いつか、クワガタムシに (荒井文法)
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0歳


 出産立会を望む女性がどのくらいいるのか分かりませんが、僕の妻は「んなとこ見られたくない」と言って、長男くんが産まれる直前まで、僕は分娩室の外で待機でした。それでも、出産の大変さは伝わってきました。

 看護師さんに呼ばれて分娩室の中に入ると、妻の顔中に赤い斑点。いきみ過ぎて、毛細血管が破裂し、内出血。もちろん、そのときの僕はそんなこと分かっていないのですが。

 陣痛促進剤、人工破水、吸引、鉗子を経てようやく産まれた長男くんの頭には切り傷が少し。母子ともに満身創痍。隣には情けなく涙ぐんで立っているだけの父親。気付けば、人生で一番大きなイベントの縮図がそこにありました。

 初めて抱っこする長男くんの扱い方が分からず、とりあえずアホみたいに『首がすわってないんだから、首がすわってないんだから』と心の中で唱えながら対応。親子3人最初の記念撮影は、かめはめ波みたいなポーズで長男くんを抱えている僕の必死の形相が写されているのでした。

 

 めでたし、めでたし。

 

 ……と、終わるはずもなく、ええ、ここからが本番なんですよね……(遠い目)

 

 最強の助っ人、おばあちゃんの協力を得ながら、入院期間を過ごしましたが、妻は出血多量の顔面蒼白でトイレすら行けず「ふがいないや……」と号泣。出産直後の女性のメンタルが不安定になりやすいことはインターネットで知っていましたが、ここでも父親は情けなく微笑むのみ。どちらかというと、夫のほうがふがいないや……。そんな両親を意に介さず、長男くんはとても健やかでした。

 入院期間は2週間くらいでしたが、経験したことのないことだらけです。

 

 哺乳瓶の消毒? ミルトン? お、CMで聞いたことあるよ!……で、どう使うんだこれ? え? 浸けとくだけ? なにそれすごい。

 

 おむつ。これがおむつ。いよいよ本番。看護師さんの素晴らしい手際を思い出して……いざ出陣!……よっ……ほっ(必要以上に足上げ)……ん?なんだこれ?(吸水剤カス)……(まごまご)……よいしょ、あ(指にちんちんが触れて少し焦る)……どこまでやれば(テープ固定位置を長考)……(まごまご)……よし、できた!!(ギャザーが立ってないので高確率で漏れる)

 

 いやぁ〜、日々学びです。

 

 妻は貧血になりながらも一所懸命に母乳を与えていました。実は、妻が入院先を決めたのは、『食事がおいしい』という理由だったのですが、絶不調の妻は料理を満足に食べることができず、非常に、いや、超絶に残念がっていました。特に夜。僕が仕事の合間で病院へ行くと、そのタイミングが夕飯に重なることが多かったのですが、絶不調の妻は夕飯を3割くらいしか食べることができず、妻の「食べられないから、食べて」発言。

 世のパパ様方、いいですか?

 この発言は、パパ様方が対応を一歩でも間違えると大爆発を起こしてしまう非常に危険な発言です。朝から夜まで仕事をして疲れたパパ様方の体にとって、その料理はどんなに甘美に見えることでしょう。しかし、残された料理がどんなにおいしそうに見えても、絶対にそのまま黙々と全部食べ尽くしてはいけません。もしも、黙々と食べ尽くしてしまった日には……恨み、つらみ、妬み、そねみ——ありとあらゆる負の感情が妻の口から吐き出され、そして最後に残るのは、(すやすや気持ち良さそうに眠る長男くんという名の)希望だけ……という状況が待っているのです。あぁ、恐ろしい……。

 そんな恐ろしい状況を回避すべく、世のパパ様方には、こっそり正解を伝授しておきましょう。

 

 1.ママの辛い状況を思いやる発言を!

 『いやいや、もう充分思いやってきたし、思いやりの言葉もたくさん言ったし、これ以上必要ないっしょ』と考えたそこのパパ。思いやりの言葉は、毎秒言ってようやくお釣りがくるレベルです。頑張りましょう!

 

 2.まずは断る!

 お口の中がどんなにヨダレだらけでも、「よし!」と言われたワンちゃん(僕)のように料理に飛び付かないようにしましょう。まずは1回断り、奥ゆかしさを表現です。

 

 3.食べ進めながら、感謝の言葉を伝える!

 料理を口にしたら「うん、おいしい、ありがとう」と感謝です。

 

 4.ママにも料理を勧める!

 世のパパ様方が首をひねる項目ナンバー・ワンに輝きそうなこの項目。『ママが食べられないと言ってるから食べてるのに、なんでもう一度勧めるの? 逆に怒られるっしょ?』と思ったパパ様方、えぇ、分かりますとも。しかし、どうか騙されたと思って食べている途中に一度だけ勧めてみてください。ママ様がニッコリ微笑んで辞去されたら大成功! パパ様の好感度レベルが上がってますよ!(失敗したらごめんなさい)

 

 以上の伝授を実行すれば、ママ様との良好な関係は保証されたも同然。円満な夫婦生活をエンジョイしてくださいね!

 

 ……あれ? 育児エッセイ風の読み物を書こうと思ったのに、夫婦生活指南書になってますね……おかしいな……。

 まあ、これから先、夫婦両輪の二人三脚(≒主従関係(どちらが主人かは考えないようにしましょうね))で育児していくことになりますので、しょうがないです(投げやり)。実際、長男くんと双方向コミュニケーションができるようになるまでは、なかなか長男くんが主役になりにくいので、それまでは、長男くんを取り巻く環境が主役ということで(投げやり2本目)。



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 輸血と鉄剤で血を増やして退院した妻は、自分の実家で1か月過ごしたあと、僕らのアパートに帰ってきました。『よし! これから家族3人で頑張っていくぞ!!』と、かなり強くフンドシを締めて育児生活に突入しましたが、えぇ、皆様のご想像どおり、そんなペラペラなフンドシ1枚はなんの役にも立たず、あっと言う間にボロボロになり、速攻フルチンにされた挙句、四六時中ギューっと握り潰されているような(比喩です。)最初の2か月間でした。

 具体的に申し上げますと、例えば夜泣き。インターネットで予習して、脳内シミュレーションを繰り返して『対処法と心構えは万全だ!』と息巻いていたにも関わらず、いざ突入すると、体力と精神力が1か月くらいで尽きてしまった夜泣き。今、冷静に考えれば、『あぁ、あのときの僕は限界だったんだなぁ……』と分かりますが、しかし、当時の僕は、フンドシがすでに無くなっていることに気付かず、夜泣きする長男くんをフルチン姿(比喩ですよ!)で抱えながら部屋の中を右往左往しておりました。

 体は正直なもので、しっかり限界サインを出してきました。お風呂で軽く皮膚を擦ると、その部分だけミミズ腫れになり、とてつもなく痒くなるのです。痒くなるので、また擦る → さらに大きなミミズ腫れになる → もっと痒くなる → さらに擦る → ミミズ腫れがプラナリア腫れに進化する……というような状態で、けっこうやばめのサインだと思うのですが、当時の僕は、『冬だから、すごい乾燥肌になっちゃったな〜』で済ませました。いやぁ〜、アホですね〜(笑)と、今だから笑えますが、体力・精神力が共に限界のときは、思考停止が甚だしく、もしかしたら、鬱の入り口にいたのかもしれません。

 当時の僕は30代前半で、それなりに社会経験を積んで、育児の大変さ・恐ろしさを覚悟して長男くんを迎えましたが、それでもやはり『足りなかった』のです。妻も同様で、「長男くんが3か月になった頃の私は、気が狂いそうだった」と、のちに述懐しております。『なぜ足りなかったのか』の答えを考えれば、おそらく『人手の少なさ』に行き着くのでしょう。このあたりの話を深掘りしていくと、ワンオペ、核家族、子育て支援政策、みたいな大きな話に膨らんでしまいそうなので、このエッセイでは、腫れ物を触るように全力で避けていきますね!(無責任)

 スナック菓子のように、軽くて、ハイ・カロリーな、育児の悲喜交々を描写するエッセイを目指して、邁進いたします。



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