ゴネリル家の末女 (川㟢)
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ゴネリル家の末女


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 フォドラ。女神が創り、育て、見守ると言われている地。

 

 遥か昔より、女神信仰のある豊穣の土地である。だが、天下太平と言えるような、誰もが満足して平和に暮らせるような土地ではなかった。

 

 その原因の一つが、女神が下界の人間に与えたとされる紋章の力。富、武勇、権力など、様々な力の象徴とされている。

 

 この紋章は、時に人々に安寧や豊穣をもたらし、時に人々に災禍や戦火をもたらす。

 

 故に、人々にとって紋章という存在は力の証明と結論づけられたのである。政治においては権力を、戦においては武力を、思慮が求められる場合は知力を。紋章を持つものたちは、いつでも他よりも優遇される存在だった。

 

 力の証明である紋章はやがて、フォドラにおける人間制度にも組み込まれていった。紋章を持つものは優遇され、それまでのフォドラにおける人間制度は崩壊していった。

 

 才能至上主義は薄れていき、紋章を持つ者が貴族や官僚になるといった、紋章至上主義の世の中が訪れてのだ。個人の才能の有無や技術力、頭脳、武力などはおおよそ否定され、紋章を持つ者こそ、才能に優れた者であり、頭脳明晰であり武力も併せ持つと言った固定観念が定着し、貴族制度が腐敗、本当に有能な人材は、その力を発揮できぬまま一生を終えるといったことが普通となり、フォドラの大地は、発展とは裏腹に幾度も停滞を繰り返していった。

 

 女神に創られ平和であるはずだったフォドラは、皮肉にも、女神が人々に対して与えたとされる紋章によって、その平和の日々は崩れ始めていった。

 

 アドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟。戦火に呑まれたフォドラの大地は、元はアドラステア帝国一国であったが、後にこの三大国に分裂し、自国の文化や歴史、価値観といった互いが信じる物を胸に、互いに争い合う群雄割拠の時代が幕を開けたのだ。

 

 そこには、忿怒、憎悪、狂喜など様々な感情が生まれ、後のファドラの未来を形作る上で重要な転換点となり、また、神々や宗教との関わり合いも生まれ、複雑に絡み合い、互いの信じる物のための戦いが幕を開け、様々な物語が生まれた。

 

 その物語には、必然的に一人の人間が存在した。

 

 名をベレス。しがない傭兵団の団員であり、後にフォドラの中心地と言うべき場所である、ガルグ=マク大修道院で教鞭を振るった一人の教師であり、また後の三大国と密接に関わり、フォドラを安寧と平和に導いた英雄の一人である。

 

 だが、その物語の結末は、一人の異端児によって変えられてしまう運命にあった。

 

 この物語は、英雄ベレスの物語ではなく、後の三大国の一つである、ファドラの東に位置する有力貴族による共同体、レスター諸侯同盟を始まりとする一人の少女の物語である。

 

 

   ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 

 レスター諸侯同盟。それは、王を定めず有力貴族によって統治されている共同体の名前である。

 

 同盟の盟主は、リーガン家という貴族の家が務めている。だが、同盟の意向は決してリーガン家の意向だけというわけではない。

 

 同盟の方針は円卓会議という議会で決定するという方針を取っており、円卓会議での議決権を持つのは、レスター諸侯同盟において、最も有力な貴族とされている五大諸侯である。

 

 五大諸侯、すなわち五つの貴族の家のことである。リーガン家、グロスタール家、ゴネリル家、コーデリア家、エドマンド家の五つの貴族の家を指す。

 

 家により、特色などは異なってはいるが、共通しているのは紋章を持つ者が存在しているということである。

 

 アドラステア帝国やファーガス神聖王国に比べて新興勢力と言えるここ、レスター諸侯同盟でも紋章の重要性は依然として重視されている。貴族たちは、その派閥、そして力を蓄えるために、やはり紋章の有無こそを第一として考える紋章至上主義の者たちであった。

 

 そんなレスター諸侯同盟に、運命の娘が生まれた。帝国暦1161年2月3日のことである。

 

   ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 レスター諸侯同盟は、フォドラの大地の東に位置する。その中で、「フォドラの喉元」と呼ばれる場所が存在している。フォドラの最東端よりさらに東、フォドラの外にある隣国パルミラとの領界にある険しい山岳地帯のことである。

 

 隣国のパルミラは度々ここを越えてフォドラに侵攻してくるため、フォドラの三大国家であるアドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟の三国が共同で「フォドラの首飾り」と呼ばれる要塞を築いた。

 

 フォドラの大地は西、南、北の三方を海で囲まれており、東は唯一陸続きとなっている。

 

 フォドラの首飾りは、外観から分かる通り、東からの外敵からの守りの拠点と言える場所である。

 

 だが、この屈強な要塞は、隣国パルミラに限らず、陸続きからの東からの外敵、すなわちフォドラの大地以外のあらゆる国家や軍を仮想敵国としていることがわかる。

 

 このことは、アドラステア帝国とファーガス神聖王国がレスター諸侯同盟と共同で作成に当たったことからも明らかである。レスター諸侯同盟に比べて、東からの危険が比較的に少ないと言える二国が、東からの守りを固める意味合いで要塞を作ったことは、それだけフォドラ外への恐怖というものが見て取れる。

 

 隣国パルミラからの防衛線といえるフォドラの首飾り。この要塞の存在するフォドラの喉元と呼ばれる山岳地帯、及び要塞を守護するのは、レスター諸侯同盟における、五大諸侯がうちの一家、ゴネリル公爵家である。

 

 このゴネリル公爵家にも紋章を持つ者が誕生した。帝国暦1161年2月3日のことである。その者の名はヒルダ。本名をヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリルという。ゴネリルの小紋章を身に宿し、この世に生を受けたのである。

 

 そしてもう一人、帝国暦1161年2月3日、つまりヒルダとほぼ同じ時刻に生まれた者がいた。その者の名はバーバラ。本名はバーバラ=ヴァレンティン=ゴネリルという。ヒルダとほぼ同じ時刻にこの世に生を受けた娘である。つまり、ヒルダとは双子の関係にあたる者だ。

 

 先に生まれたヒルダが姉、後に生まれたバーバラが妹という姉妹関係が生まれた。

 

 だが、双子でもヒルダとバーバラの間には似て非なる部分が存在していた。

 

 成長するうちに顔つきなどは似てくるものであるが、一つだけ二人の間でどうしても変わらない、そして違う物が存在していたのである。

 

 そう、紋章の有無である。

 

 姉のヒルダはゴネリルの小紋章を宿し生まれてきた。だが、妹のバーバラは紋章を持たずに生まれてきた。

 

 紋章を宿さない、その上性別が女であることを考えると、貴族間での関係構築の道具にもならないだろう。戦場に立つのも兄がいたため問題なく、ゴネリル家の継承者としてと、兄と姉がいたため、悪徳貴族の視線で見てみるとバーバラは役立たずという存在になってしまう。

 

 故にバーバラは、ゴネリル家ではいない、存在しないものとして扱われる・・・・・

 

 

 

 筈だったのである。他の貴族家に生まれていたらどうなっていたかわからないが、現ゴネリル家の当主であるヒルダとバーバラの両親は貴族であって貴族でないような性格をしていたため、バーバラは邪魔者とされることなくゴネリル家の娘として育てられた。

 

 それこそ、ヒルダやバーバラが生まれると目に入れても痛くないというほど可愛がり、愛情を注いだ。そこには、紋章などという邪魔な物は介入せず二人とも平等に愛され、すくすくと育っていった。

 

 ヒルダはゴネリルの小紋章を持ったためかどうか定かではないが、言葉を喋り始めたり、文字を読み書き始めるのにもさほど時間がかからなかった。早熟な子供であり、甘やかし愛を注いだ両親の期待以上の成長を見せた。

 

 成長して髪が伸びると、その髪も美として両親、特に父と兄から綺麗可愛いだの耳にタコができるくらい言われた。印象に残るピンクの髪色は、ゴネリル家ではヒルダを表す色として、ヒルダ専用の小物などはどれもピンクで統一された。

 

 一方のバーバラ。彼女はヒルダとは対照的に紋章を持っていなかったため、そこまで期待されてはいなかった。だが、彼女は良い意味で周囲を裏切った。

 

 ヒルダ以上に早熟であり、3歳の頃には意思疎通ができ、魔導書を読むほど文字の読み書きができた。ヒルダと比べるとそこまで活発的と言える幼少期ではなかったものの、目には確かな知性を宿し貴族の末女としては、優秀すぎるほどであった。

 

 成長するにつれ、その容姿にも磨きがかかっていった。ピンク色の髪を持つヒルダに対して、バーバラの髪の色は夜空を思わせるような濃い黒の髪。ゴネリル家では黒がバーバラを表す色としてヒルダと同じように使われた。

 

 だが、バーバラの凄さは早熟さだけではなかった。彼女の聡明さは、両親が思っていた以上のものであった。

 

 一を聞いて十を知る。バーバラは全てにおいてそれを実践できる存在であった。

 

 幼少期より、文字を理解した後は数多くの本を読んだ。魔導書、戦術書、歴史書など様々な書物を読み、知識については、経営学や政治学、帝王学といった学問を修めぐんぐんと吸収し成長させていった。

 

 5歳になる頃には、バーバラの天性のセンスは学問などの分野以外でも輝き始めた。

 

 まずは容姿。元々双子であり、同世代の中ではヒルダもバーバラも可愛いと言える見た目でありレベルの高い物だったと言える。だが、バーバラの精神レベルがさらに向上するにつれて、容姿についても可愛いと言える物ではなく、美しいと言える物に変わっていった。それはバーバラの努力によるものであり、子供以外の他人、特に家族に舐められないようにしようとした結果である。将来的には、魔性の女と呼ばれるような美しさを持つことが十分予想できる。

 

 また、魔法の使用や武器の扱いなども訓練し始め、度々戦を経験するために戦場を見渡すこともあった。

 

 それだけの知識を自分の頭の中に詰めれば、バーバラ程の頭脳の持ち主なら嫌でも理解することがある。

 

 5歳という子供にしては、私は出来ることが多すぎる。はっきり言って異常ではないか?そんな思考が彼女の中で生まれる。だが、家族のみんなは普通に愛を与えてくれる。では異常なのではない。だったら私はなんなのだ。

 

 そう考えた彼女の中では結論が出た。私は天才だと。ただの天才ではない。武、知、政、美、どれをとっても同世代で私よりもうまく出来る人間はいないだろうと。私は生まれながらにして天才であり、天才の中の天才であると。

 

 そして彼女は考えた。そんな私は、これからの先の人生で何をすれば良いのかと。

 

 両親からは、姉との差別も受けずたくさんの愛をもらった。兄さんや姉さんに協力して、このゴネリル家をもっと大きくすることも悪くない。私にはその力がある。

 

 だが、そんなことは有能な貴族であれば誰でも出来るだろう。私ならレスター諸侯同盟の盟主に育てることも難しくないだろう。

 

 であれば私は何をすれば良い。私にしか出来ないこととは何なのか。

 

 そんなことを五歳の少女であるバーバラは考えていた。

 

   ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 ゴネリル卿は考えていた。最近愛しい娘であるバーバラが何かに悩んでいると。

 

 大人であるゴネリル卿から見てもバーバラが天才だということは一目でわかる。何をやらせても完璧にこなすし、覚えることがあればその場で全て覚えてしまう。まさしく十年に一人の逸材と言えるだろう。

 

 幼児期から類稀な才能を発揮していた。首が座るのも立ち上がるのも意思疎通を図ることも、想定していたよりはるかに早く成長していった。

 

 また、常人よりも好奇心旺盛であったことも覚えている。それは今でもそうなのだろうが。

 

 会話ができるようになってからは目につくものから「あれは何?」 「これは何?」と休む暇もなく聞いてきたものだ。そんな娘の一面も可愛いと思ったので素直に教えてあげていたものだ。

 

 転機は本当の出会いであろう。本について「これは何?」と聞かれた時、私は正直に答えてしまい良いのか悩んだものだ。本は、この子の成長の助けに必ずなると確信していた。だが、今後私に何も聞いてこなくなるのでは?という小さな恐怖心も存在していたのだ。

 

 本について教えたことは今となっては大正解。その後、ゴネリルの家にある本について読んでいたのだが、ゴネリルの家にある本では足りなくなる部分の物もあり、「この本を読んでみたい。」 「あの本が欲しい。」とよく聞いたものだ。

 

 まさか、帝王学や経済学、政治学といった、私たちでも専門的に教えることが難しいようなことも理解しているというのには多少驚いてしまったが。知識だけで言えば、私やホルストよりも上と呼べるものもあるだろう。

 

 バーバラは、武力についても申し分なかった。天は二物を与えずという言葉があるものだが、バーバラはまさしく天から二物を与えられた子だ。紋章などなくても、そこらの貴族には負けない力があるだろう。

 

 レスター諸侯同盟では、弓術が発展していた。私もそれに倣いバーバラにはまず弓術を始めさせた。

 

 覚えるまでは大変だったかどうか定かではないが、今ではほとんど百発百中。下手な兵士よりもうまい腕前だろう。

 

 魔法についても凄まじい才能の持ち主だった。魔導書を開き、平然とサンダーの魔法を発動させたことは素直に驚いた。

 

 将来的には何をさせても成功するだろう。政治家、魔道士、弓兵など、候補は様々であるが、何でもできるだろう。

 

 だが、危険な道にはいって欲しくないものだ。これはバーバラだけでなく、ヒルダにも言いたい。まだ訓練と呼べるようなことはさせていないが、ヒルダの紋章がそうさせる日がいずれ来るだろう。

 

 そんな何をさせても上手くいく天才が珍しく悩んでいるのだ。これは両親からすれば素直に嬉しいことだ。娘の悩みを聞いてあげるのも家族のつとめ。力になれるかどうかは分からないが聞いてあげよう。

 

 「バーバラ。最近何かに悩んでいるのではないか?」

 

 

   ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 このゴネリル卿の一言が、バーバラと呼ばれる少女の人生を左右することとなるのはまだ誰も知らない。

 

 





 


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天才の悩み

 


 バーバラは考えていた。私はこれから先、何をしていけば良いのか。そんな漠然とした疑問を抱えながら日々を過ごしていると、父であるゴネリル卿が話しかけてきた。

 

 「バーバラ。最近何かに悩んでいるのではないか?」

 

 流石父、娘の持つ空気が変わったことを一瞬のうちに見抜いた。ここは素直に相談しようとバーバラは思った。

 

 「父上よく分かりましたね。はい、最近悩んでいることがあるのです。」

 

 「私はお前の家族であり父だからな。おそらくだが、お母さんやホルストも気付いていると思うぞ。」

 

 意外にもバーバラは驚いた。自分では悩んでるような素振りをしていると思っていなかったからだ。と同時に、家族に対する愛情がより一層深まったことは言うまでもない。

 

 「父上や母上はともかく、兄さんも気付いていたとは少々驚きました。それで父上、私にこのことを問い詰めるということは、私の悩みを聞いてくれるおつもりですね?」

 

 「そうだ。お前のことだ。何かが欲しいといった悩みなどの小さい悩みではないだろう。力になれるかどうかは分からんが、この父に話してみる気はないか?」

 

 「ありがとうございます父上。では、私の悩みを一つ聞いていただきます。私は、自分のことを天才だと確信しています。それは、父上や母上や兄上、私と同年齢の姉上も分かり始めていることだと思います。」

 

 「ああ。それは私もお母さんも分かっている。バーバラ、お前は天才だ。そんなお前が何を悩んでいるのかは何となくだが分かる。大方自分の将来について思案しているのではないか?」

 

 「流石父上です。ご明察通りです。私が悩んでいることとは私が大きくなった後何をすれば良いかということです。言い換えれば私の将来についてです。」

 

 「やはりそうか。バーバラ、お前は何でもできる。故にお前がしたいことをすれば良いと私は思う。お前なら、政治家でも戦術家でも好きな職につくことができると思っている。」

 

 この時、ゴネリル卿はバーバラが将来どんな職につきたいのか悩んでいるものだと思い込んでいた。だが、二人の考えの間に齟齬が発生していた。

 

 「いいえ父上。私が悩んでいることは、私が将来何になりたいとかそういう単純なことではないのです。父上のおっしゃる通り、私であればなりたい職につくことができるでしょう。だからこそなのです。だからこそ私は、私にしか出来ないことがないか、具体的には私に何が出来るかということについて悩んでいるのです。」

 

 これには、ゴネリル卿も素直に驚き、称賛すると同時に少しだけ我が子に恐怖を覚えてしまうのだった。我が娘バーバラは今何を見ているのか。そしてどこへ向かって行くのか。

 

 「なるほどね。バーバラは自分自身の存在する意義というものを見つけ出したいということだね?違うかい?」

 

 「父上の言う通りかもしれませんね。私は、何者にでもなれる天才だ。兵士になれば誰よりも強く、政治家になれば誰よりも賢く、戦術家や教師にしても、このままいけば、おそらく私は誰よりも上手くできるようになるでしょう。だけどそれは、私だからできることではないと思うのです。戦いや政治という分野でも私でなければならないという分野でもない。言い換えれば私でなくともいい。すなわち替えが効く職業と言えると思います。」

 

 いったいこの子は何になろうとしているのだとゴネリル卿は考える。バーバラの言い分では、私にしか出来ないことをしたいと言っているように聞こえる。では、バーバラにしか出来ないこととはなんであろうか。何個か候補はあるが、この悩みはバーバラ自身が解決しないといけないものだ。

 

 ゴネリル卿はそう結論づけてバーバラに返答した。

 

 「バーバラ。おそらくだが、私はお前の悩みに対する答えを幾つか答えることができる。だが、その答えはお前自身が見つけない限り、お前の抱える問題は一歩も進まない。それどころかお前の才能を逆に腐らせてしまうと私は考えている。故に、お前に答えを提示することはできない。すまないな。」

 

 ゴネリル卿が、そういうとバーバラは落胆することもなく返答した。

 

 「そうですか、ありがとうございます父上。確かにこれは私自身が乗り越えるべき問題ですね。私の将来やなりたいものなどを、他人に決めてもらうなど、それがたとえ家族であったとしても決めてもらった道を行くなど、それはもう私の人生ではないですね。話を聞いていただきありがとうございます。」

 

 バーバラはそう言い切り、父に笑顔を見せて読書をするためか書斎へと向かっていった。

 

 書斎について、ゴネリル卿やその夫人、兄であるホルストが利用することもあるが、バーバラが文字を読めるようになってからは、ほとんどバーバラの私室のような感じになっていた。経済学や帝王学、政治学や戦術書などの書物が所狭しと並ぶ部屋となった。そろそろ狭くなってきており模様替えが必要だろう。

 

 そんな書斎兼自分の私室に向かうバーバラを見て、ゴネリル卿は笑いながら思った。あの子なら大丈夫。仮に危険で苦難の道をいくとしてもそれは間違った道ではないだろうと。仮に間違えたとしても、その時は家族である自分や妻、ホルストやヒルダが訂正するだろうと。

 

   ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 他の人には出来ない私にしか出来ないこと。それが何であるのかバーバラはここ数日考えていた。

 

 思考を一定の方向に持っていかないように色々なことをした。時にはフォドラの歴史書を読み解き、またある時には、フォドラの喉元において起こるパルミラとの小競り合いを見たり、またある時には魔法の訓練など、色々なことを実践した。

 

 その中でバーバラは一つの結論に辿り着いた。

 

 他人に出来ず自分にしか出来ないこと。それは、自分の境遇やルーツ、置かれている立場を客観的に見て分かることがヒントになるのではないかということだ。

 

 そこまで結論を出してバーバラはまず、自分を形成する外的要因について考えてみた。

 

 我々が住むのはフォドラと呼ばれる大地。神が創ったとされ、今なお女神信仰が盛んな宗教地帯と言える。

 

 宗教とは歴史上、重要な転換点において必ずと言っていいほど存在するものである。それが良い意味で歴史を変えるか悪い意味で変えるかは別として。

 

 現在、このフォドラで信仰されているのはセイロス教である。信者も大多数存在し、教団はフォドラの重要地であるガルグ=マク大修道院を支配している。

 

 セイロス教に歯向かうことは、すなわちフォドラでの異端児認定、そして敵とみなされるだろう。教団の兵力も各国のうち1:1であれば戦える戦力を持っている。

 

 セイロス教の勢力を除くと、やはり三大国の勢力がフォドラに大きな影響を与えている。アドラステア王国、ファーガス神聖王国、そしてバーバラの生まれ故郷であり、現住しているレスター諸侯同盟。

 

 フォドラは、この4つの勢力が存在している。だが、このことはこの四つの勢力が互いに違う主義主張を持ち、一種の敵対関係にあると言っても良い。セイロス教はすこし枠組みから外れているが、アドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟の三つは間違いなくそうだ。

 

 次にバーバラの境遇である。レスター諸侯同盟の五大諸侯がうちの一家、ゴネリル家に生まれた。三人兄妹のうちの末っ子。紋章を持っていないが、どの分野においても同世代の子供たちの追随を許さないほどの才能を持っている。すなわち天才である。

 

 好きなことやものは、家族と読書。苦手なことやものは、特になし。嫌いなことやものは、人を見かけでしか判断しない人や、自分の時間を無理やり邪魔する人。

 

 こんなところであろう。自分の境遇で特徴的なことは、貴族であること、紋章がないこと、人にはない才能を持っていることだとバーバラは考える。

 

 あとは、紋章がないと評価してもらえないこのフォドラで、貴族として生まれてしまった私を育ててくれた家族も、良い影響を与えてくれている外的要因の一つだと言えるだろう。もし、自分が他の貴族の家に生まれてしまっていたら、修道院なり政治の道具なりにされるところだっただろう。

 

 そうなれば、素晴らしい家族を持ったことも私の特徴と言えるかもしれないとバーバラは考えた。

 

 これらのことから自分にしかできないことはあまり考えつかない。実際、やりたいこともまだないため将来のことについて漠然とした考えしかバーバラは持っていない。

 

 今の自分に出来ることといえば、将来つきたい職や、やりたいことが決まった時のために力をつけることだろう。

 

 

 ー○○○ー○○○ー○○○ー○○○ー

 

 ゴネリル公爵家は、アドラステア帝国やファーガス神聖王国から見ても重要地の一つであるフォドラの喉元の守護を任されている。隣国のパルミラなど、フォドラ外からの襲撃者を撃退するためである。

 

 そのおかげでバーバラには、パルミラとゴネリル家を筆頭とするフォドラの軍の戦いを目にする機会は何度もあった。

 

 フォドラ軍はどうか分からないが、聞くところによるとパルミラ軍は単純に戦いを楽しみたい、武功を立てたいという目的を持つものが大半であった。

 

 パルミラの書物を読む機会が多少あったため、いくつか読んでみたが、フォドラを蔑むような内容の書物がいくつかあった。

 

 だが、フォドラの民を蔑むようなことを言っているような彼らだが、本気で侵略しようとは思っていないようである。

 

 確かにパルミラから見れば、自分たちの住む大地に引きこもり、他の大地との交流をしようともしない私たちは、弱虫で臆病な存在であると思われてもしょうがないだろう。

 

 だが、フォドラとの戦闘を行うパルミラの勇猛な兵士から見たら、我々フォドラの民が弱虫などという考えはないだろう。何度も戦っている手前、戦闘の中で友情のようなものも芽生えている節がある。

 

 そこに、パルミラの民とフォドラの民の違いなどないだろう。どちらが善で悪なのかという判別もそこにはない。同じ人として構築された関係だ。

 

 人だからこそ分かり合えることもあり、人だからこそ分かり合えないこともある。

 

 フォドラにおいては、セイロス教など各国で共通しているものがあるため、パルミラとの違いほどのものはないだろう。

 

 故にバーバラは思った。人を知りたい。そしてレスター諸侯同盟を抜け世界を見てみたいと。

 

 違いがあるからこそ人と人は対立し分かり合うまでに時間がかかるとバーバラは考えた。すなわち、価値観の違いこそ戦いの火種を生むのだと。

 

 このフォドラは、相反する価値観を持っている者たちがいる大地だ。それはアドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟と三つの国があることからもわかる。

 

 バーバラは考えた。セイロス教という柱があるにもかかわらず、何故三代国家は覇権を争っているのかと。

 

 今はそれを考えることこそ私が出来ることと考え、バーバラは来るべき日に備えて、力を付けるべく努力していった。

 

 

 

 

 




 バーバラちゃんはクールな子ではありますが、現在はファザコンでマザコンでブラコンでシスコンです。


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