたいな光が滲んでる銀色で、すっごい素敵だった!」

 

「で、あるか。感謝する。私も力を入れたガンプラを褒められるのは嬉しく思う」

 

「見りゃ分かるよ。エビちゃん頑張ったんだよね。うんうん、よく頑張った」

 

 第一声が励ましの言葉なのは、本当にモモらしい。

 第二声が褒め言葉なのもモモらしい。

 

「エビちゃんが頑張って何か作ったのってこれが初めてだったりする?」

 

「で、あるな」

 

「あ、だよね。

 負けた時無表情だったけど悔しそうだったもん。

 あんなエビちゃん初めて見たからそうなんじゃないかなーって」

 

「……悔しそう、だったか?」

 

「んあー、私からそう見えただけなんだけど、なんかそうかなって思って」

 

「そう……で、あったか」

 

 所詮、彼の体はGBNが作り出した写し身。

 心を入れる暫定の器でしか無い。

 彼の本体は宇宙の彼方に有り、地球では量子のもつれと表現される量子意識紐によって、ここにある心と繋がっているのみ。

 しからば、表情が動くはずはない。

 動く表情を持っている彼の体は、ここにはないのだから。

 

 けれど、ここはGBN。

 人は『無限の可能性が集う場所』と呼ぶ。

 

「大丈夫? 落ち込んでない? 元気?」

 

「で、あるな。問題なし。明日の準備をしようとしていたところだ」

 

「そっかそっかー。よかった、無駄にならなくて!」

 

「?」

 

「リクがミッション早く終わったんだって!

 で、来てくれるんだって!

 ……あ、説明しなきゃ分からないか。

 リクとオーガはね、GBNでも有名なライバルなの。

 二人共強いしバトル好きだからね。

 もうしょっちゅう何度も何度もバトルしてて、応援する方も疲れちゃうくらい」

 

「で、あれば、オーガの動きの癖も知っている……というわけか」

 

「そ、そ! そういうことでございますよー。あ、リクはすぐ来れるって」

 

「細やかな心遣い感謝する、モモ」

 

「あはは、私は何もしてないよ。この仰々しい感謝にも慣れちゃったね」

 

 エヴィデンス01はターンエルスを出し、乗り込み、モモに手を差し伸べる。

 先程までペリシアを沸かせていた話題のMSの出現に、街の一角がざわめくが、すぐにここを離れてしまう彼らにはもう関係ない。

 

「今度は私が君を運びたい。ここまでの恩の返礼だ」

 

「もー、律儀なんだから」

 

「モモのカプルは可愛らしくドタドタ走るが、揺れるからな。ターンエルスは揺れない」

 

「一言! 多い!」

 

「ああ、そうだ。

 人間の女性に一度聞いておきたかったのだが。

 胸が揺れるとはどういう気持ちで……すまない、モモには揺れるものがないか」

 

「二言! 多い!」

 

「申し訳ない。モモには礼節を徹底しようとする意識レベルが揺れ下がってしまうな」

 

「三言っ! 多いッ!!」

 

 ターンエルスの手に乗っていたモモがターンエルスの顔面に飛び蹴りをかまして、無知ゆえに無礼なエヴィデンス01に背を向け、モモカプルで一人で駆けていく。

 その後ろを、ターンエルスが追いかけていく。

 

 彼女の愛機はモモカプル。

 ∀ガンダムに登場するモビルスーツ、カプルの改造機。

 カプルは物語の中で、ターンタイプのガンダムに寄り添う仲間として在り続けたという。

 

 

 

 

 

 まるで水上を滑る氷塊のような静かな滑らかさで、ターンエルスは飛行する。

 ターンエルスの飛行システムは、『これが一番私の本体が普段使っている移動方式に近いから』という理由で、宇宙世紀の反重力推進機関を採用している。

 ミノフスキー・クラフトによって浮遊し、金属生命体ELS素体と同様の推力で加速するターンエルスは、極めて静かに、音もなく飛ぶ。

 

 飛べないモモカプルを抱えて飛んでいたターンエルスが草原に着陸すると、それを三人の人物が出迎えた。

 

「あ、来たよリク」

 

 一人はサラ。

 その手にGBNの花を摘んだカゴを持っている。

 このカゴはアイテムで、摘んで入れた花は枯れず、いつまでも花瓶の花のように咲き続けるというもの。

 

「だね。よーし、俺にできることをしよう!」

 

 一人はリク。

 肩をぐるぐる回して気合を入れている。

 

「さて、どう言葉をかけたものか」

 

 そして、最後にメイ。

 姉であるサラの横で、困ったように溜め息を吐いていた。

 ターンエルスとモモカプルから降りた二人が、三人と顔を合わせる。

 

「あっ、三人居る! リクー! サラちゃーん! メイー!」

 

「メイ? 何故ここに。で、あれば、少し足りんか……」

 

「足りない? 何がだ?」

 

「菓子、で、あるな。リク殿。こちら菓子折りだ。団子でよかっただろうか」

 

「えっ……俺GBNで貰ったの初めてですね、菓子折り……」

 

「これは地球人のマナーではなかったのか……? で、あれば、無礼をすまない」

 

「いやいや無礼じゃないですよ! 嬉しいです!

 ありがとう、エビさん。

 ゲームの中だけど、ビルドダイバーズの皆で美味しくいただきます」

 

「気遣いを感謝する」

 

 苦笑するリクに、エヴィデンス01はデータの菓子折りを渡し、頭を下げた。

 その後、メイに向き合う。

 

「で、だ。メイは何故ここにいるのだ?」

 

「ママがエビが負けて落ち込んでいたら励ましてこい、と私に言ってな」

 

「で、あるか。ならば納得だ。だが私は落ち込んでいない」

 

「そうか? 行く前は勝つ気満々だったような気もするがな」

 

「……そんなにか?」

 

「私にはそう見えた。それで負けているのだから、ママも心配するだろう」

 

「……すまない」

 

「頑張った人間が負けたからと笑う趣味は私にはない。お前は頑張った」

 

「で、あるか。メイの信頼を勝ち取るのは遠いな」

 

「カザミを誘ってミッションでも行ったらどうだ」

 

「彼と? 何故?」

 

「結果に繋がる繋がらないにかかわらず、あいつはいつも我武者羅だ。

 いつも頑張っている。だから一番負けた後のことを知っている……と、思う」

 

「で、あれば、検討しよう。その見解は正しいと私も考える」

 

 普段のメイより、仲間を語る時のメイが、エヴィデンス01は好きだ。

 そこには普段無い暖かさがあるような気がするから。

 

「リク殿は……その花の冠は、先日はなかったな」

 

「サラが花の冠を作ってくれてたんです。どうですか?」

 

「で、あるか。

 似合っていると思う。

 雄々しい方がリク殿には似合うかもしれない。

 だが守護獣に花冠を被せ平穏を表すことは、宇宙的に通ずる平和の表現だ」

 

「へへっ、そうでしょう? サラが一番上手いんですよ、花で冠作るの」

 

 嬉しそうにリクがサラの作った花冠を見せ、サラが少し照れていた。

 

「なるほど……で、あれば、人間は人を待つ暇な時間の間、こうして暇を潰すのか」

 

「いや、こんなことしてんのリクとサラちゃんだけだから」

 

 人間を学んだ気になったエヴィデンス01に、メイが冷静にツッコミを入れる。

 

「ま、あんま話してるのもアレだよね。

 さぁさ皆さんお待ちかね!

 対オーガ特訓だー!

 あのGBNの喧嘩番長をエビちゃんが打ち倒すのだー!」

 

「GBNの喧嘩番長て」

 

 元より勝算は低い。

 GBNにおけるダイバーランクは九段階に分かれている。

 SSS(スリーエス)。

 SS(ダブルスペシャル)。

 S(スペシャル)。

 A(エース)。

 B(ブレイブ)。

 C(カーレッジ)。

 D(ダイナミック)。

 E(イージー)。

 F(ファースト)。

 雑に分けるダイバーは、F~Dで初心者、C~Aで中級者、S~SSSで上級者と見る。

 オーガは現時点でSSS、リクもSSSである。

 初心者や中級者が相手なら百回戦って百回勝つ、そういう男達であった。

 

 そも野球の世界競技人口ですら3000万人なのに、年中2000万人以上がアクセスしているGBNの規模がおかしいのだ。

 その中で上澄みになるのは、世界有数のアスリートに等しい天才達である。

 それを知った上でしれっと勝負を挑むこともまた、異星人のズレた精神性の証明であると言えるだろう。

 

「で、あれば、どういう方法で進めていくのだろうか」

 

「うーん、俺も言葉で説明するの上手くないですからね。

 俺がオーガの戦闘スタイルを真似して、まずそれと戦ってみるってのはどうでしょうか」

 

「で、あるか。方法は任せる。

 これに関しては君の方が正しく判断できるだろう。

 私は桃太郎から鬼退治の足り方を聞くだけの者ゆえに」

 

「ははは、オーガが鬼だから桃太郎って……

 あっ! 菓子折りが団子だったのってそういうことだったんですか!? きびだんご!?」

 

 GBNというフィールドで、オーガやリクといったトップランカーに勝つということを、エヴィデンス01は軽く見ていたところはあった。

 甘く見ていたのではない。

 軽く見ていたのである。

 彼はオーガやリクの数値上の強さを正しく見ていたがために、オーガやリクを甘く見てはいなかった。だが数字だけ見ていた時点で、軽く見てはいたのだ。

 

「リク、ダブルオースカイ! 行きます!」

 

「エヴィデンス01。ターンエルス。戦闘を開始する」

 

 軽く見るの反対は、重く見るということ。

 重く見るということは、深刻に見ること。

 彼の予想には正確さはあっても、人間の底力を計算に入れる重みがなかった。

 

 

 

 

 

 

 ガンダムダブルオースカイ。

 リクが好きなダブルオーガンダムに、リクが好きなデスティニーガンダム、そしてその他好きなガンダムを組み入れたガンダムである。

 マルチに高い攻撃能力も売りだが、何より厄介なのは非常に高いスピードと機動性であり、乗り手のリクの反射神経もあって至近距離の散弾ですら回避する。

 

「分かっていたこと……で、あったが、速い……!」

 

『どんどん行くよ!

 オーガがよくする攻撃をかわせないとすぐ負けちゃいますからね!』

 

 ダブルオースカイはとにかく速い。

 素早く飛んで大威力を叩き込むデスティニーガンダムと、素早く飛んで切り刻むダブルオーガンダムが高度に融合していて、速い上に方向転換も早い。

 だが真に恐ろしいのは、その乗り手であるリクだった。

 

 見てから動くのが早い。

 見る前に勘で動くのが早い。

 ターンエルスが回避に移ると、それを見てから攻撃を合わせてくる。

 ターンエルスが攻撃に回ると、それを見てから回避を合わせてくる。

 直感力、反応速度、攻撃の当て勘、どれも優れているために、リクの攻撃は回避しにくく、リクに攻撃は当てにくい。

 対応力、判断力、粘り強さ、どれも優れているために、ターンエルスが運良く多少優勢になってもすぐにひっくり返してくる。

 

 優勢で押し切るガンダムとそのパイロットではない。

 劣勢になっても負けず、ひっくり返して勝つガンダムとそのパイロット。

 恐るべきダイバーであった。

 "これと互角のオーガはどれだけの化物なのだ"と、誰もが思うほどに強い。

 

 機体損傷なしライフルールでの模擬戦を百回こなしたところで、二人は休憩に入った。

 

「強いな、リク殿。地球人でここまでの反応速度はそういないのではないか?」

 

「リクでいいですよ。エビさんも凄いですよ! こんなガンプラは初めて見た!」

 

 リクはにこにこと笑う。

 いつも笑っていそうなリクは、花を育む太陽のようだった。

 この光が翳る未来は、想像ができない。

 

「で、あれば、私にも敬語はいらない。

 上手く出来ているか分からん。

 私は機械兵器に乗る戦いは情報でのみ知っているからな。

 ガンプラを使わない戦闘経験はあるゆえどうにかなると思ったが……」

 

「昔喧嘩でもしたの?」

 

「で、あるな。似たようなものでもないが、そういうことはしていた」

 

「そっか。でも、怪我しないようにね。モモやサラ、俺も心配するから」

 

「大丈夫だ。もうしていない」

 

 "喧嘩"という言葉の響きが、何故か"侵略"に似ているように聞こえて、リクは首を傾げた。

 

 モモが連戦連敗のエヴィデンス01を見て不安になったのか、リクの肩を叩く。

 

「リク、エビちゃんどのくらい強いの?

 ELダイバーって普通の人と同じダイバーランクの見方してもあんまり意味ないんだよね。

 こう……エビちゃんの中の秘めたる才能が、長き眠りから目覚めるみたいな……!!」

 

「うーん……多分ダイバーランクAくらいの強さだと思う」

 

「ダメじゃん! いや初心者なら十分だけど!」

 

 "ムンクの叫び"のような顔になったモモが高い声を上げる。

 一日しか時間がないのに、それでは本格的に絶望的だ。

 

「いや、普通のSランクダイバーよりは勝機があると思うよ。エビさんの勝ち目はあると思う」

 

「へ? なんで? Aランクくらいの初心者なのに?」

 

 リクはモモの言葉に頷き、エヴィデンス01に向き合う。

 

「エビさん、俺が思ったこと言っていい?」

 

「で、あれば、むしろ私は聞きたいと思う」

 

「ありがとう。

 エビさんはなんというか、変だよね。良い意味で。

 同じ世界に生きてるって思えないくらい奇抜。

 何をしてくるか全然分かんないんだよ。

 だからバトルしててすっごく楽しい!

 ELダイバーって聞いてたけど、俺が知る限り一番変な戦い方してると思う!」

 

「で、あるか」

 

「思考速度も凄く速いんだよね。

 反射速度じゃなくて、思考速度。

 考えて動くのがかなり速いと思う。

 でも、なんだろう……

 武器? 道具? の扱いが悪いかな。

 うーん、言葉にしにくい……道具を使ったことがない人、みたいな?」

 

「で、あったか。武装の扱いに難ありか」

 

「ビームライフル、実体ブレード、頭の横のバルカン、シールド。

 オーソドックスな武器だけど、これらの扱いはBランクくらい?

 あ、でも、ファンネルの扱いは凄かったよ!

 これはSランクのダイバーでも真似できないくらいだった!

 まるで生き物みたいで、エビさんはこれが得意なんだなって分かったんだ」

 

「で、あるならば、攻めはそこを起点にするのがいいのだろうか」

 

「うん。それがいいと思う。

 エビさんはなんというか、人間ともELダイバーとも違うんだ。

 だから予想外のことばっかりしてくる。

 そうなるとどうなるかっていうと、運が絡みやすくなる。

 運次第で勝ったり負けたりしやすくなると思う。

 だからエビさんは格下に負けるし、格上にも勝てる……と、思うんだ」

 

「貴重な意見、感謝する。で、あれば、私も運によって勝つことを願っておこう」

 

「ダメだよ、運で勝つこと願ってちゃ!

 頑張ったけど負けるか、頑張ったから勝ったか、そのどっちかしかないんだからさ」

 

「……で、あるな」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて、リクはうんうんと頷く。

 彼と話しているだけで、人間が理解できていないELダイバーですら、ごく自然に人の心を獲得していくのだと、不思議と確信が持てる。

 メイやモモとの交流で得た心の欠片が組み上がって、心の輪郭線が出来ていく感覚が、エヴィデンス01の胸の内に満ちていく。

 

「リクは他人と分かり合うことが得意そう、で、あるな」

 

「そう?」

 

「機体コンセプトにもそれが現れているように見える。

 ダブルオーガンダムとデスティニーガンダムでダブルオースカイ、だったか」

 

「好きなもの詰め込んだだけなんだけどね。

 でもだからこそ、ダブルオースカイは俺の愛機。俺の、俺だけのガンプラなんだ」

 

「……眩しいな」

 

「へ?」

 

「私には無い感覚だ。

 そんなにも誇らしげな顔で、"俺のガンプラ"というものを見上げられるのは」

 

 デスティニーガンダムはガンダムSEED DESTINYの主人公機の一つである。

 ガンダムSEEDの宇宙、コズミック・イラは『分かり合えない宇宙』である。

 その中で分かり合おうとする人間はいて、けれど分かりあえず、その上でもがき続ける者達が、『最悪』に抗うために駆るものがガンダムである。

 デスティニーガンダムは戦争を憎み、受け入れ難い運命(デスティニー)に全力で抗う者、シン・アスカが手に入れた戦う力だ。

 

 ダブルオーガンダムはガンダム00の主人公機である。

 ガンダム00の宇宙は、『分かり合えない宇宙が新たな時代に向かう最中の宇宙』である。

 分かり合えないがゆえの悲劇が溢れながらも、紛争を根絶しようとする者、分かり合おうとする者、異星人との接触に備える者、様々な者の思惑が入り乱れていく。

 そんな者達が望む世界を創るための力、それがガンダムである。

 ダブルオーガンダムは、紛争を根絶し世界の歪みを破壊するための戦う力と、戦いを終わらせ分かり合う力の両方(ダブル)を求めた、刹那・F・セイエイの想いを成すガンダムだ。

 

 リクはとてもわかりやすい少年だ。

 リクの心と、リクの好きなものが、ある程度相似の関係にある。

 

 デスティニーガンダムが好きなリクは、受け入れられないことを決して受け入れず、『好き』を否定されれば全力で戦い、運命にだって抗って大切な人を守る。

 ダブルオーガンダムが好きなリクは、対話を重んじていて、誰とでも分かり合おうとし、憎み合う関係すらも共存へと導いていく。

 優しいサラが大好きなリクは、彼自身もとても優しい少年だ。

 

 『好き』と『自分の心』にズレがないリクは、異星人の目にも眩しく映る。

 地球人の中でも際立って見える。

 この光に集った者達が、ビルドダイバーズという伝説のフォースなのだろう。

 

「俺の感覚がエビさんに無いのは当たり前だよ。

 エビさんの感覚が俺に無いのと同じ。

 皆違って、皆凄くて、皆別々のものが好きなんだ。

 だから楽しいんだよ。

 自分と違う人がいっぱい居るから、一緒に生きてるから、楽しいんじゃないかな」

 

「―――」

 

「俺もエビさんと出会えて嬉しいよ。

 新しく誰かと出会う度に、もっともっと楽しくなる。

 皆と一緒に居ると、幸せな毎日を過ごせる。

 エビさんももう、俺の毎日に"好き"をくれる一人なんだ」

 

「……で、あるか」

 

「ELダイバーだから時々困ることもあると思う。

 その時は俺も助けに来るよ。

 今はオーガ対策のための修行に協力、ってことで」

 

 リクが笑って、手元でコンソールを開き、フレンド申請を送る。

 エヴィデンス01がそれを受ける。

 『フレンド:1』の表示が、『フレンド:2』に変わった。

 エヴィデンス01が増えた数字をじっと見つめる。

 この数字が一つ増えることは、数字の大きさ以上の意味があると、彼は自然に思った。

 

「で、あれば。……勝てるかは分からない。だが……」

 

「うん?」

 

「私のために他人と繋ぎを取り続けてくれているモモ。

 出会いのきっかけとなり、ここにも来てくれたサラ殿。

 特訓に尽力してくれたリク。

 マギー殿を引き合いに出していたが本当は本人が心配して来てくれたことが明白なメイ」

 

「おいエビ」

 

「全員に恥じない戦いをする。空の星に誓おう」

 

 言葉を挟んできたメイを無視して、強く強く、エヴィデンス01は言い切る。

 その言葉は異星人らしいズレたものではなく、とても人間らしかった。

 

 

 

 

 

 かくして、決闘の日はやってきた。

 広がる荒野に、反り立つ岩山。

 遠くからエヴィデンス01を応援するモモ、メイ、リク、サラがいて、凪のような無表情を浮かべたままのエヴィデンス01が居て、最後にやって来たオーガが獰猛な笑みを浮かべる。

 一対一。

 誰の邪魔も入らないバトル・エリアだ。

 

「逃げずによく来たな。ギャラリーは……ビルドダイバーズの連中か」

 

「で、あるな。これも人間を理解する一環だ」

 

「ああ? 勝つ気があんのか?」

 

「あるとも。私は君に勝つ」

 

「……ハッ、言うじゃねえか。威勢のいい野郎は嫌いじゃねえ」

 

「この日のためにプロレスを勉強してきた。少し待て、試合前口上を言う」

 

「は?」

 

 エヴィデンス01は手元のメモ用紙を再確認し、無表情のまま声を張り上げた。

 

「オーガ! テメーのライバルのリクの前でブザマに大恥かかせてやるぜっ!」

 

 対しオーガは、怒りの声で応える。

 

「―――いい度胸だ! 上等ッ! 羅刹天!」

 

 どこか演技のような怒りの声で、むしろエヴィデンス01のノリに楽しさすら感じているような怒声だった。

 

「行くぞ、ターンエルス!」

 

 二人のガンプラが出現する。

 銀色のターンエルスを見てオーガは面食らったような表情をするが、すぐに珍しい獲物を見たことで歯を見せる野獣のような笑みを浮かべた。

 

 オーガの愛機、ガンダムGP-羅刹天が唸る。

 真紅の体色。

 両肩には太く巨大なクローアーム。

 両腕には光の片刃剣の二刀流、背中には吊り下げられた大砲二門。

 腰部に吊り下げられた棍棒が、やりすぎなほどに鬼を演出する。

 それは鬼だった。

 平安時代に人々を脅かし喰らったと想像された、紅き鬼だった。

 左右二つに背中に積まれた一つ、合わせて三つのGNドライヴが赤き光を撒き散らしていた。

 

『お前の強さを―――この俺に喰わせろッ!!』

 

『で、あるか。しからば全力で応えよう』

 

 バトルスタートの告知が表示される。

 と、同時に、オーガは突撃を開始した。

 巌の如き重装甲の羅刹天が、GNドライヴと大型バーニアによる強大な推力により、信じられないスピードで距離を詰めていく。

 その姿はさながら、戦闘機の速度で飛ぶ要塞だ。

 

 まともに受ければ即死は必至。

 が、しかし。

 羅刹天の目の前で、ターンエルスが、バラバラになった。

 

『―――なっ』

 

 両手両足がそれぞれ八つずつにバラけ、全てが羅刹天を包囲する。

 合計32の断片が、四方八方からビームを発射した。

 

『なんだと!?』

 

 羅刹天は放たれた32のビームの内、12本を一瞬で切り裂き、出来た包囲の隙間に滑り込むようにして回避する。

 バラバラになった両手足は飛翔を続け、視線を忙しなく周囲に走らせるオーガを惑わすように、羅刹天へとオールレンジ攻撃を継続した。

 

『そうか……そういうことか!

 ()()()()()()()()()()()()()()か!

 ハッ! GBNの可能性ってやつは無限大だな!

 ファンネルを八個ずつ繋げて手足にして、その表面を液体金属で覆ってたってとこか!』

 

『で、あるな。流石に見抜くまでが早い』

 

 全身をバラバラにして個別に飛ばすターンXのように、ターンエルスの頭部と胴体は独立して浮遊し、飛翔していた。

 飛翔するターンエルスの周りに32のファンネルが集まり、一斉掃射。

 並々ならぬ火力に、オーガは舌打ちし、羅刹天はビームを防御しつつ後退する。

 

『で、あれば。ここからはそうして作られたターンエルスの晴れ舞台というやつだ』

 

『かませになんてなってやる気はねえぞ!』

 

 オーガが叫び、羅刹天が飛ぶ。

 一気に距離を詰めようとする羅刹天を見据え、ターンエルスは32のファンネルをガチガチガチ、と合体させていく。

 32のファンネルを合体させ、流体金属で覆った"それ"は、長く巨大な右腕となり、強烈なパンチで羅刹天を打ち据えた。

 落下する羅刹天が、地面に強烈に激突する。

 

『重い……機体重量を派手にカサ増ししてやがるのか!?』

 

 右腕が再度分裂し、32のファンネルが四つずつ合体、八個の空中砲台となって極太のビームを羅刹天に放つ。

 合体、分裂、変化を繰り返し、流体金属で形を整える在り方はまさにELSで、オーガは思わず口角が上がっていた。

 次に何が来るか分からない。

 だから、楽しい。

 

 32のファンネルが、頭と胴体だけになったターンエルスの背部に一直線に連結され、長い尾のようになり、その先端に自立飛行するターンエルスのライフルが接続される。

 「レギルスキャノンか」とオーガが思ったのと同時に、それは発射された。

 

 "コロニーレーザーに迫る"と表現されたガンダム歴代のモビルスーツ携行兵器、それらのどれとも違うというのに、それらに並ぶ威力のビームが地面に着弾し、周囲を吹き飛ばす。

 鳴り響く爆音。

 世界を満たす閃光。

 目を剥くような火力である。

 凄まじい機動力でそれを余裕綽々にかわすオーガも、さるものだった。

 

『ククク……やはりそうだ。

 俺の見立ては正しかった!

 お前も最初の頃のリクと同じだ!

 そのすました顔の奥に、戦士の魂を隠してやがる!』

 

『で、あるか』

 

『こんなもんじゃねえ。

 こんなもんじゃねえだろう、お前の強さは!

 もっと、もっとだ! リクの野郎のように、もっと俺にお前の強さを喰わせろォ!』

 

 オーガが擬似太陽炉を内蔵したGNリボルバーバズーカ二門を構える。

 ターンエルスが、シールドに32のファンネル全てを接続してビームシールドを作る。

 

 生半可なフィールドであれば崩壊しかねない最上位の火砲を、全力の光の盾が受け止め、爆発と爆焔が世界を包み込んだ。

 

 

 




【ゼノガンダムΓs(ターンエルス)】(追記)
 ターンエルスは地球人の兵器概念、及びその延長にあるガンダムの兵器概念とは根本的に違う、エヴィデンス01が自分達以外の先進的種族を参考にした、基本的兵器概念が反映されている。

 兵器としての最大の特徴は、ファンネルを四肢に八個ずつ、合計32個連結することで作り上げた両手足を流体金属で覆っている、という機体構造である
 これはダイラタント流体(普段は流体だが、外部からの衝撃を受けた瞬間のみ硬くなる)による金属装甲であり、可動域と耐久力を両立したものとなっている。
 流体金属で脆い指を覆うシャイニングガンダムやターンX、流体金属で全身を覆うフェニックスガンダム、そして金属生命体ELSへのリスペクトを組み込むことで問題なく成立した。
 これにより多重関節と化した脚部は、いかなる状況においても転ぶことはなく、いかなる難所でも歩いていくことができる。

 まだ地球人がまだ成し遂げていない、宇宙を構成する四つの力を統一理論に落とし込み『万物の理論』を作る理屈にエヴィデンス01の種族は到達している。
 よって、『ガンダムとは何か』という言語化しにくい概念を統一・昇華しており、それを落とし込んだ彼のガンプラは異星人の異様さを持ちつつ、間違いなくガンダムである。
 ファンネルとは漏斗の英語表記であり、漏斗は液体を扱うための道具として地球人が発明したものであり、ゆえにファンネルに液体金属を合わせた。
 それは異星人の思考において、至極当然の発想であった。

『ゲーム内仕様』
 全高:20m
 重量:1万t
 装甲:ダイラタント流体金属装甲

・装備
 ディスインテグレータビームライフル
 理論限界完全剛体ブレード
 統一理論式EMACシールド
 フェルミ超流動誘引60ミリバルカン
 マルチファクトファンネル×32


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『人間より進化している種族が抱える歪み』とは何か

 オーガとの戦いの前、エヴィデンス01はメイと少し話をしていた。

 

「エビ。なんで私はフレンド登録されていないんだ」

 

「で、あるか。そういえばしていなかったな。したいのか、メイ」

 

「いや、別にそういうわけではないが」

 

「私はしたい。遠き星の友との友誼を目に見える形にすることに意味を感じる」

 

「まったく、しょうがないな、お前は。お前がそこまで言うなら登録してやろう」

 

 エヴィデンス01がどうしてもと頼むから、エヴィデンス01のフレンド申請を受けてやり、メイとエヴィデンス01はフレンドになった……という、ことになった。

 『フレンド:2』が、『フレンド:3』に変わる。

 エヴィデンス01は石膏像のように無表情な顔のまま、フレンドの増えた数字を見つめていた。

 

「フレンド機能を使うので、あれば、思えばメイを一番最初に登録すべきだった。

 こういった……そうだな。友情を形にする? ことか。

 これは他の知的生命体から学んでいたことだが、私はうっかり忘れがち……で、あるな」

 

「友情を形にすることは、宇宙的には珍しいのか?」

 

「で、あるとも、そうでないとも、どちらとも言える。

 宇宙全体の知的生命体で見れば多いとも少ないとも言い難い微妙な割合だ。

 そも、友情は心にある。

 本来形にする必要はない。

 だが一部の生物は忘却の機能を持つ。

 友情を忘れてしまうわけだ。

 忘れてしまう想いを、形にして残そうとして、想いを形にする文化は生まれる」

 

「なるほどな」

 

「想いの込められた造形物は、情報生命体や思念生命体によく影響する。

 精神活動の結晶のようなものだからな。

 で、あれば、いずれ地球人類も進化の過程で、想いと物体の相関性を知るだろう」

 

「……そうか」

 

 メイがその時、服の上から二の腕をさすったことの意味を、エヴィデンス01は理解できない。

 

「メイ。改めて感謝させてほしい」

 

「どうした、いきなり」

 

「ビルドダイバーズの少年達を見た。

 彼らはよく笑い、よく褒め、よく感謝する。

 それもまた、地球における人と人の接し方であると学んだ。

 で、あれば、感謝の言葉を述べておくべくだと思った。他の誰でもなく君に」

 

「……何に対してだろうか」

 

調整者(コーディネイター)でいてくれたことに」

 

 ガンダムSEEDでファーストコーディネイター:ジョージ・グレンが願ったものは、新人類と旧人類、異星人と地球人の間を取り持つ、調整者(コーディネイター)

 

「知っているだろう。私は当初、運営の人間と話を成立させるだけで苦難の中にあった」

 

「ああ、そう聞いている」

 

「君と話し、君を学び、君に教わった。

 で、あるがゆえに、私は人に合わせられた。

 君が私のために時間を作ってくれた。

 暇を見つけて話に来てくれた。

 私の、ともすれば禅問答になりそうなものにも付き合ってくれた。

 マギー殿を紹介してくれた。カザミ殿と引き合わせ、一緒に花火を見てくれた」

 

「どれも大したことではない」

 

「調整は大したことなどなくていい。

 ただ思慮深く、繊細で優しくあればいい。

 で、あれば、メイは満点だったのだ。私がその証明となる」

 

「……」

 

「君は二つの星を繋げたのだ。

 君は地球に生まれた生命の中で初めて、銀河にかかる川渡りの橋をかけたのだよ」

 

 メイは瞼を降ろし、己に向けられた言葉を噛み締め、瞼を挙げる。

 エヴィデンス01がもう少し人間を深く理解できていたら、初めて出会った頃と比べて、メイの声色がほんの少し柔らかくなっていたことに、気付けただろうか。

 

「義務でやったわけではない。

 使命だと思ったこともない。

 礼を言われる筋合いもない。

 私は……私も、楽しかった。エビに学ぶことがあった。それだけだ」

 

「で、あるか」

 

「で、ある。気にするな」

 

 エヴィデンス01が、少しばかり心を開いて、メイに歩み寄った。

 "今が訊く時かも知れない"―――そう、メイは思考する。

 

「エビ。お前に対し、疑問に思ったことがある」

 

「いいだろう。訊くといい。

 で、あるならば、最初に君に言った通りだ。

 私は君が何を言おうと私は不快に思わず、質問に回答を拒絶することもないだろう」

 

「……お前は本当に、私達と比べて、先進的な種族なのか?」

 

「―――」

 

 それは、核心を突く言葉だった。

 

「お前の言葉を疑っているわけではない。

 お前が私達より上位の生命体であることは間違いない。

 技術。

 提供映像。

 度々漏らす知性。

 地球人類が知らない宇宙への知見。

 上位の生命体というより……違う常識で育った、友になれる外国人のようにも感じる」

 

「で、あるか」

 

「貶めているわけではない。

 低く見ているつもりでもない。ただ……

 上位の知性体は下位の知性体に対し、それこそ神のように君臨するのではないか」

 

「で、あるな。そういう面もある」

 

「だがお前は、私達を一切見下さない。

 私達も、お前を神のように見上げる気にもなれない。

 最初はお前が意識的にそう振る舞っているのだと思っていた。

 確かに、そういう面もあるだろう。

 だがそれだけなのだろうか。

 本当にそうなのだろうか。

 お前から見れば地球人類など猿以下に見えるはずだ。

 お前の在り方には何か……私達の知性と認識の外側にある、何かの隠し事があるのでは?」

 

 ELダイバーは、地球で生まれ、地球人と異なる生命体。

 地球人よりも異星人を理解しやすく、地球人と異星人の橋渡しとなれる。

 人間を学べば人間を理解し、異星人を学べば異星人を理解する。メイはまさにそうだった。

 

 メイの言葉を最後に、数秒の沈黙が広がる。

 真実を明かすか迷う沈黙。

 言葉を選ぶ沈黙。

 逡巡の沈黙。

 その果てに、エヴィデンス01は口を開いた。

 

「私達の種族は、進化において三つの段階に分けられる。

 私が語る自種族の話はここから引用される。

 最初に、『愚昧の時代』。

 中間に、『理解の時代』。

 最後に、『完成の時代』。

 そう呼ばれている。私達は今、完成の時代と呼ばれるものの中にいる」

 

「進化の段階分けは明確な定義で行われるという。

 エビ、お前たちの種族は何をもってそれらを分けている?」

 

「愚昧の時代に、私達は地球人に近い精神性を持っていた。

 勿論、常識や文化はまるで違う。

 地球人とはまるで話の合わない種族だった。

 対話困難な異星人であることに代わりはない。

 進化を重ね、私達はこの時代の私達の精神性を恥じた。

 無知蒙昧で愚か、愚昧としか言えない時代であったと。

 だがたまに、この時代の精神性を持って生まれてくる者がいる。

 それは"落ちこぼれ"と呼ばれ、そうであると判明したらすぐ、殺処分される規定だ」

 

「……お前は、まさか」

 

「で、あるな。話を続けよう」

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「で、あるか。リク殿は天才というやつであったか……

 私は……同族を見る限り、どちらかというと落ちこぼれの部類に入る」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。

 GBNは落ちこぼれとかないから!

 楽しむ才能があればあるほど最強なゲームだからねっ!」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 シャフリヤールが居た時のエヴィデンス01との会話で、モモは迷いなくそう言っていた。

 

「次に、理解の時代が来た。

 私達の種族は他星に侵略を繰り返し、けれど、それでも飽きたらなかった。

 自分達の星の中でも戦争を繰り返していた。

 それに心を痛めた者が、ある者を発明した。それが理解の時代をもたらした」

 

「何を発明したんだ?」

 

「完全なる相互理解を成し遂げる、量子波融和技術だ」

 

「……!」

 

「発明者は考えた。

 これで他星への侵略はなくなると。

 相互理解が戦争を無くすと。

 全ての者にその技術が行き渡り、我々は進化を成し遂げた。

 そうして、理解の時代が来た。

 私の種族は同族内で完璧な相互理解を行い、一丸となって他星へ侵略を始めた」

 

「……」

 

 メイは、彼が今まで発していた言葉の欠片を思い出す。

 

―――私達の種族も宇宙全体で見れば下位の種族だ

―――結局のところ……共存共栄ではなく、攻撃を選ぶ種族は、宇宙的道徳において下等となる

 

 エヴィデンス01は、自分が生まれた種族そのものが、嫌いで仕方なかったのだ。

 

「そして、理解の時代の終わりが来る。我が種族は皆が皆、殺し合いを始めた」

 

「? どういうことだ? エビの種族は相互理解を成し遂げたのではないのか?」

 

「相互理解を成し遂げたからだ。

 私達は互いを知った。

 互いを知ったことで、互いの内心を余すことなく知った。

 そして、隣に居る人間が生きていることを許せなくなった。

 『お前がそんなやつだとは思わなかった』と、口々に言って殺しにかかったのだ」

 

「……」

 

「相互理解の進化を促した発明者は、自殺した」

 

 進化した上位生命体は、全てにおいて完璧な生命体なのだろうか。

 

 いいや、そんなはずはない。

 

 全ての命はただただ懸命に生きて、時に正解し、時に間違えていく。

 

「私の種族はほとんどが優しくなかった。

 完全な相互理解を成せる技術があっても、優しくなかった。

 本当は、優しくならなければならなかったのに。

 分かり合う前に、優しくなっておかなければならなかったのに」

 

「お前は……優しい生き物になりたかったのか?」

 

「なれるはずがない。

 そういう生き物に生まれついた。

 だから学ぼうとした。

 生物の本質は変えられないが、知識はその生命の本質を凌駕するからだ」

 

「優しさを身に着けたなら、それは優しい者であると言えるだろう」

 

「で、あったらよかったのだがな。

 それは一代限りの精神的変異に過ぎない。

 子世代が作られれば、その種の醜悪性は戻ってくる。

 精神の特性は継承されず、種の特性は子に継承される。

 悪の遺伝子が継承され、改心した心が継承されないようなものだ。

 私の本質は変わらない。何も変わらない。その事実からは逃げようとは思わん」

 

 肉体を超越した精神。エヴィデンス01がマギーを褒める際に用いていた概念はおそらく、この超越者が心の底から求めていたものだった。

 

「私達の言葉は、量子波による情報共有だ。

 だが、これはどの段階でそうなったのだろうか。

 どの段階の進化でそうなったのだろうか。

 情報共有、意識共有、記憶共有が同義。

 いつからそうなったのか。

 最初からか。途中からか。

 私は、私達は最初からそうだったと教えられている。

 だがそうではないかも知れない。

 一つだけ言えることがある。

 私は、地球に来て、地球の言葉を知った。

 『言葉を尽くす』という道徳的推奨行動を知った。

 そして初めて気付いたのだ。私の種族は、もう誰も言葉を尽くしていない」

 

「お前は、それが嫌に思えたのか」

 

「で、あるな。

 私達は、地球人から見れば言葉を失った種族。

 言葉を失った私達は……

 分かってもらうために、言葉を尽くすということをしなくなった」

 

 先進的種族にして、地球人のはるか先を進む上位種族であるエヴィデンス01が、地球を見て新しいことを知って、それで何かを思い出すように語る。

 

 それはまるで、前向きで真っ直ぐな少年を見て、枯れ果てた大人が昔の自分を思い出すような、それで何かを悔いるような、そんな低温の寂寥感があった。

 

「やがて、完成の時代が来る。

 この時代をもって、私達は生物として完成したとされた。

 完全な相互理解による同士討ちを避けるため、私達は要らないものを捨てて進化した」

 

「捨てることで進化、だと?」

 

「私達が捨てたものは、地球の言語では表現できない。

 地球に存在するどの概念にも当てはまらない。

 捨てたのは精神的なものだが、地球人にその精神的要素はない。

 個性。

 共感。

 悲嘆。

 優愛。

 友好。

 慈悲。

 そういったものを、少しずつ……

 少しずつ、少しずつ、削って、一部は完全になくして……

 そうして私達は、個体ごとの相互理解による闘争の勃発を卒業した」

 

「こう言ってはいけないのかもしれないが……地獄のような話だ」

 

「その感想もまた、正しい。

 で、あるからこそ、私達は相互理解を失った。

 私達は理解をしなくなった。

 全てを情報として見るようになった。

 知ることはしても、理解はしなくなった。

 地球人でたとえるなら、人間と対話で向き合わず、説明文だけを読むようになったのだ」

 

「……皮肉なものだ。

 ガンダムのテーマの一つに、相互不理解と相互理解がある。

 エビが見てきた作品の多くに、それはあったはずだ。

 相互理解を成し遂げた知的生命体の末路が、現実で提示されるとはな」

 

「優しさのない知的生命体に、相互理解はあってはならない。

 で、あれば逆に、優しさを持ち合わせていれば、相互理解は進化の途中段階にすぎない」

 

 エヴィデンス01は、宇宙の多くを知る者だ。

 彼は相互理解を持て余さなかった生命体も多く知っている。

 相互理解が地球人類に新たな進化をもたらすこともあるだろう、と彼は考える。

 

 ここまでの話で、エヴィデンス01の一族の真実をメイは理解した。

 だからこそ、必然的に辿り着く疑問がある。

 

「ならばお前の一族は、この地球も侵略するのか?」

 

「メイの質問には、嘘をつかない約束……で、あったな」

 

「……お前が母星で生き辛そうにしているのが、ありありと想像できるな」

 

 一度した約束を破らない、破れない、そんな不器用な男に、メイは呆れる。

 笑えるくらいに好感に満ちた、そんな呆れだった。

 

「私が母星に報告すれば、今の形の地球人類は滅びる。ゆえに私は報告していない」

 

「やはり、か」

 

「今の私の種族は、下位の知性体を狙って取り込んでいる。

 そして空っぽになった星の資源を利用している。

 資源は進化に使い、取り込んだ知性体は端末に使うのだ。

 上位存在に目を付けられ、私達は一度滅びかけた。

 その上位存在を潰すため、より速く、より強く、進化しようとする者が主流になっている」

 

「まったく。異星の好戦的な侵略者か。

 ∀で地球人が想像し恐れた外宇宙の知的生命群そのものだな……」

 

「エルドラも、あの衛星砲がなければ、今頃は私の同族の再侵略に脅かされていただろう。

 私の同族がかつて侵略した星の数は数知れない……エルドラのように強い星ばかりでもない」

 

「―――エルドラ?」

 

「? ああ、地球にあるエルドラドの概念とは関係がない。遠い星の名前だ」

 

「……ああ、そうか」

 

 メイは納得した様子で頷く。

 メイは何かに気付いたが、今それを口にしても良いことはなく、意味もないことも理解する。

 訊くべきことは、別にある。

 

「お前は何故、そこまで自分の種族を嫌いなら、その使命に従っているのだ?」

 

「……私は」

 

「言い難ければ、言わなくてもいい。私はエビ、お前の味方だ」

 

「……私は、怖いのだ。

 自分の種族を離れることが。

 母星に歯向かうことが。

 この宇宙で一人ぼっちの私になってしまうことが怖い。

 だからこそ今も、この種族の尖兵として、この宇宙(そら)を巡っている」

 

「……そうか」

 

「メイ。君の見解は正しい。

 私は君達にとっての上位種族にあたる。

 だが、この胸に抱えた恐怖は、君達が抱えるものと、同じなのだ……」

 

「……」

 

「地球が醜い星だったなら。

 地球人が醜い知性体だったなら。

 私は母星に差し出していたかもしれない。

 母星の皆に仲間としてきちんと認められるために。

 私が一人にならないために。

 それだけのために。

 差し出していたかもしれない。

 偉そうなことを言っていたが、それが私だ。私は……そういう者だ」

 

「……エヴィデンス01。私達は、お前をそんなことで責めはしない」

 

「私は地球で言うところの善人でもない。

 聖人でもない。

 ただ……この星が好きになっただけだ。

 この星が好きになったから、気の迷いを起こしただけだ。

 地球人を見定めるためにここにいた。

 善であれば見逃し、悪であれば差し出してしまおうと。

 まるで裁定者のように、神のように思い上がっていた。

 で、あれば……本当は、この星の人間にとって、敵でしかなく……」

 

「お前を責める言葉など誰も持たない。

 だがお前に感謝する言葉はある。

 お前が見逃してくれたことで、この星は滅びなかった。感謝する」

 

 顔が動かないエヴィデンス01が握る拳が、震えている。

 それこそが、表情の動かない彼の心から漏れ出たもの。

 顔よりも如実に現れる、彼の心の反映だった。

 

「私はこの宇宙領域で何も見なかった。

 私はいくらかの置き土産をこの星に置き、いずれこの星を去るだろう。

 母星は地球のことを知らないまま終わる。

 いつの日か、君達が地球を旅立つ時、覚えておいてくれ。

 私の同族が……いつか君達の平穏と幸福を、奪いにやって来ることを」

 

「その警告のために、私に真実を明かしたのか」

 

「誰に明かすかをずっと考えていた。で、あるが、やはり適任はメイしかいなかった」

 

「そうか」

 

「で、あるからして。私は君に任せて消える。頼めるだろうか」

 

「分かった。他ならぬお前の頼みだ。私にできる限りのことはしよう」

 

「……感謝する。本当に、感謝する」

 

 出会いがあった。

 物語があった。

 別れもいずれある。

 その時が来る日を、彼とメイはもう見据えている。

 

「泣きそうだな、エビ」

 

「私の表情は変わらない」

 

「それでもお前は、泣きそうなんだ」

 

「ならば泣かせたのは、きっと遠き宇宙の隣人、地球で出来た友だな。悪い女だ」

 

「悪の異星人がよく言う。改心したから許すが、自罰的なのが玉に瑕だな」

 

 不器用な軽口の応酬が、二人の肩の力を抜いていく。

 地球に救いを残した異星人が居て、異星人の心を救った地球の者達がいた。

 広い広い宇宙にたまに、こんな奇跡があってもいい。

 

「この地球には戦争があった。

 その戦争がガンダムという作品を生んだ。

 反戦争のメッセージをガンダムが広げた。

 感銘を受けた者達の支持が、GBNを生んだ。

 そしてGBNでの戦いは、誰も傷付けることはない。

 戦いに別の側面を見る。

 残酷で救いのない何かから、いつか幸福を生み出す。

 それは……それは、地球人の素晴らしい美点であり、私はそこに学ぶものがあった」

 

 戦争から何かを学ばず、反省することもなく、反戦など考えもせず、侵略戦争の負の側面を作品にすることなど考えない文明からは、ガンダムという作品は生まれない。

 地球人類とあまりにも違う彼の星には、ガンダムに似たものすら生まれない。

 それは、地獄を量産する侵略文明だった。

 エヴィデンス01はその一員であることを恥じる。

 されど、メイはその文明とは関係なく、エヴィデンス01という個人を見る。

 

 エヴィデンス01は種族とまとめて自分自身が嫌いだが、メイは彼が嫌いではないから。

 

「お前ばかり地球人を学び、地球人を見習ってどうする」

 

「?」

 

「また後でお前のことを教えろ。

 私達も同じように、お前のことを知りたいと思い、お前を見習ってみたいと思うものだ」

 

 そして、オーガがやって来る。

 時間切れだ。

 今日の話は、ここでおしまい。

 

「で、あれば、また後でな」

 

「ああ、また後で」

 

 それは、二人の間で交わされた約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しそうだな、とメイは思った。

 低空を飛翔するオーガの羅刹天。

 上空を飛翔するエヴィデンス01のゼノガンダムターンエルス。

 二つのモビルスーツが光の軌跡を残しながら、世界の中を駆け巡る。

 

「思い切り遊べ、エビ」

 

 オーガは楽しそうだった。

 エヴィデンス01は顔にも声にも出さないが、楽しそうだとメイは思う。

 エヴィデンス01の内心の証明など誰にもできない。

 異星人の内心などどう証明すればいいというのか。

 だが、メイは『楽しそうだ』と思って疑わない。

 羅刹天とターンエルスの激突を見守るメイの声は、どこか機嫌が良さそうだった。

 

「誰もお前を嫌わない。自分を責めるな。心から笑え」

 

 両手足を分解したターンエルスの全ファンネルが背中に突き刺さり、実大剣がターンエルスの背中に刺さって、胸から飛び出る。

 ターンエルスの腹にシールドが固定され、顔面にライフルが刺さるように固定される。

 背中に固定された32のファンネルが一気に推力を作り、凄まじい速さで飛翔した。

 

『それをモビルアーマー形態とでも言うつもりかぁ!?』

 

『で、あるな。私なりの解釈の可変機だ』

 

『気ぃ持ち悪ぃんだよ! ハッ、面白えやつだ!』

 

 モビルアーマー・ターンエルスと羅刹天がスピード勝負にもつれ込む。

 

 リクがオーガの驚異的なテクニックと、ターンエルスのギミックに驚き褒めている。

 モモが何も考えずエヴィデンス01を応援している。

 サラが二人をまとめて応援している。

 ただただ、暖かな空気が広がっている。

 

「よかったな、エビ。

 ここは誰も傷付けなくていい世界。

 誰もが笑っていていい世界だ。

 人間も、ELダイバーも、異星人もだ。……だからお前も、救われていい」

 

 GBNは無限の可能性があると、誰かが言った。

 夢の世界だと、誰かが言った。

 最高の仮想現実だと、誰かが言った。

 

 "GBNは優しい世界だ"と、メイは思う。

 

「お前は誰の敵にもならなくていいんだ、エビ。そんな苦しみは捨てていい」

 

 楽しくて、暖かで、優しくて、希望があって、手を差し伸べてくれる誰かがいる。

 

『最高に楽しめたぜ、だが、ここまでだ』

 

『で、あるか。来い』

 

『―――鬼トランザムッ!!』

 

 そこにエヴィデンス01が辿り着けたという、幸運の女神の悪戯に、メイは心の中で感謝した。

 

 

 



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『何億年と生きる生き物が、何億年経っても忘れない約束』とは何か

https://twitter.com/kan_san102/status/1295294268941062151
 ビルド杯終了時刻まで24時間を切りました。
 読者サイドでの参加者様はうっかり評価などを忘れないよう気を付けておいた方がいいかもしれません。


 『トランザム』。

 それは、ガンダム00に登場する、ガンダム達の切り札だ。

 ガンダムが稼働するために使っているGN粒子を一気に解放し、短時間だが性能を三倍以上に引き上げることで、絶望的な戦力差をひっくり返すことができる。

 GBNの最上級者達は、それぞれが専用の特殊型トランザムを持つという。

 

 対戦形式の場合、敵機を撃墜すればそこで勝負は終わりだ。

 トランザムは使用後に弱体化するというデメリットこそあるが、敵を倒してそこが終わりなら、デメリットは完全に踏み倒してしまえる。

 一対一の戦いにおいて、トランザムは極めて強力なジョーカーと言える。

 ゆえに、リクはオーガのトランザム対策をエヴィデンス01に徹底して仕込んでいった。

 

 両手足を分解、全ファンネルを順番に連射して手数を補完。

 トランザムで加速したオーガの手数に対抗する。

 これがエヴィデンス01の考えた、トランザム時間切れまで粘るための対抗策だった。

 

 対しオーガは両手に持った剣だけを振るう。

 他にも武器はあるのに、トランザムで加速して、手に持った剣だけを振るう。

 切り砕かれていくビームが、宙を舞っていく。

 切って、切って、切って。

 進んで、進んで、進んで。

 決して退がらず、一歩たりとも後退しない。

 撃ち続けるターンエルスとの距離を詰め続ける。

 人機一体。かつ、人鬼一体。

 オーガと羅刹天という鬼が、ビームの集中砲火を文字通りに切り抜けた。

 

 それはまるで、平安時代を舞台にした巻物の一幕のようだった。

 

 矢の雨の中を、刀を振り回して全て切り落とし、突っ切っていく赤き鬼の如し。

 

 力強さと怒れる勇気の二つのみで、32門のビームの乱射を突き抜けていく蛮の勇者。

 

 大量に装備した武装に頼らず。

 ガンプラのギミックも使うことなく。

 ただただ、トランザムの性能と、操縦技術だけで全てを圧倒した。

 ターンエルスの眼前で、羅刹天が双剣を捨て、吊っていた棍棒を振り上げる。

 

『……ここまで真っ直ぐに、愚直なまでに熱い男に、私ではなれない……か』

 

 戦闘終了のアナウンスと、敗北の告知を聞きながら、エヴィデンス01は敗北を受け入れる。

 

 悔しい、という気持ちが芽生えそうになったその瞬間、「あああああっ!!」というモモのとんでもなく大きな声が聞こえて、悔しい気持ちは吹っ飛んでしまっていた。

 

 モモの空気を明るくする才能に巻き込まれて、自分の心まで明るくなっていく気がして、エヴィデンス01は少しだけ元気になった。

 

 

 

 

 

 初めてのバトルの後で、休憩しているエヴィデンス01。

 隣に座って彼に反省点を指摘しているメイ。

 優しく改善点を指摘しつつ褒めるリク。

 リクの横に座って愛らしく相槌を打っているサラ。

 「初心者に何全力本気出してんのよー!」とオーガに背後から組み付いてヘッドロックを仕掛けているモモ。

 

 モモを近場の川に投げ捨て、オーガはエヴィデンス01の前に立った。

 

「俺のトランザムにあそこまで耐えた初心者は、このリクの野郎と、お前だけだ」

 

 そう言って、エヴィデンス01に背を向け、オーガは去っていく。

 

「次に会う時までもっと食いごたえのある奴になっておけ」

 

 オーガがエリアから歩き去って行った頃、ミッション達成のアナウンスが鳴った。

 何事か、と思いそれぞれがコンソールを確認すると、エヴィデンス01のコンソールにミッション達成の知らせあり。

 リクが確認してみると、それはエヴィデンス01が受領したことになっていたミッションであり、依頼者はオーガだった。

 

「ああ、なるほど。

 これオーガの依頼って形式になってたんだ。

 だからミッション達成で報酬金が……うわっ、何だこの額……」

 

 リクが報酬金にちょっと引く。

 

「へーどれどれ、見せて見せて……多っ!」

 

「これで強くなっておけってことじゃないかな」

 

「ツンデレ……」

 

 モモもちょっと引いていて、サラはその真意を正確に把握していた。

 

 エヴィデンス01が頷き、メイもそのコンソールを覗き込む。

 

「で、あるか。そういえば何か操作した覚えがあった。あれがミッションの受注か」

 

「よかったな、エビ。お前もこれで初ミッションクリア、というわけだ」

 

「で、あるだろうな。なるほどだ」

 

「おめでとう」

 

「ありがとう」

 

「だが勝った方が格好つけられたんじゃないか」

 

「……で、あれば、次は勝とう」

 

「次は私も同行してやろう。初心者の内は複数人で戦った方がいいかもしれない」

 

「で、あるか。それも面白そうだ」

 

「か、川……川の底が深かった……! あ、エビちゃん! ナイスファイト!」

 

 川から這い上がってきたモモが何より先に彼の健闘を称える。

 リクとサラが笑って、びしょ濡れのモモを拭いてやる。

 顔は笑っていないけれども、エヴィデンス01もメイも、身に纏う空気が笑っていた。

 皆が、笑っていた。

 

 エヴィデンス01は、開いた手の平をぎゅっと握る。

 感覚的に掴めたものを、手放さないように。

 

「戦いを通して、オーガ……彼を理解できた感覚があった。

 戦いは言語ではない。

 言語の代替品として多用してもいいことはない。

 だが、戦闘を通して相手を理解するという道も、ここにはあるようだ」

 

「それもまた一つの選択肢だな、エビ。

 戦場以外で語る言葉を持たないオーガのような人間もいる。

 それぞれの人間に適した対話の手段があるということだ。

 人間を理解していこうとしていたお前は、戦闘以外にも他にも……」

 

 その時。

 

 空が、溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い、遠い、昔のこと。

 エヴィデンス01の一族は、惑星エルドラに侵略を開始した。

 迎え撃ったのは守護者アルス、聖獣クアドルン、そしてエルドラ人。

 エヴィデンス01の一族はエルドラに敗北し、それからずっとエルドラを恐れている。

 機があればエルドラ人を絶滅させたいと思っているほどに。

 エヴィデンス01の言う通り、他者を理解しないかの一族は、時に恐れる敵の強ささえ正確には理解できないのだ。

 万能の上位存在となってすら、それは変わらなかった。

 もしかしたら、全能になってすら変わらないのかもしれない。

 

 エルドラ人達の多くは荒廃した母星を捨て、他の星系に旅立った。

 母星を見捨てることができなかったエルドラ人達は、星の再生に希望を託し、いつかの未来を希い、自らを時空の彼方へと電送した。

 いつの日か、ここに戻って来れるようにと。

 

 それから、宇宙基準でしばしの時間が流れる。

 

 エヴィデンス01の一族への天罰は、急に訪れた。

 それは、地球の概念でたとえるならば、虫かごの中で小さな虫を突っついていじめていた大きな虫を、虫かごの主である子供が叩き潰したような事案。

 より強大なる存在が、井の中の蛙だった強者を叩き潰した案件。

 "弱い者いじめ"を繰り返していたエヴィデンス01の一族に、上位存在が罰を下したのだ。

 

 宇宙は広い。

 無限に広がっていて、無限に存在が詰め込まれている。

 心優しき弱者がいた。

 弱者を蹂躙する侵略者がいた。

 侵略者に罰を与えるさらなる上位存在がいた。

 なればこそ、エヴィデンス01の一族は大きく数を減らし、宇宙に散り散りになってしまった。

 

「……ここは……」

 

 そうして散り散りになった内の一人に、『彼』はいた。

 『彼』はまだ呼ばれる名前もない。

 誰も『彼』に名前は付けていない。

 誰も彼の友達にもなっていない。彼の仲間にもなっていない。彼に何も与えていない。

 生まれた時からずっと"この一族はおかしい"という違和感に苛まれていた彼は、自分の思考を押し殺すだけの日々を数億年と過ごしていた。

 ただただ、上司の指し示す種族の正しさに、従い続けた。

 

 機械に近い精神活動レベルまで落ち込んでいた彼は、何もできない。

 散り散りになった後、永久機関である情報結晶でエネルギーを得ながら、あてもなく宇宙を漂っていた。

 一年、十年、百年。もっともっと長い間、眠ることもなく一人で漂っていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そんな彼を、拾った男がいた。

 

「おーおー、大変な状態だな。しばらくついて来るかい、君」

 

 春風のような男だった。

 『彼』は男に連れられ、宇宙を旅する。

 同族達は散り散りになってどこに居るかも分からない。

 やることもなく、自由も持て余している。

 『彼』は男についていき、宇宙の各地の知的生命体と出会い、交流し、別れていった。

 

「おいおい、君もーちっと自分で考えて動いたらどうだ?」

 

「で、ありますか。命令であるならば、従います」

 

「命令じゃない。お願いだ」

 

「で、ありますか。自分で考えるにはデータが足りません」

 

「そっか。じゃあもうちょっと一緒に旅すっか。君が、ちゃんと心を持てるまで」

 

 春風のような男だった。

 毎日、男は『彼』に真っ当な心を教え続けた。

 宇宙中を回って、春風のように来訪し、知的生命体達を助ける男だった。

 無限とも言える知識を持ち、それを全て他者を助けるために使える男だった。

 『彼』も次第に、その男を慕っていった。

 

「俺はエルドラってとこのしがないおじさんだよ。

 電送したデータを、時空の果てで無理矢理肉体作ってそこに宿してるんだ」

 

「で、ありますか。データにあります。

 過去に我々が侵略し、その結果荒廃した星であります」

 

「ああ、覚えてるよ。君達分かりやすい姿してるんだもんよ」

 

「で、ありますか。ですが理解できません。

 我々はあなたの怨敵のはず。なのに何故私を助け、面倒を見ているのですか」

 

「そりゃね、君が宇宙でずっと一人ぼっちで泣いてたからだよ。ほっとけねって」

 

「……で、ありますか。理解できません」

 

「ほらほら、今日もおじさんが体を小さくしてあげるから屈んで屈んで。

 君ら、エネルギーが有り余ってる内は星よりもおっきい厄介な人達なんだから」

 

 春風のような男だった。

 その在り方に正義の押しつけはなく。

 人の幸せを奪うものとのみ戦う。

 男が戦うのは、健やかなる平和を乱す悪夢とだけだった。

 春風のようにやってきて、幸せを置いて、春風のように去っていく。

 いつからか『彼』は、自分の種族の倫理観より、その男が教える倫理観を信じていた。

 

「ん? この写真気になる?」

 

「で、ありますな。貴方の親族でございましょうか」

 

「まーな。

 実の親子みたいに、娘みたいに可愛がってた二人よ。

 黒い髪のめっちゃ可愛い方がイルハーヴ。

 金髪のすげー可愛い方がシャングラだ。

 あだ名で呼び合っててな、イヴー、サラー、って」

 

「で、ありますか。どちらがイヴ殿でしょうか」

 

「名前で分からない!?

 イルハーヴがイヴ、シャングラがサラだ。

 ……俺が宇宙を旅してるのは、どこかに電送されたこの二人を見つけるためだ」

 

「で、ありましたか。見つけてどうなさるのですか?」

 

「幸せにやってるならいいさ。

 嘴突っ込む気はねえよ。

 幸せじゃなさそうなら連れて行く。

 そいつが俺の責任ってやつだ。

 だけど……まだ手がかりすらねえ。

 二人どころか、故郷のエルドラさえ見失ったままだからな、俺は……」

 

「で、ありますか。私もお手伝いします。共に見つけましょう」

 

「おっ、サンキュー! 君もノリがよくなってきたねえ。おじさん嬉しいよ」

 

「で、ありますか」

 

 二人は宇宙を駆けた。

 イルハーヴとシャングラ、二人の女性を見つけるために。

 その過程で、困っている人を救うために。

 燃える氷の宇宙、二つの星の間で無限に雷が行き来する宇宙、太陽の周りを金と銀の双子星が回る宇宙……数え切れないほどの宇宙を巡っていった。

 けれどどこにも、イルハーヴとシャングラはいなかった。

 

「けほっ、ごほっ、けほっ」

 

「大丈夫でありますか? 体調が悪い……ので、ありますか」

 

「ん? ああ、多分そろそろな、俺死ぬわ」

 

「―――え」

 

「元から無茶な話だったんだ。

 あの二人を放っておけなくて焦りすぎたかもな。

 正式な方法で肉体を作ってなかったから、肉体の崩壊……死が近い」

 

「す、救う方法は」

 

「ねえよ。だから急いで、イヴとサラ見つけねえと」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「で、ありますか。貴方がそうするというなら何も言えません。従いましょう」

 

「おお、悪いな。手伝ってくれや、我が息子よ」

 

「……息子?」

 

「おう。へへっ、やっぱ仲良くなるとそういう感覚なんだよな。

 息子みたいに扱っちまうわ、君のこと。家族にしか思えねえ」

 

「……で、ありますか。私が末っ子ならば、イヴとサラは姉になるのでしょうか」

 

「おう! 頼むぜ、我が息子。俺が居なくなっても、君の姉を救ってやってくれ」

 

「……」

 

「な」

 

「……」

 

「頼むよ」

 

「で、ありますか。了承しました」

 

「サンキュ。……悪いな、こんな、ズルいことして」

 

 死が迫ると、男は春風のような男ではなくなっていた。

 情を利用し、救いたい二人を救うため、『彼』に楔を打ち込もうとしていた。

 それほどまでに、救いたい二人の娘を残して自分だけ死んでしまうということが、受け入れられなかったのだろう。

 利用される側の『彼』も、嬉しがっていた。

 どんな形であっても、その男の家族になれることは、『彼』には嬉しいことだった。

 

 男は『彼』に、自分の持つ知識やプログラムの伝授を始めた。

 もう間に合わないと、男は自覚していたらしい。

 二人の娘のために。

 そして、一人の息子のために。

 その先行きのために、男は『彼』に残せるものは全て残して行くつもりだった。

 

 春風のようでなくなっても、男は『彼』にとって素晴らしい男だった。

 男は余命が尽きようとしている中、人助けをやめなかった。

 悲願を果たせず、大切な人を救うどころか見つけることすらできず、他の宇宙人に託して死んでいくというのは、どれほど無念だったことだろうか。

 絶望もあっただろう。

 誰も見ていないところで泣きもしただろう。

 けれど男は、諦めずイルハーヴとシャングラを探し続け、その過程で誰一人として見捨てることはなかった。

 困っている人がいれば、必ず足を止めて手を差し伸べた。

 死の前日まで人助けをしていた男の姿を、『彼』は今も覚えている。

 

「げほっ、ごほっ、ごほっ、がほっ、ごっ、ぐっ」

 

「体を起こさないでください。何かしたいことがある……ので、ありますなら、聞きます」

 

「……無理だろ」

 

「で、ありますか。言うだけ言ってみてください」

 

「……エルドラに、帰りてえな……」

 

「……」

 

「君に言ったっけ?

 エルドラ人は二つに分かれたのさ。

 星を捨ててどこかに旅立った方と、星に帰るため電送を選んだ方。

 俺は後者。だから、俺は故郷に帰りたかったんだ。

 娘みたいに可愛がってた二人を連れて、あの星に、帰りたかった」

 

「……まだ、探せば、まだ……」

 

「でもな……

 俺がエルドラに帰ることを諦めて……

 イヴとサラが幸せになれるなら……

 喜んでそうするだろうな、とも思うのさ……」

 

「っ」

 

「悪いな、最近は愚痴まで聞いてもらってて」

 

「で、ありますか。

 貴方は他人のために人生を使いすぎました。

 その考えは……改めるべきだと考えます」

 

「かもな」

 

「宇宙の理は酷く冷たい。

 で、ありますならば、理不尽もある。

 貴方は誰よりも多くの者を救った。

 他人のためにのみ生きてきた。

 ずっと、ずっと、ずっと。その結末が、これでは……」

 

「君に出会えたっていう最高の幸運があった。俺は、結構恵まれてるんじゃないかね」

 

「……で、ありますか。

 結構なお考えであるますが、私はそうは思えません。

 しばし外出します。イルハーヴとシャングラを探します。

 貴方が息絶える前に、必ずや貴方と再会させてみせましょう」

 

「君は……本当に、優しいよな。まともな種族に、生まれて、幸せになってりゃ……」

 

「で、ありますか。ですが生まれは選べません。私も、貴方も」

 

 いつ、自分がこんな心を得たのか。

 いつ、自分がこんな感情に呑まれていたのか。

 いつ、自分が何よりも彼の願いを優先していたのか。

 『彼』にも分からないまま、時は進む。

 

「泣き方を教えて下さい」

 

「……お、どうしたよ。おじさん、そういうの教えたことはないねぇ」

 

「あなたは命を救えなかった時、泣いていました。

 私も泣くべきなのですか?

 私も泣きたいです。

 泣くにはどうすればいいのですか。

 どうすればあなたのために泣けるのですか。

 泣き方を教えて下さい。

 いつも貴方が教えて下さるように。

 私に、大切な人の死に泣ける機能を下さい。

 私は落ちこぼれです。

 そう定義される存在です。

 生まれた時から欠陥品です。

 生まれた意味すらも無い。

 それでも、貴方のために泣きたい。

 意味のない私ですが、意味のある涙を流したい。

 貴方のためなら、意味のある涙を流せる気がする。

 どうか、どうか、教えて下さい。

 貴方の死に涙しない私でいたくない。

 自分で自分が分からない。

 この感情は何なのですか。

 私は今、何を想っているのですか。

 何故こんなにも、思考が支離滅裂なのですか。

 教えて下さい。教えられなければ、私は、何も、何も、何も……」

 

「泣き方は、誰かに教わるものじゃないよ。

 君も見てきただろう?

 知的生命体の数だけ、涙はある。

 固体、液体、気体。情報、波動、化学物質。

 多くの涙があっただろう。

 けれど誰もが、泣き方なんて教わってはいなかった」

 

「……で、あります、か……」

 

「いつか君の心が自然に泣いた時。その瞬間を、本当の涙を、大事にしなさい」

 

「……」

 

「ふっ……でも、ま、最後くらい、かっこつけていくか」

 

「かっこつける……で、ありますか?」

 

「最後の授業だ。

 俺が死んだ時、その時の気持ちを覚えておけ。

 きっと、それを忘れなければ、君は命を尊び、他人に優しくなれる」

 

 何も見つからなかった。

 エルドラも。

 イルハーヴも。

 シャングラも。

 男は人を幸せにし続けたが、誰も男を幸せにしなかった。

 『彼』がどんなに必死になっても、それらは見つからなかった。

 

 なのに男はずっと笑っていて、それが『彼』には理解できなかった。

 男のために必死に頑張る『彼』の姿が男の最後の救いになっていたことを、『彼』だけが理解していなかった。

 

「約束します。永遠の約束、で、あります」

 

「あん? どしたのよ、かしこまって」

 

「何百年かけても。

 何千年かけても。

 何万年かけても。

 私は、貴方の大切な二人を見つけ出します。

 幸せそうならば、それでよし。

 幸せでないならば、尽力します。

 いかなる敵からも、その二人を守ります。

 この命をかけてでも、イヴとサラを守ります。

 ずっと私一人でも……必ずや、この約束を守ります。だから安心してください」

 

「―――」

 

「私の命が終わるまで。

 この宇宙が死を迎えるまで。

 この約束は永遠です。

 あなたが埋め込んだ楔など関係ありません。

 この身、この心、この魂ある限り。あなたの救いたかった人を、私は守ります」

 

「……ああ、そうか。そう言ってくれるか」

 

「で、あります。私の姉にあたるのでしょう? 守りますとも。必ずや」

 

「……ありがとうな。本当に、ありがとう。後悔しながら死んでいくと、そう思ってたんだ」

 

「で、ありましょうな。

 そんなことは許しません。

 私は、最近になって思ったのです。

 母星で教わったことではない。

 貴方に教わったことでもない。

 胸の奥から自然と湧き上がった想いがありました。

 誰からも教わったものではないのに、それが正しいと思うのです。

 『頑張った誰かが最後には報われて欲しい』―――そんな風に、思うのです」

 

 その言葉を聞いて、男が泣いた理由が、『彼』にはよく分からなかった。

 死は終焉と断絶ではない。

 次に繋がっていく、新たな始まりと重なるものだ。

 男は『彼』に多くのものを残し、『彼』は男から受け継いだものを胸に秘めた。

 それはいつか輝き、どこかの誰かを照らす星となるだろう。

 

 長い旅路の終わり。

 奇妙な連れ合いの終焉。

 『彼』にとって唯一無二の師に、逃れようのない死が訪れる。

 

「自分を許せ。

 愛する人を許せ。

 だが、自分と愛する人を害する悪だけは許すな。

 忘れるなよ。

 優しさは人を救うが、正しさは人を救わない。

 正しさは悪を討つだけだ。

 正しいことは他人に任せたっていい。

 だが、愛する人を幸せにすることは他人に任せるな。

 それだけはお前がしなくちゃならないことなんだ。

 だから忘れるな。許すこと。愛すること。優しくすること、この三つを」

 

「で、ありますな。決して忘れません」

 

「行け」

 

「今日までありがとうございました」

 

「恐れず行けよ、俺を救ってくれた、自慢の息子よ。迷わず進め」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この広い宇宙のどこかで、お前の知らない誰かが、ずっとお前を待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、男は息絶えた。

 男の死にも、『彼』は泣けなかった。

 

 『彼』は母星に帰り、どうしようもない孤独と戦いながら、孤独を埋めるために同族に馴染もうとしつつ、イルハーヴとシャングラを探し始める。

 エルドラ人は一族の大敵。

 バレれば大目玉だ。

 だから、隠し通すしかない。

 一人で探し続けるしかない。

 同族の誰とも仲良くなれず、苦痛でしかない一族の倫理観の中で動き、善なる知的生命体を見つければ同族から隠し、イルハーヴとシャングラを探し続ける。

 

 人間の一生が終わってしまうくらい長い期間、一人ぼっちで奮闘を続け、それを何度も何度も繰り返していく。

 それでも、約束を破ろうとは思わなかった。

 『彼』の中には、男がくれたものが沢山あったから。

 

「イヴ。サラ。

 ……見つからない。

 けど、どこかに居るはずだ。

 あの人から受け継いだプログラムがある。

 どこかの星には到着している……

 で、あれば、どこかには居る。

 どこの星か、到着した後どうなったかが分からない……」

 

 あの男を真似しても、『彼』はどうにも上手く行かない。

 

 上手く行かない度に、師であった男の規格外さを痛感する。

 

「常識が足りない。

 で、あれば身に着けるべきだが、多種多様すぎる。

 私の母星の常識は使える場面の方が少ない。

 あの人が教えてくれた常識も毎度のようにズレが出る。

 各星の常識を学んで、理解して、それぞれに合わせなければ……」

 

 他者との付き合い方を、手探りで探した。

 探し人を手探りで探して、探し方も手探りで探した。

 星を探すことすらも、彼にとっては初めてのことだった。

 

「え、エルドラ!

 あ、あった……

 よし、あとは、イルハーヴとシャングラ……

 エルドラの状況確認するのは、例のアルスが居る可能性があるなら控えないと……」

 

 『GBNは無限の可能性を秘めている』。

 『GBNでは可能性を失った者、諦めた者から敗れる』。

 そんな基本の教えがある。

 宇宙もまた、『彼』にとってはGBNより広いだけで同様だった。

 諦めないことで、『彼』は男の捜し物を見つけていくことができた。

 

 そして、その果てに。

 

 約束を守る日が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溶けた空から表れた光が、サラに向けて放たれる。

 

「【エルドラ人。最優先抹消対象。攻撃開始】」

 

 サラを突き飛ばすようにして庇ったエヴィデンス01の腹を、その光が貫いた。

 周囲の者達が仰天し、エヴィデンス01を庇うように駆け寄る。

 庇われたサラは、顔が真っ青になっていた。

 

 守る。

 守るに決まっている。

 それが、『彼』とあの男の約束である限り。

 

「ぐっ……あっ」

 

「エビちゃん!?」

 

「な……なんだあれ!?」

 

 空に浮かぶそれは、GBNの空を溶かしながら現れた。

 それは光でも闇でもない。

 それは虚空だった。

 

 光は粒子であり波動である、相補性の中に存在する力だ。

 闇はその逆で、光なき空間、光を遮る空間を指す。

 だが、それはそのどちらでもなかった。

 それは虚空だった。

 空間に虚空があり、そこを通った光に闇のような色が着く。

 光すら汚染する、波動汚染虚空。

 何もないはずなのに何かがそこに在ることだけは分かる。

 物理学者ボーアによって証明された相補性によって、虚空は実体と相補を行い、光の粒子と波動の相補性を陵辱し、地球人には理解できない存在へと到達する。

 

 この存在は、そこに居るが、そこに居ない。

 情報で出来たGBNの世界に、情報の虚空として存在している。

 その存在は、目で見ても容姿の輪郭すら掴めない。

 それが手を伸ばし、エヴィデンス01に向けた。

 

「【67280421310721、観測。情報共有開始。記憶解析。妨害確認。打消。解除。読取】」

 

「やめっ……ぐうっ」

 

 情報が詰まったエヴィデンス01の内部から、情報の虚空に情報が座れる。

 まるで、真空の宇宙が宇宙船の中の空気を吸い上げるように、情報がコピーされる。

 

「そこまでだ」

 

 メイが両者の間に割り込み、虚空に拳銃で威嚇射撃を行い、それをやめさせる。

 腹に穴が空き、随分と"吸われた"エヴィデンス01を庇うように立ったメイが、拳銃を敵に向けたままエヴィデンス01に問いかける。

 

「ぐっ……」

 

「エビ、動くな、傷が広がる。

 一つだけ答えろ。

 あれは……お前の同族か?」

 

「……違う」

 

「ならばなんだ」

 

「端末だ。

 取り込まれた知性体だ。

 あれは知性が低く見える。

 ならばはるか昔に散布されたという、情報病原体に感染した知的生命体だ」

 

「情報病原体?」

 

「物質生命体。

 電子生命体。

 情報生命体。

 全てに感染する、情報そのものだ。

 情報を伝って感染し、感染すると私の一族の端末になる。

 感染すればもう二度と元の形には戻らない。卵を焼くようなものだ。

 私達のネットワークに組み込まれ、私達に奉仕する働き蟻の同類になる……」

 

「……最悪だな」

 

「この宇宙に放たれ……

 知るだけで感染し……

 教えるだけで増殖し……

 自動で私達の一族の支配領域を広げる……

 知的生命体を蝕み、同族に変える同化性情報病原菌だ……!」

 

 サイエンス・フィクションの世界には、時にとてつもなく悪質な兵器が登場する。

 強力な兵器ではない。

 悪質な兵器だ。

 エヴィデンス01が語った細菌兵器がまさにそう。

 地球人類ですら、国家が取り返しのつかない損害を受け、あまりにも多くの人々が苦しむ可能性があるから、細菌兵器の開発を止めようとしたというのに。

 エヴィデンス01の一族は、自分達以外の全ての知的生命体を滅ぼすかもしれない情報細菌兵器を宇宙に拡散することに、何の躊躇いもなかった。

 

 宇宙の邪悪。

 生命の大敵。

 救いようのない上位生命体。

 全ての生命に再起(リライズ)を許さぬ者達。

 もう一度(リライズ)を絶対に与えない、やり直し(リライズ)の否定者達。

 メイはエヴィデンス01の一族と分かっていながらも、生理的嫌悪感を拭えなかった。

 

「地球に辿り着くなど天文学的確率だったはずなのに……ぐ、うっ……」

 

「大人しくしていろ。お前は特殊なんだ。万が一がある」

 

 メイは優しい声をかけるが、エヴィデンス01はこの責任を投げ捨てられない。

 

「情報病原菌の拡散は既に無力化した。

 で、あるが、これは私の同族の問題だ。

 これ以上、地球に迷惑も責任も負わせられん……!」

 

「……エビ。お前、私に言ったことをもう忘れたのか?」

 

「何をだ、そんな話をしてる場合では……」

 

「友情の示し方には、責任を分け合うというものがあるのだろう?」

 

「……あ」

 

「私にできることがあるはずだ。お前を助けたい。お前を放っておけない」

 

「―――」

 

「お前が友である私を助けようとしたように、私には友であるお前を助ける権利がある」

 

 けれど、きっと。

 

 その責任と使命は、一人で背負わないといけないものではない。

 

「私に任せろ。伊達にフレンド三号をやっているわけではない」

 

 メイが長い黒髪をかき上げ、敵へと向かい歩き始める。

 

「サラ、エビさんを頼むよ」

 

「うん。気をつけて、リク」

 

「フレンド二号も……うん、だいぶ怒ってるから」

 

 リクがエヴィデンス01をサラに任せて、敵へと向かい歩き始める。

 

「状況全くわかんないけどフレンド一号はエビちゃんに酷いことしたのは許さないんだから!」

 

 怒り心頭のモモが、敵へと向かい歩き始める。

 

「ウォドムポッド」

 

「ダブルオースカイ!」

 

「モモカプル!」

 

 虚空が世界に浮かんでいるだけ、そんな巨人がいた。

 

 それに立ち向かう、地球の三つの巨神がいた。

 

 巨神の名はウォドムポッド。ダブルオースカイ。モモカプル。

 

 正義でもなんでもなく、ただ友のために、宇宙の邪悪を打ち払う者達だった。

 

 

 



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『ミカミ・リク』とは何か

 その頃、運営はてんてこ舞いだった。

 エヴィデンス01のログイン中に、さらなる同規模存在のアクセス。

 膨大かつイレギュラーなデータ負荷によるサーバーの超重力。

 メインCPUは麻痺し、メモリは運営の管理を外れ、記録領域に確認不可能な巨大ブラックボックスが発生する。

 

「今は対処できてますが、これ以上負荷が増したら全サーバーが危険です!」

「これは……0でも1でもないデータ構造体!?」

「明らかに人類外の情報基盤に属する存在です! 読み込みも調査もできません!」

「二人目の異星人……!?」

「彼がフレンド・ザ・ワンならエネミー・ザ・ネクストってところか」

「エヴィデンス01に攻撃を仕掛けた模様! 危険域のダメージが入っています!」

「周辺に居るダイバーは……ビルドダイバーズ!?」

「また!? って言いたいけど、ラッキーかもね……!」

 

 彼らは現状を全く認識していなかったが、彼らの状況を理解していない必死なあがきによって、GBNは崩壊を免れていた。

 

「私達に友好的な宇宙人、エヴィデンス01。

 そして敵対的な宇宙人、エヴィデンス02といったところか。

 ……ここまで乱暴な客人を歓迎する理由はないな。

 我々の宇宙の隣人も守らなければならない。

 暫定、敵対設定! だが状況を見ておけ、下手な対応は地球レベルの問題になるぞ!」

 

 『GBNを壊さないよう繊細な注意を払っていた』エヴィデンス01と違い、ニュー・カマーはGBNを気遣う気が一切なかった。

 エヴィデンス01の言及が本当ならば、彼らの種族は単体で太陽系クラスの極大規模(スケール)を持っているという。

 地球に普通に降臨していたなら、地球は今頃粉々だ。

 エヴィデンス01がどれだけ気を使ってくれていたか、運営は今心底痛感していた。

 

 そして恐ろしいことに、GBNは本当に、宇宙を内包するほどのスケールを持っていた。

 なればこそ、エヴィデンス02と呼称された者を内包できる。

 ネットゲームのサーバーであるのに、宇宙規模の存在を内包できてしまうのだ。

 人類の技術を超越しているSF生物を、人類の技術を超越したオンラインゲームサーバーで包み込む。小学生でもやらなそうな剛力対処で、地球は今守られていた。

 

 逆に言えば、ここから出すわけにはいかない。

 サーバー外に出た波動生命体の端末が現実で形を成せば、そのまま地球は滅びる。

 逃してはならない。

 ここで仕留めなければ、星が終わる。

 

「? これは……?」

 

 だが、かつて知性体だった端末、虚空の巨人は変異を始める。

 

 誰もが予想していなかった形へと、変わり始める。

 

「葛城さん、ヤバいです、これは!」

 

「GBNのメインプログラムの一部を、ガンプラデータ化して乗っ取ったのか!?」

 

 この世界の心臓すら巻き込んで、虚空は形を成していく。

 

「ダメです! 制御効きません!」

「デリートコマンドが拒否されました!」

「あのエヴィデンス02のガンダムが、GBNの基幹部分の管理者権限を奪った?」

「え……う、嘘、何これ、GBNのサーバーに大気から電力が供給されてる!?」

「これコード抜いてもサーバー落とせないんじゃ……?」

「一般ユーザーはサーバーが重くなった程度にしか思ってませんが時間の問題です!」

「あのガンダムを破壊しなければ、このままGBNが崩壊します!」

 

 情報だけで生命として生きていける存在は、人類の理解を超えている。

 

 

 

 

 

 虚空の巨人は、白赤の機神へと変貌した。

 

 その姿に、ガンダム00を知る者は、誰もが見覚えがある。

 

『リボーンズ……ガンダム……!?』

 

 リボーンズガンダム。

 それは、ガンダム00TV本編の物語において最後の宿敵が選んだ乗機。

 ダブルオーガンダムと死闘を繰り広げた、人類の革新の最後の壁だ。

 

 初代ガンダムにおいて、主人公達はガンダム、ガンキャノン、ガンタンクの三機で戦い、絶望的な戦場をくぐり抜けてきた。

 だがリボーンズガンダムは最初、ガンダム・キャノン・タンクの三形態に変形できる機体であったという。

 『私には他の誰も必要ない』と言うかのように。

 

 元は(アイ)ガンダム、GN(ガン)キャノンで別々のパイロットを乗せ運用する設計であったものだが、それらを統合してしまったのがリボーンズガンダムだ。

 「誰の手も借りず自分一人で戦う」というパイロットの意向により、複数機を強引にまとめてしまった、エゴの塊であるという。

 『私には他の誰も必要ない』と言うかのように。

 

 他の誰かとの共存、共に歩み生きていくこと、それらを弱者の理屈と否定するガンダム。

 歪みを破壊し共存へと向かわせるダブルオーの対、暴君のガンダム。

 エヴィデンス01が否定した、一族の傲慢が引き寄せた形。

 エヴィデンス01が語った、宇宙に進出する生物が持っていなければならない、他知的生命体との共存形質を否定するもの。

 

『来るよ!』

 

 直感的に動きを察知したリクが通信で他二人に呼びかける。

 

 一拍置いて、リボーンズガンダムが突撃した。

 

 ダブルオースカイ、モモカプル、ウォドムポッドが迎え撃つ。

 

『……? 妙だな、あまりにも無防備な……』

 

 メイは訝しがりながら、火砲の照準を合わせる。

 ウォドムポッドは遠目にはキノコに見えるような、頭部に円盤状の武装ユニットが装備された、高機動高火力の改造機である。

 大きな二本足で走り、高い火力を叩き込む。

 だが今回は少し立ち回りを変えていた。

 

 極めて速いダブルオースカイが陽動で動き、それにリボーンズガンダムが食いつく。

 ダブルオースカイが武器接触もないままリボーンズガンダムの注意を引きつけ、ウォドムポッドへの視線が切れた瞬間、メイは引き金を引いた。

 

『力任せで強引な攻めだ。これなら……もらった』

 

 ウォドムポッドの大口径ビーム砲が放たれ、上位ランカーのガンプラでも一撃で粉砕する威力がリボーンズガンダムを粉砕―――は、できず。

 リボーンズガンダムの周囲を囲む球形のバリアに、容易く弾かれた。

 

『GNフィールド!?』

 

 圧縮したGN粒子を高速対流させて作る全方位防壁、GNフィールド。

 ビームにレーザーに実弾兵器、直接斬りつける攻撃すらも無効化する、鋼鉄の要塞よりも強固な光の壁である。

 ダブルオースカイが最高速度でバスターソードを叩き込むが、ビクともしなかった。

 

『リボーンズガンダムには無かったものが付いてるのか。俺が前で防ぐよ!』

 

『援護する。今のを見る限り、デタラメに強力なGNフィールドだ。

 あの強度ならおそらく、維持できて一分。

 それまで三人で交互にタゲを取って引きつけていこう。機敏な私とリクが中核だ』

 

『いい提案だ。モモ、メイ、行くよ!』

 

『やったらー!』

 

 ダブルオースカイが、翼から光を放出しながら素早く飛ぶ。

 ウォドムポッドが、巨大な足で地面を蹴って機敏に動く。

 モモカプルが跳んだり跳ねたり転んだりしながら、せっせこせっせこ動き回る。

 

 三人は交互にリボーンズガンダムの視線を引きつけ、仲間に援護されてリボーンズガンダムの攻撃を回避し、仲間に引きつけて貰ってその隙に距離を取る。

 リボーンズガンダムを中心として、その周囲を三人でぐるぐると回るという、そこそこオーソドックスな陣形で攻撃を散らす。

 リボーンズガンダムがライフルを撃ち、三人がかわす。

 その繰り返し。

 いかに強力なGNフィールドがあれど、今のリボーンズガンダムはGNバスターライフルを連射するだけの置物だ。

 これに苦戦する要素がない。

 

 10秒、20秒、30秒と、余裕綽々で三人は翻弄していく。

 1分が過ぎ、そろそろかなとモモが鼻を鳴らす。

 3分が過ぎた頃、リクモモもメイも、背筋に嫌なものが走り始めていた。

 

『ね、ねえ』

 

 モモが恐る恐る、三人が薄々気付いていたことを口にする。

 

『このリボーンズガンダム、エネルギー切れがないとかないよね……!?』

 

『そんなバカな……いや、エビの言っていたことが……そういうことなのか?』

 

 カチッ、と、何かが切り替わる音がした。

 リボーンズガンダムが発射していたGNバスターライフルのビームが、突如その規模を数十倍にまで引き上げ、モモの視界を埋め尽くす。

 「ひゃっ」と気の抜けた声を漏らしながら、転がるように必死に回避したモモだが、かわしきれずかすったビームが、モモカプルの装甲の一部を蒸発させていった。

 

『ちょっと何これ!? チートツール(ブレイクデカール)使ってるんじゃないの!?』

 

『あれはもうない!

 シバさんが運営側に居るからもう使えないはずだ!

 でも、これは……ブレイクデカールみたいにディメンションに影響も出てない……!?』

 

 かつてGBNを大いに荒らしたチートツール(ブレイクデカール)が連想されるが、それとは何かが違うこの流れに、よくわからない危機感だけが募っていく。

 

 連射される大きすぎるビームを回避しながら、リクは冷静に、目ざとく、リボーンズガンダムの体からGNフィンファングが離れるのを見た。

 四つは大型。

 自立飛行する空中砲台。

 八つは小型。

 ミサイルのように突っ込んでくる、ビームサーベルを生やした鋼鉄の牙。

 それが空中で分身したのを見て、リクの表情から一切の余裕が消えた。

 

『回避に集中っ!』

 

『GNフィールドずっと展開したまま攻撃ぃ!?』

 

 モモ、メイが回避に入る。

 リクは逆に切り込んだ。

 メイは全て回避しようと腹を括り、モモは大威力の攻撃は回避して小威力の攻撃は防御し、リクは攻撃を回避しながらフィンファングを切り落としにかかった。

 

 メイはかわしきれず、ウォドムポッドの右手が弾け飛ぶ。

 モモは上手く受けたが、細いビームですら威力が高く前身がボコボコに。

 リクは紙一重で全て回避し、24まで増えたフィンファングの内11を速攻で切り落とし、仲間の生存を勝ち取っていた。

 

『大丈夫!? メイ! モモ!』

 

『なんとか』

『カプルがボッコボコで可愛くなくなっちゃってるから大丈夫じゃなーい!』

 

 加速度的に、何かがおかしくなっている。

 この世界が何かに侵されていっている。

 チート、と言うのも何か違う何か。

 それが時間経過によってどんどん大きくなっていくのを、リクは感じていた。

 

 長引けば不利。そう思えば、リクの判断は早い。

 

『トランザムインフィニティ!!』

 

 切り札を切り、一気に勝負をかける。

 三倍以上に性能が跳ね上がったダブルオースカイが、常人では目で追うだけでも難儀する速度で飛翔し、その勢いのままに斬りかかった。

 ダブルオースカイ特有の、鳥が鳴くような飛翔音。

 剣が振るわれる風切り音。

 剣とGNフィールドがぶつかる衝突音。

 三つの音が通り過ぎて―――GNフィールドには、傷一つ付いていなかった。

 

『どういう強度なんだ……!?』

 

 まだリクには切っていない切り札があるが、それを切ってもこのGNフィールドを突破できるか、まるで自信が無かった。

 

 これは、最悪中の最悪である。

 こんなリボーンズガンダムが存在すれば、ゲームがまるで成立しない。

 絶対に壊れないバリアを貼って一方的に攻撃するなど、それは競い合うゲームではなく、強者による一方的な蹂躙だ。萎えるにもほどがある。

 これこそが、エヴィデンス01の一族が繰り返してきたもの。

 上位存在による、品性のない蹂躙と侵略だ。

 そこに公平性などなく、踏み躙られるものの悲嘆と不快と絶望感だけが残る。

 

「【エルドラ人。最優先抹消対象。攻撃再開。エルドラ人の生存を報告。報告失敗。妨害有】」

 

 そして最悪なことに、彼らの一族にはまともに戦う気がない。

 淡々と目標を達成するべく蹂躙する。

 リボーンズガンダムは自分と戦っている三機から視線を外し、エヴィデンス01を介抱しているサラに銃口を向けた。

 

『! サラ!』

『姉さん!』

『サラちゃん!』

 

 戦いを舐め腐っているかのように、ゆったりと更に照準を合わせる。

 ダブルオースカイはトランザムを維持したまま斬りかかり、ウォドムポッドは強烈な蹴りを叩き込み、モモカプルは全力のビームを当てるが、GNフィールドは揺らがない。

 絶対的な安全圏から、神が気に入らない人間に天罰を下す時のように、傲慢に余裕綽々に引き金を引こうとする。

 

 このビームがサラに当たれば、死ぬ。

 何故かこの場の全員が、その事実だけは直感的に理解していた。

 それを誰もが理解するほどに、"リボーンズガンダムの中身"が銃を通して放つ光は、鳥肌が立つほどにおぞましかった。

 その光は、まるで、勝手な神が人を殺す時に落とす雷のようで。

 

『サラーッ!!』

 

 叫ぶリクの声と同時に、銀色の巨体がサラの前に立った。

 

 

 

 

 

 羅刹天に叩き潰されて歪になったターンエルスが、サラを守る壁となった。

 それでも防ぎ切れないビームの余波は、エヴィデンス01が体を張ってサラを守った。

 奇怪なオブジェとなったターンエルスが倒れ、エヴィデンス01も倒れる。

 

「うっ……ぐっ……た……Γs……」

 

 明らかにバーチャルでは済まないダメージが入ったエヴィデンス01が、息も絶え絶えに地面を這おうとするが、動けていない。

 

「エビちゃん!」

 

 サラが駆け寄っても返事がない。

 相当にダメージが入ってしまっている。

 今のエヴィデンス01のダイバールックは、見るも無残な直火焼き状態だ。

 

「たの……リ……ク……」

 

 エヴィデンス01が漏らしたその言葉を、リクは聞き届ける。

 体を張ってサラを守ることを、誰かがしなければならなかった。

 それをエヴィデンス01がやり遂げた。

 リボーンズガンダムを倒すことを、誰かがしなければならなかった。

 エヴィデンス01が倒れた今、それこそがリクの役割である。

 

 ダブルオースカイが翻弄する軌道で、リボーンズガンダムとの距離を瞬時に詰める。

 

『ブレイクデカールの時と同じだ。

 不快に踏み躙られてる感じ。

 バーチャルなのにリアルな感じ。

 ……答えろ! リボーンズガンダムに乗っているそこの人!』

 

 この場で一番強いのはリクだ。

 リクが倒せなければ、もう誰にもこの悪魔は倒せない。

 リクもそれ以外の皆も、それを理解している。

 だからこそ、この攻防に戦いの決着があると見て、メイもモモもリクを援護しようとして。

 

『お前はなんなんだ!?』

 

 突然爆発したGNフィールドに、誰もが面食らった。

 

『……!?』

 

 GNフィールドの爆発に巻き込まれて、ダブルオースカイの全身が砕けながら吹っ飛んだ。

 

 これは意図的な仕様ではない。

 このリボーンズガンダムは、GBNのメインプログラムを奪うため、データの海から適当に見繕われた外郭に過ぎない。

 愛など無いし、強いだけで何もかもが適当だ。

 だからGNフィールドが爆発した。

 狙って爆発したのではなく、偶然に爆発した。

 GBNの仕様上不可能なほどにエネルギーが込められたGNフィールドの爆発は、もはやそれだけで必殺技として成立するほどの威力があった。

 

 あまりにも適当、ゆえの暴発。

 最悪の防御にして最低の攻撃だ。

 GBNの愛深いプレイヤーであれば、誰もが唾を吐く塵の所業である。

 だが、だからこそ、ガンダムへの愛に溢れるリクに刺さった。

 

『こんな……ダブルオースカイ! 頼む、動いてくれ!』

 

 全身が砕けながら吹っ飛ばされたダブルオースカイが、全損判定で動かなくなる。

 

 このリボーンズガンダムは、何もかもが不快な存在だった。

 強いだけならいい。

 それだけなら不快ではないのだ。

 極めた強さは、GBNにおいては尊敬を集める対象なのだから。

 

 インチキをした強さが不快感を煽る。

 ガンプラ愛の無い機体が不快感を煽る。

 かつてチートツール(ブレイクデカール)を使っていたガンプラですら、凄腕ダイバーのガンプラには敗北していたのに、このリボーンズガンダムにはそれすらない。

 生身の少女を攻撃することにも躊躇いがなく、真面目に戦う気もない。

 何一つとして尊敬できるところがなく、そんな存在が、ダブルオースカイとリクすら下してしまうことの不快感があまりにも強い。

 

 かつてチートツール(ブレイクデカール)使いが嫌われていた理由がそのまま、このリボーンズガンダムに適用できてしまう。

 チートプレイヤーはどこでも嫌われ者だ。

 しかもそれに加えて、この存在は殺人を行おうとしている。

 どんなチートプレイヤーでも、殺人までは行うまい。

 よって嫌悪感は極大に至る。

 

 エヴィデンス01は、ずっとこれを見てきた。

 『これ』が弱者を蹂躙し、侵略するのを何億年も見てきた。

 己の一族の滅びを願っても何もできず、おかしいと思っても何も変えられず、反抗するどころか加担して、このリボーンズガンダムのようなものが大勝利して終わるのを見続けてきた。

 因果応報などない。

 このリボーンズガンダムのようなものが善人を殺して、はい終わり。

 そんな侵略を見続けてきた。

 

 長い年月をかけ、心は擦り切れ、押し潰され、感覚は麻痺し、願いは枯れていった。

 彼の宇宙に再生(リライズ)はなく、終焉(エンド)だけがあった。

 今またそれが、繰り返されようとしている。

 リライズを否定するリボーンズの目が光る。

 リボーンズガンダムは変形し、砲撃形態・リボーンズキャノンに変形し、再びその砲塔をサラへと向けた。

 

「【エルドラ人。最優先抹消対象。攻撃再開。反逆者を確認。報告。報告失敗。妨害有】」

 

『させない!』

『させるか!』

 

 メイとモモが、何が何でもその攻撃を止めようとして―――その横を駆け抜け、ぐちゃぐちゃに潰れた銀色の機体が、リボーンズキャノンに体当たりを仕掛ける。

 

『ターンエルス!?』

 

 もう動けるはずがない。

 羅刹天とリボーンズガンダムに破壊され、ターンエルスはもう原型を留めていなかった。

 にもかかわらず、ターンエルスは動いている。

 そこにはリボーンズガンダム同様、GBNの仕様外の存在の影響があった。

 

「メイ、モモ、フィールドに干渉して押し返せないか!?」

 

『! ……まさか。

 心の入れ物を、アバターではなく、ターンエルスにしたのか?

 それで、壊れたターンエルスを無理矢理動かしているのか……?』

 

「で、あるな!」

 

 火力特化のリボーンズキャノンが、大火力をチャージする。

 リクとダブルオースカイが居ない今、体を張ってもこれは防げない。

 機体ごと貫かれて、サラが殺されるのがオチだ。

 サラをガンプラに乗せたところで即死だろう。

 理屈から考えるエヴィデンス01とメイが何も思いつかない中、直感型のモモが閃く。

 

『メイ、足元! ミサイル!』

 

『!』

 

『私もお腹ビーム!』

 

 モモの言葉に、反射的にメイは地面にミサイルを発射し、モモもビームを地面に炸裂させる。

 ガンダムの設定や描写を舐め腐っているリボーンズキャノンは、空を飛んでGNフィールドを展開するのではなく、地面に足を付けたままGNフィールドを展開していた。

 よって、立っている地面が爆散すれば―――無敵のバリアを展開したまま、転ぶ。

 

 サラを狙ったリボーンズキャノンのビームは、空の彼方に飛んでいった。

 

『ナイスシュート! メイ!』

 

『絶対無敵のGNフィールドが相手でも、やりようはある』

 

 ターンエルスがGNフィールドに組み付き、至近距離からビームを連射する。

 ライフルが焼け付きそうなほどに撃っても、リボーンズキャノンはびくともしない。

 余裕たっぷりに、リボーンズキャノンはリボーンズガンダムに再変形した。

 

「地球人は、宇宙に夢を見ていた。

 過去に宇宙のそこかしこで生まれていた知的生命体も、そうだった。

 地に足を付けていたから。

 星に生まれ、星から出たことのない生命だったから。はるかに高き宇宙(そら)を夢見ていた」

 

 血を吐くように、今はターンエルスが肉体になっているエヴィデンス01が叫ぶ。

 

「皆が夢見ていた宇宙は!

 私達が……私の同族が……既に穢していた……!

 誰もが夢見て宇宙に出て、私の一族に踏み躙られていた!

 皆、皆、ただ宇宙(そら)に夢見ていただけだったのに……!」

 

 かつて、エヴィデンス01はこういうものを見ていた。

 自分達の一族に抗い、血を吐くように叫ぶ者達を見た覚えがあった。

 叫んだ者達は、そのほとんどが殺された。。

 エヴィデンス01がこっそりと逃せた者がいて、仲間の命令で、エヴィデンス01がその手で殺した者達もいた。

 血を吐くような叫びが踏み潰される感覚に、かつて自分の一族が踏み潰したものを思い出して、エヴィデンス01の心が悲鳴を上げる。

 

 彼はきっと、生まれる種族を間違えた。拭い去れない罪がある。

 

「私が生涯をかけても!

 きっと一族の罪の極分の一も償えない!

 ……私の罪の極分の一も償えない!

 私もまた、何億年と、知的生命体を踏み躙ってきた、最悪の存在だ……!

 ただ一人になりたくなくて、同族に仲間扱いされたかったというだけの理由で……!」

 

 ターンエルスの異形の顔が稼働し、機械的なギミックが起動、口が開いてビームファングが生え揃い、ビームの歯がGNフィールドに噛み付いた。

 それでも、GNフィールドはビクともしない。

 落ちこぼれの牙では、一族の端末にさえ歯が立たない。

 

「奪わせてたまるか!

 もう彼女らはここに生きている!

 出会いにも恵まれている!

 私の優しさは必要ない!

 もう十分に、彼女らは愛されている!

 貴様は相打ちになってでもここで潰えろ!

 ここには、お前と私が生きていてはいけないという正しささえあればいい……!」

 

 リボーンズガンダムが構えたライフルのビームが発射され、それがターンエルスに直撃する直前に、ウォドムポッドがターンエルスを蹴り飛ばした。

 悪魔のビームが誰の命も奪わないまま、空を貫く。

 

『ママの言ったことを忘れたのか、エビ!』

 

「メイ!?」

 

『安易に正解を作るな!

 安易に間違いを増やすな!

 お前が生きていくことを、間違いになんてするな!』

 

 正解を作れば、それ以外は全て間違いになる。

 "自分は罪を犯したから死ななければならない"を正解にしてしまえば、『生きて幸せになる』すらも間違いになってしまう。

 リボーンズガンダムのフィンファングの猛攻から、ウォドムポッドが身を挺してターンエルスを守っていく。

 

『贖罪のための死ではなく、生きるために戦え!

 たとえ矛盾を孕んでも存在し続ける! それが、生きることだと人は言う!』

 

 罪に塗れても、それでも生きていく。

 それでも進み続ける。

 一人でも多くの人間を救うため、咎の生の中を歩き続ける。

 それもまた、人の強さであり……ターンエルスの『足』に内包されたもの。

 

『自分を許せなくとも!

 自分を許せるようになれ!

 誰か救うことで少しでも自分を許せるなら、いくらでもそうしろ!

 いつかお前という異星人が、宇宙に旅立つ人類の水先案内人となるために!』

 

 何億年と生きてきた異星人が、二年も生きていないELダイバーに心で押し負ける。

 

 それも、戦いの中で。

 

 

 

『お前が償うために死ぬことなど、私が望まない。理由がないなら、私のために生きろ』

 

「―――メイ」

 

『言ったはずだ。お前と共に居る時間は、友として、私が望んだものだと』

 

 

 

 再生(リライズ)へと導く、輝きの者。

 メイの心が彼の心に手を差し伸べ、手を取ろうとしない彼の心を無理矢理掴み、力任せに引っ張り上げる。

 それは人間の心を理解したがゆえの言葉ではなく、むしろELダイバーゆえの少しズレたものだったが……異星人には、よく刺さった。

 

 リボーンズガンダムが再度攻撃しようとしたので、モモカプルが地面を掘って土を投げつける。

 『小学生か?』と思われる攻撃だが、これが以外に効果的だった。

 カプルのシャベルのような手が大量の土砂を巻き上げ、視界を塞ぎ、リボーンズガンダムの攻撃が止まったのである。

 GNフィールドがいくら無敵でも、その内側から攻撃できるという反則があっても、GNフィールドの外が土砂に覆われていては意味がない。

 モモの常識に囚われない発想は、宇宙の悪魔さえ混乱させた。

 

『よくわかんないけどさ! 本当によくわかんないんだけどさ!』

 

 もりもり土砂を投げ、泥団子を投げつけるモモカプルの中で、モモが叫ぶ。

 

『エビちゃんが悲しそうにしてると、自分を悪く言ってると、悲しいよ!』

 

「―――モモ」

 

『楽しそうに笑う毎日とか、そうなれるように頑張るとかじゃダメなの!?』

 

 モモは何の事情も知らない。

 この状況も理解できていない。

 エヴィデンス01が何を言っているかも、メイが何を言っているかも分かっていない。

 

 けれど、大事なことは分かっている。

 エヴィデンス01の心が泣いていること。

 このリボーンズガンダムが悪いこと。

 そして、自分が積極的に空気を変えていかないと、この素直に皆が笑えない空気が吹っ飛んでいかないということだ。

 

 だから、モモは声を張り上げる。

 リボーンズガンダムがビームを乱射して、それを転がるように避けて、モモはなおも元気に声を張り上げる。

 その声が、この場の空気を変えていく。

 

『ええい邪魔じゃーい! 私とエビちゃんの会話の邪魔すんなー!』

 

 祈るサラがいた。

 健闘するモモがいた。

 そして、リクが居ない。

 いつの間にか、リクがどこにも居ない。

 人間を理解しようともしていないリボーンズガンダムは、それに気付いてもいない。

 

『お腹ビーム! 思い知れ!』

 

 モモカプルのビームがGNフィールドに弾かれる。

 

 完全に無効化される以上、その攻撃には何の意味もない。

 

 だがその実、モモとリボーンズの間に攻防が成立し、時間を稼いだことに意味があった。

 

『サラちゃんが信じていれば。

 ビルドダイバーズの仲間がチャンスさえ作れれば。

 リクは絶対に奇跡を起こせる。それが私達……ビルドダイバーズ!』

 

 かくして、勝機は作られた。

 

 

 

 

 

 リボーンズガンダムは最強と表現するのが失礼なほど、下劣な無敵だ。

 破壊されたガンプラが敗北扱いになる以上、無敵のリボーンズガンダム相手に無慈悲に潰されたダイバーは、もうそこで終わりである。

 

 だが、フィールドでのオープンなバトルであれば、バーリ・トゥード上等の敵が相手であれば、抜け穴はいくらでもある。

 たとえば、ログアウトして、別のガンプラでログインすれば、もっと強いガンプラで復帰することも可能なのだ。

 GBNを愛するものなら、選べる手段は無限にある。

 ダイバーとは、GBNの無限の可能性を模索する者だからだ。

 

 無限の可能性を内包するのが、この世界。

 

 エヴィデンス01の心をへし折った無慈悲な無敵存在すらも、ここではそうではない。

 

 エヴィデンス01の一族が、宇宙に蔓延る最悪に残酷な滅びの運命を与えるものであるならば。

 

 この世界には、『運命を覆すダブルオー』を駆る光の少年が居る。

 

 

 

 

 

 

 光が、通り過ぎた。

 

 無敵のGNフィールドが切断され、リボーンズガンダムが戸惑う。

 戻ってきた光が再度剣を振るい、リボーンズガンダムは必死にかわす。

 何がなんだか分からないまま、リボーンズガンダムは盾を構えた。

 舞い降りる剣を盾で受けるも、続く二撃目を盾で受けたところで、吹っ飛ばされる。

 

 古今東西、絶望を斬り払う勇者は、光を纏い、輝く剣を持って現れる。

 

『もう好き勝手はさせない! もうお前に、誰も踏みつけになんてさせない!』

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『まだ調整不足だけど……リク、ダブルオースカイメビウス! ―――行きますっ!』

 

 

 誰も彼もがボロボロで。

 どうあがいても勝てそうになくて。

 何をやってもどうにもならない、そんな風に思える中でも、ミカミ・リクは諦めない。

 諦めないで奇跡を起こして、無かったはずのハッピーエンドを掴み取る。

 眩しくて、眩しくて、その在り方に異星人さえ焦がれるように見上げてしまう。

 

 その光は人を救い、ELダイバーを救い―――この日とうとう、異星人まで救っていた。

 

 

 



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『未来を切り開く』とは何か

 中学生の時、リクはGBNチャンプ:クジョウ・キョウヤに憧れてGBNを始めた。

 始まりは憧れだった。

 『あんな風に』という憧れから、彼のガンプラバトルは始まった。

 その日からずっと、彼の人生は光り輝いている。

 

 ちょうど、エルドラ人のかの男に憧れて『あんな風に』と思ったエヴィデンス01の逆だ。

 道徳的に見た場合に悪しか居ない一族に生まれ、善人に憧れたことで永遠に罪悪感に苛まれるようになったエヴィデンス01の逆。

 同じなのは、リクもエヴィデンス01も同様に、いつまでも同じ憧れの人の背中を追っているというところくらいだろう。

 

 リクは一旦ログアウトし、まだ精密な調整をしていない、新たな愛機の完成組体―――ダブルオースカイメビウスを読み込ませて、再ログインした。

 

「あ……り、リクさんだ!」

 

「え?」

 

「ふぁ、ふぁふぁふぁふぁふぁ、どれみふぁ、ファンです! す!」

 

 が、ログインしたところで、小さな女の子に絡まれてしまった。

 リクのいいところは他人を雑に扱わないところで、リクの悪いところは他人を雑に扱えないことである。

 小さな女の子はひと目で分かるレベルにアバターをいじっておらず、小学生くらいの女の子であることが即座にわかる。

 ファンの女の子を粗野に扱えもせず、かといって仲間達の下に一秒でも速く駆けつけたいため、リクは困り果ててしまった。

 

「あ、あのですね! ダブルオーダイバーをですね!

 そのまま真似して作ってましてててて!

 大変失礼なことをしてると思いつつ憧れが!

 リクさんがダメというならすぐにでもこのダブルオーダイバーは使わない次第でー!」

 

「ああ、いいよそのくらい。

 懐かしいなあ、ダブルオーダイバー。

 俺の最初の愛機で、最初に作った自分用のガンプ―――」

 

 そこまで言いかけて、リクにある閃きが宿った。

 

 少女が真似して作ったというダブルオーダイバーを、リクは見上げる。

 全体的に拙さはあったが、手にした剣は親が金属質に塗装してくれたGNソードIIを少女が毎日磨いていたのだろうか? 愛を読み取るGBN特有のボーナスが大分入っている。

 ダブルオーダイバーは、リクのGBN最初の愛機である。

 今日ここで、リクが他人の模倣したダブルオーダイバーと出会ったことは、運命だったのか。

 それともリクがGBNで活躍を続けていたがゆえの、必然だったのか。

 

「ねえ、ちょっと頼んでもいいかな」

 

「ひゃ、ひゃい! なんでも! なんでもどうぞ! なんでも言うこと聞きます!」

 

「あはは、そこまでしなくていいよ。

 君のダブルオーダイバーの剣を貸してほしいんだ。

 俺のダブルオースカイメビウスは今日が初陣で、使わせたいんだよ」

 

「リクさんの新作機体の武器に!?!?!?!?!?!!?!?!?!!?」

 

「ダメかな?」

 

「いいです!!!!!!!!! データどうぞ!!!!!!!!!!!!!」

 

「ありがとう。じゃあ借りていくね」

 

 ダブルオーダイバーから、ダブルオースカイメビウスへと、剣が手渡される。

 リクの最新の機体が、最初の機体の剣を持つ。

 懐かしさに思わず、リクの口角が上がった。

 

「リクさんはわたしのあこがれです!

 昔も今もあこがれです!

 ずっとわたしのあこがれでいてください! 失礼します!!!」

 

 叫ぶように、逃げるように、捨て台詞気味に少女は言い捨ててその場から消えた。

 

「……俺が憧れ、か」

 

 誰かに憧れるのはいい。

 けれどいつかは、自分も憧れを与える側に回るのもいい。

 憧れは循環し、子供がいつも憧れと夢をもって入って来る界隈ができる。

 子供に夢を与える大人がいて、夢を与えられた子供が大人になって、また子供に夢を与えて……その循環が回していく世界がある。

 それもまた、この星で輝いているものの一つだ。

 

「情けない自分にならないようにしよう。ガッカリされない俺でいよう」

 

 子供からの視線は、少年を大人の男に変えていく。

 

 かっこいい大人に憧れる少年を、かっこいい大人に変えていく。

 

「チャンプは―――キョウヤさんは、そう在ってくれたんだから」

 

 駆け出すリクの踏み出す足は、とても力強かった。

 

 

 

 

 

 ガンダム00において、ダブルオーガンダムや前身のガンダムエクシアが恐れられていた理由に、その剣があった。

 その名も、GNソード。

 俗称、ガンダム殺しである。

 GNソードは剣の表面にGNフィールドを展開し、GNフィールドの対流に割り込む能力を持っているため、GNフィールドでの防御を貫通するという効果を持っていた。

 近接戦闘技能が低いパイロットは、GNソードを扱う近接戦の達人の前には、ただの紙切れに等しくなってしまうのだ。

 

 リクの最初の愛機、ダブルオーダイバーにGNソードは装備されていた。

 その強化機体、ダブルオーダイバーエースにもGNソードはあった。

 しかしダブルオースカイにはなく、その強化機体であるダブルオースカイメビウスにも無い。

 GBNに最適化した機体を作る過程で、リクの機体からGNソードは失われていった。

 リクは貰ったGNソードを、ダブルオースカイメビウスの腰の後ろに隠すように吊る。

 

 GBNのガンプラの性能数値は、原典によって決定されない。

 作り込み……すなわち『愛』によって決定される。

 原典はあくまで方向性の決定にしか関与しない。

 チャンピオンに憧れたあの日から、ずっと磨いてきたリクの技術の全てを結集したダブルオースカイメビウスは、単純な攻撃数値もハイエンドであった。

 そこに、GNフィールド特攻が加わった。

 無敵に見えたリボーンズガンダムのGNフィールドも、もはや盾にはならないだろう。

 

 ここはGBN。

 ガンダムを知らぬ者は負け、ガンダムを知る者が勝利する。そういう世界だ。

 宇宙を跋扈する上位生命体の端末であろうと、ガンプラを愛する者には勝てない。

 ここでは、愛が勝つ。

 

『うおおおおおおおっ!!』

 

 リクが巧みにGNソードと大型ビームソードを織り交ぜ、斬りかかる。

 GNフィールドで防ごうとすれば、GNソードで切り裂かれる。

 ビームサーベルかシールドで防ごうとすると、大型ビームソードで押し切られる。

 "この距離"ではもはや、リボーンズガンダムに為す術はなかった。

 

 しかも、一度GNフィールドを切り裂かれたことで、リボーンズガンダムは自覚しないまま致命的な隙を見せてしまっていた。

 

『……そこだ!』

 

 ヒュッ、と剣が風切る音が鳴り、金属が砕ける音がする。

 あまりにも素早く無駄のない剣筋に、それがGNフィールド発生器が壊れた音であると、リボーンズガンダムは破壊されてから気付いた。

 

 一度GNフィールドを切り裂かれたなら、GNフィールドは再展開しなければならない。

 ガンダム00の球形GNフィールドは発生器から形成されるため、発生器を破壊されればもうGNフィールドは使えなくなってしまう。

 リクはGNフィールドを切り裂くことで、GNフィールドを再展開させ、GN粒子の初動からGNフィールドの発生器の位置を見切ったのである。

 恐ろしい眼、凄まじい動体視力だ。

 思いついても、それを実行できる本人の能力こそが恐ろしい。

 

 ダブルオースカイメビウスの参戦で、戦いの流れは完全に逆転した。

 

『もっとだ、もっと速くだ! ダブルオースカイメビウス!』

 

 ダブルオースカイ以上の速さで飛翔するダブルオースカイメビウスが、リボーンズガンダムを捉えた……かに、見えた。

 しかしリボーンズガンダムの機体から、奇妙な駆動音が響く。

 明らかにありえない性能の変化が発生し、ダブルオースカイメビウスに並ぶ空戦性能を獲得したリボーンズガンダムが、空中で鋭角な軌道を描いた。

 

『!?』

 

 高速飛翔中のダブルオースカイメビウスの背後をリボーンズガンダムが取り、GNビームサーベルを振り上げる。

 ガンプラ愛を極めた至高の飛翔を、外来種が力任せに上回り、踏み躙る。

 

「踏め、リク殿!」

 

『!』

 

 そんなことを、エヴィデンス01は許さなかった。

 空を走る、銀色の流星。

 それを踏み跳んだダブルオースカイメビウスが、空中で強引に軌道を変え、リボーンズガンダムのビームサーベルは空振った。

 

 ファンネルだ。

 ターンエルスの四肢が分解して飛び、ダブルオースカイメビウスが空中でそれを蹴り、飛行の軌道を捻じ曲げたのである。

 ラグランジアンを始めとする、地球でも未だ研究途中にある"場の理論"の行き着く先にあるターンエルスのファンネルは、重力下でも宇宙でも()()()()()()()ことができた。

 ゆえに、モビルスーツが足場にできる。

 

 光になったダブルオースカイメビウスと銀色の流星が入り乱れ、縦横無尽にジグザグに飛ぶ流星群の如くリボーンズガンダムを惑わす。

 流星を蹴って飛翔軌道を曲げるダブルオースカイメビウスを見て追うことは不可能に近く、リボーンズガンダムの異常に強固な装甲に、袈裟懸けの斬撃が叩き込まれた。

 

 砕け散った装甲を庇うように盾を構え、リボーンズガンダムは急降下。

 されどそこでは、次なる絆の連携が悪魔を包囲する。

 

『どこに行くつもりだ?』

 

 空を翔ぶ銀色の流星はファンネルの階段となって、ウォドムポッドに空を走る権利を与えた。

 ウォドムポッドは空を飛ぶのではなく、友のファンネルを足場として跳び、迎撃するリボーンズガンダムのビームのことごとくを回避しながら、その頭上を取る。

 空中で全体重をかけたウォドムポッドの回し蹴りが、リボーンズガンダムの首を蹴り込んだ。

 

 メギッ、と金属が軋む音がして、構造上非常に弱い首に絶大なダメージが入る。

 空中で駒のように回転しながら、リボーンズガンダムは地面に激突した。

 

 首がへし折れ、もう一度叩けば首が落ちそうになりながらも、リボーンズガンダムは平然と立ち上がる。

 "首が落ちれば生き物は死ぬ"という概念が、この宇宙生物には存在しなかった。

 されど、追撃の手は緩められない。

 

『ジャイロアターックッ!』

 

 完全な球状に変形したモモカプルが、銀色の流星に押されてリボーンズガンダムに激突する。

 ファンネルをブースターとし、野球のジャイロボールのようになったモモ必殺の技である。

 吹っ飛んだリボーンズガンダムが岩山に突っ込んで、岩山が崩壊し、リボーンズガンダムがその崩壊に飲み込まれていく。

 

「やったか!?」

 

『エビ!』

『エビさん!』

『エビちゃんはさぁ……』

 

「え? え? え? 私なんか変なこと言ったか?」

 

 "ガンダムの法則性"が世界の理として在るこの世界において、この流れでリボーンズガンダムが倒されているわけがない。

 

 岩山の瓦礫の中から飛び出して来たリボーンズガンダムの目が光り、嫌な音が鳴った。

 金属を研磨する音と、家屋が軋む音と、赤ん坊の鳴き声が混ざったような音。

 その音と共に、リボーンズガンダムの全身が蠢いていく。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (アイ)ガンダム。

 GN(ガン)キャノン。

 オリジン・ガンダムモード。

 オリジン・キャノンモード。

 オリジン・タンクモード。

 そして、それらを統べるリボーンズガンダム。

 原典においてリボーンズガンダムの開発過程で図面が引かれ、けれど結局リボーンズガンダムという『自分一人が在ればいいガンダム』に統合されてしまったガンダム達。

 それらが、リボーンズガンダムから再誕生(リボーン)されていた。

 リボーンズガンダム、いや、再誕生されたガンダム達(リボーンガンダムズ)

 

『い……いやいやいや!? 何これ!? 何これえ!?』

 

『モンスター映画の文法だな……いや、SFの侵略者の文法か』

 

 リク達はガンダムのルールで、リボーンズガンダムの圧倒的な力に対抗した。

 

 対しリボーンズガンダムは、SF生命体のルールでガンダムの世界に対抗してきた。

 

「敵は六機!

 私達は四機!

 で、あれば、私が三機受け持つ! 皆、一機ずつ頼む!」

 

『リク! エビが無駄な責任感から無理をする前に二機頼む!』

 

『分かった! メイもボロボロのエビさんのカバーを!』

 

『この流れなんか笑っちゃうから録画して後でユッキー達に見せたいなぁ』

 

「……」

 

 異端の連携を始めるリボーンズガンダム達六機。

 そこに、遥か上空から、特大の火力が叩き込まれた。

 連携しようとした出鼻をくじかれて、散り散りになるリボーンズガンダム達。

 

『SFの侵略者がなんだって?』

 

『お……オーガ!』

 

『ったく、俺が離れた途端こんな面白そうなこと始まってたとはな……俺も混ぜろォ!!』

 

 オーガ、参戦。獰猛に笑う鬼が、戦う者達の戦線に加わる。

 

 散り散りになったリボーンズガンダム達は、ゲームシステム上ありえない火力を持ち、全員が一斉に攻撃することで、エヴィデンス01達を消し去らんとする。

 全機が一斉に火砲を放ち、エヴィデンス01達の視界がGN粒子に埋め尽くされる。

 されど、それら全てが、彼らを守るように包み込んだ『月光蝶』により消し去られた。

 

 原作で地球人類文明を消し去った外宇宙の兵器である月光蝶が、人間達を守り、地球人類文明を消し去る外宇宙からの侵略者の攻撃を、全て消し去っていく。

 

 月の光に照らされた蝶の如く、美しい翅を羽ばたかせたサラの愛機、モビルドール・サラが皆を庇い守るような位置で地に降り立つ。

 誰よりも華奢で、誰よりも女の子らしいモビルスーツが、皆の先頭に立っている。

 されど、サラに怯えはない。

 

『私も、皆と一緒に! リク!』

 

『サラ! 君は戦闘に向いては……』

 

『私をいつも守ってくれてるリクを。

 私を大事にしてくれる仲間の皆を。

 体を張って守ってくれたエビちゃんを。

 今度はちゃんと……私が守る! この胸のありがとうを、皆に返すために!』

 

『……分かった、一緒に戦おう! サラ!』

 

『うん、リク。みんなと一緒に、どこまでも一緒に、いつまでも一緒に』

 

 リボーンズガンダムに統合されたものが五機、リボーンズガンダムも入れて六機。

 リク、サラ、モモ、メイ、オーガ、エヴィデンス01、ごちゃまぜの六人で六機。

 

 万能に進化して、他者の存在を受け入れず、自分達のネットワークに取り込む単一種族。

 万能になんかなれないけど、それぞれができることを精一杯やって、助け合って、支え合って、多様な仲間達で力を合わせて、時に万能にも並ぶ地球の者達。

 

 "我々とその思想だけが在ればいい"という悪魔。

 "皆違って皆良い、皆それぞれの好きがある"という人々。

 

 二つは対峙し、そして、決着の時は来る。

 

「で、あれば。共に行こう。―――共に生きるために!」

 

 ターンエルスの口から発せられるエヴィデンス01の呼びかけに、皆の声が応じた。

 

 十二の機神が、神話の一幕の如く、同時に動き出す。

 

『オーガ!』

『遅れるんじゃねえぞ!』

 

 (アイ)ガンダムとGN(ガン)キャノンが、完璧な連携でビームを放つ。

 元は一つの存在だ。連携に瑕疵などあろうはずもない。

 完璧な連携で、コロニーレーザーに迫る威力のGNビームライフル、GNビームキャノンを連射し、リクとオーガを仕留めにかかる。

 あまりにも容赦のない、無慈悲なビーム。

 

『トランザムインフィニティ!』

『鬼トランザム!』

 

 リクとオーガは、それに対し更に容赦のない無慈悲なトランザムで踏破した。

 

 高速のビームを、神速のトランザムにて凌駕する。

 

 (アイ)ガンダムもGN(ガン)キャノンも、気付けば上半身と下半身が生き別れになっていて、ダブルオースカイメビウスと羅刹天が、拳を突き合わせていた。

 

『合わせて、メイ!』

 

『分かった、姉さん!』

 

 サラが月光蝶を背に飛翔し、メイがウォドムポッドを走らせる。

 リボーンズガンダムのオリジン、そのキャノンモードとタンクモードの二機が二人の少女へと襲いかかった。

 火力が高い二機がビームを雨霰と浴びせにかかるが、月光蝶が相殺する。

 そこで、メイが大口径ビームを発射し、キャノンとタンクは左右に分かれて回避した。

 が。

 ()()()()()メイのビームが、タンクを後ろから貫いた。

 

 サラが操る美しい翅『月光蝶』は、原典の∀においてIフィールドと呼ばれる力場にナノマシンを乗せたというものだ。

 Iフィールドは設定的に、ビームを打ち消したり、収束したり、偏向したりするもので、∀ではビームの完全制御に成功している。

 メイのビームを、サラの翅が曲げて戻し、完璧な奇襲を成立させたのだ。

 

 Iフィールドも、姉妹の絆も理解できない異星人に、この仕組みは分からない。

 愛を持ち、理解しようとする者でなければ、上っ面しか理解できない。

 

 ガンダムへの愛なき者が、他者を理解しない者が、GBNの理に敗れていく。

 

『メイ!』

 

『姉さん!』

 

 残ったキャノンが放つ火砲を紙一重で回避し、サラが空を舞い、メイが地を走ることを選択することで、攻撃を上下に散らして回避しやすい状況を作る。

 そして、一瞬の隙をつき、ウォドムポッドが跳んだ。

 

 跳び上がったウォドムポッドの足裏と、空中のモビルスーツ・サラの足裏が、一瞬、ぴったりと重なる。

 そして同時に、互いを全力で蹴った。

 サラの推力と脚力、ウォドムポッドの脚力が合わさり、ウォドムポッドが瞬時に弾丸を超える速度にまで加速する。

 60tを超えるウォドムポッドの最速落下による文字通りの落下蹴り(ドロップキック)が、キャノンの全身をぺちゃんこに押し潰していった。

 

『お前で最後だー!』

 

 そしてモモはモモカプルで器用にオリジン・ガンダムモードの背後を取り、そのボディを上下逆さまにひっくり返して抱え込み、跳び上がる。

 

『パイルドライバーお腹ビーム!』

 

 モモカプル・パイルドライバーによって、ガンダムの頭部が潰れ、ダメ押しの腹部ビーム砲の発射でガンダムの胴体に大穴が空く。

 モモカプルは満足気に、汗などかくわけがないのに汗を拭く動作をする。

 宇宙よ、これがヤシロ・モモカだ。

 

 ラスト一体。

 残るはリボーンズガンダムのみ。

 相対するはターンエルス。

 だが、ここまであまりにも攻撃を受けすぎたターンエルスは、エヴィデンス01の憑依によってシステムを凌駕していたが、もうとっくに限界を超えていた。

 

 最初に戦闘を終わらせたオーガが、援護しようとする。

 だがリボーンズガンダムのGNビームサーベルと、手にした剣で必死に切り結ぶターンエルスを見て、援護しようとする手を止めた。

 代わりに、大きな声を張り上げる。

 

『しっかりしろ、馬鹿野郎! テメエの戦いだろう、テメエが決着をつけろ!』

 

「で、あるな。そうする。いや、そうしたい。私が背負うべきものがある」

 

 リクもオーガの選択に合わせ、銃を下ろした。

 

 だがリボーンズガンダムは、ここでなんと、ターンエルスに背を向けて逃げ出した。

 

「逃げを選択……で、あるか」

 

『エビ、外に出すな! GBN内で決着をつけろ!』

 

「分かっている!」

 

 サーバー外に出てしまえば、地球なんてあっという間に消せるのだ。

 エヴィデンス02は情報経路を通してここに入って来て、そこでサラを見つけて、何よりも優先してサラを殺そうとしていただけにすぎない。

 それもここまでだ。

 エヴィデンス02は、邪魔をする人類を絶滅させる行動に移行した。

 

 ターンエルスがその後を追う。

 だが追いつけない。

 エリアの端に到達すれば、GBNに入って来た経路を改変し、悪魔が外に出てしまう。

 なのに、追いつく手段がなく、エヴィデンス01は焦る。

 他のガンプラも位置と速度を考えれば、リボーンズガンダムには手が届かない。

 

 そこに横から、敵を倒したモモカプルが飛び込んできた。

 

『ここ、ここ、ここ乗ってー!』

 

 モモカプルが思いっ切り腕を振り、モモカプルが全力で振った腕を踏み台にして、ターンエルスが加速した。

 ターンエルスももう制御できないほどの速度で、リボーンズガンダムに追いすがる。

 

 リボーンズガンダムは全力で逃げたまま、変形した。

 機体の正面と背面、どちらを表にするかだけの非常に簡易で素早い変形が、リボーンズガンダムの持つ強さだ。

 背中側が正面になり、リボーンズキャノンのビームがターンエルスを焼き削っていく。

 

 ターンエルスの右腕が消し飛んだ。両足も消し飛んだ。頭も消し飛んだ。

 右腕が握っていたライフルが消し飛んだ。

 腰にマウントしていた剣も消し飛んだ。

 頭とビームファングも消し飛んだ。

 もはやターンエルスには左腕と、左腕を構築する数機のファンネルしかない。

 リボーンズキャノンを仕留められる武器がない。

 

 かに、見えた。

 

「で、あるからこそ、感謝の言葉は尽きない」

 

 ターンエルスの左腕が、背中に隠したビームサーベルを抜く。

 

 それは、メイが機体の中にあるギミックで仕込んでいたビームサーベル。

 

 GBNの仕様上、使用することが許されている、友のビームサーベルだった。

 

「この星に来て、よかった」

 

 異星人と地球人の出会いには必ず、『理解に苦しむ』がある。

 そこで理解することを選ぶも、理解しないことを選ぶも、その生命の自由だ。

 

 地球の者達には、エヴィデンス01が最初理解できなかった。

 けれど根気強く歩み寄り、互いに理解しようとした。

 結果、彼らは手を取り合い、力を合わせる知性体の輪ができた。

 地球人、電子生命体、波動生命体。全てが手を取り合っている。

 

 ガンプラを理解していなかったからこそ、エヴィデンス02の道筋は敗北に繋がっていった。

 理解と対話を放棄したからこそ、リボーンズガンダムは愛に負ける。

 

 悪の一族の落ちこぼれに生まれ、善なる者に育てられ、理解と愛を得たエヴィデンス01は……いつの間にか、自分を落ちこぼれと定義する同族よりも、もっと豊かなものを手に入れていた。

 

「さらば、我が一族。

 ずっと溶け込みたかった。

 この心を捨ててでも、皆の仲間になりたかった。

 けれどもう、君達と一緒にはいられなくなった」

 

 ターンエルスの友情のビームサーベルが、リボーンズキャノンの胸を貫く。

 

「どう生きてきたのか、もう思い出せない。

 あの頃の私には、もう戻れない。

 どう生きていくのか、教えてほしかった。

 けれどもう、色んな人が教えてくれた。

 もう、どうしたって私は、友のために生きていく。そう決めたから、そう生きていく」

 

 そのまま腕を振り、ターンエルスはリボーンズキャノンを両断し、真っ二つにする。

 

「―――救いようがない君達を、救えなかった。すまない」

 

 宇宙の多くの命の敵となる進化を果たしてしまった同族に向けて。

 同族に取り込まれ、不可逆の変化によって端末にされてしまった知的生命体に向けて。

 彼は、そう言う。

 まるで、墓に向けて両手を合わせるような、決着の一撃だった。

 

 

 

 

 

 力を失ったターンエルスが落下していく。

 気を失ったエヴィデンス01の意識と共に落下していく。

 全ての力を使い切って、地面に向かって一直線。

 

 そんなターンエルスを、空中で機械人形が受け止めた。

 

「よく頑張った。お疲れ様……だな」

 

 きらきら、きらきらと光るGN粒子の残滓の中、美しい女性の姿をした機械人形は、優しくターンエルスを抱きしめ、地上に降りる。

 

 機械人形の名は、モビルドール・メイ。

 ウォドムポッドが外装をパージした、メイの機体の真の姿。

 ウォドムポッドより柔軟で柔らかな動きができるその機体が、ゆったりと地に足をつけた。

 頑張りに頑張った一人の戦士を、できる限り揺らさず、優しく扱うために。

 

「さあ帰ろう。お前が人間を知り、人間がお前を知るための毎日が、日常がお前を待っている」

 

 急いで駆け寄って来るモモ達が、遠目に見える。

 

 彼を少しは静かに休ませておいてやろうと、メイはうるさいモモに向けて、口の前で人指し指を立てるのだった。

 

 

 



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『同化と調節』とは何か

 エヴィデンス01とメイが出会ったのは、初心者がたむろする広場を見下ろせる森の中だった。

 今日も森は穏やかで、暖かな日差しが差し込み、涼やかな風が吹いている。

 

 ゆったりと本のページをめくるエヴィデンス01が顔を上げると、木々の合間からメイがその姿を現した。

 初めて出会った場所で、また二人は言葉を交わす。

 

「やはりここに居たか」

 

「メイ」

 

「少し話さないか?」

 

「いつもそこに置いてある椅子は君専用だ」

 

「そうか」

 

 白銀の青年と、漆黒の美女が椅子に座って並ぶ。

 風に揺れる白銀の長髪と、漆黒の長髪が触れる。

 先が光を素通しするエヴィデンス01の髪が、メイは嫌いではなかった。

 光を通さないメイの漆黒の髪が、エヴィデンス01は好きだった。

 

「エビ。私は、私が今抱えている戦いにおいて、お前を頼らないことを決めた」

 

「で、あるか」

 

「その上で、全てが終わった後、お前に勝利の報告をすることに決めた」

 

「で、あれば、頑張れ」

 

「ああ、頑張る」

 

 淡々と決めたことを言い、淡々とその言葉に応え、深入りしない。

 こう言えば深入りされないことを、メイは理解していた。

 深入りされたくないメイの意思を、エヴィデンス01は理解していた。

 

 元は、ELダイバーと異星人が、"人間を理解する"という目的を両者抱えた上で、そのために交流していくような関係だった。

 なのに、人間の理解はゆっくりと進み、二人の相互理解だけが劇的に進んでいった。

 『人間のことはまだよくわからないこともあるがこの人のことは分かる』という意識を、二人は互いに対し持っている。

 

「お前を信じていないわけではない。

 だがお前を巻き込めない理由が増えた。

 お前を引き込んでも、誰にもいいことがない。

 今抱えている案件は、私と私の仲間でなんとかしよう」

 

「できるのか?」

 

「できるかではない。

 やるのだ。

 エビには、そうだな……その内、模擬戦の相手でもしてもらおうか?」

 

「で、あれば、喜んで承ろう」

 

 ひとまずの決着はつき、誰も欠けず、地球は守られた。

 だが本格的な事態の決着はついていない。

 母星のエヴィデンス01の一族は未だ健在。

 メイが負けたという案件は未だ継続中。

 地球は先日の衛星砲による地球規模の電気障害のダメージを、未だ復興している最中だ。

 

 戦いはまだ、何も終わっていない。

 

「何も終わってはいない。で、あるが……」

 

 しかし、エヴィデンス01に不安はない。

 

 戦いは終わっていない。

 

 けれど、彼の心の再生(リライズ)は、始まりの一歩を踏み出していたから。

 

「なんとなる気がしている。メイ、お前の戦いも」

 

「そうだな。そうであってほしいところだ」

 

 心配なこともあるが、互いに信頼もしている。だから不安はない。

 彼/彼女は強いと、信じている。

 エヴィデンス01/メイはいざとなれば頼ってくれると信じている。

 友だから。助け合えると、信じている。

 

「お前にも感謝している」

 

「で、あるか」

 

「正直に言おう。

 私は取り返しのつかない敗北を気にしていないのだと思っていた。

 自分が冷たい女なのかもしれないと思っていた。

 だが、お前と話していて、傷付いている自分に気付いた。

 後悔している自分に、罪の十字架の重さに気付いた。

 そして……それを背負って進んでいこうと思えた。顔には出ていなかったかもしれないが」

 

「で、あるか。

 だが伝わってはいたぞ。

 君は君の慈悲深さと優しさが自分で見えていなかっただけだ。

 心の鏡を作ることが、まず地球文化の目指すところなのかもしれないな」

 

「それは便利そうだ」

 

「で、あろう?」

 

 和やかな時間が進む。

 エヴィデンス01は、戦いよりこういう時間が好きだった。

 未知を既知にしていく、異星の友人との語り合いが好きだった。

 不理解を理解に変えていく過程が好きだった。

 

「エビは何の本を読んでいたんだ?」

 

「今日はスイスの心理学者、ジャン・ピアジェという美味しそうな名前の人の本を読んでいた」

 

「美味しそうではないな」

 

「美味しそうじゃないのか……?」

 

 美味しそうではない。

 

「『同化』と『調節』と『均衡化』。

 環境に合わせた精神の変化を、この三つに分けて考えたらしい」

 

「ほう」

 

「『同化』で、周囲を取り込む。

 他人を自分の中に取り込んでいく。

 『調節』で、自分を変える。

 自分を他人に合わせていく。

 そして『均衡化』でバランスを取って矛盾を解消する……だそうだ」

 

「心当たりがあるな。そういう心の作業をしていた記憶がある」

 

「で、あるか。私はあまりない。

 これは種ごとの精神構造によって、効果的かどうかが違いすぎる」

 

「だが私もお前もこれに似た過程を経ていったはずだ。違うか?」

 

「で、あるな。

 出会った者が同化を誘う。

 出会いが調節を行わせる。

 誰かと出会い、繋がりを持てば、自然とこの流れが行われやすいのだろう」

 

「私はお前に同化されているわけか」

 

「メイも私に同化されているな」

 

「お前は私に合わせて調節しているか?」

 

「君が私に合わせて調節している程度には」

 

「負けず嫌いで頑固なやつめ。そういうのは直さなければ友人をなくすらしいぞ」

 

 自分を棚に上げたメイの言葉に、ふっ、と小さな吐息が漏れる音がする。

 

 メイが目を見開いて、口を半開きにして、エヴィデンス01の顔を凝視する。

 

「エビ……お前……今、笑ったか?」

 

「? 笑ったつもりはないが……」

 

「気のせい……いや、そうではないか。そういうことではないな」

 

 銀色の髪が、メイの視界の真ん中で、森の緑を背景に、ゆらゆら、ゆらゆらと揺れている。

 

「幻覚でもいい。私が今見たものを、忘れておかなければいい話だ」

 

「で、あるか」

 

「で、あるな」

 

 かくして、人類の『ヒトツメ』の友好的地球外生命体との接触は、最初の山を超える。

 

「メイ、これからも夜露死苦」

 

「ああ、よろしく、エビ。……しまった、初めて会った時からこの変な知識を正してなかった」

 

「?」

 

 めでたし、めでたし、で締めるには早すぎるけれども。

 

 『彼らはこれからも支え合って前に進んでいく』とは言える。

 

 何故なら、ゼノガンダムターンエルスは、どんなに険しい道でも歩いていける機械の巨人で、それこそが彼らの心が持つ、本当の強さなのだから。

 

 

 




 企画期間が終わるので、ひとまずここで完結です。
 ビルド杯への作者、読者、どちらにおいても参加ありがとうございました。

https://www.pixiv.net/users/3175549
 途中のダブルオースカイメビウスVSリボーンズガンダムのイラストはこの方が描いてくださいました。
 この場を借りて重ねてお礼申し上げます。


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ロジック・サイエンスフィクション
『ドーナッツの悪魔』のロジック


 とりあえず片付けられるものから片付けていきます


 始まりの友好的な異星人エヴィデンス01、通称ヒトツメ。

 次に来た敵対的異星人エヴィデンス02、通称フタツメ。

 なおこの通称はGBN運営の一部しか使っていない。

 "じゃあそれもう彼への愛称じゃん"と言うと、その運営の人間はにやっとしたという。

 

 エヴィデンス01は今日も森の中で本を読んでいた。

 ここは誰でも入れるが、目的がなければ誰も入らず、誰でも少しなら弄れる場所である。

 エヴィデンス01は、少しずつ地面を平らにした。

 少しずつ木々を移動して、少し広めの空間を作った。

 木々の葉の天井をいじって、空が断片的に見え、太陽光が十分に、けれど情緒的なバランスで入り込んでくるようにした。

 

 真ん中には真っ白なテーブルがある。

 専用の椅子が三つ。客人用の椅子が三つ。

 専用の椅子は一つがエヴィデンス01の座る白い椅子で、残り二つの片方はGBN運営の葛城のための青い椅子、最後の一つがメイのための黒い椅子である。

 宇宙のどこを探しても、ここより醜い空間はあっても、ここより美しい空間はあっても、これと同じ空間はないだろう。

 

 椅子に座るメイの前に、エヴィデンス01が紅茶を入れる。

 GBNアイテムの『びっちゃびちゃビー茶・艦長代理』は名前こそジョークアイテムだが、機械がフィードバックする錯覚の味は良好で、SNSで人気の茶だった。

 

「メイ、知っているか? 『ドーナッツの悪魔』を」

 

「なんだその面白トンチキの極みみたいな名前は……」

 

「知らないか。で、あれば、説明しよう。

 ドーナッツ、悪魔、という部分は私が地球に合わせた当て字だ。

 固有名詞を使わないならば"穴開きパンの恐るべき生命体"、となる」

 

「固有名詞を使わないと更に可愛げが出てくるな」

 

「で、あるか。

 では"覚えているはずなのに覚えていない"矛盾の経験はないか?

 『あの人がさ……ほら、あの人』

 『いつも青い服着てるあの人』

 『名前が出てこない』

 『いや外見は思い出せるんどほらあの人名前がでてこなくてほら』」

 

「ああ……確かにあるな」

 

「で、あれば、分かるか? これは通常おかしいのだ」

 

「確かにそうだな。

 名前とは重要なものだ。

 対象を記憶する際、一番最初に覚えるはずのものだ」

 

「その通り。

 私の一族に個体名はない。

 他にも個体名がない種族はいくつかある。

 私達は波動で対象を識別する。

 空間の領域占有型で識別する生き物もいる。

 匂いで個体を判別する生き物もいるな。

 で、あるが。

 奇妙なことに、君達も我々も、全ての命は等しく先程言った現象を起こしていた」

 

「何? どういうことだ?」

 

「個体名とは、脳内で情報にラベルを付けるために使う。

 脳という本棚に、記憶という本を入れる時、名前という背表紙を付ける……で、あるな」

 

「それは私にも容易に理解できるが」

 

「で、あるならば、名前は記憶の領域で最初に目に入るもの。

 一番大事なことゆえ、一番忘れるはずのないものだ。

 脳の問題か? 否、それはありえない。

 で、あれば、通常の脳機能ではなく電子のデータで記憶する君が共感するわけがない」

 

「確かに、そうだな」

 

「人間型。

 人外・動物型。

 機械生命体。

 電子生命体などの情報生命体。

 光などのエネルギーのみで構成されるエネルギー生命体。

 地球の生命概念の外側にある異常形状のもの。

 そして、肉体の概念を持たないなどの、上位次元存在。

 その他の者も含め、君達地球の知性体が想像する全ての宇宙人がこれを起こしていた」

 

「……話が見えてきた。まさか、それがドーナッツの悪魔の仕業なのか?」

 

「その通り。

 ドーナッツの悪魔は最上位の生命体。

 宇宙という虫かごを外側から揺らすも壊すも自由、という領域の存在だ」

 

「……お前、私をからかっているのか? 本当に冗談ではないのか?」

 

「で、あるか。疑うお前の気持ちも正しい。

 だが事実だ。

 私はまだ10億年も生きてはいない。

 私の同族内の相対年齢で見るなら、地球で言う中学生程度だ。

 地球も生まれたのは50億年前。

 今ある宇宙が138億年ほど前に出来たものだ。

 その頃、高次元のブレーン宇宙の衝突によって出来たものだからな。

 だがドーナッツの悪魔は最低でも200億年以上前から活動している。太古の悪魔だ」

 

「壮大な話になってきたな。宇宙よりも古き悪魔か……いや待て中学生?」

 

「で、あっても、やつがすることは名前を時々忘れさせるだけだ。

 壮大ではない。矮小だ。

 宇宙よりも大きな力でそれ以外何もすることはない。

 時空の遡及観測によってドーナッツの悪魔は観測された。

 よって、"穴開きの記憶"になぞらえてこの名前を付けられた。

 どんな上位生命体でも、

 『あーなんだっけあの人の名前、出てこない出てこない』

 という微妙な気持ちからは逃げられん。悪魔には勝てないということだ」

 

「宇宙の悪魔は地球の悪魔と違って暇なのか?」

 

「分からん。が、多分遊んでいるだけだ」

 

「遊び方が壮大だな……いや、もしかしたら、こういう上位生命は多くいるのか……」

 

「宇宙には二種のルールが存在する。

 自然に生まれたものと、上位生命が追加したものだ。

 宇宙ではいつからか、その二つを調べて仕分けることが学問となっていた」

 

「お前も母星でそれを学んでいたのか?」

 

「いや……違う。

 私の師がそれに詳しい人間だった。

 で、あるから、私もその知識を受け取っていた。

 私の種族由来の知識も多くある。

 だが私にとって最も価値ある知識は、種族の外の師に教わった」

 

「そうか。余談程度の気持ちで聞くが、私達の身近にその追加ルールはあるのか」

 

「この地球にはとても多くあるものが在るぞ」

 

 ピッ、とエヴィデンス01がコンソールを操作すると、GBNの全ユーザーがデフォルトで使えるカメラ機能が起動し、色んな写真が空中に浮かぶ。

 マギーが笑っていて、リクが笑っていて、モモが笑っていて、サラが笑っていた。

 他にも色んな人が居て、皆笑っていた。

 エヴィデンス01とメイは笑っていない。

 けれど、エヴィデンス01とメイを囲む皆が笑っていた。

 

「昔の宇宙には、笑顔の概念は無かったそうだ。いつからかごく自然に在るようになったとか」

 

「……なるほど」

 

「笑わない生物は多い。

 笑わない生物の方が太古の生命には近いらしい。

 これはある時期から追加された宇宙のルールの一つだ。

 『幸福である者は笑顔を得ることができる』という、な」

 

「エビは私に笑いかけただろう。カウント1だぞ」

 

「知らんな」

 

「なら、次は写真にでも撮っておいてやる」

 

 宇宙が無限の未知に見えている地球人類は、宇宙に夢を見る。

 だがいつか夢は終わる。

 夢は終わり、現実が見つめられる。

 その後はひたすら未知が既知に変えられる繰り返し……つまり、広大なる宇宙に狙いを定めた研究と学問の時代が来る。

 

 そして、宇宙を知った者達は思うのだ。

 "ああ、私達の星にあったあれってそういうことなの?"と。

 

 素晴らしいものは未来にだけあるわけではない。

 宇宙に出て未来に進んでいくことが、過去に別の視点を与える。

 宇宙の未来を予測すると、過去の宇宙の誕生を理解する知見になることもある。

 この宇宙(そら)の向こうには、無限に面白いものが満ちているのだ。

 

「しかし、その想像を絶する能力を名前の稀な忘却などに使う意味はあるのか……?」

 

「生涯という壮大な暇の潰し方は、それぞれの生命体で違うのだよ、メイ」

 

「まったく。何が楽しいのやら」

 

「きっと何かが楽しいのだ。このGBNでガンプラで遊ぶ楽しさのように、な」

 

「"好き"、か……全くはた迷惑な」

 

「この悪魔の力には、知性体がより高度に知性を発生させていくことで抗える。

 で、あればこそ、私は地球人やELダイバーよりもより高い抵抗力を持っているのだ」

 

「上位生命体の干渉に抵抗する唯一の力が知性……か。

 それもまた面白い話だな。

 この干渉に抗おうとする種族に、知性の進化を促しているかのようだ」

 

「で、あるからして……

 その、あれだ……

 ほら、いただろう……

 運営の……ほら……

 緑色の……私もメイも世話になっている……

 ガンダイバーの……理性を感じさせる男の……

 名前だけ出てこないが、ほらあの……あの人が……

 あのガンダムAGEのセリック・アビスみたいな声の男の……」

 

「おい抵抗力」

 

 メイの冷めた声が、森に響いた。

 

 

 

 



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『寛容と不寛容』のロジック

 ドーナッツの悪魔を知り、『他人の迷惑にしかならないが絶妙にしょぼく恨みを買わない"好き"』を知り、メイはふと、最近起こったことを思い出した。

 

「そうだ、お前と話したいことがあったのだ、エビ」

 

「で、あるか。なにかね」

 

「ママのところに相談が来てな。人間関係の問題だそうだ」

 

「で、あるか。だが私の意見が役に立つか?」

 

「役に立つかどうかは私が決める。私はお前の意見を求めているだけだ」

 

 まるで人間の友達同士のようなことを、メイは言った。

 

 メイの説明曰く。

 相談者は、フォース・チームの人気者だったらしい。

 本人はそうは言わなかったが、話を聞いていたマギーがそうだと確信していたという。

 

 相談者には五人の仲間と一人の仲間が居た。

 五人の仲間は人格者で、誰に対しても優しく、和気藹々とした空気を作るのに長け、周囲に合わせて譲歩と同調をすることができる普通の大人だった。

 だが一人の仲間は心が狭く、他人の意見に合わせることがなく、口を開く度に空気を悪くし、そもそも上記の五人に対し攻撃的であった。

 

 相談者はその六人全員と長い付き合いがあったという。

 見方を変えれば、相談者が間を取り持っていたからこそ、このフォースはチームとして成立していたと言えよう。

 だが、それももう限界だった。

 相談者は決断を迫られていた。

 五人を選んで、一人を追放するか。

 一人を選んで、五人から離れるか。

 

 五人と一人はどちらも悪ではなく、ゆえに相談者は五人と一人の全員を好ましく思っているということが、本当に最悪だった。

 相談者が寛容であるがゆえのコミュニティは終わり、相談者はどちらかを選ばなければならなくなったのだから。

 

 エヴィデンス01は木彫りの人形のように動かない表情のまま、ぽつりと呟く。

 

「『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』か……」

 

「おいエビ。何人居るんだ、宇宙の暇な悪魔は」

 

「いや、これは地球の言語に翻訳したからこうなっただけだ。

 前の悪魔と今回の悪魔は地球では悪魔としか言えない。

 しかし地球人に発音不可能な別々の名称を持っているのだ」

 

「ややこしい」

 

「宇宙に合わせた地球言語の再整理が必要かもしれんな。

 で、あれば、話を続ける。

 ドーナッツの悪魔は最上位生命体。

 宇宙の理を作るもの。

 寛容の悪魔と不寛容の悪魔は理の名。

 宇宙に存在する論理のルールに、悪魔の名を付けて議論しやすくしたものだ」

 

「……ああ、エビの言っていることに理解が及んできたぞ。

 つまり、宇宙の理を悪魔にたとえる文化圏があるのだな。

 悪魔が作った宇宙のルール。

 宇宙のルールに名を付けて悪魔にしたもの。

 その二つがあり、言語の意味として近いから、地球の言葉では同語があてられるのか」

 

「素晴らしい。メイ、君は日に日に素晴らしく、素敵な知的生命体になっていっているよ」

 

「いや、これはズルだな。地球に……というよりは日本に似た概念がある」

 

「で、あるか。それは面白い」

 

「神だ。悪魔の敵対者だな。

 人間は自然災害の理に名を付けて、神にした。

 そして自然災害は神が起こしたものだと考えた。

 自然のルールに名を付けた神と、自然のルールを生み出した神だな。

 悪魔・宇宙のルールと関係は同じように見える。

 私の後見人が『お天道様に顔向けできないことはしないように』とよく言っていてな」

 

「宇宙では悪魔、地球では神。

 なるほど、で、あれば、私が地球の言葉に翻訳した過程はあながち間違っていないか」

 

「だろうな。

 持たれるイメージは正反対なのは文化の違いだろう。

 その"悪魔"の考えはお前の種族の考えか? それとも他の種族の?」

 

「他の種族だ。

 地球人がサウスポール・ウォールと呼ぶ銀河光脈の向こう。

 天の川の向こうの向こうに住む種族だ。地球からは五億光年ほどの遠い場所にある」

 

「五億光年……」

 

「で、あるな。

 地球でたとえると……

 一億年ほど妊娠し、成熟した個体を生む文化圏だ。

 地球人に近い精神性と文化を持つが、とにかく思考が早く、長生きする。

 種族共通の哲学と同時に、自分の中の哲学を長年研鑽する生き物達だ」

 

「名前はあるのか? 地球人に発音できる名前だといいが」

 

「ああ、地球人でもギリギリ発音できるかもしれない名前があるな」

 

「それはいい。名前が呼べれば、将来的には交流も持てるだろう」

 

「ィヲェコ゜ターャ人と言う」

 

「地球人の声帯に期待し過ぎでは?」

 

「ダメか」

 

「ダメというか無理だ。

 いや私は言えるがな。ィヲェコ゜ターャ人。

 これはELダイバーである私の発声が電子データだからだ。

 電子発声は音として可能性があるならその発声を作れはするが……人間は無理だろう」

 

「で、あれば、調整者(コーディネイター)の仲介が必要な異星人……というわけだ。だから、メイ」

 

「私はやらないぞ。

 面倒だし、お前一人で精一杯だ。

 私はお前専用のコーディネイターで終わる。他の誰にも付かん」

 

「で、あるか」

 

「で、あるぞ」

 

 これを友情と言うには少し歪すぎて、少し無機質が過ぎるが、地球の言葉では友情以外の名前を付けることは叶わないだろう。

 

「それで、『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』とはなんだ?」

 

「寛容と不寛容は両立しない。

 で、あれば。

 『不寛容な人間に寛容であれば寛容な社会の多様性は消える』―――というものだ」

 

「ああ。不寛容な一人を招き入れたからコミュニティ崩壊が壊れたと、お前は言うのか」

 

「これはこの手の精神性を持つ生物の社会では必ず発生する。ゆえに悪魔の名が付けられた」

 

「宇宙にはそれを引き起こす悪魔がいると?」

 

「で、あるな。そう想像されていた時期があった。まあ概念に名を付けただけだ」

 

 メイの手元の紅茶が空になっているのを見て、エヴィデンス01は会話しながら新たに注ぐ。

 

「無限の寛容を持つ社会があるとする。

 で、あれば、この社会は不寛容な人間を無限に取り込む。

 結果、社会は不寛容な者の割合が増して不寛容になる。

 寛容でない社会があるとする。

 で、あれば、この社会は不寛容な人間を排除する。

 結果、社会は不寛容な者が消え、最も寛容で、最も多様性に富む社会になる」

 

「待て、おかしい。

 何故だ?

 多様性とは寛容さだろう。

 何故寛容さを減らしたことで多様性が増し寛容な社会が出来ている……?」

 

「で、あるな。

 これは地球人と同レベル類似精神の社会ほとんどに起こるものだ。

 話の組み方を変えよう。

 寛容な社会が不寛容な者を寛容すると、社会は不寛容になる。

 だが不寛容に不寛容な社会は、もう不寛容な社会だろう。

 よって不寛容な者を叩き出す社会は、"最大の寛容を持つ不寛容な社会"となるわけだな」

 

「……頭が痛くなってくるな。ママが持って来た学研社会の成り立ちのような難易度だ」

 

「何。面白そうだ、ちょっと後で貸してくれ、メイ」

 

「ちゃんと返すんだぞ」

 

 ちょっとした約束を交わして、話を続ける。

 

「で、あれば、お前が持って来た案件も理解できるだろう?」

 

「……ああ」

 

「相談者は不寛容な者を寛容してしまった。

 寛容な人間だけで出来ていたフォースに、それで不寛容が入ってしまった。

 最初から不寛容な者は入れなければよかったのだろうな。

 で、あれば、最大の寛容さを持つ不寛容なフォースが出来上がっていたのだから」

 

 発言の全てが矛盾しているようで、何も矛盾していない。

 

 『最大の寛容を突き詰めると寛容した不寛容が寛容を殺しに来る』。

 

 これは、ある意味ガンダムの多くの根源に流れている概念だった。

 

「エビ、お前は地球をよく学んでいるはずだ」

 

「で、あるな。昨日の私より今日の私の方がよく知っている。知識の穴抜けはまだ多いが」

 

「"私に人間社会を理解させる異星人"として、ここからは話してくれ」

 

「喜んで」

 

 エヴィデンス01は人類文明の外側から人類を観測し、その視点から得た思考概念によって、メイに人間を理解させる『白雪姫の魔法の鏡』となった。

 

「まず、エビに聞きたいのは……私が学んだことだな。

 『全ての者に対して寛容であることが最大の多様性を生む』

 『自分にとって都合の悪い人の存在こそ認めるのが多様性』

 この辺りはテレビで見たものなのだが、これと矛盾しないだろうか?」

 

「ロジックホールというものだ。

 『全ての者に対して寛容であることが最大の多様性を生む』

 を誰も証明していないのに、何故不寛容な者を受け入れることで多様性が増すのだ?」

 

「……あ。そうか。なるほど」

 

「『自分にとって都合の悪い人の存在こそ認めるのが多様性』

 が正しいというのも違う。

 犯罪者は誰にとっても都合が悪い人だろう?

 誰にとっても都合が悪いなら、その人を認めることがそもそも間違いなのだ」

 

「む……それは……そうか」

 

「ああ。一つ言っておくが。

 私は色々と言っている、で、あるが。

 別に私は正しいとか間違っているとかそういうことはない。

 今は地球的倫理と宇宙的倫理にも依っていない。

 私は社会構築の基本法則に則り発言し、社会の理想概念に在る倫理を指摘しているだけだ」

 

「小難しい言葉が増えたな」

 

「で、あるか。私の説明技能不足だな。

 つまり、私は正しいことを言っているわけではない。

 そこがまず最初に覚えておくことだろうか。

 で、あれば、これは正解の形の社会の指導ではない。

 地球人の今の保有概念では必ず発生してしまう矛盾の指摘でしかないのだよ」

 

「なるほど。正解を示しているわけではない」

 

「私が言っていることは、

 『私は嘘つきだ。この自己紹介は真実だ』

 という文章を提示して指摘しているものに近い。分かるだろうか」

 

「……ああ、だから"異星人が地球人に指摘している"形なのだな」

 

「その通り」

 

 多様性は素晴らしい。

 宇宙と地球の基本原理であり、生命の概念の強さそのものだ。

 知的生命体の多くは、多様性というものの強みを最大限享受している。

 が。

 多様性とは、そもそも何なのか?

 多様性とは、知性体が作った社会の中でいかなる立ち位置を持つのか?

 それを明確に考えることは、非常に高度な知性を要求される。

 それこそ地球では、高等な教育を受けた者でないと理解に労力が居る分野だろう。

 

 不寛容を寛容することで寛容さや多様性が失われる、という概念は、地球では1945年以降から真剣に議論される題材となったそうである。

 多くの議論が行われたが、

 『不寛容を受け入れることで寛容が失われる』

 『不寛容を受け入れない社会は寛容ではないが、それでも受け入れるべきではない』

 『ここは自由の国アメリカだが、不寛容な者の自由は制限されるべきである』

 などの意見が主流であり、それこそが社会を守り、現代の社会学の根底に流れる血になっているという。

 

「悪党を寛容する社会は全く寛容でない。

 悪が寛容さを損なうからだ。

 悪党を寛容せず処断する社会は寛容だ。

 寛容を損なう悪を消すからだ。

 これは一切矛盾しない、というわけだな」

 

「社会の健全性……

 これは私達ELダイバーには重要だな。

 私達はこれから人間の社会に混ざっていく。

 だがハッキリ言って、その多くが人間の社会を理解していない」

 

「で、あるな」

 

「だがやはりもう少し反論したい。

 感覚的にはあまり受け入れられる話ではないからな。

 愛とは悪さえ受け入れるものである、とも聞くが、それも間違いになるのか?」

 

「ああ、それは慈悲の理屈だろう。

 倫理の上では正しい。その気持ちを失わないでほしい。

 だが"正しく聞こえる主張"というのはいくつか種類がある。

 その主張は慈悲深いがゆえに正しく聞こえるもので、社会の合理性とは真逆のものだ」

 

「そういうものか」

 

「聞こえは良い。

 で、あるが、言葉遊びだ。

 語る意味がないな。

 で、あれば、社会構築における合理性のみを見よう。

 誰も受け入れない者を受け入れる者は優しい。

 愛に溢れた倫理的に素晴らしい人物だ。

 だが先に言った通り、そうした倫理を持ち込むから矛盾が発生しているのだ、メイ」

 

「なるほど、な」

 

「何事も塩梅よ。で、あればこそ、こういった議論に意味がある」

 

「どういう意味がある?」

 

「許すことは素晴らしいことだ。

 だが無制限に全てを許せば悪が跋扈する。

 許す、許さないには、境界線と判断基準がある。

 『許す』を"どこまで寛容であるかの定義の上にある慈悲"と定義して考える……どうだ?」

 

「考えると、どうなる?」

 

「他人を許し救う者の素晴らしさが分かる。

 悪を許さず社会を守る者の正しさが分かる。

 許す素晴らしさ。許さないという正しさ。

 で、あれば、メイは今、『また矛盾ではないか』と思ったな? それでいい」

 

「矛盾の話をしていたら、新しい矛盾が出てくるのか……」

 

「で、あるな。そういうものだ。どっちかが欠けた社会はよく滅びるぞ」

 

「……」

 

「そういう社会の滅亡を、よく見てきた」

 

 人類は未だに知的生命体の滅亡を観測していない。

 この地球上で明確に知的生命体のカテゴリに入っているのは、まだ人類しか居ないからだ。

 人類がまだ滅びていないために、人類は社会と種の滅亡を想像でしか知らない。

 だが、エヴィデンス01は違う。そういうことなのだろう。

 

「過剰な寛容と過剰な不寛容は同じ。

 全てに寛容な社会と全てに不寛容な社会も同じ。

 滅びるまでの過程だけが違うというわけ、で、あるな」

 

「……その結果、矛盾を抱えるのか。何故ここまで矛盾を抱えやすいのだ」

 

「地球で言う不完全性定理だ。

 『矛盾していないものが矛盾していないと証明できない』。

 それと同義の論理的問題なのだよ。

 寛容な人間しか居ない無矛盾は、自己の無矛盾を証明できない。メイも知っているな」

 

「いや、私はお前のように人類の生み出したややこしいだけの学問に興味はない」

 

「……。

 ……で、あれば、不寛容を含んでいない寛容は成立しない。

 完全な寛容を目指して全てを受け入れるのは多様性の死。

 矛盾を内包しながら存在し続けることが正しい形だ。

 ゆえに超能力で進化してもほぼ成立しない。

 一部、成立させる進化もあるが……間違えると、私の一族と同じものになる」

 

「個性。共感。悲嘆。優愛。友好。慈悲。他にも色々と捨ててやっとか。お断りだな」

 

 ふん、とメイが鼻を鳴らす。

 紅茶を口に運ぶメイを見るエヴィデンス01に地球人の男と同じ感性があったなら、美人は何をやっても絵になるな、なんて思いながら見つめていたに違いない。

 

「で、あってだが、ここで一段上の話に持っていくぞ。

 寛容な社会に不寛容な人間を内包して寛容な社会を作る、実はできる」

 

「できるのか!? ここまでの話はなんだったんだ!?」

 

「で、あるが、地球人類にはまだできない。多くの知的生命体は永遠にできない」

 

「その知的生命体に方法を教えればできる方法論の話ではないのか?」

 

「では、ないな」

 

 できない、できない、だから矛盾している、という話をしていたのに、何故ここに来て不寛容に対して寛容であることで成立する社会について語ろうとするのか。

 メイは文句を言おうとするが、言わない。

 エヴィデンス01が意味のないことをすると、メイは思わない。

 メイは彼を信じている。

 だからそこは疑わない。

 

 そう考えると、思い当たるフシはある。

 "知識は正しい順番で身に着けなければならない"―――エヴィデンス01が言っていたことだ。

 エヴィデンス01は順番に話して誤解が生まれないようにしている、とメイは考えた。

 

「あえてここまで徹底して触れなかったものがある。

 地球において、思想の自由と言論の自由と呼ばれているもの……で、あるな」

 

「人間はあれが大好きだな。全く分からんとまでは言わないが」

 

「そう言うな。

 ああいうものが普及しているのはいいことだ。

 私もメイには好きなことを思い、好きなことを言えるメイでいてほしい」

 

「……むぅ」

 

「で、あるが。

 不寛容な人間、というのがそもそも、この自由に担保されている。

 好きなことを思い、好きなことを言う自由。

 受け入れず不寛容である自由もここにある。

 この自由がなければ、社会に文句を言った人間が投獄される社会ができるのではないかな」

 

「だろうな。エビでなくとも、私でも想像がつく」

 

「で、あれば、分かるだろう?

 不寛容な人間を排斥する社会の究極はそういう社会だ」

 

「!」

 

「言論の自由がある社会。

 それすなわち、全ての主張、不寛容を受け入れる社会に他ならない。

 なら不寛容な者を受け入れないのは、不寛容に対する不寛容、言論の自由の拒絶に繋がる」

 

「いや、待て。

 言論の自由なら地球にも多くの国にある。

 それが原因の問題も起こるとは聞いているが……ああ。

 そうか、なるほど。

 だから『地球人類にはまだできない。多くの知的生命体は永遠にできない』なのか」

 

「流石にメイは理解が早いな」

 

 できない、と。

 部分的にできるができない、と。

 ちゃんとできる、は。全部別の概念である。

 

「で、あれば。不寛容な人間が社会の害になる。

 多くの不具合を起こす要因となる。

 だが、思想と言論の自由は不寛容である自由も保証するということだ」

 

「お前の言うことと社会の現在の在り方、何が正しいのかわからなくなってくるな、エビ」

 

「メイ。

 私の言ったことをもう一度思い出せ。

 私は正しいことなど言っていない。

 知的生命体は現在行える社会維持の最適解を模索する。

 これはこれで、地球人類が模索した社会維持の最適解ということなのだ」

 

「矛盾の肯定か」

 

「ガンダム00、だったな。

 あれは矛盾の肯定を直球で組み込んでいて、地球人の理解の役に立った……で、あるな」

 

 エヴィデンス01の手元のカップの紅茶が空になり、彼が動く一瞬前に、メイが先に動いてポットから紅茶を注ぐ。

 無表情ながらにちょっと得意げな表情をしているメイがいた。

 

「感謝する、メイ」

 

「お前が先にしたことだろう」

 

「感謝は気持ちを口にするものだから先に私がしたことでも感謝していい……で、あろう?」

 

「ふん」

 

 矛盾を孕まなければ存在できないのか。

 あるいは存在し続けるために矛盾を抱えようとするのか。

 矛盾がなくては成立せず、矛盾がある方が完成度が高く見えもする。

 なのに、そんな社会の中に、こんなにも簡単で、こんなにも暖かなものがある。

 世界はとても難しくて、こんなにも簡単だ。

 

「エビの一族が心の一部を捨てていった気持ちが、ほんの僅かにだが理解できてしまうな」

 

「それもまた生命の解答だ。

 全ての生命の敵となるなら、全ての生命から否定されるしかないが。

 で、あるなら。

 ここで一つ定義できる。

 ここまでの話を下敷きに考えろ。

 スタンス自体が『好き』を否定しない運営にBANされる『好き』の持ち主とはなんだ?」

 

「……他人の好きを否定するのが好きな人、だな」

 

「そう、その通り。

 それを除外して始めて、最大の多様性ができる。

 そうして始めて最大の寛容ができる。

 矛盾を抱えるから不完全性定理の延長で、完成度の高い寛容ができるのだ」

 

「矛盾を抱えるとはそういうことか……」

 

「私はメイが好きだ」

 

「え……あ、ああ、うん? どういう意図だ?」

 

「だから、メイが好きな他の人物を許容できる。

 だがメイが嫌いな人との付き合いは少し考えるだろう。

 メイと交友を持ち続ける限り、それはメイの不快に繋がる。

 かといってメイが嫌いな者に心変わりも強要できない。

 距離を取って、全ての好きが共存共生できるようにしていくしかないだろうな」

 

「ああ……そういう意図か」

 

「他に何の意図がある?」

 

「さあ、知らん」

 

 エヴィデンス01は加速度的に地球人類文明を学び、取り込み、同化と調節を進めている。

 日に日に『ELダイバーのふりをした異星人』から、『変わった性格の地球人』としての外的側面(ペルソナ)を獲得していっている。

 その分、最近は変な形でメイを振り回すことも増えてきたようだ。

 

「メイ。自由とは、宇宙においては地球ほど幻想を抱かれていない」

 

「そうなのか」

 

「他人に迷惑をかける自由が許されるか?

 宇宙を壊す自由などあるか?

 許されないとしても他人から奪い生きる自由はあるのではないか?

 本当は無限の自由などない。

 あるのは自由の大小だけだ。

 無限の自由を得るためには、無限の進化を行い、邪魔な上位存在を殺し尽くす必要がある」

 

「ああ……なるほど」

 

「究極の自由を追求した生物は、そこに行き着くことが多い。私達のように」

 

 自嘲のような響きの言葉だと、メイは思った。

 

「無限の自由などない。

 無限に不寛容でいる自由などない。

 これもまたそうだ。

 自由を肯定するのはいい。

 で、あるが、無限に自由を求めると、どこかで弊害が生まれる。

 敵が出来たり、星の資源をあっという間に食い尽くしたり、色々な。

 結局最大の自由は、少しの不自由を内包しなければ成立しないというわけだ」

 

「それを克服する進化もあるのか」

 

「あるとも。だが、地球人類にはまだ来ないだろう。そういうことだ」

 

 エヴィデンス01が言っていた通り、知識は正しい順番に知り、頭の中に入れていくことで、多面的かつ正しい理解を進めていくことができるものだった。

 複雑な人間社会の知識が、メイの頭の中でしっかりとした認識になっていく。

 

「で、あるからして。

 話を戻し、結論に結んでいこう。

 不寛容な人間の思想と言論の自由を守ることで寛容な社会は火種を孕む」

 

「火種、か」

 

「寛容な人間だけのコミュニティは心地良いはずだ。

 で、あれば、肯定と許容しかないからな。

 だが不寛容な人間が入ってくれば論争が生まれる。

 不寛容な人間は、不寛容に対する周囲の不寛容に機嫌を悪くする。

 寛容なコミュニティも不寛容な人間の拒絶に機嫌を悪くする。

 で、あるから、不寛容を含んだ多様性は争いを頻発させる、これが一の火種」

 

「それは……分からないでもないな」

 

「その次に強制の問題がある。

 多様性を否定する主張を多様性は認めて良いのか、という問題。

 これも『認めてはいけない』が正解に近い。

 で、あるが、また多様性を否定する多様性など無いと言われる。。

 ここで『多様性の強制』が出てくると、多様性も否定されるものになってしまう。

 強制された多様性の価値はあるのか? という議論が始まる。

 反動で多様性を否定するよう強制するという原始回帰まで始まるだろう。これが二の火種」

 

「強制はダメだな。私も不快に思うだろう」

 

「これが転じると、言論以外で言論を封じにかかる。

 倫理的正当性を使った対象の言論の封印。

 多様性を盾にした性的マイノリティの優越種化。

 暴力事件

 武力弾圧。

 どうやら地球人はこれを最大に警戒していたようだな。これが第三の火種。

 これが特に大きい。

 これが特に警戒すべき問題だ。

 社会主義に言論弾圧されることを恐れた民主主義の記載が数十年前からあった」

 

「まあ、そうだろうな。

 論争は論争だから言論の自由がある。

 実力行使で攻撃を仕掛けるのはその時点で別の抑止力を受けるだろう」

 

「そして第四の火種。

 ここまで明言してきたが、自由は自壊しない場合に限る。

 つまり地球人類のような種族では、自由を否定する自由はあってはならない。

 社会の論理的にありえない。自壊するわけだからな。

 好きを否定する好きも。

 寛容を否定する者を受け入れる寛容も。

 自壊という要素を持ってしまう。で、あるがゆえ、否定される。

 で、あるからして、時に自分の不寛容を寛容するように暴れ回る個体が発生し……」

 

「いや待て、問題はいくつあるんだ?」

 

「パターンとしては無限にあるが、大枠でまとめれば十数種といったところか」

 

「……まいるな」

 

 メイがややっこしくなった案件に思案し、眉に皺を寄せた。

 せめてこの、人間社会が必ず矛盾を持つという特性さえなければ、電子世界に生まれたELダイバー達が理解に苦しむこともなかっただろうに。

 

 "好きに正解を作ってはいけない"の延長線上から、人間を理論面から理解していっているエヴィデンス01は、最近は逆にメイに人間を解説することも増えてきた。

 だが、情緒面で見ると、どうにもメイの方が人間に近く見える。

 それは人間に接して人間の感情を吸収することを重んじるメイと、人間について研究した人間の学問を学ぶことを重んじるエビ、二人の性質が逆であるというのも理由の一つだった。

 

 だから、二人で一緒に居る時間を増やせば、二人はもっと人間への理解を深められる。

 学ぶことで、助け合える。

 一緒に居ることが苦痛でない関係を作れたことが、二人にとって最も幸福なことだった。

 

「で、あるが、問題の内容はどうでもいいのだ」

 

「何? お前さっきから話をひっくり返しすぎだろう」

 

「で、あったか。すまない。

 問題の詳細をあげつらうことに意味がないのだ。

 悪い意味で微に入り細を穿つことにしかならない。

 "不寛容の寛容"によって、寛容により『新たな不寛容を生む不和が発生する』。

 『ここに問題がある』とまとめられるということだ。地球人類の課題……で、あるな」

 

 エヴィデンス01が提示したものは、地球人が抱える矛盾と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を指摘するものだった。

 かつ、それを解決すべき課題として提示するものだった。

 語調を聴き比べる限り、どうやらエヴィデンス01は言論を力尽くで弾圧する可能性、そこにこそ最も強い警戒を抱いていてそうだと、メイは思った。

 

「解決には時間がかかりそうか。エビ、どのくらいで解決しそうだ?」

 

「SNSで特定のガンダムの叩きと擁護が繰り返されている内は無理だ。

 同じガンダムに対し不寛容と寛容で数十年喧嘩を続ける土壌があるだろう、この星は」

 

「超絶ごもっともすぎて何も言い返せんな」

 

「他人の好きなガンダムに不寛容で、それで他人を傷付けている内は、まだな」

 

 国家紛争原因レベルの巨大(マクロ)なスケールから、個人の言い争いの極小(ミクロ)なスケールまで、総合的に判断していける人類文化方程式。

 矛盾なく答えを出せるのが方程式であるはずなのに、異星人のそれは、矛盾によって作られた矛盾を理解するための方程式だった。

 

「火種があるということは、蓄積するものがあるということだ。

 その対処には国か、国民のリソースを喰う。

 で、あるから、寛容なものを中心に我慢することになる。

 誰かが我慢している限り、そこに完成された健全性はない。

 で、あれば、ストレス源は寛容さを削り、不寛容な方向性に国を導くのだ」

 

「我慢は美徳ではないのか」

 

「美徳だが苦痛だよ、メイ。

 苦痛を乗り越えた先に進化はある。

 そして同時に、苦痛を受けてまで進化しようとする個体は大多数ではないんだ」

 

「かもな。そうでなければ、ママの店で酒を飲む人間があんなに多いわけがない」

 

「かつて苦痛でなかったことが苦痛でなくなっていく。

 そしてまた新たな苦しみと出会っていく。

 それもまた進化だ。

 この地球で、水中生物が地上に進出した時、そこには苦痛しかなかったように。

 水中の苦しみから逃げた地球生物が、陸上で新たな苦しみに出会っていったように」

 

「私は知らん。

 電子生命体の祖先にそんなものはいない。

 電気と情報の塊など、水の中に剥き出しで入れられれば溶けてしまうな」

 

「で、あるな。海という無限の透明さに、君達は耐えられない」

 

「怖い海だ、現実の海は。

 電子の海の方がもっと優しく感じるくらいだ。

 エビのように星の海まで知っているわけではないが、そう思う」

 

「電子生命体特有の考え……で、あるな」

 

「さて、共通することもあるのだろうか。

 原始の海から陸に上がった原子生命。

 電子の海から現実に踏み出した電子生命。

 宇宙の海から地球に降り立った地球外生命体。

 海から踏み出した、その一歩。

 新たな世界に踏み出す、その時。

 苦痛、不安、恐怖、それらに期待が入り混じった気持ちが、お前にはあったか」

 

「……よく分かるな。いや、で、あれば、君も私も似た気持ちはあるということか」

 

「さてな。私は、私が抱いた感情もまだよく理解していない」

 

 メイは無感情に、首を横に振った。

 

「で、あれば、メイ。

 地球人の今ある苦痛の全ては無駄ではない。

 それらの苦しみは全て無意味ではない。

 寛容と不寛容の矛盾の中、踏み出す苦しみは先に繋がる。

 遠い遠い未来で、地球人の子孫は振り返り、今この時代の人々に感謝するだろう」

 

「感謝?」

 

「未来は過去の積み上げの上にしかない。

 で、あれば、進化していった知性は、過去への感謝を持ち始める。

 2000年前の地球より、1000年前の地球の方が過去に感謝している。

 1000年前の地球より、現在の地球の方が過去に感謝している。

 1000年後の地球は、現在の地球に対し、過去の人間が苦難の道を進んだことを称えるだろう」

 

「暖かなSFと言うべきか、途方も無いファンタジーと言うべきか迷うな」

 

「どちらでもないぞ、メイ。

 これは私が真実だと思うもの、だ。

 確定事項の未来でもなんでもない。

 これが妥当な考察だったか、愚か者の愚考だったかは、1000年後の君達が決めればいい」

 

 今は矛盾の中を進めばいい、と異星人は言う。

 

「で、あるが。

 ぶっちゃけ寛容不寛容の概念に振り回されない生物まで進化すればいいだけなのだがな」

 

「ぶっちゃけたなエビお前」

 

「これは進化が不足している生物のためだけに存在する学問だ。

 そもそも全生物が寛容で尊重し合う生物には発生すらしない問題だ。

 寛容不寛容で年がら年中論争してる種族のためのものでしかない。

 私達の種族を見るがいい。

 完全なる相互理解技術を開発してまず不寛容な者から順に同族を殺し回ったぞ」

 

「ああ、そうか、お前の種族の観点から見るとこの問題はそういう話になるのか……」

 

「進化は足りていた。で、あるが、それだけの種族だ」

 

 進化に絶対的価値観で判断される正解や間違いはない。

 ただし、その地域、その国、その星、その宇宙における汎的価値観における、長期流動的な正解の概念によって、正解と間違いが決まることはある。

 それは宇宙の正義ではなく、生物の生存権によって決定されるものだ。

 

 他者への理解を持たず、愛と優しさによる寛容がなく、共存に向かう道を潰し、全ての命に再起を許さない知的生命体の一族の中に、彼は生まれた。

 

「で、あるからこそ、私の一族は一切寛容してはならない。

 あれはできるなら滅ぼしてしまった方がいいと思うが、強すぎて私には無理だった」

 

「強さの問題か……?」

 

「強さの問題だ。

 私達より更に上の上位存在は基本寛容だ。

 あるがまま、私達のような知的生命体の自由に任せてくれている。

 そこは感謝すべきだろう。

 私の種族が他の知的生命体を蹂躙しても放置していることに思うところは大いにあるがな」

 

「言葉の重みが違うな……」

 

「で、あれば。

 私の一族など私が生まれる前に滅ぼしておいてほしかった。

 それができるならそうしておいてほしかった。

 地球で言うところの、死刑囚を社会に残しておくことに害しか無いのが近い」

 

「……」

 

「で、あれば……いや、すまない。

 これは全くもってダメだな、うん。

 君に愚痴を聞いてもらうような形になってしまっていた」

 

「いや、構わない。私はなんとも思わん。好きに言うといい」

 

「そうはいかないさ。君のストレス源になりたくもない。

 私は自分の一族に寛容になれない。

 その不寛容ゆえのストレスを、君に与えるのはあまりよろしくないだろう」

 

「気にするな。私を友人と思うなら」

 

「気にするさ。君を大切に思う限り」

 

「頑固者め」

 

「在り方が固まっているのだよ、メイ」

 

 進化した上位生命体の先祖返りが、教育によってより別の精神性を持った落ちこぼれの異常個体―――エヴィデンス01。

 半端な存在であるがゆえに、彼は寛容と不寛容の矛盾に苛まれる愚かさに共感することができ、それに共感しない超越存在の視点も持っている。

 

「『進化すればいいだけ』と、冗談混じりにお前は言うがな、エビ。

 それは、あまりにも遠い話だ。

 私には一年先も二年先も分からない。

 そんな人間の方が多いだろう。

 お前にとって近くても、私達にはあまりにも遠い。

 彼方の未来だ。

 象にとって近い場所でも、蟻にとっては遠すぎるだろう?

 そうやって進化した例も、そうやって進化していける例も知らない私達には……」

 

「で、あるか。だがメイ、君だけはもう、そうやって進化した生命体を知っているはずだ」

 

「何?」

 

「ィヲェコ゜ターャ人だ。

 言っただろう、地球人に近い精神性だと。

 『寛容の悪魔と不寛容の悪魔の論理的対立』はここが考えた概念だと。

 あそこは地球人と同じ矛盾を抱え、精神面の進化で、その矛盾を克服した生命体だ」

 

「……ああ、そうか、なるほど」

 

「矛盾を無くしたのではない。包括して克服した生命体だ。矛盾を抱えたまま昇華させた、な」

 

 エヴィデンス01は、人類にとっての正解、正しい道を示すことはできない。

 だが、同じ苦悩を抱いていた先輩、それを既に乗り越えた先人を教えることはできる。

 

 『地球人に物事を教える正しいやり方』を学んでいる途中のエヴィデンス01の教え方は、とても遠回りなものだったが、メイが対話にあたることで、それは遠回りながらに正確に翻訳される。

 エヴィデンス01がィヲェコ゜ターャ人と地球人の間を取り持つ調整者(コーディネイター)にメイを推薦した理由に、その信頼に、周回遅れでメイは気付く。

 

「宇宙は広い。で、あるならば、地球人の遠い遠い明日の姿をした異星人も居るものだ」

 

「ああ、そうだったな。

 エビは楽しみな明日の話ばかりする種族が好きだった。

 自分もそうなりたいと言っていた。

 地球の明日の話を楽しそうに話すお前を、私も好ましく思う。私もそう在りたい」

 

「メイの楽しみな明日の話か。で、あれば、いつでも聞きたいものだ」

 

「……いや、しばらく先にしよう。今の私はトークに自信がない」

 

「で、あるか。私もいつもないが」

 

「そうなのか」

 

「で、あるな」

 

 二人の間には、まだ文化的・生物的な壁があり、それが精神的な差異としてある。

 時々思いっ切りズレた会話もしてしまう。

 双方に歩み寄る意思があり、かなりの相互理解が進んでなおそうだった。

 けれど、その上で、信頼があり、友情があり、理解し合おうとする思いやりがある。

 

 ドーナッツの悪魔が『それは誰にも忘れさせることができない』と考え、手を加えることができなかったものが、そこにある。

 

 エヴィデンス01の表情が変わらないまま、少し驚いた様子で、メイの顔を凝視した。

 

「メイ。今、笑ったか」

 

「ああ、笑ったな」

 

「……認めるのか」

 

「お前は私を頑固者と思っているようだが、私はお前ほど頑固者ではない」

 

「で、あるか」

 

「で、あるということだ」

 

 楽しい時、愉快な時、好ましく思う相手に向けて、人は笑うのだ。

 

「さて、そろそろだな。そろそろパルとカザミが来る時間だ」

 

「で、あるか。約束の時間より早くないか?」

 

「そうでもない。

 パルは律儀で、カザミは義理堅い。

 どちらも他人との約束を重んじるタイプだと私は判断した。

 もちろん残りの一人、ヒロトにもそういうところはある。

 私の仲間が待ち合わせの時間より早くに来なかったことはない」

 

「で、あったか。いい仲間だな」

 

「私は他の仲間を知らない。いい仲間、悪い仲間の判断はできない。」

 

「メイ。いい仲間と悪い仲間の判断を相対で決める必要はない。

 己の心で決めていいのだ。

 星にはそれぞれの価値観がある。

 その中に種族ごとの価値観がある。

 そして、個体のごとの価値観がある。

 どれを基準に決めてもいいが、君にとっての君の仲間の価値は、君が決めるといい」

 

「……」

 

「君の中の価値観はなんと言っている? メイ」

 

「……いい仲間だ」

 

「いい答えだ」

 

 二人の会話が進む度、時の針も進んでいき、やがて新たな人影が二つ現れた。

 

「お。いたいた! ようエビ、元気そうだな」

 

「し、失礼します」

 

「どうぞ。そこにある椅子を使ってくれ。で、あれば、今二人の紅茶も淹れよう」

 

「サンキュー!」

「あ……ありがとうございます。ご丁寧に」

 

 一人はカザミ。

 あいも変わらず筋骨隆々なアバターがよく目立つ。

 エヴィデンス01と合うのは海での花火以来か。

 彼がメイの仲間であることを、直接話したエヴィデンス01は知っている。

 

 もう一人は、獣人のアバターをしていた。

 水色の髪、獣耳、獣の尾、片目は髪で隠れ、華奢かつ低身長の少年にあどけない可愛らしさが宿り、ぶかぶかな服がそれを包んでいる。

 年上のお姉さんから同性までいけない気持ちにさせる要素で固めた、ゲームやアニメの人気ショタキャラクターのような造形だった。

 他人を誘惑する妖しい魅力ではなく、無自覚に振る舞って異性に襲われる危うい魅力に満ちている。それはおそらく、彼が狙ってこのアバターを造形したわけではないからだろう。

 魅力と無防備さの両立が危なげな雰囲気を作っているのは、ある意味メイと同類だった。

 彼がメイの仲間であることを、伝聞で聞いていたエヴィデンス01は知っている。

 

「パルヴィーズです。よ、よろしくお願いします」

 

「で、あるか。私はエヴィデンス01。友人は皆、私をエビちゃんと呼ぶ」

 

「エビ。私は呼んでないが」

 

「言葉の綾だ。謝罪する。友人の一部は私をエビちゃんと呼んでいる」

 

「あ、僕もパルって縮めて呼ばれてます」

 

「そうか、ではパル殿と」

 

「では僕も、エビちゃんさんと」

 

「ほう。丁寧だが僅かに独特な日本語の扱い方。で、あれば、教養のある日本外の人間か……」

 

「エビがそれを言うか?」

 

 パルに考察を走らせるエヴィデンス01に、メイが冷静にツッコミを入れた。

 

 最初に親しくなったメイ。

 海の花火の件で知り合ったカザミ。

 今日が初対面のパルヴィーズ。

 これにもう一人を加えてチームであることを、エヴィデンス01は伝聞で知っていた。

 

 そして。

 

 彼らもまた、ある事情から、彼が異星人であることを知っている。

 

「頼みがあるらしいな、親愛なる地球人の諸君。私に可能なことであれば聞こう」

 

 エヴィデンス01は問いかける。

 

 彼は地球人にとって、全能ではないものの、多くの願いを叶えられる願望機。

 

 カザミが、エヴィデンス01の瞳をまっすぐに見る。

 

「……頑張ってたやつがいたんだ。すげえ頑張ってたんだ。優しくて強いやつなんだ」

 

「で、あるか。その者に何かしてやりたいのか?」

 

「そいつに何かしてやりたいんじゃねえ。

 そいつのために何かしてやりてえ。

 いや……それだけじゃねえ。

 俺は……そいつが泣いているところを、初めて見ちまったんだ」

 

「……友情。で、あるな」

 

「ああ。俺は、ダチのためにできることが全然ねえ。だからあんたに聞きたい!」

 

 カザミが、切実に、叫ぶように、祈るように問う。

 

「なああんた、俺達から見て万能の存在なら、ELダイバーを生き返らせたりできないか?」

 

 事情を理解できていないエヴィデンス01にも、願いを声として絞り出すカザミ、拳を握り締めるパル、瞳に感情が揺れているメイが、本気の本気であることは分かった。

 

 この三人が『最後の一人』をどれだけ大切に思っているかは、分かった。

 

 

 



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『救えない医』のロジック

 カザミが頭を下げ、異星人に懸命にELダイバーの蘇生を願った、その少し前。

 

 メイは瞳を閉じて神殿に鎮座する巨大な竜を見上げ、その巨体へと呼びかけていた。

 

「クアドルン」

 

 竜が身じろぎし、ゆっくりと瞼を上げる。

 

 聖獣クアドルン。

 エルドラを守る、黒体銀翼の巨大竜である。

 かつてエヴィデンス01の一族の尽くを打ち倒し、今もエルドラの星を守る聖獣だ。

 

 メイとクアドルンは、エルドラの大地を一望できる空中神殿に居た。

 ここはエルドラ。

 地球から三十光年離れた、宇宙の遥か彼方の星。

 

「どうした、メイ。アルスとの戦いに関する何かか」

 

「いや、それとは別件だ」

 

 全ての始まりは、かの悪魔達の侵略だった。

 多くの場合負けても後がある地球人の戦争などとは格が違う、半ば絶滅戦争に近いのが、エヴィデンス01の一族の侵略である。

 かつてエルドラに攻め込んだ時には、現在ほどの苛烈さを持っていなかったものの、過去の侵略戦争においても彼らは苛烈だった。

 そんな侵略の全てを跳ね除けたのが、守護者アルス、エルドラ人、そして……聖獣クアドルンであった。

 

 戦いが終わり、守護者アルスは眠りにつく。

 長い、長い時が流れ、新しい人類―――獣人が、星の表面に満ちる。

 古き民が相対的に古代エルドラ人という立ち位置となり、新しき民がエルドラ人となった頃、守護者アルスは目覚めた。

 そして、星に息づく獣人達を、侵略者であると誤認した。

 長き時と戦いの傷が、古代エルドラ人に作られた彼を狂わせたのだった。

 

 次の始まりは、地球人達の来訪だった。

 獣人達に抵抗する力はなく、だが『古代エルドラ人の一部』が辿り着いていた星・地球から、星を救う希望が招かれた。

 ガンプラを本物のモビルスーツ同様に使い戦う地球人達と、GBNのデータを参考にモビルスーツを製造したアルスの機械軍団『ヒトツメ』による、絶望的な戦力差の機械戦争。

 招かれた地球人達は、善意からアルスの侵略に立ち向かう。

 メイもまた、そうして召喚された一人であった。

 

 エヴィデンス01が『異星からの来訪者』として地球の未来を繋ぐ中、メイもまたエルドラから見た『異星からの来訪者』として、エルドラの未来を守っていたのである。

 メイはエヴィデンス01の存在からエルドラが異星である推論に途中から確信を持ち、同時にエヴィデンス01という異星人のすんなり受け入れることができていたのであった。

 かくして今も、メイ達は聖獣クアドルンやエルドラ人達と共に、絶望的な戦場の中、抗うように戦い続けている。

 

 元凶は誰か。

 

 狂いの果てに月の元凶と言われたアルス?

 アルスを止められなかったクアドルン?

 古代エルドラ人が消えた後地に満ちたエルドラ人?

 アルスに新しい兵器の形を学ばせてしまったGBN?

 守りきれず多くの獣人を死なせてしまっている地球人?

 

 違う。

 言うまでもない。

 元凶とは、古代のエルドラに攻め込んだ侵略者―――エヴィデンス01の一族である。

 

 そも、他星への侵略というのが擁護できない。

 いかなる理由があろうとも、被害者の側からすれば絶対に肯定できないものだ。

 古代エルドラ人達は愛する母星を捨てるしかなくなった。

 傷付いたアルスは長き眠りにつき、起きた時にはもう心が壊れていた。

 仲間が皆居なくなったエルドラの上で、クアドルンはほぼ永遠の孤独に置き去りにされた。

 何もかも、始まりに彼らの侵略がなければ、あるいは彼らが悪意的な侵略をしていなければ、起こらないはずのことだった。

 

 今、誰もがそのツケを支払っている。

 

 エルドラは自然環境が蘇るまで気が遠くなるほどの時間がかかり、今もなお荒野が多い。

 アルスの心は壊れ、かつて守ろうとしたエルドラの敵となった。

 クアドルンはかつての同志であったアルスを説得しようとし、アルスの攻撃の傷がまだ完全に言えていないボロボロの状態。

 今を生きる獣人のエルドラ人達も、理不尽に殺されている。

 召喚された地球人の一部は精神をアルスに囚われ、アルスの虐殺に加担させられ、地球にある肉体は生と死の境を彷徨っている。

 メイ達も命がけでアルスと戦うことを決めたが、いつ死ぬかも分からない。

 

 全てが、過去の負債であった。

 

「お前に聞きたいことがある。お前とアルスがかつて戦った侵略者のことだ」

 

「……聞いてどうする」

 

「興味が出た。聞いておきたい。もちろん、クアドルンが話したくないならいい」

 

 クアドルンは瞼をピクリと動かし、口を開かないまま、人間が会話に使える空気の振動としての声を発する。

 クアドルンは超越者だ。

 長命であり、地球文明を超越した力を持ち、巨大な竜の体で宇宙空間にすら適応し、知性も高いという、エヴィデンス01同様に地球人類より高位にある生命体である。

 その声は星の上でも宇宙空間でも問題なく届くもの。

 空気の振動を利用しない、宇宙という世界でのコミュニケーション能力を持つという意味で、クアドルンの声は人間の声よりもエヴィデンス01の本来の声に近かった。

 

「それは、鯨の民のことだな」

 

「鯨の民?」

 

「かつてこの星を襲った者達の俗称だ。

 誰よりも大きく。

 誰よりも強く。

 誰よりも死なぬ。

 ……自分より小さく弱き命を、信じられない速さで喰らい尽くす」

 

「……」

 

「恐るべき者共であった。

 極めて優れた知を持っていたエルドラの民も敵わなかった。

 あれを倒したのはアルスの功績に依るところが大きい。

 誰よりも速く、誰よりも正確に判断するやつの頭脳があって初めて、勝てた相手であった」

 

 メイは、鯨という生き物が、地球では親しまれ愛されていると思っていた。

 だが、宇宙では違うのかもしれない。

 少なくとも今、この周辺宇宙においては、『鯨』は忌むべき存在として認知されているようであったから。

 

「アルスは英雄だった。

 かつて、奴らを打ち倒し、宇宙の果てまで逃げ帰らせた英雄だった。

 だが、今はそうではない。

 大昔に奴らを倒した兵器の多くも壊れ、今はヒトツメと衛星砲が残るのみ」

 

「もう一度鯨の民が襲来すれば、クアドルンは勝てるか?」

 

「勝てぬだろう。かつてあったが、今はないものが多すぎる」

 

「……」

 

「半端な我々では勝てぬ。奴らには容赦がない」

 

 クアドルンの言葉には、隠しきれない警戒心と嫌悪が聞き取れた。

 

「鯨の民は、戦いを理解していた」

 

「戦いを? クアドルン、お前も理解していたのではないのか」

 

「我らのそれは甘かった。

 いや、エルドラの全ての者の認識が甘かった。

 我々の戦いは宇宙で行われていた。

 にもかかわらず、エルドラは荒廃した。

 それは奴らが、我々がエルドラという星を守っていることを認知し、狙っていたからだ」

 

「!」

 

「奴らは肉体を持たない。

 物質的な繋がり、物質的な執着を持たない。

 すなわち、奴らは母なる星を愛するという感情を理解できないのだ。

 そこに共感を持たない。

 せいぜい知識として知るのみよ。

 ゆえに、エルドラを荒廃させることにも躊躇いがなかった。

 星を狙い、我々やアルスの動きを制限しにかかった。

 星を守れなかったアルスは悔やみ、嘆き、自らを創造した者達にひたすらに謝っていた」

 

「……そういうことだったのか」

 

「恐ろしいことだ。

 体が"物"で出来ていないがゆえに、他人の大切な"物"が理解できない生命体とはな」

 

 メイは、クロスボーン・ガンダムという作品で、ただただ損得抜きの憎悪に身を任せ、業火に焼かれて燃え落ちる地球を見たがった木星の狂気の指導者、クラックス・ドゥガチを思い出す。

 地球で生まれた人類の一端でありながら、母なる地球を滅ぼすことそのものに悦楽を覚え、地球で生まれた命でありながら地球そのものを滅しようとする星の自滅の因子。

 人類がまだ地球なくして生きていけない時代に、地球を滅ぼそうとする悪魔。

 作中ではその在り方もまた、人類の新種(ニュータイプ)と呼称されていた。

 

 命は矛盾を抱えたとしても、それでも生きていく。

 全体を崩壊に導く個体は、多様性の中より生まれ、多様性を滅ぼすために動く。

 

 地球人から生まれ、地球に一切の再生(リライズ)も許さず、地球も滅ぼしてしまう在り方の新人類も、ニュータイプであるのなら。

 宇宙に生まれた命の中で、宇宙の他の命を滅亡に導き、自分を生み出したはずの宇宙の多様性を死滅させ、宇宙を自分達の単一な在り方で染め上げる者も、またニュータイプであるだろう。

 地球人のニュータイプとは似て非なる、宇宙人のニュータイプ。

 再起(リライズ)の一切を許さない、上位生命体が直々に滅ぼさざるを得ない新種。

 鯨の民が"それ"である可能性は、誰にも否定できなかった。

 

「奴らは滅びを願われている。

 鯨の民が強すぎるがために、叶ってはいないが。

 宇宙の多くの命は、個体の一つも残さない滅亡を願っていることだろう」

 

「だがクアドルン。その鯨の民から、善良なるものが生まれる可能性もあるのではないか?」

 

「ない。

 生まれるはずがない。

 それは奴らの長い歴史が示している。

 奴らの種族は情報を共有し、自我や意識まで癒着させている。

 異常個体も殺処分する文化の一族だ。

 生き残っても、癒着した意識から一族の精神の影響を常に受ける。

 侵略と虐殺をしない個体はいないだろう。善良な者に育てる可能性がない」

 

「……そうか」

 

「それは、アルスの作ったヒトツメが、新しき民と共存を始めることに近い。

 不可能である、ということだ。そこまでの低い可能性は、無視していいだろう」

 

「生まれないと言うのか?

 アルスの作ったヒトツメという悪の中から、共存を選ぶ善の一つも生まれないと?」

 

「私はそう思っている」

 

「……」

 

 鯨の民から他星の命を守り育む善良な者が生まれることも、アルスの配下のヒトツメから獣人を守るヒトツメが生まれることも、奇跡に等しい低確率だ。

 あまりにも確率が低いがために、無視するべきこと。

 そんなものに期待していては、きっと何も守れない。

 

「歯痒いものだ。

 私にもっと力があれば、奴らを根絶できたかもしれぬ。

 だが、できなかった。

 鯨の民は滅ぼせず。

 アルスを止めることもできず。

 ……お前達を危険に巻き込み、お前達の力なくば何もできない。それが私だ」

 

「お前の力がなければ私達も死んでいた。感謝している、クアドルン」

 

 クアドルンは瞳を閉じて、感慨深そうに、万感の感謝を込め、頷く。

 

「永遠に失われたものが多すぎた。

 それらは永遠に戻らない。

 死んだ者が蘇らないのと同じように、だ。

 メイ。奴らが奪ったものが無数に過去に積み上がっている限り、奴らが許されることはない」

 

「……お前達にとっては怨敵だ。妥当だろう」

 

「いざとなればここまで逃げるがいい。

 鯨の民は恐るべき者達だ。

 一体でも残れば、そこから増える可能性がある。

 だからこそ、一体も残さず滅ぼさなければなるまい。

 いつかそう考えて戦いに動く者達も居るだろう。

 そうして鯨の民が滅ぼされるまで待てば……あるいは生き残れるかもしれん」

 

「いつか滅ぼされるものなのか。鯨の民は」

 

「いつかは滅ぼされるだろう。

 他者と共存できないものは滅ぼされる。……アルスと同じように、な」

 

 メイは、クアドルンにもエヴィデンス01にも、知り得たことを話さない。

 エヴィデンス01をエルドラの戦いに巻き込むことも選ばない。

 一族の罪を自分のことのように背負うのがエヴィデンス01だ。

 エヴィデンス01を鯨の民の一人として敵視する者達がいるのがエルドラだ。

 特にアルスは、エヴィデンス01を見れば自分の中にある誤解に確信を持ってしまい、全力の絶滅戦争に移ってしまうだろう。

 エヴィデンス01の力を借りようとすれば、誰もが幸せにはなれない。

 メイはそれを望まなかった。

 ゆえに、仲間達と力を合わせ、その力だけでどうにかすることを決めていた。

 

 メイはクアドルンの話を聞き、去っていく。

 神殿に一人座するクアドルンは、過去に思いを馳せ始めた。

 

「イルハーヴ。

 シャングラ。

 お前達が生み出したアルスは、お前達との約束を守ろうとしている。

 この星を守り、お前達の帰りを待つと。

 お前達が守るまで、この星の再生を担うと。

 だが奴はエルドラの敵となった。

 お前達のために再生の途中にあったエルドラを、衛星砲で焼いた。

 ……奴は約束を覚えているが、それ以外を忘れつつある。止められるのはお前達だけだ」

 

 クアドルンは、帰りを待つ者だった。

 アルスもまた、帰りを待つ者だった。

 だがアルスは狂い、鯨の民から平和を守る者だったはずなのに、鯨の民のように平和を奪う者に成り果ててしまった。

 クアドルンもまた、帰りを待つことを諦めている。

 

「……だがもう、お前達は帰って来ないのだろうな」

 

 誰もが、過去に鯨の民の侵略が生み出したツケを支払い続けていた。

 

「こんな未来を望んでいたわけではなかったのだがな。そうだろう……イルハーヴ」

 

 クアドルンは親愛を込めて、その女性の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 エヴィデンス01は驚愕を隠せず、その女性の名を繰り返した。

 

「―――イヴ?」

 

「ああ、そういう名前だって聞いた。そいつが、ヒロトの大事な人だっていうELダイバーだ」

 

「……いや、まだわからないか。

 で、あれば、確認する必要があるか。同名の別人の可能性もある」

 

「何がだ?」

 

「いや、なんでもない。カザミ殿が蘇らせたいというのは、そのELダイバーか」

 

「ああ。頼む、あんたくらいにしか頼めねえんだ」

 

「で、あるか。それが君達の仲間の最後の一人、ヒロト殿のためにしてやりたいことだと」

 

「だってよ……だって、あんまりだろ。あんまりじゃねえかよ……」

 

 その昔、少年と少女が二組、GBNのディメンションで出会った。

 一つは、少年リクと少女サラ。

 一つは、少年ヒロトと少女イヴ。

 二組の少年と少女は出会い、絆を育んでいったという。

 サラとイヴ、ELダイバーの姉妹である二人が、このGBNに電子生命体として誕生したことが、全ての始まりだった。

 

 だがサラは紆余曲折を経て、GBNのサーバーに大きな負荷をかけるようになり、皆の居場所であるGBNを生きているだけで破壊する存在となってしまった。

 そんなサラを除去してGBNを守ろうとした人達と、サラを守ってGBNを守ろうとしたフォース・ビルドダイバーズが戦った戦いを、第二次有志連合戦と言う。

 第二次有志連合戦はビルドダイバーズの勝利に終わり、ビルドダイバーズはサラの生存とGBNの救済を成し遂げ、GBNで最も有名なフォースの一つとなった。

 

 だが、その裏にはもう一つの物語があった。

 妹であるサラを救うためにバグを吸収しすぎたイヴが、より巨大な世界を滅ぼすバグとなりかけていたのである。

 イヴの願いもあり、ヒロトはイヴを撃ち、消去。

 サラを守ってほしいというイヴの願いを聞いたヒロトだが、「なんで」「俺は」「君は」「なんで君達だけ」という感情の坩堝から、サラを救うリクを二人まとめて撃とうとしてしまう。

 

 その過程におけるヒロトは、有り体に言って地獄だった。

 自分は救えず自分の手で殺したのに、リク達は救えてしまう。

 自分はイヴを好きだという気持ちを押し殺して/否定してまでイヴを殺したのに、リク達は自分達の好きを否定してはいけないと言う。

 自分の隣にイヴは居ないのに、リク達は救えたサラと今日も笑い合っている。

 世界中全てが、何も諦めなかったビルドダイバーズを称賛していて、何もかもが救われたハッピーエンドに喜んでいて、『これ以上の未来はない』と笑い合っている。

 世界全てが、ヒロトを苛む地獄に変わったかのような、そんなお話。

 

 イヴはサラを守るために死を選び、最も信頼するヒロトにサラを守ってほしいと願い、願いを託して死んでいったのに。

 ヒロトはぐちゃぐちゃになった感情で、サラを撃ち、サラが救われない結末を成し遂げようとしてしまった。

 それから何年も、何年も、ヒロトはずっと自分を否定しながら、自分の全てを嫌いながら、一番大好きだった人を殺し、その願いを踏み躙り、否定したという最悪に苦しみ続けたという。

 

 カザミはアバターが地面にぶつかるくらいの勢いで、土下座をして、頼み込む。

 

「頼む! 俺、あいつに何度も助けられてんだ!

 あいつのおかげで、俺は俺を見つけられた気がするんだ!

 そんなあいつが、泣いちまうくらいに辛かったことを……どうにかしてやりてえんだ!」

 

 パルもまた、頭を下げる。

 

「僕からもお願いします!

 代わりに僕にできることがあるならなんでもします、だから……」

 

 メイも恭しく、頭を下げた。

 

「お前にできるなら、私からも頼みたい。

 私も方法を探したが、どう探しても無理だった。

 だがお前なら……という気持ちもある。

 お前が無理をしない範囲でできることであるなら、どうか、頼む。できるだろうか」

 

 三人が頭を下げる。

 三人が頼むのは、イヴという少女のELダイバーの蘇生。

 だがこの三人は、イヴのために頭を下げているのではない。

 ヒロトのために頭を下げている。

 大切な人の蘇生ではなく、三人にとって大切な人の大切な人の蘇生を願っている。

 それは「自分にとっての都合の良い人を蘇生させたい」といった気持ちは微塵もなく、「自分達を助けてくれた大切な人が幸せであってほしい」という願いから生まれたものだった。

 

 カザミは友への友情ゆえに。

 パルは優しい人に救いがあってほしいという優しさゆえに。

 メイはできる限り皆生きていた方がいいだろうという幼さゆえに。

 ただまっすぐに、それを願っていた。

 

 この三人と、ヒロトという一人が合わさって、"もう何も失わせない"という祈りからエルドラを守るために戦う―――それが、もう一つのビルドダイバーズというフォース。

 

 エヴィデンス01は、『リク達のビルドダイバーズ』に、光を見た。

 無垢なる光、混じり物のない光だ。

 たとえるなら、生まれたての恒星のような綺麗な光。

 彼らを見ていると、「これが現実だ、現実を見ろ」と言う諦めた大人の理屈の全てが破壊され、何もかもが救われたハッピーエンドが作られることを、疑う気も起きてこなくなる。

 

 そして今、『メイ達のビルドダイバーズ』にも、光を見ている。

 失われるものがあると知り、底の底を知るがゆえの光だ。

 たとえるなら、光り輝く星が死に、ブラックホールとなって、闇の塊が全ての光を吸い込み消し去っていくものの、ブラックホールの蒸発によって、巨視的にはブラックホールが光り輝いて見えるような、そんな闇の底から生まれる光。

 彼らを見ていると、「失えばそこで終わりだ」と言う諦めた大人の理屈の全てが破壊され、何かが決定的に失われても、そこから始まる何かがあるような気がしてくる。

 

 二つの光に、焦がれるようにエヴィデンス01は見惚れる。

 宇宙という闇を照らす光には二種類ある。

 一つは、恒星などが発する光。可視の光。

 もう一つは、宇宙という無限の闇を進むために必要な、心の光。不可視の光。

 だがそのどちらも、超越者である彼の目には見えている。

 

 宇宙は無限の暗黒である。

 そのままでは精神と意識の何もない、精神の観測においては無限に平坦な暗黒である。

 生命とは、そこに誕生した光の群れである。

 宇宙という無限の暗黒の中、優しさや思いやりといった、それまでの宇宙にはなかった光を零れ落ちさせる、光の点の群れである。

 

 彼らは、エヴィデンス01の精神観測において、宇宙という冷たい暗黒の中で輝く、暖かで光り輝く星々であった。

 

 だからこそ、エヴィデンス01は、歯を食いしばって、その言葉を告げた。

 

「私には、ELダイバーを蘇生することはできない」

 

「―――」

 

「すまない」

 

 そんなことを言いたくはなかった。

 そんな顔をさせたくはなかった。

 だが、真実を言うしかなかった。

 メイに"できるだろうか"と言われれれば、彼は嘘をつくことができない。

 それは、友との約束だから。

 

「で、あれば、君達の勘違いを正さねばならない。

 私の無力と無知を伝えるために。

 君達に謝るために。

 君達は私に過大なものを望んだ。

 私は医術を知っている。

 魔法などないことを知っている。

 宇宙の全ては宇宙に存在する法則に沿ったものだ。

 医術の全ては生命に存在する仕組に沿ったものだ。

 不思議なものも、奇跡もない。

 命を救うために法則性を解明し、治す手段を作っていく。

 その学問が医学で、そうして生まれた手段が医術だ。

 で、あるからこそ、医術は魔法にはなれない。どんなに進化しても、魔法はない」

 

 SFの上位生命体のような生物が存在したとしても、それはそれ以上でも以下でもない。

 彼はファンタジーのような存在ではない。

 生命の暖かな想いの世界を、宇宙の冷たい法則が包んでいることを、彼は知っている。

 

「君達が私に求めているのは、医術ではなく魔法だ。奇跡だ。蘇生魔法などというものはない」

 

「……そうか」

 

 メイの声色は優しかった。

 そこには、エヴィデンス01の心をいたわる気持ちがあった。

 

「……ありがとうございます。真剣に向き合ってくれて」

 

 パルは少し悲しそうにして、改めて頭を下げた。

 

「……すまねえ。無理を言っちまった。気にしないでくれ」

 

 カザミは謝って、フォローに入る。

 ヒロトのためと思うとつい熱が入った頼み方をしてしまったが、そのせいでエヴィデンス01に罪悪感を背負わせてしまったのではと、カザミは気にし始めたのである。

 それを見て、エヴィデンス01は首を横に振る。

 

「謝ることはない。

 君達は私に求めた。

 私は応えられなかった。

 で、あれば、君達は私を責める道理もあるのだ」

 

「お前……いいやつだよな。だけど気にすんなよ。お前は悪くねえんだ」

 

「そうですよ。僕達が無理を言ってしまっただけなんです」

 

 侵略し滅ぼす一族に生まれた者は、救い守るために進化していった生物と比べて、他の種族の生命を救う手段に長けていない。

 

「宇宙において、医学は永遠の敗北者だ。

 私達は何十億年も負け続けてきた。

 これからも何千億年と負け続けるだろう。

 死に負け、病に負ける。

 命をこの手から取りこぼす。

 そして後悔する。

 その敗北と研究の歴史と記録を、医術と読んでいるにすぎない。

 命を救うために生み出したのが医術だ。

 だが、いつだって、医術が発展するのは救えなかった後だ。

 この矛盾から逃れることは、ほとんどの知的生命体ができていない。

 全ての命を救うことでしか、この矛盾から逃れることはできないからだ。

 ……今日、また一つ負けた。

 それがとても悔しく、とても情けない。

 君達の上位者を気取っておきながら、君達の悲しみを倒せないことに……謝罪させてほしい」

 

「おいおい……ったく、なんつーかな、真面目すぎるだろお前」

 

「……ですね。でも、ありがとうございます。僕達を気遣ってくれて」

 

 カザミとパルが、エヴィデンス01の言葉を受け止め、頑張って笑顔を作っている。

 救えなかった上位者と、頼んだだけの地球人の間に、不思議な気遣いが生まれていた。

 異星人と地球人の思考のスケールはあまりにも違っていたけれど、その考え方には通ずるところがあって、心が通じている実感がある。

 エヴィデンス01の言い方は遠回しで、地球人に伝わらない感情を伝えるため、翻訳に多大な数の言葉を必要としていたけれども、だからこそちゃんと伝わっていた。

 

「エビ」

 

「なにかね、メイ」

 

「お前が前に伝えてくれた電子生命体の医学。あれがいつか私達を救うだろう」

 

「? で、あるか。それを何故今?」

 

「バッカお前、メイが珍しく慰めにかかってんだから察しろ! 俺でも分かったぞ?」

 

「あはは、本当に異星人の方なんですね……僕、異星人の方とお話するのは初めてです」

 

 四人で楽しげに話していると、メイの脳裏にはクアドルンの言葉が浮かぶ。

 鯨の民は生存を許されない。

 一体でも残っていれば、そこからまた増えるかもしれない。

 かつてあったという鯨の民への上位生命体の攻撃があれば、今度こそエヴィデンス01を含めた一族は全滅するかもしれない。

 

 鯨の民は全てが地球を超越している上位生命である。

 エヴィデンス01の裏切りが発覚すれば、エヴィデンス01は殺されるだろう。

 地球もろとも滅ぼされる可能性は否めない。

 

 クアドルンのように、他の生命体も鯨の民を敵視している。

 エヴィデンス01が見つかれば、他知的生命体の殲滅を望まないエヴィデンス01は、そのまま無抵抗に殺されてしまうかもしれない。

 エルドラの衛星砲のように、無抵抗なエヴィデンス01を殺す手段はいくらでもある。

 

 メイはエヴィデンス01の横顔をじっと見て、口を開いた。

 

「宇宙の全てを敵に回しても、お前は私が守る。できるかは知らないが」

 

「? で、あるか」

 

 不思議そうに首を傾げるエヴィデンス01を見て、メイは一つ誓いを立てた。

 

 他者を救うことばかりで、自分だけは救えないこの男を、死なせないために。

 

「知っているか、カザミ、パル。

 この男、何億年も生きているくせに、二年も生きていない私に言い負かされたのだ」

 

「へー」

「え、そうなんですか」

 

「なるほど、これが地球特有文化、いじりからの親しみ表明……で、あるか」

 

「ああ。私も昨日テレビで学んだ。今日がエビをネタに活用するべき時だ」

 

「ズレてんなあ、ELダイバーと異星人……」

「ですね……」

 

 遠い星から来た一人の友人に、生きてほしいと願うがゆえに。

 

 

 



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『救う医』のロジック

 今現在、GBN運営の方針に沿い、エヴィデンス01が異星人であると知るフォースは三つ。

 GBN最強、チャンピオンのクジョウ・キョウヤが率いるNO.1フォース『アヴァロン』。

 伝説的フォースにして最初のELダイバーと言われるサラを抱える『ビルドダイバーズ』。

 そしてメイが参加している『ビルドダイバーズ』。この三つである。

 

 運営は方針を少しばかり変更したようだ。

 極力異星人の存在を知られないようにしていた既存方針から、いくつかのフォースへの情報の開示がなされていた。それは、何故か?

 考えるまでもない。

 エヴィデンス02の存在である。

 

 かの敵はエヴィデンス01単独で倒せる存在ではなく、困ったことに大規模なデータ改変まで行う上、メインプログラムの取り込みまで行っていた。

 運営、及び一般プレイヤーではまるで対処できず、現地の上位ダイバーの力を持ってして対処するしかないという意味で、かつてあったビルドデカール事件に似た案件になりつつあった。

 

 幸い、エヴィデンス01の情報提供により、タネが割れるまでは対象の情報構造体を誘引する――正確には、観測によってGBN内に量子存在の出現位置を固定化する――ことで、エヴィデンス03、04と出て来たとしても、GBNでの戦いに持ち込むことができる、とのこと。

 観測によって"ここにある"を安定化させ、"そこにいる"を作り出して電導などの実用レベルに利用する新技術は、2017年に日本の基礎物理学研究所も生み出していたが、このレベルの小細工ともなれば地球人を遥かに超えている。

 エヴィデンス01が超常的な知識を持っていることが垣間見られた一瞬だった。

 これにより、エヴィデンス02と同レベルの敵であれば、最上位のGBNダイバーが短期決戦を挑むことで、なんとか対処できる見込みが出て来た。

 

 と、なれば。対処にあたるであろうエヴィデンス01の周りに、事情を知っている上位ダイバーがいた方がいい。できれば、フォース単位で。

 とにかく強いアヴァロン。

 リボーンズガンダム迎撃戦に参加していて、実力もGBNトップクラスの一角で、絶望的な戦力差での勝利実績のあるリクのビルドダイバーズ。

 メイとエヴィデンス01の推薦があり、地球で唯一『異星人との戦争』経験を持つ、メイのビルドダイバーズ。

 今後の予定は未定であるが、この三つフォースに諸事情を明かす許可が出たのであった。

 

 エヴィデンス01はこれらのどれかと繋ぎを持っておけばいいし、これらはエヴィデンス01と連絡を取り続けることで、有事にエヴィデンス01の援軍として機能する役割を持っていた。

 

 メイが仲間にエヴィデンス01の正体を明かしたことで、カザミが一つ思いつき、エヴィデンス01にイヴ蘇生の可能性を聞く流れができた……というわけだ。

 

「そもそもあんたマジで宇宙人なのか? 何かパッと絶対的な証明みたいなの出せねえ?」

 

 カザミは問いかける。

 カザミとパルに椅子を出し、紅茶を出したエヴィデンス01だが、カザミの何気ない問いかけに何気なく答えることなく、返答に窮した。

 カザミからすれば"地球人と見分けつかねーな"という気持ちから、軽い気持ちで聞いたことだったのだが、腕を組んで悩み始めたエヴィデンス01に、カザミまでちょっと慌て始めた。

 

「……最上級の解答難易度を持つ質問だな」

 

「は? え? そんな変なこと言ったか俺?」

 

「ああ。むう。絶対的な証明か……」

 

「エビ、順序立てて話せ。お前の説明なら通じる」

 

 メイに促され、エヴィデンス01は言葉を選んで、分かりやすい論理を話し始めた。

 

「全ての証明は、過去にあった何かの証明を下敷きにしている。

 これは論理の基本だ。

 不確かなものを前提にして生まれる確かな証明はない。

 確かに証明されたものを下敷きにして初めて、何かは証明される。

 で、あれば、証明のためには根拠Aが要る。

 根拠Aが正しいことを証明するためには根拠Bが要る。

 根拠Bが正しいことを示すためには根拠Cが……と、無限に続くわけだ」

 

「ふんふん」

 

「当然ながら、これは元を辿っていけばいつか、根拠のない何かに辿り着くわけだ」

 

「えー……あー、でも、そうなっちまうな。

 根拠の根拠の根拠の……ってしていったらそうなるか。

 あ、でもよ、1+1=2みたいな当然合ってることみたいなとこで止まることもあんじゃね?」

 

「地球で言う"Brute fact"……で、あるな。

 そう、そこだ。

 無限に根拠を求めると全ての論理が破綻する。

 ゆえに、『何の説明もなく正しいとされること』を設定する。

 地球における1+1=2もそれだ。

 これは何の説明もなく、正しいという説明もなく、正しいということになる。

 論理というものは皆、こうした無根拠に論証される土台のルールの上にあるのだよ」

 

「へー。おもしれー話だなぁ」

 

「で、あるが。それが通じるのは地球の中だけだ」

 

「へ?」

 

「『地球の当たり前』は他の星の当たり前ではない。

 当然、私にとっての当たり前は地球での当たり前ではない。分かるか、カザミ殿」

 

「あー」

 

「1+1=2がなぜ正しいのか説明できるか?

 地球の数字概念がなぜ正しいのか説明できるか?

 宇宙の真理を求めるのにその数理が正しいとなぜ言える?

 私がそう問いかけられるように、君達もそう問いかけられる。

 私にとっての常識を君達にどう当たり前に理解させるか、悩ましい。

 そして私にとっての常識には、私の母星の"Brute fact"があるのだ。

 そこに君達が『何故?』と言った瞬間、私は答えに窮する。

 しかし無限に根拠を求めれば必ずそうなるのだ。

 で、あるからこそ、私は君達に絶対的な証明というものを考えると、難儀する」

 

「わーめんどくっせ。木星の石でも見せてくれりゃそれでいいって」

 

「……それでいいのか?」

 

「オッケーオッケー、写真撮って宝物にすっからさ」

 

 拍子抜けしたようなエヴィデンス01に対し、カザミは少年のように笑う。

 

 そこに、パルが話に加わってきた。

 

「ミュンヒハウゼン・トリレンマですね」

 

「で、あるか。地球にも同じものがあったのだな」

 

「みゅんひ……なんだそれ」

 

「根拠の根拠を求めるとこうして無茶苦茶になってしまうという話ですね。

 この地上から全ての真実を駆逐してしまうものです。

 だから公理を決めて定理を作る。

 そういうルールがあるのだと、僕は習いました。

 根本のルールを疑うための話でも有名ですよ。

 国際法のたとえでも使われますね。

 正しいかどうかの証明なしに存在する『当たり前』。

 その『当たり前』を前提に結ばれる条約。

 それを受け入れる度量も、間違っていると提起する勇気も、どちらも必要だと……」

 

「で、あるな。パル殿にはしっかりとした教養が感じられる」

 

「そ、そうですか?」

 

「ああ。地球人らしい知性、それも教養によるものを、ひしひしと感じる」

 

「メイ、パルにそういうの感じてたか? 俺は時々」

「私も時々だな。育ちの良さは感じる」

 

 パルが照れたように頬を掻く。

 エヴィデンス01は地球人ではない。

 よって慣習的な面を理解することが苦手だが、感情や先入観を排した客観的な判断に優れ、彼なりに目の前の人間の育ちを把握できるようになってきた。

 

 カザミは粗雑だが優しく、海に詳しく、また『正しい知識』以上に自然の猛威の中で生きるのに必要な『正しい感覚』を身に着けさせようという環境の影響が感じられ、港町の漁師の人間であるという印象を受ける。

 メイはELダイバーだが、育てているマギーの影響か、共存を重んじる傾向があり、幼さからくる視野の狭さを補ってあまりある柔軟な許容力がある。

 パルには子供らしさを感じるが、それ以上に振る舞いや言動の節々に知性が感じられるため、幼少期から良い教育を受けてきたことが窺える。

 こうした細かな違いを持つ者達が助け合うことで、互いに無いものを補い合うことができる……それもまた、チームというものなのだろう。

 

「んー、まあ、お前が異星人だってのは分かった。

 なんつーかこう……想像もしたこともない部分の苦労みたいなもんは伝わったわ」

 

「そうか。で、あれば、ここからはELダイバーの蘇生方法について話すか」

 

「!? は!? できるのか!? できないんじゃなかったのか!?」

 

「いやできないが」

 

「なんなんだよ!」

 

 ばしんっ、とカザミがテーブルを叩いた。

 

「こういうやつだ。この男は」

 

 冷静に、淡々と、メイがコメントする。

 メイの苦労をうっすら感じて、パルが苦笑した。

 

「で、あるな。だが、できないことを考えるから意味があるのだ」

 

「できないことを考えるから意味がある……?」

 

「医学の始まりは軒並み同じだ。

 『この人を助けたい』

 『この病を治したい』

 『この傷を治したい』

 『だけど治せない。不可能だ』

 『だけど、諦めたくない』

 この繰り返しだ。

 これが医学に蓄積を生み、命を救う医術を生み出してきたと言える」

 

「不可能に挑み続けるってことか?」

 

「それだけではない。

 『とりあえずこれはどうあがいても解決できない』

 『これは頑張ればもしかしたらどうにかなるかも』

 を仕分けていくのだ。

 その上で研究していくことで、徐々に死を克服していく。

 昔放置した不可能案件も、いずれは解決されるだろう。

 困難は分割し、一つずつ解決していくものだよ、カザミ殿。医学は特にな」

 

「難しいことは一個ずつ解決していくってことか。

 じゃあやっぱ……できるのか!? 死んだELダイバーの復活!」

 

 カザミは熱くなって、前のめりになってエヴィデンス01に問うが、エヴィデンス01の困ったような雰囲気にはっとなり、すぐに反省する。

 

「わ、悪い……」

 

「構わない。

 で、あればこそ、大切に思っているという証拠だ。

 私が蘇生できない理由は明白だ。

 私が習った医術の概念はこの国の大学病院の三つの柱に似ている」

 

「あ、僕知ってますよ。臨床、研究、教育ですよね」

 

「で、あるな。パル殿は理解が早く、補足を入れてくれて助かる」

 

「お前本当に育ちいい感じするよな」

 

 パルが誤魔化すように照れ笑いし、エヴィデンス01が話を続ける。

 

「で、あるな。私が習ったのは救済、研究、継承だった」

 

「救済、研究、継承……」

 

「つまり、医術によって救済したい。

 しかし死後の救済の研究がされていない。

 そして先人からの継承がない。

 これが絶望の根源であると思う。で、あるから、地球は蘇生の原始時代なのだよ」

 

「へー、そうなのか。蘇生の原始時代とか初めて聞いたけどよぉ……」

 

「猫の手当てができるなら犬の手当てもできる。

 私が提供した電子生命体の医学はそういうものだ。

 で、あるが、ELダイバーの蘇生となると技術の蓄積がない。

 こればかりは精密な調査、時間をかけた研究が必要だ。

 そして経験上、既に過去に死んでいる者の蘇生となると難易度が途端に上がる」

 

「でしょうね……あまり知識のない僕でも難しいとわかります」

 

「待て、エビ。死んですぐなら蘇生できるということか?」

 

「私は地球基準で死後一日程度の人間程度なら蘇生できる。

 ある程度死体が残っていることが条件だが。

 で、あるが、それは地球人の肉体を正式に調査していないからだ。

 地球人の合意を得て調べていけば、地球基準で死後一年程度であれば蘇生は可能だろう」

 

「マジかよ……なんか色々できそうな気がしてきたな」

 

 驚嘆するカザミに、エヴィデンス01は首を横に振る。

 

「で、あるが、それは、その時点での肉体が完全に死んでいないからだ。

 私はそれを死体であると定義していない。

 生命活動が一時的に停止した状態の肉体である、と定義する。

 で、あればこそ、生命活動を再開させることができるだけだ。

 ここに医学、医術の本質がある。

 それまでの時代であれば死が確定していたものを救う。それが医の本質だ」

 

「『医学が進歩すればするほど"死んでいない"の範囲が広がる』、ということでしょうか」

 

「で、あるな。パル殿は賢い。良い教育を受けているようだ」

 

 カザミがちょっと首を傾げて、パルの肩を肘で突く。

 

「なぁパル、どういうことだ?」

 

「ああ、なんというか……昔は風邪でも、多くの人が死んでたんです。

 天然痘もどうしようもなかった病気ですけど、根絶されつつあります。

 インフルエンザやエイズだって、昔はもっと恐ろしい病気扱いだったんですよね」

 

「まあ、そうだな」

 

「心臓マッサージとかありますよね。

 あと、AED(自動体外式除細動器)とか。

 今は心臓が止まっても死にません。

 でも昔は心臓が止まったら死んだ扱いだったはずです。

 彼は……エビちゃんさんは、そういうことを言ってるんですね」

 

「……ああ、なるほどな!」

 

「うむ、良い翻訳だ。メイはいい仲間を得ているようだな」

 

「だから前からそう言っていたはずだが」

 

 メイがじとっとした目でエヴィデンス01を見て、エヴィデンス01がそれを受け流した。

 

「昔、死が確定していたものが覆される。

 死んだ者が、死んだ後に蘇る。

 命はどんどん長命になっていく。

 徐々に、徐々に、不老不死に近付いて行こうとする繰り返し。

 それが生命の目指すものであり、医学の本質だ。

 で、あれば、停止心臓を再稼働させ蘇生させる地球文明は、その領域に足を踏み入れている」

 

「不老不死、って……できんのかよ、そんなこと」

 

「ある。私は君達の持つ核兵器では傷一つ負わず、老衰でも死なない。

 殺す手段はあるが、何事もなければ君達が言うところの不老不死の存在だ」

 

「―――」

 

「で、あればこそ、君達に言えることもある。

 君達は今、境界線の時代にいる。

 電子生命体が発見された。

 電子の生命は、物質的な生命より遥かに長期の自己保全に耐える。

 情報量の拡大に適応できれば、不老不死も難しくはない。

 やがて誰かが、ELダイバーを捕らえて実験してでも詳細を知ろうとするだろう。

 ()()()()()()()()()()()ために。

 今地球人が怯えている病苦、老衰、寿命、食糧難……

 全てから解放される、進化の道だからだ。君達は今、境界線の時代に生きている」

 

「……境界線の、時代」

 

「そうだ。

 人間がどう在るか。

 人間がどう成るか。

 人間とELダイバーはどう生きていくか。

 人とELダイバーは、互いを踏み躙らずにいられるのか。

 それら全てが決まる時代が、今この時代だ。医も、社会も、世界も、全ては繋がっている」

 

「エビは本当に未来の話をするのが好きだな」

 

「で、あるな。メイは耳にタコができる気持ちだろうが、ついそうなってしまうのだ」

 

「死んだ過去の人間の話をしていても未来の話になるのだから、筋金入りだ」

 

 メイの口角が僅かに上がる。

 そんな僅かな変化だけで、その心情、その気持ちが伝わり、美人度が五割増しに見えてしまうのだから、普段寡黙な美人というのはズルいものである。

 

「だけどよ、なんか……

 いや、これは俺がバカだからかもしんねえけどよ。

 なんか話してて、死んだ人をそっとしといてやるとか、そういうのに反してるな、って」

 

「で、あるか。

 だがそれは正しい。

 自虐の必要はない、カザミ殿。

 それは死の定義によるものなのだ」

 

「死の定義?」

 

「エビ。もう少し汎的な例示と説明を増やしてやってくれ」

 

 メイが少しだけ、エヴィデンス01の説明の方向性を修正する。

 

 『これまでの社会では死者として扱われていたもの』が、医学の蓄積と医術の進歩によって『蘇生可能な状態』になるのであれば、その部分に触れずにはいられない。

 

「地球における命の死の定義とは? ということだ。

 ELダイバーの蘇生は不可能である、というのが現状の私の意見だ。

 奇跡でも起きれば別だがね。

 で、あれば、命の死の定義から少し考えたいところだが、それは地球人が考えるべきだ」

 

「命の死の定義、って」

 

「たとえば私なら、同格以上の生命体と交戦しなければ死なない。

 私はそういう理の中に在る。

 上位生命体の意図的な殺害以外で私は死なない。

 情報結晶の消滅が私の死だ。

 で、あれば、私の死とは……

 任意の状態に固定化されることで私という命を形作っている量子情報を抹消することだ」

 

「俺には分からんことが分かった」

 

「あ、僕ちょっとは分かりますよ。

 0と1で表せる、僕達が普通に扱う情報が古典的情報。

 それに対し、今の人類では複製も保存もできないのが量子情報です、よね?

 それで出来ているのがエビちゃんさんである、と。

 概要くらいなら分かります。

 量子系の技術交流会や発表会は日本と中東を含む複数の国の合同でやっていますから」

 

「素晴らしい。その解釈で間違いはないぞ、パル殿」

「パル……お前凄えな……」

「やるじゃないか、パル」

 

「えへへ」

 

「生と死の定義が変わる。

 時代の変化と技術の進歩で変わる。

 ゆえに禁忌も変わっていく。

 だから地球人は、死の冒涜、死者の蘇生の定義すら変わり続けるのだ」

 

 地球人として当然の疑問を口にするカザミと、高等な教育を下敷きにしたパルの地球知識による補足と、メイの調整が組み合わさると、すいすいと話が進んでいく。

 

「この領域を進んでいく手段は、方法論としてはある。カザミ殿、5-2は1より大きいか?」

 

「そりゃ大きいな。3だしよ」

 

「で、あるか。なら……

 α-βは1より大きいか?

 りんご-いちごは1より大きいか?」

 

「いやそんなの分かるわけねーだろ!?」

 

「で、あるな。

 だが昔の地球には0もなく、小数点以下もなく、無理数も虚数なかった。

 理解できない数字がたくさんあった。

 だが今はそれら全てが計算に組み込める。

 桃÷西瓜の計算式をやるように。

 未知を理解し、方程式に落とし込み、真理を見つける。

 これが万物に通ずる知性の進歩……君達の言う科学だ。

 そして医学でもある。

 物質Aと物質Bを足すことで病を治す薬を作れると、見つけ続ける作業なのだよ」

 

「異星人は難しいこと考えるんだな……凄えよ」

 

「少々形は違うが、この地球でも1960年代以降盛んだったようだぞ。りんご-いちごの学問」

 

「マジかよ。凄えな昔の人!」

 

「先人に敬意を持つといい、カザミ殿。

 敬意は持って損はない。

 特に自分の祖先に対してそれを持つことは、誇りになる。

 10年前、100年前、1000年前の先祖に敬意を持ち、その子孫であることを誇りとしよう」

 

「っす! 尊敬するっす! いやー、思わずエビにも敬語使いそうになるな!」

 

 その言葉の裏に、自分が生まれた種族への否定と、先祖への敬意を持てなくなってしまった自分への自虐があることに、メイだけが気付いていた。

 

「私はりんごをみかんで割る割り算のやり方なら教えてやれる。

 で、あるが、ELダイバーの蘇生を教えることはまだ難しい。

 私は多くを知るが、それは先人の知識の継承によるもので、私は全知でも全能でもない」

 

 エヴィデンス01を見るパルの目には、もう『異星人という異物を見る好奇心』は薄れ、『膨大な知識を溜め込んだ知識人への敬意』が満ちていた。

 

「知識人ではあっても、研究者でも医者でもないということですね」

 

「で、あるな」

 

「エビちゃんさん、地球に馴染んだらいい先生になれますよ。僕はそう思いました」

 

「教師か。私の一族は情報共有があるために、そういうものはもうないな」

 

「わぁ、教師の文化がない異星人って、そのお話だけで講義が開けそうですね。楽しそう」

 

 色んな方向に話が転がっていっているので、エヴィデンス01は一旦話を方向修正する。

 

「さて、カザミ殿、パル殿、メイ。期限設定をくれ」

 

「「「 期限設定? 」」」

 

「長期的な行動計画を立てる。

 流石に十年や二十年で終わる気がしない。

 八十年以上かけると流石にヒロトという少年が死んでいる可能性もある。

 君達が存命の内に、イヴというELダイバーの蘇生技術を確立してみよう。

 もしかしたら想いをかき集めて数十秒の復活に終わるかもしれないが、時間が無いのでな」

 

「えっ……いやいやいや! 俺達の頼みでそんな時間使ってもらえねえよ!」

 

「で、あるか。だが気にするな。私は先に言った通り不老不死だ。

 100年程度の時間経過でどうこう言う気はない。

 問題は地球人……特にそのヒロトという少年の寿命だけだ。そこには間に合わせなければ」

 

「……言っただろう、カザミ。エビはこういうやつなのだ」

 

「限度があるだろ限度が!」

 

「時間がかかるのは私が専門の研究者や医師ではないからだ。

 そこには重ねて謝罪する。

 まずELダイバーのデータ収集。

 運営に協力を仰いでのGBNの仕様の完全把握。

 あとは量子情報痕跡の洗い出しと、該当情報の抽出。

 これにより現在から過去への情報大河を再構築する。

 そしてイヴの情報結晶を生成……ここの精度で全てが決まる。

 私を構築する情報構造体の三割を演算処理にあてよう。

 正式な蘇生法の体系化までは二百年かかるだろう。

 だがとりあえず個人に対して使うだけならもっと早くできる。

 これで四十年……いや、三十年で形にしてみせる。どうだろうか?」

 

「……もうなんとも言えねえ……俺とっくにジジイになってる……」

 

「すまないな。

 地球の存在は知られていないが、それでも万が一はある。

 で、あれば、その他諸々のことも考え、これだけの演算能力は残しておきたい」

 

「いやいやいや! 文句なんかねえよ!

 むしろ申し訳ねえ。

 なあ、本当にやんなくてもいいんだぞ。

 何十年も見ず知らずのやつのためにかかりっきりとか……

 俺はヒロトのやつに何かできねえかって思っただけで、お前に苦労させたいわけじゃねえ」

 

「で、あるか。

 問題はない。

 君達のように限りある寿命を大切にする概念は私にはない。

 で、あるが、そうだな……

 君達はイヴ、つまり大切な友達のヒロトの友達を救うために頭を下げたのだろう?

 なら私も、大切な友達のメイの友達、ヒロトのために何をしてやりたいと思う。

 友達の友達。知性構造こそ別々だが、抱いたもの、掲げたものは同じだろうと私は考える」

 

「―――」

 

 カザミは意表を突かれた様子で、驚いたように納得していた。

 

「ああ、そうか。俺達、同じなのか」

 

「考え方は違うが想いは同じ。君達三人もそういうチームであるように見える」

 

「おうよ。

 考え方は全然違うが、同じことを思ったりする。

 それが俺達の『ビルドダイバーズ』! ……って、やつだぜ」

 

 カザミがうんうん頷いていると、パルが口を開く。

 

「あなたにとって、死は乗り越えて当然のものなんですね」

 

「私は君達の言う、不老不死という概念が最も適した評になる」

 

「不老不死。地球人がずっと夢見て、けれど夢破れ続け、今エビが持っているものか」

 

 話に入って来たメイは、エヴィデンス01が協力的な理由を知り、どこか機嫌が良くなったように見えた。

 

「同族や更に上位の生命体は私を殺せる。

 で、あるが、そうでなければ死なない、

 しかし私の一族は最初からそういう生命体であったわけではない。

 進化を繰り返してここに至ったのだ。私達もまた、死を克服するために必死だった」

 

「僕らも死を克服するべきなんでしょうか?」

 

「するべき、ということではない。

 だが君達は死に抗い続けるだろう。

 多くの生命体には死がある。

 ゆえに死に抗い続ける。

 それが生命の本能の一つだ。

 やがて星が作った生命のサイクルから、知的生命体は卒業していく。

 そして死を克服したがゆえの弊害に苛まれ、それをまた克服しようとする。

 困難と生命の運命に抗い続けるといい。君達地球人がなりたい生命になるために」

 

「……はい!」

 

「なりたい生命、か……

 地球人は"なりたい自分になるために"と言うが。

 生命レベルで願望を反映する、そういう進化をする、という考え方もあるのだな。エビ」

 

「で、あるな」

 

 地球人と異星人の話し合いは、『あの人を生き返らせたい』という話から、『数百年死の克服研究していくことを約束する』というとんでもない方向に転がっていった。

 生き返らせる都合の良い魔法はない。

 しかし、死を克服する医学はある。

 ファンタジー的ではなくてもSF的ではあって、先進的な種族ゆえに地球にもある医学を持ち、されどその医学の概念が魔法の域にある。

 エヴィデンス01はいつか、数十年後であっても必ず約束を守り、イヴという少女をヒロトという少年と再会させるだろう。

 

 死とは永遠の喪失ではなく、発展途上の知性と文明に立ちはだかる壁であり、いつの日か乗り越えられるもの。

 鯨の民は、そういう認識を持つ領域に在る生命体だった。

 

「さしあたって、イヴという少女について知るべきだな。

 で、あれば、ヒロトという少年に会わなければ。メイ、すまないが……」

 

「ヒロトの予定を聞いておこう」

 

「助かる」

 

「私達四人にはそれぞれの生活がある。

 私はELダイバーだ。時間には余裕がある。

 だがヒロト、カザミ、パルはそうではない。

 四人が予定を合わせてお前と会うのは、頻繁には無理だ。

 ヒロトと会う時はお前一人か、私が同行するかのどちらかになるだろう」

 

「それでいい。頼む」

 

「なら、数日後になるだろうな」

 

 地球人が知らないことを、エヴィデンス01は教えてあげることができる。

 事実、今日一日で、カザミ、パル、メイは、多くの新たな知見を得た。

 

 だが、一つだけ。

 この案件において、地球人だけが知り、エヴィデンス01が知らないことがあった。

 GBNで『彼女』と触れ合った者が、彼だけしか居なかったがゆえに。

 

 

 



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『師から受け継いだもの』のロジック

 エヴィデンス01は昔、教育というものを面白く思った記憶がある。

 

 ほとんどの生命体は、生まれてから成体になるまで、弱い時期が続く。

 一から知性を育てないといけない知的生命体は、なおさらその傾向が強い。

 だからこそ進化の過程において、多くの生物は『弱い時期』をどれだけ短縮できるかに重点を置くものである、とエヴィデンス01は認識している。

 自分で自分の命を守れるほどの大きさ・強さ・知性を身に着けるまでの時間が、短ければ短いほどに、その生命は誕生から成体になるまでの生存率が跳ね上がるからだ。

 

 ところが、奇妙な法則性を彼は発見した。

 『弱い時期』を短縮しない、場合によっては延長する進化体系を見つけたのだ。

 奇妙なことに、『弱い時期』を短縮する利点を考えれば異常なほどに多く、知的生命体は『弱い時期』を短縮しない・延長していく種族が多かった。

 地球人も同様である。

 猿は生まれてから一ヶ月で母親の傍を離れ、一年で親離れを始めるという。

 地球人もまた、自衛できる段階までの時間を伸ばしに伸ばす生物だった。

 昆虫型知性体なら数日で行う成長を、地球人は十数年かけていたのである。

 

 エヴィデンス01はそういった幼年期が長い生物を、数多くのサンプルを参考に観察・考察・研究してみた。

 結果、一つの結論を出した。

 

 人間は、成体になるに連れて新しい知識や新しい概念を受け入れにくくなる。

 子供の内は柔軟で常識も固まっておらず、この時期に知識を入れられるだけ入れることで、『地球人という知的生命体』として八割がた完成している。

 これは、他の幼年期が長い知的生命体全体にも共通する性質だった。

 

 つまり、このタイプの知的生命体は、かなり長い時間をかけて動物と変わらない赤子に『知性』を仕込み、定着させ、人類文明を構築するピースとしての最低限の能力を持たせている。

 言い換えれば、十数年で()()()()()()()()()()()()()のである。

 ここに『教育』の本質があると、エヴィデンス01は見た。

 

 人類文明で最も重要なものの一つが教師であると、エヴィデンス01は考える。

 これは人類という種族が生み出した、生まれてすぐは猿でしかない人間を、十数年かけてようやく人間にするという機能である。

 教師という機能が文明から失われれば、人類は知識の継承ができず、一気に知識の進化を逆行して猿に近付き、元の知性レベルに戻るまでかなりの時間を要してしまうだろう。

 

 鯨の民は一瞬で知性と知識をインストールすることで、数時間とかけず、生まれてすぐの個体に一族に相応しい知性を備えさせることができる。

 よって、教師は必要ない。

 知識が継承されればそれでいい、という考えが彼の一族にはある。

 

 ―――だから、大切なものの多くが継承されなかった。

 

 進化が師による教導というものを消滅させ、気付かれないまま失われたものがあった。

 

 鯨の民がかつて削ぎ落とし、継承することもなかった数々の『暖かな価値あるもの』を、エヴィデンス01はかつて師から教わった。

 人助けをしながらイルハーヴとシャングラを探す旅の中、エヴィデンス01がかの男から貰ったものは、本当に数え切れないほどにある。

 その恩を、何億年経とうが彼が忘れることはないだろう。

 

 恩を返すため、エヴィデンス01はずっと、あの男が愛した娘二人を探してきた。

 イルハーヴ。

 シャングラ。

 幸せそうなら何もせず、そうでなさそうなら救う。

 結局、故郷にも帰れず大切な人も救えないまま死んだあの男の最期は、エヴィデンス01の心の中でずっと尾を引いていた。

 エヴィデンス01は、大切な人の救いになれなかった――と思っている――からである。

 だからせめて、死なせてしまった大切な人の大切な人くらいは、救いたいと思っていた。

 

 逆に言えば、その目的だけがずっと、エヴィデンス01の生きる意味だった。

 

 心を削る一族の内で過ごす日々の中、それだけが心の支えだった。

 

 イルハーヴとシャングラの幸福と笑顔だけが、死んでいったあの男への弔いだと信じていた。

 

 メイに向けた優しさは、師から貰ったものだった。

 モモに語りかける時は、師が自分に語りかける時の真似だった。

 シャフリヤールに見せた宇宙の美しい景色は、師と回った時のものだった。

 ターンエルスの素材にしたものは、師と共に助けて回った知的生命体から分けてもらったものだった。

 今なお知的生命体の多くを見つけても見逃し、母星の同族に見つからないよう隠しているのは、師の意思を受け継いでいるから。

 

 ずっとずっと、師に貰ったものだけが、彼の自殺を防いできた。

 みじめな気持ちを和らげてきた。

 "死んでしまえばいい"と思う彼の命を、救い続けてきた。

 

 『託された願い』こそが、彼の生き続ける理由だった。

 

 

 

 

 

 教えること、教えられること、その価値をエヴィデンス01はよく知っている。

 それを十数年かけて繰り返す地球人類の生態には、基本的に好感を覚えている。

 彼らはエネルギーに満ち溢れた若い時期を、一日のほとんどを学舎で過ごす毎日に費やし、教師の手によって途方も無いほどの知識を得て、『人間になる』。

 かつてエヴィデンス01が、師に連れられ師の教えを得る毎日の中で、『優しい者になる』という成長と進化を遂げたのと、同じように。

 

 人間は教わることで人間となり。

 彼は教わることで今の自分になった。

 では、猿のままだったら?

 では、鯨の民のままだったら?

 当然ながら、誰にも優しくできないまま、知性による共存も行えず、いつかどこかで誰かに排斥されて死んでいたことだろう。

 

 師の教えは知的生命体に圧縮した進化をもたらすことを、彼は知っている。

 だから一日の大半を学校で過ごす彼らの生態に不満を持つことはなかった。

 学生の本文は勉学。先人が溜め込んだ知識を得て、知性体として進化すること。

 約束の相手が来るまで、学校が終わる時間になるまで、エヴィデンス01は静かに読書を嗜むことで時間を潰す。

 

 やがて、いつもの森の中に作られた広間に、その少年はやって来た。

 

「ヒロトです。メイから色々聞いて、来ました」

 

「敬語は要らない。

 で、あるというか、敬語やフランクな喋りを混ぜられると少し混乱する。

 私の名前はエヴィデンス01。友人の中でもノリが軽い面々はエビちゃんと呼んでいる」

 

「エビ……さん?」

 

「その通り。そこにかけてくれ」

 

 その少年の容姿に特に言うことはない。

 愛想が良ければ学校でもモテていそうだな、という印象があるくらいだ。

 逆に言えば愛想は薄く、また現実的で、現実の自分の容姿をそのままアバターにしているということが窺える。

 その点では、リクと同じ形式のアバター作りをしていると言えるだろう。

 

 黒髪ショートに、特に目立つアクセサリーも付けず、旅人のようなくすんだ色の外套。

 リクが『冒険中のRPGの主人公』らしい服装であるならば、ヒロトは『冒険が終わった後に荒野を彷徨うRPGの主人公』らしく、その点では対照的だった。

 リクの服装は物語の最中の主人公に多用されるそれに近く、ヒロトの服装は物語で多くのものを失った後の主人公に多用されるそれに近かった。

 

「……その」

 

「なんだろうか」

 

「俺も好きに呼んでほしい。

 その……あんまりそういう風に呼ばれるのは、慣れてない」

 

「周りからはどう呼ばれているのかな、ヒロト殿は」

 

「ヒロト君とか、ヒロトとか……」

 

「そうか。では、ヒロト君と」

 

 エヴィデンス01は、初対面のその時から、ヒロトにメイに近いものを感じていた。

 喋るのが嫌いではないのだろうが、必要以上には喋らない。

 多弁ではないが、コミュニケーション能力の低さは感じない。

 無感情に見えるが、無愛想なだけで感情はある。

 どこか、無骨な職人にたとえられる在り方。

 その時点でもう、エヴィデンス01はヒロトに対して好感を持っていた。

 

「エビさんは異星人だとか」

 

「で、あるな」

 

「……それと、もしかしたら、『イヴ』の知り合いでもあるかもしれない、とか」

 

「で、あるかもしれん。私はずっとその女性を探してきた」

 

「……」

 

「同姓同名の可能性もある。

 ハッキリしたことは言えないまま、ここまで来た。

 ……いや、正直に言おう。私は探し人がその『イヴ』であってほしくないと思っている」

 

「え」

 

「そうであったなら、私の探し人はもう死んでいるからだ」

 

「っ」

 

「……目を逸らそうとしてきた。

 その可能性を考えないようにしてきた。

 で、あるが、いつまでも逃げてはいられん。

 その可能性に気付いた以上、確認に移行しないのは非効率が過ぎる」

 

「あなたは……その探し人のイヴとは、どういう関係なんだ?」

 

「私の師の娘だ。私は師に子扱いされていたから、義理の姉にあたる」

 

「……姉」

 

「何か思い当たるフシがあったのだろうか? で、あれば、聞かせてほしい」

 

「思い当たるフシ、というか……

 イヴは、不思議な子だったと思う。

 他のELダイバーの話を聞いて、出会って、なおさらに思った。

 イヴはELダイバーの中でも、どこか、何かが特別で……ごめん、上手く言えない」

 

「いや、構わない。

 私も探し人と会ったことはない。

 写真で見て、容姿のデータを持っているだけだ。

 で、あればこそ、少しでも多くの参考になる情報が欲しかった」

 

「ああ。だから、イヴの写真か何かがあれば持ってきてほしいって言付けてたのか」

 

「そうだ。……ある、だろうか」

 

「ああ」

 

 ヒロトが手元のコンソールを操作して、画像データを送信する。

 

―――ふふっ

―――なんだよ

―――ごめんなさい。撮り直そうか

―――いや、これもいいかも

―――そう? ヒロトがそう言うなら

 

 在りし日の思い出が、ヒロトの胸の奥に蘇る。

 痛みがあった。

 後悔があった。

 暖かな思い出があった。

 幸せな記憶があった。

 今は全てが過去だった。

 戻れない遠い過去だった。

 少し前までは見るのも辛かったイヴとの写真を、ヒロトはオブジェクト化して手渡した。

 

「これだな」

 

「で、あるか」

 

 緑の草原。

 白と黄、色とりどりの花。

 青空と白い雲を背に、ガンダムが立っている。

 そんな風景の中、金色の髪に白衣の少女が、少し幼いヒロトの手を引いて、笑顔で走っていた。

 とても幸せそうな、死人の在りし日の姿。

 

 ヒロトにとっては輝ける思い出の一枚でも。

 彼にとっては、希望を断つ一枚だった。

 

「……」

 

「……あなたの、探し人だっただろうか」

 

「ああ」

 

「……そう、か」

 

「会ったこともない、私の姉だった」

 

「……」

 

「せめて、救えなかった人が娘と愛する二人はと……そう思って、いたが……」

 

 エヴィデンス01は椅子に背中を預け、体重をかけ、天を仰ぎその手で顔を覆う。

 何もかもを先読みできる頭の良い人が、目を逸らしてきた事実を突きつけられて、それまで考えていたことの何もかもを塵にされ、現実と向き合うしかなくなったような……そんな、エヴィデンス01らしくもない所作だった。

 

「演算開始。

 ELダイバー計算式にエルドラ人のファクトを加算。

 ……計算失敗。

 情報不足。エルドラ人の情報量に不足有り。

 蘇生術式に適応問題確認。

 期間見直し。術式完成期間、未定。

 完成見込無し。量子計算再精査。計算領域拡大。

 ELダイバー蘇生術式完成計画問題無し。

 ELダイバー・イヴへの適応問題有り。

 情報結晶の欠損。情報結晶作成に見込無し。

 情報結晶作成プロセスを再構築……失敗。再未来予測開始」

 

「え……ど、どうしたんだ?」

 

「ああ、いや、すまない。

 で、あれば、最初から考え直さなければ……

 ……ダメだな。思考がまとまっていない……私も動揺しているようだ」

 

「……俺も、イヴが居なくなって、頭の中ぐちゃぐちゃになって……

 気持ちが分かるなんて言えない。同じ気持ちだなんて言えない。けど……」

 

「気遣い、感謝する。で、あれば……しばし、この醜態を許してほしい」

 

「ああ」

 

 探していた人は死んでいた。

 ELダイバーの蘇生は時間をかければできる。

 けれどイヴの蘇生はできない。

 エルドラ人が混ざっているから。

 あの男との約束は守れない。

 

 幾多の思考が、計算が、エヴィデンス01の情報処理機能の内部を走っていく。

 

「……俺の、せいなんだ」

 

「事前に話は聞いている。君のせいではない」

 

「救えなかった。

 守れなかった。

 この手で……彼女をデータの海に帰してしまった。

 『ビルドダイバーズ』の彼らは、サラというELダイバーを救えていたのに。

 他に道があったかもしれないのに。

 俺が、何もできなかったから……あなたが探していた人を、死なせてしまった」

 

「ヒロト。私は両手の無い人が崖で落ちそうな人を救えなくとも、その人のせいだとは思わない」

 

「……」

 

「二人が愛した世界を守るためだったと聞く。

 なら、誰も君を責めはしない、ヒロト。

 イヴの願いを君は叶えたのだ。

 それは君とイヴだけが語ることを許された物語で、他の誰にも否定することはできない」

 

「……エビさん」

 

「で、あれば、私の方こそ謝罪が必要だ。

 私が間に合えばどうにかなったかもしれない。

 救えたかもしれない。

 君とは違う。私には救う手段があった。

 で、あるからこそ、君に罪はなくとも、私に責がある」

 

「いや、そんな! 必死にイヴを探してたあなたを責める人なんていない!」

 

「他の誰でもない。私が私を責めるのだ。私はそれをやめられない」

 

「……っ」

 

「私が私を許さない。

 許されたくない。

 許されてはいけないと思うのだ。

 私はイルハーヴ……イヴを、会ったこともないけれど、救いたかった。

 その大切に思う気持ちを否定するために、許されたくないという気持ちがある」

 

 エヴィデンス01には、自分を責める気持ちがあった。

 ヒロトはそこに哀れみより先に、否定より先に、共感を覚えていた。

 異星人と地球人。

 心の形はあまりにも違うはずなのに、同じ女を想うがゆえに、この上ないほどにシンクロする心があった。鏡のような水面を覗くような、自分を見ているような気持ちがあった。

 

 星を守るイルハーヴとの約束を守る男が居た。

 娘のように大事にしたイルハーヴを救いたかった男が居た。

 イルハーヴを守るという約束を守ろうとした男が居た。

 イヴとの約束を破ったことを後悔した男が居た。

 全てのゴールは、ここにある。

 

「……少し、疲れた。いや、私はずっと疲れていたのか。それに気がついた」

 

「え……」

 

「長い、長い時間だった。

 百年や千年どころではなく、探し続けた。

 その幸福と救済を祈り続けた。

 ただ一人で。

 ずっと一人でそうしていた。

 私は……ああ、そうか。私は、誰かのために頑張れる私になりたかった」

 

「……あ」

 

「そのために、二人を探していた。

 一人は見つかったが……一人は手遅れだった。

 私はその二人のために生きていた。

 そうしていれば、誰かのために頑張れる私で居られたから。

 私は誰かのためになんてなれない者だった。

 約束まで破ってしまった。

 誰かのために頑張れる私で居たかった。……けれどやっぱり、そうはなれないらしい」

 

「―――」

 

「何故、私は……

 いつも、本当に救いたいものを救えないんだろう。

 師を救えず、約束も守れず、何も救えず。

 私が……私なんかが、人のためになれるわけがなかった。

 あんなに大切で、特別に思っていた人の、最後の願いすら……私は、最低の……」

 

 エヴィデンス01は、感情の無い声で、石像のように動かない顔で言葉を紡ぐ。

 冷たい人だなんて、ヒロトは思わなかった。

 ただ、泣けない人なのだと思い……胸の内が裂けるような痛みと、共感があった。

 

 救えなかったことは悲しいことだ。

 だがそれだけではない。

 どんなに頑張っても、どんなに懸命でも、外野にしかなれなかった悲しみ―――それが、エヴィデンス01の心を突き刺している。

 救えなかった。外野に終わった。約束も守れなかった。

 何もかも無駄で、何もかも無為だった。

 伸ばした手が届かなかったのではなく、手を伸ばすことすらできなかった。

 

 ヒロトが運命的に出会ったことで偶然『当事者になってしまった』がゆえの悲しみを背負わされたとするならば、エヴィデンス01は『当事者になれなかった』悲しみを背負っている。

 

「少し、時間をくれ、ヒロト殿」

 

「え……あ、ああ」

 

「考え事がしたい。

 君は悪くない、悪くないが……私が悪い。

 心の整理をつけるための時間がほしい。

 だがそんな顔をした君も放ってはおけない。

 明日、同じ時間に、同じ場所で待ち合わせよう。

 それまでにこの感情をデータ化し、量子記録として隔離しておく」

 

「……分かった」

 

「感謝する。では、約23時間後に」

 

 エヴィデンス01が()()()()()()()()()と感じたのは、きっとヒロトの錯覚ではない。

 

「ああ、そうだ。最後に。この矛盾への解答を、明日、君に聞きたい。ヒロト君」

 

「矛盾?」

 

「結論が動機の発起そのものを否定する。

 そんなことは、論理の世界においては決定的に間違っている。

 数理の世界でも、結論は命題の発起そのものは否定しない。

 『こうじゃないか?』という最初の命題を否定することはある。

 だがその命題を発起したこと、それ自体を否定はしない。……で、あるなら」

 

 エヴィデンス01は最後に、逃げ去る前の捨て台詞を言うように、自分の中で解決できないパラドックスの答えを求めるように、ヒロトに言い捨てていく。

 

「結末が悲劇であるから、出会ったことは間違いだったと思う。

 報われなかったから、始めたことは間違いだったと考える。

 救えなかったから、救おうとしたことそのものを否定してしまう。

 ……それは、論理の世界において、絶対的に間違っている。

 なのに、私の中には、そんな考えが在る。この矛盾は、なぜ生まれるのだろうか」

 

 エヴィデンス01がその時口にした矛盾の指摘は、論理的なものでも、数理的なものでもない。

 

 本来、上位存在が疑問に思うようなことでもない。

 

 地球人が疑問に思うことですらない。

 

 理屈だけで構築され、論理の土俵に上げられた、ただの感情の塊だった。

 

 

 



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『出会いと別れ』のロジック

 翌日。

 ヒロトはまた、彼が待つ森に向かっていた。

 前回の来訪時、ガンプラが着陸できるだけのスペースがあることは確認済みだ。

 おそらくは彼が意図的にそういうスペースを作ったのだろう。

 

 ガンプラ着陸用と思われるスペースは、人気のある20m前後の大きさのMSを想定していない。

 また、MSの小型化・高性能化が進んだ時代設定のMSの、15m前後も想定していない。

 クスィーガンダムのような、かなりの大型化がされつつも、あくまで標準的ガンダムのサイズから劇的に逸脱しないサイズが想定されていた。

 具体的な例を出すなら、ウォドムポッドが多少余裕を持って入れるスペースサイズの調整がなされていた。

 

 ヒロトが愛機を着陸させると、森の合間に跪く銀色の機体を磨くエヴィデンス01が見えた。

 まるで、洗車をしているかのように、銀色の機体を洗っている。

 当然ながらGBNでは意味がない。

 ここにあるのはただのデータだ。

 現実でガンプラを磨き込めば、GBNはそれを読み取り反映してくれるだろうが、ゲームの中でデータを磨いても意味はない。

 

 どこか滑稽で、どこかズレていて、それでいて地球の文化とズレていない。

 人間の真似事であり、人間を理解するための行動以上の意味はない洗機であった。

 

「それがあなたのガンプラか?」

 

「ゼノガンダムΓs。普段はターンエルスと呼んでいる」

 

「……見たことがない顔だ」

 

「地球の生態系には無い顔造形、で、あるからな。

 地球に存在する生物だと……強いて言えば、ツノゼミが近いか」

 

「ツノゼミ……」

 

「ヒロト君のガンプラは昨日来るのに乗ってきていたものとは形が違うな。

 昨日はもう少し小さく……そう、イヴとの写真の背景に映っていたものだった」

 

「昨日俺が乗ってきたのはコアガンダム。

 これはアースリィガンダム。

 コアガンダムは各アーマーと合体して、別々のガンダムになるんだ。

 アースアーマーと合体してるから、これはアースリィガンダムになる」

 

第三惑星地球(アースリィ)か……美しい名前だ」

 

「そうかな」

 

「ああ。で、あれば他は、マーズフォーやヴイーナスツーなどになるのかな」

 

「……まあ、そんな感じになる」

 

「惑星のガンダム。で、あれば、惑星群(プラネッツ)……太陽系のガンダムか。良い造形だ」

 

 ターンエルスが異星のガンダムなら、ヒロトのガンダムは惑星のガンダムだ。

 

 地球人の目に見える遠い星と、目にも見えない遠い星。彼らは星のガンダムを駆る者達。

 

「ヒロト君。歩きながら……いや、飛びながら話さないか」

 

「え? あ、ああ」

 

「感謝する。で、あれば、もう一つ。

 これは断ってくれていいが……君とイヴと思い出の場所を、教えてほしい」

 

「……ああ。分かった」

 

「いいのか。頼んだのは私……で、あるが、余計なことを思い出すかもしれない」

 

「余計なことなんてない。大丈夫だ。

 もうイヴとの思い出に、向き合えないものなんてない。全部宝物だから」

 

「そう、か」

 

 飛び上がるターンエルス。

 後から飛び上がるアースリィガンダム。

 アースリィは悠々とターンエルスを追い越し、先導を始めた。

 

 軽くスラスターの一部を吹かしただけで軽々とターンエルスを追い越して行くのを見て、エヴィデンス01はアースリィのとてつもない作り込みと性能を実感する。

 アースリィはコアガンダムに各アーマーを合体させたガンダムだと、ヒロトは言っていた。

 つまり形態変化を盛り込んだ、一つ一つの総合性能は下がってしまうガンダムであるはずで、単機でそこまで強いというのは考えにくい。

 にもかかわらず、アースリィはダブルオースカイメビウスを見てきたエヴィデンス01の目から見ても、十分すぎるほどに速かった。

 

 最上位ダイバーの特化機体にも肉薄する性能を持つ、そんなアーマーを複数換装して使えるのだとしたら、ヒロトはリクにも比肩する最上位ダイバーであるということになる。

 強いだけではない。器用で万能な強さだ。

 エヴィデンス01はヒロトの確かな才能を感じる。

 こういう、才能と機転と努力で色んな物事を乗り越えられる人間ほど、決定的な挫折を経験しにくく、それが傷になりやすい。

 

 この大抵のことは一人でこなせてしまう少年に、イヴとの出会いと別れがどれほどの傷を付けたかを思うと、エヴィデンス01は同情を禁じえなかった。

 いっそ人生の何もかもが上手く行っていない人間の方が、イヴの喪失は大きな傷にならなかっただろうに。

 

『優秀だな。ヒロト君の機体は』

 

『ありがとう。……イヴと一緒に作ったんだ』

 

『―――』

 

『だから、見ていて辛い時期もあった。

 だけど、今はそうじゃない。

 今は……イヴの想いと俺の想いが一緒だと思える理由になってくれるガンダムだから』

 

『……そうか』

 

 エヴィデンス01は、自分が挫折や絶望から這い上がった者であるという自認識がない。

 いつだって加害者の上位者であり、上位者の中の出来損ないであるという意識がある。

 だからこそ、エヴィデンス01はヒロトに敬意をもって接していた。

 

 エヴィデンス01は、ヒロトとの対話中に透けて見える心の傷を見て、ダブルオースカイメビウスの胸部奥にあった傷を連想する。

 

 機体の胸の奥に傷を残し、大切なものに付けられた傷を戒めとしているリク。

 心の奥、胸の奥に傷を残し、その痛みもイヴと共に過ごした日々の証であるとし、その痛みと共に暖かな記憶も思い出しているヒロト。

 胸の奥に傷を抱えたまま生きる地球人の姿は、異星人にはとても眩しく見えた。

 

『ここだ』

 

 アースリィとターンエルスが、湖畔に降り立ち、搭乗者を降ろす。

 

「俺とイヴは、ここで出会ったんだ」

 

「で、あるか。どんな出会いだったのだろうか」

 

「『素敵なガンプラね』……って、イヴが話しかけてきて、そこからだな」

 

「素敵な出会いだ。褒めから入る出会いは心地が良い」

 

「それで、コアガンダムの気持ちを教えてくれた。

 最初は……イヴにずっと戸惑ってた。

 言ってることがずっと浮世離れしてたから。

 でも、変人だとは思わなかったな。

 不思議な女の子だと思った。

 可愛い女の子で、人懐っこい笑みで、距離が近くて……

 なんだか恥ずかしくなって、逃げるようにしてその場を離れたのを覚えてる」

 

「青春、で、あるな」

 

「からかわないでくれ。

 ……今でも思い出せる。

 なんだか非現実的で。

 イヴが妖精みたいに見えて。

 根拠も無いのに、イヴの言うことを不思議と信じてたんだ」

 

 ヒロトとある程度付き合いがある人間は、少し驚くだろう。

 ヒロトがこれほど多弁に何かを語るのは珍しいからだ。

 ヒロトと深い付き合いがある人間は、さして驚かない。

 ヒロトは必要がなければ話さないだけで、話すのが苦手なわけでもなく、多弁になれないわけでもなく、コミュニケーション能力が低いわけでもないからだ。

 

 ヒロトはただ、深い共感を持った異星人に対し、言葉を尽くそうとしている。

 

「ああ、そうだ。

 イヴは出会った頃からずっと笑ってた。

 時々不機嫌になったり、泣きそうになったりもしてたけど。

 それでも、ほとんど笑ってた。

 GBNの花は、ずっと咲いたままの花だけど……

 花畑が好きなイヴが、ずっと花の横で笑ってたから、ずっと引き立て役だったな」

 

「で、あるか。君が笑顔にしていたのかもな、ヒロト君」

 

「そこまでは思い上がれないよ」

 

 ターンエルスとアースリィに乗って、二人はGBNの各所を巡った。

 

 多くの場所に、ヒロトとイヴの思い出があった。

 

 データにはならない思い出があった。

 

 それは上位生命体である彼が電子の情報をいくら集めても知ることのできない、ヒロトとイヴだけの宝物、二人だけの輝きの記憶だった。

 

「この海は、夏に二人で来た覚えがあるな」

 

「で、あるか。二人で泳いだのか?」

 

「いや……確か、花火をしたんだ。データの花火を」

 

「ほう、花火。あれは良いものだ。人類の個性をよく感じられる」

 

「俺は昔、あんまり花火ではしゃぐ子供じゃなかった。

 でも、幼馴染が凄く楽しそうにしててさ。

 俺にも花火を勧めてくれた。

 そうしてたらいつからから、俺も花火を好きになってた」

 

「で、あったか。君は周囲に恵まれているのだな」

 

「ああ、俺もそう思う。

 だからイヴにも勧めた。

 知らなかった俺に、幼馴染が教えてくれたように……

 俺もまた、イヴに教えたんだ。

 幼馴染のやり方の真似みたいになってたけど、それでいいって思えた」

 

「私もそれで正しいと思う。で、あれば、イヴは喜んだのかな」

 

「ああ、喜んでくれた。

 それで……そうそう。

 イヴにも、花火の楽しさを知らない人には教えてやってくれって言ったんだ。

 俺が幼馴染に教わったように。

 俺がイヴに教えたように。

 誰もが花火を楽しめるってわけじゃない。

 それは分かってる。

 でもきっと、仲の良い人となら……花火の楽しさってやつが分かる、そんな気がしたから」

 

「で、あるか。良い教えだ。私はそういうものを好ましく思う」

 

 海を渡り、島に至る。

 

 青色のガンダムであるアースリィは海の青に溶け、銀色のターンエルスは海面の反射光に溶け、海に混じるように飛んで行った。

 

「この島でイベントがあって、イヴと俺はそこに来たんだ」

 

「広い島だ。あれは火山か? 広い森もある。人気のありそうなディメンションだな」

 

「ああ、当時から人気があったよ。

 俺とイヴは……そうだ、スタンプラリーに来たんだ。

 島の色んなところを見て回るスタンプラリー。

 一周すると、一個特典が貰えるから、俺とイヴは二人分、二周しようとしてた」

 

「スタンプラリー、で、あるか。私もまだ未体験だな……」

 

「それでイヴが言い出したんだ。

 『じゃあ、一周目は私は目を瞑ってるね』

 って。

 『ヒロト、私を抱えて運びながら、景色を教えて』

 って。

 『空の青さ。森の緑。火山の赤』

 『ヒロトの言葉で教えて、私の心に景色を作って』

 『そうしたら、二周目で答え合わせをしよう?』

 『私の中にヒロトの世界を作ってみて。ビルダーなんでしょ?』

 って言ったところで、もう俺は大分呆れてたような、恥ずかしかったような……」

 

「とんだ魔性の女……と言うには、純真が過ぎるかな」

 

「ああ、うん。魔性の女って感じじゃなかったよ、イヴは」

 

 空を横切り、島から谷間の街へ。

 

 アースリィは空の白雲を切り裂く青となり、ターンエルスは青空を裂く銀色の流星となる。

 

「……懐かしいな」

 

「青い石造りの街。不思議な空気だ。

 で、あるが、不思議と新鮮さより落ち着く気持ちになる。

 壁に備え付けれられたカラフルな植木鉢や民芸品が美しいな。

 子供からカップルまで、様々な人が談笑しながら歩いているようだ」

 

「ああ。

 俺もイヴも、噂を聞いて遊びに来たんだ。

 露店の集まりに行って、何の目的もなくうろついて。

 街で一番高い所に行って、海と空を見渡して。

 古風なレストランに行って、一緒に色々食べたりして。

 屋上の縁に並んで座って、夕日を眺めて……何時間も、何時間も、二人で話してた」

 

「で、あるか。どんなことを話していたのだ?」

 

「頑張り屋の話……だったかな。

 イヴは頑張り屋の女の子で、頑張り屋が好きな女の子だったんだ」

 

「地球の汎的価値観で好まれる少女、で、あるな」

 

「俺は、頑張ってる皆を好きなイヴが、その……」

 

「頑張っている皆を好きなイヴが、好きだった。で、あるかな」

 

「……その日の俺は、ちょっと色々あって、機嫌が悪かった。

 イヴと楽しく遊べてたけど、最後の最後で棘が出た。

 『イヴは頑張ってる皆が好きだから』

 『イヴにとっては俺も皆も変わらないんだよな』

 って……今思い出すと、結構恥ずかしくて、イヴを困らせるようなことを言ってたと思う」

 

「で、あったか」

 

「そうしたら、さ。

 イヴが困ったように微笑んで、でもいつもみたいな目で見てくるんだ。

 透き通った目。

 こっちの何もかもを見通しているような目。

 俺よりも俺のことを分かってくれてる目。あの目が、俺は、きっと……」

 

「ずっと、好きだった」

 

「……イヴは言ったんだ。

 『私は頑張ってる人が好き』

 『人は愛されてる努力をするけど、動物はしない』

 『でも動物は愛されるでしょう?』

 『それはきっと、本当は必要がないから』

 『一生懸命頑張って、休んで、甘えて、自然に振る舞って』

 『きっと、愛されるために必要なものって、それだけでいいんだよ』

 『それだけで、生命はとっても愛おしいものになる』

 って言って、いつもみたいに優しく微笑んで……俺に向き合って、それで……」

 

「ああ。で、あれば、私にもそこで何が言われたかは分かる。

 『私は頑張っている皆の中でも、ヒロトが特別好きだよ』……かな」

 

「……」

 

「このくらいは演算での情報穴埋めでなんとかなる。

 で、あったなら、君達はいい関係だ。

 『特別』と『普通』の間に線引きができるのは悪くない」

 

「そうかな」

 

「で、あるな」

 

 幾多のディメンションを二人は巡る。

 カップルに人気の果樹園。

 ガンダムの戦場を再現した荒野。

 無限に広がる宇宙の中の宇宙ステーション。

 大きなかまくらの中で皆がわいわい喋っている雪山の合間。

 何千mもありそうなビルが立ち並ぶ、夜の街の光り輝く摩天楼。

 

 イヴとヒロトの思い出をなぞるように、辿るように、二人は巡る。

 ヒロトは淡々と話し、エヴィデンス01は一言も聞き漏らさないように傾注した。

 それは、過去の記憶を巡る旅路。思い出を指でそっとなぞるようなひととき。

 

「それで、俺達は初めて出会ったこの湖畔に戻って来て……俺は、イヴを撃った」

 

「……で、あるか。

 彼女は妹を救うためにバグを溜め込んだ。

 ヒロト君との思い出の世界を壊す存在に成り果てる存在まで。

 彼女は妹と、ヒロト君と、この世界のために、自ら死を選び、介錯を望んだ……」

 

「今でもたまに、夢に見る。

 忘れられたわけじゃない。

 忘れられるわけがない。

 それでも今は……イヴのために、一つ一つ、忘れないでいようと思ってる」

 

「……彼女は、最後に何か述べていただろうか」

 

「……『これからも誰かのために頑張れるヒロトでいてね』、って言ってくれたよ」

 

「……君は、素晴らしいな。

 君は昔も今も、誰かのために頑張れる君なのか。

 分かる。分かるとも。

 君が今日ずっと、意識的に言葉を尽くして、私のためになろうとしてくれていることも」

 

「そんなんじゃないさ。俺もずっと、この約束を守れてなかったから」

 

「私は、君のようになりたかったのだろうな。

 傷付いても、罪を犯したと思っても、そこから立ち上がれる者に。

 そこから人を迷わず助けに行ける者に。

 誰かのための自分になれる者に。……どうすれば、なれたのだろうか」

 

 エヴィデンス01は、答えを求める者。

 今もなお、惑いの中にいる。

 数百年が些少に見えるほどの長い年月の中、救おうとしてきた人を救えず、恩師の願いも果たせなかったという後悔の中、ここからどうしていけば良いのかも分からない。

 

 ヒロトもまた、答えを求めている。

 心の底から好きだと言えた少女を救えず、守れず、その手で撃ってデータの海に帰した少女との物語を、自分の中でどう整理するかもまだ分かっていない。

 彼もまた、迷いの道半ばだ。

 だからこそ、届く言葉がある。

 

―――これからも誰かのために頑張れるヒロトでいてね

 

 ヒロトとエヴィデンス01は、誰かのためになりたいという願いを持ち、イヴという少女のためになりたいと願い、夢破れた後の時間を過ごす者同士。

 他の誰かが言っても届かない言葉であろうと、この二人の間で交わされるならば、心に届く言葉がある。

 

「誰かのために頑張れる自分は、自分で誓わないといけないと思う。

 自分でそう決めて、頑張ってそういう自分で在ろうとしないといけないと思う」

 

「……」

 

「誰かの機嫌を取るためにそうなるんじゃない。

 誰かのせいにしてやめるのも違う。

 自分で……自分でそう決めて、そう在るべきだと思う。

 守りたいと願った人が居なくなった後も。

 救いたいと思った人を救えなかった後も。

 俺は、そう願われて、そう在りたいと思ったから……そう在ろうとしてるだけなんだ」

 

「君は……託された願いを、本当に大事にするのだな」

 

「あなたと同じだ。エヴィデンス01」

 

 エヴィデンス01に願いを託した男がいた。

 ヒロトに願いを託した少女がいた。

 今もずっと、忘れることなく、託された願いを覚えている。

 

「そうでないと、俺が俺でなくなってしまう。

 信じたいんだ。

 大好きな人が信じてくれた俺を。

 疑いたいんだ。

 俺が俺をやめないように。

 イヴが信じてくれた俺を信じたい。

 俺が俺であるために、自分が間違っていないか疑っていたい」

 

「自分が間違っていないか疑えるから、正しく在れる……か」

 

「俺も、あなたも、答えを探している。

 信じるものがあって、疑問に思うものを持ってる。

 信じたい人がいて、"これでいいのか"ってずっと思ってきた。

 だから、答えを見つけたいんだ。

 イヴに胸を張って言えるような答えを。

 最後に回答するのは俺しかいない。その答えをあの子に言えるのは、俺しかいないから」

 

「……ヒロト君」

 

「『俺は君の願いにこう答える』って、今からでも、示したいんだ」

 

 ヒロトは、力強く言い切る。

 

 ブラックホールは、宇宙の底とも言われる。

 一度落ちれば二度と這い上がれないどん底だ。

 ブラックホールより昏いものはなく、何よりも暗いどん底としてそれはある。

 まさしく、闇の底だ。

 

 だがブラックホールは、巨視的には太陽の百億倍近い光を発していることもある。

 その一種は活動銀河核と呼ばれ、銀河を飲み込む勢いで、途方も無い光を生み出していく。

 闇の底からも光は生まれる。

 どん底から這い上がる力は強く光り輝く。

 絶望の中でこそ強い希望が生まれるように、宇宙は底の底から這い上がる強い光を内包する。

 

 眩しい、と、エヴィデンス01は思った。

 

「エビさんは、結末が始まりの動機を否定するのは論理的におかしいと言った。

 俺もそうだった。

 出会わなければよかったと心によぎることもあった。

 ……だけど。

 出会わなければよかった、なんて、思いたくなかった。

 出会えたことは幸せだった。

 それからの日々も楽しかったんだ。

 出会えてよかった。最後にどんなに泣いたとしても。

 だから"矛盾していていい"って思える。

 矛盾していたっていい。俺はこの想いが間違っていないって、言い切れる」

 

 矛盾を抱えながらも存在し続ける。

 人間は、それでいい。

 それを見習うことも、間違いではない。

 

「……君が君でよかった、ヒロト君」

 

「え?」

 

「私は最後に確かめなければならなかった。

 イヴが……イルハーヴが、幸せかどうか。

 それだけはせめて確かめなければならなかった。

 事ここに至ってそうする意味はない。もう手遅れだ。それでも……それが、責任だから」

 

「幸せか、どうか?」

 

「で、あるが、私は……何もかもが足りていない。

 幸福が分からない。

 私の幸福は分かる。

 私は幸福を感じられる。

 だが他種族の幸福など分からない。

 地球人の幸福も、ELダイバーの幸福も、エルドラ人の幸福も分からない」

 

「幸福……」

 

「だけど、君の瞳に映るイヴの幸福なら、信じられる」

 

「―――」

 

「今日ずっと、君が語るイヴのことを聞いていた。

 今日ずっと、君がイヴを語る表情を見ていた。

 君が思い出すことで、君の瞳に映るイヴの笑顔を見てきた。

 君が語るだけで、イヴの幸せな笑顔が頭に浮かぶようだった。

 で、あればこそ、分かったこともあるが、君の口から聞きたい」

 

 一呼吸おいて、エヴィデンス01は問いかける。

 

「イヴは君と居て、幸せだっただろうか?」

 

 一呼吸おいて、ヒロトは答える。

 

「イヴは……幸せだったと、思う」

 

 それは、ヒロトがずっと言えなかった事実だった。

 その事実に疑いようはない。

 だがエヴィデンス01と出会わなければ、ヒロトはそう言えなかっただろう。

 罪悪感が、ヒロトにそれを言わせない。たとえ、事実だったとしても。

 

 イヴはヒロトと出会えて幸せだった。

 ヒロトと過ごせて幸せだった。

 それは揺らがない真実だ。

 そうでなければ、イヴがヒロトに介錯を頼むわけがない。

 一人でひっそりと自殺でもしていれば、ヒロトを傷付けずに済んだのだから、ヒロト曰くこの上なく優しい少女であるというイヴが、そうしない理由がない。

 

 イヴは、ヒロトが大好きだったから。

 死ぬのが怖くて、辛くて、耐えきれなくて、それでも『大好きな人に殺される』のなら、ちょっとの嬉しさが、勇気に変わってくれると思えたから……だから、ヒロトに頼んだのだ。

 大好きな人と一緒なら、心中だって怖くないのと同じ。

 その命は救えないが、その心だけは救うことができる。

 イヴを介錯した時点で、ヒロトはイヴの心を救っていた。

 

 イヴが幸せな女の子だったと、他の誰でもないヒロトが言うことで、ヒロトは自身の心を救い、また、エヴィデンス01の心も救っていた。

 ヒロトは罪悪感から、ずっとそれを言えなかった。

 それを言うきっかけを、エヴィデンス01が持ってきてくれた。

 

「感謝する、ヒロト君」

 

「感謝するのは、こっちもかな」

 

 片方が片方を救うのではない。

 二人は、互いを救い合っている。

 それはどん底から一瞬で這い上がるような劇的なものではなく、小さな救いを与え合うものであったが、二人にとってはかけがえのない救済だった。

 

「もう当事者は誰も残っていない。

 あの父と娘も再会できなかった。

 あの二人に託された、私と君が残っているだけだ」

 

 これは、終わった絆のロスタイム。

 

「で、あるが、そうか。

 私が果たせなかった約束は、君が果たしてくれたのかもしれない。

 イルハーヴが幸せになれたなら、あの人も救われたかもしれない。

 ありがとう、ヒロト君。

 私の大切な人の死後の救済をくれて。君のおかげで、少しだけ私も救われた」

 

「俺も……イヴとの思い出の中の、大切なことを思い出させてくれて、ありがとう」

 

「感謝の交換。地球の固有文化だ。で、あれば、私も地球に馴染めて来たのかもしれんな」

 

「……ははっ」

 

 星々を越えた絆の物語のエピローグ。

 

 そして、新しい星々を越えた絆のプロローグ。

 

「俺はずっと、イヴを探していた。

 あなたも随分と長い間、イヴを探していたみたいだ」

 

「私は何億年かけてでも約束を守る者だ。

 で、あれば、諦めることはない。

 いつまでも探し続けられる。

 定命の君達とは違う。

 ズルをしているようなものだ。

 限りある命をどう使うかを考えなければならない君達と、一途であればいい私と……」

 

「俺はそうは思わない。あなたも頑張ったはずだ」

 

「……懸命の価値は、思いを貫いた年月で決まるものではない」

 

「それでも、積み重ねたものはあると思う。

 想いを積み重ねた年月は、何も無駄にはならないと……信じたい」

 

 イヴと共に過ごした数年の時間を、宝石のように扱うヒロト。

 数年を一瞬、数千年もびっくりするくらい軽く扱うエヴィデンス01。

 エヴィデンス01の長き時間、そこに積み重ねられた想いを、軽んじないヒロト。

 自分がイヴを探し回った悠久の時より、ヒロトとイヴの数年を価値あると見るエヴィデンス01。

 

 互いを尊重し合えるから、互いの過去に肯定を与え合うことができる。

 

「完璧な私になりたかった。

 私の一族は、完璧になろうと進化していた。

 進化の過程で完璧に近付いていった。

 あんなに敵が多いというのに、まだ滅びる気配すらない。

 それは同一次元上では並ぶほどがないほど、私の一族が完璧だからか。

 その一族に、落ちこぼれの先祖返りの私は、どうやっても混ざれなかった」

 

「完璧……か」

 

「君のおかげで、私は少し自分を許せそうだ。

 で、あるが、私が完璧であればという気持ちもある。

 完璧な私なら救えたかもしれない。

 悲劇はどこにもなかったかもしれない。

 もっと完璧であればと、思わずにはいられない。

 ……それこそ、完璧であれば、私は何も思い悩まなかったかもしれない。

 悪の走狗として、一族に馴染み、何一つ疑問に思わないまま生きられていたかもしれない」

 

「あなたは、完璧な自分になりたかったのか?」

 

「取りこぼしがあるたびに。

 苦しい思いをするたびに。

 悲しい想いを抱くたびに。

 完璧な自分でいたかったと思う自分を、なくせない。私の悪癖だ」

 

 完璧な自分で居られたら、と誰もが思う。

 地球人の多くがそう考える。

 だが鯨の民の価値観における『完璧な存在』とは、いかなる願望も叶える力を持ち、悲しみも苦しみも超越した、完成された上位生命体を指す。

 「完璧な自分になりたい」という願い自体は地球人にも鯨の民にもあるようだが、願われる「完璧な自分」の形がまるで違う。

 地球人と異星人は、価値観がまるで違う生き物だ。

 地球人の常識で、異星人の価値観に言えることなど何もない。

 

 けれども、地球人としてでもなく、異星人としてでもなく、友人として言えることはある。

 

「"完璧なあなた"になんてなる必要はない。

 きっと……完璧であることで、失われることもあると思う。

 あなたが完璧でなかったことで守られたものは、本当に何もないんだろうか?」

 

「……あるな。数えられるほどだが、あると思う」

 

 罪なき人を撃てるのが『完璧な』鯨の民。

 罪なき人を撃てないのが『出来損ないの』エヴィデンス01。

 鯨の民が『撃った』のがエルドラ。

 エヴィデンス01が『撃たなかった』のが地球。

 エヴィデンス01が地球で出会った友人の多くは、細かな事情を知らないままに、エヴィデンス01に"そうあってほしい"と願った。

 

「あなたが完璧でなかったおかげで守られたものがあることを、忘れないでくれ」

 

「―――そう、だな」

 

「俺も、あなたも、きっと……大切なものがある限り、完璧になんてなれないから」

 

 もうイヴは死んでいる。

 果たされなかった願いはやり直せない。

 イヴを蘇らせることもできない。

 何もかもが手遅れだ。

 けれど、それを忘れないようにして、ここから始めることはできる。

 

 かつてヒロトとイヴが出会い、ヒロトがイヴを撃った湖畔で、エヴィデンス01はヒロトに手を差し伸ばす。

 

「握手を」

 

「これでいいか?」

 

 その手を、ヒロトが取った。

 

「で、あるな。感謝する。地球人の真似事だが、こうすべきだと思った」

 

「脈絡はないけど、間違ってはいない。これでいいんだ」

 

「で、あるか」

 

 ヒロトが薄く笑む。

 エヴィデンス01の表情は変わらない。

 だが、十分だった。

 目には見えない、交わされた何かがあった。

 

 そこで、空の彼方からウォドムポッドが飛来して、メイが身軽に飛び降りてくる。

 

「ここにいたか」

 

「メイ?」

 

「少し心配になってな」

 

 メイはエヴィデンス01をちらりと見て、ヒロトもちらりと見る。

 それだけでメイは、何かを察したようだった。

 

「ヒロト。やはりお前に任せてよかった」

 

「……そうか?」

 

「ああ」

 

 似ているな、と、エヴィデンス01はヒロトとメイを見て思う。

 似て非なる二人だが、似通う部分があり、精神の源流とでも言うべき部分がそっくりそのまま同じなため、言葉少なに通じ合っている。

 父親と娘のような。兄と妹のような。双子のようなところが感じられる。

 メイはヒロトを、強く強く信頼していた。

 だから、エヴィデンス01とヒロトの交流に、何か期待していたところがあったのだろう。

 

 メイはまた一つ変化と成長を迎えたエヴィデンス01に呼びかける。

 

「帰ろう、エビ」

 

 とても、とても優しい声だった。

 

 ヒロトがイヴのことを少し思い出してしまうくらいに。

 

「お前がいつか自分を愛せるようになるまで、私が友として隣に居てやる」

 

「……ありがたい。君は面倒見がいいな」

 

「そうなのか。お前は私をそう思うのだな」

 

「で、あるな」

 

「なら、努めてそう在ろう。お前のような頑張り屋は嫌いではない」

 

 メイが微笑んで、エビが微笑む。

 今までずっと表情が微動だにしなかったエヴィデンス01の表情の変化に、ヒロトは少し驚き、やがて彼も納得したように微笑んだ。

 完璧なヒロトも、完璧なエヴィデンス01も、完璧なメイも、ここには居ない。

 けれど、完璧な者ごときでは生み出せない光景が、ここにはあった。

 

 完璧でない、失敗して、失って、約束を破って、自分が嫌いで仕方がないというところまで転がり落ちた者達だけが持つ優しさがもたらす、暖かな救いがあった。

 

 

 



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『無限にバウンドするサッカーボール』のロジック

 ターンエルスは両手両足を分裂させ、32のファンネルとして飛翔させる。

 駆け回るモモカプル。

 ターンエルスは360°全方向からのビーム包囲攻撃を仕掛けるが、モモカプルは頭上のビームを強固で大きな手で打ち払い、ひょいっとジャンプしてかわしきる。

 

 モモカプルはそのままイノシシのごとく猪突猛進する。

 ターンエルスは自分の周りにファンネルを集め、遠くから見れば極太のビームのように見えるほどの一点集中、集中砲火で迎え撃つ。

 モモカプルが腹から強力なビームを発射し、両者のビームは衝突、大爆発。

 高熱を孕んだ爆風が残りのビームも吹き散らし、仕切り直しとなった。

 

 ここはトレーニング用オープンディメンション。

 初心者から中級者までが多く利用する広域フィールドである。

 この場での戦いはオープン・バトルであるため、このディメンションに来ている全てのユーザーが見ることができ、様々なユーザーから意見をもらうことができる。

 たとえば改造に悩む中級者以上は、あらゆるユーザーからの意見を募り、その意見を反映させるためにここを使うことが常だ。

 また、強くなりたい意欲のある初心者は、余計な意見を受け付ける気がないため、Bランク以上のダイバーの意見のみを受け付ける設定にしていることも多い。

 逆に他人の意見が自分に与える悪影響を知っていて、自分のスタイルが確立している上級者は、ここを利用しない者がほとんどである。

 

 エヴィデンス01はモモとここで戦闘訓練しつつ、統計的な考察や、人間の意見傾向の分析の参考とするため、全ユーザーからの意見を受け付けていた。

 

「エビちゃん射撃上手くなったねー」

 

「そうだろうか」

 

「うんうん。

 宇宙人だよーって言われた時はびっくりしたけど今は納得かも。

 どこが? って言われるとあんま上手く言えないんだけど、そういうカンジ」

 

「ああ……そういうことか。

 私はこれまで人間の動きを統計的に分析しパターン化していた。

 それを利用して動きを先読みし、射撃もそれを用いていた。

 だが地球人を理解し、地球人の心理を先読みに利用するようになった、というわけか」

 

「よく分かんないけど多分そんなカンジかなー」

 

「それを言うならモモも大分先読みの精度が上がってきた。

 おそらくはこれまで私をELダイバーだと思っていたからだろう。

 それすなわち、君が異星人の心理を理解してきたということでもある」

 

「おっ、私も理解してる? できてる?

 うふふ、私もしかして対宇宙人の外交官とか進路に選べたりするかな?」

 

「いや……モモには大分難しいと思うが……異星人と友人になるならともかく……」

 

「なんだとー!?」

 

「これは昔の話だが。

 ある星に行った時に、私が怒られたことがある。

 『ワープ時に足から現れるとは何事か!』

 とな。

 ワープする時はまず頭から現れる。

 こういうマナーが結構普及してるそうだ。

 外交官はこういうものをよく調べ、よく知り、失礼のないようにしなければならないが」

 

「私には無理だわ」

 

「で、あるな」

 

 マナーとは歴史が浅くとも関係ない。

 少数しか知らないものでも関係ない。

 受け手側がマナーだと認識していればマナーで、自分が知らなければ即失礼となる。

 厄介なものだが、マナーとはそういう性質のものなのだ。

 "そんなマナー『普通』はねえよ"と押し通すことに意味はなく、押し通した方の気分がよくなるだけで、押し通された方の気分は悪くなる。

 相手の気分を害さないためにすることがマナーであるので、万の星の億の民族の兆どころでないマナーを暗記することもまた、宇宙の海を行く際には必要になってくることがある。

 

「地球人はマナーには寛容になっておくといい。

 で、あれば、好まれやすくなる。

 地球基準のマナーをとやかく言わないことで、異星人の心象は大分よくなる」

 

「マナーって? たとえば?」

 

「地球から見て蠍座の向こうには雲状生物の知的生命体群が存在している。

 彼らは不味い飯を食わされたらそれを蹴り飛ばす文化がある。

 不味い飯には不味いとしっかり行動に移すのが礼儀であるからだ。

 逆に我慢して食べるのは何の解決にもならず、相手に将来の恥をかかせるため無礼。

 で、あるならば、地球人の文化とは齟齬が出る可能性もあるだろう……と、思う」

 

「うわぁ、やばやばだぁ」

 

「ただ、この雲状生物を見習うべきこともある。

 嫌なことは嫌だと伝える、これも必要だ。

 出会った時に親愛の気持ちを込めて相手と子供を作る知性体もいる。

 流石に地球の常識からして、出会い頭に妊娠させられるのは嫌だろう?」

 

「流石に初めての彼氏もまだいないのに子供作るのは嫌だなぁ……」

 

「受け入れることは共存の基本だが、それが共存の全てではない。

 時には優しい拒絶も必要だ。

 で、あればこそ、礼儀と失礼の境界線を慎重に歩く必要がある。

 礼儀を守ることではなく、相手にとって大切な礼儀を尊重するのが肝要なのだ」

 

「よし! 外交官諦める!」

 

「で、あるか」

 

 異星人と友達になる才能と、対異星外交官になる才能は違う。

 モモには後者がないだけだと、エヴィデンス01は考えていた。

 

「今日はここまで。お疲れ様っ」

 

「お疲れ様。で、あるな」

 

 やがて練習戦が終わり、二人は休憩に入る。

 強くなりたくてガツガツしている人間でもなければ、仲間でもない他人の戦闘訓練に付き合う意味はあまりない。

 付き合ってくれるのは面倒見のいい善人くらいで、モモはまさにそれだった。

 前のエヴィデンス02と認定された個体の襲来のように、天文学的低確率で新たな鯨の民の端末が訪れても、備えは万全ということだろう。

 

「はー、そろそろリクとかオーガとかじゃないとエビちゃん強くできなくなりそう」

 

「そうか?」

 

「うん。上達めっちゃ早いもん」

 

「ここに来てまず、1恒河沙ほど人体の稼働パターンを学習した。

 ガンプラバトル挑戦にあたり、同様に情報大河から1恒河沙ほどパターンを学習した。

 今はGBNの前身のGPDだったか? あそこからも吸収している。

 目安として今私の中には、各ガンプラバトルを分解した、1那由多ほどのパターンがある」

 

「いちごうがしゃー、いちなゆたー、なるほど」

 

「恒河沙は10の52乗。那由多は10の60乗、で、あるな」

 

「ほへー、すごいね」

 

「あんまり分かってなさそうだな」

 

「んー、まあ、数字は分かんないけど。

 エビちゃんが頑張ってるのは分かるかな。えらいえらい」

 

「……そうか」

 

「私が期末試験前に頑張ってたら同じように褒めて応援してほしいなー、なんて思うね。ふふふ」

 

「分かった。君が頑張っている時、その頑張りを認め、そして褒めよう。約束する」

 

「うんうん。よしよし」

 

 にこっと笑うモモにつられて、エヴィデンス01も笑った。

 

「エビちゃん笑うと可愛いよねえ」

 

「そうか?」

 

「うんうん。なんかこう……2分くらいのバズってる猫ちゃん動画みたいな」

 

「よくわからんな」

 

 "私をかわいいかわいいと言うのはこの子だけだな"と、なんともなしにエヴィデンス01は思う。

 

「モモ。人探しに付き合ってくれてありがとう。探していた者が見つかった」

 

「えっ、あのイルハーヴって人? そうなんだ……私何もしてない……」

 

「ああ。君のおかげで見つかった。感謝する」

 

「おっ、いい顔するじゃん!

 眉ちょっと動いただけだけど!

 私何もしてないけど、エビちゃんがそういう顔できたならよかったかな」

 

「心のしこりが一つなくなった。

 私がどういう顔をしているかは知らないが、私一人では成し遂げられなかったことだ」

 

「出会えないってことは嫌だもんね。

 会いたいけど会えないってことは悲しいもの。

 エビちゃんが出会えてよかった。

 ……ハッ、私三流ラブソングみたいなこと言ってる!?」

 

「三流JPOP風に言うとどうなるのだ?」

 

「夢を夢で終わらせないために~、夢の翼広げて~、夢を追いかけた~」

 

「夢夢うるさいな」

 

 エヴィデンス01にとって地球で最初の友人はメイ、ELダイバーである。

 エヴィデンス01に対し自分から友達になりに来たのはモモが初めてで、エヴィデンス01は彼女から地球人との友好の輪が広がっていったが、モモの後に地球人を知れば知るほどに、この女がおもしれー女だと相対で分かっていくのが、なんとも愉快だった。

 

「私の人生には大目標と小目標があった。

 で、あるから、大目標が消えてしまったのだ。

 小目標はこの地球でいくつか得た。

 だからしばらくは地球にいようと思う。

 しかし大目標が無くなったがために、当座目指すところがない」

 

「へー。何かしたいことはないの?」

 

「二つ考えていることがある」

 

「おお!」

 

「趣味を作ろうかと思っている」

 

「エビちゃんは定年退職してやることがなくなったおじいちゃんか何か?」

 

 実際それに近いというのがなんとも滑稽な話だった。

 

「ネットで人々の反応を見ていて思ったが、オモコロのようになりたいな」

 

「エビちゃんそれ外で言わないほうがいいよ絶対」

 

「なにゆえ」

 

「エビちゃんが"目指すはヒカキン"とか言い始めたら私笑っちゃう……」

 

「?」

 

「異星人YouTuberエビナアイ……なんか三流グラビアアイドルにいそう」

 

「多様な娯楽方面の微細な機微となるとやはり感覚がまだ合わないな……」

 

 エヴィデンス01は顎に手を当てて悩み始める。

 

「趣味かー。スポーツとかどう?」

 

「スポーツ?」

 

 モモがにかっと笑った。

 

 

 

 

 

 そしてエヴィデンス01はモモに連れられ、GBNサッカー・ディメンション―――通常・『ビギニングJリーグガンダム球場』にやって来た。

 巨大なビギニングJガンダムが球場の上部を部分的に覆う屋根となり、楕円状の球場の観客席に多くの人が詰め寄っている。

 その球場に、11対11、合計22の機体が並んでいた。

 そう、ここはガンダムサッカーの球場。

 サッカーは既に戦争なのだ!

 

「なんだこれは」

 

「あ、そっか、エビちゃんは知らないか。

 始まりは1996年。

 鹿島アントラーズとジュビロ磐田はJリーグの年間優勝を競い合ったの。

 それから7年、2002年まで鹿島アントラーズとジュビロ磐田は優勝を分け合ったんだよ。

 彼らは宿命のライバルなの。あ、私達は鹿島アントラーズの方の選手ね、間違えないように」

 

「更によくわからなくなった」

 

「えーとね、Jリーグとガンダムがコラボしたんだよね。

 それぞれのチームの専用ガンダムが出たの。

 北海道コンサドーレ札幌は専用のダブルオーガンダム、みたいに。

 だからGBNにはそれぞれのチームのサポーターがフォース作ってるの。

 そのチームの専用ガンダムで11体揃えたりして。

 見よ、この壮観!

 鹿島アントラーズ専用ストライクガンダム9機!

 ジュビロ磐田専用ガンダムバルバトス11機!

 でも鹿島アントラーズは今日忙しくて人手が足りてないらしいからね。

 助っ人頼まれてたから、ちょうどよかったなーって。さあキックオフだよエビちゃん!」

 

「私達ターンエルスとモモカプルだが、それはいいのか」

 

「いーのいーの。この界隈細かいこと気にしないから!」

 

「で、あるか……」

 

「楽しければ良し、面白ければ良し!

 お金もかかってないしね。

 あ、でも勝ちに行かないとダメだよ。

 これは鹿島アントラーズとジュビロ磐田の誇りを背負った代理戦だからね」

 

「GBNは広いな……」

 

 もの凄い勢いでガンダム達が入り乱れ、空を舞うガンダム達と地上を走るガンダム達の間で、ガンダム用巨大サッカーボールが目まぐるしく飛び回る。

 

「おー攻め込んでる攻め込んでる。しばらくこっちに来そうにないや」

 

「で、あるな。こんなお喋りをしてていいのかとも思うが」

 

「いーのいーの。私達ディフェンダーだし」

 

「で、あるか」

 

「あ、そうだ。エビちゃんと話そうとしてたことがあって。アキレスと亀ってやつ」

 

「なんだ、それは」

 

 足の速いアキレスがいる。

 足の遅い亀がいる。

 アキレスはすぐに亀に追いつくだろう。

 だがアキレスが亀に追いつくまでに、亀はちょっとだけ前に進んでいる。

 亀が進んだ分をアキレスは進むが、亀はその間にまたちょっとだけ前に進んでいる。

 またアキレスが追いつく頃には亀は進んでいて……そうして、足の速いアキレスが亀には決して追いつけないという、矛盾の話である。

 

「なんかこれよくわかんなくて……

 おかしいのは分かるんだけどどこがおかしいかわかんない!」

 

「無限分割の矛盾か」

 

「むげんぶんか……何?」

 

「そう、で、あるな。

 あのサッカーボールがあるだろう」

 

「あるね」

 

 エールストライクガンダムが空中でリフティングしながらゴール前まで運んでいるサッカーボールを指差し、エヴィデンス01は語りを始めた。

 

「最初に100mの高さからボールを落とす。

 落ちたボールは25mまで跳ね上がる。

 その後25mの高さから落ちていく。

 落ちたボールは12.5mまで跳ね上がる。

 その後また落ちて6.25mまで跳ね上がって……を繰り返していく」

 

「ふんふん」

 

「するとこのボールは、跳ね上がる距離が半分になりながら、無限にバウンドすることになる」

 

「え!?

 ならないよ!?

 普通に転がるよ!?

 ……あ、そうか、これアキレスと亀と同じなんだ」

 

「その通り。

 計算上はもっともらしく見える。

 だが、100mの高さから落として50mまで跳ね上がってくるのを1秒としよう。

 最初は上がってくるのに1秒かかり、次は0.5秒、次は0.25秒……となっていく」

 

「半分の高さにバウンドするんだもんね」

 

「この数字を合計していけば分かる。

 無限のバウンドは、限りなく2秒に近付いていくが、2秒は決して超えない。

 2秒を超えた時点で無限のバウンドは終わるのだ。アキレスと亀も同様だな」

 

「おー! なるほど! 確かにこれなら○秒を超えた時点で亀を追い越すってなるわけね!」

 

「これを宇宙では総称的に、無限分割の矛盾と言う。参考になっただろうか」

 

「うんうん、賢くなった気がするっ」

 

「ああ。君は今また一歩知性体として進化し、賢くなったのだ」

 

「あはは、私バカって言われることが多いから賢いって言われるの新鮮だな」

 

「サッカーボール然り、世界には無限に賢くなるための素材が……」

 

 そこに、敵陣からボールが飛んで来た。

 敵ゴールキーパーがキャッチしたボールを受け止め、カウンターで蹴り込んできたのだ。

 

「エビちゃん!」

 

「で、あるか!」

 

 そのボールをモモカプルが胸で受け止め、エヴィデンス01にパス。

 エヴィデンス01の両手足がバラバラになって、ボールを空中で弾き始めた。

 

「何ィ!?」

 

 ガン、ガン、ガン、と弾かれたボールが空中で幾何学的な軌跡を描き、敵陣のゴールへと叩き込まれる。

 32のファンネルによる空中ファンネルキックの連打、そしてゴール。

 だがそこで、声が響いた。

 

「今のハンドだろ!」

 

 なんと、腕を分割してボールを弾くのはハンドだと、ジュビロ磐田から声が上がったのだ。

 

「ハンド!」

「ハンドか!」

「ハンドなのか!?」

 

 緊張が走る。

 

 審判の判定は?

 

「「「 ノーハンドッ! 」」」

 

 歓声が上がる。

 笛が鳴る。

 観客も選手も叫ぶ。

 

「やったねエビちゃん!」

 

「楽しいな、サッカー」

 

「でしょぉー!」

 

 人生の目標を失っても、そこから先はある。

 

 世界には楽しいことが無限にある。

 

 そして、それを教えるのがとびっきりに上手い女は大抵、"おもしれー女"と呼ばれたりするのであった。

 

 

 



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『時間』のロジック

「モモ」

 

「はいはーい、何何?」

 

「ドレンというキャラが居るらしいな」

 

「あーいるね。

 私も前に教えてもらったおじさんだ。

 シャアの副官……だったよね、確か。

 ガンダムがズバッと切って倒しちゃった敵の人」

 

「まず、ファレンはどの作品に出るのだろうか。

 順番に見ていきたい。

 ソ連は学んだ。国家だな。で、あれば、間を埋めていこうと思う」

 

「ん?」

 

「ドレミファソ……」

 

「ドレンとソ連に関連性はないよ!? レレンもミレンもファレンもいないよ!?」

 

「ああ、そうなのか」

 

「これはダメだ……頭の良い異星人は深読みに入るとか知らなかった……」

 

 ド連がもたらす冷戦の危機は近い。そんなことはない。そんなものはない。

 

「エビちゃんなんでこんなに頭良いのにこんな頭悪いの……

 って思ってたんだよね。

 でも気付いたんだ。

 エビちゃんは頭良いけど知らないだけなんだよね、って。

 でもそれも違う気がしてきた。

 エビちゃん頭がいいかもしれないけどド天然だよ、多分……天然宇宙人だ」

 

「で、あるかもな。

 私も知識を溜め込んだだけだ。

 聡い者というわけでもない。

 天然……収集したデータにある。なるほど、サラ殿のようなものか」

 

「えー、うん、まあ、そんな感じかな。

 あとね、ナチュラルに優しい人より考えて気遣ってる人って感じ」

 

「で、あるか?」

 

「エビちゃんって

 『なんでこんなことも分からないんだ?』

 って絶対に言わないんだよね。そういうエビちゃん結構好きだよ、べいびー!」

 

 にしし、とモモが笑う。

 エヴィデンス01は目を細め、微笑む。

 彼女に対し、エヴィデンス01は、"素晴らしい人間だ"と、迷わず言える。

 

「君は本当に本質的なことへの気付きに優れているな。敬意に値する」

 

「え、そう? えへへ」

 

「さて。約束の時間まであと1メィンシィ……20分ほどだな」

 

「エビちゃんって時々変な単位使うよね」

 

「ああ、慣れた単位で、合理性があるからな。

 合理性が高い……で、あるということは、宇宙の様々な場所で使いやすいということだ」

 

「なーるほど」

 

「君達もそうだろう。で、あるなら、どれも同じだ」

 

「……んん?」

 

「1メートルは地球の赤道と北極点の間の子午線弧を千万分の一にしたもの。

 それを光の速さを299792458という当て数字で計算し調整したものだろう。

 どうにもややこしいが、君達の距離単位はこれを基本としているようだ」

 

「へー」

 

「グラム、リットル、温度も水が基準。

 で、あるならば。

 この星は星の上にあるものを利用して単位を決める文明であるということだ。

 これは自分の中に完全な体内時計を持たず、完全な測量感覚を持たない生物の文化だな」

 

「自分の中に時計があったら便利だろうなー」

 

「だろうな。で、あるが。

 君達人間は、もう既に二つ時間を手にしている。

 あと一つ手に入れれば、宇宙に旅立つには問題がない」

 

「二つ? 一つ? 時間って一つじゃないの?」

 

「地球人の文明レベルなら三つ抑えておけば十分だ。

 まず一つ目。主観時間。

 人間が主観的に感じている時間だ。

 モモで言えば……そうだな、楽しい時間はすぐ過ぎるということはないか?」

 

「あるある! 遊びすぎてお母さんに怒られるのもしょっちゅうでした……」

 

 恥ずかしそうに、頬を薄赤に染めたモモが頬を掻いていた。

 

「個々人の中には、固有の時間が流れている。

 それはミクロな精神内の宇宙に流れる時間、とも解釈される。

 正確な体内時計を持つということは、己の内外の時間の流れが揃っているということ。

 持たないということは、己の内外の時間の流れが違うということだ。

 これが第一の時間。地球人も理解している、主観時間……で、あるわけだな」

 

「なーるほど」

 

「熊の冬眠は長らく『冬の眠り』と呼ばれてきた。

 人間の睡眠に近いものだと考えられれてきたわけだ。

 よって、冬眠中の熊に近寄ってはいけないと言われてきた。

 熊の眠りはすぐに覚める、とな。

 それは熊の体温の低下度合いからも間違いないと言われてきた。

 動物は体温を10度下げると代謝機能が半減する。

 熊の冬眠はせいぜい5度しか体温が下がらず、半覚醒と考えるのが自然。

 だが、そうではなかった。

 冬眠中の熊の心拍数は1/6まで低下。

 20秒に1度程度しか心臓は脈打たなくなる。

 代謝は1/4程度まで下がり、極めて深い眠りにまで落ちていることが分かった。

 熊の冬眠は目覚めないのだ。

 それは熊の神秘と見られ、国内外で注目されたという。

 これは熊の神秘を解明しただけに終わらない。

 体温と代謝の独立した関係を証明することにもなった。

 熊の神秘の解明は、動物の冬眠時の体温と身体活動レベルの関係性の解明でもあった。

 だが、その当事者はどうなのだろうか。

 熊の主観はどうなのだろう。

 人間同様の眠りであれば、夢も見たはずだ。

 長い夢を。

 だが意識の覚醒レベルがここまで低いのであれば、冬眠から目覚めまでは一瞬。

 主観時間では一瞬の眠りでしかないはずだ。

 悠久の時を冬眠で過ごしたとしても、一瞬に終わる刹那の主観時間……そういうことだな」

 

「ん?」

「ん?」

 

 二人の横で突然語り出した白いハロに、エヴィデンス01とモモは同時に振り向く。

 

「では、さらばだ」

 

「あ、はい」

 

 白いハロは去っていった。

 

「誰……?」

「誰だ……?」

 

 エヴィデンス01とモモは首を傾げるが、考えてもよく分からなかったので、話を続けた。

 

「二つ目は天体時間。

 君達の時計などの基準になっているものだ。

 一年、一ヶ月、一日、一時間、一分、一秒。

 公転と自転で決まるそれは、空の星を指標としたもの。

 で、あれば、君達が宇宙に進出した未来で、一番先になくなるかもしれないね」

 

「へ? あ、そっか。

 遠い宇宙とかに行ったら太陽とかないもんね。

 遠い星だと一日が50時間とかだったりするかも?」

 

「そう、その通り。

 君達はある程度時間を絶対視しているようだ。

 その時間を認識するため、太陽系天体基盤の時間刻を使っている。

 だが、それは太陽系の外に出ると途端に不便になるだろう。

 外宇宙に合わせた時間単位を新たに作るか?

 それとも今の時間単位を使い続けるか?

 どちらかは、地球人が決めるといい。

 便利な新しいものを使うのも、慣れた古いものを使うのも、その人の自由だからね」

 

「じゃあ、エビちゃんも使ってないの? 天体時間」

 

「いや、使っているものもある。便利ではないが」

 

「ほっほー、なになに? どんなの?」

 

「宇宙の彼方に、男女の星がある。

 それはここから60万光年ほどの距離にある星の知的生命体が男女とした星だ。

 二つの星は鈍く光りながら円形の軌道を飛翔し、たまに重なって見える。

 千年に一度、その知的生命体の星からは、重なって見えるのだ。

 その星の知的生命体は、それを男女の逢瀬に見立てた。

 千年に一度だけ触れ合うことができる、途方も無い純愛の星だと。

 その星ではその千年の周期を一つの単位とした。私もたまにそれを使っている」

 

「なんて単位?」

 

 エヴィデンス01は誤解なく伝えるため、言葉を選び、丁寧な翻訳を心がける。

 だけどその時、彼の翻訳は普段より長く、たっぷり数秒はかかっていた。

 それはおそらく、彼の好きな単位が、彼の好きな言葉であり、彼の好きな表現であり、それを間違いなく地球人に伝えるために、彼がいつもより熱を入れて言葉を選んでいたからだろう。

 

「―――『君の居る宇宙(そら)のみ星は輝く』、という意味の単語になる。そんな単位だ」

 

 だから過不足なく、彼が好きな遠い星の異星人の年月単位――天体時間基準の単位――は、モモに伝わった。

 

「……わっ、ロマンチック! 単位なのにロマンチック!」

 

「ロマンのない単位表記に価値はない、と思う知的生命体も居るのだよ」

 

 単位を簡潔なものにしようとする地球の知的生命体がいるように、単位に美しい文章を求める知的生命体もまた、宇宙の色んなところにいる。

 

「わー、わー、私が生きてる間にその種族に会いたいな……無理かなあ……」

 

「君が大人になったら、一度だけなら、私が会わせてあげよう」

 

「むー。子供扱いされてる……」

 

「大人になるということは、歳を重ねることだけを指すのではないよ、モモ。

 それは、知的生命体の幼年期をひとまず終えるということだ。

 相手に失礼を働かない知性を身に着けるということだ。

 君が地球人の印象を悪くしない大人になるまで、私は待つ。

 君が自分を責めないように。

 未熟さゆえの失敗を君がしないように。少しの時間を、私は待つとも」

 

「……頑張ります」

 

「大丈夫だ。君はそうなれる。で、あれば、私は君が素敵な大人になるまで、少し待つだけだ」

 

「むー。エビちゃんはズルい」

 

「で、あるかね」

 

「あるに決まっておるわー!」

 

 長く綺麗な銀の髪がさらさらと流れるエヴィデンス01の服を、モモが構ってほしい猫のようにぺしぺしと叩く。

 余裕綽々のエヴィデンス01に、少々照れた様子のモモが絡み、銀色の髪が銀河の星の河を思わせる色合いで揺れていた。

 

「主観時間。

 天体時間。

 この二つが地球で主に扱われているものだ。

 今は私もこのアバターが体だから、君達に感覚が近い。

 私も君と共に過ごす時間は楽しく、主観時間で短くも感じる。

 だが天体時間は揺らがないため、時間の流れは一様だ。そういうものなのだよ」

 

「はぁー、これだもん。顔が良いアバターを使ってる異星人は困る……」

 

「何? 何か困らせたか? で、あれば、すまない」

 

「いや別に何も困ってないけど」

 

「なんなんだ君は……」

 

「なんなんだはこっちの台詞なんだけどなぁ。

 ……ハッ、気付いてしまった!

 エビちゃんは綺麗な言葉、相手を喜ばせる言葉を集めて使ってる。

 それでなんかよくわからない方法で相手を計算して分析してる。

 でも計算だけで話してるから照れとか地球人っぽい感情がない。

 絶妙に相手を喜ばせる言葉だけ言うんだ!

 躊躇いも照れとかもなく!

 口の上手いご機嫌取りロボットの超すごい版!

 完成したらパーフェクトコミュニケーションしかしない! これは……モンスターね……」

 

「何言ってるのかね君」

 

「やだ、隣のクラスのマミちゃんの家のインコの上位互換……恐ろしい子だわ」

 

「私はいつインコの上位互換に?」

 

 主人の言葉をそのまま返して主人を喜ばせるインコの上位互換、ご機嫌取りをする対話AIの超すごい版、頭の良い異星人が頭の中で同列になっているのが、実にモモだった。

 

「三つ目は何? 私もうここまで来たら三つ目想像もできないんだけど……」

 

「で、あるか。モモは、夜空を見て何を思う?」

 

「んー? 夜だなー、とか。星だなー、とか」

 

「で、あったか。私が思うに、夜空を地球の言葉で表すなら、映画館というのが近いと思う」

 

「映画館? なんで?」

 

「夜空はいつだって、宇宙の過去の姿を写す映画館だからだ。

 空の星の光は、遠い過去に発せられた光が届いている。

 光はあまりにも遅く、一光年の距離を進むのに一年かかる。

 君達が夜空というシアターに見ているのは、大昔の宇宙の姿なのだ」

 

「へー、ロマンだね」

 

「同時に、君達は時間を遡っている。

 光は過去から現在に向かって飛ぶ、宇宙の姿という名の映画。

 夜空を見上げるだけで、君達は過去の宇宙をリアルタイムで見ている。

 過去と今をリアルタイムで繋げる銀幕。

 夜空は映画館であると同時に、誰もが使うことを許されたタイムマシンなのだ」

 

「んふふ。エビちゃんってロマンチストだよね」

 

「で、あるか?」

 

「うんうん」

 

 にこにこと笑うモモの内心を、エヴィデンス01はあまり正確には分かっていない。

 

「三つ目の時間とは、絶対時間。

 宇宙の時間はよく歪む。

 重力によって歪み、宇宙の膨張によっても歪む。

 ブラックホールの内側の時間は特に無茶苦茶だ。

 夜空に光が伝わることで、過去の情報と情景が時を越えて伝わることも多い。

 様々な時間がこの宇宙にはある。

 だがそれらを統合する理論を打ち立てることで、初めて見えるものがある。

 宇宙の誕生から終焉に向かう一本の時間の河。

 細部に歪みはあれど、それでは歪まない一本筋の時間。

 無限に流れる情報の大河。

 これを、宇宙の唯一絶対の時間……絶対時間と呼ぶ。

 天体の軌道によって定義されるものでもなく、主観でもなく、宇宙に変わらず流れる時だ」

 

「それで時計作るのが一番良いのかな。うん、便利だよね」

 

「ううむ……また妙な真理を突いてくるな」

 

「え、だってそうじゃない?

 というか絶対時間って他に何の役に立つの?」

 

「この宇宙にも寿命があるからな。

 で、あれば、宇宙の終焉までに他の宇宙に出ていける。

 この宇宙に絶対時間が生まれた日があるように、いつか時間もなくなる日が来るのだ」

 

「どのくらいになくなるの?」

 

「早ければ50億年。まあ実際はもっと保つがね。

 先進的な知的生命体はこぞって研究している分野だ」

 

「あー、私が生きてる間は大丈夫なんだ。よかったよかった」

 

「図太い……」

 

「来年宇宙が終わるとか言われたら、一年でやりたいこと全部終わらせないといけないもんね」

 

「……」

 

 地球人の価値観は、いつもエヴィデンス01に少しの驚きと、多くの学びをくれる。

 

「……あっ!

 思いついた!

 学校に遅刻しても『絶対時間ではセーフ』って言える!

 やたっ、これで明日からお寝坊しても先生に怒られない言い訳ができる!」

 

「できるわけがないだろう……」

 

「そんなぁ……」

 

「大熊座はプトレマイオス48星座……

 いわゆるトレミー48星座に属している。

 北斗七星を内包する、日本でも有名な星座だ。

 その星の並びは雄々しく強い熊の姿に見立てられたという。

 古来、大熊座のミザールとアルコルは視力検査にも使われていたとか。

 特に特徴的なのはGN-z11だろうか。

 地球の観測上最も古く、最も遠い、星に見える赤き銀河。

 まるで遠くから人間の様子を窺う熊のような銀河だな。

 だが大熊座の銀河はかなり重い。

 世界最大種のホッキョクグマに次ぐ大きさのヒグマのようにな。

 重い、ということは遅いということ。

 宇宙は重くなればなるほど重くなるらしい。

 そこは熊とは違うところだ。

 熊は非常に重くとも、非常に俊敏だ。

 熊が宇宙より優れているのは、この俊敏性に保証されている。

 重い銀河である大熊座の時間の流れは、当然銀河単位で遅いだろう。

 そして色彩が重さにより変化し、そう、怒れる熊のような色合いに染まっていく……」

 

「ん?」

「ん?」

 

 二人の横で突然語り出した白いハロに、エヴィデンス01とモモは同時に振り向く。

 

「では、さらばだ」

 

「あ、はい」

 

 白いハロは去っていった。

 

「誰……?」

「誰だ……?」

 

「あれ公共施設のログインアバターだよ。

 病院とかにあるHMDの、モビルスーツの操作とかできないやつ。

 ガンプラの読み込みもできないけど、病気の子供とかがGBNを見れるんだよね」

 

「で、あるか。……で、あれは、なんだ……?」

 

「なんだろう……?」

 

 なんだったのだろうか。

 

 待ち合わせの時間まで、あと五分ほどあった。

 

 

 



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『ターンエルスの元』のロジック

色々と仕事が忙しい時期が終わったので連載のペースを徐々にでも戻したいですね
全く関係ない話ですけどボックス沢山開けたので骨が揃いました


 待ち合わせの場所に、二人の男が現れる。

 

 片方は白髪で眼鏡のエルフ。

 気怠げで人間味のある目つきからリアルの体をベースにしていることは分かるが、大分外見をいじっているため、現実で本人を見ても気付けないだろうということも分かる。

 リク達より幾分か高く、かつ古いネットリテラシーが感じられる。

 『エルフの賢者』といった印象の服装と容姿のバランスは、RPGの主人公のようなリクのアバターとは趣向が違い、『主人公になりたい』より、『主人公を支えるサブキャラクターがいい』という少し大人びた願望が感じられた。

 

 もうひとりは、青紫のハロ。

 ゲストアカウントのレンタルアバターのようなハロでありながら、目つきやカラーリングが相当いじってあり、『GBNには馴染まない』という抵抗感と、何もいじっていないアバターなど使いたくないというこだわりの両方が感じられる。

 エヴィデンス01の目には、あまりにも複雑な情報の混沌の気配――混ざりに混ざった感情――がうっすらと見えていた。

 

 この二人はELダイバー保護施設、ELバースセンターの職員。

 世界で唯一電子生命体が生まれる場所、GBNと国の橋渡しとも言える機関の人間であり、突然誕生した自分という存在に戸惑うELダイバーが唯一頼れる公的機関でもある。

 始まりのELダイバーと呼ばれたサラ以降、全てのELダイバーは彼らの世話になっていた。

 

「始めまして。ナナセ・コウイチです。ダイバーネームはKO-1(コーイチ)

 こいつはシバ・ツカサ。ダイバーネームは按手。

 今回あなたの街散策用の体を制作するELバースセンターの担当職員です」

 

 白髪で眼鏡のエルフはコウイチ。

 好感が持てる微笑みでエヴィデンス01に話しかけてきており、人の良さそうな笑顔、優しい印象の語調、どれもが"ああ、いい人だ"と思わせるものだった。

 こういう人当たりの良さを持っているのは、詐欺師か底抜けのお人好ししかいない。

 

 ハロのシバは、逆に印象が大分悪かった。

 愛想が悪い。そもそもエヴィデンス01に話しかけてこない。

 エヴィデンス01に対する好意が感じられず、それどころか敵意すら感じられる。

 何故敵意を向けられているのか、エヴィデンス01はさっぱり分からなかった。

 

「お初にお目にかかる。エヴィデンス01と名乗っている者だ。エビちゃんなどと呼ばれている」

 

 シバはフン、と鼻を慣らし、名乗ったエヴィデンス01を無視する。

 コウイチは塩対応のシバに冷や汗を流し、シバとエヴィデンス01の間に入るように――シバをエヴィデンス01から隠すように――愛想の良い笑顔でエヴィデンス01に話しかけた。

 

「本日はお日柄もよく……」

 

「これはご丁寧に。

 しかし必要はない。

 地球人の礼節は地球人を不快にさせないためのもの。

 で、あれば、私には不要だ。その誠意には感謝しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「呼び捨てで構わない、敬語もいらない。

 と言いたいところ、で、あるが。

 君にはその方が話しにくいだろう。存分に敬語を使ってくれ」

 

「あはは……すみません、気を使ってもらったみたいで。

 流石に不快な思いをさせられない異星からのお客人が相手だと、ため口は無理ですね」

 

「うーむ中々。で、あるなら、私も大分地球人を分かってきた気がするな」

 

 エヴィデンス01が分かりにくい形で得意げに言うと、シバは反応すらせず、コウイチは人当たりの良い笑みを浮かべた。

 

「はい、少し驚きました。

 僕らは地球を知ろうとしている異星人としか聞いていませんでしたからね。

 でも、来てから大分経っているとも聞いていました。

 僕のフォースのリク君達からも話は聞いていたので、予想はしていましたが……

 正直予想以上です。僕ら地球人と何も変わらない、そんな人に見えるくらいですね」

 

「で、あるな。

 見ろ。この私がSNSで貼った画像リプを。

 バズったツイートに

 『くそっ……じれってーな

  俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!』

 の画像を貼ってリプすることで地球人の中に完璧に潜伏することに成功している」

 

「大分変な馴染み方してますね」

 

 涼やかにコウイチはツッコんだ。

 彼はELバースセンターの職員であると同時に、リク、サラ、モモと同じ、ビルドダイバーズのメンバーであった。

 

「俗な馴染み方をしている方がいいのだ。

 で、あるからこそ、その星に本当の意味で溶け込めたと言える。

 君達の星でも、外国人が書いた日本語の文章は細かい部分がおかしいことがあるだろう?」

 

「ああ、ありますね」

 

「これを私達は"異文化の細の穴"と呼ぶ。

 異邦人の文書や言葉に残る違和感の穴のことだ。

 どうしても、書いた文章や話す言葉におかしなカドが残るのだ。

 で、あるため、地球人との対話を繰り返し、馴染めて初めて第一歩とするのだ」

 

「なるほど……」

 

「調べたところ、日本人はインカのマンコ・カパック殿の名前で大笑いするらしい。

 オマーン国際空港で笑う理由も理解した。

 で、あるからして、私も日本人がそういう受け取り方をする単語は避けている。たとえば」

 

「この話やめませんか」

 

 コウイチは真面目くさった顔で話を打ち切り、シバは話に加わらず、モモが自己紹介の一区切りを感じて沈黙を破った。

 

「五分前行動! コーイチさんは真面目だよね~」

 

「モモちゃんはもうちょっと遅刻減らそうね」

 

「はう……ご、ごめんなさい」

 

「いいよ、たまになら愛嬌で済むものだから」

 

 たしなめるコウイチ。素直に聞くモモ。まるで子犬とその飼い主のようだ。

 エヴィデンス01はこの二人が会話しているところを初めて見たが、モモがコウイチを振り回している光景も、コウイチがモモを優しく叱っている光景も、容易に想像できてしまう。

 ビルドダイバーズというフォースの絆は、かなり深いように見えた。

 

「モモちゃんもエヴィデンス01さんを連れて来てくれてありがとうね」

 

「いえいえー、私とエビちゃんはマブダチですので!」

 

「マブダチ……で、あるか」

 

「あれ? エビちゃんはそうは思ってくれてなかったやつ? そんなぁ」

 

「……で、あるわけがない。私も同様だ」

 

「っ! もーエビちゃんったら、変に不安にさせて焦らすんだからもー!」

 

「焦らしていない」

 

「焦らしてたーっ」

 

 モモがエヴィデンス01の背中をばしばし叩き、エヴィデンス01が無言・無表情のままそれを受け入れているのを見て、コウイチも少し緊張が消えてきたようだ。

 異星人と聞いて、普通の人は身構える。

 E.T.のような宇宙人を連想する者もいれば、インディペンデンス・デイを連想する者もいる。

 全然気にしていないモモが変で、モモとエヴィデンス01の掛け合いを見て少し安心と親近感を覚えたコウイチが普通なのである。

 

 そういう意味では、一貫して話に加わらず、敵意だけを時折向けるシバもまた、モモ同様に変な反応をしていると言えるだろう。

 

「では、エヴィデンス01さんに説明を始めます。

 メモが必要な時は適宜僕に言って下さい。説明を止めます。

 書類はデータと紙の両方で用意してあるので、まずデータの方からお渡ししますね」

 

「感謝する、コウイチ殿」

 

「今回することは、エヴィデンス01さんが地球で動かす体のテストです。

 基本的にはELダイバーと同じことをします。

 現実で動かすための体、モビルドール。

 電子生命を入れるためのビルドデカール。

 この二つを用いて、エヴィデンス01さんが現実でも自由に動けるようにします」

 

「で、あるか。詳細は任せる。かたじけない」

 

「いえいえ、エヴィデンス01さんがGBNの外でも活躍できるように……

 というのは、色んなところが望んでるみたいですから。

 超特急で異星人用のモビルドールをなんとかしました。な、ツカサ」

 

「……」

 

「お前今日は本当にどうしたんだよツカサ……すみません」

 

「構わない。で、あれば、おいおい時間をかけて話していけばよかろうことだ」

 

 コウイチが話を振っても、シバは話に参加しようともしない。

 無愛想を通り越して、敵対的一歩手前だ。

 異星からの客人を不快にさせないように気を使いまくっているコウイチが、シバの一挙一動に胃を痛めているのが見るだけで分かる。

 それでもシバを退席させないのは、何か理由があるのかもしれない。

 たとえば、彼がどうしてもこの場に居る必要な理由があるからだとか。

 エヴィデンス01の疑問や要望に対して的確な解答と対応を行える人間がシバ・ツカサしかいない……などの可能性が考えられる。

 

 エヴィデンス01がデータ上の書類に凄まじい速さで目を通しているのを横目に見て、モモはコウイチにひそひそと耳打ちを始めた。

 

「シバさんどうしたの?

 まーた鉄血系列が強いけどデータ実装数少なすぎだ不遇だって運営にキレてるやつ?」

 

「いや……なんだろう。

 エヴィデンス01さんと会うってなったらこうなんだ。

 モモちゃんは何か心当たりない? 僕は全然ないんだよね」

 

「えー。私と怒る案件正反対の人だから分かんない……

 私シバさんみたいに『GNドライヴ優遇はカス』とか怒ったりしないもん」

 

「ま、そっか。

 何に怒ってるんだろうね。

 それとも、怯えてるのかな……?」

 

「何かエイリアン映画でも見た記憶が残ってるのかなあ」

 

「ツカサがエヴィデンス01さんを侵略者だと警戒してる可能性か……ありそうだ」

 

「でしょでしょ!? そうだと思ったんですよねー!」

 

「ツカサは、新しく外から来るものは警戒するんだ。

 新しく来たものが嫌いなわけじゃない。

 それが元からあったものを破壊してしまうのが怖いんだ。昔ほら……色々あったからね」

 

「あー」

 

「モモちゃんの推測が当たってるのかもね……ツカサ! もしそうなら杞憂だよ!」

 

「……チッ」

 

「だからその失礼な態度をやめよう。

 大丈夫だって、侵略目的の人には見えないじゃないか」

 

「エビちゃんは怖い宇宙人じゃないよー、ほらほら、金銀二色のイケメンさんだよ」

 

 不貞腐れたような様子で、シバのハロはそっぽを向いた。

 モモが引きつった笑いを浮かべて、コウイチががっくりと肩を落とす。

 この頑なささは、筋金入りだ。

 

「で、あるか。あ、説明の書類は読み終わったぞ」

 

「早っ!? え、結構な量があったと思うんですけど……五分くらいで読み終わりました?」

 

「地球に来てすぐの頃、媒体の違いに少し苦心した覚えがある。

 文字データに、このアバターの目を透した光学的読み込みだよ。

 で、あれば、本体の私と比べると随分遅いくらいだ。

 いや……もう少し別の情報読込と処理の形式を考えてみてもいいかもしれないな」

 

「本体……ああ、あの、太陽系より大きいという」

 

「そう、それだ。

 で、あれば、ここからの説明は必要ない。

 全て理解した。

 そう、地球で言うところの……期末試験前日の一夜漬けのように」

 

「ああああああああああ私が全然理解できてないやつうううううううう!!!」

 

「モモちゃん落ち着いて!」

 

「……で、あったか。

 私がこのGBNで使っている端末情報子をビルドデカールに移行する。

 ビルドデカールをモビルドールに装填する。

 私がその情報子を目印に、量子意識紐を繋げる。

 私の意識の波動は人形に接続され、手に乗るサイズの人形として活動を始める……と」

 

「そういう手順になるわけですか。どうですか? できそうですか?」

 

「できる。問題はない。このビルドデカールとモビルドールの出来からしても容易だ」

 

「……ほっ、よかった」

 

「これはELバースセンターの謹製か?

 よく出来ている。

 特にこのビルドデカールだ。

 地球人の現時点での技術レベルを遥かに超えている。

 ナノサイズの集積回路か?

 自立稼働するナノマシンと言うべきものか。

 地球文明ではあと200年は確実に生まれないものと見た。

 で、あるからこそ、疑問だな。

 この技術をどこで得た?

 出所不明なら気を付けろ。何かの形で異星人が技術提供している可能性がある」

 

「ああ、いや、その心配はないですね。

 モビルドールは僕が作っていて、ビルドデカールは彼……ツカサが作ってますから」

 

「……驚いた。私は運が良いな。

 人類の転換点そのものとなる、歴史の節目の大天才が居る時代に地球に来れたとは」

 

 エヴィデンス01が無表情なまま、言葉の上でだけ驚いた。

 

 このビルドデカールは、本来GBN運営の協力が一切無いまま完成されたものである。

 デカール(シール)の一種でありながら、貼るだけで稼働。外部からの電力補充もないまま効力を発揮する電子機器となる。

 本来ガンプラの読み込みやプレイヤーの操作機器でのみアクセスできるのがGBNで、GBNから外部へのデータ出力は不可能だが、これはGBNのメインシステム側に大規模なデータ出力を可能とするソフトウェアを埋め込むもの。

 大規模サーバーの巨大ソフトに()()()()()()()()()()()()()()というとてつもないものだ。

 

 感情を発達させたELダイバーのデータ総量は過負荷を引き起こすため、宇宙規模とも言われるGBNのデータ容量ですら抱え込めないが、ビルドデカールは余裕で抱え込める。

 つまりシール一枚に、宇宙規模の世界を作れるだけのデータ容量があることになる。

 ELダイバーがいくらデータを拡大しても、そこに問題は発生しない。

 

 そもそも本来、GBNをハッキングすることは不可能に近い。

 外部からのアクセスは勿論困難で、ログイン時のデータの読み込みも、ガンプラのデータを読み込むだけのものだからだ。

 だがこれは『ガンプラを読み込む機能で読み込ませたデータが独立稼働し独自に運営のメインプログラムをハッキングする』という仕組みで作られている。

 ダウンロードされたプログラムではない。

 ガンプラデータとして読み込まれたただの不正コードなのに、それができる。

 読み込まれたデータが、サーバーの中でいつでも起動できる状態の、スタンドアローンハッキングシステムとして動くのだ。

 しかも、それの読み込みに対し全てのセキュリティが無効化されてしまうというおまけ付き。

 

 対象のサーバーのメインプログラムを読み込ませたコードが勝手に書き換え、勝手に新しいメインプログラムを作り、サーバーが勝手にその改竄メインプログラムを動かし始める。

 それによってメインプログラムが改竄前よりも優れた機能を持つ。

 これはもはや、近未来SFのマルウェアである。

 

 現在、地球人は人工知能の開発に熱心である。

 電子の世界に知能を作ろうとしているが、なかなか難しいというのが現実だ。

 ハードの限界、ソフトの限界、両方にぶつかっている。

 だがこれは違う。

 電子の世界に生まれた電子生命体、ELダイバーと組み合わされることで、独立した機械生命体が完成する。

 人類の手に余る規格外のELダイバーに、人類を超越した規格外のビルドデカールを合わせることで、地球技術の中でとびきりに浮いた超技術の機械生命体が誕生したのだ。

 地球人の技術ツリーを見る限り、このビルドデカールは、あまりにも異常なのである。

 

 まさに、異星人レベルの技術。

 現代の人類文明の技術ではハッキング成功率0%のサーバーに、ハッキング成功率100%でハックが可能とも言えるもの。

 やっていることだけ見れば、「このレベルの技術力があれば核ミサイルの国家管理システムも乗っ取れるんじゃない?」と思わされる領域にある。

 

 星の外側からの視点を持つエヴィデンス01だからこそ、このデカールの化物度合いがよく理解できていた。

 これはエヴィデンス01が地球人の文明レベルに合わせて提供しようとしていた適度な高等技術の多くを凌駕するほどのものである。

 

 電子生命体・情報生命体の存在に対応可能なハードウェアという点で、これは宇宙に進出した後の人類が開発すべきものだった。

 

「エヴィデンス01さんに合わせた調整をして、専用ビルドデカールを作ったのもツカサですよ」

 

「で、あるか。

 話には聞いていた。

 各知的生命体には、文明の転換点となった大天才がいると。

 それは多様性に長けた知性体群ほど多く生まれると。

 実際に生きている者を見たのは初めてだ。

 その天才によって宇宙に進出した種族もいる。

 その天才によって滅亡、あるいは衰退した種族もいる。

 この星は前者……で、あったか。それはいいことだ。希望が持てる」

 

「ELダイバーは基本的に僕とツカサが現実の体を作ってあげてます。

 エヴィデンス01さんの知り合いだと、サラちゃんや、メイちゃんがそれにあたりますね」

 

「で、あるわけか。

 いやこれは面白い。

 根本的なシステムがシステムクラックのそれだ。

 そして同時に、新システム創出のそれでもある。

 状況次第では唯一私の命を奪えるものを作れるかもしれない」

 

「え……そうなんですか?」

 

「将来的には、で、あるがな。

 情報体への干渉という意味ではこれが飛び抜けている。

 地球人側に私への有効打は必要だと思っていた。これは使えるかもしれん」

 

「? ええと、何故自分への有効打を?」

 

「交渉、対話は、互いが対等であって初めて健全性を含めた効率が最高となる。

 で、あれば、私が相対的に強すぎることが起こす不具合というものもあると考えていた。

 地球上の概念で言えば、そうだな……

 腕力の差で言うことを聞かせるジャイアンとのび太の関係ではいけないということだよ」

 

「本当に地球に馴染んでますね」

 

 コウイチが苦笑する。

 "たとえ話"は、異なる常識の間では本来成立しないもの。

 かつ、個人間での会話において的確で迅速な理解を求めるために、最も有効な物の一つだ。

 外国人が日本語を習得した後も、たとえ話を使いこなすには大分時間がかかるという。

 

 コウイチは、エヴィデンス01が苦労して地球の常識を理解したことをひしひしと感じる。

 同時に、地球人同士が争うのに使う兵器ではなく、エヴィデンス01にだけ通じる攻撃手段が地球人に備わることを喜ぶ姿に、ズレたものも感じていた。

 善良な超越者の在り方。

 人類に従属ではなく進化と成長を望むスタンス。

 対等の関係を望む意向。

 まるで息子が自分を超えていくのを望んでいる父親のような、慈悲と先導の想いの香りを、コウイチはなんともなしに感じていた。

 

「自分より強い命が横に居るというのは心穏やかではないものだよ、コウイチ殿。

 知性がある程度発達した生命体にとって、それはストレスなのだ。

 生態系の頂点であるという安心感こそが、その知的生命体に余裕を生む。

 かつ、私に媚びてへりくだるという歪みも軽減される。

 私に怯え、私に遠慮してしまう相対的弱者にはならない方がいい。地球人のためにも」

 

「なるほど。分かりました。こっちでも話し合ってみます」

 

「感謝する」

 

「その……随分を気を使っていただいているようですが」

 

「ううむ。地球人はやたらそこを気にするな」

 

「あはは……異星人の方からこういう接し方されたらこうもなりますよ」

 

「そこまで過度に気を使っているつもりはないが……そうだな。理由は三つある」

 

「三つ」

 

「一つ目は宇宙道徳に基づいた考え。

 宇宙的な通念上の考えに私は従っている。

 二つ目は私個人の考え。

 こうした方が地球人にとっていいだろう、という私の見解。

 三つ目は……あまり大声で言えることではないが、不理解ゆえのものだ」

 

「不理解?」

 

「理解してない相手と話す時、地雷を踏むのが怖いだろう?

 無自覚な失礼が怖いだろう?

 だから気を使う。

 怒らせたら後が怖い偉い人との会話時など最たるものだ。

 親しくない偉い人との会話ほど気を使うものはない。

 逆に、相互に理解し合った友人同士の語り合いは気を使わないだろう?

 気心知れた上司との会話も気を使わないはずだ。理解は気遣いを駆逐するのだよ」

 

「ああ、なるほど」

 

「気を使うというのは、不理解の証でもあるのだ。

 私は不理解ゆえに君達の地雷を全て把握していない。

 で、あればこそ、私は気を使っている。

 地雷を踏まないためにね。

 そういう面もある……で、あるからして、君達が思っているような者でもない。

 優しさの類とは別物だよ。

 そう、強いて言うならば、喧嘩を回避するためのテクニックといったものだろうな」

 

 真面目な顔で頷いていたコウイチがその時、ふと笑った。

 なんだかとても楽しそうに笑った。

 

「メイちゃんが言ってた通りですね」

 

「メイ……で、あるか。彼女がどうかしたのか」

 

「ELバースセンターを利用してないELダイバーはいませんから。

 ビルドデカールも、体になるモビルドールも、メンテできるのは僕とツカサだけです。

 なので定期的に話す機会があるんですよ。メイちゃんからはよく貴方の話を聞いてます」

 

「で、あったか。私はどんな風に語られていた?」

 

「あはは。それはメイちゃんに聞いて下さい。

 あんまり僕らが話すことでもないですからね。

 でも悪くは言ってませんでしたよ。

 少なくとも僕は、メイちゃんの言っていた通りの人で安心していますから」

 

「で、あるか」

 

 コウイチが人の良さそうな笑みを浮かべ、エヴィデンス01が腕を組んで『メイが自分をどう言っていたか』を想像し始める。

 シバはチッと舌打ちしていた。

 

「ああ、でも、メイちゃんが言ってたものの中で一つ気になるものが……ターンエルス、とか」

 

 ギラリ、とコウイチの眼鏡が光った。

 言葉にこもった真剣味のレベルが、一段上がったようにエヴィデンス01は感じる。

 特に理由もないので、エヴィデンス01はターンエルスを出現させた。

 

「こいつか」

 

「おお……

 本当に肩と股関節の先に関節がない。

 肘も膝もない。

 顔も凄い。

 獣でも、植物でも、人間でも、機械でもない……

 装甲も、歩く度に微細に揺れる、叩くと固い、なのにゆっくり触れると凹む……液体金属?」

 

「で、あるな。

 地球で言うナノクリスタルが近い。

 いや、礼として出すならビルドデカールのナノICチップも近いか?

 強固な特殊人造金属原子が相互に引き合い作られる装甲……と言うのが正しいか」

 

「こんな僕初めて見ましたよ。

 銀色の金属……

 いや、銀色の海ですね。

 立って動かなければ固い鏡のようにも見える。

 けれど動くと発生する装甲表面の僅かなさざなみが、とても綺麗だ……」

 

「コーイチさんはねー、ビルドダイバーズで一番……

 いや! 今ではGBNで一番ガンプラビルドが上手いんだよ!

 知識も凄いし、手先も器用なの!

 エビちゃんにガンプラ教える人、最初はコーイチさんに頼もうとしてたくらい!」

 

「で、あるか」

 

「モモちゃん、言い過ぎだよ。そこまでじゃないから……」

 

「コーイチさん昔大会で日本三位、世界八位だったんだよ! 凄くない!?」

 

「ほう、それは凄い」

 

「昔の話、昔の話ですから」

 

 照れたように、コウイチが頬を掻く。

 

「で、あったか。

 なるほど、優秀な人物のようだ。

 今日は新しい発見がそこそこ多いな。

 私と私が初対面の相手が話している時に、モモが発言数を抑えている。

 こういうタイプの気遣いをモモがするとは、そういうタイプのレディだとは、知らなかった」

 

「なんですとー!?」

 

「感謝している。

 私が地球上で使う大切な体のことだから、話の邪魔にならないようにしてくれたのだろう」

 

「あー! やだー! 滑ったギャグを解説されるような気持ち!

 でもなんか気遣いに気付かれて褒められるとそれはそれで嬉しぃー!」

 

 コウイチがププッと笑い、シバはそっぽを向いたまま、掛け合いをするエヴィデンス01とモモの方を向きもしない。

 

「エヴィデンス01さんのターンエルスは、全体的に見たことの無い武装が多いですね。

 ガンダムの武装に寄せてることは分かるんですが……発想元の兵器の形が分からない」

 

「で、あるか。大した慧眼だ。これは全て、私が異星で見た武器の改造になる」

 

「おお……異星の兵器……」

 

「エビちゃーん、解説してあげてー。

 コウイチさんは他人のオリジナルガンダムの設定を楽しむタイプのガンダムオタクさんだから」

 

「まあ……ね。でもモモちゃん、言い方……」

 

「で、あるか。

 まずこの機体の装甲は、ダイラタント流体金属装甲。

 普段は流れる金属の河。

 衝撃が走った時のみ金属の山。

 液体と固体、どちらの振る舞いも見せる金属装甲だ」

 

「おお……!

 異星人のエヴィデンス01さんならではのコンセプト!

 液体金属は歴代のガンダムでも時々使われてましたが、扱いが難しいものですからね」

 

「これは……

 そう……地球人の言葉で言うと……

 "宇宙遊牧民"と呼ばれる者達が作り上げたものだ。

 彼らは宇宙に発生するブラックホールの雛を捕らえて食べる食性を持っていた」

 

「壮大な話になってきましたね」

「なってきたね。エビちゃんの長トークだ」

 

「地球人は熱と電気を体の構築に利用し進化した知的生命体だ。

 だが宇宙遊牧民は、磁力を用いて進化した。

 地球人で言う神経と血液を全部磁力が担っていた。

 磁力を操り、ブラックホールを食べて回る知的生命体。

 で、あるからして、液体金属を扱う進化をしたことは必然であり―――」

 

 すぐに話しは終わるかと思われたが、エヴィデンス01の話は宇宙遊牧民の成り立ち、彼らが巻き込まれた戦争、同じくブラックホールを食物とする隣の銀河の知的生命『絶滅王の民』との戦争にまで発展し、コウイチとモモが食いついたのもありなかなか話が終わらないので、シバはげんなりした。

 

「―――そして、絶滅王の牡鹿の角を液体金属の装甲が防いだ。必殺の角は届かない」

 

「おおおおお! 凄い、ここで来ますか、流体装甲!」

「ううっ……死んでなお、友達を守ろうとしたんだね……」

 

「そして反撃が絶滅王の牡鹿を倒した……

 この戦いが120万年ほど前の出来事だった。

 私のターンエルスの装甲はそこが元ネタ、で、あるな」

 

「はー……感動しました。そりゃ、宇宙遊牧民の標準装備になりますね」

「ねえねえ、もしかして、他の武器にもそういうのあるの?」

 

「装甲ほどのエピソードはないな。

 あと武装と言えるものはファンネルと……

 ディスインテグレータビームライフル。

 理論限界完全剛体ブレード。

 統一理論式EMACシールド。

 フェルミ超流動誘引60ミリバルカンの四つか」

 

 シバは草原に横になって、話聞いてませんよアピールをし始めた。

 が、面倒臭い男の面倒臭いアピールは、もう他三人に見られてもいない。

 

「ディスインテグレータは地球に習って付けた名だ。

 元の星では違う名前だった。

 名前の元は昔の英語圏のSFのDisintegrator ray……

 破壊光線銃(Disintegrator ray)だ。

 原子破壊光線銃、とも訳されていたもの。

 人類娯楽における『最初のビームライフル』だな。

 スター・ウォーズの光線銃の元ネタでもあるものだ。

 モモが知っていそうな範囲だと……ポケモンの破壊光線の源流の源流だろうか」

 

「あー、分かる分かる!

 そうだよね、光線が物を破壊するのってよく考えたら変だもんね。

 元ネタと言うか、源流があるんだ。

 へー、ターンエルスのってビームライフルじゃなくて破壊光線だったんだぁ」

 

「GBNでは仕様上ただのビームと変わらん。

 他のガンプラと変わらんよ。

 私が参考にしたのは、宇宙怪獣と戦うある星の銃だ。

 その星は宇宙怪獣に襲われ続ける星だった。

 地球とは違う。

 地球では知的生命体が生態系の頂点だった。

 だがその星では、周辺宇宙から来る宇宙怪獣が生態系の頂点だった。

 生態系の真ん中あたりに位置するその星の知的生命体には、武器が必要だった……」

 

「本当に現実にいるんだ、宇宙怪獣……」

 

「で、あるな。

 宇宙怪獣はそれぞれが20m前後。

 更にバリアや金属表皮などの固有能力を持っていた。

 地球で言えばネズミほどのサイズしかないその星の知的生命体達は考えた。

 そして作った。

 20mの機械人形が持てて、どんな宇宙怪獣も、原子を粉砕して即死させる銃を―――」

 

 シバはある理由からエヴィデンス01に敵意を持っていた。

 だから話を聞く気がない。

 

「―――かくして。

 111機の機体による宇宙怪獣掃討作戦は終了した。

 帰還した機体はたったの6機。

 しかしネズミのように小さな体の彼らは、平和を勝ち取ったのだ……」

 

「う……はぁ。凄い話ですね。いや、凄い銃だと思います。原子を破壊する銃とは」

「恋人が死んじゃうところ生き残ってほしかったな……うぅ」

 

「これは歴史の話だ。

 創作の話ではない。

 そんなに都合の良い話ではない。

 で、あるからして、私はその銃を参考にし、ガンダムに寄せたものを持たせている」

 

「あ、じゃあじゃあ、剣も同じような感じ? はー、私心の耐久値がなくなっちゃうよー」

 

「いや、あれは私の祖父が専門で研究していたものだな。

 『完全剛体』を目指したものだ。

 地球では永久機関ほど注目されていないが、同じレベルのものではある」

 

「そうなの!? 普通の実体剣に見えるけど……実は秘められた力があったり?」

 

「GBNでは普通の物理大剣にすぎない。

 攻撃力も普通だ。壊れにくくはあるが。

 で、あれば、聞こう。

 モモ、光の速度を超える物質はない。それは知っているな?」

 

「うん、まあ、そのくらいなら。前にバラエティでやってたから知ってるよ?」

 

「つまり光の速度を超えた情報伝達はない。これを覚えておこう、モモ」

 

「はい、エビちゃん先生!」

「モモちゃんとエヴィデンス01さん、仲良いね……」

 

「完全剛体とは簡単だ。

 完全剛体とは、壊れることも変形することもない物質を指す。

 無敵であり、不壊のものだ。

 で、あれば、先程言ったことを前提に問おう。

 1万光年離れた星と星を完全剛体の棒で繋いだらどうなる?

 棒を引っ張って、地球で言うモールス信号などで会話したらどうなる?

 光の速度で一万年かかる距離でも瞬時に対話可能なら、光速を超えているのだろうか」

 

「それはええと……あれ? 光速超えてる? あれ?」

 

「へえ……なんだか面白いですね。

 エヴィデンス01さんの祖父はそういう研究をなさっていたんですか」

 

「で、あるな。

 絶対であることが保証された構造体。

 いかなる天体の影響も跳ね除ける完全な剛体。

 時空の湾曲による光速以下速度への収束という宇宙の法則性も無視したもの。

 現在の地球の物理学では完全剛体は不可能という結論になるだろう。

 時空の物理学を突き詰めれば、完全剛体は相対性理論とやらと矛盾するからだ。

 ゆえに、この剣の理は事象の地平面の向こう側にある。

 音速以下で振っても、超光速で振っているのと同じになる。

 時間を止めても防げない。

 空間を固定化しても防げない。

 そういう剣だ。

 完全剛体を成立させた剣とはそういうものだ。

 この剣と同製法で棒を作って星と星を繋げば、超光速通信が可能となる」

 

「わー! エビちゃんの説明なのに私全然分かんない! けど部分的には分かる!」

 

「……すまない、モモ。

 流石に完全剛体の理論となると専門性が高い。

 で、あれば、そうだな……この剣は、そう、糸電話だ。

 宇宙で一番凄い糸電話と同じ製法で作られているのだよ、モモ」

 

「へー、糸電話! エビちゃんのガンプラは面白いね」

 

「で、あろう」

 

「……なんて頭が良くて頭が悪い会話なんだ……あ、じゃあその盾もそうなんですか?」

 

「この盾は―――」

 

 シバは話を聞いていない。

 ようで、実はちょっとばかり聞いている。

 正確に言えば、話を追いかけてはいないが、特定のワードが出るのを待っている。

 が、それはそれとして、自分を放置して楽しくわいわい話している三人に、ちょっとイライラを溜めている面倒臭い女みたいなところも、シバにはあった。

 

「―――で、あった。

 そうして黄金の民と白銀の民は戦争に入ってしまったのだ。

 その時に双方が主力防御兵装として採用したのが、この統一理論式EMACシールドだ」

 

「すれ違いが生んだ悲劇……戦争の悲しみ、ですね」

「もやもやする戦争だ……エビちゃん止められなかったの?」

 

「私が知った時にはもう、黄金の民の勝利で終わっていたよ、モモ」

 

「むー」

 

「当然ながら、統一理論式EMACシールドという名前も地球に合わせた仮名だ。

 統一理論とは地球における万物の理論。

 自然界に存在する四つの根源的な力を統一したものだな。

 超ひも理論、と呼ばれていたものもその一環か。それを下敷きにしている」

 

「あ、エヴィデンス01さん、地球の言葉を使っているということは……

 もしかしてEMACってElectric Magnetic Armor Coilですか? 違ったらすみません」

 

「ほう……流石にコウイチ殿は博識だ。

 日本ではほとんど話題にもされていないと思っていたが、認識を改めよう」

 

「いえ、その認識で合ってると思います。

 電磁装甲自体はガンダムAGEで登場したので、僕はその時に徹底的に調べただけです」

 

「コーイチさんコーイチさん、エレクトなんとかって何?」

 

「電磁装甲だよ。

 ほら、この前皆で見たガンダムAGEの敵・ヴェイガンの基本装甲システムさ。

 ターンエルスはヴェイガンのガンダムレギルスの意匠を感じる。

 だからエヴィデンス01さんならそれを組み込んでるのかも……って思ったんだ」

 

「あー、あの、実弾もビームも効かない装甲なんだっけ?

 主人公のフリットの母親が作ってたドッズライフルで撃ち抜いたやつ。

 エビちゃんのターンエルスの盾はヴェイガンと同じ、なるほどなるほど」

 

「そうだね。

 ドッズライフルは空間を消滅させて敵を倒すビームライフル。

 逆に言えば、実弾もビームも効かないヴェイガンはそうでもしないと倒せないんだ」

 

「ひぇぇ」

 

「僕らの現実においては、様々な兵器が生まれてる。

 HEAT弾などの化学エネルギー弾などもそうだ。

 これらは物理的強度を無視する、という特性を持つ。

 つまりどんなに硬い装甲でも貫いてしまうんだ。

 ガンダムにも度々、そういう性質を持った兵器が登場するね」

 

「ず、ズルじゃん! 防げない攻撃はんたーい! モモカプルが一発で負けちゃう!」

 

「GBNでは流石にそういうのあんまりないから大丈夫だよ。

 それで考えられたのが電磁装甲。

 電磁力で銃弾を逸らし、威力を減らし、無効化するというものだ。

 僕らの現実ではまだまだ開発中だから、実用段階じゃないけどね」

 

「おー。なるほどなるほど。ヴェイガンが好き勝手してたのはそういうことね」

 

「そういうこと。

 彼のシールドはElectric Magnetic Armor Coil。

 つまりシールドの中に強力なコイルか何かがあるんだね。

 それで重力や電磁力などを発して、様々な力で銃弾やビームを弾く仕組みなんだと思う」

 

「へー。あ、つまり、それを現実で形にできるエビちゃんが凄いんだ!」

 

「で、あるかな。私は知っている兵器をGBNで再現しただけだが。

 GBNでは対ビームコーティングがされた頑丈なシールドでしかない」

 

「いやいや、僕らからすると驚きですよ。

 現実にヴェイガンのモビルスーツを見てるようなものですから。

 ……あ。

 EMAC(イーマック)システム!

 ガンダムAGEでヴェイガンが使ってたのがイヴァースシステム!

 火星での微粒子・磁気嵐・太陽風から『人の命を守る』システム!

 イヴァースシステムの正式名称を略してもEMAC……そういうことなんですね?」

 

「で、あるな。盾は、人の命を守るものらしいからな」

 

「これはまた……異星人感覚でガンダムの過去作を参考にするとこうなるんですね……」

 

「コーイチさんもよく気付くよね……私もう全然分かんないやつ」

 

 シバもこういう話は好きだ。

 好きだが。

 今は話に加われない。

 彼が意地を張る理由があるにはあったが、普段こういう時にシバに事情を聞くはずのコウイチは宇宙人の話に夢中で、シバにまるで興味を持っていなかった。

 モモは元々大してシバが好きでもなく、エヴィデンス01は好きなので必然そっちしか向かない。

 

 寂しそうにするシバに話しかける者は、いなかった。

 

「ビームは磁力で散る荷電粒子や高エネルギー粒子がほとんどですからね。

 銃弾も磁力の影響を受ける金属です。

 しかもGBNにはヴェイガンの電磁装甲のデータが有る。

 エヴィデンス01さんが総合的な防御力を選んでそれをシールドにしたのは納得です」

 

「地球人は磁気乱流の兵器利用もまだなのだろう?

 で、あるが、おそらくそれも時間の問題だ。

 現時点の地球では化学エネルギー兵器が凄まじく強いが、その時代も終わるということだ」

 

「エビちゃーん、分かりやすく解説!」

 

「このシールドはサイコキネシスが使えてビームや銃弾もある程度弾けるのだ」

 

「すっごーい! エビちゃんやるじゃん!」

 

「……私は、よく分からないまま凄い凄いと他人を褒められる、君の方が凄いと思うよ」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

 エヴィデンス01が微笑み、モモが褒められて嬉しそうにはにかみ、コウイチが妹を見守るような暖かな目線でそれを見守っていた。

 

「で、最後は最後は?

 フェルミ超流動だっけ。

 頭の横に付いてる普通のビームバルカンだとしか私には分かりませんー」

 

「僕もピンと来ないな……レギルスっぽい、というくらい。

 ガンダムに慣れてるとこれも特徴的だよ。

 頭部バルカンは実弾、というのがガンダムの基本だからね。

 頭部にビームバルカンとなると真っ先に想像されるのはガンダムレギルス。

 次にガンプラビルダーズのビギニングガンダムかな?

 ともかくメジャーじゃないから、ここでレギルスだと気付く人も多いと思う」

 

「はえー、すんごいね」

 

「で、あるな。仕様上ただのビームバルカンになってるのは、まあGBNだからだ」

 

「まーたGBNの仕様だよぉ……」

 

「で、あるが、これも地球で妥当な言葉を当てはめただけのものだ。

 フェルミとは、フェルミ粒子のこと。

 電子などを指すものだ。

 超流動とは常識を外れた流動を指す。

 液体は極稀に壁を勝手に這い上がったり、原子一つ分の隙間から染み出すこともある。

 量子的現象によって複数の原子がどんどん一つに重なっていく。

 これがフェルミ粒子において起こるのだ。

 フェルミ超流動とは、超電導などの説明のために用いられることが多い概念、で、あるな」

 

「つーまーりー?」

 

「対象が原子で構成されている存在である限り当たれば絶対に死ぬ弾……で、あるな」

 

「えっ、怖い」

 

「ああ、なるほど。

 僕でも部分的には分かりました。

 だからGBNではビームバルカンになっている、と。

 そういえばガンダム00にも同じネーミング元のキャラがいましたね」

 

「ヒクサー・フェルミ。で、あるな。

 ガンダム00のネーミングは特にフェルミ粒子にあたるものが多い。

 擬似太陽炉の正式名称はGNドライヴΤ(タウ)。

 これはタウ粒子、つまりフェルミ粒子だ。

 タウは『電子の三兄弟』であるため、トリニティ兄妹を指している。

 オリジナル太陽炉のGN粒子が変異ニュートリノ。

 ニュートリノもフェルミ粒子だ。

 GN粒子は色は違えど、全てフェルミ粒子である……と私は解釈している。

 ターンエルスの頭部バルカンはレギルスのそれだが、名前は00のそれに近いわけだ」

 

「思ったよりガンダム00まみれだねえ、エビちゃんのガンダム」

 

「で、あろう?」

 

「いやはや、面白かったです。

 はたから見ると武装が少ないモビルスーツに見えますが、中身が濃い。

 エヴィデンス01さんの知ってる話で、他に面白そうなのってありますか」

 

「で、あれば、あれは―――」

 

 その会話を、苛立たしげに割り込んだハロ/シバが遮った。

 コウイチは困ったような表情になり、モモはむっとして、エヴィデンス01は顔に感情の一つも浮かべず、シバの言葉を待った。

 

「エイリアンの語りとかどうでもいいんだよ」

 

「ちょっとー、エビちゃんが話してるんだからシバさん邪魔しないでよー」

 

「うるせえ、黙ってろガキ。……おい、単刀直入に聞く。答えろエイリアン」

 

「ああ、どうぞ。

 君が話を表面上だけ聞いているのは分かっていた。

 で、あれば、君は私の口から聞きたいことがあったはずだ。何かな」

 

「チッ」

 

 モモはむっとしてシバを睨んでいたが、コウイチは真剣な顔で眼鏡を押し上げる。

 

 地球人と異星人。

 そのファーストコンタクトの難しさは、『善良な地球人と異星人が最良の出会いから最高のスタートを切る』という夢のような大前提があってすら難しい。

 寛容と不寛容の矛盾。

 多様性を重んじるのは多様性への不寛容も内包するという矛盾。

 地球が多様性を尊重する星である限り、この星は異星人に対する不寛容さを排除することができないため、常に異星人を拒絶し攻撃する可能性があるのである。

 

 コウイチはシバの敵意に、恐ろしいものを感じた。

 シバが恐ろしいのではない。

 その怒りがエイリアンへの拒絶であるならば、その先に異星人との不和、ひいては地球の致命的な破滅が待っているのではないかと、コウイチは想像したのである。

 地球人同士ですら不和はあり、たった一人の考えなしの蛮行、あるいは怒りに任せた愚行によって、信じられないほどの不幸と戦争が起こったことは、歴史上枚挙に暇がない。

 

 もしもシバが、SF映画にあるような宇宙からの侵略者のイメージから、エヴィデンス01への敵意を持ってしまっているのだとしたら。

 それゆえに、たった一発の銃弾が先端を開いたことが何度かあった人類の歴史のように、一人の拒絶が長く続く不和を生み出してしまうとしたら。

 それは、最悪の最悪だ。

 シバとコウイチは互いに親友関係であるため、なおさらそう考える。

 コウイチはシバが致命的な失言をしそうであればすぐ取り押さえられるよう準備し、固唾を飲み込み、眼鏡を押し上げ位置を直す。

 

 

 

「テメェ……メイとはどういう関係だァ!?」

 

「友人だが」

 

「誤魔化すんじゃねえッ!!」

 

 

 

 コウイチの眼鏡が押し上げられすぎて宙を舞った。

 落ちてきた眼鏡をキャッチし、付け直し、空を仰ぎ、コウイチは空の雲を数え始める。

 モモは「は?」とつぶやいた。

 

「嘘はついていない。そこは誓えることだ、シバ殿」

 

「何言ってやがる。おためごかしはいらねえ。

 ELダイバーはな、皆生まれたての赤ん坊みたいなもんだ。

 人間の想念から生まれてやがるからか、赤ん坊よりかはマシだ。

 だが多少自分で考えて動けるだけで中身は空っぽだ。

 面倒を見てやる人間が傍に居ねえと、すぐに悪党に騙されちまうだろうな」

 

「で、あるか。確かにそういうところは感じるな」

 

「あいつは……

 ひよっこのメイの奴は、メンテの度につまらねえ話をしてやがる。

 コウイチが退屈させないために話しかけてるからな。

 昔は寡黙で大して話もしなかった。

 だが最近は話題が増えた。仲間の話と……テメエの話だ。エイリアン」

 

「で、あるか。私の話……で、あれば、内容も聞きたいところだが」

 

「るせぇ!

 仲間の話はまあいい。

 ……仲間は支えだ。

 あいつに仲間が出来たことはいい。

 だが何だお前?

 お前は仲間でもねえんだろう。

 そのくせちょくちょく話に出てきてよ……メイを誑かしてねえだろうな?」

 

「で、あるわけがない。メイは友人だ」

 

「ケッ、どうだか。

 それであいつがあんなにも褒めるか?

 最近になるまで他人を褒めることなんてしなかったメイだぞ?

 テメエ、あいつを洗脳でもしてねえだろうな?

 だったら承知しねえぞ。宇宙戦争上等だ、ぶち殺してやる」

 

「ほう。で、あれば、その褒めとやらに興味がある。聞かせてほしい」

 

「黙ってろ。

 信用できねえ。

 メイのやつは聞いてもいねえのに仲間やお前の話をする。

 無表情なままでも分かるくらいに分かりやすく、な。

 だがテメエはメイのことを話題に出しもしねえ。

 どういう了見だ?

 あ?

 メイが片思いとかしてるかわいそうな奴みたいじゃねえか……メイは片思いとかしねえ!」

 

「……ああ、そこであったか。それが君の聞きたいこと、で、あったか」

 

「は? 別にテメエが話すの待ってたわけじゃねえよ。

 ただな、フェアじゃねえだろ。

 メイはテメエの話をしてるがテメエはメイの話をしねえのか?

 メイがテメエにくれてやってる好意とせめて同量の好意くらいは口にしろや」

 

「で、あるか。なるほど、理解した。君はメイを心配していたのか。

 父親は娘にそうするように。兄が妹にそうするように。

 "この幼き子らに安息を"、と。

 確かに、異星人と幼子が仲良くしていれば、見守っている大人は不安になるか」

 

「ああ!? 心配なんかしてねえよ!

 あんなひよっこの心配誰がするか!

 俺がテメエを許すか許さねえか、それが全てだ。全部吐けや」

 

「興味深い……これは新しい人間の心情稼働サンプルだな」

 

「クソエイリアンがぶっ殺すぞッ!!!」

 

「いや、失礼した。煽ったつもりはないのだが、すまない」

 

 モモが恐ろしく熱の無い目で、エヴィデンス01にチンピラのように絡むシバを見ていた。

 

「コウイチさん、コウイチさん」

 

「なにかなモモちゃん」

 

「すっごくバカな話してない?」

 

「……ツカサはね。自分の好きなものを新参が軽く扱うとキレるんだ。昔からずっと」

 

「ああ……」

 

「あいつはあんまり態度に出さないけど……情が深いやつだから。

 あいつにとってELダイバーは皆、弟で妹みたいなものなんだ。メイちゃんもね」

 

 熱の無い目でシバを見るモモの横で、コウイチが乾いた笑いを零していた。

 

「メイが言っていたことが真実か見定めてやる―――ノーネイム!」

 

 シバがコンソールを殴り砕くように操作し、空中に投影された光のコンソールが拡散する。

 

 何もない空間から、それは現れた。

 左右非対称の造形。

 白と赤のボディに、右半身を覆うマント状のユニットに覆われた総合攻撃武装。

 継ぎ接ぎのようでありつつも完成度は高く、ボロボロのマントを纏った歴戦の勇士のような印象すらも与えてくる。

 

 その機体の名は、ガンダムアストレイノーネイム。

 シバ・ツカサの愛する専用機。

 王道を外れた名もなき男(アストレイノーネイム)の名に恥じず、その造形はGBNでも滅多に見ないものとなっていた。

 

「ガンプラバトル、で、あるか」

 

「逃げねえよなァ?」

 

「受けて立とう。

 戦うことで分かり合うこともできる。

 仲間となることもできる。

 それをオーガが教えてくれた。

 立て、蠢け―――ゼノガンダムΓs」

 

 銀色の巨体の顔部液体金属がぐちゃ、と動く。

 それが戦闘準備の合図。

 人間らしくなく、獣らしくなく、植物らしくないターンエルスの顔が蠢き、顔の内部に埋まっていた緑の目が四つほど顔の表面に浮かび上がった。

 口なのか耳なのか分からない裂け目が伸び、ターンエルスが戦闘態勢に入る。

 

 メイの言葉を嘘にしないためには、詳細は分からないが、メイが語ったエヴィデンス01らしい彼の姿を、あるいは強さを、シバに見せなければならない。

 向き合うエヴィデンス01&ターンエルスとシバ&ノーネイム。

 その横で、コウイチがバトル設定を調整していた。

 

「ライトバトル設定でいいかな」

 

「ライトバトル設定?」

 

「軽いダメージ一発でバトル終了になる設定です。

 戦闘後、戦闘終了時の回復で機体がすぐ元の綺麗な状態に戻るのが特徴ですね。

 短時間で決着がつくのもあって、長時間のバトルに時間が割けない忙しい人に人気です」

 

「で、あるか。それで頼む」

 

 エヴィデンス01とシバは戦闘態勢に入っていたが、モモとコウイチはすっかり観戦体勢に入っていた。

 

「ふん……私のエビちゃんはチートツール配布マンみたいなのには負けないからねっ」

 

「ぐっ……年々生意気な女になりやがって」

 

「大人になってるんですぅー。そしてエビちゃんは数億歳、この場で一番大人!」

 

 モモは相も変わらず迷わずエヴィデンス01の応援に入る。

 シバは"生意気にはなってるが大人にはなってねえぞ"という言葉を必死に押し留めた。

 

「さあエビちゃん!

 皆で一緒にごはん食べようって誘っても来ないあの無愛想男を倒すのよー!」

 

「で、あるか。大分私怨が入ってそうだな。期待には応えるが」

 

「うーはっはっは!

 私のエビちゃんの強さを思い知れ!

 時代遅れの地球人よ、宇宙の神秘を思い知るのだー!」

 

「モモ、君も地球人だが」

 

「そうだった!」

 

「モモちゃんが敗北フラグを立てている……」

「この女いつもこんなんだな……」

 

 両者がガンダムに乗り込み、武器を構え、BATTLE STARTの表示が出れば、それが開始の合図。

 

『テメェみたいな運転免許証顔に負けるかよ』

 

『運転免許証顔』

 

「い……言ってはならぬことをー!

 おのれシバ!

 エビちゃんが大卒が初めて作った運転免許証の顔写真みたいな鉄面皮だなんて!」

 

『モモ、彼はそこまでは言ってないのではないか?』

 

 アストレイノーネイムが右半身を前に出すようにして、マントを盾の如く構え、立つ。

 ターンエルスが理論限界完全剛体ブレードと統一理論式EMACシールドを、騎士の如く構える。

 

《 BATTLE START 》

 

 瞬間。踏み込む両者。

 

 両者が第一手に選んだのは、スマートさの欠片もない接近攻撃だった。

 

 

 



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『ターンエルスの弱点』のロジック

 エヴィデンス01にとって、アストレイノーネイムは未知なる存在だった。

 集めた知識に断片的に似たものは散見される。

 だが、理解にはまだ程遠い。

 それは何故か?

 この機体が、不合理とロマンの塊であるからである。

 

 アストレイノーネイムは、ガンプラバトルでガンプラが壊れる時代からのシバの愛機である。

 何度も共に戦った。

 何度も壊された。

 何度も直した。

 何度も改造した。

 そしてまた戦った。

 そうして出来たのが、この左右非対称のガンダム、アストレイノーネイムである。

 

 愛機と共に戦い、勝って泣いた。

 負けて愛機を壊され、泣いた。

 愛機を壊されながらも最後の一撃を放ち、勝ち、泣いた。

 シバにとって青春の全ては、仲間と共に戦った過去の全ては、このノーネイムと共に在る。

 

 左右非対称なのは、壊れては直してを繰り返したから。

 右半身をマント状の金属系武装ユニットで覆っているのは、破壊・修理・強化によって生まれた左右の非対称性という歪みすらも取り込んで、完成された外見とするため。

 まるで、強い動物を繋ぎ合わせたキメラのような奇形で、だが同時に最初からこの造形にすることを目指したかのような統一感もある。

 

 多くの異星人は、この機体を理解できないだろう。

 

 左右非対称でない方が機体の重量バランスはよくなる。

 壊れたガンプラを直すより、新品を改造した方が自由度が高い分、強くなるはずだ。

 左右のアンバランスな損壊を、造形的なバランスを取って直しても、自己満足の面が強い。

 壊れた機体を修復したところで、それが美しいと思う異星人も多くない。

 

 だがロボが好きな多くの地球人は、この機体のロマンに深く頷くことだろう。

 

 破壊されたものを修復した美しさ。

 壊れてもなお相棒を変えない一途さ。

 アンバランスで左右非対称な造形だからこそ感じる格好良さ。

 アストレイノーネイムには、シバ・ツカサの愛するもの、皆が好ましく思うものがこれでもかと詰まっている。

 "皆の好き"が詰まっているGBNらしい、そんな機体であった。

 

 だが地球人と似た精神性と文化を持つ異星人しか、これをいいものだとは思うまい。

 このアストレイノーネイムに込められた美は地球人全てに共通するものでもないため、趣味でない地球人もいるだろう。

 しからば、これが理解できない異星人には、アストレイノーネイムはあえて不必要と不効率を込めた不合理の極みにしか見えないだろう。

 

 ―――ここに、地球人と異星人の差異がある。

 

 地球人同士ならいいのだ。

 地球人がアストレイノーネイムを見て趣味が合わないと思うのは良い。

 趣味であり、"好きなもの"でしかないため、そのロマンに共感しなくてもいい。

 だが地球人は不理解を当たり前として生きているので、「君はそれが好きなんだね」でさらっと流して交流することができる。

 共感も理解も必要もない。

 ただ、"そういうのが好きな人もいる"ということを知り、それを知った上で振る舞うことができるなら、地球人はそれでいい。

 

 だが、エヴィデンス01は違う。

 

 彼は不理解を理解に変えるためにここにいる。

 地球人との交流の主目的は、地球人を理解することだ。

 そうであればこそ、ノーネイムはエヴィデンス01にとって、特異な存在となる。

 エヴィデンス01の生来の感覚には何も引っかかることがない造形。

 されど地球人の、特に男性のロボ好きに引っかかる造形。

 『エヴィデンス01がまだ理解していない地球人の象徴』の如く、それは立ち塞がる。

 

 破損した右腕を覆う装甲。

 左右で色の違う足。

 色も装甲も違う右半身を覆うマント状のユニット。

 エヴィデンス01は、今は地球人の男の容姿をしているというのに、それらに"格好良い"と思う地球の男の子の心を持ち合わせていなかった。

 

 彼にはまだ、男のロマン―――その心がない。

 

 

 

 

 

 バトルスタートの合図と同時に、両者は前に出た。

 ノーネイムは右半身を覆うノーネイムユニットを前にして。

 ターンエルスは大剣を握り締め。

 両者の距離が、0に近づいていく。

 

 瞬間、ノーネイムが体をよじった。

 

『!』

 

 ターンエルスは目を見開く。

 

 左右の重量バランス違いを利用し、マント状のユニット『ノーネイムユニット』のスラスターを吹かし、本体のスラスターを選択的に吹かす。

 すると、どうなるか?

 斜めに、滑るように、ねじり込むように飛ぶ。

 日常生活で見る分にはいかなる鳥もしないような曲芸飛行。

 ノーネイムはターンエルスの大剣をマントで受け流しつつ、斜め下方向に滑り込むように飛翔してターンエルスの横を抜け、斜め上にねじるような軌道で急上昇し、ターンエルスの後方頭上のポジショニングを一瞬で取った。

 

 ジェット噴射の一部が壊れて螺旋状にくねくねと飛ぶスペースシャトルのような、凄まじい速さと蛇行する飛行機動のコラボレーション。

 初見の人間では、まず目で追えない、曲線の芸術であった。

 

『反応がおせえ!』

 

 エヴィデンス01は反応が遅れ、ノーネイムはその脳天に右腕ガントレットが発する大型ビームサーベルを振り下ろす。

 後ろも見ないまま、ターンエルスはそれを大剣で防ぎ、肩関節も肘関節も真っ当でない腕で、前に振り下ろすのと同速度で後方頭上のノーネイムに剣を振り上げる。

 

 異星人の概念で作られた、異星の常識の関節による異形斬撃。

 少し前まではレベルが低かったエヴィデンス01の近接技能は、モモの特訓によってかなりのレベルに到達していた。

 だが、シバもさるもの。

 冷や汗をかきながら大型ビームサーベルでそれを受け流し、その勢いを殺さず空中で素早く一回転、ターンエルスの首部分へと強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 だが、効かない。

 ノーネイム、全高17.53m、重量52.1t。

 ターンエルス、全高20m、1万t。

 『人型ロボの重量の常識の違い』が、近接格闘の効力を軽減する。

 ターンエルスの追撃の大剣一閃をかわし、ノーネイムは一旦距離を取った。

 

『チッ』

 

『これは……で、あれば、油断すると一瞬で負けるな』

 

 一度の交錯で、両者は互いの強さを感じ取る。

 シバは異星人の異様な強さの質を。

 エヴィデンス01はシバの鍛え上げられた歴戦の戦士の強さを。

 それぞれ感じ、考えていた戦術を修正した。

 

『……ああ、なるほどな。

 テメエ、そういや人間じゃなかったか。

 そりゃあ、目が二個しかねえ人類とは視点の持ち方が違えよな』

 

『何、今は君達と同じ二つ目(フタツメ)だ。言うほどの差はない』

 

『言うじゃねえかァ!』

 

 アストレイノーネイムの右半身を覆うノーネイムユニットが、揺れる。

 ノーネイムはターンエルスの周囲を円を描くように回り始める。

 凄まじい飛翔速度だ。

 ターンエルスの射撃をかわしつつターンエルスの側面か背面を取り、そこから一気に仕留めるという算段だろう。

 

 だが、エヴィデンス01はただ直進しているだけなら、いかに速くとも当てられる。

 彼は今のアバターに縛られてはいるが、本来光速の世界の住人だからだ。

 GBNではビームライフルとして扱われる原子破壊光線銃の照準を0.01秒とかからず合わせ、ターンエルスは引き金を引く。

 ビームがノーネイムに向かって直進し―――雨を払うマントが如く、ノーネイムユニットに弾き散らされた。

 

『……! そういうことか!』

 

 エヴィデンス01は左腕を8のファンネルに分解する。

 8つのファンネルを周囲に浮かし、右手で持ったライフルと同時に九門同時の精密射撃。だがしかし、九本のビーム全てが当たっても、ノーネイムユニットに弾き散らされてしまう。

 水鉄砲の原理で撃ち出されるのが宇宙物理学で解釈されるビームなら、その光景は防水加工されたマントが水を弾くような光景であった。

 

 エヴィデンス01は、初手でノーネイムがマントを前に構えるようにして突っ込んで来た理由を理解した。

 普通にビームで迎撃していたら、あそこで終わっていたかもしれない。

 

『耐ビームコーティング。で、あるな』

 

『テメエのガンダムは武装が偏りすぎてんだよ!』

 

 ノーネイムユニットが防御形態"Dエクステンション"から、射撃形態"Bスマートガン"に変形し、凄まじい極太のビームが発射された。

 光の柱が、ターンエルスに迫る。

 

 ターンエルスは瞬時に分離し、バラバラになった両手足と小さくなった胴体を飛ばして『どこに本体があるか』をごまかし、一瞬混乱させ、ビームの横に回って回避する。

 光の柱をかわす、無数の銀色の流星。

 GBNの空を駆け、銀色の流星はノーネイムを包囲せんとする。

 

 だが、追いつけない。

 スラスターを全力で吹かしたノーネイムに、ターンエルスのファンネルはまるで届かない。

 ガンプラの出来が良いからか、元のMSの特徴を伸ばしているからか、飛行速度が非常に速く、ターンエルスのファンネル速度では追いつけないのだ。

 これではファンネルは、ターンエルスの背中を追いながらビームを撃つしかない。

 そして一方向からのビームなら、ノーネイムはノーネイムユニット一つで防いでしまう。

 

 32のファンネルの一斉射撃を鋼鉄のマントが打ち払い、光の粒子が空に舞う。

 

 ここはGBN。

 ガンプラへの愛が力になる世界。

 "それ"を見せつけるように、ノーネイムは凄まじい基礎性能を見せつけていた。

 

『テメエの周りの奴は初心者のお前を気遣ったのか?

 それともテメエの穴を共闘で埋めてやればいいとでも考えたのか?

 だが俺は言ってやる! テメエのガンプラは初心者の域を出てねえんだ!』

 

 ターンエルスはファンネルを戻し、手足を再構築。ビームライフルでの狙撃を始めたが、ノーネイムのノーネイムユニットが一振りされるだけで打ち払われる。

 ターンエルスが接近しようとしても、速度が足りない。

 返しの反撃――ノーネイムの高威力ビーム――が回避するターンエルスに当たりかけ、エヴィデンス01はにっちもさっちもいかなくなってしまった。

 

 ターンエルスに搭載されている遠距離武装は、GBNの仕様上、ビームしかないのだ。

 なら、もう届かない。

 もしもライトバトル設定のダメージ許容値がもっと低かったなら、攻撃がかすった程度のダメージで、エヴィデンス01は敗北判定になってしまうだろう。

 こんな勝ち目のない攻防を何度も繰り返していれば、いつかは負ける。

 

 打てる手はなし。

 すなわち詰み。

 劇的な一手もなく、勝敗を懸けた博打もなく、徹底した対策もなく、シバは『経験値と経験値を元にしたガンプラ作り』のみでエヴィデンス01を完全に圧倒していた。

 

 たとえ、地球そのものを一撃で砕いてしまうような上位生命が相手でも。

 ガンプラバトルでだけは、負けない。

 ガンプラへの愛でだけは、負けない。

 そんなシバの心の熱が、意思の圧が、エヴィデンス01とターンエルスを押し込んでいく。

 

『相互理解のための戦い!

 ハッ、かっこいいお題目だなァ!

 だがそいつは"勝つための戦い"じゃあねえんだろうが!』

 

『くっ』

 

 エヴィデンス01は回避に徹し、シバの焦りを誘おうとする。

 だが、エヴィデンス01の攻撃の圧力が失せたことで、ノーネイムはBスマートガンの狙いをより正確にしてきた。

 当然だ。

 一方的に撃っていられる状況ほど楽なものはない。

 ターンエルスはエヴィデンス01の桁外れに高い思考能力で回避を続け、かわしきれず、盾で受ける……が。あまりの威力に、盾が軋んだ。

 シバとノーネイムは速く、巧く、そして強い。

 

『重い……!』

 

『テメェはコミュニケーションに興味はあってもガンプラバトルに興味がねえんだよ!』

 

『!』

 

『遊びならまあいい!

 遊びでやってる奴らの中に混じってろ!

 だが本気の奴らの中にそのガンプラで混じってくんじゃねえ!』

 

 背後の地面スレスレから急浮上してくる刃の存在を感知し、ターンエルスはぐるっと体を回して盾で受け流す。

 それは赤銅色の、刃の如き飛翔体だった。

 切り返して再度突撃してきた赤銅色の飛翔体を再度かわし、同時に両手両足を分解してバラバラに飛ばすことで、ノーネイムのビームもなんとかかわした。

 

 目を凝らせば、Bスマートガンの一部が分離し、ファンネルのように飛び回っている。

 否。

 ノーネイムがガンダムSEED系の機体であるなら、挙動がファンネルであっても、これはファンネルではない。

 普通の初心者のガンプラであれば一撃で粉砕可能な威力を纏い飛び回っているこれは、ファンネルとは似て非なるもの。

 

『……ファンネル、いや、ドラグーンか』

 

『無自覚なエンジョイ勢が混ざってくると、誰にとってもよくねえんだよ!』

 

 シバ・ツカサは、GBNが生まれる前からガンプラバトルをやってきた。

 彼の中には、無尽蔵のガンプラバトル経験が詰め込まれている。

 ガンプラバトルを見ているだけで、見込みのある人間を見極められる。

 直接戦えば、相手への理解を進めることができる。

 なればこそ。

 

 エヴィデンス01の知能と能力、ターンエルスの性能があれば、ここまで攻勢が弱いはずがないということを、シバは理解していた。

 

『相手を傷付ける時だけ僅かに手控える!

 それで"壁"を越えられるわけがねえ!

 加害者になる自分が怖いか? ビビってガンプラバトルから逃げてんじゃねえぞ!』

 

『―――』

 

『やるならやる!

 やらねえならやらねえ!

 自分で決めろ! 決めたら踏み出せ! 迷うな!』

 

 エヴィデンス01は、自分が嫌いだ。自分の生まれが嫌いだ。自分の種族が嫌いだ。

 加害者であった過去の自分も、加害者で在り続ける一族も憎い。

 彼は上位生命が他知的生命体を攻撃することそのものに嫌悪感がある。

 だから自分の一族に攻撃する分には迷いがない。

 だが、地球人戦う時、その攻撃にほんの僅かな迷いが出る。

 それはほとんどの者が気付きもしない、ほんの僅かな躊躇いだった。

 

 裏事情を知り、豊富なガンプラバトル経験を持ち、"真剣勝負にこだわる"シバだからこそ、それに気付き、それを指摘する。

 戦いとなればテンションが上がるのがシバの癖だが、その言葉に更に熱が乗った。

 

『ガンプラバトルは!

 誰かを殺す戦争じゃねえ!

 皆が適当にやってるヌルいお遊びでもねえ!

 本気でやんだよ!

 ゲームだから本気でやるんだろうが!

 本気でやるから最高に楽しくて、最高に悔しくて、最高に夢中になれる!』

 

 ノーネイムの一方的なビームの連射を大剣で切り払いながら、エヴィデンス01はシバの言葉に耳を傾ける。

 

『お前が本気を出して敵を倒しても文句は言われねえ!

 遺恨も残らねえ! 恨む方が悪い! それがガンプラバトルだ!

 本気を出せ、エイリアン野朗!

 地球人相手だからって手ぇ抜いてんじゃねえ!

 相手の本気を本気で受け止めろ!

 自分の本気を受け止めてもらえ!

 本気の本気を見せて始めて、テメエのことを分かってくれる相手ができる!』

 

『……!』

 

『額面上の"戦いの中で分かり合う"を知っただけで、相互理解なんてできるかよッ!』

 

 転がるようにビームをかわすターンエルス。

 

 シバの熱が伝わるように、熱さに心が引きずられるように、エヴィデンス01の声に熱が入った。

 

『―――言いたいように言ってくれるな!』

 

 メイやモモが引き出した"エヴィデンス01の地球人のような感情"が、ここに来てようやく熱と共に出てきたことに、シバは人知れずほくそ笑んだ。

 

 ターンエルスのビームが飛び、ノーネイムユニット防御形態Dエクステンションがそれを弾く。

 ノーネイムユニットは瞬時に変形、射撃形態Bスマートガンとなってビームを放つ。

 それをターンエルスが盾で防ぐ間に、シバはノーネイムユニットを背中に回した。

 盾になるマント、強力なビーム砲、その二つに次ぐ第三の形態―――ノーネイムのシステムフルアクト、Xコネクトへと変わった。

 

 マントであったはずのものが、砲塔であったはずのものが、背にて広がる翼となった。

 翼は一部を切り離し、それらがブレイドドラグーンとして飛び回り始める。

 防御の外套、攻撃の砲、全力の翼。

 単一の武装ユニットを次々変形させ、一つの武器だけで無駄なく多くの仕事を完遂するその万能性に、それを形にする設計製造技術に、エヴィデンス01は舌を巻く。

 

 これは、道具の概念を持たない鯨の民からは決して生まれない兵器概念である。

 エヴィデンス01はシバのノーネイムが新たな強さを見せるたび、ターンエルスの汎用性の低さという弱点に気付かされる思いであった。

 5つのブレイドドラグーンが、ターンエルスの首に迫る。

 

『こちらもだ!』

 

 ターンエルスも両手足をバラバラにしてファンネルフル展開で対抗する。

 が。

 32のファンネルが、5つのドラグーンに押し込まれていく。

 

 このブレイドドラグーンは、耐ビームコーティングがなされたノーネイムユニットの一部が分離したもの。

 つまり、このドラグーンにもビームは効かない。

 撃ち落とすことは不可能だ。

 ブレイドドラグーンは体当たりでファンネルを次々蹴散らしながらターンエルスの本体を狙い、異星常識によって作られた頑丈で重いファンネルがそれを妨害する。

 

 赤銅の刃が空を駆け、32の流星が銀河を作る。

 平凡な地球人の目では到底追いきれない、ファンネルとドラグーンの泥臭い体当たりの応酬。

 響く金属音が、まるでロックンローラーのライブ会場の如く騒音を鳴り響かせる。

 

 エヴィデンス01の思考能力、情報処理能力は、このアバターでも非常に高い。

 32のファンネル全てを同時に生物的に操ることができるのは、地球人の脳の処理能力を考えれば絶対的に不可能だ。

 なのに、押されている。

 なのに、ブレイドドラグーンが推している。

 経験を下地にしているシバは戦術的な思考をしてはいるが、ドラグーンの操作を経験則と反射でやっている。所要時間はほとんどない。

 対し、エヴィデンス01は反射的な操作を一切行わず、全てのファンネルの動きを細かく思考し、全体的な動きも計算しながら動かしている。ゆえに、全てが思考。

 

 シバは『反射と思考の融合』によって、エヴィデンス01との生物的格差を凌駕しているのだ。

 

 知恵が、経験に圧倒されている。

 

『くっ』

 

 エヴィデンス01は考える。

 シバは明確に格上だ。

 初心者や中級者ではまず勝てず、最上位ランカーでようやく勝負になるレベルだろう。

 だがこれはライトバトル設定。

 一撃当てればいいのなら、まだやりようはある。

 

 必要なのは、最低三手。

 シバが"予想外の一手を打ってくることを想定している"のなら、そこを詰めるのに一手。

 そこからシバの予想を外して攻撃を叩き込むのに一手。

 だがそれだけで終わらせるべきではない。

 "シバ・ツカサならば二手では足りない"―――そう、彼の量子演算が答えを出す。

 ならば、トドメの一手が必要となる。

 

 戦闘者としての才覚に溢れた者なら、追い込まれてからの爆発力でどうにかなるだろう。

 だがエヴィデンス01は、過去に自分がそういう風に勝った記憶がない。

 記憶にある勝利のほとんどは、絶対的な強者として蹂躙したものばかり。

 ならば。

 考えるしかない。

 考えに考えて、シバの予想を超える三手を打ち込むしかないだろう。

 

 この恐ろしいくらいに愛が込められたガンプラに勝つには、他に道がない。

 

『ガンプラを愛してねえ偽物は!

 俺には絶対に勝てねぇんだよ!

 俺に勝てるのは……ガンプラを愛してる奴だけだッ!!』

 

『!』

 

 ドラグーン、ファンネルが、両者の手元に戻り、エネルギーを補充する。

 そこから、別種の戦闘の展開が始まった。

 

 ノーネイムが接近して来たため、反射的にターンエルスは大剣を振り下ろすが、ノーネイムはするりとかわし、少し距離を取り、また接近する。

 距離という優位を捨ててまで接近する理由が、エヴィデンス01には分からなかった。

 だがすぐにそれを理解する。

 

 ノーネイムが離れようとすればターンエルスは追いつけない。

 ノーネイムが接近するフェイントを見せれば、ターンエルスは反応するしかない。

 ブレイドドラグーンと、ノーネイムが左右に持ったビームサーベルを織り交ぜられると、ターンエルスは反撃にも回避にも窮してしまう。

 

 両機の距離は50m。

 20mの体躯で50m。

 遠距離でも至近距離でもない絶妙な距離で、ノーネイムはターンエルスを翻弄する。

 ターンエルスが距離を詰めれば離れ、ターンエルスが離れようとすれば近付く。

 ターンエルスの大剣が届かない距離と、ノーネイムのビームサーベルが届く距離を、ノーネイムは巧みに行ったり来たり。なんともいやらしい立ち回りだ。

 

 これが、"機動力に差がある"ということ。

 機動力がGBN最上位レベルのガンプラを使うリクが、並大抵の敵には負けない根源的な理由であった。

 

 まるで乱暴な教師のように、戦闘と暴力という教導で、シバがエヴィデンス01に『ガンプラバトルの戦いの理』を教え込んでいくような、そんな攻勢。

 結果論ではあるが、それはもはや教導だった。

 

『愛があるとは、口が裂けても言えない。

 私に地球人と同じ心が備わったとは到底言えない。

 ……で、あるが。それでも! 三度も! 応援された上で負けていられるものか!』

 

『熱くなってきたじゃねえか!

 ……感情も無さそうなエイリアンにはもう見えねえなァ!』

 

 声が聞こえる。

 ずっと聞こえている。

 モモの声。

 応援してくれている声だ。

 何度も応援してもらった。

 なのに、そのたびに負けた。

 悔しいだのと、悲しいだのと思う前に―――情けなかった。

 

 男が奮い立つ理由は十人十色、千差万別。

 シバのように本気で挑んで本気で負けて本気で悔しがるのも男。

 女の子に応援してもらっておきながら負けた、その気持ちが燻るのもまた男である。

 シバの叱咤、モモの応援が、エヴィデンス01に熱を加えていく。

 

 チリチリと火に炙られるように熱が入っていく戦いを、コウイチが微笑み見守っていた。

 

『テメエがメイの言った通りの奴なら!

 そこで叫ぶ言葉はそうじゃねえだろ!

 テメエも自分のガンプラを愛してるなら、その愛を、"好き"を叫んでみろや!』

 

『愛している……好き?

 私が?

 ターンエルスを? この、私のガンプラを?』

 

『そうに決まってんだろ!』

 

『いや……私の中に道具を愛でる概念は……そんなものは今まで……』

 

 ノーネイムはノーネイムユニットを背中から右腕に移動、XコネクトをDエクステンションにシフトし、マントを巨大な爪ある手に変形させる。

 それは、怪物の爪にしててであった。

 地球から4.2億光年離れた彼方にあるおたまじゃくし銀河の向こう、宇宙怪獣の生息地帯に住まう、"彗星の爪の民"に似た爪―――そう思った時には既に、エヴィデンス01も動いていた。

 

 エヴィデンス01は瞬時に左腕両足を分解し、四肢三つ分のファンネルを右腕に合体、"彗星の爪の民"と同じ形の爪を作り出し、鏡合わせの如くぶつける。

 経験が作り上げたガンプラに、知性で対抗する一撃。

 轟音が鳴り響き、衝突音が周囲の大地の砂を巻き上げ、葉を揺らす。

 

『そのガンプラの顔はどうした? 一瞬で思いついたか?』

 

『……いや、よく考えた。

 地球人が見るだけで発狂するものは選ばないように。

 だが、地球に存在するフェイスデザインを模倣しようとは思わなかった』

 

『そのファンネルの手足を思いついた時はどうだった? 無感情じゃねえだろ』

 

『……で、あるな。地球に合わせた形で、私の知識を落とし込めたのは、嬉しかった』

 

『ガンダム作品見直しただろ?

 見たシーンを思い出してただろ?

 どんなガンプラを作るかあれこれ考えただろ?

 その過程が楽しくなかっただなんて言わせねえぞ、クソエイリアン』

 

『……ああ。で、あるからこそ、このターンエルスが出来上がった』

 

『ターンX。ガンダムレギルス。ELS。全部ピンときたから組み込んだんだろうがよ』

 

『そうだ』

 

 ガキンッ、と音が鳴り響き、爪と爪がぶつかり合う。

 振り下ろされる錆びた赤銅の爪。

 振り上げられる白銀の爪。

 縦横無尽に振るわれる爪はバーチャルの大気を裂き、大地を捲り上げ、暴風なのか爆風なのかも分からない豪快な衝突音を響かせる。

 

『もっとテメエの愛したガンプラを見ろ!

 戦いを見て、周りを見て、ガンプラを見ろ!

 そうしてりゃこんなビームばっかのままの機体のままにはならねえ!

 フォースに入ってもねえソロの奴のガンプラがこうはならねえ!

 "こうした方が良い"っていう改造をしてるはずだからなァ! 分かるかエイリアン!』

 

 ガンプラは心の鏡。

 適当に作ったガンプラも、本気で作ったガンプラも、見れば分かる。

 初心者ゆえに最初にバランス悪く作ってしまった機体も、最初に作ってそれっきりだった機体も、ガンプラバトルを繰り返すうちに改造を繰り返された機体も見れば分かる。

 シバほどの者になれば、異星人の心を言葉によって理解することはできなくとも、ガンプラを見て理解することはできる。

 

 地面を足で踏み締め、ノーネイムが全力で爪を突き出す。

 空を胴体で踏み締め、ターンエルスが全力で爪を振り下ろす。

 爪と爪が衝突し、『踏ん張りの質』の差で、ターンエルスが弾き飛ばされた。

 

『テメエのガンプラが! テメエにもっと信頼されたがってんだろうがッ!!』

 

『―――』

 

『自分の中の"好き"を自分で否定してんじゃねえ!

 ここはGBNだ!

 テメエのガンプラを好きだって気持ちを否定すんな!

 信じろ! 自分の内側に在るもんを!

 テメエがガンプラを愛してることを自覚すりゃあ、お前のガンプラはまだ強くなる!』

 

 ターンエルスの鋭い反撃を後退してかわしつつ、ノーネイムユニットを背中に回してXコネクトにシフトし、シバは声を上げる。

 その声が、エヴィデンス01の内側にまでよく響く。

 

 距離を取られれば、ターンエルスには為す術がない。

 

『……理解できない主張だが、胸に響く!

 で、あれば! この胸に留め! 検討しておく!』

 

『ハッ! 負けた後存分に悔しがって、叫んで、反省を活かして改造でもしてなァ!』

 

『いいや、勝つのは―――』

 

 そう、思われていた。

 

 だが、違う。

 

 この位置にこそ勝機があった。

 

『―――私だ!』

 

『!?』

 

 その一瞬。またしても、経験と知性がしのぎを削る。

 

 ターンエルスを正面に捉えながら後退するノーネイムの背中側に、ビームが飛んだ。

 意表を突く一撃。

 完全に意識外の一撃。

 しかしセンサー込みでよく作り込まれたノーネイムはその奇襲に即座にアラートを鳴らし、シバは反射的にノーネイムユニットの羽を広げながら素早く下ろした。

 広げられた鉄の羽が振り下ろされ、ギロチンのごとくビームを切り散らす。

 

 アンチビームのノーネイムユニットがXコネクトである時、背後からのビーム攻撃は有用性を失ってしまう。

 歴戦の戦士が背中の守りを疎かにするわけがない、ということだ。

 しかし、何が起きたのか。

 シバは警戒を怠ってはいなかった。

 なのに背後から奇襲のビーム。

 ありえぬ奇襲。

 存在しない虚空からの攻撃。

 一対一でそれを如何ようにして為したのか、シバは一瞬で理解し、驚愕していた。

 

『仕込みファンネルだと!?』

 

 ターンエルスの手足はやや長い。

 その両手足をそれぞれ八分割し、ファンネルとすることが可能なのがターンエルスである。

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、地面に潜ませていた。

 腕の長さの長短の変化は分かり難く、身長の変化は足の長さの1/8。

 これでは動き回る戦闘中に分かるはずもない。

 

 両手足から一つずつ引き抜いたファンネルを設置し、そこから狙える位置にノーネイムが来るまで根気強く待つ。

 これが第一手。

 初手は成った。

 ここにきて初めて、シバの目線がターンエルスから外れた。

 

『ターンエルス!』

 

 地面に設置したファンネルが4つ。

 ターンエルスは右腕にファンネルを8つ固め、右腕を作る。

 そして残る20のファンネルを自分の後ろに配置し、右腕で大剣を強く握った。

 

『―――応えろッ!!』

 

 叫ぶようにターンエルスに呼びかけると、ターンエルスのカメラアイが輝く。

 

 背面に構えられる大剣。と、同時に、20のファンネルが光を吐いた。

 

『!?』

 

 シバが驚く間もなく、瞬時にターンエルスが両者の距離を0にする。

 

 これは、ガンダムSEEDのスターゲイザーガンダムのそれと同じ。

 "ビームによる推進"だ。

 背中に大剣を構え、そこにビームを受けることで通常ありえないほどの加速を得て、シバの予想外の急加速で接近したのである。

 ガンダムSEEDのような光の帆の翼(ビームセイル)ではない、地球外の概念により構築された大剣を帆とする、『メタルセイル』にビームを受けた極超音速移動。

 

 初見であれば、SSランクダイバーですら敗北必至の反則奇策。奇形の二手目。

 

『舐めんなァ!』

 

 だが、シバは瞬時に右腕のガントレットからビームサーベルを出力し、極超音速の一撃を受け止める。

 なんという反応速度か。

 が、シバ本人も"もう一度やれ"と言われたところでできないだろう。

 経験が蓄積された体が勝手に動いただけで、頭で考えたわけではない。

 見ようによっては運良く成功した防御、別の味方をすれば経験が生んだ必然。

 エヴィデンス01の『予想外の二手では足りない』という思考は、正しかった。

 

 そして、ここから最後の一手を詰める。

 

 エヴィデンス01は最後の一撃を何にするか決めていた。

 ビームライフルを直接突き込んでの距離零射撃。

 ライフルを物理的に叩き込みながらフルパワーでビームライフルを発射し、それによって決め手となるダメージを与える。

 大剣を防御することに意識が行っているノーネイムなら防げまい……という算段だ。

 

 流れの計算は完璧にできた。

 完璧に先も読み切っている。

 予定していた攻撃の組み立ても完璧に成功した。

 しからば統計的に勝率が最も高くなる完璧な道筋をなぞれたと言える。

 あとは完璧な形で最後の一撃を撃てばいい。

 エヴィデンス01は大剣を手放し、背中側のマウントにセットしたライフルを掴むべく、背面に手を伸ばし。

 

 

 

―――"完璧なあなた"になんてなる必要はない。

 

 

 

 ふと、ヒロトの言葉が、頭をよぎった。

 

 選択肢が、二つあった。

 完璧な選択肢と、それを投げ出す選択肢があった。

 "完璧なあなた"と、"完璧でないことで何かを守れるあなた"の、どちらにも成れた。

 一瞬の逡巡もなく、エヴィデンス01はヒロトの言葉を信じ、選んだ。

 

 エヴィデンス01が背面のライフルを掴み、エネルギーを注ぐ。

 同時、Xコネクト状態だったノーネイムユニットが変形し、Dエクステンションに戻る。

 エヴィデンス01が銃を撃つのではなく、投げる。

 同時、Dエクステンションがノーネイムの前面を守り、その合間からビームサーベルを出す。

 

 エネルギーを込められて投げられたライフルが、Dエクステンションの合間から突き出されたビームサーベルに衝突し、爆発した。

 

『!?』

 

 エヴィデンス01が完璧な自分を選んでいたなら、ここでライフルによる攻撃は防がれ、Dエクステンションの合間から突き出されたビームサーベルに貫かれて負けていただろう。

 ここまでの戦いの中で、経験豊富なシバは無意識にエヴィデンス01の攻撃リズムに合わせて自分の攻撃感覚を調律していた。

 完璧を選び、最適解を選ぼうとするエヴィデンス01に、完璧なカウンターを合わせることが可能であった。

 エヴィデンス01が完璧な攻撃を選んでいたなら、勝っていたのはシバだっただろう。

 だが、そうはならなかった。

 

 爆発したライフルがノーネイムにたたらを踏ませ、爆炎と爆煙が視界を塞ぐ。

 三手目は目くらましに終わる。

 そして、四手目が放たれる。

 

 炎と煙を切り裂いて、光の刃が軌跡を描いた。

 

 エヴィデンス01の手に握られた"ビームサーベル"が、ノーネイムの顔面を覆うフェイスガードを両断し、それがカランッと地に落ちる。

 

『オイ……テメエ……なんだ、そりゃ』

 

『以前、メイと共に強敵と戦った。

 その時、メイからビームサーベルを一本借りた。

 それがトドメになった。

 戦いの後、私は彼女からそのデータを譲り受けた。

 お守り代わりだと。近接武器をもう一つ持っていてもいいと。

 そう言われて彼女から貰った、隠しの奥の手。借り受けた剣だ』

 

『……ああ、なるほどな』

 

 選択肢が、二つあった。

 確かなものを信じて完璧な戦術を組み立てる選択肢と、不確かなものを信じる選択肢。

 エヴィデンス01は的中確率の高い未来予測ではなく、不確かな友情を信じた。

 

 シバは深く深く息を吐き、GBNが表示する敗北の通達をじっと眺めていた。

 

『そのビームサーベルは、俺がメイに持たせたやつだ。

 あいつのモビルドールを設計した時に俺が持たせた。

 ……ハァ、クソ、因果だな……ったく、あのひよっこは……』

 

『……』

 

『オイ、どうだ?』

 

『?』

 

『楽しいだろ、本気と本気を全力でぶつけ合うガンプラバトル』

 

『……で、あるな』

 

 通信越しに敗北を悔しがる少し不機嫌なシバの声が聞こえて、その直後、クックックッと笑うシバの声が聞こえる。

 

 悔しがりながら楽しそうに笑うシバが理解できなくて、エヴィデンス01は首を傾げる。

 

《 BATTLE ENDED WINNER EVIDENCE01 》

 

 分からないことは多いけれど。

 画面の表示を見て自分の心が浮き立つ理由は、エヴィデンス01にも理解できていた。

 

 GBNに来て、初めて普通のガンプラバトルで勝った瞬間。

 全ての初心者が味わう"GBNに心底夢中になる瞬間"を、彼もその身に感じていた。

 

 

 

 

 

 飛び上がるように、モモが喜ぶ。

 

「よっしゃー! エビちゃーん!

 よくやったー! かっこいいよー!」

 

 モモがコウイチの隣からエヴィデンス01の下に全力で駆け寄っていき、入れ替わるように戻って来たシバハロがコウイチの隣に腰を下ろした。

 

「お疲れ様、ツカサ」

 

「フン」

 

「……リクくんには感謝しないとね」

 

「あ? 何がだ?」

 

「すっかり昔のツカサに戻ってる。

 再会してすぐの頃は一瞬ツカサだと思わなかったしね」

 

「ケッ」

 

 エヴィデンス01は言った。

 シバは心配しているだけだと。

 コウイチは言った。

 シバは自分の好きなものには過保護だと。

 

「メイちゃんの話聞いて、好ましくは思ってただろ、お前も。

 ……メイちゃんと急に仲良くなったからってチンピラみたいに絡んでたのも本心だろうけど」

 

「んなわけねえだろ」

 

「でも、メイちゃんの珍しい語りを見て不安になった。

 実際に出て来た彼を見てちょっと不安になった。

 心配になったんだろう?

 彼らが、人間もGBNもよく知らないことが。

 人間を知らない善良な異星人とELダイバーは、人間に騙されやすいだろうから」

 

「心配なんてしてねえよ」

 

 試すような戦いであり、視界を広げるような戦いだった。

 

 これがライトバトル設定でなければ、シバ・ツカサが全力を出して最初から仕留めに行っていたら、勝敗はわからなかっただろう。

 

 シバはGBNの仕様を利用して、エヴィデンス01を一人で胴上げしているモモ、無表情でなすがままにされるエヴィデンス01を遠目に眺める。

 

「心配なんてする必要もねえ奴だ」

 

 余計なお節介をした、と、シバは思う。

 口には出さないが。

 能面のような顔をしたエヴィデンス01の手を引き、モモがシバの前まで駆けてくる。

 

「わっはっは! どうよ! エビちゃん初勝利!」

 

「そうかよ。よかったな」

 

「んふふ、やっぱりベテランは気遣いの鬼だよね。

 流石コーシバコンビ。メイちゃんの代わりに私がお礼申し上げます!」

 

「……」

 

 チッ、とシバが舌打ちする。

 こういう感情の機微には敏く、察しがいいのがモモという女の子である。

 こういうこの純真な目線を向けられると、コウイチは"もっとちゃんとしないと"と思うし、シバは"過大に見るな"という風に舌打ちして顔を逸らすのだ。

 

「ツカサが戦ってる間にデータも取っておいたよ。

 微調整も済んだ。彼用のモビルドールはすぐにでも動かせると思う」

 

「そうか。おい、エイリアン」

 

 シバとエヴィデンス01の視線が交わる。

 

「GBNは何もかもが気に食わねえ。

 気に食わねえ。

 気に食わねえが。

 ……GBNは、テメエの"好き"を受け入れられないほど、小さい世界じゃねえ、らしいぞ」

 

 エヴィデンス01は、深々と頭を下げる。

 

「御指導御鞭撻、感謝する。

 新たな出会いに宿る価値の心臓とは、互いを知ること。

 そして互いに教え合うことだと私は考えている。

 で、あれば、このひとときにも黄金の価値があった。

 感謝しよう。星の彼方で君と出会えた運命を喜ばしく思う」

 

「堅苦しいんだよ」

 

 分かり合った確信があった。

 繋がり合った実感があった。

 エヴィデンス01とシバの間に、星々の海を越えた相互理解が生まれる。

 

「ガンプラバトルで分かった。

 テメエは不器用なやつだ。

 悪い奴じゃねえんだろうが、器用でもねえ。

 ……異星人なのも相まって、誤解を招くことも多いだろうな。

 だが、一線交えりゃ分かる。お前はメイのやつに指一本触れちゃいないだろう」

 

「いやメイの胸は揉んだな」

 

 しばのびーむきゃのん!

 

 こうかはばつぐんだ!

 

 えゔぃでんすぜろわんはひんしになった!

 

 

 

 



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