佐天涙子のお姉ちゃん (シーボーギウム)
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プロローグ
邂逅


サテンサンカワイイヤッター


「御坂美琴?」

 

 親友の初春飾利の言葉に、佐天涙子は複雑な表情を見せた。御坂美琴を知らない訳ではない。むしろ良く知っている。この学園都市において最も有名な超能力者だ、知らない方が珍しい。しかし、それと同時に彼女が常盤台中学の生徒であることも有名だ。涙子が気にしているのはそこだった。

 

「えーあそこのお嬢様って低レベルの能力者馬鹿にしてそうなんだよなぁ……私はいいかなぁ……」

「いいじゃないですか!お嬢様!」

 

 如何にお嬢様が素晴らしいかを伝えようと熱弁を始めた親友に涙子は苦笑する。しかし彼女にとってはお嬢様への憧れというものは無く、むしろ高レベル能力者へのコンプレックスが勝る。自身が卑屈な態度を取ってしまうことは容易に想像できる分、会うのは控えたかった。

 

「佐天さんもきっと一度見れば考えが変わりますよ!さぁ、待ち合わせまでもうすぐです!急ぎますよぉ!!」

「え?ちょ待っ、初春!?」

 

 結局、彼女は親友に連れられ、半ば無理矢理に連れて行かれるのだった。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「あ、あははは……」

 

 分かりやすく項垂れる第3位に、涙子は困惑を隠せずにいた。想定通りに出会ったばかりの時に卑屈な態度を取ってしまった彼女だが、かの第3位、御坂美琴にはそれを気にする素振りは無かったのだ。かと思えば、クレープのオマケのキーホルダーを貰えなかっただけでここまで落ち込んでいる。思っていたよりもよっぽど付き合いやすい人物だった。

 

(私はいらないけど……お姉ちゃんは欲しがりそうだからなぁ……)

 

 涙子はポケットの中のキーホルダーに意識を向ける。彼女の姉はこういうよく言えば可愛らしい物が好みだ。しかし忙しい身であるのもあって中々こういうものを集められずにいるのだ。

 

(うーんでもなぁ……)

 

 目の前の御坂があまりにも見ていられない。涙子は善人だ。力なく、弱い存在でありながらそのうちに眠る善性は、この世界でヒーローと呼ばれるに相応しいものを持っている。仮に高位の能力者だったのならさぞ多くの人を救っただろう。

 そして、その善性故に彼女はそのキーホルダーを御坂に渡す事を決意した。

 

「あのー、私ので良ければいりますか?」

「良いの!?」

 

 一言で瞳をキラキラと輝かせる御坂に苦笑を浮かべながら、脳裏に浮かんだ姉の落ち込む様子に涙子は僅かながら罪悪感を覚えた。しかし後悔は無い。これくらいならば許してくれる、ということは彼女が1番良く分かっていたし、自身が溺愛されている自覚からむしろ頭を撫でながらほめられるだろうことまで予想はできていた。

 

「ほんっとうにありがとう!この埋め合わせはいつかするから!」

「いやいや、これぐらいいいですって!」

 

 キーホルダーは涙子にとって無価値なものだったが、無意味なものでは無かったようだ。おかげで彼女は御坂美琴という新たな友人を手にすることができていた。

 

 

 

 

 

 しばらくして、涙子は眼前で繰り広げられる御坂(クリーム納豆クレープから逃れようとする者)白井黒子(ゲテモノで間接キスさせようとする変態)の小競り合いを初春と共に眺めていた。

 

「何かイメージと違いましたね」

「あはは……そうだね、でも……」

 

 本気で嫌そうにしている御坂に憐れみの視線を向けながら彼女は続ける。

 

「私はこんな感じの人で良かったなぁ」

「ふふ、そうですね」

 

 最終的に白井は御坂の電撃で撃沈した。

 

 

 

 

 

「そういえば、あそこの銀行まだ昼間なのに何でシャッター閉じてるんでしょう?」

「あれ?ほん」

 

ドゴォォォォォン!!!

 

「な、なに!?」

 

 突然の爆発音に涙子が困惑していると、銀行から3人の男が出てきた。それを見て即座に反応したのは風紀委員(ジャッジメント)の2人だ。

 白井は即座に男達の逃げ道にテレポートし、初春は自身の持つ端末から警備員(アンチスキル)へと連絡する。

 

 そうして事態がトントン拍子に進む中、広場にいたバスの乗務員と思わしき女性が誰かを探していた。

 

「どうしたんですか!?」

「子供が、男の子が1人いないんです!!」

 

 どうやら先程広場にいた子供達の内の一人が行方不明らしい。初春が捜索の手伝いを申し出ると共に御坂、涙子もその男の子を探す。バスやその周りを探すが、中々見つからない。

 

 そんな中、涙子は銀行を爆発させた男達の一人が男の子を人質にしようとしているのを目にした。すぐさま近くを見回すが、戦力となる存在達は遠くて今から呼ぶのでは間に合いそうにない。

 

「私だって……!」

 

 男の子の下に駆け、強盗に連れ去られないようにその身体を掴む。

 

「てめぇ!邪魔すんな!」

「ダメ!」

 

 涙子は男の子の身体を離さないようにしっかりと掴む。やがて涙子が諦めない事を察したのか、強盗は腹いせに彼女の頭を蹴り、逃走用の車の下へ走っていく。

 その様を見ていた御坂は怒りに思考を支配される。彼女は白井を呼び止め、こちらに突っ込もうとする強盗の車の前に飛び出そうとして、

 

 その前に、凄まじい()がその場に飛来した。

 

(あちゃー……)

 

 その圧の主を察した涙子は痛む頭を押さえながら、その主に視線を向けた。

 涙子と同じ黒い髪をシニョンにまとめ、黒のノースリーブのタートルネックとジーンズに、ジャンパーを肘まで脱いだ、身長168cmの女性がそこにいた。

 

「ちょっと!あんた邪魔よ!」

「……悪いがここは譲ってもらう。私は今、酷く気が立っている」

 

 1度は噛み付いた御坂だったが、彼女のあまりにも重い怒りの気配に思わず一歩下がる。女性はそれを流し目で確認してから、車に目を向けた。

 

「さて……」

 

 瞬間、彼女は凄まじい速度で車に向かって突っ込んだ。そして拳を振り上げ、ボンネットを思い切り殴り付ける。そのあまりの威力に車のフレームが尽く歪み、走行不能の状態に陥った。

 彼女は運転席の扉を腕力で引き剥がし、男の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

 

「まずは私怨を晴らさせてもらおうか」

「は?」

 

 ドゴォ!!と凡そ人間が出してはいけない音と共に男が吹っ飛び、涙子の近くの茂みに突っ込んだ。涙子が見れば、男は鼻血を流しながら気絶している。

 

「救急車を一台」

 

 そう電話に話す女性に、周囲の者は皆呆然としていた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「ちょ、貴女それ傷害罪ですのよ!?」

 

 朱色の髪の少女、白井黒子がそう言って寄ってくる。まぁ予想出来た反応だ。しかし私の暴力には一応私怨とか関係なく正当性があるのだ。

 

「一七七支部の白井黒子だったな」

「え?何故それを?」

 

 首を傾げる彼女に懐から取り出した手帳を見せる。盾のマークが刻まれている。それを見て、彼女と少し遠くにいた初春飾利が驚愕の表情を浮かべた。

 

風紀委員(ジャッジメント)本部風紀委員長直属部隊『懲罰部隊(パニッシュメント)』所属、佐天零子だ」

 

「「えぇぇぇぇ!?!??」」

 

 驚愕の声がその場に響いた。

 

 




妹絶対守るウーマン佐天零子


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始まり


佐天さん最高!佐天さん最高!
オマエ達も佐天さん最高と叫びなさい!!

感想、評価ありがとうございます。


 

 

 己の前世を思い出したのは、齢12の時だ。目の前には自分に抱きつく可愛い妹の涙子。多分その可愛さがトリガーになったと思われる。

 

 俺、いや私は『とある』の世界に転生した。前世では普通の一般人だったはずだが、何故こんなことになったかは知らない。なんなら本来原作に存在しない佐天涙子の姉になった理由も分からない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。この子の未来には危機が多く待ち受けている。勿論自分の知る限り原作では死ぬような怪我等はしていなかったが、だからといってそれを許容できるかと問われればそれは無理だ。

 ならばその危機から遠ざける為に学園都市に行かせないのか、と問われればそれも違う。御坂美琴、白井黒子、初春飾利との関係はこの子にとって必要不可欠なものだと思っている。原作崩壊がどうとかいうのは私の存在の時点で前提が崩れているし、それ関係なくこの子が未来の親友達と会えなくなるのは嫌だった。

 

「ねぇ涙ちゃん、学園都市行きたい?」

「うん!私はすっごいのうりょくしゃになっていっぱい人のやくにたつの!!」

「そっか」

 

 舌足らずながら楽しそうに語る彼女を抱き寄せる。

 覚悟は決まった。この際最早原作など関係ない。とことん介入してこの子を守り通す。それが私の役目だ。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 なんて誓ったってのにぃ!!

 

「涙、無事?怪我は?痛まない?多分冥土返し(ヘブンキャンセラー)なら傷痕残さずに治せると思うから安心だけどできる限り急いで病院に」

「ちょ、お姉ちゃん近い!近いって!!」

 

 涙はそう言って私を押しのけた。え?反抗期かこれ?嘘だろ?心折れそう。涙に拒絶されるとか無理なんだが?は?

 

「ほんとに落ち着いてって!初春達が困惑してるから!」

 

 そう言われて背後に視線を向ける。呆然とする原作での涙の友人達がそこにいた。

 

「すまないがこの子の治療が優先だ」

「え?あ、はい」

 

「いい加減にしろ────ッ!!」

 

 怒られた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんが私のこと心配してくれてるのは分かってるけど!その場での優先順位ってものがあるでしょ!」

「はい……すいません………」

 

 応急手当を終えた涙子に怒られる女性、佐天零子に御坂達は困惑を隠せずにいた。御坂は先程までとはまるで違うその様子に、白井と初春は彼女があの『懲罰部隊(パニッシュメント)』の一員であることにだ。

 

「ねぇ……」

「は、はい?なんでしょうお姉様」

「懲罰部隊ってなんなの?」

 

 一先ず困惑から回復した御坂は至極当然の疑問を白井に投げた。御坂はルームメイトである白井が風紀委員であるために風紀委員についてはある程度知ってはいるが、懲罰部隊というのは聞いたことが無かったのだ。

 

「懲罰部隊というのは風紀委員長直属の部隊ですわ」

「普通の風紀委員と何か違うの?それ?」

「かなり違いますね。普通の風紀委員は決められた区画の治安維持が通常の業務です。場合によっては犯罪者と交戦することはありますが、普通はできる限り戦闘は避ける事を推奨されているんです」

「黒子は?」

「白井さんは異常なだけです」

「初春……?」

 

 白井から伝わる静かな圧を無視しながら初春は続ける。

 

「懲罰部隊は逆に、積極的な戦闘による犯罪の鎮圧(・・・・・・・・・・・・・・)が推奨されているんです」

「何で懲罰部隊だけ?」

「単純に、力を示したというだけだ」

 

 説教が終わったのか、零子が話に口を挟んだ。

 

「想定しうる最悪よりも更に最悪の状況を一人で打破できると認められた存在が懲罰部隊だ。なれるのは委員長含め超能力者を除く各レベル5人だけ。相応の努力と研鑽を積んだからこその地位だ」

「最悪の状況って?」

「対訓練された大能力者10人とか」

「はぁ!?」

 

 御坂は驚愕の声を上げる。初春と白井に関しては最早声も出せずにいた。唯一前から聞いていた涙子は驚いてはいないが、未だに信じきれていない様子だ。

 

「いや、無理でしょ!?」

「私達は実際に試験としてそれを打破した。だからこそ認められてる」

 

 唖然とする御坂を後目に零子は時計を確認する。すると用事がある、といって後の対応を白井達に任せてその場から走り去っていく。

 

「嵐のような人でしたの……」

「ですね……」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「始まったか……」

 

 一人呟きながら目的地に向けて走る。先程のあれはアニメ超電磁砲1期の1話のシーンだろう。

 妹を守る為に風紀委員に入り、懲罰部隊にすら入った私だが、それでもまだ力は足りない。私にとって第一なのは妹が平和に、幸福に過ごすことだが、その為には周りの人間の幸福も必要だ。ならば、できる限り不幸な人間を減らすのが一番の選択。しかしその為にはまだ力が足りない。

 だからこそ、彼女(・・)に会わなければならない。

 

 目の前の扉には、大きな盾のマークが刻まれている。ここは風紀委員本部にして、風紀委員の長がいる部屋だ。それはこの学園都市最大の正義の一角にして、

 

「入るぞ」

「ハローマイハニー♥」

「死ね」

 

 最も深い闇の一角(・・・・・・・・)

 

「さぁ、実験を始めようか♥」

 

 目の前で白い少女が、悪辣に笑った。

 





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厄ネタ


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 くすんだ白い髪と青い瞳、真っ白なセーラー服に身を包み、更にその上から白衣を身にまとった少女。見た目だけで言えば凄まじい美少女だ。そう、見た目だけは(・・・・・・)

 

「酷いなぁ、そんな嫌そうな顔を向けないでくれよ私の実験動物(マイハニー)♥」

「本性出てるぞ」

「別にさっきのもガチだぜ♥?普通に性的にグチャグチャにしたいしされたいし♥」

「内面がクソオブクソのお前なんざお断りだ。抱いて欲しけりゃ完全に私の言いなりになることだな」

「ふーむ、今はまだ無理かなぁ♥でもそのうちお願いするぜっ♥」

 

 甘ったるいその声に嫌悪感を表しながら、私は本題に入った。

 

「で、何故呼んだ?」

お仕事(・・・)♥」

 

 予想していたことの一つだったが、その言葉に表情が歪む。わざわざ呼び出しての仕事だ、風紀委員のもののはずがない。それは死者が出ることと同義だ。

 

「安心しなよ♥最終的に死人は何人か出るけど、いつも通り(・・・・・)君がやるのは研究所とデータの物理的な破壊だけだから♥」

「場所は?」

「送っといた♥」

 

 スマホを確認し、扉に手をかける。できる限り早くこの場から離れたかった。そこで再びあの甘ったるい声が部屋に響いた。

 

「少しくらい、デレてくれてもいいんじゃないかな♥?試しに定理(・・)って呼んでみ♥?」

「……じゃあな木原(・・)

「苗字じゃ意味ないんだけど………」

 

 そんな声が、背後から飛んできた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

 眼前にあるのは、この街ではありきたりな研究施設だ。何をやっているかは知らないが、あの女が持ってきた案件だろうがなかろうが、倫理観がパージしたクソみたいな実験なのはほぼ確実だろう。

 あの女、木原定理が私に渡す案件は、アイツが無駄(・・)と判断した実験に関してのみだ。あいつが木原として司るのは『解析』。実験内容を解析して今後の科学の発展に有用だったり、あいつ自身の実験に役立つものだったりすれば、それがどれだけ非人道的なものでもあいつは私にそれを知らせない。

 

「ちっ……」

 

 そのことに舌打ちしつつ、電子式の扉を素手でこじ開けて中に入る。バキンッ!という音と共に研究施設内に警報がなるが、問題ない。同じく懲罰部隊の一人が外で張っているし、どうせここで逃げれても追跡されて殺されるだけだ。その時にデータを持ち逃げしていたらそのデータも破棄される。

 

「き、貴様はっ!」

「黙ってろ」

 

 腹にヤクザキックを叩き込む。奥の方にいた研究員を巻き込みつつ吹っ飛んだそいつを流し目に、そこらの機械に向けて拳を振り回す。私の能力は大能力者の戦闘装衣(バトルドレス)。大まかな能力の内容はスピンオフの縦ロールちゃんの能力を思い出せば良い。まぁ正確には違うのだが。

 殴り、蹴り、潰す。単純作業を繰り返す。研究員はどうでもいい。徹底的にデータを、設備を破壊し尽くす。少しでも残ればアホが無駄に引き継いで研究を始めかねない。

 

「あらかた破壊し尽くしたかな」

 

 至る所から火花が散り、様々な装置の残骸だらけの施設内で独り言ちる。今更こちらに突っ込んできた、恐らく完全AI化されたパワードスーツに右拳を叩き込んで破壊し、その場を後にしようとして────

 

「ぁ……ぅ……」

 

 そんな声を、能力によって強化された聴覚が捉えた。すぐに声の方へ向かう。電気系統が私のせいでイカれた為か、扉は全て開いている。少し進めば、一番奥の扉から人らしきものが飛び出ていた。

 

「これは……」

 

 小さな女の子だ。真っ白な髪と肌、服は病院の入院着に近い。そして私に気付いてか薄らと開かれたその瞳の色は、真紅。白と赤という、あまりにも見覚えのある二色。実物を見た事のある私から言わせれば、()とは雰囲気がまるで違うが、いくつもの身体的特徴が似過ぎていた。

 私はその少女に触れようとして────

 

「……っ!」

 

 ────バチンッ!と弾かれた。

 見覚えのある現象に、思わず眉間に皺が寄る。その部屋のネームタグが、彼女の正体を物語っていた。

 

「知らんぞこんな厄ネタ………」

 

 Base Accelerator.

 原作にもない完全なる未知が、私の前に姿を現していた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「……美味しい?」

「……」

 

 純白の女の子がごく僅かな動作で頷く。

 

 あの後、一先ず私は彼女を自身の住むマンションに連れて行った。警備員に連れて行けば、彼女は数時間後には行方不明になっているだろうし、木原定理の元に連れて行くのは抵抗がある。

 恐らく、奴はこの子のことを知っていて伏せたのだろう。そしてこうして私がこの子を助けているのも想定内の筈だ。あいつは私の開発担当だ、一方通行の担当だった木原数多が彼の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を完全に把握していたように、木原定理は私のそれを把握している。相変わらず性格が悪い。

 

(どうしたもんかな……)

 

 Base Acceleratorというのがかの第一位のDNAを指しているのは容易に想像がつく。この子は一方通行のDNAを元に作られたのだろう。即ちそれは、この子がこの学園都市においてダイヤモンドですら足下にも届かない莫大な価値を有していることにほかならない。

 

「ん?眠い?」

「……」

 

 彼女がスプーンを持ちながら船を漕ぎ始めた。軽く抱き寄せて膝枕をし、頭を撫でる。そうして彼女を眠らせながら、私は思考の海に沈んでいく。

 

(第一位のDNAという確証は無いけど、必要も無いな……)

 

 仮に違ったとしても、この子の持つ能力は彼と同じく一方通行(アクセラレータ)。それは少し調べただけでも分かった。劣化しているとはいえ、この子はオンリーワンだった筈の能力を持つ、本来存在しないはずの二人目だ。欲しがる組織はいくらでも存在するだろう。特にスクールは気を付けなければならない。懲罰部隊の仲間に頼んで徹底的に情報統制は引いているが、あの金髪キャバ嬢女がいるかぎり安心は出来ない。

 

 この子は狙われる。この子の素性が漏洩すれば、それこそ残骸(レムナント)の騒ぎなぞ比べ物にならない最悪の奪い合いが始まるだろう。

 

「はぁ……厄介なことになった……」

 

 深いため息をつきながら、私はこの子を寝室に連れて行った。

 





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覚悟

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もっと感想くれよぉ……


 

 翌朝、私は彼女に適当な服を着せて某第7学区の病院に来ていた。かの冥土帰しがいる病院だ。個人的に医者は彼以外信用していない。

 

「やぁ、なんだか久しぶりな気がするんだね」

「何年も前の話を掘り返すな……」

 

 私とて、相応の時間を経て大能力者に至ったのだ。今でこそ能力の影響で自然治癒力は跳ね上がっているが、昔からそうだったわけではない。訓練で怪我をしては彼の世話になるというのはよくある話だった。

 

「それで?今回は何をすればいいのかな?」

「この子の身体を調べて欲しい」

「ふむ……何か病気なのかい?」

「造られた、説明はそれで充分か?」

 

 彼の纏う雰囲気が僅かに変わる。顎に手を当て少しの間考え、彼は言葉を続けた。

 

「分かった。少し待っててくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待合室の椅子に座りながら、思考を巡らせる。生活で必要なものに関しては懲罰部隊の後輩をパシって買わせに向かわせているから問題ない。

 

(第二位マジでどうしよう……)

 

 情報統制はしているが、いつまでも隠せるとは考えていない。いずれバレればあの非常識は確実にこちらを襲撃するだろう。断言するが、私では第二位には勝てない。何かしら対抗策を打っていなければ蹂躙されるのは間違いないだろう。

 

(ん……?)

 

 ふと、こちらに向かってくる赤髪赤眼の少年(目が死んでる)が視界に入る。その手には紙袋があった。私がパシった懲罰部隊の後輩だ。制服のワイシャツの上からカーディガンを着た彼の身長は年齢13歳にしてまさかの171cm。歳の割にかなりデカい。

 名を無紙 紅翔(むがみ あかと)。懲罰部隊所属の異能力者(レベル2)だ。

 

「どうした?そんな顔して」

「あんたマジか……」

 

 信じられない、という顔をする彼は紙袋を私に突き付けながら、

 

「中学生男子が!女性モノの下着の店に一人で入る苦悩が分かるか!?どんだけ変な目で見られたと思ってんだコラァ!!」

「いや別に下着まで買ってこいとは言ってないんだが」

「は?」

「私は『女の子用の服とか買ってきてくれ』と言っただけで下着まで買ってこいなんて言ってない」

「……………………」

 

 紅翔がガクッと崩れ落ちる。どうやら勘違いで地獄を見たようだ。ご愁傷さまである。

 

「まぁ、後でなんか奢るよ」

「……………………」

 

 紅翔は真っ白に燃え尽きていた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 項垂れたまま帰った紅翔を見送った後、私は冥土帰しに呼ばれ彼のいる部屋に向かった。

 

「結論から言うと、治療が必要なんだね」

「……まぁ、予想通りだ」

 

 彼女は恐らく妹達(シスターズ)やケミカロイドと似たような存在だ。このまま何もしなければ極端に短い寿命に彼女は殺される。

 

「治せるか」

「僕を誰だと思ってるんだい?」

「……愚問だったな。どれくらいかかる?」

「ふむ……大体夏休みが終わる頃までだね。恐らく彼女を造ったところは設備が整っていなかったんだろう。普通よりは成長のスピードは速かったようだけど、そこまで高速で成長させられたわけではないようだ」

 

 成程と頷きながら、新たな疑問が浮かぶ。その程度の設備も整えられないような組織が、どうやって一方通行のDNAを手に入れたのか、という疑問だ。何かしらの偶然か、後ろに別の組織がいて、そいつらの捨て駒だったのか……

 

「とりあえず、今日から入院だね」

 

 そこで話を終えて、私は彼女の元に向かう。冥土帰しに伝えられた病室の扉を開けば、彼女はベッドに座って外を眺めていた。私に気づいてこちらを向くが、それ以上のアクションは無い。

 彼女はかなり自我が薄い。それこそ妹達なんて目じゃないレベルだ。なんせ今のところ彼女が言葉を発したところを見たところがない。何なら首肯する以外まともな受け答えも無い。

 彼女を例えるなら、真っ白なキャンバスだ。まだ色の無い彼女には自分が自分足り得ると確信できるものを持っていない。その色を持っていない。

 

 だから、私から一つ色をプレゼントすることにした。

 

「ずっとあなたとか、君とかじゃ不便だから名前を考えた」

「…………?」

 

 この子を助けたいというこの正義感は偽物だ。私は木原定理が開発担当になったと同時に、他者を無条件に助けようとする思考回路を植え付けられた。私は上条当麻のように"助けたい"から助けているんじゃない。"助けるべき"と、理由も根拠もなく考えるように精神を開発(・・)されたのだ。

 助けたいという気持ちで私は戦えない。その気持ちで戦えるのは、妹の、涙子のための時だけだ。

 

(だから、これは覚悟だ)

 

 逆に言えば、妹の為なら私は命を賭けられる(・・・・・・・・・・・・・・)。歪な自覚はある。だからこそ私はこの内面が嫌いだ。

 

 嫌いなものを、嫌いなままにしておくのは性にあわない。

 

 故に、私は己自身の内面を真っ直ぐに叩き上げる。その為の布石として、私はこの子を利用するのだ。そして同時に、私が命に代えてでも守る為の名前をこの子に刻み込む。それを、私が本物(・・)に至るための礎にする。

 

「佐天凛子。良ければ、この名を受け取って欲しい」

 

 この子を救うことから、本物(ヒーロー)への道を始めよう。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「クヒ、クヒヒヒヒ……」

 

 その白い怪物から、歪んだ笑みが溢れ出す。

 

「ヒヒ、ヒハハハッ!」

 

「ヒヒャハハハハハハハ────ッ!!!!」

 

 狂声。歪んだ精神、歪んだ思考、その全てが歪み切った怪物(木原)は、己の身体を掻き抱きながら笑い続ける。

 

「七年ッ!長かった!!気の遠くなるような道程!!私の『解析』ですら届かない君の行動!!正義の思考を植え付けなお予測のつかない君は!!遂に私では手に負えない領域へ至るため!!その道を進み始めた!!!」

 

 ここにはいない彼女へ、そんな言葉を紡ぎだす。

 

「私の全てを糧に進むといい!!歓迎しよう!!最早君は私の実験動物などでは無い!!」

 

 天に手を掲げ、怪物は高らかに謳う。

 

「貴女を、愛してる」

 

 その狂気が木原と混ざり合う。歪みに歪んだ愛が、解き放たれた瞬間だった。

 




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幻想御手(レベルアッパー)
引き金(トリガー)



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話もうちょっと長くしたいんだけどなぁ……


虚空爆破(グラビトン)?」

「ああ」

 

 首を傾げる紅翔に資料を見せる。私は先日の下着事件の埋め合わせとして紅翔に飯を奢っていた。因みにかなり高い焼肉屋だ。

 

「飯食ってる時に仕事の話は嫌だなぁ」

「我慢してくれ。これから私は忙しくなるから話すタイミングが無くなると困るんだ」

 

 溜息をつきながら、紅翔は一度箸を置いて資料に目を通す。すると次第に表情が険しくなっていく。私含め、何だかんだ裏がある身の上な私達懲罰部隊の中で、彼は唯一完全に一般人の少年だ。根も善良で、懲罰部隊というよりは白井黒子達の方が精神的には近いだろう。

 

「被害者に風紀委員が多いですね」

「狙いは風紀委員と見てほぼ間違いないだろう。偶然と言うには都合が良すぎる」

「で、おとり捜査でもしろと?犯人の目星はついてるんですか?」

「こいつだ」

 

 もう一枚資料を渡す。介旅初矢という名前がその資料には刻まれている。しかし紅翔の表情は思わしくない。理由はまぁ、

 

「異能力者じゃないですか」

 

 やはりレベルだろう。理由は幻想御手(レベルアッパー)なのだが、まだ問題にもなっていない上に裏付けも無いんじゃ情報は伝えられない。

 その為、別の理由を伝える。

 

「事故現場近くの監視カメラに必ずそいつが写ってる。レベルの件はどういう理屈かは分からないが、犯人じゃないにしろ重要参考人だ」

「なるほどねぇ…………」

 

 しばらく資料を眺めてから、紅翔は再び焼肉に手を付け始めた。

 

「分かりました。こっちで片付けておきます」

「ありがとう。今後もいくつか頼むかもしれない」

「いや、それはユーリカ先輩とか副委員長とか委員長に頼んで下さいよ」

「アイツらは人格に問題がある」

「アンタが言うかそれ……」

 

 あ?こらどういうことだそれ詳しく説明しやがれッ!!

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 翌日。

 

(さて、どうしたもんかなー。犯人君見つけないことには始まんないんだけど……)

 

 紅翔は第7学区を行く宛てもなく彷徨っていた。その腕には風紀委員の腕章が付けられている。

 バンクを見ることが出来れば楽になるが、バンクは覗けない。状況証拠だけでは許可が降りないし、許可無しに覗くにしてもバンクをハッキングできるほどの技術は彼に無いからだ。

 

(これで釣れれば楽なんだけどなぁ……)

 

 腕章を見ながら紅翔ははぁ、とため息をつきながら紅翔は周囲を警戒する。

 余談になるが、彼は光に位置する場所にいる存在だが身に付けた技術はそのほとんどが暗部由来のモノだ。それ故、闇に近いもの程彼の警戒には引っかかりやすい。だが逆に、闇から遠い存在は意図的に特定の人物を探している場合でもなければ、彼は無意識に意識から外れるようにしている。

 結果、

 

「あれ?無紙君何で風紀委員の腕章付けてるんですか?」

「ウェッ!?」

 

 彼は知り合い(初春)を見逃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知りませんでしたよーまさか無紙君が風紀委員だったなんて!」

「ははは……」

 

 乾いた笑いを零しながら、内心紅翔は焦りまくっていた。

 紅翔は初春、更に言えば涙子とも同じ柵川中学の同じクラスだ。彼の学力ならもう少し上を狙えるのだが、零子からの頼みで入学したのだ。

 

『涙の、妹の護衛役やってくれ』

『は?』

 

 何だかんだそれを請け負った紅翔だが、涙子とは関わりをほとんど持っていない。それこそただのクラスメイトのままだ。理由はその方が護衛が楽だからだ。下手に関わりを持つより、関わり無しに少し遠くでいた方が狙う輩も見つけやすいのである。

 

(ヤバいな……確実に初春さん経由でバレるだろこれ……)

「そう言えば何で支部が違うんですか?」

「小学校の時点で別の支部に所属してたからそのままそこに籍を置いてるんだ」

「なるほど、でも遠かったりしないんですか?」

「いや、もう慣れたよ」

 

 ほぼ諦めながら紅翔は適当なシナリオを初春に伝える。

 懲罰部隊は腕章を持っていない。代わりに与えられるのが手帳だ。初春のような一般の風紀委員に与えられる懲罰部隊に関する情報のほとんどはダミーだ。懲罰部隊の主な役割は通常の治安維持ではなく違法な実験、それも普通の手段ではどうやっても知り得ないようなものを止めるというものだ。相手取るのも当然そういった輩になる。だから腕章があるとかえって邪魔になるのだ。

 

「今日はパトロールを?」

「ああ、虚空爆破の件で」

「そういう事ですか……」

 

 紅翔の言葉に、初春の表情が分かりやすく暗くなる。それを見て、紅翔は自分の持つ情報を伝えるべきか悩んだ。彼の持つ情報はまだ公開するべきでない情報だ。状況証拠だけで犯人と決めつけ行動するのは、本来ならよろしくない。懲罰部隊としての経験が犯人は介旅であると紅翔に告げてはいるが、確たる証拠が無いのでは信用が無いのだ。

 

(いや、多少情報を隠しつつ伝えてみるか……)

「初春さん、今回の事件の被害者のデータって支部にあるかな?」

「へ?はい、ありますよ。何なら今から見せましょうか?」

「え?」

 

 初春はゲーム端末をカバンから取り出してそれを操作し始める。「何を……」と疑問を持った紅翔だが、初春に見せられた端末の画面を見て驚愕する。

 

「え?は?待っ、これゲーム端末だよな?」

「そうですよ?」

(いやゲーム端末で風紀委員のデータベースハッキングするなんて無理だろ!?)

 

 どんな技術してんだ!?と驚く彼だが、そこでふと、一つの考えが飛来した。

 

「なぁ、もしかしてバンクとかも見れる?」

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「もしもし、ユーリカ先輩ですか?学舎の園に有名なケーキ店あるじゃないですか、あそこのケーキ全種類、今から送る住所に送って下さい」

『へ?何で唐突に?』

「お願いしますね」

『え?ちょ待っ』

 

 紅翔は電話を一方的に切ると、ビルの上から眼下の高校の校門を見下ろす。そこから、イヤホンと眼鏡を付けた青年がトボトボと出てきた。

 

「ははっ!これは初春さんに足を向けられない……なっ!」

 

 紅翔がビルから跳び降りる。

 

「3番、4番、起動」

『声紋を確認。3番、4番の起動を開始します』

 

 そんな音声と共に、彼の足が足首から黒い装置に包まれていく。下半身全てが黒い装置で包まれたと同時に紅翔は着地した。

 

「3番、4番、停止」

『了解。3番、4番を停止します』

「さて……」

 

 装置が収納されていくのを一瞥しながら、視線の先の介旅を睨みつける。

 

犯罪者(クズ)狩りの始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 介旅初矢は、虚空爆破事件の犯人だ。彼は同級生の不良にイジメられた苛立ちを風紀委員にぶつけて発散していた。

 到底、許される行為ではない。

 

(あれは…………)

 

 しかし今のところ、彼を咎める者はいない。結果、彼は増長し、被害者は増え続けていた。

 そんな彼が、新たなターゲットを見つけた。

 

(無能な風紀委員は全員粛清してやる……!)

 

 それは赤髪の、長身の少年だった。

 






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逆鱗


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日刊ランキング載ったみたいです。まじでありがとうございます。




 紅翔は風紀委員の腕章を身に付けた状態で介旅の周囲をうろついていた。そして、

 

(ビンゴ)

 

 介旅からの見当違いな憎しみの目線を感じて内心ほくそ笑む。適当に、できる限り人通りの少ない場所を選んで歩いていると、

 

「お兄ちゃーん!」

「?」

「これ!眼鏡のお兄ちゃんがお兄ちゃんに渡せって!」

 

 少女が持っているのはカエルのぬいぐるみだ。その意味を理解し、紅翔から表情が消失した。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

『白井さん急いでください!!その先300mの歩道橋です!!』

「分かっていますの!!」

 

 白井黒子は焦燥に駆られていた。虚空爆破事件関連のパトロール中に入った重力子の加速反応、それが再び観測されたという連絡に。

 

(間に合ってくださいまし!これ以上犠牲者を出すわけには……!)

 

「全員伏せろォォォォオ!!!!」

 

 その声に反応して、白井は周囲の人々何人かを保護しつつその場に伏せた。すると次の瞬間、凄まじい爆発が空中に発生した。

 

『白井さん大丈夫ですか!?』

「私は問題ありません!ですが何故か空中で爆発が……!」

 

 白井が即座にテレポートで爆発地点の近くに向かえば、真っ赤な髪で長身の少年がいた。その右手は黒い装甲に包まれている。

 

強襲型(Type Assault)

『了解。機能を変更します』

 

 その黒い装甲が少年の言葉に反応して姿を変える。少年の右手に銃が握られた。赤い光が所々から出ている、ハンドガンに形状が近い銃だ。彼はその銃を何かに向けて狙いを付ける。

 

「待っ」

 

 白井が止めるよりも先に、引き金が引かれた。銃口から赤い閃光が飛び出し、その先にいた眼鏡の青年の右足を貫いた。

 

「ギャァァアア!!?!?」

 

 痛みにのたうち回る青年に、少年は近づいていく。その異様な雰囲気に、白井は止めねばと飛び出そうとして、足が止まった。

 その表情に浮かぶ強い怒りに、呼吸を止めた。

 

「痛い!痛い!何するんだよ!!僕が、僕が何をしたんだよ!!?」

「自分の罪を理解しているか」

 

 青年の様子などどうでもいいと言うかのように、少年が問う。しかし青年は痛みでまともに言葉が聞こえていない。しかし、

 

「クソ!クソ!いつもこうだ!力で上からねじ伏せ」

「自分の罪を、理解しているか」

「ヒッ……!」

 

 重く、深い怒気の孕んだ声が、青年から痛みを忘れさせた。

 

「自分の罪を理解しているか」

「何……を……」

「ああそうか、予想以上に救いようがない」

 

 ゴッ!と少年が青年の腹に蹴りを入れる。軽い動作で放たれたそれは、しかし青年を数メートル吹き飛ばす程の威力を持っていた。

 白井はそこで漸く気を持ち直し、追撃しようとする少年の肩を掴んだ。

 

「お待ちなさい!やりすぎですわ、虚空爆破事件の犯人なのだろうということは分かりますがこれ以上は……!」

「私刑になる、か?」

「そうですわ。怒りは分かりま」

「だから何だ?」

「え?」

 

 少年は白井の手を振り払って青年に近付いていく。青年は痛みと苛立ちに顔を歪ませていた。

 

「クソ!クソ!クソクソクソクソォ!!!お前らだ!お前ら風紀委員のせいだ!!お前らみたいに力を持ったやつが悪いんだ!!」

「で?」

「は?」

「それがどうした?それがどうして風紀委員に危害を加える理由になるんだ?それが!どうして!何の関係もないただの女の子を巻き込む理由になる!!言ってみろォ!!」

 

 青年の胸倉を掴み、引き寄せる。

 

「てめぇの行動には何ら正当性は無ぇ!力を持つのが悪い?抜かせクズが!悪いのは力じゃない!その使い方だ!!」

「うるさい!!お前みたいな高位の能力者に僕の何が分かるんだ!!」

「はっ!残念だったな、俺は異能力者(レベル2)だよ」

 

 侮蔑の籠った言葉に、青年は言葉を失った。

 

「力が能力だけとでも思ってんのか?馬鹿かよ、人間の持つ最も強い力は知恵だ!力で上からねじ伏せられる?知恵を使えよ、警備員に通報する、風紀委員に通報する、何かしら方法はあるだろうが!それもせずに、馬鹿みてぇな逆恨みで被害者を出し!いざ捕まれば自分は悪くない?ふざけてんじゃねぇぞ!!」

 

 呆然とした様子の青年に、少年は続ける。

 

「あまつさえ、お前はその逆恨みの対象である風紀委員ですらない!ただの女の子を殺そうとした!立派な殺人未遂だ!良かったなクソ野郎、お前はもう力でねじ伏せられない。そんなことするまでもなく、これから数十年暗い檻の中で臭い飯食って生きていくことになるからな!!」

 

 少年は、紅翔は胸倉から手を離し、青年を放る。呆然としたまま崩れ落ちる青年を睨みつけてから、彼は携帯を手に取った。

 その手に、白井は手錠をかけた。

 

「……何してる」

「やはり、やりすぎですわ。貴方の言い分には、同意致します。ですがその前の暴力は必要なかった。となれば同じ風紀委員だとしても拘束するのは不思議では無いでしょう?一通り警備員の対応等が終わったら、私の支部に来てもらいますの。良いですわね?」

「………………はぁ……分かったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば貴方、初春のクラスメイトの方だったりします?」

「初春さんから聞いてたのか」

「ええ」

 

 そんな返しの紅翔に、白井は僅かな違和感を覚えた。

 

(随分と落ち着いている。先程人の足をぶち抜いたばかりとは思えませんわね)

「よろしければ、どういった能力か教えてくださいませんか?介旅の足を撃ったレーザー、あれが能力なのでしょう?」

「そうだな、正解だ」

 

 そう言って紅翔は左手の人差し指を立てる。すると指先に赤色の光球が現れた。しかしそれはフラフラと揺らめき、形状も不安定だ。

 

「それは……」

「『原子崩し(メルトダウナー)』聞いたことがあるかもしれないな。第四位の能力の劣化だ」

「第四位の……」

 

 思わぬビッグネームに驚く白井に向けて、紅翔はその光球からレーザーを飛ばす。それに身構えた白井だったが、レーザーは1mも飛ばずに霧散するように消えた。

 

「第四位なら今のであんたの……白井だったか?」

「はい、白井黒子ですわ」

「今ので白井の心臓ぶち抜いてただろうな」

「先程はもっと威力があったようですが」

「あれは装置で能力行使を補助してるからだな」

 

 1番、起動。紅翔がそう言えば、彼の右腕が黒い装置に包まれた。

 

「携帯式能力補助用駆動鎧『竜骨子(ドラグーン)』。俺専用の駆動鎧(パワードスーツ)だ」

「一介の風紀委員に与えられる武装としては行き過ぎですの」

「そりゃ一介の風紀委員じゃないからな」

「へ?」

 

 言葉と共に、紅翔は懐から手帳を取り出し、白井に見せた。その役職を見て白井は驚愕に目を剥いた。

 

「懲罰部隊……」

「そういうこと」

「呆れた、風紀委員のトップが不必要に暴力を加えたということではありませんか……」

「返す言葉もございません……」

 

 呆れと同時に、白井にはどこか腑に落ちるものがあった。普段荒事に首を突っ込むことの多い自分よりも、更に荒事ばかりであろう彼ならば、この落ち着きようにも納得がいった。しかし、危うさも感じていた。初春と同い年ということはまだ13歳。その歳で人体を貫いてから1時間も経たないうちにここまで普通にしているという事実に、白井はゾッとしたものが背筋に走るのを感じた。

 

「と、出来れば初春さんには俺か懲罰部隊だってことは伝えないでほしい」

「構いませんが、何故?」

「涙子さんにバレると困る」

「涙子、佐天さんのことですわね……?」

 

 疑問符を浮かべる白井に紅翔は零子から頼まれた護衛の話を全て伝えた。

 説明を終えると、微妙な表情の白井が呆れ顔で呟いた。

 

「過保護すぎますの……」

「ハハハ……」

 

 内心完全に同意しながら2人は彼等は支部を目指して歩く。

 先輩のせいで苦労している、という点で二人には通じるものがあったようだ。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 目の前のビルを見て、思わずため息をつく。手を繋いでいる凛子がそんな私を見て首を傾げているのが非常に可愛らしいが、それですら私の精神状態は回復しない程にうんざりしていた。

 理由はこれから会う相手のせいである。

 

「懲罰部隊所属の佐天零子と、1501室の人間に伝えてくれ」

「少々お待ちください」

 

 今から会う相手はこのビルの最上階、スイートルームにいる。確認が取れたようで、エントランスの係員にエレベーターに案内された。

 

「ごめんね、少し怖い思いをするかもしれない」

「……?」

 

 ぶっちゃけめちゃくちゃ不本意だが、ここで交渉しておいた方が後々には安全だ。

 エレベーターが最上階に到達し、扉が開いた。この階は本来二部屋だ。だが、相手は所有権を持っている為か壁をぶち抜いてこのフロアを丸々一つの部屋にしている。

 そのため、エレベーターを降りればすぐ目の前に()がいた。

 

「よぉ、てめぇから俺と話したいなんて言い出すとはな。下らねぇことじゃねぇだろうな?」

「安心しろ、私も不本意だ。交渉の価値があるかないかは自分で判断するんだな、」

 

 茶髪の、ホストのような様相の青年。完全に存在しない素粒子を操る、学園都市二番目の規格外。

 

第二位(・・・)

 

 垣根帝督(・・・・)

 この街最高の非常識が、今回の交渉相手だ。

 

 





零子が垣根と会っている頃の初春。

初春「はわわわわわわ!!」
涙子「どうした初春!?」
初春「さ、さささ佐天さん!!見てください!!あのお店のケーキが全種類届いてるんです!!」
涙子「なんだそんなことか……」


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宵闇


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日刊3位!?




 第二位。それは凛子を守ろうとする上で最も大きな障害だ。原作での彼の一方通行への執着はかなりのもの。それがそのまま凛子に向かうとなれば、如何に厄介か分かるだろう。

 

「まずはあの金髪女を席から外せ」

「はっ!随分嫌われたな心理定規(メジャーハート)

「私何かしちゃったかしら?」

「それも思い出せないような脳は不便だろ?頭ごと潰してやろうか?」

「冗談よ、そんなピリピリしないでちょうだい」

 

 軽口を叩きながらクソ女が部屋から出ていく。そうして金髪女がいなくなったのを確認してから、垣根が切り出した。

 

「それで?用件はなんだ?」

「その前にこの子の情報は得ているか?」

「あ?」

 

 凛子を指してそう聞けば、垣根は眉をひそめた。なるほど、まだ知らないらしい。それを安堵しつつ、これからこいつにわざわざ伝えないといけない、ということに嘆息した。隣に座る凛子の手を強く握る。

 

「ユーリカは優秀だな」

「何の話だ……」

「この子は、一方通行のDNAから造られた人間だ」

「っ!?」

 

 驚愕のあまりに垣根が立ち上がった。鋭い目付きで凛子をマジマジと見つめている。それに怯えるように凛子は私の後ろに隠れた。それを咎めれば、垣根は手のひらで顔を押さえながらクツクツと笑い始めた。

 

「は、ははは!本当にてめぇのとこのオペレーターは有能らしいな!」

 

 交渉の内容を察したのか、垣根は途端に機嫌が良くなる。その顔には獰猛な笑みが張り付いていた。これだけ機嫌が良ければ多少条件足しても問題無さそうだ。

 私が交渉に来た理由、それは一方通行の能力データを取るためにこの子の力を貸す、ということ。無理矢理奪いに来るなら、安全のために条件を付けて無理矢理奪う必要性を無くせばいい。

 

「で?条件はなんだ」

「この子が怪我するようなことはしないこと、この子が嫌がる事はしないこと、何か実験を行う際には木原定理を除く懲罰部隊のメンバーを必ず1人以上同伴させること、非人道的実験は行わないこと、取れたデータはこちらにも共有すること」

「多いな。が、まぁ良い。それぐらいでこれ以上無い第一位のデータが手に入るなら喜んでのんでやる」

「そうか、交渉成立だな」

 

 立ち上がってエレベーターの方に向かう。出来るだけ早くこの場から離れたかった。しかし垣根に呼び止められたために足を止める。露骨に嫌なことを表情に出すが、垣根は気にすることなく話を続けた。非常識野郎め。

 

「いつからだ?」

「一週間後だ。一週間後にこの子の一通りの延命治療が終わる。それからだ」

「そうか、なら一週間後そのガキをここに連れてこい。できる限り早くデータが取りてぇからな」

「……分かった……ああ、それと」

 

 凛子の手を握ってエレベーターに乗る寸前で、立ち止まり、もう一つの条件を伝える。

 

「それぐらいなら構わねぇ」

「そうか」

 

 今度こそエレベーターに乗って部屋から離れる。気分は落ちたままだった。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「嫌われすぎだろ」

「まぁ理解できなくはないけどね」

 

 『心理定規を凛子に近付けるな』それが零子が最後に付け加えた条件だ。

 

「そう言えば詳しく知らねぇな。何やったんだお前」

「簡単よ。地雷踏んじゃったの」

 

 佐天零子にとって最も大切な存在、その心理的距離に、心理定規は自身を置いた。

 結果として、その時心理定規は死にかけた。まだ強能力者(レベル3)だった零子を、まだ懲罰部隊ではなかった零子のレベルを引き上げ、この街最強の大能力者として覚醒させた。

 その説明を聞いて、垣根は首を傾げる。

 

「だとしても、何であいつはお前に攻撃出来た?普通無理だろ」

「さぁね?レベルが上がった瞬間能力が強引に解除された(・・・・・・・・・・・)のよ」

「…………」

 

 心理定規の言葉に疑問を持ち、思考を巡らせようとした垣根だったが、すぐに中断してソファに深く座り込んだ。

 

「まぁ、あの女のことはとりあえずどうでもいいか」

 

 そうやって、軽く片付けた。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

幻想御手(レベルアッパー)ねぇ……」

 

 夜の学園都市。バッチリ門限を破っている御坂はコンビニで都市伝説についてまとめられた雑誌を手に取っていた。目に付いたのはその都市伝説の一つ、幻想御手についてだ。

 

(佐天さんが好きそうな話題ね……)

 

 姿形何も分からないが、使えばレベルの上がる不思議な代物。学園都市の生徒であれば欲しがる者は多いだろうが、御坂には興味よりも忌避感の方が強かった。

 興が削がれたのか、御坂は雑誌を閉じてコンビニを出る。そうしてしばらく歩いていると、

 

「よぉよぉ君可愛いね〜」

「ちょっとお兄さん達と遊ぼうぜ〜」

 

 ニタニタと、下心が透けて見える男達三人に囲まれた。またか、とため息をつき、撃退しようと演算を始めようとして、

 

「フハハハハハハ!!!」

 

 そんな謎の高笑いに意識がズレた。彼女の周りの不良達も同様に声の方を向けば、坂の上の方で仁王立ちする少女がいた。

 黒い髪をショートカットにし、右目には医療用の眼帯を付け、黒いセーラー服とパーカーに身を包み、身体の至る所に包帯を巻き付けた少女だ。

 

 先に言っておこう。彼女は厨二病である。自身の黒歴史を刺激されたくない方はブラウザバックだ。

 

「我が名はナハト!!宵闇と正義の悪魔!!そこな娘の助けの声を聞き、ここに降臨した!!」

「いや、助け呼んでないけど……」

「無理をする必要はない!私は助けを求める者の心の声が聞こえる!!」

読心能力(テレパス)?」

「いや発火能力(パイロキネシス)だ!!」

「違うじゃないのよ!?」

 

 御坂に突っ込まれてなお、ナハトは威風堂々としか言いようのない態度をやめない。不良達はそんな彼女を馬鹿にしたように絡みに行く。

 

「おいおい邪魔すんなよ」

「何だぁ?お前が相手してくれんのか?」

 

 いやらしい笑みを浮かべる彼等の言葉に、ナハトはニコリと笑う。

 

「お前らのような不良の相手ならそこの娘よりも私の方が適任だろう」

 

 そう言ったと同時に、ナハトがその場から掻き消えた。

 

「ごっ!?」

「フハハ!!遅い!!」

 

 次の瞬間には、ナハトは不良の一人に蹴りを叩き込んでいた。仲間が悲鳴を上げたことで残りの2人はようやくそれに気が付く。

 

「なっ!」

「てめっ!」

 

 残った不良達がナハトに向けて拳を振るうが、しかし彼女はその場で高く跳び上がって容易く回避した。

 

「はぁっ!!」

 

 ボンッ!!そんな爆発音と共にナハトの足が空中で加速し、不良の一人の背中に直撃する。そのまま倒れた不良の背中に着地した彼女を狙ってもう1人が拳を構えるが、放つよりも先に彼女の膝がその不良の腹に突き刺さった。

 

「フハハハハハ!!!その程度の実力でこのナハトを倒そうなど笑止千万!!鍛え直してくるのだな!!では娘よ、さらばだ!!」

「えぇ……」

 

 再びボンッ!と爆発音を響かせナハトはその場から去っていく。御坂は彼女の思わぬ実力に困惑していた。

 

(この街で頭のおかしな奴は皆強いのかしら……)

 

 そう考える彼女の頭には白井(変態)が浮かんでいた。

 

 





ナハトちゃんは実力の伴った厨二病。

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