ソードアート・オンライン-青き少女の証明- (海色 桜斗)
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序章「Sword Land」
第一話「Re;start」


※この作品はサチ生存√を作者なりの曲解で描いた物語です。尺としてはSAO編のみとなります(※中盤からホロウ・フラグメント編に酷似した内容になっていきます。)。ご了承ください。
~その他注意事項~
※サチの相棒的な立ち位置でフィリアを出しています。原作と比べて性格がかなり違います。フィリア推しの方はそれを覚悟のうえでご覧ください。
※原作で死んだはずのキャラが生存したり、逆に生存してたはずのキャラが死んだりします(ネタバレになるので詳しくは書きませんが)。
※ほぼ全てのSAOキャラを出演させる予定ですが、都合によりアリシゼーション編キャラは出ません。ユージオ、アリス推しの方は何卒寛大な御心でご了承ください。
※最後に、MORE DEBAN組ですが・・・・・・君らだけがMORE DEBANだと思うなよ?原作SAOで死んでったキャラが一番MORE DEBANじゃぁぁぁぁぁぁっ!特にサチッ!!中の人が早見沙織さんなのにあの最期は滅茶苦茶もったいなさすぎるだろ、大体)ry

出来れば、こっちも読んでね↓
https://syosetu.org/novel/235731/



2024年12月20日 9:30 ???

 

「そっちに逃げたぞ!全員、総攻撃開始!」

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」

 

逃亡を始めたエネミーに対して、その場に群がる全プレイヤーが追跡し、集中攻撃を開始する。ここで逃せば次はいつ出会えるかわからない。そうすれば今までの努力も水の泡である。ならば、そうさせないのが撃破するためのコツである。

 

「うぉりゃあっ!」

 

「ギィィィィ・・・・・・!!」

 

プレイヤー達の中の一人が飛び上がり、上空から一撃。その瞬間、そのエネミーのHPゲージの横に雷が描かれたアイコンが表示される。作戦通り、これは状態異常の麻痺だ。これで一定時間の間、エネミーを一定の場所に固定しておけるという、まさに動きまわる標的にはもってこいの状態異常だ。

 

「いよぉっし、相手の腹ががら空きになったぜ!やっちまえ、キリト!」

 

「あぁ、任せろ!」

 

身動きを止められ、弱点部位を曝け出したエネミーに、プレイヤーの集団の中から一人の黒づくめの青年が果敢に突進していく。そして、徐々に距離を詰めていき、まさにエネミーの腹部が眼前に迫った時、彼の十八番ともいえるSS《ソードスキル》が発動された。

 

「スターバースト・・・・・・ストリーム!!」

 

瞬間、彼の二振りの剣から繰り出される無数の剣舞がエネミーを襲った。標的の鎌を砕き、弱点を守っていた殻を破り、3つある頭の内の2つを切断し、最後の一撃を弱点部位である腹部に向かって思いっきり叩き込んだ。

 

「ギガァァァァァァァァァ・・・・・・!?」

 

エネミーは断末魔をあげ、その姿を霧散させた。そして、空中にはQuest Complete!!の文字が浮かび上がり、その場にいたプレイヤー全員から大きな歓声が次々と上がる。

 

「うぉぉぉぉぉっ、やったぜ、キリト!これでひと段落だ!」

 

「ふふっ、毎度毎度いいところばかり持って行けるなんて。流石、有名人は待遇が違うわね」

 

「やりました~!いや~、私的に物凄くギリギリの戦いだったっす~」

 

「う~ん、これはボクも俄然負けてられなくなってきたね~。次は負けないよ、キリト」

 

「わぁぁ!流石、お兄ちゃ・・・・・・げふんげふん。流石、キリト君!」

 

そして、エネミーを見事撃破したその青年の周囲に次々と集まってくる仲間達。しかし、これ程に信頼度が高いということは同じギルド内の仲間だからだろうか、だが答えは否である。彼等は、所属ギルドは皆違えど同じ目的や志を持って集まった仲間達。キリトと言う小柄な青年の持つ何かに魅力を感じ、手を差し伸べてきてくれた仲間達。故に、ネットの世界だけでの知り合いという曖昧な友情等で繋がっているわけではない為に、こんなにもお互いを真の意味で信頼しあえるのである。そして、今日この場所で同じ目的を持った新たな仲間が待っていたのである。

 

「えっと・・・・・・確かこの辺りにいるって言ってたはずなんだけどな」

 

「・・・・・・」

 

「おっ、あそこの丘の上にいるプレイヤーがそうなんじゃねぇか、キリト」

 

「そ、そうかな?」

 

「おいおい、馬鹿言えよキリト。前に共闘したことのある女の子を見分けることくらいお前なら楽勝だろうよぉ?」

 

「クラインこそ、そう言う言い方やめろよな。俺はナンパ師じゃないだぞ」

 

彼は、クラインと呼んだ男に苦笑いを浮かべてそう言うと、真っ直ぐそのプレイヤーの立っている丘の上まで登っていった。そして、彼が丘の上まで上り詰めた時、彼女はゆっくりと彼の方へ振り向き、口を開いた。

 

「・・・・・・もぅ、少し遅かったよ、キリト」

 

「ご、ごめんな。途中でクエストモンスターと遭遇したからさ。どうしても見逃せなくて」

 

私的用事に夢中になってしまって申し訳ない、と言わんばかりの彼の表情を見て、彼女はしょうがないなぁ、と微笑みながら溜息をつく。だが、彼女のそんな仕草から、今回ばかりは特別彼の事を咎めるようなことはしないという優しさが見えた。

 

「ん~、じゃあ少し遅れた罰として、そのモンスターがドロップしたもの私にも頂戴?」

 

「う・・・・・・別にいいけど片手剣没収だけは勘弁してくれよ?」

 

「あははっ、罰って言っても流石にそんな意地悪しないよぉ。それに私が使ってるのは槍だし、そんなことしたら宝の持ち腐れになっちゃう」

 

彼女の悪戯っ子っぽい笑みが、青年の必死の交渉を見て元の優しげな笑みへと変わる。彼女の青色の髪が風に揺れる。そして、彼はようやく彼女の名前を口にした。

 

「久しぶり、サチ。中々会うことできなくてごめんな」

 

「別にいいよ、キリトだって普段は攻略組の仕事で忙しいんだから。でも、もうそんな不便ともお別れ。これからは一緒に同じ小隊の仲間だよ、頑張ろうねキリト」

 

「あぁ、またよろしく頼む、サチ」

 

彼と彼女がお互い向かい合い、手を握り合う。こうして、長くも短い年月をかけて果たされなかった彼と彼女の再会がこの時、果たされたのであった。そう、これは数奇な出会いをした青年と少女がオンラインゲームの世界で巻き起こった、とある事件を解決に導くまでの冒険譚である。

 

 

――遡ること2年前。この地獄とも言える恐怖のデス・ゲームの全てはそこから始まった。

 

 

2022年11月08日 16:00 《アインクラッド》第一層 始まりの街・広場

 

 

「繰り返す。諸君らのストレージからログアウトボタンが消失しているのは、不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である」

 

SAOが正式なサービスを開始したその日の夕刻。全フィールド上から、広場へ強制転移されたプレイヤー達がゲーム開発者の茅場晶彦を名乗るアバターに言い渡されたのは、紛れもない死刑宣告そのものだった。しかし、それだけでは終わらず、茅場を名乗るアバターは更にプレイヤー達に残酷な現実を叩きつけた。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすれば良い。ただし、十分に留意してもらいたい。今後、蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」

 

この仮想空間での死=現実世界での死である事を告げられたプレイヤー達はあまりに突然の出来事に混乱して状況が整理できずにただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

「嘘・・・・・・だろ・・・・・・!?」

 

「そんな・・・・・・!」

 

「有り得ねぇ・・・・・・マジかよ・・・・・・!?」

 

そんな中、細身の青年を中心とした5人のプレイヤーのグループがいた。彼等は同じ学校の部活仲間で揃ってSAOにアクセスしていたのである。そう、後のギルド《月夜の黒猫団》のメンバー、ケイタ、ササマル、ダッカー、サチ、テツオだった。

 

「それでは最後に、諸君らのアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ」

 

茅場のその言葉を受け、彼等を含む全プレイヤーが自身のアイテムストレージからプレゼント、手鏡を取り出す。そして、彼等がそれを覗き込んだ瞬間、その場にいる全プレイヤーが光に包まれ、光が収まるとプレイヤー達は元の自身で設定したアバターの容姿ではなく、現実世界での自身の容姿へと変貌していたのである。

 

「これにてこのゲームにおけるチュートリアルは終了だ。では、諸君らの健闘を祈る」

 

全員の姿が変わったのを確認した茅場は、そんな言葉だけを残してこの空間から姿を消した。その瞬間、今まで聞いていた非現実的なチュートリアルが全て本当のことだと悟ったプレイヤー達の反応は様々だった。ある者は事の恐怖にその場から立ち去り、ある者は地面に座り込んで叫び声をあげ、ある者は怒号をあげ抗議の意を示した。そんな混乱の最中、彼等《月夜の黒猫団》メンバー達はやっとの思いで押し寄せる人ごみから逃れ、始まりの街の正門前にたどり着いた。

 

「や、やっと人の波からは解放されたけど・・・・・・ログアウト出来ないだって!?」

 

「ほ、ほんとだ。システムメニューからログアウトだけ消えてる・・・・・・!」

 

「じゃ、じゃあ本当に100層のボスを倒すまでゲームを終了できないってことか、冗談じゃないぜ!?」

 

「βテスターに選ばれた僕の知り合いが言ってたけど、βテスト時でも各層ごとのボスがかなり強いみたいだ。それを100層までとなると到底無理な話だ・・・・・・!!」

 

ケイタ、ササマル、ダッカー、テツオの四人はこの言い逃れようのない事実に頭を抱え込み、またサチもそんなプレッシャーに押しつぶされ、ただ迫り来る恐怖に怯えるしかなかった。

 

「あっははははは、男四人集まってるっていうのに、馬鹿みたいに突っ立ってることしか出来ない訳?」

 

突如、頭上から降ってきた声に反応しその場にいる全員が上を見上げる。すると、転移門のある高台の上で彼らを見下ろしている女性がいた。そして、そのまま女性は高台から飛び降りると彼らのすぐ目の前までやって来た。

 

「お、お前は・・・・・・!」

 

「あーあー、オンラインゲームの中で実名出すの禁止ねー。にしても全然やっていける気がしない感じじゃない、ケイタ達。これじゃあ、サチの事任せておくなんて無理な話ね」

 

「フィリア・・・・・・!」

 

行く手に立ちふさがるケイタを退かして、サチの呼びかけに答えるかのように彼女に手を振り、彼女の前に歩み寄ると再び口を開いた。

 

「ね、サチ。ケイタ達の事ほっといて私とゲームの攻略、目指さない?」

 

「げ、ゲームの攻略・・・・・・!?」

 

フィリアの口から出た言葉はサチにとっては衝撃を受ける言葉だった。攻略ということはつまり、自分がフィリアと組んで、全プレイヤー達の絶対目標である100層制覇を目指すという事。だが、それは今の自分には無理だ。仮にここで勇気を振り絞って誘いに応じたとしても、今の自分より少しマシにはなるが、結局戦闘に関しては足手まといになるだけだろうとそう思えた。

 

「お、おい!俺達の許可なしに勝手に――」

 

「はぁ?私はサチだけを誘ってるのよ、そもそもアンタ達の許可なんて必要ないでしょ」

 

「いや、関係あるね。俺達はこれからこの5人でギルドを作る。だから、その前にメンバーを引き抜かれるわけには行かないからな」

 

「そんなまだ設立してもいないギルドの話をしたって仕方ないでしょ。勝手にリーダー振ってんじゃないわよ、ヘタレバカ」

 

再び目の前でケイタとフィリアのひと悶着が始まる。現実の世界でもこの二人はこんな感じである。遭遇するたびに毎回こうやって口論をする、それも主にサチ絡みの話だ。どちらも互いにメンバーの中で気の弱いサチに変な思いをさせないためのお節介として言い合っているのだから否定しようにも真っ向からの否定ができない事態に陥ってしまっているのである。

 

「ケイタ、少し落ち着けって。こういう混乱でただでさえ冷静さを失ってるのに、これ以上欠いてしまったら色々問題になってしまうぞ」

 

「そうだぜ、ケイタ。馬鹿みたいにあたふたし過ぎた俺らが悪いんだから落ち着いてくれ」

 

テツオとダッカーが左右からケイタを押さえつけて必死になだめる。その様子を見たフィリアはヒートアップしてしまった自分を深呼吸で落ち着かせ、改めてサチに、向き直った。

 

「で、どうする?行く、行かない?」

 

「ちょっと行きたい気もする。でも、私じゃ足手まといになっちゃうし、途中で私のせいで他の人が倒されちゃったら怖いし、自分が死ぬのも・・・・・・怖い」

 

「そっか。じゃあ、ちょっと気分転換も兼ねてフィールドに出てみる?」

 

「えっ?で、でもモンスターに遭遇したりしたら――」

 

「大丈夫、大丈夫。モンスターがリポップされてこない安全圏にいれば接触してこないよ。さ、まずは試しに行ってみよう!」

 

そんなフィリアの言葉を信じてか、サチはフィリアに手を引かれるがままに始まりの街周辺のフィールドへと向かっていったのだった。

 

「俺等、さっきから放置されっぱなしだな・・・・・・」

 

「でも仕方ないだろ、フィリアだし」

 

「まぁ、仕方ないといえば仕方ないね。お陰で冷静さ取り戻せた分もあるし」

 

「・・・・・・認めない、からな」

 

フィリアに言われた通り、終始何も出来ていない男達はある種の諦観を覚えて、フィリアに引きづられていったサチを素直に見送る事に徹したのだった。ケイタ以外は。

 

 

2022年11月08日18:20 《アインクラッド》第一層 始まりの街・周辺フィールド

 

 

「ほら、サチ。早く、早くぅ~」

 

「ま、待ってよ、フィリア~」

 

上手く敵の目を掻い潜って先に進んでいくフィリアに対し、サチは慎重に歩を進めながら間一髪のところで敵を回避しつつフィリアの後に続いた。

 

「はーい、安全圏に到着~!」

 

「もぅ、いつも強引なんだから」

 

「いいじゃん、いいじゃん。無事切り抜けてこられたんだから問題無し!」

 

間一髪とは言え危険な目に合わされたサチはフィリアに不満を漏らした。だが、当の本人は全く反省していない様子で、その顔に笑みを浮かべていた。

 

「で、どう?ここまで来てみて」

 

「どうって言われても、凄く怖かったとしか・・・・・・」

 

「うわっ、これはかなり重症だ。ヘタレ共の癖でも移ったかな」

 

サチ本人は思ったままの本心で答えたが、親友から返ってきたのは辛辣な言葉だった。そんな事はない。そう思ったサチは、目の前の親友にその事をありのままぶつけた。

 

「ち、違う!ケイタ達は、何も悪くない!私が、私が弱いから・・・・・・」

 

「そうかな、私はどちらかと言ったらサチはアイツらと違って強くなれる気がするけど?」

 

「えっ・・・・・・?」

 

このゲームの世界に入ってから、確かに色々なプレイヤーに話しかけられはした。しかし、サチ自身、そこまで言われたことはなかった。それもそうだ。自分はデスゲームだと知る前から、徘徊するモンスターとの戦闘においては消極的だったからだ。しかし、目の前の親友はそれは違う、と言う。では一体、何が違うというのか?

 

「実は私もね、正直言うとあんなこと言われた後で戦うの、ホントは怖いんだ」

 

「でも、実際問題このゲームから脱出するには攻略していくしかない。そう思って、必死に奮い立たせてるだけでさ、他の事考えてる余裕ないんだ」

 

先程までに自身で溢れているような彼女を見ていたサチは、それを聞いて驚いた。現実でも私を引っ張っていってくれる彼女がそこまで怯えているなんて。自分はそんな事気づけなかった、と。

 

「だけどね、私はこのゲーム内にサチがいたってことが分かって、ホッとしたんだ」

 

「私が、何で・・・・・・?」

 

「何でだろーね。でも、まぁ、一つだけ分かってることはある」

 

「現実世界でも此処でも、私がサチを助けてるようで、実はサチの存在にずっと助けられてるって事。へへっ、見っとも無い親友でごめんね」

 

そんな親友の言葉にサチの心は激しく揺れ動かされた。思えば、これが全てのきっかけ。ずっと何かに怯えていた私が、自信を持って戦いに身を投じていくことになる、最初の重要なトリガーだった。

 

「ううん、そんなことないよ、フィリア。私だってそうだもん、貴方にいつも助けられてる」

 

「お、漸くサチのその笑顔が見れた。癒されるね、大聖母のようだね」

 

「っ・・・・・・もぅ、やめてよぉ」

 

サチは照れて、下を向く。そして、その時感じたのは不思議な感覚だった。今まで自分を覆っていた不安の塊は何処かへ消し飛び、ほんの少しだが勇気が湧いてきた。うん、今の調子なら弱いモンスターであれば自分でも立ち向かえる・・・・・・かも。

 

「それにさ、ほら。この世界の事実を知って尚、向かい合おうとしてる人もいるみたいだよ」

 

その言葉に倣って、サチは親友の指差した方角に視線を向ける。すると、その先には次々と襲い掛かってくるモンスターを数秒もかからぬ内に切り捨てていく一人の少年の姿があった。

 

「凄い・・・・・・まだ始まって間もないのに、あんな数のモンスター相手に少しも怯まないなんて」

 

「もしかしたら彼、βテスターなのかもね。まぁ、それ以前に元々別格なのかも」

 

恐らく、彼が目指しているのは、この先にある第一層の攻略の拠点となる街。彼には追い付けないかもしれないが、彼の後についていけば私たちもそこへたどり着けるかもしれない。

 

「ま、今からだと先の街に行くのは早すぎるから、ここら辺でレベル上げ、しよっか」

 

「そ、そうだね。一応、頑張ってはみるよ」

 

「よーし、その調子だ、サチ!大丈夫、危ない時は私が上手く立ち回るから」

 

あの少年がその時どんなことを思っていたかなど、今の彼女達には知る由もない。それでも、その行動に揺れ動かされた身としてはやり遂げなければならないと思った。そう、サチの運命を決めるトリガーが今この瞬間、本格的に稼働し始めたのである。

 

「あ、因みに私のスキルは《短剣》ね。サチは?」

 

「私?えっと、私は《槍》だよ」

 

「へぇ、サチの癖に中々いい武器を選んだね。リーチが長い分、敵との戦闘が少し楽かもね」

 

フィリアはこれをいい武器、とはいうものの、自分の確固たる意志でこれを選んだ訳ではなく、何となくこれがいいと選んだものだ。性能なんて、あまり気にしてはいなかった。

 

「じゃあ、レベル上げのついでに武器の性能、ちゃんと把握しなきゃね」

 

「う、うん、それも頑張ってみる」

 

最初に彼女たちが向かっていったのは、ここに出現するモンスターの中で一番攻略しやすい《フレンジーボア》という猪の姿をしたエネミーだった。

 

『ピギュウ!』

 

「よーっし、先制攻撃成功!サチ、そっちからお願いね」

 

「うん、分かった!」

 

フィリアが素早い動きで相手を翻弄しつつ、サチが背後がガラ空きになった相手に槍を叩き込む。息の合ったプレーで、その場に集まってきた同じモンスターを次々と一掃していく。

 

「行くよッ、《ファッドエッジ》!」

 

フィリアの放った、必殺の8連撃が次々とフレンジー・ボア達を襲う。

 

「《フェイタル・スラスト》!」

 

サチは、スキルと通常攻撃の連鎖で周囲のモンスターを牽制しながら、確実に目標を仕留めていく。

 

「よしっ、最後の一匹!」

 

「うんっ!」

 

周囲のエネミーを蹴散らし、最後に残った一匹をフィリアとの同時攻撃で仕留めようとしたその時だった。急にサチの視界がフラッシュバックし、目の前にぼんやりとした白黒の映像が流れた。

 

『しまった、モンスターハウスだ!』

 

経緯は不明だが、部屋に踏み入った瞬間に部屋と通路をつないでいた入り口が封鎖され、四方八方に強力なエネミー達が続々と出現し始める。どうやら、転移結晶も使えないようだ。

 

「あれは・・・・・・私とテツオとササマルとダッカー、かな」

 

モンスターにじりじりと中央部に追い詰められ、武器を構えているのは、初期防具から装備を変えて姿は違えど、見覚えのある顔をしていたのですぐに分かった。しかし。

 

「あの人は・・・・・・誰?」

 

予想だにしなかったモンスターの大群にすっかり怯え切ってしまった自分を守りながら戦っている、あの黒いコートを着た人物は誰だろうか。見覚えはない、だが不思議と懐かしいと感じた。

 

『うわぁぁっ、ああぁぁぁぁっ!!』

 

『ぎゃああああぁぁぁぁっ!?』

 

『そ、そんな・・・・・・お、俺は、まだ・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

「そんな・・・・・・ッ!?」

 

次の瞬間、彼女が目にしたのは、次々とモンスターたちの手によって消滅させられていく、仲間達の最期の姿だった。そして、残ったのは映像の中の自分と黒コートの少年だけ。

 

『サチ・・・・・・ッ!!』

 

『キリト・・・・・・ッ!』

 

「キリト・・・・・・?」

 

今、この映像に映る自分は確かにそう叫んだ。恐らくは、この黒コートの少年のプレイヤーネームなのだろう。防戦一方ではあるが、辛うじて生きながらえている自分。だが、一抹の不安としてあったその時は無慈悲にもやってきた。

 

『うあッ・・・・・・!?』

 

黒コートの少年が自分に手を伸ばし、自分がその手を掴もうとした時、背後にいたゴーレム系のモンスターの長い腕による攻撃が、私の背中を切り裂いた。

 

『ありがとう・・・・・・さよなら』

 

映像の中の自分が最期に口にしたその言葉を、彼はきちんと聞けていただろうか。そのままHPが0になり、消滅する私と、それを見て絶望に包まれた表情になる彼。結局、彼の事を全く知ることが出来ないまま、その映像は不意に途切れた。

 

「――サチ、危ない・・・・・・ッ!」

 

「えっ!?」

 

『プギィィィ!!』

 

刹那、再び視界が元に戻り、目の前にはフレンジー・ボアが突進しようと迫っていた。本来なら、もう防御したとしても間に合わない距離だ。しかし。

 

「・・・・・・ッ!(さっきのは、幻覚?でも、妙に現実味があったような・・・・・・駄目だ、こんなこと考えてたら間に合わない!でもっ、さっきのみたいになるのは・・・・・・嫌だッ!)」

 

先程まで、覚束ない手ながらも、奮闘していた自分の動きとは思えないほどの的確で正確な槍の構えを瞬時に行い、敵の攻撃を槍で受け止めるサチ。そして、そのまま相手の勢いを完全に殺しきり、カウンターともいえる強烈な一撃をお見舞いした。

 

『ピギュゥゥ・・・・・・!』

 

それを受けた相手は、地面に叩きつけられた後、断末魔を発して消滅した。そんな彼女の奮闘をフィリアは横から見て驚いていた。

 

「サチ、大丈夫だった!?」

 

「え、う、うん、何とか・・・・・・」

 

「良かったぁ。ていうかさ、さっきのあの動き、カウンターパリングだよね。どうやったの?」

 

「へっ・・・・・・?」

 

初めて聞いたスキル名だった。そして勿論、意識して放ったわけでもない。では、なぜ発動したのか。サチは急いで自分のステータス画面を開き、スキル一覧を確認してみる。

 

「ない・・・・・・そんなスキル、私覚えてないよ?」

 

「えぇ!?ってことは、もしかしてバグな訳?参ったなぁ、この現状でバグあるのは勘弁してよ」

 

当然ながら、今までの戦闘で漸くレベル5に上がったばかりだというのに、そんなスキルは覚えられるはずがないし、覚えた記憶もない。というかそもそも槍使いにそんなスキルは存在しない。では、フィリアの言う通り、バグの一種なのだろうか。

 

「もしかしたら、このエリア限定で起こるのかも。ポーション多めに買ってきてから、ちょっと試してみようか」

 

「えぇ、大丈夫!?やられちゃったり、しないかな」

 

「大丈夫、大丈夫。私がフォローするから」

 

素直に賛成できなかったサチだが、またもやフィリアに強引に連れていかれ、やらざるを得なかった。一回ポーション買いの為に街中に戻ったフィリアとサチは、たっぷりと買い占めた後にレベル1の雑魚に限定して検証を繰り返したが、何度やってもそれが二度と発動することはなかった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・出る気配がないからレベル上げに切り替えたら、いつの間にか10まで上がっちゃったね」

 

「でも、肝心のスキルが一回も発動できなかったね・・・・・・何だったんだろう」

 

結局、その時の私達には何故覚えてもいないスキルがいきなり発動出来たのか、全くもって分からなかったのである。

 

 

2022年11月08日 19:30 《アインクラッド》第???層 管理コンソール前

 

 

「ふむ、並行世界からの一時的な可能性の譲渡か。興味深いな」

 

一面の壁が無機質な機械で覆われたその空間に男は立っていた。白い白衣を身にまとい、先程の戦闘の映像の一部分を繰り返し閲覧していた。

 

「やはり、この世界は何らかの意思を持っている、ということか。そうでなくては、私がこの世界に心奪われたりなどするものか」

 

彼の名は、茅場明彦。このゲーム《ソードアート・オンライン》生みの親であり、VRMMOをプレイするための専用機器《ナーヴギア》の開発者でもある。そして、何より此処をデスゲームの地とした張本人・・・・・・つまりはこの事件の黒幕でもある。

 

「EXスキルに選ばれる権利を有した少年と、可能性に愛された少女。この二人には暫らく注目させてもらうとしよう」

 

茅場明彦は静かに笑みを携えた。そして、先程の白衣を着た現実の姿から、灰色のプレートアーマーを装備した騎士の姿へと変貌を遂げた彼は、ゆっくりと転移門のある場所へと歩き始めた。

 

「恐らくは、彼等の導かれる先に、私の求めているものがあるのやも知れぬな」

 

製作者である自分の意志通りに動きつつも、また違った方向で動き出しつつあるこの現状。その男、茅場明彦は密かに状況を楽しんでいたのだった。

 

 

                                                                        To be continues…

 

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~次回予告~

こうして、彼女は目覚めた。かつての世界で手に出来なかった確かな強さをその身に宿して。そして、世界は最初の想定を超えた展開を悪とせず、楽しむ意志を貫いていた。次回、ソードアート・オンライン~青き少女の証明~第二話「Change the destiny」。大いなる意思よ、彼らに祝福を。

 




如何でしたでしょうか。色々なSAOの二次創作出てますが、大体生存しませんよね、サチどころか黒猫団メンバー全員が。もう生存させるにゃ主人公にするしかないのでは。そう思って書き始めました。

数年前の話になりますが、SAOIFなるアプリゲーが出たと聞いたときは迷わず事前登録して、プレイしてみました。確かに、初期で死ぬディアベルはんの生存を確認。ただ、そのあとの階層攻略が凄く億劫で……途中で辞めました。「黒猫団救出√だいぶ先やん……正直しんどい」と心が折れた瞬間は未だに覚えています。

そんな、私と同類の攻略組から撤退した皆々様方に贈る新しい物語の形。今更過ぎるとかそう言うのは置いといて是非ともご一読の程、よろしくお願いします。

現在書いているもう一作品の方と合わせて更新していきたいと思っております。出来れば、月一での更新目指します。感想、お待ちしております。


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第二話「Change the destiny」

伸び具合と筆の進みが良かったので、もう一話投稿。

いきなり色々すっ飛ばしてますが、本家もこんな感じだったし、多少はね。

さて、ちょっと早いですが後書きにアンケート置いておきます。テーマは「月夜の黒猫団のサチとフィリアを除く男性メンバーの命運」です。どっちを選ぶかで6話以降の内容がガラリと変わってくるので、興味ありましたらぜひ投票入れてみてください。

※9/23 15:00頃一部訂正入れました。
ギルドホームにいる設定だったら、40層じゃなくて30層にいなきゃおかしいですよね。危ない、危ない。



多くの人々に希望を齎した第一層攻略からちょうど一年近く。いまなお、百層突破を目指し奮闘する人々が迷宮区に潜り続けている。時に一人で。時に仲間とパーティを組んで。そして、密かながら俺も迷宮区にギルドメンバーの皆と一緒に潜り続け、生き残るためにレベルを上げることを欠かさなかった。一定に達したところで次の層に移り、そこで迷宮区に挑みモンスターを倒し続け、また一定に達したところで次の層へといったスパイラルリズムを繰り返しながら大分上の層まで上り詰めた。現在の層、第40層に差し掛かっていた。

 

「えー、皆にもう一度我がギルドの現在の目的を説明します。俺達のギルド《月夜の黒猫団》は当初の目的である《攻略組》への参加と共に我がギルドの戦力強化のため、キリトを我がギルドに招待する事です!」

 

「いよっ、リーダー!かっちょいい!」

 

「今どこで何してんだろうなぁ、アイツ」

 

「頑張ろう、皆。キリト、多分一人でまだ頑張ってると思うから」

 

それは三ヶ月前の事。ギルド全体の貯金総額が200万コルに達し、念願のギルドホームを購入し、第30層に設立。それを期にさらに勢いを増した《月夜の黒猫団》はギルドの名と共にメンバーのレベルも急上昇を続け、全員の装備も悪くない感じになってきた。

 

「それにしてもリーダーはともかく、あのサチがねぇ・・・・・・」

 

「何よぅ、私が強くなったことが不満な訳?」

 

「いや、そういうわけじゃなくてさ。ただ、どういう心境の変化かなって思っただけだよ」

 

俺の心境を変え、今の《月夜の黒猫団》が成り立つに至ったきっかけを作り出してくれた彼は今頃何処で何をしているだろうか。もしかしたら俺達よりも遥か上の層に上り詰めて、《攻略組》の一員として途轍もなく強いモンスターと勇敢に戦っているのだろうか。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

「おっ、おかえり~」

 

自分の部屋に一人戻った私は安堵の息をつく。すると、部屋のベットの上で寛いでいた親友のフィリアが此方に気付いて手を振っていた。

 

「もぅ、自分の部屋でもないのに寛ぎすぎじゃない?」

 

「ケチ~、ここまで一緒に登り詰めた戦友じゃんか」

 

私は当初、始まりの町から出るなんてこと考えもしなかった。ただただ、死と恐怖に怯えて何をしないで終わるのをひたすら待ち続けただろう。でも、その考えは第一層でフィリアと、そして第一層攻略拠点の街でキリトと出会い、一緒に戦ってからは恐怖はそれ程感じなくなった。

 

「にしても、第一層の頃から感じてはいたけど、只者じゃないね《黒の剣士》」

 

「そうかな?でも、そうだとしたらそんな彼の背中を追いかけてる私達も只者じゃなくなるね」

 

「へへっ、それは光栄だね」

 

その時のことは、自分でも何だかよく分からなくて、でも嬉しくて。人との交流についても初対面だと私はあまり相手を信頼できない。このネットゲームの世界でなら尚更だ。でも、何だかキリトだけは信用出来たし、初めて会った感じじゃないような気がした。

 

「それに、私が第一層で初めてモンスターと戦った時に見たあの映像と関係があるなら・・・・・・」

 

「あー、あのギルド結成後にキリトが来て調子乗って、キリト以外全滅したって奴~?」

 

「相変わらず酷い事言うなぁ、フィリアは。もしかしたら調子に乗ってなかったかもでしょ」

 

「まぁ、今ここじゃないどっかで起きたこと気にしても仕方ないしね。今は、意外にも全員生存だし」

 

あれ以来、特に戦闘中におかしな描写が挟まることは一切なくなった訳だが、1年経った今でもはっきりと鮮明に覚えている。あの映像で自分を守ろうとしてくれた少年もキリトという名前だった。さらに言えば、服装も装備も同じ。やはりあれは単なる偶然ではないのかもしれない。

 

「そして意外と言えばもう一つ。まさか、私があのヘタレ共のギルドに所属する日が来ようとは」

 

「そう言う割に、結構楽しんでない、フィリアは」

 

「まぁね。何やかんやギルドに入った時に得られる恩恵には大分助かってるし。悪くないね」

 

一時的な繋がりだった事もあるけど、今や攻略の最前線で戦うキリトとはあまり長い事一緒にいることはできなかった。それで、ケイタが頼ったのがフィリアだ。普段は犬猿の仲と言えど、お互いに実力を認め合っている、か。いいよね、そういう関係性。

 

「ねぇ、キリトは今何処で何をしてるのかな?」

 

「さぁね。最前線で頑張ってるかもだし、あの時みたいにフラフラ寄り道してるかもだし」

 

 

2023年2月23日 17:30 《アインクラッド》第35層・ミーシェ

 

 

「君はMMORPGは《ソードアート・オンライン》が初めて?」

 

「はい・・・・・・」

 

「どんなゲームでも人格の変わるプレイヤーは多い。中には進んで悪人を演じる奴もいる。俺達のカーソルは緑色だろ?犯罪を行うとカーソルはオレンジに変化する。その中でも殺人を犯したプレイヤーはレッドプレイヤーと呼ばれる」

 

「・・・・・・・っ!?人殺しなんて・・・・・・」

 

宿の中の一番端のテーブル席。そこで黒一色で装備を固めた男と男なら誰でも一度は守ってやりたくなるような容姿をした少女が向かい合って話をしていた。男、そうキリトは今ここにいた。《月夜の黒猫団》のメンバー達が行方を追っている間に彼はある筋からの依頼を受け、ここ35層まで《攻略組》の面子でありながら降りてきたのである。そして、そのついでにフィールドで出会った少女の手助けをしてやることにしたのだった。ここで起きた出来事は少女を成長させた、しかし、これはまた別のお話である。

 

 

2023年2月23日 17:45 《アインクラッド》第30層・《月夜の黒猫団》ギルドホーム

 

 

「リーダー、新しい依頼届きましたぜっ!」

 

ダッカーが何処からか何通もの手紙を持ってきてこちらに渡す。依頼ポストにたまっていた依頼の内容が書かれた手紙を全部持ってきたのだろう。大概が30層付近又はそれより下の迷宮区でのモンスター討伐だったり素材集めだったりするので心配はないのだが。

 

「そうか。ん~、ここの層付近なら誰がソロでも大丈夫だな。誰か、手空いてる奴いないか?」

 

「あぁ、なら俺が行ってくるよ」

 

そう言って立候補したのがメイス使いのテツオだった。《月夜の黒猫団》団長である俺の右腕的存在でチームのまとめ役だ。出来れば残って指揮を頼みたいがこの忙しさだ、仕方ないだろう。

 

「それじゃあ、テツオ、任せたよ。もしもの為に、ポーションと転移結晶予備に多く持って行けよ」

 

「分かってるって。じゃ、いってきまーす!」

 

自分のアイテムストレージの中身を整えた後、すぐさまテツオが出かけていく。それに続いてササマル、ダッカーも複数の依頼を受け、出かけて行った。残っているのは俺とサチの二人だけ。そういえば、さっきからサチが自室に戻ったっきり帰ってこない。様子を見てから俺もクエストに出よう。

 

「おーい、サチ?」

 

「ケイタ?」

 

ドアをノックして呼びかけてみると、サチが呼びかけに応じてくれた。俺はそのまま扉を開けて中へ入り、サチの座っている椅子の向かい側の椅子に座る。別段、サチの様子は普段通りだった。そして、サチの隣にはフィリアもいた。

 

「俺もクエストでるけど、サチとフィリアはどうする?」

 

「私?う~ん・・・・・・私は後で行こうかな、ここでもうちょっと考え事したいから」

 

「私もパス。私がサチ以外の為には動かないの、知ってるでしょうよ?」

 

「偶には、俺達と行動してくれてもいいんじゃないか」

 

「お断りします~ぅ」

 

「はぁ・・・・・・そう言うと思ったよ。じゃあ、先に行ってるな」

 

腰掛けていた椅子を離れ、静かに部屋を出る。終始サチは俺と話していながらもまるでどこか遠くを見つめていた。この一年近くで彼女は変わっていた。このゲームに閉じ込められた時は顔を真っ青にして街の中に引きこもっていた臆病な彼女はもうここにはなく、今は己が強さを磨くために懸命に歩を進めている・・・・・・そんな表情を浮かべていた。その真っ直ぐな瞳は常に自分たちではなく、あの第一層攻略の際に出会ったキリトという一人のプレイヤーを見つめている。まるでその少年こそ自分が目指す強さの先にあるものだと言わんばかりに。

 

――ケイタが部屋を出ていく。不意に私は視線を窓の向こうへと移す。臆病だった私に初めて戦いへ踏み出すための勇気を与えてくれたあの日の彼。この一年、彼を目標に様々な試練を黒猫団の皆と乗り越えてきた。せめて彼ともう一度出会う時まで、彼と背を合わせて戦えるようにならなければ。

 

「よし、行こう・・・・・・!」

 

「久々のクエストだね、燃え滾ってきた!」

 

私は新たな槍を装備して、フィリアと共に部屋を出た。自分と彼に負けないために私は進まなゃいけないんだ。

 

 

2023年2月23日 19:20 《アインクラッド》第40層・迷宮区

 

 

『シギャアァッ!!』

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『ギャアァァァァッ!?』

 

『ガァァァァァッ!!』

 

「やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『グゴォォォォォ!?』

 

虚空に響き渡る剣戟と魔物達の断末魔。複数の敵に囲まれていようと彼女にとってそれはほんの些細なこと。他の時間軸において彼女は幾度となく魔物の大群が待ち受けている部屋・・・・・・所謂モンスターハウスと呼ばれる場所で殺された。だからこそ、この彼女自身がそれを経験したことがなかったにしろ、それらの経験を直接見たからこそ出来る芸当なのだ。

 

「ごめん、フィリア。そっちに一匹行った!」

 

「オッケー、任せて!」

 

数体の魔物に攻撃を行うと同時に残りの魔物たちの動きを的確に捉えて、柔軟に躱す。そして、瞬時に標的をそれに変えて吹き飛ばし効果のあるソードスキルで再び壁際まで弾き飛ばして距離を取る。その恐るべき反応力の速さ、まさに《彗星》。

 

「そんでさー・・・・・・って、おぉっ!見ろよ、あれが最近噂の《彗星》だぜ!?」

 

「マ、マジかよ・・・・・・動きが俊敏すぎてヤバイな」

 

「あれでβテスターじゃないってどういう事なんだよ、強えぇ・・・・・・」

 

彼女の周りにはたまたま同じエリアに探索に来ていたプレイヤーたちがどんどん群がってきて、いつの間にかギャラリーが出来上がっていた。

 

「ふぅ・・・・・・この依頼内容はこれで完遂かな。えっと、次は――」

 

「「「サチさーん!!ちーっす!」」」

 

「――えっ、あっ、わわわっ・・・・・・!?こ、こんにちは」

 

「ひゃあぁぁぁっ、サチさんに気づいてもらえた・・・・・・!」

 

「バカヤロ、サチさんは俺の方を見てたんだよ!」

 

「何言ってやがんだ、お前みたいな奴の顔をサチさんが見るわけねぇだろぉ?」

 

サチが仕事を終えて周囲の様子に気がつくと最近はこんな感じの雰囲気が続いていた。だが、彼女は特に不快には思ってなく、むしろアイドルになったかのようなもてなし具合にビックリして少し嬉しいと感じているくらいである。

 

「はいは~い、見世物じゃないよ、散った散った~」

 

奥で鍵がなければ開かない仕様になっていた宝箱を物色していて、一時的に別行動になっていたフィリアが戻ってきた。そして、サチの周辺に群がる男たちを引っぺがして先に進もうとしていた。

 

「おぅ、そうしたら何かキリトのやつとまさかの再会でよー・・・・・・って、そこにいるのもしかしてサチちゃんじゃねーか?うおーい、サチちゃ~ん!」

 

すると、サチを見に来たギャラリー陣の少し後ろを通過しようとしていた野武士面の男がふと足を止め、彼女を呼んでいる。サチはそれに気づくと直ぐにフィリアと合流し、ゆっくりとその人物の元へと近づいていった。

 

「えっ?あ、クラインさん、ご無沙汰してます」

 

「おぅ、久しぶりだな!いやぁ、こんな可愛い女の子に挨拶されるようになるとは俺も罪な男だぜ、へへへっ!」

 

「あ、あははは・・・・・・(汗)」

 

この男はクライン。第一層の始まりの街において最初にキリトに声をかけたプレイヤーである。第一層攻略の際は攻略組に参加しなかったものの、お付きの仲間達とギルド《風林火山》を作り上げてからはメキメキと実力を伸ばしていて、今はもう最前線攻略組の一員でもある。

 

「久しぶりじゃない、野武士面。私一応可愛い女の子なんだけど」

 

「いやぁ、初対面でいきなり人の首元に短剣突き付けた奴を女性と見ろって方が無理だろ」

 

「へぇ、言うようになったじゃない。何なら、もっかいやってあげようか?」

 

「はい、戯言はそこまで」

 

クラインとフィリアの言い争いが勃発しそうになったところで、前方から声が聞こえたかと思うと次の瞬間、クラインの首元にはひと振りのレイピアが寸止めされていた。細剣《ランベントライト》。この剣を扱い、誰よりも俊敏で正確な一撃を放つ人物はこの世界の中で彼女しか存在しない。

 

「あの~、ア、アスナさん?何を怒っていらっしゃるんですか、ねぇ?」

 

「別に。ただ、知り合いが変態ストーカーナンパ男さんになられても困るから早めに芽を積んでおこうと思っただけのことよ?」

 

明らかに激怒しているような赤いオーラを背に纏いながら、満面の笑みを浮かべている端正な顔立ちの女性。そう、彼女こそかの有名なギルド《血盟騎士団》復団長、別名《閃光のアスナ》その人である。

 

「サチ、フィリア、怪我はなかった?」

 

「あ、えと、と、特にないから大丈夫だよ?」

 

「私も大丈夫だよ~」

 

「なら良かった、何かされてからじゃ遅いものね。せっかく登場した面木も丸潰れになるかもだし」

 

「とほほ・・・・・・俺は一体、何だと思われてんだよ」

 

彼女とは第一層攻略の場において、キリト、ケイタ共にパーティを組んで戦った仲である。それ以来、直接顔を合わせてはいなかったが、たまに通信を取りあっていた事もありサチとは良き友人のような関係になるに至ったのである。

 

「それにしても最初見た時よりも随分と印象が違くなったわね、貴方」

 

「えぇ~、そうなんです、かね?私的にはあまり実感とかないんだけど・・・・・・」

 

「駄目、もう少し自分に自信を持って。レベルだっていい線いってるし、謙遜しなくて大丈夫よ?」

 

サチからすれば実の姉のような頼れる存在と言えるだろう。現に先程のサチの戦闘スタイルが完成するに至ったのはアスナの指導あってこその事だった。

 

「フィリアもさっきの戦闘はいいフォローだったわね」

 

「へへっ、まーねー」

 

「いいなぁ、フィリアみたいな優秀なトレジャーボックス開封要員がいれば、下の方まで良い装備が届けられるのに・・・・・・」

 

「いやぁ、流石に大規模ギルドなんだからそこは気にしなくて大丈夫でしょ」

 

近くに団員を配備した状態で、そんな愚痴を漏らすアスナ。実際、彼女の所属する大規模ギルドの《血盟騎士団》は上位プレイヤーには充実した装備が行き渡っているが、下位プレイヤーにはあまりその恩恵がなかったりもする。心優しい彼女はそれを不満に思っているのだった。

 

「副団長、そろそろ時間です」

 

「わかってるわ。それじゃサチ、フィリア。次までお互いに話したいことはとっておくってことで、ね」

 

「ありがとう、またね」

 

「ばいば~い」

 

アスナは話を切り上げると後ろに続く兵団に号令をかけ、回廊結晶を取り出し、血盟騎士団全ての団員共々別エリアへと転移していった。そして、途端にざわついていた空間が元通りの静けさを取り戻し、辺りが静寂に包まれた。

 

「・・・・・・副団長サマは忙しいねぇ」

 

「大変そうですね。でも、少し憧れちゃいます」

 

「ここで黙って突っ立てても何だからクエスト手伝うかい、サチちゃん?」

 

「そうですね・・・・・・今日受けたクエストの中で一番難易度が高いものなんですが」

 

サチはメニューを表示して、指定したクエストの内容をクラインへ見せる。クラインは一瞬顎に手を置き、何かを考えるような仕草を見せてから、サチに向かってOKのサインを出した。

 

「いよぉーし!おい、お前ら!もう暫くサチちゃんのクエストに協力してから解散にしようぜ!」

 

「「「「おぉぉぉー!!」」」」

 

普段、むさい男同士で集まっているだけあってクラインの取り巻きたちは直ぐに賛成の意を唱え、次々と後に続いた。この団結力を前に流石のサチであっても軽く引いてしまったが、協力を求めたのは自分の方だからということで律儀にもその感情をグッと抑えていたという。

 

「クラインさん達はもう攻略組の一員なんですよね。どうなってるんですか、攻略組の内部って」

 

「ん~、なんつったらいいのかねぇ。やっぱここでゲームオーバーになれば現実でも死んじまうっていう薄気味悪い事実にプレッシャー異常に感じまってるせいで雰囲気は良くないかもなぁ」

 

「・・・・・・私たちから見た攻略組とは大分違う感じですね。もっとこう、ゲームクリアの為に必死になりながらも皆で支え合ってるものだと思ってました」

 

「まぁ、現実は厳しいよね。いやぁ、うちのギルドにも理想的な攻略組を想定している馬鹿がいるもんだから困ったものだね、全く」

 

この場にケイタ達がいなくてよかった。そう私は思った。ケイタ達が話しているのはあくまで《攻略組》外部から見た理想的な組織としての姿。だけど実際は負の感情に包まれながらも重苦しい空気の中で戦い続ける、戦闘集団。こんな事実、ケイタ達だったら絶対に耐えられないかもしれない。

 

「キリトは・・・・・・今もその中に交じって戦っているんですか?」

 

「あぁ、階層ボス攻略には参加してるぜ。ただ、そのボスの部屋を見つけるまでの間、階層を降りたり登ったりで何かやってるみたいなんだ」

 

「私はまたキリトと一緒に戦いたい。だからアスナの指導を受けてここまで強くなりました」

 

それが私の中にある今一番強い想い。第一層にいた時、まだ死への恐怖に怯えて全てから逃げ出していた私に戦う覚悟をくれた人。あの人の背中はいつも少し寂しそうだった。出来るなら、もう一度あの優しい背中を預かって戦ってみたい。

 

「けっ、キリトの奴が羨ましいぜ。こんな可愛い子にそこまで思わせといて姿を未だ見せていないたァ冗談がすぎるぜ」

 

「・・・・・・」

 

「大丈夫さ、サチちゃん。恐らくあいつも何か考えることがあってのことだから顔を出さないだけかもしれねぇし、よ。これでも俺はキリトの野郎とはゲーム開始直後からの仲だからな、へへへっ!」

 

そう言ってクラインさんは私に向かって自慢げに笑ってみせた。うん、大丈夫だよね。それにまだ私のレベルじゃ最前線は無理そうだから。その楽しみはもう少し後のお楽しみってことでとっておこう。

 

『シギャァァァァァァァッ!!』

 

「・・・・・・ッ!?」

 

「うおっと、サチちゃんのクエストのボスモンスター様がお出ましだぜ、おめぇら行くぜぇ!」

 

「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」

 

突如、目の前に現れた私の受けたクエストのボスモンスター。ガイア・トレント、レベル50。今の私と同等のレベルだ。一人でなら苦戦しそうだが今はフィリアとクラインさん達がいる。大丈夫、やれるはずだと自分に喝を入れ、モンスターに攻撃を仕掛けた。

 

「《ヘリカル・トワイス》!」

 

まずは、ボスモンスターの周囲に出現した取り巻きを範囲技で巻き込みながら、一掃。ボスモンスターの周囲がガラ空きになったところをフィリアとクラインが左右から同時に攻める。

 

「《インフィニット》!」

 

「《ダンシング・ヘルレイザー》!」

 

サチ、フィリア、クラインがボスに食いついたことを確認した《風林火山》の面々は周囲にリポップし始めた取り巻きを引き付けて、三人の邪魔をさせないとばかりに立ちはだかる。そして――

 

「スイッチ、行くぞ、サチちゃんよぉ!」

 

「はい!・・・・・・フィリア、行くよッ!」

 

「分かった、アレだねっ!」

 

「「合体連携奥義・・・・・・《シューティング・ブラスター》!!」」

 

『グゴォォォォォォォォォッ!?』

 

ボスモンスターの繰り出す一撃一撃を躱し、大技後の長い硬直時間を狙い、二人が放つは、最近になって情報が公開された《合体連携奥義》。使用するにはチームとの息の合ったプレーが必要とされるが、それを意識しなければならない程、サチとフィリアの連携は薄っぺらいものではない。

 

此処の階層に辿り着くまで、幾度となく共闘してきた彼女達の連携は、キリトとアスナが組んだ場合と全く同等のレベルまで研ぎ澄まされていたのだ。そして、そんな彼女達の猛攻にボスモンスターは成す術なく、断末魔を上げ、消滅した。

 

『Congratulation!!』

 

「「やったぁ!!」」

 

「へっ、二人とも強くなりやがったなぁ。俺達すっかりお飾りじゃねぇか」

 

クラインの言葉に《風林火山》メンバー全員がうんうん、と何度も頷いた。まるで、自分の娘たちの成長をこの目で見た父親のように。

 

「そんな事ないですよ、クラインさんたちのサポートがあってこそ出来た事ですから」

 

「うん、悔しいけどサチの言う通りかも。流石、攻略組最前線で張ってる面子は格が違うね」

 

「へへっ、んな事たぁ・・・・・・あるけどよぉ?」

 

女性陣二人に持て囃されて調子に乗ってしまったクラインが、いつもの悪い癖を発動させる。個人的にはいいタイミングでサムズアップを決めた、とでも思っているのだろう。勿論、こうなってしまっては気持ち悪さにとどめが聞かないことを知っているメンバー達は黙秘を貫いた。

 

「あ、ほら、またすぐそうやって調子乗る。そういうところがなければモテそうなのにね」

 

「あ、あはは・・・・・・」

 

そして、こういう時は必ずフィリアはズバっというタイプだ。一方サチはと言うと、他人に気を遣い過ぎるが故に、苦笑しかできなくなってしまった。

 

「あんだよ、俺的には決まったと思ったのによー。こういう時のキリトと俺の何が違うって言うんだよ」

 

「キリトはああ見えて謙遜してる方だし、何か純粋に可愛いよね。ジャンルが違うんじゃない?」

 

「可愛い・・・・・・うん、フィリアの言う通りかも。何か気になっちゃうよね」

 

「うえぇぇぇ、サチちゃんまでキリト派かよー!?そりゃあねぇぜ・・・・・・」

 

対立候補に出したキリトに擁護の手が回ったことに気を取られたせいで、肝心の話の中身は聞いていないクライン。これもまた彼の悪い癖の一つである。可愛い、と女性に評されることがキリト程の何とかして格好つけたい年頃の男をどれほど傷付けるか。その事実を知る者はこの空間には誰一人としていなかった。

 

「ちぇー・・・・・・おっと、まぁ、しかしだ。サチちゃんの今回の目的は無事達成できたみたいだが、これからどうするんだ?」

 

「えっと、私達は一回ギルドホームに戻ります。ね、フィリア」

 

「そうだね~、一回アイテムボックスの整理とかもしれおきたいし。今日はもう遅いしね」

 

時刻を確認すると、先程から大分時間が経過し、21:00を回っていた。そろそろ帰投して、夕食をとらねば腹が減って仕方ない時間帯だ。

 

「そっかー。まぁ、飯にもありつかねぇといけねぇわけだしな。んじゃ、またなサチちゃん」

 

「はい、お疲れさまでした~!」

 

「「「「「お疲れさまでしたーーーーー!!」」」」」

 

クライン達とパーティを解散し、サチが笑顔で見送るとクライン共々、《風林火山》のメンバー達は少し離れたところでとどまり、大きめの声で労いの言葉を口にし、深々とお辞儀した。流石のサチもこれにはまた若干引いてしまったのは無理もない。

 

 

それから、フィリアと共に迷宮区を脱出した私は、ケイタ達の待つギルドホームへと戻り、漸くの夕食にありつけた。そして、その翌日。その日は、予定通り起床できるようにアラームを設定していたが、そのアラームが鳴るより先に誰からかコールが入った。予定より少し早かったが私はすぐに起き上がり、呼び出し人の名を確認する。そこには昨日の迷宮区で少しだけ話した友達のアスナの名前があった。珍しいこともあるものだと思いながら、私は急いでギルドホームの外に出ると、迷わず通話ボタンをタップした。

 

『もしもし、サチ?』

 

「あ、もしもし。何かあったの、アスナ」

 

『・・・・・・少し急ぎで伝えたい要件があるの、いい?』

 

「う、うん」

 

何だろう、いつもと少し様子が違う。何か焦っているような不安に駆られているような、そんな感じ。ギルドの皆に悟られないように、極力声を忍ばせて、アスナの次の言葉を待った。

 

『実は最近、《黒いPC》っていう奇妙な噂があってね。聞いたことある?』

 

「ううん、そういう噂は聞こえてこないけど」

 

『そっか。じゃあ、最初から説明するね』

 

アスナによれば、その噂はこんな感じだった。何でも、それらしきPCを見つけたという人曰く、ゲーム開始当初から今までに死んでいったプレイヤーそっくりの容姿をしているらしく、傍から見ると少し黒味がかかっている以外はほぼそのままの姿らしい。で、その人は運良く途中で怪しいと思って近づかなかったから良かったものの、その人の後に知り合いに似た黒いPCを追っかけて行っちゃった人がいて、その人の友人が言うには、その日のその時以来、その人を幾ら探しても見つからなくて。コールもしたけど一向に繋がらなかったみたいで、今でも色々な方法を使って捜索中なのだとか。

 

『それで、その証言からある仮説を立てたんだけどね。どうやらその黒いPCに遭遇して、後をついていくと行方不明になっちゃうらしいの』

 

「えっ、ってことはもしかしてその友達の人はまだ帰ってきてないって事?」

 

『えぇ、残念ながら。一応、その道のプロにも依頼してみたけど、全く居場所が掴めないんだって』

 

さらにその話には続きがあった。それはその友人が行方不明になってから、数か月後の事。頼みの綱の捜索隊も打ち切りを決め込み動かなくなった頃、突然その友人が第24層の草原エリアに現れたのだと言う。彼を探し続けた友人は彼に話しかけようとした。しかし、そこである事に気付いた。そう、彼もまた黒いPCとなっていたのである。時を同じくして、第1層の始まりの街にある、死亡したプレイヤー名がびっしりと書かれている、教会の中の大きな石板の中にいつの間にかその彼の名前が書きこまれているのだった。そして、その彼が死んだ日付が。

 

『黒いPCに接触して付いて行って、友人と別れて十数分後経った後の時間だったみたい』

 

そう、もうすでに彼は死んでいたのだ。あの日、共に行動していた友人と別れ、知り合いそっくりの黒いPCに付いて行った直ぐ後に。

 

『でも、この話は不可解な点が多いんだよね。まず最初にその彼の名前が書かれた《犠牲者の石板》についてなんだけど。本来ならあそこ、PKされたり、モンスターに倒されたりすると一秒の誤差もなく記録されるはずなのよ』

 

でも、彼の場合は違った。彼の名前は草原エリアで彼とそっくりの黒いPCが目撃されるまで石板に一切書かれるようなことはなかったらしい。否、実際に言えばそういった事例で石板に名を刻んだプレイヤーは彼だけではなかったようで、少なからずいた。その全員に共通する点が、何れも黒いPCに付いて行ったという事である。

 

『それで、今、その黒いPCの調査が《血盟騎士団》に依頼されててね。過去に目撃されている場所に私がいるわけなの』

 

「それって、本当に大丈夫なの、アスナ?嫌だよ、私、アスナが行方不明になっちゃったら」

 

アスナの話を聞いてからというもの、私は正直嫌な予感しかしなかった。以前、始まりの街で私が街の外に感じていたのと同じ不安が再び私の心を支配する。

 

『大丈夫、と言いたいところだけど、他の騎士団員も血眼で探してるみたいだから、あまりここでは気軽に口にはできそうにないかな。でも・・・・・・』

 

『私は、貴方を最前線で迎えるまでは死ねないから』

 

「うん、分かった・・・・・・約束だよ」

 

『えぇ、約束』

 

通話越しにでも分かるくらい、アスナの肩の荷が少し軽くなったかもしれない事を感じた。うん、アスナならきっと大丈夫なはずだ。だって、私より一回りも二回りも・・・・・・それこそ、キリトと同じくらい強いんだから。

 

『それじゃあ、そろそろ切るわね。まだ確証はないけど、サチも気を付けて』

 

「うん、それじゃあ、またね」

 

『ん、またね、サチ』

 

そのやり取りを最後に、アスナとの通話が切れる。私はメニュー画面を閉じて、そのまま草むらに倒れこむ。

 

「黒いPC、かぁ・・・・・・」

 

胸を過ぎるこの一抹の不安を、私は今、抑えることが出来ずにいた。

 

                                                                     To be continues…

 

~次回予告~

大規模ギルド《血盟騎士団》に届けられた、一般プレイヤーからの多数の調査依頼。そして、その標的はSAO内を密かに騒がせている《黒いPC》についての調査任務だった。次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第三話「Knights Of Blood」。突如として起こりうる変動は、世界の意思か。はたまた、何者かによる介入か。物語はまだ動き始めたばかりである。




現在、原作主人公なのにMORE DEBAN状態のキリトさん。

この話で初登場したオリジナル要素の《黒いPC》。元ネタは.hack//G.U.のドッペルゲンガーです。元ネタの方だと本人の死亡とかは関わってこないんですが。今の段階では「稀に出現する奇妙なPC」(※ここでのPCはプレイヤーキャラの略称です)、と言う訳です。


次回からは出来上がり次第の更新を予定しております。乞うご期待。


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第三話「Knights Of Blood」

サブタイをざっと考えて、当てはめたはいいものの、《血盟騎士団》視点の話だけではなくなってしまった。すまない。

黒いPCの謎、

それの調査に出た《血盟騎士団》アスナ班の記録、

新キャラの登場、

『御兄様』襲来、

サチとダッカーのあれやこれ。

今回も伏線・ネタ詰め詰めでお送りします。いや、詰め過ぎたかもしれません。
ご期待ください。



~ちょこっと広告欄~

シュタゲ好きとef好き、集まれ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm34317099





2024年10月16日 10:50 《アインクラッド》第55層・グランザム ギルド《血盟騎士団》本部

 

「ふむ、どうやら今日も特に変わり映えのない景色のようだ」

 

ギルド《血盟騎士団》本部の内部に入り、そこの最奥に聳える巨大な扉。そこを開けた先に、豪勢な仕様でありながら、厳格さが漂う空間が一つ。そう、此処こそがこのギルドの団長室。そして、その団長室にて優雅に椅子に腰かけている彼こそ、ギルド《血盟騎士団》団長の《神聖剣》ヒースクリフその人である。

 

「しかし、この退屈もあと少しか。我々は漸く最果ての手前の90層へ差し掛かる」

 

現在の攻略層は第74層。その階層の迷宮区の奥にどのような敵が待ち構えているか、それをこの男は既に知っていた。何故なら、彼こそがこのゲームの開発者であり黒幕の茅場明彦本人であるからだ。

 

「精鋭もいい具合に育ってきた。私の野望が実現する日も遠くはないな」

 

そして、彼は卓上に飾られた2人のプレイヤーの写真に視線を向けた。その顔には僅かながらに笑みが零れていた。

 

「期待を寄せた彼等も順調に頭角を現してきた。これ以上ない結果だ」

 

「だが、まだまだだ。せめて、彼女さえ最前線に登り詰めてくれれば」

 

写真に写る少女はギルドの仲間と共に楽しそうに笑い合っている。だが、この男にとって、そのギルドの取り巻きの生死はさして重要でもない。そう、彼が狙うは、最初に目を付けた彼女だけである。

 

「いいだろう、ならば幾らでも待とうじゃないか。選ばれし戦士の到着を」

 

「失礼します、ヒースクリフ団長。例の黒いPCの一連の調査について、進展がありましたのでご報告に上がりました」

 

「ほぅ、漸く情報を掴めたか。いいぞ、報告を続けろ」

 

野望の実現までもう少し、そう彼が気分を高揚させていると、突然に団長室の扉が開かれ、秘書を務めるプレイヤーがやってきた。すると、彼は胸の高鳴りと激情を内に秘め、その要請に目を通した。

 

「我々総員での調査の結果、最も出現確率が多かったのが第24層の草原エリアという事でした」

 

「成程、そんな所に、か。面白いな、最前線攻略中の者を含めて全員に伝えよ。これよりその黒いPCの調査に明日ギルド全体で24層に向かうと」

 

「はっ、畏まりました!」

 

そして、ここに来て、世界が私の存ぜぬところで新たな可能性を見せようと動いている。ならば、私は開発者として、この世界に魅入られた者として、それの究明に全力で当たらなければならない。待っていろ、《天空の城アインクラッド》よ。私は今こそ、お前を理解する。

 

 

2024年10月17日 9:38 《アインクラッド》第24層・草原エリア 

 

 

「敬礼ッ!本日より、アスナ班でお世話になります、キリノです!よろしくお願いしまっす!」

 

「う、う~ん、よろしくね?」

 

「はいっす、光栄っす!」

 

今より凡そ八ヵ月前。唐突に知らされた噂の黒いPCの調査を遂行するために、黒いPCの目撃地点を虱潰しで探していくという何とも手間のかかる仕事が《血盟騎士団》全体に舞い込んだ。そして、その業務に副団長のアスナは忠実に取り組んでいたはずだった。そう、昨日までは。

 

「いやぁ、私ってば入って間もないのにいきなり憧れのアスナ先輩と同じ班で作業できるとかマジ最高っす、仮に今死んだとしても悔いはないっす、死にたくないっすけど!」

 

先程から、ノリと勢いに任せてぐいぐい来るこの子はキリノちゃん。二~三週間前に《血盟騎士団》に入ってきたばかりの新人で、私直属の後輩。でも、運が悪いかな。私は生憎、こういう超ポジティブを絵にかいたような子の相手はあまり得意じゃない。本音を言えば、いつも扱き使ってくる団長に仕返しで返品したいくらいには。でも、いい子ではあるし本当にそうしてしまったら長々といじけられそうで怖い。

 

「それにしても、最近の幽霊は凄いっすね、VR空間の中でも対応できるんですもの」

 

キリノが何気なく発した『幽霊』という単語を聞いた瞬間、先行しようと前方へ進みだしたアスナの歩みが急にぎこちなくなった。そう、何を隠そうこの最強の副団長がこの世で最も恐れるもの、それが『幽霊』『妖怪』等と言う霊的な存在だからである。

 

「ま、まだ幽霊と決まった訳じゃないわ。まずはしっかりと確かめましょう?」

 

油の切れたゼンマイ式のカラクリ人形のように、ゆっくりとだが確実に相手のいる方へ向く。その顔は酷く青ざめていた。それでも、周囲の人間に決して悟られまいと敢えて冷静に振舞う彼女の涙ぐましい努力もあってか、誰もその感情の移り行く一瞬の様を見抜けるものはいなかった。

 

「そうっすね。今や幽霊は時代遅れ、今はBlu-霊の時代ですよね!」

 

「・・・・・・はい?」

 

聞きなれない単語を聞いた。いや、本来なら一度は耳にしたことがあるあのBlu-rayの事だと思うはずだ。だが、ここで彼女が言っているのは何かが違う、言葉のイントネーションで違和感に気付いたアスナはその続きの話に耳を傾けることにした。

 

「知らないんすか、アスナさん。現代の最新技術に対応するために霊界が送り込んだ、最新機器にも順応できるようアップデートされた精鋭部隊の事ですよ。恐るべしですね、Blu-霊」

 

「そ、そう。そんなのも居たのね、知らなかったわ」

 

嘘だ。現に今、アスナの脳内ではこの突拍子もない話を理解することが出来ていない。それは、アスナが理解力に長けていないとか決してそういう事ではなく、ただ単にキリノの脳内設定が少しおかしな方向に向いている、ただそれだけの事である。

 

「あとあと、上位の幽霊はBlu-霊に転生可能らしいですよ。最近だと貞子が転生しましたね!」

 

「・・・・・・(この子の脳内、お花畑どころか楽園でもできてるんじゃないかしら)」

 

結局、その後もキリノがBlu-霊の何たるかを熱弁し続け、アスナ班はいつも通りに進むと思っていた任務が彼女が登場したことによって、大幅に時間を狂わされる結果となってしまった。

 

「――今のところ、ここのエリアには噂の黒いPCはいないようね」

 

「そうですねー、遭遇できると期待してたのに、残念です」

 

大幅な時間ロスはしたが、それでもアスナ班は人員を効率的に使い、24層の草原エリアを隈なく探し続けたが、黒いPCと思われる人影は何処にも存在しなかった。どうやらアテが外れたようだ。

 

「じゃあ、暗くならないうちに次の場所に・・・・・・って、あれ?」

 

ギルドから支給された転移結晶を使って、転移門へ移動しようとすると、先程までこの場所にはいなかった人影が少し離れたところに現れたのだ。アスナはすぐに臨戦態勢を整え、キリノ達も後に続くようにゆっくりと対象の姿がはっきりと見える位置まで移動し始めた。

 

「気を付けてね、キリノちゃん。声も、出来る限り潜めて」

 

「は、はい。でも、何だかスパイ映画みたいで興奮しますねッ」

 

小さな声で返答をするキリノではあったが、やはりと言うべきか、その感性は常人のそれとは明らかにかけ離れていた。アスナは、無暗に突っ込むことをせず、無言を貫くことに徹した。

 

そして、丁度その人影の正体が確認できる距離まで接近する事に成功。しかし、その人物にはどうやら既に此方の気配に気づかれているようであった。運が良かった点でいえば、その人物が黒いPCでなかったことだろうか。アスナは、コンタクトを取ろうとすぐさまそのプレイヤーに話しかけた。

 

「こんばんは。いきなり警戒させちゃってごめんなさい、少しいいかしら」

 

「・・・・・・いや、此方こそ済まない。何用か」

 

その男はアスナよりも背が高く、身長も180cm前後位はあるのではないかと思われるほど大きな男だった。普通のゲームだったらよくある事だが、此処は現実世界での身体的特徴データが反映される仕様になっているデスゲームの中。一応、完全に警戒を解かない方がいいだろう。

 

「今、私たちはここで調査をしていたところなの。貴方は何をしに来たのかしら?」

 

「散策をしていたら、偶々ここに出向いてしまっただけだ。用があった訳じゃない」

 

一応、彼に許可をもらい、彼のステータス画面を確認するアスナ。登録名Tatuya、これは何と言うか普通だ。しかし、その先に表記されている数字を見て、彼女は驚いた。

 

「レ、レベル250!?嘘、攻略最前線組の私でもまだ87なのに・・・・・・もうカンストしてるなんて」

 

「あぁ、それか。迷い込んだ時には既にその表記でね、中々に困っていた」

 

レベルもそうだが、続く男・・・・・・タツヤの言葉にさらに驚きを隠せないアスナ。最悪、最初からチートを使った説も濃厚だが、このゲームは確かそういう対不都合性の対策は完璧にしていたはずだ。ならば、初日の日に実力でここまで上げたというのか。それとも最初からと言うのはただのハッタリか。

 

「今の段階でこのステータスは少しおかしいんじゃないかしら。まさかとは思うけど、チート?」

 

「いや、そのような下種な技術に手を出した覚えはない。恐らく、正常値だ」

 

ましてや、発言の節々に感じられる、まるでレベルそのものを今まで全く気にしていなかったかのうような反応。どうやらアスナ達は、黒いPC以上に謎の深い者とあたってしまったようだ。

 

「スキルも怪しいわね。こんなカテゴリ見たことも聞いたこともないわ」

 

「それも誤解だ、最初からそうだった」

 

そして、大きな問題は彼のスキル。《双銃》と表記されたそれは、近接武器のみしか扱うことのできない剣の世界である此処ではこれ以上ないほどの異質なスキルだった。

 

「これが証拠だ、近くで確認してくれてもいい」

 

タツヤが装備の双銃を手に持ったままでアスナに見せる。アスナはその装備に登録されている情報と合わせ見ながら観察に徹した。

 

装備名『シルバーホーン・トライデント』。その名の通り、全体的に銀色に輝く銃身が特徴的な、非常にシンプルなデザイン。いや、全く無駄のない洗練された形状、と言い換えた方が適切かもしれない。双銃カテゴリが実際あるのかどうかは知らないが、少なくともMODで作成した張りぼてでないことは確かだった。

 

「信じられないけど、全部事実みたいね。疑ってごめんなさい、えっと・・・・・・」

 

「好きに呼んでくれればいい。此方から特に気にしたりはしない」

 

「そ、そう。じゃあ一先ずタツヤ君、でいいかな」

 

「あぁ」

 

我ながら馴れ馴れしいかなとは思いながら、特に向こうが詮索することも不快をあらわにすることもなかったので了承を得たものだとアスナは思った。まぁ、もし彼に関しての記録に心当たりのある方がここにいたとするならば、決してそうではないことは理解できるだろう。

 

「其方からの質問は以上か?ならば、此方の問いにも答えて頂けると助かる」

 

「分かりました、わかる範囲でよければ」

 

「ミユキ、という女の子を見かけてはいないか。どうやらはぐれてしまったようでな」

 

ゲーム上で知り合ったプレイヤーの事だろうか。しかし、フレンドであれば、メニュー画面を開いてフレンド一覧からコールすればいいだけでは。そう思って、アスナは彼に思ったままの事を伝えた。

 

「成程、この世界の遊戯にはそういう機能もあるのか」

 

そう言って、メニュー画面を表示してフレンド一覧を確認する彼。しかし、今さっき知った機能を以前までは使えていたということはあるはずもなく、フレンド一覧には一切の名前がなかったのである。

 

「そう言えばそのフレンド申請とやらを使ったことがなかった」

 

「それじゃあもう人ずてに聞いて歩くしかなさそうね。力になれなくてごめんなさい」

 

「いや、話を聞いてくれて助かった。取り敢えずは街で情報収集するとしよう」

 

礼を言い終えると、彼はそのまま真っすぐに街の方へと歩みを進め始めた。もしかしたら、そのうち噂になるのは避けられないかもしれない。《謎のレベルカンストプレイヤー》みたいな異名を付けられることも時間の問題だろう。

 

「さて、私達も調査を再開しようか」

 

「はいっす、先輩!」

 

彼を見送り、調査に戻ることにして、後ろに控えていたキリノ達を呼びつける。しかし、その瞬間、急に辺りの空気が一変し、空が赤く染まったと同時に、アスナ達の周囲を囲むように、幾つもの黒い人影が突如として現れた。その数、およそ10体。

 

「ひゃあっ、何かいきなり出てきたっす!?」

 

「ッ・・・・・・黒いPC、皆、戦闘態勢急いで!」

 

アスナの一声で、その場にいる全員が一斉に戦闘態勢に入る。出来れば戦闘前に色々と事実検証を行っておきたかったが、向こうも最初から戦闘態勢だったこともあり、やむを得ない選択だった。

 

『ァァァァァァァァ・・・・・・』

 

最早、声ですらない呻きのようなものを上げて、襲い掛かってくる黒いPC。しかし、流石は最前線を支える要の柱の一人である、アスナの元に集まった精鋭達。そこにいる皆が皆、複数を相手にしながらばっちりと均衡を保っていた。勿論、配属初日のキリノとて例外ではない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

アスナが振るった細剣《ランベントライト》が黒いPCの胴体を真正面から穿つ。強力な一撃を受けて、その黒いPCの姿が砕けて霧散するが、再びその背後から別の黒いPCが襲い掛かって来た。

 

『ァァァァァァァァァ・・・・・・!』

 

「ああもう、キリがないっす!さっきから倒しても倒しても湧いてくるっすよ!?」

 

「最初の10体だけじゃなかった・・・・・・こんな事って!?」

 

アスナ班の精鋭たちがいくら粘っても、1体消滅した矢先に次々とリポップし始める黒いPC達。いや、リポップどころではない。此方が彼方側を倒す毎に出現する数が増えていっている。10、20、30・・・・・・いやもしかしたら、もう既にそれ以上。

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」」」

 

「ッ・・・・・・これ以上は、させない!」

 

精鋭達が複数の黒いPCに襲い掛かられ、次々とその命を散らしていく。只でさえ少ない此方の勢力が減り、次第に追い込まれていく。しかし、副団長のアスナの眼からまだ光が失われてはいない。

 

「まだよ、まだ私は戦える・・・・・・」

 

「例え怪物に負けて死んでも、このゲーム、この世界だけには・・・・・・負けたくない!」

 

アスナの剣戟がさらに鋭く、鮮烈に進化していく。これぞ、彼女が《閃光》と呼ばれる所以。心優しくも芯の強い彼女の決意は全て先程の言葉に詰まっているといっても過言ではない。

 

「先輩・・・・・・はいっ、私も《隼》の名を関す者として負けられません!」

 

キリノも後に続いて戦場を駆ける。《閃光》と《隼》、師弟関係でもあった二人の剣が合わさることで、さらに戦場は彩り豊かに輝く。すると、そこへ――

 

「機動術式、設定完了。標的のみを全て射ち滅ぼす・・・・・・《マテリアル・バースト》」

 

アスナとキリノのいるところから少し離れたところに固まっていた黒いPCの集団は、突如上空に現れた魔法陣から飛来した、核爆発にも匹敵する一撃を受け、数十体規模で黒いPC達が滅び去った。アスナは声のした方角を見つめる。

 

「タツヤ君・・・・・・」

 

「援護しよう、恩人に目の前で死なれるのは目覚めが悪い」

 

先程の謎の多いプレイヤー、タツヤも加わり、アスナ達は敵の増殖・再出現よりも早く、敵を殲滅していく。黒いPC、彼らにとってもタツヤの参戦はイレギュラーだったのか、徐々に増殖速度を落とし、気付いた時には再出現することもなくなっていた。

 

「あと3体・・・・・・!」

 

「ラストスパートですね、決めましょう!」

 

「了解した、引き続き演算式による援護を行う」

 

此方の総数と向こうの総数が同じになったことで、既に勝敗は見えたも同然の状態になる。アスナの一閃が貫き、キリノの起こした一迅が駆け渡り、タツヤの一撃が大地を震撼させた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「・・・・・・」

 

三人が放ったトドメの一撃が、相手を確実に仕留めた。そして、空の色が次第に元の茜色へと変わっていったのを見た三人は、周辺の安全を確認した上で、それぞれ戦闘状態を解いたのであった。

 

「ふぅ、終わったわね」

 

「はいぃ・・・・・・もーっ、初日から前途多難すぎますってばー!」

 

「戦闘終了。では、今度こそ失礼させてもらうぞ」

 

余韻も何も感じることなく、立ち去っていく彼の後姿を見ながら、アスナは最前線で共に戦ってきたとある少年の姿を思い出し、その背中に声をかけた。

 

「えぇ。それと、さっきはありがとうね、タツヤ君」

 

「あぁ、縁があればまた会おう」

 

「ありがとーございましたっす、強い人ー!」

 

無類の強さを持ちながら、常に孤高でいようとする人。そんな彼と共通の部分を持つタツヤにアスナは少しだけ惹かれていた。それでも、何となく彼の隣にいるのが相応しいのは自分ではない気がして、その背中を引き留めることなく、彼の姿が見えなくなるまで見送ったのである。

 

「・・・・・・本当なら気持ち切り替えて次に行きたいけど、今日のところは、近くの宿で休もっか」

 

「そう、ですね・・・・・・私とアスナさん以外、皆やられちゃいましたもんね」

 

《血盟騎士団》副団長のアスナは、改めて己の無力さに打ち震えた。とは言え、未知数の敵に囲まれてしまっていたのだ、すべてを無傷で返すことなど誰がやっても難しい事だ。彼女は十分奮戦した。だが、今この場にはそんな優しい言葉をかけてくれる者は何処にもいなかった。そして、これが彼女のこの後の運命を決定づける事件となる事を、まだ誰も知らない。

 

 

2024年10月17日18:00 《アインクラッド》第30層・《月夜の黒猫団》ギルドホーム

 

 

「――ダッカー、もし良かったらクエスト一緒に行かない?」

 

丁度、手頃な依頼が舞い込んできたので、今回私は、ダッカーを誘ってみることにした。ギルドホーム内の彼の部屋を訪ね、ノックをして、声をかけてみる。しかし、扉の向こうから特に返事はなく、一瞬の静寂が流れる。不思議に思った私は、もう一度呼び掛けてみる。

 

「ダッカー、いたら返事してよー。クエスト行かなーい?」

 

しかし、返事がない。いつもなら直ぐに反応を返してくれるのが彼のいい所でもあったのに、珍しくうんともすんとも言ってこないのである。

 

「もーぅ、せめて返事位してよー!」

 

痺れを切らした私は、思いっきりドアを開け放ち、部屋の中で何やら作業をしているダッカーに声を荒げた。すると、漸く他者の来訪に気付いた彼が申し訳なさそうな顔をして此方を振り返る。

 

「あぁ、サチ。そ、その、悪かったよ、すぐに返事できなくて」

 

「全くだよ、もう。何してたの」

 

不機嫌になりながらも、私はダッカーの部屋の内部を改めて見回してみる。すると、ギルドハウス設立当初にはなかった、鍛冶屋によくありそうな工具や資材が部屋のあちらこちらに散らばっていた。人が住む部屋としては何とも酷い有様だ。

 

「工具・・・・・・もしかして最近部屋に籠りがちなのもこれが理由?」

 

「あー、やっぱバレちまったか。へへへ、実は鍛冶スキルって奴にちょっと興味が湧いてきてな」

 

ダッカーが言うには、最近足を延ばして、お忍びで行ってきた第48層のリンダースの街にある、《リズベット武具店》というプレイヤー自らが鍛冶をして武具を生成しているお店に立ち寄ったところ、鍛冶と言うものに少し興味が湧いた・・・・・・という事らしい。へぇ、あのダッカーが、ねぇ。

 

「ふーん、って事は、そこで働いてた娘(コ)がタイプだったわけか」

 

「んなッ、ち、違げぇよ!?ただ、買ったりドロップしたり以外の手段で入手できる武具ってのが気になるだけで・・・・・・そういうわけじゃねぇから!」

 

うん、これは図星だ。やっぱり分かりやすいな、ダッカーは。

 

「うんうん、それでその子の胸に目が行ったと」

 

「そうそう、ってテツオ、お前いつの間に!?」

 

「さっき帰ってきたときに面白い話が聞こえたから、ね。事実だろ?」

 

クエスト帰りのテツオが丁度部屋の前を通りかかり、話に割り込んできた。あぁ、やっぱりそこに目が行ってたんだ、単純だなぁ。

 

「いやいや、待て待て、違うって!」

 

「何、照れてんのさ。昨日、俺等には大っぴらに話してたじゃないか」

 

「だぁぁぁぁぁぁっ、それも秘密って言っただろうがぁぁぁ!」

 

ダッカーが一番秘密にしたかっただろう約束事をあっさりとテツオが暴露してしまう。成程、昨日男子チームで夜遅くまで何やら盛り上がっていたのはこの話をしていた為か。

 

「さぁさぁ、素直に全部白状しちゃえよ」

 

「ぐぅぅぅっ~・・・・・・あ、そうだ、サチ!さっきクエストあるとか言ってたよな、よし行こう!今すぐ行こう!」

 

「えっ、いいけど、別にそんな急いでいくクエストでもないし・・・・・・」

 

「馬鹿野郎ッ、善は急げって奴だよ!んじゃ、テツオ、留守番よろしくな~!!」

 

次の瞬間、私は、脱兎の如くその場から抜け出したダッカーに、半ば強引に引きずられるようにしてクエスト目的地の迷宮区へ連れていかれたのだった。

 

ダッカー、その選択は後々メンバー全員に詰め寄られるきっかけを作る地雷でしかないけど本当にいいの?私は引きずられながらそう思ったが、その思いがやっとのことで抜け出せたという気持ちで一杯のダッカーに届くはずがなかった。

 

 

2024年10月17日18:15 《アインクラッド》第30層・迷宮区 回廊エリア

 

 

「ふぅ~、ここまで来ればこっちのもんだな!ふはは、このダッカー様に負けの二文字はないぜ!」

 

迷宮区の入り口近くで一人勝ち誇っているダッカー。本当は大敗北してるんだけど、まぁ、適当に話合わせておこうかな。

 

「ウン、ヨカッタネー」

 

「応よッ!いやぁ、テツオの奴、今頃吠え面かいてやがるかもな、へへへっ!」

 

いやいや、後から吠え面かくのは君の方なんだけどねぇ。思っても指摘してはあげないよ、だって、今の私は無気力モードのままなんだから。

 

「で、クエストって何するんだ?」

 

ダッカーからの当然の質問を前に、私は一回、無気力モードをOFFにして説明をした。

 

「えっとね、此処のエリアで採取できる魔鉱石の納品、だよ」

 

「採取系かぁ。ま、たまには悪くないよな!」

 

私が珍しく、低層の採取系クエストを受けたのには理由がある。これからの事で皆に話しておきたいことがあるからだ。ケイタ達は忙しいみたいだし、流石に全員いる場では抵抗があるので、まずは一番話しやすいダッカーを誘ったのである。

 

「・・・・・・あのさ、ギルドホームで話した鍛冶スキルについてなんだけどよ」

 

私が話題を振りかけたところ、話を切り出したのは意外にもダッカーの方からだった。どうやら、先程の話の続きを聞かせてくれるらしい。もしかして、ダッカーも私とおんなじ考えだったのかな。

 

「確かにそのリズベットって子にいいな、って思ったのもあるんだけどよ。本当は違うんだ」

 

「違うって何が?」

 

「なんつったら良いのかな・・・・・・くそ、分かんねぇや」

 

いつものダッカーにしては珍しく歯切れが悪い。さらに言えば、私とあまり目を合わせようとしないところも不自然だ。どうしたんだろ、調子悪いのかな?

 

「いや、迷ってる場合じゃないな。その、サチはさ、キリトの奴と合流したい、んだよな?」

 

「う~ん、まぁ、行く行くはね。でも、今すぐって訳じゃないよ」

 

あぁ、やっぱりダッカーには分かってたか。なら、私も特にとり立てて隠すことは何もないな。取り敢えず、今はダッカーの問いに素直に答えておこう。

 

「じゃあ、もしかしなくても、このギルド抜ける気でいるのか?」

 

「今のところ抜ける予定はないかな。あくまで今のところは、だけどね」

 

「そっか、そうだよな。最前線追っかけるなら、俺達より先に行かないと追いつけなくなるかもだしな」

 

現在の攻略層は第74層と聞く。私たちが今の段階で登れる限界の第40層から30層近くも離れた遥かに上の、私たちにとって見れば未知の世界だ。今は少しばかり攻略の主要メンバー達が揃いも揃って忙しくしているせいもあって停滞をしているが、それも後に動き出す。そして、そのまま、最終層である第100層にまであっという間に辿り着いてしまうかもしれない。

 

・・・・・・それに、私が力になりたいのは何もキリトだけに限った話じゃない。

 

「それに、私がここで頑張らないと、アスナがまた無茶をする」

 

「アスナって、あの《閃光》のアスナか!?」

 

「うん。確かに、アスナは大規模ギルドの《血盟騎士団》の副団長だし、強いよ。でもっ・・・・・・!」

 

最後の連絡の電話があってから、今日で5日が立つ。昨日、此方から連絡を試みた。だけど、出る気配が一向になかった。いつものモンスター相手ならこれ程心配することさえなかったのかもしれない、データの一部でしかないものに彼女は絶対に負けないからと。しかし、だ。

 

「今、《血盟騎士団》が全員で戦おうとしている相手が誰だか分かる?」

 

「い、いや、俺はそこまでは・・・・・・」

 

「黒いPC、っていうんだって。最近噂になってきてる、正体不明の敵」

 

勿論、私は姿も見てなければ戦った経験すらない。何故なら、そのアスナが連絡をくれた日から、黒いPCが過去に出現したエリアが、一時的に封鎖されているのだから。本来であればそれは、原因不明の騒動にこれ以上、中・下位プレイヤーが巻き込まれないようにするための救済措置。けれど、それが私には悔しかった。

 

「あぁ、それなら俺も一応小耳には挟んだことあるぜ。噂通りだとしたら、ホント、おっかないよな」

 

「友達の力にもなれないなんて、私は、私はッ・・・・・・!」

 

以前見たあの世界での私よりも、今の私は強くなった。でも、まだ背中を合わせて一緒に戦いたい人達とは一度として共闘することが出来ていない現実。こんな場所で悔いる為に、私は強くなったんじゃない・・・・・・!

 

「お、おい、サチ!もういい、もうやめてくれ!」

 

悔しさをすべて吐き出すように、近くの壁に寄りかかって、一心不乱に壁を殴り続けるサチ。ダッカーはそんな彼女の姿が見ていられず、必死でサチを止めようと彼女のその拳を押さえつける。行き場を失った彼女の拳は、小さく震えていた。

 

「そんなに一人で頑張るなよ。俺達にだって少しは背負わせてくれよ、仲間だろ!!」

 

「ダッカー・・・・・・」

 

「そりゃあ、俺達は今はまだサチよりもレベルも低いしそんなに強くもないだろうけど・・・・・・それでも、サチの大切なものもサチも守らせてくれよ!」

 

あれはいつの事だったか。まだ、彼らが現実世界にいた時の話だ。ダッカー・・・・・・もとい、佐川大地は同じ部活動にいる、幼馴染のサチ、井上智里が密かに気になっていた。きっかけとかは特にない、気付いた時にはもうそうなっていた。出来れば二人きりでいたい。でも、この部活動仲間で集まってバカ騒ぎするのも嫌いじゃなかった。だからこそ、その空間の居心地の良さに慣れてしまって伝えたいことをずっと伝えずにいた。

 

「これからもっと強くもなるし、ちゃんとサポートできるようにする・・・・・・そうだ!じゃあ、俺がさ、鍛冶スキル頑張って磨いて、サチが今よりも上の層に行っても活躍できるような武具を俺が作るぜ!」

 

勿論、今の段階では初歩中の初歩もいい所だ。けれど、初恋の相手に捧げる為なら、絶対に成功させて見せる。例え、この俺の中の気持ちが絶対に叶わぬ夢だとしても。ムードメーカーである事以外、何もない俺だったとしても、せめてそれくらいはやり遂げたい。

 

「ダッカーが、私の装備を?」

 

「あぁ!待ってろよ、この世にただ一つとしてない完璧な、他の誰でもないサチ専用の装備一式、俺がまとめて作ってやる!!」

 

サチが意外なものを見る目で彼を見つめる。そんな彼女の表情が、次の瞬間には明るくなった。同い年とは思えないほどに大人びた笑み、そうか、俺はきっと彼女の此処に惚れたんだろう。

 

「分かった、期待して待ってる。・・・・・後で無理だった、とか言わないでよ?」

 

「おう、任せとけ、男に二言はないぜッ!」

 

いつもの自分らしいニヤケ顔で、俺はサチにそう誓った。同時に、二人きりの今ならあの気持ちが伝えられるかもしれない。そう思って、彼女の顔をもう一度見る。

 

「ふふっ、ありがと、ダッカー」

 

「お、おう。それでさ、実はもう一つ話したい事、が・・・・・・」

 

彼女が安心しきった顔になったその時に、俺は見てしまった。彼女の瞳が目の前の俺ではなく、何処か遠くを見つめている事に。勿論、彼女は俺の事も見てはいる。しかし、それよりもより強い想いで見つめている相手がいる。考えずとも分かった、サチはきっと奴の事が心の底から好きなのだ。

 

「ん、なぁに、ダッカー?」

 

「い、いや、悪い。何でもない、忘れてくれ」

 

此方に問いかけながら優しく微笑む彼女の表情にドキッとしつつも、俺はその気持ちを胸の奥へそっとしまった。そうだ、きっとこの後の台詞を言うべきは俺じゃない。

 

「そ、そういや、素材集めがまだ終わってなかったな。あと何個だっけ?」

 

「あと2つくらいかな」

 

「お、じゃあさっき取れた分でクエスト達成だな!」

 

「わ、ほんとだ。やったね、ダッカー」

 

心の奥にしまった後で、急に辛さが込み上がってきた。本人の前で泣き顔を見られる訳にもいかず、俺はいつもよりニット帽を深く被った。

 

「んじゃ、俺達のギルドホームに帰ろうぜ、サチ」

 

「うん、そうだね。あんまり遅くならないうちに行こっか」

 

「あ、それと。さっきの話、約束、な」

 

俺が後ろ手に小指を立てて、サチに向けると、彼女の柔らかい小指が俺の小指と結ばれる感覚を確かに感じ取った。

 

「ん、絶対に約束だよ」

 

これにて、俺の初恋は終わったが、この物語はまだまだ先がある。取り敢えず、今はひたすら前に歩こう。俺と言う道が途切れる、その時まで。

 

                                                                     To be continues…

 

 

~次回予告~

 

――黒き影が満ち、夜空が赤く染まった時、《黒の使徒》は騎士となる。

 

その騎士、古き因果を彷彿とさせ、《閃光》は静かに砕け散る。

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第四話「The Last Luminous」。

 

貴方は、この歪に変わりゆく世界で起こる一つの悲劇を観測する。

しかし、悲観することはない。これは同時に、新たな世界の可能性のハジマリ、なのだから。

 




???「何か、急に不穏な感じなってきたぞぉ、どうすんだぁ!?」



今回は、ちょっと書きたいこと多いんで、後で活動報告の方に書いておきますね。

活動報告も見ていただければ幸いです。よろしくどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=247021&uid=50159


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第四話「The Last Luminous」

正直、やりすぎたかもしれん。反省している、だが、後悔はしない。

百錬オルガと同じく月一で更新行く方針にしました。他二つもよろしくね。

パソコンのある日常
https://syosetu.org/novel/235731/


百錬オルガ
https://syosetu.org/novel/239498/


2024年10月26日 13:29 《アインクラッド》第65層・迷宮区 神殿エリア

 

 

『『『『『『ァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・!!』』』』』』

 

「総員、突撃ッ!」

 

「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」

 

黒いPCの強襲騒動から9日後の事。ギルド《血盟騎士団》のアスナ班は装備と人員の一新を以って、突如フィールド一体の空が赤く染まったという情報のある、第65層の迷宮区へと足を踏み入れ、課された任務の続行を図った。

 

小隊長のアスナを筆頭に、一行は神殿エリアの奥へと進んだところで、その場で無限増殖を繰り返す黒いPCの群れと遭遇。すぐさま、戦闘行為を開始し、現在に至る。

 

「先輩、スイッチ、行きます!」

 

「あんまり無茶しないでね、キリノ。・・・・・・スイッチ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

《閃光》のアスナと《隼》のキリノが息の合ったコンビネーションを見せつつ、群がる黒いPC達を瞬く間に殲滅していく。なおも湧き出る黒いPC達。

 

風を纏い、空を跳び、大地を駆ける。この戦場で繰り広げられている、息をも付かせぬ激戦の連続。それは見る者達を圧倒し、彼らに勇み足を与える。

 

「我らが小隊もアスナ班に続け、遅れるでないぞ!!」

 

「「「「了解しました!!」」」」

 

「入隊歴の浅い小娘共にばかりいい思いをさせるな、全軍突撃せよぉぉぉぉっ!」

 

「「「「我等、ギルド《血盟騎士団》第6部隊!面壁九年、堅牢堅固!!」」」」

 

今まで見たこともない異様な光景を前に、後れを取っていた他部隊に漸く出陣の合図が掛かる。此処に、白き鎧をまとう騎士達と黒いオーラを纏いし人ならざる者達の死闘が始まった。

 

「キリノ、さっき見たっていう大群を指揮してるっぽい人影って、今どこにいるか分かる?」

 

「はいっす、此処から真っ直ぐ向かって5時の方角、その中心部にまだ留まり続けてます!」

 

「分かった。それじゃあ、一気に距離を詰めて、敵の指揮官を優先して撃破しましょう。サポート、お願いできるかしら」

 

「了解っす!指揮系統がなくなればきっと、この間見たく増殖しなくなるはずです!」

 

一方、アスナとキリノはそんな他小隊の者達の事など一切気にすることなく、キリノが黒いPCが増殖し始める前に見たという指揮を行っている黒い影を追っていた。幾ら圧倒的な集団性を持つ敵でも指揮系統に狂いが生じれば、場に混乱が生じるのは必至だ。故にそこを一気に付く、つもりのようだ。

 

「《アクセル・スタブ》!」

 

「《スター・スプラッシュ》!」

 

この先へは行かせまいと次々と立ちふさがる黒いPCを、切っては捨て、切っては捨てて行く。そして、彼女たちの見据える先に、例の指揮官らしき人物の姿が飛び込んできた。

 

「先輩、奴を肉眼で捕らえました、いつでもどうぞっす!」

 

「えぇ、私も確認できたわ。これで終わらせるわよっ・・・・・・《シューティング・スター》!!」

 

キリノがアスナにありったけのアイテムでバフを与えて、アスナはそれらを受け取り《リミット・オーバー》でバフ時間を延長し、突撃系のソードスキル(後、省略しSSと表記する)を使って接近し、その相手に手に持った細剣を突き付ける。

 

 

『――それでは、これより第1層攻略会議を始める!』

 

『ここで俺が言うべきことはたった一つ。皆、勝とうぜ!』

 

『ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

『済まない・・・・・・後の事は、任せた・・・・・・』

 

 

この勝負、勝った。《閃光》のアスナが、敵の指揮官への奇襲を成功させた。この報告を受け取ったその場にいる誰もがそう勝利を確信した。だが――

 

「そんなっ、貴方は・・・・・・!?」

 

『・・・・・・』

 

その指揮官と真正面で向き合った、アスナの動きが止まった。今までのように見ず知らずの人に化けた黒いPCではない。その人物は、デスゲーム開始当初から階層攻略に加わっていた人物なら知らないことはないといわれた彼のものだった。

 

「ディアベル・・・・・・さん」

 

「・・・・・・」

 

ディアベル。かつて、キリト、アスナ、エギル、キバオウ等と共に第1層攻略に果敢に挑んでいった人物だ。元βテスターとして、元々仲の悪かったβテスター組と一般プレイヤー組の因縁を取り払い、理想の攻略組の骨組みになると期待されていた人物だ。しかし、その彼は第1層のボスであるイルファング・コボルトロードのβテスト時とは異なる攻撃によって命を落としている。だからこそ、普通であれば此処にいるはずがない。

 

『・・・・・・』

 

「かはっ・・・・・・!?」

 

「そんな・・・・・・先輩が・・・・・・」

 

ドシュッ、と音がして、黒の騎士の剣は、彼女の腹部に深く突き刺さる。一時の心の隙を突かれたアスナは、反撃することも叶わず、そのまま地面に倒れ伏した。

 

『殺ス・・・・・・』

 

黒の騎士はそう一言呟くと、何処からともなく先程アスナに突き刺した剣と同じ剣を取り出し、《閃光》の首元を切り裂いた。頭部が転がるわけでもなく、血も出ない。ただその光景は周囲の者達を絶望させるには十分だった。

 

「先輩ーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

キリノの悲痛な叫びも空しく、彼女の身体は淡い光の結晶となって砕け散った。そして、その瞬間、その場にいた全ての《血盟騎士団》団員達の戦意があっという間に削がれる。

 

『帰還スル・・・・・・』

 

同時に、彼女の死を以って興味を失ったらしい黒の騎士は、黒いPC達に号令をかけ、彼らと共にその場から姿を消した。

 

『2024年10月26日13:35 ギルド《血盟騎士団》副団長、《閃光》のアスナ、死亡』

 

各層の攻略会議場に号外として張り出されたその訃報は、多くの者を悲しみに陥れ、攻略組の最前線を担う者達からも希望を奪った。

 

そして、その翌日。そんな《血盟騎士団》に追い打ちをかけるかのように、団長のヒースクリフが突如として行方不明となる。有志やメンバー達による懸命な捜索も空しく、2024年10月30日、ヒースクリフ団長の行方捜索が打ち切られるとともに、ギルド《血盟騎士団》はその活動を停止した。当然ながら、階層攻略も直に攻略されるはずだった第74層のボス部屋を目の前にして攻略が一時断念される形となった。

 

 

2024年10月31日 8:40 《アインクラッド》第55層・グランザム 《血盟騎士団》本部・跡地

 

 

「・・・・・・」

 

そして、その訃報が伝えられた5日後の事。活動を停止し、ギルドホームの役割を果たすことがなくなった《血盟騎士団》の本部は解体され、すっかり更地となったそこに一人の少年が座り込んでいた。黒剣《エリュシデータ》を背負い、全身を黒い装備で固めたPC。そう、彼こそ《黒の剣士》キリトである。

 

「キー坊・・・・・・」

 

そして、そんな彼の近くに歩み寄って話しかける人物が一人。キリトのβテスト時からの知り合いで情報屋のアルゴだ。普段は滅多に表通りに姿を現さない彼だが、アスナの死を受けて立ち直れずにいるであろう彼を心配して出てきたようだ。勿論、いつもの正体を隠すための羽織物を被った状態ではあるが。

 

「アルゴか、アスナの事ならもう聞いたよ」

 

「うん、未だに信じらないけどネ」

 

事実として、第1層攻略時からキリトはβテスト時に他の誰も登ったことのない階層までたどり着いた経歴があるが故の知識量の豊富さを他人から妬まれ、大勢のヘイトを買った。

 

しかし、当時彼と行動を共にしていた、《閃光》と呼ばれる異名が付く前のアスナは、その対極を行く存在として崇められることになった。

 

「すまん、暫らく一人にしてくれないか」

 

嫌われ者ではあったが、そんな自身と同じ強さを持つ彼女の存在に、心奪われていたのはキリトも同じだった。だからこそ、あんなに強いプレイヤーがまさかここで脱落するなどとは夢にも思わなかったのである。

 

「アーちゃんの事は残念だが、変なコトは考えるんじゃねーゾ、キー坊」

 

「・・・・・・」

 

キリトの言葉を受け、考えうる最悪の選択肢を選ばせないように忠告をすると、アルゴはそのまま町の裏路地へと姿を消した。それと同時にキリトはその場から立ち上がり、別の場所へと向かう。もし、彼女がまだ生きていたのなら、自分がここで止まるのを望みはしないだろうと。そして、なにより、彼にはもう一つ気になる事があった。

 

「こんな時だってのに・・・・・・ヒースクリフ、アンタは何を企んでるんだ」

 

彼の狙いは、急に行方をくらました《血盟騎士団》ヒースクリフに向けられていた。前々から彼が他のプレイヤーとは何かが違うと睨んでいた彼は、自分のギルドの精鋭中の精鋭の死亡が伝えられた翌日に、その男がとった突然であまりに不可解な行動に、疑問を覚えていたのだ。

 

「それに茅場明彦・・・・・・アンタはまだこの後に及んで、ただの傍観者でいるつもりなのか」

 

このゲームに今起きている異常事態、恐らくこれはゲーム制作時には考えられていなかった仕様。ならば、このゲームの開発者であり、態々アーガスから権限を全て奪ってまでこの世界に入り浸ろうとした彼が、この他人からの侵略と思わしき事態を放置するはずがない。

 

「俺は・・・・・・どうするかな」

 

そして、この時の彼は不思議と冷静だった。それはきっと今の彼自身にも分かっていない事だろう。ただ、何故か無様に取り乱すことはなかった。同時に、今の現状ではまだすべてが見えているわけではないという事。ならば、己が成すべきことはただ一つ。彼女、アスナの分まで戦い続けるだけだと、強い気持ちを胸に秘めて。

 

 

2024年10月31日 9:00 《アインクラッド》第40層・アルハイム

 

 

「そんな・・・・・・嘘、嘘だよね、アスナ・・・・・・」

 

場所は変わって第40層。アスナの訃報がギルド《月夜の黒猫団》のいるこの層に届いてから、サチは失意のどん底にいた。

 

「ぐすっ・・・・・・約束したじゃん、約束って言ったじゃん私・・・・・・なのに、なのにッ!」

 

あんなに強かったアスナが負けた。しかし、それよりもこの前自分はダッカーに励まされて、前線で戦い続けるキリトとアスナの力になりたいと思って、レベル上げを頑張った。だが、結果はこのザマだ。守ると決意したその友人は自分が追いつく前にその命を散らしてしまったのだ。サチにとって最早、これ以上の絶望と屈辱を味わう出来事が他にあるだろうか。いや、ない。

 

「「「・・・・・・」」」

 

「ひぐっ・・・・・・う、ううっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

サチとアスナの交流は知っていたものの、それ以上の事は何も知らないケイタ達はサチの泣きじゃくる姿を見て、こんな自分達が何と声を掛けたらいいかわからず、只々、心配そうに見つめる事しかできなかった。ダッカーとフィリアを除いては。

 

「いいのかよ、こういう時こそサチと同じく、アスナとも交流のあるフィリアが宥めたりするもんだろ」

 

その頃のダッカーは、自分の部屋に籠り、黙々と鍛冶作業に勤しんでいた。フィリアはその部屋の中で壁に寄りかかり、ダッカーの作業を黙って見つめる。そんな彼女の姿に煮えを切らして、ダッカーは作業する手を止めることなく、フィリアに話しかける。

 

「私もあったとはいえ、サチ程交流があった訳じゃないし・・・・・・」

 

ダッカーの問いにそう返した彼女も、心の中ではこれで本当に正しかったのか、とまだ迷いの中にいた。親友である自分が、悲しみに暮れる彼女に、いの一番に声を掛けるべきなんじゃないだろうか。だが、幾ら取り繕ったところで、彼女が本当に求めている回答が出るはずもない事も分かっている。

 

「それに今サチに必要なのは慰めじゃないと思うんだ」

 

こんな風に軽々と口にできる自分が嫌いだ。でも、今はこの判断が正しいと信じたい。ゲーム開始直後の打たれ弱い彼女なら耐えられたものではなかったのだろうが、今の彼女は強い。だからこそ、そんな強い彼女を信じるのも長年一緒だった親友の務めであると言い聞かせた。

 

「そういうもんか・・・・・・ふーん」

 

その言葉を聞いても、ダッカーは特に気にも留めずに一心不乱に作業を熟し続ける。何が彼をそこまで駆り立てるのか、それはこの間のサチを慰めた時に、彼女とした約束があったからだ。

 

「・・・・・・(俺もケイタ達と一緒でサチが《閃光》のアスナとどういう交流をしてきて、どんな絆を紡いできたかは知らない。けど、だからこそ、言葉に出すよりやるべきことが他にある)」

 

自分がログイン時に見た彼女と、最近の彼女では明らかに心の変化による差がある。そう気づいていた彼は、『そうだろ、ダッカー』と自分に言い聞かせるように握っていた槌に力を籠める。

 

「・・・・・・(確かに仰ぐべき師は失った。けど、今の彼女には俺達もいる、それに俺と交わしたもう一つの約束もある。だから絶対に逃げることはしないはずだ)」

 

だったら俺は、その約束を果たすためにやるべきことをやるだけだ。それに、今行動に移さなければ後で絶対に後悔する。そういう予感があった。

 

「そういえば、アンタ。前に、習得予定とか言ってたユニークスキルはどうなったの?」

 

「あぁ、その事か。勿論、もう少しで習得できるとは思うぜ。戦闘でも抜かりは無い様にしないとな」

 

ふと、フィリアが口にしたのは、以前自分がサチに付き添う形で《月夜の黒猫団》に合流した時にダッカーから聞いた、ユニークスキル習得のために扱う武器を変えた、という話の続きだった。

 

「それに、ずっと短剣使ったままだとお前と被るしな!」

 

「その理由はもう聞き飽きたわ。本当のところを教えなさいよ、アンタがメイン武器を大斧に変えておきながら尚、取得難度が高いって言われるユニークスキルに挑む真意をね」

 

フィリアのその言葉を聞いて、ダッカーは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの表情に戻り、口を開いた。

 

「別に、そこまでマジに聞かれるほどの奥深い理由なんて俺にはねーよ」

 

「でも、サチが強くならなきゃって自分で言ってんだ。なら、俺だって負けてられないから、それくらいの事はやってのけねぇと、なんて思ってさ」

 

これはただ単に男の意地、と言う奴だ。好きだった女がまだ上を目指そうとしている、なら自分はそれを手本としながらそれよりも高みを目指したい。そしたら、きっとその先にまだ見ぬいい女がいるかもしれない。ホントはまだサチに遠からず振られた傷心から回復してないけど。

 

「そ、じゃあ、アンタは正真正銘の馬鹿ね」

 

「あぁ、そうさ。俺は馬鹿なのが売りだからな、へへへっ!」

 

そう言ってダッカーは、へらへらと笑って見せる。呆れた、これだから男って時々しょうもないわよね。

 

「・・・・・・で、その習得しようとしてるユニークスキルって何なの?」

 

「聞いて驚くなよ、俺が覚えようとしてんのは――」

 

 

2024年10月31日 9:30 《アインクラッド》第48層・リンダース リズベット武具店前

 

 

「また来るって言ったじゃない・・・・・・馬鹿・・・・・・!」

 

そして、またここにもアスナの訃報を悲しむ人物が一人。そう、此処の武具店の店主、リズベットである。サチがそうであったように彼女にとってもアスナは大事な友人の一人だったのだ。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

更に、そんな彼女の様子を店の外から心配そうに見ている男たちがいた。そう、皆様の御察しの通り、クライン率いる、ギルド《風林火山》の面々である。

 

「ちっ・・・・・・やっぱまだ駄目そうか。おい、おめぇら、行くぞ」

 

仲間たちの気持ちは分かるが、この場では自分たちの出る幕はないし、言えることも少ないだろう。そう判断したクラインがメンバー達を窓辺から引きはがし、撤退を促した。

 

「だ、だけどよぉ、リーダー」

 

「へっ、分かってねぇなあ、オメェら。今の現状で俺らが何をすべきか、考えれば分かる事だろ?」

 

飄々としているようにみえて、このゲーム内で知り合ったプレイヤー達の事を理解者で居ようとするこの男は、やはり只者ではない。本来なら、こういう面をちゃんと表で見せていればそれなりにモテるはずだろうに。いやいや、欲望に忠実な分、実に残念な男である。

 

 

2024年10月31日 10:20 《アインクラッド》第65層・神殿エリア転移門前

 

 

「なんで、何で先輩だけ・・・・・・何でなんですか!?」

 

モンスターの来ない安全圏で、地面にへたり込み、泣きじゃくる私。あの後、先輩が目の前で殺されてから、私のメールBOXに先輩の名前でメッセージが届いていた。中身には何も書かれておらず、代わりに。

 

「こんなの・・・・・・こんなの受け取れないっすよ。これは、これは先輩だから扱えたのに・・・・・・」

 

先輩が、最期まで身に纏っていた装備一式が入っていた。細剣《ランベンライト》と《閃光》のアスナ専用防具。自分ではそう思っていたが、ステータス上はどうやら私も全部装備できる程には強かったらしい。皮肉すぎる・・・・・・本当に皮肉すぎるステータスだ。

 

「でも、もし先輩がこうなる事も見越したうえで、私にこれを送ってくれたとするなら・・・・・・」

 

「他の誰でもない、私が先輩に代わって調査を進めなくちゃいけないんだ」

 

アスナ先輩と私が所属していた、ギルド《血盟騎士団》は活動を停止した。しかし、まだこのゲームの要である階層攻略も残っているし、黒いPCも以前として正体がつかめていない。なら、先輩から遺志を継いだ私がこれに関わらない訳にはいかない。

 

「待っててくださいね、先輩。敵は必ず討ちます、だから、見ててくださいっす・・・・・・!」

 

装備変更画面を開き、私は先程開封して手に入れた装備一式を一括装備する。忽ち、私の姿が《閃光》の影武者ではなく、《閃光》のアスナそのものになる。後ろ姿だけ見たら、確実にどう見たところで本人だ。

 

「《ランベンライト》・・・・・・ちょっとだけ、私に力を貸してください」

 

武器が意思を持っているというわけではないが、それでも、今ばかりはランベンライトが自分を使うことを許してくれた気がした。キラッ、と光る剣身を鞘に納め、私は歩き出した。先輩の敵討ちを果たすために。

 

 

――それは、《隼》が《閃光》を継いだ、まさにその瞬間であった。

 

 

しかし、決意を固めたところで果たして何処から攻めるべきか、決めあぐねていたキリノの元に一通のメールが届いた。

 

『今後の方針でいくつか確認しておきたいことがある。65層の転移門前で落ち合おう キリト』

 

「キリトさん・・・・・・」

 

差出人は《黒の剣士》キリトからだった。アスナを通して何度か交流したことがあり、噂で聞くような人ではないという事も分かっている。そして、何よりこのSAOの中では一番強いと定評のある人物。これ以上ない嬉しい展開にキリノの心は一転して舞い踊り、気付けば返信の文を打っていた。

 

「えっと・・・・・・分かりました、今丁度65層にいるので転移門まで向かいますね、っと」

 

了解した旨のメールを送り、神殿エリアを離れていくキリノ。そして、そんな彼女の位置から少し離れた神殿の入り口前の柱の陰。そこに、《閃光》のアスナを打ち取った《黒の騎士》が彼方の様子を伺いながら、ずっと立ち尽くしていたことを、キリノはまだ知らない。

 

 

2024年10月31日 10:20 《アインクラッド》第50層・アルゲード

 

 

『【号外】攻略組希望の星、ギルド《血盟騎士団》所属《閃光》のアスナ、死す』

 

「・・・・・・」

 

情報屋によって町中に配られている、とある情報雑誌のそんな文面が躍る紙面を見ながら、街中で冒険者というにはあまりにも見当違いの赤いスーツに身を包んだ男が一人、佇んでいた。

 

「《閃光》のアスナ死亡って・・・・・・おいおい、どうすんだよ!?」

 

いや、正確には一人ではない。その周りには数人の男達がその男と同じように佇んでいた。そして、その内の一人がその紙面を見て焦りだしたのだ。

 

「おまけに《血盟騎士団》も活動停止とか、このままじゃ俺達この世界で犬死も同然じゃねぇか!?」

 

恐らく、彼等も今までの攻略組の活躍に希望を感じていた者達なのだろう。だが、その希望の芽も潰えた。故に不安を感じていた。しかし、そのスーツ姿の男は違った。

 

「いいや、違うな。それじゃあ、筋が通らねぇ」

 

「はぁ!?」

 

先程から騒いでいる金髪の男が疑問を投げかけるも、その男の目は何処か遠くを真っすぐと見据えて、この暗雲に覆われ始めた世界で何かを掴もうとしているようにも見えた。

 

「長らくここに閉じ込められた奴らの希望として君臨し続けたデカい勢力が一つなくなった。だが、これは、俺達がその座まで一気に駆け上がる、そのチャンスだと思わねぇか」

 

「そうだな、団長の言う通りだ。やるなら今しかねぇって事か」

 

「うん、どっちにしろアンタの命令なら、俺達は必ずやり遂げるだけだ」

 

「応よ!今こそ俺達の本領発揮だ、目にもの見せてやろうじゃねぇか!」

 

そして、その男の決意の言葉に周囲にいた他の三人の男が、同意ととれる意気込みを放つ。一人は武骨で荒々しい鋼のような体を持った男、一人は小柄だが極めて冷静に対処する男、もう一人はおちゃらけた雰囲気を醸し出す元気溌剌な男だ。

 

「成程。やはり、君達ならば当然戦いを優先するものと思っていた。私の目に狂いはなかったな」

 

すると、後ろからまた新たな男が姿を現した。先程の騒いでいた男と同じ金髪をしているが、彼とは違って冷静に何か含みのある笑みを携えた男だった。

 

「アンタか。すまねぇな、突然呼び出したりしちまってよ」

 

「いいや、問題ない。寧ろ、君達の作戦の一員として加われる事、改めて光栄に思う」

 

「これでアンタとも腐れ縁ってわけか、よろしく」

 

「フ、そうだな。キミのいつも通りの活躍、期待させてもらおう」

 

リーダー格の男と小柄な男が彼と親しげに話している。如何やら、彼らはここ最近どころではなく、もっと長い年月を経て共に行動していた者達の様だ。

 

「それで、団長。まず手始めにどうするよ、どうせならデッケェ花火でも打ち上げようぜ!」

 

「あぁ、先ずはお前の言う通り、空いた座を掴み取る為の大舞台が必要だ。さて、何処にするかな」

 

そう言って、団長と呼ばれた長身の男はこの世界の階層情報がまとめてあるマップを広げる。そう、彼らは今、攻略組最大と謳われた《血盟騎士団》に取って代わる、新たな攻略組のトップとして自分達のギルドが君臨することを計画しているようだ。

 

「劇的な舞台に似つかわしい劇的な演出をお望みか。ならば、これはどうだろう。君達好みの良いシナリオが描けそうなのだが」

 

冷静さを崩さぬ金髪の男が、彼らの広げるマップのとある一点に、分かりやすくマーカーを加える。

 

「何から何まで準備済みってわけか。相変わらず恐ろしいな、アンタは」

 

「何、私に伝説の一節を垣間見せてくれた、君達への返礼としては安いものだ」

 

「そうやってアンタは・・・・・・まぁ、頼もしい事に変わりはない、か」

 

その後、彼らはその作戦について長らく話し合った末に、確定した情報を書き留め、それらをギルドのメンバー全員に対して送信した。遂に、此処からこの世界においての彼らの快進撃が幕を開ける。いざ、救世の旗を掲げよ。搾取され続けた者達よ、反撃の狼煙の下に集え。

 

「団長、ギルドの用意、出来ました!」

 

再び新たな男が、その場に姿を現す。小柄だが、先程出てきた同様の男とは違い、元気溢れる少年のような性格をしていた。彼の背後には、長身だがまだ顔に幼さが残る青年が連れ立っている。

 

「おぉ、サンキュな。いつも仕事が早くて助かるぜ」

 

「へへへっ、コイツも頑張ってんだ。俺も頑張らねぇと!」

 

団長と呼ばれた男に褒められて上機嫌の彼は、隣の彼を指さしながらそう宣言する。それにしてもこれまで色々な人物が出てきたが、ここまで女っ気に欠けるギルドは珍しい。果たして、彼らは一体何者なのだろうか。

 

「漸く俺様の新しい装備が試せそうだ、ワクワクしてきたぜ!」

 

「また突っ込みすぎて死にかけないように注意しろよ・・・・・・」

 

「ああ、畜生!ここまで来ちまったらやるしかないだろ、ヤケクソだ、やってやろうじゃねぇか!」

 

「張り切りすぎて足引っ張ったら、許さないよ」

 

「ふっ、はははははっ・・・・・・!」

 

「うげぇっ、またあのうさん臭い奴来てんのかよ。オレ苦手なんだよなぁ、あの人」

 

「こら、本人の前でそんなこと言ったらダメだろ。長らく付き合いある人なんだから」

 

騒がしい者から落ち着き取り払った者、色々愉快な者まで。十人十色ともいえる強烈な個性を持った男達がお祭り騒ぎ状態でその場から去った後、団長と呼ばれた男だけがその場に残った。否、彼の他にも一人男はいた。あの面子からは想像もできないほど気の優しそうなふくよかな男だ。

 

「悪いな、もしかしたらまた変な事に突っ走っちまったかもしれねぇ」

 

「ホントだよ、今回も上手く行く保障何て何処にもないって言うのに」

 

団長と呼ばれた男の話に半ば呆れながらも、その言葉を信じて精一杯サポートする、とでも言いたげな表情をした彼はこのギルドの参謀か何かだろうか。彼らの間に結ばれた固く大きな絆は、この時点で既に察するにはあまりに十分すぎた。

 

「けど、これが俺達の新しい一歩になるんだね」

 

「やっとここまで来た、漸くだ。漸く、散々コケにされてきた俺達が入り込める隙が出来たんだ。恐らく、これ以上に利用できるもん何て、今の俺等にゃ望んでも手に入らねぇものばかりだからな」

 

「やるぞ、俺達で一気に駆け上がる。もうどうせ、逃げ場なんてねぇんだ」

 

「あぁ、分かった。ただ、無茶だけはしないでね。ウチのギルド、只でさえ少数精鋭なんだから」

 

「分かってるさ」

 

彼らはお互いに拳と拳をぶつけ合い、先に去って行った一団の後に続いた。

 

「・・・・・・(やはり、彼らは持ってるのだ。()()()()()()を)」

 

冷静に事を見つめる金髪の男は、和気あいあいとした空間の中で一人何かに思いを馳せていた。彼の言うあの時代とは、一体何の事なのだろうか。

 

「そんな彼らだからこそ、私は力を貸している」

 

「今こそ、この私と彼らが中心となって、新たな伝説の幕開けを作ろう」

 

「バエルよ、私は此処にいる・・・・・・!」

 

高らかに頭上に手を伸ばし、何らかの答えを得た彼は、その場を静かに立ち去った。

 

 

果たして、この一団の活躍によって、新たに紡がれていく物語とは。そして、この物語の主人公でもある彼女と邂逅した時、徐々に面相を変えつつあるこの世界が如何なる決断を下すのか。祝え、今こそ改変の時の鐘は鳴り響いた。全ての予想を覆す、そんな旅に諸君らを案内しよう。

 

                                                                   To be continues…

 

 

~次回予告~

 

――黒の剣士と《閃光》を継いだ少女は、真実の探求へ。

 

――青き少女とその仲間達は、遥かに強い決意を抱いて。

 

――紅蓮の武士は今一度、奮い立つ。

 

――そして、とある男の遺志を継ごうとした者達の壮絶なる葛藤劇。

 

 

見逃すことなかれ、これは全て、管理者のいなくなった世界で起こる、異世界の記録。

 

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第五話「Dark Knight」。

 

 

次に、お前はこの世界が元とは違う色に染まりつつあることを知る。

 

恐れることはない、此れから紡がれる全てを知り、全てを悟れ。

 

 

 




多分、原作の登場人物たちは絶対ここまで冷静じゃいられないはず。

感想や御意見など伺えたら、ありがたいと思う次第です。

次回、お楽しみに。


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第五話「Dark Knight」

黒いPCこと《黒の使徒》。彼等の新たな真実が明らかに……!?


2024年10月31日 19:25 《アインクラッド》第24層・草原エリア

 

 

「ハァッ・・・・・・ハァッ・・・・・・!」

 

今尚戦場へと歩み寄れぬ、この世界に恐怖した者達が互いに身を寄せ合う低階層。そんな階層の迷宮区をボロボロになった装備を纏って走り抜ける男が一人。

 

「な、何なんや、アイツらは・・・・・・!」

 

彼の名はキバオウ。SAO攻略開始当初から最前線で戦い続けてきた古参の戦士で、同じく初期攻略組にいたキリトやアスナとも顔が知れた仲ではあった。ただ、そんな彼が何故こんな階層で必死に何かから逃げ回っているのか。

 

「まさか、《ラフィン・コフィン》の連中が遂にワイを・・・・・・!?」

 

答えは必然、最近のSAOで巷で噂になっている、黒いPC・・・・・・いや、既に彼等と手合わせしてその尋常ならざる不気味な雰囲気を見た有志達によって《黒の使徒》と呼ばれるようになった者に彼は現在追われている。しかし、彼は、それが殺人ギルド《ラフィン・コフィン》が落ちぶれた自身に放った刺客だと勘違いをしているようだ。

 

「ま、まだや・・・・・・まだ、ワイは死ぬわけにはいかん・・・・・・!」

 

「ワイは、まだディアベルはんとの約束を果たせてないんや・・・・・・!」

 

《ラフィン・コフィン》一味に利用されるだけ利用されて、いつの間にか組織の内部分裂だけでなく下層に住む低レベルプレイヤー達から恐喝紛いの税の徴収、異を唱えた者への処罰にすら手を染めてしまった。遂にはギルドを糾弾された彼だったが、βテスターが嫌いだった最初の頃の自分が約束を交わした相手の名前はしっかりと憶えていた。

 

「ディアベルはーーーーーーーーん!!」

 

ディアベル。その名を冠したプレイヤーと彼の運命が皮肉にも再び交わる時、この絶望にも似た状況からの脱出口を開く鍵となる事を、彼はまだ知らない。

 

 

2024年10月31日10:30 《アインクラッド》第65層・迷宮区 転移門前

 

 

「・・・・・・」

 

キバオウが黒の使徒に追われる9時間程前。《閃光》のアスナをPKしてから、俄然勢いの増してきた《黒の使徒》に対抗すべく、最前線トップクラスの実力を持つ彼、《黒の剣士》キリトは早速行動を開始していた。そんな彼が最初に打った一手、それは・・・・・・。

 

「キリトさん、お待たせしましたっす!」

 

「おう、キリノ、久しぶり・・・・・・って、その恰好は・・・・・・!?」

 

「あ、あはは、気付いちゃいましたか?」

 

元《血盟騎士団》副団長補佐であり、アスナと共に《黒の使徒》との交戦経験があるキリノを呼び出し、彼女と共に調査を進めようとしていたのである。しかし、彼は呼び出した彼女が纏っていた装備一式を目にして、かなり意表を突かれた。そう、彼女が今現在纏っている装備、それはあの《閃光》のアスナが装備していたものに他ならなかったのである。

 

「え、ええっと。先輩に・・・・・・最期に託されまして。に、似合ってる、でしょうか?」

 

「あ、あぁ。似合ってるよ、流石は《閃光》の影武者だな・・・・・・」

 

「え、えへへ。キリトさんにそう言っていただけると、嬉しいっス」

 

既に全階層に彼女の死亡が伝えられたとはいえ、まだそれが真実とは到底思えなかった現状の彼にとって、これ以上に空気を気まずくさせるものはなかった。しかし、彼女を通じて色々と交流してきてしまっている仲。彼女が信じて残していった土産である、彼女の後輩の前で無様な醜態を晒すわけにはいかない、と彼は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

「じゃ、じゃあ、取り敢えず、行こうか・・・・・・!」

 

「は、はい。よろしくお願いします、キリトさん!」

 

最強の片手剣士キリト。そんな肩書を持つ彼も、女性に対してはあまり免疫のない、只の引き籠りゲーマー廃人。何より、孤高の誇り高きDTなのだった。

 

「この場所で《黒の使徒》と実際に戦闘した・・・・・・と言う事で間違いないな?」

 

「はい、流石の《血盟騎士団》でもあの数相手は厳しかったですね」

 

あの日の夜に戦いの舞台となった神殿エリアへ足を運んだ二人。実際問題として、あれだけの大規模な物量で押されれば、例え大規模ギルドでさえも相手取るのは厳しいものとなる。ましてや、時間と共に段々と増殖する相手であるなら猶更の事だ。

 

「そこで君とアスナは確かに会ったんだな、《黒の使徒》になったディアベルに」

 

「はい。えっと・・・・・・私、その人がどういう人か知らないんですけど?」

 

「あぁ、そっか。キリノは第一層の攻略時にはまだ攻略組にいなかったもんな」

 

「そうだな・・・・・・きっと今頃彼がいたなら、攻略組の雰囲気は大分違っていたかもしれない」

 

そして、キリトは思い出す。あの全てが始まった運命の日の事を。

 

『俺の名はディアベル。職業は気持ち的に、騎士(ナイト)やってます!』

 

始まりの街から大きく離れた場所にある第一層・トールバーナ。その町の中心部にある集会スペースのような場所で初の攻略会議は開かれた。そして、それを開いたのが、ディアベルという青い髪をした爽やかな雰囲気を持った男。彼は、軽くジョークを交えながら自己紹介を始めていて、それを見に来た人々から自然と笑顔がこぼれていた。

 

『皆に報告がある。つい先程、俺達のチームの一人が迷宮区でボスの部屋を発見した』

 

和やかな雰囲気で始まったこの会議も、彼のその一言で一気に空気が引き締まった。長らく停滞していた階層攻略、その最初の一歩となるべく道がこの日遂に切り開かれたのだ。

 

『今まで何人もの仲間が死んでいった。けど、これで終わりじゃない・・・・・・寧ろここからが始まりだ!』

 

『俺と同じ意思を持ってこの場に集まってくれた皆に頼みがある!頼む、力を貸してくれ!』

 

うぉぉぉぉぉぉっ、と会場のボルテージが一気に高まる。死地の中に漸く見えてきた希望、それが今まさに騎士ディアベルとその仲間たちによって開拓された。これこそが命を散らし犠牲になった仲間達への捧ぐ追悼と自分達を此処まで追いやった運営に対しての報復、それを叶えられる場所が今の自分達に齎されたのだ。ならば、やるべきことは一つしかない。

 

『OK。それじゃあ、早速だけどこれから攻略会議を始めていきたいと思う。先ずは――』

 

『ちょお、待ってんかぁー!』

 

そんな中、ディアベルの言葉を止めて乱入してきた一人の男。彼の名はキバオウ。当時の彼はβテストで先にこの世界の事を知り尽くしていたβテスター達を酷く嫌っていた。今まで、自分達が生き残る為に頼ってきたこの世界について印されたガイドブック、それらが元βテスター達から無料配布されていると言う事実を知らないままで。

 

『こん中に、今まで死んでいった奴らに詫び入れなあかん奴がおるはずや!』

 

『キバオウさん、君のいう奴ら、とはもしかしてβテスター達の事を指しているのかな』

 

『せやろがい』

 

普通ならば、結束力が高まっている中、邪魔者扱いされて終わるはずだった。しかし、ここはデスゲームと化したSAOの中。普通の枠組みとは違った世界なのだ、つまりは。

 

『そうだ、そうだ!β上がり共は謝れー!』

 

『この人でなしー!』

 

キバオウのそれに同じ思いを片隅に抱えていた者達が騒ぎ始める。攻略を前にして、全てが破談で終わってしまうのか、そう思われた矢先。

 

『ちょっといいか、俺の名はエギルだ。キバオウさん、つまりアンタが言いたいのは・・・・・・』

 

一番手前の席から立ち上がった褐色肌の大男、エギルによって、その場に生じかけた混乱は反発のボルテージが上がり切る前に押し留めることが出来たのである。

 

『よし。では、解散!!』

 

こうして、第1層の攻略会議は何とか無事に終えることが出来た。その後開かれた攻略組参加プレイヤーのみが参加できる親睦会では、会議を開いたディアベル本人が自分と同じβテストプレイヤーから本稼働後にやって来た一般プレイヤー達まで分け隔てなく、平等に接した。彼のこの日の仲介があったからこそ、まだお互いに深く残る禍根めいたものがプレイヤー間を通して再び勃発する事を未然に防ぐ、謂わば防波堤のような役割を果たしていたのかもしれない。

 

『皆、いよいよボス戦だ。この扉の先に俺達が倒すべき敵と進むべき道がある』

 

『俺から言う事はたった一つだ。勝とうぜ!』

 

その翌日の事。会議通りに事は進み、ボス部屋の前で最後の決起集会のようなものを開いていたディアベル一行は彼を先頭に部屋の扉を開けた。すると、その部屋の奥、玉座に座っていた第1層の主、イルファング・ザ・コボルド・ロードが姿を現した。

 

『全隊、突撃ィー!!』

 

『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』』』』』』

 

ディアベルの指揮の下、周囲に出現した雑魚のルイン・コボルド・センチネルとその主イルファング・ザ・コボルド・ロードとの決戦が始まった。

 

――激戦。そう呼んでも過言ではない程の迫力が確かにその場にはあった。一時共闘をしたキリトとアスナを中心とする討伐隊がルイン・コボルドを相手取り、その隙にディアベル隊とその他の討伐隊がイルファングにダメージを与え続ける。全てはβテスター達が記したガイドブックによる対策法を学んだ甲斐があってか、攻略は思うように進んでいた。

 

しかし、ボスのHPが半分まで減ったところでイレギュラーは起こった。

 

『■■■■■■■■■■■■ォォォォォ!!』

 

ガイドブックにも記されたHPの減少による武器の換装。元々装備していた斧とバックラーを投げ捨て、曲刀カテゴリのタルワールに持ち替える、そういう情報のはずだった。ところが実際は。

 

『皆、離れろ。俺が出る!』

 

『待て、ディアベル!』

 

これまで攻略情報通りに足が運んでいたこともあり、ディアベルは自身が最初から目論んでいたLAボーナスを決める作戦を実行した。だが、イルファングが実際に持ち替えた武器はタルワールではなく野太刀。

 

『ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

当然、ディアベルはβテスト時の情報から全くかけ離れた動きを見せたイルファングに対抗する術もなく、無残にも胸部を切り裂かれた。絶望が、一瞬で戦場全体を包み込んだ。

 

『済まない・・・・・・後の事は、任せた』

 

迷わず駆け寄ったキリトが差し出したポーションの受け取りを拒み、ディアベルは静かに消滅した。最後に全ての事を目の前にいた一人の少年に託して。

 

『まだ終わってない・・・・・・各隊、再度持ち場につけ!一気に決着を付ける!!』

 

嘗てのβテスターであり、そのβテスト中、他の誰も辿り着けなかった階層まで上り詰めた男、《黒の剣士》キリト。彼がその二つ名と《ビーター》と呼ばれるようになったのは、ここからだった。

 

「わぁぁ、じゃあ最初のボスを撃破できたのは、その人とキリトさんのお陰なんですね!」

 

「俺の力なんて微々たるものだよ。あの時のチームプレイは彼にしか出来なかっただろうしな」

 

「そんな事はありません。だって、キリトさんは確かにその時に託された事をやり遂げたんですから!」

 

その話を聞いて若干興奮気味のキリノと、正反対に少しだけ表情を暗くするキリト。彼がこのデスゲームの中で自分以外の他人を想えるようになったのはこれがきっかけ。全てはディアベルと言う一人の騎士(ナイト)が居なければ成しえなかった事だ。だから、そこで自身が褒められるとは思っておらず、彼は照れ臭くなって、キリノから視線を逸らした。

 

「兎に角、そんな彼の姿をしたそれが暴れることで、彼の築いたものが壊れる様は見たくない」

 

「やっぱり、キリトさんは優しい人ですね」

 

「な、何でそうなるんだよ」

 

「だって、普通だったらそこで実際に出来事を体験をしたからって、そういう気持ちには中々なれないじゃないですか」

 

「そ、そうかぁ・・・・・・?」

 

キリトの疑問が残っている様な返事とは裏腹に、キリノは、はっきりとそう断言した。この誰もが性根を腐らせてしまうこの世界に於いて、キリノのように只管に純粋に人の行為や意思を尊重できる人間は多くない。彼は彼女のような希少な人材を残していってくれたアスナに感謝しながら、彼女のような存在が犠牲にならない様に、この世界が終わるその瞬間まで守り通すことを心の中で誓った。

 

 

「うーん、一通り調べてはみたけど、この辺りには何もなさそうだな」

 

「そうですねぇ・・・・・・そんなに日も経ってないので何かあると思ったんすけど」

 

数時間にも及ぶ探索も空しく、この層では彼らが捜している《黒の使徒》達の情報を握る何かは残されてはいない様だった。もしかしたら、奴らはそんな手掛かりとなる物さえも持っていないかも知れない。だが、得体の知れない相手だけに、せめて奴らが何処から来ているのか。その情報だけは知りたかったのである。

 

「ええと、他に《黒の使徒》が出てきそうな場所を誰かから聞いてなかったか?」

 

「あ、それだったら分かりますよ!私と先輩が最初に《黒の使徒》と戦った、第24層の草原エリア!」

 

「へぇ・・・・・・じゃあ、そこにあるかもしれないんだな」

 

「はい。あ、そうだ!タツヤさん、今日は来てないかな・・・・・・」

 

「タツヤさん?」

 

キリノの話を聞いて24層へ足を運ぼうとしたキリトは、彼女が発した全く聞きなれない名前に少しだけモヤっとしてしまった。名前を聞く限りは恐らく男。それに、彼女が自分だけではなく、先輩と呼び慕う相手。つまり、アスナと共にその人物と会っていたことになる。アスナからそんな話をされたことがなかった為、キリトは勝手にそいつにアスナを取られたかのような気持ちになっていたのである。

 

「はい、凄いんっすよ、タツヤさん!何たって、レベルがカンストしてるんですから!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

現時点でレベルがこのゲームが設けた最大値までいっている。その事実を前にキリトは愕然とした。まさか、自分自身より遥かに強いプレイヤーが存在していたなんて。彼は、急いで情報屋のアルゴに連絡を取った。

 

『なーんだ、キー坊。アポなしの仕事は受けつけてねーゾ』

 

「ア、アルゴ!さっきキリノから聞いたんだが、今の時点でレベルがカンストしてるプレイヤーっていたのか!?」

 

『は、何言ってんだ、キー坊?とうとう頭がおかしくなったカ?』

 

「んな訳ねぇだろ!?キリノの話だとアスナも会ってたみたいだし・・・・・・でも、お前の情報にはなかったよな!?」

 

『オイオイ、オレっちだって情報屋とは言っても全部把握できてるわけじゃねーんだゾ』

 

『大体、そんな奴がいたなら何で今まで攻略戦に参加してこなかったのサ?』

 

「そ、それは・・・・・・」

 

確かに、アルゴの言う事は尤もであった。だが、まさかキリノがこんなつまらない嘘や冗談を言うような少女とは思えなかった。だとすれば、アルゴに直接プレイヤーネームで検索をかけさせればいい。そう思って、彼女にネーム検索を依頼した。すると。

 

『キ、キー坊・・・・・・』

 

「どうした、アルゴ?」

 

『いや、マジで出てきタ・・・・・・プレイヤーネーム・タツヤ、レベル250』

 

『破格外すぎんだロ、このプレイヤー。さっきは疑って悪かったよ、キー坊』

 

通話越しに、彼女の顔が驚愕の色に染まっている様が実にありありと見えるようだった。

 

『何で今まで攻略に参加してこなかったのか、逆に不思議だゼ・・・・・・』

 

普通であれば、ゲーム中で最強格ともいえる強さとレベルを持ち合わせているなら、攻略組に気まぐれで一度くらいは参加するはずだ。であるならば、彼は元々この階層攻略自体に全く興味がなかったという回答が導き出される。だが、それは本当にあり得るのだろうか。

 

「このゲームの開発者の茅場明彦と同じ思考回路だったり、とか・・・・・・」

 

『あんな頭のおかしい野郎が、世の中に二人といてたまるかヨ』

 

「まぁ、それはそうだが」

 

アルゴの言葉にそれとなく同意しつつも、自分が密かに憧れていた人をこうも悪く言われてしまった事で、一抹の物悲しさのような感情が胸中で渦巻いてしまった。

 

『ま、考えて分かんねぇもんは調べるに限るってカ』

 

『このプレイヤーの事については、オレっちの方で調べてみる。続報を待つんだナ』

 

「あ、あぁ。急で悪いが、頼んだ」

 

最後に別れの挨拶を挟んでから、キリトは彼女との通話を切る。不味い、《黒の使徒》の事を調べるつもりが、自分から全く関係なさそうな話題に食いついてしまった。そんな後悔をする彼を尻目にキリノは頻りにレーダーマップを見て、彼の存在を追っていた。しかし。

 

「駄目っすね。今回は流石にいないみたいっす・・・・・・て、どうしたんすか、キリトさん」

 

「い、いや、大丈夫だ。問題ない」

 

「そっすか。じゃあ、早速、24層の草原エリアまで行くっすよ!」

 

お互いにテンションの上下が激しい中で、彼と彼女は次なる目的地の24層の草原エリアへと転移門を使って、移動したのであった。

 

 

2024年10月31日 15:25 《アインクラッド》第24層・草原エリア 転移門前

 

 

そして、キリトとキリノの両名はその問題のエリアに降り立ち、再び情報の手掛かりとなるものの捜索を開始した。該当エリアをじっくりと捜索して回る事、4時間。場面は最初のシーンへ戻る。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

持ち前の逃げ足を活かして、《黒い使徒》達の追走から何とか逃れようとするキバオウ。すると、彼は自身の見ているレーダーマップに他のプレイヤーが2名ほど来ていたことに気が付いた。何でもいい、誰でもいいから自分をこの状況下から救い出してくれ。そんな思いで、彼はその反応がある方向に全力で駆けだしていた。

 

「へへっ、一人じゃあ無理やけど、徒党を組めればこっちのもんや!」

 

走った。ただ只管、がむしゃらに走り続けた。そして、同時にこうも思った。せめて、この状況が自らの近くに迫ってきているからとはいえ、逃げおおせるような薄情者で無い事を。

 

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・!」

 

プレイヤーの反応があるエリアまで近づいてきた。そして、プレイヤー側にも未だにその場から動く気配はない。これは一世一代の神がこんな自分に齎してくれた救済だ、そんな下らない事を頭の片隅で思い描きながら、彼はその近くのプレイヤー達がいる岩陰に一目散に飛び込んだ!!

 

「ウィーーーーーーーッ、おっとい・・・・・・!」

 

「うおっ!?」

 

「わわっ!?」

 

「ワイはキバオウってもんや。アンタ等が何処のどいつか知らんが、少し手を貸して――」

 

自分ではバッチリ決まったと着地だと思った。彼らが驚いた様子で此方を見ているような視線を感じて、久々に注目されたことへの満足感を抱えて自己紹介しながら、ゆっくりとそのプレイヤー達のいる方へ振り返った。

 

「「「・・・・・・」」」

 

そのプレイヤー達とバッチリ目が合う。そこで、彼は漸く気付いた。自分の助けを求めようとした相手、それが自分自身が今まで一番嫌ってはいても、その実、不思議と縁が切れなかった相手。そう、《黒の剣士》《ビーター》の名を持つ、キリトその人だった。

 

「なッ、何でお前がここにおるんやぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「そ、そっちこそ。こんな時間に、何でアンタがいるんだよ!?」

 

全ては必然の中の偶然、出会い頭の衝突は避けられぬ運命だった。

 

「ワ、ワイは、ワイは・・・・・・何や、その、花見や、花見ィ!!」

 

「やるにしても時期が遅すぎるだろ!?」

 

「う、五月蠅い。ビーター様には関係あらへんわ!!」

 

キリトの突っ込みどころはそこではない突っ込みとキバオウの言い訳をするにしては全くもって通用しない見苦しい言い訳がぶつかり合い、その場は一時のカオスと化した。

 

「あ、あの、お二人共!!」

 

「キ、キリノ。今はちょっと取り込み中だからさ・・・・・・」

 

「そや。邪魔せぇへんでもらおか、お嬢ちゃん。ワイは、ワイはコイツに――」

 

そんな二人の間に真っ青になった顔で割り込んで説得しようとするキリノ。しかし、キリトもキバオウもそれを自分達の喧嘩の仲裁に来たと思い込んでしまって、その真意に気付けずにいた。

 

「大変っす、《黒の使徒》っす!さっき、多分、その人を追っかけて行った部隊が此方に気付いて、大勢で戻ってきました!?」

 

「な、何やてぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「何だってぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

本来、隠れた上で声を潜めてやり過ごすべきだったのだが、この二人が終始五月蠅かったこともあり、完全に敵に此方の位置を発見されてしまった。二人がキリノが指さした方角を見ると、ドドドドドドドと音を立てながら、先程までキバオウを追っていた《黒の使徒》の大群が一斉に此方に向かって来ているのが目に映る。そこまで確認が取れたなら、最早するべきことは一つであった。

 

「「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」」

 

悍ましい程に増えた《黒の使徒》達を前に、全力で逃亡を謀る3人。しかし、時既に遅し。次第に彼等の左側から右側から、そして遂に前からも《黒の使徒》達が現れて、四方を完全に包囲されてしまったのである。

 

「も、もしかして囲まれとるんか!?ああ、しもうた・・・・・・もうお終いや・・・・・・!」

 

「あ、諦めないでください!まだ、残されたチャンスはあるはずです!」

 

絶望してその場にへたり込むキバオウを、何とか励まそうとするキリノ。もう残された選択肢はない、と一瞬思いかけたキリトだが、追いつめられる余りすっかり存在を忘れ欠けていたあのアイテムの事を思い出し、叫んだ。

 

「キリノ、転移結晶は!?」

 

「あっ、はい!勿論、あります!転移・・・・・・バナレーゼ!」

 

キリトの指示を受けて、キリノが急いでアイテムストレージから当該アイテムを取り出すと、それを高らかに掲げて、転移先のこの層の街の名前を叫ぶ。

 

・・・・・・だが、それは何時まで経っても彼等を転移させることはなく、だんまりを決め込んでいた。

 

「あ、あれ、おかしいな。転移無効化エリアとかでもないのに・・・・・・!?」

 

「駄目や、今度こそ詰んでもうた・・・・・・!」

 

「くそっ、この人数相手に戦うしかないってのか・・・・・・!?」

 

キリトが自慢の剣である《エリュシデータ》を鞘から抜き放ち、構える。今まで数々のボスモンスターや雑魚敵を葬ってきた彼でさえ、戦う気力を失ったキバオウとそんな彼を守りに入っているキリノの二人を何方とも犠牲にせずにここを突破するのは、あまりに酷過ぎる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

最早、自身が切り札として取って置いているアレを使うしかないのか。最悪の形での披露に躊躇いはあったが、この際致し方ない。今は少しでも自分達の生存率が高い法を選ぶしか他に方法はないのだ。そう、自分に言い聞かせ、深呼吸をしてメニュー画面のステータス画面をタップした。

 

「キリノ!頼む、少し時間を――」

 

準備の為、キリノにスイッチでの交代を申し出ようとした、その時だった。突如、キリトの前に《黒い使徒》らしき人影が現れ、前方の大群に向かってソードスキルを打ち出し、その隊列を大きく崩したのだ。否、それはソードスキルではあったがエフェクトが黒く染まっているものだった。ゲーム廃人とかMOD職人とかそういう領域ではない。

 

『・・・・・・』

 

一体の《黒い使徒》によって放たれた一撃。純粋な輝きを失い、ただ血と混沌に飢えた、謂わば《狂化SS》。それを放った人物こそ――

 

「そ、そんなあり得へん・・・・・・まさか・・・・・・!?」

 

「アンタ・・・・・・ディアベル!?」

 

『■■■■■■■■・・・・・・』

 

『ア゛ァァァァァァァァァァ・・・・・・!』

 

アインクラッド第65層の神殿エリアにおいて、彼の《閃光》を討ち取った《黒の使徒》。忘れるはずもない、その勇気に満ち溢れた背中とその背に背負う盾の存在を。

・・・・・・ディアベル。今の彼が何を考え、何をしようとしているのか。そんな事をまだよく理解できない3人はただただ、その光景を眺め続ける事しかできなった。

 

「う、嘘や・・・・・・何で、何でディアベルはんが此処におるんや・・・・・・!?」

 

「キリノ、これは一体、どういう事だ。何故アイツは俺達をアイツらから守る様な事をした?」

 

「わ、分かりません。私にも何が何だか、さっぱり・・・・・・」

 

『我ハ・・・・・・《黒ノ使徒》ダーク・ナイト。マタ何レ相見エヨウゾ、《黒ノ剣士》』

 

上手く状況が飲み込めず、立ち尽くした彼ら3人を何処か悲しげな表情で見つめたソレは、そんな言葉を言い残すと同時にゆっくりと前に歩き始め、景色に溶け込むように、ふと姿を暗ました。そして、それに連鎖するように今まで彼等の周囲を囲んでいた《黒の使徒》も次々とその場から消え去っていき、その場には彼ら3人だけが取り残された。

 

「た、助かった・・・・・・のか?」

 

これが、《黒の剣士》キリトとダーク・ナイトと名乗ったディアベルそっくりの《黒の使徒》が初めて遭遇した日の出来事であった。一体、彼らは何者なのか。そして、何故《黒の使徒》という不気味な存在である彼がキリトの二つ名の事を知っていたのか。それはまだ誰にも分からない。

 

 

2024年10月31日 20:00 《アインクラッド》第55層・グランザム 商店街・路地裏

 

 

「しっかしなァ、調べれば調べるほど謎が出てくるとはネ」

 

日の当たる表の道とは決して相容れない裏の道。そこに潜み、姿を隠す情報屋アルゴは先程のキリトから聞いたレベルがカンストしたプレイヤーについて調査を進めていた。情報屋としての彼女の感が騒いだのだ。この人物を探れば、この人物どころか巷で噂の《黒の使徒》について新たな発見があるかもしれない、繋がるかもしれないと。

 

「寧ろ今度はオレっちが先に見つけて、キー坊に情報を売りつけるのも悪かねぇナ・・・・・・」

 

喉から手が出るほど欲していたネタが規格外の値段で売られていた時の彼の反応が目に見えるようで、大分小気味良かった。何時にもまして気分ルンルンなアルゴは、軽くステップを踏みながら闇に紛れて街の外へ消えていく。

 

「別に一連の事件の原因が彼にあるって決めつけるわけじゃねーけど、気になるもんは気になるしナ。じっくり調べさせてもらうゼ」

 

くつくつ、と笑いながらフィールド探索を始めた彼女は今まで以上にワクワクしているというか純粋に楽しんでいるようであった。最近、攻略層も段々と上がってきてあまり旬で美味そうな情報が転がっていなかったのだ。探求心に次ぐ探求心。これだけは絶対に彼女自身でも止めようがない自分自身の弱点でもあった。

 

「待ってろよ、キー坊。必ず丁度いい高値でお前に売りつけてやるからナ・・・・・・!」

 

彼女の言う丁度いい高値とは、どういった値段を現しているのだろうか。如何やら、我々には《黒の使徒》以外に知るべきことがまだまだあるようだ。SAO内で最も情報通なプレイヤーと呼ばれた彼女の真理は何処へ向かうのか。

 

そして、これはまだ先のお話であるが、謎のレベルカンストプレイヤー、タツヤの情報を探って各地を巡っていた彼女に、ある意味タツヤ以上のイレギュラーとの出会いが待ち構えていようとは。今の彼女は知る由もないだろう。

 

 

――全ては気まぐれな運命のままに。踊り明かそう、各々の考察をその胸に抱きつつ。

 

 

                                                                   To be continues…

 

 

~次回予告~

 

黒の剣士が黒の騎士と相対した日より数日の時が経った。

 

 

しかして、今宵は彼女の番。

 

 

過去から続く因縁に終止符を打つ時、

 

 

彼等は宿す。残酷な運命に打ち勝つことのできる新たな宿命を。

 

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第六話「Valuable Sacrifice」。

 

 

祝え。今此処に、青き少女の真なる覚醒の時は訪れる・・・・・・!!

 

 

 

 



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第六話「Valuable Sacrifice」

――これこそが、青き少女が宿す可能性の新たな顕現の形である。


「・・・・・・」

 

此処はギルドに要請された様々なプレイヤーからの依頼が貼り出されるクエスト用の掲示板。そこに貼られた一枚の依頼書を手に取り眺める、一人の少女。

 

「此処って・・・・・・」

 

依頼の内容と指定のエリアを見た時、彼女は思い出した。

 

いや、思い出したというのは少々誤解を招く言い方かもしれない。正確には、第六感や未来予知のそれに近い。この世界での彼女は、その場所でのことを全く経験していない。しかし、彼女が偶に見る、とある並行世界においての自分の末路。彼女はこの階層の迷宮区のとある場所でその命を散らすことになる。だが、それは彼女が戦う事から逃げた場合である為、この世界の戦う道を選んだ彼女には関係のない話だった。

 

「よしっ・・・・・・!」

 

何かを決意した表情を見せた彼女は、その依頼書を手に自分が所属するギルドのホームへと向かった。さぁ、準備は整った。今こそ語ろう、彼女達の辿るべき運命の序章を・・・・・・!!

 

 

2023年12月23日10:28 《アインクラッド》第40層・アルハイム 《月夜の黒猫団》ギルドホーム

 

 

「「「「「27層迷宮区のトラップエリアの殲滅ぅ!?」」」」」

 

サチを除く月夜の黒猫団5人は、彼女が持ってきた依頼の内容を聞いて、一同がほぼ同時に驚愕の声を上げた。

 

「わ、分かってんのかサチ、27層のトラップエリアって言ったら極悪級に攻略ムズイんだぜ!?」

 

「そ、そうだよ。只でさえ死んだら終わりの世界で初見殺しのエリアなんだよ、僕らじゃ無理だ!?」

 

「今まで何人も引っかかって全滅してるって話だし・・・・・・や、止めとかない?」

 

各階層においても別段あっても不思議ではないトラップゾーン、所謂《モンスターハウス》と呼ばれる場所。珍しいアイテムが手に入る可能性のある隠し扉の奥の宝箱。MMORPGプレイヤーであるならば、そんな演出を憧れた事だろう。それに擬態する形で偶に存在するのがソレである。

しかし、そんな中でも群を抜いてSAO攻略層《アインクラッド》第27層のモンスターハウスは、初見殺し・難易度極悪級・鬼畜仕様、等々と恐れられ、数いる攻略組の実力者達すら攻略に消極的であるエリアとされている。故にケイタ達はその攻略に無謀にも挑もうとしているサチを全力で止めようとしているのだ。

 

「サチ、本気なの?」

 

只管にビビり倒す男達とは違って、フィリアは至って冷静だった。だからと言って、サチに呆れているわけでもなく失望しているわけでもない。彼女はその選択がサチが間違いなく自身で選び取ったという事を確認する意味でそう問いかけたのだ。サチもそんなフィリアの真意を察したようで、しっかりと彼女に向き合った上で言葉を紡いだ。

 

「うん、本気だよ。仮に皆が行かないって言ったら、私は一人でも此処に行く」

 

サチが真剣な表情でそう答えると辺りがシーンと静まり返った。この場にいる5人は伊達にサチと付き合いが長いわけではない者達ばかり。彼女が心の底から、本気で言ってることは間違いないと誰もが察した。

 

「サチ。な、何か具体的な作戦でもあるのか・・・・・・?」

 

「ある、って言いたいところだけど。実際のところ、あってないような話みたいになるよ」

 

全員が息を飲む。それ位に、彼女の今の言葉は無茶苦茶過ぎた。

 

「そ、それじゃあ無茶過ぎ――」

 

「ケイタ、アンタは黙ってなさい。で、どうするつもり」

 

皆の代表をするようにギルドリーダーのケイタが声を上げるが、フィリアがそれを制す。ケイタはそんな彼女の威圧に負けて敢え無く口を閉ざした。

 

「私が前に見たその部屋の中のモンスターの動きと配置、それを今から皆に教える」

 

「だから皆は、それにあった対策を思いつく限り実践して戦って。それだけだよ」

 

勿論、サチとて何も調べずにこれを提案しているわけではない。この依頼書を手に取った時から該当エリアの情報を色々な情報屋を尋ねて回った。そして、自身が見た並行世界の自分が体験した出現モンスターの行動パターン。それらを全て記録し、それを打倒することでこの世界の自分が漸く胸を張って攻略の最前線へと赴く為のきっかけとしようとしていたのである。

 

「――以上が、私が皆に伝えられる精一杯」

 

「無茶かもしれないのは分かってる。でも、別の世界での私達が出来なかったことを成し遂げなきゃ、例え今の私達でも最前線に行くのは難しいかもしれない。だからお願い、皆の力を貸して!」

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

サチの説明と必死のお願いを聞き、その場にいた5人は再び押し黙る。それも当然だ。仮にそれが実際に並行世界の自分達を襲った悲劇とは言え、今の自分達がやるべきことに必ずしも繋がるとは限らない。もしかしたら回避しても特に問題はないのかもしれない・・・・・・だが。

 

「そっちの世界だとアタシは此処に居なかったし、サチとも知り合ってすらないんでしょ?」

 

「うん。少なくとも、私の見た映像の中にはフィリアはいなかったよ」

 

「そっか。まぁ、別にどっちでもいいんだけどね。アタシは勿論サチに付いて行くよ、親友だしね」

 

「フィリア・・・・・・!」

 

ここ以外の世界では決して交わる事のなかった親友が最初に名乗りを上げ。

 

「分かったよ。サチがそこまで言うなら、俺が行かない訳にはいかないな」

 

「ダッカー・・・・・・!」

 

「へへっ、言ったろ?サチの夢、応援するってよ」

 

次に幼馴染みのダッカーが何時ものように軽口を叩いて、重い腰を上げ。

 

「そうだな。思えば、サチがここまで俺達に意見する事自体、珍しいもんな」

 

「・・・・・・何か一言多くない、テツオ?」

 

「ははっ、ごめんごめん。と言う訳で、俺も賛成だ」

 

《月夜の黒猫団》の実質的副リーダーのテツオが、揶揄い混じりに賛同し。

 

「だったら俺も賛成かな。何か最近ダッカーの奴が気合入ってるみたいだし、負けられないね」

 

「へぇ、見た目に似合わず熱血だったんだね、ササマル」

 

「うぐっ・・・・・・と、取り敢えず、やると決めたら絶対にやる。お前には負けないからな!」

 

「へっ、精々頑張ってくれや、ササマル君」

 

最近サチの次に実力を伸ばしつつあるダッカーに、対抗意識を燃やしたササマルが続き。

 

「残るはケイタだけだね」

 

「サチ・・・・・・俺は・・・・・・」

 

サチに「自分も賛成だ」という旨の返事をしようとして、言葉に詰まるケイタ。サチの見た記録のようなものの中では《月夜の黒猫団》メンバー内で自分だけがその場に居合わせなかったと聞いた。自分はその時にギルドホームの購入の為に別の階層へ出向いていたという事も、その悲劇が自分の居ぬ間に起き、自分の元へ戻ってきたのは親愛なるメンバー達ではなく、とある一人の新参者の少年であったと言う事も。

 

「おっ、どうしたリーダー。まさか自分だけ逃げるつもりじゃあ、ないよな?」

 

「ほっときなさい。ソイツ、アンタ達が思ってるより相当ヘタレだから時間かかるのよ、きっと」

 

「俺達の夢の為に、そろそろ腹くくる時が来たんじゃないか。そうだろ、リーダー?」

 

「俺達の紅一点であるサチにここまでお願いされたんだ。やるしかないだろ、リーダー?」

 

そしてその後、別世界の自分は街の中でアインクラッド外周に身を投げ、自殺を図ったのだという。そのまま行方を眩ましても良かったというのに、態々自分にメンバーが全滅した旨を伝えに来た彼の目の前で。ではその時、自分はどんな気持ちだったか。絶望、失望、怒り、悲愴・・・・・・そのどれでもあるがどれでもない。少なくともそこにあったのは。

 

『だから、だからビーターと組むのは嫌だったんだ・・・・・・!!』

 

そんな事態に陥って尚、自分が隠していた力で皆を守る事を選ばなかった黒の剣士・キリトへの憎悪と、自分の目の届かない場所で死んでいった彼等を最後に見たのがその彼だったという嫉妬という感情。それ以外の何物でもなかったと、そう思った。

 

「・・・・・・それでも、万が一に全員がその世界の時みたいに死ぬかもしれない」

 

「だから俺は、皆みたいに早々簡単には決められない」

 

「ケイタ・・・・・・」

 

いや、寧ろその世界の自分はまだ良かった方だと思う。もし、それが自分を含めた上で行われていたものだったとしたら・・・・・・自分はきっとモンスターに倒されて死ぬ前にせめて一太刀と、キリトに手をかけていたかもしれないのだから。故に、自分はそこに本当に行くべきなのだろうかと。もしかしたら想像通りに皆が殺され、自分が惨めに発狂するだけで終わるかもしれない。

 

「仮にそれが事実なら、俺は相当のクズだ」

 

その世界では晴らす対象がいた。ただ、この世界では全滅すればそれまでで他に晴らすべき相手は存在せず、同時に別世界よりも皆は強くなっている。となれば、最悪自分が自分だけが生き残ってしまった場合どうなるか。答えは考える間も必要ないほどに単純明快だった。

 

「当たる対象がいないなら、自分の中で無差別に対象を作り始めるかもしれない」

 

他のプレイヤーを無差別的に襲い、殺し、蹂躙し、狂気と共に去っていく。今、SAO内で問題となっている殺人ギルド《ラフィン・コフィン》に所属するプレイヤー達のような快楽的殺人を楽しんでしまうかもしれない。自分の身に起こった不幸を他人にも強制的に味合わせる為に、やがてはこの世界の創造者にその復讐の刃を向ける為に。

 

「そっか、ケイタはそう思うんだね」

 

かも知れないという負のスパイラルに囚われていたケイタは、その声に思わずはっとなって顔を上げる。その先には、こんな自分に優しげな微笑みを向けながら何処か寂しそうなサチの姿があった。何故、何故彼女はそこまでし最前線に早く行きたいのか。以前に彼女から聞いてもう分かっている事を彼は心の中で投げかける。

 

「あー、つまり・・・・・・リーダーが駄目って事はこの話は無し、って事か?」

 

「ある程度の覚悟はしたんだけどね。まぁ、仕方ないよ」

 

「そっかぁ、何か不完全燃焼だな~」

 

そんなサチとケイタのやり取りを見て、他のメンバー達にも次第に諦めムードが漂い始めていた。サチ個人で受けるなら兎も角、これはサチが《月夜の黒猫団》として受ける為に持ってきた依頼。そのギルドの実質的リーダーであるケイタが駄目だと言えば彼等はそれに従う他ないのである。それも一部の例外を除けば、の話であるが。

 

「ふーん、あっそ。じゃあ、この依頼、私とサチの二人だけで受け直しましょ」

 

今までのやり取りを聞いていたフィリアは、まるでこうなる事を予見していたかのように興味のなさそうな顔でそう呟くと、サチの手を取って依頼を受け直すために外へ出ていこうとしていた。

 

「えっ、でも、皆は・・・・・・」

 

「さぁね。でも、本当に行く気があるなら付いてくるでしょ」

 

「こうなっちまったんなら猶更だろ。当然、俺も付いて行くぜ!」

 

「万が一を考えて人数は多い方がいいって言うしね。俺も同行するよ」

 

「フィリアがいる事以外は状況が全く同じ、か。別世界の話とは言え、ゾッとする顛末だよね」

 

サチが心配そうな視線を向けるが、その瞬間彼等はフィリアの言うとおり、その依頼を受けに同行する気満々の様子であった。

 

「何・・・・・・だって・・・・・・!?」

 

彼等の一連の行動を見たケイタは驚愕に目を見開いた。ああ、このままでは別世界同様、彼等とは此処で一生の別れとなるかもしれない。そしたら自分は外周に身を投げて後を追うのか、狂気を纏って一切合切を殺戮するキラーマシンと化すのか。

 

「それじゃあ、ケイタ。行って来るね」

 

「・・・・・・!」

 

「私が責任をもって、皆を守るよ」

 

「だからケイタは此処で待ってて。必ず、皆を無事に返して見せるから」

 

そこで自分も含めて全員が帰る、とは言わないんだな。ケイタは彼女を真っすぐ見据えながら、心の中でそう呟く。分かっている、彼女のその生真面目な性格で考えそうな事が。自分が持ってきた依頼に並々ならぬ責任を感じていて、万が一の時は自分がその全責任を取って、自分を犠牲にしてでも仲間を必ず生きて帰すと。確かに仲間が全滅するよりは後の自分の心的ストレスは圧倒的に軽いはずだ。だが、そんな愚策を彼女の身一つに全て任せてしまってもいいのか、別世界の自分が彼女に望んだ事はこの言葉なのか?そして何より、後の自分が後悔しない為には今の行動は本当に正しいのか、と。

 

――いや、答え何て既に決まっている。自分はきっとその世界でも。

 

「・・・・・・待ってくれ、皆」

 

「ケイタ?」

 

「そのままでいい。そのエリアは俺達《月夜の黒猫団》全員で行くべき場所だ・・・・・・!」

 

彼女の望むがままの事がしたい、彼女の笑っている顔が見たい。全ては高校に入ってから出会った、彼女への淡い恋心を一度として伝えられなかったその後悔から起こした行動であったと。

 

 

2023年12月23日11:20 《アインクラッド》第27層・迷宮区 回廊エリア

 

 

「あっ、待ってましたよ!アナタ方が《月夜の黒猫団》っていうギルドさんですよね?」

 

サチたちが回廊エリアに転移し、問題の部屋のあるフロアの前で一人の黒いフードを被った男のプレイヤーが此方側に駆け寄って来る。如何やら、この依頼を出した依頼主のようだった。

 

「はい。俺達が《月夜の黒猫団》で間違いありません」

 

「おおっ、やっぱり!何処か面構えが違うと思ったんスよ、流石は《彗星》のサチをお抱えになっているギルド様、覚悟が違ぇや!」

 

その男は不自然な程に彼等にゴマをすって来ている。それに初心者と銘打ってはいたものの何処か胡散臭い感じがする。そんな喋り方であった。

 

「いや、困ったことにオレの友達が此処に挑もうってしつこいんですよ」

 

「危ないからやめろって何度説得しても、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言って聞きませんし」

 

「だからいっその事、俺がギルドさんに依頼してそこを潰してもらえば親友も諦めると思うんで。そこを何とか、よろしくお願いできませんかね?」

 

勇気と無謀を履き違えているその友達が色々と噂の立つそのエリアに自分と他の仲間を巻き込んで飛び込む前に、依頼を解決してもらい、とあるギルドが腕試しに来て潰していったという情報を流せばその友達も「それなら仕方がない」と諦めるだろう。そう言う体の依頼であるという。

 

「勿論、対処して頂ければ報酬はきちんとお支払いしますよ」

 

「まぁ、アナタ方からしたらはした金かも知れませんが、それでもで御座います」

 

あまり信用は置けなそうだが、それでも引き受けてしまったものは仕方がない。《月夜の黒猫団》メンバー達は彼の説明を静かに聞いていた。そして、その男の話が終わってからメンバーを代表してリーダーであるケイタが彼に依頼受諾の同意と質問を投げかけた。

 

「分かりました、この依頼は俺達が処理します。因みに、貴方はどうなさるんですか?」

 

「お、オレですかい?いやぁ、オレ何かが付いて行ったら弱すぎて足手纏いになっちまいまさぁ」

 

「じゃあ、此処で待ってて頂いて、依頼が終わったらこの場で報酬の提示をお願いします」

 

「了解っス、朗報お待ちしてますぜ!」

 

彼の態とらしい敬礼に見送られる形で、《月夜の黒猫団》メンバー達はトラップエリアのある隠し扉の前にやってきた。周りを見回すが、特に罠が仕掛けている痕跡はなく、少なくとも意図的にトラップを仕掛けて妨害するという行為は行っていないように見えた。

 

「(そりゃあ、まぁ、今から入るフロアがトラップみたいなもんだし・・・・・・無いよな?)」

 

唯一無二の大規模ギルドであり、今までSAO全体の秩序を守っていた《血盟騎士団》がいない今、そう言う依頼者を装った無法者達からのトラップPKが横行し始めている。そんな背景もあり、念には念をと言う事でフィリアの索敵スキルも使ってもう一度満遍なく探して貰ったがそういった類のものは一切見つからなかった。流石に杞憂だったのかもしれない。

 

「よし、それじゃあ開けるぞ、皆」

 

ケイタの言葉に一同が同時に頷くと、彼は隠し扉に触れ、その部屋の全貌を明らかにした。見た目は至って普通の部屋と何ら変わりない。部屋の奥には宝箱が鎮座していて、如何にもレアアイテムが隠されていそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「リーダー、あれがきっと例の宝箱だぜ」

 

「見た目は宝箱、でも中身は死のパンドラボックスってか。おっかないなぁ」

 

「じゃあ、皆。予定通りのフォーメーションで行くよ・・・・・・!」

 

サチが考案したフォーメーションで対応する事となった《月夜の黒猫団》メンバー達は、サチを先頭に部屋へ突入しようとした。すると――

 

「あ、皆さん!ちょ、ちょっと待ってくださーい!」

 

後ろから声が聞こえたので、全員がその場で立ち止まって背後を振り向くと、先程の依頼者の男が慌てふためいた仕草で此方に近づいて来ていた。何か伝え忘れでもあったのだろうか。

 

「はい、何でしょう?」

 

「そう言えば、コレを渡すのを忘れてました。一時的にステータスアップ出来るポーションです」

 

男が渡してきたのは人数分のステータス強化用のポーションだった。何の変哲もない、普通にどこのお店にでも売っていそうな特別珍しくもないものだ。

 

「力をお貸しできない分、ソレを飲んでさくさくっと倒してきちゃってくださいな!」

 

「ふぅん・・・・・・その割に一本ずつなのね」

 

「いやぁ、ははは。お恥ずかしい事に後で渡す報酬にお金使いすぎちゃいまして。前渡しとかではないですけどそれが限界でしてね」

 

「・・・・・・ま、いいわ。その代わり、後の報酬は期待しておくわね」

 

「はい、お任せくださいッス!」

 

男から渡された一時強化ポーションを受け取った5人は、そのまま部屋の中に入り、奥に設置された宝箱の取っ手に手をかけ、中身を開け放った。

 

⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!⚠WARNING!!

 

ブーブーというけたたましい警告音が鳴り、部屋中に表示された『WARNING!!』の文字の羅列と同時に青く光っていた部屋のライトの色が赤色に変わる。そして、それに作用されるように彼等の周囲に大量にリポップされ始めるモンスターの大群。先程までの無機質な雰囲気が一気に禍々しいものに切り替わった。そう、これこそがモンスターハウスの神髄。数あるトラップの中でも群を抜いてプレイヤー達に絶望の死を味合わせてきた極悪級の仕掛け。それが今、《月夜の黒猫団》メンバー達に襲い掛かってきた・・・・・・!

 

「行くぞ、皆!!」

 

「おっしゃあ、やってやらァァァァァ!!」

 

「生きて帰ってやる・・・・・・絶対にッ!」

 

「やあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

範囲攻撃で薙ぎ払い、敵が吹き飛んだところで各自が狭い部屋の中で分散し、なるべく敵の各個撃破を狙っていく。如何に極悪級のトラップと言えど、数に限りはあるというもの。アスナやキリト達が交戦した《黒の使徒》のように無限に増殖する訳ではない為、ガードと小まめな回復を繋いでいけば、決して勝てない戦いではない。

 

「行くぞッ、《ストライク・ハート》!」

 

「喰らえぁッ、《エクスプロード・カタパルト》!!」

 

――ケイタが敵に連打を叩き込み、ダッカーが敵の群れに突進し、体勢を崩しにかかる。

 

「まだまだァ、《サイレント・ブロー》!!」

 

「これでも喰らいなさい、《インフィニット》!」

 

――テツオが範囲技で敵が密集する空間に風穴を開け、フィリアがそこに入り連撃で敵を屠る。

 

「くたばってたまるかよ・・・・・・《ヴェント・フォース》!!」

 

「一気に決めるよ、《ダンシング・スピア》!」

 

――ササマルとサチが協力して複数の敵を挟み込み、連撃に次ぐ連撃で数を減らしていく。

 

「へへっ、大分モンスターの数も減ってきたんじゃねぇか?こりゃあいけるかもなァ!」

 

「その減らず口はほとんど倒し終わった後で言うのね。油断してると足元掬われて死ぬわよ?」

 

「んな事、分かってらァよ・・・・・・ッ!!」

 

メンバー全員が引っ切り無しに敵の動きを見つつ、攻撃を加え、サポートを欠かさず、敵からの反撃に備える。まさに最強の布陣といても過言ではない彼等のフォーメーションは、次々と敵の勢いを削いでいく一方の圧勝具合であった。

 

「いける・・・・・・このまま圧していけば、勝てるよこの戦い!」

 

「よォし、それじゃあトドメを刺す前にアイツから貰ったポーションで一気に決めようぜ・・・・・・!」

 

「うん。それじゃあ、私とフィリアで敵をヘイトして引き付けるから、皆はその間に!」

 

「・・・・・・何も起こらないといいけど、ね」

 

敵の数もそれなりに減ってきて、猛攻を受ける心配がなくなったので、残る敵の引き付けをサチとフィリアに任せ、4人の男達は依頼主から貰った強化ポーションを一気に飲み干して、再びSSの構えを取った。

 

「うぉぉぉぉぉっ《クレセント・アバ・・・・・・うぐっ!?」

 

「ダッカー!?ぐわっ、な、何だ急に動きが・・・・・・!?」

 

「畜生、何でいきなり麻痺毒なんかに・・・・・・!?」

 

「まさか・・・・・・さっき飲んだポーションに仕組んであったって言うのか!?」

 

しかし次の瞬間、男達4人は次々と床に倒れ伏し、身動きが一切できなくなってしまった。

 

「どうしよう・・・・・私、解毒薬持ってきてない。フィリアは!?」

 

「ごめん、サチ。アタシも今回は持ってきてない・・・・・!」

 

――状態異常『麻痺毒』。この状態異常になると身体全体が痺れて動けなくなり、一定時間の間行動不能になってしまうという恐ろしい状態異常である。通常のフィールド内でなっても一歩間違えれば危険な状態だというのに、この脅威がまだ去っていないモンスターハウス内でなったとなれば、それは死を意味する。

 

『ひゃははははははっ!見事に引っ掛かりやがったな、ご苦労様ァ!!』

 

「「「「「「・・・・・・・!」」」」」」

 

そして、そのタイミングでチャットBOX内に先程の依頼者からそんな内容のチャットが送られてきた。そう、彼の正体はケイタ達が最初危惧していた、トラップPKを繰り返す常習犯であったのだ。

 

「クソッタレ・・・・・・どうして、こんな、事を・・・・・・ッ!?」

 

『どうしてだってェ?ハッ、そんなの決まってんじゃねぇか』

 

『最近調子に乗ってるテメェらを目立たないように葬れってボスからの指令だからだよォ!!』

 

「・・・・・・!!」

 

部屋に入る時までのあの気持ちの悪い態度は何処へやら。そのチャットの文章は先程までの彼とは打って変わって、他人の不幸を嘲笑う悪魔のような口調になっていた。

 

『女子2人も仕留めらんなかったのは残念だが・・・・・・まぁいい』

 

『今どれくらい倒したかは知んねぇが、流石にまだ全部は倒せてねぇはずだ。つまり、その状態・その空間内でソイツになったのなら、後は死あるのみだよなァ!?』

 

『『『『『・・・・・・・!!』』』』』

 

そんな彼の愉悦混じりの嘲笑に呼応するかの如く、サチとフィリアの陽動に気を取られていたモンスターたちが全員恐ろしく速い速度で床に倒れ伏す彼等の元へ一直線に向かっていった。

 

「くっ・・・・・・コイツ等、アイツらが麻痺毒に掛かった瞬間、一斉に向こうにターゲット変更した!?」

 

「そんな、そんな事、絶対にさせない・・・・・・ッ!」

 

常人の真似できない尋常ならざる速度で、すぐにその敵の前に身を置くと正面で槍を構えて立ちはだかるサチ。そんな自分達を守ろうとする彼女の姿を見て、ケイタは声にならない叫びをあげる。

 

「ぐうっ・・・・・・サ、チ・・・・・・逃、げろ・・・・・・!」

 

「そんな事、出来るわけない・・・・・・!言ったでしょ、皆にもしもの事があったら私が守るって!」

 

モンスターの大群が勢いを落とさずに目の前のサチに向かって突進し続ける。

 

――残り9メートル。

 

「こうなったら一か八か・・・・・・行くわよッ!」

 

サチの援護に向かう為、移動距離の長いSSを併用しながらサチのいる場所へと近づこうとするフィリア。しかし、あまりにもサチとの間に差が広がり過ぎていて、救援は間に合いそうにない。

 

――残り8メートル。

 

「サチ・・・・・・ッ!」

 

「もし、此処で私がやれることがあるのなら・・・・・・!」

 

「私は、私は皆を守れるだけの力を以って、前に突き進む・・・・・・!」

 

サチが手慣れた動きでメニュー画面を素早く表示させ、ある項目をタップしては、またある項目をタップしてを繰り返す。そして、とある画面でその指を止めると、画面上に承諾を求める表示が浮かび上がる。

 

――残り7メートル。

 

「ち、きしょう・・・・・・!まだ、だ・・・・・・俺も、諦めるわけ、には、いかねぇんだァァァァァァ!!」

 

直後、ダッカーがその状態から全身の力を振り絞り、サチの隣に並び立つ。自身でさえも何故この状態異常下で動けたのかは知らない。ただ、一つだけ。一つだけ譲れないものがあるとしたら。それは彼女と交わした約束を果たす日まで決して死んではいけない事。何より、一度惚れた女に追いつく為には其れこそ死ぬ気で背中に食らいつかねば。彼女が遥か遠くの存在になってしまう前に。

 

「ダッカー、もう大丈夫なの!?」

 

「へ、へへっ、何かよく分からねぇが何とかなっちまったみたいだ・・・・・・!」

 

「・・・・・・そっか。それじゃあ、一緒に切り開くよ!」

 

「おう、サチこそ俺の新武装を見て驚き呆けるんじゃねぇぞ!!」

 

――残り6、5、4・・・・・・

 

ダッカーもサチと同様にメニュー画面を光速タップし、同じ表示を浮かび上がらせたところで指を止める。既に大群は超至近距離まで迫りつつあった。

 

――残り3、2、1・・・・・・

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 

            Player:Sachiがユニークスキル《二槍流》を獲得しました

 

            Player:daccarがユニークスキル《大鎌》を獲得しました

 

「《ディメンション・スタンピード》・・・・・・!!」

 

「《エクゼスト・グランドダッシャー》・・・・・・!!」

 

ダッカーの振った大鎌が大地を震撼させ、サチの振った双槍がその場にいるモンスターのHPを削り切り。やがて、その大群は彼等の目と鼻の先で攻撃モーションに移ろうとしたところで動きを完全に止め、全てが瞬く間に消滅した。

 

「ち、畜生・・・・・・何なんだあのSSは!?お、覚えてやがれ・・・・・・ッ!」

 

モンスターの完全消滅と共にトラップが解除され、扉が開かれるや否や件の依頼者はその場から急いで逃げ去っていった。こうして、多少のトラブルはあったが彼等の因縁の場所である此処アインクラッド第27層迷宮区のトラップエリアは無事、解除されたのであった。

 

 

2023年12月24日9:30 《アインクラッド》第40層・アルハイム 《月夜の黒猫団》ギルドホーム

 

 

「――それじゃあ、皆。行ってくるね」

 

あの戦いから1日が経ち、その翌日の事。遂にその時は訪れた。

 

「本当に行くのか、サチ?もうちょっとゆっくりしてっても・・・・・・」

 

「うーん、気持ちは有り難いけど。やっぱり私としては少しでも早く追い付きたいから」

 

因縁の場所を踏破したサチがキリト達の居る最前線へ合流する為、一時的に《月夜の黒猫団》から脱退し、上の階層を目指す旅が始まろうとしていたのだ。勿論、彼女の隣には相棒で親友のフィリアの姿もあった。

 

「よォし、間に合ったァァァァ!!」

 

「うおっ!?ダ、ダッカー、急に部屋の扉勢いよく開けてどうしたんだよ???」

 

「サチ、約束のモノが出来たぜ。受け取りやがれッ!!」

 

そう言うとダッカーは徐に小脇に抱えていた一式に統一された装備をサチに手渡す。彼女の特徴に合った水色が目立つ軽量化された鎧と青色に輝く二振りの槍だった。

 

「『彗星の鎧』一式と『蒼龍槍リヴァイアサン』。どっちもダッカー様オリジナルの超究極仕様だ!」

 

「ふふっ、もしかしなくてもこの名前、ダッカーが考えたの?」

 

「おうよ、自信作も自信作だからきっと今後のサチの助けになる事請合いだぜ!」

 

「そっか。ありがとダッカー、大事にするね」

 

サチはそんなハイテンションになったダッカーを見て、くすくすと笑った。人生で初めての自分の為だけに作られた武装。こんな装備を作り上げてしまうなんて、ダッカーは本当に凄腕の武具職人になったなぁと思わず感心してしまう程に。

 

「じゃあ、そろそろ行くね。アルゴさんとも待ち合わせして待たせてるし」

 

「おう、行ってこい!《彗星》のサチ!」

 

「もぅ、その名前で呼ぶのやめてよぉ!」

 

斯くして、彼女は旅立った。未だ大いなる混沌が渦巻くこの世界で、再び自分が憧れた強さを持つ彼に出会うために。そして、志半ばで死んでいった親友の敵討ちを果たし、彼女がやりたかった事を自分が変わりにやり遂げようと。そう、心に誓いながら。

 

                                                                   To be continues…

 

~次回予告~

 

遂に真の強さと親友の敵討ちを目指す彼女の旅が始まった。

 

そんな中、とある別の世界から舞い降りし、一人の妖精と一人のガンマン。

 

彼等が狂った歯車の上で出会う時、物語・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

――よく聞け、愛しき子孫共よ。

 

遂に彼の暴虐の魔王がSAOの世界に一プレイヤーとして現れる。

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第七話「Reunion Of Fate」。

 

努々忘れるでないぞ。

 

 

 

 




予告より2時間遅れました、本当に申し訳ない。

さて、次回は遂にあのお方が参戦ですよ。乞うご期待。


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第七話「Reunion Of Fate」

予定日より1日ずれ込む形になってしまって本当に申し訳ない!

……ですが、やりましたぜ!遂に、遂に皆様御待望のアノス様の登場回です!!

今日発売の最終巻は買いましたか?それとも昨日の時点でフラゲして何度目かの結末を見届けられましたか?因みに作者はAmazon購入で昨日届いて今日の午前中を使って見て、テンション上がった状態で書いていました。(恐らく)いい感じに書けたと思います!

それでは、どうぞ!!


 

2023年12月27日13:20 《アインクラッド》第58層・迷宮区 山岳エリア

 

 

 

『『『『■■■■■■■ォォォ!!』』』』』

 

「うひゃあっ!?ど、どどどどどうしよう、何かすっごい囲まれちゃってるよ、私達!?」

 

「退路も塞がれたわ。くっ・・・・・・無尽蔵に湧いてくるからキリがないわね・・・・・・!」

 

此処はアインクラッド第58層の迷宮区。幾つもの山岳地帯に囲まれたこの土地で、二人の少女が危機に瀕していた。一人は長いブロンドの髪を後ろで縛りポニーテールにしている少女、そのアバターの背中からは綺麗な2枚の羽が生えている。もう一人は水色のショートヘアに何処ぞの傭兵のような恰好をした少女、あくまで冷静に慎重に手元の銃で必死に応戦している。

 

そして、そんな二人は今まさにSAO内で急に発生し始めた異形の存在《黒の使徒》と戦闘していた。敵はやはり何時もの如く倒しても倒しても無尽蔵に湧き出てくる。最悪だ、まさかいきなり自分の知らない世界に飛ばされたと思ったら、辿り着いた先がこんな地獄とは。

 

「ねぇ、アナタ。この辺りに救援に来てくれそうなプレイヤーはいる?」

 

「う~ん・・・・・・さっきから見てるけど、全然人通らないじゃ~ん!!」

 

しかも、偶々通りがかって助けてくれそうなプレイヤーの存在もない。このまま何もできずに積んでしまうのか。しかし、それではあまりに不条理だ。まだこの世界が何処だかも分からないうちに死んでたまるか、と。

 

「――そこにいるお前達。少し屈んで居ろ、当たっても知らぬぞ」

 

不意に、誰もいないはずのフィールドから声が聞こえた。傭兵の少女はその声をしっかりと聞き取り、近くにいた妖精の少女と共にその場で地面に屈む。すると――

 

獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)

 

何かの呪文を唱えたかのような声が響いた次の瞬間、《黒の使徒》の大群は真正面から発射された巨大な灼熱の火球に焼かれて消え去り、二度とそこから湧き上がってくることはなかった。

 

「す、凄い威力・・・・・・あんな魔法、ALOでも見た事ないよ」

 

「オーバースペック過ぎじゃないかしら、あり得ないわね」

 

此処はファンタジーやそう言った世界ではない、ただのVRMMORPGの世界だ。故に先程の人物が放った技は言うなればチート級。不正にデータを改造していなければ、あれほどまでの威力が出るはずがない。パワーバランスがあまりもあり過ぎる。そして何より。

 

「如何やら無事の様だな、お前達。さて、いきなりで悪いが単刀直入に聞こう」

 

「キリト、と言う少年に心当たりはないか?」

 

 

 

――SAOは剣の世界。槍や細剣、両手剣やメイスはあれど、魔法は全く存在していない。

 

 

 

 

 

2023年12月28日9:18 《アインクラッド》第57層・マーテン

 

 

 

「ん~・・・・・・なっかなか情報が集まらねぇな、どうなってんダ?」

 

日付は変わり翌日の朝。嘗て《圏内事件》と呼ばれたとあるギルドが引き起こした事件が発生した場所だ。流石に今は解決し、その事件でキーとなった圏内殺人は行われていなかったのだから良かったのだが、そんな街でしかめっ面をしてメモ帳を眺める女性が一人。そう、情報屋のアルゴである。

 

「フツーこんな時にレベルカンストしてるんなら誰もが目を引くはずだロ?」

 

「なのに何で目撃証言が全然ねぇんだヨ・・・・・・」

 

彼女が今追っているのは、暫らく前に得意先のキリトから聞いたレベルがカンストしている謎のプレイヤー「タツヤ」の行方であった。しかし、幾ら調査と言う名目で他のプレイヤーから情報取集を続けていたが、話しかけたプレイヤーの殆どが知らないと答えるという前代未聞の壁にぶち当たっていたのである。

 

「いや、もしかしたらキー坊やオレっちみたいにハイドスキルを駆使できるのかもナ・・・・・・」

 

「だとすれば、かなりのやり手って事か。そりゃそうだ、伊達にレベルカンストしてる訳じゃねーだろうし、サ」

 

何分、SAOについて他の情報屋とは訳が違うくらいに最先端で色々知っている事はあれど、自分達がまだ至っていない領域については例え情報通のアルゴであっても知る由のない事。彼を追うには如何やらまだ情報量が圧倒的に足りていないらしい。

 

「仕方ねぇ・・・・・・こうなりゃとことん地道に調べ尽くしてやろうじゃねーカ」

 

今までに挑んだことがない難題にアルゴの心は熱く燃え滾っていた。何より、自分の知らない情報があったとあれば『一流情報家アルゴ』の名が泣くと言うものだ。必ず本人に行き着いて見せる。

 

そう決意を新たにしたアルゴ、そんな彼女の目の前を偶々通りかかった二人のプレイヤーが妙な噂話をし始めた。勿論、それを聞き流すほど彼女の耳も衰えているはずもなく。

 

「なぁ、聞いたか?何でも58層の迷宮区の辺りにいきなり城みたいなもんが建ったらしいぞ」

 

「あ、それ、俺も見た見た!スゲェよな、誰かが何かの隠しギミックでも見破ったのかな?」

 

「(58層の迷宮区に城・・・・・・?んな隠しギミック、存在したのカ?)」

 

プレイヤーの二人組から聞こえてきたその話は、謎のプレイヤー「タツヤ」を追っていたはずのアルゴの好奇心を瞬く間に引き寄せた。それと同時に、自分が知らない情報がまた一つ増えたという事が彼女にとっては即時調査するべき代物が一つ増えたという事でもあった訳で。

 

「中には入ったのか?」

 

「いやぁ、流石に止めたよ。何か、裏ボスみたいな奴が出てきそうな雰囲気でさ。流石に一人じゃ心細いからその内ギルメン集めてから行こうかな、と」

 

「だよなぁ・・・・・・万が一のことがあって死んだら今までの事が全部おジャンになるからな」

 

「(ふんふん・・・・・・成程。情報としてはもう広がってんのかね、確かめてみるカ)」

 

二人の会話を一字一句聞き逃さないように耳を傾けつつ、アルゴはSAOの情報版のつい最近更新された最新号をストレージから取り出し、パラパラとめくる。しかし、その中にはその噂と思しき情報が全くと言っていい程掲載されていなかった。と言う事はつまり。

 

「もしかしたら、とんでもないレアアイテムとか手に入るかもな!俺も参加していい?」

 

「あぁ、人数は一人でも多い方が助かるしな」

 

「(情報誌(コイツ)の発行が1週間前の出来事だから、それが出てきたのはそれ以降ってことになるよナ・・・・・・)」

 

次に、情報屋の間で取れたての情報を取引するチャット掲示板を開く。すると、昨今の混乱した状況の元凶である《黒の使徒》達や、元よりこの世界の根幹を揺るがしている殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の話題で持ちきりになっていて、そのような情報が取引されている、もしくは噂されている気配すらなかった。

 

「それにそこに入れば情報通でお馴染みの《黒の剣士》にも会えるかもだし」

 

「あー、あのプレイヤーやけに色んな情報持ってやがるもんな。流石ビーターだぜ」

 

「(その上、他の情報屋にも気取られてない。つまり、出来たのは昨日か一昨日の話って訳ダ)」

 

通でもあまり知りえない話題が何の因果か自分の元へ転がり込んできた。更に言えば、今目下調査中で持て余している話題よりも、追いやすい上に証拠が大々的に姿を現している。ならば、今自分が取るべき行動はただ一つだ。

 

「案外、そこに裏ボスがいて、倒したら勇者装備一式とか貰えたりしてな」

 

「そうなんじゃね?だって、見た目とか完全にファンタジーの魔王城だったし!」

 

「(行き詰った時は方向転換も必要、だったナ)」

 

先ずはそこを調べ尽くす。他の情報屋には決して真似できない位、綿密に繊細に。自分自身の過去に積み上げてきた研鑽で誰よりも正確に調べ尽くす。これ程までに『一流情報屋』アルゴにとって相応しい仕事はない、故に態々見逃すつもりもない。

 

「そうと決まれば、早速噂の本拠地に乗り込むとするか・・・・・・善は急げダ!」

 

「(それに、もしそこに超強い裏ボスがいるんだとしたら奴も出向くかもしれないからナ・・・・・・!)」

 

ファンタジー世界の魔王城のような要塞が、何の変哲もない攻略層である第58層の迷宮区にいきなり出現した。これ以上SAOプレイヤーの心を惹き付けるものもなし、なればこそ。件のレベルがカンストしている彼でも興味を持って、その場に姿を現すかもしれない。そうなればまさに一石二鳥。そう考えた彼女は多少調査に影響が出るとは思いつつも、リスクを覚悟して、その情報を纏めて態と各情報掲示板に流した。その気になる調査書の内容は。

 

 

 

【緊急】アインクラッド第58層に突如、魔王城出現! 腕に自信がある《猛者》よ、集え!!

 

 

 

 

 

2023年12月28日10:00 《アインクラッド》第58層・迷宮区 魔王城(仮)前

 

 

 

「我が元・《血盟騎士団》は圧倒的に資金不足である。故にこれより、此処の調査に当たる!」

 

「「「「「貯蓄第一、一攫千金!!」」」」」」

 

「約束しよう。私は、私は必ずかの暴虐の魔王を討ち、我等が民に平和の世を捧げる事をッ!」

 

「「「勇者様ァァァァァ、バンザーーーイ!!」」」

 

「我々の進む道にこそ、勝利の糧はある!立てよ、ギルメン・・・・・・ジーク・ギオン!!」

 

「「「「ジーク・ギオン!ジーク・ギオン!!ジーク・ギオン!!!」」」」

 

「おっ、集まってる集まってる・・・・・・にひひッ」

 

情報が開示されてから数時間もしないうちに、例の魔王城前には多くのプレイヤーが自らが立ち上げたギルドの面々やフレンド一行と隊列を成して集結。アルゴはそんな様子を物陰から見てほくそ笑んでいた。全ては、彼女の読み通りである。

 

「(キー坊は・・・・・・いないか。ま、今はアーちゃんの後輩ちゃんと例の《黒の使徒》について調査してるみてぇだから当然と言えば当然カ)」

 

大体、アルゴが引っ張り出してきた情報にいつもならすぐに食いつくであろう少年の姿は今この場にはなかった。彼は彼で忙しいのだろう、そうとは分かっていても、いなければいないで一抹の寂しさみたいなものを覚えてしまう・・・・・・そういう存在だった。

 

「(そして例のアイツは・・・・・・やっぱりいないか。時間を置いて来る気なのかナ)」

 

プレイヤーの大群の中に『タツヤ』という名前の人物がいないか確かめてみるが、いない。やはり、彼はそう一筋縄ではいかないらしい。これも分かっていた事だが、実際に肩透かしになってしまうと多少げんなりしてしまう。

 

「おや、あれハ・・・・・・?」

 

ふと、視線を集団から外して城のあるエリアとその手前のエリアの境目辺りに目を向けると、そこで不思議そうに此方の様子を伺っている二人のプレイヤーの姿を捉えた。

 

「(装備がすげぇ豪華になってるから一瞬気づけなかったけど・・・・・・もしかしてあれ、サッちゃんじゃないか?)」

 

メインの青に金やら銀やらの装飾が成された槍を携え、少しばかり露出の多い・・・・・・一見すれば《血盟騎士団》の服に酷似しているその鎧を纏い、背中には白いマントを靡かせている。傍から見ても中々の上級装備揃いの彼女は、如何やら相棒と共に偶々その場を通りかかったようであった。

 

「そこの道行くお嬢さん達、止めときな、此処は危険だゼ?」

 

「えっ、わっ、アルゴさんだ。こんなところで会うなんて奇遇ですね、お久しぶりです」

 

揶揄い混じりにその二人組の所へアルゴが歩いて行くと、彼女はすぐにアルゴの存在に気付き声を掛けてきた。後ろの相棒も「うわっ、胡散臭いのが来た」とでも言いたげな顔をしている。そう、彼女こそアルゴがアスナから託されたもう一人の教え子、サッちゃんこと《彗星》のサチであった。

 

「ん、そうだな。でもって、その様子じゃ偶々通りかかっただけみたいだナ」

 

「はい、本当に偶々です。それでえっと・・・・・・何かのイベントですか?」

 

「まぁ、それに近い感じかな。詳しくは掲示板を見てくれれば助かル」

 

アルゴがそう伝えるとサチはすぐに掲示板を開いて、内容を確認し始める。現状のSAOには珍しく、人から聞いた情報をすぐ鵜呑みにしてしまうこの性格は彼女の長所でもあり短所でもある。だからこそ、情報に強い自分が何としてでも彼女を魔の手から守ってやらなくては、と意気込みながらアルゴは彼女を優しく見守っていた。

 

「詳細とかは、まだ分かってないんですね」

 

「今から調査するところだったしナ」

 

「ええと、それなのに何で人を集める様な真似を?」

 

「そこは業務機密だから詳しくは言えないけど、一種の賭け事をしたんダ」

 

「賭け事・・・・・・?」

 

「サッちゃんは知らなくていいんだよ。結局、賭け自体成立しなかったしサ」

 

「???」

 

アルゴの言っている意味が良く分からず、首をかしげるサチ。情報の為とは言え、時には汚れ仕事もやってきたアルゴだったが、やはり純粋を絵に描いたような人物に自ら穢れを教えなければならないとなると、少なからず抵抗を覚えるのであった。

 

「んで、サッちゃんはどれだけ強くなったのかな・・・・・・へぇ、70か。かなり腕を上げたネ」

 

攻略組の大手である《血盟騎士団》が解散した今、攻略層は74層で止まっている。そして攻略組の最高戦力であるキリトのレベルが現在90。まだまだ差があるとはいえ、最前線組の面子がそろそろ追いつかれそうな段階まで彼女は強くなっていた。

 

「実はさっきまで上の階でレベリングしてまして」

 

「そっかそっか。じゃあそんなサッちゃんが態々この階層まで下りてきて何の用かナ?」

 

「あ、それについてはサチじゃなくて私が言い出しっぺなんだけど」

 

アルゴの問いに先程までサチの後ろで黙り込んでいたフィリアがそう答える。それを聞いて、アルゴはそれならば納得だ、とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

「へぇ、フィーちゃんの差し金ってところカ」

 

「さっきサチが言ったように偶々此処に降りてきたらね、久々にトレジャーハンターの血が騒いだから、サチを誘って来てみたってワケ」

 

ただの自称なだけなんだけどね、と苦笑いしつつ、フィリアは肩を竦める。自分の意志とは無関係に勝手に本能がそれを求める・・・・・・彼女もまた現実(リアル)では完璧なゲーマーの鏡である事の何よりの証明と言える事実だった。

 

「後はまぁ、サチがキリトに会えるかなぁってそればっかりで」

 

「へェ・・・・・・?」

 

純真な乙女心は時として大きな原動力となる。此処へ来る前に二人だけの秘密と言う体で本人から聞いた話をフィリアは何の悪びれる様子もなくアルゴに話した。勿論、そんな内緒話を告げ口された本人は一瞬で顔が真っ赤になり、フィリアの肩をポカポカと叩きながら抗議の声を上げた。

 

「ちょっ、フィリア!?それ、内緒って言ったよね!?///

 

「はっはっは、サチも随分とまぁチョロくなったよねぇ・・・・・・」

 

「やっぱりそうなのかぁ・・・・・・頑張れよ、サッちゃん。アイツはそういう事に凄く鈍いぞ」

 

「もぅ、アルゴさんまで・・・・・・!///

 

サチがキリトと行動を共にしたのは、ほんの僅かな時間だった。けれど、その限られた時間の中と偶に見る並行世界の彼の雄姿が物凄くカッコよくて。ときめくのにそう時間は掛からなかったのである。

 

「んー・・・・・・でも、残念ながらキー坊は此処には来ないと思うゼ?」

 

「え、どうして・・・・・・って、もしかしてまた《黒の使徒》についての情報収集ですか?」

 

《黒の剣士》キリト。《閃光》のアスナ、血盟騎士団団長ヒースクリフ・・・・・・この両名がいなくなったこの世界において彼はまさに最強格の称号を手にしたと言っても過言ではない。故に人伝に頼まれて調査に出向くこともあれば、自主的に《隼》のキリノと共に調査をしているというのがここ最近の彼の行動パターンであるとサチはアルゴから事前に情報を仕入れていたのである(尚、サチは只キリトが今現在どこの階層にいるかを聞きたかっただけで、行動パターン報告等は完全にアルゴのお節介である)。

 

「そんなところさ。ま、アーちゃんの事もあってからかなり熱心に調べてるみたいだし」

 

「別に変な行動をとるつもりではなさそうだから、オレっちはこうして自由にフラフラしてんだけどサ」

 

「それでもキー坊は少し思い詰め過ぎるところがあるからさ。だから、サッちゃん達も何処かで偶然見かけることがあったら、アイツの話に少しだけ付き合ってやってくれねぇカ?」

 

友達と呼べる程の厚い信頼がある訳ではないが、それでもここ数年の内で彼が情報を求めにやって来て自分の店の常連になる頃には。ソロで活動したがる彼へ、ついついお節介を焼いてしまうような「年上のオネーサン」染みた感情を向けずには居られなくなっていたのだった。

 

「そう、ですね。はい、私で良ければいつでも」

 

「あー、でも最近のアイツのハーレム具合にはちょっとウンザリもしてたからな。ついでに欲しい情報があるかどうかも聞きだしておいてくれ、いい値で売り付けてやル」

 

「あはは・・・・・・お手柔らかに」

 

同時に、数々の女性を惹きつけて止まない癖に、彼のその超鈍感とも言える態度に若干のイライラを覚えつつあるアルゴであった。

 

「ま、キー坊の話は此処まででいいだろ。で、オネーサンと一緒に行くかイ?」

 

「あっ、はい!ご一緒させてください!」

 

「私も異議なーし」

 

と言う事で、サチ、フィリア、アルゴといった何とも不思議な組み合わせで、彼女達は魔王城内部への潜入を開始した。

 

 

 

――暫らくして。他のギルドチームもそれに倣うように進軍を始め、エリア調査に当たる事十数分後。途中途中で仕掛けられたギミックの解除に各陣営共苦戦を強いられ、漸くたどり着いたと思った最後のエリアらしき大広間の先は完全に行き止まりとなっていてこれ以上の道はありそうにもなかった。だが、それ以前に。

 

「何だぁ、苦労して奥まで来たってのに宝箱一つすらないだとぉ?」

 

「やっぱり只の建造物だったってオチだったんスかねぇ・・・・・・」

 

「何だよー、意味深なところに立ってる癖にマジ在り得ねぇんですけど」

 

かなり開けた場所だというのに。そこには宝箱がある訳でもなければ、フロアボス級のネームドモンスターが待ち受けている訳でもなく。只々、無駄に広いマップが一面に広がっているだけだった。

 

「あーぁ、時間の無駄だったわー。帰ろ、帰ろ」

 

「だなー。んじゃ皆、お疲れーしたー」

 

サチ達と共に険しい道のりを乗り越えてきた猛者達は、そんな事を宣いながら諦めムードで次々と出口へ引き返していく。そんな中、アルゴとフィリアだけは明らかな違和感を察知して、誰もいなくなったフィールド上をうろうろし始める。

 

「ったく・・・・・・根性のねぇ奴らだ。情報屋の名が泣くゼ」

 

「別にいーじゃん。その代わり出てきたら全部私達のものだし」

 

「へっ、違げぇねェ・・・・・・!」

 

独占欲丸出しの彼女らを背に、サチは何となく壁伝いの捜索を開始していた。

 

「(フィリアとかアルゴさんみたく何かを求めてるつもりじゃないけど・・・・・・)」

 

「(何かしらのギミックが隠れてるなら多分壁が一番怪しいはず、だよね?)」

 

コンコンと叩く度、注意書きの『Not Broken Object』という表記が幾つも連なる。それを横へ横へと叩く位置を少しずつずらしていき、同じ動作を繰り返す。すると。

 

「あれ・・・・・・?」

 

最初に始めた位置から数十歩進んだとある一枚の城壁。そこを何度叩いても、先程のような『Not Broken Object』の表記が一向に現れない。ということはこの壁だけ破壊可能、ということだろうか。しかし、こういうのに不慣れな自分が一人で対処できるかと言えば多分無理である。なので、サチは背後にいる相棒と同行者を呼んで協力を得ることにした。

 

「ねぇ、フィリアー、アルゴさーん」

 

「何ー、サチー?」

 

「一枚だけ『Not Broken Object』の表記が出ない壁があるんだけどー、どうしたらいいのかなー?」

 

「え、それ、ホント!?やったね、流石サチ!」

 

「フ、まさかここでも物欲センサーが適用されるとは思いも寄らなかったゼ・・・・・・」

 

サチの言葉を聞くなり、猛ダッシュで傍に駆け寄るフィリアと何やらブツブツと独り言ちりながらサチのいる方へ歩いてきたアルゴ。彼女達が自分の近くに来たことを確認すると、サチは再びその一箇所の壁を叩くと同時に隣の壁も叩く。隣の壁だけに浮かび上がった『Not Broken Object』の表記を目の当たりにして二人は思わず息を飲んだ。

 

「何処かにスイッチとかあるのかな?」

 

「どうだろう・・・・・・もしかして此処の部屋に来る手前の部屋に隠しギミックがあったとか」

 

「マジかよ・・・・・・だとしたらちょっと面倒くさい事になるなァ・・・・・・」

 

これよりも前のフロア・・・・・・の仕掛けは少し複雑で、しかも一回エリアを出るとリセットされてもう一回解除しなければいけない仕様のものであった。解き方は既に何回もやって頭に叩き込まれているので問題ないが、少々手間に感じてしまうのは否めない事であった。

 

「うーん・・・・・・よし、一回全力で叩いてみるね!」

 

「「へっ・・・・・・?」」

 

と、何を思ったか、サチは自分の槍をその手に握りしめ、何の躊躇いもなくSSを至近距離で放った。

 

《ソニック・チャージ》!」

 

サチの放ったSSがその壁を捕らえた次の瞬間。ズガァァァァァァン、という派手な音と共に攻撃した場所の壁が粉々に粉砕し、その奥にさらに奥の階層へと続く道が姿を現した。

 

「ふうっ・・・・・・わ、やればなんとかなるものだね。じゃあ、行こっ!」

 

その光景と自身がとった行動に何の疑問を抱くことなく、若干テンションの上がった状態で奥へとスイスイ進んでいくサチ。そんな彼女の一連の行動を見た二人は溜息交じりに口を揃えてこう言った。

 

「「見た目に似合わず、脳筋過ぎる・・・・・・!」」

 

確かな決意を胸に成長していく彼女の意外な一面を目にして、二人は嬉しいやら悲しいやら良く分からないモヤモヤとした感情を抱えながら、彼女の後に続いた。

 

「はぁっ、何か最後は意外とシンプルでスッキリしたね!」

 

「うん、ソウダネ(絶対これダッカーの影響だわ、次会ったら一回ブン殴る・・・・・・!)」

 

「えっと、フィリア?どうしたの、大丈夫???」

 

「別に・・・・・・何でもないから」

 

「そう?でも、本当に調子悪くなったらあんまり無理しないでね?」

 

「ん、気を付けるわ」

 

もしこれが原因でいつかキリトと再会できたとしてもちょっと距離を置かれるかもしれないと一瞬だけサチの身を心配したフィリアであったが。

 

「(あ、でもそう言えば、アイツ周辺の女子って皆若干脳筋気味よね・・・・・・アスナとか)」

 

《血盟騎士団》副団長として前線を支え、その容赦ない猛攻撃ぶりから、攻略組と敵対関係にある殺人ギルドのメンバー達からも恐れられる存在。そんな彼女の姿がフィリアの脳内を掠めた。やはり、キリトをアスナ同様に好いている彼女には予め用意された才能だったと言う事なのだろうか。

 

「(でもキリト達とはあまり長く行動してなくて影響受けづらいはずだから・・・・・・うん、やっぱり後でダッカーの奴を思い切り〆てやる・・・・・・!)」

 

 

 

一方、その頃。ギルド《月夜の黒猫団》にて――

 

「あ、ヤベ・・・・・は、はっ・・・・・はっほぉい!!

 

「うわ、びっくりした。急に驚かすなよ、ダッカー」

 

「う・・・・・悪ィ悪ィ、何か急に悪寒が走ってさ」

 

「えぇ~大丈夫かよ?戦闘中に体調崩して死ぬんじゃねーぞ?」

 

「バッカ野郎、俺がそう簡単に死ぬと思うかァ?いいか、俺は天下の・・・・・・ぶえきしっ!!

 

「・・・・・・本当に大丈夫かよ?」

 

殺意を抱かれた事による、一種の危険予知的なくしゃみと悪寒に襲われ、仲間に心配されていた。

 

 

 

 

そして場面は戻り、《アインクラッド》第58層・迷宮区にある魔王城の玉座の間。奥へ奥へと進んでいったサチ一行が辿り着いたのは先程のギミックの合った大広間と同等の広さを持った、かなり広々とした空間だった。

 

「わ、凄っ・・・・・・!?」

 

大広間とはまた違った非常に豪華絢爛な装飾に彩られた空間。左側には厳重そうな扉があり、その近くには二人の少女が座っている。その最奥に聳える高く大きな玉座に一人の男が頬杖を突きながら、此方を見つめていた。そして。

 

『よくぞここまで辿り着いた、この世界に囚われし人間達よ』

 

『つい最近建てたばかり故、当然ではあるが入り口や大広間までは人はくれど、終局である此処まで辿り着いた者は誰一人としていなかった』

 

『つまり、貴様達が初めての正式な来客となる』

 

静かに笑みを携えながら、その男は玉座から一歩も動かずに雄弁にものを語る。

 

『問おう、望みは何だ。金か、名誉か、力か、根源か』

 

『それともまさか・・・・・・この俺との戦いを望むなどと、つまらん戯言を言うつもりは無かろうな?』

 

その一言一言は威力のある言霊となりて。空間を通じて、ビリビリとした衝撃をサチ達の身体に刻み込む。もう此処にいる時点で分かる、対象とのあまりに圧倒的な格差が。

 

「貴方が・・・・・・この魔王城のフロアボスで間違いありませんか?」

 

しかし、そんな空気の中でサチはその男に真っ向から相対し、質問をする。と、その男は何を思ったか突如として笑い声を鳴り響かせた。

 

「フロアボス、だと・・・・・・?ク、フハハッ、中々に面白い事を言う。そもそもゲームの中において、この俺のように理不尽で扱いに困る者をボスに添えるような開発者は、決してクリアさせる気持ちは持ち合わせてはいないはずだ」

 

「あぁ、はっきり言おう。それはとんでもないクズなんだろうな、きっと」

 

そこで一旦言葉を切り、男は玉座から立ち上がり此方へゆっくりと近づいて来る。遠くからでも感じ取れていた圧倒的なオーラがプレッシャーとなり、男に距離を詰められる度にまた一段、更に一段と重く圧し掛かる。ついに眼前に迫ったその男にサチ達は武器を向ける事すら叶わなかった。だが。

 

「ふむ・・・・・・成程な。人間にしては崇高な根源を持っている、貴様の名は?」

 

特に此方側に攻撃してくる事もなく、目の前のサチにそう問いかけてくる。今にも目の前の男のオーラに飲まれそうになりながら、サチは必死に耐えて問いに答えた。

 

「・・・・・・サチ、私はサチ。後ろの二人は友達のフィリアとアルゴさん」

 

「サチ、とその友か。良かろう、その勇気と直ぐに無謀に身を任せぬ冷静さ・・・・・・気に入ったぞ」

 

そう言って、男は先程よりも少しサチ達との間に距離を置き、再び口を開いた。

 

「故に、先刻の問いに答えよう。安心しろ、俺はフロアボス等ではない」

 

「俺の名はアノス。異世界より来たりし真の魔王・・・・・・《暴虐の魔王》アノス・ヴォルディゴードだ」

 

男が自身の名を明かしたその時。男の顔の横にサチ達と同様にこのゲームのプレイヤーである証のHPゲージが表示される。一見普通に見えるHPゲージ。だが、この男は常識では考えられない数値を叩きだしていた。

 

「レ、レベル1でHPが階層ボス並み・・・・・・何だよ、この滅茶苦茶な数値は・・・・・・!?」

 

その規格外さにアルゴが驚愕の表情を浮かべる。そう、通常であれば最初期のレベルである1の段階でここまで体力値が高いスキルは現在確認されているユニークスキル全てを照らし合わせても存在しない・・・・・・いや、存在するはずがないのだ。

 

「チートバグでも仕込むには膨大な時間を必要とするのに・・・・・・一体どうやって!?」

 

「あぁ、そうだ。当然、チートなどと言う小狡い手段は一切使っていない、全てが元々だ」

 

確認の為、より詳細なステータスを表示してもらうと、その規格外さがはっきりと分かった。先に提示したHPは勿論の事、他のSTR・VIT・DEX・DPS・SP・移動速度倍率。これら全てのステータスが現時点でのレベル表記にしてはあまりにも高すぎた。

 

「嘘臭いけど、マジっぽいな。改竄の形跡とバグの後遺症が全くないゼ・・・・・・」

 

存在しないユニークスキル《魔王》。最初期レベルだが、経験値の表記が既に傍点となっていて、これ以上レベルが上がらない事を示している。そんな異常なステータスの持ち主、《魔王》アノス・ヴォルディゴードは今まで表記していたステータス画面を消し、彼女達に向き直り、口を開く。

 

「ステータスの話はもう終わりで良いか?唐突だが、お前達に聞きたいことがある」

 

「な、何でしょう、えっと・・・・・・」

 

「フ、好きに呼んで構わん」

 

「は、はい。じゃあ、アノスさん・・・・・・聞きたい事とは?」

 

「あまり身構えるな、サチとその友人達よ。何、簡単な質問だ。知らなければ他を当たるだけの事」

 

再び言葉を切ると、男・・・・・・アノスは地面から剣のような形をした影を取り出し、その柄を握る。刹那、それを覆っていた影が拡散し、漆黒の魔剣が姿を現す。アノスはそれを持ったまま彼女達に一つの問いをぶつけた。

 

 

 

「――お前達は、()()()()()()()()()()()という名前を何処かで聞いたことはないか?」

 

 

 

 

                                 To be continues… 

                                                                                                         

 

~次回予告~

 

 

異端(イレギュラー)湧く、混沌の地にて。暴虐の魔王がついに動き出す。

 

 

その最中、闇に蠢く者達の鎮魂歌(レクイエム)が響き渡り、不浄の者は地へ還る。

 

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第八話「Laugh Coffin」。

 

 

「――関係ないよ、コイツらは・・・・・・死んでもいいヤツだから」

 

 




原作で破壊不可のヤツなんて表記だったっけ……?と作者がド忘れしてしまったので仮名称として『Not Broken Object』にしたけど、間違ってたら済まん。

それはそれとして、今日の21:30から『魔王学院の不適合者』のDVD/Blu-ray全巻発売記念の生放送がありますね!……もしかしたら2期発表あるかも!?今宵は共に楽しみましょう!

それでは、また来月!!


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第八話「Laugh Coffin」

先月の更新が出来ずに済みませぬ……作者です。

さて、一応文章を書きながら度々此方の様子を見に来ているわけですが。
何と有り難い事にこの小説へのUAが2000を越えました!有難う御座います!!
……それとSAOの力スゲェな、と改めて実感しております。

原作のSAOは劇場版のプログレッシブのPVが公開されてましたね。
プログレの中ではそうですね、キズメルが好きですね(漫画版が特に)。

そしてそして!魔王学院の不適合者2期が来ましたね!!しかも分割2クール!!
確かに次の話からは「1クールでまとめるには厳しいかもなァ……」と思っていたので嬉しい限りで御座います。嗚呼、早く放送時期来ないかな……。

まぁ、作者の話は此処までにして。早速本編行ってみましょう、どうぞ!!


2023年12月28日10:30 《アインクラッド》第58層・迷宮区 魔王城デルゾゲート 玉座

 

「――エウゴ・ラ・ラヴィアズという名前を何処かで聞いたことはないか?」

 

「エウゴ・ラ・ラヴィアズ・・・・・・?」

 

魔王アノスからの問いに挙げられた名前をサチは思わず復唱する。勿論、サチ自身はその名前を聞いたことはない。しかし、それは情報屋のアルゴとて初耳の情報だった。

 

「オレっちでも聞いたことはないな、ソイツの名はヨ」

 

「そうか」

 

アルゴの言葉を聞いて、魔王アノスは特に感情を込めることなく呟いた。如何やら、彼方もすぐに手に入る情報ではないと踏んでの質問だったのだろう。そんなあくまで冷淡な対応をした彼に今度はアルゴが逆に問いかけた。

 

「アンタの狙いは何だ、ソイツが何か関係しているのカ?」

 

「何、此方の世界側の不始末ともいえる些末事だ。気にする必要はない」

 

だが、アノスはその問いには答えようとせず、適当に濁した答えのみを言い放つ。気にする必要はない・・・・・・そのアノスの発言が情報屋アルゴの癇に障ったのは言うまでもなく。

 

「そうかい。いやぁ、それは残念・・・・・・このオレっちの情報源を持ってすれば、右も左も分かんねぇような輩があちこち回って探すよりは十分時短できるんだがなァ?」

 

「何・・・・・・探し当てれるとでも言うのか?」

 

「あぁ、当然さ。尤も今は情報集めしなくちゃないが、それが何処かのフロアボスを指してるっていうなら話は別だ。アンタがソイツの特徴の情報さえ提供してくれれば、特別料金で調べてやるヨ」

 

・・・・・・こういう時でさえ、商売を忘れないのは実にアルゴらしいと言えばらしかった。

 

「ふむ、こういう時こそ出資を惜しむものではないとも言うしな。よかろう、その提案を受けてやる」

 

「オーケー、交渉成立ダナ」

 

アノスとアルゴがその場でガッチリと握手を交わす。アルゴにとって思っても見ない収穫であった。

 

「あぁ、そうだ。交渉成立のついでに、此処で有益な情報を一つ」

 

「ほぅ、それは何だ。言ってみろ」

 

「実は今、例の《黒の使徒》が最初に出たエリアで、彼のPKギルド討伐戦が行われててサ・・・・・・」

 

 

2023年12月28日10:38 《アインクラッド》第24層・迷宮区 草原エリア 

 

 

「へっ、如何やら正規の連中が、無謀にも俺等を狩りに来たらしい」

 

「血が・・・・・・騒ぐ」

 

「クックック、楽しい、楽しいねェ。精々殺し尽くしてやろうじゃないか、攻略組をよォ・・・・・・!」

 

徐々に辺りに喧噪が響いてくる。手始めに撒いた連中には如何やら勝てたようだな。しかし、テメェらの行く先に待っているこの精鋭部隊を、キレイキレイな連中が倒せるか?

 

「行くぞ、ザザ、ジョニー」

 

「応よ、リーダー」

 

「・・・・・・」

 

リーダーの俺と側近の二人、ザザとジョニーが今まで腰を下ろしていた石のオブジェクトの上から飛び降りて、武器を構えた。次の瞬間。

 

「――だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

目にも止まらぬ速さで駆け抜ける、黒き一閃。あぁ、ずっと待っていた。もしかしたらもしかしたらと思っていた。俺達と同類の目をした貴様が俺達を直接倒しにくる、その時を・・・・・・!

 

「はっはァ!待ってたぜ、黒の剣士さんよォ!!」

 

ラフィン・コフィン討伐戦。その狂気と混沌の織り成す大地にて。彼、《黒の剣士》キリトは現れた。

 

 

「――成程な、有象無象の快楽殺人者がうろうろと。実にくだらん連中め」

 

「あの・・・・・・こんな場所に私達が来て良かったんですか?」

 

「酷だろうがな。だが、敢えて見ていろ、サチ。これがこの世界の裏の顔というものだ」

 

そして、その戦場の草陰には。先程アルゴによって情報を吹き込まれたアノスとサチ、フィリアも姿を見せていた。サチにとって快楽殺人者とまで呼ばれた者達が実際にPKをする場面には立ち会ったことがなく、これが初めて。だが、それを含めてサチが更なる強さを手に入れる為の刺激となれば。そう思って、彼はサチを此処へ連れて来たのであった。だが、本当の理由は。

 

『その討伐戦の場所に、今さっきキー坊が姿を現したって情報が入っタ』

 

『状況は悪いが、アイツに会うなら今だぜ、サッちゃん』

 

そう、イレギュラー要素である《黒の使徒》の出現や《血盟騎士団》の解散により、本来の予定から大分遅れて開かれたこの討伐戦に、あのキリトが参加しているとの情報が入っていたのだ。

 

攻略組最強の称号を欲しいままにした剣士であるキリトが入ったことで、討伐部隊の士気は大幅に上がり、同時に敵部隊においてもリーダーのPoHが彼と接敵したことによって上がったテンションを感じ取り、士気も上がっている・・・・・・そんな状況。

 

「けど、今は確か《血盟騎士団》がいないのよね?じゃあ、この戦線、誰が仕切ってるの?」

 

「それはアルゴにも分からんそうだ。何でも、新進気鋭の者達による指揮らしい」

 

「はぁ、この機会に攻略組のトップに躍り出ようってワケ?何処のどいつよ、それは」

 

「ねぇ、フィリア。もしかして、あそこにいる人達じゃない?」

 

サチが指さした方角。ここからだと少し見えにくいが、遠方にそれらしき人物たちの姿が目に入る。

 

――彼等の姿を見た時、誰もが思った。背が、エグ過ぎるほど高いと。

 

いや、しかし此処はVRMMOの世界。身長など幾らでも調整可能だ。もしかすると自分が設定したキャラを態とガタイのいい外国人並みの高身長にしているのかもしれない。

 

だが、忘れてはならない。此処はSAO。茅場明彦によってデスゲーム開始が宣言された日に、合わせ鏡によってアバターが現実での姿そのままに再調整されていて、髪型や髪色等の細かなパーツ設定は出来ても個人を象徴する骨格や体形までの調整は出来ない仕様になっている。つまりは。

 

「あれがマジの身長ってワケね・・・・・・」

 

あれこそが、彼等のナーヴギアによって読み込まれた、そのままの姿である可能性が高い。

 

「この俺よりも背が高いとは。フ、中々に面白そうな人間達だ」

 

「えっ、ちょっと、アノスさん!?」

 

「サチとフィリアはそこに居ろ。あの者達との交流がてら、少々ウォーミングアップをしてくる」

 

普通の人間なら、怖いから関わり合いになりたくないなぁと思ってしまうだろう。しかし、そこは魔王アノスだ。本来の常識が彼に通用するはずもなく、興味を持った彼は単身戦場へと向かっていった。

 

「行っちゃった・・・・・・ねぇ、どうすんのサチ。あの人、目立ちすぎるわよ、色んな意味で」

 

「言われた通り、待ってよう。キリトもまだ見つからないし」

 

「うわぁ出たよ、サチのクソ真面目過ぎるところが・・・・・・」

 

自分も飛び出しては行きたいが、親友であるサチを置いてはいけない。結局、フィリアはサチと共にその場に留まる事にした。

 

「――では、行かせてもらおう。罪人共よ、我がバエルの揮う、正義の錆となるがいい・・・・・・!」

 

「乳のでけぇ女すら手にかける連中だ。遠慮はいらねぇ、派手にブチかますぜ!!」

 

「それはお前の中での基準だろうが・・・・・・まぁ、いい。どうせやることに変わりはねぇ」

 

「そっか、じゃあ遠慮なく殺すね」

 

アノスが向かった戦場の一角。そこでは既に噂の新進気鋭のギルド《鉄華団》の面々と《ラフィン・コフィン》に身を置く殺人者たちとの戦いが始まっていた。

 

「なァに、調子ブッこいてんだァ・・・・・・あァ!?」

 

「実力の差も分からぬとは・・・・・・愚かな」

 

「馬鹿言え、こちとら勝てりゃあどんな手段を使っても――あ゛?」

 

「さらばだ、バエルに逆らう逆賊よ」

 

刹那。構える動きすら相手に察知させず、彼が手にした黄金の剣は、あっという間に殺人者の上半身と下半身を真っ二つにした。殺人者は、断末魔を上げることなく消え去った。

 

「・・・・・・潰す」

 

「クソ、強すぎる・・・・・・何なんだよ、テメェらは!?」

 

「アンタには教えないよ」

 

ほぼ高身長な彼等の中でも異彩を放つ一人の少年。彼は背は他の者より低くとも、その目に宿る殺意は目の前の殺人者の集団を目にしても衰える事はなく、彼の持つ巨大なメイスが殺人者の身体を無慈悲にも貫いた。

 

「・・・・・・こっちは一先ず終わったよ、オルガ」

 

『おう、お疲れさん、ミカ。まだ行けるか?』

 

「当たり前でしょ。それで、次はどいつを殺ればいい?」

 

消滅した者に一切の感情のソースすら割かず。彼、三日月・オーガスは次の標的の元へ向かった。

 

「おらおらァ、天下の《鉄華団》所属の、このシノ様がテメェらを地獄に送ってやらぁ!!」

 

「遠距離砲撃・・・・・・そんなことが出来るのか!?」

 

「そんなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろうがよぉ!」

「全力で行かせてもらうぜ、ギャラクシーキャノン・・・・・・発射ァ!!

 

彼、シノの持ったスナイパーライフルのような装備からヴヴヴヴヴヴ、と音がして。次の瞬間には、中に込められた銃弾が殺人者の胸部中央を大きく抉り取る。VRMMOの中でなければ、周りの地面ごと吹き飛ばされているに違いない。それくらいに、凄まじい衝撃であった。

 

「もう大方倒しきりやがったのかよ・・・・・・三日月もシノも張り切り過ぎだろ」

 

「て、テメェ・・・・・・こんなことして、ウチのリーダーが黙ってると、思う――な」

 

「悪いな。俺達、《鉄華団》の為に・・・・・・死んでくれ」

 

他のメンバーの活躍に溜息をつきながらも、自分が追い詰めた標的を彼の装備である巨大なペンチのような武器で相手を容赦なく絞め殺した。もしこれが現実世界であったのなら、相手は立ちどころに見るも無残なペシャン公になっていただろう。

 

「何だ、もう蹴りが付きそうなのか・・・・・・つまらんな」

 

その様子を戦場の地を踏みしめながら堂々と見物していたアノス。彼は争いがあまり好きではない。だが、その争いの因子が彼の大切にしている子孫や仲間に襲い掛かった時、彼は彼の持ちうる絶対的な『破壊に特化した力』でそれを払う。

 

アルゴから話を聞いた時から彼は考えていた。もし、その討伐戦で殺人を犯したことないキリトが近い将来、それらに責任感を背負いすぎてしまわないかと言う事を。ならば、丁度いい。盟友である彼にそんな事をやらせるくらいならば。

 

「おいおい、レベル1の癖して此処に迷い込むとか馬鹿かァ!?」

 

「何だ、貴様は」

 

「俺か?俺はなァ、今からテメェを殺す殺人者だよ、ヒャッハァ!」

 

「俺を、殺す?ほぅ、良く吠えた」

 

「では、ハンデをやろう。俺は此処から一歩も動かん、見事殺してみよ。・・・・・・出来るのならばな」

 

宣言通り、彼はその場で腕を組んで立ち尽くす。普通であれば正気の沙汰ではない。だが。

 

「なめ腐りやがって・・・・・・死ねや――ごふっ!?」

 

アノスは何もしていない。だが、飛び掛かった殺人者は彼の前で謎の衝撃波に吹き飛ばされた。

 

「な、に・・・・・・一体、何が・・・・・・!?」

 

「分からぬか。”()()”だ」

 

「は・・・・・・!?」

 

()()()()()()()、それが貴様を攻撃し、吹き飛ばしたものだ」

 

心臓の鼓動。そんなスキルや攻撃手段などSAOには存在しない。だが、この男は魔王アノス・ヴォルディゴード。必要があればどんな理だろうとねじ伏せてしまう、史上最強の魔王だ。

 

如何に厳重に管理されたデータの世界とは言え、誰も彼に常識を当てはめる事は出来ない。

 

「さて、殺人に快楽を覚えた異常者よ。覚悟は良いな?」

 

「だから何が――」

 

アノスが倒れこんだ男の顔面近くで指を弾く。男は・・・・・・瞬く間に消滅した。

 

蘇生(インガル)

 

「――は、なッ・・・・・・!?」

 

が、アノスが呪文のようなものを唱えると、消滅した男が再び蘇る。HPが完全に回復した状態で。

 

「驚いたか。この俺に掛かればこの世界でも死して3秒までなら死者を蘇生することが出来る」

「これが俗にいう、3秒ルールだ」

 

右手の指で3を表すポーズを取りながら、堂々と宣言するアノス。だが、そのジョークはまたもや何の反響もなく終わった。

 

「・・・・・・ふむ、ここでもか。仕方がない、次からはハイレベルなジョークで攻めてみるとしよう」

 

そう言ってアノスは、事前にアルゴに渡されていた回廊結晶で何が起こったのか訳が分からず朴ける殺人者の彼を指定の場所へと転送した。

 

「討伐、とは言ったが。やはり何人かは牢獄へ転送した方がよさそうだな」

「そうだな、試しにリーダー格の男を捕えてみるとするか」

 

――去り際に、そんな事を口にしながら。

 

現場で反応はなかったが、一方のアノスにかけられた気配遮断スキルのお陰で、生い茂った草むらの陰に隠れていたサチとフィリアはその光景を目にして。

 

「はぁ!?何よ、現状のSAOでプレイヤー蘇生が出来るなんて、禁じ手じゃない!?」

 

「3秒以内って制限も含めて、《背教者ニコラス》クエストのアレと同じ効果なんだね」

 

ひそひそ声ではあるが、かなり動揺していた。当然だ、SAO内での死は現実世界での死を意味し、本来は決して回避する事は出来ない。彼女達が言っているクエスト限定アイテムの《蘇生結晶》もたった一つしか落ちないドロップ品の為、そこまで万能ではないのである。

 

「・・・・・・そうなると、実質アレを無限に持ってるって話になるわね。在り得ないんだけど」

 

「でも、その蘇生手段をああやって何回も使われて蘇生してたら、精神面的にどうなるか分からないよね」

 

「急に怖い事言わないでよ、サチ。ちょっとゾッとしちゃったじゃない」

 

死にはしないが、その内確実に精神崩壊を起こす。蘇生とは聞こえがいいが、やはり「死」というものが絶対的なもので、ある意味での救済と捉える者の多いこの世界では、実現してしまえばとても末恐ろしいものであった。

 

「でもまぁ、味方にそういうスキル使える人がいるといざって時は助か――」

 

「ごめん、フィリア。ちょっと静かに」

 

先程の話題から雰囲気を変えようと、敢えてポジティブに捉えようとしたフィリアの発言を、サチが突然遮り、視線をアノスのいる場所から少し離れた森林エリアの入り口付近へ向けた。

 

「ちょ、ちょっとサチ、いきなりどうした――の」

 

勿論、喋っている途中で遮られて少し不満そうなフィリアは、サチの行動に若干驚きつつも同じ方向を見やる。すると、膝下まである黒いポンチョを被り、同色のフードで顔全体を覆ったプレイヤーと特徴的な黒いコートを着たプレイヤーが剣戟を交わしている様子が視界に飛び込んで来る。

 

恐らく誰が見ても見間違うはずがない。黒いコートの彼は、きっと。

 

「うん、やっぱり。キリトだ」

 

彼・・・・・・キリトは、単身でありながら黒フードの男以外に赤い逆十字のマントの男と黒いマスクをした男3人とやり合っていた。状況的に見て、今のところ彼にダメージはそこまで入っていないようだが。

 

「不味いわ、アレ《ラフィン・コフィン》のリーダーのPoHとその幹部のザザとジョニーよ」

 

「・・・・・・ッ!」

 

《ラフィン・コフィン》の中でも最も手が付けられない3人組を纏めて相手にしているのだ。後々、彼が死の淵まで追いつめられることは目に見えて明らかであった。

 

「幾ら、攻略組最強の《黒の剣士》でも、アイツらに勝てるかどうか・・・・・・って、サチ!?」

 

「ごめんフィリア、此処で待ってて・・・・・・!」

 

その光景を見て、居ても立っても居られなくなった彼女は。心の奥底から襲い来る恐怖心を何とか抑え込み、フィリアの制止も聞かず、不慣れな戦場へ一目散に駆け出す。

 

「ふむ・・・・・・待っていろと言ったはずだが。こればかりは仕方ないか」

 

「お陰で、次の標的も定まったことだしな。取り敢えずは感謝するぞ、サチ」

 

――当然その行動は、同じく戦場にいた(アノス)の目にも映っていた。

 

 

「・・・・・・!」

 

駆けだした。一目散に。他の些細事には特に目も暮れず。只、彼のいる場所を目指して。

 

「(ソードスキル、セット・・・・・・!)」

 

本当なら、PKと戦うなんてとても怖くてできない。プログラムの一部であるモンスターでさえ、やられたら死ぬと考えると怖くなるように。それが意思を持った殺意の塊を相手にするとなれば、怯んで行動できなくなってしまっても何もおかしくはない。

 

「(本当にごめん、フィリア。でも私は、見てしまった以上は見て見ぬフリなんてできない)」

 

無謀かもしれない。今度こそ、本当に死んでしまうかもしれない。

 

でも、それ以上に彼が自分の目の前で傷付いていく様を黙って見ていられる程、冷静じゃいられない。以前、彼が私を何度も助けてくれたように、今度は私が彼を守れるようにならなきゃ駄目だと。その思いだけが強く心の中で渦巻いて。

 

『大丈夫、サチはもっと強くなれるわ。自信を持って』

 

脳裏に、師であり親友でもあった彼女(アスナ)の言葉が過ぎる。私は、彼女に貰ったお守りを静かに握りしめた。せめて、今だけは彼女みたいな比類なき強さに縋りたくて。

 

「(アスナ・・・・・・キリトを守れるだけの力を、勇気を。私に頂戴・・・・・・!)」

 

――精一杯の覚悟を抱いた時、私は一陣の風となっていた。

 

「ぜぇやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「クフフフ、楽しい、楽しいねェ!」

 

「アンタもそう思わないかい?なァ、黒の剣士サマ!!」

 

「ふざけるな、誰がお前らなんかと・・・・・・!」

 

リーダーであるPoHと激しい口論を交えながら戦いつつも、その取巻きであるザザとジョニーの動きにも警戒する。大凡、並みのプレイヤーにはとても捌くことの出来ない膨大な情報量を《黒の剣士》キリトはたった一人で把握しながら戦っていた。

 

「そんなに遠慮しなくていいだろうがよ、俺には分かるぜ。アンタは俺等と間違いなく同類だ」

 

「いっその事、手を組むってのもありかもなァ・・・・・・どうだい、この退屈でクソッタレな世界を一緒に壊してやろうぜ?」

 

「・・・・・・断る!」

 

段々と激しくなる剣戟の応酬。PoHの繰り出すメイトチョッパーの一撃を自身を象徴する黒剣《エリュシデータ》で。

 

――弾き。

 

――受け流し。

 

――躱す。

 

「おやおや、冷たいねェ・・・・・・だが、その余裕ももうすぐ終わる」

「――チェックメイトだ、《黒の剣士》キリトォ・・・・・・!!」

 

「何ッ・・・・・・!?」

 

横からザザとジョニーの連撃が入り、それを防いだと思ったら今度はその二人がバックステップで距離を取り、麻痺毒をたっぷりと塗り込んだ投げナイフの連投がキリトを襲う。

 

アレに当たってしまえば、麻痺毒状態で動けなくなり、その内に殺られる。それだけは避けなくては。

 

「(このままじゃ不味い、どうする・・・・・・『アレ』を使うか・・・・・・!?)」

 

《黒の剣士》キリトにはいざと言う時の奥の手があった。しかし、出来る事なら現在の攻略層よりもっと上の階の階層ボス戦までなるべく口外せずにいたい。その為には、今使うのは得策ではない。けれど、何か手を打たねばこれは容易に避ける事は出来ないだろう。

 

「(いや、まだ他の手段で凌ぐことが出来るかもしれない、考えろ・・・・・・!)」

 

自分の奥の手を使わずにどう凌ぐか、その考えに集中していたキリト。そんな彼の元に。

 

「――キリト、避けて・・・・・・っ!」

 

《フォーチュネイト・アイル》・・・・・・!」

 

疾風をその身に纏ったサチがSSで全てのナイフを薙ぎ払い、その勢いのままザザとジョニーに強烈な一撃をお見舞いした。

 

「何・・・・・・だと・・・・・・!?」

 

「畜生ッ・・・・・・テメェは・・・・・・!」

 

バックステップで距離を置き、サチはキリトと背中合わせで彼等3人と再び向き合う。キリトは、目の前で繰り広げられるその光景があまりにも信じ難いものであった為、一瞬だけ思考停止してしまうが。即座に切り替えて、自分の目の前に現れた彼女に問う。

 

「サチ・・・・・・何でキミが此処に?」

 

「何でって・・・・・・ホント、何でだろうね。私にも分かんないや」

 

「でもさ、キリトが此処でやられちゃうくらいなら。私はその脅威からキリトを守りたい」

 

――斯くして、この狂気と混沌の渦巻く戦場で。黒の少年と青の少女が、再び巡り合った。

 

「へへッ、《彗星》のサチか。俺はなァ、最近ちやほやされるテメェに虫唾が走ってんだよォ!!」

 

だが、そんな感動的な再会の余韻に浸る暇もなく。ザザが狂気を纏い、サチに襲い掛かる。しかし、サチは武器を弾き飛ばし。

 

「――っ、貴方はあの時の・・・・・・!」

 

「ケ、覚えてたんだな。そうさ、以前テメェら《月夜の黒猫団》をハメてやったのはこの俺さァ!」

 

「この前はちと失敗したが、今度は確実に殺してやるぜェ・・・・・・!」

 

27層の回廊エリア。そこのモンスターハウス殲滅をギルドの依頼で請け負った《月夜の黒猫団》一行を罠に嵌め、最終的に麻痺毒の入ったポーションで全滅に追いやろうとした張本人。あの時の依頼人こそ、このザザであったのだ。

 

「ザザ、援護を・・・・・・!」

 

「させるかぁッ!!」

 

サチによって斬り込まれた傷を回復し、サチと応戦するザザの援護に回ろうとしたジョニーをキリトが阻む。勿論、そんな状況をPoHがただ眺めているわけもなく。

 

「ナイスだ、ジョニー・・・・・・その背中、もらったァ!」

 

「・・・・・・!」

 

「そうか。ではその言葉、そのまま貴様に返すぞ」

 

「なッ・・・・・・!?」

 

魔黒雷帝(ジラスド)

 

キリトの背後に飛び掛かろうとしたPoHは自身のいた空中に突如として現れた膨大な雷撃の塊を間一髪で回避し、声のした方角を見やる。そこには。

 

「な、何だテメェは!何でこのSAOで魔法が使える・・・・・・!?」

 

「この世界で魔法が使えぬからと言って、この俺に使えないとでも思ったか」

 

「は、はァ・・・・・・!?」

 

SAO全ての常識が通用しない、たった一人の存在・・・・・・魔王アノスがいた。

 

今まで狂気とも思えるその感覚で殺人を愉しんできたPoHであったが、これ程までに異質で。尚且つ話が通じず常識すら通じない相手との対峙は初めてだった。故に、彼にしては珍しくたじろいでしまう。

 

「お、おい、アンタ!此処はアンタのレベルじゃ無謀過ぎるぞ!」

 

ジョニーを相手取りながら、瞬間移動のような速さで割って入って来たアノスにキリトが声を掛ける。キリトがそう思ってしまうのも無理はない。彼は現在最初期レベルのままであるのだから。

 

「こんな時でさえ他人を心配している余裕があるとは、やはりお前は優しいなキリト」

 

「な、何を言って・・・・・・!?」

 

「時にイレギュラーの最中ではその数値だけがものをいう訳ではない、覚えておけ我が盟友よ」

 

「・・・・・・尤も、この時間軸のお前はまだ俺の事を知らないだろうがな」

 

盟友と呼ばれたキリトが幾ら彼について思考を巡らせて考えようと、今現在の彼に彼と何処かで遭遇したと言う記憶は何処にもない。彼が初めて魔王アノスと巡り合うのは、本来であればもっと先の未来の話。だが、アノスはその事実を承知で彼を盟友と呼んだのだ。

 

「俺の事はいい。お前は目の前の戦いとサチの事を気にかけてやれ」

 

「・・・・・・死ぬなよ」

 

「フ、任せよ」

 

キリトとアノスは必要最低限の言葉を交えて、再び自らの戦う相手に向き直る。

 

初めての共闘。だが、志を同じくする彼等が互いを理解するのに時間を掛ける必要はなかった。

 

「死に曝せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「この平和な世界において、敢えて闘争を望む愚かな人間よ。精々、己が罪と向き合うがいい」

 

「しゃらくせぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「――キリト、サチ、その二人を俺の元に寄こせ。奴らを『牢獄』へ送る」

 

PoHの攻撃を回避しつつ、アノスがキリトとサチにそう呼び掛けた。それを受けて、両者は其々向き合っていたザザとジョニーを剣戟で吹き飛ばす。

 

「貴様らに似合いの住処のプレゼントだ、有難く受け取れ」

 

「がはっ・・・・・・!?」

 

アノスに向かって来たPoHの腹部に蹴りを一撃。その蹴りを直撃で受けたPoHは衝撃で吹き飛び、同じく飛ばされたザザとジョニーとぶつかり、合流する。その一瞬の隙を利用して。

 

「――回廊結晶、転送先《地下監獄》」

 

「・・・・・・ハ、まんまと嵌められたのは俺達ってワケか」

「まぁ、いいさ。もし次があったなら、必ずテメェら全員皆殺しだァ!クハハハハハハハハ!!

 

回廊結晶での強制転移によって、犯罪者プレイヤーが最後に行き着く場所とされる地下監獄エリア。そこへ転送されながらも、最後にPoHはあくまでそれを笑い飛ばした。

 

「全く、最後の最後まで執着心の強い奴らよ」

 

「はは、全くだな・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

こうして、長らくSAOの舞台で暗躍し続けた犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》は壊滅。以降、この討伐戦での戦果が瞬く間にゲーム内に広がると同時に、それ以外の多くの犯罪者ギルドが無抵抗の上で一斉検挙されることとなり、SAOから一時的にPKと言う名の殺戮行為による脅威は去った。

 

だが、彼が最後に残した言葉。これは、単なる負け惜しみか。それとも、彼等への未来の警告か。それはまだ、誰にも分からない。

 

 

2023年12月28日11:15 《アインクラッド》第22層・コラルの村

 

 

「――では、俺は他に目的がある故。お前達とは暫しの別れとなる」

 

それから少し間が空いて。討伐戦を終えた彼等は、休憩がてらタウンのある第22層を訪れていた。 町に入ってそう時間が経たないうちにアノスがそう言って、次の目的地へ向かう準備を始める。急なタイミングでそんな話をされたキリト達はというと。

 

「何でこのタイミングで・・・・・・?」

 

「ず、随分急なんですね・・・・・・」

 

「そうか・・・・・・正直、この先アンタがいれば階層攻略も楽になりそうだったんだけどな」

 

「ク、お前にしては心にもない事を言うではないか」

 

余りの急さにちょっと呆れている感じのサチとフィリア。彼にしては珍しく、他人を階層攻略へ誘おうとするキリト。アスナやクラインのお陰で人との交流について徐々に慣れてきた彼であったが、知り合って間もないプレイヤーとはそこまで早く打ち解けられるほどコミュ力は上がっていない。故に、先程の言葉は彼なりに別れ際の軽いジョークを言ってみた、と言うところだろう。

 

「・・・・・・む、そうだった。忘れるところだったぞ」

 

彼等から別れの言葉を受け取って、転移魔法《転移(ガトム)》で素早く目的地へ行こうとしたアノスが突然何かを思い出したかのようにキリト達の方を振り向いた。

 

「お前が先程口にした、この世界の主たる目的・・・・・・階層攻略」

「もし再び挑むというなら、俺の代わりとして我が配下を此処へ置いて行こうではないか」

 

「え、えぇ・・・・・・それは有り難いけど、いいのか?」

 

またもやの突然の提案に少し度肝を抜かれるキリトであったが、アノスへ一応の確認を取る。すると彼は。

 

「何、構わんさ。この世界へ来て初めて出会った者達だが・・・・・・実力は申し分ないぞ?」

 

「そうか。悪い、助かるよ」

 

「うむ。という訳で、早速自己紹介といこうではないか・・・・・・転移(ガトム)

 

キリトの返事を受け、アノスが魔法陣を起動してその場に二人のプレイヤーを呼び出した。

 

そう、彼女達はサチ達が初めてアノスと会った時、魔王城の玉座にいたプレイヤー達。初めての転移魔法に驚きつつも、彼女達はアノスに促されるがままにキリト達の前へ出て、軽く自己紹介をする。

 

「えっと、その、リーファです。よ、よろしくね?」

 

「シノンよ。訳あって急にこっちの世界に飛ばされてきたの」

 

リーファ、シノンと名乗った彼女達は、目の前の彼等と初めましての握手を交わす。

 

サチ、フィリアと来て、最後にキリトと向き合ったリーファが突然。

 

「――って、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 

まるで此処にいるはずもない者へ向けた驚愕の声を漏らす。

 

そして、彼女は暫らくキリトを見つめたまま固まって動かなくなり・・・・・・次に紡いだ言葉が。

 

「嘘・・・・・・お兄、ちゃん?」

 

「えっ・・・・・・?」

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

                                             

                                   To be continues…

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

 

魔王によって齎されたのは、とある兄妹の再会。

 

 

新たに仲間を獲得した黒の剣士は、先の戦場で見えた新興ギルド《鉄華団》のメンバー達と協力し、現在の階層攻略を目指す。

 

 

アインクラッド第74層、そこの迷宮区の奥で待ち構えていた階層の主は、彼等の想定を超える規格外の怪物(モンスター)であった。

 

 

次回、ソードアート・オンライン-青き少女の証明-第九話「The Gream Eyes」。

 

 

「ちょっと、ちょっと!あんな化け物が相手なんて聞いてないんですけどぉ!?」

 

 




前回の冒頭と魔王城デルゾゲートのシーンでチラッと登場したリーファとシノンが遂に(といってもそれほど間が空いてもないですが)参戦!!
そして、アノス様の戦闘描写がなかったなーと思い、魔王学院の不適合者の例の初回登場無双シーンを導入してみました。

……ラフコフの3人に関しては、完全に作者が性格忘れてますね。申し訳ない。

キリトとサチを此処で一旦合流させて、次回からSAOの要である階層攻略に移ります。勿論、戦う事になる階層ボスは……ここまで読んでくれた皆さんなら察してますよね?

それではまた来月、お会いしましょう。それでは!!


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