パソコンのある日常-Daily lives of there's a personal computer- (海色 桜斗)
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Shift1「序章にも満たない日常」

※注意事項
これはオタク達のオタク達の為のオタク達の日常譚。一部の方にはあまり受け付けないような単語が含まれる可能性があります。前書きとタグの方に記載されている事項をしっかりと確認し、読み進めていくようお願いします。




【挿絵表示】





それでもいいよという同志は、迷わず本編へGO!!


2025/4/7 PM16:00

コンピュータ室

向坂 祐都

 

「・・・・・・」

 

「お、おい、そこは違うだろ。必勝宣言したくせにこれは酷すぎるだろ、jk」

 

「う、うるせぇ!?お、俺様は『テイクス』しかやんねーぞ!こ、これはそ、そう!く、クソゲーだ!」

 

「自分が出来ないからってクソゲー呼ばわりとか何様のつもりだよ・・・・・・」

 

ここは秋田県夢島市の夢島駅より徒歩10分程度のところにそびえる山を切り崩した丘の上に忽然と立つ、市立夢島高等学校の正面入り口近くの螺旋階段を上った、すぐ近くに設置されたコンピュータ室。普段は情報処理など調べものをする際に使う特別教室で、放課後にはそこはコンピュータ部の部員達の根城と化している。何故なら――

 

「ええい、ちきしょう!こうなったらとことんやってやんよ!・・・・・・って、爆弾!?ぎゃあああああっ!?」

 

「あ、それオレが設置したタル爆弾。さっきそっちに行くなってあれほど言ったじゃねーか」

 

「そ、そんなこと初耳だぞ!?ほら見ろ、お前のせいで俺様がライフ0になって報酬金へったじゃねーかよ!?」

 

「フ・・・・・・これだからRPGしかやらないゆとり君は使えないんだ」

 

「なんだとぅ!?」

 

――ご覧いただけただろうか?今のところ部長を除く4名の部員達はパソコンなんぞ全く手につけておらず、学校に密かに持ち込んだ今流行の最新携帯ゲーム機「PSV2」を手にしてゲーム三昧な日々を送っているのだ。なお、この現状はここ最近になって黄金期とも呼ばれた元部長様の時代が終わりを告げたと共に部員数が激減した事に原因がある。つまり、部活として存続できるかどうか危うい状況にある訳だ。まぁ、かく言う俺もパソコンはいじってるけどあくまで自分の小説を執筆してるだけなんだよね。ワードソフトで。

 

「俺の名前は向坂祐都。ごくごく平凡な男子高校生。趣味といえばパソコンで自作の小説を執筆する事、男ものの恋愛ゲーム・・・・・・所謂ギャルゲーをプレイすること、後は某2次元アイドルグループを応援する事。自慢ではないが、今まで同じ学年の女子生徒とはクラスメイトだとか同学年のゲシュタルト崩壊するほど友達が付いた後の友達という範囲以上の関係になれたことが一度も無い。勿論、バレンタインで誰かから本命ならまだしも義理チョコすらもらえた経験が無い」

 

「・・・・・・一人でぼそぼそ喋ってるとかキモ。さては新しい脳内妹さんにご挨拶?」

 

「違ぇよ。つーか、妹じゃねぇし。義妹だし」

 

「訂正するほど大差ねぇよ」

 

「いやいや、妹と義妹だと海より深い明確な違いがあるのだぜ?」

 

今、俺と会話しながらパソコンソフトをいじっているのが今期のコンピュータ部部長の篠崎龍。クラスは同じではないが体育のときいつも木陰で体育座りしてつまらなそーに授業を見つめている龍を見つけ、ある時思い切って声をかけた結果、すんなりと趣味が合い、そのまま友達・・・・・・むしろ親友のレベルまで到達するほど仲が良くなった男子生徒である。

 

「では、解説してやろう。ちなみに俺に義妹について語らせると軽く3日は語れるZE!?」

 

「んじゃ、聞いてやるから5分間だけ時間をやる。好きなだけ喋ろ」

 

「少ねぇよ!?それじゃあ、冒頭部分すら語れないじゃねぇか!?」

 

「五分もあるのに冒頭はいらねぇとか前述どれだけ長いんだよ」

 

趣味は合うといっても一致しているのは、アニメとかゲームが好きだ!という論点ぐらいで後は割と噛み合わず。そのため、毎回俺がやる気を出して義妹を愛する理由を語ろうとしているのにだ。こいつはそれに滅法興味が無く、俺に与えられる時間はたった数分。ま、俺もあくまで冗談としていってるだけで本気で語ろうなんて思っちゃいねぇけどさ。

 

「ふはー、到着ぅ~。皆の衆、ちわちわ~」

 

「あわわ・・・・・・少し待ってよ、優海~ぃ」

 

――と、ここでパソコン部の天使二人が降臨なされた。先陣を切ってきたハイテンションガールは水鳥優海。一見普通の女の子だが、その実、かの堤頭3:20の大ファンな少し変わったお方だ。中でも特徴的なのがハイスピードボケの実力。オレといい勝負が出来るのも今のところ彼女のみである。

 

そして、もう一人のお方が藤林慧巳。生真面目な委員長タイプで1年前に起きた進撃のゴリラ事件の被害者であり、現在はここパソコン部の部員となってもらっている。そう忘れもしない、あれは高校入学して間もないころに起こった事件にしてはインパクトが強すぎたのだ。

 

 

――そう、その日は今と同じく校舎に夕日の指す、とある日の放課後のことだった。

 

『暇だな』

 

その日、入学当初からの友人であった修二と飯島は、バイトの時間帯という事もあり、早々に下校した。俺はバイトのシフト日ではなかったため、暫く一人で校内をふらついてみることにしたのだ。

 

『こんな時、相棒か彼女がいればそれなりに楽しい大冒険と化したのではなかろうか』

 

そんな自虐的な独り言を呟き、歩を進めた。途中で螺旋階段なるものが現れたので迷わず上っていく。ここは一年と二年のエリアだ。ここから左に行くと一年のクラスエリア、右に行くと二年のクラスエリアとなっている。一年のエリアは探索済みだな。二年のエリアに行ってみるか。

 

『さて、探索となれば必要なのがこいつだな』

 

ふと思い当り、ズボンのポケットから買ったばかりのYphoneを取出し、リサーチに特化したやたら名前の長ったらしいアプリ『DG297 3rd EDITON ver.4.11』を起動する。そして、誰もいない虚空の空間にその画面を翳す。すると、校内に設置されてある物をリサーチし、その情報を表示させる。これを通称『ジオタグ』と呼び、今の世の中散策してみれば都会だろうが町だろうが村だろうが関係なく、無数に存在している。恐らく全国コンプリートは一生賭けても無理な話だろう。

 

『ふむ・・・・・・まぁ、普通だな』

 

我ながら当然のことを言ってのける。まぁ、俺が住んでいるこの秋田と言う土地は都会や外国みたく、派手な殺人事件や強盗等滅多に名乗りを上げない。それくらい平和で何も起こらないのだ。只一つ上げるとすれば年々、過疎化や自殺者や癌死亡者が増え続けているというネガティブ具合。正直、悲しくなってくる。

 

『きゃぁぁぁぁぁっ!?』

 

――と、何やら女子の悲鳴らしき声が空間に木霊した。俺がその聞こえた方角を振り向くと一人の女子生徒が必死の形相を浮かべて俺の横を猛スピードで走り抜けていった。

 

『な、何ですとぉ!?』

 

鬼気迫った具合のとても素晴らしい速度であった。あまりにも突拍子のない展開に俺が呆然としていると、何やら体格のデカい男がひぃひぃ言いながら走ってくる。防げるか・・・・・・?

 

『うぉ~い、待っちくり~!!俺様にツンしているとしても逃げなくてもいいだろ~?しゃあ、大人しく俺様の愛を受け取りやがれぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?ご、ご、ゴリラが出たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?くそっ、この学園の七不思議の一つなのか!?放課後に出没する謎のゴリラ男・・・・・・だが、しかし、ここで奴を野放しにすれば追われていたあの女子が可哀想だ。ここは一発、恐怖を沈めて撃退するしかあるまい!飛ばすぜ、スカした一撃をっ!!

 

『あぁ、しまった。バランスを崩してモップの軸があさっての方向を向いてしまった~(棒読み)』

 

『ひょっ!?』

 

『歯ァ、喰いしばれェェェェェェェェェェッ!!』

 

『げごふぅっ!?歯喰いしばれとか言った地点でわざとじゃねぇ?!』

 

掃除用具入れからモップを取出しそれを奴の腹に思いっきり叩き込むと、奴はナイスな突っ込みをした直後に呆気なく気絶した。ふぅ、何とか危機を免れた。後は・・・・・・追われてた子に撃退した旨を話して帰ろう。なんつーか凄い疲れた。

 

 

以上、特に面白みのない過去回想でございました。まぁ、しかし現状として加害者が同じ部員仲間としてすぐ近くにいる訳だが・・・・・・まぁ、監視の目が行き届いているから大丈夫だろう。彼女からの同意も得てるしな。

 

「ぎにゃああああああっ!?報酬金が0になったぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「バーロー、おめぇのクエ手伝ってやってんのに誘った奴が死んでクエスト未達成とかマジありえね」

 

「はいワロスワロス」

 

結局、何一つすらパソコン部らしい活動もせず解散となった。あ、ちなみに今まで散々ゲームやりながら騒いでた連中はというと、まず最初に奇声を上げまくっていた男子生徒が西条尚紀。どっからどうみてもキモオタの看板を背負って歩いている見た目58歳のおっさん顔。カ○ニング竹山に若干似ている。

 

次に暴言ばかり吐いている一番背の高い眼鏡男が本田修二。中学時代からの付き合いで元はといえばクラス内全員から虐められていると言う一番過酷な状況の中、当事厨二病を患ったばかりで某アニメの某弓兵に憧れていた俺はその思想の道指すがままに周りが全部敵という中で奴と友達になった。

 

最後に@ちゃんねる用語を口に出して色々皮肉っているのが鳴島康平。こいつとも中学校からの付き合いで、何しろこの俺がオタクとして色々覚醒していく要因を作り出した親友。その事からコイツは俺の師であると言っても過言ではない。

 

「うぉぉぉい、祐都~、この際お前だけでも俺に協力してくれぇぇぇ~!」

 

「何を言っている、お前さんスカイクラッド・オンラインじゃあネトゲ廃人並みに強いじゃない。あのゲームに注ぐポテンシャルをそっちでも使いなさんな」

 

「仕方ねぇだろ、RPGと狩りゲーじゃ操作も何も違うんだからよぉ!?」

 

「頑張れ頑張れ~、俺は暫らくこのゲームやりながら見ててやっから」

 

そういって、俺がカバンの中から取り出したゲーム機の画面に写っているのは今プレイ中の音ゲー「ラボライブ!-ラボアイドルオールスターズ-」のタイトル画面だ。ちなみに、音声ガイダンスは推しメンの柏木結衣菜にしてある。当然、推しキャラはデフォルトだ、おk?

 

「おまいはどこにいてもそれをやるつもりか。もう人としてオワタな」

 

「フ・・・・・・何を言っている、大好きは隠さなくてもいいと教えてくれたのは彼女だ」

 

「何を言ってんだテメェ、最強なのはあずみんこと中江あずみに決まってんだろ」

 

「いやいや、結衣菜でしょ。俺にとってのオタクの師匠この子よ、えぇ!?」

 

そして、修二とのいつもの推しの大論争が幕を開ける。因みに、ラボライブシリーズ三部作のどれをとっても修二の奴とは一回も推しが被ったことはない。まぁ、一押しがその子だってだけで俺は基本どのグループも全員推しなんだけどね。

 

「だが、俺はあずみん推しだ」

 

「バアルを持つ、この俺に逆らうか」

 

「いや、お前、まだプラモ持ってねぇだろうが」

 

「違ったようだ」

 

パソコン部なんて、名前だけのようなもの。部としての人数に達しておらず、廃部間近なこの部にルールなど最初から存在していないのだ。適当に集まって、適当にしゃべって、適当に帰る。そんな毎日が続いて続いて今に至る。あぁ、願わくばアニメとか小説のような日常であってどこか非日常な出来事が突如として起こりますように。そう願わずにはいられないほどなんの代わり映えもない日々がそこにあったのだ。

 

 

――翌日。いつものように学生寮で朝を迎え、準備を整え、ロビーで修二と龍と合流。共に学校までの道のりを適当に駄弁りながら歩いていく。坂の多い道を10分程度歩き、丘の上にある自分達の通う高校に辿り着く。そして、下駄箱で内ズックに履き替えた後、すぐ近くにある螺旋階段を上り、違うクラスの龍とは俺と修二の所属するクラスの前で一端別れ、俺と修二はいつものように教室へと足を踏み入れ、各自自分の机に手提げカバンを置き、机に座る。

 

「教材入れるロッカーが自分の机のすぐ真横にあるとかすげぇ恵まれすぎてる環境だな。だが、過去の経験から冬にここに来た場合は厳しい。今年は注意せねば」

 

取りあえず、いつものように龍のクラスに乱入させてもらおうか。勿論、Yphoneは常時装備でなければあるまい。そうして、いつものように2-Bの教室へ向かおうとしたところで、展開が少し違った。

 

「おはよ、向坂」

 

「おう、おはようさん、川知」

 

教室の入り口でばったり遭遇したのは、同じクラスの川知智佳。俺とは幼稚園の頃からの幼馴染みで所謂、腐れ縁の関係だ。中学校は残念ながら離れてしまったが、高校は奇跡的に一緒になったわけでアニメ的には奇跡的な幼馴染の再会とも言えるわけだが・・・・・・。

 

「何よ、そこ退いてよ、教室に入れないんだけど」

 

「あぁ、悪い。すぐに退く」

 

幼馴染とは思えないほどの険悪な雰囲気。そう、あれは小学生の頃。全校生徒でとある曲に合わせて踊るというある意味祭りのような行事があり、当時その踊りというか曲自体が嫌いだった俺はクラス全員が踊っているにも関わらず、参加拒否。その時に隣にいた川知が説得してくれたがものの、俺はその配慮の心さえ無視し、その催しが終わるまで一人だけ参加拒否しつづけたのだ。恐らく、その説得されている時に発した心無い発言の数々で失望させ、嫌われてしまったのだろう。本当にあの時の俺はいったい何を考えていたのだろう、猛烈に過去の自分を絞め殺してやりたい。

 

「すまん、もう川知に迷惑はかけないつもりだったんだけどな・・・・・・悪い」

 

「ちょっ、待っ・・・・・・ふ、ふんっ、分かったんならさっさとどっか行きなさいよ、清々するし」

 

はいはい、言われずとも何処かに行きますって。だが、流石にこのままってわけにもいかないか・・・・・・いつか出来ればいいな、仲直り。

 

「・・・・・・違う、アイツと話したいのはそんなんじゃないのに」

 

「まぁまぁ、落ち着きなって、ちー。今はそのタイミングじゃないってことさ」

 

俺の背後で空しく響いた川知の呟きとそんな彼女を彼女の友人が励ましていた一連のやり取りをこの時の俺は知らない。我ながら、こんな調子で本当に仲直りできるのだろうか。

 

「やほ~、祐都君、シェケビギナ~ウ?」

 

「よっす、優海さん、オーケー、レッツビビビビギナ~ウ!」

 

「OH~、サンキューベリーマーッチ!」

 

そして、そんな暗い気分を引きずったままで2-Bの教室の入り口をくぐるや否や、優海さんとの激しいボケの連続ラリーが始まった。ツッコミ役は不在です。というか居させてたまるか、な具合のハイスピードボケ合戦はこんな朝早くから繰り広げられようとしていた。

 

「例の人物とだべりに来たぜ」

 

「おぉ~、そうかそうか。龍君ならまだ自分の席に座ってるゾ?」

 

「あぁ、あんがとな。・・・・・・いつもいつも、済まないねぇ」

 

「祐都爺さんや、それは言わない約束だぁよ♪」

 

朝のボケ会話、終了。優海さんと別れてから一直線に龍の席へ向かった。しかし、龍は何やらお取込み中の様だ。仕方がない、自分のクラスに戻るか。と、引き返したところで優海さんから再びお声がかかったので、俺はその場に立ち止まった。

 

「珍しいっすね、何か用事でもありましたか?」

 

「んー、特に用事ってわけでもないけど、さっき祐都君と喋るときにちょっと暗い顔してたからどうしたのかなって」

 

「あぁ~、いや、参ったな。やっぱり顔に出てました?」

 

「そりゃもう。この優海さんの洞察力をなめてもらっては困るよ、青年」

 

そう言いながら、得意げに胸を張る優海さんを見て、やっぱりこの人には敵わないなと改めて痛感した。俺と違って、クラス全体の雰囲気をよくするムードメーカーだからな。成程、これが非リアとリア充の違いか。

 

「そりゃあ、君からすれば私はまだまだ知り合ったばかりで日が浅いかもだけど、私からしたら君は一応同じ部の仲間でもあるんだし気にかけてるところもあるんだよ?」

 

「たはは、何か気を遣わせてしまってすいません」

 

「むむっ、そうやってすぐ謝るのはNGだよ。ファイト充電、ぎゃるぱんち!」

 

「癒されっ・・・・・・!」

 

説明しよう、『ぎゃるぱんち』とは!優海さんだけが使える秘伝奥義で食らわせた相手にダメージを与えるのではなく、極上の癒しをお届けする最高にフワッとしたぱんちのことである。全部平仮名表記なのもその拳の柔らかさを文章でもより分かりやすく伝えるためなのだ。

 

「それじゃあ、また後でね。何でも一人で抱え込んじゃ駄目だぞ」

 

「ありがとうございました、お疲れ様でーす!」

 

何か一瞬いい雰囲気にはなったが、最後は相変わらずのボケ倒しとなったのだった。とはいえ、少し心が軽くなったのは事実だ。やっぱりいい人だな、優海さん。

 

「・・・・・・」

 

「おぅ、とうとうストーカーに転職かい、ツッコミ役」

 

「誰がツッコミ役だ、この野郎。単にお前が気付いてなかっただけだろ、龍は生憎作業中だったから邪魔するのもなんだし、な」

 

優海さんと話し終わって、後ろに気配を感じて振り向くとそこにいたのは修二の奴だった。たまに影薄いときあるよなぁ、コイツ。そして、何を今更。お前は何処からどう見てもツッコミ役だよ。他の奴等、ボケ要員しかいねぇもん。まぁ、俺含め時折ツッコミになる奴もいるが・・・・・年中ツッコミ役はコイツしかいなかったはずだ。大丈夫か、頭おかしくならんか。いや、既に少しおかしいか。

 

「というか、さっきいい感じだったなァ、えぇ?」

 

「バカヤロ、妙な憶測すんじゃねーぞ。どう見たって普通の会話だろ、普通の」

 

「いやいや、別に夢見たっていいじゃねぇか。俺らはあくまで年相応の健全な男子なんだからさ。妄想がアイデンティティの奴が何を言う」

 

うるせぇ、黙れ。妄想がアイデンティティとか何処の変態バカだ。確かに俺は脳内で架空の義妹達を補完できる程、妄想力は高いと思われる。少なくとも自作小説のストーリーの構想を難なく練ってる事から人並み以上である事は重々承知だ。だが、そこはあえて架空の中に出てくる人物に限定して行う事にしている。

 

「架空の奴だったら別に存在が元々妄想から作り出されたんだから発想力を鍛えるチャンスでもある。だけど、現実の人に向けてのだったらさ、根も葉もないような発想とかするのは失礼にも程があるだろ?」

 

「だから俺は現実で見えてる部分のみで構想を練る。まぁ、お陰でどっかの変態ゴリラさんよりはよっぽど現実的に生きれてる気がするけどな」

 

「お前の中の規制厳しいなぁ・・・・・・。失礼だとか別に妄想程度で他人に迷惑かけるわけ無いだろうよ?健全な男子らしからぬネガティブ思考だな。もっとポジティブに考えても罰は当たらないだろ」

 

「好きでネガティブ思考に切り替えてんじゃねぇよ。俺がポジティブに物を考えたらどうなるかって事を自分でよく理解してるからだ。『あ、あの子、俺の事好きなんじゃね?ktkr!』みたく調子乗るよりはマシだろ」

 

「妄想するときは妄想に入り浸るくせに現実してるときは現実しか見ないな、お前。妄想主義者なのか現実主義者なのかよく分からねぇや」

 

勝手に言ってろ。何処の誰にどう言われ様がこの規制は解くつもりはねぇよ。え、他にも規制はあるのかって?あぁ、絶対に踏み外してはいけない領域への警告やら女子と接する際の注意点だとかが盛りだくさんだ。紹介するつもり?あるあ・・・・・・ねーよ。

 

 

「お前等、今までリアル女子と手を繋いだとかそういうエピソードあったら聞かせてくれよ」

 

「ないな。一部を除けば」

 

「あったら、こんな童貞の巣靴みたいな場所にいてたまるかよ」

 

「そんなの夢のまた夢だよ」

 

「う~ん、じゃあお前に質問な。女子の手ってどうやって繋ぐの?ラブレターとか何?食えるの?」

 

「おめぇら全然夢がねぇな、おい!まぁ、俺もなんだけどさ・・・・・・っていうか、女子の手はどうやって繋ぐか?ラブレター?知るか!」

 

いつもの通り、部室でグータラ過ごしていると直樹が突然そんな事を言い出したので取りあえず適当に応えておく。まぁ、俺の質問も俺達と同類・・・・・・あるいはそれ以上のコイツに応えられるわけ無いか。じゃあ、読者の諸君、教えてくれ。女子の手(手に限らず身体)って柔らかいってこれほんとなの?ギャルゲとかで聞いた事はあるんだけど実際に触った事無いんだよね。どうなの?

 

「そういや、龍、一部を除けばってどゆこと?」

 

「いや、従兄妹で妹みたいな女の子がいてだな。その子と手を繋いだ事ならあるって事さ。」

 

「何・・・・・・だ・・・・・・と・・・・・・!?」

 

「でも、その子、父さんの実家に住んでるんでね、離婚して母さん側に付いた俺ら三兄弟はもう合えないという事さ。」

 

「あ、やべぇ、余裕で泣けてきた。それは随分惜しい事を・・・・・・ッ!」

 

リアルで義妹とは現代では廃れてきたため、その運命のめぐり合わせが成立する可能性は極めて少ない。例えて言うなら、実家の庭を掘って埋蔵金が出てくるか来ないか。それくらいの天文学的数字の確率だろう。いいっすね、俺は生憎義姉っぽい奴なんですけどな。

 

「じゃ、じゃあ、義理の姉とか妹とかいないのか?そいつの事を好きだったってエピソードはないのか?」

 

「さっきいたとは話したが・・・・・・流石にそれはない」

 

「スタイル良し。性格良し。成績優秀。スポーツ万能。この四点を秘めた恐るべき次元に存在した奴だから次元が合わねぇなとソイツを女としてみる事を諦めた」

 

「けーっ、つまんねぇなぁ、もぅ!」

 

んなこと言われたって。仕方が無いだろう。何故か俺の周りにいた魅力的な女子共はどいつもこいつも驚異的な才能を持ち合わせており、俺と全く次元の合わない奴等なのだ。まるで何処かの誰かが俺をそいつ等に近づけさせないようにさせているかのように。

 

「というか、何故そんな質問をいきなりしてくるんだよ?」

 

「い、いやぁ・・・・・・べ、別に何でもないぜぇ?お前等にもしそういう人がいて恋路に走ろうとしてるならそのフラグをへし折ってやろうなんて考えてるわけじゃないからな!ほ、ほんとだぞ!?」

 

「「そうか。あぁ、そういえばお前に渡したい物があったからこっち来い」」

 

「あ、あれ・・・・・・?な、何か嫌な予感・・・・・・。ちょ、まっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

ミッションコンプリート。約束どおり奴に引導を渡した。これより戦場から帰還する。何、問題ない。後の処理は全て組織の用務員の仕事だ。では、エル・プサイ・コングルゥ。

まぁ、そんなこんなでいつもの如くこのおかしな面子で過ごしていく奇怪な日常がまた始まりを告げたのである。つーか、どうなんのかねぇこの部活。・・・・・・次回に続く。

 

                                                    Shift1 To be continued...

 

 

 

 

 

 

Next Shift...

 

「巡ってきた日常と大いなる日々。でもそんな日々がやっぱり楽しすぎて愛しすぎて」

 

 

「そんな環境下で新しく出会った仲間とここで見る二度目の春を迎えた」

 

 

「パソコンのある日常、次回第二話『日々と計画』」

 

 

「人生の糧は、何気ない日常にある」

 




如何でしたでしょうか。

まぁ、オタクの日常を描いてるので「何これ、キモい」状態になってしまった人もいるかと思われます。でも、大丈夫か!注意事項を読んだ上で同志ならちょっとだけでも分かってくれると信じて、初回投稿記念で3話まで上げときます。

え、ホモと淫夢成分?(作者が興味ないんで)……そんなものはない。


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Shift2「日々と計画」

作品内限定オリジナル用語解説・その1

『DG297 3rd EDITON ver4.11』
本編中の世界において配信されている、Yphone・android専用アプリ。最新技術「VRアノテーション」により、カメラで覗く景色がより鮮明且つ奥行きを感じられる仕様になっており、素人でもプロが撮ったような美麗な写真が撮れる。また、マップ内には所々ジオタグが貼られており、それをタップすると公共施設等の詳細な情報がすぐにみられる為、老若男女問わず、スマフォに必ず入れたいアプリと評されている。普段、祐都たちが使っているVRモデルをマップ内に表示させる機能は、専用のVRモデルDLコードを読み取ることで使用できる。勿論、安心のフルボイス実装。


『SK057 2nd EDITON ver1.50』
通称「近代PCプログラム」。前述の『DG297 3rd EDITON ver4.11』を改良し作った、龍の自作オリジナルアプリ。本家の使い所をより拡張・便利にするためにPCとの連携を図れるようにした。これを使えば、事情故に外出できない人も家にいながら、まるで外にいるかのような夢の体験ができる。ジオタグ・VRモデル機能も健在。なお、現時点では、パソコン部メンバー内限定配信とされており、様々な問題点を内部で適切に処理をしてから、全国配信へ切り替えるようだ。





「へっへっへっ、計画通りだぜぇ・・・・・・!」

「(何故、こうなった・・・・・・)」

 

「(早く帰りたい・・・・・・)」

 

――その出来事が起こるほんの2時間前。

 

 

「ナン倉に行こうぜ?」

 

いきなり奴に声をかけられたと思ったらその手の話題。さて、ここで解説しよう。ナン倉とは何ぞと思っただろう。ナン倉というのは通称「ナンデモ倉庫」と言われる黒くて大きな建物の事であり、中に入ると子供達に人気のゲームハードやゲームソフトから随分とマニアックなアニメ・ゲームフィギュア、モデルガン、釣竿等の豪華な品揃えで客を出迎えてくれる店。だが、そこに出入りする大抵の人間がアニメ・ゲームオタクであり、並んでいる商品も美少女アニメ・ゲーム等の類。非オタクの方はあまり長居しないほうがいいだろう。つまりそれほどマニア向けの店と言う事だ。

 

「何故だ」

 

「いいじゃねぇか、たまにゃ俺もあそこに言って現実とおさらばしたいしな。ひっひっひ」

 

「まぁ、別にいいけどな。で、目的は?」

 

「そ・れ・は、ひ・み・つ!」

 

あぁ・・・・・・まんどくせ。こいつメッチャ面倒くせぇ。しかもウザい。文章で濁り具合を表記するとあまりの濁り具合に何を言ってるのか理解できないと思われるので、通常表記してはいるが、実際に聞くとこの一万倍くらいはウザい。しかし、いいだろう。俺もちょうど『ガンバムバアル』の1/100スケールプラモが欲しくなってきたところだ。三百年だ・・・・・・!

 

「・・・・・・まぁ、ちょうどいい時期だから行ってやる。他の奴等は行きたくないか?」

 

「誘いは嬉しい。だが、断る。午後からバイトあるからテラ忙シスwww」

 

「ラボフェスのイベントに全力を注ぐから却下」

 

「・・・・・・同行しよう。ちょうどガンバムの新しいプラモが発売されたらしいからな」

 

「ほぅ・・・・・・君も、アグニカ・カイエルの思想に目覚めてみないか?」

 

「唐突にキャラの声真似をするな、俺の狙いはバアルではない」

 

「君の協力が得られないのは想定外だった」

 

――ってなわけで、俺、龍、尚紀の三人でナン倉に向かう事にしたというのが今から2時間前の出来事で今の現状を作る原因でもあったということだ。はぁ、我ながらとんでもない悪魔と契約してしまったもんだ・・・・・・だが、関係ねぇ、向こうが罠張ってんなら罠ごと噛み砕くまでだ!

 

「本当にここ潜るのか?」

 

「おうともよ!お前たち、こっから先はR指定だ。さぁ、しっかりついてきやがれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「おーし、分かった。なら、いちにのさんで一斉に乗り込む作戦にしよう。全員でいちにのさんと言ってそれを合図にお前が『僕ちゃんの嫁、見~つけた!』って大声で叫んで飛び込んでいって、俺と龍はその場からエスケープする。・・・・・・この作戦でどうだ?」

 

「そうかそうか!俺様がいちにのさんで『僕ちゃんの嫁、見~つけた!』って大声で叫んで先陣を切って、お前等はそこからエスケープするわけだな!いい作戦じゃねぇか!ひひゃひゃひゃひゃ!あえて俺様に恥をかかせてお前等は他人事のようにエスケープ・・・・・・って、うぉい!」

 

ちっ、矛盾に気づいてノリツッコミして来やがった・・・・・・!この野郎、うまくいけば宣言どおり龍を連れて近くのシャイニーマートにエスケープしようと考えていたのだが。

 

「なら、まず最初にお前が『へっへっへぇ~僕ちゃんの嫁は果たして何処にいるのかにゃ~?それともついでに新しい嫁でも見つけてきちゃおうかな、ウォン・・・・・・チュー!』と言ってその先にダイビングするような体制で真っ直ぐ頭から突っ込んでいけ。俺は・・・・・・他人の振りして、そのまま立ち去らせてもらう」

 

「おーおー、なるほどな!今度は俺が『へっへっへぇ~僕ちゃんの嫁は果たして何処にいるのかにゃ~?それともついでに新しい嫁でも見つけてきちゃおうかな、ウォン・・・・・・チュー!』って言ってこの暖簾の向こう側の世界にダイビングするんだな!で、お前等は他人の振りをしてそのまま立ちさるんだな?いいぜぇ~?またもや俺様だけを恥ずかしい目に合わせて・・・・・・って、うぉい!結局同じじゃねぇか!?」

 

「ちっ、失敗したか」

 

どうやら龍も同じような事を考えていたようで、奴を巧みに誘い入れたがノリツッコミで返されてしまった。最早現状がどうでも良くなってきた俺はYphoneを取り出し、『DG297 3rd EDITON ver4.11』のアプリを起動する。そして、誰もいないはずの俺の左隣にそれを向けるとそこに一人の美少女が現れた。躊躇わず、俺は彼女に呼びかける。

 

「よ、佐奈」

 

『あ、おはようございますなの、兄さん♪』

 

「さて唐突だが質問だ。あの今からR-18エリアに平然と入ろうとしている気持ちの悪い男をどう思う?」

 

『あれはないですね~。もう少し兄さん達の事を考えてあげるべきだと思うの。はっ・・・・・・!?べ、べべべ、別に兄さんの事を好きで庇っているわけではないのですよ!?か、勘違いしないでください、この変態兄ィ!!』

 

「はいはい、ツンデレ乙」

 

ちなみに今俺が対話しているのは「天心乱満」というギャルゲのヒロイン「八代佐奈」。本来であれば現実から遠くはなれた2次元の世界で義理の兄、「八代春樹」とイチャラブしているはずだが、人類の知恵が生み出した最新技術「VRアノテーション」というシステムを導入した事により、そのキャラクターのVRデータをダウンロードしてしまえば拡張現実世界を表示する先程の機能を起動してポケコンから見るとそこにそのキャラクターを手軽に呼び出すことが出来るのだ。正直、オタクにとってこれ以上の幸せ機能はないな。だって、自分の好きなキャラをいつだって連れて歩いてるみたいな状況になれるのだから、これ以上の神機能は無いと言っても過言ではない。

 

「おい、軽々と俺様を無視して嫁に話しかけてんじゃねーよ」

 

「は?佐奈は俺の嫁じゃねーし、俺の義妹だし」

 

「ぐぬぬ・・・・・・こうなったら俺様も嫁と戯れついでにここに行ってくるもんね!さぁ~エステル、一緒に行こうぜ~?デュフフフフ・・・・・・!」

 

「止まるんじゃねぇぞ・・・・・・!キボウノハナー」

 

そう言って、奴はandroid携帯を取り出し、単独でR-18エリアに突入していった。その奴の背後で俺はぼそっと団長命令を呟いた。まぁ、当初の目的は達成されたわけだから龍と佐奈と適当にどっかふらつきますか。

 

「しかし、まだ連れ歩いてたのか。ええと、名前は何だったか」

 

「佐奈だよ、八代佐奈。だが、そう言うお前だって『俺の家族』と題したキャラクターを連れ歩いてるじゃんか」

 

「まぁな。ちなみにサチコは俺の肩にぶら下がっておんぶ状態になっている。見たいのなら試しにこっちにYphone向けてみるといい」

 

そう言われたので俺はYphoneの画面に龍が映るように移動させた。すると、いた。龍の背中におぶられるようにして、ホラーゲーム「コークスパーティ」の黒幕である「霧埼サチコ」が表示されていた。

 

『♪~』

 

「・・・・・・」

 

「どうだ、羨ましかろう」

 

『兄さん、私にもしてください』

 

「何故そうなる!?だ、だが、それでいい!許可する!」

 

『やった!じゃあ・・・・・・よいしょっと。えへへ・・・・・・兄さぁ~ん♪』

 

あくまで立体映像であって実物ではないから、実際に乗っかられた感は無いにしてもあると思ってしまえばそれで問題ない。さて、それではPSV2版の初回限定版の「天心乱満」+1/100バアルを買って果たすべきを果たすとしよう。

 

「ふっ、バアルを手に入れた私は、懐が一気に寂しくなったという些末事で反省をする必要はない」

 

「よくそんなに買ったもんだな・・・・・・(汗)」

 

「いいじゃねぇか別に。まぁ、こんなところを同じ学年内の女子に見られるわけにゃ行かないんでね。自重してるさ。特に、あいつだけには見られるわけには行かないしな・・・・・・って、うげっ・・・・・・」

 

「それでそれで~・・・・・・って、うわ・・・・・・」

 

大量ゲッツで浮かれてるところ、一番会いたくない人物に遭遇してしまった。茶髪ロングに端正な顔立ち、多少小柄ではあるが、キリッとした眉毛とクールな雰囲気を秘めた特徴的な釣り目が可愛さだけではないことを物語る。そう、今絶賛仲違い中の川知智佳である。

 

ところで、なぜ彼女がこのようなオタクの巣靴のような空間にいるのか。それは、彼女もまたオタクだからである。どうやら、別々の中学に通っていた空白の三年間で彼女は自身の友人の誘いで『黄金の錬金術師』というアニメを視聴。結果、物の見事にハマってしまったらしい。

 

「おい、うわ・・・・・・って何だよ、この野郎」

 

「ア、アンタこそ、うげっ・・・・・・って何よ、バカ!」

 

「いや、この場にいる事を一番見られたくない相手に出会ってしまったな、と」

 

「な、何よ、私がここにいたら何かまずい事でもあるっていうの!?」

 

いや、特に。だが、目撃してしまうとやはりオタクサイドに完全に堕ちてしまったのだなと嘆かざるを得ない。当時のコミュ障だった俺の世話を焼いてくれて、成績も良かったあの優等生が一番なるはずがないと思っていたものになりえてしまったとなれば少しがっかりである。まぁ、どっちかと言えば嬉しさの方が高いんですけどね!

 

「おぉ、ちーがここで珍しくムキになってると思えば、向坂じゃん。おっすおっす~」

 

「鈴も来てたのか、まぁ川知がいたんだし当然か」

 

「おー、相変わらずこの私をちーの付け合わせの如く言ってくれるね。ま、似たようなもんか」

 

そして、コイツが紗々由鈴。川知と同じく、コイツとも幼馴染みで俺の悪友兼川知の親友。うん、というか鈴には今まで俺と川知の仲を繋ぎ止めててくれた恩があるから、気軽にコイツ呼ばわりするのも止めたほうがいいとは思っているんだが。

 

「ほらほら、ちーも照れてないでちゃんと向坂と話してこーい」

 

「べべべ別にッ、照れてなんかないっ!」

 

このように昔から何かと茶々を入れてくる奴なので、やっぱりコイツ呼ばわりでも大丈夫だと思う。

 

「はいはい、もう分かってるからさっさと行く~」

 

「ちょ、ちょっと鈴。待って、まだ心の準備が・・・・・・!?」

 

何か鈴と二人でワチャワチャし始めたと思ったら、鈴に背中を思いっきり押されて俺のすぐ正面まで川知がやってきた。と次の瞬間、急に押されたものだから、川知はバランスを崩して倒れそうになる。マジか、間に合えッ!

 

「おい、鈴、ちょっと強く押しすぎだろ。大丈夫か、川知」

 

「あはは~、ごめんごめん・・・・・・って、おおっ?」

 

「・・・・・・!?」

 

間一髪、川知を正面から抱きかかえる感じになってしまったが、何とか支えることに成功した。お、思わず手を出しちまったけど・・・・・・これくらいなら大丈夫、だよな?

 

「す、すまん。嫌だったろ、離すぞ」

 

「その、ありが・・・・・・って、違う!いいい、いきなり何するのよ、アンタ!?」

 

「悪かったよ、咄嗟の事で上手く判断できなかったんだよ」

 

「・・・・・・っ」

 

俺と川知の間に何とも微妙な空気が流れる。え、これ何てラブコメ?いやいやいや、待て待て待て。そうじゃないだろ、落ち着け俺。そう、落ち着いて素数を数えるんだ・・・・・・素数ってなんだっけ。

 

「おや、龍さんも来てたのか。おっすおっす~」

 

「あぁ、確か紗々由さん、だったか。ちょいとこれ目当てで探りに来た感じだ」

 

「鈴でいいよー。おおっ、最近出たばかりのガンプラじゃん!いいの買ったねー」

 

「この目的がなければ態々尚紀の奴と来る気はない」

 

「ありゃ、尚紀くんもいるんだね。その割に姿が見えないけどもしかして、エロエロかい?」

 

「あぁ、エロエロだ」

 

一方で此方の雰囲気に呆れた二人は後ろで取り留めもない会話を繰り広げていた。というか、尚紀の向かったコーナーを『エロエロ』というワードで表現する鈴も鈴だが、その四文字を聞いて直ぐに対応できている龍さんも流石というべきか。残念だったな、尚紀よ。お前のイメージはすでに学校中に『妖怪・エロエロ』で通っているようだぞ。

 

「まぁ、何事もなかったからいいんだけどよ」

 

「わ、私も、さっきはその、ごめん・・・・・・」

 

「気にすんな、こっちこそ悪かった。時間あったら、互いな好きなもん話し合おうぜ」

 

「っ・・・・・・バ、馬鹿じゃないの、誰がアンタなんかと!?」

 

「それも駄目なのかよ・・・・・・わーった、わーった。んじゃ、またな」

 

「ちょっ、待っ・・・・・・へ、へぇ~、もう帰るの?じゃあ、帰れば?せいせいするしっ!」

 

相変わらず、俺に対してツンケンしてはいるが、気のせいかいつもより少しだけ機嫌がいいような気がする。さっきだってなんかすごい素直に謝ってくれたし・・・・・・もしかして、今がチャンスなのでは、と思った矢先にその場に居合わせなくてもいい奴が戻ってきた。

 

「て、てめぇら・・・・・・俺様を置いてどこに行ったかと思ったらそんなところで二人ともペアでいい雰囲気になりやがってぇ~!ゆ、許さんばい!」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

待ちやがれ、妖怪エロエロ。いつ、誰が、何処で、誰とそんな雰囲気になっていた。お前さんの得意な拡大解釈の妄想で自身の不在時の状況を補完して、勝手に勘違いをするんじゃあない。だが、まぁここは取り合えず。

 

「よし、全員奴から逃げるぞ」

 

「うはは、にーげろー!!」

 

「戦略的撤退しかないよな、行くぞ川知」

 

「う、うんっ・・・・・・!」

 

「逃げるなら最初から、イチャつくんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(↑)!!」

 

妬み嫉みを大声で撒き散らしながら、俺達を追ってくる尚紀。その姿は一部の人から見れば、人ならざる者にみえたかもしれない。それぐらいにおどろおどろしい怨念を放っていた。

 

「いやはや、やはり日々の運動は大事だな。こうして奴に追いつかれることもない」

 

「だな、陸上部員だった頃の習慣が残ってて助かった」

 

「良かったね、ちー。一歩どころか数十歩くらい前進出来たじゃん」

 

「もぅ、余計なお世話っ・・・・・・!」

 

後方を走る奴を後ろ目に見ながら、走り続ける某団長の曲が脳内で勝手に再生された。何だ、何もないように見えて結構楽しいじゃんか、この青春。であればこそ、何としても俺達の活動の拠点とも呼べる「パソコン部」は廃部にさせるわけにはいかないな。特にアイデアがあるわけではないにしろ。

 

 

それから数日後の放課後の事。龍からいきなりパソコン部の不定期開催ミーティングがあるとの通達を受けた俺は、そのままコンピュータルームへ足を運んだのだった。見たところ全員が参加しているように見えたが・・・・・・。

 

「あれ、尚紀の奴は?」

 

「教室の机に『旅に出ます、探さないでください』との書置きがあった。まぁ、本人の要望通り探さなくてもいいのだろう」

 

「それ、構ってちゃんの基本戦術と思われ」

 

「尚紀君は旅立ったんだね、レベル上げして帰ってくるのはいつかな?」

 

「そういう意味じゃないと思うよ・・・・・・?」

 

「フィールド出てすぐのところで死んでそうだな、スライムにやられて」

 

男子共が揃いに揃って酷い事を言う。まぁ、奴がいないことで慧巳さんがいつもより安心してミーティングに臨むことができるな。うん、いいことだ。

 

「――それでは・・・・・・全員が集まったと言う事でこれより第15回円卓会議を始める!各自、好きなところに着席しろ。全員参加が基本だからな、参加だけでもしろ。」

 

「わー、ぱちぱち~、ひゅ~ひゅ~」

 

「ああ、痛いのハジマタ。厨二病、乙。てゆーか、この会議自体そんな何回もやったん?今回で初めてな気がして仕方が無いのだが」

 

「ええい、厨二病言うな!こうでもしないと進行できないからわざとそうやってるんだよ」

 

「待て、何故部長でも副部長でもないただの部員のお前が仕切る?」

 

「別にいいじゃないかよ、せっかくこの俺が久しぶりにノリノリで進行しているというのに」

 

「何様のつもりだ。ここから先は俺が進める、お前は適当に補佐でもしてろ」

 

その後、適当に開催した不定期開催型の円卓会議(部活動会議)は俺の厨二病全開オーラで始まるも虚しく部長の龍に座を外された。まぁ、いいけどね。

 

「今回開いたのはお前等全員が知ってる通り、ここの部員数の不足による部活動存続の危機に立たされている。そこで、だ。全員、これを見てくれ」

 

龍が部屋に無数に置かれてあったPCの一つを立ち上げ、そのデスクトップ上のアイコンの内の一つをダブルクリックをして開いて見せた。すると、内臓カメラ等全く使用されていないはずのPCがここじゃない何処かの外の風景を写していた。

 

「おお、何ぞこれ?み、見た事が無いプログラム使われとる罠」

 

「・・・・・・」

 

「通称「近代PCプログラム」。正式名称『SK057 2nd EDITON ver1.50』。俺達が日頃よく使っているアプリ『DG297 3rd EDITON ver4.11』を改良したものと思ってもらえばいい。詳しく説明すると、このソフトをインストールしたPCにはここの部員の携帯限定で複数のアカウント間でのデータ共有が出来るようになっている」

 

「例えば、お前等が外出先で持っていった携帯の画面で見えている風景や景色をそっくりそのまま『仮想現実』に取り入れて表示させる事が出来る。なお、データ収集範囲の限界値は今のところ東北地方全域になっている。だが、いずれはバージョンアップを試みて、せめてもの日本列島全域。いや、世界全域での通信が出来るようにするつもりだ。ちなみにこれは今、幽霊部員の直樹がポケコンで見ている風景だ」

 

成程、急に緊急で不定期ミーティング開催するっていうから何かと思えば、ずいぶんと大掛かりなモノを用意していたもんだ。しかし、何故初期版なのに2ndEDITONでver1.50なのか。まぁ、恐らく龍さんが開発中にあらゆる手を尽くした改善の証拠、とでも受け取っておけばいいんだろうけど。親友を意図をみなまで言わせんでも汲み取れるのが俺の長所でもあるしな。

 

「つ、つまり、部屋から一歩も出なくともその外出される方さえいれば外に出なくともまるで外に言ったかのようなリアルな感覚でパソコン前に居座る事が出来るんですな。うは、何ぞこの神機能?作ったの、まさかの部長氏?」

 

「いや、正確に言うならこれはほとんど俺の兄貴・・・・・・前部長が作り上げた。俺はあくまで大まかなプログラミングだけだ」

 

前部長。名前は「篠崎恭介」。龍の実の兄で2年前のパソコン部の急成長はまさしく彼の所業の成果といっても過言ではない。パソコン部のエース・オブ・エース、プログラマー界の赤き彗星・・・・・・等と言った幾つもの異名を持ち、ネットの中で神と持ち上げられた人物。その人物が弟との共同作業と努力の果てに作り上げたオリジナルプログラム。うん、本当に凄い代物だわ。

 

「あぁ、それと一つ補足情報だ。データ共有の際に問題となる個人情報関連については安心しろ。位置情報等についてはこのアプリを起動している時にしか取得させないようにしてある。当然ではあるが、こいつはまだアプリ稼働の初期段階だ。故に、ここに所属する部員全員の携帯を試験機として使わせてもらうことにしようと思う。インストールとアカウント作成を忘れるなよ」

 

「ま、最近はよう分からん怪しいアプリもこぞって増えてきているが・・・・・・龍さんの作ったものなら信じてみてもいいな、俺は」

 

「私としても異論はないかな、きちっと管理されてることさえ分かれば特に気にしないから」

 

「私も大丈夫だよ、それに龍君の作ったものがどんなものか気になるし」

 

女性陣のお二人からも賛同が得られたようだし、修二と康平が特に何も突っ込まずに相槌を打っているあたり反対というわけではないようだ。流石はパソコン部の次世代のエース・オブ・エースと称されるだけはある。まぁ、斯く言う俺もWord、Excel、PowerPointを使った資料なら作れなくもないけど、プログラミングは難しいかなぁ。

 

「ほうほう。これはハッカーであるこの漏れさえ滾らせる程の素晴らしい神機能だ罠。で、大体の内容は分かったけど、これは一体どうするん?資金稼ぎに世間様にでも売り出すつもりなん?」

 

「いや、違う」

 

「じゃあ、資金稼ぎが目的じゃないならどうするんだよ?どうせ俺達三流のパソコン部が持ってても仕方が無いんじゃねぇの?」

 

「フ・・・・・・本気を出したときは流石に三流等というレベルではなくなるぞ、ここの部員は。俺の酔眼をあまりなめてくれるなよ」

 

「パソコン部らしい活動がなかったからそれに利用する、とか?」

 

「惜しいな、確かに我が部にはパソコン部として名をあげられるものが何もないのは事実だ。それも追々考えているが、一番の目的は近日中に行われる行事に関係している」

 

うーん、今日は物凄く勿体ぶった言い方をするな。ということはこれを発表するにあたり、凄くテンションが上がってらっしゃるようだ。確かに自分の作ったものがたった少数の人の前だったとしても感慨深くならずにはいられないよな。俺も書いてる小説をクラスメイトに見せて評価してもらってるときとかそんな感じだもの。

 

「これの使用目的、正しくは――」

 

不意に龍は言葉を切り、しばらく間を置いてからニヤリと不気味な笑みを浮かべて、正面のホワイトボードにマジックで素早く文字を書き入れ、こう宣言した。

 

「――これを使って来週の部活動紹介でPRとして使い、2年前のパソコン部の急成長を再現・・・・・・いや、それだけでは生ぬるいか。これを使いつつアレンジを加えて、2年前以上の急成長をさせ、兄貴を越えてみせる」

 

                                                            Shift2 To be continued...

 

 

 

 

 

 

 

 

                                            

Next Shift...

 

 

「突如一変したこれまでとは違う色のある日常」

 

 

「でもそれは同時に楽しみの始まりでもあって掛け替えのないものだったかもしれない」

 

 

「さらに騒がしい日常が静かに始まりを告げた」

 

 

「パソコンある日常、次回第三話『この一歩から実現へ』」

 

 

「無駄でもいい。俺達が前に進み続ける限り、道は続く・・・・・・!」

 

 

 

 

 

 




気付いた方もいると思いますが、やたらと鉄血のオルフェンズネタが多いでしょう?今、作者が滅茶苦茶鉄オルと異世界オルガシリーズにハマっているからなんです。

このサイトには異世界オルガのノベライズ結構ありますね。これを機に知った方は試しに其方も読んでみては如何でしょうか。お薦めはインフィニット・オルフェンズです。

ニコニコで動画版も見てみればより楽しめるかと。その先に俺はいるぞォ……!
https://www.nicovideo.jp/watch/sm33483643


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パソコンのある日常-キャラクター紹介・壱-

※2020/9/16 11:03更新
読者様それぞれのイメージの妨げにならないよう、CV欄の表記を消しました。それっぽいなって人を当てはめながらお読みください。

前~中盤にかけて結構キャラ増えますからね。今のうちに登場してる人らを整理しておきましょう。一応、目を通していただけると助かります。


人気アニメのラボライブ!シリーズと義理妹系ヒロインを愛する文系青年

「私的理論その一、現実の女性を己が妄想に出すべからず。これ、常識な」

向坂 祐都(コウサカ ユウト)

身長175cm。小学校から中学校にかけてあまり人と関わらなかった黒歴史を持つ、市立夢島高校2年の男子生徒。本人は過去を人生の黒歴史と称して皮肉を飛ばしているが、その過去数年間に渡って築き上げた自作小説を書く才能を伸ばし続けた結果、文章の読解能力だけが著しく高くなった。その他の教科については普通の域。高校入学当事に出会った、俗に言う「ギャルゲ」に心底魅入られ、「ギャルゲ」の中に出てくる主人公の義理の妹の立場のヒロインが大好きな重度のシスコン(架空)として完全に覚醒した。アニメ「ラボライブ!」にもかなりハマっていて所持金はほぼその二つに投資されている。性格は面倒臭がり屋、けれど根は真面目。また、それとなく面倒見がいい。中身はオタクであるが自分の趣味をあくまで自分限定のものと思って、興味のない人にはあまりそれらの情報提供を強要しない主義。パソコン部では、広報用の資料作成全般に携わる。

 

 

類は友を呼ぶ、自称「一番まとも」系オタク男子

「馬鹿かお前等・・・・・・俺はお前等よりマシな方だよ!」

本田 修二(ホンダ シュウジ)

身長178cm。中学校の頃、とある原因でクラス全員から仲間はずれにされると言う暗い過去を持つ、市立夢島高校2年の男子生徒。@ちゃんねるでよく使われている顔文字を書くのが得意であり、文章を書く際には必ずと言っていいほどおふざけで顔文字を最後に書き足す癖がある。好きな萌え要素はあるが、実質はそっちではなく格ゲーマーの気質のほうが大きい。「ラボライブ!」に関しては例外で本能的に好きらしい。突っ込みに容赦がなく、軽くボケただけでもビンタか蹴りを炸裂させる。祐都とは中学校からの友人関係を保っていて、今も彼なりにいい交流をしている。性格は皮肉屋で意地っ張り。普段から格ゲーマーを名乗っている事もあり、難しいコマンド入力さえ意図も簡単にやってのけ、部員の中で彼に勝てる人材は一人もいない。プログラムソフトを使った範疇では活躍できないので、PR用の撮影班として後の部の活動に貢献することになる。

 

 

コンピュータ部が誇る最強のハッカーで重度のエロゲーマー

「いや、気にしなくていい。今のは前フリだ・・・・・・フヒヒ」

鳴島 康平(ナルシマ コウヘイ)

身長170cm。中学校の頃に自宅に引きこもりを始め、義務教育の段階で早くも不登校を貫いたある意味恐るべき過去を持つ市立夢島高校2年の男子生徒。小学校の頃から既にオタク化しており、中学校の頃には兄と共にPSV2の不正改造をネットで落としたプログラムで行ったり、共に「エロゲ」と呼ばれるものを観賞したりしていたせいか、プログラムを改造する改竄することに長けた最強のハッカーに成長したと共に重度のエロゲーマーへと覚醒した。ただ、美少女フィギュアには興味がなく、可動式のホビーロボットの方に興味があり、部屋には何体ものホビーロボットが大事に収納されている。また、壊れたPSV2等を部員たちから高値で買取り、それらを自身の手で分解し、パーツをネットで購入し一晩で直してみせる工作能力の凄腕っぷりを隠し持っている。また、祐都をオタクの道へと歩ませたのも彼が紹介した一本のノベルゲームが原因。ただ、それが今となっては祐都と切っても切れない親友という絶対的な絆と関係を築きあげた素材へと変化した。仲間のお陰で万年引きこもりからは立ち直り、コンピュータ部には欠かさず来ているが、やる事と言えばPSV2等のゲームハードを改造するコードを作成するだけで部本来の活動は実行しようとしない。が、今回の自作アプリを巡る活動には珍しく関心を見せており、部長の龍と共にプログラミング関係や利便性や安全性を上げる為のアップデートに関わっている。

 

 

下ネタを愛し、現役厨二病患者な弄られ&オチ担当系男子

「何言ってやがる、下ネタは万国共通だろうが」

西条 尚紀(ニシジョウ ナオキ)

身長176cm。中学校時代から既に厨二病として覚醒しており、現実において自身の二つ名やコードネームを名乗っていた等、痛い過去を持つ市立夢島高校2年の男子生徒。自身が大好きなRPGゲームの王道「テイクスシリーズ」の作品に取り込まれすぎて自らもその作品の主人公達のようにカッコよく活躍したいと望んでいる。中でも「テイクスオブヴィスペディア」の主人公『ユーリ』と「テイクスオブディステンド2」の敵キャラ『バルバトス』が大のお気に入り。過去の服歴から現実の女性に全く興味を持たず、2次元のヒロイン達を自らの嫁と称するキモオタと化す。専門はRPGで、それ以外のジャンルのゲームはどう頑張っても苦手を克服できない。かっこいいもの(自分基準)に目がなく、家族と旅行に出かけたときは必ず木刀を購入してくる。工作が得意で、1年前にDXサウンド・ディアボリックファング(原料:段ボール)を作成することに成功している。現状として幽霊部員と化していたが、部の活動が本格的に始まった時に祐都のやる気に触発され、資料の原本作成やアップデート後の試運転といった雑用業務を熟す。少し面倒くさい性格だが、根は基本いい奴。

 

 

尚紀の片想い(?)人で度々変態行為の被害者になっている儚く咲く一輪の花

「いつもごめんね。思えばこの件だけは祐都くんに助けられてばっかりだね」

藤林 慧巳(フジバヤシ サトミ)

身長160cm。真面目一直線で自分のクラスメイト達を率いて、常にしっかりをモットーに頑張り続ける委員長タイプな市立夢島高校2年の女子生徒。周囲からはそれなりの信頼を得ていて、気さくで話もしやすい。たまにではあるが他人から相談を持ちかけられることもあるらしい。そんな彼女にも苦手なものはあり、特に尚紀が生理的にも精神的にも受け付けられないらしくわざと距離を置いたりしている。だが、それが逆に尚紀にとっては好意の証と見られ、挙句の果てに片思いされ、ストーキング被害にあうようになってしまう。自分だけの力で解決できない事はないと日々尽くしてきたものの、尚紀の問題だけはどうこうすることが出来ず、度々祐都に解決を依頼してくる。

 

 

軽音楽部に所属する祐都の幼稚園からの幼馴染み

「勘違いしないでよね。べ、別にアンタの顔見たいからじゃないし」

川知 智佳(カワシリ チカ)

身長154cm。祐都とは幼稚園~小学校の9年間同じクラスだったという腐れ縁で幼馴染みの関係を持つ、市立夢島高校2年の女子生徒。意地っ張りで不器用故に久しぶりに会った祐都にどう接していいか分からずぶっきら棒な態度をとってしまい、祐都から、昔の自分のとった態度のせいで嫌われてるのではないか、とあらぬ誤解を生ませてしまう。また中学の際に夢中になったアニメ「黄金の錬金術師」見てからオタクとしての道を親友の鈴と共に歩みはじめた。祐都が同じオタク仲間だということに内心とても喜んでいて数年ぶりに昔みたいに話したいと思っているが、やはりツンデレっぷりが仇となってどうしてもツンケンしてしまう。所属している軽音楽部での実力は素晴らしく凄腕で、時折アニメソングを自身でアレンジして演奏していたりする程。自身の身長の低さとあまりスタイルが良くないことが彼女のコンプレックス。

 

 

軽音楽部所属の智佳の親友兼祐都の悪友

「ごめんねぇ、最近、ちーったら向坂の話なるとこうなっちゃうから」

紗々由 鈴(ササヨシ スズ)

身長150cm。智佳同様、祐都とは9年同じクラスだった腐れ縁的な関係の市立夢島高校2年の女子生徒。アニメ「黄金の錬金術師」を見てからというもの智佳共々オタクとしての人生を送る事となった。智佳の久々に再会した幼馴染みの祐都に対する態度にやきもきしていて、絡むようになってから2人の間で仲を取り持つ役割と喧嘩した時の仲裁を担っている。智佳については分かりきっていることではあるが、祐都が思った以上の鈍感であった事には前途多難だ、と言って心底呆れている。所属している軽音楽部ではたまに暴走する智佳に代わり、リーダシップを発揮している。が、偶に調子に乗りすぎて暴走する癖がある。コミケ内にて《紗々花みゆり》という名前で同人誌も出版している。

 

 

ノリがよく気さくでゆるふわ癒し系の女のコ

「いやいや、その気があればどんなことでも乗り越えられるよ・・・・・・多分」

水鳥 優海(ミナトリ ユウミ)

身長156cm。クラスメイト全員と近からず遠からずの関係性を持つ気さくで温和な市立夢島高校2年の女子生徒。同じく気さくである仁美より話しかけやすいと好印象を得ている。持ち前のポジティブ思考とノリの良さで終始明るく楽しく振る舞うムードメーカー。他人の感情の変化に疎いほうだと思われがちだが、その実しっかりと相手の表情の変化を読み取り、ある程度であれば心理を把握できる才能の持ち主。祐都とは遭遇した際にボケた上にボケる意味不明な会話をしている仲。物真似も得意であらゆるメディアから取得したネタを取り上げては状況に応じて使い分けている。ツッコミの回数は少ないが、する時は「ぎゃるぱんち」なるものでツッコミを入れる。殴られても痛くない。逆に癒される。

 

 

一番まともそうに見えてそうでもないコンピュータ部部長

「あぁ・・・・・・サチコなら俺の後ろで遊んでるよ」

篠崎 龍(シノザキ リュウ)

身長173cm。実の兄に部長の座を託され、コンピュータ部部長となった市立夢島高校2年の男子生徒。他のメンバーのように@ちゃんねる用語を会話に使うなど滅多にしないので一番まともそうに思えるが実はそうでもなく、本人が一番気に入っているコークス・パーティというホラーゲームに出て来る物語の黒幕『霧埼サチコ』を痛く気にっており、そのキャラクターが本人にとってどんな存在か尋ねると必ずといっていいほど「家族だ」という答えが返ってくる事からほとんど周りと同レベルである事が分かる。また、自身がゲームの中で作成したエディエットキャラである「カルマ」も気に入っており、たまに黒いカウボーイハットとサングラスを装着しては「カルマ」と名乗っている。なお、部員達はその変装をしたときだけ暗黙の了解でその名前で呼ぶようにしている。性格は寡黙で冷静沈着だが、時折茶目っ気を披露して部員達の予想の斜め上を行く事を平然とやってのける。元部長の兄と共に作り上げた「近代PCテクノロジー」を搭載したソフトを利用・PRしてコンピュータ部存続の危機を阻止するため試行錯誤を重ねている。最近の趣味はロードバイク。

 

 



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Shift3「この一歩から実現へ」

作品内限定オリジナル用語解説・その2


・PSV2
正式名称「PSVita2」。当時最新鋭の携帯ゲーム機として発売しつつも、その機能を十全に生かせずに生産終了した、PSVitaの後継機。今回は、ゲームソフト開発者達が今流行りのVRMMOに対抗すべく、総力を挙げて制作しているため、ゲーム機に搭載された性能を生かしつつ、誰もが楽しめるような魅力的なソフトが多数存在する。売上的には、同じ携帯ゲーム機の「Ninendo Switch lite」に僅差で勝っている。

・祐都の脳内義妹
主人公・祐都が愛して止まない、自作小説に出てくるオリジナルキャラ。桃色のショートヘアで顔は童顔、翡翠色の瞳をしている。名前は「火迎 杏(ヒムカイ アンズ)」。主に徹夜作業をする際のお供として必須の存在となっており、その溺愛っぷりにはパソコン部メンバーが揃ってドン引きする程。背はちょっと低めで、胸は大きめ。私服の組み合わせは、水色のキャミソールと黄色のパーカー、青色のショートパンツ。




龍さんの大胆宣言からちょうど一週間が過ぎた頃、部活動紹介の時期がやってきた。

 

そして、今日はその部活動紹介当日。これはある意味小さな学校祭のようなイベント行事で各部活動が部員達と相談をした上で2日間に渡り、運動部なら技とパフォーマンスを見せ、文化部であれば活動内容に関するレポート、資料、漫才等を披露して新入生の気を引く。一日目は普通に部活動紹介。二日目は実際にその部活動に新入生が顔を出し活動を見たり体験したりする見学会という日程になっている。

 

「――斯くして、我々パソコン部はこのシステムを応用して、あらゆる分野に精通する精鋭をそろえたいと考えている。コンピュータ部の説明に関しては以上、これで紹介を終わる」

 

「なお、今の話で少しでもパソコンに興味を持った者、もしくはコンピュータ部の新システムに触れてみたいと言う者は明日の見学会で是非ともコンピュータ室を訪れてみてくれ」

 

数分に及ぶプレゼンテーションを披露しつつ、龍の説明がようやく終了する。俺の業務は画面に映し出されたプレゼンテーションを話の進み方に合わせてスライドさせるだけの簡単なお仕事。正直、暇すぎたんで途中で睡魔に襲われて眠りそうだった。と、説明を終えた龍がサポーター席に座っている俺の元へと歩み寄ってきた。

 

「ふわぁぁぁぁぁ・・・・・・よぉ、お疲れさん」

 

「眠そうだな、大丈夫か」

 

「睡魔には何とか打ち勝ったが、こうも終わってしまうとな。後は徹夜分の疲労しか残らないわけで」

 

「そうか。徹夜でのプレゼンテーション製作具合とはとても思えないくらい全く打ちミスがなかったな。しかし、何故プレゼンの解説用キャラにお前の脳内義妹を使う必要があった?」

 

「いや、そうでもしないと徹夜作業なんてやってらんねーから」

 

「そ、そうか。さて、これはさておき・・・・・・明日、人が集まるといいのだが」

 

さぁね。大体、今回の説明だけでは謎過ぎて聞いてるとき首傾げてる奴が殆どだったぞ。一部は興味ないのか爆睡してたが。

 

「俺様が調達してきたエナジードリンクとかいうやつのお陰だな」

 

「あぁ、確かにあれは効いた。味も気に入ったし、今度は自分でも買ってみよう」

 

「当然だろ、俺様の最初期にして絶対的な戦友のお前に相応しいプレゼント

さ。・・・・・・しかし、あれ本当に美味かったか?」

 

「あれは作業のストレスとか疲労が溜まってるときに飲むと美味いんだよ。お前、横で新作のテイクスやってただけだろ」

 

一応、尚紀の奴も今回のプロジェクトには珍しく協力的だったので何か手伝わせてやろうと寮の自室に呼んだのだが、ソフト関連で特に得意なものがないと言われたので、発表用の資料の原本製作をゲームをやっている合間合間で熟させていたにすぎない。まぁ、それでも大分助かったけど。

 

「しかし、惜しいな。その作業中に俺様が考えてた素晴らしい演説もあったのによぉ?」

 

「何、この俺に君らが嫌悪していた西条尚紀は死んだ、何故だ!?とでも言わせる気だったか?」

 

「うは、突然の死」

 

「いや、何で死んでるんだよ、御覧のとおりまだピンピンしてるぜぇ!?」

 

「何言ってんだ、国葬だぞ?喜べよ」

 

「だから勝手に殺すんじゃねぇぇぇぇぇぇ~(↑)!!」

 

尚紀の本家大本とそのファンにタコ殴りにされそうなぐらいの過剰な声真似は放っておいて、そろそろ撮影班を呼び戻すか。そう思って、俺は修二の携帯に電話を掛けた。因みに、基本であれば放課後まで携帯は各クラスの担任に預けねばならないが、今日の報告会で撮影組との連絡含めて使用するという旨の特許申請書を提出し、OKをもらって特例で持たせてもらっていたというところだ。

 

『お前から電話が来たってことはもう終わったってことでいいんだよな』

 

「察しが早くて助かる。そうゆうことだ、撮影班撤収~」

 

『それはテメェが言うべきセリフじゃねぇだろ』

 

「一々細かいところまで突っ込んでるとその内頭禿げるぞ?」

 

『嫌ぁぁぁぁあぁぁ!?畜生、本当に禿げたらテメェを殺す!』

 

一方的に暴言を吐かれて通話を切られた。幾ら何でも我らがクラス担任の事嫌いすぎだろう、あの先生確かに毛根ないが、教師としては面白いし、いい先生だろうが。

 

「いや、しかし、そうなると俺様が殉職で2階級特進とかなって副部長になれそうだな」

 

「お前・・・・・・それでいいのか、それで」

 

「あぁ、こうなりゃヤケだ」

 

「別に部の名誉のために死んだわけじゃないなら、そんな措置降りんぞ。大体、うちは軍ではない」

 

「畜生ーーーーーーーーーッ!?」

 

そう言い残し、尚紀は明後日の方向へ駆け出して行ってしまった。おーい、まだ帰りのHRやってないからそのまま帰ると無断欠席なるけどいいのかい。とは言いかけたが、それよりも早く尚紀の姿を見失ってしまった為、別にいいかと悟り、俺達は各自クラスへ解散となった。

 

 

満を持して、翌日。今日は部活動見学会が5~6時間目を通して行われる日だ。さて、今日のお陀仏なるその時間の教科は・・・・・・おっ、5時間目に数学がある。よっしゃ、今日は難しい問題と睨めっこしなくて済むんだな。6時間目は・・・・・・現代文か。少し惜しい事をしたな。

 

「おはよ、祐都君。そんなに時間割と睨めっこしてどうかしたの?」

 

「おぅ、おはよう、えっと・・・・・・瀬野さん」

 

朝から俺に話しかけてくれたこのお方は瀬野葵。2-A一の天才少女でこれまでのテストの戦績は学級順位・学年順位共に1位に降臨している、まさに高嶺の花。努力で勝ち取る才能の持ち主で俺にとっては常に憧れの存在。でも、意外とグータラな面もあるので親近感も覚えやすい方だ。

 

「もぅ、普通に名前で呼んでいいってば。私と祐都君の仲じゃない」

 

「そ、そうか?悪い、じゃあ、葵さん」

 

「ん、よろしい」

 

一見、何の共通点もない彼女と何故知り合いになれたのか。クラスメイトだってのも確かにあるかもしれないが、それ以前に彼女とは一番上が自分で下に弟や妹がいるという、共に其々の一家の長男・長女であるという共通点があったから。弟や妹が自分よりも優れているとか劣っているとかそういうの関係なしに背負わざるを得ない苦労事等をお互いに理解しあえるからこそ出来上がった関係かもしれない。まぁ、俺的には憧れの人と身近に話せて最高に俺得である。

 

「や、今日は5~6時間目が部活動見学会で御取潰しになるだろ?だから、どんな教科が潰れたか確認しておきたくて」

 

「むっ、そういう不真面目は駄目なんだよ?でも、私としても午後がフリーになるのは嬉しいかも」

 

「葵さんだって結局楽しんでるんじゃないか」

 

「あははっ、ミイラ取りがミイラになっちゃってるね」

 

高嶺の花だけど、こうやってちょっとだらけたところが余計親近感を覚えやすいし最高に可愛い。眼鏡で黒髪セミロングってのが最高に溜まらない。いやぁ、あくまで冷静に自重を促せる性格が上手い具合に仕事をしたからこそ、こうしてドン引きされずに今まで来れてるわけで。今日まで俺が積み上げてきたものは全部無駄じゃなかった、これからも自重し続けることでこの関係は続く・・・・・・!

 

「あ、それより昨日のパソコン部の発表、見たよ。龍君、凄く良かったね」

 

「龍、か・・・・・・その感想なら本人に言ってやってくれ、俺は何もしてない」

 

葵さんの口から龍の名前が出た時、ちょっとだけムッとしてしまい、つい言葉が冷たくなってしまったかもしれない。あぁ、調子に乗った瞬間これだ。昔からの自分のどうしようもない欠点に腹が立つ。しかし、俺がそんな自己嫌悪に陥ってる事を気にも止めずに言葉を続けた。

 

「でも、あのプレゼンテーションの製作は誰がやったの、って昨日龍君に聞いたら、祐都君が全部やった、って言ってたよ?凄いね」

 

「あの野郎、もう既に無差別的にばら撒いてるな、畜生め」

 

行く先々で俺の知り合いに悪い顔をしながら、ここだけの話、と吹き込んでいるのだろう。全部事実なんだけど、裏方に徹している時はあんまりそういう言うの広めないでほしい。と言うか、俺の所属しているクラス、情報科よ?あれくらい出来る奴、絶対大半はいるって。だが、葵さんに褒められると悪い気はしない。

 

「いやぁ、あの位ならうちのクラスの奴なら、大体できるだろうし・・・・・・」

 

「そうかな、PowerPointをあそこまで使いこなせるなんて凄いと思うよ。少なくとも私は無理、かな」

 

「葵さんならすぐに出来るようになりそうだけど」

 

「えぇ~、それはちょっと過大評価だよ。でも、そこまで言われたからにはやってみようかな」

 

そう言って葵さんは、俺に向かって微笑んでくれた。嗚呼、可愛い。そして、気づけば徹夜疲れで限界値まで来ていたはずの眠気が吹っ飛んでいた。憧れパワー恐るべし。

 

「さっきから何デレデレしてんのよ、気持ち悪いわね」

 

「何の用だ、川知。いいところで突っかかってくるんじゃねぇよ」

 

俺的幸せ空間を暴言と共にぶち抜いてきたのは、俺の幼馴染で絶賛仲互い中の川知智佳その人だった。この野郎、幾ら何でもタイミングってもんが悪すぎるだろうが。

 

「あれ、川知さんって祐都君の知り合いだったんだ?」

 

「えぇ、その通りよ。残念ながらね」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

この前会ったときは比較的大人しめだったが、成程、いつもの調子のようだ。しかし、何でこうも毎回絡んでくるんだ、俺が嫌いならスルーすればいい話だろうに。性格的に損してるなコイツ。

 

「へ、へぇ~、それにしては何か凄い険悪そうな雰囲気だよ・・・・・・?」

 

「悪いな、葵さん。コイツとは絶賛仲違い中でな、原因は兎も角、奴の日頃の態度の悪さに少しイラッときてるだけだ」

 

「ッ・・・・・・何よ、アンタが私の視界に映らなきゃいい話でしょ!」

 

「それを人は横暴というのだ、お前の視界情報なんて俺に察せるはずねぇだろうが」

 

身長差はそれなりにあれど奴と俺の間で火花が散る。いや、しかし、改めて意識して見るとコイツかなり小さいな。やろうと思えば認識外からの小突きを喰らわせられそうだが、それは俺の主義に反する。だから、どれだけ相手が憎かろうがしない。

 

「おおっと、夫婦喧嘩もいいが、それより俺を匿ってはくれまいか」

 

「「誰が夫婦喧嘩だ(よ)!」」

 

「フフフ、相変わらず息がぴったりではないか。我が同志・向坂と川知嬢よ」

 

と、今にも壮絶な罵りあいが始まろうしていた時、俺と川知の間に一人の変人が割って入ってきた。奴の名は紀郷雄輔。俺の小学校時代からの盟友で鳴島と同じく2-Cに所属している、史上最強の変人ハッカー。その腕は同じハッカーの鳴島と一位二位を争うレベルで、味方につければかなり心強い存在となるだろう。しかし、普段から神出鬼没で御覧の通り飄々とした真意がいまいち掴めない性格の持ち主で、何をやらかしたか、最近は生徒会の《ブラックリスト》に名前が掲載され、生徒会面々との何でもありの逃亡戦を繰り広げている。謎の多い男だ。

 

「何だ、また何かやらかしたのか?」

 

「やらかしたとは心外だな、同志よ!まぁ、少しばかり生徒会のHPアドレスをエロ動画サイトのものに書き換えただけなんだが」

 

「はぁ、それのどこがやらかしてないことになるわけよ!?」

 

「何を言う、清く正しい青少年なら必ず見るものだろう。今のこの国の保健体育の授業範囲だけではすぐに少子化まっしぐらのお先真っ暗地獄ではないか」

 

そう言って、含みのある笑みを携えて俺を一瞥する。やめろ、確かにそういうものに興味を持つ年頃ではあるがここで暴露するような恥知らずだけにはなりたくない。俺は敢えてその視線を無視した。一方、川知はそのワードを聞いた瞬間から顔が真っ赤である。

 

「同志の冷たい反応は兎も角、川知嬢はこちらの予想通りの反応で助かるぞ」

 

「こ、公共の場でそんな単語発するなんて・・・・・・ひ、非常識よ!」

 

「ハーッハッハッハ、川知嬢の常識の物差しでこの俺の並外れた常識が図れるはずもあるまい。だが、悲しいな。これが我が国の末路とは」

 

「五月蠅い、この変態!!」

 

昔はコイツと俺と川知と鈴でよくつるんだ仲だが、何故こうまで変人ばかりの集団に・・・・・・(俺を含めて)。川知は相変わらず頑張って奴に応戦しているが、照れを隠せぬようではまだまだである。ふと、葵さんの方を見ると、先程から状況に置いてけぼりにされてやや困惑気味のご様子だった。

 

「俺の知り合い共が朝から騒がしくて済まん・・・・・・」

 

「え?あはは、いいよ、気にしないで。紀郷くん、でいいんだっけ」

 

「ご存じで?」

 

「えっと・・・・・・実は、生徒会の知り合いからよく愚痴を聞かされてたりして」

 

それは、毎度毎度ウチの悪友が申し訳ない。そもそもこの学校に通う大半の奴らでさえ、滅多な事では生徒会には目を付けられないはずなんだが。俺も前に、知り合いなんだったら止めてよね、的な事を言われたことがある。事実に基づいて言うなら無理難題である、奴は盟友の頼みでもあのスタンスだけは変えない。手強い奴だ。

 

「同志向坂よ、目下攻略中の御仁がいたのなら俺に紹介ぐらいしてくれてもいいだろう」

 

「待て、雄輔。この人はクラスメイトの葵さんだ、ギャルゲじゃないんだから攻略中とかいうな」

 

「よ、よろしく・・・・・・?」

 

「やれやれ、我が同志の鈍感っぷりには呆れを通り越して笑えて来る。しかし、ここで知り合えたも何かの縁。困ったときはこの名刺に書いてある場所を訪ねてきたまえ、協力は惜しまん」

 

雄輔が葵さんに胸ポケットから取り出した一枚の名刺を渡す。まぁ、どうせ《非公式情報部》って奴の名刺だろう。通称《地獄への片道切符》と言われ、忌み嫌われる品である。

 

「何でアンタは毎度毎度そうやって・・・・・・ッ!」

 

「川知もいい加減落ち着け。コイツに何言っても聞かないのは分かってることだろ」

 

「ふ、ふんっ!元々はアンタがそこにいたから悪いのよ」

 

「あぁ、俺とお前が言い争ってたから奴に隙を与えた。俺を嫌うのはお前の勝手だけど、今のはお互い様のはずだろ」

 

「うぐっ・・・・・・それは、そうだけど・・・・・・」

 

それと、いい加減に川知の奴を落ち着かせないと話が次に進まなそうなので、府には落ちないが話を通すことにした。奴の刺々しい文句に果敢に立ち向かい、事実だけを伝えると、案の定手を引いてくれたようだ。うん、まぁ、冷静にさせれば理解力のある奴だってのは分かってたからいいが。

 

「ふむ、同志よ。一つ忠告しておくが、複数の女性を同時攻略するのはやめておけ」

 

「んなわけねーだろ、現に川知は俺を嫌っている」

 

葵さんとの取引を終えた雄輔がこちらに視線を向けて、突拍子もないことを言うので現状を踏まえて、冷静に否定しておいた。全く、何を言うかと思えばしょうもない。

 

「そうなのか?しかし・・・・・・いや、同志が気付いてないのなら此方がみなまで言う必要もあるまい」

 

「何か言ったか?」

 

「フ、何でもないぞ同志よ。ただの独り言だ」

 

あぁ、ムカつく。現時点での混乱を巻き起こしている張本人だというのに未だ見物人気取りなのが本当にムカつく。今更、容易に手を切れないのが悔やまれるくらいには。

 

「それより、件の話を引き受けてくれまいか」

 

「・・・・・・分かった、ただし条件付きだ」

 

「ほぅ、我が同志にしては珍しく条件報酬を希望か。可能な限りで頼むぞ」

 

「今、パソコン部で新しいアプリツールを開発している。それに協力してくれないか」

 

「新しいアプリ、か。ふむ・・・・・・」

 

前述の通り、コイツは生徒会からブラックリスト指定を受けてるとんでもない奴だ。だが、奴の保有している技術面はパソコン部の例のプロジェクトに必要になってくるものだろう。だからこそ、奴を匿うというハイリスクを犯す代わりに技術力の提供というハイリターンな協定をつけておかなければ、此方の身が持たない。うん、偉そうに言ってるけどこういう交渉事、あんまり得意じゃないのよね。

 

「そうだな、確かに同志向坂だけに重荷を背負わせるわけにはいくまい。いいぞ、その協定とやらに乗ろうではないか」

 

「交渉成立、だな。いつものベランダでいいか?」

 

「フ、話が分かるじゃないか。では、お言葉に甘えて失礼する」

 

そう言って雄輔は手慣れた動作で窓からベランダに降り立ち、一瞬のうちに姿を消した。ホント、校内の構造を誰よりも把握している男だ、規模が違う。

 

「なんか、嵐のような人だったね・・・・・・」

 

「悪いな、葵さん。何だか巻き込んじまったようで」

 

「あ、ううん、気にしてないから大丈夫だよ。でも祐都君の友達は面白い人が多いね、羨ましいな」

 

葵さんがそう言ってにっこりと微笑む。あ、やっぱりこの人、天使だわ。

 

「んで、川知も。そろそろ鈴のところいかねぇとHRの予鈴なっちまうぞ」

 

「わ、分かってるわよ。全く・・・・・・アイツのせいで余計疲れたわ」

 

雄輔との会話でヒートアップしすぎて疲れたのだろう。いつものように俺に突っかかることなく、廊下の方へと雄輔への愚痴を垂らしながら去っていった。

 

「長々と付き合ってくれてありがとな。それじゃ、俺はこれから徹夜分の仮眠取るから、またな」

 

「ん、HRまでにはちゃんと起きないと駄目だよ」

 

「起こしてくれたりしません?」

 

「駄目、そこまで面倒は見ないよ。でも、うん。おやすみ」

 

「うぃ~す・・・・・・」

 

取り合えず今仮眠取っておかなければ、今日の授業内容がまともに耳に入ってこないだろう。さぁ、気の赴くままに夢の世界へダイブしましょうかねぇ。夢でν’sかアキュアかサキガケに会えたらどれだけ幸せな事か。確率は低いが実現は可能な希望を抱いて俺は静かに机に突っ伏した。

 

 

「んでさぁ、今日何となく俺様が昼寝してたらエステルが夢の中に出てきてな、俺様と楽しく戯れてたんだぜ~?どうだ、凄いだろ~?」

 

「で、そん時に現実世界では寝言で何回も嫁の名前を口にしてはデュフフと笑っていたと。何それ、怖い」

 

「違うな、正しくはデュフフではなくフヒヒだ)キリッ」

 

「はいはい、全く違いの無い訂正、乙。最早ここまで来たら無双もんだろ、jk。でも、そこに痺れる憧れるぅ~・・・・・・訳あるかってーの」

 

そして、部室。今日は珍しく幽霊部員の妖怪エロエロも出席しており、現コンピュータ部の全員が集った。本人に直接話を聞くと、新入部員候補に現実離れしたきゃわいい美女が現れるのではないか、という何とも脳みそお花畑な回答が返ってきた。にしても来るのかねぇ、新入部員希望者。大抵が見るだけの奴ってのはよくある事だが。

 

「このために用意した俺様の高画質ブロマイドカードと華麗な踊りがあるというのに、な!今、ここで踊って集めちゃうもんね!ほっ、ほっ、しぇい!」

 

「やめろ。かえって人が集まってこなくなる」

 

「うおぇぇぇぇ、むさい野郎が腹の脂肪をぶるんぶるん言わせて踊ってる姿は流石に萎える。こんなん誰得なんだよ?吐き気と悪寒と怖気が同時に走って軽く死ぬるし、草も生えん」

 

「はわわっ・・・・・・!」

 

「こらこら、サトちゃんには目の毒だよ、見ちゃいけません」

 

そう言って、優海さんは慧巳さんの視界を手で覆って隠した。何だろう、いまちょっと優海さんにバブみを感じた。

 

「やむを得まい。俺の108ある禁じ手の内の一つ、喰らえ!巨大マシュマロ押し込みッ!」

 

「ふげほぉっ!?それをどっから・・・・・・っていうか、煩悩の数だけあんのかよ!?」

 

視覚的にも不味い奴の暴走を止める為、俺は意を決して秘術を放った。説明しよう、この技は確実に相手の口封じと沈静化を同時に行う禁じ手であり、小学校の頃、俺に無謀にも挑んできた、クラスメイトの女子に喰らわせたものだ。その女の名はマミと言うこともあり、別名「マミった」とも言われているぞ。

 

あ、一応言っておくと、事前にそういう流れで行くって本人と相談したうえでだからね、コントみたいなもんよ?決して虐めなどという筋の通らないものではない。

 

「あの~?コンピュータ部の部室ってここでいいんですよね?」

 

「あぁ、ここでいい。新入部員希望か、それとも見学に来ただけか?」

 

「あ、はい。その、新入部員希望・・・・・・です」

 

ふと、部室の扉の前を見ると恐る恐る部屋に足を踏み入れてきた女子生徒と龍が何やら話し合っていた。よし、新入部員と来たらまずは俺の出番だ!

 

「フ・・・・・・そうか。では、昨日は話せなかった残りの部分も話していこうか。コイツはこのパソコン部の部長を務める――ラボメンナンバー002、カルマ!ちなみに俺はこの未来ガジェット研究所の長において狂気のメェァートサイエンティスト、ラボメンナンバー001、鳳凰院凶真だッ!」

 

「???」

 

やる気全開で中二病モード発動したは良かったが、いや良くはないが。名乗り終わった後に彼女からの純粋な疑問の眼差しに罪悪感を覚えた俺は、心の中で軽く自己嫌悪に陥った。

 

「おい、お前が代わりに名乗ってどうする。後、今の俺はカルマじゃない。篠崎龍だ」

 

そして、龍に普通に突っ込まれてしまった。まぁ、そうなりますよね。

 

「お前も鳳凰院凶真などではなく、向坂祐都だろう。折角、我が部に興味を示して来てくれたというのに、最初から怯えさせてどうする」

 

「すまん、出来心だった・・・・・・」

 

「祐さんや、新人相手にやりすぎはNGだぁよ♪」

 

突っ込みつつも優しげな口調の優海さんに慰められながら、俺は部長席から立ち上がり、元の席へと戻ったのだった。

 

「全く・・・・・・さて、君の名前をまだ聞いてなかったな。何と言う?」

 

「あ、す、すみません。自己紹介が遅れましたね。えっと、い、1-Aに所属しています。ゆ、夢野麻衣、です」

 

「夢野麻衣、か。当たり障りの無い様、夢野さんと呼ぶ事にしよう。いいか?」

 

「や、えと、あのっ・・・・・・ふ、普通に麻衣でいいですっ・・・・・・!」

 

「そうか。では、麻衣。ここの詳細をさらに詳しく説明しよう。いいか、俺の兄であり前部長のとある男が俺との共同開発で作り上げたこのソフト、『近代PCテクノロジー』は今や大々的に普及された携帯の拡張現実を見る専用ソフト『SK057 2nd EDITON ver1.50』で映し出された映像をこちらの機械に直接データを流し込み、まるで部屋から見えるはずの無い外の風景を見ているかのような感覚にすることが可能だ。さらにこの映像は直接登録してある携帯のアカウントとリアルタイムでデータ共有がされていてな。常にその風景をリアルタイムで見続ける事が出来・・・・・・」

 

あぁ・・・・・・もう何言ってんのか訳ワカンネ。駄目だ、ここで黙っている事自体耐えられそうに無い。と、言う事で何か飲料を買ってくるので一時ログアウトしますわ。後、よろしく。

 

「――ふむ、気分よく炭酸でグッといくか、優雅にミルクティーと洒落込むか。意外とこの選択は大事なんだよな。後で後悔したくないし。ん~・・・・・・よし、ここは午後ティーで行こう」

 

『ガコンッ!』と音を立てて、目的の物が取り出し口に落下してきた。よしよし、やはりミルクティーといえば午後ティーに決まりだな。まぁ、学校の自動販売機に知的飲料のドクトルペッパーさえあったなら素直にそれしか買わないがな。

 

「さて、部室に戻るか・・・・・・って、ん?今何かおぞましい物見えた気が」

 

部室に素直に引き返そうとした俺の目に飛び込んできたのは『夢島高校一の厨二病』『変態紳士ゴリラ』『ロリ巨乳好きバル厨』で定評のある西条尚紀。どうやら、さっき部室で踊れなかった分の踊りを今、外の非常階段前で実行しているらしい。

 

『捕まるよタヒチー、平日夜はジャスコに、輪投げのゲーム曲げワロスちゃんのペース、ブームなバインダー佐賀原人のスペース、現民脂っこい現民安っこい、現民フライパン現民面白い、現民水曜現民ストーレン、現民活気s現民ワンツー、あなたは水蟹ダイモス邸でスモーレンモーレン、日中決闘天ぷらクエスチョンヘアーforマイン適度に』

 

『てめーらにシークレット嫉妬するビーン、目にはウィッチプラザVIP先生、割といいチーズをルーにかけ、(中略)オーダーレストラン 余計迷惑、ワロ死ぬVIP、ワロ死ぬVIP、ワロ死ぬVIP、鼻毛メカ』

 

何処から調達したか分からん腰蓑を装備し、現在進行形で不思議な踊りを踊っている尚紀・・・・・・あれは確か、昔に流行った海外の無声映画のとある一シーンに空耳翻訳された曲を合わせた伝説の動画、通称「VIP先生」。元ネタの映画「メトロポリス」は、音声の一切がないにも関わらず、その洗練された表現方法に映画マニアの間では今尚愛されている作品だ。

 

しかしまぁ、よくそんなマニアックなものを知ってたな、尚紀の奴め。つっても、たぶん元ネタ知らんってオチだろうけど。あ奴に現代のSFから果てはエロゲまでの数々の創作の基盤ともいえるものを理解できるとは到底思えない。曲の元ネタはスーパーマリオRPG好きの外国の方が作った創作曲である。気になった方は、時間がある時に是非ともググっていただきたい。

 

 

「うぃーす。もう説明終わったか?」

 

「あぁ、もうとっくに終わってあの子も帰ったぞ。部屋の教師用テーブルの上にこんなものを残して、な」

 

龍が満足そうに笑いながらその忽然と置かれていたA4サイズのプリント用紙を俺の眼前に突きつけてきた。見ると、彼女直筆で氏名、住所、学年、組、志望理由がしっかりと記入されて、上に我等がコンピュータ部の顧問、関智紀氏の真っ赤な実印が押されていた。なッ・・・・・・もう承認済みだ・・・・・・と・・・・・・!?

 

「本当に入るのか、あの子?見たところ、非オタみたいだけど」

 

「あぁ、その通りだ。だが、彼女は大のネット好きらしくてな。チャットだとかツイぽに事ある毎に書き込んでいるのだそうだ。それでそのような事もやっているのかと聞かれて、当然だと答えたらそれに至ったまでだ」

 

「マジか・・・・・・」

 

非オタでありながらネット好きとは、中々に物好きな子だな。ニヤニヤ動画とかnewtubeの話題出せば何か話せるんかな。最近流行のnewtuberなる職業の実況動画とかの話だと、俺あんまし見ないからついていけない気がするけど。

 

「おぉ、そうだった。発表に使ったプレゼンテーションのオリジナルアニメーションの巧みな技術レベルと作者の名前を彼女に言ったらやたらと興味を示していたぞ。良かったではないか、あんな可愛い後輩に慕われた先輩さん」

 

「またバラしたのかよ・・・・・・お前、絶対口軽いほうだろ」

 

「はっはっは、日頃からギャルゲをプレイするほど恋愛することに飢えているお前に二度とないチャンスを与えてやっているのだぞ?もっと感謝しろ」

 

うるせぇ、この野郎。ギャルゲやってるからって現実でも同じような事象を望むなんて、完全に頭お花畑じゃねーか。現実なんてとんだクソゲーですから、ほんと。この世界作った奴の顔が知りたいね、絶対禄な思考回路してないよ。

 

「いや、お前の場合は既に小学校からの幼馴染と憧れの高嶺の花と我が部に所属する女性陣二人とより取り見取りだったな。ギャルゲ主人公になれる日もそう遠くはないんじゃないか」

 

「ギャルゲ主人公にあこがれた時期が俺にもありますた・・・・・・」

 

「ほぅ、過去形か」

 

当たり前だろう。確かに若干ハーレムめいた感じにはなるが、その代わり理不尽すぎる運命に巻き込まれていく√だってあるんだからね、人生に絶対的なハッピーエンドはないよ。

 

「俺は死にゲーの主人公になりたい」

 

「それ絶対、死にすぎで頭おかしくなるぞ」

 

「顔の形変わるか?」

 

「あぁ、確実にな」

 

因みに今の龍の問いは深夜帯にやっている『相席街道』のとある回で有名プロレスラーが発した言葉を借りたものである。正しくは『顔の形、変わるぞ』という脅し文句的な奴。流行語大賞にノミネートされてほしい言葉だけど、最近の流行語大賞は何か上からの力が働いてるようにしか思えないほどの詰まらなさだからな。それ本当に国民の間で流行りましたか?いいえ、審査委員である自分が好きだから入れました、的な。

 

「まぁ、とはいえ来たものは来たのだ。腹をくくれ、先輩」

 

「立場的にはお前もだろうがよ、部長様」

 

「忙しくなるな、お互いに」

 

女子の後輩か、確かに男だったらこれは思ってもみない至福。年下好きの俺としても素晴らしく喜ばしい。だが、果たしてちょいと臆病なところありそうなあの子と会話が出来るかどうか。俺のそんな一抹の不安を残しながら・・・・・・次回に続く。

 

                                                            Shift3 To be continued...

                                            

Next Shift...

 

 

「次に示すは、主人公・向坂祐都とある女子生徒との出会いを描いた、ほんの序章」

 

 

「お前達には、これから始まる大きな運命の変化点を見逃さないための心の準備をしていてほしい」

 

 

「そう、何気ない日常にこそ真意は宿るものなのだから」

 

 

「パソコンのある日常、次回第四話『斯くして彼は彼女に出会う』」

 

 

「人生における出会いは全て偶然という2文字だけでは片付かない」

 




というわけで、本日の元ネタ、こちらです。お納めください。

 ↓          ↓
       
https://www.nicovideo.jp/watch/sm689


次回投稿は9月16日(水)11:00頃を予定しております。

沢山の批評、お待ちしております。


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Shift4「斯くして彼は彼女と出会う」

作者のファッション関連の知識が乏しいことが発覚する回です。

女性のファッションの参考資料ってどういうもんを選べばいいんですかね。キャラクターのイラストとかも書いていきたいと思っているので、執筆してる方がいましたら、衣装関連で参考にしているお薦めのものがあればご教授の方よろしくお願いします。


――さて、ここらへんで元からパソコン部所属だった人物達は兎も角、新しく加入した女性陣の中でも特に印象的な出会いのエピソードとなる、尚紀絡みで仲間に加わった藤林慧巳。彼女との出会いの経緯を例の進撃のゴリラ事件の後日談から振り返っていこう。

 

 

2024/7/20(Sun)

ヅャスコ モールフロア3F ヌクベナルド前

向坂 祐都

 

 

「だから、そこはちげぇ言ってんだろ、常考!」

 

「分かってんよ、ミスったんだよ!これやる前に格ゲーやってたから、ついその操作方法でやっちまっただけだって!」

 

「・・・・・・」

 

どういうわけか出かけ先のとある場所でたまたま二人の友人が激しく口論していたところを目撃した。暇な奴は今すぐヅャスコにGO、俺の友人二名の修羅場が見れるぞ!・・・・・・誰が見るか。

 

「あー、砦破壊された、オワタ\(^o^)/」

 

「くそー、あと少しだったってのに・・・・・・」

 

午前10時を刻む時計。外はまるで真夏を思わせる炎天下。俺は、テーブル席に座って口論したり反省会したりしている偶然出会った友人二人に話しかけるべきか話しかけないべきか分からずに、呆然としていた。よし、ジュース買って出直して来よう。

 

「やはり、ここは平凡に宏鷹でも買うか。お茶はいいよな、お茶は」

 

ピッ、ガコンと軽快な音を鳴らして取出し口に落ちてきた商品。それを取出し、キャップを開けて飲む。ぷはー。俺のHPが少々回復した。

 

「しかし、こう一人でふら付いてんのも何だかだよなぁ・・・・・・。せめて二人のゲーム中毒具合が収まるまで誰かと組みたいもんだね」

 

『兄さんっ、メールだよっ♪』

 

その時、オレのポケコンから可愛らしい声でメールの着信を告げられた。あ、やべ・・・・・・聞かれてドン引きされてないといいけど。取りあえず、メールボックスを開く。すると、こんな内容のメールが届いていた。

 

『いつまで空気と化してるつもりだ、こっち来いや』

 

あぁ、気づいてたのな。てっきり全然気づかれてないのかと思ってたわ。呼び出しがかかったって事は先程の案件はけりがついたって事だな。よし、戻るか。

 

「お、ようやく来たか。遅せーよ、待ちくたびれるかと思ったお」

 

「悪かったよ。で、今日は一体何をしに来てたんだ?まさか、日長ここでPSV2をやっている気か、お前等は?」

 

「いや、そんなんだったら態々外出なんてしねーよ。漏れはそこらへんぶらぶらしてみるつもりぜよ。藍園はどうやら新しく導入されたゲーム機で遊ぶ予定らしい」

 

あぁ・・・・・・またあれか。謂わずと知れたお子様の間で人気のアーケードゲーム《鉄仮面ライド-バトルレボリューション-》。日曜日の朝8時より放送中の鉄仮面ライダーシリーズの歴代キャラクター達が登場し、バトルを繰り広げる。・・・・・・そんなゲームだ。

 

「んじゃあ、さっそくしに行こうぜ!あ、面白いからお前らもやってみないか!?」

 

「待て、俺はあんまりそういうのはやらない主義でね。レアカードだとかそれ系集めるのにかなりの金を要すから無理。経済的にそんな恵まれてないわけ」

 

「悪いが、その手のゲームは乗り気にならんお」

 

「何だよ、ノリ悪ィな・・・・・・」

 

ノリ悪いとか仕方ないだろう。普通はどんなに面白くともそこら辺のガキ共と同じ空間で過ごすことなどできるか。というか出来る訳がない。まず五月蝿いから。

 

「そういう事なら俺は今日別の用事出来てるから解散させてもらうぜ、気が向いたらまた会おうや」

 

「漏れも禿同、書店行っていろいろ買い込みするんでよろしくだお。気が向いたらまた会おうず」

 

「気が向く訳あるかぁ!?見てろ、一人で楽しんでやらぁ、ソロプレイヤー舐めんな!!」

 

背後から修二の捨て台詞が聞こえてきた。仕方がないのだ、それぞれ目的が違うのなら尚更に。ていうか、ソロプレイもなにも筐体ゲームって基本ソロでしょうよ、何言ってんの?

 

 

一人になって歩き続ける事、ほんの数分。ようやく目的地が見えてきた。やれやれ、休日にわざわざ人混みの中を突っ切ってここに行こうと思った自分に労いの言葉を送りたいね。そう、ヅャスコ内の正面入り口付近・・・・・・そこに存在するスゥイーツ天国、《マスタードーナツ》。通称《マスド》に来たというこの勇気を!!

 

「うわ・・・・・・どれだけ待たねばならんのだろう」

 

覚悟を決めて、隣にあった装置のボタンを軽く押した。すると毎度のように待ち番号が書かれた紙が出てくる。俺はそれを手に取り番号を確かめた。紙には『待ち番号 085』と書かれていた。

 

「今の待ち番号から大分先の番号を引いちまった、ついてねぇわ」

 

こうなってしまっては仕方がない。まだまだかかりそうなのでそこら辺を散策する事にするか。しかし、その前にやるべきことがある。俺は人気のない三階へ上り、ポケコンを取り出すと迷わず例の名前の長ったらしいアプリを起動させ、その先の誰もいない空間に向かって声をかけた。

 

「杏」

 

『あ、兄さん。どうかしたの?』

 

と、俺の呼びかけにこたえるかのように今まで誰もいなかったポケコンの画面に一人の少女が突如として現れた。そう、彼女こそ俺のマイシスターエンジェル『火迎杏』だ。

 

現在執筆中の俺の小説に登場するメインヒロインなわけだが、何故公式ですらないのにVRとしてアプリに登録されているのか?実は俺が小学校の頃世話になった友人が最近になって自作3Dモデルを作る凄腕プログラマーと化している事を知り、自作小説のヒロインの原画と設定をびっしりと書き込んだノートをファックスで転送したところ、およそ3日後に俺のYphoneにダウンロードアドレスが送られてきたのでそれをスキャン。そうしたら俺の自作キャラ中でも最もお気に入りのキャラクターである彼女がVRとして俺の限定の特殊なアプリなのだ。そういう意味では作者として割と優越感を感じている。

 

「別段用があるわけではないが・・・・・・調子はどうだ?」

 

『ん、えへっ。大丈夫だよ。心配してくれてありがと、兄さん♪』

 

「そうか。んじゃあ、杏はマスドのドーナツで何が好みだ?好きなものを奢ってやる。」

 

『えっ、ほんと!?やったぁ!じゃあ・・・・・・――』

 

現実にいるはずもない人物に現実のものを奢る。何て無意味な金の使い方だろうか。杏は最初から好感度高めで設定されてあるため、素直に喜ぶ。その笑顔に惚れ、ついつい無意味な行為をしてしまう。それにしても、何で普通に会話が成り立つような形式に出来てんスかね?このプログラム、神だろ。というか声優誰さ。

 

暫くして現実に戻ってきた俺はマスドに向かい、無事目的のドーナツを受け取った。そして、ドーナツを席に座ってもふもふと食べながら、この後どう休暇をエンジョイするか考えていた。すると――

 

「あ、あの~・・・・・・」

 

「ん?」

 

――すぐ横を見ると、とある一人の女性が困惑したような表情でこちらを見つめていた。あれ、この人何時か何処かで会ったような・・・・・・???

 

「・・・・・・(まずい、何も出てこない!ど、どうする!?か、考えろ俺!!)」

 

なるべく早急に思い出せ!思い出そうとして・・・・・・思い出した。そうか、この人はあの放課後のゴリラに追われていた人だ!それで、ゴリラは俺が撃退したと報告したら笑顔で御礼を言われて、その笑顔に見とれていたら名前も聞けず別れてしまったあの人だ!ま、まさか、そんな彼女の席に俺は座ってしまったというのか!?

 

「え、えっと、申し訳ない!まさか自分の座った席が君の座っていた席だとは思わなくて・・・・・・あー、えーと、すぐに撤退するであります?!」

 

「あ、いえ、そうじゃなくてです、ね?あの、この前助けてくれた人・・・・・・ですよね?」

 

自身の憶測で勘違いしてつい謝ってしまった俺に対し、彼女はそういうことではないと親切にも言ってくれた。一月前の話。まぁ、よく覚えてくれていたもんだなと軽く感動すら覚えた。さてさて、その話であるならば事実を語るほかないな。やってみよう。

 

「ん、あぁ、まぁ・・・・・・そうだけど?」

 

「あっ、やっぱりですか?偶然ですね!」

 

そう言って、彼女は微笑み向かい側の椅子に座った。うえ、何このリア充感。いやいや、待て待て!彼女は単にあのゴリラの進撃を止めてくれた御礼してるだけだ。俺に何か気があるとかそういうわけではないだろう。うん、絶対にそうだ!

 

「あ、そういや自己紹介まだでしたな。俺、1-Aの向坂祐都。よろしく」

 

「祐都君、か。私は1-Cの藤林慧巳です。こちらこそよろしく」

 

そして、そのまま彼女と自己紹介しあう。成程・・・・・・C組か。そういえば鳴島もC組だったな。試に奴の事を知っているか聞いてみようかな。

 

 

→1.聞いてみる

  2.やめておく

 

 

「へぇ、C組なのか。じゃあ、鳴島って奴知ってる?」

 

「えっ、鳴島くん?う、う~ん・・・・・・一応知ってはいるけど・・・・・・(汗)」

 

「あれ、もしかして苦手なタイプに含まれてる?」

 

「う、ううん、そうじゃないんだけど・・・・・・どう言ったらいいのかなぁ?」

 

ん、何か凄い返答に困っているようだ。やっぱりこの話止めておこう。やっぱり話の選びようってなかなか難しいもんだな。さて、気を取り直して。どんな話題を振ろうか?

 

 

1.スカイクラッド・オンラインの話題

→2.好きなドーナツの種類

3.進撃のゴリラに関する話題

 

 

「藤林さん・・・・・・でいいかな?ここの店で好きなドーナツとかある?」

 

「ふふっ、慧巳でいいよ。あるよ、えっとね・・・・・・フォン・デ・リングとフレンチかな。祐都君は?」

 

「オレは・・・・・・ゴールデンチョコとココナツチョコだな。あのボロボロが堪らん」

 

「へぇ~、ボロボロかぁ~」

 

おぉ、今度の内容はどうやらヒットしたようだ。よし、巻き返しは出来たようだな。さて、お次の話題は――

 

 

→1.スカイクラッド・オンラインの話題

2.好きなドーナツの種類

3.進撃のゴリラに関する話題

 

 

「慧巳さんはさ、スカイクラッド・オンラインって聞いたことある?」

 

「あ、うん、知ってる知ってる。私、それやってるんだ。祐都君もユーザーなのかな?」

 

「ん、まぁな。渡火って名前で暇があったら上級クエで狩りに行ってる。もしよかったらパーティ組まないか?」

 

「えっ、いいの?ありがと、私まだ弱くて全然なんだけど」

 

「気にしなくていいぜ、気軽に付き合うさ」

 

「ふふっ、ありがと。じゃあ、時間あったらお手柔らかに」

 

成程、やはりスカイクラッド・オンラインはかなりの層に普及されているようだ。一つ楽しみの幅が広がったな。さて、次はどんな話題で行こう?

 

 

1.スカイクラッド・オンラインの話題

2.好きなドーナツの種類

→3.進撃のゴリラに関する話題

 

 

「一応、話題にあげたくないとは思うんだけど、その後例の奴からの進撃はどうなった?」

 

「え、ええと・・・・・・あれからは特に音沙汰なかったよ。暫くは流石の彼でも警戒しているみたいだから」

 

「知っているなら、知っている限りでいいから奴の情報を教えてくれないか。今後の対策にしたい」

 

「う~ん・・・・・・あんまり参考にはならないと思うんだけど――」

 

以下、彼女の要点をまとめると奴の実態とやらはこんな感じだった。

 

仙北夢島高校1年B組所属、出席番号10番の通称《西条尚紀》。中学校が同期だった奴等から変わり者のレッテルを貼られ、入学早々から周囲にハブられた悲劇の男子生徒。だが、そのレッテルは真実であり、彼は正真正銘の《中二病患者》である。そんな中、どんな経緯であるかは知らないがあの日から奴の強行かつ粘着質な、彼女へのストーカー行為が始まったのだという。

 

「成程、そこで俺がたまたま通りかかって奴をモップで撃退したところ、大人しくなったと」

 

「う、うん。あのところで祐都君が助けてくれなかったら本気で何かされてたよ~、絶対」

 

「ふむふむ・・・・・・成程、了解。あの日の真実はこうだったんだな」

 

面白ネタ《夢島高校七不思議(?)その一・放課後のゴリラ》の真相が解明された!

 

新機能《エンカウントコミュニケーション》が解放された!

 

新機能《フリー中二病バトル》が解放された!

 

多分、ゲームならこんな追加情報が入る、ハズ。《フリー中二病バトル》って何ぞや。

 

「ねぇ、ここで会えたのも何かの縁だし、もう少しだけ私に付き合ってくれない?」

 

と、ここで彼女の方から何とも素敵すぎるご案内。据え膳食わぬは男の恥、行きたいのは山々だが。本当にそれ、俺みたいな男が同行しても大丈夫な奴?

 

「いいけど、俺みたいな冴えない男連れまわして大丈夫か?」

 

「そんなぁ、祐都君は冴えない男なんかじゃないよ。知ってる?各クラスの女子の間で話題なんだよ、可愛いって」

 

何故、他のクラスで話題になるのか。確かに、話しかけられたときはそれなりに会話はするようにはしている。だが、可愛いとは。『かっこいい』でなく、そう言われるってことは俺は完全に恋愛対象から除外されているらしい。まぁ、間違ってはいない。こんな男を恋愛対象としてみるなんて、物好きにも程があるしな。

 

「あんまり褒められてる気がしませんけどね」

 

「もぅ、そんなことないよ。現に私だってそう思ってるし」

 

モテフラグ完全に積んでるって事っすか。いいや、逆に考えるんだ。俺を対象から外した地点で同学年の女子達はそうそう悪い男に引っかからない素質を持っていると。将来安泰、実に素晴らしい。

 

「分かりましたよ、ご同行いたしましょう」

 

「ほんと、やった!友達に自慢しちゃおっと♪」

 

上機嫌にそう言い放つと、彼女はメッセージアプリの《RAIN》を開いて、友達同士のグループチャットにその件を書き込んでいた。彼女が送信した途端に沢山の既読がつき、『いいなー』とか『写真送ってー』とか『せっかくだから奢ってもらえば?』とか。まぁ、手当たり次第にいろいろ好き勝手書き込まれてきたわけだ。奢る、奢る・・・・・・ねぇ、資金に余裕あったかしら。

 

「写真撮りたいから隣、いいかな?」

 

「お好きにどうぞー」

 

撮れ高はないと思うなぁ。だって、ほら、俺よりも隣の人の方が輝いてるもの。いや、正確には地味な奴がいるから一層輝いて見える、か。人に深層心理、よく理解してるじゃない、この子。

 

「ありがとう。じゃあ、そろそろ移動しよっか、何処に行く?」

 

何処に行く、と言われましても。何せこの俺、向坂祐都は今の今まで彼女いない歴=年齢という悲しい履歴の持ち主でして。しかも、女性の友達ってのもいなかったものでこういう時どこ行ったら正解なのかイマイチわからんのです。どうしようかなぁ。

 

 

→1.ヅャスコ内を探索しつつのウインドウショッピング

  2.藍園と出くわすリスクはあるが、それを承知でゲーセンへ

  3.慧巳さんにリクエストを訪ねる

 

 

「ここは色々見て回りますか。何やかんや、まだ慧巳さんの好きそうなものとか知らないんで」

 

「うん、いいよ。祐都君の好きなものも良かったら教えてね」

 

「理解されるかどうかは置いといて。まぁ、気が向いたら」

 

無難な感じに漕ぎ着けたとはいえ、いつもの通りに巡っていてはきっと彼女は楽しめないだろう。頑張るんだ俺、ここで経験を積んでおけば今後何かの役に立つかもしれんじゃないか。DT力を最大まで引き上げるんだ!

 

「あ、今流行の新作が出てる。どうしよう、買っちゃおうかな・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

最初に行きついた店は衣服店。流行だとか雑誌で人気のとか、非リアの私にゃよくわからん次元でござる。大体、そういうのはほら、イケメンとか可愛い子が着るからいいんであって、微妙な顔つきの奴が気にするべき案件ではないのですよ。偉い人にはそれが分からんのです。

 

「これ、前に優海が着てた奴・・・・・・でも、優海程スタイル良くないしなぁ」

 

「・・・・・・何でこんなにゼロの数が多いんすかね」

 

それでも、ファッションに関する知識的な物を知っておこうと慧巳さんの行動を見様見真似で色々見てはいるが、駄目だ。月々の親からの仕送り金がすぐに吹っ飛びそうな値段をしていた。これよりゲームソフトとかガンプラの方が安いってどんだけ。公式、もっと貢がせろ。

 

「ね、祐都君はこういうお店で洋服買ったりとかする?」

 

「いや、俺はウニクロとかそういう良心的な価格の所で済ませてますね」

 

「へぇ、そうなんだ。確かに、ウニクロは安くていいの置いてあるし、いいよね!」

 

はい。まぁ、ファッションセンスに難ありな奴が行き着く、オシャレ路線の最後の砦みたいなもんですから。DUも然り。やまむらはウニクロより安いけど独特なデザインが多いんで、そこで買うなら下着くらいかなぁ。

 

「まさかとは思いますが、これを私が奢らなきゃならんのですか」

 

「え?あっ、ち、違うよ!?幾ら何でもこんな高いの買って貰ったら申し訳ないよぉ」

 

「そうっすか。一瞬、破産覚悟しました」

 

こうして、俺の今月の諭吉は慧巳さんの良心のお陰で守られたのであった。本当に誰だよ、男性側が全部奢れ論展開した奴。今と昔じゃ金銭問題が違いすぎるんすよ、バブル程の経済力がいつまでもあると思うなよ。

 

「慧巳さんって、いつもこういう店で買ってるんすか、ブルジョア?」

 

「ブルジョアって・・・・・・そんなんじゃないよ。ただ、偶にこういうのも奮発して買わないと私服のレパートリーがなかなか増えないんだよ」

 

へぇ、女子のオシャレ事情はとにかく金がかかるとはこういう事か。服、アクセサリ、化粧品etc...成程、こういう影の努力に報いる形で我々男子が奢りという名目でサポートしなきゃならんのですな。うん、それは分かったんだけど、やっぱり中にはオシャレに女子と同等位の金かけてる人らもいるんですから、ピンチの時は割り勘でもご容赦願いたい。まぁ、今ここで俺がこんなこと言っても意味はないのは理解しているつもりなんですが。

 

「今着てる服も、ここで?」

 

「ううん、これはDUで買ったんだ。自分では気に入ってるんだけど、どうかな?」

 

そう言って、慧巳さんが衣装全体が見やすいように軽くポーズを決める。肩の部分が大胆に開けられた白のオフショルダーと、そこから覗く素足を魅力的に見せる青色のデニムスカート。どことなく清楚感が漂っており、慧巳さんの雰囲気にかなり合っているコーデをしていた。

 

「何か、慧巳さんのイメージぴったりで凄く可愛い、と思います」

 

「えへへっ、ありがとう。やっぱり自分のお気に入りの服装を褒められると嬉しいな」

 

慧巳さんが何かアクションをするたびに、オフショルダーで丸見えになった肩の部分にアクセントでつけられたリボンが静かに揺れる。うーん、服がいいのは見たとおりだが、元となるのが慧巳さん自身だからこそいいんだろうなぁ、きっと。

 

「祐都君の服も、シンプルでかっこいいよ」

 

「ええと・・・・・・何か、その、ありがとうございます」

 

今、『かっこいい』という言葉にちょっとだけドキッとしたのは内緒だ。俺の服装は黒の細身のジーパンに白のポロシャツ。丁度、腹の部分にあたるところには水色と青色の横線が均等に縦並びしている、実にシンプルイズベストなデザイン。一応、上に藍色のカーディガンを羽織っていたが、今は暑くなってきたので、脱いで袖部分をリボンのように軽く結んで腰に巻き付けている感じ。

 

「もしかして、あんまり服装とか褒められたことない?」

 

「あぁ、分かりますか。元々、ファッションとか詳しくないし、センスもいい方で無かったので」

 

「昔の祐都君を知ってるわけじゃないけど、そんなことないと思うな。大丈夫、自信持って」

 

そんなに知り合って間もない間柄というのに、慧巳さんは優しいな。うん、女性にそこまで言われたんなら、例えお世辞でもそう思っておくのが筋ってもんだ。せっかく此方を立ててくれているんだ、それを無碍にしてしまうなど誰が出来ようものか。

 

「んー、さっきのはまた今度来た時に買おうかな。じゃ、別のお店行こう?」

 

「書店とかどうっすか。ちょっと個人的に見たいものもあるので」

 

問題は先程書店の方に行った鳴島がまだ居座っていないか、である。きっとリア充滅べとか出会い頭に言われると思うんで、出来れば慧巳さんと一緒に行動している今は遭遇したくない。

 

「うん、いいよ。因みに、祐都君はどんな本を読むの?」

 

「一般的な小説はあんまり読まない、というかライトノベルが主流ですね」

 

「そっかー、私は普段そういうの読まないからお薦め教えてくれると嬉しいな」

 

お薦め、か。そうだな、俺が今まで読んだ中でもラノベ未読の方でも大丈夫な感じの奴はそれなりにあったからその中から紹介してみようかな。・・・・・・そんな感じで、慧巳さんと雑談をしながら歩いているとすぐに目的地の書店に辿り着いた。一応、店の中に鳴島の奴がいないかざっと見回してみる。が、奴らしき人物は見当たらない辺り、どうやら用事を終えて何処かに移動済みのようだ。

 

「それじゃあ、早速祐都君のお薦めを教えてもらおうかな♪」

 

「そうですね、これなんかどうですか」

 

俺が慧巳さんに差し出した本のタイトルは『世界終焉と世界録』という王道ファンタジー小説。最近、何かとよく、これよく小説として世の中に送り出せたなって具合の低レベルの異世界転生モノの作品が多いせいでこういう純正のファンタジーがないのが嘆かわしい。俺が初めて手にした時、軽く衝撃を覚えるほどの名作っぷりであった。出来れば今すぐ誰かに布教したいくらいには。

 

「へぇ、ファンタジー系、みたいだね」

 

「知ってるんですか?」

 

「ううん、ジャンルにはそんなに詳しくないんだけど。何となくそんな感じだなぁと」

 

「どうやら慧巳さんは、いい感性をお持ちのようで」

 

小説・アニメ・漫画等々、創作物を書く上で大事になってくるのが、物語上に先の話で重要になる伏線を的確に配置、そして最終回に至るまでの話数でそれらをすべて回収できるか、という事。具体的に表すなら『主人公が何故特別に成りえたか?』や『小説内で起こる事象はどういう経緯で起こされていったものなのか?』である。

 

「読んでて難しいところがあれば、読破した範囲で色々教えますよ」

 

「うん、せっかく祐都君がお薦めしてくれたんだし、買っちゃおうかな」

 

そう言って、彼女は俺が渡した『世界終焉と世界録』の1巻を持って、レジに向かっていった。そ、即決ですか、そうですか。だが、自分のお薦めしたものを実際買ってくれるのは、本当に嬉しい。

 

「・・・・・・いつか、川知ともこんな感じで気軽に買い物出来たらな」

 

ふと、今の学校へ入学当初に再会した幼馴染の一人の女子の姿が脳裏をよぎる。前に話しかけてみたら取り付く島もなかったからなぁ、やっぱり川知と以前みたいな交流を図るには、俺があの件に関して向き合わねばならないみたいだ。

 

「祐都君、おまたせ」

 

「ん、じゃあ目的も果たしたんで次行きましょうか」

 

「そうだね、何処に行こうか?」

 

買った小説が入っているレジ袋を大事そうに抱えながら、慧巳さんが帰ってきた。まぁ、取り合えず気の向くままに色々回ってみよう。

 

 

それから、俺と慧巳さんは時間の許す限り色々な場所を巡った。CDショップ、靴屋、楽器店、ホビーショップ、雑貨店etc...そして、気づいた頃には、既に窓辺のあたりから夕陽の光が差し込み、館内がほんのりとオレンジ色に染めあがっていた。ヤバいな、そろそろ駅まで行かないと帰りの電車がなくなっちまう。全く、田舎は一時間に一本しか電車走らんからやってられんのだ。

 

「慧巳さん、そろそろ帰りますか」

 

「うん、もういい時間になっちゃったし、帰らなきゃ寮の門限過ぎちゃうね」

 

そう言って慧巳さんは、夕暮れに染まった街並みを窓辺に寄り添って見つめる。その瞳には、どこか哀愁が漂っているような感じがした。

 

「今日は私に付き合ってくれてありがとう。祐都君にまた恩が出来ちゃったね」

 

「これくらいでよければ何時でもお付き合いしますよ。時間なら幾らでも空いてる、フリーな身の上なんで」

 

「そっか。じゃあお言葉に甘えて、またお付き合いお願いしちゃおうかな」

 

お付き合い、ねぇ。もし、どっかの誰かさんが聞き耳立ててたなら、真っ先に勘違いしてすっ飛んできそうな言葉だ。本来は、交際以外に『用事に付き合う』とかそういう意味もあるというのに。兎角、日本語というのは使い分けが難しい。

 

「ね、祐都君は寮にの部屋に帰った後、何をするのかな?」

 

「いや、特に用事もないんで、そのまま飯作って風呂入って寝るだけですが」

 

彼女の唐突な質問の意図をよく理解できていない俺は、取り合えず普通に過ごすだけだと伝える。まぁ、もしかしたらその合間合間で小説書いてたり、イラストの練習してたりするかもだけど。

 

「それじゃあ、その、お昼頃に言ってたオンラインゲ-ムの話、お願いしちゃっていいかな?」

 

「あぁ、そういう事ですか。いいですよ、あまり遅くならない程度にやりこんじゃいましょうか」

 

「えへへ、約束だよ♪」

 

慧巳さんのほにゃっとした笑みに思わず見惚れてしまう。更には、アグニカ病の症状も現れてしまった。あれは・・・・・・天使だ。

 

「あっ、修二と鳴島の事すっかり忘れてた」

 

「あれ、一人で来てたんじゃなかったんだ?」

 

「えぇ、まぁ。でも、集まって早々に解散して各自自由に行動取ってたので、一人で来たも同然でしたけどね」

 

一応、ヅャスコに呼び出された手前、連絡ぐらいは取っておこうかな。そう思って、メッセージアプリの『REIN』を起動して、鳴島と修二が入っているグループのチャットに今から帰宅する旨を書いたメッセージを送信した。すぐに既読の文字が入り、返信が来た。鳴島からだ。

 

『お、気付いたらもうそんな時間だった罠。本田の奴、まだ熱中しとるんで俺氏も帰るわ』

 

『成程、そうなればテコでも動かんからな、奴は』

 

一通りの返信を交わした後で、俺は真っ先に隣にいる慧巳さんを見た。うん、今ここで黙って立っていれば確実に鳴島に遭遇し、この現状に対してのいちゃもんを付けられる。時刻は只今16時40分。全力でなくても多少急げば17時15分発の夢島行きの電車にギリギリ間に合う。さて、このプランに彼女は乗ってくれるだろうか。

 

「慧巳さん、今からここに鳴島が合流してきますが、如何いたしましょうか」

 

「うーん・・・・・・電車の来る時間まであともうちょっとなんだよね?」

 

「あと35分程ですね。少し急ぎで行けば間に合うかと」

 

「鳴島君も同じ電車に乗るのかな?」

 

「恐らく。ですが、この微妙な時間差だと、奴は市内の実家の方へ帰るかもしれません」

 

俺と慧巳さんは顔を見合わせる。うん、やっぱり直接口にしてはいないが、鳴島が少しばかり苦手らしい。まぁ、確かに気持ちは分かる。となると、だ。

 

「・・・・・・ちょっとだけ急いで帰ろう!」

 

「OK、了解しましたァー!」

 

こうして、俺と慧巳さんはその場から一目散に駆け出し、ヅァスコ付近の最寄り駅を目指した。うん、これは仕方がない、条件反射みたいなものだ。それに鳴島みたいな妖怪リア充殺しを相手取るよりだったら遥かに慧巳さんみたいな美少女と帰るほうが絶対にいい。だからこその戦略的撤退なのだ、許せ鳴島。

 

『向こうで帰り際に買い物してくから17時電に間に合うように行くわ、またな』

 

最後に、鳴島とのトーク画面にそんな上手い言い訳を残して、俺と慧巳さんは見事電車に乗り込むことに成功したのであった。俺は元陸上競技部だったこともあり余裕だったが、慧巳さんの走りっぷりも中々のものだった。小説に使えそうないい資料が新たに手に入った、そんな一日だった。

 

 

そして、後日。この日に色々と意気投合した体験をしたおかげか、何の部活に入ろうか迷っていた慧巳さんがパソコン部に入部してくれたのであった。この時、既に部活内には尚紀もいたのだが、当初から幽霊部員的な扱いになっていた彼の心配をする必要がなく、慧巳さんは安堵の息を漏らしていた。一応、その時にも色々あったことはあったのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。

 

                                                      Shift4 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

時期は変わって、暑い夏!いやぁ、夏ってのはやっぱりいいねぇ。海にプールにレジャー三昧、仲間がいればどれもいい思い出になるイベント尽くしだ。そんな中、俺達のパソコン部と軽音楽部がまさかの楽曲提供の為の交流を図ることになって・・・・・・えぇ、学校で噂になっている超天才少女が軽音楽部に!?というわけで、次回、『噂の超天才少女、現る』。幼馴染の修羅場が見れるぞ!




今回の次回予告の元ネタが分かった人には、300アグニカポイント。

やはり、ロボットアニメはいい。心が躍るね。

一応、次の話ですが、執筆ペースがそれと無く早かった場合、今日中に投稿できるかと思われます。
無理そうなら、9/22(火) 15:00位を目安に投稿しておきます。お楽しみに。


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Shift5「噂の超天才少女、現る」

最近の夏はミニファンで乗り切れるほど、ヤワではない


――季節は夏。梅雨明け特有のまさに真夏を体現したかのような気温の中、今日も夢島高等学校生徒諸君はメゲずに急な坂を登り続ける。寮があるといっても、校舎のある土地よりだいぶ下に設置されているため、何が何でも登らねばならないのだ。ふと周囲を見渡せば、男女関係なく皆一様に長袖のYシャツの腕のボタンを外し肘のあたりまでまくり上げている。

 

また、それだけでは暑さを解消できていない奴もいる。ある者は近くの自販機で飲み物を買い、ある者は鞄から取り出した下敷きを団扇がわりに代用し、顔の前でパタパタと仰いでいる。まぁ、斯く言う俺もその連中と全く同じ行動をしているわけだが。ここまで読んだ諸君は大体察したはず・・・・・・そう、まだ衣替えが行われていないのである!

 

「これは・・・・・・なかなかの暑さだな、ぬかしおる」

 

「バ、バカ野郎・・・・・・ここで、死ねるかぁっ・・・・・・!」

 

「・・・・・・」

 

何だこの三文芝居。見てる方としては呆れてものも言えなくなるな。まぁ、しかしこの天候だ。ちょっとやそっと頭がおかしくなっても仕方がない。あれだ、地球温暖化がついに本気を出しやがったんだ。そうに違いない。

 

「仕方がない、これで涼むとしよう」

 

「・・・・・・(そいや、鞄にミニファン入ってた気が・・・・・・どこだっけ?)」

 

「職員室にはエアコン常備なのにな。死ね、あのハゲェ・・・・・・!」

 

「ふぅ・・・・・・(お、あったあった。うはは、涼し~♪)」

 

「祐都、お前ェ!何してやがるんだァァァァ!?」

 

うお、びっくりした。何してたって・・・・・・ミニファンで涼んでただけじゃん?お前も何かで涼めばいいじゃないか。ほら、隣にいる龍だって団扇で仰いで涼んでるじゃねぇか。

 

「それをよこせぇぇぇ!」

 

「別にいいけど、その代わり――」

 

「おはよう、祐都君」

 

「貸料金を・・・・・・あ、葵さん!?あ、え、お、おはようさん・・・・・・」

 

何と言う偶然か。クラスの高嶺の花である葵に登校中に出会ってしまった!し、しまった、いきなり声をかけられたもんだからびっくりして挨拶がすごくぎこちなくなってしまった。仕切り直しでもう一度挨拶しよう。

 

「改めて・・・・・・おはようさん」

 

「今日は暑いね~。何か面倒臭くなってきちゃった・・・・・・」

 

「暑いな。ってわけで、これを献上」

 

この機会を逃すまいと俺はさっき修二に貸そうとしていたミニファンを持ち手を変えて葵の方に向けるように差し出す。すると、彼女の目が一瞬だけキラッと輝いた、ような気がした。

 

「えっ、貸してくれるの?さっきまで祐都君、使ってたみたいだけど?」

 

「気にしなさんな。こんなこともあろうかと予備のミニファンも用意してある」

 

「わ、本当?ありがとう、遠慮なく使わせてもらうね」

 

俺の満面のドヤ顔には触れずとも、彼女はそう言ってミニファン壱号機を受け取ると感謝の言葉と優しい微笑みを俺に向けて、先を急いで行った。やっぱ、可愛いな・・・・・・畜生め。

 

「おいぃぃぃ、俺のこと忘れてんじゃねぇよ、馬鹿がァ!?」

 

「ちっ、仕方ないな・・・・・・じゃ、扇子貸してやるからこれで我慢しろ」

 

「野郎にはタダじゃミニファン貸せねぇってか、えぇ!?弐号機を貸せ、弐号機を!」

 

「何だ贅沢を言う奴だな・・・・・・置いてくぞ~」

 

修二の『いっぺん地獄に落ちろやぁぁぁ!』という罵声を背に受けながら俺はお先に教室に特攻させてもらうことにしよう。何、B組に行って待っていれば後から龍も来るだろうしな。

 

「おはようさん」

 

「おっ、おはよう。今日は異常に暑いな」

 

「うぃっす、こうも暑いと家のエアコンが恋しいぜ」

 

「おはよ~」

 

目的の場所へ行く前にまずは教室で荷物を降ろしてからだな。修二のやつは最近何かと龍にご熱心で鞄持ったまま行ったりするもんなぁ。せめて荷物置いてからでもいいだろうに。そんなことを思いながら、荷物を机にぶら下げると俺はB組の教室へと入っていった。すると――

 

「お~は~よ~ぉ~・・・・・・」

 

「優海さん!?ど、どうなされた?」

 

――目の前に現れたのはいつものような元気がない優海さんだった。足取りもふらふらと覚束無い感じで危ない。俺は保健室へ連れて行こうと彼女に手を差し出すと彼女は片手を前に突き出して気にしなさんな、とジェスチャーで表現した。

 

「今日の学校の坂道を登っている途中、私は面倒くさいという魔物に襲われて駄目になりそうでした」

 

「何故、いきなり敬語?」

 

「でも、パソコン部の皆とクラスの皆の顔を見たくてここまで来ました」

 

「は、はぁ・・・・・・恐縮です」

 

新手のボケか・・・・・・?いや、でも、一応最後まで聞いてみよう。何かわかるかもしれない。いや、分からないかもしれないけど。

 

「・・・・・・というわけでみんなの顔を見るという目標を達成したので帰ります」

 

「いや、帰るなら」

 

「今でしょ」

 

「いやいや、話途中で遮らんでくださいよ。今じゃないから、学校終わってからだから」

 

えー、と抗議の声を上げる優海さん。仕方がない・・・・・・彼女には悪いが最終兵器で釣らせてもらうとしよう。

 

「おっと、偶然にも暑さ対策にご尤もなハイテク機器ミニファン参号機と十勝あんパンが手持ちにあったなぁ、でも誰もいるって人いないしなぁ、どうしようかなぁ」

 

「ミ、ミニファンと十勝あんパン・・・・・・!?」

 

その素敵ワード2つを耳にした瞬間、先程までとろ~んとしていた優海さんの目がぱっちりと見開かれ輝いていた。予想通り、見事に意図も容易く釣れました。そして、ごめんなさい。

 

「祐都君、どうかそれを私に恵んでください!」

 

「あ、え?ええと・・・・・・別に構わないけど」

 

「え、ほんと!?やったぁぁぁ、バンザーイ!ヽ(´―`)ノバンザーイ」

 

あ、今滅多に見られない素の喋り方で喜んでる。本当に十勝あんパンが好きなんだな、球筋に出てるぜ?・・・・・・何が。

 

「女を喜ばせることができる男だとは。中々できるじゃないか」

 

「あ~、本当にな。それが意識下とかそういうんじゃなくて天然で繰り出されてるんだからこれまた腹立つわけなんだがな!」

 

と、ようやく二人が教室までたどり着いたようだ。えっ、そんな時間かかるか?あの距離で?まぁ、大抵の場合、修二がかなり話し込んできたんだろうけどさ。

 

 

「こ、これ・・・・・・すごいです・・・・・・(驚)」

 

「そーか?」

 

「も、もちろんです!尊敬です、先輩♪」

 

あれ?普通に喋れてる。今日も今日とてパソコン部に顔を出したわけだけれども、いつもの6人の顔触れがそろう中、彼女は律儀にそこにいた。そんでもって、いつも通りにパソコンを立ち上げ、ワープロ起動。小説を打ち込んでいると、彼女は何を思ったか後ろから覗き込んで熱心に見ていた。そして、普通に会話。うん、昨日の不安は杞憂だったようだ。何気なく会話できるよ、この子。

 

「仲睦まじい事良きかな。さ、運良く変態ロリコン幽霊部員さんがいつも通り欠席してるんで新入部員の夢野麻衣さんの入部歓迎会を予定通り行う事にする」

 

「おぉ、待ってましたktkr!若干一名が横でリア充展開してるんで少々イラ壁だったがここで解消して許してやる罠」

 

「誰もリア充展開なんてしてねぇだろ」

 

「おまいのことを言ったんだが?」

 

あまりに理不尽すぎやしないか。だって、普通にいつも通りワープロ打ってたら、彼女が興味津々で入ってきただけだぞ。言うなれば世間話状態。これの何処がリア充展開なのか、さぱらん。

 

「なぁ、リア充展開してたか?」

 

「わ、私にも分からない、です」

 

「フンっ・・・・・・!」

 

俺が麻衣ちゃんに確認をとると、鳴島はすぐ近くの壁を殴りだした。何それ、怖い。

 

「・・・・・・」

 

「お、おい、鳴島?冗談もそのくらいに――」

 

「しまったお・・・・・・深刻な壁不足になってしまった罠。仕方がない、代わりにお前を殴らせろ」

 

暴走状態のシヴァングリオンのようにヨロリと立ち上がると、殺意がらんらんと輝く目で俺の近くまで来て拳を振りかざす鳴島。おいおい、勘弁してくれ。

 

「おい、そこの二人組。あまり新入部員を困らせるな」

 

「チッ・・・・・・部長氏に命を救われたな、感謝するんだお」

 

龍の一言で、鳴島は回れ右をして自分の座っていた席へと戻っていった。俺も悪いような言い方されたけど、この際一命を取りとめただけでも良しとするか。

 

「別にいいが、具体的にどうするつもりだよ?」

 

「昨日話した通りだ。では、これより入部歓迎会を始める。まずは改めて自己紹介からだな。俺の名前は篠崎龍。特技はガンプラ作りと基本プログラム作成。趣味は――」

 

龍が昨日は不完全な自己紹介だったため、もう一度自己紹介している。まぁ、面倒くさいけど一応はやっておくか。俺と龍しか名乗ってないもんな。※以下、()内は発言した人物名。

 

 

高坂祐都だ。特技は自作小説執筆とキャラのラフ画作成。趣味はアニメ・ゲーム鑑賞。世間でいうオタクの部類に入る。一応、普通の話題もできる。よろしく。(祐都)

 

よ、よろしくお願いします、先輩♪(麻衣)

 

鳴島康平。特技はネットへのハッキングと壊れた精密機械を修復出来る事。好きなものはロボット。嫌いなものはリア充だお。リア充とか死ねばいい死ねばいい・・・・・・。(康平)

 

あ、あはは・・・・・・。よ、よろしくです。(麻衣)

 

藍園修二だ。特技はオンラインの格ゲーのランキングでTOP3入りする事。ここにいる他の奴らよりオタクとしての基本レベルは低い。よろしく。(修二)

 

へぇ~すごいですね♪よろしくです。(麻衣)

 

どもども~。パソコン部のアイドル、水鳥優海だぁよ♪シェケビギナ~ウ?(優海)

 

え、えっと・・・・・???よ、よろしくですっ。(麻衣)

 

藤林慧巳です。同じ女の子同士仲良くしようね♪(慧巳)

 

は、はいっ!よろしくお願いしますっ!(麻衣)

 

 

「入部歓迎会とは言っても外で食事会的な感じのものをやれるほど我が部の予算は多くない。今年は正直、期待が薄いと思われた。しかし、だ」

 

「先日、部室の備品保管庫の中のダンボール箱に偶然入っていた、尚紀の㊙俺様が選ぶエロゲ傑作選なるものの存在が明るみになり、その事実が校長にまで伝わった。結果、発見者である校長自らが中古品取扱店舗へ行き、無事買収された」

 

成程、最近備品保管庫のスペースが大分狭くなってるなと思ったら、また尚紀の奴がこっそり買い占めたバイブルで溢れかえっていたわけだ。ガムテープで頑丈に固定され、ワレモノ注意のシールがご丁寧に貼ってあったので触れずにいたが、そうかあれがパンドラの箱か。

 

「その後、パソコン部の部室スペースの一角を息子が私的占領した件での謝礼金として部に支払われ、部の臨時収入となった。あとはお前らの知る通り、その軍資金で購買と近くのマクバでパーティ用の食料を調達することが出来るに至ったわけだ」

 

尚紀の父親、西条大厳。ここ夢島高校の校長を務めると共に実家の家業である、世界経済を牛耳る超々大手株式会社の《西条産業》の現社長としても務めており、年間にもらえる収入は国会議員すら凌駕する。そんな親父さんの懐から度々10万引き出しては1日足らずで全部使い切るというとてつもないバカ息子っぷり。親父さん的にはその程度の金額痛くも痒くもないが、その金額分を取り戻す保障だけはしっかりと立てている。因みに、ここパソコン部のその見張りの拠点ともいうべき場所で、今回こそ親父さん自らが目撃したが、我等パソコン部員もグッズを見かけたら即売却で全額とはいかずとも回収をお手伝いさせて戴くといった、絶対的な協力関係にあるのだ。

 

「アイツ、賃金の最低基準が10万だからな。これを機に反省するといいが」

 

「無理だろう。まず、一般的な感覚が奴の中にあるとは思えん」

 

龍が溜息をつきながら、はっきりと断言した。まぁ、ですよね。

 

「わぁ~お、龍さん太っ腹だぁねぇ。食べなきゃ損損だよ」

 

「まぁま、皆さん奴のどうでもいい話はおいといてさっそくご馳走にありつくとしましょうよ。さて、どれから開封の儀式を行うべきですかな?」

 

「奴の物で得た軍資金で買ったものを食うのはいい気はしないが、せっかくだし頂いておこう。食料に罪はないからな」

 

「わぁぁぁ、皆さん私なんかの為に・・・・・・ありがとうございますぅ~」

 

外野三人組が次々と漁り始める。普段の言動と今回の行動からあまり同情は寄せたくないが、一応会費の犠牲者となった者に対して一言・・・・・・自業自得だ、尚紀よ。

 

「ふぃ~、食った食った」

 

「ふ・・・・・・他人の不幸で盛られた食事、テラ美味し」

 

「ふへへぇ・・・・・・もう食べらんないよぉ♪」

 

「美味しかったです~」

 

その後、己々が一喜一憂どんちゃん騒ぎを起こしつつグダグダ気味で進行されてきた新入部員歓迎会は閉会となった。結局最後まで犠牲者である幽霊部員こと西条尚紀君は姿を現さず、平和なまま解散に至ったのだった。

 

 

その、翌日の事――

 

「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

「ん~、どうした、尚紀。バナナミン不足による禁断症状か?」

 

「ち、違ぇよ!こ、ここにあった俺様のコレクションがない!!」

 

「へぇ・・・・・・それは神の悪戯か、はたまた悪魔の罠か。う~ん、謎が謎呼ぶ――」

 

「悪魔の罠だぜよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

ほら見ろ、奴の深刻なる叫びが俺との漫才のようなやり取りで、まるで相方にツッコミを入れたような感じで聞こえる。うは、ざまあねぇwww

 

「時に尚紀、真実を知る勇気はあるか?」

 

「真実でも嘘でも何でもいい!俺様のコレクションは一体何処に――」

 

「ヒント1、理事長先生」

 

「――ひょっ!?」

 

最近覚えたての某魔王様の声真似をしながらシリアス風味に言葉を紡いでいく俺。一方、尚紀はヒント1の地点でもう想像がついたようで、既に顔面蒼白になっていた。

 

「ヒント2、世界経済を牛耳る」

 

「ままま、不味い!な、なぁ、嘘なんだろ、嘘だと言ってくれぇ!?」

 

ヒントをさらに答えの核心へ近づけていく。狼狽え出す、尚紀。ちょっと楽しくなってきた。

 

「ヒント3、貴様の親父殿だ」

 

「お、終わったぁぁぁぁ!畜生、こうなったら頭下げに行くしか・・・・・・」

 

頭を抱えて蹲る尚紀。しかし、それも束の間、玉砕覚悟で自分の父親との交渉によってブツを取り返そうとしている奴に、俺は無情にも最後の揺るがない証拠、つまり売却価格が表示されたレシートを突き付けた。

 

「謝罪したところで、返してもらえるとでも思ったか」

 

「あんまりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

最後のキメ台詞が決まった・・・・・・!俺は密かに自己満足していた。尚紀の方はというと、嘆き声を豪快に上げながら廊下に向かって一目散で駆け出していった。さらば、尚紀。また会う日まで・・・・・・会いたくないけど。

 

「うwwwはwww中年ゴリラがさっきすごい大声でわんわん泣きながら廊下を走り去っていった件wwwワロスwwwバロスwww」

 

「あまり虐めるなよ、あれでも一応大切な部員だ」

 

事の状況を面白可笑しく眺めていた鳴島の言葉を聞いて、龍がそのへんにしておけと言わんばかりに止めに入る。あれでも、って言ってる時点でフォローなってないけど、まぁいいや。

 

「何となく答えは見えてるけど・・・・・・その心は?」

 

「パソコン部存続のための最低メンバー維持に必要な人材だ。謂わば廃部防衛ラインだな」

 

てってててててー♪西条尚紀は称号《廃部防衛ライン第一戦線隊長》の称号を獲得した!

 

「まぁ、でも奴もただ単純な構ってちゃんだから適度にいじってあげれば内容がどうであれ嬉しいのでは?」

 

「あの揺るぎないたった一つの真実が、果たして嬉しいかどうかは甚だ疑問だな」

 

でしょうね、あれで喜んでたらもう真性のドMよ。まぁ、それでないにせよ、立ち直りは早いからな。きっと、明日来た時にはいつも通りにけろっとしてることだろう。そして、一ヵ月も立たないうちにまた再犯するだろう。少しは懲りろよ、馬鹿野郎。

 

「しかし、流石は祐都だな。長年戦ってきた因縁の中でそこまで分かってやれるとは関心関心。では、副部長の名誉をやろう」

 

てれてれてれってててっててん♪向坂佑都の階級が部員から副部長にランクアップした!

 

「チート飛び昇級、乙」

 

「おいおい、夢のないことを言うなよ」

 

「ひょっとして龍くんに黄金色のお菓子あげたんかい?向坂屋、お主もワルよのぉ」

 

「いやいや、優海さん、俺ら越後屋じゃないですから(苦笑)」

 

いや、何この全然信用されてない感、余裕で泣けてくるわ。誰も努力の末(?)の結末であることを称えてくれないとはなぁ・・・・・・くそぅ。

 

「まぁまぁ、冗談はさておいて。時に祐都君や、ちょっとした噂に関しては詳しい方かい?」

 

優海さんに先程やり取りを冗談の言い合いとして処理されてしまった。まぁ、それは置いておくとして、噂か・・・・・・そう言えば一時期噂とかそういうのを集めてた時が俺にもあったなぁ。

 

「詳しい方ではないと思うけど」

 

「へぇ、それは情報提供し甲斐があるね。ではでは、噂の超天才美少女について話して進ぜよう」

 

「あ、それ私も知ってるよ、結構有名だよね」

 

語り部モードになった優海さんがその噂について話し始めたところ、近くで様子を見守っていた慧巳さんが話の輪に入ってきた。慧巳さんも噂好きだったりするのかな。

 

「うんうん、慧巳さんも入っておいでぇ。何でもその人、噂のタイトル通り超が付く程の天才でスタイル抜群の超絶美人らしいんだよね」

 

「正直、羨ましいよね。頭もよくてスタイルもよくて美人さんなんて」

 

全くその通りだ。時々いるよね、そういう『天は人に二物を与えず』の対象外の人って。二物どころか何物与えたんだよってくらいの。

 

「でも、実際にその本人を見かけたって人からは、噂とは裏腹にこんな情報が寄せられてきてる」

 

話を進めつつ、優海さんは俺と慧巳さんの近くに、いつの間にか用意したであろう学校の噂掲示板のスレッド画面がコピーされた紙を差し出した。

 

「えっと・・・・・・かなりの空腹状態で廊下に倒れていたところを目撃された、だって?」

 

何故、そういう経緯になったのか分からないが実際にあった事らしい。その時の状況を描いたイラストが掲載されていたが、その綺麗なくらいの倒れ具合を見て、某団長様の最期を思い出した。止まるんじゃねぇぞ・・・・・・。

 

「廊下ですれ違ったときに落とし物をしていたので、それを拾って声をかけたが、特に此方を気にすることなくそのまま部室棟の方へ消えていった。あれ、愚痴みたいになってる?」

 

慧巳さんが疑問に思った通り、これは確実に情報掲示板というより、ただの特定の個人に対する愚痴を言う場所になっている。コイツは、如何なる事情があろうと筋が通らねぇな。

 

「本棟から部室棟に繋がる連絡通路の方で上空を見上げていたので何かと思って複数の人達が同じ方向を見上げたが特に何もなく何も起こることはなかった、か」

 

別に空を見上げようが見上げまいが個人の自由だろうが、それは。何だ、お前たちは有名人は必ず自分たちの期待以上の成果を起こしてくれるとでも思っているのか。

 

「有名人も楽じゃないってね」

 

「それでも、これは流石に言いすぎというか求めすぎというか」

 

「私もそれは調べてて思ったよ。でも、残念な事にこれが世の中の普通の反応なわけでして」

 

やれやれといったジェスチャーを交えて、その時の気持ちを説明していた優海さんが、少し腹が立ってイライラしつつあった俺の目の前に思いっきり顔を近づけてきた。ち、近い・・・・・・。

 

「でも、そうやって見ず知らずの人に対する身勝手な批判を怒れる祐都君は優しいねぇ」

 

「祐都君のいいところだよね」

 

「お、俺は別に。その、特に思うだけで直接正面向かって言うってのは出来ませんよ」

 

それこそ、コイツ等と同等の屑と言われても仕方がないくらいには。何処かの誰かが言ってたが、その場でそう思ったとか不満を漏らしたとかそういうのは誰にでも出来ることで、大切なのは直接その相手に対して反論できるかどうかである、と言う事。該当しない場合、人はそれを偽善と言うのだ。

 

「フ、女性には格別に優しいからな、コイツは。故に、モテない」

 

「あぁ、聞いたことあるお。特定の人物だけじゃなくて、不特定の人物に優しい奴って異性から地雷扱いされるらしいじゃんよ。うは、ざまぁwww」

 

と、背後から龍と鳴島が煽ってくる。う~ん、ダイレクトにそれを言われると傷つくなぁ。しかし、それ自体がもはや天然で発揮されているわけでこの時の俺はまだそれを知らない。

 

「うるせぇ、黙っとけ」

 

「世の中の女性はギャルゲのヒロインじゃないんだぞ、向坂ァ」

 

「異性どころか同性の歓迎ムードも入学早々に吹き飛ばした奴がよく言う」

 

龍や鳴島に乗っかるように修二の奴も煽ってきていた。お前の場合は、何て言うか・・・・・・お前が言うな状態だよな。

 

「そうか~、初対面の私にそこまで気を遣ってくれるのか。優しいなぁ、キミは」

 

「や、だから優しいとかそういうのじゃない・・・・・・って、え?」

 

更に、背後から女性の声が聞こえてきたのでそれに返事をした瞬間、頭の中に疑問が生じた。あれ、今の全く聞き覚えのない声は誰だ?麻衣ちゃんは絶対違う、慧巳さんや優海さんでもない。

 

「やぁ、偶然廊下を通りかかったらキミの話し声が聞こえてきたから、つい聞き入ってしまったよ」

 

「あ、あの、何方様でしょうか?」

 

俺の今座っている席の後方、デスクトップPCを挟んですぐ近く。PC本体の上に肘をつきながら、此方を見つめている女性がそこにいた。綺麗な茶髪のロングストレート、顔つきは物凄く大人っぽくて、でも瞳は少年のようにキラキラとしている。そんな一際目を引く美人が。

 

「私かい?私は、今し方キミ達が話していた話題の張本人だとも」

 

「は、何故?ど、どういう事!?」

 

「見事に驚いているようだな。では、話題の本人がいる経緯をオレが説明しよう」

 

そう言って、龍が取り出したのは一枚の資料。そこに目を通すと、パソコン部と軽音楽部が一時的に交流を図り、協定を結ぼうとしている事が分かった。え、協定、何で?

 

「前に説明した通り、我がパソコン部では只今、『新アプリ』の開発を行っている。今まで通り、お前の製作したPR用のプレゼンテーション資料を公開しつづけるのは依然変わりない」

 

「だが、それだけでは気を惹かれなくなってくる瞬間が近い未来に存在する。だからこそ、更に我々の部のイメージ図を伝える資料を欲していたところなのだ」

 

龍が柄にもなく、熱く語り始める。だかそれは、龍がそれほどこの企画に入れ込んでいるという証でもある。普段からちょっとローテンションというか傍観者的なスタイルでいることが多い奴だが、こういう意外な一面があるからこそ、面白い逸材であるわけだ。

 

「故に、この部のテーマBGMでも作ってみようという話になってな。専門家を頼ってみた」

 

「それが私というわけだ」

 

成程、つい先週あたりから忙しくしていたのはそのせいでもあったのか。それで、えっと、この人の名前は何ていうんだろう、さっきからまるで紹介がない。

 

「おっと、そういえば自己紹介がまだだった。私は比賀乃美月、軽音楽部所属の3年生だ」

 

やっぱり先輩でしたか、道理でいろいろ大人びている人だなと思ってました。しかし、この人中々特徴的な口調で喋る人だな。

 

「水鳥優海だぁよ、よろしくね♪」

 

「ふ、藤林慧巳です。よろしくお願いします」

 

「本田修二、よろしくっす」

 

「鳴島康平ですお、よろしく仕り候」

 

「夢野麻衣です、よろしくです、先輩!」

 

比賀乃先輩の自己紹介に続くようにして、パソコン部の面々が次々と名乗り始める。ここに俺と龍を足して七人。いやぁ、ずいぶん賑やかになってきたな、この部室も。

 

「超絶美人な先輩がいると聞いて!西条尚紀ですっ、よろしくお願いしまぁぁぁす!」

 

大分前に飛び出していった喧しい奴が再び舞い戻ってきた。あぁ、そういえば尚紀数えるの忘れてたよ、正しくは八人な。

 

「ふふ、中々どうして楽しそうなメンバーじゃないか。それで、キミの名前は?」

 

「あ、ええと、向坂祐都っす。よろしくお願いします」

 

「祐都君、か。此方こそよろしく頼むよ」

 

と、何を思ったか、比賀乃先輩は、今まで立っていた場所から此方にやってきて、両手を広げると突然俺に抱き着いてきたのだ。な、なんばしよっと!?

 

「あ、あの、比賀乃先輩。これは一体・・・・・・」

 

「何って、フレンドリー的な意味でのハグだ。海外だとよくある事だろう?」

 

いや、ここは日本ですよ、先輩。あと、何か外野の野郎3人組の視線が突き刺さるように痛いんで、そろそろやめてもらっていいですかね。うん、そう、龍を除く野郎共ね。

 

「祐都君にはさっきのお礼も込めてしたが、勿論、キミ達が良ければやってあげようじゃないか」

 

「じゃ、じゃあ、私から!」

 

「優海君だったかな、それじゃハグ~」

 

「あぁ~、今私有名人にハグされてる、しゃ~わせぇ~」

 

俺をハグから開放すると、今度は珍しく自己主張を激しくした優海さんにハグをしに行った。優海さんの顔が今まで見たことが無い程に幸せにあふれている。良かったっすね、優海さん。

 

「あっ、優海ばっかりズルい!私もお願いしま~す」

 

「わ、私もいいでしょうか・・・・・・?」

 

「いいぞ~、どんどん来~い」

 

そして、流れるように女性陣が一斉にハグを求め始める。それを見て鳴島は何故か満足げに何度も頷き、修二は羨ましそうに見つつも興味ない素振りを貫き、尚紀は目を全力で見開いてその光景を見ていた。

 

「うんうん、やはり百合カプこそ至高。本当に、ありがとうございますた」

 

「・・・・・・」

 

「う、羨ましすぎるぜぇ・・・・・・!」

 

その後、女性陣のハグが終わっても一向に声を上げない野郎共。龍はもう既に交渉に挑んだ時にされているのだろう、若干の黒さが入った余裕の笑みだ。

 

「フ、何をしているチェリーボーイ共。試しに行ってみればよかろう」

 

「痛てぇ!?」

 

野郎3人組を煽った発言をしながら、龍はそのうちの一人、尚紀の背中を後ろから思いっきり押した。尚紀はつんのめりそうになりながらも辛うじて耐え、ほんの数歩先で留まった。

 

「おい、いきなり何すんだ龍――」

 

「勿論、キミも大歓迎だ、ハグ~」

 

その事について、龍に抗議しようとした次の瞬間、数歩踏み出したその行為がハグ希望だと勘違いされ、尚紀は比賀乃先輩の抱擁を一身に受けていた。

 

「?????」

 

「キミの噂も度々聞いてるよ、同じ有名人同士、骨が折れる生き方をしているな」

 

この唐突な現状をまだ理解できていない尚紀に比賀乃先輩が優しく語り掛ける。間違いない、これは確実に聖母だ。今なら後光がさして見えるもの。そして、やがて現状を理解し終えた尚紀がとった行動は思いっきり泣きつくことだった。

 

「お、御姉様ーーーーーーーーッ!!」

 

「あはは、御姉様とは随分大仰な呼び方をしてくれるなぁ。いいぞ~、キミも頑張ったろうしなぁ」

 

ちょっと日頃の気持ち悪い部分が見え始めた尚紀ではあったが、それさえも比賀乃先輩は優しく受け止めたのだ。リアル『我が神はここにありて』だ。一方、世界一不遇な男さえも受け入れられている様を見た残りの二人組はと言うと。

 

「・・・・・・何でアイツまで受け入れられてんだァ、畜生め」

 

「不遇の立場の少年が救済される、王道の展開だお」

 

修二は割と悔しがっているが、鳴島はそんな素振りはない。多分、突っ込んだら負けだと思ってるんだろうけど。

 

 

それから、小一時間程経って、結局その二人はハグすることなく、今は今後の協定内で進められる予定の確認をしていた。まぁ、二人ともそういうの柄じゃないことは分かってたけど、何も遠慮することはなかったんじゃないかなと。現に、あの時の比賀乃先輩に押し当てられた柔らかい双丘の感触を俺はまだ覚えているのだから。スーパーギャラクシー、でっけぇおっぱい!!

 

「――以上が詳細だ。もっと詳しいことについては後日改めて発表しよう」

 

「一応、助っ人に選んだ人についても追って本人に伝えるぞ、では解散!」

 

龍と比賀乃先輩がタッグを組んで行われた合同ミーティングは終了、解散の運びとなった。

 

「あぁ、そういえば伝え忘れていたことが一つあった」

 

「私は日頃、軽音楽部の部室にいるが、もし用事があって訪ねた際には私が作業に取り組んでいるかどうかの確認だけしておいてくれないか」

 

「何でですか?」

 

比賀乃先輩とお近づきになれて幸せいっぱいの優海さんが質問をする。表情はいつも通りだが、周りに漂う空気が何だがいつもよりぽあぽあしている。

 

「好きなものに集中しているといろんなことを忘れてしまうんだ、私はバカだからなぁ」

 

比賀乃先輩の一言で一瞬にして空気が変わった。あの超天才と謳われた先輩が自分はバカだから、と発言したからだろう。確かに比賀乃先輩は成績もよくて頭の回転も速い、常人離れした才能の持ち主ではある。だが、古来としてそういう天才風な方々は我々の常識より一線を凌駕している事が多く、その史実に触れた人々を驚かせてきたのもまた事実である。果たして、そんな数奇な運命によって巡り合った彼女との交流がこれからのパソコン部に何を生み、何を育てていくのか。そして、ここからこの物語はさらに大きく動き出すこととなる。読者諸君には是非とも、これからの新生パソコン部の実態をより楽しんでもらえればと切に願う。と、いうわけで次回、お楽しみに。

 

 

 

                                                                   Shift5 To be continued...

 

 

 

 

 

 

Next Shift..

 

 

「ムッ、次回予告の時間か。キャンプの準備で忙しいから手短にやるぞ」

 

 

「パソコンのある日常、次回は第六話『仲直り幼馴染』だ」

 

 

「幼馴染は、いいぞ」

 

 

 




はい、というわけで美月先輩の初登場回だったわけですが、モデルになったキャラクターがいましてね。さて、ここで問題です。

Q.美月先輩のモデルとして起用したキャラクターは誰でしょう?

分かった人は素晴らしい、同じギャルゲ道を行く同志かもしれませんね。正解発表は次回更新回の前書きで言うとしましょうか。

次回更新は9月28日(月)15:00頃を予定しています。ではでは、この辺にて失礼いたします。


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Shift6「仲直り幼馴染」

何やかんや言うけれど、やはり人は最後に王道へ還る



2025/6/20 PM10:00

夢島高校部室棟2F 軽音楽部部室

Side:川知 智佳

 

「はぁ・・・・・・」

 

これで何回目かもわからない溜息をついた。最近はずっとこんな感じだ。携帯の電話帳に登録されてある唯一の男子の名前。それをクリックすれば電話番号とメールアドレスが表示される。ここをもう一度クリックすると電話がかけられる。アイツが出てくれるかもしれない。でも、中々押せない。そして、また溜息。この繰り返し。

 

「別にアイツに会いたいわけじゃないのに・・・・・・」

 

「およ?どったの、ちーが退屈そうにしてるなんて珍しいね」

 

自己紹介がまだだったかな、私の名前は川知智佳。市立夢島高校に通う2年生だ。軽音楽部に所属していて、副部長とボーカル兼ギターを勤めている。そして、先程私に話しかけてきた人物は紗々由鈴羽。同級生であり同じ軽音楽部所属。ちなみに彼女はドラム担当。

 

「別に、何でもないわよ」

 

「はは~ん、さては悩み事だな?おもに向坂絡みの」

 

「ち、違っ・・・・・・!別にっ、アイツのことで悩んでるわけじゃないんだから!」

 

図星を指され、思わずムキになって否定する。頭の中でそれを聞いたアイツが一瞬だけ悲しそうな顔をして、それからすぐに『まぁ、嫌われていて当然か』と言っているような平然とした顔に戻った。分からない。アイツが何故そんなにも自分に嫌われているものだと錯覚しているのかが。

 

「じゃあ、何で悩んでるのさ?」

 

「つ、次のライブで使う課題曲についてよ、課題曲について」

 

「へぇ~、まぁそういえばそろそろ次のライブ近いからなぁ。いつだっけ?」

 

「ちょうど一ヵ月後の予定。そろそろ大詰めってところね」

 

これ以上鈴に勘ぐられるのもあまり気分のいいものではないので適当な理由をつけて誤魔化す。鈴もそんな私の気持ちを汲み取ってくれたのか、『ふーん、そっか』と軽く相槌を打つと追求を諦めてくれた。

 

「まぁ、そのせいってかいつも通り、先輩はデスク前から動かないわけだけど」

 

「・・・・・・」

 

「あ、あの~、先輩?そろそろセッションやりませんか?」

 

「・・・・・・」

 

窓際の机でデスクワーク中の軽音楽部唯一の3年生こと比賀乃美月先輩。先程から、懸命に頭に浮かんだイメージを捻り出し、オリジナル楽曲の譜面を仕上げようとしているようだ。そんな先輩は部長兼ベース担当。

 

「・・・・・・ん~っ、ようやく一段落ついた~。んあ?何だ君たちか、どうかしたかい?」

 

少し間が空いて、ようやく比賀乃先輩が顔を上げる。普段ののほほんとした口調で私達の存在に今更気付いたということを証言している。これに至ってはもう仕方がない。何故なら、この人は一つの物事にどっぷり集中して周囲の変化に気づかないという事例が多々あるのだ。本当、今度から天才のイメージを書き換えなきゃいけないな。

 

「いや、どうかしたとかそういうんじゃないんですけど」

 

「あはは、すまないね。御覧の通り、先程の会話は全く聞けてないんだ」

 

「そうだと思いましたよー、セッションしませんかって言ったんですー」

 

「ああ、セッションか。分かった、すぐに取り掛かるとしよう」

 

比賀乃先輩が重い腰を上げ、準備を始めた。頭がいい、背も高い、スタイルもいい。私は頭はいいが、背は低いしスタイルもあまり良くない。だから、何でもかんでも優秀クラスの先輩が凄く羨ましい。アイツもああいう女の人が好きなのかな・・・・・・。

 

「あ、そう言えば伝え忘れてたけど、今日の昼から助っ人を頼んだ子が来るんだ。よろしく頼むよ」

 

私の思考にちょっとした雑念が入りかけたところで、比賀乃先輩がベースを片手に唐突すぎるお知らせを口にした。えっ、今このタイミングでいう事?

 

「今日からって・・・・・・急すぎませんか。まぁ、先輩の事ですから今更驚きませんけど」

 

「流石は智佳、話が早いなぁ。他の部から助っ人として来てくれるみたいなんだけどね」

 

「でも、あと一ヵ月しかないのに大丈夫なんですか、それ」

 

「大丈夫だとも、何と助っ人の彼は経験者だそうだ」

 

ん、待って。今、この先輩は彼、と言った。ということはその助っ人は確実に男子生徒というわけで。少し嫌な予感を抱きつつ、私は先輩に向かって問いかけた。

 

「因みに、その人の名前は?」

 

「ふふん、聞いて驚け。君等とも縁が深いことで有名な、パソコン部所属の向坂祐都君だ」

 

「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」

 

昼前。私と鈴の驚愕の叫びが土曜日の部室棟内に響き渡ったのだった。

 

 

2025/6/20 PM10:00

夢島高校本棟2F コンピュータ室

Side:向坂 祐都

 

 

「――というわけで、件の軽音楽部との提携について次回開催されるライブの助っ人の貸出の件についてだが、適当にお前を推薦しておいた」

 

「何故そうなった」

 

「前にギターくらいなら弾けると言っていたな。だからこそ、推薦したまでだ」

 

一方、此方の方は此方の方で唐突な救援活動要請を受けていた。運動部でもないのに珍しく土曜日に呼び出しがかかったかと思えばこれだ。幾ら何でも急すぎるだろう。

 

「確かに出来るとは言ったが、本番まで時間がないってのは流石に無茶だろ」

 

「これは軽音楽部の比賀乃先輩からの直々のご指名だ、断れるはずもあるまい。それと・・・・・・」

 

「何だよ」

 

「あの比賀乃先輩からの、だぞ。お前的にも悪い話ではないはずだ」

 

「そりゃあ・・・・・・まぁ、そうだが」

 

初めて美月先輩と会ったあの時、何よりも目を引かれたのが、母性の象徴ともいうべき大きなアレである。うん、隠しきれてないからもう素直に言おう、ズバリ胸・・・・・・バストである。それに、軽音楽部にかける情熱を語る時の美月先輩の瞳は、無邪気な子供のように輝いていた。見た目は凄く大人っぽくて綺麗な人なのに、その時の瞳は本当に純粋な思いで満ちていた。心の底から好きな物を語る人がする目だった。所謂、ギャップ萌えって奴だ。

 

『好きなものに集中しているといろんなことを忘れてしまうんだ、私はバカだからなぁ』

 

好きなものに対する集中力が高すぎるが故の障害。流石に、美月先輩みたく食事までも忘れて何かに没頭したなんてことはないけど。それでも、彼女のあの姿勢は俺が初めて推しの柏木結衣菜にあった時のような衝撃を与えた。そう、俺はあの時、人生で初めて心の底から尊敬できる先輩に出会ったのだ。

 

「余程心の許せる同志と出会えたようだな、球筋に出てるぞ」

 

「いや、今野球どころか球技すらやってねーだろ」

 

「フ、比賀乃先輩のスーパーギャラクシー?」

 

「でっけぇおっぱい!!・・・・・・ハッ!?」

 

つい龍の言葉に釣られてとんでもないことを口にしてしまった。しかし、軽音楽部か。美月先輩はいいとして問題は川知の奴だな・・・・・・。遭遇することが増えてきた最近ではあるが、うまくタイミングが掴めず、あの時の謝罪を未だに成しえていない状況だ。果たして、今回のこの機会を上手く拾うことができるだろうか。

 

「フ、やはり彼女との一件があるから少々躊躇いもあるようだな、任せても大丈夫か」

 

「悪いな、心配かけて。だけど、こればっかりはどうやら避けて通れない道らしいからよ。そういう運命に位置付けられてんならやるしかねぇだろ」

 

「比賀乃先輩に見とれて機嫌を損ねんようにな」

 

「・・・・・・善処しよう」

 

何かよくわからんが、川知といる時に他の女性陣の誰か(鈴以外)と出くわすと急に機嫌が悪くなるのだ。もしかして、俺のことが多少気になっている?いやいや、まさかそんな。俺がやってるみたいなギャルゲの世界じゃあるまいし、視覚的にも分かる単純な恋愛模様が現実にあるはずがないだろう。それにギャルゲの主人公もただそこにいるだけでモテているわけでもなく、ちゃんと特定のヒロイン√に突入するまでの努力とか姿勢が評価されてそこに至ってるわけで、何もしなければ『誰とも付き合わずに終わったEND』が見れたりするのだ。現実は非常である。

 

「もし気が乗らないなら、尚紀を派遣しよう。奴は比賀乃先輩に一番ご執心だったはずだ」

 

「やめてくれ、余計に川知からクレームが来る」

 

「そうだな。最悪、話がなかったことにされるかもしれん、やめておこう」

 

自分の存在を受け止めてくれる年上の女性がいなかった彼に、美月先輩は少し刺激が強すぎたかもしれない。一目惚れしたようで、初対面の時に『御姉様』と呼んでいた。勿論、美月先輩はそんな彼の事も迷わず受け入れてくれた。とはいえ、その他女性陣からはまだ受け入れられてはいない訳で、絶対トラブル起こして追い出されてトボトボ帰ってくる姿が余裕で想像できる。ハイリスクノーリターン、ダメ絶対。

 

「・・・・・・」

 

「おい、せめてノックぐらいしてから入って来い」

 

「う、五月蠅いわね。いいじゃない、別に」

 

龍さんとの会話が一通り終わって出入り口付近に視線を送ると、いつの間にか川知の奴が顔を真っ赤にしながらそこに立っていた。あぁ、誰が行くかのじゃんけんで負けたんだな、ご愁傷様。

 

「フ、さっそく迎えが来たようだな。川知さん、ウチの書記参謀をよろしく頼む」

 

「同じ学年なんだし、智佳、でいいわよ」

 

「そうか。では、智佳さん、改めてよろしく」

 

やっぱり俺以外には普通なんだなぁ、コイツ。まぁ、俺は特別嫌われてるから仕方ないといえば仕方ないのだが。けれど、それを置いといたにしてもなんだかなぁ、ですよね。因みに、俺がこの名前で呼ぶ流れに悪乗りするとこうなる。

 

「そっかー。なぁ、智佳」

 

「・・・・・・ッ!?ア、アンタには言ってないわよ!」

 

「ちぇー」

 

そんなムキになって突っぱねなくたっていいじゃない。仮にも俺等同学年ってだけでなく幼馴染なんだからさ、もう少し親睦深めてくれてもいいよね・・・・・・いえ、今はあんまり仲良くありませんでしたね、つい調子乗ってしまってすまない。

 

「とっ、兎に角、私が迎えに来てあげたんだから、感謝しなさい!」

 

「おう、態々ありがとな。さっさと行こうぜ」

 

「ど、どういたしまして・・・・・・」

 

急にしおらしくなる。どうした、いつもの情緒不安定にでもなったか。しかし・・・・・・素直になると案外可愛く見えてくるじゃねぇか、どうしてくれんだクソ野郎。

 

「しかし、珍しいな。お前が俺を迎えに来るとは」

 

「何よ、私じゃ不満なわけ?」

 

「誰もそこまで言ってねぇだろ。鈴か美月先輩が来ると思ってたから、少し驚いただけだ」

 

「やっぱり、背が高くてスタイルいいほうがいいんだ・・・・・・いいわよ、どうせ私なんて」

 

ええい、面倒くさい。勝手に解釈して勝手に凹んでるんじゃありません、確かにお前は背が低いがいいじゃないか。むしろ、俺的には低い女性は好みだが。いや、うん、ここで個人的見解述べても仕方ないわけですけど。

 

「他人と比較すると余計空しくなるぞ、やめておけ」

 

「それはそうだけど・・・・・・でも」

 

「俺は少なくとも、十分可愛いほうだと思うがな、お前は」

 

「か、可愛・・・・・・っ!?」

 

と、言うか俺の周りにいる女子は基本可愛かったり美しい方々ばかりだと思ってるわけだが。そんでもって逆にTVとかで持て囃されてる美人とか美少女とかにはそこまでビビッと来なかったりする。最悪、美人でなくてブスの間違いだろ、なんて思うくらいには。あ~ぁ、これじゃあ万が一彼女を作りたくなったとしてもレベルの度合いが違いすぎて手が出せんではないか。俺がもう少し・・・・・・いや、遺伝子改造レベルでイケメンで才能にあふれる人材だったなら。或いは、きっと。

 

「つか、お前ほどの奴がそう感じてるんだったら、俺はどうすりゃあいいんだ」

 

「し、知らないわよ、そんなこと言われても」

 

「ふーん・・・・・・ていうか、川知って正直モテるだろ?」

 

「別に、興味ないもの」

 

「マジか、勿体ねぇなぁ」

 

あれ、何かよくわからんがコイツとそれなりに長々と会話できてるな。この間の最長記録越えたかもしれん、銀トロフィーとか貰えそう。

 

「今日は機嫌いいんだな」

 

「いつも通りだし」

 

「そか、世話かけるな」

 

「別に、これくらいならいいわよ」

 

先程から、川知との淡々とした会話が続く。うーん、なんかこうもうちょっと長引きそうな話題ないかな。俺が得意なジャンルからちょっと試し打ちしてみよう。案外、どっかで引っかかってくれるはずだ。

 

 

→・スカイクラッドオンラインについて

・最近のアニメについて

 

 

「なぁ、川知は《スカイクラッド・オンライン》やったことあるか?」

 

「最近、鈴に誘われて始めた。アンタもやってるの?」

 

「あぁ、良かったら今度パーティ組んでみないか」

 

「まぁ・・・・・・気が向いたら」

 

やり始めて間もないから、男子共と違ってちょっと反応が薄かった。この話題はダメそうだな、じゃあ次は・・・・・・

 

 

・スカイクラッドオンラインについて

→・最近のアニメについて

 

 

「最近やってるアニメで一押しの作品とかあるか?あったら教えてくれよ」

 

「煌々の陸上自衛隊。あと、カクシゴトも外せないわね」

 

「へぇ、そんなのもあるんだな。後で見てみよう。因みに俺のお薦めは覇王学院の不適合者な」

 

「それってなろう系じゃ・・・・・・まぁ、いいわ。時間があったら一通り目を通しておくわね」

 

あ、意外といい反応。やっぱり隠し持ったオタクの素質がある限り、この手の話題には反応せざるを得ないようだな。もうちょっと深堀してみよう、そう思って再び話を振ろうとしたが、先に川知の方から珍しく口を開いた。

 

「・・・・・・ねぇ、アンタは私がオタクだったって知って、正直気持ち悪いとか思った?」

 

「馬鹿言え、手前でオタクに染まった奴が同類を貶せるものか」

 

「そ、そう・・・・・・ふーん」

 

「そういうのは妄信的になりすぎて狂気に走った奴とアンチ共の芝居みたいなものさ。まぁ、俺は正直言って結構嬉しかったんだぜ。共通して話せる話題があるって最高だろ?」

 

「偶に臆面もなく気障な事言うわよね、アンタ」

 

「あれ、今のいい話風に言ったつもりなんだが!?」

 

「アンタって時々つまんない程リアリストで時々中二病よね」

 

マイナスな事を言っていた川知を励まそうとした結果がこれである。しかも、妙にダイレクトで胸を抉ってくるパターンの奴。仕方ないじゃない、そういう生き物だもの。

 

「でも別に、その、嫌いじゃないって言うか・・・・・・」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「なっ、何も言ってないわよ、馬鹿ッ!」

 

「理不尽!?」

 

ついには殴られてしまった。優海さんの《ぎゃるぱんち》と違って、こっちはマジ力だからかなり痛い。ったく・・・・・・相変わらず加減ってもんが分かってない奴だなぁ。本当なら注意すべきなのだろうが、ノックアウトされて床に軽く叩きつけられた俺を見て「あ、やっちゃった、どうしよう」とでも言いたげな表情が曇っている彼女を誰が追い込めようものか。それとも俺がただ単に女性に甘すぎるだけなのか。

 

「あ・・・・・・ごめん」

 

「気にするな、頑丈さには自信がある。一発如きを耐えられんようでは男が廃るしな」

 

まぁ、強がりなんですけどね。周りの男子連中と比べれば、力も耐久力の差も歴然である。そうだな、ここは保険としてとある大佐のお言葉をお借りしつつ、敢えて言おう。

 

「ヘルメットがなければ即死だった」

 

「ヘルメット・・・・・・?」

 

あ、駄目だ、通じてない。そっかー、女性にガンバムネタは通用しないか~。いや、中には通じる人もいるってのは分かってるよ。イケメン男性パイロット多いもんね、分かります。

 

 

そんなこんなで最終的にちょっとお互い気まずい雰囲気で軽音楽部の部室前へと到着した俺と川知。中に入ろうと引き戸に手をかけると、川知が背後から俺の服の裾を引っ張ってきたので後ろを振り返る。すると。

 

「そう言えばアンタ、楽器とかできる方だっけ?」

 

「ギターとボーカルなら自身がある、任せろ」

 

右手の親指を上にぐっと立てていい感じにサムズアップする俺。フ、決まった・・・・・・!

 

「うっ・・・・・・私のポジションと丸被りじゃない」

 

「冷たいことを言うな、我が同志よ」

 

「あ、アイツの喋り方の真似しないで!あの時の事思い出して鳥肌立つから」

 

あ、やっぱり川知もちょっと後悔してたんだな、あの時の事。だが安心しろ、奴は部室棟には絶対に近寄ってこない。故にまたあのように引っ掻き回されることはない・・・・・・と思う。

 

「何だ、廊下の方が騒がしいなと思ったら、ちーと向坂じゃん」

 

「おぉ、祐都君か。君の登場を今か今かと待ってたぞ」

 

その時、部室の引き戸がすっと開いて、入り口前で屯する形になっていた俺と川知の視界に、そこからひょっこり顔を出した鈴が映った。姿は見えずとも中から聞こえてきた声は美月先輩のものだろう。

 

「向坂の腕前確かめたいから早く入りなよ、ちーだけで独占したい気持ちもわかるけど」

 

「なっ・・・・・・そ、そんなわけないじゃない!?」

 

「はいはい、じゃあ記念すべき助っ人第一号君を我らが部室にご案内だー」

 

流石は鈴。俺と違ってずっと川知と一緒だったから、扱い方と流し方を完全に理解しているんだな。しかし川知よ、お前はもうちょっと落ち着いたほうがいいんじゃないか、弄られとるぞ。

 

「やぁ、祐都君。遠路遥々ご苦労だったね」

 

「美月先輩、お疲れ様っす」

 

中に入ると、俺が部室前に来るまでやっていたであろうベースの調整を終わらせて、手持ち無沙汰になっていた美月先輩が爽やかな笑顔で俺を出迎えた。これは、天使だ。

 

「確かギターとボーカルが出来るんだったかな。さっそく実践、の前に私とハグをしようか」

 

「喜んで!」

 

「むっ・・・・・・」

 

美月先輩からの素敵なご提案に勢いよく飛びついたまでは良かったが、そうは問屋が卸さなかった。例の通り、川知が背後から殺気を放って、俺を鬼ような形相で睨んでいた。

 

「い、いや、遠慮しときます・・・・・・」

 

「そうか、そう言えば智佳がいるって事を失念していたよ。また今度だ」

 

背後からの殺気を感じ取った俺は、龍さんのアドバイスを思い出し身を引いた。先輩も川知に気を遣ってくれたようだ。やっぱり、いい先輩だ。

 

「んじゃ、向坂はそこのギター使って軽く演奏してみてよ」

 

「ん、分かった」

 

「あっ、因みにそれぇ、ちーが使ってたやつなんだけどぉ~」

 

「ちょ、ちょっと鈴!?」

 

鈴がニタニタしながら此方に視線を向けてくるが、それがどうした。ここには大きい機材と楽器以外は自分で持ち込みしないとないから、川知の使わせてもらうしかないだろ。

 

「というわけで、お前の借りてもいいか?駄目なら、寮から自前の取ってくるけど」

 

「べ、別に使ってもいいわよ。そんな面倒な事させるぐらいなら」

 

「そっか、サンキュな」

 

「次からは、自前で持ってきなさいよね」

 

自分のものを使わせるのがちょっと気恥しいらしく、川知が俺から目を逸らしながらそう言った。そうか、そういう事意外と気にするタイプなんだな。俺?俺は別に構わんよ。

 

「じゃあ、適当に弾くから当ててみろ」

 

そう言って俺は、演奏に入るため、ギターを弾くことに全神経を集中する。川知達も知ってるような曲を選ばなきゃな・・・・・・そうだな、最初はアレにしよう。

 

「♪~」

 

「「あ、アジカンのリライト(だ)・・・・・・!」」

 

前奏弾き始めて間もなく、川知と鈴の二人が同時に反応を示す。ふむ・・・・・・あの二人は俺と同類だから引き込みやすいが、問題は美月先輩か。じゃあ、あのCMソングを。

 

「♪~」

 

「おっ、ワタリドリかぁ。祐都君はセンスがいいなぁ」

 

どうやらお眼鏡に叶うが曲が披露できたようで何よりだ。では、次はバンドと言えばの括りで行こう。

 

「♪~」

 

「去年のライブでやったGod knowsだ!私も混ぜてー!」

 

バンドをしてる者の血が騒いだのか、鈴がドラムセットの前に座り、俺に合わせるように演奏を始める。ドラムの音が加わったことにより、ちょっと豪華になった演奏に聞き入っている美月先輩と何の躊躇いもなくセッションし始めた鈴をちょっと羨ましそうな目で見つめる川知の姿があった。

 

「「♪~」」

 

「Crow Song・・・・・・アイツにしてはやるじゃない」

 

「ドラムとのセッションも初めてなのに上手くいってるなぁ。これは、私も混ざる流れかな」

 

更に美月先輩がベースを持って加わり、より豪華になった演奏に聞き入る川知。その姿が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいではないだろう。そういや、ギター兼ヴォーカルでやってるって話だったな。よし、ならば。

 

「「「♪~」」」

 

「瞬間センチメンタル・・・・・・」

 

鈴と美月先輩には楽譜渡してないはずなんだが。ここまで出来るか、恐ろしい人達だ。それはさておいて、意図的に川知にヴォーカル加入を促すべく、さっきから前奏の所を態と繰り返しているわけだが、如何なものか。

 

「っ・・・・・・もう!分かったわよ、歌えばいいんでしょ!?」

 

俺達三人の露骨な待機を見て、若干ヤケクソ気味に叫んだ川知はマイクスタンドの前に立ち、歌う準備を始める。それを見た俺達は一瞬だけ顔を見合わせて、ニヤリと笑い合い、Aメロに入った。

 

「「「「♪~」」」」

 

ヴォーカルが加わったことにより、完全なバンドグループがここに完成した。俺のギターが響き、鈴のドラムが走り、美月先輩のベースが唸り、川知の歌声が共鳴する。それにしても、初めて川知の歌声を聞いたけど・・・・・・なんか凄く綺麗だ。

 

「は~、演奏終わったー、気持ちいい~!」

 

「祐都君の実践を見るだけのつもりが、ついつい誘われてしまったなぁ」

 

「ヴォーカルに専念したの、ほんと久しぶり。けど、悪くなかったわ」

 

「はは・・・・・・活動初日から限界突破しちまった。手が動かねぇ」

 

結局例の曲の後も何曲か追加でセッションしてしまい、そこに居合わせたメンバー全員がへとへとになるまで夢中で演奏し続けたのである。寝転がったフローリングの床の冷たさと部室に設置されていた空調設備から出る冷風が妙に心地よかった。

 

「ふと、思ったんだが智佳も祐都君もヴォーカルとギター出来るなら二人で交互にって方針でどうかな?」

 

「うおー、ってことは向坂の歌声も聞けんのかー、ヤバいね」

 

「なら、猶更私は負けられないわね・・・・・・勝負よ、祐都」

 

「・・・・・・」

 

美月先輩の鶴の一声でライブに向けての活動方針が決まり、その場にいる全員のテンションが上がる。だが、その時俺は見て聞いてしまった。今までの俺を見ていた侮蔑の表情とは打って変わって、自分の知る限りでの強力なライバルに出会えたと物語るやる気に燃えた川知の瞳と、その川知が小学校の時のように俺を名前で呼んだ事を。

 

「おー、さっきから黙りこんでどうした、向坂ー」

 

「ちょっと、返事位しなさいよ」

 

これは、もしかしてこの時が来たのかもしれない。俺はそう思って、顔を上げてそれほど離れていない川知の顔を見つめた。ハイになってるからだろうか、この時の川知はいつものような反応はせず、不思議そうに俺を見つめ返していた。

 

「この空気に水差すようで悪いけど、川知。俺、お前にずっと言いたかったことがあるんだ」

 

「な、何よ、藪から棒に」

 

ゲームとかだったらここで見上げれば青空か夕暮れ空があったんだろうが、此処は室内、風情も減ったくれもない。だけど、妙に格好つかないところが俺らしい気もしてそのまま言葉を続ける。一方、鈴と美月先輩は空気を察して少し離れたところに、移動した。俺と川知をその場に残して。

 

「小学校6年の頃、行事に参加しなかった俺に声をかけてくれたお前にらしくない当たり方しちまってたよな・・・・・・あの時の事、ずっと謝りたかったんだ。ごめんな」

 

「アンタ・・・・・・まさか、それずっと気にしてたの?私なんてそんな時の事もうすっかり忘れたっていうのに。でも、そっか・・・・・・うん、ありがとう」

 

俺の言葉を聞いた川知は『そんな些細なことはもうとっくに時効だ』と笑い飛ばしつつも、優しそうな笑みを携えて俺を見る。あぁ、俺が空回りしたがばっかりにずっと見ていなかったアイツの・・・・・・川知の本来の笑みがやっと見れた。ったく、こっちにお釣りが来てどうするよ。

 

「はは、漸く肩の荷が下りた。ほんと、馬鹿馬鹿しいな」

 

「ホントよ。すごく馬鹿馬鹿しいけど、私たちらしいかもね」

 

そして、二人で向かい合って笑った。今思えば、実にしょうもない仲違いだった。しかも、原因が一番川知に遠慮していた自分の思い込みで引き起こしたものだと知ったからには猶更だ。きっと、この状況をかの有名なフロイト先生が何処かで見ていたなら、大爆笑していたに違いない。落ちるべき落ちもない、小説で書くとしたら三流以下のストーリー。だが、それは今まで書いてきたものよりも遥かに自分らしいものだと正直に思えた。

 

「あ、そうだ。さっきのお前への返答だが・・・・・負けて後悔すんなよ、智佳」

 

「あんでアンタなんかに負ける前提なのよ、そっちこそ覚悟しときなさい、祐都」

 

お互いの拳をコツン、とぶつける。再会した幼馴染があるジャンルで才能が拮抗するレベルで同じでお互いに切磋琢磨しあいながら腕を競い合う。いいじゃん、青春展開ktkr!

 

「向坂、ちー、やったじゃん」

 

「競い合う相手、か。羨ましい限りだなぁ」

 

そんな二人の様子を見ながら、思い思いの発言をする鈴と美月。こうして、長期的に張り合い続けてきた二人が漸く和解し、元の関係性へと至ることができた。だが、彼らの運命はまだまだ動き始めたばかりである。果たして、ライブは無事成功へと結びつけるのか。そして、パソコン部と軽音楽部の間に結ばれた協定で一体何を目指すのか。また、この時は単なる幼馴染同士の再会と言うことで祐都と昔みたいに喋りたいというそれだけの願いの為に、ぶっきら棒かつ攻撃的な一面で多方面の女子からの接触を警戒していた彼女だが、そんな彼女の幼馴染に向ける親愛が、この道の先に恋慕へと変わっていくことになるのだが、それはまた先のお話である。

 

                                                                  Shift6 To be continued...

 

 

 

Next Shift...

 

【第一問】

問 あと少しで夏休みに入りますが、休み中自身の為にやっておきたいことを自由に述べなさい。

 

 

西条尚紀の答え

『まとめ買いしたエロゲー千本ノックを達成し、ギネスに記録として残す』

 

 

教師のコメント

『あい、夏休み中、第四演習室に缶詰めな』

 

 

 

次回予告

 

 

夏休みと計画とライブアライブ・前編

 

 

 

『ここ、テストに出ます』

 




お陰様でSAOの方も(というか方が)大変好評(?)みたいで。



勿論、こっちに目を通してくれてもいいんですよ?


これからも更新頑張ります!

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各小説の現在の更新予定日

パソコンのある日常:6日毎1話更新

ソードアート・オンライン:出来上がり次第、即更新


となっております!活動報告内で裏話もしてるんで、良ければそっちも見てね。



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Shift7「夏休みと計画とライブアライブ・前編」

ラブコメ主人公は、降りかかる理不尽こそが唯一のデメリット


――季節は夏。って、これはこの間もやったか。衣替えも完了し、ついに待ちに待った一年越しの夏服。あの暑苦しい長袖から解放されれば最早こちらのもんである。これでも夏生まれの正真正銘夏の男だ、これしきの暑さに負けてなるものか。やる気に満ちた足どりで俺は学校前の坂を駆け上がっていく。ちょうど校門の前まで辿り着くと、校門の前で一人の女生徒が校門に寄りかかり、何かを待っているようだった。

 

「やっと来た。朝練、行くわよ」

 

「おう、朝から出迎え悪いな、智佳」

 

校門前を通り過ぎようとすると、その女生徒からお声がかかる。そう、俺の小学校からの幼馴染の川知智佳である。別にこんな暑い中律義に待ってなくても、部室棟の場所と軽音楽部の部室なら分かるからいいと前に言ったのだが、全く言うことを聞く気配がない。

 

「律義に俺を待ってなくてもいいんだぞ、暑いだろ」

 

「別に私が好きで待ってるんだし、いいでしょ」

 

「そうか、じゃあもう何も言わねぇわ。ほい、途中で買ったジュースやるよ」

 

「ん、ありがと」

 

俺が差し出したジュースを変に遠慮するでもなく、智佳は素直にそれを受け取り、キャップを開けて飲み始める。先週末頃に漸くコイツとの案件にケリがついたのだ。そうさ、これでいい。元々、智佳の奴との間に遠慮なんてなかったのだから。

 

「頼まれてもいない物を買ってきてる辺り、アンタも人のこと言えないわね」

 

「厳しいな、お前は」

 

「ん・・・・・・」

 

小学校の頃とは違って、明らかに男女の違いが明確に出たとはいえ、人とはそう簡単に変わらぬものである。でも、変わったことがあるとするなら、同じ話題で盛り上がれるようになったこと、であろうか。

 

「そう言えば、アンタは去年の夏休みって何してたの」

 

「普通に家で小説書いたり、ゲームしたりしてた」

 

「うわ、寂し・・・・・・」

 

「うるせぇ。一応、いつもの奴らとつるんで花火見に行ったりもしてたよ」

 

「ふーん、そっか」

 

休み中ずっと一人でなんかしてたわけではないと弁明したが、智佳はその話に耳を傾けずに興味なさそうな顔で携帯に目を通し始めた。

 

「・・・・・・ねぇ、鈴が夏休みにプール行こうと思ってるみたいなんだけど、アンタも行く?」

 

暫らくの間をおいて、智佳が唐突にそんなことを言い出す。プールか、いいね!

 

「いいねぇ、いい目の保養になりそうだ」

 

「変態」

 

「いやいや、何でだよ!?」

 

夏場に男女で集まってプール、何てリア充的なイベントなんでしょ。プールなんてそうそう行く機会ないからな、女性の水着姿の研究が捗りそうだ。設定資料集には欠かせない。故に見逃せない。

 

「ま、詳細は直接鈴に聞いて」

 

「おう、分かった」

 

「い、一応、その・・・・・・私も頑張るから」

 

ボソッと智佳が何か呟いた気がした。しかし、ここで特に深堀して聞くことではないなと思い、俺はそのまま智佳と並んで部室を目指した。

 

「うぃーす、お疲れでーす」

 

「お疲れ様でーす」

 

「おっ、ちーと向坂じゃん。へへぇ、今日も仲睦まじく一緒に来たんですな、やるじゃん」

 

部室に入ると、早速俺と智佳が一緒に入ってきたことに関して、鈴が弄りに来る。もう何度も繰り返しているだろうこのやり取りだが、懐かしさを感じるので悪くはない。昔から鈴はこんな感じだしな。

 

「ちーもすっかり丸くなったねぇ、そんなに向坂と仲直りできたのが嬉しかったんだ」

 

「うっ・・・・・・で、でも、鈴だって嬉しそうじゃない」

 

「んん、そりゃあね。また向坂と色々できるんだし、悪くはないでしょ」

 

この一週間で大分分かったことがある。まずは、智佳。何か、やたらと突っ込みが激しめだったり口数が少ないことが多いのは、智佳自身が感情を素直に表せないが為の行動なのだという事。何だっけ、こういうの天邪鬼っていうんだっけ。だが、少なくとも俺は気にしてはいない。

 

「そ、そりゃあ、祐都とまた昔みたいに喋れるようになったし、共通の話題も増えたって言うか」

 

「うんうん、前からちーは色々と話したがってたもんね。分かる、分かるよぉ」

 

「で、提案なんだけど、これを機に更に一歩前進してみればどうかと思ったんだけど、どう?」

 

次に鈴。コイツはコイツで反応が面白いからということで、智佳を弄り倒すことが楽しみで仕方なくなったのだという。一見すれば、意地の悪い事だが、それでも智佳にとっては有り難い事らしい。流石は智佳と最も通じ合ってる女だ、信頼関係の深さが半端ない。

 

「何よ、一歩前進って」

 

「またまた、分ってるくせに。ちょっと耳貸してみ~?」

 

そして、鈴が智佳の奴に何やら耳打ちを始めた。最初の方こそ、ふんふんと相槌を打ちながら聞いていた智佳の顔が次の瞬間、ボンッと音が鳴るくらい真っ赤に染め上がった。

 

「ち、違うわよ、そんなのじゃない!!」

 

「わー、ちーが怒った~、向坂助けて~」

 

一体何を話したのだろうか。智佳が鈴に怒鳴り声をあげ、鈴は棒読みで助けを求めて、俺の背後に隠れる。何じゃい、この状況は。

 

「鈴、お前またやりすぎたんじゃないのか?」

 

「へ、へへぇ~、仕方ないじゃん、今のちーは弄ると面白いんだから」

 

「うぐぅ~っ・・・・・・祐都、退きなさい!ソイツ、殴れない!」

 

物騒なこと言うな、コイツ。いつものじゃれ合いと言えど、そろそろ止めなければ朝練しに来た意味がなくなる。俺は、隠れようとする鈴に腰をがっちり掴まれながら、ムキになっている智佳を宥めた。大丈夫だろうか、本当に。いや、大丈夫だと信じたい。

 

「やぁやぁ、いつも通り元気そうで何よりだ。皆、おはよう」

 

騒がしくしていると、美月先輩が部室のドアを開けて入ってきた。ナイスタイミング、先輩。

 

「おはようございます、先輩。すみませんね、朝からコイツ等が騒がしくて」

 

「何よ、保護者面して。祐都の癖に生意気言ってくれるじゃない」

 

「そーだ、そーだ!」

 

悪いか、実際ただただお前らが騒いでただけだろ、俺ただ巻き込まれただけだし。

 

「じゃあ、そんな時には喧嘩両成敗だ。・・・・・・えいっ!」

 

「痛っ!?」

 

「ふぎゃっ!?」

 

美月先輩が徐に取り出した楽譜の書かれたノートを丸めて、二人の頭を軽く殴る。危ない危ない、もしもギャルゲとかなら俺の頭部にも飛んできてたはずだ。理不尽はラブコメの王道的展開だからな・・・・・・誰がラブコメじゃい。

 

「幼馴染だからって、あんまり祐都君を困らせたら駄目だぞ。朝練、始めるよ」

 

「「は~い・・・・・・」」

 

助太刀してくれた美月先輩のお陰で、俺達は無事朝練に打ち込む事が出来たのだった。

 

 

「あぁ、そうだ、鈴。ちょっといいか?」

 

「おー、向坂が私をご指名とか珍しいじゃん、どったのー?」

 

朝練が終わり、本棟に向かう途中で鈴に、今日の朝に智佳から聞いたことを話してみることにした。まだ教室につくまでは時間あるからな。

 

「朝来た時に智佳から聞いたんだが、夏休みにプール行く予定あるんだって?」

 

「おー、その話か。成程成程、みなまで言わずとも分かるよ。向坂も行きたいんだろ~?」

 

聞いた途端すぐに好意的な反応が返ってきた。流石は鈴、話が早いな。

 

「あぁ。仲間内で行くプールとか結構楽しそうだしな」

 

「いいよー。ただし、これに参加してもらうけどね」

 

そう言って、鈴は一冊の冊子をカバンから取り出して、俺に手渡した。冊子にしてはヤケに分厚い。そう思った俺が受け取った冊子を裏返し、表紙を見る、と。

 

「なッ、こ、これはまさか今年の夏コミ案内の冊子だと・・・・・・!?」

 

「そそ。実は私、中学の頃から毎年そこで同人作家として出店してるんだ~。だから、一緒にプール行きたいなら、それ手伝ってくれないと」

 

オタクのオタクによるオタクの祭典。毎年、東京ビックサイトを会場に夏と冬に3日間の日程で一回づつやる大型同人販売イベント、通称「コミックマーケット」。オタクになった身ならば、一度はこの即売会に行くことに憧れ、誰しもが目指す、遥か遠き理想郷である。

 

「お、俺まだ一度も行ったことないんだが、いいのか、同行して!?」

 

「へぇ~、向坂は一回も行ったことないんだ。私はてっきり、自前の小説でも売ってるのかと思ってたけど」

 

「今は進捗悪いから、それはちょっと、な。けど、行けるってなら行ってみたい!」

 

同人誌販売ショップすらない、過疎るに過疎りまくったこの土地に住み続けること16年。漸く、俺にも好きな同人誌を掛けて争われるという、彼の戦場の地へと赴けるチャンスがやってきた。これを逃す手はない、例えその死地において死する運命にあろうとも!

 

「いやぁ~、ちーをこの道に引きずり込んでから毎年手伝って貰ってるけど、そろそろ忙しくなってきたから男手が欲しかったんだよね。いや~、今年は楽できるぞー!」

 

「任せ給え。この私が来たからには通常の三倍で動いて見せよう」

 

「おぉ~、大佐の物真似だぁ、似てる似てる~」

 

ほほぅ、どうやら鈴はガンバムシリーズを知ってるみたいだな。間違いない、コイツぁマジもんの玄人オタクだぜ。と、興奮冷めやらぬ中、俺の頭の中をチラッといつものパソコン部の面子が過る。そうだ、鈴さえよければあいつらも誘ってみようかな。

 

「なぁ、鈴。もし良かったら、パソコン部の連中も連れてってやりたいんだが、いいか?」

 

「いいぜ~、人手は多いに越したことはないって言うしなー!」

 

「恩に着るぜ、鈴!よーし、じゃあ早速連絡を・・・・・・」

 

鈴から許可をとった俺はパソコン部のグループチャット板にその旨を書いて、投稿した。すると、あっという間に既読が付き、全員から返信があった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「すまん、鈴。パソコン部が全員参加になった」

 

「おおう、何という大所帯。しかし、無問題。ね、先輩!」

 

「ん、あぁ。移動手段については任せ給え」

 

パソコン部フルメンバー8人と軽音楽部フルメンバー3人の合わせて11人。多いなぁ、まるで休みの日に大人数でそこら辺を我が物顔で歩く、リア充集団のようだ。というか、美月先輩も行くんですね。良かったな、尚紀。

 

 

それから、本棟の螺旋階段付近で美月先輩と別れ、俺と智佳は2-Aへ、鈴は2-Bへとそれぞれのクラスの教室へ向かった。最初こそ、俺と智佳が並んで教室に入る姿を物珍しく見ていたクラスメイト達は流石にもう一週間も経って慣れたのか、最早誰も気に留めなくなっていた。

 

そして、授業とかHRとか何やかんやあって放課後。俺が軽音楽部の部室に向かおうとすると、玄関前で葵さんに呼び止められたのであった。

 

「珍しいっすね、葵さん。どうしました?」

 

「実は、紀郷君から聞いたんだけど、夏休みにプールに行くんだって?」

 

紀郷め、何処から情報を入手した。要らん配慮を回しおってからに・・・・・・だが、グッジョブだ。

 

「はーっ、はっはっはっ!そこまで言われると照れるなぁ、同志よ!」

 

「うおっ、お前、今、どっから湧いた!?」

 

「何、些細な事だ気にするな。因みに、この情報は今朝掴んだ」

 

「この野郎・・・・・・どっかで聞き耳立ててたろ」

 

噂をすれば何とやら。何処からともなく、俺と葵さんの中に割って入るかのような位置に突如として紀郷が現れた。葵さんも横でびっくりしているご様子。そして、開示された情報元は今朝の俺らしい。まさか付いてくる気じゃないよな。

 

「案ずるな、同志よ。今回は同志のお膳立てだけで同行はしないつもりだ」

 

「毎度毎度、勝手に人の心の中を読むな」

 

「むぅ、そこは感謝してほしいところだな、My同志・向坂よ」

 

うん、正直感謝はしている。だが、だがな・・・・・・いや、待て。取り敢えず一回落ち着いて、紀郷ではなく葵さんに向き合わねば。俺が今話そうとしていた相手は葵さんだ、勘違いするなよ。

 

「えぇ、まぁコイツの言う通りですが。でも、条件としてコミケ参加の手伝いがありますからね。お薦めはしませんよ」

 

「へぇ、コミケってあのニュースとかで最近やってるやつ?いいなぁ、ちょっと楽しそう」

 

何ですと。これはもしかしたら千載一遇のチャンス・・・・・・いやいやいや、待て待て待て。憧れの高嶺の花までオタクに染まってしまったらどうする。

 

「ほ、本当にいいんですか、結構人混み凄いところみたいですよ?」

 

「あははっ、別にそれくらいは気にならないよ。それに普段祐都君が見てる景色が分かるかもだし」

 

・・・・・・これを(オタク)殺し文句と言わずに何という。ええとね、出会って早々の間もない頃にそんなこと言われでもしたら、普段から自分の趣味について語りたいと思っているオタクにしてみれば、それは救いの言葉以外の何でもないのです。それが例え、社交辞令的なモノだったとしても、だ。

 

「フ・・・・・・(良かったな、同志よ。この世に天使は存在するようだぞ)」

 

「・・・・・・(あぁ、これには俺も一瞬浄化されかかった。凄まじいな、心の広さ)」

 

意識を保つために、後ろにいる紀郷とアイコンタクトをとってみる。この間僅かコンマ数秒の出来事である。しかし、ここまで肯定的にされては、多少下心も湧いてくるものである。最早コミケ云々はこの際どうでもいい事だ。それよりも何よりも、水着姿の葵さんがプールではしゃぐ様を見てみたい。

 

「じゃ、じゃあ、葵さんが良ければ、その・・・・・・一緒に行きませんか?」

 

「本当に!?やったぁ、今年の水着は気合入れて選ばなくちゃ!それじゃあ、またね!」

 

此方に向かって手を振る葵さんを見送りながら、俺も葵さんに手を振る。葵さんと出会ってまだ数ヵ月ばかりの時しか経ってはいないが・・・・・・帰り際に見せたその笑顔は過去のどのシーンを切り取ってみたとしても最高に可愛く、彼女への気持ちを増幅させるきっかけになるには十分すぎた。

 

「へへっ、そんなもんかよ。もっと来いよ」

 

「と、魂は言ってるが、肉体は死んでいたな、同志よ」

 

いつかのツイポで見かけた、そんな小ネタを呟いた後、俺は浮かれ気分で元々目指していた場所へ向かった。我ながら、実に単純である。

 

 

「来たわね、行くわよ」

 

「おう、お勤めご苦労さん」

 

さて、部室棟前で智佳と鉢合わせし、更に一人増えたことを鈴に報告せねばと思っていたその時、その場所で一人サッカーボールを手にした背の高い男子生徒の姿を目撃した。あれは・・・・・・。

 

「おーい、そこにいるの、もしかしてナツさんかー?」

 

「あれ、祐ちゃんだ。珍しいね、こんな時間にこんなところで会うなんて」

 

俺がもしかしてと声をかけてみると、やはりそうだった。コイツは藤堂夏希。智佳と同じく、昔からの幼馴染である。夢島高校サッカー部所属のエースストライカー、長身細身で俺の知り合いの中では群を抜く程、超イケメンの男子生徒だ。

 

「おいおい、この年になって未だにちゃん付で呼ぶのいい加減に止めろよ~」

 

「仕方ないだろ~、オレにとって、祐ちゃんは昔からずっと裕ちゃんだし」

 

思えば、オタクじゃないのに未だ付き合いあるのってナツさんだけなんだよな。リア充サイドではあるけど、基本こっちのオタ話もそれなりに聞いてくれるいい人だ。あれだ、人としての根っこの方がお互い似てるんだよ、きっと、多分。

 

「ちょっと、男同士で気持ち悪いわよ、ナツ」

 

「あははっ、ごめんごめん。智佳ちゃんも一緒だったんだね」

 

俺とナツさんの絡みを間近で見て、若干引き気味の智佳がナツさんに対して突っ込みを入れる。そう、この二人も俺の幼馴染つながりで昔から交流はある仲だ。同じ空間に居合わせれば、大体はこうなるはずである。

 

「事情が事情だけに、ね。ところで、こんなとこで何してたのよ。ここは練習場所じゃないでしょ?」

 

「ん、練習中にボールの空気抜けちゃったから、ちょっとね。サボりとかじゃないよ」

 

普通、部活のエースにそんな新人みたいなことさせねーだろと思ったが、よくよく考えてみれば、それを口実にナツさんが一息つきたかった説もある。流石、ナツさん、やることが違うね。

 

「そりゃあそうでしょ。エースのアンタが抜けたら絶望モノよ、ウチのサッカー部」

 

「えぇ~、そんなことないよ~」

 

「絶望したッ、エースのいない我が部に絶望したァァァッ!!」

 

「そんで、アンタは何してんのよ」

 

一瞬クスリ、としてはくれたが、直ぐに冷静な突っ込みが返ってきた。うんうん、やはり智佳も『さらば絶望教授』を知っていたようだ。面白いよね、あの漫画。

 

「智佳ちゃんは分かるんだね、オレには全然分んなかったや」

 

「そうね。ナツと喋れるのは『プロモン』とかその位だったわよね」

 

「あぁ~、懐かしいね『プロモン』。今度新しいのやるんだっけ?」

 

「そうそう、『プロモンアドベンチャー#』ね。駄作リメイクにならないといいけど」

 

『プログラムモンスター』略して『プロモン』。そのシリーズの初代アニメ作品でもあり金字塔でもある『プロモンアドベンチャー』は今尚語り継がれる伝説のアニメである。OP、挿入歌、ED・・・・・・どれを聞いても気持ちがブチ上がる。最終回はマジで泣けた。

 

「あ、そうそう。実は夏休みにプールに行く予定あるんだけど、ナツは行けそう?」

 

「うーん、行きたいのは山々だけど、夏休みのサッカー部は交流練習試合が多いから、ちょっと無理そうかな~」

 

智佳がナツさんを誘おうとするが、部活の事情があるようで断られてしまった。まぁ、ナツさんくらいの実力にもなれば交流試合は自身の腕試しをするには絶好のチャンスの場でもあるわけだし、こればっかりはもう既に致し方なし、ってところか。

 

「そう、それは残念ね」

 

「折角ナツさんと行ける機会だと思ったんだけどな」

 

「ごめんね~、今度また機会あったら一緒に行こう」

 

そう言って、ナツさんはグラウンドの方へ駆け出して行った。俺と智佳はそれを見送ると、再び軽音楽部の部室目指して歩みを進め始めたのだった。

 

 

2025/7/5 17:30

夢島高校校舎本棟2F コンピュータ室

Side:篠崎 龍

 

 

「フム・・・・・・アップデートは無事完了のようか。今まで主体でないことを主体でやると中々体が慣れてくれないものだな」

 

コンピュータ室の部長席に座りながら、凝り固まった身体を解すように捻る。途端に身体中からパキパキと音が聞こえ始めた。

 

「やれやれ、備品でマッサージチェアでも欲しいものだ」

 

「そんな龍ちゃんにはこれをあげよう。プレジデントチェアー」

 

俺の口から零れた贅沢な要望を偶然近くで聞いていた、同じBクラス所属の水鳥優海さんが近寄って話しかけてきた。なお、彼女が手を広げた先にはプレジデントチェアなんて高級品はなく、この部の備品である安物のパイプイスがあった。

 

「そんなものがここにあるわけなかろう、優さん」

 

「あは、試しに言ってみたまでだぁよ。良かったら私がマッサージして進ぜよう」

 

「クラス一のマッサージ師の腕、体感させて貰おうか」

 

「おおっ、乗り気だね。任せて、なんせ私の腕はあの高級サーバーマッサージ機以上なのだよ」

 

俺の返答を聞いた優さんが腕まくりをして、肩の方から施術し始める。成程成程、これは素晴らしい腕前だ。本格的に我が家で雇いたいくらいだな、正規雇用は無理だが。

 

「いつも部長のお勤めご苦労様、龍ちゃん。どうやら大分お疲れの様みたいだよ」

 

「何、これくらい熟さねば、あの兄の足元にも及ばなくなってしまう。まだまだ妥協はできないな」

 

「好きなものにまっすぐなのは、祐都君とそっくりだね」

 

優さんの口から、今し方は軽音楽部との交流の要として勤しんでいるであろう人物の名前が出た。確かに、今の俺はきっと奴の態度に触発されてることも多々あるのだろう。そう、時折あの輝きがひたすらに眩しく見えたりするのだから。

 

「何かね、助っ人に行ってからすぐにちーちゃんと仲直りできたみたいだよ、祐都君」

 

「そうか、どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだな。無事に馴染んだようで何よりだ」

 

成程、1週間前辺りからよく一緒にいるのを目撃すると思ってはいたが、そこまで漕ぎ付けていたか。本人は無自覚なんだろうが、あれで天然の女たらしだからな。女性人員のいなかった我が部に2人の女生徒を連れ込んだのだから、それくらいは熟してもらわんとな。

 

「話変わるけど、祐都君がいないけど、尚紀君もが静かだね。てっきり、監視の目が外れたから真っ先に慧巳ちゃんに飛んでいくと思ったら」

 

「あぁ、奴か。奴ならばこの前遭遇した比賀乃先輩とやらに心を奪われてしまったようでな」

 

「御姉様・・・・・・」

 

優さんの言う通り、奴はここ最近はコンピュータ室に来てからというもの、ずっと窓辺の近くの席に座って、窓の外の景色を眺めたまま一切そこを動くことがないのである。

 

「初恋の力は偉大だねぇ」

 

「そうか、今までの奴の恋は、恋とは言えないくらいの酷い自己解釈によるものだったからな」

 

「俺様にツンしてる、だっけ?」

 

今思いだすと、何という迷言だろうか。いや、しかしだ。それさえも、もしかしたら奴にとっては今を作り上げる為の布石となったのなら・・・・・・うむ、やっぱり止めておこう。この超ポジティブ解釈をしようものなら、今まで被害を被って来た慧巳さんに申し訳が立たなくなる。

 

「あぁ、そうだな。ある意味、パワーワードかもしれん。流行るぞ」

 

「それが出来た経緯を知ってる私らからすれば、流行ったら流行ったで溜まったもんじゃないけどね」

 

一瞬だけあらゆるメディアでそのワードが取り上げられる様を想像してしまったであろう優さんは、今までの朗らかな笑顔から微妙な表情に変わる。まぁ、気持ちはわかるぞ。

 

「龍ちゃんには浮いた話はないのかい?」

 

「生憎だが、俺はまだまだ一人で自由にやっていきたいからな。そういうのは後々でいいだろう」

 

まぁ、この俺の最近の趣味であるロードバイクについてこれる女性がいたのなら、もしかしたらあるかもしれないが。

 

「これは私の推測でしかないけど、龍さんも祐都君に負けず劣らずの朴念仁だと思うよ」

 

「何だと・・・・・・?それは大きな誤解だ、仮にそうだとしても祐都よりはマシなはずだ」

 

「ふふふ、朴念仁であることにマシもマシじゃないもないのだぁよ、龍ちゃん」

 

我がクラスで、一番そういう事情に聡いと噂の優さんがそう言うということはそうだということなのだろうか。若しくはクラス内で俺に対してそういう場を抱いている者がいるという事か。まぁ、どちらにしろ分からぬまま掘り当てる俺ではないがな。

 

「さっきから何の話してるの、龍君、優海?」

 

「んー、他愛もない世間話だよ、サトちゃん」

 

「そうだな、他愛もない世間話だ。慧巳さん」

 

途中で慧巳さんも参戦してきたが、俺も優さんも他愛のない世間話の一点張りで、事細かにしゃべることはなしなかった。勿論、事情がよくわかってない慧巳さんは頭の上に大量のはてなマークを浮かべていたのだが。

 

「なんかさ、漏れとコイツだけリア充ウェーブに乗り遅れてるような気がしてならん」

 

「だよな、まさか龍まで知らぬ間にハーレムを築き上げてるとは夢にも思わなかったぜ」

 

と、外野二人からのヤジも飛んできた。やれやれ、違うと言っているというのにこの二人は何故理解しようとしない。いつまでもそんな偏見で曇ったレンズでこちらを見ていては、一生此方の舞台には立てんぞ。

 

「というか、何で漏れなくコイツにも来てんだよ!甲斐性なしの厨二ゴリラがよぉ!?」

 

「うるせぇ、大馬鹿野郎。お前らには御姉様の広い心が理解できるはずがないだろ」

 

そして、何か言われたと感づいた尚紀も彼方側の世界から帰ってきて、修二に突っ込みを入れた。おかしいな、今奴は自分自身が貶されているのにも関わらず、比賀乃先輩について語り始めている。尚紀よ、現状では只の知り合い程度のお前が、一体あの人の何だというのだ。

 

「まぁ、そんな僻みジョークは置いておくとして、今日の活動は何をすればよいのだぜ?」

 

「あッ、テメェ!自分だけジョークで済まして逃げんじゃねぇ!?」

 

「そうだな。今日のパソコン部の活動は、一先ず、アップデート後のアプリに不備がないかの動作テストだ。と言うわけで、今から校舎の外に出る」

 

「おいぃ、無視すんなやァァァァァ!」

 

何だ、先程から五月蠅いぞ、修二。御託を並べるよりも早く準備をしろ、撮影班班長。

 

「やれやれ、こんな暑い中で外に出なきゃいけねぇとかダルい罠。まぁ、行くんですけどね」

 

「でもでも、さっきよりは大分快適になってると思いますよ?」

 

「いやぁ~、やっぱりミニファンはいいねぇ。これで十勝100%のあんぱんもあればねぇ」

 

「あ、私今持ってるよ。半分こして食べよう、優海?」

 

「サトちゃん、ナイス!いいよぉ、半分こしよう」

 

「今ここに、御姉様がいないのが寂しいぜぇ・・・・・・」

 

俺が先立って移動を始めると、パソコン部の面々がそれに倣ってぞろぞろとコンピュータ室を後にする。そして、部屋の中には突っ込みを無視されて、目の前を面々に素通りされた修二だけが取り残された。

 

「・・・・・・」

 

「畜生ォォ!最近、俺と尚紀の野郎との扱いが逆転してきてねぇかァァァ!?」

 

修二の空しい叫びが、無人のコンピュータ室に響き渡った。何を言うか、お前も元々こういう立ち位置だっただろうが。マジで早くしないと置くて行くぞ。

 

 

 

「畜生、このヤロォォォォォォォォォッ!!・・・・・・パソコンのある日常」

 

 

 

「何だ、さっきのアイキャッチ的な何かは」

 

「さぁな。恐らく、これを書いてる作者が突発的に小ネタ挟みたくなったんだろ。悪い癖だぜ、乙」

 

「いかんねぇ、直ぐパロディに走る癖はいかんねぇ。銅魂じゃないんだから」

 

その後、俺達は予定通り外へやってきて撮影の準備を始める。結局、修二の奴はシケて来なかったので、コンピュータ室の留守番兼モニター係を任命してきた。アプリが拾った映像を連携した際に見れないようでは以っての外だからな。

 

「どうだ、通信係。モニターにはきちんと反映されているか」

 

『映ってる、問題ねぇよ』

 

「そうか、では引き続き動作確認を頼む」

 

電話の向こうで修二に確認を取る。どうやら、修二は未だにシケているらしく、声にぶすっとした雰囲気がありありと滲み出ている。全く、相変わらずだな。

 

「さて、次はすぐ近くにある公園へ・・・・・・ん、あのお方は?」

 

パソコン部総員(軽音楽部出張中の祐都と居残りの修二除く)を引き連れ、俺が次の撮影スポットに向かおうと校門の外に出ると、自動販売機が複数並んでいるエリアから、此方の存在に気付いて真っすぐ向かってくる人がいた。あれは確か、祐都が一目惚れしたという、2-Aの瀬野さん、か。

 

「あ、龍君達。丁度良かった、実はみんなに相談したことがあって」

 

「我々に相談事、とは珍しいな。今は活動中故、急ぎで頼むぞ」

 

「大丈夫だよ、そこまで時間は取らせないから。えっと実はね――」

 

相談事と言うことでその場にいる全員を集めて、瀬野さんの話を聞く。確かに話はすぐに終わった、しかしまぁ何と言うか・・・・・・此方にとっては利益しかない取引だった。

 

「ほぅ・・・・・・これはまた、面白い方向に動きそうだな」

 

「へぇ、楽しくなりそうだぁね。あたしゃ、乗ったよ」

 

「ちっ、またアイツか。幾ら何でもこればかりは・・・・・・ブツブツ」

 

そして、それを聞いた一部部員の反応は様々だった。優さんは俺と同じくその提案を肯定し、鳴島はいつもの如くブツブツと愚痴を漏らしていた。これは、お前が戻ってきた時の反応が楽しみだ。なぁ、祐都?

 

俺は不敵な笑みを校舎に向け、この場に居ぬ者が戻ってきた時の波乱と言うべきか、一時の争乱みたいなものが巻き起こる様を見れる時を楽しみに待っていた。

 

 

後編へ続く

 

 

                                                                   Shift7 To be continued...

 

 

 

Next Shift...

 

 

『失ったものを取り戻す為、私と智佳の大冒険が始まった!!』

 

 

『次回、パソコンのある日常第8話「夏休みと計画とライブアライブ・後編」!来なさいよ、三下ァ!』

 

 

『何も失ってないし、大冒険とかは始まらんぞ』

 

 




一番最後の「後編へ続く」は某国民的アニメのナレーションでお楽しみ下さい。

一応、これと同時で「キャラクター紹介・弐」も公開しますよ!


次回更新は10/10(土) 15:00です!お楽しみに!

いやぁ、10月になって放送するアニメも一新しましたね。個人的お薦めは、「魔法科高校の劣等生」「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」「ゴールデンカムイ」「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦」です。

……アニメ視聴の忙しさにかまけて更新サボらないよう頑張ります。


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パソコンのある日常-キャラクター紹介・弐-

キャラクター紹介・その2のお時間でございます。

アンケート機能……中盤の√分岐の際に使いたい、けど機能として成立するかどうか。

一応、ここまでの話でヒロイン人気候補投票とかやってみたいのですがどうですかね。

次話投稿の時に考えておこうかな……よろしくお願いします。


成績優秀でスポーツ万能な天才少女で瀬野一家の長女

「妹の面倒に関してはいつも助けられてばっかりだから、たまには私もと思って」

瀬野 葵(セノ アオイ)

身長152cm。本作のメインヒロインその2。祐都と修二のクラスメイトでクラス一の高嶺の花な市立夢島高校2年の女子生徒。希望進路である大学に入るためひたすら努力をすることを惜しまない努力家で成績に関してもスポーツの才能に関しても全て元から得意だったわけではなく、常人以上の努力によって築づきあげた成果そのものである。下に弟と妹がいる瀬野家の長女で、祐都と同じ境遇を持つ。その為、弟妹関係の話題でたまたま盛り上がった時から、フレンドリーに話しかけてくる仲になった。アニメやゲームには最初こそ興味がなかったが、祐都の影響で少しずつ興味を示しつつある。祐都の書いた自作小説に関しては並々ならぬ興味を持っていて、読み終わった際に感想を述べるほど祐都の小説の腕の上がり具合を期待しているようだ。性格は真面目で頑張り屋。そんな彼女だが時に「面倒くさい」や「だるい」などと不真面目な部分を見せることもある。

 

 

コンピュータ部のThe・妹ポジション代表

「この部活で・・・・・・私自身を表現できたら嬉しいな、って思いました」

夢野 麻衣(ユメノ マイ)

身長156cm。コンピュータ部の中で唯一平凡な過去を持った一番まともな市立夢島高校1年の女子生徒。彼女は非オタクであり、アニメやゲームに興味がないが、コンピュータにかける情熱は人並み以上で部長である龍の部活動紹介のPR内容を痛く気に入り、入部を希望してきた。あまり人と直接話すのは苦手だが、だからこそチャットという形式で簡単に会話が出来るパソコンを重宝しており、常に自分専用のタブレットPCを持ち歩いている。そんな彼女の部室内での役割は「近代PCテクノロジー」を利用してみての感想等を書き込み、活動ブログを更新する事。撮影班・補助も同時に担っている。

 

 

包容力のある軽音楽部のド天然な部長

「好き、と言うわけではないが何故か気づいたらここの部活に入っていたんだ。不思議だろう?」

比賀乃 美月(ヒガノ ミツキ)

身長162cm。智佳達が所属する軽音楽部の現部長で、音楽に対しては物凄い頭脳の持ち主な市立夢島高校3年の女子生徒。それにしては部活に入った理由はあまりにも不明確かつ適当で、本人曰く自分は難しく考えすぎるバカ故に自分とは真逆の夢とか魅力とか勘で動かされることに憧れを抱いていたから、らしい。軽音楽部一頭も良ければ、軽音楽部一スタイル抜群。智佳にとってはコンプレックスの対象にもなっている、その全てが完璧な人間性について本人は全く無関心という変わった一面を持っている。尚紀からは尊敬の念を込めて「御姉様」と呼ばれている。

 

 

向坂祐都の盟友にして男の幼馴染

「一体どうやって作り得たか?決まっている、極秘ルート以外ないだろう」

紀郷 雄輔(キゴウ ユウスケ)

身長177cm。主人公である向坂祐都の盟友である市立夢島高校2年の男子生徒。鳴島と1位2位を争う程のハッカーでもあり、同時に自作VRモデルを作成する神業を持つプログラマー。どこの部活にも所属していない所謂帰宅部で神出鬼没。《機動戦士ガンバム》のファンで鳴島、龍と話が合う。密かに《ラボライブ!》のファンでもある。気が合う人物を同志と呼び、いきなり馴れ馴れしく話しかけてくる等、神経がかなり図太いことが分かる描写が幾つもある。何をやらかしたかは不明だが何故か生徒会のブラックリスト(要するに指名手配)にその名前が載っている。

 

 

サッカー部の期待の星、祐都の友達の中でピカ一のイケメン

「俺に出来そうなことなら手伝わせてよ、面白そうだし」

藤堂 夏希(トウドウ ナツキ)

身長180cm。市立夢島高校2年の男子生徒。祐都の小学校からの友人で長身で細身のイケメン。リア充属性。オタクではないが、サブカル系の話題にも乗っかってくれる心優しき青年。サッカー部に所属しており、大会の度にベンチ入りしている、本校期待のエースストライカー。部内外のファンが多いことで有名だが、本人はそこは割と謙虚である。また、一向に彼女が出来る気配がない為、祐都からは度々、要らぬ心配をされている。ホモではない。

 

 




以上、3話以降から登場したキャラクター総勢5名の紹介でした。


あ、それで美月先輩初登場回で出題したクイズの正解発表と行きましょう。

正解は……「この大空に、翼をひろげて」の望月天音先輩でした!
分かった人、いましたかね?現在、PC・PS3・switchで原作ゲームがプレイできるので、気になった方はプレイ推奨。天音先輩√はいいぞ。


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Shift8「夏休みと計画とライブアライブ・後編」

生理系の話を取り扱う際は、知識不足に気を付けろ


「そー言えばさー、向坂ー」

 

「何だよ、鈴」

 

「もう少しで学園祭じゃーん?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「向坂は誰かと回る予定立ててたりする~?」

 

放課後の事。珍しく、鈴の方から話掛けてきたと思ったら、そんな事か。まぁ、別に隠すつもりはないからいいけど。

 

「いや、基本ソロかパソ部の連中と回る」

 

「えー、向坂の周りにゃ見目麗しい乙女が沢山いるじゃないか。その中の誰かと回ればいいじゃん」

 

「え、だってそうなると仮とはいえ俺とデートってことになるんだぞ、普通に嫌だろ」

 

「聞いてみなきゃわかんないじゃん、そんなの。少なくとも私はOKだぜ?」

 

うん、まぁ、鈴は昔からの付き合いだし抵抗ないかもだけど、他の人らはきっとそうは思わないはずだ。何でって・・・・・・ほら、俺ってイケメンでもリア充の部類でもないし。

 

「それにさ、折角仲直りできたんだし、一緒に回ってあげたら喜ぶんじゃない?ちーがさ」

 

「そうかぁ?」

 

「気付いてないとは言わせないよぉ。傍から見れば分かるじゃん、向坂と話してる時のちーがいつもより少しだけテンション高いの」

 

テンションが高い・・・・・・何処が?何時なん時話しかけても、少しツーンとはしつつも普通に話している感じなんだが。鈴はアレのどこがテンション高めと言うのだろうか。あぁ、因みに当の本人は所用で席を外していて、今は丁度不在となっている。

 

「あるじゃん、ほら、セッション終わった時とか」

 

「あれは・・・・・・何つーか、ヴォーカルハイになってるだけでは」

 

「いいや、私は違うと睨んでるね。まぁ、でも、ちーもちーで其処らへんの理解が追いつてない癖があるから、現状では何とも言えないね」

 

じゃあ、違うじゃねーか。でも、ヴォーカルハイになってる時の智佳はいつもより素直になっている分、少し可愛くは、見える。うん、男と言う性別の不適合者である俺でも女性に一ミリも興味がないわけじゃないしな、現実での描写を通して思うくらいなら、自分の中の妄想禁止条例にも引っ掛からないはずだ。

 

「ただいまー」

 

「おっ、ちーじゃん。おかえり」

 

「よっ、おかえり」

 

その時、タイミング良く智佳が帰ってきた為、鈴との話の件はここでお開きとなった。鈴にしては珍しく、本人が登場したから直接本人に聞いてみる、みたいな事を今回はしなかった。

 

「ねぇ、祐都。さっき、鈴と話してたみたいだけど、何の話してたの?」

 

「別に。ただ、もうすぐで学校祭だなって世間話を少しな」

 

「そーそー、ウチらのライブも学校祭でやるわけじゃん。だからその話で盛り上がってたんだよ」

 

「ふーん、そう」

 

帰ってきて早々、自分の席に着くなり、智佳がそんな質問をしてきた為、俺と鈴は話を合わせて学園祭の話とだけ伝えた。すると、途端に興味をなくしたようで、此方に向けた視線を楽譜に戻した。

 

「そう言えば、先輩は?」

 

「おっ、そう言えば今日はまだ見かけてなかったな。鈴、知ってるか?」

 

話に夢中で気づけなかったが、今日はまだ美月先輩が部室に一回も姿を現していなかった。智佳の問いを受けて気になった俺は、一番乗りで部室にいた鈴に聞いてみた。

 

「あー、今日はパソコン部の方に言ってると思うよ。定期交流が何とか言ってた」

 

成程、というと今頃は龍さんと何か話し合いでもしているのだろうか。恐らく、尚紀は美月先輩の突然の来訪に狂喜乱舞しているところだろう。初対面の時から懐きようが半端なかったからなぁ。

 

「それって大丈夫なの、あのキモい奴がいた気がするんだけど」

 

「それに関しては大丈夫だ。本人が言うに、今日の俺は紳士的、らしいからな」

 

「あー、テイクスのバルバトスね。それなら心配いらないかなぁ」

 

「・・・・・・ちょっと、よく分からないわ」

 

智佳の当然ともいえる疑問に、俺がそれと無く奴の口調を真似ながら答えると、やはりと言うべきか、鈴がすぐに理解した反応を示した。オタクと言う名の迷宮のまだ入り口付近にいる智佳にはちょっと難しかったようだ。

 

「何なら、俺がちょっと様子見てくるか?」

 

「いいわよ、別に。先輩ならアイツ相手でも大丈夫だろうし」

 

「そうだね、世にも珍しいくらいの心の広さがあるから。シベリア平原のようにね」

 

待て、鈴。その表現では美月先輩の心の温かさと豊かな双丘が例えれてないと思うんだが。

 

「あれ、向坂はもしかしてガルパン知らない?」

 

「いや、知ってるけど。話すなら、龍の方が適任だと思う」

 

「へぇ~、篠崎は詳しいんだ。いい事聞いたなぁ」

 

結局、その場はメインの話よりも鈴のオタトークの方が炸裂しただけなのであった。そして智佳はオタクとしてはまだまだだな、もう少し頑張りましょう。・・・・・・うん、何様のつもりだよ。

 

 

2025/7/10 8:10

夢島高校校舎本棟2F 2-A教室内

Side:瀬野 葵

 

 

「暑い・・・・・・おはよーさん」

 

「よぉ、向坂。今日は彼女と一緒じゃないのかー?」

 

「うるせぇ、智佳とはそういう関係じゃねぇって何度も言ってんだろうが」

 

「ちぇ、つまんねーな」

 

「人の関係のあれやこれでつまるもつまらんもないだろ、勝手に判断すんなし」

 

私が教室に着いた時間から数分の後。教室内に彼が入ってきた、そう、言わずもがな祐都君だ。彼はいつも通りにクラスメイトの他の男子達と軽く言い合った後、自分の席へ移動し、通学バックを机の横のフックに引っ掛け、直ぐ近くの棚から今日使うであろう教科書類を取出し始めた。勿論、まだ此方の視線には気が付いていない。

 

「えっと、今日の予定は・・・・・・ふんふん、成程な」

 

そして、残りの使わない教科書を棚の奥に追いやって、机に座り、いつものメモ帳サイズのノートを取り出した。祐都君は空き時間は大体、書いていると噂の自作小説の執筆をあのメモ帳にしている事が多い。

 

「うーん・・・・・・ここはこうして、いや駄目だ。もうちょっと工夫を・・・・・・」

 

「ここの設定って何だっけ、ド忘れしちまったな。えっと、設定資料集、設定資料集っと・・・・・・」

 

時々こうやって独り言を言いながら、小説を書き進めている。一度集中を始めると、普段より目付きが鋭くなるので傍から見るとちょっと怖いが、慣れてしまえばその姿も結構可愛かったりする。何て、本人に言ったならあんまりいい顔はしないけれど。

 

「・・・・・・」

 

やがて、一言も発しなくなり、黙々と作業し始める。これは彼が完全に外界との接続を切って、自分だけの世界に入った証。こうなったら周りの視線も喧噪も全く気にもしなくなる。もう少し見守ってようかな、そう思って私は携帯のイヤホンを取り出し、音楽を聴きながら少々其方に集中を傾けることにした。ついでに、彼と知り合った時の事を思い出しながら。

 

 

それは、1年前の今日みたいによく晴れた日の、3時間目の体育の授業での事だ。1年生の頃、私は1-Cで彼のいる1-Aのクラスには特に用事もなければ行くこともなかった。だから、彼と会ったのはその体育での授業が初めてだった。

 

「痛っ・・・・・・!」

 

2クラスでの合同授業中、私は急に腹痛に襲われた。いや、これはただの腹痛ではない。そう、一般的に女の子特有の生理現象と呼ばれるもの。私は急に来たその激痛に耐えながら、木陰に移動して休むことにした。

 

「ふぅ・・・・・・参ったな。もしかしたらサボりとか思われちゃうかも」

 

本来、この痛みと言うのは一時的な場合もあり、時間が経てば和らぐ(ただし、症状の重さや継続時間は個人差有)。でも、女の子にとってはこの痛みはとても辛いものだ。男の子にはきっと突拍子もなさ過ぎて分からないと思うけど。

 

「いいなぁ、楽しそう」

 

体育座りをしながら、グラウンドの方を眺める私。向こうでは、クラスメイト達が身体を動かしながら元気にはしゃいでる姿が目に映る。そんな光景を退屈そうに見ていた私は、自分に向かって真っすぐ歩いて来る一人の男の子の姿を見た。別にその時は気にも留めなかった、どうせ同じくサボっている人のいるところで固まって休もうという魂胆だろうと。

 

「・・・・・・」

 

「なぁ、顔色悪いけど大丈夫か?」

 

「えっ・・・・・・?」

 

今までクラスメイトの男子からは全く気にもされなかった。でも、彼は違った。私は驚いて、彼の顔を見上げる。すると、彼は少し顔を赤らめてこう言った。

 

「向こうまで移動する時、苦しそうにしてるの見ちゃってさ。ほっとけなかったんだ、悪い」

 

「う、ううん、大丈夫。少し休めば良くなるから」

 

この時、私は、『あぁ、彼は凄く優しいな』と思った。初対面のはずなのに、そんなところを偶然にも見てしまったから心配してきた、なんて。

 

「少しだけ、隣いいですか?」

 

「・・・・・・うん、いいよ」

 

彼の問いに私がOKを出すと、彼は少しだけ間を開けたところに座った。もしかして、緊張してるのかな。そんな姿がちょっと健気で可愛くて。私はそこで初めて彼に興味を持った。

 

「えっと、それで・・・・・・本当に保健室とか行かなくて大丈夫なんすか?」

 

「まだ大丈夫。でも、また辛くなったら、お願いできるかな」

 

「分かりました・・・・・・俺でよければ」

 

その後も、彼とは色んな話をした。彼の名前は、向坂祐都君。アニメとかゲームが好きで小説を読んだり自作で書いたりするのが趣味。一家の長男で下には弟と妹がいる事。今は、学生寮で一人暮らしをしていて家事も一通りは出来るという事。私が質問をすれば、彼は特に隠すことなく色々な事を話してくれた。私はそれが嬉しくて、いつの間にか時間を忘れて二人で話し込んでいた。

 

「そっか、向坂君にも下に弟と妹がいるんだね。私もそうなんだ」

 

「そうなんですか、奇遇、ですね・・・・・・」

 

「ふふっ、そうだね。同じ境遇のお兄ちゃんとお姉ちゃん同士、ちょっと運命感じちゃうね」

 

そんな私の発言に、また顔を少し赤らめて視線を逸らす彼。その姿にやっぱり可愛いな、と保護欲を刺激されてしまって。そんな彼との会話はお腹の痛みを忘れられるくらいに楽しかった。

 

「瀬野、さんはその、部活とかやってたりするんですか?」

 

「うーん、特にやってないかな。実は私、昔から少し病弱で、皆に迷惑かけるといけないから」

 

「そ、そうなんですか・・・・・・じゃあ、運動とかは?」

 

「ん、得意な方だよ。中でもバドミントンとかテニスとか、そんな感じかな」

 

彼との会話中に、私はふと思う。知り合って間もないからとはいっても、やっぱり同じ学年同士なんだから彼にはもうちょっと砕けた感じで喋ってほしい。次の瞬間、私は思い切って言った。

 

「ね、折角同じ学年なんだし、もうちょっと砕けた感じで話してくれてもいいと思うな、祐都君」

 

「・・・・・・ッ!?い、いや、それは何と言うか、恐れ多いといいますか・・・・・・」

 

「駄目、このままじゃ何か私だけ馴れ馴れしい感じに見えちゃうじゃん。だから、ほら、祐都君も」

 

「・・・・・・」

 

多少無理矢理感はあるけれど、きっと彼はこうでもしないと此方に一歩踏み出してくれない。そんな予感があった。別にこれが恋というようなものでなくても、彼との関係をただの同じ学年同士で終わらせたくはなかった。この時はそう思ってなかったけど、多分これは私が彼に言った最初の我儘だ。そして、彼は暫らくの沈黙の後、意を決したように顔を上げた。

 

「分かり、ました。その・・・・・・葵、さん」

 

「うん。ありがとう、祐都君」

 

「そ、その代わり、敬語になってる事については訂正しないで頂けると・・・・・・助かります」

 

「もぅ、ホントはそこも直してくれるといいんだけど、しょうがないなぁ」

 

こればかりは仕方ないだろう。まだまだ先が長い3年間を通して、ちゃんと同じように喋れるように私が歩み寄っていくしかない。最終的に、彼がこの我儘の妥協点を克服してくれることを願って。

 

 

「・・・・・・」

 

「ふふっ、ホントに変わらないね、祐都君は」

 

結局、あれから一年経った今も彼は偶に敬語遣いになるのを止めてくれないのだが。それでも、大分距離は縮まったと思うし、話しかけてくれることも多くなった。私にとってはそれが嬉しかった。

 

「・・・・・・よし、取り敢えずここら辺で中断しとくか」

 

今まで意識を余すことなく集中していた彼は、漸く筆を止めて、思いっきり背伸びをする。今日はいつもより戻ってくるの早かったね、と心の中で呟き、私は立ち上がって彼の席まで歩み寄っていった。すると、彼も私に気が付き、視線を送ってくれた。

 

「おかえり、祐都君。今日は筆のノリが良かったね」

 

「ただいまっす、葵さん。いやぁ、偶々ですよ、偶々」

 

「祐都君さえ良かったら、また私に小説見せてくれるかな?」

 

「ん、了解。読み終わったらでいいから、また感想聞かせてくださいな」

 

そう言って、私に前に読んだことのある話の続きが書いてある、全ページ執筆済みのノートを手渡してくれる祐都君。彼にとっては、私を含めたクラスの皆の感想が執筆を継続する力の源になっているらしい。それを知った時、私は当然嬉しかったし、もっと力になりたいと思った。だからこうして、定期的に執筆が終わっているノートを借りているわけだ。

 

「なぁ、祐都ー。この間の続き、読ましてくれねぇ?」

 

「悪いな、それなら丁度今、葵さんにレンタル中だ」

 

「マジかー・・・・・・瀬野さん、読み終わったらオレに回してくれないか?」

 

「ん、祐都君がいいなら」

 

更に言えば、彼の書いた小説は今、この教室で密かなブームとなっていて、このように借りる手数多といったところだ。それなのに、現状に満足せずに書き続けている彼の胆力には、最早、尊敬の念すら覚えた。

 

「俺は別に構わないっすよ、葵さん」

 

「だってさ」

 

「おう、了解だ!なるべく早めに頼むぜ」

 

私同様、祐都君に小説を借りに来たクラスメイトの男の子は、その場から立ち去って行った。そして、その場には私と祐都君だけが残る。あ、そう言えばまだアレを祐都君に貸してなかったな。

 

「あ、そうだ。私からもこれ、祐都君に貸してあげる」

 

「これは・・・・・・!」

 

私が祐都君に差し出したもの、それは一枚のCD。前に音楽の授業の一環としてやった、一人一曲をノルマとした曲紹介の時間で私が自前で持ってきた、お気に入りの曲が入っているCD。その授業の後の移動の時に祐都君が借りたがっていたのを思い出し、今手渡した次第だ。

 

「あの時のCDか。助かったよ、葵さん」

 

「ん。でも、まさか祐都君もこの曲好きだったなんて意外だったな」

 

「あはは・・・・・・俺が紹介する曲全部アニソンですもんね。何かすみません」

 

これは余談だけど、祐都君はその曲紹介の時間を大分気に入ったらしく、クラス内で紹介する曲のネタが尽きた時に、音源を持ってきては皆に度々紹介してくれる。その曲を聞いてる時や曲の説明をしている時の彼の目は終始キラキラしていて、本当にその曲が好きなんだなと思わせてくれる。

 

「そんなことないよ。現に、私も祐都君に紹介してもらった曲、何曲か携帯に入れてるし」

 

「それは、どうも。紹介した身からすれば、実際に気に入って貰えれば僥倖かな」

 

頬を掻いて少し照れつつも、何処か満足げに言う彼。そして、そんな彼に静かに微笑み返す私。この場が一瞬だけ二人だけの空間になった、そんな気がした。

 

「おっと、そろそろHRの時間だな」

 

「あ、もうそんな時間か。もうちょっと話してたいけど、またね、祐都君」

 

「ん、またな、葵さん」

 

その時、そんな少し甘ったるい感じの雰囲気を掻き消すように、朝のHR前の予鈴が鳴り、教室中が少しざわつき始める。私は祐都君に別れを告げると、少し足早に自分の席へと戻る。その途中で。

 

「祐都君、私があの時、龍君にお願いしたこと聞いたらびっくりするかな」

 

出来れば直接彼に伝えたいが、龍君とは後々のサプライズと約束しているので、敢えて伝えることはせず。私は、誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 

Side:瀬野 葵     END

 

 

「そう言えば、このメンバーで揃ってお昼食べる事ってあんまりないよね」

 

「そうね、先輩とか鈴は兎も角、今年は祐都がいるもの」

 

「偶にはこういうのもいいじゃないか、少なくとも私は嫌いじゃないなぁ」

 

「・・・・・・」

 

さて、本日のお昼時。あれ、珍しい組み合わせで食べてるね、なんて外野からそんなヤジが飛んできそうな光景が目の前にはあった。そして、何故昼時にも関わらず軽音楽部の部室にいるのか。その答えはズバリ、学校祭の準備の為である。

 

「あ、ちーの弁当の卵焼きおいしそう。一口ちょーだい」

 

「じゃあ、鈴の方にあるのと交換ね。はい、どうぞ」

 

「えー、折角なんだしそこはあーん、してほしいなぁ~」

 

「嫌よ、めんどくさい」

 

女子同士のお昼感が、まさに真正面に座っている幼馴染み二人から醸し出されていた。一方、美月先輩は無言で2箱用意された購買弁当を交互に食べている。実に幸せそうな顔つきだ。

 

「ガーン!?なぁ、聞いてくれよ向坂ぁー、ちーが私にあーんしてくれないんだー」

 

「いや、知らんがな」

 

「向坂まで冷たいなぁ・・・・・・あ、そう言えば、向坂の弁当って自分で作ってるんだっけ?」

 

「あぁ、まぁな。これでも寮暮らしの一人暮らしだ。それくらいはやらねぇと」

 

「そっかぁ、じゃあ向坂お手製のもの、一つ食べさせてよ」

 

鈴がそう口にした瞬間、後ろで様子を見ていた智佳が橋をピタリと止めて此方を凝視する。うん、まさか私も、とか言わないよな?

 

「へぇ、自分で作ってるんだ・・・・・・ふーん」

 

「何だよ」

 

「別に」

 

そこで智佳は一言も食べたいとは言わなかったが、俺が視線を手前の鈴に戻すと少しソワソワし出していた。智佳お前、それでバレてないとでも思っているのか、それで。

 

「料理できる男子は評価高いよね。ささ、この私が直々に味を見てあげるよ」

 

「何様だよ、お前は・・・・・・まぁ、別にいいか。ほれ、自家製鶏唐揚げ(作り置き)だ」

 

「おおっ、何か本格的な物来た!あーん」

 

鈴はそんな智佳の様子を一切気にすることなく、此方にぐいぐい来るので、適当に弁当箱の中から鶏唐揚げを、予め用意していた予備箸で取り出し、鈴に文字通り「あーん」してやった。

 

「あーん・・・・・・ふんふん、ほれはほれは・・・・・・」

 

「ッ・・・・・・!?」

 

「ん、鈴、どうかしたか?」

 

先程まで味を噛み締めるかのように口をもぐもぐさせていた鈴の表情が一変して、驚愕に染まる。俺はもしかしたら口に合わなかったんだろうか、と心配したが、すぐにそれは杞憂だと分かった。

 

「・・・・・・くっ、くぅぅぅぅぅっ、超うめぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

食べた唐揚げを完全に飲み込み終わると、鈴はその場に立ち上がって声高らかにそう叫んだ。

 

「すげぇよ、祐都!唐揚げなんて皆同じ味付けかと思ってた私が間違ってたぜ、唐揚げ最高ー!」

 

「そ、そうか。そこまで喜ばれると、こっちも提供した甲斐があるな」

 

あまりにデカい声だったので多少気恥ずかしさは感じたが、それでも自分の作ったものが喜ばれると悪い気はしない。ありがとう母さん、実家の味、最高だってよ!

 

「そ、そんなに美味しいの?」

 

「おおっ、ちーも興味津々だね。食べさせてもらいなよ、びっくりするぞ~」

 

「ごくり・・・・・・じゃ、じゃあ、私も」

 

絶賛する鈴に後押しされて、智佳が少し顔を赤らめながら、ギュッと目を閉じて口を開けている。すでに「あーん」をする前提なのは突っ込みどころだが、此処までされたら、流石に食べさせない訳にはいかないか。俺は再び弁当箱の鶏唐揚げを予備箸で掴み、智佳の口の中へと持って行った。

 

「・・・・・・」

 

鈴の反応とは違い、唐揚げが放り込まれたのを確認するや否や、素早く口を閉じ、顔を明後日の方向に向けて味わう智佳。やっぱり、らしくないことをしたんで此方を見るのは恥ずかしいらしい。

 

「っ・・・・・・ホントだ、おいしい・・・・・・」

 

「いや~、自分で扇動しといてあれだけど見せつけるね~、ひゅーひゅー!」

 

智佳の素が顕わになったが、横からの鈴の煽りが飛び込んだことで、一瞬にして顔が真っ赤になる。その後の智佳の行動は早かった。すぐに食べていた唐揚げを、自前で用意した水筒のお茶で流し込み、そして一言。

 

「ち、ちちちちち違う、そんなんじゃない!!」

 

「ふはははは~、そんなパンチでは当たらん、当たらんよ、ちー」

 

動揺した智佳から放たれる連続ジャブを、華麗に避ける鈴。更に出来るようになったな、鈴!

 

「まぁ、一旦落ち着け、智佳。あんまり暴れると足元の弁当の中身、ブチまけちまうぞ」

 

「うぐ・・・・・・それは、ちょっと嫌だわ」

 

俺が的確な指摘で静止を求めたこともあってか、智佳はすぐに冷静さを取り戻し、その場で静かに据わり直した。うんうん、食べ物粗末にすると怒りそうな人いるからね、怒らせない方がいいね。え、誰かって?美月先輩の事よ。

 

「向坂が指摘すればすぐに落ち着けるんだ。やっぱりすでにこの二人デキ――」

 

「止めろ、鈴。これ以上、智佳を煽って我を忘れさせんじゃねぇよ」

 

「先に私が足止めを喰らってしまった・・・・・・まぁ、いいや」

 

再び調子に乗って智佳を煽ろうとした鈴を止めに入ると、鈴はすぐに降参の意をジェスチャーで表し、それ以上は何もしなかった。やれやれ、世話の焼ける奴らだ。

 

「二人が絶賛する美味しさなのか、私も貰っていいだろうか」

 

「美月先輩にでしたら喜んで」

 

今まで弁当にがっつくのに夢中で、此方の事など気にもしなかった美月先輩が、俺に話しかけて来た。うーん、制服越しから見ても良く分かる位のたわわな双丘・・・・・・とっ、特盛ィ!

 

「しかし、これだと祐都君の弁当の中身が寂しくなってしまうな。よし、私からはこのハンバーグをあげようじゃないか」

 

俺の弁当箱から唐揚げを持っていた先輩が、代わりに置いて行ったのが何とハンバーグだった。あの最高に美味いと噂のハンバーク弁当のメイン食材をもらってしまった。いいんでしょうか、いいんです!

 

「うん、うん、これは美味い・・・・・・!出来る事なら、毎日食べたいくらいだ」

 

美月先輩が何度も頷きながら、満足そうな笑顔を振りまく。な、成程!確かにこれ程大袈裟にリアクションをとってくれる人に手料理を振舞うというのは何だか癖になりそうだ。これが世に言う『一杯食べるキミが好き』という言葉の神髄・・・・・・根源そのものか!

 

「い、いやぁ、それは流石に大袈裟ですよ」

 

「いいや、大袈裟なものか。こうなれば私は手段を選ばないぞ・・・・・・祐都君、私を養ってくれ!」

 

「無茶言いなさるなぁ、この先輩はァ!?」

 

某アニメで活躍する、ニートな八子みたいなことを言う美月先輩。そして、そんな台詞を聞いたからには黙っていられない二人がこちらに向かってすっ飛んできた。

 

「ちょ、ちょっと祐都!今、どういう状況なのよ、これは!?」

 

「俺が知るか、先輩の天然頭に直接聞いてくれぇ!?」

 

「ねぇねぇ、今どんな気持ち、どんな気持ち?」

 

「鈴、お前は一々人様を煽ってくるんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

こんな状況下ではあるが、言わせてもらいたいことが一つある。丁度前回の話の冒頭辺り、智佳と鈴の二人の生態についてある程度把握したと言ったが、勿論、その二人と同じ部で活動する美月先輩の事も例外ではない。そう、この人は天才ではあるが、実際のところ、頭が最後まで総天然色たっぷりなのである。その為、こうして偶に志向が暴走することも多々ある。

 

「むぅ、タダでは動かないという事か?なら、私に出来ることなら何でもやってあげようじゃないか!」

 

「先輩は出来ればもう少し、ご自身の身体を大切にしてくださいよ!?」 

 

「ぐぬぬ・・・・・・やっぱりアンタもスタイルいい方がいいのね、そうなのね!?」

 

「智佳ァ、お前もうちょい落ち着け、今のやり取りの何処を聞いたらそうなる!?」

 

「何でもシてあげる、彼はその言葉の持つ魅力に抗えるはずもなく・・・・・・」

 

「解説文っぽく語るな!そして、不思議な事に抗えちまうんだなぁ、これが!」

 

三人寄れば姦しい。俺は女子しかいないこの軽音楽部に助力として呼ばれてから、この言葉の意味する真の恐ろしさを、この身を以って体験する日々を送っていた。クソったれ、遂にこの俺にもラブコメの呪いが巡ってきたという事か・・・・・・!? 

 

「取り敢えず、お前ら全員落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

昼の軽音楽部部室内に、俺の魂の慟哭が響き渡る。それから十分後、漸く落ち着きを取り戻し始めた軽音楽部の面々はそれぞれの用意した弁当箱を片付け、学校祭のライブに向けての、本番さながらの通し練習に身を向けることとなった。正直、もう勘弁してくれ。

 

 

そして、時刻はあっという間に過ぎ、18:30頃。夕方に一回各自の教室に戻ってHRを挟んで、再び部室に集い、練習に明け暮れた俺達に本日の帰宅時間が訪れた。

 

「それじゃあ、皆。また明日だ」

 

「「「お疲れ様でーす」」」

 

珍しく我先に、と美月先輩が通学バックを持って扉の向こう側へと去っていき、帰っていく。

 

「あ、ごめん、ちー。同人誌の仕上げがあるから、今日は私も先に帰るね」

 

「ん、分かった。帰った後の手伝いは必要?」

 

「いや、大丈夫!ちーに手間取らせる程、遅れている私ではないのだ!」

 

智佳の提案を断り、美月先輩に続くようにして教室を後にする鈴。部室内には、俺と智佳だけが残った。

 

「・・・・・・」

 

「んじゃ、俺達も行くか」

 

「・・・・・・ねぇ、祐都」

 

手荷物をまとめて部室を後にしようとしたところで、俺の後ろを歩く智佳が俺の服の裾を掴み、何かを訴えかけてきた。俺はしょうがないな、と呟いて立ち止まる。

 

「あのさ、学校祭当日は、誰かと回る予定とかあるの?」

 

「学校祭当日か?あーと、今のところは全く先約も何もないから、今年もパソ部の連中と、かな」

 

「そ、そう・・・・・・」

 

あの智佳が珍しく言い淀んでいた。俺としては早く本題を聞き出したいところだが、智佳本来の素直な面が出たということは、本人の心の準備が出来るまで、此方側が敢えて黙っておいた方が得策だということを経験上、すぐに理解した。そして、俺は静かに次の言葉を待った。

 

「もし、もし祐都さえ良かったら・・・・・・私、と回らない?」

 

「智佳とか?」

 

学校祭でのライブ本番までの空き時間に、一緒に出店を見て回ろうと言う提案だった。まぁ、これも下らない仲違いで無駄にした4年間の穴埋めになるなら。そう思って、俺はすぐに頷いた。

 

「あぁ、それくらいでいいなら何時でも付き合うぜ。俺とお前の仲だしな」

 

「そ、そう・・・・・・じゃあ、約束して」

 

「別にすっぽかしたりとかしないって。俺がそんな薄情な男に見えるか?」

 

「い、いいから!手、出しなさいよ」

 

智佳の強引さに呆れながらも、俺はそっと右手の小指を立てて、智佳が差し出した左手の小指に結ぶ。小学生の時にいつもやっていたそれは、今は少しこそばゆかった。

 

「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」」

 

「交渉成立だな」

 

「ふふっ・・・・・・うん」

 

俺と智佳はお互いに顔を見合わせて、笑う。どうやら、今年からの年間行事は、学校祭に限らず色々な事で退屈せずに済みそうだ。そんな淡い期待を抱きながら、俺達は部室を後にした。

 

 

                                                                    Shift8 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

学校祭、それは学生生活でしか味わうことのできない、至福のひと時。それは彼等パソコン部と軽音楽部の面々にも刺激のある時間を与えた。そして、彼等の協力によって生まれた新たなバンドグループが遂にその産声を上げる!次回、パソコンのある日常「学校祭≠神々の黄昏」。今、情報が進化(アップデート)する。




次回予告は初代デジモンアドベンチャー風!良ければ、サントラをご用意の上読んでみてくださいな。平田さんの語りが熱い、熱いぜ!!




次回更新は10月16日(金)15:00より更新です。お楽しみに!



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Shift9「学校祭≠神々の黄昏」



学校祭。学生である間しか楽しむことのできない、かけがえのない時間を精一杯楽しむために、着々と準備を進める祐都達一行。その頑張りが功を成し、遂に万全の状態を以って開かれた学校祭。果たして、その先の未来に彼らを待ち受けるものとは――


夏がやってきて色んな事をして、準備に忙しくしていると、すぐに学校祭の日はやって来た。校内は既に昨日の時点でやった前夜祭のお陰で、大半の生徒達が浮足立っている。何度やっても慣れないそのテンションの上がり具合に、その日は俺までもが浮かれてしまったのは無理もなく、その余波は非リア充の集まりでもあるパソコン部の面々(女性陣除く)にも訪れていた。

 

「うぃーす、こっちの手が空いたんで手伝いに来たぜ」

 

「む、祐都か。気を遣わせて済まんな」

 

「変に遠慮すんなよ、俺だって一応メイン所属はここだぜ?」

 

「フ、そう言って貰えると有り難いな。では、机と椅子の移動を頼む。場所は、多目的ルームだ」

 

俺がパソコン部の部室であるコンピュータ室を訪れた時、既に机の上に数十台規模であったデスクトップPCは綺麗に撤去されていて、跡形もなくなっていた。恐らくは、皆備品保管庫にて暫しの休息をとっている事だろう。

 

「流石にこの机を一人で持つのは辛いか・・・・・・尚紀、手空いてるなら片側持ってくれ」

 

「ん?おぉ、祐都じゃねぇか。いいぜ、多目的ホールまでだろ?」

 

「あぁ、話が早くて助かる」

 

「へっへっへ、暫らくぶりの戦友との共闘だしな。胸が躍るぜぇ」

 

俺は偶然近くにいた尚紀を呼びつけ、机の運搬を手伝わせる。どうやら、奴とてこの事態を前に浮かれずにはいられなかったようだ。

 

「そういや、お前がこうして準備に力を注いでるなんて意外だな。どういう心境の変化だ?」

 

「ふ、今年の学校祭は御姉様の為に俺も頑張ることにしただけさ、出来れば振り向いて貰いたしな」

 

「何だよ、少し見ないうちに変わったな」

 

「そう言う祐都もな」

 

やはり、コイツにとって美月先輩と言う名の影響は計り知れない様だった。1年の頃は学校祭をやるのにも消極的で真面目に準備を手伝ったりしなかった癖に、今ではこの通り、やる気全開である。特定の個人の気を惹く為という実に欲望塗れな理由ではあれど、こういう場合はむしろプラスだろう。

 

「よし、こんなもんだろ」

 

「他の野郎共が幾つか同じように運んでたとは言え、まだあるはずだ。とことんやろうぜ、戦友よ?」

 

「そうだな、折角だから他の奴らよりも多く運んでみようじゃないか」

 

「おっ、いいな、それ。乗ったぜぇ!」

 

こうして、俺達は変な方向へ入った自分のやる気スイッチを落ち着けるために、机の運び出しを懸命に熟し続けた。途中で同じく机運びをしていた鳴島と修二がドン引きしていたが、そんなことはどうでもいい。やれやれ、どうやらお前らには熱意と言うものが根本的に足りてないようだ、出直してこい。

 

 

2025/7/20 8:40

夢島高校第二校舎部室棟2F 軽音楽部部室

Side:川知 智佳 

 

 

「ねぇ、ちー」

 

「何よ、鈴?」

 

「今日の空き時間、誰かと回る予定ある~?」

 

私が朝から部室で今日使うギターの調整をしていると、後ろの方で同じくドラムの調整をしていた鈴がそんな話を投げかけてきた。まぁ、鈴になら言ってもいいかな。

 

「まぁね。昨日の帰り際に、祐都の奴と約束してるの」

 

「え、ほんとに!?やったじゃん、ちー!」

 

昨日の一件を話すと、鈴はいつものように揶揄ってくるわけでもなく、至って普通に喜んでくれているようだった。うん、やっぱり鈴がいなかったら、今の祐都と昔みたいに話すことが出来ず、ずっと仲違いしたままだったかもしれない。持つべきものは、親友ね。

 

「で、祐都はちーからのお誘いに何て言ってた?」

 

「えっ、ええと、確か・・・・・・」

 

『あぁ、それくらいでいいなら、幾らでも付き合うぜ。俺とお前の仲だしな』

 

『別にすっぽかしたりしないって。俺がそんな薄情な男に見えるか?』

 

あの時、祐都が私に掛けてくれた言葉が、凄く優しくて。だからこそ、あの時の私は少しだけ昔みたいに自分の気持ちに素直になれていた、そんな気がする。

 

「ははっ、相変わらず偶に気障っぽい事抜かすね、向坂は」

 

「まだ中二病卒業出来てないんでしょ。ホント、そういうところは子供っぽいままなんだから」

 

鈴の言葉に思わずそう答えた私であったが、本当のところは少し違ってたりする。何だろう、アイツが私の近くで私に話しかけてくれると凄く嬉しくて、偶にアイツが私以外の女の子と仲良く話してると、少しモヤモヤする。

 

「んー、ちーが向坂と回るなら私は遠慮した方がいいかな」

 

「え、何でよ?鈴も一緒に来たらいいじゃない」

 

珍しくズイズイ来ずに一歩引いて見せる鈴の態度に疑問を覚え、私は鈴も誘ってみる。しかし。

 

「成程、ちーもまだ気付けてない訳だ。じゃあ、猶更私は応援に回るしかないね」

 

「ちょっと、何でそうなるのよ。別に、鈴がいても気にしないわよ、アイツも」

 

「んー、出来ればそこは気にしてほしいかなぁ。まぁ、いいや」

 

鈴はやれやれ、とでも言いたげに、よく海外ドラマで目にするジェスチャーで何かを訴えてくる。しかし、私には何故そこまで鈴が遠慮しているかが全く分からなかった。

 

「ちーには悪いけど、今回は一緒に行くのはパスしとくね」

 

「何でよ、せめてちゃんとした理由くらい言ってくれてもいいじゃない」

 

「じゃ、後はお二人だけで仲睦まじく、ライブ前のリフレッシュ、楽しんできてね~!」

 

「???」

 

鈴は最後まで一緒に回ることを許してくれず、そう言い残して、その場から早々に立ち去って行く。結局、私だけでは幾ら考えてもその答えには辿りつけなかった。

 

 

「――アイツとの約束の時間まで、あともう少し、か」

 

ギターの整備を終えて、部室棟から本棟へ移動した私は、目的地であるパソコン部の部室へと一人向かっていた。ちょっと早すぎたかな、なんてことを考えながら歩いていると、私に近寄ってくる人物が一人。あれは・・・・・・。

 

「へぇ、最近は良く合うわね、ナツ」

 

「あ、あれ?バレちゃったか。ちょっと驚かせようとしたんだけど」

 

そんな呆けた事を抜かして現れたのは、ナツこと藤堂夏希だ。私が知る小学校の頃の顔馴染みの中で恐らく一番背が高いであろう男子だ。周りの女子と比べて背が低い私から見れば、アイツの背も十分高いとは思うが、特にコイツは異常である。

 

「そんなデカい図体しときながら隠れるってのが無理なものよ、諦めなさい」

 

「あはは、そう言う智佳ちゃんは今日も小さくて可愛いなぁ」

 

「もしかしなくても喧嘩売ってる?殴るわよ?」

 

「えぇー、褒めたつもりだったのに」

 

態とらしくブーたれた顔をするナツを見て、そう言えばコイツもアイツの友達だったなと思い出し、試しに誘ってみることにした。

 

「話変わるけど、ナツは今日誰かと学校祭回る予定ある?」

 

「え、何々?もしかして俺、智佳ちゃんから誘われてるのかな」

 

時折、コイツのこういう言い方がちょっと面倒くさく感じるが、伊達に付き合いが長いわけではないので私は特に気にしていない。祐都の偶に出る中二病と同類のものである。

 

「もしかしても何も本当に誘ってるんだけど。で、どう?」

 

「今日は大丈夫そうかな。あ、因みに他に誘ってる人とかいるのかな?」

 

「いるわよ、祐都なんだけど。ナツなら問題ないでしょ」

 

「祐ちゃんかぁ~・・・・・・それじゃあ、俺はちょっと遠慮しておこうかな」

 

祐都の名前を出した瞬間、ナツは先程の鈴と全く同じことを言って、誘いを断ってきた。おかしいわね、もしかしてアイツが何かやらかしたんじゃないのか。ふとそんな事を思ったが、恐らくそれはきっとない。仮にアイツでも付き合いが一番長いといえるナツとの間に何か起こすなんてことは考えられないからだ。第一、そう簡単にアイツらの友情が崩れるなんてことは絶対にないし、そうでなければ毎回あんな感じ(※詳しくは、Shift7「夏休みと計画とライブアライブ・前編」参照)で此方が見てて気味が悪くなる感じのウザ絡みは出来ないはずだ。じゃあ、一体、何で?

 

「祐都がいると都合悪いなんてナツらしくないわね、どうしてよ?」

 

「都合悪いとまで言ってないけど・・・・・・やっぱり、ねぇ?」

 

やはりだ。鈴の時とデジャヴを感じるくらい全く同じで、何かを隠したままでお茶を濁そうとしている。残念だけど、私はアイツみたいに「まぁ、いいや」で終わらせる質じゃないわよ。

 

「はっきり答えなさいよ、何で駄目なの?」

 

「智佳ちゃんが鈴ちゃんと一緒に、だったら良かったけど、祐ちゃんとだから?」

 

「何で相方が鈴ならいいのよ、訳が分からないわ」

 

「とっ、取り合えず、俺は今回もパスってことで・・・・・・それじゃ、またね!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

私が逃がすまいと手を掴む前に、ナツはすぐに玄関前まで駆け出し、外で待機している来賓の人々によって作り上げられた人混みの中に身を隠すように入り込み、そのまま行方をくらました。

 

「もう、何なのよ・・・・・・」

 

鈴にしてもナツにしても。結局のところ、私がそれ以上そこから何かを理解できるような材料が手元にあるはずもなく、小首を傾げながらも、改めてコンピュータ室へ向かうことにした。

 

 

さて、そんな智佳を背後の柱の陰から見つめる人物が二人。紗々由鈴と藤堂夏希、その人である。鈴は兎も角、何故、先程外に逃げていった彼までもがいつの間にかそこにいるのか。理由は簡単、人混みに紛れた後すぐに換気目的で偶然開かれていた保健室の窓から、鈴の手引きにより校内に再び戻り、鈴との合流後、こうして偵察みたいな真似を続けていたのだ。

 

「ごめんね、鈴ちゃん。俺ちょっと危なかった」

 

「ほんとだよ、バレると思ってハラハラしちゃったじゃんか」

 

ナツが自分の名前を出した瞬間から、今回のこの共謀がバレないか見てて内心冷や冷やしていた鈴は、ナツのドジっぷりに呆れながらも今回は仕方がない、と思い直すことで、平常心を保った。

 

「まぁ、ちーは気付いてないみたいだから結果オーライみたいなもんだけど」

 

「あ、智佳ちゃん階段上って行っちゃうよ、追いかけないの?」

 

「あっちからだと上ってすぐのとこにコンピュータ室があって鉢合わせになるから、私たちはこっち」

 

鈴が指をさした方角、つまり彼らが隠れている柱から数メートル先、もう一つの別の階段がそこにはあった。上っていけば丁度1年生の教室が並ぶ通りに出られて、そこをまっすぐ進むとコンピュータ室へ続く通路の先にコンピュータ室側からは死角になる大きな柱と掃除用具入れのロッカーが存在する。まさに、尾行するにはうってつけのルートだ。

 

「それじゃ、私たちのライブ前までちょっとだけ付き合ってくれよな、ナツ」

 

「うん、鈴ちゃん達のライブも楽しみにしてるから。今は二人で頑張ろうね!」

 

こうして、いつの間にか開かれた謎の追跡ごっこがスタートした。旦那の不倫を疑う依頼者から依頼された、浮気現場を押さえるべく行動する、探偵のような素振りで。

 

 

Side:川知 智佳・END

 

 

「――成程、それでここまで来てそのふくれっ面、と」

 

「悪かったわね、出会って早々機嫌悪くて」

 

当日の朝にやるべき仕事を全て終えて、龍さんが使っている部長用の机の上の最新型デスクトップPCを除いて、全ての机とPCが撤去されたコンピュータ室で俺が一休みしていると、ドアの丁度ガラス張りになっているところから一人の女子生徒の姿が見えた。その姿に見覚えのあった俺は、すぐにドアを開けて外を確認する。

 

すると、そこには智佳がいた。何故か、凄く不満たっぷりの表情を浮かべながら、だが。

 

「まぁ、いいや。まだ始まるまで余裕あるから、お前も少し中で休んでけよ」

 

「じゃあ、そうする。お、お邪魔します・・・・・・」

 

こうなるに至った事情を智佳から聞いた俺の、心からのお疲れ様を込めた休憩の提案を受けて智佳が部屋に入ると、部屋の中にいたパソコン部全員の目がこちらに引き付けられた。そして。

 

「また女子の連れ込みかお。いい加減にしろ、リア充め」

 

「此処はテメェ専用のVIPルームじゃねぇんだぞ、馬鹿野郎が」

 

いつもの妬み嫉みブラザーズから発せられる、俺への罵詈雑言。だが、別段気にして態々相手取る必要はない。今の客人は俺ではなく智佳の奴なのだから。と、俺は敢えて平静を保とうとするが、智佳はそうでもなかったようで。

 

「五月蠅いわね。少しはスルーして黙ってなさいよ、非リア馬鹿共」

 

「おっふ、何かと思えば罵倒のご褒美だったでござる。もっとよこしやがれ下さい、はぁはぁ・・・・・・」

 

「大体テメェは・・・・・・って、おいぃぃぃぃ、いつもと反応違うじゃねぇか、鳴島ァァァ!?」

 

智佳のドストレ-トにキツい暴言を受けて、遂に鳴島の今まで奥に秘めていた、変態紳士という禁断の性質がはっきりと浮き彫りになった。一方、修二はその反応にすっかり意を削がれたようだ。

 

「おっと、いかんいかん。漏れとしたことがつい。鳴島康平ですお、君の名は?」

 

「想像以上に気持ち悪いわね、アンタ。川知智佳よ」

 

「おうふ、シンプルなうえにグサッと来る、最高!・・・・・・ふむ、川知氏でござるか」

 

偶に他人に対しても口調がキツい時があり、それが今最悪とも言える形で、その全てが変態紳士モードの飯島へのご褒美と化していることを智佳はまだ気づいていない。まぁ、あの程度で済んでるなら別に止めなくてもいいか。

 

「川知氏、川知氏。変態のバナナ何て食べるもんですか、って一回言ってみて下さる?出来れば、悔しそうな顔で」

 

「はぁ、何でよ?」

 

「いいから、いいから。お試しでサクッと言ってみてよ」

 

いかん、智佳がちょっとだけなら、という気になっている。こういう時、鈴から説明受けれれば察してくれるだろうが、生憎今此処に鈴はいない。言いそうになったら俺が止めよう、絶対にそうしよう。

 

「変態のバナナ――」

 

「言わせるか、このHENTAI紳士がァァァァァ!!」

 

台詞の意味を全く理解できてない智佳がそのまま発言しようとするが、俺が遮るように全力で阻止する。しかし、やっぱり言いやがったか。高校2年生にもなって、まだその意味がすぐに理解できない純粋さは今時レアすぎる価値だ。そうだな、例えるならUR(ウルトラレア)を越えたLR(レジェンドレア)並み。課金しすぎるなよ、そこから先は地獄だぞ。

 

・・・・・・話が逸れたな。一旦価値の話がどうこうは置いといて、あまりにも致命的な弱点過ぎるものを背負った幼馴染にただただ呆れるしかなかった。本当にお前、あの鈴の影響でオタクになったんですよね、ちょっと今の見た後だと信じられないわ。

 

「ちっ、見事に邪魔されてしまったお・・・・・・」

 

「ちょっと、何で遮ったのよ?」

 

「お前さ、本当に鳴島の要求した台詞に何の悪意も潜んでないとでも思っているのか?」

 

「は、それってどういう・・・・・・?」

 

「あー、ちょっと耳貸せ。えっと、つまり、此処でいうバナナってのは・・・・・・」

 

智佳の耳元で今の台詞に潜んだ悪意について解説する俺。いや、何で俺が態々コイツの純粋さを挫くような真似しないといけない訳?えげつない程の罪悪感なんですけど。そして、俺の話を最後まで聞き終わった智佳は、いつものように思いっきり顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「なッ、何て事を言わそうとしたのよ、この変態!!」

 

「おほーっ、希望した言葉じゃないけど特上級のご褒美のお叱り、ktkr!」

 

結果的に、やはり意図しない方向で鳴島を喜ばせてしまうだけだった。しまった、教える場所を選ぶべきだったな。まぁ、変えたら変えたで鳴島への罵倒の代わりに、俺に照れ隠しのパンチが飛んできたかもしれないが。

 

「まぁ、それは置いておくとして、質問なんですけど。最近まで仲悪かったんしょ、何で二人共平然と一緒に行動できるん?」

 

「何でって――」

 

「そりゃあ――」

 

鳴島の素朴な質問に、俺と智佳は一瞬だけ顔を見合わせて、ほぼ同時に発言した。

 

「「幼馴染みだから」」

 

「あっ、今自分で地雷踏み抜いた気がしたお。畜生、リア充死ね。死ねじゃなくて氏ね!」

 

おいおい、自分で質問投げかけておいてそれはないだろう。そこでチラリと横にいる智佳の様子を見る。すると、いつも通りのツン、とした表情ではあるものの何処か嬉しそうな顔をしていた。

 

「それよりいいのか。お前らが会話に夢中になっている間で、既に学校祭はスタートしているぞ」

 

今までその場にいながら全く会話に参加してこなかった龍が、突然言葉を発する。その言葉につられて時刻を見ると既に9:30を回っていた。

 

「ホントだな、助かったぜ龍。ほら、行こうぜ智佳」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

その時、無意識下に智佳の手を取り、廊下の方へ向かう俺。そんな俺の姿を生温かい目で見送った龍は、隣にいた優海さんとこんなことを話した。

 

「フ、青春だな」

 

「そうだね、青春だねぇ・・・・・・」

 

二人共、孫の成長を見守りつつ、縁側で寛ぐ爺さん婆さんの気分でそれらを見ていたのだった。

 

「さ、まずは何処から回る?」

 

「そ、その前に手、離しなさいよ・・・・・・」

 

廊下に出た俺はそんな智佳の発言で漸く自分が彼女の手を握っていたことに気付いた。うわ、やってしまった。道理で何か凄く柔らかい感触があるなと思ったんだ。俺は慌てて、智佳の手を離した。

 

「す、すまん・・・・・・」

 

「べ、別にいいわよ、これくらい・・・・・・」

 

初めて掴んだ女性の手の感触。噂で聞いた以上の柔らかさ、強く握りすぎれば砕けてしまうようなちょっとした儚さみたいなものも感じた。恐らく、今の俺の顔は少し赤くなっているに違いない、智佳も先程よりはうっすらとだが頬を赤く染めていた。

 

「ゆ、祐都は、私と繋ぎたいの?」

 

「智佳、俺は・・・・・・」

 

少し夢見心地な顔で聞いてくる智佳のその質問に、俺は即答できずそのまま固まってしまう。待て、これは違う、俺と智佳はただの幼馴染だぞ。そう自分に言い聞かせるが、その努力も空しく心臓はバクバクと高鳴っていた。

 

「やっぱり・・・・・・嫌だったの?そう、どうせ私なんて」

 

「そ、そんな事ねぇよ。ただ、その、何気に初めてだったから答えが出てこなかっただけだ」

 

「えっ・・・・・・そっか、私が祐都の初めてなんだ」

 

智佳がその答えを聞いて、にっこりと微笑む。くっそ、その言い方だよ、言い方!聞いてて凄くドキドキすることをさらりと言いやがって・・・・・・心臓に悪いったらありゃしない。

 

「だったら、もうちょっと、握ってみる?」

 

「・・・・・・あんまり誤解されるとアレだから、少しだけな」

 

「もぅ・・・・・・誤解って何よ」

 

智佳の珍しく積極的な提案に誘われるがままに、俺は再び智佳の手を握る。人生で2度目に味わうふわりとした感触と僅かな温もりが手を通して伝わってきた。駄目だ、まだ暫らく慣れそうにない。

 

「あれ、コンピュータ室から出てきた瞬間、凄くいい雰囲気になってる!?」

 

「中で何かあったのかな、智佳ちゃん凄く嬉しそう」

 

「くそぅ、アイツら、朝の学校でドキドキに任せて交尾しやがったんだー!!」

 

「流石にそれはない、かな。ほら、中にパソコン部の人達全員いるし」

 

そんな様子を陰から見守っていた二人。すると鈴が、潜んでいることを忘れて騒ぎ始める。運が良いことに、その場は祐都と智佳が二人だけの世界に入っていた為、気付かれずに済んだ。

 

「それにいきなりそこまで進展はありえないでしょ、祐ちゃんと智佳ちゃんだよ?」

 

「確かにそうだけど~・・・・・・うぐぐぐぐっ!」

 

「あぁ、もう、じれったいなぁ!私、ちょっと今からやらしい雰囲気にしてくるぜ!」

 

「それはちょっと止めとこうよ・・・・・・」

 

さっきから夏希の静止も聞かずに興奮気味の鈴と、そんな鈴に付いて行けずテンションが下がりつつある夏希。テンションの乱高下が激しい空間がその場には確かに出来上がっていた。

 

「ま、まずは適当に何件か回るか」

 

「う、うん、祐都に任せる」

 

お互いにぎこちない動きで歩き出す俺達。勿論、道中でクラスメイトや知り合いにこんなところを見られるわけにはいかないので、智佳と繋いでいた手を離そうとした。しかし、そんな俺の手を逃がすまいと智佳が先程よりもがっちりと俺の手を強く掴む。少し痛い。

 

「・・・・・・ちょっと、何で離すのよ?」

 

「何でって、他の奴らに見られたら、色々めんどくさい事になるだろ」

 

「めんどくさくない。私は・・・・・・もうちょっとこうしてたい」

 

うぅ~ん、参ったな。俺としては、ほら、お前程の美少女が、俺みたいな奴と「もしかして、アイツら付き合ってるんじゃね?」って噂になるのは、罪悪感があるんだが。

 

「でもさ、お前だって嫌だろ。イケメンでもない俺と付き合ってるみたいな噂になるのはさ」

 

「それはもう聞き飽きたわ。別にいいじゃない、もう半分そういう噂は立ってるんだし」

 

「いや、だけどさ・・・・・・」

 

「それとも何よ、祐都は私とは嫌だって言うの?」

 

それは違う。確かに、俺みたいな男がお前みたいな奴と付き合えるってなら悪くない。いや、むしろ最高だ。だけど、俺にはまだその資格はない。だから、余計な情報源にはなりたくないんだ。

 

「そ、そんな訳ないだろ!?ただ、俺は智佳が・・・・・・」

 

「ねぇ、祐都。一回しか言わないからよく聞きなさい」

 

「アンタの言い分はただのエゴよ。第一、恋をするのに資格とかそんなのあるわけないじゃない」

 

「・・・・・・」

 

智佳のキッと釣り上がった目が、俺を真っ直ぐ睨む。その目が必死で何かを俺に訴えかけて来ているように感じ、俺は何も言い返せなかった。

 

「大体、自分勝手に噂をする奴らなんて気にする必要ないわよ。少なくとも、私は気にしない」

 

「智佳・・・・・・」

 

「だから、アンタも少しは自信を持ちなさい。祐都は、自分自身で思ってるより、ずっとマシな方だもの。そ、それに・・・・・・」

 

「私にここまで言わせてるんだもの、後は分かってるわよね?」

 

智佳の顔が再び赤く染まる。あぁ、そうか。俺はまた意固地になって、智佳を困らせてしまっていたのか。カッコ悪いな、またあの時と同じことを繰り返すつもりか。いや、気付いたからには繰り返させはしないし、それに・・・・・・幼馴染みに此処まで言わせたんなら、素直に受け止めないと、な。

 

「すまん、悪かったよ」

 

「分かったなら別にいいわよ。じゃあ、気を取り直して行きましょう?」

 

「あぁ、分かった」

 

離しかけた智佳の手をしっかりと握る。あぁ、大丈夫だ。きっとその誤解で色々面倒なことになったとしても、俺の強い幼馴染みなら何とでもするのだろう。俺の心配は杞憂だ。

 

「はぁ・・・・・・後ろで見てて冷や冷やした」

 

「そうだね~。でも、そこは裕ちゃんと智佳ちゃんだから、さ」

 

「あれで二人共まだお互いの本当の気持ちに気付けてないんだもんなぁ、面倒臭い二人」

 

「だね」

 

その背後では、同じ場所で二転三転する幼馴染み二人の様子を未だに見守る、幼馴染み達の姿があった。彼らが互いの気持ちの真意に気付くまで、まだまだ、彼らの苦労は絶えそうにもない。

 

 

「あ、見て、祐都。型抜き何てやってるところがあるわよ」

 

「へぇ、中々マニアックじゃねぇの。どっちが上手く削れるか勝負してみるか?」

 

「望むところよ、アンタには絶対に負けないんだから」

 

最初は1-Cの教室で開催されていた型抜き大会。最速記録保持者には後でラムネ8本が贈呈されるようだ。景品目当てではなかったが、俺は智佳と勝負する事に。そして、結果は同率一位。俺も智佳もほぼ似たような戦績で終わった。

 

「ラムネの早飲みね、勝負よ!」

 

「受けて立とう、後悔するんじゃねぇぞ」

 

次に参加したのは、外の体育館脇で開催されているラムネの早飲み大会。勿論、ここでも智佳と勝負することになるのだが・・・・・・二人共、制限時間内に飲み干すことが出来ず、失格となった。

 

「へぇ、此処は自作のイラストを描いて展示できるのね」

 

「イラストは専門外だから、俺はパス」

 

「じゃあ、少し待ってて。アンタが度肝抜くくらいのイラスト書いてやるんだから!」

 

「おー、テキトーに期待しとくわ」

 

また校舎内に戻って、今度は1-Aの教室で開かれているイラスト展示会の会場に足を運ぶ。智佳は何か血が騒いだようで颯爽と真っ白な用紙を手にして、黙々と作業を始める。あれ、そう言えば、1-Aって確かあの子のクラスだったな。

 

「あ、先輩!お久しぶりです、ウチのクラスの展示、見に来てくれたんですね!」

 

ふと思い出すや否や、その張本人から声を掛けられた。今年のパソコン部に入部してくれた唯一の新入生、夢野麻衣ちゃんだ。栗色の髪を片側にまとめて縛った、サイドアップテールが風に揺られてふわりと浮かぶ。

 

「よっす、麻衣ちゃん。俺の幼馴染みがお邪魔してるぜ」

 

「あ、さっきの方は幼馴染さんなんですね。てっきり、先輩の彼女さんかと思ってました」

 

「あー、まー、そう見られてもおかしくないとは思うけどな。違うんだな、これが」

 

「でもでも、先輩と結構お似合いだと思いますよ?」

 

彼女は特徴的な垂れ目を細めて、優しく微笑み返す。うーん、此処まで純粋に慕われてる子に言われると悪くないような気もしてくるというか反論しづらくなる。年下属性好きからしたら最高ですが。

 

「あ、もしあれなら先輩の小説のイラスト、あの人に担当してもらえばいいんじゃないですか!?」

 

「たはは、幼馴染みだからって、流石にそこまで面倒掛けさせるわけにゃいかないぜ」

 

「そうですか、折角イラスト付きで見られるいい方法だと思ったんですが・・・・・・残念です」

 

葵さんと同じくらいに、この子も俺の書いている小説の熱心な読者の一人であり、それに関する熱意は本当に素晴らしいものがある。下手したら、作者の俺以上に。

 

「出来たわ!見なさい祐都、私の最高傑作よ!」

 

麻衣ちゃんと話している間に、智佳のイラスト製作が終了したようだ。若干興奮気味に自分の書いたものを此方に見せてくる智佳。おぉ、これは・・・・・・!

 

「《黄金の錬金術師》のエドワードか。ホント好きだよな、お前」

 

「鈴の手伝いしてるんだから当然、等価交換よ!」

 

テンションが大分上がっているようで、エドが錬成する時のポーズをしながら、そう答える。うん、こういうところは本当にオタクなんだなぁとマジで思うわ。疑いようない事実だね。

 

「わあぁ、下書きなしでこんなに上手く・・・・・・凄いです、先輩!」

 

「分かってるじゃない・・・・・・って、アンタ誰よ?」

 

「あ、えっと、1-A所属の夢野麻衣です。向坂先輩とは同じパソコン部の先輩後輩の仲ですっ!」

 

麻衣ちゃんが敬礼のポーズを取りながら、答える。あ、今の《Chaos;Ahead》の色幡梨子の『ビシィ!』に似てる。まぁ、彼女オタクじゃないから知らんだろうけど。

 

「ふーん、パソコン部の、ね。私は川知智佳よ、よろしく」

 

「はい、よろしくです、川知先輩!」

 

「アンタのタイプっぽい子がいるじゃない、良かったわね」

 

「そんな目で見んなし、俺は尚紀みたいな性欲魔人じゃないぞ」

 

智佳が何かを察したかのようなニヤニヤ顔を此方に向けてきたので、俺は即座にそっぽを向きながらぶっきら棒に答える。麻衣ちゃんはそのやり取りを見て、申し訳なさそうにしつつも、くすくすと笑っていた。

 

「あ、て言うか、もうこんな時間じゃない。祐都、お昼食べてさっさと準備するわよ」

 

「え、もうそんな時間・・・・・・って、マジだ!よし、急ごうぜ、智佳」

 

「あ、もしかしてそろそろ先輩方のライブですか?友達も連れていくんで、楽しみにしてますね!」

 

時刻を確認して、速足でその場から退散する俺達に、麻衣ちゃんは笑顔で手をブンブンと振ってお見送りをしてくれた。龍の審美眼は伊達じゃないな、今時絶対いないよ、あんな子。

 

「もうそんな時間か、時が経つのは早いなぁ」

 

「ほら、早くいかないと、鈴ちゃん遅れちゃうよ?」

 

一方、後ろにいたこの二人の耳にもその情報は入り、鈴は夏希の言葉に押されるように、重い腰を上げた。欲を言えば少し物足りなかった、とでも言いたげな表情をしながら。

 

「分かってるってば。じゃ、ナツー、ライブ会場で待ってるからなー!」

 

「うん、いってらっしゃーい!」

 

そして、鈴はその場から駆け出すと、偶然出会った艇を装って、お昼を食べようと移動していた祐都と智佳の二人と合流した。その様子を夏希は静かに見守る。

 

「いいなぁ、俺もあの中に入りたかったな・・・・・・」

 

自分とそれぞれ縁のある三人が遠くで談笑している様を見て、ちょっと羨ましく思う夏希であった。

 

 

「――さ、いよいよ本番だ。キミ達、準備はいいかな?」

 

時間は少し飛び、現在13:30。そろそろ、生徒も来賓で来ていた人達もお昼を食べ終わって、体育館のステージ前の座席に腰を下ろし、ライブの開催を今か今かと待ちわびている頃だろう。美月先輩がその様をステージ脇から確認した後、全員に確認を取る。

 

「午前中に色々見て回ったお陰でプレッシャーが吹き飛んだわ、万全よ!」

 

「劇的な舞台に似つかわしい劇的な演出にしようぜ」

 

「おおっ、大きく出たなぁ、向坂~。よーし、私も頑張る!」

 

それを受けて、各々が今の意気込みを自由に語る。俺の弱気な内面よ、頼むから今だけはどうか、黙っといてくれ。

 

「うん、皆それぞれ、いい時間を過ごせたみたいだな」

 

「はい、お陰様で。それで、美月先輩は誰かと回ったりしたんですか?」

 

「私か?私は途中で尚紀君と回っていたよ、やっぱり彼は面白い子だな」

 

俺は緊張を紛らわすために思い切って、美月先輩に一緒に回っていた相手を聞いてみると案の定尚紀の奴と一緒だったという。どうやら、美月先輩の中で奴は余程お気に入りのようだ。

 

「それじゃあ、開演の為の最終準備だ。皆、行こうか」

 

「「「はい!」」」

 

俺達はまだ幕の開いていないステージ上へと歩みを進める。今まで、こんな活動とは関係ないパソコン部のみでの活動だったというのに、いつの間にかこんな事になってしまった。だけど、悪い気はしない。何故なら、この活動こそが俺が長年抱えていた苦悩を解消するきっかけになった訳だし、パソコン部の面々も俺に触発されたのか最初の頃と比べて活動に積極的になりつつある。当初俺が望んでいた、変わり映えのある日々がまさに此処にはあった。

 

 

――そして、物語はいよいよ中盤戦へと突入する。

 

 

                                                                    Shift9 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

『次回、パソコンのある日常第十話!』

 

 

『違う。次回、パソコンのある日常第十話「夏休み-休息編-」。って合ってたわ、すまん』

 

 

『まぁ、中盤戦って言ってもあんまり実感ないわよね』

 

 

『いや、そこは言ってやるなよ!?』

 

 




平田ボイスに前書き乗っ取られたでござるよ……海色桜斗です。


サントラの「アバン」を聞きながら読み上げてみてね!


次回更新は10月22日(木)15:00更新です、次回から中盤戦ですよ、お楽しみに。

※ジャンルを日常から恋愛へ変更しました。変わらぬご愛顧の程、よろしくお願いいたします。


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Shift10「夏休み-休息編-」


皆さん、お待たせ致しました。今回から遂に夏休み編に突入でございます。
しかし、今回は今までの作風とは何やら様子が違うようです。さて、急遽の変更とも言えるこの仕様を前に、この作品はどのような展開を迎えていくのでしょうか。
本日の舞台はこの世界で大人気のVRMMORPGゲーム《スカイクラッド・オンライン》。初期構想を忘れ、今になって思い出したこの設定を使う挑戦が、果たしてこの1話で綺麗に納められるでしょうか。

それでは、VRMMOファイト、レディ・ゴー!!



「こうやって朝からログインするのは久しぶりだな・・・・・・」

 

時刻は午前8:30。何故、俺がこの時間帯にゲーム内に潜っていられるのか。その答えは、ずばり夏休みだからである。昨日に漸く、長かった1学期が終業式という名の集会を以って終わり、今日から楽しい夏休み。きっと世間では友達と何処かへ遊びに行ったり、大勢でわいわい燥ぐ様な毎日を送っている学生がほとんどだろう。

 

だが、俺は違う。何故なら、この後に控えている大事な目的の為に予算を確保しておく必要があり、外出しての散財を防がねばならないのだ。だからこそのVRMMORPG、なればこその《スカイクラッド・オンライン》なのである。

 

「誰でもいいからログインしてないかな」

 

俺はメニュー画面を開き、フレンドリストを表示した。因みに、このゲームでは誰かログインしているのであれば、此処に表記される名前の横に旗が立つシステムになってる。

 

「鳴島と修二と尚紀はログインしてるみたいだな。流石は廃人勢だ、面構えが違う」

 

まぁ、レベル帯で言えば、そんな奴らに付き合えてる時点で俺も紛れもなく廃人仕様なんですけどね。プレイヤーネームはFire、レベルは90、クラスはEXジョブの《二刀流》。装備も中々いいものが揃ってるんだけど、解説すると長くなるので止めておこう。

 

「さて、鳴島達でも呼ぼうかな」

 

そう思って、対象の3名にチャットで呼び出しを掛けようとした時、フレンド欄の一番最後の行に表記されている名前の横に旗が立ち、そのお方からフレンドコールを受けた。フレンドコール、というのは相互フレンド間で認可されている相手を呼び出す機能の事。機能的には、俺が先程打とうとしたチャットよりも格段に効率がいい(※なお、この先から既出ネームはカタカナ表記とする)。

 

「プレイヤーネームHibiki、って事は慧巳さんか」

 

そして、意外にも慧巳さんが近くにいることが分かり、俺はその場所まで移動することにした。

 

「――あっ、ファイア君、おはよう」

 

「おはようさん、この時間帯からアクセスしてるのは珍しいですね」

 

タウンショップがずらりと並ぶ中央広場のところに、彼女はいた。近くに彼女とパーティを組んでるプレイヤーがいるけど誰だ?まぁ、今のところは触れないでおこう。

 

「あはは、実はこの子に呼び出されちゃって」

 

「フフフ、ゲーム内では初めてだね、青年よ」

 

「は、はぁ・・・・・・初めまして」

 

如何やら、慧巳さんは現在一緒にパーティを組んでいるプレイヤーに呼び出されたようだ。にしてもこのプレイヤー、大分胡散臭い喋り方をする。ロールでもしてるのか?

 

「普段から顔合わせてるはずだから、ファイア君だったら分かるはずだよ」

 

「いや、全然分からん」

 

「ゲーム内でのリアルネーム発言は厳禁だからね。口調で察しておくれよ、青年」

 

と、言われましても。俺が現実であったことがある人で、普段からこういう口調で話す人と言えば・・・・・・あぁ、そうだ。一人だけ凄い心当たりがあった。慧巳さんと一緒ってところがネックだな。

 

「あー、大体理解しました。Kotoriさん」

 

「理解が早くて助かるよ、青年」

 

「せめてプレイヤーネームで呼んで下さいな」

 

「うんにゃ、私的にはこの呼び方が気に入ったんだぁよ♪」

 

流石は優海さん、ネトゲ世界でも自由な人だ。しかし、この二人、どちらも魔法系だな。パーティ組むんならあと一人くらい前衛が欲しい所だ、またはタンク役。

 

『如何やら、俺の力が必要のようだな』

 

そんな事を思っていたら、チャット欄に一通のチャットが入る。名前はKaruma。成程、龍か。

 

「なぁ、二人共。これからカルマが来るみたいなんだが、合流しないか」

 

「カルマって・・・・・・あっ、うん、いいよ」

 

「アバターの姿見たらきっと一発で分かる奴だね、これは」

 

女性陣二人も当然の如く、心当たりがあったようだ。そりゃあそうだ、知り合いの中でこの名前を使うのはもう龍の奴しかいないからなぁ。

 

その場で待つこと数分後、黒のテンガロンハットとコートを装備したプレイヤーが現れた。カルマだ。

 

「ファイアにヒビキ、そしてコトリか。成程、初見の彼女に関しては大体察したぞ」

「流石はカルマさん、超速理解助かるよぉ」

 

「おはよう、カルマ君」

 

よもやこのゲーム内にパソコン部員全員が集結することになろうとは。やはり、皆例の予定に合わせてあまり出費しないようにしているんだな。女性陣は違うと思うけど。

 

「それで、今日集まった理由は何なのだ?」

 

「ふっふっふ、実はヒビちゃんが前々からなりたかったEXジョブ《巫女》の習得クエストを是非手伝ってもらいたいと思ってねぇ」

 

「成程、ついにその境地に挑むか。その先は地獄だぞ」

 

「それは分かってるけど、でも、どうしても習得したいの。お願い!」

 

EXジョブ《巫女》。今年に入ってから実装された新しい特殊上級クラスで、そのクエストの難度も相まって中々取得しようと目指す人は少ない。しかし、そんな野郎共のみでは考えなかった未踏のクエストに挑めるのは正直ワクワクする。カルマも顔をニヤリとさせていた。

 

「ファイアも異議がないようだな。では、本日のパソコン部の活動内容はヒビキ嬢のEXジョブ取得任務とする・・・・・・だらだらプレイしているパソコン部員諸君、全員集合!」

 

声高らかに、龍が自身が創設したギルド《ディスティニーブレイカーズ》のメニュー欄から、ギルドメンバーコールをタップする。あ、因みにさっきのフレンドコールのギルドメンバー全員に届く版ね。

 

『おぉ、何か珍しくカルマ氏からお誘いが来たお。何かあったん?』

 

『態々ギルメン全員に呼び出しとか、余程面白いクエストなんだろうな?』

 

『今日の俺は紳士的だ・・・・・・すぐに行くぜぇ』

 

コールを発した後、すぐにログイン済みだった例の3名から次々とチャットが跳んできて、そのままこの場に続々と転移してきた。

 

「カルマ氏の何やら楽しそうな雰囲気につられて、ってそこにいるのはヒビキ氏ですな」

 

灰色のフード付きマントのフードを、頭からすっぽりと被った不気味な出で立ちのプレイヤーが口を開く。プレイヤーネームCoffin。大体察せたと思うが、奴は鳴島が使うプレイヤーキャラだ。

 

「ったく・・・・・・既に周回済みのクエだったら承知しねぇぞ」

 

そんな悪態をつきながら現れた、先々月辺りにコラボしていた『ブレイズブルー』のラグナ装備一式で身を固めたプレイヤーが後に続く。プレイヤーネームRaguna。コイツは修二のキャラだ。

 

「クエストを制す者は英雄を制す・・・・・・俺、参上!」

 

全身青タイツに大斧を担いだ灰色い長髪の、容姿とキャラが全然かみ合っていないプレイヤーが最期に姿を現す。プレイヤーネームBarbatos。言わずもがな、尚紀のキャラだ。

 

「それで、ヒビキ氏と既にパーティ組んでるコトリ氏ってのは、誰ぞ?」

 

「敢えて言おうか、パソ部の高級サーバーマッスーン」

 

「おk、把握した。じゃあ、次に要件を伺うお」

 

コフィンがカルマに要件を聞き始めると、他二名も続いて近くで聞き耳を立てる。ま、恐らく全員が異議なしとは思うが。だってコイツ等廃人だもの。

 

「ふむ、そういう事なら即答おkですお。情報屋としてもいい加減情報掴みたかったしな」

 

「へぇ、未踏のクエと聞いたらやりたくなってきたな。いっちょ、やってやろうぜ!」

 

「へへっ、血が滾るぜぇ・・・・・・!」

 

と、言うわけで3人がやる気になったのを確認して、全員とパーティを組んでからクエストに挑むのであった。

 

 

「ほうほう、やはり巫女と言うだけあって、フィールドは神社な訳ですな」

 

「では、戦闘時の配置は前衛職の俺とファイア、ラグナとバルバトスに分かれて、それぞれ前・後方に。コフィンはその間で中距離から敵の廃掃を。ヒビキとコトリは中央部で術行使して援護してくれ」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

一応、レベル帯が高い俺達は、少しばかり低いレベル帯の術師の二人のレベル上げも兼ねて、周辺の雑魚敵を一掃しながら、クエストを進めていくことにした。

 

「接敵した、作戦通りに行くぜ!」

 

「喰らいやがれッ、紅蓮崩牙!!」

 

「爆ぜよ豪炎、全てを飲み込み灰塵と化せ。エクスプロート!」

 

エンカウントした雑魚敵を相手に、修二が後方から迫る敵を範囲技で薙ぎ払う。その奥にいた術を使うエネミー群も、優海さんの放った火属性の上級魔法で一気に消し飛んだ。

 

「援護します、エンハンス・シフタ!」

 

「ぶっ飛べ、双翼・華月!!」

 

「その身に刻め、烈風次元斬!」

 

慧巳さんの援護で俺と龍のステータスにバフが盛られ、より強烈な一撃となった技が炸裂する。俺の双剣が華麗な一閃を描き、続いて龍の刀が周囲に複数の弧を描く。

 

「フ、久しぶりの大人数での戦闘は心が躍るのだぜ」

 

「あぁ、精々楽しめよコフィン。今日は間違いなく、攻略し甲斐がありそうだからよっ!」

 

目の前の敵を薙ぎ倒しながら、背中合わせで戦う俺と鳴島。今流行りの異世界転生とかではないけれど、仮想現実の中でしか体験できないこの感覚は、何年やっても飽きることはない。現役中二病なら猶更だ。

 

「増援も来たみたい・・・・・・お願い、ファイア君!」

 

「任せとけ、ヒビキさんとコトリさんは、引き続きサポート頼んだ!」

 

「此方も任されたのだよ、ファイア君」

 

二人のいる中央付近に湧いて出た敵の存在を確認すると、俺は鳴島と前衛中衛を交代し、すぐに援護へ向かう。合流した二人の手厚いサポートを受け、周囲の敵を葬っていく。

 

「あんまり無茶はすんなよ、俺が半分貰い受けるぜ!」

 

「助かった、バルバトス。お前も頑丈さを過信してやられるんじゃねぇぞ!」

 

更に敵の反応が増えた時、尚紀が自身にヘイトを集めて、俺に狙いをつけていた敵の半数を自身のいる後衛エリアへと誘いこむ。流石はネトゲ廃人級の強さを持つだけある、斯く言う俺も大して変わりないわけだけどな。

 

 

フロア毎にいるエネミーを拾いこぼすことなく殲滅しながら、階層を進んでいく俺達。そのまま、それと無く踏破していく事、小一時間程。エリアも漸く終盤に差し掛かったようで、エネミーの強さも一際強くなってきた。

 

「ファイア君達のお陰で私達も大分強くなってきたみたい、ありがとう」

 

「フ、礼を言うにはまだ早いぜ、ヒビキ氏。その言葉はボス撃破後に取って置くんだぜ」

 

「いよっ、流石はコフィン君、ゲーマーの鏡だねぇ」

 

「真の廃ゲーマーの素質は、常に楽しむことを忘れない心にこそ宿るのだぜ?」

 

美少女二人に囲まれて、若干テンションが上がっている鳴島。現実世界でこの二人に囲まれても何も思わないのだろうが、ゲーム内であれば話は別だ。彼女たちが作り上げた、最高に可愛いエディットキャラのデザインをガン見し、思い切り堪能している。

 

「へっ、久々にログインしたから実力が落ちたんじゃねぇか、カルマ」

 

「何、元々お前のようなネトゲ廃人には敵わん事に変わりなかったよ、ラグナ」

 

その後方では、龍と修二が互いを煽りあって何やらバチバチとしていた。うーん、此れはいつも通りの展開。この後、修二だけがヒートアップして、冷静さを保った龍に悉く躱されるのだろう。哀れな。

 

「そう言えば、ファイヤさんや。ログインする前にちーちゃんの事、誘わなかったのかい?」

 

「いや、それが、コミケ後のプールで着る水着を選びに行くみたいでさ」

 

「ほほぅ、確かにそれは大事だねぇ。一緒に行かなかったのかい?」

 

「行く気はなかったんスけど、昨日の夜に本人から来るな、とお達しがあったもので猶更」

 

優海さんが口にした「ちーちゃん」とは、俺の幼馴染みの川知智佳の事である。アイツは今頃、鈴と美月先輩の軽音楽部メンバーで集まって新しい水着を買いに行く為、待ち合わせ場所に向かっている所だろう・・・・・・別に、一緒に行きたかったわけではない。

 

 

一方、現実世界では――

 

「へっ、くしゅん・・・・・・!」

 

「おぉ~、どうした、ちー」

 

「・・・・・・ん、分かんないけど、誰かが私の噂してるのかも」

 

「成程、それはもしかしなくても向坂だね、きっと」

 

ちょうど電車に乗り合わせた智佳と鈴が、仮想現実で噂されていることに感づいていた。因みに、今は美月の住んでいる場所の最寄り駅に向かっている所である。

 

「ちょっと、何でそこで祐都が出てくるのよ」

 

「いや、だって、ちーが連絡したことで今日の私たちの予定知ってるの、私たち以外で向坂だけじゃんか。まぁ、余計かどうかは置いておくとして、ね」

 

「明日ゲームやろう、って昨日メールで誘われてたんだから、しょうがないじゃない」

 

「へぇ、それってもしかして《スカイクラッド・オンライン》の事かな。あちゃー、そっちに行けばよかったかぁ~」

 

祐都が今話題のVRMMOをプレイしている事を聞いて、大袈裟にショックを受けたリアクションを取る鈴。同じ電車に乗っている数名が、何事か、と鈴の方を向いて気にする素振りを見せる。しかし、智佳にとっては、長年一緒にいるこの友人のオーバーリアクションは見慣れたものであった為、特に動じることはなかった。

 

「まぁ、いっか。今日はちーと向坂が仲直りしてからずっとご無沙汰だった、久しぶりの女子会みたいなもんだしね。同性同士、仲良くしようぜぇ~、ちー」

 

「ちょっと、止めてよ。気持ち悪いわね」

 

「冷たいこと言うなよー、親友だろ~?」

 

そして、いつもの如く鈴にウザ絡みされる智佳。極めて冷静に毒を吐きつつ、智佳も久々ともいえる女性同士の語らいの場を心の底から楽しんでいたのだった。

 

 

――そして、場所は戻り、仮想現実内にて。

 

「コトリさんはもう買ったんですか、新しい奴?」

 

「フフ、気になるかね、青年」

 

「そりゃあ、まぁ。気にならないかと言えば、嘘になりますね」

 

「ん、君のそういう素直なところは嫌いじゃないなぁ。特別に教えて進ぜよう」

 

失礼かな、と思いつつも優海さんにその話を振ると、彼女は割とノリノリで教えてくれた。如何やら水着の方は、既に昨日の時点で慧巳さんと共に選んできたらしい。流石はリア充サイド、行動力の化身だ。

 

「ところでそう言う君は、買ってあるのかね?」

 

「俺は、去年買った奴でいいかなと思って今年は買ってないっスね」

 

「ふむふむ。しかし、それで良いのかな、青年よ」

 

優海さんが何か言いたげな表情で此方を見ているが、俺にはその意味がよく分からなかった。一方、話を振られた男子達は一様に口を揃えてこう言った。

 

「「「「買ってない(ぜ) (お) (な)」」」」

 

「・・・・・・君等、本当に今を生きる男子諸君かね?」

 

予想通り、漏れなく男子全員が滅法疎かったようだ。まぁ、今でこそ女子部員兼リア充サイドのお二人が加入したとはいえ、非リア充共の塊が集まる巣窟みたいなところだったからね、パソコン部は。

 

「別に、気を抜かなければそんなに体系変化することもないしな」

 

「引き籠りだからと言って部屋の中で何もしていない訳ではないのだぜ」

 

「俺様は特に気にする必要はないぜぇ、何たってパーフェクトボディだからな!」

 

「お前はもう少し痩せておけ、その内相手にされなくなるかも知れんぞ?」

 

「うっ・・・・・・そ、そうかな。よぉし、じゃあ頑張ってみるぜぇ!」

 

そして、男性陣が一斉に買ってない理由を求められてもいないのに話し出す。意外にも運動部経験者が多いこの部の男性陣は、陰ながらの努力を怠っていないようだ。尚紀以外は。

 

「そっかぁ。いいねぇ、男子諸君は。女の子は少しでも気を抜くとすぐ変わっちゃうから。こことか」

 

そう言って、優海さんが自キャラの胸元を指さすと、その場の男性陣全員の注目がそこの一箇所に集まる。うーん、やっぱり、性には抗えないよ、仕方ないね。

 

「おっと、君等には刺激が強すぎたかな?」

 

「へっ、残念だが、御姉様と比べたら大した事な・・・・・・」

 

「尚紀、それ以上はいけない」

 

優実さんの煽り文句に反論する形で尚紀が発言しようとした言葉を、俺は慌てて遮った。テメェ、幾ら美月先輩に心酔してるからって、言い方ってもう少し考えられんのか、大馬鹿野郎め。

 

「成程、成程。確かにその通りだぁね、君の考えが良く分かったよ」

 

あ、駄目だ、遅かった。優海さんにはその発言が最後まで聞き取れずとも、何を言おうとしたかは察せたらしく、尚紀ににっこりと笑みを向ける。勿論、その目は決して笑っていない。

 

「あ、あれ?俺様、何か悪い事しました?」

 

肝心の当人は、そんな異世界転生系に登場する、典型的な主人公のような台詞を宣っていた。

 

「おいおいおい。アイツ、死んだわwww」

 

「ふむ、スマホ太郎ですか・・・・・・死んだわ、アイツwww」

 

「まるで将棋だな」

 

俺と鳴島と修二はそれを見て、適当な話を交わして、最初から奴とは他人だったが如く明後日の方向を向いて知らないふりをする。だが、次の瞬間、奴は何を思ったか盛大に開き直った。

 

「フ、だが、どうするよ、コトリィ!俺様はレベル90の戦士で、お前はレベル70の魔法少女!PVPを仕掛けたとしても圧倒的に俺様が有利なんだぜ!?」

 

因みに、PVPとはプレイヤー間で行われる対戦バトルの事を指す。いや、待て、尚紀よ。問題はそこじゃない。

 

「甘いね、青年よ。PVP以外で君を屠る方法もあるのだよ、ポチッとな」

 

そう発言した優海さんが手元に表示して押したのは、通報ボタンであった。この機能はゲーム内での犯罪行為や各種ハラスメントに引っかかる行為・言動をした悪質なユーザーを強制ログアウト・垢BANさせることのできる機能だ。公式が情報を掴んだ場合に限り、その場で強制ログアウトの刑に処され、後に過去の行いや発言を調査されて、最悪アカウント凍結・停止に追い込まれたりする。

 

「は?ちょ、待っ――」

 

反論しようとした尚紀であったが、その抵抗空しく、捜査の手が早いと定評のある公式から一時的な強制ログアウトの刑を喰らい、その姿が一瞬で掻き消えた。今頃、ベッドの上で咽び泣いている事だろう。とは言え、今回ばかりは本人に悪気はなかったはずなので後で慰めに行ってやるとするか。

 

「ささ、先に進もうか、皆の衆」

 

「あ、あはは・・・・・・じゃあ、この後もよろしくね、皆」

 

「そうだな。後衛兼ヘイト役がいなくなってしまったが、まぁ、何とかなるだろう」

 

「フフ、バルバトスが死んだか。しかし、奴は我等廃人四天王の中で最弱・・・・・・!」

 

「廃人四天王って誰の事だよ、誰の」

 

怒れる優海さんを筆頭に、俺達は最終フロアを目指した。触らぬ神に祟りなし、くわばらくわばら。

 

 

そして、遂にクエストの目的地である最終フロアへと到達。奥にはフロアボスらしき巨大な影が俺達プレイヤーを待ち受けていた。すると、鳴島はそのボスの姿を見るなり、叫ぶ。

 

「おおおおっ、アイツは!」

 

「何だ、コフィン。見たことあるのか?」

 

「え、おまい覚えてねーのかよ。アイツだぜ、βテスト時の50層の階層ボスで、本仕様で別のボスモンスターになってたからリストラされたって一時期話題になってた奴だお」

 

「話題って・・・・・・あぁ、アイツか、思い出した!」

 

最初はピンと来なかったが、鳴島の説明を聞いて、俺の脳内に電流が走る。そうだ、アイツは!

 

ブレイドサーベル・ナイト。《スカイクラッド・オンライン》のβテスト時に第50層の階層ボスとして実装されていた巨大な騎士型モンスター。特徴的な深紅の鎧を纏ったその姿に、胸を打たれたプレイヤーが少なからずいた。同時に、奴の繰り出す容赦のない攻撃に戦慄したプレイヤーも少なくない。必殺技は、手に持つ漆黒の魔剣から放たれる、ブラッディ・エンハンスだ!

 

「今の俺達にも打ってつけの相手、という事か。《ディスティニーブレイカーズ》、行くぞ!」

 

「「「応よっ!」」」

 

「「どんどん援護するよ!」」

 

本階層から追放され、フロアボスとなり果てた奴と遂に決戦の時を迎えた。あの時のボコボコにしてくれた礼、今たっぷりと返してやるぜ!!

 

『■■■■■■■■■■ーッ!』

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ、ディバイド・パリング!」

 

最初に、修二が奴の正面まで突っ走り、振り下ろした漆黒の魔剣の一撃を受け流し、弾き飛ばす。敵はその勢いに押されて一瞬、足元がふらつく。今だ!

 

「皆、気を付けてね。デバンド・ウォール!」

 

「あの時の俺等と一緒だと思うなよ?クロス・エスパーダ!」

 

慧巳さんの援護でメンバー全員の防御力にバフが乗り、コフィンの目にも止まらぬ斬撃で敵のHPがガリガリと順調に削られていく。

 

『■■■■■■■■■■■■■■ァァァ!!』

 

突如、奴の咆哮が響き渡り、超近接距離で粘って攻撃を続けていた鳴島が吹き飛ばされる。あの距離だと流石に《暗殺者》のジョブの防御力だと耐えきれない。どうする?

 

「俺は生憎βテスターではなかったものでな、お前とは初めてやり合うことになるか。此処でお前の強さを噂通りか確かめてみるのも一興だな。覚悟しろ、シグマ・エリュシオン!」

 

「聖槍よ、全てを穿ち、地を這う愚者に救いの裁きを・・・・・・セイクリッドランス!」

 

鳴島を守るように奴の前に立ち塞がった龍が刻印刀を振るい、その後ろから詠唱を完了した優海さんによって、槍の形をした八つの光が、奴の身体を深く貫いた。

 

『■■■■■■■■■■ォォォ・・・・・・!!』

 

「ぐっ、しまった・・・・・・!」

 

しかし、すぐに反撃に出た奴の攻撃で龍がスタンしてしまう。それを隙と見た奴は行動できないのをいい事に、標的を龍に絞り、斬撃を繰り出す。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

何発か攻撃を直に喰らった龍のHPバーが赤く染まり、奴が止めの一撃とばかりに剣を振り下ろす。しかし、その攻撃は敏捷を最大強化した俺の乱入により失敗に終わる。

 

「すまない、助かった・・・・・・!」

 

「いいって事よ。コフィン、今すぐポーションでカルマの回復を頼む。ヒビキさんは俺にバフを全開で盛ってくれ、コトリさんは引き続き上級魔法連打!ラグナ、もう一回パリング頼む、アレを使う!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

やはり、あの時と同じで一筋縄ではいかない相手ってわけか。なら、あの時は居なかった援護要員のバフ全部乗せで俺の《双剣》スキルで最大級の威力の技を叩き込むしかない。

 

「行くよ、ファイア君!シフデバライド、アドミスト・フォール、バイタル・ネウスト!」

 

「よし、こっちの準備は終わったな。頼むぜ、皆」

 

「さぁ、とっておきの披露、行ってみようか。最大展開、フローレス・エンハーレ!!」

 

慧巳さんの援護魔法の上乗せでステータスが一時的に限界値まで強化され、優海さんの放った無数の光の刃が雨霰の様に奴に向かって飛んでいく。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!』

 

「来たぞ、奴のスキルのブラッディ・エンハンスだ!」

 

「待ってたぜ、この瞬間をよォ・・・・・・!喰らいやがれ、ディバイドエンド・パリング!」

 

『■■■■■■■■■■ッ!?』

 

奴の漆黒の魔剣が赤く光り輝き、必殺の一撃を放とうとする。俺の合図を受けた修二は、その一撃を受け止め、見事、弾き飛ばすことに成功する。奴の身体がその衝撃で思い切り吹き飛ぶ。今だ!

 

「喰らえ、紅の三十二連撃・・・・・・スカーレットバースト・イクリプス!!

 

刹那、奴の身体に俺が振るう二振りの剣から織りなされる、怒涛の三十二連撃が、赤い剣閃を描きながら一撃、更に一撃と叩き込まれていく。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ォォッ!?』

 

当然、奴も棒立ちのままでなく此方に反撃の刃を何発か繰り出してくる。徐々にHPが削られていくが問題ない。この技を発動出来てればこっちのもの、後は粘り勝つだけだ!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「二十九、三十、三十一・・・・・・これで、止めだぁぁぁぁぁッ!!」

 

『■■■■■■■■■■■■■■ァァァ・・・・・・!』

 

最後の一撃が奴の胴体に叩き込まれた瞬間、奴のHPが0になり、断末魔を上げて砕け散る。そして、空中にQuest Clear!!の文字が浮かび上がり、その場にいた全員が勝利に打ち震えた。

 

「「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

「やった、やったよ、ヒビキちゃん!これで念願の《巫女》クラスにジョブチェンジ出来るね!」

 

「う、うん!本当に、本当に良かった・・・・・・!」

 

「フフフ、まさかこのクエストのフロアボスがβテストの時に一番人気があったモンスターだったとは。コイツは帰って攻略サイトにまとめれば、閲覧数更に増加間違いなし・・・・・・これで勝つる!」

 

「これで我がギルド《ディスティニーブレイカーズ》の活動も忙しくなる、か。受けて立とう」

 

こうして、一同は見事、EXクラス《巫女》の習得クエストを制覇したのであった。しかし、彼らは気付かなかった。そんな勝利に沸き立つ自分達を、陰から見守る一人のPCの存在がいる事を。

 

「ふふふ、やっぱり楽しそうだな。あのギルドは」

 

「私も、今のギルド抜けて、あそこに入っちゃおうかな」

 

華麗にたなびく栗色の髪、紺色のセーラー服に身を包み、腰には一本の刀がぶら下がっている。()()()()()()気の向くままに生きる彼女は、ふと、そんな事を呟いた。

 

「ん・・・・・・?」

 

「おい、どうした、ファイア。帰投するぞ」

 

「あぁ、悪い。何か、あそこの陰に誰かいた気がしてさ」

 

タウンに帰投する前に、俺は奥の柱に気配を感じて視線を向ける。しかし、そこには誰も居なかった。俺の気のせいかな・・・・・・。

 

「えぇ、何それ怖い。まさか、心霊スポットにもなるん、このマップ?」

 

「んな訳ねーだろ、アニメじゃあるまいし。とっとと行くぞー」

 

鳴島が適当に話を茶化して乗ってきたが、そんなわけないかと思って、俺はその場から視線を外す。結局、先程感じた視線というか気配みたいなものの正体を掴むことが出来ず、俺達はそのままタウンへ引き返したのだった。

 

 

「いやぁ、終わった、終わった・・・・・・あれ、この話、続くの!?」

 

 

                                                                   Shift10 To be continued... 

 

 

Next Shift...

 

遂に夏も本気を出してきて、待ちに待ったコミケの時間だ!襲来するオタクの波、噂通りの超満員の人口密度、そして色々楽しませるのが上手いスタッフの方々。会場全体の雰囲気が景観と比べて物々しく感じないのもここに理由があった訳か、納得だね。お楽しみのプールの前の前哨戦、無事乗り越えてやろうじゃないの。次回、パソコンのある日常第11話「コミケ夏の陣、そしてミーミルの泉へ-戦場の絆編-」。次回は満を持して、あの人の登場だ。楽しみにしててくれよな!




予定より少し遅れました、すみません。

そして、今度は前書きを謎の人物に奪われてしまったようです。



突然ですが、本日の19:00頃、異世界オルガ系で新しい作品上げたいと思います。


鉄血のオルフェンズ5周年に合わせて企画した特別作品、ご期待ください。


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Shift11「コミケ夏の陣、そしてミーミルの泉へ-戦場の絆編-」


いよぅ、妄想してるかい?お楽しみは後に取って置こうよ。

今回はお待ちかね、コミケとお風呂のお話だぃ。お母さんには内緒だよぉ~?

んじゃ、お先にひとっぷろ頂くぜぃ!!


――む、来たようだな。相変わらず熱心で此方も助かっている。

 

さて、今回はオタクの祭典と呼ばれる「コミケ」、通称「コミックマーケット」が舞台の話だ。

 

今ではニュースにも取り上げられる程、常識と化したこのイベントの起源は、遡る事1939年。アメリカのニューヨークで行われたワールドコンという行事がそれに当たる。最も、今のような漫画やSFを題材とした同人誌なるものが売り出されたのは1960年代になってからだったが。

 

そして、我が国である日本で初めて開催されたのが、1975年12月21日。

 

成程、初回からもう既に50年経っていることになるわけか。そう考えると中々感慨深いものがあるな。

 

今でこそ当たり前となっているものも、こうして歴史を振り返ってみると興味深いものが多数ある。諸君も同じく同胞で興味を持ったというならいろいろと調べてみるのも面白いだろう。

 

本日の講座はここまでだ。我がパソコン部は絶賛部員募集中だ、次回も来てくれると助かる。

 

では、本編を楽しんでくれ。・・・・・・何、作者は行ったことがあるのか、だと?

 

フ・・・・・・残念ながら、作者はまだ一回も行けたことがないそうだ。田舎の民の、辛い現実だな。

 

 

「はふぅ・・・・・・ねみぃ」

 

時刻は現在午前4時半。集合場所である秋田駅に予定時間より30分前についた俺はベンチに座りながら欠伸をしていた。一応、昨日は早めに寝たがそれでも時刻が時刻だ。眠いのは当たり前である。辺りに霧が立ち込める無人の空間。WAO、何てファンタジック・・・・・・馬鹿野郎。

 

「オタクの朝は早い、キリッ!」

 

「早朝から元気だな、鳴島よ」

 

「モーニングコーヒーの力は偉大だお。おまいも飲んで来ればいいんじゃね?」

 

「おー、そうさせてもらうわ~」

 

こんな早朝から颯爽と登場した鳴島の言う事に従い、近くのコンビニでコーヒーを買い求めに行く俺。しかし、俺がそこで手に取ったのはコーヒーではなくエナジードリンクだった。会計を素早く済ませ、再び元の待機場所に戻ると蓋を開け、口の中に思い切り流し込んだ。

 

「だっはー、うめぇ!」

 

「エナジー中毒者、乙」

 

途端に口の中に広がる爽快感で、先程までの睡魔が木っ端微塵に吹き飛んだ!その様子を見て鳴島はそんな悪態をつきながら、呆れた表情で俺を見ていた。

 

「るせー、お前だって徹夜でオンラインやりこんでる時に飲んでるだろうが」

 

「確かにそうだが、おまいほど常連じゃねーし」

 

「じゃあ、来るときに何のコーヒー飲んだんだよ?」

 

「んー、ドクトルペッパー」

 

「エナジーじゃねぇか!」

 

エナジーのお陰で通常テンションに戻った俺の、強烈な突込みが無人の秋田駅周辺に木霊する。モーニングコーヒーとは何だったのか。

 

「朝から元気ね、アンタ達・・・・・・」

 

「おー、これは川知氏。おっはー」

 

「おっはー、智佳」

 

「随分古い挨拶使うわね・・・・・・」

 

と、そこに智佳がちょっと眠そうにしつつも、いつものきりっとした顔つきで現れる。若干引いてるっぽいけど、知ってる時点でお前も同類だぞ。

 

「川知氏もモーニングコーヒー一杯やってきたらどう?」

 

「そうね、そうさせてもらうわ・・・・・・はふぅ」

 

「パーリー、ミーキー!」

 

「何よ、それ」

 

俺のボケを冷静に処理して、近くのコンビニへ向かっていく智佳。うーん、何となくこの後の展開読めたけどまさかな。だってあの智佳だぜ、趣味範囲外でそこまでノリ良くねぇもの。絶対ないね。

 

「因みに、やると思う、川知氏?」

 

「やらないに100円」

 

「じゃあ、漏れはやるに200円」

 

「強気だな、後悔しても知らんぞ」

 

「フ、奇跡の逆転劇を見せてやるぜ」

 

そんな下らない賭けをして鳴島と二人で智佳が戻ってくるのを待っていると、一台の送迎用バスが俺達の目の前で止まった。はい、何ですと?

 

「おーい、君達。集合時間よりちょっと早いけど、お待たせ」

 

「ま、取り敢えず乗っとけよ。因みにこれ、俺の兄貴が手配した奴だからな」

 

と、一番前の席の窓を開けて身を乗り出してきたのは、美月先輩と尚紀だった。確かに車体にでっかくNISIJOU EXPRESSの文字が刻まれている。大丈夫なの、これ。ていうか、尚紀、美月先輩の隣に座って彼氏面すんな、腹立つ。

 

「すげぇ、本格的すぎだろ、常考」

 

「お世話になりまーす・・・・・・」

 

俺と鳴島が恐る恐るバスの中に乗り込むと、急に聞き覚えのある声で車内アナウンスが流れ始めた。

 

『驚いたか?お前たちの東京での初ミッション、作戦名は、コミケ・バスターズだ』

 

「恭介さん!?」

 

「何やってんだよ、(前)部長氏~」

 

俺と鳴島が驚きの声を上げるとカーテンでシャットアウトされた運転席からパソコン部の前部長、篠崎恭介さんが現れた。かつてのパソコン部の黄金時代を作り上げた人物で龍の兄にあたる人物。卒業後は大手焼き肉チェーン店「新緑の園」で働きながら、休日になれば何処かにふらっと出かけて色々な伝説を作りに行く、天才で変人な方だ。

 

「俺の弟から話は聞いた。だからこそ、俺がこの旅でお前らの送迎担当となる事で、戦地へと赴くお前たちのサポートが出来ると思い、立候補したまでだ」

 

そう言って、腕組みしながら、片方の手の親指をぐっと立て流れるようにサムズアップを決める恭介さん。流石、恭介さん。やることが違げぇや、そこに痺れる憧れるゥ~!

 

「何か、私の知らない間に豪華な感じになってるじゃない」

 

「おおぅ、川知氏。丁度いいタイミングですお、そして川知氏は何をッ!?」

 

コンビニから戻ってきて智佳がバスに乗り込んできたと共に俺と鳴島は智佳が今口にしている飲料の正体を確かめる為、そのパッケージを確認する。それは――

 

『MON☆STAR ウルトラカリブ』

 

「「エナジーじゃねぇか!!」」

 

俺と鳴島の盛大な突込みが、バス内部に響き渡る。そして、俺は100円を失った。

 

それから10分後、参加者全員が集まり、割と早い段階で俺達を乗せたバスが秋田駅を出発する。総勢12名+送迎員1名の計13名で出かけるちょっとした団体旅行となっていた。

 

「まさかバスが来るなんて思わなかったよ」

 

「おや、何かこの座席だけマッサージ機能が付いてるよ?」

 

「いやー、バスなら販売分の特典積むスペースに困らないね。最高ー♪」

 

「どんだけ持ってきたのよ、特典・・・・・・」

 

「普通バスの中には付いてねーだろ三銃士を搭載してきたぜ」

 

「「普通バスの中には付いてねーだろ三銃士!?」」

 

「大勢で集まって何かするというのはやっぱり楽しいものだなぁ」

 

「何か、修学旅行みたいでワクワクするね」

 

「あっ、私もそう思いました!楽しみですね、先輩!」

 

「ううっ・・・・・・バスの中でゲームしてたら酔ってきた、クソがぁ・・・・・・!」

 

「それは自業自得過ぎだろ、常考。ワロリンヌ」

 

流石に総勢12名ともあって、バスの中の会話も色々交じり合って色々カオスに。全員が全員、和気あいあいとしていると、突然バスの中に盛大な音楽が響き渡り、恭介さんの声がアナウンスで響く。

 

『お楽しみトークもいいが、このバスには色々機能が備わっている。試しに車内カラオケで盛り上がってみようか!』

 

「「「「「「「「「「「「いぇーーーーい!!」」」」」」」」」」」」

 

こうして、恭介さんの粋な計らいによって突如開催された車内カラオケ大会は、バスがコミケ会場の東京ビックサイトに着くまで大いに盛り上りを見せた。尚、その時の俺達の様子はというと――

 

「よし、スキマスイッチのゴールデンタイムラバー流すぞ。智佳、デュエットしようぜ」

 

「望むところよ、やってやろうじゃない!」

 

「AAAのClimax Jump歌うぜ!!」

 

「その曲なら私も知ってるぞ、一緒に歌おうじゃないか尚紀君」

 

「は、はい、御姉様ぁぁぁ!」

 

「フ、では一興で白金ディスコを歌わせてもらおう」

 

「いいぞー!吉幾三版の合いの手入れていいかー?」

 

「・・・・・・それは、難易度が高くないか?」

 

「じゃ、じゃあ、NIRGILISのsakura歌うね」

 

「エウレカか、悪くないな」

 

「それじゃあ、あたしゃMrs. GREEN APPLEのインフェルノ歌おうかね。参加する人~」

 

「「「「「はーーい!」」」」」

 

こんな感じで終始アニソン多めの素晴らしい時間を過ごしていたのだった。コミケ参加前の前夜祭(?)みたいな雰囲気、悪くないね。

 

『――本日は西条エクスプレス線をご利用いただき誠にありがとうございます。間もなく、東京ビックサイト~、東京ビックサイト前で御座います。お忘れ物のないよう、ご注意ください』

 

カラオケ大会終了から暫らくして。バス内の殆どの人間が眠りにつく中、そんな恭介氏の本職の人になり切った感じのアナウンスが響き渡り、全員が段々と目を覚まし、荷物を確認し始める。まぁ、貸し切りだから忘れても次の乗るのが違うバスって事はないけど、一応ね。

 

『【速報】田舎民の俺氏、魔都・東京に降り立つ』

 

「こんなとこでも@ちゃんねるでどうでもいいスレ更新かよ、逞しいな」

 

鳴島が作成した@ちゃんねるまとめサイトに真新しい記事がすっと躍り出る。俺はそこに長旅乙、とだけ書いて返信した。

 

「それじゃあ、俺の出番は1日目終了後のホテル移動の時だな。頑張って来いよ」

 

「あぁ、またな、兄貴」

 

「フッ、健闘を祈るぜ、弟よ」

 

篠崎兄弟の最低限の別れの挨拶を最後に、恭介氏の運転するバスは静かに去っていった。さて、今から設営に入るんすかね。だったら気を入れ直さないといかんなぁ。

 

「うおーし!折角こんなにいるんだから、上手い事分散して役割決めるぞ!」

 

「役割分担なら互いにフォローしあえる関係性が重要だな」

 

「応よッ!・・・・・・というわけで、向坂とちーはセット確定な~」

 

「「何で(さ)!?」」

 

本来ならちゃんと決めるべきなのだろうが、鈴はそんな事お構いなしでテキトーに数を合わせて選出していく。取り敢えず、俺は智佳の元へ向かった。

 

「よろしくな、相棒。今回は完全にハメられたな」

 

「全く、やってらんないわよ。でも、ま、よろしく」

 

お互いに悪態をつきながらハイタッチを交わす。いやぁ、慣れって怖いね、本当に。

 

「向坂とちーは私と会場内で設営ね。薄い本見放題、やったね!」

 

「見放題かどうかは別としてどういうジャンルだよ」

 

「んー?どういうも何もBLだけど?」

 

「まぁ、そんな気はしてた」

 

何の躊躇いもなく、BLという単語を口に出す鈴。うーん、駄目だコイツ、腐ってやがる。

 

「BLとな。まぁ、あの食べ合わせは最高だよね、合格」

 

「優海さん、それはベーコンレタスです」

 

「びぃえる?えっと、もしかして昔大ヒットした映画の――」

 

「慧巳さん、それはもしかしてビリギャルですか。タイトル詐欺ですよ、あんなもん」

 

「BL・・・・・・新しいネット用語ですかね、検索してみてもいいですか?」

 

「ちょっと待とうか、麻衣ちゃん!君にはまだ早い!」

 

「BLかぁ、祐都君も好きなら私も詳しく知りたいな」

 

「い、いえ、専門外っす、葵さん!?それに俺はどっちかっていうと百合・・・・・・何でもないです」

 

オタクに属していない人々から一斉にBLとは何ぞやという質問を受け付けられて、突っ込みながら適当にはぐらかす俺。女性として腐らせるには惜しい人材だ、特に麻衣ちゃんは。

 

「今日もモテモテだな、祐都」

 

「畜生、やっぱりテメェ何股かしてんだろ?あぁん!?」

 

「リア充、爆発しろ」

 

当然ながら、龍の弄りと妬み嫉みブラザーズの僻みが飛んでくる。尚紀は、先程からブツブツと何やら独り言をつぶやき続けていた。成程、此方には興味なしか。

 

「並んでる人沢山いますね・・・・・・凄いです!」

 

「うむぅ、参加者全員が全員、よく鍛えられた面構えをしておる。武士道、ここに極まれりかな」

 

「何かテンションおかしくない、優海?」

 

・・・・・・しかし、まぁ、何と言うか。こうして揃いも揃うとやっぱり美女ぞろいだな、俺の知り合いの女性陣。これはあれか、俺が完全に手出しできないようにする神からの嫌がらせか何かか。

 

「よーし、班分け終わりっ!各自作業場へGO~!」

 

鈴が決めたその他の班分けが此方。まず、買い出し係に尚紀と美月先輩。物販宣伝係に龍と優海さん。フィールドワーク係に修二と慧巳さん。同人誌出前係に鳴島と麻衣ちゃん。集金・計上係に葵さんが配置された。

 

「何かすみませんね、一番手間のある仕事任せてしまって」

 

「え?ううん、大丈夫。私はこういうの得意だから」

 

鈴と智佳の二人と協力して売場の展開をしながら、俺は会計に任命された葵さんに話しかけていた。くうぅっ、今日も今日とて慈悲深き心の持ち主だ、最高かよ。憧れの人がこんな至近距離で居てくれる・・・・・・それだけでやる気が限界突破した!下手な姿は見せられないな!

 

「・・・・・・スケベ」

 

「何でそうなるんだよ、智佳。別に疚しい事は考えてないぞ?」

 

すると、智佳が急に拗ねた声でそう発言したので即否定する。まぁ、嘘だが。本音はコミケ終わったら葵さんの水着姿が見れる、みたいな事を考えていたり・・・・・・しないでもない。

 

「知らないわよ、別に」

 

少し不愉快そうな顔をしながら、智佳は作業に戻った。全く、一体何だってんだ。

 

「あの、祐都君?智佳ちゃん、大丈夫、かな?」

 

「いつもの事っスから気にしないでくださいな」

 

「そ、そうなの?うーん、でも、気になるなぁ・・・・・・」

 

そんな智佳の様子を気にして心配してくれている葵さん。優しい、優しすぎるぜ!こんな人が彼女だったらどれだけ幸せな事か。でも、彼女程の女性は、俺じゃあ、きっと不釣り合いなんだろうな。

 

「ちーの事なら、向坂が言うように特に問題ないよ、あおっち」

 

「あ、あおっち・・・・・・?」

 

「そ、あおっち。名前『葵』だから、あおっちね」

 

鈴が葵さんに大丈夫だと促したが、ここで鈴の悪い癖である、独特な呼び方をする癖が発動し、さっそく葵さんに妙なあだ名をつけて呼んでいた。しかし、当の葵さんは、どちらかと言うと嬉しそうな表情をしていた。あ、笑った顔、最高、可愛い。

 

「そっか、あおっちかぁ。ふふふっ、私も漸く祐都君と同じ場所に来れた気がするな」

 

「いやぁ、流石は向坂、モテモテだね。こりゃあ、ちーも妬く訳だ、ひゅーひゅー!」

 

「べ、別に妬いてないわよッ!?」

 

直後、智佳のその突っ込みが予想以上に施設内で反響し、その場にいた全員の視線が僅かな時間だけ此方に全て注がれた。智佳はそれに気づいてか、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてそれ以上は何も喋らなくなった。お前にも必要か、メンタルケア。

 

「そう言えば、コミケって一般の人が自分の作った漫画とか小説を持ち込んで販売する、んだよね、祐都君?」

 

「えぇ、まぁ。そういう解釈で特に間違ってないとは思いますが」

 

「ふーん、そっか」

 

そんな中、急に意味深な質問をした葵さんが俺を一転に見つめて、ニッコリ笑う。不意の笑顔にドキッとして固まる俺を他所に、葵さんは次の瞬間、驚くべき事を言い放った。

 

「ね、じゃあさ、今度また機会があったら、祐都君の小説も出してみたらいいんじゃないかな?」

 

「へ?あ、い、いやぁ。流石に、俺みたいな奴が出すにはまだまだ次元が違うっすよ」

 

「どうして?祐都君の書いてる小説面白いよ、この私が自信を持ってお勧めしてあげる!」

 

・・・・・・本当に末恐ろしい人だ、葵さん。どうして、オタク殺しの文句をそうまでさらりと言えるようなお人なのか。ここら辺でもう勘違いしそうになっている辺り、今の俺にまだまだ普通の恋愛は縁遠そうである。

 

「おおぅ、珍しくあの向坂が照れている・・・・・・!成程、向坂を弄るにはこれくらいしないとなのか」

 

そして、鈴が何か余計な事を考えているようだ。オイ、テメェ、もし今メモっているような事を何処かで実践でもしてみやがれ、その場で即乱闘だ、乱闘パーティだ。

 

 

それから、そんなに時間が経たないうちに、準備が全て完了し、此処に聖戦(ジ・ハザード)の火蓋が切って落とされた。開始の合図とともに一斉に雪崩れ込む一般参加者達、次々と押し寄せる客に目当ての品を渡しながら、にこやかに対応する同人作家達。そして、勿論、此方の陣営でもそれは例外ではなかった。

 

「あ、みゆり先生!お久しぶりですぅ~、去年の冬コミ以来ですね!」

 

「お、今回も来てくれたんだね、ありがとう!ささ、お客さん、こういうのは鮮度が大事ですぜ?」

 

「じゃあ、新刊の奴、両方ともお願いします!」

 

「はいよ~、Welcome to Hell Zone・・・・・・!!

 

カッコつけのつもりなのだろうか、それともそれが同人作家《花森みゆり》としてのキャラクターなのだろうか、英字の部分だけやたらとデスボイスっぽく発音していた。何それ、デー〇ン閣下?

 

「花森氏、例のブツを2つと総集本一つ」

 

「厚くて薄い本、まいどありぃ」

 

「ところで、今回もあの子連れてきてるんですな」

 

「応よ、だが、キミにはやらんぞ?ちーは私の嫁だぁ!」

 

「おうふ、花森氏とそのお友達の百合関係ktkr!」

 

何と言うか、鳴島に近いものを感じる奴が来たな。まぁ、同類というものが何処にいてもおかしくないのがオタクという種族の持つ宿命。スタンド使いとスタンド使いと惹かれ合うように、オタクもまたオタクと惹かれ合うのだ・・・・・・!

 

 

常時こんな感じで癖の強いお客たちを出迎えて、一人一人に丁寧に接客する鈴を見て、流石に常連参加者は面構えが違うなと思った俺であった。そして、あっという間に一日目が終わり、俺達は予約されてあった近くのホテルに泊まる事となった。勿論、その宿も西条産業系列の貸切宿だった。

 

『当店自慢の特大の露天風呂、只今、混浴スペースとして開放中!』

 

なんて、張り紙が超見えやすい位置にでっかく掲示されていて、何か他人の意図的な物を感じたが・・・・・・まぁ、いい。流石に混浴は気が引ける。普通に男湯に行こう、その方が落ち着く。そう思って、男湯の暖簾を潜ろうとした矢先、入口近くにこんな張り紙を見つけた。

 

『男湯・女湯、何れも故障中につき。混浴をご利用ください』

 

「神様ァッ・・・・・・!」

 

俺はこの時、生まれて初めて神を呪った。このホテルに住まいし余計な世話を焼こうとする神に。

 

「と、とはいえ、流石に混浴だとしても今時どちらも上下素っ裸ってわけじゃあないよな、うん!」

 

江戸時代じゃねぇんだ。第一、今の日本でそんなことが罷り通るなら、ツイぽで暗躍している、自称・フェミニストたちが黙ってはいないだろう。本当にフェミニストなのかはさて置いてだが。

 

「ふぅ・・・・・・これで、ヨシ!」

 

俺は何時かツイぽのタイムライン上で見た、今流行りの『現場ぬこ』なるものの真似をして海パンの着用を確認しながら、噂の大浴場へと潜入。急いで辺りを見回す。ふむ、どうやら誰もが混浴と聞いて大人しく部屋のシャワーで済ませているのだろう、安心した。

 

「こんな広い場所を貸切状態とか最高すぎる・・・・・・!」

 

普段から、資金に余裕があれば近くの銭湯に足を運ぶ俺にとってその空間はまさにパラダイス。旅の疲れとコミケの疲れをリラックスさせるには、これ以上の素敵空間は他をおいてなかった。

 

「おや、そこに誰かいるのかい?」

 

ふと、そんな静寂を破るかのように響いた声に俺は思わず身構える。ま、まさかこの声は――

 

「おぉっ、やっぱり祐都君か。折角だし、あまりない機会をお互いに楽しもうじゃないか」

 

「み、美月先輩!?」

 

そう、紛れもなくそれは美月先輩であった。しかし、俺が驚いたのは、別に先輩がいたからとかそういう問題だけではない。では、他に何に驚いたか?答えは至極簡単、何故なら。

 

「ふぅ、いいお湯だ。そうは思わないか、祐都君」

 

「ハイ・・・・・・」

 

「一人で入るのも悪くはないが、会話がなくて少し寂しくもあったからな。キミが来てくれてよかった」

 

「ハイ・・・・・・」

 

俺は水着を着ている。だが、肝心の美月先輩はそんなものを着ておらず、何と一糸纏わぬ姿だったからだ。此方に美月先輩が近づいてくる時に少しだけ見えてしまった、柔らかな曲線を描いた豊満な双丘と、服を着ている時よりもより鮮明に分かる魅惑のボディラインが。湯気のお陰で一部ぼんやりとしていたが、童貞を殺すには十分すぎる刺激だった。

 

「じゃ、じゃあ、身体洗ってきますわ・・・・・・」

 

「ん、そうか。では、折角だ。私が背中を洗ってあげようじゃないか」

 

「えぇ、お願いします・・・・・・って、はい!?」

 

余りにも突拍子のない事を言うもんだから、つい承諾するところだったが、現状を咄嗟に理解した俺は声が裏返る。まさか、と思って後ろを向くと、今まさに美月先輩が俺に続いて風呂の中から立ち上がって此方に向かってきていた為、慌てて目を逸らす。正直、あのまま見てたら色々見えそうでヤバい。何かこう、R-18的な部位まで。

 

「よし、じゃあ、洗っていこうか。何、私に全て任せるといいさ」

 

そう言って、美月先輩は俺が事前に用意していたボディタオルにソープを付け、ゆっくりと全身を拭いてくれる。俺はもう何も対抗する術を持ってはなく、ただされるがままになっていた。しかし、そうやって洗っていけば何れ通常の状態と何かが違う事に誰もが気付くだろう。美月先輩も如何やらそれの違和感に気付いてしまったようだ。

 

「・・・・・・?なぁ、君は温泉に入る時はいつも水着着用なのか?」

 

「い、いえ、いつもなら履きませんにょ、えぇ」

 

いかん、緊張のあまり噛んでしまった。そして、当然俺は美月先輩の顔を見れない。だって、今振り向いたらかなり至近距離のはずだから絶対見えるじゃん、色々!アニメじゃないから湯気も謎の光も仕事しないよ、現実だもの!!

 

「むぅ、これでは細かいところまで洗えないな。一回、脱いではくれないか?」

 

そんなお願いをされるが無理なものは無理だ。大体、そこまで洗おうものなら絶対に正面に付いたアレに触れてしまう事になる。そうなれば完全にOUTだ。俺、貞操の危機!?

 

「そ、そこだけは自分で洗うんでいいっすよ。背面の、洗えるとこだけでいいです・・・・・・」

 

「そうか、残念だ。じゃあ、洗い終わったことだし、流そうか」

 

美月先輩がシャワーを取ろうとして前屈みになったせいで、俺の背中に美月先輩の豊満でふっくらとした双丘が諸に当たった。某堕天使風に言うなら、ヤバい、達する、達するゥ!

 

「んっ、よいっしょっと。すまない、キミにちょっと寄りかかる形になってしまった」

 

「イエ、ダイジョウブデスヨ、ダイジョウブ・・・・・・」

 

くそぅ、今の感触絶対一生忘れられなくなる・・・・・・!やっぱ、デッケェおっぱい最高!今なら声を大にして言えるかもしれねぇ、スーパーギャラクシー・・・・・・いや、止めろし。

 

「よし、流し終わったな。お疲れ様」

 

「ソンナ、センパイコソ、オツカレサマDEATH」

 

「それじゃあ、次は私の背中を当たってもらおうかな」

 

「何ですとぉ!?」

 

また唐突に変な事を言い出した先輩は、俺の座っている椅子のすぐ隣にあった椅子に腰かける。ヤバい、見える、私にも見えるぞ!、って馬鹿!!

 

「手間を掛けさせて悪いが、よろしく頼むぞ」

 

「ハ、ハイ・・・・・・」

 

もうここまで来たら、覚悟を決めてやるしかないか。そう思って、美月先輩の背中を洗おうとした矢先、俺の背後から声がかかった。

 

「ア、アンタ・・・・・・何してんのよ!?」

 

「じゃあ、洗いますよー、って智佳!?」

 

聞き覚えのありまくる声に、恐る恐る背後を振り返る。すると、俺の背後でかなり怖い顔をしながら仁王立ちしている幼馴染みがいた。あ、俺、死んだわ。

 

「やぁ、智佳も来てたのか。どうだ、よければ一緒に――」

 

「美月先輩だけ全裸にさせて自分は海パン履いてるとか・・・・・・このッ、ド変態!!

 

「超理不尽!?」

 

次の瞬間、俺の頭部に激痛が走り、俺はそのまま床に倒れ伏せた。倒れる直前に俺は、怒り心頭の幼馴染みの顔と何でこうなったのか理解できないといった顔をした美月先輩、そして、激痛が走った原因である、幼馴染が投げ付けたであろう風呂桶のケロヨンの赤い4文字を見た。

 

 

「・・・・・・(今まで、ついぞ来ないと思っていたラブコメ展開における理不尽の呪いが、遂に自分に回ってきたからって、止まるんじゃねぇぞ・・・・・・!)」

 

そんな某団長の最後の号令を心の中で叫びながら、俺は意識を失った。

 

 

「――あれ、此処は?」

 

そして、意識が覚醒した。目を覚ますと、そこは見慣れない天井の広い和室だった。あぁ、そうか、俺、旅館に泊まりに来てたんだった。

 

「・・・・・・ッ、祐都!」

 

起き上がろうとすると、近くで口を真一文字にして項垂れていた智佳が俺に抱き着いて来る。その身体は小刻みに震えていた。

 

「ごめん、ごめんなさい、私・・・・・・!」

 

「・・・・・・」

 

今、完全に思い出した。そうだ、俺は混浴用の大浴場で理不尽呪いを受けて一回死・・・・・・いや、気絶したんだった。で、その原因が勘違いした幼馴染みに寄るもの、と。ふぅ、やれやれ。俺は震える智佳の身体を抱き寄せて、頭を撫でながら優しく諭した。

 

「まぁ、誰だってあの状況見れば誤解くらいするって。あんまり気にすんな」

 

「ごめん・・・・・・祐都が倒れちゃった時、もしかしたら、私、やりすぎちゃったんじゃないかって思って」

 

「あぁ」

 

「それで、中々祐都が目を覚ましてくれないから・・・・・・ひぐっ、打ちどころが悪くて死んじゃったんじゃないかって・・・・・・!」

 

「馬鹿野郎、あれくらいで死んでたまるか」

 

「本当、ごめん・・・・・・」

 

成程、素が出てるってことは滅茶苦茶反省してるって事、だよな。コイツにとっては。本当、根が優しい奴だな、お前は。俺は、抱き寄せた智佳の身体を優しく押し返して、奴に言う。

 

「だーから、気にすんな。ほら、いつもみたいにツン、と構えてろ。その方がお前らしい」

 

「ッ・・・・・・ふ、ふん。何よ、人の気も知らないで・・・・・・」

 

「ははっ、それでこそ俺らしいしお前らしいじゃんか」

 

随分とぎらついた日が差し込んでいる。という事は、もう昼前か。なんてこった、すっかり寝過ごしちまったな。何日目だか分からねぇが、援護に向かわねぇと。

 

「智佳、今日はコミケ何日目だ?」

 

「い、一応、まだ2日目。行くなら、お昼食べてからになるわね・・・・・・」

 

何だ、まだ2日目か。良かった、丸一日寝込んでいたって事にならなくて。

 

「さ、行こうぜ、智佳。心配かけた分、今日は奢ってやるよ」

 

「でも、そうなった原因は私が・・・・・・」

 

「いいから、いいから。いつもみたいに黙って奢られろ、分かったな?」

 

「う、うん・・・・・・」

 

1日目から割とインパクトある日になったじゃねぇの。これは、残り2日も楽しみでしょうがないね。取り敢えずは、まぁ、まだしょんぼり気分の幼馴染みのご機嫌取ってからにしましょうか。鈴達にも後で迷惑かけたって謝っておかねぇと。こうして、俺はまだ少し痛む身体を労わりながら、智佳と共に旅館から会場へ向かう。そしてお互いに、自然と手を握っていた。

 

                                                                      Shift11 To be continued... 

 

 

Next Shift...

 

コミケでの激戦を終え、つかの間の休息に勤しむ祐都達一行。そして、ついに物語の舞台は華麗な水着を身に付けた美少女達が織り成す、圧倒的な空間へと生まれ変わる。今こそ訪れる選択の時。果たして、祐都は誰と交流を育むのか。次回、パソコンのある日常、第12話「コミケ夏の陣、そしてミーミルの泉へ-水辺の天使編-」。そして、物語は恋を紡ぎ出す。

 

 




後半が大分気持ち悪い。R-15だとどこまで表現可能なのだろうか。R17.5のタグ付けた方いいんだろうか。

前回、次回更新の予告忘れてましたね。すみません。

お楽しみの水着回となる次回は、11月3日(火) 18:00頃の投稿になります。


『今回の前書き、だぁ~れがやったかぁ、分かったかぁな、テメェらぁ~?』


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Shift12「コミケ夏の陣、そしてミーミルの泉へ-水辺の天使編-」

コミケに参加するため、東京都へ旅立った祐都達。

一日目から、それと無くドタバタに巻き込まれながらそれでも何とか熟していく。

そして、ついに彼らの努力が報われ、念願のプールへと向かう事になった。

果たして、彼らを取り巻く恋の行方や如何に。

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女が好きだと言うならば、一部ではなく全てを愛せ



「きのう は おたのしみ でしたね」

 

「そこまでは、いっとらんわ」

 

「でも ちー は すごく まんぞくそう でしたよ」

 

「てか、いい加減ファミコン時代のテキスト表示止めろや。軽く作者虐めだぞ」

 

「ものがたり を セーブ しています 。 でんげんを き」

 

「うわぁぁぁぁぁ、かなり大事なところでバグったぁぁぁぁぁ!?」

 

「ぼうけんのしょ が ありません」

 

ふっかつ の じゅもん を にゅうりょく してください 。

 

*********

 

 

「夏だ!」

 

「海だ!」

 

「プールじゃーーーーーーい!!」

 

「ひゃっほぉぉぉぉぉーい!!」

 

鈴の手伝いで参加したコミケが遂に終わりを迎え、その懇親会という意味で向かった都心の最新アトラクションが備わったプールへ来た俺達。俺を含め、男達は女性陣より早く着替え終わり、そのアトラクションを野郎のみで徒党を組んで遊び耽っていた。

 

『おーい、お前ら。如何やら女性陣の着替えが終わったようだぞー、全員集合!』

 

すると、少し遠くの方でメガホンを手にした恭介氏が男性陣に集合を呼びかける姿が見えた。俺はもう少しで滑れる予定だった超巨大なウォータースライダーの列から抜け出し、その場へ大急ぎで向かった。目の保養、超大事!!

 

『よーし、全員揃ったな。では、これから女性陣達による水着コンテストを開催する!』

 

『本来であれば、好きなようにペアでもなんでも組んでと言いたいところだが、それではいつもと同じで張り合いがない。と、いうわけで俺が考えた特別ルールは、これだァッ!』

 

恭介さんが手を掲げると、何処からともなくホワイトボードが現れ、そのホワイトボードにルールを書き込んでいく。ルールは簡単。今から水着に着替えた女性陣が出てくるので、男子陣はそれぞれ自分が気に入った、もしくは可愛いと思った女性に投票。全員が出終わった時点でその女性を遊びに誘い、相手からOKが出ればその時点でペア成立、だという。

 

『それじゃあ、準備はいいな?まずは、エントリーナンバー1番――』

 

 

2025/8/18 10:20

都営プール1F 女子更衣室前休憩スペース

Side:川知 智佳

 

 

「はぁ、水着コンテスト?」

 

「あぁ、やれることなら最後までいつもとは違う事を、と思ってな。参加してくれると助かる」

 

時は私達が男性陣と別れて、水着に着替える為に女子更衣室に入ろうとしたところまで遡る。男性陣にやたらとリスペクトされていたパソコン部のOBで前部長の恭介という男に相談があるといわれ、集まったらこの話なわけだ。正直、私は最初、面倒くさいしやるつもりはなかった。だが。

 

「へぇ、面白そうじゃないか。私は乗ったぞ」

 

最初に美月先輩が乗り。

 

「確かに面白そうだね、私も同行しよう」

 

次に優海がそれに続いて。

 

「あんまり自信ないけど、折角だからやってみようかな」

 

慧巳も当然の如く乗り出して。

 

「あ、いいですね、そういうの!私もやってみたいです!」

 

麻衣も食い気味で乗っかり。

 

「うん、私も参加してみようかな」

 

葵もその勢いに乗るか如く参戦して。

 

「よーし、当然ながら私も面白そうだと思ったから参戦するぜー!」

 

予想通り、鈴も向こう側に付いた。そして、気付けばまだ賛成か反対かの意見を出してない私に周りの視線が集中し出す。そんな私を不憫に思ったのか鈴が近くに来て、私の耳の近くでこっそりと耳打ちをした。

 

「ここでちーが頑張れば、向坂と一緒になれるぞ、頑張ろうぜ!」

 

「・・・・・・ッ!そっか、祐都と一緒に・・・・・・」

 

その名前を聞いた瞬間、私の心臓がトクン、と脈打つ。1日目の夜に勘違いして私が殴り倒してしまった彼が2日目の昼近くに目を覚まして、私を抱き寄せてくれたあの時。ちょっとびっくりしたけど凄く嬉しくて、温かくて。服の上からだったけど、何か凄くがっちりしてた。何回か握ったことがあった手の感触は分かってはいたが。何というか、それ以上。私を守ってくれそうな大きくて立派な身体だった。出来るなら、もう一度ああやって包まれたいと思ってしまう。

 

「祐都・・・・・・選んでくれるかな」

 

「大丈夫だよ、ちー。今の向坂はちーが少し気になってるみたいだから。きっと、いけるよ」

 

前はよく分からなかったこの気持ち。もしかしたら、私は祐都の事が異性として好きなのかもしれない。祐都には私だけを見ててほしい。例えどんなに他の女の子が魅力的でも、祐都の中では自分が一番でありたい。

 

「分かった、私もやる」

 

ねぇ、祐都。お願いだから、ちゃんと私だけを見てて。私だって、今まで祐都に振り向いて貰うために色々頑張ったんだから。私の事も只の幼馴染みじゃなくて、一人の女の子として見てほしい。

 

「よし、全員参加って事でいいな、助かるぜ。それじゃ、俺は司会に専念するから君等の健闘を祈ってるとしよう」

 

「・・・・・・約束だからね、祐都」

 

皆が更衣室に去って行った後、私は一人、そんな事を呟いた。勿論、そこに祐都がいるわけもないので、どうしたってその言葉は届かない。それにしても、何て自分勝手な約束だろうか。本当、最近の自分自身の我儘さには嫌気がさしてくる。

 

 

Side:川知 智佳 END

 

 

そして時は戻り、現在。俺達男性陣は女性陣が出てくるのを期待に胸を膨らませて待った。

 

『エントリーナンバー1番、比賀乃美月!』

 

最初はツイストタイプのビキニを纏って現れた美月先輩。2日前くらいに超至近距離で見た裸体が脳内にチラつくが気にするな、忘れろ。そして、同時にこれは、誰が反応するかなんて既に分かり切った答えだろう。

 

「御姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『続いてエントリーナンバー2番、夢野麻衣!』

 

次は麻衣ちゃん。フリルの付いた可愛らしいワンピースタイプのビキニを着て守りたくなる子ナンバーワンだ。そんな麻衣ちゃんに声を上げたのが。

 

「おおぅ、夢野氏、超絶可愛いお!ktkr!」

 

『まだまだ行くぜ、エントリーナンバー3番、瀬野葵!』

 

そして、葵さんの登場だ。葵さんはシンプルにノーマルタイプのビキニ。真っ白い肌が眩しい!これを見るために生きてきたといっても過言じゃないね、うん!

 

「フ、これは迷ってしまうな。後腐れがない様、選ばねば」

 

『お次はエントリーナンバー4番、川知智佳!』

 

次に出てきたのは智佳、か。長い髪は後ろで束ねてポニーテールにして、リボンタイプのビキニに腰にはパレオを巻いている。おぉ、な、中々似合ってるじゃねぇか。

 

「・・・・・・」

 

とまぁ、こんな調子で全員が全員いい感じの水着を付けて登場してくれたわけだが・・・・・・うーん、誰にしよう。俺が一番可愛いと思ったのは――

 

 

 1.葵さんと遊ぶ

→2.智佳と遊ぶ

 3.選べない、野郎共と遊ぶ

 

 

『さぁ、各自投票は終わったか!?いよいよ、運命の告白タイムだぁーっ!』

 

よし、もうやるしかねぇな。こうなりゃもうどうにでもなれだ!

 

・・・・・・まぁ、尤もOKしてはくれる可能性は高い方ではあるが。どうだろうか。

 

「なぁ、一緒に遊ぼうぜ、智佳」

 

いつもの感じで俺はステージの少し脇の方にいる智佳に声を掛けた。それを受けて振り向いた智佳の頬はピンク色に染まり、ちょっとびっくりした表情をしている。不覚にも可愛いと思った。

 

「えっ、あっ、ゆ、祐都?わ、私でいいの?」

 

「あぁ、お前で・・・・・・いや、お前がいい」

 

「そ、そっか・・・・・・ありがとう、祐都。嬉しい」

 

『おめでとう二人共、ペア成立だ!さぁ、次の挑戦者は誰だぁーっ!?』

 

 

智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件1をクリアしました。

 

智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件2を解放しました。

 

 

恭介さんが開催している余興冷めやらぬ中で、俺と智佳は浅めのプールに足だけを入れて床に腰を下ろして会話に花を咲かせていた。智佳の新鮮な水着姿が眩しい。

 

「な、何で私を選んでくれたの、祐都?」

 

「何でって・・・・・・いや、実際なんでだろうな。お前の事、何となく、放っておけなかったんだ」

 

敢えてキザったらしく言ってみる。因みにこれは建前。本音としては、単純に智佳の私服姿はガードが固いので、普段見えないところが見えて性癖に刺さったから、である。

 

「祐都・・・・・・」

 

「そ、それと臍がエロかったって言うか何つーか、ははは・・・・・・」

 

「ッ!?・・・・・・も、もぅ、祐都のスケベ」

 

何となく本音の方も伝えてみる。それを聞いた智佳は、いつもみたいに照れてはいるものの、照れ隠しで殴り掛かってくるとかそういう事はせず、優しげな口調でそう言うと、足を組んで、俺の方に身を預けて来た。あ、あれ、俺の幼馴染みってこんなにエロかったか・・・・・・?

 

「ち、智佳!?どっ、どうした急に。お、お前らしくねぇな」

 

「いいから、ちょっとこのままで居させて」

 

「お、おう・・・・・・」

 

ヤベェよ、何かドキドキしてきた!?心臓の鼓動音とか高まりすぎて、智佳の奴に聞こえてそうだ。凄くいい匂いだし、パレオの隙間から除く足のラインが・・・・・・って、ちょっと落ち着け。まだそういう関係でもないのに、勝手に欲情するな、俺?!

 

「ちー、ねぇ、ちーってば。・・・・・・うーん、駄目だね。完全に二人の世界だ」

 

「そうか。此方も手を尽くしているが、祐都の方も駄目そうだ。かなり悶々としている」

 

一方、余興が終わり、アトラクションの方へ二人を誘おうとした鈴とその様子を見かねて助け舟を出した龍が二人を現実に引き戻そうと奮闘していた。が、戦況は芳しくない様子である。

 

「でも、これは私的には願ったり叶ったり!寧ろ、このまま・・・・・・フフフ、S〇X!!」

 

「やめておけ。あまり過激すぎる表現は、この小説のR-15指定に引っかかるぞ」

 

「ちぇー、いいじゃん、いいじゃん!最近はそう言うの過度に避けようとするから、少子化が止まらないんだよ、きっとさ~」

 

鈴が何処か雄輔みたいなことを口にする。しかし、それはまず置いておくとして、だ。取り敢えず今はこの二人をどうにかして現実世界に引き戻さねばならない。打つ手はあるのか。

 

「よし、先に祐都の意識を引き戻す。というわけで、鈴、これを頼んだ」

 

「どれどれ・・・・・・あー、成程!確かにこれは向坂も反応するな、きっと!」

 

如何やら龍に秘策の用意があったらしい。何処からか取り出したメモ帳を渡された鈴は、そこに書いてあった文面を億すことなく読み上げた。

 

「なぁにやってんだ、向坂ァァァァァァァ!!」

 

「・・・・・・はっ!?」

 

それを耳にした祐都の反応は、かなり早いものだった。一瞬で悶々とした精神世界から現実世界へ引き戻され、覚醒。隣の智佳も数秒遅れてだが、意識を引き戻されたようだ。

 

「鈴、それに龍。な、何か用か?」

 

「折角のところ邪魔しちゃってアレだけど、プール来てるんだからさ。アレ、やろうぜ!」

 

そう言って、鈴が指さしたのは、俺が序盤で水着大会の為に列から抜け出して、体験し損ねたアトラクションの超巨大ウォータースライダーだった。あー、そういやすっかり忘れてたわ。

 

「龍も行くのか?」

 

「いや、俺はペアの相手を待たせているのでな。また今度だ」

 

そんな話を聞いて、俺は龍が選んだ相手が誰なのかが無性に気になってきた。なので、龍が去っていった方向を見ると、何とそこには優海さんの姿が。マジか、俺が気付かないうちに二人共そこまでの関係に!?・・・・・・単にクラスメイトだからって事もあり得るけど。

 

「うし、じゃあ、俺達はアトラクションを楽しむか。行こうぜ、智佳」

 

「ん、その、い、一緒に滑ってくれるなら・・・・・・」

 

「おう、そうだな。一緒に楽しもうぜ」

 

「わお、ちーが珍しく素直だ」

 

うん、お陰でさっきから俺がソワソワしてあまり落ち着けないので、出来ればいつものツーンと澄ました感じの智佳に戻ってほしいが。無理かなぁ、本人何故か幸せそうだし。

 

「でも、私的にはちーが幸せそうで安心したかな。偶にはやるじゃん、向坂」

 

「偶にはってお前・・・・・・。悪かったな、あんまり役に立たない男で」

 

「誰もそこまで言ってないって。で、向坂は実際のところ、どうなの?」

 

「どうなの、って何が?」

 

「だからさ、ちーの事、好きなのかそうじゃないのかって事」

 

智佳の事?そりゃあ、好きな方ではあるし、何より大切な幼馴染みだ。もし、智佳を傷付ける奴がいるなら俺はソイツを許さない。まぁ、智佳は元々強いからそんな事態にはならんだろうけど。

 

「違うよ、私が言いたいのは向坂はちーを異性として好きなのかって事」

 

「はぁ!?そっ、そんな事本人の前で言えるわけねーだろ・・・・・・」

 

「多分、大丈夫だと思うよ。ちー、さっきからちょっと夢見心地だし」

 

鈴に言われて、チラリと智佳の方を見る。確かに、いつもの智佳みたいにきりっとした顔で無く、緩み切って少しとろんとした顔をしている。本当に大丈夫か、智佳の奴。

 

「・・・・・・正直、まだ分かんねぇよ。今までそういう対象で見たことがなかったからっつーか、俺にとって智佳は智佳だし」

 

「うーん、長い事幼馴染みやってた故の障害かぁ・・・・・・こればっかりは仕方ないね」

 

智佳は、異性としてみれば十分に魅力的な女の子だ。だからこそ、将来はそれに見合った男と結ばれてほしいし、幸せに暮らしていってほしい。前に智佳は俺と妙な噂が経っても気にしないと言ってくれた。だが、それは別に俺と特別な関係になりたいとかそういう意味じゃない。

 

「俺、今まで全然モテて来なかったしさ。すぐには多分、理解できねぇんだわ、きっと」

 

俺のそんな自虐的な告白を聞いた鈴は、一瞬だけ何処か遠くを見つめているかのような物悲しい表情になった後、すぐにいつもの笑顔になって、ケタケタと笑いながら言った。

 

「そっか、それに関してはもう頑張れとしか言いようがないね。じゃ、相談事終わりッ!兎に角、今は遊ぼうぜ、向坂!」

 

「だな」

 

もしもだ、この先、智佳が自分にとって大切な人が出来たと言った時、俺は果たしてきっちりと笑顔で送り届けられるだろうか。いや、絶対に送り届けねばならない。何故なら、智佳は俺にとって幼馴染みであると共に恩人でもあるのだから。

 

「では、このアトラクションの説明をしますね。まず、一人目が座って――」

 

スライダーの天辺まで続く長蛇の列に並ぶこと30分後。漸く一番先頭まで辿り着き、いざ参らんと言うところで係員から説明を受けていた。

 

「いやー、やっぱり都会のアトラクションは違うね。ちーもそう思うでしょ?」

 

「まぁ、流石にあっちだとここまで大掛かりな物作っても来場者がそうそう来ないものね」

 

「そうなんだよ。でも、せめてもう少し若者が魅力感じる町づくりをですなぁ」

 

「じゃあ、鈴が県知事になってみたら?きっと今の数倍は楽しくなるはずよ」

 

「おおぅ、それはちょっと荷が重いでござる」

 

智佳の奴も鈴と話してる内にいつの間にかいつものテンションに戻ったし。うん、これで心置きなくアトラクションを楽しめるな!マジであのままだと俺がどうにかなりそうだったからさ。

 

「お連れ様は此方の方の前にお座りください」

 

「ほら、ちー、呼ばれてるよ。行っておいで」

 

「ん、分かってるわよ」

 

係員に呼ばれた智佳がゆっくりと俺の足の上に乗っかる形で前に腰かける。流石、背中まで柔らかいとは恐れ入った。やっぱり野郎とは違うな、当たり前だけど。

 

「よ、よろしく、祐都」

 

「お、おう・・・・・・」

 

丁度智佳のお尻の下に俺のイチモツがある感じになった訳だが。間違っても反応するなよ、殺されても文句言えねぇぞ。

 

智佳が滑り落ちないように、後ろから手を回して智佳を軽く抱きしめる。こ、ここはちゃんとお腹の辺りだな、胸には触ってないな。掴み間違いなし、ヨシ!

 

「それではいってらっしゃーい!」

 

そして、ついに超巨大ウォータースライダー内での俺と智佳の冒険が始まった!

 

「ひゃっほーーーい!」

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「「最高ーーーーーッ!!」」

 

地元にあるプールのウォータースライダーより何倍も長い、果てしなく真っ直ぐだったり、途中で曲がり角が連鎖するグネグネだったりする、何とも不思議な空間内で、俺と智佳はその時だけ一陣の風となった。そして、段々と出口に近づいてきて、二人共が勢いよく開けた空間へ弾き出された!

 

「うぉぉぉぉぉっ、すげぇぇぇ!!」

 

「凄い楽しかった・・・・・・!ねぇ、祐都ッ!もう一回、もう一回やるわよ!」

 

「あぁ、望むところだ!もう一回どころか何度でもやってやるぜー!」

 

ズッパーンと辺りに飛び散る水飛沫。先程まで考えていた暗い思考を一気に吹き飛ばす爽快感。一緒に燥いだことでタカが外れ、今まで見たことがない満面の笑みを見せる智佳。俺はそんな智佳にやっぱり少しドキッとしながらも、一緒にウォータースライダーの周回を繰り返した。一方、俺達のすぐ後ろを滑っていた鈴はというと。

 

「ははっ、二人とも元気すぎるでしょ。まぁ、ちーが珍しく燥いでる姿が見れるのはいい事だけどさ」

 

「向坂の奴も惜しいとこまで来てるからさ。私は最後まで応援してるよ、ちー」

 

出口から少し離れたベンチに腰かけて、二人が何度も燥ぎながら滑り降りて来てはまた昇りに行く様を、温かい眼差しで見守っていた。

 

「あぁ、それともう一つ」

 

「折角ここまで来たんだ。だから、もうちょっと私の茶番に付き合ってくれよな、向坂」

 

鈴がその時呟いた意味深な言葉は、聞き取れなかったし、聞いたとしても恐らく理解はできなかっただろう。まだ、全てのピースは揃わない。

 

 

「もうこんな時間か、あっという間だったわね」

 

「あぁ、そうだな」

 

気付けば早いもので、窓の外に見える夕日が今日という一日の終わりを告げていた。俺と智佳はプールサイドにあるベンチに腰かけて、一緒に外の景色を見つめていた。

「祐都は楽しかった?」

 

「あぁ、お前と遊べて楽しかったぜ」

 

「ッ!?も、もぅ、バカ・・・・・・!」

 

俺が態と気障な感じで発言すると、顔を真っ赤にして俯く智佳。おっと、いかんいかん。最近、智佳と絡むと性格が一時的に鈴とそっくりになる。それだけは駄目だな。

 

「ね、ねぇ、祐都。何で今日は私を選んでくれたの?」

 

「おいおい、その質問、今日で二回目だぞ。ボケるにはまだ早いんじゃあないか」

 

「そうじゃないわよ、バカ・・・・・・」

 

「じゃあ、何だってんだよ」

 

「だ、だって、祐都はその、む、胸が大きい方が好み、なんでしょ?」

 

まぁ、そりゃあね。男だったら一度くらいは大きい胸にロマンを感じずにはいられない時がある。どうせならアレに思いっきり顔をうずめてみたいとかエトセトラ。

 

「・・・・・・」

 

と、言うわけで隣にいる智佳の胸元に気付かれないように視線を向ける。しかし、流石は女子。そういう視線にはすぐに気づくようで、智佳は此方を睨みながら胸元を腕で覆い隠した。

 

「もぅ、馬鹿、変態!」

 

「痛てて、悪かったよ、済まん」

 

「・・・・・・悪かったわよ、小さくて」

 

「別に何も言ってねぇだろ」

 

「ふん、だ」

 

しまった、完全に機嫌悪くしてそっぽを向かれてしまった。因みに智佳は巨乳とはいかないが、美乳の部類だからそこは誇ってもいい所だぞ?直接言ったら殺されるから言わないけど。

 

「別に、そこまで執着してねーよ」

 

「・・・・・・嘘」

 

「嘘じゃねぇって」

 

「・・・・・・」

 

あ、駄目だ、マジで話聞く気がないよ、この人。人が折角、こうやって一生懸命弁明してるというのに。いや、もしかしたらこの場合は逆に、変に取り繕わなくて良いのかもしれん。そうだよな、長年一緒にやってきた幼馴染みだもんな、腹割って話さないと。殺されるかも知れないけど。

 

「まぁ、確かに、デカいのはいい事だが」

 

「嘘つき」

 

「待て。質問した側なら、せめて最後まで聞け」

 

「・・・・・・何よ?」

 

智佳は、相変わらず此方には一切目を向けてくれない。けれど話を聞く気は復活してくれたようで、ふくれっ面になりながらも俺の返答を待ってくれていた。ありがとな、智佳。

 

「良い事、とは言ったけど、必ずしもそうじゃなくてもいいって意味だっての。大体、それじゃなきゃダメってのは、ただの趣味の押し付けになるから筋が通らねぇ」

 

「後、俺の主義に反する。だから、んな事、口が裂けても言うもんか」

 

立て続けにそんな言葉を口にし、俺は再度智佳の方を見る。と、そっぽを向いていた智佳の視線がちょうどいいタイミングで同じように俺に向けられ、一瞬、お互いに見つめ合う感じになってしまう。俺と智佳は何だか気恥ずかしくなって同時にお互いから視線を外す。うーん、気まずい。

 

「そ、そう。ん、取り敢えず、分かった」

 

暫らくの沈黙が続いた後、そう言って智佳は、照れつつも視線を俺に向ける。よく見れば、何かを期待しているかのようなそんな眼差しをしている。あぁ、そう言えばもう一つ言い忘れてたな、大事な事。

 

「そうだ智佳、楽しむのに夢中になりすぎて言うの忘れてたけどさ」

 

「な、何よ」

 

「そのポニーテール、凄く似合ってるぜ」

 

「そ、そう・・・・・・ありがと」

 

あれ、想像してた受け答え方より、大分違ったな。やっぱり、もう少し誇張して言った方がよかったか?うーん、乙女心って難しい。DTには一生懸けても理解出来る気がしませんわ。

 

「ゆ、祐都は、その・・・・・・ポニーテール、好き?」

 

「嫌いじゃない」

 

「ふ、ふーん。じゃ、じゃあ、偶になら、やってあげる」

 

何ですと、それは本当か。それは是非お願いしたい、今だってギャルゲのCG風にイメージ湧いてきたし、超参考資料にするから。

 

「それに、俺はポニーテール萌えだしな!」

 

「ふふふっ、何で変にカッコつけようとしてるのよ。バーカ」

 

「んなっ、人が褒めてる時に馬鹿はねぇだろ、馬鹿は!?」

 

俺の変に格好つかない態度を見て、幾分かいつものペースを取り戻した智佳が、あっかんべーをして俺を揶揄ってくる。くっそぅ、今に見てろよ。何時か痛い目に合わせてやる、絶対にだ!

 

「バーカ、祐都のバーカ!」

 

「テメェこの野郎、言わせておけば何回も人を小馬鹿にしやがってぇ~!」

 

「あははっ、バーカ、バーカ!」

 

まるで小学生の時に戻ったかのような低レベルな争いが勃発した。流れのあるプールへ逃げ込んでいく智佳とそれを追う俺。傍から見れば、ドラマとかの恋人同士がよくやる、「捕まえてごら~ん」とか「待て待てぇ~」とかいう奴にしか見えないが。それでも、まだこの時の俺と智佳は、両想いでもなければ付き合ってもいない。

 

「二人共、元気だな~」

 

「逆にあそこまでお互いが一緒に遊べて楽しいなら、付き合っちゃえばいいのにね」

 

「そこはほら、二人のペースでって奴だぁね♪」

 

「いいなぁ、祐都君と智佳ちゃん。凄く楽しそう」

 

二人のそんな様子は、偶々その場に居合わせた女性陣全員にしっかりと目撃されていたわけだが。男性陣は如何やらその甘々な空気に呆れて、着替えを済ませて、さっさとバスの中へ戻ったらしい。

 

「あ、もうこんな時間。そろそろ戻らないとバスが出発しちゃう」

 

「アタシらは先に戻ってるから、あの二人の回収、すーちゃんに頼んだ♪」

 

「任せとけ!おーい、向坂ー、ちー!もうそろそろ撤退しないと都心に置き去りだぞ~!」

 

鈴は心の中でいっその事、都心で二人きりにしてしまえばもしかしたら色々進展するのでは、とは思いつつもそんな二人がいない日々が少し耐えられそうになかったので、大声を出して、追いかけっこに夢中になっている二人を呼びに近くまで駆け寄っていった。

 

 

それから、数分後。全員がバスの中へ戻り、バスが東京から秋田への帰路に着いた時、彼等パソコン部とその仲間達による、夏休みの楽しい東京旅行の旅が終わりを迎えた。密かな恋が芽生えだした者達、まだ見ぬ恋を待ち続ける者達、気が合いつつも中々意見の合致しない堂々巡りの恋を送る者。そんな彼等がこの先どのような恋物語を紡いでいくのか。我々も決して目を離さず、見守っていくことにしようではないか。これからの彼等の行く先に幸あれ。

 

 

「次回は再び日常回に戻るぞ。先ずは我々も明日に備えて休もうじゃないか」

 

                                                                   Shift12 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

『次回、パソコンのある日常第11話!』

 

『違う。次回、パソコンのある日常第13話「夏休み-地獄編-」。如何にも続編っぽいタイトルだけど休息編とは全く関係ないエピソードですってよ、奥さん』

 

『偶には、視点変えて、行ってみようか』

 

『誰なんだよ』

 

『紗々由デスケド?』

 




水着の種類もあんまり知らなかったりする。なので、敢えて全員出さなかった。

服の名称覚えるのムズイ……けど、資料集め頑張る。

皆様、待望のSAOも同時更新ですよ。ささ、お納めください。


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Shift13「夏休み-地獄編-」

地元ネタはディスった方が面白い


――前回の次回予告で、鈴が「視点を変えて」と言ったな?あれは嘘だ。

 

 

 

「あ゛~暑ぃ・・・・・・」

 

時刻は只今、午前7時。いつもならこれより一時間遅く目が覚めるはずなのだが、最近の真夏の本気の出し方は異常すぎる。言うなればまさに、青空に殺される、だ。夏特有の雲一つない晴れ渡った空の下、遮蔽物こそ周りにあるが、日の光は当然高い位置からダイレクトに部屋に差し込んでくるわけで。部屋の中が一時的に地獄と化すのだ。

 

「・・・・・・仕方がない、起きよう」

 

既に汗だくになった身体をスッキリさせるため、服を脱ぎ、風呂でシャワーを浴びる。この時期は冷水で浴びても逆に気持ちがいいのが本当に助かる。ついでに目を覚めるしね。

 

「へへっ、野郎のシャワーシーンとか誰得だよ」

 

そんな事をぼやきながら、シャワーを止め、バスタオルで濡れた体を隈なく拭きあげる。そして、予め脱衣所に用意していた私服に着替え、そのまま台所へ向かい、朝食を作ることにした。そうだな、今日の朝は久々に向坂家特製のスクランブルエッグでも作るか。

 

「あ、そうだ。その前にエアコン付けなきゃ死ぬわ」

 

卵とボウルとフライパンを用意したところで部屋のエアコンの存在を思い出し、リモコンを手に取って付ける。本当は窓を開けて、換気も同時に行いたいが、なんせこの時期だ。部屋の換気は出来るが、風は全く入ってこず、逆に暑くなるだけなのだ。仕方があるまい。

 

「よォし、ささっと作っちまいますか」

 

まず、用意したボウルに卵を二つ割って中身を入れる。続いて、味付けとして砂糖と塩コショウ(醤油でもOK)を少々。この時、二つの調味料の調整を間違うと、片方の特性に特化した(砂糖なら甘く塩コショウならしょっぱい)余りよろしくない味になるのでご注意を。上手くできたら、かき混ぜて溶く。そして、フライパンに油を大さじ1垂らして火をつける。フライパンが温まってきたら、その中に先程溶いた卵を入れ、少し間をおいてから菜箸を使って、卵がそぼろ状になるまで細かく炒め上げる。卵の表面に焼き色がほんのりとついたら、火を消して、お皿へ。はい、これで向坂家特製のスクランブルエッグの出来上がり。忙しい朝にぴったりの速攻で作れる本格(?)メニューだ。

 

「向坂家の伝統の味だ、お上がりよっ!」

 

と、そんな何かのアニメで聞いたキメ台詞と共にテーブルの上にスクランブルエッグの入った皿を乗せる。まぁ、今は俺一人で他は誰もいないんですけどね。こういうのはノリだよ、ノリ。その場のノリに即対応出来る奴こそ、この世で一番に強いのだ。

 

「ほぅ、スクランブルエッグか。折角の同志のお手製を無碍にも出来んな、頂こう」

 

「おう、別にテメェの為に作ったんじゃねぇけど・・・・・・って、何故いる!?」

 

突然、居間の方から声がすると思ったら何とびっくり。そこにはテーブルに着席し、いつの間にかご飯を盛った茶碗とインスタント味噌汁を入れたお椀を並べて、朝食を勝手に食べ進めている紀郷雄輔の姿があった。俺の幼馴染み一の変人の行動は、やはり理解に苦しむより他にない。

 

「何故、とは愚問だな、My同志・向坂。お前がいるのだ、ならば俺がいても不思議はあるまい」

 

「全然分からん」

 

「やれやれ、察しの悪い同志め。深く考えるな、感じろ」

 

そんなこと言われたって無理なもんは無理である。大体、普段から神出鬼没のお前の行動を全て理解出来る奴があるとしたらそいつはきっともう人間じゃない。石仮面被るよりよっぽど安全に人間を辞められる便利機能・・・・・・うわー、要らねー。

 

「まぁ、いいや。飯はそれで足りそうかー?」

 

「フ、そこまで世話は要らんぞ、同志よ。だが、その心意気には感謝しよう」

 

「そうかよ。で、態々来たってことは俺に用事があるんだろ?」

 

「まぁな。しかし、先ずは朝食を食べ終えてからにしようではないか」

 

雄輔が来たのは予想外だったが、別にそのせいで朝食を疎かにする程、間抜けではない。俺はいつものようにご飯を茶碗に盛り、箸を取り出す。スクランブルエッグは奴に取られてしまったので、冷蔵庫からひきわり納豆を取り出し、テーブルへ持って行った。

 

「ほぅ、納豆はひきわり派か。同志よ」

 

「生粋の秋田県民だしな」

 

「そうだな。兎角、我々の生まれたこの地に住む人々は、挙ってひきわり派が多かったか」

 

誰しもが一度くらいは目にしたことがあるはずの、ひきわり納豆。そう、納豆巻きでよく使われている、細かい納豆の事だ。納豆と言ってもこれ以外に大粒、粒、小粒等がある。皆さんは選ぶとしたら果たして何派だろうか。因みに俺がお薦めしたいのは、「細かく刻んだひきわり納豆」。通常のひきわりよりも更に細かく刻んであるのが特徴だ。是非、お試しあれ。

 

「では、生粋の秋田県民な同志に問う。それに砂糖を入れるとすれば?」

 

「いや、普通入れねぇだろ。番組とかでよく聞くけどほぼデマだぞ、それは」

 

「だろうな。斯く言う俺も、そんなゲテモノは遠慮したいものだ」

 

そして、これは他の県の方にも言える事。今時のその手の番組で紹介する内容は、殆ど大げさにやっているものが多く、実際に現地に足を運んだ際、かえって情報が足を引っ張ることが多い。中には本当にそれに当てはまる人もいる為、一概に違うとは言い切れないのも事実だが。

 

「時に、同志向坂。小説の進行具合は如何か?」

 

「まずまずってところかな。一応、話数的なストックも余裕が出来たし、そろそろ更新するつもりだ」

 

「それはいい事を聞いた。愛読者の一人として是非とも楽しみにさせて頂こう」

 

現在、小説投稿サイトに絶賛連載中のファンタジー系小説は、第10話まで更新済みである。最新話の投稿ももう少しで出来そうなことを此処にお知らせしよう(※この物語はフィクションです。向坂祐都作の小説は実際には存在しません、ご了承ください)。

 

「それで、飯食った後はどうすんだ?」

 

「あぁ、気分転換も兼ねて大曲市に足を運んでみようと思っている」

 

大曲市。中心部である秋田市と比べると魅力ある建物に巡り合えないが(というか、秋田市でもめったにない)、その代わりとして夏の風物詩である「花火」が有名な地区。イベント前・当日ともなると、普段はかなり過疎りまくっているその地にも、他県ナンバーの車やそれに乗った観光客が大勢押し寄せて軽くプチパニックになる。

 

「へぇ、大曲ねぇ。何しに行くんだよ」

 

「それは着いてからのお楽しみだ。同志藤堂も参加するが構わないな?」

 

「ナツさん誘ってるのか・・・・・・何つーか、意外な組み合わせだな」

 

「同志藤堂もお前と同じく幼馴染みの一員なのだからな。無論、繋がっているともさ」

 

まぁ、言われてみれば確かに。いつも飄々として何考えているか分からない雄輔と、常時ニコニコしていて何処かほんのりミステリアスな夏希・・・・・・息が合いそうなコンビではある。そんなに交流が深かったようには思えないが。

 

「と言うかこの組み合わせ・・・・・・まさか、智佳と鈴もいるのか?」

 

幼馴染み同士と言うこの組み合わせ、まさか裏で鈴の奴が糸を引いているのでは。そう思って、辺りを見回すが姿は確認できなかった。流石に、これ以上の侵入者がいるはずもないか。いたらいたで我が家(学生寮だけど)、不法侵入されすぎだろうと。

 

「フ、本来なら誘っていたが、()()()()()だ。何だ、二人に来てほしかったか、同志よ」

 

「いや、別に。それに偶には同性だけで絡むのも悪くないしな」

 

「成程、同志はホモだったか」

 

「違げぇよ、何でそうなる」

 

男同士で絡む事を好む=ホモと定義づけるのは、些か早計過ぎではなかろうか。何だかんだ言いつつ結局は皆、同性同士でつるんだ方が気持ち的にも楽なのである。何、リア充とかパリピは違うかもって?知らんよ、俺は非リア充サイドの人間だもの。

 

「御馳走になった。では、そろそろ行こうか、同志よ」

 

「そうかい。じゃ、適当にフラつきますか」

 

朝食を食べ終え、各々で食器を洗面台の籠の中へ放り込んだ俺と雄輔は、そのままバッグを片手にナツさんとの合流先である駅へと向かう事にした。

 

「あ、いたいた。おーい、二人共~こっち、こっち~」

 

駅前に到着すると、駅の公舎のすぐ近く、人が四人くらい座れそうな中くらいのベンチに、見慣れたひょろ長い体の男子・・・・・・ナツさんが俺達を見つけて手を振っていた。彼女か。

 

「随分早い到着だな、同志藤堂。まだ約束の刻限まで15分程余裕があるぞ?」

 

「いやぁ、ははは。ユウくんと祐ちゃんの二人と遊べるの、久しぶりで嬉しくて」

 

だから彼女か、って!何でこの人さっきから妙に乙女チックな言葉遣いな訳!?くそぅ、何かナツさんが段々女に見えて・・・・・・こねーよ。

 

「やはり凄まじいな、直に陽の属性を持つ者は。そうは思わんか、陰の者」

 

「誰が陰の者じゃい。事実だけど」

 

「やれやれ、そこまで自己理解が早いとは。虚しくならんか、同志よ」

 

「どうせ今更、足掻いたところで何も変わらないしな」

 

もう既に切り替えるべき時を穿き違えてしまったのだ、どうにもならん。一応、高校に入ってから特定の人物以外とも関わるようにしてみたけど。やっぱり俺にはそういうリア充的なスタンスが合わないようだ。人生、何事も適材適所がベストだよ。

 

「と、言っているがどう思う、同志藤堂」

 

「そこは裕ちゃんだからね、仕方ないんじゃないかな」

 

「相変わらず甘いな。俺としては寧ろ変化を迅速に促して然るべきと思うが」

 

「そう言うのはきっと俺等より、ちーちゃんに言ってもらった方が効果あるんじゃないかな」

 

「成程、確かに一理あるな。川知嬢以上に同士向坂と言う男を知っている奴は早々おるまい」

 

おや、雄輔とナツさんの間で何だかとんでもない語弊が生まれている気がする。前にも言ったが、智佳とは幼馴染みなだけでそれ以上でも以下でもないんだぞ。分かってる?

 

「おい、そこのお二人さんよ。電車来るが、乗らんのか?」

 

「何、もうそんな時間か。時が経つのは早いものだな、行くぞ同志達よ」

 

「レッツゴー!」

 

ナツさんの暢気な掛け声と共に俺達は、電車が来ているホームへと向かう。因みに、秋田県では基本的に一部の駅でしか「Sumika」や「ikusuke」等の交通系ICカードの類が使えず、未だに切符頼みだ。俺達は定期券持ってるからそんな手間は必要ないわけだが、仮に定期券に表示されている間の駅より先に進みたい場合は切符が必要になる。これでは、駅中に貼ってある「スイスイ行こうぜSumika」の謳い文句で有名な広告が何の意味をも成してない。兎角、クソ田舎は住みにくい。

 

「そいや、祐ちゃんはこの間ちーちゃん達と東京に行ってきたんだよね。どうだった?」

 

休日だというのにあまり人が乗っていない電車に乗って直ぐの事。ナツさんがこの間の話を俺に振ってきた。あぁ、そうか。ナツさんの事は一度誘ったけど練習試合がどうとかで無理だったんだっけ。よし、ここは土産話でも提供してあげますか!

「当然、面白かったさ。いやぁ、流石は都会だ。こんなド田舎とは大違いだったぜ!」

 

「例えばどんな?」

 

「何と言っても充実した品揃えと供給の多さかな。その分、早く無くなりやすいのが欠点だけど」

 

都会のショップでは如何に早く先行予約をするかどうかで発売日に入手できる出来ないが変わってくる。よっぽどマイナーなもの以外はほぼほぼ売れ残らない、まさしく戦場とも呼べるべき場所。都会のオタク達は日々そう言った戦場を駆け抜けているのだ。日々の憂いから解放される術をあまり多く手にできない田舎民としては、憧れの地と言っても過言ではない程に。

 

「一日目の夜は旅館に泊まったな。しかも、俺等で貸切にしてあったんだぜ?最高過ぎるだろ」

 

「え、凄いね!でも、修学旅行とかでもないのに何で貸切出来たの?」

 

「それが、今回の旅行みたいなもんが尚紀の親父さんからの日頃の感謝を返すって意味でもあったらしくてさ、送迎も何もかも西条産業の提供だったわけだ!」

 

「あー、それはいいねぇ。そんなに楽しかったんなら、俺も行きたかったなぁ」

 

一介の学生には余りある程の充実したプランとサービス。ああいうのはあんまり恩恵を受けすぎると今後の金銭感覚が怪しくなりそうだ。うん、もう既にアニメグッズの買いあさりとかで金銭感覚音痴になりかけているわけだけど。今回のはそう言うのと比較するのも烏滸がましい位には、実にブルジョワジーな体験をさせてもらった。中々、味わえないよあの体験は。もうそれこそ、アニメやゲームの中かよって感じで。

 

「プールも凄かったんだぜ。ほら、よくTVでやってるみたいなデカくて長いスライダーがさ」

 

「わぁ~、それは俺もやりたかったなぁ~。次は絶対一緒に行こう!」

 

「いいぜ、ナツさんなら大歓迎だ」

 

流石に旅館の銭湯が混浴しかなくてそこで全裸の美月先輩と遭遇したことや、プールで水着姿の智佳が何かエロ・・・・・・違う、大人っぽくてちょっとドキドキしたのは内緒にしておこう。

 

「あ、それじゃあ、祐ちゃんは学校卒業したら、やっぱり都会の方に行っちゃうの?」

 

「まぁ、考えてなくもないかな。やっぱり充実したオタライフの為には都会住みが一番だしな!」

 

「そっか、寂しくなるねぇ。俺は卒業してもこっちのほうに残ろうと思ってるよ、やっぱり生まれ故郷が一番住みやすいと思うからさ」

 

ほんの少し未来の話にはなるが、今はこうして一緒に馬鹿やれてる奴らとも頻繁に会えなくなると思うと、何だか無性に寂しく感じてしまう。けれど、そこは考えようだ。逆に言えば時間はまだ1年半もあるのだから。

 

「そいや、将来何になるとか決めてるのか、二人共」

 

「俺は学校の先生になりたいかな」

 

「フ、愚問だな。当然、俺は俺の道を行く」

 

「つまり何になるんだよ」

 

「決まっている、個人事業を新たに立ち上げると言う事だ」

 

うわ、出たよ。常識に当てはまらない奴が考えそうな事を言い放つ癖が。まぁ、コイツの場合は実際にやってのけそうだから特に何も言わんでおこう。触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「わ~、ユウくん大金持ちになりそうだね」

 

「あぁ。だが、ツイポで金配りはせんぞ。あれは愚者の行いだ」

 

「あ、それ知ってる。RTする人とか凄く多いよね」

 

「うむ。それだけ今のこの国は一個人としての最低限のプライドさえも捨てれる者が後を絶たぬという事だ、実に嘆かわしい事だな」

 

ナツさんとの会話で話題はさらに変化して最近のツイポ事情についての話になっていた。俺もそれについてはよく理解している。いや、理解していると言うのは多分違う。自分が目にすることが出来る場所で裏取引とは何かみたいなものを間接的に目撃しているかのようなそんな感じ。絶対に理解しちゃいけない奴だ。

 

「運のよい事に俺の同志たちは皆、物分りの良い現実主義者だ。抜かりがないようで安心したぞ」

 

「そりゃまぁ、典型的な類は友を呼ぶが連鎖してるからな」

 

「祐ちゃんに影響されてるところもあるからね、俺等」

 

『えー、間もなく大曲~大曲~。お降りの方は足元に気を付け下さいます様、お願い致します』

 

そんなこんなで話をしていたら、如何やら電車が目的地にもうすぐ到着するらしい。お知らせのアナウンスを聞いた俺達は、それぞれの荷物を確認(というかまだ手荷物一つ持ってない訳だが一応)して無事、大曲駅へと降り立ったのであった。

「さて、先ずは何処に向かうとしようか」

 

「いや、目的地はっきりしてるんじゃないのかい」

 

「何、取り分け急ぎという訳でもない。もし、同志に用事があるならそこを優先しても良いぞ」

 

成程、完全に確定したプランではないと言う事か。じゃあ、折角大曲まで来たのだ。尚紀じゃないがあそこに行こう。

 

「ナン倉寄っていいか?」

 

「あぁ、構わんぞ。何だ、同志向坂の目的はエロゲーか?」

 

「違げぇよ、俺は尚紀じゃねえっつの。ガンプラ見てくんだよ」

 

「ふむ、最近同士がお熱だというアレか。その熱意、尊敬に値するぞ」

 

と、俺がガンバムシリーズに嵌るきっかけを作った人物が宣う。そう、あれは確か小学校高学年の頃。当時にしてみれば昔の遺産と言っても過言ではない、据え置きのゲーム機「ゲームキューブ」でプレイしたガンバムのアクション対戦ゲーム。そのゲーム内で有名な大佐を使ったことでそのカッコよさに惚れこんでしまったわけだ。

 

「ホントは大佐のコスとか着てみたいけど、容姿が名前負けする気がしてな」

 

「何、心配は要らん。よっぽどのケツアゴで無ければ、受け入れられるはずだ」

 

「うーん、でも止めておくよ。今の俺はバアル信者だからな」

 

「真のガンバム好きなら、量産機こそ愛してみせるのだな。そのロマンが分かれば一人前だ」

 

はは、雄輔の奴、龍と全く同じこと言ってやがる。ふーん、量産機ねぇ・・・・・・。

 

「しつもーん、デストロイは量産機に入りますか?」

 

「確かに量産されてはいたが・・・・・・そういう事ではないぞ、同志よ」

 

そっかー、雄輔が言う意味の量産機とは違ったかぁ、残念。個人的に好きなんだよなぁ、デカいし。

 

「お前が一番好きだと言ってた鉄血にも色々いただろう」

 

「あー、その中だったらオルガ獅電かなー」

 

「それも量産機ではないだろう」

 

えぇー、同じ獅電なんだし量産機扱いでいいじゃんかよ。大体、その理論じゃシャア専用ザクも条件に入らんじゃんか。

 

「固有名詞に専用と書いてあるのだから、元の機体が量産機だとしても量産機ではなかろう」

 

「むむむ、俺には何のことかさっぱりだなぁ」

 

そんな事を言いながら、頭の上に?マークを大量に浮かべているナツさんの姿が目に入った瞬間

、俺と雄輔は直ぐに我に返る。あ、しまった、ナツさんを置き去りにしてしまった。

 

「おっと、これは済まなかったな、同志藤堂。つい我々だけで盛り上がりすぎてしまった」

 

「あ、ううん、そんなに気にしなくていいよ。俺もちょっと話聞いてて面白そうだなって思ったし」

 

「マジか、ナツさん!じゃあ、俺と一緒にアグニカの思想に目覚めてみようぜ!?」

 

「あー、ごめん。そこまではまだ嵌っていけないかな~」

 

くそぅ、加入させる事に失敗した。フルメカニクスとHGをそれぞれ一体買うだけでいいから出費としてはそんなにかからないんだぞ、お得なんだぞ!?

 

「では、同志よ。仮に薦めるとしてどのようにする?」

「マッキーの機体全部フルメカで制覇させる。そしたら次は鉄華団サイドのガンバムフレームを」

 

「沼に沈める気満々だな」

 

「仕方ないだろ、一つの沼は掘り進めると必ず何処かで全部の沼に繋がってんだよ」

 

「流石はラボライブと言う名の純度100%の沼に住む者だ、面構えが違う」

 

因みに俺はそれらを大体制覇している。故に、現状の目標は第2期の一番盛り上がったところで出てきたMAのハシュマルである。ガンバムシリーズのMAは総じてプラモ化されることがあまりないのでかなり希少だし、何よりハシュマルは見た目がカッコいい。学生の財布に厳しい、しかし買わねば。

 

「薦められても買わないけどね?」

 

「だそうだ。残念だったな、同志よ」

 

「ちっ、じゃあ、早く彼女作れや」

 

「それは横暴過ぎない・・・・・・?」

 

もうここは正直に言おう。俺等の中で唯一オタクっ気がなく、長身でイケメンなナツさんに何故未だに彼女が出来ないのか。個人的今世紀最大の謎である。まさか、今の女性はそれを持ち合わせてもまだ満足できないと!?くっ、では何だ、何が欲しい?金か、金なら幾らでも・・・・・・あるわけないじゃない。

 

「それで、同志の目的地に到着したが、買っていくのか?」

 

「今回は見るだけかな。流石にプチ遠征後の出費は抑えとかないと」

 

「成程、では俺と同志藤堂も同行しようではないか。別に、R-18エリアを見ても構わんぞ?」

 

「だーから、俺は尚紀じゃねぇって言ってんだろが」

 

その道に嵌るオタクとしては公式の出す正式な値段の物をちゃんとしたところで正式な値段で購入して公式にお布施をしたいところだが、何分ここ秋田にはそういった店舗が非常に少ない。故に、もう発売からそれなりの年数が経ったものは、こうして中古屋を除かなければ手に入る事は滅多にない訳で。うん、今度東京行くときは絶対にお台場のガンバムベースに寄って爆買いしてこよう。

 

「うーん、鉄血のラインナップが少ない」

 

「アレは外伝だからな。主軸の宇宙世紀が多くなるのは仕方あるまい」

 

「わぁ、いっぱいあるね~」

 

ナン倉に入るなり、真っすぐにガンプラコーナーへダッシュした俺だったが、目的の鉄血シリーズの機体があまりなく、既に持っているか値段的に少し厳しいものばかりだった。

 

「では、そんな同志にはPGのユニコーンを」

 

「余計に買えんわ」

 

さて、ここでガンプラをよく知らないよと言う方の為に解説しよう。ガンプラにはHG、フルメカ、RG、MG、ハイレゾ、PGと様々な種類がある。HG・RGが1/144スケール、フルメカ・MG・ハイレゾが1/100スケール、PGが1/60スケールと大きさが異なり、当然の如くスケールが上に行けば行く程、値段が高くなる。雄輔が薦めてきたのはその中でも飛びぬけて高いPGだった。一個2~3万は平気でする。学生の財布で買うには余りにも優しくない価格だ。その他にもメタルビルドだとか色々あるんだが、まぁ、そこは推して知るべしといったところである。そうだね、Umazonで調べてみてもいいかもしれない。

 

「ふむ、買うものがないのであればどうする、他に行きたい場所はないか?」

 

「俺は特にないかな」

 

「あんまり時間潰せてない気がするけど、お前の目的地に行こうぜ」

 

「ん、そうか。では、予定より少し早いが当初俺が伝えていた場所へ向かう。行くぞ、同志達よ」

 

 

「着いたぞ、同志達よ。此処が我が目的地だ」

 

「「・・・・・・」」

 

雄輔に案内された場所を見て、俺とナツさんは絶句した。此処に来るまでの道も宛ら、正式な道を外れた者達の集う場所・・・・・・まるで秘密組織のアジトのような建物。武骨なデザインに頑丈そうな鉄製の扉、中を開けたらどこぞのヤクザが裏取引してるんではないかと思えるほどの不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「なぁ、雄輔。ここ、本当に一般人が出入りしていい所か?」

 

「安心しろ、同志達。見てくれはアレだが、此処はそういう危ないところ等ではないぞ」

 

雄輔はそう言うが、やっぱりどう見ても怪しさたっぷりだ。廃墟という訳ではなく、建物も割と新しめな感じだが。何と言うか、クソ田舎で偶に見かける、人が住んでるかどうかさえ分からない壁伝いに伸び切った植物の蔓や苔がびっしり生えてる家のような、近づきたくない外装であった。

 

「どうした、同志。外装をずっと眺めていてもアハ体験的な事は何も起こらんぞ?」

 

「知ってるよ、んな事は。ただ、俺の第六感が絶対に入るなって言ってんだよ」

 

「全く、どうしようもない程の心配性だな。こっちだ、ついて来い」

 

俺とナツさんが一歩も前に踏み出せない状況の中、雄輔は至って普通に鉄製のドアをこじ開け、中に入っていく。あぁ、畜生。こうなりゃヤケだ、置いてかれる前に黙って付いて行くしかない。

 

「取り敢えず行こうぜ、ナツさん」

 

「う、うん、分かった。行こっか、祐ちゃん」

 

隣にいるナツさんに声を掛け、俺は雄輔の後に続いて、その扉の向こう側へと入っていった。すまんな、俺の第六感。お前が必死に危機的状況を伝えているというのに、如何やら俺は奴の強引さには勝てないらしい。

 

「鬼が出るか蛇が出るか・・・・・・って、何ですと!?」

 

「あれ、意外と明るいね」

 

外から見た時に窓が一つもなかった為、てっきり中は真っ暗なものだと思っていたが、意外にも中は電気系統の整備がしっかりと行き届いており、部屋の中を煌々と照らしていた。周囲を見回したが、至って普通の部屋と言った感じでキッチンや洗面所、バスルームまでもが完備されている。玄関とフローリングの境もしっかりしており、俺とナツさんは取り敢えずそこで靴を脱いで上がった。

 

「だから言っただろう、その心配は杞憂だと」

 

「いや、言ってねーだろ。つか、何なんだよ、この建物は」

 

「まぁ、待て。まだ屋内の全貌を見せていないだろう」

 

「はぁ、この部屋以外に行き来できる場所なんてあるのか?」

 

もう一度、部屋を見渡す。それなりの広さがあるとはいえ、別の部屋へ繋がる通路やドアなどはなく、上へ続く階段もない。全貌も何もあったもんじゃないね、全く。

 

「常識に囚われ過ぎるから見逃すのだ。次は此処を降りるぞ、ついて来い」

 

そう言って雄輔は部屋の一角にある床のあたりにしゃがみ込み、そこの一面に付いてあった取っ手を握り上方向へ引っ張る。と、その取っ手の付いた部分が上にスライドし、その下から地下へと続く階段のようなものが現れた。何これ、怖い。

 

「わ、本格的に秘密基地みたいになってきたね」

 

「フ、同志藤堂は物分りが良くて助かる。では、行こうか」

 

男なら誰もが憧れる秘密基地仕様になっている仕掛けを前に、男としての性を刺激されたナツさんは雄輔に続いて、その階段をノリノリで下りていく。いや、確かにワクワクする気持ちは分かるけど。大丈夫だよな、普通に見せかけておいての罠とかだったりしないよな。

 

「・・・・・・ここの通路だけは暗いんだな」

 

「事情故な。多少の明かりのみで申し訳ないが、足元に気を付けて進んでくれ」

 

一体、どんな事情があるというのか。そんなツッコミを心の中で雄輔に言いながら、俺は階段を下りていく。少し先を行く雄輔とナツさんのぼんやりとした後ろ姿を追いかけながら。

 

・・・・・・・どれ程の段数を下りただろうか。先程の部屋のすぐ下から、長い事ぐるぐると張り巡らされた螺旋階段を下り続ける事数分。先方の雄輔とナツさんの後ろ姿が徐々に近づいてきたので、俺もすぐ後ろで足を止める。如何やら、一番下まで下り切った様だった。

 

「長らく付き合わせてしまったな。だが、ここまで同行してくれた事、感謝するぞ同志達よ」

 

「何だよ、いきなり。死亡フラグみたいな台詞言いやがって」

 

「同志向坂がやっているようなノベルゲーならばそれもあり得たが、残念ながらそうではない」

 

「しかし、遂に同志達にも披露することになるとは。少し感慨深いものがあるな」

 

おや、雄輔の奴にしては珍しく勿体ぶっている気がする。マズいな、これは相当とんでもないものだぞ。後で、此処を見られたからにはそのまま返すわけにはいかないなぁ、とかなりそう、怖。

 

「では、行こうか、同志達。余りの驚きで腰を抜かしてくれるなよ?」

 

そう言い放ち、自分の手前にあるドアの取っ手を回し、押す。雄輔の指示のもと、俺とナツさんはその扉の先へ覚悟を決めて入った。すると――

 

『HJSBプロトコル、新規バディ二名、登録完了。システム復元します』

 

機械的な音声が流れると同時にその室内に備わっているであろう照明が全て点灯し、部屋の全貌が明らかとなる。部屋の左右一角ずつに最新鋭のパソコンが累計で10台以上並べられ、隣には何やら謎の機械とプリンターが備えられていて、中央部には大勢が座れそうな大きなテーブルがあり、何よりも一番目を引くのが。

 

「HJSB・・・・・・って何だ?」

 

本格的な組織の秘密基地において、絶対になくてはならないもの・・・・・・つまり、組織名のような謎の略称とそのシンボルマークがでかでかと表示された大型モニターが姿を現した。そして、俺がおの部屋の全ての情報を脳で理解する前に、また新たな要因が紛れ込んで来た。

 

「お、漸く来たね」

 

「人を呼び出しておいて、長らく待たせるなんていい根性してるじゃない」

 

「は?」

 

大型モニターのすぐ横にもう一つ扉があり、それがスライドして、中から二人の先客が姿を現す。その二人の姿を見た途端、俺はかなり意表を突かれた。

 

「あれ、智佳ちゃんと鈴ちゃん?何で二人ともここにいるの?」

 

紛れもなくそれは、俺達幼馴染み五人組の残り二人である、川知智佳と紗々由鈴の二人だった。

 

 

                                                                    Shift13 To be continued...

 

 

 

Next Shift...

 

『2週以上も引っ張った上に最後、オマージュ的な締めとか草も生えん』

 

 

『周囲に敵がいない状況で、この展開はないな』

 

 

『まぁ、最近俺のアプリの存在自体忘れられてたからな。そんなものか』

 

 

『という訳で、次回、過疎地域みたいな県に住む若者はどうすりゃいいですか?第十四話、「ようこそ新生パソコン部へ」。お楽しみにッ!』

 

 

『タイトル変わってんじゃねーか』

 

 

 

 

 



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Shift14「ようこそ、新生パソコン部へ」

人生における戦略的撤退は逃げではない






別にこれからスタイリッシュ逃亡劇が始まるわけでもなければ、タイトル改変する訳でもない。

 

 

「お、来た来た。待ちくたびれたぞ、男子共~」

 

「折角の休日だったのにいきなり呼び出しされて、挙句待たされるとか、ふざけてんの?」

 

「あれ、智佳ちゃんと鈴ちゃんだ。何で二人ともここにいるの~?」

 

前回のあらすじ。珍しく幼馴染みの紀郷雄輔から誘いが来て、大曲の方に出張する事になった俺こと向坂祐都と同じく幼馴染みで親友の藤堂夏希。その後、何やかんやあって雄輔によって道なき道を越えた先にあった謎の建物に案内され、そこはまさかの某反抗勢力が使っていそうな秘密基地仕様の部屋。そして、その部屋には俺達幼馴染み五人組の残り二人、川尻智佳と紗々由鈴が先客として待っていたのだった。

 

「おい、雄輔。テメェ、俺ら全員を漏れなく嵌めるとかどういう魂胆だ・・・・・・って、いねぇ!?」

 

「あれ~?何処行ったのかな、ユウくん」

 

いつもの如く炸裂したアイツの暴挙を叱るべく、入口の方を振り向くが、既にその場に雄輔の姿はなかった。しまった、また例の神出鬼没スキルか!?

 

「今更過ぎだね、向坂。紀郷の行動なんて、凡人の私達に分かる訳ないじゃん」

 

「そうね。ホント、あんな奴と付き合い長いと変な事にまで慣れてきちゃうから嫌になるわ」

 

鈴と智佳の二人が、雄輔とその行動に慣れてしまった自分達に呆れながら、そんな言葉を漏らす。だが、雄輔のお陰で智佳の奴も平常運転の様子。良かった、またプールの時みたいな感じになったらちょっと理性が持たないところだった。危ない危ない。

 

『フハハハハハッ、そう毒づいてくれるな、My同志達よ!』

 

その時、雄輔の高らかな笑い声が室内に響き渡り、正面にあった特大モニターの画面に奴の姿が映った。どうやら、この部屋の何処かにあるであろう音響部屋から映像を飛ばしているようだ、マジで何でもありだな、アイツ。

 

『先ずは此処まで共に足を運んでくれた事、感謝しよう』

 

『そして、同時に。今、現時刻を以って、我々でHJSBの結成を宣言する!』

 

俺達が何も反応を返せずに呆然とその場に立ち尽くす中、雄輔のその言葉を受けて、部屋の中に壮大なBGMが流れ始める。は、HJSB?結成?どゆこと?

 

「・・・・・・待って。何が何だか、さっぱり分かんないんだけど」

 

その場の一同の言葉を代表するかのような智佳の発言に、その場の全員がモニターを凝視しながら、うんうんと頷く。本人達は無意識であったが、見事なシンクロ率であった。

 

『まぁ、混乱するのも無理はない。何せ、急に発表したからな』

 

そんな一同の反応を見ても、不敵な笑みを崩さず、なお平然としている雄輔。成程、やっぱりあちらからも此方の様子が見えるようになっているんだな、強すぎない?

 

「そうだぞ、紀郷。ちゃんと全員に分かるように説明しろー」

 

『何、簡単な話よ。古き時から交流を育んできた、お前達への俺からの頼み、と言うヤツだ』

 

どういうヤツだ。というか、今の言葉だけでは俺達の問いに対して全く答えられてないじゃないか。

 

『俺から説明してもいいが、丁度ここに俺より説明するに相応しい人物を呼んでいる。では、よろしく頼んだぞ、同志篠崎』

 

『成程、最新の中継器が使われているのか・・・・・・興味深いな』

 

雄輔の姿が画面から見えなくなると、奴と入れ替わるように龍が姿を現した。え、何、この二人何時の間に繋がってたの?ちょっとこの作品、主人公置き去りにして裏で色々物語動きすぎじゃねぇ?大丈夫、サイドストーリー実装しとく?

 

『驚いたか?まぁ、無理もない。俺もまさか此処まで出来るとは思っていなくてな』

 

『先ずは告知だ。本日より、パソコン部と非公式情報処理部間の提携で産まれた、最新のVR専用ゲーム・・・・・・「Survival Infinity」の仮実装を開始する』

 

うん、やっぱり何もかも唐突過ぎてついてけねぇわ。突っ込み放棄していい?

 

『これは対戦ゲームで、二手のチームに分かれて対決する訳だが現在、お前達が居合わせている場所はその一環で提供された施設でHJSBというのもチーム名ということになる』

 

『故に、今日より一週間後、お前達には我が精鋭部隊・・・・・・そうだな、仮にPC部と名乗っておこうか。そいつらと模擬戦をしてもらう』

 

此処に来て、漸く現状に対する説明がされた。チーム名だったのか、俺はてっきり雄輔が片棒を担いでる犯罪組織に強制的に入会させられたものとばかり思っていたが、違ったようだ。

 

「へぇ、面白そうだね。定期的には来れないかもだけど、俺もやってみたいな」

 

「うんうん、そういうことなら私も協力するぜ。面白そうなイベントなら猶更だ!」

 

「どんな奴らが来るのか知らないけど、絶対に負けてなんてあげないんだから」

 

ナツさん達も如何やら参加する事に意欲的になったみたいで、各自意気込みを発している。しかし、此処で俺はこの場に集まった面子を見て、ある一点の疑問をモニター越しの龍に尋ねた。

 

「なぁ、龍。この面子で俺だけがパソコン部員なんだが、俺はこっちでいいのか?」

 

『あぁ、それに関してはこの場でお前自身が選べ。付きたい方に付けばいいさ』

 

持ち場選択が俺だけセルフかよ・・・・・・尊重されてんのかハブられてるのかもう分かんねぇな、これ。

 

『因みに、此方の布陣は俺、尚紀、鳴島、優海、修二。そして、葵だ』

 

「はぁ!?」

 

龍率いるPC組の編成メンバーの残り一人の名前を聞いた瞬間、俺は驚愕した。葵って、あの葵さんの事だよな・・・・・・何で葵さんがそっちに加わってんの!?

 

『フ、憧れの女性の名を聞いた途端、か。安心しろ、俺は其方の大将程、強引には加えない』

 

「じゃあ、葵さんが自分から加入したって事か?」

 

『あぁ、彼女は正式にパソコン部加入を希望した故に受け付けたまでだ』

 

『どうだ、お前が此方に来る動機としてはこれ以上ない理由だと思うが』

 

確かに、あの葵さんと自分の好きなジャンルのゲームで共闘できる機会は、早々ない事だ。彼女とタッグを組んで此方の精鋭を倒していくってのも何かいいかもしれない。

 

『迷っている様だな、同志よ』

 

俺がどちらに付くか思案していると、今度は龍に代わって雄輔がモニター越しに現れ、そう発言する。勿論、依然として不敵な笑みは崩さないままで。

 

「テメェ、まさかこうなる事を知ってて、律義にも態と俺に選択する権利を与えてる訳か?」

 

『俺の意思をどう受け取るかは、同志の自由だ』

 

『だが、敢えて意見するならば・・・・・・是非とも同志には此方側に付いてほしいがな』

 

雄輔が俺に対して此処まで執着する理由。恐らく此処で問えば確実に奴は、智佳の為と言うだろう。自分の本心は曝け出さずに、如何に俺を踏み止まらせる為の最善の策を模索する。奴の使いそうな常套手段だ。俺は・・・・・・どうする?

 

 

→・このままHJSBに残る

 

・PC部に加入する

 

 

「テメェの策に乗せられるのは癪だが、今回だけは乗ってやる」

 

『フ・・・・・・流石は我が同志、その申し出有り難く受け取ろう』

 

 

智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件2をクリアしました。

智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件・最終を解放しました。

 

 

『其方を選んだか。では、次は仮想現実の戦場で相見えよう、我が友よ』

 

龍が再びモニター越しに現れてそう言うや否や、モニターがブラックアウトし、次の瞬間には最初に見たHJSBの文字と象徴的なアイコンが表示された画面へと戻った。如何やら、今日ここに呼び出された理由の最たる目的は果たされたようだ。あー、何かどっと疲れた。

 

「ん、そっか。祐都はこっちに残ってくれるのね」

 

モニター越しの通信が終わったことを確認して、智佳が俺に話しかけてきた。俺を見つめるその姿が、心なしか少し嬉しそうに見えた気がする。あくまで予測の域、ではあるが。

 

「まぁ、悪友の期待に応えてやるのも幼馴染みの務め、ってな」

 

「ふぅん・・・・・・」

 

そう答えた俺にまるで、予想していた返しと違って興ざめした、と言わんばかりに此方から目を逸らしてぶっきら棒に呟く智佳。難しいな、乙女心。

 

「向坂が向こう行ったらどうしようと思ったけど、こっちにいてくれて安心したよ」

 

「そうだね。こういうゲーム、俺絶対に足手まといになるから、祐ちゃんがいれば心強いな」

 

暫らく俺と智佳の様子を見ていたであろう鈴とナツさんが、会話に加わってきた。正直、そんなに期待されるもんじゃないと思うけど、そこまで言われたんなら、まぁね。

 

「ゲーセンでよく見るゾンビ倒してくゲームのPVP用のオンライン対戦版みたいなもんだろ、ナツさんと鈴ならきっと上手く出来るさ」

 

「あー、そういう感じ、なのかな?だったら少しは力になれるかも」

 

「へへっ、それでも向坂がいれば百人力な事に変わりないよ。ちーの事でも、ね」

 

俺の例えが良かったのか、ナツさんは先程までの少し不安そうな顔を綻ばせて、やる気に満ちた顔になった。うんうん、ゾンビゲーはゲーセンの十八番理論はリア充界隈にも通じるようだ。有難いね。

 

「で、鈴。お前は一体何を企んでいる」

 

「うえぇ、信用ないなぁ。別に何も企んでなんてないよ?」

 

「そりゃあ、お前が智佳絡みで何かしなかったことがねぇからな」

 

「今回ばかりは私も紀郷の企みの被害者だってば。仲良くしようぜ、向坂~」

 

そう言われても今までの言動があるから信用ならないのだが。しかし、当の本人はいざ知らず、唐突に思い出したかのように最初の俺と智佳のやり取りについて言及してきた。

 

「しかし、さっきのちーとの会話は良くないなぁ、向坂。そういう時は嘘でもいいから、君の為に残ったんだよ、位言わないと」

 

「待て、鈴。それは俺のキャラじゃない」

 

鈴なりに真似て見せてるんだろうけど全く似てないからな。そして何故若干しゃがれ声にした。

 

「キャラじゃなかろうと言ってあげるのが紳士って奴だよ。分かってないなぁ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ん、モテる男は大体皆、そうやってるはずだよ。さぁさぁ早く、ちーの機嫌よくして来て」

 

自分でも体よく鈴の言葉に騙されている気がしてならないが、これから同じチームで頑張っていかねばならんのだ。出来るだけ早く関係は修復しておかないとな。そう思って、俺は再び智佳の方へ向き直る。依然として智佳は拗ねてツーンとしたままだった。怒っては・・・・・・ない、よな?

 

「なぁ、智佳」

 

「・・・・・・何よ」

 

「その、悪かったな。上手いこと言えなくて」

 

「・・・・・・」

 

結局、その言葉を出すのが精一杯で、それ以上の事は何も言えず仕舞いだった。当たり前だろ、あんなこっ恥ずかしい台詞、意識して言えるものか。どう考えたって無理だわ!?(←時々、持ち前の天然でそれをやってのける男)

 

「別に、いいわよ。私も悪かったし・・・・・・」

 

ふと、そんな智佳の呟きが聞こえた気がして、下げた頭を戻し、顔を上げる。すると智佳が気まずそうに此方の様子をちらちらと伺う様子が見て取れた。目が合うとすぐに視線を逸らされてしまうのは相変わらずだったが。

 

「全くもー、ちーもそこでグイグイいかなきゃ駄目だってばー」

 

「グイグイって言ったって、何をすればいいのよ・・・・・・」

 

「何をって、そりゃあ、無言のまま祐都の腕に抱き着いてみたり?」

 

「ッ、それじゃあただの痴女じゃない!?」

 

痺れを切らした鈴が智佳に何やら入れ知恵をしているが、思いっきり拒否されている。作戦内容はひそひそ声の為、聞き取れなかったが、十中八九とんでもない内容に違いない。あと、智佳に痴女なんて言葉仕込んだの何処のどいつだ。鈴か、鈴の仕業だな。よぉし、覚悟しろ、雄物川の藻屑にしてやる。

 

「えー、でも東京の旅館では二人してだき――」

 

「もぅ、それは内緒って言ったでしょ、鈴ッ!」

 

「いいじゃん、いいじゃん。そうすればきっと向坂も理性吹き飛んで、智佳ァ、もう我慢できねぇ、スケベしようぜ、ハァハァ、って言うはずだからさ!」

 

「ゆ、祐都はそんなキモいおっさんみたいなこと言わないわよ!」

 

今度は後半部分がはっきりと聞こえたわけだが。え、鈴の脳内での俺ってそんな感じなのか。言わねーし、思いもしねーよ。そんな度胸があったら、今頃彼女いない歴=年齢で通ってないはずだからね。いや、もしかすると社会的に既に死んでいたかもしれない。万が一、理性を吹き飛ばしたときの代償って知ってる?DEATH or DIE、テストに出るよ、覚えときな。

 

「裕ちゃんモテモテだね~」

 

「今の状況を見て、どうしてそう言えるんだよ。頭DTか?」

 

「うん、まぁ、現状はDTかなぁ」

 

「そっかー、このッ・・・・・・DT野郎が!」

 

「オマエモナー」

 

女性陣に対抗したわけじゃないけど、こちらも特に意味のない会話で盛り上がる。うん、リア充サイドだけど俺との長い付き合いのせいで、会話中にネットスラングが無意識的に入り込むようになってきたナツさん、嫌いじゃないなぁ。

 

「さて、同志達よ。そろそろこのゲームの説明を・・・・・・と、思ったが中々に場がカオスだな」

 

そんな中、漸くこの場に姿を現した雄輔だったが、居合わせた現場が現場だった。女性陣はトンチキな妄想語りを、男性陣はこの世の非情さをしみじみと感じながら今思いついた適当な話を言い並べ始めている。あらゆる分野の混沌が欲張りセット並みに一堂に会していた。

 

「如何やら、俺としたことが来るべき時を間違えてしまった様だ」

 

そう言って雄輔が部屋を引き返そうとしたその時、その場にいる全員が全員雄輔の存在に気づき、一斉に視線を向ける。幼馴染み達の一糸乱れぬ動きに、この時は彼でさえ軽く恐怖を覚えたと言う。

 

「「「「聞・い・て・る・よ?」」」」

 

「フ、ハハハ、怪談話や百物語に強い俺にそのような脅しは全くの無意味。残念だったな!」

 

勿論、これも彼としては初めて使う事を余儀なくされた精一杯の強がりだった。本来なら、気の知れた仲間に遠慮は不要だが、彼は現在、とある人物の目を、幼馴染み達・・・・・・特に祐都と智佳を中心にしたグループから逸らすために道化を演じている最中なのであった。故に、彼はまだ仮面の下に隠れた素顔を決して見せることはしない。今はまだその時ではないのだ。

 

「兎に角だ。彼方からの提案としては本日より1週間後・・・・・つまり、2学期開始後の土曜日となる」

 

「そして当然、我々HJSBが念願の初結成ともなれば、是非とも初陣は勝利で納めたいところだ」

 

「故に、これよりこのゲームを実際にプレイし、CPU戦を行う!」

 

先程垣間見せた隙を拭い去るように、雄輔は再び高らかに叫んだ。祐都達はその様子を無言で見つめていたが、この基地に入った時からずっと疑問に感じていたことを祐都は雄輔に尋ねることにした。

 

「あ、質問いいか。雄輔」

 

「どうした、My同志向坂」

 

「今更過ぎるかもしれんが、HJSBって何だ?」

 

「何、簡単な話よ。Hikousiki(非公式) Jouhou(情報) Syori(処理) Bu(部)・・・・・・略してHJSBだ」

 

その雄輔の言葉を聞いて、メンバー全員が「成程、コイツだったら確かに考えそうだ」と納得し、特に下手な突っ込みをせずにそのまま受け入れた様だった。

 

「それで、実際にプレイするのか」

 

「勿論だ。先ずはCPUと戦って軽く肩慣らしと行こう」

 

その言葉を最後まで言い終える前に、メンバー一人一人にVRヘッドセットを渡していった。祐都は「学校内の規定に縛られないからって、色々と豪勢に構えすぎじゃないか?」と一瞬思ったが、その資金が一体何処から来てどう処理しているのか。それを考えると突くのは藪蛇モノだと気付き、彼は考えるのを止めた。

 

「あ、そうだ。これって向こうのPC部の連中と6対6で勝負するんだろ~?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「紀郷を合わせても私達5人しかいないよ?」

 

鈴の当然と言えば当然の問いに、隣に座っている智佳が静かに首を縦に振る。確かに、向こうのPC部メンバーは最初から祐都を除いたところで6人以上いるのは変わりない。今から部員を新たに集めようにも今はまだ夏季休暇中。上手くスカウトできるかどうか分からないし、そもそも部員として正式に登録することが出来ない事になる。

 

「その点も心配はいらない。我がHJSB側の戦力に加わってくれる人材を向こうから借りてきた」

 

「やぁやぁ、キミ達。数日ぶりだね、元気にしていたかい?」

 

雄輔が最初に智佳と鈴が出てきた部屋の扉、とは反対側に付けられた扉からその人物が部屋の中へ入ってきた。そう、その人物こそ、智佳と鈴が現在も所属している軽音楽部の唯一の先輩、比賀乃美月その人だった。

 

「わぉ、美月先輩だ。数日ぶり~」

 

「やぁ、鈴。元気そうで何よりだよ」

 

「美月先輩・・・・・・負けませんよ、私」

 

「???」

 

鈴は気軽に挨拶を返したが、智佳は如何やらこの間の出来事があったというこもあり対抗心を燃やしていた。当の本人には天然ぶりが総じた結果であった為、1ミリも伝わってはいなかったが。

 

「俺は会うの初めてかな、よろしくお願いします、先輩」

 

「おー、キミが夏希君だね。話は鈴たちからよく聞いてるよ、此方こそよろしく」

 

「美月先輩がこっちに来たんなら、尚紀は確実に倒せるな。特攻付与、感謝だぜ」

 

「んん、尚紀くんがどうかしたかい?彼も向こうで元気そうだったぞ」

 

同じ軽音楽部の面々の座っている位置を通り過ぎると、次に初対面の夏希と挨拶を交わす美月。そして、今や美月の存在自体が弱点となったある男の姿を思い浮かべながら、何処ぞの策士風にニヤリと不敵な笑みを浮かべた祐都の意図とは筋違いな答えを発言する美月。見事な程に会話が噛み合っていなかった。

 

「では、起動するぞ。HJSBプロトコル、対象範囲全てのVR接続確認。システム”オートダイヴ”」

 

『イエス、マスター。HJSB Protocol オンライン、システム”Auto Dive”起動します』

 

「認証コード『Survival Infinity』、リンク・スタート」

 

「「「「「リンク・スタート・・・・・・!」」」」」

 

全員の掛け声と共に、システムが連動して部屋中のVRプログラムが一斉に起動した。何か凄く厨二心にグサッと来る劇的な演出に興奮冷めやらぬ事になったのも束の間。意識が飛び、膨大なデータの放流に沈んでいく感覚を覚える。そして、次の瞬間には現実の自分と全く瓜二つの容姿をしたアバターが作成され、俺達はその姿のまま、電脳世界へと足を踏み入れていた。

 

「すげぇ、現実での姿のまんまだから生身でVR空間に来たかのような感覚だ・・・・・・!」

 

「ホントだ。凄いなぁ、どうやって再現してるんだろう?」

 

「長年慣れ親しんだ自分の感覚が何の狂いもなく伝わってくる・・・・・・最高ー!!」

 

「SKOのアバターを使うより一体感が凄い・・・・・・!」

 

「ふふふ、不思議な感覚だなぁ」

 

視界から見える景色は、電脳世界特有のメカメカしいデザイン。しかし、身体は現実世界での自分自身そのもの。それ故に、他のVRゲームにはない没入感が味わえた。マジでこれを龍と雄輔の奴が共同で開発したものとか・・・・・・そら恐ろしいね。

 

「フ、存分に驚いて貰えたか、同志達。これが真のVRだ」

 

聞きなれた声が響き、俺達はその方向を見る。俺達が固まるように転送された場所から少し離れた手前に浮かぶ、幾何学模様が刻まれた巨大な石の上に奴はいた。

 

「本来であれば、SKOのアバターを連携して持ってくるべきだが・・・・・・まぁ、今はまだ我々が身内で使用している状態故、現実の姿そのままにさせてもらった。その方がやりやすかろう」

 

「何時の間にこんなデータ取ったんだよ、そのまますぎて気味悪いぜ」

 

「それは同志達があの部屋に入った瞬間から、自動でスキャンしていたに決まっている」

 

「相変わらず、やることは学生のそれを逸脱してんな、オイ・・・・・・」

 

「褒めても何も出んぞ、My同志向坂」

 

赤の他人が作ったシステムに計測されたとなれば、一抹の不安も残るが、コイツが携わったシステムであるなら、その点は問題ないだろう。セキュリティシステム組ませたら、既存のソフトよりも遥かに上を行く鉄壁の守りを作り出す。異世界チート転生モノにありそうな設定だよな。

 

「武器はその中から好きに選ぶといい。敢えて使い慣れない獲物を使うのも作戦の一つだぞ」

 

雄輔はそう言ったが、やはり私的センスに一番ビビッと来るのはこれしかない。俺は迷わずSKOの世界でも酷使している双剣を手に取った。仮初の姿のアバターではなく、現実の自分自身の姿でこれを持つ。嘗てこれ程熱い展開があっただろうか・・・・・・いや、ない。

 

「同志はやはりそれを使うのだな」

 

「当たり前だ。これを他の誰でもない、現実の俺の姿で使うことに意味がある」

 

「双剣に心奪われた者、という訳か。その一途さ、見習いたいものだ」

 

実際、現実世界で真剣を2本装備して戦うとなれば、人並みくらいの筋肉量はあるが、そのスタイルを維持するとなれば正直かなりキツいだろう。剣の重みは命の重み、と言う奴だ。相応の覚悟が無ければ、握って立つ事さえ許されない。

 

しかし、仮想現実内であれば、現実世界とは裏腹に意図も簡単に持ててしまう。それ故に、誰かの命運を変えることはできないが、個人の憧れなら叶えられる。驕り高ぶる事能わず、ふとした瞬間に現実世界の退屈を変える狂気にさえ目が眩む。そんな人類にこれ以上ない平和という概念が生み出した空想の産物、それがこの世界だ。

 

「智佳はヘヴィーランスか、何か意外だな」

 

「ま、SKOでもこれ使ってるし。何だかんだ言うけど、結局は使い慣れた武器に行き着くわよね」

 

ヘヴィーランス。別名、重槍とも呼ばれるこの槍はSKO内でも扱いが難しく人を選ぶ。通常であればタンク役を担うプレイヤーが愛用するが、智佳はアタッカーで敢えてそれを使っているタイプか。

 

「へぇ、そうなのか。じゃあ、今度暇な時にパーティ組もうぜ」

 

「し、仕方ないわね。祐都がそう言うなら・・・・・・」

 

「プレイヤーネーム何て言うんだ?あ、俺はファイヤな」

 

「ローゼリンデ、よ。あ、赤い鎧で目立つからすぐに分かる、と思う」

 

へぇ、プレイヤーネームが意外と本格的で驚いた。智佳の事だから、男キャラにして名前がエドっていう感じとばかり思っていたけど。いや、俺じゃあるまいしキャラ再現は流石にやらんか。

 

「何かヘヴィーランスが通常より一回り大きく見えるな」

 

「・・・・・・そう言われると思ったから、あんまり使いたくなかったんだけど」

 

そう言って智佳が不貞腐れてしまう。あー、そっか、コイツ確か一般的な女子より背が低いの気にしてたな。俺としては別に気にしなくてもいいと思うし、それに知り合いの中だと葵さんの方が一番背が低いぞ。まぁ、そこが葵さんの可愛いところと言うかなんというか。

 

「そうか。でも、俺は背が低い女子は普通に可愛いと思うぜ?」

 

「っ・・・・・・ほ、本当!?」

 

「お、おう。やっぱ守ってやんなきゃなーって気持ちになるしさ」

 

「・・・・・・じゃあ、もう気にしなくてもいいんだ。え、えへへ」

 

何が嬉しかったのか、智佳は頬を赤く染めて満面の笑みを浮かべていた。そして、その顔にドキッとして目を奪われ、気付く。あ、駄目だ。智佳のこの表情に凄く弱いわ、俺。

 

「おー、見せつけてくれんねぇ。一応、外野もいるんだぞ~」

 

「裕ちゃん凄いなぁ、普通にあんなこと言えちゃうんだもん」

 

「流石は特定の条件を満たすと異性に特攻状態になる我が友だ。鼻が高いぞ」

 

そんな外野の声など露知らず、俺はまたプールの時みたいに智佳から目が離せなくなってしまう。いいや、しっかりしろ、俺。さっきみたいに智佳が笑顔になれる、相性のいい異性を見つけるまでは失った4年間の空白を出来るだけ埋めて恩返ししなきゃならねぇんだから。

 

そう、この時の祐都はある決定的な事実をすっかり失念していることにまだ気づいていない。彼女が密かに好意を寄せている相手が自分自身になっていることに。そして、その好意を寄せられている自分自身こそが彼女を先程のような笑顔に出来る唯一無二の存在であることに。

 

「あっ、なぁなぁ、智佳。さっきPCの特徴が赤い鎧って言ってたよな?」

 

「えっ、あっ、う、うん・・・・・・」

 

「そっかぁ、実は俺も赤が主体の和服っぽい奴を着てるぜ、配色一緒だな!」

 

「祐都と一緒・・・・・・そ、そうね」

 

「やっぱり赤はいいよな!赤と言えば、赤い彗星のシャアと赤い弓兵の英霊エミヤ!俺が一目惚れした男キャラのトレードマークともいえる色なのさ」

 

しかし、そんな事実はお構いなしに祐都は喋り続ける。ちょうど自分が好きな赤いモノについての話題変えた途端これである。そして、そういうときほど彼の無意識下の天然が発生しやすくなる。結局、どういう事かと言うと。

 

「同じ色だと何かいいよな、ペアルックみたいで!」

 

ペアルック。それは、世間一般でいう恋人同士、その中でも特に扱いに困るとされる通称・バカップル達が自分達の仲の良さを周りに自慢したいが為に同じデザインと同じ色の服を互いに着ている状態をそう呼ぶ。つまり、これっぽい事をする=バカップルである事を認めるということに他ならない。そして、そんな言葉を自身の片想い人から聞いた川知智佳がどうなったかと言うと。

 

「ペ、ペアッ・・・・・・!?」

 

瞬間沸騰!アニメや漫画等で登場人物の中でも特に初心で純粋な心の持ち主が、自身で耐えられる限界以上の羞恥や気恥ずかしさを覚えた時に一瞬で顔が真っ赤になり、頭の上から煙の様なものを上げてしまうという現実ではまずありえない現象。だが、そこは現実は小説より奇なり。彼女が今まさにその状態になっていたのである。

 

「ぷ、ぷしゅぅぅぅ~・・・・・・」

 

「うわぁぁぁっ、ちーの脳が限界処理負荷を越えてパンクしたぁぁぁ!?」

 

「わ、ホントだ。ユウくん、取り敢えず一回ログアウトしようよ」

 

「むぅ、こうなっては致し方なしか・・・・・・分かった、少し待っていろ」

 

智佳はそのまま倒れるように気絶。それを大慌てで優しく受け止めて、心配そうに声を掛ける続ける鈴。状況を見て、雄輔に全員を一旦ログアウトさせるように伝える夏希。夏希の指示を得て、システムにログアウトするよう呼びかける雄輔。そんな急に慌ただしくなった幼馴染み達の現状を理解できず、今更自分の世界から帰ってきた祐都が一言。

 

「あれ、俺何かやっちまったのか・・・・・・?」

 

聞いてて少しイライラするくらいのなろう系異世界転生モノの主人公のような台詞を発して、その場にただ呆然と立ち尽くすしかなかったのである。一方、美月の方はと言うと。

 

「うん、やっぱり皆いつも通りの元気さで安心したぞ」

 

そんな果たして周りの話を聞いているのかいないのか、それともただマイペースがブレないだけなのか。いつも通りののほほんとした態度で彼らの行動を温かく見守っていた。

 

 

「――では、以上で今回の実践想定訓練を終わる。各自、次の土曜は必ず空けておけ、解散!」

 

「はぁ~、終わった。帰ったら寝よう、今日はしんどいしんどい」

 

「結構面白かったね、俺、久しぶりにワクワク出来るゲームに出会えた気がする」

 

「いやー、全身使って動いてたような気がするよね。ちーはどうだった?」

 

「ん、このゲーム内でのヘヴィランスにも慣れたし、実践でも負ける気がしないわ」

 

「お腹すいた・・・・・・帰りにコンビニ寄って帰ろう」

 

解散の号令が掛かると、雄輔以外のメンバー達は各々の寮部屋までぞろぞろと帰っていく。そして、彼だけが部屋のモニター前の椅子にぽつんと座ったままの状態になった時、その静寂を破るように彼の形態の着信音が部屋中に鳴り響く。彼はそれを手に取り、真っ先に耳に当てた。

 

「ふむ、中瀬川か。どうだ、お前に頼んでいた件は?」

 

『まぁ、ぼちぼちって感じかな。今のところは向こうに動きはないみたいだし』

 

「そうか。では、引き続き奴の監視を頼む」

 

『りょーかい。ま、あんまり期待しないでおいてね』

 

中瀬川、と呼ばれた電話の向こうの主が雄輔の指示に的確に答えていく。声を聴く限り女性だということは間違いない。ただ、その女性が何処の誰で何故彼と関わりがあるのか。それはまだ誰にも分からない。

 

「My同志向坂を始めとした、我が腐れ縁の縁者達。彼らのHJSB加入で此方の守りは間もなく頑強なものとなる。そう、貴様がどんな手を使ってきたとしても無駄になる、と言う事だ」

 

「お前は信じないかもしれんが、これでも俺はお前のことを一番に思っての事なのだぞ」

 

そんな独り言を呟いて、席を後にした雄輔は、去り際に入り口近くで更に一言漏らした。

 

「向坂、お前は昔からの親友であることに変わりはない、()()()()()

 

 

                                        Shift14 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

 

遂に決行されたPC部とHJSB間によるゲーム内の決闘。手に汗握る波乱の展開、次々と凶弾に倒されていく仲間達。そんな中、祐都と智佳の二人に勝機はあるのだろうか。そして、絶体絶命の窮地を前に祐都が出した秘策とは。

 

 

次回、パソコンのある日常、第15話「PC部 VS HJSB」。君は、生き延びることが出来るか。

        

 

 

 




SKOは《スカイクラッド・オンライン》の略です。突然略称表記して済まんかった。


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Shift15「PC部 VS HJSB」

一番まともそうな子に限って闇が深いから気を付けろ


「ふふっ、チェックメイトだね」

 

「くっ・・・・・・!」

 

彼女が俺の首元に刀を添える。持っていた双剣の内、一本は弾き飛ばされて手元になく、もう一本は刀身が欠けて半分になっていた。これは完全に積みだ。

 

「ホントはもう少し楽しみたかったけど、もうお終いかぁ・・・・・・ちょっと残念」

 

「腕には自信があったつもりなんだけどな。まぁ、アンタにやられるのも悪かねぇ」

 

「うん、私もキミと戦えて凄く楽しかった。それじゃあ――」

 

そこで一旦言葉を切ると、彼女は持ち手に力を籠める。死のカウントダウンは、既に目の前に迫っていた。

 

「バイバイ」

 

――そして、刀身が容赦なく俺を切り捨てた。

 

 

その出来事が起こる2時間前。日付は8月25日(日)、時刻は午前10時。遂にやってきた決戦の日、俺は電車に乗って大曲駅で降りると、例の基地へと足を運ぶ。駅の入り口近くで俺を待っていた智佳と一緒に。あれ、何かこの構図、前にも見たな。

 

「律義に待ってなくたっていいんだぞ、どうせ合流すんだから」

 

「べ、別にいいでしょ」

 

「ポカリで良ければやるよ、飲んどけ」

 

「ん、あ、ありがと・・・・・・」

 

おまけに何か台詞までほぼほぼ一緒な気がする。違う点と言えば、智佳の頬がほんのり赤く染まっていた位。体調、悪いのかな?

 

「顔赤いけど大丈夫か、体調優れない様なら休んでも良かったんだぞ?」

 

「だ、大丈夫、平気よ」

 

「そうかぁ?ま、本気で怠い様ならその時は言えよ。部屋までは送ってってやるから」

 

「大丈夫って言ってるのに・・・・・・馬鹿」

 

最近はあまりツンケンしてないが、何分俺の幼馴染みは変なところで意地を張るからな。もし、無理をしてるなら強引にでも連れ帰ってやる。歩きながら、そう思う俺であった。

 

「そういや、今日は鈴と一緒じゃなかったのか?」

 

「親友だからって四六時中一緒にいるわけじゃないし」

 

「まぁ、そりゃそうか」

 

「それとも何、祐都は鈴がいた方が良かったの?」

 

「そうだな、少なくとも賑やかしにはなる」

 

そんな俺の言葉に、智佳はムッとした表情で俺を睨む。えぇ・・・・・・何か悪いことしたっけ?

 

「いいわよ、どうせ私とじゃあんまり楽しくないんでしょ」

 

「いや、誰もそこまで言ってねぇだろ」

 

「何よ・・・・・・無理に気を遣わなくても分かってるんだから」

 

かと思えば、急にネガティブになる。何だろう、今日は何時にも増して情緒不安定だな。やれやれ、流石にこれ以上不機嫌になられると後で色々困る。何とか機嫌直してやらんとな。

 

「仮に俺がそう思ってたんなら、今もまだ仲違いしたままの状態にしてたと思うぞ」

 

「それは・・・・・・嫌よ」

 

「だろうな、俺もそう思う。お前に受けた恩も返せなくなるしな」

 

「恩・・・・・・私、祐都に何かしてあげた事あったっけ?」

 

「・・・・・・お前が忘れるようなどうでもいい事でも、その時の俺には救いだったんだよ」

 

女性が特に何を思ってやったわけでもない何気ない行動が、逆に男には刺さったりするものだ。此方側も別に意図はないが性がそれを忘れまいとする。尤も、俺のこれはそれとは全く別物かもしれないが。正直、自分でも説明がしづらいのでやめておく。ホント、オタクやってれば日に日に語彙力下がっていくね、面倒くさいったらありゃしない。

 

「そ、そう。でも、そこまで気負わなくてもいいわよ。本人が覚えてないんだもの」

 

「そういう訳に行くかよ。借りを作ったら返さなきゃ筋が通らねぇだろ」

 

「あー、もう。何でそういう時だけ異様に面倒くさい性格してるのよ、アンタは」

 

おや、今度は何か盛大に呆れられている。別に間違ってることは言ってないはずなのに、何故だ。

 

「それに、そこまで貸し借り気にする仲じゃないでしょ、私達は」

 

「いや、しかし――」

 

「はぁ・・・・・・いいから黙って聞きなさい、祐都ッ!」

 

「お、おう」

 

智佳が腕組みをしながら、俺に向かって一喝した。おいおい、びっくりしたなぁ、もぅ。あ、というかここのシーンも何か凄い既視感。えっと、今回って総集編でしたっけ(※詳しくはShift9へ)?

 

「確かにそれも大事だけど、勝手に押し付けられてるこっちの身にもなりなさいよ」

 

「というか、そこまで相手の事を考えられるんだったら、そんな考えにはならないはずよ。違う?」

 

「うっ・・・・・・実際、正面切って言われると確かにそうかもしれないな」

 

「そうかもじゃなくて、そうなの。気にするなとは言わないけど、最低限の折り合いは付けなさい」

 

あぁ、そうか。俺が彼女との仲違いを解消してまで彼女と交流をしたかったのは、恐らくこれに由来するのだろう。基本、人は他人の行動の悪い点をそこまで気にする訳ではない。俺とクラスメイトになって知り合ってきた者達がそうであったように。

ただ、彼女は・・・・・・智佳だけは違った。此方が何かやらかせば、きっちりと叱ってくれるし、只管こうやって真っ直ぐにぶつかってきてくれる。何でも言い合える友と言うのは本当に希少な存在だ。だから、そんな彼女との繋がりだけは決して失いたくはなかった。

 

「悪い、智佳。ちょっと自分勝手すぎた」

 

「別にいいわよ。祐都のそういうところ、き、嫌いじゃないし・・・・・・」

 

「ははっ、何だよ格好つかねぇな!」

 

「うっさい、馬鹿ッ!」

 

もしかしたら、俺は自分の想像以上に智佳に依存してしまっているのかもしれない。しかし、本当にこのままで大丈夫なのだろうか。智佳の奴に気になる異性が出来たら、当然俺はお役御免になる。その前に自分から断ち切らねばならないが、果たしてそれが今の俺にできるだろうか。

 

「ま、取り敢えず。今日の試合は絶対勝とうぜ、相棒」

 

「当然よ、足引っ張ったら許さないから」

 

いや、出来るかどうかじゃない。これだけは絶対にやらなければ。

 

 

「来たか、同志向坂。川知嬢も一緒のようだな」

 

その後、俺と智佳は町はずれの道を抜けてHJSBの基地へと辿り着く。部屋の中には既に雄輔を始めとする他3名が揃い踏みしていた。

 

「最近はちーも凄く積極的だから私の出番がなくなりそうで怖いなぁ」

 

「鈴ちゃんは十分キャラ濃いし大丈夫じゃないかな。俺の方が出番減りそうだもん」

 

「え、ホントに!?いやぁ、伊達にちーの親友やってただけあるなぁ、流石私!」

 

鈴がナツさんに褒められて(?)少しテンションが上がっていた。うーん、共感できるけど話の内容が内容だけにメタい、メタいなぁ。

 

「お腹減った・・・・・・」

 

そして、その隣では美月先輩がお腹をぐうぐう鳴らしながら、卓上に突っ伏していた。あー、成程。また数十時間にも及ぶ食べ忘れ状態でここまで来たという事か。本当にこの人、現状のままの一人暮らしで大丈夫なんだろうか、心配だな。

 

「何か作りましょうか?」

 

「祐都君お手製の鶏唐揚げが食べたい・・・・・・」

 

「流石にここじゃそれは作れないと思いますがね。雄輔、食料とか保管されてないか?」

 

「生ものはないが、確か惣菜パンぐらいはあった気がするな」

 

あるか分からない状態で聞いたけど、やっぱりあるんだな。流石は非公式情報処理部だ。もう、設定の枠を超えて何でもありである。

 

「じゃあ、それでいいや。適当なの幾つか持ってきてくれ」

 

「ふむ、了解した。少し待て」

 

雄輔はそれらが保存されている場所へ向かい、まとめて袋に詰めて持ってくる。美月先輩はそれを見るなり、目を輝かせて惣菜パンを貪り始めた。金曜日の帰宅後から、雄輔が貸し出してくれた訓練用のVRゲームをずっとプレイしては、就寝時間になったらログアウトしてそのまま寝、起きたらまたVRゲームに没頭する・・・・・・そんな日々を送っていたらしい。実に28時間ぶりの食事であった。

 

「HJSBプロトコル、オンライン。システム”オートダイヴ”起動」

 

『システム”Auto Dive”起動します』

 

「「「「「「リンク・スタート・・・・・・!」」」」」」

 

件の美月先輩がカロリーの補給を済ませると共に、向こう側との約束の時間になり、全員がVRゲーム内へとダイブする。そして、視界が完全にVR世界に切り替わった時、俺達から少し離れた位置にソイツ等はいた。

 

「約束の刻限ピッタリか、いい心がけだなHJSBの諸君」

 

「日頃の鬱憤を晴らすいい機会と聞いて。おまいら全員、壁パンの刑に処す」

 

「今日の俺はデータキャラだ。この試合、俺様達が99.9%の確率で勝つだろう」

 

「残りの0.01%の奇跡が起こって負けるパターンだぁね。賭けてもいいよ」

 

「祐都の野郎と藤堂は殺す、祐都の野郎と藤堂は絶対に殺す・・・・・・!」

 

やはり、彼方の面子はキャラ替え宣言している尚紀以外、全員が通常運転だった。さて、初の戦闘を前にして我が麗しの花は一体何をッ・・・・・・!?

 

「・・・・・・いい試合にしようね、祐都君」

 

彼女の姿を見た時、まず最初に目に入ったのは彼女が自分で選んであろう武器。それは刀だった。

 

「装備が刀と来ましたか。因みにそれを選んだ理由は?」

 

「こっちの方が使い慣れてるから、かな」

 

「成程、龍の装備が珍しく双銃なのは葵さんがそれを選んだからか」

 

「そう、意外だったかな?」

 

腰のあたりに刀を携えながら不敵に微笑む彼女の姿は、普段よりも凛々しく、恐ろしい程に美しかった。クラスメイトだから、憧れの人だからと言う理由で戦うのを躊躇えば、此方がやられる。あの中では一番ゲーム等に縁がなさそうな人物だが、油断は出来そうにない。

 

「アンタは私が倒すわ、祐都はあの廃人共を止めなさい」

 

葵さんの只ならぬ雰囲気に若干押され気味になっていた俺の背後から、智佳がヘヴィランスを構えて足早に俺を追い抜く。その鋭い視線を葵さんに向け、宣戦布告のような台詞を吐き捨てると彼女のいる場所からすこし手前で立ち止まり、仁王立ちをした。

 

「川知さん、だったかな。丁度良かった、私も貴方と一度手合わせしてみたかったかも」

 

「そ、じゃあ、この私と二度目をやりたくないってくらいコテンパンにしてやるから。覚悟しなさい」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・ッ!」

 

互いに向き合って相手と一言二言交わした時、一瞬にして両者の間に火花が散り始める。あ、あの、君等対立してるシーンなんて今までの話の中にありましたっけ。無いよな、無かったよな。おい作者ァ、変なところで突然勝手に何かを展開させる癖、いい加減直せよ。

 

「フ、念の為祐都には伝えておくが、彼女・・・・・・葵さんは強いぞ」

 

「マジか・・・・・・お前がそう言うなら事実って事だな」

 

「あぁ、葵さんはこう見えてSKOのPvPイベントの上位ランカーだ。プレイヤー名yakumoと言えば、少しは聞き覚えがあるだろう?」

 

「な、何だって、葵さんがあの《連鎖の乙女》のyakumo!?」

 

《連鎖の乙女》yakumo。SKO内で噂の絶えない超伝説級の有名人で、ギルド《修羅の国》所属のプレイヤーの一人。栗色の長い髪をしていて、特徴的な眼鏡をかけ、セーラー服を纏った女性アバター。

 

二つ名である《連鎖の乙女》の由来は、彼女の使用する武器「連鎖刀アイヴィスチェイン」の見た目にある。持ち手と鞘に鎖が巻き付いているという少し不気味なデザインとなっているが、その人気は彼女のお陰もあってか依然として高い。因みにそのイベントクエストの名前は『地獄より来たりし楔』という如何にもなタイトルで、難易度は超高難度。しかも、そのイベントで登場する限定BOSSモンスターが極僅かな確率でしか落とさないのだ。そんな最も入手困難とされるレジェンド武器を彼女だけが所有出来た。故に、連鎖刀に選ばれた乙女、という意味を込めてそう呼ばれている。

 

「という訳だ、智佳。こっち来い」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと、祐都!?」

 

葵さんの前に立ちはだかる智佳の手を掴み、葵さんとPC部メンバー達から離れたところに連れていく。HJSB一行は何故かニヤニヤとしていたが、気にしている暇ではない。

 

「智佳、さっきの俺と龍の会話は聞いてたか?」

 

「な、何の事・・・・・・?」

 

「お前が喧嘩吹っ掛けた相手が只者じゃねぇって話だよ。彼女、PvPの上位ランカーらしい」

 

「そ、そうなの?でも葵ってそんなイメージないって言うか・・・・・・」

 

智佳を壁際に立たせて、俺はその前に立って話をする。見ようによっては今流行りの「壁ドン」をしているように見えなくもない。またしても、自分の無自覚なところで相手を更に意識させてしまっていた。しかし、やはりと言うべきか、この時の俺はそれに気付いていない。

 

「お前の実力を疑ってるわけじゃないが、ここは俺とお前の二人で相手取る。それでいいな、智佳」

 

「わ、分かったわよ。だ、だから、その・・・・・・一旦、退いてくれる?」

 

智佳がそう言って、上目遣いで俺を見つめる。一点の濁りもないその綺麗な瞳に危うく吸い込まれそうになるが、何とか理性を総動員させて、彼女の前から退く。

 

「わ、悪い。強引すぎたな、忘れてくれ」

 

「あんなの、忘れられるわけないじゃない・・・・・・馬鹿」

 

先程の状況のこっ恥ずかしさを漸く理解して、互いに少しぎこちなくなる。だが、今いる場所が戦いの場だという事を思い出し、俺は咄嗟に頬を手で叩き、現状の本題に向き合うよう無理矢理思考を其方に向けた。

 

「ん、ん゛ん゛っ・・・・・・さて、準備は出来たか、HJBS諸君」

 

「あぁ、同志もこの通り彼方の世界から帰ってきたようだしな。始めようか、PC部の精鋭達よ」

 

「ルールは簡単だ、制限時間は今より2時間半後。それまでに両陣営のどちらかが全滅、或いは両陣営のどちらかのリーダーが討ち取られれば、倒した陣営側の勝利となる」

 

「それでは、『Survival Infinity』稼働テスト戦、開始だ!!」

 

そして、遂に戦いの火蓋は切って落とされた。先程まで何もなかった電脳空間が現実の景色とそっくりのフィールドに更新されると、PC部とHJSB、2つの勢力に所属する各メンバーが、各自の指定エリアに散開する。今回のフィールドは俺達にとって最も馴染みのある市立夢島高校の敷地内周辺。よし、先ずはあの中で一番やりやすいアイツを仕留める・・・・・・!

 

「ふひゃはははははっ、流石は俺様の見込んだ戦友だ、最初に俺様を選ぶとはなァッ!」

 

その刹那、奴がいつも持っている大斧が俺のいる方へ真っ直ぐ飛来してくる。俺は、その飛来物を手持ちの双剣で受け流し、奴へと返す。大方の予想通り、俺の配置位置から一番手前に奴を置いてくるとは。分かってんな、龍。

 

「初手にしちゃあお互いに悪く無い相手だ。だろ、尚紀?」

 

「そうだな。その礼として、貴様を地獄に送ってやるぜぇぇぇぇぇ!!」

 

接敵すると同時に奴から繰り出された、大斧による無数の波状攻撃。奴が狙いを定めて俺の位置を正確に狙ってくる。だが、俺もそれしきの動きに対応できない程、ゲームに精通していない訳じゃない。

 

俺はその連撃を

 

――避け、

 

――躱し、

 

――捌き、

 

――鍔迫り合う。

 

「そうだ、そうじゃなくちゃあな!いいぜぇ、俺様を100%楽しませてみろぉぉぉぉッ!!」

 

「ッ・・・・・・!」

 

と、試合開始前に言っていたデータキャラだったことを思い出した尚紀は、そんな台詞を吐き出す。しかし、分かってねぇな、尚紀。お前のそのこういうところに熱中して周りが見えなくなる癖はもうお見通し。つまりお前は今、俺が狙った作戦地点にまんまと誘い込まれているんだよ、馬鹿め!

 

「オラオラァ、どうしたァ!?そろそろそっちから仕掛けてこいよ、戦友よォ!!」

 

「・・・・・・作戦名〈オペレーション・ムーンビューティ〉、開始だッ!!」

 

「あにぃ!?」

 

作戦開始地点到達後、木陰に隠れて待機していた美月先輩が飛び出し、姿を現した。そして、それを見た尚紀の動きが止まった。ちょっと卑怯な作戦だが、許せよ尚紀・・・・・・!

 

「し、しまった、囲まれた!そんでもって、御姉様を倒すなんて俺様にはできない・・・・・・!」

 

「美月先輩、そのまま惹き付け頼みます!」

 

「あぁ、了解したぞ、祐都君」

 

「ち、畜生!こんな戦い方、俺様のデータにないぞ!?」

 

「なら、さっさと・・・・・・急造したデータキャラ止めちまえぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

双剣を構える。俺の視線は真っ直ぐに尚紀を捉え、肉薄する。尚紀は咄嗟に斧で防ごうとするが、もう遅い。双剣の片方を大斧の隙間に突き立て、もう片方を握り、背後に回る。

 

「龍、鳴島、水鳥ィ・・・・・・やられ千葉ァ!?

 

その言葉を口にして、尚紀は見事に俺の振るった剣に切り裂かれ、消滅した。あと5人、か。

 

「美月先輩は次の地点へ向かってください、俺は引き続き周辺を探索します!」

 

「分かった、気を付けるんだぞ、祐都君」

 

美月先輩からのエールに励まされて、俺は再び周囲を警戒する。恐らく、こんな分かりやすい配置で尚紀を置いたのは奴が囮とする為。だとすれば本命は――

 

「そこか・・・・・・ッ!」

 

夢島高校別棟の傍の木の陰、そこに向かってサブ装備のピンを投げる。すると、ガサガサッと木の葉が揺れ、迷彩色の衣装に身を包んだ鳴島が姿を現した。

 

「チッ、俺としたことが既に気付かれてたなんて失態だったのだぜ」

 

「言ったろ、テメェらとは長い付き合いだから大体の思考は読める、ってな!」

 

飯島が適度に俺から距離を取りながら次々に放ってくる暗器を躱す。流石はSKOで暗殺者のクラスをセレクトしているだけある。これは奴が全ての暗器に何かしらの状態異常にしてくるアビリティを仕掛けてるに違いない。だが、しかし。

 

「例え見た目に似合わず高殺傷力の暗器でも、当たらなければどうと言う事はない」

 

「やはり連投だけでは仕留められんお。ならば、秘術・霧隠れ・・・・・・!」

 

鳴島の姿が消えると同時にフィールド上に濃い霧がかかり、視界が周囲の状況を確かめられなくなる。くっ、奴の十八番の芸当にまんまと嵌められてしまった・・・・・・!

 

「おまいの強力な双剣もこの霧の中じゃ恐るるに足らず・・・・・・漏れが何処だか分かるかお?」

 

視界の悪い中で、再び鳴島の放った暗器が俺を襲う。さっきよりも命中精度を上げに特化させた為本数は少なくなるが、それでも一本一本が凶器となりえる代物だ。下手に当たるわけにはいかない。

 

「・・・・・・(視界に頼っても駄目だ。なら、奴が発している(リア充に向けての)殺気を読むしかない)」

 

探し当てろ、現実では出来ない真似もこのVR空間なら可能なはずだ。奴の気配遮断スキルはSKOでは天下一品だが、典型的な非リア充のリア充に対して向けられる妬みと嫉み。それだけが奴の唯一の欠点だ。それをより引き立てる為には。

 

「合わせろ、智佳ァ!」

 

「んな大声で叫ばなくても分かってるわ、よッ!」

 

待機場所にサブウエポンの長銃が持つステルス状態になり、気配を消すことが出来るスキルを使って隠れていた智佳が勢いよく飛び出し、俺と背中合わせの状態になる。どうだ鳴島、完全な暗殺者になれないお前にこの状況が看破できるか!?

 

「簡単な話、ならばおまいを嫁ごと葬る・・・・・・!」

 

成程、そこか。大凡の位置が分かれば、後はこっちのもんだ。鳴島、打ち取ったり!

 

「智佳、スナイパーライフルを構えろ。そんで、南東の方角に80度回頭。いいな?」

 

「分かったわ、南東の方角80度、転換・・・・・・!」

 

「座標修正、オールクリア。3・2・1、発射ッ!」

 

智佳のスナイパーライフルから発射された銃弾が俺が指定した方角に真っ直ぐ飛んでいく。その弾の方角へ俺は一気に跳躍した。

 

「やれやれ、この霧の中では流石にアイツらも・・・・・・ぐっ!?」

 

見事、鳴島の脳天をスナイパーライフルの弾が打ち抜き、ふらつく。術者がダメージを受けたことで辺りを覆っていた霧が晴れていく。そして、アイツの視界が元の景色を捉えた次の瞬間。

 

「チェックメイトだ、鳴島」

 

「ちょっ、マジ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

一閃。俺の双剣が無慈悲な連撃を奴に直接叩き込み、装甲の薄い暗殺者を葬った。俺の視界も完全に元に戻り、智佳の元まで足早に向かう。これで2人目か。

 

「ナイスフォローだったぜ、智佳・・・・・・って、何だ、もう一人いたのか」

 

「みたいね。まぁ、猪狩り程余裕なものもないけど」

 

「畜生・・・・・・がッ!」

 

もしもの保険として鳴島と徒党を組んでいたらしい修二は、俺が鳴島を獲りに行った後に、奇襲を仕掛けるも敢え無く智佳のヘヴィーランスに潰されてしまったらしい。これで3人目、か。

 

『仲睦まじいところ、失礼するぞ同志よ。たった今、俺と鈴で優海嬢を墜とした。残るは2人だな』

 

すると、雄輔から連絡が入り、4人目の撃破が伝えられた。後は葵さんと龍だけか。

 

「そんなに余裕かましてるとやられるぞ、どっちも強いんだからな」

 

『そうだな、ここは慎重に行きたいところだ』

 

「恐らく龍の奴は全員倒すまで出てこないつもりだろ。なら、やるべきは一人だ」

 

『ふむ、葵嬢か。手厳しそうだな、急いで其方に合流するとしよう』

 

「頼んだぜ、リーダー」

 

雄輔との通信を切り、指定された目標地点へ智佳と共に進む。ここまでは順調だったが、此処から先はきっとこういう風にサクッと進めたりはしないんだろうな。そんな事を思いながら、暫らく歩を進める事、数分。場所は俺達の高校の敷地内の中でも最も有名なパワースポットとされる伝説の桜の木、通称「百年桜」のある場所へと辿り着いた。

 

「おぉっ、すげぇ・・・・・・!」

 

「き、綺麗・・・・・・!」

 

百年桜の圧倒的な雰囲気を前に俺達は、思わず息を飲む。現実世界であれば、季節はもう夏だから花が散って青々とした葉桜が生い茂っている事だろう。だが、このVR空間で再現されたこの場所は春の時期の丁度満開の状態の百年桜の姿が切り取られていたのだ。

 

「この木の下で告白すれば、恋が成就する、か。根拠のない只の噂だが、良い景色なのは間違いないな」

 

「え、あの伝説って嘘なの?」

 

「ああ、ここの山を元々管理してた爺さんに聞いたら、少なくともそんなロマンチックなもんではないんだとさ」

 

最初は、厄災を払う為のシンボルとして建てられたこの木。それが、夢島高校側へ土地を売って、学生が入ってきた瞬間に、そんな何処からか聞いたか分からない、根も葉もない噂が広がったんだとか何とか。要するに、歴史の長い学校とかによくある伝説に憧れたこの高校のOB達の誰かが銘打っただけの中身の伴わない噂、それが独り歩きして現在に至るという訳だ。

 

「そっか・・・・・・それは残念ね」

 

「・・・・・・智佳は、好きな奴とかいないのか?」

 

「はぁ!?な、何でそういう話になるのよ!?」

 

「いや、何か興味ありげに見てたから、もしかしたらと思ってな」

 

もし、智佳の奴に本当に好きな男がいるとするなら、そうだな。せめて、修学旅行が終わるまで。その時まで居てくれれば、俺は胸を張って智佳をソイツの元に送り出せる。そんな気がした。

 

「・・・・・・い、いるわよ。一人だけ」

 

智佳が顔を赤らめて、そんな事を呟く。やっぱり、いるのか。そりゃあそうだ、これ程美しくて可愛い、そんな素材の良さを持っているなら、散々言い寄られて、その中に好みの異性を見つけてもおかしくはない。その返事を聞いた瞬間から変に痛みだした胸に疑問を覚えながら、俺は笑い返した。

 

「いや、普通一人だけだし。そんな何人もいるわけねぇだろ」

 

「う、五月蠅いわね、言葉の綾よ!」

 

「そっか。・・・・・・なぁ、智佳。なら、せめて修学旅行の時くらいまでは一緒にいさせてくれよな」

 

「は、突然何おかしなこと言って――」

 

俺の発言に異を唱えようとした智佳が何かを言い返そうとしたその時、通信機器が突然けたたましい音を立てて鳴った。緊急通信・・・・・・くっそぅ、よりによってこんなときか・・・・・・!

 

『ゆ、祐ちゃん!?こ、此方夏希。ごめん、葵さんと龍君に見つかっちゃった・・・・・・!』

 

「な、何だって!?」

 

『今、比賀乃先輩と一緒に逃げてるんだけど、凄く早くて・・・・・・う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

向こうで爆発音が聞こえたと思ったらブツッ、と音を立て、通信機が強制的に切れる。同時に、生存者リストのナツさんと美月先輩の欄が赤くなり、戦闘不能の文字が表示された。

 

「ナツさんと美月先輩がやられた・・・・・・行くぞ、智佳!」

 

「了解よ。気を付けながら進みましょう、祐都」

 

ナツさん達の反応が最後に消えたエリアまで走って向かう、俺と智佳。その途中、今度は雄輔から通信が入る。逸る気持ちを抑えながら、俺は通信に応じた。

 

『同志、其方は無事か』

 

「あぁ、だけどナツさんと美月先輩がやられた!気を付けろ、アイツら、二人がかりで来てるぞ!」

 

『最後まで様子見しているかと思ったら、もう動いたか。仕方あるまい、残った我々で仕留めるぞ』

 

「油断してやられんなよ、あの二人相手は流石の俺と智佳でもキツいからな・・・・・・!」

 

『フ、了解した。心配するな、同志に後れは取らんよ』

 

『向坂、ちーの事は任せたよ!私も何とか粘ってみるからフォローよろしくね!』

 

「了解・・・・・・!」

 

今のところ両名とも無事だったらしい。俺はホッと胸を撫で下ろし、道中を急ぐ。まだ油断はできない、もしかしたら今はもう二手に分かれて一気に此方を制圧する気かもしれない。

 

「向かうとしたら、雄輔達の方に葵さんが行って、こっちに龍が来るかもな」

 

「・・・・・・祐都、残念だけどそれ、外れみたいよ」

 

「は?何が・・・・・・って、危ねッ!?」

 

智佳が意味深な言葉を呟いたその瞬間、俺が装備しているのと同じサブウエポンのピンが顔の横を掠める。咄嗟に気付いて顔を逸らしてなければ、脳天を貫かれて即死だった。

 

「あーあ、残念。当たると思ったんだけどなぁ」

 

「その声は、葵さん・・・・・・!」

 

「でも、流石祐都君だね。SKOでも隠れた英雄としてちょっと人気なんだよ、キミ」

 

プールの授業で使われる男女更衣室の裏手から彼女はゆっくりと此方に姿を現す。俺が普段から目にしてきたあの優しさに溢れた眼差しではなく、純粋に獲物を狩る者の目。それが目の前の俺と智佳を交互に見据えた。

 

「はっ、別にどっかのアニメみたいに首謀者の運営討った訳でもねぇのにな」

 

「うん、確かにね。でも、その双剣を使って色んなボスを攻略して回る様がそれに見えたんじゃないかな。だって、ほら、SKOのプレイヤーって大体の人がそれに影響されてたりするから」

 

「違いねぇ、日本人はどいつもコイツも雁首揃えて厨二病だったりするからな」

 

「へぇ、じゃあもしかして、私もそういうのだったりするのかな?」

 

まだ彼女と剣戟を交わしたわけでもないが、何と言う威圧感。恐らくこの日常的な風景で刀を携える姿の不気味さ故に感じるものもあるが、これが彼女の本質か。

 

「そうだな、葵さんも大概かもしれないな」

 

「ふーん、そっか。じゃあ、今日はちょっと優しくできないかも。だって、今私、祐都君と戦えることにワクワクしてるんだもん・・・・・・!」

 

重い一撃。気配を読んでギリギリ防ぐことは叶った。だが、何て速さだ、刀を抜いた姿さえ捉えられないとは。ええい、PvPのトップランカーは化け物か!?

 

「これでも・・・・・・喰らいなさいッ!」

 

「・・・・・・!川知さんか、ちょっと今は邪魔しないでもらえる、かなッ!」

 

「かはっ・・・・・・!」

 

俺に斬りかかってきた葵さんの死角からヘヴィーランスを投げ付ける智佳。しかし、その一撃は呆気なく葵さんに防がれると、彼女の刀で跳ね返されたそれが智佳の元へ飛んでいき、不意を突かれた智佳はランスと共に近くの外壁に叩きつけられた。

 

「智佳・・・・・・!」

 

「余所見してる場合じゃないよ、祐都君。ううん、ファイア君!」

 

「その名前で呼ぶかよ、ヤクモさんよぉ・・・・・・!」

 

何とか此方に食らいついてきた葵さん・・・・・・いや、ヤクモを払うことが出来た。しかし、まだ倒せたわけではない。どうすれば突破できる、考えろ、俺・・・・・・!

 

「うんうん、やっぱり藤堂君と比賀乃先輩とは大違い。龍君に頼んでキミを譲ってもらった事、感謝しないと・・・・・・ねッ!」

 

「ははっ、そういう事かよ。やっぱこれも全部龍の目論見通りって奴か、気に入らねぇな・・・・・・!」

 

試合始める前のあのやり取りを見て、その方が面白いだろうと思った龍が仕組んだことだとしたら、実にアイツらしいやり方だ。葵さんのヤクモになりきった時の本質を見抜いて、その他のメンバーを全て囮として総動員するとか、相変わらず恐ろしい親友だよ、お前は。

 

「容赦ねぇな、流石は《連鎖の乙女》。噂以上の強さだ・・・・・・!」

 

「そういうキミもやっぱり強いね、流石は《深紅の獄炎》・・・・・・!」

 

深紅の獄炎。それはまだSKOがβテストの段階だった頃、鳴島や修二達と共に只管ダンジョンに潜って敵を狩り倒し続けていた時に他のβテストプレイヤー達から付けられた俺の二つ名だ。ネット内で有名になる事を恐れた俺は、βテストから本サービス移行時に、それまで使っていたプレイヤーネームの《ゴクエン》を《ファイア》に変え、アバターの姿形をも一新してプレイに打ち込んだ。それでも、本サービス開始の後も同じメンバーで狩りを続けた為、一部の聡い者にかかれば、プレイヤー《ファイヤ》がβテストプレイヤーの《ゴクエン》だと気づかれるのも無理はないが。

 

 

《連鎖の乙女》と元《深紅の獄炎》が切り結んでから既に1時間が経過し、場面は冒頭のシーンに戻る。今更どう足掻いても打つ手なし。後はこの首に刀が振り下ろされるのを待つだけ。

 

「(憧れの人に倒されるとか、役得以外の何物でもねぇよな・・・・・・)」

 

ふと、そんな事を思う。しかし、彼女はまだ気付いていない。いや、正確にはこの俺の存在という価値観が凄く高い状態にある彼女は忘れているのだ。この場に、もう一人居合わせたことを。

 

「(けど、誇り高きゲーマーとしては、そんなのは死んでも御免だぜ・・・・・・!)」

 

現実で殺されかけてる訳でもなければ、彼女が実際に自分に殺意を向けてきているとかそういう訳ではない。これは所詮VRゲーム内での戦い、ならば此方も相応の戦いぶりを見せよう。それで彼女が満足するならば。

 

「寸前のところで悪いな、ヤクモ。この勝負、俺達HJSBの勝利だ・・・・・・!」

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

                                                                   Shift15 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

PC部とHJSB、2つの勢力のゲーム内の闘いの終局は、SKO内において最強と謳われた謎の女性アバターyakumoの主・瀬野葵の勝利で終わるかと思われた。しかし、そんな彼女を祐都の最後の手段が無情にも全てを貫いたとき、その場にいた者達は何を見るのか。

 

次回、パソコンのある日常、第16話「両手には《用紙》 唱えるは《略図》 背中には《自家製ロンT》」。今、情報が進化(アップデート)する。



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Shift16「両手には《用紙》 唱えるは《略図》 背中には《自家製ロンT》」

タイトルはアレですが、普通に重要な回です。お見逃しなく。


「寸前のところで悪いな、ヤクモ。この勝負、ギリギリで俺達の勝利だ・・・・・・!」

 

「・・・・・・しまっ、川知さんが!?」

 

俺との戦いに夢中になっていたヤクモの隙を付き、ヘヴィーランスごとヤクモに吹き飛ばされて気を失っていた智佳が目を覚まし、サブウエポンのスナイパーライフルに持ち替えたのを確認した。彼女に目配せをすると、それだけで何をするべきか見当のついた彼女は、即座にハイドスキルを使用。近くの草陰に身を隠すとライフルで狙いを定め、ヤクモの持っていた刀を吹き飛ばし、同時に脚部を打ち抜く。

 

「今は一対一のPvPじゃないのよ、上位ランカーさん」

 

ヘヴィーランスに持ち替え、それを思い切りぶん投げる。愛刀を失ったヤクモは防ぐ術もなく、それを身に受け、更衣室の壁に激突した。俺は、折れた剣を構え、ゆっくりとそこへ歩み寄る。

 

「状況逆転。チェックメイトだ、ヤクモ」

 

「やられちゃったか・・・・・・でも、いい試合だったね」

 

「あぁ、部の活動でまさか伝説級のSKOプレイヤーに出会えるとは思わなかったがな」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

メニュー画面でリタイヤ宣言をした彼女の手を引き、その場に立たせる。そして、そのまま握手を交わしたところで、雄輔から連絡が入った。

 

『其方も上手く行ったようだな』

 

「って事は、そっちもいい結果は残せたんだろうな?」

 

『無論、俺と鈴でPC部リーダーの篠崎を倒した。つまり、この一戦、我々HJSBの勝利だ・・・・・・!』

 

 

そんな所属陣営側の勝利宣言から翌日の事。何時ものように俺は学生寮を飛び出し、学校を目指す。何かで勝ったとか負けたとか、そんなくらいでは学生のこの基本習慣は絶対に揺らぐことはない。普段通りの朝が来た。

 

「しかし、アレだな」

 

まさか、密かに昨日の決戦の舞台ともなった場所に行くことになるとは。パソコン部所属メンバーとHJSB所属メンバーしか知らない限定的な聖地巡礼。いつもと変わらぬ景色も何だか特別に思えてくるから不思議なものである。

 

「あ、向坂君、おはよー」

 

「おう、おはよう。月曜日は朝から辛いな」

 

「あはは、そう言う向坂君は元気そうだねー」

 

「ちょっとばかし週末にいい事があったもんでな。そのせい、そのせい」

 

登校途中にクラスメイトの女子と遭遇し、一言二言交える。非リア充とはいっても、最低限の周囲との交流を絶ってはいけない。闇の中学時代から学んだ俺自身の教訓である。

 

「おはよう、向坂。また怠い一週間が来たな」

 

「おはようさん。こればっかりは回避できねぇし、仕方ねぇよ」

 

「あー、家で一日中ゴロゴロしてぇ・・・・・・」

 

「おいおい、何処のニートだよ」

 

幸い、俺の周囲は皆、良くも悪くもあまり垣根を作らない奴らばかりだ。昨今に始まったことではない虐め問題が未だに蔓延るとはいえ、我が校はそれとは無縁に只管平和な学校であった。

 

「あ、祐都君だ、おはよう」

 

「通学路で会うの珍しいっすね、葵さん」

 

「えぇー、偶に会ってるじゃん。酷いなぁ」

 

クラスメイトで昨日の時点で同じパソコン部員になったことが発覚した、葵さんと遭遇する。うん、今日も今日とて可愛い。だがしかしだ、昨日の戦いの後にこの人と会うと何か自然と身構えちまう。

 

「あ、そうだ。葵さん、これ、もし良ければ」

 

「わ、刀のキーホルダー?凄い、カッコいいね!」

 

時に人とは好奇心に抗えなくなる獣である。昨日の豹変ぶりがまた見たくなって、実物の刀は持ち込めないので、よくお土産売り場で売っているような刀のキーホルダーを葵さんにプレゼントする。実は、昨日の帰りに見かけて買ってみただけの奴なんだが、どうだろうか?

 

「・・・・・・」

 

「えっと、どうかしたの?」

 

「あ、いえ、何でもないっす」

 

流石に互いに認め合ったとは言え、昨日の今日で掘り下げようとする魂胆を見透かされるわけにはいかないと思い、慌てて誤魔化した。だが、その態度が逆によろしくなかったのか。葵さんは俺の顔を不思議そうにじっと見つめた後、ニヤリと笑った。

 

「へぇー、さては私のアレが見たかったのかな?」

 

「な、何のことだか・・・・・・」

 

「でも、残念。実物の刀かVR内でのあの子に会わないと、気分乗らないんだよね」

 

「・・・・・・何それ怖い」

 

如何やら、俺みたいな奴が彼女の側面を上手く引き出せるようになるには、まだまだ修行が足りないらしい。こういう計算分野でも強い辺り、流石は高嶺の花である。存外に性格が身近過ぎたりもする・・・・・・というか、もしかしなくてもちょっと出てません、側面。

 

「クラス内では、内緒だよ♪」

 

「サー、イエス、サー!」

 

他の連中にやってるように無意味にはぐらかすと、葵さんの場合は後が怖いので、全力で同意しておく。いや、正確には普段の葵さんではなく、ヤクモモードの葵さんだが。

 

「でも、思い切ってパソコン部入ってみて良かったぁ」

 

「それは何より。葵さん程の人なら龍の奴も即採用したでしょう?」

 

「えっ、パソコン部入るのに龍君の審査が必要なの?」

 

「審査、というよりも、アイツの優秀な人材を確保する第六感での測定ですけどね」

 

奴の中で何時どんな時にどういう審査が行われているかは謎だが、実際、パソコン部に所属する現メンバーは誰もが何かしら部の活動へ貢献出来る、優秀な面を持ち合わせているのも事実だ。

 

本人はプログラマー顔負けの凄腕、鳴島はセキュリティ界のイージス製造機と呼ばれる腕前、修二は映像・画像編集の達人、俺はプレゼンテーション資料の作成技術、尚紀は各陣営のサポートと新作アプリ・ゲームの試運転、優海さんは各メンバーのメンタルフォローとケア、慧巳さんはもしもの時の相談役、麻衣ちゃんはSNS内での情報発信・需要調査・・・・・・等々。各個人の個性を活かした役割のサイクルが常に循環しているのである。

 

「今日の放課後は『Survival Infinity』についての資料まとめになりそうっすね。辛み」

 

「そっか。じゃあ、その作業、私も手伝うね」

 

「いいのか・・・・・・?だったら、助かります」

 

「何なら、より深くまとめる為に、私ともう一戦交えてもいいんだよ?」

 

やっぱり葵さんは優しいなぁ、と思ったら本音はそっちか。余程、俺と再戦したい様だ。

 

「・・・・・・朝から通学路で何て話してんのよ」

 

葵さんとの和気藹々(?)とした会話を楽しんでいると、俺の横にもう一人の女子生徒が呆れた顔をしながら近づいてきた。葵さんと同じくクラスメイトの川知智佳だ。現状で所属しているHJSBの団員同士でもあり、幼馴染みでもある。

 

「何て話も何も、普通の友人同士の話だが?」

 

「うん、何もおかしなこと言ってないよね?」

 

智佳の発言の意味が良く分からなかった俺は、智佳に対して質問する。葵さんも同じく理解に苦しむ、といった様子で智佳に質問をしていた。

 

「何時から友達になったのよ、アンタ等」

 

「え、人に言えない秘密を共有した時」

 

「SKOのヤクモが私だって言うの祐都君達にしか言ってないしね」

 

「「ね~?」」

 

俺と葵さんは息ぴったりにハイタッチする。憧れの人と距離が近くなったような感じがして、個人的に何か凄い嬉しい。やっぱり、持つべきものは趣味を共有できる友人だな!

 

「そんなシーン挟んでもないのに脈絡もなく仲良くなってんじゃないわよ、廃人共」

 

「ギャルゲーじゃねぇんだから、そんなの一々挟む必要ねぇだろ」

 

「そうそう。そういうのは後で幾らでも回収できるんだから」

 

「「ね~?」」

 

「キレそう」

 

そんなに妬くなよ、智佳。葵さんの中では、俺だけじゃなくてあの場に居合わせた全員が友達ってことになってるんだからお前も勿論対象内なんだぞ、もう少し喜べよ。

 

「何で私の時は普通にしてる癖に、葵の時はデレデレしてんのよ・・・・・・」

 

「・・・・・・?何か言ったか?」

 

「別に、何でもない。ふんっ・・・・・・祐都の馬鹿」

 

よく分からないが、更に不機嫌になってしまった様だ。ううむ、訳が分からん。

 

「あ、そうだ。よく考えたら、川知さんは私の事『葵』って呼んでくれてるのに、何時までも私が『川知さん』呼びじゃ不自然かも」

 

「普通に『智佳ちゃん』とかでいいんじゃないっすか?」

 

「うーん、それもいいけど。もうちょっと特別感が欲しいなぁ」

 

まぁ、そっとしておけばその内機嫌直るだろ。そう思って、俺は葵さんの智佳をどう呼ぶか、という相談に乗ることにした。特別感、特別感ねぇ・・・・・・。

 

「親友の鈴はよく『ちー』って呼んでますが、それを参考にしてみては?」

 

「あー、いいね、それ。じゃあそうだなぁ・・・・・・あ、『ちーちゃん』とかどうかな?」

 

「おぉー、一気に特別感出ましたね。それでいきましょう」

 

憧れの人を前にすると、俺は如何やら全肯定botと化してしまうらしい。それは友達となった今も変わりがないようで。自分で言うのもなんだけど、俺結構単純な性格だなぁ、おい。

 

「それじゃあ、えっと・・・・・・ちーちゃん?」

 

「勝手に人の呼び名決めてんじゃないわよ」

 

「えぇ~、でもそれじゃあ、私だけ浮いた感じになっちゃって寂しいなぁ」

 

「・・・・・・じゃあ、もういいわよ、それで」

 

「わぁぁ、本当!?ありがとう、よろしくね、ちーちゃん!」

 

智佳本人からの承認をもらって、ご機嫌な葵さん。その素敵すぎるスマイルを振りまいて、智佳と握手を交わす。智佳の方はというと、若干照れ臭そうにしながらも握手に応じていた。分かる、分かるぞ、お前の気持ち。あの笑顔は反則級だよな、120円どころかプライスレスだよな、うん!

 

「何でこんなにぐいぐい来るの、この子?」

 

「それが葵さんの魅力なんだよ。ヲタク殺しというか何というか」

 

「その程度じゃないでしょ、あれは。軽くイベント限定特攻よ、100%位は上昇してるわ」

 

そんなゲーマーじみた発言を智佳がボソッと呟いた。何だ、お前も同類じゃないか。

 

 

「我が高校の情報処理科の生徒の技術力はぁぁぁ、世界一ィィィィィ!!出来んことはない」

 

時間は飛んで、本日の4時間目の授業の事。情報処理の授業が開始すると共に、学校一の熱血漢と呼ばれるルドガー教師のクソデカボイスが炸裂した。出来る事なら、もうちょっと声質を下げてもらいたい。授業するならまだしも、今日自習の時間だから猶更。

 

「誰しもが誇れる技術力持ってると思うなよ、マジで」

 

「何を言うか。お前だって、動画サイトのMAD作者並みの編集力持ってんじゃん」

 

「あ゛ぁん!?趣味以外で使う気になれるかよ、クソが」

 

「お前は出てくるたびに暴言吐かんと死ぬのか、修二」

 

俺は、出番毎に暴言吐かないと死ぬ死ぬ症候群に罹っている、友人でクラスメイトの修二と会話しながら、授業を受けていた。ま、授業でやる範囲位なら内容聞いてなくても余裕で出来るんですがね。だからといって、サボると内定に響くからちゃんと受けるけど。

 

「ねぇねぇ、祐都君。此処ってどうやればいいか、分かる?」

 

修二の相手をしていると、少し離れた位置に座っていた葵さんがローラーの付いた椅子毎、此方に近寄ってきて操作の仕方を聞いてきた。面倒くさいのは分かるけど、せめて椅子は置いてきましょうよ、葵さん。可愛いからいいけど!

 

「どれどれ、何処っすか・・・・・・あー、ここはちょっと複雑なんだが、こうして、こうする、と」

 

「ホントだ、凄い、上手くいった。ありがとう、祐都君」

 

「いえいえ、どういたしましてー」

 

再び椅子毎、自分の席へ戻っていく葵さんを見送って、作業に取り掛かろうとすると、やはりと言うべきか。修二が此方に対して睨みを利かせていた。

 

「おい、お前・・・・・・態とか?」

 

「何でそうなる。葵さん的にはPC部所属のお前も友達のカテゴリには入ってるぞ、きっと」

 

「ば、馬鹿野郎、分かってるさ。ただ、やっぱりお前に聞くんだな、ってよ」

 

「そりゃあだって、加工処理が得意だけどExcel不得手な奴にExcelについて聞くかよ、普通」

 

それも分かってる、とは返してきているものの、特定の異性と距離が近くなってちょっとドキドキしている我が友の態度に普通に引いた。妬み嫉みブラザーズな印象が強いが、コイツ、アレだな。実は男女関係において最も単純な奴でしたってオチね。俺もそうだけど。

 

「Excel使えれば、モテんのか!?なら、Excel教えろや!」

 

「それが人にものを頼むときの態度かよ・・・・・・で、何処を教えればいいのさ」

 

「そりゃあ、テメェ、全部だ」

 

「基礎部分はせめて自分でやれよ」

 

お前それでも情報処理科の生徒ですか、と突っ込みたくなるような発言をする修二。そんな彼に呆れつつ、親身になって教えていると、再び俺の元に来訪者が。

 

「・・・・・・此処、教えなさいよ」

 

「お前のそれも、人に頼むときの態度じゃあないよな」

 

「う、五月蠅いわね。いいから、ちょっと教えてよ」

 

それは、紛れもなくヤツさ。そう、智佳だ。しかし、何で俺の周りってこんなに頼む態度に難ありな奴ばっかなのか。俺が甘やかしてるせいもあるのか、そんな馬鹿な。

 

「分かったよ。で、何処だ」

 

「此処よ、此処」

 

「あー、成程、計算式が違うな。お前の席何処だっけ?」

 

「向こう。付いて来てよ」

 

「ほいほい、っと。じゃあ、済まんな修二。後は自力で頑張れ」

 

この女たらしがぁぁぁぁぁ、という修二の声を背に俺は智佳の席へと向かう。悪いね、基礎中の基礎から躓いてる奴に教えるのと基礎は出来てるけど応用が出来ない奴に教えるのとでは、教える側としては遥かに後者の方が楽なんだよ。許せ、クルピラ野郎。

 

「此処よ。で、どうすればいいの?」

 

「こっちとそっちの式の配置が逆な。間違いやすいけど、これ解消しない限りずっとエラー吐くから」

 

「ふんふん・・・・・・」

 

「で、後はこのAVERAGEが一字だけ誤字ってる。全部手で打つと面倒だから迷った時は此処な」

 

「ん、ありがと・・・・・・」

 

でもって、智佳の場合は頼む態度はアレだったが、聞くときはちゃんと聞いてくれるのでそこが決定的差かな。アイツの場合「あ゛!?」とか「んな事言われたって」とか一々突っかかるから余計に教える気がなくなるというか何と言うか。

 

「祐都は昔から得意よね、こういうの」

 

「そりゃあ、まぁ、ガキの頃はこういう技術の結晶的な奴に目がないからな。それの延長戦だ」

 

「・・・・・・分かんないところあったらまた聞くから」

 

「ん、お前ならそっから先は大丈夫だとは思うが。頑張れよ、智佳」

 

「う、うん・・・・・・」

 

危うく一生懸命頑張る智佳の頭をポンポンと叩きそうになるが、堪えて席に戻る。妹に対するスキンシップをアイツにしてどうするというのだ、全く。あまり調子に乗るなよ、俺。

 

「あ、祐都君、祐都君。もう一回、いいかな?」

 

今度こそ修二の奴に教えてやろう、そう思った矢先、葵さんが再びヘルプを要請してくる。ええ、どうぞどうぞ。葵さんの為ならたとえ地の果てであろうとも参上仕りましょう。

 

「さっきの続きとかですか?」

 

「あ、ううん、違うの。今度はえっと・・・・・・PowerPointの方なんだけど」

 

「確かにこれは苦戦しそうだ。例として幾つか教えますんで、取り敢えずやってみてくださいな」

 

「あれ、此処は祐都君がやってくれたりしないの?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女がそんな事を聞いてくる。成程、葵さんの脳内が今、かったるいタイムに突入したようだ。可愛いから特許でやってあげたいけれど、此処は敢えて。

 

「そこまではちょっと。これに関しては人の個性とかが出るもんなんで」

 

「えー、でも、今なら先生の目盗み放題だよー?」

 

「そんな訳ないでしょう。あの先生がまさかそんな」

 

とは思いつつも、ちょっと期待して教卓の方をチラリと見てみる。すると、そこには、デスクトップPCと卓上コピー機に上手い具合に隠れる形で机に突っ伏している、ルドガー教師の姿があった。NE・TE・RU・SI!!

 

「ね、盗み放題、でしょ?」

 

「ソウデスネ」

 

職務怠慢ではあるが、五月蠅くないだけマシである。というわけで、そんなルドガー教師の眠りを更に深く心地良いものにする為、コンピュータ室の備品室から薄めの毛布を取ってきて、それを彼の体に被せた。どうか安らかな眠りを、アーメン。その後、クラスメイト達からの音量控えめの拍手喝采が贈られたのは無理もない。

 

「むぅ、此処からどう進めようものか・・・・・・」

 

自習時間中に仕上げるべきものをパパッと仕上げた俺は、筆箱の中に隠してあるUSBメモリを取り出し、PCにセット。自作小説の執筆に力を入れていた。うん、作業用BGMがほしいところ。

 

「そして、コイツの出番という訳だ」

 

PCのパソコン部共有フォルダを開き、そこから近代的なデザインのアイコンをダブルクリックする。

 

《Welcome to DEMETER.MS》

 

画面内にそんな文字が表示され、出てきたのは無数にも及びリストアップされた音楽ファイル。そう、名前がゴツゴツしいので教師達が見つけようにも手が出せない謎のアプリ。その正体は鳴島が1年前に作成した自作の音楽再生ソフトであった。

 

「Bluetooth、接続。いざ、可能性の海にダイブ・・・・・・!」

 

再び筆箱をあさり、今度はBluetooth対応イヤホンを取り出し、耳に装着。機器接続をして、俺だけが音楽を楽しめるようにセッティングする。実は、本来であれば学校の共用PC如きがBluetooth対応等という高品質な物を備えているはずがない。つまり、どういう事かと言うと。

 

「流石はNARUSIMA Edition Ver3.82。太尊の掃除機並みに静かな駆動音だ・・・・・・!」

 

此処の席は、パソコン部での俺の常駐スペースで、更にPC自体が鳴島の改造付き。修二が座っている所も改造が施されており、動画・画像加工に特化したプロフェッショナル機能を備えてある。見た目だけ周りと同じボンクラPCで中身はまるっきり違う。PCに詳しくなければ分からない、秘密の仕様変更をされているのであった。

 

『2025年の段階で未だにWindows10なのは草も生えん。待ってろ、おまいを最新のWindows12にしてやる・・・・・・!』

 

去年の夏頃、そんな事を宣った鳴島の俊敏な動きによって、元々ついていたパーツが取り出され、改修されたオーバースペックのジャンクパーツが組み上げられ、次々と取り付けられていった。工事が完了し、パソコンを再起動した時、画面に表示されたのは紛れもなくWindows12の文字だった。以上、これが特殊仕様PC『NARUSIMA Edition』が出来上がるまでの知られざる制作秘話である。

 

「あ、祐都君が小説書いてる」

 

整備された特殊環境の中で執筆活動に熱を込めていると、下からひょっこりと顔を覗かせた葵さんが画面をじっと見つめていた。自習範囲、もう終わったのかな?

 

「ええと・・・・・執筆中に見られるのは流石に恥ずかしいんですが」

 

「え、だって、この後出来上がったら公開するんでしょ?別に変わりないじゃん」

 

「物書きに携わってる者の感覚ってそういうもんなんです。偉い人には分からんのですよ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

口ではそう言いつつも、やっぱり気にはなるようで自分の席に戻ってからもチラチラと此方の様子を伺っているようだった。大分、熱心な読者に愛されたな。タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと。

 

「何よ、サボり?」

 

「違う。少なくとも、ずっと自習してるよりかは勉強になるし」

 

「でも、傍から見たらサボりじゃない」

 

「課題は終わりました。故にサボりじゃありませーん」

 

葵さんが引っ込んだと思ったら、次は智佳が此方にやってきた。何だろう、今日は何故かこの二人が交互に接触してくるんだけど。何かが俺の秘密裏に進行中なんです?

 

「あ、そうだ。これ見てみてよ、試しに描いてみたんだけど」

 

「描いてみたって何を・・・・・・って、おおっ!?」

 

智佳が持っていたUSBメモリをもう一つの差込口にさして、その中のピクチャフォルダの一つを開いた。見た瞬間、あまりにも急な出来事で我が目を疑ったが、そこに描かれていたのは、間違いなく俺が現在小説で書いている、お気に入りのヒロインの立ち絵だった。

 

「我が脳内妹の可愛さが前面に発揮されたかのような洗練されたデザイン・・・・・・神かよ」

 

「ふふん、私に掛かればざっとこんなもんよ!」

 

「畜生、こんなもん見せられたら、俄然執筆意欲が湧いてくるってもんだぜ・・・・・・!」

 

俺にはないイラストを書くことに特化した我が幼馴染みの才能を、改めて羨ましく思う。俺に此処までの才能があったなら、きっと小学校の頃からの夢である漫画家を諦めないでも良かったかもしれないというのに。マジでどうやったらそこまで上手くなれるのだ、誰か教えてくれ。

 

「わ、ちーちゃんの絵見たら、祐都君の文章打ち込む速度が凄く早くなった」

 

「どうよ!アンタには祐都の創造意欲を引き出すことが出来るものがあったかしら!?」

 

何か意地悪な小姑みたいな口ぶりになってるぞ、智佳。何時もの智佳、カムバーック。

 

「創造意欲を引き出す・・・・・・あ、それなら一つだけ、あったよ」

 

「何があるってのよ」

 

「じゃあ、お手本実践しちゃうよ?・・・・・・ね、祐都君」

 

「な、何すか」

 

「そろそろ、私ともう一戦、やろ?」

 

葵さんの手が俺の両頬を包み込んだと思いきや、そのままグイっと真上を見る感じなる。そこで、葵さんはその真上から自分の顔を近づけて、意味ありげな笑みを浮かべて、言う。正直、照れくさいよりも少し怖いという感情の方が勝つ、謎のスキンシップだった。

 

「そんなにやりたいんすか、もう一戦」

 

「うん。それにほら、少し暴れてストレス発散すれば、いいアイデア浮かんでくるかもしれないし」

 

「確かに、一理ありますが・・・・・・」

 

「ね、私と一緒に気持ち良くなろう?」

 

誘い文句が完全にR-15らしからぬ状態ではあったが。それでも、彼女の囁きには不思議な力があり、無茶なお願いでもついつい引き受けてしまうそうな、危うさがあった。

 

「何、授業中に催眠にかけようとしてるのよ。全く、油断も隙もないわね」

 

葵さんから漂ってくる甘美な香りに誘惑され、思わず承諾しそうになっていると、手にひんやりとして柔らかい触感があるのを確認して、我に返る。智佳の手だ、智佳が俺の右手を包み込むように少し力を込めて握っていた。

 

「えぇー、そんなことしてないよ。ねー、祐都君?」

 

「いや、あのー、葵さん?出来ればそろそろ元の体制に戻りたいのですが」

 

「・・・・・・まぁ、いっか。どうせ今日もパソコン部の活動はあるし、その時にでも」

 

その言葉を皮切りに、葵さんは俺の両頬から手を放し、俺は漸く、放置していたPCの画面を見ることが叶ったのだった。何だったんだ、今の状況は。

 

「はぁっ・・・・・・ヤバかった、首が変になりかけた・・・・・・!」

 

「祐都、大丈夫?」

 

「わ、悪いな、智佳。世話かけた」

 

「べ、別にこれくらい普通よ、普通!」

 

俺が智佳に感謝を述べると、途端に智佳は現在の状況に一抹の恥ずかしさを覚え、顔を真っ赤になり、握っていた俺の手をパッと放して、自分にも言い聞かせるような感じでそう言った。

 

『キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン・・・・・・』

 

「ぐかー・・・・・んおっ、もうこんな時間か。では、諸君、きりぃぃぃぃぃつ!!」

 

「礼、ありがとうございましたァァァァァァ!!

 

「「「「「あーとーござーましたー」」」」」

 

予鈴が鳴ったことで漸くお目覚めになったルドガー教師のとても目覚めたばかりとは思えないほどのクソデカボイスで締めの挨拶が始まり、クラスメイトたちは皆、「うわぁ、出たよ」とでも言いたげな視線で適当な挨拶をかました。元来の意味を侮辱するような感じで発言されたその挨拶は特に突っ込まれることなく、直ぐに空間の中へ掻き消えた。うん、要はそれっぽく聞こえればどうでもいいのだろう。

 

 

――そして、その日の放課後の事。

 

「成程、そんなことがあったのか。災難だったな、同志よ」

 

「おまけに後でその現状を近くで見させられた修二から散々文句言われてさ、冗談キツいぜ」

 

「はっはっは、そればかりはお前の日頃の行いと自業自得だ、広い心で受け入れよ」

 

帰りのLHRが終了すると共に、今日の放課後はゆっくりしたかった俺は、葵さんに捕まる前にこうしてHJSBの秘密基地内へ逃げ仰せてきたのだ。しかし、それにしても。

 

「まさか、校内から此処まで直通で通じる地下通路があったとは・・・・・・!」

 

「驚いたか、同志よ。普段は隠し通したいが、今回は女難の相が出ている同志に免じて、お披露目させて頂いた訳だ」

 

過疎地域活性化プログラムなるものが数年前から実施されているにも拘らず、未だに地下鉄の一本も走らぬこの地で、あんなに地下鉄チックな場所が存在していようとは。もしかして、地下鉄出来ないのって、コイツが原因だったりする?

 

「いや、それとこれは別問題だぞ、同志向坂。俺が原因なのではない、奴らに作る気がないのだ」

 

「そうか。なら、今度は延々と歩かされるんじゃなくて、もうちょっと楽な移動方法を・・・・・・」

 

「ふむ、それは一理あるな。では、今度来た時にでもトロッコを置くとしようか」

 

「・・・・・・マジで?」

 

「冗談だ。只管に平行なエレベーター位なら付けるかもしれんが」

 

耳を疑うような内容だがコイツならやりかねん、そう思った。ただ、その時は諸費用とか電気代とか諸々どうすんだろうな、とも思ったが、考えるだけ無駄だろう。

 

「突っ込みなし、か。流石は我が同志だ、もう此方に染まってくれているとは、実に有難い」

 

「ああそうかい。そりゃあ、どうも」

 

雄輔の言葉に適当な返事を返すと、俺は部屋の中を見渡す。特に代わり映えのない、何時ものHJSBの拠点だ。だが、しかし。

 

「今日は、俺とお前以外誰もいないんだな」

 

「正式メンバー3名と補助要員1名は本来所属している部活で忙しいようだ。仕方あるまい」

 

多分、PC部の本拠点であるコンピュータ室には、俺や雄輔と同じく暇を持て余した連中が出席しているに違いない。その中にはきっと葵さんもいる事だろう。

 

「向こうのPC使わせてもらうぞ。『Survival Infinity』の書類関係作るからよ」

 

「あぁ、好きに使うといい。昼間同志が使ってたものとはまた違っていいぞ、俺スペックだ」

 

別クラスで部内の人間でもない癖に何故そこまで情報に通じているのか。分からない、全く分からないが・・・・・・人生時には分からなくていい事もある。そういう事さ。

 

こっちにあるものは学校の所有物とは別物で、完全に見た目も性能も全て現時点での最高水準の機器だというのが嫌でも分かる。PC本体に刻まれた文様みたいなものがライトアップされて七色にビカビカと光っていた。これが、最高級ゲーミングPCの、力か。

 

「あぁ、そうだった。雄輔はこの後何かする予定あるか?」

 

「いや、特にないな。しかし、今回は量が量だからな、俺も手伝おう」

 

「あぁ、サンキューな」

 

「フ、他ならぬ同志の頼みだ。お安い御用さ」

 

雄輔は二つ返事で協力を承諾してくれた。やっぱ持つべきものは頼れる親友か。

 

「あー、それともう一つ。個人的な相談があった、作業しながら聞いてくれ」

 

「了解した。同志の幼馴染みで親友であるこの俺に、何でも話すがいいさ」

 

シーンと静まり返ったその部屋に、PCのキーボードを叩く音と、俺の今後を左右するようなちょっとした悩みのようなものを話す声だけが響き渡った。

 

 

                                                                    Shift16 To be continued...

 

Next Shift...

 

祐都は遂に訪れた幼馴染みとの決別を果たそうとしていた。しかし、その一方で智佳への想いが徐々に確定的なものとなっていく。互いに擦れ違い続けた両者の想いが旅の中で交差する時、物語は新たなステージへと突入する。

 

 

次回、パソコンのある日常第17話「修学旅行-学び修める為じゃなくただ遊び倒す為に-」。

 

今、冒険が新たな境地へ進化(アップデート)する。

 

 




漸く此処まで来れたのかぁ、感無量ですね。√突入まで、残すは後1話!!

乞う、ご期待ください。



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Shift17「修学旅行-学び修める為じゃなくただ遊び倒す為に-」

活動報告に作者からの今後の方針に関するお知らせがあります。

読み終わったら、ぜひ其方もお読みください。


「はっ、はっ、はっ・・・・・・!」

 

――走る、走る、走る。

 

早く早く、急げ急げと心の中の俺が叫ぶ。

 

「くそっ、こんな時に遅刻はマジでヤバい・・・・・・!」

 

昨日は今日に備えて早く寝たはずだったのに。少し寝付けなくて、ゲームをしてたら夜更かしし過ぎてしまった。それでこの様だ、呆れすぎて草も生えない。

 

「元・陸上部を舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

学園敷地内に差し掛かる前の坂に辿り着き、そこから猛ダッシュをかます。走って走って走りまくった先に俺を待っていたのは。

 

「あ、祐ちゃん!こっちだよ、早く早く~!」

 

「もう、何やってるのよ、祐都!そろそろバス出るわよ!」

 

「ったく、冷や冷やさせんじゃねーぞ、向坂ー!」

 

――昔と違って、こんな俺を優しく出迎えてくれる仲間達だった。

 

「わ、悪い!かなりギリギリになっちまった、すまん!」

 

「御託は良いから、さっさと乗れ」

 

「全く、修学旅行当日に遅刻して、それでも間に合うなんて。お前はホント、ラッキーボーイだぜぃ」

 

重い荷物を荷台に預け、俺はバスの中へ駆け込んだ。その後、俺の為に態々待っててくれた同級生達にお礼を言って、指定された座席に座った。

 

「よし、全員乗ったな。では、出発だ!」

 

そして、夢島高校2年生全員を乗せた5台のバスが、目的地・東京へと学園敷地内を颯爽と後にする。俺を出迎える為に態々バスの外で待っていた、尚紀を残して。

 

「え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ちょ、待っちくりィィィィィィィ!?」

 

出迎えておいて乗り遅れるとか。やれやれ、そういうお前はアンラッキーボーイだな、尚紀よ。

 

「待てよ、待てって言ってんだろうが・・・・・・止まるんじゃねぇぞ・・・・・・!」

 

半ばヤケクソ気味でそう言ってぶっ倒れた尚紀を何とか回収して、俺達は再び修学旅行という一大イベントに出発することが出来たのである。

 

『【再来】俺氏、魔都・東京に降り立つ Take2』

 

バスでの移動中、暇だったので携帯でネットサーフィンをしていると、何時ぞやと同じように鳴島がスレを更新していた。Take2って・・・・・・撮り直しかよ。

 

「何、見てるの?」

 

「ん、鳴島の奴が書いてるブログ。さっき更新されたんだ」

 

「そ、そう。ふーん・・・・・・」

 

座席は自由選択だったので旅行中に一緒に行動する班のメンバーと固まって座る事に。ただ、班編成が全てHJSBに関わるメンバーで纏められていたのには雄輔による何らかの介入を疑いたくなるような必然性であった。窓側の席に俺、通路側の席に智佳、向かい窓側に雄輔、向かい通路側に鈴、通路上にナツさんで座っている状態だ。

 

「何だブログ巡りでもしているのか、同志よ。ならば、俺のサイトも見ろ」

 

「お前のサイトに行くとなんちゃってワンクリック詐欺が表示されて心臓に悪いから嫌だ」

 

「何、別に悪意のあるものをばら撒いているわけではない。いいではないか」

 

いや、良くはないだろう。サイト内に入った瞬間に『これにてご契約は完了いたしました。右下の案内に従って月額料¥1,358,000をお振込みください』という表示が出てくるんだぞ。未だ鼬ごっこ状態が続くネット問題渦巻く中で、ジョーク仕様とは言え、流石にやり過ぎである。

 

「あ、ホントだ。いきなり詐欺られた」

 

話を聞いてちょっと興味が湧いた鈴が如何やら突貫したらしい。例の文章が携帯の画面にデカデカと表示されていた。

 

「スクロールして一番下のEnterを押すとブログには入れるぞ」

 

「おぉ、入れた」

 

鈴が再び雄輔の指示通りに突貫すると、真っ黒な詐欺ページから奴のブログページへ更新される。ブログ名は『シュレディンガーの猫』。生死不明どころか存在不確定な奴じゃん、怖すぎでしょ。

 

「俺ブログとかやったことないな~・・・・・・面白いの?」

 

「あぁ、面白いぞ。何の脈絡もなく喧嘩を売ってくる奴らの生態を知ることが出来る」

 

それは楽しみ方としてあっているのか・・・・・・?勿論、質問したナツさんは何の事やら全く分かっていない御様子だった。

 

「そう言えば、ちーは回るとこ決めた~?」

 

「ん・・・・・・まだ」

 

「早く決めないと他の奴に向坂取られるぞ~?」

 

「わ、分かってるわよ・・・・・・」

 

雄輔の下らない冗談話に飽きて、隣を見ると鈴と智佳が女子トークしていた。前半何言ってるか聞き取れなかったな、何が取られるって?

 

「向坂は何処か決めた?」

 

「俺か?俺は、此処かな。ほら、ウチの学校の『百年桜』の伝承を実際に持ってる原典(オリジナル)だ」

 

聞けなかったところを聞こうとしたが、その前に鈴に散策希望の場所を聞かれたので、俺は一枚のパンフレットを鈴と智佳に見せる。すると、二人共意外そうな顔をして、此方に視線を送ってきた。

 

「へぇ~、こんなところあるんだ。知らなかったなぁ」

 

「祐都がこういうところに興味あるなんて、意外ね」

 

「うるせぇ、ほっとけ。こう見えて伝説とか伝承とか結構好きなんだぜ、俺」

実在か非実在かはこの際どうでもよくて、世界中のありとあらゆる伝説とか伝承の伝わる土地を、聖地探訪したりするのが俺の夢の一つである。故に、こうして実際に行けるとなると少しテンションが上がるわけだ。まぁ、でも態々こんな場所を選んだ一番の理由が。

 

「それに、智佳が興味ありそうだったしな」

 

「へぇー、何だよ祐都。ちーにお熱じゃん?」

 

「別にそういう訳じゃないんだが・・・・・・まぁ、いいか」

 

智佳の為、と言うのも含まれているので強ち間違いでもないのだが。でも、それ以上に優先すべき理由が俺にはあった。

 

「(俺が智佳の奴と一緒に居れるのも、これが最後・・・・・・だしな)」

 

修学旅行が終わったら、智佳が今気になっている異性に告白して付き合う前に、俺と智佳の今の関係性を清算する。前々からずっと心に決めていた事だ。俺が智佳の進む道の邪魔になってはいけない、だから俺は潔く身を引くとしよう。

 

「フェリーで行くって事は離れ小島な訳?」

 

「あぁ。ま、そんなに移動時間はかからないからさ。一緒に行こうぜ、智佳」

 

「う、うん。分かった、祐都がそう言うなら・・・・・・」

 

けれど、その前に。いい思い出として残る、智佳の笑顔が見たい。大丈夫、俺ならやれる。今までだって気になった異性を普通に笑顔で送り出してきたではないか。

 

「・・・・・・ありがとな、智佳」

 

「祐都・・・・・・?」

 

今回だけ変に胸が痛みやがる。それ程、長く一緒に居過ぎた、って事か。ざまぁねぇな。

 

 

それから何時間か経って、バスは目的地・新宿駅バスターミナルへ到着した。そして午前中の全員参加のイベントが終わると、午後の自由時間がやってきた。俺は、雄輔、ナツさん、鈴、智佳の4人と一緒に例のパワースポットへと向かう為、乗り場からフェリーへと乗り込んだ。

 

「羽月島の『千年桜』、か。噂には聞いたことはあるが、まさか原典がそこだとは」

 

「ウチのとは有難みも美しさも桁違いみたいだからな。驚いて、腰抜かすなよ?」

 

「フ、俺を誰だと思っている。HJSBの紀郷雄輔だぞ?」

 

隣にいる雄輔とそんな会話をしながら、俺はパンフレットを眺める。

 

――羽月島。東京湾からフェリーで出て暫らく行ったところに存在する、羽月諸島の中の代表格である島だ。総人口は300人と秋田よりも少ないが、有名な観光地でもあり、連休中には多くの人が全国から訪れていて、人気は我が県より遥かに上だ。そして、その人気の理由の一つが俺達が今から見に行く、羽月島名物の『千年桜』にある。

 

「昔から凄く賑わってるみたいで羨ましいよなぁ」

 

「秋田も結構賑わうじゃない、竿灯とか花火とか」

 

「いやぁ、千年桜にゃどう足掻いても敵いませんな」

 

「悲しいけど、観光業って戦争なのよね」

 

8年程前に都と国の指定記念物として選ばれ、それ以降は年を追う毎に人気はうなぎ登り。夢島高校敷地内にある『百年桜』の伝承の大本、それこそがこの『千年桜』なのだ。

 

「でも、今の時期だと流石に桜の花は見れないんでしょ?」

 

「いや、それがな、見れるんだ」

 

「えぇ~、そんな馬鹿な。だってもう9月だよ?」

 

「普通の桜の木ならな。けど、何故か『千年桜』は常に咲いてるんだよ」

 

普通であれば桜の木と言うものは皆、春の終わり頃には花を散らしてしまうもの。しかし、この『千年桜』だけは何故か春夏秋冬、何時の時期においても必ず満開の桜が見られる事で有名。散り際の儚さの象徴となっている桜界の中で恥ずべき異端児ではあるが、それ故に無類の桜好きな者達からは大好評。特に花見の本シーズンともなれば会場予約は必須であった。

 

「そうなんだ、不思議だね」

 

「では、ここで『千年桜』に関する面白い話を一つしてやろう」

 

唐突に雄輔によるエピソード解説が披露される。話としてはこうだ。

 

ある日、千年桜が常に花を咲かせている理由を探ろうと一人の若い学者がこの羽月島を訪れた。当然、調査をするには対象となっている千年桜から枝もしくは樹皮を拝借してこないといけない。故に彼は色々な機関の代表者に頭を下げて調査への協力を要請した。彼等は協力はしてくれた。だが、実際にその土地へ行って直接素材を取るという事に関してはかなり消極的で、調査当日は彼一人で其処へ乗り込む形になったのだという。

 

そして、その当日。彼は真っ先に千年桜の元へ向かい、樹皮を採取するため、木の幹に持ってきたサバイバルナイフを擦り当てた。すると、次の瞬間、木の根元から禍々しい触手のようなものが伸びてきて彼の体に巻き付いてきた。彼は叫んで助けを呼ぼうとした。しかし、時既に遅し。触手は彼の体全体を縛り上げ、覆い隠し、そのまま地面の底へと姿を消した。彼は依然として現在も行方不明のままなのだそうだ。

 

「・・・・・・って、ガチのホラーじゃねぇか!?」

 

「面白い話の要素が一つもなかったよ、恐ろしいね」

 

ついうっかり最後まで聞き入ってしまったが、決して面白い話などではなく冗談抜きに怖い話であった。やめろよ、行きにくくなるだろ。

 

「まぁ、ネットで拾った作り話みたいなものだ。信憑性はない、安心しろ」

 

「なーんだ、それなら安心だね」

 

「ところがどっこい、実際に起こった話かも・・・・・・!」

 

雄輔の言葉に安堵した一同だったが、気付けば鈴がニンマリ顔で話をぶり返そうとしていた。

 

「ほら、よく言うじゃん。桜の木の下には死体が埋まってるー的なヤツ」

 

「あぁ、何だ、そっちか・・・・・・」

 

「うむ、恐らくはそれをモデルにした話なのだろう。実際にありそうな体をしているしな」

 

確かにそれと無く似てはいるけど。でも実際、それなりに年期を重ねたものには魂が宿るとかいう概念があるから一存には否定できないところが悔しい。付喪神の話は割とホラーよ。

 

「あ、もうすぐ目的地に着くみたいだよ」

 

「む、もうそんな時間か」

 

「何かあっという間だったね~」

 

そんなナツさんの発言を受けて、全員が前方を見ると、視界が羽月島の港らしき場所を捉えた。そこからは早いもので、船がゆっくりと港に近づいていき、乗り場に停船させる。俺達はそれを見るなり、急いで船から降り、例の『千年桜』の場所へと走り出した。

 

「ところで同志よ」

 

「何だよ、急に」

 

「これから例の場所へ向かっているわけだが、俺と紗々由と藤堂はその前に寄る場所がある」

 

「故に、同志と川知嬢で先に向かっていてはくれぬか?」

 

えぇー、これからって時に何ていう悪意ある分け方しやがるんだコイツは。そんな不服感たっぷりの顔を奴に見せると、奴は続けてこう言った。

 

「この前の同志の相談を受けての判断だ、察してくれ」

 

「尤も、受けるか受けないかは其方で判断してもらって構わない」

 

あぁ、成程、そういう事か。この提案は雄輔なりに、俺がこれから智佳に話そうとしていた大事な話を二人きりでさせるために考えてくれた事なのか。それじゃあ、俺は――

 

 

→・提案を受け、智佳と共に先に千年桜へ向かう

 

・提案を受けない

 

 

智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件・最終をクリアしました。

 

√突入条件、達成完了。次回よりアップデートを開始します。

 

 

「分かった。あんまり遅くなるなよ?」

 

「フ、精々気を付けるとしよう。では行くぞ、紗々由、藤堂」

 

「オッケー!それじゃあ、頑張ってね、ちー」

 

「ちょ、ちょっと、何なのよ一体・・・・・・!」

 

「後悔しない方を選ばないとね、祐ちゃん」

 

「あぁ、ありがとな。ナツさん」

 

雄輔の号令に従って、鈴とナツさんは俺と智佳の向かう方向とはまるっきり反対方向へ向かっていく。親友たちの急な進路変更に戸惑って、奴らが去っていった方向をしきりに気にしながら俺の後に続く智佳。頼むから、あっち行くとか言わないでくれよ。俺の立つ瀬がなくなる。

 

「ね、ねぇ、祐都。何でいきなり鈴たちと別行動になったの?」

 

「何でって、聞いてたろ。アイツらはアイツらで寄りたい場所があったんだとさ」

 

「い、一応、自由時間とは言え班行動中なのよ?」

 

一応班行動中、か。如何にも真面目な智佳が言いそうな台詞である。けれど、此処は絶対に何が何でもこの茶番に付き合ってもらう他ない。ホント、俺には勿体ない程のいい幼馴染みじゃねぇか。

 

「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。それに此処まで態々見張りに来る暇な教師なんかいねーよ」

 

「そ、それはそうかもだけど・・・・・・!」

 

「心配すんなよ、行こうぜ」

 

「う、うん・・・・・・」

 

不意に俺が差し出した手を、びっくりしながらもおずおずと握り返す智佳。少し冷たいけれど小さくてふわっと柔らかいその感触を手の中に抱きながら、俺は千年桜のある場所へと急いだ。

 

 

「うわぁぁぁ・・・・・・!」

 

「すげぇ・・・・・・まるで夢の世界に迷い込んだみたいだな」

 

暫らくして、祐都と智佳は無事に千年桜のある場所へと辿り着いた。そこで見た景色はまさに圧巻。周囲の僅かな音さえも掻き消え、静寂と化した場所に煌々と咲き誇る一本の巨大な桜の木。それは、今までに見たことがない位、綺麗で美しい桜だった。

儚く散る時に見せる美しさを演出しながらも、未だに木全体の花が散って哀愁漂う姿になる事はない。桜の木の最も美しいとされる瞬間と日本人に古来より愛された可憐な桜色。それらが共存する形でこの場所には存在していた。

 

「見て、祐都。花弁が舞ってて凄く綺麗よ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

景色に目を奪われ、殆ど素に近い状態で燥ぐ智佳。そんな彼女の姿を見ていると、祐都は妙にドキドキしてしまう感覚を覚える。あのプールでの一件以来、彼は彼女の自然体の笑顔が直視できなくなってしまっていた。

 

「ねぇ、祐都。こっちに来て?」

 

「お、おう・・・・・・」

 

彼女の微笑みに誘わるがままに彼は彼女の待つ場所まで駆けていく。二人きりになった瞬間、何故か本来の目的とは別の目的で動いてしまった。自分の中で決めていた決別の時が間近だという事実から逃げたくておかしくなったのか。それとも、まだ彼女とこの関係を続けていきたいからそうしたのか。

 

「・・・・・・此処に来たって事は、その、ゆ、祐都も誰か好きな人がいるって事・・・・・・?」

 

近くに来た彼を、彼女は何処か期待するような眼差しで見つめている。胸に残る少しの不安を同時にしまい込んで、彼からの答えを待っていた。もし、彼が好きな相手がいたと言った時は、それが自分であればいいと密かに思いながら。

 

「な、何でいきなりそういう話になるんだよ」

 

「何よ、私には言わせておいて。祐都は駄目だって言うの?」

 

「そんな事はねぇよ。ただ・・・・・・」

 

「ただ?」

 

「わ、分かんねぇんだよ。今まで意識した事もなかった訳だしさ」

 

憧れや尊敬、それに連なる好き、と言う感情は彼でも理解できていた。しかし、そこから先の何方の方で好きかと聞かれると彼には理解しがたいものだった。自分が今まで出会ってきた女性達。中学時代は思春期と言う事もあり、兎にも角にもそういう感情の狭間に飲まれることはあった。だが、それは本当に相手を異性として意識しての好きなのか。それともただ、友達が少ない自分がその子と友達になりたいと思って抱いた一人の人間としての好きと言う気持ちなのか。経験不足が祟り、その違いを明確にすることが出来なかったのである。

 

「・・・・・・葵の事は好き?」

 

「分かんねぇ。けど、親近感みたいなものは感じた」

 

けれど、それも異性としてなのか人としてなのか、皆目見当がつかない。それが今の彼に出せる精一杯の答えだった。年齢的に恋愛へ興味を持ち始める時期からずっとそう、彼は自身が心の底から特定の誰かを異性として本気で愛していると確信できなければ何もできない、恋愛事に対して律義というか難儀な男であった。

 

「そっか。じゃあ、わ、私は・・・・・・?」

 

「智佳・・・・・・?」

 

ただ、この時だけは。彼は彼女が問う言葉の真意が、今までのそれとは全く別の色を示していることが分かった。彼女の方はと言うと、今までの彼の言葉を受け止めて一段と大きくなりつつあった不安をどうにか沈めながら、彼の本心へ向き合おうとしていた。

 

「わ、私だって、一応、祐都からしたら異性、なわけだし。き、気になると言えば気になるじゃない」

 

「智佳、俺は・・・・・・」

 

彼女の自分だけを見つめる少しだけ潤んだ目を見て、彼は先程まで切り出そうとした彼女との決別をするという話を心の奥へ閉まい込む。彼の大切な幼馴染を泣かせたくないという気持ちが、覚悟が半端になりかけた最悪の答えへの可能性を完全に殺した瞬間であった。

 

「「・・・・・・」」

 

やがて、二人はお互いに向き合ったまま沈黙する。後は何方かがこの空気に耐えきれなくなって相手に想いを伝えるだけ。そして、その瞬間は早くも訪れた。

 

「あ、あのね、祐都・・・・・・!」

 

「な、なぁ、智佳・・・・・・!」

 

二人が切り出したのはほぼ同じタイミング。完全にお互いの先に言おうという意思が前に出過ぎた結果であった。勿論、こうなると後の展開は予想するまでもなく。

 

「な、何?祐都から言ってよ」

 

「や、俺の事はいいから智佳から言えよ」

 

「「・・・・・・」」

 

このように、お互いがお互いに遠慮しあって何も言えなくなる。日本人特有の譲り合う精神は素晴らしいものではあるが、事この瞬間においてはただ邪魔な障害にしかならなかった。

 

「ゆ、祐都は旅行前からずっとこの場所に来るつもりだったの?」

 

「あ、あぁ・・・・・・」

 

「そ、そっか。じゃあ、今日こうなったのも私に何か言いたいことがあった、って事、だよね?」

 

その問いへの彼からの返答を待たずに、彼女は覚悟を決めた表情になり、彼を見つめ直す。もしかしたら自分の長年の想いが結ばれるかもしれない。けれど同時に、彼に振られてこの関係が終わってしまうかもしれない可能性もゼロではない。どっちの結末に至ろうとも、彼の前では涙を見せまいとする彼女を見て、彼の中に今までの彼女との思い出が鮮やかに蘇った。

 

『ふぅん、それが祐都の考えたキャラクター?ちょっと待ってて』

 

『な、何するんだよ。それ、大事な設定集だぞ』

 

『いいから、いいから。後でちゃんと返すわよ』

 

これは小学生の頃。彼が当時漫画家を目指して自作の漫画を描いていた時に、彼女が彼の漫画に登場する一人のヒロインの絵を見て、徐に何かを書き始めたのである。

 

『はい、完成。どう、ちょっといい感じになったでしょ?』

 

『す、凄い・・・・・・!』

 

漫画を書いてはいたものの絵が絶望的に下手過ぎた彼は、幼馴染みが書いたそのキャラと自分が書いたものを見比べ驚きを隠せない様子だった。ヒロインと見分けるのさえ困難な棒人間気味のイラストと雑誌に掲載されている漫画に出てくるキャラ張りに等身がしっかりしているイラスト。何方を見れば購買意欲が増すか、それは火を見るよりも明らかであった。

 

『やっぱり、これくらい書けなきゃ漫画家にはなれないか・・・・・・』

 

『大丈夫よ、祐都ならすぐに書けるようになるって!ちょっとくらいなら教えれる自信、あるわよ?』

 

『わ、分かった・・・・・・!智佳、お願いだ。絵の事、色々と教えてくれないか!?』

 

『ん、了解。それじゃあ、まず基礎から行くわよ!』

 

そして、この約束から一週間後の事だ、あの全校集会での彼女との衝突があったのは。もし、あれがなければ彼はまだ彼女と共に漫画家への道を邁進していたかもしれない。けれど、あれで一旦別れてみなければお互いに相手の存在がどれほど大きかったか、今でさえ分からないようになっていたかもしれない。

 

やがて回想を終えた彼は、自分のバックの中から筆箱を取り出し、シャーペンやボールペン等が入っている大きなスペースのあるところではなく、定規や分度器などが入っている小さめのスペースの場所から一枚のメモ用紙を取り出し、それを広げる。そこには彼女があの時に描いたあのイラストが写っていた。

 

「なぁ、智佳。これ、覚えてるか?」

 

「それって、あの時、私が描いた・・・・・・!」

 

「あぁ。そんでその一週間後に揉めて擦れ違って。俺が全部台無しにした、お前との約束の印だ」

 

その当時、家に帰ってから彼は激しく後悔した。折角、自分が漫画になる夢を応援してくれたというのに、漫画の事ばかりで浮世離れし過ぎた自分を再び他人と関わる道へと誘ってくれたというのに。自分自身の身勝手が祟ってこうなった。

 

だからこそ、彼は思った。あの時のような事件を再び起こさないために俺はこのイラストを後生大事に持っていようと。故に、このイラストは彼にとって幼馴染みの智佳に対しての尊敬と子供心ながらの淡い好意と自分が引き起こした事への戒めを含むとても大事なものになっていたのである。

 

「最初言おうとした事と違う答えになっちまうけど、智佳には正直に話すぜ」

 

「うん・・・・・・」

 

彼の中で今までの幼馴染みに向けての感情の変化とその全てが積み重なって、経験の浅い彼にもどういう事か、はっきりと理解する事が出来た。そして、彼は漸くここにきて自分が彼女に対してどう言う思いを抱いているのか。胸の中に既にあったその答えを、そのまま告げた。

 

 

「――俺は・・・・・・智佳が好きだ」

 

「・・・・・・!」

 

あぁ、言ってしまった。遂にここまで来てしまった。そして何より、気付いたのだ。最近、智佳の姿を見るたびどうしてもドキドキしてしまう事、智佳が好きな奴がいると言った時に知った胸がモヤモヤする感覚、自分が智佳とどうしても別れたくないと思うこの気持ち・・・・・・それら全ての正体を。

 

「祐都・・・・・・祐都ッ!」

 

「智佳・・・・・・!」

 

涙腺を緩ませ、俺に抱き着いてきた彼女を、俺は優しく抱き返した。あの時に感じた柔らかくて華奢な力を入れたらそのまま壊れてしまうかもしれないその身体をその温もりを全体で再び感じた。

 

「私も、私も祐都の事が好き・・・・・・大好き・・・・・・!」

 

「あぁ、俺も大好きだ、智佳」

 

智佳の抱きしめる力が少しだけ強くなる。だが、これくらいで音を上げては男が廃る。同じ強さで抱きしめ返す代わりに、智佳の頭を優しくそっと撫でた。

 

「祐都が、祐都がもし、私以外を選んだらどうしようって不安だったんだから・・・・・・!」

 

「悪い、随分長く待たせちまったな」

 

「ホントよ、私頑張ってたのに・・・・・・気付くのが遅いわよ・・・・・・馬鹿ッ!」

 

「ん、ごめんな」

 

智佳の溢れるような告白を受けて、俺は今までの行動の基準を全て理解した。成程、だから鈴の考えた作戦に安易に引っ掛かって俺と一緒にいようとしたり、俺の気を惹こうと智佳なりに頑張ってたんだな。本当に、智佳には苦労を掛けさせてばかりだ。

 

「でも、プールで祐都が私を選んでくれたの、嬉しかった・・・・・・!」

 

「あん時の智佳は凄く可愛かったぜ。まぁ、今もだけどな」

 

「うん・・・・・・うん・・・・・・!」

 

俺の中にあった、俺では智佳と釣り合わないとか智佳にはもっと頼りになる男が付き合うべきだとかそういう考えはもう思いつきもしなければ考えもしない。だって、こんなに可愛らしい女の子が俺という存在をこれ程に求めてくれているのだ、これでその気持ちを無碍にするなど出来るはずがない。

 

「頼りない男かも知れないけど、改めてこれからよろしくな、智佳」

 

「ううん、そんなことない。祐都は、祐都は凄く頼りになるし、カッコいいもの・・・・・!」

 

「そ、そうか?へへっ、何か照れくさいな・・・・・・」

 

彼女いない歴16年。これからも続くと思われた不名誉な自己記録の連続更新は、今この瞬間に崩れ去った。そうだ、これからは今まで以上に智佳を守ってやらなきゃならない。コイツの笑顔を誰にも奪わせてなるものか。そう心の中で決意を固めた。

 

「祐都、私もう我慢できない・・・・・・いい?」

 

「お、おう。その、上手く出来なかったら、済まん・・・・・・」

 

「ふふっ、それはお互い様よ。祐都、好き・・・・・・んっ」

 

「ん・・・・・・」

 

その場のドキドキに身を任せ、智佳と軽くキスをする。噂で聞いた「初めてのキスはレモン味がする」とかいうやたらと信憑性に欠ける情報は少なくとも俺の中では間違いだった。というか、何分初めてなものでもう何が何やら。恥ずかしさでうろ覚えすら困難な状態になっていた。検証って難しい。

 

「ぷはっ・・・・・・・え、えへへ。しちゃったわね、キス」

 

「あ、あぁ。しちまったなぁ・・・・・・」

 

お互いのファーストキスを幼馴染みにすることになるとは。最初は子供心の勘違いの恋心だったかもしれんが・・・・・・あれ?もしかしてこれ、初恋の人と初キス出来た事にならねぇか!?ヤバい、何か凄い興奮してきた!

 

「ね、ねぇ、もう一回、しない?」

 

「智佳・・・・・・」

 

「有難う、祐都。んっ・・・・・・」

 

一回目のキスからそんなに間が空かない内に2回目のキスをする。好きな人とのキスは麻薬とはよく言ったものだ、すればするほど相手の事が更に愛おしくなる。もう俺には、隣に智佳がいないなんて事は一切考えられなくなっていた。ずっとこのまま近くにいてほしいし、智佳を他の奴に渡す気もない。

 

 

――守っていこう、俺の大切な幼馴染で恋人の智佳の事を。これからも、ずっと。

 

 

 

                                                                     Shift16 To be continued...

 

 

Next Shift...

晴れて幼馴染み兼親友であった関係から恋人同士になった、祐都と智佳。周囲もそれを温かく迎え入れ歓迎した。祐都は祐都、智佳は智佳で自分が相手の彼氏・彼女である事を意識した上で、相手を喜ばせたいとあの手この手で試行錯誤を繰り返す。

 

次回、パソコンのある日常第18話(智佳√編)「幼馴染みから恋人へ」。

お互いに不慣れな『恋愛』と言う最難関ステージ。彼等の明日はどっちだ!?





サブタイトルが何も意味を成してなくて済みません<m(__)m>


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