訳あり新人トレーナー、目指すは全地方制覇です! (白野蒼)
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プロローグ 『多重トリップ者とねずみポケモン』

一度書きたかったトリップ女主人公ものです。
座右の銘は「何とかなる」くらいの楽観主義者な主人公ですが、少しでも楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。



――いつも世界を越える時、真っ先に目に飛び込んできたのはどこまでも広がる真っ青な空だった。

 

視界を雲一つない真っ青な空が埋め尽くし、耳元で風がうなる。

 

この世界の全てのものに降り注がれる空に輝く光がどんどん遠ざかり、届かないと知りながらも手を伸ばす。

 

脳裏を過るのは幼い頃、学校で教わった神話を元にした一つの歌だ。

 

「…………『太陽に近づきすぎた英雄は、翼を奪われ地上へと真っ逆さまに墜ちていきました』だっけ?」

 

『焦がれるほどの憧れ』に近付き過ぎた彼が最期に見たのもこんな光景だったのだろうか。

 

「っ……」

 

そこまで考えちらりと背後を見やると遥か眼下に広がっている広大な緑に凄いスピードで近付いてきてるのが分かり、いつものことながら思わず息を飲む。

 

「……あー……。見なけりゃよかった……」

 

まあ、まだ頭からじゃないだけマシなのかもしれない。

いや頭からと背中から、どちらも着地時のダメージは甚大な気しかしないけど。

 

小さく息を吐くと、覚悟を決めるようにぐっと腹に力を籠める。

 

…………さてと。

 

「――――うわあああああああああああっ!!!!!」

 

というわけで。

 

今ここに参加した覚えも飛び降りた覚えもないのに地上に向かっての紐無しバンジーが開催されたのである。

こんちくしょーー。

 

 

 

って事で初めましてこんにちはこんばんは!!

 

改めまして私の名前は空野理生(そらのりお)

先月までの長く辛い受験勉強期を走り抜き、念願叶って見事第一志望の海咲(かいざき)女子高に通い出した花も恥じらう高校一年生です!

サラリーマンの父と専業主婦の母という極々一般的な家庭に八つ上の兄と三つ下の妹を持つ二卵性双生児の妹として生まれ落ち、平々凡々な人生を歩んでいるザ凡人な私には、一つだけ他人と違うところがある。

 

そう!

何を隠そう、私は昨今のラノベやネット小説において異世界転移者と呼ばれるようなちょっとした事からあっさりと世界を越える体質なのです!

 

イエーイ、どうだーすごいだろー。

 

そんな自慢にもならない体質を初めて体験したのは今から八年前の夏休みに父方の祖父母の家に帰省してる最中の事。

 

父の実家はその地域ではなかなかに有名な旧家らしく、家そのものもかなり大きなお屋敷なんだけど私や双子の兄と妹の興味を何より駆り立てたのは都内暮らしじゃ滅多にお目にかかれない大きな庭にでーんと建っていた築三百年は経つというこれまた大きな蔵だった。

扉には大きな錠前ががっちりと掛けられており、祖父曰く何年か前に鍵を失くしてしまったため中には入れないと聞いた時はがっかりしたものだけど、そこは切り換えの早い子どもの事。

中には入れなくてもその周囲で遊ぶ事は可能だろうと兄や妹と同じく祖父母の家に帰省してた従姉妹達と蔵付近でかくれんぼをしてたところ、家族や親戚、祖父母曰く私が『数十分間行方不明』になったというのだ。

その時は私が鬼役だったにも関わらず百を数えたところまででいつまでも「もういいかい」を言わない事に不審に思った兄達が私の姿がどこにもない事に気が付き事が発覚し、それからは大人達含めて上へ下への大騒ぎだった……らしい。

 

で、いよいよ警察にとなったところで蔵の影から憮然とした表情で私がひょっこり出てきたからまた大騒ぎで。

 

何処に行ってたんだ!といつにもなく怖い顔で問い詰めてくる父にびくっと肩を跳ねさせながら「何処にも行ってない。むしろ皆こそ私を置いて何処に行ってたの!?」と聞き返した時の大人達の顔はなかなかに凄かったけど、実際私は何処にも行ってなかった。

 

ただ百を数え終わり「もういいかい」と声を張り上げても誰からも返事がなかったため、聞こえなかったのかな?と呑気に考えながら庭や蔵回りはたまた家の中まで隠れている筈の兄達を探しに行ってただけだ。

ただいくら探しても兄達は勿論、大人達の姿も一切見当たらなく、さらに道中通りかかった仏間に当時二才になったばかりの弟が遊ぶだけ遊んで出しっぱなしにしていた白のミニカーがぽつんと置かれているのを見た瞬間だだっ広くシンと静まり返ったお屋敷の中に一人でいる事に物凄く薄気味悪いものを覚え、蔵に戻ったところで必死の形相をした両親と泣き出しそうな顔の兄に駆け寄られたと言うわけだ。

 

閑話休題。

 

ただ世界を超える「能力」じゃなくて「体質」と言ってる時点で察して貰えそうだけど、私自身世界を超える事を制御したりコントロールするなんて一切できず、今回「あ、やば」となったのは高校の校舎内だったので超えた瞬間を誰かに見られてないか割りとドッキドキである。

と言うのも 以前私が世界を超えるのを目の当たりにした弟曰く、私の姿がその場からすぅ……っと消失するというとんでもホラーだったらしいので誰かに見られてた場合入学早々「空野理生は幽霊である」とか言う噂が立つ可能性すらなきにしもあらずなのだ。

 

いくらなんでもそれは全力で回避したい所存だけどね!

 

ちなみに私的に世界を越える時って姿が消えるとかそういう認識は全くなくて、強いて言うなら「ちょっとした段差で蹴躓いた」とか「階段を一段踏み外しかけた」とか「授業中うつらうつらしてる時体が『がくん』ってなるアレ」くらいの感覚しかないんだよね。

そう話したらいつかの世界で出会った白を基調とした中華服に白衣、三角巾という彼の弟子を始めとして「給食当番」と言われる事もある出で立ちの万物を知る神獣には「そんな気軽さで世界を超えちゃうのはどうかと思うよ。」とドン引かれたけど、そもそも制御出来ないんだし仕方なくない?

私悪くない。

さらに私の場合、異世界転移者と言っても本来なら異世界と定義付けていいか分からない二次元世界――いわゆるアニメや漫画の世界が主な転移先だって事も年齢を重ねる毎に分かってきたからまた驚きで、そういう方面に明るい従姉妹曰く、私の体質みたいな設定は二次創作の一つに分類される夢小説における「トリップもの」と呼ばれる王道設定の主人公にはよくある事らしい。

よく知らんけど。

 

……と、ここまでつらつらと語ってきたけどもののつまり。

私は八年前のあの異世界転移と言うには嫌に薄ぼんやりした体験を皮切りとして、年に二回、多くても三回程度アニメや漫画の世界にトリップするようになった一般人と言うことだ。

うんうん。

……でさしあたっての問題はというと。

 

「……こっからどうしよう。」

 

 

 

そこで一旦思考を打ちきり溜め息と共に呟いた。

そう、現実逃避で自己紹介とか何なら回想までしちゃったけど、こちらは今まさに紐無しバンジー強制参加の真っ最中。

さっきうっかり見てしまった眼下の光景と距離から考えて地表にぶつかるのは多く見積もっても数十秒後で間違いないんだろうけど、さすがに太陽に近い距離から堕ちて無傷でいられる程強靭な身体は持ち合わせていない。

 

あれ、よく考えなくても相当にやばいなこれ?

 

「多少は木がクッションになるだろうけどそれでも無理だよね?? え、マジで? えと、魔法で何とか……って杖持ってない! そもそも飛行術の授業にしろクィディッチにしろ空を飛ぶ時って箒オンリーだったよねええ!?」

 

「――ピカ!!」

 

じわじわと湧いてきた焦りに任せて前回の転移先だった『イギリスはキングスクロス駅九と四分の三番線から行く魔法学校』について叫ぶのと随分可愛らしく、でもとても勇ましい鳴き声が頭上から降ってきたのは同時だった。

 

「……『ピカ』?」

 

その鳴き声に該当するキャラクターが脳裏を過った次瞬私の足首を小さな手ががっちり掴んだかと思うとぐんと上に引っ張られ、がくんと言う激しい衝撃の後足首を支点として落下が止まった事に軽く目を瞠る。

 

……え、待って? 私これ体勢的に空中で逆さ吊りにされてない? 下、スカートなんだけど。

 

「……じゃなくて!」

 

あまりの予想外の事にどうでも良い事を考えかける頭をぶんぶんと振ることで思考を切り替え慌てて頭上を仰げば、やっぱりと言うかなんというか。

 

そこにいたのは体長は四十センチ程。

全身を覆う黄色の体毛にピンと立った彼の代名詞とも言える雷型の尻尾。

くりくりとして愛らしい黒い瞳の下にある赤いほっぺが特徴的な彼――世界的に有名なゲーム『ポケットモンスター』の顔であるキャラクター――ねずみポケモン・ピカチュウだった。

 

「…………ピカチュウ?」

 

「……ピ、カ!!」

 

瞬時にこの世界が何処なのか判断できる存在かつ、『ポケットモンスター』を知っている人なら一度は実物に触れてみたいと思うキャラクターに瞳を瞬かせる。

 

さらに言えば今私の足首を両手両足で掴みぷかぷかと浮いているピカチュウの胴体にはオレンジ色のリングがしっかりと填まり、そのリングには色とりどりの風船が括り付けられていた。

その姿は以前自他共に認めるポケモンフリークな幼馴染みに教えて貰った特別なピカチュウだけが覚えられる「そらをとぶ」ってわざを使ってる時の姿そのままで、つまり経緯は分からないけどこのピカチュウは私を助けるためわざを使ってくれた事になる。

 

「……何で……。」

 

「ピィィカァァァチュウウウ!!」

 

呆然として思わず呟いた言葉にピカチュウの必死な鳴き声が重なり、それに合わせ体がぐっと上に上がりハッとする。

恐らくこのピカチュウは私を安全な場所に下ろそうとこのままの体勢で飛んでいくつもりだろうけど、確かピカチュウの体重は六キロ程度の筈。

それに対して私は百六十二センチの四十八キロだから自分の体重の八倍もの重さのものを掴んだまま飛んでいる時点でピカチュウには相当の負荷がかかっている筈だ。

 

「っ……!」

 

その事実を認識し慌てて視線を眼下へと向ければさっきまであんなに遠かった緑の木々達が二メートル程の距離にまで迫っていた。

本当にギリギリだったんだ、と内心で息を飲みながらもよし、と気合いを入れる。

 

うん、これくらいなら大丈夫だ。

 

「……ピカチュウ!! ありがとう、このくらいの高さだったら私何とか出来るし、手離していいよ!」

 

「ピカッ!?」

 

安心させようとなるべく穏やかに話しかけるとそこで初めて彼の濡れた黒曜石のように輝く瞳と目が合い、驚いたように声をあげる彼にもう一度大丈夫だから、と笑いかける。

 

必死になってるピカチュウには悪いけど、このままじゃ二人とも墜落するのは火を見るより明らかで、実際私の足首を掴む彼の両手は小刻みに震えているし、先程から上に上がろうとしているピカチュウの意思に反して高度が下がっている事も限界が近い何よりの証拠だろう。

でもこれは、私と言う重荷があるからが故だ。

だから私の足首さえ離せばピカチュウの負荷はなくなるわけだしとこちらを見たままぴくりとも動かないピカチュウに焦れて、腹筋を使い体を起こし足首に手を伸ばした瞬間、「ピカ!!」と鋭く声をあげたピカチュウが両手どころか体全体で私の足首にしがみついた。

 

「ちょっ! ピカチュウ、離して!!」

 

「ピカ! ピカチュウ、ピカピカ!!」

 

焦って声を張る私に怒鳴り返すように鳴くピカチュウの体に力が籠りふわりと高度が上がった事に今度こそ息を飲む。

 

……ッ、何で……。

 

「ッ何でそこまでして、見ず知らずの私を助けようとするの……! ピカチュウ、本当にもういいから!」

 

「ピカ!! ピカチュウウウウ!!」

 

下手すれば震えそうになる声を必死に抑え叫べばぶんぶんと首を振ったピカチュウがさらに高度をあげようとした瞬間、終わりは呆気ないくらい簡単にやってきた。

 

パァン!とつんざくような音と共にピカチュウのリングに括り付けられていた風船が全て破裂する。

 

浮遊感を覚えたのは一瞬で後は重力に従い体が下へと引っ張られるように落下した。

 

「ピカァああッ!!! 」

 

「ピカチュウ!」

 

咄嗟に空中で頭上から降ってくるピカチュウをしっかりキャッチすると胸元に抱え込む。

その肢体は私の腕にすっぽり収まるくらいに小さくて、こんな体で私を助けようとしてくれていた事に今更ながらぐっと胸が詰まった。

 

「ピカ……!」

 

「ピカチュウしっかり掴まってて!」

 

慌てたように声をあげるピカチュウを今度は私が離すものかと抱え込むとザッと音を立て背中から木々に突っ込み、さらに葉の擦れる激しい音とバキバキと細い枝が次から次へと折れる音と伝わってくる衝撃に眉を寄せる。

うん、ピカチュウのお陰で大分勢いが削がれたとは言え、上から見た感じここら辺にある木はどれもそこまで大きくなかったからピカチュウくらいならいざ知らず私の体重なんて支えきれる筈もないよね。

 

決して私が重いからじゃない。

絶対ない。

てか私の体重って平均的だからね!

 

……とは言ってもこのままじゃ地面に叩きつけられるのも時間の問題で、それだけは勘弁したいと視界を巡らせ胸元のピカチュウを右腕でしっかり抱え直し空いた左手を目についた太い枝に伸ばししっかりと掴むとがくんと言う衝撃が全身に走った後やっと止まった落下運動にはぁーー……と詰めっぱなしだった息を吐き出した。

 

……やれやれ。



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第一話 『多重トリップ者と元ニビジムジムリーダー』①

続けて第一話投稿になります。
今回はタケシとの出会い編ですね。
タケシは個人的にかなり好きなキャラなのでこれからも贔屓していくと思います。

それでは少しでも楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。


落下地点の森はとても気持ちがいいところだった。

木々の隙間から降り注ぐ木漏れ日はきらきらと輝き、時折森特有の清々しい香りを纏った心地良い風が辺りを吹き抜ける度にさわさわと木々や草むらを揺らしていく。

前回の世界にも森はあったけどあそこはそもそも生徒立ち入り禁止だったしなかなかに危険生物とかいたしなあ、なんてぼんやり考えながら辺りを見回せばあちらこちらにテレビの中で見たことがある『地球上のどこにでもいる不思議な不思議な生き物』達の姿が見て取れて、改めてここがポケットモンスターの世界だと言うことを実感する。

 

ただ私のポケモンの知識レベルってたまに弟に付き合ってアニメの方のポケモン見るくらいで、ゲームの方だと弟や幼馴染みからあらすじとか聞くぐらいだなんだよなー。

 

まあ、ポケモンの世界では「地方」って名前で都道府県や国が区切られていて、最新のゲームまでで九個くらいの地方が発表されてるってくらいは知ってるけど。

 

って事は……。

 

「ここ、何地方のどこなんだろう?」

 

「ピカ?」

 

思わず口を突いた疑問にどうかした?と言わんばかりに顔のすぐ横から返ってきたのはやっぱり可愛らしい鳴き声で、そちらを見遣れば私の左肩に乗ったピカチュウの真ん丸な瞳と視線が絡み、何でもないよと曖昧に笑いその背中を撫でるとチャー!と嬉しそうに声をあげられた。

 

うん、可愛い。

 

そもそもピカチュウってアニメでは主人公の一番のパートナーって事でめちゃくちゃ可愛く描かれてるし、たまに行くショッピングモールのポケモングッズが売られてるお店のピカチュウのぬいぐるみとかも凄く可愛いけど、実物はそれに輪をかけて可愛い。

 

……じゃなくて。

 

思わず斜め上方向にぶっ飛びそうになった思考を軽く頭を振る事で戻し改めて思考を巡らせる。

 

ちなみに何でこんな状態になってるかと言うと理由は至極単純で、枝を離し着地した後もピカチュウが私の側を離れなかったからだ。

 

 

「ピカチュウ、ありがとうね、本当に助かったよ。」

 

「ピッカ!!」

 

一度はそう言って別れようとしたものの当のピカチュウはえへんと胸を張ったまま動こうとしないし、私が歩き出せば付いてくる始末だし。

何でピカチュウがそこまで私に付いてきたがるかは分からないけどで仮にも命の恩人……や、恩ポケ?を無下にも出来なくてどうしようかなって考えた時に思い付いたのがポケモンセンターだった。

 

確かゲームだとポケモンってわざを使える回数が決まってて、回復するためにはポケモンセンターとかで休ませるしかなかったし、アニメではそうじゃなかったとしても無理をさせちゃった事に代わりはないからポケモンセンターで回復して貰って。

あとはポケモンのご飯を何とか手に入れて食べさせるくらいすれば恩返しにもなるし、満足すればピカチュウも元いた場所に帰ってくれるんじゃないかって魂胆だった。

 

さらに彼が肩に乗ってるのは「ねえピカチュウ。この森から出て街に行きたいんだけど出口はどっちかな?」と聞いたところ「ピカ!」と掛け声一発のもと私の体を登り肩に乗られた上であっち、と道を指されたからだ。

 

 

「ピカ!!」

 

「ん?」

 

そんな事を考えていると不意にピカチュウが道の先を指差し声をあげた。

小さな黄色の指の先へ視線を向ければ、あと五メートル程先で森が途絶えている事が分かりほっと息を付く。

その先がどうなっているかまだ木々に遮られて分からないけど、どうやらあそこが出口で間違いないらしい。

 

「ピカ、ピカ! ピカチュウ!」

 

「あそこの先に町があるって事だよね? じゃあ行こっか!」

 

「ピカ!」

 

さらに何事か告げてくるピカチュウに確認の意味も込めて尋ねればしっかりと頷かれ小さく笑う。

肩に乗る温かな体温とあと少しで別れなければならない事に感じた一抹の寂しさを押し込め、善は急げと言わんばかりに地を蹴った。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

そこは山間部にある町だった。

 

森の出口が町を見下ろせる位置にあり、そこから見た感じでは周囲を自然に囲まれながらも中心部にはビルや建物が建ち並びなかなかの賑わいを見せているような印象で、早速そこに向かった……までは良かったんだけど。

 

「……うーー……ん。ないなあポケモンセンター」

 

「ピカピカ」

 

町に入ってから約数十分。

私は目当てのポケモンセンターを見つけられず完全に迷子になっていた。

 

もしこれが弟や幼馴染みだったら街の様子とかからここが何地方の何ていう町かは勿論、ポケモンセンターの位置もぱぱっと思い付くんだろうけど、残念ながら『ポケモンセンターは赤い屋根の建物』くらいのぼんやりとした知識しかない私ではそんな芸当できる筈もない。

 

ちなみに最悪店の看板とかで判断すればいいやって楽観的な考えは実際看板見た時点で霧散した。

そう言えばポケモンの世界で使われてる文字って日本語じゃなくて創作文字じゃんって。

 

つまり何が言いたいかと言うと。

全く読めない。

 

「完全にまずったなあ。誰かに尋ねようにもあんま人歩いてないし……どっか適当なお店入って聞くしかないかあ。」

 

「……ピカ」

 

キョロキョロと辺りを見回しながら言うとさっきから返事を返してくれていたピカチュウの声に急に元気がなくなった気がしてハッと立ち止まる。

慌てて左肩を見ればつい少し前まで私同様辺りを興味深げに見ていたピカチュウが今やその耳を下げどこかぐったりしているように見えて息を飲んだ。

 

……嘘。

 

「ッ、ピカチュウ!? 嘘、ピカチュウどうしたの!?」

 

「…………ピ……。」

 

呼び掛けるけど反応せず、ずりっと肩から滑り落ちそうになった彼をすんでのところでキャッチし胸元に抱え直すも弱々しく鳴くだけのその姿に心臓に直に氷でも押し付けられたかのような気がして息を飲んだ。

ザッと全身から血の気が引き、ばくばくとうるさいくらい脈打つ心臓に落ち着け落ち着けと言い聞かせながら腕の中の存在をしっかり抱き締める。

 

でも何で急に……。

 

「もしかして元気に見えてただけで、本当は私を助けた時かなり体にダメージがあって、離れないんじゃなくて離れられなかったんじゃ……。」

 

ぐったりとしたピカチュウの姿にそう確信めいたものを感じぐぐっと奥歯を噛み締める。

もしそうなら、彼が私の肩に乗ってきたのも分かる気がする。

きっと自分ではもう歩く事すら出来なかったんだ。

 

「……ッ、これは私が招いた事。私と出会ったから、私のせいでピカチュウはこうなった。だからこれは私が負うべき責任。そうでしょ、理生。」

 

――だから。こんなところで立ち止まってる暇なんて、ない筈でしょ。

 

震えそうになる膝を叱咤し自分に言い聞かせるように呟くと思い切り地を蹴って走り出す。

 

とにかく今見えてる中で一番近い店に飛び込んでポケモンセンターの場所を聞かないと……!

 

そんな風に焦って周りが見えていなかった為か勢いに任せて角を曲がった瞬間、向こうから買い物袋を両手に下げて歩いてきた人物と思い切り正面衝突した。

 

「うわっ!!?」

 

どこかで聞き覚えがある落ち着いた響きの少年の焦ったような声の後、ドスンと音を立て尻餅を付いた彼の両手の買い物袋からガチャンと何かが割れる音と共に買い物袋の底からじわりと液体が滲み地面を濡らしていく。

 

まさか、あれって……。

 

「……ああ~~~~!!? 買ったばかりのモーモーミルクが!!!」

 

その音に嫌な予感を覚えるよりも早く少年の絶叫がその場に響き渡った。

 

嘘でしょ!? と内心叫びながらもいくら急いでいるとは言え無視できる筈もなく買い物袋を呆然として見ている彼にごめんなさい!と勢いよく頭を下げる。

 

「あの、私急いでて! 前よく見てなくって本当にすみません!! あの、後で弁償でも何でもするしお望みなら土下座も辞さないので、お願い教えて! この辺にポケモンセンターは!?」

 

「え? あ、ああ、ポケモンセンターならこの道をまっすぐ行けばすぐにある……ってどうしたんだそのピカチュウ!!」

 

勢いのまま少年に畳み掛けるとその細目を白黒させながら歩いてきた方を指し示したところで彼の声音が変わった。

 

がばりと立ち上がり私の腕の中のピカチュウの額に熱を測るように手を伸せた彼に分からないの、と首を振る。

 

「さっきまでは元気だったの、でも急にぐったりして、体に力が入らないみたいで……! 私のせいなの、ピカチュウ私を助けるために無理をして…! だからポケモンセンターに……!」

 

後半になるにつれ気持ちばかりが急いてパニックみたいに叫ぶ私に分かったと頷いた彼が私の腕の中からピカチュウを抱き上げた。

 

「君、名前は?」

 

「ッ、へ、あ、リオッ、空野理生です、あの、それより……!」

 

「ああ、分かってる。俺はポケモンブリーダー兼ポケモンドクター養成学校の生徒のタケシだ。ポケモンセンターはこっちだ、着いてきてくれ!!」

 

「は、はい!!」

 

それだけ言うと両腕の買い物袋がガチャガチャ音を立てるのも構わずに走り出した彼の後に続いて走り出す。

その瞬間、前方を走る彼――タケシくんの腕の辺りからぐうううう……と何とも間抜けな音が聞こえた気がして首を傾げた。

 

「『ぐううう……』」?」



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第二話 『多重トリップ者と元ニビジムジムリーダー』②

閲覧ありがとうございます。
第2話です。
まだまだ導入部分+説明回です。
タケシはハイスペックだと常々思ってます。
それでは少しでも楽しんで頂けると幸いです。


「ピッ、ピッ、チュ、ピッ――。」

 

「……新手の掃除機か何かかな?」

 

ポケモンセンターの一角。

ジョーイさんのご厚意により置かれた小さなカフェテーブルの上に器に入れて置かれた山盛りのポケモンフーズがが次から次へと物凄い勢いでピカチュウの口の中へと消えていく。

中々に凄まじいそれを同じくご厚意で置いて貰ったカフェチェアに腰を下ろし完全に脱力して眺めながら呟いたのも致したかない事だと思う、うん。

 

 

――あの後。

 

血相を変えて飛び込んできたタケシくんと私に驚きながらもすぐにピカチュウを診てくれたジョーイさんによると、ピカチュウの症状はわざの過度使用による多少の疲労と空腹によるものであると告げられた。

 

「……空、……腹?」

 

「ええ、つまりお腹が空き過ぎて体に力が入らなかったみたいね。だから高栄養高カロリーのポケモンフーズを食べさせれば大丈夫よ。」

 

「……そ、ですか……。」

 

ジョーイさんの説明を聞きながら膝から崩れ落ちそうになる程の脱力感に襲われながら返事を返す。

ちなみにこの頃になるとジョーイさんの助手であるというたまごポケモン・ラッキーに抱えられたピカチュウのお腹からはぐうううとかくきゅるるるとかぐぅぅぅるるとか切ない音が絶えず響いていて、それもさらに脱力する要因だった。

 

「……もおお、ピカチュウうう~~……」

 

「まあまあ。病気とか怪我じゃなくて良かったじゃないか、な?」

 

もうどうつっこんでいいか分からず呻く私を励ましてくれたのはタケシくんで、そう言う彼も苦笑ぎみで申し訳なさが増していく。

 

「……それはそうだけど。てかタケシくん本当ごめんね、モーモーミルク割っちゃった上にこんな事に巻き込んじゃって。」

 

「いやなに困った時はお互い様さ、リオ。」

 

そう言ってポン、と肩に乗せられた手はとても温かくて知らず知らずほっと肩の力が抜けてありがと、と笑いかける。

 

「じゃあ後はポケモンフーズと、ラッキーのたまごを処方するから。ラッキーのたまごは栄養満点で味も抜群だからピカチュウもすぐ元気になるわ。」

 

「ありがとうございます。でもいいんですか? ラッキーって確か一日に一回しかたまご産まないから、そのたまごは高級品って……。」

 

「確かにそうね。だからこそピカチュウみたいな患者さんには効果抜群なの。じゃあちょっと待っててね。」

 

以前弟がそんな事を言ってた気がしたし、空腹で目を回しただけのピカチュウにそれを処方してもらっていいのかと思わずジョーイさんに聞き返せば、一度ぱちりと瞬きした彼女がすぐに勿論と頷いてくれて、今に至るという訳だ。

 

 

さらにいえば、ピカチュウってあっという間にラッキーのたまごを平らげた後ポケモンフーズを食べてるんだけど、一体あの体のどこにあれだけの食べ物が入ってるのかは多少疑問でもある。

……まあ、本人が幸せそうだからいいけどさ。で、後は――。

 

「『ポケモンブリーダー兼ポケモンドクター養成学校の生徒』って事はあのタケシくんはアニメ版の方のタケシくんで。今彼は買い物袋を置きに行くのと私に渡すものがあるからって一旦家に帰ったからつまりここは彼の故郷であるカントー地方のニビシティ。で、確かタケシくんがそう名乗ってたのは『ベストウィッシュ』以降かつ『サン&ムーン』以前だから時系列もそれくらい。それが分かっただけでも僥倖だよね。」

 

周囲に聞こえないように声を落とし瞳を細める。

 

何か色々それどころじゃなくてしれっと知り合いになっちゃったけど、ポケモンにおいてウニのようなツンツン頭に糸目の十五歳くらいの少年・『タケシ』と言えばゲーム版ではそれこそニビジムのジムリーダーとして。アニメでは主人公の旅仲間として、知らない者はいないくらい有名なキャラクターだ。

 

アニメでは少し三枚目に描かれていて、年上のお姉さん好きなキャラだけど、大家族の長男ってことで面倒見もよく、家事も得意。

さらにポケモンブリーダーの知識や経験は確かなもので、旅の道中とかではすぐ熱くなる主人公を抑えるストッパー役も兼ねたいわゆる縁の下の力持ちタイプ。

 

で、今はポケモンドクターを志すポケモンドクター養成学校の生徒。

 

こう考えるとタケシくんって年上のお姉さんに関するあれやこれや以外は結構ハイスペックなんだよね。

 

それに実際会ってみて分かったけど、結構背もあるし顔の造りも整ってる方だ。

 

「……普段女子の間じゃ『いい人だよねー』止まりがデフォだけど、バレンタインとかになると本人も気付かないまま本命チョコレートいくつか貰ってそうなタイプかな。」

 

「チョコがどうしたって?」

 

「わっ!?」

 

すでにあれだけあったポケモンフーズの三分の二を食べ尽くしながらも尚勢いの衰えないピカチュウを眺めながら何となく呟いた内容に背後から返されびくっと肩を跳ねさせ、思わず声をあげてバッと振り返れば紙袋を抱えたタケシくんが少し驚いた表情で立っていた。

 

「タケシくん! あの、チョコは大した事じゃないから、うん! あと驚かせちゃってごめん! ……ってあれ? もしかしてタケシくんここまで走ってきた?」

 

「ああ。ピカチュウのあの勢いだと俺が戻ってくる前にポケモンフーズ食べ終わってそうだったから、待たせちゃ悪いと思ってさ。」

 

「そんな、気にしなくていいのに。あ、これまだ使ってない綺麗なやつだから良かったら使って?」

 

慌てて立ち上がり弁明しながらも彼の息が少しあがってる事に気が付き尋ねると、そう笑って呼吸を整える彼は結構汗だくでそこまでして走らせた事が申し訳なくてスカートのポケットに入れっぱなしだった数少ない所持品である白いハンカチを差し出せば、少しだけ躊躇してからハンカチを受け取った彼がそれで顔の汗を拭う。

 

「ありがとうリオ。このハンカチきちんと洗濯して返すから待っててくれ。」

 

「ううんいいよ、そんなハンカチの一枚や二枚。」

 

「ピッカああ……」

 

そんなやりとりを交わしてると不意にピカチュウの野太い声が聞こえてきてそちらを二人同時に見ると、見事ポケモンフーズを食べ終わったピカチュウがもう食べれないと言わんばかりに仰向けに机の上で寝転がったところだった。

思い切り膨れたピカチュウのお腹とその様子に顔を見合せプッと噴き出したのはやっぱり二人同時で。

一頻り笑った後、何で笑われてるのか分からないと言った表情のピカチュウの側に行きその頭を撫でる。

 

「ピ?」

 

「あはは、ごめんごめん。で、ピカチュウ。満足した?」

 

「ピカ。」

 

瞳を細めるピカチュウに改めて尋ね、返ってきた満足そうなその声に先程の弱々しさはどこにもなくて、心の底から安心してほっと息を付いた。

 

「……良かった。」

 

「ああ。けどその腹じゃ暫くは真面に動けないだろうから休憩が必要だな。」

 

「だね。ピカチュウ、暫く休んでていいよ。」

 

「ピカ!」

 

さらにそう付け足せば元気一杯で返事をして少し体を伸ばしチャーー……と欠伸をするピカチュウにああこれこのまま寝そうだな、なんて考えて小さく笑う。

 

ったく、食べてすぐ寝ると牛になっちゃうんだからね。この世界に牛いないけど。

 

内心で誂いながらもピカチュウの頭を撫でてると小さな笑い声が聞こえて振り返ればタケシくんと目があった。

 

「タケシくん?」

 

「いや、リオとピカチュウは本当に仲が良いんだなと思ってな。俺の親友もピカチュウをパートナーにしてるから色々思い出すよ。二人はどれくらいの付き合いなんだ?」

 

「へぇ、ピカチュウを……。そうなんだ。……んと、どれくらい、と言えばついさっきから、かな? ピカチュウにはニビシティに入る前の森で出会ったばかりだし。あとピカチュウは私のポケモンでもないんだ。私、トレーナーじゃないし。」

 

「そうなのか!? 二人の様子からだと息の合ったパートナーにしか見えなかったぞ?!」

 

どこか懐かしそうな彼の様子にその親友って十中八九赤いキャップがトレードマークの彼だよねと内心呟き、言葉を選びながら伝えられる範囲で今の自分の状況を伝えるとかなり驚いたのか身を乗り出してきたタケシくんにあははと誤魔化すように笑いながらも頷いた。

 

「実はそうなんだよね。まあピカチュウに本当に危ないところを助けて貰ったのは間違いないんだけど。」

 

「危ないところを? そう言えば俺に道を聞いてきた時にもそう言ってたけど具体的には何があったんだ?」

 

「……んーー……足踏み外して崖から落ちたところを助けられた、みたいな?」

 

「何だって!!?」

 

「ピッ?」

 

流石に空から降ってきたなんて言える筈もなくて適当に暈して答えれば余程驚いたのかかなり大声で聞き返され、ポケモンセンター内の人たちがバっとこちらに視線を向けるのと同時に微睡んでいたピカチュウが頭をあげる。何事かと言うようにこちらを見たままの視線が気まずくてタケシくん!と慌てて彼の腕を軽く引いたところで、ガーー……と僅かな自動ドアの開閉音が妙に静まり返ったポケモンセンター内に響き渡った。

 

「んん? 何じゃ皆さん静まり返って。どうかしたのかね?」

 

その渋い声に周囲の視線が私達からそちらへ移り、つられるように視線を向けるとポケモンセンター内に入ってきた赤いシャツに白衣姿のきりりとした上がり眉が特徴な白髪の初老の男性――ポケモン研究の第一人者であるポケモン博士――オーキド・ユキナリ博士がそこには立っていた。



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第三話 『多重トリップ者とマサラタウン道中』

閲覧ありがとうございます。
第三話です。

オーキド博士の口調が安定してません、すみませんorz

今のところ主人公がタケシに向ける感情は友情オンリーです。

距離感ちょっとおかしいのは主人公には双子の兄がいたから。
あと弟がいるから。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




オーキド博士がポケモンセンターを訪れた理由はまさにタケシくんだった。

 

「おお、おったおった! 久しぶりじゃのぉ、タケシ! ニビジムでジロウくんに聞いたら、先程帰ってきたと思ったらポケモンセンターに行くといってまた出ていったと聞いての。かなり急いでいたと言う話じゃったから何かあったのかと思っとったが、成る程ガールフレンドに会うためだったんじゃな?」

 

「ガール」

 

「フレンド?」

 

「ピカピカ?」

 

私達の側に寄ってきたオーキド博士の言葉の意味が分からず上から順にタケシくん、私、ピカチュウと言った感じで博士の言葉を反芻し共にきょとんとしていると、んん?と博士もまた首を傾げる。

 

「何じゃ違うのか? 手など繋いどるからてっきりそうなのかと思ったんじゃが。」

 

「……手? ひょあああああっ!!!? ご、ごめんタケシくん、つ、掴んだままだった!」

 

「ピカチュ、ピ」

 

「い、いや俺の方こそ……!」

 

さらにちょいちょいと指で軽く示されたタケシくんと私の間を見遣れば未だ彼の腕を握ったままだった事に気が付き、口から飛び出たよく分からない奇声と共にその腕を離した。

その際、折角また活気を取り戻したざわめきがまた途切れて幾人かの視線を感じたけど何て言うかそれどころじゃなくて、恥ずかしさやら何やらでかああああっと一気に熱くなる首から上を隠すため咄嗟に顔の高さで抱き上げたピカチュウの背中に顔を埋めると上体を捻ったピカチュウの手でぽんぽんと頭を撫でられるし、その背中越しにちらりと見上げた眉を下げてあはは、と笑いながら頬をかく彼の頬にも微かに朱が差していて何だかとてもいたたまれない気持ちになる。

 

あと地味にピカチュウの手で凄い頭かき回されてる気がするけどこれ大丈夫? 髪の毛ぐしゃぐしゃになってない?

まあ普段から跳ねッ毛のショートヘアだからあんま気にしないけど。

 

そんな事を考えながらぐりぐりとピカチュウの背中に顔を押し付けているとん、んん゛と場の空気を変えるようにタケシくんが一度咳払いをした。

 

「とりあえず。オーキド博士。彼女は自分のガ、ガールフレンドではなく、今日知り合った友達のリオです。空腹で目を回したピカチュウのためにポケモンセンターを探してるところを自分と出会ったんです。なあ、リオ。」

 

「あ、うん、そうなんです。私ニビシティ始めてで、ポケモンセンターって赤い屋根の建物って印象しかなかったからまさかこんな大きいビルみたいになってると思ってなくて見つけられなくて。困ってるところをタケシくんに助けてもらったんです。」

 

「成る程のう。それで、ピカチュウはもう大丈夫なのか?」

 

「ピカチュウ!」

 

「おお、そうかそうか。ふむなかなかいい目のピカチュウじゃの。リオ、と言ったな。そのピカチュウわしに少し見せてくれんか?」

 

「はい、勿論です。あ、ただピカチュウ今お腹はち切れないばかりに満腹なのでお腹にはあまり触らないであげて下さい。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

そのまま話を変えるための話題を振ってくれたタケシくんに乗っかってピカチュウを胸元に抱え直して経緯を説明し、納得するように顎を撫でた博士に笑顔で答えたピカチュウを差し出す。

 

「……タケシくん、ありがとね。」

 

そのままピカチュウを抱き上げ観察しだしたオーキド博士を見ながら小声でお礼を言えば微笑んだ彼が同じくいや、と小さく首を振った。

 

「これくらいお安い御用さ。ところでオーキド博士。ニビジムに行かれたと言うことですが、自分に何か用でしたか?」

 

「おお、そうじゃった。実はタケシとカスミに是非渡したいものがあってのう。悪いが今からわしと一緒にマサラタウンの研究所に来てくれんか? 一昨日からは君のご両親も家に帰ってきておるから大丈夫だとジロウくんも言っておったしな。ただカスミは今日は都合が悪いとの事だったので明日渡すんじゃがな。」

 

「ジロウが……。そう言うことなら自分は構わないんですが、その……。」

 

「ああ。勿論リオも良かったら一緒にきてくれんかのう? お前さんのピカチュウをもう少し見せて欲しいし、何より右腕の怪我の手当てをしないとな?」

 

「え?」

 

オーキド博士の誘いにどこか歯切れが悪そうに答え私に視線を向ける彼にもしかしてポケモンセンターの場所すら分かってなかったニビシティ初心者丸出しの私に気を遣って遠慮してる?とピンと来て口を開く前に博士に言われた事に首を傾げる。

怪我、と言われて腕を見るも枝を折りながら落ちた際に着いた樹液の汁やなんやらで少し汚れてるくらいで傷なんて付いてないし、それ以外で怪我をした心当たりもない。

 

「ん? なんじゃリオお前さん自分で気が付いとらんのか? ほれ表じゃなくて腕の裏じゃ裏。」

 

「裏? 裏……あっ……!」

 

言われるがままに少し腕を捻ると腕の裏側――丁度上腕三頭筋のところの服が約十五センチ程裂けているだけでなくそこから見る腕にも同じくらいの傷が付き血が滲んでいるのが分かり眉を寄せる。

ちなみに今回は昼休みに購買部に行こうと財布と携帯端末だけ持って階段を降りてる最中に強制紐なしジャンプに参加させられたので私の服装って当たり前に高校の制服だし、我が海咲女子高の制服って袖と襟に紺のラインが一本入ってる白襟の白セーラーに紺のプリーツスカートと紺のスカーフなんだよね。

 

つまり……。

 

「あああ、嘘でしょ……。怪我すると目立つ顔や着地に使う足には気をつけてたのに。一ヶ月も経たずに破いたと知れたら何言われるか、てか服にも血付いてるし! 血の汚れは取れにくいのに――」

 

「――そこじゃないだろう!」

 

「ピカチュウ!!」

 

どう誤魔化そうと息を付きかけた瞬間、目の前のタケシくんと少し離れたピカチュウから明らかな怒声が飛んできた。

 

「へ? あ、いたたた! タケシく……!」

 

次いでガッと腕を掴まれ傷に触れないようにしながらも腕を捻る彼に慌てて声をかけようとしたところで、声音同様かなり怒ってるのが分かる程眉を吊り上げた険しい顔で傷口を見る彼が目に入りぴたっと口を紡ぐ。

 

……あれ?

私何かまずいこと言ったかな?

 

見れば博士の腕の中でピカチュウもめちゃくちゃに暴れてるしそれを抑えてるオーキド博士も渋い顔してるし。

 

「……あ、あの……。」

 

「血はもう止まってるみたいだけど念のため止血もしておいた方がいいな。リオ、痛みとかはあるか?」

 

それでもこの空気は居たたまれなさすぎてあげた声はタケシくんの固い声音によって打ち消されびくんと体を竦ませる。

 

「……ちょ、ちょっとピリピリするぐらい……です。」

 

さらに誤魔化しや嘘は許さないと雰囲気だけでびしばしと語る彼に圧されぼそぼそと答えると、小さく息を付いた彼が分かったと私の腕を掴んだままオーキド博士に向き直った。

 

「……オーキド博士、と言う訳でお待たせしました。行きましょう。」

 

「うむ、そうじゃなそろそろ行くとするか。」

 

「ピカ!!」

 

「へ? あの? えっ……、えええっ!?」

 

さらにそこからは三人で分かりあったように頷きあいピカチュウはオーキド博士にだっこされたまま、私は有無を言わせないタケシくんに引きずられるようにしてポケモンセンターを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

そして現在。

 

「……――なるほどのぉ。ニビシティの手前にあってピカチュウが生息しとる森なら、トキワの森に違いないが。それにしたってあまり無茶はするものでないぞ、リオ。」

 

「博士の言う通りだ。それ以前に手持ちのポケモンが一匹もいない状態で森に入るなんて危険すぎるだろ、二度とするんじゃないぞ。勿論ピカチュウもだ。今回は二人とも無事だったから良かったものの、何かあってからじゃ遅いんだからな。」

 

「そうね。二人とももうそんな危険な事しちゃ駄目よ。特にリオちゃんは女の子なんだから、体に傷が残るような事はしないようにね。」

 

「バリバリ」

 

「…………はい、すみませんでした。」

 

「……ピカ。」

 

オーキド博士が運転するオープンカー車中。

マサラタウンに向かう道中はタケシくんとオーキド博士は勿論、実は博士と共にニビシティに来ていて博士がタケシくん呼びに行ってる間は車で待っていたこの世界の主人公――まあ名前言ってもいいか、マサラタウン出身でピカチュウを相棒にする十歳のポケモントレーナー・サトシの母親であるハナコさんとそのパートナーであるバリアーポケモン・バリヤードによって軽い自己紹介の後ピカチュウとの出会いを根掘り葉掘り聞かれた上でのお説教会場へと変化していた。

 

……とは言っても流石に自分の素性は晒せないし暈してるところもあるから、真実を知ってるピカチュウはどこか納得してないみたいだったけどそもそも無茶した点ではピカチュウだってわざの過度使用による空腹で目回したんだから一緒でしょ、と耳打ちしたらむすーっとして黙り込んだ。

 

うん、ごめん。

 

「――うん、これで大丈夫な筈よ。包帯きつくない? リオちゃん。」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、ハナコさん。」

 

こちらに背を向けてしまったピカチュウに内心で謝りながらも腕の切り傷の手当てをしてくれた彼女にお礼を言う。

 

ちなみに車内の席順は運転席にオーキド博士で助手席にタケシくん。

後部座席にハナコさん、私、バリヤード。でピカチュウは私の膝の上と言う位置関係だ。

最初はタケシくんと私とピカチュウとバリヤードが後部座席で彼が私の手当てをするって話だったんだけど、傷の位置の関係上セーラー服の上を脱がないと手当て出来ないって話になりこうなった。

あと「え、でもこの下キャミソール着てるし、タケシくんにだったら見られても別にいいけど。」という私の意見は他の三人に秒で却下されたけど、タケシくんの好みって年上のお姉さんだから、そもそも同年代の私ってそういうのの対象外って事で問題なくない?

 

あと私の体っての凹凸に乏しいし。主に胸の部分が。

 

「じゃあマサラタウンに着いたらオちゃんのお洋服はお洗濯するからリオちゃんとピカちゃんは私とバリちゃんと一緒にうちに来てね。その間はリオちゃんでも着れそうな私の服貸すからね。」

 

「はい。」

 

何か自分で言ってて空しくなってきた事実を振り払い応えながら、そう言えば、とピカチュウのその黄色い後頭部を見下ろした。



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第四話『多重トリップ者と泡沫の事』

閲覧ありがとうございます。
第四話です。
凄く大きく区切るとここまでがプロローグ。
次からはカントー地方編になると思います。
では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。



タケシくんに会うまではポケモンセンターに寄った後、再びトキワの森に戻ってピカチュウとは別れるつもりだった。

 

その理由は私がいつまた元の世界に戻るか分からない、それを自分で決める事すら出来ない転移者だからに他ならなかった。

泡沫のように消えてしまう存在のために誰にも心を痛めて欲しくなくて、今までの世界でだって既存キャラ達とあまり深く関わらないよう気をつけてきたし、それはこれからだって変わらない。

だからピカチュウともそうするつもりだったけど、実際はそうはならずここまでずっと一緒にいる。

尚且つ釘を刺された以上、これから一人でトキワの森に行くことは少なくてもタケシくんはさせてくれなさそうだし。

 

……それになにより。

 

今日出会ったばかりの私をあんなに必死になって助けてくれたピカチュウに対して何にも説明せず別れだけを告げるのは物凄く不義理な気がした。

 

とは言っても『実は私は別の世界から来た人間で、いつこの世界からいなくなるか分からないから私とこれ以上関わらない方がいい』って伝えて何人がすんなりと同意するだろうか。

や、主に魔法や異能や超能力や宇宙人や各種神が当たり前に存在する世界だと後半はともかく前半はあっさりと受け入れてくれた人達も結構いたけど、それはそれとして。

 

でも……――

 

「あ、そう言えばリオちゃん。」

 

「ん、あ、はい。どうしました?」

 

不意にハナコさんに名前を呼ばれてそこで思考が一気に現実に引き戻された。

何だろうとハナコさんに向き直ると大した事じゃないんだけど、と前置きした上で彼女が口を開く。

 

「ほら、さっきまでの話だとリオちゃんってピカちゃんをゲットしないまま一緒にいるんでしょう? ゲットはしないの?」

 

「…………ゲット。……その、私、ポケモントレーナーじゃないんです。モンスターボールもないですし、図鑑も持っていませんし。」

 

『ゲット』という単語にぴくりとピカチュウが耳を揺らしたのを横目で見ながらも、いずれピカチュウを置いてこの世界からいなくなるのが分かりきってる、二度と会えなくなるのが確定している最低なトレーナーの元にピカチュウを縛り付けるようなその選択肢だけは取りたくなくて小さく首を横に振って答えれば返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「あら、そうなの? ならこれを機になっちゃえばいいじゃない、ポケモントレーナー。リオちゃんはもう十歳を超えてるんだから、貰おうと思えばポケモン図鑑もモンスターボールも貰えるんじゃないかしら。ね、博士。」

 

「おおそうじゃの。丁度研究所に最新式のポケモン図鑑が一台余っとるからあれを使えばいい。リオ、後で取りに来なさい。その時にピカチュウ用のモンスターボールも進呈しよう」

 

「……ピ!」

 

「え!? 」

 

さらに予想外な展開に思い切り動揺し、そう言えばオーキド博士ってポケモン博士だったと我ながら何を当たり前の事をと考えながら思考を巡らせる。

 

や、例えそうなったとしてもピカチュウには本当の事伝えてゲットされるのは諦めて貰うつもりだけど何とか事前に回避できないものかと必死に弟と幼馴染みに聞いたポケモンの知識を掘り起こしているうちにアニメのみの所謂裏設定的なものを思い出す。

 

「え、っ、あ、いえ、その。ポケモン捕獲には確か免許いりますよね、私それも取ってないんです。」

 

「免許? ああ昔はそう言う言い方をしておったが、つまりはポケモントレーナーになる資格じゃな。それなら今は十歳の誕生日を過ぎたら自動的に付与されるものじゃぞ?」

 

「え?! そうなんですか!??」

 

「ああ」

 

これはいけると思った設定まで論破され内心頭を抱える。

でもそうだよね、ゲームのNPCには園児のポケモントレーナーもいるって弟から聞いた事あるし、アニメだけポケモントレーナーのハードルが跳ね上がるとかないよね。

でも、なら、どうしようと考えてるといつの間にかこちらへ振り返り真っ直ぐに私を見上げるピカチュウの真ん丸な黒曜石の瞳と視線が絡む。

どこまでも真っ直ぐで真摯な視線から目を逸らす事なんて出来なくて一つ息を付いた。

 

……あー、もう……。仕方、ないかな。

 

「……ピカチュウ。」

 

「ピカ。」

 

一つ決心してぐっとお腹に力を入れて声をかけると膝の上の彼が肩越しに振り返る。

緊張のため口か乾いて行くのを感じながらも、あのさ、と切り出した。

 

「私を助けてくれた君だったら分かると思うけど。私は、『普通』じゃない、んだよね。」

 

「ピカチュ。」

 

「……だから、正直に言えば私は君をゲットしたくない。……ううん違うな、しちゃいけないんだと思う。君をゲットする資格が私には、ない。」

 

「リオ?」

 

「リオちゃん?」

 

真っ直ぐピカチュウを見つめたまま話す私に不穏なものを感じたのかタケシくんとハナコさんの怪訝そうな声が耳朶を打ち、一度だけ小さく息を吐く。

 

分かってる。

こんな話ここですべきじゃない。

それこそマサラタウンに着いた後にでもピカチュウと二人きりになって話すのが一番良い事なんだろう。

 

……でも。

 

()()()()()()()()()()()私には分からなかった。

 

ピカチュウにだけ真実を話して、それで別れられたとしても。

その後、タケシくん達にどう説明すればいい?

既にタケシくん達には嘘を付いてるのに、また嘘を付いて誤魔化す? それを元の世界に帰るまでずっと続ける?

 

……今までの世界ではそうしてきた。

一つ嘘を付いてそれを誤魔化すためにまた嘘を付いて、そうやってどんどん大きく膨れ上がっていく嘘に押し潰されそうになりながら笑う事だって苦じゃなかった。

苦じゃないって思い込もうとしてた。

 

でも。

 

タケシくん達に……タケシくんにそうやっていくのは、もう、少ししんどかった。

 

……だから。

 

何も言わず私を見上げるピカチュウの頭をそっと撫でゆっくりと口を開く。

 

「――ピカチュウ。はっきり言うね。私は、この世界の人間じゃない。別の世界の人間なんだ。……私は世界と世界を隔てる壁を呆気なく飛び越える事ができる体質で、でも私にはそれがコントロールも制御も出来ない。だから、 今日ピカチュウと出会った時のように、突然空から降ってきて。……突然いなくなる。そんな泡沫の存在なの。ッ、だから、君をゲット出来ない。ゲットしてしまったら私は君を傷つけちゃう。突然君を置いていって、それで二度と戻ってこない、そんな事をいつか平然としてしまう。私はそれがどれだけ残酷で、切なくて、苦しくて、悲しいものか知ってる。ッ、身を持って、知ってるのに。だから、だからね。そんな思いをさせるような最低な奴のもとに、君を縛り付ける事なんて出来ない。ッ傍にいて欲しい、なんて言えない。だから……。」

 

「――リオ」

 

ともすれば震えそうになる声を押さえつけて、ごめんね、と続く筈の言葉は助手席から後部座席へと思い切り身を乗り出したタケシくんに遮られ、伸ばされた温かな掌が優しく頭に置かれた事で明確な音にはならなかった。

 

「ッ、タケシくん?」

 

「リオ。……だったら、リオが少しでも長くピカチュウと一緒にいられる方法を、この世界にいられる方法を見つけよう。大丈夫、俺も協力する。だから、全部一人で背負い込もうだなんてしなくていいんだ。リオは、一人じゃない。」

 

「……ッ……!」

 

ゆっくりと私の頭を撫でるタケシくんの声はすごく優しくて、温かくて。

 

まるで地面に水が染み込むように心の奥に染み渡るそれに目の奥が熱くなって視界が水の膜に包まれて揺れるのを誤魔化すように顔を俯かせると、隣に座るハナコさんの手がタケシくん同様にそっと優しく背中に添えられた。

そのほっそりとして柔らかくて優しい手は随分久しぶりに感じる「お母さん」の手でさらに喉の奥がぐぅっと鳴るのを感じて奥歯を噛み締めるとリオちゃん、と優しく呼びかけられる。

 

「そうね、お別れは凄く淋しくて悲しいものだものね。リオちゃんはピカちゃんにそんな思いさせたくなかったのね。……でもね、リオちゃん。お別れを理由に出会いを怖がっちゃ駄目よ。だって、リオちゃんは今こうして、この世界に来て、この世界で生きてるんだもの。ピカちゃんやタケシくん、オーキド博士、それに私とバリちゃんと出会ったようにこれからもっともっと沢山の人やポケモンと出会って、仲良くなって。時に出会いと別れを繰り返しながら色んな事を体験して貴方の世界を広げて、色を増やしていかなくちゃ。 それにね、例え僅かな時間しか一緒にいられないとしても、ピカちゃんはリオちゃんと一緒にいたいみたいよ?」

 

「ピカ!」

 

それに同意するようにピカチュウの鳴き声が耳朶を打ち俯いた視界の中にピカチュウの顔が入り込む。

 

「ピーカ、ピカ。ピカ、チャーー。」

 

「……ピカチュウ……ッ……。ッ、――――ッ!」

 

私の膝の上で背伸びをしてすりっとその赤いほっぺを頬に擦り寄せる彼のやっぱり小さな肢体を抱き締めるとぽろりと瞳から涙が一粒落ちて、そこからはもう止められなくて。

彼の柔らかい毛並みにぼとぼとと音が聞こえそうな程大粒の涙を落としながらただ嗚咽をあげるしか出来ない私の頭と背中をタケシくんとハナコさんはずっと撫でてくれていた。



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第五話 『多重トリップ者と始まりの色』

閲覧ありがとうございます。
第五話です。

前回でプロローグは終わりみたいなこと言ったと思いますが、あれは嘘ですすみませんorzorz
ここまでで本当にやっとプロローグ終了です。
次回から少し時間が進んでのカントー地方編です。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


結局、ニビシティのポケモンセンターを出た時にはまだ真っ青だった空はマサラタウンに付く頃にはオレンジ色に染まっていた。

 

これからオーキド博士の用事を済ませてまたニビシティまで帰るとなるとかなり帰宅時間が遅くなるタケシくんはその時点でオーキド博士の研究所に泊まる事が決定し、そのタイムロスの原因はタケシくんが身を乗り出した時点で博士が車を路肩に止め、その後泣きじゃくる私が落ち着くまで発車出来なかったからと言う完全に私のせいでとにかく申し訳なくて仕方なかったけど、助手席に座り直したタケシくんには気にしなくていい、と首を振られた。

 

「今日は家に母さんがいるから弟達の食事も心配しなくていいし大丈夫だ。それに、そもそもリオをマサラタウンに連れて行こうとしたのは俺だからな。リオともっと話がしたかったし丁度いいよ。」

 

「私と?」

 

「ああ。実はリオと初めて会った時、ピカチュウ以外の事でも何か困ってる事があるように見えたんだ。それで、あの時はそれが何かは分からなかったけど、俺で出来る事なら協力するって言うつもりだったんだよ。」

 

「……タケシくん。」

 

あっさりとそう言う彼に瞳を瞬かせるけど、何か色々バレバレだったんだなって事とか知り合ったばかりなのに当たり前に力を貸してくれるつもりだったのが嬉しくて、胸のあたりがポカポカして。

その気持ちのまま笑いかける。

 

「……タケシくんって凄いね。何か私、タケシくんには嘘つけなくなっちゃいそう。……ありがとう、モーモーミルク割っちゃったし、いっぱい迷惑かけちゃったけど。あの時出会ったのがタケシくんで良かった。」

 

「ピカピカ。」

 

思わず心の底からの気持ちを伝えると腕の中のピカチュウも同意するように頷いたのを見てねー、と二人で笑い合う。

 

「……ああ。俺も二人に。リオとピカチュウにあの時出会えて良かった。」

 

そんな私とピカチュウに一瞬だけ照れ臭そうな表情を浮かべるもやっぱりあっさりと返してきた彼にこっちのが照れ臭くなったのは内緒の話。

 

と言うかアニメだとタケシくんいつも年上のお姉さん口説く時歯の浮くような台詞言ってるけど、そうじゃなくて自然体にしてた方がモテると思うんだけどなぁ。

 

……実際そうなったら何かアレなので絶対教えないけど。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

――マサラタウン。

 

「マサラは まっしろ はじまりのいろ」という有名なキャッチコピーにあるようにゲーム版の初代やそのリメイク作品等においての主人公の故郷であり、アニメ版ではサトシの故郷である始まりの町に着いた時、予定を変更しようと言ったのはオーキド博士だった。

 

「初めはハナコさんとバリヤード、リオ、ピカチュウを家の前で一旦下ろし、わしとタケシのみ研究所に向かう予定だったがリオとピカチュウもこのまま研究所に行った方がいいじゃろう。先程まではポケモントレーナーになるのを渋っていたようじゃが決心が付いたのなら、善は急げというからのぉ。」

 

「ですね。なら、研究所での用事が済んだら皆で家にいらして下さい。今日はリオちゃんがこの世界に来てくれた記念日ですもの。腕によりをかけた夕御飯を作りますわ。あとリオちゃんのお洋服も用意して置かなくちゃ!」

 

「料理なら自分もお手伝いさせて下さい。」

 

「あの、私も……!」

 

「ありがとうタケシくん。あとリオちゃんは今夜の主役なんだからいいのよ。」

 

「え」

 

そんな感じにトントン拍子で話が進み、家の前でハナコさんとバリヤードと一旦別れて私達はオーキド研究所に向かう事になり、アニメで何度か見たことはあるものの実際に見るのは当たり前なんだけど初めてなオーキド研究所の建物内をきょろきょろと見回していると、またせたな、とピンポン玉くらいの大きさのモンスターボールが六つと赤を基調としたカード型の機械――XYでサトシ達が使用していた第六世代型のポケモン図鑑を乗せたトレイを持ったオーキド博士が研究所の奥から戻ってくる。

 

「では、改めて。リオ、これがお前さんのポケモン図鑑とモンスターボールじゃ。トレーナー一人が同時に所持できるポケモンは六匹まで。それ以降はこの研究所に転送されるようになっておる。ポケモン図鑑はこれ自体が身分証も兼ねておるのくれぐれも紛失せんようにな。」

 

「ありがとうございます、オーキド博士。」

 

「モンスターボールは中央のボタンを押すことで使えるようになる。やってみなさい。」

 

「はい。」

 

おほんと咳払いをした博士が説明をしてくれるのを聞きながらちらりと横目で左肩を見ればそこにはモンスターボールをキラキラした瞳で見つめるピカチュウがいて、何とも言えない気持ちで胸がいっぱいになっていった。

教えられるままモンスターボールを一つ手に取りボタンを押すとどういう仕組みかは分からないけど掌サイズになったそれに、アニメで見たのと同じだ!と密かに感動して、手に持ったままのボールを何となくくるくると回しながら観察する。

 

「……凄い。大きくなった。でも、こんな小さなボールの中でポケモン達ってぎゅうぎゅうに詰まって窮屈じゃないのかな。」

 

「……ピカチュ……。」

 

モンスターボールの中は快適って設定なのは知ってるけど実際に見るとどうにも心配になって呟くと実際にボールに入る側のピカチュウもどこか不安げな顔になっていく。

そんな私達に大丈夫、と笑いかけてくれたのは隣に立つタケシくんだった。

 

「モンスターボールの中は快適だと言われていて、狭かったりぎゅうぎゅう詰めにはなったりしないさ。ただポケモンによってはモンスターボールに入るのを嫌がって常に外に出てるポケモンもいる。あと普段はモンスターボールに入ってても時折自由にボールから出てくるポケモンもいるんだ。俺のパートナーのグレッグルもその一匹さ。」

 

「へえー。色んな性格のポケモンがいるんだね。……ってそれはそうか。一言でポケモンと言ったって一匹一匹違う個体なんだから。あと、グレッグルってどんなポケモン?」

 

「ああ。グレッグルは、そうだな、マイペースだけど頼りになる良い奴だよ。そうだ、明日俺の友達で一緒に旅をしていたハナダシティにあるハナダジムジムリーダーのカスミもここに来るみたいだから俺も一度家に戻ってグレッグル達を連れて来るよ。リオとピカチュウの事、カスミにも俺のポケモン達にも紹介したいしな。」

 

「本当? ――ありがと!、明日楽しみにしてるね!」

 

タケシくんの説明にそう言えばダイヤモンド・パール時代年上のお姉さんをナンパする彼を止めていたのがそのどくづきポケモン・グレッグルだったなあなんて感慨深くなる。

そんなタケシくんとグレッグルのコンビを『スパイスの効いたユニークなコンビ』って評したのはベストウィッシュのデントだったっけと考えながらお礼を言いバレないように心の中だけで息を付いた。

 

『別世界の住人』って事はついさっき話したけど、私の世界ではこの『ポケットモンスターの世界』そのものがゲームだったり、アニメだったりの物語の世界だって事は今までの世界同様口が裂けたって言うつもりはない。

 

自分が『物語の中の登場人物』って知って戸惑わない人はいないし、何より彼らや今の私にとっての現実はこの世界だけだ。

わざわざそれを壊すような事言う必要なんて微塵もない。

 

ただポケモン図鑑がXY仕様って事は時系列的にははXYなんだろうけど、今テレビで放映されてるのは新無印ってファンの間では呼ばれてる最新シリーズだから、過去に当たるベストウィッシュまでの出来事は勿論、この世界ではいずれ訪れる未来であるアローラ地方のZ技やガラル地方のダイマックス。

そうじゃなくてもアローラでサトシの仲間になるポケモンスクールの皆とか、新無印でコンビになるゴウとかその他色々下手な事言わないように気を付けなくちゃと密かに肝に銘じる。

 

……その過程で今みたいに我ながら色々白々しく感じちゃうのは仕方ない事だろう、うん。

 

「んん゛、そろそろいいかな? 話を続けるぞ。さて、野生のポケモンをゲットする方法は至極単純でその大きさにしたモンスターボールを投げ、ポケモンに当てればいい。そうすれば後は自動でモンスターボールがゲットしてくれるんじゃ。」

 

「は、はい。えと、体のどこに当ててもいいんですか?」

 

そう自分自身を納得させていると軽く咳払いをしたオーキド博士に続けられる。

すみません、と眉を下げて謝りながら尋ねればそうじゃとしっかり頷かれた。

 

そっか、投げて当てればいいんだ。じゃあ……。

 

「ピカチュウ、おまたせ、っわっ!!?」

 

「ピッカ!!」

 

百聞は一見にしかずとも言うし早速左肩のピカチュウをゲットしようと声をかけた瞬間、モンスターボールを持った右手をぐいっとピカチュウの手によって彼の方に引っぱられた。

 

いきなり過ぎて録な反応も出来ないうちに、思い切り身を乗り出したピカチュウがこつんとモンスターボールに額をぶつけかと思ったらパカリと開いたモンスターボールから飛び出してきた赤い光に包まれたピカチュウがボールに吸い込まれると同時に蓋が閉じて……って。

 

「ええっ!?」

 

さらに私の手の中で二、三回だけひゅいひゅいと音を立て揺れ、カチッという音を立てた後は沈黙したモンスターボールを唖然として見つめる。

 

「……嘘……。って、え、これでゲット出来たって事?」

 

「ああ。……ピカチュウ、待ちきれなかったみたいだな。」

 

あまりにも唐突で一瞬の出来事に同じく隣で驚いているタケシくんに尋ねると眉を下げて苦笑された上で言われ、そっかだ、とポケモンセンターの時同様何か脱力しそうになりながらボールを見遣る。

 

本音を言えば、ピカチュウをゲットするとは決めたものの本当にこれでいいのかって往生際の悪い気持ちは心のどこかにあった。

きっとピカチュウはそんな私の弱さをを見抜いていたんだろう。

だからこそ『いいからさっさとゲットしろ』と言わんばかりに自らモンスターボールでゲットされるという有無を言わせない行動を取った。

 

だとしたら……。

 

「……もおお……。敵わないなあ……。」

 

後悔も躊躇も、する隙すら与えてくれないパートナーに小さく苦笑しモンスターボールを掌で包み込む。

 

って、あ、そうだ。

 

「ゲットの方法は分かりましたけど、モンスターボールから出すのと入れる方法は……。」

 

「ああ。モンスターボールから出す時はボールをポケモンを出したい方向へ投げるんだ。そうすれば自動でボールから飛び出してくるさ。」

 

「さらにボールに戻す際はボールの真ん中にあるボタンを押して出てくる赤い光線をポケモンに当てれば、自動でモンスターボールの中に戻るようになっとるぞ。」

 

「成る程、分かりました。じゃあまず……。」

 

タケシくんとオーキド博士の説明に頷きながらまずはボールを前方に軽く投げると音を立てて開いたモンスターボールから白い光に包まれたピカチュウが飛び出してきた。

 

「ピカ、ピッカチュウ!!」

 

「……っと。全く、君は。まあいいや。――改めて。これからよろしくね、ピカチュウ。」

 

「ピッカ!!」

 

次の瞬間当たり前のように私の体を駆け上がり左肩に乗ると、満面の笑顔でこっちを真っ直ぐ見つめてくるピカチュウに一つ息を付き、そう笑いかける。

力いっぱいに頷いた彼の声はやっぱり可愛らしく勇ましい声で。

そんなこの小さな相棒が無性に頼もしくなって、瞳を細めた。

 

 

 

――そんな訳で。

 

私、空野理生はこの日ポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出したのである。



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第六話 『新人トレーナーとジム戦』①

閲覧ありがとうございます。

第六話です。
時系列はXYですが新無印のネタバレありです。
一万人以上のトレーナーが参加してる大会なら準備とかかなりかかるんじゃないかなと思ってます。
特に最近マスターズエイト入りしたドラゴンストームさんも一からスタートしてるので多少の時間かかってるよなぁ……と。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。



「――クサイハナ戦闘不能! よって勝者チャレンジャー・リオ!!」

 

 

 

周囲を囲むように木々と草花が植えられたバトルフィールド内に朗々とした審判の声が響き渡った。

 

「ピッカアア!」

 

それと同時に嬉しそうな声をあげ一直線に駆けてくる小さな相棒の為に膝を付き軽く腕を広げ、少し手前で跳び上がったピカチュウをしっかりと胸元で受け止める。

 

「ピカチュウ、よく頑張ったね!!」

 

「チャア!!」

 

そのまましっかりと抱きしめて労うと嬉しそうに声を上げその頬を私の顔に擦り寄せてくるのがくすぐったくて顔が綻む。

 

うん、今回も本当に頑張ってくれた。

何せたった一匹でタマムシシティジムリーダー・エリカの手持ちポケモンであるモンジャラ・ウツドン・クサイハナを相手どったのだ。

それを誉めないなんてトレーナー失格だろう。

 

ただ……。

 

「まさか三匹とも『そらをとぶ』一撃で倒すとは思わなかったけど。」

 

間違っても目の前でどこか唖然としているジムリーダーのエリカさんには聞こえないよう呟き肩越しに背後を振り返れば、四回目ともなれば流石に耐性が付いたのか、眉を下げて困ったように笑うタケシくんとカスミと視線が合い、どう反応したものかと三人で小さく肩を竦ませあった。

 

……と言うわけで。

 

この世界に来てから早十日。

新人トレーナー・空野理生とその相棒ピカチュウ。

ただいま成り行きでカントー地方のジム巡り真っ最中です。

 

 

 

+++

 

 

 

「やったわねリオ! これで四つ目のジムもクリアよ!」

 

「ああ。何はともあれこれでレインボーバッジもゲットだな。」

 

「ありがと、ピカチュウが頑張ってくれたおかげだよ。」

 

「ピカチュウ!」

 

タマムシジムを出た後、既にお約束になりつつあるやりとりをこなしながらエリカさんに受け取ったばかりのレインボーバッジを軽く空に翳す。

一つの大きな八角形と色相環図の如くそれぞれ色を振られた八つの六角形から成る何かの花を模したようなそれはレインボーバッジの名に相応しくとてもカラフルだ。

太陽の光を受けキラキラと輝くバッジから視線を横にずらせば私の左肩でそれに負けないくらいとても強い意思を宿した黒曜石の瞳をキラキラと輝かせバッジを見上げるピカチュウの姿があり小さく笑う。

 

それにしても……。

 

「残るジムはあと四つ。ヤマブキシティのヤマブキジム、セキチクシティのセキチクジム、グレン島のグレンジムにトキワシティのトキワジム。……まさかここまでピカチュウだけで来るなんて思いもしなかったなあ。」

 

元の世界の弟曰く、ゲームだとそうやって特定のポケモンとか特定のタイプのみを使用してストーリーを攻略する『縛りプレイ』なるプレイの仕方もあるらしいけど、それはあくまでゲームのプレイヤーの立場での話であって、現実でそうするトレーナーなんてほとんどいないと思う。

 

「ピカ、ピカチュウ。」

 

「あはは、はいはい。本当に凄いし、頼りにしてますよ。相棒殿?」

 

「ピッカチュ」

 

どやぁ、という効果音が付きそうな程得意顔のピカチュウに笑いながら少し恭しく伝え、その頭を撫でさせて頂く。

気持ち良さそうな彼から『苦しゅうない』と聞こえてきたのはきっと気のせいじゃないだろう。

 

「でもほーんと凄いわよね、リオとピカチュウ。ここまでジム戦全戦全勝じゃない? しかもハナダジムはタイプあいしょうもあってたった一撃で勝負決められちゃったし! リオ! バッジは渡したけど、それはそれ、これはこれって事できっちりリベンジさせて貰うからね!」

 

「それなら俺も、ニビジム元ジムリーダーとしてリベンジさせて貰おうかな。現ニビジムジムリーダーのジロウとのジム戦も≪にどげり≫でピカチュウの圧勝だったしな。」

 

「……さすがに本気のジムリーダー相手にピカチュウ一匹ってきつすぎない? あと私がここまで勝つ事が出来てるのは、ピカチュウと、バトルのバの字も知らなかった私にバトルの基本を教えてくれた二人のお陰だからね。いつもご指導本当にありがとうございます、『先輩方』。」

 

何やら物凄く不穏な内容に反論しながらもそう付け足して両隣を歩く二人に笑いかける。

さらにくすくす笑いながらぺこりと軽く会釈し、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後に「……と、当然でしょ! リオにはこのあたしが付いてるんだから! さあ、これからもガンガンいくわよ!」と少し頬を朱に染め胸を張るカスミと「ああ、そうだな。」とそんな彼女を眉を下げて見遣りながらもしっかりと頷くタケシくんと三人で笑い合う。

 

 

――そもそも私が何故ジム巡りをする事になっているのかというと、きっかけはカスミの一言だった。

 

この世界に落っこちてきた次の日。

オーキド博士に呼ばれてマサラタウンにやってきたカスミと、昨日は用事があって研究所を留守にしていたケンジくんをタケシくんと博士に紹介されてすぐに二人とも打ち解ける事が出来た私は二人にも自分の体質の事を明かしていた。

その理由は至く明快で、ハナコさんの提案で彼女の家――言い換えればサトシの家にこの世界に居る間居候させて貰う事になったからだった。

 

「だったらリオちゃん、うちにいらっしゃいな。研究所に住むと言ってもリオちゃんは女の子だし、お互いに何かと気を遣っちゃうでしょ? その点、うちはサトシ――あ、サトシってのは私の息子ね? リオちゃんと同じでピカチュウをパートナーにしてるポケモントレーナーなの。そのサトシとバリちゃんと私の三人暮らしだし、当のサトシも一昨日カロス地方ってところに旅に出たばかりで当分戻って来ないでしょうから、気兼ねしなくて済むわよ?」

 

違う世界から来た私に家と言うものは勿論なく。

それならばオーキド研究所に……という流れになりかけると同時にぽん、と手を打ったのはハナコさんでオーキド博士とタケシくんが即賛同したためあっという間にもそう決定した。

ちなみに私自身住む場所には拘りがないと言うか、キャンプ用品だけ手に入れてのキャンプ生活とか野宿でも全然構わなかったし、これ以上ハナコさんに迷惑かけたくなくて自分の留守中に他人が自分の家に居候するなんてなったら息子さんが嫌がったりしないかと言う意見は「大丈夫。息子には私の方からうまく言っておくし、そもそもサトシってそういうの全く気にしないタイプだから。」と一蹴されただけでなく、ハナコさんの後ろにいたタケシくんとオーキド博士もうんうんと頷いてるのは少しだけ面白かった。

 

うん、まあサトシって確かにそういうの気にしないタイプっぽいよね。

テレビ画面を通して見た感じ。

 

それでマサラタウンに住むんだったらまずケンジくんと顔を合わせる機会もしょっちゅうあるだろうし、その度に嘘を積み重ねるのはデメリットの方が大きいとオーキド博士にも助言され、それはカスミについても同様だという話になった。

 

「カスミはたまに鋭いところがあるからな。誤魔化し続けるより事情を話して協力して貰った方が早いだろう。――大丈夫。カスミもケンジも凄くいい奴らだ。きっと二人ともリオの力になってくれる。俺が保証するよ。」

 

そう私の肩に手を置いて力強く頷いたタケシくんに反対する理由はなかったし、何よりアニメ越しとは言え二人の人となりも一通り知っててたから大丈夫と判断した。

案の定カスミもケンジくんも当たり前のように私の体質を受け入れて協力を申し出てくれたし。

で、話し合いの中で取り合えず私がどういう時に世界を越えるかのデータを取って傾向を探っていこうって話になった時、ふと思ったのだ。

 

『私はこの世界で何をすればいいんだろう』って。

 

 

「リオ?」

 

「や、改めて考えてみると私が世界を越える時って、越えた先の世界で何か大きな事が起こってたり、起ころうとしてる時が多いんじゃないかなって思ってさ。それで否が応でもその大きな事に巻き込まれて、それが解決したりすると元の世界に戻る気がする。」

 

そうだ。

それで前回の世界では私の方に色々事情もあって全てに決着が付くまでの七年間をずっとあそこで過ごすことになったし、逆にその前はそもその事にいくつかルールが定められていたからか半月くらいで元の世界に戻ったんだった。

そう皆に説明していると一人思案顔で口に手を当てていたカスミがふと何か閃いたようにああ、と口を開いた。

 

「ねえタケシとケンジは『ポケモンワールドチャンピオンシップス』って知ってる?」

 

「ポケモンワールドチャンピオンシップス? 聞いた事ないな?」

 

「カスミ、なんだいそれ?」

 

カスミの問いに顔を見合わせて首を傾げたタケシくんとケンジくんに彼女がふふーんと胸を張る。

 

「いーい? 二人も知っての通り今までもカントー地方は勿論、他の各地方でポケモンリーグが行われて各地方最強のトレーナーが決められてきたでしょ? それを世界規模でやっちゃおう!ってのがポケモンワールドチャンピオンシップスなのよ。」

 

「世界規模!?」

 

「つまり、世界一を決めるポケモンバトルの大会って事か!? 凄いな、それは。」

 

「でしょー! でね……!」

 

……あれ? 待って、これ何か物凄いヤバイフラグ立ってない?

 

そのままポケモンワールドチャンピオンシップスの説明をし出すカスミに嫌な予感しかなくてバレないように頬を引きつらせる。

 

てかポケモンワールドチャンピオンシップスって今絶賛放送中の新無印に出てくる設定じゃ……。

あ、でも大会の規模とか考えると準備はもう始まっててもおかしくないのかな?

新無印で決勝戦のチケット貰った時ゴウが知ってたって事はあの時点でかなりメジャーな大会になってる訳だし。

 

「ピ?」

 

そこまで考えふと視線を落とすと私の膝の上でタケシくんがくれた紙袋に入っていた彼お手製のポケモンフードを頬張っていたピカチュウと目が合ってその口回りについてるフードのカスを指で拭い笑いかけた。

 

「美味しい? ピカチュウ」

 

「ピカ!!」

 

「そっか、良かった。なら後でタケシくんにお礼を――」

 

「だからね。リオの体質が大きな事が始まる時と終わった時の何かの影響を受けてるんだったら、言い換えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事でしょ? それで、近々始まる大きい事って言ったらポケモンワールドチャンピオンシップスしかないじゃない!!」

 

「え゜」

 

カスミ達から意識を少し逸らしていたうにとんでもない話になってる事に気が付いて慌ててそちらに視線を戻す。

 

「……ま、待って、待って。あの、カスミの話、筋は通ってるよ。言われて見れば一度越えたらその大きな事が終息するまで、元の世界に戻ったりした事ないし。でももし大きい事がそのポケモンワールドチャンピオンシップスなら、終息点はどこになるの?」

 

XYで大きな事って言ったらフレア団とそのボスであるフラダリが巻き起こすあの一連の騒動だとしか考えてなかったため、予想外過ぎる展開に声を上げた。

 

うん、まあ私はこの世界に関しては未来から来たようなものだしこの後何が起こるか知ってるからそう思うけど、カスミ達はそんなの知らないもんね!

ただそれもサトシがカロスに旅立ってまだ十日も立ってないの考えるとまだ結構先の話だし!? 言える筈ないけど!

 

「……んーー、そりゃやっぱり世界一じゃない?」

 

「なっ!!? む、無理だから!! それってつまり戦う相手も相当な強者って事だよね!? てか私ポケモンバトルが何なのかさえ分かってないのに!?」

 

あっけらかんと言われた言葉に一瞬絶句し少しだけ強い口調で言い返すと少しだけ彼女がム、と眉を寄せる。

やば、と思った時にはずんずんと大股で歩みよってきたカスミにきっと半眼で睨み付けられた。

 

「何よ、その言い方。何で始める前から無理だって決めつけてるのよ!? じゃあリオはこのままいつピカチュウと離ればなれになってもいいって言うの!?」

 

「ピッ!!?」

 

「!! そんな事言ってない!!! ただ、私はそのポケモンワールドチャンピオンシップスが今回私がここに来た理由だとしたら壮大過ぎるって言ってるの!!! いきなり来た世界で世界一目指せってどんな無茶振りよ!! まだ『世界征服を企む悪の組織の企みを阻止しろ』とかの方がよっぽど現実味あるわ!!」

 

「ピカッ!?」

 

「何言ってんのよ、そんな事! ……ないとは言いきれないけど!! 早々ある訳ないじゃない!!! それに、世界一以上の大きな事ってないでしょ!! チャンピオンシップスの受付ももう少しで始まるから、それにエントリーすれば少なくとも暫くはリオが『元の世界』に戻るって事はないんじゃないの!!?」

 

「ピカチュ、ピカ、ピ!」

 

「まず言い切れないのが驚きなんだけど!!? 確かにそうかもしれないけど!! それだと戻る条件が世界一のトレーナーになるって事でしょ!? そんなの何年かかるか……!」

 

「ピカ、ピカ、ピカチュ!」

 

「ッ、リオはピカチュウと!! ピカチュウや私達と一緒にいたくないの!?」

 

「何言ってんの!? いたいに決まってるでしょ!!?」

 

「カスミ! リオ! ストップ!」

 

「二人ともちょっと落ち着け!!」

 

「「タケシ(くん)とケンジ(くん)は黙ってて!!」」

 

こんな事で言い合いすべきじゃないってのは分かってるけど確かサトシと同い年だから十才の筈のカスミの妙な迫力と物言いにカチンと来てついキッと睨み付けて言い返す。

さらに売り言葉に買い言葉で今すぐにでも取っ組み合いに発展しそうな勢いで口論を始めた私達二人に慌てて駆け寄ってきたケンジくんとタケシくんにカスミと全く同じタイミングで怒鳴り、また睨み合った。

 

うん。ただ、この時点で気がつくべきだった。

 

私とカスミが言い争いを始めた時点でピカチュウが私達の顔を交互に見てかなり困惑してた事。

 

その後激しくなっていくそれを何とか止めようとして声をあげていた事。

 

でも誰もそれを気に止めてなかった事。

 

――つまり。

 

「…………ピカ。」

 

「って、ピカチュウ? っ、あ……!」

 

一オクターブは低くなったピカチュウの声にやっと気が付いた時には既にもう遅かった。

 

バチィとその赤い頬の電気袋から電気が弾けたのは一瞬。

 

「――リオ!!」

 

「逃げて、カスミ! 皆! は――」

 

「ピィィィカァァァチュウウウウウ!!!!」

 

脳裏にピカチュウの代名詞とも呼べるあるわざの名前が過り、喧嘩してた事も忘れて私に手を伸ばすカスミに向かって叫んだ声がピカチュウの勇ましすぎる声にかき消される。

 

次の瞬間全身に電気を纏ったピカチュウの十万ボルトが炸裂し、私とカスミ。そして完全に巻き添えでタケシくんとケンジくんにピカチュウからきついお灸(物理)が据えられたのだった。



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第七話 『新人トレーナーとジム戦』②

閲覧ありがとうございます。
第七話です。

主人公は高一なのでタケシとカスミより年上なのですが、新人トレーナーの自覚が強いためポケモントレーナーとして先輩である二人には全く頭が上がらないと思います。

それでは今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




で、その後は。

 

たまたまお茶を入れるために席を外していたオーキド博士が凄まじい光と音に驚いて駆け付けた時には全身黒焦げになりピリピリと体から電気を発してる私達とその中央でふんすふんすしてるピカチュウの姿があり、そうなった経緯を説明したら今度は博士からお説教とところどころ焦げた部屋の掃除を言い渡された。

 

でも……。

 

「……カスミ。」

 

「……何よ。まだやるってんなら……!」

 

「――さっきはごめんね。」

 

何だかんだ大声で言いたい事言い合ったせいか、気持ちはかなりすっきりしてて。

だからか、黙ったまま窓を拭いていた彼女のところに言って素直に頭を下げる事が出来た。

 

「…………リオ?」

 

「カスミは私とピカチュウがどうすれば長く一緒にいられるか考えて、ポケモンワールドチャンピオンシップスの話をしてくれたのに。カスミの言う通り始める前から無理って決めつけてちゃ駄目だよね。私、臆病になってたみたい。だから、ごめんね。」

 

パチパチと瞳を瞬かせた彼女に改めてそう伝えれば、むぅーーと顔をしかめとてつもなく気まずそうに私から視線を逸らした彼女が口をもごもごと動かした。

 

「……あたしも……。リオはたった一人でこの世界に来たばかりで。この世界の事やポケモンの事、ポケモンバトルについても知らないの当たり前なのに。……その……。」

 

ごめん、と言う最後の謝罪はほとんど聞き取れないぼそぼそ声だったけど、それでもちゃんと届いたのが嬉しくて小さく笑う。

 

「ううん。それでねカスミ。私、ポケモンワールドチャンピオンシップス、受付始まったらエントリーしてみるよ。だからさ、私に教えてくれないかな。この世界の事。ポケモンの事。ポケモンバトルの事。私ピカチュウともカスミ達とも一緒にいたいし、もっともっと仲良くなりたいから。」

 

そう言いながら片手を差し出せば一瞬目を見開いて私の顔と手を交互に見られたもののすぐ口元に不敵な笑みを浮かべたカスミに手をしっかりと手を握られた。

 

「………… 仕方ないわね。そう言う事ならビシバシ教えてあげるから覚悟してよね! あと、あたしが教えるんだから、簡単に負けたりしないでよ、リオ!」

 

「――うん!」

 

――そんな感じで。

 

私とカスミが青春まっさかりです!みたいな雰囲気で仲良くなってる最中、ほとんど蚊帳の外&色々とばっちりだったタケシくんとケンジくんには色々申し訳なかったと思ってる。

 

で、それが何でジム巡りなのかと言えばカスミとカスミ同様私にポケモンバトルを教えてくれる事になったタケシくんの意見が『ポケモンバトルは経験を積むのが一番手っ取り早い』でぴったり一致したからで。

しかもそれならより強いジムリーダーとのバトルの方が色々学べるって話になったのだ。

バッジやリーグ挑戦のためじゃなく、そんな理由でジム戦に挑んでいいのかなぁって気持ちは少しあるけど。うん。

 

 

 

「しかし、順番で言えば次のジムはエスパータイプの使い手であるナツメがジムリーダーを勤めるヤマブキジムか。となると、ピカチュウじゃ厳しいかもしれないな。」

 

「そうね、それにその後のジムの事も考えると少なくとも三匹は絶対ゲットしておいた方がいいわよね。」

 

「そんなに強いの? そのナツメさんって。」

 

「ピカチュ。」

 

そう思いを馳せていると真剣な声音で話し合う二人に意識が引き戻される。

 

エスパータイプって事は抜群が取れるのはあく、むし、ゴースト技で逆に効果がいまいちなのはかくとうとエスパー技って事かとオーキド博士やケンジくんに叩き込まれたあいしょうを思いだしながら話しかければああ、とタケシくんが頷いた。

 

「俺達が以前行った時のナツメのパートナーはユンゲラーで、あのサイコキネシスはなかなか強力だったよ。そこでなんだが、カスミの言うようにこれからの事も兼ね備えて明日トキワの森にポケモンをゲットしに行かないか? 弁当は俺が作って持っていくから。」

 

「ピカ!!」

 

「ああ分かってる。勿論ピカチュウ達のポケモンフーズもな。」

 

「ピカピッカ!!」

 

「……ピカチュウ。私が作ったポケモンフーズはあまり食べないくせに……。タケシくんの料理が最高なのは分かるけど」

 

タケシくんの提案のお弁当の部分に誰よりも早く反応し、ちゃっかり自分のポケモンフーズまで頼んでるピカチュウに頭痛がした気がして片手で顔を覆う。

さらに怨み言の一つでも言えばまあまあ、とタケシくんに宥められた。

 

「それで、どうする? リオ」

 

「ん、そうだなあ……。ポケモンはそろそろゲットしたいって思ってたし一緒に来て貰えるのは私としては凄く嬉しいけど、本当にいいの? ポケモンドクター養成学校の長期休暇、あと半月なんでしょ?……タケシくん私にかなり時間割いてくれてるし、迷惑かけてない?」

 

そう。

実はタケシくんに出会った時に思い出したんだけど、ベストウィッシュ本編が終わった後の番外編で、サトシ達と別れてカントー地方を旅し始めたデントがジョウト地方のポケモンドクター養成学校に通ってるタケシくんに出会うストーリーがあるんだよね。

あれが具体的にいつかは名言されてないけど、サトシが最終回でカロスに発った事を考えると丁度今頃かもう少し先の話で、ならその頃には彼はジョウト地方にいなくちゃいけない筈なんだ。

それでさりげなく聞いてみたら今は学校が長期休暇中で故郷のニビシティに戻ってきてるんだって教えてくれた。

 

サンムーン時には見習いドクターになってるし、そうじゃなくても彼はきっと凄く優秀な生徒なんだろうけど、それでもタケシくんの夢の邪魔だけはしたくなくて尋ねれば、リオ、と眉を下げて仕方ないなと言った表情の彼に軽く頭を撫でられた。

 

「タケシくん?」

 

「そう思ってるなら自分から誘ったりしないさ。俺がリオ達と一緒にいたんだよ。リオが俺達ともっともっと仲良くなりたいといってくれたように、俺ももっともっと、リオと仲良くなりたいからな。」

 

「…………ありがとう」

 

さらりと言い放ち笑いかけてくれるタケシくんに物凄い嬉しさと照れ臭ささが同時に沸き起こり、少し顔を俯かせてお礼を言えばさらに笑った彼に頬が少し熱くなる。

 

……う~~……敵わない……。

 

あ、てか、あれ?

 

「カスミ? 随分静かだけどどうかした? って、カスミ……?」

 

心の中で白旗を振っていると普段ならここらで茶々を入れてくるカスミが先程から黙り込んでいる事に気が付き、彼女へと振り返るとそこには物凄く難しい顔をして腕を組み何事かうんうん唸っている彼女の姿があって、首を傾げた私にああ、と何かに気が付いたように苦笑したタケシくんが口を開いた。

 

「カスミはむしポケモン嫌いだからな。トキワの森にはむしポケモンが多く生息しているから悩んでるんだろう。」

 

「むしポケモン嫌い? そうなんだ……。」

 

そう言えばアニメでカスミがむしポケモンから逃げて『虫は無視なの』と言うシーン見たことある気がして納得するように頷いた。

 

まあ私も元の世界での虫ってあまり好きじゃなかったし、いくらポケモンとは言えそのうちどうしても駄目っての出てくるんだろうな。

例えばGがつくあいつとか。

だとしたら。

 

「ねえカスミ、誰でも苦手なものってあると思うし無理はしなくていいよ。カスミがいないのは寂しいけど、私に付き合わせてカスミに嫌な思いさせたくないし。ね、ピカチュウ。」

「ピカピカ」

 

「……リオ……、ピカチュウ……。って何言ってんのよ!行くわよ、あたしも!!」

 

私とタケシくんのやりとりにも気が付かないまま未だに唸っているカスミの肩を軽く叩きそう伝えると、一瞬視線を逸らしたもののすぐに私へと向き直りぐっと拳を握ったカスミが力一杯言い放った。

 

「カスミ、でも……。」

 

「大丈夫! トキワの森にいるむ、むむむしポケモンはキャタピーやビードルとその進化系達だし、見慣れてるわよ!」

 

や、そう言っても確かサンムーンの時点でキャタピー相手に逃げ出してたし、と内心呟きながらさらに言葉を募ろうとすると、青ざめさせた顔を強張らせ全く大丈夫そうじゃないカスミに少し食い気味に答えられて眉を寄せる。

本当に 無理だけはしないで欲しいんだけど、これ以上言うと逆に意固地になりそうだし。

 

……しょうがない。

 

「分かった。なら明日トキワの森にいる間はピカチュウがカスミのボディーガードになるから。いいよね、ピカチュウ。」

 

「ピッカ!!」

 

そう提案して左肩の相棒を見遣れば任せろと言わんばかりに胸を張る彼に小さく笑い頼んだよ、とその頭を一撫でする。

 

「待って、でもそれだとリオが何かあった時危険じゃない? トキワの森にいるポケモンは決まってるけど、何があるか分からないんだし!」

 

「うん、だからそういう時はピカチュウに前に出てもらうよ。でも、ピカチュウがトキワの森にいたからなのかこの世界に来てニビシティに向かってる最中も、一昨日同じ目的でケンジくんと森に入って何の成果も得られなかった時も、向こうからいきなり飛び出してくるポケモンいなかったんだよね。それにもし万が一飛び出してこられてもピカチュウはむしタイプに効果ばつぐんな飛行わざを覚えてるから安心でしょ?」

 

「ピッカ!」

 

少しだけ狼狽えたカスミにそう説明し、さらに私から彼女の肩へと移動したピカチュウがチャアーと彼女の頬へ自らの赤い頬を擦り寄せると、葛藤してるのか彼女がう~~……と唸り声をあげ出した。

 

「はは、まあまあカスミ。ここはリオの提案に乗ってもいいんじゃないか? 俺もクロバットを連れていくし、不測の事態には備えられるさ。それに、当のピカチュウがやる気みたいだからな。」

 

「ピカチュ!」

 

「…………分かったわ。ならピカチュウ、あたしのボディーガード、お願いね!」

 

「ピッカ!」

 

さらにタケシくんがそう言ってくれた事で、ぴたりと押し黙ったカスミがやがて諦めたようにはぁーーと息を付きピカチュウに笑いかけたのをみてほっと息をつき、ちらりとタケシくんと視線を交わし笑い合う。

やっぱタケシくんってこういう時のフォロー凄くうまいんだよね。

 

「よぉーし! 明日はリオに絶対ポケモンゲットしてもらうわよ!」

 

「ピカチュ!!」

 

「あはは、うん。頑張るよ。」

 

一気に元気を取り戻したカスミとやる気を漲らせたピカチュウに答えたところで、ふと何かに気が付いたかのようにそう言えばさと不思議そうに彼女が私へと視線を向けた。

 

「さっきリオ一昨日同じ目的でケンジと森に入ったって言ってたけど、それってポケモンをゲットしにトキワの森に入ったって事よね? 何でその時ゲットしなかったのよ?」

 

「言われてみればそうだな。『成果は得られなかった』とも言ってたけど何かあったのか?」

 

続いてタケシくんにも尋ねられ、あー……と少し苦笑しながら頬をかく。

 

「……初めはポケモンゲットするつもりだったんだけど。トキワの森に入ってすぐに、あの森に稀にフシギダネが出現するらしいって噂を聞いてゲットしにきたトモカさんって言うトレーナーと出会ってさ。話の流れで、そのお手伝いをしてたらついそっちに夢中になっちゃって自分のポケモンゲットするのすっかり忘れてて。研究所戻ってからオーキド博士にも流石に呆れられた。」

 

「そりゃそうよ。自分のポケモンをゲットしに行ったのにそれをそっちのけで他のトレーナーの手伝いしちゃうなんて。」

 

「ああ。だけどそう言うところ、凄くリオらしいな。」

 

「ほんとね。」

 

「あはは……。」

 

「ピカチュ」

 

そう説明すれば二人の顔が段々仕方ないな、と言うような表情に変わっていく。

そのまま誰かが小さく噴き出したのをきっかけに三人と一匹で声を出して笑い合っていると不意にピカチュウの耳がぴくっと揺れ、カスミの肩の上でどこかに視線を向けるのが見えピカチュウ?と呼び掛ける。

 

「どうかした? 誰か知り合いでも……ってそれはここにほぼ揃ってるか。」

 

「ピカ!」

 

その行動にきょとんとして尋ねると私達のいる場所とは車道を挟んで反対側の道をピカチュウの小さな指が指し示し、三人同時にその方向へ顔を向ける。

そして丁度私達と向かい合う位置にある店の前に立ちこちらを見つめている、目元をベネチアンマスクのような形の黒に覆われた赤い瞳が特徴的な青い体に前に飛び出たマズルを持つ小柄な獣人のようなポケモン――はもんポケモン・リオルが立っている事に全員が気が付いた。

 

「わあ、あれリオルよね? あたし実物初めて見た! トレーナーか誰か待ってるのかしら!」

 

「ああ、どうやらそうみたいだな。しかしやけにボロボロだな、どこかでバトルでもした帰りか?」

 

歓声をあげるカスミと顎に手を添えて観察するタケシくんの会話を聞きながら、そのリオルを見つめていると不意に左肩に重さが加わった。

ハッとして見ればカスミの肩から私の左肩へ戻ってきた真剣な表情のピカチュウの黒曜石の瞳が真っ直ぐに私へと向けられる。

 

と、言うことは……。

 

「ピカチュウ、あの子、こないだの?」

 

「ピカチュ」

 

隣の二人に聞こえないように少し声を潜めて尋ねるとしっかりと頷いた相棒にそっか、と改めてリオルを見遣る。

 

真っ直ぐこちらを見る赤い瞳はこの前同様に意思の強い光を宿し輝いているもののその体はタケシくんが言うようにボロボロで、左腕には血まで滲んでいるのが見えて眉を寄せる。

やがて店から出てきた見覚えのある中肉中背で猫背気味な男性トレーナーに声をかけられたリオルが最後にもう一度だけこちらを振り返り歩いていくのを見送っていると「リオ? ピカチュウ?」と言うカスミの声にハッと我に返り、慌てて二人へと向き直った。

 

「ピカ?」

 

「……へっ? あ、えとごめん、何だった?」

 

「『へ?』じゃないわよ。リオとピカチュウがあのリオルをあまりに熱心に見てるからどうかしたのかなと思って! あのリオルとトレーナー、何かあるの?」

 

「え、あ、う、ううん。カントーでは見ないポケモンだったから興味を引かれただけ。ね、ピカチュウ?」

 

「ピカピカ!」

 

訝しげなカスミに尋ねられ、慌てて首を振り同意するように声をあげたピカチュウとね、と頷き合う。

 

「ふぅ~~~……ん。」

 

「確かにリオルはカントー地方にはいないからな。ここらへんでは珍しいポケモンだろう。ところで、『こないだの』っていうのはどういうかか教えてくれないか、リオ?」

 

「……あ゛」

 

「ったく、私達がそんな良いわけで誤魔化される訳ないでしょ。きっちり説明してもらうからね。リオ?」

 

「ああ、絶対逃がさないから観念した方がいいぞ、リオ。」

 

どうやらばっちり聞かれていたらしい呟きに言い訳する間もなく、左手をタケシくんに、右手をカスミにがっしりと掴まれる。

そのままやけに圧を放ちながら笑みを浮かべる二人に逆らえる筈もなく、がくっと肩を落とした。

「…………はい。」



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第八話 『新人トレーナーと二匹目の仲間』①

閲覧ありがとうございます。
第八話です。
今回ポケモンに対して暴力・虐待的表現があるため少しでも苦手な方はご注意ください。
あとそれに対して主人公の殺意がとんでもなく高いです。
てか油断するとすぐ主人公とタケシとカスミがわちゃわちゃしだすの何とかしたい。

それでは今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。



「「はあああ!!?」」

 

「三日前ケンジとトキワの森に行った時あのリオルを連れたトレーナーに喧嘩を売られてポケモンバトルしたぁ!?」

 

「しかもそのバトルにもし負けていたらリオ達が手伝ったトレーナーがゲットしたフシギダネと、ピカチュウが奪われていたかもしれなかっただって!?」

 

「「リオ!!!」」

 

今更ながら。

本日もどこまでも広がる青空の下、タマムシシティタマムシデパートの屋上にぴったりと揃った(一人は元)ジムリーダー二人の声が響き渡った。

 

さすがに道の真ん中で話す事じゃないとここに移動したけど、代わる代わる声を荒げる二人の大声に驚いたポッポたちが一斉に飛び立つのをぼんやり横目に捉えつつ前方に視線を移せばベンチに座った私の前には思い切り眉をつり上げた二人が仁王立ちで立っていてぴゃっと首を竦める。

 

……うん正直めっちゃ怖い。

 

「……すいません。」

 

「それで済んだら警察はいらないのよ!!」

 

「ああ! それに何故俺達にそれを今まで話さなかった!? いくらでも話す機会はあっただろう!」

 

「…………はい。」

 

さらに完全に頭に血が上ってる今の二人には何を言っても逆効果でしかなく項垂れる私の横では、ピカチュウが先ほどカスミから買ってもらったミックスオレを美味しそうに飲んでいて全く我関せずな態度に泣きたくなってくる。

 

てか君、私の相棒だよね? 酷くない?

 

「ちょっとリオ聞いてる!?」

 

「う~~……聞いてるよ! だってあのトレーナー、トモカさんがやっとの思いでフシギダネゲットした頃に急に来たかと思ったら『フシギダネを探す手間が省けた。怪我したくなかったらこっちに渡せ』って。」

 

「何それ、完全にチンピラかなんかじゃない。あのトレーナーそんな奴だったのね。」

 

「人のポケモンを奪おうだなんて、トレーナーの風上にもおけない奴だ。それで、フシギダネをとられないようバトルしたのか?」

 

タケシくんの問いかけに小さく首を横に振る。

確かにいきなり出てきて、当たり前だと言わんばかりに手を差し出してきた時には横っ面に一発ぐらいお見舞いしてもいいんじゃないかって考えたけど。

何より許せなかったのは……。

 

「トレーナーがそう言った時、あのリオルはトレーナーを止めようとしてた。それをあいつ……!『うるせえ』って怒鳴って、リオルを思いっきり蹴り飛ばしたの。」

 

 

 

 

「リオッッ!!!!」

 

それは一瞬の出来事だった。

 

トレーナーの一切躊躇も容赦もない蹴りで私達の足元まで吹き飛び地面に叩きつけられたその小柄な体に息を飲んだのはケンジくんとトモカさんと私だった。

 

「リオルッ!!」

 

「ピカチュ!」

 

「…………リオッ……」

 

咄嗟に膝を付きリオルを抱え起こすと痛みに顔を歪めながらも薄く開かれた赤い瞳と目が合い、傷に触らないようにそっと胸元に抱き寄せる。

 

「……っ、自分の、ポケモンに……。パートナに、なんてことを!!」

 

ふつふつと胸に沸き起こる憤りそのままに顔をあげギッとトレーナーを睨み付ければ私の気迫に一瞬怯んだ彼がうるせえ!!と叫び声をあげた。

 

「自分のポケモンをどうしようがオレの勝手だろうが! そもそもここらへんでは連れてる奴がいなくて注目されっからボールから出してるだけなのにうぜえんだよそいつ!! いつもオレのやる事にケチ付けやがって、全然言うこと聞かねーし、その上ちっとも進化しねえ! そんな奴ゲットすんじゃなかったぜ!! 」

 

「……ッ貴方……!」

 

「ピカ!!」

 

さらに放たれた暴言に左肩のピカチュウの頬にバチリと電気が弾け、あまりの怒りにいっそ歯の一本ぐらいはいいんじゃないかと立ち上がろうとした私を背に庇うようにしてトモカさんとケンジくんが一歩前に踏み出した。

 

「あんた!! ポケモンを何だと思ってるのよ!」

 

「ポケモンはトレーナーのアクセサリーじゃない!」

 

「うっせえ!! ならポケモントレーナーらしくバトルで決着つけようぜぇ! オレが勝ったらお前らのポケモンは頂くぜ! ついでにそのピカチュウもな!」

 

「ピカ!!?」

 

二人の怒声に顔を歪め何かの悪役のテンプレかと思うような事をほざくトレーナーに『ついで』扱いされた事に怒りの声をあげた相棒はともかく、黙ってモンスターボールを取り出した二人に慌てて待って!と制止をかける。

 

「二人とも!! あんなポケモンバトル受けちゃ駄目だよ! それにきっとあの人は勝っても負けてもポケモン奪ってくる! っ、ロケット団と同じだ!」

 

「おいおい、あんな奴らと一緒にすんなよ。オレは優しいんだぞ?」

 

「――――!! リオルにこれだけの事をしておいて、どの口が!」

 

むしろ、アニメではお馴染みのあのロケット団三人組と比べたらこのトレーナーの方がよっぽど最悪だ。

彼らも彼らでなかなかにえげつない事はするけれど、でも。

少なくともあの三人組はポケモンに本気で暴力を振るったりしない――!

 

奥歯をギリッと噛み締めさらに睨む私に表情を歪め口の端に笑みを浮かべたトレーナーが二つモンスターボールを取り出したのを見て再び二人にかけようとした制止はリオちゃん、と言うトモカさんの声で遮られた。

 

「大丈夫よ。だからリオルをお願いね。」

 

「リオ、ボクのリュックに傷薬が入ってるんだ。それをリオルに。」

 

「トモカさん、ケンジくん!! ってリオル!!?」

 

「リオッ!」

 

私じゃどうやっても止められない二人に声を張り上げた瞬間、それまでぐったりとしていたリオルが目をカッと開き、≪でんこうせっか≫か何かを使い凄まじい勢いで私の腕からすり抜けるとトレーナーを背に私達の前に立ちふさがった。

 

「リオル!?」

 

「リオルどうして!」

 

「待ってリオル!」

 

「……何だよリオル、お前があいつらの相手するってか?」

 

私達の声を黙殺したまま、訝しげな表情のトレーナーに私達を――私を見据えたまま頷いたリオルの強い意思を宿した赤い瞳から何かが伝わってきた気がして目を見開く。

 

……まさか、あの子……。

 

「……まあ、いい。ならいけよ、リオル! 勝てよ!」

 

「…………。」

 

トレーナーの言葉に肩越しに振り返り微かに頷いただけですぐ前方に視線を向けのリオルにくっと拳を握る。

そしてリオルの行動に戸惑っているトモカさんとケンジくんに声をかけたのだ。

 

「私がバトルする」と。

 

 

 

 

「……その後はピカチュウの≪そらをとぶ≫で一撃で戦闘不能になったリオルを使えないとか弱いとか罵りながらモンスターボールに戻しての『覚えてやがれ』だったの。……あの、タケシくん、カスミ。二人が今怒ってるのは私とピカチュウの事を凄く思ってくれての事だって分かってる。心配かけてごめんなさい。でもこの事を二人に話さなかったのはわざとじゃなくて、私も今日のジム戦で頭がいっぱいになってて言い忘れてたの。それでさっきは、その、楽しい話してたのに水を差すような話をしたくなくて……。ごめん。」

 

改めてそう謝罪して座ったまま深く頭を下げると二人が同時に息を付き、びくっと微かに体を強張らせる。

リオ、と二人に呼び掛けられ恐る恐る顔をあげればぽすんぽすんと二人の手が頭に乗せられた。

 

「……カスミ? タケシくん?」

 

「……ったく。事情は大体分かったわ。あのトレーナーが最低最悪な奴だって事やリオが頑張ったって事もね。だから、そんないつまでも叱られたガーディみたいな顔しないの。」

 

「そうだな、とりあえずリオやピカチュウ達が無事で良かった。頑張ったなリオ。」

 

「ん? うん?」

 

叱られたガーディの意味はよく分からなかったけど

そのまま私の頭を撫でだした二人の手のぬくもりが心地よくて仕方なくて。

暫く瞳を細め、されるがままになっているとぷっと噴き出して私から手を離し声をあげて笑い出したカスミにきょとんとして、同じく不思議そうな顔をして彼女を見遣るタケシくんと二人揃って首を傾げた。

 

「カスミ?」

 

「どうかしたのか?」

 

「あ、ううん、違うのっ。あたしね、少し不思議だったんだ。タケシがリオの頭撫でるの。タケシって年上で美人なお姉さんにはでれーっとして、手とか握っちゃってるけど、そうじゃなくてあたしやサトシと旅してた時に何気なくするスキンシップって肩に手を置いたりとかその程度だったでしょ? だからリオに気軽にスキンシップ取る理由が気になってたんだけど。やっと分かったわ。今みたいな顔されたらそりゃあ撫でたくなるわよね!」

 

「んん?」

 

目尻に涙まで浮かべて笑いつつ納得しているカスミにますます首を傾げながらも、言われてみればアニメ越しで彼を見てた時、年上のお姉さんや同性であるサトシは別としてだし、サトシがスキンシップやボディタッチに抵抗がない分余計そう見えてたんだろうけど旅仲間で異性のカスミやハルカ、ヒカリにタケシくんからスキンシップを取る描写ってあまりなかった事に思い当たった。

特に頭を撫でる描写なんてそれこそ彼の兄弟かポケモン達に対してくらいな気がするし。

 

んんん?

 

今までタケシくんに頭を撫でられるの何も気にしてなかったけど、改めて指摘されると無性に気になって彼に視線を向けるとカスミの言葉に少し気まずげな表情で私の頭からソロ~~っと離そうとしているタケシくんの手をがっと掴むと彼の肩がびくっと跳ね、それが面白くなくて掴んだ手をきゅっと握り直す。

 

てか逃がすか。

 

「リ、リオ?」

 

「や、確かにカスミの言うように、タケシくんって私の頭はよく撫でるけどカスミにはそういう形のスキンシップは取らないなぁって。あと勘違いされるのやだから先に言うと、私タケシくんに頭撫でられるのが嫌なわけじゃなくてむしろ好きだからね。タケシくんに頭撫でてもらうと胸の辺りがポカポカになって、撫でてくれるの嬉しいとか手から伝わってくる体温が心地良いとか気持ちいいとか楽しいとかとかそういう気持ちをぎゅっと凝縮した幸せな気持ちで心がいっぱいになるの。それは今カスミに撫でられた時も同じで、二人がいやじゃなければこれからも撫でて欲しい……ってあれ?」

 

そこまで言ったところで二人が黙りこくっている事に気が付きふと顔をあげれば、私から思いっきり顔を背け顔どころか首まで朱に染めてふるふると震えている二人の姿があってもう意味が分からなくてまた首を……ってもういいやそれは。

 

「えと、二人とも?」

 

「……~~リオ、あんたねぇ! あたしとタケシは今まさにリオが言ったそう言う感情駄々漏れのリオの顔を見てるの!! それだけでも照れ臭いのに、それを口で言われたらもうどうしていいか分からないんだけど!?」

 

「だからその顔って」

 

「~~~~! ピカチュウがリオに撫でられた時の顔よ!!」

 

「ピカチュウが?」

 

「ピ?」

 

とりあえず気を取り直して話しかければ耳まで真っ赤なカスミに何か理不尽っぽいのを言われた挙げ句、ズビシとピカチュウを指差した彼女に倣い丁度ミックスオレを飲み終わり一息付いていた相棒に視線を向けた。

カスミの言うことはよく分からないままだけど、百聞は一見に如かずと今までの話の流れをミックスオレに気を取られ全く聞いていなかったのだろう長い耳を揺らしこてんと首を傾ける彼の頭に手を伸ばす。

 

「美味しかった? ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

そう尋ねると元気一杯に返ってきた声になら良かったと一つ笑い、そのままいつも通りに頭を撫でていると不思議そうにしながらも真っ直ぐに私を見つめていた彼の黒曜石の瞳がきらきらと輝きを増していく。

もっともっとと言うようにぐいぐいと頭を手に擦り付けチャアアアと声をあげる彼の顔は嬉しそうで、心地よさそうで、楽しそうで、気持ちよさそうで、幸せそうで。

そして。

 

「ピカチュウ!」

 

とっておきの笑顔を見せてくれた彼の顔からは紛れもないほどに『大好き』って気持ちが思い切り伝わってき……………!?

 

「ひょっ!!?」

 

それを認識した瞬間ぼんっと音が確実に聞こえたような気がする程顔とは言わず寧ろ首から上が火が出たように熱くなる。

 

カスミが言うピカチュウの顔がここまでセットなら、つまり私は今までタケシくん、さっきカスミにもこう言う顔を見せていた訳で……。

 

「~~~!!」

 

恐る恐る顔を二人に戻すと顔を朱に染めたまま何とか笑いかけてくれようとして失敗して口元をひきつらせたタケシくんと、多分照れ隠しやらなんやらで眉を吊り上げて怒っているように見える同じく顔の赤いカスミとばっちり目が合い、何か言わなくちゃとは思うけど下手言ったら全員精神的に大火傷どころじゃ済まないのが目に見えていて、はくはくと口を動かすのが精一杯になり、その場に沈黙と微妙な雰囲気が流れ出した。

 

「ピカ? ピィカ? ピピカ? ピカチュピ? ……ピ?」

 

唯一被害を免れ私達の名前を呼び顔を見ながら不思議そうに首を傾げていたピカチュウの耳が小さく揺れ、何かに気が付いた彼が屋上の出入口を振り向いた次瞬、バンッと大きな音を立てて開いた屋上のドアのおかげでその雰囲気が霧散した事にホッと息を付く間もなく屋上に飛び出してきた小柄な影に目を見開いた。

 

…………嘘、あれって。

 

「リオル!?」



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第九話 『新人トレーナーと二匹目の仲間』②

閲覧ありがとうございます。
第九話です。
主人公は結構内心でぐだぐだ考えている事が多いのですが、ピカチュウには当たり前のように見透かされる上発破をかけられることがしょっちゅうあります。
では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


屋上に飛び出してきたリオルは先程見かけた時よりも怪我も汚れも酷くなっていた。

 

「嘘、何であんな酷い怪我!?」

 

「こんな短時間であれだけの怪我をするなんてどう考えてもおかしいぞ!」

 

そのあまりの酷さに咄嗟に叫ぶように呼び掛けた私にカスミとタケシくんが続き、その赤い瞳と目があった刹那私の前まで駆けてきたリオルに一つの可能性が頭を過り目を見開く。

 

まさか……。

 

「リオル、逃げてきたの? あのトレーナーから。」

 

「リオ。」

 

半ば唖然として尋ねれば私を見たまましっかりと頷く彼にどうすればいいか分からずタケシくんとカスミに視線を向けると、私と同じように目を見開いているカスミと顎に手を当てて凄く難しい顔で何か考えているタケシくんの姿があってさらに不安が募っていく。

でも……。

 

「……ポケモンが自分の意思でトレーナーの元を離れるなんて事……。」

 

「いや、ポケモンがトレーナーを見限りその元を去る事自体はそう珍しくないんだ。いくらモンスターボールでゲットしたとしても、その心までは縛れない。そこから信頼関係が築いていけるかはトレーナーとポケモン次第さ。」

 

「……トレーナーとポケモン次第。」

 

私が知っている限りのアニメ版において言えば、あまりいいトレーナーとは言えない人達に捨てられたり逃がされたりするポケモンのエピソードはいくつか覚えてるけど、自らトレーナーの元を去るポケモンには覚えがなくて困惑しているとそう説明してくれたのはタケシくんだった。

 

確かに、今じゃ疑いようがないくらいベストパートナーのサトシとサトシのピカチュウだって初めから仲が良かったわけじゃ決してない。

 

ピカチュウがサトシに心を開いたのはあのオニスズメの一件だしそこから二人は信頼関係を築いていったんだった。

主人公でさえそうだったのだから描かれていないだけで、信頼関係をうまく築けなくて道を違うポケモンとトレーナーがいても何ら不思議じゃないんだろう、きっと。

 

「ポケモンは自らが従う価値がないと判断した未熟なトレーナーの言うことは聞かない場合も多い。特にプライドの高いポケモンはその傾向が強いとされているがリオルの場合はむしろ自らのトレーナーの悪行に嫌気がさし、トレーナーを見限ってきたと考える方が自然だな。――そうだよな、リオル。」

 

「――リオ。」

 

さらに膝を折り自然にリオルと目線の高さを合わせて話しかけるタケシくんに少し躊躇してから頷いたリオルを見て、大丈夫だよ、と声をかけた。

 

「リオル、この二人はタケシくんとカスミって言って、この前私と一緒にいたケンジくんとトモカさんと同じようにポケモンが好きで大切にしているジムリーダーって言う凄いポケモントレーナーで、私が誰よりも信頼してる友達なの。二人が君を傷つけるなんて事起こる筈がない。」

 

「……リオ。」

 

そうリオルの瞳を見つめ伝えると少し彼が肩の力を抜いたのを見て瞳を細めそれでさ、とタケシくんに話しかける。

 

「このリオルがトレーナーを見限って来たのは分かったけど、この後具体的にどうすればいいんだろう。リオルがどういう経緯でここに来たかも分からないし、もしあのトレーナーがリオルを探してたら危険だよね。」

 

「そうだな。見た限りでは骨や内臓に異常はないみたいだけどとにかく外傷が酷い。ポケモンセンターで事情を話してリオルを保護して貰うのが一番いいだろう。リオやケンジはあのトレーナーがリオルに暴力を振るってるのを見ているから証言も出来るし話も通りやすいだろうしな。」

 

「分かった。あとね、実はリオルに初めて会った後トキワシティのポケモンセンターにトモカさんとケンジくんと寄った際にジョーイさんにはリオルとトレーナーの話をしたの。そしたら最近そういう報告が複数のトレーナーから寄せられてて、一度ジュンサーさんに相談するって言ってたの。だからそのジョーイさんにも話をして貰えれば――。」

 

「リオッ!!! リオッ、リオオ!!」

 

「リオル!? ちょ、どうしたの?! わっ!?」

 

タケシくんと話しながら何とか突破口が見えてきた気がしたそれはぶんぶんと首を大きく首を横に振ったリオルに遮られた。

ベンチに座ったままの私の手をぐいぐいと強く引く彼に困惑しながらも前屈みに腰を浮かせると同時に、伸ばされた彼の手が私のベルトのホルダーから無造作に空のモンスターボールを一つもぎ取り、ズイッと私の眼前に差し出される。

 

「…………え?」

 

「リオ。」

 

唖然として思わず呟けば一声だけ鳴いた彼の赤い瞳から強い意思か伝わってきて小さく息を飲む。

 

つまり、これって……。

 

「……まさかリオル、リオにゲットしてって言ってる?」

 

「ああ、そうみたいだ。それにこの様子だともしかしたら、リオルはただトレーナーを見限っただけじゃなく『逃がされた』のかもしれないな。」

 

「リオ。」

 

差し出されたモンスターボールを凝視したまま動けない私の耳に届くカスミとタケシくん両方の言葉に頷いた彼に僅かに眉を寄せる。

 

ポケモンを『逃がす』という行為は知っている。

トレーナーになった時にオーキド博士から説明を受けてるし、アニメ版ではダイヤモンド&パールでサトシのライバルだったシンジを代表としてそう言う事をするトレーナーがいるって事も分かってる。

そして逃がされたポケモンは誰の手持ちでもなくなって別のトレーナーが自らのモンスターボールでゲットする事も可能になる。

 

もしリオルがそうされたなら、どうすればいいかなんてきっと明白だ。

ここでリオルの思いに応え、ゲットするのがきっとリオルにとっても私にとっても最善で、あのトレーナーから彼を守るためにもそうするべきなんだろう。

でも、それでも。

あのトレーナーにこれだけ酷いことをされながらもまだ人間に――ポケモントレーナーに失望しないでいてくれるリオルの傍に私はどれだけ一緒にいられるのかが分からない。

それがいつか、彼の心を今よりも深く抉る事になったとしたら……。

 

「ピィカ!」

 

そんな気持ちがどうしても拭えなくて、催促するようにさらにモンスターボールを乗せた手を突き出すリオルにどうしても応えられず、瞳を伏せかけた刹那左肩に温かな重みを感じハッとそちらに顔を向ければいつもより少し怒っているような表情の相棒としっかりと目が合った。

 

「…………ピカチュウ?」

 

思わず呟いても返事をしない彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで真摯な、彼をゲットすると決めた時と全く同じ濡れた黒曜石のような輝きを帯びていて。

その瞳に『逃げるな』と言われた気がして小さく拳を握り一度だけ目を閉じる。

 

……そうだ。

あの時、ピカチュウをゲットした時、私は決めた筈じゃないか。

ポケモントレーナーになると。

この世界にいる為の努力は惜しまないと。

なのに、また別れを理由にして出会いを怖がってどうするんだ。

それじゃあ、いつまで経っても何も変わらない。

変えられない。

だから、選べ。迷うな。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……うん。不甲斐ないトレーナーでごめんね、ピカチュウ。ありがとう。」

 

「ピカチュ」

 

最後に心にしっかりと刻み込み、そう相棒に向かって笑いかけると一度だけ頷いた彼に、やっぱ敵わないなあなんて内心で呟きリオルに向き直る。

そのまま差し出されているモンスターボールを通りすぎ彼の頬に手を添え、リオル、と笑いかければ彼の赤い瞳が僅かに見開かれた。

 

「まず何より私のポケモンになりたいと言ってくれてありがとうね、リオル。私も、君のトレーナーに、君のパートナーになれたらいいなと思うよ。でもそうするにはまず君に聞いて欲しい事があるんだ。――リオル、私はこの世界の住人じゃない。別の世界から来たんだ。それはある日突然違う世界に行ってある日突然元の世界に戻るっていう厄介な体質のせいで、仕方ないんだって諦めてた。この世界に来るまでは。」

 

「…………リオ。」

 

「でもこの世界でピカチュウと出会って。タケシくんやカスミ達に出会って。……私はこの世界にいたいって、ここにいたいって思うようになった。だから、その為に出来ることは全部やるつもりだよ。でもそれには私一人の力じゃ出来ない事もある。むしろ今はまだまだそっちの方が多いかもしれない。だからね、リオル。君の力を私に貸して欲しい。……こんな話をして、君を失望させてしまったかもしれないけど、これはポケモンをゲットする上で私がしなくちゃならない義務だと思う。だからね、頼りないトレーナーだけど、まだ君の中に一欠片でも私への気持ちが残ってくれたなら、私のポケモンになってくれないかな? リオル。」

 

「リオ!!」

 

最後にそう伝え、内心は結構不安なままどうかなと笑いかけると同時に私の手をきゅっと握った彼の力強い声と望むところだ、と言わんばかりの瞳の輝きにありがとうと小さく笑い彼の手にあるモンスターボールを改めて受けとると中央のボタンを押す。

掌サイズに戻ったそれにリオルが手を伸ばし触れた瞬間ぱかりと音を立てて開いたモンスターボールから飛び出してきた赤い光に包まれたリオルがボールに吸い込まれると同時に蓋が閉じた。あとはピカチュウの時のように私の手の中で二、三回だけひゅいひゅいと音を立て揺れた後カチッと音を立て沈黙したモンスターボールを見つめたまま口を開く。

 

「……ゲットできた。やっぱり逃がされてたんだ。」

 

「ピカチュ。」

 

さらに私に返事を返すピカチュウを横目で見て、お手数かけましたと恭しく伝えると同時に右肩に温かな手を乗せられ顔をあげればタケシくんとカスミと視線が絡みへにゃりと肩の力が抜けた。

 

「タケシくん、カスミ。」

 

「リオ、おめでとう、二匹目のポケモンゲットね!」

 

「だな。新しい仲間ゲットだ良かったな、リオ。それで早速で悪いんだが、リオルの傷の応急措置をしたいからモンスターボールから出してくれないか? 勿論この後ポケモンセンターには行くけどある程度手当てはしておいた方がいいだろうから。」

 

「ん、分かった。――出てきて、リオル!」

 

「リオ!」

 

そうボールを前方に軽く投げると、音を立てて開いたモンスターボールから白い光に包まれ飛び出してくると同時に嬉しそうに側に来たリオルに話しかけようと口を開いた瞬間、ざわっと全身の産毛が逆立つような感覚に襲われ目を見開いた。

 

「…………え。」

 

そのまま動きを止め咄嗟に視線を周囲に走らせても特に変わったところはないのに、何故か嫌に胸がざわついて仕方ない。

頭の中で警鐘が鳴り響き、それに促されるようにどくどくと自然と早くなる鼓動に思い切り眉を寄せる。

 

――この感覚にはこれまでにもそれこそ数えきれないくらい覚えがある。

 

私の体質の厄介なところは世界をあっさり超える事なのは前提として、さらに言えばその越える先が完全にランダムというところだ。

越えた先がギャグや日常や部活等を主に描かれている世界ならいいんだけど、そうじゃない世界だって当然あった。

 

だから、それは言わばそういう様々な世界を超えるうちに身に付いた危機回避能力のようなもので、前回の世界でこれを初めて感じた時は学校へ行くため乗っていた列車に吸魂鬼が乗ってくる直前だった気がする。

 

そうだ、それでざわつきに顔をこわばらせた私をみて理由を尋ねてきた同級生に「何か『やな予感』する」とへらっと笑いかけたら、私の『やな予感』がよく当たることをそれまでの経験から知ってた彼らに、嫌な事言うなよって顔顰められてその場が微妙な空気になったんだけど、まあそれは置いといて。

 

「リオ? リオってば! どうしたのよ!」

 

「リオ、何かあったのか?」

 

「ピカ?」

 

「リオ?」

 

そこで一度思考を区切り、急に動きを止め挙動不審になった私に訝し気にしていると皆の顔を見るとへらりと笑いかけ、そして。

 

「……うん、ごめん。あのね、すっごく『やな予感』する。」

 

そう告げた次の瞬間ガチャリと音を立て開いた屋上のドアの先にはあのトレーナーが立っていた。



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第十話 『新人トレーナーと二匹目の仲間』③

閲覧ありがとうございます。
ついに第十話です。
展開がめっちゃ遅いのはもはやデフォです。
主人公のピカチュウの覚えるわざは時系列はXYですが、LPLEと剣盾を参考にしています。
あとトレーナーのポケモンが麻痺ったのは言うまでもなく『せいでんき』のせいではありません。
アニポケではポケモンのとくせいってそこまで重要視されてないこともありしっかり理解してないトレーナーもいそうだよねって事でこうなりました。

そのへんは次回で説明出来たらいい……な……って思ってます。


「ん? あ、お前! この前のトレーナーじゃねえか。」

 

屋上に出てきたトレーナーと目がうっかり合った瞬間、どうやら忘れられてはいなかったようでそう声をあげた相手を軽く睨み付ける。

 

「…………貴方。」

 

「よぉ。この前はよくもやってくれたな。あの三人の中で一番弱そうだったのによ、てめぇのそのピカチュウにはしてやられたぜ。」

 

「ピ」

 

瞬間バチィと赤い電気袋から電気が弾けさせた左肩に乗る険しい顔の相棒の背を落ち着けと一撫でし、同じく険しい表情で相手を見遣るタケシくんとカスミに軽く目配せしてから立ち上がると、リオルをさりげなく背に庇うようにして相手と対峙した。

 

「そう。悪いけどポケモンに指示を無視されるような未熟なトレーナーに負ける程、私のピカチュウは弱くないのよ。」

 

お世辞にも見ていて気持ちがいいとは言えないにやにやとした笑みを浮かべながらこちらへ向かってくるトレーナーにぴしゃりと言い放ち僅かに顔を歪めた相手にすぃっと瞳を細める。

本当ならこんな奴、今すぐにでも組み伏せてジュンサーさんに付き出してしまうのが一番だ。

トキワシティのジョーイさんの話から考えてもこのトレーナーがポケモンを奪うため無茶苦茶なバトルを他のトレーナーに挑んでいるのは明白だし、なによりリオルとこいつをこれ以上同じ空間にいさせたくない。

でも一つだけ。

こいつがリオルを逃がした経緯だけは何とかして聞き出さなくちゃいけない。

 

「ハッ、言ってくれるじゃねえか。つーかあんなの弱っちいくせに粋がったリオルが悪いんだろ。それで負けてちゃ意味ねえんだよ。本当あんな奴捨てて正解だったわ。ポケモンなんざ所詮トレーナーに従ってなんぼのバトルのための道具だろ!! トレーナーの言うこと聞かないポケモンなんて存在価値ないんだよ!! 」

 

「ピカッ!!」

 

「リオッ!!」

 

眉を寄せる私を鼻で笑い、にやにや笑ったままそう続けた相手に私より早く反応したのは相棒と新しいパートナーだった。

 

鋭く声をあげ、私の左肩から前方へと飛んで着地したピカチュウと背後から飛び出しその横に並ぶリオルに仕方ないかと結論付け、相手を強く睨み付けると同時にザッ、と微かな足音を立て眉を吊り上げたタケシくんとカスミが私の両隣に並んだ。

 

「……タケシくん、カスミ。」

 

「――ごめん、リオ。あいつがリオルを逃がした理由が分かるまでは黙ってようと思ってたんだけど。もう限界! っ――! ちょっと、あんた! 黙って聞いてれば勝手なことばっかり言ってんじゃないわよ!!」

 

「ああ俺もだ。悪いなリオ。『存在価値がない』だと! ポケモンを何だと思ってるんだ!!」

 

私に一言告げてから声を荒げる二人の横顔に、ああやっぱりこの二人はサトシの初代旅仲間の「あの」タケシとカスミなんだな、なんて変なところで納得すると真っ直ぐに向けた視線で相手の瞳を射抜く。

 

「……貴方本当救いようがない屑ね。でもこれでリオルが貴方の言うことを聞かなかった訳も、見限った訳もはっきりした。ッ、ポケモンを『道具』呼ばわりするような奴に、ポケモンが応えてくれるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの?」

 

「うっせえ!!!!! 何なんだよお前ら!! つーかリオルが俺を見限った?! 何言ってんだ! おれが弱いそいつを捨てたんだよ!! 町で見かけたトレーナーのガーディがかなり育ってたからそいつを賭けてバトルしようって時にまた勝手にモンスターボールから飛び出して邪魔しやがった挙げ句、俺のキリキザンを一撃で倒しやがって!! だからもう弱いお前なんざいらないからどこへでもいっちまえってなぁ!!」

 

ジリジリどころか急上昇する怒りのボルテージで今にも切れそうになる堪忍袋をギリッと拳を握る事で何とか抑えつけ、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら淡々とそう口にし、最後に心の底から嘲って吐き捨てれば思いっきり顔を歪め激高する相手にわざとらしく一つ息を付く。

そのままもう一度馬鹿じゃないの?と冷ややかに言い放つと怒りでサッと顔を朱に染めたトレーナーがおい!と声を荒げた。

 

「てめえ! さっきから聞いてりゃあ言いたい放題……!」

 

「あら、馬鹿に馬鹿と言って何が悪いの? それに貴方、リオルの事何にも分かってないのね。いいわ、教えてあげる。リオルはあの時ピカチュウの≪そらをとぶ≫を避けられなかったんじゃない。避けなかったのよ。貴方を止めるにはバトルに負けるしかないとリオルはちゃんと分かってた。だから自分がバトルするとアピールし、貴方が『ついで』扱いして見くびったピカチュウのトレーナーである私に挑んできたのよ、『バトルして』ってね。……そんなリオルが、ただ弱いわけないじゃない!!」

 

「ピカッ!」

 

「な……っ!?」

 

そうぴしゃりと言い切れば、あの時リオルの意図にも私の意図にも気が付いていたからこそ全力で≪そらをとぶ≫を使った相棒が同意するように声をあげる。

流石にそれは予想だにしていなかったのか目を見開き絶句するトレーナーを一瞥した後、私へと肩越しに振り返ったリオルの赤い瞳にちゃんと分かってたよと瞳を細めた。

 

「そもそもあの時、最初から君は万全ではなかったしトレーナーから受けたダメージもあった。それにも関わらず、私の腕から抜け出した時もバトルの最中も君の動きはとても俊敏で力強かった。相当鍛えてる何よりの証拠だよ。きっとまともにバトルしていれば、キリキザンなんて言うコマタナから進化させるにはかなりの経験を積まなきゃいけないポケモンを一撃で倒すような君にはピカチュウのタイプ不一致の≪そらをとぶ≫じゃ到底敵わなかった。だから。リオル、君は強いよ。物凄くね。」

 

「…………リオ。」

 

最後にそう笑いかければふっと肩から力を抜きリオルが口元に笑みを浮かべ、一度頷くと改めてトレーナーへと向き直る。

 

「………………は?」

 

それだけでも私の話が事実だと理解したのかさらに目を見開いた相手からこぼれ落ちたのはその一言で、ああ来るだろうなと一つ息を付いた次瞬、トレーナーの怒号がその場に響き渡った。

 

「……は……はああああああ!!!? わざと……っわざと負けてただあ!! ふざけんな、ふざけんなよ、リオル!! てめえ俺に逆らいまくっただけじゃなくて、わざとっ!! ふざけんなよ!! 進化も出来ない弱い奴が調子に乗りやがって!! 俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやる! 」

 

「……真っ先に言うべき事がそれとは。本当何度でもいうけど救いようがない馬鹿ね。」

 

「本当、呆れて言葉もないわよ!」

 

「ッなんだと!!」

 

まさに憤怒というべき表情で唾を飛ばしながらあまりにも幼稚な事を喚き散らすトレーナーに心底げんなりして嘆息すると私に同意したカスミがいい!?と相手を鋭い目で見遣り続ける。

 

「一度しか言わないからよーく聞きなさいよ!! リオルはね、他人のポケモンを奪うなんて真似あんたにして欲しくなかったのよ!! だから自分がバトルで負けて傷付く事も構わないで、あんたが馬鹿な事しないようしてた! 逆らったんじゃなくて何よりもあんたを思っての行動だったんじゃない!!」

 

「なっ……!」

 

「始めはトキワの森の時のように制してたんでしょうけど、躊躇なくリオルに暴力を振るう貴方の行動から見てもそれじゃあ止まらないって理解したんでしょ。だから、わざと負けて貴方も、相手のトレーナーとポケモンも守る方法を思いついた。……私としてはそこに少しだけでもいいから自分の身を守る方法も追加して欲しかったけど。――リオルがなつき進化だって事すら知らないみたいだし、貴方本当リオルの何を見てきたの?」

 

少し考えれば分かりそうなリオルの真意を理解しようとすらしていなかったのか、カスミの言葉に絶句するトレーナーにいい加減哀れみさえ感じ始め追い打ちをかけるように付け足し相手を半眼で見遣る。

それこそたった一回会っただけの私でも分かるくらいリオルの行動ははっきりしていたにも関わらず、肝心の本人が全く気が付いてなかったなんてお笑い草もいいとこだ。

つまりそれだけこのトレーナーがリオルを省みて来なかったという事なんだろうけど。

……何でなんだろう。

ポケモンとうまく信頼関係を築けないトレーナーは確かにいる。

 

でも、ポケモンと信頼関係を築く事はきっとそんなに難しい事ではない筈なのに――。

 

「……なつき、進化? は? 何言ってんだ、ポケモンはただ経験積んだら進化すんだろ!?」

 

「そういう進化をするポケモンは確かに多いが、ポケモンの進化の種類はそれだけじゃない。ほのおのいし等の進化の石が進化に必要なポケモンも、決まった時間や場所でないと進化できないポケモンもいる。それと同じでリオルはなつき進化、つまりポケモンがトレーナーにとてもなついている状態で経験を積む事で初めて進化が出来るポケモンだ。それは仮にもリオルのトレーナーだったなら知っていて当然の知識だぞ! お前はポケモンを道具として強いか弱いかという視点でしかみていなかったようだけど、そんなポケモンを蔑ろにするトレーナーにポケモンがなつく筈がないだろう!!」

 

「…………ッ!!」

 

「……タケシくん……。」

 

元ジムリーダーでポケモンブリーダーで、ポケモンドクターを志しているからこそ、多分この場で一番あのトレーナーの行動が腹に据えかねているであろうタケシくんの怒声についにぐっと黙り込んだトレーナーを見遣り動いたのはリオルだった。

 

リオ、と一度だけ声をあげくるりと相手に背を向けもう何の未練もないように真っ直ぐ私に向かって歩いてくるその姿は、今この瞬間リオルとトレーナーが完全に道を違えた事を実感するには十分過ぎる光景で。

 

おいとか止まれとか今さらすぎる声を完全に無視をして私の元にたどり着き真っ直ぐ私を見上げる彼の赤い瞳にもう、いいの?と尋ね、一度だけ頷いた彼の頭にそっと手を乗せ、出来得る限り優しく撫でれば僅かに見開かれた瞳が確かに揺れたのを見て眉を下げる。

 

「……よく頑張ったね、リオル。君は本当に凄いパートナーだよ。――だから、あとは私とピカチュウに任せてくれる?」

 

「リオッ」

 

最後にそう付け足し視線をリオルから、止まらないリオルに自棄になったのか凄まじい表情でモンスターボールを構えるトレーナーに移し、その少し手前で肩越しに私を振り返り電気袋からバチバチと電気を放ちながら早く来いと言わんばかりに気合い十分なピカチュウにはいはい、と肩を竦めると一歩歩を進めた。

 

「タケシくん、カスミ。リオルの事少しの間お願いね。」

 

「……リオ、一人で大丈夫?」

 

「必要なら俺達も一緒に戦うぞ」

 

そのまま肩越しに振り返りどこか心配気な二人に安心させるように笑いかけ緩く首を振る。

 

「大丈夫。それにこれは私が決着を付けないといけない事だから。……うん、『勝つ』よ、絶対。私とピカチュウなら。だからここでリオルと見てて。」

 

――何でか分からない。

 

でも、二人にそれだけ告げ再び前方に視線を戻した時にはあんなに怒りに満ちていた心がまるで風のない湖のように凪いでいて、いやにすっきりしている頭の中にあるのは勝利への確信だけだった。

そのままピカチュウの少し手前で立ち止まりおまたせ、と笑いかければしっかり頷き顔を前方に戻した相棒の小さくてとてつもなく頼りになる背中に瞳を細め、もう声も出ないのかギリギリと歯切りしながら私を射殺さんばかりに睨み付けるトレーナーにゆっくりと口を開く。

 

「……そう言えば一つ言ってない事があったわね。私、貴方が来る前にリオルに言われて彼をゲットしてるの。だから貴方は今リオルに捨てられたんじゃない。貴方がリオルを捨てた時に貴方もリオルに捨てられてたのよ。……本当、可哀想な人ね。」

 

「うっせえんだよ!!! お前、ッ、お前だけは許さねえ!! お前とバトルしてからリオルの様子がおかしくなったんだ! お前なんかに出会わなければリオルは俺の元から離れたりしなかったんだよ!! お前も、ピカチュウも! ぼろぼろにしてやる!! あの二人も、リオルも、全員だ!! 全員二度と立ち上がれないくらいに痛め付けてやらあ!!」

 

「……私より遥かに強いあの二人が貴方にぼろぼろにされる姿なんて想像出来ないけど。ま、いいわ。なら私達はこう答えましょう。『私達の大切な人達やパートナーに手出しをさせないためにも、貴方に勝ちます』ッ。」

 

「ピカッ!!」

 

「――!ぶっ殺してやる!! おら出てこい! キバゴ!!」

 

それがバトル開始の合図だった。

 

口から唾を飛ばしながら叫ぶトレーナーが宙に投げ、ぱかりと開いたモンスターボールから白い光と共に飛び出した頭の鶏冠と口の両側から突き出した二本の牙が特徴的なポケモン――キバポケモン・キバゴがゆっくりと瞳を開き顔を上げる。

 

ベストウィッシュのヒロインであるアイリスのパートナーと言うこともありその姿は知っているものの、今目の前にいるキバゴはアイリスのパートナーと比べると若干色が薄く、瞳とマフラーのように首元を覆う毛の色も違うように見える事から俗に言う『色違い』と呼ばれる個体だとはすぐに推測ができた。

ただそれ以上に怪我こそしてないものの薄汚れた体に生気がまったくない顔、ハイライトが完全に消えているどろりと濁った虚ろな瞳があまりにも異様すぎて僅かに眉を寄せた。

てかこんな状態のポケモンをバトルに出すなんて、やっぱ屑だなあいつ。

内心で改めて分かりきってる事を再確認し、視線は前方のまま体を斜めに向け左足を一歩に後ろに下げる。

そのままくっと両拳を握り深呼吸すれば凪いだままの心のその奥に決して消えない熱い炎が灯った気がして、小さく笑う。

 

――――よしッ!

 

「ピカチュウ! いっきに決めるよ!!」

 

「ピカチュウッ!!」

 

「いけ、キバゴ! ≪りゅうのはどう≫だ!」

 

「キ、キバッ!」

 

「≪でんこうせっか≫!」

 

「ピカっ!!」

 

そうしてタマムシデパートの屋上というバトルフィールドでさえない場所でポケモンバトルが始まった。

 

本来ならこんなバトル受ける必要なんて全くないのだろう。

リオルはすでに私のパートナーであり、また彼の怪我の事を考えればもうこんな相手に構わずさっさとポケモンセンターに行って、あとはジュンサーさんにこのトレーナーの事を通報すれば済む話だ。

 

でも、それじゃあきっと駄目なんだ。

ここでしっかり決着を付けておかないときっと前には進めない。

私も。

 

……――あのトレーナーも。

 

「ピッカ!!」

 

「キバァ!」

 

≪りゅうのはどう≫を躱したピカチュウの≪でんこうせっか≫が直撃し吹き飛んだキバゴの体にバチッと電気が纏わり付き弾け出す。

固いアスファルトに叩き付けられながらも、動きづらそうに起き上がったキバゴにトレーナーが鋭く舌を打った。

 

「チッ、『せいでんき』か! おらキバゴしっかりしやがれ! また殴られたいのか! ≪ドラゴンクロー≫!」

 

「キッ……! キバッ!!」

 

多分肉体的なダメージよりメンタル的な理由なんだろう、一度わざを使っただけでかなりしんどそうなキバゴに全くそう怒鳴り散らすトレーナーにびくっと体を跳ねさせ≪ドラゴンクロー≫を発動したキバゴが駆け出したのを見て小さく息を吐く。

 

うん、最初に思った通り、このバトルを長引かせるのはかなり危険だろう。

決着がつく前にきっとあのキバゴの心の方が限界を迎えてしまう。

 

……なら!

 

「――ギリギリまで引き付けて!」

 

「ピッカ!」

 

「キッバアアアアア!!」

 

そう指示を出せば返ってきたのは出会った時と同じ可愛くて勇ましい声で、ピカチュウの少し手前でダンッと思い切り地を蹴り飛び上がったキバゴが≪ドラゴンクロー≫を振り下ろした瞬間、すぅっと息を吸い込んだ。

 

「今!! ≪でんこうせっか≫で躱して!!」

 

「チュピッ!!」

 

「キッ……!?」

 

刹那、私に応え≪でんこうせっか≫を発動したピカチュウの姿がその場から消え≪ドラゴンクロー≫が大きく宙を空振った事でキバゴが体勢を崩したタイミングでさらに叫ぶ。

 

「≪ドレインキッス!!≫」

 

「ピカッ!!」

 

「キバッ!!!?」

 

かなりの勢いがついていた事もあり体勢を崩した彼にそれが躱せるわけもなく、間違いなく決まった≪ドレインキッス≫に再びキバゴが地に倒れ伏す。

ドラゴンタイプのキバゴにフェアリータイプのわざはこうかばつぐんかつ≪ドレインキッス≫は相手の体力を奪い取るわざだ。

ダメージも相当大きい筈。

 

「なっ!!? ピカチュウがフェアリータイプのわざだと!?」

 

「ええ。今日までわたしのポケモンはこのピカチュウだけだったから。いくらタイプ一致の方が威力が上がると言っても、でんきタイプのわざしか使えないんじゃジム戦なんて勝てないからね! でもね、このわざだけは使えるの!」

 

驚愕に見開かれた相手の瞳にそう答えぐっと拳を握る。

 

――さあ、終わらせよう。

 

「≪10まんボルト!!≫」

 

「――ピッ」

 

トレーナーが何か言うより早く自らの相棒に指示を出す。

バチイっと彼の赤い電気袋からいつもより強めに電気が弾けたのは一瞬。

そして。

 

「………ッカちゅうううう!」

 

目映い電気を全身に纏った彼が放った電撃は寸分違わず最後の力を振り絞って立ち上がろうとしていたキバゴへと直撃した。



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第十一話 『新人トレーナーと二匹目の仲間』④

閲覧ありがとうございます。
第十一話です。
次でリオルとの出会いの話は終わる予定です。
そろそろ次の展開に進めたら、いいな……って思ってますorz
では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




「お待たせしました。お預かりしたポケモンはすっかり元気になりましたよ。」

 

「ピカチュウ!」

 

「っと、ありがとうございます、ジョーイさん。」

 

ポケモンセンターでの定番のチャイムが鳴り響き、ジョーイさんに差し出されると同時に全く迷わず跳躍し私の胸元に飛び込んできたピカチュウをしっかり受け止めた。

いえいえ、と微笑む彼女に例の如く目をハート型にしたタケシくんが歯の浮くような台詞を連発し、カスミに「はいはい」と思い切り耳を引っ張られるというアニメではお約束ながら実際には初めて見る光景を横目に見ていると腕の中のピカチュウのお腹がゴウギュルルルルルととんでもなく切ない音を鳴り響かせがくっと肩を落とす。

 

……君もかい。

 

「ピカチュ」

 

「はいはい。まあ今日は本当に頑張ってくれたからお腹も空くよね。リオルが戻ってきたら皆でごはん食べにいくから、あと少し我慢して。」

 

「ピカ」

 

そう説明すればぐで~~と脱力しながらも頷く彼の頭をぐりぐりと撫でふとポケモンセンターの窓から見える通りの様子と茜色の空に一つ息を付く。

今日は本来ならジム戦が終わったらタケシくんとカスミと別れマサラタウンに戻り、オーキド研究所のポケモン達のお世話をケンジくんと一緒にする予定だった。

それがまさかこんな事になるなんて思いもしなかったけど、とりあえず。

 

「……なんか、凄く密度が濃い一日だったなあ。」

 

「ピカ」

 

 

 

 

 

――バトルはピカチュウの圧勝だった。

 

「…………勝った。」

 

「ピカチュ」

 

戦闘不能になったキバゴに全身に入っていた力を抜き小さく呟き息を付けばいつのまにか私の足元まで戻りその黒曜石の瞳で真っ直ぐにこちらを見上げてくるピカチュウの意図を何となく理解して、ああ、と身を屈めるとそっと彼に向かって掌を翳した。

 

「お疲れ。本当に良く頑張ったね、ピカチュウ。私に応えてくれてありがとう、相棒!」

 

「ピカッ!」

 

そのままニッと笑いかければしっかりと頷き軽く飛び上がりくるりと体を回転させた彼の雷型の尻尾とハイタッチを交わし合う。

パンッと響いた小気味のいい音にピカチュウと一緒に勝ったという強い実感が心を占めていき、こんなの彼と初めてしたけど結構良い感じかもと笑い合っていると、くそっ!という怒声が耳朶を打ち、ああそうだったと一つ息を吐き顔をあげた先ではかろうじて意識を保っているキバゴに向かって罵声を浴びせ続けるトレーナーがいた。

 

「っ、くそ!!、くそっ!! くそがああああ!! やっぱこいつも使えねえ! あのトレーナーといた時は強かったのに何で今んなに弱いんだよ!! こんなあっさり負けやがって! キバゴ!!」

 

「……キ……。」

 

そんな自分勝手で幼稚な発言にやっぱあいつどうしようもないなと左肩に温かな重みを感じつつ立ち上がるともう何度目かも分からない、「馬鹿じゃないの」を相手に向かって浴びせかける。

 

「な……ッ……!」

 

「今のバトル、敗因はキバゴじゃなくてどうみてもポケモンのコンディションを全く把握しないで暴力で言うことを聞かせようとした貴方じゃない。弱いのはキバゴじゃなくてそんな方法でしかポケモンとコミュニケーションが取れない、貴方の心よ。」

 

「てめえッ!! なに勝ったからって偉そうに……ッ!」

 

「――もう自分でも分かってるんじゃないの? いくら他のトレーナーのポケモンを奪ったところで、貴方とそのポケモンが心を通い合わせる事が出来ないなら、貴方自身が満たされる事はないって事。」

 

「――――ッッ!!」

 

今にも殴りかからんばかりの気迫のトレーナーに私から思う事はもう何もなくて。

 

ただ淡々と告げれば零れんばかりに目を見開き黙り込んだ相手を最後に一瞥だけすると未だ倒れ伏したままのキバゴに近付き両膝を地につけてしゃがみ込んだ。

 

「……キ……」

 

「キバゴ、バトル強かったよ。よく頑張ったね。」

 

「ピカチュ」

 

「……キバ……」

 

瞬間体を強張らせた彼を刺激しないようになるべく静かに話しかけると僅かに頭をあげたその瞳に一瞬だけ光が見えた気がして、瞳を細める。

うん。これならまだ、大丈夫だ。

 

「キバゴ、貴方をポケモンセンターに連れていくために少しだけ体に触れるね。……約束する。私は貴方を傷つけたりしない。だから、貴方の本当のトレーナーでもない人間の手は怖いかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね。」

 

「…………キバ」

 

分かった、と言うように小さく頷いたキバゴに眉を下げ笑いかけなるべくゆっくりとその体に触れ抱き上げる。

 

「よし。タケシくん、カスミ、リオル行こう! ここから一番近いポケモンセンターは!?」

 

「あ、ああ! このデパートを出て少し行った先にある。こっちだ!」

 

「リオル! リオルももう立ってるのもやっとでしょ! あたしが抱えるから一緒に来て! いいわよねリオ!」

 

「勿論! リオル、それでいいよね? リオルだってかなりの怪我なんだから無理は駄目だよ!」

 

「……リオッ」

 

「ピカッ!」

 

そのまま肩越しに振り返り声をかければどこか呆けていた様子の三人がハッと我に返り駆け寄ってくる。

さらにピカチュウの声を合図に頷き合いタケシくんを先頭に屋上の扉に向かってダッシュしかけた次瞬、バンッと三度大きく開いた屋上の扉からアニメ版でたまに見るあの婦警服に身を包んだあのジュンサーさんが勢いよく屋上へと飛び出してきた。

 

「そこまでよ!!」

 

「へ?」

 

「ピカッ!?」

 

「ジュンサーさん?!」

 

「何でこんなところにジュンサーさんが!?」

 

「……リオ!」

 

さらに鋭い声をあげる彼女を見て、思わず足を止めた私達の中で唯一何かに気付いたようなリオルの視線の先を見れば、ジュンサーさんの隣には彼女のパートナーであるガーディと、それとはまた別のガーディを抱えた私やタケシくんと同年代くらいの女性トレーナーがいて、その女性が黙り込んだままのあのトレーナーをズビシ、と音がするくらいの勢いで指差し叫んだ。

 

「ジュンサーさん!! 私のガーディを奪おうとして、それを助けてくれたリオルに暴力振るってたのはこいつです!!」

 

 

 

 

 

……と、まあそんな感じで。

 

あまりの急展開に初めは面食らったものの、その後ガーディを連れた女性トレーナーさんが説明してくれたところによると、彼女はやはりあのトレーナーが言っていたガーディを賭けてバトルを挑まれたトレーナーで、バトルを拒み相手のキリキザンに攻撃されそうになったところをボールから自主的に飛び出してきたリオルに助けられたそうだ。

さらに≪かわらわり≫一撃でキリキザンを戦闘不能にしたリオルに逃げるように言われ逃げ出したもののリオルの様子や状態からただならぬものを感じ、ジュンサーさんを連れて現場に戻った時には激しく争ったような痕跡に『逃がされた』状態で倒れているキリキザン、踏みつけ壊されたモンスターボールが二つ転がってただけですでに誰の姿もなく、あとはガーディの鼻でリオルの匂いを追いあのタイミングでタマムシデパートの屋上にたどり着いたというのが事の顛末らしい。

後は『事情を聞く』という名目でトレーナーを連れていこうとしていたジュンサーさんに私達からも話を聞きたいと言われ、それならリオルとキバゴの治療の事もあるからポケモンセンターで、という事なり今に至るというわけだ。

 

「ピィィカァァァ……。」

 

「……無理みたいだね。」

 

ぼんやりとそんな事を考えていると耳朶を打ったぐうぅぅとかきゅるるるとか言う切なすぎる音に意識が現実に戻り、わざを使っているわけでもないのに≪とける≫並みに脱力している相棒に息を付く。

何かあったかな、と背中に背負っているジム巡りする事が決まった時にハナコさんから貰ったデイパックの肩ベルトに触れたところで「あ、そうそう。」とタケシくんへのツッコミを終えたカスミがぱっと私へと振り返った。

 

「ねえ、リオ。さっきのバトルで一つ気になったんだけど。ピカチュウの≪でんこうせっか≫でキバゴがまひ状態になったでしょ? あれって何なの?」

 

「ああ。俺も気になった。あいつはピカチュウのとくせい『せいでんき』が原因だと思ったようだけど、『せいでんき』は直接的な攻撃を受けた時に稀に相手をまひさせるとくせいだ。発動条件が違うし、そもそもリオのピカチュウのとくせいは『ひらいしん』だろう?」

 

「あーー……、うん。そう。だからあれはかなり張り切ってたピカチュウが≪でんこうせっか≫に≪10まんボルト≫を無意識に重ねたんだと思う。」

 

さらにカスミに引っ張られた耳を擦ったタケシくんにも続けて尋ねられ腕の中のピカチュウへと視線を向ける。

 

ちなみに私のピカチュウのとくせいがでんきわざによるダメージを無効化し、逆に自分の特殊攻撃力をあげるゲームでは『かくれとくせい』と言われる珍しいとくせい『ひらいしん』だと知ったのはまさかのクチバジムのジムリーダー・マチスさんとのバトルの真っ最中で、彼のライチュウの≪10まんボルト≫が直撃してもケロリとしてる上に自らの≪10まんボルト≫や≪ドレインキッス≫の威力をあげていく相棒に一番戸惑い動揺したのがトレーナーの私だというオチまでついた。うん。

 

「わざを重ねるって……。そんな事出来るものなの?!」

 

「や、ピカチュウの場合だと本当に偶然そうなったって感じの要素が強いだろうけど、出来ない事はないみたいだよ? 現にテレビかなんかでバトル中≪アイアンテール≫に≪エレキボール≫を重ねて攻撃したポケモンとか、攻撃わざの≪インファイト≫を防御わざとして使うポケモンとか見た気がするし。だから、鍛え方次第じゃないかな?」

 

「成る程。確かにポケモンコンテストではポケモンのわざをバトルとは違った使い方もする。そう考えると鍛え方次第ではわざを重ねる事も難しくはないのかもしれないな。」

 

続けて二人にそう説明すれば顎に手を当てて納得したように頷いたタケシくんにだね、と笑いかけたところで再び治療終了のチャイムが鳴り響き、ハッと振り返ればラッキーが押すストレッチャーの上に腰かけたリオルとその後ろから歩いてくるジュンサーさんの姿がありそちらへと小走りで駆け寄った。

 

「お待たせしたわね、リオルの治療及び状況確認、照合は全て終わったわ。その結果リオルに関してはあのトレーナーの供述通り誰かから強奪したポケモンではなく、彼がシンオウ地方でゲットして逃がしたポケモンだって事が判明したからこのまま正式に貴方のポケモンと言う扱いで問題ないわよ。」

 

「ありがとうございます。……もう身体は大丈夫? リオル。」

 

「リオ!」

 

私達がポケモンセンターに到着しリオルとキバゴ、そしてジム戦から続けてバトルしたピカチュウの治療と回復をジョーイさんにお願いしてから暫く経った頃ポケモンセンターを訪れたジュンサーさんから聞かされたのはあのトレーナーがポケモン強奪犯として指名手配されていると言う事実だった。

 

彼女曰く彼にポケモンを無理矢理奪われたと言う被害届が各地方からかなりの数出されており、この地方で一度でも彼による強奪事件が起きればすぐ動けるよう警戒はしていたものの、実際にはポケモンを奪われたという報告が上がらなかった上に彼がポケモン達に暴行を繰り返している以上、下手に刺激すれば連れているポケモン達にさらに危険が及ぶ事が危惧されなかなか動けなかったらしい。

「貴方達の話から考えても恐らく大丈夫でしょうけど、被害者の中にはリオルを奪われたトレーナーもいるからこのリオルがそうじゃないかだけは照合させてね」と言われた時はさすがに息を飲んだものの、それが杞憂に終わった事にほーーっと心の底から安堵の溜め息を付くと良かった、と呟きぐでぐでになっている相棒を片手で抱え直し、元気いっぱいに返答するリオルの体を反対の腕で胸元に抱き寄せるとそのままひょいっと抱き上げた。

 

「リオッ!?」

 

「あーー、うん。確かリオルって平均体重約二十キロだっけ。ピカチュウがいつも通り肩に乗っててくれば両手で抱える分には問題ないけどさすがに片腕じゃきついか。リオル、もうちょっと体引っ付けて私の肩に少し体乗り上げてくれる? それで多分安定する筈だから。」

 

「……リ、リオッ!」

 

流石にそんな事されるとは思ってなかったのだろう焦ったような声をあげるリオルにそう告げれば、戸惑いつつも言われた通りに隙間がないようにぴったりと体を引っ付け手に肩を置く彼によし、と小さく笑う。

 

「良かったな、リオ。これで何の問題もなく、リオが正式なリオルのトレーナーだ。」

 

「これで一安心ね。良かったわね、リオ、リオル!」

 

「うん、ありがとう、二人とも!」

 

「リオ!」

 

「ピカ……」

 

さらにラッキーにお礼を告げ、一鳴きしてまたストレッチャーを押して来た道を戻っていくラッキーを見送り背後からかけられた声に振り返り答えると最後の力を振り絞って声をあげたピカチュウの後それから、とジュンサーさんがさらに続けた。

 

「キバゴなんだけど、照合の結果被害届を出していたガラル地方在住の男性トレーナーのポケモンだと言う事が判明したの。それで彼は治療が終わったら元のトレーナーのところへ帰される事になったわ。もうトレーナーとも連絡が付いていてね。電話越しに事情を説明したら凄く喜んでたわよ。」

 

「そうですか、ガラル地方の。良かった、元のトレーナーが見つかって……!」

 

「ああ! それに被害届を出しているという事はキバゴを何とかして取り戻そうとしてたんだろうな。きっと良いトレーナーだよ。キバゴがトレーナーと再会出来るのもリオとピカチュウが頑張ったからだな。」

 

「そうよね。リオ達があのバトルに勝ったからこそキバゴはトレーナーの元に帰れるんだもの。本当凄いわよ!」

 

「リオッ!」

 

まさかここで聞くとは思わなかった地方の名前に一瞬言葉に詰まりかけるも気を取り直してほっと肩の力を抜き微笑めば、同じく安心したように顔を綻ばせたタケシくんとカスミ、そして少し体を離し私の顔を覗き込んだリオルからの言葉に小さく眉を下げる。

そのまま腕の中で私と同じような表情を浮かべてこちらを見る相棒と分かってないな、と視線を交わしさらに眉を下げると三人に向かって軽く首を横に振った。

 

「それは違うよ。キバゴを助けたのは私とピカチュウだけじゃない。そもそもリオルが私の元に来てくれてなかったらあのトレーナーとあんなやりとり出来なかったし、ポケモントレーナーとして経験を積んでる二人がいなかったら、まだトレーナーになって日の浅い私の言葉じゃ彼はきっと彼処まで激情しなかった。皆がいてくれたから彼処で彼にキバゴを出させる事が出来た。それにね、バトルに勝てたのも同じ。きっと自分で決着を付けたかった筈なのに私達に後を任せてくれて。一人で戦うことを心配して、一緒に戦うって言ってくれて。そんな人達やパートナーがいてくれて、負ける筈がないよ。皆がいてくれたから、『一人で戦ってるんじゃない』って思えたから、私達はきっとひとつになるようなバトルが出来たんだよね、ピカチュウ?」

 

「ピカチュウ!」

 

最後に相棒にそう振れば先程までのぐでぐでが嘘のように黒曜石の瞳を輝かせしっかりとした声でそれを肯定するピカチュウと笑い合っていると、ハァーーとタケシくんとカスミには溜め息を付かれた上リオルにはぎゅっと強い力でしがみつかれた事に彼と二人できょとんと首を傾げる。

 

「ん?」

 

「ピカ?」

 

「……リオだけでも大概なのに、リオとピカチュウって二人だとさらに輪をかけてタチが悪くなるわよね。」

 

「ああ。しかも本人達はこれで無自覚だから尚更だな。」

 

「……リオリオ。」

 

さらに三人だけで分かり合っている雰囲気に何か前にもこんな事あったななんて考えながらも眉を寄せ、そんな変な事言ったかなあ?と相棒と再び顔を見合わせればポンッと私とピカチュウの頭に手を置いたカスミにそのままぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるようにして頭を撫でられた。

 

「わっ、ちょ、カスミっ!?」

 

「ピカチュピ!?」

 

「はいはい、今のはこっちの話だからそんな不安そうな顔して見つめ合わないの!」

 

「……はは。それで、ジュンサーさん。キバゴをトレーナーの元に返す方法はあるんですか? 普通に考えるなら転送装置でしょうがキバゴがあの怪我ではすぐに、とは行きませんよね。」

 

「ええ。そう伝えたらそのトレーナー自分でカントー地方まで迎えに行きたいって。ただ途中で感極まったみたいで男泣きしだしちゃってね、一緒にいるというそのトレーナーの知り合いの人に電話が代わって『彼のキバゴを助けてくれたそのトレーナーに、オレからも礼を言わせて欲しい。ありがとうと伝えて下さい。』って言う貴方達への伝言と。色々詳しい話もしないといけないだろうからって二十分後折り返し連絡を貰う事になったの。それで悪いんだけど貴方達ももう少しだけ付き合って貰える?」

 

「そう言うことなら私は構いませんが……。」

 

「ピ!?」

 

そうカスミに一通り頭を撫でられながらもタケシくんとジュンサーさんのやりとりを聞いていると、一瞬だけ感じた魚の小骨が刺さったようなチクッとした感覚にん?と首を傾げながらも答えると同時に、鋭い声をあげた相棒のお腹からごおおおるぎゅるるるという最早本当にお腹の虫か疑うレベルの今日一番盛大な音が鳴り響きああそうだった、と何だか視線が遠くなる。

 

「ピカ! ピカ、ピカチュ!! ピィカ!」

 

「リオッ、リオ!」

 

「……あーーもーー、分かった。分かったから! 怒ると余計お腹減るよピカチュウ! タケシくんごめん、私の背中のデイパックの中に木製のピクニックバスケットが入ってるんだ。手突っ込んでくれて構わないから出してもらっていいかな?」

 

「あ、ああ。」

 

さらについに空腹が限界に達したのか私の腕の中でじたばたと暴れ怒り出したピカチュウに仕方ないと改めて息を吐き、彼を宥めるリオルの声を聞きながらそうタケシくんに声をかけた。



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第十二話 『新人トレーナーと二匹目の仲間』⑤

閲覧ありがとうございます。
十二話です。
『二匹目の仲間』はここで一区切りです。
次回はまた少し時間が飛びます。
そろそろどこかでサトシ達と絡ませたいorz

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


「ピ、カ、ピピピカピピカカ、ッピ」

 

「…………ドリルか何かかな? ピカチュウ、ご飯前だから二個までだよ。リオルもほら。お腹空いてるでしょ、良かったら食べてみて?」

 

「リ、リオッ……」

 

間違っても食事風景を見ながら出てくる単語ではない筈の元の世界等でよく見た工具が真っ先に脳裏に浮かんだ事に一つ息を付く。

 

ちなみにあの後まだ時間もあるしあのトレーナーの事も気になるから本部に連絡を取るとジュンサーさんは一度ポケモンセンターから出ていき、タケシくんとカスミはそれぞれの家に帰りが遅くなる旨の連絡を入れにいったためこの場にいるのは私達だけである。

本当ならポケモンセンター内で持ち込みの食べ物を出すのはあまり誉められたことではないだろうけど、背に腹は変えられないという事ですでに目の前の食べ物に夢中になりすぎてる相棒に一声かけ、隣でその食べっぷりに若干引いてるリオルに向かって中に入っているものがよく見えるようにバスケットを傾ければ、戸惑いがちにピンクのクリームがかかったポフレをゆっくりと手に取り不思議そうな顔で匂いを嗅ぐ彼の頭をそっと撫でた。

 

「カントー地方にはないお菓子だし、初めて見るかな? これはポフレって言ってカロス地方っていう地方では一番ポピュラーなポケモン用のお菓子なの。一応人間も食べられるものだから味見もしてるし、大丈夫だよ。」

 

「へぇ、そうなんだ。」

 

安心させるようにそう説明しているとすぐ後ろから聞き慣れた声が耳朶を打ち、振り返る間もなく背後から伸びてきた手がダークブラウンのクリームのポフレを一つ取っていく。

 

「あ。こら、カスミ。」

 

流石にそれは、と軽く諌める意味合いを込めて振り返ればポケモンセンターのベンチに座っているピカチュウ達の目線の高さに合わせるため片膝を立ててしゃがんでいたためいつもとは違う高さで彼女と視線が合い、そのままポフレを一口食んだ彼女にしょうがないなと眉を下げた。

 

「何これ、美味しい! ほらリオルも食べてみなさいよ!」

 

「リ、リオ。」

 

そう顔を綻ばせる彼女に促され、ぱくりとポフレを一口食べた瞬間顔を輝かせたリオルに小さく笑い立ち上がるとカスミへと向き直る。

 

「ありがと、カスミ。でも、いきなり背後から手掴みはお行儀が悪いよ?」

 

「あはは、ごめんごめん。でもこれ本当に美味しいわよ! リオが作ったの?」

 

「うん、ハナコさんと一緒にね。あ、お家の方は大丈夫だった?」

 

「ええ、今日はお姉ちゃん達がいるからね。帰りが遅くなるってのもあっさりとOKされたわ。リオはさっきピカチュウの回復待ってる間にオーキド博士とサトシのママさんに連絡取ったのよね?」

 

「うん、その時に事情や今の状況も説明してあるから大丈夫だと思う。『気を付けて三人で帰ってきてね』ってハナコさんに言われたよ。それも何とか果たせそうで安心してる。」

 

やっと操作に慣れてきたこの世界の電話の最後、そう微笑んだ彼女を思い出し瞳を細めた。

 

そんな風に誰かに言って貰うのはもう思い出せないくらいに久しぶりすぎて。

ハナコさんの包容力が凄いことはアニメのあちらこちらでも描写されていたけど、居候させてもらう事で改めて実感したしその途方もない温かさに小さく、でも確かに揺れた心に瞳を伏せたのは内緒の話。

あとああいう『お母さん』の元で育ったら、その息子が正義感が強くて誰かのために一生懸命になれる優しさと勇気を持っているのも分かる気がする、うん。

 

「ん? カスミ、リオ。二人で何話してたんだ?」

 

「タケシ。遅かったわね。」

 

「タケシくん、おかえり。お家大丈夫だった?」

 

一人でそう納得していると電話を終えて戻ってきたタケシくんに声をかけられ、カスミと二人でそちらへと向き直ると、本格的にポフレを食べながら話すカスミに少し不思議そうな表情を浮かべながら近付いてきた彼の掌がぽんと頭に乗せられ軽く撫でられた。

 

「ただいま、リオ。ああ、家の方は問題なかったんだがどうやらジロウが四日前にあのトレーナーと別のトレーナーがニビの科学博物館の側の路地で揉めているのを見かけたらしくて、少し話を聞いていたんだ。ただその時はキリキザンをボールから出してはいたがバトルをしている様子はなかったし、ジロウ自身夕飯の買い物の途中だったから気にはなったけどすぐその場を離れたそうだ。ところで、カスミ。それは?」

 

「ふぅん。四日前ってリオのクチバジムジム戦にあたしとタケシが付き合った日よね? あとこれはリオ手作りのポフレって言うお菓子で、すっごく美味しいの! 」

 

「あはは、ありがとカスミ。うん。私達がリオルとトキワの森で会ったのが三日前だから、その前日にニビシティにあのトレーナーがいてもおかしくはないけど……。今のジロウくんの話念のためジュンサーさんが戻ってきたらしておいた方がいいかも。あと、作ったと言ってもハナコさんと一緒にね。カロス地方にある人も食用可能なポケモン用のポフレっていうお菓子なの。材料を減らして作ってるから本来のものより一回り小振りだけどね。……えと、お口に合うかは分からないけど良ければタケシくんもお一つどうぞ?」

 

「ああ、そうだな。成る程、つまりポロックやポフィンみたいなものか。ありがとう、頂くよ。」

 

そのジロウくんの話にあまりよくないものを感じてそう提案してからバスケットの中身をタケシくんに見せるようにして、カスミと同じダークブラウンのポフレを手に取り口に運ぶタケシくんを何となく見つめる。

てかあげるのは全然構わないし、何ならこれは二人にも食べてもらおうと用意してきたものだけど、やっぱ料理めちゃくちゃ上手い人に手作りのもの渡すって緊張するんだよね。

まあ、料理が上手い人程あまりそう言うの気にしないで食べてたし、いつかの世界達で出会ってきた料理が得意な面々を思い浮かべるとその殆どが男性ってのが何ともいえないところだけど。

特に赤銅の髪に金の瞳の『先輩』が作った料理はどれも絶品で……――。

 

「リオ?」

 

「う゛、ん!? あ、ごめん、何だった?」

 

『先輩』の特製出汁茶漬けにうっかり思いを馳せすぎかけたところでハッと我に帰り慌てて尋ねればああいやとタケシくんが眉を下げた。

 

「このポフレ、本当に美味いよ。あと、ピカチュウがおかわりを要求してるぞ?」

 

「え?」

 

「ピィカ、ピカ、ピカチュウ!」

 

さらに続けられた内容にハッとして振り返ればすでに一個目のポフレを食べ終わったのか口の横にクリームを付けたままこちらに向かって手を伸ばすピカチュウに小さく笑い側に寄ると膝を折り、そのクリームを親指で軽く拭うとはい、とバスケットに残っていた最後の一つのポフレを差し出した。

 

「チャアア! ピカ、ピ、ピ……」

 

「君は本当に食べるの好きだね。ポフレは逃げたりしないから、ゆっくり食べな?」

 

私からポフレを受け取った瞬間に歓喜の声をあげ食べはじめた彼の頭を撫で微笑むと無事空になったバスケットの蓋を閉じ、さてと、と立ち上がりかけたところで、横から伸びてきた青い手にくん、と手を引かれそちらへ振り返れば三分の二程食べたポフレを私の口元へずいっと差し出すリオルの赤い瞳と目が合った。

 

「リオル、どうしたの? これリオルの分だから全部食べていいんだよ?」

 

「リオルはリオの分のポフレがない事を気にしてるんじゃないのかな。」

 

「リオッ!」

 

そう告げるもさらにポフレを口元に近付けられ首を傾げたところでタケシくんに言われ同意するように首肯したリオルにああ、成る程と頷いた。

 

「そっか、ありがとうねリオル。でも私は昨日作ってる最中や完成した後とかにしっかり食べてるからだい……じょ…………。うん、分かった。一口だけ貰うね?」

 

『大丈夫』と断わりかけたものの彼の真っ直ぐ過ぎる瞳と全く口元から退かさない手にこれ食べるまで動かないやつだと察し、少し身を屈めて彼が差し出すポフレを一口食べれば甘さ控えめに作った筈だけど十分に甘いそれに瞳を細める。

 

うん、今朝食べた時にも思ったけど、もう少し甘さ抑えてもいいかもしれない。

 

「ん。ありがとね、リオル。あとは食べていいよ」

 

「リオッ」

 

改めてそう言えば納得したのか残りを口に運ぶ彼の頭を一撫ですると、此方は丁度食べ終わったらしいカスミが改めて口を開いた。

 

「あー、美味しかったぁ。ご馳走さま! でもリオ、急にお菓子作りなんてどうしたのよ。今までだったらこう言う時はタケシが作ったポケモンフーズやきのみをピカチュウに渡していたわよね?」

 

「うん。そうなんだけど、それだとピカチュウいくら言っても食べ過ぎるからそれこそポケモン専用のお菓子のポロックやポフィンを用意した方がいいかなって少し考えてたんだよね。そしたら昨日のお昼過ぎかな? ハナコさん達と一緒に見てた番組内で『各地方のスイーツ特集』っていうのをやっててさ。カロス地方ではメジャーなお菓子って事でポフレが紹介されてたんだよね。ポフレコンテストが開催されたり、ポフレマスターって称号を持ってる人もいるくらいなんだって。で、少し調べてみたら材料さえあれば結構手軽に作れるってのが分かったからハナコさんと一緒に作ってみようって話になったの。」

 

ピカチュウが大食らいなのは今に始まった事じゃないし、彼自身他の個体に比べるとほんの少しだけ燃費が悪いけどそれ以外は健康そのものだとこの世界に来てすぐの頃オーキド博士やジョーイさんから太鼓判は押されていたからおやつは結構しっかりあげていた。

ただそれでもやっぱり食べ過ぎは良くないし、一度タケシくんにいい案はないか相談しようと思っていた矢先にそのテレビ番組を見てふとXYでセレナが作り出してからはポケモン達のご飯としてもおやつとしてもポフレが登場していた事を思い出し、もしかしてこれなら材料によって満腹感を与える事もでき、腹持ちが良いんじゃないかと思い付いたのだ。

 

結果としてその点は目論み通りだったものの、思ったよりも手軽に出来る事、生地やクリームにいれるきのみでも味がかなり違ったりする事やトッピングや盛り付けもなかなか拘れる事などが重なった結果、気が付いたらいくらピカチュウがいるとは言え四人では絶対食べきれない量を作ってしまっていた事は誤算と言えば誤算かもしれない。

お陰で昨夜の夕食後のデザートと今日の朝ごはんはポフレ三昧だったし。

 

……まあ、でも。

 

「私もハナコさんも興が乗っちゃって少し作り過ぎちゃったけど、楽しかったよ。それに作ってる最中、前にタケシくんとカスミと一緒に旅してたっていうハナコさんの息子のサトシくんの話もいっぱい聞けたしね。」

 

「ピカチュ」

 

そう説明すれば当たり前だけど昨日唯一その場にいて、トッピングの材料をつまみ食いしながらトッピングを手伝うというなかなかに呆れた芸当を披露していたピカチュウが同意するように頷いた。

 

「へぇーー。……ってサトシの?」

 

「うん。サトシくん今そのカロス地方にいるからって。少し前まではイッシュ地方を旅してて、道中で知り合ったっていうポケモンルポライターさんと帰ってきたと思ったら、次の日にはその人と一緒にカロス地方に旅立ったんだって。」

 

「次の日!? 本っ当、相変わらず落ち着きないわね、アイツ。」

 

「ああ、でもその方がアイツらしいさ。それに、元気でやってるみたいで良かったじゃないか。」

 

「ええ、そうね。」

 

さらに確かアニメ版において前シリーズのキャラが登場する際、何かしら連絡を取り合っているような描写はされていたからこれくらいは問題ないだろうとハナコさんから聞いた内容をかいつまんで説明すれば、どこか仕方無いなと言った表情を浮かべながらも彼への思いがしっかり伝わってくる声で話し、懐かし気に顔を見合わせて笑う二人に瞳を細め小さく微笑んだ。

 

うん。何て言うか二人がサトシと旅をしてたのはアニメではかなり前のシリーズなんだけど、どれだけの年月が経とうと「無印組」や「初代組」とファンからは呼ばれる事もあるサトシ、カスミ、タケシの三人組が未だに人気あるのこうしてみると分かる気がするなあ。

実際今のこの世界では未来にあたるサン&ムーン時にはアニメ放送二十周年って事もあり三人が再会する話もあったし。

 

……いくらポケモンワールドチャンピオンシップスに参戦すると決めたとはいえ、その時まで私がこの世界にいられるかは分からないけど。

 

でも出来る事なら。

それが許されるのなら。

彼のことを凄く温かな響きで『アイツ』と呼んで笑い合うタケシくんとカスミが彼に再会する時に、私もその場にいられますようにと誰に向けてかも分からないまま心の底から願い瞳を伏せると同時に左肩に温かな重みが加わり、繋いだままだった手を軽く握られて眉を下げる。

 

……全く。

 

「……本当、ピカチュウは前からだったけど、リオル、君も読心術でも心得てるのかな?」

 

「ピカ!」

 

「リオッ」

 

いつも。いつだって。

私が一人になる事を許さない二人に笑いかけたところで、ポケモンセンターの自動ドアが開き中に入ってくるジュンサーさんの姿が目に入る。

そのまま受付のジョーイさんへと話かけ、少し会話を交わした後こちらへ向かってきた彼女に少しいいかしら、と話しかけられた。

 

「はい。」

 

「今、キバゴのトレーナーから連絡があってね。必要な話は済んだんだけど、どうしてもキバゴを助けてくれたトレーナーに直接お礼が言いたいらしいの。本来こういうのはあまり良くないのだけど、事情も事情だからあまり無下にも出来なくて。そんなわけで悪いのだけど、リオさん代表としてこれこのまま出ればテレビ電話になってるから少し話してくれる?」

 

「え。……あ、は、はい。」

 

そう差し出されたのはそれこそXYでセレナが使っていたような二つ折りの携帯端末で。

一瞬戸惑ったものの咄嗟に視線を向けたタケシくんとカスミに頷かれた事もありジュンサーさんから受け取った端末の画面には、ゲーム版やアニメ版に登場するキャラではないものの、灰色のダブルスーツに身を包んだ清潔感のある黒髪に灰緑色の瞳が特徴的なすらりとした体躯のまさにナイスミドルと言った四十代くらいの男性が映っていた。



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第十三話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』①

閲覧ありがとうございます。
十三話です。
サブタイトルがちょっとアレですが今回は普通に日常+説明回です。
次回から少しシリアスになる予定。
あと作中で主人公が着た服はあのシリーズの女主人公の服です。
彼女も大好きなトレーナーなんですがアニポケに登場しなかったのつらい……。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




「ではリオさん。バッジはお渡しましたがそれはそれで御座います。いつでも再戦お待ちしておりますわ。それと。カントーを発つ前に是非一度店に来て下さいませ。リオさんに合う香水をいくつか用意してお待ちしておりますわ。」

 

「あははありがとうございます、エリカさん。またお店の方に伺わせて貰いますね。」

 

「ピカチュ!」

 

「リオ!」

 

最後に軽く会釈をして笑い踵を返し去っていくたまたまここ――タマムシシティのタマムシデパートでばったり出会ったタマムシジムジムリーダーのエリカさんの背を見送っているとポン、と背後から肩を叩かれ振り返れば何着もの洋服を手に持ちにっこりと微笑んだカスミが立っていた。

 

…………あ。

 

「えと、カスミ……。」

 

「エリカとの話は終わったわよね? じゃあ次はこれとこれね。あと今サトシのママさんがワンピース見に行ってるからそれも試着ね。」

 

「あ、あの。あのねカスミ、私本当服なんてパーカーとかで十分で――。」

 

「何言ってるのよ! 出発日まであと二日しないのよ? 旅に出るなら荷物は少なく、かつ動き安い服装である事は鉄則だけど今回はそうじゃないんだから二、三着は用意しとかなくちゃ! はいとっとと試着室に行く! あとピカチュウとリオルはリオが試着してる間はタケシと一緒にいる事。タケシ、よろしく。」

 

「ああ。ピカチュウ、リオルおいで。俺と一緒に待ってような。」

 

「ピカ!」

 

「リオ!」

 

もう今朝から何度目になるか分からない提案をばっさりと切り捨てたカスミに持っていた服を押し付けられ、びしりと試着室の方向を指し示される。

さらに今回は荷物持ちと言う事で付き合ってくれているタケシくんに呼ばれた途端物凄く嬉しそうに彼へと駆け寄りその肩に乗るピカチュウと彼と手を繋ぐリオルにがくりと肩を落とし、もう二時間近く着せ替え人形状態になっているものの多分私に拒否権はないのだろうと息を付いた。

 

「…………はい。」

 

 

 

 

 

リオルをゲットしたあの日から三日。

 

考えてみるとあの次の日からさっきみたいに今までにバトルしたジムリーダー……と言ってもジロウくんとカスミ、マチスさんにエリカさんの四人と元ジムリーダーとしてのタケシくんからバトルに誘われる事が多くなったように感じる。

特にタケシくんとカスミに至っては、あの次の日に行こうと話していたトキワの森でのポケモンゲットの予定が有無を言わさず引っ張っていかれたハナダジムで二人とのポケモンバトルにシフトチェンジし、本気モードな二人に見事なまでにコテンパにされた。

 

「……やっぱ凄いな、二人は。私も頑張らないと。ピカチュウとリオルと一緒にもっと強くなるために。」

 

「ピカ!」

 

「リオッ!」

 

バトル後ポケモンセンターで相棒二人を回復したあと当初の目的だったトキワの森へ行き、まずは腹ごしらえとタケシくんお手製のお弁当を食べながら胸に残る苦さと炎のように揺らめく闘志を噛み締め呟けば返ってきた気合いに満ちた二つの声に小さく笑い、その黄と青の頭をそれぞれ撫でているとどこか満足そうな笑みを浮かべたタケシくんとカスミがアイコンタクトを取り笑い合ったのが見えて首を傾げる。

 

「タケシくん? カスミ?」

 

「変わったわね、リオ。」

 

「ああ、いい目をするようになった。それでこそポケモントレーナーだ。」

 

そのまま尋ねれば返されたのはジムリーダーとして、そして先輩ポケモントレーナーとしての響きを宿した二人の声で。

その眼差しに自然と背筋が伸びる思いになり二人に向き直ると口元の笑みを深めたカスミがさらに続けた。

 

「いい? 今までのリオとピカチュウのバトルだって決して悪いものじゃなかったわ。二人のコンビネーションは抜群だったし、自分のポケモンの事も相手のポケモンの事もきちんと理解した上でこうかばつぐんを狙い、確実に勝利を手繰り寄せる。そんな模範的だけど手堅いバトルスタイルもリオらしいと思うわ。でも、あと一歩お互いに踏み込めてないように感じてたの。ま、新人トレーナーは皆大体そうだからあまり気にしてなかったんだけどね!」

 

「……そうなんだ。」

 

「ああ。ポケモントレーナーは皆ゼロからのスタートだからな。最初から全てうまくいく訳もないし皆自分のポケモンと互いに手探りで関わり合い日々を過ごすうちに少しずつ成長していくんだ。そして昨日のあのトレーナーとバトルでリオとピカチュウはその一歩を踏み込んだように俺達には見えた。ポケモンとトレーナーがお互いを信頼し心を一つにして勝利を掴む。昨日のバトルはまさにそんなバトルだったよ。」

 

「ええ。だから、タケシと二人で今日トキワの森へ行く前にリオとバトルしようって話になったの。昨日のバトルを経験したリオとピカチュウならきっと前よりもっともっと熱いバトルになると思ったから。実際その通りだったわね。」

 

「ああ。勝敗は抜きにしても見ているだけで胸が熱くなるようないいバトルだったよ。」

 

「……タケシくん、カスミ。」

 

真っ直ぐ私を見て話す二人の言葉は何となく理解はできた。

 

つまりあれが。――あの感じが。

 

自分でも思ったように、サトシがゴウにいった「ひとつになるバトル」で、アニメ越しにサトシを中心としたトレーナーのバトルを見た時に感じるあの胸がめらめらと熱くなってバーン!ってなるようなバトルなんだろう。

 

「……そっか。正直変わったって言われても自覚はあんまないんだけど。でも昨日のバトルは何て言うか、心が静かだったかな。今までのジム戦も勿論全力でやってきたし『勝ちたい』『負けたくない』って気持ちだったけど。昨日のバトルはただ『ピカチュウと勝つ』って思いだけが心の真ん中にあって。ピカチュウと心と心で繋がってるのがはっきり分かって。ピカチュウと一緒なら、二人なら、どんな相手にだって負けないって『絶対大丈夫』って胸がめらめらぐらぐら熱くなる。そんなバトルだったから。……とは言ってもさっき二人にコテンパにされたんだけど。でも。これで終わりじゃないから。」

 

「ピカチュウ!」

 

「リオ!」

 

そこで言葉を区切り左肩に加わった暖かな重みと私の右手を握る力強いぬくもりに瞳を細め、二人にニッと笑いかけた。

 

「今回は惨敗しましたが、ポケモン達と鍛え合いまたリベンジさせて頂きます。次は勝ちますよ、先輩方!」

 

「ああ、いつでもこい!」

 

「ええ、いつでも挑戦待ってるわよ!」

 

そう宣言すれば不敵な笑みを浮かべた二人に力強く返されて。

それで皆で笑い合って昼食の続きを取った後に始めたポケモンゲットはトレーナーとはぐれたポケモンを五匹連続で引き当てた時点で心が折れ、またしても何の成果をあげられないまま日暮れを迎えたのはきっと別の話だろう。

 

と言うか、何でだ。

 

 

 

 

 

で。

それで何で今タマムシデパートの婦人服売り場で着せ替え人形状態になっているのかと言うと理由は至極単純で、三日前ジュンサーさんに言われて電話を替わったあのナイスミドル然としたキバゴのトレーナー――ガラル地方ナックルシティに居を構えるトモネさんの提案により、彼の屋敷に招待される事になったからだった。

 

『そちらのジョーイさんによりますとキバゴは少なくともあと三日は絶対安静との事なので五日後にカントー地方へ赴くつもりです。そこで大変急なお願いではあるのですが、その際私と共にガラルにお越し頂けないでしょうか。と言うのも、私の妻や娘は勿論、先程電話を代弁してくれた友人もキバゴの事は大喜びで、是非貴方に直接あって礼が言いたいとの一点張りでして。勿論往復の旅客機費、宿泊費その他諸々は全て私共が持ちますので是非!!』

 

「え゜」

 

電話に出た瞬間からまさに怒涛の勢いと言ったむしろこっちが萎縮するレベルで感謝の言葉を延々と、延々と口にしていた彼にそう告げられた時口から零れたのはその一言だけだった。

あまりにも唐突過ぎる誘いな上、キバゴを助けられたのはあくまでも結果論にしか過ぎないし、そもそもタケシくん達に言ったように私だけで助けた訳でもないからと初めは断っていたんだけど何度断っても諦めてくれないどころか土下座一歩手前までいくトモネさんに加え、「いいんじゃない? 行ってきなさいよ、リオ。」「ああ、リオにもピカチュウに続いてリオルっていう新しい仲間が出来た事だし、ここら辺で別の地方を見ておく事は決して悪いことじゃないと思うぞ。」というまさかのカスミとタケシくんからの後押しもあって断り切れずそう決まったのだ。

ちなみにトモネさんは二人の事も招待しようとしたけどタケシくんはポケモンドクター養成学校、カスミはジムリーダーの職務を理由にあっさりと断ったのでガラルに行くのは私とピカチュウとリオルだけである。

うん、まあそりゃあいくら描かれないとは言えこの時期にカスミとタケシがガラル地方に行く筈ないから仕方ないんだけど。

それに付随して言うなら、ガラル地方には各地方にある悪役的な立ち位置の秘密結社は存在しないし、そもそもこの世界自体が各地方を旅する主人公であるサトシとピカチュウ、そして旅の仲間達を中心としてストーリーが進んでいくので、XYの時系列の現在にガラル地方でムゲンダイナのあれやこれやが起こるとは考えづらい。

 

さらにそういう風だからサトシと関わったり彼の旅に合流でもしない限りは基本的に平和な日常に身を置く感じになっていて、それはつまり自分から動かなければやる事がない、と言うことと同義で、簡単に言ってしまえば結構暇なのだ。

最初はハナコさんの家の手伝いをするつもりだったけどそれはバリヤードがいれば事足りてしまうし、当然だけどポケモンワールドチャンピオンシップスのエントリーもまだ始まってない。

しょっちゅう一緒にいるように感じるタケシくんとカスミも実はそうじゃなくて、タケシくんはポケモンドクターの勉強や学校の準備、カスミはジムリーダーとしてそれぞれ忙しい事もありむしろ二人と会わない日の方が多いくらいだ。

それで考えに考えた結果。

ジム巡りとかでタケシくんとカスミに会っている以外の時間は『ポケモンという生き物をもっと知りたい』という事もあってオーキド博士とケンジくんに頼み込んでオーキド研究所のポケモンのお世話の手伝いをさせて貰うって事で今のところ落ち着いていて、今すぐと言うわけではなかったけどもう少しこの世界に馴れたらカントー地方以外の地方に行ってみたい、もっとこの世界を見てみたいと言う欲が心の奥底にずっとあったのも事実は事実なんだけど。

 

……ただ。

行くとしてもまずはカロス地方かなって思ってたかな、やっぱ。

サトシについても、私の事はオーキド博士経由で伝わってはいるみたいだけど私自身はまだ会った事も見た事すらない訳だから、一度くらい会っておいた方がいいかなって気持ちは当然あったし。

 

ま、それはともかくとして、当面の問題はと言うと――。

 

「……やっぱどう考えても、短すぎるよね。」

 

改めて一人呟き試着室の鏡へ映るノースリーブの白のトップスに黒いベスト、青いダメージデニム風のホットパンツと言う服装に身を包んだ自分の姿に一つ息を付く。

てかこの服装マネキンが着てたのを一式持ってきたってカスミ言ってたけど、何か見覚えあるんだよなあ。

 

「リオ~~? 着替え終わった?」

 

「うん、終わったには終わったけどこれ絶対短いって。」

 

さらに鏡とにらめっこしかけたところで試着室の外からかけられた声にハッとしてカーテンを開ければ、新たな服を手にしたカスミと少し離れた位置でピカチュウとリオルの相手をしながらカスミのお眼鏡にかなった私の服候補を抱えてるタケシくんの姿があって、後でタケシくんには絶対何か奢ろうと密かに決意しつつカスミに向き直った。

 

「そう? 結構似合ってるじゃない。リオ胸はないけどスタイルはいいんだし、足も適度に筋肉付いててスラッとしてるから良いんじゃない? タケシ、どう思う?」

 

「え、俺か!? そうだな。リオはいつものリオが通うスクールの制服のイメージが強いからカジュアルなのは見慣れないが悪くはないんじゃないか?」

 

「…………ありがとタケシくん。でもやっぱ胸がないから似合わないかな。胸……私ギリギリBだしね。胸の谷間とか出来た事ないし、ふざけて揉まれる時はいつだって『可愛い胸だよね』とか『肩凝らなくてよさそうだよね』って言われるし!! 私だって出来ればDくらいは欲しかったよ!」

 

「似合わないなんて言ってないだろ! あと落ち着け! それ俺が聞いていい話じゃないよな!?」

 

「そうよ、リオ! それにリオだってまだ十五歳なんだしこれからもっと大きくなるんじゃない?」

 

「十三歳の時から全く変わってませんけど!?」

 

「お前らいいからその話題から一度離れてくれ!!」

 

カスミの言葉がモロに心に突き刺さり、『こうかはばつぐんだ!』のテキストが脳裏に過り膝から崩れ落ちると間違っても同年代の異性であるタケシくんに言うべきじゃない事をぶちかます。

さらに涙目で答えれば流石に気まずさとか恥ずかしさのためか頬を赤らめたタケシくんに止められながらもついわちゃわちゃ騒いでいると、リオちゃんと名を呼ばれそちらを見れば違う婦人服売場を見に行っていたハナコさんが一着の服を抱えて私達の元へと歩み寄ってくるのが見えてとりあえず会話を打ち切って立ち上がった。

 

「ハナコさん。」

 

「良かった、皆ここにいたのね。リオちゃんに似合いそうな服をあっちの売場で見つけたから持ってきたの。これなんだけど着てみてくれる?」

 

そう言ってハナコさんが見せてくれたのは、胸元の左右対称に付けられた六つの飾りボタンと黒のネクタイがアクセントになっているシンプルなデザインの所謂軍服ワンピースと呼ばれるオレンジ色で半袖のワンピースだった。

 

「ピカ!!」

 

「リオ!!」

 

それに一番に反応したのは私ではなくパートナー達で、ハナコさんに駆け寄りそのワンピースをきらきらとした目で見つめている二匹に四人で顔を見合わせて思わず笑い合う。

 

「どうやらピカチュウ達もリオの服選び、しっかり参加していたみたいだな。」

 

「そうね。それにピカちゃんとリオルちゃんはリオちゃんに着て欲しいお洋服がちゃんとあったのね。このワンピースリオちゃんに似合いそうだものね。」

 

「本当ですね。それに色もリオに合ってるわよね。リオってオレンジ!って感じするし。」

 

「オレンジって感じ?? そんな事初めて言われたてかむしろオレンジ色の服って普段着たことあまりないけど。でも他でもない相棒二人がそこまで気に入ったんだったら着てみよっか。」

「ピカチュ!」

 

「リオ!」

 

そう笑うとハナコさんからそのワンピースを受け取った。



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第十四話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』②

閲覧ありがとうございます。
十四話です。
主人公の体質の設定はこんな感じです。
色々矛盾とかありそうですがとりあえず「そうなんだ」的な緩い目で見て頂ければと思いますね。
それでは今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。



――なんやかんやで訪れるのは正味二回目となるタマムシデパートの屋上へと続くドアを開けた先に広がっていたのは、三日前とは違いうっすらとした雲に覆われた空色鼠色の空だった。

 

そう言えば今朝ハナコさんの家を出る時に見かけたテレビの天気予報では夕方からカントー地方のほぼ全域で雨と言う予報だったなあと思い返しながらぐるりと周囲を見回すと出入り口である屋上のドアから一番遠く、またそれに背を向ける形で設置されているベンチに座っている探し人の姿を見つけホッと息を吐く。

熱心に何か読んでいるのかこちらに全く気が付いてない彼に首を傾げながらも、邪魔をしたくなくてなるべく静かに近寄っていけば彼の膝の上と、その隣に座り彼にもたれて眠りこけている私の相棒とパートナーの姿が目に入りあちゃあ、と内心で呟いた。

 

うん、今朝はいつもより三十分くらい早く起きなくちゃいけなかったし、デパート内でも結構連れ回してた上に二人ともやけに張り切ってたから疲れるのは仕方ないって言ったら仕方ないけどさ。

でもだったら余計に買ってきて正解だったかも。

 

「――タケシくん、お待たせ。ごめんね、ピカチュウとリオルの面倒見て貰っちゃってて。」

 

「ん、ああリオ、おかえり。買い物はもういいのか?」

 

「ただいま。うん、粗方必要なものは揃えられたかな。カスミとハナコさんはあと少しだけ売り場見てから来るって。あとさ、これ。勿論ちゃんとしたお礼は後でするけど、待たせちゃってたお詫びとピカチュウ達の相手してくれてたお礼って事で。受け取ってくれると嬉しいな。」

 

最後に一気に距離をつめてベンチへと歩み寄り声をかけ、読んでいた付箋だらけの見るからに難しそうな本をパタリと閉じた彼に屋上へ来る前の自販機で買ってきたミックスオレを差し出しせばそれを受け取ってくれた彼が微かに眉を下げた。

 

「ありがとう、リオ。でもそんなに気を遣わなくていいぞ。俺が好きで引き受けた事だからさ。待ったって言ったも数十分の話だし、流石に下着売り場にまで着いて行くわけには行かなかったからな。」

 

「……あはは。」

 

どこか気まずそうに笑い頬を掻く彼につられるように眉を下げる。

 

まあ確かにあの女の園と言わんばかりの婦人下着売り場にタケシくん引っ張っていくのは下手したらセクハラ案件だったよね。

だからこそピカチュウとリオルが気に入ったあのワンピースを初めとしてあと二着無難な服を買って、下着売り場に行くって話になった時に待ち合わせ場所を屋上にして自由時間にした訳だし。

 

「うん、流石にあそこは私でも何か気恥ずかしくなる場所だったからなあ。あと。私も、私が好きでタケシくんにお礼したかっただけだから、気にしないで。」

 

そう付け足して笑いながらタケシくんの隣で眠るリオルの横に静かに腰を下ろし抱えていたデパートの紙袋を空いたスペースに置くと一息付き、私が来たこともどこ吹く風で未だ眠ったままの相棒達をどうしたもんかと見遣ったところで私の視線の先に気が付いた彼がああ、と口を開いた。

 

「今日はいつもより早起きしたんだろう? 多分それで疲れたんだろうな、皆を待ってる間少し休んでて良いって言ったらすぐこうなったんだ。カスミ達がまだならまだもう少し寝かせといてやろう。」

 

「ん、分かった。そうだね、よく寝てるのに起こしたら可哀相か。」

 

持っていた本とミックスオレを彼側の空いたスペースに置き、膝の上で眠るピカチュウの背を凄く優しい手付きで撫でるタケシくんに小さく笑って同意する。

そのまま何となく彼の手を見つめているとスッと伸びてきた彼の手に軽く頭を撫でられきょとんと首を傾げる。

 

ん?

 

「タケシくん?」

 

「違ったか? やけに俺の手を見てたから撫でて欲しいのかと思ったんだが。ピカチュウやリオルもリオに撫でて欲しい時よく手を見てるからさ。」

 

「や、それは分かるけど。てかそれってつまりタケシくんの中で私とポケモンって同じカテゴリーで扱われてるって事だよね?! 酷くない?! そりゃピカチュウが少し羨ましかったけど!」

 

「いやいや、流石にそうは思ってないぞ!? リオは何かと放っておけない、が頭に付く俺の友達で仲間だよ。……あと、そう言うのをさらっと言うのがアレなんだろう、リオは。元の世界でもこんな感じだったのか?」

 

「え? ううん。そもそも私スキンシップ……と言うか他人の体温が苦手だから。それを公言してたからか元の世界でも別の世界でもスキンシップ取ってくる人って余程な人以外いなかったし、軽い握手ぐらいなら求められたらするけど、自分からは出来る限り避けてたよ。それ以上のスキンシップを下手に取ろうとしてきた人は全力で拒絶してたし。」

 

その優しい手の動きがやっぱり心地よくて瞳を細め、まあ何となくそんな気はしてたけどと喉まで出かかった言葉はスルーしてピカチュウ達を起こさないように声を抑えてほとんど冗談混じりに拗ねた振りをして見ればますます眉を下げた彼にぽんぽんと頭を撫でられた。

さらに続けられた言葉にあっさりと答えれば分かりづらいけど目を見張り一瞬動きを止めたタケシくんに眉を下げ、頭から退かされそうだった彼の手首を軽く掴み私の方へと引き寄せるとその温かくて大きな手を両手で包むように握り直す。

 

……うん、やっぱり。

 

「リオ……?」

 

「人の話は最後まで、だよ。でも、この世界に来てからピカチュウやリオル達ポケモンとは勿論だけど、人に対してもスキンシップ取るのが全然苦じゃないんだよね。特にタケシくんとカスミとは。前にも言ったけど、二人に頭撫でて貰うの本当好きだし、自分から手を握りたいって思うくらいに私は二人の体温が好きで、心地良いんだと思う。……それに。私タケシくんといると凄く素直な気持ちでいられるんだよね。だから、私がこう言う風なのはタケシくんとカスミの前だけだよ?」

 

「…………そうか。」

 

少し戸惑ったような表情を浮かべた彼を真っ直ぐに見つめ安心させるように笑いかけると小さく息を飲んだ彼の少しだけ強張った肩からフッと力が抜け、私の手を軽く握り返すそのぬくもりに瞳を細めていると、リオとさらに呼び掛けられ顔をあげると何か決心したかのような表情を浮かべたタケシくんと目が合った。

 

「……タケシくん?」

 

「……リオ。実は前からリオに聞きたかった事があるんだ。もし言いづらかったり言いたくないなら答えなくてもいいから、少し聞いてもいいかな?」

 

「え? ……ああ、うん。私に答えられる事なら別に構わないけど。何?」

 

瞬間タケシくんを取り巻く雰囲気が少し固くなった事に小首を傾げ、ありがとう、と真剣な顔のまま口元に微かに笑みを浮かべた彼に少しだけ胸がざわつく。

そのまま無意識で彼の手を握る手に力が入るとそれを宥めるように握り返された。

 

「その、聞きたいのはリオの世界の……リオの家族の事なんだ。」

 

「…………私の?」

 

「ああ。『少しでも長くこの世界にいれる方法を』なんて言った俺が言うのもなんだが、リオがこの世界に来てもう半月近いだろ? 勿論俺もカスミもリオにここに、この世界にいて欲しいと思ってる。でもそれは俺達の勝手な思いだからな。ポケモンワールドチャンピオンシップスっていう『大きな事』にリオを関わらせる事で俺達がリオをこの世界に縛り付ければ縛り付ける程、少なくともリオの家族には心配をかけてるんじゃないかって。……だから、リオは優しいから俺達を気遣って何も言わないだけで、俺達の思いが結局はリオを苦しめてるんじゃないかって――」

 

「違う。私がこの世界にいたいって思うのは私の意思だよ。私がここにいたいの。この世界に、皆と一緒にいたい。……ってリオルをゲットする時言ったけど、考えてみれば私タケシくんとカスミにちゃんとそう言った事なかったね。ごめんね。――私、タケシくんとカスミと一緒にいたいよ。二人がいてくれるこの世界にいたい。ピカチュウとタケシくん、カスミにリオル。それに勿論ハナコさんやオーキド博士達。私は皆が好きだから、ずっと一緒にいたいの。だから、その為の努力は惜しまない。そう決めたの。」

 

「リオ……。」

 

ゆっくりと口を開いたタケシくんの少し苦みを帯びた声が告げる内容は予想だにしていなかったもので。

少し強い口調で食い気味にはっきりと否定しながらも、よくよく考えればピカチュウやリオルには自分の気持ちを伝えてたものの、二人にはカスミと喧嘩したあの時に売り言葉に買い言葉的なやりとりの中以外ではしっかりとそう伝えてなかった事に気が付いて肩を落とす。

 

そりゃあこの世界の事で色々協力してる相手が一緒にいたいって伝えるのがポケモンばかりだったら不安にもなるよね。

こんなんの、二人を蔑ろにしてたのと変わらない。

 

勿論そんなつもり毛頭なかったけど、自分の不甲斐なさに内心で深く息を付きながらも真っすぐにタケシくんを見つめて改めてそう告げる彼の顔にはっきりと分かるほどの安堵が浮かんだことに申し訳なさ倍増で眉を下げた。

 

「私、何か二人に余計な気回させちゃってたね。カスミにも後でちゃんと伝えておくから。」

 

「ああ、そうしてやってくれ。俺から言うよりもリオが直接言う方がカスミも安心するだろうから。」

 

「ん。あ、あとさ。さっきタケシくん私がこの世界に来てからの日にち気にしてたけど、それについてもごめん。言ったつもりになってたんだけど、その、時の流れについては大丈夫なんだ。前に詳しい人に、世界を越えた際私のいた世界と越えた先での時間の流れ方が同じで一定だとは限らないから、そこで空野理生(わたし)という存在に矛盾が起きないように越えた先の世界で過ごした時間の積み重ねが元の世界に戻った時点でリセットないしは調整するように世界の修正力が働いてるって教えてもらったことがあって。その頃は何か難しすぎてよく分からなかったんだけど、とりあえず『そういうものなんだって思ってればいい』みたいなんだ。 実際前に落っこちた世界では色々あって七年間過ごしたんだけど、戻ったら三分しか経ってなかったって事もあったし。」

 

「七年が三分!? じゃあ今もしリオが戻ったとしても――」

 

「……多分一秒にも満たない時間しか経ってないと思う。」

 

そう並行世界がどうだとか時間の流れがああだとか理路整然とはしてるものの当時の私で頭がパンクしそうな話を述べながら説明してくれた彼女を思い出しながら、あっけらかんと言い放ちまたごめん、と繰り返せば僅かに眉を下げたタケシくんがはは、と乾いた笑いを溢した。

 

「そっか。でもそれを聞いて安心したよ。ならリオがこの世界にいる事に問題はないわけだ。」

 

「うん。それに私の家族の事は気にしなくていいよ。……ううん。違うな。正確に言えば私の家族は私が十才の時に全員いなくなっちゃったから、気にする必要ないよ、かな。」

 

「…………え?」

 

「ピカ!?」

 

「って、ピカチュウ!? 起きてたのか!」

 

瞬間ゴゥッと音を立ててその場を吹き抜けた風は微かな湿気を含んでいて、天気予報当たりそうだなあなんて瞳を細める。

さらにぽつりと零れ落ちるように耳朶を打った声と驚きに満ちながらも少し固い声にやっぱりか、と苦笑して二重の意味で驚いているであろう彼の膝の上で真っ直ぐに私を見つめる相棒に小さく息を付いた。

 

「……全く。タケシくんと話してる途中あたりからやけに耳が揺れてるなと思ったら、案の定寝たふりしてたか。って事は当然、こっちも起きてるよね?」

 

「――リオ。」

 

未だ目を閉じたままのリオルに視線を向けそう尋ねると同時にタケシくんの手を握ったままだった私の両手の上に青い両手が重ねられ軽く握られる。

そのままゆっくりと瞳を開け力強く一声だけあげた彼に小さく肩を竦めた。

 

「リオルもか! リオ、気が付いていたのか?」

 

「……ん、まあ何となくね。と言うのもリオルって前の環境も関係してるのかもしれないけど眠りが浅い、ってか気配に敏感でさ。夜中私がトイレに行ったりちょっと身動ぎするだけでも起きてるんだよね。……そんなんじゃ気が休まらないだろうから、本当は夜寝る時だけでもボールに戻した方がいいんだろうけど戻してもすぐ飛び出してきちゃうし。だから私がベンチに近寄った時点で起きてはいたんだろうなあって。で、ピカチュウとリオルが寝たふりしてたのは多分、直接言ってもらえてなかったら大切な友達二人を傷つけてた事も気が付かない頼りないトレーナーとは違って、ちゃんとタケシくんとカスミの心の機微に気が付いてて。私とタケシくんが二人でちゃんと話す機会を作りたかったってところかな。……私と同じようにピカチュウとリオルもタケシくんとカスミが好きだからね。」

 

「ピカチュ!」

 

「リオッ!」

 

そう付け足して笑いかければそれぞれタケシくんに向き直ってしっかり頷いた二人にふわりと破顔した彼がピカチュウとリオルの頭を順番に撫でてからそうか、と呟いた。

 

「ありがとうな、ピカチュウ、リオル。お陰できちんとリオに俺達の思いを伝える事が出来た。俺もお前達が好きだよ。」

 

「ピカ!」

 

「リオ」

 

それにさらに嬉しそうな声をあげタケシくんの肩に駆け上がるピカチュウに瞳を細めると彼から私に視線を移したリオルの赤い瞳には出会った時から変わらない強い意思が宿っていて、あの時と同じようにビシバシと伝わってくる感情にはいはい、と眉を下げる。

 

……あーー、うん。まあ、仕方、ないかな。

 

「……分かってる。ちゃんと話すよ。私も、あんな事言っておいて誤魔化すような真似する程馬鹿じゃない。それに何より。私がそうする事を。――私が逃げる事を君達は許してはくれないんでしょ?」

 

「リオ」

 

「ピカ」

 

無理だろうなとは思いつつ念のために確認を取れば当然と言うように頷かれてやっぱり、と肩を落とす。

そのまま視線をずらせば少し眉を寄せてどこか心配そうなタケシくんと目が合い、そっと彼の手を握り直した。

 

「……リオ、いいのか。リオの家族の事を知りたいと言ったのは俺だけど、無理に聞こうだなんて思わないぞ。さっき言ったように言いづらかったり、言いたくない事は無理に話さなくていいんだ。」

 

どこまでも真っ直ぐで優しくそう言ってくれる彼に小さく笑いかけると緩く首を振る。

 

「……例え今ここで話さなかったとしても、結局いつかは誰かに話さなくちゃいけない事だろうからね。なら、私はタケシくんに。()()()()()()()。この世界で出会った時からずっと傍にいてくれる君達に話したいと思うし、聞いて欲しい。それに私の事、私の家族の事、知って欲しいからさ。だから大丈夫。」

 

「リオ……。分かった。俺で良ければ。――いや。()()で良ければいくらでも聞くさ。だから教えてくれないか、リオの事、リオの家族の事。俺もリオの事がもっと知りたいからな。」

 

「……ん、ありがとうタケシくん。――って事で。カスミ、ハナコさん。こっちに来て聞いて貰えると嬉しいです。荷物抱えたまま、屋上のドアのところに立ってるの大変だし。」

 

「ピカチューー。」

 

「リオッ。」

 

私の言葉の意図をしっかり理解して、言い直してくれたタケシくんと小さく笑い合うと視線を屋上のドアへと移し呼び掛ける。

さらにピカチュウとリオルが続けばカチャリともう聞きなれた音を立て屋上のドアが開いた。



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第十五話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』③

閲覧ありがとうございます。
第十五話です。
シリアス回な筈でした。
主人公の過去話をあまり重くしないようにするのが大変でした(´・ω・)←
主人公自身すでに過去のことは自分の中で決着がついているので、結構あっさりと語ってます。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


※今回少し事故描写等あるので苦手な方はご注意ください。
またこの小説は完全フィクションな二次創作であり現実世界の全ての事とは無関係です。




――ざあざあざあと雨が降る。

 

ごつごつとした大岩があちらこちらに転がる川辺にある全てに平等に容赦なく初春の凍てつくような冷たい雨が降り注ぐ。

 

鼻を衝くのは噎せそうになる程の木々と土の匂いに溶けたガソリンと血の臭い。

耳に響くのは雨音と川の音に混じる痛みに叫び呻き、悲しみに慟哭する人々の声。

手に残るのはどれだけ強く握りしめてももう握り返してくれない、頭を撫でてくれない温かくて大きくて大好きだった手と、一緒にいるのが当たり前だった、二人でいれば何でも出来るのだと最強なのだと馬鹿みたいに信じていた私と変わらない大きさの、それでも私とは違う手からゆっくりと温もりが薄れて、消えていく残酷な感覚。

 

……世界を越えるなんて厄介でしかない体質のせいで、それより酷い光景なんてその前もその後もいくらでも見てきたし経験してきた。

 

……でも。

それでも。

 

私にとっての『地獄』は間違いなくあの日、あの時のあの川原だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……――と、まあつまるところ。六年前、仕事人間だった父が珍しく、本当に珍しくその当時遠方の高校……えとスクールに通ってて一人暮らししていた兄まで呼び戻して『家族旅行に行こう』って言い出したまでは良かったんだけど。その道中の山道で乗ってたバスがその前日から降り続いていた雨でぬかるんだ道でスリップして谷底に落ちて。運転手と乗客併せて三十一人中、命を取り留めたのはたった五人っていう大事故に巻き込まれて。私の家族――両親と八つ上の兄、三つ下の妹、そして私の二卵性双生児の兄は誰も、助からなくて。その後は私の体質を薄気味悪がってる事を隠そうともしない母方の親戚中を三年間盥回しにされてたんだけど、十三歳の誕生日の少し前にたまたま街で父方の従兄と再会した事がきっかけで色々あって、今は母方の実家や親戚とは完全に縁が切れて父の実家の支援を受けながら父の兄である伯父さんがオーナーを務めるマンションの一室で一人暮らししてるって訳なんだけど。……その。……あの、カ……カスミ、リオル。だ、大丈夫?」

 

「ッ~~! うるさいわね! ッ何も、何も大丈夫じゃないわよ!」

 

「リオッ!!」

 

「……ええーー……。」

 

シンと静まり返った屋上に朗々とした私の話の締めくくりの声だけが響いていた。

 

もう随分話してる気がするし、実際話した事は山のようにあった筈なのに纏めてしまえば思ったよりずっと短くて。

呆気ない程簡潔に終わってしまったそれにこんなものかと内心で自嘲しながら話が進むにつれてベンチに座っている私に真っ正面から抱きついてきて私の肩口に顔を埋めたまま動かなくなったカスミと、話をする前にずっと握りっぱなしだったタケシくんの手をそっと離し体勢を整えた際に膝の上に乗ってきたものの、こちらもこちらで話が進んでいくうちにとくるりと体の向きを変え私の背にしっかりと腕を回し胸元に顔を埋めたままになったリオルに声をかけると返ってきたのは、何故か私よりも、ずっと悲痛に満ちた二人の声だった。

そのまま一つ息を付くと、少しの理不尽さを苦笑で受け流し瞳を伏せると強く私にしがみつく二人の背に腕を回しそっと抱き締める。

 

……と言うかリオルはいいとしてもカスミは体勢きつくないのかな。

 

そんな事をぼんやり考えながらふと横を見ればいつかのポケモンセンターの時のような、でもそれよりずっと孕んだ痛みに耐えるような顔で私を見遣るタケシくんと視線が絡み、こっちもか、と手を伸ばすと指先で彼の頬に触れる。

……仕方ないなあと内心で呟き宥めるようにそっと撫でれば少しだけくすぐったそうに眉を下げた彼の温かくて大きな手でその指ごと優しく包むように握られた。

 

「……もお、何で君達がそんなに痛そうなのさ。」

 

「……ピィカ、ピカ。ピカチュウ。」

 

タケシくんとカスミ、リオルからそれぞれに伝わってくるぬくもりに瞳を細め、今自分がどんな表情をしているか分からないけどどうか笑えていますようにと祈りながら眉を下げて彼らに笑いかける。

瞬間、どこか泣き出しそうに顔を歪めた彼が握ったままの私の手に自らの額を押し付けて深く俯くのと相棒が声をあげたのはほぼ同時で。

タケシくんの膝の上でただただ真っ直ぐに濡れた黒曜石の輝きの瞳で私を見上げるピカチュウにそっか、と呟いた。

 

「……私、そんな平気そうな、いつも通りの顔してる?」

 

「ピカチュウ。」

 

そう尋ねれば返ってきたのはやっぱり力強くて可愛くて勇ましい声で。

私の体にしがみついたりなんだりしている三人が小さく肩を揺らしそれぞれの腕や手に力を込める中、しっかり頷きはするもののけしてそこから動こうとはしない相棒に苦笑する。

さらに視線を彼から真っ正面の空へと移すといつの間にか空色鼠色から今にも泣き出しそうな鈍色へと変化していた空とピカチュウ同様何を言うでもなく真っ直ぐに私を見遣るハナコさんと目が合い、この世界に来てからというもの一緒に暮らしている事もあるからなのか何かと頭が上がらないと感じている二人に叶わないなあと息を付いた。

 

「……リオちゃん。」

 

「…………――別に、強がってるとか無理してるとかじゃないですよ。だって今、ピカチュウに言われるまで私、自分がどんな顔してるか分かってませんでしたし。ただもう六年も前の事だし。十三の誕生日少し前までの『あの事故の時お前が死んでいれば良かったのに』って、わざわざ言われるまでもなく私が誰よりも一番そう思ってる事を日に何百回も繰り返して、ご丁寧に私がいかにいらない人間なのかを、誰からも必要とされてないのかを延々とご高説下さる人達に囲まれて生きなくちゃいけなかったのも過去の話で。だから、つまりもう乗り越えてますから! ………………って言えたら、かっこよかったんだろうけど。残念だけど私は、そんな強い人間でもない、ですから。」

 

「ピカ、チュ。」

 

――知ってる。

 

自分でも驚く程淡々といつも通りの口調でそこまで話した時、今までで一番強くはっきりと明確に、何なら人の言葉として聞こえた気さえする相棒の声に思わず苦笑する。

 

君ねぇと瞳を眇て見遣るもどこ吹く風で全く動じない相手に一つ息を付きせめてもの仕返しにひっど、と呟くと空を仰いだ。

 

――ああ、もう本当に。

 

「…………家族の事は自分の中で折り合いがついてる。それは本当だよ。……でも、だからって平気なわけじゃないんだ。胸が痛まないわけじゃないんだ。……ッ、あの日から、雨が嫌いになった。川に近付けなくなった。救急車やパトカーのパトランプを見ると足が震えるようになった。……それで、どんなバスであろうと乗れなくなって、他人の体温が苦手になった。……だって私は。私が助かったのは、お兄ちゃんと、双子なのにいつも兄貴ぶってたあいつが、私を庇ったからなんだから。私は大好きで大切だった二人の犠牲の上に、生きてるんだから。……後にも言われたよ。私が助かったのは二人の体が割れたガラス片や事故の衝撃から私を守る、クッションになったからだって。だから『お兄さん達には感謝しないといけないね』って。……ッ笑っちゃうよね。それで、お兄ちゃんとあいつがッ……! 二人が、犠牲になるならッ、あんな姿になるんだったら!! ……そんな事、私はあの時、これっぽっちだって望んでなんていなかったのに。」

 

……六年前のあの日。

あの事故の瞬間の事は正直よく覚えてない。

 

ただ、物凄い衝撃でバスががくんと揺れると同時に最後部座席の一番窓際に座っていた私に覆い被さった並んで座ってたあいつの体温や息遣いと。

そのあいつごと痛いくらい強く胸元に抱え込まれて、しっかりと背に回された大好きだった腕の温かさだけはいつまでも経っても忘れる事なんてできる筈もない。

 

その場にいる私とピカチュウ以外の全員が息を飲む音が聞こえ、そう言えばさっき話した時は流石にこれを言うのは自分の感情が抑えられそうになくて避けたんだっけと思い返した次瞬、私の体に触れている三人の手に明らかに先程までとは違う力が籠り、ギシッとかミシッとかヤバイ音が自らの体から聞こえた事にハッとして空に固定していた視線を下げた。

 

……や、てかそれ以前に!!

 

「ちょっ、ま!! 三人とも!! 待って痛い痛い痛い痛い!!! カスミ! リオル! 二人がかりで肋に圧かけないで! ってタケシくん! 痛いって!! ピカチュウ! 何とかして!」

 

「ピーッカチュ!」

 

「何で!? って、三人とも!! 本気で痛い! 本気で痛いから!! いい加減にやめっ……」

 

「――――バカッッ!!!!!!」

 

それぞれがそれぞれにギリギリと締め上げてくる痛みに耐えかねて悲鳴をあげ随分平然とその様子を見ているピカチュウに助けを求めれば、しーらない!とぷいっとそっぽを向かれ思わず声をあげる。

その間にも全く力を緩めない三人にさらに制止をかけ、パッと私からカスミが手を離したかと思うと同時に周囲に響く程の力一杯の怒鳴り声に目を見開いた。

 

「……カ……、カスミ……?」

 

「…………の。」

 

ハッとして顔をあげればオーキド研究所で喧嘩した時のように思い切り眉を吊り上げて。

あの時とは違ってその綺麗な水色の瞳をうっすら張った水の膜で潤ませ、あと一回でも瞬きすればこぼれ落ちてしまいそうな程の涙を目尻に溜めたカスミの顔がすぐ前にあって思わず息を飲む私に構わず、少し顔を俯かせてぼそりと呟いた彼女の声はこの距離でも聞き取れないくらい震えて掠れていて焦燥感が胸の中に沸き上がる。

 

「っ、え……?」

 

「~~~~ッ!! 『望んでいなかった』って何よ!! じゃあ、リオはッ、リオは! リオの家族が巻き込まれたその事故で、助からなくてもよかったって思ってたの!!? お兄さん達を犠牲にするくらいだったら、自分が犠牲になった方が良かったってッ……! それなら今こうして生きてて、この世界に来た事も、私達と出会った事も、全部全部リオは望んでなかったっていうの!?」

 

「……ッ!!!? ち、違う! 違うよ、そんな風に思ってない!!」

 

「――――嘘ッ!!!!! 」

 

思わず聞き返せばギッと鋭く睨み付け叫ばれた言葉は一年前の私だったらきっと黙り込んでしまうくらい的確に、図星を衝いていた。

 

だって、本当にそう思っていたのだ。

 

私が死ねば良かったと。

私が犠牲になってお兄ちゃん達が助かるならそっちの方が良かったと。

 

…………一人ぼっちになるのなら、生き残りたくなんてなかったと。

 

でも、今は違う。違うのだ。

だって、教えてもらったんだから。だから、家族の――少なくともお兄ちゃんとあいつの事には折り合いがついたのだ。

 

ああ、結局私たちは似た者同士だったんだな、って。

 

それに、後半に至ってはさっき私タケシくんにあれだけの事言ったよね!?

本当にそう思ってなきゃあんな事言えないんだけど!?

 

何体温が好きって! プロポーズか何かかよ!!

 

って、ああ、そうか。あの時は――――!

 

だから、一瞬言葉に詰まりつつも叫び返した言葉は一瞬で否定されて。

嘘じゃない、と返したいのにカスミのその気迫に圧されたのかうまく出てこない声に気持ちばかりが急いて歯噛みする。

 

そんな私を真っ直ぐに見つめたままのカスミの瞳からボロリと大粒の涙が溢れ落ちた。

 

「ッ、カ……」

 

「――嘘よ。だってリオはいつもッ、いつも! ピカチュウ達やあたしやタケシの話は嬉しそうに聞いてるのに、リオ自身の話ははほとんどしないし、避けてたわよね!! リオルの時も、最初誤魔化したり隠したりして大切な事を私達に話すのを躊躇ったじゃない!! ――何で、何でよ!! 私達、友達じゃないの!? 何で話してくれないのよ!! 何で話してくれなかったのよ!! 私達がそんなに信用できないっ!?」

 

「違うッ!! カスミ、お願いだから聞いて!! 私はカスミもタケシくんも大切な友達だと思ってる!! 信頼だってして――……」

 

「リオのそれは口だけじゃない!! もういいわよッ!!!」

 

瞬間バシッと乾いた音が響き渡り、咄嗟に伸ばした手をカスミに思い切り弾かれた事に目を見開く。

 

「……カスミッ……」

 

「……ッリオなんて、もう知らない!! ガラルでも元の世界でもどこへでも行っちゃえばいいのよ!!」

 

刹那ハッとしたような表情を浮かべたもののそのまま二、三歩後ずさった彼女の涙に濡れた絶叫が耳朶を貫くと同時に踵を返したカスミがダッと地を蹴って走り去っていく。

 

――――…………嘘。

 

「カスミッ!!」

 

「リオッ!!」

 

早く追いかけるべきなのにまるで金縛りにでもあったかのように体が動かなかった私よりも早く地を蹴ったのはリオルだった。

 

すでに屋上から出ていったカスミの後を追いながらちらりと私を見遣った赤い瞳にさっさと着いて来いと言われたようで、それが合図だったかのように弾かれたように思い切り地を蹴って走り出す。

 

「カスミ!! リオ!! リオル!!」

 

「ピィカ!!!!」

 

リオルに続いて屋上から出る途中に聞こえたタケシくんとピカチュウの声に立ち止まる余裕も振り返る余裕もなく、もうすでに目の前の階段にはいない二人の姿を追ってほとんど飛び降りるような勢いで階段を下り始めた。



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第十六話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』④

閲覧ありがとうございます。
第十六話です。
今回、この話でずっと書きたかったシーンの一つをやっと書けたので個人的にものすごく満足です(`・ω・)

あとああ言わせると主人公がチートのように思えますが全くそんな事ないですね。
ただ彼女は自分で思っているよりもずっと越えた先々の世界に愛されているだけです。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


『――そんなの、拒絶してるのと同じじゃない。』

 

一年前。

口先では信頼しているだのなんだの相手にとって耳障りのいい事をべらべら告げながらその実、都合の悪いことは全部煙に巻いて、家族の話どころか自分さえ見せようだなんて考えてすらいなかった私をそうあっさりばっさりと切り捨てたのはとある世界で出会った赤がよく似合う魔術師だった。

 

咄嗟に違うと否定した私の頭を持っていた分厚い魔術書で小突き、違わないわと改めて宣言されただけでなく呆れ返ったように深く息をつかれた事を覚えている。

 

『いい? 貴方が他人に対して壁を作るのは自由だわ。傷つく事を恐れて自分の殻に引きこもったまま誰にも手を伸ばさず、誰の手も取らないまま立ち止まっていたいのならそうしなさい。でも、そんな耳障りがいいだけの口先の言葉で全てを誤魔化せると思ったら大間違いよ、理生。むしろそれで騙されてくれるのは初めから貴方に対して興味がない連中だけ。そうじゃない、貴方の事を想う相手にはそんなの通用しないわよ。そして、そう言う相手に対してもどこかで壁を作ってしまうなら貴方が言う信頼は上っ面に過ぎないわ。――実のところ貴方は誰も信頼していないのよ。それは貴方に降りかかった出来事の数々を考えれば当然なのかもしれない。でもね。壁を作って他人を拒絶して、それで何か変わった? 傷つく事を恐れて誰にも手を伸ばさず、誰の手も取らないままで何か変えられた? それでいてあいつと同じように自分を勘定にいれないとか、タチが悪いにも程があるわよ、全く! いい!? あんたに足りないのはあと少しの勇気だけだよ! だから、顔をあげて一歩踏み出しなさい! そして……――!』

 

 

 

 

 

「…………ッ本当に、救いようのない大馬鹿者だ私は!!」

 

全速力で階段を駆け降りながら脳裏に鮮やかに甦った彼女の声に思い切り拳を握り締める。

 

そうだ。あの当時も散々それで叱られたじゃないか。

『他人に心を開く練習をしろ』と。『信頼は態度で示すものだ』と。

なのに……っ!

 

――この前リオルに言ったタケシくんとカスミを信頼してるってのは嘘じゃない。

もっと言えば頼りにもしてるし友愛的な意味で二人とも大切で大好きだし、こんな素直な気持ちでそう思える相手なんて世界を越え初めてから初めてかもしれない。

なのに、最後の最後で私はきっと二人に対してもまだ壁を作っていた。

 

『大好きだから。だからどうかこれ以上私に踏み込まないで』と。

 

ピカチュウとリオルはそんな私にとっくの昔に気が付いていて『そんなの知るか』と言わんばかりにその壁を意識的に乗り越えてきてくれてるのだろう。

……私が一人にならないように。

 

そして、タケシくんとカスミも私が壁を作ってる事に気がついてた。

だからこそタケシくんは屋上で二人が私に対して感じていた寂しさや不安を話してくれたんだ。

 

だって。

きっとカスミは、そういう事を口にしたがらないだろうから。

 

タケシくんとカスミの信頼関係はアニメ越しで見ていた時同様、ううん、それ以上に深くて強い。

 

しかもサトシと一緒に旅をしていた期間が誰よりも長い二人だけあって互いをよく理解しているし、何よりあの二人の間に遠慮というものはほとんど存在しない。

そう考えればカスミがタケシくんに相談するのなんて火を見るより明らかだし、タケシくんが私が直接カスミに伝えて安心させてやってくれって言ったのだって納得する。

 

「……ッヒントはいくらでもあったのに……!」

 

考えれば考える程沸き上がって抑えきれなくなる自分自身への怒りをグッと奥歯を噛みしめる事で堪え前を見据えた。

 

……違う。今、私がやるべき事はそうじゃない。

ぐだぐだ考えるのは後で良い、後悔も懺悔も後回しで構わない。

だから今は……!

 

「っ、カスミに伝えなくちゃ。また怒鳴られても、拒絶されても構わないからっ……。私の気持ち、伝えなくちゃ!」

 

そう呟くと足をまた一歩踏み出し階段を下り始める。

 

……それにしても。

 

「タマムシデパートは全五階プラス屋上の建物で、屋上から三階まで休まずに降りてきたけどカスミにもリオルにも追い付けないってどういう事よっ。私、体鈍ってんのかな。確かにこの世界に来てからこっちあまり運動らしい運動してない気もするし、え、まさか太……」

 

「――リオル、離して!! 離してよ!!」

 

「リオッ、リオ!! リオオ!」

 

何だか本能的に避けたくなるような事実に気付きかけると同時に下から響いた声にハッとして、一気に段数を駆け降り三階と二階を繋ぐ階段の踊り場へとたどり着く。

 

「カスミ!! リオル!!」

 

さらにそこから階下を見れば十数段下――二階からさらに下る階段のほんの一歩手前程でしっかりと彼女の右手を両手で掴んで引き留めるリオルとそれを振り払おうとしたままの体勢で何故か動きを止めたカスミの姿があって、一瞬疑問に思うもののすぐに声を張ると弾かれたように上を見上げたカスミと目が合うと同時に彼女が泣き出しそうに顔を歪めた。

 

「リオ……ッ! リオル、離してったら!!」

 

「リオッ!! リオ、リオオッ! リオ!!」

 

瞬間はっと我に返ったように激しくなったカスミの抵抗を何とか堪えその腕にしがみつき、早くしろと叫ぶリオルに覚悟を決めて少し呼吸を整える。

うん、このままだとカスミの勢いからしてもきっと私が階段を降りきる前にリオルが振り切られそうだし、あんな階段の降り口でもみあいしてるのは危険すぎる。

 

それに、このくらいの段数なら問題ない。

なら……ッ!

 

「ッカスミ!! お願い、待って!!」

 

「……え、ッ、リッ…………!?」

 

そう叫ぶのと踊り場で少し助走を付け右足で力一杯を床を踏み切りそこからダイブしたのは同時だった。

 

驚愕で目を見開いたカスミが動きを再び止めたのを確認すると同時に少しだけ上の方から『ピィカ!!?』という相棒の声が耳に届き、ああこれ後で絶対怒られるだろうなと内心で呟きつつ踊り場からの階段十数段を丸々飛ばしきると衝撃を和らげるため全身のバネと両手両足を使い猫のように着地する。

そのまま体を起こすと一気に距離を詰め、リオルが掴んでいる手とは逆側である彼女の左手首を右手でしっかり掴むと今度はちゃんと手が届いた事に安堵の息をついた。

 

あーー……つ……、疲れた……。

 

「…………リオっ、あ、あんた何してんのよ!! 何よ今の……ッ、あんなの下手したら怪我どころじゃ済まないわよ!? 何で……!」

 

「――ん、そうなんだけどさ。でもさすがにこれくらいは出来なきゃ色んな世界に落っこちまくるこの体質上、生き残ってくる事なんて出来なかったからね。大丈夫、衝撃はほとんど逃がしてるし。それに、あのままじゃカスミに追い付けないと思ったから。」

 

気を抜いた瞬間に一気に襲いかかってきたここまでの全力ダッシュによる疲労感にやっぱ体鈍ってるなと実感しながら上がりきった息を整えるため一度大きく息を吐く。

そうしてへらりと笑いかければ一度ぐっと言葉に詰まったように黙り顔を深く俯かせたカスミがどうして、と呟いた。

 

「……どうしてよ。どうしてあそこまで出来るのよ。だってリオは、リオはあたしの事どうだって良いんでしょ!?」

 

「……もし私がカスミの事、そう思ってるなら。屋上からここまで全速力で追いかけたりしないし、十数段と言え階段の上からダイブなんてしないよ。」

 

「――――っ! ズルいわよ!!」

 

小さく震える声で尋ねられたそれにあっさりと返せば、バッと勢いよく顔をあげたカスミに目尻に涙がたまった瞳でキッと睨み付けられ、眉を吊り上げて怒る彼女にごめん、と眉を下げて小さく笑いながら謝る。

 

うん、そうだよね。

それを言うのはずるいよね。

……でも。

 

「ごめん。でも私はこういう人間だから。だから、今までの事ごめんね、カスミ。っ私、馬鹿だった。……タケシくんに言われたんだ。タケシくんとカスミの私がここにいる事を望む思いが私を縛り付けて苦しめてるんじゃないかって。私は二人に合わせてるだけなんじゃないかって。そう言われて、言って貰えて気がついたんだ。……私は二人にきちんと自分の気持ち伝えてなかったんだって。ピカチュウ達に伝えた事で勝手に二人にも伝えた気になって……カスミとタケシくんを不安にさせてたんだって。それに、私知ってるのに。友達に隠し事してはいけないとは思わないけど、何にも言わないのは違うって。そんなの、相手を拒絶してる事と一緒だって、ちゃんと知ってた筈なのに。なのに、私は二人の優しさに甘えてた。家族の事、もっと早く言っとかなきゃいけなかったのに。カスミとタケシくんならちゃんと受け止めてくれるって知ってるから。……だから自分から話さなくちゃいけなかったのに。――――ッ、ごめん。」

 

少しだけカスミの手を掴む手に入れたまま真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて謝罪する。

瞳に張った水の膜で視界がじわりと滲むのも構わずに少しでも震えそうになる声を叱咤して深々と頭を下げると暫しの沈黙の後、はあーーーーっと肺の底から空気を吐き出すように深く長く息を付いたカスミの口がゆっくりと動き告げられたのは予想だにしていなかった言葉だった。

 

「………………ポフレ。」

 

「…………ポ、ポフレ?」

 

「そう、この前リオが作ってきたポフレ。明日、リオの出発前夜って事で夜にオーキド研究所でリオと少し早いけどタケシの見送りパーティーするでしょ? だからそのパーティーに参加する人数分とあたし達のポケモン達の分、ポフレ作って持ってきてよ。――仕方ないから、それで手を打ってあげるわ。」

 

「…………カスミ。」

 

予想外過ぎるそれに一瞬虚に取られつつも頭をあげ、ぽかんとして彼女を見つめる。

 

確かに明日の夜は私とあと十日足らずでポケモンドクター養成学校の長期休暇が終わりジョウト地方に戻るタケシくんへの激励の意味も込めて、ハナコさんの立案でオーキド研究所で身内のみのパーティーが開かれる事になっていた。

 

ただ私自身は折角ガラル地方に来るのだから観光もして行って欲しいというトモネさんの要望もあってハナコさんと相談して七泊八日の日程でガラルに行くつもりだったから、むしろタケシくんのお見送りパーティーだけでいいんじゃないかなと思ってたのも束の間。

ガラル地方最大の野生ポケモン生息地であるワイルドエリアと今現在ガラルでのみ起こる事が確認されているポケモンの巨大化、つまりダイマックスの事をトモネさんから聞き、興味をそそられたオーキド博士に良い機会だから少しポケモンの生態調査のような事をしてきてくれないかと頼まれた事で話は一転し、結局私のガラル滞在期間は二週間に伸ばされた。

 

……うん、まあそれってつまり新無印におけるサトシとゴウと同じリサーチフェローなんじゃないかなと言うのは我ながら少しだけ思ったかな、うん。

 

で、つまりそのパーティーに全員分のポフレを作って持って来るのが仲直りの条件って事だよね。

 

ポフレは材料さえあればそんなに難しいものでもないし、それはかまわないけど。でも……。

 

「……でも……、それでいいの? だって私カスミに酷いこと……。」

 

「だから、仕方なくよ。……そもそもあんなリオ見せられたら、怒るに怒れないじゃない。――でも! 次同じことしたら承知しないわよ!! 分かったら返事!」

 

「ッ、は、はいっ!」

 

最後に少し強い口調で言われ思わずビッと背筋を正し返事を返す。

そのまま少しだけ恐る恐る彼女を見遣ればプッと小さく噴き出したカスミが八の字に眉を下げて小さく笑ったのを見て強張っていた肩から力が抜けると同時にゆらりと視界の水の膜が大きく揺らめいて瞳に溜まっていた涙が一筋だけこぼれ落ちた。

 

「……カスミ……ッ、ありがとう。」

 

「もお、泣かないの。……あとね。あたしも誤解してたところがあったから。リオルがね、あたしとサトシのママさんが屋上に行く前のタケシとリオの話を教えてくれたの。『リオはタケシとカスミといたいってタケシに答えてた』って。だから一度リオと話をして欲しいってね。驚いちゃった。リオルに手を掴まれたと思ったら、その二つの言葉がはっきり伝わってくるんだもの。この前タケシがサトシとシンオウ地方を旅してる時に出会ったリオルの話をしてくれたけど、きっとあれが『波導』ってやつなのね。」

 

「……リオルが……。……そっか。ありがとうリオル。君はそれを伝えたくて一番にカスミを追いかけてくれたんだね。」

 

「リオッ。」

 

カスミの言葉にそれまで黙って事の成り行きを見守ってくれていたリオルへと視線を向け、身を屈めると、胸を張って頷きもう大丈夫だろうと判断したかのようにカスミから手を離して私の側に来た彼の頭を撫でる。

 

……うん、カスミの発言からしてももしかしてとは思ってたんだけど、やっぱりカスミとハナコさんが屋上のドアまで来たのは私がタケシくんに自分の思いを伝えた後だったんだ。

そりゃあ、あれを聞いてなかったら誤解されても仕方ないよね。

 

――あと。

 

「あのさ、カスミ。」

 

「ピィカ!!!!」

 

「……ッ、カスミ、リオッ……、リオル……ッ! 良かった、やっと追い付いたな……。」

 

一応リオルが伝えてくれたものの、タケシくんに言われた事でもあるしやっぱり私の口から伝えた方が良いだろうとカスミに呼び掛けた声が背後から聞こえた怒りに満ちたピカチュウの声にかき消されハッとする。

慌てて体を起こしそちらを見れば今日の買い物の袋を全て持ち、汗だくになり肩で大きく息を繰り返しながらも私達の姿を見てほっとしたように眉を八の字に下げて笑ったタケシくんと、その足元でまさに怒り心頭と言った感じで何ならその赤い電気袋からバチリと電気を弾けさせてさえいるピカチュウに二重の意味で口元を引き攣らせた。

 

…………あ゛。

 

「タケシ、ピカチュウ!? ってタケシ、大丈夫なの?」

 

「……っ、ああ、何とかな……。」

 

「タケシくん……その、荷物全部放り出して行っちゃってごめん……。あの、あとピカチュウは、その……い、一度落ち着いて? 別にあれくらいの段数飛ぶくらい、無茶でもなんでもないから……」

 

「ピィカッ!!! ピカ、ピカチュ!!!」

 

「ごめんて!!」

 

驚いたように声をあげたカスミがタケシくんに話しかけるのを横目で見て彼に謝罪し、その間にもじりじりと私に近付いてくるピカチュウに慌ててそう言い募る。

カスミから手を離し一歩後ずさりながらとりあえず、ね?と眉を下げて笑いかけると同時にさらに声を荒げる相棒に咄嗟に謝るものの、このままじゃいつぞやのように10万ボルトという名のきついお灸(物理)を受けるのは時間の問題でどうしたものかと考えながらまた一歩後退る。

 

「ぴか、ぴぃぃかあああああ」

 

「だから!! ≪10万ボルト≫はやめてってば!」

 

「ッ! リオッ!! 駄目だ、それ以上下がるな!!!」

 

「えっ……あッ!?」

 

そんな私に反省の色なしと判断したのかわざを放つ時の掛け声を上げだしたピカチュウに慌て、タケシくんの鋭い声にハッとした時はもう遅く、最後に後退った足ががくんと宙をかいた息を飲んだ。

 

ッそう言えば、すっかり忘れてたけどここ階段の降り口のすぐ側……!

 

「嘘でしょ、ッリオッ!!」

 

「ピィカ!!」

 

「リオ!!」

 

さらに重力に従いぐらりと揺らぎ後ろ向きに倒れていく自分の体も、一気に私との距離を詰め階段からダイブしようとするピカチュウと目を見開いて私に向かって手を伸ばすカスミ、そして荷物を放り出して手を伸ばしながら必死に走ってくるタケシくんの動きも全てまるでスローモーションの如くゆっくり見えて、こういう時って本当にこう見えるんだなと皆に言ったら絶対怒られそうな事が脳裏を過る。

 

しかも階下の踊り場の床は一応リノリウムとか貼ってあるけど普通にコンクリートだろうし、今からだと受け身を取ったとしても無傷では済まないだろう。

 

あれ、これよく考えなくてもやばくないか?

 

「ッッ!!」

 

「――リオッッッ!!」

 

その最悪の結果を予想するにはあまりに容易すぎる事実ととにかく頭を庇わないとと言う焦りで一瞬体が強張ると同時に聞き慣れた声が耳朶を貫き≪でんこうせっか≫を発動させた上で階段から飛び降りたのだろうリオルの青い手が私の手を掴みぐいっと上に引き上げた瞬間、彼の体が目映い光に包まれた。

 

「リオル!? あれって……!」

 

「ああ、進化だ!」

 

「ピカ!」

 

耳に届いた三人の声に目を見開く間にも光に包まれた彼の姿は等身が伸び、私の手を掴むその手がより大きく、マズルはさらに前に突き出すように変わっていく。

 

「……これが、進化……。」

 

その様子を間近で見ながら半ば呆然と呟いた瞬間さらに強い力で腕を引かれ所謂横抱きにされる。

次いで音もなく踊り場に彼が着地すると同時に光が弾け、胴回りのみ薄い黄色の体毛に覆われた青い体に前に飛び出たマズルを持つ犬科の獣人のような凛々しい姿のポケモンの、四肢の先端同様に黒い鋼に覆われたつり上がった赤い瞳と目が合った。

 

「…………ルカリオ……?」

 

「――ワウ。」

 

その、特にアニメ版では何かと優遇されているだけあって私の中でもかなり印象に残っている姿のポケモンの名を呟けば、リオルの時と全く変わらない強い意思を宿した赤い瞳を細めたはどうポケモン・ルカリオがしっかりと頷いた。



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第十七話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』⑤

閲覧ありがとうございます。
十七話です。
主人公は基本的に考えるより先に体が動くタイプです。
カッとした時も本来は手が出るタイプだけどぎりぎり自制しているつもり。
ただ口が物凄く悪くなるのでそれを抑えるため十話や十一話みたいな高飛車な口調になる。
……という設定が実はあったりするのですがなかなか小説の中で描写できませんorz

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。
あと、先週のアニポケ最高でしたね!


「え、じゃあハナコさんとピカチュウはリオの家族の事を知っていたんですか?」

 

「ええ。とは言っても詳しい事は私もさっき知ったんだけどね。ただ、それで今リオちゃんが一人暮らしをしていると言う事や、お部屋にそのマンションを管理している伯父さんという方の十歳になる息子さんがしょっちゅう遊びに来る事。そしてリオちゃんがその子の事を本当の弟のように可愛がってる事は聞いていたわ。ね、ピカちゃん。」

 

「…………ピ。」

 

タマムシデパートの側にあるファミリーレストランは丁度お昼時と言うこともありなかなかの賑わいを見せていた。

ざわざわと騒がしい店内で昼食を取りつつ少し驚いたように声をあげたタケシくんに彼の隣に座るハナコさんが頷きそう話しかけるも、注文したポケモンフーズに一切手を付けず、私の膝の上でしょんぼりと耳と尻尾を垂らし力なく座り込んだまま小さく頷いたピカチュウに苦笑する。

 

「へぇーー、あたし達にはその話すらしなかったのにママさんにはしてたんだぁ? あとピカチュウ、さっきのあれはリオがドジだっただけなんだから気にしないでいいのよ。ピカチュウのせいじゃないわ。」

 

「カスミの言う通りだぞピカチュウ。そもそもいくらカスミに追い付くためとは言えリオが階段からダイブなんて無茶しなければピカチュウだってあそこまで怒らなかっただろう? その後の事はリオの自業自得だからな。」

 

さらに明らかに気落ちしているのが伝わってくる黄色い小さな背中に眉を下げたところで私の左隣に座るカスミと向かいに座るタケシくんから飛んできたピカチュウへのフォローにしたって鋭すぎるツッコミに頬を引きつらせた。

 

まあ実際その通りだから反論も何も出来ないんだけど!

 

ってかこれもしかして……。

 

「……えと、ハナコさんにはこの世界に来てからずっと衣食住でお世話になってるし、食事の準備とか食事中とかによくそう言う話題になるからで。…………あの、二人とももしかしてまだ怒って――」

 

「当たり前でしょ。」

 

「当たり前だろう。」

 

「……ワウ。」

 

恐る恐る尋ねれば間髪入れずピシャリと言い切られがくりと肩を落とす。

正直あの後散々謝ったのに、って気持ちもなくはない。

 

でも、もし。

タケシくんとカスミがあの時の私と同じ状況になったらめちゃくちゃ心配するしやっぱり怒るだろうし、そう考えると下手に言い訳する気も起きなくてえー……と曖昧に笑うと右隣から伸びてきた鋼に覆われた手が頭に乗せられ、どんまいというようにぽんぽんと軽く叩かれた。

瞳を細めそちらを見遣ればこちらはしっかりと昼食のポケモンフーズを平らげてるルカリオの赤い瞳と視線が絡み、進化したからなのかリオルの時よりよりしっかりと伝わってきた彼の想いにも苦笑する。

 

……ん、大丈夫。ちゃんと分かってるよ、ルカリオ。

 

内心でそうしっかり頷き、まずは意気消沈しきっている相棒からだとそっと彼の頭に手を置いた。

 

「…………ピ。」

 

「ピカチュウ、その……君に凄く心配かけた事は分かってる。私は君の強さに甘えすぎていたね、ごめん。さっきも言ったけど私が階段踏み外したのはカスミとタケシくんが言う通り、私がドジっただけの自業自得だよ。だからそろそろ元気だして欲しいな。……私、君が幸せそうにご飯食べてるの見るの本当に好きだからさ。」

 

「……ピィカ……。」

 

そのまま軽く頭を撫で、まだ少し潤んだ瞳のしょんぼり顔のまま私を見上げる彼にね?と笑いかける。

そうして全く手付かずのポケモンフーズが乗った器を彼の前に差し出した。

 

 

 

 

 

「えと、ありがとう、リオル……じゃなくて。ルカリオ。お陰で助かったよ。」

 

「ワウ」

 

その赤い瞳を見つめてるうちにハッと我に返ったのは一瞬だった。

半ば唖然としたままの思考を頭を振る事で何とか切り替えると未だ私を横抱きにしたままの彼に礼を告げればそっと下ろされ、とっと軽い音を立てて床に足が付いた事に知らず知らず詰めていた息を吐き出すと改めて彼に向き直る。

 

……リオルがなつき進化でルカリオになると言うことはアニメ版メインかつ基本的に薄っすらとした知識しかない私でも知っていた。

 

だからこそあのトレーナーにそう言えたのだし、さらに言えばゲーム版ではなつき度をあげた上でレベルアップが必要だけどアニメ版ではそれこそサトシのピカチュウがピチューから進化した時の事を考えても必ずしもそうじゃないのだろうとは思っていた。

だから。

それがいつになるかは分からないけど、リオル自身が進化したいと思った時にそう出来るよう私なりに大好きだって気持ちを持ってこの三日間接してきたし、これからだって接していくつもりだったけど……。

 

「……いくら何でも早すぎない?」

 

【……言うに事かいて感想がそれか。トレーナーが危険に晒されたんだ。助けたいと思うのは当然だろう。】

 

「や、嬉しいよ! 嬉しいし実際助かったよ! でも…………って、え?」

 

思わずぽつりと呟くと完全に呆れた響きを宿した聞き覚えのない冷静で落ち着いた声にそう返され、脳内に直接響いたそれと当たり前にやり取りを交わしたところでピタッと口を噤む目を見開く。

 

……待って、何だ今の声。

 

――――まさか!!

 

「……ルカリオ、君っ!」

 

「ワウ。」

 

「――ピィカッ!!!!」

 

「って、ピカチュウ!?」

 

次の瞬間一つの可能性に思いあたりハッと声をあげるのと階段の上からの相棒の声が耳朶を貫いたのは同時だった。

あっさりとそうだ、と肯定したルカリオにも言いたい事はあったものの反射的にピカチュウの方をバッと振り返れば、先程の私のように階段の一番上からこちらに向かってダイブした彼の姿が目に入り、慌てて駆け寄ると腕を広げその小さな体を胸元でキャッチし両腕でしっかり抱き止める。

 

「……っと!」

 

さらに彼が私の胸元にぎゅっとしがみつくのを感じつつ殺しきれない反動でくるりと軽くその場で一回転してから息を付くとその背中をぽんぽんと軽く叩いた。

 

「……びっくりしたぁ。もお、ピカチュウ! 私が言うのも何だけど流石にあぶな…………ピカチュウ?」

 

「…………ッ、ピ……ッ……」

 

正直先に同じ事しちゃってるし説得力は皆無なものの一応注意はしとかないと、とそう言いかけたところで耳も尻尾も垂らし私の胸元に顔を埋めたままの彼の体が小さく震えている事に気が付き言葉を切る。

どうかしたかと尋ねる前に感じた胸元がじわりと濡れる感触と涙に濡れきったその声に、ああ、そっかと眉を下げその体を優しく抱き締めた。

 

「……ごめんね、ピカチュウ。ドジっちゃった。何だか今日は君にずっと心配かけてるのにまた心配かけさせちゃったね。ごめんね。」

 

「……ピ……ッ、ピカ……チュ……ッ。ピ……。」

 

「何言ってんの。そんなわけないじゃない。うん、今のは絶対君のせいなんかじゃない。」

 

「……ピッ……。」

 

「リオッ!!」

 

「リオ!! ピカチュウも! 大丈夫!? 怪我とかしてないでしょうね!?」

 

「タケシくん、カスミ。ん、大丈夫。ルカリオのおかげで怪我もしてないよ。勿論ピカチュウもね。」

 

「ワウ。」

 

出来得る限り優しい声音で謝罪し自分のせいだと涙声で告げる彼の言葉をしっかりと否定し安心させるようにその背を撫でる。

次いで弾かれたような勢いで階段を駆け降りてきた二人にも同じように答え内心で嘆息した。

 

……何かさっきから私、本当にダメダメだなあ。

 

「…………あの、皆。その、今の事は私の不注意だった。あの時点で受け身も取れてなかったし、ルカリオが助けてくれなかったらちょっとやばかったと自分でも思ってる。申し開きもないです。以後気を付けます。ごめん。」

 

「…………本当よ。もうこんな事は絶対無しにしてよね! 今回はリオルがルカリオに進化して間に合ったから良かったけど、こんなに危なっかしいんじゃいくらピカチュウ達がいるとは言えリオ一人でガラル地方に行かせていいのか心配になるでしょ!? ホンットに気を付けてよね!?」

 

「いや、ガラルではこんな事はないと思う……から。うん。大丈夫、約束します、気を付けます。」

 

「本当ね! もし約束破ったらポフレじゃ許さないわよ!!」

 

そんな気持ちを押し込めて未だ顔をあげないピカチュウ以外の皆の顔を見回し改めて謝れば一番初めに思いっきり息を付いたのはカスミだった。

眉を吊り上げてそう迫ってくる彼女にたじたじになりながらも約束するからと繰り返し、その様子を眉を寄せ凄く険しい顔を黙ってみているタケシくんに気が付いて瞳を伏せる。

……うん、多分カスミとの事からこっち、一番心配かけてたのはピカチュウとタケシくんだって言うのは分かってる。

そもそも二人とも置いていっちゃってたし、私が何かと無茶なのはピカチュウと出会った時の事やあのポケモンセンターでのやりとりの時点で二人とも分かっているのだろう。

その上彼らの前で自分のドジで階段から落ちたとこも含めると、空から降ってくる私を助けてくれたピカチュウや、出会ったばかりの時でさえ私が自分の怪我を軽く考えた時に真剣に怒ってくれたタケシくんに対しては完全にやらかし案件だ。

 

……これ絶対後で改めてフォローする必要あるよね、と内心で再確認しつつタケシくん、と呼び掛ければいつもとは明らかに違った様子でリオ、と呼ばれ肩が跳ねる。

 

うん、正直凄く怖い。

 

「俺が言いたい事は分かってるよな。」

 

「……はい。……その、ごめんなさい。」

 

「それですむなら警察はいらないだろう。」

 

「…………分かってます。でも、今の私には、そう言うしか術がないから。ッ、タケシくんとピカチュウにどれだけ心配かけたかちゃんと分かってるし、ここでいくら言葉を重ねたところで二人からすればただの言い訳にしか聞こえないって事も分かってる。……きっともっと良い言葉もあるんだろうけど。……タケシくんに嘘や誤魔化しは、できる限りしたくないです。」

 

さっきの階段から落ちるような不注意は自分が気を付ければ回避できる。

でも、そうじゃなくて。

今回のような無茶は二度とするなと言われたら、私はきっと頷けない。

 

だってそう約束するのは簡単だけど、でも、きっと。

 

それが私に出来ることなら。

それに私の手が届くのなら。

 

私はまたその時が来ればいくらでも無茶をするだろうし、自らの体を張る事も目に見えていた。

 

だから、ごめんと繰り返せば彼が小さく息をついた。

 

「『出来る限り』じゃなくて、絶対にしないでくれ。何度だって言うが、リオは一人じゃない。俺達が付いてるんだ。それを忘れないでくれ。……頼むから、一人で全部背負おうだなんてするな。次、同じことしたら本気で怒るからな。」

 

「……タケシくん。」

 

私の瞳を見て話す彼の言葉はどこまでも真っ直ぐで力強くて。

彼を見つめる事しか出来ない私にふ、と眉を八の字に下げた彼にツキリ、と痛んだ胸を誤魔化すようにピカチュウを抱き締める腕に微かに力を込める。

 

……ああ、私また……。

 

【……タケシに負担をかけたと悩む暇があるなら、もう少し他人を頼る事に慣れろ。先程だってあんな無茶をしなくても例え進化前の私の身体能力でもカスミを引き留められる事が可能な事など分かりきってた事だろう。】

 

「……っ、な、なあ゛ぁッ!!?? ルカリオッッ!!!? さ、流石にそれは反則でしょ!?」

 

【ああ、私とてこんな事は不本意だ。人の心を本人の承諾なく語るなど無粋にも程がある。だが、リオは心にしまいこんでしまう思いが多すぎだ。――口に出さなければ思いは他者には伝わらないぞ。】

 

「……そ、それは分かってる、けどっ!」

 

「ピカッ!!」?

 

「って、ピカチュウ?」

 

次の瞬間明確に音にされただけでなく物凄い正論でばっさりと切り捨てられた心の奥底でぽつりと呟いた内容に思わず目を見開き、バッと勢いを付けてルカリオへと振り返る。

さらに言ってる事はその通りなものの、いくらポケモン図鑑の説明で波導で人の考えや気持ちが分かると説明されているとは言え今のは流石に駄目だろうと反論しようとしかけると腕の中で吃驚したような声をあげたピカチュウに視線を向ければ、私の胸から少しだけ顔をあげたまだまだ目尻に涙を浮かべ潤みきった彼の瞳と目が合った。

 

「ピカチュウ? どうかし…………あ゛。」

 

きょとんと首を傾げそう尋ねるとほぼ同時に背後から伸びてきた二つの手にポンッと肩を叩かれハッとする。

 

……そ、そう言えばつい当たり前のように会話しちゃってるけど、ルカリオの事まだ話してなかった!

 

「……あ、あの、違うよ? その、黙ってたわけじゃなくて、その、は、話すタイミングが……。」

 

咄嗟にそう弁解するも背後から明確に伝わってくる怒気は全く薄れることがなくて背筋を冷や汗が伝う。

そのまま壊れたロボットのようにギギギッと肩越しにゆっくり彼らへと振り返った後の事は……お察しという事でいいだろう、うん。

 

 

 

 

 

で、そこからは少し遅れてハナコさんも合流して。

またなんやかんやあったもののとりあえずお昼ご飯を食べに行こうって話になり今に至ると言うわけだ。

 

「それにしても。 リオルちゃんがこんなに早く進化するなんて驚いたわ。しかも、テレパシーで話せるようになるなんて。」

 

「……あはは。ですね、私も驚いてます。」

 

【テレパシーについてはそんなに驚く事でもないだろう。タケシから聞いた。以前テレパシーで会話をするルカリオに会った事があると。同じポケモンの彼らに出来るなら私にも出来るのではないかと考えたんだ。それで……。】

 

「……やってみたらあっさりできた、と? てかタケシくんから?」

 

「ワウ。」

 

やっとの事でポケモンフーズを手に取り食べ始めたピカチュウにほっと息を付いたところで食後のコーヒーを飲むハナコさんに水を向けられ、眉を下げて笑いながら軽く頬を掻く私の隣であっさりとルカリオが答える。

さらにタケシくんに視線を向ければ丁度ハナコさんと同じように食後のコーヒーを飲んでいた彼もまたああ、と頷いた。

 

「さっき屋上でリオ達を待ってる間、リオルにルカリオについて聞かれてな。俺がサトシ達と旅をしてる最中に出会ったルカリオ達の話をしてたんだ。他にも人の言語で人間と意志疎通を図るポケモン達がいた事は伝えたが、まさかルカリオ自身が話すとは考えてなかったな。」

 

「……だよね。」

 

「そうね。それにテレパシーにしても直接にしても人の言葉を話すポケモンって本来だったら珍しいのよね。あのロケット団のニャースを知ってるとあまりそう思わないけど。」

 

「ああ、そうだったな。そう言えばあいつらも今頃どうしてるんだろうな。……まさかまだサトシのピカチュウを狙ってるなんて事はないと思いたいが……。」

 

「まっさかぁ。そんなの流石にしつこ過ぎるわよ。またどっかで悪いことはしてそうだけどね。」

 

…………うん、まあ結論から言えばそのまさかだし、カロス地方において悪事を働いてはサトシのピカチュウ達に吹っ飛ばされてるんだけどね。

……絶対に言えないけど。

 

タケシくんとカスミのやりとりを聞きながら内心で呟き苦笑する。

そのまま私の前にも置かれているコーヒーカップを手に取り大分ぬるくなってしまったコーヒーを口に含んだ。

 

確かにアニメ版ではそれこそロケット団のニャースを筆頭として。

劇場版では準伝説ポケモンや伝説ポケモンと呼ばれる彼らの中に人と話せるポケモン達はいるしそう考えるとテレパシーを介しての会話はそこまで難しい事でも、珍しい事でもないのかもしれない。

 

……でもなあ。

 

「……ねえ、ルカリオ。」

 

【ああ、分かっている。テレパシーを使い会話をするポケモンはいるにしても、珍しい部類だろうからな。これを使うのは緊急時以外では今この場にいる面子の前だけにしておこう。……それに、こんなものに頼らなくてもリオとは意志疎通が大体とれてるしな。】

 

「……ん、ありがと。」

 

「ワウ。」

 

カスミの言う通りやっぱり珍しい部類だろうし目立つだろうなと結論付け口を開くと恐らくすでに私の考えが分かっていたのかさらりと答えられた内容に小さく苦笑しそっと彼の頭に手を置く。

そのままリオルの時とはまた違った手触りの頭を毛並みに添って撫でていると、調子が出てきたのか少しずつ掃除機のような食欲を発揮し出してきたピカチュウがその長い耳を揺らし、ピタッと動きを止めた事に気が付いた。

 

「ピカチュウ?」

 

「ピィカ、ピカ、ピカチュウ。」

 

さらに尋ねれば私を見上げ話す彼の言葉ににきょとんとする。

 

「……雷……と雨?」

 

「ピカチュ。」

 

そう聞き返すと同時に私達の席からは少し離れた位置にある窓の外がカッと白く閃光した。



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第十八話 『新人トレーナーと儚く尊い願いの事』⑥

閲覧ありがとうございます。
十八話です。
主人公が自分の手持ちとカスミとタケシが好きすぎて困ります(´・∀・)←
でも一応今のところこの小説に恋愛要素を入れるつもりはないので全部友愛+親愛というあれですね!
とりあえずカントー編はあと2、3話で区切りがつく……はず_(:3」∠)_
では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


その閃光は一瞬だった。

次いで今までは自分達の話に夢中になっていた事に加え店のBGMやざわめきに掻き消されていたのだろう雷鳴が耳朶を打ち、窓へと視線を向けると同時に天の底が抜けたかのような勢いで降り始めた雨があっという間に窓の外を白く煙らせていく。

まさに土砂降りと言う言葉がぴったりなその様子に確かに天気予報では午後から天気は下り坂だと言っていたけども、と内心呟き視線を窓から戻せば丁度同じような動きをしていたのだろうタケシくんと目が合い何となくお互いに眉を下げて笑い合った。

 

「凄い一気に荒れてきたわね、天気。」

 

「ああ、ここまで激しいのは一時的だろうけど暫くはここで雨宿りだな。」

 

「そうね。荷物もある事だし落ち着くまでゆっくりしていきましょ。そうだ、折角だからデザートも追加注文しちゃわない? こういう時じゃないとなかなか食べる機会ないのよね!」

 

「……ピッ!!」

 

「……ピカチュウ……。」

 

さらにポンッと手を打ったハナコさんの提案に一番乗り気な声をあげた相棒に苦笑し明らかにポケモンフーズを食べるスピードが上がった彼に肩を落とす。

 

……ま、この方がピカチュウらしくていいんだけどさ。

 

「決まりね。ほら皆、メニューからデザート選んで選んで。カスミちゃん、タケシくん遠慮しないでね。 勿論リオちゃんもよ!ピカちゃんとルカちゃんはポケモン用のメニューね。」

 

「はい!」

 

「ありがとうございます、ハナコさん。」

 

「ありがとうございます。」

 

ピカチュウの口元の食べかすを取りながら答えハナコさんに手渡されたポケモン用のメニューを受け取りまずは隣のルカリオに見えるように開くと膝元からピカッ!と抗議を多分に含んだ声が耳朶を打った。

……全く。

 

「心配しなくてもちゃんと君の分も頼むからまずはご飯をきちんと食べなさい…………ってもう三分の二以上食べてるし。」

 

「ピカチュウ。」

 

「……もーー、早食いは駄目だっていつも言ってんのに。あ、ルカリオ食べたいのあったら言ってね?」

 

「ワウ。」

 

そこまで言ったところでピカチュウの前に置かれた器を見遣ればすでにほとんど食べ終わっている事に気が付き小さく眉を下げる。

それに何故かドヤ顔で返してくる相棒に仕方ないなと息を付き興味深そうにメニューを眺めているルカリオに一声かけ、ポケモン用と言う割にはボリュームやデコレーション等も人間用とあまり遜色のないデザート達についつい見入っていると再び耳朶を打った雷鳴につられるように窓の外へと視線を向けた。

 

――あの日から雨が嫌いになった。

 

灰色の空も、雨の匂いも、雨の温度も、雨音も。

何年経とうが記憶の中から薄れようとすらしないあの川原を思い出すには十分過ぎる要因で。

簡単に思い出せる凍てつく雨に打たれ私の手の中でぬるくなっていく二つの手と凍え切っているはずなのに全く熱が消えない己の体がただただ悔しくて、悲しくて。

 

――ああ、置いていかれたのだ、と。

 

否が応でも分かってしまったから。

一人になってしまったのだと、痛い程理解してしまったから。

 

だから私にとっての雨は、私が独りである事を何度でも再確認させてくるような存在だった。

 

…………なのに。

 

何でだろう、今窓の外で降っている雨にはいつも感じる心臓を抉りだしたくなるような深い絶望も、暗闇の中にいるような孤独感も感じる事も何もなくて。

むしろ雨に洗われていく町が綺麗だとさえ思う自分がいて。

 

瞬間、ああ、そっか、と。

私、もう独りじゃないのか、と。

 

胸の中に当たり前のように呆気ないくらいストンと落ちた言葉と確かな痛みに一つ息を付くと、視線を膝の上のピカチュウの後頭部に移し瞳を細める。

さっきまでの落ち込みはどこへやらの勢いでポケモンフーズを咀嚼する彼の動きに合わせて小刻みに揺れるその頭に、やっぱドリルだよなあなんて内心で誂い小さく笑うと気配を察したのかポケモンフーズを両手に持ったまま振り返った彼の濡れた黒曜石の輝きを宿す瞳と視線が絡んだ刹那。

じわりと胸の底から沸き上がった衝動に突き動かされるまま苦しくない程度に力を入れて自分の腕の中に閉じ込めるように彼を抱き締めるとぽすりとその後頭部に顔を埋めた。

 

「ピィカ? ピカチュ……ピカッ!!?」

 

私の突然の行動にきょとんとした彼がきっと自分の後頭部が濡れていく感覚に気が付いて焦ったように声をあげるけど、今それに答える余裕が私には一切なくて。

その黄色い毛並みにさらに顔を擦り寄せるとぼとぼとと瞳から溢れて止まらない『雨』をいくつもいくつも落としながら瞳をぎゅっと閉じる。

 

ああどうしよう、温かい。

 

「リオ? リオ、どうしたのよ!? ねえ!」

 

「ピカッ! ピカチュ、ピカッ!」

 

「――ワウ。」

 

次いで左隣から聞こえたかなり焦燥に満ちたカスミの声と、余計混乱する相棒に私の肩を揺さぶる彼女の手の温かさにさらに瞳から次から次へと『雨』が溢れて顔が上げれない私に代わって大丈夫だと告げてくれたのは右隣のルカリオで。

きっと私の心なんてさっきみたいにお見通しの癖にそれを言う事もなく、ただ一言だけテレパシーを介さずに伝えてくれた彼に心の中でありがとう、と呟けばきっと伝わったのだろう彼の鋼に覆われた手がそっと腕に添えられると同時にきっと私の異変に気が付いて近寄ってきてくれたんだろう、多分今どうしても離せないピカチュウと同じように私にとって少しだけ特別な存在なんだろう彼の温かな手が肩に乗せられた事にまた大粒の『雨』が一粒だけ溢れ落ちた。

 

「リオ、何があったのか話せるか?」

 

そう穏やかに問いかけられた声に緩く首を横に振る。

 

うん、ごめん。今はきっと口を開いても声にならない。

 

「……そうか。どこか痛いとか具合が悪いとかじゃないんだな?」

 

それには肯定の意味を込めて一回頷けば少しだけ彼の手に力が籠った事に苦笑した。

うん。そりゃあ皆にしたら何でいきなり泣いてる分かんないだろうし、私の事だからまた言わないつもりかって思われてそうだけど。

 

でも、そうじゃない。

そうじゃないんだ。

これは……ッ、今溢れて止まらない涙の意味は。

辛いとか、痛いとか、苦しいとか、悲しいじゃなくて。

 

ただ。そう、ただ……ッ。

 

「……ッ、ごめ、違うの……っ。うれし……いの。」

 

「リオ?」

 

「嬉しいって……。一体どうしたのよ。」

 

「ピカ、ピカチュッ? ピ、ピカッ、ぴかア、チュああアアアッ!!?」

 

そう胸の奥から押し出されるように口から溢れた声は情けない程に震えていて。

タケシくんとカスミの後の相棒の問い掛けににぃっと口元を吊り上げ、彼を抱き締める腕をほどくと同時にその小さくて黄色い体を思い切り擽った。

……全く。

 

「ピィカ!! ピカ、ピカチュウ!!」

 

「……ッ、誰が、デザートがッ食べられる、嬉しさ……で泣くっのさッ、それ、君じゃないッ、ピカチュウッ。」

 

ひとしきり擽り倒したところでバッと彼が私へと振り返った事でその後頭部から顔は離れてしまったけど、あまり気にする事なく怒り心頭で喚く彼に震える声でつっかえながらそう返し私の相棒へと笑いかける。

そのまま瞳から溢れて止まらない『雨』ごと目元をごしごしと擦っているとピ、と耳を下げた相棒が少しだけ背伸びをして私の頬を伝う雫をその小さな舌でチロリと舐めあげた。

 

「……ッ、ん、くすぐ、ったいよ、ッピカチュウ。」

 

「チャアア……。」

 

擽ったさに笑いながら何度もそれを繰り返す彼の頭を安心させるように撫でると一度自らの気持ちを落ち着かせる為に息を吐く。

 

……ああ、もう本当。気付きたく、なかったなあ。

 

「……ピィカ。」

 

「……ッん、急に泣きだした事はごめんね。でもね、ピカチュウ。涙ってね痛い時や悲しい時や、辛い時だけに流れるものじゃないんだよ。……ッ、私、今凄く嬉しいの。……君とルカリオに、ッタケシくんと、カスミとハナコさんに出会えた事が、ッ今こうして一緒にいられる事が、ッ凄く嬉しくて……ッ幸せだな、って。その想いが溢れて止まらなくなって……ッ涙が出るの。」

 

「ピカ……。」

 

「……ッ、家族を失ってから、私はずっと一人だった。ッもしかしたら、そうじゃなかったのかもしれないけど……ッでも、一人なんだって。……ひとりぼっちなんだって。……いくつの世界に落っこちようがッ、そこで、どれだけ良い仲間に恵まれようが……ッどれだけ、救われようが。元の世界に戻れば、私はひとりぼっちのままで。きっと一人で生きて……独りで死ぬんだろうな、って。だから、ッ、落ちた先の世界の人達と関わるのが、凄く怖かった。自分が惨めにッなるのが嫌で、そんな自分勝手な気持ちで綺麗事を建前に、拒絶してた……ッ。」

 

みっともない程に震えて仕方ない喉で懸命に紡ぐ言葉は涙で濡れきっていた。

誰かの息を飲む音が耳朶を打ったのを感じながらも嗚咽を堪えて続け、小さく震えた両肩に乗った二つの手に自らの手を重ね少しだけ力を入れて握り締める。

 

……ごめんね。こんな話、本当はするつもりなかった。

言えば二人を苦しめるって分かってたから。

だけど。

 

でも――。

 

「……ッでも、この世界に、来て。ッ皆に出会ってからは、ッそう考える事が減って……。いつも心のどこかにあった孤独や疎外感なんて忘れるくらい、毎日が楽しくて、愛おしくて仕方なくて。ッ……ああ、私、もうひとりじゃないんだって……ッ。……ッそんな風に思えたのは、タケシくん、カスミ。二人のお陰なんだよ。いつも真っ正面から私に接してくれる。名前を呼んでくれて、笑いかけてくれるっ、私の事を心配して叱ってくれて、ッ、側にいてくれる友達がいてくれるから。……ッ自分の体質ずっと大嫌いだったけど、でも、この世界に来れた事だけはッ、皆に出会えた事だけは、感謝してるんだ。――貴方達に出会えて良かった。……だからね、一つ決めた事があるの。」

 

最後にそう付け足し『雨』を振り払うように思い切り目元を擦り、顔をあげた。

一瞬目が合うと私の背を押すように小さく、けれどしっかりと頷いたハナコさんに小さく微笑み四人の顔を順に見回してから口を開く。

 

……うん、そうだね。やっと、見つけたと思うんだ。

 

だから、……()()()

 

「……この世界に来てからの半月間。私の願いはこの世界に出来うる限り長く留まる事だった。少しでも長く、皆といられるように。そのための努力は惜しまないってずっと思ってた。……でも、そうじゃない。そうじゃなかった。私の、願いは……どんなに願っても、祈っても叶う筈がないって諦めてた本当の願いは。――この世界で、皆の側で、一緒に生きていく事。だから。私、元の世界に戻らない。これからの人生、生きていくならここがいい。ここじゃなきゃ、嫌だ。だからこれからは、元の世界に戻らないでいられる方法を。この世界でずっと生きていくための方法を探そうと思う。…………そう、決めたんだけど、どうかな? やっぱだ……わっ!……と。」

 

「っ、何で……。本当何であんたってたまにずるくなるのよ!! リオにっ、友達にそう言われて! あたし達が駄目なんて言うと思ってるの!?」

 

「ピカッ!!」

 

続きは言葉にならなかった。

ぐいっと制服のスカーフを思い切り掴み引っ張られ、少しだけ強引に上半身が向き直り視線が絡んだ瞳を潤ませたまま眉を吊り上げるカスミと、私の膝の上で真っ直ぐ此方を見て抗議の声をあげる相棒に小さく眉を下げて緩く首を振るとそっと両手を伸ばし彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。

 

…………ああ、もう本当。……だから私はカスミに弱いんだよなあ。

 

「……思わないかな。カスミとタケシくんの気持ちはさっき屋上でタケシくんから聞いたし、ピカチュウとルカリオに関しては二人がどれだけ嫌がろうが、もう私から手を離すつもりはないから。……たださ、やっぱ『いつかはいなくなる泡沫の存在』として接されるのと『この世界にずっといたいって踠く存在』として接されるのって違うからさ。……それに。やっぱ言って欲しいじゃん? ……泡沫の存在でも、そうじゃなくても。私はここにいていいんだって。……じゃないとやっぱ不安だし。」

 

カスミの背を宥めるように撫でながら実は結構ずっと胸の内で燻っていた言葉を物凄く軽く言えばカスミは勿論の事、全員が息を飲み肩を跳ねさせた事に苦笑する。

 

……うん、だってさ。

さっきタケシくんにはタケシくんとカスミの思いとして『いて欲しい』って言って貰えたけど、それ以前は『この世界に長くいられる方法を』とか『この世界にいたくないの!?』とかしか言われてないからね、私。

まあそれだけ私がここにいるのが当たり前という前提で全てにおいて話が進んでたし、それってつまりここにいていいんだって皆から態度で示されてんだなあとは思ってたし納得もしてたけど。

 

【……リオ、一つ聞くが、お前いつ頃からその思いを燻らせていた?】

 

「いつ……。そうだなぁ、この世界に来て結構すぐだから三日目あたりぐらいから? でも流石にこれは私からは言えないし、皆の態度から察してはいたからそこまで燻らせてらないし、常に不安だった訳じゃないよ? ただまあ折を見てピカチュウぐらいには『私ってここにいていいのかな?』みたいに聞こうとは思ってたけど。」

 

「当たり前でしょ!!」

 

「当たり前だろ!!」

 

「ピッ!! ピカ、ピカチュウ!! ピカッ!!!!」

 

完全に呆れ返ったような響きを宿したルカリオの問いに肩越しに振り返り、少し考えてからあっけらかんと答えればピカチュウより先に返ってきたのはぴったりと揃った二人の声で。

一拍遅れて弾かれたように当たり前だ、当然だろうと私とカスミの間で大騒ぎする相棒の頭を落ち着いてとポンポンと撫でながらもじわりと胸に広がった安堵とどうしようもない嬉しさに顔が緩んだ。

 

「……まあ例え尋ねたとしても三人ならそう言ってくれるだろうなとは思ってたけど。……ん、やっぱちゃんと言ってもらうと嬉しいね。ありがと、三人とも。」

 

そうへらりと笑えば少しの沈黙の後タケシくんとカスミがどこか疲れたように大きく息を吐き出すのを見てきょとんと首を傾げると、カスミの手が背中に回されて今度は私が強く抱き締められる。

 

「……あたし、リオがどういう奴なのか今日やっと分かった気がするわ。」

 

「俺もだ。……やっぱり、目を離したら駄目みたいだな。」

 

「ピカ」

 

「ワウ」

 

「ん??」

 

さらに何故か四人だけで分かり合っているような会話に本当このパターン多いなと少しだけいじけた気分になっていたところでリオ、と呼ばれて少し体を離せば真剣な表情の彼女の空色の瞳と真っ正面から視線が絡んだ。

 

「……カスミ?」

 

「いい? 『ここにいてもいいか』じゃないの。あんたはここに、この世界にいるの。ずっと、あたし達と一緒にいるの。あたし達の側で生きていくの。……あたし達を置いていくなんて許さない。だから、覚悟してよね、リオ。あんたを、あたし達の仲間を一人にするような世界になんて絶対戻させない。もしリオが帰りたいって言っても絶対帰さないんだから!!」

 

「ああ、そうだな。リオ、俺は今までリオには帰る場所があると思っていた。だから今がどれだけ楽しくても、それが少しでも遠い日になるようにと願いながらもいつか来る別れの日を消す事は出来ないと。リオのためを思うなら、いつかが来たその時は笑って別れるべきだと思っていた。でも、そうじゃないのなら。そこがリオが一人になる世界なら、そんな世界にリオを帰したくない。帰させられない。だから、ずっとこの世界に、俺達の側にいてくれ。――俺達を置いてどこにも行かないでくれ。リオの居場所は、リオが生きていく場所は、ここだ。」

 

「ピカチュ!!」

 

「ワウ!」

 

そう言い切ると瞳を潤ませながらもバトルの時のような不敵な笑みを浮かべるカスミと。

続けられた声に肩越しに振り返ればしっかりと視線があったカスミと同じように不敵な笑みを浮かべタケシくんと。

そんな二人に力強く頷いて私を見るピカチュウとリオルの、皆の姿はどこまでも真っ直ぐで、温かくて、力強くて。

 

心の奥の奥、魂にまで染み渡っていくように感じたそれは途方もなくてでもとても温かくて愛おしい願いのようで。

 

「…………あーー、もおお。皆、ずるい、なあ。」

 

どうしようもない程、火傷しそうな程に温かくて仕方ない胸の奥に瞳を細めて思わずそう呟けば、一度は乾いた筈の瞳からほろりと大粒の涙が零れ落ちた。

 



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第十九話 『新人トレーナーと必然の事』①

閲覧ありがとうございます。
少しお久しぶりで第十九話です。

前話で「あと2,3話でカントー編終わります」とか言った気がするのですが、ガラルに行く前に『彼』と『彼ら』の話をしておいたほうがいい事に気が付いたので、多分終わりませんすみませんorzorz
どんどんガラル編が遠ざかってる気がしないでもないですが頑張りますorz

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




「じゃあリオちゃん。荷物もあるから私は先に帰るけど、今夜はオーキド博士との約束もあるからなるべく早く帰ってくるようにね。あと博士も是非と仰有ってたからカスミちゃんとタケシくんも誘ってらっしゃいな。ピカちゃん、ルカちゃん。リオちゃんの事よろしくね。」

 

「ピカ!」

 

「ワウ」

 

「あはは……。大丈夫です、あとはキバゴの様子を見に行くだけですし。約束の時間までには必ず帰ります。確か、オーキド研究所にそのまま行けばいいんですよね?」

 

「ええ。バリちゃんはもう研究所にいるでしょうし私も少し後片付けしたらすぐ向かうつもりだから。じゃあまた後でね。」

 

「はい、また後で。」

 

――結局昼食中に降りだした雨は私達がファミレスを出た頃にも雨足こそ弱まったもの振り続いたままだった。

 

多分これ以上待ってても止むことはなさそうだし夕食の準備もあるからとキバゴの様子を見に行く事を今日の予定に組み込んでいた私達と別れ、ファミレスの前に呼んだタクシーで一足先に荷物と一緒に帰ることになったハナコさんに私より早く返事を返した相棒二匹に眉を下げて笑いながらしっかり頷き、発車したタクシーを軽く手を振って見送っているとねえ、と背後からカスミに声をかけられた。

 

「今のママさんとの会話って何なの? リオ、今日オーキド博士何かあるの?」

 

「俺達も誘って、ってハナコさん言ってたな。」

 

「ああ、うん。昨日の夕方くらいかな、私に紹介したい人がいるってオーキド博士に言われたんだよね。私も詳しくは聞いてないんだけど、博士の古い知人でハナコさんとも少し面識がある人なんだって。それでその人今日の夕方ぐらいに息子さんと一緒にオーキド研究所に来ることになってるから、夜ご飯を一緒に食べようって話になってて。タケシくんとカスミも会っておいた方がいいから二人の都合が良ければ来て欲しいって。ね?」

 

「ピカ」

 

「ワウ」

 

不思議そうな表情を浮かべる二人に一つ頷き、本当だったらもっと早く伝えなくちゃいけなかった筈だけど色々……うん、本当に色々ありすぎて完全に伝えそびえていたオーキド博士からの伝言を説明する。

最後にそう付け足すとしっかりと同意した相棒二匹に小さく笑い、どうする?と改めて尋ねればそうね、と先に口を開いたのはカスミだった。

 

「特にこの後も予定もないしオーキド博士がそう言うのなら行こうかしら。タケシはどうする?」

 

「そうだな。俺も特に予定はないから行くよ。それに、博士が紹介したいって言う古い知人という人も気になるしな。」

 

「決まりね。あ、じゃあポケモンセンター着いたら一応博士に電話入れようかな。ルカリオの事も報告しておきたいし。」

 

「ワウ。」

 

「ピカチュ。」

 

「じゃあまずは何はともあれポケモンセンターね。」

 

そう二人の意思も確認したところでカスミの一声が合図となり、誰ともなしに折り畳み傘を開きポケモンセンターへの道を歩き出す。

 

ちなみにピカチュウ達は私の傘に入るから除外するとしても、各々が持つ傘のうち二本は私ので一本はハナコさんが貸してくれたものと言う内訳はきっとご愛敬と言うやつだろう。

今朝の天気予報を見た時、初代において。

何ならオープニングでさえサトシ、カスミ、タケシの三人が旅の最中傘を差すってシーンがほとんどなかった事を思い出し、念のため折り畳み傘二本用意しといて良かったと私より少し先を歩く二人の背中を眺めながら小さく笑う。

 

そのまま灰色の雲が重く立ち込めた空を傘越しに見上げると、やっぱり胸は痛むけれど、それでも絶望感や孤独感やそれに伴う嫌悪感は沸いてこないどころか、あり得ない程泣いたからか六年前の事も含めて全部晒け出した心の内を当たり前のように受け止めて貰ったからかあるいはその両方か。

 

やけにすっきりと心は晴れ渡っていて、そんな心持ちのせいか今までよりしやすくなった呼吸と軽くなったように感じる体にそっと瞳を細めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「何かポケモンセンター混んでない?」

 

「本当ね。ソファやベンチ全部埋まってるわよ。」

 

「急な雨だったから皆雨宿りしに来たんだろうな。カウンターにも今人がいるようだし、暫く待ってみるか。」

 

「それしかないわね。」

 

「だね。あ、なら先にオーキド博士に電話してこよっかな。」

 

「イブッ!」

 

先程までの土砂降りの雷雨から避難するためかポケモンセンターはかなりの混雑を見せていた。

 

自動ドアをくぐったところでぐるりとセンター内を見回し、とりあえず邪魔にならないような位置に移動しながらふと思い立った私に応えるようなタイミングでいつも通り左肩に乗ってる相棒や隣を歩くパートナーのものではない、力強くて凛とした声が耳朶を打つ。

 

「……『イブ』?」

 

「ピ?」

 

その自らの足元から聞こえた声に咄嗟に足を止め視線を下に向ければ紫がかった大きな瞳をきらきらと輝かせ私を見上げる兎のような長い耳にみるからにもふもふで大きな尻尾、首の周りを覆うこちらももふもふな襟巻きのような毛が特徴的なポケモン――その人気からピカチュウと並んで商品化される事も多いしんかポケモン・イーブイとぱちりと目が合った。

 

あ、可愛い。

普通に可愛い。

 

ピカチュウを初めて見た時も思ったけど本当可愛い系のポケモンってとことん可愛くなるようにデザインされてるよね……じゃなくて。

 

何でこんなところにイーブイが?

 

「うわあ、可愛い! イーブイね!」

 

「ああ。ここにいるって事はポケモンセンター内にいるトレーナーのポケモンだろうな、きっと。」

 

「ブイ!ブイ!!」

 

その可愛さに思わずずれかけた思考を何とか正し、タケシくんとカスミに答えるようにぴょんぴょんと跳ねながら元気いっぱいに声をあげるイーブイに感じた違和感をおくびにも出さずそっか、と少し身を屈め笑いかける。

 

「このポケモンがイーブイなんだ。最近になって発見されたフェアリータイプも併せると八種類の進化先がある凄いポケモンだってオーキド博士に教えて貰った事あるけど実物見るのは初めてだよ。本当に可愛い。」

 

「イーブイ!」

 

さらにそう言えば多分凄い自慢げに声をあげ尻尾をぶんぶんと振り私の瞳を真っ直ぐに見つめぺたんとその場に座った、尻尾の模様から判断するなら彼女のその瞳に凄い既視感を覚えきょとんと首を傾げた。

 

…………ん?

 

「何かこのイーブイ、リオの事知ってるみたいじゃない? ……あ! まさかリオあんたまだあたし達に隠してる事あるんじゃないでしょうね!」

 

「……今日その事であれだけ色々あって、これでまだ二人に隠し事できるような根性持ち合わせてないよ。てか今『実物初めて見た』って言ったばかりでしょ。」

 

「まあまあ。カスミだってリオが俺達にもう壁を作ってないのは分かるだろう? これからは一人で抱え込まないで何でも包み隠さず話してくれるさ。なあ、リオ。」

 

「……う、うん。…………ん? タケシくん、今……。」

 

「ん? どうかしたのか、リオ。」

 

瞬間イーブイに対して私と同じような感想を口にしつつ瞳を眇めこちらを見遣るカスミにあれだけ人の心丸裸にしといといて何言ってるんだと眉を下げ脱力する。

さらにそう続ければ私達を嗜めつつ何か有無を言わせない威圧感が含められたタケシくんの声音に少々びびりながらも軽く頷いた。

 

あれ、てかさらりと『何でも』とか言われたよね今。

 

「もしかして言質取られた?」と彼を見遣れば結構なドヤ顔で私を見遣るタケシくんとバッチリと視線が絡みしまった、とさらに肩を落とす。

 

「…………ちなみに、今のなしとか言ったら怒る?」

 

「ああ。もし言ったら暫くリオとは口を利かないくらいには怒るな。」

 

「っ、それは嫌! 絶対嫌!! もしそんな事したらタケシくんが年上のお姉さんナンパする度に腕にしがみついて『私という彼女がいるのに浮気するなんて!』って喚いて嫌がらせするからね!」

 

「え。」

 

恐る恐る尋ねれば私の心に一番クリティカルヒットする事をあっけらかんと答える彼に、この世界に来た当初オーキド博士に誤解された事を思い出しバッと真っ正面から向き直りそう告げれば、何故か驚いたように私の顔を凝視するタケシくんにん?と首を傾げると同時にバカ、とぺしりとカスミに頭をはたかれた。

 

「そこは『じゃあ言わない』とか答えるところでしょ。何でやり返そうとしてんのよ。あとそれだとタケシがナンパしようとした相手にはリオがタケシの彼女だって誤解される事分かってるの?」

 

「……だって……。タケシくんがあまりに的確に私の心を抉る案提示してきたから、つい。あと見ず知らずのお姉さんに彼女だって誤解されたところで痛くも痒くもないし、嫌でもないから私としては問題ないかな。」

 

「…………本当リオって変なところで肝が据わってるわよね。」

 

「ピカチュ」

 

「ワウ」

 

「イブ」

 

今度は私があっけらかんと答え固まったままのタケシくんによし、と悪戯気に瞳を細めれば完全に呆れた様子のカスミとパートナー達の中にちゃっかり混じっているイーブイに眉を下げ、そうだったと彼女を見遣る。

 

「……ま、それはともかくとしてさ。さっきも言ったように二人にはもう隠し事ないつもりだしこのイーブイとも初対面だよ。それは間違いない。でもだからと言ってポケモンセンター内とは言え一匹でウロウロしてるこの子を放ってもおけないし、この子が何か伝えたい事があるんだろうなって事も分かる。だからとりあえずこの子のトレーナーを探すのが一番だと思うんだけど。どうかな?」



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第二十話 『新人トレーナーと必然の事』②

閲覧ありがとうございます。
ついに二十話ですヽ(*'▽')ノ

今回からオリ主の他にオリキャラが二人ほど登場します。

こそっと他の拙作とも一部繋がっているキャラですがこの小説だけで分かるようにしていきます。

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




結論から言えばイーブイのトレーナー探しは難航していた。

 

そこまで広くないポケモンセンター内での事だし今いるトレーナー達に声をかければ直ぐに見つかると考えていたにも関わらず、どのトレーナーに聞いても皆首を横に振るばかりな現状に知らず知らず眉を寄せ、ん~~……と唸り声をあげる。

てかこれもしかしてまた厄介な事に首突っ込んだっぽくないかと言う一瞬脳裏を掠めた疑惑はあえて見ない振りをしておかしいなあ、と首を傾げた。

 

「これで大体一通り聞いたよね。なのにトレーナーが見つからないって事ある?」

 

「うぅん。確かに妙だな。タマムシシティのポケモンセンターはそこまで大きいものでもないし、俺達が来る前からいたトレーナーだって限られてるのにこれだけ探して見つからないとなると……何かしらの事情があるのかもしれないな。」

 

「事情って……何があるって言うのよ。」

 

「んん゛~~。それこそジョーイさんに聞けば何か分かるかもしれないが……。」

 

やっと空いたベンチを見つけ全員で腰を下ろし、カスミにそう振られたタケシくんが難しい顔で腕を組む。

うんうん唸る彼の視線の先を辿れば、私達がポケモンセンターに入ってからというものポケモンの回復等を受け付ける以外はずっとカウンターの端の方でこちらに背を向けて立つ長身でがたいのいい黒のトレンチコート姿の黒髪の男性と、小豆色の髪に紫襟の水色のクレリックシャツを着た中肉中背の男性二人と何やら深刻な顔で話しているジョーイさんの姿があるもののとてもじゃないけど声をかけれる雰囲気じゃなくてどうしたものかと一つ息を吐いた。

 

……てか……、うん。

黒髪の人は分からないけど小豆色の髪の人、何か見覚えあるというか……多分、十中八九、知ってる人なんだよなぁ。

 

()()()()()()、だけど。

 

いやあまあそりゃあね、放送年月って視点だとXYから新無印放送開始までの間って約六年あるけど、作中ではサトシの年齢から考えると初代から新無印最新話まで通してもまだ一年経ってないわけだし。

例え該当シリーズが来るまで影も形もなくてその存在すら示唆されていなくてもそれはあくまでもアニメに登場してないってだけで、皆当たり前にこの世界に存在して日々を生きてるんだからカントー地方にいる以上遭遇する可能性はあるに決まってるし、考えてなかったわけじゃない。

ただ彼の人や『彼ら』の居住地域ってクチバシティの筈だからまさかタマムシシティ(ここ)でその姿を見るとは思ってなかったけど。

 

「何か深刻そうだし忙しそうだよね、ジョーイさん。」

 

「そうよね。さっきからずっとあの調子だからとてもじゃないけど話しかけられる雰囲気じゃないし。そう言えばイーブイの事聞いてないのってあとはカウンターのあの二人だけよね。って事は二人のうちのどちらかがイーブイのトレーナーって事にならない?」

 

「ん~~……。確かにその可能性はあるけどただそれにしてはイーブイがあの二人に無反応なんだよね。それに自分のポケモンが側から離れたらトレーナー側からも何かしらの反応があってもいいと思うけどあの二人見てるとそれもないし。」

 

うん、てかその場合だと彼の人――新無印の登場キャラクターでオーキド博士の教え子の一人であるサクラギ所長……や、この時系列だとまだ研究所オープンしてないから博士のがいいか。

サクラギ博士が常にモンスターボールから出してるのはワンパチだし、彼がイーブイを手持ちにしているような描写はなかった筈だから必然的に黒髪の男性のポケモンってなるんだろうけど、でもなあと眉を寄せる。

顎に手を当て考えながらそうつらつらと自分の考えを告げればああ、とタケシくんが頷いた。

 

「俺もそれが気になってた。ただいずれにしてもジョーイさんにはイーブイの事伝える必要があるだろうし、キバゴの事も考えるととりあえずはジョーイさんの手があくまで待つしかないだろうな。」

 

「そうね。」

 

「だね。」

 

そうカスミと二人で彼に同意すると、この短期間ですでに打ち解けたらしく私達の足元の床の上でピカピカイブイブとじゃれ合い転げ回っている相棒とイーブイにふと視線を落とし瞳を細め小さく笑う。

真剣に悩んでるトレーナー達の事なんかどこ吹く風と言わんばかりの二匹に呑気だなあと少しだけ無意識に入っていた肩の力を抜くと同時にそのじゃれ合いには加わらず、相変わらず強い意思を宿した赤い瞳で真っ直ぐに私を見つめるルカリオとパチリと目が合い、ああそうだったとずっと感じていた違和感を思い出し内心で呟いた。

 

……うん、これ一度ルカリオと二人で話した方がいいよね、多分。

 

そう考えあのさ、と切り出す前に電話が設置されている方をくいっと軽く顎で差すと踵を返しスタスタと歩き出す彼に小さく苦笑する。

 

――ま、確かにここでは聞かない方がいいか。

 

「ワウ。」

 

「はいはい、行きますよ。」

 

「リオ? ルカリオ?」

 

「二人ともどうしたんだ?」

 

さらに少し行った先で立ち止まって肩越しに振り返るルカリオの声と瞳に促されるように立ち上がり訝しげなタケシくんとカスミにああ、うんと曖昧に笑う。

 

「えと『暫く待機なら先にオーキド博士に電話を入れた方がいいだろう』ってさ。で、『一緒に行くから早くしろ』って。そんな訳でちょっと電話してくるから」

 

どう言ったものかと少し頭を悩ませながら二人に説明しかけたところでガーー……と言う微かな音につられふと視線を向けた自動ドアから入ってきた小豆色の髪を三つ編みの一つ結びにした特徴的な錨型のマークがあしらわれたワンピース姿の少女と、彼女が腕にしっかりと抱えた三角の大きなに胴長短足の体、ぐるりと首を一周するように覆う襟巻きのような黄色い毛が特徴的なこいぬポケモン・ワンパチの姿に思わず言葉を止め目を見張った。

 

……や、確かにあそこにサクラギ博士がいる以上その娘の彼女がいてもおかしくはないんだけどさ。

 

てかこの頃って当たり前だけどサトシとゴウが出会う前だからゴウはミュウをゲットする事しか頭になくて学校にもほとんど行かず友達も幼馴染みの彼女以外いない時で、彼女もまだそんな幼馴染みに呆れながら、ポケモンに対してかなり距離を置いてる時だよね、うん。

 

さらに戸惑いがちにキョロキョロとポケモンセンター内を見回し、カウンターに視線を向けハッとしたように走り寄る彼女――サクラギ博士同様新無印の登場キャラクターかつ、新無印シリーズにおいてヒロインという立ち位置であるサクラギコハルの背中を眺めているとリオ?とカスミに呼び掛けられハッとする。

 

っと、そうだった。

 

「あ、ごめん。……電話して来ようと思ったんだけど、今入ってきたあの女の子カウンターにいる男の人達の連れっぽいし、少し様子見た方が良さそうだね。ルカリオ、電話後にしよ。」

 

「……ワウ。」

 

さらに自らの父親であるサクラギ博士に駆け寄り何事か話しかけているコハルの姿を見遣り結論付け、ルカリオに声をかけると少し逡巡した後一声あげ戻ってきた彼の頭を軽く撫でると足元からイーブイ!と声が上がり見れば瞳をきらきらと輝かせ尻尾をぶんぶんと振る彼女と目が合い眉を下げた。

 

…………これは。

 

「『自分も撫でろ』って解釈でいいのかな?」

 

「ブイ!!」

 

確認するように尋ねれば元気よく返ってきた声に分かったと頷き、その場に片膝を立ててしゃがみその茶色い体毛に覆われた頭を優しく撫でるとブイ!とさらに嬉しそうに頭と言わず体全体をぐいぐいと押し付けてくるイーブイに思わず小さく笑う。

 

……うん、てかやっぱこのイーブイ……。

 

「ねえ、やっぱりどう見てもそのイーブイ、リオに懐いてるみたいなんだけど。本当にあたし達に隠し事してないわよね?」

 

「……してないです。てか考えてもみてよ、仮に私とこのイーブイが知り合いだったら私とこの半月ずっと一緒にいるピカチュウだってイーブイと知り合いって事になるでしょ? そしたら街中で、道路はさんで反対側の道にいたリオルにさえ反応してたのにイーブイと出会った時無反応だったのはおかしいし、もし何らかの理由があって『私に『黙ってて』と頼まれたとしてもピカチュウが素直に聞くと思う?」

 

「――聞かないだろうな。ピカチュウはリオを大切にしているが、不必要に甘やかしたりはしない。むしろリオが間違えた道を進もうとしたり、尻込みしそうになると叱咤するくらいだ。仮にそう頼んだとしても、それがリオのためにならない事なら黙っていないだろうし、何としてでも伝えようとするだろうな。俺達に。」

 

「ピカチュウ。」

 

再度問われた内容に苦笑しながらも答え八の字に眉を下げたタケシくんにしっかりと頷いたピカチュウに思わずだよね、と息を付いた。

 

そう。だからこそ、この小さな相棒に、これからもずっと敵う気が全くしないのだ。

 

「さらに三日前からはピカチュウと全く同じ考えの相棒がもう一匹増えたしね。だからそもそもの話、ピカチュウ達が知らない私の過去の話以外をタケシくんとカスミに内緒に出来る環境じゃないんだよね。と言うか過去の話でさえ臆病風に吹かれる事を許してくれなかったし。それに明後日から行くガラル地方でだってうっかり怪我でもしようもんなら、速攻で二人にチクられそうで怖いもん。むしろ『黙ってて』って言った時点でお説教だろうし。」

 

「ピカ」

 

「ワウ」

 

そう言って二匹に視線を向ければ当然とばかりに頷かれてますます眉を下げる。

うん、本当に私に対して手厳しい。でも。だから私は迷わずに前を向いて歩き出せるんだろう。きっと。

 

「……それにさ、私結構後悔してるんだよ? タケシくんとカスミに『自分達の思いが私を苦しめてるんじゃないか』なんて思わせちゃった事。……それを言って貰うまで気付かなかった自分の鈍感さにも腹が立ってる。……あんな思い二人に二度とさせたくないし、私もしたくない。だってね、本当に嬉しかったから。二人が私に『いて欲しい』って想ってくれてた事。だからさ、その……これからはちゃんと二人に話さなくちゃいけない事は話すし、嘘とか誤魔化しはしないって約束するから。えと、今までの事もあるからすぐには無理かもしれないけど。信じて、欲しいな。……なんて。」

 

ダメかな、と付け足しながら内心で我ながら都合の良いことだと自嘲する。

いつだって自分の事しか考えてなくて、周りを見ようともしなかった私はこれまでいくつ大切なものを取り零してきたのかなんて分からない。

ちゃんと向き合えば、手を差し伸べてくれてた人達はきっといた筈なのにそれに気が付かない振りをして。

見ない振りをして全部拒絶して自分の殻に閉じこもって。

そうしていつだって元の世界に戻って一番に心に浮かぶのは『ごめんなさい』な癖に何度も同じことを繰り返して。

 

……本当、弱いなあ。私は。

 

そんな風にさらに自嘲を深くすると二人が小さく笑った気配と共にぽん、ぽんと二つの手が頭に乗せられ無意識に伏せていた顔をあげればいつものように仕方ないな、と笑う二人と目が合った。

 

「……タケシくん。カスミ。」

 

「分かった。信じるよ、リオの事。それに、元から信じていたからな。リオは俺達の思いを蔑ろにするような奴じゃないって。だからきちんと思いを伝えればきっと応えてくれる、俺達の手を取ってくれるってさ。」

 

「そうね。それに、リオこそ信じてよね。リオにはいつもあたし達が付いてるって事。例え別々の場所にいても、心は繋がってるから、だから、あんたは絶対にひとりなんかじゃないって。」

 

そう笑う二人の声が当たり前のように心に染み渡り、さっきあれだけ泣いたのにまたしても潤みそうになる瞳にそっと力を入れて笑い返す。

 

ああ、何か無印の最終話で二人と別れた後、何度もありがとうと叫んでいたサトシの気持ち凄く分かる気がするなあ……。

……もう本当に、敵わない。

 

「――ありがとう、タケシくん、カスミ。私も信じるよ。私にはいつも二人が付いてるって。……私が、ピカチュウとルカリオと一緒に帰ってくる場所はここだって。二人がいてくれるここなんだって、信じてる。」

 

「ピカ」

 

「ワウ」

 

そっと伸ばした手で二人の手をしっかり握り伝えると左肩に加わった温かな重みと肩に乗せられた力強い手に瞳を細めチャアアと私の頬に擦り寄せられる相棒のふわふわな頬が擽ったくて小さく笑い声をあげたところで、イブ、と声をあげとても真摯に真っ直ぐに私を見上げるイーブイと目が合った。

一つの強い意思を宿した瞳と、決めたと確かに聞こえた声に眉を下げちらりとルカリオを見れば軽く頷いた彼にやっぱりかあと呟く。

 

どうしたものかと口を開きかけると同時にえ?と背後から聞こえた凛とした少年の声にハッと振り返れば、驚いたような表情を浮かべ私を見遣る右肩に首周りの黒い毛が特徴的な黄色い体に黒く縁どられた平たい大きな耳、黒い短い尻尾に桃色の電気袋を持つこねずみポケモン・ピチューを乗せ、黒のボタンダウンシャツにカーキー色のカーゴパンツ、さらにその上から細身で灰色のチェスターコートを身に纏いボリュームのあるダークブラウンのキャスケット帽を被った、つい今しがた自動ドアから入ってきたカスミやサトシと同い年くらいの少年とその隣に立つルカリオが視界に入り思わず目を見開いた。

 

「…………え。」

 

「イブ!!」

 

瞬間嬉しそうな声をあげ彼の元へ一直線に駆け寄るイーブイを少し呆然として見送り咄嗟にタケシくんとカスミを振り返れば、多分私が彼を見た瞬間に感じたのと同じ気持ちを抱いているのだろう唖然とした表情のままカスミがゆっくりと口を開く。

 

「……ねえ、あのトレーナー……。」

 

「……ああ。連れているポケモンが似通っているってのもあるだろうが。……それにしたって、似てるな。リオに。」

 

「……ピカ」

 

「……ワウ」

 

さらに微かな警戒を抱き声をあげる相棒達の声を聞きながら立ち上がると改めて少年へと向き直り、イーブイに視線を落としていた可愛いと評される事が多そうな顔立ちをした彼の強い意思を宿したよく晴れた空の色の瞳と目が合った瞬間、視界いっぱいにぶわっと桜吹雪が舞った。

 

「…………は?」



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第二十一話 『新人トレーナーと必然の事』③

閲覧ありがとうございます。
二十一話です。

ある意味で主人公の回想回です。
彼女が家族の事に折り合いが付けれたきっかけの話であり、一つの終わりと始まりの話。

ぎりぎり今年中にここまで書けたことにほっとしています(*'▽')
来年もマイペースにではありますが「訳あり新人トレーナー」シリーズゆるゆると続けていく所存ですのでのんびりとお付き合いいただければ幸いです。
来年もよろしくお願い致します。

※今回オリキャラ(モブ)の死ネタ注意です


「…………ここって。」

 

視界いっぱいにぶわりと舞った桜吹雪に咄嗟に顔の前でクロスさせていた腕を下ろし、無意識に閉じていた瞳を開き真っ先に飛び込んできたのは四方に伸ばした枝という枝全てに満開に薄紅色の花を咲かせた桜の大木だった。

 

時刻は恐らく夕焼けより一歩手前といったところだろうか。

周囲全てが柔らかい琥珀色に染まる中、時折吹く暖かく心地良い風にはらり、はらりと薄紅色の花弁を散らしている艶やかというにふさわしいそれに違和感を覚えると同時にカコン、と耳朶を打った鹿威しの高い澄んだ音に眉を寄せる。

……正直に言えば、この眼前に広がる光景には物凄く見覚えがある。

というか、うん、まあ言ってしまえば、八年前私が初めて世界を越えた場所でもある父方の実家の庭だ。

多分この桜の大木を背にして母屋の方へ歩き途中で左に折れればあの蔵だって存在するだろう。

 

でもそんな筈はない。

 

だって……――。

 

「…………この桜、去年の夏に雷が落ちて燃えた筈なのに。」

 

「ピカ!!?」

 

「……………『ピカ』?」

 

そう。

それは丁度夏休みだから帰省すると言う伯父さんと甥っ子に誘われるがままにひっついて、家族を失った年の夏休み振りにこの家を訪れた私の目の前で起きた出来事だったし、去年から社会人になった従兄の号令の元バケツリレーで何とか火を消そうとした事だって覚えてる。

……結局間に合わなかったけど。

 

だから少なくとも私が今回アニポケの世界に落っこちた時分には決して有り得ない光景に唖然としたまま口から零れ落ちた声に驚いたように答えたのはとてつもなく聞き覚えのある力強くて勇ましくて可愛らしい声で、バッと視線を向ければ私の隣で当然のようにこちらを見上げるピカチュウが………………ピカチュウが!!??

 

「え、はっ、ちょっと待って!!? 何で君ここにいるの!? 」

 

「ピッカ!!!!」

 

「いったああああ!!?」

 

状況も何も分からないながらも少なくとも『ここ』には当たり前だけどいるはずもない相棒に思わず叫ぶと、明らかに機嫌を損ねたらしき彼の回し蹴りならぬ回し尻尾がバッシーンととてつもなくいい音を立てて向こう脛にクリーンヒットし、あまりの痛さに絶叫しその場にしゃがみこんだ。

 

「~~~~!! 君ねえ!! さっきまで私が階段を踏み外したのは自分のせいだとか落ち込んでたくせにどういう事だよ!」

 

「ピカ!! ピカッ、ピカチュウ!!」

 

人体の急所の一つだけあってとてつもなくジンジンびりびりする痛みに耐えながら涙目でキッと相手を見遣り、それはそれこれはこれだとさらに怒りの声をあげる相棒とそのまま互いに一歩も退かずに睨み合うも数秒で降参、と息を付く。

 

「……やめよう。不毛だ。」

 

「……ピカチュ。」

 

と言うか多分こんな事してる場合じゃないし。

最後に付け足すと同意してから私の体を駆け登り、すでに定位置となっている左肩に乗った彼に小さく笑う。

その重みとぬくもりに瞳を細め立ち上がった瞬間一際強く吹いた風に揺れた枝からはらり、はらりと舞い散る薄紅色の花弁を何となく目で追い気持ちを切り替えるように一つ息を付いた。

 

……よし。

 

「……うん、何が起こったのかさっぱり分からないけどじっとしてる訳にも行かないし、まず現状の確認から始めてみようか。――私達、さっきというかつい一瞬前までポケモンセンターにいたよね?」

「ピカ」

 

そう確認すればしっかりと頷く相棒にだよね、と呟き改めて周囲に走らせればちょっとした庭園程の広さがある庭には私達以外の誰の姿もなくて瞳を伏せる。

 

てか正直、ピカチュウがいなかったからSAN値ピンチどころかSAN値直葬案件だったよね、これ。

だって、『戻らない』って決めた矢先に目の前に桜の花吹雪が舞ったかと思ったら元の世界に戻ってましたなんて洒落にならな過ぎるしそんなの悲劇でも喜劇でもなくてただの茶番に他ならない。

……そうこの桜を見た瞬間、脳裏を掠めた考え得る中で一番最悪な事態にどくりと嫌な音を立てて跳ねた心臓の感覚を思い出し、誤魔化すように服の胸元をぎゅうっと握りしめる。

 

大丈夫、ここは元の世界じゃない。

いつも世界を越える時に感じる階段を一段踏み外した時のようなあれもなかったし、何より状況がおかしすぎる。

 

「……てかピカチュウが現実にいるって時点で元の世界の筈ないか。」

 

「ピィカ?」

 

「ん? 今ここに君がいてくれてよかったって思ってさ。」

 

思わず口から漏れた本音にきょとんとして尋ねてくる相棒に笑いかけその黄色い小さな体に自らの頬を擦り寄せる。

ピ?と不思議そうに首を傾げながらもまんざらでもないのかチャアアと嬉しそうに声をあげてお返しというように赤い頬をぐいぐいと擦り寄せてくる彼の背を撫でれば、先程までの冷たい手で心臓を鷲掴みされたような嫌な感覚が霧散していくのを感じ眉を下げた。

 

……本当、この相棒にはいつまで経っても敵いそうにない。

 

「……さてと。じゃあ次の確認ね。私のここにくる前の最後の記憶はイーブイが駆け寄っていったあのトレーナーと目が合った時なんだけど、ピカチュウもそんな感じ? てか桜吹雪見た?」

 

「ピカ。ピカ、ピカチュ、ピカ?」

 

「……ん、そうだね。場所だけで言えばここは私の元の世界にある親戚の家の庭に間違いないと思う。たださっきも言ったようにこの桜は今はもうない筈だし、ここの家って結構人の出入りがあって常に騒がしい筈なのに周囲が静かすぎるのも気にかかる。仮にこの瞬間がたまたまそう言う時だったとしても、大前提としてあのトレーナーに一瞬で私と君を異世界に送れるような力があるとは思えないし、それは彼が連れてたポケモン達も同様。と言うより私達が彼と出会ったのは偶然だからそんな事をする理由が思い当たらない。っていうのをを踏まえて色々考えると、この状況のトリガーは間違いなく彼なんだろうけど事故的な要素が強いだろうし、ここも現実じゃなくて夢、もしくは幻の類いの可能性が高いように思える。……それなら今ここにタケシくんとカスミ、ルカリオがいない理由も説明が付くしね。彼と真っ正直から向き合ったのは私と、私の肩にいた君だけだから。」

 

「ピカ。」

 

見たとしっかり頷きさらにこの場所の事を尋ねてくる彼に頷き、顎に手を添え暫く思考を巡らせた後、一つの結論を口にする。

 

魔法や魔術がある世界ならそういう方面からも考えなきゃいけないけど、そもそもこの世界で人間一人とポケモン一匹を一瞬で異世界に送るなどの芸当が出来る存在がいるとしたらそれはポケモンに他ならない。

けどそんな事が出来るのなんてそれこそ幻や伝説や準伝説級のポケモンくらいだろうしあの場にそんなポケモン達がいるとは考えにくい。

さらにあの時あのトレーナーや彼のポケモン達は勿論、ポケモンセンター内にいるポケモン達が不審な動きをしていたような事はなかった筈だ。

 

それに何より、ピカチュウに言ったように彼がそうすることの動機――『ホワイダニット』が存在しない。

 

いつかの世界で出会った常に眉間に皺を携えた黒が似合うロードの口癖が脳裏に過り瞳をすいっと瞳を細めると私の考えを静かに聞いていた相棒が何かに気が付いたようにハッと顔をあげた。

瞬間パチッと彼の回りで弾けた電気とキラキラと輝きが増した黒曜石の瞳に何が言いたいか即座に判断しピカチュウが口を開くよりも先に却下、とだけ言い放つ。

 

「ピカ!? ピカ、ピカチュピ!!」

 

「横暴じゃないです。てか君これが夢とかそう言うのだったら君の≪10まんボルト≫で目が覚めるかもって言いたいんだよね?! 確かにその可能性がないとは言えないけどその方法だと私の目は覚めたとしても君の目が覚めるかどうかが分からない。私は相棒を残して一人で助かるとかしないし、そんな事されても嬉しくない。ッ、私のせいで大切な誰かが危険な目にあったり、いなくなるのはもう二度と嫌だから。絶対に、嫌。だからそれは却下だからね、ピカチュウ。」

 

「……ピィカ……。」

 

「…………それに。もし≪10まんボルト≫で目が覚めなかった場合、私ただ無意味にピカチュウのわざを受けただけの間抜けって事になるでしょ? それもちょっとなあ。」

 

「ピィカ!!?」

 

さらに横暴だなんだと騒ぐピカチュウにそれでも意志を曲げる気は微塵もないと彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、本音を軽口で誤魔化しながらくすくすと笑えばからかわれた事に気が付いたらしく声を荒げる彼に笑みを深くした。

一度は下げかけた耳と尻尾をぴんと上げピカピカと抗議するその背をごめんごめんとぽんぽんと撫でていると不意に母屋がある方向からこちらへ向かってびゅううっと音を立て吹き付けた風にハッとして動きを止める。

 

……今………。

 

風に混じりザッ、ザッ、という母屋から此方に向かってくる足音が微かに聞こえ、バチィと赤い電気袋から電気を弾けさせ警戒体制に入った彼を見つめ頷きあった。

 

「……誰か、来るね。とりあえず一旦様子見も兼ねて隠れようか。」

 

「ピカチュ。」

 

もしここが本来の元の世界ならば母屋の住人は把握してる分あの足音の主はある程度想像が付く。

でも私の予想通り夢や幻の類いなのだとしたら、何が起こったとしても不思議ではない。

用心するに越した事はないだろうと周囲に視線を走らせ桜の後ろにお誂え向きにあった生垣の裏に回り込みその場へ生垣に背中を押し付ける形で片ひざをついてしゃがみ込む。

 

「ここなら向こう側からだと桜の影にもなってるから見えないし物音さえ立てなければ気付かれないとは思うけど、一応用心はしておいて。」

 

「ピカ。」

 

さらに声を潜め、私の肩から降りて一つ頷いた相棒と共に生垣から少しだけ顔を覗かせていればやがて微かな足音と共にこちらに向かって歩いてくる腰まで伸ばした滑らかな白髪を首の後ろで一つに結び、白の半襟を首元から見せた木蘭色の無地紬を黒地に七宝柄が染め上げられた帯で締めた老齢の女性が見え目を見開いた。

 

……あれって……。

 

「…………ひい祖母様?」

 

「ピッ、ムュカ!?」

 

意識せず口から零れ落ちた言葉になかなかの音量で驚きの声をあげかけた相棒の口を掌で塞ぎ人差し指に唇を押し当てシー……と声をかける。

こくこくと頷く彼の手から口を離しその小さな体を抱き寄せつつ視線を再び桜の方へと戻せばいつの間に来たのか大木に対峙するような位置で立ち止まりその薄紅色の花を見上げる旧家である父方の実家の当主を勤めていたひい祖母様の姿があり、やっぱりここは現実ではないのだと確信した。

 

「……確かにあの人は私の父方のひい祖母様で間違いないと思う。でも、それはあり得ない。……だって。ひい祖母様は、一ヶ月前に亡くなったんだから。」

 

それはそれまでの厳しい寒さが漸く和らぎ初めこの庭にある梅が満開に咲き開いた頃の話だ。

 

去年桜が燃えてからというものまるで長年肩に背負っていた何かを下ろしたかのようにすっきりとした、それでいてどこか寂しそうな表情を浮かべる事は増えたけど、齢九十をとうに超えている筈なのにそうとは微塵も思わせない矍鑠さは相変わらずで、その日の朝も威厳と風格に満ちたしゃんと伸びた背筋と立ち振舞いはいつも通りだったと住み込みのお手伝いさんや近所に住む従兄達からは聞いている。

ただ朝御飯を食べた後、日課である庭の散歩からいつまで経っても戻って来なかったため不審に思った従兄達が探しに行ったら燃えてしまった桜がかつてあった場所――丁度今彼女が立っている辺りに倒れているひい祖母様を見つけたらしい。

 

……とても穏やかな、満足そうな顔で眠っているようだったと葬儀の時ぽつりと従兄が話してくれた時、ふと、去年の夏皆の必死の消火活動も敵わずただただ黒焦げになっていく桜を見ながらたった一言、――もう、その必要もないのですね、と。

誇らしさや寂しさ、そして何よりも愛しさを含んだ感慨深い声で呟いたひい祖母様を思い出した。

その言葉の意味やそれが誰に向けられたものかは分からないけど、何となく、あの桜は何らかの意味があって存在していたものだったんだろうと察したのもその時だ。

 

そのまま物思いに耽りそうになった瞬間膝に添えられた温かくて小さな黄色の手に瞳を細めるとその上から自らの手を重ね微笑む。

 

「……ピィカ。」

 

「――ありがとう、ピカチュウ。大丈夫だよ。だって私、こんな状況でも一人じゃないんだもん。君が……、大切で大好きな相棒が隣にいてくれるんだから。だから絶対大丈夫。信じて。」

 

「――ピカチュ。」

 

最後にそう付け足せば真っ直ぐに私を見つめきらきらと濡れた黒曜石の輝きを宿す瞳で言われなくても、と頷いた彼の頭をありがとうとぐりぐりと撫で回すとその場を吹き抜けた風にざああ……と音を立てて揺れる桜の向こう側から聞こえてきたよく知っているひい祖母様の声が耳朶を打った。

 

「――――……お久しぶり。今日は私の孫達の話をしたいと思うの。最期までそうであろうとした二人の兄と、そんな二人に愛され望まれていた妹の……――とても似た者同士な三人の孫の話を。貴方達と繋がる子達の話なのだから、きちんと聞いて頂戴ね。」

 

そう一つ何か決意したかのような響きを宿したただただ優しい声でひい祖母様が朗々と語り出したのは私がついさっきピカチュウ達に語ったあの事故の話で。

私が話すよりも詳細で現実的なそれに重ねた手に少しだけ力が籠るのを感じながら眉を下げて聞いているうちにひい祖母様が話しかけているのは桜そのものではなく、桜を通して彼女が見ている誰か――ひい祖母様の言を借りるなら私達兄妹と『繋がる貴方達』であり、さらに何の確証もないただの憶測だけどその『貴方達』はあのトレーナーと関係しているような気がした。

 

「……詰まるところ。あの子達はただの兄妹思いな似た者同士なの。自らの身を呈してでも妹を庇い守った二人の兄も。二人を犠牲にして助かった事を悔いてそんな事望んでいなかったと、自らが犠牲になった方が良かったと嘆く理生も。抱いている思いはただ一つ。――『例え自らの身が犠牲になったとしても、大切な人に生きていて欲しかった。』ただそれだけなのよ。その思いに違いはなく、今回の事は二人の兄が理生よりも一瞬早く行動しただけの事。そうして今あの子が生きている事こそがあの子が愛され、望まれていた事の何よりの証拠。――だから、言ってやったのです。考えてもご覧なさいって。『もし貴方とあの二人の立場が逆になったとしたら、貴方は二人にいつまでも貴方を犠牲にした事を嘆き悔やみ生きて欲しいと思うのですか?』と。そしたら理生は、あの子は何と答えたと思う?」

 

「………………『もしそんな風に生きてたら一発ぶん殴ります。』だったっけ。……だってもし私と兄さんとあいつの立場が逆だったとしたら例え自分が犠牲になろうとも私は自分がした事に後悔などしないだろうし、むしろ大切な人を守れた事に満足して生を終える自信さえあったから。なのにそれをぐだぐだうじうじと悩んでいられるなんて真っ平ごめんだし、そんなの死んでも死にきれない。だからもしそんな風に生きてられたら、何とかして一発ぶん殴って、誰がそうしろって言ったって。そんな事のために助けたんじゃないって。――私はただ大切な人に生きていて欲しかったんだって怒鳴ってやるって答えたんだよね。……でもね、ピカチュウ。そうじゃないんだって私は君達に出会って知ったんだ。大切な人達に生きていて欲しいってのは変わらない。けどそれで自分を蔑ろにしたり、犠牲にしてもいいって考えるのは結局大切な人達を傷つける事と同義なんだって。君達に出会ってから今日までそれで大切で大好きな皆に散々叱られたり怒られたり泣かれたりしたしね。」

 

「…………ピカチュ。」

 

くすくすと笑いながら楽しそうに話すひい祖母様に声を潜めて続けたところで一つ息を付き、そんな私の答えが気に入らないと顔に極太の筆で書いてあるのが見えそうなくらい憮然とした表情を浮かべ、多分絶対後でタケシくん達にチクると内心で決意しているのだろう相棒の頭をぽんと撫でそう付け足すと笑いかける。

 

――ひい祖母様にそう問われた日の事は覚えている。

 

今から三年前。

十三歳の誕生日の直前――身を切るような寒さは日を追う毎に増し、中学に入学して初めての冬休みがいよいよ三日後にまで迫っていた十二月も半ば頃、色とりどりのイルミネーションに彩れた街並みが道行く人々の目を楽しませるのを横目に眺めつつすでに陽は沈み夜の帳が降りきっているにも関わらず預けられている親戚の家にどうしても帰りたくなくて意味もなく入った駅前のコンビニで家族の葬儀以来疎遠になっていた父方の従兄に再会した日をきっかけに一変した生活環境に見事なまでに翻弄されながまくり、気が付いたら中学校も二年生へと進級し一週間程経っていたある春の日。

忙しいほどに目まぐるしく変わっていく日常にぶんぶんと振り回されつつ少しだけ周囲を見る余裕が出てきたこの頃、週末なのだし顔を見せにおいでと呼ばれた父方の実家で当時始めたばかりだった一人暮らしの話題を中心とした近況報告をしている最中、あの日のあの事故の事……強いては兄さんとあいつの事を事故後初めてひい祖母様に話す機会があり、その中でそういう流れになっただけの話だ。何も特別な事じゃない。

 

ただ、思い知っただけだ。

――私がお兄ちゃんとあいつとどれだけ似ていたのか。

どれだけ互いを大切に思っていたか。

 

……ただきっとそれだけの事だったのだ。

 

だからこれは、そんな単純な事にあの事故から三年も経たないと気が付かなかった間抜けな私の笑い話なんだ。

 

……とは言ってもこの時はまだ自分の中でうまく消化出来ない部分もあって、完全に折り合いが付いたのはこっからさらに二年後の話なんだけど。

うん、面倒くさい奴だとは我ながら思ってます、はい。

 

「…………さっき、ファミレスで言ったよね。『私の本当の願いは、皆の側で一緒に生きていく事』だって。……それこそが私にとっての『答え』だったんだよ、ピカチュウ。誰かや自分が犠牲になるとかそんなんじゃなくて、私はただお兄ちゃんとあいつや、父さんや母さんや妹と……大切な人達と一緒に生きていたかった。……それだけの事だったのに、何か随分遠回りしちゃってたなあ。」

 

「――ピカチュウ。」

 

そう感慨深く呟く私を真っ直ぐ見つめるピカチュウが一声あげた刹那、ぶわりとその場に桜吹雪が吹き荒れた。

 

……これは……。

 

「――いつか、貴方達が理生に会う日が来るかもしれない。その時は私の孫娘をどうか宜しくね。……だって、その子は――……。」

 

さらに桜吹雪の向こうからは未だ楽しそうに話しているひい祖母様の姿が見え隠れしていて。

その後の言葉を聞き取る間もなく意識が白にフェードアウトする瞬間、真っ直ぐに私を見つめたひい祖母様がとても満足そうに、それでいて悪戯っ子のように微笑んでいるのが見えた気がした。



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第二十二話 『新人トレーナーと必然の事』④

閲覧ありがとうございます。
新年一発目の投稿な第二十二話です。
今回は主人公達が謎空間にいた間にポケモンサイドで何が起こったかの説明回です。

……説明?(´・ω・)

そして話の展開が相変わらず蝸牛過ぎて本当にすみません。
次回ぐらいから話がいろいろ動くといいなって思ってますorzorz

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。





「……――オ! しっかりしろ!! リオッ……!ッッ頼む……起きてくれ、リオッ!!!!」

 

「……ッ…………、タケシ……くん?」

 

真っ白に染まった意識の中、耳朶を打ったのは聞き覚えのある落ち着いた響きの声だった。

 

必死に私を呼ぶそれに促されるようにまたしても無意識に閉じていた瞳を開ければ真っ先に飛び込んできた、下手したら鼻先が付くんじゃないかってくらい至近距離にあるタケシくんの顔にぱちりと瞳を瞬かせる。

背中と腰にしっかりと腕を回され、向き合って立つ彼の胸元に抱き止められている形になっている体勢に何でこうなったんだっけと、寝起き特有の思考が上手く定まらないふわふわとした頭で考えながら名前を呟くと私の顔を覗き込んだやっぱりこうして見ると造りが整ってるって分かる彼の顔の中にある糸みたいに細い目と視線が絡んだ。

 

「リオ!!良かった。気が付いたか。」

 

「……タケシくん。えと……、私どうしたんだっけ……?」

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

切迫した表情から一転、眉を下げて心底安堵したような笑みを浮かべる彼に尋ねると同時に真横からかけられた声に未だ霞みがかったような頭と嫌に力が入らない体を不思議に思いながら視線を向けた先にはどこか夢現つのようにぼんやりとしているピカチュウとそんな彼を抱えて眉を吊り上げているカスミ、そして説明しろ、とありありと波導と視線を通して伝えてくるルカリオの姿がありさらに瞳を瞬かせる。

 

「……カスミ……ルカリオ……。」

 

「カスミ。良かった、ピカチュウも目を覚ましたのか。」

 

「ええ。ただまだ寝惚けてるみたいで反応が鈍いのよね。……見た感じそっちもそうみたいだけど。ほらリオ! さっさとしっかり起きてよね! ちゃんと説明して貰うんだから!」

 

「ワウ!」

 

「ちょ、ひゃっ、あいたたた!!? カスミ! ギブギブ!!」

 

「――――……ピカッ!?」

 

カスミにそう話しかけるタケシくんを見ながらピカチュウ「も」?と首を傾げたのも束の間、そのピカチュウをルカリオに渡したカスミの指で耳を掴まれ思い切り引っ張られる。

手加減も容赦もへったくれもないそれに反射的に叫びつつ内心タケシくんっていつもこんなのカスミから受けてたのかと妙なところで感心していると私の声に驚いたのかびくっと体を跳ねさせ慌てて周囲を見回すピカチュウの黒曜石の瞳と目が合った刹那、目の前に桜吹雪が舞った気がして、それで。

 

意識が完全に覚醒した。

 

「…………あれ? ――――ってタケシくん!!? ごめん! やじゃない、やじゃないけど流石に近い近い近い!! てか私何でタケシくんに抱き止められてるのかな!?」

 

「ピカ!? ピカ、ピカチュウ!?」

 

一気に思考がクリアになると同時に先ほどまで何とも思っていなかったいつもよりずっと近い距離にあるタケシくんの顔だとかそもそも密着してる胸とか背中と腰に回された腕とかから伝わってくるどうしようもなく安心する体温とかが妙に気恥ずかしくて、首から上が熱くなるのを感じながら咄嗟に彼の胸元に手を付き突っぱねるようにして体を離そうとするも全くびくともしない事にそう言えばタケシくんってシリーズによって多少の違いはあるけど基本的に腹筋六つに割れてるしガチガチの筋肉付いてる体の持ち主だった事を思い出す。

 

特にサン&ムーン時とか体バッキバキだったもんね、服着てるとあんまそんな感じしないけど。

そりゃあ私の力なんか屁でもないよね……じゃなくて!!

 

そんな感じで全く分からない状況に騒ぐ私達を見た三人がはぁぁぁ……と疲れたように大きく嘆息するのを見て本当このパターン多すぎない?!と内心で絶叫するのと同時にぽすりと私の左肩に自然な動作で顔を埋めるタケシくんに思わずぎしっと固まった。

 

「ふぁっ!? え、えとタケシくん!?」

 

予想外過ぎる展開に咄嗟に一歩後退りかけるもそれを阻止するように少しだけ力を込められた両腕によって抱き寄せられさらに体が密着する。

いくら何でもこれはまずいんじゃないかと声をあげかけたところで、私をしっかりと抱き締めている彼の手が小刻みに震えている事に漸く気が付き瞳を瞬かせた。

 

…………あ、違う。これって……。

 

瞬間、脳裏を過った可能性に瞳を伏せると彼の胸元に置いたままだった手を少しだけ躊躇してからその背中に回せば遮るものがなくなった事で服越しに彼の体温だけでなく鼓動までしっかりと伝わってくる事に少しだけ目の奥が熱くなって、それを誤魔化すように少しだけ腕に力を込めた。

 

「…………リオ。」

 

「――――タケシくん、ごめんね。私、と今回はピカチュウもか。正直状況は何も分からないけど私達皆に凄く心配かけるような事になってたんだよね。……私達側から見て、何があったかはちゃんと話すよ。だから、君達側から見て私達に何があったのか話してくれると嬉しいな。あと私とピカチュウがちゃんと起きることが出来たのは多分、皆がここにいてくれて。タケシくんがあんなに必死に私を呼んでくれたからだと思う。起こしてくれてありがとう。タケシくん、カスミ、ルカリオ。」

 

「ピカチュウ。」

 

多分そういう事なんだろうと察してしっかりタケシくんを抱き締めたまま三人に礼を告げればきっと私同様に色々と察したんだろうピカチュウがそれに続き声をあげる。

するりとルカリオの腕から抜け出しその肩へ飛び乗ると彼の頬に自らの赤い頬を擦り寄せるという行為をカスミ、タケシくんと続け最後に私の右肩に飛び乗ってチャアアと頬を擦り寄せてくる相棒に小さく笑うとまるで頭痛がするかのように片手で顔を覆ったカスミが再び大きく嘆息した。

 

「……やっぱりあんた達二人揃うと本当に質悪いわよね。いーい? 先に言っとくけどあたし達側から言える事なんてほとんどないわよ。あたし達だって何が何だかさっぱり分かってないんだから。と言うか、まずリオ達って目を覚ます前の事どこまで覚えてんのよ。」

 

「……どこまで。ん~~……ピチューとルカリオ連れたあのトレーナーにイーブイが駆け寄って行って、顔あげた彼と目があったところまでかな? 詳しいことは後で話すけど、あの瞬間目の前に桜吹雪が舞って、色々あって。で、こっちで目が覚めたらタケシくんに抱き止められてた。」

 

「ピカチュ。」

 

「…………桜吹雪?」

 

とりあえず私達がした体験の話は後でいいか、と判断しそう説明すれば同意するようにピカチュウが頷くのとタケシくんの訝しげな声が耳朶を打ったのはほぼ同時だった。

私の肩から顔をあげ眉を寄せる彼に何だか今日はタケシくんにそんな顔ばかりさせているような気がして、後で話すからと再度繰り返しつつ胸に沸いた罪悪感に眉を下げる。

 

……うん。

本音を言えば。

明後日にはガラル地方に向けて旅立つし、帰ってくる頃にはタケシくんはジョウト地方のポケモンドクター養成学校に戻っちゃってるからタケシくんとカスミと一緒に過ごせるのは今日と明日しかない。けど、明日は夜にパーティーもあるしポフレも作らなきゃだしでバタバタする事は間違いないだろうから今日は本当は皆と笑って過ごしかったのに。

 

本当ダメダメだなあ、私は。

 

「ピィカ?」

 

「ん、ごめん。何でもないよピカチュウ。」

 

そんな感じで内心で自嘲していると不思議そうな顔で私を見遣る相棒の黒曜石の瞳と視線が絡み、気持ちを切り替えるように首を軽く振る。

そのまま続きを促すようにカスミを見遣れば分かったわ、と頷いた彼女が再度口を開いた。

 

「つまり、ほぼ何も覚えてないって事ね。いいわ。……リオが立ち上がってあのトレーナーと向き合ってから五分くらい、あんた達ただずっと見つめあってたのよ。その間リオもピカチュウもあのトレーナーも何も話さないしむしろ微動だにしないから、少し変じゃないかってタケシが立ち上がったのと同じタイミングで多分あたし達と同じように考えたあっちのルカリオがトレーナーの肩に軽く触れたら彼の体が大きく揺らいで前方に向かって倒れ込んだの。それを咄嗟にルカリオが抱き止めて。肩から落ちかけたピチューと足元のイーブイがトレーナーに必死に呼び掛けても一切反応しなくて。……と言うよりあれ完全に気を失ってるみたいだったわね。」

 

「――ああ。それで辺りが一時騒然としたんだがカウンターでずっとジョーイさんと話してた二人組とリオが言っていた彼女がどうやらあのトレーナーの知り合いだったみたいでな。彼の介抱をし始めた彼らのうち黒髪の男性がリオを見て驚いたようにこっちに駆け寄りかけたんだが、それを見たそれまでトレーナーの側で不安げにしていたイーブイがリオを庇うように男性の前に立ち塞がったんだ。」

 

「イーブイが?」

 

【ああ。リオとピカチュウにちょっかいを出すなと言っていたな。……その時のやりとりから見てだが恐らくイーブイのトレーナーはあの少年ではなく男性の方だろうという事も分かった。そうしてるうちにとにかくトレーナーを寝かせた方がいいとジョーイが宿泊用の部屋を手配し、あの少女の父親だという小豆色の髪の男性に話を聞きたいから後で部屋まで来るように言われてな。それを承諾しトレーナーを抱えて連れていく彼らを見送っていたらピカチュウがリオの肩から落ちたんだ。】

 

「ピカッ!?」

 

「そうよ! いきなりぐらって体が揺れたかと思ったらそのまま前へ向かって落ちたの。それでルカリオが慌ててキャッチしたら今度はリオが倒れそうになって。そっちは駆け寄ったタケシが受け止めたってわけ! それであんた達二人も完全に気を失っててあたし達がいくら呼び掛けても全然起きないから、ジョーイさんがリオのためにも部屋を用意するって言ってくれて、今準備して貰ってる最中なの。ッッもう!! 本っ当に心配したんだからね!!!! 分かってんの!! 二人ともっっ!!」

 

「……っ、ご……、ごめんなさい……。」

 

「……ピカピカ……。」

 

三人から交互に説明された内容にだから目が覚めた時肩に乗ってた筈のピカチュウがいなかったのかと納得しているとズイッと身を乗り出すように私達に顔を近付けたカスミの剣幕に気圧されて咄嗟に謝るも、眉を吊り上げた彼女の眼差しがさらに鋭くなった事に眉を下げる。

 

……うん。まあ正直言えばさっきのあれは、はっきりした原因は分からないものの多分事故的なもので私達にだって予想外すぎて回避出来る筈もない。

だって、目が合った瞬間ああなってお互い倒れるなんて普通考えないだろう。

でも…………。

 

そこで一旦思考を区切り改めて皆の顔を見回せばカスミと同じような表情を浮かべたタケシくんとルカリオとも視線が絡み、それだけで私達が皆にどれほど心配かけたかなんて事は改めて容易に分かってしまい、多分私と同じ心境で耳と尻尾を垂らした相棒と顔を見合せ仕方ないな、と笑い合った。

 

「ちょっと! 何笑ってるのよ!!」

 

「や、ごめんごめん。……ただちょっと実感しちゃって。心配かけちゃった事は悪かったと思ってる、本当にごめん。でも。今こうやって真っ正直から叱ってくれて、心配したって伝えてくれる大切で大好きな人達やポケモンがいる私達は本当に幸せ者なんだなって。」

 

「ピカチュ。」

 

【………………っこの、能天気コンビめ】

 

「酷くない!?」

 

「ピカピカッ!?」

 

そんな私達を見てさらに声を荒げかけたカスミにごめんと繰り返しつつもそう答えてへらりと笑えば、ぐっと言葉に詰まる彼女に加え、片目を眇め完全に呆れ返った表情で言い捨てたルカリオにばっさりと切り捨てられ流石に声をあげる。

それと同時に大きく嘆息したタケシくんのそれまで背中と腰に回されていた腕がするりと解かれかと思ったら代わりにぽす、ぽすと私とピカチュウの頭に温かな掌が置かれ「リオ、ピカチュウ」と呼び掛けられた。

 

「――二人が俺達の事をそう思ってくれているのは素直に嬉しいよ。ありがとうな、二人とも。でもそれなら尚更、何があったのかきちんと話してくれ。二人と同じように、俺達にとってもリオとピカチュウは大切で、大好きな友達なんだ。お前達には俺達が付いてる。それを忘れないでくれ。」

 

「タケシくん……。」

 

「ピカチュ……。」

 

きょとんと首を傾げる私達に構わずふわっと柔らかく笑い、まるで言い聞かせるように話す彼の声はどこまでも温かくて、優しくて。

優しく頭を撫でる手の動きとかも相俟ってじわりと心に染みていくそれに、目が覚めてからも続いていた全く分からない状況に少しだけ力の入っていた体からふ、と力が抜けもう今日何度めか分からないけどぼろっと目尻から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「……ピィカ。」

 

「…………あれ。おかしいな、今日何だかんだで色々泣いたりしてるから涙腺が緩んでるのかな。大丈夫。これも、悲しいとか痛いの涙じゃないから。」

 

「ピカ。」

 

「ワパ!」

 

「…………ワパ?」

 

はらはらと零れ落ちるそれに苦笑し、タケシくんの背中に回していた腕をそっと下ろすと心配げな表情の相棒の背中を安心させるように撫でたところですぐ足元から聞こえた元気な鳴き声が耳朶を打ち、ハッとしてごしごしと目元を乱暴に拭いそちらへ視線を向ければ、ぶんぶんと尻尾を振るワンパチの綺麗な橄欖石の瞳と目が合い軽く首を傾げる。

 

「ワンパチ……?」

 

「ワンパチ? このポケモンの名前か?」

 

「初めて見るポケモンよね。ワンパチって言うんだ。てか何でリオが知ってるのよ。」

 

「ああうん。えっと、ワンパチはガラル地方に生息してるでんきタイプのポケモンなんだ。ガラルに行く事が決まった時にオーキド博士が私のポケモン図鑑をガラルでも使えるようにアップデートしてくれたから、どんなポケモンがいるのか少しでも知っておいたほうがいいかなって色々調べてた時に知ったの。」

 

思わずそう呟けば同じようにワンパチへと視線を向けたタケシくんとカスミに尋ねられそう説明しつつも、今この瞬間にここにいるワンパチなんてどう考えてもあの人達のワンパチにしか思えなくて。

 

「わ、ワンパチ!! 先に行かないで!!」

 

瞬間聞こえた声につられるようにそちらへ視線を投げ掛けるとやっぱというかなんと言うか。

少し気まずそうな表情を浮かべながらこちらに駆け寄ってきたコハルの姿があった。



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第二十三話 『新人トレーナーと必然の事』⑤

閲覧ありがとうございます。
少々お久しぶりな二十三話です。
やっと主人公とオリキャラが出会いました。
す、少し話が進んだって信じたいです、はいorz

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。


「~~~~! だから!!!! おれがこうなった事と彼女は何の関係もないってさっきから何度も言ってるだろ!? というかそれ言ったら彼女とピカチュウだって同じように気を失ってるんだから、向こうからしたらおれが彼女達に何かしたんじゃないかって疑われる立場だよね!?」

 

「ワウ! ワウワウ、ワウ!!」

 

「じゃあ何で倒れたかなんて言われたっておれにも良く分からないんだってば!!」

 

「ピチュ! ピチュ、ピチュチュピ!! ピチュピ!!」

 

「ワウ!!」

 

「ピチュッ!!?」

 

「ピチューにあたんな!! それやっていつも後で凹んでるのはお前だろ、ルカリオ!!」

 

その部屋に入った瞬間真っ先に目に飛び込んできたのは彼のルカリオと侃々諤々と言い争いをしているあのトレーナーの姿だった。

 

部屋の奥に置かれているベッドの上で上体を起こし自らの胸元を掴みあげるルカリオの鋼に覆われた手を引き剥がそうとしているのかその上から手を重ねながら、さっきの私とタケシくん同様下手したら鼻先が付くくらいの至近距離で睨み合う二人の間で気の毒になるくらいオロオロとしていたピチューがルカリオに怒鳴られびくっと体をすくませ、それにさらに声を荒げいつ取っ組み合いの喧嘩を初めてもおかしくないくらい険悪な雰囲気に発展していくトレーナーとぐるる……と唸り声をあげるルカリオから少し離れた位置では、耳と尻尾を垂らし呆れたような表情を浮かべたイーブイとイーブイ程ではないもののその特徴的な鋭く切れあがった金色の瞳に呆れの色を乗せた、少なくても気を失う前にはいなかった黒いふさふさとした鬣と青い体を持つライオンのようなポケモン――がんこうポケモン・レントラー。

そして頭痛でもするかのように片手で顔を覆い眉間に皺を寄せ嘆息しているカウンターにいた黒髪の男性とどうしたものかと眉を下げ困惑気味のサクラギ博士がそれぞれの表情を浮かべ立っている。

 

「…………えーっと……、これは……。」

 

「……ああ、なかなか凄まじいな。」

 

「……まあ、裏を返せばあれだけ喧嘩できてるって事はあのトレーナーも特に体とかには異常がなかったって事なんでしょうけどね、きっと。」

 

「ピカ。」

 

「ワウ。」

 

「……ええーー……。」

 

そんな感じで。

眼前で繰り広げられていぶっちゃけるとなかなかのカオスな状況に思わず口元をひきつらせて呟けば恐らく私同様困惑気味な二人と相棒達の声が耳朶を打ち、確かにカスミの言う通りなんだけど何か釈然としない心持ちになりながらも少し引いているようなコハルの声に眉を下げた。

 

ちなみに何で私達がこの部屋――あのトレーナーが運び込まれたというポケモンセンター内にある宿泊スペースの一室――にいるのかと言うとその理由は至極単純で。

あの後ワンパチの元へ駆け寄ってきた彼女に「あ、あの、すみません。お父さんに皆さんを呼んで来るよう言われて。その、一緒に来て頂けませんか!」と伝えられ、ここまで案内してきて貰ったというわけだ。

その際カウンターにいた黒髪の男性があのトレーナーの父親である事や彼らがイッシュ地方から来た事。

そして黒髪の男性とサクラギ博士が知己である事もコハルから教えてもらっていて、新無印においては勿論イッシュ地方と言えばベストウィッシュという事で朧気な記憶を辿ってみても彼らの外見や名前には心当たりがなくて、少なくともアニメやゲームの登場人物じゃないって事だけははっきりした。

ただ問題はむしろ私の事を何も知らないコハルが一緒にいた手前仕方ないとはいえ、私とピカチュウが体験した事を未だに皆に説明できてない事だと思う、うん。

 

「ああ、コハル、ワンパチ。」

 

「お父さん。」

 

「ワパ!」

 

まあ少なくてもルカリオには伝わってるだろうし、せめて『元の世界に関する事』ってだけでもタケシくんとカスミに伝えられたらいいんだけどこの状況で伝える方法が思いつかないんだよなあ、なんて考えている部屋のドアが開いた事に気が付いたのかサクラギ博士が私達へと振り返る。

瞬間人の良い笑みを浮かべた彼はまさにおおらかで穏やかといったアニメ越しに見ていた通りの風貌で、人に警戒心を抱かせない雰囲気を身に纏っている博士に知らず知らず強張っていた体から少しだけ力が抜ける気がした。

 

「呼んできてくれたようだね。ありがとう、コハル。」

 

「う、うん。それはいいんだけど……。」

 

さらにこちらに歩み寄ってきた博士にそう答えちらりとトレーナーの方へ視線を向けたコハルに彼がああ、と苦笑する。

 

「コハルとワンパチが部屋を出てすぐにツムギ君が目を覚ましてね。本人的には倒れた理由こそ分からないものの、身体的にはどこにも異常はないらしいんだが、それでルカリオが納得する筈もなくて。ああしてずっと言い争ってるんだ。」

 

「…………えぇーー……。」

 

「なァに、ツムギはともかくルカリオはただの八つ当たりだ。気が済むまで言い合えば収まるだろ。それよか悪かったなコハルちゃん、一人で使いにやっちまって。」

 

「いえっ、大丈夫です。」

 

父親の説明に二度目となるどこか引いたような反応を見せる彼女にそう言えばコハルって新無印初期はこんな感じだったっけと内心で考えていると、どこか仕方ないと呆れたような表情を浮かべ首に手を当てて此方に歩み寄ってきたサクラギ博士達のやりとりから見てツムギという名前らしいトレーナーの父親である黒髪の男性がそう一つ息をついた。

そのまま少し遠慮がちに答えたコハルに笑いかけ、さて、と改めて私へと向き直った男性のあのトレーナーと良く似た空色の瞳と視線がかち合った刹那彼の顔に一瞬よく知っている筈の誰かの面影が重なった気がして瞳を細める。

 

――――……この人……?

 

「よう。ツムギが起きたんでもしかしたらと思ってたんだが、お前さんとピカチュウも起きてたんだな。そいつは重畳。俺は今あそこでパートナーと口喧嘩してるトレーナー――ツムギの父親のセージ。んでこっちはポケモンの研究をしているサクラギ博士とその娘のコハルちゃんにワンパチな。で、お前さんは? 一人は元とは言え、ジムリーダーといるなんてなかなか珍しいトレーナーだよな。」

 

「…………私は、マサラタウンに住んでる空野理生といいます。この二匹は私の相棒のピカチュウとルカリオ。二人の事を御存じなら紹介は省きますが、タケシくんとカスミは私に付き合ってここにいてくれてるだけです。」

 

口調こそ朗らかではあるものの、全く笑ってないあからさま過ぎるほどな警戒と薄らと敵意さえ浮かべた瞳で話しかけてくる彼の視線を真っ正面から受け止めそう告げる。

正直こういう視線は主に超えた先の世界において初対面のキャラとかに否が応でも向けられるものだから特に気にしないけど、そのままちらりと私の背後に立つタケシくんとカスミに視線を向けた彼に良くないものを感じ咄嗟にそれを遮るように少し強めの口調で言い切ればすぃっと瞳を細めた彼がへぇ、と感嘆の声をあげると同時に横から私と彼の間に先を黒い鋼で覆われた青い腕が差し込まれハッと横を見れば私を庇うように一歩前に出たルカリオの赤い瞳としっかり視線が絡んだ。

 

「――ワウ。」

 

「……ルカリオ。」

 

下がってろ、とただそれだけ告げてくる相棒の名前を呟くのと同じタイミングでバチッと左肩の相棒の電気袋から弾けた電気に横目でそちらを見れば、私よりもよっぽど警戒心を顕にしたもう一匹の相棒の横顔が目に入り、何だかんだで過保護な相棒達に思わず口元に笑みを浮かべ小さく息を付く。

 

…………ああ、もう。本当に。

 

「……成る程? ルカリオにしろ、ピカチュウにしろお前さんによく懐いてるな。そりゃイーブイがああなるわけだ。……しかし、ソラノ。……ソラノと来たかあ。…………なあ、嬢ちゃん。ちぃっと俺とツムギとお前さんの三人だけで話さないか? お前さんには聞きたい事がいくつかあるし、何よりお前さんにとっても()()()()()()()()()だろ?」

 

「ッ、父さんっっ!!」

 

「セージ!」

 

さらに何故かは分からないけど、『空野』の名を聞いた瞬間明らかに顔色を変えた彼の言葉に含まれたあからさまにこちらの反応を窺うようなニュアンスに眉を寄せるのと非難めいた怒声と諌めるような声が彼の背後にあるベッドと彼の隣からそれぞれ響いたのはほぼ同時だった。

ピ、と明らかに不快感を込めた声をあげさらにバチバチと空中に放電するピカチュウと今にも飛び出しそうなルカリオに小さく眉を下げ右手でルカリオの鋼で覆われた手を握り、左手でピカチュウの背を撫でると落ち着いてと小さく告げてからセージさんの瞳を真っ直ぐ射抜くように見つめれば、彼が微かに肩を揺らす。

 

……先に言っておくなら私には視線だけで他人をどうこうできるような威厳も何もない。

けど。せめて今だけはほんの少しでもいいから目に力が込められてますようにと願いながらゆっくりと口を開いた。

 

「……――ありがとうございます。私も貴方に聞きたい事がいくつかあるので話をすのは構いません。ただ、それが気遣いであれ、脅しであれ人払いは無用です。私の友人と相棒達は、私の事情を全部知っていますから。」

 

「――ほう、全部話してるときたか。そりゃあ大胆な事で。しかしなかなか佳い目をするなお前さん。こりゃ少しばかり……――――」

 

「ピチュー!! イーブイ!! ≪でんこうせっか≫!」

 

「ピッチュ!!」

 

「イブッ!!」

 

「ぐおッ!!??」

 

明確な音になったのはそこまでだった。

そう楽しそうに彼がにぃ、と口元を三日月に吊り上げた刹那、凛として尚且つ鋭い声が指示を出すと同時にとてつもなく勇ましい声と共に真横からその脇腹目掛けて弾丸のように突っ込んできた二つの影に吹っ飛ばされ、壁に背中から激突しその場に倒れ付したセージさんと入れ替わるように先程まで彼が立っていた場所に着地し褒めてと言わんばかりにふんすふんすと私を見上げる二匹のポケモンと目が合い言葉に詰まる。

 

てか、ええええええっ…………と。

 

「……………す……凄い威力の≪でんこうせっか≫……だね。」

 

「ピチュ!」

 

「ブイ!!」

 

「……って、そこ褒めるところじゃないでしょ!?」

 

「……はは。確かに凄い威力だったけどな。」

 

「……ピカチュ」

 

「……ワウ」

 

咄嗟の事に半ば唖然としながらも何とかそれだけ伝え瞳を輝かせた二匹が得意満面そうに答えるのを眺めていると思い切りカスミに突っ込まれ、私をそうフォローするタケシくんの手が右肩に乗せられた。

さらに目の前の光景に毒気を抜かれたのかそれぞれに声をあげたルカリオとピカチュウが臨戦体勢を解いたのを見てホッと息を付き、肩に乗る手の温かさに知らず知らず強張っていた肩から力が抜けていく。

 

……うん。

自分で「プロポーズかよ」って突っ込んどいてなんだけど、やっぱ私、タケシくんの体温好きだなぁ。

何て言うか凄く優しくて安心するし、ある意味母性的なものを感じるというか……。

 

「……リオ。」

 

「ん、大丈夫。あの程度の脅しや挑発なら慣れてるから何でもないよ。むしろ今にも飛び出していきそうな相棒二匹を抑える方が大変だったけど、それもピチューとイーブイのお陰で何とかなったし。改めてありがとうね、ピチュー、イーブイ。」

 

「ピッチュ!」

 

「イブ!」

 

同年代の異性に対しては些かどうなのかと問われそうな感想を内心で抱きつつ、だから大丈夫とタケシくんとカスミに安心させるように笑いかけた。

最後にそう付け足し改めてお礼を言えば誇らしげに胸を張ったピチュー達にタケシくんと揃って嘆息し「慣れてんじゃないわよ」とぼやくカスミを見て眉を下げる。

 

「あはは……。あ、てか、えっと。だ……大丈夫ですか?」

 

「――うん。どうせ父さんの事だからピチューとイーブイの≪でんこうせっか≫の勢いをうまく受け流した上でわざと吹っ飛んでるし、倒れたふりして今も聞き耳立ててるから大丈夫。気にしないで良いよ。……だよね?」

 

次いでさすがに放っておくわけにもいかず少し躊躇してから声をかければベッドから立ち上がった……えっと……ツムギくん、にそう返され『だよね?』の部分で一オクターブは下がった彼の声にビクッと微かにセージさんの肩が跳ねたのが見えて思わず苦笑した。

ああ、そういう力関係なんだと内心で納得していると一つ息を付いたツムギくんが徐にレントラー、と呼び掛ければまさにやれやれと言った体で歩いてきたレントラーが俯せに倒れているセージさんに「伏せ」の体勢で思い切りのし掛かった。

 

瞬間聞こえたぐえ、という悲鳴はきっときのせいではないのだろう。

 

「……全く。レントラー、父さんの事暫く頼むね。」

 

「ガウ。」

 

任せろ、と言うように声をあげたレントラーに瞳を細めた彼が改めて私へと向き直る。

 

再びその良く晴れた日の空の色の瞳と真っ正面から目があっても今度は目の前に桜吹雪が舞う事はなく。

さっき初めて会った時はパッとみて『私に似ている』と感じた彼の姿もこうして改めて向き合ってマジマジと見てると、外見で言えば似てるって感じはしない。

 

…………うん、ただ。何と言うか――。

 

「……『似ている』っていうよりは『同類』って言った方が近い感じなのかな? 顔の造りとかの外見的なものじゃなくて、『在り方』が似た者同士なんだろうね、おれ達。」

 

「…………え。」

 

口を開いたのは彼の方が先だった。

内心で感じた事そのまんまを告げられ思わず目を見開くとツムギくんが少し困ったように眉を下げて微笑んだ。

 

「……えと、さっきは父さんが本当にごめん。もうあんな事は二度とさせないから安心して。あと改めてになるけど、初めまして。おれはイッシュ地方ライモンシティのツムギ。――ソラノ・ツムギ。……普段フルネームで名乗る事ないからちょっと変な感じだけど、気にせずにツムギって呼んでくれると嬉しいかな。よろしくね、リオ。」



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第二十四話 『新人トレーナーと必然の事』⑥

閲覧ありがとうございます。
約1か月強ぶりの二十四話です((((;゚Д゚))))
次回はもうちょい早くうpしたい所存ですすみませんorzorz

大まかな説明回です。
そもそも何で彼らがカントー地方に来ているのかとかの説明は話の展開上次回になりますが、セージとツムギの立ち位置はこんな感じ。

一応メインの話やオリ主周辺に関わってくるオリキャラはこの二人だけの予定です。
(ゲストキャラとかでオリキャラ出るかもしれませんがorz)

では今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。



「…………ソラノ……って……。」

 

「……そうか、ソラノと言えばセージの……。ツムギ君、つまり君達とリオ君は親戚のような何かしらの関わりがあると言うことでいいのかな。」

 

「――……分かりません。博士も知ってるように父さんは天涯孤独の身、と言うか十八才以前の記憶がないので家族がいるかどうかさえも分かってません。……ただ、少なくても無関係じゃないと思います。」

 

「……記憶が、ない?」

 

ある種の爆弾発言に近いツムギくんのそれに辛うじてそう呟いたものの二の句が継げれなくなってる私を横目にサクラギ博士が口を開く。

顎に手を添えどこか納得納得したように頷く博士とツムギくんの会話に不穏なものを感じ思わず呟くとああ、とどこか苦味を含んだ声が耳朶を打ち、そちらを見遣ればレントラーの下で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたセージさんと目が合った。

 

うん、というか本当にツムギくんの言う通り聞き耳立ててたんだ。

 

「記憶がないって、つまり記憶喪失って事よね?」

 

「…ああ。どういう事なんですか。」

 

「…………まあ、そうだな。こちらだけ都合良く情報を貰うってわけにもいかねぇか。」

 

さらにカスミとタケシくんからも続けて問われたセージさんが一つ息を吐く。

そのままその前足にぽんっと軽く触れると同時に少しだけ瞳を細めのっそりと立ち上がりサンキュ、と笑い体を起こした彼のすぐ横へと改めて座り直し向けられたレントラーの視線に少しだけ苦く笑い「へいへい」と呟いた彼が首に手をやった。

 

「……とは言っても、ツムギが言ったそのまんまだけどな。俺には生まれてから十八までの記憶がねえんだよ。分かってるのは手前の名が『ソラノセージ』と言う事だけ。正直な話年齢も身体な特徴やら能力やら見てそれくらいだろうってだけで本当のところは分からん。それに加えてどこで生まれたのかとか、家族や友人はいるのかとか。生まれてから十八までどうやって生きてきたのかだとか、そう言った本来だったら忘れちゃならねえ筈のものを含めた一切合切の記憶が俺の中にはねえんだよ。……まるで初めから、そんなものなかったっていうようにな。……だから、お前さんの名前にソラノがあった事にちぃっとばかり焦っちまってな。話を聞きたいがあまり当てずっぽうで脅すような真似したのは悪かった。ツムギとそう年の変わらねえ女の子供に大の男がやる事じゃなかったわな。」

 

「……当てずっぽうだったんですか?」

 

「おう。と言うか人払いする時の常套句みたいなもんだな。人間なんて誰でも秘密の一つや二つ抱えてるだろ。そこで『都合がいい』なんて言ってやれば此方が何も言わなくても相手が良いように解釈してボロを出してくれるって寸法だ。特にその抱えてる秘密が大きい奴程効果は抜群ってな。」

 

「…………成る程。」

 

あまり申し訳なさそうに見えない謝罪の後、あっけらかんと言い放った相手に軽く脱力感を覚えつつ息を付く。

横に立つルカリオの呆れたような表情が目に入り、少なくともその発言に嘘はないのだろうとげんなりしていると右肩に乗ったままだった大きな手に労うように肩を叩かれ、眉を下げそちらを見遣れば私と同じような表情を浮かべたタケシくんとカスミと目が合いますます体から力が抜けた。

 

……何だろう、何かどっと疲れた。

 

ただ、この世界では体質の事も家族の事ももう皆に話していたからああ返せたけど。

もしそうじゃなかったら勝手に動揺して自滅していたかもしれないって考えると、セージさんの常套句って言うのは例え当てずっぽうであっても私みたいな奴には効くのかもしれない。

 

「その……重ね重ね本当にごめん。父さんには後で言っておくから。それでさ、リオ。こんな事聞くのも何なんだけど何か心当たりとかないかな。リオの親戚とかで、具体的に言うと二十年くらい前から姿を見せないとか消息不明になってる、みたいな人。」

 

「……二十年前……。」

 

内心そう納得していると申し訳なさそうな表情を浮かべたツムギくんに尋ねられ口元に手を添える。

 

そうは言われても私の生い立ちやなんやかんやは前述した通りで、特に十才以降は自分の事で精一杯で他の話を聞いたり話してる余裕なんてなかったのが現状だ。

さらに実際問題として父方の親戚とかで消息不明になっている人がいるという話は多分聞いた事がないし、そもそもいくら同じ姓だと言っても少なくとも半月前までは異世界に住んでいた私や現在進行形であっちに住んでいる親戚達がこの世界の住人であるセージさんと何かしらの関係があるとは流石に考えづらいというか、まずあり得ない。

って事は多分偶然同じ姓の赤の他人ってのが筋の通った判断なんだろう。

 

ただそれだと気になるのが……――――。

 

「――ピィカ。」

 

止めどない思考の渦にのまれかけると同時に耳朶を打ったのは左肩に乗った相棒の勇ましくも可愛らしい声だった。

次いでぺちぺちと頬に触れた小さくて温かい手に無意識に伏せていた瞳を彼に向ければ、黒曜石の輝きの瞳と視線が絡み眉を下げる。

そのまま左手を伸ばしこの場において誰よりも私の事情を把握してるからこそ、恐らく私と同じ考えに辿り着いたのだろう真剣な眼差しの相棒の頬を軽く撫でた。

 

…………うん。

確かに私というイレギュラーな存在があり得る以上、その可能性がないとは言いきれない。

 

ただそれはあくまで可能性の話だし確証も何もない。

そんなあやふやな考えを告げるのは流石にどうかと躊躇し、ごめんと改めて口を開く。

 

「……その、私自身そういう話は聞いた事がなくて。ソラノは父方の名前だから、父さんや家を仕切っているひい祖母様なら何か知っていたかもしれないけど、二人とも既に鬼籍に入ってるんだ。えと、あと……。あの、こんな話初対面で言うことではないんだけど、私、所謂遺児ってやつでさ。事故で家族全員がいなくなった後私を支援してくれてたのがひい祖母様って事もあって他の親戚の連絡先なんかも知らないから連絡の取りようがないの。……力になれなくて、ごめん。」

 

なるべく重くならないようにさらりとそう告げると同時にまるで時間が止まったかのような沈黙がその場を包み込んだ。

当たり前だけど私の事を全く知らない目の前のツムギくんやサクラギ父娘やそのポケモン達は勿論、家族についてはともかくひい祖母様の事は伝えてなかったタケシくんとカスミ、ルカリオもまた息を飲み少しだけ力が籠った右肩の手と思い切り向けられた視線に苦笑するとそんな私を見遣り、がりがりと後頭部をかきながらあーー……と気まずそうにセージさんが声をあげる。

さらにスッと立ち上がり私の側に寄ってきた彼に何か言う前に伸びてきた彼の手がぽんっと頭に置かれ、がしがしと髪をかき混ぜられた。

 

「へっ!? あた、えっ、あ!?」

 

「…………そうか。悪かったな。言いづらい事、言わせちまって。」

 

結構遠慮ない力のそれに思わず声をあげれば頭上から降ってきたのは少しだけ苦味を帯びた、それでもとても温かい声で。

最後にぽんぽんと軽く頭を叩かれるとフッと口元に笑みを浮かべたセージさんがよし、と口を開いた。

 

「……まあ、何だ。ここらで一旦小休憩にするか。一服がてら全員分の飲み物でも買ってくるわ。サクラギ、来てくれ。」

 

「……ああ。コハルとワンパチも手伝ってくれるかい? ついでにポケモン達用にも何か買ってこよう。」

 

「う、うん。」

 

「ワパ!」

 

さらにその場の空気を切り替えるように一際明るい声を出した彼にハッと我に返り頷いたサクラギ博士がコハル達にも水を向け、私達が何か言うよりも早く少し待ってろよ、とひらりと手を振ったセージさんを先頭に流れるようにして部屋を出ていく彼らを見送った。

 

てか、これは……。

 

「……えーーっと、気を使われた、って事でいいのかな。」

 

「ピカチュ」

 

「……大分強引だったけど、そう言うことじゃない?」

 

あまりのスムーズさに半ば唖然として呟き、同意する相棒の声に眉を下げたところで横から伸びてきた少女然としたカスミの手がぽすりと頭に置かれた事に瞳を瞬かせる。

そのまま多分セージさんに乱されたであろう髪を直すように動くすらりとした指とそこから伝わってくる手の温もりが少しだけ擽ったくて思わず笑うとサッと顔に朱が走ったカスミに私の頭を撫でているのとは反対側の手でぐいっと頬をつねられた。

 

「ふぁっ!? か、かひゅみ?」

 

「~~だから!! あんたねぇ! 顔っ!!」

 

「…………凄い。今リオの回りに花が飛んだように見えた。もしかして、いつもああなるの?」

 

「ああ、そうだな。」

 

「ちょっとタケシ! ツムギ!! 言っとくけどタケシに撫でられた時の方がリオ凄いんだからね!」

 

そこまで痛みはないもののとりあえず声をあげればがなるカスミに加え、ぱちぱちと瞳を瞬かせるツムギくんと眉を下げて笑うタケシくんにもしかしてまた『ピカチュウが私に撫でられてる時の顔』してたかなぁと考えているとそうなんだ、と名指しで言われたツムギくんがタケシくんに改めて視線を向ける。

さらにカスミと私からも視線を受け小さく肩を揺らした後、諦めたように息を付いたタケシくんの私の右肩に乗っていた手が頭に乗せられそれが嬉しくて瞳を細めればツムギくんが小さく噴き出すのと同時に「ほら見なさい!」と鼻を鳴らすカスミの声が耳朶を打った。

 

「……リオ。顔、凄く緩んでるぞ。」

 

「うん。ひゃってうれしーかりゃね。」

 

眉を下げたままの彼にそう言われ、カスミに頬をつねられたままあっさり答えへらりと笑いかければ微かに息を詰めたタケシくんに彼にしては少し乱暴にくしゃりと髪を乱される。

僅かに私から顔を背ける彼の頬にもカスミ同様朱が差してるのを見てにんまりと笑えば少し渋い表情を浮かべ一つ嘆息した彼の手がするりと今度は頬に下ろされ軽く摘ままれた。

 

「リーーオーー? 俺達はリオがこういう奴だと知っているからいいが、頭を撫でられる度にそんな顔見せてたら勘違いする奴がそのうち確実に出てくるぞ?」

 

「ふぃ? ひゃんひひぁい? ひょもひょもタケヒヒュンひょカヒュミひがひ――タケシくんとカスミ以外にそんなぽんぽん頭撫でられる機会ってなくない? てか私がこうなるの二人にだけだし。」

 

「……何て言うか、リオってタケシとカスミ大好きなんだね。」

 

「うん。」

 

続けられた言葉に流石に心外だと両頬をつねられたまま口を開く。

明確な言葉にならないそれにさらに一つ息を付いた二人の手が頬を離れると同時にそう告げ、ツムギくんにあっさり答えたところでタケシくんとカスミが私から顔を背け片手で顔を覆ったのはもうお約束だろう。

ちょっとストレートに伝え過ぎた気もするけど、私側から見える耳まで真っ赤に染めてるの見ると少なくとも嫌な気持ちにはさせてないって事だよね、うん。

 

「あ。と言うかさ、少しツムギくんに聞きたい事あるんだけどいいかな?」

 

「ん? いいよ、何でも聞いて? おれが答えられるものなら答えるから。」

 

そう内心で結論付け尋ね、返ってきた快い返事にありがとうと笑い改めて口を開く。

 

「えと、さっきの話でセージさんに十八才以前の記憶がない事。それに付随して自分の……『ソラノセージ』という人間の手掛かりを探しているってのは分かったんだけど、そもそもセージさんが記憶をなくした原因とか経緯は何かあるのかなって思ってさ。記憶喪失って言ってもそう簡単になるものではないし、例えば事故とかそういうのがあったとか。」

 

「ああ、そっか。そこ話してなかったっけ。んと、結論から言うと記憶を失った原因とかも分かってないんだ。そもそも父さんって二十年前トキワの森で倒れていたところをたまたま森でフィールドワークしていたオーキド博士に発見・保護された身元不明者だから。父さん自身は気を失っていて目を覚ましたのはオーキド博士が連れ込んだポケモンセンターのベッドで、今まで見たことも聞いたこともない場所にいる上に何も覚えてないって事でかなりパニくったって言ってたよ。」

 

「…………そうだっんだ。」

 

説明された内容は思ったよりもずっとシンプルで、想定していたよりも深刻なものだった。

つまりセージさん側からしてみたらある日目を覚ましたら全く知らない場所にいただけでなく、自らの名前以外何一つ覚えてない覚えてない状況だったという事だ。

 

……それは、あまりにも……。

 

「ん? ちょっと待ってくれ。という事はつまり、セージさんはオーキド博士と面識があるという事か?」

 

「うん。その頃ってオーキド博士がマサラタウンに研究所を作るか作らないかの時期だったらしくて、名前以外は自分の家さえ覚えてなくて途方にくれていた父さんを博士は助手として雇ってくれて色々世話を焼いてくれたって聞いてるよ。オーキド博士の教え子であるサクラギ博士とも同じ時期に知り合って、当時のカントー地方のジムリーダーとも親交があったみたい。」

 

「そうだったのね……。じゃあセージさんがあたしとタケシをジムリーダーだって知ってたのは……」

 

「多分オーキド博士達やジムリーダー達から聞いてたんだと思う。あと母さんがトキワタウン出身だからそれもあったんじゃないかな?」

 

「……そっか。それ聞いて分かった。オーキド博士が言ってた『私に会わせたい古い知人』ってセージさんとツムギくんの事だったんだね。」

 

「ワウ。」

 

「「え!?」」

 

「ピカ!?」

 

口をつぐんだ私に代わるかのように疑問を口にしたタケシくんに一つ頷いたツムギくんがそう説明する。

さらに三人の会話を聞いているうちにはたと気が付き得心が言ったように頷けば、同意するルカリオと驚いたように声をあげるピカチュウやタケシくん達の視線が一斉に向けられ、あははと少し眉を下げた。

 

「だってさ、現状ポケモントレーナー歴半月の新人トレーナーである私にオーキド博士が時間取ってまで会わせたくて、そこにタケシくんとカスミもいた方がいいってなるのってどんな人なんだろうって考えた時にさセージさんの事なら辻褄が合うと思うんだよね。トキワの森で倒れていた『ソラノセージ』という人をオーキド博士は知っていて。その二十年後、再びトキワの森が出発点である『空野理生』という人間が博士の前に現れた。何か関係や共通点があるんじゃないかって考えるのは自然な事じゃないかな?」

 

「リオとセージさんの間に共通点? でもリオの親戚にセージさんらしき人はいないんでしょ?」

 

「いや、それは不測の事態でセージさん達と俺達が出会った事で得た情報だ。オーキド博士はそれを知る前にリオとセージさんを会わせようとしていた。それが関連性や共通点があると考えての事なら――――。」

 

カスミの問いに答えたのはタケシくんの方が早かった。

そう続け眉間にしわを寄せ腕組みをしてうんん、と唸っていた彼が何かに気が付いたようにハッと顔をあげる。

瞬間しっかりと絡んだ視線でタケシくんもまた私とピカチュウと同じ考えに至った事が分かり軽く肩を竦めた。

 

「……そうか。だからオーキド博士はリオや俺達に会わせたいと言ったのか。」

 

「うん。私みたいな奴が存在しているのが以上そういう事がないとは言い切れない証明になっただろうし、セージさんがポケモンセンターを『見たことも聞いたこともない場所だ』と博士に話してたならその可能性のが高いって踏んだんじゃないかな。記憶喪失だと言っても、世界の全てを忘れる事は出来ないだろうから。」

 

「ちょっと待って! それじゃあ……!」

 

私達の言わんとする事を理解したらしいカスミが口を開いたのと部屋の外からガッシャアアアン!と何かが割れたような音が響いたのは同時だった。

部屋の中にいる全員の視線が一斉に向けられたこの部屋の出入り口であるドアの向こう側が明らかに騒がしくなったのを感じ眉根を顰める。

 

……何だろう、今の。

 

「……何かあったのかしら。急に騒がしくなったわよね。」

 

「ああ、少し様子を見にいってみるか。リオ、ツムギ。二人はさっき倒れたばかりだからな。ここで少し待っててく」

 

「何言ってるの? 私も一緒に行くから。そりゃあ私は二人みたいにポケモンバトルも強くないし、トレーナーとしても半人前だけど。でも置いてかれるのなんて真っ平ごめんだからね。」

「おれも。外には父さんやサクラギ博士達もいるし、父さんの事だから絶対何かしら関わってるだろうしさ。」

 

そう真っ先にアイコンタクトを交わしたタケシくんとカスミが頷き合う。

続けられた言葉を食い気味に否定すれば、それに同意した頷いたツムギくんに続いたポケモン達もまた声をあげた。

 



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