目が覚めたら怪人になっていた (カエル怪人ゲコゲーコ)
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目が覚めたら怪人になっていた

 

 

 

 

(ここは……どこだ……?)

 

 ぼんやりと、少しずつ意識が覚醒してくる。

 薄く目を開くと、最初に目に入ってきたのは『緑色』だった。

 

(何だ、これは)

 

 身体を何かが拘束しているのか、身動きがとりにくい。全身にはケーブルのようなものも繋がれている。それに身体は液体の中に浮かんでいるようで、足元には何も無く踏ん張りがきかない。

 更に意識がハッキリとしてくると、どうやら自分は筒状の水槽のようなものの中に閉じ込められている事がわかった。

 

(私は、どうしてこうなったんだ?)

 

 直近の記憶を思い出そうとする。だが、全くと言って良いほどに何も思い出せない。

 覚えているのは、自分が人間の男だという事と、自宅らしき場所で眠りについた記憶。そして『ヒーロー?』なるものに憧れていたらしい記憶。それ以外、何も思い出せなかった。

 

(外に居るのは、人か?)

 

 水槽の外では、白衣の男達があわただしく動き回っていた。よくわからない機械をいじったり、ノートに何か書き込んでいたり。

 

「どういう事だ! まだ目は覚めないんじゃ無かったのか!」

「知るか! イレギュラーだイレギュラー! 兎に角鎮静剤と睡眠薬を打ち込め!」

「もうやってる! でも効いてない!」

「クソッ……対ヒーロー用の麻酔弾でも良い! はやくやるんだ!」

 

 何やら物騒な話をしているのが聞こえてくる。まだ目が覚めるはずじゃないとはどういう事だ? それは私の事なのか?

 

(私は、こんな姿をしていただろうか?)

 

 水槽のガラスに反射した自分の姿は、記憶の中にある姿とは全く違っていた。

 頭部にはカブトムシのような角が生え、全身は黒々とした甲殻で覆われている。視線を下にやると右手の甲からはハチの針のようなものが飛び出ており、左手の掌には妙な穴が空いている。

 

 

 プシュ!

 

 

(…………むっ)

 

 水槽の斜め上から何かが射出され、首筋に当たったような感覚があった。だがそれは堅い甲殻に阻まれて突き刺さりすらせずに跳ね返り、液体の中を漂う。

 

「き、効いてない………」

「誰だクロカタゾウムシなんて材料に入れたヤツは……」

「あああ不味い不味い不味い不味い」

 

(兎に角、一度彼等と話をするべきか)

 

 水槽の外の彼等ならば、何故自分が水槽の中に閉じ込められていて、自分が何者なのか知っているはず。話をする為にもまずは水槽からでなければならない。

 全身に力を込めてみると、自身を拘束していた器具がいとも簡単に壊れた。次に腕、足、頭と動かすと、身体に繋がっていたケーブルがブチブチと外れていく。体内に直接繋がっていたものもあったようだが、痛みも一切無く、傷も一秒も経たずに完治した。

 

(とりあえず、人間では無いと言う事だけはわかった)

 

 自由になった身体を確認し、再び水槽の外を見る。

 白衣の男たちは皆此方を凝視したまま、水槽から離れていた。これならガラスを壊しても、巻き込まれて彼等が怪我をする事も無いだろう。

 

 バシャァァッ!

 

 軽く一発殴っただけで、ガラスはあっけなく砕け散った。水槽を満たしていた緑色の液体が器を失って一気に流れ出して行く。

 

 スーッと息を吸い込む動作をしてみると、肺が空気で満たされるような感覚があった。外見からはよくわからなかったが、口もちゃんとあったようだ。呼吸は変わらず行える。

 

「で、出てきた……」

「大丈夫だ大丈夫だ制御チップはちゃんと作動してる言う事も聞いてくれる大丈夫だ大丈夫だ」

「ひ、ひぃぁぁぁぁ」

 

 ただ呆然と立ち尽くす男。頭を抱えてブツブツと何か呟き続ける男。腰をぬかして立てなくなっている男。怯えて逃げ出そうとしている男。

 

「私が、怖いか」

 

 腰を抜かしている男を見下ろして、そう聞いた。

 男はガチガチと歯を鳴らして震えながら、失禁しただけだった。

 

(話にならないな………)

 

 せめて会話ぐらいにはなりそうな奴は居ないものか。周りを見渡してみるが、皆正気を失った者ばかり。

 一番マシだった『呆然としていた男』へと歩みよると、彼もビクリと震えて一歩後ろへと下がった。

 

「ここは何処だ。私は誰だ。何故拘束されていた。教えろ」

「…………は、はひ」

 

 この男も、ガクガクと震えながら失禁した。

 

 

 



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怪人『鎧武者オニカブト』

 

 

 

 

 

 

 

「順番に教えろ。まず、ここは何処だ」

 

 いきなり全部を一気に聞いても困るだろうと、改めて聞き直す。本当はもっと優しい口調で話したいのだが、何故だかどうしても威圧的な口調になってしまう。この身体のせいだろうか。

 

「はっ、はい! ここは我らが秘密結社『悪の組織ダークユニオン』の第二実験施設、セクター277です!」

「『悪の組織』? 『ダークユニオン』? 陳腐な名だ………何をする組織なんだ?」

「我らの目的は、ぜ、全世界の掌握ですっ! 」

「馬鹿馬鹿しい……次だ。私は誰だ」

「え、あ、それは……」

 

 男の視線が彷徨う。

 彼は助けを求めるように周りの男達を見渡すが、誰一人として助け船を出そうとはしなかった。

 

「言えないのか」

「い、いえそのような事は……ぁ、あっ! こ、此方をご覧下さい!」

 

 男が慌ててデスクを漁って取り出したのは一つのファイル。差し出されたそれを受け取ると、表紙には自分の顔の写真と共に『怪人:鎧武者オニカブト』と書かれていた。

 

「怪人、オニカブト……」

「わ、我がダークユニオンの技術を結集して造り上げられた最新鋭にして最強の怪人。それがあなた様なのです」

「………その妙な丁寧口調を止めろ」

 

 自分は偉くもなんとも無いのに、しもべのような態度をとられるのにはいい加減辟易してきた。とりあえずこの丁寧口調をやめるように言うが、彼は相変わらずビクビクしたまま「そのような事は………」なんて言って小さくなっている。私を作ったのは彼等のようだが、私は相当危険な代物のようだ。

 

 ファイルを開くと、自身に関するデータが簡単に纏められていた。

 

◇◇◇

 

『鎧武者オニカブト』ランクA

身長 2.10m

パンチ力 194t

キック力 280t

握力 135t

速力 マッハ4.1(飛行時含む)

継続飛行可能時間 3h

活動可能温度 -230~5000℃

 

使用材料:カブトムシ、クロカタゾウムシ、ミイデラゴミムシ、メキシコサラマンダー、オオスズメバチ、ノミ、アシダカグモ

 

・カブトムシをベースに、クロカタゾウムシの防御力、ミイデラゴミムシの超高温の毒ガス、メキシコサラマンダーの驚異的な再生能力、オオスズメバチの毒針、ノミの凄まじい跳躍力、アシダカグモの俊足。これら全てを兼ね備えたダークユニオンが誇る最新鋭の怪人である。

 

◇◇◇

 

 正直、よくわからない。

 多分、この身体がどれほどに強いのかという事が書かれているのだろうが、あいにく『怪人』とやらには詳しくない。平均的な『怪人』の強さだとか、ハッキリした指標があればわかりやすいのだが。

 

「私は、強いのか」

「は、はい」

「何故私を拘束していた」

 

 男は更に縮こまった。

 

「それは、正常に生体パーツが動いているか最終調整をしていて……」

「何故拘束する必要がある? 今こうしているように対話が可能だ。本能のままに暴れまわる獣でもあるまいに、それ程までに私を恐れるのか。自分達でコントロールも出来ない物を作ったのか?」

「そのような事は……!」

 

 その時だった。

 先程まで頭を抱えてブツブツと何やら呟き続けていた男がやおら立ち上がり、甲高い笑い声を上げた。

 

「………イカれたのか」

「あひゃビャヒャヒャ!ヒェッヒェッ! コントロール出来る、出来るに決まってるだろ! お前の脳ミソには『コントロールチップ』が埋め込んであるんだよ! さあオニカブト、俺に従え! 跪け! 俺の命令のままに全てを蹂躙しつくすのだぁぁぁぁ!」

 

 狂ったように目をギョロギョロと動かして、唾をあたりに撒き散らしながら男は叫ぶ。『コントロールチップ』とは一体何の事だろうか。私の脳を操ることが出来ると言うのならば、とっくに実行していただろうに。

 

 ふと、口のなかに違和感がして、掌に吐き出すと四角い金属片のようなものが現れた。よくそれを見ると、それは小さなPCのようにも見える。

 

「コントロールチップとは、コレの事か?」

「……え、どうして、何故」

「さあ? 身体が異物だと判断したんじゃないか?」

 

 先程読んだ資料から考えれば、おそらく『メキシコサラマンダー』の再生能力によるものだろうか。元々の能力は、脳に入った小さな金属片をこんな方法で摘出できるようなものでは無いと思うが。

 

「あ、あり得ない。どんなに器用な怪人だってコントロールチップをリスクも無しに出すなんて」

「知るか。コレは返す」

 

 指先でチップを弾くと、チップは弾丸の様に飛び出して男の額を撃ち抜いた。血と脳漿が辺りに飛び散り、男はその場に倒れ伏して動かなくなる。

 

「………加減を間違えた」

 

 軽く飛ばす程度のつもりが、まさか殺す事になってしまうとは。あまりにも唐突過ぎて、人を殺したという実感すら沸いてこない。

 

「あ、あ、あ……」

「驚かせて済まない。今の殺しは不本意だった。この建物についてよく知りたいから案内してくれ」

 

 先程まで色々と聞いていた男をつかまえて、建物の案内を頼む。今までの記憶が思い出せないのだから、今はこの場の事についてよく知っておくべきだ。

 

 男を連れて部屋を出ると、その後から残っていた男達が出てきて散り散りに逃げていった。どうやら地下施設のようで窓の類いは一切無く、取り敢えず外に出るためにも目についたエレベーターに乗り込む。

 エレベーターが昇っている間、男は壊れた玩具のように無言でブルブルと振動するだけだった。

 

 

 



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悪の組織、施設見学会

 

 

 

 

 

 エレベーターを出ると、そこは未来の世界だった。

 全面が黒いパネルで埋め尽くされた広い空間に、両側面にずらりと並ぶ部屋の中には自身と同じような異形の怪人達が閉じ込められている。さしずめ『怪人保管庫』といったところだ。

 出てきたエレベーターも数ある内の一つのようで、この部屋につながるエレベーターの数だけ、怪人を作り出している部屋に繋がっている事が簡単に予想できた。

 

「怪人か。閉じ込めているようだが、あれらは逃げ出そうとしたりしないのか」

「かっ、怪人はっ、ここコントロールチップによって制御ささされているので、逃げるような事は」

「ほう。それでヒーローとやらと戦わせるのか」

「え、ええ………はい」

 

 ヒーロー。

 記憶の中のヒーローの姿はおぼろげだ。それも実物でなく、テレビの中で見た姿。強化スーツを着て戦う男や、魔法の力で変身して戦う少女、超能力を駆使して戦う男も居た。

 彼等がどんな存在なのかはハッキリとは覚えていないが、自分はそんな彼等によって守られながら暮らしていたように感じる。そして、自分もそんな彼等に憧れていた。

 

「ヒーローは、倒したらどうする」

「えっ! そ、それは……」

 

 記憶の中のヒーローは負け無しだった。いつだって勝利し、勇気を与えてくれる存在。だが、都合よくいつもヒーローが勝ち続けるなんて事、現実的に考えればあり得ない。

 ヒーローが怪人に敗北したらどうなるのか。普通に殺すのか。それとも生かして返すのか。後者はまずあり得ないだろうが、負けたヒーローがどうなるのか、少し気になった。

 

 私としては比較的穏やかに声をかけたつもりだったのだが、自然と声に力がこもってしまったらしく、男は顔面を蒼白にして口ごもってしまう。

 

「後ろめたい事をしている自覚はあるのか」

「………うっ、うぅ」

「殺しはしない。教えろ」

「ううぅ…………倒した、ヒーローは」

 

 男の拳がぎゅっと握られる。更に歯をくいしばり、何かに耐えているようにも見えた。

 

「倒したヒーローの死体は…………男ならば戦闘用の怪人に改造、女ならば………」

「………女ならば?」

「お、女ならば、慰安用の怪人に……」

「お前も作ったのか。その慰安用の怪人とやらは」

「い、いえ! そのような事は! 私は専ら戦闘用の怪人ばかり任されておりまして………ですから、男のヒーローの死体を改造した事は、幾度か……」

「ふむ、そうか」

 

 男の言葉で『怪人』というものがどんなものなのか、なんとなく察した。きっと私も、元となった人間が居て、その人間はとっくに死んでいるのだろう。そして『私』という怪人のベースになった。

 

「凄まじい数だな。これだけの怪人。ざっと80は居る」

「う、う、うううぅ」

「一体何人の死者を冒涜して来たのか、数えきれんな」

「うぐ、ぐ、うっ、うっ」

 

 この男も妙な奴だ。悪の組織とかいうものに所属しているのだから、ある程度覚悟は決まっているが完全にイカれた人間かと思えば、自身がやってきた事を悔いているのか涙すら流している。悪に染まれもしない癖にどうしてこんな所に居るのか、少し気になった。

 

(まあ、そこら辺はまた今度聞くとしよう。今はこの施設と組織についてだ)

 

 薄暗い部屋には怪人ばかりで人の気配は感じられない。あの部屋にはざっと20人程度居たと思うのだが、他の職員は居ないのだろうか。

 

「人間は他に居ないのか?」

「うぐ、うっ………戦闘員の施設が先にありますので、其方の方に」

「案内しろ」

「わかり、ました」

 

 手の甲で涙を拭い、男は前に立って歩き始めた。モヤシのように細い男だ。記憶の中の自身の姿よりも、ずっと細い。栄養が足りていないのか頬はこけてげっそりとしているし、顔色も悪い。

 彼等に身体を弄くられて怪人になった身だと言うのに、彼が酷く哀れな生き物に見えてきてしまう。

 

「此方が、戦闘員の施設になります。ここでは日夜、戦闘員の訓練や、装備の研究などが行われ、彼等の居住区も兼ねております」

「お前達の住む場所は? 別なのか」

「………我々研究員の一部は、一般人に溶け込んで暮らしています。なので、ここに来る事自体殆んどありません」

 

 しばらく廊下や階段を歩き続けて、ようやく『戦闘員の施設』とやらに到着した。彼の言っていた通りに施設内では人間が多く歩いていて、私が施設に入ってきたのを見てぎょっとしたような視線を向けてくる。

 数秒もすると武装した人間が数人集まってきて、此方を囲んで銃口を突きつけてくる。ここまで案内してくれた研究員の男は元から青い顔を更に青くして両手をあげた。

 

「お前は研究員B-1058だな。何故許可無く『怪人』を連れている」

「し、仕方なかったのです。怪人が制御不能になるなど予測出来ず。しっ!しかし、怪人『鎧武者オニカブト』はしっかりと意思疎通も可能である程度此方に理解も示してくれています!」

「許可無く怪人を連れて行動するのは規則違反だ。怪人共々即刻射殺する。やれ」

 

 武装集団のリーダーらしき男が片手を上げる。同時に全ての銃が火を吹いた。

 

(この男に今死なれては困る)

 

 咄嗟に研究員の男を抱えてダッシュした。男が怪我をしない程度のスピードで、銃弾をその身で受け止めて包囲を突破する。

 

「くっ、あの怪人に重火器は有効じゃない! 近接武器に切り替えろ!」

「「はっ!」」

 

 リーダーの男は銃撃が有効でないと判断すると、即座に命令を出して武器を刀に切り替えた。刀身まで全て漆黒という奇妙な刀だ。

 

「お前」

「は、はいっ」

「ここで待っていろ」

 

 研究員の男をその場に待たせ、自分は戦闘員の男達と対峙する。

 

「私は施設の案内をして貰っていただけだ。貴様らを害するつもり等毛頭無い」

「お前にその意思が有ろうが無かろうが規則違反に変わりは無い。厳しいルールがあり、それが徹底されるからこそ強い集団が作られるのだ」

「聞く耳は無いと言うことか」

「ふん、そもそも人でない怪人に人権など無い!」

 

 8人居る内の3人が同時に別方向から斬りかかって来た。戦闘員らしく身体能力はかなり高いようで、普通の人間ではあり得ないスピードを出している。

 どうやら向こうは穏便に済ますつもりは全く無いようだ。どちらかが死ぬまで終わらせるつもりは無いだろう。

 

「ならば、文句は言うな」

 

 ぐっと足に力を入れて、全速力で駆け抜ける。途端に景色が停止し、時間が止まってしまったかのようになる。

 音速の世界。よく見れば周囲も少しずつ動いているのがわかるが、その動きは余りにも小さく動いていないにも等しい程。

 

「ふん、ヌゥッッ!」

 

 まず最初に、斬りかかってきた三人に回し蹴りを叩き込む。三人は反応すら出来ずにくの字に折れ曲がり、壁に激突して四肢を散らした。

 

 続けて今度はリーダーの男を囲んでいた四人の内、一人に毒針を撃ち込み、もう一人に掌に空いた穴を向ける。

 

 ドパンッ!

 

 穴から超高温の毒ガスが凄まじい勢いで噴射され、狙った男の頭部を吹き飛ばした。爆発かと見紛う程の熱と勢い。人間の頭部一つを跡形も無く消し去ったその威力には、これが毒ガスである必要性すら疑う程。

 

「あと三人」

 

 戦闘員二人と一気に距離を詰め、一人の腹部へ向けてパンチ。もう一人の首を狙って手刀を繰り出す。

 拳は意図も簡単に戦闘員の腹部をぶち抜き、手刀は首と胴を泣き別れにした。

 

「最後だ」

 

 リーダーの男の腕を叩き折り、刀を取り上げる。そして彼の首を掴んで持ち上げた。それと同時に周囲の動きが元に戻り、毒針を撃ち込んでいた男が痙攣を起こしながら崩れ落ちる。

 

「うぐ、あ、が」

「最後に何か言うことは有るか」

「何を、した」

「蹴った、刺した、撃った、殴った。以上だ」

 

 ぐっと手に力を込めると、ボギリと音がして男の首はおかしな方向に折れ曲がった。四肢はだらりとぶら下がり、完全に動かなくなる。

 

「さて、お前」

「ひっ、ひぃ……」

 

 リーダーの男を放り投げ、研究員の男の元へと戻る。一瞬で8人も殺したせいか施設内はあわただしくなり、遠くから戦闘員が殺到してくるのが見えた。

 

「色々と言いたいことは有るが、一旦ここを離れるぞ」

「う、ひぃぃ」

 

 研究員の男を抱え、走ってその場を離脱する。

 追ってこれる戦闘員は、誰一人として居なかった。

 

 

 






【主人公】
目が覚めたら怪人になっていた元人間。メキシコサラマンダーの能力で洗脳用のコントロールチップは取り除けたものの、人間だった頃の記憶の大半を失い、理性も若干消し飛んでいる。今はひたすら現状確認。



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ウェイクアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故撃たれる危険を知りながら私を連れて彼処へ行った。私は何の問題も無いが、お前は簡単に死ぬだろう」

「は、話せばわかると思って………」

「………意外と能天気な奴だな、お前は」

 

 追手を振り切り、人気の無いところまで来た私は研究員の男に質問をぶつけた。だが返ってきたのは能天気な返事。思わず呆れて溜め息が出る。

 

「そ、それに『人間態になる方法』も既に理解しているとばかり」

「人間態になる方法だと? それは何だ」

「だっ、ダークユニオンの怪人なら誰もが有している能力です。文字通り姿を人間のものに変えて、ににっ、人間社会に溶け込むことが出来ます」

「そんな事が出来るなら早く言ってくれ……」

 

 あの説明書にはそんな事が出来るなんて一言も書いていなかったぞ。先にその事を言ってくれていたら、戦う必要なんて無かっただろうに。

 

「まあ良い。出来るなら少しやってみるか……」

 

 自身が人間の姿に変わるイメージをする。甲殻や筋肉が収縮し、人間としての身体に収まっていくようなイメージ。

 すると意外にもあっさりと身体の形が変化していくような、身体全体が縮んでいくような奇妙な感覚を感じ、目を開いて自身の手を見ると怪人の手から人間の手へと変化していた。

 しかも驚いた事に服まで同時に作られている。服を着た姿をイメージすれば服を着た姿に。全裸をイメージすれば全裸にといった所だろうか。

 

「み、見た目は生前の姿に準拠すると、言われております」

「ふむ………と、すると、この姿は記憶の中の私という事か」

 

 服は先ほどの戦闘員のイメージが強いのか、彼等が着ていた戦闘服とブーツ、防弾チョッキといったようになっている。

 ともあれこれで騒がれずに移動することが出来るようになった。もう暫くこの施設内を探索してみるとしよう。

 

「おい、行くぞ」

「は、はいぃ」

 

 男を呼び、人気の無い廊下を歩き始める。

 そういえばこの男の名前はまだ聞いていない。目覚めてからそれなりに長い付き合いだし、自身の我が儘に付き合わせてしまっているのに互いの名前すら知らないと言うのは良くないだろう。私は生前の名前は全く覚えていないが………。

 

「おいお前、名前はなんと言う?」

「えっ!? わ、私ですか」

「そうだ、お前だ」

「わた、私は『空木 豪(うつぎ ごう)』と申します……」

「ゴウ……ゴウか。今のお前の見た目からは想像出来ん名前だが、良い名前なんじゃないか」

「へ? あ、ありがとうございます……」

 

 研究員の男、あらためゴウは間の抜けた表情で頬をかきながらヘコヘコと頭を下げる。やはりらしくない奴だ。悪の組織の研究員と言うのだから、あのイカれた男のようにギラついているような奴ばかりだと思っていたが、こんな奴も居るのか。

 

「この先は何になっている?」

「あ、その先はですね………あっ、ちょっと待って下さい!」

「どうした、何か不味いことでもあるのか」

「不味いことと言うか……不快に思うと言うか。正直、私もあまり行きたくはありません」

 

 不快に思うものと聞いて、前に聞いた『負けたヒーローの話』を思い出した。男は戦闘用の怪人に、女は慰安用の怪人に、だったか。

 

「………大体は察した」

「あ、あの……大丈夫でしょうか」

「それはわからん。もしかすると抑えきれなくなるかも知れないな」

「……私も、です」

「ほう? 意外だな。お前も男だろう。下衆な欲望に思考を流されないとは言い切れんだろう」

「………私には、妻と娘が居りますので」

 

 それを聞いて少し驚いた。てっきり独り身だとばかり思っていたが、まさか既婚者だったとは。しかも娘まで居る。

 そういえば、ゴウは一般人に紛れて暮らしていると言っていたか。普段は会社勤めのサラリーマンだとでも偽って生活しているのかもしれない。

 

「………私は、自由な怪人だ」

「へっ?」

「お前達がそう作った。意図せずにだが。そうだろう?ゴウ」

「え、ええ、まあ」

「ならば私は私のやりたいようにやらせて貰う。この組織にとってそれが吉と出ようが凶と出ようが、知った事ではない」

「それは………お手柔らかに」

 

 片手で、ゴウに再度着いてくるように促す。

 進む先は変えない。

 

「昔の私はヒーローに憧れていたようだが━━」

 

 パン!と掌と拳を打ち合わせる。人間の姿でも、身体能力は人間並みといった事は無いようだ。しかし、怪人態の時の全力にはほど遠いが。

 

「━━怪人らしく行こう。気に入らない奴は潰す。例え理不尽でも」

 

 

 

 

 

 

 

 先へと進み続けると、そこはどうやら戦闘員の居住区のようだった。制服を着た大勢の人間が歩き回り、建物壁面はアパートのようになっている。そして一階部分には飲食店と見られる場所や、リラクゼーション施設等が並んでいる。

 

「………お前が言っていたのはアレの事か」

「っ! えぇ、はい……」

 

 男二人に一人の少女が無理矢理連れられているのが目に入った。少女は恐らく怪人だろう。頭部からは猫のような耳を生やし、臀部には同じく猫のような尻尾が生えている。

 少女はほぼ全裸と言っても良いほどに布の少ない衣服を着せられて、両手と首を鎖で繋がれて引き摺られていた。

 

「オラッ! 歩け! 抵抗すんじゃねぇ!」

「店着いたら気持ち良くなるクスリを打ってやるからな。オジサン達と沢山楽しもうね」

 

「離せ、離しなさいよ! 離してよぉ!」

 

「だーかーら抵抗すんなっつってんだろメスガキがよぉ! オラァ!」

「もう君は魔法少女じゃないんだよ? オジサン達を気持ち良くするための玩具なんだから。大人しく気持ち良くなろう? そうすれば楽になるよ」

 

 泣きわめく少女の顔を、男は思い切り殴りつけた。少女はその場に崩れるようにして倒れ、鼻と口から血を流す。

 

「う、うっ、うああぁぁっ……イヤ、嫌だよぉ………パパ、ママ、助けてよぉ……」

 

 年端もいかない少女だ。いくらヒーローだったといえ、子供であることに変わりはない。

 涙を流す少女を男達は無理矢理立たせ、何処かへと連れていく。

 

「だから………来たくなかったんです」

 

 隣ではゴウが歯を食い縛り、全身を震わせて男達に連れられていく少女を見詰めていた。

 

「あれが、負けたヒーローの末路か」

「……はい。恐らくあの子は連れてこられてきたばかりでしょう。これから下手な麻薬よりも何十倍も依存性のある薬を打たれ、下衆な男達の慰み物にされ、精神を病んでゴミのように死んでいく」

「………なあゴウ。お前は何故こんな所に居る? お前にとって居心地の良い場所では無いだろう」

 

 見詰める先、少女が再び転倒し、男達から暴力を振るわれている。そして周りの男達はそれを笑って見ているか、見て見ぬふりをしているかのどちらかだ。

 

「理念に賛同していたのです。『全世界を征服し、差別無き平和な世界を作る』。ですが、この組織にはあまりにも下衆な人間が多すぎた」

「差別無き平和な世界、か。随分な理想だな」

「私にとってあの仕事場は居心地が良いものでした。比較的まともな人間が集まり、方法は誉められたもので無くとも平和な世界を目指している。だから、事故死したあなた様の遺体から、最強の怪人をつくったのです」

「勝手に他人に願いを押し付けるな。確かにアレは気に食わんが」

「………もう、行きましょう。見ていられません」

 

 ゴウが踵を返してもと来た道を戻ろうとする。しかし、私はその腕を掴んで此方に引き戻した。そして男達に連れられていく少女を指差す。

 

「よく見ろ。アレがお前の業だ。お前が作った怪人達がヒーローを殺し、そしてお前の仲間達が凌辱している。平和な世界などと戯れ言を。お前も、この施設も、組織も気に食わん」

「………む、ぐぅ、う」

「お前の娘もあれぐらいの歳か。可哀想になぁ。お前のせいで若くして殺されて、死んだ後もカス共の慰み物になってもう一度死ねと。いい加減に目を覚ますと良い」

「ぅううぅぅぅうぅぅうう」

「お前はここで、目をかっぽじってよく見ていろ。まずは此処から、クズ共を血祭りにあげてやる」

 

 無性に腹が立っていた。

 物のように扱われる少女に。

 盲目になったゴウに。

 下衆な欲望を貪り続ける人間のカス共に。

 

 これからやろうとしている事がヒーロー的かと言われればそれは違うが、ヒーローだって元は人間だった怪人達を殺している訳だしどっちもどっちだろう。悪か善かなんて、所詮人の感じ方次第。

 私にとってこの胸糞悪い光景は、『悪』だ。

 

「っ、シィッ!」

 

 人間態のまま駆け出して、あっという間に少女と二人の男との距離を詰めた。

 驚き、口を半開きにして此方を見ている二人の男の頭部を掴み、ぐっと力を込めるとトマトでも潰したみたいに頭蓋が潰れ、血が飛び散る。

 

「ひっ、こ、殺さないで……」

 

 恐怖のあまり尻餅をついて倒れた少女。彼女の首と手首につけられた鎖と拘束具に手を伸ばし、指で捩じ切って破壊した。予想外の事態に思わず顔を上げた少女の前で、人間態から怪人態へと姿を変えると、少女の瞳に再び恐怖の色が宿る。

 だが、気にする事なく少女の頭に手を伸ばし、優しく撫でると一瞬びくりと震えた後に大人しくなった。

 

「殺さない。私はお前を助けに来た、怪人だ」

 

 少女を抱きかかえて辺りを見渡すと、やはりと言うべきか唐突な殺人と怪人の出現に戦闘員達の注目が集まっていた。

 

「全員、殺す」

 

 

 







【空木豪】
悪の組織ダークユニオンの戦闘用怪人の開発を担当している研究者。表向きのダークユニオンの最終目的『世界征服の後、争いや差別無き平和な世界の創造』に賛同して組織に入った。理想と現実のギャップに悩みながらも、続けていけば何か変わる筈だと盲目になっていた。




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