「ふぅ・・・」
目が覚めた大学二年生の上杉風太郎。
大学に通うため、家を離れ二年以上がたった。大学の前期の講義は全科目オールSの評価を得て、夏休みに突入した。今日は約束がある。
「風太郎起きてる?」
ドンドンと朝から喧しく叩く聞き慣れた少女の声。眠い体に鞭打ってドアを開ける。
「おっはようございまーす!」
高校から付き合っている彼女、中野四葉だ。高校生の時、彼女含めた五つ子姉妹の家庭教師として雇われ際には、まさか、あんな波瀾万丈な高校生活になるとは思ってもみなかったが、今となっては懐かしく思う。思い返してみてもそれほど濃い高校生活だった。
「行くか」
「はい!」
今日はアパートまで迎えに来てもらい、そのままデートというプランになっている。体育大学に通う四葉も昨日前期の試験を終えて、お互いに時間が取れるようになった。今日は四葉に東京を案内することになっているので、電車で首都の方へ向かった。
「そういや、他のみんなは元気か?」
「うん!みんな元気!あ、噂をすれば!」
四葉がそう言って指差した先には、化粧品広告の看板。
そこに五つ子の長女、中野一花の姿があった。
「忙しそうだな、一花は」
長女の一花は高校生から女優として活動しており、ドラマ出演をきっかけに一躍有名人になった。最近はゴールデンタイムのドラマにも出演し、今のように広告のモデル。CMも抜擢されている。
「二乃はケーキ屋さんで働いてて、この前店内コンペで商品化が決定したんだって!」
次女である二乃。物事をはっきり言う性格で姉妹を誰よりも大切にする。最初は険悪であったが、今はよき友人だ。
「三玖は調理の専門学校で色んな国の料理を勉強してる。この前チュロス作ってもらった」
三女の三玖。彼女は姉妹の中で一番心を開いてくれた存在。彼女がいなければ他の姉妹とも仲良くできなかったかもしれない。
「五月は勉強苦労してるみたい。アハハ・・・でも、先生になるために頑張ってるよ」
末っ子の五月。バカ不器用ながら一生懸命だ。そして少し俺と似ている。よくぶつかり合ってもいるが、互いに信用し合っての喧嘩をよくしていた。
「ま、元気そうで何よりだ。それで今日は・・・」
「はー・・・」
姉妹たちの近況報告を聞きながら歩いていると四葉はお店の展示物に目がいっていた。
「ウェディングドレスか・・・」
「え、ああ、ごめん。つい見惚れちゃって」
「いや、まぁ・・・」
そう言い、ポリポリと頬を掻く風太郎は看板の一文、
「予約のお客様に限りウェディングドレスの試着無料体験」とのこと。
「予約・・・するか」
「・・・うん」
そううなずくと二人で店内に入り、受付で待つことにした。
「はいカット!一花ちゃん完璧!」
「ありがとうございます」
ドラマの撮影しているのは、今を時めく女優中野一花。とあるドラマの主演を演じてから一気に注目が集まり、今はいろんなところに引っ張りだことなっている。
「それにしても妹の恋を応援するお姉さんの役・・・なんか同情しちゃうな」
台本を読み進めて行くと実は自分もいつの間にか好きになっていたが、妹のために我慢した。そして、ある日を境に気持ちが抑えられず爆発して・・・と言った流れとなっている。それを自分と重ねてしまっているので芝居感はつかめやすいのだが、少々複雑である。
「フータロー君と四葉。上手くやってるかな・・・あれ・・・」
REVIVAL厨房では二乃がデコレーションを行いちょうどケーキが完成した。
「はい、五種のフルーツロールケーキ、追加できました」
「すごいですね!中野さんのケーキ大繁盛ですよ!」
「ふっふー、まぁね!」
後輩に褒められながらまた自分の作業に戻っていく。この前のコンペで商品化が決まったリンゴ、オレンジ メロン、ブルーベリー、バナナをペーストにクリームと合わせたミックスジュース風クリームをふんだんに使用したロールケーキ。特に子供や女性客が人気らしく、今日も良く売れている。
「あと、気になってるんですけど、あのロールケーキの上にいる砂糖菓子のお人形は誰がモチーフなんですか?」
「・・・人生で最も好きになった人」
調理専門学校の実技試験。お題はスペイン調理一品。代表的なものはパエリアなどが存在するが、三玖が選んだのはチュロス。これも立派なスペインのデザートだ。
「黒糖をかけて・・・よし」
そう言って美しく盛り付けられたチュロスを講師の元にもっていき、味を見てもらう。評価の採点はAからEの五段階評価。
「中野三玖・・・評価A」
「ありがとうございます」
そう言って自分の調理台に戻り後片付けを始めると周りの生徒から称賛の声がちらほら聞こえる。
「流石中野さんだ」
「ああいう料理上手な子はいいよねー」
「俺彼女にしたい!」
「(四葉にいっぱい味見してもらった・・・動くこと雷霆の如し)」
「フータロー・・・元気かな・・・えっ」
「・・・ムムム」
「五月ちゃんどう?」
「よかったです!落とした単位もありませんし!」
「でも五月ちゃん。全部ぎりぎりだね」
大学内の喫茶店。大学の友人と共に先ほど前期のテスト結果を受けとり、結果は単位を落とさずに済んだようだ。バカ不器用である五月は必死に勉強したが一問に時間をかけすぎたせいで最後まで解けず、点を逃してしまっている。治ってきたかと思えば相変わらずだった。
「(これは上杉さんには見せたくないですね・・・)」
たまに勉強を見てもらっているが、この点数で彼はなんというのだろう。不器用や容量が悪いと言われるのだろうか?そう言う姿が目に浮かんできました。
「五月ちゃん顔怖い・・・」
「え、ああすみません。ちょっと、思い出していただけで・・・うぅ」
それぞれが夢中になれるものがある。夢に向かって頑張っている。そんな彼女たちに・・・・
「結構先になったな」
「うーんみんな着たいんだよ!」
予約状況を確認したところ一か月後。つまり、夏休みの終盤となってしまった。
「やっぱ着たいものなのか?」
「女の子のあこがれですよ!全く・・・風太郎はそう言う乙女心がわからな・・・へっ」
「四葉!!」
隣で歩いていたはずの四葉が急に膝から崩れ落ちた。それを見た風太郎は人目を気にせず叫んだ。
救急車を呼んだあと、検査に入りすぐに入院ということが決まった。検査の結果・・・
「筋肉麻痺・・・」
四葉は筋肉麻痺・・・たしか場合によっては身体が自由に動かなくなるって言う重症じゃ・・・
「四葉!!」
「病院内です。お静かにして下さい」
「お父さん・・・」
彼女たちの父親のマルオが見診断した結果だった。冷静さを保っているようだが、マルオの拳に力が入る。
「君にお父さんと・・・まぁ、いい。今日は帰りなさい。四葉は私が診る」
家に帰るが、アパートでは四葉のことが心配でたまらなかった。この先どうなっていくのだろう。せっかくこういった恋愛関係にもなれたのに・・・そう思っていた時ケータイから着信があった。これは・・・二乃?
「二乃?」
「上杉君すまない。二乃君ではなく私だ」
「お父さん・・・あの、四葉は!」
「君にお願いがあるんだ。あの子たちが住んでいるタワーマンションがあるだろう?三日後そこに来てくれ・・・それまでは娘たちとは関わらないでほしい」
そう言い終わると、勝手に通話を切られ、モヤモヤした状態のまま。眠りにつこうとするが、四葉のことがありあまり寝れなかった。約束の日まで惰性の日々だった。特にやることもなく四葉のことを考えながら、一日を過ごす。それだけだった。そして約束当日。
あの五つ子と出会ったタワーマンション。下の呼び出しを押し、開場をを求める。
「上杉です」
「入りたまえ」
中に入ると多少殺風景になっているのものの彼女たちと過ごした日々が思い出される。だが、気になることが多々あった。全体的にバリアフリーが目立つ。玄関にも段差はなかった。エスカレーターなどもついている。まるで介護施設の用でもあった
「来てもらったのは他でもない。あの子たちは君の助けを求めている」
「あの子・・・たち?」
四葉も筋肉麻痺が診断されたところだ。まさか他の四人も・・・
「フー君。久しぶりね」
そんな不安の中、二階から懐かしい声がした。この強気満載の声は忘れるはずもない。
「二乃!」
そう言ってエスカレーターから降りてきて、風太郎の前に立り、そうして顔を覗きこむ。すると急に、
風太郎のにおいをスンスンをかぎだした。
「・・・汗臭くはないようね」
「なんだ急に?」
「別に・・・フー君のにおいが実は好きだったのよ。パパありがと。みんな喜ぶと思う」
「だといいんだが・・・上杉君・・・申し訳ないが、よろしく頼む」
そう言って玄関のほうへ向かったので見送ろうとすると、急に耳打ちをしてくる。
「・・・君に託す」
そんな悲しそうな、また、強い信頼のように言葉を残し彼は部屋を出て行った。
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2話 一花と三玖
二乃曰く、五つ子は全員ここにいるらしい、のでそれぞれの部屋に入ろうとするが、二乃に真剣な表情をされる。
「フー君。少し辛いものを見ることになるかも・・・ホントにごめん」
そう言って、最初は長女の一花の部屋に入る。部屋は前のようにものすごく散らかっているわけではないが、びりびりに破かれた紙の束があった。そして布団にくるまっているのが一花だろう。
「一花。俺だ。上杉だ」
そう言うが反応はない。眠っているのか、聞こえていない様だ。
「二乃すまん・・・代わりに起こしてやってくれ。もしかしたらまた服着てないかもしれな・・・」
一花は全裸で寝るタイプだったことを思い出し流石に見るわけにもいかないので、二乃に任せようとする。しかし、意外な答えが返ってきた。
「仮にそうだとしても、フォローする。だから、早く顔見せてあげて・・・」
真剣な表情で言うので覚悟を決める。風太郎もなるべく体を見ないように、布団をめくりあげる。
「止めてよ!!」
怒鳴るような声。今まで一花からそんな声をあげられるとは思っても見なかった。しかし、彼女は風太郎を認識した瞬間だった。
「あ・・・」
自分の今の格好もお構いなしに風太郎に勢いよく抱き着いてきた。
「フータロー君・・・なんで・・・」
「い、一花!その・・・服を着ろ!」
そう言うのだが、彼女は行動に集中して聞こえてないのか、抱きしめる力がどんどん強くなっている。
「ちょ・・・一花!!」
風太郎も大きな声で制止しようとするが、一花は止めない。
「・・・・・・」
それを見ていた二乃は黙って一花と風太郎を引き離すし一枚の紙を見せつける。それを見た一花は少し申し訳なさそうな表情と同時に
「・・・あ」
自分の格好気づき、掛け布団で体を隠し始めた。
二乃の行動を不思議に風太郎は何を見せたのかを確認する。そこにはこう書いてあった。
フー君困ってるから止めて。
あと、あなた今裸よ。
と書かれていた、わざわざこんなことをしないでも・・・
「まさか・・・」
風太郎の考えに該当したもの、できれば嘘であってほしい。だが、そういうわけにはいかない様だ。
「うん。一花の耳は・・・もう聞こえない」
「・・・・・・」
その発言に動揺を隠せない。一花のほうを見るが、やつれた表情がある。一晩中泣いていたのか疲れ切っている。彼女の女優業にどこまで響いているのか・・・彼女が心配でたまらなかった。
「ごめん。服着たよ」
一花と顔を合わせる。久々の一花の顔を見たが、完全な作り笑いだ。無理しているのが見え透いている。初めて会ったときの適当の表情のようだ。
「二乃・・・フータロー君と二人で話していいかな?」
そう言うと二乃はオーケーマークを作り、部屋を出て行った。
そしてふたりで座りこみ、一花が細々と話しだした。
「実はさ・・・私はハリウッド映画出ることになったんだ。でもさっきね・・・」
そう言って事務所メールの文面を見せられる。長ったらしい社会人のお手本メールがかかれているが言いたいことはこうだった。
「降板・・・だってさ・・・理由は耳が聞こえなくなったから」
映画監督は賞を取るほどの有名監督。キャストも名の知れた者が多く非常に豪華。その中に一花も食い込めるほどの力があることがわかる。しかし彼女は実力を発揮できたわけでもなく、別の形で役を下ろされてしまった。
「イライラしちゃってさ、台本もビリビリに破いちゃった・・・貴重なものなのに」
当たりに散らばっている紙はそういうことか、拾い上げてみると、細かく演技の方法は注意された個所などが書いてあり、一花の努力がうかがえる。
「フータロー君の声も聴けないのも・・・すごい悔しい」
そうして、一花の目が潤んできたが必死にこらえたのかまた作り笑いを始める。
「ごめん・・・話せて少し安心した。ありがとう。他の子の様子も見てあげて」
会話という会話はしていない、一花が一方的に話しかけてきただけであったが、どう答えてやるべきかもわからなかった。
一花の現状を聞いた風太郎はリビングで頭を抱えていた。いや、自分よりも一花のほうが苦しいはず。
「・・・フー君」
「他の姉妹も・・・なんだよな」
「うん・・・」
そう言うと上から勢いよくガチャッと扉が開く音がした。
その方向へ顔を向けると、また懐かしい顔があった。
「・・・久しぶり」
落ち着きながらも意気揚々と階段を駆け下りて行くのは三女の三玖。
「三玖!」
久々に会った三玖は風太郎に近づき、手を握る。
「いらっしゃい」
「ああ、三玖・・・」
見た感じ、彼女は特に異常はなさそうだ。ただ単純に部屋に閉じこもっていただけらしい。
グゥー
そんな三玖をみて安心した風太郎はおなかの音を鳴らせた。
「そういや、腹減ったな・・・なぁ三玖・・・」
「はいはい!あたしが作るわ」
せっかく専門学校で習っているのだ。三玖の料理を食べてみたいと思ったが発言を遮るように二乃が準備を始める。
「二乃。私が作る。風太郎は私をご指名」
「・・・大丈夫なのね」
「うん。フータローがいるから・・・がんばる」
そう言って三玖がキッチンに入ると、メニューはオムライスとのこと、三玖が初めて作ってくれた料理なのを思い出す。その時は見た目はぐちゃぐちゃのお好み焼きの様なものだったが、どれほど成長したか楽しみでもあった。
バターで鶏肉、刻んだ玉ねぎ、キノコの香りをフライパンから漂わせる。香ばしい匂いだ。
「いい匂いだ・・・」
そう言って香りを堪能している横で、二乃は若干そわそわと三玖を心配そうな目で見つめてくる。しかしその心配とは裏腹に、手際のよい作業。ご飯とトマトソース入れ、チキンライスの完成。以前と比べて動きが断然よくもなっている。
「・・・よし」
何か決したように、三玖がチキンライスの味見をする。見ている限り大丈夫そうであったが、味付けに何か問題でもあったのだろうか?落ち込んだ表情をしてる。
「フー君。味見してあげて・・・私部屋に戻るわ」
二乃がそう言うのでキッチンへ行き出来上がったチキンライスを一口食べる。
「普通にうまい・・・だが、甘いな若干」
味音痴である風太郎は別に気にはしてないのだが、普段オムライスを口にする際には感じない甘さだった。
「・・・ねぇフータロー」
「なんだ三玖?」
「私・・・もう料理しない」
「・・・は?」
いきなりであった。専門学校にまで通って料理の勉強をしたいと言っていた三玖がもうしないと言い出した。
「え?急に・・・いやいや、もったいないだろ!?料理作れるようになって・・・」
「私・・・もう感じない」
「・・・え?」
「味がね・・・塩を舐めても砂糖を舐めても同じ味」
チキンライスが甘く感じたのは塩の代わりに砂糖を入れたかららしい。だが、決してわざとではない。調味料がわかりにくい二つのものを三玖は舐めて確認をした。しかし彼女は何も感じない。三玖には味覚がなくなってしまった。
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3話 私はやっぱり・・・
「ごめん・・・フータローのためならって思ったけど・・・」
中野三玖。彼女は専門学校で勉強したいほど料理が好きで夢中なものだった。しかし、彼女の味覚は無くなった。その結果が、今のオムライスの途中である、チキンライス。塩と砂糖の判別もつかない。
だが、一生懸命作ってくれたチキンライスを風太郎はもぐもぐと食べ進めている。
「や、やめて!美味しくない・・・でしょ・・・」
「・・・あ!オムライスだったな。早く卵で包んでくれ」
そう言うが三玖は取り上げるようにチキンライスの皿を持ち出し、その後の調理工程に入ろうとはせず
「・・・!」
意を決したかのようにそれをシンクに捨てた。
「三玖!?」
「ごめん・・・でも、もう・・・」
三玖は限界だった。自分の熱中出来るもの、目指していたこと、それが急に奪われてしまった。そのショックは計り知れないものだろう。しかし、風太郎はあきらめなかった。三玖にはもっと料理を続けてほしい。夢を諦めないでほしい。そんな考えからのとっさの行動だった。
「・・・いただきます」
そう言うとシンクに捨てられて水でべちょべちょになったチキンライスを手づかみで食べだす。
「フータロー!やめてよ!」
泣きながら必死に止めようとするが、お構いなしに続けて行く。
「お願い!もうやめ・・・」
「止めてほしいか!だったら!もう一度俺にオムライスを作れ!!」
「・・・えっ?」
「不安なら俺が調理手順進める都度に味見してやるし、準備ができたら遠慮なく呼んでくれ」
「フー・・・タロー・・・」
そう言って風太郎は三玖の手を引いてキッチンに立たせる。そして三玖も涙を拭いてもう一度、先ほどの手順でチキンライスから作り始める。
「フータロー。塩取って」
「ん」
今度は調味料など風太郎に確認してもらうながら進めて行く。そして一口分小皿に盛りそれを風太郎に渡す。
「はい、味見よろしく」
「そういや・・・三玖が最初に作ってくれたのもオムライスだったよな」
味見をする前にそんなことを風太郎がつぶやいた。
「うん。二乃がまだ反抗期だった時だね」
「急に料理対決って言いだして、勉強できなかったっけ」
「・・・そう言えば、あの時かな」
「あむっ・・・何がだ?」
「・・・始めようって思ったの。それで味はどう?」
「美味い!さっきよりも!」
「・・・フータローって味音痴だよね?」
「そ、そんなことはないぞ!正直に美味いと思ったから・・・」
「あの時の二乃が作ったダッチベイビーと私のぐちゃぐちゃオムライス・・・誰がどう見たって、二乃のほうが美味しそう・・・ううん、美味しいって答えるよ。でも、フータローが私のオムライス美味しいって、全部食べてくれて・・・それが、嬉しくて・・・」
徐々に涙をすする音が聞こえてくる。
「フータローが・・・好みの女性で、りょ、料理上手って・・・いって、頑張って・・・失敗も・・・多かったけど・・・皆にも美味しいって言ってもらえるようになって・・・」
「三玖・・・」
「好きになって・・・得意になって・・・夢中になって・・・」
そして、浮かべていた涙が、ぽたぽたと垂れ始める。
「味覚がない人が・・・料理しても・・・いいの・・・かな?」
味が感じないから。そんな障害一つで可能性を潰すなど言語道断だ。
だが、こんなことを考えるは正直きれいごとではあるし、偽善者の様な考えだ。だが、否定しただけでは何も始まらない。彼女の人生だ。進むも止まるも彼女が決める。
「三玖。そんなの誰も止める権利はない。俺もサポートするぞ。それに・・・」
以前彼女にも伝えた言葉。当時はコンプレックスのようにも考えていた彼女の好きなもののこと。
「自分の好きなものを信じろよ」
「・・・ありがとう。」
そうして最後の仕上げ、卵に入る。二個の卵に牛乳、塩コショウを加え、気泡が残らないように混ぜる。
「フータロー、卵の焼き加減は?」
「そんなのも出来るのか?じゃあ半熟のとろとろのやつ」
「わかった」
そう言って卵を多めの油を敷いたフライパンにいれかき混ぜながら形を整える。
そして、ある程度火が通って来たら、半分に寄せて、三つ折りにする。そしてそれを皿に盛りつけたチキンライスに乗っける。
「はい。フータロー・・・お待たせしました」
そう言って出来上がったオムライスをテーブルに運び、最後にケチャップをかけるだけだが、
「フータロー、食べる前に洗面所で手を洗ってきて、入念に、三回くらい」
「お、おう」
そういって風太郎の姿が見えなくなったのを確認すると、オムライスにケチャップで絵を書き始めた。
相合い傘、そこに、風太郎と・・・私、三玖の名前を書き、それを眺める。
「・・・///」
恥ずかしそうにスマホで写真をとり、しっかりとお気に入りフォルダに入れる。それと同時に三玖は再認識した。
「(やっぱり・・・まだ・・・)」
「洗ってきたぞ、三回」
「ひゃっ」
風太郎に見られる前に、スプーンでケチャップを塗るように広げて、先程のものの形跡は残らないようにする。
「お、かけてくれたのか、サンキュー」
そういって席につき、一口食べる。ドキドキしながら三玖が見てくるが、そんなに緊張しないでもいい。
「うん、旨い」
「よかった」
フータロー。私、料理続けるよ。美味しいっていって貰えることが嬉しいのを教えてくれたのはあなただから。
きっかけをくれたあなたが一緒なら、頑張ってみようって思う。それに・・・
「やっぱり、好き」
誰に聞こえないように、独り言を呟いた。
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4話 前日
昼食を食べ終えたが、他の姉妹の食事はどうしているのだろう?三玖と皿洗いをしながら、考えていたら。三玖が察したように答えてくれた。
「二乃がね、ショックで部屋にこもってる皆の様子を見てくれて・・・」
「なるほど、相変わらずの姉妹思いだな」
姉妹の中で二乃は一番思っているのだろう。風太郎のことも好きであるが、もし、姉妹の誰かと、風太郎を天秤にかけた時、彼女は姉妹を取る。そんなの良い人間だ。
「じゃあ次は四葉の様子を・・・」
自分の欲ではあるが、本当は一番に四葉に会いたかった、しかし、二乃には最初に一花の部屋に案内され、その後三玖が自分から出てきたので、成り行きで進んでいった。
「・・・ねぇ、フータロー」
「なんだ?」
「実は二乃から聞いた話なんだけど・・・」
二乃が言うには、四葉は昨日から何も食べていないらしい。他の姉妹は二乃が作った料理を全部とは言わないが、口にはしている。しかし、四葉だけ、一口も食べてくれなかったらしい。
「・・・・・・」
体育大学に進学し、体を動かすことが得意な四葉が診断されたのは筋肉の麻痺。症状がどんなものかまではわからないが、あまり自由に動けないだろう。
「ひとまず、様子を見に行こう」
ちょうど皿洗いを終えたタイミングで、四葉の部屋に向かおうとするが、ガチャッと二乃が部屋から出てきた。
「フー君。ちょっと・・・」
そう言って手招きをされるので、目で行ってもいいか?と三玖に尋ねる。
「うん。私は夏休みの課題をする、リビングでやるから何かあったら頼ってね」
久々に二乃の部屋に入る。以前と比べて落ち着いたような部屋になっている。ベッドの上でクッションを抱えたまま待っていたのでその横に座る。
「・・・流石ね」
「何がだ?」
「三玖のこと。料理しないってあれだけ言ってたのに、あんな簡単に自身取り戻させるんだもん」
「・・・正直、俺は無責任な発言をしたのかとも思う」
「何よ?」
「味覚障害を持つ三玖は料理をやめる。現実的で模範的な判断をあいつが下した。だが、俺の勝手で、あいつをまた苦しむんじゃ・・・」
「ふざけんじゃないわよ!!」
そう言って抱え込んでいたクッションを風太郎に投げつける。座り込んでいる風太郎を見下すかの様に言い放つ。
「いい!!あの子が抱えていた問題をあんた力で導いた!私じゃ・・・出来なかったのよ・・・」
前日。時刻は正午。姉妹がそれぞれ、大変な状況になってしまったのをパパから聞いた。それぞれ、部屋にこもっている状態らしい。
「あの子たちが、こんな状態なのに、これから手術なんだ。申し訳ない二乃君。」
「だから、君は止めて。わかってる、あの子たちを何とか引き出して見せるわ。それに、色々、してくれたみたいだし」
以前住んでいた部屋が、リフォームされており、階段もなくなりエスカレーターとなり、段差という段差は無くなった。父が医者なので医療や福祉用具等はすぐに集められた。
「よし、まずは腹が減ってはなんとやら!」
そう言って五人分の食事を作る。今回は材料もあまりないので、簡単におにぎりとお味噌汁。日本人らしい昼食だ。
「みんな!お昼出来たわよ!」
そう呼んでみたものの、誰も部屋から出る気配はなかった。
「あー・・・しょうがないな」
一つ一つをプレートに乗せて、一人前ずつ運んでいく。最初は一花の部屋。
「・・・あ、二乃」
「ほらお昼。せっかくだからリビングで食べましょ」
「・・・・・・」
「あ、そっか」
耳が聞こえていない一花には聞こえていないのでメールで文章を送る。
スマホを見るように指示し、二乃の言いたかったことを確認する。
「そうだね・・・えっ?」
二乃が送ったメールのその一通前の未読メール。事務所から届いたメールだ。
件名はハリウッドの件について
「中野一花さんお世話になっております。マネージャーの・・・」
読み上げていき、最後のほうにこう書かれていた。
「今回、誠に残念ではありますが・・・降板という結果に・・・嘘・・・」
お声をかけていただき、初めて受けた海外のハリウッド映画オーディション。それなりに大きな役を勝ち取り、ハリウッドデビューをするはずだった。しかし、一花のこの状況。事務所は一花を休職にするよ判断した、それにともない、ハリウッドのデビューも降板になった。
「・・・ごめん。二乃、一人にして」
そう言うが、二乃もひかない。まずは五人全員がそろうこと。彼女はそれを目指してた。
「いえ、まずはみんなでご飯食べましょ」
聞こえてはいないだろうが、無理やりにでも部屋から出そうとするが、一花が言うつもりもなかった言葉を漏らした。
「いいよね二乃は・・・何もなくて」
「!!・・・良いわよもう!!」
そう言ってガチャンッと大きく音を立て、持ってきたおにぎりと味噌汁のプレートを置き、そのまま部屋を出て行った。
「・・・なんなのよ」
怒りながらも怒れない自分に嫌気がさしたが、ここでへこたれるわけにはいかない。次は三玖・・・
「三玖!入るわよ!」
今度は三玖なので若干ではあるが、強気に入っていく。当の本人は机に向かって何か、雑誌を読んでいた。
「何やってんの?」
「仕事探してる」
「バイト増やすの?パン屋で働いてるじゃない」
そう言って二乃は三玖の見ている求人雑誌をのぞき込む。バイトも増やせるくらい三玖は元気なのだろうと思い二乃も安心したのだが、そうではなかった。
「・・・もう、やんない」
「え?」
「料理や飲食とは関係ないところで働く。専門学校も辞める」
「なんで!あれだけ料理好きだったじゃない。あんなに上手になって・・・」
「・・・あむ」
そう言って、二乃が作ったおにぎりを一口食べるが、残念そうな顔をする。
「お米、塩のざらざらは感じるのにしょっぱさはない。梅干しも・・・酸っぱくない」
そんなさみしそうな彼女の表情を見て二乃は提案をする。
「わ、私がサポートするわ!三玖!ほら、何でも言って!チョコの時も教えたじゃない!今から作る?私見てるから!」
「大丈夫。でも・・・フータロー」
「え?」
「最後にフータローに食べてもらったら、もういい」
三玖の意中の人。彼に食べさせれば、料理が諦められるのだろうか・・・彼女の考えを尊重すべきなのか・・・でも・・・
「わかった・・・私はもう何も言わないわ」
そういって二乃はさみしそうに部屋を後にした。
「三玖・・・あなたとお店・・・やってみたかったんだけどな・・・」
二乃は自分のお店を出すほかにささやかな願い。三玖が一緒にお店をやってくれたらとも思っていた。もちろん三玖のやりたいジャンルや、自分でお店を出すなら、それはそれで応援していた。
料理もめきめき上達して、このままじゃ追い抜かれるかもっていうくらい。
それで店内の新商品を二人で出し合って作って実食して・・・皆に評価してもらって、勝ったほうが商品化・・・とか・・・
「・・・やりたかったな」
ささやかな願いは叶わぬ夢となってしまった。
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5話 前日その2
へこたれるわけにもいかない。次は四葉の部屋。先ほど、ショックがあったが、妹の前でそんな情けない姿をさらすわけにもいかない。
「四葉!お昼・・・」
「入らないで!」
「え?」
部屋に入る前に、中から急に叫ばれた。しかし、このままにしてはいけない。
「いいえ!入るわよ!」
そう言って無理矢理、部屋に入るが、四葉はベッドの上で寝ていた。
「え・・・あ・・・」
焦ったような表情の四葉だが、何か隠してるのか・・・
「ほら、お昼持ってきたわ」
「あの・・・二乃・・・」
「何よ?」
「・・・気にならないの?」
質問の意味がよくわからないが、不安そうな彼女のためになるべく明るい話題にする。
「何よ?・・・フー君とどこまで行ったかは多少気になるわ」
「え?・・・あ、そう・・・だね。よいしょ・・」
そう言って上体を起こす。彼女の筋肉がマヒしているのは下半身のみ、つまり、手は動かせるので、上体を起こし寝転がっている状態から座る形になった。
「それで、この前、ウェディングドレスの試着を予約したんだ!」
「あら、私も乱入しようかしら」
「ダメだよ!・・・でも・・・」
「どうしたのよ?」
「風太郎がこの姿見て、嫌いに・・・」
「それはないわ!もしそうだとしても、私が許さない」
食い気味に言い放つ。四葉の不安を取り除くためでもあるが、風太郎がそんなことをする人間だとも思えないので自身満々に答える。
「だよね・・・だといいな・・・」
まだまだ、不安そうではあるが、こればかりは風太郎が判断するしかないが、彼はそんなことで、四葉を嫌いになったりはしない自信はあった。
「はい、じゃあ、私戻るから食べ終えたら、置いといて、後でとりに行くから。」
他の姉妹と比べて、上手くコミュニケーションは取れていたし、二乃自身も手ごたえを感じていた。だが、夜、再び様子を見る頃にもプレートに置かれた食べ物はそのままだった。
「最後に、五月・・・」
彼女の部屋にノックをする。しかし、反応はなかった。正直こんなにバラバラになるなんて思っても見なかった。高校生活から姉妹の絆は深まっては壊れ、また強くなり、姉妹で好きな人を取り合って・・・
「もう・・・ダメなのかな・・・」
諦めたように、これ以上触れず、リビングに戻ると、自分用に残していた昼食がなくなっている。
「あ、二乃!これ食べちゃったんだけど・・・大丈夫だ・・・よね?お腹空いちゃって・・・」
「五月ぃ!?」
諦めかけていたのだが、五月はすでに部屋を出ており、あろうことかしっかりと昼食もいただいていた。
「ダメだった!?昨日からそう言えば何も食べてなくて!」
「ふふ・・・アハハハッ」
二乃は笑った。久々に、いつもの姉妹の姿を見るのが、非常に嬉しかった。
「え?二乃?大丈夫ですか!?」
「ううん。あんたは大物だと思っただけ!」
そう言って二乃は五月様に持ってきていた自分の昼食をテーブルに置く。そしておにぎりを半分にする。
「あんた用に大きめに作った。食べる?」
「はい!いただきます!」
そう言って、バクバクと食べ進める。相変わらずの食いっぷりだ。
「ねぇ、五月・・・フー君呼ばない?」
「上杉君・・・まぁ、彼に任せれば、今引きこもっているのも出てくるとは思いますよ」
「だよね!じゃあ、連絡・・・」
「私は反対」
「え?」
「彼をとても信用してる。だけど、卒業してからも彼におんぶにだっこのようなことをしてもいいものなのかと思う。彼に頼っていいのは四葉だけだと思います」
「あんた・・・ホントにそれでいいと思ってるの!?今皆の状況が・・・」
まさか反対の意見が出るとは思ってもなかった。確かに、彼と出会ってから、頼りっぱなしで、勉強だけでなく色々なことに強力をしてもらい、迷惑をかけた。だが、現状を打開するには彼の力が必要だ。
「ええ、わかってます。ですが、私は・・・もう彼に迷惑をかけたくありません・・・呼ぶのは構いませんが・・・私は一人で大丈夫。そうお伝えください」
そう言って五月は立ち上がる、そしてテーブルの端をなぞるようにし、壁を伝い、部屋へ向かう。
「・・・五月」
確かに今の行動を見れば自分で克服しようと頑張っている。彼女は視覚を失った。
父が言うには全盲ではなく弱視。若干ではあるが見えてはいる。しかし、どんな状況かは本人にしか分からないだろう。
「五月の言いたいことも分かる・・・でも」
そういって、父に電話をする。だが、留守電のようだったので用件だけ伝える。
「パパ、フーく・・・上杉風太郎君を呼んで欲しい・・・もう、彼にしかどうにもならない・・・」
そう伝え、二乃も疲れてしまい、部屋に引きこもった。
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6話 ごめんな、四葉
「フー君。あんたは三玖に対して、最高のことをしたの!だから、そんなこと言わないで・・・本当なら、私がしてあげたかった・・・」
「すまん。二乃・・・」
彼女が諦めてしまったことを風太郎はやってのけた、そんな自分の情けなさに、涙を流す。しかし、そんなことはない。こんな状況になりながらもよく一人で動いてくれていた。
「いいの。ごめん。変な感じになった・・・」
そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼女も追い詰められていたのだろう。
「スッキリしたいし、シャワー浴びてくる・・・フー君も一緒に入る?」
「バ、バカ!お前・・・」
「ジョーダンよ・・・あんたには何回も私の裸見られたから、今更って感じだけどね」
そう言って彼女は目の前でバスセットを取り出し始めた。そして、替えの下着等も。
「・・・・・・」
「アラー、興味あるのかしらー」
白々しく、挑発してくる。若干だが、元の二乃に戻ってきてもいそうだ。先ほどの話を聞いてる限り、二乃もだいぶ疲れ切っていたのだろう。
「ねえよ」
「なんかムカつくわね。そう言えば四葉の朝食の食器まだ下げてなかったわ」
そう言って、風太郎は二乃と二人で四葉の部屋の前に立ち、二乃がノックする。
「四葉ー、朝食の下げに来たのと、あんたの大好きなフータロー君が来てるわよー」
そう言って、二乃が扉を開けた瞬間だった。
「ゴホッ!?」
扉のすき間からものすごい異臭を感じ、むせた。だが、二乃は気づいていない様子だった。何か変なものが鼻の近くを通ったのか・・・気のせい?
「に、二乃!二乃だけ入って!」
「フー君悪いんだけど・・・」
そう言われたので、部屋の外で待機をしている。それよりも、気になったことがあった。二乃は全く気にしていない。鼻を集中させてみると、発生源は四葉の部屋からだっった。
「あーあ、四葉。今日も食べなかった・・・」
そう言って残された、朝食のプレート。何も手をつけられていない状態だ。
「二乃・・・四葉が食べない原因・・・わかったかもしれない・・・」
「え?」
あまりそうあってほしくないが、風太郎の頭に浮かんでいるのが一番考えられる。そして、風太郎が行くのは一番危険でもある。だが、風太郎は決断した。
「だが、これは俺にやらせてくれ」
「・・・信じていいのね?」
「ああ、それともう一つ・・・」
風太郎の提案したものは二つ。一つは自分が呼ぶまで絶対に部屋から出ないでほしいこと。二つ目はその時になったら言うとのこと。リビングで課題を行っていた三玖にも伝え、風太郎は始めることにした。
四葉の部屋。風太郎は無礼にノックもせずに入っていく。やはり部屋から、ものすごい異臭がする。
ベッドの上ので掛け布団にくるまっている四葉は誰かが入ってきたのを確認し、それが風太郎と認識したとたんだった。
「で、出てって!!お願い!!」
そう言って彼女の周りに置いてあるもの、動かせる上半身を使って、手元に届く物、雑貨や、目覚まし時計、スマートフォンなど、ありとあらゆるものを投げつけてくる。だが、立ち止まったりはしない。四葉が風太郎に会いたくない気持ちは本人もわかっている。逆なら俺も絶対に拒絶する。しかし、状況が状況だ。
「お願い・・・やめてよ・・・」
泣きながら、風太郎を拒絶する四葉。だが、風太郎は四葉の目の前に立つ。
「・・・四葉」
ぎゅっと掛け布団をつかみ、離そうとしない四葉。やさしく声をかけるが、怯えるような泣き顔しか見せてくれない。
「や、やめて・・・なんでもするから・・・お願い!!やめて!!やめて!!!」
「ごめんな」
そう詫びて彼女が死守していた掛け布団を無理やり剥がす。
「・・・やっぱりな」
決して一花の様に裸でいたわけではない。足が動かせない彼女、だが、人間の生理機能として仕方のないことだった。下半身が汚れてしまい、パジャマに沁みついてしまっている。いつからか分からないが、彼女自身も不快であっただろう。そして、これ以上するわけにいかなかったので食事には手をつけなかった。
「やめてって・・・言ったのに・・・」
子供の様に泣きだし始めた。無理もない、こんな姿は誰にも見られたくない。ましてや、自分の大好きな人に見られるなんて、もってのほかだ。
「大丈夫・・・大丈夫だよ・・・」
そう言って四葉の頭を撫でながら、彼女を落ち着かせる。まずはそれが最優先だ。親が子供をあやすようにやさしく丁寧に彼女の途切れ途切れの言葉を聞いてあげる。
「もっと・・・早く二乃に頼めばぁ・・・」
「うん。そうだな・・・」
「でも、・・・迷惑・・・だし、は、はずかし・・くて」
「うん。恥ずかしかったな・・・」
「と、特に・・・ふうた・・・風太郎に・・・は・・・知られ・・・たく・・・なくて。き、嫌いになっ・・・なっちゃうかもって・・・」
「大丈夫。怒らないし、嫌いにもならない」
「ほ、ほんとぉ?」
「ああ、本当だ」
そう言うと、四葉はすごく安心した表情を浮かべた。徐々に涙も止まって落ち着いてきたようだ。きたのでとりあえず現状を改善しなければならない。窓を開けて換気し、おぶって四葉を風呂場まで運ぶ。
「風太郎・・・汚れるから・・・」
「そこは気にすんな・・・それよりもぉ!」
おんぶで風呂場まで運ぼうとする。服が汚れることに関しては致し方ないとは思っているが、それよりも単純に運ぶ力がない。リビングに車いすがあったが、今後使うものを汚すわけにもいかない。部屋を出て、すでに一階にまでは降りたものの、そこから、力を振り絞り、なんとか風呂場までたどり着けた。
「じゃあ、二乃呼ぶから・・・」
上は自分で脱げるが、下は難しいだろう。それを流石に、風太郎がやるわけにはいかなかったので、二乃を呼ぼうとする。しかし、四葉は服の裾をつかみ、止めた。
「あ、その・・・ううん。なんでもない」
「・・・わかった」
脱がせてほしいというよりは、他の姉妹にばれたくはないのだろう。しかし、四葉は嘘をつくのが下手でもあるので、ある程度はばれてしまうだろうが、彼女の意思を尊重するようにした。
そして、浴場の椅子に座らせる。ここからは、一人でもできるだろう。
「扉の前にいるから、なんかあったら呼んでくれ」
「うん。ありがとう。風太郎」
そういって扉を閉め、四葉がシャワーを浴び始める。本当は風太郎がここにいるのは四葉にとって恥ずかしいのだが、もし転倒でもした際、助けられないので、待機をする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言の中、シャワーの音だけが響く。そんな中、声をあげたのは四葉だった。
「私、どうなっちゃうんだろう・・・」
「四葉?」
「・・・すごく悔しくて、恥ずかしくて、泣いちゃって・・・これからも一人でトイレもできないようになっちゃって・・・」
確かにそうだ、彼女の下半身の筋肉は麻痺。俗にいう神経障害の一種であろう。まだ数日しかたっていないが、彼女は現にそれでミスをしてしまっている。
「風太郎・・・別れ・・・」
「別れないぞ」
「え?」
「あー、別に四葉が俺を嫌いになった・・・とかだったら・・・まぁ、その・・・考えはする!」
そう言われてもきっぱりと別れることはできない風太郎だが、そんなことより、四葉はきっとこう考えている。
「ただ、自分がいては迷惑になってしまうとか、そう言った自責の都合は却下だ」
「・・・いいの?」
「正直、色々苦労はすると思うが、頑張ろう」
そう言うと、四葉からの返事はなかったが浴場からシャワーの音に混ざってグスッとすすり泣く音が聞こえた。
数分して浴び終えた四葉から声がかかり、全身を拭く。湯冷めで風邪をひいても困るので、念入りに・・・
「・・・悪い」
「うん・・・・大丈夫」
触れるのは仕方ないが四葉もそれを承諾した。その後、四葉の部屋の適当に見繕った服を着させ、リビングにあった車いすを使い、四葉を乗せて、リビングに連れていき、ソファーに座らせる。
「じゃあ、俺は部屋片づけておく、何かあったら呼んでくれ」
そう言って四葉の部屋に向かいベッド関係のものから手をつけようとする。さすがに使えないので、新しいものを買うしかない。とりあえず、布団は干し、部屋は換気と除菌スプレーで匂いはどうにかなった。
その後、四葉に以前、泊まり込み勉強で借りた服をまた貸してもらい、自分の服は洗濯した。
「四葉ー。終わったぞ」
「あ、ありがとう風太郎」
そう言いながら、ソファの四葉の隣に風太郎が座る。しかし、以前の様に四葉は彼女の魅力の一つでもある明るさを失っている。
「ここまでしてくれるなんて・・・やっぱり、風太郎はやさしいね」
「・・・なんで俺がお前のためにここまでするかわかるか?」
そう言って四葉を抱き寄せ、そのまま、頭を風太郎の膝の上に置く。膝枕のような形になる。
「好きだから・・・だ・・・」
「///!」
「・・・お返しだ」
高校二年の中間試験後に四葉にやられたこと。今度はそれを逆の立場で風太郎がからかう。四葉は顔を赤く染め揚げ、風太郎は少し小ばかにしたように笑っている。
「それに言っただろ?お前は俺の支えであり、俺はお前の支えでありたい。俺に何かあったときは逆に支えて貰うからな」
「なんか・・・不安が一つ消えました」
彼女は自分の力で起き上がろうとする。しかしバランス崩れる。しかし、倒れこみそうだったところを風太郎がしっかりと支える。
「支えたくて、支えてくれる人がそばにいてくれるから」
そう言って四葉の顔から笑顔がこぼれる。不安とは風太郎が自分のもとを離れていってしまうのではないかという不安。だが、四葉は風太郎はいつでもそばにいてくれるという、根拠のない確信があった。
「ありがとう。風太郎」
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7話 二乃の決意
時刻はそろそろ夕方。昨日から何も口にしていない四葉は二乃、三玖を呼び、何か食べさせてあげるように頼んだ。そこでなぜか料理勝負が始まってしまった。中野家では今では恒例行事になっているらしい。
今回は二乃VS三玖&風太郎(味見のみ)という形だった。
「じゃーん!ポルチーニ茸のピッツァ!」
「フィットチーネ・カルボナーラ」
二乃はキノコを多く使った、アツアツピザ。三玖は幅広のパスタを使った、カルボナーラ。どちらもイタリアンのお店ですぐ出せるレベルに美味しい。テーブルに座らされた風太郎と四葉が食べ始める。
「すごくおいしいよ!この料理」
「ああ、この釜玉うどんスゲーうまい!」
「それうどんじゃなくてパスタ」
風太郎の料理の知識の乏しさはさておき、二人で張り切りすぎたのか結構な量が出てきてしまったが、何とか食べ霧、風太郎と四葉はソファで休み。二乃と三玖は皿洗いをしている。
「ふぅ、うまかった。もう晩飯入らねぇ・・・ほんとにいいのか?皿洗いくらいやるぞ?」
「いいわよ。四葉の相手してあげて。美味しかったでしょ?私を彼女にすれば毎日これが食べられるわよ」
二乃がそうやってわかりやすく挑発してくる。
「え!?ふ、風太郎!ダメだからね!」
「あー、わかってるって」
四葉あまり揺らすな。逆流しそう。
「フータロー・・・」
「なんだ三玖?」
「わ、私・・・も・・・///」
二乃と同じようなことを言いたかったのだろうが、恥ずかしくなり口には出せなくなってしまった。
「そういや、四葉」
「風太郎?え?何・・・」
風太郎が若干怒っているような表情を浮かべている。何かしてしまったのだろうか・・・そう思っているとみある一枚の紙を見せつけてきた。
「お前の部屋掃除してたら、こんなのが出てきた」
そういって見せてきたのは大学での四葉の成績表。体育大ということで実技関係に至っては問題なく寧ろ高得点をマークしている。しかし問題は筆記だった。
「保健教育学と健康心理学の単位落としてんじゃねーか!!」
「えへへへ・・・必須ではないので・・・その、優先順位が・・・」
「笑ってる場合か!罰として、お前にはまた勉強をしてもらうぞ!!」
「えー!また!?」
「・・・懐かしいわね」
ふと、二乃がひとりでにつぶやく。あの二人には聞こえていない様だが、三玖には聞こえていた。
「うん。高校生の時はこんな感じだった・・・まだ、二人足りないけど・・・」
そう、まだ、一花と五月がそろっていない。彼女たちが今熱中してるもの。目指しているものにどのくらい影響してしまっているのか?
現に一花は、ハリウッドデビューの降板を言い渡された。五月はまだ会えていない。無理やりにでも会いに行くべきなのだろうが、彼女は風太郎の助けを必要としていない・・・しかし、彼女なりの考えがあっての事、不器用で真面目な彼女だからこそ言えるのだ。風太郎はもうみんなのものじゃない。四葉だけのものだ。
「あ、風太郎・・・トイレ行きたい」
四葉がそう呟いたので抱きかかえて、ソファから車いすに乗り換えてる。トイレに連れて行こうとするが、風太郎は一つ確認したいことがあった。
「三玖。悪いんだが、四葉を連れてってくれないか?」
「わかった。行くよ四葉」
そう言って洗いものの手を止めて四葉をトイレまで運ぶ。そして代わりに風太郎が三玖の代わりに洗いものをすることにした。
「あら、休んでていいのよ。もう終わるし」
そう言って二乃が最後の一枚の皿を片づけようとしたときだった。
「・・・鼻か?」
「!!」
ビクッと反応した二乃は皿を落としそうになったが、ぐっとこらえた。
「鼻?なんのこと?」
「とぼけるな・・・お前嗅覚がないだろ?」
「・・・・・・」
確信は先ほどの四葉の件。異臭を放っていた部屋に対して、二乃は無反応だった。さすがに何かアクションを起こしても良かったと思うが、それでも気にしてはいなかった。
「・・・なんでわかったの?」
「最初の時、急に匂いかぎだしたのが・・・」
「それだけ?」
確かに、今思えばあの行動もそうだったのだろう。風太郎が来てそうそう、スンスンと匂いを嗅ぎだし、妙な表情をしたのはそうだったのだろう。
「・・・まぁ、一応、確信はある。だが、理由は聞かないでほしい」
「・・・ねぇ、皆には内緒にしてもらえる?」
「別に、内緒にする必要は・・・」
正直、四葉は気づいているだろうが、二乃は自分のことを周知していない。皆に隠す必要がどこにあるのか?そう考えた風太郎だったが、二乃なりの考えがあった。
「ううん。私はみんなの中ではマシ・・・この言い方は同じ症状で苦しんでる人に対して失礼だけど・・・それに私は何もないって方が、みんな遠慮しないで頼ってくれるでしょ」
「・・・二乃」
彼女の姉妹への思いやりは相変わらずだった。たしかに彼女も実は障害を抱えてしまい・・・と知られたら、皆が皆、気を使い、誰が誰を頼るべきなのかわからなくなってしまっている状況になるのを予測したのだろう。
「でも、フー君。私は結局何もできなかった・・・三玖も四葉もあなたのおかげで立ち直れている。私じゃダメだったのよ・・・」
「・・・何が、みんなの中ではマシだよ。お前も十分苦しんでいる」
直接嗅覚のことが関係しているわけではないが、自信が誰も頼れない状況。それを数日間ではあるが、一人、不安や、ストレスも多かっただろう。そんな彼女の負けん気の強さが裏目に出てしまう。それに彼女は料理人。影響は先ほどの調理では問題なかったが、影響がないわけない。
「でも私・・・」
「・・・二乃。お前が最初にいてくれてよかったと思ってる」
「な。なに急に・・・」
「来た時、正直、四葉が心配でたまらなくて、そればかり考えていた。でも、お前がいなければみんなの状況を見て俺はすごくパニックになってたと思う。二乃がいてくれたから、俺も落ち着けたと思う」
「・・・そう、かしら」
「ああ、家庭教師の時は一番協力的じゃなかった二乃が今は一番に協力してるなんてな」
少しいたずらに笑い皮肉を言う風太郎に二乃は少しカチンときた。それと同時に、自信の気持ちを再確認した。
「あ・り・が・と・ね!」
強引に風太郎の唇を奪う。風太郎も急な展開にそのまま拒みはせず、受け入れてしまった。
「フー君。あんたにもう一度言うわ!」
そう言って、急な状況に腰が抜けた風太郎に二乃が見下すように言う。
「ほんの少しでも隙なんて見せたら私はあんたを奪ってやるんだから!」
「・・・ああ、改めて、肝に銘じておくよ」
「二乃・・・まだ・・・」
誰かがその様子を恨めしそうに眺めていたのを二人は気づかなかった。
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8話 五月の心情
三玖が車いすを押して四葉がトイレから戻ってきてというものどうにも、ソファに座っている風太郎と距離が近い・・・というより右腕をロックして絡んでる二乃に三玖が問いかける。
「二乃。近い。フータローが迷惑してる」
「えー?そんなことないわよ?ねー?フー君」
「・・・はぁ」
先ほど出来事で枷が外れたのか二乃が暴走しだした。そして、それをよく思っていない人物がむーっと頬を膨らまして眺めている。
「二乃!おっぱい当てて誘惑しないで!風太郎もニヤニヤしない!」
そう言って四葉に指摘される。彼女に指摘されると謎の修羅場感がある。
「ニ、ニヤついてねぇよ!」
「・・・フータロー最低」
「三玖!?お前まで?」
ちなみに風太郎は先ほどから二乃の絡ませている手を必死に離そうとしているが、どうしても離してくれなさそうなので諦めている。正直一刻も早く、一花や五月の様子を見に行きたいのだが、一向に離してくれない。二乃乃ため込んだ部分が吐きだされていると考えれば、仕方ないと考えるようにした。
「風太郎!早くソファに座らせて!抱っこで!」
そうして、器用に車いすを動かし、風太郎目の前を陣取る四葉。
「フータロー。今度、インドカレー作るから味見役してね」
風太郎の左に座りスパイス関係の本を見せつけてくる三玖
「(・・・なんだこのハーレム)」
らしくもないことを思ったその時だった・・・上の階から、ガチャッと扉の開く音がした。
「うるさいですよ・・・」
そう言って壁を伝いながら、器用にエスカレーターを下りて行く、そして、風太郎たちの目の前に立つ。
「上杉君・・・やはり来てしまったのですね」
「五月・・・お前大丈夫なのか?」
二乃から聞いた話によると、彼女は弱視とのこと。全盲ではないので、全く見えないわけではないらしい。
「・・・離しなさい」
急に冷たい、態度で二乃が絡ませている手を引きはがそうとした。
「ちょ・・・五月!?痛い!」
反射的に離し、ようやく右腕が解放されてありがたいが、そんな無理に引きはがすことはないはずだ。
「三玖。味見役は私がやります」
そして今度は三玖のスパイスの本を取り上げる。
「わ、私は・・・フータローに・・・」
彼女に怒りに触れてしまったのかわからないが、機嫌が悪いのは確かなようだ。そして今度は四葉になにか言うのかと思ったが、そうではなかった。
「ほら、上杉君。四葉が待ってますよ。ソファに座らせてあげてください」
「あ、ああ・・・」
ストレスで八つ当たりをしている・・・というわけではなさそうだった。四葉と風太郎に対してはいつもの五月・・・と言った印象だった。とりあえず、五月の言われた通りに四葉を抱きかかえようとする。
「い、五月、大丈夫だよ!風太郎も、ありがとね」
そうして、急に遠慮してしまい、そのまま車いすに戻った。
「五月!あんた急にどうしたのよ!?」
「理由を聞かせて。納得できない」
確かに、二乃と三玖に対しての、態度は謝らなければいけないことではある。しかし、五月はこういい放つ。
「上杉君は四葉の彼氏です。二乃はそこら辺のマナーを守ったほうがいいかと・・・三玖は味見でしたら私ができます。上杉君よりも味の評価はできますよ」
そう言い放つと、二乃は正論を言われバツが悪い表情を浮かべる。しかし、三玖はまだ反論をする。
「フータローは約束してくれた。味見役にいつでも頼んでくれと、だから・・・」
「上杉君。空いた時間は四葉のために使ってあげたほうがいいんじゃないですか?」
「五月。二人で話そう」
一旦場を落ち着かせたいがためにとりあえず、二人の場を設けることを風太郎は提案した。弱視になってからのストレスなのか、俺自身も冷静さを取り戻したい。
「私の症状についてですか?私は弱視です。もともと私は目が悪かったので、苦労は少ないです。ご安心を・・・これでいいですか?」
この感じは、最初の時の様になるべく関わりを持ちたくないように風太郎を遠ざけている。その気まずい雰囲気の中。そう言い放つと今度は二乃と三玖に宣言する。
「上杉さんには四葉の部屋のみ通ってもらうことにしましょう。その間、他の姉妹は関わってはいけない・・・」
「な、なによそのルール!」
「反対。私はフータローと・・・」
「五月!俺は・・・」
「上杉君。あなたは四葉をもっと大事にしてあげなさい。特に今は他のことに時間を取らせるわけには・・・」
パチィン
騒がしい中乾いた音が響いた。それに目を向けると、五月を頬を叩いて、車いすから乗り出している四葉の姿だった。そしてそのまま車いすからうつ伏せに転げ落ちる。皆急いで起こそうとするが、四葉が話始める。
「風太郎は・・・」
「え?」
「風太郎は!姉妹皆を大切にしてくれる!そういうところが好きなの!」
そう言って地面に伏せた状態で四葉は五月にそう言い放つ。そして風太郎が起こすとまたさらに、言いだした。
「風太郎とデートするときもいつもみんなの近況を嬉しそうに聞いてる風太郎が好きなの!独占できるのは嬉しいけど、私だけにかまうなんて・・・そんなの私の好きな風太郎じゃない!」
「四葉・・・」
風太郎は四葉がそう思っていてくれたことに少し照れてしまったが、今はそれどころではない。四葉を車いすに戻し、五月のほうを見てみる。すると、叩かれた頬をなぞりながら、フルフルと震えていた。
「私・・・だって・・・」
なにかつぶやいた後、五月は急いで部屋に戻ろうとした。
「あぅ・・・」
しかし、勢い余って壁に激突してしまい。頭も抑え、フラフラになりながら自室に戻っていった。そんなお茶目な一面もあったが、皆の心情は笑ってはいなかった。
「(五月・・・)」
その部屋を見つめ、すごく心配な気持ちになる。しかし、出てくる気配は全くなかった。
「みんな・・・上杉君・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
五月の部屋。ベッドの上で泣きながらそう言って風太郎と初めて撮ったプリクラの写真を見つめながら心の中でこう思っていた。
「大丈夫・・・まだ見える・・・大丈夫・・・だい・・・じょうぶ・・・」
さらに、祈るように、それをつぶやき続けた。
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9話 条件
五月が部屋にこもってからというもの姉妹や風太郎がノックをしても戻ってくることはなかった。食べ物でも釣ってみたが、反応はなし。
「・・・五月」
先ほどの反応は尋常じゃなかった。普段の五月からは考えられない行動だった。それに、最後に何か言っていたようだが・・・そう考えていると玄関のほうから扉の開く音がした。
「ただいま」
その正体は仕事を終えた五つ子の父マルオだった。前日から手術だったらしく、一度風太郎のために家に戻ってた休憩時間以外、ぶっ続けで勤務していてようやく帰宅した。
「おかえり。パパ」
「おかえりなさい」
「おかえりー!」
「お義父さん。おかえりなさい・・・」
そう言って三人の出迎えに表情は変わらないようにも見えたが、少し嬉しそうな雰囲気を感じた。
「・・・上杉君。君にお父さんと言われる筋合いはない。一花君と五月君は?」
「・・・まだあまり、動きたくないみたい」
二乃が現状を伝えるが、少し不安げな表情をする彼女に彼は落ち着いた行動をとる。
「そうか、二乃君。お疲れ様。君の面倒見の良さがあったからこそ、家を任せられた。ありがとう」
そう言って娘にだけ見せるような和やかな表情。以前はそんな表情は見せたこともなかったが、彼も五つ子との関わりで変わっていっているのだろう。
「だ、だから君は止めてって・・・まぁ、どういたしまして・・・」
少し照れた表情をする二乃。
「三玖君。少し、軽食を頂きたい。何か簡単なものでいいから作ってくれないか?」
「うん。わかった。おにぎりかなんかでいい?」
「ああ、よろしく。四葉君。車いすはどうだい?何種類か用意したが、不備や欲しい機能があれば新しいものを用意するが」
「うん。これで大丈夫!ありがとう!」
「そうかい。でも、そればかりではなく、歩行訓練を日に日に行うようにしよう。不恰好になってしまうかもしれないが、歩けるようになるから」
そう言って彼女たちの現状を把握したのか、親というものは恐ろしいとも思った。精神的に追い込まれていそうな二乃には頼りがいがあるとやさしい言葉をかけ、料理をしないと言っていたが、自信を取り戻した直後の三玖に対して料理をお願いしたり、四葉にも気にかけつつ、希望を持たせるように次のステップに取り組む指示をする。そして、テーブルに座ると今度は風太郎を見てきた。
「そして、上杉君。君にアルバイトを提案したいのだが、時間はあるかい?」
「え?」
そう言って取り出してきたのは簡単にまとめられたA4の資料。風太郎にも座るようにそれを読み上げる。
「今回はリハビリテーション・・・つまり、理学療法士、言語聴覚士、作業療法士と言ったところだ。アットホームで楽しい職場。給料は相場の5・・・いや、7倍だ」
「それって国家資格が必要なんじゃ・・・」
確かの上記の三種は国家資格が必要となるもの、資格は愚か、福祉の専門に関しての勉強など触れてこなかった風太郎にとっては戦力にもならないだろう。
「これは決して、私の経営している病院の雇用ではない。家庭教師同様、私との個人的な契約だ。二乃君からの推薦もある。簡単にお手伝いさんという形で構わない少し、考えてもらえないかい?もちろん、君にも予定はあるし、プロでも難しい仕事だ。自身を優先してくれて構わないし、やらないというのであれば、それも構わない」
そう言って先ほどの資料をまとめ上げ、それをクリアファイルに入れて、風太郎に丁寧に渡す。そして、その表紙を眺めていると、マルオはリモコンを取り出し、テレビを見始める。まさかの恋愛青春ドラマで現在、女子中高生に大人気の作品「恋に恋する乙女の恋心」という作品を鑑賞し始めた。
「・・・そういうの、見るんですね」
「内容に興味は無い。一花君が出ているからね」
そう言うと、二乃が近づいてきて耳元で囁く。
「パパは一花の出てるドラマや番組は全部チェックしてるのよ」
それを聞き、この方は本気で娘たちを愛しているのがわかる。実の娘というわけではなく、自分の憧れた人の子供と言うだけでは説明がつかない。そして、このアルバイトも、風太郎を信用してのものだとも思う。
現状の娘たちを誰かに預けるというのは相当の信頼がないと頼めないことだと思う。しかし、風太郎には思うところがあった。
「(今の俺に・・・)」
自信はないわけではなかった。彼女たちからの信頼はあるし、更には、好意を持ってくれている。専門的な知識などは、一から覚えて行けばいい。だが、先ほどの五月と話すチャンスすらつかめなかった風太郎にできるのかどうか不安になってしまっていた。
「たぶん、今の状態では、五つ子の全員からは承認されない・・・と思います」
先ほどの、五月の態度を見ると、そうなるだろうとも思っていた。部屋に行って、私は大丈夫です、それより四葉との時間を・・・と強気に突き放す彼女の光景が目に浮かぶ。
「なので!五月を納得させるまで、お時間いただいてもよろしいでしょうか!」
そう頭を下げて、自らに課題を作った。このままでは五月は納得しないだろう。彼女のことも考えての発言だった。
「・・・わかった。だが、期限は三日だ」
それに応じたマルオは簡単に承認票を作り、五つの枠を作る。その上に五つ子たちの名前を書きだした。
「全員から、承認票にサインをもらうこと。代筆はばれるからね」
そう言ってそれを渡すと同時に、三玖が軽食を持ってきた。
「ありがとう、三玖君。これを食べたらまた仕事に戻る。その前に二人の様子も見に行く」
多忙である彼は子の休憩が終わった後また病院に戻るとのこと、そして、マルオはまだ部屋から出てきていない一花、五月の体調をチェックしに向かった。
そして、その間に、二乃が風太郎が貰った承認票にサインをする。
「はい、これ」
それを三玖に渡し、三玖も同様にサインする。
「うん。はい」
四葉も同じくサインする。
「はい、風太郎」
四葉からそれを受け取り、サインの五分の三が開始一分ほどで埋まった。
「あんたは逃がさないから」
「フータロー。またよろしくね」
「よっろしくおねがいしまーす!」
風太郎の要望によりマルオから提示された条件をクリアすべく、彼女らの力も借りることにした。
そして、風太郎自身も、彼女らを助けたい気持ちを強く表した。
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10話 答え
マルオは一花、五月の診断を終えて、また、病院の業務に戻ると言われた。玄関で見送りを行っている中、風太郎だけ一緒に外に出るよう言われた。
「彼女たちは今はゆっくりさせておいてくれ。上杉君。今日はありがとう。長い時間を取らせてすまなかったね」
「いえ、そんな・・・もしよろしければ、泊まってでも・・・」
「・・・上杉君。もっと紳士的な対応をしろ。男性を娘の家に泊まらせるなんてことを親は快く思わないということを」
メンチを切るように威圧され、風太郎自身も自分の発言のまずさに気づき、委縮してしまっている。
「はい・・・すみません」
「・・・四葉君とはうまくやっているのかい?」
「はい、健全なお付き合いを・・・」
「もう二年たつのに、甲斐性無しか君は」
父親から娘との状況を聞かれることがここまで緊張するとは思っても見なかった。とりあえず、無難な答えを出したつもりだったが、お父さんからまさかの返しが来て内心言ううべきか悩んでいた。
「こういう発言は親として・・・いや、道徳的にはどうかと思うがね、四葉君と別れるという選択は君の中ではないのかね?」
「いいえ。それはあり得ません」
「そうか、だが、口で言うのは簡単だ。彼女は今、何もできないと言っても過言ではない。もし、二人が結婚をしたいと考えた時、彼女の仕事の選択肢は少なく、主に君の収入で生活していく。家事についても彼女の出来ることは限られている。それも君がフォローする。日常生活のことも介助していく。そんな状態を毎日続けるということだ。実際、患者の中では事故により身体障害を負ってしまった妻に疲れてしまい見捨てての離婚というのケースも見る。私は今の彼女になってしまったという理由で別れても、何も言わない・・・」
「・・・俺は四葉がいてくれる。それが今、何よりも支えとなっています」
「君は社会を知らなさすぎる・・・後悔のない選択を・・・」
そう言って彼はエレベーターに乗り、そのまま降りて行った。
マルオが言っていることに考えが行かなかった。四葉との将来・・・それを考えた時に、彼女はどう思うのだろうか・・・迷惑なので、とか考えそうだが、何とかして、彼女の考えを改めるように姉妹とも協力して・・・ああ、こう考えてる時点で・・・
「俺の答えは決まってる」
マルオの言っていることは医者の視点からの現実的な意見なのがわかる。それに、心配もしてくれているのだろう。実際に患者さんの中でそのようなことが起こり、心身疲れ切ってしまうのもわかる。実際ニュースで、介助に疲れてしまい、殺人を犯すなどのケースもある。
「おかえりなさーい!お父さんと何話してた・・・えぇ!?」
玄関前で出迎えてくれた車いすの少女。急に彼女を抱きしめたくなった。でもなぜか、彼女と一緒なら、今のことも、未来のことも頑張れる気がする。
「あ、あの風太郎・・・恥ずかしいんだけど・・・」
「悪い。なんとなくな・・・」
少し名残惜しそうに、風太郎が離れて、二人でリビングへ向かう。そして、事情を説明し、今日は帰らせてもらうことになった。
「出来れば、このまま残っててほしいけど、まぁ、あんたに迷惑かけるわけにもいかないしね」
「フータロー。次はいつ来れる?」
「明日にはまた顔を出す。この承認票に一花と五月のサインも貰わないといけないしな」
風太郎が自ら出してきた条件として、五つ子に風太郎がまたアルバイトをしてもよいかということを求めさせてもらうもの。そのためには彼女らとの交流は不可欠だ。
「わかった。また明日」
「ああ、最後に一花と五月にも・・・」
「あの二人ならもう寝ちゃってる。さっきお夕飯届けた時に様子見たら、もう寝ちゃってたみたい」
二乃にそう言われたので彼女たちには伝えておくように頼んだ。そして風太郎が荷物をまとめて彼女たちの部屋を出る。
「・・・またね。風太郎」
「ああ、また明日」
そう言って風太郎のハードな五つ子姉妹の出来事が終わり、今日は実家へ帰ることになっている。
メールも、らいはからメール着信が届いてきていた。
お兄ちゃん!今日はカレーうどんだよ!
早く帰ってきてね!
妹にもせかされているので少し速足で帰ることにした。
そして二年前までは住んでいた帰路にたどり着く。大学に通ってから、何回か帰ってはいるが、やはり懐かしさを感じる。相変わらず、ボロッちぃ。
「ただいまー」
「おかえりお兄ちゃん!」
そう言って久々に妹の笑顔を見て何も変わっていないとまた懐かしく思う。らいはももう中学生で、背も伸び女性らしい体つきにはなったものの、風太郎から見たら、ただの可愛い妹だ。
「親父は?」
「お仕事だって!」
「ったく、息子が帰ってくるというのに・・・」
オヤジは仕事で今日は帰ってこれないとのこと。とりあえず、夕飯であるカレーうどんを頂くことにする。
「いただきまーす」
夕飯前に二乃と三玖の料理対決の際の満腹感がまだ残ってはいたものの、らいはがつくるカレーうどんはうまい。そのおかげかするすると食べられた。
「誰かとこうやって夕飯食べるの久しぶりだな~」
「親父は仕事だもんな、悪いな。一人にさせちまって」
「ううん!大丈夫だよ!つい最近までは五月さんともよく食べてたし!」
「五月と?」
「うん!目が見えなくなっちゃったんだってね・・・」
「知ってたのか!?」
まさか、らいはにそのことが伝わっているとは思ってなかった。マルオから伝わったッとは思えない、ということは本人か?
「あ、お兄ちゃんも知ってたんだ・・・うん。お出かけとかの約束もしてたんだけどね・・・」
そう言って寂しそうに、そして、心配そうな表情を浮かべている。
「だって、左目は見えなくて、右目が五十円玉の穴から見る感じらしいよ。やってみたけど、すごく見えない」
「!?」
驚きを隠せなかった。五月が自身の状況をらいはにここまで話しているとは思ってもなかった。そして、彼女は問題ないとは言っていたが、思って居たものよりもひどい状況だとも思った。そして、風太郎も先ほどのらいはが言っていた状況をやってみる。左目をつむり、右目で五十円玉の穴を覗く。
「!!」
これが五月の見ている世界。彼女の視界をすべて理解したわけではないが、その、異常なほどの視界の狭さの中、彼女はあれだけ冷静さを保っていて他の心配もしている。いや、そうではない。
「あいつは・・・追い込まれている・・・」
らいはには笑顔でいてほしいと思っている彼女が、自ら心配させるようなことを言うとは思わない。らいはにすら、助けを求めている状態に風太郎は焦りだす。そう思っていると電話が鳴りだした、相手は四葉だ。
「もしもし、風太郎」
「ああ、四葉、実は」
「お願い。そのまま聞いて、明日、デートしよ。朝九時にマンションのエントランスに来てくれないかな?」
「いや、それよりも今は五月を・・・」
「うん。わかってる・・・あ、えっと、リフレッシュも必要!だよ!・・・お願い、信じてもらえるかな?」
「・・・わかった。明日迎えに行く」
「ううん。エントランスで待ってくれればいいから!じゃあ明日!」
何か四葉は考えがあるのか、わからないが、彼女を信じることにした。確かに自身のリフレッシュも必要だ。明日はこの前中断されたデートの続きを行うことにした。
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11話 デート?
翌日、時刻は朝の九時になり、昨日四つばと約束した通り、タワーマンションのエントランスで待機している。
すると、マンションから四葉。そして、彼女の車いすを引いている二乃が下りてくる。正直二乃は不機嫌そうだ。
「来たか」
「ふ、ふ、風太郎!お、おはよう!」
「・・・おはよ、フー君」
四葉は緊張?というわけでもないが、なぜか顔が赤くなってしまっている。そして、二乃は妙な表情をしながら返事を返してくる。
「はい、じゃあ、後はフー君お願い。私まだ寝るわー」
「わかったが、あんまグータラすんなよ」
そう言って、彼女を引き渡すとそそくさとマンションへ戻っていった。
「それにしても、リフレッシュね・・・」
彼女の顔をじーっと見ながら、風太郎はつぶやく。その表情を見て彼女が、元気よく
「じゃあ、行きましょー!」
と号令をかけて、二人で久々のデートに向かった。とは言ったものの、四葉の状態を考えるとデートスポットは限られている。ひとまずは馴染みのあるお店に向かった。そこは高校の時に風太郎がアルバイトをしていて、現在は二乃が勤めているケーキ屋。
「いらっしゃい裏切者の上杉君」
「店長・・・バイト辞めただけでしょ!」
「二名様ね、今椅子どかすから・・・中野さんの・・・四葉さん?はそこに座ってて」
店長も何かと中野姉妹とは交流があり、時間はかかるが、誰が、どんな特徴をしているのかはわかっている。中野家のオレンジのショートカットの見た目は四葉だ。
「さて、何食おうかな・・・」
そう言って彼女にも見やすいように二人でメニューを見て行く。その中で彼女に合いそうなものがあった。
「ケーキバイキング。九十分で1500円ドリンクバー付きか・・・これにするか?」
「え、うん。それがいいな!」
そういって二人分それを注文する。俗にいうバイキング形式になっており、並べられているケーキを取りに行くシステムだ。今は客足も薄いため、一緒に見に行ける。
「早く!早く行きましょう!」
少々興奮気味な彼女が急いで車いすを走らせようとするので、風太郎も注意しながらついて行く。そして数々の並べられたケーキを見て、さらに彼女は興奮している。
「わー!すごい!」
「俺は・・・抹茶ケーキにするか。お前は・・・」
そう言って風太郎は自分の分のケーキを取り、彼女の分も取ろうとするが、迷ってるようだ。
「シンプルなショートケーキ・・・いや、このブルーベリーチーズケーキも美味しそうも!」
そう言うと、風太郎はその二つを皿に取り、
「いくら食べても、良いんだ。昨日もあまり食えてないし、今日はやけ食いしようぜ!」
そう言って風太郎も自分の分のケーキを増やすと同時に彼女も、他の欲しいケーキを取るように言われた。
そして、テーブルに戻りケーキが合計で8個、二人で相当な量を取ってしまった。
「飲物取ってくる。俺はコーヒーにするけど、どうする?」
「じゃあ、同じのお願い」
彼女がそう言い、ドリンクバーコーナーのコーヒーを入れて彼女の元へもっていく。
「あー、おいしい!」
その間に彼女はすでにケーキを一つ食べ終えていた。顔の周りにクリームが、ついてしまって、まるで子どもだ。
「・・・ほら、こっち向け」
そう言って彼女をペーパーで拭いてあげる。だが、彼女の笑顔を久々に見れて嬉しかった。
「あ、そう言えば二乃が作ったメニューあるんだった。それも食べるか」
あれは人気メニューの様なので、ケーキバイキングの対象外らしいので、単品で注文する。
「自分の考えたメニューに載るって言うのはすごいな」
「そうだねー」
そう共感をするが、彼女はすでに三個目に突入していた。
「よく食うな」
「え?あ!・・・変かな?」
「ま、食わないよりはいいだろ・・・さて、バイキングだから元は取らねーとな!」
そう言って風太郎もようやく自分のケーキを口にする。
「美味い。三玖・・・好きそうだな」
三玖の好物は抹茶なので、たぶん気にいると思う。あの摩訶不思議にな抹茶ソーダさえも愛飲している彼女だ。気に入らないわけがない。しかし、味覚を失ってしまった彼女に勧めるにも勧めることはできない
「え?三玖?」
「ああ・・・味が感じないって、結構辛いな」
「・・・そう・・・だね」
「でも、あいつは料理人を目指してるんだ。俺があいつの舌の代わりにならないといけない」
「・・・そうだね」
少し暗い雰囲気になってしまったものの、店長がナイスタイミングで注文したものを持ってきてくれた。
「はい、五種のフルーツロールケーキお待たせしました」
「ああ、ありがとうございます」
そうして持ってきたのが二乃が店内のコンペでメニュー化をケーキ。五種のフルーツをペーストにした、フルーツジュース風のクリームが美味しく、子供や女性客に人気な商品だ。
それを、食べようとするが、彼女は急にキョロキョロしだしたら、風太郎が手元に持ってきたロールケーキを目にやる。
「・・・あーん」
「え!?」
風太郎が一口分に分けて彼女の口にもっていく。風太郎も若干顔が赤く照れているようだ。
「あ、あーん」
それに応じて、もぐもぐと口にするが、彼女の顔も真っ赤になっている。
「・・・美味いか?」
「うん(味がわかりません・・・)」
そんな初々しいカップルの様にケーキ屋を過ごした。
時刻は正午。次に風太郎が図書館に向かいたいというので二人で図書館へ向かった。
「あ・・・」
その際、先ほどのケーキやと比べて人が多いので彼女への興味の視線が突き刺さっているのがわかる。なので、急いで風太郎は求める本を探した。
「悪かった、居心地悪かったろ」
「ううん!大丈夫」
明るく振る舞っているが若干無理しているのもわかる。そして、風太郎が求めている本のコーナーへ向かう。
「一花に五月は・・・これと、これと・・・これも使えそうだな・・・」
独り言のようにぶつぶつと言っていて何を言っているか聞き取れないので何冊か、横から何を取ったのか覗いてみる。
手話、点字、接し方の本、車いすの教本、料理本、リハビリの方法・・・
「これって・・・」
「ああ、もしあいつらのサポートが出来るようになった時に色々学んでおかないとな・・・もちろん本人が勉強したいって言ったときだけに役立つだろうが、準備しないわけにはいかない」
そして彼女の顔を正面から見て、こう宣言するように言う。
「俺は、四葉とだけじゃなくて、五つ子みんなと未来を歩いて行く。そのためだ」
そう言ってそれを借りに、受付に行こうとするが、袖をつかまれて、止められる。
「・・・なんだ?」
「あ、その・・・何でも・・・ないです」
赤くなった表情から、少しシュンとした表情になるが、気にせずに、そのまま風太郎は受付へ向かった。
「(そんなの・・・私はもっと・・・)」
そんな気持ちを彼女は胸の奥にしまい込んだ。
そして、その後は町をぶらぶらする、彼女が車いすで人の目線を気にしているようなのでなるべく静かな場所を散歩する。すると、彼女から声をかけてきた。
「これ、五月からもらったんだけど・・・」
そう言って出してきたのは映画のペアチケットだった。期限は今日までとなっていて、時間的にもちょうどいいし、ここから離れてもいない。
「ああ、そうするか」
風太郎も承諾し、映画館へ向かった。夏休みということもあり、少し混んでしまっている。並びながら彼女と、どの映画を見るかを決めることにした。
「どれにする?」
「俺今の流行りとか、わからないしな・・・これでいいんじゃないか?」
そう言って風太郎が指さしたのは、犬が主人公の映画、ワンダフルだ。
「じゃあ、それにしましょうか!」
彼女が嬉しそうに答えるので、彼女も見たかったのだろう。受付につき、その映画のチケットを購入しようとするも、席がすでに埋まっているらしい。
「でしたら、カップルシートをご利用なさいますか?」
「だって、いいか?」
「・・・はい///」
受付が進めてきたのはカップルシート、二人の空間専用席ということだ。ここの映画館は個室になってもいるらしく。せっかくなので、そこにすることにした。
案内されたのは、一般席の少し高いところにある個室。そこに横になれるくらいの大きいソファのような椅子が並べられている。
「ほら、行くぞ」
席に移動させるため彼女を抱えようとする。しかし彼女はこのままみたいと言いだしたので車いすに座ったままの観賞となった。
「俺ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って風太郎が何か思い付いたように出て行く。その間彼女は一人考えていた。
「・・・ダメ。しっかりしないと」
自分の喝を入れるようにパンパンと頬を叩く。彼とのお出かけで、緊張してしまっている。
「よし!」
そう気合を入れたと同時に、扉が開き、風太郎が帰ってきた。
「悪いな」
「ううん!大丈夫だよ!」
そう言って先ほどとは違い明るく接してくる。そして風太郎は彼女にあるものを渡した。
「ほらこれ・・・必要かわからないけど、一応借りてきた」
そう言って彼が渡してきたものは何かの端末とそれに繋がれたイヤホンだった。
「・・・これは?」
「音声案内・・・それつければ、目の見えない人でも映画の状況を解説してくれるんだってさ」
「!!」
彼女に冷汗が流れる。四葉は足が動かないだけでこれは必要ない。しかし、今彼女にはこれは必要だった。
「・・・五月」
そう言って風太郎は彼女の髪の毛をやさしくスッと掃ってみると、ぱさっとオレンジの短髪のウィッグが落ちた。赤の長髪が目に映った。
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12話 五月の本音
先ほどから、デートしていたのは四葉・・・ではなく、それに変装した五月であった。映画館の個室カップルシートで五月は焦りと、不安の表情を浮かべる。そして、車いすから立ち上がる。
「いつから・・・ですか?」
「最初から・・・四葉ほどじゃないが、変装得意じゃないな、お前」
かといって五月も下手というわけではない。実際、ケーキ屋の店長は四葉だと思い込んでいた。
「・・・五つ子の見分けはもう完璧ですね」
「ま、お前らと過ごした時間はそれなりにあるからな・・・こう話すのも、久しぶりだな、五月」
昨日は全くと言っていいほど、話を聞いてくれなかったし、一方的に会話を終わらせていたが、今日はしっかりと目を見て話してくれている。
「・・・すみません。だますようなことをしてしまって」
「大方、四葉の発案だろ?・・・いいや、お前とこうして落ち着いて話せる機会が出来たんだ」
「でも、彼女の四葉ではなく私とこんなところ・・・」
彼が最初から気づいていたということは今までの行動を振り返っても、わかった。わざわざ、ケーキバイキングにしたのも、図書館での宣言も今の映画も犬の話なのも、彼は私だと最初から知っていての今回のプランだった。
「・・・そんなに、四葉以外の姉妹と俺が交流を持つのが不満か?」
一番の原因はそこだ、五月は四葉以外の姉妹とは関わらず、四葉だけにかまうべきだという。その理由が知りたかった。
「その、ですね・・・あなたは四葉以外には優しくしない・・・いえ、構わないほうが・・・だって、期待・・・しちゃうじゃないですか?」
「え?」
「あなたと付き合えるって・・・思っちゃうじゃないですかぁ!一花も二乃も三玖も私も!それなのに・・・諦めてられなくて・・・こんな不安の中、あなたがいてくれるだけで、期待しちゃうじゃないですか!」
「お、おい、五月落ち着け?というかお前も好きだったのか・・・俺のこと」
「は、え・・・あ」
今まで五月には直接好意を伝えられたことはなかったので、風太郎自身も驚いている。そして、自分の発言を思い返し言った自覚のある五月は泣き顔になりながらも、真っ赤に顔を染め上げた。
「・・・もう、いいです」
そう言って、今度はカップルシートにうつ伏せになり、顔を見せないようにした。
「・・・五月」
「私が、自覚したのは四葉が上杉君とのお付き合いを正式に認めてもらおうと奮起してた時です」
うつ伏せになりながらも話しかけ始める。
「でも、もう遅い。それに、私の中では二人の交際は応援していました・・・でも・・・」
そう言うとうつ伏せをやめてこちらを向く。そして、風太郎の目をはっきり見ている。
「ここで、頼ってしまったり、優しくされたら、まだ私はあなたを追いかける・・・一花も二乃も三玖も・・・もう・・・これ以上好きになっちゃいけないのに・・・」
そう言って五月は胸の内を語り始めた。真面目過ぎる彼女故にこの考えなのだろう。確かに、彼女がいるのに別の女性が恋愛的な好意を抱くのは良いものとは言えないだろう。
「別に、俺は・・・」
「現に二乃に・・・キスされてましたよね」
「・・・見てたのか」
少しまずい表情をした風太郎。前日の彼女の嗅覚障害を見切った時の話だ。言い訳になるが、台所で彼女から急に迫ってきていきなりのものだったのでそのまま受け止めてしまった。
「ちょうど目に入ってしまいました・・・二乃が無理矢理迫ったのも知っていますので・・・」
「よく見えたな・・・らいはから聞いた、五十円玉の穴からのぞくような視界・・・」
「お義父さんからはそう伝えられました・・・でも・・・」
「五月?」
「怖いんです・・・もし目をつぶって開けたつもりなのに、あなたやみんなの顔が、周りの景色が、私の将来が、全部真っ暗になって・・・徐々に視界が狭まっているんじゃないかって・・・」
確かにそうだろう、日に日に彼女は視界の変化に恐怖を抱いている。急に弱視を診断され、もしかしたら明日には何も見えなくなってしまっているという恐怖は本人しかわからないだろう。
「五月・・・」
そう言っている彼女を慰めようと手を伸ばすが、パチンと拒否される。
「だから!!・・・優しくしないでっていったじゃないですか・・・余計な気遣いは傷つけるだけです・・・」
そう言うが、慰めて欲しそうに辛い表情を浮かべている。今すぐにも彼女を何とかしたいが逆にそれは彼女から拒否されてしまう。しかし、風太郎には逆効果でもあった。そっちがその気なら、こっちはこう返す。
「だったら!」
そう言って五月の頭に先ほど落ちたオレンジのウィッグ。つまりは四葉の髪形を頭に乗っける。その行動に五月自身もポカンとしていたが、風太郎は続ける。
「今日の俺は四葉とリフレッシュデートのつもりで来たのに、お前が来た。つまりは、お前も二人の時間の邪魔をしたということになる!」
そう言って強引にカップルシートに座らせ風太郎もその横を陣取る。
「罰として、今日はお前が四葉の代わりだ!」
「は、ちょっと!?何を言って・・・」
「デート邪魔されたから、優しくしてやるつもりもない!」
そう言い放つとちょうど、映画が始まった。そして暗くなったので、五月は音声案内の端末を見失ってしまった。しかし、風太郎が彼女の耳にイヤホンを付け、端末の電源をonにする。
「あの、上杉君!まだ話は・・・」
「四葉。観賞中だから静かにしろ」
そう言って、彼女の話を無視して、彼女を四葉と呼び、映画を見るように言う。しかし彼女は止まらない。
「あの!」
「なぁ、四葉。五月は大切な存在だ。正直、あいつとの出会いは最悪だった。ま、今思えば俺が最初の印象を悪くしたんだけど、最終的にはあいつは協力してくれた。らいはもスゲーあいつのこと好きみたいだし」
今、風太郎は横にいるのは四葉のつもりで話している。なので、五月に対してのことを何か隠しながら言う必要はない。
「・・・・・・」
「それに好きって言ってもらえたのは・・・嬉しかった」
「!!」
「でも、俺には四葉がいる」
「あっ・・・」
「まぁ、それであいつらとの繋がりは消えないけどな、四葉と結婚して、親戚になったら、嫌でも顔を合わす機会がある。五月は義妹になるのか?・・・想像できないな」
「・・・義妹・・・じゃなくてお嫁さんに選んでほしかったって思う・・・かも・・・」
「・・・そっか、じゃあ、ちゃんと謝らないといけないな」
彼女の言葉に風太郎は少しドキッとしてしまったが、冷静を保つ。
「・・・本当に・・・優しくない・・・」
「何か言ったか?」
「何でも・・・ないよ。あのね、上杉く・・・風太郎」
「なんだ?」
「映画終わったら、後で五月が話あるって・・・言ってた・・・ちゃんと聞いてあげてほしい」
「・・・わかった」
そう四葉が言い終わると、二人は映画が終わるまで言葉を発さなかった。
そして映画が終わり、ぞろぞろと一般客が出て行き、個室のカップルシートの二人も、出て行く準備を終えたが、部屋を出ようとはしない。
「少し、待っていてください」
そう言って彼女は部屋をでてすぐに戻ってくる。その姿は四葉ではなく、五月だ。
「・・・五月」
「四葉から、聞いてると思います・・・お話があります」
「ああ、なんだ?五月」
しっかりとお互いに見つめ合い、緊張の独特の空間が生まれる。そして、五月が覚悟を決めた。
「私・・・上杉君が好きです!」
「・・・ああ」
「本当に・・・好きです・・・」
「・・・ああ」
「あなたの彼女の四葉よりも・・・あなたを想っています・・・」
「ごめん。五月」
「わかってます。わかってますからぁ・・・」
徐々に涙を流していたが、止められなくなり、そしてそれを見られたくないために、風太郎の抱き着くように胸を借りる。
「・・・上杉君・・・本当に・・・優しくない・・・」
「・・・悪かったな。嘘つけなくて」
「ううん・・・ありがとう・・・ございます」
彼はもう四葉にしか気持ちがないのだろう。私の告白なんて茶番劇だ。でも、伝えたかった。あんな、成り行きで知ってしまったのではなく、私の口から、私の言葉で、本当の彼への気持ちを・・・
そして、時刻は夕暮れ。二人はその後映画館を出てから、若干気まずくはなってしまったものの、五月を送りに行くため二人でタワーマンションへ戻ってきた。そして、インターホンを鳴らし、部屋の扉が開く。
「あ!えっと・・・ふ、ふうたろ、じゃなかった。うえーすぎくん。お、遅い!」
「・・・何やってんだ四葉?」
出迎えてくれたのは、五月。の格好をした四葉だ。変装ひどくなりすぎじゃないかと思っていたが、そうでなくても風太郎の横に本人がいる。
「あ、五月!・・・ばれちゃったんだ」
「ええ。私の負けです」
そういって五月は壁を伝い、リビングに帰ってくる。しかし、そこには少し嫌悪感をあらわにした、二乃と三玖の姿があった。
「・・・おかえり」
「・・・ただいま」
短く言葉を交わし、ソファに座る。
「負けってなんだ?」
玄関の四葉をリビングに連れて行く途中で聞いてみると、姉妹間で色々やっていたらしい。
「えっと・・・今日のデートばれなかったら、五月のいうこと聞いて、五月がばれたら承認票書いてもらうってことに・・・」
とにかく、風太郎をだしになにか裏で執り行われていたようだ。まぁ、実際、この機会がなければ五月と話せることすらなかったが・・・
「義兄さん。承認票があるんですよね?」
「ああ、五月。書いてくれるのか?」
そう言って、準備していた、承認票を取り出し、五月の欄にサインをもらう、これで残りは一花だけだ。
「・・・良いのか?」
もらった後なので今更だが、決して本人の了承ではなく、勝負に負けたからという理由だ。
「私の考えを覆すつもりはありません。ですが、義兄さんはちゃんと、弁えている様なので、他の姉妹にも・・・今じゃなくていいので、ちゃんとハッキリさせておいてください」
そう言って承認票を渡してきて、部屋に戻ろうとする。しかし、二乃と三玖には気になることがあった。
「ねぇ、五月・・・ちょっと聞きたいんだけど・・・」
「何ですか?」
「さっきから、フー君を義兄さんって呼んでるのは・・・何?」
「フータロー。これはどういうことか説明して」
二乃は五月に、三玖は風太郎に問い詰める。風太郎のほうは急に呼ばれたので身に覚えがないし、指示をした覚えもない。
「もし、四葉と結婚したら、私は義妹になるので、今のうちに、呼んでおいてもおかしくはないでしょ?二乃も義姉さん・・・お義姉ちゃんと呼んでもらったらどうです?」
「フー君が・・・おねぇちゃん!?」
※二乃妄想
「二乃お義姉ちゃんのケーキうまい!」
「お義姉ちゃんの料理は最高だな!」
「好きだよ・・・二乃お義姉さん・・・」
「・・・わ、悪くないわね」
少し顔をニヤつかせながら、考える。そして、それを聞いていた三玖も同じようなことを考えている。
※三玖妄想
「三玖義姉さん、料理教えてほしいんだけど・・・」
「もう、フータローはお姉ちゃんがいないとダメなんだから」
「ありがとう。義姉さんは頼りになるなー!」
「可愛い・・・かも///」
同じようににやけながら浸っていた。しかし、二人はその妄想を払い。
「フー君!とにかく、あと一花だけね!」
「フータロー。頑張ろうね」
そう言って妄想から抜け出して、いつもの呼び方に戻った。
「やっぱり、そうですか・・・」
私が義兄さんと呼ぶのは・・・私の逃げでもあります。もう私の思いは彼には届かない。だから、この呼び方にしている。
「五月。お前、腹減ってないか?」
「え?」
「らいはがカレー作ってる。それで、ぜひ来てくれって」
ホント、センチメンタルになっているところで、そうやって・・・優しくない。
「はい!らいはちゃんにも会いたいですし!」
そう言って、私の恋は終わった。でも、私はあなたと姉妹と未来を歩いて行くことに決めました。
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13話 笑み?
「なぁ、五月」
「なんです?義兄さん」
「それ定着させるつもりか?」
「ええ、私はそう呼び続けるつもりです」
「・・・まぁ、かまわんが」
「じゃあ、そうさせていただきます」
らいはに夕食の招待をされ、風太郎と五月は上杉宅までの道、そんな会話をしていると、家が見えてきたころにはすでに外で、らいはが待っていてくれた。
「五月さん!」
そう言っトコトコと近づいてきて、ギューッと五月に抱き着く。
「らいはちゃん。ごめんね、急に連絡できなくなって」
「ううん!またこうして一緒にご飯食べてくれるから私は嬉しいよ!もしよかったらお泊りも・・・」
「らいは、急に無理・・・」
「はい!そうしましょう!」
そんなつもりはなかっただろうが五月が承諾してしまった。以前も上杉家には泊まったこともあるし、らいはも喜ぶからいいのだが・・・そう思っているとらいはが五月をお泊りが楽しみのせいか急がせるように案内させていたので注意する。
「らいは。ゆっくりな」
「あ!はーい!五月さん、手つなぎますね!」
視覚に問題がある五月に、らいはと五月が手をつなぎ二人が風太郎の先を行く。そんな姿を見てなぜか風太郎は笑った。
そして、自宅に戻り、すでにテーブルに並べられた、上杉家特製カレーの匂いを嗅ぎ、五月のお腹はグゥーとなった。
「五月さんは大盛だよ!」
「ふふっ、ありがとう、らいはちゃん」
そう言って、それぞれ席に座り、五月の皿は風太郎やらいはよりも二倍くらい盛られている。ちなみにメニューはカレーとミニサラダ、そして卵焼きだ。
「じゃあ、いただきます!」
「・・・いただきます」
そう言う五月だが、スプーンの位置を必死に探そうとしているので、らいはが彼女の手にスプーンを持っていく。
「はい!どうぞ!」
「ありがとう」
「らいは、そう言うときは五月の目線・・・正面の中心から、何時の方向に何があるって教えるのがいいぞ」
目が見えていない場合の食事はこうやって教えると、図書館で借りた本に書いてあった。慣れない場合は正面に手をかざして貰い、そこから、時刻の方向を言う。
「えー!でも渡してあげたほうがいいじゃん!」
「ああ、出来る限りそうしてあげたいが、五月も感覚を身につけさせた方がいいと思ってな」
確かに、今後どうなるかはわからないので、そう言う教え方も学んでおいて損はないだろう。なので、風太郎に五月が頼んでみる。
「では、義兄さん。サラダはどこですか?」
「えーっと、7時の方向?」
そう言って五月がそこに手を移動してみるが見事に外している。ちなみに、もう少し上、つまりは8時くらいの方向だ。教える側も結構難しい。
「・・・すまん」
そう言って五月の手をつかみもう少し上にもっていくとお皿をつかんだ。
「なるほど、こんな感じですね!」
少し楽しんでいるようにも見える。ただ、彼女はまだ全部が見えないわけではないので、今は困った時に手を差し伸べるだけでいいだろう。
「やっぱり、らいはちゃんカレー美味しいです!」
「よかった!また五月さんとご飯食べられて嬉しい!・・・あのー」
「なんですか?らいはちゃん?」
「お兄ちゃんのこと・・・義兄さんって呼んでる」
やはり触れてきた。しかし、五月はもう手慣れたように冷静に返す。
「ええ、将来、四葉と結婚したら、そうなりますからね!らいはちゃんのお義姉さんにもなります」
「わーい!ねぇねぇ、五月さんのことお姉ちゃんって呼んでもいい?」
「はい!かまいませんよ!」
「やった!お兄ちゃん!お姉ちゃん出来た!」
「まだ、先だけどな」
五月も元気になってくれてよかったし、らいはも五月に会えて喜んでくれている。満足そうにそう思いながら、カレーを食した。
「らいはちゃんおかわり!」
「早ッ!?」
五月の食欲にも相変わらず、圧倒された。午前中にもケーキ十個近く食べてたのも思い出し、風太郎は驚くながらも、苦笑いをするしかなかった。
一方、中野家の様子。こちらでも、夕食を食べ終えてあと片づけをしている時だった。
「四葉。今日の勝負はどうかしら?」
「異議あり・・・二乃がメニュー真似した」
「真似したのはあんたでしょ!」
ちなみにお互い作ったのは、カレー。らいはの話を聞いていたら二人も食べたくなって作ったとのこと。
三玖は市販のルーを使わないで作った本格カレー。二乃も同じだが、かぶるのを避けるため急遽キーマカレーに変更した。
「ど、どっちもおいしかったよ」
喧嘩までは発展しないだろうが、バチバチになっていたので、四葉がなだめる。そんな、騒ぎの中、二階からガチャッと扉が開く音がした。
「あ・・・一花!」
部屋から出ていなかったせいか、少しダルそうに降りてくるのは、中野家の長女一花。久しぶりにその顔を見せてくれた。
「ごめん、おなか・・・空いちゃって」
少し、申し訳なさそうに、二乃のほうを見る。以前二乃が一人で奮起していた時に酷いことを言ったのを気にしている様子だった。
「いいわよ。今用意するから・・・」
そう言って、一人前彼女の分を用意する。そして、それを、一口食べる。
「うん・・・美味しいよ」
「・・・ありがと」
一花には聞こえていないが、そう呟いた。その後は、耳が聞こえない一花のためにも筆談・・・基、メールでの会話を始める。
二「急にどうしたのよ?いきなり出てくるなんて?」
一「ちょっとね。私・・・お仕事続けられるかもって知り合いの監督からお話があった。この状態でも一度演技を見たいって」
四「一花が芸能界復帰だ!わーい!」
一「まだわかんないけどね、ありがと、四葉。そう言えば五月ちゃんは?」
三「今は、フータローとらいはちゃんのところ。ご飯食べてる」
一「あーあ、フータロー君。いるんだったら、もっと早く出てくればよかった」
二「ま、フー君はこれからお世話になるからね」
一「え?どういうこと?」
四「風太郎はみんなのサポート。リハビリなんちゃらのアルバイトをお父さんから言われ・・・つまりまた、みんなの家庭教師をするってことだよ!」
三「リハビリテーションね。それで、私たち五つ子の承認を得るまで、待ってもらってるところ、承認票はフータローが持ってる。後は、一花のサインだけだよ」
「・・・そっか」
その内容を知りそう呟く。風太郎がまた来てくれる。それを知っただけで一花はにやけるほど嬉しく思った。
「あ、ごめん、監督からメール来た。ちょっと部屋戻るね」
そう言って、一花は部屋に戻っていく。そして、メールの内容は、急だが、明日とのこと、しかし、一花は
別のことを考えていた。
「フータロー君・・・そっか、フフフフッ・・・」
ほんの少し、人によるだろうが、恐怖を感じる。そんな笑顔だった。
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14話 楽しいお泊り会
「この野郎。カレー五杯も食べやがって・・・うちを破綻させるつもりか」
今は二人でコンビニにデザートを買いに行った帰り道。らいはへのお礼ということで、プリンを買った。その付き添いで風太郎も一緒にいる。
「義兄さん、口が悪いですよ・・・いいじゃないですか、久々でしたし、らいはちゃん、いっぱい作ってくれましたし・・・」
だからと言って。通常の二倍のあの大盛・・・単純計算で十人前は食ってるんじゃないかと思わせる。こいつの胃袋はフードファイター並みなんじゃないかと思わせる。
「んで、デザートも食うと」
「甘いものは別腹です!よく聞くでしょ?」
今日、午前中のケーキバイキング食べてたけどな。そう思ったが、これ以上言っても五月の食欲は止まらないと思い、風太郎は何も言わずに諦めた。
そして、上杉宅の前、急に五月が空を指さす。
「・・・月がきれいですね」
「お前はやっぱり勉強したほうが・・・」
そう言い終える前に、五月はうまくいったかのように子供のいたずらっぽく笑う。
「・・・やっぱ何でもない」
彼女がどういう意図で言ったか、又は、前回とは違い、意味を知っての発言かは不明だが、風太郎は少し赤くなったのが、ばれないように自宅へ戻った。
「はい、らいはちゃん!」
そう言ってコンビニの中で、結構良い値段をしたプリンを渡すと、らいはが目を輝かせて、掲げるように舞い喜ぶ。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
しっかりとお礼を言って、三人で今度はプリンを食す。
「おいしい!」
「やるな。コンビニスイーツ」
「ケーキ屋で働いてる二乃も、コンビニスイーツのレベルは高いと言ってますからね!」
プロも納得する味とのことらしい。確かに、百円よりもその数十円高いものを買うと格段に違う。貧乏性の上杉家はコンビニの商品は便利だが、高いのであまり利用しないので、知らなかった。
「お姉ちゃんお風呂入ろう!」
「うん。らいはちゃん、一緒に入りましょうか!」
「滑らないように気をつけろよ」
そう言って女子二人は風呂場へ向かった。その間風太郎は今日図書館で借りた本を読み。勉強を始めた。最初は手話の本。
「へぇ、聴覚障害の人でも、手話って三割くらいの人しか使えないんだ・・・」
コミュニケーションは基本的に読唇術。つまりは、口の動きで会話を予測しているらしい。こういった豆知識的なものを知れるのは楽しい。
「えっと、五十音・・・熟語・・・名詞・・・」
本に色々書いてあるが最初は自己紹介を覚えるとのこと。その通りにまずは自己紹介の動き。自分を人差し指で指す、これが私や自分。
「私の・・・な・・・ま・・・え・・・」
五十音の早見表があったので、それをもとにやってみる。
「【う】・・・??あ、コレは【と】?・・・表裏逆なだけか・・・」
いきなり、急に上達するわけもないので、熟語等の応用編は置いておき、五十音だけ覚えるのを専決した。
ちなみに手話の【う】はチョキの人差し指、中指を閉じ、それの手のひら側を相手に見せる。裏面にすると、【と】になる。
とりあえず、不恰好になりながら、手話での自己紹介を終えた。しかし、正直に思ったことを言う。
「・・・筆談でいいな、コレ」
外国語を一つ覚えるような感じである。勿論、慣れて覚えたら、こっちのほうがスムーズに感じるのだろう。しかし、今の時点で風太郎自身も一花もそっちのほうがスムーズにコミュニケーションが取れると思う。
「でも、やるか」
もし一花が教えてほしいと頼まれた時のために基礎のところだけは完璧にしておく。その次は五月の点字。四葉の歩行訓練の方法。三玖の味見役としての料理の基礎知識・・・覚えることが多い。
「勉強ですか?」
「早いな」
「そうでしょうか?」
風呂上がりの五月が時計を指さすと一時間近く立っているのがわかった。結構、熱中してたらしい。
「ああ、すまん。時間たってたな・・・てかお前!」
「急だったもので、義兄さんの服をお借りしてます」
くるんとその場で一回転する五月は以前のような抵抗は全くないらしい。だが、着られている本人は少し、抵抗を感じる。その理由としてはあまり大きな声で言えないが・・・
「まぁ、良いけど・・・(前の貸した服、胸元が伸びて緩くなったんだよなー)」
声に出さずに、心の中でそう思った。
「お兄ちゃん!お風呂空いたよ!」
今度はひょこんとらいはが出てきて、風呂に入っちゃってとのこと。
頭もリフレッシュするために風呂に入ることにした。
カポン。
「あぁぁ・・・気持ちいい」
そう呟く風太郎。そうすると、扉の前に人影があった。
「お兄ちゃん。おっさん臭い」
「らいはか。どうした?」
「ドライヤー取りに来た。女の子はお兄ちゃんみたいに自然乾燥じゃダメだからね」
それを持って洗面所から出て行こうとしたが、らいはが神妙につぶやいた。
「五月さん・・・どうして」
「なんか言ったか?」
「・・・別に、何でもないよ」
らいはが諦めたようにそう誤魔化す。さっきは姉さんと呼んでいたのに、五月さんに戻っている。らいははそれ以上言わずに、部屋のほうへ戻っていった。何かあったのか・・・話が大きくなる前に後で五月に聞こうと思った。
そして、風太郎が風呂を出るとすでに三人分の布団が並べられており、前回と同じように真ん中が、らいは、その両隣に風太郎と五月が寝るという形になった。
その後、食器を洗ったり、三人でトランプやお喋りなどを楽しんでいるとらいはがそろそろ限界のようだった。
「・・・あぅぅ」
「そろそろ寝るか」
らいはの目がうつろになってきたので、布団に寝かせる。その後二人も電気を消して、布団に入る。
そして数分後らいはが寝息を立てながらすやすやと眠っている。
「五月。起きてるか?」
「はい・・・なんです?」
「ちょっといいか?」
そう言って二人で外に出る。夏なのでそのままの格好でも大丈夫だと思ったが、少し肌寒さを感じる。
「なんですか?義兄さん?」
「・・・らいはと何かあったのか?」
「いいえ、別に・・・」
そう言うと若干、俯いた表情をしたのを見逃さなかった。
「いいだろ?俺はお前の未来の兄貴だ。義妹の相談くらい乗るぞ」
「・・・らいはちゃんのことは、義兄さんのほうがわかると思うので・・・ですが、これだけは約束してください。私からは何も聞いてないと!」
何か大きなことがあったのかを疑わせるように迫力がある。それほど、秘密にしておきたいらしい。
「実は・・・ですね・・・」
「ああ」
「らいはちゃん・・・」
「ああ」
正直これ以上聞くのが怖くもあった。仲の良い二人に何か亀裂の様なものがあったのかわからない。ただ、聞かないには何も解決しない。覚悟して聞く。
「・・・告白されたらしいですよ」
「・・・はぁ?」
「え?だから、男の子からラブレター貰って、告白されて、断るつもりらしいんですけど、どうしようかなーって感じらしいです。告白とか、私されたことないのでわかりませんが、義兄さんはあるじゃないですか・・・どう断るべきだと思います?」
「え?告白?」
先ほど、風呂の扉越しに何かあったように言ってたのは?
「ああ、そのワードが出て私がちょっと、動揺してしまったのをらいはちゃんが何か感じ取ったのでは?」
「・・・はぁ」
焦って損した。と言うより風太郎も気を張りすぎていたようだった。五月自身せっかく元気になったというのに、また何かマイナスなことが起きるのを恐れていたのだろう。
「で、どう思います?」
「知らん」
「今日断った人が良く言いますね・・・」
ぷくーっと頬を膨らませてこちらを睨んでくる。それを掘り出されると大変いいにくいが、実際風太郎が口出しをすることではない。
「らいは自身が決めることだし、らいはは五月を頼ったんだ。良ければこれからも相談事を聞いてあげてほしい」
「はい、わかってます。未来の義妹ですしね」
「頼むぜ。ねーちゃん!」
そう言ってなんとなくだが、拳をつきだしてみる。それに困惑するも、五月も拳をつきだし、グータッチをする。
「頼まれます、義兄さん!・・・あと、ねーちゃんってなんか・・・不気味ですね」
「変な感じとか言えよ、なんだよ不気味って。お前が俺を義兄さんと呼んでる時も似たような感じだぞ」
心配事無いようなので、そのまま二人で布団に戻り、楽しいお泊り会は幕を閉じた。
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15話 一花のお願い
「はいはい!お寝坊さん起きてください!」
ベタにお玉とフライパンをかんかん鳴らしながら、らいはが起こす。だが、まだ少し眠いので狸寝入りをきめる風太郎。しかし、もう一つの目覚ましが鳴り響く。
「はい義兄さん!!いい加減起きてください!!」
今度は昨日泊まった五月がフライ返しとボウルを使って同じように音を出す。
「うるせぇ!近所迷惑だろ!」
流石に朝からこんな音を出すのは近所にも迷惑だ。急いで、起きて注意しようとする。しかし、その時にはもう二人のめざましは終わっていた。
「じゃあさっさと起きて」
「もう朝ごはんもできてますから」
すでに二人はパジャマからの着替えも終えていて、朝ごはんが並べられている。
「私も手伝ったんですから!」
そう言って五月が得意げに胸を張る。だが、五月の料理というものは食べたことない。M・A・Yのレビュアーとしてで活動している通り、食べるの専門だとも思っていた。
「と言うか、大丈夫だったのか?」
彼女の視覚はだいぶ狭くなっている。右目を五十円玉の穴からのぞくような感じだが、大丈夫だったのか心配になった。
「私が見てたから大丈夫だよ!五月さんは・・・すごかったよ」
決して、上手や下手ではなく、すごいというらいはの感想がテーブルの上にあるメニューを見て分かった。
「・・・五月。お前、うちで料理禁止」
「え!?義兄さんそれはあんまりです!」
並べられた目玉焼き・・・と卵焼きとスクランブルエッグとオムレツ・・・決して初期の三玖の様に形が崩れているとかそう言う問題ではない。普通においしそうではあるが、卵を使いすぎだ。
「うちの家計知ってるよな!?」
「わ、私の朝食は普段これくらいで!」
「だからって!一パックまるまる使うバカがいるか!」
そうやって喧嘩をしている二人だったが、らいははそれを見てニコニコしている。
「やっぱ、二人はなかよしだよねー」
二人は騒がしくて耳に届いていないようだったが、その微笑ましい光景をらいはは眺めていた。
その後は、朝食を食べ終えて、朝の身支度を済ませ風太郎と五月の二人タワーマンションへ戻ることにした。
「じゃあ、行ってくる」
「らいはちゃん!お泊り楽しかったです!」
「うん!私も楽しかった!五月さ・・・お姉ちゃん!・・・まだ、昔の呼び方になっちゃう」
「大丈夫ですよ。いつかは自然に呼べますから」
そう言って二人は中野家のタワーマンションへ向かった。その間に風太郎は借りた本を読みながら、あることが書いてあったので実践してみることにした。
「五月。左手で右肩掴んでくれ」
「??」
そう言って言われ通りにしてみる。
「これが、外での歩き方な。もし、外に出るときは誰かの肩をつかんでいるのが安定するらしい」
そして二人でそうやって歩いているが、風太郎が五月の後ろにいるので会話が出来なく、そのまま二人で進んでいくのが、シュールであった。
「・・・やめましょうか」
「だな・・・」
人混みの際は今の様にすべきだが、今みたいに人通りの少ない場合は別に普通に歩いてて構わない。
そして、その間には特に何もなく、二人はマンションに到着した。
「ただいまー」
そう言って五月が家に帰るが、姉妹全員がじーっと五月を睨むように見ていた。
「あらあら!朝帰りの五月じゃないですか!」
「フータローとお泊り・・・ずるい」
「そうですよ!私も風太郎とらいはちゃんとお泊りしたかったのに!!」
「五月ちゃん。男と朝帰りとは、けしからんなぁ」
「え・・・あははは・・・」
五月の乾いた笑いが響く中、風太郎は別のことに目が行った。
「一花!」
「フータロー君。久しぶりだね」
実際は昨日からだが、風太郎がリビングで一花を見るのは初めてである。前会ったときよりも明るくなっている。何かあったのだろうか?すると、一花が、風太郎を指さして、
「フータロー君。ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
そう言うと、タブレットを渡し、それを見せると同時に彼の手を引いて、一花の部屋に無理やり連れて行く。そして部屋に入る直前に一回の姉妹たちに
「借りるね!」
そう言い放ち、部屋に入っていった。
そして一花の部屋だが、以前の様に・・・綺麗でなくなり、汚部屋と化している。
「前のほうが、綺麗だったろ」
そう言うが、聞こえないのをたまに忘れてしまう。なので、メールを打ち込もうともするが、少し一花に興味を持ってもらおうとするために、一文字ずる繋げる形で、手話を披露してみる。
「えっと、・・・な・・・ん・・・の・・・よ・・・う・・・だ」
「おお?急に踊りだしてどうしたの?」
そうやってみるが一花は笑いながらも困惑した表情を浮かべ、ダンスと間違えられる。興味は持ってくれなさそうだったので、筆談のやり取りを始める。
「なんのようだ?」
「はいこれ」
そう言って取り出したのはさっきから持っているタブレット。そこに台本がかかれていた。
「これって・・・また、オーディションか?」
「うん!私、女優に戻れるかもしれない!・・・それで、やっぱ、フータロー君に練習相手してもらったほうが合格できるんじゃないかなーって・・・」
そう言うので風太郎が出来ることであれば、何でもする。
「演技力は期待すんなよ。棒読みになるから」
そう言って、風太郎がセリフを読み上げる。
「ワ、ワカレルッテドウイウコトダ?」
「・・・・・・・あ、言った?」
普通に聞こえる程度には言ったのだが、やはり聞こえていない。すると一花が耳をごそごそといじりだす。
「うーん。やっぱだめか」
そう言って耳からイヤホンの様なものを取り出して、がっかりした表情を浮かべる。
「なんだそれ?」
そう言って指を差して疑問の表情を浮かべると、風太郎が何を言っているかを察した一花が、説明する。
「これは補聴器・・・なんだけど・・・あんま効果なしだね」
人にもよるし、物にもよるが、補聴器で聞こえる人と、聞こえない人がいる。聞こえたとしても、あまりに少量、車のクラクションが隣にあってようやく聞こえる。などがある。一花の場合は補聴器ありでも一般の会話すら難しいのだろう。
「いま、お父さんが、色々してくれてるみたい、結構な数試したんだけどね」
また困ったような笑い顔を見せてくる。
「ま、付き合うさ」
そう言うとまた台本を構える。それを見て一花も構える。今度は風太郎の口の動きを意識して始める。
「・・・わ、わかれるってどういうことだよ」
「ごめん。私別に好きな人が出来たんだ・・・もう、君とは会えない・・・ごめん。嘘ついた。ホントはね・・・病気。もう一か月で私死んじゃうんだって・・・だから、お互いに、忘れよ・・・大好きだったよ」
風太郎の棒演技は置いておき、流石は一花だ。今のセリフをほとんど完璧のこなし、風太郎自身も、少し悲しい気持ちになってしまった。そんな雰囲気を作れる演技をする彼女は本当に大女優なのだろうと改めて思った。
「うん!」
本人も満足そうに演じきったのだろう先ほどと比べてもいい表情だ。
そうすると彼女にメールが入る。それを渡すと、焦ったような表情で部屋を出る準備を始める。
「迎えの車来ちゃった!ありがとうフータロー君」
「頑張れよ!」
そのエールは聞こえてないないだろうが、彼女はしっかりと受け止めてくれたような気がした。
そして、風太郎と、姉妹で彼女を見送る。
「頑張りなさいよ!」
「一花!ファイト!」
「がんばって!」
「いい結果が聞けるよう祈ってます」
「一花!行って来い!」
そう言って応援してる雰囲気が伝わったのかニコッと笑い、迎えの車に乗り、出発した。
一花はこんなところで終わる女優ではない。みんなそう思っているし、ファンも一花を楽しみしている。そんな期待も込めて彼女の背中を押した。
「いち・・・に!・・・」
「いいぞ四葉、上手だ」
一花が家を出てから一時間。今は四葉の歩行訓練の真っ最中だ。上杉に手を引いてもらいながら歩く。
「ああぁー・・・」
一歩目の後、二歩目が難しく、バランスが保てずに崩れ落ちてしまう。四葉自身は、ずっと正座をしていた後の状態を常時、綱渡りの様なバランス感覚で歩き、足をすごく意識するようにし、ペンギンのように足を地につけるのをイメージする。
「でも、四葉の運動神経は流石だな」
「ええ、運動に関しては四葉が一番です」
本には基本的に立ちから覚えると書いてある。手すりなどを使って、つかまったりして、バランス感覚を鍛えたりが始めらしいが、四葉は人に引いてもらうレベルまで来ているのは五月の言う通り、流石の運動神経と言ったところだろう。
「えへへ、そうかな」
「フータロー。次は私」
そう言って彼女が作ったインドカレーを食べる。うん、美味いしか反応出来ないんだが・・・そう思っていると、横から二乃が味見をしてくる。
「もうちょっと辛くてもいいんじゃないの?カイエンペッパーなかったっけ?」
「ううん。チリペッパーだけ、あれは辛すぎる。辛さ足したいなら、後でガラムマサラ個人的に足して」
「後でココナッツミルク入れて甘さプラスまろやかにすればいいでしょ」
よくわからない、調味料が出てきて困惑している風太郎。かえって料理について勉強しないとと思ったときだった。玄関から扉が開く。
「たっだいまー」
「一花!」
オーディションから帰ってきた一花。声も上ずっているので、彼女のことだし合格したのだろう。すると、彼女は他の姉妹に目もくれず、風太郎の元へ向かった。
「部屋来て」
また無理矢理引っ張られて、一花の部屋に連れて行かれる。そして、彼女が椅子に座り、フータローも腰かけた時だ。
「アルバイトの承認票・・・あるんだよね」
「ああ、書いてくれるか?」
そう言って渡そうとするが、その前に一花からあることを言われる。
「フータロー君。私のお願いを一つ聞いてくれるなら書いてあげる」
「ああ、俺にできることなら・・・」
うんうん、と頷く。これでアルバイトの課題はクリアとなり、正式に五つ子のサポートが出来るようになるので、彼女のお願いを聞くことを約束した。それを見た瞬間だった。一花がとびかかるように迫ってくる。
一瞬の出来事だった。一花が風太郎の唇にキスをする。さらに、舌もいれようとしてきたので、風太郎は一花をはねのけた。
「な、なにすんだよ!?」
急なことで焦り、唇をぬぐう。そして、一花のお願いとはこうだった。
「フータロー君・・・彼女にして」
先ほどとは違い、真剣な表情でお願いされた。そう思っていたが、今度は涙の混じった声を発した。
「お願い・・・二番目でもいいから・・・・じゃないと・・・私・・・」
そう言って一花はその場に崩れ落ち泣き始める。彼女が落ち着くまで、風太郎はそばにいることにした。いったい何があったのか、何が彼女をこうしてしまったのか・・・・
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16話 応援できない
一花のお願いとは風太郎と付き合うこと、じゃないと、アルバイトの承認票を書いてくれないらしい。しかし、風太郎の答えは決まっている。
「・・・悪い。それはできない」
そう難しい表情を浮かべると、断られたのがわかったにもかかわらず続ける。
「お願い、本当に、二番とか・・・ううん、なんだっていい・・・私を彼女に・・・してよぉ」
そう、泣き落としの様に言う一花だが、何があって、その結論が出てきたのかが、気になった。ついには順位まで付け始めたので、聞かないわけにはいかない。ただ、流れ的に先ほどの件だろう。
「オーディション・・・ダメだったのか?」
筆談でそれを渡し、それを確認すると、何か諦めたような表情を浮かべる・・・ダメだったのか・・・
「ううん。受かったよ・・・」
「は?」
オーディションが受かったのならもっと喜んで、報告すべきなのではないかとも思ったが、そうでもない反応をする一花に対して、風太郎は困惑するしかなかった。そして、さらに一花から一枚のメモ帳を渡される。
「二十二時、ホテル、1202号室・・・なんだこれ」
そう書いてあるメモ帳の意味がよくわからなかったが、一花は話をする。
「うん。監督が、ここで、演技をすれば、合格。役をやらせてもらえるよ」
「そうなのか・・・ホテルで演技ってよくあることなのか?」
「わかんない・・・私は初めてだし・・・でも・・・これをしないと、お芝居出来ない・・・」
正直、それならば行って演技をして合格を頂いて、一花、女優業復活、となるのが一番いいのだろうが、どうやら彼女はそれをしたくない様だ。そう思っていると、風太郎のポケットのスマホから着信が入る、相手は二乃だ。今彼女はリビングにいるので、そのまま呼べばいいのに。
「今すぐ、部屋来て」
そう言う言われたので、リビングへ向かおうとする。一花に断りを入れて、部屋を出ようとしたときだった。
「悪い、一花ちょっと二乃に呼ばれて・・・」
「待って!!!」
そう断って部屋を出ようとするが、とびかかるように止められる。そのまま二人で、床に滑り落ち、一花が風太郎の上に乗っている状態になった。
「ごめん、本当にごめん・・・・お願い・・・」
そう言ってなぜか、上に乗っている一花が上着を脱ぎ始める。
「は!?お、おい一花!?」
急な行動に、風太郎は驚きながらも、上半身下着になった一花を見ないように、その場から抜け出そうとする。
「だって・・・こんなで、私・・・枕って・・・でも、そうしないと・・・」
「バカ!離せ!」
所々、何を言っているかわからないが、おかしいのは確かだ。何とかして振りほどかないとならない。そう必死に抵抗しているときに。ガチャッと扉が開く。
「何やってんの!!」
その正体は先ほど、電話をかけてきた二乃だ。すぐ来なかったのを心配してきてくれたのか。
「離れなさいよ!」
そう言って上に乗っかっている一花を強引に引きはがそうとするが、しかし、一花も止まらない。
「だめ・・今じゃないと・・・わたしもう・・・」
まだぶつぶつと何か言っていた。そして、その騒ぎを聞きつけた他の姉妹も到着して、この現状を終わらせた。
「・・・ちょっと頭冷やしておきなさい」
「・・・・・・」
二乃に指さされるが、、一花はそれにかまっている余裕もないようだった。しかし、先ほどの状況を助けてくれたのは風太郎も感謝した。今は一花は部屋にいて、他の姉妹と風太郎はリビングで話し合っていた。
「さて、フー君。一花とのことなんだけど、どういうこと?」
「・・・急に覆いかぶさってきてだな」
「そこは見たわよ!その前よ前!気分いい感じで帰ってきたから、どうなのかと思ったけど・・・何話したの?」
姉妹に先ほどの出来事を話した。二番目の彼女でもいいから付き合うこと、出なければ承認はしないということ、オーディションは受かり、その次はホテルで演技指導とのこと、部屋を出ようとしたら必死に止められ、言いにくいが行為までに発展しそうだったこと。
「・・・枕」
「ん?」
二乃が枕つぶやいた。確かにそんなことを言っていた気もする。
「さっき、電話繋がった状態そんなこと言ったのは聞こえた」
確かに先ほど切る前に、一花に迫られてそのままにしていたので、二乃も音だけは聞いていたらしい。そして、三玖が可能性の一つを言う。
「・・・・・・枕営業」
「何それ?枕売るの?」
「・・・だと、いいんですけどね」
四葉が疑問の表情を浮かべるが、五月はわかっているようだ。そもそも、枕営業とは番組や、ドラマの出演の際、自分自身をプロデューサーや監督に売る。言ってしまえば、体の関係である。その出演権を勝ち取るなど、ざっくりだが、こんなところだ。だが、この考えは嘘であってほしいし、正直、現実感はない。フィクションのものだと考えるし、何より決めつけてしまうのは早すぎる。
「何よそれ・・・事務所が一花を売ったってこと!?」
「・・・事務所に電話しよう」
風太郎の案で、とりあえず、一花の所属事務所に電話をして、真実を確かめることにした。社長とは前々から連絡を取っていたので、すぐにつながることが出来た。
「はい。上杉です・・・お聞きしたいことが・・・」
そして、前々から連絡を取っていたのは、高校卒業前の一花の家庭教師の映像をどうするかについて、話し合っていた。しかし今回はそれの打ち合わせを装って、事務所に真意を確かめる。
「出来れば直接お会い出来れば・・・」
「・・・まぁ、私も聞きたいことはあるし、迎えに行くわ」
そう言うと、タワーマンションまで車で迎えに行くとのこと、今すぐ出るので到着までそう時間はかからなかった。
そして、風太郎だけが降りて、タワーマンションの外にある一台の高級車。そこに一花の事務所の社長が待っていた。
「あら、上杉くん!乗って!」
そう言って相変わらずオカマチックで陽気な社長は風太郎を助手席に乗せ、車を走らせる。そして本題のことだ。
「それで、一花ちゃんとの映画についてなんだけど・・・」
そう言って社長が企画書を取り出そうとする前に、風太郎が切り出した。
「一花・・・枕営業するんですか?」
「・・・面白くない質問ね」
社長のニコニコしていた表情が変わる。確かに、ただの勘違いで終わるならそれでいい。しかし、どうしても聞かなければならない。
「一花の今日のドラマオーディションについて・・・」
「・・・オーディション?そんな予定あったかしら?」
「・・・誤魔化さないでください!」
そう言うと運転中の車を止め、急いで一花のスケージュールを確認する。横から見たが、すごい量のメモだ。
「上杉君。まさか私が一花ちゃんを売ったなんて考えてないわよね」
上杉の考えすぎだったのか、わからないが、おそらく怒っている。確かにこんな勘違いを一花が普段お世話になっている社長に恐怖を覚えた。しかし、今度は冷静に話してくる。
「何があったのか、教えてちょうだい」
そう言って、一花の部屋であった現状を話す、部屋での発言。監督から渡されたメモ用紙の内容。そして、姉妹の推理によってこの結論が出てしまった。間違えなら、間違えでいい。
「なるほど・・・上杉君。私はそんなこともする気は今も未来もないわ。それに、事務所としてはそんなのリスクが大きすぎる」
社長が言うには、枕営業は事務所の背負うリスクが大きくて、やるだけ、無駄とのこと。ばれたら、たとえ相手側から持ち掛けた話でも、批判は事務所に集中する。なので、事務所はそんなことは一切しない・・・逆に考えられることはもう一つある。
「契約?」
「ええ、恋人契約、愛人契約。事務所は通さない、個人的な契約よ・・・まぁ、言い方は置いておいて、お金払うし、出演も有利にするから、男女関係を持ちましょうって・・・これは昔、うちの所属の子がね・・・」
そういって、過去にあった話を始める。所属の新人が、ある番組がきっかけで仲良くなったプロデューサーとそう言った契約をしてしまう。しかし、今は時代が時代。パパラッチも多くいるし、普通に人々はカメラ・・・もとい、スマホを持ち歩いている。さらにはそれを全世界に知らせることが出来る。それらのおかげで関係はばれてその新人は芸能人生を失ってしまった。
「もし、一花ちゃんが同じようことをしているのなら、全力で止めるわ!今から、そのオーディションについて何か情報はない?」
「・・・台本を読み合せました」
「なんて本?」
「タイトルは判りませんが・・・」
そう言って風太郎は読み合せた個所のシーンを説明する。恋人に他に好きな人が出来たと別れ話を引き出されたが、実は嘘で、本当は病気なので、お互いに忘れようという話。正直情報はこれしかないが、これでわかるものなのか?
「・・・マネージャーにも確認してもらったけど、この監督ね。うちから一人出したんだけど、落ちた作品。確かあの監督は一花ちゃんを気に入ってたわ・・・少し、厄介な人だけどね」
「厄介な人?」
「・・・一花ちゃん。監督に食事に誘われたの。そこは別にかまわないわ。監督と演者が食事をするのはおかしいことではないけど、去年、つまり一花ちゃんがまだ未成年の時、お酒を飲まされたって言ってたわ、だます形で。その後にやたら、ボディタッチが増えたって・・・」
「え?」
「もちろん、一花ちゃんの機転もあって大丈夫だったんだけど・・・」
社長も聞いただけだが、個室での食事で、監督が勧めたぶどうジュースが、明らかアルコールが入っていたワインらしい。その後、トイレに行くといって個室を離れ、店員に確認をしたところ、ワインだったことが判明した。その後はトイレでマネージャーに相談して、嘘の仕事を理由に帰らせてもらったとのこと。
「でも、狙うなら今ね、聴覚障害でお芝居は絶望的な中にまさに一本のクモの糸ってところ・・・厄介な人ね」
とりあえず、彼女に直接話を聞くことにした二人は一度、タワーマンションへ戻ることを決めた。しかし着信が入る。相手は四葉だ。
「四葉?」
「風太郎!一花が・・・一花がぁ!!」
何か泣きながら訴えている彼女から電話がかかる。ただことではない様だ。そして、耳を澄ませてみると、彼女は外にいるようだった
タワーマンション前に到着し エントランス前で蹲っている四葉を発見する。服の表面にすった後がある。どうやら、匍匐前進をし、マンションの前まで来たようだ。
「四葉!」
「風太郎!」
お互いに抱き合い、四葉にケガがないかを確認する。すると、マンションのエレベーターから、一花を除いた、他の姉妹も集まってきた。
「四葉!・・・一花は?」
「ごめん・・・」
その後、風太郎と一花を除く姉妹はへ戻り、社長はまだ仕事の途中なので事務所へ戻った。四葉の手当てから始める、少しすってしまっているので絆創膏を使って、傷を治す。
「ありがとう。風太郎」
「気にすんな・・・」
風太郎は正直、怒りを感じていた、この状態の四葉を置いていった、一花に対して何を考えてるんだと言ってやりたい。そして、リビングも暗い雰囲気になっており、一花の足取りがつかめない。一花のスマホに関しては家に置いてあった。
風太郎のスマホに着信が入る相手は非通知だった。恐る恐る電話に出てみる。
「やっほー。フータロー君?」
「一花!?」
その声に全員反応した。そして、そのまま続ける。
「聞こえないから、一方的に話すね。四葉には会えたよね?ごめんねって代わりに謝ってもらえると嬉しい。でね、私・・・女優として頑張るよ。だから今回ね、監督さんから、お仕事貰う代わりに、私を売ることにした・・・それで、もう私はみんなに・・・姉妹とフータロー君に会わないってっ決めた。こんなことしてるのがいるって言うのは・・・私も二十歳だから自由に家も借りられるし、お金はあるから安心して、でね、私の女優人生を応援してほしいな・・・もう会わないけど・・・姉妹のみんなと協力して頑張って・・・あと、承認票。書いといたから見といてね・・・えっと、後は・・・体に気をつけて・・・えっと・・・ごめん・・・」
某所の公衆電話。そこで涙を流しながら受話器を外している女性がいた。
「みんな・・・」
私はお芝居が好きだ、でも、耳が聞こえない人を使ってくれる人なんていない。これが最後のチャンスかもしれない・・・もう・・・みんなに、フータロー君にも会えない・・・
「ありがとう・・・大好きだったよ、フータロー君」
そう言って彼女は電話を切った。
「・・・お前を」
そう言って、切れたスマホを耳から離し
「そんなお前を・・・俺は応援できない・・・」
無情にもそう思ってしまった。確かに、そこまでしてでも彼女は女優として、芝居をしたいのだろう。だが、そんな後悔をしてまでやることなのか・・・そう考えていると、今度は別のスマホが鳴った。置いて行った一花のスマホだ。
「くそ・・・ロックかかってる」
「貸して」
それにもたもたしていたので電話に出れなかった。しかし、二乃は一花のロックパスを覚えていたらしく慣れた作業で解除する。
「!!」
「どうしましたか?二乃・・・これって!?」
五月も何か驚いた表情を浮かべた。そして、風太郎もそれを見て、怒りと、申し訳なさで気持ちがあふれるだ。彼女は・・・俺を・・・
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17話 さよなら
時刻は風太郎が事務所の社長と話すために外に出たころ。一花の部屋で一人、毛布にくるまりながら、部屋の主が無の表情でいる。
「・・・・・・」
聴覚障害をきっかけに、私のお芝居の仕事は無くなった。頑張って合格したオーディションも、推薦された役も、一番楽しみにしてたハリウッドも・・・全部なくなっちゃった。事務所の意向としてはモデル関係を増やしていくらしい。モデルも嫌いじゃないけど・・・もっとお芝居がしたい。
「・・・だよね」
渡されたメモ帳のことを思い出す。
オーディション会場。と言っても、一つのレッススタジオで行われたものだ。そこに今回の監督と一花の二人でいる。そして、一花の演技が始まった。どれをとっても完璧なものだ。
「すごいね!やっぱ流石一花ちゃん!」
「・・・ありがとうございます」
監督の口の動きが終わったのでお礼を言う。監督にも褒められ何回もやってきたのでこの反応は合格のパターンが多かったので一花も行けると思っていた。しかし、結果はこうだった。
「・・・もう一つ演技を見せてもらおかな」
そう言って彼が出してきたのはアタッシュケース。そこに大量の札束が入っていた。
「これは契約金。そして別で月五十万の契約・・・どう?」
そして、メモ帳に書いてあるものを渡される。日時とホテルの場所。これを見て一花自身、今までの行動も見て察したが、こんなものくだらない。
「お断りします」
そう言って一花は荷物をまとめてオーディション会場を出て行ってしまう。しかし、すぐさまメールが届く。それに驚かされた。
「・・・なん・・・で?」
焦って、手が震える。なんでこんなのを持ってるの・・・これは二人だけの・・・思い出の・・・
貼り付けられた画像には、文化祭後、公園での風太郎と一花のキス写真が添付されていた。そしてスクロールをしてみる
【これを公表すれば、君は終わりだ。彼もね】
さらに追加メールで、上杉風太郎の個人情報をつづりだす、君の所属事務所も一目置いている。教育系の大学に通っていて教師志望。実家は貧乏。君の妹が彼女にいる。
【それをすべて壊せるよ。君の態度次第で】
一花は逃げ道を封じられてしまった。監督と契約するしか・・・自身の女優人生と・・・風太郎を守れない。
そう言って、彼女は先ほどのオーディション会場へもどり、残されたメモ帳を持って帰った。
今彼女は怒りに満ちている。風太郎との大切な思い出をこんな風に使うなんて・・・あれは私とフータロー君の二人の特別な・・・でも、もし、私が断ったら・・・風太郎君はどうなっちゃうの・・・
「助けて・・・フータロー君・・・」
私が助けないといけないのに・・・助けを求めてる。私はこんなに弱くなってしまったのだろか・・・・一つ、あることをしよう。もし風太郎君が受け入れてくれるならこの話は諦める・・・・
「彼女にして・・・」
場面は変わり風太郎に一花が涙ながらに告白をしたシーンだ。その時に考えてしまった。もし断られたら・・・私は・・・あんな男と・・・嘘・・・・
「二番目でも・・・いいからぁ」
嫌だ・・・そんなのは絶対に嫌!お願いフータロー君!あなたがいてくれるなら私はお芝居だって諦められる。だから・・・わかったって・・・言って・・・
「・・・悪い。それはできない」
そんな申し訳ない表情・・・わかっていた。そんなことはでも、引き下がりたくない。今じゃなきゃ・・・だって、このまま枕営業みたいなこと、私は・・・そんなの・・・
そのがオーデションの結果を聞いたり、メモ帳について話す。
彼が電話をしながら、部屋を出ようとしている・・・待って!!行かないで!!
そう言うと私はいつの間にか彼を押し倒していた。彼も困惑している。でも、好きになって・・好きになってもらわなきゃ・・・
そう思い、おもむろに服を脱ぎだす。必死に抵抗してくる風太郎を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、ごめん・・・本当にごめん・・・・お願い・・・貴方がいれば、私頑張る・・・だって・・こんなで、私・・・枕って・・・でも、そうしないと・・・
そんなことがあり、今は頭を冷やすように、二乃に言われた。約束の時間まではまだある。でも、ここにいたくなかった・・・ここにいるとみんなが必死に夢を追いかけているのに、私だけ・・・こんなで、みじめになる・・・でも、フータロー君は私を選んでくれなかった・・・だから、私は女優として生きて行く。でもこんなことをする・・・もう、姉妹にも、フータロー君にも・・・会わない。でも、フータロー君を・・・ずっと好きな人を守りながら生きて行くってなんかロマンチック・・・似合わないな、私。
そんな独り言は胸にしまい、一花は家を出る準備をする。そして、部屋を出てリビングを通る。
「どっか行くの?・・・あ、そっか」
二乃がハッとしてメールで文章を書き、その内容を受け取る。
「うん。頭冷やすために散歩」
「じゃあ、私ついて行く・・・今のあなたじゃ、心配だし」
そう言って彼女も監視のために出かける、メールを送ってきたので一花はあることを提案する。
「じゃあ、四葉と一緒に行こうかな・・・いい?」
「うん!いいよ」
そう言いながら親指をグッと立てる。そして四葉の車いすをを一花が押しながら、二人はエレベーターを降りて行った。
そして、マンションを出てから、四葉は何か話そうと考えているようだったが、一花の表情の怖さに、なにも話せずにいた。そして、歩いてまだ一分もたってない時だった。
「四葉・・・フータロー君と幸せになってね」
「え?」
そう言うと、一花は車いすの四葉をその場に置いて行き、彼女は走り出した。
「一花・・・一花!!」
四葉が必死に車いすで置きかけるが、追いつくはずもない。そのまま一花は見えなくなってしまった。そして、石に躓いてしまい、四葉はそのまま転倒してしまった。
「い、痛い・・・一花!」
呼んでも決して、彼女は振り返るわけもなく戻ってくることはなかった。周りに人はいなく、四葉は危機感を覚えひとまず、半べそになりながら風太郎に電話した。
「風太郎!一花が・・・一花がぁ!!」
そして、私はフータロー君に別れを告げた。もう、彼にも、姉妹にも会わないと・・・やっぱりやめたほうが良かったかも、なんてすこし、後悔。でも、私は今日、お芝居のために自分を犠牲にする。それに、私の大好きなフータロー君、お姉さんが君を守るよ。
そして、約束の時間までは、なるべく周りの人に中野一花だとばれないように、変装をするが、一花には行っておきたい場所があった。
「久しぶりだなー」
なんとなく呟いてみる。そこは私が通っていた思い出の高校。二年の二学期から転校して来て、本当に色々なことがあった。彼とも出会えた。五つ子の絆も深まった。
「さよなら」
そう言って自らの思い出に別れを告げる。今度は公園。ここは急遽オーデイションが入って、みんなと花火を見る約束を破ったけど、みんなが私を・・・待っててくれた場所。後は、フータロー君をいいなって思った場所。
「さよなら」
次はただの脇道、でもここで・・・社長から逃げてる時にフータロー君と抱き合った場所。今思えばおいしいイベントだった。あの時、だっけ、私たちをパートナーだって言ってくれたの・・・
「さよなら」
最後に・・・遠くから我が家を見つめる。見える距離に来ているが、誰かに見つかったら私の決意が鈍る。だからぎりぎり見えるこの場所から・・・フータロー君が家庭教師をしてくれた場所。私の大切な家族がいる場所・・・
「さよなら」
これで、いい、私は・・・行くよ。約束の時間には今からこの場を離れないと間に合わない・・・
電車を乗り継ぎ、都内の目的の場所へ向かう。時間は十分前・・・このホテルの部屋は1202号室・・・
「さよなら・・・綺麗な私」
そして、意を決した彼女はホテルへ入っていった。
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18話 勝手
ホテルの十二階。目的の部屋の目の前に立つ、一息ついて覚悟を決めて、部屋に入る。
「お待たせしました」
「やぁ、一花ちゃん・・・待ってたよ」
顔をニヤつかせながらバスローブで待っていた、出演の代わりに買った監督。お酒を飲み、もうすでに準備は万端と言ったところだろう・・・私は今夜・・・抱かれる。
そして、服のボタンに手をかけ、彼女も準備を始める。
「・・・はぁ」
ひとりでにそうため息。やっぱり私・・・怖い。
彼女は今の自分の状況がもう逃げられないこと理解した、あれだけ、取り消せるチャンスもあった。でも、風太郎。もし、彼女がこの契約を受け入れなければ、彼の人生の何か影響があると脅されている。でも、怖い・・・
「・・・・・・」
「じゃあ、始めよう」
そう言うと監督は服を脱ぎだし彼女に覆いかぶさる。
「やっぱ、やだ・・・嫌だ!!」
必死に抵抗すると、扉のからコンコンと誰かがノックの音がする。
「すみませーん。清掃のものです。先ほどのお客様が、忘れ物をなさったので、開けていただけますか?」
「んだよ、タイミング悪い。一花ちゃん、顔見られないようにね」
これからって時に、という表情で、めんどくさそうな顔で扉を開ける。そこに白いシーツで隠されているリネンセットのカートを持った金髪の筋肉隆々のマスクをした男性清掃員が立っていた。
「では・・・失礼します!」
彼がなにか、意を決したかのように、まるで気合を入れるかの様に声を発する。その瞬間、リネンカートを監督に向かって投げ飛ばした。
「痛った!何すんじゃ貴様!!」
急にどでかいカートを投げつけられて、状況が混乱している。一花も大きな音に、様子を見に行った。
「今だ!金太郎!」
「親父!ありがとな!」
筋肉隆々男性が声をあげた時にリネンカートの白い布が捲られ中から、こちらもひょろひょろとした体であるが、金髪の青年が現れた。
「フータロー・・・君?」
「風太郎は会えないらしいからな、俺は親戚の金太郎だ」
「なん・・・で・・・」
「・・・行くぞ!」
黒髪は金髪になり、髪もあのマッシュルームみたいな真面目ヘアースタイルではなく長い前髪で顔が隠れている。そう言って、金太郎は彼女に手を伸ばし、手を無理やりつかんで、扉の前の混戦している場所を抜ける。第一ミッションクリア。後は、もう一つ。
先ほどの1202号室では動きを止めていたのは風太郎の父、勇成だ。一花を逃がすことに成功したので、抑えるのをやめようとした、その油断だった。
「死ねぇえ!!」
監督がどこから取り出したかわからないが、黒い端末、その先端に電気が走っている。スタンガンだ。それを受けてしまった勇成はその場に崩れ落ちた。それを確認すると服を着て、すぐさま飛び出す!
「一花ちゃぁああん!!」
狂人の様に叫びながら彼は部屋を出て行く。金太郎と一花を追う気だ。そして、エレベーターに乗った一花の姿を確認するが、エレベーターがしまって、そのまま降りて行く。
彼は階段を降り、外に出る。そして、急いで、逃げようとしている一花の姿があった。そして、金太郎はいない。はぐれてしまったのかわからないが監督にとっては絶好のチャンスだった。
「待てよ!!!」
外ということを全く気に押していない様子だったが、彼女の肩をつかむ、そして、彼女の顔を確認し表情が自然と笑みがこぼれる。
「さぁ、戻ろう!君と・・・あの男の子のためにぃい!」
この後にすることが楽しみで楽しみで仕方がないのだろう。そして、彼女の手を引いてホテルに戻ろうとする。しかし、また一人の男性がその光景を見て、怒りをあらわにしていた。
「僕の大事な娘に何をしている」
「はぁ?」
そこに現れたのは五つ子の父。マルオだった。そして、今の状況を親としては見過ごすわけにはいかないだろう。
「・・・ええ、一花さんとの大事な仕事についてのお話を今から、しかし、彼女が抜け出してしまったので、連れ戻しにまいりました。お父様」
急遽、人が変わったかのように冷静に対応しだす監督。確かに、父親にこのことを知られるのはまずいだろう。
「そうでしたか、ご苦労様です。では行こうか」
彼も同じように大人の対応をしたにも関わらず、彼女を連れて行こうとする。その反応に、監督も一瞬迷ったが、そのまま話し続ける。
「一花ちゃん!いいのかい?このお仕事は君やほかの人の人生に今後大きく関わってくる。来るんだ!」
そう言って、一花の弱みをいうが、彼女は動じない。そして、口を開いたのはマルオだった。
「あともう一つ、君にお父様なんていわれる筋合いはない・・・・」
彼を睨みつける。そしてそのタイミングでパトカーが通りかかった。
「ここですか?通報があったのは」
そう言って、なぜか来た警察があたりを見渡し、マルオが手を振る。それを見つけて、警察が駆け寄る。
「何かあったんですか?」
「この男が私を追いかけまわしてくるんです。お父さんにも協力してもらってるんですが、しつこいので!」
彼女がそう言うと、監督は一瞬焦ったように見えたが、冷静に判断する。
「追いかけまわすって、君は今からお仕事でしょ?今後の役者人生に関わってくるし、そう言う契約だ。契約書もあるし、それを破ったら・・・ね?」
わかるでしょと言わんばかりに、警察も説得していく、そして警察も、言われた女性が、中野一花だと気づき始める。そして、彼女の手をつかもうとする。
場面は変わり、先ほど乱闘をしていた1202号室、スタンガンの影響でしびれて動けない勇成だったが、何とか、電話をすることが出来た。
「金太郎・・・もうあいつは出て行った」
「大丈夫か?」
「だが、俺は動けそうにない。来てくれ」
「わかった」
そして、金太郎が現在、一花と一緒に隣の部屋1201号室にいる。そしてもう一人。
「金太郎君。なんだって?」
「一花追って、部屋を出てったって、行くぞ」
「あの・・・二乃?」
二乃もイメチェンをしていて、金太郎とおそろいの金髪ウィッグにカラーコンタクト等でギャルの様な感じは、二乃からはかけ離れたものとなっている。
「二乃?あたしはー六海ー。五つ子のー、隠されたー、六人目だよー」
ギャルをイメージしてるのか、語尾が伸びていて明らか無理しているが、そう言って一花を置いて二人は先ほどの部屋に向かった。
「悪いな。金太郎」
倒れこんでいる勇成を引きずりながら、先ほどの一花がいる部屋に運ぼうとする、重いが気合で何とか運ぶ。
「ああ、ひとまず、隣の部屋に移動させる六海はその間に・・・」
「わかってる」
そう言って、彼女はまずは、事前に仕掛けた監視カメラを回収する。そこにはしっかりと映像が残されていた。
「うん。次」
今度は監督のカバンを漁りだす。懸命にファイルの資料や、USBデータを持ち込み、それを確かめる。
「どうだ?」
「私はこれを見るわ。フー君はパソコンをお願い」
「今は金太郎だ。了解」
そう言ってホテルに付属されているパソコンにUSBを差し込みデータを見てみる。
「・・・マジかよ」
動画、画像の保存されているものを調べると、そこには様々な恥ずかしい女性の映像や画像があった。さらには明らか盗撮しているだろう物も存在し、明らか未成年女性の画像があった。
「・・・!」
資料の欄に、一花についての企画書が存在したのでそれを確認する。それは今後一花の女優人生に関するものだが、完全に落としにかかっている。読み進めてみるとアダルトのほうにもっていく予定だったらしい。
「クソ!!」
イライラが止まらないが、次の行動に移す、それら、追い詰められそうな証拠をすべて、待機してもらっているマルオに送る。合流したとの報告は受けた。
「だが、これで終わりだ」
それらの証拠を持っていき、金太郎はマルオの元へ向かった。
そして、場面は監督が一花の手をつかもうとしてるとき、一花からは想像もつかない言葉を発した。
「・・・やめて」
そう言って彼の手を思いっきりはたき、監督の目を睨み、堂々と言う。
「私とあなたにそんな契約なんてないでしょ?」
彼女は頭をかき、スポンとウィッグが取れる。そして、それを投げつけて、言い放つ。
「私は中野三玖。一花じゃない」
「それだけでは終わらないけどね」
そして、今度は父のマルオが、先ほどのホテルでの出来事、部屋を開けた状態で出て行った間に、何か追い詰められるものを探すと、わんさか出てきた。監督の荷物から、過去の女性との行為の映像や、写真、違反行為のデータ等を見せつける。二乃のアドレスから送られていて、それを彼と警察に見せる。さらに、そこに追撃が入る。
「はぁ・・・はぁ・・・これも、お願いします」
そう言って、先ほど部屋から物色した、USBデータ、あれだけのものが入っているんだ。役に立ってくれるだろう。
「・・・詳しくは署でお話を」
「な、き・・・貴様ぁあ!!」
そう捨て台詞を吐いて、監督を乗せ、パトカーを走らせる。証拠のためにマルオと三玖も同行した。
場面は一花のメールの内容を見てしまったリビングに戻る。
「これって・・・」
一花のスマホのロックを解除して、メールを覗いてみると、監督が一花の女優人生・・・そして、風太郎の今後を脅しに、彼女に迫ったようだった。
「クソ!」
こんなもの、感情的にもなる。風太郎はいつの間にか、狙われていて、いつのまにか一花に守られていた。・・こんなの・・・だから、あんな彼女にして欲しいとか・・・それが一花の最終防衛ラインだったそれを俺が・・・気付いていれば・・・
「風太郎・・・」
四葉も心配そうに慰める。しかし、風太郎は聞終えておらず、自分を責め立てる。何がサポートしてやるだ。自分が彼女追い詰めて、足手まといになってるじゃないか。
「一花・・・」
今すぐあいつをどうにかしてやりたい。しかし、居場所もわからず、携帯は家にあるので連絡も取れない。もう、どうしようもないのか・・・
「義兄さん!!」
パチィン!
乾いた音が響き、しょぼくれていた風太郎の両頬を挟むように叩く。すると、五月も悔しそうな表情を浮かべながらも諦めていなかった。
「あなたはどうしたいですか?」
「え?」
「一花の思いは聞きました。私たちから、逃げてまで女優業をすると、そんな勝手を押し付けられました・・・あなたはどうなんですか?」
「俺は・・・」
五月に言われ、思ったこと・・・そして、うじうじとしている風太郎に、五月は言い放った。
「私に言いましたよね!五つ子みんなと未来を歩きたいって!一花は、いないのですか?・・・私は助けに行きます」
「私も。四葉置いて行ったこと、本人に謝ってないし」
そう言って今度は、二乃が言う。
「勝手に、姉妹の縁を切るんじゃないわよ。あのバカ」
「そうだね。私も行こう」
今度は三玖が立ち上がる。
「修学旅行のとき、告白邪魔されたから、私も邪魔する」
「私も!・・・まぁ、私が出来ることって限られてるけど・・・」
今度は四葉もその趣を伝える。彼女たちはまだ、一花の勝手を認めていなかった。
「・・・俺も」
風太郎も守られている彼女の意思は無視をした。どんな困難でも風太郎はみながいれば大丈夫と言う根拠のない自信はある。
「勝手に守られてたんだ・・・俺も勝手に助ける」
彼女から女優業を奪うかもしれないこの行動は彼女の恩を仇で返すと言っても過言ではない。しかし、皆の決意はもう固まってた。各々が行動に入る。まずは、人員が欲しい。それに信頼できる人。
「親父!仕事中悪い・・・頼みがあるんだ」
「パパ!お願いがあるの・・・」
風太郎は勇成に、二乃はマルオに連絡をする。そして、今回の事情を説明する。
「風太郎・・・いい男になったな。今向かう!」
「父親として、説教をしないといけないね。今向かうよ」
時刻はすでに、夕方。着々と一花の救出作戦の準備を進める。
「はい。ホテルの1201号室を予約お願いします。・・・よし、隣の部屋も取った」
「後は・・・」
そう言って今度は二乃に電話をかける。
「そっちはどうだ?」
「うん。設置はオッケー。1202号室、カメラセットしたよ」
先に二乃はホテルへ行き、カメラの設置を開始する。後は清掃の人にばれないことを祈ろう・・・ホテルの部屋の盗撮ってばれたら普通に捕まるから、これはあくまで、最終手段。風太郎が全責任を取る。できれば、監督の荷物等からの弱みをつかめるものが出るといい。
「わかった。ありがとう二乃」
その後、二乃には一回出てもらい、先ほど予約した隣の部屋で待機して貰う。
「三玖。後で俺とホテル行くぞ」
「え・・・あ・・・うん//」
「親の前で娘をホテルに誘うのはやめたまえ」
「そういう意味ではなくて!・・・ってお義父さん!」
「来たぞ風太郎!」
「お兄ちゃん!来たよ!」
マルオ、勇成、らいはも合流して今回の作戦を伝える。
「まずは、1201室、部屋の隣で準備を行う。その間に、監視カメラの映像から別室でタイミングを見て入ります。そして、一花を隣の部屋に匿い、親父に監督を抑えて、その間、俺と二乃と三玖で何か脅す材料を探す。カバンとか持ってくるだろうし、その中を物色する。証拠をお義父さんに送ったら警察を呼んでおく・・・四葉と五月は自宅で待機させ、らいはに二人を頼みます」
「ごめんなさい風太郎。私、あんまり役に立てそうになくて・・・」
「私もです。義兄さん・・・あんな大見得張っておいて」
確かに、車いすでしか動けない四葉と視界が狭い五月ではできることは限られている。しかしそんなことはない。すでに力になってくれている。
「いいや、五月が俺を叱ってくれなきゃ、俺は動けなかった。四葉、お前にも役割はちゃんとある」
「・・・私は反対だ」
「・・・ですよね」
マルオから言われるのは覚悟していた、今の説明はどれもうまくいったときの話だ。
「こういう場合はプランを第二、第三と用意しておくべきだ。まず、一花君の救出のために扉を開けてくれない時の対処法は?」
「・・・隣の部屋から、ベランダを伝って、窓を破壊して侵入します。二乃から室内の状況を聞いたらベランダの距離は離れてないようですので」
「もし、君のお父さんが相手を抑えられなかった場合は?」
「おい、マルオ。俺がやられるってことは」
勇成はそう言うが、確かにずっと抑えられている保証はない。もしかしたら、何か武器などを使って抵抗してくる可能性も考えられる。
「無くはない。どうなんだ?」
考えは無くはない、だが、これは危険なものだ。時間は限られているのでその案を彼にはっきりと言う。
「二乃か三玖を・・・囮にします」
「・・・・・・」
彼が別で考えあげていた作戦。一花を救出したら、勇成も一緒に逃げて部屋に匿う。その間に、二乃か三玖。どちらかが一花に変装して、監督に姿を確認させ、追いかけてもらう。その間もぬけの殻になった部屋を漁る。できれば、外に追いやって、マルオと合流させる。
「・・・なるほど、一花君を助けるのならそっちのほうがいいし、二乃君、三玖君は一般女性だ。男性迫られているので、場合によっては現行犯で捕まえられる。だが、二乃君、三玖君はより危険なことをさらされることになるね」
できることなら、風太郎が追いかけられる危険な役をやりたい。しかし、風太郎が一花の変装が出来るはずもないので、二人のどちらかに頼むしか方法はない。
「私、やるよ。」
「三玖・・・本当にいいのか?」
「うん。私は一花を助けたい。それに、あの時は私に変装してたから、そのお返し」
そんな可愛らしい理由でやることではない気もするが、協力的なのはありがたい。しかし、マルオが許可を出すとも思えない。
「三玖君。君の言いたいことはわかった・・・だが、もう一つ、確認をする」
その発言に風太郎は考えが及ばなかったわけではない。この空気でそれは考えないようにしていたと言ってもいい。
「もし、一花君が上杉君の救出を拒んだら?」
確かに、一花は女優人生のすべてをかけてこの決断をした。そして、風太郎になにか危険が起こるのを守ってくれている。これを拒む可能性も十分ありうる。
「己を捨て、家族を捨て、それでも彼女は芝居の世界に残りたいといった・・・どうなんだ?」
「俺は・・・責任を取ります」
「そんな口約束で何が出来る。あの子の想いを切り離したのは君だろう?」
「でも!俺は!五つ子いない未来はいらない!!」
「・・・そうか」
そう言うと彼は出る準備を始める。どうやら彼には響かなかったようだった。確かに、こんな作戦は全部うまくいくなんて限らない。ましてや、一花の意見など無視して行おうとしていることだ。
「江端。車の準備を、あと、警察、弁護士の手配をしてくれ・・・出る者は早く準備をしろ」
「え?」
「僕の大切なものを奪うものだ。僕は二度と失いたくないのでね・・・僕もあの子たち、誰かがいない未来は想像したくない。僕はあの娘の親だ。娘の間違っていると思うことは全力で止めるさ」
「ありがとうございます!」
そう深々とお礼をする。そして去っていく背中に勇成が近づいて行く。
「素直じゃねーな。お前は」
「うるさい・・・僕と娘。そして、あの人のためだ」
そう言って、相変わらず冷静な表情であったが、彼の力も加わってくれた。そして、その後を追う風太郎に渡そうとカバンから何かを取り出す。
「これを、君から渡してあげてほしい・・・」
「はい!」
風太郎はそれをしっかりと受けとり、渡すことを約束した。
時刻は二十三時、風太郎、二乃、勇成、一花は1201号室で待機をしている。風太郎のスマホに着信が入る。相手は先ほど警察と同行した三玖だ。
「三玖?どうだった?」
証拠もあれだけ集めて警察の連行まで行った。後ろ盾として、マルオが弁護士を雇ったので、スキはないはずだ。
「・・・勝ったよ。ブイ」
可愛らしく、受話器の三玖から、監督の身柄拘束。ここからいろいろ捜査が入るが、現状の証拠品三玖への行為も現行犯に繋がったらしい。十分逮捕につながるとのこと。
「うん。弁護士さんがそういってたよ。私たちも今から戻るね」
「ああ、気をつけてな」
そう言って電話を切る。そして、それと同時に感情が込み上げてきた。
「よっしゃ!!」
思い切りガッツポーズを決めると、二乃が抱き着き喜びを分かち合っている。勇成も、にこやかにそれを眺めていた。しかし、膝を抱えて、ベッドでふさぎ込んでいる一花がいた。
「一花・・・」
そう言って彼女の肩に手を置くと風太郎を見上げる。そして、彼女の耳元に何かをつけてあげる、そして耳元で少し強い声で言う。
「守っててくれたんだよな。俺のこと」
「聞こえ・・・る」
今の彼女はこの距離でこの声量だと聞こえるようだ。これは先ほどマルオから預かっていたもの、改良した一花用の補聴器だ。
「ありがとう。一花」
「・・・うん」
「でも、俺はそんなわからない恐怖より、お前と会えなくなる方が怖い」
「・・・うん」
「あと、ごめんな。勝手に・・・こんなこと・・・」
そう言い終わる前に膝を抱えていた一花がぎゅっと抱き着いてくる。グスッと涙をすする音が聞こえた。
「怖・・・かった・・・わ、わたしぃ・・・」
本当は怖かった。直前までは何とかなるって思ってた考えが甘かった。だけど、覆いかぶされ、逃げ場をなくした時、ひどく後悔をした。現実を受け入れられないで、女優業にしがみつき、意中の男の子も振り向いてくれないで、自分をこんなにして、姉妹を傷つけて、こんな大掛かりなことをしてもらってみんなに迷惑かけて・・・
「ごめん・・・フータロー君。・・・二乃、三玖、四葉、五月・・・みんなに・・・会いたい・・・」
「ああ、みんなに会おう・・・お帰り、一花」
子供のように泣き出した彼女。一度、自分を、皆を捨てて、生きて行く決意をしたが、戻りたい気持ちは残ってくれていた。本当はつらかったのだろう。一人で全部抱え込んで、風太郎も知らず知らずに守ってくれていた。今後彼女の人生はどうなっていくかはわからないが、今は戻ってきてくれたことを嬉しく思おう。
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19話 今日はお休み
あの後、ホテルにいたメンバーと、マルオと三玖が合流して喜びを分かち合う。これで、一花の苦しみを解放してあげられた。もちろん、まだ問題は残っているは今は、一花が帰ってきたことを喜ぶ。勇成とマルオは仕事の都合でそれぞれの職場に戻っていった。そして、中野家のタワーマンションへ江端さんの車で帰る途中だった。後部座席に座っている一花が身を乗り出して助手席の風太郎に声をかける。ちなみに、二乃と三玖は疲れたのか眠ってしまっている。
「フータロー君・・・ありがとう」
「別に、全体的にいい結果に転んでくれたからな。運が良かった。それに俺だけじゃない・・・ってこの距離は聞こえるか?」
ついに、一花専用の補聴器が完成したので、聴覚障害の彼女でも、近距離の会話ができるようになった。今回の作戦は急遽決行したので、スキは大きい作戦ではあった。実際、三玖は危険な役割をさせてしまったし、何より、一花自身が風太郎を拒む可能性だってあった。
「うん、聞こえる。フータロー君の声。ちゃんと聞こえる」
「俺も、悪かったな。足手まといになって」
「ち、違うよ・・・と言うか、見たんだね」
一花のスマホの履歴にあった監督からのメール。そこに条件を飲まなければ、一花の女優人生と風太郎の将来を人質にされていた。しかし、全員の協力で、何とか彼を逮捕まで追いやった。
「ああ・・・なぁ、一花」
「何?」
「彼女にするって条件は・・・やっぱり、俺は四葉を裏切れない」
「・・・うん。知ってる」
「でも、それ以外は何でも言ってくれ。力になる」
「うん・・・ありがとう」
にこっとしながら一花はそう言うが、もうすでに彼には迷惑をかけてしまった。これ以上彼に甘えるのもいかがなものだとも考えている。これから風太郎は五つ子のサポートを開始する。しかし、私は後回しにしてもらおう・・・そう考えていた。
「皆様着きましたよ」
江端さんに言われ、二乃と三玖が目をごしごし書きながら、目を覚ます。そして、江端さんも仕事に戻るらしいので、そのまま帰っていった。
「ふわぁ・・・フータロー、おはよ」
可愛いあくびをして、挨拶をする三玖。
「フー君。おんぶー」
「二乃、起きろ。」
「私はー、六海ー、五つ子のー、六人目ー」
「気に入ったのかそれ?」
寝ぼけている二乃、先ほどの六海がまだ残っているようだった。
「・・・・・・」
「一花」
彼女の少し、顔が強張っていて、緊張している。無理もない、一度、間接的にだが、姉妹にはもう会わないと宣言をしてしまったため、無理もない。
「・・・え?ああ、何?」
そうやって、不安にさせないために、にこにこした表情で返すが、風太郎はそれを見て、少しイラッとした。なので、彼女の両ほほをつねり、左右にビヨンビヨンと伸ばして遊びだす。
「ほぇ!?ふーふぁふぉーふん?」
「前にも言ったよな。その作り笑いやめろ」
彼女にそう指摘し、今度は彼女の肩に触れ、
「震えてるだろ?・・・やっぱ、怖いか?」
そう聞くが答えられないでいる一花に対し、待っていた二人がいう。
「私たちは先に戻るわ。行くわよ三玖」
「え、ちょっと・・・じゃあ、後でね、フータロー」
二乃にそういわれて二人はそのまま先にエレベーターに乗った。そして、エントランスに残された、二人。
「怖いよ・・・」
「・・・・・・」
二乃が気を使って、二人にしてくれたのだろう。だから、三玖を連れて先に戻ってくれた。
「私、会いたいよ・・・でも、怖い。みんな、フータロー君と現状を乗り越えようとしてる中、私だけ、こんなことして・・・それに四葉、車いすの四葉を外に置いて行って・・・」
「ああ・・・」
風太郎も知った当初は怒りを感じていたことだ。車いすの四葉を外に連れ出しおいて行った。その後のことを一花は知らないだろうが、彼女は車いすで躓いてしまい、地面に放り出され、人が通らず、泣きながら風太郎に助けを求めた。一花の苦労もあっただろうが、四葉のことを考えない自分勝手な行動だ。
「謝る時は一緒に行ってやる。パートナー・・・以上の関係だからな」
「・・・うん。ありがとう」
そう覚悟を決めて二人でエレベーターに乗り、中野家の部屋の前に立つ。ふぅ、っと一息つき、扉を開ける。
「あ、一花!」
玄関ですでに四葉が待機していた。こんなにもすぐに顔を合わせることになるなんて、思っても見ないので、一花は少し混乱していた。だが、四葉は一花の迷いなどお構いなしだった。
「一花ぁあ!!おかえりぃい!!」
車いすで突っ込み、一花にぎゅっと抱きつく、その行動にまた困惑し、風太郎に助けを求めている。
「私、すごく心配でぇ!!」
謝ろうにもなかなか離れないので、風太郎が止めに入る。
「四葉。一花が動けないだろ?」
「あ、そっか。風太郎もお帰り」
「らいはのこと、ありがとな」
「うん!いっぱい遊んでもらって、もう寝ちゃった。五月の部屋にいるよ」
一花が謝ろうとしてたが、二人で会話が始まったのでまだ、困惑している。でも、覚悟を決めた。
「ごめん!四葉!あの時のこと・・・」
そう、思い切り、頭を下げる。彼女に許せないことをしてしまった。
「・・・そのことは、私まだ怒ってるから」
先ほどとは違い、少し怖く、怒りの表情をしている。やはり、あんなことを、忘れてくれるはずが・・・
「風太郎とキスしたって聞いた!風太郎にも怒ってるんだから!」
「・・・は?」
「え?俺も?」
確かにその話もしてしまったが、それに彼女はお怒りの様だった。
「いや、それはだな、四葉・・・すまん」
「あーあ、風太郎が浮気したー」
「う、浮気じゃ、ねぇよ!?俺は四葉一筋で・・・(二乃にもされたことは黙っておこう)」
ちなみにどちらも相手からの不意打ちでした。
「えー、そーかなー?同じ顔だもんねー」
わざとらしく、風太郎を困らせるように言う四葉。考えてみれば、それもそうだが、もう一つある。
「あの!・・・置いて行っちゃったこと」
そんな雰囲気を壊すように、一花が謝罪を続けようとするが、四葉はケロッとした表情を浮かべる。
「え?それは気にしてないよ。というより、言われるまで考えてなかった」
「でも!」
「だって、一花が帰ってきた。それで、私は満足!」
そう言って笑う四葉。それを見ると、一花も安心した表情を浮かべるが、すこし、府に落ちないといった様子だった。
「・・・私の考えすぎ?」
「んなわけねーだろ。反省しろ」
「だよ・・ね。うん、反省してる。」
少し強めに風太郎にそう言われ、気持ちを改め、二度としないことを誓った。
「許してもらってよかったな」
「・・・うん」
その後しっかりとフォローして、一花も笑顔で頷いた。
そしてリビングに行くと、五つ子全員が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰り」
「お帰り、一花」
「一花!お帰りなさい!」
そして最後に一緒にリビングに来た四葉も出迎える。
「お帰り」
「!!・・・ただ・・いま」
帰ってきた我が家、一度逃げた我が家、それを出迎えてくれる皆に感謝してもし足りない。自然と涙が出てくる。
「これで、揃ったな」
障害を診断され、部屋に引きこ持っていたが、ついに全員がそろうことが出来た。そして、テーブルに置かれている。承認票。すべての欄に五つ子全員のサインが書いてあった。そして、それを見た五つ子が近づいてくる。
「フータロー君」
「フー君」
「フータロー」
「風太郎」
「義兄さん」
「よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
そして、五人がきれいに頭を下げる。これにより、彼女のたちのサポートを出来るようになり、もっと忙しくなる。だが、五人相手に何かをするのはもう高校生の時に行っている。
「・・・懐かしいな」
聞こえないように風太郎がそう呟く。だが、これで五つ子の夢の手伝いが出来る。
「とは言ったものの、今日は遅いし、帰るか」
すでに時刻は深夜0時。色々あって時間が過ぎてしまった。
「でも、らいはちゃん起こすの可愛そうですよ?」
「じゃあ、風太郎!お泊りしよ!お泊り!この前、五月が風太郎の家に泊まったって言ってたじゃん!」
四葉がそう提案する。風太郎は構わないし、寧ろありがたい。しかし、以前マルオに、色々言われたので、後が怖い。
「ダメ・・・かな?」
「わ、わかった///」
四葉の上目遣いで了承をしてしまった。それは可愛すぎる。しかし、その後、ガッツポーズをする。
「らいはちゃん直伝の上目遣い!風太郎には抜群だね!」
「・・・はぁ」
あまり聞きたくなかったが、可愛いものを見れたので良しとすることにした。
その後は深夜なので軽食。そして、風呂に入り、就寝。とイベントがないように思えたが、一番めんどくさい問題が起きた。
「フー君!私の部屋で寝ましょう!」
「ダメ。フータローは私の部屋で寝る。前もそうした」
「フータロー君。こういうときはお姉さんの部屋に来るといいよ」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて」
「いいんですか四葉?義兄さん寝取られますよ。私はらいはちゃんと寝ますね」
風太郎がどこで寝るかの議論が始まった。一花、二乃、三玖の取り合いとなってしまった。彼女の四葉はそれをなだめようとし、五月は自分の部屋に戻っていった。
「(三人では、一番安全なのは三玖だな)」
二人はいつ暴走するかもわからないし、急にキスをした前科もある。だが、風太郎の答えは決まっている。
「四葉ー、部屋借りるぞ」
「あ、うん。わかったー」
そう言って風太郎は当たり前のように部屋にお邪魔し、四葉も当たり前のように承諾し二人で四葉の部屋に入っていった。
「・・・私たちも寝よっか」
「・・・うん」
言い争っていた三人も、それぞれの部屋に戻った。
そして、四葉の部屋、ベッドも新調されており、そこに寝転ぶ。
「ベッド・・・柔らかい」
そう言って新しいベッド特有の弾力と香りを堪能する。新品に近いが、少し四葉の匂いもした。
「あんまり・・・匂いはかがないでほしいな」
少し照れくさそうにする四葉、しかし、それとは別に四葉は風太郎に言いたいことがあった。
「そう言えば、今日の作戦で役割あるって言ってたけど・・・なかったね」
確かに夕刻には車いすの四葉は家に待機してもらい、後で役割を与えると約束した。
「・・・あるぞ」
そう言うと彼女を車いすからベッドに運びそこに座らせる。そして、風太郎は彼女の膝に頭を乗せて寝っ転がる。
「・・・これ?」
「ああ、癒し担当、中野四葉」
「はい!・・・え?こんなんで良いの?」
「ああ、これがいい。痛くないか?」
「うん、大丈夫」
そう言って無言の空間が出上がるが、お互いに居心地のいい時間だった。そして、風太郎が声を発す。
「怖かったしな。今日のこと」
「そう・・・だよね」
「成功したからよかったものの、もし、二乃や三玖に何かあったらと思うと・・・後でお礼しないとな」
「でも、二人も一花を助けたかったんだよ。それに、いい結果になったし」
「それもそうだが・・・なぁ、四葉」
「何?風太郎?」
「・・・近いうちに、どこか出かけよう」
「うん。前は五月が行ったからね」
「どこか行きたいところあるか?」
「うーん。公園行きたいな。ブランコ乗りたい」
「好きだな。ブランコ」
「うん、でも、もう飛べないかな」
「飛べるよ。俺もついてる」
「ねえ風太郎」
「なんだ?」
「キス・・・したい」
「め、珍しいな・・・お前から///」
「う、うん///」
言った本人も恥ずかしくなり、顔を赤らめる。しかし、言われたからには風太郎も男だ、彼女の希望にこたえてやる。
お互いに唇を合わせる。心地がいいが、すぐさま離す。
「一花とのキス・・・忘れられた?」
「わ、忘れた・・・もう一回いいか?」
「・・・うん、いいよ」
そうしてもう一回キスをする。そう言われたので、二乃のほうも上書きしてもらおうという下品な理由でもあるが、もう一度堪能したい気持ちはあった。だが、これ以上は姉妹が近くにいるので、先には進まずにお互いに、就寝した。
「お休み。風太郎」
「お休み。四葉」
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20話 再出発
ジリリリリッと、普段聞き慣れない目覚ましの音で風太郎が目を覚ます。そして、その横で一緒に寝ていた四葉も、もぞもぞと起きる。
「おはよ、風太郎」
「おはよう、四葉。いつもこんな時間に起きてるのか」
「うん。朝はランニングしてた」
アラームが鳴った時間はまだ、午前五時。体育大に通っている四葉は普段は朝早く起きてランニングを欠かさず行っていたらしいので、その名残だ。
「アハハ・・・今はできないけど、この時間に慣れちゃって」
風太郎は早くても、七時半くらいなので、決して遅いわけではない。だが、それよりも早く起きるようだ。
「じゃあ、せっかくだし、散歩でも行くか?」
「え?いいの?」
「ああ、俺も目が覚めちゃったし」
そう言って思い切り、伸びをする。そして、着替えることにし、二人で簡単に外着に着替えた。四葉は現在一人で着替えられないので、風太郎に手伝ってもらう。
「み、見ないでよ!」
「見ねーよ。と言うか、前に見たし」
「あ、あれは・・・とにかく今はダメ!」
来て初日に彼女のありとあらゆるものを見てしまったが、今更、見ないようにする。彼女の下着が見えないようにひざから上にタオルを置き、彼女のパジャマをくるぶしまで脱がす。そして、風太郎が彼女の足をあげて服を足から外す。その後は着替えのジャージを足に入れる。後は四葉が座ったままでもジャージをあげることが出来る。
「これでよし!」
「着替えも出来るようにならないとな」
「あ、うん・・・ごめんね」
彼女が手伝わせて申し訳ないと思っているのだろうか、少し、暗い表情をしたので、風太郎は四葉の髪の毛をわしゃわしゃ撫で始める。
「ま、このまま四葉の着替えを見れる役得ポジションにいても俺はいいけどなー」
「ええ!?」
「冗談だ。やることは多いが、一個ずつ頑張っていこう」
「・・・うん!」
そう返事をし二人で風太郎が四葉の車いすを押して、外へ散歩に出かけた。
「夏とはいえ、朝は少し冷えるな」
「そうかな?私はちょうどいいよ?」
マンションを出て、近辺を散歩する。風太郎と四葉はこの様に二人でゆっくりするのも、久々だ。こんな早朝では人はほとんど通っていない。犬の散歩やジョギング等を行う人が主だった。
「どこか行きたいところはあるか?」
「うーん・・・ブラブラしたい」
「りょーかい」
そう言われたので、ただ二人でその辺を歩きながら世間話や姉妹のことなどを話す。
「五月に義兄さんって言われるの慣れた?」
「いいや。だから、この前仕返しでねーちゃんって呼んだら、不気味って言われた」
「アハハ、でも、早いね。義兄さんって言うのは」
「まぁな。ってことは、上三人が義姉か・・・」
そう言って一花、二乃、三玖が自分の姉という立場になるのを想像してみる。
「一花と二乃はわからないでもないが、三玖が義姉になるって言うのが想像できん」
一花は五つ子の長女で客観的に物事を見れる、二乃は見ての通り、しっかり者の姉御肌って感じである。三玖はどっちかって言うとマイペースな感じで姉という感じではない。
「うーん。私も特に三玖はお姉ちゃんって言うよりは友達に近い・・・かな?」
どうやら、四葉も同じ意見の様だ。
「あ!せっかくだから、三玖のことお義姉ちゃんって呼んでみるのはどうかな?」
「三玖ねーちゃん・・・うーん・・・」
決して呼びたくないわけでもないのだが、なぜか、少し抵抗感がある。
「・・・なんか、しっくりこないね」
四葉もそう思うらしい。なので、この話は却下となった。
「そうだ、二乃と三玖には昨日のお礼しないと。何か欲しいものって知ってるか?」
確かに、昨日の一花救出作戦であれだけ頑張ってくれたのだ。お礼をしなければと風太郎は考えていた。
「え?あの二人が欲しいもの・・・」
四葉が考え込み、彼女たちが欲しいものを過去の記憶を頼りに探してみる。
「あ!」
「なんだ?」
「あ、ええと・・・何でもない」
四葉が思い付いたかのように言うので聞いてみたが、特にないらしい。しかし、四葉は二人が欲しいものをわかっていたが風太郎には伝えなかった。
「(たぶん、あの二人に聞いたら・・・)」
「フー君」
「フータロー」
「・・・だよね」
二人が風太郎を欲するのが想像できた。
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」
時刻はもうすぐ七時。四葉曰く、二乃が朝食を作っているのがこの時間らしい。なので、二人はそろそろ帰ることにした。
「ただいま」
「ただいまー!」
「あら?出かけてたの?」
「四葉さん、お兄ちゃんお帰りー!」
キッチンから顔をのぞかせエプロン姿の二乃とらいはが出迎えてくれた。この二人の組み合わせは珍しい。
「うん。風太郎とお散歩」
「ふーん。フー君、今度は私と行きましょ。お弁当作っていくから」
「それは楽しみだ」
そう言いながら、風太郎は四葉をリビングに連れて行く。その間、キッチンの二人は二乃にらいはが料理を教わっているようだ。
「こう?」
「そうそう、で、メレンゲと別立ての黄身のほうを混ぜ合わせて。それで、スフレパンケーキの生地完成。らいはちゃんは料理のセンスは流石ね・・・どこぞの、姉妹と違って」
そう言ってソファでくつろいでいる四葉に目を向けるが実際、彼女に限った話ではない。五つ子の料理当番は三玖の料理が良くなるまで、二乃しかいなかった。一花は出前を取るし、四葉はフィーリングで、五月は量が多すぎる。昔の三玖は料理とは呼べなかった。
「あ、この前お姉ちゃんの料理美味しかったですよ!」
「お姉ちゃん?」
「五月さんのことだよ!」
以前彼女が上杉家に泊まりに来た際に五月が風太郎を義兄さんと呼んでいたので、それに肖り、らいはも五月をお姉ちゃんと呼んだ。
「ふーん・・・らいはちゃん。私もこれからはお姉ちゃんと呼んで!」
「え?、じゃあ、二乃お姉ちゃん!」
急に、そう言われて困惑するが、
「い、いいわね・・・もー、可愛すぎる。いつも元気で料理上手でお姉ちゃん思いの妹欲しかったわ」
そう言ってらいはの頭を撫で始める。その光景をリビングの風太郎と四葉は朝の会話通り、二乃はお姉ちゃんらしく振る舞う。実際、二乃とらいはという意外な組み合わせは、本当の姉妹の様にも見える。五月はどちらかと言うと年上の友達と言った具合だ。
「あ、それで・・・食費大丈夫だった?」
「だいじょばねーよ」
話は戻って、五月の料理についてだろう。彼女が上杉家で食したのはカレー推定十人前。振る舞った朝食は卵一パック分の卵料理。数週間近く持つ筈が一気に無くなった。なので、風太郎は五月に上杉家の料理禁止を命じた。
「・・・あの子はプロレスラーレベルの胃袋してるのよ」
確かにテーブルに並べられた食事の一席分は他と比べて量が多い。たぶん五月用だろう。
「フー君、そろそろみんな起こしてきて」
「わかった・・・良いのか俺が行って?」
風太郎も男だ。今更でもあるが、彼女たちの部屋に無断で行っていいものかとも思う。
「私はらいはちゃんと朝食作ってるし、フー君が行ったら、あの子たちはブーブー文句言わずに起きると思うから」
「・・・まぁ、いいか」
風太郎が気にしているのはそこではないが、頼まれたので彼女たちの部屋にモーニングコールを行うことにした。最初は一花の部屋。ノックはしたが反応はない。まだ寝ているようだ。
「入るぞ」
一花の部屋に入り、初日と違い、綺麗に・・・なっていたはずだが、昨日よりも汚部屋と化している。
「ZZZ」
そのベッドの上でスヤスヤ・・・の様な可愛らしいらしい転寝をしているわけでもなく、よだれを垂らしながら寝ていた。
「これをファンが見たらどう思うのか・・・」
芸能界の一花のイメージは何でもこなす天才女優というイメージがついているらしいが、ふたを開ければこんなのだ。
「起きろ、一花・・・こいつまた服着てないな・・・」
彼女の肩をゆさゆさと揺らす時に何もないのに気がついた。これに慣れていいものかはわからないがもう、慣れた。すると、むくりと起きて、ボケーっとした表情であたりを見渡す。
「まだ眠いよ・・・あれ?」
風太郎の顔を認識し、目が覚めた彼女は焦りながら自分の体を掛け布団で隠す。
「フ、フータロー君。お、おはよう」
「・・・二乃が起きろってさ」
ベッドの彼女のほうを見ないようにし、そう声をかけるが、彼女の反応はなかった。
「あ、フータロー君。そこの補聴器取ってもらえる?」
そことは一花の机の上、つまり風太郎の正面にある充電されているイヤホンの様なものだ。それを彼女のほうを見ないように渡し、彼女がごそごそとそれをつけ始める。
「つけたか?」
「うん、オッケー。フータロー君、もうちょっと近づいてもらえる?ノイズっぽく聞こえてるから」
そう言うので彼女のほうに近づきく、抱いた背中合わせの距離だ。
「二乃にモーニングコールを頼まれた」
「わかった・・・うん。やっぱ、人と会話できるのは楽しい」
補聴器が出来上がるまでは、主に筆談やメール等で会話していたので、言葉のキャッチボールが出来るようになった一花は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、着替えるね」
そう言うことなので風太郎は一花の部屋を出て行くと、キッチンの二乃が声をかける。
「どう?すんなり起きた?」
「ああ、別に普通だったぞ」
いつもの様に裸であることを除けば特に面白いことはなかった。
「流石ね。普段はあと十分くらい粘らないと起きないのよ。フー君いるとシャキッとするのね」
「なんだそれ」
そんな会話をしながら今度は三玖の部屋にノックをする。すると、今度は中から、三玖の声がした。どうやら起きて入るらしい。
「俺だ。起きてるな?」
「うん、どうぞ」
起きているのなら入るつもりもなかったのだが、歓迎されたのでなんとなく入ってみる。扉を開けて、そこにすでに着替え終わっている三玖がいた。若干眠そうだ。
「おはよう。二乃が朝飯だってさ」
「ふぁあ・・・」
「眠そうだな」
「昨日遅くまで課題やってて・・・」
可愛らしくあくびをしているその後ろの机には料理関係の教本。三玖は多国籍の料理を主に学んでいるらしい。部屋を出ようとするが、三玖に頼みたいことがあった。
「なぁ、三玖。少し、借りてもいいか?」
「良いけど、フータロー料理するの?」
了承を得たので彼女の机にある料理方法関係の本を借りる。そして、三玖も近づき、数冊本を取る。
「三玖のサポートのために、俺も料理学んどかないとな」
「・・・いいのに」
「なんか言っ・・・何やってんだ?」
「ううん。何でもない」
にやける表情を手で隠そうとするも、それが隠しきれていないくらい三玖は嬉しかった。三玖としては風太郎が一緒ということが重要なのだ。だから一緒に調理台に立つでも味見役でもなく、ただ一緒にいてくれるだけでいいのに、彼はこんなに頑張ってくれている。
「じゃあ、これとこれもおすすめ。あと、この辺のは一年の時にしか使わなかった奴だから好きに読んでいいよ」
三玖からおすすめの本を借り、好きに使っていいものを聞き、二人は部屋を出た。
最後に五月の部屋、朝に非常に弱かった彼女だが、前回の上杉家お泊り会では風太郎より早く起き、乱暴に起こされたのを思い出す。
ノックをするが、返事はない。ただの扉のようだ。
「入るぞ」
そう言って彼女の部屋に入るとまだ布団の上でもぞもぞとしているのがいた。
「起きろ!」
耳元で怒鳴るように起こす。すると彼女はビクッとなり、飛び起きる。
「え?あ、う、上杉君!?」
「あ、起きたか?」
「なんですか!今の起こし方!」
確かに、文句を言われる起こし方ではあるが前回やられたので仕返しだ。
「ああ、というか久々に呼ばれたな」
「なにがです?」
「上杉君って、義兄さんじゃなくて」
「あ・・・」
それを無意識で言っていたことに五月は少ししょぼくれた表情をする。彼女が風太郎を義兄さんと呼んでいるのは逃げだ。告白をし、思いが届かず、彼はもう四葉にしか気持ちがないことを知り、この呼び方に勝手に変え、慣れたはずだった。しかし、無意識のうちに五月はまだ期待しているのかもしれないと思ってしまっているのか、本人にもわからない。
「いえ、その・・・」
「・・・別に、もし慣れないなら、元の呼び方に戻してもいいんだぞ」
実際、風太郎は彼女が急に呼び出したが、風太郎はある程度予測はできる。四葉との結婚を本気で望んでくれているか、風太郎を完全に諦めるための行動・・・出来れば前者であってほしいが、本人にしか本心はわからない。
「いいえ、私は大丈夫です」
「・・・昨日はお前に説教されなきゃ、俺は一花を諦めてた」
「え?」
急に昨日の話を振りだした。とっさに下を向いて、自分を責め立てている彼を見たくなくて、あんな行動をしてしまった。
「ありがとう」
「きゅ、急にお礼を言うのやめてください!ほら、着替えますから出てって!」
無理矢理、風太郎を外へ放り出し、扉の前で顔を赤くしながら、座り込んだ。
「ふぅ・・・」
そう言って深呼吸をし、冷静になる。
「仕方のない義兄さんですね」
そしてリビングには朝食が並べられてあるが、五月だけでなく、他の席も大盛に朝食が盛られていた。
「らいはちゃん、覚えるの早いし手際いいしで助かるわー」
「私もいっぱい勉強させてもらったよ!二乃お姉ちゃんありがとう!」
そんな仲のいい二乃、らいはコンビの反応とは裏腹にテーブルに着席した姉妹(五月以外)は呆然としていた。テーブルに盛られたスフレパンケーキ。一人五枚はある。
「うわぁ、すごい大盛だね」
「・・・うん。食べきれるかどうか」
「二乃張り切ってたからね・・・」
「もし食べきれない場合は私が食べますのでご安心を」
一花も苦笑いを浮かべ、三玖も朝からダルそうな雰囲気をだし、四葉若干引いている。五月はすでにナイフとフォークを構えて、テンションが上がっている。姉妹の反応を聞きながらキッチンの二野がテーブルに着席する。
「別にいいでしょ、今日は久々に姉妹みんなでテーブル囲んでるんだから・・・」
「・・・・・・」
その言葉に、五つ子は気づいた。確かに、この数日間、自身の都合で皆バラバラになり、全員で食事を共にするなんて考えが及んでもいなかった。二乃は初日から・・・風太郎が来る前から、姉妹を気にかけ、全員集めるために、頑張っていた。今日は二乃のそんな目標が叶った日でもある。
「じゃあ、いただきましょ」
「・・・うん、いただきます」
姉妹は二乃に感謝をしても、したりない。風太郎を呼ぶと発案したのも彼女で、部屋に引きこもっているみんなに食事を届けてくれた。姉妹を元気づけようと部屋に様子をよく見に来てくれていた。自分の状況にイライラして八つ当たりをしても、結局に気かけてくれた。
そして、本当は一人が苦手で怖いのに、一人で頑張ってくれていた。
「おいしい・・・おいしいよ」
届けてくれた料理、美味しかったも何も伝えていなかった。
部屋に来て力になるって言ってくれていた。
引き離しても心配してくれた。
一人で・・・頑張っていた。
「・・・ありがとう」
そんな言葉に、二乃もお礼を言う。一度バラバラになった姉妹はまた一つに、より強固な絆になっただろう。
「お兄ちゃん。よかったね」
「・・・ああ」
こそこそと、らいはが話しかける。風太郎もそれに同意だ。そんな彼女たちの会話を眺めながら、風太郎とらいはもスフレパンケーキを食した。
そして、今日から彼女たちをサポートする風太郎のアルバイトが始まった。
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21話 一花の決断
全員あの量の朝食、つまりは一人五枚のパンケーキを何とか食べきって、一花は部屋に戻り、リビングで五月以外は満腹で横になっていた。そして、泊めてくれたお礼として、風太郎とらいはが皿洗いをしている。
「食べた・・・お腹いっぱい」
「うっぷ、私も・・・」
「作りすぎたわね・・・」
リビングの絨毯の上で横になっている三玖と四葉のお腹は膨らんでいる、それほど彼女たちにとっては重かったのだろう。二乃も作りすぎてしまい、少し反省をしているようだったが、そんな状況とは裏腹に、まだテーブルでスフレパンケーキを食している人間がいた。
「五月!あんた食べ過ぎ!」
「え?十枚ですよ!?」
「普通の女子大生でパンケーキ十枚は食べすぎだよ」
そう言いながら部屋から出てきた一花、変装用のサングラスもかけてどこかに出かける格好だった。
「どこか行くのか?」
風太郎も皿洗いをしながら一花が出かける格好をしたのに気がついたので聞いてみた。すると、あまり触れてほしくなさそうに困った表情で言ってくれた。
「うん・・・事務所に呼ばれてね」
「そう・・・か」
彼女は事務所に内緒でオーディションを行き、監督と出演を交渉に愛人契約を交わしてしまったことであろう。風太郎たちの活躍によって、何とかなったのだが、そのようなことをしていたのを所属事務所が黙っているわけにもいかない。
「・・・わかった。俺も行く」
これに関しては風太郎にも責任がある。なのでついて行くことを提案した。
「ううん、私一人で大丈夫!・・・フータロー君に助けてもらって本当に良かった。あれだけのことしちゃったんだもん。これで事務所クビになっても・・・後悔はないよ」
彼女の覚悟をしたような眼。もしクビとなっても本気で受け入れる。そんな覚悟だった。確かに彼女はそれくらいのことをしてしまった。だが、風太郎にも責任がある。
「・・・一花」
「大丈夫だよ・・・嘘、一個だけ約束して・・・」
少し表情が崩れてしまい、風太郎の胸を借りるように近づく。そして本当に小声で風太郎以外には聞こえないように話す。
「もし、ダメだったら、一緒に探してほしい・・・私の新しい道」
決して、一花のクビが決まったわけではない。だが、不安なのだろう。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、彼女の女優への執着心はそれほどだったのだろう。
「ああ、約束する」
その言葉を聞いた一花は安心したかのように笑顔に戻る。
「ありがとう、じゃあ行ってくるね!」
本当は不安で仕方ないのだろうが、みんなは彼女から良い報告を聞けるように祈るしかなかった・・・などと考えていると出て行ったはずの一花が戻ってきた。
「フ、フータロー君・・・大変言いにくいのですが・・・」
顔を赤らめて敬語になり、言葉通り言いにくそうだ。何かあったのか?
「なんだ?」
「社長から、フータロー君も来てって・・・たった今メールが・・・」
決意を固めて一人でも大丈夫と決心をし、いざ出発したら、どうやら風太郎もついてきてとのことだった。
「わかった・・・なんだその顔」
「・・・あんな決意を示した後でやっぱ来てよって言うの、なんかハズイじゃん」
一花が言うのにはそうらしいので、風太郎もそのことにあまり触れないようにした。すでに外で社長が待機してるらしく、一花は先に行ってもらい。風太郎も出る準備をした。
「じゃあ、行ってくる」
そう言うと、五つ子全員が見送りに来る。しかし、表情は暗い。
「一花のこと、頼んだよわよ!」
「・・・出来る限りのことはやる」
二乃に喝を入れられ、風太郎もマンションを出る。
そして、マンションを出て、すぐ、目の前、社長の高級車が停まっていた。
「上杉君。おはよう」
「おはようございます。遅くなりました」
運転席に社長。助手席にすでに一花が座っており、風太郎は後部座席に乗るように指示された。心なしか、社長の表情は険しい。そして、乗ったのを確認すると、車は出発した。
車内の中、重たい空気が流れる。風太郎や一花から、そのことに触れてもいいのかがわからなかった。そんな中、社長が口を開く。
「・・・昨日のこと、全部話してちょうだい」
急に振られたので、少し焦ってしまったが、風太郎が冷静に昨日の出来事を話していく。
「俺の家族と、一花の家族で協力して・・・」
そして、昨日の出来事をすべて話した。一花は自身の女優人生と風太郎の将来を脅しの材料に使われていたこと、一花に承諾を取らずに、ホテルでの演技指導・・・基、愛人契約のを邪魔し、監督を逮捕まで追いやったこと。
「・・・なるほどね」
社長は運転中ということもあるが、黙って聞いてくれた。表情は変わっていないのでどう思って聞いているのかはわからないので非常に怖い。
「一花ちゃん。聞こえる?」
「はい、聞こえます」
「じゃあ、あなたは何があったの?」
女優人生と風太郎の将来を人質にされ、受けざる負えなかった・・・聴覚障害になってしまったので、今後お芝居の仕事ができなくなるのを恐れて、最終的には自分で決断をした。そして、肉体関係を持つギリギリで風太郎が助けてくれた。
「以上・・・です」
「・・・着いたわ」
社長は頷き、事務所に到着したことをふたりに伝える。三人が車を降りて、歩いていると風太郎は震えている一花を見て、肩をポンッと叩く。
「・・・大丈夫だ」
「うん・・・ありがとう。フータロー君もね」
元気づけようとしたのだが、自分も緊張している。その証拠に手汗が止まらない。そして、社長に案内されたのは応接室、イスとテーブルだけの外からは何も干渉できない部屋だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま無言で二人は座る。そして社長も対面に座った。
「申し訳ありません!」
「・・・申し訳ありませんでした」
応接室でのの開口一番風太郎と一花は謝罪をした。一花も深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。その横で風太郎も一緒に頭を下げた。
「上杉君。一花ちゃんを助けたい気持ちはわかるけど、実行する前に相談をして欲しかった。もっと穏便にもできたし、あなたに協力してくれた人も危険にさらされることもなかったわ」
「はい、すみませんでした!」
そう言って頭を下げる。確かに、時間がなかったとはいえ、社長にも相談すべきだったことを悔やむ。
「・・・一花ちゃん。仕事のことは一度事務所を通す。これは所属契約書にも書いてあることよ。つまりは違反行為。勝手に仕事の話を進めて、こうなった。こうなるから事務所があるの・・・わかった?」
「はい・・・」
一花も反省しているようだが、社長に怯えてしまっているし、自分が今後どうなるのかが、不安なのだろう。そのせいかずっと俯きっぱなしだ。
「私も、ごめんなさい。貴方がここまで追い込まれていることに気がつかなかった・・・反省してる。一花ちゃん。貴方の現状をちゃんと事務所が把握できてなかったのも問題よ」
「しゃ、社長!頭を上げてください!」
まさか社長から謝罪の言葉が出るとは思ってみなかったので二人は焦りながらも頭を上げるように言う。
「・・・一花ちゃん。ここからが本題よ。貴方には三つの選択肢がある」
そう言って紙を用意して、そこに矢印を書く。
「一つは事務所を退所して、芸能界から足を洗う」
「!!」
一花が一番恐れていたこと、しかし選択の余地があることがわかった時点で風太郎は少し安心した。
「二つ目は事務所に残る・・・でも、聴覚障害を持つ一花ちゃんの仕事は難しいって思ったほうがいいわ。もちろん、会社でも、私個人としても営業はしてみるし、一花ちゃんを使いたいってお声がかかる可能性もある」
だけど、今までみたいに保証はできない。今でなら、一花を使いたいという会社、企業、監督、プロデューサーは何人もいたし、実際、聴覚障害になる前はスケージュールがびっしり埋まっていて、休む暇もあまりなかった。だが、ほとんどの仕事は降板という形になり、今はできてもモデルと言ったところだ。
「そして、三つ目は・・・これよ」
そう言うと社長は一つのパンフレットを見せてくる。この事務所が直属運営している育成機関。俳優・女優養成所だ。
「ここで、演技指導の講師をする・・・女優をやめて講師専門にするもよし、もちろん女優を続けながらの臨時講師という形でも構わないわ。お金も必要でしょう?」
女優業でお金を稼いでいるとはいえ、一花は仕事を降板させられ、入るはずの給料が入らなくなったので、安定して働ける場所を提示してくれた。
「・・・・・・」
一花に与えられた三つの選択肢、彼女が一番恐れていたクビは免れたが、社長のいうことも確かだ。今後、所属をしているからと言って、仕事が来るのも難しい。それに、養成所の講師という仕事で安定した収入があるのも今の一花にとっては魅力的な相談だ。
「・・・考える時間を頂いてもいいですか?」
「ええ、急に言われてもそうなるわよね。もし、興味があるなら養成所を覗いてみて、一花ちゃんはスカウトだったから、すぐに女優になれたけど、一生懸命目指している子たちを見るのも面白いわよ」
せっかくなので、この事務所の隣にあるスタジオ。そこが養成所となっているらしいので、そこにお邪魔することにした。社長に二人は案内され、養成所のスタジオの前に立たされる。今ここでちょうどレッスンが行われているようだ。
「失礼します」
そう言ってスタジオに入り、レッスンを受けている生徒たちがいた。そして、一花が入ったとき生徒は信じられないような表情を浮かべた。
「あれ、中野さんじゃね!?」
「ホントだ!中野一花だ!!」
「うっわ、顔ちっちゃい!」
「スタイルいーなー。羨ましい・・・」
男性二人と女性二人の計四人の俳優、女優の卵だ。そして講師の方が一人。
「社長!お疲れ様です!」
「お疲れ様。ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
そう言うと講師に事情を説明し、一花が見学という形で参加することになった。
「終わったら、また応接室に来てもらえる?」
「わかりました」
その間社長は風太郎と二人で話すことがあると言ってスタジオを出て行った。
そして、場所は事務所の喫煙所、事務所内ではあまり吸う人がいないらしいので、誰も来ない。そこに風太郎と社長の二人で入り、タバコを勧められるが、風太郎は吸わないので拒否をした。
「一花は・・・その、難しいですか?」
風太郎が一番気にしているのは彼女の今後だ、クビという形も回避したものの、女優業がどこまで出来るのかをしりたかった。
「私個人の意見は続けてほしい。あの子のおかげで事務所も大きくなって養成所まで設立して・・・何よりまだ、二十歳であれほどの逸材は他にいないわ。でも、一花ちゃんが望んでいること、さっきも言ったけど、映画、ドラマ、舞台・・・この辺は厳しいのが現状よ。それに、一花ちゃんのあの行動のせいで、世間にはばれてないものの、芸能界で噂になっているとかいないとか・・・なっちゃった時点で、使ってくれるのは少ないのよ。それに芸能界があんなに怖い思いをさせたんだのも、やめるって選択もなくはないわ」
「・・・無理を承知ですが、何とかなりませんか」
そう言って頭を下げたところで何も変わらないだろうというのはわかっているが、風太郎にはそれしかすることができない。
「ええ、だから、後進の育成。少しでも、そういうものに関われるようにね・・・」
社長自身も一花のことを考えての決断だったのだろう。本当に大切にしているようだった。なので、一回事務所が一花を売ったのだと思い込んでのを恥じる。今の一花をに色々な選択肢を与えているので、本気で彼女のことをを考えている。
「・・・ねぇ上杉君。一花ちゃんって手話出来る?」
「え?」
急に話題は変わり、なぜか一花が手話ができるかどうかの確認をしだした。
「実は一花ちゃんの事情を知っている番組プロデューサーが、一花ちゃんを使いたいって言ってるのよ」
「え!だったら・・・」
しかし、これにはあるリスクが備わっていた。
「子供教育番組。【ことばであそぼう】って言うのなんだけど・・・」
その番組のワンコーナーで耳が聞こえない人はどうやって話すのかって言うのを一花が先生になり、子供たちに教えるというものらしい。
「一花ちゃんがどういう選択をするかわからないから保留にしてる。明後日までにお返事をしないといけない・・・どう?」
一花本人に聞かないとわからないだろうが、たぶん出来ない。一度、手話を彼女に見せたことがあったが、急にダンスをしたのだと勘違いされた。
「出来ない・・・です」
「そうよね・・・」
だが、それだけで終わらせなかった。
「だから、俺が教えます!」
風太郎はすでに五十音の手話はできるようになっている。せっかくのチャンスを逃すわけにもいかない。
「・・・わかったわ。上杉君、一花ちゃんの応接室覚えてる?そこで待ってて」
そう言うと社長は喫煙室を出て行き、風太郎は応接室へ戻った。そして、そこにはまだ一花の姿があった。
「あ、お帰り・・・」
「おう」
一花は養成所のパンフレットを眺めながら、考え込んでいた。
「・・・ねぇ。フータロー君」
「なんだ?」
「・・・どう思う?」
たぶん養成所で自分が講師をすべきなのかだろう。それも魅力的なものだが、一花がどうしたいかだ。
「・・・お前が後悔をしないような選択をしろ」
決して、先ほどの話は伝えなかった、この一花の選択で色々と変わってくる。
「後悔ない・・・そうだよね」
その考えを伝えると一花は少し困りながらも決めた様子だ。そして数分後、社長が戻ってきた。
「お待たせ・・・一花ちゃん、考えは決まった?」
彼女の選択肢は三つ。一つは事務所の退所。二つ目は続行。三つめは養成所の講師。これに関しては、女優業と兼業も可能となっている。だが、一花はもう答えを決めていた。
「女優一本で行きたいです」
講師のお話も魅力的だったが、見学中やってみて思った。私には向いていない。教えるよりも自分でやりたいという思いが強くなっていた。
「そう、わかったわ・・・紹介したいお仕事があるの」
そう言うと、一つの資料を取り出し、それの説明を始める。
「これ、一花ちゃんの台本」
「え?」
「明後日までに、これを覚えてきてほしい」
台本を確認すると、教育番組の台本。そこで手話を教える先生の役をするということだった。
「上杉君もよろしくね」
「はい!」
「え、あの・・・」
状況が呑み込めていない様だが、風太郎が説明をする。
「テレビの仕事だって、教育番組の」
「え、でも私、手話って・・・」
そう言うので風太郎が簡単に披露する。
「俺、が、教える」
口に出しながらそれを手話で話した。それを見るとこの前部屋で踊っていたと勘違いしていたものが手話だと気づいた。
「・・・フータロー君」
「お前にまた勉強を教えることになったってこと。よろしくな」
こうして風太郎のアルバイトの初仕事は一花へ手話を教えるということになった。こんな形だが、勉強した甲斐があったというものだ。だが、社長がこれに関して懸念していたことを彼女に伝える。
「これをやるっているのは一花ちゃんが聴覚障害って言うのを世間に伝わるってことにもなるの。それは・・・」
「大丈夫です」
一花の決意を示したようだ。じぶんの自状況が世間に広まったらどんなことが起こるのかはわからない。それにいずればれることでもある。だったら、今目の前にあるチャンスをつかんでいく。これがきっかけに別のお仕事も増えるかもしれない。それに・・・フータロー君。
「なんだよ?」
「・・・何でもない」
風太郎にまた勉強を教えてもらうのが、嬉しくもあった。
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22話 一花と勉強
一花の女優人生は継続という形にはなったものの課題ができた。明後日までに、手話を覚えることだ。しかし、この番組をキッカケに世間に一花の聴覚障害が認知されてしまう。だが、一花はそれでも構わなかった、いずれは周知されるし、今この状況の一花に仕事が来るとは思っていない。なので、今回頂いたお仕事をこなすのが今の一花がすべきことだ。
「じゃあ、上杉君。よろしくね」
「はい、承知しました」
「送っていただき、ありがとうございます」
「一花ちゃん。頑張って!」
社長に事務所からタワーマンションまで送ってもらい、二人でお礼を言い、見えなくなるまで頭を下げた。そして、マンションに戻ると皆が心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「一花・・・その・・・」
三玖が聞きにくそうにしている。どんな結果になったか知りたいのだが、聞きにくい気持ちはすごくわかる。だが、安心してほしい。
「うん、クビはなかった。それで、お仕事はかなり減っちゃうけど、女優は続けられるよ」
それを聞いてみんな安堵の息を漏らす。
「ま、私は大丈夫だと思ってたけどね」
「え?二乃が一番しんぱ・・・モガモガ!」
「い・い・か・ら!黙ってなさい」
二乃の発言に対して、四葉が何か言おうとしていたが、二乃によって口をふさがれる。
「それで義兄さん。アルバイトらしいのですが、私たちは何をすればいいのですか?」
五月はそう聞くが、前回の家庭教師と違い、ノルマの様なものは存在していない。赤点回避!みたいな明確なものがあれば彼女たちもどうすべきか考えられるが、今回は風太郎が彼女たちのサポートというあいまいなものだった。
「とりあえず、優先順位的に一花。お前には手話を覚えてもらう」
現在は一花が今度出演予定の子供教育番組のために手話を覚えさせるのが最優先だ。タイムリミットは明後日、それまでに最低でも社長から渡された台本に書いてあるものはできないといけない。
「うん!よろしくね。フータロー先生」
一花の仕事のことを五つ子たちに説明すると。納得をした表情をしてくれた。
「じゃあさっそく始めるぞ」
「・・・うん」
リビングで二人で向き合って勉強を開始するのだが、その周りで他の姉妹はじーっと無言で見ているのが少し恐怖でもあった。
「お前らもやるか?」
見てるだけでもつまらないだろうし、なにより一花と手話できる人がありがたい。補聴器で聞こえるようになったとはいえ、距離や、声量も気にしなければならない。だからというわけでもないが、覚えておいて損はないだろう。
「そうね、まぁ、一花優先で私たちは横から見てるわ」
二乃の提案により授業というよりは見学という形になった。
「えっと、台本は・・・」
台本に書いてあるのは自己紹介の仕方。そして、とあるゲームを行うらしい。先生役の一花が生徒役の子供たちの好きな動物を当てるゲーム。子供が一花のアシスタント役に好きな動物をおしえ、それを手話で一花に受信する。それを一花が答えるというコーナーらしい。目的は会話以外でのコミュニケーション方法の伝授と、視聴者に興味を持ってもらうこと。
「うっわ・・・」
子供の好きな動物もものによるがワンアクションで表現できるものがある。五十音を繋げるよりもテレビの見栄え的にそっちも教えるべきか・・・
「・・・じゃあ基本の自己紹介から」
風太郎が説明を始めると一花も真剣な表情をし、聞き入る。
「自分を人指し指で指さす、これが私、自分。」
うんうんと聞き入り一花だけでなく周りの姉妹も挑戦しているようだった。
「んで、な、ま、え、」
チョキの裏面を逆さにして【な】。そのまま薬指も一緒に出すのが【ま】。最後に猫の手の様にして手のひら面側を相手側にして【え】。
「えーっと?こう?」
そう言って言われた通りに行う。
「後はこれと・・・これ、この二つも名前だ。これはワンアクションで出来る」
一つは手の平にもう片方の手をイイネ!の形にし、親指で押す。もう一つは、右手で左胸元にオッケーマーク。このワンアクションでもでも、名前となる。
「え?えっと・・・」
流石にいきなり教え過ぎたか・・・風太郎も実際、探り探りで教えているので、いまいち手ごたえが感じない。
「一花はどれが覚えやすい?」
「えっと・・・このオッケーマークのやつかな・・・わかりやすいし。」
「それは名札やバッジを差しているイメージだ」
「へぇ、なるほど・・・」
基本的にはこれだ、名詞に関しては意外とジェスチャーが多い。なので、興味を持ってもらうために自己紹介を置いておいて台本にもある質問をしてみる。
「一花、好きな動物は何だ?」
「カバさんかな、あの、のんびりしてるのが好き」
一花を知っているとぴったりだが、ファンからしたら、意外なイメージが違うのだろう。
「これがカバ」
風太郎は両手をかめ○め波の様に構え、それを指の間を絡ませ挟むように閉じる。大きな口が閉まるイメージだ。
「へぇ、確かに言われるとカバっぽい」
少しずつだが、理解できているようだし、何より興味を持ってくれているようだ。
「んで、次な・・・じゃあ、おさらいで、【私の名前は】までやってみてくれ」
「えっと・・・」
自分を人指し指で指す。そして、右手で、左胸にオッケーマークを作る。その後に、なぜか、指を絡ませ挟むように閉じる。
「私の名前はカバです・・・」
一花はカバになりました。
「あ、アハハ・・・えっと・・・」
乾いた笑いをし、さらに少し混乱しているようだった。自己紹介の途中で教えたのがまずかったか。
「でも、私の名前まではできてるからオッケーだ。次だが・・・」
今度はちゃんとカバ。ではなく一花の名前、中野一花とやる。本来は漢字でもできるのだが、今回の相手は子供が対象なのでひらがなで行う。
「じゃあ、これが・・・」
一通り【なかのいちか】を手話で教えて、何とか自己紹介はできるようになった。
「えっと・・・こうで、こうで、こう・・・合ってる?」
「ああ、正解だ」
探り探りで少しぎこちないが、ちゃんと伝わっている。しっかりと彼女はできるようになった。
「えっと・・じゃあ」
そう言うと手話の教本のページで何かを探しているようだった。そしてそのページを見つけたようだ。
「・・・!!」
その行動は、左手で床を作り、その上にチョップをしてバウンドさせる。
「どういたしまして」
「やった!」
一花がそう言ったのはふうたろうとしっかり手話でコミュニケーションが取れたことだ、いま一花が行ったのは【ありがとう】。なので、風太郎はどういたしましてと返した。
「・・・なんかフータロー君と秘密の会話してるみたい」
「ま、軍隊でもハンドシグナルってあるしな」
「そーいうことじゃないんだよ。全く・・・」
少し不貞腐れているが、妙に嬉しそうだ。何はともあれ一花が積極的に覚えてくれているのがうれしいし、風太郎自身もやりやすかった。
「じゃあ、今度は台本通りに一回やってみるか・・・」
キャストは先生、アシスタント、小学生三人。動物に関しては、ぶっつけ本番なのか、打ち合わせるのかはわからないが、子供が答える場合はぶっつけが多いらしい。生放送ではないので、正直わからなくなったら、いったん止めて取り直せばいいのだが、一発でクリアしたほうが、番組プロデューサーにとってまた使わせたいと思わせられるだろう。
「私が先生で、フータロー君がアシスタント。じゃあ、みんな子供役やって!」
見ていた姉妹たちに急にフラれビクッとなってしまったが、まぁ、流れをイメージするのは大切だろう。
「まぁ、良いけど」
「うん、面白そう」
「私もですか!?」
「まぁまぁ、一花のためです」
ということで、番組の練習が始まった。
「はじまーるーよー♪はい、オープニング終わりました!」
一花が監督の様になりきって始める。最初はアシスタントのセリフから入る。台本は一つしかないので回し読みをする。一つのセリフが終わったら次のキャストに渡す。
「ヤァ、オハヨウ、キョーノコトバノセンセイハダレデショー」
「カット!フータロー君!君は今、進行役だよ!しかも相手は子供に対して、それを踏まえてもう一回!」
一花監督の演技指導が入り、風太郎だけでなく姉妹全員に緊張感が走った。
「はいじゃあ、もう一回!」
「やぁ!おはよう!今日の言葉の先生は誰でしょう!?」
「うーん、良いんだけど、語尾が強いだけで、単調だなー・・・セリフの区切り全部に!マークが入ってる感じが・・・」
「一花・・・進まない」
三玖がそう言うと、一花も少し申し訳なさそうな表情をした。気を取り直して行う。
「やぁ、おはよう!今日の言葉の先生は誰でしょう?・・・はい三玖」
台本は一つを回し読みなので次の三玖に、風太郎が台本をを渡し、彼女の内気女の子役を見てみる。
「ダ、ダレダロー・・・タノシミー」
「・・・フー君並みね」
三玖は恥ずかしくなってしまい、棒読みに加えて何を言っているのかわからなかった。次は二乃の委員長系男の子
「前回はことばの先生はドイツ語だったね!」
二乃は悪くない演技をして、最後に四葉の元気女の子。
「じゃ、じゃー!よ、呼んでみましょう!」
四葉も少し緊張気味だが子供らしさもあって元気だ。本来三人なので、五月はみんなで呼ぶところのみ、参加した。設定は・・・大食い少女とかでいいか。
「先生よろしくお願いします!」
「はーい!こんにちわ!」
そう言って一花が元気よく登場して、子供たちに手を振っている。
「はい、今日の先生は、中野一花先生です」
「よろしくお願いします!」
「先生はどんな言葉を使うんですか?」
二乃の質問に対して、今回の一花が取り上げるものを手話で説明する。
「私は・・・手話の・・・先生です」
自分を人差し指で指し【私】。両手の人差し指を互いに向けてそれを交互にくるくると糸巻きの様に回して【手話】。右手を頭辺りまでもっていき、人差し指を前に二回ちょっと払うようにして【先生】。
「はい、一花先生は手話の先生です!」
アシスタントのこのセリフでいったん、ナレーションによる映像説明が入り、その後みんなの自己紹介と、ゲームを行う。とりあえず、自己紹介の流れよりもゲームのほうが難しいと思ったのでそちらを優先して行う。
「じゃあ、一花以外は俺に好きな動物を教えてくれ」
ちなみに、二乃はウサギ。三玖はハリネズミ。四葉はラクダ。五月はカンガルー。
「二乃以外、もうちょいメジャーな奴ねーのかよ」
なぜか、マイナー中のメジャーの様なものがタイプらしい。子供が答えるものだから、犬とか猫とかライオンとかでいいだろ。
「一花。始めるぞ」
そう言って、一花が風太郎を見る。最初は二乃のウサギ。両手を頭に乗っけて手の甲を相手に見せる。さて、一花は答えられるのか?
「あー・・・」
少しボーっとしているようだ耳の大きな動物といえば結構絞れてくるはずだ。しかし、一花は別のことを考えていたらしい。
「フータロー君・・・可愛い」
「そうじゃねぇだろ!?何かって聞いてるんだよ」
そう注意しながらも、風太郎も可愛いと言われ、少し恥ずかしくなったにも関わらず、風太郎がウサ耳のポーズをするのが、姉妹に受けたのか、皆で写真撮影を始めた。
「お前らも撮るな!」
手を引っ込めて次の動物、それぞれ、ハリネズミ、ラクダ、カンガルーを終えたるが、この辺ジェスチャーでもわかりにくいと思う。
「待ち針に糸を通す動作をして針。人差し指、中指を第一関節までまげて、それを口元に、それがネズミな。これで針+ネズミでハリネズミ」
「んで、ラクダは握りこぶしの左腕を伸ばして、グーの右手で左腕に二回ラクダのこぶを作るように・・・」
「カンガルーは影遊びとかである狐の形を作ってそれを二回ホップさせる」
そう言って姉妹が好きな動物の手話を教えて行く。一花も真剣に執り行っているので、予定よりもスムーズに進んでいる。彼女もそれだけ今回の番組にかけているのだろう。
「ふー、少し休憩するか」
流石にぶっ続けで勉強をして、おなかも空いた。なので、風太郎は昼休憩を提案したが、一花は手話の参考書と、台本を交互ににらめっこしたままだった。
「一花」
「え、何?」
「休憩するぞ、いいペースで覚えて行ってるから、少し頭をリフレッシュさせろ」
集中しているところ悪いが、これで覚えることがパンクしても仕方がない。そう言って、手話の参考本と、台本を閉じて、昼食を頂く。朝があれだけ重かったので、昼はだいぶ軽めだ。
「でも、一花がやってる仕事って、こんな感じなのね、案外と楽しかったわ」」
昼食を頂きながらそう言う二乃だったが、風太郎は少し意外に思った、風太郎とも読み合わせを行っているので、姉妹でもそんなことをしてるのだと思い込んでいた。
「教育番組は初めてだけどね。台本って門外不出だから、家族や友人には見せないようになんだけど、なんかみんなとやってみたくて」
「その割にはお前・・・俺にめっちゃ頼んでなかったか?」
高校在学中の時だけでなく、卒業後も実は何回か一花に呼び出させ、読み合せを行っていたことを思い出し、それを聞くと姉妹が一花の顔をじーっと見つめだした。
「ほ、ほら!フータロー君は事務所からも認められてるし、今回に限っては事務所で一緒に台本確認したし大丈夫じゃないかな?」
「まさか、キスシーンも練習したとかないよね?」
三玖のその発言に一花はドキッとして、風太郎もどこか落ち着いていない様子だった。
「え、風太郎・・・」
四葉信じられない様な表情を浮かべたが、少し誤解があった。
「四葉違うぞ!決してそんなことはしてないからな!」
「義兄さん?疑わしいですよ!」
というわけでまさかの「第二回五つ子裁判」が開廷されてしまった。
被告人、上杉風太郎。中野一花。裁判長中野五月。裁判委員中野二乃、三玖、四葉で被告人の弁護士等は誰もいない様子だった。
「待て、五月!」
「つーん・・・」
「五月!」
「つーん」
「いつ・・裁判長」
「はい、なんでしょう。上杉被告」
第一回の一花の様に、そう言わなければ反応しない様だ。しかし、風太郎が弁明する前に二乃が発言した。
「この男は四葉という彼女がいるにも関わらず、大女優の一花の誘惑に負けてキスシーンの練習という名目でキスをしました」
「いや、だからしてないって!」
「フータロー切腹。言い訳見苦しい」
「違うって!」
「・・・あ」
四葉が何か思い出したかの様にしたと思ったら、急に真っ赤に顔を染め上げた。
「どうしたのです四葉?何かこの浮気女たらしキス魔義兄さんにいうことでもありますか?」
ものすごいひどいあだ名で呼ばれてしまったが、風太郎には説明したくても出来ない事情があった。と言うが、実際はは風太郎が恥ずかしかったからだ。しかし、収まらないので、一花が話し始める。
「フータロー君。話すしかないね・・・」
「スキデス。ツキアッテクダサイ」
「えー、どーしよっかなー?うち的にはあり寄りのありなんだけど・・・そうだ!うちのお願い聞いてくれたらいいよ付き合ってあげる!・・・ありがと、いい感じになったよ!」
「それはよかった。いいのか?俺が練習相手で?」
今から約一年前、一花に呼び出され、台本の読み合せを頼まれた時の話だ。優等生が学校のギャルヤンキーに恋をして、優等生が彼女のために不良の世界に入っていく物語。ヤンキーちゃんと眼鏡君だ。
「うん、フータロー君がいいんだよ!それで次のシーンは・・・あ」
「なんだ?・・・あ・・・」
次はキスシーンだった。さすがにこれを頼むのは四葉にも彼にも申し訳なかったので、頼むのをやめようとした。しかしまさかの質問が来てしまった。
「その・・・キスってどんな感じなんだ?」
「ええ!?」
そんな質問が来るとは思ってみなかった。確かにお芝居でそう言うシーンはしたことはあるが、あれはフリだ。
「え、えっと・・・したいの?」
「まぁ、その・・・そうだな」
「で、でも!四葉は・・・どうなの?」
そう、彼には付き合って一年以上たっている、四葉がいる。彼がこんな浮気性だとは思わなかったが、これは一花にとってはチャンスでもある。
「やっぱ、こういうのは男の俺からすべきだろうと思ってな・・・」
「・・・ん?」
「その・・・どういう風にその雰囲気にもっていければいいのか?」
「え?ちょっと待って・・・フータロー君」
「なんだ?」
「・・・恋人関係に部外者が口挟むのもどうかと思うけど聞くよ。四葉とチューした?」
「・・・まだ・・・です」
ようやく質問の意味が理解できた。彼は彼女の姉に妹とどうやってそういう雰囲気を作ればいいのかを聞きたいだけだったようだ。
「・・・はぁ」
思わずため息が漏れる。自分の勘違いも少し恥ずかしいがそれより、関係があまりにも進んでないことに一花は少しがっかりした。
「もう一年たったでしょ?・・・四葉からはそう言う話ないの?」
「まぁ、その・・・無くはなかったが・・・うやむやに・・・」
「それで、女の子が勇気出してそういう雰囲気作ったのに誤魔化したと・・・うわー、フータロー君、チキンだね」
「・・・だよな」
珍しく自分の非を認めかなり落ち込んでしまっている様子だった。ちなみに、過去、四葉からキスされているのだが、現時点では風太郎は知らない。
「ウソウソ、フータロー君。この後四葉とデートでしょ」
「ああ、そうなっている。」
「私が・・・練習相手になってあげようか?」
そう言って風太郎の目をしっかりと見ながらキスを受け入れる体制を取り出した。風太郎もそんな仕草に見とれてしまっていた。。
「・・・やめとく」
しかし、風太郎はしっかりと断った。
「だよね。もし、して来たら、四葉に言いつけるとこだったよ」
一花はもしこんなことをしても彼はしてこないことはわかっていた。それほど彼は彼女を想っていて、彼女も彼を想っている。
「じゃあ、我慢したフータロー君にご褒美」
そう言って、一花はスマホを取り出して誰かに電話をかけ始めた。
「もしもし、四葉。今大丈夫?」
「!!」
風太郎が何か反応しそうだったので、声を出さないように人差し指を口に当てる。そして、風太郎にも聞こえるようにスピーカーにする。
「四葉以前、フータロー君が飽きちゃったのかなって相談しに来たじゃん?」
それに少し風太郎が動揺してしまったが、向こうは気がついてない様だ。しかし、そんなことを思わせていたことに風太郎は落胆した。
「うん、その、私を大切にしてくれるのはわかるんだけど・・・全然・・・その、まぁ・・・」
「恋のABCをして欲しいんだよね」
「えぇ!!・・・でも、そう・・・だね。うん・・・」
「大丈夫だよ四葉。私、この前フータロー君に乗り換えない?って聞いたら、俺は四葉しかいないって言われちゃったし」
「え!?一花!泥棒はダメだよ!」
「冗談だよ。さすがに、女優業も忙しいし、今フータロー君と付き合っても時間とれないもん。それでね四葉、彼も、あなたと同じことを考えてると思うよ」
「うん・・・そうだといいな」
「もしかしたら今日フータロー君が狼になるかもしれないからお子様パンツはやめときなよ」
「わ、わかった!ありがとう一花!」
そうお礼を言って彼女は電話を切った。その様子を横で聞いていた風太郎は少し気まずくなってしまったので一花が背中をパンと叩く。
「女の子は大切にして欲しいのも、自分を求めてほしいのもあるめんどくさい生き物だから。フータロー君はそこを見極めないと」
「ああ、ありがとう!」
そう言って時間もそろそろだったので風太郎は荷物をまとめて出て行った。
「ということがありまして・・・」
「・・・やっぱり///」
一花の説明を聞き終えたら、四葉も風太郎から聞いたのだろうか、赤面してる。
「はい、これで無実が証明されたよな!?」
一花の説明を通して風太郎が裁判長と裁判員二人に無実の証明を求めるが、微妙な表情だ。
「・・・弱くないですか?」
「あー、それ私も思った。証拠として弱い」
「そうだね。フータロー、正直に言って」
三人はさらに問い詰めようとしたのだが、先ほど話したものは事実だし、四葉には一花に相談したことを伝えてはいた。
「でも風太郎!女の子と二人で何かするっていうのか彼女として感心しないよ!」
「ああ、すまん・・・ん?」
珍しく四葉がぷんすかと怒っている。しかし、四葉のセリフで裁判員がビクッと何かまずい表情を浮かべていたのを四葉は見逃さなかった。
「あーれー?なんでそんな動揺してるの?」
「あ、まぁ・・・」
四葉が珍しく、怒っている。と言うより恐怖を感じる。悪い言い方になるが、風太郎は四葉に内緒で・・・というよりは伝えなくてもいいだろうという考えで彼女たちにも会っていた。
「その・・・都内でフー君と買い物とか・・・調理器具見たかったし・・・」
「フータローの東京のアルバイト先の居酒屋さんにお邪魔した。美味しかった」
「勉強を教えてもらって・・・その・・・」
次々と白状し、四葉もニコニコしているが、笑っているようには見えない。
「風太郎?」
「は、はい!」
恐怖で怯えている風太郎。しかし、四葉は風太郎を前にし、今度は少し不安そうな表情だった。
「別に信用してないわけじゃないけど、不安になるからね・・・姉妹の誰かと出かけるときは、一応報告してもらえると・・いいなって・・・その、束縛っぽいかもしれないけど・・・」
何はともあれ、四葉を心配させてしまったので、慰める。
「ああ、約束する。ちゃんと報告するから、あと・・・まぁ・・・」
そう言ってポリポリと頬をかきながら彼女にしか聞こえないように耳元で言う。
「四葉・・・愛してる」
「!!・・・ふぅ、あ、でも、みんなと出かけちゃだめってわけじゃないからね!みんなとは仲良くしてほしいし」
「ありがとう」
そう言って彼女の頭を撫でる。お互いが信頼し合ってとても良い関係だ。しかし、他の皆はその様子をじーっと見ていた。
「お熱いねー」
「ホントよね。若干むかつく」
「今度、フータローの居酒屋また行く。茶化しに」
「私も行きます。店のその日の営業できなくなるくらい飲み食いします」
少し妬みの恨みと視線も感じ、風太郎は寒気を感じた。
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23話 焦り
昼食中の甘々な時間を見せられたのは置いておき、再び一花の手話のレッスンに入る。その間休憩を挟みながらもみっちりと夕方まで勉強をして結構な手話が出来るようになった。
「こうでこう?」
「ああ、じゃあ、復習な。とりあえず、子供の好きな動物、メジャーなものを出すぞ」
なのでここから一問一答形式で、風太郎が出すお題を一花が答えるというものにした。
「犬」
「ワン!」
「猫」
「にゃおん」
「・・・待った」
そう言って一花は頭の手のひらを相手側にし頭に乗っけて、指をぴょこんと曲げる。これで【犬】。招き猫の様にグーでほほの撫でて【猫】。
「な、鳴く必要はないだろ///」
手話なのだが、全体的にそんな可愛らしいポーズに少し風太郎がにやけてしまった。
「その方が覚えやすいじゃん。あれ?フータロー君ドキドキしちゃった?」
少し挑発してきてしたので、仕返しのつもりで風太郎もからかうことにした。
「タマコ」
「ケーキが食べたいのです~ってこれ違うじゃん!」
「でもやるんだな」
頭二つ結びのしぐさをして【タマコ】らしい。演技は意外と忘れていないものだとも思った。
引き続き手話の勉強をしていると、玄関のほうからガチャッと扉が開く。
「ただいま・・・いるのか」
「・・・お邪魔してます」
仕事を終えてきたマルオが家に帰ってきたようだった。一花の救出作戦後も仕事に戻っていたが、ようやく戻ってきた。
「お帰りパパ」
「おかえりなさい」
「お帰りお父さん!」
「おかえりなさいお父さん」
「ああ、ただいま・・・やっとそろったね、みんな」
リビングにいる五つ子。それを見て無表情ではあるものの、すごくうれしそうだと思った。風太郎には若干嫌悪感を示しているようだが、それよりも一花に目を向けていた。
「さて、一花君」
「!!」
そう彼女を呼ぶと怒りをあらわにしてるようだった。それは昨日の件だろう。
「・・・昨日のこと、わかってるね」
「・・・はい」
一旦手話のレッスンを中断し、一花がマルオと一対一で話すことになった。
「無事に何事もなかったけど、君の行動は・・・お母さんも悲しむ」
「・・・はい」
「言っていただろう?五人一緒なのが大切だって、それを離れようとしたんだ。何かあったら相談をして欲しい」
「ごめん・・・なさい・・・」
こうやって、マルオから説教とは少し違うが、指摘されている。しかし、とても安心できる。
「僕は君の父親だ。それに、娘が頼ってくれるのは、意外と嬉しいものだよ」
そう言って、俯いている彼女の頭に手を置く。
「・・・無事でよかった。お帰り」
「うん。ありがとう、お父さん」
その俯いていた表情が上がり、ニコッと微笑んだ。
「それで、補聴器はどうだい?」
「ちゃんと聞こえるよ・・・いろいろ気にしないといけないこともあるけど、みんなの声聞けたのうれしかった」
「そうか、もし不備があれば行ってくれ、また探すから」
そう言うと一花へのお説教は終えて、風太郎に目をやる。
「さて、上杉君。見ている限り、今更の確認だが、アルバイトは受けるということでいいのかい?」
「はい、そのつもりです」
そう言うと五つ子皆が書いてくれた承認票を渡し、不備がないかの確認をする。
「・・・わかった」
そう言って、承認票をしまい、今後のすることを提示してきた。
「私が勤務中は彼女たちをよろしく頼む。そして、今日何をやったかのメールでもいいから報告をしてくれればいい」
そう言ってマルオの仕事用のメールアドレスを渡されたので急いで登録をした。するとマルオは思いもよらぬことを言いだした。
「上杉君、今日はありがとう、そして、これが今日の給料だ」
そう言って以前の家庭教師よりも多い給料、それに言っていた額よりも加算されているようだった。
「え?まだいただけませんよ!」
「これは採用時の祝い金みたいなものだ。受け取ってくれ」
そう言うとマルオは無理矢理、風太郎にそれをポケットに突っ込む。
「いいえ、そんな悪いです!」
そう言って風太郎もひかずに帰そうとするが、マルオが先制攻撃を仕掛けた。
「じゃあ、四葉君との交際を認めないよ」
「ええ!?」
それを聞いた四葉も驚いているようだが、それを言われたら風太郎も引き下がるしかなかった。
「・・・その、ありがとうございます」
しぶしぶそれを受け取ったはいいものの、またらいはのために何か使おうか考えることにした。
「上杉君。今日はありがとう」
「その、まだやってもいいですか?」
考えてみれば今日は一花の手話しかやっていないので、何か別のことをすべきかとも考えていたが、そうでもないらしい。
「今日はみんなこの後、病院で検査がある。というわけだ、昨日からずっと娘たちの相手をしてくれていると聞く、君の体調管理も仕事の内だ」
マルオにそういわれ、風太郎が今できることはないようなので、帰宅をすることにした。
「一花、明日テストするからな。準備しておけよ」
「うん!任せてよ!」
「悪いなみんな。今日は一花に集中しちゃって」
「ううん!楽しかった!」
そういってもらえると嬉しく思う。若干の修羅場があったものの、風太郎自身も彼女たちと楽しく時間を共有できたのが懐かしくもあり、嬉しくもあった。しかし、風太郎には焦りがあった。もっと効率よくやらなければ夏休みなんてあっという間に終わってしまう。
「・・・・・・」
そんな風太郎のことを見逃さなかった。
タワーマンションを降りて帰り道、夏ながらも日は落ちて、涼しい風を感じ非常に心地いい。歩きながら、今日、三玖から借りた本を読んでみる。
「・・・むっず」
味覚障害の三玖のために味見役をするにしたものの、実際こういうのは食べてみなければわからない。とりあえず、三玖におすすめされた、フレンチ料理の教本を読むが頭がパンクしそうだ。
「えっと、シュー、キャベツ。シャンピニョン、マッシュルーム・・・ショコラ、チョコレート。ショコラはケーキ屋のバイトでメニューであったな。フレンチの主な前菜はテリーヌ、スモークサーモン。ポトフ・・・煮込みのことか。肉は牛、豚に加え、鴨、鹿、鶉・・・魚は意外なことにウナギがポピュラーな食材・・・」
料理の本を見ながらブツブツと呪文の様にぼやく風太郎は完全に怪しい人であったが、時間をあまり無駄にもできない。これおわったら、明日の一花の手話テスト、五月の点字、白杖の使い方。四葉のリハビリスケジュール・・・
「フー君、怖いわよ」
「フータロー、不気味」
「うぉ!・・・二乃?三玖?」
後ろから急に声をかけてきたのは二乃と三玖だった。三玖の手にはスマホが握られている。どうやら、風太郎の忘れ物をとどけてくれたらしい。確かこの後検査だったはずだが、大丈夫なのか?
「ああ、すまん。ありがとう」
そう言ってスマホを受け取ろうとするが、三玖はそれを隠すようにひっこめた。
「・・・ねぇ、フータロー」
「なんだ?」
「お願い。今日はもう休んで」
「大丈夫だ。しっかりサポートできるよう勉強するから」
そう余裕な表情を見せる風太郎に三玖はむくーっと頬を膨らませる。
「フー君。あんたが無理して倒れたら元も子もないでしょ、パパも言ってたけど、自分の管理も仕事よ!」
「・・・フータローは無理して頑張りすぎちゃうから、心配なんだよ。昨日だけじゃない。ここ毎日、ずっと私たちの相手してくれて、感謝してる。でも、それで風太郎が追い込まれても、意味ないから」
そう言うと風太郎が持っている三玖が貸した教本も取り上げる。
「だから、今日はおしまい」
「これ食べて、疲れを取りなさい」
二乃がそう言うと、紙袋を渡される。なかに入っているのは切り分けられたパイだった。
「蜂蜜レモンパイ。蜂蜜レモンは疲労回復の効果あるから。一花の授業のときに作ってたの気にならないくらい集中してたもんね。じゃあ、フー君、今日はそれ食べてゆっくり休んでね」
そう言って三玖はスマホも忘れずに渡し、二人は待っている車に乗り込み、おそらく病院へ向かった。
「せっかくだし、食うか・・・ん?」
食べようと取り出した時に何か別のものが入っている。どうやら二通のメッセージカードのようだ。
「フー君へ、あなたが来てくれて本当によかったわ。またみんなとこうして話せるなんて思ってなかったもの。だから私も前に進む。ケーキ屋にまたシフト入ることにした。嗅覚に問題がある今の私が、前みたいなパフォーマンスが出来るかわからないけど、頑張るから応援してね! 二乃」
「今は他を考えず一花のことに集中して、みんな個人的にフータローの力を借りずとも一歩一歩前に進めてる。私もパン屋のアルバイト復帰する予定だよ。四葉と五月はフータローを驚かせたいって、毎日リハビリ頑張ってる。みんなも信じてあげてね。 三玖」
「・・・わかったよ」
どうやら、彼女たちに心配をかけてしまっていたらしい。これではただの独りよがりだ。彼女たちの心配をさせるなどサポーター失格だ。
「うまっ・・・」
蜂蜜レモンパイを口にしながら、風太郎はある場所へ向かった。
普段は出向かないがデパートのとあるコーナーへ向かう。彼女たちはすでに持っているかもしれないが、実は縁起もいいしこれにしよう。幸いお金はあるし、あんな無理矢理渡された様なものだ。せっかくだからこういうことに使いたい。それに復帰のお祝いだ。
「名前を入れてください。こっちは二乃。こっちは三玖でお願いします」
数時間後、その作業が終わったようなので、それを受け取り、自宅へ戻った。
「お兄ちゃんおかえりー!・・・何それ?」
「お祝いだよ。二乃と三玖が蜂蜜レモンパイ作ってくれたぞ」
「食べる食べるー!お兄ちゃん何か嬉しそうだね!」
「・・・別に、ちょっと肩の荷が軽くなっただけだ」
自覚はなかったが、風太郎は五つ子たちのためと自ら追い込んでしまっていたようだった。そんな時に二人がわざわざ声をかけてくれたのはそんなに自分がやばかったのだろう。実際、蜂蜜レモンパイの効果もあるだろうが、前ほど、自分を追い込んでいない。それに一花救出作戦の危険な役をやらせたお礼もまだしていないし、二人がアルバイトに復帰できるというのはすごくうれしかった。
その後はらいはの夕食を食べて、一花の明日のテストを作成し終えて、就寝。する前に確認したいことがあった。なので、スマホで四葉に電話をする。
「もしもし、四葉」
「ふぁ、どうしたの?」
「悪い起こしたか?」
少し眠そうな声だったので、詫びをいれ、とりあえず確認したいことだけ聞く。
「明日の朝食当番は二乃と三玖だよな?」
「うん、明日はふたりだよぁ」
「悪かった。お休み」
「おやすみぃ・・・」
電源が切れる前に布団にどさっと倒れる音がしたのでもう寝たのだろう。なので、風太郎も寝ることにした。
翌朝、時刻は七時。昨日の朝、四葉が朝食を作る時間を教えてくれたので、二人が起きているのはわかっている。すでに風太郎はタワーマンションにいた。
「早いわね。ちゃんと疲れは取ってきた?」
「おはよう、フータロー。今日もありがとう」
「ああ、昨日のレモンパイ美味かった。ありがとな。それと・・・」
そうお礼をいって、風太郎がごそごそと何かを取り出した。そして、それを二人に包装されたあるものを差し出す。
「もし、持ってたら悪いんだが、皆には内緒な」
「え?」
「なにこれ?開けていい?」
二人が包装を解き中身を確認してみる。
「あ、包丁!」
「綺麗・・・」
二乃のイメージカラーの黒刀包丁。三玖のイメージカラーの青の霞包丁。それぞれに果物ナイフ、パン斬り包丁、三徳包丁、ベティナイフ。すべてに二人の名前が入っている。
「いいの?これってかなり高級な・・・」
確かに二つで昨日いただいたお金は結構飛んでしまったのは確かだが、昨日のお礼やバイト復帰祝いも兼ねている。
「すごく・・・嬉しい。大事に使うね。ありがとう、フータロー」
「ああ、二人が料理人になることを応援する。そして、俺も手伝うからな」
贈った包丁は縁起が悪いと言われているが、実は運命、未来を切り開くという意味がある。今の五つ子たち、そして、風太郎にはぴったりなものだった。
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24話 二乃の夢
「ふんふふんふふーん♪」
「フフフ・・・」
「あの二人、なんか嬉しいことでもあったのかな?風太郎、何か知ってる?」
「・・・さぁな」
朝食を作っている二乃と三玖。その鼻歌とニヤケの理由というのは、十中八九先ほど風太郎から送られた包丁だろう。現にそれを使って調理を進めている。一花と五月はまだ寝ているようだが、四葉は起きていたようなので、すでにリビングのソファに運ばれた。
「はー!いいわね!凄くいい!」
「最高」
「・・・まぁいいか」
露骨にあそこまで喜んでくれるというのなら、送った甲斐があったというものだ。ただ、にやけながら包丁を構えるのはちょっと恐怖感があった。
「(ヤンデレってあんな感じか?)」
などと普段思わないことを思ってみる風太郎であったが、そっちを見ていると、四葉がクイクイと袖を引っ張る。
「見ててね!」
そう言うと、ソファから手の力で体を浮かし、移動を始める。そして、置いてある車いすの正面に立つとそれによりかかるようにつかむ。すると、ひじ置きをつかみ腕の力を駆使し、体を強引に乗せ、体幹で体を反転させる。
「はい!」
そう言ってパフォーマンスを終えたかのように両手を広げて、花を鳴らし、ドヤ顔を決める。
「四葉!移動が出来るようになったのか!」
「うん!頑張ってまた歩けるようになりたいから!」
四葉も風太郎がいない間にも、ソファから車いすの移動が出来るようになったらしい。元々の筋力や身体能力もあるが、下半身が動かない四葉にとって大きな成長を見せてくれた。
「でも、まだここだけ、今は車いすの車輪がロックされてるから出来るけど、不安定なものから不安定なものはまだ移動できない。それに立ち上がるのも難しいかな」
しかし、素晴らしい成長だった。すき間の時間で見てはいたものの、彼女が頑張ってくれているし、立ち上がるのは厳しいものの、立った状態をキープはできるし、手を引きながら一歩は歩ける。それができれば色々なことに挑戦もできる。
「ふぁ・・・眠い」
盛り上がっているところに二階からガチャッと扉が開く。大あくびをしている一花だ。
「一花珍しいわね、一人で起きるなん・・・って、一花!!」
「なに?シャワー浴びるから補聴器つけてな・・・」
眠気が覚めてきたのか、ソファのほうに視線を向けると背中を向けて微動だにしない・・・というよりは四葉に頭をつかまれて振り向けないようにされている風太郎だった。そして、一花自身の格好は起きたままで裸だ。
「え?あ!?フ、フータロー君!?お、お早いね」
「ああ、一花、おは・・・」
「フンス!」
「痛い!?」
今更だが、急いで、体を隠そうとする。風太郎は二乃の反応を聞いて気になったので四葉の制止をほどいて振り向こうとするが、気合の掛け声とともに再びロックされた。
「一花、なんかあるのか?」
裸の同級生が真後ろにいるという状態を風太郎に見せるわけに行かず、そうは言ったものの補聴器をしてない一花には聞こえてないので、一花は変な妄想を始めだした。
「(・・・み、見られたのかな!?・・・あ、四葉に怒られてヘッドロックされてる。まさか、今、男性限定の生理現象が起こってしまい、四葉が『私以外の女で何してんの!』・・・みたいな///・・・ってことは見られたよね!?)」
本当に風太郎は見ていないというか、何が起こっているのかわからない状況なので、これは勝手な妄想だ。
「一花、突っ立ってないで、さっさと行けば」
どうすればいいかわからない表情をしたので三玖が若干引いているような表情をしながらも、一花はそそくさと去っていった。
「風太郎見てないよね!?」
「何が!?それより痛い!頭握りつぶすな!」
「おはようござ・・・義兄さん、四葉。何してるんです?」
入れ替わりのタイミングで、五月が降りてきたものの、謎の喧嘩が始まっているのを聞いて五月は疑問の表情を浮かべた。
その後全員そろって朝食を頂いた後、二乃は買い物当番ということなので、買い物に出かけ、風太郎は一花との手話のテストで集中できるように一花の部屋で行うことにした。
「じゃあ、始めるぞ、復習は出来たか?」
「うん・・・でもその前に・・・」
先ほどの件があって気まずい。というよりは一花が勝手に風太郎に裸を見られていると勝手に勘違いをしているだけだ。
「フータロー君。見たと思うけど、何かないのかな?(なんか・・・見られただけじゃ、腑に落ちない。からかってやろ)」
「(何がだ?・・・あ、勉強か)」
一花の発言の意図がよくわからないが、手話教本やノートで使い込んだ跡がしっかりとあるので勉強をしているのがわかる。つまりは一花は勉強をしっかりしましたというアピールをしてきたのだと考えている。
「ああ!ちゃんとしてて、いいと思うぞ!」
「そ、そうきたか・・・(ストレートにいいって言っちゃうんだ。フータロー君も男の子だね・・・ちょっと照れる)」
一花的に謝罪か動揺かごまかすかのどれかだと思ったが、まさかの正直に感想を言われるとは思ってなかった。
「しっかり汚れの形跡もあるし!(勉強した形跡がはっきり見えてる!)」
「え!?汚れ・・・嘘!?どこに!?」
「目にはいった、それくらい目立ってるだろ」
「(嘘・・・何かデキモノあったのかな?最近、外出る機会減っちゃったから、肌ケアサボっちゃってたし・・・でもそんなはっきり言わなくてもいいのに・・・)」
思い切りテンションが下がってしまっている一花に風太郎も焦りの表情を浮かべるが何とか励ます。
「大丈夫だ一花!お前のそういうところは俺もわかっている!」
「でも、ほら、汚いって・・・普通は綺麗な方が好きでしょ?」
「そんなことないぞ!」
一花は気にしている。綺麗に教本やノートを使うべきなのだろうと、確かにその方がいいという人もいるが、俺はそれよりも思いっきりがむしゃらに頑張っている努力が見えているのがいいんだ。だから一花、存分に汚してくれて構わないんだぞ。と、風太郎は見当違いなことを考えている。
「綺麗すぎるのがあんま好きじゃない。まぁ、俺は汚れてる方が好きだ」
「・・・そっか(意外と変わってるんだねフータロー君。四葉も大変だ)」
一花はすごく複雑な表情をして、彼が若干心配でもあった。
「じゃあ!テスト始めるぞ!」
二人の勘違いは勘違いのまま終わり、ようやくテストを開始した。
「うーん、難しいかな・・・」
買い物当番ということで買い物に出かけている二乃だが、今は駅前にいて、とある物件の前で難しい顔をしていた。
「やっぱり駅近の物件は高いわね。完全に予算オーバー・・・はぁ、お店開くのも楽じゃないわ」
将来に向けて二乃はすき間の時間を使って、自分が将来お店を開くために色々周っていた。父に頼めば、自分のためにお店を開店させてくれるだろう、しかし、これに関しては自分でやりたい。アルバイトのお金もだいぶたまってきて、もう姉妹も大丈夫のはず、そろそろ準備を再開しようとは思っていた。しかし、良いものは見つからなかったので、とりあえずスーパーへ行き、入り口の端で考え込んでいた。
「(完全に一から作るは資金的に論外。つぶれた喫茶店とかパン屋とかケーキ屋とか、そう言う居ぬき店舗だっけ?そうすれば設備費はある程度は節約できるし・・・)」
「・・・ちゃん?」
ブツブツと考え込んでいると誰かが二乃を呼ぶ声がしたが、集中して聞こえていないようだった。
「二乃ちゃん!」
「え、はい・・・あ!
「久しぶりだな!」
「フー君パパ!」
声をかけていたの上杉風太郎の父、勇成だった。今日は仕事が休みで風太郎は中野家に、らいはも友達の家にいるということで、せっかくの休みなのに一人らしい。
「おう、覚えててくれたか!」
そう言ってまるで少年心を忘れていないように二カっと笑顔を見せてきた。
「ええ、あなたほどかっこいい人は忘れませんよ(見た目ドストライクですし)」
「若い子からそう言われるとは嬉しいねぇ!」
大人の対応をし、そのまま二人でカートを引きながら買い物を始めた。
「フー君パパも買い物するんですね」
「たまにな。普段はらいはにお願いしてるが、今日は友達と遊んでる・・・あった!卵一パック120円!」
そう言って今日のセール品である卵を見つけると勢いよく勇成はその場を離れて、それを買おうとするが一組一パックまでと書かれてあった。
「一組限定。ま、だよなー」
そう言いながら取れた喜びとざんねんそうな表情を浮かべるのを見て、二乃も同じものを一パックとる。
「私も買うので後でお店の外で渡しますね!」
「いや、悪いだろ?」
「いえ、うちは卵まだありますし、その、家計の事情は・・・」
上杉家は理由はわからないが借金を抱えてしまっている。そのため風太郎は中野家に家庭教師のアルバイトをしに来たのだ。今はそのおかげで無くなるとまではいかないものの、前よりも裕福な生活になったとは言っていた。
「すまない。ありがとう!」
なぜかそのまま二人で買い物をしている途中に、デザートのコーナーを見ていると勇成が思い出したように言う。
「そういや、昨日レモンパイ、ありがとな。俺も風太郎もらいはも夢中になって食っちまった!」
「お口に合って何よりです。妹にも伝えておきますね」
昨日渡して家族にも分けてあげたらしい。
「確か、ケーキ屋だよな?風太郎から聞いた」
「はい、フー君と同じ場所です」
「そうか、じゃあ二乃ちゃんはパティシエとか料理人になるのか?あんなにうまいものを作れるんだから」
「はい!将来は自分のお店を出したいなって思ってます」
「へー!じゃあ、俺は常連になろう」
「ありがとうございます・・・と言っても、具体的に場所も何も決まってませんけど、」
そう言うが、彼女がどんなお店にしたいかはある程度考えていた。
「私たち姉妹はいつまでも一緒っていうわけにもいきません。いつかは離れ離れになって、それぞれに人生を進みます。ですが、私はみんなの帰る場所を作ってあげたい・・・誰かの居場所になれるお店」
「!!」
その言葉を聞いた勇成は驚いた表情を浮かべると同時に、ある言葉が思いだされた。
「誰かの居場所になれるお店!そう言うのやりたい!」
「ま、いいんじゃねーか?お前ならできる!」
「ふっふー!勇成も風太郎もらいはも大きくなっても、ふと思い出して帰ってこれる場所になってくれるといいな」
「俺も子供かよ!?」
「・・・・・・」
「あの・・・どうしました?」
急に黙り込んでしまった勇成に声をかける。しかし、勇成はある決心をしたようだった。
「なぁ、二乃ちゃん。今日この後暇か?」
「はい。特に予定はないですけど・・・」
昼食、夕食の食事当番は三玖だし、これと言って予定はない。強いて言うなら、風太郎に会いたいくらいだ。
「じゃあ・・・」
勇成が真剣な表情で二乃に向き合う。
「・・・少し付き合ってほしい」
「・・・はい」
その真剣さに二乃も承諾をした。
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25話 勇也の過去
そこから、買い物を終えた勇也と二乃はデートではないものの男女二人で散歩をしていた。先ほど、付き合ってくれと言われた二乃。変な意味の関係ではないだろうが、ニコニコした少年の顔から急に大人びた表情になったのが気になったのもある。
「・・・ここって」
二乃がどこへ向かうかを確認する前に目的の場所に到着したようだった。そこは墓地。二乃の母親もここにいる。そこで、花や、線香を購入した。
「久しぶりだな。悪い二乃ちゃん、ちょっと待っててくれ」
とある墓石の前に勇也と二乃は立ち、そこには上杉家之墓と書かれている。
「あんまり会えなくて悪かった」
そう言うと花を取り換えて、手桶の水を柄杓で懸けて、布で掃除を始める。二乃はだまったまま見ていたが、お線香を渡される。
「あげてくれないか?」
「はい」
そう言って、二乃はお線香をあげると同時にこの墓に眠っているのは誰なのだろうと考えてもいた。少し疑問の表情を浮かべると勇也が察したように、答える。
「ここには俺の嫁さん。風太郎とらいはの母親が眠っている・・・」
「・・・そうなんですね」
二乃は上杉家に母親がいないことを今知った。確かに、教えてもらってもいなかったし、会わないとは思っていたが、亡くなっていたとは・・・しかし、考えてみれば、らいはちゃんがいえのことをやっていたり、風太郎が高校生ながらも家計を気にしているのはそういうことだったのだろう。
「紹介する。二乃ちゃんだ」
彼女を紹介すると二乃もぺこりと墓石に挨拶をした。
「あの零奈先生の娘さんだ。世の中狭いよな・・・」
にこっと少年の様に笑い出す勇也だが、ここで本題に入る。
「長くなるが、聞いてほしい・・・」
そう言うと自らの過去、そして二乃に頼みたいことを語りだした。
「ライスで」
「はいよ」
上杉勇也17歳。彼女に初めて会ったのは高校二年生の時か、俗に言う不良だった勇也だが、学校は単純に楽しくて好きだったし、行動を共にする仲間もいた。そんなとき連れがサボりでいないとき、一人学食で空席を探していた時だ。学食で最安値のライスだけのプレートを持ちようやく見つけた。
「あそこでいいか」
そう呟きながら、その空席に一直線に向かい座ろうとプレートをおく、その時に横からガシャンと弁当箱が出てきてそれが衝突した。
「わ、ビックリ」
「・・・・・・」
その女生徒、なぜか室内にもかかわらず、サングラスをおでこにかけている。勇也の金髪を見て若干怯えている様子でもあったが、勇也はすかさずその場に座る。そして諦めたかと思ったが、対面の席に座りだした。
「すみません、おじゃましまーす」
謝罪を入れながら自分の弁当をそのテーブルで広げ始めた。二段弁当で一つはふりかけご飯。もう一つはおかず類・・・がさらにカバンからもう二セット出てきた。
「・・・いただきます」
「・・・いただきます(めっちゃ食うな、この子)」
彼女が礼儀正しく、手を合わせてい言ったので、勇也もつられて普段言わないのだが、言った。その後、会話があるわけでもなく、二人で食べ進めている。
「・・・・・・」
「・・・あの!」
「うお!?なんだ急にでかい声だして!?」
それよりも勇也のほうが驚きで大きな声を出してしまっていた。
「ご飯だけじゃ、足りないかなって・・・食べます?」
「お、くれんの?ラッキー!」
どうやらライスだけを食べている勇也に彼女が気を使ってくれたのか、フォークで卵焼きを差し出してくれた。そして、それをそのまま食べる。端から見たらあーんをされているような状態だ。その行動に驚き、びくっとなってしまった。
「うん、美味い!」
人生で一番おいしい卵焼きだった。これは是非とも上杉家に教えてもらい、子供ができたら教えてあげたいレベルに勇也の口に合っていた。
「なぁ!もう一個くれよ!」
これが俺とあいつの出会いだった。
「なぁ!好きな人に告白するのってどうすりゃいい?」
「僕に聞くな。業務の邪魔だ」
知り合ってから月日がたち、勇也は完全に惚れこんだ彼女に告白をしようと考えたものの、乗りと勢いで何とかなると思ったが、意外と緊張する。確実にしたいため現生徒会長、そして生徒会の業務中の中野マルオにアドバイスをもらいに来た。
「なんだよ!頼むからさ!」
そう言った瞬間、マルオはあきれた表情を浮かべる。すると邪魔と言ってきたのも関わらず、めんどくさそうではあるが、話しだした。
「お前のすべてを見せればいいだろう。飾らない上杉勇也。これでいいんじゃないか?」
そう言うと、出て行けとジェスチャーをし、勇也もそのまま出て行った。
そして彼女を探しているとき校舎フラで彼女を見つけた。しかし、その状況を見て声をかけるのをやめた。
「ねぇ、勇也!」
「?」
放課後に彼女から誘われ、お互い公園のブランコに乗っていた勇也と、食堂の一件から仲良くなった彼女は元気に笑顔で勇也のほうに顔を向ける。
「私、恋愛とか・・・したいなーって・・・」
高校二年生の彼女。以前のあのおどおどとした人見知りは一切感じられず、いつの間にか皆に慕われている存在になっていた。一部からは高嶺の花とも言われているし、すごい家庭的なことも有名で異性共に人気だ。そんなのが、バリバリアウトローの俺なんかに関わってもらっている時点で奇跡だ。
「恋愛相談は下田か零奈先生に・・・」
「・・・なりたいなぁ!」
初めて会ったときはこんな元気じゃなくてもっとおしとやかな感じだったはずだ。だが、ある生徒は彼女を月の様にクールではかない、カリスマで皆を引っ張ってくれている高嶺の花のイメージがあると例えた。多くの生徒がそれに賛成したが、逆に勇也は太陽のような人だと感じだ。明るくパワフル。どんなことにも挑戦的でみんなの居場所の様な安心感はある。
「何に?」
「およ・・・パン屋!」
「いいな、夢があって。俺はどうしようか、昨日この前、零奈先生に進学危ういって言われたし」
「勇也が後輩!ふっふっふ、先輩と呼んでもいいのだぞ」
誇らしげにふんぞり返る彼女だったが、その先輩というワードを聞いた途端、勇也があることを思い出した。
「お前、そういや、三年の先輩にコクられてたな、校舎裏で・・・」
「あ、見てたんだ・・・はずいなぁ」
「いいのか断って、優良物件だぞ」
確か、サッカー部でエースやってる人。女子人気も非常に高いし、イケメン。性格も社交的で誰からも愛される人。たまたま居合わせてしまった勇也はなぜ彼女が断ったかわからなかった。
「聞いてたでしょ・・・私は好きな人がいるの。それに私は完璧だって、そんなことないけどね、私の本質が見えてないよ」
「・・・だよな」
彼女の発言はスルーをしたが、正直考えたくはなかった。彼女が誰かと付き合うようなことを、しかし、俺は不良。あいつは優等生。関わるべきではない。そのままブランコを強く漕ぎ、飛び降りる。そしてそのまま帰ろうとした。
「いーさなりぃ!!」
後ろから、ブランコの飛び降りの勢いをつけながらクロスチョップで勇也の後頭部に直撃させてそのまま二人は倒れこむ。そして、仰向けになった勇也の上に彼女が覆いかぶさっている。
「好きです。結婚してください」
そう上から覆いかぶされながら、真剣な表情で言われる。まさかプロポーズまでしてくるとは思ってもなかったが、彼女もすごく恥ずかしそうにしているのがわかるし、震えてもいた。勇也の答えが聞くのが怖いのだろう。
「結婚かよ!?」
「うん!後、パン屋のほかにもう一つの夢叶えてよ!」
「なんだよ?」
「お嫁さん!」
「上杉君、来ましたね」
「なんすか?零奈せんせー」
生徒指導室に呼び出されたう勇也、先客に彼女がいた。そして、ものすごく暗い表情だった。
「留年するから勉強会っすか?ま、俺は日常茶飯事っすけど、お前もとは珍し・・・」
場を和ませるつもりでもあった勇也だったが、零奈から衝撃の言葉を聞かされる。
「彼女、妊娠をしました」
「え・・・」
それを聞き、彼女を見ると恥ずかしさ、そして、どうしようもない表情を浮かべている。
「ご、ごめんね、勇也。高校生なのに・・・妊娠・・・なんて」
「マジか・・・」
「ごめん・・・」
「俺とお前の子供か!やった!」
「え・・・」
彼女にとっては予想外の反応であったので、少し驚いている。
「あ、悪い・・・お前もこれからの人生がやりたいこととか、パン屋とか・・・でも、俺はお前との子供を育てたい、もし、あれなら俺だけで育てる!お前はパン屋の夢を・・・」
高校生で妊娠をしたというのは世間から見て、良いものとは言えないのは確かだ。しかし、勇也は嬉しさのあまり叫んでしまうが、これは彼女のことを考えない発言だったのを反省し、問いかける。
「わ、私も・・・」
涙を流し始める彼女、本当は怖かった。もしこれで勇也が私を捨てるのが、もしかしたら堕ろせと言われるのが・・・でも彼は逆に喜んでくれた。それを聞くと安心してしまい涙を流した。
「生みたい・・・勇也との赤ちゃん」
彼女もそうしたかったらしい、彼女には苦労をより多くかけることになってしまうだろうが、その分勇也が一緒に支える。
「よかったですね・・・」
零奈も少し嬉しそうに微笑んで知る、美人だが、無表情ばかり目立っていたが、彼女はやはり先生なのだろう。
「ただ・・・不純異性行為の罰を執行します」
「痛ってぇ!」
そう言って無表情にもどり、ゴンッと零奈の代名詞でもある無表情の鉄拳を勇也に喰らわせた。その後にすごく優しそうな表情を浮かべる。
「逃げずに、一緒にいてあげてね。上杉君」
その後に、少し寂しそうな表情をしたのを覚えている。零奈先生は自身のカバンから、とあるノートを見せてきた。
「私がつけている妊娠記録ノートよ。貸してあげるから参考にしてください」
「え?妊娠って・・・」
「私も、いるのよ。赤ちゃん」
そう言うと、自分のお腹を優しく撫で始める。この事実をファンクラブの人が聞いたらどう思うのか・・・特にファンクラブ会長の現生徒会長はなんというか・・・
「もし、貴方の赤ちゃんも、私の赤ちゃんも無事に生まれたら、お友達になりましょう」
今後の予定、彼女は退学という選択になってしまったものの、零奈先生に相談はいつでも来てくれと言ってくれた。その後は、勇也も高校に通いながら、アルバイトの日々だ。勉強も赤点は取らないようにもし、留年すると言われていた成績も無事に回避できた。両親に挨拶するのが一番緊張したのを覚えている。勇也は自分の父親に殴られてしまったものの、自身の決意を認めてくれた。母親も認めてくれて、彼女のサポートまでしてくれていた。相手の両親も同じく、サポートをしてくれている。
その後、零奈先生は産休に入り、お互いに生まれる時期、彼女は4月、先生は5月ごろになることが決まった。しかし、零奈先生は容態の悪化、また、多胎児の出産ということで、二人の病院とは別の大きな病院へ移動された。
そして、時は4月。勇也も高校を卒業し、仕事先も決まった。まだ、実家にお世話になる。そして社会人と同時に父親になった。
「無事に生まれてよかった・・・大丈夫かな・・・」
ベッドに寝ている横のゆりかごにいる、生まれた新しい命。体重3024グラムの男の子だ。いまは、授乳を終えてすやすやと眠っている。
「相変わらず、自分に自信が持てないのか?」
不安そうな表情を浮かべる彼女だが、元気づけるようにする。勇也自身も本当は不安で仕方ないのだが、ネガティブなことは考えないようにしてほしいため、そう言う。
「そりゃね、私、この子のお母さんだよ・・・良いお母さんになれるかな?」
「男の子なら、お母さんにべったりって感じだろ?それに・・・」
そう言うのもあるだろうが、勇也はそのままの彼女のことを話す。
「周りからは完璧と思われながらも実はドジで、家庭的な料理上手でパン屋やりたくて、魅力があるのに自分に自信が持てなくて、いつも元気で周りを明るくさせて、不器用ながらも頑張り屋なお前だ。良いお母さんになれるよ」
「褒めてるそれ?・・・でも、ありがとう勇也。それで、この子の名前なんだけど・・・」
月日は流れ、五年後・・・
「フー君、いらっしゃい」
「お母さん!」
病院のベッドでギューッと抱き着く彼女の子供、上杉風太郎5歳。二人目を出産した彼女が病院のベッドで横になっていた。
「ほら、あなたの妹だよ」
そう言ってゆりかごにいる赤ん坊に目をやると風太郎は微笑みを隠せないくらい喜んでいる。
「風太郎。今日からお兄ちゃんだな」
「うん、俺頑張る!」
「流石俺の息子だ!ほらお母さんにプレゼントがあるんだろ!」
そういうと、ごそごそと、カバンから取り出したのは、ある絵だった。
「みんなそっくりね」
幼稚園で書いた家族の絵、子供らしくぐちゃぐちゃではあるものの、可愛らしい絵だ。髪の長い女性が一人と子供が一人、そして少年が一人、あとは何か黄色い物体があった。
「これがお母さんかな?これがこの子ね・・・この黄色は?」
「それお父さん!」
「俺最初プリンかと思った」
髪の毛のみならず肌から何まで黄色に染め上げられた勇也だったが、息子が書いてくれることに非常に感動してしまったのは覚えている。
これが俺の自慢の家族。この幸せな日々が続いてくれると思っていた。
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26話 勇也の過去2
らいはが生まれてから三年後、風太郎は八歳。らいはは三歳。いまだに勇也の実家ではあるものの、幸せな家庭を築いていた。そんな家族で朝食を食べている日に勇也はあることを思い出した。
「そういやお前、パン屋やりたいって言ってなかったっけ?」
彼女の高校生の時の夢、確かパン屋をやりたいと言っていたのを思い出す。それと同時に告白、というよりもプロポーズをされたのも思い出した。
「うーん・・・やってみたいけど、らいはもまだ小さいしね、預金をためてから、老後の楽しみにしとく」
そう言うと朝食の準備中に彼女が手作りをしたパンが焼きあがった。正直本当においしいから、すぐに始めても売れると思うが、本人がそう言うならいいのだろう、と思っていたが子供たちが賛同しだした。
「俺、母さんのパン屋見たい!」
「らいはもー!」
「ありがと、風太郎。らいは、顔汚れてる」
息子の風太郎と娘のらいはにそう言われると、彼女はにっこりと笑って、らいはの口元についた牛乳ひげを布巾で丁寧にとる。
「いや、実はさ、良い物件があって・・・」
そういって彼が取り出したのは、二階建てのもので一回は元々お店をやっていたらしい、そしてその上の階が部屋というものだ。
「下の階を改装すれば、パン屋開けるんじゃないかって思って」
「でもねーお金だって・・・」
「まぁ、借金はしないとだろうな。でも、その分売り上げをカバーしてもらえばいいし、俺も給料あがってるし、この物件は今しかないしな」
さらに勇也は思いつめた表情で言う。
「俺も余裕が出来たし、高校卒業からずっと家事、育児だったもんな。風太郎も小学生、らいはも保育園だ。好きなことをやってもいいんじゃないか?」
「・・・いいの?」
本人もやりたい気持ちはあった。しかし、まだ子供は小さいし、パン屋を開くなんて難しい、自身がない。しかし、勇也はやってほしかった。先ほども言った通り、風太郎を妊娠し、高校を中退させてしまった。なので、やりたいことはやってほしい。
「じゃあ、俺も手伝う!」
「らいはもー!」
「ほら、子供たちもそう言ってるし、このまま実家暮らしっていうわけにもいかないだろ?」
「・・・そうね、うん、やってみよっかな!」
そうと決まれば早速、その物件を借りた。前と比べて、四人暮らしでは狭くなってしまうが、新しい家。家族の家をついに購入した。そして、引っ越しを終えて荷物を出している中、彼女は待望の一階へ入ってみると埃だらけになっていたものの、お店の面影があり、裏に行くとパン作りの一色道具はそろっていた。
「あちゃー、ダメになってるのもある。これは直すしかないわね」
いくつかの設備は動かなくなってしまっていた。欠陥があり、使用不能となってしまっていたので修理に出すものの、一から揃えるのと比べたら安い出費だ。
「後は、空調関係、メニュー関係、看板、フロア設備・・・ふぅ、やること多いわね」
今から工事をしても開店するのは約一年後と言ったところだろう。でも、うれしい。ひそかな夢をかなえることができるかもしれない、そして、勇也がこのことを覚えていることが嬉しかった。
「どうだ?」
後を追ってきた勇也が声をかけるとプルプルと震えだした。
「うん、ありがとう!大好き!」
嬉しさのあまりギューッと勇也に抱き着く、彼女のお嫁さんのほかのもう一つに夢、パン屋の開業が出来る一歩手前まで来た。
「はい、カレーパン!」
料理器具の設備を修理したり足りないものを補充したりで、借金を抱えてしまったものの、開店までもう少しだった。今はメニュー開発をおこなっている。というより家族に試食をさせている。上杉家特製カレーを入れ、彼女が焼きあげたパンをあげて作ったカレーパンだ。
「美味い!」
「母さん、俺これが一番好き!」
「からぁい!らいは、ホットケーキがいい!」
「ごめんねー、らいはにはちょっと辛かったかな?あとでホットケーキも作るからね」
甘口だが、まだ幼いらいは二は早かったのだろう。しかし、風太郎には高評価だった。
「じゃあ、俺、卵サンド」
「らいはのホットケーキ作ってからね」
そうやってプロの意見もなしに、家族だけの判定でどんどんメニューも増えていった。そんな毎日が本当に楽しかった。
そして一年後・・・
「明日、ついに開店か」
「うん、ご近所さんに配ったパンも好評いただけたみたいだし、明日から頑張るぞー!」
時刻は夕方、二人で開店準備の最終チェックを行い、一通りの流れを覚えて行く。初日は勇也も休みの日なので、一緒にやることにした。
「おう、世界一のパン屋になってくれ」
「ふふ、でもそんな大きくなくてもいいな、私は」
勿論、勇也が言ったことも、魅力的なものだ。しかし、彼女が目指しているパン屋はそうではない。
「誰かの居場所になれるお店!そう言うのがやりたい!」
ざっくりしてるが、彼女らしい。勇也はそう思った。これだけ魅力的な人だ。誰にでも、やさしく寄り添い居場所を作ってくれるだろう。
「ま、いいんじゃねーか?お前ならできる!」
「ふっふー!勇也も風太郎もらいはも大きくなっても、ふと思い出して帰ってこれる場所になってくれるといいな」
「俺も子供かよ!?」
「たまに、勇也は子供っぽくなるもん。そこも好きだけど・・・だから、いつでも待ってるよ。私たちが待っているこの場所で・・・」
そうしみじみ言う彼女だったが、急に大きな声をあげる。
「あ、銀行いかないといけないんだった!」
明日のおつり等のお金のために両替するのを完ぺきに忘れてしまっていたようだった。
「よし!間に合うね!」
夕方なので少し急げば間に合うだろう。急いで一番近い銀行へ彼女は向かった。
「気をつけろよー!」
「はーい!」
こんななんて事のない日常会話、明日からもっと忙しくなる。しかい、それが楽しみで楽しみで仕方がなかった。私の大事な家族、旦那の勇也、子供っぽいところもあるけど、家族思いで、私を大事にしてくれている。長男の風太郎。やんちゃなところはお父さんに似ちゃったのかな?でも妹思いの優しいお兄ちゃん。
長女のらいは。かわいらしく、甘えてくる。家事のお手伝いもしてくれるとってもいい子。こんな家族と・・・・これからも・・・
ドガァン!!!!!!!
「お母さん帰ってこないね・・・」
「ああ、ちょっと遅いな」
「お母さぁん!」
「よしよしらいは。お母さんはすぐ帰ってくるからな」
まぁ、ご近所さんと話しているか、何かしているのだろうと思っていた。それにしても遅く、この時間はすでに夕食の準備に取り掛かっている。風太郎も心配して、らいはにいたっては泣き出してしまった。しかし、ドンドンと誰かが扉を叩く音がした。
「はーい」
帰ってきたのかと思ったが、そうではない。出てきたのはご近所さんだ。
「上杉さん!あなたの奥さんが・・・」
「・・・え」
ご近所さんから聞いた話によるとここの病院らしい、風太郎とらいはは実家にひとまず預けて、勇也一人で行った。そして、案内をされた部屋のベッドに彼女の姿はあった。すでに眠ってしまっているのは、俺の最愛の人。だが、顔には白い布がかけられている・・・なんで・・・
「すでに・・・亡くなられております・・・」
医師に最初にそう説明をされたのは覚えている。体の力が一気に抜けるようなこの感覚。現実を受け入れられていない・・・自分の頬を思い切り殴ってみるも夢・・・でもない。そして、死を告げた医師にいつの間にか掴み掛っていた。
「おい、待ってくれよ・・・ふざけんなよ!!俺を・・・風太郎を・・・らいはを・・・置いて・・・」
医師に当たったところでどうしようもないのもわかっていた。でもこの行きようのない感情はどこに向かえばいいのかは本人もわかっていなかった。
「ほら、明日から店をやるんだ・・・こいつの夢だったんだよ・・・それで、誰かの居場所になるようなお店作りたいって・・・俺たちがみんな帰ってこれるような・・・そんな・・・夢、叶えたところで・・・」
自分自身もこれは誰に向けて行っているのかもわかってい合い、ただ言っていたら帰ってくるんじゃないかと、ありえない思考回路がまわっていた。そして残された子供たちにはなんて説明をすればいいのか・・・
「ただいま・・・」
病院から実家に戻って、時刻はすでに深夜。出迎えてくれたのは父と母だけだ。風太郎とらいははもう眠っているらしい。
ひとまず、寝よう。寝室に行くと、風太郎とらいははすでに寝ている。そう考えて用意してくれた布団にもぐりこんだが寝れる気がしなかった。あいつとの思い出がよみがえってくる。明日になれば実は何もなくていつもの様な日常を迎えられるのではないかとも考える。そして、この子たちになんていえば・・・
「・・・・・・」
「お父さん・・・」
「あ、風太郎。悪いな起こしちまったな」
目をこすりながら起きてきた風太郎だった。しかし、彼は勘付いていたようでもあった。
「お母さん。もう戻ってこないの?」
「!!・・・遅いからもう寝ろ」
急に確信を迫る質問をしてきたので、勇也は焦った。ここで誤魔化してもいずれはばれてしまう。しかし、言うべきなのかどうなのかは、わからない。だから勇也は何も言わなかった。
その後は、親族を集め彼女のお葬式が始まった。この時はよく覚えていない。風太郎はある程度察していたのか、何も言わずにいた。いつの間にか大人になっていたのだろう。らいはは何をしているのかが、わかっていないようでもあった。これを善し悪しどっちにとらえるべきかもわからなかった。
「風太郎。らいは、今日から二人はおじいちゃんとおばあちゃんの家に住むんだぞ」
それからというものの、開業に使った借金を返すため、勇也はより多く働きに出る必要ができてしまった。その際に子供たちは・・・正直、邪魔であった。なので、実家に預けてたまに会いに行けばいいだろうと考えていた。その間に俺はあの家を守りたい。こんな自分勝手の理由で子供を実家に預けていた。
「ま、待ってよ!」
「おとうしゃーん!」
泣きながら置いて行かれるのを恐れている二人。それを見ると、勇也も悲しくなるが、ぐっとこらえる。
「ちゃんと、迎えに行くから」
そう言い残して、守れるかどうかもわからない約束をしてしまった。
勇也はその後は必死に働いて借金を返していったものの、完全返済には程遠い。あと何年かかるだろうか先が見えなかった。朝起きて、食って、働いて、寝る。これを繰り返すしかなかった。そして休日、会いに行くと約束したにも関わらず、休日にもアルバイトを入れて、借金を返していた。
とある休日。この日は久しぶりの休みだったのは覚えている。というか、会社から無理矢理有休を使わされ連休となった。そして、汚らしい部屋を見つめるが、片づける気には到底なれなかった。
「親父!」
ドンドンと扉を叩く、朝からすごくうるさかった。
「はい・・・」
思い切りやつれた表情で出てきた、目線をやると現れたのは金髪の少年だった。
「・・・風太郎か?」
「ああ、らいはに会わない親父に説教しに来た」
黒髪だったのは金髪に変わっており、ピアスもしている。まるで・・・俺だ。
「なぁ、俺はともかく、なんでらいはにも会わないんだ?」
以前とは違ってヤンキーの様にオラついている態度、いつの間にこんなに変わってしまったのか・・・
「ああ、忙しくてな・・・悪いな、会えなくて」
言い訳の様にそう言うが、そうではない。子供たちに会うと思いだされるのだ、彼女との思い出を・・・
そんな自分勝手を品があも風太郎はあるものを取り出した。
「んで、コレ保護者のサインが必要」
そう言ってあるプリントが渡され、それを見ると修学旅行の保護者承認のサインだった。
「そっか、修学旅行か・・・明日京都に行くんだな。楽しんで来いよ・・・」
そう呟きながらサインを書くが、奪い取るようにそれを受け取る。さらに何か部屋に入りこむとごそごそとしだした。
「俺ももう六年生だ。らいはも小学一年生。この三年間・・・一回も保育園行事や学校行事に来てくれなかったな・・・」
彼女の死からすでに三年が立っていた。時が立つのは早い・・・そんな情けないことを考えていたが、風太郎が怒るようにらいはのことを話す。
「らいは、ずっと引きこもってる」
「!?」
「俺がこうやって親父の真似しても見向きもしない。そんな状態だ・・・」
それを言うと風太郎は逃げるようにその場を去っていった。それを聞いた勇也だったが、会いに行く気持ちは・・・なかった。というより、会いに行ったところでどうにもならない。俺に何が出来る。
「カメラ・・・あれ?」
仕事用のカメラがなくなっていたのに気がつく。先ほど風太郎がごそごそしてた辺りが散らばっているのでおそらく持っていかれたのか・・・
「まぁいいか・・・」
幸い有給で連休を取っているので、次の出勤までに返してくれればいいので気にせず、その日は一日中寝て過ごした。
翌日、寝過ごしてしまい時刻は夕方。昨日そう言えば何も食べていないことに気がつき、適当なファミレスで外食をしようと外に出ることにした。すごくやつれた格好になってしまったが、今更周りからどう思われようとどうでもいい。
そして、ファミレスの入り口、そこで順番待ちをしていると、とある女性に目が行った。あの人にあったことがある。向こうも気がついたようだ。
「上杉君ですか?」
「零奈先生・・・お久しぶりです」
今からもう十二年前の恩師、零奈先生だ。あの時から無表情なのと、美人なのは変わっていなかった。
「お次お待ちの、中野様」
「はい、上杉君ご一緒しましょう」
「え、あ、はい」
そのまま成り行きで零奈と相席になってしまった。久々に会うものの少し緊張してしまっている。同窓会という雰囲気ではない。
「彼女とは元気にやってますか?」
確かに事情は知らないとはいえ、気になるだろう学生で結婚をして子供を産んだ。担任として気にならないわけがない。
「・・・あいつは死にました」
「・・・ごめんなさい」
正直にそう伝えると零奈も無表情から少し申し訳なさそうな表情へと変わった。
「・・・じゃあ、お子さんは?」
「今は、実家です・・・」
彼女に家庭環境の話をしたくはなかった。今の自分はこんな感じだ。それに比べて彼女は今でも働いているのかスーツをびしっと着こなしている。それに、お相手とはうまくやっているのだろうと勝手に決めつけていた。
「・・・子供の笑顔は私たち親の力の源ですよね」
「・・・・・・」
それはそうだろう。俺もあいつが生きているときはそう考えていた。だが、今ではそれを見る余裕すらないので、共感を求められたところでどうにもできない。
「私の夫も・・・逃げ出したんです。妊娠した子供が五つ子だと知った時・・・」
「え!?」
「あの時、一緒に勤めていた無堂先生覚えてますか?」
無堂は確か禿げ頭のあいつか・・・まさかこんな美人を捕まえたとは・・・
「まぁ、その、逃げるのは良くないですね・・・」
自分が何言ってるんだとも思ったが、零奈は見逃さなかった。
「上杉君。貴方もでしょ?」
急に怖い表情をしたので身構える。
「え?」
「今、あなたは子供から逃げて、ほったらかしていると聞いています」
どこでそんな情報を知ったかはわからないが、自分にはそんなつもりはなかった。しかし、端から見たら、そうであることはわかっている。
「・・・そう、ですね」
そんな正論は聞きたくなかった。昨日風太郎に言われたことが刺さる。同じようなことを二日続けて言わないでほしい。またここから、正論を言われて、俺はみじめになっていく。こんな自己中心的な考えしか及ばなかった。しかし、彼女は違った。
「上杉君。卒業をしても私はあなたの先生です・・・辛かったでしょう?いつでも相談に来てください」
「・・・・・・」
なぜだろう。いつからだろう。こんなに親切に人が寄り添ってくれたのは・・・優しい言葉をかけてくれたのは・・・こんな自分に同情してくれるのは・・・
「先生・・・すみません。あの時、逃げるなって言われたのに・・・逃げちゃって・・・」
「はい」
「自分勝手になって子供のことを何一つ考えなくて・・・」
彼女が死んでから初めて涙を流すことが出来た。先生のおかげだ。この人は感謝してもし足りない、人生の恩人だ。店の中ということも気にせずに、思い切り泣いた。
「・・・私は家族みんなでいることが、重要と考えています。それは私の娘たちにもよく言っています。貴方の子供たちも・・・待ってますよ」
「零奈先生!ありがとうございました!」
そう大声をあげると勇也はその場を離れてすぐさま実家へ向かった。彼多を迎え入れるために・・・
「全く・・・変わってませんね」
入れ替わりのタイミングで別の男性が入ってくる。上杉の早急せいでその時は生徒会長をやっていた男だ。
「マルオさん」
「先生。復職、おめでとうございます」
すでに夜になっているが、勇也は急いで、実家に戻った。今日、風太郎は修学旅行から帰ってくる。
今は風太郎とらいはに会いたい一心だった。実家につくとノックも何もせずに入っていく。
「風太郎!らいは!」
そう叫んでいると、一人の少年が出てきた今度は黒髪の少年。顔を忘れるはずはなかった。
「戻したのか?」
「ああ、色々あってな」
風太郎だった。修学旅行から戻ってきてそうそう戻したらしい。この時は勇也が写真の子がきっかけとは知る由もなかった。
「風太郎・・・悪かった!」
自身の息子に頭を下げる。風太郎は勘が込んだ後にこういいだした。
「親父、俺は今後、らいはに不自由ない暮らしをさせてやりたい。必要な人間になりたい。だから、勉強をする・・・だが、その前にこれは親父のやるべきことだ」
そう聞くと風太郎が付いてこいとジェスチャーをする。完全に締め切ってある扉の目の前にやってきた。ここにらいはがいるようだ。
「らいは!俺だ!お父さんだ!」
ドンドンと叩くが反応はない。しかし、鍵は開いているようだったので、そのまま入っていく。
真っ暗の部屋に一人蹲っている。
「らいは!今まで悪かった!」
そう言って頭を下げるとちらっとこちらを見てくる。
「・・・ぅ・・らない?」
「え?」
「お母さんみたいに・・・もういなくならない?」
「・・・ああ、約束する。お前らを一生大事にする」
「お父さん・・・うぁあああん!!!」
ギューッと抱き着いてきた彼女だ。母親を失った直後に父親もいなくなった彼女はショックだっただろう。本当に寂しい思いをさせてしまった。それを勇也も反省しつつ、約束をする。
「これからは家族全員一緒だ!」
翌日、風太郎とらいはの荷物は全て勇也の家にもっていき、引っ越し作業や掃除等を始める。今まで勇也一人だったので、すごく汚い。
「親父!この牛乳賞味期限切れてるぞ!」
「二週間なら行けるだろ?」
「お父さん!二週間はダメ!せめて一週間!」
そうではないだろうと思いながらも久々の家族での作業はすごく楽しかった。
「じゃあ、お母さんはここ」
作業と清掃を終えて、母親の遺影を目立つところにおく。
「じゃあ、お母さんに挨拶な」
勇也の提案で、三人で彼女に祈りをささげる。
・・・悪かった。今まで俺が子供たちを遠ざけていた。でも、もう大丈夫だ。俺はこいつらを大人になるまでしっかり見守る。借金も安心しろ。何とかなるさ。もう、家族はみんな揃っている。風太郎もらいはも許してくれた。どんだけお人よしだよ。お前に似たのかな・・・・それで、これからずっと一緒だ。
「そういや、親父、店はどうするんだ?」
「・・・いつか、母さんみたいな人が、使ってくれるといいな」
そんな人、居場所になれるようなお店、家族がまた集まってこれるようなお店。そんな目標を持ってくれている人に会えるといい。勇也はそう思っていた。
ここからが上杉勇也の再スタートだった。
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27話 二乃と上杉家
勇也の過去を聞いた二乃。彼の歩んできた人生に自分の母が大きくかかわっていたこと、そして、私も自分の大好きだった人を失ったときの気持ちはすごくわかる。零奈・・・母は闘病生活にも耐え、病気を克服し、教員にも復帰できて、これからずっと一緒だと思っていたのに、死んでしまった。
「それで、二乃ちゃん。もしよければなんだが・・・」
勇也が真剣にそう言うとポケットから取り出したのはカギだった。
「うちの店、使ってみないか?」
「・・・・・・」
二乃も話を聞いている限り、その可能性は考えなくはなかった。でも、上杉家の大切な場所だ。そんなところに入るなど、良いものなのだろうか・・・
「ありがとうございます・・・・考えさせてもらえませんか?」
「もちろん!それに、これは単なる提案だ。二乃ちゃんらしいお店を探してくれ!」
ひとまずは保留とした、正直、店の内装等を見たいとは思っていたが、二乃自身、今迷っている。あんな話を聞いた後というのもあるだろう。
「はぁ・・・」
その後は勇也と別れ、一人公園のベンチに座っていた。買い物の袋と一緒に背もたれに体を預ける。彼女の考えは自分のお店で上杉家のものを使用してもいいものなのかを考えている。あのお店は勇也が人生を犠牲にして、何年も守ってきたもの、それを私に託す理由がわからなかった。同じお店のビジョンだったから?レモンパイが美味しかったから?お母さんのお礼?
「なんで・・・私なんかに・・・」
二乃自身の考えではあるが、異分子が入るのは嫌いだ。最初に風太郎が家庭教師として来た時がそうだった。五つ子の家によくわからない男が入ってくるのは嫌で嫌で仕方がなかった。もちろん、それでいいことがあったのは認める。しかし、今私はそれの逆の立場になろうとしている。話を聞いただけでもわかる、上杉家の思い出、決意、意思、覚悟、どれも色濃く、固いもの。そんなところに入っていくのが・・・正直、怖い。料理人と言っても、学生レベル。プロの厨房と言ってもアルバイト。おまけに今は嗅覚が無い嗅覚障害者。子供のころから叶えたいと考えていたことだが、店を開くということが、自分には無理なんじゃないかと思う。
「・・・私って、大したことないのね」
そう悲観してしまう。そして、それを揶揄するように雨がぽつぽつと降りだした。傘を持ってきていない二乃だったが、自分の小ささを実感している。意外と雨に打たれているのが心地よくもあった。
「もう私には・・・」
俯いていると急に影が入り込み、雨が止んだ。いや、そうではない、誰かいる。
「何やってんだ?ずぶぬれだぞ?」
「フー君・・・どうして?」
傘に入れてくれたのは上杉風太郎だった。なぜ彼がこんなところにいるかはわからない。今は一花の手話の家庭教師を行っているのでタワーマンションにいるはずだ。
「家に忘れ物・・・と、お前が遅いから探しに来た」
時刻を確認してみるともうすでに夕方前だった。結構な時間この公園でボーっとしてたのだろう。
「これじゃ風邪ひくな・・・うちのほうが近い。二乃、少し歩くぞ」
そう言うと、持ってきてくれた傘を二人で使用し、体を温めるためにも近くにある上杉家に向かった。
「ただいま・・・親父!らいは!」
家に到着し、タオルを持ってきてもらおうとするが、誰もいない様子だった。
「悪い、ちょっと待ってろ」
そう言うと風太郎が一足先に上がり、家の中からバスタオルを持っくる。
「ほら、これ使え」
「・・・ありがと」
礼をいう二乃だったが、先ほどのことを引きずっているのか元気がない。二人は身体を拭き終えると、二乃には先にシャワー浴びる様に言った。
「・・・・・・」
無言でシャワーを浴びている中、二乃はこの下の階にお店があることしか考えてなかった。見たいきもちはあるが見てもいいものなのか、私にフー君ママの意思を継げるのか・・・そんなことを考えていると扉に人影が写った。
「二乃、着替え置いておく。俺のだが、我慢してくれ」
「ありがと、フー君・・・」
「・・・聞いてもいいか?何があったか」
やはり風太郎もおかしいことには気がついていた。普段だったら、失礼な話、二人きりーとか、初めてのフー君の家ーとか何かアクションがあるだろう。だが、終止公園のベンチの表情だった。
「・・・出たら、話すね」
そう言い終えると、風太郎は何も言わずに、その場を去っていった。
数分すると、風太郎が貸したジャージを身に纏った二乃が出てきた。以前五月にも貸したやつなので、サイズ等は大丈夫だろう。
「あ・・・」
二乃は何かを見つけると、それを見つめていた。その目線の先にあったのは母親の遺影だ。
「母さんだ・・・もう、亡くなったけどな」
優しそうな表情で、綺麗な遺影の埃を払う様にぱっぱと払う。写真を見ると、らいはに少し似ている。また風太郎の頭のぴょこんと跳ねている部分は母親譲りだった。
「・・・うん、知ってる」
ついさっき勇也に聞いた。
「教えたっけか?」
「・・・あのね」
今日の勇也とのことをすべて話した。両親は高校生で風太郎を生んだこと、夢のパン屋開業の前日に事故で亡くなってしまったこと、一時期、父親から避けられていたこと、零奈に会った事をきっかけにまた家族で再スタートしたこと。そして、自分の夢を語ったら一階のパン屋を使ってみないかと言われたこと・・・
「はぁ、親父。そう言う重い話をなんで話すかね・・・」
呆れるように、髪の毛をいじる風太郎。確かに、考えてみれば誰かに話していいものではないとも思う。
「でも、その・・・お店を貸してくれるって言うのはすごい魅力的だし・・・フー君パパはすごくいい提案をしてくれてるの・・・」
勇也は二乃のためを思って言ってくれているのはわかっている。だが、決められない。
「じゃあ、来いよ」
「え?」
そう言うと、無理矢理二乃を引っ張って外に出る。そして、下に降りると、風太郎は一階のパン屋のカギのシャッターを開け始める。
「固いな!」
その掛け声とともに、ガラララっとシャッターが開く。そして、扉を開ける。
「ほら、入れよ」
「・・・・・・」
風太郎に誘われるが、入っていいものなのかまだ悩んでしまっている。それを見た風太郎ある行動に出た。
「調子狂うな。らしくないぞ」
そう言って二乃の手を引き無理矢理中に入れた。中に入るとパン屋というよりも喫茶店に近い。カウンター席やテーブル席も用意されている。そして、長年使ってないという割には綺麗だ。
「こっちが裏で・・・」
そう言って厨房裏のほうに二乃を案内しようとするが、つかんでいた手は離れた。
「も、もういいよフー君。ありがと、見せてくれて」
無理矢理作った笑顔でそう答えるが、風太郎がそれに気がつかないわけがない。
「・・・親父に何を言われたかわからんが、二乃、一つお前に伝えておく」
そう言うと、彼女に向き合い、風太郎の考えを伝える。
「以前にここを貸してほしいって人は何人もいた、俺たちが使わない一階を貸せば、維持費も無くなり、お金も入って借金も減らせる。なのに、親父は拒否をした。でも、借金もほとんど返し終わっている今、親父が自分から二乃に使ってほしいと言った。そしてここは家族の思い出が詰まっている」
そう言い終えると風太郎はお店のカギ、そして、自宅のカギを置いて出て行った。おそらく、まだ見たいなら勝手に見て戸締りだけしておけということだろう。
「・・・・・・」
なぜだろう。先ほど風太郎がいったセリフを考えながらも、足は厨房へ向かっていった。興味もある。ただ、さっきの答えがもしかしたら裏にあるのではないかと考えてもいた。厨房裏に入るとパン系統の機械を中心に業務用のコンロ、フライヤー、グリルレンジやオーブン。ビザ釜まで存在した。
「すごい・・・」
これが店を開くということ、これらを駆使して商品を作って、売っていく。
「・・・これ」
次に目に入ったのはノート。その表紙にはレシピと書かれている。つまり、ここのメニューだ。何冊か読んでいくうちに、面白いものが目に入る。
「カレーパン、フー君のお気に入り・・・あ、子供のころの写真だ。可愛い」
カレーパンのページには赤ペンで風太郎一番人気と書かれていて、その横の写真に頬張っている子供の時の風太郎の写真があった。
「卵サンド、勇也・・・フー君パパのお気に入り・・・フフッ」
笑みがこぼれる。ドッキリ大成功という写真にはおそらく大量にマスタードを塗ったであろう卵サンドを口にした勇也とそれを見て笑う上杉家みんなの写真。
「らいはちゃん・・・一緒に作ったホットケーキ・・・」
今度はらいはのお気に入り、フー君ママと一緒に作ったであろう写真が乗せられている。顔をベーキングパウダーまみれにしている小さいらいはちゃんが可愛い。料理の才能は以前一緒に調理したけど昔からなんだ。
「・・・いいな、楽しそう」
レシピと共にみる家族写真。すごく楽しそう。そして、レシピの最後のページにあとがきの様なものが書いてあった。
次にこのレシピを見るのは誰だろう?風太郎?らいは?風太郎のお嫁さん?らいはのお婿さん?それともその兄弟姉妹?はたまた孫かな?なんて、言うけど、私は楽しくお店をやってくれる人がいいな。ここには私の家族の思い出がいっぱい詰まってます、ですが、私は気にせず、あなたらしくお店を盛り立ててください。そして、このお店でやってくれている・・・それはもう私たち上杉家の家族みたいなものです!レシピ良ければ参考にしてください!
「楽しく・・・あなたらしく・・・」
この時、二乃はある勘違いをしてしまったことに気がつく。決して、意思を継ぐなんてそんなことは誰も頼んでいないと、私が勝手に思い込んでいただけだ。そして、亡くなっているのにそれを見据えたように私を迎え入れて・・・いいんですか?思い出の場所に私みたいな異分子が入って?私をこうやって迎え入れて・・・
それを見て二乃はある行動をする。買った買い物袋の中から材料を取り出し始める。偶然にも小麦粉やドライイーストを購入していたのでパンは焼けそうだ。そして、渡そうと思っていたが、渡せていない卵、カレールー、パン粉・・・
「ふぅ・・・お借りします!」
そう覚悟を決めるように、二乃は調理を開始した。
「よし、これだけやればいいだろう台本の手話はオッケーだ」
「ありがと、フータロー君。これで私も手話マスター!」
場所は中野家のタワーマンション。一花のテストを終えて軽く復習を終えたところだ。
「ほう?では続いて、漢字表記編と、熟語編やってみるか?」
そう言うとどこからかわからないが、取り出した手話参考書を見せびらかす。
「あ、うーん、今はいいです・・・」
「冗談だ。よく頑張ったよ」
これ以上詰め込むのはまずいだろう。逆にこの二日間でよくここまで覚えてくれた。手話検定の4級か5級のレベルは覚えられているだろう。
「それにしても、二乃遅いね。夕飯作れない」
調理台で夕食の準備をしている三玖が材料がなく、できることが少ないためそう呟く。
「も、もしかして迷子!?」
「二乃に至ってはあり得ませんよ・・・あ」
車いすに乗りながらあたふたとする四葉に呆れるような表情で言う。逆にそうであれば、この状況になっているのがおかしいと五月は気がついた。
「・・・まさか誘拐!?二乃ってチャラい男に騙されそうですし!」
さりげなく酷いことを言う五月だったが、その後ろで紙袋でコンっ五月の頭を叩いた。
「誰が騙されそうよ!」
「あ、二乃お帰り!」
「ただいま。悪いわね遅くなって」
「お帰り(あれ?二乃ってあんなジャージ持ってたっけ?)」
一花の思った通りそのままの格好で来てしまった。しかし、その理由は彼女の紙袋にあった。
「みんな、カレーパン作ったから食べて!」
そう言うと揚げてから少したってしまったカレーパンが人数分配られる。まだアツアツで美味しそうだ。
「作った?」
五つ子からしたら買い物に行っただけでなぜ作ったのかはわからないが、とりあえず一口いただく。
「あ、美味しい!」
「ホントだ!」
「これは甘口のカレーを使ってお子さんにも 食べやすい・・・」
各々の反応をして、三玖もぱくっと食べる。
「うん、おいしい。二乃の愛情」
「う、うるさいわね・・・」
味覚のない三玖だが、美味しいと感じてくれているようだった。そして、風太郎はどうなのかと様子を持てみる。
「・・・うまい」
そうつぶやいたと同時に、夢中になって食べ進める。
「すげー、懐かしい」
以前食べたことがあるような味。懐かしい味。
「はい、フー君。カギありがとう・・・失礼!」
カギを返すと同時にスマホのシャッター音が鳴る。そこには風太郎が満足そうにカレーパンを頬張っている写真だ。
「なんだよ急に」
「いいでしょ別に・・・あむ」
そう言いながら自分のカレーパンを食した。この写真は自分用・・・何年も更新されていなかったレシピの写真を更新することにした。レシピ通りに作っただけだが、十分おいしい。でも、もっと二乃らしくしたいという気持ちもある。
「あっちも食べてくれたかな・・・」
「ただいま!まだ帰ってない・・・ん?」
どこかへ行っていた勇也が自宅に戻ると、テーブルの上に何かが置かれていた。
「卵サンド・・・手紙?」
卵サンドと折りたたまれた白い紙。それを読んでみる。
フー君ママのレシピで作りました。よかったら食べてください。
※マスタードは大量に入ってませんのでご安心を。
お店の件、詳しくお話させてもらえないでしょうか?お返事待ってます。
その下に二乃の電話番号とアドレスが書いてあった。
そしてその前に作ってくれた卵サンドを一口いただく。
「・・・うまい」
全く同じではないが、近い味。彼女の頑張りがうかがえる。それでもっておいしい。
「・・・一緒に食べよう」
そう言うと半分にしたものを皿に乗っけて、遺影の前にお供えをする。
「・・・ありがとう、二乃ちゃん」
彼女に感謝をし、勇也と奥さんは彼女の決意を受け取った。
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28話 二乃の気持ち
「ふんふふーん♪」
今日のバイトを終えた風太郎と風太郎の家に服を忘れた二乃が二人で彼の家に向かっているところだ。メールでらいはに乾燥まで済ましておくように頼んでおいたが、乾燥機もないので家につく頃に間に合うかはわからない。そして、二乃は夕暮れ前とは違い鼻歌交じりでご機嫌だ。
「ったく、お前ほどのおしゃれ番長が服を忘れるなよ」
「誰が番長よ。でも、フー君ジャージも着心地いいわよ」
雨に濡れたため乾くまでの貸したジャージだが、気に入ったようだ。そんなおしゃれなものではないのだが、二乃の好みはよくわからない。
「それで、一花のほうは大丈夫なんでしょうね?」
「台本通りだったら大丈夫だ。頑張ってくれたからな」
今度の子供教育番組の手話先生役のために風太郎が一花に手話を教えている状況だが、何とかなっている。約束の日まで明日となっているが、よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
「そう?一花の復帰一作目だから、変なことになったら連帯責任よ!」
「はいはい」
そんな姉妹のことや世間話をしていると目的地である上杉家に到着した。
「二乃お姉ちゃんいらっしゃい!」
「お?二乃ちゃん!」
「お邪魔します。らいはちゃん、フー君パパ」
「らいは、二乃の服は?」
「あとちょっとかな?」
現在は干してある状態で時間がかかるようだ。
「あ!親父聞いたぞ!二乃にあんな重い話しやがって」
「まぁ、悪いとは思っているが、将来は俺の娘になるようなものだ。知ってほしかったんだよ・・・俺だけじゃなくて、あいつのことも」
そう言って目線は母親の遺影に映るそこにはお供え物として二乃が作ってくれた半分の卵サンドが置いてあった。
「それと、美味かったぜ!二乃ちゃん」
「お粗末様です。それで、お店の件なのですが・・・」
そう言うと上杉家の一階の貸し出しについての相談を始めた。見たもののお店の内装やその他設備に関して知りたいことがあったので勇成の知っている限りの情報でいいので聞きたかった。
「わかった。風太郎も来いよ!」
そう言って三人で一階のパン屋へ向かいそれぞれの設備の説明書と共に動作の確認や在庫関係を調べることにした。そして、その状態から二乃はどのようなお店にしたいかを考える。
「二乃ちゃんはパンを焼くのか?」
「そうですね・・・パン系統でもサンドウィッチとかですかね?出来れば私が作ったお料理を・・・レストランみたいな高級感よりは、地域のお店っていう感じ・・・喫茶店?よりかはお料理をメインに・・・おしゃれでSNS映えするようなお店・・・」
一つ一つであるが自分のやってみたいお店の背景を出していく。しかし、これだけパン設備がそろっているものだ。生かさないわけにもいかない。
「パンだったら三玖のほうが出来るのよね・・・」
調理学校での知識に加え、パン屋のアルバイトの経験を持つ三玖のほうが一枚上手であるのは確かだ。
「三玖か・・・一緒にやってみればどうだ?」
風太郎はそう提案するが、二乃はそのことを考えはしないわけではなかったし、出来ることならやってみたいというものがあった。しかし、二乃にも考えはある。
「三玖は三玖の将来があるからね。私の夢に巻き込むわけにもいかないわ」
たぶんだが、もし誘ったら、彼女は一緒にやってくれるだろう。しかし、三玖には三玖に合うことや目標にしていることをして欲しい。
「そうか。そう言うなら、頑張れよ」
「ま、いざ仕事がないってなったら、雇ってあげないこともないわ」
そう冗談交じりにそう言って、設備を見渡す。年数が立っているので動作確認だ。
「よし、えっと、温度調節はこれで・・・うわー、このデッキオーブン火力すごいわね・・・流石業務用」
ブツブツといいながら確認作業をしている二乃を勇也は目が離せなくなっていた。
「いい光景だな」
以前も夫婦でこのようなことをしたのを思い出すあれからもう結構な年月が経った。
「懐かしんでるところ悪いが、事情を知らなきゃ通報案件だ」
「わかってるよ」
そんなひどい視線を浴びせられる勇也だったが、いい年した男が若い女の子をじっと見ているのは言った通り通報案件だ。
「フー君。ちょっと来て」
「わかった」
二乃に呼ばれたので風太郎が彼女の元に近づき、説明書と照らし合わせながら確認作業を行っていく。また、そんな二人作業を見ていると、一瞬、自分と彼女に見えてしまった。
「お前ら、俺先に部屋戻ってる(やっぱ、いい光景だよ)」
「ふぅ、こんなものかしらね」
ある程度の設備関係をチェックしたが、不備はなかった。このままの形態であればすぐにでもオープンすることは可能であるが、二乃も専門学校生だ。卒業まではお預けだろうし、自分らしくお店のレイアウトやメニューも考えたいだろう。
「お疲れ様!冷たいもの持ってきたよ!」
作業を終えたと同時に、気の利いた妹、らいはが冷えた麦茶を持ってきてくれた。二人は作業に没頭していたので喉が渇いていたので一気に飲み込んだ。
「ぷはぁ、美味い」
「フー君おっさん臭い」
「しゃーねーだろ。疲れた」
そんな会話をしながら、三人で二階の風太郎の家に戻る途中らいはがある提案をしてきた。
「二乃お姉ちゃん!今日はもう遅いですし、うちに泊まりませんか?」
「らいは。急に無理を・・・」
「いいわよ」
五月の時同様、五つ子はらいはの誘いをほいほい受けてしまうのだろう。
「いいのかよ!?」
「あらー?五月は良くて私はダメなわけ!?」
「はぁ、わかったよ」
「オッケー、じゃあ、みんなに言っとこー」
そういじらしく反論をするので、了承をせざる負えなかった。嬉しそうに姉妹に連絡する二乃。まぁ、流石に親父もらいはもいるんだし、この前みたい急にキスをしてくる暴走はないだろう。そんなことを考え家の扉を開けようとすると中から仕事の格好をした勇也が慌ただしい様子で出てきた。
「部下がミスったらしい。ちょっと仕事場行ってくる!」
今日は休みのはずだったが、会社の都合で行かなければならなくなってしまったらしい。
「いってらっしゃーい」
らいはは無邪気な笑顔でそう言うが、数年後は自分が社畜なってしまうのかと考えると怖い。
「じゃあ、二乃お姉ちゃん!これがお客様用のものなので・・・」
そう言うといつの間にか用意されてあった上杉家のお客様用の寝具やリネンセットが用意されていた。見ている限り、らいはは最初から泊まらせる気満々だったのだろう。
「じゃあ、晩御飯・・・」
そういやってらいはがエプロンを装着した瞬間に彼女のスマホの着信が鳴る。
「もしもし・・・あ、そうだった!ごめん!今から行くね!」
そう通話しながら、先ほどの勇也の様に慌ただしくエプロンを脱ぎ去り、どこかへ行く準備を始める。
「お兄ちゃん、二乃お姉ちゃんごめん!今日友達と泊まりで夏休みの宿題やる予定だった」
「は?ちょ、らいは!?」
風太郎が呼び止める前にらいははそのまま友達の家に向かったのだろう。つまり、今は二乃と二人きりという状況だ。あまりよろしくはないだろう。
「晩御飯リクエストある?」
「いや、特に・・・って、泊まる気か!?」
「当たり前じゃない。せっかくのお誘いだもの」
「・・・その誘った本人いないんだけどな」
珍しくらいはを恨む風太郎だったが、それと裏腹に二乃は先ほどよりも上機嫌になり、エプロンを装着する。
「勝手に材料使うわけにもいかないか・・・フー君、買い物行くわよ」
「いや、帰れよ。男女二人はまずいだろ?」
「嫌よ!今日帰れない宣言して、ノコノコ帰れって言うの!?女のプライドって物が・・・」
結局説得には失敗したので二人でスーパーに向かい、今日の晩飯の材料を買うことにする。
「フー君。リクエストは?」
「なんでもいい」
「それが一番困るのよね・・・じゃあ、私の考えたお店のメニュー、それでいい?」
「ああ、それでいい」
「・・・なんかムカつくわね」
「別に、二乃の飯って全部美味いからな。だから、なんでもいい」
「あ、あんたね!・・・全く・・・」
言ったほうは本心を言っただけで何もないが言われた本人はにやける顔を必死におさえながら食材を探す。
「・・・一人暮らししてる時にちゃんと野菜取ってる?」
「・・・野菜ジュースを主に」
「それだけじゃダメでしょ!全く、今日は夏野菜メインよ」
そう言って今が旬の野菜をかごにいれ、その後は肉をチョイスし、その後に向かったのは意外なコーナーだった。
「飲むのか?」
「たまにはね、フー君も飲みましょ」
すでに二十歳を超えたのでアルコールのコーナーへ向かい。数本缶ビールやカクテルを購入した。
そして、家に戻り、一階で調理をするようだ。先ほどメニューと言っていたので、そのためだろう。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って彼女は調理に取り掛かる。風太郎は最初はそれを見ていたが、流石にひとりでやらせるわけにもいかなかったので手伝おうとする。
「手伝うぞ」
「あらそう?夫婦の共同作業ね」
「誰が夫婦だ」
そんな冗談はさておき、風太郎は指示された切り方で野菜を切り、二乃は何かの生地を作っている様子だった。
「何作ってんだ?」
「お楽しみ」
らしい。その後、野菜を切り終わると後は二乃が調理を行うことになった。その後は鉄フライパンに生地と野菜を入れてオーブンで焼きあげるだけとのこと。そして焼きあがると最後に生ハムをトッピングする。
「はい、お待たせ」
ジューッと食欲をそそる音に鉄フライパンに生地と野菜、生ハムがトッピングされたドリアの様なもの。
「なんだっけ・・・ダッチベイビー?」
「あら覚えてたの?」
作ったものはあの時の野菜を数種類買えただけでほとんど一緒。旬の野菜と生ハムのダッチベイビーだ。
「そりゃあな。どんな形であれ、最初に振る舞ってくれた料理だし・・・」
「ふーん。ま、いただきましょ」
そう言って出来立てのダッチベイビー。そして購入したお酒を開ける。
「乾杯」
「かんぱーい」
風太郎は缶ビール、二乃はカシスオレンジを取りそれぞれ飲む。
「中野家は結構飲んだりするのか?四葉は弱いみたいだが」
以前彼女が二十歳になった際に、風太郎と飲んだのだが、薄いアルコール一口ですぐに酔っ払ったのを思い出す。
「そうね、一花はドラマの打ち上げとかで飲む機会あるし、私と三玖は調理で使うときあるから匂いは慣れた。五月は一番飲むわよ」
五つ子は酒の強弱も違うのを知った風太郎は作ってくれたダッチベイビーを頂く。
「美味いな。店で出せるレベル」
「そう?あむ・・・うん、美味しい」
自己評価は低いようだが、最初に食べた時と比べても美味しい。
「あの時より愛情詰まってるから美味しいでしょ?」
心を読まれたかの様に言うので少しドキッとしたが、そのまま食べ進める。確か、最初、二乃がまた俺を受け入れていない時、三玖と料理勝負をして初めて出されたのがこのダッチベイビーだ。
「かもな」
そうなんとなくごまかすようにして、数分後には完食しており、非常においしかった。そして少し落ち着いてきたころ、お酒もまわってきて二乃があることを聞いてきた。
「ねぇフー君」
「なんだよ?」
「今からする話はお酒の勢いってことで、口を滑らすわ」
「・・・なんか悩みか?」
「悩みよ・・・フー君を好きでいるのって迷惑?」
真剣な表情で聞いてくる。彼女の本音。こんなに可愛いし人間的にも尊敬できる人が好きでいてくれるのは男の冥利に尽きるというものだ。そして彼女が本音を話してきたので風太郎も本音を返す。
「じゃあ、俺も口を滑らす・・・迷惑とかではない、ただ、俺の彼女は四葉だ。もちろん、五つ子はみんな好きだ。俺をマシな人間にしてくれたのは他ならないお前らだからな。感謝してる」
以前の風太郎は勉強第一で、あまり他人のことを理解しようとは思ってもなかった。何より、家庭教師もお金のためと割り切ってアルバイトを始めたし、五つ子と会うのは最初は苦痛でもあった。しかし、それぞれが成長して、自分を信頼してくれて、自分にとってなくてはならない存在になってくれた。勉強でしか恩を返せていないが、これから別のことで恩を返していきたい。
「特に恋愛。あれを愚かな行為と言ったのは撤回だよ。二乃の告白から学んだ・・・まぁ、ああやって真剣な気持ちを伝えるのは・・・勇気が要るものだ」
実際、自分も告白をするときの緊張感はいまだに忘れられない。
「じゃあ次・・・私が告白の返事を待ってって言ったじゃん。あれ待たないで、その時答えを聞いてたら・・・どう答えてた?」
「・・・断ってたな。あの時は一瞬の気の迷いだとかで説得させて終わってたと思う」
「・・・あの判断は間違えじゃなかったってことね」
そう言うと缶に残っていた酒を一気に飲み干す。
「全く、高校の自分を責めたいわ。最初に私が四葉のポジションにいたらとか、最初からいがみ合わないで素直になっておけばーとか、色々後悔。ホント、そのくらいあんたが好きみたい。引きずるタイプなのね私って」
「・・・らしくねーな」
「・・・うっさいわよ!!」
そうしんみりとした雰囲気に風穴を開けるように声をあげ二乃は最後の缶を開け始めた。
「あーあ、しみったれた雰囲気はおしまい!ありがとね!話聞いてくれて!」
そう言うとその缶を一気飲みして、それと同時にバタンと倒れる。心配して駆け寄るがどうやら眠ってしまったようだ。
「・・・はぁ」
そう、安堵の息を吐くがこのまま置いておくわけにもいかないのでおぶって二階に運び、来客用の布団に寝転ばす。
「無茶しやがって・・・」
二乃の顔を見ながら以前五月に言われたことを思い出す。
「私の考えを覆すつもりはありません。ですが、義兄さんはちゃんと、弁えている様なので、他の姉妹にも・・・今じゃなくていいので、ちゃんとハッキリさせておいてください」
「ハッキリな・・・」
五月はそうなりながらも良好な関係を築けていると思う。しかし、そうやって引き離してしまい彼女たちとの関係が切れるのが怖い部分もある。だが、いつかはしなければならない決断でもあるのは理解している。
「・・・おやすみ」
酒が入っており眠いこともあったが、風太郎も先ほどのことを考えながらも就寝した。
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29話 パートナー
朝、目覚ましの音が鳴り響き、むくりと風太郎が体を起こす。昨日の酒の影響はなく逆に気持ちのいい朝だ。
「二乃起きろ」
「き、気持ち悪ぃ・・・」
対照的に、二乃は平均ぐらいの摂取量にも関わらず、二日酔いのようだ。顔も少し青白い。
「水持ってくるから、ちょっと待ってろ」
「水素水がいい・・・うぷ」
「ねーよ」
美意識と健康志向の発言はさておき、水道から一杯の水を汲んでそれを渡す。
「今日は寝てろ」
そういって、水を飲み干した二乃は布団に潜り込み、楽な体制になるのを確認する。昨日は少し無理をさせ過ぎてしまったのかもと少し後悔しつつ、風太郎は別の部屋で着替え、五つ子のタワーマンションへ出発する準備をする。
「スペアキー置いとく、後で返してくれ」
そう言い残し、風太郎は中野家に向かおうと家を出る。すると、家の前に見覚えのある車が停まっていた。
「ヤッホー、フータロー君」
「上杉くんおはよう」
高級車である、一花の所属している事務所の社長の車が停まっておりすでに、助手席には一花が座って、にこやかに手をふっている。
「一花、今からいくのか?」
「うん。頑張るね」
「じゃあ、行って来い、良い報告が聞けるように待ってる」
そう言い残しその場を去ろうとする風太郎だったが、バシッと腕をつかまれる。
「はいこれ、着替えてきて」
「??」
一花が渡してきたのはスーツカバー、ガーメントケースだった。
「上杉君。悪いんだけど、同行をお願いしてもいいかしら?」
運転席の社長曰く、事務所で他に手話に心得のある人がいないらしく、申し訳ないが教師でもある風太郎も何かあった時のために同行をするのを提案した。
「もちろん、お給料も出すし、一花ちゃんが困ったら軽くフォローするくらいでいいわ」
「はい、こいつは俺の生徒ですから」
そう言うと自室に戻り、渡されたスーツを着てみる。袖を通しただけだが、素人目でもわかる高級なものだ。社会人としてのエチケット関係も身につけて、車に乗り込み目的の場所へ走り出した。
「はいこれ、フータロー君のスタッフ証」
そう言って一花に渡されたのは事務所のロゴが入った「営業マネージャー上杉風太郎」と書かれた首掛けの名札だ。
「ああ・・・なんだ?マネージャーみたいなことをすればいいのか?」
「マネージャーっていうよりかは付き人に近いかな?」
世間のマネージャーは特定の人物のマネジメントを行うという印象が強いらしいが、マネージャーが担当するのは一人とかではなく十人単位らしい。一人の人物だけの専属マネは大変珍しい。
「あ、フータロー君。ネクタイ曲がってるよ」
そう言うと急いでセッティングしていたせいか、身だしなみが少し疎かになっているのに一花がネクタイをしっかり締める。
「ふふ、送り出す新妻の気分♪」
「今度お義父さんにでもしてやれよ」
「うーん。お父さんはそう言うのしっかりしてるからね。というかドキドキした?」
「ドキドキ・・・まぁ、いつか四葉にやってもらいたいとは思った」
「・・・そっか。じゃあ、四葉にネクタイの結び方教えておくね」
「一花ちゃん。上杉君が臨時マネージャーで浮ついちゃう気持ちはわかるけど、台本の確認もしなさいよ」
「はい。すみません」
「・・・(浮ついてるの否定しろよ)」
そんな会話をしながら台本の最終チェックを開始し、番組のセリフや流れはすでにつかんでいるし手話においても間違えはない。だが、車の中でスキは無いよう確認し終えテレビ局へ到着した。
到着すると受付の方に事務所と名前、番組名を伝えると、そのスタジオの場所を説明してくれた。そのスタジに向かう際にテレビで活躍してる方とすれ違うたびに風太郎は緊張するが、社長と一花は全く動じていない様子だった。これが芸能界。一般では立ち入ることすらない新鮮な場所だ。
「じゃあ、一花ちゃん頑張ってね。上杉君、終わるまでエントランスでコーヒーでも飲みましょうか」
「はぁ、わかりました」
何か仕事が振られるのかと思ったが、役者のオーディション中は時間を持て余すので基本別の事を行う。しかし、今回は風太郎も一緒と言うことで、特にやることはない。
社長とエントランスの自販機でコーヒーを奢っていただきテーブルに座る。社長はパソコンや資料を取り出し、仕事を始める。風太郎は特にやることもないので、コーヒーを飲む。
「はぁ・・・妙な疲れだ」
決して何かをしたわけでもないが慣れない環境の為、精神的な疲れが出る。
「まぁ、この仕事はメンタルに来ることが多いわね。やりがいはあるけど」
社長につぶやきが聞こえたのか、パソコン越しにそう呟く。
「上杉君がうちでマネージャーやるんだったら即採用よ」
「ははは・・・」
正直何もしてないのに疲れてしまっている。社長の言う通りやりがいはあるのだろうが、自分にはできそうにないと考えている。
「あ、社長お疲れ様です」
「あら、お疲れ様。あなたも今日ここだったわね」
「はい!CMなので、すごく気合い入りました!この前のグラビアで目にかけてくれたみたいで」
風太郎にとっては見知らぬ女性だが、社長の事務所の所属タレントとのことで先ほどCMの撮影が終わったらしい。ちなみにCMのギャラは桁が違うとのこと。
「確か、下着の会社だったかしら」
「はい!可愛いのです!私、もう数セット欲しいですよ!」
そう言ってタレントはその会社のカタログを社長に見せる。彼女の表情を見ていると一花だけでなくいろんなタレントに社長が慕われているのがわかる。そんな会話にに入れずにいた風太郎のほうに彼女が目をやる。
「お疲れ様です。新任の方ですか?」
「はい、上杉と申します。」
そう言って席を立ち深々と挨拶をする。
「あ、そんなかしこまらなくて大丈夫ですよ!」
ニコニコとした表情で座るように言う。愛想も良く礼儀正しい人だ。
「よろしければコレどうぞ」
そういって渡されたのはグラビア雑誌。表紙には彼女が写っていた。そんな人が今目の前にいるのは考え方によっては運がいいのではないかと思う。
「もし、お仕事ご一緒することがあればよろしくお願いしますね」
「あ、ああ、どうも・・・」
彼女が芸能人だということを改めて認識すると少し緊張してしまっているが、ひとまず頂いた雑誌に目をやる。
「・・・どうです?」
「・・・いいと思います」
「えー。もう少しないです?酷評とかでも全然受け入れますので!」
これと言ったアドバイスも出来るはずもない。なので素人目線で思ったことを言うしかない。早速彼女のページを見つけた。キャッチコピーに【おバカタレントの初挑戦グラビア】と書かれていた。
「おバカタレント?」
先ほど挨拶をかわす際にはそんな雰囲気を微塵も感じなかったが、テレビでは主ににバラエティでおバカキャラとして活躍をしているタレントだったらしい。
「芸能人って高飛車なイメージは多いけど基本常識人よ。うちの事務所はそう言った礼儀、マナー、社会人としての基本の研修を行ってるからね。特に、今は実力あっても人間的にそう言うのが出来なくて、仕事がなくなるってパターンもあるからね」
とのことらしい、とりあえず、隣で感想を求められているので、再びグラビア雑誌を眺めている。
「・・・全体的に明るくていいと思います。ですが、明るめの元気ハツラツって感じだけでなく、大人っぽさ?って言うんですか?そう言うギャップとか好きな人もいるかも・・・」
正直グラビア雑誌など目にしたことなかったが、言えるのはそれしかなかった。本当に単なる素人の意見だが、それを彼女は感心したように見ている。
「それ、カメラマンさんにも言われたんですよね。あんまうまくいかずに没りましたけど、プロと同じ意見出るなんて流石ですね!・・・あ、すみません、ちょっとトイレに・・・」
カメラマンも突っ込んだと言うことは、意外と感想は的から外れてはいなかったらしい。しかし、うまくできずに今回はこれに収まってしまったとのこと。また何かアドバイスができるのではないかと再び雑誌に目をやっていると社長が目で後ろを向けとアイコンタクトをしている。
「フータロー君。オーディション頑張っている間に・・・何してんの?」
少しお怒りにも見える、彼女が頑張っている間にエントランスでグラビア雑誌を必死に読んでいる姿はいいものではないのだろう。
「へんたーい」
「バッ、ちげーよ!」
慌てて隠す姿がまた滑稽にも見えてしまったが、ちょうどいいタイミングで彼女が戻ってきた。
「すみませんお待たせしま・・・中野さん!お疲れ様です!」
「あ、お疲れ様」
「・・・そうだ一花。この子に大人っぽくグラビアやんのってどうするかアドバイスというか、コツとかってあるか?」
「え?うーん・・・まぁ、男を誘惑する魔性の女がイメージかな?あと、ウブな人をからかう。恥ずかしがらずに自身過剰とか・・・というかフータロー君、ちゃんとマネジメントしてるじゃん」
「・・・なんとなく思ったことが、偶然当たっただけだ」
「うん。こういうのというか芸術系って点数がないからね、その辺はフィーリングしかないよ」
そんな遠慮のない二人の関係に疑問の表情を浮かべている彼女だが、社長がフォローに入る。
「上杉君は一花ちゃんの同級生。おそらくあんな気を許せているのは家族以外には彼だけなんじゃないかしら?」
「そうなんですね・・・中野さんって完璧すぎて高嶺の花イメージありましたけど、今はラフな感じですね」
テレビでも事務所でもあんな楽しそうにしているのは見たことない。芝居では完璧にこなしているが、あれは本心なんだろう。
「それで、どうだったんだよ?」
「うん。大丈夫!・・・というか今回のディレクターさんは私を使うつもり満々だったらしくて、この後衣装合わせたり、共演者と読み合せて、収録もする。ちょっとハード」
「あら?今日撮るの?」
「はい。もともと番組の再放送をするところを急遽、新人ディレクターが受け持つことになったらしくて・・・」
仕事の話を始めたので風太郎も聞いてみるがスケジュールがぎゅうぎゅうに詰まっている。スケジュールの分数も端数スタートでの行動だ。
「うわー流石ですね。そんな詰めスケジュール私ならこなせませんよ」
「そういうものなのか?」
「中野さんはちょっとっていってますけど、かなりハードですよ。特に当日収録は」
とのことらしい。
「あ、次の現場いかなきゃなので、私は失礼します。上杉さん重ねてですが、一緒にお仕事する機会があったらよろしくお願いしますね!」
そう言って彼女はテレビ局を出て行った。今日限定のはずなので一緒に仕事する機会は訪れないだろうが、有名人に会えたので謎の優越感はある。
「というわけで上杉君、今後のスケジュールなんだけど・・・」
社長と一花から今後のスケジュールの確認を行う。風太郎がサポートするのは出演者の台本確認と収録中のサポート、衣装合わせ等はテレビ局の方と行うらしい。
「ふぅ、緊張してきた・・・」
「ふふ、でもフータロー君と一緒にお仕事できるとはね」
「俺もまさかこういった業界にかかわるとは思ってもなかった・・・」
「・・・フータロー君よろしくね。今日の私たちはビジネスパートナーだよ」
「・・・よろしくな。一花」
改めてパートナーという関係が五つ子とはしっくり来るのだろうと思った。
一方その頃、夏休みにも関わらず専門学校に呼び出された三玖は講師よりある資料を頂く。
「留学・・・ですか?」
「はい、中野さんは優秀な成績を修めています。留学の条件を満たしているので、スキルアップのためにいかがかと」
呼び出されたのは留学のお誘いだった。話を聞くと海外に出店している系列の調理場を担当できるとのこと。
「でも、私・・・」
彼女が思い止まるのも無理はない、今の三玖は味覚を感じない味覚障害者。そんな人がいっても迷惑ではないかとも考えていた。
「ですが、せっかくの機会ですので、前向きに検討してもらえれば・・・」
「ただいま」
ひとまず、留学の件は家に持ち帰り検討することにした。だが、乗り気ではないのは事実。しかし、学校が私を認めてくれていたのも事実。部屋に戻りもらった資料に目をやりながら考えていた。
「・・・フータロー」
彼に相談しよう。留学すべきなのかどうか・・・
「たーだいま・・・」
「あ、二乃・・・気分悪いの?」
「ちょっと、酔った。悪いんだけどお味噌汁作ってくれない?シジミのやつ」
「シジミはない」
上杉家に泊まっていた二乃帰ってきて、三玖の部屋に入りこんできた。すると、三玖の持っている資料に気がついた。
「あ、留学の推薦あんたも来たんだ」
「あんたもってことは・・・二乃もあったの?」
「ええ、ま、断ったけどね。今のあたしは留学よりもやりたいことがある。あんたはどうすんの?」
三玖は本日この通知があったが、二乃は以前から誘いがあったらしい、しかし、断ったとのこと。
「私はフータローに相談してみる。行くか行かないか」
「・・・ねぇ、三玖。あんたに一つ確認したいんだけど」
神妙な表情を浮かべている二乃に三玖は何かやってしまったかの焦った表情を浮かべている。
「フー君を頼りたい気持ちもわかる。フー君を通して、料理の世界に踏み入れたのも、味覚障害を乗り越えようとまた戻ってきてくれたのも・・・まぁ、その、嬉しいわ。でも、例えばフー君が留学したほうがいいって言ったら行くの?逆に、行くなって言われたら行かないの?」
「別に、そんなつもりは・・・」
「そう。分かってるならいいわ・・・でも、あんたの将来よ、自分でもよく考えるべき」
そう言うと、二乃は部屋を出て行き、当初の目的を忘れ自室に戻ったようだ。
「・・・自分の将来」
一花はタレントとして復帰。二乃も自分のやりたいことがすでにあるらしい。四葉はわからないけど、五月はまだ先生になることを諦めていない。私は・・・どうなんだろう。やりたいジャンルも決まっていない。私がやりたい料理って何だろう?
「・・・よし」
ひとまず、三玖はあることを考え、この件はあることをして判断をすることにした。
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30話 収録
「フータ・・・上杉さん。衣装確認をお願いします」
「・・・そうですね。清潔感があって歌のお姉さんって感じでいいと思います。これで行きましょう」
一花は番組スタッフとの衣装合わせをし、上杉マネージャーが確認をしているところだ。正直、一花なのでもう少し派手でもよいが、子供が主に見る番組なので、清楚なイメージとのこと。
「では、いち・・・中野さん。続いてのスケジュールですが」
「・・・フータロー君が他人行儀すぎる」
「ハハハ、何をおっしゃってるんですか中野さん!続いては共演者との読み合せです。大部屋行きますよ」
一花の言葉通り二人がなぜこんなにも他人行儀になってしまったかというと、理由は単純。今は仕事場だ。社長からの伝言で下の名前を呼び合うのはあまりよろしくないとのこと。その結果、一花は少し不貞腐れて、風太郎もやりにくそうに会話をしている。
そして、大部屋のロの字に置かれたテーブルの場所に案内する。そこに今回の共演者である子役の三人。アシスタント役の男性が一人、そしてディレクターを中心とした番組スタッフ代表者。一通り、出演者の自己紹介を行う。最初にアシスタント役の男性、その後に子役の三人、最後に中野一花。
「今回手話先生の役を担当します。中野一花です。周知済みかと思いますが、補聴器が無ければ耳が聞こえません。皆さまによりご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いします」
その自己紹介で少しざわついたが、ディレクターがそのまま今日の収録の流れを伝える。
「では、収録の流れです。オープニングの曲が始まり・・・」
その後は台本と照らし合わせ、全体の流れの確認を行う。その後はスタジオで機材関係をセッティングを行い、収録の準備を始める。ステージは森の教室の様なもの。
「じゃあ行ってくるね。これ預かって」
一花は風太郎に補聴器を預ける。これで今の一花は音が聞こえていない状況になった。なので、風太郎は音楽の終わりにGOサインを出すことになる。そして、それぞれのキャストが衣装を身に纏い登場する。その中で異彩を放っているのがアシスタント役の男性。
「じゃあ、シュワリーの頭のセリフから!」
おそらくだが、手話+フェアリーで【シュワリー】らしい。見た目も蝶のような羽に触覚が生え、RPGに出てきそうな妖精の衣装だった。彼がオープニング終了後に中野家で五つ子と読み合わせた部分だ。
「今日の言葉の先生は誰でしょう?」
そのアシスタントは子供たちにたいしてを意識しているので、既ににこやかで、教育番組には慣れているらしく、他も受け持っている。
「(OP終了三秒前・・・)」
そのまま順調に進んでいき、裏面に向けた両手で指を閉じながらをオープニングの曲終わりのカウントダウンを指で始める。いよいよ一花の登場シーンだ。
「はーい!皆さんこんにちは!」
にこにこと子供受けの良さそうな表情を浮かべている。彼女の演技を直接見るのは二回目だが、タマコの時同様、彼女を尊敬する。身近な存在だが、世間から見れば彼女は天才女優だ。あまり触ってこなかったタイプの役を既に完璧にこなしている。子供たちのセリフに対して、シュワリーが一花に伝えて、ドンドン収録が進んでいく。
「私は、手話の、先生です」
「カット!オッケーです」
そうして、最初の手話である動作は完璧にこなし、最初のシーンは難なく撮れた。少し休憩が入り次のコーナーの準備を行う。その間一花は風太郎の元へ行き、補聴器を要求すると、風太郎はそれを渡す。
「ありがと。それで、どうでしたか、う・え・す・ぎ・さん!」
名字を強調するので逆に怪しい。内容の方は、演技面においてはわからないが、手話はあっていたので問題はないだろう。しかし、良い意味で、風太郎は彼女に対して思うことがあった。
「・・・すごい人と関わってるんだと実感してますよ」
「急だし、今更だね・・・ま、フータロー君は特別扱いしないところがいいんだよ。それに聴覚障害者にスパルタ教育して、思いやりが足りないよ」
「愛の鞭だです。それと社長のいうことを・・・」
「語尾がごっちゃになってまーす。へー、愛してくれてるんだ」
「・・・屁理屈言うな。ほら、次のカット始まりますよ」
「はーい。お堅いマネさんだなー・・・」
そう一花は文句を言っているものの、すごく楽しそうだ。久々の仕事というのもあるが、風太郎と行っているというのが、本人をより魅力的にしている。
「じゃあ、頑張るね」
そう言うとまた補聴器を風太郎に預けようとしたその時だった。何やら、騒がしくスタッフが走り出す。
「氷と救急箱!」
スタッフがそう叫ぶと風太郎と一花はその方向へ向かった。そこにはシュワリーの男性キャストが右指を氷で冷やしてもらっている状況だった。
「すみません・・・段差に躓くなんて情けない」
どうやら段差に躓いた際に手をつけた際に指をひねってしまったらしい、確かに青痣にもなっていて痛そうだ。
「・・・指はどうですか?」
「・・・痛」
ディレクターが聞いてみると、曲げようとしても痛みのため曲げられないようだった。指の細かな動きが必要とされる手話ができなくなってしまっている。
「どうします?流石にアシスタント抜けたら、収録出来ないですよ・・・バラシますか?」
バラシ。つまりは中止だ。ディレクターの判断で一花の復帰はなくなる可能性が出てきてしまった。今の一花に取って数少ないチャンスが無くなってしまう。
「・・・・・・」
その状況に一花は悔しそうな表情を浮かべるしかできなかった。
時刻は夕暮れ、中野家タワーマンションでは各々リハビリを行っていた。
「1、2・・・1、2・・・」
「四葉。もう少しよ」
「はい!・・・あ~足が~」
二乃に手を引いてもらいながら歩行訓練をする四葉。歩行して手を放すとそのまま膝から崩れ落ち、疲れているようだ。そしてその横では五月がタブレットを使って勉強をしているようだ。資格に問題がある五月は紙や本よりタブレットのほうが文字の拡大やラインマーカーが引け便利だ。
「でも、日に日に歩数が増えてるじゃない。ほら、フー君が作ってくれたメニューはこなせてるみたいだし」
「うん!また、風太郎と一緒に歩きたいもん!」
「五月はどう?フー君がいろいろ調べて、弱視のやりやすい勉強法を調べてくれたみたいね」
「そうですね、拡大機能があるのはとても便利です。ただ、慣れるまでに時間は掛りそうですね」
「そう、わかったわ。一応伝えとくわね」
風太郎は一花の収録について行っている。そんな中メールで二乃に頼んでリハビリメニューを行ってくれていた。彼は申し訳なさそうにしていたが、彼が私たちを頼って、信用してくれたのは嬉しかった。
「さてと・・・三玖!そろそろ夕飯の準備するわよ!」
「うん。わかった」
部屋にいる三玖を呼び少し早いけど夕飯の準備を始めようとする。すると、インターホンが鳴った。
「上杉だ」
「今開けるわ」
どうやら風太郎が一花の同行から戻ってきたらしい。しかし、暗い雰囲気だったのが印象的だ。
「風太郎!・・・どうしたの?」
玄関で待っててくれた四葉が風太郎の表情を見て何かあったのかを察した。しかし、風太郎は何も答えずに入っていく。
「はぁ・・・」
そう大きくため息を吐き、神妙な表情だ。その雰囲気に皆声をかけられずにいた。
「・・・一花、何かあったのかな」
三玖がそう呟くと、風太郎が反応する。
「なぁ、お前ら、一花の今日の収録の件だが・・・」
重い空気の中、風太郎が彼女たちに話しかけようとすると、玄関からガチャッと扉が開く。
「たっだいま~!!」
その重い空気をぶち破るかのように一花が満面の笑みでリビングに戻ってくる。
「あ、フータロー君。まさか、ごまかすつもりだった?」
「いや、まぁ・・・はぁ・・・」
そう言いまた溜息。どうにも状況が読み込めない。重苦しい雰囲気を持ってきた風太郎とそれとは真逆で満面の笑みをうかべてテンションが上がっている一花。そんな状況に困惑するしかない。
「・・・すまん、今日は疲れた」
「うん。お疲れ様。今日はホントにありがとね。江端さんに車出してもらおっか?」
「いや、いい・・・」
そう言うと疲れ切った表情の風太郎は今日のアルバイトを終え、自宅へ戻っていった。
「一花!フー君何があったの!?」
「何か思いつめた表情をしていました」
「・・・明日の朝、わかるよ」
そう言って、彼女はテレビの録画と予約の設定を行った。
「ただいま・・・」
「おかえり~!昨日はごめんね!それでねお兄ちゃん!ビックニュースだよ!」
疲れ切った表情で自宅に戻る風太郎をいつもよりも笑顔のらいはが出迎えてくれる。その理由は普段自宅にはないものが設置されていた。正直いま風太郎が一番目にしたくないと言っても過言ではなかった。
「遂に我が家にもテレビがきましたー!」
「どうだ風太郎!薄型で画面でかいぞ!」
「・・・・・・寝る」
二人のテンションはさておき、今日は本当に疲れたのでそのまま就寝・・・しようとしたら電話がかかる。
「上杉くんお疲れ様。今日は一花くんの同行をしたらしいね。それで、放送日はいつだい?」
五つ子の父マルオから電話が入り今日の事を聞かれる。前々から一花の出ている番組はチェックしていたといっていたのを思い出す。
「お疲れ様です、お義父さん。あの・・・やっぱり見ます?」
「何を当たり前な。それで何時からだ?」
「・・・明日の朝の」
彼に放送日時を伝えて・・・なにも言われない事を願う風太郎だった。
翌朝、正直全然眠れなかった。それはもう察しているだろうが今日放送の一花の復帰番組のせいだ。そんな憂鬱の気持ちで今日も五つ子のタワーマンションへ向かった。
「ほらほらみんなテレビの前にしゅうごーう!!」
朝苦手のはずの一花が異様にテンションが高い。他の姉妹も少し心配になるレベルだ。
「はいはい、朝っぱらから一花の割に元気ね」
時刻は放送の五分前、五つ子は全員テレビの前に行き一花復帰を称えようというものだ。
「たぶんみんな驚くと思うよ」
「へぇ、そんなに良くできたの?それは楽しみね」
「でも、テレビで一花見るの久しぶり」
「うん!楽しみだなー!」
「そろそろですよ」
五月がそう言い終わると、子供教育番組「ことばであそぼう」とタイトルが出てきた。そしてそれと同時に思いもよらぬものが目に移った。
上杉家では夏休みのらいはと仕事が休みの勇成昨日購入したテレビを眺めていた。
「うーん。ニュースばっかだなー」
「テレビなんてこんなもんだろ。チャンネル回せば見つかるんじゃねーの?」
「チャンネル回すって・・・」
チャンネルを回すという用言は昭和くさいことはさておき、上杉家でテレビを購入したはいいものの朝のこの時間は基本ニュース番組ばかりだった。そして、勇也に言われた通りとりあえず番組を変えていると驚く人物が映り込んだ。
「さて・・・」
場面は変わり、病院ではマルオが休憩時間で朝食のサンドイッチを食べながら昨日上杉から聞かされた時刻になったのを確認し、休憩室の備え付けのテレビをつける。
「・・・疲れているのか」
同様にテレビに見覚えのある人物がいたので再度見てみるが・・・見間違えじゃない様だ。
「みんな、こんにちは!シュワリーだよ!今日の言葉の先生は誰でしょう?」
なぜか妖精の格好をした上杉風太郎がテレビに映りこんでいた。
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31話 収録裏話
昨日の収録時に場面は戻り、収録のバラシが決まるかもしれないというときだった。アシスタントの男性出演者が指のケガにより、動かせなくなった。手話番組なので、指が動かせないというのは致命的だろう。せっかくの一花の復帰番組はこのままでは終わってしまう。
「今から手話できる人を探すって言うのもね・・・」
「・・・あの!」
確かにそんな都合に良い人物はそう簡単には見つからない。しかし、その諦めの中、一花はディレクターに対してある提案をする。
「手話出来て、台本も読み込んでる人私知ってます!」
そう言うとその隣にいた中野一花の臨時マネージャー上杉風太郎のほうを目にやる。その行動にまさかと思ったが、そのまさかだった。
「こちらの上杉なのですが・・・」
「いや、私は構いませんが・・・」
そう言って一花は上杉を紹介しディレクターに確認を取る。ひとまず承認を得ることはできたが、今は臨時ながら会社に名前を置かせてもらっている身、無断で何かを行って事務所に迷惑をかけるわけにはいかないのでひとまず、社長に判断を仰ぎたい。
そう言うと二人でスタジオを離れ、ひとまず電話が出来る場所へ向かった。現在社長は会議中とのことなので終わるまで待っててくれと連絡が入った。
「フータロー君。ごめん、でも、本当にこの仕事に懸けてる部分もある・・・とっさに頼っちゃった・・・」
「あのまま中止になる可能性もあったってことだもんな、そりゃ、そう言う判断になるだろう。後は社長次第だ」
「・・・出てくれるの?」
「・・・俺が力になれるかはわからん。放送事故とかになって逆にお前に飛び火が行く可能性だってある。もちろん、全力は尽くすつもりだ。結果は未知数だがな」
「ううん。その気持ちだけで嬉しいよ・・・ホントに・・・」
そう二人で会話をしていると会議を抜け出してきた社長が現れる。
「Dさんから話は聞いたわ・・・上杉君、あなたはどうしたいの?」
神妙な表情でそう聞いてくる社長。しかし、風太郎の答えは変わらなかった。
「やります。やらせてください!」
「・・・これは全国放送。つまり、上杉君の顔が世に出るってこと・・・それでもいいのね?」
「はい!」
「・・・一花ちゃんもいいのね?」
「はい、私が提案したことですし・・・」
「・・・わかったわ。幸い、Dさんからキャスト交代のOKもらってるみたいだし・・・ただ、上杉君。テレビ収録は本当に大変なことよ」
真剣な表情でそう言って、社長は先にスタジオへ向かった。残された二人だが、急に、一花が深々と頭を下げる。
「ありがとうフータロー君・・・本当に・・・」
「礼を言うのは早い・・・それに重要な問題がある」
「重要な問題?」
「・・・俺の演技力の低さだ」
「・・・ぷっ、アハハ!やっぱフータロー君は締まらないな~」
「う、うるせぇな!先行くぞ!」
それも大切だけど、私のわがままを、無茶ぶりを、受け入れてくれる。そう考えながら左胸に触れ、自分の胸の鼓動が早くなっているのを確かめる。
「(あーあ、また・・・ううん、まだ・・・)」
そう心の中で自分の気持ちを再確認した。
「では、シュワリーの頭のセリフから!」
スタジオへ戻り、キャストが変わったことにより頭からの収録を始める。先ほどの男性キャストの様に見様見真似で何とかなるだろうと思っていたが、その認識は甘かった。
「カット!表情暗い!」
「気持ちを押し付けない!もっと共有するように!」
「セリフをトチるな!もう一回!」
「・・・はい」
見ている分にはできそうな気もしていたが、いざやってみると全然できていないし、ディレクターの説明も抽象的でいまいちどうアプローチすればいいのかがわかっていない。そんな状況に風太郎は意気消沈してしまっている。
「すみません。ディレクターさん。少しお時間いただきたいのですが・・・」
そんな収録の進まない状況に一花はある提案をしているようだ、二人で内緒話の様に話しているので内容は聞き取れなかった。とりあえず、一花、そして本来の男性キャスト二人に、付いてくるように言われた。
「急にやってもらうのは悪いと思ってる、けど、今のじゃ、流石にOKは出ない・・・だからフータロー君」
そう言うと連れてこられたのは別室のスタジオ、だが、特に何もセッティングされていない空き部屋だ。
「・・・私が演技諸々教える。時間も少ないから、スパルタで行くよ!」
一花が笑顔でそう言うので、冗談かと思っていたが、本気のスパルタだった。
「笑顔!笑顔忘れずに!セリフに意識いって他が出来てないよ!」
「子供相手なんだからもうちょっと声色を高めに明るくして、そんな暗い雰囲気じゃ子供泣いちゃうよ!」
「失敗を恐れないで!もっと堂々と!セリフ飛んでもオロオロしない!」
「だから顔!元から不愛想なんだから!にっこり、にっこり!」
指導に熱が入り、いろいろ言われてしまった。とりあえず全体を通してみたが、指摘箇所は軽く三十は超えていた。しかし、一花に指摘されたところを意識するだけで変わっているのはわかる。それにテレビで当たり前にやっていると思っていることも、色々なことを意識して行っているのだと関心をした。
「悪いもう一度!」
こういったものは勉強と違い、明確な答えがないので非常に難しい。だが、とりあえず一花に言われたところ指摘されたところをこなしていく。
「こんなもんか・・・まだまだだな」
「うん。でも、短い時間の中で頑張ってたよ」
完璧にとはいくはずもなく、とりあえず形だけ何とかした。もっと教えようとすれば、皿に時間がかかるが、単純に一花は堂々とすること、そして笑顔を忘れずにと言ったところだ。簡単に出来そうだが、意外と出来ない。
そして、流石にこれ以上風太郎のレッスンに時間を割くわけにもいかなかったので、収録を始める。
「今日の言葉の先生は誰でしょう?」
風太郎のそのセリフから始まり、本来のキャストと比べると劣ってしまっているのは明白だったが、撮れた。しかし、その中でディレクターはあることに気がつく。
「中野さん・・・さっきよりもいい感じになっている」
風太郎はぎりぎりOKという中、一花は逆に先ほどよりも良い表現をしていたらしい。しかし、当の本人は先ほどと同じようにしていたつもりだ。
「え?そうですか?」
「はい、だって・・・」
そう言うと最初に撮った映像と、今撮った映像を見比べてみる。
「・・・そ、そうですかね?」
あからさまに後者のほうが嬉しそうだし、気合の入りようや、どこかいいところを見せようとしている。言ってしまえば魅力倍増だ。
「あはは・・・」
一花の乾いた笑いが響き、悪いわけではないのでそのまま続けるが、そのような指摘をされると少し恥ずかしい。
「(フータロー君とまさかの共演で楽しんじゃってる・・・しかも無意識に)」
決して悪いことではないのだが、少し、後ろめたい感もある。お仕事で風太郎にも迷惑かけて自分は無意識に楽しんじゃってる。
「これか・・・よし!」
逆に風太郎は何か閃いたかのように次のカットの準備を始めだした。次は子役が名前を自己紹介していくシーンを撮っていくがその間に風太郎が急激に成長している。先ほどとは違って満面の笑みを浮かべている。子供受けもよさそうだ。
「カット!上杉さんもいい感じですよ!」
「ありがとうございます!」
「どしたのフータロー君?急に?」
急な向上に心配する一花だったが、風太郎はこう考えたらしい。
「別に・・・ただ、一花を真似たら少しはマシになるかと・・・」
照れくさそうに前髪をいじりながら言うので、少し無理をしていたのがわかる。
「ふーん。真似た割にはまだまだだけどね」
「そりゃな、芸歴一時間だぞ・・・なんだよその顔」
「なんでもなーいよ」
そう一花はからかうが、内心はすごく嬉しがっている。自分をまだちゃんと見てくれていることにニヤケを隠せないでいた。
「カット!はい、OKです!これですべてのシーンが終わりました!」
その一言で拍手が起こりようやく撮影は終わったらしい。それと同時に風太郎は異様な脱力感に苛まされる。
「ああ・・・疲れた。うお!?」
「お疲れ様」
そう言って一花がペットボトルの水を風太郎の頬にあててアオハルもどきをしだす。
「お疲れさん・・・お前って毎回こんなハードなことやってたんだな」
そう言っていただいた水を飲み干す。その横で一花用のペットボトルも飲み始めた。
「まぁ、慣れないうちは誰でもこうなるよ、私は初めての撮影終わった後、酸欠で倒れそうになったし」
そう冗談交じりに笑いながら言うが、そこまで一生懸命にやっていることなのだろう。
「それに久々の撮影はホント楽しかった。フータロー君との共演もね」
「はぁ、あいつらには言うなよ、恥ずかしい」
「・・・いや、フータロー君。言わなくてもばれるよ」
「・・・あ」
確かに番組を見られた瞬間にわかってしまうものだ。
「え?もしかして考えてなかった?」
「いや・・・マジか・・・いや、そうだよな・・・普通に考えれば・・・」
「どんどんフータロー君が凹んでいく・・・」
「少し休む・・・」
そう言った彼と一緒に楽屋へ向かった。そこで風太郎は畳に座った瞬間にそのまま眠ってしまった。
「あはは、すぐ寝るなんて・・・お疲れ様」
でも、お疲れ様。君はなんで彼女でもない私でもこんなにおせっかいを焼いてくれるのかなって、あの時のオーディションも思ったっけ・・・その時にいいなって思った。普通はそこまでしないよ、聴覚障害が診断されて自暴自棄でやらかした私を助けてくれて、手話を教えてもらうためにまた家庭教師してもらって、マネージャーもしてもらって挙句の果てには共演もしちゃうなんて・・・
「あの時は膝枕してあげたっけ・・・よいしょ」
そう言って花火大会の公園のことを思い出して彼の頭を一花が膝に乗っける。
「(あの時はそんなに意識してなかったけど・・・今はドキドキしてる)」
そう言って自分の胸に手を当てて、心臓の鼓動が早くなっているのを再認識する。そしてそれと同時に風太郎の唇に目が行く。
「・・・ダメ」
流石にそれはダメだ。修学旅行でもあんなことをしたのにまた私がやらかしたら、みんなにも迷惑がかかるし、フータロー君に顔向けできない。
「ありがとね・・・フータロー君」
そう言うと彼の寝顔の写真だけ取り、満足そうに彼を眺めていた。
「まさかだったわね・・・」
場面は今日の朝に戻り、一花の復帰兼風太郎の共演の番組が終わったところだ。
「フータローの妖精可愛かった」
「シュワリーだよね!でも、風太郎が・・・は!まさか隠れイケメンがばれる!?」
「義兄さんはあり得ませんよ。最初のほう愛想悪そうでしたし」
「うんうん。撮影も大変だったな~」
各々感想を言う中、一花は嬉しそうに現場での出来事を話す。そして、当の本人が家に到着した。
「お前ら・・・やっぱ見るよな」
「あらー?誰かと思えば、昨日私たちに出演をごまかそうとしたシュワリーじゃないですか~」
二乃がいじらしくそう言うと、風太郎はバツが悪そうに反応する。
「俺だってまさかあんなことするとは思わなかったんだ!」
「でも、フータローよかったよ」
「うんうん!かわいかった妖精風太郎」
「ええ、お疲れ様です義兄さん」
他の姉妹には称賛の声を聞けたので少し嬉しかった。それを見て二乃が慌てたように訂正する。
「わ、悪くはなかったわよ。お疲れ様。フー君」
「ああ、ありがとな・・・・あと、あんま言うなよ」
「あ、らいはちゃんからお兄ちゃんテレビ出てるって報告来ましたよ」
「あたしもフー君パパからも来てたわ、何か知らないかって?」
五月はらいはから、二乃は勇也からそれぞれ連絡が来てたらしいので、もう家族にもばれてしまっているようだ。
「・・・マジかよ」
そんながっかりしている風太郎に一花が近づく。
「後で社長からお給料のお話あるって、それと、マネージャー続けるなら即採用」
「社長と一花には悪いがやめとく」
「そっか、残念」
分かりきっていたのでショックなどはないがそのまま風太郎が続ける。
「ただ・・・まぁ、あれだ・・・」
そうぎこちない風太郎だったが、前髪をいじり、照れくさそうに言う。
「お前が、また俺を必要としてくれるなら・・・手を貸す。お前の仕事っぷりを見て・・・尊敬した」
「うわーフータロー君似合わない・・・」
「んだよ・・・」
「冗談だよ(私も君を尊敬してるよ)」
その発言や言動に面白がる一花だが、内心ではそう思っていた。
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32話 三玖の料理
「・・・はぁ」
時刻は昼前、自室に戻っている三玖は以前学校から頂いた留学の書類関係を眺め、思わず溜息をもらす
「私のやりたいもの・・・」
専門学校で学んで様々な料理の知識を得てきたが、自分に会うものや、ジャンルを決められないでいた。なので、軽く自分がその道に進んだ時にどんな感じなのかをなんとなく想像してみる。
「お寿司屋さん・・・へい、お待ち!」
「イタリアン・・・Prego, buon appetito(どうぞ、お召し上がりください)」
「フレンチ・・・Tout se passe bien Monsieur(お味はいかがですか?)」
「何やってんだ?」
「ひゃ!?・・・フータロー、ノックぐらいして!」
先ほどのイメトレを見られ、恥ずかしくなり、顔を赤く染めているが、風太郎はお構いなくそのまま部屋に入っていく。
「この前借りた本は読破したから、次の本借りに来た」
そう言うと以前伝えた自由に読んでいいと許可をした本を数冊取り出そうとすると、机の上にあるものに目が行く。
「留学?・・・フランスか」
「あっ・・・」
相談しようと思っていたものだが、都合のがいいのか悪いのか、風太郎に見つかってしまった。
「フレンチは結構手間がかかる料理だからな。日本の刺身みたいな素材の味を提供というよりは、めちゃめちゃ手を加えるらしいし」
などと、ちょうど返した本にそのようなことが書いてあったのを思い出す。
「そうだね。フレンチは宮廷料理・・・かなり偉い人が食べるものだったからね」
留学先はフランスでつまりはフレンチ料理学ぶことになっている。
「なぁ、三玖。頼みがあるんだが・・・」
「フータローが私に?」
「実際こういった料理って食ってみないとわからないから、作ってくれないか?」
本だけで料理を学ぼうというのは流石に無理があった。店に行って学ぶのもよいが、正直それでは金がかかる。
「・・・うん、いいよ。でも味音痴のフータローにわかるかな?」
「・・・自覚ないんだけどな」
そう小馬鹿にしたように言うが、彼からこういうお願いをされるのは初めてだ。今まで、三玖自身からしか、料理を食べてほしいとお願いしておいたが、今回は風太郎からである。なので、本当はすごくうれしい。
「じゃあ、買い物行かないと。フータロー、荷物持ちお願いしてもいい?」
「ああ」
そう言ってリビングに集まっていた姉妹たちに買い物に行くことを伝え、二人でスーパーへ出かける・・・が、若干の修羅場があった。
「最近風太郎がかまってくれない・・・」
確かに、二乃の店の件だったり、一花の収録の件で今三玖と買い物という状況だ。彼女である四葉はぷくーっと頬を膨らませて不満そうだ。
「す、すまん・・・でも、五つ子のサポートが俺の仕事で・・・」
「・・・義兄さんは家庭よりも仕事優先タイプですね。ちゃんと家族サービスしないと捨てられちゃいますよ」
先程の風太郎の言い方では五月の言う通り、仕事優先にしてしまうタイプだ。
「そ、そんなことないぞ!な、四葉!」
「ぶー・・・一花は昨日お仕事一緒にしてたし、二乃と五月は風太郎の家に泊まりに行くし、三玖は今から買い物に行くし・・・」
優先したいのは山々だが、正直四葉が優秀すぎるというものもある。風太郎が用意したメニューも完璧にこなしていて、徐々に歩ける歩数も増えている。まぁ、そうやって頑張っているのでご褒美でも上げることを考える。
「・・・よし、今度旅行に行こう」
「え!いいの!?やったー!!」
その風太郎の提案に先ほどとは違い満面の笑みを浮かべ始める。お金に関しても今のアルバイトで結構な額を頂いてるので結構いいところには行けるだろう。
「・・・チョロいなー。俺の彼女」
「それ本人には言わないようにね」
風太郎が失礼な独り言をつぶやき、唯一聞かれた三玖にくぎを刺された。ひとまず、四葉のお許しが出たので三玖と買い物に出かけることにした
「フータロー。ちなみに何が食べたいとかある?」
「鴨肉の緑ソースかかってるやつ」
「・・・バジルのこと?」
スーパーなので作れるフレンチは限られるが、今のリクエストであれば揃うので、必要な材料メインの鴨肉をはじめソース用のバジル、その他調味料や付け合わせ。
「・・・ねぇフータロー・・・もっと色々作ってもいい?」
「いいのか?フレンチみたいな手の込んだものを何品作ってもらうのは迷惑かと思ってたが・・・」
「ううん。というより、フータローは私のために料理を学んでるんでしょ?だったら、私も頑張るし、フータローには見てほしい。私がどれだけ成長したか」
三玖の成長は再開した初日に食べたオムライスで成長しているのは重々承知しているし、高校生の時はあまりよくなかったものの文化祭ではすごく活躍をしてくれた。今更でもあるが、彼女の成長を改めて見れるのは楽しみでもあった。
「じゃあ、頼む」
「うん」
そうと決まれば、買い物かごにどんどん材料が放り込まれていく、いったい何品作るつもりなのだろうかわからないほど盛られていた。そんな中、風太郎が突然、部屋にあったものを思い出したので聞いてみる。
「そういや、部屋に留学のパンフあったけど、する予定なのか?」
「・・・どうだろうね。悩んでるよ」
少し落ち込んだような表情を浮かべる。
「やっぱ、味覚か?」
「・・・うん。それもある」
「も?」
「・・・何でもないよ」
そう言うと、レジのほうへ進みだし会計を済ませるようだった。そして留学の件を聞こうとはするものの三玖は何かとはぐらかすのでこれ以上聞くのはやめた。
「重・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・」
帰宅中。エコバック四袋分を購入したが非力の二人で息を切らしながら運ぶ。そもそもこんな買い物をする予定でもなかっただろうが、一花か二乃あたりを連れてくればよかった。
「ただいま・・・」
「おかえり。うわー、すごい量」
出迎えてくれた一花が買い物袋を持ってくれて、そのままリビングのほうへ運び出し、風太郎もそのままついて行く。三玖はだいぶお疲れのようで少し玄関で息を整えてる。
「悪いな。運んでもらって」
「大丈夫だよ。あ、それと、ジャーン!」
冷蔵庫に買ったものをしまっていると、見せてきたのはSNSだ。そこのトレンド、急上昇に中野一花と書かれてあった。
「今日の放送で私の聴覚障害が認知されたよ」
「その割には余裕な表情だな」
風太郎の言葉通り一花らしい余裕の表情だし嬉しそうでもあった。
「うん。癖は強いけど、これは私の個性であり、武器でもあるからね。それで・・・」
そう言うと今度はメールを見せてくる。相手は社長からで内容はオファーがあったとのことだ。
「補聴器メーカーのCMのオファーがあったよ。いやー、いきなりCM舞い込んでくるとは、運がいいよ」
「そうか、おめでとう」
「ありがとう。フータロー君が素直に祝福してくれるなんて珍しい」
「嫌味かよ」
「・・・ううん」
やっぱりファンや世間の声よりも君の賛辞が一番うれしいよ。
「じゃあ、始めるね」
「ああ、よろしく」
体力が回復した三玖がキッチンに立ち、風太郎の所望するフレンチを作ることになった。姉妹全員は着席し、待っている。しかし、二乃は少しそわそわした様子だった。
「簡単にコースにしよっかな」
つまりは前菜からデザートまで何品か作るようだ。そうして準備を始めようと風太郎があげた霞包丁を手に取る。それと同時に見ていた二乃が立ち上がり、キッチンへいき、持っていたナイフケースを置き、こちらも風太郎からもらった黒刀包丁を広げだす。
「サポートするわ。下ごしらえとか結構かかるでしょ」
そう言って髪をバイトの時同様動きやすいようにする。そして材料を確認しレシピを確認すると、すぐさま作業に入りだした。
「ご要望は?」
「にんじん、ズッキーニ、黄パプリカはバトネ。ミニトマトは下茹でしてエモンデ。カリフラワーも茹でといて、茹でた後は氷水に浸して、後はスープで使うじゃがいもはコンカッセ。エシャロットはアッシェ。」
「わかったわ」
そう言うと即刻言われた材料に手を付ける。にんじんは皮むきから棒状にカット。残りも同じようにカットをし、トマトはヘタを取って下茹で、そしてトマトの薄皮を剥ぐ。そしてカリフラワーの下茹でを開始する。
「フータロー君。二人は何を話してたの?」
二人の息のあった行動は見事だが、見ていた一花は何を会話しているのかはわからなかったので風太郎に聞いてみる。
「バトネ、コンカッセ、アッシェ、この辺は切り方だな。エモンデは皮むき。エシャロットは玉ねぎかその親戚」
バトネはバトン切、コンカッセは粗みじん切り、アッシェはみじん切りだ。それぞれフランス料理の専門用語だが、学校で学んだのだろう。その間に三玖が用意しているのは白ワイン。それを鍋に移し火にかけ、アルコールを飛ばす。
「カリフラワー浸したわ。ハイ、あと甘さのグラニュー糖と酸味のワインビネガー」
二乃は三玖の行動を先読みし、次に使う材料を持っていく。確かにメニュー通りのものではある。
「あ、酸味はレモン汁使う」
「はぁ!?野菜の甘みと酸味をたたせるワインビネガー一択でしょ!」
「野菜の素材の味を活かしたい。ここは軽く酸っぱさを感じるレモン汁」
調理中に喧嘩を始めてしまったので風太郎が止めようとするが、五月が待つように言う。
「あれはたまに起こることですし、こっちのほうが私的には得なので!」
なぜか笑顔でそう答える五月だが、その理由はわかった。
「じゃあ、材料半分もらうわ。私はワインビネガーで作るから、あんたはレモン汁で作りなさい」
「わかった」
「二人が味付けで言い争いをすると二種類の味が楽しめます!」
「・・・あっそ」
五月の相変わらずの食欲に少し呆れてしまったが、正直、料理の勉強のために色々な味が食べれるのは風太郎もありがたい。
その後二人の調理工程。アルコールを飛ばし、氷水で冷やした白ワインにグラニュー糖、そして二乃の鍋にはワインビネガー、三玖の鍋にはレモン汁を加える。そして、そこに加えるのはゼラチン。
「何作ってるんだろ?」
「おそらく、テリーヌですね。フランスの定番前菜です。肉や魚を使うことがありますが、今回は野菜メインみたいですね」
四葉の疑問に五月が答える。さすがMAYの名で活動するレビュアー。ちなみにテリーヌは具材を型にはめゼラチンで固めたもの。最近ではお菓子としても作られることが多い。提供する際に切った断面が美しい。
その後、二人が長方形の型を用意して、ラップで型を覆う。その中に白ワインベースのゼラチンを流し込み、切った野菜類を敷き詰めまた先ほどのものを流し込むを繰り返す。普段なら冷蔵庫で冷やすが、すぐさま提供するのでそして終わったら今回は氷を敷き詰めたバットで冷やす。
「後は冷やして完成。じゃあ、次はスープね」
「わかった。じゃあ半分・・・」
そう言って先ほどスープ用に切ったじゃがいもを渡そうとする。
「いいわ、それはあんたが使いなさい。私はこっち使う」
そう言うと二乃は自前でじゃがいもを用意する。それは少し小ぶりのものだ
「三玖、レクチャーしてあげる。素材の味を活かすこと」
そう言うと、二乃はじゃがいもの調理を始める。三玖はその間に切ったバターを鍋にいれ、エシャロットを炒める。しんなりしてきたら切ったじゃがいも、そしてコンソメ、塩コショウをお湯で溶かしたスープベースを加える。二乃もじゃがいもを加えるまでは同じように調理手順を進めるが、スープベースが違う。
「ブイヨンレギュム?」
つまりは野菜ベースの出汁。さっぱりとした味わいになるが、スープベースとしては薄くなってしまう。ちなみにブイヨンをより煮込み凝固したものがコンソメとなる。
「食べればわかるわよ」
そして二人は鍋のものをミキサーにいれスープ状になるまで混ぜ合わせる。そして盛り付けと同時に生クリームを加えて混ぜ合わせる。これでスープは完成。そして、前菜のテリーヌもいい感じに固まってきた。型を外してラップを取り、断面がきれいに見えるように切り分け、盛り付ける。
「野菜テリーヌとじゃがいものポタージュ」
前菜とスープ。二人がそれぞれ同時に皆にサーブする。まずは三玖のテリーヌ。人参、ズッキーニ、黄パプリカ、ミニトマト、カリフラワーの断面がゼリーで固めて並べられ美しい。
「・・・うまい」
「へぇー、これがテリーヌか、お姉さん初めて食べた」
「うん!美味しいよ三玖!」
「確かに、夏野菜を感じるのであれば濃い味付けより素材の旨味でレモンなんですね。すっぱさもいいアクセントです」
各々料理の感想を言ってくが、皆良い反応だ。それに三玖の成長を嬉しく思った。
「ハイ、じゃあ私の皿もどうぞ」
そう自信満々に言う二乃、高校の時は相手にならなかっただろうが、今では良い勝負が期待できるのではないかとおもいながら一口頂く。
「・・・!」
風太郎が食べたのは先程と同じテリーヌなのか疑問に思うほど、美味しい。
「これも美味しい!」
「私はこっちかなー」
「野菜の甘味活かし、酸味をよりプラスすることで全部の野菜が上手く纏まっています。それに、この歯ごたえ・・・」
「あら、気が付いたかしら、三玖はバトネだったけど、私はジュリエンヌでやらせてもらったわ、その方が味が染み込みやすいし、歯ごたえも楽しいでしょ」
ジュリエンヌとは千切りの事、切った人参一本一本にあのソースが中まで染み込み全体に行き渡っている。全体の反応を見ると、二乃の方が一枚上手だったのがわかる。
「じゃあ、次はスープ・・・」
そういって、今度また、三玖の皿を頂く。薄い黄色にトロトロのスープが食欲をそそる。
「これもうまい!」
「やっぱりスープはベースが重要ですからね、ジャガイモをより美味しく味わえます、ビシソワーズでもいいかもしれませんね」
「確かに、それも食ってみたい」
風太郎と五月が料理の感想を言っていくなか、一花と四葉は置いてけぼりにされていた。
「風太郎とそれっぽい話してるから、五月が頭よく見えるね」
「うーん。五月ちゃんの食い意地は凄いから料理の知識もあるんだろうね」
「確かに冷製スープでも美味しいかもね、じゃあ次あたし」
そういうと三玖と同じ、いや、少し色が濃い。スープのベースは三玖の方が濃いものを使用しているので疑問に思った。とりあえず、一口頂く。
「なんだこれ!?甘い!」
「えー?何で?」
「ホントだ!カボチャみたい!」
「調理手順はほとんど一緒でスープは三玖のよりも薄味のはず、なのに何でこんなしっかりした味・・・まさか!?インカの目覚め!」
「ご名答。流石MAY」
その秘密はジャガイモの品種。三玖が使ったのは一般的で肉じゃがなどの煮物に合うメークイン。しかし、二乃が使用したのはインカの目覚めという品種。
「メークインの糖度は5、それに対してインカの目覚めは7~8。この糖度ならこれだけの味で勝負できるわ」
つまり、インカの目覚めはかぼちゃやサツマイモレベルのものを持っているということ。
「だから、ベースを薄味のブイヨンレギュムに?」
「そういうこと。三玖のテリーヌは素材を活かすんだったら旬なものを選びなさい。夏野菜とか、今回のはズッキーニ、パプリカぐらいね。後は茄子やきゅうり、オクラなんかもいいわね」
「・・・はぁ」
どうみたって二乃ほうがこちらも一枚上手である。そんな状況に三玖は溜め息をつく。やっぱり、二乃は流石だ。いつまでたっても追い付けない私の目標。
「何溜め息をついてんのよ、次は魚?肉?」
「ちょっと休憩・・・」
そういうと、三玖は自室に戻っていった。その際、皆が料理に夢中になっているなか少し涙を浮かべていたのを風太郎は見逃さなかった。
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33話 決心とお願い
料理対決・・・ではないが、ニ乃に完全に圧倒されてしまった三玖は部屋へ逃げるように入っていく。そして、それを心配した風太郎は追いかけるように部屋にはいる。
「どうしたんだよ?」
ベッドに座り悔しそうに俯いている三玖のとなりに座り込む。原因はわかっているが、ここまで悔しがるとは、それほど料理が本気なのだろう。
「・・・何でもない、ごめん、変な感じになった」
理由を聞きたいだけで、決して謝罪が欲しいわけではないが、沈んでいる三玖に対して話題を変えようと机にある留学パンフを手に取る。
「ほら、せっかく成長する機会があるんだ。二乃を見返してやるって言うか、ギャフンと言わせるというか・・・」
上手く言葉が出てこないが、ひとまず元気になってほしい一心に声をかける。
「・・・留学は二乃が行くべきなんじゃないかなって思う」
「・・・どうしたんだよ急に」
「ニ乃の料理見たでしょ・・・やっぱり私じゃ足元にも及ばない。二乃は別にやりたいことがあるからって断ったらしいけど、二乃だったらもっと上を目指せる・・・」
彼女が留学を悩んでいた理由がようやくわかった。味覚障害だけでなく、自分よりもニ乃の方がより多くの知識を得るため、スキルアップのために行くべきなのではないかと考えていたようだ。確かに、先程の料理はどちらも美味しかったが、ニ乃が上回っていたのは事実である。
「・・・だからって三玖が行かない理由にはならないだろ?」
「そうだけど・・・でもこの一枠は二乃に・・・」
「話は聞かせてもらったわよ!」
その重苦しい空気に風穴を開けるように扉を開け声の主が入ってくる。その正体は二乃だ。
「三玖。せっかくの機会なのよ!これでアンタが目指している料理が見つかるんじゃない?」
「でも!・・・私は、二乃にもっと・・・上の料理人に・・・」
三玖の気持ちを伝えるが、その発言に少しうんざりしたような表情を一瞬浮かべるも自分の心境を語る。
「あのね!・・・はぁ、向上心のあるあんたにこれ言うのもどうかと思うけど、私は日本一も世界一も興味ないわ」
「・・・え?」
三玖からしたら意外な答えだったのだろうかきょとんとした表情を浮かべている。それに対して風太郎は優しく微笑んでいる。それは二乃が目指しているものだろう。
「私はみんなが帰ってこれるお店。そう言うのを作りたいのよ」
「帰ってこれる?」
「・・・まぁ、みんなが夢に向かって羽ばたいて行くのを私は巣でも作って待ってるわ。だから色々挑戦してきなさい!特に三玖!」
「ひゃい」
急に指さされたので驚いてしまい変な声が出てしまったがそのまま続ける。
「留学の件も自分の将来を考えるって言ってるのに私ががどうとか関係ないでしょ!」
「うぅ・・・」
そう言って怒っている二乃だが、その次には優しく声をかける。
「だから、挑戦してきなさい。私たちは待ってるから。それに、料理人としてあなたを必要としてくれる人が地球上で一人くらいはいるわよ。きっと」
「二乃・・・」
そう言って彼女は何か決心した・・・しかし、その割にはジトーっと二乃を見つめる。
「料理で格の違いを見せつけるようにして自信なくさせたくせに」
「フン、飴と鞭よ」
「鞭が多い」
そう二人は会話しながら部屋を出て行き、蚊帳の外だった風太郎もその後をついて行く。二人はそのままキッチンに立ちテーブルで待っていた姉妹も待っていたようだ。
「さて、みんなお待たせ」
「また始めるね」
そう言って最初に風太郎が所望していた鴨肉の調理に取り掛かる。下処理で血合い、筋、薄膜を丁寧に取り除く。その後赤ワインと数種の香草に漬けて臭みを取る。ニ乃もそこまでの調理手順は同じようだ。
「じゃあ、バジルソース」
そういって三玖は風太郎のご要望のソースを作り始めようとするが、ニ乃は再びアレンジを加えてきた。
「じゃあ、あたしは柑橘系」
そういって、オレンジの果肉を搾り出し始めた。
「えー、お肉にオレンジって合うの?」
「確かに想像つかないね。それでどうなの料理評論家のお二方」
四葉と一花は疑問な表情を浮かべながら風太郎と五月に聞いてくる。
「評論家じゃねーよ・・・まぁ、逆にバジルに並ぶポピュラーなものだよ」
「まぁ、二乃がそれだけで終わらせるとは思いませんけど・・・」
意外かもしれないが鴨肉に果物や柑橘系のソースを合わせるのは定番でもある。しかし、五月の予想通りだ。
「・・・デコポンですか」
二乃が手に取ったのはデコポン。オレンジに比べ甘
味よりも酸味に特化した柑橘類。
「また聞いたことないものをやってくれるな」
おそらくだか、将来の自分の店のためにメニュー開発を行っていくために色々研究をしているのだろう。
「酸味強めだから、バルサミコ酢は・・・でもそれで味が纏まる?うーん・・・逆に・・・」
調理工程はまだ未定なのかニ乃はぶつぶつといいながらソースの作り方を考えている。行き当たりばったりではあるらしい。しかしながら作業の手は止めていない。
「(皮がパリパリになるタイミング・・・)」
フライパンに集中している三玖。焼き上がりのタイミングを逃さないよう真剣に見極めている。
「ここ」
フライパンから取り出し、いい感じに油ものって美味しそうだ。そして、バジルソースをかけて完成だ。しかしそれよりもニ乃の皿が先にサーブされる。
「じゃあ、お先ね」
そう言って提供された料理は鴨肉にデコポンソース・・・ではない、そのまま果肉が乗っている。果肉をシャリに見立てた寿司のような一品だった。
「では、いただきます」
そう言って五月が食べると衝撃が走ったように驚く。
「これは・・・果肉にバルサミコ酢を塗ってますね!酸味はデコポンである分、バルサミコ酢を熱して酸味を飛ばし、甘味だけ残している!」
「ああ、しかも塗った直後にバーナーであぶることによって香ばしさが増している!」
「そ、ちょっと寿司をイメージしたわ。シャリの果肉にネタの鴨肉、そして、わさびの役割をしているのがバルサミコ酢。どうかしら、新しいでしょ?」
得意気に一つ一つ解説していく。確かに今までに見たことのないものだ。
「なんか料理漫画の解説者になってるね、あの二人。あーあ、グルメコメントの仕事入ったときどうしよ、自信なくす」
「うん、おいてけぼり感がすごい・・・か、鴨の香ばしさが凄い!うん、美味しい!」
言葉通り置いていかれる二人。四葉も真似ようとチャレンジするが、抽象的でよくわからなかった。
「じゃあ、次は私」
そう言って出されたのは、正直普通であった。レシピに忠実と言えば聞こえはいいが先ほどのニ乃の品に比べて面白味はかけている。
「ではいただきます」
「(見た目のインパクトは完全にニ乃だが・・・)」
先ほどのやり取りを見た風太郎はそれで終わるとは思っていない。それが的中した。
「バジルだけの清涼感じゃありません!」
「ああ、これは・・・」
「「わさび!!」」
「当たり、バジルだけじゃなくてわさびも入れた日本式のバジルソース」
意外性のある驚きの品を提供する三玖。そのよいリアクションを見たニ乃は横から一口盗る。
「うん、美味しい・・・負けたわ」
そう優しそうに言うがそのあとにすぐムッとした表情になる。
「あーあー、ムカつくわ!負けたの腹立つ!三玖!最後はドルチェよ!これは意地でも負けられないから」
「わかった」
お互いにキッチンに戻り最後の調理を進めていく。
そしてその際に決めたようだ。三玖は自信に満ちた表情でニ乃に言い放つ。
「留学いくよ。私」
「ふーん。行くのね、まぁ、そんな気がしたけど」
「うん、ニ乃にも勝ちたいし、圧倒的に」
「そんな台詞は100年早いわよ」
「うん、でも、頑張るから応援してね」
そう言うとニ乃は彼女の決心を受け止める。
「はいはい。不安も多いけど頑張んなさいよ」
「うん・・・不安もあるから・・・勇気もらおっかな」
「??」
その発言に困惑していたがお互いドルチェづくりを開始した。
そして、料理勝負も終えたのだが、リビングで寝っ転がっている風太郎と一花と四葉。ただ単純い食いすぎだ。そしてその倍近く食べている五月は何事もなく過ごしている。
「まさかあの後にデザート三連戦やるとは思わなかった・・・」
ドルチェの最初の勝負で引き分け・・・そして次もその次も引き分けていた。さらに次に行こうとしたので流石に止めた。
「あー、胃がむかむかする」
「今日晩御飯いらないよー!」
「あー、結構カロリーとっちゃった・・・痩せないと・・・」
デザート合計6品食べたので胃もたれがする。一花もその横で胃薬を飲んでいる。
「飲む?」
「ああ」
「私も!」
そんな光景を見て料理人二人は申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「熱くなった。ごめん」
「私も悪かったわ」
「いや、料理に関しては俺がやってくれって言いだしたことだしな。ありがとな三玖」
「うん。それでねフータロー。私留学行くことにした。だからおねがいがあるの」
「なんだ?」
せっかくの門出だ。出来ることならばしてあげようと思い軽く返事をすると意外なものだった。
「会えなくなるからデートしよ」
「・・・は?」
まさかのお誘いだった。
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