俺は喧嘩がしたいだけ (柔らかい豆腐)
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ジュエルシード編
喧嘩好きの男


登場人物はおそらく主人公以外全員が、他作品かリリカルなのはのキャラになります。


 海が見える道路を二人の人物が歩いていた。

 いや、歩くというのは正しくない。なぜなら一人は車椅子に乗っているからだ。

 車椅子に乗っている茶髪の少女――八神はやてはご機嫌そうに、隣を歩いている少年に向かって口を開く。

 

「それにしても、兄貴が散歩に付き合ってくれるとはなあ……学校はいいんか?」

 

「ああ? たまにはいいだろ、学校なんてサボっても」

 

「いや、ようないと思うけど……」

 

 隣を歩いている高校の学ランを着ているガタイのいい少年は、訳が分からないという風に不思議そうな顔をする。

 

「問題ねえって心配すんな! 出馬と秀一にも言っといたしな。それにはやて、お前も毎日学校サボってんじゃねえか」

 

「いや私は行けんから、サボっとるっちゅうわけやないんやけど……」

 

 二人はどこか噛み合わない会話をしながら、家に帰るために道路を歩いて行く。

 

 八神はやては現状を不幸と嘆いたことはない。幼い頃に両親を亡くし、原因不明の病により足も動かないので、車椅子生活を余儀なくされているが不幸とは思っていない。

 両親の知り合いという大人が生活資金を援助してくれるし、なによりも大好きな兄が存在しているからだ。

 

 はやてと同じ茶髪を掻き上げたような髪型。筋肉質で身体が大きい男子高校生――八神風矢(ふうや)

 今年の六月には九歳になる妹に心配をかけないように、資金を稼ぐためにアルバイトをしながら学校に通っている。しかしバイトを優先するために学校の出席日数が進級に響くほどになっている。そんな状態にもかかわらず、去年はなんとか進級出来て現在高校二年生になっていた。

 

 

 そんな風矢には困った一面があった。

 

「おお、ありゃあ……喧嘩か?」

 

 家までもう少しというところで、空き地にて二人の男女が激しい攻防を繰り広げていた。それを見て風矢は僅かな笑みを浮かべる。

 

「そうみたいやけど……まさか」

 

「ああ、交ざってくる」

 

「やっぱりかあ……」

 

 はやては頭を抱えてまたかと呟く。

 風矢の困った一面、それは大の喧嘩好きということだ。それゆえに学校では不良だと認識されている。

 

「わ、私先に帰っとるわ。巻き込まれたくない……ていうかあの二人明らかに人外な動きしてへんか?」

 

「おお先に帰ってろ。ちょっと喧嘩してすぐ帰るからよ」

 

「怪我せえへんようにな、兄貴に何かあったら嫌なんよ……」

 

 俯くはやての頭にポンと大きな手を置いて、風矢は優しそうな笑みを浮かべる。

 

「分かってらあ、んじゃあ行ってくんぜ」

 

 優しい笑みはすぐに凶暴なものに変わり、喧嘩しているだろう二人の男女に向かっていく。

 はやては言った通りに家に帰ろうと車椅子を操作するが、進ませる前に小さな声で呟く。

 

「本当は喧嘩なんてしてほしくないんやけどなあ……兄貴だから無理なんやろうけど」

 

 喧嘩していると見られた二人の男女の動きは凄まじく、普通の女子小学生であるはやてでは動きを捉えられていなかった。人外のような動きというのはこういうことだ、もっともそれで兄の行動を止めないのは風矢が強いと知っているからだった。

 

 金髪の男が右拳を放てば、色白の女がそれを防御する。しかし実力では男の方が有利なのか女の腕にはいくつもの痣があるが、男にはダメージのようなものはない。

 勝敗が見えてきた、そんな時に空気を読まない声が二人の耳に届く。

 

「よお、楽しそうなことしてんじゃねえか……俺も交ぜろよ」

 

 二人の動きは唐突な乱入者に止まり、視線が風矢に固定される。

 

「な、なんだお前は!?」

 

「応援ってわけじゃ、ないみたいね……」

 

 金髪の男は驚きの声を上げるが、それよりも大きな声で驚く者がいた。

 

「あれ!? お前の腕なんか変じゃねえか!?」

 

 驚きの声を上げたのは風矢だ。

 金髪の男の腕、というか体全体が鉄のような金属で出来ていた。サイボーグというやつである。顔はクールな美形であるのだが、腕や体が機械のために異質な雰囲気を醸し出す。

 

「くっ、一般人か……! それも不良、(たち)が悪いな。おいお前! 早くここから立ち去れ! この女は危険だぞ!」

 

「はっ、まあそう怒んなよ。喧嘩を邪魔されるのが嫌なのは俺も分かるけどよお、相手が増えた方がお前も二倍楽しめるだろ? 俺は強いぜ?」

 

「何を言ってるんだお前は! くそっ、こうなれば気絶させて――」

 

 金髪の男の表情には驚愕しかない。自分が強い、そう信じているからこそ目の前の光景が信じられないのだ。

 邪魔だったので気絶させようと、背後に一瞬で回り込んで手刀を落としたのだが、それを片手で見もせずに防がれたからだ。

 

「まずはお前が相手か、行くぜぇ!」

 

「なっ、いや少し待てっ!?」

 

 金髪の男は焦った声を出すが既に遅く、振り向いた風矢の右拳が迫っていた。

 咄嗟に両腕を盾にすることで顔面への直撃は避けたが、その代償に両腕が痺れたように動きが鈍くなる。

 

(こ、この男……! 無駄に強い……! いやそれどころではないんだ、こうしている内にもあの女が……!)

 

 金髪の男が本来の敵を思い出して視線を向けると……目が限界まで見開かれる。

 

「貴様……その姿は」

 

 色白の女がその体全体を赤く染め、背中から大きな羽を生やしてにこやかに笑っていた。

 周囲には大量の黒い蚊が飛んでおり、女はそれを高速の手刀で瞬く間に殺してみせる。

 

「ご苦労様、もう役目は終わったわ。それにしても運がよかったわあ、そこのバカな人間が時間を稼いでくれたから……もう最終進化までいったもの」

 

「おいおいなんだありゃ」

 

「くそっ! 血を養分として強くなる怪物だったのか!」

 

「そういうことよ」

 

 赤くなった女はその羽を羽ばたかせると、金髪の男が認識できない速度で通り過ぎると同時に脇腹を切り裂く。

 

「がっ!?」

 

 それを可能にしたのは鋭利になった腕だ。人間らしい腕ではなく、刃物のように薄く鋭くなっている。

 

「でももう血を集めるのは必要ないわ、だってこんなに……!」

 

 二秒、たったそれだけで金髪の男の全身は傷だらけになる。

 

「強くなったんですもの!」

 

 強くなった女の速度に金髪の男は対応しきれず、その金属の体がどんどんボロボロになっていく。

 そして左腕を切断して赤い女はご機嫌になる。痛めつけられた分、お返しに痛めつけてやる。そんな風に暴力的な思考になっていた。

 

「あははっ! 脆いわねえ! 次はその首を刈り取ってあげましょうか!?」

 

 切り裂かれながら、金髪の男はもう終わりであると自分の行動に後悔していた。

 

(ダメだ、完全に強さを見誤った。俺ではどう足掻いても勝てない……すまない博士……もう、自爆するしか……)

 

 金属の体の中心部分、丸いコアのようなものが徐々に赤く変色していく。

 自爆すれば全てを巻き添えにして倒せる。近隣の住民などを守れなかったと心の中で嘆き、金髪の男が覚悟を決めた時。

 

 ――赤い女の左頬にゴツゴツした漢らしい拳がめり込んだ。

 

「なっ!?」

 

 赤い女は空き地の塀に激突して、小さな悲鳴を漏らして気絶する。

 その拳の正体は当然二人ではない誰か、その場にいた八神風矢だった。

 

「俺はコイツと喧嘩してんだ。お前は後で相手してやるから引っ込んでろ」

 

 金髪の男はドサッと地面に倒れながら、もう何度目か分からない驚きを感じていた。

 自分ではどう足掻いても勝てないと思った怪物を、いとも簡単に気絶させたこと。その圧倒的な強さに、驚くしかなかった。

 

「それにしてもやべえな……こういう時は救急車か? 病院ってサイボーグも直してくれんのか?」

 

「お願いがあります……!」

 

「ああ? なんだ? 喧嘩なら修復させてからな」

 

 金髪の男は風矢を見上げて力強く声を上げた。

 

「弟子にして下さい……!」

 

「お前……何言ってんだ?」

 

 ただの喧嘩だと思っていた風矢だが、なんだか事態がややこしくなってきたと思い始めていた。

 




次回から文字数は増やします。

八神はやて……原作はリリカルなのは。両足が不自由な少女。関西弁? 本来なら一人で寂しい思いをしていたが、本作では兄がいるために寂しさが薄い。とりあえず喧嘩を見て突っ込んでいくのは止めてほしいと思っている。


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サイボーグの弟子

 二話目を投下!


 八神風矢が喧嘩をした翌日。

 八神家のインターホンが押されて、はやてが扉を開けると「えっ?」と困惑の声を漏らす。

 家の前で金髪の男が正座をしていたからだ。そんな光景を見たなら誰だって驚く。

 

「お前、マジで来たのか」

 

 はやての後ろから風矢がやってきてげんなりとした表情を浮かべる。

 昨日。傷だらけの金髪の男が弟子にしてくれと言った時、風矢はそれなら家に来いと言ってしまったのだ。来ないだろうと思ってそう言ってしまった結果、来てしまったということだ。

 土曜日で学校が休みなので風矢はアルバイトの時間まで家にいるため、幸い時間はある。

 

「はい、昨日の今日で申し訳ありませんが。入ることを許可してくれませんか?」

 

「どうせ許可しなかったらそこに居座るつもりだろ? いいぜ上がれよ。はやて、茶でも入れてくれ」

 

「それはええんやけど、この人誰や? 友達なんか?」

 

「いや、喧嘩が途中ってだけだ」

 

 八神家一階のリビング。そこで八神家の住人である風矢とはやて、それと客人の男は座って向かい合っていた。

 はやてが入れた緑茶を飲み干すと、金髪の男は口を開く。

 

「けっこうなお手前で」

 

「そ、それはおおきに」

 

「はやての茶は美味いからな。それよりお前、昨日の怪我直ってるみてえだな」

 

 金髪の男の体にあった傷は全て消えていた。千切れた腕も一夜にして戻っているという事実に、風矢は面白いと笑う。

 

「ええ。俺は見ての通りサイボーグで全身のほとんどが機械でできているので、大抵の怪我はパーツの交換で直るんです。それよりも先生! 俺は強くなりたい! 弟子にしてくれませんか!?」

 

「いや、弟子つってもなあ。俺は教えられるようなことなんにもねえぞ?」

 

「そもそもサイボーグってことは筋トレとか意味ないんちゃう? 強くなるにはパーツ交換しかないやろ」

 

 はやての言う通り、サイボーグなので筋トレなどは意味がない。本人もそれを分かっていて、どうにか強なるために強者に教えを乞うことに決めたのだ。

 

「そもそも何でそんなに強くなりたいんです?」

 

 その純粋なはやての疑問にハッと息を呑む金髪の男は、まだ自己紹介すらも済ませていなかったことに気付く。今のままでは礼儀を欠いていると思い、金髪の男は今更な自己紹介を始める。

 

「俺の名前はジェノス。今から四年前、俺は十二歳の頃までは生身の人間でした。こんなしみったれた世の中でも家族と共に、平穏にまあまあ幸せな日常を送っていました。しかしある日、頭のイカレたサイボーグが俺達の町を襲ってきたんです。おそらく身体改造を失敗して脳に異常が発生していたのでしょう。あの狂ったサイボーグは全てを破壊し尽くしていきました」

 

 深刻な話なので風矢とはやては真剣に聞く。

 

「公園、学校、ビル群、俺の家、そして……俺の家族の命までも。奇跡的に生き残った俺は当時まだ十二歳だったので弱く、廃墟のような町で力尽きる寸前でした。そこに偶然通りかかったのがクセーノ博士。博士は町を襲った狂サイボーグの暴走を止めるために旅を続けている、正義の科学者でした。そこで俺はクセーノ博士に頼み込んで、身体改造技術を施してもらったんです」

 

 悲しい過去なのではやては涙を流し始める。風矢は脳の処理が追い付かなくなってきたのか、煙が耳から出始めていた。

 

「それから四年の月日が経ち、十六歳となった俺は悪を排除しながら町から町へと旅を続けていました。これまで倒した怪物や悪の組織は数知れず……しかし一向に奴の手がかりは掴めていません。俺は手がかりを追い求めて悪と対峙し続け、昨日あの毛須(もす)生糸(きいと)という女と戦い敗北しました」

 

 はやてはジェノスの話を聞いて出た涙をハンカチで拭き、風矢は話が長いせいか居眠りを始めている。

 

「たまたまその場に居合わせた先生に助けられなければ、確実に破壊されていました。クセーノ博士に助けられたこの命、先生にまた救われたことで、さらに重く責任の増したものになりました。こうなったらなんとしても狂サイボーグを破壊するまでは死ぬわけにはいかない。そのために俺は再び奴が現れるまで戦い続けなければなりません」

 

 もう風矢は微動だにせず、ぐっすりと寝ていた。

 というか、その場にたまたま居たのではなく、そもそも風矢が乱入していなければジェノスが負けそうになることもなかった。そういう思惑がないとはいえ、これではただのマッチポンプである。

 

「……強くならなければならない。昨日の先生の一撃を見て、俺もこの人くらいに強くなれたらと、この人の下で学ぶしかないと思いました。先生、俺には倒さなければいけない宿敵がいるんです! これは俺一人の戦いじゃない。俺の故郷やクセーノ博士の想いも背負っているんです。自分が未熟なのは分かっています、しかし今は何としても巨悪を粉砕する強大な力が必要なんです!」

 

 さすがに話が長すぎるのか、はやても居眠りをし始める。首がガクッと落ちては、寝てたことを反省するがまた眠ってしまうのを繰り返す。

 

「先生! そういうわけで俺を弟子にして下さい!」

 

 そのジェノスの叫びと同時にパチンという音がして、風矢とはやての鼻ちょうちんが割れた。

 眠そうな瞼を擦りながら風矢は口を開く。

 

「あー……話終わった?」

 

「って何寝とんねん兄貴!」

 

 はやてはバシンッと風矢の後頭部を叩く。

 

「いてえな、お前も寝てたろ。まあ弟子とかいう話はいいから喧嘩しようぜ? そのために来たんだろ?」

 

「兄貴記憶飛んでるん!? この人は喧嘩しに来たわけちゃうやろ!?」

 

 立ち上がってファイティングポーズをとる風矢に、はやての鋭いツッコミが入る。

 そして何を勘違いしたのか、ジェノスは「そうか!」と叫ぶ。

 

「つまり先生は自分と戦って強くなれ。そう仰っているわけですね!?」

 

「いや絶対ちゃいますよ! この人何も考えとらんねん! ただの喧嘩好きなだけやねん!」

 

 しかし風矢とジェノスは完全にやる気であり、はやては深いため息を吐いて止めるのを諦める。

 

「せめて……外でやってくれへん?」

 

「おっとそうだったな、家の中じゃマズイぜ」

 

「そうですね、家を燃やしてしまうかもしれません」

 

 聞き捨てならないことをサラッと言うジェノスだが、それをスルーして二人は家の外に出る。

 風矢はパキパキと拳を鳴らし、ジェノスは腕を伸ばしたり拳を握ったりして、いつでもいいぞと言わんばかりに二人は笑う。

 まずはジェノスが仕掛けるために動く――筈だったが突然クラウチングスタートの態勢になって停止する。

 

「あ? どうした?」

 

「高速接近反応。近い……来る……!」

 

 不審に思う風矢だが、その両脚を何者かに掴まれて地面に引きずり込まれる。

 

「ぬおっ!?」

 

「先生! 大丈夫ですか!?」

 

「問題ねえよ。それよりジェノス、後ろだぜ」

 

 脇の辺りまで引きずり込まれた風矢だが全く気にせずに、ジェノスに忠告する。

 ジェノスの背後には三メートルは超える身長の全身鎧が立っていた。その存在感と威圧感からジェノスは強いことを感じ取る。

 

「オマエ、ヒョウテキデハ、ナイナ。ジャマヲスルナラ、ハイジョスル」

 

「サイボーグ……!」

 

 強い敵ということもあるが、目の前の敵がサイボーグだったことがジェノスの警戒心と怒りを高める。

 

「焼却……!」

 

 ジェノスの両手のひらには一センチ程の穴が空いている。それは焼却砲となっており、膨大な熱量を持つ炎を放つことが出来る。今回の戦場は住宅街だということもあり、その本来なら広範囲を焼き尽くす炎を絞って一点に集中させて熱線にして放つ。

 全身鎧のサイボーグは両腕を盾にして防ぐが、その熱量は凄まじく当たった鎧部分がどろっと溶けてしまっていた。その溶けた部分からは黒い剛毛が見えている。

 

「ナントイウカリョクダ。シカシ、コノワタシニハカナワナイ」

 

「ほざけ……あのサイボーグでないにしても、悪であることに変わりはないようだ。それならば俺が排除してやる」

 

 全身鎧は片腕を振り上げて殴ろうとしたが、ジェノスからすればその動きは毛須生糸よりも遅く、躱すのはわけなかった。

 拳が来るのと同時に駆けてすぐ横を通り抜けると、ジェノスは跳んで全身鎧の後頭部に回し蹴りを叩き込む。しかしダメージは大したものではなく、全身鎧はその目を赤く光らせると空中にいるジェノスの腹部に拳を放つ。

 バキッという音がして全身鎧はジェノスを倒したと思ったが、その音が自分の手から聞こえたことに気付く。手を見ると装甲にヒビが入っている。

 ジェノスが腹部の方に持ってきていた拳を戻したのを見て、全身鎧は拳同士をぶつけて逆に破壊されたのだと悟る。

 

「どうやら俺の方が性能は上らしいな」

 

「イイキニナルナ」

 

 全身鎧は両腕を振り下ろす。それだけで道路には蜘蛛の巣状の亀裂が入り、まともに喰らっていたのならば損傷を受けていたと、咄嗟に後ろに跳んだジェノスはその威力に感心する。

 

「大した威力だ、しかしここは先生の家の前。これ以上の破壊行為は許すわけにはいかない。これで終わりにするぞ……マシンガンブロー!」

 

 ジェノスは全身鎧に駆けると拳で渾身のラッシュを叩き込む。

 機械的に決められた動きを超高速で行うことによって、速度を限界まで高めた連打。それを喰らい続けている全身鎧はその装甲にヒビが入って、広がっていくのを見て焦る。

 しかし反撃しようと動いた時にはもう遅かった。連打によって装甲がどんどん破壊されて、頭部の装甲が砕け散る。そして丸見えになった顔面に拳が叩き込まれる。

 

 直撃を受けたことにより二回ほど地面を跳ねて転がっていく。

 その丸見えになった顔は……ゴリラだった。

 

(ツヨイ、コレハアジトニレンラクヲ……)

 

 ゴリラの頭部が割れて、中からアンテナが伸びてくる。

 連絡を取ろうとしたゴリラだったが、目の前に険しい表情をしているジェノスがいるのに気付く。

 

「珍しいサイボーグだ。その頭部から出たアンテナで連絡を取ろうとしていたのか」

 

「タシカニオマエハツヨイ。ダガ、ソノテイドデハイマココニキテイル――ジュウオウニハカナワナイ」

 

「獣王? まさか先生の方に!?」

 

 ジェノスが新しい敵の名前を聞き、風矢の方にいるのではと振り向くと目を見開く。

 脇までが地面に埋まったままの風矢の目の前に、獅子の顔、そして強靭な肉体を持つ五メートルは超える怪物がいた。

 感じられる覇気は自分では勝てないと思わせる。ジェノスは駆け寄りたい気持ちがあったが、今突っ込んでいっても敗北するだけだと自分を制する。

 

「ふっはっは、無様だな。この獣王の相手がまさか地面に埋まっているとは……」

 

 獣王は指を二本立てて鋭く尖った爪を風矢の目前に持っていく。

 

「このまま目を貫いてやろうか? それとも――」

 

「どうやらジェノスの方は終わったみてえだし……今度は俺だな。喧嘩の時間だぜ」

 

 風矢はなんでもないように埋まっていた体を抜け出させると立ち上がる。それにはその場にいた全員が驚く。道路に埋めた張本人である人間の赤子サイズの土竜も、いつでも出れたと分かると驚きを隠せない。

 

「強そうじゃねえか、ライオンみてえだなお前。着ぐるみにしてはこええ面してやがる、子供泣くぞ」

 

 好戦的な笑みを浮かべる風矢だが、周囲はいまだに戸惑ったままだ。

 もう限界だと、戸惑いの原因を獣王が指摘する。

 

「お前……パンツ一丁で何を言ってるんだ?」

 

「え? おおっ!? 何で脱げてる!?」

 

 地面に強制的に引きずり込まれ、本来なら抜け出すことなど出来る筈がない。驚異的な身体能力によりすんなりと抜け出したが、履いていたズボンは引っ掛かって穴に残ったままになっていた。

 

「わりいな、今履くから待っててくれ」

 

 緊張感の欠片もない声を出して、風矢は日常のようにズボンを履き直す。

 

「終わったか」

 

「いや、なんか変なところに土が入っちまってるな……気持ちわりいぜ。もう少し待ってくれ、汚れも少し落としたい」

 

 獣王は律義に風矢が履き終わるのを待つ。

 ズボンに付いた土などをはたいてだいたいの汚れを落とすと、風矢は「よし」と言って獣王に向き直る。

 

「待たせたな」

 

「終わったな。それではこれからお前を切り刻んでやろう! この自慢の爪でな!」

 

「ほう? 着ぐるみの爪でか」

 

 常識で考えて着ぐるみなわけがないのだが、そんな怪物がいるはずもない。風矢の思考はある意味まともであり、どこかが抜けていた。

 

「必殺技。獅子斬! 五等分になれ!」

 

 鋭い爪が空気を切り裂いて風矢に迫る。

 

「あ? なんだそりゃ? 必殺技とか下らねえ、ようはこいつの強さだろ」

 

 風矢は発達した筋肉で、自分の体と同じくらい大きな手を受け止める。

 爪が届く前に受け止められたことで、獅子斬は失敗に終わる。もし成功していたとしても、自慢の技を止められた獣王には目の前の人間を倒せるなどとは思えなかった。

 

 風矢は受けとめた右手を押しのけて、瞬時に獣王の懐に潜り込んで拳を腹部に叩き込む。

 たった一撃で獣王は小さな悲鳴を上げ、白目を剥いて背中から地面に倒れた。

 

「もう終わりか、思ったより大したことなかったな。にしても今の技術ってのはすげえなあ、着ぐるみなのに本物みてえだぜ」

 

「さて、獣王とやらは片付いたぞ。諦めてアジトの場所を教えるんだな」

 

 ジェノスはそう言いながら焼却砲を放てる準備をする。手を向けられたゴリラは焦った表情になり叫ぶ。

 

「すいません! 全部話すんで勘弁してください!」

 

「何だお前、さっきまで片言だったじゃねえか」

 

「あれはキャラ作りで……なんかすいません」

 

 近寄って来た風矢にツッコまれると、ゴリラは頭を下げて謝る。

 そしてその口から恐るべき組織の実態が明らかになっていく。

 

 

 

 

 十年程前、科学の世界に一人の優秀な科学者が存在していた。

 その男の名前はジーナス。彼の頭脳は世界で見ても卓越したものであり、科学の発展に大いなる貢献をする筈だった。

 しかしジーナスの思想は誰一人にも受け入れられることはなかった。その思想があまりにも飛躍しすぎていると、出来る筈がないと他の科学者達は考えを一蹴したのだ。

 

 ジーナスは子供の時から孤独だった。ただ自分と同等の知能を持っている生物と会話したかっただけで、他には何もいらなかった。孤独から抜け出したい、その一心で科学者の世界を追放されてからも実験に励んだ。

 

 生物の進化を研究して、最終的には人間という種を進化させて自分と同じくらいの知能を持たせる。そうするために研究を開始していたのだが、圧倒的に人手が足りなかった。

 ジーナスは一人では時間が掛かると分かると、まずは老化を止める方法を見つけ出す。ついに老化を止める細胞の組み合わせを見つけて、その年齢は二十代前半で止まった。

 

 老化の消失の次はクローン技術で自分のクローンを何十人と作り上げて、ジーナスしかいない研究施設――進化の家を作り上げることに成功する。

 研究員の確保が出来て、ジーナス達は研究の合間に細かいことを考えているとクローン含めて進化の家全員の思想が一つになる。

 

 ――サルのような知能の人間を排除する。

 

 自分の考えを受け入れない愚かな人類、それらを抹殺することで理想の世界を作り上げる。ジーナスの危険な思想は、凡人には理解できないほどの頭脳によって計画がすぐに立てられた。

 

 生物の進化。いずれ自分と同じくらいの人間が存在する未来を信じて、ジーナスは進化を研究しつつ頭の悪い人間を排除しようと企む。生物の遺伝子を改造することで、それぞれの長所を強化して至高の生物を生み出す。それらは圧倒的に自分より知能が低い人間達を排除するための兵隊と化した。

 

 蚊と人間の遺伝子を組み合わせて強化し、集めた血で身体能力を向上させる試作品。

 人間並みの頭脳を持ち合わせ、それぞれの力を向上させた土竜や獅子。そして一度はサイボーグの開発にも取り組んで、完成したゴリラ型サイボーグのアーマードゴリラ。

 どれも高い戦闘能力を持っていたが、ジーナスが求める至高の生物には及ばなかった。

 

 研究を続けていたある日、ジーナスの元にクローンジーナスから知らせが届く。

 

「どうやらあの試作品。毛須生糸がやられたらしい」

 

「ああ、あれは血を吸わなければ死んでしまうような貧弱な個体だからな。所詮試作品だということだ」

 

「いや、どうやら血を完全に吸ってから一撃で敗北したらしい」

 

 その報告にジーナスはさすがに驚く。

 毛須生糸は血を完全に吸えば進化の家で二番目に強い獣王すらも超える、そんな戦闘能力を発揮する相手を一撃で倒すというのはにわかには信じられなかった。

 

「スパイカメラが捉えた映像だが、この男――八神風矢が倒したようだ」

 

「高校生か? 情報は?」

 

「八神風矢には妹がいる。それと普通の県立高校に通っていて、成績がよくないことくらいしか分からなかった。何者かが情報規制をかけているらしい。未知のプログラムが使われているのか、私にはこれ以上調べるのが無理だった」

 

「なるほど……普通の高校生ではないということか。是非とも彼のDNAが欲しいな」

 

 そのジーナスの呟きに異論の声が多く上がる。

 

「確かに欲しいが、相手は恐ろしく強いぞ。無事に手に入れられはしないだろう」

「そもそも私達に解析できないプログラムで守られているということがヤバいだろう」

「後ろ盾がいるのかもしれない、迂闊に手を出せばこの場所もバレるぞ」

 

 様々な意見が上がるが、それをジーナスは手を挙げて止める。

 

「とりあえず、獣王とアーマードゴリラ、それと補助の土竜を向かわせよう。この現状での最高戦力で無理ならば……奴を解き放つしかない」

 

 奴という言葉にざわめきが広がる。

 

「奴、まさか阿修羅カブトを!?」

「無理だ! あれは失敗作だぞ!」

「そうだ、我々の言うことなど聞かない! 解き放てば我々も殺されるぞ!?」

 

 焦り、戸惑い、恐怖、それらで満たされる空間。

 それを叩き壊すようにジーナスは机をバンと手で叩く。

 

「それでもそうする程の価値があるんだ。このままでは研究が停滞してしまう、それは……分かっているだろう?」

 

「うぐっ、確かにそうだ。いまだに阿修羅カブト以上の性能の生物を生み出せていない」

 

「危険だが我々クローンが阿修羅カブトの元に向かおう。オリジナルのお前さえ生き残れば、進化の家はいくらでも復活できる」

 

「すまないな、私も後で行くさ」

 

 

 それから十時間後。

 クローン達が阿修羅カブトの怒りを抑えていることだろうと思い、本物であるジーナスは地下実験室に向かう。

 白い正方形が敷き詰められたような壁で覆われた正方形の空間。その白い床は大量のクローンの血や臓物で汚れていた。

 

 自分が何十人も殺されている見るに堪えない光景に吐き気を催しそうになる。

 その死体の山の上に一匹の生物がいた。一言で言うなら、巨大なカブト虫。しかしその体は異常に発達した筋肉で鎧になっており、どっしりとした重量が見ただけで伺える。

 

「また、大量に殺してくれたようだな。怒りは収まったか?」

 

「ああ? 収まるわけねえだろうがあよお? この進化の家最高傑作である阿修羅カブト様を、こんな何もねえ地下に閉じ込めておいて、よくもまあこの場所に来れたなあ?」

 

 阿修羅カブトは不機嫌そうに尻を掻きながら言う。

 

(違う、確かに力は凄まじいし知能も他と比べればある……だが品性が足りない。こいつは間違いなく失敗作だ……! しかし先ほど土竜から連絡が来た。獣王もアーマードゴリラもやられたのならばこいつに頼るほかない!)

 

 進化の家の思想としては、力、知能、品性全てを兼ね備えた超人を作り出したいのだ。

 目の前の怪物は話をしている最中に尻を掻くし、屁も出すし、ゲップもする。とにかく品性が圧倒的に欠けていた。

 

「すまないが緊急だ。お前の力を借りたい」

 

「嫌だなあ? 誰がお前らの命令なんざ聞くかよ。俺はお前らが求めてた進化した生物の頂点だぜ? 身体能力も知能レべルも圧倒的に俺の方が上だ。分かったか? 立場で言うならお前らが下なんだよ」

 

「命令ではなくお願いだ。それに今回協力してくれたなら、お前をここから解放しよう」

 

「なに? ふっへっへっへ、いいねぇ。交渉の仕方が分かってるじゃねえか。聞いてやるよ、お前らのお願いってやつをなあ」

 

 下品な笑い声を上げる阿修羅カブトに、ジーナスは八神風矢のことを話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方。アーマードゴリラから進化の家の情報を聞き出していたジェノスは、粗方聞き終わったので最後に鋭く睨んで問いかける。

 

「最後に一つだけ聞く。進化の家にはあと何体サイボーグが存在している」

 

「お、おそらく進化の家でサイボーグは俺だけだ……他には存在していない」

 

 もしかしたらと期待していたのだが、当ては外れたとジェノスは表情を曇らせる。

 そんな時、パン! と小気味いい音が聞こえてくる。

 

「よし、とりあえずそこに喧嘩しに行くか。売られた喧嘩は買わなきゃならねえしな」

 

「そうですね、進化の家……明らかに悪の組織です。先生に喧嘩を売ったことを後悔させてやりましょう」

 

 それを聞いたアーマードゴリラは邪魔をしてまたやられても困ると考え、静かにその場から消えた。

 アーマードゴリラがいなくなったことに気付いた二人だが、もう眼中にないのでわざわざ追いはしない。

 進化の家の場所を聞き出していたので、風矢とジェノスは走ってその場所に向かっていく。

 

「しかし、何で俺を狙ってきたんだ? そのシーサーとかいう奴らは」

 

「進化の家です。おそらく先生の強さを知って興味を持ったんでしょう」

 

「そうか、あいつらも喧嘩したいってことだな!」

 

「いや……まあもうそれでいいと思います」

 

 どこかズレている風矢にいくら説明しても理解してくれないと悟り、ジェノスは説明を諦める。

 そして森や山などをいくつも越え、とある渓谷に着いた二人は塔のような建造物を発見する。

 

「あれがシーサー家か。楽しそうだな、何階建てだ?」

 

 風矢がひい、ふう、みいと地道に数えていると、隣にいたジェノスが突如焼却砲を放って直線上の地形を変化させるほどの一撃を放つ。

 進化の家は跡形もなく消え去り、数えていた風矢はポカーンとしてジェノスを見る。

 

「お前……何やってんだ」

 

「はい? いや、この方が早く済むかと思ったんですが」

 

「いやそうじゃなくて、あの中に人がいたらどうすんだよ! 絶対死んでるぞ!?」

 

「安心してください、いたとしても塵すら残っていません」

 

「安心出来ねえよ! おいおいマジか……」

 

 風矢は並外れた身体能力の持ち主だが、その心は少し図太い一般人だ。たとえ悪人であろうと殺しは駄目だと常識的な考えは一応持っている。

 しかしジェノスは悪即斬というように容赦なく消滅させる。殺すことに躊躇いなどなく、罪悪感など抱かない。

 二人の価値観の違いは一生かかっても理解できないものだろう。

 

「ん? 先生、あそこに何かあります」

 

 ジェノスが見つけたのは、マグマでも通ったかのような場所で唯一無事だった真下への扉だ。

 

「ああ? なんだありゃ、地下通路にでも繋がってんのか?」

 

「どうやらそのようですね、乗り込みますか?」

 

「そうだな。シーサー家を消しちまったことを謝らねえといけねえし……」

 

 二人は進化の家の地下へと足を踏み入れた。

 下水道のような進化の家の地下通路を進んでいく風矢とジェノス。二人はとりあえず先に進んでいると、ジェノスが突然立ち止まって口を開く。

 

「高速接近反応……! 前から何かが来ます!」

 

 ジェノスの警告から三秒ほど経つと、二人の正面から十メートルは超える怪物が駆けてくる。その右腕にはヒビの入った眼鏡を掛けた青年が抱えられている。

 

「なんだありゃ、でけえな……」

 

「バカな、なんだあの――」

 

 ジェノスの言葉が終わる前に、阿修羅カブトがその横を通り過ぎて壁に頭をめり込ませる。

 

「ジェノス無事か!」

 

 抵抗も出来ずに壁にめり込んだので心配そうな声を風矢が出すが、その背後から下品な声が掛けられる。

 

「お前が八神風矢だろお? あっちに実験用の戦闘ルームがあるからよお、そこでヤろうぜえ?」

 

「テメエ、ジェノスを現代アートみたいにしやがって……ちょっと仕置きが必要か?」

 

 二人は睨み合いながら歩き戦闘ルームに到着する。

 白い正方形のブロックが何十個も合わさって壁になっている、正方形の白い箱のような部屋。そこで三十メートルほど離れて、八神風矢と阿修羅カブトは睨み合う。

 隅の方ではジーナスも行く末を見守るために黙って立っていた。

 

「そうそう、お前らの家をぶっ壊しちまったのを謝っておくぜ」

 

「ああ? 家? ああ外の塔か。あれは別にいいぜ? どうせ誰もいなかっただろうしなあ」

 

「そうか、良かったぜ。そんじゃあ喧嘩始めようか!」

 

 ファイティングポーズを取る風矢を阿修羅カブトは嗤う。

 

「喧嘩だとお? 生温いこと言ってんじゃねえよ。殺し合いだろうがあ」

 

 阿修羅カブトがそう言って動こうとした時、入口から高火力の炎が噴き出て阿修羅カブトを覆う。

 風矢はその炎が誰のものか理解する。阿修羅カブトは目障りな虫けらを見るように、炎が消えた後で入り口を見る。

 

 ――入口に立っていたのはジェノスだ。

 

 ジェノスは高速で阿修羅カブトの周囲を走り回り焼却砲を連続して撃つ。しかし阿修羅カブトの皮膚は完全にその熱量を無効化しており、大した意味をなしていなかった。

 

「効かない……それならば直接攻撃を――」

 

「おい、いつまでやってんだあ?」

 

 突如阿修羅カブトの声が背後から聞こえたことでジェノスは戦慄する。一度も目を離していなかった、それなのに見失って背後に回られるという実力差。アーマードゴリラとは比較する気にもならない防御力には、自分の攻撃も歯が立たない。

 

「がっ!?」

 

 脇腹を蹴られて何度も床を転がるが、風矢が横を通り過ぎる瞬間に腕で止める。

 

「おい無茶すんな、あいつの相手は俺がする」

 

「くそっ!」

 

 無力だと信じたくなくてジェノスは焼却砲をもう一度放つが、阿修羅カブトは大きく息を吸い込んで吐く……それだけで焼却砲を全て本人の元に返す。

 

「なっ! 息だけで!?」

 

「ほう、そらあ!」

 

 効かなかったといってもその熱量は鉄も溶かすほどだ。風矢は向かってきたそれを吹き飛ばすべく、ジェノスを一旦床に落として拳を思いっきり振る。

 ただ拳を振っただけで焼却砲は拳の風圧によりかき消され、部屋全体に暴風が吹き荒れた。

 

「なっ……拳圧だけで……!」

 

「ジェノス、お前も悔しいんだろうが……あいつはもう俺の獲物だ。手は出すな」

 

「は、はい……」

 

 風矢のギラっとした猛獣のような目で睨まれ、ジェノスは全てを任せることにする。

 部屋の隅、ジーナスとは反対に移動したジェノスを確認してから、風矢は拳同士を合わせる。

 

「待たせたな、楽しませろよ?」

 

「そりゃあこっちの……台詞だぜえ!」

 

 阿修羅カブトは部屋中を駆け回る。その速度はジェノスよりも速かったが、風矢は余裕を持って目で追う。

 完全な死角に移動してから阿修羅カブトは風矢に向かって拳を振ろうとしたが、それより先に振り返った風矢の拳が胸に突き刺さる。

 

「ぐうおっ!?」

 

 強烈な痛みが襲うという産まれて初めての経験をして、阿修羅カブトはたった一撃で実力の差を感じ取った。卓越した頭脳が風矢の強さを計算し、ありえない結果がはじき出される。

 

「お前ええ! いったいどうやったらそんな強さを手に入れられるんだよおお!」

 

「あ?」

 

「分かっちまったんだよおお、今の状態じゃあ俺よりお前の方がつええってなあ……! だから知りてえんだよ、俺より強いその力にまで至った経緯を聞きてえんだ……!」

 

 その話題になった時、動いた者がもう一人いた。

 

「私にも是非聞かせてくれ」

 

「誰だ?」

 

「ジーナスだ。君の実力は普通じゃありえない、いったい何をしたらそうなるのか……! 私はそれを知らなければならないんだ!」

 

 人類を進化させるには風矢の力の秘密を知る、それが手っ取り早く確実な方法だとジーナスは思う。

 しかし当の訊かれた本人は意味が分からないというような顔をしている。

 

「別に何もしてねえよ、喧嘩しまくってたら強くなってた……それだけだ」

 

「なっ!? 喧嘩していただけ!? いやもしかすれば、戦いが原因でリミッターが外れて……?」

 

「はっ、いいぜ。喧嘩ねぇ、だったら俺とも喧嘩してくれよ……こっからお前をミンチにしてやっからよおお!」

 

 阿修羅カブトは風矢の答えを真面目に答えていないだけだと考えた。

 はぐらかされたと思って怒り、その肌が変色し始める。茶色だった肌がブドウのような紫になって、その目が赤く光る。

 

「な、なんだありゃ……肌が紫に? ブドウの食いすぎか……?」

 

「阿修羅モード!? くっ……終わった。あの状態になってしまえば理性など残らず、暴力の化身となる。さらには解除が出来なくて一週間はあのままだ……逃げろ! もう喧嘩だのなんだのというのが成立する相手じゃない!」

 

「ああ? 意味が分かんねえよ。俺の喧嘩はまだ終わっちゃいないぜ?」

 

「だからもう奴には敵わな――」

 

 ジーナスの焦った言葉の途中で、阿修羅カブトが瞬時に風矢の頬に拳を叩き込む。それでも吹き飛ばずに耐えた風矢に真上から拳の高速連打を浴びせていく。

 

「あ、ああ……終わった。死んだのか……あっさりと」

 

 耐久性に優れた床が破壊される光景を見てジーナスはそう呟く。

 元の阿修羅カブトの全力攻撃にも耐えられる硬さであるが、阿修羅モードを使用されると施設内の壁は耐えきれない。そしてそんな威力で連打を浴びせられた風矢が生きていないと思うのもおかしなことではない。

 

「いや死んでねえよ、何勝手に殺してんだ」

 

 しかし風矢がそれでもなんでもないように立っていたので驚愕する。

 

「なっ! 阿修羅モードの力を受けてもなんともないのか!?」

 

 それは常識では考えられなかった。人間という生物を超越している肉体強度だった。

 遺伝子改造でもなく、サイボーグのわけでもなく、ただ喧嘩していただけでそれらを超える圧倒的な力を手に入れた。風矢はまさに戦いの神に愛されている、ジーナスはそう思うしかなかった。

 

「ちょっとは効いたぜ……次は俺の番だ」

 

 阿修羅カブトの腹を蹴り上げてその体を宙に浮かす。さらに空中では身動きが取れないのをいいことに、風矢は跳んで拳の連打を叩き込む。

 一発一発がとんでもない破壊力であり、それを受けた阿修羅カブトの胴体からは青い血が所々から出ていた。完全に気絶して床に落下する、勝敗はあっさりとついてしまったことに風矢は少しガッカリしていた。

 

「し、信じられん……あの阿修羅カブトを……!」

 

「先生! さすがですね、俺が手も足も出なかった怪物をこうも簡単に!」

 

「ちっと簡単すぎて消化不良だがな。まあこの後バイトだし別にいいか。わりいな、茄子だったか? こいつ病院に運んどいてくれ。バイトがあるから急いで戻らなきゃならねえ」

 

 戦慄していたジーナスにそう声を掛けると、風矢とジェノスは走って入口から出ていく。

 そんな背中を見送ると、ジーナスはぺたんと床に座り込む。

 

「は、はは……! もう止めよう、こんな研究は……バカらしくなってきた」

 

 普通の男子高校生が阿修羅カブトを倒した。それが必然であるかのように倒されてしまったことで、今までの全てが無駄になったかのように感じてしまったのだ。

 

「博士ええ!」

 

 そこに入口から来たのはアーマードゴリラだった。

 

「アーマードゴリラか、負けたよ私の研究は。阿修羅カブトがあのざまだ、私は何かを見誤ったらしい」

 

「しょうがないと思いますけど、あの人達すごい強かったし」

 

「ああ、強かったよ。とんでもなくな。もう研究所は捨てるぞ、住みやすい場所に移って普通の生活でも送ってみるか」

 

 その今までとは違うジーナスを見て、アーマードゴリラは不思議に思う。

 

「そうだ、今度喧嘩でもしてみないか?」

 

「ええ!?」

 

 どうしてそうなるのか、アーマードゴリラには全く分からない。風矢によって考えが変わったジーナスは、アーマードゴリラと共に地下研究所を出ていく。

 研究所から出た彼はいつの間にか……孤独ではなくなっていた。

 




 ジェノス……原作はワンパンマン。原作よりも狂サイボーグが早く来てしまい、ワンパンマンの原作通りに故郷を滅ぼされた。実力は高いがかませ犬になることがぶっちゃけ多いと思う。

「俺がいつ実力を見せた……お前の負けだ」

 ソニックとの決戦時。このあともし戦いが続いていたら、たぶん負けていた。


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リリカルな魔法少女爆誕

 前回までのあらすじ。サイボーグの弟子ができて、とある組織と喧嘩して野望を打ち砕いた。



 その日、これから起きる事件の始まりの鐘が鳴る。

 その日、誰も知らないが魔法少女が生まれる。

 その日、魔法少女になった少女は町を守る決意をする。

 これは――そんな話だ。

 

「兄貴……なんか幻聴が聞こえるんやけど」

 

「ああ? そりゃあれだな。耳クソ溜まってんだ、耳掃除はきちんとしろよ?」

 

「それやと何も聞こえない状態やろ……」

 

 この日は風矢も外に出ておらず、それを知ることはない。

 始まりの事件はすぐ間近に迫っているのに、それに関わることはない。

 

 

 

 明るい茶髪で、私立聖祥大学付属学園の白い制服を着た少女――高町なのは。

 金髪で活発そうな外見、なのはと同じ制服を着ている少女――アリサ・バニングス。

 紫髪でおとなしそうな外見、二人と同じ制服を着ている少女――月村すずか。

 私立聖祥大学附属学園三年生である三人はひょんなことから仲良くなり、登下校を共にすることも多かった。

 いつも通り三人で学校から帰っている途中、なのはには不思議な声が聞こえた。まるで脳内に直接語りかけるような声、そんなものが聞こえたので肩をビクッと震わせると二人に確認する。

 

「ねえ、二人共……何か聞こえなかった?」

 

「え? 別に何も聞こえなかったけど? すずかは?」

 

「ううん、私も。なのはちゃんは何か聞こえたの?」

 

 二人に聞こえていないので幻聴の類かと思い、なんでもないと言って歩き出そうとした瞬間……また同じ声が聞こえてくる。

 

「やっぱり……聞こえる」

 

 今度ははっきりと聞こえたので、なのはは声の導くままに走り出す。

 走り去ってしまうなのはを追いかけるように、アリサ達も声を出して走り出す。

 

「ちょっ、なのは!?」

 

「待ってってば!」

 

「この辺り……誰なの? 私を呼ぶのは……」

 

 なのはがキョロキョロと辺りを見回していると、一匹のフェレットがアスファルトの上に横たわっていた。

 

「フェレット……?」

 

 傷はないが衰弱しているようで倒れているフェレットに、なのはが近付いて様子を見ているとアリサ達も追い付く。

 

「元気がないわね……近くに動物病院があるわ、そこに預けていきましょう」

 

「すぐ近くだよね、早く連れていこう……!」

 

 二人も現状を確認し、フェレットをその日動物病院に預けに行った。

 獣医の話によれば、衰弱しているが命に別状はなく、一日ぐっすり寝れば治るとのことだった。

 助かると分かったなのは達は安心して、それぞれ自宅に帰っていく。

 その夜だ。なのはの頭にはまた夕方聞こえたのと同じ声が聞こえていた。それも今度は更に大きな声でだ。

 

『誰か! この声が聞こえる人は助けてください!』

 

「誰なの!? どこに……なんとなく、分かる」

 

 誰もが寝静まった頃、なのははこっそりと家を抜け出して、頭の中に浮かんだ場所に向かう。

 

『くっ、まだなのか……! それともいないのか……! お願いします……救援を……!』

 

 向かっている途中でまたもや少年の様な声が聞こえて、なのはは走る速度を上げていく。

 走り続けて十数分。なのはがその場所――夕方にフェレットを預けた動物病院の近くに着くと、現実とは思えない不思議な光景が広がっていた。

 

 透明の膜のようなものをすり抜けると、そこには黑いドロドロとしたスライムのような理解不能のナニカが動いており、それに追いかけられているフェレットの姿があった。

 今にも追い付かれてしまいそうという時に、なのははフェレットを抱えて黒いナニカの軌道から逸れる。

 

「き、君は……もしかして救援に来てくれた……?」

 

「しゃ、喋った……? フェレットさんは喋れるの……? でも今それどころじゃないよね……! ねえ、あれはいったい何なのか知ってる!?」

 

「ジュエルシードと呼ばれる危険な道具の思念体だよ……! 僕一人で戦おうとしたけど、実力が違いすぎる。それで助けてくれっていう念話を送ったんだけど……君みたいな子供が来るなんて……」

 

「ジュエルシード……思念体……? どうにか出来ないの!? うわっ!?」

 

 フェレットを抱えたまま思念体から逃げ続けているなのはだったが、思念体から伸びた手のようなものが地面を揺らしたことで転んでしまう。

 

「君大丈夫!? くっ、そうだ、念話を受け取ったということは魔力を持っているということ……もしかすれば……君! これを受け取って!」

 

 フェレットは何か思いついたように、首から下げていた淡い赤色の宝石がぶら下がっているペンダントをなのはに渡す。

 綺麗だと一瞬状況も忘れて見とれてしまったが、起き上がってまた走りながら、なのははそれが何なのかフェレットに問いかける。

 

「フェレットさん、これは!?」

 

「それはデバイスです! 今から僕の言う通りに言葉を! それと魔法少女っぽいイメージを!」

 

「魔法少女っぽいイメージって何!?」

 

 明らかに説明不足だが、詳しく話している時間がない。

 フェレットは急ぐように口を動かす。

 

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の(こころ)はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ……!」

 

「え、ええっと……! 我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て! 風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

 

 そうなのはが呪文を唱え終わった瞬間、眩い光が宝石から放たれて視界を白く染めていく。

 気が付けば、なのはの服装は白を基調とした学校の制服と同じような服、そして赤い宝石が変化した先端が三日月のようになっている杖を持っていた。

 まるで魔法少女だと思うが、イメージが薄かったのか服装は制服とほとんど同じものとなってしまう。

 

「こ、これって……!」

 

「変身は成功だ! これなら魔法が使えて戦える!」

 

「え? 魔法? 戦う!?」

 

「そう、君の力でって危ない!」

 

 フェレットが叫ぶと同時、なのはが振り返った時、視界に映ったのは黒い不気味な手が数本自分に向かってくるものだった。

 明らかな身に迫る危険、父親が剣術道場を経営しているが運動音痴ゆえに戦闘などしたことがない。命の危険を感じて思わず目を瞑ってしまうが、いつまでたっても衝撃は来ない。

 

「Protection〈プロテクション〉」

 

「さすがレイジングハート……! 自立したAIが魔法を使うなんて……!」

 

「なに、これ?」

 

 なのはが恐る恐る目を開けて見ると、そこにはピンク色の膜が目の前に展開されていて、黒い手は全て阻まれて届くことはなかった。

 

「事情は後で話すよ! だからまずはあの思念体を倒さなきゃ! 簡単な魔法、アクセルシューターを放つんだ!」

 

「ア、アクセルシューター!」

 

「Acceleshooter〈アクセルシューター〉」

 

 魔法のようなものを唱えると杖からピンク色の閃光が飛び出て、黒い思念体の中心に風穴を空ける。

 その威力に指示したフェレットも、撃ったなのはも驚きで硬直していた。

 

「な、なんて威力……! 魔力量が僕の何倍あるんだ……!」

 

「あれを、私が……? どうしよう! 壁とか壊して……ない?」

 

「結界があるから大丈夫だよ! それより今がチャンスだ! 復唱を! リリカルマジカルジュエルシード封印!」

 

「リ、リリカルマジカルジュエルシード封印!」

 

 杖からピンク色の光がまた広がると、思念体を包み込んで少しづつ消滅させていく。

 全てが塵になったかのようになくなった後、その場には青いひし形の宝石だけが残っていた。

 なのははそれを手に取ってよく見てみる。月明かりが綺麗に照らしてくれるので、幻想的な物体だと心の中で呟く。

 

「ふぅ……終わった……そうだ、とりあえず説明をするよ」

 

 フェレットがようやく説明しようとした時、なのはの耳にあまり今聞こえてほしくない音が聞こえてくる。

 サイレン音がけたましく鳴り響いて、それが徐々に近づいてくる。警察車両から発されるものだ。

 

「わわっ! 大変! えっと、フェレットさん! とりあえず私家に帰らないと! もし夜遅くに出歩いてるのがバレたら大目玉だよ!」

 

 警察が来る前になのははその場から離れ、自宅に帰ると自室にこっそりと戻る。

 家族にバレたなんていうことはなく、無事に怪我もなく戻ってきたのでよしとし、なのははフェレットに事情説明を求める。

 

「僕はユーノ・スクライア。スクライア族っていう部族の生まれでね、遺跡の発掘とかをやってたんだ。それである日、遺跡からロストロギアを発見して管理局に渡そうとしていた……」

 

「ロストロギアっていうのは? もしかしてこれのこと?」

 

 なのはが青いひし形の宝石を見せると、ユーノは首を縦に振る。

 

「うん、それもだね。ロストロギアっていうのは危なすぎる道具だったり、オーバーテクノロジーな技術だったりだよ。そしてそれはジュエルシード……所有者の願いを叶えてしまう道具だよ」

 

「願いが叶うの……?」

 

「叶うといっても完全にってわじゃないよ、暴走したりなんて危ないことがざらにあるんだ。だからこれをしかるべきところに預けなきゃいけない。僕はそのためにこのジュエルシードを集めてる、今日は助かったよ。それじゃあ僕はこれで……」

 

「えっ? 待ってよ、私も手伝うからね?」

 

 何でもないように口から出された、あっさりとした言葉にユーノは出ていこうとした足を止める。

 

「いや、危険だ。もうこれ以上巻き込むわけには……」

 

「危険だからこそ一人じゃダメだよ……だから私と二人で集めよう? それに知っちゃったから放っておくわけにはいかないよ。この町がピンチだもん、だったら救わなきゃ……!」

 

「君は……本当にいいのかい?」

 

 その問いになのはは優しい笑みを浮かべる。

 

「うん、私は高町なのは。よろしくねユーノ君」

 

「……その、こちらこそよろしくなのは。情けないとは思うけど、君を頼らせてもらうよ」

 

 巻き込みたくない気持ちはある。決して引かないであろう少女を諦めさせたくはあった。

 しかし、一人では現実問題として戦力が圧倒的に足りないのだ。なのはが協力してくれるだけで戦力が大幅に強化される。

 なのはに迷惑は掛けたくないが、ユーノはこれからを考えて結論を出したのだ。

 

 こうして、始まりの事件は風矢が関わることなく終了した。

 そしてここから、ジュエルシードによる事件が多発していくことになる。

 

 

 

 

 

 八神風矢は海鳴第一高等学校二年一組に所属している。海鳴第一小学校から海鳴第一中学校、そしてそこから海鳴第一高等学校に行くのが、海鳴市の一般家庭の子供が通る道だ。

 学校に着いてから授業が全て終わるまで熟睡していると、そんな不真面目な生徒の後頭部に鋭い手刀が落ちる。

 

「……ふぁああ、よく寝たなあ」

 

「よく寝たなじゃないですよ。いったい何時間寝ていたと……家で寝ていないんですか?」

 

 四方八方に跳ねている赤い長髪で美形の少年――南野秀一。彼は八神風矢と二年間同じクラスだった。

 

「秀一か……バイトが夜までだからな。それに最近骨のあるやつと喧嘩してねえから疲れちまってよお」

 

「……何で喧嘩をしている方が疲れないと思うのかは謎ですけど、八神の境遇は知っていますからね。家族を想う気持ちは同じだから応援もしています、しかし学校は睡眠場所ではないんですよ?」

 

「え? そうなのか?」

 

 知らなかったと本気で驚く風矢に、どうやってこの高校に受かったのか秀一は疑問に思う。

 

「はああぁ、全く……それではやてちゃんの病気はどうなんです?」

 

「……相変わらず原因が分かんねえらしいぜ。回復してほしいんだがなあ」

 

「そうですか……なら、八神。もしも願いを叶える力がある何かがあれば、はやてちゃんを治しますか?」

 

 その問いに風矢は席を立ち鞄を持ってから答える。

 

「当然だろ、はやての足が治るなら、俺はなんだってやるぜ」

 

「そうですか……やはり俺達は……似た者同士ですね」

 

 秀一の呟きは誰の耳にも聞こえず、風矢は学校を出ていく。

 学校から出て一番に向かうのは駅前商店街にある翠屋という喫茶店だ。その店の料理はどれも美味しいと絶賛されるが、シュークリームはその中でも特別に美味しい。

 はやても翠屋のシュークリームが大好きなので、風矢は一週間に一回翠屋に足を運んでシュークリームを数個買うのだ。

 

「いらっしゃあい、あら八神君ね。またシュークリーム?」

 

 無言で頷く風矢はその眼鏡を掛けた黒髪の三つ編み少女を見る。

 高町美由希。風矢と学校は違えど同年代で、翠屋を経営している高町家の長女でもある。更には父親がやっている古武術を習っている頑張り者だ。

 

「それにしても、毎週毎週シュークリームだね。妹さんのためだっけ?」

 

「ああ、俺もこの味は好きだが一番は妹のためだ」

 

「お母さんが喜ぶよ、一番はお客さんの笑顔だからね。はいシュークリーム五個」

 

 美由希が笑顔でシュークリームが入っている紙袋を渡し、それを受け取ると風矢は翠屋から出ていく。

 この後は家に帰ってはやてとシュークリームを食してから、アルバイトに向かうだけだ。

 しかし帰り道、河川敷にあるベンチに座っている金髪ツインテールの少女のことが目に入る。

 

 黒ベースの服に赤黒のマント、太もも辺りが見えている過激な服装をしていることもそうだが、何よりもその寂しそうな目が風矢の足を運ばせた。

 風矢はその少女に気さくに声を掛ける。

 

「よお、どうしたんだ? 迷子か?」

 

「はい……? えっと違います」

 

 風矢は「そうか」と答えて少女の横に座る。

 

「あの……なんですか?」

 

「ああぁえっとなぁ、お前が寂しそうな目してるから気になっちまってな。お前と同じくらいの妹がいるんだが、妹もそんな目をしてた時があったからよ」

 

「そう、ですか」

 

 どんな反応をしていいのか少女は困っていたが、それよりもっと困ることが起きる。

 

 ぐーぎゅるるる。そんな音が少女の腹から鳴ってしまったのだ。

 

 風矢は目を丸くして少女を見る、そして少し考えてから紙袋に手を突っ込んで中からシュークリームを一個取り出す。

 

「ほれ、シュークリームだ。腹が膨れるかは分からんが食っとけ」

 

「……え? いや、そういうわけには」

 

「いいから食えって、うめえんだぜこれ」

 

「じゃ、じゃあ……その、ありがとうございます」

 

 少女はおそるおそる風矢の手からシュークリームを取って、小さな口で少しかぶりつくとその目が輝く。

 感じたことのない濃厚な甘み、ふわっとしているクリームと皮、ただ美味しいというだけでは収まらない。

 

「おい、しいです」

 

 しかし少女はそれ以外に表現を知らなかった。

 風矢はその顔を見て満足そうにすると口を開く。

 

「お前名前は? 俺は八神風矢だ」

 

「……フェイト・テスタロッサ、です」

 

 少女――フェイトは少し迷ってから名前を名乗る。

 

「そうかファイトか、いい名前じゃねえか」

 

「……フェイトです」

 

 フェイトは少し呆れたような表情になると、風矢は「おっ」と言葉を漏らす。

 

「だんだん色んな顔出来るようになってきたな。お前さっきまで人形みたいに表情が変わってなかったからな。たまには笑っとけ、泣いても怒ってもいいからとにかく生きてるって分かる顔しとけよ」

 

「……余計なお世話です。でも、ありがとうございます」

 

「ああ、それでお前一人で何してたんだ?」

 

 青空を見上げながら風矢は疑問を口にする。

 たった一人で、しかも変な服装で、寂しそうな目をして座っていたなんてただ事ではない、そう思ったからだ。

 しばらく返答はなかったが、じっくり考えたフェイトは口を開く。

 

「……私、お母さんに言われてジュエルシードって物を探しているんです。いっぱい集めれば褒めてもらえると思うんですけど、思うようにいかなくて」

 

「ジュエルミート? 聞いた事ねえな……秀一か出馬ならなんか知ってんかもしれねえけど。俺はよくそういうの知らねえからよ、悪いな力になれなくて」

 

 風矢はジュエルシードをジュエルミートとして聞き間違い、想像したのは宝石のように輝く肉だった。

 それもシュークリームと同じくらい美味そうだと考えて、涎すら垂らしていた。

 

「ようやく手に入れたのは二十一個ある内の三個だけですし……ついさっきは私と同じくらいの男の子に奪われました。母さんのために私が集めなきゃいけないのに……」

 

「探すの手伝ってやろうか? バイトまで二時間くらいだから、時間なら一応あるぜ?」

 

「いいです、私が見つけないと……意味ないですから」

 

「そんなことねえだろ、誰かと一緒に見つけても別にいいと思うぜ?」

 

「何も知らない癖に偉そうに言わないでください!」

 

 何か地雷でも踏んだのか、フェイトは突然叫び出した。

 少し驚いた風矢だが、それ以上に驚いていたのはフェイト自身だ。まさかこうも取り乱すとは自分でも思っていなかった。

 

「まあ、お前がそれでいいならいいんだ。でも本当に困った時、誰かに相談するってのは良いと思うぜ? 俺も進級出来なさそうなところを出馬ってやつに助けてもらったからよ」

 

「……覚えておきます。私、行きますね」

 

「そうか、それじゃあ俺も帰るぜ。探し物、見つかるといいな」

 

 フェイトは頭を軽く下げてからその場を立ち去っていった。風矢も帰ろうとしたが、その前に久し振りに寄っていこうと思った場所があった。

 神社だ。風矢は神など信じていないが、それでも何か効果があるかもしれないと妹の病気の完治をたまに祈っているのだ。今日はそれに加えてフェイトの探し物が見つかるようにと祈るつもりでいた。

 

 長い階段を上っていくと、風矢は異質な気配を感じ取る。

 上りきって境内に着くと、そこには黑い毛並みが綺麗でフサフサの犬がいた。しかしその大きさは通常の犬と同じではなく、阿修羅カブトと同じくらいの巨大な犬だった。

 犬は禍々しいオーラを纏っており、どう見ても普通ではないが風矢は歩いて近寄っていく。

 

「おいおい、でかくなったなポチ……成長期か?」

 

 風矢がたまに神社に来る時、よく駆け寄ってくる犬のポチ。膝下くらいまでしかなかったはずの背が、今では風矢よりも遥かに大きくなっていた。その異常を成長期と片付けて、風矢は「よーしよしよし」と優しい顔で近寄っていく。

 

「大きくなっても礼儀正しくしねえと駄目だぜ? そらお手だお手」

 

「グルルルル!」

 

 人間の何倍もある体格の犬がお手をすればどうなるか。そもそも手の大きさが違いすぎるので成立しない。案の定、ポチの手が振り下ろされると風矢を地面に向けて潰す形となってしまう。

 地面に亀裂が入り砂埃が舞うが、風矢は地面に頭から叩きつけられても笑って立ち上がる。

 

「はっはっは! そうそう、お手はそうだ! なら次はお座りだ!」

 

 犬は人間の言葉の意味も理解できないが、明らかに異常な状態のポチはなおさらだ。

 先程のお手も風矢が言ったからではなく、ただ単に目の前にいる生物を攻撃しようとしただけだった。そんなポチが座ってジッとしているはずもなく、次にとった行動はその鋭い歯で噛み砕こうとするという無情なものだった。

 

「うん? おいおい舐めるな舐めるな。ていうかお座りだぞ?」

 

 しかし強靭すぎる肉体を持つ風矢を噛み砕くことなど出来ず、力を入れてもびくともしない。

 風矢は風矢で襲われていることにすら気付かず、甘えられていると勘違いしていた。

 そんな様子を見て慌ててその場に来たのは、白が基準で青い線などが入っている服を着た少女だった。

 

「大変! 人が襲われてる! ユーノ君どうしよう!?」

 

「落ち着いてなのは! とにかく救出が最優先だ、あの暴走してる生物を攻撃するんだ!」

 

 少女――高町なのはの肩に乗っていたフェレット――ユーノが喋る。

 

 高町なのはは魔法少女である。

 それを言われて信じる人間などたかが知れているだろうが、事実なのだ。

 数日前。なのはは少年の助けを求める声を聞いて、声の方向に向かうと怪物の目撃する。

 少年の声を出していたのはユーノ・スクライアであり、スクライア一族の彼はジュエルシードと呼ばれる道具を発見していた。そのジュエルシードを然るべき場所に送ろうとしていたが、何者かの攻撃を受けて地球の海鳴市に散らばってしまったのだ。

 

 ユーノはそれらを集めるために一人でジュエルシードの思念体と戦うも、実力が違いすぎたために追い詰められる。その時に助けを求めて、駆けつけたのがなのはだった。

 レイジングハートという魔法を使うためのデバイスを、ユーノはなのはに授けて魔法少女に変身させた。

 変身したなのはの実力は凄まじく、ジュエルシードの思念体をあっさりと封印してみせる。

 危ないと分かっているが、なのはは町を危険から守るために、ユーノを手助けするためにジュエルシードの回収を始めたのだ。

 

 そして今、神社にてジュエルシードを取り込んだポチを見つける。

 なのははユーノの言う通りにして、手に持っていた杖を振り上げる。

 白い棒の先端に三日月のような黄色い物体があり、その中心に赤い宝玉のようなものが付けられている杖から、桃色のエネルギー弾――魔力弾が生成されて解き放たれる。

 魔力弾は風矢を噛んでいたポチの背中に直撃し、痛みと衝撃から口を大きく開けて咆哮する。

 

「うん? なんだ?」

 

 ポチは後ろに下がって攻撃してきたであろうなのはを睨む。

 状況を全く理解していない風矢の元に、なのはが降り立って心配そうな声を上げる。

 

「大丈夫ですか!? あれ、もしかして翠屋によく来る……八神さん?」

 

「おう、お前は確か高町の妹の……ナッパだったか?」

 

「な、ナッパじゃないです! なのはなの!」

 

「そうか、悪いな。なのはなの……変な名前だな」

 

「そうじゃないです! なのはなの!?」

 

 特徴的な語尾を名前の一部と勘違いされたので、なのはは必死に否定するが今はそれどころではない。

 

「なのは、話は後にして今はジュエルシードの暴走を止めるんだ!」

 

「わ、分かったの! そうだよね。ちょっと忘れてた……」

 

 ユーノの忠告を聞き入れて、なのはは敵である暴走したポチと向き合う。

 両者が睨み合いを続けていると、空気を読まずに風矢がポチに近付いていく。

 

「よし、じゃあ次はあれだ。逆立ちしてみろ! なのはなのも来てくれたんだからそれくらいチャレンジしようぜ」

 

「なにしてるのおおおおお!?」

 

「ちょっ、そこの人! 今その生物はジュエルシードの影響で暴走していて危険なんだ! 近づいたら危ないから離れてくれ!」

 

 ポチは噛み砕こうとしても噛み砕けないし、力でも負ける風矢をどうすればいいのか悩む。

 そして悩んだ結果……ポチは風矢を丸呑みした。

 

「あ……八神さああああん!」

 

 ごくん、という音がなのはとユーノに聞こえて、助けられなかったと悔しさで顔を歪ませる。

 

「そんな、ついに犠牲者が……! これも僕のせいなのか……!」

 

「や、八神さんが……! 許せないの!」

 

 風矢のことをよく知らないユーノも、知り合いであるなのはも怒りを覚えていた。

 親が翠屋を経営しているので、なのはが週一で来ている風矢を知るのも当然だった。積極的に話したことはないが、笑ってシュークリームを買いに来てくれる風矢を思い出して涙目になる。

 そのどうしようもできない怒りを桃色のエネルギー――魔力に変え、なのはは連続して魔力弾を放つ。

 しかしポチに大きなダメージはなく、反撃として通常の犬ではありえないが、口から黒い炎のようなエネルギーを放出する。

 

「うそっ!? ワ、ワイドエリアプロテクション!」

 

 なのははその黒いエネルギーが凄まじい威力であると直感的に分かった。

 魔法と呼ばれる力の一つ、防御魔法でプロテクションというものがある。主に自分の周りを防御するその魔法では、自分は守れても広範囲は守れない。

 そのプロテクションの欠点である防御範囲をなくしたのが、ワイドエリアプロテクションだ。

 プロテクションよりも防御特化であり、広範囲にバリアを張ることが出来るので周囲への被害も防げる。

 

 桃色の壁がなのはの前面に大きな三日月のような形で生成され、黒いエネルギーは軌道を変えて神社の横辺りを通過する。その通過した場所は大きく抉れて、黒く焦げていた。

 

「これ以上戦ってたら周りがめちゃくちゃになっちゃうよ! こうなったら一撃で決めようユーノ君!」

 

「一撃っていっても……あの犬、相当強いよ……!」

 

「大丈夫、私達ならやれるよ! ディバインバスター!」

 

 桃色の閃光が向かっていってポチに直撃する。

 しかし大したダメージはなく、ポチは周囲に轟くような咆哮をして目が赤く光る。

 

「うそ……ディバインバスターじゃ威力が足りないんだ。もっと強く……私以外からも魔力を……! ユーノ君! 私が魔力を集めている間、あの犬の攻撃を防いで!」

 

「僕が!? いやさっきのを防げるのはなのはくらいだと思うんだけど……あれ?」

 

 なのはが自分自身のもの以外に周囲の魔力をも集め始めた頃、ユーノはポチの異常に気付く。

 ポチがその場に留まっている。何かが起きているのか腕を振り下ろしたり、苦しそうに吼えたりするだけだ。

 現状では好都合であるそれが十秒、なのはのチャージ時間ずっと続いていた。

 

「いける……! 受けてみて! ディバインバスターのバリエーション!」

 

 チャージが終わったなのはは杖を真正面に向け、集まっている桃色の魔力を杖の先端から一気に放出する。

 

「スターライトブレイカー!」

 

 被害も考えてなのはの放った一撃は圧縮したように、ポチだけに当たる大きさになっていた。

 放たれたディバインバスターよりも大きな桃色の閃光はポチに直撃して、数秒経つとフッと消えてしまう。

 ポチも周囲の魔力すら圧縮した一撃を喰らっては無傷では済まない。少しの焦げ跡のようなものができており、苦しそうにもがくポチは何かを勢いよく吐き出す。

 吐き出されたものは放射状に飛んで地面に落ちる。それを見たなのはとユーノは驚愕で目を見開く。

 

「まったく、まさか食われるとは思わなかったな。しっかし何だこの青い石は?」

 

 吐き出されたのは五体満足でいる風矢だったのだ。

 強すぎる肉体は胃酸でも溶かしきれず、傷一つ負っていない。

 

「八神さん! 生きてたの!? 大丈夫なんですか!?」

 

「おう。やべえと思ったけどな。それとポチが暴れてるのはこれのせいだったのかもしれねえ、腹の中にあったんだが」

 

 そう言って風矢が握っていたものをなのはに見せる。

 それは青いひし形の石であり、数字のようなものが彫られている。

 

「「ジュエルシード!」」

 

 なのはとユーノはそれを知っていたのか驚いて叫ぶ。

 

「あ? ジュエルミート? これがそうなのか」

 

「ジュエルシードなの! ってあれ? 八神さんはジュエルシードのこと知ってたの?」

 

「ああ、ジュエルミートを探してるってやつについさっき会ったばっかだ。今はこういう宝探しが流行ってんのか?」

 

 その言葉にユーノは深刻そうな表情をする。

 

「それって、つまり僕達以外にもジュエルシードを探している人間がいるってことか……」

 

「そうだな、しかしこれ本当に美味いのか? どうみても肉には見えねえんだが」

 

「だからそれはミートじゃなくてシードなの! ジュエルシードは石であってるの!」

 

「あ、そういやポチはどうなった?」

 

 風矢が思い出して周囲を見渡すと、子犬程度の大きさに縮んでいるポチの姿があった。

 激しい戦いの後だからか、ポチはぐったりとしていて元気がなさそうだ。

 

「ポチ……なんで小さくなってんだ?」

 

「いやこれが正しい大きさだと思うの! さっきまでのが異常なの!」

 

 感覚がズレている風矢になのはがツッコむ。

 

「なのは! とりあえずジュエルシードの封印を!」

 

「あ、そうだったね。リリカルマジカル、ジュエルシード封印!」

 

 なのはがそう呟くとジュエルシードは桃色の光に包まれる。

 風矢には何が起きているのか分からなかったが、手に持っていたジュエルシードの何かが変わったというのは分かった。

 

「あの、八神さん。それは渡してくれると助かるんですけど……」

 

「あ? 別にいいぜ? お前もこれを探してるみたいだしな。ファイトには悪いが早い者勝ちだ」

 

 なのはがお願いすると、風矢はあっさりとジュエルシードを渡す。

 なのはは目を丸くして受け取る。他にも探している人物がおり、そのことを知っていた風矢が、大した接点もない自分に渡してくれるとは思わなかった。

 

「いいんですか?」

 

「構わねえよ、ファイトより早くお前が見つけた。ただそれだけだろ?」

 

「……はい。その、探してる人はファイトって名前なんですか?」

 

「ああ。金髪のちょうどお前くらいの女の子だ。友達いなさそうな感じだったから仲良くしてやってくれ」

 

「はい! 私、会ったらファイトちゃんと話をしてみます!」

 

 元気よく返事をするなのはの横を通り過ぎて、風矢は笑みを浮かべながら帰り道を歩く。

 手にはシュークリームの入った紙袋を持っていなかったが、それに気付かずに帰宅する。当然、シュークリームを楽しみにしていたはやては怒りの鉄拳を放つのだった。

 




 高町なのは……言わずもがな原作主人公。本来ならフェイト戦で使うスターライトブレイカーを強敵だったせいか早めに習得してしまった。フェイトとの初戦では圧勝できるかもしれない、というか下手すればフェイトが重症になる。

 フェイト……風矢が間違った名前でなのはに伝えたため、しばらくはファイトと呼ばれる。

 育ちすぎたポチ……リリカルなのはでもジュエルシードで暴走した犬は出てきたが、これに関しては全くの別物。高威力のエネルギー弾を口から放出することができる巨大な犬。原作はワンパンマンで、複数の都市を壊滅させることができる災害レベル竜クラスの怪物。


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闇の三大秘宝

 前回の喧嘩相手。大きくなったポチ(犬)。


 ポチと戯れてから二日。風矢は学校に行くために道路を歩いていた。

 学校に行っても寝ているだけだし、バイトがあればそちらを優先するが、出席日数が足りなくなると進級できないので行ける時は行く。

 去年は友人である出馬(いずま)(かなめ)の助けでなんとか進級でき、もしも助けがなければ今頃留年していた。しかし当の本人は留年という単語の意味すらよく分かっていない。

 

「ふぁああ、ねみいなあ」

 

 ボタンを留めていない学ランが風で揺れて、欠伸をしながら学校へ向かう風矢だが見覚えのある生物が見えた。

 

「あれは……この前の」

 

 風矢の元に走って来るのは高町なのはと一緒にいたフェレット――ユーノだ。

 クリーム色の尻尾を揺らしながら、焦った様子で走っている。

 

「あ! この前の! お願いです、なのはを助けてください! この先で倒れているんです!」

 

「なんだと? なのはなのが? 案内しろ」

 

 動物が喋るということに疑問も持っていない風矢は、ユーノの案内により現場に駆け付ける。

 歩道の端の方に通学途中だったのか制服姿で三人の少女が倒れている。一人はユーノの言う通り高町なのはである。もう二人はなのはの友人である少女だ。

 

「おいおいどうしたんだ、熱中症か?」

 

「熱中症じゃないです。僕は見ていた……三人が急に意識を失ったんです。それも同時にです、こんなのおかしいですよ!」

 

「同時に? まあとにかく病院に連れてくぞ。妹が通っている海鳴大学病院まで全力で走れば一分もかからねえ、ヨーヨーだったか? 肩に乗れ」

 

「ヨーヨー? あ、いやユーノです!」

 

 風矢は倒れている三人をまとめて背負うと、急いでその足を進めようとして……止めた。

 肩に乗ったユーノは不思議に思うが、背後から誰かが近づいて来るのを感じて止まった理由を理解する。

 

「止めといた方がいいと思うで? その子ら病院に連れてっても治らんからなあ」

 

「ああ? 出馬か……どういう意味だそりゃ」

 

 風矢が振り返ると黒髪で風矢と同じ学ランを着ていて、眼鏡を掛けた少年がおり、名前を呼んだことでユーノは知り合いなのだと悟る。

 その少年――出馬要は眼鏡を指で上げて答える。

 

「簡単な話や、その子らの症状は普通やない。病院じゃあ治せんのや」

 

「あ、あなたは分かっているんですか!? なのは達がこうなった原因が!」

 

「……うん? 誰やこの声」

 

 ユーノはしまったと心の中で後悔する。

 風矢があまりにも自然に受け入れていたので、動物が喋る筈がないという常識を忘れていたのだ。

 そもそもユーノはフェレットではないのだが、風矢や出馬が知るはずもない。

 

(ま、不味い……どうにか誤魔化さないと……!)

 

「ああ、今の声はこいつだよ」

 

「誤魔化す暇もないいいい!」

 

 ユーノが必死に誤魔化すための策を考えていたが、風矢が肩に乗っているユーノを指で示してばらしてしまう。

 

「オコジョ? いやフェレットか……フェレットが喋るんか? オウムでもないのに」

 

「別におかしくねえだろ。人間だって喋るんだぜ?」

 

「当たり前なこと言ってる! それで納得する人なんていないですよ!?」

 

「ふむ、まあ後できちんと説明してもらうとして……先にこっちの要件を済ませよか。時間もあらへんし歩きながらな。その子達は人に見つからないような場所に置いておき、騒ぎにならんようにな」

 

 風矢は倒れたままのなのは達を放置するということに納得の色を見せない。

 

「必要なんや、病院になんて届けたらそれこそ大事件になってしまうんでな。それに寝かしておけば登校中に三人仲良く寝ちゃったって誤魔化せるやないか」

 

「いやそれで誤魔化せる人もそうそういませんよ!? やっぱりこの人も常識ない人だ!」

 

 適当すぎる理由に大声を上げるユーノだが、それに納得する者がこの場に一人だけいた。

 

「なるほどな、分かった。ユーフォ―、お前はなのはなの達に付いていてやれ。必ず元に戻してやるからよ」

 

「誤魔化されてる……あとユーフォーじゃなくてユーノです」

 

 風矢達は走って近くの公園まで行き、ベンチになのは達を寝かせる。

 ユーノは言われた通りになのはの太もも辺りに下りる。

 

「あの、なのは達は戻るんですよね?」

 

「それは僕らの頑張り次第やな。というわけで八神、急がんとこの子達は正気に戻らん。走るで」

 

「説明は走りながらだな? 分かった、そんじゃお前はなのはなの達を守ってろよ」

 

「わ、分かりました……信じてます」

 

 公園を後にして風矢達は走り出す。

 出馬は手にしている方位磁石のようなものを見ると、目的地があるのか方向を気にしながら走る。

 

「それで? なのはなの達はどういう状態なんだ? 俺は何をすればいい」

 

「とりあえず詳しい事情を話す暇はあらへん。細かくは無理やけど昨日の夜なにがあったかを簡単に説明するで」

 

 出馬はそう言うと、昨日の出来事を思い出しながら口にしはじめる。

 

 

 

   * * * * * * * * * *   

 

 

 

 夜遅い時間。電気が付いていないので薄暗いが、出馬博物館にて三人の盗賊が入り込んでいた。

 様々な道具が保管されている出馬博物館はよく盗難未遂が起こる。なぜ盗難未遂かといえば、盗もうとした時に博物館の一室で寝泊まりしている男に邪魔されるからだ。

 

 出馬家の一人息子――出馬要。

 

 出馬家は博物館の他に道場も開いており、出馬八神流と呼ばれる、古武術に太極拳を混ぜた独自の進化を遂げた武術を教えている。要はその道場で十七歳という若さで当主になっているほどの実力を持っている。よって並の泥棒ならば一撃で撃破出来るのだ。

 

 しかしこの日に侵入した三人は並の人間ではなかった。

 

「飛影よお、餓鬼玉は俺にくれよな。他の二つはいらねえからよお」

 

「剛鬼、心配せんでもくれてやる。俺の目的は降魔の剣だ。暗黒鏡はもう一人にくれてやる約束をしているから、仲良く三人で宝は山分けだ」

 

 飛影と呼ばれたのは小柄で小学生くらいの身長である少年。白いバンダナを額にしていて、目つきが悪い。逆立った黒髪が特徴的だ。

 剛鬼と呼ばれたのは大柄な青年。筋肉質でゴツゴツとした肌が特徴的だ。

 

「そのもう一人ってのは誰だっけか。確かまだ高校生の餓鬼だろ?」

 

「おいそれは俺への侮辱か? 俺の年齢は十六歳、そのもう一人より年下なんだぞ」

 

 飛影は剛鬼を鋭く睨むと、睨まれた剛鬼は「怖い怖い」と言って博物館の中を歩いて行く。

 博物館の展示室最奥。そこに目当ての宝を確認して二人は口元を嬉しそうに歪める。

 

「あったぜ、これが闇の三大秘宝。餓鬼玉、暗黒鏡、降魔の剣だ」

 

「へっへっへ、緩い警備だったな。警備員は寝てたしよ」

 

 そこに展示されていたのは三つの道具。

 緑色のサッカーボールのような玉――餓鬼玉。

 緑色の宝玉が周囲に装飾されている鏡――暗黒鏡。

 嘆いているような顔が柄の下にあり、刀身が真っすぐに伸びている剣――降魔の剣。

 飛影と剛鬼、そしてあともう一人はこの闇の三大秘宝と呼ばれる道具が目当てだった。

 

「緩い警備ですまんかったなあ? 警備員さんも疲れとるだろうおもて夜は人数減らしとるねん」

 

 宝が保管されているガラスに手を伸ばそうとした時、背後から声が聞こえる。

 飛影と剛鬼が振り向くと眼鏡を掛けた少年がいつの間にか背後に立っていた。

 

「何者……いや、お前がこの博物館の番人と呼ばれている出馬要だな? お前がいるおかげで盗もうとした犯罪者が全員刑務所送りだと噂になっているぞ」

 

「そんな大層な呼ばれ方しとったんは初めて知ったなあ。それでそこまで分かっているなら、とっとと帰るのをオススメするで?」

 

「ククク、冗談だろう? 宝を目の前にしてのこのこと帰れるか。お前をぶっ飛ばして宝は盗ませてもらう!」

 

 飛影が暗闇に紛れて出馬の背後に回る。

 明かりは月明かりしかなく、一度姿を消してしまえば目で見つけるのは困難だ。

 飛影は出馬の背中を殴りつけようとするが、その手を掴まれた上に右頬に裏拳を入れられる。裏拳といっても手は握っておらず、鞭のようにしならせた手の甲で攻撃していた。

 

「出馬八神流、野馬分鬃(のまぶんそう)

 

「うぐっ!? この暗闇で見えているのか!?」

 

「別に驚くことないやろ、君だって見えてるんやろ?」

 

 見えているという表現が正しいかは分からない。

 出馬や飛影は暗闇でも音や空気の振動から、相手の居場所を調べることくらいは出来ていた。二人はそれで互いの居場所を読み合って戦いを始めていたのだ。

 

「俺も忘れるなよ?」

 

「忘れとらんよ?」

 

 剛鬼が固く握りしめた拳を振りかぶるが、放たれる前に出馬が何回転もして回し蹴りが脇腹にめり込む。

 

「出馬八神流、旋斧脚(せんぶきゃく)

 

「ぐああああ! や、やべえ威力だ……あばらが折れたぜこりゃあ」

 

 出馬八神流は太極拳も取り込んでいるので、一撃の重さを追求している武術になっている。

 全身の動きで一撃を最大限の威力にすることで、相手を瞬殺するというのが極意のようなものだ。しかし当主となっているほどの使い手である出馬の攻撃を受けても、飛影も剛鬼も痛がるが気絶はしない。

 それは実力が高いことの証明であり、出馬は飛影達を厄介な強さを持つと悟る。

 

「まあでも僕の方が強いんは確実やな、二対一でもこれじゃあ話にならんで?」

 

「黙れ。二対一だと? 悪いがそうじゃないんだよ、三対一だ」

 

「何を言って――」

 

 バリン! というガラスが割れる音が博物館内に響く。

 まだ仲間がいたのかと出馬は音の発生源を探るが、遠すぎて発生源が分かるまで時間が掛かってしまう。驚きもあったために動揺し、戦闘中だというのに気が揺らいだ。そしてその隙を見逃すほど甘い敵ではない。

 

「ぐうっ!?」

 

 背中と腹部。それぞれ飛影と剛鬼に同時に殴られて、出馬は呻き声を上げて膝をついてしまう。

 さらに動きが止まったことで剛鬼の蹴りが思いっきり出馬の頬を蹴り抜く。出馬は吹き飛んで展示品を守っているガラスに衝突して気絶してしまう。

 

 

 

   * * * * * * * * * *   

 

 

 

 大まかな事情を聞いた風矢だが、それが今なんの関係があるのか分からない。

 

「問題はその盗まれた物が最悪っちゅうことや。闇の三大秘宝と呼ばれる道具でな、餓鬼玉、暗黒鏡、降魔の剣の三つや。そのうちで餓鬼玉っちゅうのが子供の魂を奪い取って保管するとかいう性能でなあ」

 

「つまりその元気玉が原因ってことか。その盗んだ奴のところに向かってるんだな?」

 

 なのは達が倒れたのはその餓鬼玉のせいであると、話を聞けば頭が悪い風矢でさえ分かっていた。

 

「元気玉やなくて餓鬼玉な。そう、盗まれた品が特殊だから助かった部分もあるんや。発信機が仕込まれとるから、この時計で距離が分かるねん」

 

 出馬はそう言うと腕に付けている時計を見せる。

 方位磁石のようなものが付いていて、それが示す先に犯人がいるということだ。

 

「仲間が何人おるか分からん、一人二人なら楽勝やけど……強さが同じくらいのが三人いたら厄介なんよ」

 

「はっ、それで俺のとこに来たわけか。いいぜ、こっちもなのはなのをやられて頭にきてんだ」

 

「さっきから言ってるなのはなのって……まさか名前なんか?」

 

「ああ! あいつは高町なのはなのっていうんだぜ」

 

 実際は高町「なのは」であるのだが、間違いに気付くことなく名前を広めてしまった。以前はフェイトの名前もファイトとして広めてしまっている。

 風矢はとにかく聞き間違いなどの勘違いが多い。その悪癖はもはや妹であるはやてですら治すのを諦めているほどに酷い。

 

「いた! あの男や! 一人のようやな!」

 

「ほう、あいつが……ってあれは!」

 

 走り続けた二人はついに餓鬼玉の所持者である剛鬼の元に辿り着く。

 道路から逸れた人通りが少ない森の中、そこにいたのは剛鬼だけではなかった。

 

「ファイト!」

 

 そこには金髪のツインテールの女の子、フェイト・テスタロッサが倒れていた。

 近くには薄く赤い髪をした犬のような耳が生えている少女がいる。しかしその少女は既にボロボロで痣をいくつも作っている。

 傷だらけであるにもかかわらず、少女は倒れているフェイトを庇うようにして立っている。そして走って近づいて来る風矢達を警戒心を剥き出しにして睨む。

 

「なんだいアンタら……アンタらもこの子を襲うのか……!」

 

「へえ、出馬要か……」

 

「勘違いすんな、俺達はそこの男を倒しに――」

 

「フェイトはアタシが守るんだあああ!」

 

 少女は叫びながら風矢に向かって拳を振るうが、それはあっさりと掴まれる。

 

「聞け、俺達は味方だ。ファイトとは知り合いだ、見て見ぬフリは出来ねえ」

 

「フェイトの知り合い……いや、ファイト? 誰だいそれ」

 

「誰ってそこに寝てるやつだよ、ファイトだろ? 名前」

 

「いやあの子はフェイトって名前だけど?」

 

「なにっ!? いつの間に改名したんだ!?」

 

 ファイトと言う名前が間違いなのだが、風矢は斜め上の発想で改名したのだと思い込む。

 そんなやり取りをしていると少女は風矢への警戒を解いて、剛鬼の方に視線を向ける。

 

「……まあいい、助けに来たとか言ってたけど帰りなよ。あいつ凄い強いよ、アンタからは魔力を感じない……殺されるよ?」

 

「安心しろ、根性とか気合なら持ってる」

 

「安心出来ないよ! おいそこのメガネ! お前からもなんとかいってよ!」

 

 少女は一人では説得が無理だと悟ると、一緒にいた出馬に助けを求める。

 

「八神、この女の子達は僕が守ったる。君は剛鬼をぶちのめしい!」

 

「おう! 任せたぜ!」

 

「あっ! おい!」

 

 少女が手を伸ばして止めようとするが、風矢はそれよりも速く剛鬼に向かって拳を振るう。

 剛鬼は両手で防御するも、一撃で十数メートルは吹き飛ぶ。それを見て少女は目を見開いて信じられないと呟く。

 

「嘘だろ……」

 

「嘘やないで犬耳少女。あいつは強い、剛鬼なんてすぐに倒せる。安心して待っときい」

 

「チッ、誰だか知らねえが食事の邪魔をしやがって……テメエを片付けたら次は後ろの出馬要、その次は小娘、全員倒したら魂を食って食事だ!」

 

 剛鬼は高らかにそう宣言した。

 風矢は拳を握って駆ける。その速度は剛鬼が反応出来るものではなかった。

 剛鬼には瞬間移動のように見えるほどの速度、その勢いのままに拳を腹部に打ちつける。

 

「ぐおおっ!?」

 

「テメエのせいでなのはなのもフェイトも倒れてんだろ。だったらさっさと魂とやらを返せよ」

 

 たった一撃で、剛鬼は膝をついてしまう。

 風矢は手加減しているのだが、それでも実力があまりにも離れているので剛鬼はこのままでは勝てないと悟る。

 

 ――そう、このままでは。

 

 このままでは勝てない、剛鬼はそう思いながら立ち上がると全身に力を入れ始める。

 風矢は目の前で力んでいる剛鬼をつまらなそうに見ていたが、突如その目が驚きで見開かれる。

 

「はっはっはっは、ただの人間にしては強いじゃねえか。まさか早速この姿になることになるとはなあ!」

 

「なんだ……体の色が……?」

 

 剛鬼の大きな体がさらに大きくなり身長は二メートルを超え、その体の色は薄紅色に染まっていく。頭からは小さな角が四本ほど生えて、歯が牙のように鋭くなった。

 明らかに人間の姿ではなくなってしまった剛鬼を見て、出馬は驚きつつまだ予想内であると冷静に考える。

 出馬にとって最悪だったのは三人以上いると思われる仲間全員が、人間の姿を捨てて襲い掛かってくるというものだった。もしも一人ならば出馬一人でも対処出来る。

 

「なんなんだい……あの体……!」

 

 鬼のような体になった剛鬼を見て、赤毛の少女は戦慄する。

 その正体を知っていた出馬は風矢にも聞こえる声で説明する。

 

「剛鬼のその姿、それは降魔の剣によるものや。降魔の剣は生物を少しでも傷つけると、その生物をおぞましい怪物にしてまうという効果があるんや。既に盗んだ降魔の剣で怪物にしとるのはまだ予想内。八神、君なら余裕で倒せる敵や! さっさと倒さんと僕が横取りしてまうで!」

 

「ああ!? 交換券のせいだか何だか知らねえがこの野郎は俺の獲物だ! 手は出すなよ!」

 

 その出馬と風矢の言葉に剛鬼は呆れたように笑う。

 

「おいおい、この姿になると身体能力が数倍にもなるんだぜ? どうせなら出馬の小僧と二人掛かり、いやそこの赤毛と三人掛かりで来いよ」

 

「心配すんな、俺一人で十分だからよ」

 

「そうかよ!」

 

 剛鬼は拳を風矢の頬にめり込ませ、そこから連続で殴る蹴るの攻撃が襲い掛かる。風矢はただそれを防御もせずに受けているだけだった。

 大した抵抗も見せずに攻撃され続けているのを見て、赤毛の少女は焦った声を出す。

 

「ちょっと! ボッコボコにやられてんじゃないか!」

 

「いや、あれは八神の悪い癖やな」

 

 隣で見ていた出馬がそう言ってきたことで、少女は「癖って?」と聞き返す。

 

「少し強そうな奴と喧嘩する時はなあ、わざと攻撃を喰らう悪癖があんねん。まあ見ときい、そろそろ痺れ切らすころや」

 

 剛鬼に殴られ続けている風矢は内心少しガッカリしていた。

 今まで自分と張り合える人間などほぼおらず、対等の戦いというものに憧れを抱いていた。だからこそ剛鬼の変化に驚くと同時に期待もあったのだが、実際のところ大した奴ではないという感想が出てしまう。

 

「ははは、そろそろ終いか!? これでトドメだあ!」

 

 わざと受けているのに気付かず、圧倒していると勘違いしている剛鬼が拳を振り上げる。

 それが振り下ろされる直前で、風矢の拳が剛鬼の顎を撃ち抜く。顎への直撃を喰らって剛鬼の体はぐらつき、そこに勢いのある拳が頬に突き刺さって地面を跳ねながら吹き飛ぶ。

 

「ぐああああ!? くそっ、この姿になってもまだ……! 仕方ねえ、あの女を……!」

 

 剛鬼は卑劣にも倒れているフェイトと近くの少女に狙いを定めて駆ける。

 守るように出馬もいるのだが、今の自分ならば手も足も出なかった出馬も倒せると信じて駆けていく。

 

「あいつこっちに……!」

 

「チッ、トドメさせなかったか……しょうがねえ。出馬! お前にくれてやる!」

 

「ええんかあ? まあ遠慮せずに僕が倒すことにするわ」

 

「はっはっお前じゃ役不足だぜ!」

 

 出馬が少女の前に躍り出ると、剛鬼が拳を振るう。当然その標的は出馬になっていてぶっ飛ばせると思っていた。

 しかし出馬は拳の上に跳んで踏み台にし、空中で嵐のように猛回転すると剛鬼の頬に回し蹴りを叩き込む。

 

「ぐえあっ!?」

 

「出馬八神流、旋斧脚。借りは返したで、剛鬼」

 

 剛鬼にやられた頬への一撃。それを同じ個所に攻撃することで、格下に負けたという出馬の気持ちを少し晴らした。

 吹き飛んで地面に倒れ、気絶してしまった剛鬼の体は薄紅色の怪物からただの人間に戻る。

 その光景を信じられないように見ていた赤毛の少女だが、フェイトから小さいが苦しそうな声が聞こえてそちらを振り向く。

 

「んっ」

 

「フェイト!」

 

「ファイト! 気が付いたのか!」

 

「いやだからフェイトだっての!」

 

 目が覚めたことに気が付いた風矢が駆け寄って間違った名前を叫ぶ。

 閉じていた瞳がゆっくりと開かれて、フェイトは頭を押さえて起き上がる。

 

「アルフ? それに確かこの前の……? 私、どうして……?」

 

「無事で良かったよ! どうしてってのはアタシも聞きたいくらいなんだけどねえ」

 

 そう言うと獣耳の赤毛少女――アルフは事情を知っていそうな出馬に目を向ける。

 全員の視線が集まってしまい困ったように後頭部を掻くと出馬は事情を話し始めた。

 

 説明されたフェイトとアルフは深刻そうな表情を浮かべる。

 

「餓鬼玉、暗黒鏡、降魔の剣ねえ。まさか地球にそんな危ない物があったなんて……もうそれってロストロギアじゃないか」

 

「私達も手伝った方がいいのかな……ジュエルシード集めにも影響しそうだし」

 

 ロストロギア――地球とは違う世界で進化した技術や道具、そういった危険な物のことをそう呼ぶ。

 フェイトやなのはが探しているジュエルシードもその一つである。危険な物が更に増えるのは面倒と考えて、二人は事情を知った手前手伝った方がいいのではと目で相談する。

 

「いやお前らは手伝わなくていいぜ?」

 

 手伝おうか考えていた二人に風矢が口を開いた。

 

「どうしてですか? 人手は多い方が……」

 

「忘れたのかよファイト、お前はジュエルミート探すんだろうが。こっちは俺と出馬に任せとけ! 残りの奴とも喧嘩してえしな!」

 

「そう、ですか……」

 

 納得できなさそうに俯くフェイトに、風矢はまだ言葉を続ける。

 

「それによ、お前にとっちゃそっちが優先すべきことだろうが。余計なことに首突っ込もうとすんな。その代わり、絶対にジュエルミートを集めろよ?」

 

「はい……!」

 

「ふふ、なんだ、アンタけっこう良い奴じゃないか……名前は間違えてるけど」

 

「そう褒めるなよウルフ」

 

「アルフな! ある意味それでもあってるけどさあ!」

 

 そんなやり取りをしていると、会話に加わらずにずっと黙って餓鬼玉を見ている出馬に風矢は目を向ける。

 

「出馬?」

 

 その呼びかけに出馬は肩をほんの少し震わせ、風矢の方を見る。

 

「いや、この中にまだ解放されてない魂があるのが気になってな。本来ならもう肉体に戻ってもいいはずなんやけど……まあ、いったんこの場は解散にしとこうか? 八神と僕はこれから学校にも顔出さなあかんねん」

 

「ええ!? 行くのか!?」

 

「行くに決まっとるやろ。出席日数少しでも多くしとかんと今年も留年の危機がくるで?」

 

「ならしゃあねえな、行くか」

 

 フェイト達に背を向けて歩き出そうとした風矢だが、声を掛けられて止まる。

 

「あの! お名前、なんでしたっけ!」

 

 以前会った時はもう関わらないと思っていたのもあって、他人の名前など覚える気もなかった。しかし不思議な縁があると感じたフェイトは改めて風矢の名前を訊く。

 

「八神、風矢だ。人の名前は覚えとけよファイト」

 

「八神さん……あなたには言われたくないです」

 

「それじゃあな!」

 

 今度こそ、フェイトと風矢は別れ、それぞれのやるべきことに向けてまた動き始める。

 

 

 

 走って学校に着いた二人は当然遅刻扱いであり、出馬は大して説教を受けなかったが常習犯である風矢はこっぴどく怒られた。

 そうして席に着いて不機嫌そうに肘をつく風矢に話しかけるのは南野秀一だ。

 

「今日は遅刻ですか、まったく懲りませんね」

 

「ったく、何で出馬の野郎はすぐに説教が終わんだよ」

 

「それはどう考えても八神が遅刻、早退、欠席を繰り返しているからでしょう? いったい今日は何があったんです? 出馬君も一緒に遅刻なんて珍しいですよね」

 

 秀一は気になって風矢に問う。

 

「ああなんでも出馬の家から宝物が奪われちまったみたいでよ、それを探してたんだわ」

 

「……そうですか、それで成果は?」

 

「へっ、一つ。元気玉を取り返してやったぜ」

 

「……おそらく餓鬼玉のことですね」

 

 正しい名前を聞いて風矢は「おうそれそれ」と元気よく答える。

 しかしそこでどうして知っているのかという疑問が出てくる。

 

「何で知ってんだ? 秀一は色んなこと知ってんな。学年一位だからか?」

 

「はは、実は博物館に入ったことがあるんですよ。興味がありましてね。そうだ、今日学校が終わったら少し付き合ってくれませんか? 来てほしい場所があるんですよ」

 

「いいけど、どこに行くんだ?」

 

 秀一は少し笑みを浮かべて答える。

 

「海鳴大学病院ですよ」

 

 

 

 

 放課後。秀一と共に海鳴大学病院に来た風矢は病院内を歩く。

 海鳴大学病院には足の障害のため通っている妹であるはやての付き添いで慣れており、担当の石田幸恵という医師とも仲は良好だ。そのために風矢はよく院内を知っているが、秀一が興味を示すような物があるのかは分からなかった。

 

「秀一、お前ここに何しに来たんだよ」

 

「それは――」

 

「あら? 秀一君じゃない、それに風矢君も」

 

 秀一が理由を話そうとした時、二人に話しかける人物がいた。

 白衣を着た青い髪の女性で、その女性は石田幸恵という医師で風矢の知り合いでもあった。

 

「風矢君はどうしているの? 今日ははやてちゃんの付き添いじゃないみたいだけど」

 

「秀一が来いっていうから来たんだけどよ、石田先生は秀一のこと知ってたんだな」

 

「そりゃ知ってるわよ。よくお母さんのお見舞いに来るからね」

 

「お母さんだと?」

 

 どういうことだと風矢が秀一に視線を向けると、秀一は背中を向けて歩き出しながら説明する。

 

「俺の母さんはここに入院してるんだ、重い病気でね。八神のことを知ったのは学校でじゃなくて実はここでだったんだよ。家族が病気だっていう共通点を持っている君に興味が出て、学校で話しかけたんだ」

 

「ほう、そうだったのか」

 

 秀一と風矢の出会いは一年前、高校一年生の時だった。

 特別な出会いというわけではなく、ただ偶然隣の席だったというだけにすぎない。

 二人は歩いているととある病室の前で立ち止まる。その病室のネームプレートには南野志保利と書かれている。風矢はそれを見て秀一の母親の名前だと理解する。

 その病室に入ると、一人の女性がベッドから起き上がろうとしているところだった。それを見た秀一は慌てて駆け寄る。

 

「ダメだよ母さん! 安静にしてなきゃ!」

 

「秀一? 大丈夫よ、少しだけ起きるだけなんだから……」

 

「担当の先生も言ってたろ? 起き上がるのはあんまりよくないって」

 

 秀一はベッドで起き上がろうとしていた女性――志保利の体を抱えてベッドに寝かせる。

 弱弱しい笑みを見せる志保利を寝かせると、突然志保利の表情が強張る。

 

「うっ! うあっ!?」

 

「母さん!? ナ、ナースコール……!」

 

 秀一は慌ててナースコールのボタンを押そうとするが、秀一が動く前に風矢がボタンを押していた。

 

「ありがとう八神……! 二百八号室の南野志保利の容態が急変したんです! 急いで来てください!」

 

 通話が出来る状態になると秀一は焦った声を出して医師を呼びつける。

 慌てて病室に駆け込んで来た医師はすぐに手術の準備をするように連絡し、志保利は手術室に運ばれていく。

 

「母さんさ、余命宣告を受けたんだ。僕に隠してるみたいだけど、医師の話を聞いちゃってね」

 

 夕方、夕日に照らされながら病院の屋上で二人は話す。

 

「それは……わりい、なんて声を掛ければいいのか分からねえ」

 

 風矢自身も想像してしまった。はやてが余命宣告を受けて、体調を崩して手術するようなことになったら……自分は耐え難い心の苦痛を味わうことになるだろう。

 

「いいんだ、下手に大変だねとか、災難だねとか言われると腹が立つからね。それで母さんは今日の手術が成功すればもう少し生きられる、それでも少しだけだ。僕は母さんを完全に助けたい」

 

「でも余命宣告を受けちまったんだろ? いったいどう助けるっていうんだよ」

 

「助けられるさ……この暗黒鏡があればね」

 

 秀一はそう言うと懐から緑色の宝玉が周囲に装飾されている鏡を取り出す。

 

「それは出馬が盗まれたって言ってた……お前だったのか」

 

「悪かったと思ってるさ。だから今日が無事終わったらこの鏡は返しておいてくれ」

 

「自分で返せよ、出馬なら許してくれるさ」

 

「いや、たぶん返すことは出来なくなる。とにかく今日の夜中に暗黒鏡を使用する。八神、君はどうする?」

 

「もちろん事情を聞いたからには俺も立ち会うさ」

 

 友人が盗みを働いたということにショックを受けるが、それ以上に秀一のことが心配だった。

 風矢は夜中の儀式に参加すると決めてその場に残ることにする。

 そして夜中の十時ジャスト。大きな丸い満月が夜空に浮かんでいて、それを背に秀一が暗黒鏡を屋上の床に置く。

 

「ついに儀式とやらか。秀一、お前その鏡の使い方は知ってんのか?」

 

「知っているから盗むまでいったんだ。この暗黒鏡は満月の日に最大限の効力を発揮して、願いを叶えてくれるんだ」

 

「マジかよ……たった一個で神龍を呼び出せんのか」

 

「悪いが龍は出ない。この鏡がそれみたいなものだからね」

 

 風矢は七つ集めると願いを叶える龍が出てくる玉を思い浮かべるが、龍が出ないと言われて少し肩を落とす。

 満月もしっかりと出ているので条件は揃っている。秀一は暗黒鏡に語り掛ける。

 

「暗黒鏡、君の力が借りたい。どうか母さんの病気を治してくれ!」

 

「汝の願いは分かった……だがそれを叶えるためには大事な物を一つ頂くぞ」

 

 鏡から声が響く。風矢は驚いているが、秀一はそれよりも強い想いがあったので驚きは最小限に抑えられた。

 

「大事な物っていうのは何なんだ? 俺から取れるものならなんだって奪え!」

 

 何を失っても構わない。そんな強い信念があることですかさず叫んでいた。

 

「命を頂こう、願いを叶えたらお前は死ぬ」

 

「なっ……いや、それでも構わないさ、想定内だ。言っただろう、なんだって奪っていいと! だから願いを叶えてくれ……!」

 

 風矢は大きすぎる代償に絶句するが、秀一は考える時間もとらずに即答する。

 そして暗黒鏡が願いを叶えるために光りを真上に向かって放ちだす、それと同時に秀一の体内から生命エネルギーがどんどん奪われていく。

 生命エネルギーを奪われるというのは文字通り命が減っていくということだ。寿命が短くなるというのが一番近いだろう。

 

「ぐっ……!」

 

 苦しそうな表情を浮かべる秀一を見て、風矢はようやく我に返って叫ぶ。

 

「おい秀一! お前間違ってねえか!? 母親が助かってもお前が死んだら意味ねえだろうが!?」

 

「ははっ、何を言うんだ。君なら俺の気持ちが分かるだろ……! 家族を助けるためならなんだってするんだろう!?」

 

 風矢はそう言われてハッと息を呑む。

 

『当然だろ、はやての足が治るなら、俺はなんだってやるぜ』

 

 確かに学校でそう言った。しかし風矢は横に首を振る。

 

「ちげえよ、確かになんだってやるとは言ったぜ? でも一つだけしねえと決めてることがある」

 

「……なに?」

 

「はやてより先に俺が死ぬことだ! 俺の妹も、お前の母親も、俺達が死んだらひとりぼっちになっちまうんだぜ。そうなったら絶対に泣くぜ? 寂しいだろうな、だから何よりも命を優先するんだよおおお!」

 

 風矢はそう叫ぶと暗黒鏡に右手で触れる。

 願いを叶える代償として命を奪う暗黒鏡……それは触れている生物のみだ。

 願いを叶えている間に暗黒鏡に触れたということは、すなわち風矢の命も奪われるということ。それに気付いた秀一は「何をする!」と怒鳴りつける。

 

「はっ、命を頂くだあ? 上等じゃねえか。でもなあ鏡、俺達は死ぬわけにはいかねえんだよ! 俺と秀一の命を捧げれば半分ずつで済むんじゃねえのか!」

 

「バカなのか! 無事で済む保障なんてどこにもないんだぞ! 君まで死んでどうするんだ!」

 

「言ったろ、死なねえよ……! 俺達は守りたい奴がいるから死なねえんだよ! 死んでたまるかあああああ!」

 

 風矢の叫びと同時、暗黒鏡から放たれていた光が徐々に収まっていく。

 儀式が終了したのか、それとも暗黒鏡としても予定外の行動だったために中断されたのか、秀一には判断がつかなかった。

 だがそれも、暗黒鏡から発せられた声が全ての答えをくれる。

 

「小僧……お前のバカげた考えに免じて今回は命なしで願いを叶えてやったぞ。しかし次からは二人だろうと命をとる」

 

「はっ、鏡のくせして粋な真似してくれんじゃねえか」

 

 本来なら二人でも命が奪われてしまうらしいが、暗黒鏡にも感情がある。悪の願いしか叶えたことのない暗黒鏡は助けたいという強い想いを感じて、風矢の考えも尊重して特別サービスしてくれたのだ。

 二人は深いため息を吐いて力が抜けたように座ると「ははははは」と笑いだす。

 

「君は本当に……バカだな」

 

「バカで結構だがよお、あれでもちょっと怖かったんだがな」

 

「秀一君! こんなところにいたのね! お母さんの手術が成功したそうよ! それに体調も回復傾向にあるそうで!」

 

 屋上の扉を勢いよく開けた看護師がそう嬉しそうに叫ぶ。

 

「退院も数か月後には出来るらしいわ。ほんっとうにビックリするくらいの生命力ね、これが家族を想う力ってやつなのかしら」

 

「良かったじゃねえか秀一」

 

「ああ、ああ、本当に良かった……良かったよ……!」

 

 秀一は溢れる涙を手で拭いながら声を絞り出す。

 拭いきれない涙は零れて暗黒鏡の鏡面にポタポタと落ちていく。暗黒鏡はなんだか困ったような雰囲気を出していた。

 

 

 

 

「すまなかった……! 勝手に暗黒鏡を持ち出して!」

 

 翌日の朝、秀一から受け取った暗黒鏡を出馬が鞄にしまう。

 秀一はずっと頭を下げていたが、出馬が背中をバンと叩いたことで顔を上げる。

 

「本当なら許さんと言いたいところやけど……事情を知ってしまえば怒るに怒れんわ。言いたいことも八神が言ってくれたみたいやしな」

 

「許して、くれるのか?」

 

「言ったやろ、怒れんって。許す許す、ちゃんと謝って返してくれたからもうええわ。どうせ君は計画に乗っかっただけやろうし」

 

 窓際にて話していた秀一と出馬だったが、そのすぐ傍で窓から青空を見上げていた風矢の呟きで視線がそちらへと向かう。

 

「しっかし一日で二個も取り返しちまったな、こりゃすぐにどうにかなるかもな」

 

「確かに快挙やな。しかし最後の一人、飛影は厄介な敵や。すばしっこいからなあ」

 

「そうですね、彼はあの素早さで殺しもしている悪党です。降魔の剣を持った今、どういう風に動くか想像がつきませんよ」

 

「へえ? 面白え、喧嘩したくなってきたぜ……!」

 

 両拳を合わせると風矢は凶暴そうな笑みを浮かべる。

 

「ほんま君はそればっかやな、はやてちゃん泣くんちゃうか?」

 

「大丈夫だ、俺が喧嘩してるくらいであいつは泣かねえよ。それは置いといて、とりあえず今日の放課後には交換券とやらを探そうぜ」

 

「交換券やなくて降魔の剣な? これ何回目や……」

 

 出馬はもう治らない風矢の間違い癖に呆れた声を出していた。

 




 出馬要……空手部主将、成績は優秀で十番以内。八極拳を取り入れることでオリジナル性を高めた武術、出馬八神流の現当主。この作品ではなぜか武術をやりながら博物館を経営している家系。
 原作はべるぜバブ。本来なら生徒会長だがこの作品では違う人物が生徒会長になっている。なお強いはずである彼のべるぜバブにおいての活躍シーンは驚くほどない。あまりにも酷い扱いに読んでいて可哀想になるキャラ。


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喧嘩じゃねえよ

 前回の喧嘩相手。

剛鬼「ああ? 誰が雑魚だあ! おい、誰が仲間外れだよこら! 確かに飛影や蔵馬は主人公の仲間になった。なんで俺だけ倒されて終わりなのかは疑問に思ったよ!」



 風矢が学校で盗まれた闇の三大秘宝のことを考えていた頃、八神家でははやてが家事などをやっていく。

 元々風矢がアルバイトや学校などでほぼ家にいないので、はやてが家事全般を受け持っている。周囲から見れば苦労していそうなのだが、はやては特にそのことを苦に思ったことはない。

 八神兄妹は仲が良い。決して自分達のためにやらなければいけないことを苦に思うことなどないのだ。

 

「ふぅー、これで掃除は終わりやな。昼までは今日来る宅配便を待てばいいだけか」

 

 足が不自由なはやては車椅子に乗っているため移動が困難だ。家からは遠いショッピングモールなどに買い物に行くには少し時間がかかってしまう。なので大切な用事でない時は家からパソコンでネットショッピングをするのだ。

 学校での風矢を心配していたはやてはインターホンが鳴ったので玄関に移動する。

 

「宅配便来たんかな……はあい、ちょっと待ってください!」

 

 はやてが玄関の扉を開けると、外に居たのは宅配便の人間ではなく金髪のサイボーグだった。

 サイボーグであるジェノスは手に紙袋を持っている。

 

「ああジェノスさんやない、どうしたん? 兄貴なら今は学校やよ?」

 

 半ば強引に風矢の弟子入りを果たしたジェノスは先日、進化の家での一件で怪我を負ってしまい治療を受けていた。

 怪我の治療も終わったのでまた弟子として修行をしようかと思い、ジェノスは八神家を訪れていた。

 

「稽古をつけてもらおうかと思っていたんですが、いないのであれば仕方ありませんね。帰ってくるまでここで待ってもよろしいでしょうか」

 

「構わへんよ? というかここに住んでもいいくらいやし」

 

「いえ、それは遠慮しておきます。お二人の関係に水を差すことをしたくないので」

 

 はやてに対して敬語なのは風矢の妹だからであろう。

 ジェノスは家に入ってはやてが入れてくれたお茶を飲み干す。

 

「やはり美味しいです。はやてさんは家事が得意なのですね」

 

「まあそれなりにはな。兄貴がバイトとか学校とかで忙しいから、一人で過ごすことが多くてなあ。家事スキルもこんなに上達してもうた」

 

「気になっていたんですが……どうして先生はバイトをしているんでしょう? お二人は誰かの援助を受けているのでしょう?」

 

 援助を受けていなければとても未成年が二人も暮らせるわけがない。そう思ったジェノスは援助を受けていても、どうして風矢がアルバイトをしているのか分からなかった。

 

「そうやね、ギル・グレアムさんっちゅう両親の知り合いが生活費を出してくれるんやよ。兄貴がそれでもバイトをしとるんは……多分やけど、少しでもグレアムさんの負担を減らしたいとか思っとるんやないかなあ。ああ、それと私にお金を回すためってのもあるんやろうな。そういうこと、私は求めてないんやけど」

 

 アルバイトなどしなくても過ごせるのだから、家にいてほしい。はやては時々そう思っていた。

 

「そのグレアムさんという人物は何をしている人なんです? 援助するというのなら引き取ってしまえば……」

 

「分からんけど、忙しい人らしいんや。私の治療も海鳴大学病院でやっとるし、上手く噛み合わんねん」

 

「なるほど……ああそういえば今日はささやかなお土産を持ってきたんでした」

 

 ジェノスはそう言うと近くに置いていた紙袋をはやてに見せる。

 その中身は普段は滅多にお目にかかれない高級の牛肉だった。赤い色が鮮やかで、はやては見ただけで美味しそうと涎が出そうになる。

 

「こんな高そうなお肉、ええんか?」

 

「はい、先生とはやてさんの境遇を考えれば当然です……といってもこの肉を選んでくれたのはクセーノ博士なんですが」

 

「ほんと、悪いなあ……兄貴はなんもしとらんのに」

 

 風矢がジェノスに対して何も教えていないのが分かっているので、はやては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「先生は存在しているだけでいいんです、俺が目指すべき場所を生きているだけで教えてくれる。そんな存在なんです」

 

「その内ジェノスさんも喧嘩喧嘩って言うようになるん? それは嫌なんやけど……」

 

 ピンポーンという音が家中に響く。

 来客を知らせる音が聞こえたので、はやては今度こそ宅配便の人だと思う。

 

「すいません、ちょっと席外しますわ。宅配便の人かもしれんから」

 

「それには及びませんよ、俺が出ます。車椅子生活のはやてさんが動くのは最低限に抑えなければいけませんから……」

 

「……そんなこと……じゃあお願いしますわ、これ印鑑です」

 

 はやては棚から取り出した印鑑をジェノスに渡す。

 一瞬はやての顔に影が差したことにはジェノスは気付かず、受け取った印鑑を持って玄関の扉を開ける。

 扉を開けるとそこにいたのはまたしても宅配便の人間ではなく、逆立った黒髪が特徴的な少年だった。

 

「宅配便の者……ではないようだな。何者だ」

 

「俺が何者かなどどうでもいいことだ。八神はやてを出せ、死にたくなければな」

 

 額に白いバンダナを巻いている黒髪の少年は殺気を込めて言い放つ。

 

「不審者かストーカーか。どちらにせよ、危険な者らしいな。お前は排除する」

 

「ほう、面白いなやってみろ。たかが鉄屑に出来るならな」

 

 ジェノスも少年も睨み合い、そして一気に動く。

 金属でできた腕をジェノスが真っすぐに突き出すと、少年はそれを紙一重で躱す。

 躱した少年は腰にあった剣を抜くとジェノスの突き出された腕を切断しようとするが、そうなる前にジェノスは腕を引っ込めてもう片方の拳を突き出す。

 しかし突き出した瞬間に少年の剣が軌道を変えて、その腕の手首の辺りまで剣が切り裂いた。

 

「俺の腕を斬るとは……よほどの業物か」

 

「ふぅん? どうやらサイボーグには流石の降魔の剣も効力を発揮しないようだな」

 

 ジェノスは一旦距離を取ろうとするがすぐ後ろは八神家の玄関だ。被害を出すわけにはいかないと思い少年に攻撃するしかない。下手に動けば家に被害が出るため、ジェノスの動きは制限されてしまう。

 そしてそのことを少年は見抜いていた。

 

「はっはっは! その戦う場所が制限された中、俺のスピードについてこれるかな!」

 

 少年は残像を残すレベルの速度で移動し始める。その動きを見ながらジェノスは考える。

 

(この男、本気を出していない……まだ何かを隠している。それを出させる前に決着をつける!)

 

 焼却砲を使えば後方の八神家も吹き飛ぶ。後ろに下がれば少年の攻撃が家に届いてしまう。ジェノスが取れる行動はたった一つだけだった。

 単純に素早く殴って少年を倒す、それだけだ。

 

「マシンガンブロー!」

 

「はっ、遅い遅い! 欠伸が出るぜ!」

 

 実際は連打を意外とギリギリのところで躱している少年が煽る。

 ジェノスの高速連打は視界が拳で埋め尽くされるほど速いもので、並の人間では視認すら出来ない。ただし少年はそれら全てを捉えて躱していく。

 

「ジェノスさあん、宅配便の人は……」

 

「はやてさん!? いけない! こっちに来てはダメです!」

 

 押している、そう思っていたジェノスだがはやての声が聞こえて焦る。

 慌てて来るなと警告するが、その動揺が少年に反撃の隙を与えた。

 

「余所見とは余裕だな」

 

「しまっ――」

 

 ジェノスの腰を少年の剣が通り過ぎる。

 ギンッ! という金属同士がぶつかったような音が聞こえた時、ジェノスの視界には自分の下半身と驚愕しているはやての姿が映る。

 

 ドサッという音とともにジェノスの下半身が倒れ、その瞬間にはやてが叫ぶ。

 

「ジェノスさああああん!」

 

 はやては慌てて車椅子を動かして逃げることなく勇敢に少年に向かっていく。

 

「アンタ何しとるん! 何が目的や!」

 

「貴様が八神はやてか……なあに、ちょっと貴様を誘拐しようと思ってなあ!」

 

 少年が高速ではやての背後に回って首に手刀を落とす。

 はやての身体能力は風矢とは違って普通の小学生並だ。いや、下手すれば車椅子で足が不自由なのでそれ以下かもしれない。とにかくそんなはやてが少年の動きを見切れるわけもなく、攻撃に耐えられるわけもない。

 はやてはいとも簡単に気絶してぐったりとしてしまう。

 

「さあて、八神はやては手中に落ちた。これで最高のショーを開いてやるか……餓鬼玉と暗黒鏡は取り戻させてもらうぞ! はっはっはっは!」

 

「ま、て……」

 

 少年が車椅子を押してその場を離れようとすると、弱弱しい声が掛けられたので立ち止まる。

 振り向くと上半身だけになったジェノスが鋭い目で睨んでいた。

 

「ほう、さすがサイボーグだな。真っ二つになってもまだ生きているとは」

 

「きさ、ま、ただでは……」

 

「八神風矢とやらに伝えておけ! 妹は預かった、返してほしければ餓鬼玉と暗黒鏡を町外れの廃工場まで持ってこいとなあ! 八神風矢が剛鬼を倒し、南野のバカから受け取った二つの宝。それを俺が手に入れれば闇の三大秘宝は全てこの飛影のものだ! 世界を支配する力があるこの宝、確実に手に入れてやる!」

 

 そう言って、飛影は高笑いしながら今度こそその場を離れていった。

 

 

 

 八神風矢は学校も終わったことで帰路についていた。

 授業も聞かないで寝ていただけだが、一応出席しているので出席日数に影響は出ない。

 残る闇の三大秘宝も降魔の剣だけになり、順調に集まっている。

 しかし順調だと思っていた風矢が家に着いて目にした光景は……玄関前に転がっているジェノスの上半身と下半身。そして荒れている玄関だった。

 

「なんだこりゃ……おい、ジェノス、死んじまったのか!?」

 

「せ、先生……」

 

「うわっ、喋った! お前生きてたのか!?」

 

 真っ二つになっても喋ることが出来るジェノスに驚いた風矢だが、すぐに真剣な顔になって状況を確認する。

 

「ここで何があった?」

 

「すいません……俺の力が足りないばかりに、はやてさんが……」

 

「……はやてに何があった? 今どこにいる」

 

 風矢は妹に何かあったのではないかと心配し、真剣な瞳でジェノスを見つめる。

 

「攫われ、ました……町外れの廃工場、そこで待っている……そうあのガキが――」

 

 ジェノスは途中で言葉を止めた。

 機能が停止して喋れなくなったとかではない、風矢の表情が見たことがないほどに険しいものになっていたからだ。

 怒りのオーラが何も言わなくてもジェノスには伝わっていた。

 

「町外れの廃工場だな? ジェノスは博士とやらに連絡しとけ、修理しなきゃなんねえだろ?」

 

「せ、先生は……」

 

「あ? 決まってんだろ……はやてを攫った野郎をぶっ飛ばしに行くんだよ!」

 

 そう力強く告げると、風矢は目にも止まらぬ速さで駆けだす。

 自分がいなかったとはいえ、守れなかった、怖い目にあわせた。情けないという気持ちでいっぱいになっていた。

 人を視線だけで殺せるような目をして走りながら、風矢は廃工場目掛けて駆ける。

 

「八神? 何かあったんか?」

 

 風矢が走っているのを偶然学校帰りに見た出馬が事情を聞くために並んで走る。

 

「はやてが攫われた! 今から廃工場に行って誘拐犯をぶっとばす!」

 

「なんやて!? 町外れの廃工場か……それならこうして走ってれば二分くらいでつくな」

 

「待ってやがれ誘拐犯んんん!」

 

 すごい怒りと気合が込められている風矢を見て、出馬は眼鏡をクイッと指で上げて心の中で呟く。

 

(アカン、こら誘拐犯とやらは死んだわ。殺さないように力を押さえるとはいえ、おそらく一般人が喰らったら死ぬレベルの攻撃出しかねんな……もしそうなれば僕が止めるしかないか)

 

 二人は走り続けて数分、飛影がジェノスに告げた町外れの廃工場が見えてきていた。

 風矢はあそこにはやてがいると考えると更に走る速度を上げて、閉まっていた鉄製の扉を蹴り破った。

 ガゴンッ! と大きな音を立てて扉が直線状にあったコンテナのようなものに衝突する。

 

「おい出てこい誘拐犯! お望み通りぶっ飛ばしに来てやったぞ!」

 

「ふん、バカみたいにでかい声出しやがって……約束の物は持ってきたんだろうな?」

 

 風矢の叫びに反応してコンテナのような物体の上から飛影が返答する。

 

「ああ? 約束なんざしてねえだろうが誰だテメエ」

 

「あれは飛影か……腰にあるのは降魔の剣。おそらく狙いは餓鬼玉と暗黒鏡やな」

 

「そういうことだ。まさか聞いていないのか? あの鉄屑め、使えん奴だ。その二つの宝さえ持ってきていれば貴様の妹は返してやろうと思っていたのになあ!」

 

 飛影はそう言うと凶悪な笑みを浮かべながら飛び降りる。

 出馬はその言葉を聞いて、鞄の中にある餓鬼玉と暗黒鏡のことを思い出して口を開く。

 

「待ちい、つまり二つの宝さえあるならはやてちゃんは返すっちゅうことやな?」

 

「そう言っているだろう。まあだが聞いていないんじゃあ持っているはずもないな」

 

「そうとは……限らんで?」

 

 出馬は鞄の中から餓鬼玉と暗黒鏡を取り出して飛影に見せる。

 餓鬼玉と暗黒鏡を風矢から受け取った後、出馬は鞄の中にしまいっぱなしだったのだ。

 目的の宝を目にした飛影は「ほぅ」と感心するような声を出す。

 

「どうやら持っていたらしいな……さあ渡せ、そうすればそこの女は返してやる」

 

 飛影が指をさしている廃工場の隅では、車椅子に乗ったまま気を失っているはやての姿があった。

 しかしその周囲は黒く薄い膜で覆われていて、風矢達ははやてが守られていると分かる。

 

「はやて!」

 

「しゃあない……人の命には代えられへんからな」

 

 出馬が二つの宝を投げると、飛影はそれをキャッチすると黒く薄い膜が消えていく。

 風矢と出馬は無事かどうか確かめるべくはやてに駆け寄ると、体に傷がないか確認する。

 はやてを見ていると、風矢達は奇妙な傷を見つける。額のところに黒い線のような傷があったのだ。

 

「おい秘伝! この傷はなんだ!」

 

「飛影だ! ふん、もう見つけたか。俺が何もせずに貴様の妹を返すと思ったか? 確かに身体は返したぞ、身体はな! だがその女の運命は俺の手の中にあるのだ!」

 

 そこでジッと黒い線を見ていた出馬がその正体に気付いて声を上げる。

 

「はっ、これは邪眼やな!?」

 

 邪眼という聞き慣れない言葉に風矢は説明しろと目で訴える。

 

「邪眼ちゅうんは第三の眼とも呼ばれとる。これを使えば遠くを探ることもできるし、身体能力も底上げされる。やけど妖怪の力と言われていて人間には絶対にあってはならんものや。これを作り上げたのは十中八九降魔の剣の力やろうな。あの剣で斬りつけられれば毒によって生きている生物は怪物のようになるか、特殊な力を得てまう」

 

「そういうことだ、その女は俺の部下第一号にしてやるぞ。その目が完全に開ききれば――」

 

 飛影は額の白いバンダナを取って投げ捨てる。

 隠されていた額には完全に開いている邪眼の姿があった。

 

「完全に俺の仲間入りだあ! 俺の命令には絶対に逆らえない傀儡にしてやる!」

 

「テメエ……!」

 

「さあ楽しくなってきたな! 今度は追いかけっこでもしようか! この剣の柄の中に解毒剤が入っている、妹を助けたければこれを飲ませるしかないぞ? 邪眼の力でパワーアップしたこの俺を捕まえられるかな!?」

 

 高笑いしている飛影の声が工場内に響く。

 その間、はやての額にある線が開いていき、赤い眼球が見え始めていた。

 

「マズイ……しゃあないなあ、あんまり使う気はなかったんやけど」

 

 出馬はそう呟くと身体から黒い煙のようなものを無数に立ち昇らせる。

 その異常な光景に飛影の高笑いも止まり、風矢も視線をそちらに向ける。

 

「ふんっ!」

 

 出馬がはやての開きかけている邪眼に手を翳して力むと、その黒い煙が邪眼に向かっていって開きかけていた邪眼がすぐに閉じていく。

 

「なっ、なんだその力は……! 出馬要、貴様人間じゃあないな!?」

 

「失礼やな、人を化け物みたいに……まあその通り、僕は幼い頃に降魔の剣で傷を作ってから、人間とは言えんような力を手に入れてしもうた。それが悪魔の魔力や、僕は傷が少しだったとはいえ四分の一、身体が悪魔のものとなった。この力を使えば身体能力も上がるし……こういったもんの進行を遅らせることも出来る」

 

「出馬……お前」

 

 はやての邪眼は完全に閉じているが、出馬が力を使うのを止めればまた開きかけてしまう。治すには解毒剤しかないということを分かっている出馬は、はやての額から手をどかさないで風矢の方を見る。

 

「八神、君の妹は僕が見ておく。八神ははよ飛影をぶちのめしい!」

 

 風矢は出馬に軽く頷くと、飛影の方を見据える。

 

「何だその目は? 追いかけっこする気にでもなったか? まさか本当に俺をぶっ飛ばせるとでも? そういえば貴様は喧嘩が好きらしいな、俺と喧嘩でもしてみるか? 貴様じゃパワーアップしたこの俺を倒すことなど出来んだろうがなあぶっ!?」

 

 飛影は突然後方に吹き飛んで工場の壁に激突する。

 壁にめり込んだ飛影は腹部の痛みにもがいて、なんとかヨロヨロと立ち上がる。

 邪眼は赤く充血していて、喉の奥から血の塊がドバっと上がって来て床に吐き散らす。

 

「喧嘩じゃねえよ……」

 

 風矢は先ほどまで飛影が立っていた場所で、拳をグッと握っていた。

 今何が起きたのか、飛影はありえないと思いつつもそれしかないと考える。

 邪眼の力でパワーアップした自分でも認識できない速度で殴られた、それしかないと飛影は思う。

 

「これからやんのは……戦争だ!」

 

 出馬と飛影が驚愕する中、廃工場内に怒りが込められた風矢の叫び声が響いた。

 飛影がペッと血の塊を吐き出すと、血走った目で風矢を睨む。

 

「戦争? 戦争だと!? いいだろう! お前らまとめてこの俺がぶっ殺してやる!」

 

 喧嘩ではなく戦争、そう言って攻撃してきた風矢に怒り、飛影は自身の最高速で駆ける。

 風矢は一直線に走って来た飛影を殴ろうと拳を振りかぶるが、その動きが止まってしまう。

 

「なんだ? 体が……ぐうっ!?」

 

 動きが止まった隙に飛影が拳を頬に叩き込む。

 

「ハッハッハ! これが邪眼の神髄! 睨んだ相手を硬直させる力だ! 一歩も動くことなく無様に死ねえ!」

 

「うるせえ……!」

 

「はあ!?」

 

 邪眼で動きを止めているはずの風矢が何でもないように動き始め、自分の頭を掴んできたことに飛影は驚きの声を上げる。

 そしてそのまま頭突きを放たれて飛影はまたも吹き飛んで壁に衝突する。

 

「ぐおおおおお!? こ、こいつ……! なぜ邪眼の力から解放されて……!」

 

「気合いだ気合、んなもん気合でどうにかなるんだよ……!」

 

「な、なるわけないだろクソが! こ、こうなれば……! これを見ろ!」

 

 飛影は腰がくびれている黒いコートのポケットから青いひし形の宝石を取り出す。

 

「なんやあれは……青い石?」

 

「アレはまさか……ジュエルミート!」

 

 出馬は知らないので不思議に思っているが、風矢はジュエルシードだと一目見て分かる。

 飛影は名前までは知らなかったのか「ふぅん?」と呟いてから得意げに話す。

 

「これはジュエルミートというのか。こいつは先日金髪のガキから奪った代物だが、所有者の願いによって強さを与える力を持っているんだよ! 想像を絶するジュエルミートの力! その身で味わうがいい!」

 

 そう飛影が言い放つとジュエルシードは青白い光を放って飛影の全身を変化させる。

 肌は緑色になり、邪眼以外にも大量の眼球が身体中に出現する。溢れ出る魔力はなのはやフェイトを超えていた。

 全身に現れた眼球が動き回り、標的である風矢を全ての目が睨むようにして見る。

 

「……キモいな」

 

「確かにキモいなあ」

 

「き、貴様ら……! 百回殺してやる!」

 

 風矢は走って来る飛影を殴ろうとするがまた動きが止まる。

 ジュエルシードの影響で邪眼が強力になっているため、今度は風矢の気合でも身動き一つ取れなかった。

 

「ぐっ!?」

 

「どうやら動けないようだなあ! このままなぶり殺してやる!」

 

 動けないと分かった飛影は風矢の体を連続で殴りつける。

 発達した筋肉のおかげで飛影の攻撃もダメージが少ないが、それでもどんどんダメージが蓄積していき鈍い痛みが出始めていた。

 その光景を出馬は焦ったように見ていた。

 

「アカン……あれはいつもの悪癖やない、ガチでやられとる……! 僕が加勢すれば形勢が変わるやろうけど、その場合はやてちゃんの邪眼が開いてまう。やけど、このままやと八神がやられてまう……! どうすればええ……!」

 

 しかし何十発も殴ってから飛影は気付く。

 風矢には大きなダメージとなっていない、痛みはあるだろうがまだ威力が全然足りないのだ。

 風矢は殴られ続けながらも目だけは飛影を睨んでいる。それに少し怯んだのと、殴っている拳の方が痛くなってきたので、飛影は一旦距離を取り腰の降魔の剣を手に取る。

 

「まったく頑丈な野郎だぜ、貴様にはこっちの方がいいらしいなあ!」

 

 飛影は降魔の剣を見せつけて剣を構える。

 鋭い降魔の剣ならば風矢の体も貫ける、そう考えた飛影は心臓を貫くために構えながら駆ける。

 そして風矢目掛けて剣を突き出してその体を貫く……はずだった。

 

「ぐうっ……」

 

 風矢の前に庇うように出た人間がいたのだ。

 ハネの強い赤い長髪の少年、南野秀一だった。

 秀一は風矢を庇ったことによって右胸の少し上辺りを貫かれてしまう。

 

「なっ!? 南野秀一、貴様あ!」

 

「秀一、お前どうして……」

 

 秀一は痛みに耐えつつ、勢いよく出ている鮮血で手を濡らすと、その手についた血を飛影の額にある邪眼に飛ばしてダメージを与える。

 

「ぐあああ!?」

 

 飛影は目の痛みで剣から手を離して後ろに下がってしまう。

 

「いやあ……走る君達を偶然見たものですから、何かあったなら助けになればいいと思いましてね。暗黒鏡のこともありますし」

 

 風矢は秀一が心配で前に回ると、体が動くことに驚く。

 

「邪眼はおそらくあれ一つ。周囲の眼球は増幅装置のようなものでしょう。本体さえ潰せば動けるようになってもおかしくはないですからね。それと大丈夫ですよ……俺も剛鬼と一緒に降魔の剣で斬られて一般人よりもタフになっていますから……!」

 

 秀一は辛そうだが、心配かけないようにそう言ってのける。

 その言葉を聞いて風矢は凶暴そうな笑みを浮かべる。

 

「はっ、つまり今なら楽にテメエをぶっ飛ばせるらしいぜ……?」

 

「ぐっ、くそおおお! 邪眼が使えなくても、ジュエルミートでパワーアップしたこの俺に勝てるものかああ!」

 

 飛影は血の目潰しを受けたことで激昂し拳を握りしめるが、瞬時に近付いた風矢の拳が何かをする前に飛影の腹部にめり込む。

 

「これは斬られたジェノスの分!」

 

「ぬぐおおっ!?」

 

 さらに風矢は飛影が吹き飛ぶ前に真横に向かって蹴り飛ばす。

 

「これは貫かれた秀一の分!」

 

「があああっ!?」

 

 コンテナのような物に衝突する飛影が立ち上がろうとすると、すぐ目の前に険しい表情をしている風矢が立っていた。

 

「そしてこれがあ! 拐われたはやての分だああ!」

 

 風矢は両手を組み合わせて飛影の脳天を叩き潰す勢いで振り下ろす。

 態勢も整っていなかった飛影がそれを避けるのは不可能であり、その怒りの一撃をまともに喰らってしまう。

 

「がっ!?」

 

 あまりの威力に飛影は頭を地面にめり込ませて気絶する。

 気絶したことで飛影の体からジュエルシードが飛び出て、その体は使用前の状態に戻っていく。

 風矢はジュエルシードを拾うとズボンのポケットに入れて、邪眼の開きかかっていたはやての所に向かう。

 

 降魔の剣で傷つけられた影響によって開きそうになっていた邪眼なので、飛影を倒してもはやての邪眼は消えない。

 しかし出馬の力によって邪眼の開く力を無にすることで、はやての邪眼は開くことがない状態になる。

 

「はやては大丈夫なのか……?」

 

「問題あらへんよ、降魔の剣で斬られたのも少しみたいやし傷跡は残らんやろ。それよりもまずいんは……」

 

 出馬ははやてから離れると秀一の方に目を向ける。

 はやてに異常がないと分かると風矢も血をダラダラと流している秀一を見る。

 

「南野君、その傷はまずいで。すぐ病院に行かないと死んでまう」

 

 出血多量で死亡する可能性が高いとみた出馬はそう忠告する。

 秀一は刺された場所を押さえると、もう片方の手でポケットから植物の種を取り出す。

 

「降魔の剣で斬られた者は……特殊な力を手に入れることも……あるらしいですね……俺の場合もそうです」

 

「何を……?」

 

 秀一は念じるように目を瞑ると、手のひらにあった種がいきなり成長を始めて立派なつるを伸ばしていく。

 

「植物操作、これが俺の力さ……そしてこれを体に押し込んで……負傷した血管をつなぎ合わせることも出来るんですよ」

 

「なっ、なんつう力や……」

 

 血管が中身が空洞の植物で繋ぎ合わさり、傷口は完全とはいわないが塞ぎかかっている。

 明らかに異質な力を目にした出馬と風矢は目を丸くして驚く。

 

「まあなんにせよ一件落着か。焼肉三大ピンボールも集まったし、はやても無事だった」

 

「……闇の三大秘宝な」

 

 呆れたような声を出す出馬はため息を吐きながら入口に向かう。

 倒れたままのはやてを背負った風矢、制服が赤く染まってしまった秀一もそれに続く。

 それからしばらくして、警察が廃工場にやってきて飛影を捕まえる。闇の三大秘宝の盗難事件はこれにて幕を閉じた。

 

 その一連の事件を誰かが見ていたことなど、誰も気づきはしない。

 平和になったと信じて疑わず、風矢達は日常に戻っていく。

 

 

 

 翌日。八神家にて。

 学校を休んだ風矢だが、それにはきちんとした理由があった。

 はやてが昨日から寝たきりの状態だったのだ。飛影に気絶させられたり、降魔の剣で斬られたダメージが体から完全に抜け出すには時間がかかる。

 

 昼。ベッドで寝ていたはやてはうっすらと目を開く。

 何が起きたのかを思い出し、慌てて周囲を見渡すがそこは見慣れた自分の部屋だ。

 

「どうなったんや……?」

 

 そこで扉が開いて警戒するが、現れたのはお粥が乗っているトレーを持った風矢だった。

 

「あ、兄貴……」

 

「はやて……目が覚めたのか! よかったぜこの野郎!」

 

 風矢は持っていたトレーを落とすほどに驚くと、はやてを抱きしめる。

 落としたことでアツアツのお粥が床に零れて大惨事だが、それを気にする余裕は二人にはなかった。

 

「大変なんや……! ジェノスさんが!」

 

「ジェノス? あいつなら今頃修理してる頃だぜ? お前を守ろうと戦ったって聞いたよ。礼は言っといた」

 

「そ、そうなん? もしかしてもう全部終わってしもうたんか……?」

 

「ああ、お前を攫ったクソ野郎はぶん殴った。だから心配すんなよ」

 

 はやての頭に手を置いた風矢はそう答える。

 

「そっか……ありがとうな、兄貴。それとごめん、迷惑かけて」

 

「迷惑なんてかかってねえよ。それに迷惑なんていくらでもかけていいんだ……家族なんだからな」

 

 風矢は一人笑みを浮かべて部屋から出ていく。

 それを見送ったはやては浮かない顔をしていた。

 

「迷惑かけてもいい、か。これ以上かけられるわけないやろ……もう、かけっぱなしやないか……」

 

 自分の意思ではもうあまり動かない両足に目を向けて、はやては心の中で以前から思っていたことを、小さな声で唇から漏らしていた。

 




 飛影……小物感がする低身長の男。

 原作は幽游白書。当初は小物感満載な敵だったが、次に登場するとクールキャラに大変身。どうやら人気が高かったからか、元からその予定だったのかは知らないが仲間になった。
 あまりの変わりようにファンからか誰からか知らないが「飛影はそんなことは言わない」などと言われている。でも変わったからこそカッコいい飛影がいる。


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旅館での卓球

前回の喧嘩相手。妹を誘拐した緑色の怪物。

飛影「なんだ貴様は、死にたいのか?」



 八神兄妹は自然溢れる場所にある温泉旅館に来ていた。

 連休だったこともあり、風矢は丁度いい機会だと思って外出することにしたのだ。

 アルバイトのシフトも入れておらず、単純にはやてとの日常を過ごしたいと思っていた。

 

「しっかしジェノスさんには感謝やなあ、温泉の宿泊券二人分くれるなんて」

 

「ああ、温泉には初めて来たがいいもんだな。別にはやても男湯に来てよかったんだぜ?」

 

「あほう! 行くわけないやろ!」

 

 しっかりと温泉を堪能した二人は着物姿で旅館内を歩く。

 男湯でも女湯でも十歳以下ならば入れるシステムだったのだが、兄妹とはいえはやても羞恥の感情がある。

 もっと幼い頃には一緒に入浴していたが、女としてこのままではいけないと一人で入ることに決めているのだ。

 

 二人は歩いていると〈卓球台あります〉というポスターを見つけ立ち止まる。

 風矢に関しては知り合いを見つけたというのも理由の一つだ。

 ポスターを見ているのは女性二人。金髪ではやてくらいの少女と赤髪の少女――フェイトとアルフである。

 

「よお、ファイトにウルフじゃねえか。何してんだこんなところで」

 

「げっ、八神じゃんか……アンタこそ何で……そっちは妹かい?」

 

「八神さん……」

 

 フェイトとアルフは声を掛けられたことで振り向く。

 横にいたはやての存在に気が付くと、それを疑問にする。

 

「妹のはやてだ」

 

「あ、はじめまして……ファイトちゃんにウルフさん?」

 

 初めて会うのではやてはオドオドしながら挨拶する。

 

「初めまして、コイツの妹とは思えないほど礼儀正しいね。あと私はアルフで、こっちはフェイトな」

 

 もう風矢の間違いを指摘するのは諦め、誰も責めようとはしない。

 知っている者ならば、ああまたか、で済ませてしまうからだ。

 

「アタシ達はこれを見てたんだよ」

 

「これは卓球やね、フェイトちゃん卓球やるんか? 兄貴が相手になったるで」

 

「ほう、面白れえじゃねえか。やろうぜ卓球」

 

 風矢は乗り気でエアラケットでテニスのような素振りをしている。

 だがそれに困った顔をするアルフが口を開く。

 

「それがフェイトがやらないって言うんだよ。せっかく休みに来たのに気を張り詰めてばっかでさ。これじゃ休みの意味がないからアタシがむりやり卓球させようとしてんだけどねえ」

 

「休む必要なんてない。アルフは心配しすぎ」

 

「でもさあフェイト、遊ぶのもいいだろ? 丁度知り合いも来たんだし、もうあっちはやる気なんだしさ」

 

 風矢はバットを持つような仕草をして思いっきり振る。その後に何かを蹴るような仕草もして、さらには手でボールをドリブルするような仕草もしていた。

 それを見たはやては呆れながらも「それ卓球ちゃうやん」とツッコんだことで、風矢も「え、そうなのか?」と間違いに気付く。

 

 そんな様子を見ていたアルフは苦笑いになり、フェイトはほんの僅かに笑みを見せる。

 

「……じゃあ、一回だけね」

 

「よし! そんじゃあ行こうよ!」

 

「おう! もう水球のルールは覚えたぜ!」

 

「兄貴、これからやるのは卓球やからね」

 

 四人は卓球台があると書かれているポスターのマップ通りに進み、卓球台がある広めの場所につく。

 二台ある内一台は四人組に使われていたので、アルフと風矢がもう一台の方に歩いて行ったその時、先に遊んでいた四人組の女が立ち塞がる。

 はやては風矢が好きそうな喧嘩の匂いを感じ取り、少しフェイトの手を取って下がる。

 

「もしかしてやりたいの? でもダメなのよね、もう私達が遊んでるから他行きな」

 

「はあ? アンタらはそっちの卓球台を使ってんだろ? ならアタシ達がこっち使ったっていいじゃんか!」

 

「ダメよダメダメ、私達はそっちも使うのよ。この卓球スペースは私達のものなの、だから帰ってなさいよ」

 

 アルフが文句を言うが、女が譲ることはない。

 揉めていると気付いた他の三人がぞろぞろと女の後ろに歩いてくる。

 

「どうしたずるぼん、揉めてるのか」

 

「で、でろりん! こいつらがさ、卓球台を使わせてくれって言うんだよ。でもダメだよねえ? ここは私達が占領してるんだから」

 

「ふん、使いたいか。ならば俺達と卓球で勝負しろ。怖気づいて逃げるのなら許してやってもいいが、使いたいのなら戦え」

 

 でろりんと呼ばれた変な名前をしていて、逆立った黒髪の男がそう言う。ちなみにでろりんやずるぼんなどというおかしな名前にはやて達は「え、それが名前?」と戸惑っている。

 

 勝負するよう告げられた風矢は獰猛な笑みを浮かべて殴りかかる。しかしでろりんは風矢の拳を避けようともせず、代わりに近くにいた筋肉質な剥げている男を掴んで盾にする。風矢はそれでも殴り抜いて盾にされた男を、卓球台にバウンドさせてから壁に激突させた。

 それを見たはやて、フェイト、アルフは目を見開く。

 

「さ、最低のやつや……」

 

「酷い……仲間を盾に」

 

「アンタ最悪だな! アンタみたいな奴には会ったことないよ!」

 

 でろりんは何を言われようと動じない。

 

「ふっ、何とでも言え。へろへろは頑丈な奴だ、死んではいないだろう。それよりも卓球で勝負と言ったんだが、話を聞いていなかったのか?」

 

「ああ? だから卓球してんだろ」

 

「まさか……ルールを知らない? さっさと教えてもらうんだな、次に殴れば実力行使で追い返すぞ」

 

 風矢は意味が分からないという顔をする。つまりこの男、全くルールを理解していなかったのだ。

 ピンポン玉を使わずに人間を殴り飛ばして戦うスポーツだと思っている。もちろんそんな野蛮なスポーツがあるはずがない。

 

 アルフが風矢にルールを教えていると、壁にめり込んだ男が自力で這い出てくる。

 それを見た風矢は「ほぅ」と興味深そうな声を出すが、アルフに頬を抓られて真面目に聞くように怒られる。

 そしてようやくルールを覚えた風矢と教えたアルフのペアと、でろりんとずるぼんのペアの卓球勝負が今始まろうとしていた。

 

「さあて、初心者にはサービスしてやる。サーブはそっちから打っていいぜ?」

 

「上等だよ、八神は下がってな。まずはアタシがサーブを打つ……!」

 

 アルフがサーブを打つ前にフェイトとはやてが応援する声が響く。

 

「アルフさん頑張って!」

 

「アルフ……頑張ってね」

 

「へっ、初心者だと舐めたことを後悔させてやるよ。喰らいな!」

 

 アルフはピンポン玉を軽くラケットで打ってサーブを成功させる。それに少し嬉しそうな顔をするアルフだが、すぐに表情を険しくする。

 アルフのサーブをでろりんが打ちかえしたのだ。それが風矢の元に向かっていくのを見て、アルフの口元はまたも緩む。

 風矢は強いのは剛鬼の件で知っている。動体視力も自分より上だし、この程度の玉が返せないはずがない。その通り、風矢は玉を見事に捉えて打ち返し――壁にめり込ませた。

 自信満々だったアルフも、対戦相手の二人も、見ていたはやて達と相手の友人である二人も言葉を失う。

 

「よし、まずは一点だぜ」

 

「んなわけあるかいバカ兄貴いいい! ルール理解したんちゃうんか!? ピンポン玉をめり込ませる競技やないねん!」

 

 しかし風矢へのツッコミ力を最大まで鍛え上げたはやてだけがツッコミを入れられた。

 

「なにい!? じゃあ壁にめり込ませたら負けなのか!?」

 

「当たり前やろ! そもそも普通の人はめり込ませることなんて出来んわ!」

 

 その賑やかなツッコミをよそに、でろりんは戦慄していた。

 

(なんだ今のは……まるで見えなかったぞ……! 先程の拳は手加減していたのか、だとしたらこの勝負、マズいな。俺は勝つために手段は選ばない性格ではあると自覚はしている。少々卑怯な手を使わせてもらうとするか)

 

「ずるぼん……あれをやるぞ」

 

「へぇ、了解だよ」

 

 でろりんはずるぼんに小声で囁くと、壁のピンポン玉が使えないので新たなピンポン玉を用意してサーブを打つ。

 それにアルフは余裕で追いつき返そうとするが、その瞬間ずるぼんが小声で何かを言った。

 

切り裂く風(バギ)

 

 ラケットにピンポン玉が当たろうとしたその時、室内だというのにいきなり風が吹き荒れてピンポン玉の軌道が逸れる。それだけならいいのだが、アルフの手は鋭い何かに斬られたような切り傷ができていた。

 フェイトがそれに気付いて心配そうな表情になるが、その表情に気付いたアルフは問題ないと首を振る。

 ピンポン玉は床に落ちて得点はでろりんとずるぼんペアに入る。

 

「アンタ、今何した?」

 

「何が? 何かしたって証拠でもあるのかしら?」

 

 何か分からないが、何かはされたとアルフは確信していた。

 ゆえにずるぼんを睨むが、何をしたのかはバレていないと分かっているので、どこ吹く風で気にしていない。

 風矢も何かされたのだと確信しつつ、試合を進めるためにサーブを打つ。そのサーブはちゃんと力加減されているもので、はやてにも見えていた。

 

爆発する光球(イオ)

 

 でろりんが難なく風矢のサーブを返して、純白の小さな光球が風矢へと向かう。

 それをラケットで打ち返そうとした時、突然ピンポン玉だと思っていた物が小規模な爆発を起こしてラケットを爆散させる。

 

「なっ!? なんだよ今のは!?」

 

 アルフが叫ぶが風矢は呑気に「これが卓球か」などと呟いている。

 それに動揺しているアルフに向かって本物のピンポン玉が打たれて、反応が追い付かずに得点を与えてしまう。

 

「ふ、ふざけんな! 今のは無効だろ! だいたいピンポン玉が爆発するなんておかしいじゃないか!」

 

「何かした証拠でもあるのか? 俺達は普通に卓球してるだけだぜ?」

 

「証拠ならありますよ」

 

 アルフがでろりんに詰め寄ろうとした時、その場に凛とした声が響く。

 全員の目線が声の主に向くと、そこには黒髪で眼鏡を掛けた少女の姿があった。

 

「高町じゃねえか」

 

「この前ぶりだね八神君。それよりも、今のは明らかな反則行為です」

 

 その少女は高町美由希であった。

 着物姿で眼鏡をクイッと上げてそう言う美由希にでろりん達は戸惑う。

 

「高町……?」

 

 困惑する場の中、高町という名字に聞き覚えがあると思ったフェイトとアルフは思考をめぐらせる。

 

「はっ! その証拠ってのはどこにある? 適当なこと言ってんじゃねえよアマが!」

 

「適当かどうか、これを見れば分かるんじゃないかしら?」

 

 そう言って美由希が取り出したのはスマートフォンだった。

 再生を押してから画面を見せると、そこに映っていたのはでろりんが風矢の玉の代わりに、自分の手から出た光球を打っていたところがバッチリと映っている。

 それを見たでろりんはダラダラと汗を流しながら言い訳を考えるが、何も思い浮かばない。

 

「原理とかは知らないわ。でもこれは言い逃れ出来ないわよね」

 

「くっ、くそっ! よくも邪魔をしてくれたなあ! 爆発する大光球(イオラ)!」

 

「えっ?」

 

 でろりんは邪魔されたことに怒り、先ほどよりも大きな光球を手のひらから出現させて美由希に投げつける。

 爆発するということを見ていたので知っている美由希だったが、いきなりの攻撃すぎて反応が遅れて避けられない。だがその光球をでろりんの方に素手で弾き返してしまう男がいた。

 弾き返された光球と同じ大きさの光球をぶつけて、でろりんはなんとかダメージを負うことはなかった。

 

「八神君……!」

 

「今のは卓球じゃねえよな……こっからは喧嘩の時間みたいだな」

 

「ぐっ、貴様あ! この俺が誰だか分かっているのか! 俺はあの海鳴第二高校の生徒だぞ!」

 

「知らねえよ、相手が誰だろうと俺の喧嘩は止められねえ!」

 

 風矢は瞬時にでろりんに近付き、その顔面に拳をめり込ませる。

 でろりんは悲鳴を上げながら吹き飛ぶと、ずるぼん達も巻き込んで壁に激突する。

 

「終わりか」

 

 もう立てないのかとガッカリする風矢だが、意外にもでろりん達はヨロヨロとしながらも立ち上がる。

 まだやれるのかと笑みを浮かべてファイティングポーズをとる風矢だったのだが、でろりん達は勝てないと悟って背を向けて逃げ出していく。

 

「くっそおお! 覚えてろよ! 貴様などここらで有名な幽霊に襲われて死んでしまえ!」

 

「そうよそうよ! それと海鳴第二高校の不良にボッコボコにされちゃいなさい!」

 

「つうか俺達……」

 

「何も言うことなかったの……」

 

 四人は情けなくも逃げ出して安全を手に入れる。

 喧嘩好きといっても逃げ出した相手を追いかけるほど風矢も鬼ではない。

 でろりん達が逃げ出したのを見て、美由希もはやてもホッとする。

 

「なんやあのでろりんとか呼ばれとったやつ。幽霊に襲われろなんてアホらしいなあ」

 

「彼ら、海鳴第二高校の生徒だったのね。大丈夫? 噂で聞いたことあるけどあの高校は――」

 

「平気だろ、どんなやつからの喧嘩でも俺は逃げねえよ。たとえそれが第二高校の奴等だろうと幽霊だろうとな」

 

 美由希の心配そうな表情は風矢の自信満々な言葉で優しいものになる。

 

「しかし幽霊か、会ったことないけど会ったら喧嘩してえな」

 

「会いとうないわ、それに幽霊は殴れんやろ」

 

「あはは、あれ? あと二人いなかった? 赤髪の人と金髪の子」

 

 苦笑いをする美由希だったが、この場にいたアルフとフェイトが消えていることに気付く。

 はやても風矢も周囲を見渡すが、どこにも二人の姿はなかった。

 

「お姉ちゃあん! ようやく見つけたの! あれ? 八神さん?」

 

「お? なのはなのとヤキソバじゃねえか、お前も来てたのかよ」

 

「も、もはやユーノ君の名前が一文字も合ってないの……」

 

 美由希に駆け寄ってきたのは高町なのはだ。肩にはユーノも乗っている。

 はやてはまた知らない子が来たと、兄の知り合いの多さと世間の狭さに少し驚いている。

 

「なのは、ごめんね。急にいなくなって」

 

「ううん、八神さんを見つけたからいなくなったんだね」

 

「な、なのはが思っているようなことじゃないからね!?」

 

 美由希は赤面して両手を前に出してそう言うが、なのはは「ほんとお?」と疑っている。

 はやてもどういう会話かを理解して「ふうん」と興味深そうな視線を送るが、肝心の風矢は全く話が分からなかった。

 話題を変えるために美由希ははやての方を見て口を開く。

 

「そ、そういえばもしかして貴女がはやてちゃん? 八神君の妹の」

 

「え、ええそうですけど。兄貴がなにか言っとったんですか?」

 

「ふふ、自慢の妹だって言ってたわ。愛されてるわね」

 

 はやては照れながらも風矢の方を見て微笑む。

 それを見た風矢は少したじろいで大きな背中を美由希に向ける。

 

「わりいが急用だ。俺は少し出掛ける」

 

「ふふっ、いってらっしゃい照れ屋さん」

 

 風矢は背後から聞こえる言葉を聞こえないふりをして、その場から走り去っていった。

 

 

 

 

 風矢は一人旅館の外を歩いていた。

 数分前に見せられた妹の笑顔と、自分が妹自慢をしていたことがバレたことの恥ずかしさを消すために、夜風に当たりながら森の中を歩く。

 

「さっきのは消化不良だったな……」

 

 思い出すのはでろりんと呼ばれていた男のこと。

 あっさりと決着がついてしまったので、いつものことだが少し満足感が足りていなかった。

 風矢とまともに戦える人間は少ない。同じ学校でみても一人か二人というところである。だからこそ、久し振りに感じた強い気配を風矢は嗅ぎ取っていた。

 

 まるで心臓を突き刺すような殺気、強いと分かる圧力、それは目の前にいる黒い男から発されていた。

 その男の手にはジュエルシードが握られており、既に発動しているので効力がある内は懐にしまっておく。

 黒い肌、赤色の目、黒い髪、無駄はないが発達した筋肉、ぎらついた目、その男の名は――

 

「俺の名は魔剣戦士ヒュンケル」

 

「俺は八神風矢だ。それにしてもお前いきなり現れたけどよ、もしかして幽霊か?」

 

「そうだ、俺は死んだはずだった……あのとき、処刑の場で死んだはずだった。なのに生きている、いや彷徨っている……誰かに倒されなければ俺は、成仏できないんだろうな」

 

「細かいことはいいや。喧嘩しようぜ」

 

 ヒュンケルは禍々しい鞘から長剣を抜くと、ジッとその刃を見つめる。

 

「今の俺には友の形見すら持てんか。その方がいい、今の俺が持つとあの槍が穢れてしまうだろう。壊れたはずのこの剣が治っているのはどういうわけか……妙な石のせいか」

 

「槍? お前槍が武器なのか?」

 

「安心しろ、槍を使ってはいたが元は剣士だ。剣を使った方が強いという自覚はある。元々ヒュンケルというのは最強の剣士の名だったそうだ。俺もそれに恥じないよう父と師の教えを受け強くなった。この鎧の魔剣を持つのは久しぶりだが、よく手に馴染むぞ。これなら全力で動けそうだ……」

 

 二人はジッと相手だけを見つめ続けて、同時に動き始める。

 

「海破斬!」

 

「ぐおっ!?」

 

 先手は――ヒュンケルだった。

 風矢の動体視力を以てしても追うのが精一杯という程の速度で、風矢は肩を斬られてしまう。

 赤い鮮血がピッと飛び出て驚いた声を出す風矢だが、その素早い一撃を狙いから逸らすくらいには動けていた。

 

「心臓を狙ったんだが反応出来るとは……これなら俺を倒せるかもしれんな」

 

「倒してほしいのか……ドMか?」

 

「言葉の意味は分からないが続きを始めるぞ! 大地斬!」

 

 大地を割ってしまう程の力強い一撃がヒュンケルから放たれると、風矢はそれを両手で挟んで受け止める。

 真剣白刃取り。真剣に素手で対抗、相手を無力化するための技だが、ヒュンケルの攻撃を止めることは出来ない。

 ガッシリ掴まれているので押し込むのが無理だと悟ったヒュンケルは攻撃を変更。剣を引くような態勢になると同時に拳を風矢の頬にぶつけて剣から手を放させる。更に自由になってすぐ、ヒュンケルは引いていた剣を突き出す。

 

「ブラッディスクライド」

 

「うおっ!?」

 

 何か来る、死の気配が濃密になってくる。そう感じた風矢は咄嗟に横にずれると、そのすぐ横を黒い閃光が通り過ぎて木々を貫く。

 

「これも躱すか。一応俺の大技の一つなのだがな」

 

「へっ、面白れえじゃねえか。だが今度は俺の番だ……!」

 

 大柄な体格に似合わず軽いフットワークで距離を詰め、風矢の大振りの拳が迫っていくが、ヒュンケルは楽々とそれを横に躱す。だが躱されると動きで予想していた風矢は腕の動きを止めず、躱された方向に態勢を変えて拳を放つ。

 それは見事にヒュンケルの腹部に突き刺さり、地面を削るように後ろに滑らせる。

 そこから休ませる暇など与えずに、風矢は距離を詰めて連続で拳を放つ。ヒュンケルも防御はしているが何発かは防御しきれないで胴体にめり込む。

 

「ぐうっ、やるじゃないか……! しかし距離を詰めすぎると攻撃を躱すのは難しくなるぞ! 大地斬!」

 

 殴られながらも力強い一撃が放たれたが、風矢はそれを左腕で防御する。しかし剣を腕で防御するというのはあまりにも無謀だ。誰しもが予想できることではあったが、剣は風矢の腕を斬り落とすべく進んでいく。

 腕が斬り落とされるはずだったが、風矢が呻き声を上げつつ力を入れると膨張した筋肉により剣の動きがピタリと止まる。

 

「なっ!?」

 

「ボディーががら空きだぜ!」

 

 左腕が無事に盾の役割を果たしている内に、風矢は右腕でヒュンケルの顔面を殴って吹き飛ばす。

 剣が三分の一まで腕を斬っていたため、鮮血がかなりの勢いで飛び出てしまうがそれを「フン!」と気合の込められている声を出すと、飛び出す血の勢いがほとんど消え失せる。

 

「出鱈目な奴……!」

 

「はははっ! 楽しいな! 久し振りに歯応えある奴でよ!」

 

「Photonlancer〈フォトンランサー〉」

 

「あ?」

 

 笑みを浮かべていた風矢だったが、突然槍状のエネルギー弾がヒュンケルの脇腹に衝突したことで顔を顰める。

 それが撃たれた場所を風矢が見てみれば、フェイトとアルフが立っていた。

 

「八神さん……」

 

「ちょっとアンタ怪我してんじゃないか、後はアタシ達に任せなよ」

 

「ジュエルシードを回収するために倒します」

「Photonlancer〈フォトンランサー〉」

 

 フェイトが手に持っている斧から声が発され、またもや槍状のエネルギー弾が生成されて放たれる。

 しかしそれはヒュンケルに当たることなく、風矢の腹部に命中する。ヒュンケルに当たる筈であったのに、軌道上に風矢が割り込んだのだ。

 フェイトからすれば訳が分からない。いきなり攻撃を敵から庇うように自分で受けたのだから。

 

「これでさっきの分はチャラだ、平等じゃねえと楽しくねえからな」

 

「なるほど……不意打ちを帳消しにしようということか」

 

 ヒュンケルは納得したように頷くが、アルフは怒って大声を出す。

 

「ちょっとアンタなんてことすんだよ!」

 

「うるせえ! 交ざりたいってんなら勝手にすりゃあいい、でも不意打ちとか卑怯だろうが!」

 

「……えぇ?」

 

 訳が分からない。おそらく理解されることがほとんどない理論。

 喧嘩は楽しいが、不意打ちはよくない。それは喧嘩ではないからだ。相手が認識していない敵から攻撃を受けた場合、ただの奇襲でありその攻撃は喧嘩としての攻撃ではない。だからその分は平等になるように風矢は攻撃をわざと喰らった。

 

「勝手にしていいのなら、勝手に倒します……」

 

 面食らっていたフェイトだったが、いつまでも突っ立っているわけにもいかないと風矢の隣に立って、斧のデバイスのバルディッシュを構える。

 

「ふむ、どうやら魔法使いのようだな。それならばあれも使うとしよう」

 

「あれ?」

 

「俺は戦士であるがゆえに魔法は使えん。だから奴は俺にどんな魔法も防ぐ最強の鎧を授けたのだ」

 

「鎧? そんなものどこにもないじゃないか!」

 

 ヒュンケルが所持しているのはどう見ても禍々しい剣と鞘のみ。鎧など影も形もない。

 それでもあると話すヒュンケルは禍々しく大きな鞘に剣を収めて、天に掲げて話し続ける。

 

「あるさ、お前達の目の前に……! 鎧化(アムド)!」

 

 瞬間、禍々しい鞘がヒュンケルの体を包み込む。眩い光も発されたので風矢達は目を瞑り、再び目を開けた頃には目元以外が鎧に包まれたヒュンケルの姿が飛び込んでくる。頭部には前から後ろにかけてだらりと垂れさがっている何かがあった。

 

「おおすげえ、見たかファイト! これが早着替えってやつだよな!」

 

「は、早着替えってレベルじゃないんじゃ……」

 

「剣の鞘が鎧になるなんてめちゃくちゃじゃないか……でも、フェイトのフォトンランサーなら鎧を砕くことだって出来るはずだ! フェイト!」

 

 何かの攻撃を、また槍状のエネルギー弾を放つことをヒュンケルもフェイトも理解する。しかしこれから攻撃が来ると分かっているというのに、ヒュンケルはただ無防備に立っているだけだ。その姿は堂々としていて、目はじっくりと観察するようなものになっている。

 

「分かったよアルフ。もう一度、フォトンランサー!」

「Photonlancer〈フォトンランサー〉」

 

 光る槍状のエネルギー弾――フォトンランサーが棒立ちのヒュンケルに命中した。

 躱そうという意思も見せず直撃した。諦めたのかと思うほど無防備に受けたことで、アルフがパチンと指を鳴らしてフッと笑う。

 

「よしっ、直撃!」

 

 フォトンランサーが爆発して煙が出ていたが、それは徐々に晴れていく。煙が晴れるにつれ、その中にあるものもシルエットが見えてきて、見えたものがフェイトとアルフに衝撃を与える。

 煙が晴れた場所にいたのは、細かい傷すらない鎧を纏ったまま立っているヒュンケルだった。

 

「俺の知る魔法とは違うから不安はあったが、問題ないようだな」

 

「そんな……でもそれなら、アルカス・クルタス・エイギアス、疾風(しっぷう)なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル」

 

 フェイトが詠唱してから、先ほどのフォトンランサーなど比べ物にならない数の槍状のエネルギー弾が、ヒュンケルを囲むようにしてふいに現れ始める。ヒュンケルと風矢はそれを見て感嘆の声をあげた。

 

「すげえな……なんか槍がいっぱい出てきたぞ」

 

「先ほどとは桁違いの数だ。これこそが全力というわけか」

 

「へっ、どうだい! これがフェイトの全力だ! フォトンスフィアが三十八基、敵を囲んで毎秒七発以上射出。魔力消費が多いから数秒しか維持できないけど、四秒以上継続すればもう串刺しなんてレベルじゃすまない。降参するなら今のうちだよ!」

 

「降参か、確かに並の戦士ならばこの光景を見ただけで戦意を喪失しそうだが……俺は違う。ここまでレベルの高い魔法使いと手合わせできるという状況に、おかしいかもしれんが嬉しく思えるのだ」

 

 金属の鎧で目元以外包まれているため風矢達からは分からないが、ヒュンケルは口元を少し緩めていた。

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。打ち砕け、ファイアー!」

 

 ヒュンケルの周囲を囲むように浮かんでいた槍状のエネルギー弾が急速に動き出す。何もしなければ蜂の巣になりそうな恐ろしい攻撃でもヒュンケルは棒立ちのままだ。

 数発でダメならそれ以上を打ち込めばいい、それで鎧は壊れるはずとアルフは確信していた。魔法が効かないなどハッタリに決まっていると本当かどうかの議論はすぐ終了している。

 実際にそんな魔道具があるなら魔導士の世界で話題にならないはずがないからだ。ロストロギアのように世界が危険なのではなく、魔導士としての地位が危うくなってしまう。魔導士が気に入らない者達の手に渡ってしまえば、犯罪者に対して魔導士に勝てると言っているようなものでありテロ行為も多くなる。

 

 何十、何百、千に届くほどのフォトンランサーがヒュンケルに叩き込まれた。それらは全て爆発して煙で覆っていく。

 チラッと何かの影がアルフの目に映った。対象がもう串刺しどころではない状態で地に伏せているはずなのに、まだ誰かの立ち姿のようなものが見えているのは何かの間違いだと信じたかった。

 しかしヒュンケルは嘘など言っていない。正真正銘使用している鎧は魔法を弾く金属で作られており、魔導士にとって天敵と呼べる代物であった。

 

「言っただろう。この鎧に魔法は効かないと」

 

 風矢、フェイト、アルフの三人は目を見開く。

 煙が晴れたその場に立っていたのは……無傷のヒュンケルだった。

 




 でろりん……原作はダイの大冒険。ずるぼん、へろへろ、まぞっほの三人と旅をしている。中級呪文も使えることからそこそこ強いが、自分より強い敵と遭遇すると逃げることをまず考える。終盤では世界を救う手助けとしてダイに協力し、地上の危機を回避させた勇者。真の勇者といっても過言ではない男。
 この作品では仲間の三人と高校生活を送っている。しかし周囲が怪物すぎて学校では肩身が狭いらしい。


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ヒュンケルの最期

前回の喧嘩相手。でろりん。

でろりん「おいなんだよ、俺の名前に何か文句でもあるなら聞こうじゃないか」


 フェイト最大の奥義でさえヒュンケルが纏う鎧には通じなかった。

 どれだけ威力が強かろうが、連撃を浴びせようが、魔法そのものを弾く鎧には通じるはずがない。フェイトはその真理に辿り着いて悔しさから唇を噛みしめる。

 

「嘘だろ……? 今のはフェイト一番の、魔法だってのに……」

 

「大したものだ。あれを使われたのが並の戦士ならば死は免れなかっただろう。それにこの鎧さえなければ、死にはしないだろうが俺も重傷を負っていただろうな。本当に驚かされたよ、まさかお前のような子供がここまでの実力を持っているとは。あいつのことを思い出すな……あいつなら、ダイならこんな俺も止められただろうに……この石を手にしてから闘争本能が高まり続けて制御できないこの俺を……!」

 

 青く輝くひし形の宝石――ジュエルシード。

 幽霊として彷徨っていたヒュンケルは偶然それを見つけ、あまりにもきれいな石だったので拾うと眩い輝きを放った。

 

 

 * * *

 

 

 ヒュンケルという男は壮絶な過去を送っていた。

 赤ん坊の頃に親に捨てられ、当時世界を支配しようと目論む魔王軍という組織に拾われた。

 組織の幹部である剣士――バルトスという男に拾われたヒュンケルは、しっかりと周囲の者達からの愛を受けて育っていく。

 やがて少年と呼べるほどの年にまで育ったヒュンケルに訪れたのは……父親として接していたバルトスの死だ。

 

 魔王軍の悪行を阻止するために、人々の希望である勇者が立ち上がったのだ。

 勇者と呼ばれる男は魔王軍のアジトに攻め込み、ヒュンケルを育ててくれたほとんどの者を斬り捨ててしまった。

 正義のために戦い、その結果は一人の少年の家族を奪うことのみ。

 戦場となる場所から遠ざけられはしたが、我慢できずにバルトスの元に駆けたヒュンケルが目にしたのは……灰となって崩れていく父親の姿だった。

 

 元凶である勇者を憎むのは至極当然。ヒュンケルにとっては勇者など正義のためと旗を掲げて自分の家族を殺した悪なのだ。復讐の意思を心の奥深くに閉じ込めて、まずは強くならなければいけないと思い、元凶であると恨む勇者に師事する。

 伝説の剣士の名をつけられたヒュンケルの才能は凄まじい。剣を習い始めて数か月で勇者が卒業の証をプレゼントするほどだ。

 

 

 

 流れが激しい川が下にある崖で勇者はヒュンケルに語る。

 

「ヒュンケル、あなたはもう充分一人前の戦士としての実力をつけています。そこで……これを与えましょう」

 

「これは……?」

 

「まあ卒業の印……みたいなものですよ。でもまだまだ完全な戦士とは言えませんよ? どうもあなたの剣には妙な殺気というか……邪気のようなものが感じられますからね」

 

 隠していたつもりの復讐心を完全ではないが見破られ、ヒュンケルの目は険しくなる。

 

「……先生」

「なんです?」

 

「先生は、バルトスという男を知っていますか……!」

 

 体が怒りで震えるのを感じながらヒュンケルは語った。

 

「魔王軍配下、最高の騎士であり、そして……俺の父だった……! 俺の剣に、殺気が感じられるとすればそれは……それは……父の敵であるアンタへの恨みだああああ!」

 

「ま、待ちなさいヒュンケル!」

 

 やっと復讐のときが来た。そう思ってヒュンケルは全力で、殺気が漲る剣で斬りかかった。

 何かを言いたかった勇者は攻撃への反射で、咄嗟に剣をとって反撃してしまう。鞘にしまったままの状態でとはいえ気絶させるのには充分……しかし反撃したことでヒュンケルは崖から落ちて流れが激しい川に沈んでしまった。

 

「しまった……つい反射的に……! しかしそうしなければ私が殺されていた……恐るべき剣の冴え、まさに魔性の剣だ……」

 

 激しい川の流れに少年の体は逆らえず、呼吸もできない。

 そのままでは死ぬのは明白だったが、そこに男が現れて見事助け上げた。

 助けてくれたその男は魔王軍の魔影参謀と名乗り、ヒュンケルはまた魔王軍側につき戦士としての技量を磨くことにした。

 

 月日は経ち、壊滅したはずの魔王軍は密かに再建された。その規模は過去のものを大きく超えている。

 修行して強くなり続けたヒュンケルは魔王軍六大団長という幹部の一員となった。正義という名目のために家族を失ったことへの恨みは勇者だけでなく、人間という種族全体に向けられ、各地で破壊活動を積極的に行っていた。

 破壊活動の際、立ち向かってくる者達が数人……勇者の弟子と名乗っている連中を片っ端から斬り捨てている。

 どれだけ殺しても人間に対するヒュンケルの恨みは変化することはない。家族の敵である勇者が死んだという話を聞いても、自分の手で殺してやりたかったなどと思うだけだ。

 

 そしてヒュンケルは運命の出会いを果たす。勇者の最後の弟子だった。

 ダイと名乗る少年はまだ幼く、勇者の元で修行していたころの自分とそう年は変わらない。そんな少年がすでに六大団長の一人を撃破し、自分にまで挑んできたというのにはヒュンケルも驚いた。

 一戦目は鎧の魔剣の力を全力で発揮して力の差を思い知らせたが、それでも後輩である少年は諦めずにまた挑んでくる。

 

 戦いは熾烈を極めた。ダイとその仲間である少年が雷を呼ぶ魔法を使って攻撃したり、それに耐えたヒュンケルがブラッディスクライドで反撃したりだ。その戦いにおいて、ヒュンケルはブラッディスクライドによりダイを気絶させるまで追いこんだ。

 

 その戦いの最中、ダイの仲間が持ってきたのは「魂の貝殻」と呼ばれる道具。死者がメッセージを残すために使うその道具により、数年前のことの真相を知ったのだ。

 

『我が最愛の息子ヒュンケルよ……お前に真実を伝えたいがゆえに、ここに私の魂の声(メッセージ)を残す。あの日、勇者達が攻めてきた日……地獄門を守るワシは勇者と戦った』

 

(そうだ、それで父さんはあいつに殺されて……)

 

『だが、勇者は強かった。しかしワシが死を覚悟したそのとき勇者は剣を収めたのだ……』

 

(……なん、だって?)

 

 

 その魂の声には数年前のことが細かく残されていた。

 

「どうしたっ、早く斬れ!」

 

「……やめましょう」

 

「な、なに? 情けをかけるつもりか!?」

 

 剣を収めた勇者はバルトスの首からぶら下がっているものを指さす。それはヒュンケルが初めてバルトスにプレゼントした手作りの星型のペンダントだった。

 

「それは明らかに子供が作ったもの。まさかとは思ったのですが……あなたにも家族が、と……一瞬そう考えたら……斬れなくなりました!」

 

 敵であるはずのバルトスに対して、今まで死闘をしていたとは思えないほどの笑顔で勇者は告げたのだ。

 信じられなかった。そんなことで殺されるかもしれない賭けに出たなど……自分には到底出来そうになかったから。

 バルトスは両膝と両手を地面につけて項垂れる。

 

「……負けた。力だけでなく、心でも」

 

「さあ、門を開けてください。私が倒さねばならないのは魔王ただ一人ですから」

 

 先に通じる門を開ける前に、バルトスは勇者の優しい心を信じて……たった一つのお願いを口にする。

 敵である自分が頼むなどおこがましいし、恥だとも思ったが、バルトスは語った。

 

 子供を拾って育てていたこと。

 忠誠心から魔王が倒されたのなら後を追うこと。

 そんな自分ではもう育てることはできないから、なんとか引き取ってよい暮らしをさせ、温もりを与えてほしいこと。

 

 そんな敵からの申し出を、勇者は笑顔で引き受けた。

 

 ややあって、魔王の断末魔がバルトスには聞こえてきた。自分もこれから死のうと思い、剣を持ってすぐだった……魔王が門の入口に息を切らしながらも立っているのを見てしまう。

 

「ま、魔王様、生きておられたのですか!?」

 

「ああっ、俺は死の寸前で神に救われたのだ。俺はこれから眠りにつく、それから力を蓄えて新たな魔王軍を再建する! 今のものとは比べ物にならぬ最強の軍団をだ! ……だがその前にお前を処刑しておかねばと思ってな」

 

「ワ、ワシを!? なぜ!?」

 

「お前がとんでもない失敗作だからだ! くだらん正義感や騎士道精神を持ち合わせ、情愛にうつつをぬかす! 挙句の果てには敵に門を通らせる大失態!」

 

「そ、そんな……」

 

 魔王は拳を振り上げる。疲労しているにもかかわらず、力を込めた腕が上がり――

 

「新たな魔王軍では、お前のような不良品は絶対に作らああん!」

 

 ――思いっきりバルトスに振り下ろされた。

 

 拳はバルトスの頭を砕き、倒れ伏した体は灰となって崩れていく。

 魔王が去ってから数十秒後。幼い少年の悲鳴が暗い部屋に響き渡っていた。

 

 

 

『ワシにはもう全てを語る力はなかった。だからこの魂の声をひそかに隠していた魂の貝殻に込めたのだ。……いつかお前が聞いてくれることを信じて』

 

 全ての真相を知ったヒュンケルはわなわなと身体を震わせていた。

 

『ヒュンケルよ、どうか生きてくれ……そして勇者を恨んではならぬ。恨むなら、お前を拾いながらも最後まで傍にいれなかったワシを恨め……。だがワシは幸福だった。短い間ではあったが、戦いしか知らないワシの心に温もりを与えてくれたのだから……。最後にこれだけは言わせてくれ……思い出を、ありがとう……』

 

 身体を震わせていたヒュンケルは魂の貝殻を投げて破壊する。

 

「嘘だ、嘘だあ! 今さらそんなことが信じられるか! 俺はもう、魔王軍の魔剣戦士なんだあ!」

 

 ヒュンケルは剣を強く握り、立ち上がったダイの元へと向かっていった。

 

 

 * * *

 

 

「今のは……」

 

 風矢達は見知らぬ光景が見えていた。それはもう見えることがなく、現実へと戻っていたが、ヒュンケルという一人の男の悲しい過去であったのは確かだ。

 

「今のって、もしかしなくてもアイツの過去だよね?」

 

「……親のことを、家族のことを、すごく大事にしてたんだ。私も母さんのことが大事だから、気持ちは分かる」

 

「へっ、俺も妹は大事だ。自慢したいくらいすげえいい妹だぜ?」

 

「なるほど……この石がお前達に見せたのか、俺の過去を。ふっ、結局、俺はあれから魔王軍を抜けてダイ達に協力した。そして全ての元凶である神に戦いを挑み敗北、残った魔王軍に捕まって処刑されてしまった。敵に従ったフリをして、暗黒闘気で満ちたグラスを飲むことで解放されはしたが……それが原因で死んでしまったんだ。あれからもう数百年……戦いはダイのおかげで終わりを迎えた。そこに……俺もいたかったよ」

 

 まだ敵と戦っていたかった。まだ仲間と共に戦っていたかった。そんな心の内にある願いをジュエルシードが感知して、歪んだ形で叶えようとした。

 それは闘争本能を高めて罪もない人々を襲うという酷いものだ。しかしヒュンケルは高い精神力で闘争本能に抗い、森の中に篭って日々を過ごしていたのだ。そんな日々のなか、もう闘争本能を抑えつけるのは限界に近くなり近くの温泉旅館に向かうと、偶然強い気配を持つ者と遭遇した。

 運命だったのかもしれない。ヒュンケルはここで戦い、倒されることで本当の終わりを迎えようと決意する。

 ただ戦っている内に、戦うのならば全力で戦って終わりたい。出せるもの全てを出し尽くして終わりたいと心から思い、ジュエルシードもそれに呼応するように再び輝きを放ち始める。

 

「うおっ、なんか光り始めてきたぞ」

 

「この石……そうか、俺の願いを不器用にも叶えようとしているということか。やはりもう抑えきれん、いやもはや抑える必要はないな。お前達三人でいい……俺の全てを受けとめろ!」

 

「はっ、なんだか知らねえがはなっからそのつもりだ。全力でやらなきゃ、喧嘩は面白くねえだろ!」

 

 ヒュンケルは風矢が向かってくるのを見ると、額についている剣の柄を手に取る。そしてそれを振ると額から後頭部、後頭部から腰まで垂れさがっている細くて薄い金属の塊が直線となって固まる。紛れもなくそれは鎧の魔剣の刀身だった。

 鎧の魔剣は鞘が鎧部分となっているので、剣は武器として使い続けられるのだ。

 

「そりゃ、武器がなくなるわけじゃないか……」

「来る……!」

 

「俺は一介の戦士、ただのヒュンケルだ! 紛い物だが、我が師の必殺技を受けるがいい!」

 

 剣を持っている右手を後ろに下げ、ヒュンケルは叫ぶ。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 ヒュンケルの剣が薙ぐように振られると、剣から三日月状のエネルギーが飛んでいく。

 

「うおおおおお!」

 

 飛んでくるアバンストラッシュを風矢は両手をクロスさせてガードするが、吹き飛ばされてしまう。皮膚が徐々に傷つき、木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ風矢は歯を食いしばって……アバンストラッシュを拳で叩き落とした。圧倒的筋力だから成せる対処法だ。

 

「アークセイバー!」

 

 フェイトが叫ぶと、鎌の形をしているデバイスのバルディッシュから、アバンストラッシュのような三日月状のエネルギー弾が発射される。それは不規則な軌道でヒュンケルに接近し、あっさりと鎧に弾かれる。

 

「くっ……やっぱり魔法が通用しない」

 

「通用しなければ何もできないか? 俺の知っている魔法使いは最後まで諦めたりはせんぞ!」

 

「諦めたわけじゃない……! ブリッツアクション! サイズスラッシュ!」

 

 高速移動魔法を使用したフェイトは一瞬でヒュンケルの背後をとり、バルディッシュで切り裂こうと勢いよく振る。しかしそれすら鎧の方が頑丈であったので通用せずに弾かれる。

 

「これもダメなら……!」

「……そうだ。フェイト、そいつの鎧は金属だ! さっき見た光景でも鎧は雷を通してダメージを与えていた、勝機はこれしかないよ!」

 

 ヒュンケルの記憶とも呼べる光景では、とある魔法使いが儀式魔法により雨雲を呼び、勇者の最期の弟子である少年がそれを利用して雷を呼んでダメージを与えていた。それが脳裏によぎったアルフは起死回生のチャンスになると感じ叫ぶ。

 金属は電気を通す、それはたとえ鎧の魔剣でさえも避けられない性質だ。電気が流れれば鎧を伝って、装備している本人にも伝っていく。

 

「雷……それならアルフ、力を貸して! 儀式魔法で天候を操作して雷を呼ぶ!」

「なるほど、それならいけるね! つうわけだから八神、ちょっとの間だけ足止めしてな!」

 

 そのアルフの言葉で、倒れた木々の方向から風矢が走ってヒュンケルに向かっていく。

 

「フェイト、集中だ。雷を強くイメージするんだ」

「分かってる、アルフこそ集中しなきゃダメ」

 

 フェイトとアルフが目を閉じて集中し魔力を高め始める。戦っている場所の真上、遥か上空に黄色の魔法陣が出現し始めた。

 魔法陣からは黒い雷雲が発生し、それが徐々に蔓延していく。バチバチと電気が奔る雲に二人以外は気付いていない。

 

「おっしゃ、いくぜええええ!」

「来い……! 八神風矢ああ!」

 

 剣と拳が舞う。肌を剣が掠めれば血が飛び、拳が鎧に当たればその部分がべこっとへこむ。

 金属すらへこませる風矢の拳にヒュンケルは驚きと痛みを同時に与えられる。そして……風矢は自分より強いと痛感した。

 重い一撃がヒュンケルの腹部に直撃し、こらえるために地面を両足で踏ん張るが後ろに数メートルも下がってしまう。

 

「お前は強い、だからこそ遠慮はしない! 俺の最強技……グランドクルスを受けるがいい! グランドクルスは光の闘気を放出する技だが、今の状態で使えばそれは暗黒闘気の放出でしかない。よってこれは……」

 

 ヒュンケルは胸の前で両腕でバツを作ると、自身の黒い闘気を集めていく。

 

「来いよ、受けてやる!」

 

「受けきれるなら受けてみろ! グランドクルス、暗黒闘気Ver!」

 

 黒い十字型のエネルギーがヒュンケルの両腕から放出された。漆黒の十字が風矢を呑みこもうと迫っていく。

 迫りくる漆黒の十字に風矢は拳を勢いよく叩きつけた。黒い闇で生成された十字は一瞬だけ止まったようだったが、その後に全く衰えない速度で風矢を呑み込んでしまった。

 

「ぬうおおおおおおお!」

 

 夜よりも黒い十字が誰もいない森の方へと向かっていく。闇の中でもがくも風矢は出ることが出来ない。ゆえに耐えるしかない状況に追い込まれ、風矢はひたすら耐えて……耐え抜いた。

 しかし大技に直撃した風矢のダメージは大きく、体のいたるところが焦げたようになっていて、痛みが常に全身を廻っている。

 十字は消え去り、地面に立つ風矢の真後ろには十字型の傷痕がしっかりと深く残っている。

 

「へへっ、耐えて……やったぜ」

 

「見事……! ならば次は……なにっ!?」

 

 次の攻撃にヒュンケルが移ろうとしたとき、上空にある雷雲に気付いた。

 青き光がバチバチと音を立てながら奔る雷雲は、もう雷が落ちるには充分すぎる大きさになっている。

 

「「サンダーフォール!」」

「ぐああああああああ!?」

 

 二人の魔力により呼ばれた雷雲から雷が落ちた。ヒュンケルの纏う鎧に直撃して電流が体に伝わっていく。

 霊体ではあるがジュエルシードによって生身の肉体を一時的に手にしているからか、肉が焼けるような臭いを放ち、黒い煙が鎧の隙間から漏れている。体は小刻みに震えていた。

 雷に打たれるというのは人間ならほぼ感電死するような威力であり、霊体であろうと耐えることなどまずありえない。だからこそ二人の目は見開かれる――

 

 ヒュンケルは雷に耐えたのだ。

 

「うそだろ……雷に打たれてなんで立っていられるんだよ」

「……まだ、終わってない」

 

 一発目は耐えた。しかしサンダーフォールで発生した雷雲は、まだ雷を落とそうと光を放っていた。

 雷光が、ヒュンケルを連続で襲う。

 

「があああああああああ!」

 

 二回どころではない。四回、五回とヒュンケルに雷が落ちた。やがて十回ほど落ちると、さすがのヒュンケルも膝をついてしまう。

 

「ブラッディ……」

 

 それでもなお、ヒュンケルは剣を後ろに引く必殺剣の構えをとる。

 

「スクライドオオオ!」

 

 剣から出たエネルギーの標的はフェイトとアルフだ。

 

「うそっ、やばっ、よけっ……!」

「避けられない……!」

 

「なにぼさっとしてんだお前ら!」

 

 直撃すれば二人の体を容赦なく貫くエネルギー。それを避けれない二人の間に風矢が痛みを無視して駆け、瞬時に割り込むとフェイトとアルフを突き飛ばし、自分も避けるためにのけぞるが肩の先を僅かに抉られる。

 

「ぐうっ……! いってえなあ……!」

 

 血が腕を伝って滴るので、風矢は服を千切って包帯のようにして巻いておく。

 そんな庇ってくれた風矢を見て、フェイトとアルフは狼狽える。

 

「あ……八神、さん」

「わ、わるい! でもどうして助けて……」

 

「ああ? お前らは知り合いだしよ、困ってたら助けるなんてこと……当たり前だと思うんだがな」

 

「そ、そんなもんかい? ……って! まだ戦いは続いていたんだった! あいつは!?」

 

 戦闘中だったことを思い出し敵であるヒュンケルのことを見ると、両膝をつき、剣を前に突き出したまま動いていなかった。

 

「……あれ? 動いてない?」

「……違う。アルフ、あの人の足をよく見て」

 

 アルフはフェイトに言われた通りにヒュンケルの足を見てみると、蛍が舞うかのように光の粒となって消えていっている最中だった。

 

「え、足が……消えていって」

 

「そういうことかよ……」

 

「どういうことだよ!」

 

「あいつは満足しちまった、そういうことだろうが。なあ、そうだろ?」

 

 微動だに動かないヒュンケルに風矢が問うと、首が垂れているので表情を見せないヒュンケルが返答する。

 

「ああ……俺はもう、戦えない。自分で限界くらい分かるさ……。もしも生きていたら、ギリギリのところで耐え続けてみせたが……生憎とこの体は霊体だしな。耐えることなんて、できやしないのさ……。俺はこのまま、あの世にでも行くんだろうな……」

 

 心が満たされた。誰かと戦ってこその戦士という存在……ヒュンケルは戦いを求めていたのだ。満足いくまで全力で戦いたかったというのが彼の本音だった。欲をいえば仲間と一緒にか、その仲間を生かすために戦いたかったが、それはすでに叶わない想いだ。ゆえに妥協したのだ……理由などなくても戦うことを選んで。

 両足はすでに消え失せ、残された霊体も消えていく。

 

「へっ、俺はまだまだ喧嘩したりなかったぜ。そうだなあ、もしもだけどよ……俺が死んじまったらそっちに行くからよ。そん時はまた、喧嘩しようぜ」

 

「ふっ、おかしな奴だ……お前の願い、今度は俺が……叶えて、やろう……。その時は師と弟弟子達に会ってやってくれ……きっと、気に入るさ」

 

 ヒュンケルの手から剣が音を立てて落ちる。その手はまだ何かを掴みたいかのように動いていたが、掴めるのは空気だけだ。それでも、空気だけでも握りしめた。

 話しながら風矢はヒュンケルの正面に歩いており、その形あるものを握れていない拳に自分の拳を合わせる。

 

「ああ、お前の仲間なら絶対強いだろうしな。全員と喧嘩祭りでも開くか」

 

「……それはたの、しそうだな。いまから、たのしみに、しておく……ぞ……」

 

 ――ヒュンケルは最期まで風矢と笑い合っていた。

 

 しばらくの余韻のなか、風矢は「くああぁ」と両指を組ませて体を伸ばす。そしてなぜか自分の手の中に収まっているものに気がつく。

 

「あ? ジュエルミートじゃねえか! なんだこれ、マジックか……?」

 

 青いひし形の宝石をいつの間にか握っていた風矢は驚きをあらわにする。

 そしてジュエルシードの存在を見てフェイトとアルフの目の色が変わった。

 

「さて、色々あったけどさ……悪いけどそれを渡してよ。アタシ達はそれのために戦ってたんだから」

「お願いします、ジュエルシードを渡してください」

 

「おう、いいぜ」

 

 二人の願いに風矢は軽く笑って、ジュエルシードを渡そうと歩み寄る。

 フェイトが手を伸ばし、風矢も渡そうと手を伸ばしたそのとき……第三者の声がその場に響き渡る。

 

「だめなのおおおお!」

 

 ――白い服を纏った魔法少女が乱入した。

 




 ヒュンケル……ダイの大冒険に登場する戦士。原作では暗黒闘気を飲んでも死ななかったが、今作では死んだことにされた。正直原作での不死身みたいなのは異常だけど、それがヒュンケルだと納得するしかない。

 フェイト……電気の魔力を扱えるのに、わざわざ回りくどく雷を落とすことにしたのはヒュンケルの過去を見たせい。ポップのラナリオンとダイのライデインを見なければ、普通に電気の性質に変換した魔法で勝利を収めていたはず。

 白い魔法少女……いったい誰なんだ!?


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乱入の白、介入の茶

 前回の喧嘩相手。

ヒュンケル「やれるだけのことはやった……。ヒムも救った……。これならもう、叱られないですよね……先生……」

ヒム「おうお前ら! 戦士ヒュンケルの最期は漫画ダイの大冒険30巻。さらば! 闘いの日々よの巻を見てくれよな! 俺は生きるぜ、ヒュンケル……! え? 俺ってばこの小説に出てねえの? ていうか俺と会う前にヒュンケルが死んでるじゃねえか!」


 風矢がフェイトにジュエルシードを渡そうとしたとき、突如として現れた白い魔法少女。その正体は風矢もすでに会っている「高町なのは」だ。その肩にはフェレットであるユーノも乗っている。

 なのはは旅館にて睡眠をとっていたので、ヒュンケルの一件に参加しようとしても出遅れてしまった。結果、決着はすでについており、ジュエルシードは勝者であるフェイトに渡ろうとしている。しかしなのはとしてはいただけない展開である。

 

 元々ジュエルシードはユーノが発掘したロストロギア。それは危険すぎるがゆえに管理局と呼ばれる組織に保管してもらおうと、ユーノは一人で集めていた。なのはもそれに協力している以上、フェイトという第三者に渡ってしまうのはよくないことなのだ。

 

「……なのはなの、ヤップル」

 

「八神さんダメだよ、ジュエルシードをファイトちゃんに渡さないで! ……って怪我してるの大丈夫ですか!?」

 

「えっと、もしかしなくてもヤップルって僕のことですよね……。もう諦めてますけど、ユーノです」

 

「また、あなた……?」

 

 フェイトとなのはは一度会っていた。ジュエルシードを求める者同士、いつか会うことは運命だったのだろう。

 初対面でいきなりファイトと呼ばれたので、フェイトはなのはを風矢の関係者であると理解している。もしかすれば風矢も自分の敵に回るのではと思っていたが、あっさりジュエルシードを渡そうとしてくれたのでその疑念はもうない。

 

 しかし問題は高町なのはという少女の強さにあった。実戦経験は少ないのは見て分かるし、力任せの戦い方であったので対処は簡単だった。……だが、化け物クラスの砲撃魔法である「スターライトブレイカー」を喰らってしまったのだ。

 それは一種のトラウマに近くなっている。ゆえにフェイトとアルフは旅館にて高町という名前を聞いて逃げたのだ。

 

「つってもなあ、これは喧嘩して勝ち取ったファイトの……あれ? 別にファイトが手に入れたわけじゃない?」

 

「八神さん、ジュエルシードをこちらに渡してください。それはしかるべき場所へと移すべき危険な代物なんです。全ては発掘した僕が責任を持って集めなければいけないんです」

 

「八神さん、後から来て図々しいけど、お願いします!」

 

 なのはは頭を下げるが、そこにフェイト達が言葉をぶつける。

 

「本当に図々しい。そのジュエルシードは私とアルフ、そして八神さんで勝ち取った物……よって手に入れる権利は私にある」

 

「そうだそうだ! 部外者は引っ込んでな! そうじゃなきゃ、ガブッといくよ……!」

 

 頭を上げたなのはと、睨むようにしているフェイトの視線がバチバチとぶつかり合う。それを見ていた風矢が後頭部をポリポリと掻きながら呟く。

 

「しょうがねえなあ」

 

 その言葉は明らかになのはに渡そうとしている感じであった。なのは達は喜び、フェイト達はどうしてというような目を向けている。

 

「よしっ、そんじゃあ喧嘩して勝った方が手に入れるってことでいいな」

 

 ……今度は風矢以外の全員がどうしてそうなるのという呆れた目をする。

 

「でも」

「これが」

「一番」

「分かりやすいってわけだね」

 

 しかし勝負をして勝者が手に入れるというのは古来からある解決手段だ。自然界でも当たり前のようなごく普通のやり方である。

 四人はその方法で納得したので、それぞれが身構える。

 

「おお、それじゃかかってこいよ」

 

 そして四人は肩をがくりと落とす。

 

「え、えっと……どうして八神さんが戦う気になってるの?」

「そうだよ、アンタ別に戦う意味ないだろ!」

 

「あ? 何言ってんだ? そこに喧嘩があるなら普通交ざるよな?」

 

「「「「交ざらないよ!」」」」

 

 ここにきて四人の心が一つになってきた。全く嬉しくないだろう一つのなり方だ。

 

「とにかく俺もやるぞ、俺に勝ったらジュエルミートはお前らにやるよ」

 

「で、でも、怪我してるし戦わない方がいいんじゃ……」

 

「こんな怪我は大したことねえよ、お前らと喧嘩できる楽しさに比べればなあ!」

 

「や、やばい、こいつ本気だよ。本物のバカだよ……。肩ちょっと抉られてるのに……」

 

 肩が少し抉られているというのに笑顔で叫ぶ風矢に、アルフは引き気味になっている。

 常識的に考えて風矢はおかしい。常識に縛られないのが風矢なのだ。

 

「さあて、そんじゃあ行くぜ――」

 

「なにしてんや兄貴いいいいい!」

 

 そしてそんな風矢を常識にとどめようとして苦労する妹が、車椅子を全力で動かしてきていた。

 

「ん? はやてぶっ!?」

 

 車椅子で、全力での突進を腹部に喰らった風矢は腹を押さえて両膝をつく。壁のような腹筋に激突したが、はやてはなんとか車椅子を転倒させずに持ちこたえる。

 

「は、はやて……なにを……」

 

「いま何時やと思っとるんや! どこほっつき歩いとったかと思えば、妹と同い年くらいの女の子とコスプレ大会か! 喧嘩ばっかりの兄貴だからこういうことは頭にないと思っとったのに!」

 

「コ、コスプレ? いや違う、はやて、俺はこれから最高の――」

 

「いいから部屋へ戻る! なのはちゃんとフェイトちゃんにもこんな恰好させて、アホなんか!? そんで二人もなんでそんな恰好してんねん!」

 

 はやての怒りの矛先が、理不尽に別方向へと向かう。

 

「「えっと、これからジュエルシードをかけた決闘を……」」

 

「やかましいわ! ジュエルミートだかなんだか知らんけどな、こんな夜遅くにすることやないやろ! なのはちゃんの方は親御さんが心配しとるやろうし。というかフェイトちゃんの方は保護者のアルフさんが止めなあかんやろ!」

 

「「「……ご、ごめんなさい」」」

 

 あまりの迫力と勢いに押し負けてなのは達が謝ることになってしまった。唯一ユーノだけはフェレットになっているおかげで免れたが、風矢でさえ勢いだけでなら超えている少女に恐れに似た感情を抱く。

 

「さ、兄貴。さっさと部屋戻るで! 血のりなんかつけてコスプレ大会舐めとる兄貴には、私がたっぷりと本物のコスプレの極意を教えたるよ!」

 

「……あ、いや……ああ、分かった」

 

 喧嘩をしてばかりだが、血を流したところなどほとんど見たことがない。はやてはそのせいで本物の血だとは考えずに、肩を怪我した風矢の手を取って旅館へと戻ろうとする。

 

「でもその前に渡さねえとな。ほれ、お前らにやるよ」

 

 風矢がはやてに引っ張られて戻る前に、懐からジュエルシードをなのはとフェイトの()()に投げた。

 投げられたジュエルシードを地面に落とさないように、なんとか二人はキャッチする。

 

「わりいが今回は引き分けだ。お前らに一つずつやるよ。それじゃあ俺は旅館に戻んぜ、はやてが怒ってるからな」

 

 一つはヒュンケルが持っていたもの。もう一つは飛影が持っていたものだ。

 風矢はヒュンケルの方をなのはに、飛影の方をフェイトに与えた。後者をフェイトに与えたのは、飛影がフェイトから盗んだのだと会話から気付いていたからだ。

 そうして風矢は早くするよう急かすはやてに連れられて、二人で旅館に戻っていった。

 

 

 

 残されたなのは達とフェイト達はお互いを見やる。

 

「……す、すごい子だったの」

 

「やっぱり妹なんだ……」

 

 勝負して勝った方が手に入れる。そんなことをしようとしていた空気が完全に霧散しており、これからどうしたものかと二人は悩む。

 そしてしばらく悩んでいたなのはがユーノに目を向けて、変身を解除して浴衣姿に戻る。

 

「ユーノ君、帰ろ」

 

「え? ど、どうして? ジュエルシードを取り戻すんじゃ」

 

「……今回はファイトちゃんが頑張ったの。だから私が横取りしているみたいなんだもん。ジュエルシードをかけて勝負するのは、また次の機会にしようよ」

 

「ま、まあ、なのはがそれでいいならいいけど……」

 

 去る者追わず。フェイトは戦う意思がなくなったなのはを必要以上に追うことはしなかった。

 フェイトもまた、ジュエルシードをかけて勝負するときはいずれ来ると確信している。アルフがなのはの去り際に攻撃しようとしたのを手で制す。

 

「待って」

 

 しかし唯一ここで言っておかなければいけないことがある。

 

「え、どうしたの? もしかして……勝負するつもりなの?」

 

「それはいい。でもこれだけは言っておきたい」

 

 ここで訂正しておかなければ、また訂正できないで終わる。放置してしまえば時間が積み重なり、どんどん言いづらくなる。なのでこのことだけはここで言っておかねばとフェイトは強く思う。

 

「私の名前はフェイト。フェイト・テスタロッサ。……ファイトじゃない」

 

「……え? あ、あああ!」

 

 正しい名前。なのはは一度目に会ったときに名乗っているのだが、フェイトは自己紹介するつもりもなかった。しかし名乗っていないのにファイトと間違った名前で呼ばれ続ける、それだけは勘弁してほしかった。

 

 ファイトという名前は風矢からなのはが聞いた名前だ。普段から「なのは」のことを「なのはなの」と呼んだり、一緒にいる「ユーノ」のことを今夜は「ヤキソバ」や「ヤップル」と呼んでいる。そんな風矢が告げた名前が正しいはずがない。なのははようやくそのことに気がついた。

 

「ご、ごめんなさい! 八神さんの教えてくれた名前が正しいはずなかったの! ずっと、間違えて呼んでた。こんなことじゃ仲良くなんてなれるはずなかったの……」

 

「勘違いしないで、仲良くする気なんてこれっぽっちもない。私にとっても、あなたにとっても、お互いは敵同士……それでいい」

 

「そんなの、悲しいよ……」

 

「なんとでも言うといい。でもまた会うことはあると思う。そのときはまた喧嘩しよう……高町なのはなの」

 

「うん! ……え?」

 

 自然に流れるように言われたが、違和感があったことでなのはは首を傾げる。

 

「あ、あの、私の名前は高町なのは――」

「なの」

 

「ち、違うの! な、の、は!」

「なの」

 

「私は高町――」

「なのはなの」

 

 

「あああああ! 私の名前は高町なのはああああ!」

 

「分かったよ、なのはああああ。また会おうね」

 

「もうそれならいっそ、なのはなのでいいよおおお!」

 

 ちょっとしたイタズラをしたフェイトは薄く笑みを零し、アルフと一緒に旅館に飛んでいった。

 残されたなのはの絶叫は旅館にまで届いているとは、本人は絶対に知ることのないことだ。

 




なのは「高町なのは、なの」

ユーノ「いくよなのはなの! あ、僕まで言っちゃった」

フェイト「なのはなの……ふっ」

アルフ「……もう止めたげなよ」


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地上最強と呼ばれる男

前回の喧嘩相手。なし。

風矢「あー、早く喧嘩してええ……」


 温泉旅館での喧嘩の翌日。

 肩が抉られていたり、腕が深く斬られていたり、かなりの傷を負っていたことを風矢は黙っていた。しかしそんな状態で生活していれば妹であるはやてにバレるのは遅くない。

 結果……旅館について、たった一時間でバレた。

 

 旅館に風矢と共に帰ったはやては、さっそく兄の血のりを落とそうとタオルで擦ったのだが、風矢が少し苦痛で顔を歪めたために違和感を抱かせた。

 血を拭きとったはいいものの、何度拭きとっても体内から出てくるそれは血のりであるはずがない。どういうことなのかとはやてに目で訴えられたので、風矢は何があったのか白状してしまったのだ。

 

 ヒュンケルの一件は旅館に迷惑がかかっていない。むしろ幽霊が出ると噂されていたので、消滅したとなれば旅館側にとっては喜ばしいことだ。それについてははやても責めはしなかった。

 なのはやフェイトの服装については、魔法少女ということを風矢自身が知らないために本当にコスプレしていることになってしまう。はやてはそういう趣味だったのだということで納得した。

 

 しかし……はやては怒った。

 

 当然だ。はやてにとって風矢はたった一人の家族。そんな大切な人が傷付いたとなれば、心配するに決まっている。旅館にいなくなってからかなり経ったので、さすがに不安になって捜しに来たはやてにとって、兄が怪我をしているという事実は胸を痛ませる。

 心配をかけたことには風矢が謝罪し、それをはやても涙を流しながらも許した。

 

 本音のところでは喧嘩など止めてほしいと思っている。だが大切に思っているからこそ、言えなかった。相手の好きなことを束縛するなど酷いと分かっているのだ。

 風矢が喧嘩好きなのは幼い時からだ。それが「単純に殴り合っていると楽しいから」などという理解できない理由だと知ったのは二年ほど前である。

 怪我をしたところはほとんど見たことがなかったし、たまにしてきた怪我も掠り傷のようなもの。はやては喧嘩で風矢が重症を負わないと信じていたからこそ、喧嘩好きである兄のことを許容してこれた。それが今回、初めて深い傷を負ってきた兄を見て、はやては自分の認識が甘かったことを理解する。

 

 風矢がどれだけ強かろうと、自分の知るなかで一番強かろうと、怪我を負わないわけではない。これまでは相手が弱かっただけなのだ。

 もしも風矢と同等、それ以上の強さを持つ者が現れれば……下手をすれば死もありえてしまう。

 

「いやだ……。兄貴が、お兄ちゃんが怪我するところなんて……見たく……ないよ」

 

 誰にも言えない本音は、心の奥深くに閉じ込められている。誰もいない時ならば、それを少しだけ出して一人で呟く。

 麻痺している両足とは別に、心が徐々に……蝕まれていく。

 

 

「よっしゃ、なんかよく分からんがクリアしたぜ!」

「兄貴、それクリアやないわ。コインを入れてくださいって表示されてるんやけど」

 

 ――だからこそ、楽しい時間は大事にしたい。

 

 二人は連休明けであるがゲームセンターに来ていた。

 平日は学校に行かなければならないが、はやてが普段ならば言わない無理を言った結果だ。

 妹から遊びたいと言われれば、風矢なら学校に行かなければいけない義務など放り出す。もっともそれは妹から言われなくてもたまに放り出す。

 

 遊ぶという楽しい時間で何をするのか考えていなかったが、はやては咄嗟にゲームセンターに行きたいと答えた。

 以前から足が悪く、ゲームセンターに興味が出る頃には車椅子生活だったのだ。当然出向いたことはない。この町のゲームセンターは他の場所と比べて治安が悪いので、何かあるかもしれないと不安になってしまうからだ。

 しかしそれも風矢がいれば問題はない。いや、喧嘩好きである以上、喧嘩が始まってしまうかもしれないが、無傷で勝ってくれれば問題はないのだ。現に風矢はここに来て、すでに突っかかってきた三人を無傷でのしている。

 

「よっしゃ、ならこれでどうだ!」

「いや兄貴、だからコイン入れなきゃいけないんよ。いくらボタン押しても意味ないからな?」

 

 悲しい現実。風矢は英語が読めない。それどころか漢字もはやてより読めない。年下である少女に、高校生が学力で敗北していた。

 

 

 パンチングマシン。

 

「殴ればいいのか、そらあ!」

「うわぁ、測定不能ってマジかい……。なんか機械から黒い煙出とる!」

 

 クイズゲーム。

 

「……何語だこれ?」

「……日本語やよ兄貴」

 

 ホッケー。

 

「おらあ! はは、どうしたはやて、全然打ててねえじゃねえか!」

「兄貴が打つの速すぎなんよ……。あれ? あの、なんか詰まってるんか知らんけど出てこないんやけど……」

 

 もぐら叩き。

 

「おらおら! なんだ? 出て来なくなったぞ」

「一回叩いた場所が凹んで出て来れへんようになっとる……」

 

 リズムゲーム。

 

「ぐああああ! 何かよく分からねえけど終わったああ!」

「い、一回もリズム合ってへんかったな……」

 

 さまざまなゲームをしてきた風矢とはやての二人だが、どれも一度やって終了となっていた。

 最後に格闘ゲームだけやって、それが終わればもう帰ろうとはやてが言う。風矢とゲームセンターは絶望的なほどに合わない。それが分かったからだ。

 故障させたゲーム機については店側の意向でなんとかほとんどの弁償を免れた。ただ、潰れたもぐらだけは弁償という形になり、およそ三万円を払うことになってしまった。

 

「それにしても兄貴……もうゲーセン来れへんようになったな」

 

「ああ、今日はいいらしいが、明日から出禁だってな。まったくなんてやつらだ、俺は普通にゲームしてただけじゃねえか」

 

「普通にゲームしてるだけなら機械は壊れんわ。三万円は痛いわぁ……。ああそういえば、ランキングあるやつがどのゲームも一位が同じ人なの気付いた? 確か名前は……キングって書いてあったなあ」

 

「ほう、強そうな名前だな……」

 

「強いのはゲームで、喧嘩はつようないと思うけど」

 

 パンチングマシン、リズムゲーム、もぐら叩き、クイズゲーム、そしていま風矢がやっている格闘ゲームもランキングの頂点に君臨している名前は同じものだった。そこまでくると興味が出るのも無理はない。

 ちなみに格闘ゲームは壊さずにプレイできている風矢だが、明らかに操作が下手でまるで勝負になっていない。

 

「あれ? 兄貴がいま戦っている相手……キングって」

 

「ぐっ、負けたか。惜しかったな」

 

「いや何一つ惜しくないわ! 相手の体力一ミリも減っとらんよ!」

 

 完敗してしまった風矢だが、その対戦相手の名前がランキングの頂点に君臨しているキングであった。もしも一位のキング本人ならば負けたのも無理はないが、それは本人に確認しなくては分からない。

 

「しっかしつええ奴だったな。よし、今度は現実で喧嘩してやるぜ!」

 

「うそやろ!? ねえうそって言って! 立ち上がるのはいいけど、もう帰ろうって!」

 

 ゲームセンターは治安が悪い。不良がいる場合もあり、喧嘩が起きることもある。海鳴市では特にその傾向が多い。

 まさか兄が治安を悪化させる側に回るとは思っておらず、はやてが必死に止めようとするがもう遅い。風矢は向かい側に座っている対戦相手へと近づいていき、話を始めてしまう。

 

「よう、お前つええな。今度はこっちでやろうぜ」

 

 そう言って拳を胸の前で握る風矢に、対戦相手である男は「はぁ」と深いため息を吐いてゆっくりと立ち上がる。

 

「やめておけ、俺と戦っても意味がない」

 

「おおかた腕に自信アリってところか。いいねえ、俺もだぜ。お前となら楽しめるかもな」

 

「ちょっと兄貴! こんなところで喧嘩なんてダメに……決まって、るや、ろ」

 

 慌てて止めに入ったはやてだが、対戦相手の容姿を見て戦慄する。

 金髪オールバック、パーカーを着ていて筋肉は見えないが恵まれた体格、さらに強面なうえに、左目を通るように縦に入った三本の傷。怖いという感情が真っ先に出てくる姿。それは風矢が喧嘩しやすいと喜ぶ不良のような見た目である。

 

(うっそやろ、怖すぎやこの人! でもこの人は乗り気じゃなさそうやし、なんとかなるか? あれ、でもなんやろ、この人から変な音が聞こえる?)

 

 ドッドッドッドッという妙な音がはやてには聞こえていた。それを疑問に思っていると、周囲で野次馬ができ始める。

 

「おい見ろよ、キングがいるぜ。百戦無敗の男……」

「マジだ! しかもキングエンジンなってんじゃん!」

「キングエンジン?」

「知らねえのか? キングさんが戦闘態勢のときに鳴る不思議な音だよ。くうぅ、地上最強と呼ばれるキングさんの喧嘩が見れるなんて、俺昇天しちまいそうだあ」

「へえ、あの人は強いんだろうな。確かパンチングマシンも測定不能だったんだろ?」

 

 キングエンジンという謎の音は置いておき、地上最強や無敗などという言葉を聞いては、はやても穏やかではいられない。昨日の風矢が負った怪我が脳裏に過ぎり、風矢とキングの間に入る。

 

「待って! 兄貴は昨日の怪我が完治しとらんやろ! それにここはゲーセンや、喧嘩する場所じゃないんや! だから……帰ろう」

 

「その方がいいだろう。無暗な戦いは不幸をもたらすだけだ」

 

「……えええ、分かったよ。今日は帰る、でもまた来るからそんときは勝負しようぜ」

 

「兄貴は出禁になったやろ!」

 

 そしてはやての説得もあり、戦いは一時的に避けられた。野次馬は戦わないと分かると落胆して帰っていく。

 

「ああ、だがもう会うことはないと思うがな」

 

 それからキングと風矢達はゲームセンターを出て、それぞれ帰路についた。

 

 

 * * *

 

 

 整備されているが、ひと気のない歩道を歩いている男がいる。

 彼の名はキング。地上最強の男だ。

 彼の噂はほとんどがぶっ飛んだ内容である。太陽系破壊爆弾を抱え、空を飛んで宇宙のブラックホールに捨ててきた。キングが過去に戻って無数の隕石群を砕いたから今の人類の歴史がある。ほとんどの神話はキング生誕の伏線だった。月のクレーターはキングがサンドバッグにしてできたもの。……というのは全て噂にすぎない。

 

(はぁ……引きこもりたい。ゲームだけやって生きていたいなぁ)

 

 彼は噂とはかけ離れた……不幸な男であった。

 昔から運が悪い、いや悪運があった。どこかを歩けばそこそこ有名な不良とマッチングする。

 不良とあってしまえばもう遅い。相手がキングの顔を見ると、決まって顔の怖さからガンつけられていると思ってしまうのだ。そして殴りかかると、足元の石に躓いて転び気絶。二人以上いたならば勝手に喧嘩をし始めて、全員が倒れたところで誰かが、キング一人立っている状況を見て勘違いする。

 

 次第に噂が立ち、尾ひれがつき、つきすぎた。

 

(はぁ、キングエンジンってなんだよ。俺は他人よりも心臓の鼓動が大きくて、ビビりだから大きく鳴ることが多いってだけだ。だいたい本当の俺は最強の真逆、最弱だってのに……不良が次から次へとやってきて、勘違いして去っていく。そして噂が拡大して、今じゃ地上最強? 笑っちまうぜ、不良のお前らが一発殴れば倒せるってのに)

 

 キングの身体能力は一般人以下だ。下手をすれば女子小学生にも負ける。

 パンチングマシンで測定不能だったのは、あまりにもパンチが弱すぎて測ることができなかったためである。

 

(さっきの男はヤバかった。戦うことになっていたら、マジで今回は死んでたかもしれない。なんだよあの筋肉、あんなの相手にしたら一発で骨が折れるっての。運よく妹らしき少女が止めてくれなきゃ絶対死んでた。あの子は命の恩人だな、次会ったらとりあえず飴でもあげるか……うん?)

 

 帰り道を歩いていると、キングは珍しいものが目に入った

 

「なんだろこれ……きれいな石だな」

 

 ひし形の青く小さな石だった。それは願いを叶えるという宝石――ジュエルシードだ。

 

「ああそうだ、こういうのをあげた方が小さい子は喜ぶかな。女の子だしきれいなものは好きだろうし」

 

「ジュエルシードを渡してください」

 

 見慣れない石を手に持って眺めていると、背後から澄んだ声がかけられる。

 

(……また厄介事かあ、ほんと嫌になるなあ)

「ジュエルシード……というのは?」

 

 振り向いた先にいたのは、金髪のツインテール少女――フェイト・テスタロッサ。そして赤い大型の犬のような狼だった。

 

(ていうか何この子の服。どこの魔法少女だよ。うーん、アニメ、ゲームで知らない魔法少女はいないと思っていたけど……全く知らないな)

 

「青いひし形の石です。早く渡してください」

 

 そう言ったフェイトに、キングは首元にサイズフォームのバルディッシュを突きつけられる。

 

(え、ちょっ、鎌!? なんでこの子は自然な流れで刃物を突きつけるの!? ……いやいや、さすがに作り物でしょこれ。だって本物だったら俺死ぬよ?)

 

 ――ドッドッドッドッドッドッドッドッ!

 

 フェイトとアルフは耳を疑う。聞き慣れない音が無力な一般人から、なんの動作もなく鳴っている。よく見れば体が小刻みに震えているが、それでこんな音はならないだろう。

 そして何よりも異常なのはキングの表情や仕草に恐怖がないことだ。本当は心の中でビビりまくっているのだが、それが表に出てこない。だからこそ、フェイトとアルフにはキングが刃物を突きつけられても恐れない強者に見えている。

 

「フェイト……退こう」

「アルフ?」

 

 額から汗を流すアルフは撤退を提案する。ジュエルシードが目の前にあるというのに、アルフはいつになく弱気であった。

 

(えええ!? い、犬が喋ったあああ!)

 

「この男はヤバいよ……なんていうか獣の感ってやつかな。普通ならこっちの言うことなんて、バルディッシュを出せば聞いてくれる奴がほとんどだけどさ。こいつは全く動じてない……恐れてないんだ。アタシ達を前にして堂々と、余裕で倒せるとでも思っている態度だよこれは」

 

 内心ではビビりまくりである。

 

「でもジュエルシードは……!」

 

「おそらくこいつも相当な実力者。あの八神みたいな強者に違いないよ。そしてジュエルシードを集めているということは、なんらかの目的があるはず。見たとこ管理局じゃなさそうだけど、今後ぶつかる可能性が高い。そのときまでに強くならなきゃ全然敵わないよ」

 

 ジュエルシードはたまたま拾っただけである。

 

「それに昨日のダメージも残ってるだろ? フェイト、今は逃げよう。それが正しいはずだよ」

 

(な、何言ってるのか分からないけど……こう言えばいいか?)

「賢明な判断だ、俺とお前では実力差がありすぎる。それに俺は戦いを終えたばかりで疲れている。それでもお前は勝てないだろう。ならば今はお互い退いた方がいいと、俺は思う」

 

 戦いとはゲームセンターでゲームをしていただけである。

 

「くっ……! ……分かった、今は退く。でも次は退かない……絶対に倒して、ジュエルシードは私が手に入れる」

 

「そのときまで首を洗って待っておくんだね!」

 

「機会があれば、だがな」

 

 フェイトはバルディッシュをキングの首元から離すと、光にして消していく。首から刃物が離れたことでキングは内心で安心する。

 険呑な雰囲気は霧散して、フェイト達はキングの横を通り過ぎて帰っていく。そこでようやくキングエンジンが小さくなっていき、なんとか収まった。

 

「……あ、ジュエルシードってこの石のことか! しまったな、渡しておけばこんなことにはならなかったのに……。いまさらだよなあ……。はぁ、早く帰ろう。帰ってゲームをすれば、こんなこと忘れられるはずだ」

 

 ジュエルシードを渡すのを諦めたキングは歩き出し、心の底からの想いをつい呟いてしまう。

 

「いっそのこと、俺が噂通りの最強だったらいいのになあ。それならさっきみたいにビクビクしないで済むんだ。はは、まあ無理な話か……」

 

 そう呟いた直後、キングが手に持っていたジュエルシードが青く輝きだした。

 




キング……原作はワンパンマン。S級ヒーロー七位にして、地上最強の男と呼ばれている。しかし実際は喧嘩すらろくにしたことがなく、一般人以下の実力である。なお今作では同じ呼ばれ方だが、不良から呼ばれているので怖いイメージを持たれている。

アルフとフェイト……キングのことを強いと誤解しまくる。


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キング

前回の喧嘩相手。なし。

風矢「そろそろ来るか?」



 妹である八神はやての車椅子を押しながら、風矢は自宅への帰路についていた。住宅地である道路は車一台が通れるような狭さである。

 強大な相手との喧嘩はし損ねたものの、風矢の機嫌は上機嫌だ。はやてと一緒にこうして出掛けるのは今までもあったが、学生である上にアルバイトをしているので時間がない。

 妹と接する時間が限られているので、こういった時間は幸福を感じるものだ。それと同じくらい喧嘩をしているときは幸福を感じられるのが八神風矢という男であるが。

 

「兄貴はしばらく安静にしてや。病気の私より先に死ぬんじゃないかとひやひやするんやから」

 

「バカ言うなよ。俺もお前も簡単には死なねえさ、先に俺が死ぬこともねえ。はやてが死ぬこともねえ」

 

「矛盾って言葉知っとる?」

 

「……ああ、それと悪いな。安静にするってのは聞けそうにねえや」

 

「……え?」

 

 どういうことかと風矢に目を向けるはやてだが、その兄の視線が自分を見ておらず遥か彼方を見ているのに気付く。

 視線を追うと、一人の男がいた。それはゲームセンターで会ったキングという男だった。

 

「あの人は……」

 

 金髪オールバックの強面は記憶にいやでも焼きつく。はやては空気がぴりつくのを感じた。それと同時に嫌な予感が駆け巡り、脳内で警報を鳴らす。

 

「はやては隅に寄ってくれ……来る」

 

「え……きゃっ!」

 

 風が吹く。キングの姿は掻き消えて、いつの間にか風矢の目の前にまで迫っていた。

 危険を感じた風矢は大事な存在であるはやてを守るため、車椅子の方向を壁際に向けて片手で押す。はやての車椅子は押されたことで、ブロック塀の方に進む。そのままではぶつかってしまうので、はやて自身がコントロールして塀にぶつかる前に止まることができた。

 

「よお、さっきぶりだな。だけど雰囲気変わったか?」

 

「それだけではない、俺は生まれ変わったのだ。妙な石のおかげかもしれん。はは、さあ、俺と戦え! 今なら喧嘩してやろう、これからは喧嘩をしよう! 本当の力を知らしめてやる!」

 

 まるで冷静だった肉食動物が、興奮を抑えきれない状態になったかのような変わりぶりだった。

 

「わりいんだけどよお、さっき喧嘩はやめろって言われたばっかでな。お前と喧嘩できそうにねえんだ」

 

「そんなことは知らん。貴様は喧嘩相手として選ばれたのだ、だったら潔く戦え! そしてその命を散らすがいい!」

 

 まさに一触即発という状況で、はやては混乱しつつも口を開く。

 

「ちょっ、ちょっと待ってや! さっきは喧嘩しないって言ったやないか! どうして今になって――」

「はやて!」

 

 横にそれていたはやてに向けて、キングの拳が迫る。風矢は急いで軌道上に割りこんで、両腕で防御した。

 手加減されているが拳を妹に放ったキングを風矢は睨みつける。

 

「あ、兄貴……」

「テメエはやてに手を出そうとしやがったな……」

 

「邪魔だったからだ。俺の戦いに、女子供はいらん」

 

 ドドドドドドドドド……! キングの心臓の鼓動が激しくなり始める。もちろんそれは先ほどと同じく周囲にも聞こえている。

 彼の変化は、キングという地上最強の男の噂が、ジュエルシードによって叶えられてしまったことによるものだ。その噂は恐ろしいほどの数が不良達の間で囁かれており、全てを体現した怪物が今のキングである。

 女子供だとしても容赦がない。常に戦いに飢えている。そんな噂も現実と化している。

 

「いいぜ、テメエがそうするっていうんなら、俺だって我慢しねえよ。その代わり、絶対に叩きのめす」

 

「その意気だ、俺を楽しませてみせろ! この地上最強の男の前で足掻け!」

 

「いくぞ!」

 

 防御したままだった構えを解き、風矢は右腕で容赦なく殴りかかる。

 今までの喧嘩の中では一番、過去最高レべルでの打撃だ。目の前の男には手加減など不要だと本能的に理解させられていた。

 

 並の相手ならば即死する威力。それをあろうことかキングは片手で受け止めてみせた。さらに無造作に、全てを置き去りにする速度で掴んでいる拳を持ち上げ、風矢の右腕を折ろうとした。それを風矢は自ら上に跳ぶことで、右腕にかかる負荷を軽減させて怪我を回避する。

 

 半回転するよう跳んだ風矢は、キングの額に蹴りを叩き込んだ。蹴りによる衝撃波が周囲一帯に行き渡り、家や地面を軽く揺らす。しかし直撃したキングに表情の変化はなく、効いている素振りすらみせない。

 全くのノーダメージだったキングは風矢の右腕を放す。だが今度は蹴りを放った右足を掴んで、背負い投げするかのように風矢を地面に叩きつける。

 

「かはっ……!」

「兄貴っ……!」

 

 地面が陥没する。人為的な地震が再び起こるが、今度は先ほどの三倍近い揺れの大きさだ。それが二度、三度と繰り返されると、さすがの風矢も対応できるようになる。

 四度目の叩きつけ。風矢は頭や背中の強打を防ぐために、両腕で全身にかかる負荷の全てを背負う。ミシミシという骨が軋む音や、ブチブチという何かが切れる音が聞こえたが耐えてみせた。そのままの態勢を維持したまま、風矢は自由である左足で蹴りを放つ。

 

「遅いなあ!」

 

 ――しかし蹴る対象が掻き消えて、風矢の真横に移動していた。

 認識すらできなかった風矢は蹴り飛ばされ、いくつもの家を突き抜けて破壊していく。

 家にいた住民達はいきなり壁に人型の穴が開いたことで驚く。その中には緑茶を飲んでいた南野秀一も含まれている。

 

 いくつかの家を破壊しても止まらない風矢だったが、その左足を掴んで強制的に止める者がいた。目にも止まらぬ速さで風矢を追い越したキングである。

 キングは布でも振り回すかのように軽々しく風矢を振り回すと、太陽がある方へと投げ飛ばした。

 

 雲よりも高く投げ飛ばされた風矢の元に行くため、キングは浮かび始める。

 

「キング流気功術」

 

 彼が使用したのは数ある噂の一つ。キングは禁断ともいえる独自の気功術を身につけている、というものだ。

 高度が増していき、時計の秒針が動かない内に、空を飛ばされていた風矢に追いつく。

 

「キング流気功術奥義。煉獄無双爆熱波動砲!」

 

 地球の青空が、ほんの一瞬だけ白く塗りつぶされた。

 塗りつぶした正体である白い光は宇宙に飛んでいき、太陽に風穴を開けて彼方へと消えていく。

 核爆弾すら超えるエネルギーを叩きつけられた風矢だが、角度的に運よく宇宙に連行されず地上へと落ちていった。

 

 ありえないほどのエネルギー砲を喰らってしまえば、風矢も無傷でいられはしない。全身いたるところに擦り傷ができてしまい、その中には抉れたような傷も多くある。

 熱で火傷もしているが、体を丸めてエネルギー砲に触れる場所を限界まで減らしている。その範囲は背中、腕の肘から先の一部、脛などのカバーできない場所だけで最低限に済ませられていた。だが、その火傷は酷いものだ。ごく一部であるが皮膚がただれてしまっている場所すらある。

 そして服が燃え尽きて、全裸になってしまっていたのはどうしようもない。

 

 強力なエネルギー砲で、キングは視界が一瞬だけ白くなったため風矢を見失っていた。すぐには追いかけてこないと分かると、風矢は痛みに耐えつつ、荒くなっている息を整えようとする。

 

「おお、や、八神やないか。なんや裸になって外に出とるとか……いや、なんやその体は何があったらそうなる!? 体半分くらい火傷しとるやないか! びょ、病院にれんら――」

 

「いてえが、ふぅ、妙だな、ふぅ、悪いな出馬……。その服借りるぜ……」

 

「――え? あれ? ……僕が下着だけになっとる! 一瞬で脱がして自分が着たんか、いやそれよりも君いったい何があった――」

 

「君、少し話をいいかな? この町中を下着姿でうろついているのは、さすがにマズイからね」

 

「いやちょっと違うんですよ。僕は別に下着姿でうろついていたわけではなくて、今そこの友人に服を取られて……いなくなっとるうう! どこいった八神いいい!」

 

 風矢は町を駆けていた。上空にいるキングのことを睨みつけながら走っていたが、お互いの視線がぶつかり合うのは遅くなかった。

 隕石と見間違うほどの速度で、キングは風矢の元へと降り立つ。

 

「ふっ、俺の煉獄無双爆熱波動砲を受けて生存し、火傷しただけで済むとはな。その服も焼けていないのを見るに、どうやら特殊なもののようだな!」

 

 ドドドドドドドドド!

 ドドドドドドドドドドドドドド!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 

 キングは速くなっていく心臓の鼓動を無視し、高揚感に支配されたまま風矢に殴りかかる。

 腹部にめり込んだキングの拳は、風矢すら視認できない速度で打ちだされていた。あまりの速度に防御すらできず、風矢は一方的にやられていく。

 

「やっぱり、妙だ……!」

「何をぼそぼそ言っているんだ!」

 

 もう数えきれないほど拳で攻撃された風矢はいまだに立っている。立ち続けて、倒れることは決してない。

 そんな一方的な喧嘩とは呼べない戦いのなか、一人の少女が慌てた様子で風矢達の元へ向かってきていた。車椅子の少女は戦いこそ認識できなかったが、音や衝撃の近さから戦いが起きている場所を推測し、急いで車椅子を動かしていた。

 

「兄貴! ようやく見つけた……!」

「……はや、て」

 

 はやては路地の曲がり角から顔を出すが、殴られている風矢を見て戦いの最中だと理解して、出すのは顔だけに留めておく。

 しかしあまりに一方的すぎる戦いが続いていたので、つい……口を出してしまった。

 

「なに、なにやられとるんや兄貴! 兄貴は強い、それを一番知っとるんは私や! 兄貴なら勝てるやろ……妹の前で負けるなんて許さへんで!」

 

 そして、口を出したはやてに、キングの視線が向く。

 

「目障りだな」

 

「……テメエ」

 

「キング流奥義」

 

「やめとけ……疲れる、だけだぞ」

 

「煉獄無双爆熱波動砲!」

 

 先ほどよりも弱々しい純白の光がはやてに向かっていく。しかしそれがはやてに直撃することはなく、またしても割り込んだ風矢に遮られた。

 直撃し、もしも一度目と同じ威力だったならば風矢は死んでいたかもしれない。だが二度目のそれは別だ。服すら焼けていないそれが先ほどのものと同じ技など、誰の目から見ても疑うこと間違いなしである。

 

「なぜ……なぜ、なぜ煉獄無双爆熱波動砲の直撃を受けて無事なんだ! 今のものには人間を消し飛ばすほどの威力はあったはず!」

 

「んな威力、あったら、俺も無事じゃ済まねえだろうさ。でもな、これが現実だ。テメエは無意識のあいだに、手加減してたんだよ」

 

「……手加減、だと? バカな、何を言っているんだ! 手加減などするはずがない、俺は絶対的な力を持ち、それを遠慮なく扱う地上最強の男だぞ!」

 

 風矢はダメージが多かったせいもあり片膝を道路につく。それを見たはやては心配から駆けつけた。

 

「兄貴……! 大丈夫なん……や、この腕、ただれ、とる? なんでやけどしてるんや……?」

 

 服の上からでも血の多さから重傷なのははやてにも分かっている。だがそれとは違う隠されていない腕の半分ほどに、火傷と、その影響によりただれている場所があることは近付かなければ分からなかった。

 横目でチラッと駆け寄る妹を見た風矢は無理して立ち上がり、はやての頭に手を置く。

 

「悪いなはやて、安静にできなくてよ……。でももう少しだけ、言いたいことを……あの野郎に言わせてくれ」

 

 頭から手を放すと、風矢は棒立ちしているキングの元へと歩いて行く。

 離れていく風矢を見て、はやては涙を浮かべながら手を伸ばすが……それが届くことはない。だらりと下がった手は、悔しそうな表情をしながら握りしめられていた。

 

「テメエは手加減してたんだよ、それこそ最初から、ずっとな……。テメエが本気を出せば俺を軽々殺せる、でもそうしなかったのは、テメエが心のどこかで攻撃を止めていたからだ。途中から明らかに弱くなるのが、俺には分かった」

 

「バカな、そんなバカなことがあるか! そんなことをする意味など俺にはない!」

 

「意味がないからじゃねえのか? テメエと俺が、戦う意味ねえんだよ。まあそもそも大半の喧嘩に意味はねえけどよ。テメエはそれ以前の考えで、殴り合うってことを嫌だと思ってやがるんだ」

 

 キングは目を見開く。目前で風矢が言っていることを彼自身が忘れていた。本当の彼の心は穏やかで、戦いなど好まないことを。

 ジュエルシードの暴走によって、偽りの戦闘意欲が湧きあがっていたのだ。戦いを好まない証拠に最初から、最後まで、攻撃の全てが手加減されたものだった。

 

「はやてにさっき攻撃したあれは、はやてが弱すぎて手加減しすぎただけだ。逆に一度目は強くしすぎたと思うがな。まあとにかく、そんなテメエと喧嘩しても楽しくねえ」

 

 風矢はキングに背を向けてはやての方に歩き出す。

 

「……テメエが喧嘩のこと好きになったら、いつか喧嘩しようぜ」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドド!

 ドッドッドッドッドッド!

 ドッドッド!

 

 キングエンジンと呼ばれる心臓の鼓動は鳴り止んだ。周囲に聞こえないほどに落ち着いた証だ。

 心配そうな目をしているはやてと共に風矢が帰っていく。それをキングはどこか懐かしい目で見送った。

 

 

 * * * 

 

 

 彼は弱気で、力も弱く、いじめの標的にされていた。

 殴る蹴るは当たり前。暴行だけでなく、給食を意図的に少なくされたり、上履きを隠されたりしたことなど何度もあった。

 彼の心の拠り所はアニメやゲームなどの二次元である。特に電子ゲームをしていると、自分が強いと思えることからもハマっていた。

 

 ある日、いつもの休日と変わらず、ゲームを買いに出かけた。

 そしてその帰り、当時八歳の彼は最悪な出来事のついでに、運命の出会いを果たす。

 

「あっれえ? キングじゃん。うわ、まあたキモいゲーム買ってるよ」

 

 公園を通りかかるとき、かなり近くにいた少年に運悪く絡まれた。いじめの主犯格である「たっちゃん」だ。

 たっちゃんはサッカーボールを蹴ってからそんなことを言う。友達であるいじめ仲間も集まって声を上げる。

 

「本当だ、なんだよこれ、ドキドキシスターズ?」

「俺知ってるぜ、これキモい大人がやるやつだよ。なあキング、お前そんなもんやってたらろくな大人になれないぜ? まあクソみたいによわよわなお前じゃ、何してもろくな大人になれないだろうけどさ」

 

 キング。八歳の彼は苦し紛れの策を用いた。全てはいじめを回避するために。

 

 

「あ、あ、あー。ま、マジかあ、ドキドキシューティングスターズかと思ってたあ! なんだこれギャルゲーだったのかあ!」

 

「いや無理があるだろ、なんだその間違い方。おいみんなあ! 俺達でさ、間違えて買っちゃったらしいキングのゲーム貰ってやろうぜ!」

 

「……え」

 

「なんだよ、どうせいらないだろ? だって、間違えたんだから」

 

 本当は持っているゲームがやりたくて購入した。そんなことを言えば、また暴言を吐かれて、下手をすれば殴られるだけだ。ゆえにキングはそうは言わないが、反論はする。

 

「いやあ、その、これは俺が買ったものだし……。あげられないよ」

 

 たっちゃんの口元が歪む。嫌そうな顔ではなく、むしろ嬉しそうな顔に。

 

「へぇ、そっかあ。なあ、キングもサッカーに入れていいよな。キング、サッカーしようぜ」

「え、いや、俺はこれから」

「いいから来いよ」

 

 強引すぎるたっちゃんにキングは言いなりになってしまう。弱くても抵抗などすれば、休日明けからまたいじめられるに決まっている。

 

「へい、パース!」

「ぐあっ……!」

 

 予想していなかったわけではない。たっちゃんが、いじめを行う者が、普通のサッカーにキングを誘うわけがない。

 たっちゃん達が遠慮なく蹴るモノ、それは――

 

「痛い、痛いよ……!」

 

 ――キングだ。

 

「いやあ、いいところにボールがあってよかったよかった。さっきのボール、どっかに飛んでいったからなあ」

 

「おいパス届いてないぞ!」

「ああ悪い悪い。そうらっ!」

 

 少年は無邪気なのか。……否。たっちゃんは幼いながらに、自分の立ち位置を理解している。

 クラスでは人気者。学業優秀。運動神経抜群。まさに非の打ち所がない人間だと、本人は理解しているのだ。

 少年のなかの狭い世界では、自分は人気者だから何をしても許されるとすら思えていた。

 

「げほっ、がはっ……」

 

 顔にいくつもアザができ、服で見えないが胴体にもできている。

 

 少年は……とっくに諦めている。

 キングは幼いながらに、自分が弱者であると理解しているのだ。

 何をしても、何を言っても、この立場が変わることはない。弱肉強食の世界でただ食われるだけの弱者なのだと、受け入れてしまっていた。

 

「ふぅ、おっ、いい石みっけ」

 

(石……? ああ投げたりするのかな。今までも何回かあったっけ。それにしても痛すぎるっ、あーもうこれ病院行く必要あるだろ……)

 

「なあキング。お前、キングって名前のわりに強そうじゃないよな」

 

(なんだ、なんの話だ? ちょっとこの流れは……)

 

「だからさ、この石で」

 

(待て待て待て、石で何をする気だ。投げるんだろ? 投げる以外で何するんだよ。その妙に尖った石で何しようとしてるんだよ……!)

 

「――強そうにしてやるよ」

 

 たっちゃんは屈みこんで、拾った先端が尖っている石をキングの左目に近づけていく。

 諦観から恐怖に変わる。どう見ても投げる体勢ではない。明らかにこれから――

 

「うわあああああ! 目がああああ!」

 

 ――引っ掻いて傷をつけられる。

 

 先端が尖っている石は刃物と似たようなものだ。人の皮膚など容易く切れる。

 キングの左目の中央に、縦に傷ができる。そこまでやって血が出ないわけがない。

 

「……な、なあたっちゃん。さすがにやりすぎなんじゃね? なんかすごい血出てるし……」

「は? なに、お前キングを庇うの?」

「い、いや違う違う。庇うわけないでしょ。いいよ続きやって」

 

 みんなたっちゃんが怖い。逆らえば明日からは自分がいじめられるのだと思い、小さな勇気は押しつぶされる。

 キングは助けを期待していなかった。どうせ誰も助けてくれないと、見てみぬふりをするんだと、自分は抵抗できないのだと、これが日常で当然なのだと……諦めていた。

 

 ――そんなときだった。

 

「おい、テメエら何してんだよ」

 

 聞いたことがない声がした。キングが学校では聞いた覚えのないものだ。

 

「あ、誰だよお前」

 

「んなことどうでもいいんだよ。いま、そいつに石で何したって言ってんだ」

 

「関係ないだろ、あっちいけよ。ああそうだ、やっぱり生意気だしお前も強そうにしてやるよ!」

 

 キングは痛みを我慢しながらも、うっすらとしか見えない視界で確かに見た。

 たっちゃんが石で殴りかかり、見知らぬ男子が逆に殴り返した……その瞬間を。

 

「ぐあああああ! いでえっ、いでえよっ! ふざけんなよお前、いきなり殴るとか頭おかしいんじゃねえの!?」

「うるせえなあ」

「おいみんなでこいつリンチするぞ!」

 

 殴られた鼻を押さえながら、誰かに指をさすたっちゃんだが、何も起きない。

 

「……あれ?」

 

 周囲を見渡しても誰もいない。

 ありえないことだが空でも飛んでいるのかなと上を見てもいない。

 

「あ……れ……?」

 

 気がつけば地面が迫っていた。意思を持ったかのように迫る地面だが、現実はたっちゃんが倒れているだけだ。

 認識すらできずにまた殴られていた。その事実を把握する前に、たっちゃんは意識を失う。

 

「……ったくよお、喧嘩っつうのは正々堂々とやるもんだ。動けない相手に石で攻撃するとか、喧嘩を舐めてるとしか思えねえぜ。そんなんだからダチにも見捨てられて逃げられるんだよ」

 

 たっちゃんの傍にいた友達は、危機を感じて逃げたのだ。

 今まで殴られているところを見たことがない。まさに強者のイメージを抱いていたが、たっちゃんがやり返されていると気付けば、もうイメージは塗り替えられる。

 いじめをしていると自覚をしていたので、友達は制裁を加えられる前に逃げたのだ。たっちゃんがやられれば、次は自分達だと怯えて。

 

「おい……大丈夫か?」

 

 左目は垂れる血でよく見えないが、キングは右目で朧気でも見えている。

 自分と同じくらいの少年が手を差し伸べていた。見てみぬふりをせず、助けてくれた。

 

「あ、ありが、とう……」

「礼なんか言ってる場合じゃねえだろ。道は忘れたから案内できねえけどよ、病院に行けよ」

 

 キングはなんとか立ち上がると、恩人である少年をしっかりと見たいと目を向ける。

 

(血が邪魔でよく見えないし、右目はかすんでる。この人は俺を助けてくれたのに……俺はしっかりと見ることすらできないのか)

 

「にしてもおめえよ、なんでやり返さねえんだ。黙ってやられてるだけとか嫌だって思わねえのか」

 

「……だって、やり返したら、やり返される」

 

「んなこと当たり前のことだろうが。そしてそれが喧嘩だ、楽しい楽しい喧嘩さ。もうすぐ妹ができるらしいんだが、妹にも教えてやりてえな……喧嘩の面白さを」

 

「それが楽しいなんて……。お、俺にはとてもじゃないけど、楽しいなんて思えないよ……」

 

「まあ別にいいさ、好き嫌いは人それぞれだからな。でもこれから喧嘩が好きになったらよ、俺と喧嘩しようぜ! 約束な! 俺の名前は――」

 

 

 * * *

 

 

 自分以外誰もいなくなった道で、キングは過去を振り返っていた。

 もう遠く、懐かしく、それでいて惨めだと思える過去だ。

 

「……はぁ、俺って、何も変わってなかったんだな」

 

 環境により状況は変化しても、自分は変わっていない。キングは自分のことをそう判断する。

 

「もういじめはないし、喧嘩も好きになれないけど……。また会えるよね……風矢氏」

 

 変われない彼は自分の家へと戻る。恩人と次に会うときに、どう接するかを考えるために。

 



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タイムセール

前回の喧嘩相手 キング。

キング「俺は本当は弱いんだよ」
はやて「……同情はしますわ」



 海鳴大学病院。その中に、とある患者がいる。

 白いベッドの上で退屈そうに寝ている男は、どこまでも青い空を見つめていた。

 つまらなそうな少年の部屋には他の患者がいない。元々静かな病院内で、さらに静かな領域だ。その静寂をいま破ろうと、車椅子の少女が扉を開ける。

 

「兄貴、お見舞いやで」

「……毎日わりいな」

 

 病室に入った少女――はやて。だがそれだけでなく、その後ろに続く男がいた。

 

「キング? お前も来たのか」

「……う、うん。お邪魔だったかな」

「いいっていいって。それより何か用か?」

 

 キングと呼ばれた男。金髪オールバックに、三本の傷が左目を通る強面。

 はやての兄である風矢は、彼と喧嘩をしたことで大怪我を負い、全治三か月と医師に言い渡された。

 

「何か用かって……」

 

 自分が原因であるとキングは責任を感じている。ジュエルシードの影響下にあったとはいえ、意識はしっかりとあったのだ。もっともただ理性のない怪物に成り果てていれば、風矢は怪我どころではなく確実に死んでいた。

 そんなキングに対し、風矢はまるで友人のような軽い態度で口を開いたのだ。まともな神経をしていれば恨み言の一つや二つを言うだろうし、実際キングもそれを覚悟して足を運んでいる。

 

「だから言ったやろキングさん。兄貴は気にしとらんって」

 

 この町で病院といえば数は限られているので、片っ端から風矢の名前を探し回った。謝罪をしたいと思って来てみれば、なかなか入る勇気が出ずにウロウロとしていると、兄のお見舞いに来たはやてに見つかってしまい今に至る。

 

「でも、でも俺は……風矢氏に酷いことを、はやて氏に攻撃もしたし……」

 

「あああれか。全員無事だし別にいいじゃねえか」

 

「いや一番重症な人が言ってもなあ……」

 

 呆れて首を振るはやてをよそに、キングは頭を深く下げる。

 

「それでもごめん。そして、俺を止めてくれてありがとう。今度は一生忘れないから……友達になろうなんて図々しいことは言わない。それでも傍にいて、いいかな?」

 

「いいぜ」

 

「分かってる、風矢氏にとって俺は妹を殴ろうとし……え?」

 

 あまりに軽すぎる返事は、キングが予想していた返事と違いすぎた。

 はやての言う通り本当に気にしていないのかと、信じられないような目を向ける。

 

「い、いいの!? だって俺は……!」

 

「いいって言ってんだろ。その代わり、はやてを家に送ってやってくれ」

 

「えぇ……?」

 

 呆然とするキングの太ももを、はやては指で数回つつく。

 

「これが兄貴や、私の大好きな人。謝罪の気持ちは妹として嬉しいけど、気にしないっていう兄貴の心も理解してあげてえな」

 

 数秒。キングは深く考えてから、風矢とはやてを交互に見ると、呆れたように笑みを浮かべる。

 

「はは……分かったよ。本当に変わってるなあ」

 

 それから病室では、はやてがリンゴを剥いたり、雑談したりして時間が流れた。

 

 キングは言われた通りにはやてを八神家まで送っていく。道中どこか気まずい雰囲気になることもなく、正午前には到着する。

 玄関は階段ではなく、車椅子移動のために緩い坂のようになっている。はやては扉に向かっていき、ふと思い出したように振り返ると口を開く。

 

「そうやキングさん、お昼ご飯食べていってください」

 

「え、いや悪いよ。俺はコンビニで何か買うから別に」

 

「えー! コンビニ弁当だけはアカンと思いますよ。いいから食べていってください。家出る前に兄貴の分まで癖で作ってもうて困っとるんや」

 

「……そういうことなら、お言葉に甘えようかな」

 

 なかなか引かないはやてに押されて、キングは八神家に入ることになった。

 家の中は掃除されていてキレイで、埃一つない清潔な空間だ。はやては基本暇人なので掃除含め、家事が日常のメインになっている。

 リビングに案内されたキングは緊張しつつ足を踏み入れると、背後のドアがいきなり音を立てて閉まった。

 

「……え」

「さ、キングさん。そこの椅子に座っててください」

 

 満面の笑みでそう告げるはやてに、キングは何か怖いとすら感じる。

 言われた通りに食卓の近くにある椅子へ腰を下ろす。はやては二人分の白米を皿へ盛り、カレーをかけていく。

 食卓へ運ばれたカレーライスは美味しそうな出来栄えで、とても九歳の少女が作ったとは思えないほどだった。もちろん味も料理店で出るものと遜色ない。

 

「おいしい、はやて氏って料理得意なんだね」

「そうですね、兄貴がやらんので一通りはできます。まあそれは置いといて……」

 

 カレーライスを食べていたはやてはスプーンを皿に置く。

 

「正直に言うと、私はまだ怒りとか、悲しみとか、色んなもの整理できてないんです」

 

「……ごめん」

 

「ああいえキングさんのこともですけど、そうじゃなくて。兄貴は喧嘩ばかりして、今回に限らず怪我することも多いんです。でも強いから、私は最近まで兄貴なら大丈夫とか思ってて、そんなわけないのに、兄貴も人間なのに……」

 

 キングもスプーンを置いて真剣に耳を傾ける。

 

「それで喧嘩やめさせるのもできんし、どうしたもんかと考えてるんです。キングさんは何かいい案とか思いつきませんか?」

 

「……はやて氏。それはたぶん無理だよ、風矢氏は生粋の喧嘩好きだし。でも……はやて氏が信じて待っていれば大丈夫なんじゃないかな」

 

「信じろって……そんなこと言われても」

 

 はやてには酷く、キングの言葉が無責任な言葉に聞こえた。

 以前までは喧嘩しても大怪我しないと信じていた。しかしここ最近で、普段の掠り傷などとは比べ物にならない大怪我をすることが増えてきている。今回など風矢でなければ死ぬかもしれないと、はやては医師から聞かされている。

 

「風矢氏は死なないよ。怪我はするかもしれないけど、絶対にはやて氏を置いていくことはない。なんていうかな、喧嘩したことでそういう気持ちが伝わってきたんだ。信じられないと思うけど」

 

「喧嘩で?」

 

「案外喧嘩っていうのも悪くないかもしれないよ。もちろん怪我はしたくないけど、気持ちが直接伝わる気がするから」

 

「……そっかあ、私には無理ですわ」

 

 またスプーンを動かすはやてを見て、キングもカレーライスを再び食べ始める。

 二人はすぐに完食して、水を張った桶の中に食器を入れておく。洗剤を垂らしたスポンジを持ち、少ししてからはやては皿などを洗い始めた。

 手伝いをしようとしたキングだが、はやてが「お客様なんやからゆっくりしといてください」と言ったことで椅子に座っている。

 

 そうして食器洗い終了を待つこと五分。

 キングはある物を見て何かが頭の中で閃いた。

 

「はやて氏、あそこにあるのは」

「あー、ゲームやね。私よくやるんですよ」

 

 食器洗いが終わったはやてが答える。

 キングが見つけて目を向けていたのはゲーム機であった。テレビゲームの類で、一人でも複数人でも大画面でプレイすることができるのが特徴的なものだ。

 

「これだよはやて氏、直接喧嘩がダメならゲームで喧嘩しよう!」

 

「え、えぇ……? それやとだいぶ違くなるんやないんかなあ」

 

「細かいことは気にしちゃダメだよ! さあ、俺もゲーム好きだから一緒にやってみよう!」

 

「……ふふ、分かりました。でも私は強いですよ!」

 

 笑顔ではやてはゲームの準備をする。

 二人はその日、太陽が沈むまでテレビゲームをプレイしていた。ちなみにそれで喧嘩について何か分かったかと聞かれれば収穫はゼロである。

 しかしはやてはキングという新しい友達を迎えられた。

 それだけでも、収穫はあったというべきだろう。

 

 

 * * * 

 

 

 海鳴市にある商店街を、金髪の少女と、薄く赤い毛並みの大型犬が歩いていた。

 フェイト・テスタロッサ。そしてその使い魔であるアルフ。彼女達は海鳴市に散らばっているジュエルシードを求め、日々戦いの最中にある。

 そんな彼女達は今日も戦いに身を投じる。

 

 大勢の女性達が目を光らせて周囲を威嚇していた。フェイトは多少恐怖を感じつつも、その女性達と並び立つ。アルフは現在犬の姿なので、電柱の傍に座らせている。これから起こる戦いに犬は交ざれないと分かっているからだ。

 

「それではセール開始です! お一人様お二つまでということで、よろしくお願いします!」

 

 八百屋の男性が声を出したとき、猛獣のような雄叫びが響き渡る。

 そう、ここは八百屋である。そして現在は夕方五時であり、海鳴市にある八百屋限定のタイムセールが開催される時間だ。

 主婦達の戦場が、開催と同時に出来あがってしまう。その中に交ざる数人の少女達も気合を入れる。

 

「キャベツは私のよ!」

「バカ言わないで! アンタはレタスでも食ってな!」

「人参、人参はどこですか!」

「キャベツキャベツキャベツキャベツ!」

 

 様々な野菜が七メートルはある大きな籠に入れられて、それがどんどん主婦達の手に奪われていく。

 フェイトは気合を入れたとはいえ、歴戦の猛者が蠢くこの場所で、バルディッシュで武装することも、バリアジャケットを纏い魔法少女になることもできない。ただのか弱い少女にすぎないフェイトが相手になれるはずもなかった。

 

「……届く!」

 

 しかし幸運にもフェイトの手が偶然キャベツに届き、

 

「はいどーん」

「きゃっ!?」

 

 不運にも白髪の少女の張り手がフェイトを店外まで吹き飛ばした。

 ここは地獄よりも厳しい場。誰かに取られる前に邪魔をしようとする人間は多くいる。

 そうしてフェイトは結局今日も何一つ野菜を手にできず、暗い表情でアルフの元へ戻っていく。

 

「キャベツゲットー。ほら持って持って、荷物持ちがいるとラクチンねえー」

「あの、ワタシ達はアナタの荷物持ちじゃないんデスガ……」

「諦めろ新庄。この人はこういう人なんだ」

「というか、一人二つと言われていたはずなのに、どうして十以上キャベツがあるんデスかね? というか一人サボっているじゃないデスか! 出馬先輩はどこに行ったんデスか!」

 

 白髪の少女が数人の少年を連れて帰っていく。その荷物持ちとして呼ばれたはずの出馬要は、先ほど吹き飛ばされたフェイトの傍に近づいていく。

 

「いやあ、すまんなあ。彼女も悪気があるわけちゃうと……思えんが。まあ君の歳でこんなとこに来るなんて事情があるんやろうけど、気を落とさんで前を向いといた方がええよ」

 

 出馬はそう声を掛けてフェイトの肩を叩くと、背を向けて集団を追い走り去っていった。

 励ましの言葉を掛けられてもフェイトの心は晴れない。

 ジュエルシードの暴走体との戦いはこれよりも激しく、生命が関わる暴走ならもっと厳しくなる。さらには自分以外にもジュエルシードを狙うなのはや、誤解であるがキングという男も存在している。こんなことではジュエルシードを集めきることなど到底できないと、フェイトには誰にも言えない悩みが生まれていた。

 

「ごめんねアルフ。今日もコンビニ弁当で……」

 

「いいんだよフェイト。アタシだって次からは戦いに加われると思うし」

 

「……私は一人でこの戦いを経験して、レベルアップしたいと思っていた。でもこのままじゃお金もないからずっとコンビニ弁当。……来週はアルフにもお願いするよ」

 

 

 そして一週間という日は早くも過ぎ去り、フェイト達は二人で挑む。

 八百屋内にはまたしても大勢の女性がおり、当然ではあるが白髪の少女も存在している。

 今回は掛ける熱が違う。二人は本気だ。フェイトはバリアジャケットを纏い魔法少女になっているし、アルフは言わずもがな人間形態である。

 店長の開始合図とともに駆けだす二人だったが、

 

「はいどーん」

 

 白髪の少女にまたしても吹き飛ばされて、何も得ることができなかった。

 

 タイムセールは終わりを迎え、参加した者達は帰っていく。そんななかフェイトとアルフは死んだ魚のような目をし、電柱の隅でカタカタと震えていた。

 おかしい、こんなはずではない。そう何度も心で言い訳するも現実が変わることはない。

 魔法少女となったフェイトなら一般人など敵ではないし、高い身体能力を持つアルフも軽く蹴散らせるはずであった。

 

 なのにこの結果。なのにこの醜態。

 

 地球というこの場所で、二人は今まで激しい戦いに身を投じてきたはずだ。傷を負いながらもジュエルシードを封印してきたはず。だというのにまるで相手にもされなかった。

 確かに地球には無視できない強者が存在している。たまに会う風矢がその筆頭……だが何もタイムセールのときにまで、そういった輩に出くわさなくてもいいだろうと二人は落ち込む。

 

「あれ? フェイトちゃんに、アルフさん。二人してどないしたん? そんなこの世の終わりみたいな顔して」

 

「あなたは……」

 

 落ち込む二人に背後から車椅子の少女が声を掛ける。たまたま買い物帰りで近くにいたはやてであった。

 顔見知りであることもあり二人は事情を話し始める。

 今までお金に余裕もないのでタイムセールに挑んでいたこと。そこでは自分達が相手にもならず、蹴散らされてしまったこと。もはや金銭が底を尽きようとしていること。

 

 事情を知ったはやてはまるで自分のことのように涙を流す。

 

「二人とも辛かったやろ……苦しかったやろ……。でもコンビニ弁当だけなのはアカンよ。よし! 今日は私の家に来てええよ! ちょうどお客もおることやし」

 

 名案とでも言いたげなはやての笑顔に、二人は頷くしかできなかった。

 心のなかで悪いとは思いつつ、コンビニ弁当だけの食事には飽きていたのでありがたい申し出だったのだ。

 

 しばらく歩いて八神家に到着。フェイトは自宅以外の、誰か知り合いの家に入ったことがないので緊張していた。

 扉を開ける。玄関で靴を脱ぐ。そんな当たり前の習慣すら他人の家で行うと、僅かな緊張が付きまとう。それに慣れるほど社交性が高くないフェイトはぎこちない動作で靴を脱ぐ。

 靴を脱いでいるとき靴が十足あることに気がつくが、まだ会っていない家族だろうと気に留めなかった。それを後悔するのはリビングに到達するまでの十秒弱だ。

 

「ただいま! 晩ご飯作るから待っててな!」

 

 元気のいい声を出したはやてに答えたのは、

 

「気にせんでええよ、こっちは押しかけているわけやし」

 

 眼鏡を掛けた黒髪の少年――出馬要。

 

「ですね、料理なら俺も手伝いますが……。今は少し手が離せない! キング、そのハメ技を止めてください!」

 

 クセの強い赤い長髪の少年――南野秀一。

 

「無駄だよ秀一氏。この技から抜け出す方法は一つもない、だからハメ技と言われるんだ」

 

 金髪オールバックの強面の少年――キング。

 以上三名が客として八神家で寛いでいた。三人はテレビゲームをしているが、仲良さそうなわりにキングとは初対面である。ゲームを通して三人の仲が深まったことで、まるで数年前から友達であるかのようになっていた。

 

「……なに、この空間」

 

 フェイトとアルフはただ呆然とし、そう呟いた。

 



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クロノ・ハラオウン


 前回の喧……

風矢「今日こそは喧嘩すんぞ! 誰でもいい、かかってきな。どうせなら今見ている奴ら全員でもいいぜ?」

 前回の喧……

フェイト「くっ、あの女の人は何者だったのかな……! でも私は諦めない」

 前回の喧……!

アルフ「あの白髪、ひょっとして八神より強いんじゃ……」

 前回の喧嘩相手えええええ! なああああし!




 テレビの前でゲームに没頭する三人のうち、フェイト達が面識ある者は二人のみ。

 一人目は出馬だ。タイムセール終了時、落ち込んでいたフェイトに声を掛けてくれただけの薄い関係。

 二人目はキング。道端でジュエルシードを持ち去った敵。

 秀一とだけは初対面で、ゲームで敗北したことから目を逸らすようにフェイト達に挨拶してくれた。

 

「俺の名前は南野秀一です、以後お見知りおきを。君達も八神の、というよりははやてちゃんのお友達ですか?」

 

「アタシはアルフ」

「あ、フェイト・テスタロッサです。友達……ではないと思います」

 

「そうなんですか? ……でも、はやてちゃんはおそらくそう思っていると思いますがね。少なくともなんとも思っていなかったら、家に連れてこないと思いますし」

 

「……そう、ですか」

 

 今まで友達がいなかったフェイトにはよく分からない。

 友達とはどういうものなのか、そもそもどこが知り合いと友達の境界線なのか。

 名前を知っていれば友達? よく会って話せば友達? 喧嘩をすれば友達? その疑問の答えは人によって違うので、自分自身でしか答えを出すことはできない。

 

 身近にいる大切な人を思い浮かべる。

 まずは母親であるプレシア・テスタロッサ。次に使い魔であるアルフ。現在は行方不明、死亡したとも考えられる魔法などの師匠。

 ――そしてジュエルシード集めに協力してくれようとした風矢と、その妹のはやて。

 

 今までならば母親と師匠とアルフだけだったのが、いつの間にか増えていた。

 それに気づいたときフェイトは初めて、はやてのことをただの知り合いでないと感じることができた。

 

「……うん、そうかも」

「それに気付ければ問題ないですね。あ、はやてちゃん! 料理お手伝いしますよ!」

「ありがとうございます秀一さん! ならまずはじゃがいもを一口サイズに……」

 

 秀一はキッチンで料理をしているはやての元に歩き、手伝いをし始める。客に手伝わせるなど本来なら嫌なはやてだが、フェイト達も呼んだために人数が多くなってしまい、一人で調理しきるのは大変だと悟ってしまったのだ。

 

 一方。アルフは僅かに嬉しそうなフェイトを見て自分も笑みを作ると、ふとその笑みを消して、呑気にゲームをしているキングにズカズカと歩み寄る。

 

「おいアンタ、前に持ってったジュエルシードを渡しな。今度は引かないよ」

「ちょっとアルフ、何もこんな場所で……」

「……お前達は」

 

 格闘ゲームで秀一と入れ替わるようにプレイする出馬をキングは完封した。そして振り返ると、動揺で僅かに目を見開き心臓の音を鳴らす。

 

(うええええ!? こ、この子達も風矢氏の知り合い!? やばいな、ジュエルシードってなんだっけ……確か、確かだけどあの綺麗な石だったような)

 

 心臓の鼓動が鳴るとともに考えを巡らすキングに、ゲームに負けて頭を抱えていた出馬は口を開く。

 

「渡せ、渡してやれキング」

「……こちらは、初めからそのつもりだったよ。願いを叶えるような道具なんでしょこれ。俺には必要ないものだからさ、君達に渡すよ」

 

 ジュエルシードを懐から出すとキングはアルフに差し出す。元々欲しかったわけではないので、キングからすれば後悔や葛藤などあるはずもない。

 あっさりと渡してくるキングに警戒しつつ、アルフは手で受け取り、流れるようにフェイトに手渡す

 

「よかったのかい?」

「いいよ別に。これを持っていれば君達と争いになるだろう? 俺は戦いは嫌いなんだ」

「……ありがとうございます」

 

 そこからはしばらくの沈黙が流れた。

 キッチンにいるはやてと秀一以外誰も話すことなく、リビングでは静かな空間が形成されていた。

 だがそれも一時間弱の話だ。料理が完成してからは全員で席につき「いただきます」と言ったあとに食べ始める。

 

 出された料理はカレーライスだった。じゃがいもやニンジンなどの野菜もしっかりと入っている。

 遠慮がちに一口食べてフェイトに衝撃が走る。

 

「おい、しい……」

 

 野菜も肉も口の中に入れてすぐ溶けるような柔らかさ。市販の安物のカレールーを使用しているが、チーズなどのトッピングで一工夫されていて一味違う。

 温かいカレーを食べたフェイトの心が温まる。それは物理的な温かさというわけではない。

 

(食べたら温かくなる。昔、母さんの料理を食べたときも……。同じなんだ、料理の味じゃなくて……そこに込められる愛情が……)

 

 気がつけばフェイトは無意識にスプーンを進めていた。

 温かい料理に一筋の涙を零し、フェイトは食べ続ける。その様子をはやてとアルフが笑顔で見守っていた。

 

「うまいじゃないか。今まで食べたなかで一番かもね」

 

「そうですか? そう言われて悪い気はしませんわ」

 

「だろ? で……おかわりあるかい?」

 

「ふふっ、ありますよ。じゃんじゃん食べてください」

 

 そのまま和やかな空気で食事は終了する。

 全員が完食し、アルフに至っては三杯も平らげてみせた。

 その後、どこか打ち解けたような空気で、食事前にやっていたテレビゲームを交代制で遊んだ。初心者であるフェイトとアルフは最初こそ不慣れで負け続けていたが、悔しさをバネに上達していき、はやてとキング以外には勝てるようになっていた。

 ぎこちなさなどなく、フェイトは純粋に楽しいと心から思う。現在の状況も頭の隅に追いやり、本当はこんなふうに笑い合える日常を送りたいと思っていた。

 

(母さんとも、こんなふうに……)

 

 アルフがキングに負け続け、怒りを抑えきれずに近くにいる出馬の顔面に拳をめり込ませる。眼鏡がひしゃげた出馬は怒るが、その怒りをキングにぶつけゲーム勝負を挑むも完敗する。

 クスッとはやてが笑うと、出馬を除いた全員が笑いだす。

 

(こんなふうに……)

『フェイト、ジュエルシードというロストロギアを集めてきなさい。母さんの頼みよ、できるわよね?』

 

 酷く冷たい目をした母の姿がフェイトの脳裏を過ぎる。

 まるで同じ人間ではなく人形を見ているかのような目。初めてその目を向けられたときは、フェイトも息が止まるほど困惑し胸が痛んだ。

 

(……取り戻すんだ、また楽しい日常を。ジュエルシードを集めることできっと褒めてくれる。きっと以前のように優しい母さんに戻ってくれる。全ては母さんのために、私は戦い続ける……!)

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は午後十時という夜遅い時間になってしまう。

 結局ゲーム勝負はキングに勝てる者など誰もいないまま終了した。

 心から楽しいと思える時間を過ごしたフェイト達は八神家を出ていく。その表情は見送りに家を出たはやて含め悲し気なものになっている。

 

「また来てな、私はいつでもオッケーやから」

 

「また来るよ、今度は……母さんも連れてきたいな」

 

「……フェイト。……ああそういえば八神がいないんだった。怪我したんだっけ? はやて、あいつにお大事にって言っといてよ」

 

「はい、兄貴も喜ぶと思いますわ。……ほんと、今日みたいに大勢で過ごせたら楽しいやろうなあ」

 

 夜空に光る星を見つめてはやては呟く。

 入院のため風矢が家にいないため、はやては家に一人だ。それは初めてというわけではないが、長い間一人にされるのは初めてだった。

 

「キング、君にはいつか借りを返さないといけませんね。今度は勝つまでやりたいところです」

 

「挑戦は受けて立つよ秀一氏。ああそうだ、今度やるときは指一本で相手するよ」

 

「へ、へぇ? それはそれは随分と安っぽい挑発ですね……後悔しても知りませんよ」

 

「あはは、秀一さんと同じで私も挑みますよ。一回くらい勝ちたいですし」

 

「なら明日もって言いたいけど、明日は学校なんだよね」

 

 それぞれが別れを惜しみ、少しして笑顔を浮かべる。

 

「また今度遊ぼう」

 

 そう全員が言い残し、全員が帰るべき場所に足を進める。

 フェイトもまたその一人で、アルフと共に暗い道を歩いていく。電灯の明かりだけが頼りの道は気味が悪いほど静かで、三人の足音だけがよく耳に届く。

 三人目の足音の正体は出馬だ。まだ幼いフェイトと、女性であるアルフを暗い夜道二人で帰らせるのは危険と判断し、はやての頼みで付き添っている。

 当のフェイト達本人はいらないおせっかいだとつっぱねたかったが、せっかくの善意を無下にすることもできず同行を許可した。……少し離れてという条件つきでだが。

 

「なあフェイトちゃん。君、お母さんとうまくいっとるんか?」

 

「……どうしてそんなこと訊くんですか」

 

「さあ、単なる好奇心かもしれんね。で、君の純粋な気持ちが聞きたいんやけど」

 

 なぜ母親のことなど知らない出馬が自分に質問してくるのか。フェイトは振り返って出馬に目をやると、暗闇から体を出さないで自分を見つめていた。

 アルフも怪訝に思い警戒して拳を構えるが、フェイトはそれを手で制して答えを言い放つ。

 

「今はうまくいっているとは言いづらい状態です。でも……私が頑張れば母さんは褒めてくれるはずです。だから気にしないでください」

 

「ふぅん? まあいいんやないか。誰かを信じることはいいことやし。君の想いが届くことを祈っとるよ。……さて、家までの距離は知らんけど、君達なら二人でも問題ないやろ? 僕は帰ることにするわ」

 

「……はい、お気をつけて」

 

 お互いに軽い挨拶をしてから帰っていく。

 暗闇から出すことない体を一歩進め、灯台の明かりに照らされたとき――出馬の肩には白い右手が乗っていた。

 

「……あれが本心なんやろうなあ。君もそう思うやろ」

 

 白い右手は徐々に体も現し、一人の幼女の姿となる。その容姿は薄く赤い瞳、長い金髪、幼女の姿はフェイト・テスタロッサそっくりであった。

 

「――アリシア・テスタロッサさん」

 

 フェイトよりも幼い外見をしている幼女はこくりと頷き、姿が徐々に薄くなり消えていく。

 

「さあて八神。入院しとる場合ちゃうかもしれへんで……」

 

 

 * * *

 

 

 八神家で様々な人物が集まってから三日が過ぎた。

 夕刻。とある工場地帯。ひとけのないこの場所で、二人の少女が向かい合う。

 高町なのは。フェイト・テスタロッサ。

 二人はジュエルシードを求めて、魔力反応を察知したので急ぎこの場所に来ていた。

 ガスにより汚染されている薄汚れた空気が充満している。呼吸しても咳込んだりしないのは魔法のおかげというべきだろう。

 

 ジュエルシードの暴走は収まっており、封印もしている。つまり後はどちらが手に入れるかを決めるだけ。

 二人とも譲らないという意思を瞳に込め、相手を見据えている。

 

「フェイトちゃん……」

 

「高町なのは、なの」

 

「それはもういいよ! ……ジュエルシードを集めているわけ、教えてほしいな。話し合うことで、分かり合えるし手伝えるかもしれないから」

 

「話す必要なんてない。ジュエルシードは回収します……」

 

 二人の会話をそっと見守る者達がいる。

 フェイトの相棒であるアルフと、なのはの相棒であるユーノ。どちらも邪魔はするなと目で訴え続けて牽制している。

 

「だったら無理やり聞きだすからね!」

「好きにすればいい。その実力があればの話だけど」

 

 二人の少女が走り出し、武器に魔力を送り、衝突した。

 

 ――かに思われた。

 

 実際に戦うつもりでいたし、攻撃を止めたというわけでもない。それでも二人の攻撃がお互いに届かなかったのは、一人の少年に止められてしまっていたからだ。

 

「……まったく、こんなところで戦って、また次元震を引き起こすつもりか?」

 

 なのはと同じくらいの背で、黒髪の少年だった。フェイトのバルディッシュを黒い杖で防ぎ、なのはのレイジングハートを素手で掴んでいる。

 唐突な介入に二人は呆気にとられたが、すぐに頭を回し始める。

 

「だ、誰!?」

「僕はアースラ所属、時空管理局執務管の――」

 

 少年の背中が爆発する。その原因はオレンジ色の魔力弾。

 

「フェイト逃げるよ! そいつは管理局の人間だ!」

「仕方ないか……!」

 

 主を思いやってアルフが行動した結果だ。

 いきなりの攻撃で隙ができたのでフェイトは急ぎ距離を取る。なのはの方も力が緩んだので一応少年から離れる。

 

「攻撃してきたということは、多少荒っぽくなっても文句はないな。スティンガーレイ!」

 

 少年の持つ黒く長い金属のような杖が発光し、空中に白い光の球が出現する。それが高速で動き出し、逃げようとしたフェイトへと向かっていく。

 この場から逃げるには転移魔法しかない。そしてそれを行うにはアルフを置いていくわけにはいかない。フェイトは飛翔してアルフの元に進むが、後ろから光の球が追いかけている。

 

「うそ、はやっ……!」

 

 フェイトも車以上の速度だが、スティンガーレイはそれ以上だった。

 背中に白い光の球が直撃し、フェイトは衝撃で地に落ちて転がる。アルフは無事かどうかを確かめるべく慌てて追いかける。

 

「アクセルシューター!」

 

 桃色の光線が横から少年に直撃した。

 撃ったのは当然なのはだ。

 

「フェイトちゃんに酷いことしないで!」

「なのは……?」

 

 敵であったはずのなのはの行動にフェイトは目を丸くする。

 幸い傷は大したことがない擦り傷だけだったので、フェイトはすぐに立ち上がる。

 

「酷いのはどちらだ。僕が時空管理局執務管、クロ――」

 

「アクセルシューター!」

「待つんだなのは! おそらく彼は時空管理局の――」

 

「いつになったら名乗れるんだ! 大人しくしていろ、バインド!」

 

 ユーノの制止を振り切りなのはは桃色の光線を発射する。

 光線が直撃しても無傷だった少年は、魔力をリング状にしてから投げつける。なのはの頭上まで来たそれは広がってから、縛りつけて拘束した。

 手錠、足枷、そして腕ごと上半身を縛る三個のバインド。なのはが動こくもびくともせず、完全に動きを封じられてしまう。

 

「フェイトちゃん逃げて!」

「なのは……。アルフ!」

「分かってる!」

「待て、逃がすか!」

 

 少年は逃がさないために、フェイトに向けて再びスティンガーレイを放とうとしたが、ここで少年の背後に一人の筋肉質な男が迫っていた。

 弾丸のような速度で迫ってきた男の気配を察知し、少年は振り向きざまに腕を交差させて防御に徹する。

 振り抜かれた拳を交差させた腕で防御するも、加えられた力が凄まじく少年は勢いよく殴り飛ばされる。

 

「そいつらの喧嘩、邪魔してんじゃねえよ。俺だって自重して見守ってたのによお、関係ねえやつがでしゃばってくんな」

 

「八神さん……?」

「……何者だ」

 

 大きく後方に下がってしまった少年は、鋭い目で乱入してきた男を睨む。

 

「俺は、そいつらの友達(ダチ)だ!」

 

「誰だろうと任務の邪魔をするならば捕縛する。僕の名はク――」

 

「うるせえ! 男なら拳で語れよ!」

 

 八神風矢は二人の少女の戦いが開始されそうになる前からいた。

 いまだ入院中であるが「喧嘩ができなくても、見れば元気が出るから散歩してくる」という書き置きだけを残して、病院内から脱走していた。

 本来なら絶対安静の彼はキングとの戦いでの怪我が治っていない。一応重傷であるにもかかわらず、誰にも告げず走り出した風矢は闘争のにおいを嗅ぎ取ってここまで来たのだ。

 服装も病院で支給された青空のような色の患者衣である。そんなことは気にせず、少年と戦おうと走り出す。

 

「スティンガーレイ」

 

 フェイトに当ててみせた白色の光弾。十は空中に現れたそれが、銃弾以上の速度で風矢に迫る。

 当たれば貫かれてしまうかもしれない攻撃。風矢は危険をすぐに感じ取って、走りながら丁寧に一つ一つ躱していく。

 

「へっ、これならヒュンケルの攻撃の方がよっぽど強かったな。さあ殴り合おう!」

 

 全ての光の球を躱しきり、少年目がけて一直線に走る。

 

「ディレイドバインド」

 

 しかしあと一歩というところで、魔力で作られた黒の鎖が突如風矢の周囲に出現し、そのままきつく縛り上げる。

 

「なんじゃこりゃあ!」

 

「かかる直前まで不可視の設置型バインド魔法さ。動きが一直線だから罠もかけやすい」

 

 なのはを拘束しているのとは別の魔法。戦いを見ていることしかできないなのはは、足元にいるユーノと共に焦った表情で叫ぶ。

 

「八神さん!」

 

「終わりにしよう、ブレイズイ……ん?」

「くそがっ、うおおおおおおおおおお!」

 

 拘束する鎖をどうにかしようと、風矢は全身に力を入れる。

 筋肉が膨張し、ところどころに青筋が浮かび上がる。

 

「無駄だ。力で千切れるものじゃない」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 黒の鎖が音を立てて、亀裂を走らせる。

 

「は? おいまさか、本当に……」

「らああああああああああああ!」

 

 さらに亀裂が広がる。黒の鎖が今にも切れそうになっていた。

 

「……バカな」

 

 黒の鎖はガラスの割れるような音と共に砕け散った。

 粉々になったそれは風に吹かれて飛ぶ。

 もう拘束するものがない風矢は獰猛な笑みを浮かべて拳を引く。

 

 バインドを生身で、そして力ずくで引き千切れる男の拳。それはいったいどれほどの威力なのか。

 魔力の服であるバリアジャケットを纏っているとはいえ、骨が折れるのでは?

 顔面にくらえば死もありえるのでは?

 少年の顔が歪み、後ろに退こうとするも足が動かない。汗が噴き出て、飛んでくるだろう拳を見つめる。

 

 三秒経過。

 

 五秒経過。

 

 十秒経過。

 

 何も来ない。己を打ちのめすだろう拳が、いつまでも来ない。

 拳を引いた状態から、風矢はぴくりとも動いていなかった。

 ――そして地面に拳を引いたまま倒れた。

 

「……なに?」

 

 気絶したのだ。それを数秒かけて理解した少年は、二度わざとらしく咳込む。

 

「あの金髪と赤髪は逃げたようだな。……とりあえず、この男と、あとはそこの君達、これから僕に付いてきてもらおう。アースラ所属、時空管理局執務管。このクロノ・ハラオウンにな!」

 

 少年は、ようやく名乗ることができた。

 





 ついにジュエルシード編は終盤か。

 時空管理局……リリカルなのはを知っている人は当然知っている組織。

 クロノ……時空管理局、アースラ所属。僕の名前はクロ――

 風矢……まだ入院しなければいけない状態。

 秀一&はやて……キング打倒を目指す。指一本とか舐めていられるのも今の内だ!

 キング……うーん、両手の指一本じゃなくて、右足の指一本でもいいかな?



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時空管理局


 前回の喧嘩相手……クロ――

クロノ「おいもう名前出してもいいだろ! 名乗りを途切れさせるネタどんだけ好きなんだ!?」

風矢「あー、強いっちゃ強かったが……やっぱもうちょっと強いやつと戦いてえもんだな」



 

 なのはとユーノはクロノにより、転移効果のある魔法陣を使用してとある場所に連れて来られている。

 時空管理局が保有する次元空間航行艦船――アースラ。

 そもそも時空管理局とはなんなのか、この場所がどういう場所なのか、なのはは何も理解していない。だがクロノに連れられるまま船内を歩く。

 

 ユーノはある程度理解しており、疑問も少ないことで冷静に状況を把握している。

 時空管理局とはその名の通り、様々な時空を管理する組織。この世界には地球以外にも何百、何千という次元が存在している。実際に確認されていないものも含めれば一億すら超えるかもしれない。そしてそれらに起きる干渉を阻止するのがクロノ・ハラオウン達、時空管理局の役目である。

 ジュエルシードというロストロギアの影響で、いくつもの次元に被害が出る次元災害が起きるということは想像できた。それだけジュエルシードが強力な力を秘めており、なのはとフェイトの魔力のぶつかり合いも次元規模の地震――次元震が起きる要因になっていた。

 

「ねえ、八神さんはどこに連れていかれたの?」

 

 このアースラについてすぐ、風矢は重傷のため乗船員の管理局職員に連れていかれている。怪我の具合を確認するために応急処置はしようというのが職員の総意だ。

 いきなり攻撃してきた風矢にいい感情を抱いていないので、クロノは眉間にシワを寄せて口を開く。

 

「……あの男か。心配せずとも、あの男は医務室に運ばれて治療されるだけだ。それよりもバリアジャケットは解除して構わないぞ。……こちらはもう攻撃する行為はしないと約束しよう。あの時は少し過激になっていたから反省している」

 

「あ、はい」

 

 返事をしたなのはは想像の結晶である白い服のバリアジャケットを解除し、普段から着ている小学校の白い制服姿になる。なのはのバリアジャケットは制服をイメージして作られたもので、解除しても大した違いはない。

 解除したなのはに目をやったクロノは流れるようにユーノを見る。

 

「君も本来の姿に戻っていい。まさかそれが本来の姿というわけでもないだろう? 特殊な趣味だというのなら強制はしないが」

 

「そんなわけないじゃないですか! この姿に戻るのは久しぶりですけど……なのはとも初対面以来かな」

 

「ふぇ?」

 

 突如ユーノが光に包まれる。

 フェレットらしい小動物の姿形が変化していき、あっという間に人間と呼べる形になる。

 光が収まると、そこにいたのは一人の少年。狐色の髪、白と緑の線が入っている服、その下には発掘隊で支給された半袖短パンがある。それと同じ色のマントも装備している。

 服装を目にしたクロノはそういう職業の者だと認識した。なのはは目を丸くし、口を小さく開け閉めして指を向ける。

 

「えええええええええええ!?」

 

 そして口から発された声が艦内に響き渡った。

 

「ユ、ユーノ君……人間だったの!?」

 

「酷くない!? ていうか、あれ、なのはにこの姿を見せたことなかったっけ!?」

 

「初めて見たよ! ちょっと待って、じゃあ温泉に行ったとき……私は男の子と一緒に……」

 

「何か君達の間で見解の相違でも?」

 

「はい! ちょっと整理する時間をください!」

 

 肩をすくめたクロノは足を止める。

 状況整理のための二人の話し合いは三分にも及んだ。なのははユーノを人間の男性だと認識していなかったため、無防備な姿をさんざん晒している。そのことについてユーノは話題を逸らしつつ、双方が納得できる妥協点を決めて話を終わらせた。

 話が終わったことを二人は目で伝え、頷いたクロノがまた足を進ませ始める。

 

「さて、遅くなったが着いたぞ。ここが目的地だ」

 

 しばらく歩くと目的の場所へ辿り着いたことでクロノが足を止める。

 なぜか宇宙船のような作りのなか、場違いな襖が二つある部屋が目の前にあった。

 拭えない違和感はあれどなのは達二人が何か言うことはない。はやてあたりならば盛大にツッコミを入れていただろうが。

 

「艦長、件の二名を連れてきました」

 

「入ってどうぞ」

 

 しっかりと返事を待ってからクロノは襖を開ける。

 そこはまさに茶室だった。床にはぎっしりと詰まっている畳。部屋の中にある小さな桜の木、ししおどし。見る者が見れば明らかに和室であると思うだろう。

 なのはにとって見慣れた景色であるとはいえ、場所の世界観が異様なほど合っていないので困惑する。それでもクロノに続いて部屋に入り、用意されていた四枚の座布団に腰を下ろす。

 

 部屋には一人の女性がいた。緑色の髪をポニーテールにして一つに束ね、青いコートと白いズボンを着用している。彼女は三人が腰を下ろして正座するのを待ってから口を開く。

 

「どうも初めまして。私はそこにいるクロノの母、リンディ・ハラオウン。このアースラという船の艦長をしているわ」

 

「お母さん!? でもどう見ても姉弟にしか……」

 

「それは私が若いということね、嬉しいわ。クロノは十四歳のくせに背が低いから若く見られがちだし、その分だけ私が若く見えるということになるのよね」

 

「うそ! クロノ君十四歳なの!? 同い年かと思ってたの……」

「そうだね、僕も九歳とかそこらかと……」

 

「母さん、いや艦長! そういう話は止めてください。今はまずこの二人に説明をするべきです」

 

 バカにされたと感じたクロノは大声を出して制止させ、リンディも笑みを完全に消して別人のような気配になる。雰囲気が変化したのが分かるなのは達は僅かに曲がっていた背を伸ばす。

 

「そうね、そうしましょう。ではまず自己紹介をしてもらえるかしら」

 

「高町なのはです」

「僕はユーノ・スクライアといいます」

 

「なのはちゃんにユーノ君ね。それじゃあ私達のことを説明しましょうか。この場所は時空管理局が保有する次元空間航行艦船、通称アースラと呼ばれているわ。二人は時空管理局のことは知っているかしら?」

 

 聞き慣れない単語になのはは首を傾げる。

 

「僕は知っています。でも地球という惑星には魔法文明が存在していなかったので、なのは……彼女は知らないかと」

 

「そう、なら簡単に説明するわ。なのはちゃんが住んでいるのは、第九十七管理外世界に存在する惑星の地球という星。実は世界というのはいくつもあって、それらの世界同士の干渉などを防ぐ役目を持っているのが私達、時空管理局なの。つまりなのはちゃんの知っている警察という組織より、規模が大きいものって感じかしら」

 

 最後の噛み砕いた説明で、なのはもなんとなくであるが理解できそうになっている。

 

「それでなのはちゃんに来てもらったのは、規模がちょっと大きめの次元震が確認できたからなの。次元震っていうのは、大きなエネルギーが原因で起きる地震かな。その規模はおっきいけどね。あんまり起きるようだと世界が危ないから、原因を調査しに来たのが私達」

 

「えっと、フェイトちゃんとの戦いが原因ってことですか?」

 

「……というより、ジュエルシードというロストロギアが主な原因ね。あれは強大すぎるエネルギーを秘めているわ。だから訊きたいのだけど、二人はどうしてジュエルシードを求めるの?」

 

 危険な道具という認識は管理局側もすでにある。事前に原因を調査していたのでジュエルシードの存在を知っていたのだ。

 真剣な瞳で射抜かれたなのはは身体を震わせるが、悪いことはしていないので心を強く保つ。

 

「……ジュエルシードはユーノ君が見つけた物で、私はそれを集めることに協力しているだけです」

 

「僕は管理局に届けるつもりだったんです。その途中、謎の襲撃を受けてジュエルシードが散り散りになってしまい、それを集めるために動いています」

 

「ならあの場にいた、金髪の少女とその使い魔と見られる女性は? 彼女達のことについて何か知っているなら話してほしいの」

 

「フェイトちゃんにアルフさんのことは詳しく知りません。私は知りたいと思っていますけど」

 

 逃げた二人のことを頭に浮かべ、なのはは唇を噛みしめる。

 

「何があったのかだいたいは分かったわ。でも大丈夫、なのはちゃん、あなたはもうこの件に関わらなくていいわ。危ないから、これからはお家でゆっくりと過ごしていてね」

 

「……え?」

 

 一瞬、何を言われたのかなのはは分からなかった。

 先程のように難しい説明ではない、むしろ分かりやすい。もう戦いには、魔法には、ジュエルシードには、フェイトには、ユーノには……関わらないでくれ。そう言われたのだ。

 

「……いやです。私いやです! 確かに危ないかもしれない、でも私はまだ関わりたいんです! ジュエルシードみたいに危ないものを放置できないし、フェイトちゃんとお話もしたいし、ユーノ君の手伝いもしたい。やりたいことが見つからなかった私だけど、今回だけは譲れない。もし協力するのを止めるなら、私は勝手にジュエルシードを集める!」

 

 立ち上がり、決意を口にする。

 意地でも止めないという意思がなのはから全員に伝わった。何を言っても曲げないだろうその意思を、リンディは曲げることを諦めた。

 

「……ふぅ、かなり頑固な子のようね。……なら、高町なのはさん。あなたを時空管理局の民間協力者として、正式に協力を申し出ます。本来ならまだ幼い子にさせることではないけれど、その意思と魔力の強さで特例としましょう」

 

「な、なのはあ~、僕ヒヤッとしちゃったよ……」

 

「あはは、ごめんねユーノ君。でも手伝い続けるにはこういうしかなかったから。ありがとうございます、リンディさん」

 

 高町なのははこうして時空管理局の協力者となった。

 将来、彼女はこの事件のことを一生忘れない。大切な出会いが待っていたから……。

 

「あれ? クロノく、さんは?」

「クロノ君でいいわよ。さんなんて似合わないしね。それと気づかなかった? クロノには途中で抜けてもらって、あの八神風矢って子に説明しに行ってもらったの」

 

 

 * * * 

 

 

 アースラ艦内。医務室。

 白いベッドが並ぶ静かな部屋の中で、風矢は目を覚ます。

 まず疑問はここがどこかということ。次に倒れる直前を思い出し、喧嘩相手を捜す。

 今日病院から抜け出したときにも巻かれていた包帯は、白く清潔なものに替えられている。上半身裸で寝ていたため、すぐに分かることなのだが、彼はそんなことを気にしない。白いベッドから起き上がり、出ていこうかと思考したとき――クロノが入室してきた。

 

「ふん、目が覚めていたか」

 

「あ? おーテメエかあ!」

 

 入室してきたクロノに風矢は笑みを浮かべ、立ち上がって歩いていく。

 

「ちょうどいい、説明するのに相手が寝ていたんじゃ意味ないからな。君も身体は痛むだろうが、しっかりと聞いて――ぐおっ!?」

 

 そして風矢はすぐに殴りかかる。

 こういうこともあろうかと、クロノはバリアジャケットを装着したままでいる。用意周到で備えていたことが、彼の命を一度救う結果となった。もしも生身の状態で受けていれば、無事では済まない衝撃が襲うことになっていた。

 衝撃に吹き飛ばされ、壁に激突するクロノは杖を取り出して、すぐに襲いかかるのではなく理由を問う。

 

「なんの真似だ。敵対行為なら僕は容赦なく君を倒す」

 

「へっ、なんの真似だあ? 決まってんだろ喧嘩だ喧嘩! お前もそのつもりで来たんだろ?」

 

 理由を聞いてクロノは頭を抱えたくなる。

 敵対行為? 何かの計画がある? 違う、目の前の男はただの阿呆である。

 

「……はぁ、僕は喧嘩するために来たのではない。君もなのはの関係者なら、説明を聞く義務がある。これから時空管理局としての説明を始めさせてもらう」

 

「まあ……乗り気じゃないやつと喧嘩してもなあ。俺もはやてに喧嘩控えろって言われてるし。話ぐらい聞いてやるよ」

 

 なんとか戦闘になることは阻止でき、クロノは説明を始める。

 説明はリンディからなのはにされたものとほぼ同じものだ。

 ジュエルシードは危険なので手を引くこと。これはなのはが頑固ゆえに民間協力者になったが、それは誰でも民間協力者にするわけではない。まずは風矢にも関わらないように言葉をかける。

 時空管理局について。管理外世界について。地球について。魔法について。色々なことを風矢は黙って聞いていた。意外にも理解しているのか、質問などは一切挟まれない。

 

 

「……というわけだ。理解できたか?」

 

 

 説明は終了する。風矢は数秒黙り込んでいたが、少しして口を開く。

 

「つまり。なのはは喧嘩するけど、俺は喧嘩できないってことか」

 

 浅すぎる。説明が十分以上にも渡ったのに、風矢が理解したことはゼロに等しい。戦えるか戦えないか、ただそれだけしか気にしていない。さすがのクロノも唖然としつつ、まあ最重要事項は分かっているからと正気を保つ。

 

「あ、ああ。まあそういうことだな。君は金輪際ジュエルシードに関わらなくていい」

 

「……まあいいぜ。俺は興味あるわけじゃねえし、喧嘩は妹に止められてるしな」

 

「そうか、それでいい……って君はさっき僕に殴りかかってきたじゃないか。喧嘩止められているんだよな? まあとりあえず……この件は管理局が一任するんだ。むやみに一般人を危険に晒すわけにはいかない」

 

 この日、風矢はジュエルシードに関わることをやめた。

 しかしいつだって、自主的にジュエルシードだと分かって関わったことなど一度もない。この約束はなんの意味もないものだ。そうとは思わずクロノは颯爽と報告の書類をまとめたのだった。

 





 なのは……だいたい原作通り。なおアリサとの喧嘩は省略したが、原作と違い殴り合いに発展した。もちろん仲直り済み。喧嘩した後は仲直りするのが友達!

 風矢……ほとんど話を理解していない。

 ユーノ……温泉? ああいいよね、僕みたいな姿なら特にいいよね。もちろん湯加減の話だよ?

 はやて……お見舞いに行ったら兄の姿がない。どこ行ったんや兄貴! まさか出番が欲しいあまりに喧嘩に乱入してるんじゃ……!


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七つのジュエルシード


 前回の喧嘩相手……なし



「フェイト、大丈夫かい?」

「……この程度、掠り傷」

 

 時空管理局が説明した通り、この世界は一つではない。

 地球が存在している世界でもナンパリングは九十七。つまり少なくとも九十七個の世界が存在しているということになる。そんないくつもある次元世界には、アースラのように時空を超えることができるなら行き来できる。

 

 そして、なのは達と時空管理局のいざこざがあった日の夜。

 地球と隣の世界の次元の狭間に一つの物体が留まっていた。その物体は巨大で、ゴツゴツとした岩石の塊だ。大地となる部分の上は岩の棘がいくつも生えており、洞窟のようになっている空洞の奥には屋敷が存在している。

 次元の狭間にある物体「時の庭園」というその場所は、フェイト・テスタロッサの実家であった。

 地球に仮の家を持っているとはいえ、本来の家は時の庭園だ。ジュエルシードを集めるという目的のためにあまり帰ることはないが、報告などで稀に帰ることはある。だが今回帰って来たのは、里帰りしたかったからではなく、クロノの攻撃で傷を負ったからだ。

 

「掠り傷じゃないよ! 非殺傷設定になっているはずだけど、直撃すれば痛いのは当たり前だ!」

 

 魔法を扱うためのデバイス――なのはのレイジングハートなどには、殺傷設定と非殺傷設定が存在している。時空管理局の職員は魔法を使うとき、基本的に非殺傷設定で魔法を行使する。それならば魔法で相手を殺すこともないからだ。犯罪者だからといって、殺すというのはあまりに人道に反する。

 非殺傷設定でも痛みはある。魔法の殺傷能力が限りなくゼロになるだけで、使い方によっては結局殺せてしまう。フェイトもクロノの攻撃を受け、右足を槍で突かれたかのような痛みが襲っていた。

 

「痛いくらいで止まれない。私は母さんのために……」

 

 時の庭園内にある通路を、フェイトはふらつきながらも進む。

 向かう先にいるのは時の庭園の主にして、フェイトの母親プレシア・テスタロッサ。地球でのジュエルシード収集活動の報告をするため、痛みを我慢して右足を引き摺りながら、壁を頼りに手で支えながら歩く。

 

「フェイト……。掴まるなら、アタシにしな。支えるのは使い魔の役目だ」

 

「ありがとう、アルフ」

 

 壁ではなくアルフの腰に掴まり、フェイトはプレシアのいる大広間に到着した。

 玉座しかない広いだけの部屋で、黒いローブを着ているプレシアは一人玉座に座っていた。部屋に現れたフェイト達にプレシアは冷たい視線を送る。

 部屋全体が極寒の地にでもなったかのような威圧感。思わず身震いしてしまうアルフとは対照的に、フェイトは望んでいたかのように小さく笑う。

 

「母さん……報告をしに――」

 

「ジュエルシードはいくつ集まったのかしら」

 

 言葉を全て言い終わる前にプレシアが切り出す。

 その態度にアルフは苛ついて歯ぎしりする。だがフェイトの大切にしている人間だからと抑え込む。

 

「……な、七個です」

 

 申し訳なさそうにフェイトは呟く。

 ジュエルシードは全てで二十一個存在する。まだフェイトは全体の三分の一しか集められていない。その結果に落胆したように、プレシアは肩を落としてため息を洩らす。

 

「まだそれしか集まってないのね」

 

「ごめんなさい。でも必ず――」

 

「なら今すぐ地球に戻りなさい。早くジュエルシードを集めるのよ」

 

「……はい」

 

 会話をしようとしても、相手にされていないのがフェイト達には分かる。これがいつものことだと受け入れるフェイトと違い、アルフは今にも堪忍袋の緒が切れそうだった。

 殴りかかってしまいそうなのを我慢し、アルフは我慢しきれない文句を零す。

 

「プレシア、フェイトだって頑張ってんだ。ちょっとくらい休ませてやってもいいじゃないか」

 

 働きに応じて休暇というのは必要である。これまで働き続けた者に休みを与えるのは義務であり、頑張りを近くで見ていた者として、アルフは正当な要求をしている。

 

「休み、ね。……フェイト、あなたは休みたいの?」

 

「いいえ、私はまだやれます」

 

「……だそうよ。今すぐ戻りなさい」

 

 アルフは内心舌打ちする。フェイト本人はプレシアのためなら、無理して働き続けることは分かっていた。当人が休みを欲していない以上、こうして要求を遠回しに却下することもできるのだ。明らかに計算された問いに、アルフの心は高熱で焼かれる。

 それでも殴らないのはフェイトのためだ。母親を大事にしているフェイトの前で殴れば、大切なパートナーから嫌われる可能性がある。

 

「行くよアルフ」

「……クソが」

 

 こうしてフェイト達は再び地球へと戻る。

 化け物が多く住みつく場所。魔境の惑星――地球へと。

 

 

 * * *

 

 

 海、森、自然に囲まれた海鳴市。

 一見平和そうに見えるこの場所だが、現在ジュエルシードと呼ばれる道具が原因で、いつ世界ごと壊滅してもおかしくない危機に見舞われている。

 二十一個の危険なジュエルシード。フェイトが七個。なのはが七個。地球で野放しになっているのは残り七個。アースラの面々の力を借りながら、時空管理局の民間協力者としてなのははジュエルシードを探す。海鳴市のいたるところを探したが、結果は乏しく一個すら見つけられていない。

 果たして残りの七個はどこにあるのか? なのはと同じく探し続けるフェイトは、確信を持って存在するだろう場所へと向かっていた。

 

 青く澄んだ水が太陽光で眩しく煌めく――海だ。

 

 もう探せるところは全て探している。それでもないというのなら、地球の約七割を占める広大な海しかない。もちろん世界中探すわけではなく、ジュエルシードが落ちた場所は海鳴市だけなので、海鳴市近海のみの捜索となる。

 

「残り七個はおそらく、この海の中にある」

 

 海上から数十メートル上空。フェイト達二人は宙に浮かび、真っ青な星の水槽の一部を見下ろす。

 

「ここぐらいしかないか。でもこの中じゃどこにあることやら。潜って探すのも時間かかりそうだよ」

 

 海中を探すには息を止めて潜るしかない。しかし陸の生物が呼吸を止められる秒数はそう多くない。せいぜい五分というのが二人の限度だろう。五分程度では到底探せないし、諦めなかったとしても見つけるまでに相当な時間がかかる。場合によれば一週間でも終わらない可能性がある。

 

「大丈夫、考えがあるから」

 

 どうするつもりなのか。様子を見守るアルフは隣で、突如膨れ上がる魔力を感知する。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ、今導きのもと降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス」

 

 海に潜らずにジュエルシードを発見するにはどうすればいいか。答えは簡単。海そのものに魔法を放ち、魔力の影響により暴走させればいい。そのためには広範囲、高威力の魔法が望ましく、フェイトは自分の使える魔法で最適なものを選んだ。

 頭上に巨大な魔法陣が浮かび、海を対象とした大規模魔法が放たれる。

 

 ――その前にジュエルシードが発動した。

 

 黒い雲がやってきて、海に竜巻が発生する。

 巨大な七つの竜巻がフェイト達を取り囲む。

 魔法発動直前に暴走したことで呆気にとられたが、いまさら魔法発動を止めることはできない。どの道ジュエルシード暴走を止めるには、暴走の勢いを魔法で沈め、封印しなければいけない。

 先手必勝だと言わんばかりに魔法陣が光を放つ。

 

「サンダーフォール!」

 

 世界を照らす雷光が、七つの竜巻に向けて連続で放たれた。

 魔力と電撃の余波で海が波立ち、大規模な津波が巻き起こされる。しかし魔力結界が張られている以上、戦闘音も被害も出さないようにできる。この場はアルフが張った魔力結界により、隔離状態にある。乱入するには魔力が必要だ。

 

 雷が直撃し――七つの竜巻が霧散する。

 

 強力な電撃が打ち破る結果を見て、アルフはガッツポーズする。

 

「やったじゃんかフェイト!」

 

「……これで、終わり?」

 

 しかしそれで終わりならば、どれだけよかったことか。

 ジュエルシードはただの暴走よりも、生命と融合して暴走した方が凶悪な破壊を生む。

 そして今まさに最悪の使徒達が姿を現す。

 

 

 * * *

 

 

 とある時空間に待機しているアースラ。

 メインルームとされる広間では、海上の映像が映し出されている。

 ジュエルシード捜索中、暴走した巨大な魔力反応が感知され、その場所の映像を急遽映したのだ。

 

「フェイトちゃん!」

 

 メインルームにはなのはの姿もあり、クロノ、リンディなども集まっている。

 映像を映す装置の操作をしている女性――エイミィの顔は青ざめていた。

 

「この子達、なんてことを……!」

 

 ジュエルシードは一つでも世界を滅ぼしかねない道具。それを七つ、しかも同時に暴走させて封印しようというのだ。凶悪さを理解している者は誰だって、その非常識さに顔が青ざめる。

 

「なんていう無茶を……」

 

「無謀ですね、彼女達は間違いなく自滅します。七つものジュエルシードを封印するほどの魔力は、初撃の魔力消費からして残されていないでしょう」

 

 誰だって見ていれば分かる結論だ。

 このままではフェイトは負ける、最悪死ぬかもしれない。

 なのはもそれが分かり、焦った表情で口を開く。

 

「あの私、急いで現場に――」

「その必要はない」

「……え?」

 

 何を言われたのか分からない。

 必要はない。それはつまり――見捨てるということ。

 助けに行くのが当然と思っていたなのはにとって、あまりにも冷然な言葉だった。

 

「放っておけばあの子は自滅する。たとえ自滅せずに封印しきったとしても、満身創痍になるのは間違いない。僕達はそこを叩いてジュエルシードを回収すればいい」

 

「そ、そんな……!」

 

「今のうちに捕獲の準備を」

「了解」

 

 クロノの指示に他の職員が従う。

 

「なのはちゃん。残酷かもしれないけど、これが最善なの」

 

「で、でも……」

 

 言い返す術は持たないので、なのはは俯いてしまう。聡明な少女は分かってしまったからだ。

 現状時空管理局としての最善は、フェイト達を捨て駒にして、結果を盗み取ること。アースラ職員やなのはへの被害は最小限で済み、仮にフェイトが封印しきれずとも勢いを消耗させられる。

 もちろん理解できても納得できる方法ではない。なのはだけでなく、アースラ全職員が胸の内は同じだ。勝利に犠牲は付き物とはいうが、幼い子供を見捨てることなど残酷すぎる。艦長であるリンディ、執務管であるクロノの二人は唇を噛みしめている。

 

「ユーノ君、どうしよう。このままじゃ……」

 

「……ダメだよなのは。僕達はあくまで民間協力者。それにこれ以上の策は思いつかない」

 

「でも、でも……」

 

 泣きそうな表情でなのはは呟く。

 

『高町なのは、なの』

『勘違いしないで、仲良くする気なんてこれっぽっちもない。私にとっても、あなたにとっても、お互いは敵同士……それでいい』

『なんとでも言うといい。でもまた会うことはあると思う。そのときはまた喧嘩しよう』

『話す必要なんてない。ジュエルシードは回収します……』

 

 脳裏に甦るは、寂しそうな目をした金髪少女。

 

「……そうだよ。私はまだ、お話してない」

 

 まだ何も想いを聞いていない。

 まだ何も決着はついていない。

 まだ喧嘩ばかりで、仲良くなれていない。

 ゆえに高町なのはは決意する。必ずフェイトを助けると。

 

「どこへ行くつもりだ」

 

 転移魔法陣はアースラ内に一つ。その方向へと歩いて行くなのはに、クロノはいち早く気がついた。

 

「フェイトちゃんを助けに行きます」

 

「ダメだ、許可できない」

 

 初めから、なのはは期待していない。

 どうせ否定されるなら――

 

「なら、勝手にいきます!」

「なっ、待て!」

 

 独断専行するのみだ。

 

 

 * * *

 

 

 宝生町の近海。七つのジュエルシードが暴走している危険な海に、なのはは転移する。

 七つの竜巻はすでに無くなっているが、ジュエルシードの荒ぶる魔力は変わらない。暴走は何一つ収まってなどいない。

 

「フェイトちゃん……!」

 

 見慣れた金髪少女が、謎の触手に追われていた。

 急いで駆けつけようとするなのはの脳内に、先程まで会話していた少年の声が届く。念話と呼ばれる簡単な魔法なら、離れた相手の脳内に直接声を届かせることも可能なのだ。

 

『高町! 何をしているのか分かっているのか! これは命令違反だぞ!』

 

「命令違反はあとで謝ります。でもここで見捨てたら絶対に後悔するもん!」

 

 何を言っても引き返しはしない。それがクロノにもよく分かった。

 まさに頑固さの化身。管理局の圧力も通じない以上、どうすることもできない。

 

『……はぁ、もういい。だが一つだけ約束してくれ。無事に帰ってこい……まだ()()の謝罪を聞いていないからな』

 

「なのは、行こう!」

 

「あ、ユーノ君も来てくれたんだね」

 

 白い少女の肩にはユーノもいる。

 なのはが転移する直前に変身し、フェレットの姿で肩に飛び乗って付いてきていた。

 

「僕もなのはが決めたことを応援したいんだ。協力するよ……だってなのはは、一人でジュエルシードを集めようとしていた僕を助けてくれた。そのお礼をしたいだけさ」

 

「ユーノ君……ありがとう。そして、行こう!」

 

「うん、絶対助けるんだ!」

 

 二人は意思を同調させ、一人の少女を助けるべく飛翔する。

 

 戦場となる海上。そこではフェイトが、タコの足のようなものに追われていた。

 いや違う。正確には、人間の髪の毛のようにタコの足が生えている生物に、狙われている。人型であるが象のような巨体、数十にも及ぶタコの足のような触手。

 彼らは――深海族。海底に住む生命体だ。

 海底に存在していたジュエルシードを見つけた彼らは、七つのそれに、七人で触れた。すると強大な力が流れ込み、ジュエルシードが願いを叶えようと暴走する。

 その願いとは――地上への移住。

 地上へ移り住むためには、人間という種族が邪魔な存在だ。彼らは今まで人間の暮らしを見ていたが、兵器の豊富さに怯え、海底で大人しくしていた。

 しかし今は力がある。誰もを圧倒する、何も恐れずに済む力が。

 

「人間、抹殺!」

「くうっ、しつこい……!」

 

 高速飛行するフェイトに、もう少しで触手が届こうとするとき。

 オレンジ色の一つの魔力弾が触手を弾く。爆発も起こしたが、目立った傷はない。

 

「フェイト、そこから離れてくれ!」

 

「ありがとうアル――アルフ後ろ!」

 

 助けるために必死で、アルフは自身の背後の存在に気付けない。

 背後には水色の触手をうねらせている生物が、命を刈り取るために攻撃しようとする姿。フェイトの叫びを聞き「……え?」と声を出すと、振り向いてようやくアルフは気がつく。

 もう防御も回避も間に合わない。フェイトも慌てて魔法を発動しようとするが、それも間に合わない。

 

「抹殺」

 

 アルフが死を悟ってしまったとき。

 

「ディバインバスター!」

 

 桃色の閃光が、深海族を呑みこんだ。

 見覚えがある魔力の光に、フェイトとアルフはまさかと思い振り向く。

 いつも邪魔をする敵。いつも喧嘩する少女。

 助けてくれたのは二度目の、白い魔法少女。

 高町なのはが、飛行しながら近づいてきていた。

 

「大丈夫ですか!」

 

「ア、アンタ……どうして」

 

「……また、助けてくれた」

 

 敵同士のはず。決して味方ではないはず。

 それなのにクロノの時も、現在も、なのははフェイト達を助けてくれた。

 しかし馴れ合えないはずなのだ。フェイト達二人はまた迫る触手を躱しつつ、なのは達二人を睨みつける。

 

「なのは、来るよ!」

「分かった! ユーノ君はサポートお願い!」

 

 自由自在に伸びる触手がなのは達にも迫る。敵は決して、話が終わるまで待ってくれない。なのは達も攻撃を避けて、まずは回避し続けることに決めた。

 

「なんでここに来た! また邪魔しに来たのかい!」

 

「ジュエルシードは渡さない!」

 

「そんなこと言っている場合なの!? 私はただ、フェイトちゃん達の助けになりたいの! こんなの封印するの一人じゃ絶対無理だよ!」

 

「なのはの言う通りだ! ここは過去のことを忘れて、協力し合いませんか!」

 

「ふざけんな! そういってジュエルシードを横取りしようとしてるんだろ!」

 

 触手は迫る。フェイトは迫り来る触手を愛鎌バルディッシュで切り裂く。しかしすぐに再生し、再びフェイトに襲い掛かる。さらにもう一体の触手二十本以上も迫り、小さな体を締めつける。

 

「アーク、セイバー……!」

 

 肺が骨ごと圧迫されて息苦しいなか、フェイトは三日月状の魔力刃をバルディッシュから飛ばす。魔力刃は見事に触手を全て切り裂き、一体の深海族に向かう。

 触れれば切れてしまうだろうそれを、深海族は触手を組み合わせて盾のようにして防ぐ。数秒拮抗するのを見て、フェイトは押しきれないと悟り――

 

「セイバーブラスト」

 

 魔力刃を爆散させて少しでもダメージを与える。

 さらに桃色の閃光が深海族を呑みこんで、全身を焼き焦がすようなダメージを与えた。

 援護を受けたフェイトはなのはを一瞥すると、ニコッと笑っているのを確認する。その姿を見てフェイトは決意する。

 

「なのは、協力しよう!」

 

「フェイト!?」

 

「フェイトちゃん! 本当にいいんだよね!」

 

「二人で戦力的に厳しいのも、七個の封印を一人でするのが厳しいのも実感してる。この状況を切り抜けるには、あなた達の手が必要だって考えただけ。でも今回だけ。今回の協力が終わったら、私達はまた敵同士だから!」

 

 協力するのは、あくまで一度だけ。仲間になるわけではない。

 しかしそれでもいいと、なのはは笑顔で応対した。

 

「フェイトがいいってんなら協力してやるよちびっ子! でも何か策があるのかよ!」

 

「えっと、頑張って二人で封印する!」

 

「ようするに、ノープランなんだな!」

 

 そう叫ぶアルフは、なのはの後方に迫っていた深海族を殴り飛ばす。

 触手を切り抜けたフェイトも、息を多少切らしながら三人の元に近付く。

 

「ふうっ、手伝って貰っておいてごめん。正直魔力が持たない……」

 

「このままじゃまずい。持久戦は不利になるだけだ。みんなよく聞いて! こうなったら封印魔法をすぐに使おう!」

 

「ユーノ君? それで大丈夫なの?」

 

 封印魔法は一方向に向けてしか放てない。連携が強力な深海族相手には隙になってしまう。もしも使用すれば、他の六体からリンチされるだけだ。

 

「確かに一個ずつ封印すれば隙が大きすぎる。だから七個同時に封印すればいいんだ。まずは四人で急上昇、そして付いてきたあいつらに封印魔法を放てばいい。強い魔力を持っている二人が力を合わせれば、おそらく七個同時封印も出来るはずだよ! その間に攻撃が来たら、僕とアルフさんで防御すればいい!」

 

「なるほどそれしかないってことかい! アタシは乗った!」

 

「フェイトちゃん」

 

「なのは」

 

 なのはとフェイトは互いを見て、こくりと頷く。作戦には全員賛成となった。

 ちなみにこうしている間にも深海族は動き出している。作戦決行は今すぐだ。

 全員が全速力で高度を上げていく。急上昇していくなのは達、深海族も攻撃のため追いかける。スピード勝負するなら一番はフェイト、二番目になのは、そして深海族が続く。ユーノはなのはの肩に乗っているため関係ない。四人の中で一番遅れているのはアルフである。

 

「悔しいけど、アタシ一番遅いのか!」

 

「だ、大丈夫ですよ! たぶん僕の方が遅いですから!」

 

 上昇するなのは達に深海族が何もしないわけがない。

 頭に生える触手は伸縮自在。彼らは触手を伸ばし、まずはアルフに攻撃しようとする。

 

「抹殺」

「プロテクション」

 

 うっすらと青い防壁が、アルフに迫る触手を近付かせない。

 

「サンキュー! ユーフォーだっけ!?」

「ユーノです! 間違えるのはあの人だけにしてくださいよ!」

 

 作戦の目的である、深海族を一直線に並べるというのはクリアしている。

 現在、深海族は棒で刺せば団子になるように、直列で飛行しているのだ。

 充分な距離を保ててはいないが、これ以上上昇すれば酸素が薄くなりすぎる。幼い彼女達の体に負担がかかるのはよくない。魔法発動に不具合が発生すれば、この作戦の意味はなくなってしまう。だからなのはとフェイトは上昇を止めて、停止。そして二人で魔法詠唱を行い始める。

 

「「リリカルマジカル」」

 

 触手が伸びる。魔法発動を察知したことで、深海族はなのはとフェイトの二人に狙いを定めた。

 

「プロテクション!」

「おらあっ!」

 

 少女達に迫る触手を、ユーノの青い防壁と、アルフの拳が近付かせない。

 百以上の触手は少女達に届かない。その隙に、封印魔法の詠唱が完了する。

 

「「ジュエルシード封印!」」

 

 魔法発動を察知してアルフが横にズレると、封印魔法が放たれる。

 黄色と桃色の閃光が交ざり合い、極太の光線が深海族達を呑み込んだ。

 衝撃で白い雲が吹き飛び、海に衝突すると、水飛沫と呼ぶにはあまりにも大規模な水量が跳ね上がる。徐々に光線が縮んで、最終的には極細になり消えていく。空中には深海族の姿がなく、封印されたジュエルシードだけが残されていた。

 魔法を放った二人は息を切らし、なんとか呼吸を整えようとしている。

 

「やったじゃんかフェイト、それに高町! これで一気に七個……どうしたんだい?」

 

 笑顔で喜ぶアルフと対照的に、フェイトとなのはは険しい表情であった。

 

「なのは……?」

 

 ユーノも近くのなのはの表情に首を傾げる。

 ジュエルシードは封印に成功している。一件落着なのではと、最初だけは思った。

 険しい表情の二人が声を発する前に、ユーノとアルフも気付く。嫌な予感……いや、最悪の事態を確信してしまう。

 

「はあっ、はあっ、ダメ……三個逃がした」

 

「はあっ、フェイト、ちゃんの、言う通り……町に、海鳴市に……!」

 

 ――空中に浮かぶジュエルシードは、四個だけであった。

 残りは流れ星のように、海鳴市へと落ちていってしまっている。封印されたものならともかく、魔力暴走を起こす深海族という危険生物が落ちてしまった。

 





 深海族……ワンパンマンに登場する海の種族。今作には深海王ではなく、部下だけに登場してもらった。原作だとA級ヒーロー一人でもギリギリ勝てるレベル。

 遅くなったけどご感想くれた皆様(数人)ありがとうございます。
 この場をお借りして感謝を。そして今後、ジュエルシードの話完結までよろしくお願いします。


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優しい狼


 前回の(フェイトとなのは)喧嘩相手……タコに似たよく分からない生物。



 凶星来たれり。海鳴市に向かい、凶悪な生物が降り立つ。

 その名は深海族。海底に住む種族。人間抹殺を企む生物だ。

 

「あーあ、やってもうたかあ」

 

 そしてなのは達の戦いを見物していた者が一人。

 黒髪と眼鏡が特徴の男――出馬要。

 彼は深海族との戦いの一部始終をしっかり見ていた。

 

「さて、悩んどったんや。君みたいな奴は初めて見るし、なんて言葉を掛ければいいのか分からんかったからな。でも今、率直な気持ちを伝えようと思うんや」

 

 出馬がいるのは海の見える坂道。そして深海族が一体、出馬を見下ろしている。

 もちろん深海族にとって人間は敵だ。発見したからには生かしておく必要はない。

 深海族の頭に生える触手。ニ十本近くあるそれが伸び、出馬のいた場所へ突き刺さる。コンクリートも容易く砕く威力は、並の人間が喰らえば即死だろう。武術を使える出馬からでも脅威と判断される。

 しかし脅威の力も、当たらなければ意味がない。

 

「帰ってもらえるか? 君らの広い故郷に」

 

 ニ十本近くある触手のうち、一本が踏みつけられて地面に押さえられる。

 黒く、黒く、どす黒く。

 漆黒の煙のようなものが、出馬の体から噴き出た。

 

 

 * * * 

 

 

 商店街の道路。まだ昼間だったのもあり、人通りは多いこの場所に、深海族が一体降臨してしまった。

 明らかに異常な生命体に、人々は戸惑い、恐怖し、一人を除いて逃げていく。慌てて逃げ出す人々の一人が、触手に貫かれて死亡する。それでも誰もが動きを止めず逃げていた。死体など踏み越えて、醜くとも生き残りたい一心で。

 

「うーんとお、なんなのかなあ? あなたぁどちら様あ?」

 

 そんな危険な現場に、長い白髪をツインテールにしている少女は平然と立っていた。

 キャベツが入っている買い物袋を持っていることから、買い物帰りであることが推測される。そしてどこか風矢と似たように呑気な発言。それでいて強者のオーラが放たれている。

 深海族は目の前の人間の女性にしては高身長の少女を見下ろす。

 

「抹殺。人間、抹殺」

 

「会話できないのぉ? じゃあいいかなあ」

 

 動けない。深海族は身体が震えて、身動き一つ取れない。

 どうしてか、少女が怖いから。

 どうしてか、妙なプレッシャーを感じるから。

 どうしてか、本能が警報を鳴らしている。この少女と戦ってはいけない。

 人間よりも敏感な生存本能が十全に発揮される。

 

「決まり手は、押し出しねぇ」

 

 なぜならそう、彼女は……強いから。

 深海族が逃走を図ろうとしたとき、少女の白くきれいな手が力士のように突き出される。その張り手を受けた深海族は口から体液を吐き出し、遥か彼方へと突き飛ばされた。

 

 

 * * *

 

 

 海鳴総合病院には八神風矢が入院している。

 彼は一度、暇だからという理由で病院を抜け出していることから看護師に怒られ、退院予定日が遠ざかったとはいえ、今日が退院日だ。キングとの戦闘でできた傷も完治……までとはいかずとも、日常生活に支障がない状態までには回復した。

 本来なら退院は数か月先の予定であるのだが、常人離れした自然治癒力により、予定よりも早く治っているのだ。看護師達は退院日、人間を見る目ではなく、何か別の生命体を見るかのような目になっていた。

 

 そんな化け物染みた男の妹である少女は兄が退院するという報告を受け、病院にまで迎えに行こうと歩いている。

 足が不自由であるがゆえに車椅子である彼女。一人でも行けなくはない道のりだが、念のため同行者を一人選んでいた。

 

「いやぁ、しっかし本当にすみませんキングさん。兄貴迎えに行くだけなのに付き添ってもらって」

 

「いいよ、俺とはやて氏の仲じゃないか。それに風矢氏は俺のせいで入院しているんだから、行かないわけにはいかないよ」

 

 入院の原因となったキングには罪悪感がある。

 今では対等な友人という関係に落ち着いていても、心の奥にしこりのように残る罪悪感は消えないものだ。それどころか友人にまでなった相手のこととなれば罪悪感は増してしまう。

 はやてと話しているときも、遊んでいるときも、どこか罪滅ぼしのような気持ちになり、あまり純粋に楽しめたことはなかった。それでも僅かな楽しさがあったことがキングにとっては救いだった。

 

「人間抹殺」

 

 ――二人が病院までの道を進んでいるとき、恐怖の塊のような聞き取りづらい声が届く。

 二人の目の前には、タコの足のような触手が十本以上生えていて、五メートルのヒトデが立っているかのような生物が存在していた。

 どこからどう見ても人間ではない生物に、二人は顔を青ざめさせ、汗を噴き出す。

 

「は、はやて氏。もしかしてこの人、お知り合い……?」

 

「ははは、そんなわけあらへんやん。キングさんのお知り合いやろ?」

 

 ぎこちない動きで二人は顔を見合わせ、目の前の怪物と交互に視線を彷徨わせる。

 やがて汗を滝のように流しながら、二人は恐怖でおかしくなった叫び声を上げて逆方向に走り出す。

 

「あああああ! なんや、なんなんやあれ! この町はいつから地球外生命体がうろつくようになったんや!」

 

「まずいまずいあれはまずい! 聞き間違いじゃなかったら抹殺とか物騒なこと言ってたよ!」

 

「私も聞こえたわ! 幻聴でなければやばい奴や! というかキングさんもっと早く走ってえええ!」

 

「む、無理! これでも全力でっ……しかも、息、切れてきた……!」

 

 体力がガンガン削れていくことでキングの速度が低下する。

 はやての車椅子を押していることも原因の一つだが、普段運動をしない性格なツケが出始めていた。

 

「しっかりしてやあああ! こんな若さで死ぬんは嫌やああ! 私は意地でも天寿を全うするんやからなああああ! ほら、キング流気功術や! あの煉獄なんたらってやつやってえな!」

 

「あの時のは、使えない……げほっ、はあっ……! し、死ぬ……!」

 

 さらに走る速度が減速し、ふらつき始めたキングはとりあえず足を進めているものの、小学生の歩行速度と同レベルである。そんな速度で離れられるわけがなく、先程から追ってきている深海族との距離が縮まる。

 

 至近距離にまで近づかれたことにより、キングとはやては死にたくないと涙を流す。

 絶望の触手が二人に迫る。鞭のようにしならせたそれが届こうとしたとき、はやては思わず叫ぶ。

 

「助けて、兄貴……助けて、お兄ちゃあああん!」

 

 二本の触手が二人に叩きつけられて、軽々と命が吹き飛ぶ――はずだった。

 

 

「任せろ」

 

 

 触手は二人に届かず、いつの間にか現れた男が掴んで防いでいた。

 逆立っている茶髪は風で揺れている。大切なものが害されそうになったことで茶色の瞳は相手を睨みつけている。筋肉質な体は攻撃を掴んでいるために腕と足が膨張して、鋼鉄をへし折るような力が発揮される。

 ――はやてが助けを求めた相手、八神風矢がそこにいた。

 

「おに……兄貴……!」

「風矢氏……!」

 

 頼りがいのある広い背中を目にして、目を見開いた二人が涙を零しながら名を呼ぶ。

 

「テメエが誰だか知らねえが、俺のダチと妹に手を出すなら容赦は……しねえ!」

 

 風矢は掴んでいる二本の触手を離さず、思いっきり空中へと放り投げる。

 深海族の巨体は軽々と浮かび上がり宙を舞う。そして投擲してすぐ風矢も跳ぶ。

 

「人間、抹殺!」

 

 青い光が包みこむ触手が五本、高速で飛来する風矢に向かっていく。

 鞭のように向かってくる触手を風矢は連続で拳と脚で迎撃する。餅のような弾性など関係ないように弾かれた触手。その最後の一本に関しては弾くことなく、さらに高く上がるための踏み台とする。

 

 気合の込められた叫びが轟く。

 深海族は猛獣の咆哮のようなものを聞き取り、真上へと視線を移動させる。すると、もう目前に迫っていた風矢が思いっきり拳を振るっていた。

 

 咄嗟に動かせた三本の触手で、深海族は盾のような形を作り拳を防ごうとする。だが圧倒的筋力から繰り出され、空気を切り裂くようにして迫る拳は――防げない。

 いとも簡単に即席の盾を崩し、深海族の額に重い拳が叩き込まれた。

 

 深海族は轟音と共に道路に叩きつけられた。

 コンクリートは蜘蛛の巣状に砕け、深海族の全身の筋肉が断裂する。口から緑色の血液を含む液体を吹き出してから微動だにしない。それから遅れて風矢が深海族の体の上に着地したことにより、体の一部が跳ねることはあったが、もうそれ以上動くことはなかった。

 

 一際静かになったその場に、はやてが車椅子を自分で動かして近付いていく。

 

「兄貴! 大丈夫やった!」

「はあっ、はあっ……! 待ってよはやて氏……!」

 

 キングもその後ろを走っている……子供の歩行速度並だが。

 無事であった妹が来たので風矢は深海族の上から地面に下り、手を挙げて笑みを浮かべる。

 

「よおはやて、それにキングも」

「兄貴のドアホー!」

「ぐおっ!? ……はやて?」

 

 止まることなくはやては勢いよく風矢に衝突する。

 痛みがあるわけではないが驚きはあった風矢は、自分の腹筋に顔をうずめる妹を見下ろす。

 

「なんで、なんで……」

 

「……わりぃな、また約束守れなかった。だけど俺は――」

 

「なんでもっと早く来てくれなかったんや!」

 

 風矢の私服が涙で濡れてシミを作る。

 顔は見えないが、妹が泣いていることは容易に理解できた。

 

「怖かった。私、怖かったよ……! 兄貴はいっつも遅いんやから……!」

 

「……ああ、悪かったな。お前がピンチのときに傍にいなくて、悪かった」

 

 風矢は穏やかな表情になり、泣いているであろうはやての頭を優しく撫でる。

 傷つきやすい宝石を触るかのように優しく、そして静かに抱きしめた。

 

「そ、それにしても、風矢氏が倒したのっていったい何なんだろうね」

 

「ん? さあな、着ぐるみじゃねえのか?」

 

「こんな生々しすぎる着ぐるみ嫌だよ……」

 

 はやてを抱きしめるのを止め、風矢は深海族の方に視線を向ける。

 明らかに人間ではない生命体が道路に横たわっているのは不気味なものだ。

 その生命体については思わぬ方向から答えられる。

 

「ジュエルシードが現地生物と融合して、暴走した結果だ」

 

 三人は咄嗟に声の方向に顔を向ける。

 上から聞こえた声の正体は一人の少年によるもの。彼はゆっくりと地上に降り立つ。

 

「お前、確か」

「初めましての人もいることだし自己紹介をしておこう。僕の名前は――」

 

「コロナ・パルチザンじゃねえか」

 

「誰だそれは! 僕の名前はクロノ・ハラオウンだ!」

 

 叫ぶクロノは深くため息を吐く。

 

「はぁ、まったく君というやつは、関わらないと約束したくせに思いっきり関わるじゃないか。まあ封印はできないとはいえ、一般人を庇い、ジュエルシードを取り込んだ現地生物を迅速に動けなくしたことは賞賛されることだ。そこはいいだろう。だが規則として君のことを認めるわけにはいかないんだよ。魔力も持っていない一般人を戦わせたなどと知られれば、上になんて言われるか分かったもんじゃない」

 

「妹が危なかったんだ。それだけで俺には喧嘩をする理由になる」

 

「君の妹? そこの、車椅子の彼女か? 似ていないな」

 

 ジッと見られたはやては委縮してしまうが、一応礼儀として頭を下げる。

 

「ど、どうも」

 

 クロノも無言であるが軽く会釈して、再び風矢の方へと視線を移す。

 そこでキングから素朴な疑問が出る。

 

「よく分からないんだけど、こんなやつは他にいるの?」

 

「高町ともう一人の少女が封印に失敗した三体がこの町に堕ちた。一体は八神が倒してくれたがな」

 

 つまり残り二体。怪物が町にいるということ。

 恐ろしい事実を聞かされたはやてとキングは怯えるが、すぐに続いたクロノの言葉でなくなる。

 

「残り二体もどういうわけか倒されているのを確認した。それで訊きたいんだが、あれを倒せる者がお前以外にいるか? ジュエルシードはこちらで回収できたとはいえ、もしかすれば新たな敵の可能性もあるからな」

 

「さあなあ、わりといるんじゃね?」

 

「……いるのか。はぁ、この星は高町といいお前といい出鱈目なやつばかりだな。僕はこれからアースラへと戻るがお前はどうする?」

 

「俺はいい。はやて達を放っておくわけにはいかねえからな」

 

 今ならば解決に向け、一時的に協力してもいいというクロノの考えは否定される。

 風矢としては妹の身の安全が一番であり、無理に事件に関わるつもりはない。

 

「そうか、なら気を付けて帰れ。何が起こるのか分からないからな」

 

「おう、お前もな」

 

 本当にこの世界は何が起こるか分からない。

 遠くで、雨雲もなく太陽が輝く空に突如として魔法陣が現れ、紫光の雷が降り注いだ。

 風矢達はそれに気付かずに帰るべき場所へと帰っていった。

 

 

 * * *

 

 

 紫の雷が降るおよそ三分前。

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人がいる場所。海鳴市近海。

 七つのジュエルシード全ての封印には失敗したものの、四つは成功している。町に落ちた三つの反応はすぐに消えてしまったので、現状では四人が探す術がない。しかしそれはクロノが封印したからであり、実際には管理局がジュエルシード収集で一歩リードしている。

 

『高町、詰めが甘かったな』

 

 どうしたものかと悩んでいるとなのはに対して念話が飛んでくる。

 

『クロノ君……』

 

『安心しろ、現地民の協力もあってすぐに封印出来た。君を、いや君達を咎めはしない。……これで我々のジュエルシード所持数は十個だ。できればそちらにある四個も回収してほしいんだが……可能か?』

 

 なのはは表情に出さずに思考力を高め、多少の罪悪感を持ちつつも偽りの言葉を口にする。

 

『……ごめんなさい。フェイトちゃんに二個取られちゃった』

 

『そうか、ならば仕方ない。至急残りの二個を持ってアースラ内に戻ってくれ』

 

『うん、謝らなきゃいけないもんね』

 

 命令違反を犯したことの謝罪が残っている。フェイトを助けるためとはいえ、民間協力者の立場で管理局の指示に背いたことは悪いことだとなのはも分かっている。ユーノも同罪で謝らなければならない。

 これからのことを考えて、なのははすぐにジュエルシードを回収しようと決意した。

 

「フェイトちゃん、ジュエルシードはこっちが手に入れたみたい。だから町への被害は大丈夫だよ」

 

「……そう」

 

 目的の物が取られているのはフェイトにとって面白くないが、はやてに危害が加えられなくてよかったと安心する自分もいた。

 

「だから私達は二個貰うよ。四個の封印を二人でやったから、半分こ」

 

「……いいの?」

 

 本来なら全て持っていかれてもおかしくない。敵側が譲歩してくれているという事実を受け入れ、フェイトは確認の意味も込めて問いかける。だがなのはの答えは同じだ。

 

「いいよ、だって二人で協力したんだもん! だったら二個ずつ手に取ればいいでしょ?」

 

「分かった、ありがとう……」

 

 譲歩してくれたのだから断る理由はない。ここで全てを奪えるなら簡単なのだが、現在のフェイトにそこまでの余裕はない。

 フェイトは宙に浮かぶジュエルシードを二個手に取る。

 ジュエルシードを確保するとフェイトはなのはを見据えた。

 

「ただ、これでジュエルシードはお互いが持つもののみ。次に会ったときは戦うしかない」

 

 それについてはなのはも承知の上だ。

 もうこれで管理局側が十二個、フェイト側が九個。これ以上はいくら探しても見つからず、手に入れるには相手から奪うしかない。つまり確実に戦闘することになる。

 今回だけは協力したが次はない。四人はそれぞれ、次に戦う相手と向かい合って鋭い視線を送る。

 

「分かってる。だから約束しよう? 戦いは明日、時間は午前の十時、場所はここ、誰にも迷惑のかからない海上。負けた方が持っているジュエルシードを全て渡す!」

 

「……望むところ。私は絶対に負けない、覚悟しておいて」

 

「ふふ、私だって負けないよ……!」

 

 二人の少女が小さく笑みを浮かべたときだった。

 ――突如、フェイト達の真上に紫の魔法陣が出現し、紫光の雷がなのは目掛けて落ちる。

 

 空高くに出現した魔法陣には気付かなかったが、フェイトは落雷には気がついた。

 よく知っている魔力反応。強力な紫電が迫ってくること。二つのことからフェイトは攻撃を仕掛けてきたのが誰なのか瞬時に理解する。

 

「母さんっ……! なのは!」

 

「……えっ?」

 

 一人の少女が、強烈な電流を浴びる。

 甲高い悲鳴が周囲に響き、焼き焦げるような臭いが広がる。

 誰もが聞いていて痛々しい悲鳴を上げたのは――フェイトだった。

 

「フェイト! 大丈夫かい!?」

 

「フェイト、ちゃん? 私を……助けてくれた?」

 

 落雷が迫って来たとき、フェイトは咄嗟になのはを突き飛ばした。その結果自分の回避行動が取れず紫電が直撃したのだ。

 押されたなのはは呆然と、目の前で海に落ちていくフェイトを眺めることしかできない。

 間一髪で海に落ちる前にアルフがフェイトを抱え、最悪の事態は免れた。

 

「フェイト! フェイトしっかりしな! ああクソあのババア!」

 

 生きてはいるが、フェイトの全身には痛みが駆け巡っている。

 このままでは危険なため、アルフは一度本拠地に戻ろうと転移魔法を使用しようとする。

 

「待って!」

 

 転移することを感じ取り、なのはは焦って止めようとするが遅かった。

 もう海上にはフェイトとアルフの姿はなく、最後の最後で心が痛む事件が起きてしまった。

 

「……フェイトちゃん」

 

 自分が気付いていればフェイトがああなることもなかった。それに助けてくれたことのお礼も言えていない。

 なのはは深く己の弱さを後悔するまま動かず、やがてアースラへと転移魔法で帰還した。

 

 

 * * *

 

 

 時の庭園。

 アルフは本拠地である庭園内にフェイトを連れ帰っていた。

 怒りを抱えてフェイトを背負い、アルフは歩き出す。

 

「……ぅ、ん。ぐうっ……!」

 

 歩いている途中、アルフの背中にいるフェイトが目を覚ます。

 落雷により気絶していたが、目が覚めてみれば焼けるような痛みが襲ってきている。

 

「フェイト、目が覚めたんだね」

 

「……ア、ルフ。こ、こは、時の庭園?」

 

「そうだよ、プレシアの魔法が直撃してフェイトが気絶しちゃったから、一度こっちに帰ってきたんだ。高町との戦いは明日だし、ここは誰も邪魔しないからゆっくり休めると思う」

 

「そう、だね。ねえアルフ……こっち、私の部屋じゃ、ないよ?」

 

 アルフが向かっている先が自分の部屋でないことにフェイトは疑問を抱く。

 幼い頃から過ごしてきたフェイトには、今向かっている先にいるのが誰なのかすぐに分かる。倒れる原因を作ったプレシア本人がいる部屋だ。

 

「フェイトが気絶したままならぶん殴ってやろうとしてた。でも目が覚めたんなら、どうせ報告しに行くんだろ?」

 

「うん、ちゃんと、二個手に入れたこと、報告しないと」

 

「分かってるよ、もうすぐ着くからジッとして体を休ませときな」

 

「ありがとう……」

 

 痛みに目を細めながらフェイトは我慢する。苦しそうな表情のまま目を瞑り、信頼できる背中に身を預けていた。

 そんなフェイトを背負いながら歩き続け、アルフはプレシアがいる広間へと辿り着く。重厚な扉を押して開くと、その隙にフェイトが床に下りて歩き出す。

 

「母さん、ただいま戻りました」

 

 広間の玉座には一人の女性が座っていた。

 黒い髪は左目を覆い、後ろは太もも辺りにまで伸びている長髪。黒いマントを羽織っており、大胆にも胸元がはだけているドレスは大きな胸部が半分ほど露わになっている。冷たく鋭い目は家族に向けるようなものではない。彼女こそがフェイトの親であり、ジュエルシードを集めるように指示しているプレシア・テスタロッサだ。

 プレシアは紫に近い口紅が塗られている口を開く。

 

「ジュエルシードは回収できたのかしら」

 

 多少の怒りを感じたフェイトは俯いてしまう。

 

「……二個だけ回収しました。でも残りは明日に必ず確保します」

 

「相変わらず役立たずね。七個の内たったの二個だなんて」

 

 あんまりな物言いにアルフは青筋を額に立てる。

 殴りたい衝動から拳を握るアルフに、予想外の一言がプレシアからかけられる。

 

「……使い魔、出ていきなさい。私はこれからフェイトと二人でお話しないといけないから」

 

「は? な、なんでだよ、アタシがいたら何か問題でも――」

 

 納得できないため抗議しようとするアルフをフェイトが手で制す。

 

「アルフ、出ていって。母さんは二人で話がしたいらしいから」

 

「……フェイトが、そう言うなら」

 

 主にそう言われては従うしかない。使い魔の性というものだ。

 言われるがままに退室するアルフだが、二人っきりにするという状況に不安を抱いていた。

 フェイトはプレシアのことを信頼し、好ましく思っているが、逆はどうか分からない。むしろプレシアは普段の態度から、フェイトを憎んでいるようにすら思えてしまう。

 

 フェイトの話では昔はいい人だったと聞いている。しかしアルフは今のプレシアしか知らない。敬愛する主人に冷たく当たるプレシアしか知らない。それを信じろ、警戒するなと言われても無理な話である。

 悪く思っているがアルフはプレシアに敵意しか抱いていない。正の感情などなく、ただフェイトを扱き使うクズであるとしか思っていない。今まで溜められた怒りと敵意はフェイトのために抑えているが、もう自分では抑えきれないところまで来ていた。

 

「なに、話してるんだろ」

 

 好奇心ではなく心配から、アルフは中の様子が気になっていた。

 厚い扉に近付き、耳を静かに密着させて音を聞き取ろうとする。

 

「……なんだ? 今、小さいけどフェイトの声が」

 

 もっと耳を澄ます。全神経を聴覚に集中してようやく声がはっきり聞こえた。

 痛い、痛い、痛い。耐えるような少女の悲鳴が……はっきりと。

 

「おい、なんだよ、なにしてんだよあのババア……!」

 

 何かで叩く音が聞こえる。重いものではないが、軽くても鋭い音が響いている。その度にフェイトの小さな悲鳴が上げられている。

 中に入ろうと扉に手をかけるも、震えてしまって押すことができない。

 しばらくの間、少女の耐えるような小さい悲鳴を聞いていることしかできなかった。

 

「がああっ!」

 

 今までと違う一際大きい悲鳴が上がり、それを聞いたアルフは決意を固め、勢いよく両手で扉を開く。

 中の様子を確認して言葉を失う。フェイトの雪のように白い上半身が露わになっている、そこは大した問題ではない。問題なのはその白い肌に、赤く目立つミミズ腫れがいくつもできていたことだ。

 何がどうしてそうなったのか。黒い鞭を持っているプレシアがいることから想像は容易い。

 

「あら、主人の命令も守れないなんて下等な使い魔ね」

 

「……どういう、ことだ」

 

 フェイトは呼吸により胸が上下することでしか動いていない。

 死んだように気絶している主を見て、冷静にいられる使い魔がいるものか。

 

「どういうことだよプレシアアアアア!」

 

「うるさいわね、静かにしなさい」

 

 プレシアが取り出した杖の先から、紫色の魔力弾がアルフに向かって放たれる。

 回避することができず、直撃して爆発。アルフは横に転がって壁に激突した。肺の中にある空気が吐き出されるのと同じく、今まで溜め込んでいた負の感情が吐き出される。

 

「がはっ、ふざけんなよプレシア……! その子は、フェイトは、アンタのことを信じて、アンタのためにジュエルシードなんていう危ないもん集めて、ずっと命がけで頑張ってきたんだ! 褒めてもらおうって、昔みたいに穏やかなアンタに戻ってほしいって、健気に頑張ってきたんだ! それでこの仕打ちかよ! 実の娘を鞭で叩きまくって、それでもアンタは人の親なのかよ!」

 

 荒ぶる激情を抑えずに、思っていることを正直に叫ぶ。

 それに対してプレシアの反応はものすごく薄いものだった。

 

「……娘? 私の目の前に転がっているのは道具しかないけれど、どこにいるのかしら」

 

「……は? 道具……?」

 

 何を言っているのか理解したくないが、そういうことだと分かってしまう。

 プレシアという女は、フェイトを娘として見ていない。アルフは理解すると同時に激しい怒りに駆られ、胸に点いた火を燃やして走り出す。

 

「プレシアアアアア!」

 

 どうしても殴らなければ気が済まない。一発でなく、死の寸前まで殴らなければ怒りが収まらないと思い、アルフは叫びながら拳を振るう。

 固く握られた拳がプレシアに届く――寸前で薄い紫の障壁に止められる。

 

「があああああああ!」

 

 強引に突破しようとして力を込め続ける。

 障壁に小さな亀裂が入り、広がって、やがて亀裂を中心に障壁が崩れた。

 力任せに突破した代償で骨が歪み、皮膚が削れて血が噴き出しているがお構いなしに殴りかかる。

 

 憎しみ、怒り、これまでに溜め込んだ全てを拳に宿す。

 全身全霊の一撃が今プレシアの顔面に突き刺さる――直前で躱された。

 僅か二センチという至近距離に迫っていたにもかかわらず、紙一重で避けられてしまったことに驚愕する。

 

「サンダーレイジ」

 

 紫光を纏う雷がアルフに直撃した。

 

「があああああああ!」

 

 電撃の余波が部屋全体に行き渡り、強烈な電流がアルフの体に伝わる。

 

「消えなさい」

 

 そして――ふいに出現した黒い渦が、アルフを呑みこんだ。

 意識が薄れたアルフは意識がなくなる最後まで暗闇しかその瞳に映らなかった。

 

 戦いが終わり、部屋は一気に静かになる。

 フェイトが目を覚ましたとき、もう時の庭園にアルフは存在していなかった。

 



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進化のたこ焼き屋


 前回の喧嘩相手……B・B・A

プレシア「いい度胸ね……まだまだ私は若いわよ!」
風  矢「……誰だお前?」

 今回は重要なようで休憩回。
 次回の方が重要度でいえば高いか。



 海鳴市にとあるたこ焼き屋がある。

 最近建てられたにもかかわらず、他店と比べてかなり安い値段のおかげで繁盛している。さらに繁盛の理由はもう一つあり――なぜかゴリラが接客しているという意味不明な事実が話題を呼んでいた。

 

 商店街に建てられた〈進化のたこ焼き〉という店で、黒く毛深いゴリラと一緒に八神風矢が店頭に立っていた。

 家計を助けるためのアルバイトの数を彼はまた増やしたのだ。いくらはやてがやる必要がないと言っても、彼は好きでやっているので止めない。

 

 新しく来た客にたこ焼きを渡し、風矢は笑顔で「ありざっしたー」と雑な挨拶をする。

 客足がなくなってきたことで余裕が出て、一人と一匹は一息吐く。

 

「ようやく客足減ってきたな……」

 

「ええ、もうたこ焼き作るの忙しすぎでしたよ。俺サイボーグだから疲れないけど、なんか精神的に疲れたような気がするし。そもそも一週間前にオープンしたのにどうして客がこんなに多いのかなあ」

 

「やっぱり安さと美味さだろ。よく知らねえが、さっきの客が他の店より二十円以上安いとか言ってたぜ」

 

「まあウチのたこ焼きは実質タコの元手がタダだし。……クローン技術の失敗で、博士がタコの足の量産に成功したとかなんとか」

 

 ゴリラはただのゴリラではない。

 かつて風矢を襲った進化の家の一員――アーマードゴリラ。

 そしてこのたこ焼き屋を営んでいるのは進化の家のトップであったジーナスだ。彼はたこ焼きの材料買い出しに向かっているので留守である。

 

「あ、この店よ。ゴリラが作るたこ焼き屋!」

「本当だ、ゴリラがいる……」

 

 金髪の活発そうな少女が店を指さし、隣にいる紫髪の大人しそうな少女と歩いてくる。

 アリサ・バニングス。月村すずか。二人とも高町なのはの友人だ。

 

「どうしましょう、なんだかゴリラだけど愛くるしい顔してるわ。なんか現実なのにデフォルメされてるみたい」

 

「保健所に連絡しなくていいのかな……」

 

 ゴリラが接客するという珍しさに釣られて来た客は他に何人もいる。だがすずかのようにゴリラがいるということを危険に思う者は誰もいなかった。

 海鳴市の人間は異様に適応能力が高い。たとえゴリラだろうと町の一員だと受け入れられる。

 

「おうらっしゃい、なんにするんだ?」

 

「そうね……じゃあネギ塩を二つお願いするわ」

 

 注文を受けたことでアーマードゴリラはたこ焼きを作り始める。

 

「あ、あの、どうしてゴリラが平然とたこ焼きを作っているんですか?」

 

「そりゃあ注文したからだろ」

 

「そ、そうじゃなくて、普通たこ焼き屋にゴリラはいないんじゃないかなって。いるなら動物園とかなんじゃ……」

 

「別にたこ焼き屋にゴリラがいてもいいだろ?」

 

「……いいのかなあ」

 

 細かいことは気にしてはいけない。

 少ししてたこ焼きが完成し、パックに詰めると風矢がアリサ達に手渡す。

 

「はいよ、ネギ塩二つ」

 

「ありがとうございます。二つで二百円、安いわねー」

 

 百円玉硬貨二枚を風矢に手渡すと、アリサ達はたこ焼きに息を吹きかけて冷ましながら去っていく。

 微笑ましい光景にアーマードゴリラは無表情で口を開く。

 

「いいもんですね、こういうのも。前はどうやって人間を倒すか考えていたのに、今ではどうやって喜んでもらえるか考えてる。変わりましたよ、ずいぶんと」

 

「喧嘩止めたのか、寂しいな」

 

「はは、こうしてたこ焼きだけ作っているのもいいですよ。博士は喧嘩について調べたり、まだ戦うことを止めてはいなさそうですけどね」

 

 そんなことを話していると三人目の声が交ざる。

 

「私の目的は何一つ変わっていないんだよアーマードゴリラ」

 

 材料の買い出しに行っていたジーナスが戻ってきたのだ。

 買い物袋を持っている両手より、風矢達はジーナスが背負う大きな犬に注目している。

 

「……気になるかね。二人共、私はこの大型犬を地下施設にまで連れていく。ここから病院に運んだのでは怪我が悪化する可能性があるし、私が治療した方が早く治るだろう。とにかく地下に運ぶから、二人はあと一時間接客を頑張ってくれ」

 

 一人と一匹は頷いて肯定する。

 ジーナスは赤い毛並みが特徴的な大型犬と一緒に家の中に入っていった。そして和室の畳を一枚捲り、現れた階段を下りていく。

 風矢とアーマードゴリラは心配そうな表情で見送ってから外に視線を戻す。

 

「大丈夫かなぁ、あの犬」

 

「平気だって思うしかねえだろ、俺達には何もできねえ」

 

 気落ちした様子で店頭に立つ風矢達に、一人の客が近付いてくる。

 

「風の噂で知能が高いゴリラがいると聞き来てみれば、やはりあのときのゴリラ型サイボーグか」

 

 白っぽい金髪。金色の瞳孔、その周囲は黒く染まっている。体格のいい体型ではあるが、着ているシャツなどから機械部分が透けて見える男――サイボーグのジェノスである。

 ジェノスを見て風矢は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「おおジェノスじゃねえか」

 

「お久しぶりです先生。ようやく修理、そしてパワーアップが終わったので、この後でお伺いしようと思っていたのですが、まさかここで働いているとは思いませんでした」

 

「……本当に久し振りな気がするなあ。お客さんならいいんですけど、たこ焼きはいくつ買いますか?」

 

「黙れゴリラ。貴様が働く店などで買うわけがないだろう」

 

 アーマードゴリラとジェノスは一度戦闘したことがある。

 そのため不仲かと問われればそうではないが、ジェノスは「進化の家」の一員である「悪」と見ている。もう人類の選別や殲滅などといった悪行からは手を引いていても、犯した罪は消えない。一度風矢を倒そうとやって来たこともジェノスは忘れていない。

 

「過去に犯した悪行は決して消えることはない。お前達、進化の家が行ってきた悪事でどれだけの被害者が出た? 許されないレベルだと分からないのか? それに俺はたこ焼きはあまり好きではないんだ、買うというのなら他の店に行く」

 

「まあ落ち着けよジェノス。別にいいじゃねえか、たこ焼きはうめえぞ」

 

「明太マヨを十個お願いします!」

 

「えぇ、すごい態度の変わりようだ……」

 

 腑に落ちないが仕事ができたので、アーマードゴリラはたこ焼きを焼き始める。

 さすがに量が多いので作り終わるには時間が掛かる。ジェノスはジッと手際の良さなどをチェックしていたが、しばらく経つと風矢に向き直る。

 

「……先生、どうしてこのような悪と仕事などしているのですか? こいつは先生を襲おうとしたんですよ?」

 

「喧嘩は大歓迎……お前が言っているのはそうじゃねえよな。……別にいいんじゃねえのか? こんなにうめえたこ焼きが作れるんだぜ? これまで泣かせた奴らの分、これからこのたこ焼きで笑わせればいいじゃねえか」

 

「なるほど。罪は消えない、でも償うことはできる。そういうことですね」

 

 ハッと目を見開いて納得してジェノスは頷く。

 それからたこ焼きが出来上がったので、風矢から十パックのたこ焼きの入った袋を受け取る。

 

「これから先生の家に行って、これをはやてさんと食べてきます」

 

 そう告げたジェノスは風矢からアーマードゴリラの方へと顔を向ける。

 

「ゴリラ、俺はお前を許さない。……だから、これ以上の罪を重ねないようにしろ。もしも罪を犯したらこの店ごと排除するからな」

 

「……分かってますよ。これからは一生たこ焼き屋やっていきますって」

 

 一度アーマードゴリラに頷くとジェノスは去っていく。

 それから一時間以上、接客し続けて閉店時間になる。

 商店街に佇む〈進化のたこ焼き〉という店は、閉店時間が周囲の店よりもかなり早い。空が暗くなり、学生達がもう帰っているだろう午後八時に閉店なのだ。

 

 店のカウンターにあるシャッターを風矢達が閉めていると、階段から足音が響く。

 コツ、コツ、コツと等間隔で迫る音の発生源はジーナスだった。階段を上りきり、もう一度畳で隠して秘密の地下通路の存在を隠しておく。

 

 赤毛が特徴的な大型犬の姿はなく、まだ地下にいるのだと風矢達は理解する。

 蛍光灯の光で眼鏡を光らせるジーナスは口を開く。

 

「もう少し治療が遅れていれば死んでいたが、命に別状はない。あの犬は何日か後に目覚めるだろう」

 

「おーよかったよかった。あの犬はここで飼うのか?」

 

「どこも貰い手がいなければそうするしかないな。君のところはどうだ? 妹と二人暮らしで、アレルギーでもないのなら飼えるのではないのかな」

 

「……そうだな、はやてが飼いたいっていうなら飼うか。よし治ったら連絡してくれ、妹と一緒に見に来るからよ」

 

 こうして謎の大型犬についての話は終わり、風矢は店を出て自宅へと帰っていく。

 この日、高町なのはとフェイト・テスタロッサ……二人の少女の喧嘩があったことは例外を除き、関係者以外誰も知ることはなかった。

 





 登場人物

 ジーナス……進化の家の設立者。ワンパンマン原作でもたこ焼き屋。

 アーマードゴリラ……ジーナスを手伝うべくたこ焼きを焼いている。

 ジェノス……出番があまりない。その分、本編外ではやてとゆっくり過ごしている。

 赤毛の犬……いったいなにものなんだい?


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フェイトVSなのは

 なのはとフェイトの喧嘩当日。

 約束通り二人の少女、そしてアースラからクロノ、リンディ、ユーノが海鳴市近海に浮かんでいる。

 二人以外は手出しするためではなく、ただ見守るためにいる。この戦いの行方が今回の事件解決に左右するのもあるが、純粋に二人の戦いの決着を見届けたいと思っている。ユーノは危なくなったら手出しするか悩んでいたものの、風矢のことを思い出して「やはり喧嘩は一対一か」と手を出さないことを誓う。

 

 静かな海。潮風がその場にいる者達に吹き僅かな寒さを与える。

 少し遠くに離れているクロノ達を一瞥し、フェイトは一人足りないことを不思議に思う。

 

「あの人、八神さんは来ていないんだね」

 

「私は連絡先を知らないから……。そっちこそアルフさんはいないんだね」

 

「アルフ……」

 

 どうしてこの場に、時の庭園にいないのか。

 なんとなく分かる。分かってしまう。

 プレシアが、自分の母親が何かしたのだ。

 

 以前からアルフはプレシアに負の感情を抱いていた。爆発しないように抑えていたつもりであったが、フェイトのあずかり知らぬところで破裂してしまったのだ。想像したくはないが、プレシアに挑んでそのまま死――

 

「あなたには関係ない。それよりも早く始めよう。勝負に勝った方がジュエルシードを渡す、私はちゃんと手持ちの九個を持ってきた」

 

 そう言ってフェイトはなのはに見せつけるように、どこからともなくジュエルシードを九個出現させる。それを見て「うん」と頷いたなのはも、愛用デバイスのレイジングハートの先から十二個のジュエルシードを放出する。

 

「私も十二個、しっかり持って来てる。でも聞かせて? 話したくないって、関係ないって言われるのは分かってるけど、どうしてジュエルシードを集めているの? あんな危ない目に遭ってまでどうして、ここまでするの?」

 

 フェイトが集める理由、当然母親のためだ。

 今でも彼女は思い出せる。焼き付いて目から離れない景色。

 紫色の光が全てを包み、自分の体が朽ちていくような感覚。実際には生きていたようだが、プレシアからは長い眠りについていたと聞かされている。目が覚めたばかりのフェイトに、プレシアは泣きながら抱きついてきた。

 

『――! 良かった、本当に良かったわ――!』

 

 事故らしいその出来事の後はあまり鮮明に覚えていない。

 覚えている、よく印象に残っているのはプレシアがフェイトに抱きつき、誰かの名前を叫んでいたこと。まあそれは状況的に自分のことだろうとフェイトは深く考えない。

 

『生きていて良かった……――、今までのことを覚えているわよね?』

 

「そう、覚えている。あの頃の優しい母さんを。私は取り戻すんだ、あの頃の母さんを……そのために母さんの望みは叶えなければならない」

 

 小声でフェイトはぼそぼそと呟く。

 

「フェイトちゃん?」

 

「なのは、邪魔をするなら容赦はしない。元々敵同士なんだ、私達の正しい位置関係はこうでなきゃいけなかった。始めようよなのは、全ての決着をつけるための喧嘩を!」

 

「そうだね、お話は喧嘩の後で聞かせてもらうからね!」

 

 なのはとフェイトは排出していたジュエルシードをそれぞれデバイスにしまう。吸い込まれるようにしてジュエルシードは空中から消えた。

 戦いが始まる。空気を悟ったクロノ達が息を呑む。

 

 遠くのたこ焼き店で働いていた風矢は喧嘩の香りを嗅ぎつけたが、駆けつけたりはしない。

 ただ一言「頑張れよ、気合入れていけ」と見えてもいない遠くの相手を応援した。それは届いていないのに、フェイトは胸に手を当てて「分かってる」と呟いて頷く。

 

 少女二人は互いの瞳を見つめ合う。

 そして一拍置き――二人の喧嘩の始まりの音が告げられた。

 

 魔力弾同士の衝突。

 二人は同じことを考え、同じ仕草で魔力弾を放っていたのだ。

 威力は互角。互いが押し合っていると派手な爆発を起こす。

 

「おいおい……ユーノ、確かなのはは九歳だったな」

 

「そうです」

 

「……今の魔力弾、ウチの戦闘員として申し分ない威力。……いや、大半の魔導士を上回っている。まったく恐ろしい才能と力だ。なのはと……テスタロッサも」

 

 執務管という地位に就くクロノから見ても冷や汗を流す威力。

 大規模な爆発が起きたというのに海鳴市住民は気にした様子はない。二人の戦闘規模から結界を張らなければ住民に危害が出てしまうので、リンディの指示でアースラから魔力結界を張っている。よって二人は思う存分に戦えるというわけだ。

 

 爆発による煙が広がり、晴れない内に何かがなのはに迫る――フェイトだ。

 得意の高速機動を生かし、なのはに真っ正面から斬りかかる。黒煙を掻き分けて正面突破してきたことになのはは目を少し見開き、レイジングハートで迎え撃とうとする。

 大鎌であるフェイトのバルディッシュと、杖であるなのはのレイジングハートが衝突する。

 力と力のぶつかり合い。両者が衝突したはいいものの、フェイトの方が勢いもあったために優勢だ。このままでは押し負けると悟ったなのはは、後ろに下がって、そのままもっと高く飛び上がる。

 

 攻撃対象が移動したことでフェイトのバルディッシュが振りきられた。そしてすぐさまフェイトはなのはの後を追いかける。

 空中を桃色の光と金色の光が飛び交い、時折ぶつかり合っては離れる。その度に衝撃波が空間に行き渡り、海水を波立たせた。

 

 ――空中で凄まじい連鎖爆発がおこる。

 なのはが逃げ、後ろからフェイトが追う。ぶつかるときは爆発が起こり、その速度は次第に増していく。速度に関してはフェイトの方が上になってもう追いつこうとしていた。

 

 そしてもう何度目か分からないぶつかり合いの後、フェイトは周囲に魔力弾を出現させる。電気を帯びた黄色の魔力弾の数は七。どれも当たれば電気ショックを受けたように相当な痛みを与えるだろう。それをなのはに向けて連続で放つ。

 

 八個の帯電魔力弾。必死になのはは躱そうとするが、順調に避けられたのは四個目まで。

 五個目の帯電魔力弾が掠ると動きがぶれる。

 六個目が直撃して小さく「きゃあ!」と悲鳴を上げると高度が落ちていく。

 七個目はなんとかレイジングハートからの魔力弾で相殺。

 八個目が腹部に直撃してなのはは勢いよく海面に激突した。

 

 大きな水柱が飛沫として発生した。それを見ていたユーノは駆け出したい気持ちを唇を噛むことでグッと抑える。

 海中を強制的に潜らされ、勢いが収まってくるとなのはは上昇していく。

 呼吸が苦しくなるので右手で口元を押さえ、早々に海中から脱出――すると周囲にまたもや八個の帯電魔力弾があった。

 

「プロテクション!」

 

 桃色の障壁がなのはを球体のようになって覆う。

 体が痺れるような痛み。一発だけならともかく、何発も喰らっては動けなくなる。なのはとしてはそれだけは避けたかった。一つの障壁だけでは突破されそうなので、なのはは「プロテクション」ともう一度唱えて二重の障壁を作り出す。

 

 八個の帯電魔力弾が向かい、障壁に阻まれて爆発する。

 大爆発を起こしたせいで障壁は粉砕されたが、なのはは無傷だ。

 無事であったことを障壁に感謝しつつ、なのははお返しとばかりに桃色の魔力弾を生成する。その数は十五を超えており、まともに全てが直撃すれば圧倒的優勢になることができる。威力、大きさ、全てフェイトのものと大差ない。

 

「ディバインシューター!」

 

 放たれたそれらは誘導弾。全てをなのはの意思で自由に動かせる。

 なのは自身も接近しつつ、十五以上の魔力弾がフェイトへと雨のように向かう。

 

「アークセイバー……!」

 

 確実に直撃は避けなければいけないと考え、フェイトは三日月状の斬撃エネルギーを飛ばす魔法を使用。自身も移動しながら一つ一つ魔力弾を撃墜していく。途中で帯電魔力弾、通称「フォトンランサー」も使用してさらに撃墜する。

 

 魔力弾を自由に操作できるといっても、その数が多すぎて、なのはでは満足に操りきれないのが現状だ。誘導弾は便利であるとはいえ、扱いが難しい代物である。しかしなのはでも残りが五個程度になれば問題なく操れる。

 

 突如として魔力弾が不規則な動きをし始めた。

 一つ一つが違う軌道を描き、フェイトは単調な動きでなくなったことで翻弄される。

 

「フォトンランサー!」 

 

 帯電魔力弾がフェイトの周囲でふいに五個出現した。

 不規則な軌道であれど目で追えない速度ではない。フェイトはフォトンランサーで撃ち落とそうとして、一つ一つの軌道を読んで撃墜する。そして残り一つとなり――

 背後に移動していた魔力弾に帯電魔力弾をぶつけて爆破させた。

 

 ディバインシューターが防がれたなのはが迫り、フェイトが迎え撃つ。

 

「ディバインバスター!」

「スパークスマッシャー!」

 

 桃色と金色の閃光がぶつかり合う。

 力強く衝突した二つの光はどちらも真正面から相手を打ち破ろうとし、数秒の拮抗の後、なのはの放った桃色の閃光が徐々に押し始める。

 

「くうっ……! まさか、押されて……!」

 

 フェイトには自分が押されていることが信じられなかった。

 ついこの前まで、なのははフェイトに比べかなり劣っていた。だというのに今ではもう互角に近い力を発揮している。ディバインバスターの威力にも驚かされるが、真に驚くべきはなのはの成長速度だ。総合的な実力はフェイトの方が上であるとはいえ、単純な砲撃魔法などならなのはに分がある。

 

 なのはは自分が押していることで嬉しくなり笑みを作る。

 最初に会ったときは手も足も出なかった。切り札であるスターライトブレイカーのおかげで一矢報いたとはいえ、完敗に近い勝負であった。だが今はユーノやレイジングハートとの特訓、ジュエルシード暴走体との戦いにより飛躍的にレベルアップしたことで互角に戦えている。

 

 戦いは終わりに近付くが、どちらも持ちうる手札を全てきっていない。

 砲撃魔法同士のぶつかり合いはなのはが勝利するのも時間の問題。このままでは直撃は免れないと感じたフェイトは力で押し返そうとするのを止めた。

 

「ブリッツアクション!」

 

 電気が迸ると同時、フェイトの姿がその場から掻き消える。

 桃色の閃光が、勢いを失った金色の閃光を呑みこんで遥か上空……黒い空間へと昇っていく。それを見てなのはは「やった……?」と呟くが、背後から気配を感じ取り、振り向きざまにレイジングハートを振るう。

 

 フェイトは消えたのではない。なのはに悟られないよう高速で移動したのだ。

 バルディッシュが振るわれている――レイジングハートは間に合わない。

 

衝撃打(ショックブロー)……!」

「かはっ……!」

 

 なのはの脇腹にバルディッシュが振るわれ、直撃すると全身が激しく揺さぶられる衝撃が襲う。まるで外に逃げる衝撃すら閉じ込めて、行き場を失くした衝撃が全身を駆けまわっているようだった。視界が強力な地震でも起きたかのように揺れ、まだ成長途中の骨や筋肉に激しい痛みを与えた。もしもバリアジャケットを纏っていなければ、内臓器官もろとも弾け飛んでいただろう。

 

 動きが止まったなのはに休む隙を与えず、フェイトは回転して蹴り飛ばす。

 新たな衝撃に襲われたなのはは苦痛に顔を歪める。吹き飛んでいく自身をなんとか停止させ、先程と同じように周囲に十数発のディバインシューターを配置して、勢いよくそれらを放つ。

 

「ブリッツアクション」

 

 フェイトはさらにスピードをアップさせ、雷と同等の速度で軽やかに躱していく。

 連続使用はフェイト自身も辛くなるが、ディバインシューターを避けるためには仕方ないことだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息切れを起こしながらもなのははフェイトから目を離さない。

 黄色の電気が走ったようにしか見えないが、見続けている内に残像程度は見えるようになってきた。

 

「やはり実力的には彼女の方が上ですね」

 

 そう呟くのは自立した人工知能を持つ杖――レイジングハート。

 

「ふぅ……それでも勝つって気持ちだけは誰にも負けないよ。レイジングハートだって、フェイトちゃんとバルディッシュさんには負けたくないよね?」

 

「その通りですマスター。一緒に勝ちましょう、喧嘩なら勝った後は仲直りですしね」

 

「にゃはは、なんだか八神さんの影響受けてそう……でもそうだよね。行こうよレイジングハート」

 

 白と黒の魔導師は再びぶつかり合う。

 桃色の光と金色の光をそれぞれが放出しながら、お互いのデバイスで鍔迫り合いになる。

 二人の視線が交差するなか、フェイトは目の前のなのはを睨みつけていた。

 

(負けられない……私がここで負けたら、母さんを助けてあげられない。あの頃に戻れなくなる……! 事故が起きた前に戻れなくなる!)

 

 脳裏に浮かぶのはプレシアと楽しく過ごした日々。

 一緒に草原へピクニックに行った。

 一緒にまだ下手ながら料理に挑戦した。

 一緒に食事をとって幸せそうに笑いあった。

 

(あの頃までは、笑ってくれた……!)

 

 フェイトはバルディッシュを力強く握りしめ、なのはを勢いよく突き飛ばす。

 

「うあああぁ!」

 

 さらに突貫しフェイトはバルディッシュを振るうが、なのははレイジングハートで受け止める。そして互いに後方へと吹き飛んだ。

 

(今笑わないのはきっと私がダメなせいだ。もっと母さんのために働かなきゃ、ジュエルシードを集めなきゃ、今の私に存在価値なんてない! 全ては母さんの望みを叶えるため、楽しかった過去を取り戻すため! 負けられないんだ!)

 

 なのはがフェイトのあとを追う形で攻撃を仕掛ける。

 フェイトは飛び回って、放たれる魔力弾を避け続ける。

 二人はそれから急接近して互いにデバイスで衝突。そして互いに距離を取った。

 

(あなたにも譲れないものがあるように、私にも……!)

 

『あなたが元気になったらまたピクニックとか行きましょう。ああ遊園地でもいいわね。今度行きましょう? ね、アリシア(・・・・)

 

(アリ、シア……? あれ……?)

 

 唐突に深い場所にあった記憶が呼び起される。

 頭痛がするので頭を左手で押さえ、苦悶の表情を浮かべる。

 

『あーもう、アリシアったらしょうがない子ね。ほらリニス、あなたからも何か言ってちょうだい。この子ったら冷蔵庫にある卵を全部床に落としちゃって……』

 

(違う、違う、私はアリシアじゃない。私はフェイト……フェイト・テスタロッサ……なら母さんはどうして私を……アリシアって呼ぶの? 私はフェイト、母さんの娘、たった一人の娘、フェイトアリシアフェイトアリシアフェイトアリシアフェイトアリシアフェイトアリシアフェイトアリシアフェイトアリシア……)

 

「フェイトちゃん!」

 

 暗闇で光の見えない思考回路。そこに一筋の桃色の光が差した。

 迫る桃色の閃光に対し、バルディッシュが「ディフェンサー」と呟く。すると透明な障壁が出現して閃光を防いだ。

 

「……あ」

 

 思考が逸れていた。今すべきことは何かフェイトは思い出す。迷いを振り払うかのように激しく頭を振り、戦闘中だというのに心配そうな表情のなのはを見据える。

 

(そうだ、そうだよ、まずは勝たなきゃ……勝って母さんのところに帰るんだ!)

 

 決着をつけるべくフェイトは魔力を高めだす。

 

「……次で決着をつける。いくよバルディッシュ」

 

 足元に魔法陣が出現し、同時に周囲に膨大な量の魔力弾が生成されていく。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス、疾風(しっぷう)なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル」

 

 展開されたのは千発はあろうかというフォトンランサー。

 まさに数の暴力。圧倒的物量に大半の者は戦意すら失ってしまう。だがなのはは絶望的な状況のなか、どう抗うかを考え、高速移動しようと勢いよく上昇――したはずだった。

 

「え……?」

 

 なのはの両手はいつの間にか、電気が迸っているバインドで固定されていた。身動きをとろうともがくもバインドはびくともしない。風矢ならば力尽くで千切ったかもしれないが、なのはでは単純に力不足である。

 

 

「設置型のバインド……! あれはライトニングバインドか!」

 

 遠くで見守っているクロノが焦った表情で呟く。

 

「ライトニングバインド……?」

 

「電気に魔力を変換できる者しか使用できないバインドだ。通常の物よりも捕らえた相手にダメージを与えられるし、強靭なものになっているはず。一度捕まれば抜け出せはしないだろう」

 

「そんなっ、じゃあなのはは!」

 

「これから放たれる大魔法を耐えきれたとしても、相当なダメージを負うだろう。この勝負はこちらの……負けだ」

 

 悔しそうにクロノは唇を噛む。しかしこの状況で一人、ユーノだけはなのはの勝利を諦めていない。

 

「大丈夫だよね、なのは……!」

 

 

 金色の魔力弾、総数千個。

 

「フォトンランサーファランクス。打ち、砕けえええ!」

 

 それが今、嵐となって一斉になのはへと向かっていく。

 爆音と煙が止むことなく発生する。あまりの衝撃で大規模な津波も発生した。結界がなければ町が悲惨なことになる。 

 百はあっという間に撃ち終わり、三百、五百と連続で止まることなく撃ち続ける。

 ついに千発の魔力弾を撃ち終わったフェイトからは煙でなのはを視認できない。疲労から肩で息をして、勝利したと疑わずに口角を上げる。激闘の末に自身の持つ最大威力の魔法を撃ち込んだのだ、これで勝てないなど笑い話にもならない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……なのは……」

 

 煙が晴れるのをフェイトは待つ。堕ちていくはずの姿が見えないがきっと勝った。煙が晴れてフェイトの顔に勝利の喜びが――出ずに、目が見開かれ驚愕の表情になる。

 なぜならそこには――

 

「……ッ……たぁ……! 耐えたよ、フェイトちゃん……!」

 

 ――所々破れたバリアジャケットで肌を多少露出しているが、未だに健在であるなのはの姿があった。

 

「うそ、だ……」

 

 信じられない気持ちでいっぱいになる。フェイトは全力を尽くしたはずで、勝たなければいけなくて、心のどこかで負けるはずがないという傲慢さも捨てていた。敵としてなのはを認め、絶対に勝つという気持ちでは誰にも負けていないはずだった。

 

 フェイトの持つ最大魔法が撃ち終わったことにより、なのはを拘束していたライトニングバインドも霧散する。そしてなのはは勢いよくフェイトへデバイスを向けた。

 このままではマズいとフェイトは直感する。

 

「いけますかマスター?」

「いけるよレイジングハート!」

 

 杖の形だったレイジングハートが「カノンモード」と呟くと、槍のような形状に変化した。

 

「今度は、こっちの番だよっ!」

 

 フェイトの顔には一瞬だが恐怖するような感情が表れた。

 別に杖の形状であっても「切り札」は使用できていたはずだが、変形させてもこれから放たれる魔法が想像通りならば、あの「スターライトブレイカー」ならば掠る程度でも大ダメージは確実。一度受けていることから威力は体験済み。魔法の基礎が出来上がっている今のなのはなら、その威力を上昇させているかもしれない。

 ――つまり、喰らえば負ける。

 

「これが私の……全力っ、全開っ!」 

 

 なのは自身の魔力と周囲に漂う魔力。本当に全てを解き放つ最大魔法。

 避けることが使命なように必死でフェイトは逃げようとして――右手と両足が動かなかった。

 

「なっ、バインド!? いつ……まさか、私と同じタイミングで!?」

 

 実はなのはがフェイトのライトニングバインドで拘束されたとき、逆になのはもフェイトをバインドで拘束していたのだ。設置型であり、さらに本人の意思で可視化させられる拘束魔法――変哲もないただのバインド。

 

「スターライトオォ……!」 

 

 星型の魔法陣が浮かび上がり、レイジングハートに魔力が収束されていく。

 そして次の瞬間、桃色の極光がフェイトに向けて放たれた。

 

「ブレイカアアアアアァ!」

 

 抜け出そうともがくもフェイトはバインドから抜け出せない。

 このままでは負けると感じていると、脳裏に大切な人の姿が浮かぶ。

 

『アリシア』

 

 優しい表情と声音で語りかけてくるプレシア。

 

『フェイト』

 

 冷めた表情と声音で語りかけてくるプレシア。

 

「うあああ! 私は負けない! マルチディフェンサアアァ!」

 

 透明な障壁が五枚、フェイトの前方に重なって配置された。

 桃色の極光を真正面から受け止めるには頼りない壁。それでも五重となっていることから耐える希望を持っていた。

 一枚、また一枚と障壁が破壊され、ついに残り一枚となる。

 

 荒ぶる力の奔流が障壁を破壊しようと押し寄せる。

 最後の一枚に亀裂が入り、破壊される寸前――

 

「ラウンドシールドオオォ!」

 

 まだ動く左手で防御魔法を展開して、障壁が破壊されると同時に金色の盾で受け止める。

 半球のような形をしている盾で桃色の奔流を受け続ける。骨が軋もうと、腕の筋肉が悲鳴を上げようと、意地だけで防御魔法を維持して耐えようとしている。

 

 左手の手袋が破れ、黒いマントが外れ、まだ極光は弱まらない。それどころか徐々に強くなり始めている。恐ろしいことにまだまだフルパワーではなく、威力が上がり続けているのだ。

 

「うあああああああああぁ!」

 

 そしてついに――盾が砕け散った。

 桃色の極光がフェイトを呑みこむ。純粋な力の奔流が襲い、全身が焼けるように痛みを訴える。

 雲を全て吹き飛ばした極光は徐々に細くなっていき、やがて糸のようになって消えた。

 もはや痛みで動くことすらできないフェイトは真っ逆さまに海へと落ちていく。放されたバルディッシュが真っ先に海へと着水してしまう。

 

「フェイトちゃん……!」

 

 このままでは海に沈む。動かないフェイトになのはが接近していく。

 

『ジュエルシードを集めてきなさい。私の計画に必要なの』

 

 落ちていくなか、フェイトの頭にプレシアの言葉が響く。

 

『あなたに頼むしかないの。頼りにしているわ――フェイト』

 

「うああああああああ!」

 

「フェイトちゃっぐうっ!?」

 

 重くなっていた瞼が開き、フェイトは逆さまの状態から回転してなのはを殴り飛ばす。

 

「私はあっ! 私はあっ! 母さんのためにっ、勝たなきゃいけないんだあ!」

 

 フェイトは猛獣のような瞳でなのはを射抜く。

 拳のラッシュがなのはを襲う。技術も何もない単純な力任せの攻撃。何度も何度も殴ったことでフェイトの動きは体力低下で遅くなり、拳の威力も弱くなる。その隙を見逃さずに、なのはもフェイトを殴り飛ばす。

 

「……そっか、お母さんのためなんだ。だったら負けられないよね。でも私も約束したんだ、ジュエルシードを全部集めるって、ユーノ君と約束したんだ。勝つのは私だよ」

 

 二人の少女が雄叫びを上げながら接近し、渾身の一撃を互いの顔面に叩き込む。

 苦悶の表情を浮かべている両者の力は抜けていき、飛ぶことすらできずに海へ落ちていく。このままでは二人とも海に沈んで死亡は免れないだろう。

 ――しかしそれを阻止する者達がいた。

 

「……まったく無茶をする。魔力が尽きたからといって殴り合うとは」

 

「ほんっとそうですね。僕もこんな魔導士同士の喧嘩見たことないですよ」

 

 クロノがフェイトを、ユーノがなのはを背後から支える。

 力を失って落ちていった瞬間にクロノ達は決着がついたと判断した。ゆえに介入も許され、こうして助けることができたというわけだ。

 

「……う、うぁ? ユーノ……君……?」

 

 一時的に気を失っていたなのはの意識が戻る。

 復活したことをユーノは嬉しく思い、なのはに優しく微笑む。

 

「なのは、この喧嘩……君の勝ちだよ」

 

「やっ……たあぁ……」

 

 取り戻したなのはの意識は再び闇の中へと沈む。

 こうして高町なのはとフェイト・テスタロッサの真剣勝負は幕を閉じたのだった。

 



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真実

 前回の喧嘩……八神風矢の出番なし。
 なのはとフェイトの激闘?でした。
 今回も主人公の出番はありません。


 アースラ提督であるリンディは、メインルームにてとあるモニターを眺めていた。それを見ているのは彼女一人というわけではなく、エイミィ含め他の局員数人も一緒に真剣に見続けている。

 

「武装局員突入部隊、時の庭園屋敷内に到着。予定通り捜索を開始しました」

 

 オペレーターを務める男が現状を伝える。

 現状とは何か……モニター内に映る時の庭園で起きていることだ。

 

 時の庭園は次元空間を彷徨う特殊な場所。

 その位置をどうやって割り出したかといえば、フェイトが七つのジュエルシードを強制発動させようとした日に、次元を越えて雷が降ったときである。

 あれはプレシアの攻撃であり、場所は時の庭園。それならば逆探知して位置を探り当てることも可能なのだ。そうして位置を割り出して、一日で武装隊を派遣してプレシアを逮捕しようとしていた。

 

 ちょうど武装隊が突入してすぐ、メインルームの扉が開かれる。

 入って来たのはクロノ、ユーノ、なのは、フェイトの四人。

 なのはとフェイトの喧嘩が終了したとき、リンディはすぐにアースラへと戻り突入作戦を見守ることにしていた。実は喧嘩と同時進行で作戦が実行されていたのだ。

 二人が戦っている内に作戦を決行。勝敗に左右されずプレシアを逮捕できる。これがリンディの描いた作戦の真実。

 

「お疲れ様」

 

 喧嘩終了時には満身創痍だった二人。その体力は少し休んで回復している。

 アースラ組三人は「はい」と返事をするが、フェイトだけは反応しない。敵であったのだからフェイトの反応はどこもおかしくない。

 

「フェイトさん、はじめまして。あなたのことは知っていたから初めてという気はしないけど……アースラ提督を務めているリンディ・ハラオウンです。あなたは一応捕虜という扱いになるのかしら」

 

「捕虜、ですか。まあ妥当な判断だと思います」

 

「ごめんなさいね……捕虜の件と……お母さんのこと」

 

「……母さん? あ、この映像、時の庭園……?」

 

 自分が住んでいる場所だ、フェイトはすぐに映像に気付いた。そして謝るということは、プレシアを捕まえようとしていると賢い頭脳で導き出す。

 喧嘩などしている内に母親がピンチになるなど笑えない。しかしフェイトにはどうすることもできない。今はなのはに敗北し、捕虜として捕まっている状態なのだから。

 

『なのはさん』

 

 念話でのリンディの声がなのはに届く。

 すかさず返事を念話で返す。

 

『はい』

 

『武装隊が現在、フェイトさんの実家……時の庭園へと突入しています。そしてまもなく母親であるプレシア・テスタロッサがいるだろう部屋へ到着する。彼女に、フェイトさんに母親が逮捕される映像なんて、できれば見せたくない。お願い、フェイトさんを別の部屋に連れていってくれないかしら……』

 

『……はい』

 

 多くは答えず、短く返答する。

 非情な作戦であってもこれは正しいことだ。悪いことをした人が捕まるのは当然で、フェイトの母親は悪いことをした。それならば少しでもフェイトの傷を大きくしないようにしたいと、なのはは思う。

 

「フェイトちゃん、私の部屋に行こうよ。ここにいたらフェイトちゃんが嫌な思いをするから……」

 

「……気遣いはありがたいけど、大丈夫。……母さんが負けるとは思えないし」

 

「あら、言ってくれるわね。一応、実力ある人間を向かわせたつもりなんですけれど……。あなたへの気遣いは無用みたいね」

 

 

 そんなやり取りをしているうちに、武装隊が一つの部屋に突入した。

 

『プレシア・テスタロッサ! 時空管理法違反および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します! 武装を解除してこちらへ、ゆっくり歩いて来てください!』

 

「母さん……」

 

 武装隊十八人が突入しても、プレシアは奥にある椅子に優雅に座っている。

 まるでこんなことは想定済みであるかのように、余裕の笑みを浮かべていた。しかしそれも一分持たずに一変する。

 部屋の奥へ、別の部屋へと突入した瞬間――プレシアは立ち上がって走り出す。

 

 その部屋には一つのカプセルホテルのような容器が存在している。

 驚くべきはその中身――フェイトと瓜二つの少女が静かに眠っていた。

 

「あ、あれは……!」

 

「……フェイトちゃん?」

 

「……ぇ」

 

 映像をモニター越しで見ていた面々は驚く他ない。

 特にフェイトの驚きははかり知れない。自分に姉妹がいないことは自分が一番分かっているのだから。

 

「どういう、こと……?」

 

 武装隊も困惑していたが、そのうちにプレシアが背後に迫っていた。

 

「アリシアに近寄るな!」

 

 走った勢いを殺さずに武装隊の一人の顔面を鷲掴みにすると、近くの壁に向けて投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた一人の顔面は、壁に衝突と同時に潰れて、見るも無残な死体となってしまう。頭があった場所から血液が爆発したように散った。

 その様子に恐怖しつつも武装隊がプレシアを取り囲む。

 

『邪魔よ、無礼なクズ共が。サンダーレイジ!』

 

 ふいに浮かぶ紫の光球。

 それをプレシアが握り潰すと、周囲の武装隊十六人全員が紫電に包まれる。

 これでもアリシアを巻き込まないよう手加減している。それでも武装隊に耐えられるレベルではなく、管理局でもエリートである面々が一撃で戦闘不能になる。

 

「はやく局員達の送還を!」

「了解!」

 

 リンディはすぐさま倒れた局員をアースラに戻すよう、エイミィに指示を出す。

 

『……お、おい、プレシア。私だけは本当に生かしてくれるんだろうな』

 

 とある男の声が聞こえ、全員が驚愕する。

 男は武装隊の一人であった。そしてその手に持つのは――十二個のジュエルシード。

 なのはは「え!?」と驚き、レイジングハートからジュエルシードを取り出そうとする。出現したのは紛れもなくジュエルシード……に見えるただの石。

 

 メインルームにいる全員が悟る。

 この事態は、この男は……裏切りだと。

 

「……すり替えられたか」

 

 歯を食いしばってクロノは呟く。

 

「そんなっ……! せっかくジュエルシードが全て集められたと思ったのに。エイミィ、あの局員の詳細を!」

 

「ミドルさんです! で、でも優秀な彼が裏切るなんて何かの間違いですよ!」

 

「現に裏切りが発生しているんだぞ! 現実を見ろエイミィ!」

 

 クロノが叫ぶ。

 信頼している者が裏切れば誰でも信じたくないものだ。それでもクロノは、いや他の人間も現実を受けとめなければならない。

 

 

『ご苦労様、これであなたの家族へもう攻撃はしないわ』

 

 モニターのプレシアが口を開く。

 家族を利用されたのだと、卑劣な手口を誰もが想像して唇を噛みしめる。

 確かに次元を越えて攻撃できるのなら人質にも簡単にできる。局員も家族への情で要求を呑むしかなかったのだ。

 

『よ、よし、これで――』

 

『もうあなたの家族へは攻撃しないわ。だってあなたを殺して最後だもの』

 

 裏切り者であるミドルは「……へ?」と間抜けな表情になる。

 彼の視界にはとあるものが映っていた。それは絶対に見えるはずのないもので、自分が一番知っているものでもあった。

 ――ミドルの首が高く飛び、胴体を見下ろした後に落下した。

 

「ひ、酷い……」

「なんてやつだ……」

 

 もちろんミドルが管理局に戻ってきても、裏切った代償で処罰されるのは目に見えている。路頭に迷い、家族に迷惑がかかる。それでも生きて家族に会いたいから、いけないと分かっていても裏切ったのだ。

 殺さなくてもいいはずなのに、あっさりと殺してみせたことに、まだ子供であるなのはは残虐な殺人に気分が悪くなり口元を押さえる。

 

 モニター内ではプレシアがジュエルシードを手にし、少女の入っているカプセルも近付く。

 狂気に染まったその表情はアースラにいる面々を戦慄させるものであった。

 

『二十一個ある内、たった十二個。これでアルハザードに辿り着けるかは分からないけれど、やるしかない……邪魔者を排除した後で』

 

 ――プレシアがモニター越しになのは達を睨みつけた。

 

『見ているんでしょう? この視線はどうせ管理局、それとおそらくフェイトもいるんでしょう? なら聞きなさい……真実を』

 

 見えていないはずなのに、的確に状況を当てられている。

 なのはとフェイトが喧嘩したというのは知っていただろうが、その後にアースラで映像を見ていることも予測していたのだ。その可能性の予見はまさに未来予知と同等。いや、フェイトが負けると分かっていれば、管理局に保護されるのは想像できる。

 初めからプレシアはフェイトを信じていなかったのだ。

 

 

『この子の名前はアリシア・テスタロッサ。私の可愛い一人娘』

 

 言葉にフェイトは震える。

 動揺を隠しきれず、その両足と瞳が揺れる。

 

『フェイト、あなたはアリシアの記憶を移した偽物……役立たずでちっとも使えない人形よ。私の娘はアリシアただ一人、あなたを娘と思ったことなど一度もない!』

 

 目から光が消え、フェイトは両膝から崩れる。

 そこでエイミィが補足説明をし始めた。

 

「プレシアはね、とある事故が原因で実の娘を亡くしているの」

 

 それがアリシアという少女のことだと誰もが理解する。

 

「安全管理不備で起きた魔導炉(まどうろ)の暴走事故。アリシアはそれに巻き込まれてしまったらしいわ。……その後のプレシアが行ってた研究は使い魔とは異なるもの。使い魔を超えた人造生命体の生成。死者蘇生の技術。……記憶転写型特殊クローン技術〈プロジェクト:F・A・T・E〉よ。それが、それこそプレシアが、最後に関わった研究コード。……つまりフェイトって名前は、当時の彼女プレシアの研究につけられたものなの……」

 

 元気のないフェイトは「私、は……」と呟く。

 

『実験で作られた作りものなのよあなたは。でも作りものは所詮作りもの……失ったアリシアの代わりにはならない。だってアリシアの笑顔はもっと優しかったわ』

 

「私は……私は……」

 

『ときどき我が儘も言ったけど、私の言うことも聞いてくれた。いつも笑顔で私に寄り添ってくれた愛しい子……』

 

 なのははもう耐えられず「やめてよ……」と小さく呟く。

 しかし声が小さすぎるし、通信が繋がっているわけではない。

 もう一度「やめてよ」と泣きそうな顔でモニターへと、届かないと分かっていてもプレシアへと、今度は大きな声で叫ぶ。

 

『フェイト、私はあなたが生まれてからずっと! 大っ嫌いだったのよ!』

 

「あ……ああ……あああ!」

 

『それでもここに来るというのなら勝手にしなさい。そのときは私がこの手であなたを葬ってあげるわ……できるだけむごたらしくね』

 

「ああああああああああ!」

 

 母親と思っていたのに赤の他人。

 娘と思っていたのに……赤の他人。

 好かれているなどとフェイトも思い上がっていたわけではない。態度を見れば明らかで、嫌いとはっきり言われなくてもなんとなく分かっていた。しかしいざ口に出されれば、娘ではない偽物だという真実も付け加えられれば、フェイトの心はズタズタに引き裂かれてしまう。

 

 泣き喚くフェイトをよそに、モニターの映像が途切れた。

 なのはは泣き叫ぶフェイトに歩み寄って、床に膝をつけると正面から抱きしめる。

 

「フェイトちゃん……」

 

「母さん、母さん、置いていかないでよ! 私いっぱい頑張ってきたのに、頑張って頑張って期待に応えようとしたのに! どうしてよおおお! どうして私じゃダメなのお!?」

 

「フェイトちゃん!」

 

 今まで正面にいたにもかかわらず視界に入っていなかったなのはのことを、大声によってフェイトは認識する。

 泣きじゃくるフェイトの顔は今までで一番酷いものだろう。そんなフェイトのために涙を流している少女が目前にいる。確かな繋がりがそこにある。

 壊れたようにフェイトは笑みを浮かべ始めた。

 

「なのは……ねえ、私、捨てられちゃった。母さんにさあ、役立たずだって、人形だって言われてさあ、捨てられちゃったよお。どうしよう、これからどうすればいいのかなあ? ねえ答えてよなのは……私はどうすればいいのかなあ……!」

 

 まだ小学三年生のなのはに答えが出せるはずもない。

 こんな酷い悲劇を目にして、なのはの心も相当痛んでいる。友達になりたかった少女がこうして壊れかけていることに、信じていたものから裏切られてしまったことに、なのは自身も苦痛を覚えている。

 どうしようもない無力な自分に嫌気がさす。

 

「……喧嘩」

 

 だからこそ――誰かのことを思い浮かべた。

 頼れる背中が脳裏によぎる。

 

「……え?」

 

「喧嘩すれば気持ちが通じ合うって前に八神さんが言ってた。プレシアさんの言葉が本音か分からないし……なによりフェイトちゃんはまだ何も伝えてないでしょ……! 本気でぶつかり合って、気持ちを伝えようよ!」

 

 壊れたような笑みが消える。

 段々と流れていた涙も止まっていく。

 そして次に笑ったとき、フェイトのそれはとても優しいものだった。

 

「……そう、だね。喧嘩……気持ち、ちゃんと伝えたい。私はどんなことをされても、酷いことを言われても、どんな時だってフェイト・テスタロッサだ。私の母さんは……プレシア・テスタロッサただ一人だから」

 

 幼い二人の様子を、他の面々はただ見守っていた。

 そこでクロノが口を開く。

 

「話は纏まったようだな」

 

 二人は涙を服の袖で拭き、決意を胸に立ち上がる。

 

「現在アースラは時の庭園へ向かっている最中だ。こちらとしても戦力が少しでもほしい。フェイト、君が加勢してくれるというのなら受け入れよう。いいですよね、リンディ提督」

 

「プレシアの実力はとんでもないものですからね。資料によれば魔力保有量Sランク……なのはさんとフェイトさんはAAAといったところでしょうから、一対一じゃまず勝てないと思われます。執務管であるクロノでも一対一では厳しい。戦力がほしいというのは事実よ。作戦にフェイトさんの参加を許可します」

 

「……ありがとうございます」

 

「行こうフェイトちゃん、気持ちを伝えに」

 

「分かってるよなのは。たぶんこれが最初で最後の親子喧嘩になる……勝ち負けはどうでもいい、私の気持ちを伝えるんだ」

 

 こうして、一同はプレシアの待つ時の庭園へと近付いていく。

 




 


ミドルさん……ただの可哀想なオリキャラ。フェイトの話によりプレシアが喧嘩の詳細を知り、事前に管理局で手駒にできそうな人材として取引を持ち掛けられた。家族を人質にされたことにより命令に従うしかなく、その家族もすでに殺されていた。
 実力はクロノの半分にも満たないが努力家であり、優秀とされる戦闘員。情を大事にしているのでよく涙を流していた。尚、そんなシーンは一度も来なかった。




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いざ時の庭園へ

 ジーナスの元でたこ焼き屋のバイトをしていた風矢。

 そんな彼の元に一本の電話がかかってきた。相手はジーナスであり、その内容は赤い大型犬の治療が完了したというものであった。

 

 以前バイトをしていたときにジーナスが連れて来た大型犬。赤い毛並みは風矢の頭にも色濃く残っている。気を失っていたために元気な姿は見れていないが、治療が終わったのならば元気に吼えているだろう。

 妹であるはやてが「犬も好きやなあ。なあ兄貴、ペットとか飼うのええんやない?」と過去に問われたのを覚えており、今回のことは都合のいいイベントである。

 

 すなわち、無料ペット入手大作戦。

 お金の心配なくタダでペットを引き取れるかもしれないのだ。これほどいい機会はない。もちろん飼い主などがいなければの話であるが。

 

「犬かあ、今私猫派やねん……あのつぶらな瞳がたまらんと思わん?」

 

「犬も猫も違いが分からねえな。だってあいつら強くねえだろ」

 

「兄貴は生物を戦闘力でしか区別できないんかい……」

 

 そんなことを話しているうちにたこ焼き屋へ到着する。

 バイト先には初めて来たはやては「ほーん」と興味深そうに呟く。

 

「ここがあのたこ焼き屋なんか」

 

「知ってんのか? ああジェノスが買ってったからだな、美味かったろ」

 

「いや確かに美味しかったんやけど……気になる噂があってなあ、ゴリラがたこ焼き作っとるっちゅうありえへん噂が流れてるんよ。いったい何があったらそんな噂が流れるのか知りたいわ」

 

 たこ焼きを作るゴリラといえばアーマードゴリラしかいない。

 誰もが冷静に考えれば異常だと気付けるが海鳴市の住民は適応能力が高い。ゴリラが町中にいても疑問に思うだけでほとんどの人間が「ああ、動物園での暮らしが嫌になったのかな」くらいにしか思わない。

 

「……? ゴリラがたこ焼きを作って何かおかしいか?」

 

「あれ私何か間違ったこといったかな!? なんで私がおかしいこと言ったみたいな反応になってん!?」

 

 はやては割と常識人であった。

 そんなことはともかく風矢は裏口の扉をノックする。

 二、三回ノックするとすぐに反応があった。重い足音が近付いてきて扉が開けられる。

 扉が開けられて二人の視界にまず入ったのは黒い毛並み、間が抜けていて愛嬌ある顔、ごつい体――アーマードゴリラであった。

 

「八神さんと……」

 

「妹だ」

 

「あ、妹さんこんにちは。俺はアーマードゴリラって言います、よろしく。挨拶は手短に中へどうぞ」

 

 大きな手で入るよう指示され、風矢は躊躇なく入っていく。

 はやてはといえばアーマードゴリラを凝視していた。

 

「あの……何か……?」

 

「本物のゴリラやないか!」

 

 まさか本当にゴリラがいるとは思っていなかったのではやては驚愕する。

 たとえゴリラがいたことに冷静でいられても、流暢に喋ることや丁寧な言葉遣いに驚いていただろう。明らかに異常な存在に目を白黒させている。

 アーマードゴリラは「え、偽者とかいるの?」と一人困惑している。

 結局「おい早く行こうぜ」と風矢から声を掛けられるまで、はやてとアーマードゴリラはその場からお互いを見やって動かなかった。

 

 それから家の中に入った二人と一匹は地下室へと向かう。

 なぜか作られている地下室はジーナス達が勝手に掘り進めたものだ。非常用のシェルターにもなれば、公にできない実験も行うことができる。かつての「進化の家」と同様に、ジーナスは今も特殊な実験を毎夜行っているのだ。

 

 地下への階段を下りて出た先は――白いタイルがぎっしり詰められている部屋であった。

 綺麗な立方体になっている部屋に汚れは一つもない。真っ白で綺麗な部屋の中央にはジーナスと――アルフが立っている。

 

「やあ来たか八神君、そして妹君。しかしどうやら取引は中止のようだ」

 

 風矢達とアルフはお互い知り合いが現れたことに目を丸くする。

 人間形態のアルフは顔馴染みであり、本来の姿は風矢の記憶にない。今まで会っていたときが全て人間形態であったため、重傷を負っていた大型犬がアルフだということに気がつかなかったのだ。

 

「八神、どうしてアンタ達が……」

 

「ウルフこそどうしてこんなところにいるんだ。フェイトはどうした」

 

「フェイト……フェイトは……」

 

 悔しそうな表情でアルフは拳を固く握りしめる。

 そんな姿を一瞥したジーナスが口を再び開く。

 

「どうやら知り合いのようだが、お互い積もる話があるようだ。まあ先にこちらの要件を話すと、私も信じられなかったんだが簡潔に言えば、あの怪我を負っていた大型犬……いや狼は彼女であったということだ」

 

「……うん? ウルフは人間だぞ?」

 

「一応訂正しておくがウルフは狼で、彼女はアルフという名だ。変化の仕組みは分からないが未知のエネルギーが利用されていることは分かる。実に興味深い」

 

「……つまりウルフはアルフになるってことか」

 

「いや、単純に君が名を間違えているだけだ。彼女の名は元からアルフだぞ」

 

「……ほぅ、アルフ……あれ? つまり元から人間ってことだよな?」

 

「もう一度言うが、彼女は大型犬に似た狼に変化できる。そちらが本当の姿だ」

 

「……つまりウルフがアルフになるってことか」

 

「ループしとるからもうええわ! ジーナスさんやったよな、兄貴に難しい話しても無駄やから説明しなくてもええよ」

 

 全く話が進まないことにはやてが痺れを切らして叫ぶ。

 アルフが変化すること、大怪我を負っていたこと、非常にきなくさい雰囲気が漂っていて混乱しているというのに、アホみたいなやり取りを聞かされていればうんざりするのも無理はない。

 

「すまない、まだ彼のことは理解しきれていなくてね。妹である君が言うのならそうしよう。この部屋を貸すので少し三人で話し合ってみるといい……特に知らなかったことをな」

 

 そう告げてジーナスはアーマードゴリラと頷き合い、連れて階段を上っていく。

 三人きりになった風矢達はそれぞれを見やり、僅かな沈黙を経てから話を再開させる。

 最初に口を開いたのは、いや行動したのはアルフだった。

 アルフはなぜか深く頭を下げながら言葉を紡ぐ。

 

「色々、隠してて悪かった。でも、色々聞きたいことには答えるから……」

 

 それから風矢達、主にはやてからだが質問が飛ぶ。

 アルフはただ答えた。故意に隠していたわけでないとはいえ、重要なことを話していないのは機会がなかったからだ。今この場はアルフにとっていい機会であった。

 魔法が存在すること。アルフが使い魔と呼ばれる存在のこと。大怪我をしていた理由。そして――フェイトが辛い目にあっているということ。

 

「お願いだ、フェイトを助けてほしい。もうアタシ一人じゃどうしようもないんだ、あのババアには悔しいけど勝てない。でもアンタなら、八神なら勝てるかもしれない……お願いだ、協力してくれ……!」

 

 土下座までし始めたアルフ。

 涙を悔しそうに流しながら座り込んでいる姿に、はやてはあわあわと慌てる。

 

「お、落ち着いてくださいアルフさん! 頭上げて!」

 

「そうだアルフ、頭を下げる必要はねえ。それよりも話を整理させてくれ、俺でもちょっと混乱してんだ」

 

 アルフは頭を上げて風矢達の様子を窺う。

 整理するのはフェイトの話。

 

「鞭で打たれたってのは本当なのか」

 

「ああ」

 

 ギリッと歯を食いしばる音がする。

 

「道具だって?」

 

「ああ……!」

 

 風矢は拳を固く握りしめる。

 

「はやて、止めんなよ……俺は」

 

「分かっとるよ兄貴。止められへんわ私には……止めとうないわ。私だって許せへん気持ち同じやしな……」

 

 はやての方を見ずに、風矢は階段の方へ歩き出し、階段に足をかける直前で振り返った。

 その表情と纏うオーラを捉えてアルフは、はやては、背筋を凍らせる。

 

「おい何してんだアルフ……行くぞ」

 

 アルフは「え?」と不思議そうな声を零す。

 

「そのクソッタレな母親をぶちのめしに行くぞっつってんだ! そのバカ親のところまで案内しろ!」

 

「あ、ああ……!」

 

 小走りでアルフは風矢の元まで向かう。

 

「兄貴!」

 

 これから遠くへ戦いに行く二人を見送ることなく、はやては俯きながら叫ぶ。

 

「絶対そんな奴に負けたら許さへんからな!」

 

 風矢は力強く「おう」と答えると、階段を駆け上がっていった。

 妹に渇を入れられて気合いが入らない兄など……海鳴市には存在しない。

 









 違う兄の意見を聞いてみた。

高町恭也「……俺もだ、妹からの応援とかを受ければ百人力と言っても過言ではない。なんでもできると錯覚するような高揚感が得られる」


 


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決戦プレシア

 時の庭園広間

 椅子に座っているプレシアが右眉を動かす。

 

「出てきなさい、そこにいるのでしょう?」

 

 誰もいない扉が――突然吹き飛んだ。

 轟音と共に破壊された扉から入ってくるのは二人。険しい顔をしている八神風矢、アルフだ。

 プレシアは見覚えのない男は置いておき、自身が人形と評した仮初めの娘の使い魔に目を向ける。

 

「懲りないわね、できそこないの使い魔。あれだけの重傷を負って、もう私に手も足も出ないことくらい理解したと思ったのだけれど……どうしようもない阿呆ね」

 

「はっ、アンタからフェイトを助けるまで諦めるわけにはいかないんでね。それに今回は一人じゃない、頼もしい助っ人がいるし心強い。いくらアンタでもこいつには勝てないさ」

 

「隣にいる男がそう?だとしたらとんだ間抜けね、魔力もない一般人などこの場においてなんの価値もないわ」

 

 その通り、プレシアの言うことは正しい。

 事実、魔導師との争いにおいて、魔力というエネルギーがなくては舞台にすら立てない。それが常識として広まっているし、少なくともプレシアは魔力ゼロで魔導師に勝った人物など知らない。

 しかし何事も例外はある。

 地球という場所では魔力などなくとも強い人間が多くいる。風矢がその例外の一人だ。

 

「おいアルフ、あの女がそうなんだな」

 

 風矢は静かに、それでいて怒気を込めて口を開く。

 

「ああ、恐ろしく強いから気を付けろよ。いくらアンタでも――」

 

 ――床が爆発した。

 アルフが言葉を終える前に、風矢が猛ダッシュでプレシアに接近する。

 喧嘩により人一倍ごつくなった拳がプレシアの目前に迫り、その白く綺麗な頬へと吸い込まれる。椅子と後ろの壁を崩壊させながらプレシアは吹き飛んでいく。

 

「気ぃ、抜いたら……」

 

「一発……最初に殴っておきたかった。話聞いてからずっと、これだけは決めてたんだよ。さあこっから本番だぜ」

 

 拳を構えた風矢は瓦礫に呑まれたプレシアを睨む。

 

「いやもう終わったろ。アンタやっぱすごいよ、あのプレシアでもたった一発で――」

 

 喉に何かを詰まらせたようにアルフの言葉が途切れた。

 気を抜いたらダメなどと忠告していた自分が気を抜いていた。アルフは背筋の凍る殺気を浴びせられて息を呑む。

 

「随分な挨拶ね……クソガキ」

 

 崩れた壁などが消し飛ぶとプレシアが立ち上がっていた。

 嵐のように魔力が荒ぶっており、攻撃した風矢を睨んでいる。殺気を向けられているのが自分ではないにもかかわらず、アルフからは尋常ではない汗が出てしまう。

 

「そうだ挨拶代わりだよ。家族を大事にしないやつにはこれで十分だろ。それにこれから喧嘩するんだ、余計な言葉はいらねえさ」

 

「そうね、余計な言葉はいらないわ……だってあなた、もう殺されるのは確定しているんだから」

 

 今度はプレシアが仕掛ける。

 風矢目掛けて球体の魔力弾が放たれた。

 かなりの速度で飛来したそれを風矢は拳で迎え撃ち――痺れた。静電気が全身を奔っているような感覚に目を見開いて戸惑う。

 その隙にプレシアが接近して風矢の腹部にボディーブローをかます。

 相当な威力だったので、床を抉りながら風矢がアルフの元まで飛ばされた。

 

「ぐうっ……けっこう力あるじゃねえか」

 

「な、なに喰らってんだよ八神! アンタあれくらい避けられただろ!」

 

「さぁな、なんか痺れて体動かなかったんだよ。今は動くけど……なんだったんだ? 長時間正座してたみたいな感じだったんだよなあ」

 

 説明を聞いてアルフは思い当たることが一つ。

 

(そうか、プレシアもフェイトと同じく雷の性質変化……魔力を用いた攻撃は全て雷と同質にできるんだ……! 八神がそれを防ぐ手段はない。つまり――)

 

 正直プレシアの攻撃を受けて痺れた程度で済むのが異常なのだが、今のアルフはそんな細かいことは気にしない。普通の人間なら痺れるどころか電撃の余波で体が千切れているだろうが気にしない。

 

 そんな話をしているうちにプレシアが再び魔力弾を放つ。

 

「――アタシの出番ってわけだ!」

 

 雷の性質を持つそれにアルフが飛び出して右手を向ける。

 本来なら余波だけで体が千切れてお終いなわけだが、そうはならない。右手を突っ込まれた魔力弾は霧散していた。

 

「……どういうことかしら」

 

 直撃すればアルフ程度一撃で始末できるはずだった。それに自分から飛び込んでいったことには嗤ったが、防いだことは笑えない。

 

「はっ、アンタが散々痛めつけてくれたおかげでアタシの体は変わっちまったのさ。この体は博士によってサイボーグ化されたもの……この右腕なんかは絶縁体って言うらしいよ? なんでも電気そのものを通さないんだってさ」

 

 偶然。アルフの右腕は絶縁体として生まれ変わっていた。

 そもそもの話。重傷だったアルフを助けるには、ジーナスがとれる手段がサイボーグとして生まれ変わらせることくらいしかなかったのだ。そのため、人型になってからなるべく外見を変えないで改造した。

 結論。アルフは狼をやめたのだ。

 

「なるほどね、元の体を捨ててまで惨めに生き長らえたということ」

 

「フェイトを助けるためならアタシはどうなってもかまわない。そんだけの覚悟持ってんだ。さあ八神! あいつの魔力攻撃は全部アタシが防いでやるから、アンタは何も考えずにぶん殴れ!」

 

「へっ、まあこの際なんでもいい。あいつをぶっ飛ばすのはこの俺なんだからな!」

 

 獰猛な笑みを浮かべて二人が駆ける。

 向かってくる二人に対してプレシアは鋭い眼光で睨みつけ、迎え撃つ。

 

「クソガキと、できそこないの使い魔もどきが……この私に勝てると思うなああああああ!」

 

 再び放たれる紫の球体型魔力弾。

 当然それには雷の性質が宿っており、それを予想していたアルフが風矢の前に出て右手を翳す。

 魔力弾は霧散して、攻撃が消滅した隙に風矢が加速してプレシアに急接近する。

 風矢の攻撃手段は単純に一つ。物理攻撃しかできない。

 容赦なく殴り飛ばそうと拳を振るうと、プレシアの目前に出現した紫の障壁に止められた。しかし亀裂が入ったので、すぐに二発目を入れると粉々に砕け散る。その勢いでプレシアを殴ろうとするも空中へ浮くことにより避けられた。

 

 しかしすぐにプレシアが「なっ」という驚きの声を漏らすとともに、目が見開かれる。

 空中へ浮いている相手に対して風矢は――立ち往生することなく、壁を蹴ることで跳んで向かったのだ。

 だが多少想定外のことをされてもプレシアの動きが鈍ることはない。顔は驚いた表情のままに、迫る拳を紫の障壁で防御する。

 

 一撃では割れないことは先程の攻防で互いに分かっている。

 互いに次の攻撃へと動く。速かったのは――プレシアだ。空中戦となると飛べる者が有利になるのは当然だろう。

 

「ブリッツアクション」

 

 使用したのはフェイトと同じ魔法。高速移動だ。

 急加速したせいで風矢は見失い、プレシアが背後に回ったことに気付かない。

 

「フォトンバレット」

 

 先程より大きめである紫の球体型魔力弾が、零距離で風矢の背中に直撃する。

 背中に与えられたのは爆発による火傷と衝撃。爆風によって風矢は前方に吹き飛んで床に打ちつけられた。

 プレシアの視線と左腕はアルフへと動く。

 

「フォトンバレット」

 

「はっ、言ったろ! アンタの魔法はアタシに効かない――」

 

 また球体型魔力弾に右手を突っ込み、アルフの右腕は爆発に巻き込まれて弾け飛ぶ。

 

「……え? あれ、なんで……?」

 

 絶縁体は電気を通さない。無傷でいられるはずだったアルフの疑問はプレシアによって解消される。

 

「無様ね。性質変化は使用者の意思次第……電撃が効かないのなら発動しなければいいだけよ」

 

 驚愕して「そんな……」と零すアルフ。

 これにより実質、戦力となるのは風矢一人。

 吹き飛ばされていた風矢が立ち上がって「うおおお!」と吼えながら駆ける。

 

「終わりよ」

 

 ふいに空中に数十という凄まじい数の球体型魔力弾が出現した。

 それら全てが一斉に風矢へと向かっていく。

 一個一個なんとか跳んだり左右に動いたりして躱していく。そしてプレシアへと順調に接近してもう少しといったところで――それは起きた。

 

「言ったでしょう、終わりだと。サンダーレイジ……!」

 

 躱され続けていた球体型魔力弾。それら一つ一つが微弱な電気を纏い、一気に電撃が肥大化する。

 

「ぬうおおおおお!?」

 

 部屋全体に充満する電撃。

 一撃で効果が薄いなら、複数同時発動して威力を増加させればいい。

 自然の雷すら上回る電撃が風矢とアルフに命中した。

 さすがにこんなものを喰らっては生存すら絶望的。二人は白目を剥いて地に伏せることになった。

 

 



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フェイト・なのはVSプレシア

 時の庭園に到着したフェイト、なのは、クロノの三人は岩陰に隠れて様子を窺う。

 入口には多数の魔力で動く人型兵器がおり、誰も入れないようになっていた。

 これについてはフェイトが知っている。

 

「あれは魔導兵器……私より弱いけどかなり強いから面倒だね」

 

「それにあの数、事前に襲撃対策をしていたというわけか。あれらを三人で倒しきるのはわけないだろうが……」

 

 魔導兵器の数は全てで四十。

 フェイト達は三人。

 数の差は圧倒的だが実力が違う。戦えばフェイト達が勝つ。

 しかしタイムロスなるのは確定だ。できるだけ早くプレシアの元へ行き、ジュエルシードを使用される前に倒さなければならない。

 

「プレシアは今すぐジュエルシードを発動できるはずだ。これは謂わば余興に過ぎない。ならばこんなもの真剣に付き合わなくてもいい」

 

「クロノ君?」

 

「二人は先に行け。隙なら僕が作る」

 

「え、な、なんで!? 三人でやった方が早いのに!」

 

 ただでさえ少ない戦力がさらに少なくなってしまう。さすがのフェイトも、一人で四十体の魔導兵器を相手に勝つことは難しい……いや、無理だろう。残念ながらフェイトは集団戦に全く慣れていない。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「問題ない。君達に任せるのは少々不安もあるが、早急にプレシアを捕縛しなければならない以上、戦力を割くなら二人が向かってくれた方がバランス取れるんだ」

 

 三人の中でならクロノが一番強い。フェイトとなのはもそれに議論の余地はないほど明確な差がある。

 強いクロノならもしかすれば倒せるかもしれない。このままうだうだしていられないのなら、作戦に乗ってもいいだろうとフェイトは思う。

 

「分かりました。なのは」

 

「……うん、分かった。クロノ君、絶対大丈夫なんだよね?」

 

「誰に向かって言っている? 僕は執務官クロ――」

 

「行こうなのは!」

 

「なぜいつも僕の名乗りは邪魔されるんだ!」

 

 フェイトが空中へ飛び出す。

 続いてなのは、クロノの二人が空中へ飛び出す。

 魔導兵器はプレシアの本拠地へ入ろうとするフェイトに視線を向け、かつては住んでいたフェイト相手に躊躇なく手を翳す。そこから放たれるのは高エネルギーの魔力弾。

 

 プラズマを帯びた四十の球体がフェイトへと接近し「させるか!」と叫んだクロノの砲撃魔法で全て呑み込まれる。

 

「そのまま突っ込め!」

 

 背後からのクロノの声に応えるように、フェイトと、そこに追いついたなのはは本拠地入口へと一直線に向かう。

 攻撃が来てもクロノがどうにか相殺する。そのおかげで集中して飛行できたので二人は心の中でお礼を告げた。

 

 二人は無事侵入できたが、背後で爆発が起きたことで動きが止まる。だが必死に戦うクロノの気持ちを無駄にしないためにも足を進める。

 

 フェイトはなのはを案内しながらプレシアのいる場所へと向かう。

 途中、恐ろしい程の電撃の余波が来て足が止まるも、収まってからすぐに走り出す。

 

 そして――いつもプレシアのいる部屋へと辿り着き、二人は目を見開く。

 その部屋に倒れている二人をよく知っていたからだ。

 

「アルフ!」

「八神さん!」

 

「……あら、ようやくメインのご到着のようね」

 

 少々息を切らしているプレシアが二人を見やる。

 

「この男は知り合いだったの? でも残念、もう死んだわ。サンダーレイジを連続で喰らって生きていられるはずないもの。そこの使い魔もね」

 

「そ、そんな……アルフ、八神さん……!」

 

 絶望したかのような表情になるフェイト。

 会いたかった使い魔と、助けてくれた男子高校生。死んだと告げられ事実として呑み込めてしまうのは、プレシアの並外れた実力を知っているからだろう。

 

「あなたのために来たらしいけど……無駄死にね」

 

「そんなことない!」

 

 なのはが叫ぶ。

 悔しそうに歯を食いしばって、睨むような目をプレシアへと向ける。

 

「無駄なんかじゃない……無駄なんかにしない……二人の想いはなくならないもん。フェイトちゃんが大事ってこと、その想いが私達を応援してくれる」

 

「なのは……」

 

 プレシアは「くだらない」と吐き捨てる。

 

「あなたはフェイトのお友達だったかしら。そんな妄言を吐くなんて変わってるのね」

 

「妄言なんかじゃない。もしそうだったらプレシアさん、あなたがアリシアさんに抱く気持ちはどうなるの」

 

「……部外者にとやかく言われたくないわね」

 

 確かになのははプレシアにとって部外者かもしれない。だがフェイトはその強い少女に救われていた。

 よく見れば足は震えている。それでも勇敢に言葉で争う隣の少女のおかげで、フェイトは折れかけた心を強く保てる。

 

「母さん、言っておきたいことがあります」

 

「……何かしら」

 

「アリシア……お姉ちゃん……その人のことはとやかく言いません。あなたが私をどう思っても構いません。……でも、どう思われたいたとしても……私にとってあなたは母さんです。それだけは覚えておいてください」

 

「なぜ、どうして……フェイト、どうしてあなたはそこまで私のことを……」

 

「理由なんて決まっています。私を育ててくれたのは他でもないあなた――母さんだからです」

 

 たとえ鞭で打たれても、人形だと言われても、フェイトにとってプレシアは唯一無二の母親だ。これだけは何があっても変わらない。

 

「……私の娘はアリシアだけよ」

 

「だとしてもいいんです。私の母さんはあなただけですから」

 

「……どうしてあなたは私を惑わせる。もう憎悪と殺意を抱いてもいいでしょう。……もう話すことはないわ、失せなさい」

 

「母さんも一緒に来てください」

 

「管理局に捕まりに行けとでも?」

 

「捕まるのは私もです」

 

 ジュエルシードを巡る事件において主犯はプレシアだが、フェイトやアルフにも共犯としての罪がある。管理局に捕まるのは間違いない。

 

「フェイト、私はね、アルハザードに行くの。管理局に行くのはあなただけよ」

 

「それならなんとしてでも連れていきます。ここで戦って、勝ってみせます」

 

「……やれるものならやってみなさい。出来損ないの人形ごときが私に勝てるのなら」

 

「一人なら無理かもしれません……でも」

 

 フェイトは隣のなのはを一瞥する。

 

「私は今、一人じゃない」

 

「やろうフェイトちゃん!」

 

 プレシアが二人を睨みつける。

 

「来てみなさい、ひよっこ共」

 

 そして三人が体から魔力を溢れさせた。

 まずは初手の魔法攻撃。三人が最も得意とする魔法を使用する。

 

「フォントランサー!」

「アクセルシューター!」

 

「フォトンバレット」

 

 光の槍が、桃色の光線が、紫の光球がぶつかり合う。

 三つのエネルギーが混ざり合い大爆発が起きた。

 

 完全に攻撃は相殺されている。

 この結果にフェイトは驚きを隠せない。なぜなら自分達は二人分の攻撃を撃ち込んだのだ、いかにプレシアが強かろうと二対一の状況で互角だとは思わなかったのだ。

 

「あら……二人がかりでこの程度? これならそこの男の方が強かったかもね」

 

 再びプレシアは「フォトンバレット」を放つ。

 先程はタイミングが合ったために相殺できたが、プレシアの方が速いために先手を取られれば魔法発動の隙がない。フェイト達の選択肢は回避一択だ。

 

 フェイトとなのはは飛翔して紫の光球を避ける。

 

「フォトンランサー!」

 

 白光の槍がプレシアへと向かう。

 貫く勢いであったが、フォトンランサーは紫の障壁に阻まれて霧散する。

 

「効かないわね」

 

「くっ、なのは!」

 

「分かってる!」

 

 一人の力では打ち破れないことを瞬時に悟り、悔しそうに歯を食いしばったフェイトはなのはへ助力を求める。

 威力不足だということはなのはの目からでも分かる。それならまた二人の力を合わせればいいのだ。

 

「プラズマスマッシャー!」

 

「ディバインバスター!」

 

 電撃と、さっきよりも大きな桃色の光線がプレシアへと向かっていく。

 さすがに防ぎきれないと察したのかプレシアが跳んで回避する。

 

(避けた! やっぱりなのはと力を合わせれば母さんにも通用する!)

 

 単純な脚力により十メートル以上跳んだプレシア。

 そんな格上の相手になのはが追撃する。

 

「今がチャンス、ディバイン――」

 

「遅いわ」

 

 桃色の光線が放出される前、エネルギー充填の時点でプレシアはなのはの真横にまで急接近していた。そのままなのはの顔面を鷲掴みにして壁に叩きつける。

 フェイトが「なのは!」と叫ぶと、攻撃の衝撃で部屋の壁一部が勢いよく崩壊する。

 

「かはっ……まだ、まだ……」

 

「くっ、フォトンランサー!」

 

「だから遅いと言っているのよ」

 

 プレシアはなのはを掴んだまま、フォトンランサーを避けるついでになのはで壁を抉るようにして移動する。

 手が離されるとなのはは墜落し、気絶したかのように床に倒れる。

 

「さあ、これでお友達の協力は得られないわね」

 

 静かにフェイトは笑みを浮かべる。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス、疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル」

 

 己の中で最も威力の高い魔法詠唱を始める。

 笑ったことにプレシアは怪訝そうに眉を顰める。それはそうだろう。二人で力を合わせなければまともに攻撃が通らないこの状況で、なのはが倒されたというのに笑うなど気が触れたとしか思えない。

 

 しかしフェイトは知っている。高町なのはという――不屈の精神を持つ少女を。

 

 

 

「これが私の全力……全開……」

 

 

 

 プレシアが目を剥いて後方へ振り向く。

 確かに倒したと思っていた少女が真っすぐな視線を、大きな杖と共にプレシアへと向けていた。

 大きな杖――レイジングハートの先端に桃色の魔力が集まっていく。

 

(気絶していたはずなのに……このガキ!)

 

 挟み撃ちだ。

 フェイトとなのはの挟み撃ち。

 放たれる魔法は当然各々が持つ最強魔法。

 

「フォトンランサーファランクスシフト!」

 

「スターライトブレイカーアアアアアァ!」

 

 大量の白光を放つ槍状エネルギーと、巨大な桃色の光線がプレシアへと向かう。

 

「くっ、私の三分の一も生きていないガキ共が……勝てると思い上がるなあ!」

 

 激昂したプレシアは怒号と共に「フォトンバレット」を、フェイトとなのは両方に向けて放つ。

 今までで一番大きな紫の光球が二つ。それぞれの魔法を打ち砕くために猛進する。やがて三人の魔法同士が激しくぶつかり合う。

 

 とはいえフォトンバレットでは威力不足。

 数秒の拮抗の末。数多の槍に貫かれ、桃色の光線に呑み込まれ、虚しくも光球は爆発を起こして消滅してしまう。

 このままプレシアへと攻撃が通る――かと思われた。

 

 

「――サンダアァーレイジイィ!」

 

 

 紫電を纏う光球が五つ程プレシアの手から生み出された。

 その光球は桃色の光線へと三つ、フェイトの元へと二つが向かう。

 白光の槍と桃色の光線に呑まれた光球は爆発し、内包していた膨大な電気エネルギーが解き放たれる。

 

 眩い光と紫電が部屋全体を、時の庭園にあるテスタロッサ家全体を覆う。

 

「はぁ……はあっ……!」

 

 光と紫電が収まると立っている者は一人になっていた。

 プレシアがただ一人、その部屋で立っていた。もちろん無事とは言えない程ダメージを受けている。服はボロボロになっており、体のあちこちから血が滴っている。

 

 魔法は殺傷設定をオンオフ可能で、フェイトとなのはの二人は非殺傷設定。それでもプレシアが放つ魔法との爆発はエネルギー同士の衝突で起きたものなので設定は関係ない。三人は確実にダメージを負うのだ。

 

「……かあ、さん」

 

 倒れているフェイトは手を伸ばす。

 届かないのは分かっている。攻撃ももはやできないだろう。

 

 なのはは完全にダウンしており壁にもたれかかったまま動かない。

 残されているプレシアを止めるための戦力はこの部屋でフェイト一人だ。たとえ一人でもフェイトは諦めるわけにいかない。

 

「ごふっ……!」

 

 プレシアが吐血した。

 少なくない鮮血が床に吐き散らされた。

 

「くふっ……ふふ……あは……あははは……フェイト、これで決着はついたわねえ。お友達も、あなたも、もう戦えない。これで誰にも私の邪魔をされることはないわ……」

 

 爆発によりダメージを負いすぎた部屋の扉が灰になっていく。

 扉が全て灰になったとき、一人の少年がそこから現れる。

 

「酷い有様だ。二人には荷が重かったか」

 

「あなたは……管理局の人間ね。虫けらがまだいたわけか」

 

 クロノ・ハラオウンが部屋に入ってくる。

 忌々しそうにプレシアが見やり、フェイトは希望に縋るかのような目を向ける。

 

「そうだ、悪いが時間もないので早速ご同行願おうか。管理局の船を襲撃した罪。フェイトを使い違法にジュエルシードを回収しようとした罪。フェイトへの暴行罪。お前には数えきれないほどの罪がある。もうかなり消耗しているようだし抵抗はオススメしないぞ」

 

「ふっ、そうね、消耗しすぎたわ……予想外に強かったものでね」

 

 風矢が、アルフが、なのはが、フェイトが、プレシア一人へと挑んだのだ。消耗して当然だろう。これでまだ立っていられる方が化け物染みている。

 

 

「こんなはずじゃなかったか?」

 

 

 クロノは一歩踏み出す。

 足元の風矢を一瞥し、また他の者も一人ずつ一瞥する。

 

 

「予想外な連中もいるようだがよくやってくれたようだ。……プレシア・テスタロッサ、お前の気持ちは分からなくもない。世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ! ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ。こんなはずじゃない現実から逃げるか、立ち向かうかは個人の自由だ。だけど自分の勝手な悲しみに、無関係の人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない!」

 

 

 また一歩、クロノが足を進める。

 プレシアは何も返さないが目を見開いていた。

 

 

「お前は僕が連行し罪を償わせる。お前のせいで悲しんだ人達に、牢屋の中で少しでも謝罪するんだな。いくぞ、お前を捕まえる者の名をよく聞いておけ。僕の名は――クロぼがばっ!?」

 

 クロノは頬を裏拳で殴られて吹き飛ぶ。

 その光景をプレシアとフェイトは信じられないような目で見ている。

 

 

 

「――悪いなクロノ、ここは俺に譲れ」

 

 

 

 攻撃した男は今まで倒れ伏していたはずの、プレシアもフェイトも死んだのだと思っていた男だった。

 

 

「こいつはもう……俺の喧嘩だ」

 

 

 ぴくぴくとクロノは陸に打ち上げられた魚のように痙攣して倒れている。

 その醜態に目すら向けずに男――八神風矢はプレシアを獰猛な目で睨む。

 

 

「さぁ、喧嘩……第二ラウンドだぜ、プレシア」

 

 

 笑みを浮かべて風矢は宣言した。

 

 

 









 風矢……わくわく

 クロノ……ぴくぴく



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決着プレシア

 いやほんとごめんなさい。色々立て込んでまして……仕事とかドラクエとか、小説家になろうの方に投稿している小説のこともあるので……つい一週間前にこの作品のこと思い出しました。ごめんなさい。




 


 

 

 死んだと思っていた風矢が立っていることにプレシアは驚き、そのタフさに呆れる。

 

「まさか生きていたとはね。随分としぶとい……潔く骸になればいいものを」

 

「ああ、さっきのは効いたぜ。ビリビリしたな、どんな手品だ?」

 

 風矢は魔法のことを、なんかすげえやつくらいにしか思っていない。フェイトの魔法も、プレシアの魔法も、全て手品くらいにしか思っていなかった。

 

「……まあいいわ。それにしてもいい判断ね。バカっぽく見えて案外賢いじゃない。その気絶した坊やは強がっていたけど相当疲労していたわ、私と戦えば確実に死んでいたでしょう」

 

(八神さん……そこまで考えていたんだ)

 

 忘れてはならない。風矢はバカである。その行動にプレシアが感嘆するような理由などない。

 

「いや、単に手を出されたくなかっただけだ。フェイトならいいけどな」

 

(あ、別にそうでもない)

 

「……そう、実にどうでもいいわ」

 

 心底つまらなそうにプレシアが呟き、魔力を練り上げ、冷めた表情で風矢を見やる。

 

「おっ、始めっか?」

 

「そうね、そして終わらせましょう」

 

 両者の視線が交差する。

 その胸に秘めるのは怒り。

 

「私とアリシアの邪魔をする者は消し飛ばす……!」

 

「家族を大切にしねえテメエはぶっ飛ばす……!」

 

 二人の距離が縮まっていき、お互いの拳が頬へめり込む。

 歯を食いしばって耐えれば次の拳が飛んでくる。それが十、二十と続いていく。

 

 いくら魔力があるとはいえ、風矢の並外れた筋力と互角に渡り合うのは凄いことだ。もっともプレシアからすれば魔力がないのに自身と互角なことこそ驚愕に値するが。

 

「消え去りなさい……サンダーレイジイィ!」

 

 紫電を纏う紫の光球がプレシアの手から出現する。

 爆発したかのように膨れ上がって紫電を放つのがこの魔法。風矢はそれを一度喰らっているため危険性は理解している。

 

 ――だから紫電が放たれる前に握り潰した。

 

「消えた……? いえ、電撃はしっかり伝わっているはず……ならどうして立っていられるの?」

 

 部屋全体にまで被害が及ぶ一撃だ。もう戦う力が残っておらず気絶しているアルフ、なのは、クロノ、それに立てないフェイトにもダメージが伝わってしまう。そうさせないために、風矢は〈サンダーレイジ〉の力を全て自分で受ける。

 

 当然、常人なら即死。管理局の優秀な魔導師でもそんなバカげたことをすれば即死。

 

「ふぅ……やっぱいってえな。でも耐えられねえ程じゃあねえ。俺はこれより熱くて強い力を知ってるからな」

 

 しかし風矢は常識から外れていた。

 キングが放ったエネルギー砲を受けてから体が強くなっていた。本人は自覚していないが、純粋な力に対して異常な耐久力を発揮する。

 

 驚愕するプレシアの腕を掴み、風矢はジャイアントスイングしてからぶん投げる。

 壁に激突してプレシアは「がはっ!?」という声が血と一緒に口から出る。

 

「私と……アリシアの……邪魔をするなあ! フォトンバレットオオオォ!」

 

 必死にプレシアが紫の光球を放つも、風矢はそれを裏拳で弾き返す。

 壁が爆発して、その余波で吹き飛ぶプレシアは風矢の前方に着地した。

 

「……テメエ、さっきから誰の話をしてるんだ?」

 

 その言葉でプレシアは理解した。

 八神風矢は事情を何も知らずにここへ来ているのだと。フェイトの正体を何も知らないのだと。

 プレシアは嘲笑う。

 

「あにたは何も知らないのね。そこに転がっているフェイトはねぇ……私の娘、アリシアのクローンなのよ。どうよ、真実を知った気分は!」

 

「……だから、俺達が喧嘩をしてる理由にそのアリなんちゃらは関係ねえっつってんだよ。関係あんのはフェイトだろ」

 

「何も分かっていないわね。フェイトのことなんて私はどうでもいいのよ」

 

「だとしてもだ、フェイトの家族はテメエだけなんだよ。アルフも、なのはなのもダチ止まり。テメエがどう思っていようとフェイトとテメエは家族なんだよ! そして家族を大切にしねえ奴を俺は許さねえ!」

 

 再び両者の拳がぶつけられる。

 

「アリシアだったか? そいつも家族仲が悪いから悲しんでるんじゃねえのか?」

 

 

 

『ねぇ、私……妹が欲しいなあ』

 

(家族……フェイトが家族だとしたら、アリシアの妹だとでもいうの?アリシア、あなたはこの場所にいたら悲しむ?)

 

 

 

 ――そしてプレシアの拳が弾かれた。

 力負けしたことを歯噛みする。力で勝てないことを悔しく思いながら、頬にめり込んだ風矢の拳に殴り飛ばされた。床を何度も跳ねて、空中で体勢を立て直して着地する。

 

「……この私が、押されている?」

 

「はっ、知らなかったのか? 人を支えるのは大切に思ってくれる奴らだ、それを大切にしなきゃ体も心も弱くなる。今テメエは弱くなってんだよ」

 

「そんな……はずが……」

 

「なるのさ。味方もいない一人ぼっちな奴はな」

 

 プレシアは目を見開く。

 急接近した風矢がいつの間にか目前におり、驚愕している間にまた殴り飛ばされる。

 激突した壁が崩壊した。

 息を切らせながらもプレシアは立ち上がる。

 もう立ち上がることがやっとなくらいのダメージをプレシアは負っていた。

 

(私が弱くなっているわけじゃない。……あのガキが強くなっているだけだわ。友人のために怒り、本来以上の力を発揮している……)

 

 プレシアは後ろを振り向く。

 何かの雰囲気を感じ取ってみればアリシアの体が眠るカプセル容器だ。静かに、そして永遠に眠り続ける幼女に手を伸ばす。届かないと分かっていても触れようとし、ガラスを撫でて微かに微笑む。

 

「勝つ選択肢はいくつもあるけど……いいわ、敗けを認めてやろうじゃない」

 

「なに!? おいもっと戦おうぜ!」

 

「理解に苦しむ思考ね。敗けたと言っているんだからあなたの勝ち。そう心に刻んでおきなさい、この私を倒せる連中なんてほとんどいないのだから」

 

 一度も振り向かず、アリシアだけを見ていたプレシアが顔を上げる。

 

「といっても――この喧嘩だけの敗けだけどね」

 

 その瞬間部屋全体が、いや時の庭園全体が揺れ始めた。

 揺れる。揺れる。揺れる。

 強い地震のような揺れが続く。

 

「なんだこりゃ、地震か?」

 

 不思議そうな顔で周囲を見渡す風矢。

 倒れていたフェイトは心当たりがあるのか「まさか……」とだけ呟く。揺れで気絶から覚めたなのはとクロノも状況を把握する。

 

「次元震……まああなたに分かりやすく言うなら世界規模の地震かしら。この時の庭園は崩壊するのよ」

 

「なにぃ!? つまり……どういうことだ?」

 

「このバカ、ここにいたら僕達全員が死ぬということだ! 早く避難するぞ! なのはとフェイトは立てるか!?」

 

「「なんとか……」」

 

 三人は立ち上がった。

 それを見てプレシアは薄く笑う。

 

「フェイト……仮にあなたが家族だとしても関係ない。私の、私の一番はアリシアなんだもの……アリシアさえいれば私はそれでいいのよ」

 

「あんの野郎まだそんなことを……!」

 

「だから私は行くの、アルハザードへと! アリシアだってそう願っているはずだもの!」

 

 アリシアの入っているカプセル容器にもたれかかりプレシアは叫ぶ。その足元に亀裂が入っていることに風矢だけが気付いた。

 急いで他の亀裂を見渡せば、中身は家の材料となったものではなく不気味な闇が広がっていいる。何も知らない風矢でもその空間――虚数空間がやばいものであると理解する。

 

「母さん! 早くこっちに!」

 

「黙りなさいフェイト、そこで見ているといいわ。私達が伝承に残るアルハザードへと向かう決定的な瞬間を。……あなたには友人がいる、私がいなくても生きていけるでしょう。でも私は」

 

 ――亀裂が広がってプレシアは足場を完全に失くした。

 重力によってアリシアの入る容器と共にプレシアは落下し始める。

 

「私はアリシアこそが全て。フェイト、家族だというのなら母親に従いなさい。……もう私に関わらないで、あなたはこれから自由に生きればいいのよ!」

 

 プレシアがアリシアと共に虚数空間へと落下して――

 

「行かせるかよ、自分勝手な母親あああ!」

 

 風矢もその中へ飛び込んだ。

 それを見たクロノは「あのバカ!」と吐き捨てて駆けようとするが、もう助からないことは分かっている。感情に流されて全滅するようなことになれば自分こそバカである。

 

「母さん! 八神さん!」

 

「八神さん!」

 

 だが二人の少女は慌てて虚数空間へと向かう。

 

「させないよお!」

 

 ――そこにアルフが駆けてきてフェイトを片腕で抱え、なのはの服を噛んで虚数空間から遠ざかっていく。

 

「ナイスだ! そのまま早くアースラへ戻るぞ!」

 

 クロノが魔力を高めて右手をアルフへと差し出す。

 

「放して、放してよアルフ! 母さんが、八神さんが!」

 

「そうだよ、今からならまだ助かるかもしれないのに!」

 

「無理だ! 虚数空間は魔法が使用できないからアンタ等まで戻って来れなくなっちまう。……あいつもバカなことしたもんだよ。はやてになんて言えばいいんだ」

 

 差し出された右手にアルフは右足を蹴りのように向かわせる。片手しかないアルフでは現在フェイトを抱えているせいで手を掴むことができないため、必然的に足を伸ばすしかない。

 クロノはアルフの右足を掴んで転移魔法を発動した。

 

 ――時の庭園、崩壊。

 ――アースラより送り込まれた者達は、作戦外で動いていた使い魔も連れて帰還。

 ――アースラ戦力の欠損。本作戦においては死者ゼロなので問題なし。しかし帰還した者達全員の表情はなぜか優れなかった。

 



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アリシアの願い


 前回の喧嘩! 間が空きすぎて忘れた!




 風矢とプレシアが虚数空間に落下したのと同刻。

 

 出馬博物館では飾られた〈暗黒鏡〉の前に青白い人魂が浮かんでいた。

 

「今日は満月、確かに暗黒鏡が使える日ではある。でも分かっているんか? それを使えば最後、君はもう二度とこの世界に存在することができなくなる」

 

 黒髪に眼鏡という優等生っぽい男――出馬が青白い人魂に語りかける。

 この人魂の正体はアリシア・テスタロッサ。プレシアの実の娘であり、フェイトの姉とも呼べる存在……の死後の姿。

 

 アリシアはずっとプレシアを、そしてフェイトを見守っていたのだ。死んでからの長い時間ずっと、悲しい実験と欲望の流れを見てきていた。

 

 娘である自分が死んでからのプレシアは見るに堪えない程弱っている。今こそ平然としているようだが、無理をしていることくらい傍にいたアリシアには手にとるように分かる。だからこそただ一人の母親を救おうと決心した。

 

「いいんだ。たとえこの世界にいられなくなったとしても、私がこうして幽霊になって留まっているのはね、きっとこの時のためだったんだよ。お母さんを救うため」

 

「……運命だったのかもしれんな。君と出会ったのは、今この時に繋がるための」

 

 アリシアが出馬と出会ったのは闇の三大秘宝盗難事件の時。

 妹とも呼べる存在のフェイトを見守るため、時の庭園から地球へと付いてきていたアリシアだったのだが、運悪く〈餓鬼玉〉によって魂を吸い取られてしまった。

 

 出馬は〈餓鬼玉〉の中にある魂を解放したのに、元の肉体が死んでいるアリシアだけは例外として残ってしまった。不思議に思う出馬がその留まっているアリシアをなんとか解放したとき、ある契約を結んでいる。

 

 契約というか依頼である。

フェイトの様子を見守るのに協力してほしいという個人的な依頼。だというのに出馬は嫌な顔一つせず引き受けてくれた。

 

「出馬要さん。どうして……私に協力してくれたの?」

 

 アリシアが〈暗黒鏡〉に触れながら問う。

 

「……八神やったら引き受ける、そう思った。家族のこととなると誰かのために動けるあいつに……ほんの少し憧れていたんや」

 

「何か、あったの?」

 

「なんというか……両親との折り合いが悪うてな。降魔の剣を誤って使用したことからちょっと、うん。まあ僕のことはいいやろ。今はやるべきことに集中するべきや」

 

 今アリシアがやるべきことは暗黒鏡に願うこと。つまりそれは世界からの消滅を意味する。

 

「うん、そうだね。やらなきゃ……」

 

 母親を救うためとはいえ消滅しなければいけない。相当な覚悟を持たなければいけないが、アリシアは既にその覚悟を持っている。

 

「お願い、暗黒鏡さん……お母さんを……プレシア・テスタロッサを助けてあげて……!」

 

「……ちょっと大雑把ではないか?」

 

 困惑する暗黒鏡。表情はないが、もしあったなら困り果てているのが分かるだろう。

 

「私には分かるの。今、お母さんは辛い思いをしてる。お母さんを辛くさせる全てから、助けてあげて!」

 

 暗黒鏡から「えぇ……」という声がもれる。

 願いを一つ叶えるという暗黒鏡。その願いというのは秀一の時のように、病気を治す程度はどうとでもなる。だが、ある程度願いの方向性が定まっていなければ願われる方も困るのだ。

 

 ただ「助けてあげて」と願われても何から助けていいのか分からない。全てから助けるという願いは、複数の願いをまとめたような反則染みている。

 

「お願い……します……」

 

「いや、でも、ちょっとそれは……」

 

「ええやないか暗黒鏡、こんだけ必死に一人の女の子が懇願してるんやから。多少の無理程度通さんかい」

 

「えぇ……まあ、今回だけなら、いいだろう。本当に今回だけだぞ、空気を読んで、ほんと今回だけだからな」

 

 暗黒鏡が青白い光を纏い始め、徐々に輝きを増していく。その過程でアリシアの霊体が徐々に薄くなっていく。

 

「ありがとう……これでようやく、お母さんは辛くならなくなるんだね。私のせいで……フェイトが傷つけられるなんてあんまりなんだから……だからお母さん、これから……今まで厳しかった分、優しくしてあげて……フェイトに……私の妹に……お願いだから……ね……」

 

 そしてアリシアはこの世界から消滅した。

 静かに、音もなく消え去った彼女。最初から最期まで見ていた出馬は満月と星に照らされる夜空を見上げ、願われた願いが無事成就することを願う。

 

 

 

 * * * 

 

 

 

 ――虚数空間と呼ばれる場所にて。

 

 八神風矢は現在、プレシア・テスタロッサと一緒に見知らぬ空間を漂っていた。

 ここがどこなのか。浮いているのか落ちているのか。地面と呼べる場所は存在しているのか。入口出口はどこにあるのか。世界の色は何色なのか。虚数空間について、今実際に漂っている二人でも何一つ分からない。

 

 プレシアはアリシアの入っているカプセル装置を大事そうに抱えている。目を閉じて全てを、この先この空間で餓死するまで漂うことすら受け入れていた。

 

「なあおい、いってえここはどこなんだ? お前の家ってなんつーか変だよなあ」

 

 ――なお、風矢は呑気にプレシアに話しかけ続けている。今も無視されたが、これでプレシアの知らんぷりは五十回を超えた。

 

「なあおい、いってえここはどこなんだ? お前の家ってなんつーか変だよなあ」

 

「……いい加減しつこいわよ。イカれたロボットなの?」

 

 目を開けて、プレシアは仕方なく反応を返す。

 ちなみに風矢が話しかけ続けている内容は一言一句同じである。正直これでは無視されて当然だろう。

 

「おっ、ようやく返事したな」

 

「あれだけ同じこと言われ続けたら誰だってするわよ。あんな長い台詞でゲシュタルト崩壊しそうになったのは初めてね」

 

「へへっ、褒めんなよ。照れるだろ」

 

「あなた……本当に病院行った方がいいわ、頭の」

 

 それについては風矢と関わった誰もが思うことである。実は妹であるはやても、一度頭を診てもらった方がいいと思っている。

 

「まあそんなことより、ここお前の家の地下だろ? 出口はどこなんだ? 早く帰らねえと心配させちまうよ」

 

「こんな場所が地下室なわけないでしょう。ここは虚数空間、次元の隙間というか……あまり難しい説明はしても意味なさそうだから手短にするけど、魔法が使えない空間。どこまで広いのか分からない密室のようなものよ」

 

 魔法を知らないらしい風矢に専門知識で説明しても仕方がない。最後に告げた密室のようなものというのが、一般人への説明で一番正解に近い答えだろう。

 

「ほぅ、で? どうやったら出れるんだ?」

 

「……ねえ、話を聞いていたの? 密室のようなものって言ったでしょ。入口も出口もどこにもないわよ」

 

「え、お前、そんな部屋を地下に作んなよ」

 

「あなたは話を聞いていないのよね? だから会話がおかしいのよね?」

 

「バカ野郎! 聞いてたに決まってんだろ! ちょっと話が難しかっただけだ!」

 

 残念ながら風矢の知能は小学生と同レベルだ。もしかしたらそれ以下かもしれない。もっと分かりやすく説明しなければ理解されないだろうことを悟り、プレシアは説明を諦めた。

 

「ごめんなさい。想像以上に知能が低すぎて説明できないわ。さっきより簡単な説明を思い付かないもの」

 

「おいおい、しょうがねえやつだな」

 

(殴りたい……)

 

 もし魔力を使用できれば実際に殴っていたところだ。

 虚数空間では魔力が使えないので、風矢とプレシアの実力は圧倒的な差が開いてしまっている。もし魔力なしの状態でプレシアが殴っても、ダメージを与えるどころか受けるだけである。

 

「よし、じゃあさっさと出ようぜ」

 

「あのね……さっきからなぜか私も脱出するみたいに言ってるけど、出ないからね」

 

「なんだお前、引きこもるつもりか?」

 

 いちいち話のスケールが家の中なのはもうプレシアもつっこまない。

 

「そうね、だって戻る理由がないもの」

 

「何言ってんだ、フェイトのことはどうすんだよ」

 

「……あの子がアリシアの義理の妹だってことは認めてあげるわ。義理の娘だと思ってもいい。でもね……今まで酷い仕打ちをしてきて、今更どの面して一緒に過ごせというの?」

 

「親子喧嘩した後にすることは決まってる。――仲直りだ。まずはじっくり話してみろよ」

 

「ふっ、その程度でどうにかなればいいけどね。まあ生憎と……ごぶっ!?」

 

 いきなりプレシアは吐血した。

 勢いよく吐き出された血液を見て、風矢も表情を一変させて「血!? おいどうした!」と叫ぶ。

 

「ふふっ、げぶっ!? ……私はね、病気なのよ。どうやっても治らない原因不明のね。もう長くないことは数年前から分かっていたわ」

 

「病気だと……根性で治せ!」

 

「無理に決まっているでしょ。……ここにきて酷くなったわね。もう死ぬのも近いか」

 

「ざけんじゃねえ! 諦めてんじゃねえよ! テメエがいなくなったらフェイトが辛い思いをするんだ、なんとかしろ!」

 

「……最初はなんとかしようと思ったけどね。もう全て手遅れなのよ。病気も、フェイトとの関係も」

 

 プレシアは全てを諦めている。

 ジュエルシードを使用してアルハザードなどという幻想の地へ向かおうとしていたのは、一種の希望だったのだ。アリシアを蘇らせることも、治療法が不明の病気も治す術があるかもしれない。そういった可能性にプレシアは全てを賭けていた。

 風矢に敗れた結果、希望は全て打ち砕かれてしまったのだ。挙句の果てに脱出不可能な虚数空間に迷い込んだとなれば希望など持ちようがない。

 

「手遅れなもんかよ! ……くそっ、何か……そうだ、あれが使えればなんとかなる。とりあえずここから早いとこ出なきゃいけねえか」

 

「……何を思い付いたか知らないけれごほっ! 虚数空間から脱出するなんて不可能よ」

 

「大声」

 

 意味不明なことを言われてプレシアは「は?」としか返せない。

 

「なんかで見た。こういう出口のない場所から脱出するには、大声で無理やり出口を作ればいいって」

 

「ちょっと何言ってるのか分からないんだけど」

 

「だから大声を出すんだよ。まあお前は黙ってな、俺が一人でなんとかしてやる」

 

 大声を出して脱出する……そう風矢は言った。文章にして整理してみてもプレシアには理解することが出来なかった。

 こんな男が友達らしいフェイトのことを少し心配してしまう。

 

「うおおおおおおお!」

 

(ほんとに叫びだした……ていうかうるさい!)

 

 

「うおおおおおおお!」

 

(くっ、これは体に響く! 何考えてるのよこのガキは!)

 

 

「うおおおおおおお!」

 

(あれ……? なに……? 温かい……さっきまであった痛みが消えている?)

 

 この時、アリシアの犠牲で発生した奇跡がプレシアを癒やした。

 

 

「うおおおおおおお!」

 

(ウソでしょ……何よあれ……高次元の空間に、穴!? 体も調子がいいしどうなっているわけ!?)

 

 この時、またも奇跡がプレシアを助けるため、時空に亀裂を作って異空間同士を結合させた。

 

 

「よっしゃ! そら飛び込むぞ!」

 

「ちょっ、待ちなさ――」

 

 迷いなくプレシアの腕を掴んだ風矢は、アリシアが入っている装置を踏み台にして飛び込むことに成功する。

 冷たくなって動かないアリシアの表情が僅かに笑っていたのは最後まで誰も気付かなかった。

 



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事件の終わり。そして――

 ――海鳴市。夜の公園。

 夜も更けて人がいなくなった頃、公園内に七つの人影があった。今回のジュエルシードを巡る事件に深く関わった七人だ。プラス一つ、フェレットのような影もある。

 

「さて、フェイト・テスタロッサ。その使い魔アルフ。そして……プレシア・テスタロッサ。今日は色々あったが全員生きていたことだけは良かった。君達をミッドチルダにある本局へと連行させてもらう」

 

「しばらくなのはちゃんや八神君は会えないと思っていいわ。こればっかりは罪を犯した者が必ず通る道だから、どうすることもできない。ごめんね?」

 

 クロノに続いてリンディが告げる。

 ジュエルシードを強奪した容疑でフェイト、アルフの二人は連行されることになってしまった。プレシアについてはそれに管理局員、及びその家族の殺害という罪も重なっている。

 フェイトとアルフはプレシアの捕縛に協力したとはいえ、犯した罪は消えてなくなりはしない。ジュエルシードという強大なエネルギーを秘めた道具を独占しようとした罪は重い。

 

「分かってます。いけないことをしちゃったんだから逃げるつもりはありません。ね、アルフ」

 

「ああ、フェイトの言う通りさ。全部終わったらこうなる覚悟は出来てた」

 

「いい心がけね。……まったく、心が痛むわ」

 

 協力してくれたからこそ、本当はクロノもリンディも二人を連行したくなどないのだ。出来るだけ裁判で罪を軽くするよう尽力するが、二人の罪がゼロになることはないだろう。

 

「フェイトちゃん……」

 

 心配そうな表情でなのはが見つめる。

 

「なのは……」

 

「これでお別れなんだね……。なんだかあっという間だったなあ。初めて会った時から今日まで……色々、あったよね」

 

「……ごめん、なのはにはたくさん迷惑かけた……それに酷いことも言った」

 

「迷惑だなんて思ってないよ。だって私はフェイトちゃんのことが好きだから……友達になりたいなって思ったり、してる」

 

 恥ずかしいのか、なのはは両手の指を後ろで絡ませて、軽く頬を赤く染めてもじもじとしながら告げた。

 

「友達……か。私は友達のなりかたを知らないや」

 

 提案を受けたフェイトはどうしていいのか分からなかった。彼女は今まで友達と呼べるような者がいなかったのだから、どうすれば友達が出来るかなど知るはずもない。一応はやての存在があっても彼女はいつの間にか出来ていた友達だ。

 

「友達になるの……簡単だよ。すっごく簡単。ずっとこんなふうに――」

 

「喧嘩すりゃあいいんだよ、簡単じゃねえか」

 

「――え、えぇ……と、そうですよね」

 

 いらないところで風矢が割り込んだ。

 色々台無しになってしまったし、邪魔はしてほしくなかったが割り込まれたのならもう手遅れ。なのはは苦笑いで肯定するしかない。

 

「喧嘩……それから前に一度してたっけ。もしかして私達ってもう友達なの?」

 

「お前らがダチじゃなくてなんなんだ?一緒に話して、喧嘩して、仲直りして、そんなお前らがダチじゃねえなら世界中のやつらのダチがいなくなっちまうぜ」

 

「なんか、台詞がどんどん盗られてる気がするの……」

 

 落ち込むなのはをよそに、フェイトの表情に喜色が浮かぶ。

 

「そっか……ありがとう、八神さん、なのは。私、いつの間にか友達が出来てたんだね……!」

 

 嬉しいという気持ちが胸いっぱいに広がって、フェイトの目からは涙が零れる。

 誰もが二人の友情を見て笑みを浮かべていた。だからこそ次の風矢の言動には驚愕するしかなかった。

 

 

「おう、だから喧嘩しようぜ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 風矢以外全員の声が揃うという奇跡が起きた。いやそれだけ突発的に驚くべき発言が飛び出たわけなのだが。

 

「いや、あの、別にする必要はないんじゃ」

 

「そうだよね、もう仲はいいんだし」

 

「おいおい喧嘩は何回やってもいいもんだろ。しばらく会えないならやろうぜ。ほらかかってこいよ」

 

 遊ぼうぜとでもいうような軽さで喧嘩を促す風矢には全員呆れるしかない。しかもなのはとフェイトがするのではなく、自分としろというのだから欲を満たそうとしているようにしか思えない。

 

「また八神さんが喧嘩しようとしてるの……。これもしかして自分がしたいだけなんじゃ……」

 

「へっ、よく分かったな。そうさ、俺は喧嘩がしたいだけだ! さあ喧嘩しようか!」

 

 妹の頼みも今回ばかりは無視する。正しいかどうかは置いておき風矢なりに考えた気遣い。

 未だに事情を詳しく理解していない風矢でも、二人が離れ離れになってしまうということくらいは分かる。なら思い出作りも兼ねて、少しでもいずれ来るだろう寂寞を紛れさせようとしているのだ。まあ自分が喧嘩したいという気持ちの方が強いが。

 

「……ぷっ、なんか八神さんはブレないよね」

 

「うん、変わらない。……やろっかなのは」

 

「やろうかフェイトちゃん」

 

「おう! 来い!」

 

 レイジングハートとバルディッシュも「OK」と答える。

 二人の少女が魔法少女の衣装となり喜色満面で魔力弾を放つ。風矢はそれを真正面から受けて、爆発した後の黒煙から無傷で登場する。

 

 

 

 そんな楽しそうに喧嘩している三人を見て、正確にはフェイトを見てプレシアはボソッと呟く。

 

「……いい友達を持ったようね、あの子」

 

「そうだろ、アンタとは大違いさ」

 

 隣にいたアルフには聞こえたので真剣な表情で口を開く。

 まだプレシアへの憎悪が薄まってすらいない。しかし今にでも口汚く罵倒しようとするそれを我慢しているのは、他でもない一番の被害者であり相棒であるフェイトのためであった。

 

「……言っとくけど、アタシはアンタを許しちゃいないかんな。フェイトが気にしてないっていうから今は何もしないだけだ。……でもなプレシア、もしまたフェイトを苦しめるようなことがあれば、アタシは容赦なくアンタをぶん殴んかんな。次はアタシ一人でも勝ってやるよ」

 

「安心しなさい。もう……次なんて来ないわ」

 

「そう祈ってるよ。だから裏切るんじゃないよ?アタシも、フェイトも、命懸けでアンタみたいなのを助けたアイツのことも」

 

「……ええ……もちろん」

 

 そう返したプレシアは、楽しそうに笑っているフェイトを改めて見つめる。

 

(……アリシアのためにもね)

 

 

 

 三人の喧嘩はもうかれこれ五分以上行われている。その間黙って見守っていたクロノだがもう限界だと言わんばかりに叫ぶ。

 

「おい八神! もういい加減に終われ!」

 

「ならお前も交ざれよクロノ!」

 

「だから僕の名前は――あ、合ってる……ってそんなことはどうでもいい! 早く終わらせろおおお!」

 

「嫌だね、こんないい喧嘩は楽しむに限る。俺の喧嘩は誰にも止められねえええ!」

 

 八神風矢。高校二年生。

 その男は妹も手を焼くほどの喧嘩好き。

 三度の飯より喧嘩が好きという異常者。

 この先、彼に待ち受けるのはいったいどんな試練なのか。それはまだ誰も知らない。

 

 

 

 * * * 

 

 

 出馬博物館にて、出馬要は誰かと電話していた。

 明かりを消した、月光だけが光源の暗い室内で出馬は口を開いた。

 

「ああそうや、八神風矢。うん、だから例の計画は少し遅らせてもらえればと思うてな。誰にでも猶予ってもんは必要やろ?」

 

 ――次の試練は刻一刻と迫っている。

 



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