夢の中のバク先生 (伝説の超三毛猫)
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その少女の名は白沢夢美(しろさわゆめみ)

作者の悪い癖、思い付き・その②です。




 ぱちり、と目が覚める。

 

 ベッドから飛び起きた私は、部屋に備え付けられている机に向かった。

 

 机上には、一面いっぱいに広がった真っ白い原稿用紙。インクの入った瓶。そして…愛用のGペン。

 

 「始めますか」……と言う時間すら惜しい。Gペンを手に取った私は、早速インクを吸わせて―――漫画を描き始める。

 

 

シュパパパパッ!!

 

 下書き?そんな時間が惜しい。背景とキャラを分けて描く?時間の無駄だ。同時に描いてしまおう。

 

ドドドドドドドドドッ!

 

 ベタ塗りのために筆に持ち替える時間も、筆の手作業時間も惜しむべきものだ。

 故に…G()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。インクを手裏剣のように飛ばして、はみ出さずに正確に命中させる。

 このテクニック、最初は失敗して原稿用紙が駄目になることの方が多かったけど、()()()()()()()()()()()()

 修正用のホワイトもあるにはあるが、そもそも失敗しなければほぼ出番はない。

 

サ―――――――――ッ!!

 

 効果線、フラッシュ、その他諸々の表現は、全コマの墨ベタまでが終わってから筆をまとめて持って一気に描く。これで一ページ終わり。

 

 だが手は止まらない。次のコマも、その次のコマも、同じように一気に描き続ける。

 もっとだ―――もっと早く! 私のこの頭が、今見た夢を忘れないうちに!!!

 ……そうして、一時間とちょっと。筆が止まった。忘れちゃったからではない。…今週分の原稿を、描き終えたからだ。

 

 

「―――ふぅ。今週分はおしまい。」

「……あ、終わった?今、朝ご飯が出来たところなんだけどね~」

「あ、りりかちゃん。わざわざありがと~! 今から行くね。」

 

 寮母さんことりりかちゃんに声をかけられて部屋を出て、下に向かう。そこには、既に美味しそうな朝ご飯と先客がいた。

 

「つばさん、お姫ちん、おはよ~」

「おはよう夢美。また寝起きで原稿描いてたのか?すごい音だったぞ」

「夢美、締め切り近いっけ?」

 

 青髪のボーイッシュな女の子と長い黒髪の女の子らしい清楚な女の子。それぞれ(つばさ)琉姫(るき)という。私はそれぞれ「つばさん」「お姫ちん」って呼んでるけど。

 

「いいや〜。今日は良い夢を見れたんだ〜、もう全部忘れちゃったけど」

「相変わらず羨ましい奴だな」

「あっはっはっ。代わりと言っちゃ何だけど、今日明日は好きなだけ手伝えるよ。二人は大丈夫?」

「…なら、私の原稿を手伝ってくれないか?」

「良いよ〜」

 

 ちなみに、つばさんもお姫ちんも漫画家だ。つばさんは少年誌で「暗黒勇者」という連載を執筆している。お姫ちんはお姫ちんで大人向けの週刊誌でエロ漫画を描いている(本人にこう言ったら物凄く嫌がるけど)。

 だから、お互いの原稿を手伝ったりしている。……まあほとんど私が二人を手伝う時の方が多いけど。

 

『テレビアニメ「夢の中のコロコロル」第二期の放送が決定したぞ! ○○テレビにて金曜日夕方5時半から放送開始だ!』

 

 たまたまついていたテレビが、物語の主人公チックな少年ボイスでそんな予告を流した。

 三人が三人、朝食の手を止めて見入ってしまう。

 

「……相変わらず人気だな、夢美。」

「えー、つばさんだって『暗黒勇者』がアニメ化すんじゃん」

「私のはまだ一期だ。二期の放送が決定した夢美もすごいと思うぞ」

「二人とも、私の前でそういう話はどうかと思うの」

 

 あ、そういえばお姫ちんだけ作品がアニメ化してないよね。まぁもっとも……

 

「……日が出てる時間帯には放送できないでしょ?お姫ちんの漫画」

「ヤメてぇ!!分かってるわよそんな事!!!」

 

 朝食が終わり。私は、描き終えた原稿とお気に入りのバッグ、そしてオシャレな帽子を手にとって漫画家寮を出ていく。

 

「行ってらっしゃ〜い。打ち合わせかしら?」

「う〜ん! ちょっと行ってくるね〜〜!」

 

 行き先は出版社「文芳社」。

 軽い足取りで、桜が咲きそうな坂道を下っていった。

 

 

 ……あ、そうだ。自己紹介を忘れてたね。

 私の名前は白沢夢美(しろさわゆめみ)。ペンネームは『(すめらぎ) 獏ノ進(はくのしん)』。少年誌と文芳社の月刊誌で連載持ってる、超売れっ子の漫画家です!

 …さっきテレビでやってた、『夢の中のコロコロル』も、私が描きました。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 所変わって、文芳社のとあるテーブルにて。

 私は、完成した原稿を担当の編集者に見せに来ていた。彼女は私の原稿を読み終えるとふぅ、とため息をついた。落胆とか失望とかそっち系のため息じゃないな。

 

「……流石はバク先生。今月もとても素晴らしい原稿ですわね」

「ありがと〜」

 

 私の担当編集―――和泉梗香(いずみきょうか)ちゃんは一言そう前置きをする。きょーかちゃんは蝶の髪飾りが驚くほど似合う大和撫子だ。髪を後ろにおだんごで纏めてはいるが、降ろせば絶対リアルかぐや姫になりそう。口調も相まって断言できる。

 

「で、どうだった?今月の『Starpiece(スターピース)』」

()()()()言うこと無しです。このまま掲載してもまず問題ないでしょう」

 

「…ほとんど、かあ」

 

 きょーかちゃんの『ほとんど』は…大して『ほとんど』ではない。100点満点中で言うところの………85点。それはつまり、あと15点落としているという事だ。この私が。

 

「どっかダメなところあった〜?」

「ダメ……とまでは参りませんが、言葉の使い方が微妙におかしい所がいくつか。そして、作画に質問部分が1箇所」

 

 うわぁ。結構あるなぁ〜。

 きょーかちゃんにダメ出しされたのはアレだね、『Starpiece』が連載決定する前ぶりかもしれない。いい夢を見れなかった時期はなかなか案がまとまらないで、自分でも納得いかずに中途半端に描いた原稿を見せた時ぶりかもしれない。いつもは私のセリフ回しや悩みを的確に解決に導くアドバイスをしてくれるいい担当さんなんだ~。本当だよ?

 

「まず…こことここ。それと、ここと……あと、こちらも。付箋に書いて貼っておきましたので、すぐに直せるところはすぐにお願い致します。それと、ここの作画ですが……主人公が前に出てくるシーンですわよね?」

「そうだね~。星子(しょうこ)ちゃんが『輝きたい!』って感情を全面に出したんだけどね」

「ここの構図ですが…ほとんど他のメンバーが見えません。思い切って2ページ使ってしまった方が良いのでは?」

 

 ちなみに『Starpiece』は、私が文芳社で月1で連載してる、アイドル漫画だよ。主人公の綺良(きら)星子(しょうこ)ちゃんが「輝きたい!」って想いが強い子なんだけど、夢で見た割に良いキャラしてるんだぁ。私のお気に入りの一人なの。

 でも、この後めちゃくちゃきょーかちゃんにコマ分けの意義について説教され、萎えに萎えまくる。うぅ、悪くないと思ったんだけどなぁ。

 

 

「……とまぁ、こんなところですわ。まぁ、この時点でここまで完成している方がおかしいのですがね……」

「そうなの?」

「締め切りいつだと思っているんですか? 再来週ですよ。基本的にこの時点で原稿が完成している漫画家などいません。少なくともわたくしが担当した漫画家にバク先生ほど早い方はいらっしゃいませんでした。」

「きょーかちゃん進捗確認うるさいもんねー。他の人にもそんな感じだったんでしょ。『漫画家泣かせ』って言われるわけだよ」

「不服ですわ。わたくしはただ仕事をしてるだけですのに、担当した方は揃って『担当がつらい』とお辞めになってしまって………」

「きょーかちゃんがそこまで厳しかったからじゃあないの~?」

「何ですって???」

 

 あ、やばい。きょーかちゃん怒った。

 メタル○ライムのごときスピードで逃げ出そうとするも、きょーかちゃんはその上を行く。なんなの、きょーかちゃんメタル○ングなの??

 そ、それとも気を察知して瞬間移動でもしたとか―――

 

「別にわたくしはサ○ヤ人でもメタルキ○グでもありませんですが?」

「ぎゃあああああああああ痛いいいいいいいぁぁぁぁぁぁぁ!!! な、なんで心の中を読めるの――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?」

「やっぱり失礼なことを考えてらしたのね!!?」

 

 きょーかちゃんのグリグリが頭に響く!

 というか、さっきのカマかけだったな!?卑怯だぞ―――痛だだだだだだだだだ!!?の、脳が……脳が震える……

 

「ま…まんがの女神様に……なりた、かっ、た……ぐふっ」

「馬鹿な事を言ってないで、早く席に戻ってください」

「きょ…きょーかちゃんの、お、鬼………」

「なんとでも言いなさい」

 

 そんなこと言っちゃったらほんとに好きなだけ言うぞ。まぁガチギレきょーかちゃん怖いし言わないけど。

 

 

 そんな仕事の打ち合わせが終われば、私ときょーかちゃんは二人でショッピング。今日は珍しく、打ち合わせ以外は何もない日だからねー。いつもはアニメの現場に顔出したり少年誌の出版社の方へ行ったりとしているので予定ビッシリなのだ。

 

「相変わらずいいファッションセンスしてるよね、きょーかちゃん」

「夢美さんこそ、この手の話題には疎いとばかり思っておりました。漫画家の方にしては珍しい部類かと」

「まーね~。こういう知識って、『夢コロ』の服のデザインに役立つんだ~!」

「……はぁ、貴女はそういう方でしたね」

 

 何さ~、私がファッションに詳しくて何が悪いの?

 そう訊けば、「そうではありませんが……」と言葉を濁す。言いたいことは言わんと伝わらんぞ~?『夢コロ』のルルーナも口癖のようにセシリィに言ってるぞ。私が生み出した子だからよく分かる。

 仕事以外のきょーかちゃんは、仕事の時よりも態度が柔らかくって、面倒見がとても良い。私を色んなところへ連れてってくれた。最初は私も「時間の無駄だ」と断っていたけれど、「取材も兼ねれば良い」と言われてからは、本当に色々な場所に行った。

 今では、私の方からきょーかちゃんを誘うことも多くなったし。我ながらチョロいと思ったけど、漫画の為なら仕方ない。

 

「漫画のネタ探しも兼ねてるんだから、当然でしょ~~?

 だから、こういうものに惹かれても仕方ない~」

「こ、コラ!非常ボタンを押そうとしない!」

「ケチー」

「ケチで結構!大体、非常ボタンは非常時に押すボタンだから非常ボタンなのです!!」

 

 きょーかちゃんと一緒だと満足にネタ探しもできやしない……きょーかちゃんは「常識を弁えてくださいまし!」とか言ってたけど、そんな足枷にしかならんモンとっくのとーに放り投げてやったわ。口にはしないけどね。

 この後、二人で可愛い服やら何やらをいくつか勝って、寮に引き上げることにした。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 帰ってきたら、りりかちゃんがとても嬉しそうだった。

 

「あ、わかる? 今日ね、新しい子たちが入ってきたのよ~!」

 

 りりかちゃんにその事を訊けば、そんな答えが返ってくる。それぞれかおすちゃんと小夢ちゃんと言うのだそう。あいさつくらいしてってねと言われたので、予め部屋の場所を聞き出した私は、さっそくその子たちの部屋に行ってみた。

 部屋の戸を開けてみるとそこにいたのは、女子高生らしい体つきをしたブロンドの少女と赤毛の小学生だった。

 

「こんにちは~」

「ぴぎゃあああああああああああああああ!!!?」

 

 挨拶しただけで面白すぎるリアクションの小学生だ。スケッチしたい。

 

「二人がかおすちゃんと小夢ちゃんだね?」

「はい…そうですけど、あなたは……?」

「白沢夢美。ここの寮生だよ~。つばさんとお姫ちんと同期なんだ~」

「…???」

「……あ、コレじゃ伝わらないか~。翼と琉姫って言えば分かる?」

「…あ! あなたが夢美さん!?」

 

 おっきい方の女の子がポンと手を打ち、立ち上がって自己紹介をした。

 

恋塚(こいづか)小夢(こゆめ)です!『恋スル小夢』ってペンネームの少女漫画家です!」

「も…萌田(もえた)薫子(かおるこ)です……ペンネームは『かおす』で、4コマ漫画を描いてます…あ、ごめんなさい、聞かれてもいないのに……」

「卑下しなくていーよ~、小学生なのにここにいるなんて凄いもん! 何かあったらおねーさんに聞いてね~」

 

「………あの、わたしっ、高1です…」

「…え?」

 

 説明してくれた小夢ちゃんによると、なんとかおすちゃんは本当に高1なのだという。

 思いっきり見た目が若い(というか幼い)かおすちゃんにこの後謝り倒すことになったのだが、彼女自身が私以上に動揺しながら「私なんかのために謝らないでください~!!あばばばばばば…!」とか言っている。本当に大丈夫かなこの子。

 

 

「ところで、夢美さんはどんなまんがを描いているんですか?」

「…うーん、同業なら教えてもいいか。つばさんと同じ少年漫画を描いてるよ~。

 『夢の中のコロコロル』っていうんだけど」

 

「えっと、どこかで聞いたことが―――」

夢の中のコロコロルっ!!!!?

「「!!?」」

 

 小夢ちゃんが私にした質問への答えに出てきた、代表作に何か引っかかっていると、突然かおすちゃんがすさまじいリアクションをとった。

 まるで、偉大な人の名前を身近に聞いたようなリアクションである。もしかしなくても、私のファンかな?

 

「あのっっ、すっごく不躾な事を聞きますが……皇獏ノ進先生ですかッ!!? あの『夢コロ』の作者の!!」

「そうだよ~」

「あ、あばばばばばばばば………あの神作品の作者様が、私と同年代…!?」

 

 涙を目いっぱいに溜めて震えながらそんなことを言うかおすちゃん。

 小夢ちゃんも困ったように笑う。私としては、ファンがいる事には悪い気分じゃないんだけど……少し落ち着いて話がしたいかな。

 

「そんなに崇められてもサインしか出ないよ~~」

「神作者様のサイン!!!?家宝にします!!!!!」

「…およよよ??」

 

 落ち着いてほしいからサイン渡したんだけど、逆効果だった???

 

 

 かおすちゃんが落ち着いた後で、小夢ちゃんに私のことをちょっと話すと、『夢の中のコロコロル』を見せてほしいと頼んできた。部屋から単行本1巻を取ってきて貸して見せれば、小夢ちゃんはあっという間に私の世界観の虜になっていった。

 

 『夢の中のコロコロル』。

 私がいま少年誌で連載中の漫画で、夢魔の力を得た少年コロルと自称・夢の中の支配者ルルーナ、コロルを密かに想う少女セシリィの三人が、ファンタジックに進化した現代社会を旅しながら世界の謎を探るバトル系の物語だ。

 幻想的な世界観と魅力的なキャラクター、感動的かつ先の読めないストーリーが人気を呼び、日本に留まらず世界中で増販、アニメが2期(ひのもと編、あろはの島編)まで制作されて、もうじき放送されるのだ。

 かおすちゃんが我を忘れて熱弁した時は私も驚いたけど、私の作品を好いてくれて何よりだ。

 

「―――すごい」

 

 1巻を読み終えた小夢ちゃんは多くを語っていたフレンドリーさが嘘のように静かになっていった。

 まるでそれは、映画館で最高傑作を見終わった直後、内容を反芻しながらも口からはため息しか出なくなるような感覚の人間に近い。

 

「そうでしょう小夢さん!すごいんです!!皇先生は!!

 私のようなへっぽこ漫画家でも、いつか皇先生のような立派な……あ、いえ、何でもないです……

 差し出がましいですよね……こんなへっぽこが」

「そこは言い切ろうよ~」

 

 かおすちゃんは、私が見る限り、どうにも自分に自信がないみたい。

 それが絵柄に出てしまっていて、ただでさえ高くない画力やらストーリーやらキャラ性やらに悪影響が出ている(さっきほぼ強制的に原稿を見せてもらった。本人はあばばってたけど関係ない)。

 しかも……センスが独特なのだ。それ自体はとても良い事なんだけど、それを生かす工夫――もとい、努力が足りていない。更に、独特なセンスを磨き上げる方法が本人にも分かっていない。

 

 小夢ちゃんの方は……悪くないけど、やっぱり男の人の顔が課題だね。

 あと、ストーリーにリアリティがなさすぎる…さては小夢ちゃん、恋したことないな??

 恋をしていけば、そこから派生してオリジナリティが生まれるはずなんだけど……

 

 こればっかりは本人たちが模索していくしかないんだけど……それでも、アドバイスくらいしとこっか。

 

「ねぇねぇかおすちゃん、小夢ちゃん」

「「??」」

「私が漫画を描く時のこだわり、聞きたくない?」

 

 二人の顔が上下に揺れる。ま、ここで頷かなきゃ、何のために漫画家寮に来たのか分からないか。

 

「私はね、リアリティを追及してるの。私は基本、夢で見たことをマンガにしてるんだけど……その夢さえも、経験とリアリティの積み重ねがモノを言うの。自分の見たこと・体験したこと・感動したこと……そーいうのを描いてこそ面白くなる!!……と信じているんだ。

 たとえば―――」

 

 そこで言葉を切って、部屋の隅に蠢いていたヤツを手でとっ捕まえる。

 ……そいつはヤスデだった。私は驚いて丸まったヤスデを、潰さないように掌の上に乗っけて二人に見せた。

 

「ひぃぃぃっ!!む、ムカデ…!?」

「い、いえ…や、ヤスデ、かと……あばばばばば…」

「そう!このヤスデね。普通の人なら『気持ち悪い』って言ってぶっ殺すだけの虫なんだけど……どんな風にに移動するのかとか、足の付き方はどうかとか、目がどこにどんなものがあるとか、雄と雌の違いだとか……ヤスデやそれを元にした何かを描く場合、漫画家は知っていなくちゃあいけないの。」

 

 言葉を失ってしまうかおすちゃんと小夢ちゃん。

 二人の漫画の作風から見てもこの手の虫の絵とかとは無縁かもしれないけど、それでも無駄じゃないはず。

 

「人だって同じ。リアリティがないとあっという間にウソ臭くなる。小夢ちゃん、私の漫画のコロルとセシリィのシーンさ、正直どうだった?ウソ臭かった?」

「……ううん。セシリィの気持ちに共感できた。すごくドキドキした」

「でしょ?ここだけの話、アレって私の昔の担当さんの恋バナを元にしてるんだよね~」

「そうだったんですか!?」

「で、でも…そういうのって、その人の許可とか、必要なんじゃ……」

「そんな時間の無駄なんて省くに決まってるでしょ」

「「時間の無駄扱い!!!?」」

 

 人の話をモデルに恋愛描写するのに許可を取りに行くほど時間を浪費する行為はない。そもそもその話をそのまま使うとかして本人達に気づかれなければなんの問題もない。アレンジしていれば、たとえアレンジ元の本人が「これ私の話を元にしてない?」って言ってきても「何のこと?気のせいじゃない?」と返せば大体納得してくれる。

 それに…私の漫画として永遠に生きられるんだから、過ぎたことの一つや二つ、ネタになってもいいと思うんだ。私からすれば、モデルにされる事を嫌う人種の考えてる事がわからないや。

 

「夢美、何してるの?」

「あ、お姫ちん」

 

 そんな事を考えてると、部屋にお姫ちんがやってくる。ちょっと怪訝な顔だ。

 どしたの、新人の子たちと何かあった?

 

「かおすちゃんと小夢ちゃんに何吹き込んでるの?」

「吹き込むなんて人聞きが悪いな~。ちょっと私なりの漫画の描き方を教えてただけじゃん?」

「じゃあその手に乗っけてるものは何?」

「ヤスデだよ~」

「捨てなさい」

 

 え~、良いじゃん別に………って言おうとしたけど、お姫ちんを嫌がらせると、後でつばさんが怖いから言う事に従うことにした。

 窓を開けて、ヤスデを投げ捨ててから、かおすちゃんと小夢ちゃんの部屋から笑顔で退出する。かおすちゃんは私のサインを持ちながら土下座して頭を下げまくっていた。そんなことしなくたって良いって言ったのに……しまいには埋まるんじゃないの?あの子。

 

 

 

「……正直、肝が冷えたわ。あんな初々しい子たちに夢美の描き方なんて教えたらと思うと」

「なにか問題あった~? 流石にヤスデを潰してないよ~」

「初対面の私達の前でやらかしたあんたが言えたことじゃないでしょ」

「あっはっはっ、…あの時はゴメンて~」

 

 部屋を出た後で、お姫ちんからそんなお小言を貰う。翼と琉姫との初対面の件はもう反省してるんだよ?なんてったって、あの後りりかちゃんときょーかちゃんに死ぬほど怒られたんだから。でも、私の描き方を教えるのに意見するとは思わなかったな。

 お姫ちんは、いわば努力の人だもん。つばさんからちょっと聞いたんだけど、彼女、最初からエロ漫画家を目指してた訳じゃないみたい。子供向けに描いた漫画が、大人向けの出版社さんに大いにウケ、今に至るのだという。自分の描きたいものを描けない苦悩みたいなものはちょっと理解があるつもりだ。漫画家でい続けるために色んな努力をしたんじゃない?って思うし、上手くなる為の努力を惜しむとは思えないから。

 ―――まぁ、私が言えた口じゃないし、マジで私にこんなこと言う資格ないけど。

 

「じゃ、私は部屋に戻るよ~。きょーかちゃんから指摘されたトコ直さなきゃ」

「あ、あら?珍しいわね、夢美にしては」

「きょーかちゃんは一層厳しいからね~」

 

 そうして、足早に自分の部屋に戻る。

 他の人たちと違って、私は相部屋している人がいないけど、それはそれで助かる。執筆中は集中したいから邪魔は減らしたいんだよね~。

 ……指摘箇所の修正は1時間足らずで終わっちゃった。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

 花園(はなぞの)莉々香(りりか)は、女子漫画家寮の寮母である。様々な女子高生漫画家の生活を支援し、多くの漫画家を送ってきた。故に、寮生たる漫画家の卵たちは彼女にとって娘も同然であった。

 勝木翼や色川琉姫よりちょっと前に入ってくると聞く白沢夢美という少女も自分にとってそうなると思っていたのだ。

 だが―――旧知の親友・和泉梗香から連絡が入ってきた時――つまり、夢美の事を初めて知った時である――彼女の助けを求めるような声を聞いた時、莉々香の中で疑念が芽生えたのだ。

 

『申し訳ありませんが…莉々香さんのお力を貸してくださいっ……あのままでは彼女は、怪物になってしまうっ……!』

 

 最初、なぜ梗香がここまで参っているのかが分からなかった。

 莉々香の記憶の中の梗香は、凛として人前で弱音は吐かない性質であることを知っていたからだ。

 何があったのかを尋ねれば、耳を疑う回答が返ってきた。

 

 白沢夢美という少女は漫画家としては天才中の天才だ。だが、その人格に問題がありすぎる。

 虫や動物を「取材」と称して痛めつけたり、人を人とも思わず、法に触れないものの倫理的に問題がある行動を連発する。

 極めつけは、目の前で交通事故が起こった際の夢美の行動である。

 

『彼女は…119番に通報したかと思うと…やるべき事は終わったと言わんばかりにスケッチブックと鉛筆を取り出して………っ!!』

「…もういいわ、梗香ちゃん。辛いことを思い出させて悪かったわね」

 

 当然、梗香はその行動をした夢美を全力で諫めた。

 だが…夢美はスケッチの手を全く緩めず、至って冷静にこう返したのだという。

 

『あのね、きょーかちゃん。私だって助けられる人を見捨ててる訳じゃないの。

 見て分からない?あの人……かなり酷いよ。たとえ、救急隊があと1分でやってきたとしても十中八九助からない。だったら、今にも死にそうな人がどこにどんなケガをしているのか、どんな表情をするのか、なにを言うのか。全部記録した方がいい。』

 

 莉々香は、これほどまでにおぞましい気分になったのは初めてだった。

 誰だって、目の前で人身事故があったら動揺するだろう。事故に遭った人間はその後救急搬送されたのだが、やっぱり助からなかったらしい。だが………助からないからといって人を積極的に見捨てるどころか、人の死を弄ぶに等しい真似を平然とできる人間を、果たして自分と同じ人間と見ることができるだろうか?

 当時の梗香も、そう言う夢美に対して猛反発した。「不謹慎すぎる」「貴女に人間の心はないのか」「事故に遭った人に失礼すぎる」と。だが……夢美は強かだった。

 

『……きょーかちゃん。さっきから色々言ってるけどさ。

 その人間の心とか不謹慎さとかのせいでネタが集まらなくなって、私の漫画がつまらなくなるなんて真っ平ごめんなんだよね。

 そんなモノで私の作品が誰にも読まれなくなるっていうんなら、私は怪物でいいよ。

 ………あ、担当やめたいなら言ってね。文芳社がダメになったら、別のトコ行けばいいし』

 

 そんなことを、まるで世界の物理法則を小学生に説明してるかのように言う夢美に、梗香は反論できなかった。

 あまりにも当然のように言うので、圧倒されて言葉が出なかったからだ。

 だが、梗香は決意した。絶対に彼女の担当を辞めてたまるかと。

 そして彼女を―――夢美を、人間にしてみせようと。

 

 彼女の実力は本物なのだ。それこそ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。しかも、続く作品も面白く、大ヒットを起こした『夢の中のコロコロル』なのだ。

 だが…夢美は人間性が致命的に欠けているだけなのだ。それも、どこかに捨ててきたんじゃないかと疑うレベルで。

 だから、梗香は考えた。「面白い作品を描けてるのに、人間性一つで作品が正しく評価されなくなるかもしれないなんて、もったいなさすぎる」……と。

 しかし、梗香ひとりでは限界がある。そこで友人の莉々香に協力を依頼したのだという。その時に、張り詰めた糸が切れて弱音のような協力依頼になった。

 

『ですので……本題に戻りますが…莉々香さんに負担をかける形になってしまうのですが……』

「……もちろんよ。ウチの寮生たちの成長は、なにも漫画の画力だけじゃない。歓迎するわ、夢美ちゃんを」

 

 全てを聞いた莉々香が要請を断るはずもなく。

 また、夢美も『漫画のネタ』を餌にしたら簡単に寮への引っ越しを了承した。この天才漫画家、チョロすぎである。

 

 

 

 ……そして、寮にやってきた天才漫画家・白沢夢美は今どうしてるかというと……

 

「もっきゅもっきゅ…」

 

 おいしそうに、かつ幸せそうに莉々香の作った朝食を食べていた。

 

「うふふ…」

「? どーしたの~りりかちゃん~?」

「え? 翼ちゃんや琉姫ちゃんと出会ったばかりとはまるで違うって思ってね~」

「まぁね~……ここに来てから、色んなことを学んだし。何をしたら怒られるか、とか何をしたらネタが集まりにくくなるか、とか」

 

 夢美は、確かにここに来てから色々学んだ。人に怒られないようにネタを集めまくる方法とか、人との合理的な付き合い方とか。より人間性が悪化したとか言ってはいけない。

 

「それでいいのよ。かおすちゃんや小夢ちゃんをイジメてない分、成長したわ、夢美ちゃん」

「も~、りりかちゃんったら、私を子供扱いして~!

 私はもう大人ですよ~?高校生はもう大人ですぅ~!」

「そんなことを言ってる内はまだ子供よ。……ところで、ほかの子たちは?」

「つばさんとお姫ちんの部屋で寝てるよ~。つばさんの締め切りで徹夜しててね。みんな寝落ちしちゃったんだ~」

「あらあら……なら、ほかの子の分は取っておいた方がいいわね……それにしても、夢美ちゃんだけ早起きね。もっと寝てても良かったのに」

 

 穏やかな口調で心配する莉々香の言葉を、「朝は早起きが習慣になってるんだ~、これでもいつもよりは遅いんだよ~?」と言いながら、バターロールを口に運ぶ夢美。今日の夢は、漫画のネタになるような良いものではなかったが、そんな日もあっても良いかとも思うのであった。

 

 

 

 

 

 




登場人物


白沢夢美(しろさわゆめみ)(イメージCV:小倉唯)
PENNAME:(すめらぎ)獏ノ進(はくのしん)(通称バク先生)
代表作:『夢の中のコロコロル』『Starpiece(スターピース)』『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』

概要:翼・琉姫と同期の漫画家……なのだが、漫画の実力は二人のはるか先を行っており、小学5年生にしてメジャーな少年週刊誌で2年間の連載を勝ち取ったほど。デビュー作『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』は連載期間の短さに反して絶大な人気を誇った。次作の『夢の中のコロコロル』も莫大な人気を獲得し、海外にまで浸透している。
 そんな彼女が文芳社女子まんが家寮に住み始めた理由は、「壊滅的な対人関係を修正して欲しいから」。彼女は法にこそ触れないものの、道徳的・倫理的な常識を疑う行動を何の躊躇いもなく行える。また超人的な才能ゆえに所謂凡人の苦悩に気づきにくく、かつて漫画家志望仲間だった小学校の同級生を挫折させるきっかけをつくったこともある。
 外見の特徴は深緑色のボブカットヘアーと小夢以上の巨乳。つまり巨の者であり、琉姫の嫉妬の対象でもある。
性格:おっとりしていて温厚な癒し系。だが漫画のことになると狂的に真摯になり、常人ではあり得ない言動を連発することも。卓越した才能を鼻にかけることはないが、突出した天才型ゆえに努力型や凡人といわれる人の悩み等に非常に疎い。深く知れば知るほどとっつきにくい人であるが、漫画への情熱だけは本物だ。



和泉梗香(いずみきょうか)(イメージCV:早見沙織)

概要:文芳社に所属する、夢美の担当編集。漫画家の原稿に対して辛口で、台詞の一つ一つから厳しく精査する『漫画家泣かせ』の編集者。だが凄まじい才能を持つ夢美と馬が合い、「夢美さん(仕事時は“バク先生”)」「きょーかちゃん」と呼び合うなどそれなりに良い付き合いをしている。また人情家でもあり、人倫を無視する夢美を厳しく諌めたり、彼女の将来を心配する一心でまんが家寮に連絡する一面も。
性格:仕事には真面目だが、人情に厚くお節介焼き。編沢まゆ(かおすの担当編集)と仕事の厳しさにおいて共通する点はあるが、彼女の方がポジティブかつ情深い。




『夢の中のコロコロル』
皇獏ノ進が少年誌で連載中の漫画。夢魔の力を得た少年コロルと自称・夢の中の支配者ルルーナ、コロルを密かに想う少女セシリィの三人が、ファンタジックに進化した現代社会を旅しながら世界の謎を探るバトル系の物語。幻想的な世界観と魅力的なキャラクター、感動的かつ先の読めないストーリーが人気を呼び、日本に留まらず世界中で増販、アニメが2期(ひのもと編、あろはの島編)まで制作された。主演声優はデーク矢麻下と瀬川由紀(ともに架空の声優)。


Starpiece(スターピース)
皇獏ノ進が文芳社の月刊誌で連載中の漫画。アイドルになって「輝く」事に憧れる中学2年生・綺良星子(きらしょうこ)がアイドル訓練校に入ってから大舞台に立つまでのシンデレラストーリー。まるで現実を鏡で映しているかのような厳しさとそれでも折れない星子の芯の強さが文芳社読者の心を掴んで離さない。近年アニメ化の噂がある。


『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』
皇獏ノ進が少年誌で連載していたデビュー作にしてミリオンセラーの漫画。興縄県の学校を舞台に、生粋の興縄男児と棟京都から越してきた格式高い令嬢の二人が織りなす、甘く切ないラブストーリー。アニメ化・ドラマ化が共に放送され、ドラマ版の最高視聴率が65%を越えるほどの大作となった。


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悩める勇者・勝木翼

ぬぁんと!続きました。


 勝木翼(かつきつばさ)は、悩んでいた。

 あの少女と初めて出会った時から何度も悩んでいたことで、考えないようにしていたことだ。

 ―――白沢夢美(しろさわゆめみ)。彼女と自分の差についてだ。

 

 

 彼女と初めて漫画家寮で会ったのは、琉姫と共に部屋に訪ねた時だった。彼女は、漫画の執筆中だった。

 

『…あ、はじめまして、かな?

 私は白沢夢美。今度高1になる少年漫画家だよ~。

 いきなりで悪いんだけど、ちょっと待っててね。来週分の原稿がもうすぐで出来るから。20分くらいかな~。』

 

 最初の一言は、真っ白な原稿用紙を2枚見せながらのそういった言葉だ。

 翼は最初、何かの冗談か聞き間違いかと思った。普通、原稿とは下書き、ペン入れ、墨ベタ、修正、トーン、台詞、細かな書き足し・修正……と工程がある。工程や時間に個人差はあるが、少なくとも2枚の原稿を20分はまずあり得ないと思ったのだ。琉姫も同じ感情であった。

 しかし……その疑念は、夢美のGペンが動き出した瞬間、遥か彼方へ吹っ飛ぶことになる。

 

シュパパパパッ!スパパパパパパパパパパパッ!!

 

『なっ……!?』

『えっ……!!?』

 

 夢美は、下書きすらせずにいきなりペンを入れた。

 複雑な構図を背景・人物同時に描いていく。しかも、その構図に歪みはまったくない。凄まじいスピードでできあがっていく漫画に、翼も琉姫も言葉を失うばかりだ。

 あっという間に出来上がった線画。―――だが、夢美の漫画家としての技術はコレで終わりではない。

 

ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!

 

『『!!!?』』

 

 最初、二人は何が起こったのかまったく分からなかった。

 夢美は、原稿に空振りをしているかのようにペンを動かしているだけなのに、近くから小さな銃で撃たれたかのような音がたて続けになっている。

 そんな中……翼は原稿を見てしまった。そこで……謎の銃撃じみた音の正体を察した。

 

『ま、まさか…』

『つーちゃん?』

『るっきー…アレは多分、ベタ塗りだ。インクをダーツのように飛ばしているんだ!』

『嘘でしょ!!? あんなベタ塗り、あり得ないわ!』

『でも……良く見れば、ちゃんと当ててる。人間が持っていい精密さなのかどうかは分からないけど、目の前のこの人は間違いなくその芸当(ベタ塗り)をやってのけている……ッ!!』

 

 信じたくない二人だが、原稿は嘘をつかない。夢美の原稿の1ページには、もう既に墨ベタまでが終わった1コマが描かれていた。よくよく見れば、振ったペン先からインクが飛び出し、ベタ塗り部分に着地していくさまが目の前で広がっている。

 ――おまけになるが、ここまでで2分ほどしか経っていない。だからか、二人は「本当に目の前のこの少女は20分で原稿を終わらせるだろう」と確信を得ていた。

 一体、どこまで漫画の技量があるのだろう。

 どれほどまで天に愛されたらこんな芸当ができるのだろう。

 翼と琉姫は、彼女と自分達の差というものを、嫌というほど思い知らされた。

 

 だが二人はこの後、認識を改めることとなる。

 白沢夢美は、天に愛されただけではないことを。神は夢美に漫画の才を与えた代わりに、残酷なものを奪っていったことを。

 

 

「……いけない。今日は締め切りだったな」

 

 翼はかつて琉姫を傷つけた夢美の言動を―――初日の出来事の続きを思い出そうとする自分に張り手をはって、原稿に取り組むのであった。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

「つばさーん!漫画のお手伝いに来…た…よ……?」

 

 自分の原稿の直しが終わった後、つばさんとお姫ちんの部屋を思いきり開けてみれば、かおすちゃんと小夢ちゃんがお姫ちんに土下座してた。ドユコト??

 

「ほんとは…ほのぼのとした動物さんの漫画が描きたかった……」

 

 続いて聞こえてきたのは、お姫ちんのか細い泣き声。入口…つまり私に背を向けてるからまだ私がいることに気づいていない。というか全員お姫ちんの独白に気をとられて私に気づいていない。

 

「るっきーは元々、幼児向けに持ち込みしたんだ」

 

 よ、幼児向け、かぁ…子供向けとは聞いてたけど、まさか幼児向けだったとは。

 流石お姫ちんだね。子供――それも、幼児に性の英才教育を施せば、この国の少子化問題なんてあっという間に解決できるね!のちに大人向けの雑誌を紹介されてそこで才能を発掘されたとはいえ、私でも簡単に思いつかない発想だぁ。

 しかし、これで話の流れは分かったぞ。かおすちゃんと小夢ちゃんはきっと、お姫ちんの漫画の資料を探してたんだ!そしていかがわしいネタでイジリすぎた結果、お姫ちんを泣かせちゃったんだな。そんな面白そうな場面があったんなら、もうちょっと早く来ればよかったかも。

 

「そして、爆乳♥姫子のペンネームをつけられ―――」

「それは言わないで!!!

 ……私も最初は悩んだけど……でも、応援してくれてるファンがいるって知って。

 今では、十分やりがいを感じてるわ」

「そうだったんですか……」

「爆乳♥…」

「姫子先生……」

「ペンネームのことは一刻も早く忘れて!!」

 

「いやぁ、忘れる訳ないでしょ〜、そんな面白ペンネーム」

「誰が面白ペンネームよ!――って夢美!!?」

「「「!!!」」」

 

 いいタイミングで会話に混ざった私に皆が腰を抜かす。

 あ〜あ〜つばさん危ないよ、インクを原稿にこぼすよ?

 

「い、いつからそこに!?」

「つばさんの『るっきーは元々幼児向けに持ち込みした』発言から〜」

「ほとんど全部聞いてたのね!?」

 

 良いじゃん、減るものでもなし、なかなか面白いから漫画のネタにできるしね。

 ちなみに、こういう人のエピソードは、そっくりそのまま使うのは当然よろしくない。せいぜい、2割ほど参考にして、1%くらいそのまま使用するだけだよ。そうすれば、元ネタに使われた人はまず気づかない。

 

「つばさんの原稿手伝いに来たんだけど……ちょっと間が悪かったかな?」

「…いや、問題ない。これから追い込むところだ。」

「私も手伝うわ。」

「それじゃ~私も手伝うよ~! 困った時はお互い様ってね~」

「夢美はあんまり困らないだろう」

 

 あ、良かった~。良いところだったんだね、私。私もお手伝いを申し出れば、つばさんは苦笑した。

 ……お、かおすちゃんと小夢ちゃんの目が輝いてる。手伝うかな?

 

「あ…あの!良かったら私達もアシスタントさせてください!」

「あの……私も…!」

 

 お、ほんとに申し出た。この新人ちゃん達は意欲的だね~、ポイント高いんじゃない?

 

「良かろう」

「いいの、つーちゃん?」

「人手は多い方がいい。お前はここのページを頼む」

「は、はい!」

 

 あれ? ……でも待って。確か、つばさんの原稿描く時のアシスタントって―――

 

「このコマに、暗黒のエネルギーを解き放ってくれ」

「えええええええええ!!?」

 

 ―――やっぱり。早速中二ワードが飛び出した。

 つばさんは、原稿を描く時はキャラになりきって描くから、言動や格好まで暗黒勇者に寄ってくるんだよね…だからか、アシスタントへの指示が中二――じゃない、すごく独特で、生半可なコミュ力ではなかなか読み解けない。流石の私でも、解読に1か月半はかかったよ……

 多分、いまの発言は訳すと『このコマのベタ塗りを頼む』かな……?でも初見ちゃんには何がなんだか分からないよ!現にかおすちゃん、『どうしよう…全然わからない…!』って顔に描いてあるよ!!

 

「お前はこのコマに、漆黒の紋章を刻んでくれ」

「83番のトーン貼ってからちょっと削ってベタですね!」

 

 ちょっと~、だから小夢ちゃんにそんなことを言っても分かん……およ?

 

「「分かるのっ!!?」」

「すごい小夢ちゃん…! 私でもつーちゃんの言っていること理解するのに3か月もかかったのに……」

「目を見ていると……なんとなく、気持ちが分かるの…」

「「「乙女ティック!!!」」」

 

 何という事でしょう。つばさんの言っていることを初見で理解できるなんて…しかも目と目で通じ合うなんて!漫画みたいな出来事って起こるんだね。事実は小説よりも奇なりってこういうことかぁ。

 私は初めてつばさんのアシやって、今の指示を聞いた時、素で「ご、ごめん。普通の日本語でお願いできる~?」って言っちゃったというのに(直後、彼女はすごく凹んでいた。正直、悪かったと思っている)。

 さすが小夢ちゃん。少女漫画描いてるだけあるね!!なぜかトリップしてるけど。

 

「夢美。お前はここに、常闇の方陣を張ってくれ」

 

 お、私にも指示が回ってきたね~。よーし、小夢ちゃんのように、1か月半磨いた翻訳スキルで当てちゃうぞ~!!

 

「えーーと…常闇の方陣ね。……たしか75番のトーン、だよね?」

「違う。それは影の方陣だ」

「…およよ????」

 

 …………

 ………

 ……。

 

「……お姫ちん、訳」

「諦めないで夢美!!?」

 

 諦めてないよ~。ただ、私はまだ修業が足りないって思っただけだよ~。ほんとだよ~?

 ちなみに、「常闇の方陣」は76番だった。うーん、このニアピン賞。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 こうして、つばさんの原稿の追い込みが始まった。

 トーンを張るのも、私にとってはたやすい仕事だ。半分寝ながらでもミスなくできる。

 最初はカッターを使って空中でバラバラにした後、ドドドドドと貼るみたいな、私がいつもやることをしていたのだけど、お姫ちんに「次それやったらアシ頼まないわよ」と脅されて以降、アシではやってない。お姫ちんは、何度説得しても私の描き方を禁止してくるのだ。一番手っ取り早いのに。分かってくれないとは辛いねぇ。

 だから、小夢ちゃんが今やってるような普通の―――私にとっては時間のかかる、至って普通ではないやり方だけど―――トーン貼りをしている。最初は逆に慣れなかったけど、二回目で慣れた。

 

 小夢ちゃんは、アシ初めてだろうというのに、なかなか作業が早い。つばさんもお姫ちんも、そのスピードに一目置いていた。

 

「小夢が来てくれて良かったよ」

「~~~っっ、褒められた、しかも呼び捨て~~~!!!」

「小夢ちゃーん、バトルシーンに花が咲いてるよ~……ん?」

 

 かおすちゃんはといえば、なんだか作業が遅い。ベタとか、慣れてないのかな?それにしては、見せてもらったあの漫画は描きなれてたような………あ、この子普段デジタル描きなのかな?それだったら、ベタの手作業が拙いのも納得いくかも。

 ……でも、アレ絶対ミスるよね~。手は震えてるし、緊張でカチコチだし、手が滑ってベタ塗り範囲をはみ出しちゃうよね~。

 

「はっ」

「「「…?」」」

 

 あ、越えた。ミスったね~。

 次にかおすちゃんが手に取ったのはホワイト。

 な~るほど。バレないように修正すればいい、と思ってるな。だがこの白沢夢美がいる限り、その手はさせない。

 

「い……いやぁ、る、るきさんのポニテは癒され―――」

…『テメェは絶対に許さん』

はうあーーーーーーーーーーー!!!!?

「「「!!!?」」」

 

 つばさんの『暗黒勇者』のセリフでかおすちゃんを倒す。

 そして、流れるような勢いでかおすちゃんがやっていた原稿を奪い取り、確認。

 ……あー、これくらいならつばさんが修正してくれるよ。顔を間違えて塗りつぶしちゃった程度、ウイング・V先生なら問題ない。

 

「つばさーん、コレ直しといてー」

「む?どれどれ…」

大事な原稿を……すみません………せめて…遺書を書く時間をください……

「かおすちゃん思いつめすぎ!?」

 

 ふーん…遺書、ねぇ……

 ずいぶん―――()()()()()()()()()()()()

 私、そういう散りざまを潔くする精神、嫌いじゃあないよ? 

 ま、コレがつばさんの原稿である以上、判断はつばさんが下すけどね。

 

「問題ない。こんなの見ていろ。

 ―――ダークネス・デストラクション!!!」

 

 お、つばさん本気だ。眼帯と黒マントを身に着け、『暗黒勇者』主人公そのもののような格好に変身した。コレで中二モードと執筆スピードが格段に上昇する。中二モードはレベルアップしなくていいのに。お姫ちんにまた「早くペン入れて」って言われるよ?

 

「はあああああーーーっはっはっはっはっはっ―――!!!」

 

 つばさんは、高笑いと共にあっという間にかおすちゃんがやらかしたミスを修正した。

 そして、かおすちゃんに手を伸ばして―――撫でた。

 

「一生懸命やってくれたのは伝わる。そういう奴は伸びるから大丈夫だ。

 ――命よりも大切な原稿に、命かけてくれてありがとう」

「―――つばさしゃんっ……!」

 

 かおすちゃんの表情が怯えから感激のそれになる。

 うん。この判断も、つばさんらしくて良いと思うよ。

 

 

 その後、つばさんが続けて行ったのは三刀流による執筆。右手でも左手でも歪みなく描けている彼女は、まさしく2本の剣を自在に操って、敵を切り拓く勇者そのものだ。

 

「す、すごい…スピードも3倍に」

「でも、動きが若干鈍るのは……」

「―――ええい、マントと眼帯が邪魔だッ!!」

「「取ったーーーーッ!!?」」

「ですよねー」

 

 こういうことがあるから中二モードはほどほどにすれば良いのに。

 

 

 その後も度々かおすちゃんがミスるものの、私とつばさんがカバーしていく。ベタ範囲を飛び出したらつばさんが書き直し、遅かったり塗り忘れがあれば密かにインクを飛ばしてアシストする。

 

「すみません…翼さん…私みたいなのが痛い!?」

「かおすちゃ~ん。口より先に手を動かす~。」

「は、はい夢美さん!!」

 

 ほとんどつばさんがやって(まぁつばさんの漫画なんだから当然なんだけど)、原稿が終わったのが夜を過ぎてもう朝5時すぎ。普段なら11時には寝るのに、もう完全にオーバーしている。

 つばさんは終わった原稿をFAXで送ると同時に寝ちゃったし、私もそろそろ部屋に戻って……いや、いいや。もうここで寝ちゃおう。漫画を描くため気力で頑張ってきたけど流石にこれ以上はもう無理。身についた習慣はなかなか変わらないのよ………おやすみ、ぐぅ。

 

 

 ……意識が落ちる直前、何か言ったかもしれないけど、起きる頃には忘れちゃってるだろう。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

 ―――翌朝。

 

 真っ先に起きた私は、りりかちゃんにみんな寝てることを教えながら朝ご飯を食べた。

 笑顔でご飯をとっておくと言ったりりかちゃんの代わりに再び様子を見に行った時、起きていたのは意外にもつばさんだった。

 

「おはよ~、つばさん」

「夢美…おはよう。朝っぱらだが、ちょっといいだろうか」

 

 ……?

 何の話だろ?

 

「いいよ~、降りてから話す?ここだとみんな起きちゃうだろうし」

「いや、部屋を出たとこで良い」

 

 ほんとに何の話かな?ここのところ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 あ、待って。かおすちゃんと小夢ちゃんに話したヤスデの件で()()()思い出させちゃったとか!?

 だとしたらマズいね……早く謝らないと二人からネタを得られなく―――

 

「昨日、私がかおすに言ったことを覚えているか?」

「――およよ?」

 

 古びた木の手すりに寄りかかりながらそう訊くつばさんに、私は最初変な声が出た。

 だが、すぐに昨日の事を思い出す。確か、最初にかおすちゃんがミスした時だよね。

 

「一生懸命やる奴は伸びる、だっけ?」

「…夢美はあの言葉についてどう思う」

 

 ―――んんん?

 本格的にわからないぞ~?

 なんでつばさんが私にそんなこと聞くの?そういう相談は、お姫ちんにしそうなものだけど。

 それに、ああいうセリフは自分が心からそう信じていなければ言えないことだ。

 でもまぁ、聞かれたことには答えよう。

 

「……半々かな。頑張った子がみんな実る訳じゃあない。散々やっても尚、ダメだった人なんて掃いて捨てるほどいるでしょ?

 でも、実った人は須らく一生懸命にやっている。医者との二足草鞋をこなしたまんがの神様だってそうだし、私だってそう。つばさんも多分そうなんでしょ?」

「…そうだな。そうだ。私は、ここまで手を抜いたことはなかったはずなんだ…」

 

 うーん、何が言いたいんだ?

 

「夢美。いつも…原稿ってどのくらいの時間で描いてるんだ?」

「? 3、4日で終わるよ。調子良いときは朝の1時間で15ページはいけちゃう」

「………っ!!」

 

 つばさんが突然、暗い顔になった。どうした~、低血圧か~?それともスランプか~?

 

「…どうすれば、お前ほどの高みに行ける?」

「…!!」

 

 あー成る程。つばさんったら、私との差を気にしてたんだ。

 確かに、『夢の中のコロコロル』も『暗黒勇者』も少年誌では人気作品だ。単行本もいっぱい出てるし、両方ともアニメ化が決定した新進気鋭の作品たちだ。だが、どっちかというと、先に連載されていた『夢コロ』の方が人気は高いかも。

 でもな~。私はリアリティを追及しまくって、才能に慢心しないで、頑張りまくったから今がある。ただ、それをそのまま言ったら彼女を潰してしまうかもしれない。……小学校の頃の友達のように。

 どうにか、言い返しはないものか。

 

『一生懸命やってくれたのは伝わる。そういう奴は伸びるから大丈夫だ。

 ――命よりも大切な原稿に、命かけてくれてありがとう』

 

 あ、そうだ。

 

「―――勇者の心を捨ててみる、とか」

「何だと?」

 

 尋常じゃない面持ちでつばさんがこっちを見た。正直怖いから、とっとと説明しちゃお。

 

「私、つばさんがかおすちゃんのミスを優しくフォローした時ね、つばさんらしくて良いと思ったんだ。その姿が、『暗黒勇者』の魔族の勇者(しゅじんこう)・レオンと被ったから」

「!!」

「確か、最初の巻にあったよね?無二の相棒・エミールと初めて会った直後の戦闘シーン」

「……あれか。思い入れのある回だ」

「戦う力のないエミールを最後まで見捨てずに戦って勝ったレオンをね、正直カッコいいと思った。きっとあの場面では、エミールを見捨てることもできたはずなのに」

「そうだろう!レオンの勇者像は、私が描きたいもののままなんだ。」

「―――私にはきっとできない。つばさんがかおすちゃんに優しくするような真似は。レオンがエミールを庇うような行動は。

 だって……私のアシスタントに、足手まといは必要ないもん」

 

 そこまで言って、『暗黒勇者』の話で顔を綻ばせたつばさんがちょっと真面目な顔になる。

 

「…かおすは仲間だ。足手まといなんかじゃあない」

「本気でそう言えるつばさんは勇者だよ」

「お前、私を何だと思ってるんだ?」

「自分の事を暗黒勇者だと思い込んでる女子高生」

「辛辣だな………」

 

 いやまぁ、そんな冗談は置いておくにしても、私は本気で言ってるよ?

 リアリティこそが命を吹き込む。かおすちゃんは、それすらここに来るまで知らなかったんだから。

 私は物心ついた時から何となく知っていた。リアリティだけが、人を感動させられると。リアリティをもって漫画を描くこと、ないしはそうやって描いた漫画を読んでもらうことこそが、私が生まれた意味なのだと、何となく―――でもどうしようもないくらいの根底の部分で分かっていた。

 

「つばさんはさ、()()()()()()()()()()()ことって、ある?」

「……? なに、それは?」

「小学校の…いや、小学校上がる前からかな。本を読んでるとね、私の奥の方に燃えてる何か…魂みたいなのに、ずっと言われ続けるんだ。

 ―――『漫画を描け』って。『今読んでる本を軽々と超える傑作を、その手で描いて見せろ』ってね。

 それを嫌とは思ってないよ?……私は漫画が好きだし。だから描くためのリアリティを求め続ける。その為のアシは手際が良い方がいい。」

 

 私の漫画を描き続けるオリジンみたいな話を聞かせちゃったけど、私は私の人生と経験をもってつばさんに言ってみた。

 つばさんは黙ってずっと私の話を聞いてたけど、しばらくして首を振って……口を開いた。

 

「夢美。お前がどうしようもないくらいに漫画が大好きで、そのネタを一生懸命探しているのは分かった。

 ―――でも、そのためにかおすを切り捨てたり、命やるっきーの苦しむ姿をネタにするのは、違うだろう」

「……初対面の時は、ごめんね」

「もういい。何度も謝ってくれたことじゃないか」

 

 

 私がつばさんとお姫ちんにあった時、りりかちゃんときょーかちゃんに死ぬほど怒られた話を前にしたのは、覚えてる?

 具体的に何をしたかって言うと、捕まえたゴキブリを目の前でいたぶって殺した挙句、ソレ見て吐き気を催したお姫ちんをスケッチしたんだよね。

 当時の私は『ゴキブリの生命力はどれくらいか』『どこをどれくらいやられたら死ぬのか』『死ぬ直前、どうもがくか』を観察しようとしたんだ。つばさんにはドン引かれて、お姫ちんはそれを見て吐きそうになった。私はそんなお姫ちんをスケッチしたんだ。『()()()()()()()()()』から。

 

『ペンを放せ。それ以上、今のるっきーを描いたら許さない』

 

 その時私の手を掴んだつばさんの、あの別の生き物を見るような目と制止の言葉はいまだに覚えてる。

 

 

 あ、もちろん今は和解してるよ!?

 あのあとりりかちゃんときょーかちゃんに文字通り死ぬほどお説教されて、何度も何度も謝ったんだから!それに、こういった真似は、この件以降人前ではしてないしね!!

 

 

「でもね。これから先、私はまた今日みたいなことを言うと思う。きっと、死ぬまで治らないと思うよ。

 何なら、どんな目に遭っても死なない限り全部漫画のネタにする自信がある」

「呆れた……そんなことで自信を持つな。

 まぁ…いいだろう!」

 

 つばさんがトレードマークと化した眼帯とマントを身に着けた。

 

 

「今日から私とお前はライバルだ!夢美、お前の言う勇者の心、胸に秘めたまま私なりの至高の漫画を描き続けることにしようか!!」

 

 暗黒勇者となった翼は、私に高らかにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、つばさんは私の事をどう思ってるの?」

「ふーむ…さしずめ、ブレーキの壊れた漫画狂人といったところか」

「つばさんも中々に酷いね……」

「お互い様だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




琉姫「ねえ、朝っぱらから何話してたの?うるさいんですけど」
翼「る、るっきー!?待ってくれ、これには訳が……」
琉姫「つーちゃん!また騒いでたの!?信じられない!」
翼「話を聞いてくれ!今回はちょっとした…」
琉姫「問答無用! …そこで逃げようとしてる夢美からもちょっと聞くからね……!」
夢美「…あ~、私ちょっと持病の“散歩に行かなきゃ死んでしまう病”が―――」
琉姫「嘘おっしゃい!!逃げないの!」
夢美「やめて~~」
かおす「………あばばば、なんですかこれ」
小夢「……ZZZZ」


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麗しき努力家・色川琉姫

こみっくがーるずの2次創作少ないね


 

 

 ―――夢を見る。

 

 

 そこは、見慣れたまんが家寮の一室。そこに、琉姫は翼と立っていた。

 視界には机に座っている人物が映る。それは、今や同じ寮の仲間・夢美だった。

 夢美は何かを手に持っている。もぞもぞと、もがく様にうごめくなにかだった。琉姫は、この光景の夢を何度か見た故に、経験したがゆえに、この先に起こることが分かっていた。

 

『ひいいいいーーーーーーーー! ご、ゴキブリ!?し、白沢さん!なんてものを持ってるの!!!』

『ゴキブリだと思うけど……あった。へぇ…これがクロゴキブリか。日本の関東から奄美大島まで一般的に見られるゴキブリ、ねぇ』

 

 震えあがる琉姫と図鑑を開く夢美の微妙に噛み合っていない会話は、夢美との初対面――夢美の神がかった作画を生で見た直後――での会話だったと記憶している。部屋の隅でカサカサしていたのを夢美がまるで落とし物を拾うがごとく掴んで捕獲したのだから。

 確か、このあとつーちゃんが夢美を注意して曰く……

 

『あんまり触らない方が良いんじゃないか? ゴキブリは不潔だっていうよ』

『そーだね。後で手を洗わなくっちゃ。でもね二人とも。私はまんがを描くためにリアリティを求め続けているの。まんがの命だからね。

 例えば、ゴキブリの手足は、顔は、触角はどんな形かとか、雄と雌の違いはどこにあるのか、とか。

 あとは―――』

 

 夢美は翼の注意に対してそこまで話して区切ると、近くにあったカッターをもう片方の手で取って……

 

『――ゴキブリを潰すと卵が飛び散るらしいけど、どこまでがホントなのか、とか』

『『―――っっ!?!?!?』』

 

 ……そのままカッターでゴキブリの腹を貫いたのだ!

 銀色の刃が黒くツヤのある外骨格を貫く度に、ゴキブリはわずかな悲鳴のような音をたてながら手足をばたつかせて必死にもがいている。

 

『ゴキブリはしぶといって話は有名だけど、カッターでズタズタに腹を引き裂かれた場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………とか。

 まんが家なら、知っておいた方が良いよね?』

『『………ッッ、』』

『こーゆー時、ゴキブリは便利なんだー。なんせいくら殺しても誰も文句を言わないから』

 

 眉一つ動かさずにゴキブリでとはいえ惨劇を繰り広げてみせた少女に、二人は絶句するしかなかった。

 だが、夢美の常軌を逸した行動はこれでおしまいではなかった。

 

『うぉぇっ……』

『る、るっきー!! 大丈夫か!?』

 

 あまりに凄惨な光景に琉姫は吐きそうになってしまう。それをすぐさま翼が助け起こそうとする、が。

 

『お…! 色川さん、だったよね?

 その表情と姿勢、キープでお願い。()()()()()()()()()()()()

 

 

 嬉々とした夢美がなにを言っているのか、琉姫には分からなかった。

 なぜ目の前のほんわかとした、しかし人間離れした技を持った少女は、気分を害した琉姫に対してそんな事が言えるのか。

 なぜその発言を、嬉しそうな表情で言えるのか。

 なぜ、真っ先に手に取ったものがエチケット袋ではなくスケッチブックとシャーペンなのか。

 まるで嬉しいニュースが転がり込んできたかのように振る舞う夢美。目の前で何が起こっているかは……理解したくなかった。今にも吐きそうなのをこらえている自分を嬉しそうに見つめ、スケッチブックに隠れたシャーペンを動かしているなんて異常の一言に尽きるからだ。

 同じ年代の少女であるはずの夢美に琉姫は恐怖し、そして。

 

 

『ペンを放せ。それ以上、今のるっきーを描いたら許さない』

『…およよ?』

 

 

 翼がシャーペンを動かす手を止めてくれていなければ、思いきり胃の中をぶちまけていたかもしれない。

 

 …今は夢美の方から謝罪したことで和解はしたものの、そんなこともあって、というより、そのおぞましすぎる第一印象を拭えないのか…

 

 

「……っはぁ…また、夢に見ちゃったな………」

 

 

 ―――色川(いろかわ)琉姫(るき)は、白沢夢美(しろさわゆめみ)がちょっと苦手なのである。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

さぁ行こう! 幻のアイテムが眠るダンジョンへッッッ!!!!

 

「お姫ちーん、回収」

「りょーかい。つーちゃん!今日はコスプレなしって言ったでしょ!」

 

 今日はマンガ家寮のみんなで新宿のおっきな画材屋さんへ行く日。

 私もいっぱしの大手マンガ家ある以上、最新画材のチェックは欠かせないのだ!

 

 学生であるから、バイク関連は使えない。というか免許を持ってないので電車で行くことにしたんだけど……これが大混雑。いやぁ、都会ってスゴいね。

 

「夢美さんって、琉姫さんのことを『お姫ちん』って呼びますよね。それって、どうしてなんです?」

「琉姫って名前にお姫さまの漢字があるから〜」

 

 小夢ちゃんの興味本位な質問に私はざっくりと答える。

 私、人の呼び方って、あんまり凝らないんだよね〜。名前と顔が一致すれば、それ以上は呼び方にこだわらないかな。まぁ、漫画のネタにする場合は違うけど。

 つばさんは翼から取ったし、小夢ちゃんは小夢ちゃんのままで覚えられる。かおすちゃんはずっとかおすちゃん呼びが良いかな。苗字も名前も確か呼びにくかったよね。萌田かおす子だっけ?ならかおすちゃんで良いよね、多分。

 

 

 かおすちゃんの希望もあって、最初はおっきな本屋さんに寄ることにした。

 

 おっきな本屋さんは、実は私は大好きだったりする。

 

 

「わぁ~~!! 高山すもも先生の『ドキドキわくわくパラダイス』とハナミズキ先生の『プリティ陛下様』だぁ~~!!」

「お宝の山です……!!」

 

 ……なにせ、他の漫画家のみんなのマンガを見れるのだから。

 といっても、私はただ読むだけじゃなくて、ソレを通して作者の人生に想いを馳せることにしている。そうしていると、通り過ぎていく人々の一人ひとりの人生に興味が湧いてくる。そしてソレが、創作意欲につながったりもする。

 だから、近くの人々が何を買うかでその人の人生模様はある程度絞られてくるのだ。

 

「……夢美、さっきからキョロキョロと落ち着きがないわよ」

「え?……そ、そんなことないよ~?」

「大方、失礼な想像してたんじゃないの?」

「いやいやそんな~」

「目が泳いでるわよ」

 

 うぅ、お姫ちんは外では私に厳しい気がするよ~。

 お姫ちんの追及を必死に躱していると、ある本が目に飛び込んでくる。

 

「…あ、これ……」

「翼さんの!?」

「わぁ……こっちには夢美さんの本があるよ!!? すごーい!二人とも目立つポップ付き!!」

 

 つばさんの『暗黒勇者』一巻と、私の連載『夢の中のコロコロル』の最新巻までが並んで置いてあった。

 その隣には、なんと私作の別雑誌作品『Starpiece』と完結済みのデビュー作『遥かなる永遠のニライカナイ』まで置いてある。ここの本屋さん結構品ぞろえいいねー。

 

「私、買ってきます!」

「え、寮に帰ったら置いてあるし―――」

「いえ!自分で買わないと意味ないので!行ってきます!!」

「わ…私も!」

 

 小夢ちゃんとかおすちゃんが『暗黒勇者』と『夢の中のコロコロル』、『Starpiece』に『ニラカナ』まで持ってレジに並んで行っちゃった。まぁ、自分の意志でお金を出して買うって良いことだよね。まいどありがと~ございま~す。

 

「二人とも~、『ニラカナ』は全4巻だからまとめ買いした方が良いよ~!」

「「はい!!」」

「こら夢美! 二人に負担かけないの!!」

 

 良いじゃん、買ってくれるって言うんだし、誰も損しないんだから。

 というか、損はさせない。『ニラカナ』は、批評も多いけど絶賛は世界レベルで超多いんだから。

 さて、私も並ぼ~っと。新しく出た『暗黒勇者』は勿論、『ピンクダークの少年』も最新刊が出てたしね。

 

 

 

 

 

 本屋で会計を済ませた私たちは、スイーツ店でパフェの腹ごしらえをする。きょーかちゃんとも何回か言ったハイカラな店だ。JKのはずのかおすちゃんが「こ、これって女子高生しか入っちゃいけないヤツでは!?」とあばるくらいにはシャレオツな店は、『夢コロ』のご当地グルメのネタにピッタリだ。つばさんも私も早く画材屋に行きたかったけど、初心者に合わせるなら合わせるで時間を有効的に使うまでのこと。

 

 

 そんな逸る気持ちをパフェと一緒に飲み込んだら、ついに本命の画材屋へ。つばさんがいきなりつっ走っていって、私達の買い物は始まった。

 

「翼さんのキラキラした顔、初めて見ました!」

「つばさんって、ここに来るといつもこうだよね〜」

「他にも、凄く面白いまんがに出会った時とか、大好きな漫画家さんのサイン会の時とかこうなるわよ!」

「翼さん漫画好きすぎてカワイイ!!」

 

 つばさんが羽ペンを手に取ると小夢ちゃんとかおすちゃんが騒ぎだす。あぁいうゴシックでカッコいい系が似合うってちょっと羨ましいかも。私はこの前カッコいい系ファッションしてみた結果、きょーかちゃんに「似合いませんわね」と両断されたばっかりなのに。

 しかし、お姫ちんからいい事聞けちゃった。

 クールでストイックに見えて、好きなものには正直……か。うん、そういう夢魔を『夢コロ』に出しても良いかもね……!!

 

 帰宅後、私が寝るまで漫画トークと相成った訳だけど、『ニラカナ』を読みきった小夢ちゃんとかおすちゃんのすすり泣く声が部屋にまで響いてきてよく寝れなかった。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 ―――翌日。

 

「―――とまぁ、昨日は楽しく過ごせたよ~。みんな、魅力的でいい人だね。改めて実感したよ~。すごく良いネタになるし」

「…バク先生、貴女の『いい人』の基準ですが、まさか『自作品のネタになるか否か』で判断していませんか?」

「…………ちがうよ~」

「なら真っすぐこちらを見ておっしゃって下さい。……はぁ、まだ貴方の課題は治りませんわね。薄々分かってはいましたが」

 

 学校が終わった後、寮のみんなと別れた後で私はきょーかちゃんの呼び出しに応じて某喫茶店でコーヒーをしばきつつ先日修正の指示を受けた『Starpiece』の来月分と、あるものを提出しに来ていた。

 

「だってしょうがないでしょ~。新しく入ってきた小夢ちゃんもかおすちゃんもネタの宝庫なんだもん。

 コミュ力の化身の小夢ちゃんからは恋バナを聞けるし、かおすちゃんはかおすちゃんで面白いんだもん~! 今日なんて、クラスメイトに囲まれた中トーンヘラで聖徳太子やってたんだよ?」

「…大丈夫なんですの、その方。確実に困っておられた気がします。貴方に期待はしていませんが、彼女を気遣うくらいしてもいいと思いますわ」

 

 きょーかちゃんは相変わらずの調子だ。漫画においては厳しいくせに、私のプライベートにはよく口出しというか、色々言ってくる。別にそこまで気にする要素とかなくない?って思うけどね。

 

「……それはともかく、原稿と作者近影のほうはどう?」

 

 作者近影。

 それは、分かりやすく言うなら、単行本のカバー…その一枚めくった裏とかにある作者の自己紹介欄だ。多くの作家さんはそこに近況を読者に報告したりする。

 私は今日、新しく発売予定の『Starpiece』第二巻の作者近影を作成してきょーかちゃんに渡すようあらかじめ言われてきたのだ。

 

 きょーかちゃんのアドバイスをもとに修正した原稿と、この私が手掛けた作者近影に…隙はない!

 

 

「どう、かな………?」

「……夢美さん。」

 

 あれ。なんか、表情が怖いぞ?特に、作者近影を見ていた時の顔が怖かったんだけど……

 

…ふざけてるんですか? こんなものダメに決まっているでしょう!!!

「…へ!?」

「原稿はコレでいいにしても、作者近影は壊滅的にダメですわ!!

 お友達に見てもらって、書き直してきなさい!!!」

「お……およおよ……」

 

 な…なん……だと…………

 私の作者近影がボツ、だと………!?

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というわけで、何がダメだったのか教えてちょ~だい!」

 

 きょーかちゃんから『お友達に相談しなさい!あなた一人じゃあ更に悪化する未来が見えますわ!』と釘を刺され、寮に帰還した私は、制服姿のままみんなにお願いした。

 

「珍しいな。夢美がそんなこと言うなんて」

「いつもアシしてくれるからね。できるだけ協力はするわ」

 

 すぐさま手伝ってくれると言ったのは、つばさんとお姫ちん。いや~、『アシしてくれるからお返しに』なんて言われるとは思ってなかったよ~。もともと私のスキルアップのために引き受けたんだけど、棚ぼたとはまさにこのことだね。

 

「すごーーい! 作者近影なんて書いてるんだ!」

「わ……私書いたことないです…作者近影………これが神作者とゴミ作者の違い……あばばば」

 

 目をキラッキラに輝かせてドーナツ片手に距離をつめてくる小夢ちゃんに、なんか電動機器かなにかと勘違いするレベルで震えるかおすちゃん。どこから拾ってきたのか、腕の中の猫ちゃんもかおすちゃんと連動して震えながら「にゃばばばば」と鳴いている。なんなのその子。かおすちゃんの使い魔?

 

 

 さて、さっそくボツを食らった作者近影を見てもらうとしよう。

 四人は、覗き込むように私の案を見て、そして……

 

「……」

「………」

「………えっと…」

「……………」

 

 

 ―――みんな黙り込んでしまった。ってアレ?

 

「……夢美。本当に、分からないの? なんでこれが通らなかったのか」

「え?」

 

 お姫ちんにそう言われて、自分の作ったものを確認してみる。

 

 作者近影の写真には、私の自画像……漫画家がよく使う自分を表すキャラクターの満面の笑みが…………モノクロで表示されている。その下のテキストには―――

 

 

皇 獏之進  享年15

アニメ『夢コロ』の収録現場にて

デーク矢麻下の迫真の演技が生で見れた事により

嬉死(うれし)さが天元突破してこの世を去る。

 

 

 ―――とあって………

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「……なにか問題ある?」

 

「「「「問題しかない(わよ)(よ)(です)っ!!!!!」」」」

 

「ほえぇっ!!?」

 

「担当さんが一番困るヤツだわ!縁起でもない!!」

「そうだな夢美。ふつう、漫画家は作者近影を出せって言われて遺影は出さない…!」

「こんなの出回ったら夢美ちゃん関係の各所が炎上しちゃうよ!!」

「そ…そうですよ!だいたい嬉死(うれし)って…夢美さんが嬉死しちゃうんなら、わたしは息をするだけで死んでしまいます!!」

「そうよ夢美!嬉死って意味が分からないわ!!!」

 

 四人が四人、怒ったような表情で詰め寄ってくる。

 かおすちゃんだけはちょっと何言ってるか分からないけど、ちょっとした冗談じゃないの~、こんなの。

 

「やだな~四人とも、ただのブラックジョークでしょ?」

「コレをブラックジョークと言い切る夢美の勇気がもう笑えないわよ!!」

 

 鋭いツッコミのようなお姫ちんの台詞に、三人とも首を激しく上下した。え~~、コレじゃあ駄目?書き直さないといけない?と尋ねたところ、首を振った人がひとり増えた上に、いつから聞いていたのか、りりかちゃんまで現れてこんなことを言ったのだ。

 

「あのね、夢美ちゃん。あなたの描いている漫画の続きは、貴女しか描けないの。

 あなたがいなくなったら、その漫画たちは『打ち切り』になっちゃうの。それがどれだけ良い作品だろうとね。

 だから……こんな悲しいことは二度とやっちゃダメ」

「わ…、わかった…」

 

 いつもとは違うりりかちゃんの真剣な表情に圧されて頷いちゃったけど、ほんとにただの冗談だったのに、みんながみんなマジに受け取っちゃって……

 まぁ、りりかちゃんが言わんとしていることは分からんでもない。というかむっちゃ分かる。空前絶後の神作品になる予定の『夢コロ』が「作者逝去により打ち切りです」なんて冗談じゃないし、『Starpiece』だって描きたいことを描き終えていない。

 というわけで、作者近影を撮り直すことになったわけだが。

 

「今まではどんな作者近影にしてたの?」

「『夢コロ』や『ニラカナ』の時は担当さんにほぼ任せっきりにしてたの。デビューがまだ小学生だったからね。でも、そのままじゃあだめだってきょーかちゃん……今の担当さんに言われたから今回初めて発案から完全オリジナルでやってみたんだ~」

「それがあの遺影だったのか……」

 

 とりあえず、皆の監修のもと作者近影用の写真を撮ることになった。私を中心に皆が並び、りりかちゃんに集合写真を撮ってもらったんだけど……

 

 

「…やっぱり面白くない」

「夢美?」

「確かにこれならOKを貰える。無難なモノが好きそうなきょーかちゃんなら猶更。でも……これじゃあ普通すぎてつまらない!」

「夢美ちゃん!?」

「りりかちゃん!準備が出来次第呼ぶからちょっと待っててね!!」

「え、えぇ……良いけど…」

 

 どうせ集合写真を撮るなら、面白く撮りたいじゃない! 私には普通でいるなんてどうやっても無理みたいなんだから、それならとことん私の道を行くだけだよ!

 

「あの、夢美? 言っておくけど―――」

「大丈夫、遺影の900兆倍はマシな構図にするから!」

 

 さぁ、ビックリドッキリ写真撮影の始まりだ!

 

 

 まずは、本人たちの格好を変えよう。

 

「かおすちゃん!ランニングシャツと短パンに着替えてきて!無ければそれっぽいのでいいから!」

「え、あば、は、はい!!」

 

「小夢ちゃん!取り敢えず脱いで!下着だけになったらその上からエプロン巻いてね!」

「えっ」

「大丈夫、私はお姫ちんとは違っていやらしいことはしないから!」

「あ、うん!」

 

「待って私がいやらしいって前提を待ってもらえる!!?」

「お姫ちんは靴下を脱いでこのいや…じゃない魅惑たっぷりなシルクの布を羽織って」

「今またいやらしいって言ったわね!?着ないわよ!」

「そんなに嫌なら私の肩出しメイド服着せるよ爆乳♥姫子先生」

「ペンネームはやめてよぉ!!? 着る!着るからぁ!!」

 

「つばさんは部屋からマントと勇者に必要なカッコいいものを持てるだけ持ってきて!」

「任せろ!この私にかかれば、容易いことだ!

 ハァーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッ―――!!」

 

 ……うーん、つばさんだけが凄くノリがいい。物凄く助かるなぁ。

 そうして、しばらくすると体操服姿のかおすちゃんに下着エプロンの小夢ちゃん、生足が艶めかしいお姫ちん、そして眼帯マントでカッコいいグッズをいっぱい持ってきたつばさんが集まってくる。それぞれがそれぞれの恰好に複雑な表情になっている(つばさんだけはもう暗黒勇者になりきってるけど)が、次に行こう。

 

「さて、着替えてきたら……かおすちゃんと小夢ちゃんはイス持ってきて。なるべく洋風なやつ」

「あの、夢美……? 何をしようとしてるの?」

「思いつくがままにやって、集合写真にするんだよ。お姫ちんはコレ持ってね」

「…えっと………なに、これ?」

「物置にあったコーラの瓶。そっちは懐中時計ね。この寮、良いね。なんか、探せば色々あるわ」

「ちょっ、待って! これ必要なの!!?」

 

「イスを持ってきたらつばさん、二つのイスに乗っかって。

 ―――そして、勇者のポーズ!二刀流バージョン!」

「二刀流!!?」

「王道でしょうよ、二刀流! はい、コレとコレを武器代わりに!」

「二刀流……なるほど、それなら――――っ!!!

 ふっ! はっ!! せぇやッッ!!!」

「翼さんカッコイイ!!!」

 

「どんどんカオスな空間が出来上がっていきます………!!」

「さ~ぁかおすちゃん」

「ひっ!! わ、わわわわわわわわ私は―――」

「お前も被写体になるんだよ~」

「あばーーーーーっ!!?」

 

 さぁて、最高の集合写真にするぞー!

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

「りりかちゃーん、準備できたよー!写真撮ってー!」

「はーい」

 

 果たして、寮母さんこと莉々香が見た光景は……

 

 

 

 

「…………」

 

 あぐらをかき、天秤のように広げた両手のひらの上に、コーラの瓶と懐中時計を乗っけている、能面のような表情をしてシルクの羽織を纏う琉姫。

 

「あ…あはは………」

 

 バランスボールに足を組んで座り、片手に食べかけのドーナツを持った……エプロン姿の小夢。ただし、エプロン姿の頭に『裸』がつくが。…おまけに、彼女の足元には、三角定規やらコンパスやら、ハサミやらボールペンやらの文房具が、積み重なるように散乱していた。

 

「あば……あば…、」

 

 小夢の反対側には、右手にド派手な優勝旗、左手に黄金の優勝カップを持ち、達筆で「勝ち猫」と書かれた紙が入った額縁を首から下げ、「9位」と書かれたハチマキを巻いた……体操着姿のかおす。

 

「フッ……」

 

 琉姫の後ろには、二つのイスの上に立った、眼帯とマントを身に着け、勇者ポーズをとった翼が。非常に絵になっているが、二刀流を模しているであろう二本の得物――長ネギと塩化ビニルのパイプ――がかなり目につき、別方向に面白くなっている。

 

「さぁ…りりかちゃん、撮りまくって!日が沈みきる前に、ほら早く!」

 

 そして………琉姫と翼の間、中央あたりの位置に。

 足を閉じ、両手をやや広げて……某宇宙の帝王の最終形態のようなポーズをとった、制服姿の夢美が。

 

 それぞれ、立っている。そんな光景だった。

 

 

「……………………………………………えっと、まず誰から撮ればいいのかしら?」

「やだなーりりかちゃん。これは集合写真だよ? みんないっぺんに撮らなくっちゃあ」

 

「「「「「…………………。」」」」」

 

 

 こんな集合写真があってたまるか。

 

 

 

 ちなみに、この集合写真と普通の集合写真を夢美が担当(梗香)に見せたところ―――

 

「…………あの、バク先生? 目が、理解を拒んでいるのですけれど……脳味噌が融解しそうなんですけれど……」

「えー、これじゃあ駄目? 遺影の900兆倍はマシでしょ〜?」

「予想の斜め上ですわ!! 立ち位置とかポージングとか裸エプロンとか『勝ち猫』とかもうツッコミどころしかないではありませんか!!

 やっぱり普通にしましょう!普通の集合写真に『お友達が増えました〜』のテロップで十分でしょう!!!」

「…きょーかちゃん、おこった?」

「ブチ切れましたわ!!!」

 

 ―――みたいな会話があり、「普通にしましょう」「普通じゃ面白くない〜」と押し問答が起こったという。

 

 




かおす「あばばばばばば……夢美さん、目立ってます…主人公取られちゃいます……」
夢美「そんな簡単に主人公の座なんて取れないよ〜〜、ほら」

キャスト

萌田薫子 赤尾ひかる

白沢夢美 小倉唯

恋塚小夢 本渡楓

色川琉姫 大西沙織

勝木翼 高橋李依

和泉梗香 早見沙織


夢美「……ね?」
かおす「や、やった……まだ、主人公やれるんだ………!!!」
琉姫「(……あれ? なんか…夢美、キャスト2番目じゃなかった…??)」


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迸る情熱・虹野美晴

お久しぶりです。


 虹野美晴(にじのみはる)は、高校の教師である。

 生徒達の前では厳しい素振りを見せ、若手でありながら『厳しい教師』として認識されつつある。

 

 だが、それと同時に漫画好きでもある。

 高校時代は花園(はなぞの)莉々香(りりか)編沢(あみさわ)まゆ、和泉梗香(いずみきょうか)とともに漫画研究部に所属していたし、社会人になってからもアツい少年漫画が大好きだ。……個人の名誉のため、彼女の性癖は割愛するが。

 だから……美晴が『暗黒勇者』や『夢の中のコロコロル』が好みにどストライクしたのは、当然の帰結であったといえる(ちなみに、美晴は僅差で『暗黒勇者』派である)。

 

 他にも、彼女の心を揺さぶった漫画の一つに、こんな題の漫画がある。

 ―――『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』。

 作・(すめらぎ)獏ノ進(はくのしん)

 『夢の中のコロコロル』が始まる前、少年誌で連載されていた、皇のデビュー作である。

 興縄県の学校を舞台に、生粋の興縄男児・信太郎と棟京都から越してきた格式高い令嬢・栞の二人が織りなす、甘く切ないラブストーリー………と、どこかにありそうな設定はそのままに、登場人物の心情描写のリアルさが世間に多いに評価された、ミリオンセラーだ。

 メディアミックスとしてアニメ版・ドラマ版が共に製作・放送され……アニメ・ドラマ版ともに最高視聴率が70%を越えるほどの大作となる―――という、誰も成し遂げていない偉業を実現させた。

 もう一度言うが、()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも、()()()()()()()()()()()()()()など、誰が想像できるだろうか?

 いかにこの作品を描いた漫画家が化け物染みているかがわかるだろう。

 そんな超大作を少年漫画好きの美晴が読まない訳はなく。

 そして、それを読んだ美晴の涙腺が無事で済む訳もなく。

 

『ううううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、じん゛だろ゛うぐん……じお゛り゛ち゛ゃん゛…………よがっだよ゛ぅ……』

『み、美晴!? 大丈夫なの!!?』

『だい゛じょうぶじゃない……』

『美晴さん…だいぶ感情移入していますわね……』

『ここまで人を揺さぶれるって凄いですね、この漫画の作者』

 

 盛大にかつての部の仲間を心配させたのである。

 

 

 

 

 そんな美晴も、勤務中はマジメな教師だ。少年漫画好きの気配など微塵も見せない。

 ―――ある日美晴が、落ちていたあるファイルを拾うまでは。

 

「………?? なにかしら、これ?」

 

 それは、ライトグリーンのファイルだった。中に何枚も紙が入っているようだが、ファイルに名前が書いてない。

 

「…もう、名前くらい書いときなさいよ……」

 

 名前が分からないのでは届けようがない。

 プライバシーもあるが仕方なく中を見て持ち主の判断材料を見つけようとする美晴だったが。

 

「………原稿用紙?」

 

 ファイルの中にあったのは漫画の原稿用紙だった。

 美晴もかつて何度も見たものだったのでそれ自体はすぐに分かった。本来なら「勉学に関係のないもの」として没収も辞さないつもりだったが………美晴の手が止まる。

 なぜなら。

 

「これ……まさか…『夢コロ』………!!?」

 

 原稿用紙に描いてあるキャラクターが、美晴のよく知る漫画のキャラクターそのものだったからだ。

 コロルやセシリィ、ルルーナ、そして見た事のある人々……夢コロこと「夢の中のコロコロル」にそっくりだった。よくよく見れば、話の流れがこの前週刊誌で読んだ「夢コロ」の続きになっている気がする。

 

 

 美晴は手が震えた。

 「夢コロ」の生原稿を見てしまったこともそうなのだが、問題は生原稿入りのファイルが()()()()()()()()()()()である。それはつまり、コレを描いている人が、この学校の中にいる……ということ。

 副業が基本的にできない教師陣ではないとすると―――怪しいのは、生徒。

 つまり……本物の「夢コロ」の作者がこの学校に通っているかもしれないのだ。

 

「まさか―――(すめらぎ)獏之進(はくのしん)先生がここにいる……!?」

「あ、みはるちゃ〜ん!ソレ見つけてくれたの?

 ありがとう〜〜〜!!!」

 

 後ろからの声に振り向くと、そこには制服を着た一人の生徒。

 深緑色のボブカットヘアーが特徴的な、美晴の最もよく知る問題児。

 ―――白沢夢美(しろさわゆめみ)が、駆け寄ってきていた。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

 今日は、やべぇ事件が起きてしまった。

 『夢コロ』の原稿を間違えて高校に持ってきちゃった上に、落としちゃったのだ。

 せっかくの力作なのに、無くしてしまうなんて言語道断。漫画家の沽券に関わる。故に落としたと確信してからはすぐに探しにかかった。休み時間も全て使い、一日を通して行った場所全てを探し回った。6時限目?そんなものより原稿だ。

 そんな風に時間を使いまくってようやく見つけた原稿入りのファイルは、みはるちゃんこと虹野美晴(にじのみはる)せんせーによって拾われていた。

 

「あ、みはるちゃ〜ん!ソレ見つけてくれたの?

 ありがとう〜〜〜!!!」

「……白沢さん…!?」

 

 驚いたような声をだしたみはるちゃんが、すぐにいつも通りの顔になった。

 

「虹野先生とあれほど……いや、それよりこれ…貴方のものだったんですか?」

「うん!ありがとね、みはるちゃ―――」

 

 スカっ、と。

 私のファイルを受け取る手が空ぶった。

 

「…およよよ?」

「白沢さん。少し、お話が」

 

 えっ、なんだろ?私、悪い事してないよ~?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……本当に、貴方が描いたものなんですか?」

 

 あぁ、な〜る。みはるちゃんったら、信じられないのかな?

 まぁ、名作の『ニラカナ』や『夢コロ』の作者がJKでしたなんてちょっと信じられないのか。本当にJKが描いた漫画なんだけどね。

 みはるちゃんの面持ちは真剣そのもの。なら、こっちもマジメに答えたほうがいいね。

 

「みはるせんせー、紙とペンありますか?」

「え? えーと………はい、こちらに」

 

 みはるちゃんから渡された紙に、サインペンでサインを書く。

 ファイルを下敷き代わりにして、『ニラカナ』の信太郎と『夢コロ』のコロルを描く。「にじのみはる先生へ 応援ありがとうネ!」というメッセージも忘れない。

 

「はいこれ!先生にプレゼント!」

 

 この世に1つしかない皇獏之進の特製サイン。

 きょーかちゃんにバレたら面倒くさそうだけど、そこは私とみはるちゃんだけの秘密ってことにしておけば大丈夫―――なはず。

 

 みはるちゃんがサインを見るなり目つきがだんだん変わっていく。いつもの厳しい先生の目から見たことのない目へ。面白い顔になってるね。その顔も、ネタになるよ、みはるちゃん。

 

「な……ぁ…………!!?」

「えー、いかにも、私が皇獏之進です。『夢コロ』は、私が描きました」

 

 ダメ押しに自己紹介をすれば、サインが決め手になったのか、みはるちゃんはさっきまでの疑わしげな顔つきをやめて、穏やかさが戻ってきた気がするよ。

 

「ほ、本当に貴方が…………!!?」

「えー、まだ疑うの?なら、担当さんに電話……は駄目だなぁ。きょーかちゃん怖いし。となると……」

「いえ、もう疑ってはいません。サインまで貰って、しかもこのキャラの絵……確かに『夢コロ』の絵柄です」

 

 みはるちゃんが、何かを堪えるような表情でこっちを見つめている。信じられないものを見たってのと、とてつもない嬉しさがない混ぜになってるような気がする。

 

「ありがとうございます……!」

「お礼言われちゃった!?」

 

 唐突なお礼のあと、みはるちゃんは話し始めた。

 『夢の中のコロコロル』を読んでくれていること。

 『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』を読んで、感動したこと。

 

「このファイルから『夢コロ』の原稿が出てきた時、信じられない気分でした。ここの生徒に皇先生がいるのかと思うと。

 そして……それが白沢さんだということがもっと信じられませんでした。……いえ、今は信じますけど……

 なにせ、普段から問題行動ばかり起こす人でしたから」

 

 およよ?みはるちゃんの目が、だんだんジト目になってきたぞ。

 それに、問題行動ばかり起こす人とはひどいなぁ。

 

「私、問題行動なんて起こしていないけど〜?

 模範的な優等生ですけど〜」

「模範的な優等生は授業中に堂々とスケッチしたり授業そのものをサボったりしません。なにより自分の事を『模範的な優等生』とか言いません」

「え〜〜〜、でもでも、テストは良い点取ってるよ?」

()()()()()()良いのがよりたちが悪いです。

 普段の授業態度も気を付けてください」

 

 私、勉強はそれなりにするしできる方なんだ。自慢っぽくなっちゃうのは面倒だから言わないようにしていたけれど。

 小中の時もそんなんだったなぁ〜。でも、仕方ないよね?

 全ては漫画に優先される。

 勉強したのは、その方が先生がうるさくないし余計な時間を取られないからだ。

 でも、授業態度云々はバレないように隠れてやったはず……つばさんみたいに堂々と寝てたりしてないし…なんでバレたんだろ?

 

 まぁいいか。

 この後は、普通に原稿ファイルを受け取って帰ることにした。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 帰り道、偶然にもかおすちゃんに出会った。

 なんでも、今日は日直だったらしい。

 

「げ、原稿を落としたんですか!?」

「うん……でも、みはるちゃんが拾ってくれたんだー」

「みはるちゃん………? あばばばっ!?」

「よっと。虹野せんせーのことだよ~」

 

 雨風に吹き飛ばされそうになったかおすちゃんの傘を支える。

 

「ありがとうございます、夢美さん」

「だいじょぶだよ~。かおすちゃんこそ大丈夫だった?」

「はい、なんとか」

 

 かおすちゃんの申し訳なさそうな笑みと目が合った。

 しかし、こんな子が毎回原稿を送ってはボツを食らいまくっているとはね~。心折れないのかな?

 1回原稿を見せてもらったけど、私から言わせればかおすちゃんの原稿は稚拙も良い所。ボツを食らって当然の駄作だ。いや……私のボツ食らった作品よりも酷いから、それ以下の何かと言うべきか………?

 見た目は良いんだから、モデルとか役者になってた方が良い線行ってた気がするけど。なんで顔の出ない漫画家なんて道を選んだんだろ?

 

「あの、夢美さん」

「ん、な~に?」

「夢美さんは、どうしてあんなに面白いまんがが描けるんですか?」

 

 いきなりの質問に、言葉が詰まる。

 かおすちゃんは、何を言ってるんだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに、かおすちゃんにはリアリティの話をしたはずだけど……

 

「この前の話は覚えてる?」

「リアリティ、でしたっけ」

「うん。自分の経験の全てを原稿にブチ込めば、自ずと漫画は面白くなるはずだよ。

 大事なのは自分を信じること。かおすちゃんが頑張ってきた事は、誰よりも知ってるんじゃない?」

「……………」

 

 うん、これならアドバイスとしても完璧!

 私自身、こういう悩みなんて1ミリも理解できないから、マトモなこと言えるかどうか怪しかったけど、我ながら良いコト言えて良かった!!

 

「あ…あばばば……神作者様のご意見…

 わたしには守れそうもありません……」

「あれ!!!?」

「ごめんなさい…ゴミのゴの字の点々の片方でごめんなさい……」

「か、かおすちゃーん!!?」

 

 ……涙に濡れ、雨にも濡れそうなかおすちゃんを慰めながら帰り道を往きます。

 自称ゴミのゴの字の点々の片方は、励ましても励ましても暖簾に腕押しでした。うーん、扱いづらいなぁ。

 

 

 

 

 寮に帰ると、かおすちゃんが拾ったという猫さんがベレー帽を被ってお出迎え。

 りりかちゃんによるともう小夢ちゃんとお姫ちんがもうスケッチ大会を開いているそうなので、かおすちゃんと一緒に参加することにした―――のだが。

 

 

「だ、だめだよ琉姫ちゃん……そんなことできないよ…」

「大丈夫、小夢ちゃんならできるわ……さぁ、力を抜いて」

 

 部屋から覗いたところ、小夢ちゃんとお姫ちんが完全に事を行う3分前だった。

 下着姿の小夢ちゃんを、ベッドに押し倒すお姫ちん。そして二人の顔が近づいていく………

 

「……………次からの『Starpiece』は百合要素もいれよっかなー」

 

 新たなネタが浮かんだぞ。

 もともとあの漫画は百合要素を感じる描写もちょっとあったしねー。

 ちょっとずつ盛っていけば、いくらきょーかちゃんでも気付きはしないでしょう?

 

「ちょっと夢美!!いたんなら言ってよ!」

「あばばばばっば!!!わたし、お邪魔ーーー!!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

「あ、お姫ちん小夢ちゃん、終わった?」

「終わったって何!?」

 

「うん……私はね、終始琉姫ちゃんにされるがままで…」

「小夢ちゃん誤解招く言い方やめてくれる!?ポーズ指示してただけでしょ!!」

「あははは~! お姫ちん、いつかやると思ってたけど案外早かったね~………このけ・だ・も・の・さん♪」

「夢美は完全に分かった上で悪ノリしてるでしょーが!!!」

 

 うん、正直思わぬ良いネタも仕入れることができたし、このままスケッチしないでいいかな~、なんて思ってるよ。ちょっとくらいは。

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 

 お姫ちんと小夢ちゃんが始めていたスケッチ大会に参加することになった私達。

 小夢ちゃんのプロポーションは、意外と貴重なことがわかった。私の『夢コロ』のセシリィや、『Starpiece』の星子ちゃん、その他のアイドルメンバーにも発展できる。

 私のプロポーションも良いらしいけど(きょーかちゃん談)、鏡の前で自撮りするのも手間だし限界があるもんね。

 おらおらおらーーーっと何枚かスケッチを描けば、これで私は大満足! セシリィや星子ちゃん達が更に愛される事間違いなしだね。

 

「イメージと違う!もっと恥じらいの表情ちょうだい!!」

「えー?」

 

 でも、お姫ちんはそうはいかないらしい。まーお姫ちんの漫画エロだもんね。小夢ちゃんのデフォルトみたいな笑顔は前半にしか使わないよね。

 一人だと雰囲気出ないのかと思ったお姫ちんは、まずカオスちゃんを相手役にしてみる…………が。

 

「……親子だね」

「…おんぶしちゃった」

 

 後ろから抱き着いたらかおすちゃんがおんぶされちゃったでござる。お姫ちんが欲しそうな恋人たちのポーズには程遠いかな。

 

「仕方ない…夢美、小夢ちゃんの相手して」

「いいよ~」

 

 お姫ちんの望む恋人たちのポーズ、私が導き出して見せようじゃないか!

 

「まずはベッドに押し倒す~」

「えっ??」

 

 手始めに、小夢ちゃんをベッドに寝かせる。そして、糸目を開いて至近距離から小夢ちゃんを観察する。

 まぶしいほどの金髪。私の緑髪では出せない光の反射でより輝いているみたいだ。

 そして、もちもちの肌にバランスよく育った胸。

 

「小夢ちゃんってかわいいね」

「えっ………」

「このまま()()()()()()()くらい」

 

 舌なめずりをして、更に迫る。

 

「ゆ、ゆめみ、ちゃ、」

「翼には悪いけど……()()くらい、良いよね」

「ど、どうして…そこで翼さんの名前が…」

()()()()()()()()

「だ、だめ、だめだよ…夢美ちゃん……」

「うふふふ……ホントにかわいい子」

 

 小夢ちゃんの唇に、ゆっくり近づいていって……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストォォォォーーーップ!!! 夢美、そこまでよ!!」

 

 あ、お姫ちんからストップかかった。

 いい絵が描けたのかな?

 

「お、どうだったお姫ちん? 上手く描けた?」

「描けるワケないでしょあんなので!!夢美はやり過ぎなのよ!」

「えー、何が問題なの? ほら、小夢ちゃん見てよ。あの表情を求めてたんじゃないの?」

 

 小夢ちゃんを指せば、彼女はまだ私の口説き落としから立ち直れていない様子だった。両頬を手で覆い、何かを呟いている。それはまるで、親友だと思っていた異性から真剣な愛の告白を受けたヒロインのようであった。

 

「それは―――そうだけど! 夢美はその為に手段を選ばなさすぎなのよ!」

「良かったねお姫ちん。じゃ、私も描くから」

「聞きなさい!?」

 

 聞いてるよ~。ただ、聞いた内容が私のためにならないだろうから流してるだけだよ~。

 あ、そうだ。かおすちゃんは良い風に描けてるかな?

 

 

 

「あ…あばばばばばばばばばばばばばばばば……

「あら~…気絶してる」

 

 私と小夢ちゃんの百合営業に耐えられなかったのか。

 持っていたであろうタブレットを覗いてみれば、かおすちゃんによる小夢ちゃんのスケッチがあった。

 画力はお世辞にもある、とか上手いとか言えない。ちょっと直線的だ…特に肩・お腹・おしりのあたり。

 この画力の漫画をきょーかちゃんが見ていなくて良かった。もしこんなのきょーかちゃんに見られたら、酷評の嵐が巻き起こってかおすちゃんのメンタルがゼロを通り越してマイナスに突入していたかもしれない。

 

「起きて~かおすちゃん」

「あばっ!? ご、ごめんなさい!」

「大丈夫~。ちょっといいかな?」

「え、は、はい!」

 

 小夢ちゃんをもっと見て、と言えば、あっという間に立ち直る。

 

「小夢ちゃんってさ、肩がむちっとしてるでしょ?」

「うん…」

「それで、お腹もぷにぷにしてるし~」

「ふむふむ」

「おしりもさ、コレよりもっとぽよんってなってるじゃん?」

 

「ぷにぷにぽよんですね!」

「ひどいよ夢美ちゃん~~!! 最近太ったの気にしてるのに~!!」

 

 かおすちゃんの真剣なスケッチの最中に小夢ちゃんから抗議が入る。

 もう、ダメじゃんか小夢ちゃん。これは真面目な漫画の作業なんだよ~?

 モデルが勝手に動くなんて、許されるわけないじゃないか。

 

「どうして~? 私は()()()()しか言ってないよ~」

「ほ、本当の事!?」

「そんな()()いまは()()()()()()でしょ」

「ど…どうでも……!?」

「さ、はやくモデル続けて小夢ちゃん。かおすちゃんが頑張ってるんだから」

「どうでも……いい……?」

 

 小夢ちゃんが大人しくなる。これなら、モデルとして描きやすいでしょ?

 

「ちょっと夢美!いくらなんでも言い過ぎだわ! 小夢ちゃんに謝りなさい!」

「琉姫ちゃん…!」

「確かに小夢ちゃんはぷにぷにしてるけど、そこまでハッキリぞんざいにされたら傷つくに決まってるでしょ!」

「琉姫ちゃん……」

 

 あ、お姫ちんがトドメ刺した。いーけないんだ~。

 

「だいたい、夢美はどうなのよ!? 体重とか気にしてることをズバズバ言われたら嫌じゃないの?」

「私、小夢ちゃんみたいに体重には困ってないし~、お姫ちんみたいに胸にも悩んでないんだよね~…あ、ちょっと肩がこるのが悩みかな?」

「贅沢すぎる!! ちょっとは分けなさいよ!!」

「え、こんなの勝手に大きくなるモノでしょ?」

 

「「勝手に!?!?!?」」

 

 お姫ちんだけじゃなくって、かおすちゃんの声も被り、二人そろって動きが固まる。

 断っておくが、私はさっきからウソなんてついてないぞ。

 

「牛乳とか、大豆とかとってないってこと?」

「牛乳は飲んでるけど、そこまで意識してないかな~」

「バストアップ体操とか、マッサージとかお祈りとか、何もしてないの!?」

「あはは~、何それ? バストアップのお祈りとかギャグかな?」

 

 訊かれたことに思ったことをそのまま言えば、お姫ちんが掴みかかってくる。

 もう、嫉妬なんて見苦しいからやめればいいのに~。

 

「ズルい!なんであんたがそんなに恵まれてるのよ!バカ!!」

「も~~、さっき言ったでしょ~! こんなん勝手におっきくなっただけだって!」

「喧嘩売ってるのかしら夢美……?」

「売ってないよ~!だって言うでしょ?『貧乳はステータスだ希少価値だ』って」

「あぁ…ヤバい、ちょっと殺意湧いてきたわ……」

「落ち着いて琉姫ちゃん!?」

「止めないで小夢ちゃん! 現実でふわふわしてる子はみんな敵よ!」

 

 ようやく復活した小夢ちゃんの制止にも耳を貸さないお姫ちん。

 しょうがないな~。こうなった人は、いったん無理やりにでも止めないと、後が大変なんだよね~。

 ……よし。

 

 

「よしよし、琉姫ちゃん」

「「「!!?」」」

 

 お姫ちんを抱きしめる。

 抵抗する間も与えない。

 いつの間にかおっきくなった胸に顔を埋め込ませて、力強く押さえつける。

 それでありながら、優しく撫でることも忘れない。

 お姫ちんは、最初突然抱きしめてきた私に抵抗していたが、こちらも離すまいとしていると、抵抗する力が弱くなっていき、やがて全く抵抗しなくなった。

 そのタイミングでお姫ちんを離す。すると……

 

 

「…うぅ………負けた………」

 

 

 泣きそうな声で崩れ落ちた。

 ふっ、勝った。嫉妬とは脆いものだね。

 

「あ、そうだ忘れてた。かおすちゃん、良い構図描けたー?」

 

 かおすちゃんを思い出したので周りを見渡してみたが……いない。

 

「小夢ちゃーん、かおすちゃんは?」

「え、えーと、夢美ちゃんが琉姫ちゃんを抱きしめてる間に真っ赤になって部屋から出てっちゃったけど…」

 

 えー、あの子また百合営業に耐えられなかったの?

 まったく甘いなー。そんなんじゃあトップの漫画家にはなれないぞ~。

 かおすちゃんには少しでも早く上達してもらわないと()()

 ここは良い環境だからね~。漫画のテクを上げるにしても、()()()()()()()()()()()

 

『あんたが……あんたが悪いのよ! いるだけで周りの人や、わたしの努力を無駄にして……平気で人の血の滲む努力を踏みにじれるくらいに、頭のおかしい才能を持つあんたが!!』

 

 顔も思い出せないやつの、邪魔な思い出が頭をよぎる。自分が上手くできないからって、盗作していい理由にはならないよね~。

 ま~かおすちゃん自己肯定感低いし、人の作品パクるくらいなら自殺しそうだけど…可能性だけはゼロにできないしね?

 首を軽く振り、どうでもいい過去を振り払う。

 

 さて、今ここにいるのはぶっ倒れているお姫ちんと状況についていけないながらも彼女を心配する小夢ちゃんだけ。もうスケッチ大会もできそうにないし、帰りますか。

 

「小夢ちゃん、今日のスケッチ大会はこの辺にしとこーか。ね?」

「えっ、琉姫ちゃんどうするの?」

「大丈夫、寝てれば治るよ」

お願い小夢ちゃん……そっとしといてくれる…?

「本人もこう言ってるし、私は失礼するよ。それじゃ~、おやすみ~」

 

 あー、楽しかった。

 この出来事もネタに落とし込みたいところだよね。

 ネタ集めが捗るから、こーゆーイベントには参加してみるものなんだね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…夢美、るっきーが部屋の中で死にそうになってたんだけど、何かしたの?」

「あ~、えっとね、お姫ちんを抱きしめただけだよ?」

「成程、道理でかおすが真っ赤になって駆け込んできたわけだ」

 

 十分後、部屋にやってきたつばさんに説教された。

 お姫ちんやかおすちゃんにしたことでウソはついてないのになぜだ。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

「……それで、貰ったサインがあれですか」

『本当にごめんなさい……』

 

 文芳社・皇獏之進担当編集・和泉(いずみ)梗香(きょうか)

 現在彼女は、電話越しに美晴から謝罪を受けていた。

 

 ことのあらましは、美晴が夢美にサインを貰ったことに始まる。

 愛読中の漫画の作者がまさか教え子だとは思っていなかったが、それでもリスペクトする漫画家にサインを貰ったのだ。嬉しくないわけがなかった。

 そして、コッソリ懐にサインをしまい込み、漫研のSNSで自慢…ではなくても、こんなことがあったと言いたくなってもおかしくはない。

 もちろん、教え子が~なんて言う訳にはいかないので『通勤中にたまたまやってたイベントで貰ったんです』とある程度ウソは混ぜたが。

 

 だが、偶然にも美晴の気の置けない仲間の中に、皇獏之進の担当編集がいたことを知らなかった。

 それが和泉梗香である。

 

 スケジュール的に夢美のイベントがない事を知っていた梗香は、美晴の嘘を一発で見抜き、美晴に電話。

 「わたくし、皇先生の担当編集なんですけど、イベント等の話はここ最近耳にしていませんわ」と言えば、たちまち美晴は本当の事を自供したというわけである。

 

 

「いいえ、夢美さんがわたくしに黙って勝手なイベントをやったとかではなくて何よりです」

『知りませんでした……梗香が皇獏之進先生の担当さんだったなんて』

「まぁ漫画の担当さんなんて世に出ませんし、知らなくて当然ですわ」

 

 梗香は、浮かれた美晴を許すつもりだった。

 だが、夢美を許すとは言ってない。

 美晴の本当の話を聞き、あいつやりやがったと思っている。身分を証明し原稿を取り返すためとはいえ個人的にサインなどいただけない。一歩間違えば大炎上の火種になりかねなかった。美晴が良心的だったし周りの目が無かったから良かったようなものの……と色々考える梗香。

 次回会う時、夢美はとんだ災難を受けることだろう。半分以上自業自得ではあるが。

 

 




夢美「えー!! みはるせんせーときょーかちゃんとりりかちゃんって同じ高校の同級生だったの!!?」
梗香「それより重要なのは、先生とは言え気軽にサインしてはいけないという事です。貴女のサインは金銭的価値がもうあるのですよ?」
夢美「ただのペンで模様描かれた色紙なのにね~」
梗香「ただの色紙にそれだけの価値が生まれるのです。ご自覚なさってくださいまし。さて、バク先生、原稿を―――」
夢美「やだ」
梗香「は?」
夢美「きょーかちゃんの高校時代を話すまで出してあげない」
梗香「ならもうここに来なくて結構…」
夢美「待って待ってごめんなさい!!」
梗香「…まったく、急かさずともおいおいお話しますわ」
夢美「…約束だよ?」
梗香「はい。では今回の原稿を拝見いたします―――」


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背中を押す者・花園莉々香

このお話、実はアマプラのこみっくがーるずのアニメ見ながら描いてるから投稿ペースが遅いんです。今更だけどね。


「「「琉姫ちゃん(お姫ちん)のサイン会!?」」」

 

 その日、私はもちろんかおすちゃんと小夢ちゃんも衝撃を受けた。

 お姫ちんの連載している漫画『くんずほぐれつランデブー』が、単行本で発売したことを受けて、記念にお姫ちんの………爆乳♥姫子先生のサイン会を行うことになったという。

 

「良かったですね!」

「おめでとうございます!」

「全然おめでたくないッ!! だって…!」

 

 だというのに、お姫ちんはあんまり乗り気ではないどころか嫌がっている様子である。

 正直、なんで?って感じ。サイン会とは、自分の本を買ってくれたファンのためのもの。それを嫌がる理由なんてどこにもないと思うんだけど。

 

「『貴様がこのエロ漫画を描いた犯人か』って責められたり、身バレしたりするかも……!」

「いや、そこまで酷くないよ」

 

 お姫ちんはサイン会を盛大に誤解していらっしゃる。違うよ?もっと優しい世界だよ?

 そもそも、お姫ちんこの前だって頑張ってたじゃん。連日徹夜だったの知ってるよ?

 そう思いながら、お姫ちんが連日頑張っていた日々を振り返る。

 

 

 

★  ★  ★

 

 

 

 お姫ちんのサイン会が始まる数週間前のこと。

 きっかけは、お姫ちんの学校へ行く様子がやけに色っぽかった所から始まる。

 

『学校へ行くときも常にいやらしいことを考えて気分を高めて!』

『締め切り前なの疲れてるの!!』

 

 最初は、常にエロい事を考えているむっつりが二人いることが判明したのかと思った。かおすちゃんったら、色っぽいお姫ちんからそこまで想像しちゃって~とか思った。でも違った。

 なんでも、かおすちゃん曰く「徹夜していたのを見たから眠いんだと思う」とのことで、私はすぐに色っぽさがお姫ちんの疲れてる証拠だって判断した。だけど……

 

『色川、この英文訳してみろー』

『はい……

 今夜、あなたの家に行ってもいいですか?

『!?!?!?』

 

 はっきり言おう。私はこの時、お姫ちんを舐めていた。

 彼女が、ここまで色気を醸し出せるキャラを持っていたとは!

 今まで見逃していたのが信じられないくらいの逸材だ。今すぐ書き起こして、私の漫画のネタにしなければならない程の天才だ!!!

 

『真面目に言え!!!

 もういい、次だ次! 白沢!コレ訳せ!』

『は~い……

 そのサクランボ、食べちゃってもいいよね?答えは聞いてない

『白沢まで変な言い方するな!!あと答えは聞いてるわ! 余計な文章付け足すな!!』

 

 その日は、やけに色っぽいお姫ちんに対抗する形でボケ倒したのを覚えている。

 他にも、着替えでは咥えゴム*1を当たり前のようにやったり、体育の時間ではクラスメートを押し倒したりしていた。特に押し倒したシーンを見た時は、ここに原稿用紙と筆記用具がなんでないんだと後悔の念を感じたことを覚えている。私も咥えゴムとか真似してみたけどお姫ちんには叶わなかった。何故なんだろ。

 

 その日の夜、いつも通りに原稿をあっという間に描き上げて、お姫ちんとつばさんの部屋に行ってみたらかおすちゃんと小夢ちゃんが真っ赤になってた。

 原因は、お姫ちんの漫画みたい。確かに……お姫ちんの漫画、たまにガチの合体シーンあるからね~。もしや二人は戦力にならないかなー?

 

『つばさんつばさん、コレ、お姫ちんの漫画手伝う感じ?』

『そうだ。るっきー原稿! ここの【規制済(ティンティン!!)】に勝手にトーン貼るぞ!』

『つーちゃんはもっと恥じらって!』

 

 もー、そんな真っ赤になって、お姫ちんは今までどうやって漫画描いてきたのさー。描いてる漫画が漫画なのは分かるけど、家族相手に隠し通せるわけもなし、立派に書店に並んでるんなら、もっと堂々としてもいいでしょ?

 

『恥ずかしがらないで、お姫ちん。これも立派な仕事でしょ。恥ずかしがってちゃ世話ないよ』

『そんなこと言われても~~夢美…!』

『―――というワケで、私はここの【自主規制(ピーーッ)】シーンにベタを塗りまーす!』

『夢美もちょっとは恥じらって!!』

 

 そんな紆余曲折があって、私もアシスタントをすることになった。

 途中、かおすちゃんがパソコンを使った作画が大得意なデジタル系さんだってことが判明したり、小夢ちゃんがストーリーに共感したりしていたけど、結局日を跨いじゃったらしい。

 らしい、というのは私が11時で力尽きちゃったからだ。うー、漫画描くのにこんなに時間かけたことがないから寝落ちしちゃった。申し訳ないー。

 

 

 

★  ★  ★

 

 

 

 そんなこんなで開催が決定した、お姫ちんの漫画発売記念のサイン会。

 

「こんなんじゃ読者にがっかりされちゃう……」

 

 お姫ちんのサイン会のイメージの誤解を正したというのに、まだ嫌がってる様子だ。

 「読者にがっかりされちゃう」って言ってるけど、一体どこにそんな要素があるっていうんだか……

 そこで、お姫ちんの体つきがたまたま目に入って……

 

「「「「あ」」」」

「気づかないで!!」

「担当さんが勝手につけたペンネームでしたっけ」

 

 そういやそうだった。

 お姫ちんったら、ペンネームで爆乳って名乗ってる割には爆乳じゃあなかった。

 しかもヒトが勝手に名付けたペンネームだから、思い入れがなさそうだなぁ。

 私だったら、どんな手を使ってでもペンネームは自分で決めたい人間だし、気持ちはちょっと分かるかも。

 

「別にペンネームがそうだからって本人がそうとは言ってないんだろ?」

「それだけじゃないのよ!コミックスの作者コメントとか……」

「作者コメント?」

 

 手に取ったコミックスを開いてみれば、そこには画像加工されたのであろう、巨乳なお姫ちんと『ああ~ん!胸が重くて肩がコリコリこりまくりな姫子タンです(><)』というコメントが載っていて………

 …………

 ………

 ……

 

「……お姫ちん。嘘はよくないよ?」

「作者近影を遺影にしたあんたに言われたくないわよ!!」

「アレはただのジョークだって…」

「笑えないからな、夢美。

 あとるっきー、これは完全に自分のせいだろ…」

「眠かったの!この時締め切りが重なって眠くておかしかったの!!」

 

 いや、眠いからってこの作者コメント書く?

 というか、よく編集さんOK通したねこの作者近影。いや、『爆乳♥姫子』なんてネーミングセンスを持つ編集さんだ。この嘘98.5%のコメント欄も編集さんの策略に違いない。

 私と気が合いそうだなー。まぁ、きょーかちゃんほど漫画を厳しく見てくれるかは分かんないけど。

 

「はぁーーどうしたらいいかな!?

 どきどきで何も手につかないー!

 …はぁ、かおすちゃん抱いてると落ち着く…」

 

 もうなんかかおすちゃんが精神安定剤みたいになっているお姫ちん。

 サイン会なんだから、堂々と出ればいいのに。その結論に至っていない辺り、緊張と嫌さでマトモな思考が出来てるか怪しい。

 

「小夢ちゃん!私の代わりにサイン会出て!」

「えぇ!!? でも……分かった。やってみる!」

 

 しまいには、小夢ちゃんに代役を頼むことまでしてきた。

 恥ずかしくないのか、お姫ちん。というか、小夢ちゃんに代役なんてできるの?

 

「うっふ~ん。琉姫でーす!」

「私そんなこと言わない!」

「セクシ~~~~琉姫ちゃんビ~~~~~ム!!」

「そんな一発芸みたいなのやらない!あと本名もやめて!!」

 

 あ、無理そう。

 

「っていうか、夢美ちゃんじゃダメなの?」

「夢美? あぁ……夢美じゃダメなのよ。だって…」

 

 小夢ちゃんがこっちに話振ってきて、お姫ちんが殺気の篭った視線でこっちを見てくる。

 あ~~~、私のおっぱいも小夢ちゃんに負けないくらいあるもんね。でもね、私じゃあダメなんだ~。

 

「私、もう(すめらぎ)獏之進(はくのしん)としてサイン会何度かやってるんだよね~」

「え、そうなの!!!?」

「そうなのだ~」

 

 流石に年齢とかは隠してるけど、『ニラカナ』や『夢コロ』の作者が女性であることは周知の事実なんだー。

 もし私が代役をやったとして、サイン会に来た人の中に『私のサイン会に来た人』が来ていたら、すぐに影武者だってバレちゃうよ。仮に来なかったとしても、ネットがある以上絶対大丈夫なんて絶対言えないからね。

 

 何より―――私は、私の描くまんがでの評価が欲しいの。サイン会の代役なんて…そんな()()()()()()()()、めちゃくちゃ頼まれたって引き受けてやらないもんね。

 泥棒よくない、ダメ絶対ってね。

 

「あ、そうだ。そこまでおっぱい気にするなら、かおすちゃん抱いて参加すれば? 子持ち設定にすれば、胸元が隠れるから一石二鳥―――」

「そこまで老けてない!」

「そこまで幼くないです!」

「ダメかー……割といい線行ってると思ったのになー」

「どこが!?!?!?」

 

 お姫ちん大人っぽいから、子持ち設定いけるんじゃないかな。

 18歳で結婚して、すぐに子供産んだとして、かおすちゃんが見た目小学生だから…最低7歳。足すことの25歳。ギリギリいけそうだなーなんて思ったけども。

 ワンチャンスあったこの案も、ボツを食らっちゃった。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

「りーりっかちゃん」

「なぁに、夢美ちゃん」

 

 莉々香が振り返る。そこには、思った通りの少女がいた。

 白沢夢美。いままんが家寮で、唯一自分を名前で呼ぶ寮生だ。

 

「いま、ちょっとお話いいかな?」

「洗い物しながらでいいならね」

 

 小学生でありながら『遥かなる永遠(とわ)のニライカナイ』という大作を書き、今もなお『夢の中のコロコロル』『Starpiece(スターピース)』で読者を獲得し続けている、天才中の天才が、一体どんなお話だろうと考える。

 

「お姫ちんが、すごーく悩んでるんだ。サイン会が恥ずかしいからやりたくないって」

「そう」

 

 そんな莉々香に夢美が話しだしたことは、意外なことに琉姫の話題だった。

 サイン会のことは莉々香の元に琉姫がさきほどやってきたから知っている。それを踏まえて明日赤飯と蛤のお吸い物を作ろうとしたのだったが。そんな莉々香のことはお構いなしに夢美は続ける。

 

「私ね、お姫ちんの苦悩がまっっったく分からないんだ」

「夢美ちゃん……」

「自分が好きで描き続けた漫画なんだ。サイン会くらい堂々と出ればいい。代役立てようなんてもってのほかだよ。

 他にも、色々分からないことがある。なんで嫌なペンネーム変えないのとか、ペンネームの為に担当振り切らなかったのとか………」

 

 夢美には、琉姫の苦悩や葛藤がまったくと言っていいほど分からなかったのだ。

 確かに、夢美と琉姫の仲は回復して、今やアシスタントをたまにやる程度の関係にはなった。

 しかし、夢美と琉姫の間には残酷すぎるほどに才能の差というものがあった。

 

 自分の思い描いた漫画家になれずティーンズラブを描き続けた琉姫と、自分の思い通りに描いた漫画がミリオンセラーになった夢美。

 本人達も知らなかった事だが、琉姫の不満や憤りがいつ爆発してもおかしくなかったのだ。そうならなかったのは、ひとえに琉姫が周りを見ずにひたむきに努力し続けた事と、翼の存在が大きい。

 

「夢美ちゃん。あなたは、今までの自分自身が間違ってるかもとか、考えた事…」

「ないよ。絶対ありえない。私に、他の道を進めばこうなったかもとか、そんな考えはない」

 

 白沢夢美には、漫画を描くことにおいて「自分が間違っているかもしれない」という考えが存在しない。

 もちろん、編集に指摘されたことは直すし、常に面白い漫画を描くために自分自身に出来ることはなんでも行うという意味では頑固ではないのだが、根っこの部分である「漫画を描いていていいのか」「漫画を描いている自分は正しいのか」という疑問は一切ない。というより既に決めているのだ。それも……物心つくか否かの段階で。

 

 だから……漫画を描くことを苦とは思っていない。どんな作風であろうと、どのようなジャンルでも夢美は最高の気分で、その時その時の最高傑作を描けてしまうから。少なくとも、夢美が漫画を描くのを辛く感じるなどありえなかった。

 

 しかし、琉姫の様子を見ていて、疑問が生まれた。

 どうして、自分の描いたまんがのサイン会を嫌がるの? どうして、代役を立てたいなんて思うの?

 ―――漫画を描くのが、好きなんじゃないの?……と。

 

 その様子を見た莉々香は、夢美にこう切り出した。

 

「夢美ちゃん。誰もがあなたみたいに、強いわけじゃないのよ」

 

「そうなの? っていうか、私が、強い?」

 

「強いわよ。自分のやってることを、そこまで堂々と正しいって言えるのって、なかなかないわ」

 

 特に大人になった自分には、そこまで堂々とできる強さはなかなか持てない、と莉々香は考える。年を重ねて色々経験したからこそ、自分が正しいと簡単に言えなくなる。それは同時に、得るものも多いわけだが。

 しかし夢美は、常人とは違う精神構造をしている。その事実は、ある一種の強さや異常さが強く証明している。普通の人は、死にかけの人をスケッチしたり、ゴキブリを資料代わりになぶり殺しにしたりしない。培った価値観や倫理道徳が感情となって行動を押しとどめるのだ。しかし、夢美にはそれがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それらの事実は、強みになり得るし、集団から浮く要素にもなり得る。

 

「琉姫ちゃんはね、きっと不安なのよ」

「不安?」

「初めてのサイン会なんだもの。誰だって緊張するものだわ。

 まんが家のみんながいい作品を描くために頑張るのと同じように、読者にも何よりも大人で、輝いた姿でいたいものじゃない?」

 

 漫画を描くことに例えた莉々香の言葉は、夢美の中にすんなりと入っていった。

 確かにそうだ。自分の最高傑作たちも、自分のイメージをそのまま描くだけでなく、展開を考えたり編集の指摘を反映したりしたものだ、と。

 

「…そう言われると、そうかも。

 りりかちゃん、サイン会やったことあるの?」

「いいえ。でも、わかるのよ」

 

 サイン会をやったことがないのに、サイン会に出ると決まってテンパりまくっている琉姫の気持ちが分かるという莉々香。

 夢美は、その発言に疑問を持った。

 

「りりかちゃん。どうしてお姫ちんの気持ちが分かるの? 心でも読めたりするの?」

 

 悟り妖怪じゃあるまいし、人間の心なんて分かるワケないじゃないか。

 そんな純粋だが、夢美らしく少し歪んだ思いが、質問の裏に見え隠れしていた。

 莉々香は、それを察したのか笑いながらこう答える。

 

「そんな大層なものじゃないわ。

 人の気持ちが分かる、って言っても、文字通りの意味じゃないのよ。

 寄り添って、思いやることなら、誰だってできるってコト。」

「寄り添って、思いやる……」

「夢美ちゃんにも、きっとできるわ」

「そうかなぁ」

「そうよ」

 

 洗い物を終えた莉々香は、貴方にも出来る事よ、と言いながら穏やかに微笑みかけた。

 

「だって、こうして相談に来たのも、琉姫ちゃんのことを何とかしたいって思ったからでしょ?」

「えっ」

 

 夢美からすれば、実のところ琉姫が悩む姿が理解できなかったから莉々香に話しただけなのだ。彼女の力になろうとは微塵も考えていない。

 琉姫が夢を叶えようが諦めようがどうでもいい。だが、彼女は漫画のネタになるから、折れるよりは折れない方がいいな~程度にしか考えていなかった。それが夢美の本心である。

 

 予想外な言葉に固まった夢美の内心を知ってか知らずか、莉々香は続ける。

 

「まったく理解できないとか、なんでとか冷たい事言っておいて、本心ではそうなんでしょ?」

「え、いや、違……」

「ありがとね、夢美ちゃん。あとは私に任せておいて」

「………」

 

 笑顔のまま立ち去っていく莉々香。

 夢美の否定の言葉に被せたのは…琉姫を気にかけた相談という建前を作ったのは………一体、何故か。なんのためか。

 

「(梗香ちゃん…貴方の悩みが、分かった気がするわ。ウチでもなんとかなるかどうか………夢美ちゃん。どうか、人の痛みがわからない人になって欲しくないわ)」

 

 莉々香は、夢美の担当編集になった友人を思い出す。

 彼女のことだ、情に厚い性格のままに首を突っ込んだ結果、自身に連絡がいったのだろうなと思いながら。

 そして、あの一見ほんわかしていて、だがあまりに人の心に疎い天才少女の将来を案じながら。

 莉々香は、琉姫を着飾る為に化粧箱を取りに行ったのであった。

 

 

 

☆  ★  ☆

 

 

 

 いやぁ、奇妙なこともあったもんだね~。

 りりかちゃんにお姫ちんの行動がわからないって相談したハズなのに、私がお姫ちんを心配してるみたいな感じになっちゃったなー。

 そんな事があった数日後。お姫ちんのサイン会当日の朝のことだ。りりかちゃんが、お姫ちんにお化粧を施していた。

 

「女の子はね、お化粧で違う自分になれるのよ」

 

 髪をまとめ、ピンで止めて、ファンデーションやら眉に塗るペンっぽいやつやらマスカラやらリップやらでお姫ちんを彩っていくさまは、さながらシンデレラに登場する魔法使いのようだ。

 メイクを進めていき、終わらせた頃には、服もメイクもアクセサリーも、すべてが輝く大人のファッションのお姫ちんになっていた。

 

「はい、大人るきちゃん完成~」

「お姉さんっぽい~!」

「イイ感じじゃん」

「お姫ちんが本物のお姫様になったね~」

「何だか、心臓のどきどきが落ち着いたわ」

 

 メイクされたお姫ちんは、鏡の前で髪型を決められずに頭を抱えて葛藤してたメイク前と違って、すっごく落ち着いたように見える。

 ずーっと悩んでいたお姫ちんをたった1回のメイクで落ち着かせることができるなんて、りりかちゃんすっごいんだ。さすが大人の女性だよね。

 

「私、るきちゃんのラブストーリー、大好きよ。どきどきして、たまに切なくて。

 きっと、集まってくれるファンの皆も同じ気持ちだと思うわ」

 

「寮母さん………」

 

 お姫ちんの顔が、安心と嬉しさがにじみ出た表情になる。

 きっと、彼女はサイン会をやりきるだろう。だって、今りりかちゃんの言葉が、お姫ちんの背中を押したように見えたから。

 そして、サイン会に行くために玄関へ行くお姫ちん達を見送って、私もついていこう……として、

 

「ねーぇ、りりかちゃん」

「なに?」

「ありがとね、お姫ちんの背中押してくれて」

 

 りりかちゃんに、ひとことお礼を言っておいた。

 正直、私は頼んだつもりもないし、お姫ちんが悩む理由が分からないまま何となく解決しちゃって、釈然としないけれど。

 悩んでいた本人があんないい顔してサイン会に行くと決めたから、そのきっかけになったであろうりりかちゃんにお礼くらい言っておこうって思ったんだ。

 

「夢美ちゃんが、琉姫ちゃんのことを話してくれたお陰よ」

 

 りりかちゃんは、私の本心には一切踏み込まないまま、笑顔で見送ってくれた。

 

 

 

 その後、サイン会は結果としては大成功。

 お姫ちんも、「辛い日もずっと漫画を描き続けていた」「自分が間違っている道を歩んでる気がした」「でも、生まれてきて一番嬉しい日だった、漫画描いてきて良かった」って言っていた。

 

「漫画を描くことに、間違いなんてあるはずないよ」

 

 いちおう、私はお姫ちんにこう伝えておいたよ。

 かおすちゃんもかおすちゃんでお姫ちんを絶賛したし、いい日になったみたいで良かったね、お姫ちん。

 

 

*1
ヘアゴムのことです




琉姫「熱出て寝込んだ時も、実家のわんこ死んじゃった時も、泣きながら漫画を描いてた…それが、全部報われて良かった…!」
夢美「良かったねーお姫ちん。いっぱいファン来て良かったねー。子持ちのお姉さんとか、大人なお姉さんとか」
かおす「姫子お姉様って言ってましたね」
小夢「ねー」

夢美「(きょーかちゃんも、私の漫画好きでいてくれてるかな?とりあえず後で電話してみよ)」
梗香「夢美さんの漫画?ええ、好きですけど、それがなにか?」
夢美『ありがとーきょーかちゃん』ブツッ
梗香「…?????」


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