TS転生者はレセプターチルドレン (くらむちゃうだあ)
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プロローグ

 ここ1ヶ月くらい仕事に忙殺されていて、ろくに寝ていない。その上、今日は上司にミスを押し付けられて、さらに1ヶ月はサービス残業に押しつぶされることが確定した。

 いくら若い独身男だからって、機械じゃないんだから動き続けるのは無理だ。私は既に精神的にかなりキテいたんだと思う。

 だからだろう……。ベタにトラックに轢かれちゃったのは。

 死の間際……私が考えたこと――。

 

 ――冷蔵庫の納豆、今日が賞味期限だった。

 

 

 そこから、私の意識はプツリと途切れた。

 

 私こと南條(なんじょう)シオンは短い生涯を終えたのである――。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あれ? 「終えたのである」じゃなかったか。 ここは一体――?

 

 目覚めると私は水の中にいた。口に呼吸器を取付けられて。

 ほら、あの……SF映画とかでもよく見る治療用のカプセルみたいな。ああいう感じの装置の中に入れられていたんだ。

 

 へぇ、最近の病院は進んでるな。私はトラックにぶつかった瞬間に助からないと思ったが、最新鋭の設備のおかげで助かったみたい。

 

「目が覚めたみたいね……」

 

「――っ!?」

 

 私は思わず吹き出してしまう。

 なんだこの人。えっ? えっ……?

 

 ――目の前に金髪の女性が仁王立ちしている。なんと、全裸で……。

 

 ここ? 病院だよね? なんで痴女がここに!?

 

 つい先程まで死にかけていた私は混乱して、とにかくパニクる。

 ていうか、私も裸なんだよね。色々と見られたくないんだけど……。何気なく視線を下に向けると私はさらに驚愕した。

 

「――っ!!?」

 

 あ、あれ……? あれあれ〜〜? か、身体が縮んでる……。

 

 し、しかも……あるべきところにあれが無い。何ていうか、キノコのような、突起物というか、そういうやつがない。

 

 わ、私の愚息がどこかに飛んでいってしまった。二十余年間に渡って、共に生きた相棒が無くなってしまったのだ。

 

 ナニコレ? 交通事故に遭ったら、身体が縮んだ上に女性になるってどういう理屈だよ。

 

「心拍数が異常に上昇してるわね。覚醒状態になって興奮してるのかしら?」

 

 いやいや、「興奮してるのかしら?」じゃないから。金髪の巨乳の女が全裸で立ってて、しかも自分は子供みたいな大きさになって、その上……性別まで変わってるというトンチキな状況で冷静さを保ってたら、そいつは感情を捨ててるだろう。ていうか、情報が多い。

 

「ま、いっか。数値的には問題ないし。思った以上に上手く出来たみたい。私のスペアボディ♪」

 

 スペアボディ……? 機嫌よくそう呟いた女は機械を触って水を抜き……カプセルを開けた。

 とりあえず、この人にどういうことなのか聞かなきゃ。でも、話は通じるのか……こんな人に……。

 

「気分はどう?」

 

「いや、あなた誰ですか? どうして、私は小さな女性の身体になってしまってるのですか?」

 

「はぁ……?」

 

 私の開口一番の発言に彼女は眉をひそめ、首を傾げた。

 いやいや、「はぁ?」と言いたいのは私だよ。ていうか、私の声……この人にそっくりだな。どういうことだ……?

 

「何が起きてるか詳しく知る必要がありそうね」

 

 女はまじまじと私の顔を見つめながら、呟く。

 そして、私の手を物凄い力で引いて……変な装置がついた椅子に座らされた。

 

 ――どうでもいいけど、服を着させてくれ、そして服を着てくれ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「間違いない。あなた転生をしたのね」

 

 全裸の痴女もといフィーネさんとやらは、私が一度死んで魂が別の肉体に憑依した――つまり、転生という現象が起こったと断定した。

 

 転生って、そんな漫画じゃあるまいし。あり得ないだろう。

 

「あり得るわよ。私なんて、そうやって永遠に生きてるし。リィンカーネイションって言ってね――」

 

 そこからは、もはやSF世界の領域だった。

 フィーネとやらは、人間の遺伝子に刻印とやらを行って、死んでも他の肉体に永劫に輪廻転生出来るという。

 んなこと信じられるかって、思ったけど既に私の身に起きてることが信じられないからなー。

 

 フィーネ曰く、私の肉体は彼女のクローンなんだそうだ。色々と実験したり、いざという時に即座にリィンカーネイションを発動してスムーズに身体を交換するために創ったという。

 

 すげー、自己中じゃん。なんでも、この身体は魂を受け入れやすいように遺伝子をイジってるのだそうだ。

 

 だから、彷徨っていた私の魂の依代になったのでは……、と彼女は推測する。

 

「あのう。フィーネさんでしたっけ? そんな面倒なことをしてまで、長生きしたい理由って何ですか? 私には壮大すぎてとても理解が出来ないのですが……」

 

 この得体の知れない存在にビクビク怯えながら、私はこんなことをする理由を尋ねた。

 

 ――何故尋ねたかって? 興味本位に決まってるだろう。

 

 怖いもの見たさというか、何というか。

 基本的に私は他人と会話することが大好きなのである……。

 

「悪いけど、シオンちゃんにこれ以上は教えてあげられないの」

 

「へっ……?」

 

「その身体の廃棄を決定した。幼少期から育てて、私好みの身体にしてやろうと思ったが……こんな不純物が入った状態での実験なんてデータを取るだけ無駄だ。しかし、まぁ……いつか使えるようになるかもしれないし。念のために、()()()に送っておこう」

 

 フィーネは私の廃棄処分を口にして、あっちに送るとか言い出した。

 すこぶる嫌な予感がするし、面倒なことが起きる予感しかしない。

 

 なんだ、この冷たい目は――。

 

 琥珀色の瞳は獲物を狙う猫のように鋭くなり、口調が微妙に変化した。

 

 これがフィーネという女の本性……? この人は何を考えてるのだろうか……。それにしても――。

 

「あっ……、この紅茶美味しい」

 

「随分と呑気に茶など飲むのだな。貴様、この状況が不安ではないのか?」

 

 フィーネの出してくれた紅茶が旨くて仕方がない。

 若い身体になったからなのか、節々の痛みも無くなったし……些細なことが心地よい。

 はっきりと言ってフィーネは怖いが、死ぬ前はもっとお先真っ暗で恐怖すら感じられずに……半死人状態だった。

 

 こうして感情が戻っているということは生きてるっていうこと。ならば、どんな環境でも今度は生にしがみついてやる。

 

「状況は理解した。私は君の理想のモルモットにはなれなかったのだろう? だが、利用価値を完全に失ってはいない。だから生かしてくれる……違うか?」

 

 フィーネが途方もない化物っていうことは何となく理解できた。そして、何か壮大な計画みたいなのを立ててるってことも……。

 

 私はそのために利用するつもりだったけど、B級品に成り下がった。

 だから、手元に置くつもりはないということだろう。廃棄というのはそんな表現だと推測する。

 

 殺処分ではなく、どこかに送られるというのは、おそらく利用価値がゼロではないと見ているから……。だったら、私は生きる。どこでだって……。

 

「意外と聡いではないか。シオン……ならば歩んでみせよ。貴様の新たな人生を――私の器として相応しく成長すれば……使ってやらなくもない」

 

「うん。じゃあ、せっかく君に貰った命だし。大切に扱うとするよ。この身体を創ってくれたこと……感謝している」

 

 私の謝辞は心底本音だった。

 クソッタレみたいな人生をリセット出来たのだ。やり直せるのはありがたい。

 どうやら、魂の器として入りやすい身体を創ったフィーネのおかげで転生とやらが出来たみたいだし……。

 

 そして……私は目隠しをされて――ある組織の実験施設に案内された。

 

 後に知ったことだが……その組織の名は“F.I.S.”米国の聖遺物とやらの研究所らしい。

 そこに集められた多くの身寄りのない子供たち……通称レセプターチルドレン。フィーネが自らの器候補として集めた者たちの集団。

 彼女のクローンの失敗作である私はその一人として、送り込まれた……。

 

 研究者たちは歓喜したらしい。失敗作といえどもクローンということはフィーネと同じ遺伝子情報を持っているということ……。

 つまり、私の身体を調べれば自分たちの研究が捗るというわけだ。

 

 ここで、私の第二の人生がスタートする。

 いや、ろくでもない場所だということは何となく予想出来たけど……思った以上にここもクソッタレな場所だったなぁ……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「シオン! こんなところで油売ってたら、またマムに叱られるわよ!」

 

「マリア……、前にも言ったけど私はこんな見てくれだが大人なんだよ。自分の身の振り方くらい自分で考えるさ」

 

 集合場所から離れた場所でボーッとしていたら、レセプターチルドレンの先輩にあたるマリアという女の子が私を見つけ出す。

 子供ばかりのところに放り込まれて、しかも性別まで変わってしまっているので……どうも馴染めないでいると、彼女が勝手に私の世話を焼くようになった。

 

「前世は日本人の男性だったって話?」

 

「そうそう。だから私は君よりも成熟してるってことだ。その上、女の子の身体になっていることにも不便を感じてる。一人になりたいと思うのも無理ないだろ?」

 

「はぁ……。そういう妄想に逃げるなとは言わないけど……お願いだから協調性を持って。あなたが罰を受けるのを見るのは辛いのよ」

 

 以前……ついつい、話してしまった前世の話。

 マリアはそれを半信半疑どころか、痛い私の妄想だと捉えた。

 

 彼女は優しい子だ。人の痛みを自分のことのように感じることの出来る……。

 

「わかった……。君には負けたよ。素直に従おう」

 

「よろしい。さぁ、行くわよ。セレナも心配してるんだから」

 

 マリアは妹の名前を出して、私の手を引く。小さくて柔らかな手は温かった。

 セレナも良い子だよな。姉のことを本当に慕ってて……。

 

 彼女……マリア・カデンツァヴナ・イヴとは何故か気が合って、お互いに親友と呼べる間柄になるのにそう時間はかからなかった。

 その過程でセレナとも友人となるのだが……。

 

 

 

 そして、月日は流れる……。研究対象として、フィーネの器候補として……、特に私の身体は徹底的に弄くられた。

 

 月日というのは残酷で……南條シオンは女性としてそれなりに成長していったのである。

 これはもう、自分が女性だということを受け入れるしかないって諦めたよ……。

 

 うん。あのフィーネを見たときから予想はしてたけどね。こういうふうに成長するっていうのは……。

 

 そして、いつしか私は気付くことになる。

 この世界が元々居た世界と差異があることを……。

 ここで、関わった人たちが世界の命運を握っていることを――。

 

 

 




こんなノリで進めようと思います。


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レセプターチルドレン

「朝はなぜ来るのだろう……私はまだ惰眠を貪っていたいというのに」

 

「お日様が毎日上ってるからよ。シャキッとしなさい。そして、顔を洗いなさい」

 

「ふわぁ、君は毎日キリッとしてるね。私にもあったよ、そんな時が」

 

 施設に入って数年が経ち、凛々しくも美しい女性に成長したマリアは……前世で過労死しかけた反動で怠け者へと退化した私を叱咤する。

 この子はリーダーシップが取れて、年下から好かれている。

 そして、私は年下たちから――

 

「あのう。シオンさんがキリッとした顔を見せたことありましたっけ?」

「無い……。いつも眠たそうにしてるし、時々本当に寝てる……。切ちゃんはある?」

「ご飯を食べるときだけは誰よりも元気デスよー」

 

 めちゃめちゃナメられていた。マリアの妹のセレナ……そして、同じ日系人って繋がりで友人となった月読調と暁切歌。彼女らとはよく話をする間柄で、私はもっぱらイジられている。

 

 この四人には特徴ある。それは……シンフォギアという摩訶不思議な鎧の適合者としての資質が高いという点だ。

 

 特にセレナが優秀で……シンフォギアを既に纏うことが出来る。そもそも、彼女がシンフォギアの適合者になったから、私やマリアたちも適合者候補として選出された。

 歌の力で先史文明の遺物の力を解放させるって、理屈でなんやかんやするらしいが……半分以上説明を理解出来なかったのでよくわからん。

 

 他の三人も薬の力を使えば何とか纏えそうらしい。

 うーん。薬とか聞いて物騒だなとかも……思わなくなってきた。

 

 もう既に数え切れんほどの投薬実験に付き合ったからね……。

 

 まぁ、身体はビックリするほど健康だから、その辺は配慮されてると信じたい。

 

 私はというと、適合係数は四人と比べて低い。

 薬を使っても今のところ纏うのは無理みたいだ。

 

 何でもフィーネが身体中にあらゆる聖遺物の微細な欠片を癒着させているらしく……それが邪魔してシンフォギアとの適合を阻害してるらしい。

 

 ――やっぱりフィーネは怖かったということだ。

 

 その影響なのか、ここ数年で身体のあらゆるところが成長しただけでなく、身体能力が飛躍的に増幅した……。

 それはもう、スーパーマンかよってくらいに……。

 

 研究者曰く、シンフォギアの出力に匹敵するらしい。

 そして、適合係数は低くとも私の身体は全てのシンフォギアに適合する可能性を秘めているとのことだ。

 だから、私もこの四人と共にシンフォギアに関する実験には付き合わされている。

 

 歌とか下手だし、自分が身につけるイメージ沸かないんだけどなー。

 

 それにしても、私がキリッとしたところを見たことがないっていうのは――

 

「失敬だなぁ。私は大人だから人生にメリハリをつけられるようになっただけなのだ。常に気を張ってたら折れちゃうだろ? でも大丈夫、いざという時は君たちを守るよ。子供を守るのは大人の義務だからね」

 

 片目を閉じながら私はセレナたちにやる時はやると説明する。

 苦しい言い訳だが、本当に常に怠けるってつもりはないぞ。

 

 この子らが危険な目に遭いそうになったら、年長者として必ず守る覚悟くらい出来ている。

 

「……マリア姉さんも?」

 

「もちろんさ。マリアなんて一番危なっかしい。私が助けないでどうする」

 

 セレナの言葉に私は不本意に育ってしまっている胸を張って答える。

 いつも気張ってるけど、マリアとて人間だ。頼れる人が隣に居たほうがよいに決まってる。

 

「……べ、別に私は危なっかしくなんてないわ。それより早く顔を洗いなさい。セレナも、切歌も、調も……、ほらほら」

 

 無駄話をしてる私たちに顔を少しだけ赤らめたマリアが、顔を洗うように促す。

 まったく。頼ることも覚えてくれって言ってるのに……。

 

「なんていうかさ。マリアって、いい母親になりそうだよね……」

「あー、私もそう思います」

 

 とはいえ、普段からしっかりしてる彼女に……私たちはすっかりとリーダーシップを取られており、それを心地よく感じるようになっていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 いつものように訓練をする私たち。

 今日は随分とセレナが話しかけてくる……。

 

「今朝の話、マリア姉さんは照れていたけど、私は嬉しかったんです。私も姉さんを守りたいって思ってましたから」

 

 彼女は微笑みながら、私との戦闘訓練中にそんなことを口走る。

 セレナはお姉ちゃん大好きっ子だもんな……。まぁ、それ以上にマリアは彼女を溺愛してるけど。

 

「……守りたいって、そのシンフォギアでかい?」

 

「はい。――私はこの力で戦うことには正直に言って抵抗があります。でも、シオンさんの話を聞いて……守るために力を使いたいと思いました」

 

 アガートラームという聖遺物の欠片から造られたという白銀のシンフォギアを纏い、セレナは向上した身体能力で機械から放たれたレーザーを素早く躱す。

 

「シオンさんも守ってほしいですか?」

 

 跳躍から着地した彼女はクルリと私の方を振り向いた。

 銀色に輝く鎧を身に着けたセレナはまるで天使のように見える。

 

「うーん。守ってほしいというよりも――」

「し、シオンさん……?」

 

 私は不意討ちでセレナに向かって放たれたレーザーを彼女を抱きかかえながら、回避した。

 セレナは今年で13歳か。あんなに小さかったのに随分と大きくなったものだ。

 

「並んで共に守りたい。セレナが一人で背負う必要はない。こうやって抱えるくらいは眠たくても出来るからさ」

「……マリア姉さんと同じ顔をするときもあるんですね。シオンさんが……」

「ちょっとだけ、格好つけてみた。似合わないけど……本音は伝えとかなきゃと思ったからね」

「シオンさんが隣に居てくれたら嬉しいです」

 

 少しだけ頬を紅潮させたセレナを立たせて、頭を撫でる。

 ギアを纏うようになってから、彼女はやたらと考え込むようになったからな。

 

 彼女の歌は心地よい。私もマリアも……いや、切歌や調だってセレナの歌には癒やされているはずだ。

 でも、眉間に力を入れてまで私は彼女に歌って欲しくなかったのである――。

 

 

 

「セレナと何を話してたの?」

「んっ? ああ、内緒の話をちょっとね」

「また、変な悪戯教えたんじゃないでしょうね?」

「あはは、ちょっとは信用してほしいな。でも、この前のマムの顔が小麦粉で真っ白になるのはマリアも笑ってたじゃないか」

「わ、笑ってないわ! 心臓が止まりそうになったわよ!?」

 

 シンフォギアっていうのは、ノイズとかいう災害を駆逐する唯一の手段だと聞いた。

 シンフォギアは機密みたいだから知らないのは無理ないけど、ノイズはどうも違う。子供でも知っている災害として世界で認識されていた。

 

 そこから導き出される結論は一つ。

 

 ――この世界は私の知っている世界ではない。

 

 まぁ、フィーネって存在自体がSFじみていたから驚きは少なかったけどね……。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「それにしても、面倒なことになったなぁ」

 

「あなたは、こんなときも呑気なんだから!」

 

 目の前で暴れまくっているのは白い化物と呼べる存在。

 これも全っ然理解出来てないんだけど、あれはネフィリムっていう聖遺物らしい。……生き物にしか見えんけど。

 

 起動実験に失敗したとかで、暴走したんだって。失敗して、ああなるって酷いな……。

 

「グアオッ……!」

 

「とりあえず、こっちに何かされるのは嫌だね」

「ちょ、ちょっと! シオン!」

 

 私はネフィリムの腹っぽい部分をぶん殴る。ネフィリムは吹っ飛んでいって、機材を壊しながら倒れた。

 

「お、おい! あの機械が一体幾らするのか……」

 

 いや、知らんけど。

 あんたらが失敗したから悪いんだろ?

 

「ガウアッ! グルッ……! グワオッ!」

 

 ネフィリムはヨダレを垂らしながら私を見ている。……えっと、食べようとしてるのかな。

 格好つけて殴ってみたけど、めちゃめちゃ怖い。

 

「そ、そうか。ネフィリムは聖遺物を取り込む性質がある。だから、お前の体内の聖遺物の欠片を狙っているのだ」

 

「そりゃ、食欲旺盛なことで……」

「ギャアオアッ……!」

 

 牙を剥き出しにして、ネフィリムは私の両腕を掴んで押し倒そうとする。

 女の子になったけど、あんな化け物に押し倒されてベッドインは勘弁してもらいたいもんだ。

 

「ガアアアアッ」

「調子に乗んなッ……!」

 

 両足でネフィリムの顎を蹴り上げて、口を閉じさせる。

 まいったな。こりゃ、人のチカラでどうにかなるもんじゃないぞ……。

 

「シオンさん、大丈夫ですか?」

「うん。平気、平気。って、セレナ……シンフォギアを纏って何を?」

 

 ネフィリムを蹴飛ばした私の隣にギアを身に纏うセレナが立つ。

 戦いが嫌いな彼女がこっちに来るなんて、思わなかったんだけど……。

 

「絶唱を使います。……これから一緒に姉さんを守れなくて残念ですが、さっきのシオンさんを見て躊躇いが無くなりました」

「ぜ、絶唱って……使うと身体の負担が物凄いって聞いたけど」

「シオンさん……姉さんをよろしくお願いしますね……」

「セレナ……?」

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

 それは悲しくも美しい歌声だった。

 

 セレナは死ぬつもりだ。

 

 鈍い私でもその覚悟を感じ取れるくらい儚いメロディーが脳髄にガツンと響き渡る。

 あり得ないよ。こんなクソッタレな場所で君が死ぬなんて。

 でも、口から血を流すセレナを見て……私は彼女が死する運命にあると感じた――。

 

 

 

 

 ――そんな運命……私がツバを吐きかけてやる!

 

 

 

 

「うあああああッッッッ――」

「グルオラッ……!? ガアアアアッ……!」

 

 ネフィリムを一心不乱で殴りつける私。

 こいつを、こいつを早く黙らせれば。セレナが無茶しなくても……。

 

「下がりなさい! 貴重なサンプルを2つも無駄にしたら、何と言われるか!」

「無駄なことはするな! 殴ったところで何も変わらん!」

 

 うるさい! サンプルとか言うな!

 無駄なものか……。こいつはモノなんだろ? ぶっ壊せば止まるに決まってる。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl……」

 

「早く離れなさい! シオンッ! 命令です!」

 

 マムの声も聞こえる。あんたはセレナを止めろよ……。

 いや、知ってんのか。セレナが止まらないことを……。  

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl……」

 

「嫌だァァァァ!!」

 

 ――そのとき、セレナの身体が輝いた。

 それと、同時に――私の右腕が銀色のヒカリを放つ。

 

『右腕にはアガートラームの微細な断片が融合させられている……』

 

 以前、メディカルチェックを受けたとき……研究者に言われた言葉を瞬間的に思い出す私。

 そうだった。フィーネは私の体内に自分が手に入れた聖遺物の断片を取り込ませたんだったな。

 

 ――セレナの絶唱のエネルギーに反応して?

 

 科学的なことなど、何一つ分からないが……この温かさに私は彼女を感じていた。

 

「君なんだろ? 分かるさ。苦しみも喜びも何もかも……。半分こだ……!」

 

 ――躊躇いなく、私はこの銀色の右腕を……拳をネフィリムに振り下ろす。

 

 後で聞いた話だが、セレナの絶唱はエネルギーのベクトル操作という性質を備えているらしい。

 彼女はネフィリムの暴走エネルギーをリセットしようと働きかけており、この拳にも鎮める力というのが宿っていたということみたいだ。

 

 ネフィリムは叩いたら……縮んで大人しくなった。

 周りがギャーギャーうるさいけど、そんなのは聞いてられない。

 

 私は目と口から血を流しているセレナを抱きかかえて、崩れ落ちそうなこの場から少しでも離れようと動く。

 

 

 ――しかし、泣きじゃくるマリアに大丈夫だと声をかけようとしたとき……私は膝から崩れ落ちてしまう。

 

 そのあとのことは覚えていない。

 

 右腕に激痛が走って……あまりに痛すぎて気を失っちゃったんだよね。我ながら情けない――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おはよ、マリア」

 

「どうして、あなたは無茶するの? 死んじゃったら、それで終わりなのよ……」

 

 ベッドで横たわる私にマリアは涙ながらに怒ってた。

 そっか。良かったよ。彼女が私を怒る余裕があるんなら。

 

「説教ならセレナにしてやってくれ。そもそも彼女が……」

「セレナにはとっくにしたわよ!」

「あら、そうですか」

「なんで笑ってるの? 私は真剣な話を……」

 

 説教受けられる程度に無事だったセレナに喜び、思わず顔が綻ぶと……マリアは口を尖らせる。

 泣いたり怒ったり、忙しい人だ……。

 

「でも、良かった。ありがとう。セレナを守ってくれて……」

「マリア……?」

 

 ギュッと彼女に抱き締められて、私は凄く顔が熱くなるのを感じた。

 いや、ここ最近マリアが女性としてやばいくらいに魅力的に成長してて……。私も女になって長いんだけど意識せずにはいられないんだよね。

 

 だからこうやってお互いの体温を感じ合う位置まで接近すると……なんかこうムズ痒くなる……。

 

 でも、私も良かったよ。みんなが守れたんだから。

 

 

 

 もちろん、私にもセレナにも代償はあった。一人だと確実に死ぬくらいのエネルギーの負荷を受けたのだから当然だ。

 

 私は一年間くらい右腕が動かなかった。リハビリでどうにか自由に動くようになるのに三年もかかってしまうくらい損傷が激しかった。

 普通なら腕が吹き飛んでたらしいから、この身体の頑丈さは異常だと言われたけど……。

 

 セレナの方はもっと深刻だ。

 彼女は13歳から身体の成長が止まってしまう。

 身長も切歌や調に追い抜かれてしまった。

 

 それでも、身体そのものは健康体らしく病気になることも無ければ、元気に活動している。

 

 だが、このままで良いのか? 私らは実験サンプルで……用が無くなったら廃棄されるくらいの存在ってことは分かってる。

 

 この状況を何とかしなきゃ、私たちは一生このまんまだし……。

 

 ネフィリムをぶん殴って六年の月日が流れた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「シオン、あなたが言ってることは分かるわ。でも、前みたいに無茶するのは止めて」

 

「いや、分かってるって。私が暴走して、みんなに迷惑がかかるのは本意じゃないからね。だけどさ、私たちってフィーネの器候補ってなってるけど……あの人が死ぬようなことって考えられないんだよな」

 

 私は既にあの日に会ったフィーネと瓜二つの外見になった自分の手を見ながらそう呟く。

 クローン培養の影響で色素が薄くなったからなのか、肌は雪みたいに白いし髪は銀色だけど知ってる人が見れば100パーセント見紛うくらいになっていた。

 

「死ぬことが想像出来ないくらいの人なの?」

 

「うん。一度しか会ったことないけど、永遠に生きてるって豪語するだけあって、あのときのネフィリムよりも凄みを感じたよ」

 

 フィーネとは転生した日に会っただけだが、私にそれだけのインパクトを与えている。

 何かしらの目的のために動いていて、その途中でアクシデントが起きたとき用のスペアボディが私たちみたいだけど……、そもそもあの人がそんな事態に見舞われるなんて想像がつかなかった。

 

 

「マリア、シオン……あなたたち、二人だけですか? 丁度いい……少しだけ話があります」

 

 私たちの指導者で“F.I.S.”の技術者でもあるナスターシャ教授――通称マム。彼女がマリアと私に内緒話があると呼び出した。

 珍しいこともあるもんだ。最近は病気を患っていて、立って歩く姿もあまり見なくなったのに。

 

 

「フィーネが亡くなりました」

 

「「えっ……?」」

 

 開口一番に告げられた言葉に私とマリアは顔を見合わせて驚きの声を出す。

 

 フィーネが死んだ……? 信じられんなー。何か凄い執念深そうな感じがしたのに。

 うん。あれほど、殺しても死ななそうな人見たことなかったな。あれほど、自己中な人も……。

 

“酷いわ。私のこと、そんな風に思ってたなんて!”

 

「――っ!?」

 

“思ったより立派に育ったみたいね。シオンちゃん♪”

 

 頭の中でフィーネの声がする……。

 あれ……、もしかして……フィーネに身体を乗っ取られかけてる?

 

 




ということで、時系列的に言えばG編スタートです。
セレナは絶唱の後遺症で13歳の見た目のままということで……。


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新生フィーネ

 ――フィーネの魂が私の中にいる。

 彼女のスペアボディたる私はそのために作られたのだから必然といえば必然だ。

 思ったより早いじゃん。転生してどうにか生き延びようって頑張ってたのに……もう詰んでるって。

 

“まぁまぁ、そんなに悲観しなくたっていいでしょ? 食べられるわけじゃないんだし”

 

“食べるじゃん! 魂乗っ取るって言ってたし! 本当、怖いから!”

 

“取らないから安心しなさい。もう止めたのよ。そういうのは……。――ふわぁ、急いで復活したら眠たくなってきちゃった。しばらく寝てるから、何かあったら起こして頂戴”

 

“人の身体の中で自由だな、おい。起こすわけ無いだろ”

 

 

「――シオン。シオン……、聞いていますか?」

 

「ううん。全然聞いてなかった。もう一回言って」

「清々しい顔して言うんじゃないの!」

 

 フィーネと頭で会話してたら、マムの話を全然聞いてなかった。

 マリアに横腹を肘で小突かれてしまう。

 

 フィーネが死んだとこまでは聞いてたんだけどね……。あいつが人の身体の中に入り込んだのが悪い。

 

「仕方ありませんね。もう一度説明をします。フィーネによる月への攻撃が原因で月の軌道が変わってしまい――」

 

 うわぁ……。フィーネっていう奴は私が思っている以上に頭がどうかしてた。

 月にある遺跡を破壊するために、月をぶっ壊したんだって。

 それが原因で月の欠片がこっちに落ちてきたらしい。まぁ……それ自体は日本にいる3人のシンフォギア装者たちが阻止したらしいんだけど……。

 

 月自体の軌道は変わってしまって、ゆっくりと地球に向かって来てるみたい。 

 

 ――いやいや、すげー大事になってんじゃん。

 

 あいつ、全人類巻き込んで何してんだ……。やっぱりめちゃめちゃ悪人じゃないか。

 

 さっきはほっこりしたようなスッキリしたような声を出してたけどさ。

 まずは、もっと悪びれろよ――。人類に謝罪しろ。謝罪……。

 

「それにしちゃ、静かというか。外ではパニックになってるの?」

 

「いえ。NASAはデータを改ざんして発表しています。米国政府はこの事実を隠蔽するつもりです」

 

 つまり、言っちゃったら世界中がパニックになるから、権力者だけ何とか逃げ出そうってしてるってこと? 酷いな……。普通は一丸となって事態を回避しようとかしない?

 

「そこで、私は考えました。マリアかシオン……あなた方の内のどちらかが新生フィーネとして覚醒したと公表し、武装蜂起しようと。そして、人類を救うために動くのです……。その計画は――」

 

 マムは私たちに自ら考えた計画を話す。

 私は彼女の正義感は凄いと思った。

 彼女はたとえ米国を……世界を敵に回しても、人類を救おうと動くつもりである。

 

 だが、同時に無茶だとも思ってしまった。

 

 マリアとセレナ……そして、切歌と調に加えて私。たったこれだけの戦力で世界に歯向かいつつ、あのネフィリムを起動させて……さらに巨大なフロンティアなんてものを動かせるのか……。

 しかも計画実行のためにウェルとかいう倫理観が狂ってそうな生化学者を利用するって……。

 

「それで、新生フィーネを騙らなくてはならないのね。私かシオンが……」

 

「ええ。そのとおりです。マリアならリーダーシップが取れますし、シオンはフィーネのクローン……見た目が瓜二つなので信憑性が上がります」

 

 そういう人選か。まぁ、見た目的にもセレナたちではインパクトに欠けるよな。

 新生フィーネねぇ。そんなのであの英雄バカのドクターが動いてくれるのかね……。

 

「わかったわ。私が――」

「よし。マリアよりも私の方が適任だろう。実際にフィーネの魂が身体に入ってきたしね」

 

「「――っ!?」」

 

 あー、驚いてる。驚いてる……。

 話の腰を折るのも申し訳なかったから、一通り聞いてから話してみたけども……びっくりさせちゃったみたいだね。

 

「ちょっと! シオン!? ふざけてるんじゃないでしょうね!?」

 

「さすがにそんな嘘は吐かないよ。元々、フィーネは魂の器に最適な身体として私を創ったんだ。次のフィーネに私がなるのは確率的に一番高いだろ?」

 

「じゃ、じゃあ本当に……シオンがフィーネに……? そ、そんなの嫌……! 何であなたが……」

 

 いつかのように涙ぐむマリア。

 そうなんだよな。私も実際は不安でならないよ。

 でも、安心させなきゃ……。

 彼女のこんな顔は見たくないから。

 

「大丈夫だって。フィーネは止めたんだってさ。魂を塗りつぶすのを。ほら、見てご覧……いつもの私だろ?」

 

「本当に? 確かにこんな弛みきった顔はシオンとしか思えないけど」

 

「おいおい。傷付くな……」

 

 自然にマリアにディスられて、私は苦笑する。

 とりあえず、少しは落ち着いたかな。

 フィーネは何かあったら起こせとか言ってきたけど……。それは怖すぎるからしたくないなー。

 

「シオン、身体は大丈夫なのですね?」

 

「もちろん! マムだって本当のフィーネの依代を使ったほうが都合が良いでしょ?」

 

「そうですね。それでは……シオン。あなたが新生フィーネだということを大々的に発表します」

 

 ちょいちょいツッコミどころがある計画だけど、一番最初のハードルはネフィリムの起動だろう。

 完全聖遺物の起動には、フォニックゲインとか言う歌のエネルギーが大量に必要なんだけど、それを集めるには誰かしらがトップアーティストクラスにならなきゃいけない。

 で、新生フィーネの私がそうなるのが理想なんだが――。

 

「シオンは歌が不得手ですから。マリア……あなたに任せられますか?」

「そうね。どう頑張ってもシオンの歌唱力じゃ無理だもの。私がやるしかないか」

 

 いや、そうなんだよね。

 最近になって気付いたけど……私ってほんの少〜しだけ音痴っぽいからさ。マリアたちみたいに歌ってギア纏うなんて芸当なんて出来る気がしない。

 アーティスト役はマリアに任せよう……。

 

「じゃあ、私はマリアのバックダンサーでも――」

「シオンはマネージャー兼ボディガードとして常にマリアの側を離れぬようにしなさい」

「イエス、マム……」

 

 てなことで、私とマリアはマムと秘密裏に“F.I.S.”から抜け出す計画を立てて――Dr.ウェルを勧誘。

 ギアペンダントやら必要な物を根こそぎ奪って、セレナと切歌と調を連れて脱出に成功した。

 

 私がフィーネの依代だと世界中に発表すれば、レセプターチルドレンの存在は明るみとなり、きっと救出へと世論は傾くだろう。

 みんなを助けるためにも、この計画は必ず成功させなくては――。

 

 でもなぁ。いくらマリアが歌が上手いからってトップアーティストになんか簡単になれるものなのかしら――。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「デビューから2ヶ月で全米ヒットチャートの頂点に登り詰めた気鋭の歌姫か……。ふーん。このマリアがねぇ」

 

「人の頬をぷにぷにしながら、新聞読まないでくれる?」

 

「でも、マリア姉さんの歌……とっても格好いいから。きっとみんなの心を打ったんだよ」

 

「シオンは何でメガネをかけてるデスかー?」

「潜入美人捜査官メガネをかければ、眠たそうな表情も隠せて頭が良さそうに見えるからだよ。切ちゃん」

 

 マリアが一気に米国のアーティストの頂点に立ってしまった。

 マネージャーをやってる私は各方面への営業活動など大忙しである。

 今やマリア・カデンツァヴナ・イヴの名は世界中に響き渡っていた。

 

 しかし、マムもマリアも商売っ気を出さないというか……私が交渉してなきゃ出演料とか色々と金が入るところを足元見られるとこだったよ。

 ここは自由の国アメリカ、金は稼げるだけ稼がなきゃ。いつ必要になるのか分からんし。

 

 だけど、そんな私らをどうやって知ったのか……パヴァリア光明結社とかいう怪しい団体が支援を申し出たのには驚いたな。

 何の目的で私たちに手を貸すのか全く分からんけど、この状況じゃ借りない理由がない。一応……警戒だけはしとこうっと……。

 

 

「じゃあ、そろそろ夕食を作ろう。調、手伝ってくれるかい?」

「うん。今日は何を作るの……?」

「肉じゃがとか色々と……」

 

 私は夕食を作るためにキッチンに向かう。

 調は料理に興味があるみたいだから、出奔してからというもの彼女に調理の仕方を教えている。

 

「何ていうか意外な特技デスよね。シオンが料理が得意なんて」

「何故か和食が多いですけどね」

 

 だって日本人だったんだもん。今も日系人って設定だけど……。

 料理が出来るのは学生時代にバイトしてたのと、独り身時代が何年も続いたからだ。

 意外と覚えてるもんだから、びっくりしたよ。

 

 

 夕食を作った私はアジトの私室に籠もってるマムを呼んでみんなで食卓を囲む。

 肉しか食わない偏食家のマムはいくら注意しても直してくれない。

 病気がちだってのに、頑固なんだから。

 

 

「風鳴翼とのコラボレーションライブの打診を出したら、オッケーを貰えたよ」

 

 私はマムから言われたとおり、風鳴翼というアーティストに日本で合同ライブをしないかと打診を出した。

 どうやら、この女性はあのフィーネを倒して月の欠片から世界を守ったシンフォギア装者の内の一人なんだそうだ。国家機密らしいけど……。

 

 正義の味方じゃん。世界を救うなんてそうそう出来ない。

 そんな彼女を利用するのは些か気が引けるけど、手っ取り早くフォニックゲインを集めるにはこの方法が一番だから仕方ない。

 

「出来れば穏便に済ませたいけどねぇ……。ルナアタックから私たちを救ってくれた英雄なんでしょ?」

 

「そうですね。戦いだけが解決方法じゃありませんから」

 

 計画では、そのライブ中に“ソロモンの杖”という完全聖遺物を使ってノイズを使役し……世界へ私たちの活動拠点を要求することになっている。

 

 そうなれば、例の英雄たちとの交戦は必至――。

 私もセレナもそれには否定的だった……。

 

「シオンもセレナも甘いですよ。フォニックゲインを高めることも含めて、日本のシンフォギア装者との戦闘は既定路線です。心を強く持ちなさい」

 

「大丈夫デスよ。二人ともあたしたちが守りますから」

「それが世界を守るためなら、私も戦う覚悟は出来ている」

 

 マムに一喝され、切歌と調に鼓舞される私とセレナ。

 言ってることは分かるけどさ。私は傷付いて欲しくないんだよ。マリアたちには……。

 

 その人たちも正義の味方なんだったら、手を取り合うことも出来ないものかな……。

 

「あなた、変なこと考えてない?」

 

「あはは、まさか。日本に早く行きたいとしか考えてないさ。ラーメン食べたいなぁ」

 

「ラーメンって中華料理じゃないの?」

 

「馬鹿言っちゃあいけないよ。ラーメンは日本の文化。ソウルフードさ。マリアも一緒に食べに行こ」

 

 ともかく想定外なことが起きることは十分に予測できる。

 マリア……私はね、世界を守ることなんかより君たちが傷付かない方が大事なんだ。

 

 だから、私はなるべく血を見ない方法を考えたいって思ってるよ――。

 




セレナとシオンが加わっているので、戦力的には響たちよりも上になっていると思われます。
フィーネの魂を持ったシオンがどう動くかご覧になってください。



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コラボレーションライブ

 ついに私は懐かしの日本に帰ってきた。

 別世界だとわかってるけど、何かこう……来るものがあるなぁ。

 

「随分と楽しそうね。これからすること……わかってるの?」

 

「そりゃあ、わかってるさ。取材とか色々とこなした後に、美味しいラーメン屋に行こう」

 

「わかってないじゃない!」

 

「肩の力を抜きなよ。抜くときは抜いとかなきゃ、いざという時に本来の力が出ないよ。君の力は精神の状態に左右されがちなんだし」

 

 マリアは案外浮き沈みが激しい。

 いつもキリッとして毅然な感じで振る舞っているように見えるけど、本当は人一倍緊張する子だ。

 美味しいモノを食べると元気になり、シンフォギアの適合係数も上がるという体質もそういうところに起因しているのだろう。

 

「だけど、私たちだけ旅行気分っていうのはセレナたちに悪いわ」

 

「じゃあ、みんなにお土産を買っとかなきゃね」

 

「そういう問題かしら?」

 

「それでいいじゃないか。何より私は嬉しいんだよ。こうしてマリアと日本でデート出来ることが」

 

「へ、変なこと言わないで。私もあなたと出かけるのは好きだけど……」

 

 正直に言って半分はマリアにリラックスしてほしいと考えての発言だけど、半分は彼女と共に日本を回れることが嬉しい。

 私は案外……利己主義者なんだろう。世界の危機を救うとか考えるのをなるべく忘れたいとか思っているのだから。

 

「ほら、見て。日本にも沢山の君のファンがいるよ。きっとライブ会場も盛り上がるだろうな。チケット、速攻で完売したし」

 

「彼らを見るのは辛いわ。だって私は――」

 

「騙すのが辛いって気持ちは分かるよ。それで、君が苦しんでいるのも。でも、だからこそ。君の歌で勇気をもらった人に応えてあげるべきなんじゃないかな?」

 

「シオン……。そうね、わかった。現実から目を逸らさないわ」

 

 マリアは笑顔でファンに手を振り返す。

 これがかなり好印象だったようで、日本でマリアの人気はさらに上昇したのだそうだ。

 まぁ、それも一瞬で終わるかもしれないんだけど……。

 

 

 私たちの活動の裏ではドクターたちが“ソロモンの杖”奪取に動いている。

 コラボレーションライブに間に合わせて貰わないと困るが……まぁ、何とかしてくれるだろう。

 

 さて、束の間の休息を楽しんだら……いよいよ本番だな。

 マリア、私も君たちを守るために頑張るからね……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ケータリング! 凄く豪華じゃない! しかもみんなの好物ばかり! どうしたの? これ」

 

 ライブ会場の楽屋に入ったマリアは豪華なケータリングに目を輝かせる。

 昼間のラーメンも何だかんだ言って完食してくれたし、実は彼女は私に負けず劣らず食べるのが大好きなのだ。

 

「そりゃあ、持ち帰り用にセレナたちの好物を用意させたに決まってるだろ? 君はスターなんだから、多少の無茶は聞いてくれるのさ」

 

「ありがとう! シオン! 愛しているわ!」

 

「うん。私も愛しているよ。でも、そのセリフはもっと他のことしたときに聞きたかったような……」

 

 なんか、食べ物で釣ったみたいで不本意だ。

 いつもは本当に凛々しくて大人びた感じだから、こうやって感情を素直に顕にすると、何ていうかとても可愛らしく見えてしまう。

 

「どうしたの? ボーッとして」

 

「いや、何でもないよ……。お弁当箱を沢山持ってきたんだ。あと、保冷用のバッグも。持ち帰れるように詰めておこう」

 

「そうね。セレナたちには栄養をとって貰わないと。特にセレナは――」

「うん。いつ再び成長が始まっても大丈夫なように、食べて貰わなきゃね」

 

 マリアは……いや私たちはみんな……、セレナの成長が止まってしまったことを気に病んでいる。

 あのとき、彼女が居なかったら私たちはみんな死んでいたかもしれない。

 セレナの絶唱で救われた私たちは、その代償を今でも背負っている彼女に対して出来る限りのことをしようと心に決めているのだ。

 

 ――ケータリングを一通り弁当箱に詰めて、保冷バッグの中に入れる。

 

 さて、これからライブまでの間にどうするかだけど――。

 

「風鳴翼に挨拶をするわ! 敵情視察も兼ねて……!」

 

「ああ、絶好調のときの顔付きになってるね。まぁ、私もあのフィーネを倒してくれたっていう英雄には興味があるかな」

 

 彼女の好物を最高級の食材で用意させた甲斐があった。

 もしかしたら、今の彼女だったらLiNKERっていう適合係数を上げる薬を使わなくてもシンフォギアが纏えるかもしれない……。

 

 風鳴翼……話に聞けば天羽々斬(あめのはばきり)という聖遺物のシンフォギアの適合者で、3人の中で戦闘のキャリアは最も長いらしい。

 

 アーティストととして活躍しており、装者としての正体は隠している。

 私たちの狙いは正にそれで、彼女が衆人を前にして躊躇いなくギアを纏えないと予測されることも計画の中に織り込まれていた。

 

 マリアが簡単に負けるとは思わないが、勝てるとも限らない。卑怯かもしれないが、相手に十全に動きを取らせないのも立派な作戦である。

 

 しかし、個人的には尊敬すべき女性(ヒト)だと思っており……私は少なからず日本のシンフォギア装者に興味を持っていた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「今日はよろしく。せいぜい私の足を引っ張らないように頑張ってちょうだい……!」

 

「「…………」」

 

 ビシッと格好をつけながら、風鳴翼の楽屋に入るなり上から目線で宣戦布告にも取られそうなことを口走るマリア。

 

 いや、いつも以上にテンション上がって変な態度になってるよ!

 キリッとしすぎて、高飛車というかちょっと面白い感じになってるじゃないか。

 時々、マリアは芝居がかった動きを天然でするから困惑する……。

 ライブのときはそれがいい塩梅になって人気にもなってくれたんだけど、素でそういうところを出すと対応に困るでしょうが。

 

 マネージャーとして、フォローすべきだろうな……。

 

 

「う、うちのマリアがとんだ失礼を。私は彼女のマネージャーの南條シオンです。今回は多忙にも関わらずオファーをお受けしてくださりありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ。素晴らしい機会にお誘い頂き感謝しております」

 

 おー、風鳴翼さん……凄く礼儀正しくて謙虚そうな子じゃん。

 だけど、なんとなくマリアと似たニオイを感じる。こんな時じゃなかったら、良い友人になれそうな……。

 

「風鳴翼のマネージャーを務めております。緒川慎二です。先日にお電話でお話したときは長々と申し訳ありませんでした」

 

「緒川さん。いや、私こそスケジュールの調節でご無理を申し上げてしまって――」

 

 何か成り行きで緒川マネージャーと名刺交換をする私。

 話によれば、彼は日本政府の機関である特異災害対策機動部二課のエージェントで忍者らしい。

 忍者って、イロモノに聞こえるけど……彼はかなりの達人のようだ。それは身のこなしからも何となく分かる。

 

「それにしても、南條さん。以前にどこかでお会いしたことありましたっけ? お電話口で声を聞いた時から思っていたのですが」

 

「そういえば、櫻井女史に声や顔立ちが似ているような……」

 

 ――しまった。色々とフィーネ感を消そうとしてみたけど、声までは考えてなかった。

 

 櫻井ってのは、死んじゃったフィーネの依代にされてた櫻井了子のことだ。シンフォギアシステムの開発者にして、櫻井理論の創設者。

 彼女が聖遺物関連の研究に及ぼした影響は大きいという。

 そういう意味ではフィーネが死んだことは人類の損失なんだろう。

 新生フィーネという存在に意味があるのは、彼女の知識に対する絶対的な信頼感があってこそだ。

 

 しかし、まずったな。一応、黒髪のウイッグをつけたり、メガネをかけたりして変装したけど……櫻井了子もメガネをかけたりしてたから、この顔でも彼女を連想しやすかったか。

 

 ま、いっか。他人の空似ってことにすれば。

 私が彼女のクローンなんて発想はさすがに出来ないだろうし。

 

「そうなんですか。私は日系人ですが、来日したのは初めてです。こちらには似た方がいらっしゃるのですね」

 

 思いっきりしらばっくれると、それ以上は何も言われなかった。

 マリアは……あー、そろそろ冷静になった頃だな……。

 

「それでは、失礼します。マリア、行くよ……」

「えっ? え、ええ……」

 

 いつの間にか「え」しか言えなくなってるマリアの手を引いて、私は風鳴翼の楽屋を出る。

 

 

「どうしよう、シオン。私、やっちゃった……!」

 

「大丈夫だよ。あれくらい……。ライブ前にやる気を出してるくらいにしか思われてないから」

 

「そ、そうかしら? で、でもやっぱり無理かも。今から世界を相手取るなんて大立ち回り……」

 

「まー、それは無茶かもしれないけど――」

 

「やっぱり無理なんじゃない。――っ!? シオン……?」

 

 楽屋を出て、急に弱気な姿を見せるマリアの両手を私は握った。

 いつの日か、彼女の小さな手に引かれた時の温かさを思い出す。

 思えば、私は彼女が差し伸べてくれたこの手に随分と助けられたのかもしれない……。

 

「でも、私にはマリアがいる。根拠とかは無いんだけどね。一人じゃないって考えると不思議と何とかなるって思えたりしないか?」

 

「……こんなにみっともない姿を晒してるのに、私を信じてくれるの?」

 

「みっともなくなんてないよ。君の責任感の強さが出てるだけさ。寧ろ美点だと思ってる。大丈夫。こう見えても、ちょっとくらい頼りになるところは見せられると思うから」

 

「うん。知ってる。すごく時々だけど、シオンが頼りになることは」

 

「す、すごく時々……。当たってるから良いけど……」

 

 マリアから「すごく時々」頼りにされてる私は今日一日、格好を付けてやろうと決意する。

 やっぱり、好きな人の前だと良いところ見せてやりたいってなるじゃない。

 結局、自分勝手な私を動かしているのはそこに尽きる。人はそれを――“偽善”とか“独善”と呼ぶのだろう。

 

 でも、それでいい。私は偽善者となり世界を救うために動くのだ。

 

 さて、これから一戦交える英雄はどうなのかな?

 

 ――もしも、知らない他人のために手を差し伸べるような根っからの善人が相手なら、私は決して勝てはしないだろう……。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ありがとう、みんな!」

 

 風鳴翼の言葉に大歓声が返事をする。

 “QUEENS of MUSIC”と銘打たれた歌姫たちの共演。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼による“不死鳥のフランメ”は一気に会場のボルテージを最高潮にしてくれた。

 

「私はいつもみんなからたくさんの勇気を分けてもらっている。だから今日は私の歌を聴いてくれる人たちに少しでも勇気を分けてあげられたらと思っている」

 

「私の歌を全部世界中にくれてあげる! 振り返らない、全力疾走だ! ついてこれる奴だけついてこい!」

 

 翼とマリアがマイクパフォーマンスを魅せると、会場が一体となってそれに応えた。

 ふーむ。世界にアピールするにはまたとないチャンスだな。

 

「今日のライブに参加出来たことを感謝している。そしてこの大舞台に日本のトップアーティスト風鳴翼とユニットを組み、歌えたことを――」

 

「私も素晴らしいアーティストと巡り会えたことを光栄に思う」

 

 マリアは翼を称える一言を口にする。

 彼女のことだ。本音からそう言っているのだろう。

 実際に翼の歌には力がある。私にもそれは十二分に伝わった。

 

「私たちは世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるってことを……」

 

「それは世界を変えていける力だ」

 

 マリアが歌の力の可能性を語り、翼はそれに同調する。

 気が進まないけど、準備しなきゃな。無駄に犠牲が出ないことを祈るよ。

 

「そして……、もう一つ!」

 

 マリアがスカートを翻す……。

 すると、その瞬間にノイズが観客席付近に次々と召喚された。

 これで、私らは犯罪者。もう後には引けない。

 オーディエンスはパニック状態に陥った。

 

「うろたえるな!」

 

 マリアが手筈通りに主張を全世界に向けて発信し始める。

 私はこれから新生フィーネとして、世界を敵に回すような悪役となる。

 こんな役目までマリアに背負わせなくて本当に良かった……。

 

 マリアはノイズを使役出来ることを見せつけ、全世界に向けて宣戦布告とも取れる発言をすると、さすがの翼も目の色が変わる。

 あれは、いつ飛びかかってもおかしくない覇気だな。

 いざという時は保身とか考えないタイプだろう……。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl……」

 

 ギアを纏うマリア。そして、私は彼女の傍らに飛び降りた――。

 あのときに会ったフィーネと瓜二つの姿で――。

 

「マリア。ご苦労だった。あとは私が引き受けよう」

 

「く、黒いガングニール……。それに櫻井女史……いや、フィーネが何故ここに……?」

 

 仲間にガングニールの装者がいたり、フィーネと戦ったりした経験がある翼は驚愕してこちらを見ていた。

 やっぱり、この姿を晒したらそういう反応になるよね。さっきは変装しててよかった。

 

「私はフィーネ。終わりの名を持つ者である。此度は私の名のもとに武装組織“フィーネ”を発足した。目的は……そうだな。――差し当たっては国家の割譲を求めよう!」

 

「――っ!?」

 

「24時間以内に各国政府がこちらの要求が果たされない場合は……、各国の首都機能がノイズによって風前となると忠告しよう。私は本気だ。迷ったときは月が先日にどうなったのか思い出せ……少しは諸君らの決断の助けにはなるだろうからな……!」

 

 フィーネって存在のヤバさを存分に活かした脅し文句を私はペラペラと述べる。

 実際に私たちが頑張ったところで各国の首都機能停止なんて無理なんだけど、月を消し飛ばそうとしたフィーネならやりかねないと思わせることに、この口上の意味はあった。

 

 鋭い視線を送る風鳴翼に注意を払いつつ私は……全世界を敵に回してしまったことに猛烈にびびっていた――。

 

 あーあ。どうしよう。後悔のないようにお昼のラーメンに煮卵をもう一つくらい付けときゃよかったなぁ。

 




転生モノでよくある原作知識有りってシンフォギアだと書くの難しい……。
シオンが原作知識無しなのはそのためです。



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ルナアタックの英雄

「フィーネ! 貴様は立花と分かり合ったのではないのか!? なぜ、世界を支配するなどと世迷いごとを口走る――!?」

 

 ガングニールの装者にフィーネという戦力にも怯まず、観客を人質に取られてもその覇気は衰えず、か。

 やはり、風鳴翼という女性は只者では無さそうだ。

 

 フィーネが人と分かり合うねぇ。立花とはガングニールとの融合症例第一号と呼ばれている立花響という子のことだと思うけど。

 どんな子なんだろう。興味あるな……。

 

「世迷いごとなどでは無い。我らが王道を敷く世界……今の腐ったこの世よりも遥かに素晴らしいモノにしてみせよう」

 

「私たちはフィーネを信奉して集ったの。彼女の作る世界を見てみたいと思わない?」

 

「……ガングニールのシンフォギアが貴様のようにフィーネを信奉する者に纏えるものか! 私の前でその手の騙りは止めた方が良いと覚えろ! Imyuteus ameno……」

 

 あっ!? もう聖詠を唱えようとしてるの?

 いやいや、ちょっと待ってよ。怒らせ過ぎちゃったみたいだ。

 時間はまだ稼がなきゃいけないのに……。

 

「待て……風鳴翼よ。貴様、全世界に今の状況が放送されているのだぞ。良いのか? その姿を晒しても!」

 

「――っ!? だが、この状況で戦えるのは私一人。そのような保身で……」

 

「それは結構な心構えだ。そうさな……、貴様の心意気に免じて人質を解放してやろう。ノイズには手を出させないと約束してやる」

 

 とりあえず、なるべく交戦せずにセレナたちの到着を待ちたいし……話を逸らして冷静にさせよう。

 この人、本当に全世界中継でシンフォギアを纏うのも厭わない感じだったし。

 

「人質を解放だと? フィーネ、貴様は何を考えている?」

「シオ……、いやフィーネ。人質を解放するのは段取りと違います……」

 

「では、反対するか? マリアよ」

 

「いえ、全てはフィーネの意のままに……」

 

 ということで、私はオーディエンスたちに帰ってもらった。

 何かあって巻き添えを食らうと寝覚めが悪いし、人質作戦は最初から乗り気じゃなかったんだよね。

 

『シオン……。勝手なことをなさらないでください……』

 

 マムは通信器越しに私に苦言を呈した。

 でも、この口調は私かこうすると半分読んでた感じである。

 

 マリアはどことなくホッとしたような顔つきになった。彼女も人質を取るような作戦には乗り気じゃなかったから……。

 

 

 

「風鳴翼、そう睨むな。シンフォギア無しで立ち向かって勝てるほど甘くないことは分かっているはず。降参すれば、我らも手荒な真似はしない」

 

「手荒な真似はしない……? 貴様、フィーネではないのか?」

 

 あれ〜〜? なぜバレたし。

 無駄な戦いをしたくなかったから、大人しくしてもらおうと思っただけなのに。

 

「どうもおかしい。あのときに対峙したような殺気がまるで感じられない」

 

「ふぃ、フィーネだよ!? めっちゃフィーネだわ! 失敬だぞ! 君は!」

「バカ! シオンに戻ってるわよ!」

「だって、この人がいきなり私のことをフィーネじゃないって言うんだもん!」

 

「…………」

 

 つい動揺してしまい……変な主張をした私の頭をマリアがポカリと叩く。

 だって、翼が殺気とか抽象的なことで見抜こうとするからさ……。

 

 そんな言い訳をしてる私を翼は唖然として見ていた……。

 

「やはり、フィーネを騙っているだけなのか……。しかし、その見た目は間違いなく……」

 

「だから、フィーネだってば。魂はいるんだけど、まだ覚醒仕切ってないだけだから。身体は、ね。フィーネのクローンなんだ。そっくりなのは当然だよ」

「全部バラしてどうするの!?」

 

 騙すのも厳しくなったので、本当のことを言う。

 この見た目だけで十分に脅威だろうし、フィーネのリィンカーネイションを知っていれば、私の話に信憑性があると捉えるだろうし……。

 

 

「フィーネのクローン……?」

 

「そうだよ。あの人の恐ろしさは私よりも実際に戦った君が知ってるだろ? ギアペンダントを渡してくれたら、本当に何もしない。君には歌で世界を変えるって夢がある。志半ばで散るのは私も見たくないからね」

 

 翼に私は手を差し伸べる。

 彼女が少しだけ無力で居てくれたら、それでいい。

 戦って勝つだけが全てではないのだから。

 

「……随分と違うのだな。クローンというのは。だが、お前は見誤っている! 聞け! 防人の歌を!」

 

「「――っ!?」」

 

「Imyuteus amenohabakiri tron……」

 

 なるほど。私は風鳴翼という人を甘く見ていたようだ。

 ギアペンダントを渡さずとも、ちょっとくらいは迷うと思っていたのに……ここに来て躊躇なく聖詠を唱えるとは。

 

 嫌だなぁ。こんなにも、心の強く……凛々しい顔付きをされると……。

 似た人物を知っているからこそ、戦うのは憚れる。

 

 おや? いつの間にか、中継が途切れているな。

 うーん。多分、あの緒川という人が切ったのか。ちょっとだけホッとしたよ……。

 

 

「呆けているのなら、その首をもらうぞ!」

「うえっ……!?」

 

 ノータイムで私の首を剣状のアームドギアで狙う翼。

 悪即斬みたいな容赦のなさを感じるな……。

 

「シオン! 下がってなさい! ここは、私が……!」

 

 私はマリアに首根っこを掴まれて後ろにポイっとされた。

 シンフォギア同士の戦闘か。マリアは四人の中で最も戦闘が得意だけど……どうなるか。

 

 翼とマリアのアームドギアがぶつかり、不本意だが戦闘の火蓋は切って落とされた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「話はベッドの上で聞かせてもらおうか!」

 

 いやー、やっぱり強いわ。風鳴翼は……。

 言葉遣いは長く米国にいたからなのか、ちょいちょい変に聞こえるけど、戦闘経験の差でマリアを押している。

 その上、マリアは時限式。LiNKERの効果が切れればシンフォギアは纏えない。

 このまま勝負が続けば、どちらが勝つかは明白。

 

 そろそろ、私も動こう。2対1が卑怯とか言うような相手ではないだろうからね……。

 

 そう、私が足を動かそうとした時――

 

「マリア姉さんは私が守ります……!」

 

 翼のアームドギアを受け止める銀色の刃が私の視界に入る。

 戦いを嫌う彼女だが、姉を守るために彼女はギアを纏うことを決意した――。

 

 そう、セレナがマリアのピンチに駆けつけたのである。

 

 そして、駆けつけてきたのはセレナだけではない――。

 

「シオン、こんなときも怠けているなんて、ドン引きデスよ〜」

「こんなに早くボロが出ちゃってることも引く……」

 

 手厳しいことを口にしながら、切歌と調がギアを纏ってこちらにやってくる。 

 こちらはこれでシンフォギア装者が四人……武装組織フィーネの戦力はこれで勢ぞろいだ。

 

 風鳴翼が如何に戦闘経験で上回っていてもこの人数が相手では勝てないだろう。

 

 これで5対1――。

 

 いや、この気配は――。

 

「フィーネ!? 本当に復活してやがったのか!?」

「大丈夫ですか? 翼さん!」

 

 雪音クリス……、そして立花響……。

 ルナアタックから世界を守ってくれた英雄が勢ぞろいというわけか。

 まったく、いい表情(かお)をしている……。

 

「雪音! 立花! 心配には及ばない。及ばないが……!」

 

「了子さんが何故ここに……!?」

 

「あれは櫻井女史ではない。どうやら、彼女のクローンらしい」

 

「クローンだって!? んなもん作ってやがったのか、フィーネのやつ……!」

 

 3人は手短に情報を交換して、こちらを向く。

 5対3になったか。ここまでは、想定どおりかな……。

 

「マリア、セレナ……、君たちは風鳴翼を……。切歌、調……、君らは雪音クリスを相手にするんだ。離れずに常にコンビネーションで戦闘を行うこと。いいね?」

 

「急にリーダー振るんだから」

「でも、2対1なら有利……」

 

 私はマリアたちに指示を出す。

 姉妹同士の……親友同士の……コンビネーションこそ、彼女たちの1番の強み。

 もちろん、日本の装者たちにも絆とかそういうのがあると思う。

 だからこそ、こちらの強みを活かしつつ……あちらにはそれをさせないように動くべきだ。

 

 

 まぁ、そうなると私は一人で相手にしなきゃならないんだけどさ。

 融合症例第一号……立花響と――。

 

 

 マリアとセレナは翼と……、切歌と調はクリスとそれぞれ戦闘を開始した。

 彼女らも戸惑ってくれているみたいだ。急にコンビネーションで挑まれて……。

 

 で、私はというと……。

 

「つ、翼さん! クリスちゃん……! ――っ!?」

「立花響さんだね。初めまして。私は南條シオン……。フィーネのクローンだ」

 

 翼たちのフォローに回ろうとする彼女の進行方向に割って入る私。

 見たところアームドギアは所持していない。報告のとおりだ。

 つまり、彼女は私と同じで素手で戦うタイプってことみたいだね……。

 

「は、初めまして。じゃなかった。そこを退いて下さい!」

 

「あはは、ノリの良い子じゃないか。君はあのフィーネと分かり合うことが出来たって聞いたけど。本当なのかい?」

 

 彼女が私の横を過ぎ去ろうとしたので、道を塞ぎながら声をかける。

 律儀に挨拶を返したところを見ると、素直で良い子みたいだ。

 

「了子さんと分かり合えたかどうか、全然分かりません。でも、そう信じたいです。……あなたはどうしてこんなことを!? 人間同士で争うのは嫌です。話し合いで解決出来ないでしょうか! きっと分かり合えるはずです!」

 

「バカ! 何を甘ェこと言ってんだよ!」

「立花! 今はそのようなことを論ずる時ではない。そんな理屈が――」

 

「うん。いいよ。話し合おうか、響さん」

 

「「――っ!?」」

 

 もう一人のガングニールの装者も、いいことを言うじゃない。

 そうだよね。同じ人間同士だし、正義を握りしめて戦ってる人なんだからさ。この事態を一緒に解決したほうが効率的だ。

 

 向こうが話し合いを求めているなら、私は乗っても良いと思ってる。

 

「ほ、本当ですか? じゃあ、戦いを止めて――」

「君たちがギアペンダントをこちらに預けて、交戦の意志がないと示せば私だって君たちを信頼するよ。ああ、そういえば……響さんはガングニールと融合しているのか。どうしようかな……」

 

「そんな要求飲めるかよ! お前ら、自分のやってること分かってんのか!?」

「シオン! 話し合いは常識的に考えて無茶デスよ!」

 

 私の提案に対してクリスは反発して、切歌は常識を説く。

 だって、こっちの安全が確保されなきゃ怖いじゃないか。いざという時に逃げられないかもしれないし……。

 

 でも、よく考えたらギアペンダントは要らないか。だって――。

 

「ごめんね。考えさせちゃって。思ったよりも早く勝負が終わってしまったようだ。やはり2対1になるとこちらが圧倒的に有利みたいだね」

 

 風鳴翼と雪音クリスは善戦したが、ノイズに気を取られながら装者二人のコンビネーションを相手にするのはキツかったみたいだ。

 マリアたちは彼女らを制圧し、動きを封じる――。

 

 すまない。こっちが有利な状況に誘い込んだ形だし、必ず勝てるように計画を練ったからこれは必然。

 予定どおり、残りは立花響だけとなった……。ここまでの流れはおおよそ計画通りなんだけど――。

 

「これで勝負はほとんど私たちの勝ちなんだけど。話し合いって言葉は魅力的だと思う」

 

「シオン! 喋ってないで、攻撃なさい!」

 

 響を攻撃しない私にマリアは叱咤する。

 セレナは話し合いも有りだと思ってくれてるのか、何も言わない。

 

「響さん。君は私の手を握れるかい? もし君が躊躇なく私と手を取り合うことが出来れば、私は――」

 

 差し出した手を無言で握る響。

 その瞳はこの状況にも決して絶望せずに、心に“絶対”という意志の力が宿っていた。

 

 私はこの瞬間に確信する。

 立花響という子は信頼に値する、と。

 

 仲間がやられて……、普通なら100パーセント罠だと思うこの状況で手を取り合うことを選んだ彼女はよほど高潔な人物か……よほどの馬鹿者……。もしくはその両方か……。

 

 もしも彼女らが仲間となってくれたらなら、この世界の危機も救うことが出来る。

 そう、私は確信したのである……。

 

 だが、組織の方針は私一人の意志では決められないし、それは響とて同じだろう。

 

 残念ながら、話は私の思い描くほど簡単には動いてくれなかった――。

 




やはり、5対3に加えてノイズが加わっている状況だと、響たちが不利になるのではとこのような展開にしました。



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潜伏先は廃病院

「あんなの使うなんて聞いてないんだけど。マム……」

 

 突如、分裂型の巨大ノイズを繰り出したマムはマリアに命じてアームドギアによって、それを粉々にさせた。

 そして、私たちに退却を命じたのである。

 

「あなたこそ命令違反に加えて、正体をバラす愚行……その上、敵と手を取り合おうとするなど言語道断です」

 

 あちゃー、やっぱり怒られたか。

 だけど、私の勘が言っているんだよね。

 

 ――立花響と手を取り合えって。それが最善手だと。

 

 まぁ、マムっていうか……誰もが今日会ったばかりの人間を信じて仲間にしようなんて酔狂な考えを許してくれるはずないのは分かっていた。

 

 うーん。それでも、惜しいことをしたと思ってしまう……。

 

「誰でもすぐに信じようとするのはシオンの悪い癖。そんなんじゃ…いつか、悪い人に騙される」

 

「そうだね。調……。ごめんな。どうも、焦ってしまってさ。強い味方が欲しかったんだ」

 

 ジィーっと視線を送りながら苦言を呈す調の頭を撫でながら、私は素直に彼女に謝る。

 

 私たちはみんなそれなりに過酷な環境でクソッタレな大人たちの元で過ごしてきた。

 お互いに痛みを分け合いながら生活してきたから絆は強いが、外の人間に対する警戒心は強い。

 

 それを考えると……話し合おうという発言は軽率だったかもしれない。

 

「そんなにも強い味方が欲しいのデスか? だって、さっきの戦いはあたしたちの方が――」

 

「フォニックゲイン……。マリア姉さんたちのライブや、私たちの戦いでは足りなかったにも関わらず……彼女たちは3人の絶唱を一つに束ねて簡単にネフィリムを起動させる程の量を放出しました」

 

「つまり、彼女たちが本気を出せば私たちの出力を完全に上回るということ。セレナはそう言いたいのでしょう?」

 

 切歌は先程の戦いは我々の勝利だと言いたかったみたいだが、そうでもない。

 奥の手の分裂型ノイズを出したのは、フォニックゲイン……つまり歌のエネルギーが足りなかったからだ。

 

 かつて、月の欠片を吹き飛ばした絶唱三人分の力を合わせるという奇跡の技――そんな芸当を先程の彼女たちは奇跡ではなく、狙って再現してみせたのだ。

 

 おかげでネフィリムは起動したが、日本の装者の力を思い知った。

 

「敵の脅威を無くす一番楽な方法は、倒すことじゃない。味方にすることだからねぇ。それに、今回は万全の状態で戦えたが……ここからは逃亡戦。手の内を知れば、対策もしてくるだろうし……」

 

「弱気は困りますね。将来の英雄の態度ではありません。フィーネの依代が早くも日和っているのですか?」

 

 マイナス発言をすると、嫌な声が聞こえた。

 あー、そういやコイツとも合流したんだったな。

 英雄バカドクターこと、Dr.ウェル。

 

 マリアたちのLiNKERを作ったり、体調の悪いマムを診てもらったり、色々とこの男にしか出来ないことがあるから、私をエサに付いてきてもらった。

 

 この男を動かすのは実に簡単だ――。

 

「僕が英雄になる道を作るのに、フィーネの力は必要。器として不甲斐ない態度を見せないで頂きたいものです」

 

 ――英雄になれる。

 

 ドクターの行動原理はそれだけだ。

 

 だからこそ、扱いやすいが……。

 だからこそ、制御できない怖さがある。

 

「弱気とは心外だな。慎重と言ってもらいたいね。君の大好きな英雄にだって、軽薄な者は少ないだろう?」

 

「はい。仰せのとおりです。ですから、敵と話し合おうとかいう軽薄な行動も控えて欲しいものですね」

 

「うるさいな。君のことは嫌いだ……。バーカ」

 

「シオン、低次元な喧嘩は止めなさい」

 

 いちいち態度がムカつくから、ドクターに喧嘩腰になっていると……マリアに私を咎める。

 いや、失敬。私としたことがムキになってしまった。

 

 さて、しばらくは身を隠すことになるが……。

 廃病院に潜伏することになるとはな……。

 

 金は出来る限り日本円にしておいたから、金銭的にはまだ余裕があるが……そう長くは保たない。

 

 ネフィリムを成長させ……フロンティアを起動させる準備しなきゃならないんだよね。

 

 見つからずに計画を進められるかどうか……不安でならない。

 それに、私はともかくマリアたちにあんなところで生活を強いるのはなぁ。不憫でしかないよね……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「は、廃病院っていうのは聞いてましたが……夜になるとそれなりにホラーな感じデスね」

 

「切ちゃん、怖がってるの?」

 

「こ、怖くなんてないデスよ」

 

「ごめんね。二人とも……。さすがにホテルを取るわけにはいかなくてさ」

 

 さっそく廃病院に引いてる切歌たちに謝罪する私。

 まだ15歳の少女たちに病院暮らしを強いるのは申し訳ない。

 私やマリアは成人してるし、セレナだって見た目は13歳のままだけど――。

 

「シオンさん、私の顔を見てどうされました? 私は平気ですよ。皆さんと一緒なら何処にいても幸せですから」

 

「セレナはいつも大人だな。不満くらい言っても良いんだぞ。バチなんか当たらないだから」

 

「本当に不満なんて無いんです。あの日、私は死ぬ覚悟でした。姉さんたちと生きる未来を捨てていたんです。でも、シオンさんのおかげで生き延びることが出来て――皆さんとずっと一緒にいるって夢が叶いました。そう思えば、私にとってここは天国です」

 

 いつになく意志のこもった声でセレナは私たちと同じ時を同じ場所で過ごしていることを幸せだと主張する。

 私はセレナに随分と不便を感じさせてしまったと思っているが、彼女はそうは思っていないらしい。

 

「マリア姉さんも、皆さんも……私が小さいままで落ち込んでるって思っていることは知ってます。でも、それでも、私は自分が不幸だと思った日は一日だってないんです。それも知っておいて欲しいと思っています」

 

 セレナは笑みを浮かべながら、そんなことを私たちに伝えた。

 そっか。私たちは勝手にセレナのことを哀れんで……随分と傲慢なことをしていたんだ。

 幸福なのか不幸なのか決めるのは他人じゃなくて自分自身なのに……。   

 

「ありがとう。セレナ……。助けられてばかりで、お姉さんらしいこと出来なくてごめんね。あなたが生きていてくれて、私も幸せよ」

 

「マリア姉さん……」

 

 堪らずマリアはセレナを抱き締める。

 今のでマリアの胸の支えもかなり楽になったんだろう。

 あのとき、セレナが死ぬようなことがあればマリアは立ち直れなかったかもしれない。

 

 私は二人の姿を見て、姉妹の絆を実感していた――。

 

 

「とにかく、必要なものはそれなりに揃えた。私たちは出来るだけ体力の温存をして、刺客の潜入に警戒しつつ身を潜める。日本政府も黙って潜伏を許すとは思えないからね」

 

「見つかる可能性もあるの?」

 

「どうしても、生活や治療をするのに必要なものを手に入れるからね。細工はしたけど、痕跡を完全に消すのは不可能だし。相手の有能さによるけど、ずっと同じところに居続けるのは無理かな」

 

 次に戦うのは恐らくこの場所が割れたとき。

 願わくば、ネフィリムが十分に成長してからが良いけど……そんなに上手くいかないだろう。

 

 こうして、私たちの潜伏生活がスタートした――。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「そういえば。あのとき、シオンさんは何をされていたのですか?」

 

 調とセレナに夕食の支度を手伝ってもらっていたら、セレナは突然……私に質問をした。

 あのとき? あのときって何の時かな?

 

「ほら、ガングニールとの融合症例第一号……立花さんに手を握れるか、とかそういう質問をされた時ですよ。あのとき、私の角度からだと一瞬……シオンさんがポケットに手を入れたように見えました」

 

「ポケット? 私からは全然見えなかった」

 

「多分、気付いたのは私だけだと思います。マリア姉さんやマムも何も言わなかったので」

 

 あー、あれに気付いてたのか。

 調は首を傾げているけど、無理もない。

 私はみんなから見えないように気を付けて、手早く動いたんだから。

 

「別に大したことはしてないさ。“私たちは世界のために動いてる。信じられるのなら、月の軌道計算をしてみてくれ”とだけ書かれたメモを握手した時に手渡したんだ」

 

「「――っ!?」」

 

 そう。私は試した。

 立花響たち、日本のシンフォギア装者たちを……。

 そして、彼女らが所属する特異災害対策機動部二課を。

 

 響が手を取り合う気概があるような子なら、私からのメッセージを無碍にはしないはず。

 そうなれば、誰かしらに月の軌道計算をさせて……ルナアタック以上の危機が迫っていることを知ることになるだろう。

 

「何故、シオンはそんなことを? あの人たちを本当に仲間にしたいの? 私たちだけじゃ不安?」

 

 調は悲しそうな顔をして、私に訴える。

 自分たちの力が信じられないから、そんなことをしたのだと思ったからのだろう。

 

「調たちのことを信じてないはずがないだろ? 誰よりも信じてるさ。でも、だからこそ……失いたくないんだよ」

 

 彼女たちは苦難を乗り越えた仲間。

 それ以上に信頼出来る人なんているはずがない。

 

 でも、そんな信頼のおける仲間だからこそ……私は居なくなることが怖かった。

 

「つまり、保険が欲しかったということですか?」

 

「保険ってわけじゃないけど。この計画はかなり無理をするからね。危険から身を守る布石を出来るだけ用意しておきたいんだ。全人類と天秤にかけても私は君たちを失いたくないからさ」

 

 既に世界中を敵に回してる。

 米国政府は私たちを許さないだろう。

 こんな廃病院に潜伏を余儀なくされる状況で計画が全て上手くいくって保証はない。

 

 それならば、望みは薄くとも対抗策を取っておくことは生き残るために重要だと考えたのである。

 

「シオンは世界を救うために動いてるんじゃないの?」

 

「もちろん、世界は救いたいよ。でも、そこに君たちが居ないのならやる意味はないとも思ってる。偽善者なんだ……私は。自分の大切な人のことを優先順位の一番に置いてるからね」

 

 私は世界を救うために動いてるのではない。

 救わなくては、マリアたちとの未来が失われるから動いてるのだ。

 そういう面で見れば、米国の権力者らとそれほど精神的には大差ないだろう。

 

「調、セレナ……、この話は内緒にしてほしい。マリアや切歌にも、ね。――マムに聞かれたら怒られるし、ドクターは最悪だ。あいつは裏切るかもしれない。手柄を横取りさせるつもりかって」

 

「う、うん。シオンがみんなを大切にしてるってことは分かった。私はシオンが偽善者だとは思わないけど……」

「気になったので聞いてみただけですが……、守りたいという気持ちは私も同じです。シオンさん、もっと私を頼ってください。私は日本の装者さんたちの手を取り合うという考えは好きですよ」

 

 調とセレナは性格上、誰かに告げ口をすることはないだろう。

 ごめん。本当は一枚岩になって足並みを揃えるべきなのかもしれないが、独断で動いてしまって。

 

 セレナは日本の装者と手を組むことには賛成か……。

 もしかしたら、彼女の手を借りることもあるかもしれないな。

 LiNKER無しでギアを纏えるのは彼女だけ――つまりセレナが四人の装者の中で唯一、時間制限を気にせずに動ける。

 だからこそ、日本の装者たちと唯一対等な存在になり得るのだ。

 

 そんなことを考えてると、今度は調が私のエプロンをクイっと引っ張った――。

 いや、普通に声かけてくれ……。

 

「私も気になってたことがある。フィーネの魂は大丈夫なの?」

 

「ああ、フィーネの魂? そういや、何かあったら起こせって言われたっきりだな」

 

「そ、そんなノリなんですか? フィーネさんって」

 

 マムにマリアと共に呼び出された日から、フィーネは眠り続けてる。

 そもそも、起こせって意味がわからん。どうやって魂なんか起こせば良いんだよ……。

 

「じゃあ、今は特にフィーネに浸食されてるとかそういうのは無いんだね?」

 

「そうだね。特に違和感は感じないから大丈夫だ」

 

 フィーネみたいな化物。本気を出したら、私など簡単に支配下に置けるだろう。

 そうしないのは、本当に乗っ取るつもりが無いのか……それとも。

 

 どっちにせよ、あんなの人類のために永眠してもらった方が――。

 

“酷いこと言うわね〜〜。それじゃ、私がまるで人類の敵みたいじゃない!”

 

 ――で、出たー! フィーネの奴が唐突に話しかけてきやがった!

 ていうか、あなたは人類の敵みたいじゃなくて、そのものだってば。

 

“こりゃまた、無茶な計画を進めてるみたいね。月の落下を防ぐ……か。大変じゃない”

 

“その原因のくせに、その言い草……。何で起きてるの?”

 

“何かあったら起こせって言ったのに、起こさないからよ。面白そうな展開になってるのに”

 

 うわぁ。面倒な人が起きちゃった。

 やっぱり怖いよ、フィーネは……。

 

 何考えてるか分からないもん……。

 

“そうそう、あのときに眠たくて教えて上げられなかった……シオンちゃんの身体のこと。そろそろ教えてあげちゃおうかしら”

 

 楽しげに私の身体のことを話すフィーネ。

 この身体……まだ、何かあるの? すごく不安なんだけど――。

 

 

 

 




フィーネ目覚める。
ここから、彼女も色々と活躍します。


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七つの聖遺物

 

「ったく。思った以上の化物ボディじゃないか。融合症例第一号は大丈夫なのか……聖遺物と雑に結び付いてるみたいだが……」

 

 夜中に一人……廃病院の屋上にいる私。

 目覚めたフィーネに身体のことを聞いた私は少なからずショックを受けていた。

 フィーネによって、様々な聖遺物の微細な欠片と融合させられた私は人並外れた力を手に入れたが、持っている力はそれだけじゃない。

 

“シオンちゃんって、ノイズに触ってみたことはあるかしら?”

 

 最初の彼女の言葉には思わず笑いそうになってしまった。

 触ったら即死確定の災害に触れるなんてするわけが無いじゃないか。櫻井理論の提唱者のあんたが何言ってるんだと思ったよ。

 

“あなたの身体と融合させた7つの聖遺物の欠片にはちゃんと意味があるのよ。櫻井理論に基づいてノイズの存在を調律して位相差障壁を無効化出来るように、細工しているの。言うならば、その身体はギアそのものに近い特性を持っている……”

 

 つまり、ノイズをぶん殴って倒すことも可能らしい。

 攻撃範囲的にはアームドギアのあるシンフォギアには劣るが、出力はほぼ互角。ノイズを駆逐する力があるとは、研究者たちも知らなかったのか、試して身体が炭になったら堪らないから実験を憚ったのか……。

 

 大体、何で私の身体に聖遺物なんて埋め込んだんだ? 今のままでも、十分化物なのに……。

 

“7つの調和の力を自分の身体に取り込もうとしたのよ。あの方と対等な存在になるためにね……”

 

 あの方ってのは、フィーネが月を壊すきっかけになったという神様みたいな人物のことだ。

 なんでも、この人に愛を伝えるために滅茶苦茶なことをして暴れ回ったらしい。

 

 7つの調和の力というのはよく分からないけど、身体に埋め込まれてる聖遺物はフィーネが作った7つのギアペンダントの残りカスである。

 

 フィーネはこの7つの聖遺物を一体のボディに融合させて神様と対等な存在になるつもりだったという。

 

 アガートラーム以外にもガングニールなど、他のシンフォギアに使われている聖遺物と私は融合している。

 

 つまり、厳密に言えば私は立花響よりも早く聖遺物と融合した例だと言えるだろう。

 まぁ、フィーネが安全に配慮して人為的に行われた分……症例とは言えないだろうが。

 

“そうね。あなたの身体は私が使うために力の反動にも耐えられるように作ってるわ”

 

 じゃあ、やっぱり心臓にガングニールの欠片が融合してしまった立花響は力を手に入れた代償は大きいのではないか。

 この人、立花響にそれをちゃんと伝えたのか?

 

“言われてみれば……確かに響ちゃんは何度もギアを纏うとガングニールとの融合が強まって危ないかもね。自分と関係なかったから考えてなかったかも”

 

 やっぱり、どこかおかしいよこの人。呑気そうな声でそんなことを言うんだもん。

 野望とか、そういうのは無くなったのかもしれないが……。

 立花響はシンフォギアを使い続けると体調が悪くなりそうって……そんなの酷いよ……。

 彼女のおかげで沢山の命は救われてるのに。

 

“でも、それを伝えても無駄だと思うな。あの子はたとえ自分の命が危険に晒されても……躊躇なく知らない誰かのために拳を握り締めることが出来る子だから。そんな子が相手だったから、私は敗けたのよ”

 

 思った以上に危うい子だな。

 そりゃ、私だってマリアたちの為なら命を投げ出す覚悟はあるが……他人のために命は張れない。

 敵として出会った私と手を取り合うような子だから、そんな印象はしてたけど。

 

 

“それはそうとして、シンフォギアと一緒に戦うときは気を付けなさい。絶唱などで高まったフォニックゲインに聖遺物が共鳴するときがあるから。むやみに叩きつけたりしたら、反動で身体が壊れるわよ”

 

 ――六年遅いよ! その警告は……!

 この人、私に無関心だったのか? 私が右手のリハビリしてたこと知らなかったのかよ……。

 そういや、この前もやたらたと身体中が熱かったけど……セレナが絶唱したときみたいな事が起きてたのかな……。

 

“共鳴した聖遺物のエネルギーは全身に分散させて馴染ませるの。慣れれば、そんなに難しくないから”

 

 うん。全然分からん。

 この人、長く生きすぎて簡単とか難しいとかいう感覚が馬鹿になってるんだろう。

 

 しかし、よくもまぁ……あれだけ実験に付き合ってやったのにこれだけ知らないことがあったな。

 フィーネの技術力が埒外の領域ってことは聞いたことがあるけど、こういうことか。

 

 嫌だなぁ。化物のスペアボディなんだから当たり前なんだけど、全然普通じゃないじゃん……この身体。

 

“さぁ、これでもあなたは第二の人生を楽しめるかしら?”

 

「……天寿を全うするまで、笑って生きてみせるさ」

 

 そのためには月の落下を食い止めて、それから政府とか色んな追手から逃げ切らなきゃならない。

 そう考えると多少なりとも力を得たことはありがたかったかもしれん。

 負けないよ。私は……。大事な人が居るからね……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……ど、どうしてこうなった」

 

「暖房がなくて、ちょっと寒かったのデスよ」

「シオンの布団……温かい」

 

 ちょっと夜ふかししたなぁって、思って布団に入ったら……数分後に切歌と調が私の布団に潜り込んできた。

 

 いや、寒いのは分かるけどさ。

 何ていうか、その。これは良くないんじゃないか……。子供の頃は、こういうこともあったけど……今は二人も大きくなったし――。

 

「ていうか、二人とも足冷たいな……!」

 

「あたし、冷え性なんデスよ」

「私は低体温……」

 

「そっか。悪かったね。じゃあ、明日にでも何か買っとくよ」

 

 あまりにもヒンヤリとした足をふくらはぎに付けられて、私は思わずツッコミを入れる。

 冷え性に、低体温か……。そうだったっけ……?

 とはいえ、そんなに密着しなくても暖は取れないか?

 切歌も調も寒がりなんだね……。いや、これは寝れそうにないなぁ。

 

「昔もシオンにこうして寝かせてもらったことを思い出しました」

 

「それって、切歌が本当に小さいときだろ? 誕生日の話とかしてて」

 

「そして、眠れないあたしたちに沢山おとぎ話を聞かせてくれたのデスよ」

「うん。シオンの話はいつも面白かった」

 

 レセプターチルドレンである私たちに与えられる娯楽は少なかった。

 絵本なども支給はされたが、何度も同じ話だけではこの子たちもすぐに飽きる。

 だから私は眠れぬと訴える彼女らに知っている話を聞かせたことがあった。

 

 不思議なもので、この子たちはそれで眠りについた。それはもう穏やかな寝顔を見せて。

 彼女たちを守りたいと強く想うようになったのは……その頃からかもしれない。

 

「でも、シオンは悪い人を退治する話をした後でいつも同じことを言ってた。悪さを正すことも大事だけど――」

「それと同じくらい、許す心を持つことも大事デスって」

 

「よく覚えてるね。二人とも。ちょっと気恥ずかしいじゃないか」

 

 おとぎ話には勧善懲悪の話が多くて、私もちょっと説教じみたことを言いたかったのか、そんなことを彼女らに話していた。

 別に他意はない。何もかも憎みっぱなしだと世の中争いが無くならないって真理を突いただけだ。

 

 それに――。

 

「憎んだり、争っていた相手を許すことが出来るから人類は成長出来るんじゃないかな? そりゃあ、そもそも争わない方が良いのかもしれないけど」

 

「でも、この世の中には許せないことが沢山ある」

「全部許すなんて到底無理デスよ〜」

 

「もちろん、私だってそんなに寛容になれないさ。ただ、ちょっとでも理解しようと歩み寄る精神を持つだけで景色が変わることがあるかもしれない。悪いから力で押さえつけようとだけ考えることは逆に平和から遠ざかる行為だということも歴史が証明してるからね」

 

 私は聖人でも何でもない。

 嫌いな奴は多いし。割と怒りっぽい。

 だから、偉そうなことは言えないけど……許すという行為は人と人の関係を一歩進めるという面で大切な行動だから……。

 

 ちょっとでも、そんな余裕があるならばそうしてみようと考えられるくらいの隙間を心に作ろうと考えたのである。

 

「「すー、すー」」

 

 って、いつの間にか寝てるし。

 まー、色々とストレスがかかる逃亡劇になったからね。

 眠れるときに寝ておいて欲しいものだ。

 

“統一言語があった頃は「許す」なんて行為は無かったわ……”

 

“あー、そりゃあ争うという概念がないから当たり前だよな”

 

 フィーネが巫女とかいうのをやってた時分には統一言語とやらがあったらしい。

 要するに心の内が全部丸出しで一切の嘘がない世界ってやつだ。

 人類の全員が理解しあっているから、争いごとはなく平和だったんだと。

 

 それをフィーネの言う“あの方”とやらが、世界にバラルの呪詛というのを撒き散らし、共通言語は消滅した。

 人々はお互いを理解することが出来ずに、争いをおこすようになったという。

 

 で、そのバラルの呪詛の発生装置とやらが月の遺跡にあるらしい。

 統一言語を復活させるためにフィーネが月を破壊しようと数千年頑張ったんだっていう話はさっき聞いて目眩がした。

 

“でも、まぁ……。統一言語が無くなってさ。不便もあったろうけど、みんな頑張ってここまで生きてきてる。許したり、手を取り合うことを覚えたんだから進化はしてるさ”

 

“進化してる……か。あの方たちの庇護を離れても人類は前に進んでいると言い切れるあなたはやっぱり面白い。この先、退屈しなさそうだわ”

 

 ああ、フィーネ(この人)はこれからも私のプライベートを覗く気満々なんだ。

 頭の中は読まれっぱなしだし……。早く寝よう……。

 

 ううっ、調と切歌が両腕にしがみついてきて……意識してたら目が冴えてきたよ。

 

 

 素数でも数えるか――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ドクター、これはどういうことだ? 何故、こんなにも早く……この場所が二課の連中にバレている?」

 

 私はドクターの胸倉を掴み、睨みつけた。

 医療品などの補給物資の手配は彼に任せていたが、ワザと痕跡を残すくらいしないとこんなに早く足はつかないはずだ。

 

「もちろん。故意に痕跡を残しました。彼女らをおびき寄せるために。それがスポンサー様のご意向でしたので」

 

 ヘラヘラとしながらドクターは故意に見つかるような行為をしたと告白する。

 こいつ、マジでぶん殴ってやろうかな……。

 

「シオン、待ちなさい。ドクター、スポンサーというのは先日話していたパヴァリア光明結社のことでしょうか?」

 

「そのとおりです。多大なる軍資金の追加融資を快く承諾してくれただけでなく、次の潜伏先の確保まで保証してもらっています。どうやら、日本のシンフォギア装者に新たな動きがあったみたいですから……。我々では勝てないと踏んだようです……」

 

 怪しい秘密結社――パヴァリア光明結社が追加融資だって……?

 意味が分からん。潜伏先まで提供するってどういうことだ……。

 

 とにかく、今……この状況を打破するには3人のシンフォギア装者には帰ってもらうしかない。

 

「私たちならいつでも出られるわよ。シオン!」

 

 マリアはいつもどおりの凛々しい顔つきで私を見て頷く。

 さすがに無策で来るわけないからな。相手の策には十分に気を付けないと……。

 数の有利を活かして長期戦は避けて……何とか頑張ろう。

 

 マリアたち、四人の装者たちを引き連れて私もまた彼女らを迎え撃つ。

 

 立花響はあれから、月の軌道計算を誰かにお願いしただろうか? それは聞きたいところだったけど……。

 

 私たちにはそんな余裕は無くなってしまった。

 

 立花響以外の二人のシンフォギア装者――すなわち……風鳴翼と雪音クリス。

 

 この二人がとんでもないくらいのパワーアップを果たしており、私たちは一気に劣勢に追い込まれたのである……。

 

 

「「イグナイトモジュール――抜剣ッ!」」

 

 

 禍々しい黒いオーラを放つ、見たこともないシンフォギアの新たな形態。

 想定外すぎる事態に、我々は逃亡を余儀なくされるが、それはあまりにも難易度が高い――。

 我々武装組織フィーネは大ピンチに陥っていた――。

 




ここから、大幅に原作から離れます。
G編とかGX編とか、そういう概念が無くなりそうです。


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決死の逃亡

 何ということだ。こんな展開って予想が付く方がおかしい。

 風鳴翼と雪音クリスのギアの出力が「抜剣」の掛け声と共に爆発的に上昇する。

 黒いシンフォギアの力は既存のシンフォギアのパワーを遥かに凌駕して……数の不利やコンビネーションによる攻撃をひっくり返すに至った。

 

「お前たちにフロンティアを起動させる訳にはいかない!」

「大人しくお縄につきやがれ!」

 

 しかも、何故か私たちがフロンティアを起動させることまで知っている。

 ドクターの残した痕跡を辿ってここに来たことは分かるが、どうしてそのことを知ったのか謎である。

 私は月の軌道計算を見直せとは響に伝えたけど、そこからフロンティアまで辿り着くのは無理だと思うし……。

 

「シオンさん! 月が落ちるのを阻止しようとするのは分かりましたが、何故……フロンティアというものを起動させて世界を壊すことに協力をしているのですか!?」

 

「世界を壊すだって? フロンティアは月の軌道を回復させるための手段だ。そんなことはしない!」

 

「それなら、投降してください! そして事情を説明してくれれば、きっと信じてもらえます!」

 

「ごめん。それはまだ出来ないよ。リスクが高すぎる……!」

 

 謎の武術を使う響の攻撃は、イグナイトとやらを使ってる翼とクリス程の火力は無いが……十分に鋭くて強力だった。

 

 拳と拳がぶつかり合い、轟音が鳴り響き……衝撃波により突風が吹き荒れる。

 嵐のような拳の弾幕を私は何とか受け止めていた。

 

 パワーは互角みたいだけど……。困ったな……。

  

 こんなことをしてるうちに、マリアたちは追い詰められていっているし……。

 

“イグナイトモジュールとやらは、恐らくシンフォギアの暴走のパワーを出力に変えてるのね”

 

 仲間を助けようと動こうとするも、今回はきっちりと響に足止めされてしまってる私の脳裏にフィーネの声が響く。

 

 シンフォギアの暴走? それは一体何のことだ?

 ギアにはそんな機能が付いているっていうのか……。

 

“知らないのは無理ないわ。響ちゃんを観測した結果知り得たメカニズムだから。しかし、やるわね。暴走っていうのは、出力を上げる代わりに理性を失うんだけど……それを完全に制御して戦闘力を跳ね上げるなんて――”

 

 なんだその、野生の力みたいなのは……。

 とにかく、向こうは新しいシンフォギアで挑んできて、我々とは比べ物にならない戦闘力を発揮してるのはわかる。

 

 フィーネはシンフォギアの開発者なんだから、何か対策とかないのかよ……。

 

“あるっちゃ、あるわよ。あの出力の反動は絶唱程ではないにしろ大きい。制限時間があるはず。だから、逃げに徹しれば時間切れになり――”

 

“セレナ以外はLiNKER使ってるんだぞ。こっちも時限式なんだ。保たないよ”

 

“そうだったっけ? じゃあ勝てないわ。私がギアペンダントを作り変えでもしない限り……。奇跡でも願うしかないんじゃないかしら”

 

 んな、投げやりな……。

 でも、打つ手が無いのはマジなんだろう。

 フィーネは一瞥しただけでイグナイトとかいうのの本質を看破した。

 そして、目の前では同じシンフォギアだと思えないほどのパワーを発揮してる二人。

 

 ――このままだと、私たちは負けてしまう。

 逃げるなど、夢のそのまた夢である……。

 

「降参して下さい。シオンさんの言ってること本当でした。月がこのままだと地球に落ちてしまう……。でも、エルフナインちゃんは……フロンティアを起動させたら、世界が壊れるきっかけになるって」

 

「エルフナイン? フロンティアが起動したら世界が壊れる? 言ってる意味が分からないな。私たちは月の落下を防ぐために動きを――。――っ!?」

 

 響の言ってることがよく分からなかったので、自分たちの目的をもう一度……彼女に説明しようとした時……大きな爆発が次々と起こり翼やクリスが吹き飛ぶ。

 さらに響も爆発に巻き込まれそうになったので、私は彼女を抱えながら回避した。

 

「シオンさん……。あ、ありがとうございます」

「怪我は無さそうだね。良かった」

「やっぱり、変です。もしかしたら私は――」

 

 この爆発のおかげで、マリアたちは翼とクリスから距離を取ることが出来たみたい。

 ならば、これはチャンスだ。今のうちに彼女らの下へ――。

 

“あなたも随分とお人好しなんだから”

“なんか、つい……。放っておけなくて……”

 

 爆風に巻き込まれてる仲間たちの下に向かう私たち。

 マムたちは逃げる準備をしてるはず。ヘリコプターに乗れれば、神獣鏡(シェンショウジン)のステルス機能によって相手には探知されずにここから立ち去ることが出来るはず。

 

「みんな! 無事か!?」

 

「はぁ、はぁ……。まさか、あんな切り札があったなんて」

「前回の戦闘とは比べ物になりませんでした……」

「撤退も止む無しデス……」

「でも、この爆発は何……?」

 

 装者たちは無事みたいだが、LiNKERの制限時間もそろそろのはず。

 この爆発は撤退の好機だが、調の言うとおり爆発の正体は何なんだ……?

 

 

「パヴァリアから依頼があって救援に来てみれば……思った以上に貧弱な歌しか持たぬ連中であったな。まぁいい。足手まといになる前に立ち去れ!」

 

 そんなとき、妙に上から目線の声が上空から聞こえる。

 な、なんだ。あの金髪の少女は……。

 

「何をグズグズしている! ここはオレが引き受ける。お前たちは先にアジトに行け!」

 

 彼女が怒鳴った瞬間に、人形……、そう2体の人形が凄まじいスピードで翼とクリスの下に向かって行ったのだ。

 

 あ、あの人形……シンフォギアの出力を超えてる? いや、翼たちの動きも鈍ってはいるが、こちらの装者よりも強いかもしれない。

 

「こんなものか。まぁいい……」

 

 少女は憮然とした表情で戦闘を眺めていた。

 この子は一体何者……。

 いや、そんなことより早く逃げねば……。

 

「くそっ! 逃がすかよ!」

“シオンちゃん、手をクリスの方に――”

 

 フィーネに言われるがままに手をクリスの方に向ける私。

 彼女は特大のミサイルをこちらに向けて発射しようとしていた。

 あんなの撃たれたら、この辺一体が消し飛ぶんじゃ……。

 

「「――っ!?」」

 

 蜂の巣状のバリアが何重にも展開され、クリスのミサイルを防ぎきる。

 こ、こんなの私の力じゃない。ま、まさかフィーネの――。

 

“シオンちゃんもやろうと思えばこれくらい簡単に出来るわよ。やり方は今度教えてあげる♪”

 

 簡単に出来るかよ。

 超能力なの? 何なんだよ……。あの力……。

 

「シオン、早く行くわよ。マムがヘリを出せるって」

「う、うん。悔しいけど、今日は完敗だね……」

 

 私たちはヘリに乗り込み、この場から脱出する。

 このヘリに搭載されている「ウィザードリィステルス」はあらゆる索敵から逃れることが出来る異端技術だ。

 二課の索敵から確実に逃れることが出来るだろう。

 

 僅かに我々が優位な点があるとすれば、これくらいなんだろうな……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いい加減にしろよ。君のせいで危うく全滅するところだったじゃないか」

 

「いやはや、驚きました。まさか、あそこまで手も足も出ないとは。未来の英雄が情けない」

 

「……本当に殴られたいみたいだね」

「シオンさん、止めてください。そんなことをしても意味がありません」

 

 ドクターの挑発にキレた私は拳を握りしめると、セレナが右腕にしがみついてそれを止める。

 まぁ、そうなんだけど。こいつ、本当に腹立つんだよな。

 

「新たな敵のシンフォギアの性能を知ることができ、約束どおりパヴァリアが救援を寄越したのです。結果的には問題ありません。あとは、あのレディと新たなアジトで合流するだけ」

 

 あー、あの女の子もだけど人形も気になったな。

 アホみたいに強かったけど……。何者なんだろう……。

 

「錬金術師……みたいですよ。自分の研究を進めるためにフロンティアを使って解析したいことがあるのだとか。我々が失敗すると不都合らしいので救援を了承したとのことです」

 

 錬金術師……? なんだそれ……。

 フロンティアを使って解析ねぇ。研究熱心なことで……。

 

「救援は嬉しいけど、私たちもこのままじゃいられない。何とか強くならないと」

「あのドーンと強くなる機能……あたしたちのギアにも付けることが出来ないものデスかね?」

 

 調と切歌のコンビネーションは強いが、今回は雪音クリスにパワーで完全に押し切られている。

 うーん。あれと同じことが出来れば、か。

 対抗するにはそうするしかないんだろうけど……。

 

「そもそも、どうやってあの力を手に入れたか分からない以上は難しいですよね」

 

「ええ。セレナの言うとおり、簡単じゃないと思う。同じ方法で無くても良いからパワーアップは必須だけど。もう今回みたいな屈辱は御免だもの」

 

 そうだな。パワーアップは必要かもしれないね。

 あの感じだと、彼女らは月が落ちてくることを知ってもなお……どういう訳か私たちが世界を滅ぼそうと考えてるみたいだもんな。

 

 その誤解を解くにはあまりにも時間が無さすぎる。

 

 立花響――人と人が分かり合うって難しいものだな。

 たとえ、どちら共がそれを望んでいたとしても――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「狭いところだが、好きに使ってくれて良い。さすがにオレの根城に案内するわけにもいかんのでな」

 

 パヴァリアが用意したという新たな拠点は、古びた洋館みたいなところだった。

 その言い回し……この少女には他にも拠点があるということか。

 

「救援、感謝する。私は新たなフィーネの器となった南條シオンだ。君の名前を聞かせてもらえるかい?」

 

「キャロル・マールス・ディーンハイム――錬金術師だ。フロンティアにはオレも用事がある。お前たちが敗北するのはこちらにとっても不利益なんでな。手を貸してやる」

 

 キャロルと名乗った少女はやはりフロンティアに用事があるみたいだった。

 この子は見た目は幼い子供に見えるけど、セレナのように成長が止まってしまったのだろうか……。

 

「ああ、よろしく頼むよ。キャロル」

 

「…………」

 

 私が手を差し出すと無言で握手をしてくれる彼女。

 よく分からないが、フィーネに近いくらいの凄みを感じる子だな。

 さっきの戦闘からも底知れない力を感じたし……。

 

「この成りを見ても油断はせぬか。愚図では無いようだ」

 

「見た目よりもずっと長生きしてそうに見えただけだよ。そういう人の魂が入ってるからね」

  

 キャロルの言葉に私はそう返す。

 フィーネはリィンカーネイションによって永遠に近い寿命を持っており、実際に気が遠くなる程の年月を歩んでいたけど、キャロルはどうなんだろう。

 

「なるほど。フィーネの魂の器というのはブラフでは無いということか。……で、フロンティアの起動にはどれくらい掛かりそうだ?」

 

「フロンティアの起動ね。……ええーっと、ね。どうだったかな……。マリア、覚えてる?」

 

「この前、話したばかりなのにもう忘れたの!? 仕方ない子ね!」

 

「…………」

 

 フロンティアの起動についてキャロルに問われた瞬間、私はその話を全然聞いてなかったことを思い出し……マリアにいつものように叱られる。

 そんな様子をキャロルは唖然として見ていた。

 この人……手を組んで損したとか思ってないよね……。

 

「フロンティアを起動させるために必要な神獣鏡(シェンショウジン)とネフィリムは既に用意している。ネフィリムは成長がまだ足りてないから、あと数日は必要ね」

 

「その神獣鏡(シェンショウジン)はシンフォギア装者が居ないようだな。出力はそれで足りるのか……?」

 

 キャロルは思った以上に我々について調べてるし、フロンティアについても知っているみたいだ。

 神獣鏡(シェンショウジン)は人工的にエネルギーを出して何とかするんじゃ無かったっけ……。

 

「実際に不安要素ではあります。しかし、そう簡単にシンフォギア装者など見つからないものですから。唯一、シオンだけが適合の可能性を見せていますが、適合率が低く何とも……」

 

 そうそうマムの言うとおり、私はフィーネから聖遺物を埋め込まれたせいで、ギアの適合率が低いんだよね。

 神獣鏡(シェンショウジン)は私が何とか纏えないかチャレンジしたんだけど、LiNKERをがぶ飲みしても無理だった。

 

“でも、まぁ……。フロンティアを起動させるくらいなら、何とかなるかもしれないわね。一瞬だけ神獣鏡(シェンショウジン)のギアを無理やりシオンちゃんが纏うことで――”

 

 突然、フィーネが低い声を頭に響かせながら、怖いことを言ってきた。

 いやいや、何かフィーネの無理やりって人道的な香りがしなくてやばい気しかしないんだけど。

 私がシンフォギアを纏うなんて……そんなこと可能なの? 嫌な予感がするな……。

 

 それにしても、キャロルという強力な味方が出来たことは歓迎すべきだけど、響が言ったことも気になる。

 

 もしかしたら、そのキャロルの研究とやらが世界の崩壊に繋がる……とか。そんなことにはならないだろうか……。

 

 とはいえ、フロンティアを起動させて月の軌道修正を行わないと、それ以前に地球が滅ぶので彼女には協力してもらわないと……なんだけど。

 

 とりあえず、キャロルには注意を払いつつ……月の落下の阻止に集中しようっと――。

 




キャロルが一時的に仲間になりました。
色々と順番が原作とかけ離れていきそうです。
特に神獣鏡はラスボスが絡んでくるので、扱いがデリケート。
どうなるのか、見守ってあげてください。


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