東方空蝉録 (Amaryllis___)
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濫觴編
血塗れの女


〜霧の湖〜

 

冬期は白と青のコントラストに彩られる湖。

人里では、妖精や中小妖怪に悪戯を仕掛けられると悪評の曰く付き物件だ。

 

そんな白霧のかかった肌寒い湖で、私は朧気な意識の中、木にもたれかかっていた。

 

 

 

(…私は何をしていたんだったか…)

 

 

 

こんなことを言うのも、つい先程までの記憶がまるで無いからなのだが…

白い肌に流れる血が、イレギュラーな事態を明確に物語っていた。

そう、確実に普通ではないことは確かなのだ…

しかしその“イレギュラー”が一体何なのか、皆目見当もつかなかった。

 

すると遠くの方から2人の幼い会話が聞こえてきた。

 

 

 

「そんなに言うなら見てて、あそこにいる人間おどかしてくるから!」

 

 

 

「え?ちょっと本気にしないでよチルノちゃん!」

 

 

 

(子供…?こんな血塗れの姿見せて大丈夫なのかな…)

 

 

 

会話を終えたその子供達は、足音を立てないように私に少しずつ近づいてきた。

 

 

 

「おい人間!」

 

 

 

そう言った気の強そうな少女は、青いワンピースに氷のような水色のショートカットであった。

その隣には気の弱そうな、それでいて優しそうな碧色のサイドテール少女。

 

青と碧、綺麗なその組み合わせに目を奪われつつ、青色の少女に返事をしようとする。

 

 

 

(………?)

 

 

 

声が出ない。長いこと乾燥した寒いところに居たようだし、恐らく喉が冷えきって乾いているのだろう。

とはいえ目は一応開いているし、視力だってしっかりと……?

そう思った瞬間、ねるねるねるねを練った時のように視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

(これ、今どうなってんの?)

 

 

 

頭も回らず、困惑を余儀なくされる。

やがて頭に強い衝撃を感じ、歪んだ視界は黒に包まれた。

 

 

 

「──!───!?」

 

 

 

「───!─────!!」

 

 

 

(あー…もしかして死ぬ?まだ一話だけど?)

 

 

 

作品的に余計な事を思いながら、身近に迫る“死”を実感する。

聴力は消え失せ、視界もゼロ。

やがて睡魔のようなものに襲われ、私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水と氷が光を反射して美しい世界を見せてくれる霧の湖。

とはいえその環境はとても良いとは言えず、特に冬といったらとにかく寒い。

 

私は、寒いのが嫌いだ。

だから霧の湖を通る時はいつも防寒用の魔法を自身にかけている。

 

今日は人里に行くから霧の湖を通っているのだが、どうやら少し様子がおかしい。

 

 

 

「チマミレ!ヤバチャン!」

 

 

 

「ケガ!ヤバチャン!ドウスルノ!」

 

 

 

遠くの方で2つの幼い声が聞こえてきた。

声のした方を見てみると水色の頭と碧色の頭。

おそらく、寺子屋に通っている妖精のチルノと大妖精だろう。

 

 

 

「騒がしいわね…」

 

 

 

何かあったのだろうかと思いながら彼女らを眺めていると、妖精たちの前に見覚えのある女性が倒れているのが見えた。

 

 

 

(あの人は確か……)

 

 

 

妖精が遊んでいるだけならまだしも、“彼女”が倒れているのであれば、もしかしたらこれは大事なのかもしれない。

何があっても私に損があるわけではないが、恩は恩で返すべきだろう。

 

私は少し早足で妖精達の傍まで歩いた。

 

 

 

「チルノ、大妖精、何があったの?」

 

 

 

多少の焦りからか、少し声が上擦ってしまい、それに驚いた大妖精とチルノは肩をビクッと震わせた。

冷や汗をかきながら振り向くチルノ、困った顔で振り向く大妖精。

最初に言葉を発したのは氷の妖精、チルノであった。

 

 

 

「あ、アリス…!人間、ヤバイ!血、ヤバイ!」

 

 

 

「少しは落ち着きなさい…。大妖精、説明してくれる?」

 

 

 

パニック状態でマトモに喋れないチルノは諦め、困惑こそしているものの多少落ち着いている大妖精に説明を促す。

大妖精は礼儀正しく両手を重ね、姿勢正しく私を見上げた。

 

 

 

「えっと……かくかくしかじか…」

 

 

 

「まるまるうまうまってわけね、大体はわかったわ。」

 

 

 

“かくかくしかじか”というのは便利なものだ。作品的にも執筆的にも時短になる。

「はぁ」とため息をついた私は、雪のように白い肌をした彼女…柊 灯音(ひいらぎ あかね)を抱き上げた。

彼女の背丈は私より少し小さいくらいで、胸は私より少し大きいくらいである。

だが、抱き上げてすぐに違和感を感じた。

 

 

 

(ちょっと軽すぎない…?)

 

 

 

いくらスレンダーな体型とはいえ、今の彼女は余りにも軽かった。

永遠亭に運ぼうと思っていたが、これは一刻を争う自体かもしれない。

チルノ達を永遠亭に遣わせて、彼女は一度自宅に運ぶことにした。

 

 

 

「灯音は私の家で看病するから、あなた達は永琳か鈴仙を呼んできてくれる?」

 

 

 

「わ、わかった!」

「わ、わかりました!」

 

 

 

悪戯好きとはいえ、こういう時に素直な所はやはり彼女らが根っからの不良では無いということなのだろう。

さて、まずは早急に家に帰って灯音に治癒の魔法をかけることが先決だろう。

 

魔力の温存のために先程までは歩いていたが、緊急の事態なので彼女を抱きかかえたまま高速で飛行する。

 

 

 

「はぁ…全く、予定がめちゃくちゃね。」

 

 

 

本日二度目のため息をつきながら全力で飛行する。

ため息をつくと幸せが逃げていくと言うが、私の場合は現在進行形で幸せを感じないので関係ない。

 

そもそも、ため息で幸せが逃げるって何なのだろうか。

幸せに質量など存在するのだろうか。

偉人の考えることはよくわからない。

 

そんなどうでもいい事を考えながら、私は超速で自宅に向かったのだった。



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肌寒い朝

ゆらゆらと揺らぐ陽炎。

 

私の最愛だった人が陽炎に溶けて消えていく。

 

私は手を伸ばす。

二度と届かぬものだとしても、諦めたくないと。

 

諦めずに走って、走って、走って。

ようやく見えたその背中に安堵した時。

 

 

 

私に向けられたのは銃口だった──

 

────

 

 

 

「……。」

 

 

 

気がつくとそこは見知らぬベッドの上。

少しずつ覚醒していく意識に、霧の湖での事を思い出す。

あの時の怪我は?と身体を見やると、身体の所々に包帯が巻かれていた。

 

 

 

「あぁ…死んでなかったんだ。」

 

 

 

生を実感したと同時に、いつの間にか頬に流れていた涙を拭き取る。

なんだか嫌な夢を見た気がするが、肝心の夢の内容は忘れてしまった。

 

すると耳に届いた小気味よいタン、タン、タンという音。

私が起きたことに気づいたのか、部屋の外から木床を踏む足音が聞こえてきた。

恐らくここの家主であろうが…

 

 

 

「そういえば、誰がここまで運んでくれたんだろ。」

 

 

 

そこで一つの疑問が生まれた。

確か記憶の限りでは子供の妖精2人が居たが、2人とはいえ子供の体格で私を運べるとはとても思えない。

 

だとしたら他の誰か…とはいえ治療を施してくれているようだし危害は加えてこないとは思うが、念の為警戒しておく。

 

 

 

「…これでいいか。」

 

 

 

護身のため、能力を行使して小型の回転式拳銃を召喚する。

手元が黒い靄に包まれ、その靄から手のひらサイズのリボルバーが出現した。

 

“あらゆる武器を召喚する程度の能力”、それが私の持っている能力。

あらゆる武器と言っても、召喚できるのは私が“知っている”物に限る。

 

例えば神話の武器のように、記事によって形が大きく異なるようなものは召喚する事が不可能なのだ。

 

そんな解説をしているうちに銃を握る手に違和感を感じた。

 

 

 

「…なんか重くない?」

 

 

 

日頃から使っている銃なのだが、あからさまに重量が違う。

例えるなら、チワワが突然ゴールデンレトリーバーになったかのような。

それくらいの違いがあった。

 

これでは銃を持ち上げることも出来ない。

仕方なく銃をしまい、空っぽになった手を天井に向けながら訝しげに見つめる。

 

だが、その手を握ったり開いたりしてようやく気づいた。

 

 

 

「なるほど、手に力が入らない。」

 

 

 

いやなるほどなんて言っている場合じゃない。

これは少々まずいことになったかもしれない。

そう焦っていると、部屋の外の足音が止まり、扉がガチャリと開いた。

 

 

 

「やばいかも。」

 

 

 

その音に肩をビクリと震わせ、私は開いた扉の方を見た。

 

 

 

「お目覚めね。」

 

 

 

開いた扉に立っていたのは青い服を着た金髪の女性。

その手にはお洒落な銀のティーカップを持っていた。

見覚えのあるその姿に、ピンと張っていた緊張が一気に緩む。

 

 

 

「…アリス。」

 

 

 

その女性、アリス・マーガトロイドは手に持ったティーカップを机に置き、私の傍に歩いてきて私の額に手を当てた。

アリスの白い顔が近づくと共に、ひんやりとした柔らかい感触を感じる。

 

数秒して、アリスは目を瞑りながら頬を緩ませた。

 

 

 

「熱は大丈夫そうね、よかった。」

 

 

 

そう呟くと、アリスは目を開けて手を離した。

大きくて綺麗な青い瞳が私を見つめる。

引き込まれそうなほど澄んだ瞳に魅入ってしまいそうになった所で正気に戻った。

気を取り直してアリスにお礼を言う。

 

 

 

「アリスが助けてくれたんだ、ありがとね。」

 

 

 

「あなたにはお世話になってるし、そのお礼よ。温かいの持ってきたから飲んで。」

 

 

 

アリスが器用に指を動かして人形を操ると、可愛らしい人形が机の上にあったティーカップを私の所に運んできた。

ティーカップには紅い液体が満ちており、温かい湯気を放っている。

芳醇な紅茶の香りをすぅっと吸い込み、カップを傾ける。

 

 

 

「……うちの茶葉だこれ。」

 

 

 

味と匂いですぐにわかった。

これは私の店…というより、私が働いている店で販売している紅茶の葉だ。

 

私がそう言うと、アリスはふふっと微笑んだ。

 

 

 

「そうよ、あなたの所の紅茶が1番美味しいの。」

 

 

 

「お得意様だね。助けてくれたのがアリスでよかったよ。」

 

 

 

そう言ってふふっと笑った私は、毛布をはだけさせて力の無い手を使って立ち上がろうとする。

その瞬間、身体中にズキリとした痛みが走りバランスを崩してしまう。

危うく倒れそうになったが、さっとアリスが支えてくれたので事なきを得た。

 

 

 

「灯音、軽く治療はしたけど動ける状態じゃないからあんまり動かないで頂戴。」

 

 

 

「ごめん、ちょっと外の空気浴びたくてさ。」

 

 

 

身体は全然動かないが、整理したいことが多いので一旦外の空気を浴びたい。

頭をスッキリさせれば霧の湖で倒れていた理由も思い出せるかもしれない。

すると困ったような微笑みを浮かべたアリスは、私の腕を掴んだ。

 

 

 

「仕方ないわね…ほら、肩貸すわよ。」

 

 

 

ありがとう。と私はアリスの肩に腕を回し、アリスにサポートされながら立ち上がった。

歩きながら、いつの間にか畳まれていた上着を手に取って、安定しない足元に苦戦しつつもアリスの助けで家の外に向かう。

 

家の外には小さなバルコニーがあり、いくつかのタオル等が干されていた。

バルコニーに置かれた椅子になんとか座り、ふぅっと一息をつく。

 

 

 

「私はご飯を作ってくるから、何かあったら呼んで頂戴。」

 

 

 

「わかった、ありがとね。」

 

 

 

お礼を言うと、アリスは手を上げて家の中に戻っていった。

ここは魔法の森。結構危険な所ではあるが、ある程度幻想郷に慣れていればどうってことは無い場所だ。

遠くから中小妖怪の鳴き声がキュルキュルと反響する。

それがまるで小鳥のさえずりのようで、気分がリラックスしてきた。

 

 

 

「さて…と、倒れる前の記憶を引っ張りだそう。」

 

 

 

ポケットを弄り、“平和”と書かれた古ぼけたパッケージと装飾が錆び付いたジッポライターを取り出す。

 

パッケージをトントンと軽く叩いてやると、筒状になった純白の紙が出てくる。

その筒を器用に咥えて引っ張り出すと、次はカチンという音を立ててジッポライターを開く。

そして着火し、“平和”に火をつける。

 

 

 

「平和に火をつける冒涜、煙草は美味しいね。」

 

 

 

煙をすぅっと吸ってふぅっと吐く。

乾燥した冷たい風が頬に当たり、私に冬を実感させる。

少し寒いので、煙草を口に咥えながらライダースのチャックを閉める。

二口ほど吸ってから、再び記憶を探るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チルノと大妖精、遅いわね…」

 

 

 

今日はいつもより寒くなるということで、温かい味噌汁を作っている訳だが…

永遠亭に遣わせたチルノと大妖精が戻ってこない。

道草を食っているのか、それとも何かあったのか。

 

 

 

「どちらにせよ、今灯音を1人にしたらまずいわよね。」

 

 

 

あの怪我はどう見ても人為的なものであった。

つまり、灯音は何者かに狙われている可能性が高いということだ。

それなら、弱っている今の灯音を1人にするのは危険である。

 

 

 

「祈るだけ…ね、神は崇拝してないのだけれど。」

 

 

 

はぁっとため息をつき、私は千切りにした大根を鍋の中に入れた。




次回チルノと大妖精サイドです。


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絶体絶命

「永琳か鈴仙を呼んできて。」

 

 

 

アリスにそう言われ、あたい達は全速力で永琳たちがいる永遠亭に向かっていた。

永遠亭とは幻想郷唯一の診療所と言うべきか…まぁ医者がいる所である。

 

さて、“向かっていた”という表現をしたのにも関わらず、あたい達はまだ永遠亭に着いていない。

永遠亭は“迷いの竹林”と呼ばれる地に存在している。

迷いの竹林とは、来る者を拒むかのように鬱蒼とした竹が生い茂っている為、慣れていない者が1度足を踏み入れようものなら9割方は彷徨い果てて餓死するような所。

 

まぁつまるところ、めっちゃ迷うわけだ。

 

 

 

「チルノちゃん…ここさっきも通らなかったっけ?」

 

 

 

堂々と先導しておいて一向に永遠亭に着かないあたいを訝しげに見つめてくる大ちゃん(大妖精)

 

 

 

「大ちゃん…あたいにはそれすら分からなかったよ…。」

 

 

 

むしろ“さっきと同じところ”ってなんで分かるの!?と叫びたいレベルであたいには分からなかった。

しょうがないじゃん、方向音痴なんだもん。

 

 

 

「ほら、あそこの竹に傷が…ッ!?」

 

 

 

「ん?どうしたの?」

 

 

 

大ちゃんは突然黙り、近くの竹を指さしながらあたいを見ていた。

目を見開き、顔は心做しか蒼くなっている。

いや、よく見ると大ちゃんが見ているのはあたいではなく、あたいの後ろ…

 

…何となく悪寒を感じ、後ろを振り返る。

 

 

 

「…え?」

 

 

 

恐る恐る振り返ると、そこには体長3mはあろう巨体。

丸太のように屈強な腕を携えた恐ろしい妖怪は此方を睨みつけていた。

 

って呑気に観察してる場合じゃない、今すぐにでも逃げないと食われてしまうのは確定的に明らか。

 

 

 

「チルノちゃん逃げてッ!チルノちゃんッ!」

 

 

 

「あ……あ……。」

 

 

 

しかし、思考と行動は時に一致しないものだ。

理論ではなく本能が「今すぐ逃げろ」と警鐘を鳴らしているのに、身体はそれを拒絶してガタガタ震えるだけ。

 

目の前の妖怪がヨダレを垂らしながら、その大きな腕を振り上げる。

 

 

 

(殺される…ッ!)

 

 

 

「チルノちゃんッ!!!」

 

 

 

暴力的な巨腕が眼前に迫ったと思ったその瞬間、別方向からの衝撃であたいは吹き飛んだ。

地に倒れた衝撃と共に視界が90度傾き、その横向きの視界に映った光景は、容易にあたいの心を掻き乱した。

 

そこには妖怪に腕を叩きつけられ、吹き飛ぶ大ちゃんの姿。

 

 

 

「…ッ!大ちゃん!」

 

 

 

瞬時に我に返り、吹き飛んだ大ちゃんの傍へ駆け寄った。

血こそ流していないものの、意識がない。

恐らく気絶しているのだろうが…。

 

 

 

「あたいを庇って…ごめん大ちゃん…」

 

 

 

こんなでかい妖怪に出会ったら誰もが恐れるだろう。

現にあたいは震えて動けなかった、でも大ちゃんとてそれは同じだったはず。

それなのに勇気を振り絞ってあたいを助けてくれた、あたいの大親友。

 

恐ろしい妖怪が大きな咆哮を上げて再びあたいに襲いかかってくる。

 

大親友が命懸けであたいを守ってくれたんだ、ここで守らねば最強の名が廃る。

 

 

 

「あたいは…っ!最強…ッ!」

 

 

 

身体の震えは止まらない、恐怖も消えない。

しかし、ここで逃げるわけにはいかない。

自分は“最強”なのだと言い聞かす。

そうして無理矢理にでも鼓舞しなければ、あたいはこの場で座り込んでいただろう。

 

 

 

「凍れぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

あたいは氷の妖精、“冷気を操る程度の能力”を持っている。

とはいえ強大な妖怪を凍らせるほどの力はなく、本来ならこんな大きな妖怪に太刀打ちなど出来はしない。

それでもあたいは全身全霊を注ぐ。

 

この妖怪どころか、もはやこの竹林全体を凍らせる勢いであたいは力を込めた。

 

 

 

「〜〜!?〜!?」

 

 

 

足が少しずつ凍りついた妖怪は、咆哮を上げて足を止めた。

それでもあたいは力を止めない。

 

 

 

「絶対…凍らせてやるッ!!!」

 

 

 

無理な力の行使で頭に激痛が走る。

それでもあたいは力を注ぎ続けた。

妖怪の膝、腰、胸まで凍りついた時、とうとう妖怪は咆哮をやめた。

 

 

 

「…!いける!!!」

 

 

 

それがあたいに一瞬の油断を生んだ。

ほんの少し、ほんの少しだけ力を緩めたその一瞬、妖怪の身体に纏われていた氷が砕け散り、妖怪は再び咆哮を上げた。

 

 

 

「グオオオオオオッ!!!」

 

 

 

「そんな…っ!」

 

 

 

一瞬でも気を緩めたのが間違いだった。

氷の呪縛から解き放たれた妖怪は勝利を確信したように叫び、此方に向かってくる。

しかし、あたいにはもう能力を行使するだけの力が残っていない。

絶体絶命。そんな言葉がピッタリに当てはまるような、そんな状況。

 

 

 

「ごめん…大ちゃん…」

 

 

 

情けなく地面にへたり込み、ぽとりと雫を零す。

既に目の前にまで迫った妖怪が屈強な腕を振り下ろす。

恐れから反射で目を瞑り、これから来るであろう痛みを覚悟した。

 

 

 

その瞬間、顔面に強い熱を感じた。

覚悟していた痛みは無く、恐る恐る目を開ける。

 

するとそこには長い白髪をたなびかせた少女が背を向けて立っていた。

 

 

 

「随分と鈍いパンチだな、ウスノロ。」

 

 

 

不死鳥の如き炎を纏ったその少女は、妖怪のパンチを小指で止めていた。

 

必殺のパンチが止められた妖怪は、困惑する時間も与えられず大火に包まれた。

激しい炎に焼かれた3m程の巨体が、断末魔を轟かすことも無く無機質な灰と化す。

 

 

 

「おとといきやがれ、ウスラトンカチ。」

 

 

 

そう呟いた少女はあたいに振り返り、ニカっと歯を見せて笑ったのだった。



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碌でもない思考には天誅を。

 

 

「なるほど、そりゃあ急がねばね。」

 

 

 

あたい達を助けてくれた白髪の少女に事の顛末を説明し、永遠亭まで案内してもらうことになった。

彼女は藤原妹紅(ふじわらのもこう)といって、不老不死のホーライ人らしい。

 

よく分からないが、凄いということだろう。

 

 

 

「永遠亭にはよく行くからな、竹林にはかなり詳しいつもりだよ。」

 

 

 

依然気絶したままの大ちゃんを背負い、スタスタと歩いていく妹紅。

どれほど竹林に詳しいとはいえ、こんな代わり映えの無い景色をどう覚えるというのか、不思議でならない。

 

それにしても、先程までは焦っていたり妖怪と出くわしたりで感じ取る余裕がなかったが、この竹林は心做しか落ち着くような音で満たされているようだ。

 

竹と竹の隙間を抜けていく新鮮な風、細々と鳴く虫の声。

この事件が落ち着いたら、いつも遊んでいる友達を呼んでここで遊ぶのもいいかもしれない。

 

…いや、それでまた先程のような恐ろしい妖怪に襲われては元も子もないか。

 

 

 

「そうら、着いたぞ。ここが永遠亭だ。」

 

 

 

そんなくだらない事を考えているうちに目的地である永遠亭に着いたようだ。

随分と立派な屋敷だ、あれほど彷徨っても見つけられなかったのが嘘のように感じる。

すると永遠亭の門から紫色の長髪の、兎の耳を生やした少女が出てきた。

 

 

 

「鈴仙!」

 

 

 

「あれ、チルノに妹紅。珍しいわね、どうしたの?」

 

 

 

うさ耳が特徴的なその少女、鈴仙。

アリスがあたいに「呼んできて」と言った、あの鈴仙だ。

鈴仙は定期的に薬を売りに人里に出てくるので、あたい達ともそれなりに仲が良い。

 

すると妹紅は大ちゃんを永遠亭の縁側に寝かせ、一言だけ発した。

 

 

 

「急患だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、霧の湖での事は思い出せなかった。いくら思い出そうとしても事の先っぽすら出てこない。

 

そんな私はバルコニーで煙草を吸った後、アリスの手料理を食べて驚愕した。

こんなに美味しいものを食べたのは久方ぶりだ。

下手したらここまで美味しい物は食べたことすら無いような気がする。

 

「どうかしら?」と自慢げに聞くアリスに、私はどう返答しようか迷った。

 

迷って迷って迷った末、私は一言だけ

 

 

 

「…愛に溢れてる。」

 

 

 

その返答に少し驚いたアリスは、数拍置いてから満面の笑みでこう返した。

 

 

 

「喜んでいただけたようで何よりだわ。」

 

 

 

うん、アリスは将来とっても良いお嫁さんになると思う。

とはいえアリスは人智を超えた魔法使い。

何百年も生きているわけだから、きっと恋愛の一つや二つnつくらいしてきたことだろう。

 

それよりも人間の私、もう今年で27です。

そろそろ色々考えてもいい歳なのかなとか思ってしまう。いや、今はそんなことどうでもいいか。

 

ちなみにアリスは今洗い物をしていて、私は食後の栄養ジュースを飲んでいる。

勿論アリスの特別製。野菜ジュースみたいな味で凄く美味しい。

やっぱりアリスの作る物は美味いな!とか、にこやかに言ってみたいものだけれど、私はあんまり感情を表に出すのが得意じゃない。

心の中ではウッヒャー!とかガーン!とかなるんだけど、顔とか行動で示せって言われるとね…。

 

 

 

「だから友達が少ないんだろうなぁ。」

 

 

 

空っぽになったコップに窓から射し込んだ光が乱反射して幻想的な輝きを放っているのをボーッと眺めながらそんなしょうもない事を口走っていると、玄関の扉をトントンと叩く音が響いた。

 

 

 

「すみませーん。」

 

 

 

聞き覚えのある声が扉越しに聞こえた。

その声に反応したアリスが「はいはい。」と言いながらタオルで手を拭き、玄関に向かう。

アリスが扉を開けたその先には、私の見知った顔であり、店の常連客の姿があった。

 

 

 

「鈴仙、久しぶり。」

 

 

 

大きな鞄を持った鈴仙はうさ耳をピコピコっと反応させ、心配なような安心したような形容しがたい表情を私に向けた。

 

 

 

「灯音、身体は大丈夫?」

 

 

 

「大丈夫、アリスが助けてくれてさ。」

 

 

 

そう言うと、鈴仙は純粋な安心した表情に変わった。

ところで幻想郷に来てから数年経つけど、ここはホントに綺麗な子が多いよなぁとかふと思ったのは内緒。

もしそんなこと言おうものなら、私が誰にでも鼻の下を伸ばすようなビ○チだと思われてしまう。

 

 

 

「ひとまず治癒魔法をかけて、ある程度の栄養は摂らせたわ。」

 

 

 

ほんと、アリスにはご迷惑をおかけしました。

多分今から鈴仙にもご迷惑をおかけするのでしょう。

神よ、罪深い私をお許しください。別に信仰なんてしてないのだけれど。

 

…ホントしょうもないことしか考えないな私。

 

 

 

「わかった、あとは任せて。」

 

 

 

すると鈴仙は鞄の中からタバコケース程の箱を取り出し、私の腕にアルコール臭のする液体を塗った。

 

あ、これは嫌な予感。

 

 

 

「大丈夫、すぐ終わるから。」

 

 

 

そう言って鈴仙が箱から取り出したのは注射器。

キラリと輝く針の先端が、捕食寸前の獲物を見つめるように私を睨みつける。

 

 

 

「ひぃっ…」

 

 

 

たった一本の針、それが私には針山地獄のように見えて仕方なかった。

私は注射が苦手なのだ。昔から好き嫌い等しなかった私だが、注射だけはどうも苦手。っつか無理。

 

無理だし怖いしホントに無理。とにかく無理。

あまりにも嫌すぎて、私は力の入らない体で頑張って抵抗した。

 

 

 

「暴れちゃダメだよ、これは必要なの!」

 

 

 

「やっ…嫌だよっ…」

 

 

 

それでも暴れる私を白い腕がガッシリと捕らえる。

恐怖の表情で上を見上げると、そこにはニッコリと私を見下ろすアリスがいた。

 

 

 

「灯音、ダメよ。」

 

 

 

四面楚歌。

顔面蒼白で拘束された私の腕に、鈴仙が躊躇なく、それでいて慎重に針を刺す。

まるで首筋にナイフを当てられているような恐怖。

注射で死ぬはずがないのに、死の恐怖が身近に迫っているような錯覚を起こしていた。

要は気持ちの問題、注射は私が精神的に死ぬわけよ。

 

私の頬に一筋の雫。

この雫は何だったかなぁ…もう忘れちまったよ…

 

ははっ、走馬灯が走ってらぁ。

 

 

 

「嫌ァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 

 

プスリと針が刺さると同時に、魔法の森中に響き渡る私の断末魔。

その声で森中の鳥が羽ばたいたこの日、私は表の感情を取り戻したのだった。



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戦慄

 

 

 

「うぅ…。」

 

 

 

地獄のような天誅を喰らい、私は手懐けられた子犬のように大人しくなっていた。

地獄なのに天とはこれ如何に。

 

いやわかってるんだ、全部私のためにしてくれてる事っていうのも全部わかってる。

それでも…怖いじゃん。いや、怖いのよ。すごい怖いの注射って。

 

 

 

「暴れてごめんね鈴仙…。」

 

 

 

「しょうがないよ。灯音が注射嫌いなのはよく知ってるから、こうなるのは分かってた。」

 

 

 

あははと笑いながら私の注射痕にアルコールを染み込ませたガーゼを当てる鈴仙。

うん、本当にごめんね…。

それにしても、注射って本当に凄い。さっきまで全く力が入らなかったのがまるで嘘かのように元気になった。

 

能力で重量のある自動拳銃を召喚しても、何も問題が無いほどのレベルだ。

 

 

 

「灯音、注射したからってそれで私を撃つのはやめてね?」

 

 

 

「流石にそんなことしない…。」

 

 

 

自動拳銃を持った私に鈴仙が不安そうに尋ねる。

いくら注射が苦手だからって、私をなんだと思っているのか。

とはいえ暴れた前科があるわけだし、何にも文句は言えないよね。

 

 

 

「治療は終わったけど、もう帰る?灯音。」

 

 

 

医療用具を鞄にしまいながら鈴仙が紅い瞳を私に向ける。

注射の他にも色々と薬を貰ったりして、治療代は馬鹿にならないんだろうなぁとか考えちゃう。

とはいっても、私は基本的に物欲があまり無いから貯金は結構あるわけだけど…

 

 

 

「そうだね、店にも顔出さないとだし…」

 

 

 

霧の湖で気を失った以前の事は思い出せずじまいだし、果たして何日無断欠勤しているのだろうかと思うと身が震える思いだ。

そう言いながら私が上着を羽織ると、鈴仙も身支度を整え始めた。

 

 

 

「病み上がりだし、家まで送るね。」

 

 

 

「いや、悪いよ。」

 

 

 

流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないので、大丈夫だと伝えてから私はアリスの家を出ようとしたのだが、危ないからと譲らない鈴仙に結局根負けしてしまった。

こんなにも体調が回復したわけだし大丈夫だとは思うけれど、本当に鈴仙は優しい子だ。

 

 

 

「お邪魔しました。ありがとね、アリス。」

 

 

 

「ええ、そのうちお茶でも行きましょ。」

 

 

 

気をつけてねと手を振るアリスに手を振り返し、私と鈴仙はアリス邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々ありがとね、鈴仙。」

 

 

 

「うん。お大事にね、灯音。」

 

 

 

魔法の森の外れ辺りに位置する古ぼけた小屋の前まで送ってもらい、鈴仙にお礼を言う。

料金はまた今度でいいよと言う鈴仙に再び申し訳ない気持ちでいっぱいになったのは、言うまでもないだろう。

 

さて、目の前のこの古ぼけた小屋こそ私が働いている店なわけだ。

何日無断欠勤していたのかも分からないので、怒られるつもりで私は恐る恐る扉を開けた。

 

扉を開けた先には埃っぽい散らかった部屋が展開されており、その奥の椅子には眼鏡をかけた銀髪の男性が座っている。

 

 

 

「霖之助さん、私何日無断欠勤してた…?」

 

 

 

「おや灯音、久しぶりだね。と、言えるくらいには。」

 

 

 

あぁ終わった…

ただの一度もサボったことのない私だが、そんな私が何日も無断欠勤をキメてしまうとは悔しい。

すみませんと謝る私を静止し、店主、森近霖之助(もりちかりんのすけ)は一言だけ述べた。

 

 

 

「何があったんだい?」

 

 

 

何かがあったであろう事はお見通しとでも言うように、霖之助は私の説明を待った。

とはいえ、私としても何があったかなんていうのは正直わかっていない。

それはアリスも鈴仙も、霧の湖にいた妖精ですらも知り得ないことだろう。

 

それも踏まえて、私は分かっている限りの事情を全て説明した。

 

 

 

「なるほど…」

 

 

 

説明を聞いた霖之助は納得したように髭の生えていない綺麗な顎を撫でた。

突如ぴゅーっと喧しく鳴き喚いた薬缶を手に取り、湯呑みにトプトプとお湯を注ぎながら霖之助は続けた。

 

 

 

「灯音、君は誰かに狙われていないかい?」

 

 

 

「…なんで?」

 

 

 

突拍子も無いことを言い放つ霖之助に一瞬呆けてしまい、私は恐らく相当間抜けであろう表情で返した。

自分が狙われる理由に心当たりは無いし、誰かの恨みを買った覚えもない。

もしかして昔友達のプリンを勝手に食べた時の…?いやあれはちゃんと謝ったし弁償もしたよな…

 

 

 

「数日前、外来人のような女性が君の所在を聞きに来たんだ。」

 

 

 

ゾクリと悪寒が走るのを感じた。

“外来人”、それは幻想郷の外から来た人間の事を指す言葉である。

つまり私が元いた世界…現世とでも呼んでおこうか。

 

そんな外の世界に居た人間が私を狙う理由なんて………

 

 

 

「決まってる、プリンしかない。」

 

 

 

「……その人は君に何かを求めているようだったよ、憎しみの念は全く感じなかった。」

 

 

 

プリンしかない。という私の言葉を拾わずに霖之助は眼鏡をクイッと上げながらそう続ける。

私の発言ちゃんと拾ってよ。とか言おうと思ったが、それ以上に霖之助のその言葉が私の中で強く引っかかった。

 

恨みがあるわけではない。つまり、昔私が何かしてしまったような相手ではないということだろう。

私に何かを求めている…力のある人妖が蔓延る幻想郷にて、わざわざ私に求める必要がある物…か。

 

私だけが持っている物。

 

 

 

「…能力か。」

 

 

 

「有り得るね。」

 

 

 

私だけに宿る「あらゆる武器を召喚する程度の能力」

現世で生きている人間、それこそ戦場に駆ける人間や闇に溶け込むような“裏”の人間であるならば、喉から手が出る程欲しい力だろう。

 

私が現世に居た頃はまだ能力は発現していなかったが、自衛隊だったり傭兵だったりと銃器を扱う仕事をしていることが多かった。

その上武器マニアときたものだから、現世に存在する武器はあらかた知っている。

 

つまり私の能力の「“知っている”ものに限る」という唯一の制限があまり掛からないといった、現世の人間にとっては非常に魅力的な力というわけだ。

 

なるほど、狙われるのも納得だ。

 

 

 

「ちなみにその外来人は日本語を話していたが、肌と髪がとても白かった。恐らくだが…ロシア系だ。」

 

 

 

「ロシア。」

 

 

 

たしかに私の能力は現世の人間ならば是が非でも奪いたいものだろう。

幻想郷に居る私の情報をどこで手に入れたのか。

可能性のひとつとしては、偶然幻想郷に迷い込み、そのあと私の話を聞いた。

あともうひとつ思いつくのが、現世に何故かは知らないが私の情報が出回っているということだ。

 

ただその可能性だと、私の情報が世界規模に動いている事になる。霖之助のロシア系という話が勘違いではなければだが。

 

どちらにせよ、一度会ってみないことには何も分からないだろう。

 

 

 

「警戒はしとく。霖之助さんには迷惑かけないから安心して。」

 

 

 

一瞬だけ目を見開く霖之助

 

 

 

「…相手は所詮人間、幻想郷の有力者に頼めば君の安全はほぼ確実に守られると思うけど?」

 

 

 

顔を少し俯かせ、眼鏡を押さえながらそう言った霖之助。

表情を隠すように顔に当てられた手に、霖之助の感情が見て取れた。

 

 

 

「大丈夫、心配いらないよ。野暮な事には慣れてるつもり。」

 

 

 

「別に心配なんぞしていない。」

 

 

 

霖之助も、時に体と心が一致しないらしい。

見た目の割に可愛いところもあるものだ。

そんな事を考えていると、カランカランという鐘の音が鳴り響く。

音の方を向くと店の扉が開かれていた。

 

 

 

「おーっす。お、久しぶりの顔だな。」

 

 

 

そこには少女らしい顔立ちに似合わぬ男勝りな口調が特徴的な白髪の少女が立っていた。

鈴仙と同じく常連客である妹紅がはにかみながら手を上げる。

 

 

 

「久しぶり、ちょっと色々あってね。」

 

 

 

彼女がこの店に来る理由は大抵煙草の買い足しであるので、私はいそいそといつも妹紅が吸っている煙草を用意する。

妹紅が吸っている煙草は、丸・虚(マル・ホロウ)という名前の赤いパッケージが特徴的なものだ。

それを棚から数箱ほど手に取り、妹紅に手渡した。

 

 

 

「さんきゅー、そういやさっき鈴仙を見かけたよ。」

 

 

 

「あぁ、それはさっき私の事を送ってくれてたからさ。」

 

 

 

煙草を受け取り、もんぺのポケットから無造作に仕舞われていたであろう代金を支払いながら妹紅は続けた。

 

 

 

「んで、外来人っぽい白髪の女と話してたな。私には気づいていなかったみたいだけど。」

 

 

 

「「……ッ!?」」

 

 

 

先程とは比にもならない程の悪寒が私に走った。

外で強風が吹き荒れ、窓がガタガタと揺れる。

既に光を失った空が私を見下ろして嘲笑っているような気がした。

 

ガタンと乱暴に扉が開かれた音が店に響く。

 

 

 

「灯音ッ!!!」

 

 

 

引き止めようとする霖之助を無視し、私の体は勝手に動いていた。

 

もしかしたら私は鈴仙を面倒事に巻き込んでしまったのかもしれない。

 

そう思うと走らずにいられなかった。

 

 

 

「…なんかヤバい事言ったみたいだな。」

 

 

 

私の消えた店内で、妹紅は気まずそうに頭を掻いた。

それに対して霖之助は先程叫んだ時にズレた眼鏡の位置を直し、妹紅に丸・虚を追加でもう一箱差し出した。

 

 

 

「…妹紅、すまないが灯音を追ってくれないか?」

 

 

 

そんな珍しい霖之助に怪訝な顔をした妹紅だったが、すぐにニカッとはにかんで煙草を受け取った。

そして手馴れた手つきで開封した箱から煙草を1本取り出し、指先に生み出した炎で火をつけた。

 

 

 

「訳ありか…いいよ、灯音は私に任せな。」

 

 

 

妹紅はそう言うと、人には捉えられないほどのスピードで店を飛び出したのだった。



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旧友

既に宵の刻、魔法の森にて奔走する私。

 

突風により引き起こされた鎌鼬の中で続々と襲い来る妖怪達をショットガンで撃ち抜きながら、私は鈴仙を探して走り続けた。

 

冬の訪れを感じ始めるこの時期、上着も着ずに灰黒ストライプのオフショルTシャツで走っている。普通なら寒くて風邪を引いてしまうが、走っていればそんなの感じないものだ。

 

 

 

「…鈴仙!」

 

 

 

ひたすら走っていたのが功を奏したのか、紫の長髪に特徴的なうさ耳の少女と、灰色のトレンチコートを着た白髪の女性が前方で並んで歩いていた。

この白髪の女性が霖之助の言っていた外来人なのだろうか。

 

私の声に反応してハッと驚いたように振り返る鈴仙。

余裕を感じさせるようにゆっくりと振り返る白髪の女性。

 

 

 

「灯音!?そんな寒そうな格好して…安静にしててって言わなかったっけ〜?」

 

 

 

「ごめんごめんちょっと外の空気浴びたくて…」

 

 

 

困ったように笑う鈴仙に謝りながら「今の所、何も無いようで良かった」と安心し、私は鈴仙の隣に立っている白髪の女性を警戒する。

 

私の能力を手に入れる為なら外道な事でもするような人間かもしれない。

何があってもいいように些細な動きも見逃してはいけない。

 

そう思った私は、その白髪の女性を凝視した。

薄暗いのでさっきは細部までよく見なかったが、よく見るとその女性は私の知っている人間であった。

 

 

 

「カメリア…だよね?」

 

 

 

「あら覚えててくれたのね、嬉しいわ。会いたかったわよ、灯音。」

 

 

 

透き通るような白い肌と白い髪、そして底無しの闇のような深みを感じる冥い瞳。

 

彼女の名はカメリア、苗字は聞いた事もないので知らない。

彼女との出会いは、私が数年前ロシアで傭兵として雇われていた頃、ロシア生まれのカメリアが日本語を喋れるということで会話をするようになり、意気投合したのが始まりだ。

 

旧友と再会して警戒心を解いた私は手に持っていたショットガンを消し、安心したというか、心配した分ガクッとしたというか…なんとも言えない気持ちに襲われた。

いやもちろん、何も無いに越したことはないんだけれどね。

 

 

 

「あれ?2人とも知り合いだったんだ。」

 

 

 

「ええ、古い友人よ。」

 

 

 

全く、人がどんな思いで奔走したのかも知らないで呑気な会話しちゃってまぁ…

とはいえ、勘違いした私が悪いんだけどね。いや、霖之助か?

いやそんな事はどうでも良くて。

カメリアが私に何か用があったのは事実なようだし、まずはそれをハッキリしなければ。

 

 

 

「そうだカメリア、私に何か用があったんでしょ?どうしたの?」

 

 

 

「?どうしたのって、どういう意味かしら?」

 

 

 

カメリアが何を言っているのかと言ったような顔で聞き返してきた。

いやお前が店まで来たんやろがい。

天然なのか単純に理解力がないのか…それとも私の聞き方が下手なのか?

 

まさか人違いだったり…なんて冗談、このタイミングで無関係な白髪の外来人と会うとかどんな確率よ。

 

 

 

「いや、うちの店まで私を探しに来たって聞いたけど…」

 

 

 

私がそう言うと、カメリアは冥い瞳を閉じて「ふふふっ」と笑った。

そして数秒後、カメリアはより冥くなった瞳を私に向けて見開いた。

その瞳に浮かんだ黄色い印に底知れぬ何かを感じ、私は無意識に後退りをする。

 

 

 

「灯音…ギャグが得意になったのね?」

 

 

 

頬を刺すような冷たい風が吹き荒れる

 

 

 

「そんなの、貴女の能力が欲しいからに決まってるじゃない。」

 

 

 

懐から自動拳銃を取り出したカメリアはその銃口を私に向けた。

旧友だからと油断してしまったのがいけなかった。

数年前、一緒に戦ったから分かる。カメリアは反射神経や動体視力が非常に良い上に射撃も上手いので、今のこの状態からでは私だけではもう勝ち目がない。

 

 

 

「…ッカメリア」

 

 

 

「灯音、貴女を館の地下室に監禁するわ。貴女の大好きな煙草は吸わせてあげるから安心しなさい。」

 

 

 

捕まってても煙草は吸えるのか、それなら少しは…とか一瞬でも考えてしまった自分を殴りたい。状況わかってんのか私。

 

そうだ、鈴仙。

鈴仙は丁度カメリアの斜め後ろに立っていて、今ならカメリアを攻撃することなど造作もないはずだ。

しかし何故か鈴仙は全く動かない。

息はしているし目も開いているが、鈴仙はピクリとも動かないのだ。

 

不自然すぎる。

 

 

 

「鈴仙…?」

 

 

 

「ふふ、無駄よ。このウサギちゃんはもう私の操り人形…私の為なら何でもしてくれるの。」

 

 

 

「……自分の能力あんじゃん。」

 

 

 

迂闊だった。

外来人ならば能力が無いものだと勝手に思い込んでいた。

しかし、幻想郷に来た時点で能力が発現するのはおかしくない。というより発現するのが大半なのだ。

何故それを見落としていたのだろう。

 

 

 

「例えば、こんな事とか。」

 

 

 

カメリアが鈴仙に左手でジェスチャーを送ると、鈴仙は虚ろな目で私に近づいてきた。

そして鈴仙はそのまま私の真後ろに回り、私の両腕を乱暴に掴んで後ろ手に拘束する。

 

 

 

「ッ…鈴仙…」

 

 

 

カメリアに銃口を向けられていては反撃もできず、ただただされるがままになってしまう。

カメリアが再び左手でジェスチャーを送ると、鈴仙は私を前方にグッと押しながら歩き出した。

カメリアは口が裂けんばかりの笑みを浮かべながら、恒星の存在しない宇宙の如く冥い瞳で私を見つめた。

 

 

 

「ふふふっ、地下室に行ったらまずは首輪を着けましょう。きっと似合うわよ、灯音。」

 

 

 

冗談じゃない。私はペットじゃあないのだから、利用するにしてももう少し人権を尊重して欲しいものだ。

まぁ、どちらにせよ大人しく利用されるつもりはないんだけれど。

 

 

 

「…まぁ、わざわざ首輪を付けなくても私の能力なら、私が貴女に何をしても嫌がらないんだけれどね。」

 

 

 

カメリアの冷たい指が私の首筋をすーっと撫でる。その感触にゾクゾクっという身震いをしたその時、ふと嗅ぎ慣れた匂いがした。

 

うちでも売ってる煙草の匂い。

 

その瞬間、突如カメリアと鈴仙が同時に吹き飛び、私の拘束が解かれた。

 

 

 

「趣味悪ィなぁ〜…そんなんじゃいつまで経っても結婚できないよ。」

 

 

 

どうやら鈴仙とカメリアは蹴っ飛ばされたらしく、倒れた背に靴の痕がくっきり残っていた。

そうして突如私を救ってくれたのは見慣れた白髪の少女、藤原妹紅。

煙草(丸・虚(マル・ホロウ))を咥えた妹紅は、私を庇うように私の目の前に立った。

 

 

 

「助かったよ妹紅、ありがとう。」

 

 

 

「気にすんな、それより奴さんが起きるぞ。」

 

 

 

そう言って、両手脚に激しい炎を纏う妹紅。

片や拘束が解かれて自由を再び手に入れた私は、能力で大型の回転式拳銃(リボルバー)を二丁召喚し、立ち上がろうとするカメリアに向けて構えた。

 

 

 

「よっしゃ、反撃の時間だ。」

 

 

 

冬空の下の真っ暗な魔法の森にて、白き蓬莱と黒き外来人が肩を並べる。

こうして、また新たな戦いが始まるのだ。



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燻るは硝煙、滾るは欲望

月の位置的に大体午後7時くらいだろうか。

すっかり暗くなってしまった魔法の森で鬼気迫る戦いが始まろうとしていた。

私は依然、カメリアに2つの銃口を向けている。

 

私は視線をカメリアから動かさずに妹紅に喋りかけた。

 

 

 

「鈴仙は能力で操られてる。妹紅も気をつけて。」

 

 

 

「この女の能力か。オーケー、もし私が操られたら殺してくれ。」

 

 

 

「はは…」と苦笑する私をよそに、妹紅は私の射線上に出ないようにカメリアとの距離を詰め、炎に包まれた拳を打ち込んだ。

 

妹紅の攻撃の速さに目を見開いて驚いたカメリアだが、スレスレの所で体を反らして回避する。

 

 

 

「乱暴な子ね?」

 

 

 

パンチを避けたカメリアは体を反らした不安定な体勢から、新たに取り出した拳銃を妹紅に向けて発砲した。

ドンという火薬の弾ける音と共に、硝煙が燻った。

 

しかし、カメリアの放った銃弾は外れてしまう…否、妹紅は身体の一部を炎状にしてその銃弾を回避したのだ。

 

 

 

「その銃弾よりも私の蹴りの方が疾い。」

 

 

 

炎を纏った体を回転させ、某サッカーアニメにありそうな動きで妹紅はカメリアに蹴りを放った。

銃弾が外れるとは思っていなかったのか、一瞬動揺したカメリアはその蹴りを避けれずに吹き飛ぶ。

そしてすぐに立ち上がるカメリア。

 

 

 

「ジャンプにいそうな身体してるのねぇ…?」

 

 

 

苛立ちを孕んだ表情でそう言ったカメリアは、傍にいた鈴仙にジェスチャーを送った。

先程もそうだが、カメリアはジェスチャーだけで全ての指示を送っている様子だ。

しかし、ジェスチャーという限定された動きだけで細かい動作を指定できるものなのだろうか。

 

そんな考察なんぞしている暇なく、鈴仙が妹紅の前に立つ。

妹紅は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに納得したように歯をむき出した。

 

 

 

「人外は人外と、人間は人間と…ってか」

 

 

 

「その方がお互い楽しいでしょう?」

 

 

 

邪悪な笑みを浮かべたカメリアが再び鈴仙にジェスチャーを送る。

すると目に光を宿していない鈴仙が人差し指を妹紅に向け、その指先から赤い光弾を次々と放った。

妹紅もそれに対抗して紅焔の如き火の波動を放ち、鈴仙の光弾を打ち消した。

 

 

 

「やろうか、カメリア。」

 

 

 

「あら、意外と好戦的なのね?」

 

 

 

鈴仙の相手は妹紅に任せ、私はカメリアと戦うことになった。

良い機会だ。言いたい事もあったし、全ては銃弾に乗せてぶつけよう。

 

互いが各々の銃を構え、同時に発砲する。

2つの硝煙が交差して昇ってゆき、暗い空の雲と1つになった。

 

カメリアの銃弾は私の脇腹を掠め、私の銃弾はカメリアの腿を撃ち抜いた。

 

 

 

「さっき不意打ちされた仕返し。」

 

 

 

「ッ…貴女細すぎるのよ、妬いちゃうわ。」

 

 

 

自分だけが被弾した言い訳として苦し紛れにこんなことを言っているが、このカメリアとかいう女、めちゃめちゃスタイル良いから。

胸の大きさでは負けないが、全体的なバランスとしてカメリアは非常に美しく整っている。

…とかそんな事はどうでも良くて、腿から血を流したカメリアは銃を投げ捨てて腕をプランと無気力に垂らした。

 

 

 

「…ッ!!」

 

 

 

「銃は無粋だったかしらねぇ…?」

 

 

 

そう言うと、カメリアは肩甲骨を回すように腕を動かし始めた。

一見すると準備運動のように見える動きだが、私はこの動きを知っている。

 

たらりと垂れる汗が、私に焦燥感を覚えさせる。

 

 

 

「…結構、凶悪なモノ使うじゃん。」

 

 

 

───ゼロレンジコンバット。

元々はとある日本人が編み出した格闘術だが、後に自衛隊や他国の軍でも採用された格闘術である。

 

その格闘術の中でも肩甲骨を回すこの動きは“ウェイブ”と呼ばれており、体幹をそのままに肩甲骨を回して攻撃や回避を行うというものだ。

 

 

 

「ふふっ、楽しいでしょう?」

 

 

 

そしてウェイブによって生まれた打撃は、純粋な筋力の()()()()()を持つ。

 

とはいえ、今カメリアは銃を持っていないので私がリボルバーの弾を全てカメリアに打ち込めばカメリアは容易く倒れ伏す。

そうすれば余計なCQC(近接格闘)なんぞする必要はなくなるのだ。

 

 

 

「……皮肉な異種格闘技戦ね。」

 

 

 

「あら、サンボなんて久しぶりに見たわ。」

 

 

 

リボルバーを消し、私は私のファイテングポーズをとる。

絶対的な勝機を逃してまでCQCを選択するとは、私は職業病にでもかかったか。

 

日本発祥のゼロレンジコンバット

ロシア発祥のコンバットサンボ

 

互いが互いの国の格闘術を使うという、なんとも皮肉な戦いが始まるのだ。

 

 

 

「良いわねぇこの感じ…いつぶりかしら?」

 

 

 

「さぁ…でもホント、懐かしいね。」

 

 

 

これから血を流し合うというのに、不思議な会話を交わすものだ。

互いが特徴的な構えを保ったまま、ゆっくりと歩み寄る。

 

本来、コンバットサンボやゼロレンジコンバットに特定の構えはない。

なのでこれらの格闘技を習得する際は、まず自分に合った構えを確立することから始まる。

 

カメリアはぷらんと両腕を垂らしており、時折肩甲骨をぐるりと回している。

私はというと、キックボクシングに近い構えと言うべきだろうか。

両腕を前に出して肘を曲げるような感じで、一般的なファイテングポーズに近いものだ。

 

その構えのままじりじりとお互いが歩み寄る。

アドレナリンドバドバ、早く組み合いたくて時間が長く感じてしまう。

 

真っ暗な森の中、カメリアしか見えず

虫や鳥が鳴いている中、聞こえるのは互いの呼吸と足音のみ

冷たい風が吹いている中、感じるものは脈動する闘争心

 

そして永劫とも錯覚する時間を踏み越え、お互いの距離が間合いに入った途端──

 

 

 

ドン!とその空間が爆ぜたかのような速度で、私とカメリアはほぼ同時に拳を突き出したのだった。



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皮肉な異種格闘技戦

暗い森にて、皮肉な異種格闘技戦。

爆ぜた空間と共に初撃を成功させたのはカメリアだった。

肩甲骨を回して繰り出される横殴りの攻撃は私の左聴覚を破壊する。

 

キーンという甲高い耳鳴りと共に脳漿が掻き乱される。

 

どうにか私もその攻撃をモノにしたい。

しかしそんな訛っちょろい攻撃など、このカメリアがそう簡単にするとは思えない。

 

 

 

「とりあえず何発か入れさせてもらうわよ」

 

 

 

右ストレートをすれば肩甲骨を回してぐにゃりと躱されるし、アッパーをすれば肘でいなされる。

傷を抉るために怪我した足を狙おうとしても、全て読まれる。

 

瞬き一つせず目を見開いたままウェイブでとめどない攻撃を繰り出す様は、冗談抜きで狂気そのものであった。

普通に、こわい。

 

その狂気に圧倒された訳では無いが、私の攻撃はいなされてカメリアの攻撃は通るといった悪循環が続いてしまっていた。

 

吐血し頭がグラグラしてきたが、それでも私は来たる刹那を渇望している。

 

 

 

「ほら、いつまでも期待してちゃダメよ?」

 

 

 

私が時を待ち望んでいる今も尚カメリアの猛攻は止まらない。

私が何を狙っているのか、カメリアは分かっているつもりなのだろう。

カメリアは非常に強い。相手に隙を与える事などほぼないし、相手の予期せぬ攻撃にも反応できるほどの能力がある。

 

今回はそこを利用させていただく。

 

 

 

「その時は刻一刻と、近づいてると思うけど?」

 

 

 

「ふふっ、どうかしらね?」

 

 

 

お互いが不敵な笑みを浮かべながら交わす会話。

そしてカメリアの上から降り下ろすような攻撃を躱した一瞬、私はほんの少し上向きになった顎に全力で掌底打ちを放った。

 

直撃すれば即死も有り得る致死の攻撃。

 

 

 

「…ダメか。」

 

 

 

「良い掌底だったわ、当たればね。」

 

 

 

カメリアは私の全力の掌底を身体を拗らせて回避し、掌底によって露わになった脇の下に向けて不安定な体勢から回し蹴りを放った。

下手したら肋骨を粉砕しかねない強烈な回し蹴り。

 

大きな隙を突かれた攻撃を躱す事など到底不可能であり、カメリアの強烈な回し蹴りは私の脇を直撃した。

 

 

 

「…ッ!カハッ…!」

 

 

 

肋骨に痛烈な衝撃が走り、血を吐き出す。恐らく折れたのだろう。

 

しかし痛みで意識を失いそうになる中、私はカメリアの足を脇で挟んで離さなかった。

今出せる限りの全力でカメリアの足を捕える私。

 

 

 

「ッ!最初からこれが狙いで…ッ!?」

 

 

 

「そういう…ッことっ!」

 

 

 

驚愕の表情を浮かべたカメリアに私はついに勝利を確信した。

これは油断でも慢心でもない、予感だ。

 

しかし、そろそろ決めないと身体がもたないな…

そう思った私はカメリアの足を抱えながら身体をぐるんと横に一回転させ、そのまま関節技に持っていった。

 

コンバットサンボにおける関節技は主に“とどめ”とされている。

とどめというだけあって絶対に相手を逃がさないし、絶対に戦いを終わらせる事が可能である。

 

 

 

「中々やるじゃない」

 

 

 

関節技を完璧に決められて身動きの取れなくなったカメリアは、どうにか逃れようともがき続けた。

しかし逃れることは出来ない。完全に決まった関節技は誰であっても絶対に逃れることが出来ないのだ。

そんなこと私は勿論、カメリアだって知っている。

 

そしてついにカメリアは抵抗をやめたのであった。

 

 

 

「諦めた?」

 

 

 

「えぇ…、けれどね灯音?」

 

 

 

カメリアは抵抗しないながらも、突然私に不敵な笑みを向けた。

なんだまだ何かあるのかこの女はと、警戒を通り越して呆れすら生まれてくるわけだが…その何かの答え合わせはすぐに行われた。

 

 

 

「忘れてないかしら?私の力」

 

 

 

「…ッまさか。」

 

 

 

カメリアの視線の先には白髪の蓬莱人、妹紅がいた。

鈴仙との戦いが終わったのか、煙草を吸いながらこちらの方へ歩いてくる。

綺麗に決まった関節技を見た妹紅は愉快そうに言った。

 

 

 

「よーぉ、流石は灯音だな!こっちは終わったぞ〜」

 

 

 

「…さぁ、下僕になりなさい!」

 

 

 

妹紅が怪訝な顔をした頃にはもう遅い、カメリアの冥い瞳が妹紅の赤い瞳を捉えた直後、妹紅の瞳からは一切の色が失われた。

咥えていた煙草は落下し、進んでいた歩みは停止する。

 

 

 

「…妹紅。」

 

 

 

「私を助けなさい」

 

 

 

身動きのできないカメリアは指示を口頭で送る。

あのジェスチャーはどういう原理で指示を送っていたのだろうと重ねて疑問に思う。

 

指示を受けとった妹紅は私に向かって歩みを進めだした。

そして瞳から光を失った妹紅は、両手に炎を宿し…

 

 

 

……己の脳漿を散らせた。

 

 

 

「な…ッ!?」

 

 

 

再び驚愕の表情を浮かべるカメリア。

燻る硝煙と爆ぜた火薬の香り、シュー…と鳴く銃口。

そう、私は妹紅の脳天を撃ち抜いたのだ。

 

しかし妹紅は蓬莱人、弱い銃では例えヘッドショットであっても効かないかもしれない。

なので私はツェリスカ(Zeliska)と呼ばれる大型のリボルバーを召喚し、片手で発砲したのだ。

 

しかしこの銃、リボルバーながら規格外に重く、規格外に大きい。

そうなると当然反動も馬鹿にならず、発砲した方の肩が外れて使い物にならなくなってしまった。

 

 

 

「…貴女がそこまで冷酷だとは思ってなかったわ…」

 

 

 

「これも作戦のうちなの。」

 

 

 

ツェリスカを消した私は、外れた肩を地面に打ち付けて無理矢理肩をはめ込んだ。

痛みはあるが、外れた肩の痛みよりも先程折れた肋骨の方が痛かったのであまり気にならなかった。

すると、脳漿が爆ぜて見るも無惨な姿になった妹紅はだんだんと形を形成していき、ついに人の姿を取り戻した。

 

 

 

「嘘でしょ…」

 

 

 

「ふぁ〜スッキリした、ありがとな灯音!」

 

 

 

「心痛むから、次から気をつけてね。」

 

 

 

そう、妹紅は蓬莱人。

蓬莱人は不死身であり、何度死んでも何度でも蘇るのだ。さながらラピュタのようである。

すっかり自我を取り戻した妹紅は、肩を回して体の具合を確かめながらカメリアに言った。

 

 

 

「よぉお前、こっから何ができんだい?」

 

 

 

妹紅が不死身であり、能力による支配が通用しないと見たカメリア。

そんなカメリアは驚愕の表情こそ浮かべていたが、目を閉じてついにこう言ったのだ。

 

 

 

「…私の負けよ。」

 

 

 

こうして皮肉な異種格闘技戦もとい、ゲリラミッションは私達の勝ちということで終幕を下ろしたのであった。



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夜の縁側にて、月を望む。

皮肉な異種格闘技戦を終えてから、私達は永遠亭へ向かった。

妹紅が鈴仙を担ぎ、私がカメリアに肩を貸して歩いた10数分。

 

そして永遠亭に着いてから事情の説明や治療などを受けてそれぞれが床に着いた時、時刻は既に0時を回っていた。

 

相当疲れは回っていたが私はなかなか寝付けず、縁側で星を眺めながら煙草を吸っていた。

身体中に固く巻かれた包帯が邪魔で動きづらいが、その分痛みはだいぶ楽になった。

 

 

 

「永琳には感謝だね。」

 

 

 

冷たい空気と共に、重いタールを孕んだ煙が天に昇ってゆく。

 

誰もいない縁側で今日の濃い一日を思い出す。

気がつけば霧の湖に血塗れで倒れていたり、アリスと鈴仙が助けてくれたり、店に戻れたと思ったらカメリアと戦う羽目になったり…

あまりにもイレギュラーな事態に、私の体と心が全く追いついていないような気がする。

 

 

 

「色々と、聞きたいことが多いな。」

 

 

 

そう呟いた私は消音器付きの拳銃を召喚し、誰もいないはずの後方に銃口を向ける。

 

 

 

「ね、カメリア?」

 

 

 

「ふふっ、さすが灯音ね」

 

 

 

銃口の先には浴衣に身を包んだカメリアが立っていた。

カメリアは対して驚いた様子も見せずにニコニコと私の傍まで歩いてきた。

呆れによるものか、疲れによるものか自分でも分からないため息をついた私は、構えていた銃を消した。

 

 

 

「隣、いいかしら?」

 

 

 

「いいよ。」

 

 

 

そう言うと、カメリアは足を庇うようにゆっくりと私の隣に座った。

浴衣の裾から露出した白い腿には包帯が巻かれている。

 

いつの間にかフィルター近くまで燃えていた煙草を消し、私は新しい煙草に火をつけるついでにカメリアに煙草を一本差し出した。

ありがとう。と言って煙草を咥えるカメリアに火を渡しながら、私はカメリアと目を合わせずに呟いた。

 

 

 

「…足、大丈夫?」

 

 

 

「ふふっ、大丈夫に見える?……貴女こそ、大丈夫なの?」

 

 

 

お互いがお互いにやった事だ。こんな事を聞くこと自体野暮というものだが、どうしても聞かずにいられなかった。

元々は大切な友人だったはずなのだ、何故あんな戦いをしなければならなかったのだろうか。

 

…それでも、私は強がって冗談を言うしかなかった。

 

 

 

「全然大丈夫じゃない、やっぱり折れてたし。」

 

 

 

「そう…。」

 

 

 

私がそう言うと、カメリアは何処と無く寂しげな笑みを浮かべて俯いた。

何故そんな顔をするんだカメリア、苦しくなってしまうじゃないか。

 

虫と風の声、草木と煙草の匂いだけが包む夜に、永劫にも感じる沈黙が続く。

その沈黙を最初に破ったのはカメリアだった。

 

 

 

「ねぇ、灯音。」

 

 

 

艶やかなカメリアの唇から発される、聖水のように透き通った声。

哀愁を孕むその声に、私まで感情を揺さぶられる。

2、3秒の感情を捨て、私はなるべく普段通りの口調で返した。

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「貴女を襲ってしまってごめんなさい。友人まで巻き込んでしまって…」

 

 

 

ごめんなさい。

何となく、そう言うのは想像がついていた。

けれど、私にはもっと他に聞きたいことがたくさんある。

友人…ね。本当ならカメリア、君も同じはずなんだよ。

 

 

 

「…どこで私の能力を知ったの?」

 

 

 

一つずつ、焦らずに聞いていこう。

そう思って1つ目の質問を投げかけると、カメリアは更に申し訳なさそうにして答えた。

 

 

 

「それが…よく覚えてないのよ。気づけば幻想郷にいて、気づけば貴女の能力を求めていたの…」

 

 

 

覚えていない、記憶喪失ということなのだろうか?

知らぬ間に幻想郷に来て、すぐに能力を使いこなすなど普通ではない。

それがいくら戦闘センスのあるカメリアでも、だ。

つまり、能力の事をカメリアに教えた存在がいるはずだ。

 

待て、記憶喪失なら私も最近置かれた身ではないか。

 

 

 

「今朝、私霧の湖で倒れてたんだけれど何か知ってる?」

 

 

 

「霧の湖…?どちらにせよ、知らないわね…」

 

 

 

結局その事件は謎のまま、か。

とうとう三本目の煙草に火をつけ、カメリアにもう一本煙草を渡す。

困ったものだ、記憶喪失なんて幻想郷では日常茶飯事なのだろうか?

 

思考を巡らせていると、私達の煙草とは違った煙草の匂いが漂ってきた。

その匂いを感知したと同時くらいに、聞き覚えのある頼もしい声が耳に届く。

 

 

 

「そりゃあ、陰謀を感じるねぇ」

 

 

 

声のした方を見ると、白髪イケメン美少女の妹紅が煙草を吸いながら庭から歩いてきていた。



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攪拌編
煙に酔う戦士達


「能力?」

 

 

 

「あくまでも私の勘だがな」

 

 

 

ふらりと現れた妹紅は陰謀説を唱え、困惑する私達にその旨を話してくれた。

気づけば幻想郷に居て、何故か私の能力を求める。

そんな異常事態を、妹紅は何者かの能力によるものではないかと考えたのだ。

 

カメリアが他者を操る能力を持つのと同様、似たような能力でカメリアを支配した者が居るという事だろう。

 

 

 

「なるほど…一理あるね。」

 

 

 

確かにその可能性は大いにある。

幻想郷には様々な能力を持った者が多々存在する。

弱い能力から強い能力まで、この幻想郷を作った大妖怪は「境界を操る程度の能力」とかいう末恐ろしい能力を持っているらしい。

 

何が恐ろしいって、境界を操るって言ってるだけで対象の限定が全くないのよ。

世界の境界も操れるし、物の境界を操って分断する事も出来る。

やろうと思えば脳内すらも…いやまさかな。

 

 

 

「なんでもありなのね?この幻想郷は」

 

 

 

フゥーっと煙を吐いたカメリアは、灰を落としながら妹紅に微笑んだ。

その妖艶な微笑みに、もし私が男だったならば放っておかないだろうと思った私であった。

…どうでもいいな。

 

 

 

「そろそろ寝よう、体に毒だよ。」

 

 

 

「お前もだぞ灯音。肋骨、折れてたんだろ?」

 

 

 

妹紅に釘を刺され、笑って誤魔化しながら煙草の火を消しておもむろに立ち上がる。

カメリアも同じように煙草の火を消して立ち上がろうとしたが、よろけて倒れそうになったので手を掴んでグイッと引っ張りあげた。

 

 

 

「ありがとね。」

 

 

 

「うん、部屋まで送るよ。」

 

 

 

妹紅にしばしの別れを告げ、カメリアに肩を貸して私は歩き出す。

 

カメリアも伊達に戦場で生きてきたわけではない。

腿に銃弾を受けても一人で歩く事などざらだった。

しかし折角私がいるんだ、肩くらい貸してやらねばというものだろう。

 

 

 

「貴女が傭兵としてロシアに来た時の事を思い出すわ」

 

 

 

「…あの時は逆だったね。」

 

 

 

私が昔ロシアで戦っていた時、足に銃弾を受けてしまい、カメリアの肩を借りた事があった。

再会は最悪であったが、今こうして昔に戻ったように思えるというのは、きっといい事なのだろう。

 

カメリアは恐らく、能力で何者かに遣わされたのだろう。

彼女が嘘を言っている可能性もゼロではないが、私は彼女を信じる。いや、信じたいと言うべきだろうか。

どちらにせよ、私はまた昔のように軽口を叩き合える仲に戻れればいいなと、切に思った。

 

…そんなことを考えているうちにカメリアの部屋に着いたので私はカメリアに別れを告げて自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。

 

 

 

「…しょうもない、寝よ。」

 

 

 

余計な事を今考えても仕方がない。

そう自分に言い聞かせて思考を断つと、先程までとは打って変わって私はすぐに微睡みに誘われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず表情の割には優しいのね、灯音」

 

 

 

灯音に部屋まで送ってもらった後、私は布団に入らずに普段着に着替えていた。

ここの主人、永琳から借りた浴衣を丁寧に畳み、いつものトレンチコートに身を包んで障子を開け放った。

草木の匂いに満ちた風が頬に当たる。

 

 

 

「故郷には遠く及ばない寒さねぇ」

 

 

 

2丁の銃の弾倉を確認してから、ブーツを履いて縁側から庭に降り立つ。

足が痛むが、こればかりは仕方がない。

自我がはっきりしていなかったとはいえ、私が灯音を襲ったのだ。これは揺るぎない事実であり、非は全て私にある。

 

とても隣には居られない。

 

 

 

Прощай(さようなら)

 

 

 

そう言って私は永遠亭の門を越え、黒い竹林の中を歩き出した。

 

これは私が自分の罪から逃げる為にしているようなものだ。

自我を保てない事がこうも恐ろしいとは。

暇さえあれば灯音を捕らえろと脳髄が呼びかけているような錯覚。

もしあの場に妹紅が来なかったら、私はあのまま灯音を何処かへ連れ去っていたのだろう。

 

何処か…、何処なのだろうか。

ろくでもない思考ばかりが頭を埋め尽くす割に、大事な情報は全て頭の中から抜けているようだ。

 

 

 

「本当…嫌になるわね」

 

 

 

歩きながら自分の煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。

煙草の箱にはТройка(トロイカ)の文字。ロシアで生産、販売されている煙草で、私にとっては慣れた味だ。

人間とは不思議なものだ。何事もすぐ嫌になるが、煙草を吸えば何事もすぐ良いように見えてしまう。

 

この感覚が中毒性なのだろうか。

果たしてそんな事は分からないが、人間、煙草があれば精神面は基本的に治るものだ。

 

 

 

「一時の憩なんだけれどね」

 

 

 

仄かに香るバージニアの葉が私の悩みを濁らせてくれる。

さっきも言ったように、そんなの一時の憩でしかないわけだが、人間一度ハマるとやめられないものだ。

 

さて、そんなことを言っている私だが、実はほんのちょっと命の危機に瀕している気がするのだ。

この幻想郷には妖怪という脅威が無数に存在するという話は聞いていたが、永遠亭を出て早々お出ましとは思わなんだ。

 

まぁ、命の危機とは言ってもほんのちょっとなんだけれどね、ほんのちょっと。

 

 

 

「いつでも来ていいわよ、遊びましょ?」

 

 

 

そう言って私は懐から自動拳銃を取り出し、銃弾を装填する。

常識の通用しない幻想郷といえど、妖怪の気配なんぞ簡単に察知できる…ようだ。これは今知った。

 

すると気配の主は、特に驚く素振りも見せず簡単に姿を見せた。

 

 

 

「何が、遊びましょ?よ。こっちはわざわざこんなしょうもない世界まで来てやってんのにさ〜…」

 

 

 

気配の正体は私が思っていたようなものではなく、なんと長い金髪を降ろした少女であった。

黒いスカートに白いシャツのような服を着ているその少女は、背中から背丈よりも大きい黒い翼を生やしていた。

 

煙草の煙をフゥーっと吐いて私は訝しんだ。

 

 

 

「ん〜…悪魔か何かかしら?」

 

 

 

私がそう聞くと、その少女は可愛らしい笑顔で「あはは!」と笑った。

笑って剥き出された犬歯は鋭く尖っており、それはさながらスクランパーのようであった。

だが恐らく、この歯は本物なのだろう。確証はない、完全な直感だ。

 

 

 

「ちょっと惜しい!私はくるみ、まぁ〜吸血少女といったところかな?」

 

 

 

吸血少女…なるほど、それでその歯なのか。

つまるところ、私はこれから血を吸われるのだろうか?

永遠亭でいくらかご馳走も貰ったし、血はある程度回復しているが、生憎見知らぬ少女に分けてやれる血は持ち合わせていない。

 

 

 

「そんな種族もいるのねぇ〜…それで?私に何か用?」

 

 

 

私はニコッと笑顔を見せつつ、多少のプレッシャーを含んだ声でくるみに問いかけた。

するとくるみは一瞬呆けた表情を浮かべ、すぐにまた笑いだした。

 

よく笑う女の子だ、灯音とは正反対なタイプね。

 

 

 

「何言ってんの、任務達成できなかったからわざわざ連れ帰りに来たの!君は覚えてないんだろうけどね!」

 

 

 

「…そう。」

 

 

 

任務…失敗…覚えていない…

この三つの情報だけで、私の悩みは簡単に解消されたようだ。

 

やはり妹紅の仮説は正しかったというわけだ。

 

 

 

「好都合よ、どうやら、私も丁度あなたを探していたようでね。」

 

 

 

親指と人差し指で挟んだ煙草を中指でくるみに向けて飛ばす。

遠隔根性焼き。小さな火傷程度にしかならないが、別に攻撃のために使った訳では無い。

 

煙草をゴミ箱に捨てた。たったそれだけの事だ。

 

 

 

「熱ッ…だいぶ調子に乗ってるようだね」

 

 

 

先程までの笑顔はどこへやら、くるみは鬼のように怒った表情で私を睨みつけた。

とはいえ、そんな可愛らしい見た目では覇気も何も感じられないというものだ。

結構強いようだけれど、私には到底勝ち及ばない。

 

私はもう、灯音に迷惑をかけるわけにいかないのだ。

 

 

 

「半殺しにしてやる」

 

 

 

「なら、私は3/4くらい殺すわね」

 

 

 

私はくるみの脳天に銃口を向け、くるみは不可思議な力で黒剣を生成してその切っ先を私に向けた。



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空薬莢は月光を仰ぐ

神の怒りが燻っていたとしたら。

いずれその怒りは燃え上がり、甚大な被害を齎した後、全ては怒りと共に灰と化すだろう。

 

何者にも神は止められないのだ。

 

神は偉大であり、尊ぶべき存在である。

この世界には無数の宗派が存在しているが、私は既存の宗派に属しているわけではない。

私にとっての神は月光。これもまた一つの宗派と言えるだろう。

 

月光は本来、太陽の光が反射しているだけのものである。

しかし、そんな科学的に証明されているただの光を何故神と呼ぶのか。

 

親指ほどの乾草を茶紙に乗せ、器用に巻いていく。

その乾草の詰まった紙筒に着火し、ゆっくりと煙を吸い込む。

 

簡単な話だ。こうしてこの煙を媒体とすれば、月光に神の存在を可視化できるのだ。

月光は美しい。夜の静寂に希望を注ぐ勇者ともとれるその存在は、いつでも私の支えであった。

 

 

 

その月光が今、私に降り注いでいる。

 

 

 

「さて、こんなに月も白いのだから…」

 

 

 

引き金に当てた人差し指に力が入る。

その引き金に起こされようとしている撃鉄がゆっくりと、しかし着実に動き出し始めた。

私は銃を持っていない方の掌を脱力したまま上に向けて笑いかけた。

 

 

 

「楽しい夜になりそうね?」

 

 

 

ドンという爆発音と共に、排莢口から空薬莢が飛び出す。

そして発射された弾丸はくるみの脇腹をいとも容易く抉りとった。

弾速が予想外だったのか、銃を初めて見たのかは分からないが、くるみは目を見開いて銃創を凝視した。

 

 

 

「…やってくれたね!」

 

 

 

一瞬の空白を置いて、くるみは怒りに満ちた表情で駆け出す。

素早い動きで私に詰め寄ったくるみは黒剣を振り下ろした。

 

私はそれを軽く上半身を反らすことで回避し、くるみが黒剣を振り下ろした際、踏み込んでいた足に向けて銃弾を2発撃ち込んだ。

 

体重をかけていた足に銃弾を受けたことで大きくよろけたくるみに、続けて回し蹴りを放つ。

とても小柄なくるみは回し蹴りによって大きく吹っ飛び、近くの竹に背中を打ち付けた。

 

 

 

「そんな生易しい動きじゃ私には届かないわよ」

 

 

 

背中を強く打ち付けられたことで肺の空気を全て吐き出してしまったくるみはゲホゲホと咳込み、私を睨みつけた。

 

 

 

「外来人のくせに…!」

 

 

 

「さすが、人間じゃないだけあるわねぇ」

 

 

 

銃弾を三発も受けてしまえば、大抵の者は痛みのあまり声を出すこともままならない。

私は素直な賞賛をくるみに送り、持っていた拳銃をしまってもう一つの拳銃を取り出した。

 

デザートイーグル。

銃に詳しくない者でも、名だけは聞いたことがあるであろう有名な銃だ。

デザートイーグルは一般の拳銃に比べて威力がかなり高く、その威力故に反動も大きいので実用性はあまり無いと言われている代物である。

 

 

 

「これじゃないと駄目かしらね?」

 

 

 

劈く銃声と共に放たれた弾丸がくるみの右肩から血飛沫を捻り出す。

右肩が使えなくなったくるみは黒剣を左手に持ち替え、その場で振りかざした。

 

 

 

「何をしているの?」

 

 

 

「調子に乗ってる人間に神罰を与えるのさ!」

 

 

 

くるみの不可解な行動を訝しんだ私は、もう一発撃ち込もうと引き金を引こうとした。

するとその刹那、くるみの振り下ろした黒剣が黒い炎を生み出し、銃弾もろとも私を飲み込んだ。

 

 

 

「ッ!本当にこの世界は意味がわからないわッ!」

 

 

 

燃え盛る炎に包まれ、即座に脱出した私は再びくるみに銃口を向けようとした。

しかし既にくるみは消失し、私は情けなくキョロキョロとくるみの姿を探す。

 

すると突然背後から殺気を感じ、咄嗟に身体を捻った途端、左肩に鋭い痛みを感じた。

振り返ると殺気の主はもちろんくるみで、黒剣で私を切り裂けた事がよほど喜ばしかったのかニコニコと微笑んでいる。

 

 

 

「私の黒炎はどうだった?熱くて堪んないでしょ!」

 

 

 

「そうねぇ、お気に入りのコートがちょっと焼けちゃったわ」

 

 

 

それを聞いたくるみは目を見開いた後、いよいよ爆発寸前と言わんばかりの表情で私を睨みつけた。

虚勢でしかない返答だが、彼女にとっては充分な挑発であったようだ。

全く、尽く緩い戦士である。怒りは精神を掻き乱して冷静さを欠いてしまうので、私にとっては願ってもない事だが。

 

 

 

「もう殺してやる!ムカつく!ムカつくぅ!!」

 

 

 

くるみはそう叫びながら黒剣を振り回し、私に迫ってきた。

(ふふふ、なんとも荒い動きだこと…)

その光景に笑いを隠しきれず、私は冷静に黒剣を回避して掌底をくるみの胸に打ち込んだ。

ここまで来たんだ、折角ならば楽しまねばというものだろう。

 

 

 

「神罰を与えられるのは貴女よ。あの月を見てご覧なさい、神は私に味方しているの。」

 

 

 

私はコートの内側から大きめのマチェットを抜き、月光に煌めかせた。

そして昔観た映画の真似をして、「」の形をマチェットを持った右腕が上で、左腕が下になるように構える。

くるみは吸血少女というくらいだし、ヴァンパイアと相違ないだろう。多分ね

 

 

 

「神力が宿るのを感じるわ!私が倒せるか!!」

 

 

 

「なんでこんな情緒不安定なのこいつ…なんなの…」

 

 

 

私の言動と行動を見て、若干引き気味に呆けたくるみは隙だらけであり、私がそこを逃すわけがなかった。

ハッとしたくるみは、私が振り下ろしたマチェットを焦ったように黒剣で防ぎ、バックステップで後退した。

 

 

 

「逃がさないわよ」

 

 

 

彼女が後退するならば私は前進すればいい。

単純な理論で私は後退したくるみにどんどん追い打ちをかけていく。

鬼気迫る連撃で焦りが生まれたのか、くるみは私に反撃しようとして大きく空振りをしてしまった。

今だ!と私は隙を見せたくるみにマチェットを振り下ろそうとした。

 

するとなんたることか、マチェットは白い光を帯び始めたのだ。

なんとも不思議な力だ、しかし私はこの力を知っている。

 

 

 

「…やっぱりこの世界は意味がわからないわ。」

 

 

 

これは古来より月を信仰していた者が辿り着くとされる魔術の頂、“月の神託(ルナ・オラクル)”。

古の文学書に書いてあったことを覚えていただけで、実際に見たことも聞いたこともなかったので、完全な御伽噺(おとぎばなし)だと思っていた。

私が信仰していたのは月ではなく月光であるが、まぁ恐らく似たり寄ったりで同一化されたのだろう。多分ね

 

 

 

「もーわけがわかんない!」

 

 

 

うわあああと叫んだくるみは私から距離を取り、再び黒剣を構えた。

 

 

 

「文学書にフィクションなんて存在しないのね」

 

 

 

月光と月の神託によって神々しく照らされた竹林。

その竹林にて、額から冷や汗を流すくるみの顔と、口角の吊り上がった私の顔が白く浮かび上がっていた。



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神託はトリップにて

月光の力を宿し、白い光を纏わせる“月の神託(ルナ・オラクル)”。

どうやらこの光には質量が存在するようで、先程光を纏った時に微かな重みを感じた。

 

魔術の頂であるはずの“月の神託”が何故ここで発現したのかは分からないが、利用できるものは利用させてもらおう。

 

黒剣を構えたくるみは依然こちらの様子を伺っているようだ。

幻想郷の住民ですら強い警戒が見られるその瞳に、この世界でもこの力は有用だということを確信する。

 

 

 

「あぁ…クククッ…笑いを堪えきれないわ…フフッ…」

 

 

 

非常に気分が良い。

私は口角を吊り上げながらくるみを見下ろし、ジョイントに火をつける。

そして月を仰ぐと、月光に神の存在が浮かびあがった。

その神はギザギザとした長い尾を揺らめかせ、死肉のように歪んだ赤い腕を広げて私を見下ろしている。

あぁ神とは…かように強大な存在なのかと、月光に神を見出す度思ってしまう。

 

 

 

「気でもふれたの…!?何も居ないじゃない!」

 

 

 

「怯えることは無いでしょう?神の御前よ?」

 

 

 

月光の神を前にして「何も居ない」とは、随分と許し難い冒涜である。

やはり神罰はこの少女にこそ相応しい。

空を穿つようにマチェットを振り上げ、“月の神託”をより一層強い物へと昇華した。

 

 

 

「死なないといいわねぇ」

 

 

 

少し離れたところに居るくるみに向けてマチェットを強く振り下ろすと、マチェットに宿っていた“月の神託”が波を立てるようにくるみに襲いかかった。

何とかその波を躱そうとしたくるみは“月の神託”の余波に巻き込まれ、接触面の皮膚が燻り爛れる。

 

 

 

「…ちょっと準備を整えないとヤバいか」

 

 

 

爛れた皮膚を悲痛な表情で見つめたくるみは大きな翼をはためかせ、月に影を落とした。

月光の神がいた所と同じところで浮遊したくるみに私は激しい憤りを覚え、左のデザートイーグルを空高く浮遊した彼女に何度も発砲した。

 

しかし既にかなりの高度へ到達していたため、私の放った銃弾は彼女に届く事なく彼方へと姿を消した。

 

 

 

「今日は諦めてあげる!でも次会った時は覚悟しておいてね!」

 

 

 

くるみはそう言うと、上空から黒剣を地上に向けて投げ落とした。

くるくると回転した黒剣はやがて私の目の前に突き刺さる。

 

明らかに優勢だったのは此方のはず…何故あんな上から目線になれるのだろうか。

あたかも自分が優勢だったとでも言うような口ぶりであった。

 

 

 

「…今に見てなさい」

 

 

 

突然の事で昂っていた感情も完全に冷め、私は煙草に火をつける。

月光を信仰するがあまり、少し冷静さを欠いてしまったのは反省点だろう。

 

そんな事を考えながら、私は襲撃者の居なくなった竹林で一人煙をふかすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠亭で迎える初めての朝、できればこれを最初で最後にしたいものだ。

朝起きたら何故か知らないが、カメリアの傷が増えていて、何だと思い聞いてみると「先に朝食にしましょ?」とのこと。

話す気があるのか無いのかよく分からないが、一先ず私達は朝食を摂ることにした。

 

 

 

「あら、日本食なんて久しぶりよ私」

 

 

 

「日本食は好き?」

 

 

 

久々だという日本食を見て、嬉しそうな表情をするカメリアに私は何気なく問いかけた。

ほんとに何気なく、他意は無かった…というかある奴いるのかな?

そしたらこんな返しをされた。

 

 

 

「貴女と同じくらい好きよ」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

まさに絶句。

突然の告白なのかふざけているだけなのかは知らないが、そういうジョークは勘弁して欲しい。

つい眉間に皺を寄せて嫌な感じの反応をしてしまい、それに気づいて「ごめん。」と謝る私。

するとカメリアは心底おかしそうに笑ってこう言った。

 

 

 

「ふふふ、ほんっとに貴女のそういう所好きよ!」

 

 

 

「な、何…?今朝は随分と機嫌がいいんだね。」

 

 

 

珍しく大きな声を出すカメリアに身体をビクッと震わせた私は、若干引き気味の笑いでそう返した。

ハッキリ言って気味が悪いし、正直私は既に引いている訳だが。

カメリアの傷を見た限り、私が寝た後に何かあったようだが、それがそこまで上機嫌を誘うとは思えない。だって怪我するような事だよ?

 

 

 

「ふふふっ、朝食の後でゆっくり話しましょ?」

 

 

 

「…飽くまでも後でなんだ、まぁ楽しみにしてるよ。」

 

 

 

私は朝が苦手なので、正直朝っぱらからこんなハイテンションの人がいると着いていけない。

今までこんな事無かったのに!もしかして乗っ取られてる?

…まさかね。

 

 

 

「そうそう灯音?」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

相変わらずニコニコと笑顔を絶やさないカメリアは首をこてんと傾けて私に呼びかけた。

なんだ意識してやってるのか?あどけなさが滲み出てるぞ。

そんな事を思ったのも束の間、カメリアはとんでもない事を言い始めた。

 

 

 

「私お家無いから、貴女のお家いかせて?」

 

 

 

「え。」

 

 

 

この女、私の家に居候するつもりだ。

いや別に家に来る分には良いのだけれど、私は結構一人の時間を大切にするタイプ。

その時間が奪われてしまうと考えると少々渋りたくもなる。

 

ちなみに永琳には「貴女達回復早いのね、今日でもう退院していいわよ」と言われている。

 

お分かりだろう、もし許諾してしまえば私の一人の時間は今日から消えてなくなるのだ。

とはいえ相手はカメリア、正直言えば力になってあげたいけれど…うーん。

 

 

 

…しょうがないか。

 

 

 

「…いいけど、ちゃんと自分の家も探してね。」

 

 

 

「いいの?言ったわね?やったぁ!」

 

 

 

悩んだ末に私はとうとう首を縦に降ってしまったわけだが、子供のように喜ぶカメリアを見て何だかどうでも良くなってしまった。

何故こんなに機嫌がいいのかは分からないが、友人が笑顔で居てくれるなら別に悪い気はしない。

 

はぁとため息をつきつつも、私は微笑んでいたのだった。



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白と黒は共に歩む

朝食を食べ終え、数少ない荷物を纏めた私達は永琳達に挨拶を済ませる。

カメリアは鈴仙に特別迷惑をかけたということで頭を下げ、鈴仙は両手をぶんぶん降って「大丈夫ですよ」と言ったが、「近いうちにお詫びの品を用意させてもらうわ」と言って聞かなかった。

 

どうも私の知り合いには頑固な性格が多いらしい。

 

ちなみに妹紅は昨晩のうちに永遠亭を去っていたようで、「灯音達によろしく」と言い残したという。なんとも妹紅らしい。

 

そして永遠亭を出て朝霧のかかった竹林を抜けた後、我が家のある人里の方に向かう。

人里には囲いがされているのだが、その囲いの門番にすら「久しぶり」と声をかけられた。

私この人の顔覚えてないんだけど、この人私の顔覚えてたの?もしかしたらワンチャンあるんじゃね?

 

無いし、別に欲しくもない。

 

 

 

そんなこんなで約2時間ほどかけて漸く我が家に着いたわけだが、カメリアは古風な日本建築を見た途端「壮観ねぇ」と感嘆の声を漏らした。

それはそうだ、物欲の全然無い私は金が在り余っており、金があるならば折角だということで唯一奮発したものがこの家であるのだ。

 

ほら、一人の時間は大事でしょ。

 

玄関の引き戸を木の擦れる音と共に開け放ち、久しき我が家の匂いを鼻に吸い込む。

隣にいるカメリアも私の行動を真似て鼻をスゥーと吸い込んでいた。

 

 

 

「そうだね、とりあえずいらっしゃい。」

 

 

 

「お邪魔するわ…いえ、ただいま」

 

 

 

いや君この家来るの初めてだよね?最初ちゃんと言えてたのにどうしたの?日本語不安になっちゃった?

朝食の時と同じく、相も変わらず笑顔を絶やさないカメリアはブーツを脱いで居間にあがってトレンチコートを脱いだので、私はそれを木製のハンガーに掛けてあげた。

 

 

 

「…お茶淹れるね。」

 

 

 

なんかもう既に疲れた気もするが、一度許諾してしまったものはもう戻らない。

私はもう一種の諦めを抱き、カメリアをもてなす事にした。

 

 

 

「ありがと、ここに座って待ってるわね」

 

 

 

「いいよ。」

 

 

 

とはいえカメリアは元々お嬢様だったらしく、黙っていれば礼儀の正しい綺麗な女性に過ぎないのだ。

何故お嬢様育ちのカメリアが戦場に行ったのかは謎だが…

そこはなんとなく深く介入しない方が良い気がして、その辺の詳しい事情は聞いていない。

 

机の上に二杯の冷茶を置き、私はカメリアの前に座る。

すると早速、カメリアは私の目をじっと見ながら口を開いた。

 

 

 

「昨晩の話、聞きたい?」

 

 

 

「…聞きたい。」

 

 

 

ニコニコしながら聞いたカメリアは、私の返答を聞いて口を抑えてふふふっと笑った。

なんとも上品な笑い方だが…なんだかおちょくられている気がする。

しかし、昨晩にしたであろう怪我も気になるし、私には聞くという選択肢しか実質残されていないのだ。

 

 

 

「灯音が私を部屋まで送ってくれた後、私は少し外出したの」

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

最初から意味がわからない。

腿を怪我してるのに外出して歩けなくなったらどうするつもりだったのだろうか。

夜の竹林は妖怪の数も桁違いだし、視界も悪いので、あまり歩くべきでは無いのだ。

 

 

 

「…まぁそれは良いじゃない。」

 

 

 

「…それで?」

 

 

 

上手く誤魔化されたような気もするが、カメリアが話したくないのならばそれを深く聞くのは野暮というものだろう。

私は諦めて続きを話すように促した。

 

 

 

「私を貴女の元へ遣った元凶に会ったわ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「私が与えられた任務をこなせなかったから迎えに来たそうよ」

 

 

 

展開が早すぎないか?

昨日今日の話じゃないか、相手方はそんなにせっかちなのだろうか。

それにしても、やはり妹紅の推理は結構的を射ていたようだ。

能力によるものかはまだわからないが、人為的な要因である点においては正しかったらしい。

 

 

 

「その女の子の名前はくるみ、吸血少女らしいわ」

 

 

 

「くるみ…聞いたことないなぁ。」

 

 

 

吸血少女…という点で、吸血鬼が住んでいるという館の話を思い出したが、確かそこの吸血鬼の名はレミリアだかレガリアだか…そんな感じの名だったので別人だろう。

カメリアとレミリアってなんか似てない?

 

 

 

「それで、戦ったの?」

 

 

 

「戦ったわよ。結構追い詰めたつもりだったんだけれど、結局逃げられちゃったわ」

 

 

 

手を広げて残念そうにため息を吐くカメリアだが、私はそれ以上に解せないことがあった。

 

 

 

「…一人で行かないで、危ないから。」

 

 

 

確かにカメリアは強い。強いが、それは現世での話だ。

幻想郷は様々な能力を持った存在と、様々な魔法を使う存在、凶悪な隋力を持った存在などに溢れている。

そんな存在達に怪我したカメリアが挑むなど、危険すぎるし心配になってしまう。

 

するとそれを聞いたカメリアはきょとんとしてすぐに笑った。

 

 

 

「心配いらないわ、私が灯音を守るわ」

 

 

 

「全く…。」

 

 

 

今朝に引き続き、よくもまぁこんな小っ恥ずかしい事を平然と言えるものだ。

カメリアはそう言って笑っていたが、やがて先程までの微笑みに戻り、続けてこう言った。

 

 

 

「でも、ありがとね」

 

 

 

「…別に。」

 

 

 

突然お礼を言われ少し顔が赤くなってしまい、咄嗟に誤魔化したが、そっぽを向いたことで逆にツンデレっぽくなってしまった。

別にツンデレなんかじゃ…ないんだからね!多分。

 

 

 

「けど本当に危ないからね、意識奪われた前科があるんだから。」

 

 

 

「はぁい、けれど灯音も知らないとなると何処かで聞き込みしないといけなそうねぇ」

 

 

 

くるみと名乗る女を私は知らない。

となるとカメリアの言った通り、人里の有識者などに聞いて回るべきだろう。

とはいえ、これ以上私の問題にカメリアを巻き込みたくないのが私の正直な気持ちだ。

カメリアは私を守ると言ってくれているが、本当ならカメリアにはこのまま平和にいて欲しい。

 

平和に火を灯して煙を煽る私が言うのもなんだが。

 

 

 

「…灰皿、持ってくるね。」

 

 

 

「えぇ、ありがと」

 

 

 

そんな事を考えていたら喫煙欲求が生まれてしまった。

少し煙草の事を思い出すだけで脳が激しく煙を求めるのだ、私も立派なヤニカスになったものだ。

 

灰皿を取りに行きながら、私は平和と書かれた煙草に火を灯したのであった。



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信仰は瞳を狂わせる

外着しか無いのは不便なので、私の寝間着をカメリアに貸すことにした。

 

この寝間着は現世のものであり、私はいつも職場…香霖堂で服を購入している。

香霖堂の商品は“無縁塚”と呼ばれる所から拾ってきた物が多い。

 

無縁塚とはその名の通り“無縁”の人妖を埋葬する為の場所であるが、人口も少ないし面積も狭い幻想郷には無縁の人間など殆どいないので、大概現世から迷い込んだ人間等の遺体が埋まっているのだ。

しかし、現世の道具もたくさん流れてくるそうで、霖之助はいつもここから商品を仕入れている。

確か3つの世界との結界が重なっているだとかなんだとかでとても危険らしい。

 

まぁつまるところ、香霖堂は現世の商品を取り扱っていて、私にとってもかなり都合がいい場所ってこと。

私は幻想郷に来て数年経つが、服だけは未だに現世の物を着用しているのだ。

 

すると突然、カメリアは私の寝間着に顔を埋め出した

 

 

 

「灯音の匂いがするわ〜」

 

 

 

「やっぱ返して。」

 

 

 

始まって早々にこんなセクハラ行為できるカメリアを私は尊敬する。嘘、尊敬はしてない軽蔑してる。

私が寝間着をひったくろうとすると、カメリアは寝間着をギュッと抱えて離さなかった。

細身の割に力が強すぎない?

 

ひったくるのを諦めた私は煙草に火を灯し、煙を肺の奥深くに押し込める。

 

 

 

「全く…。」

 

 

 

肺に充満した煙をフゥーっと吐き出しながら、私は窓の外を見やった。

紅に染まった空は既に陰りが差しており、月の位置的には午後4時頃といった所だろうか。

 

夕飯はどうするか…と考えながら空を眺めていると、カメリアに肩をトントンと叩かれた。

何だと思い、振り返ってみるとそこには寝間着を着たカメリアが前屈みになってニコッとはにかんでいた。

 

 

 

「着心地結構良いのね、似合ってる?」

 

 

 

「………似合ってない。」

 

 

 

「それは残念ねぇ〜?」

 

 

 

本当にカメリアは何を着ても似合う。そう、ムカつく程に。

私が寝間着としてしか着れないような服も、彼女ならば平気で外に着ていくだろう。

 

私がムキになって嘘を吐いていることを見抜いているのか、カメリアは微笑みを一層強くさせて私の隣に座った。

 

 

 

「…この一服終わったら夕飯の買い物行ってくるから、のんびり待ってて。」

 

 

 

この何でも見透かしているような表情が本当に嫌いだ。

まるで私の脳内にまで不法侵入されているような気分で、本当に。

でもそんなこと言えるわけもなく、私はそっぽを向いてカメリアにそう言った。

 

全くなんだというのか、私がなにかしたのだろうか。

一時でもいいので一人の時間を与えたまえ、神よ…。まぁ、信仰なんぞしてないんだけれどね。

 

 

 

「駄目よ。」

 

 

 

「…え、どうしたの。」

 

 

 

のんびり待ってろと言っただけなのだが、カメリアは突然冷たい声で言い放った。

振り向いてカメリアの顔を見てみると、先程微笑んでいた彼女の面影はまるで無く、彼女はどこまでも深く堕ちてしまいそうに無機質な冥い瞳を私に当て続けていた。

 

 

 

「貴女は私が守るって、そう言ったわよね?」

 

 

 

 

「ただの買い物だし。それに、それは私がカメリアより弱いって言ってるように聞こえるけど?」

 

 

 

どこまでも一緒にいようとするカメリアについに鬱陶しさを感じてしまい、私はつい冷たく嫌味を言ってしまった。

やばっと思って「ごめん。」と言おうとする私をカメリアは静止した。

 

 

 

「そうよ、貴女はもう私より弱い。」

 

 

 

「…はぁ?」

 

 

 

怒らせてしまったのだろうか、とも思ったが彼女の表情は依然変わらない。

本気で言っているのだろうか。

 

だとしたら少し…腹立たしいが、そこまで言うならばよろしい。

いっそボディーガードになってもらう事にしよう。

 

真意が未だに読み取れないが、結局のところは着いて行きたいのだろう。

 

 

 

「…そう、じゃあ一緒に行こ?何かあれば全部カメリアに任せるから。」

 

 

 

私が諦めてそう言うと、カメリアは再び心底嬉しそうに笑顔になった。

 

 

 

「ふふふっ、私に任せて頂戴!」

 

 

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら雑技団のように寝巻きを脱ぎ捨てて、普段着に着替えるカメリア。

感情が本当にわからない…てか脱ぎ散らかすのやめろ。

 

わざわざ、スローイングナイフや催涙スプレー等が括り付けられた重いタクティカルパンツを履き、動きやすそうなトップスを着たら肩に大きめのマチェットを掛け、灰色のトレンチコートを上から着るカメリア。

そしてダメ押しと言わんばかりにコートのベルトについた2つのホルスターに自動拳銃を2丁突っ込んだ。

あまりにも重装備すぎる。

 

 

 

「そんな完全装備にしなくても…寝間着の上にコート着ればいいのに。」

 

 

 

「何があるか分からないでしょう?」

 

 

 

私は心底不思議に思ってしまったが、言ってから気づいた。

私の場合は能力があるからいつも無防備に外出できているだけなのだ。

能力がある生活を当たり前だと思ってしまっていた自分の主観的すぎる考え方を反省する。

 

でもカメリアなら武器が無くても大丈夫そうな気がするよね。そう思わない?

 

 

 

「じゃあまぁ…行こっか。」

 

 

 

「灯音、寒くないの?これ、着ないのかしら?」

 

 

 

カメリアに言われて、私は昨日店を飛び出した時と同じ過ちを犯そうとしていたことに気づいた。

まぁ上着を着ずに薄着で外に出ようとしていたわけだ。

家出てすぐには気づかないんだけれど、しばらく歩くとなんだか震えてきて、そこで漸く気づくのよね。

 

私はひとまずカメリアからデニムジャケットを受け取って袖を通した。

ちなみに、昨日の昼間着てたライダースジャケットは香霖堂に置いたままである。

 

 

 

「ん、ありがと。」

 

 

 

「えぇ、じゃあ行きましょうか?」

 

 

 

途中カメリアの不安定すぎる情緒に振り回されたが、こういう時にやはりカメリアは優しいなと心から思うのだ。

 

カメリアが友人で良かったなと、こういう小さな事で再認識できるというわけだ。

 

 

 

「灯音が迷子にならないように、おててを繋ぎましょ?」

 

 

 

やーっぱ前言撤回。

迷子になるのはお前やろが、母親のつもりか??

私が「いらない。」って言っても問答無用で手掴んでくるし…私に拒否権ないなら最初から聞かなくていいよ…。

てか力強すぎない?全く振りほどけないんだけど。

 

 

 

「やめてよ、変な誤解生まれるでしょ。」

 

 

 

「私は構わないわよ?」

 

 

 

「私が構うの。」

 

 

 

「私が構うの。」ってなんだよ自分でもよく分からないけれど、要はカメリアは私達の関係をなんと思われようとどうでもいいらしい。

私としては結構嫌なのだが…人里にも数年住んでるから知り合い多いし。

 

 

 

(はぁ…私の平穏な人里生活も今日で終わりか?)

 

 

 

そうやってどれほど悲痛な叫びを心の中に反芻させても、カメリアの握力は弱まらない。

為す術なく、私はカメリアに手を握られたまま2人で歩き出すのであった。



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咲き乱れる紫桔梗、咲かぬ白桔梗

陰りつつある空の下、既に通行人は消えつつあり、私とカメリアは並んで歩いている。

カメリアは家の玄関を出た時こそ手を離さないでいたが、私が「そろそろ離して」と言うと案外あっさりと手を離してくれた。

 

通行人こそ居ないが、人里の店は基本的に午後5時頃まで営業しているので、まだ夕飯の買い出しは可能だ。

 

だから私とカメリアは他愛ない話をしながらのんびり歩いている。

 

 

 

「ちょっと寒いね。」

 

 

 

「私としてはこれくらいが丁度いいわ」

 

 

 

ふふふっとカメリアが笑う。

それにしても、カメリアは昔からよく笑う女であった。

思えば私はあまり笑うことが無いのでカメリアと私は正反対なタイプのはずだが、そういえば何故仲良くなったのだろうか。

 

何となくそんなことを考え、私はカメリアに聞いてみることにした。

 

 

 

「私達ってなんで仲良くなったんだっけ。」

 

 

 

「あら?覚えてないの?」

 

 

 

私の質問にカメリアは少し寂しそうな、悲しそうな顔をした。

そんな顔をされると私としても少し心が痛んでしまう。忘れててごめんねカメリア…。

 

カメリアは顎の下に手を置きながら話し始めた。

 

 

 

「確か、私のデザートイーグルに貴女が反応したのが始まりだったわねぇ…」

 

 

 

「え、そんなことあったっけ?」

 

 

 

「ふふっ、貴女は昔から夢中になると我を忘れる癖があるものね」

 

 

 

「…そうだね。」

 

 

 

カメリアの言っていることは正しい。

私は昔から、何かに夢中になるとそれだけしか目に入らなくなってしまう癖があった。

そしてその夢中な時間が終わると、大抵はその事を忘れてしまうのだ。

 

多分これ皆もあると思うんだけれど…無い?あるよね???無いか。

 

 

 

「まぁ、だからこそ貴女は抜群な戦闘センスを持っているのかもしれないわね?」

 

 

 

「あはは…嬉しいんだか嬉しくないんだかって感じ。」

 

 

 

柊灯音は根っからの戦闘狂…あたかもそう言われているかのような気がして、私は苦笑した。

全く間違いでは無いのだけれど、生物学上は女の私がここまで血狂いで良いのだろうか。

だから27になっても独り身なのではないだろうかと、余計な事を考えてしまう。

 

 

 

「これじゃあ一生独り身も有り得るな…」

 

 

 

ふとボソッと呟いた言葉に反応して、カメリアは目をギンッと見開いて私を見つめてきた。

あ、なんかもう何言うか察しついた。

 

 

 

「貴女には私がいるじゃ「お、でかい白菜だ。カメリア白菜好きだよね?」

 

 

 

「………ええ」

 

 

 

話しながら歩いている間に八百屋に着いたので、カメリアの言葉を遮った私は一際目立つ白菜を手に取る。

カメリアは少し不服そうにしながらも、私と一緒に野菜を吟味し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物を終え、何事も無く帰宅した私達。

帰宅するや否や、カメリアが夕飯を作りたいと言ってきた。

私としてもそれは非常にありがたい。

なので料理はカメリアに任せ、私は浴槽の火を焚くために風呂場に向かった。

 

 

 

「FIRE AFTER FIRE〜♪」

 

 

 

カメリアが家に来てから久しく感じる一人の時間、私は上機嫌にお気に入りの歌を口ずさんでいた。

この歌は、おぞましい顔をした悪魔達が作ったものであり、私はそのパンクな曲調を非常に気に入り、レコードが出る度に聴いているのだ。

 

歌を口ずさみながら、家の裏口に置いてある薪をいくらか持ってきて浴槽の下に投げ込む。

そして火打石で火を…幻想入り直後ならそうしていたが、今ではそれも面倒臭い。

 

私は能力で火炎放射器を召喚し、乱雑に集められた薪に向けて発射した。

業火が薪に襲いかかる。

 

 

 

「ヒャッホォーー!!!!汚物は消毒だぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

家中に響く私の大声。

見ての通り、私は一人の時は意外とテンションが高い。

だからいつもの癖で世紀末のように大声をあげてしまったわけだが、私はカメリアの存在を忘れていた。

やばっと思って後ろを振り返ると、そこには笑いを堪えた表情のカメリアが立っていた。

 

 

 

「え…っと、ご飯できたわよ?ふ…ふふっ…」

 

 

 

「…うん、ありがと。」

 

 

 

できれば早急にカメリアを家から追い出さなければ、私の時間と尊厳はどんどん失われていってしまう。

そして、クスクスと笑いながら去っていくカメリアの背中を見つめながら私は呟いた。

 

 

 

「…死にた。」

 

 

 

…なんやかんやでお風呂を沸かし終えた私は、夕飯を用意してくれたカメリアのもとへ向かう。

そこには涙目になって笑いを堪えているカメリアの姿。

こいつまだ笑ってんのか…早く家見つけてくれ…。

 

とはいえ、夕飯を作ってもらったわけだし、そこは感謝している。

私はカメリアの向かいに座り、手を合わせた。

 

 

 

「美味しそうだね、いただきます。」

 

 

 

「ふふっ…召し上がれ…ふふふっ」

 

 

 

「…いつまで笑ってんの。」

 

 

 

「いつも無表情で静かな灯音が、あんなに楽しそうに叫んでるんですもの…そんなの笑うに決まってるわ…ふふっ」

 

 

 

「………。」

 

 

 

そりゃ、一人の時でさえ何にも考えずに冷たい態度じゃ心が荒みそうじゃん…

そんなの仕方ないじゃん…1人の時くらいヒャッハーしたいじゃん…

でもこの私を知らない人が見たら、確かに笑わないわけないよな…

 

ひと握りの殺意を抱きながら、私はその殺意を押し殺してお箸を手に取り、鮭のムニエルを口に入れた。

 

パリッとした薄い衣の中にフワッとした食感の鮭がバターの風味と共に口の中に広がる。

 

 

 

「はぁ…美味しいのが余計に悔しい。」

 

 

 

「ふふっ、お気に召したようで何よりだわ」

 

 

 

カメリアが私を見つめながら、またふふっと笑う。

しかし先程の愉快な笑いとは違い、いつもの微笑みのような笑いなので不愉快ではない。

 

私とカメリアはそのまま黙々と夕飯を食べ続け、数分後には全ての皿が空っぽになっていた。

先程も言ったが、カメリアの料理は悔しくなるくらい美味しい。

いつも私が作る適当な料理とは大違いであり、格の違いをはっきりと見せつけられた気分である。

 

はぁ…とため息をつき、私は食器を片付けながらカメリアに話しかけた。

 

 

 

「カメリア、今夜は広場で季節外れの花火大会があるよ。」

 

 

 

「わかったわ、参加人数は()()()()()()()といったところかしら?」

 

 

 

「今のところは、ね。」

 

 

 

今夜は派手な花火大会がある。

私は手早く食器を片付けてから上着を着て、風呂場の火を素早く消した。

そして既に用意ができているカメリアに合図を送る。

 

 

 

「じゃ、行こっか。」

 

 

 

「えぇ。」

 

 

 

今度は手を繋がず、私達は玄関の扉を開けて夜の人里を歩き出した。

向かうは広場。()()()()全員が歩幅を合わせることで、まるで一人しか居ないかのような足音を立てて歩いていく。

 

夜の人里はとても静かだ。人間は通常、妖怪を恐れて夜には出歩かないのである。

たとえ人里が妖怪の来ない場所だとしても、人間が妖怪を恐れる生物である以上、それは変わり得ない。

 

 

 

「にしても、夜は静かだね。」

 

 

 

「そうねぇ、けれど…」

 

 

 

他愛ない会話をしながら歩いていたが、カメリアが言葉を中断した。

突然足を止めた私とカメリアは、後方にそれぞれの銃を向ける。

私はダブルゲージのショットガン、カメリアは高威力安定のデザートイーグルだ。

 

後方を向いたカメリアはニヤリと口角を上げて続けた。

 

 

 

「これから騒がしくなるわ」

 

 

 

突如、今夜は派手な花火大会となった。

どうやらそれは夕飯を食べている途中から決まっていた事らしい。

 

急遽の予定変更であったが、私達の心は躍っていたのであった。



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デビルメイド暗イ

闇に包まれた人里、宵はとうに過ぎた。

血塗られた花火大会の出場者三名は、暗い人里の大通りで異彩を放っていた。

 

第三者に向けられる私とカメリアの銃口。

それに感心した様子でヒュウと口笛を鳴らした第三者は青いメイド服を着た金髪の女性だった。

 

 

 

「外来人の割には強いっていう噂…本当だったみたいね」

 

 

 

そのメイド服の女は透き通った声を発し、ニヤリと口角を上げた。

その不気味な笑みに、操られていた時のカメリアの笑みを重ねて背筋が凍る。

表情こそ崩さないものの、私はその女を凝視しながら沈黙した。

 

そんな私を見かねたのか、最初に返答したのはカメリアだった。

 

 

 

「どなたかしら?」

 

 

 

カメリアはいつもの調子で微笑みながら、その女に問いかけた。

こういう時のカメリアはとても頼りになる。

カメリアは基本的に何事にも動じない驚異的な精神力の持ち主だ。

私も一般人と比べれば精神力はかなり高い方だと思うが、現にここで硬直してしまっている以上、あまり堂々と言えたことではないだろう。

 

カメリアの質問に反応し、青いメイドはより口角を上げて答えた。

 

 

 

「私は悪魔の夢月(むげつ)。くるみに聞いたわよ、貴女がくるみを撃退した外来人でしょう?」

 

 

 

「ふふふっ…そうよ、貴女の組織は情報が早いのね?」

 

 

 

夢月と名乗ったその女は、どうやら私を狙う組織の一員らしい。

カメリアを襲った吸血鬼の事を呼び捨てしているので、多少は位の高い存在なのだろう。

それにしても悪魔か…そのおぞましい笑みに相応しい種族である。

 

 

 

「そこまで人数が多いわけじゃないからね、それでそこの黒髪が柊灯音で合ってるかしら?」

 

 

 

突拍子もなく話を振られ、えっ?っと間抜けな反応をしてしまう私。

やばいめっちゃ恥ずかしい、こう見えて変なところでプライドがあるから余計にくるものがある。

私はゴホンと咳払いをし、いつもの冷たい表情を取り戻して夢月の言葉に答えた。

 

 

 

「…うん、私が柊灯音。こんな時間に何か用?」

 

 

 

「それを答える前に、その得体の知れない武器を仕舞ってくれないかしら?喉元にナイフを突き付けられてる気分で落ち着かないわ」

 

 

 

夢月は悪魔のような笑みを崩さず、手を広げながら苦笑するように言った。

私は素直にその言葉に従って夢月に向けていたショットガンを消す。

しかし、隣のカメリアは依然銃を構えたままで動く気配がない。

 

 

 

「その手には乗らないわよ、貴女も灯音を奪いに来たんでしょう?」

 

 

 

カメリアは警戒の色を更に強め、夢月から私を庇うように腕を横に伸ばした。

 

私を守ってくれるのは非常にありがたいが、私はカメリアの腕を静かに退けて「大丈夫。」と一言。

夢月への警戒が弱まらないのか、カメリアは視線を一切動かさずに「どうして!?」と私に向けて叫んだ。

依然笑みを崩さないままの無月は、その表情のまま不思議そうに首を傾げる。

 

私はポケットから煙草を取り出し、火を灯してカメリアの質問に答えた。

 

 

 

「この人…悪魔からは邪悪な雰囲気こそ漂っているけど、敵意は感じない。」

 

 

 

「けれど彼女は悪魔だし、その上貴女を狙う組織の一員よ?何考えてるかわかったもんじゃないわ」

 

 

 

納得いかないといった表情で私に抗議するカメリアを宥め、私は重ねてカメリアに大丈夫だと伝える。

真剣な目でじっとカメリアを見つめながら、私はカメリアを説得し続けた。

 

 

 

「大丈夫、私の直感はよく当たるから。」

 

 

 

「…はぁ、貴女がそこまで言うなら銃を下ろすわ」

 

 

 

説得が幸を期したのか、呆れたような諦めたような表情でカメリアは銃を下ろす。

そんなカメリアに対して「ありがと。」と言う私。

 

その様子を黙って見ていた夢月は、突然心底楽しそうにアハハハと笑いだした。

その凶悪な笑い声に驚いて夢月のことをギョッと見つめる私達。

なんとなく照れくさくなり、私は本日二度目の咳払いをして夢月に喋りかけた。

 

 

 

「で?そろそろ用件を聞きたいんだけど。」

 

 

 

「ふふっ、ごめんごめん。貴女…灯音の直感の通り、私は貴女達の敵じゃないわ」

 

 

 

まだ少し余韻が残っているのか、クスクスと笑いながら夢月は続けた。

何がそんなにおかしいのだろうかと不思議に思っていたが、なんとなく、それは聞かないでおいた。

 

 

 

「…私と組んで、夢幻館を撃退しない?」

 

 

 

「…夢幻館って何。」

 

 

 

突拍子も無く知らない単語が出てきたことに多少の驚きを覚え、私は何故かカメリアにその単語の意味を聞いてしまった。

もちろん、カメリアは「どうして私に聞くのよ」と当然の反応を返してきた。うん、至極当然である。

 

 

 

「簡単に言えば柊灯音を狙う組織、貴女の能力を活用して幻想郷を支配しようと企んでいる連中よ」

 

 

 

建物の名前かと思ったが、どうやらその予想は外れていたようだ。

それにしても、夢月はその組織の一員のはずなのに何故自組織の撃退を企んでいるのだろうか。

内輪揉めか?とも考えたが、下克上を考えるくらいならば、そんな簡単な言葉で片付くような問題では無さそうだ。

そんな事を考えていると、夢月は依然悪魔のような(悪魔なのだが)を浮かべながら話を続けた。

 

 

 

「私の姉…幻月(げんげつ)がアイツらのせいでおかしくなったの」

 

 

 

「姉…か。」

 

 

 

ちょうど今私が思った通り、やはり簡単に片付くような問題では無さそうだ。

私とカメリアは目を見合わせ、同時に唸ったのであった。



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二人で一人前、一人で半人前

聞いた話を整理しよう。

夢幻館とかいうオシャンティーな組織は私を狙う敵であり、夢月と名乗るその女は夢幻館の一員。

しかし夢幻館の何者かのせいで、姉である幻月の様子がおかしくなってしまった。

そんな姉を救うためには一人では厳しいので助けて欲しい…と、なるほど。

 

 

 

「そんな、漫画や小説じゃないんだから…。」

 

 

 

「灯音、これは小説よ」

 

 

 

「やめて、筆者が困っちゃうでしょ。」

 

 

 

なんの躊躇いもなくメタい事を言うカメリアを静止する私。

なんならメタいついでにもっとメタい事を言うと、こういうネタも筆者がわざわざ書いてるんだなって想像するとなんかわろけてくるよね。

なーにが筆者が困っちゃう〜だ。

 

夢月はついに不気味な笑みを止め、忌まわしそうに眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「もともと夢幻世界も夢幻館も私達のものだったのに…あの幽香とかいう花妖怪が奪ったせいで…!」

 

 

 

「夢幻世界も幽香も聞いたことがない単語なんだけど、教えてくれる?」

 

 

 

まぁ尺の都合(表現力の都合)でセリフ無しの説明となるが、夢幻館は私を狙う組織であり建物の名称でもある。

そして夢幻館は現実世界と夢幻世界の境界上に位置していて、場所は博麗神社の裏山にある湖の辺りらしい。

夢幻世界というのは夢月が姉妹で作り上げた世界で、彼女の口ぶりからかなり自信のある世界のようだ。

 

続いて幽香は“最強”と謳われる花妖怪の名前で、現在は夢幻館の主となっている。

そして、花を操る程度の能力によって植物で敵を蹂躙したり、日傘によって凶悪な攻撃を仕掛けてくる等、なんとも末恐ろしい存在のようだ。

 

その幽香に夢幻館を奪われ、夢月と幻月は幽香に下っていたらしい。

 

 

 

「あんな所にそんな建物が…というか、霊夢には相談した?」

 

 

 

「してない、博麗の巫女に借りを作りたくない。」

 

 

 

博麗神社、博麗の巫女、霊夢。

筆者の記憶が正しければ、この小説の中では初めて見る名前だろう。

 

説明しよう!博麗神社とは、現世と幻想郷の境界に位置している神社で、所謂幻想郷で最も重要な役を担っている建物。

そしてその神社の巫女である博麗霊夢は、現世と幻想郷を隔てる“博麗大結界”の管理と、幻想郷内で起きた事件(異変と呼ぶ)の解決を任されている実力者である。

 

霊夢のことは私が幻想郷に来たばかりの頃、よく魔理沙という友達と一緒に香霖堂に遊びに来ていたのでよく知っている。

最近では霊夢もそうだが、その魔理沙もあまり来なくなったし店内も心做しか少し寂しくなっていた。

 

 

 

「…私が頼もうか?」

 

 

 

「結果的に博麗の巫女に助けられることになるでしょ?それは嫌なの」

 

 

 

なるほど、どうやら夢月はかなりプライドが高い子らしい。

聞いたところによると、かつて夢月達も異変を起こしたことがあるらしく、その時に霊夢と魔理沙にコテンパンにされたので実力は痛いほど知っているそうだ。

私だって頼めたら頼んでるわ…とボソリと呟く夢月を横目に、私はカメリアに相談する。

 

 

 

「私達にもメリットは大きいし、協力する他ないんじゃない?」

 

 

 

「この女の言ってることが全部本当ならそうでしょうけど…イマイチ信用出来ないのよね…う〜ん」

 

 

 

どうやらカメリアは私の身を案じているらしく、そのまま考え込んでしまった。

こうなったらカメリアは長い。のんびりしてられないようだし、私が早急に結論を出すしかないだろう。

 

まぁ、幽香という存在がそこまで恐ろしいのであれば、協力しない手はない。

この理論ならば最初から答えは決まっている。

 

 

 

「よし、協力しよう。」

 

 

 

「あら?…まぁ何かあれば私が守ればいいだけよね…」

 

 

 

私は夢月に協力することにした。

これは私の直感だが、おそらく夢月はかなりの実力者だ。

悪魔であるというのもあるし、彼女からは数多の血の匂いがする。本当に匂っている訳では無いが。

 

その夢月が一人で対抗できない相手、幽香。

 

ただの人間である私達二人でどうこうできる問題ではない気がするのだ。

すると夢月は再びおぞましい笑みを浮かべた。

 

 

 

「助かるわ。それと、しばらく貴女の家に居させてね」

 

 

 

「…………いいよ。」

 

 

 

本日二度目の居候宣言。

もはや1種の諦めを抱いた私は数秒の沈黙の末、(しぶしぶ)快諾する。

私は既に、協力した事を少しだけ後悔しつつあるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の能力って武器しか召喚できないの。だから武器にもなる食べ物、頑張って召喚したらこれが出てきたよ。」

 

 

 

「…いただくわ」

 

 

 

結局花火大会をすることもなく帰宅した私達3人。

夕飯は私とカメリアの分しか無かったので、私はなんとか夢月をもてなそうと、無理矢理“武器にもなる食品”を召喚しようと力を込めた。

 

するとなんたることか、現れたのは茶色くて硬くて細長いパンが召喚された。

そう、フランスパンである。

 

 

 

「フランスパンって武器扱いなのねぇ」

 

 

 

「そうみたい。」

 

 

 

「…なんで幽香はこんな能力欲しがってんのかしら」

 

 

 

あれ、今夢月しれっと失礼なこと言ったよね?

聞き間違いかなとか思いつつ、私は聞かぬふりをして風呂場に向かった。

家を出る時に火を消したので浴槽は既にぬるくなっている。

私はまだ残っている薪に(今度は叫ばずに)火炎放射器で着火した。

 

能力とは本当に便利なものである。

そんな事を考えていると、風呂場にカメリアがやってきた。

 

 

 

「灯音、夢月が…」

 

 

 

「え、どうかしたの?」

 

 

 

家に来て早々、夢月が何かやらかしたのだろうか。

だとしたら流石に早くないか?なんて思いながら、私はカメリアに手を引かれて居間へ向かった。

 

数秒経たず居間に着いた時、視界に映ったのは無傷な完全体のフランスパン。

そして目をギュッと閉じながら口を抑えている夢月の姿。

夢月は私に気づくと開口一番こう言った。

 

 

 

「灯音、これめちゃめちゃ硬いわ………うぐ〜。」

 

 

 

夢月の歯の付け根から滴る赤い雫。

まさかフランスパンで出血したの?とか思い、夢月に協力した事に不安を覚え始める私。

 

その横でカメリアはクスクスと笑い続けていた。

 

 

 

「はぁ…まぁ賑やかなのは良い事…かな。」

 

 

 

そんな二人を見て、私は深くため息をついたのであった。



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土産には血涙を

やいのやいの騒いだ末、漸く落ち着きを取り戻した部屋。

騒いだ為か、暑くなってきたので窓を開けて外の空気を流し込んだ。

 

 

 

「うっわ…確かに硬いねこれ。」

 

 

 

あまりにも硬い硬い言うもんだから、夢月からフランスパンを受け取って一口齧ってみた。

いや、齧ろうとした。が正しいか。

 

そのフランスパンは異常な程に硬かった。

確かにフランスパン自体が硬い食品ではあるが、これはそれを優に超えている。

私の歯と触れ合ってガチンと金属音を立てたそのパンは、まるで私を嘲笑うかのように完全無欠を貫いていた。

 

 

 

「これは食品じゃない。」

 

 

 

とても咀嚼できるような物ではないので、私は手に持ったフランスパンを消した。

もう諦めてご飯を作るしかなさそうだ。

 

「材料あったかな…」と戸棚を物色している時、肩にシャープな柔らかい感触を感じる。

振り返ってみると感触の主は夢月の手であった。

私との目線を繋げるのを確認すると、夢月は何を思うでもないといった表情で、私を宥めるように言った。

 

 

 

「別にもてなさなくていいよ、悪魔は食べなくても死なないから」

 

 

 

「もうなんでもアリじゃないの」

 

 

 

夢月の語った悪魔論に苦笑してツッコミを入れるカメリア。

もはや悪魔は不老不死であるとか言われても何の疑問も抱かないレベルにはなんでもアリである。

さすが幻想郷と言うべきか、人外のゆーとぴあ。

 

そんな私達はその後入浴を済ませ、何を話すわけでもなく各々適当に時間を過ごした。

カメリアは武器を入念に手入れしていたり、夢月は炬燵でうたた寝していたり、私はカメリア用の銃弾をいくつか召喚して纏めていたり…などなどだ。

やはり悪魔も炬燵には勝てないらしく、夢月はとても気持ちよさそうに眠っていた。

 

しかし悪魔とはいえ、炬燵の中にずっと居ては身体に良くないだろう。

私は寝室で布団を用意し、夢月を起こして布団に行くよう促した。

 

 

 

「これはきっと幽香の陰謀で作られた道具よね〜…」

 

 

 

「何寝ぼけてんの、ほら行くよ。」

 

 

 

寝ぼけて意味のわからない事を言い出した夢月を適当にいなし、ひとまず布団まで引き摺った。

メイド服の布地と布団が擦れ合う音を立てながらムニャムニャ口を動かす夢月は、まるであどけない少女のようであった。

 

夢月を布団で寝かせた後、居間に戻ると、カメリアが銃の手入れを終えたところだった。

私はそのまま居間を通り過ぎ、少々朽ちている扉を開けて薄暗い蔵に足を踏み入れる。

 

 

 

「真冬じゃないとはいえ、蔵は寒いか…」

 

 

 

暗く冷たい空気が張り詰めた室内に嫌気を覚えながら、私は乱雑に並べられた酒瓶を物色する。

煙焔や覇王に桔梗など、十人十色な文字が書かれたラベルがこれでもかと言わんばかりに貼られているわけだが、私は今呑みたい物が既に決まっているので目的以外の物を全て退かし、奥の方にあった古臭い木箱を開けた。

 

 

 

「あったあった、これ気になってたんだよね。」

 

 

 

木箱の中に入っていた瓶のラベルには“紅涙(こうるい)”の文字。

確かこれは、香霖堂によく来店する銀髪の女性からいつものお礼にと頂いたものだ。

紅涙…確か美しい女性の涙〜みたいな意味だったか。

 

綺麗な名前である。

 

 

 

「さて、寒いし暗いし早く出よ……ん?」

 

 

 

 

一度木箱に仕舞ってから木箱ごと持っていこうと思っていたのだが、酒瓶を木箱に入れようとすると何かが引っかかるのだ。

不思議に思って木箱の中を見てみると、一枚の手紙が入っていた。

 

手紙にはとても綺麗な字でお礼が書いてあり、始まりはDear Akaneと、とてもお洒落な入りである。

 

 

 

「幻想郷にも英語なんて使う人いるんだ。」

 

 

 

幻想郷に入ってから横文字など滅多に見ていないので、久しぶりの英語に一種の感動を覚える。

手紙にはざっくりと説明すると、“従者を通してのお礼を詫びる” “いつも世話になっている” “館に招待する”等、恐らくお嬢様なのだろうといった感じの文面だ。

いつも来ている銀髪の女性が従者だったとは思っていなかったが。

 

一通り読み終わったあと、何気なく差出人を見る。

 

“From Remilia Scarlet”

 

 

 

「レミリア・スカーレット…?この名前どこかで…」

 

 

 

どこかで聞いたような名前に首を傾げていると、何処かからの隙間風に吹かれ、私は逃げるように居間に戻った。

 

居間に戻ると、カメリアが窓から身を乗り出すように煙草を吸っていたので、私もカメリアの隣で煙草に火を灯す。

妖艶な雰囲気で煙を吐いたカメリアは私を見て微笑んだ。

 

 

 

「あの暗い部屋で何してたの?秘め事?」

 

 

 

「馬鹿。」

 

 

 

…黙ってればお淑やかなのにな。

私はカメリアのくだらない軽口を流し、紅涙をカメリアに見せた。

 

 

 

「晩酌、良かったらどう?」

 

 

 

「あら素敵ね、頂くわ。」

 

 

 

一服を終えた後、私は炬燵の上にグラスを二つ用意し、紅涙を注いだ。

血のように真っ赤なワインがグラスを満たし、私の顔をぼんやりと映し出す。

 

カメリアはその鮮やかな色合いに感動したようで、グラスを持ち上げてワインに光を通したり、女性らしい仕草でワインの匂いを嗅いだりしていた。

 

 

 

「綺麗な赤ワインね、紅涙だったかしら?初めて見たわ」

 

 

 

「多分、このワインは自家製だね。貰い物なんだよ。」

 

 

 

手紙に自家製とは書いていなかったが、他のお酒とは違った雰囲気のラベルだったので、恐らく自家製なのだろう。

ネーミングセンスが眩い程に光っている。

 

そんな感想を抱きながら、私は紅涙を少しだけ口に流し込んだ。

蔵の気温で冷えたであろう、冷たい鉄錆のような味が喉の奥にすぅっと降りていく。

 

 

 

「…これ、人血使ってる?」

 

 

 

「鉄分たっぷりな味を感じるわね」

 

 

 

味は単純に例えるなら“血液”。

しかしただの血液ではなく、血液の味の中に仄かな甘みが舞踏しているような、そんな味であった。

その舞踏した甘みが血液の臭みを抑え、口に残りすぎない旨味を構築しているのだ。

 

 

 

「味はかなり好きだな。」

 

 

 

「私としてはもう少し甘みを抑えた方が好きねぇ」

 

 

 

人血を使用しているのかは定かではないが、味はとても私の好みに則っていた。

血液の味を再現し、その上ここまでの味を作り上げるのはなかなかできることではない。

今度あの女性が店に来たらこのお酒の事を詳しく聞いてみよう。

 

それにしてもカメリア、このお酒の甘み抑えたらただの鉄味になっちゃうよ。

 

 

 

「けれどこの味、昔飲んだことがあるような気がするわ」

 

 

 

「昔って…ロシアで?」

 

 

 

「いえ…イギリスね。同じ物かは分からないけれど、とても似ている味よ」

 

 

 

だとするとこれはイギリスのワインなのだろうか?

だとしたら、紅涙というこの名前は幻想入りした後に誰かが付けたものなのかもしれない。

 

 

 

「確か、スカーレットワイナリーというお店だったわよ」

 

 

 

スカーレットワイナリー。

聞いたことも無い名前だが、その名前は差出人のレミリア・スカーレットを彷彿とさせる。

どちらも同じ“スカーレット”、もしかしたら関連性があるやも知れない。

 

 

 

「カメリア、レミリア・スカーレットって名前に聞き覚えない?」

 

 

 

私はダメ元で何となく、カメリアにその名を聞いてみる。

まぁ幻想郷の住人だろうし、幻想入りして間もないカメリアがその名を知っているとは思わないが。

しかし、レミリア・スカーレットという名を聞いた途端、カメリアの眉間に皺が寄った。

 

 

 

「…どうしてその名前を?」

 

 

 

「このワインの差出人がレミリア・スカーレットだったんだけど…もしかして知ってんの?」

 

 

 

それを聞いたカメリアは納得した表情で顎に手を置いた。

どうやらカメリアはレミリア・スカーレットについて何かを知っているようで、恐らく説明しようとしてくれているのだろう。

見た感じだと、どこから話せばいいか悩んでいるといった所だろうか。

 

思案を終えたカメリアはもう一口紅涙を喉に流し、私に向き直った。

唇の端に残った紅いワインが白い肌の中で異彩を放つ。

 

 

 

「…まず、レミリア・スカーレットは実在した吸血鬼よ」

 

 

 

「吸血鬼。」

 

 

 

こうしてカメリアは、時折ワインを傾けつつ、レミリア・スカーレットに関しての話を夜通ししてくれたのであった。



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秘匿されし紅

空は既に黒の面影もなく、月と入れ替わるように陽光が地を照りつけていた。

 

こんな時間まで、カメリアが夜通ししてくれた話。

 

───レミリア・スカーレットとは

かつてはイギリスにおいて幼少ながら企業を起こし、神童とすら謳われた資本家である。

前話で話したスカーレットワイナリーも、元々はレミリア・スカーレット所有の店であった。

しかし、レミリア・スカーレットが持ち上げられて有名になっていくにつれ、こういった噂が流れ出した。

 

“レミリア・スカーレットは吸血鬼である。”

 

とはいえ、こんな噂など最初は根も葉もない噂だと誰もが思っていた。

一握りのオカルト好きは違ったようだが、その時は世論になんら影響がなかったのだ。

 

しかし、とある緋色月の夜に事件は起こる。

 

レミリア・スカーレットが吸血鬼であると決めつけていた連中が、スカーレット邸を襲撃した。

それまでは良かった。

 

しかし、その事件の翌日、スカーレット邸を襲撃した連中が帰ってこない事を不審に思った仲間がスカーレット邸を訪れると、そこには─

 

 

──串刺しにされ、見るも無惨な姿の仲間達が()()()

 

その事件は瞬く間に広がり、レミリア・スカーレットは吸血鬼であるという噂はやがて人々の中で真実として刻まれることとなる。

そしてこの事件を境にレミリア・スカーレットは全ての事業を第三者に譲り、行方を眩ましたのであった。

 

これがカメリアが知っているレミリア・スカーレットの全容だが…この話を聞いて私は思い出した。

 

レミリア・スカーレットという名の既視感。

その既視感の正体は、幻想郷の紅い館、紅魔館を治めるレミリアという吸血鬼だ。

とてもこの繋がりは偶然とは思えない。

 

恐らくレミリア・スカーレットは今、幻想郷に存在しているのだろう。

だとしたら、カメリアがこのワインの味に覚えがあるのもおかしな話ではない。

 

 

 

非常に興味深い。

 

ひとまず時間も時間だし、未だ眠気を感じていないので寝るのも渋られる。

私は軽く朝食を作り、夢月を起こしに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し…話しすぎたかしらね」

 

 

 

灯音が席を外し、残された私は一人煙を嗜んでいた。

タールを重く含んだ煙が喉を通って肺に終着し、その全てを再び喉を通すことで口から吐き出す。

 

レミリア・スカーレット…久しく忘れていた名だが、まさか幻想郷に行き着いていたとは。

 

 

 

「……とても言えないわね、真実(プラヴダ)は…」

 

 

 

目を瞑り、かつての記憶を掘り返す。

走馬灯のように映し出される記憶は私の心を昂らせる。

再び肺に送った煙をゆっくりと吐き出すと、灰色の煙は眩い太陽の元へ消えていった。

煙が昇っても、空は晴れたまま鬱陶しい太陽を曝け出していた。

 

 

 

「…秘匿されるべきなのだから」

 

 

 



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つまみは朝食に非ず

「いただきます。」

 

 

 

「なにそれ」

 

 

 

「ジャパニーズ挨拶よ、貴女もやりなさい」

 

 

 

「は…?いただきます…?」

 

 

 

夢月を起こし、朝食をとる私達三人。

初めて聞いたであろう食事の挨拶に疑問の表情を浮かべた夢月は、カメリアに促されてジャパニーズ・イタダキマスを行った。えらい。

 

今日の朝食は白米つき白米、きゅうりの漬物のきゅうり添え、味噌入り味噌汁の三点である。

これぞザ・和食。なんなら私の自信作とも言えるこれは、私の自信作であると同時に私のお気に入りでもあるのだ。

 

 

 

(さぁ、感動のコメントをおくれ。泣いてもいいぞ。)

 

 

 

もぐもぐと咀嚼しているカメリアと夢月を、私は期待と羨望の眼差しで見つめる。

はてさて一体どんな感動的なコメントを頂けるのだろうか、私は非常に楽しみで仕方がなかった。

 

私の熱視線に気づいたのか、カメリアが私を見てにこりと微笑む。

その微笑みに釣られて頬が緩んでしまった私は「どう?」と一言だけ聞いた。

 

 

 

「……とても美味しいわ」

 

 

 

なんだか少しだけ間があった気がするが、まあおそらく気の所為であろうと自分に納得させ、私は次に夢月の事を見た。

しかし夢月は一向に私を見ようとせず、なんなら私から目を逸らしているようにも感じ取れる態度だ。

 

…少しだけ嫌な予感がしたが、私は負けじと「どう?」と夢月に聞いた。

すると夢月は少しだけ肩を震わせ、私を見てこう言った。

 

 

 

「……濃い」

 

 

 

「そんな馬鹿な。」

 

 

 

そんなわけは無い。

私も現在進行形で同じものを食べているが、濃いどころかどちらかといえば薄味のはずだ。

確かに私は味付けの濃い物が好みだが、それを踏まえてもこの味は薄い方である。

 

私がう〜んと唸っていると、カメリアが私に声をかけてきた。

 

 

 

「…ごめんなさい、正直濃いわ」

 

 

 

「え、嘘でしょ。」

 

 

 

まさかカメリアにまで同じことを言われるとは思っていなかったので、驚きのあまり私は箸をポロリと落としてしまう。

左右バラバラに落下していく箸にも気を取られず、私は硬直した。

 

 

 

「貴女…お酒ばっか飲みすぎておつまみしか作れなくなってるんじゃないかしら…」

 

 

 

「………そうかも。」

 

 

 

まさかの追い打ちである。

しかし、あながち否定できないのも事実なので私は肯定せざるを得なかった。

確かに私は幻想郷に来てからというものの、毎日毎日酒を飲んでいたし、その都度つまみも沢山作っていた。

それが数年続いたせいで、私は自分の舌がおかしくなったのかもしれない。悔しい、悔しすぎる。

 

 

 

「……お酒持ってくるね。」

 

 

 

「やめなさい、朝からお酒はやめなさい」

 

 

 

「灯音、私の分もお願い」

 

 

 

ヤケになって酒を飲もうとする私、それを止めるカメリア、あまりにも味が濃いのか自分の酒も求める夢月。

…本当に朝から退屈しない家である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間だというのにも関わらず薄暗い木造の小屋。

埃っぽくて有象無象が散らばり、お世辞にも衛生的とは言えない店内で、店主の森近霖之助は困ったように眼鏡の縁を抑えた。

 

 

 

「無事だったのは何よりだが…どうして2人も増えているんだい?」

 

 

 

部屋の面積の大半を占める商品の数々によって窮屈な空間と化した店内で、私とカメリアと夢月は前後に椅子を揺らす霖之助の前に立っていた。

 

私は香霖堂の店員だから良いとして、何故カメリアと夢月がいるのか。

カメリアは「貴女が強くても一人は危険よ」と。

夢月は「一人で家に居るのも暇だから」と。

それぞれの想いを尊重した結果、私達三人は一緒に行動するという結論に至ったのだ。

 

カメリアはまぁ良いとして、夢月は完全に暇潰しじゃないか。

かくかくしかじか、霖之助に事情を簡潔に説明すると、霖之助はため息を吐いて「まぁ座りなよ」と言った。

 

 

 

「最近は売り上げも悪くないし、君達二人を臨時で雇うのも悪くない」

 

 

 

「え、本気?」

 

 

 

「あら本当?優しいのね」

 

 

 

「働きたくない」

 

 

 

寛大な霖之助の言葉に、それぞれが違った反応を返す。

みんな違ってみんな良い、そういうことだろう?

夢月が何か良くない事を言った気がするが、まぁ気の所為だろう。そういう事にしておこう。

 

すると霖之助は「ただし」と一言付け足した。

 

 

 

「いくら売り上げが多いからと言って、灯音と同じ給料で雇うのは無理だ。こんな狭い店じゃ仕事も少ないからね」

 

 

 

「最もだ。」

 

 

 

「妥当ではあるわね」

 

 

 

「灯音より下だなんて屈辱だわ」

 

 

 

それは当然である。

私が今までどれだけ香霖堂に尽くしてきたか彼女らは知らないだろうが、腐っても数年間のキャリアは決して裏切らないのだ。

あと夢月、私をあまり舐めるんじゃあない。

 

霖之助は早速、業務のざっくりとした説明を行う。

先輩を舐め腐っている後輩に、キャリアの差を教えてやらねばなるまい。

私の心は密かに燃え上がりつつあったのであった。

 

 

 

「じゃあ、早速だけど動いてくれ。僕は奥で帳簿の記入を進めてるから」

 

 

 

「わかった、何かあったら呼びに行くよ。」

 

 

 

「助かる、よろしく頼んだよ」

 

 

 

じきに香霖堂の業務が始まる。

私はカメリアと一緒に商品の整理や状態確認など、時折カメリアからの「これはどういう商品なの?」という質問に答えたりして、いつもとなんら変わり映えのない作業に勤しんだ。

 

一方、夢月は埃っぽい店内の掃除を任命され、払塵で至る所の埃を掃除している。

その姿は彼女の着用しているメイド服によく馴染んでおり、本業と言っても差し支えの無いレベルだ。

 

まだ開店して間もないので客が来ることも無かったので、私達はそれぞれ巻きすぎず怠けすぎず、適度な業務をこなしていったのであった。



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一見さんお断り

二つの意味で古臭い香霖堂の奥の部屋。

その部屋は畳の青い香りが満ちており、まさに古来の風流を感じさせる。

太陽が真上に来た頃、そんな狭くとも風情のある部屋で私達三人は休憩していた。

 

 

 

「初仕事はどう?」

 

 

 

「色々な物があって楽しいわ」

 

 

 

「飽きた」

 

 

 

うん、ハッキリ分かれた回答が聞けてお姉さん嬉しいよ。

結局あの後に客が来ることはなく、昼休憩の今まで私達は同じ事を永遠と繰り返していた。

商品整理は正直いくらでもできるからいいが、掃除は狭い店内じゃすぐに終わってしまう。

つまり、客が来なければ無意味な掃除を延々とし続けなければならないのだ

 

夢月が飽きるのも無理はない。多分私だって飽きる。

すると、外で作業をしていた霖之助が裏口から現れた。

 

 

 

「どうやらお疲れのようだね」

 

 

 

霖之助は両手に有象無象を抱え、私達(特に夢月)を労わった。

 

 

 

「私この仕事向いてない。てか、働きたくない」

 

 

 

「働け居候。」

 

 

 

「うぐ〜」

 

 

 

巫山戯た事を抜かす夢月を一刀両断し、私は煙草に火を灯す。

頬を膨らせた夢月は両手を畳につき、腕全体に寄りかかるようにして天井を見上げた。

カメリアも夢月も、幼さを出すのが得意らしい。

…なんかムカつく。

 

頬を膨らせる夢月に、霖之助は「そういえば」と顎を撫でながら言った。

 

 

 

「力に自信があるなら、人里で妖怪退治とか警察だとかの募集もあるよ。近頃は妖怪も多くなってきて、霊夢だけじゃ回せないらしいからね」

 

 

 

「力に自信があるなら…?」

 

 

 

「力に自信があるなら」その言葉に真っ先に反応したのはカメリアだった。

これはあまり良くない流れだ、下手したら私もやるだとか言いかねない。

しかし、カメリアは付け足して何か言おうとしていたが、何を思ったのか何も語ることなく煙草に火を灯した。

 

 

 

「こんな狭くて埃っぽい店よりは良さそう、そっちにしようかな」

 

 

 

「……別にいいけど、ここに店主いるんだからね?」

 

 

 

そう言って苦笑する霖之助に対し、夢月はそんな事知らぬ存ぜぬといった様子で口笛を吹いた。

悪魔なだけあって、やっぱり性格も尖ってるのかもしれない。

 

しかし、悪魔が妖怪退治とは…なんというか不思議な感じがする。

ふんふんと頷いた夢月は、重ねて霖之助に聞いた。

 

 

 

「ちなみにそれ、どこ行けばいいの?」

 

 

 

「人里に貼り出されている退治依頼をこなして、終わったら依頼人の所まで報告に行って終わりさ」

 

 

 

「ふーん…じゃ、私早速行ってくる」

 

 

 

相当飽きていたのか、夢月はやり方を教わるや否や天狗のようなスピードで飛び去って行った。

退治の対象となる妖怪には、弱い個体から強い個体まで様々なレベルがある。

それを伝え忘れていたが、まぁ夢月なら大丈夫だろう。

 

それよりも大事なことを忘れていた。

 

 

 

「…夕飯どうするんだろ。」

 

 

 

「大丈夫よ灯音、それを貴女が考える必要は無いわ」

 

 

 

「喧嘩売ってんの?……いやまぁ、でも…カメリアに任せるよ。」

 

 

 

今朝の食事で私の料理評価は大幅に落ちたらしく、夕食の話は微笑みながらカメリアに奪い取られた。

一瞬ムカッとしたがどうせ否定できないので、諦めた私はカメリアに夕食の全てを委ねることにした。

 

 

 

「二度とご飯作ってやんない…。」

 

 

 

「そんなに拗ねないで?」

 

 

 

私が拗ね散らかしていると、玄関扉がカラカラと開く音が聞こえてきた。

どうやら漸く私の出番が来たらしい。

私は急いで煙草の火を消し、玄関の方に向かう。

 

 

 

「いらっしゃい。ん、初めまして。」

 

 

 

「ふふっ、初めまして」

 

 

 

殆どが常連客で構成される香霖堂で、珍しく一見の客が現れた。

上品に笑ったその女性はウェーブのかかった翠色のショートボブで、優雅な赤いチェックのワンピースを纏っている。

よほど赤いチェックが好きなのだろう、手に持った日傘もチェック柄である。

 

 

 

(日傘…ね。)

 

 

 

そんな清楚な雰囲気を醸し出す女性、その奥底に宿る黒い何かを感じ、私は警戒しつつなるべく普通の対応を続けた。

 

 

 

「何をお探しで?」

 

 

 

「う〜ん、悪魔かしらね?」

 

 

 

「悪魔…。」

 

 

 

私は緩急をつけ、踵を何度か踏み鳴らした。

わざわざここまで来て悪魔に用とは、普通では無い。

悪魔といえば夢月、夢月に関連した日傘といえば幽香…流石に考えすぎかもしれないが、警戒しておいて損は無い。

その女性は日傘の先端を床につかないように浮かせながら店内を歩き始めた。

 

私は警戒心を解かず、それでいて表情で悟られないように狭い店内で幽香とすれ違う。

 

 

 

 

 

「隠しきれてないわよ」

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

すれ違う瞬間、その女性は突如此方を向き私の首を片手で絞めあげてきた。

警戒はしていたがその速度に反応出来なかったうえその女性の握力が異常な程に強く、振りほどく事が出来なかった。

 

死を覚悟したその時、店内に銃声が轟いた。

 

 

 

「逃げるわよ灯音!」

 

 

 

どうやら私が踵を打ち鳴らした須臾にカメリアは状況を理解してくれていたようで、カメリアはデザートイーグルを構えたまま私を手招きした。

 

足に銃弾が直撃し、女性の力が緩んだ隙をついた私はその女性を振りほどいてカメリアの所へ走る。

 

 

 

「逃がさないわ…ッ!?」

 

 

 

私の後を追おうとしたその女性は、一歩あるいてガクリと体勢を崩す。

おそらくカメリアの放った銃弾が足の神経を破壊したのだろう。

 

カメリアの恐るべき射撃力に脱帽しつつ、私はカメリアと共に裏口から逃げたのだった。



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絶対的な強者

灯音とカメリアが逃げた後、僕と彼女は対峙していた。

対峙と言っても、僕には特別強い力がある訳では無い。

本当に彼女と戦うことになるなら、僕に勝ち目は皆無だろう。

 

 

 

「店主さん、そこをどいてくれる?」

 

 

 

翠色の髪を携えたその女性は尚も灯音達を追うつもりのようで、こうやって僕と対峙している今も黒い気配を消すことは無かった。

 

 

 

「悪いが、店内で暴れられるのは困るのでね」

 

 

 

ズレた眼鏡の位置を直し、僕はなるべく平然と、釈然とした態度をとった。

僕は半妖、特別死への恐怖があるわけではない。

しかし僕の命は良いとしても、灯音達の命や店を破壊されるとなると話は別だ。

 

殺されるにしても、せめて致命傷程度は与えたい。

僕はその女性に悟られないよう、背後に立てかけてある剣に手を伸ばした。

 

 

 

「邪魔するなら消えてもらうわ」

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

その女性は刹那に僕の懐に潜り込むと、携えた日傘を振り翳した。

足に怪我を負っている割にはあまりにも疾い。例え戦闘慣れしていないとしても、半妖の僕が捉える事すらできない動きなど滅多に行えるものじゃない。

 

ダメだ、流石に格が違いすぎる。

 

諦めて目を瞑ったその時、女性の背後から聞き慣れた、それでいて懐かしい声が聞こえてきた。

 

 

 

「くだらないことしてんじゃないわよ、幽香。」

 

 

 

「あら久しいわね、いつ以来かしら?」

 

 

 

そこに現れたのは紅白の巫女服を着た少女、博麗霊夢だ。

霊夢は編み込まれた紙が先端に付いた棒、お祓い棒を幽香に向けて気だるそうな声で言った。

 

 

 

「性懲りも無く何を企んでるか知らないけど、思い通りにはさせないわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数多の人が行き交う白昼の人里に紛れ込む私とカメリア。

 

 

 

「霖之助さん、大丈夫かな。」

 

 

 

咄嗟の出来事でつい出てきてしまったが、私は置いてきてしまった霖之助の事が気がかりであった。

裏口から逃げ出す瞬間、「僕がどうにかする!」と言ってくれた霖之助だが、彼は半妖といえど大きな力を持っているわけではない。

 

それに比べてあの女性からは異常な程の力を感じた。

人がどれほど練り上げても辿り着けないであろう高みに彼女は存在しているのだ。

 

 

 

「…大丈夫よ、目的は貴女なんだから」

 

 

 

「だといいけど…。」

 

 

 

数秒と経たない僅かな時間であったが、あの女性に絞められた首は未だに痛みを感じている。

詳しい容姿の話は夢月に聞いていなかったが、あの話の内容からして彼女が幽香である可能性は非常に高い。

 

…これは今考えても仕方の無いことだろう。

 

 

 

「まずは夢月と合流しよう、あれは私達だけじゃ手に負えない。」

 

 

 

「…そうね。悔しいけれど、彼女の力は異常よ」

 

 

 

己の力に絶対的な自信を持つカメリアにさえ、そう言わせるほどの強者。

その強者がいつまた私達に牙を向けるかは分からない。

多少の不安と焦りを抱きながら、私とカメリアは夢月を求めて人里を彷徨った。



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戦慄の合流

仕事が退屈で、香霖堂から飛び出して早数分。

私は数多の人が行き交う人里でポツリと佇む掲示板を眺める。

 

 

 

「退治依頼、湖の守護者……ふーん」

 

 

 

私はとある一つの依頼に目を奪われていた。

 

“人里を抜けて北に五十里歩いた湖にて、胸に巨大な目玉を携えた武人を彷彿とさせる風体の巨人が出現。

湖に近寄る者を無差別に襲うことから、守護者の名が授けられた妖怪。

畔に咲く薬草、清月の花が採集出来ず困っているので退治して欲しい。”

 

文章で解説されたビジュアルだけでやりごたえをたっぷり感じる。

報酬も中々美味しく、この一回の依頼で暫くは楽が出来そうだ。

 

 

 

「これにしよ、久々に解体しちゃうぞ〜」

 

 

 

うに〜っと喉の奥から声を出しながら体を伸ばし、私は受注する依頼用紙を剥がして懐に仕舞った。

 

それにしても私はこれから依頼をこなしに行く訳だが、どうも行き交う人間達からの視線を多く感じる。

人里じゃメイド服は目立ってしまうのかもしれない。

 

 

 

「そこのチャンネー、俺の専属メイドになんな〜い?」

 

 

 

「おっ、美人メイドとか俺得じゃ〜ん!」

 

 

 

「まずうちさぁ、ベッドあんだけど…ヤってかない?」

 

 

 

くっだらない程に馬鹿で低俗な人間の男達が私に寄り付いてきた。

コイツらは光に群がる蛾か何かか?私の魅力が世界で1位2位を争う程のトップレベルなのは百も承知だが、それにしても鬱陶しいものは鬱陶しい。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

こいつらは私が悪魔である事を知らないから調子に乗っているのだろう。

しかしだからと言って、人間を無闇に殺すとそれはそれで後がめんどくさい。

仕方が無いので、私は悪態をついてその場から立ち去ることにした。

 

 

 

ひとまず依頼の案内通り、人里を抜けて北に向かわなければならない。

幻想郷でもある程度名のある場所なら基本は知っているが、この依頼のように名のない場所は行ったことがない。

西には霧の湖、東には博麗神社裏の湖、北には守護者のいる湖…とすれば、南にはどんな湖があるのだろうか。

 

 

 

「薬草か〜…人間はすぐ病気に罹って大変ね」

 

 

 

人里の喧騒を一歩出ると、見晴らしの良い草原が眼前に拡がった。

青い若葉と冷たい水蒸気の香りが鼻をくすぐる。

 

夢幻世界が一番だが、幻想郷も捨てたもんでは無さそうだ。

ここを支配したい幽香の気持ちも、わからないことはない。

だが、姉さんすら奪った彼奴に協力する気など微塵も無い。

 

 

 

「…今は考えても無駄ね」

 

 

 

そう言って余計な考えを切り捨てた私は、ふと脱力した右手を見据える。

その右手の掌に少し力を注ぎ込んでやると、バチバチと紫電を放つ黒い光球がポォっと出現した。

 

 

 

「うん、調子は良さそう」

 

 

 

光球の具合を確かめて安心した私は、その光球を握り潰し北方へ向かって歩き出す。

この光球は私が戦う時に大概使う魔法で、接触した対象の筋力を痺れさせて感覚を狂わせるものだ。

特別決まった名があるわけではないが、私はトリップダークと呼んでいる。恥ずかしくて人には言えないが。

 

湖までは五十里。

それなりに距離があるようだが、景色も良い事だしのんびりと歩いていこう。

 

…そう思っていると、背後から記憶に新しい声が聞こえてきた。

 

 

 

「やっと見つけたよ夢月。」

 

 

 

「そんな息切らしてどうしたの?」

 

 

 

振り返ってみると声の主は灯音で、隣にカメリアも息を切らして立っていた。

灯音の首には女性らしい手の痕が赤く残っており、私はなにか事件があったのであろう事を須臾に理解した。

 

 

 

「…何があったの?」

 

 

 

「翠色の髪に赤いチェックのワンピースの日傘…。」

 

 

 

灯音の返答を聞いた私はすぐに全てを理解した。

その特徴こそ私が最も忌むべき存在、幽香である。

つまるところ、彼女は香霖堂で幽香に襲われたのだろう。

そして、逃げてきた。

 

逃げとは一般的には恥であるし、私もそう思っている。

しかし、相手が幽香であるなら話は別だ。

幽香に襲われたのならば、逃げたのは賢明な判断だっただろう。

 

 

 

「そいつは幽香だね、逃げたのは正解だったと思うよ」

 

 

 

「あんな凶悪なオーラを纏う奴初めて見たわ…悔しいけれど、私と灯音じゃきっと太刀打ちできなかった」

 

 

 

どうやらカメリアは多少不服な点もあるようだが、実力があるだけに格の違いは理解できているようだ。

とても外来人とは思えない女達である。

とはいえ、この女達も私にとっては格下なんだけどね。

 

でも、きっとこの二人と協力しないと姉さんを取り返すことはできない。

なんとなく、そんな気がするのだ。

 

 

 

「…ひとまず今家に戻るのは不味いよね。ちょうど今妖怪退治の依頼行こうとしてたから、時間潰し兼ねて一緒に行くわよ」

 

 

 

「わかった、どこに行くの?」

 

 

 

「北に五十里歩いた地点の湖らしいわよ」

 

 

 

特別なにか事件がある訳では無いだろうが、私達は念の為周囲に気を配りながら歩き始めた。



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清月の守護者

人里から五十里ほど歩いた地点に存在する湖。

無風にもかかわらずその延々と揺らぎ続けるその水面は、降り注ぐ陽光をパチパチと反射させていた。

 

 

 

「こんな所があったなんて初めて知ったな…。」

 

 

 

湖を眺めながらそう呟く灯音を横目に、私は肝心の“守護者”とやらを探してみるが、畔を見渡す限り守護者らしき存在は見当たらない。

しかしその代わり、畔には瑞色の花が大量に咲き誇っていた。

 

 

 

「眩しいわね…」

 

 

 

その声に反応して後ろを振り返ると、眩い太陽を鬱陶しそうに睨みつけたカメリアが煙草に火を灯して目を伏せていた。

白い髪と白い肌が、降り注ぐ陽光によって更に白く美しさを醸し出す。

 

 

 

「光が異常な程に乱反射してるね…それにしても綺麗な清月花、こんな所にも咲いてるんだ。」

 

 

 

カメリアにそう答えた灯音は、カメリアと同じく煙草を吸いながら畔に咲く清月花群を見つめた。

私は私で目的を早々に果たして帰りたい気持ちでいっぱいなので、灯音の言葉に何を返すでもなく近辺に何かしらの手がかりがないか探索する。

 

“清月の花が採集出来ずに困っている”

 

ふと私の頭の中に、依頼書に記述されているそのフレーズが浮かんだ。

清月の花が採集できない…つまり依頼主は清月の花の為にこの湖に来ていたという事だろう。

 

…という事はまさか

 

その瞬間、湖が爆音を轟かせて爆ぜた。

戦慄を感じ、ハッとして音のした方を見ると、湖の中から4mはあろう巨体が大刀を灯音に振り下ろそうとしていた。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

「灯音ッ!!」

 

 

 

しゃがんで清月の花を眺めていた灯音に襲いかかる巨大な刃。

私は咄嗟にトリップダークを巨人に放つが、光球が着弾するよりも前に巨大な刃は灯音を切り裂こうとしていた。

どうやらカメリアも銃を取り出そうとしていたようだが、やはり咄嗟の出来事で間に合わなかったようだ。

 

 

 

「間に合わないッ!!」

 

 

 

絶体絶命。

そう思った瞬間、巨人の丸太のような腕が血肉を散らせて弾け飛んだ。

脳に響くほどの低音で叫び声をあげた巨人が弾け飛んだ腕を抑えながら悶える。

 

 

 

「危なっ…。」

 

 

 

渦中にしゃがんでいた灯音が、額に滲んだ冷や汗を腕で拭いながらゆっくりと立ち上がる。

立ち上がった灯音の手には、灯音が私と出会った時に持っていたショットガンが握られていた。

 

あの状況で反応できるなんぞ、やはり外来人にしては異常である。

それはさておき、一先ず一安心だ。

 

 

 

「…死んだかと思った」

 

 

 

私も私で額に滲んだ冷や汗を拭い、カメリアと一緒に灯音のもとへ走り出す。

大量の返り血を浴びた灯音の姿は修羅を彷彿とさせる風体で、出会う者全てを恐怖に陥れそうな程の狂気を孕んでいた。

 

 

 

「灯音、大丈夫?」

 

 

 

「身体は大丈夫、心は吃驚。」

 

 

 

心配そうに灯音のもとへ走り寄ったカメリアは、それを聞いて安堵の表情を浮かべた。

いやまぁ、安堵したのは私も例外ではないが。

 

油断していた訳では無いが隙を突かれた私はなんとなくプライドを傷つけられた気がしたので、未だ悶え苦しむ巨人に改めてトリップダークを放つ。

それにしてもホント、トリップダークってダサいネーミングだと思う。

 

 

 

「ひとまず二人は下がってて、私がサクッと終わらせるよ」

 

 

 

「わかった、任せるよ。」

 

 

 

私は二人の保護者という訳ではないが、最強の私が居ながら二人を危険に晒した事実がどうしても許せず、私はその憤りを全て巨人に向けることにする。

悶え苦しんでいた巨人はもう片方の腕で大刀を手に取り、私に鋭い切っ先を向けた。

 

 

 

「このバカに絶望を味合わせてやる」

 

 

 

本来こんな奴相手に使うまでも無い力だが、今は憤りが治まらないので()()で発散しよう。

 

そう思って、両手を広げて目を閉じる私。

すると辺り一帯が段々と真夜中のように冥くなり、地が鳴動し始めた。

 

幻想郷に蔓延る全ての呪怨をこの一身に集める。

 

私に大刀を振り下ろそうとする愚かで哀れで低俗な巨人を、私は冥く澱んだ色に変色した瞳で睨みつけた。

 

 

 

「呪怨に怯えて逝けッ!!!!」

 

 

 

私がそう叫んだ瞬間、私の身体から悍ましい悲鳴をあげながら黒い大澱達が放たれる。

 

すっかり冥くなった湖にて、冥府を彷彿とさせるような恐ろしい光景が展開されたのだった。



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モーセの遺志

鳴動する大地、木霊する絶叫、冥い霧に包まれた畔。

大地は裂け、その断層には湖の水が大量に流れ出している。

 

 

 

「なにこれ…。」

 

 

 

「…夢月も良い趣味してるわね」

 

 

 

夢月の全身から放出された冥い澱みは悲鳴を止めることも無く、依然巨人へと襲いかかっていた。

大澱に飲み込まれた巨人は低い唸り声をあげてもがき苦しんでいる。

 

完全な“負”の権化ともいえるその澱みは、ついに巨人の頭の中にまで流れ込んでいった。

 

 

 

「アハハハハッ!!!!」

 

 

 

澱みを放出している夢月は両手を広げ、この世のものとは思えない程に悍ましい笑みを浮かべている。

冥いオーラを纏いながら高笑いをする夢月の頬には黒い涙が伝っていた。

 

夢月は冥く澱んだ瞳を見開き、喉が潰れそうな程に大きな声で叫んだ。

 

 

 

聖絶(アナテマ)───ッ!!!」

 

 

 

夢月が叫ぶと、大澱が放っていた悲鳴がピタリと止み、完全な静寂が訪れた。

 

──と思ったのも束の間、巨人にまとわりついていた澱みが爆ぜて凄絶な事態を生む。

爆音を響かせた澱みは巨人をいとも容易く粉々にし、飛び散った肉塊ですら黒い灰に変えた。

 

私がその凄惨な光景を目の当たりにして言葉を失う一方で、カメリアがぽつりと放った一言。

 

 

 

「…すべて聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである」

 

 

 

目元に陰りが刺し、珍しく微笑みの消え失せたカメリアの表情。

訝しげに思った私は、疑問をカメリアにそのままぶつけてみる。

 

 

 

「…何のセリフ?」

 

 

 

私がそう聞くと、カメリアはハッとしたように此方を微笑みを向けて答えた。

取って付けたような微笑みに私は気付いていたが、敢えて触れないでおく。

なんとなく、そうした方がいい気がした。

 

 

 

「モーセ五書のうちの一書、レビ記に記述されている内容よ。聖絶(アナテマ)と聞いて思い出したの」

 

 

 

「…カメリアってホントに博識だよね。」

 

 

 

モーセ五書。

ペンタチュークとも呼ばれ、旧約聖書の最初の五書の事である。

私もその存在は知っているが、読んだことは無いので内容までは全く知らなかった。

 

その中の一文を容易く記憶から引き出すとは流石と言うべきか、カメリアの脳内がどうなっているのか一度解剖して見てみたいものだ。

 

そんな事を考えていると、巨人との一戦(一方的な蹂躙)を終えた夢月が気怠そうにして戻ってきた。

 

 

 

「サクッと終わらせてきたわ、証拠もしっかり採れたし安心。」

 

 

 

ふわぁと大きな欠伸をする夢月の手には一輪の清月の花が握られている。

 

先程まで冥く澱んだ瞳を携えていた夢月だが、瞳の色はすっかり元の金色に戻っていた。

 

 

 

「お疲れ、なんか凄い邪悪な魔法だったね…。」

 

 

 

私の労りの言葉に対し、夢月はアハハと乾いた笑いを浮かべた。

 

 

 

「私の能力は全ての大地に宿る怨念を実体化させる事が出来るのよ。見てくれは悪いけど、とても強力でしょう?」

 

 

 

あのような巨体を一撃で葬り去る事が可能だなんて、それは最早強力どころの話ではない。

 

もし夢月が敵対していたとしたら、私達の命は簡単に奪われてしまうのだろう。

そう思うと、背筋が凍る思いである。

 

 

 

「…幽香はもっと強いんだ?」

 

 

 

「…そうね、あれは化け物よ」

 

 

 

夢月を心強く思う一方、その夢月ですら単体では適わないという幽香に私は恐怖する。

そんな化け物に自分が狙われているのだと思うと、とてもじゃないが一人で夜道は歩けないだろう。そう思った。

 

 

 

「…ひとまず、帰ろっか?」

 

 

 

「そうね…」

 

 

 

「帰りましょ…」

 

 

 

私を含むこの場の三人は、疲労を伺わせる顔立ちでのんびりと帰路に着く。

 

冥い霧はすっかり晴れ、空は既に宵の表情を見せ始めていたのだった。



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紅魔編
朝霧に滲む動揺


───強さだけは純粋で…

どれ程の災禍に飲み込まれたとしても、強ければ何事も救われる。

 

強ければ失うことなど無いし

 

強ければ負けることも無いし

 

強ければ傷つくことも無い。

 

私は自分が強い存在だと自惚れていた。

私さえいれば、私が戦えば、何でも護れる。

 

そんなくだらない理想が現実と区別できなくなった時…

 

 

 

 

 

私は吸血鬼になった───

 

 

 

 

 

──

 

────

 

 

「ふぁ……。」

 

 

 

─────暗い部屋に射し込む一筋の光。

突如角膜から侵入してきたその光によって、私の瞳は少々強引に開け放たれた。

 

 

 

「変な夢…。」

 

 

 

時計に刻まれた時刻は七時。

 

障子をピシャンと開け放った私は、未だ朧げな意識で目を擦った。

太陽が出ているにも限らず、空は明瞭としていない。

 

縁側に腰掛け、私は煙草に火を灯して煙を煽る。

重い煙が寝起きの脳みそにガツンと刺激を与え、やがて私の意識を覚醒させた。

 

 

 

「……ぷはぁ、今日も良い天気。」

 

 

 

某動画のようなセリフを吐いた後、私はふと背後の寝室を振り返った。

シワだらけのまま畳まれていない私の布団、未だ気持ちよさそうに眠っている夢月、そして綺麗に畳まれたカメリアの布団。

 

 

 

「カメリアはいつも早起き、健康優良児か。」

 

 

 

カメリアが私より遅く起きてくる事はまず無い。

私が傭兵としてロシアに居た時もそうだったが、カメリアは毎朝毎朝私より早く起きるのだ。

正直、夢月のようにぐっすり眠った方が人生楽しそうである。

 

フーッと吐いた煙は重力に逆らって昇ってゆき、瞬く間に空の雲と融合した。

 

灰を落とし、吸殻を古ぼけた缶の中に投げ込んだ私は、自分の布団を適当に畳んでから居間に向かう。

 

寝起き一番で会って何言おうかなとか考えながら廊下を歩き、居間に足を踏み入れた瞬間挨拶する私。

 

 

 

Доброе утро(おはよう)…あれ?」

 

 

 

カメリアが居ると思ったからわざわざロシア語で挨拶したのに、カメリアは居間に居なかった。

朝から散歩だろうか?確かにカメリアもまぁまぁいい歳だ、散歩だってそりゃあ…

 

 

 

「そういえばカメリアって何歳なんだろ?同い年くらいだと思ってたけど。」

 

 

 

また新たなクエスチョンが生まれてしまった。

さながら冒険する事に発生するクエストのようである。

カメリアの見た目は私と同じくらいの年齢だ、それこそ27とかだろう。

でも詳しい年齢を本人から聞いたことが無い、というより聞こうとしたことがなかった。

 

 

 

「ま、なんでもいいか…はぁー寒っ…」

 

 

 

考えを打ち切り、香霖堂で購入した石油ストーブの点火スイッチを捻る。

チチチチと火花の散る音を立てたストーブはやがて内部に火を灯し、独特な匂いを放ちながら周囲の温度を高め始めた。

 

私は肩をブルブル震わせながら蔵に行き、貯蓄用の水を薬缶に淹れてストーブの上にポンと置く。

 

こうする事で室内を暖めつつ、効率よくお湯を沸かすことができるのだ。

 

 

 

「ふぅ…朝ご飯はまだいいや。」

 

 

 

ため息をついて座布団に腰掛けた私は煙草を吸おうとして、ふと炬燵の上を見やった。

炬燵の上には無造作に置かれたメモ用紙サイズの紙が一枚。

 

訝しげに思い、その紙を手に取って見てみる。

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

 

そこには簡単なメッセージが一文だけ綴られていた。

 

 

 

“紅魔館へ行ってくるわ”

 

 

 

達筆な字で書かれたその内容はとても短いものだったが、私の心を大きく揺り動かしたのだった。



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暗い石室

 

 

 

「ふむ…。」

 

 

 

温かいお茶を火傷しないように少しずつ喉に通しながら、私は炬燵に残された書き置きを眺めていた。

 

 

 

「紅魔館ってあれだよね、紅涙を贈ってくれた…」

 

 

 

吸血鬼、レミリア・スカーレットが治めるという紅魔館。

香霖堂で働いている私に、わざわざ紅涙というワインを贈ってくれたその人だ。

 

カメリアが紅魔館に行く理由、それは恐らくレミリア・スカーレットに会うためなのだろうが…

何故レミリア・スカーレットに会いたいのかが分からない。

紅涙が相当気に入ったからか、伝説になっている吸血鬼に興味があるからか、考えられる理由はそれくらいだ。

 

 

 

「私招待されてるんだし、起こしてくれれば行ったのに。」

 

 

 

紅涙に付属していた私宛の手紙には、館へ招待する趣旨の内容が書かれていた。

その話はカメリアにもしたはずだが、忘れてしまったのだろうか。

カメリアったら…おっちょこちょいなんだから!☆

 

……27歳ですけど何か?

 

 

 

「…夢月起こして朝ごはん食べたら行こっかな。」

 

 

 

くだらない思考をズバッと断ち切り、私はひとまず夢月を起こしに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツン、カツン

硬い石床とブーツがぶつかる音が、暗い密室で反響している。

 

懐古的な趣を感じさせる鉄扉は多少錆び付いてはいるものの、今も尚衰えを見せない催しでその姿を構えていた。

 

ギィィと重い金具同士が擦れ合う音を響かせながら、その鉄扉は私の為に道を拓く。

 

その鉄扉の先に一歩足を踏み入れると、聞き覚えのある幼い声が聞こえた。

 

 

 

「………誰?」

 

 

 

姿こそお互いに見えていなかったが、私はその声の主を知っていた。

 

私は微笑み、その声に反応した。

 

 

 

「久しぶりね……フラン?」

 

 

 

私の声に対し、その幼い声は息を飲むような音を発して黙った。

暗く広い密室で、石床に雫がぶつかる音が反響した。

 

ぽた、ぽた、ぽた

 

その音は止むことを知らず、それどころか徐々に数を増やしていく。

 

幼い声の少女、フランは震えた声を発した。

 

 

 

「カメリア…()()()()()…?」

 

 

 

そう言ったフランは、物陰から顔をひっそりと覗かせた。

白いナイトキャップを被った金髪の少女、フラン。

紅い瞳を携え、背中から生えた羽は七色の石に彩られている。

 

正式な名前はフランドール・スカーレット。

紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹である。

 

かつて現世に居た頃、レミリアが吸血鬼であることに気付いた人間たちが紅魔館を襲った。

それからレミリアは、フランに危害が及ばないように隔離して守っていたという。

 

 

 

「せっかく幻想郷に来たというのに、どうしてまだ幽閉されているの…」

 

 

 

幻想郷はほぼ全ての人間が妖怪達を恐れている。

絶対的な存在、覇者であるという認識が根強く残っているからだ。

 

それならば、幽閉までしなくても幼いフランを守ることは出来るはず…

 

 

 

「それはフラン自体が危険だからよ」

 

 

 

「ッ…音もなく背後に来るのは心臓に悪いわよ、レミリア」

 

 

 

突如背後から聞こえてきた幼い声。

振り返って見るとその正体は館の主、レミリア・スカーレットだった。

薄いピンク色のドレスとナイトキャップを着用しており、瑞色の前髪から覗く瞳は真紅色である。

 

そして何よりも、背中からは蝙蝠のような黒い翼が生えていた。

 

 

 

「500年ぶりくらいかしらね?カメリア姉様?」

 

 

 

チリチリとした空気が暗い密室を支配している。

私は尚も口角を上げながら、レミリアを睨みつけた。

 

 

 

「何が姉様よ、思ってもない癖に」

 

 

 

「思ってるわよ、場所を変えましょう?」

 

 

 

レミリアはそう言うと、私達に背を向けながら手招きをした。

私はため息をつき、フランと共にレミリアに着いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりカメリアは朝っぱらからワインを煽りに行ったってわけ?」

 

 

 

「いや、それはどうだろ…。」

 

 

 

漸く起きた夢月と共に朝食を摂る私。

 

曲解する夢月に苦笑を浮かべ、煙草に火を灯す。

味付けを失敗しないように、今日の朝食は白米と刺身にした。

刺身に使う醤油は幻想郷では高級品であり、無駄にしない為に慎重に小皿に注ぐ。

 

幻想郷には岩塩が採れない上に海がないので、塩を入手する事が非常に困難だ。

 

というより、この幻想郷でどうやって塩を手に入れるのかが謎すぎる。

一度霖之助にも聞いたことがあるが、その答えは霖之助でさえ「知らない。」だった。

 

それはさておき、モグモグと咀嚼する夢月に私は味付けの具合を恐る恐る聞いてみた。

 

 

 

「夢月、おいしい…?」

 

 

 

「………」

 

 

 

依然モグモグと咀嚼する夢月。

私は落ち着かずにその様をただひたすら眺めた。

 

やがて咀嚼が終わってゴクリと喉に通す音が、私に生唾を飲み込ませる。

 

 

 

「ッ〜〜美味しいっ!!」

 

 

 

「まじ!?っしゃオラァ!」

 

 

 

嬉しい感想に思いっきりガッツポーズをかます私。

ホントにすっごいニコニコしながら言ってくれたからすごい嬉しい。

 

……いや私味付けしてないし、美味いのは素材の味なのでは?

 

 

 

「…そんなことより、食べたらカメリアの後を追おうと思うんだけど、夢月はどうする?」

 

 

 

すると夢月は少し考えるように「う〜ん」と唸り、数秒してから答えた。

 

 

 

「行くよ、もしもの事があったら困るし」

 

 

 

「わかった、もしもの事があったらごめんね。」

 

 

 

「大丈夫、悪魔にお任せあれ!」

 

 

 

今日の朝食が相当気に入ったのか満面の笑みでガッツポーズをキメた夢月、安心感が違う。

 

頼れるその姿に安堵し、私は食べ終えた二人分の皿を片付け始めたのであった。



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紅い過去

───霧の都、イギリス

 

その街ではかつて、誰もが恐れ慄く吸血鬼の女が存在していた。

真名は語られず、その存在だけが蹂躙する街。

瑞色の髪を下ろし、紅い瞳を携えたそれはさながら悪魔のような出で立ちをしていた。

 

誰もがその吸血鬼を恐れる中、たった一人それに立ち向かった男がいた。

彼もまた真名は語られていないが、伝説だけは未だに闊歩している。

 

彼は自らの事をヴァンパイアハンターと名乗り、数多の吸血鬼退治法を模索して実践を続ける。

幾度も吸血鬼退治に足を運び、幾度も三途の川に片足を突っ込んでいた。

 

時には十字架を掲げ、時にはニンニクを投げ、時には銀の剣を振り下ろし…

血の滲む様な努力の末、彼は銀製品が最も有効であるという結論に辿り着いた。

 

しかし、その結論に辿り着いたと同時に彼はふと思ってしまった。

 

彼女は自分が襲われた時にしか牙を剥かない。

街の輩が吸血鬼に殺されたという話も、それは彼らが彼女を襲いに行ったからなのではないか。

 

人は理解できない存在を忌み嫌い、排除しようとする。

それは一重に己の為だけに、他の存在を滅するという事だ。

 

ヴァンパイアハンターとして致命的な思考に至ってしまった彼は、とある緋色月の晩に彼女に問いかけた。

 

 

 

「俺がやっている事は、正しいのだろうか?」

 

 

 

彼は酷く悲痛な面持ちで言った。

それを見た彼女は彼に背を向け、顎に手を置いて空を仰ぐ。

 

何秒経っただろうか、彼女は彼に向き直って微笑んだ。

 

 

 

「…型に収まらない存在を淘汰するのは、生物として当然のことよ。」

 

 

 

彼女は取り繕っていたが、彼はその微笑みに確かに悲哀の念が存在している事に気付いた。

 

気付いてしまった。

 

そんな彼はついに武器を捨てたのだ。

 

ヴァンパイアハンターとして失格だという事は分かりきっている。

だが、それでも彼は…

 

 

 

「俺は、君の刃となろう」

 

 

 

ヴァンパイアハンターという役職を捨てた。

 

それが彼女の思惑通りだとしても、最早それは取るに足らない事であった。

 

彼らはいつしか互いを求め合うようになり、一人の子を成す。

 

名はカメリア、ハーフヴァンパイアである。

 

子には吸血鬼である母親の苗字を授け、彼女はカメリア・スカーレットとして生きていくこととなる。

彼らはその娘を溺愛し、多幸な生活を送っていた。

しかし、それも長くは続かない。

 

理由は簡単だ。

彼女は吸血鬼でも、彼は真人間なのだ。

 

彼はやがて老衰し、涙を流す彼女を他所に静かに息を引き取った。

 

 

 

千年もの時が流れ、彼女は別の吸血鬼と結ばれる。

その吸血鬼は精神病を患っており、彼女は婿を献身的に支えていた。

 

そしてヴァンパイアハンターが遺した唯一の宝物を愛しながら、彼女は新たに二人の子を成した。

 

姉をレミリア、妹をフランドールと名付けた彼女は、三人の子を大切に育てる。

 

 

 

しかし、精神病を患っていた婿は発狂し、やがて愛していたはずの彼女を殺めてしまった。

その後、自らの過ちに気付いた彼は己に銀の刃を突き立て、自殺してしまう。

 

 

 

そして残された三人の娘。

彼女達は姉妹で協力して生きていこうと決意した。

 

しかし妹のフランドールは父親の血を大きく引いており、やがて父親と同じく精神病を患ってしまう。

フランドールの“ありとあらゆる物を破壊する程度の能力”もあり、情緒不安定な彼女は姉二人にとっても危険な存在となってしまった。

 

その脅威故、レミリアは彼女を地下に幽閉する事に決めたが、カメリアはそれに納得がいかなかった。

 

しかし二人は分かり合えず、いずれカメリアは館を去ってしまう。

 

紅魔館はレミリアとフランドールの二人だけとなり、館主としての座を手に入れたレミリアは徐々にその勢力を拡大していった。

 

様々な事業を立ち上げ、様々な力を得、様々な仲間を迎え入れ、紅魔館は従来とは比べ物にならない程に大きくなっていく。

 

 

 

そして500年もの時が流れ、ロシアの軍人として職に就いていたカメリアは柊灯音に出会ったのだった。



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狂気は煙に霞む

 

 

 

「随分と家族が増えたのね」

 

 

 

「そうね、姉様が居た時とは全然違うと思うわ」

 

 

 

紅魔館の廊下を3人で歩きながら話す私達。

昔は私とレミリアとフランしか居なかったといあのに、今では門番が居たり、図書館に魔法使いが居たり、メイドがたくさん居たりと賑やかだ。

 

私はレミリアに案内され、大きな広間に足を踏み入れた。

広間の奥には豪華な赤い椅子が鎮座しており、そこは私もよく覚えている場所であった。

 

 

 

「…玉座の間」

 

 

 

「そうよ、今では私が座っているけれどね」

 

 

 

レミリアは私に少し自慢げに語った。

500年ほど前からこの館はレミリアが治めているわけだから、レミリアが玉座に座るのはおかしな話ではない。

 

しかし、そんなことはどうでも良い。

私にとって最も解せない事はフランの幽閉についてだ。

私が渋い顔をしていると、私の心情を察したであろうレミリアは玉座に座って私に語りかけた。

 

 

 

「幽閉の件、納得いってないのよね?」

 

 

 

「えぇ、500年前からね」

 

 

 

「なるほど…」と呟くレミリア。

少し考える素振りを見せた後、レミリアは口角を上げ、両手と翼を同時に広げた。

レミリアから放たれる不可思議なオーラ。

吸血鬼としての“力”が、そこには確かに存在している。

 

 

 

「五世紀ぶりの姉妹喧嘩といくか、()()()()

 

 

 

「お姉様…!?」

 

 

 

レミリアの言葉に困惑するフラン。

しかしレミリアはそんなフランを無視し、私から目を離そうとはしない。

 

純吸血鬼とハーフヴァンパイアという事もあり、かつてレミリアと分かり合えなかった時、私は力でねじ伏せられた。

当時の私には戦闘経験もなく、純吸血鬼のセンスには到底及ばなかったのだ。

 

その忌むべき過去と同じ戦いが今始まろうとしている。

 

しかし、今私は不思議と何も感じていない。

恐怖、そんな邪魔なものは全て500年の間に捨ててきた。

 

 

 

「後悔しないといいわね、レミリアッ!」

 

 

 

私はデザートイーグルを取り出し、スライドを引いて銃弾を装填する。

 

500年越しの因縁が、今ここで晴らされるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里から外れ、少し歩いた地点にある森。

魔法の森とは違う、普通の森である。

人体になんら影響がなく、妖怪も少数しか存在しないその森で私と夢月は歩いていた。

 

陰りのある面持ちで歩いている私達だが、何かが吹っ切れたように大声を出す夢月。

 

 

 

「ピコン!“さすらいの旅人”の称号を手に入れた!」

 

 

 

「つまるところ迷ってんだよね、さすらってるんじゃなくて彷徨ってんだよね。」

 

 

 

まるで現世のゲームのようなセリフを吐く夢月に反射でツッコんでしまったが、なんで夢月そんなの知ってんの?

 

もしかしてもうPS3とか幻想入りしてたりする?いや有り得ないよね。

私にとってPS3とかまだ発売してそんな経ってないから、幻想入りとか有り得ないから。

 

 

 

「森を避けるように回れば着くって言われたのに、近道しようとして森の中突っ切るからこうなるんだよ夢月…。」

 

 

 

「くそっ!反論したいのに反論できない!うぐ〜(このセリフ好き)

 

 

 

やけにテンションの高い夢月にハァとため息をつく私。

夢月この状況下でピクニック気分だったりしないよね?なんか楽しんでる気がするんだよね。

 

 

 

「でも大丈夫、ここで秘密兵器使うわよ!」

 

 

 

「秘密兵器?」

 

 

 

そう言って自信満々に夢月が取り出したもの、それは四つに折り畳まれた一枚の紙だった。

まぁもしかしなくても地図だろう、なぜ夢月は最初っからこれを見なかったのか非常に謎である。

 

やっぱり夢月この状況楽しんでたよね?

ふふふ〜っとニコニコしながら地図を開く夢月だが、地図を開くと同時に夢月の笑顔が引き攣った。

 

 

 

「…なにこれ」

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

訝しげに思った私は夢月の手にある紙を覗き込む。

地図の上には“フィールドマップ”の文字。

 

…なんかもう嫌な予感してきた。

 

私は恐る恐る目線を下に運び、地図部分を見つめる。

見覚えのある地形、見覚えのあるタッチ、見覚えのある()()()()

 

ついに頭を抱えてしまった私は、大きく青空を仰いで叫んだ。

 

 

 

「これド○クエⅠのマップじゃん!!!!!」

 

 

 

「うわぁびっくりした!」

 

 

 

突如大声を発した私に吃驚する夢月だが、私はそんな事お構いなしに続けた。

 

 

 

「さ〜て、世界救っちゃいますかぁ…じゃないんだよ!!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」

 

 

 

「えっ、なに!?えっ!?」

 

 

 

気が狂ったように叫ぶ私、恐らく私も私で変なテンションになっているのだろう。

多分それは間違いない、確実にそうだ。

 

こういう時は落ち着くのが一番だ。

私は煙草に火を灯して煙を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

 

 

「一旦落ち着こうか、夢月。」

 

 

 

「いやそれ灯音でしょ!大丈夫!?」

 

 

 

「ふふっ、何言ってるの?大丈夫だよ。」

 

 

 

飽くまでも平静を装う私に夢月は余計困惑しているようだが、実際煙草は凄い。

煙を肺に通すことで脳細胞の全てがクールダウンするのだ。

 

煙草は万能薬、古事記にもそう書いてある。

 

ゆっくりと息を吸い込んでゆっくりと息を吐き出す夢月、いわゆる深呼吸という奴だろう。

深呼吸をした夢月はフゥとため息をつき、私に向かって言った。

 

 

 

「とりあえず止まってても仕方ないし…歩くしかないよね」

 

 

 

「そうだね、ゆっくり歩こっか。」

 

 

 

私の激しい感情の起伏に恐怖の表情を浮かべていた夢月だが、深呼吸することで漸く落ち着きを取り戻したのか、地図を投げ捨てて歩き始めた。

 

そして私もそれに着いていくように歩き出す。

再び、私達の彷徨いの旅が始まったのであった。

 

 

 

 

 

「騒がしい奴等だな…」

 

 

 

そんな私達をはるか上空から見つめる存在に気付くことも無く───



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白黒は案内人

森の中を延々と彷徨い続ける私と夢月。

木々の隙間からは数多の細い線が降り注ぎ、私達を水玉模様に照らしている。

 

次第に私達の口数は減り、ついには話す事も無くなっていた。

 

ボーッとしながら森を歩いていると、気づけば霧のかかった湖を眼前に迎えていた私達。

見覚えのあるその景色に、私はつい「あっ」と声を上げる。

 

 

 

「ここってまさか…。」

 

 

 

「え、場所わかったの?」

 

 

 

私の反応に対して期待の眼差しを向ける夢月だが、正確な場所がわかったわけではないのでそこまで喜ばしいことではない。

そういえば人里の人間は「湖の畔に紅魔館はある」と言っていたが、もしかしたらこの湖の事だろうか。

 

しかし、霧のせいで非常に視界が悪い。

これでは紅魔館があったとしても見つけるのは一苦労だろう。

 

 

 

「…森も出た事だし、とりあえず一旦休憩しよっか。」

 

 

 

「そうね。そういえば、干し柿っていうのを持ってきたよ」

 

 

 

「やっぱ遠足感覚だこの子。」

 

 

 

休憩がてら煙草に火を灯して煙を煽りながら、私は夢月から干し柿を一つ貰って口に放り込んだ。

その干し柿は非常に甘く、私の口腔に多量の涎を発生させる。

 

あまりの甘さに喉が渇いてきた私は鉈を召喚し、近くにあった木の大枝を切り落とす。

枝の切り口から溢れ出す水を口に流し、ふぅと息を吐いた。

 

 

 

「これ美味しいけど喉渇くね、夢月も飲む?」

 

 

 

「え?…私はいいかな」

 

 

 

安全な水なのに…と思いながら、私は切り落とした枝をポイッと投げ捨てる。

すると枝を投げた先から「いてっ」と声が聞こえた。

 

何かと思って見てみれば、そこには見覚えのある白黒。

黒いとんがり帽子を被った金髪の少女が居た。

 

 

 

「魔理沙、久しぶりじゃん。」

 

 

 

「まずは謝れよ!」

 

 

 

枝が当たったであろう頭を擦りながらその少女、魔理沙はツッコミを入れた。

香霖堂で霊夢と一緒に来ていたという魔法使いの魔理沙である。

 

 

 

「ごめんごめん、なんでこんな所に?」

 

 

 

「いや何、私も紅魔館に行こうと思ってな」

 

 

 

男勝りな口調でふふんと腕を組んだ魔理沙。

そういえば、かつて紅魔館が異変を起こした時は魔理沙と霊夢が二人で解決したんだっけな。

そうだ、紅魔館の話はその時に聞いたんだ。

 

 

 

「用事でもあんの?ちなみに私達は招待されたから行くんだけど。」

 

 

 

正確には私達ではなく、私だけだが。

夢月は何かあった時のために着いてきてくれているわけだし、拒まれる事は無いだろう。

ていうか普通に考えて、カメリアは招待されてないのに迎えてもらえたのかな?

 

私の問いかけに少し考える素振りを見せたあと、ニヤリと口角を上げて答える魔理沙。

 

 

 

「まぁ…モーニングルーティンみたいなもんだ」

 

 

 

「……?」

 

 

 

朝から紅魔館に行くことがモーニングルーティンということなのだろうか。

朝の散歩がてら友達の家も寄っちゃいました〜みたいな?クッソ迷惑じゃね?

まぁそれは…私には関係ない事だけれど。

 

どちらにせよ、いつも紅魔館に行っているのであれば道はわかるのだろう。

ここで魔理沙に会えた事には吃驚したが、きっとこれは良い兆しだ。多分ね。

 

 

 

「お願い、私達を紅魔館まで案内してくれない?」

 

 

 

「いいぞ。その代わり今度香霖堂行った時、なんかくれよ」

 

 

 

「ありがと、それくらい全然いいよ。」

 

 

 

私のお願いに二つ返事で返してくれた魔理沙に感謝の念を抱いた私は、魔理沙が来たことなんて知らぬ存ぜぬといったように干し柿を食べ続ける夢月に「さ、行くよ。」と声をかける。

 

夢月は甘い干し柿を頬張りながら立ち上がり、私と魔理沙に着いてきた。

 

こうして確かな希望の光を感じた私達は、再び紅魔館へ向けて歩みを進めるのであった。



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エレクトリカル紅魔ランド

濃霧によって視界が奪われる湖を迷いなく進み続ける魔理沙。

相当通い慣れているのだろう、まるで霧がかかっているのが嘘かのようである。

 

躊躇なく歩みを進めていた魔理沙は突然此方に振り返り、進行方向を指さした。

 

 

 

「ほれ、あれが紅魔館だぜ」

 

 

 

魔理沙の指の先を見ると、そこには非常に立派な洋館が佇んでいた。

全体がレンガで出来ており、中央にはこれまた大きな時計塔が鎮座している。

 

そして何より大きな特徴はただただ紅い、目が痛くなる程には全てが真っ紅に染まっていた。

 

 

 

「すごいな…。」

 

 

 

「夢幻館より大きいわね…」

 

 

 

初めての紅魔館を前に、私と夢月は同時に感嘆の声を漏らす。

ここまで立派な洋館は、私が初めて酸素を肺に入れた日からただの一度も見たことがない。

 

 

 

「へへっ、そうだろうそうだろう」

 

 

 

「なんでアンタが自慢げなのよ」

 

 

 

照れくさそうに後頭部を抑える魔理沙に至極真っ当なツッコミを入れる夢月。

 

そんなやり取りをしていると、紅魔館の門から緑色のチャイナドレスを纏った女性が歩いてきた。

橙の長髪をたなびかせ、その頭には龍と書かれた帽子が被られていた。

 

 

 

「今日はお客さんが多いですね」

 

 

 

「よお美鈴(めいりん)、私が案内したんだぜ」

 

 

 

美鈴と呼ばれたその女性に得意気に話す魔理沙。

流石紅魔館に行くことをモーニングルーティンと言うだけあって、住民との友好度も伊達では無いらしい。

 

 

 

「初めまして、柊灯音です。」

 

 

 

これだけ大きな館となると、なんだか自分が場違いなような気がしてつい改まってしまう。

ほらまぁ、私なんて庶民だし。

こんな豪邸に招待される事すら恐縮なレベルだよ。

 

 

 

「灯音さんですか、話は聞いてますよ。そちらの方は?」

 

 

 

「私は夢月、灯音の付き添いよ」

 

 

 

美鈴に軽く自己紹介を済ませる私と夢月。

すると流石と言うべきか既に話は通っていたらしく、彼女はすぐに用を察したようだった。

 

それにしても夢月はこんな豪邸を前にしても平常運転。

ある意味安心な気もするが、なんとなく複雑な気分である。

 

すると美鈴は「わかりました」と一言添え、両腕をバッと広げた。

 

 

 

「私は紅魔館の門番、紅美鈴(ほんめいりん)!ようこそ紅魔館へ!」

 

 

 

「某テーマパーク感。」

 

 

 

「どこもかしこもネズミばかりね…」

 

 

 

本来なら「やったー!」とか言うべきなのだろうが、美鈴のその動作が私の記憶を妙に支配した。

きっとそれは夢月も同じだったようで、恐らく似たような事を考えたのだろう。

作品的にはグレーな発言を私と夢月は同時に言い放ってしまった。

 

 

 

「…ひとまず、お邪魔します。」

 

 

 

「はい!どうぞあがってください!」

 

 

 

気を取り直して改めて挨拶した私達は美鈴に促され、大きな門を潜り抜けた。

魔理沙もそれに着いてくるように歩いてくる。

 

 

 

「いやぁ〜テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜」

 

 

 

両手を重ねて後頭部に当てるようにしながら歩く魔理沙。

しかしその魔理沙の表情はどこか上の空で、何かを誤魔化そうとしているように見えた。

 

すると魔理沙が門の境界に足を踏み入れようとした刹那、ガッという音を立てて魔理沙の肩に白い手が乗った。

 

 

 

「!?」

 

 

 

魔理沙の後方をよく見ると、先程私達を迎え入れてくれた美鈴が魔理沙の肩を掴んでいた。

 

 

 

「私は貴女を迎え入れたつもりはないんですけどね、魔理沙さん??」

 

 

 

「な、何言ってんだよ美鈴。私達友達だろう?」

 

 

 

笑顔を絶やさず、それでいて優しさをまるで感じない美鈴の表情。

過去に何があったというのか。

魔理沙は思うところがあるのだろう、酷く焦った表情をしていた。

 

そんな慌てふためく魔理沙に対し、無慈悲に淡々と語りかける美鈴。

 

 

 

「私知ってますからね?魔理沙さんがうちの図書館の本を勝手に借りてずっと返さないのも、

うちの倉庫から勝手にお酒とか持っていくのも、

昼間に窓の外から鏡で太陽光反射させてお嬢様に当てて遊んでるのも、

妖精メイドにろくでもないこと吹き込んでるのも、私は全部知ってますからね?

お陰様で、妖精メイドに“ガタガタ言うな、クソ野郎。”とか言われるようになったんですよ?」

 

 

 

「あーっ、あーっ、なんも聞こえねーなぁ」

 

 

 

永く淡々とした美鈴の怒りに対し、帽子の縁を掴んで顔を隠すことで防御をする魔理沙。

美鈴の発言を聞いてる限り、どう考えても魔理沙が悪い。

10:0とかそういう次元じゃない、10億:0くらい魔理沙が悪いだろう。

 

盗みはするしイタズラはするし、もう踏んだり蹴ったりだ。

てか魔理沙ターミ○ーター観たの?

 

 

 

「うわヤバ……行こ夢月…。」

 

 

 

「…あぁ、うん」

 

 

 

そんな魔理沙にドン引きした私と夢月は、魔理沙達に背を向ける。

まぁ案内してくれたのは確かだし、今度魔理沙が店に来たらなんかしらのお礼はしようと思う。

 

「助けてくれぇ〜」と私に叫ぶ魔理沙を無視し、紅魔本館へ歩き始めたのだった。

 

門の先は二方向の階段が展開されており、その階段を上ると煉瓦造りの大橋のような道が館の正面玄関まで真っ直ぐ続いていた。

その大橋は高度があってとても見晴らしがよく、私達は大橋から広大な庭を眺めて再び感嘆の声を上げる。

 

 

 

「ひっろ…。」

 

 

 

「ほんとね…多分庭だけで夢幻館が三棟は入るわよ」

 

 

 

ずっと言っているように、紅魔館の敷地は非常に広い。

とにかく広いのだ、東京ドーム何個分とか聞かれても分からないがとにかく広い。

もし例えるなら国立大くらいだろうか。

 

夢月は夢幻館が()()()()()と言ったが、私にとっては()()()()()()()()なのだ。

つまり夢幻館も充分すぎる程に大きいという事だろう。

 

私の家は何軒入るかな?ん〜…たくさん!!ガハハ!!

…馬鹿じゃないの。

 

 

 

「…やっと着いたけど、なんかもうどこを見ても立派としか言えないね。」

 

 

 

「そうねぇ……何これ、このちっさい装飾だけでいくらかかってんのかしら」

 

 

 

漸く玄関前に着いた私達は玄関扉にすらも感動を覚える。

暗い茶色の扉に施された金装飾には、ミクロ単位の歪みすら許さないと言わんばかりに丁寧な職人技が見て取れた。

この扉だけで100万円超えてそうって感じ。

 

毎度毎度感動していては何も進まないので、私はひとまず玄関扉に手をかけてゆっくりと引いた。

重く低い音を立てながら開かれた大扉は、これまた豪華な装飾に彩られた内装を私達に披露する。

 

首が痛くなりそうな程に高い天井を見上げながらエントランスに足を踏み入れると、横から聞き覚えのある透き通った声が聞こえてきた。

 

 

 

「いらっしゃい、灯音」

 

 

 

突然の声にビクッと体を震わせ、声の主を見る。

すると青いメイド服に身を包んだ銀髪の女性が、私にニコリと微笑んで立っていた。

 

 

 

「びっくりさせないでよ…咲夜。」

 

 

 

「ふふっ、悪かったわよ。ところでその子は?」

 

 

 

「この子は夢月、私の付き添いで来てくれたんだ。」

 

 

 

彼女は十六夜咲夜。

話を聞く限りはここで働いているメイドらしい、私も最近知ったんだけどね。

 

やっぱり実際に招待されてない人を連れてくると聞かれるもんだね。

それは仕方ないことだとは思うし、良いんだけどね。

軽く紹介を済ませた後、どうやら咲夜が奥に案内してくれるそうで「着いてきて」と先導を始めた。

 

咲夜に着いていく私達…と思ったら、何やら夢月が暗い顔をして立ち止まっていた。

それに気づいて立ち止まる私と咲夜。

 

 

 

「…夢月?どうしたの?」

 

 

 

私は訝しげに夢月の顔を覗き込んだ。

 

 

 

「……許せない」

 

 

 

「え?何が?」

 

 

 

ブツブツと何かを呟いている夢月。

私が何とか聞き取れたのは“許せない”というフレーズだけだった。

すると夢月は咲夜の方を指さして突然叫んだ。

 

 

 

「キャラ被りは許せない!!!」

 

 

 

「「……はぁ??」」

 

 

 

思わず同時に同じ言葉を発してしまう私と咲夜。

え、何?同じ青いメイド服だからっていう、そういう事?

大丈夫だよ、メイド服の特徴が薄れても夢月は充分キャラ濃いから安心して。

 

 

 

「そこのメイド!私と勝負よ!」

 

 

 

「ちょっと夢月?」

 

 

 

このアホの子ついにとんでもない事言い出したよ。

私が夢月を止めようとすると、咲夜が私の肩に手を置いて私を制止した。

なんか嫌な予感。

 

 

 

「受けて立つわ。紅魔のメイドの力、見せてあげる。」

 

 

 

「人間のくせに良い度胸ね!さぁ始めましょ!」

 

 

 

はい、嫌な予感一瞬で的中。

もはや予言レベルだよね、私の勘当たりすぎてなんかもう…もう!

 

こっちはお邪魔してる側だし、それに加えて相手は人間。

夢月は自分の力の強大さを分かっているだろうし、その辺の加減はしっかりしてくれると思いたいけれど…。

 

 

 

「はぁ…もうどうにでもなれ。」

 

 

 

夢月を連れてきた事を既に後悔しつつある私は今にも始まりそうな戦いに背を向け、外に出て煙草に火を灯したのであった。



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メイドは血と刃を好む

開け放たれた扉越しから見えるエントランスの光景。

 

そこでは金髪の青メイドと銀髪の青メイドが睨み合っており、銀髪メイドの咲夜はシルバーのナイフを何本も指の間に挟んで構えていた。

一方、それを見た夢月はスカートの中から黒い刃を二本取り出す。

 

夢月のスカートの中どうなってんの…とか思いつつも、私はそれ以上にその刃を見て驚愕した。

 

 

 

「あれ!?ブラックニンジャソードじゃん!」

 

 

 

マットな黒い片刃は一枚のプレートが加工されて出来ており、持ち手の部分は黒いロープが巻かれているだけの単純な作りだ。

 

しかしその単純な作りとは裏腹に、恐ろしい程の切れ味とシャープなビジュアルによってブラックニンジャソードは武器マニアの心を擽った。

 

無論、それは私も例外では無い。

 

 

 

「私が知った頃にはもう、日本で所持するのは違法になってたんだよな…。」

 

 

 

アメリカで製造されたこの刀剣はコレクター向けに販売されたのだが、ある時期から日本では輸入と所持共に違法になってしまった。

持っているだけで銃刀法に触れてしまう為だ。

 

その実物が今目の前に、これは感動ものである。

ブラックニンジャソードは私の能力で召喚することも出来るが、質は劣らずとも召喚された紛い物と実物では気の持ちようが変わってくるのだ。

 

 

 

「幻想入りしてたんだ…やばいめっちゃ感動。」

 

 

 

煙をブワッと吐き出し、夢月がブラックニンジャソードでどのように戦うのか瞬きもせず見学することにした。

構えている咲夜に対し、両腕をプランと下げて一対の黒刃を握るだけの夢月。

 

 

 

「……まさか。」

 

 

 

両腕を無造作に下げていた夢月は肩甲骨をゆっくり回し始める。

ぐるり、ぐるり、またぐるりと

 

その動きはまるで…いや、確実に…

 

 

 

「ゼロレンジコンバット…ッ!?」

 

 

 

カメリアが得意とする格闘技、ゼロレンジコンバットそのものであった。

 

刃を両手に持った状態で行われるウェイブ。

その事象も確かに驚くべきことであったが、もっとそれ以上に恐ろしい事がある。

 

人がウェイブによって放った攻撃は通常の数倍の威力だという。

しかしそれを悪魔である夢月が放ったらどうだろうか。

 

 

 

「…どうなるか。」

 

 

 

固唾を飲んで両者を見守る私は、今にも落ちそうな煙草の灰にも気付かず夢中になっていた。

 

いつも通りの悍ましい笑みを浮かべる夢月、柔らかな微笑みを浮かべる咲夜。

傍から見れば互いが口角を上げている和やかな絵面であるが、今彼女らの手に握られているのは刃だ。

 

互いが互いを倒す為に武器を握っている状況で、最初に動き出したのは夢月であった。

 

 

 

「久しぶりの剣舞ねッ!」

 

 

 

凄まじい速度で駆け出した夢月は体を捩りながら肩を回し、二本の黒刃を咲夜に向けて横向きに薙いだ。

しかし咲夜はその速度に反応できていないのか、避けようともせず構えたまま立ち止まったままである。

 

 

 

「ちょっ…。」

 

 

 

焦りからつい咲夜に手を伸ばしてしまうが、私の居る場所では咲夜にとても届かない。

ヤバイと思ったその瞬間、私は奇妙な感覚に陥った。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

夢月の刃が当たる刹那、咲夜の姿が消失する。

その消失と同時に咲夜は夢月の背後に出現し、ナイフを夢月の首元に突きつけていた。

 

私は今瞬きなどただの一度もしていない。

確かに瞳を閉じることなく二人を見つめていた。

恐らく咲夜は素早く動いたというよりも、ワープしたような感じだろう。

 

 

 

「能力か…?」

 

 

 

空間転移の能力?…しかしそんな芸当論理的に考えて難しすぎる。

そんな能力があるならば、転移したい地点の座標を頭の中で変換して能力を行使しなければならないだろう。

 

ナイフを突き付けられた夢月は2本の刃を振りきった体勢で固まっていた。

少しでも動けば喉元を裂かれるのが目に見えているからだ。

 

 

 

「チェック()()()

 

 

 

咲夜がオシャレなダジャレを言って夢月に笑いかける。

降参を促しているのだろう、日本で言う“王手”を夢月に宣言した彼女は非常に清々しい表情を浮かべていた。

 

しかし、王手をかけられた当の夢月は依然口角を上げたまま笑ってこう言った。

 

 

 

「ウフフッ、人間って甘いのねぇ…!」

 

 

 

「なっ…!?」

 

 

 

夢月がそう言い放った瞬間、紅魔館全体が鳴動した。

脳髄に響くほどの地鳴りを起こした後、夢月の身体から黒い衝撃波が発生する。

為す術なく衝撃波に直撃した咲夜は後方に大きく吹っ飛び、壁に激突した。

 

 

 

「〜ッ!」

 

 

 

壁に打ち付けられ、声も出せずに悶える咲夜。

そんな咲夜に対し、夢月は問答無用で2本の刃を投げつけた。

2本の刃が咲夜の首を固定するようにして壁に突き刺さる。

 

まるでお前に逃げる場所は無いと言わんばかりに。

 

 

 

「アンタがどんな能力を持っていようが関係ない、これがホントの…」

 

 

 

身動きの取れなくなった咲夜に歩み寄った夢月はスカートの中からもう一本の黒刃を取り出し、咲夜に突きつけた。

 

 

 

「“チェックメイド”」

 

 

 

「く…ッ!」

 

 

 

一分にも満たない戦いが夢月の勝利として終わった一方で、私は夢月の剣舞があまり見られなかった事を少しばかり不満に思った。

そして、三本の刃をスカートの中に仕舞った夢月は座り込む咲夜に手を伸ばす。

 

たった数十秒のアイデンティティ・ウォーは呆気なく幕を閉じたのであった。

 

 

 

「はぁ…やっぱ煙草しか勝たん。」



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貸与式・黒鉄忍刃

太陽が真上に昇ってもなお薄暗い紅魔の廊下で、私と夢月、咲夜の三人は並んで歩いていた。

 

永遠にも感じるほど長い廊下で、私は二人に不満を垂れ流す。

 

 

 

「なんであんなすぐ終わらせちゃったのさー…。」

 

 

 

口を尖らせながら、夢月のブラックニンジャソードを指を駆使してグルグル回す私。

初めて触れた実物に内心感動し、心と身体にその感触を染み込ませる。

 

 

 

「剣闘かと思ってたのに能力使われたから、ちょっとムキになって…」

 

 

 

「一目見た時から人間じゃないことは分かっていたから、ハンデとしてちょうどいいと思ったのだけれど…」

 

 

 

それぞれの言い訳事情を話す二人。

とはいえ私は夢月達がどんな戦い方をするのか興味本位で知りたかっただけなので、別にそこまで怒っているわけではない。

 

でもブラックニンジャソード二刀流で舞う悪魔とかめちゃめちゃ格好良さそうじゃん、しかも剣舞にゼロレンジコンバット取り入れるとか私見た事なかったし。

 

もう想像するだけで脳髄が鳴動するし、血液がグツグツと煮え滾る

この感覚がまさに私が戦闘狂であり武器マニアであるという事をよく実感させた。

 

私がゾクゾクと身体を震わせていると、夢月が申し訳なさそうに私の顔を覗き込んできた。

 

 

 

「悪かったって…機嫌直してよ」

 

 

 

別にそんなに怒っているわけではないのだが、どうやら勘違いされているようだ。

 

ん…良いこと思いついた。

それならば、夢月には悪いがその勘違いを利用させてもらおう。

私は心の中でニタリと笑いつつ、無表情のまま夢月に言った。

 

 

 

「この剣しばらく貸してくれたら許す!」

 

 

 

私は卑怯な事にブラックニンジャソードを引き合いに出した。

我ながら本当に卑怯だ、私は性格悪いのかもしれない。

 

それを聞いた夢月は驚いたような、困ったような表情で叫ぶ。

 

 

 

「はぁ!?何のための能力よ!?」

 

 

 

「実物が良いんだもん…!召喚したらなんか味気ないじゃん!」

 

 

 

あくまでも武器マニアの心は譲れない。

私がかつて手を伸ばしても届かなかった武器は、今では念じるだけで簡単に召喚することができる。

しかし、そのせいで私は新たな武器を手にする喜びが薄れてしまったのだ。

 

そんな幻想郷生活で彗星の如くやってきた“本物の武器”。

それも私が予てから欲しかった一品だ。

 

そんなの…手離したくないに決まってるじゃん!

すると、夢月は諦めたように苦笑して両手を広げた。

 

 

 

「しょーがないな、でも必要な時は返してよ?」

 

 

 

「ほんと!?惚れていい!?」

 

 

 

「アンタが私に惚れようと、私は幻月姉さん一筋よ」

 

 

 

トテモ=ウレシイ

ホントのホントに使いたかったものなので、私はつい夢月に惚れ込んでしまいそうになった。

まぁ、それに関しては冷ややかに撥ねられてしまったが。

 

さて、そんなこんなでずっと歩いていたわけだが、気づけば私達は大きな門の前に立っていた。

 

 

 

「ここがお嬢様の間よ、お嬢様はここで灯音を待ってる……のだけれど」

 

 

 

歯切れ悪く言葉を紡ぐ咲夜。

そんな咲夜に対して何も言わない私達だが、理由は簡単だ。

 

 

 

扉の中から大きな金属音や爆発音が響いているからだ。

 

 

 

「ねぇ夢月…これってもしかして…」

 

 

 

「私も思ってたよ…アイツは朝っぱらからドンパチやりにここまで来たってことなのかな?」

 

 

 

呆れたように話し合う私と夢月。

紅魔館に来てから、私達は一度もカメリアを見ていない。

しかし門番の美鈴が「今日はお客さんが多い」と言っていたので、カメリアが紅魔館に来ているのは咲夜も知っているのだろう。

 

カメリアと私達に関係があるのは知らないだろうが。

咲夜は少し考える素振りを見せた後、多少俯き気味にボソッと呟いた。

 

 

 

「どうして素直になれないんですか…」

 

 

 

「「……?」」

 

 

 

本当に小さな声で呟いた咲夜だったが、私達はその言葉を確かに聞き取った。

しかし、私達がその言葉に対して質問をすることは無い。

私も夢月もきっと触れてはならないのだろうと思った、ただそれだけの理由だ。

 

咲夜は少し俯いた後、思い切ったように主の間の扉を開け放つ。

 

 

 

「はぁ…予想通りだけど…」

 

 

 

扉の先では思った通り、カメリアが背中から黒い蝙蝠のような羽を生やした水髪の少女と死闘を繰り広げていたのであった。




毎日投稿、約一ヶ月!
なんも成長してないけれど、いつも見てくれてる方ありがとうございます!


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軍人は甘美な闘争を求むか

七色のステンドグラスを背景に、吸血鬼と思しき少女とカメリアが熾烈な戦いを繰り広げている。

少女が紅い光弾を次々と放ち、カメリアが高速で駆けながら隙を見てデザートイーグルを撃つ。

 

光弾を躱すカメリアの速度は既に人智を超えていた。

 

 

 

「疾っ…。」

 

 

 

「アイツ本当に人?」

 

 

 

少女は恐らく吸血鬼であろうから身体能力が極めて高いのも頷けるが、人間であるはずのカメリアも負けず劣らずの身体能力を発揮していた。

あまりにも疾い、あまりにも精密。

 

その現実を見てしまっては、夢月の言葉を簡単に肯定することは不可能であった。

 

困惑する私達に気づいたその少女は、依然光弾を放ちながらニヤリと口角を上げる。

 

 

 

「ギャラリーが来たぞ、カメリア」

 

 

 

「えっ…」

 

 

 

俊敏に駆け続けていたカメリアだったが、少女のその言葉で反射的に後ろを振り向いた。

私達を視界に入れたカメリアは目を見開き、その場で立ち止まってしまう。

 

光弾の雨が降り注ぐ地獄の中で、だ。

 

 

 

「カメリアッ!?」

 

 

 

立ち止まったカメリアに迫る光弾に気づいた私が叫んだ時にはもう遅かった。

私の方を向いて立ち止まっているカメリアは為す術もなく数多の光弾に被弾してしまう。

 

強烈な衝撃と共に私の方へ吹っ飛ぶカメリア。

私は反射でカメリアを抱きとめるが、カメリアは生を感じない目で口から血を流していた。

 

 

 

「あ…かね…」

 

 

 

「カメリア…。」

 

 

 

項垂れるカメリアを抱えながら、私は光弾を放った主を見つめた。

少女は蝙蝠のような黒い羽をパタパタとはためかせ、空中から私達のことを見下ろしている。

 

少女の目が私と合った瞬間、少女は紅い槍を生成して私に投げつけてきた。

強烈な魔力を感じる槍、もし喰らえばひとたまりもないだろう。

それに今、私に槍が刺さるとカメリアにもダメージがいく。

 

それだけは、阻止しなければならない。

 

 

 

「世話のかかる戦友だ。」

 

 

 

私はカメリアを横に突き飛ばし、能力で篭手が一体化した棘だらけの盾を召喚して構える。

通称“ランタンシールド”、外側からは分からないが、持ち手側の方にランタンがぶら下がっており、夜戦でも灯りを確保しながら盾を構えることが出来る一品だ。

これは武器にもなるので、なんとか私の能力で召喚することができるらしい。

 

少女の槍の速度はついに音速を超えるほどまでに達し、着弾までの短い時間ではカメリアを突き飛ばすだけで精一杯だったのだ。

盾を召喚できただけまだ及第点と言うべきだろうか。

来たる衝撃に備えていると、つい最近聞きなれた声が耳に届いてきた。

 

 

 

「アンタもでしょ」

 

 

 

その声が聞こえた瞬間、私に放たれていた槍が突然爆音で爆ぜる。

 

見ると迫っていた槍は真ん中から真っ二つに切り裂かれており、私に背を向けるようにして夢月が立っていた。

その両手には黒鉄の刃を携えている。

 

 

 

「…ありがと、夢月。」

 

 

 

「アンタに死なれたら困るんだってば!」

 

 

 

苛立ちを見せる態度で大声を出す夢月。

その表情の中に心做しか照れくささを感じたが、私は見て見ぬふりをして微笑んだ。

私の心情に気づいてか気づかずかは分からないが、夢月は私から目を逸らすようにして黒刃をグルグルと回す。

 

それを見た吸血鬼であろう少女は興味深そうに夢月を見つめ、ニヤリと口角を上げた

 

 

 

「ほう…悪魔が人の盾となるか」

 

 

 

「ふん、利害が一致しているだけよ」

 

 

 

夢月の言葉を聞いた少女は高らかに笑い、地上に降り立つ。

その少女の行動に警戒しつつ、表情を崩さない夢月。

そんな夢月を見て、少女は夢月に手のひらを向ける。

 

 

 

「まぁ待て、闘争は終わりだ。」

 

 

 

「…?」

 

 

 

新たに熾烈な戦いが始まる空気であったが、その空気は少女の言葉によって終わりを告げた。

 

少女が何をしたいのか理解できない私達は目を見合せ、少女と咲夜に連れられて別室に案内されたのであった。



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紅魔の寝室にて

既に昼過ぎ。

私はカメリアを背負い、夢月は依然警戒を解かずに歩いている。

私達は少女と咲夜に別室まで案内されながら色々な話を聞いた。

 

やはり私の予想通り、蝙蝠のような黒い羽を生やした少女の名はレミリア・スカーレットであり、私に紅涙を贈ったその人であった。

先の戦いでレミリアがカメリアの名を呼んでいた事から、知り合いなのかと聞くと「それは後で本人が起きたら話すわ」と言われた。

 

その一方で咲夜は玉座の間の騒音に気づいた時からどうも浮かない顔をしており、ずっと考え事をしているようである。

 

非常に触れづらい。

咲夜個人の話だから仕方の無いことだろうとは思うが、こういう時ってどう接したらいいのか分からないから困ったものである。

 

 

 

「さぁ、着いたわよ」

 

 

 

そう言ってレミリアが手をかけた扉は玉座の間に比べたら劣るものの、数ある一部屋にしては充分に豪華な造りであった。

その扉の先の部屋には中央にテーブルが置いてあり、隅に大きなベッドが鎮座していた。

 

 

 

「ん…寝室?」

 

 

 

「えぇ、カメリアがまだ目覚めなさそうだからね」

 

 

 

私の背中でぐったりしているカメリアにレミリアは少し悲しげな微笑みを向けた。

 

カメリアの現状はレミリアの手によって起こったもの。

それなのに悲しげな瞳を見せるレミリアに不信感を抱く私。

カメリアの常軌を逸した身体能力もあり、私は色々なことを疑っていた。

 

だが、ひとまず話を聞かない事には何も始まらない。

私はカメリアを安全体位でベッドに寝かせ、レミリア達と共にテーブルについた。

 

 

 

「まずは招待した身でありながら貴女に矛を向けた事を謝罪するわ」

 

 

 

「それはまぁ…良いんだけど。」

 

 

 

開幕早々謝罪の言葉を述べるレミリア。

行動と言動の矛盾、とても普通とは思えない。

しかしその質問をどう切り出そうかと唸っていると、夢月が腕を広げて私を制した。

 

 

 

「いきなり話に割り込むようで悪いんだけど、アンタらなんで戦ってたの?」

 

 

 

ド直球!!

脈略も無く重要な質問を投げかける夢月だが、正直非常にありがたい。

ナイス夢月!さすが私が惚れた悪魔だ!

本気で惚れてるわけじゃないけどね。

 

その質問に少し驚いたように目を見開くレミリアは、一呼吸おいてからゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

 

「その話をするには…数百年前の話から始めないといけないわね」

 

 

 

「「数百年前…?」」

 

 

 

レミリアのその言葉に驚かされたのは私だけでなく、夢月もであった。

まぁ当然といえば当然で、私はもちろん、夢月もカメリアが人間であることを知っているからだ。

その上、外来人であるカメリアが吸血鬼であるレミリアとの因縁があるという事実。

 

私達はその後のレミリアの話に強く引き込まれたのであった。



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七色の石を持つ少女

太陽は既に傾き、元より薄暗かった寝室は更に陰りを見せている。

レミリアの「カメリアが起きたら話す」というのは、夢月の直球な質問によって粉々に砕かれた。

ほぼ全ての事情を理解した私は席を外し、バルコニーでタバコに火を灯す。

 

 

 

「カメリアがハーフヴァンパイアねぇ…。 」

 

 

 

未だに信じられない…というわけではなく、私はそれを聞いてむしろ少し納得した。

カメリアの異常な知識、身体能力、生活。

その全てを当てはめても、彼女がハーフヴァンパイアである事に不思議は無いのだ。

 

いやでも、太陽が出ている日はなるべく外に出ないとはいえ、彼女は陽光を浴びてもなんらダメージを負っている様子はない。

これこそ彼女がハーフヴァンパイアであるからこそなのかもしれないが、わかんないよね普通。

 

フゥーッと吐いた煙は空高く昇っていき、天まで届く前に雲と混ざりあって消え失せた。

再び大きく煙を吸って、肺の奥の奥の奥まで煙を充満させる。

 

 

 

「ちゃんと言えよ…馬鹿女。」

 

 

 

ため息と共に煙が吐き出され、私の視界がブワッと白くなる。

友人である私にくらい、話してくれたっていいものを。

 

正体を知ったら離れると思ったのか?

軽蔑すると思ったのか?

ふざけやがって。

 

とはいえ人外が存在しないのが常識の現世で、そんな事言えるわけないか。

今までずっと誰にも言わず隠してきたのだろう、それも仕方の無いことかもしれない。

 

そんな事を考えていると、背後からガチャリと扉の開く音が聞こえた。

 

 

 

「…誰?」

 

 

 

扉の方を振り返ると、そこには傘を差した金髪の少女が立っていた。

その少女は赤いワンピースに身を包んでおり、サイドテールの金髪を白いナイトキャップで隠している。

 

そして何より目を引くのが、少女の背中から生えた羽のようなもの。

枯れた枝のような骨に七色の石が連なっており、見るもの全てを引き込むような美しさ。

 

そんな美しい羽を生やした少女は、どこか寂しげな表情を浮かべてそこに立っていた。

 

 

 

「お姉さん、カメリア姉様とお友達なの?」

 

 

 

見たところ、齢五歳六歳程度の少女は私に寂しそうな紅い瞳を向けて問いを投げかけた。

カメリア姉様…ふむ、髪色こそ違えどレミリアと瓜二つだし、恐らくカメリアやレミリアの妹と言ったところだろう。

 

それにしてもお姉さんか…悪くない、悪くないな。

 

 

 

「そうだよ、君のお名前は?」

 

 

 

私は煙草を消し、少女の目の前にしゃがんで目線を合わせた。

目線を合わせることで少女の綺麗な顔立ちがよりハッキリする。

全てを消し去るような真っ白な肌、一片の無駄も感じさせないシャープな輪郭、血のように紅い大きな瞳、閉口していても尚はみ出る八重歯。

 

見れば見るほど、彼女は私の遥か上に位置する事が明確になるのであった。

 

 

 

「私はフランドール・スカーレット、フランって呼んで。レミリアお姉様の、妹だよ」

 

 

 

幼さを感じさせる辿々しい言葉選びでその少女、フランは自己紹介をした。

フランドール、聞いた事のない名である。そりゃ当然か。

 

 

 

「フランちゃんか、よろしくね。私は灯音、何かご用?」

 

 

 

お姉さんとか呼ばれてから心がなんだかポカポカしているような気がするが、私は何ら変わりなくフランに接した。

別にフランだから優しく話しかけてるわけじゃない、きっとこれはたまたまだ。

 

すると少し考える素振りを見せ、フランは少し声を張って言い放った。

 

 

 

「お姉様…レミリアお姉様を止めて欲しいの!」

 

 

 

紅魔館のバルコニーに冷たい風が吹き荒れた。



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ハレヌニクシミ

 

 

 

「ふぁ……」

 

 

 

目が覚めるとどこか懐かしさを感じる一室。

横向きに傾いた視界には綺麗なドレッサーが映り込んでおり、ドレッサーの鏡の中には私の生き写しが此方を覗いていた。

 

 

 

 

「あぁ…500年ぶりの景色かもしれないわね」

 

 

 

この部屋が紅魔館の一室であることに気づくと同時に、私はレミリアとの一戦を思い出した。

純吸血鬼と半吸血鬼の熾烈な戦い。

 

ギャラリーが見ているとレミリアに言われ、一瞬の動揺をしたところまでは覚えている。

簡単な話だ、そこでレミリアの光弾をモロに受けたのだろう。

 

 

 

「そうか…私はあの時気絶したのね」

 

 

 

大きくため息をつき、ベッドから起き上がる私。

窓を開けて冷たい風を部屋に送ると共に、カチッとジッポライターで煙草に火を灯した。

憂鬱な気分が少しずつ晴れていく、その感覚を身体に染み込ませる。

 

 

 

「力が必要ね…もっと、もっともっと…」

 

 

 

グッと左の拳を力強く握りしめ、既に沈みつつある太陽を睨みつける。

私はハーフヴァンパイアだから実質害はないが、レミリアやフランにとっては大きな障害である太陽。

 

そうだ、太陽さえ消えれば…

 

 

 

「月光……」

 

 

 

私は煙草を口に咥えながら両手を広げた。

来たる月光に向けて、祈りを込めて。

 

月光がこの身に注がれれば“月の神託”は自在に操れるのだ。

私の、私だけの信仰の賜物。

この力でフランや灯音を救えると思うと、私はさらに月光への信仰が高まっていくのであった。

 

すると、ガチャリと部屋の扉が開いた。

その音に反応して銃口を咄嗟に向ける私。

 

 

 

「お目覚めね、カメリア姉様」

 

 

 

「レミリア…ここでもう一発カマすのかしら?」

 

 

 

レミリアには、先の戦いでの因縁がある。

それを理解した上でレミリアは敢えてこの部屋に立ち入ったのだろう、本当に癪に障る妹だ。

 

しかし、レミリアは手のひらを私に向け、首を振った。

 

 

 

「いいや、少し…話さないか?」

 

 

 

「……それは、“お話”だけで終わるものなの?」

 

 

 

警戒して依然銃を構えたままの私は、皮肉混じりにレミリアに問いかける。

するとレミリアは静かに丸テーブルにつき、対面に座るよう私に促した。

 

 

 

「“お話”で終われば、な」

 

 

 

「ふん、まぁいいわ」

 

 

 

レミリアに従い、レミリアの対面に座る私。

私はふてぶてしい態度でレミリアを睨みつけるが、そこでとあることに気づいた。

レミリアの表情、涙を流しているわけではないが、その表情には何処か寂しさや悲しさが漂っている。

 

しかし私はそこに何も触れず、レミリアの発言を待った。

気のせいかも、しれないしね。

 

 

 

「察しはついているだろうが、フランの話だ」

 

 

 

「…でしょうね、それで?」

 

 

 

レミリアは少し考えるような仕草を見せ、静かに唸りだした。

纏めてから話を始めてくれ…と言いたいところだが、話の内容が内容なので仕方が無いのかもしれない。

 

レミリアが私に向ける悲しげな表情から、私は少しだけ次の発言に期待をしていた。

もしかしたら、きっと、500年前の事を悔いて省みているのかもしれない。

 

そんな甘ったれた期待をしていた。

 

 

 

「いや……」

 

 

 

しかし数秒の空白を越え、レミリアがついに発した言葉は容易に私を憤らせた。

 

 

 

「やはり館を出たオチコボレ(ハーフヴァンパイア)には死んで貰わないとダメだ」

 

 

 

「──ッ!!!」

 

 

 

その瞬間、私は無意識にマチェットを抜いてレミリアに振り下ろしていた。

 

しかしその刃にレミリアがみすみす当たるわけもなく、レミリアは紅い槍を須臾に生成して私のマチェットを防いだ。

 

 

 

「少しでもッ!期待した私が馬鹿だったわッ!!!」

 

 

 

「……ふん」

 

 

 

どこか明瞭としないレミリアの表情に更に憤りを覚えた私は、続けて何度も刃をレミリアに向けた。

 

宵と相違ない暗がりの中、私とレミリアは再び500年越しの因縁を晴らそうとしていたのであった。



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五百年の因縁

最近短くてスンマセン


闘争を、この身全てに闘争を。

人外に与えられたただ一つの問題解決法、闘争。

 

人も動物も、古来より他を喰らうことで生き永らえてきた。

そして進化し、或いは絶滅し、新たな生命が紡がれていった結果、現代の生命が在るのだ。

 

私は人ではない。

人として現世で生きてきたが、本物の人にとっては私は動物でしかない。

勿論、それは私だけに留まらず、目の前で紅い槍を構えている吸血鬼も例外ではないのだ。

 

 

 

「お互い、野蛮ね」

 

 

 

「…そうかもな」

 

 

 

私の思った通り、レミリアの“お話”は“お話”で終わらなかった。

むしろ始まってすらいなかった、始まる前から終わっているのだ。

 

紅い槍を突きつけるレミリア、マチェットの切っ先を向ける私。

数秒の睨み合いの末、私たちは同時に動き出した。

 

凄まじい勢いで突き出されたレミリアの槍を辛うじて回避する私。

上半身を捩ることで大抵の攻撃は回避ができる。

その際、その道のプロともなれば下半身の重心を保ち、二撃目も難なく回避ができる。

 

聞いた話ではない、実際に私はそれが可能なのだ。

 

 

 

「格闘技を知らない貴女に、接近戦のやり方を教えてあげるわ」

 

 

 

槍を両手で回転させることで不規則な攻撃を放つレミリア。

やはり“技”というものを知らないのだろう、取ってつけた不規則は、不規則なようで規則性があるのだ。

 

私は槍を回避しつつ、確実な隙を狙ってマチェットをレミリアに振り下ろした。

 

 

 

「技を極めた程度で、私に届くと思うな」

 

 

 

「…ッ!!」

 

 

 

確実な隙をついたはずの攻撃は空を切った。

回避…といえば回避なのかもしれない、レミリアは身体を無数の蝙蝠に変化させて私の刃を容易く躱したのだ。

純吸血鬼だからこそ成せる技を、あたかもハーフヴァンパイアである私への当てつけのように見せつけてきたレミリア。

 

私はどうにか憤りを抑え、なるべく冷静な心持ちでレミリアの気配を探った。

 

 

 

「どこに行ったのかしら?」

 

 

 

平静を装っているつもりではあるが、どうしても苛立ちが先行した口調になってしまう。

ハーフヴァンパイアであることに対する侮辱、それは私の実父をも侮辱していると同義だ。

 

怒りは収まらず、マチェットを握る手に力が入る。

 

 

 

耳を欹て、周囲の全てを集音──

 

 

 

「……今回は貫く」

 

 

 

「─ッ!!」

 

 

 

何処から来てもいいように構えてはいた。

しかし予想外なことに、私が備えていた声は頭上から聞こえてきたのだ。

その一瞬の動揺が、一瞬の隙を生んでしまう。

 

反射でマチェットを振り上げる私だが、間に合わない。

レミリアの槍が私の目玉から突き刺さり、そのまま身体全てを穿ち尽くすだろう。

 

身近に迫る死を感じ、私は静かに目を閉じた。

 

 

 

「なにしてんの?」

 

 

 

「…えっ?」

 

 

 

その瞬間、私に安心感を与えてくれる大好きな声が耳に届く。

目を開けると、そこには灯音と咲夜とフランが立っていた。

 

 

 

そして…

 

 

 

私の隣には紅い槍を床に突き刺したレミリアが、目を見開いて静止していたのだった。



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最愛の人

相も変わらず薄暗い紅魔の一室。

熾烈な戦いを繰り広げていたレミリアと私は、突然の訪問者に呆然としていた。

 

状況を把握したのか、立ち上がったレミリアはメイドである咲夜に紅い槍を突きつける。

 

 

 

「主の邪魔をするか、咲夜」

 

 

 

怒りを見せる主人に槍を向けられた咲夜は釈然とした表情で冷静に立っていた。

武器も何も持たず、両手を重ねて姿勢正しくレミリアと向き合う咲夜。

 

 

 

「お嬢様、貴女は間違っています」

 

 

 

「……お前に何がわかるんだ」

 

 

 

レミリアは槍を持つ手を震わせながら、動揺の見える表情で咲夜を睨みつける。

そんなレミリアに対し、依然冷静な面持ちを保ち続ける咲夜。

咲夜は静かに、それでいてハキハキと言葉を紡いだ。

 

 

 

「お嬢様も、分かっていらっしゃるのでしょう?」

 

 

 

「………」

 

 

 

苦悶の表情を浮かべて静かに槍を下ろしたレミリアは槍を片手で回転させ、魔力供給を断つことで槍を消失させた。

何を語るでもなく、苦悶の表情のまま考え込むレミリア。

 

ふと動作を感じ、動作の方を見ると、灯音が私に手招きをしていた。

その表情は険しく、怒っているようであった。

 

それも当然か、私はずっと友である灯音に自分の正体を隠し続けてきたのだ。

長らく関わっていた友人が人外だと知って、きっと幻滅しているのだろう。

 

私はどう抵抗するわけでもなく、灯音に従って廊下に出た。

なんの会話も交わさず、ただ灯音に着いていく。

 

きっともう一緒には居られない。

大切な友人である灯音を、私は二度も裏切ったのだ。

私に背を向けたまま黙り込む灯音に、私は意を決して別れを告げようとする。

 

 

 

「ごめんなさい、灯音…私はもう貴女と…っ」

 

 

 

溢れそうな涙を堪えながらなんとか言葉を紡いでいると、突然灯音が視界から消え、柔らかな感触が私の上半身を包み込んだ。

状況を理解出来ずに硬直してしまった私は、首に落ちた一粒の冷たい感覚で我に返った。

 

そう、抱擁。

私は灯音に抱き締められたのだ。

かけがえの無い大切な友人に、裏切り者の私が。

 

 

 

「心配かけないでって…何度も言ってるでしょ、バカ女っ。」

 

 

 

「……っ」

 

 

 

その言葉で、堪えていたはずの涙が遂に溢れ出した。

洪水のように止めどなく流れていく涙。

嗚咽によって言葉が出せない中、私はただ灯音の背中に手を回すことしかできなかった。

 

狂おしい最愛の友人、灯音。

最早友人と呼ぶことさえ渋られるほどに愛しい、私の大切な人。

 

私は嗚咽混じりに言葉を紡いだ。

きっとそれはさぞかし汚く、荒い声であったであろう。

 

 

 

「ありが…と…っ灯音…っ!」

 

 

 

私達は大粒の涙を流しながら、強く抱き締めあった。

許してもらえたとは思っていない、しかし灯音の優しさが私を包んでくれていることは確か。

 

今の私には…否、きっとこれからも、それで充分だろう。

 

私達はその後、暫く互いの身体に身を任せて離れなかった。

二度と私は、灯音を裏切らない。

そう決意し、灯音の背中に回した手に力を込めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みっともなく涙を流しながらカメリアと抱擁してから数刻後、私達は地下室に集まった。

私と灯音、夢月、咲夜、レミリア、フランが暗い石室でそれぞれ座る。

 

肌寒く、静かなこの石室で何を語るのか。

冷静になったカメリアとレミリアが話し合うため、私達は念の為集まった。

 

カメリアと向かい合ったレミリアが、静かに口を開く。

薄ピンクの綺麗な唇が、美しく言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「カメリア姉様…私は、フランを幽閉した事は未だに後悔していないわ」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

レミリアの発言に対して憤る様子も無く、冷静に言葉を返すカメリア。

相槌だけ打ったカメリアは、それ以上は何も語らずに続きを待った。

 

 

 

「フランの能力は万物を容易く滅するし、フラン自身も外への関心があまり無かったから、幻想郷に来た後も私はフランを地下室から出さなかった」

 

 

 

 

「…幽閉していた訳では無い、ということ?」

 

 

 

「そうよ」

 

 

 

未知の事実に僅かながら動揺を見せたカメリアは、少し身体を前傾させた。

それもそのはず、彼女はフランが500年もの間幽閉されていたものだと思っていたのだ。

 

 

 

「だから、それについては間違っていたとは思わないわ」

 

 

 

「……そう…」

 

 

 

カメリアの表情に僅かながら怒りが浮かぶ。

私を含めた皆がそれに気づいて少し構えるが、レミリアは手のひらを向けて制止した。

そんなレミリアの行動を訝しげに見つめるカメリア。

 

 

 

「けれど…」

 

 

 

レミリアは目を閉じ、少し考える素振りを見せた後、目を開けてゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「カメリア姉様に対する私の行動は全てが間違っていたわ」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

肌寒く薄暗い、静かな石室。

地下に彫り込まれた灰色の石壁から、冷たい風がヒュウと吹いたような気がした。



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解き放たれる五百年の鎖

暗い石室にて展開される話し合いの場。

驚いた表情を見せるカメリアは何を返すわけでもなく、続きを静かに待った。

 

 

 

「間違っていたのは分かっていた、けれど紅魔の王としてのプライドを優先させてしまっていたわ」

 

 

 

哀愁漂う面持ちでレミリアはゆっくりと語り出した。

カメリアは尚も何も語らず、さらに続きを待つ。

 

 

 

「紅魔の王たるもの、カリスマに富んでなければならない。そう、考えていたわ。」

 

 

 

「カリスマ…」

 

 

 

カリスマと語るレミリアに少々訝しげな反応を返したカメリアはそれ以上何も言わず、また更に続きを待ち続ける。

レミリアは一言一言を噛み締めるように、自らの気持ちを悲痛な表情で語っていた。

 

 

 

「けれど…間違いを正してこそカリスマというもの」

 

 

 

ガタンと大きな音が地下室に響き渡る。

レミリアが突然イスから立ち上がったのだ。

突然の出来事に警戒したカメリアはいつでも立ち上がれる姿勢をとった。

それと同時に、私達も一斉に応戦できる構えをとる。

 

しかし、次に起こる出来事でそれら全てが不要なものである事がハッキリした。

 

 

 

「500年前から今まで姉様にとってきた態度、その全てをここで謝罪するわ……本当にごめんなさい」

 

 

 

バッと頭を下げるレミリア。

紅魔の王として500年歩みを進め続けた吸血鬼であるレミリアが頭を下げた。

その行為が間違っているとは決して思わないが、彼女にとって頭を下げるという行為は簡単にはし難いことだろう。

 

一方、カメリアはレミリアのその行為に対して目を見開いて驚愕していた。

それもそのはず、レミリアは五百年もの歴史を全て背負って謝罪したのだ。

 

レミリアは数分経っても未だじっと頭を下げ続けていた。

 

カメリアは静かに席を立ち、頭を下げ続けるレミリアの前まで歩いた。

 

 

 

「もういいわ、レミリア」

 

 

 

カメリアはレミリアの前にしゃがみ、レミリアの顔に両手を当てた。

その行為に対し、レミリアは驚いた表情でカメリアを見つめる。

 

 

 

「私…姉様を殺そうとしたのよ?自分勝手に王だカリスマだとか矜恃を語って…」

 

 

 

「いいのよ…貴女がそうやって謝ってくれたのなら、私は貴女を許すわ。」

 

 

 

カメリアは顔に当てていた両手を離し、腕部全体でレミリアの頭部を包み込んだ。

静かに、優しく、まるで子を宥める母親のように。

 

レミリアの頭をゆっくりと撫でながら、カメリアは続けた。

 

 

 

「また昔のように笑い合いましょ?……姉妹じゃない、私達」

 

 

 

「姉妹……っ」

 

 

 

レミリアの頬に一筋の雫が走る。

声を押し殺し、喘ぐことなく静かに涙を流すレミリア。

レミリアは涙を流しながらカメリアの背中に両腕を回し、抱きついた。

 

五百年の後悔と呵責から解放された喜びを噛み締めるように。

 

 

 

今だけは全ての責任から逃れ、レミリアは静かに涙を流し続けた。

 

 

 

「…ここにいるのは野暮か、行くよ夢月。」

 

 

 

「うん」

 

 

 

カメリアとレミリアの因果が消え失せたことに安堵した私は、夢月を連れて地下室を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下室を後にし、紅魔館の廊下を適当に歩く私と夢月。

夢月となんら会話を交わすわけでもなく、私は地下室での出来事を思い出していた。

 

五百年という、人にとってはあまりにも永い年月の中で肥え続けた因縁。

それほどまでに重い鎖を、レミリアの口頭での謝罪だけで取り払ったカメリア。

 

理由は単純、姉妹だから。

 

 

 

「姉妹…か。」

 

 

 

「…なに?」

 

 

 

「あぁごめん、なんでもない。」

 

 

 

無意識にポツリと呟いた私の一言に訝しげな反応を示す夢月。

独り言って気づいたら出てるもんなんだね。

 

そういえば暫く煙を摂っていなかった。

私は火の灯っていない煙草を口に咥えながら夢月に話しかける。

 

 

 

()()してくる。」

 

 

 

「じん…?あぁ煙草ね、私も着いてく」

 

 

 

私の“人生する”という表現に困惑しつつ、口に咥えた煙草を見て意味を理解した夢月。

私は夢月と一緒に紅魔館のバルコニーに向かって歩き出す。

 

 

 

「灯音」

 

 

「なに?」

 

 

「私も吸いたい」

 

 

「え。」

 

 

 

突然話しかけられ、何かと思えば煙草を吸いたいとのこと。

夢月が未成年であったなら速攻で断っていたが、夢月は悪魔。

悪魔の成人って何歳なんだろう、そもそも悪魔に成人なんてあるのかな?

 

そう悩んでいるうちにバルコニーに到着してしまい、私は「まぁいいか。」と諦めたのだった。

 

もしかしたら私は喫煙者を増やすという、業の深い選択をしてしまったのかもしれない。

 

 

 

「あ、あー、私は知らないー。」

 

 

「何言ってんの灯音…一本ちょーだい」

 

 

「はい。」

 

 

 

バルコニーの外は既に暗黒に包まれており、頭上には眩い星々が溢れんばかりに無数に煌めいていた。

視覚だけでなく、肌に吹き付ける冷風が更に夜の訪れを実感させる。

 

私は咥えていた煙草に火を灯してから夢月に煙草を一本手渡し、その煙草にも火を灯した。

 

 

 

「ありがと」

 

 

「吸ったことあるの?」

 

 

「うーん…何十年か前にね」

 

 

 

私達は同時に煙をフゥーと吐き出し、煙草を片手に雑談を始めた。

どうやら夢月は一時期喫煙者だったらしいが、その期間はとても短かったらしい。

人間にしても極めて短いとされる三日、まさに三日坊主である。

 

別に歴が長くてもメリットがあるわけではないが。

むしろデメリットしかない、百害あって一利なし。

 

まぁ、私にとっては人生なんだけれど。

 

 

 

冷たい夜風に吹かれ、私達は適当に雑談しながら煙を煽る。

バルコニーの柵に寄り掛かりながら煙草を吸う夢月の横顔はとても美しく、どこか妖艶な雰囲気を感じるのであった。



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それぞれの家族

レミリアとカメリアが和解した後、私達は食事に招待された。

100人以上は入るであろう広間で行われた小規模な食事会は数時間にわたって行われ、催しの中で様々な雑談をした。

レミリアとフランが催しに相応しい高貴なドレスを纏って会場に登場した時には、その気高き美しさに目を奪われたものである。

 

あっという間に過ぎ去った時間の後、私達は暁闇にて家路につくことにした。

 

月も朝焼けも無い暗闇の紅魔館門前までレミリアとフラン、咲夜の三人が私達を見送りに来てくれた。

 

 

 

「また会えるのを楽しみにしているわ」

 

 

 

「楽しい食事会だったよ、ありがとうレミリア。」

 

 

 

真っ暗な闇の中、レミリアの紅い瞳が妖しく輝いて見えた。

レミリアは妖艶な瞳でカメリアの方を捉える。

 

 

 

「本当に残らないの?」

 

 

 

少し寂しげな表情のレミリアに対し、カメリアはふふっと微笑んで片手で私の肩を抱いた。

さながら恋人のようである…が、私にはそういった趣向はない。

カメリアがどうなのかは知らないが。

 

 

 

「えぇ、今の私には守らないといけない人がいるの」

 

 

 

「そう…けれど、いつでも来てね?」

 

 

 

さながら恋人のようである。これさっきも言ったな。

そんなカメリアに、レミリアは仕方ないかといった様子で微笑んだ。

私としてはカメリアには家族と居て欲しい気持ちが大きいが、最終的には本人の気持ちが1番大事だ。

 

そこに私が割り入るような野暮な真似はできないし、無論するつもりもない。

 

 

 

「また会いましょ。レミリア、フラン」

 

 

 

「うん、私待ってるね」

 

 

 

レミリアの隣で佇むフランがどこか寂しげな笑顔で返す。

寂しいのは当然だ、しかしその感情を見せたらカメリアを困らせてしまうと思って笑顔を装ったのか。

精神病によって情緒が安定しないとはいえ、根本は非常に良い子なのだろう。

 

この姉妹には本当の意味で幸せになって欲しいものだ。

それは人だとか吸血鬼だとか、そういった種族の垣根など全て取っぱらった上での話である。

 

 

 

「行きましょう、灯音」

 

 

「うん、本当に残らなくていいの?」

 

 

「私には貴女がいる、フランにはレミリアがいる。今はそれで十分なのよ…きっとね」

 

 

「…そっか。」

 

 

 

人の寿命は吸血鬼と比べて非常に短い。

カメリアはそれを分かっているからこそ私を選んでくれたのだろう。

嬉しい話だが、同時に申し訳ない気持ちが湧き出る。

 

しかし何処か寂しげな横顔を見せるカメリアにそれ以上何を語ることもできず、私達は改めて紅魔館のメンバーに別れを告げて家路に着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻後、既に陽光がチラつく中私達は漸く自宅に辿り着いた。

といっても私にとっての自宅なんだけれどね、二人は居候。なんかプリキュアみたいだ。

 

ひとまず時間も時間だし、早々に睡眠を取りたい。

夢月は既に居間で眠そうにグラグラ揺れているし、カメリアはポケーっと煙草を吹かしている。

 

ひとまずは入浴だ。

私は風呂を沸かす為に薪を持ってきて着火し、布団を敷くことにした。

 

 

 

「今の数分でもう寝てるよ…。」

 

 

「夢月はよく寝るわねぇ」

 

 

 

居間に戻ると、さっきまでグラグラしていた夢月が炬燵に突っ伏してスヤスヤと寝息を立てていた。

まぁ普段なら起こすけど、今は風呂が沸くまでとりあえずゆっくりさせてあげよう。

 

私は少し酒を入れようと思い、蔵からキンキンに冷えきった紅涙を持ち出す。

血液の味に近いこの酒は、しかし芳醇に舌を包み込むような味をしている。

 

風呂が沸くまでは、この前と同じようにカメリアとこの味を楽しむことにしよう。

ひとまず私は冷えきった蔵から脱出し、居間に戻った。

 

 

 

「カメリア。」

 

 

「どうしたの灯音?…あら、この前のワインじゃない」

 

 

「そう、一緒に呑も?」

 

 

 

カメリアは煙草を吸いながら私の呼び掛けに応じ、ふふっと微笑んで私の頭を撫でた。

突拍子もないカメリアの行為に少し驚いた私は、一瞬だけ呆けて固まってしまう。

 

 

 

「……え、急に何?」

 

 

「今の貴女の言い方が可愛くて、なんかフランを思い出したわ」

 

 

 

突然撫でてきたカメリアにそう言われ、なんだか少し照れくさくなって顔を背けた。

私は誤魔化すように煙草に火を灯し、誤魔化すように返した。

つまり何だ、私は幼女扱いされているという事なのだろうか。

 

 

 

「………呑まないってことでいい?」

 

 

「呑みましょ灯音、ふふっ」

 

 

「ムカつく…。」

 

 

 

子供扱いしてくるカメリアに対し、私は納得いかないながらも二つのグラスに紅涙を注ぐ。

でもカメリアって包容力あるんだよね、レミリアの時もそうだったし。

しかも注がれる愛情が純粋なものな気がして余計に調子が狂うし、多分私も顔赤くなってると思う。

 

 

 

「なんか負けた気分だな。」

 

 

「私は貴女より強いのよ、灯音」

 

 

 

種族を知った今、それを否定することはできないな……。

もし私がカメリアから逃げて独立しようとしたもんなら、その時には力づくで引っ張られて監禁されそうである。

 

私はカメリアと対面し、紅い芳醇な鉄錆を喉に流し込むのであった。



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流るる涙は安堵のテイスト

あの後、私とカメリアが入浴を済ませたあと、未だ炬燵でスヤスヤと眠っていた夢月を私はどうにか起こして風呂場へと誘導した。

眠気のあまりフラフラな夢月を支えつつ、どうにか入浴を促す。

 

 

 

「幻月姉さんどこ〜…」

 

 

「ここには居ないから、ぬるくなんないうちに入っちゃって。」

 

 

 

とまぁこのように寝ぼけまくっている夢月だが、その後どうにか入浴を済ませ、私達は一緒に床に就いた。

布団に入って早々にスヤスヤと寝息を立て始めた夢月を見てふふっと微笑んだ私は、仰向けになって目を閉じた。

 

 

 

「子供みたいだ。」

 

 

 

最近、可愛らしい夢月の寝顔を見る度に思う。

普段は天然だったり冷ややかだったり忙しい夢月だが、寝ている時はいつも気持ちよさそうにヨダレを垂らしているのだ。

まるで妹のようである。

 

 

 

「貴女も人のこと言えないんじゃない?灯音?」

 

 

「…っ起きてたんだ。」

 

 

 

ポツリと呟いた独り言にまさか返答が返ってくるとは思っておらず、ビクッと目を開ける私。

隣を見ると、カメリアが私の方を向いて微笑んでいた。

そんなカメリアを見て、紅涙を呑む時に夢月に子供扱いされたのを思い出し、私は再び顔を赤く染めたのであった。

 

 

 

「布団入ったばっかりじゃない」

 

 

「…確かにそうだけど。」

 

 

 

そうだ、私達3人は同じタイミングで布団に入ったのだ。

一瞬で眠りについた夢月に気を取られ、完全にカメリアの事を失念していた。

ある意味平和ボケしているのかもしれない、きっとそれは悪いことではないと思いたいが。

私はカメリアから視線を外し、再び仰向けになった。

 

そこから何も言葉を発することなく、暫くの時間が過ぎていった。

私が未だに寝付けずに仰向けのまま瞳を閉じていると、少し湿りを感じるカメリアの声が耳に届いた。

 

 

 

「…ねぇ、灯音?」

 

 

「…どうしたの?」

 

 

 

湿っぽいカメリアの呼び掛けに驚いて再びカメリアの方を向くと、カメリアの目から枕にかけて雫が走っていた。

涙を流しながら私をじっと見つめるカメリアは、何処か不安そうで、何処か寂しそうな面持ちであった。

 

 

 

「本当に、私は貴女の隣に居ていいのかしら…」

 

 

 

カメリアの不安そうな声、表情。

初めて見聞きするその現象に私は驚いた。

今までずっと正体を隠して私と接していたからこそ、簡単には整理できないのだろう。

 

カメリアはいつでも冷静だった。

どれほど強大な敵に恐怖することもないし、どれほどの重圧にも耐えきれる精神力が彼女には備わっていた。

そんなカメリアが、私に見せてくれた初めての“負”。

 

それは同時に、私を大切に思ってくれていること、そして今カメリアの精神が本当に追い込まれていることを意味しているのだろう。

 

だから私はそんなカメリアにふふっと微笑み、徐にカメリアを抱きしめた。

 

 

 

「当たり前でしょ、紅魔館で私が言った事忘れたの?」

 

 

「っ灯音……」

 

 

 

カメリアはいつでも私の味方だった。

いつでも私の支えであり、大切な友であった。

 

ならば今、私にできることは一つ。

 

同じようにカメリアを支えていく事だけだ。

 

 

 

「ごめんね…ありがとう」

 

 

「いいさ…疲れたでしょ、寝よ?」

 

 

「えぇ…おやすみ、灯音」

 

 

「うん、おやすみ。」

 

 

 

涙に濡れた枕をキュッと握っていたカメリアは、もう一方の手で私の手を握り続けた。

 

私もそれに応えるようにカメリアの手を握り返し、そのまま微睡みに身を投げ込んだのであった。



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夢幻編
覚醒は宵の刻、悪魔の作戦会議


眠りについたのが朝という事もあり、私は半円状の西日によって目を覚ました。

開眼と共に、橙色に染まった和室の天井が真っ先に目に入る。

 

隣を見ると、カメリアが未だ私の手を握ったままスヤスヤと寝息を立てていた。

カメリアはいつも私より先に起きるが、まだ起きていないということは相当疲れていたのだろう。

 

カメリアの手を握ったまま反対側を向いてみると、当然のようにいつも通りヨダレを垂らしながら気持ちよさそうに寝ている夢月が居ない。

 

……

 

 

 

「え?居ない?」

 

 

 

あまりにも意外だったので声を出してしまい、私はハッとした。

私の手を握るカメリアの手に力が入る。

カメリアの方を見ると、私の手を握っていない方の手で眠そうに目を擦っていた。

 

 

 

「…あら、寝過ぎちゃったみたい。おはよう、灯音」

 

 

「おはよう、カメリア。起こしちゃってごめん。」

 

 

「大丈夫よ、起こしてくれてありがとね」

 

 

 

カメリアは基本的に人より後に起きるのを嫌う。

しかし今日は安心したのか疲れていたのか、原因は分からないが起床時間はドンケツである。

 

私とカメリアは同時に起き上がり、布団の上に座った。

ここでようやく私の手を握ったままだった事に気づいたカメリアは、私の方を見て微笑んだ。

 

 

 

「ずっと繋いでてくれたのね」

 

 

「……たまたまだよ。」

 

 

「ふふっ…ありがと」

 

 

「…うん。」

 

 

 

小っ恥ずかしいのは今朝ので充分である。

ひとまず私達は繋いでいた手を離し、布団を畳むことにする。

 

もう日も沈みかけているので少し高所にある小障子を閉め、私達は煙草に火を灯しながら居間に向かった。

 

 

 

居間に着くと、炬燵の上に座って目を瞑っている夢月がいた。

寝ている…というよりは瞑想しているようである。

 

そんな夢月を見て、目を見合わせる私とカメリア。

 

 

 

「何してんの…?」

 

 

 

私の問いかけに対してなにか反応を示す様子も無く、夢月は腕を組んで目を瞑ったまま喋らない。

夢月の意図が掴めない私達はただただ困惑する。

 

 

 

「てか夢月、炬燵に乗らな「待ち侘びたぞ戦士達よ!」……。」

 

 

 

私の発言を遮るように突然大声を発する夢月。

炬燵の上に座るのが悪いことっていう認識はあるんだな、悪魔ってのは恐ろしい。

 

それにしても“戦士達”とは…、一体夢月はどうしたというのだろうか。

ごっこ遊びとかいう歳じゃなさそうだし、何かしらの用はあるんだろうけれど。

そんなことを思っていると、炬燵から降りた夢月が続けて口を開いた。

 

 

 

「夢幻館奪還ッ!作戦会議ッ!」

 

 

「あぁ…なるほど。」

 

 

「確かにそろそろ動かないとね」

 

 

 

夢幻館奪還作戦会議。

まぁつまるところ、いい加減攻撃を仕掛けに行こうということだ。

 

竹林では吸血少女、香霖堂では幽香。

既に二度襲撃を受けている訳だし、そろそろ動かないとこの本拠地の存在すら危うくなってくる可能性も否めない。

 

 

 

「だから今日はその作戦会議をしましょうね!」

 

 

「そうだね。」

 

 

「は〜い」

 

 

 

こうして夢月主導による夢幻館奪還作戦会議が始まった。

 

まず、夢月から夢幻館に乗り込む際の障害を説明される。

一番最初に壁となるのは吸血少女のくるみ。

彼女は以前、夜の竹林でカメリアを襲った妖怪であり、カメリアが目の敵にしている存在である。

 

カメリアは「彼女は月光を踏み躙ったわ」と言って、否が応でもくるみの相手をすると聞かなかった。

月光って何?どういうこと?

 

まぁきっとカメリアなら大丈夫だろう、これは慢心でも油断でもない。予感だ。

 

 

 

その次に壁となるのが第二の門番、エリー。

彼女は外刃の大鎌を携えている妖怪である。

第一の門番であるくるみが優秀なため、あまり戦い慣れていないらしい。

 

そのエリーとやらの相手は私がする事となった。

理由は簡単、エリーとくるみ以外に残っている相手は幻月と幽香だけなのだ。

幻月に関しては夢月が「正気に戻す」と言って聞かないし、幽香は私一人じゃ手に負えないのは確定的に明らか。

 

そうなると、三人の中で一番戦力の乏しい私が戦えるのはエリー以外に居ないのだ。

 

 

 

「…さて、問題は…」

 

 

「幽香だね…。」

 

 

「あの化け物にだけは勝てるビジョンが浮かばないわ」

 

 

 

幻月に関しては先程言ったように、夢月が相手をするということなので良いだろう。

問題はその後の幽香。

私とカメリアが戦いを早々に終えて夢月に加勢したとしても、上手くいくとは思えない。

 

やはり、夢月が幻月を正気に戻してくれることに期待するしか無いのだろうか。

 

 

 

「やっぱ霊夢に助けてもらうのは…?」

 

 

「博麗の巫女ね、アリだとは思うけれど…」

 

 

「勘弁してよ二人とも…」

 

 

 

私達としては霊夢の手を借りたい気持ちが大きいが、夢月にとってはやはり博麗の巫女である霊夢の手は借りたくないようだ。

 

かといって関係の無い者の力を借りる訳にもいかない。

霊夢は博麗の巫女であるし、絶対的な力を持っているからある程度の尽力はしてくれるだろう。

しかしその霊夢を呼べないとなると、やはりこの三人だけで事を済ますしかなさそうだ。

 

 

 

「…仕方ない、私たち三人でできる事をやろう。」

 

 

「とはいえ、何か作戦が無いと厳しいわよね」

 

 

「うぐ〜…何かあるかな」

 

 

 

夢月は魔術的な力のエキスパートであるし、カメリアはハーフヴァンパイアとしての強力な髄力がある。

しかしそれは相手も同じはずで、幻想郷で幅を利かせるつもりならば魔術的、非科学的な力は多様に修得しているだろう。

 

……ならば何故私の能力を求めるのだろうか。

 

どんな理由があるにしても、その中には“必要だから”という確実性の高い理由が存在しているはず。

非科学的な力に対抗するなら、敢えて科学的な力を活用するのもまたアリかもしれない。

そう考えた私は、考えた末の一つの結論をポロッと零した。

 

 

 

「私の能力で召喚出来うる限りの強力な物を使えば或いは……。」

 

 

「それは灯音の身体に負担がかかるんじゃ…」

 

 

 

その作戦に対し、不安そうな表情を浮かべるカメリア。

気持ちは嬉しいが、これは私によって生まれた戦い。

二人に比べて力の無い私が精一杯力を行使できるのなら、これ以上の事は無い。

 

夢月は少し考えた後、顎を指に乗せながら私を見つめる。

 

 

 

「確かに、幽香達は現世の力に慣れていない。それが魔法に劣る力だとして、しかし未知な力であることに変わりはないわ」

 

 

「なるほど…なら、やるしかないね。」

 

 

 

夢幻館の住人である夢月ですらそう言うのだ、きっとこれは有効なのだろう。

ならばやるしかない。

私の出せる限りの力を込めて、全身全霊で能力を行使する。

 

未だ不安そうな表情を浮かべるカメリアの頭に、私はポンと手を置いた。

 

 

 

「大丈夫、私を信じて。」

 

 

「っ……えぇ」

 

 

カメリアは驚いたように目を見開き、少しの間を置いてコクンと首を縦に降った。

そんなカメリアにふふっと微笑んだ私は、ひとまずカメリアと夢月に使いたい武器が無いか聞く事にする。

 

もし希望する武器があるなら、そこに力を注いだ後で全身全霊の力を込めたい。

力が無くなったあとで必要な物が出来ても召喚出来ないからだ。

 

 

 

「とりあえず、使いたい武器があればこの紙に書いていって。」

 

 

「わかったわ」

 

 

「おっけー」

 

 

 

紙とペンを炬燵の上に置き、私はその間に軽く夕食を作ろうと台所へ向かう。

私は煙草に火を灯すと、貯蓄の水を鍋に入れて火にかけた。

 

煙を煽りつつ、私は濃い味になりすぎないように細心の注意を払いながら料理を作るのであった。



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それは夕食か、朝食か

すっかり太陽も没落した夜、一般的には夕飯であろう朝飯の匂いが部屋中に漂っていた。

私は自分で料理を作るが、レパートリーは非常に少ない。

今日は鮭のムニエルと味噌汁、白米である。これこの前も作った気がするな。

 

単純にムニエルが好きだからそれ以外をあんま作らないだけなんだけどね。

 

ムニエルの下準備が終わり、味噌汁も温めるだけ、あとは白米が炊き上がるのを待つだけだ。

しかし白米が炊き上がるまではまだ時間がかかるので、私は一先ず居間に戻ることにした。

 

 

 

居間に戻ると、使いたい武器を書き終えたであろうカメリアと夢月が並んで仲良く煙を嗜んでいた。

夢月、君はもう喫煙者ってことでいいのかい?

 

取り敢えず私は二人が書いた紙をどれどれと覗いてみる。

まぁまぁ決して少なくはない武器の数々が連なっていた。

 

中には「これはカメリアだろうな。」とか、「これは夢月だな。」といった分かりやすい武器もあり、個性様々な一面となっていた。

 

一通り眺めた私は煙草を吸っている二人の横に並び、同じように煙草に火を灯す。

 

 

 

「もうすぐご飯できるから、食べたら準備始めよっか。」

 

 

「おけい」

 

 

「えぇ」

 

 

 

白米が炊けるまで、私達は静かに煙を煽っていた。

何を話すでもなく、開け放たれた窓に向かって、ボーッと。

 

これは後から近隣住民に聞いた話だが、黒髪白髪金髪が並んで煙を嗜む様は、まるで一枚の絵画のような芸術性を醸し出していたらしい。

 

勝手に部屋の中覗くな。

 

 

 

「頃合いかな。」

 

 

 

一服を終えた私は再び台所へ向かい、米を炊いていた釜を開け放った。

すると火傷しそうな程の湯気が顔を覆うと共に、食欲を煽る白米の匂いが台所に溢れかえる。

 

 

 

「水量完璧、最高のお米だね。」

 

 

 

私は軽く鼻歌を歌いながら味噌汁を温め、ムニエルの最終工程に入った。

台所に満ちる匂いが私の食欲を更に、また更に掻き立てていく。

 

 

 

「今日は上手くいきそうだ。」

 

 

 

完全なる成功を確信した私は勝利の一服を始める。

煙草に火を灯し、スゥ〜と煙を肺に充満させると、形容し難い幸福感、満足感、全能感、全てが私の五体を支配した。

あぁ~…たまらねぇぜ!と渋い声で叫ぶ私、もちろん心の中でだが。

 

神とは時にとんでもない物を生み出してしまうものだ。

御伽噺にてしばしば語られる“蓬莱の珠の枝”、“天叢雲剣”、“打出の小槌”などなど…

神が与え給うた数多の道具、私はその中に煙草すらも入っていると思う。

 

あらゆる“哀”を“喜”とし、あらゆる“怒”を“楽”と変容させる。

ありとあらゆるヒトの精神を瞬く間に癒し、覚醒させる素晴らしい道具なのだ。

私が一服の事を“人生する”と呼ぶように、煙草とは人生そのものであり、人生において確実に必要なもの。

 

ゆっくりと燃え上がり、害となる煙を排出しながらその身全てを遂に灰へと変化させ、地に堕ちる。

煙草が齎す事象も、煙草が見せる様も、全てが人生と言えるのだ。

 

 

 

……しまった、考えすぎたな。

フィルター近くまで燃え尽きた煙草を窯に投げ込み、グッと身体を伸ばす。

 

 

 

「さて、盛り付けて持っていくかな。」

 

 

 

私はムニエルを小型の長皿に、味噌汁をお椀に、白米をお茶碗に盛り付けた。

特段急いでいるわけでもないので、一人分ずつ丁寧に運んでいく。

相も変わらず良い匂いが私の鼻をスゥ〜と通ってゆき、再び私の食欲をそそった。

 

居間では夢月とカメリアが何やら楽しそうに談笑しており、私に気づくと「待ってました」と言わんばかりに二人仲良く料理を覗き込んできた。

 

 

 

「お待たせ、今日は最高の出来だよ。」

 

 

「あら、それは楽しみね」

 

 

「いぇーい」

 

 

 

まるで妹の料理を作る姉のような気分である。

 

 

 

私はひとまず残りの二往復を済ませ、三人で同時に手を合わせた。

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

そう、ジャパニーズ・イタダキマスだ。

夢月もジャパニーズ・ライフに慣れてきたのか、食事の際は毎回ジャパニーズ・挨拶であるジャパニーズ・イタダキマスをするようになった。

これで夢月も立派なジャパニーズ・デビルだ。

 

もうワケわからん。

 

それからは私も含めた三人がそれぞれ頬が緩む程のうま味(うまあじ)を堪能し、そのあまりの美味しさに一言も交わすことなく全員が完食した。

 

 

 

「ご馳走様でした、本当に美味しかったわ」

 

 

「ご馳走様、美味すぎて正直引いた」

 

 

「ふふふふふ、お粗末様でした。」

 

 

 

ここまで褒められてしまっては私も微笑みを隠せない。

自分で言うのもなんだが、マジで美味しかった。

これからも毎日これを続けていきたいものだ。

 

 

 

さて、食事を終えて食器の片付けも済ませた訳だが、ここからは大切な大仕事の時間だ。

そう、二人の希望した武器を全て召喚しなくてはならない。

 

私は居間の畳に座り込み、二人が書いた紙を元に幾つかの武器の召喚を始めた。

ここまで連続で武器を召喚するのは初めてなので、正直どれほど身体に負担がかかるのかは全く分からない。

下手したら頼まれた武器を召喚しただけで余力が無くなってしまう恐れすらあるわけだ。

 

 

 

「まぁ…」

 

 

 

私は煙草に火を灯し、片手で紙を眺めながら呟いたのだった。

 

 

 

「なんとかなるっしょ。」

 

 

 



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穿かれし欲望

煙草を吸いながら楽観的な気持ちで仕事を始める私。

カメリアは現在風呂に入っており、夢月は暇そうに炬燵で肘を着いていた。

ひとまず、上から順番に消化していこう。

 

 

 

「さて、いきなり厄介なもん来たね。」

 

 

 

一番最初は“最も斬れ味の良い打刀”…とのことだが、これは歴史上最も斬れ味の良い打刀とされている虎徹が良いだろう。

私は武器マニアであり、もちろんその対象には刀も入っている。

虎徹はかつて現世に居た頃、現存する一本が神社に奉納されていたので、神主に頼み込んで一度拝見したことがある。

 

しかし、虎徹とは贋作の多い銘刀としても有名である。

虎徹が蔓延っていた時代では“虎徹を見たら偽物だと思え”といった言葉が流用されていたほどだ。

かつて私が拝見した虎徹も、神主曰く「本物とは断定できない」との事であった。

 

 

 

「一先ず召喚はしてみるけど…」

 

 

 

斬れ味を追求するのであれば贋作は許されない。

私はとりあえず記憶を頼りに既知の虎徹を一本召喚した。

 

柄部分に渋い茶の柄巻が丁寧に巻かれており、鍔という山を越えた先には漆黒の鞘が伸びている。

召喚した虎徹を手に取り、ゆっくりと鞘から引き抜く。

まずは最初に丁寧な装飾が施された金色の鎺が私を出迎え、美しい刃紋が波のように切先まで伸びていた。

 

 

 

「何度見ても綺麗だな。」

 

 

「それ何?」

 

 

 

唐突な声に反応して振り返ると、炬燵で暇そうにしていた夢月が私を眺めていた。

少し吃驚して一瞬だけ固まってしまったが、私は虎徹を納刀して夢月に渡した。

 

 

 

「打刀だよ、私の知ってる限り最も斬れ味の良い奴。」

 

 

「へぇ…ちょっと試し斬りしたいんだけど」

 

 

「物騒なこと言わないでよ…。」

 

 

 

試し斬りは当時、重ねた罪人の遺体を斬ることで行われていた行為だ。

我が家には遺体なんて無いのでそれと同じことは出来ないが、私が霧の湖で倒れていた間に腐ってしまった買い置きの肉が外に干してあった事を思い出した。

 

 

 

「よし、ちょっと来て。」

 

 

「ん?なになに」

 

 

 

最悪ゾンビ肉にでも出来ないかと思ったが、あれは身体壊す可能性がすこぶる高いので出来るだけ食べたくはない。

ならば折角だし、試し斬りに使おう。

 

私は夢月と一緒に裏口から外に出て、物干し竿に吊るしてある肉塊を見やった。

気候が気候なだけにそこまで酷い腐り方をしている訳ではなくて、外面だけ見れば普通の生肉と相違はない。

まぁ…匂いが酷いから外に吊るしたんだけどね。

 

 

 

「お嬢さん、コイツを斬るといい。」

 

 

「お、こりゃ失礼」

 

 

 

試し斬りができる肉塊を見て嬉しそうに虎徹を抜刀した夢月は、紅魔館でブラックニンジャソードを使った時のように脱力した構えで肩甲骨を回し始めた。

はてさて一体どんな一太刀を見せてくれるのか、見ものである。

 

すると風呂場にある木製の格子窓がガラリと開き、聞き慣れた声が耳に届いてきた。

 

 

 

「あら、それは私が頼んだ打刀?」

 

 

「やっぱりカメリアだったんだ、そうだよ。」

 

 

 

そこには窓から顔を出したカメリアが此方を見て微笑んでおり、露出した白い肩が湯気を漂わせていた。

肩から下は隠れているとはいえ、こんな夜空で灯りの点いた風呂場から身体を見せるなんて、私としては目のやり場に困るのでやめて欲しいものだが。

 

それはさておき、私とカメリアは今まさに斬撃を放とうとしている夢月を瞬きもせずに見つめた。

そして夢月が目をギュッと見開いた刹那──

 

 

ピュッ

 

 

 

──肉塊と空気を切り裂く甲高い音が庭に響き渡る。

夢月の動作を捉えきれなかったわけではないが、私達はそのあまりの疾さに驚いた。

 

夢月が虎徹を振り抜いた後、肉塊が定規で線を引いたかのような直線に沿ってドシャっと落下する。

切断面は完全な平面。

引くほど美しいその切断面に夢月を除いた私達はあまりの感動に言葉を失った。

 

しかし刀身に付着した腐った液体をピッと祓った夢月は虎徹を納刀し、私に返しながら不満げに呟いた。

 

 

 

「悪くは無いけど、多々良の打刀の方が斬れると思うよ」

 

 

「多々良…?っていうと最上大業物14工の一人、多々良長幸?」

 

 

 

多々良といえば有名なのは多々良長幸。

虎徹を打った長曽禰興里と同じく最上大業物14工の一人である刀工だ。

しかし多々良長幸の作品は少なく、語られる刀も非常に少ない。

もしかしたら現世で語られていないからこそ幻想入りしている銘刀が実はあるのかもしれない。

 

しかし夢月は静かに首を横に振って続けた。

 

 

 

「長幸…ってのは知らないけど、人里に多々良小傘(たたらこがさ)っていう刀匠がいるのさ」

 

 

「多々良…小傘?初めて聞く名前。」

 

 

 

多々良といえば私が知っているのは多々良長幸くらいであり、小傘という名は小耳に挟んだ事すら無い。

どうやら刀の世界は、私の知識の範疇には収まらないらしい。

 

気がつけば風呂場から此方を覗いていたカメリアは居なくなっており、閉まった窓が静寂を齎していた。

 

 

 

「人里でもかなり人気の鍛冶屋だよ、行くなら案内する」

 

 

「それは…非常に興味深いね、早速明日の朝にでも行こっか。」

 

 

 

とても素敵な申し出である。

自分の知らない武器があるという、たったそれだけの事実を知っただけで私の気持ちは有頂天にまで高まっていた。

それにしてもこれは最近思ったことだが、夢月は意外と幻想郷の様々な点において情報通である。

まぁ、悪魔である夢月は永らく幻想郷と関わりが深かったのであろうから当然といえば当然なのだが。

 

少し冷えてきたのもあり、私達は一先ず美しい切断面を見せる肉塊を片付けて家の中に戻ったのであった。

 

 

 

「また新たな武器が私の記憶に刻まれるなんて…ふふっ、楽しみ。」

 

 

 

私は鞘に納められた虎徹を携え、雲の蔓延る夜空を見上げながら一人で微笑んだ。

傍から見れば夜空の下で一人笑っている変人だろうが、そんな事はどうでもいい。

今はこの昂りをどうにか発散し、()()()()()に戻らなければ。

 

仰いだ夜空は、無月であった。



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多々良の刀はよく斬れるらしい

生活リズムをなるべく崩さないように早めに眠りについた私達はしっかり翌朝目覚め、早々に朝食を済ませる。

起きてから外出までの間に色々な事件が起きた。

昨夜は完璧な食事を作れたのに、今朝は再びつまみのような濃い味になってしまったり…

夢月が突然ヤイサホーとか大声で歌い出したり…

カメリアが煙草3本吸いして部屋が煙くなったり…

 

とんでもねぇな。

 

そんなこんなで私達は支度を整え、昨晩に夢月が言っていた“多々良”へ足を運ぶのであった。

 

外に出ると空はどんよりとした雲で満ちており、雨が近いであろう事を予感させる。

そういえばカメリアはハーフヴァンパイアなのに雨も大丈夫なんだよな、そう考えるとなかなか役得な種族なのかもしれない。

…まぁ、そう簡単に言えるほど事情は単純じゃないんだけれどね。

 

 

 

「多々良は人里の外れにあるよ」

 

 

「うちも結構人里の中心部から外れてると思うんだけれど…。」

 

 

「灯音の家と真反対の辺りだね」

 

 

「結構遠そうね…」

 

 

 

それから私達は何気ない雑談を交えたり、小休憩がてら甘味処に立ち寄ったり、顔見知りとバッタリ会ったりなどして…

そんなこんなで私達は気が付けば目的地のすぐ目前まで辿り着いていた。

 

 

 

「あれが多々良、丁度なにか打ってるみたい」

 

 

「老舗って感じの風貌だね。」

 

 

「懐古的で良いわね」

 

 

 

少し寂れているようにも見えるその店からはカンカンと金属を叩く音が響き渡っており、小さな煙突から天高く昇る煙は雲と一体化していた。

 

店の中に立ち入ると他の客は一人としておらず、店の奥で瑞色の髪の少女が黙々と金属を打っていた。

彼女が多々良小傘なのだろう。

小傘の髪はレミリアを彷彿とさせる色であったが、レミリアと比べると若干髪が短く、少し大人びた雰囲気を漂わせている。

 

黙々と金属を打ち続ける小傘に夢月が声をかける。

 

 

 

「たのもー」

 

 

 

意外と通る夢月の声にビクッと肩を震わせた小傘は此方に気づき、叩いていた金属を冷やしてせかせかと走り寄ってきた。

 

 

 

「ごめんなさい、全然気づきませんでした。何かご用ですか?」

 

 

 

彼女の声は透き通るように美しく、また鍛冶業を営んでいるとは思えない細々とした腕を携えていた。

見た目だけで目測するならば、大体15,6歳くらいだろう。

この少女が、あの虎徹よりも斬れる刀を鍛えられるとは意外なものである。

 

 

 

「最も斬れる打刀が欲しいんだけど」

 

 

「最も斬れる打刀…う〜ん、ちょっと待っててください」

 

 

 

小傘は少し考える素振りを見せ、工房の奥の部屋に入っていった。

小傘を待っている間、店内を見渡す私達。

店内は玄関から入ってすぐにカウンターがあり、そこから先は広い工房が展開されている。

外見では分からなかったが、入ってみると意外と広いものである。世界って不思議だね。

 

 

 

「色々あるんだね。」

 

 

「でしょ?まぁビジュアルにおいてはそこまでじゃないと思うけど」

 

 

「失礼だけど、確かにそうかもなぁ…。」

 

 

「私としては、斬れれば何でも良いわよ」

 

 

工房の壁には数多もの刀が立て掛けてあり、打刀だけでなく脇差なども何本か製作しているようだった。

それらの見てくれだけを見ると、正直虎徹より劣るように感じる。

しかし見た目も大事だが、今一番必要なのは斬れ味なので見てくれは関係がない。

 

これから小傘が持ってくるであろう打刀がどのようなものなのか、それが最も興味深い。

すると小傘が奥から布に包まれた細長い物を抱えて現れた。

 

 

 

「お待たせしました、私が鍛えた中で一番斬れる打刀です。」

 

 

「おお、少し見てもいい?」

 

 

「どうぞどうぞ!」

 

 

 

小傘は太陽のように眩い笑顔でそれを私に手渡した。

明るい子だ、私とは正反対かもしれない。

きっとこういう子は友達も多いんだろうな。

 

…そんな事を考えつつ、私は丁寧に巻かれた布を解き、刀身を観察してみた。

第一印象はかなり重い、打刀の重量は本来650~1500g程度と言われているが、妖怪等が蔓延る幻想郷だからか、この打刀は刀身だけで3kgは優に越えているだろう。

 

茎を見てみると“小傘於幻想里作之”と銘が打ってあり、柄を嵌めれば見えなくなるはずの銘でさえ非常に丁寧に仕上げてあった。

 

それにしても、“小傘於幻想里作之”か。

昨日言った多々良長幸も同じような銘の打ち方をしていたのだ。

確か有名な物だと“長幸於摂津国作之”。

小傘の仕事は銘といい丹念さといい、まるで長幸の子孫ではないかとも思えてしまう。

やっぱり関係ないって事は無いんだろうなぁ。

 

そして私は漸く鎺下を越えて上身へと目線を運んだ。

鏡のように磨き上げられた美しい刀身、荒波のように激しい刃紋、狼の目のように鋭く研ぎ澄まされた切先。

その全てが完全無欠であり、私の細胞全てを活性化させる程の風貌を兼ね備えていた。

私は堪え切れぬ笑いを必死で抑えながら小傘に打刀を返した。

 

 

 

「試し斬りとか出来る?」

 

 

「は、はい、出来ますよ!」

 

 

「うわ、顔やばいよ灯音」

 

 

 

必死で笑いを堪えていたからか、酷く恐ろしい形相と化した私に苦言を申す夢月。

小傘も困惑していたようだし、相当酷い顔だったんだろうなぁ…。

 

 

 

「柄を嵌めないといけないので、少し待っててくださいね」

 

 

「はいよー。」

 

 

 

小傘はそう言うと半円柱状の木材を二つ取り出し、工房で嵌める作業に入った。

先程の笑顔とは打って変わって真剣な顔付きで作業を始める小傘。

虫も殺せないような朗らかな笑顔を浮かべる少女が、目に映る物全てを射抜かんほどの鋭い表情を浮かべるとは、生物とは全く以て不思議なものである。

 

小傘は寸分のズレも許さないといったような繊細な手つきで柄を嵌め、目を細めて360度全ての角度から出来を確認する。

 

真剣な眼差しで暫く柄を凝視していた小傘は「よし」と一言置き、再び朗らかな笑顔に戻って聖柄の打刀を布でくるんで私に手渡した。

 

渡しだけにね!ガハハ!

馬鹿じゃないの。

 

 

 

「お待たせしました!試し斬り用の畳が此方にあるので、着いてきてください!」

 

 

「ありがとう、行くよ二人共。」

 

 

「「は〜い」」

 

 

 

私はカメリアと夢月を連れ、小傘に案内されて店の外へ出る。

空は未だ分厚い雲に覆われていたが、微かに見える太陽の位置からして時刻は大体正午くらいだろう。

私は布に包まれた打刀をカメリアに渡し、念の為数歩離れた位置からカメリアを見守る。

 

非常にワクワクした様子で布を解いたカメリアは聖柄の打刀を構え、筒状に丸められた試し斬り用の畳に斬りかかった。

 

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

 

その瞬間、カメリアを除いた私達三人はあまりの衝撃に思わず息を呑んだ。

 

鍛冶屋“多々良”の屋根からは、数羽の小鳥が飛び去って行ったのであった。



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小傘於幻想里作之

カメリアが振り放った小傘於幻想里作之は、ピュンと甲高い音を響かせた。

カメリアは確かに畳を切りつけたはずだ。

しかし畳はビクともせず佇んでおり、打刀は振り抜いた先にて斜めに静止している。

その刃は、心做しか緋い光を放っていた。

 

 

 

「すり抜け…た?」

 

 

「確かに刃は畳を捉えてたはずだけど…」

 

 

 

驚きのあまり目を見開く私と夢月は、何が起こったか分からないといったように拙い言葉を紡ぐだけであった。

しかし驚いていた事に変わりはないが、長いこと刀と連れ添ってきた小傘は理解した様子で呟いた。

 

 

 

「あんな綺麗な斬撃は初めて見ました…」

 

 

「あれはやっぱり…捉えてたよね?」

 

 

「はい、あの打刀の特性に合った完璧な斬撃です」

 

 

 

やはりカメリアの斬撃は畳を捉えていたようである。

小傘が言うには薄くて重い刃は扱いが難しいらしく、カメリアのそれはもはや達人レベルの領域に達しているそうだ。

昔からカメリアは何事においてもセンスの塊だったからな…妬いちゃうよね。

 

しかし小傘が捉えたと言うのだから間違いは無いのだろうが、実際に畳は切りつける前と同じく完全無欠を貫いて佇んでいる。

カメリアは依然沈黙したまま畳に近づき、ピンと軽いデコピンを切りつけた畳に放った。

 

 

 

「えっ。」

 

 

「そんな事あるんだ…」

 

 

 

私と夢月は兎に角信じられないと言った様子で畳を見つめた。

事実、信じ難い現象が眼前では起こっていたのだ。

 

ほんの小さな、軽いデコピン。

それを食らった畳は突如斜めに分断し、下半分を残してドシャリと落下した。

切断面は完全な平面、幻想郷の文明には似つかわしくない寸分の凹凸もない完璧な平面がそこにはあった。

 

こんなの目を疑わない方が可笑しいとは思わないか?

 

 

 

「良い刀ね、灯音も試し斬りしてみたら?」

 

 

「したいな。お姉さん、私も試して平気?」

 

 

「どうぞ!きっと気に入って頂けますよっ。」

 

 

 

カメリアに促されて試し斬りをしていいか小傘に聞くと、小傘は自信満々といった様子で快諾してくれた。

…多分これ買うことになるんだろうなぁ、この打刀に関してはビジュアルもいいしな。

 

私はカメリアから打刀を受け取り、振った感じを軽く確かめる。

やはり薄い刃に反して重量感があり、扱い方を間違えれば己の身にまで刃が牙を剥く可能性もある。

 

どうやらこの打刀は、芯鉄に炭化タングステンを使用しているらしい。

タングステンカーバイドは鉄の二倍以上もの重量があるから、重いのも至極当然な事である。

 

ちなみに先程カメリアが振った後の刃が緋く光っているように見えたことだが、あれはどうやら気のせいではないらしい。

というのもこの打刀、皮鉄には緋緋色金(ヒヒイロカネ)という幻の金属を使用しているらしく、この金属は常温での驚異的な熱伝導を持っている上、微弱な熱で太陽のように緋い色を放つそうだ。

そのせいで先程、たったの一振りで刃が緋く光って見えたのだろう。

 

全く、尽く私のマニア心に突き刺さる刀である。

 

 

 

「さて、どんな按配かな。」

 

 

 

私は腰を深く落とすと、“小傘於幻想里作之”を肘を曲げ、両手で切っ先を前方に向けるように構えた。

それにしても呼びにくいなこの打刀、後で小傘に頼んで名前を簡略化してもらおう。

 

私は新たな試し斬り用の畳を、針のように細めた眼で睨みつけた。

更に腰を落とすと同時に、グッと腕を回転させながら切っ先を地に沿わせるように運びながら力を溜める。

 

少しの間を置き、溜め込んでいた全ての力を斜線を描くように解放した。

ビュッという空気を切り裂く音が響き渡る。

 

 

 

「…なるほど。」

 

 

 

振り抜いた瞬間に感じた最初の印象は、全ての抵抗を完全に無視している。といった感じだろうか。

空気抵抗、畳の摩擦、畳の硬度、重力……

振るまでは感じていた重力でさえ、振り抜く瞬間には全てが“無”と化した。

 

斜線に沿って半分に断裂し、一方のゆっくりと落下していく畳。

私はその畳に跳躍と同時に身体を回転させ、淡い緋色へと変化している刃を一振り。

そして着地後、その勢いに任せて片足を軸にもう一振り放つ。

 

 

 

「うわ、凄い動きするじゃん」

 

 

「ふふっ…夢月、灯音は凄いのよ?」

 

 

「なんでカメリアが得意気なの…。」

 

 

 

私の剣技に対してコメントをする夢月に何故かドヤ顔で自慢するカメリア。

貴女は私の保護者じゃないでしょ。

 

半分になっていた畳は更に三つに分断され、綺麗な切断面を露出させてそれぞれ落下する。

合計三回の斬撃によって、打刀の刀身は太陽の如き緋色に変化していた。

 

 

 

「…お姉さん。」

 

 

 

この刀は対人としては危険すぎる。

恐らく、力の無い者が軽く振っただけであらゆる物を容易に切り裂いてしまうだろう。

それに、一般の人間が使うには少々重量がネックだ。

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

心做しか暗い私の声に緊張した様子で反応する小傘。

小傘を呼んだはいいが、私はまだこの打刀についての整理が不完全であった。

 

人里で人気のある鍛冶屋の最高傑作とも呼べる究極の打刀、嘸かし良いお値段なのだろう。

基本的に私はお金を使いたくない…というよりなるべく貯めておきたいタイプなので、あまり高い物は買わないのだ。

まぁ値段に関してはこれから聞けばいいだろうが…私はここまで考え、値段関係なしに結論づけた。

 

私はじっと小傘を見つめ、打刀を布に包んで小傘に返しながら言った。

 

 

 

「これ、購入の手続きお願い!」

 

 

「!!…はいっ!」

 

 

私から打刀を受け取った小傘は最終調整と購入手続きの為、パタパタと奥の部屋へと駆け込んで行った。

 

正直これ使うのカメリアだし、一般人がどうこうみたいな理論は不要だよね。

値段に関しては正直どうでもいい。

今ここで一軒家買ったとしても私はまだまだお金に余裕があるし、そもそも武器マニアとして武器の購入にお金は渋りたくない。てか渋れない。

 

まぁつまるところ、新たな武器の誘惑には…勝てないよね!!

 

 

 

「考える体だけとって、最初から買う気だったんだろうね」

 

 

「私もそう思うわ、灯音は武器に関して全く妥協しないもの」

 

 

「否定できないのが悔しい…うぐ〜。」

 

 

「ちょっと!私の真似しないでよ!」

 

 

「夢月のこのセリフ結構好きなんだもん。」

 

 

「ちなみに私は灯音が大好きよ」

 

 

「いや聞いてないから!」

 

 

 

そんなこんなでギャーギャー騒ぎつつ、念願の“最も斬れ味の良い打刀”を購入した私達は家路についた。

 

小傘の最高傑作、銘“小傘於幻想里作之”は“緋焔刃(ひえんじん)”と命名され、新たに銘を刻み込んだのであった。



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家路に食事はつきもの

日も傾いてきた人里には人通りは依然として減らず、老若男女問わず何人もが闊歩していた。

 

その中でも、青いメイド服を着た金髪の女性、灰色のトレンチコートを着た白髪の女性、デニムのジャケットを着た黒髪の女性の3人組は、さぞ異彩を放っていた事だろう。

事実、通り過ぎる人々はチラチラと私達を見てくる。

 

そんな事を気にも留めず、ニコニコと緋焔刃を抱きかかえるカメリアは嬉しそうに私にこう言った。

 

 

 

「本当にありがとね灯音、大好きよ」

 

 

「うん…うん?どういたしまして。」

 

 

 

「ありがとね灯音」までだと思って適当に返事を返したら、その先にあったのはラブパワーでした。

なんとも言えない返事を返してしまった私は、取り敢えずどういたしましてと言い、その場を乗りきる。

 

ちなみにこの打刀、値段などどうでもいいと言っていた私にとっても中々高額であった。

現代の日本円に換算して約100万円、中々いいお値段である。

武器には値段で渋らないと言った私だったが、後悔こそ無いものの少し痛手だ。

 

 

 

「それにしても、完成すると更に美麗だね。」

 

 

「本当よねぇ」

 

 

 

カメリアから緋焔刃を貸してもらい、まじまじと眺める。

試し斬りの時とは違い、鍔や鞘が完成された緋焔刃。

全体を漆黒に塗り潰した鞘には“焔”と緋い文字で書き込まれており、楕円状の鍔は焔を彷彿とさせる荒々しい模様がくり抜かれていた。

 

まさに緋焔の名に相応しい美麗な風貌である。

こんな打刀を鍛えることができる小傘は、最上大業物14工を15工に変更し、名を連ねたいものだ。

 

 

 

「カメリア、帰ったら私にも振らせてよ」

 

 

「ええ、良いわよ」

 

 

「ありがとー」

 

 

 

それにしても私を含めたこの女三人、戦いと武器が好きすぎるのではないか。

武器の好き具合に関しては私に叶うやつなんて居ないけどねっ、武器はサイコー!!!

 

とか考えつつ歩いていると、夢月のお腹から大きな唸り声が響いてきた。

同時に夢月を見る私とカメリア。

 

 

 

「……お腹すいたの?」

 

 

「…うん」

 

 

 

少し照れくさそうに後頭部を掻きながら夢月はペロリと舌を出して言った。

んー…ちょっと可愛いのがなんかムカつく。

それは良いとして、そういえば未だ昼食をとっていなかったことを思い出した。

折角人里に居るんだし、たまには外食をとるのもいいかもしれない。

 

 

 

「じゃあ、今日はどっかでご飯食べて帰ろっか。」

 

 

「賛成!」

 

 

「良いわね、さすが灯音だわ」

 

 

 

何がさすがなのかは分からないが、どうやら二人とも乗り気なようなので私は帰り道沿いにある定食屋に二人を連れていくことにした。

その定食屋は私がたまに行く所で、幻想郷には海がないというのに何故か海の魚を取り扱っている不思議な店だ。

 

味も非常に絶品なので、なんだかんだ私も久々に行くのが楽しみである。

私達は少女のように手を繋ぎ、人通りの多い通りで柄にも無くスキップをしながら定食屋に向かったのだった。

 

 

 

「「「ホップステップジャ〜ンプ!」」」

 

 

 



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一方的にされる他人の趣味話はつまらない。

時刻はだいたい午後三時頃だろうか。

人里の大通りをご機嫌に歩いていた私達は目的的の定食屋、“花澄”に到着した。

外観は幻想郷ならではの古き良き木造建築で、遠い昔に江戸村だかなんだかで見たようなそんな風貌である。

 

 

 

「さて君達、準備はいいかい。」

 

 

「はーい!」

 

 

「当たり前田のクラッカーよ!」

 

 

 

おじさんのようなギャグをニコニコと言い放つ夢月にツッコミを入れることも無く、私は「よし。」と一言置いて定食屋の扉に手をかける。

カランカランと鈴の音を響かせながら開いた扉の先には既に何名かの先客が席に着いてそれぞれ食事を楽しんでいた。

 

鈴の音で私達の来店に気づいた店員が小走りで私達に近付き、愛想の良い笑顔で「いらっしゃいませ」と歓迎の言葉を贈ってくれた。

 

 

 

「三名様ですね、席までご案内致します!」

 

 

「うん、ありがとう。」

 

 

「よきにはからえ」

 

 

 

こういう時の夢月は妙にテンションが高い。

そう言ってふふんと腰に手を置いて胸を張った夢月の胸は、囁かな膨らみがより強調されていた。

これ本人に言ったらぶん殴られそうだな。

 

店員に案内されて席に着いた私達は、渡されたメニューを三人で眺め始めた。

 

 

 

「オススメは日替わり定食だよ。」

 

 

「私は灯音と同じものにするわ」

 

 

「私はこの“悪魔的だァ…キンキンに冷えてやがるぜハイボール”と“デビルメイクラムチャウダー”にする!」

 

 

「え、そんなのあんの?」

 

 

 

私とカメリアは日替わり定食、夢月は“悪魔的だァ…キンキンに冷えてやがるぜハイボール”と“デビルメイクラムチャウダー”を頼むことにした。

そんな前衛的なネーミングの品目あったのは初めて知ったよ私。

常連だと思っていたけれど、これじゃあまだまだ自分の事を常連とは言えないな。

 

ていうか二つとも悪魔繋がりじゃん、自分が悪魔であるというアイデンティティをしっかりとアピールしていくじゃん夢月。

 

私達は店員が冷水を三杯運んできてくれたタイミングでそれぞれの注文を済ませ、料理を待つ間適当な雑談をして時間を潰すことにした。

 

 

 

「灯音、用意できた武器はまだ緋焔刃だけ?」

 

 

「そうだね、今日帰ったら残りの奴全部召喚しちゃうよ。」

 

 

「武器といえば、灯音って武器マニアなんでしょ?一番好きな武器はなんなの?」

 

 

「あっ、夢月それは…」

 

 

「ほう、一番好きな武器か。」

 

 

 

夢月の質問を、少し焦ったように止めようとするカメリア。

しかしもう遅い、その内容になったからには私の話は止まらなくなるぞ夢月。

とはいえ一番好きな武器…正直好きな武器があまりにもあり過ぎてどれが一番なのかと聞かれると少し、いやかなり悩んでしまう。

 

そうだな…銃器で選んだり、古来の武器で選んだりとか結構絞らないと難しいかもしれない。

 

 

 

「それは銃器とか?それとも剣とか昔の武器?」

 

 

 

「ん〜…じゃあ敢えて昔の武器で!」

 

 

「これは暫く止まらなさそうね…」

 

 

 

なるほど昔の武器か。

扱いが得意かどうかは置いておいて、私は大きな刀剣が結構好きだ。

まぁこれは単純に作者の趣味でもあるんだけれど、そうだな…。

 

 

 

「よし、じゃあ取り敢えず好きな武器をどんどんあげていくね。」

 

 

「うん!」

 

 

 

夢月の元気な返事を境に、私の好きな武器に関する話は息継ぎをする暇も無いほどに止めどなく続いた。

 

まず最初に話した好きな武器はエクスキューショナー。

エクスキューショナーとはexecutioner(処刑人)の事であり、その名の通り処刑用に使われていた大剣だ。

特徴としては剣先が尖っておらず、長い長方形の刃が斬首刑の執行を行っていた。

斬首刑として最も有名であるギロチンが開発されるまでの間は広く使われていた大剣であるが、ギロチンが開発されてからは急速に使用されなくなった。

私としてはあの“処刑の為だけに作られた形状”が非常に癖に突き刺さり、数多の好きな武器の中でもかなり上位の方にランクインしている。

もちろん私の中で、の話だが。

 

その次に話した武器は大太刀と呼ばれる非常に巨大な刀だ。

実践には不向きともとれるその巨大な刀はしばしば創作の中でのみ存在すると言われているが、何とこれは古来の日本において実際に使用されていた武器なのだ。

 

文献上は全長3m近くの大太刀も存在するようで、なんとその中でも2m越えの大太刀は未だ現存されている。

実際に私はそれを見に行ったことがあるが、とてもじゃないが人が扱うには向いていない巨大な刀であった。

 

私はこの武器も盛大に推している、私達灯音ファミリーは大太刀を応援しています。

 

灯音ファミリーって何。

 

 

 

「一つの武器にかける時間が長くない?」

 

 

「これでも短くしてる方だよ?」

 

 

「う〜んこの武器オタク」

 

 

「じゃあ少し趣向を変えてみよっか。」

 

 

 

既に紹介した二つは主に大きい武器を選んで話した訳だが、次はちょっとサイズを落とした物を選んでみよう。

そして最初に思い浮かんだのは“スプリング式トリプルダガー”だ。

短めな一本の剣に見えるビジュアルであるが、実はメインの刀身に二枚の刃が重なってできている剣なのである。

 

この武器の好きな点、それは変形するところにある。

実はこの武器、刀身にボタンが付いており、そのボタンが押されると重なっていた二枚の刃が二方向へ飛び出すのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

使い所は簡単、敵にこの刃を突き刺したとしよう。

その時にこのボタンを押すとどうなるだろうか。

もうお分かりだろう、傷口から更に抉るように二つの切り傷を与えるのだ。

こんな恐ろしい武器が過去に実在していたと思うと、私は震えて涎が出そうな思いである。

 

…と、そんな事を語っていた訳だが。

 

 

 

「…ってこと。ね、夢月?」

 

 

「zzz…」

 

 

「寝ちゃったわよ」

 

 

「…そっかぁ…。」

 

 

 

どうやら夢月は私の長い話に付き合っているうちに眠りについてしまったようだ。

軽い気持ちで聞いたら、まさか私がこんなに長い話をすると思わずにさぞ驚いたことであろう。

私、この話してる時すごい楽しいんだけどなぁ……。

 

 

 

「私の話って…つまんない?」

 

 

「私は好きよ、貴女がね」

 

 

「………ありがと。」

 

 

 

別に私自身のことを聞いたわけじゃないのだが、なんとなく少し励まされた気がしたので素直にお礼を言う私。

武器の話になると止まらなくなる癖、どうにかしないといけないな。

 

そんな私の思いなど露知らず、夢月はスヤスヤと気持ちよさそうな寝顔を晒していたのであった。



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酩酊、狂おしき幸福の内に。

先に謝っときます、すんませんしたぁぁぁぁ!!!!


暫くの間が空いた後、先程と同じく愛想の良い店員が頼んでいた料理達を運んで来てくれた。

注文した通り、日替わり定食が二膳と“悪魔的だァ…キンキンに冷えてやがるぜハイボール”、“デビルメイクラムチャウダー”だ。

 

…何度聞いてもインパクトの強い品名だこと。

 

 

 

「さて、夢月も起きたことだし食べよっか。」

 

 

「そうね、美味しそうな定食ねぇ」

 

 

「とりあえず乾杯しよー!」

 

 

 

夢月が“悪魔的だァ…キンキンに冷えてやがるぜハイボール”を掲げてニコリとはにかんだ。

それに対し顔を見合せた私とカメリアは冷水を手に取って同時に掲げる。

 

 

 

「お疲れKP〜!!」

 

 

「KP〜!」

 

 

「かんぱ…?KP〜!」

 

 

 

私とカメリアのノリが分からずに一瞬困惑した夢月だが、ノリを悟って合わせてくれた。

なんていい子なんだ。

ガチーンと良い音を響かせた三つのグラスは内部の水面を揺らせた。

そして三人が同時にグラスを傾けてそれぞれの飲み物を舌で転がす。

 

まぁ私とカメリアは水なんだけれどね。

 

 

 

「っかぁ〜!うまげなぁ〜!」

 

 

「え、どこの人?」

 

 

「悪魔でしょう」

 

 

 

グビグビと“悪魔的だァ(ry”を喉に通した夢月は幸せいっぱいといった表情で感嘆の声をあげた。

うまげなってどっかの方言じゃなかったっけ、知らんけど。

知らんけどは関西か。

 

 

 

「さて、それぞれ食べよ。」

 

 

「えぇ」

 

 

「食べるぞー!」

 

 

 

やけにテンションが高い夢月は妙に可愛らしい。

なんか人生の全てを楽しんでるようなそんな気がして微笑ましくなっちゃうよね。

いや悪魔だから人生じゃなくて悪魔生?まあなんでもいっか。

 

さて、私の目の前に置かれた定食は日替わりである。

本日の日替わり定食は鮎の塩焼きに味噌汁、白米、漬物である。

質素なメニューながら非常に香ばしい香りが鼻をつき、やはり家で作るものとはひと味もふた味も違ったような趣を感じさせていた。

 

いただきますと手を合わせた私達はそれぞれの食事に手をつけ始める。

 

 

 

「ん〜、この“デビルメイクラムチャウダー”美味しいね!」

 

 

「癖の強い名前よね、この定食も美味しいわ」

 

 

「ここの料理は何をとっても美味しいよ、まぁ日替わり定食しか食べたことないけど。」

 

 

 

幸せそうに頬に手を当てる夢月とカメリアに常連ならではの知識をひけらかす私だが、実際日替わり定食しか食べていないのだからなんの説得力もない。

本当に中身のない女だ私は。

 

そうしてそれぞれの食事を済ませた私達は早々に会計を済ませ、店を出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ここから作者が酩酊!※飲み過ぎには注意しようね。】

 

(非常に分かりづらいのでセリフに名前を付けてます。)

 

定食屋での食事を済ませ、その後色々寄り道をして帰った私達。

日は既に暮れており、空には綺麗な白い月が浮かんでいた。

気温も下がるこの時間、私達はそんな寒さも感じさせないような赤い顔で仲良く肩を組んで自宅の玄関扉を開けたのだった。

 

 

 

灯音「たっだいまぁ〜!!!」

 

 

カメリア「えへへへ、灯音〜!ちゅっちゅっちゅっ!」

 

 

夢月「幻月姉さんが空飛んでるよ〜!トんでるのは私か!ギャハハハハ!!」

 

 

 

既に日の暮れたこの時間帯、人里の大抵の住人は家の扉に錠をかけ、雨戸も全て締め切るほどに外界との遮断を図っている。

そんな中、大声で騒ぎながら帰宅する成人女性三人組。

近所の住人も驚いたのだろう、雨戸を開けて此方を覗いていた。覗くなよ、いや悪いのは私達か。わりーな!

 

普段静かな私とカメリアですらゲラゲラと笑う程の酩酊ぶり。

とはいえカメリアの行動は相変わらずずっと私の頬にキスをしている。いや相変わらずじゃないな、シラフの時はやんないもんね。

夢月はある意味相変わらず…といった様子でゲラゲラ騒いでいた。これは相変わらずかも。

 

 

 

夢月「いやあの夜雀の屋台は格別だなぁ!!!」

 

 

カメリア「そうね、焼き鳥屋かと思って入ったら鳥が店主って!!!」

 

 

灯音「ギャハハハハハ!!!アレはマジで笑ったわぁ!!!!!」

 

 

 

もはや文面では誰が誰か分からないほどにキャラが変容している私達は、馬鹿みたいに酔っ払って馬鹿みたいに騒いでいた。

 

帰り道に寄った屋台が非常に美味しい鰻やおでんを出していて、私達はそれを摘みに呑んで呑んで飲みまくっていた。

大体午後4時半くらいからその屋台にいた訳だが、会計を済ませて屋台を出たのは午後8時くらいの事であった。

ほんと、馬鹿みたいに呑んだよ。

 

 

 

灯音「とりあえずお風呂入らない??」

 

 

カメリア「入りましょー!でも早く寝たい気もするわね」

 

 

夢月「もーこの際三人で入ろーよ!!!」

 

 

灯音「いいね!うち狭いから銭湯いこー!さぁ出発だァ〜!!!!」

 

 

カメリア「灯音!キャラ崩壊してるわよ!!」

 

 

灯・カ・夢「「「ギャハハハハハハ!!!!」」」

 

 

 

この馬鹿共三人は帰宅して早々にタオルや着替えの用意を済ませ、銭湯へ向かうことにした。

ちなみに銭湯はこの人里とはいえ、夜中でも営業している所がある。

闇の中には妖怪が紛れるという話が広まっているとはいえ、人が入浴を求めるのは同じく闇の中なのだ。

 

そんな都合のいい話があるか!って思うでしょ?

私も思う!実際作者が都合良く設定を書き換えてるだけだもん!!!

メタいんだよ馬鹿!!!!!

 

ガラガラっと家の扉を乱暴に開け、私達三人は再びゲラゲラ騒ぎながら歩き出した。

 

 

 

灯音「うぇ〜い!酩酊トリオのお通りじゃ〜い!」

 

 

カメリア「頭を垂れなさい!平伏しなさい!」

 

 

夢月「ゴミ共がよォ!どけゴミカスゥ!私に触れるなァ!!」

 

 

 

そろそろヤバいなという自覚を抱き始めた私達は同時に煙草を取り出し、ジッポライターを擦って煙草に火を灯した。

煙草はいつでも精神を落ち着かせる万能薬ぅ…ですからね。

図ったかのように同じタイミングで吐き出される煙が三つ編み状に絡まり合って暗黒の空へと旅立つ。

 

フーッと煙を吐いて落ち着いた私達は顔を見合せ、同時にプッと吹き出した。

 

 

 

灯音「ギャハハハハ!私達ただの酔っ払いじゃん!!」

 

 

カメリア「本当ね!タバコ吸わなきゃ気づかなかったわ!」

 

 

夢月「ウケんだけどマジで!一生笑えるぅ〜!」

 

 

 

この時、私達は煙草によって落ち着きを取り戻して笑っていたものだと勘違いしていた。

でも今思い出して思うよ、いくら煙草とはいえ酩酊した馬鹿共につけるクスリなんぞ存在しないんだ…ってね。

 

はーーーー……ウケる。

 

実際これを書いてる作者が今酩酊状態だからこんな頭のおかしい話しか書けないんだけどさ。

思い返してみれば、いつもいつも頭のおかしい無計画な展開ばっかりだよね。

まぁそれもこの空蝉録を書き始めたのも突発的な思考だったから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。

 

こういう話は前書きや後書きで書けって?ははは、私もそう思う。ごめんね。

 

 

そんなこんなで私達はゲラゲラ騒いで煙を煽ってゲラゲラ騒いで…といったことを繰り返しながら歩き、漸くお目当ての銭湯に着いたのであった。

 

 

 

灯音「ここがお気に入りの銭湯、極楽浄土!」

 

 

カメリア「戦闘した後に行きたいわね、()()()()()!!」

 

 

灯・夢「「ッッ!?!?!?」」

 

 

灯音「戦闘後に……!!」

 

 

夢月「銭湯……ッ!?」

 

 

灯・夢「「…………」」

 

 

灯音「おもしれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

夢月「菩薩の言葉ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!」

 

 

灯・カ・夢「「「ギャハハハハハハハ!!!!」」」

 

 

 

こうして私達は銭湯に入り、流石に店の中ということで多少大声を控えて入浴を始める。

私の心は昼間のように明るくとも、空は暗黒を貫くままであった。

 

 

 

 

 

本当に……この時は楽しかったな。



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白濡の椿は沫雪と混濁する

 

 

カポーン

 

 

 

夜遅くまでやっている人里の銭湯。

今夜はたまたま私達の他に客が居らず、完全なる貸切になっていた。

 

酔っ払いの貸切となれば馬鹿みたいに騒ぎそうなものであるが、酩酊酒乱の限りを尽くしていた私達は熱い湯に浸かることで漸く落ち着きを取り戻した。

冷静になった事で先程までの様々な言動、行為を省みた私達は三人全員が顔を真っ赤にして黙ったまま湯に浸かり続ける。

 

気づけば、私達は黙ったまま湯船に一時間浸かり続けていた。

 

未だに顔が赤いのは羞恥心?いや、それだけでは無い。

熱い湯に一時間も浸かり続けた事で、まるで茹でダコのように逆上せているのだろう。

 

静寂が支配する中、最初に声を発したのは夢月であった。

 

 

 

「…先上がってる」

 

 

「…うん。」

 

 

「…えぇ」

 

 

 

夢月は湯船から出て、軽くかけ湯を済ませてから脱衣場の方へ歩いていった。

それを見て我ながらおっさんのような感想を抱く私。

 

 

 

「…可愛い尻。」

 

 

「…灯音?まだ酔ってるの?」

 

 

 

まだ酔ってるのか…自分では落ち着いているつもりではあるから否定したい気持ちもあるが、正直こんな言葉が自然と口から出る事実がある以上、あながち否定できない。

 

 

 

「…ごめん、酔ってんのかも。」

 

 

「ふふっ、たくさん呑んだものねぇ…」

 

 

 

ちゃぷっと湯面を揺らし、大きな富士山の描かれた壁に寄りかかるカメリア。

顔が赤いながら、透き通るような白い肌がより鮮明に露出した。

胸を隠すように巻かれたタオルの間から見える脚、晒された腕、肩、首筋、胸元…

 

 

 

「やっぱ酔っ払ってんのかな…。」

 

 

 

これじゃあまるで私が変態みたいじゃあないか。

違うんだ、別にカメリアの肉体を求めているとかそういうわけじゃない。

ただその身体が目に入ると少し…少しだけ感情が何処か昂るのだ。

 

この昂りがどんな意味を齎すのかは分からないが、実はそこに何かしら特別な感情があるのかもしれない。

 

そんなことを考えながらボーッとカメリアの身体を見ていると、視界の少し上から綺麗な声が響いた。

 

 

 

「どうかした?そんなに私のこと見て」

 

 

「ん…。」

 

 

 

私がボーッと目線を当てていたのは首元。

突然の声に反応して目線を上げると、頬に手を当てて顔を傾けたカメリアが私を見つめていた。

真珠のように透き通る白い肌と対照的に、火照りを感じさせるような仄かに赤い顔のカメリア。

 

そんなカメリアに一瞬だけ見惚れてしまい、私は一瞬の間を置いてハっと我に返った。

慌てて顔を背ける私、どうしてしまったんだ私は。

 

 

 

「…っ別に、なんでもない。」

 

 

「変な灯音ね〜」

 

 

 

ふふっと微笑みながらカメリアは私を茶化す。

変だとか言われたって、そんなの私が一番思ってるよ。

自分が何考えてんのか全然わかんない。

 

そっぽを向いてボーッと考え事をする私だったが、流石にそろそろ逆上せてきたので立ち上がろうとする。

 

 

 

「どうしたのよ、灯音っ」

 

 

「えっ!カメリア!?」

 

 

 

立ち上がろうとした瞬間、突然カメリアが背後から私を包み込んだ。

触覚に届く濡れた柔らかい感覚、聴覚に届く透き通った声と温かい息遣い、嗅覚に届くシャンプーと何処か安心する匂い。

 

それらの感覚は私の思考を狂わすには充分であった。

 

 

 

「も、もう上がるから退いて…っ。」

 

 

 

一回湯冷めしないと、この無駄に昂った感情も治まらないだろう。

そうすることで、一度気持ちを落ち着かせたい。

 

しかし、それを許さないのがカメリア。

 

 

 

「じゃあ一人じゃ危ないし、一緒に上がりましょ?」

 

 

「え…なんでよ。」

 

 

 

逃がさないと言わんばかりに私の肩に顎を乗せるカメリア。

その両腕は私の胸を支えるようにして私を抱きしめていた。

 

駄目だ、このままじゃ私の中で何かが外れる気がする。

すぐにでも脱出をしないと。

 

 

 

「なーに?嫌なの?」

 

 

「嫌っていうか…とにかく上がらせてっ…」

 

 

「あっ、ちょっと灯音!」

 

 

私は強引にカメリアの拘束を振りほどいて立ち上がろうとする。

すると立ち上がった瞬間、視界が真っ暗になると共に意識が不明瞭な概念へと変容した。

ぐらり、ぐらりとゆっくりと大きく揺れる視界。

 

 

 

「えっ…。」

 

 

「灯音!?大丈夫ッ!?」

 

 

 

暗い視界の中で何とか感じ取れたものは、私を呼ぶカメリアの声と、カメリアの胸に顔を埋めた感触であった。

それはまるで枕のようで、私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

──

───

 

────目が覚めると、見知らぬ木板の天井。

未だに明瞭としない意識の中、後頭部を支えている柔らかい感触が気になって私は手を触れる。

温かくてスベスベした細身の感触が二つ、私の頭を支えていた。

その二つの感触はビクリと跳ね上がり、身を震わせるような艶っぽい声を出した。

 

 

 

「ひゃっ…お目覚めね、灯音」

 

 

「カメリア…?なんで下着なの?」

 

 

 

すると艶っぽく感じる声と共に、大きさの等しい二つの山とカメリアの顔が私の顔を覗くように私の視界を支配した。

下着を着てタオルを羽織っているだけのカメリアは、状況を察するに私に膝枕をしてくれていたようだ。

 

カメリアはふふっと微笑み、指で私のお腹をスーッと撫でた。

そのゾクゾクっとする感触と共に、なにか違和感を感じる私。

 

 

 

「灯音なんて、このタオルどかせば裸なのよ?」

 

 

「えっ…?」

 

 

 

そう言ってカメリアは、私の頭を撫でてもう一方の手で団扇を私に仰いだ。

そうだ、私は銭湯で湯船から上がろうとして倒れたんだった。

ってことはもしかして、私が倒れてからカメリアはここに運んでずっと看病してくれていたのだろうか。

 

感謝と共になんだか申し訳なくなって起き上がろうとする私だが、カメリアの手に制止された。

 

 

 

「まだ少し危ないわ、ゆっくりして?」

 

 

「…わかった。ごめんね…ありがと。」

 

 

「いいのよ…あら、もうこんな時期なのね」

 

 

 

何かに気づいたように私から目線を外したカメリア。

それに釣られるように頭だけを動かしてカメリアと同じ方向を向く。

 

目線の先にはお洒落な露天風呂が大きな窓に隔てられて鎮座しており、その湯面には白い結晶がゆらゆらと降り注いでいた。

ふわふわとした白い結晶は湯面に触れた途端その姿を消失させ、風呂の温度をほんの少しずつ下げ続けている。

 

 

 

「雪だ。」

 

 

「故郷を思い出すわ」

 

 

「故郷…ね。」

 

 

 

カメリアの言う故郷とは…500年前の紅魔館のことではなく、ロシアの事なのだろう。

とはいえ紅魔館が故郷に当てはまらないというわけではなく、雪といえばロシアみたいなイメージだからロシアの事を言っているんだろうみたいな。

なんか文面おかしいな。

 

 

 

「そういえば、夢月は?」

 

 

「夢月は小腹空いてきたって、食堂に行ってるわよ」

 

 

「よく食べるな…。」

 

 

 

先述した通り、私達はお腹いっぱい料理を食べて肝臓いっぱい(?)お酒を呑んでから銭湯に来たのだ。

現に私はまだお腹いっぱいだし、そんなすぐに小腹が空くなんて夢月は消化が早いのかもしれない。

 

さて…とはいえ私もそろそろ起きないとね。

私はまだ暑いが、カメリアが風邪をひいてしまうかもしれない。

 

 

 

「灯音、まだゆっくりしてて?」

 

 

「大丈夫だよ、カメリアも服着ちゃって?」

 

 

「私は別に風邪ひくことは無いわよ?」

 

 

「いいから。」

 

 

「…もう」

 

 

 

私とカメリアはゆっくり立ち上がり、棚に置いた籠の着替えに身を包むのであった。

下着を先に着ていた分、少し早く着替えが終わったカメリアは「一服して待ってる」と言ってそそくさと出て行った。

 

…なんか不自然。

 

 

 

「それにしても、カメリアには後でお礼しないとな。」

 

 

 

下着を着ながらそう呟く私。

お礼と言っても口頭だけのものではなく、ちゃんと物理的な物でお礼をしたいわけだ。

とりあえずあとで飲み物は買おうと思っているが…と考えていると、ふと鏡に映る自分の姿に違和感を覚えた。

 

 

 

「…なにこれ?」

 

 

 

私の首元に赤い何かが付いている。

よく見えないので鏡に近づいてよーく見てみると、それは唇の形をした痣であった。

唇みたいな形の物にいつの間にかぶつけたのだろうか。

 

そんな訳、ないよね。

 

 

 

「…お礼は決まったね。」

 

 

 

鏡に映った真っ赤な自分の顔を見て鏡から目を逸らし、そそくさと服を着て脱衣場を後にするのであった。

 

 

 

受付で料金を支払って軽く食堂を覗いてみると、夢月が美味しそうにうどんを啜っていた。

私の視線に気づかないで夢中になっている夢月を見て、私は「また後で来よう」と呟いてそっと食堂を後にする。

 

そういえば雪が降っていたんだ。

銭湯内の売店で唐傘を購入して、三人で入…いや二人ならまだしも三人で相合傘は無理があるか。

仕方がない、少し料金は嵩むが三人分全部買っておくことにした。

 

購入した唐傘は鮮やかな朱に彩られており、どちらかといえば雪とはミスマッチかもしれないが十分に目を惹く美しいデザインである。

 

 

 

「さて、私も一服に行こうか。」

 

 

 

三本の唐傘を持った私は受付を通り過ぎ、靴を履いて玄関扉を開ける。

思っていた以上に冷たい風が私を吹き付けることでブルブルっと肩を震わせていると、玄関扉を出て左の壁伝いにあるベンチにカメリアが座って煙草を吸っているのが見えた。

 

ちょうど私に背を向けているカメリア。

しめしめと思った私はゆっくりとカメリアに近づき、背後からギュッとカメリアを抱き締めた。

 

 

 

「あらびっくり、どうしたの?灯音」

 

 

「どうしたの?って、心当たり無いの?カメリア」

 

 

 

カメリアを後ろから抱き締めたまま耳元で囁く私に、息に反応してかそれとも内容に反応してかは分からないがカメリアはビクッと肩を震わせた。

苦笑してどこか誤魔化そうとしている様子のカメリア。

 

 

 

「ふふ…お酒の力って怖いわね?」

 

 

「へぇ…でもこれ私が気失ってる時に付けたやつだよね?」

 

 

 

再びギクリとするカメリアに追い打ちをかけていく。

私の抵抗できない時にそういう事をするなんて許せない。

 

 

 

「気失ってる時にするなんて卑怯じゃん。」

 

 

「…嫌だった?」

 

 

「当たり前でしょ。」

 

 

「…そう…よね」

 

 

 

私は後ろからカメリアの髪を軽くかき上げ、顕になったカメリアの首元に唇を付けて息を大きく吸った。

音もなく静かに行われる行為に困惑しつつ、堪えるような声を出すカメリア。

 

カメリアの手が私の頭に触れる。

それに対して私は真っ赤に染まった顔を悟られないように隠しながら、カメリアの首元から唇を離す。

唇が触れていたカメリアの首元には、唇の形をした痣が生まれていた。

 

 

 

「ちゃんと起きてる時に、して。」

 

 

「灯音…嫌じゃないの?」

 

 

「勝手にされんのが気に入らないだけ。」

 

 

「…そうなのね」

 

 

 

私は未だ火照りの治まらない顔をカメリアの肩に埋めながら、背後からカメリアに抱き着き続けた。

それに対してカメリアは何を言うわけでもなく、見えないであろう私の頭をひたすら撫で続ける。

 

暫くの間抱き着き続けた後、私は絡めていた腕を離してカメリアの隣に座る。

少し残念そうな表情を浮かべるカメリアに気付かないフリをする私はジッポライターで煙草に火を灯し、大きく吸った煙をフーッと吐き出した。

 

数秒の静寂を破ったのは私がボソリと呟いた一言であった。

 

 

 

「さっきの…お酒の力じゃないから。」

 

 

 

私のその言葉に対し、驚いたように目を見開くカメリア。

数拍の間を置き、カメリアはふふっと笑った。

 

 

 

「……嬉しいわ、灯音。私も、そうよ」

 

 

 

先程カメリアが見せた一瞬の寂しげな表情はどこへやら、カメリアは目にいっぱいの雫を溜めながら私に微笑んだ。

その微笑みは非常に幸せそうで、私にとってもそれは幸せなものであった。

 

嬉しいのは私も一緒、けれどやっぱり恥ずかしくて顔を背けた私は誤魔化すように真っ赤な顔で呟く。

 

 

 

「…馬鹿。」

 

 

 

闇に相反する白が、疎らに黒のキャンパスを彩っていた。

既に歩行者は居らず、まるで二人だけの世界かのように錯覚する程の静寂。

 

その静寂の中で降り頻る雪、ほんの数平方メートル程の飛び出し屋根の下。

 

私達は寄り添い、お互いの指を絡めるのであった。



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甘節女は初冠雪に想いを馳せる

窓から射し込む眩い朝日によって意識が覚醒する。

衣擦れの音と共に起き上がった私は眠い目を擦った

 

 

 

「…朝。」

 

 

 

あの後、食事を終えた夢月とも合流して帰宅した私達は夜も遅かったので早々に床についたのだ。

 

ふと銭湯の時の記憶が蘇り、顔を赤く染めた私は頭を抱えて溜息をついた。

 

 

 

「はぁ…恥ずかし…。」

 

 

 

横を見ると未だ夢から覚めやらぬ夢月がこれまた気持ちよさそうに眠っており、羞恥に苛まれた私の表情を緩ませる。

本当に子供のような寝顔を見せるものだ。

 

反対側にはいつも通りカメリアは居らず、綺麗に畳まれた布団が部屋の片隅に置かれていた。

 

 

 

「さて、とりあえず居間に向かうかな。」

 

 

 

私は手早く自分の布団を畳み、煙草に火を灯しながら居間へ向かった。

窓のない廊下は朝夜問わず暗がりが支配しており、もし荷物が置いてあったら躓いて転んでしまいそうな程に視界が悪い。

日頃の生活による慣れを活かし、私は迷うこと無く居間の扉を開けた。

 

 

 

「おはよう、灯音」

 

 

「おはよ、カメリア。」

 

 

 

居間ではカメリアが座して茶を啜っており、挨拶すると同時に私に微笑みかけた。

私もカメリアの対面に座し、既に沸いていた湯で茶を淹れる。

 

 

 

「夢幻館の件、そろそろケリつけないとね。」

 

 

「そうね、問題事を先延ばしにしてても仕方がないわ」

 

 

 

本当なら昨日全ての準備を終わらせる予定だったのだが、緋焔刃の購入による意図せぬ外出で本来の予定が崩れてしまった。

だから今日こそ全ての準備を終わらせ、早ければ夜にでも夢幻館へ突入しなくてはならない。

 

昨日の事はお互い触れず、私達はいつも通りを装っていた。

とはいえ、私が気にしているだけでカメリアは気にしていないのかもしれないが。

 

 

 

「それじゃ、サクッとご飯済ませちゃおっか。」

 

 

「そうね。いつもありがとう、灯音」

 

 

「うん、どういたしまして。」

 

古ぼけた灰皿に灰を落とし、私は朝食を作るべく台所へ向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢月が起床して朝食も済ませた後、私達は早速それぞれの準備に取り掛かり始めた。

 

カメリアは昨日購入した緋焔刃の刀身に打ち粉をポンポンとぶつけ、手入れをしている。

夢月は私が一度借りていた一本と合わせた計三本のブラックニンジャソードに刃こぼれが無いか入念に確認しており、時折砥石で細かいごく一部分を研いでいた。

ちなみにこのブラックニンジャソード、夢月は三本も持ち歩いているが、私に召喚して欲しい武器のメモにもブラックニンジャソードを何本か求める旨が書かれているのだ。実は消耗品だったりするの?

 

私は昨日と同じく、メモに書かれた武器を順番に召喚している。

既に召喚したのは七本のブラックニンジャソード、ИЖ-43というショットガン、十文字槍、戦鎌だ。

 

ИЖ-43はソ連の二連式散弾銃であり、恐らく…いや確実にカメリアが頼んだものであろう。

私はこの中に関して存在を知っているだけなので詳しい性能は分からないが、カメリアが望むだけの利点があるということだ。

 

 

 

「二人共、一旦武器取りに来て。」

 

 

「わかったわ」

 

 

「はーい」

 

 

 

私の呼び掛けに、一旦作業を中断して私のもとへ来た二人はそれぞれの武器を回収した。

 

ブラックニンジャソードと戦鎌は夢月で、ИЖ-43と十文字槍はカメリアが注文したものだった。

夢月は悪魔だから鎌も納得できるが、カメリアが十文字槍というのは意外である。

 

どちらかというと銃をメインに使っているイメージが強かったので余計にだ。

 

 

 

「少し振ってくるわ」

 

 

「私も行ってくる」

 

 

「OK、通行人殺さないでね。」

 

 

「分かってるよ!」

 

 

 

武器を受け取ったカメリアと夢月は、武器の慣らしの為に外へ向かった。

やはり悪魔なだけあって、大鎌を肩に乗せている夢月の後ろ姿はとても似合っていた。

カメリアは十文字槍であるが、意外な事にミスマッチというわけでも無く、これまた美麗な雰囲気を醸し出している。

 

その雰囲気で昨夜の事を思い出し、私は再び悶絶したのであった。

 

 

 

「あーもう…集中しよ。」

 

 

 

雑念を振り払い、煙草に火を灯した私は再び作業に取り掛かったのであった。



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夕暮れ前の焦燥

準備が万全に整い、腹拵えも済んだ私達は宵をついて出発することにした。

 

あれから追加でいくつかの武器を召喚したわけだが、今のところ疲れを感じているということは無い。

大量の武器を召喚するという行為は未だかつてした事の無いイレギュラーであったので、疲労感に苛まれる可能性を考慮していたのだがどうやら杞憂に終わったらしい。

 

しかしカメリアと夢月の武器は全て召喚したが、私は戦闘中に適宜武器を召喚しようと考えているのでその時に身体が着いてきませんとなってしまったら話にならない。

 

なので私は念の為、宵までの僅かな時間だけでも休息を摂ることにした。

 

 

 

「陽が落ちた頃に起こして。」

 

 

「えぇ、ゆっくりおやすみ」

 

 

「ありがとね、おやすみ。」

 

 

 

カメリアは愛銃の具合を確認しながら私にそう微笑みかけ、最終調整を続けた。

夢月はというと魔力を練る為の精神統一だと言って、庭に突き刺したブラックニンジャソードの上で片足立ちを続けているようだ。

 

カメリアに背を向けるように横たわり、静かに目を瞑る私。

 

香霖堂で突然の出会いを果たした本件の元凶、幽香。

その彼女が研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、放つオーラは恐ろしい程に狂気的であった。

いくら私とカメリアが現世で強い存在であったとしても、ここは幻想郷。

凶悪な悪魔である夢月が味方についていることを差し置いても、育った世界の違いは火を見るより明らかだ。

 

カメリアはハーフヴァンパイア、夢月は悪魔。

そんな心強い二人の仲間が居るわけだが、私はどうにも不安を拭えずにいた。

焦燥感、何か強い胸騒ぎがする。

 

絶対に起こってはならぬ事件、絶対に避けねばならぬ運命。

しかし避けることのできない完全無欠の“負の未来”が、私の脳に深く穴を空けていた。

 

 

 

「灯音」

 

 

 

気づけば私の身体は悪寒に震えていた。

しかしその震えも、私の肩に置かれた冷たい手によってピタリと治まる。

手の主を見ると私の大切な友人、カメリアが私を見下ろして微笑んでいた。

 

 

 

「大丈夫よ、私がついてるわ」

 

 

 

私の心を全て悟ったように優しく語りかけるカメリア。

どうやら余計な心配をかけてしまったらしい。

悪い事を考えるのはやめだ、私にはカメリアさえ居れば充分だ。

私はカメリアに釣られて微笑み、静かに頷いた。

 

 

 

「……うん。」

 

 

 

私を襲っていた“負の未来”は最早潰えた。

カメリアさえいれば、私はどこにでもいける。

 

私はカメリアの手を両手で包み込み、静かに目を閉じた。

その手はまるで、安らぎを与えてくれる母の手のようで………

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

私の母って、誰だっけ?

 

 

 



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戦士達は宵に発つ

ついに陽も落ちて宵を迎えた私達は、準備を整えて家の玄関前に立っていた。

薄暗い空の下、白髪と黒髪と金髪が決意を固めた眼差しで星を眺める。

 

 

 

「ついにこの時が来たね。」

 

 

「そうね、あの時の雪辱を果たすわ」

 

 

「絶対、姉さんを救ってみせる」

 

 

 

今宵、私達は夢幻館を切り裂く刃となる。

私は自衛、カメリアは私の為、夢月は姉を救う為。

それぞれの想いが反芻し、私達は夢幻館へ足を運び始めた。

 

夢幻館は博麗神社の裏山にある湖の中心、夢幻世界と現実世界の境界に存在している。

目的が違えば呑気なハイキングと変わりないのだが、今回はそんな和やかな状況ではない。

 

ところでこれは先程カメリアから聞いた話だが、カメリアは幻想郷に来て“月の神託”という魔術を習得したらしい。

なんでも、月光の下でのみ行使できる古の魔術で、使用している武器や術者自身にその恩恵を享受できるそうだ。

その魔術は淡い白光であるが質量が存在している為に汎用性が高く、様々な状況に応じて使い分ける事が可能との事。

 

流石カメリアと言うべきか、幻想郷に来て間も無いのにも関わらずこの世界に適応するのが非常に早い。

まぁカメリアはハーフヴァンパイアであるから、過去にそういった非科学的な力に触れていてもおかしくはないが。

 

 

 

「夢月、ここから夢幻館までどれくらい?」

 

 

「ここからなら七十五里くらいかな、大体だけど」

 

 

「それなりに離れてるのね」

 

 

「幻想郷の中心部からかなり外れた位置にあるから仕方ないよ」

 

 

 

下手したら夢幻館に辿り着くまでに体力を大分消耗してしまうかもしれない。

そこまで距離があるのであれば、夢幻館近くでキャンプ地を設営して叩きにいた方が良かっただろうか。

 

いや、今回相手取る奴らはかなりの強者揃い。

下手に近くでキャンプをして気配を探られてしまえば、寝込みを襲われて何の抵抗も出来ずに終わってしまう可能性がある。

それでは本末転倒だ。

 

と、ふとカメリアが操られていた時の事を思い出した。

夢月曰く、幻月とやらも正気を失っているらしいし、夢幻館の誰かが精神を操る能力か何かを持っている可能性がある。

これは妹紅にも言われた話だ、夢幻館までせっかく時間が有り余っているのだし少し聞いてみてもいいかもしれない。

 

 

 

「ねぇ夢月、夢幻館メンバーの能力について教えて欲しい。」

 

 

「あぁそうだ、教えておくべきだったね。とはいえ、能力を持ってるのは幽香と幻月姉さんだけなんだけどね」

 

 

「そうなの?」

 

 

 

夢月が言うには、夢幻館のメンバーは幽香と幻月しか能力を持っていないらしい。

門番であるエリーとくるみは能力を持っておらず、それぞれ独特な戦法で侵入者を払ってきたそうだ。

 

幽香の能力は前に説明された通り、花を操ることができる能力。

ただ、実は幻月が持つ能力がなかなかに厄介らしい。

 

 

 

「血を操る程度の能力」

 

 

「…血?」

 

 

「そう、血」

 

 

 

“血を操る程度の能力”、名だけ聞くとあまりイメージがパッとしない能力だ。

だが夢月が厄介だと言う以上、それなりには強力な力なのだろう。

 

 

 

「血を操る…この世に存在する全ての血を意のままに操れるってこと」

 

 

「血を操る…っていうのがよく分からない。」

 

 

「結晶化して剣にしたり…とかかしら?」

 

 

「カメリアの言うように結晶化するのもできるし、相手の傷口に触れて血流を止めることも出来る」

 

 

「血流を止める…って、確かにそれは厄介だね。」

 

 

 

人の血流が4〜5分止まると脳の細胞が死んでしまう。

彼女はそれを傷口に触れるだけでいとも容易く行ってしまうようだ。

それに、その理論だと自らの傷も簡単に止血することが可能なのだろう。

 

実質、不死の存在。

そんな厄介な相手を一人で請け負う夢月は流石と言うべきか、並々ならぬ覚悟と決意を宿しているのだろう。

 

 

 

「…そうなるとカメリアを操れそうなのは、幽香くらいか。」

 

 

「確かにそうね」

 

 

「植物を操る能力で?どして?」

 

 

 

血を操ることで他者の思考まで意のままにすることは考えにくい。

ならば植物を操る程度の能力を持つ幽香がカメリアを操っていたと見て間違いないだろう。

植物には様々な種類がある。

私の知っている中だけでも、幻覚症状などを引き起こす毒を持った植物はいくらか存在しているのだ。

おそらく幽香はそれを用いてカメリアを操ったのであろうと私は推理する。

 

 

 

「植物にも、色々あるのさ。」

 

 

「なるほどねぇ…」

 

 

 

納得したのか分かっていないのか定かでは無いが、夢月がなるほどと唸った事でその会話は一旦終わった。

 

それから私達は各々聞きたいことを夢月に聞いたり、適当な雑談をしながら急ぐこと無く夢幻館へ足を運んだのであった。



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闘争は夢幻にて

既に月が登り、私達はついに夢幻館の入口に辿り着いていた。

夢幻館は紅魔館程では無いにしろ非常に大きく、見る者すべてを圧倒するような存在感を醸し出していた。

 

 

 

「ついに…辿り着いたね。」

 

 

「そうね、少しだけ緊張するわ」

 

 

「幽香…ぶちのめす!」

 

 

 

いざ目的地に辿り着くと、固めていた決意も少しばかり崩れていきそうになる。

それは夢幻館の大きさによるものではなく、この館から漂う恐ろしい妖気によるものであろう。

少し当てられているだけで感じるこの恐怖、戦慄、嫌悪感。

これらが私の額に冷や汗を浮かばせていた。

 

 

 

「皆、準備は平気?」

 

 

「えぇ、いつでも平気よ」

 

 

「私も平気、気引き締めていこう」

 

 

 

頼り甲斐のある二人のセリフに安心感を覚える。

きっと私一人では対処しきれなかった問題だ、それなのにこの二人が協力してくれたおかげで今があるのだ。

二人に大きな感謝を胸に、私は夢幻館の大きな門に手を掛けた。

 

 

 

「よし…行こう!」

 

 

「えぇ」

 

 

「っしゃ!!」

 

 

 

ギギギギと低く鈍い金属音を響かせながら、その扉はゆっくりと開いた。

夢幻館の広大なエントランスからは外とは違った強い妖気が放たれており、私に一瞬のたじろぎを余儀なくする。

 

しかし、それでも私には二人の仲間がいる。

私を愛してくれているカメリア、姉を助ける為に協力してくれている夢月。

かけがえの無い、狂おしい最愛の仲間達。

 

ならば、私は前に進むしかない。

どれほどの恐怖、どれほどの力に呑まれようとも、私は絶対に退かない。

二人が私を守ってくれるなら、私は二人を守る盾になる。

場合によっては人柱となることも厭わない。

 

私は、意地でも夢幻館を制圧してみせる。

 

するとエントランスの奥から、その背丈よりも大きな漆黒の翼を拵えた少女が歩いてきた。

 

 

 

「おや夢月、幽香の命令を遂行してきた…ってわけじゃ無さそうだね?」

 

 

「くるみ、私は…」

 

 

 

姿を現して早々に夢月へ黒剣を向けたその少女、くるみは全て理解しているというように言った。

それに対しなんら驚く様子も無く、夢月は淡々と言い放つ。

 

 

 

「幽香を、倒す」

 

 

「へぇ…アンタじゃ無理だよ」

 

 

 

そう言い放ったと同時に床を蹴ったくるみは、黒剣を夢月に向けて振り下ろした。

しかしその黒剣は夢月には届かず、夢月の眼前で緋い刃と拮抗する。

驚いたように口笛を鳴らしたくるみは刃の主、カメリアを見て口角を上げた。

 

 

 

「丁度いいね…偶然の産物だったとはいえ、お前は私が殺りたいと思ってたんだよ」

 

 

「奇遇ね、私もそう思っていたところよ」

 

 

 

睨み合うカメリアとくるみ。

半吸血鬼と吸血少女の戦いが今ここに始まるのであった。



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冥闇ヲ照ラシシ蒼炎

くるみの相手をカメリアに任せ、私と夢月は奥へ歩を進める。

エントランスを越えた先には一直線の暗黒を齎す広い廊下、なんの存在も感じさせない純度の高い闇が広がっていた。

 

その廊下のタイルに一歩、コツンと足を踏み入れると、近くの壁に飾られていた蝋燭に火が灯り、次々と廊下の奥深くまで蝋燭に火が灯っていく。

あっという間に蒼炎に照らされた大廊下は、廊下の奥で道を塞ぐように立っている女性の姿を明らかにさせた。

 

紅のドレスを纏ったその女性はクルンとカールした金髪に純白の帽子を被せており、不自然な程に湾曲した逆刃の大鎌を肩に乗せていた。

 

そんな古典的な演出に感動を覚えた私は、場違いに軽口を零す。

 

 

 

「まるでRPGみたいだね、嫌いじゃないよ。」

 

 

「アイツがエリー。灯音、気をつけてね」

 

 

「わかった、夢月は先を急いで。」

 

 

「うん、任せたよ」

 

 

 

そう言った夢月はエリーの横を凄まじい速度で駆け抜けていき、エリーの背後にある扉の奥へ消えていった。

 

蒼く照らされた大廊下に取り残される私とエリーの二人。

見つめ合う私達は互いに睨むことも無く、和やかな会話を始めた。

 

 

 

「貴女門番でしょ?行かせちゃって良かったの?」

 

 

「かく言う貴女こそ、行かせちゃって良かったのかしら?」

 

 

 

決して睨み合ってはいないが、確実に火花を散らしているであろう私とエリー。

互いに皮肉を言い合う二人は、さながらクラスに一組はいた犬猿の仲である女子高生のようだっただろう。

 

 

 

「柊 灯音でしょう?能力があるとはいえ、私を侮ってると痛い目見るわよ」

 

 

「でも貴女は私より下でしょ。」

 

 

「なっ…つ、強く出たわね…まぁいいわ」

 

 

 

戦前の論争はどうやら私の勝利に終わったらしいが、問題はこの後である。

「貴女は私より下」、完全なブラフをかました訳だが…これくらい強い発言をしなければ自分を鼓舞できない。

私の、弱いところである。

 

エリーはふぅとため息をついて、鎌をタイルの隙間に突き刺した。

 

 

 

「後悔…」

 

 

 

エリーのその行動に警戒を示し、私は一先ず汎用性の高いロングソードを召喚した。

この廊下の広さならばロングソードという長物でも壁や天井に弾かれることは無い。

 

エリーの次の行動を予測しつつ、私はロングソードを両手で構えた。

 

 

 

「しないといいわねッ!!」

 

 

 

エリーはそう叫ぶと、タイルの隙間に突き刺していた鎌を捻り抜き、床面のタイルを強引に飛ばしてきた。

流石に予測できなかった攻撃に困惑しつつ、私は片手でロングソードの刃面を支えてその攻撃を凌ぐ。

タイルを剥がして攻撃するって革新的すぎるでしょ、かなりびっくりしたよ私。

 

そしてその防御も束の間、エリーがグルグルと回転しながら大鎌の刃を私に振り下ろしてきた。

何とかロングソードの刃を斜めに添わせる事で攻撃をいなしたが、予想外の威力に堪らず武器を変えることにした。

 

 

 

「くぅ…結構いい攻撃するじゃん。」

 

 

「どう?降参する?」

 

 

「早すぎんでしょ。」

 

 

 

こうなったら此方も大物の武器を使うしかなさそうだ。

そう考えた私が次に召喚したのはツヴァイヘンダーという大剣。

長い刀身に直角のトゲがついており、刺突の際に急所を外してもトゲが牙を剥くという、これまた汎用性の高い武器である。

少々重量はあるが、エリーの業物に対抗するにはこれを行使するしかないのだ。

 

 

 

「流石、幽香が狙うだけの事はあるわね?」

 

 

「ふふ、不本意だけどね。」

 

 

 

ツヴァイヘンダーを肩に乗せてエリーを睨みつける私。

逆刃の大鎌を独特な構えで構えながら私に向けて口角を上げるエリー。

 

 

【挿絵表示】

 

 

どちらか一方が少しでも動くと同時に始まるであろう一触即発状態。

そんな状態で最初に足を踏み込んだのは…

 

 

 

エリーであった。

 

 

 

柄の先端を掴んでいた右手を勢いよく振り抜くエリー。

風を切る音が劈き一瞬たじろぎそうになるが、私は右肩に乗せていた重厚なツヴァイヘンダーを床にガリガリと添わせるようにして振り上げた。

ツヴァイヘンダーの刃に合わせて削られた床面が、その刀剣の重量を切に表していた。

 

ガキンと脳髄に響くような金属音を轟かせ、エリーの鎌は逆方向への力を働かせて刀身をビリビリと震わせた。

それに対して私は振り上げた勢いのままツヴァイヘンダーを背後に振り下ろし、棒高跳びの要領で剣を軸にバク宙をする。

 

 

 

「随分と奇っ怪なスタイルなのね?」

 

 

「武器がっ…武器だからね。」

 

 

 

第三者から見れば容易く行われた芸当に見えるだろう。

しかしこれは身体への負担が予想以上に大きく、肺の空気を中々に持っていかれるのだ。

高重量の大剣を振り上げると同時に、高威力の刃を弾くという行為。

そしてその勢いに任せたまま身体を回転させる、それが使用者の体力を奪うのは至極当然の事であり、本来ならばこんな重量のある近接武器を使うべきでは無いのだろう。

 

 

 

「とはいえ、これで終わりなんて有り得ないから。」

 

 

「ふふっ、それは楽しみね。一体どんな力を見せてくれるのかしら?」

 

 

「見てて。」

 

 

 

私はツヴァイヘンダーを無に帰し、私は次なる武器を召喚することにした。

バク宙をしたことで折角距離が生まれたのだ、ひとまず私はアサルトライフルを召喚し、少し離れた位置のエリーに向けて片手で銃弾をばら撒いた。

火薬の爆ぜる音が止めどなく響く大廊下。

堅牢な造りの大廊下は音を乱反射させ、銃声を酷く大きくさせていた。

 

 

 

「そんな近代的な武器があるのは!知っているわよ!つまり!対策済みってこと!」

 

 

「それは驚いた!流石って言った方がいいかなぁ!?」

 

 

「なぁに!?全然聞こえないわよっ!!!」

 

 

「えぇ!?何っ!?」

 

 

 

乱射された銃弾を素早い身のこなしで躱し、時には鎌を振り回して弾くエリー。

そんな人間離れした動きの(妖怪だから当然だが)エリーは銃声に負けじと大声を張り上げて私に自らの力を誇示した。

 

対策済み。

それは聞こえたが、その後の発言が全く聞き取れなかった。

恐らく「このまま続けても無駄だ」とか言う事を言っているのだろう、早々に次なる手を打たねば負けてしまう可能性も否めない。

 

 

 

「私の手数は!貴女が思っているよりも!たくさんあるんだよっ!!」

 

 

「聞こえないわよっ!喧嘩売ってるの!?」

 

 

「なんて!?もしかして!わざと!聞こえないように喋ってんの!?」

 

 

 

そんな私たち言葉は決してお互いに届くことなく、交わることの無い口喧嘩が勝手に始まっていた。

 

私達は轟く爆音の中、無意味に声を張り上げて叫び続けるのであった



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天使のような悪魔

エリーの相手を灯音に任せ、私は今とある部屋の前に立っていた。

幽香をぶちのめす事に躊躇いは一切無いが、問題は実の姉…幻月である。

 

それは強さというわけではなく、姉妹という関係によるものだ。

やはり姉というものはいつでも怖いのだ、しかし私が今ここで動かなければ姉を救うことは出来ない。

憂鬱な気持ちを振り払うため、私は己の頬をパァンと両の手で叩いた。

 

 

 

「…っよし、行くか」

 

 

 

そう、ここは幻月の部屋。

私はコンコンと優しく二度のノックを行い、軽く咳払いしてから言葉を発した。

 

 

 

「姉さん、入るよ」

 

 

 

「夢月?早く入んなー」

 

 

 

扉の向こうから聞き慣れた声が耳に届いた。

かつて夢幻館で共に暮らしていた大切な姉、幻月。

 

あの幽香なんぞいう奴が来なければ、私達はあのまま二人だけの幸せな時間を過ごせて居たというのに…悪しい…悪しい悪しい悪しい憎い憎い憎い…

 

その五体、満足では帰さない。

でも幻月姉さんは返してもらう、これは私の完全なわがまま。

 

静寂の廊下にゴクリと生唾を飲み込む音が響き、私はゆっくりと扉を開けた。

 

 

 

「久しぶり…ってわけでもないか。ただいま、姉さん」

 

 

「数日程度だね、おかえり」

 

 

 

扉の先の部屋はアンティーク調の家具や装飾が施されており、その中の革製のソファに腰をかけた綺麗な女性が私を見ていた。

 

長い金髪を無造作に流し、赤色の目立つ衣服を纏った女性、私の姉である幻月。

その背中からは背丈よりも大きい、天使のような純白の翼が生えている。

 

 

 

「姉さん、幽香は?」

 

 

「あぁ、幽香は中庭にいんじゃない?花がどうとか言ってたし」

 

 

「中庭…そっか、ありがと姉さん」

 

 

 

中庭。

昔、姉さんと優雅に踊った場所。

昔、姉さんと高らかに唄った場所。

昔、姉さんと笑いながら紅茶を嗜んだ場所。

 

夢幻館は私と姉さんの思い出の場所ばかりだ。

それを奪った幽香、忌まわしき幽香。

絶対に、許さない。

 

私が思い出に浸ると共に憎しみを募らせていたのが表情に出ていたのか、姉さんは訝しげに首を顰めた。

 

 

 

「どうした?」

 

 

「なんでも……」

 

 

 

ここで誤魔化してどうするんだ、私。

私は姉さんを幽香の支配から救う為にここに来たのではないか。

私は臆病者か?どうやら臆病者らしいぞ、私は。

 

 

なんて、それで終わらせるわけにはいかないよね。

 

 

 

「……姉さん」

 

 

「うん?」

 

 

 

私と姉さんだけの空間に、生唾を飲み込む音が響いた。

部屋の前で私が出した音と全く同じ音。

緊張は、やはり拭えない。

 

数秒の沈黙の末、私はなんとか言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

「夢幻館を、奪い返そう」

 

 

「………」

 

 

 

緊張の糸がピンと張り詰めた一室で何とか放った言葉。

私の言葉に対し、幻月からの返答は無い。

なんとなく目元に陰りが見える幻月からは、怒りの感情が見て取れた。

 

しかしその怒りの表情は間も無く、パァと明るい表情へと変容する。

 

 

 

「…あははっ!」

 

 

「えっ…?どうしたの?姉さん」

 

 

 

突然お腹を抱えて笑い出す幻月。

流石は幻月姉さん、笑っているその姿でさえ見とれてしまいそうになる。

私の、大事な、姉さん。

 

幻月は尚も笑いながら続けた。

 

 

 

「いやぁー、シャレが上手くなったなぁ夢月!一瞬マジにしちゃったよ!」

 

 

「え…いや、シャレじゃ…」

 

 

 

どうやら幻月は、頑張って紡いだ私の言葉をシャレだと思っているらしい。

確かに幽香は私達が協力しても倒せなかった最強の妖怪、シャレだと思われても無理はない。

私が咄嗟にシャレではないと伝えると、ソファから立ち上がった幻月は再び怒りを孕んだ表情へ変化し、私を睨みつけながら低い声で言った

 

 

 

「は…?じゃあ何?どういうこと?」

 

 

「……つまり幽香を倒そう、ってこと」

 

 

 

───轟ッ!!

 

 

 

部屋に響く轟音と衝撃。

それは窓ガラスを粉々に砕き、家具を揺らし、装飾を吹き飛ばした。

 

幻月の輝く瞳が私を見据える。

とても美しい端正な顔立ちを彩る金色…その風貌に見惚れてしまいそうになる気持ちを抑え、私はスカートの中からブラックニンジャソードを二本取り出した。

 

 

 

「やっぱ、どーにか正気に戻さないといけないみたいだね」

 

 

「愚妹が…身の程を知ることだ」

 

 

 

怒りを隠そうともしない素直な表情で私を睨みつける幻月。

仕方がない、予測はしていたがこうなってしまっては刃を向けるしか無さそうだ。

 

正直気は進まない。

大切な姉であるし、そもそも幻月姉さんはかなりの実力者だし。

私達は二人で一つ、喧嘩なんてした事無かったのに。

 

どうしてこうなったのか…いや、それは一重に幽香のせいでしかないだろう。

ある意味では力の無い私のせいとも言えるが、それでも私は幽香を憎まずには、恨まずには居られない。

 

アイツを倒す為、夢幻館を取り返す為、そして幻月姉さんを助ける為ならば、私は大切な姉にすら刃を向けよう。

 

 

 

「幻月姉さん、私が助けるからね」

 

 

瀉血ノ劍(しゃけつのつるぎ)

 

 

 

私の声も虚しく、幻月はガラス片で手の甲を切り裂き、能力で自らの滲み出た血を刃へと変容させた。

紅く、緋く、朱い。

その鮮血の刃ですらも、姉さんを飾る美しい装飾と化していた。

 

ああ、姉とはかくも儚いものなのだろうか。

きっとそれは違うのだろう、私にとって幻月姉さんは“姉”に留まらない特別な存在。

私の“姉”であり、“想い人”でもある存在。

 

それが私にとって一番大切な存在、幻月姉さんなのだ。

 

物が乱雑に散らばった部屋。

その室内で私と幻月は互いに武器を煌めかせ、睨み合うのであった。



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ニア・ドラクレシュティ

夢幻館のエントランス、かくも広いこの空間からすればちっぽけな存在にも見える“吸血(ブラッドサッカー)”達が互いの力をぶつけ合っていた。

或いは黒き大翼をはためかせ、或いは白き白髪をたなびかせ…

 

相反するアイデンティティは、まるで互いの敵対関係を表しているようであった。

 

 

 

「ふふふっ、この時を待っていたわ…」

 

 

「随分と装備が変わっているようだけど、それで私に届くと?」

 

 

「当然でしょ、前回も貴女が逃げなければ私が勝っていたのよ」

 

 

 

前回、それは忌まわしき竹林での出来事。

私が幻想郷に来て正気に戻ってから、初めての戦闘であった。

 

己の罪から遁走する為、夜中に一人で永遠亭を発ったあの日。

煙草を吸いながら竹林を歩いていると、ふと私が妖の気配に気づいて戦いになったのだ。

 

あの時、私の月光である“月の神託(ルナ・オラクル)”の片鱗に触れたくるみがその力を恐れ、逃げ帰ったのをよく覚えている。

 

 

 

「逃げ?あれは戦略的撤退だよ。お前は軍人だと聞いたけど、そんな知識も無いとはがっかりだわ」

 

 

「戦略的撤退は勝つ為に一度退いて体勢を整える事、でも貴女は結局勝てていないじゃない」

 

 

「ぐっ……今勝つんだよっ!!」

 

 

 

はい論破…と言いたいところだが、私はそんな“弱い言葉”は使わない。

逃げを戦略的撤退だと騙る古典的な誤魔化し方をし、私の返答に言葉を詰まらせたくるみ。

 

恐らく、くるみは論争を得意としないのだろう。

しかしここは幻想郷(と夢幻世界の境界)、力が全てだと言っても過言ではないのだ。

ならば困ったら実力行使は必然であり、至極当然なのである。

 

黒き切っ先を私に向けて突進するくるみに対し、私は緋焔刃…ではなく、灯音に召喚してもらった十文字槍をグルグルと回してくるみの攻撃をいなした。

 

 

 

「槍と刀…まぁ悪くない組み合わせかもしれないわね」

 

 

 

右手に緋焔刃、左手に十文字槍…名が無いのもこれまた不便なものだ。

折角なので仮名……レミリアの技を肖ってグングニルとしよう、クロススピア・ザ・グングニル。

 

そうすればなんとなく、レミリアと一緒に戦っているような気がするでしょう?

精神的な一面でしかないけれど。

 

 

 

「お前は毎度私の予想を超えてくれて嬉しいよ、クソッタレ」

 

 

「悪いお口ね。塞いであげたいところだけれど、生憎私の唇は灯音の物なのよ」

 

 

「はぁ?何言って…いや、同性愛を否定するのは良くないわね」

 

 

「あら?思っていたよりもそこの認識は社会的で現代的なのね」

 

 

「まぁ…色々あるのよ」

 

 

 

どうやら、夢幻館にも色々あるらしい。

触れちゃいけないような、というよりは触れたくないものな気がして私はそれ以上聞かずにおいた。

 

私はグングニルの柄の中ほどを掴み、緋焔刃と対になるように構えた。

それに対し、黒剣を前方に向けて両手で構えるくるみ。

 

 

 

「続きといきましょう?夜はまだまだ永いわ」

 

 

「そだね、簡単に壊れないでよ?」

 

 

 

私達は同時に床面を蹴り、可能な限界の限界まで速度を出して互いに詰め寄った。

黒剣を振り下ろし、緋焔を振り上げ、軽い金属ながらもよく通る音がエントランスに響き渡る。

 

ぶつかり合った衝撃で震える刃。

しかし互いにそれを手放さず、私達は決して引くこと無く武器を振り続けた。

 

その闘争、人に非ず。

人外である己の肉体すらも武器に変え、刃を向け、弾かれ、刃を向け、傷を受け、傷を与え…

緋焔刃が鮮血のように緋く緋く輝いている。

永劫とも感じる刹那の武闘は血腥く、決して健全なものでは無い。

しかしそれでも尚、二人の“吸血(ブラッドサッカー)”が魅せる武闘は美麗であり優雅な趣を感じさせた。

 

それは“武”であると同時に、“舞”でもあった。

 

 

 

「前に使ってた魔術はどーしたのよっ!」

 

 

「月光が無かろうと、私は貴女の上をいくのよっ!」

 

 

 

息付く暇も無いほどに止めどない攻防…いや、それはもはや攻攻であった。

互いが互いの命を刈り取らんと刃を向ける、それは闘争において至極当然な思考である。

生命刈り(カシェニ)”、先に致命を与えた者の勝ちだ。

 

一瞬の隙に私の大きな攻撃を受け、咄嗟に後退するくるみ。

そんな回避行動を見逃すはずもなく、私は瞬時に距離を詰めようと床面を蹴る。

私の追撃に気づき、くるみは鬱陶しそうに黒剣を床面に突き刺した。

恐らくこの床は石材か何かで出来ているのだろうが、さも当然だとでも言うかのように黒剣で貫くとは驚きを越えて呆れたものである。

 

 

 

「一旦…タンマッ!」

 

 

「…ッ!!」

 

 

 

くるみが私を睨みつけながらそう叫ぶと、黒剣を突き刺した床の割れ目から黒炎が噴出した。

その黒炎は須臾に拡散し、くるみの“エリア”を確立する。

数日前に竹林で受けた炎とは違い、線状ではなく()()()()した。

 

 

 

ッッ!?!?円状に……炎上ォ……ッ!?!?!?

 

 

 

────深い。

 

 

 

浅いよ。

 

さて、久しい駄洒落をかました訳だが…

それはさておきこの円炎をどう打開したものか。

恐らくこの黒い炎の中心地で、くるみは何か次なる技の準備を整えているのだろう。

 

吸血少女とはいえ、この黒炎で己が灼かれたら流石にダメージはあるのだろうか。

もしそうなら、この黒炎の中心地は空洞になっているはず。

 

試す価値はあるかもしれない。

 

 

 

「エンディングよ、泣きなさい」

 

 

「何言って……え!?」

 

 

 

黒炎に投げ込まれるポケットサイズの青い缶。

その缶は黒炎の熱により圧力を増してゆき、やがてその圧力が限界に達した時…

パァンという爆音を響かせ、缶の金属片を撒き散らした。

 

 

 

「痛ッ!嫌がらせのつもり!?」

 

 

「貴女が普遍的であるなら、その爆発で戦闘不能になっていたのだけれど…」

 

 

「まさかこんなしょうもない爆発で私が倒れるとでも?当てが外れたわね!」

 

 

 

私が投げたのはとあるスプレー缶。

スプレー缶にはガスがパンパンに詰まっており、熱が溜まると内部の圧力増加によって爆発するのは周知の事実だろう。

その爆発の威力は成人男性を即死させる事もあるという。

 

しかしその爆発を吸血少女であるくるみは「痛い」程度で済ませた。

流石は人外というべきか、私も人の事は言えないが。

正直、そこまでダメージが無いのは想定外だった。

 

 

 

「けれど…」

 

 

「何さ!…ッ!!」

 

 

「私、()()()()()()()()()()?」

 

 

 

私の泣けという言葉の意味。

私がタクティカルパンツに催涙スプレーを着けていたのを覚えているだろうか。

催涙スプレーはその名の通り、催涙ガスという気体を噴射することが出来るアイテムだ。

 

催涙ガスを顔面に吹き付けられると、あまりの激痛に目を開けていられなくなり、完全に行動不能に陥る事もある素敵な武器である。

効能は約一時間程度。

後遺症の心配もないので、本来の用途としては護身用とされている。

 

ここでこの説明をしたんだ、勘のいい皆々様ならばもうお気付きだろう。

私が今さっき黒炎に投げ込んだ青い缶、それこそが催涙スプレーである。

 

 

 

「痛い痛い痛いッ!何これえッ!」

 

 

「ギャハハハハハ!!!あーっ、おっかし!!!」

 

 

 

黒炎に囲まれて逃げ場を失ったくるみは催涙ガスに蝕まれ、叫び声を上げながら暴れているようだった。

鋼鉄の城として放った黒炎が、よもや己の拷問部屋になろうとは思ってもみなかっただろう。

 

私は酒に酔った時のような下劣な笑いを響かせながら、これまた灯音に召喚してもらったショットガンを背中のホルスターから取り出した。

 

 

 

「無理ッ!無理ィッ!」

 

 

 

あまりの激痛に黒炎を消したくるみは、泣き叫びながら顔を抑えていた。

衣服の乱れを気にする余裕もない様子でただ顔を抑えて転がっており、まるで泣きじゃくる子供のようである。

エントランスの中央でジタバタと暴れ回るくるみに歩み寄った私は、ショットガンをくるみの脳天に突きつけた。

 

 

 

「泣き疲れたでしょう?良い子は()()()()()()()よ」

 

 

「あ…っいやだ…っ!」

 

 

 

ピュン

 

 

 

という音が響き、泣きじゃくっていたくるみの声がピタリと止む。

それと同時に一切の動きを止めたくるみは、重力に従って腕をぱたりと落とした。

 

 

 

 

確認の為、くるみに耳を近づける。

スヤスヤと寝息を立てる音が聞こえ、ふぅと溜め息を吐いた私。

 

私はショットガンの弾に細工を施して麻酔弾を作成していた。

細工の代わりに一弾ずつしか装填できないのだが…私はこのショットガンが最も肌に合っている。

なので現行の麻酔銃を使うより、一弾ずつとはいえこの形状の方が使いやすいのだ

 

 

 

「灯音に感謝することね」

 

 

 

くるみの命は灯音の計らいによって助かったも同然だ。

何故か、それは出発前に灯音が私に放った言葉にある。

 

 

「私の為に手を汚さないで。」

 

 

私は、灯音を脅かす者ならば問答無用で殺すつもりだった。

けれど、灯音にあんな表情で手を包まれながらそう言われてしまっては断れるはずが無い。

 

私は灯音を守ると決めた。

守ると言うからには、肉体だけでは無く精神も守るのは必然だろう。

仮に私が灯音に仇なす者を殺したとして、灯音がそれに負い目を感じてしまうならば、仇なす者は半殺しでいい。

 

私は新たな麻酔弾を装填し、背中のホルスターにショットガンを収納する。

催涙スプレーを投擲した際に床に置いていたグングニルを拾い、煙草に火を灯した私は灯音の方へ歩みを進めた。

 

 

 

「フーッ、一仕事終えた後の一服は最高ね」

 

 

 

これは後日談だが、その後目を覚ましたくるみは炎と煙を見ただけで恐怖を覚えるようになったらしい。

おかげで黒炎は封印され、くるみは煙草の煙をかけるだけで退治できる妖と化したのであった。



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エクスプロージョン・エクスキューション

止めどなく響く喧しい銃声の中、お互いの言葉を聞き取れずに叫び続ける妖怪と人間。

人間は手に持ったアサルトライフルを連射し続け、妖怪は極端に湾曲した大鎌で銃弾を弾いたり、妖怪ならではの凄まじい身のこなしで銃弾を回避している。

 

撃ち続けていたライフルの銃弾が遂に切れ、私は何個目かのアサルトライフルを投げ捨てた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…もうおしまい?」

 

 

「はぁ…そんなまさか…はぁ…。」

 

 

 

息を切らしながら余裕を見せる二人。

その疲労は苛烈な戦いによるものではなく、きっと大声で叫び続けていた故のものだろう。

 

アサルトライフルの弾倉を枯らしてもエリーには傷一つ付かなかった。

仮にもう一度アサルトライフルを召喚して撃ち続けたとしても、恐らく結果は変わらないだろう。

別に傷をつける必要は無いのだ。

 

私は次なる作戦を決行する為、重量のある金属の筒を召喚した。

その筒には小さな持ち手が2つ付いており、先端にはロケットのような物が挿し込まれている。

その持ち手を両手それぞれで持ち、先端をエリーに向けて構えた。

 

 

 

「あら、それはなぁに?」

 

 

「七作目のロールプレイングゲーム。」

 

 

「……?」

 

 

 

私は人差し指を出っ張りに引っ掛け、静かに指を引く。

その瞬間、筒の先端に挿し込まれていたロケットのような弾頭がパシュッという音と共に放たれた。

 

 

 

「RPG-7。」

 

 

「なっ…!?」

 

 

 

RPG-7

かつてソ連によって開発された対戦車兵器であり、その歴史を辿るとベトナム戦争まで遡る。

現代では対戦車兵器としては旧いものとされている兵器であるが汎用性が高く、多岐にわたる用途に使用することが可能なので現在も多くの国で使われている代物だ。

 

2つの持ち手が付いた金属の筒にロケット弾頭を挿し込んだような風貌であり、トリガーを引くことで弾頭を放ち、その弾頭は着弾と同時に爆発する。

爆発の威力は現代のものと比べれば劣るが、旧式とはいえ対戦車用であったので充分な破壊力だ。

 

 

弾頭はドカーンと爆音を響かせて爆発し、大小様々な瓦礫を散乱させる。

その衝撃で夢幻館が鳴動し、壁の蝋燭に灯されていた蒼炎の殆どが消えた。

 

 

 

「きたねぇ花火だ。」

 

 

 

ペチータ!?

爆発の威力は凄まじく、それは本来のRPG-7では到底出せないものであった。

威力が充分とはいえ、妖怪相手では心許無かろう。

 

それならば最初からもっと威力の高い物を使えば良かったのだが、下手したら建物が崩壊する恐れもあるし、自分が爆発に巻き込まれる可能性があった。

まぁ、何よりも一番の理由は私がRPG-7を気に入っているからなのだが。

 

 

 

「芸術は爆発だね。」

 

 

 

私はこの弾頭を放つ前に、アサルトライフルを連射し続けていた。

しかしライフルの弾はエリーに弾かれ、躱され、その後どこへ行ったのか。

 

簡単な話だ、弾かれたり躱されたりした銃弾は床や天井、壁などに牙を剥く。

銃弾が牙を剥いたことによって破壊された天井、床、壁。

破壊されたことによって、着弾地点からは小さな欠片が無数に落下する。

 

落下した無数の欠片は積もってゆき、極繊細なものはまるで粉塵のように空間を漂っていた。

粒子が漂っているその空間に突如発生した、高い熱を孕んだ爆発。

 

 

 

───粉塵爆発。

空気中に漂う非常に繊細な粒子は、周囲に充分な酸素がある場合、燃焼に対し極めて敏感になる。

火気があれば爆発的な燃焼を起こすのだ。

粉塵爆発の威力は絶大、例え妖怪であろうと無傷ではいられないものである。

 

 

 

「はぁ…うぅ…な、なんて威力…なの…」

 

 

 

粉塵が晴れ、黒く焦げたタイルと満身創痍のエリーが現れた。

僅かに残された蒼炎によって仄かな明かりがエリーを照らす。

綺麗だった赤いドレスはボロボロになり、破れたスカート部分からは白い太腿を晒している。

こういったボロボロになって肌が露出している女性は筆者の趣味ではあるが、残念ながら私の趣味ではない。

 

 

 

「やっぱ妖怪なだけあるね。血だらけではあるけど、どこも捥げてない。」

 

 

 

私はRPG-7を消し、新たに別の武器を召喚する。

突く機能を必要としない為に先端が平たくなっている大剣、名をエクスキューショナー。

そう、私が先日夢月に紹介した武器である。

重量のあるその大剣は、受刑者の首を切断する為のもの。

 

 

 

「ッ…まっ、まだやるの?私、もう動けないわよ…っ!」

 

 

 

彼女は夢幻館の妖怪。

その言葉が嘘で、私が背を向けた瞬間に襲いかかってくるかもしれない。

仮に今動けないとして、妖怪の彼女は傷の治りが早いはず。

ならば確実に動きを止めさせてもらわなければならない。

 

気は進まないけどね。

 

私はボロボロになり、へたり込んでいる彼女を蹴り倒した。

蹴り倒された彼女は仰向けに倒れ、恐怖の瞳で私を見上げている。

 

 

 

「これはさぁ…人の首を切断する為の大剣なのさ…。」

 

 

「……ッ」

 

 

 

私はエクスキューショナーを肩に乗せ、廊下の奥を眺めながら淡々と言葉を紡いでいった。

廊下の奥では、先程の爆発で生き残った蒼炎がゆらゆらと揺れている。

まるで俺は爆発に勝利したんだとでも言わんばかりに。

 

 

 

「今はそんな事、倫理的にできるわけないじゃん…?だからさぁ…。」

 

 

 

私はリボルバーを召喚し、廊下の奥に向けて引き金を引いた。

ゆらゆら揺れていた蒼炎が銃声と共にフッと消える。

大廊下が暗くなると共に、私は口角を上げてエリーを見下ろした。

 

 

 

「貴女で試させてよ…ねぇ、エリー…?」

 

 

「ッ!?そんなっ…死んじゃうじゃないっ!やめてよっ!」

 

 

 

恐怖の表情を見せながら力無く暴れ回るエリー。

こんなに暴れられたら狙ったところを切断できないじゃないか。

私は旧式の刺股を二本召喚し、ドレスが破けて露出している左足に突き刺した。

一本目は太腿に、二本目は足首に。

 

 

 

「あぁっ…!痛いぃ……っ!」

 

 

 

「大袈裟だなー、タンスの角に足の小指をぶつけたくらいのもんでしょ。」

 

 

 

完全に固定されたエリーの左足。

流石に首を切断したら本当に死んでしまうので、今回は足だけを貰っていこうと思う。

 

刺股が刺さった事で流血した()()()()()を見た私は、片手で肩に乗せていたエクスキューショナーを両手に持ち替えた。

 

 

 

「じゃあ、いくよー。」

 

 

「や、やめっ…」

 

 

 

私がここで時間をかけている間に、夢幻やカメリアが危険な目に遭っていたら大変だ。

サクッと終わらせる為、私はエクスキューショナーを構え、エリーの左足に向けて全力で振り下ろした。

 

 

 

ゴリッ

 

 

 

「イヤァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

白い皮膚から入り、柔らかい血肉、そして骨。

全てを切断する完食が、たったの一振りにして連続する。

 

断末魔のような絶叫をあげたエリーは大粒の涙を流しながら気絶した。

それを確認した私はエクスキューショナーと足に刺していた刺股を抜き、使っていた全ての武器を消す。

 

膝の少し上から切断された足を拾い、まじまじと見つめる私。

大剣によって独立してしまった白い足は、白い肌に紅い血液が掛かることによって美しく彩られていた。

 

 

 

「これもある種の芸術かもしれないね。」

 

 

 

私は持っていた足を投げ捨て、煙草に火を灯した。

一仕事終えた後の一服は格別なのだ。

 

ゴンッ

 

なのだが、足を投げ捨てた先から不自然な衝突音が聞こえたきた。

もしかしてこの大廊下で残業?

めんどくさいなとか思いながら振り返ると、そこには私の大切な……いや、見慣れた顔があった。

 

 

 

「カメリア、無事?」

 

 

「私は無事よ、灯音も無事なようで何よりだわ」

 

 

 

腰に緋焔刃を差し、右手に十文字槍を持った白髪のハーフヴァンパイア、カメリアである。

夢幻館に来るまで新品同様だった十文字槍には無数の傷が刻まれており、先程まで苛烈な戦いをしていたのであろうことを予測させた。

 

「ところで…」とカメリアが一言。

 

 

 

「趣味を否定するつもりは無いけれど、人に投げつけちゃ駄目よ」

 

 

「ごめ…ん?趣味?」

 

 

 

私が先程投げたエリーの足を持ってヒラヒラと揺らすカメリア。

恐らく頭に当たったのだろう、切断された足の血がカメリアの髪に付着し、白髪に赤のメッシュカラーを入れていた。

 

一瞬カメリアの言っている事が理解できなかったが、私は数秒置いてカメリアの言葉の意味を理解した。

 

 

 

「いや、趣味はスプラッタじゃないから。」

 

 

「隠さなくてもいいわ、返り血が雄弁に語っているわよ」

 

 

「いや、語ってないわ。殺したくないから足を切断して…って分かってて言ってんでしょ。」

 

 

「あら、バレた?」

 

 

「笑い堪えてんのバレてる。」

 

 

「ふふふっ、よく見てるのね」

 

 

「うるさいな…馬鹿。」

 

 

 

全く、夢幻館に来てまでイチャイチャする羽目になるとは思わなかった。

カメリアと一緒に居ると、なんか調子を狂わされるのだ。

でも、それと同時に安心感と安らぎを感じられるんだけれどね。

 

尤も、私達がこんなのんびりしているのは一服しているからなのだが。

 

 

 

「とりあえず、吸いながら進もっか。」

 

 

「えぇ。灯音、帰ったらハグしていいかしら?」

 

 

「…考えとく。」

 

 

「ふふっ、ありがと」

 

 

「どういたしまして…。」

 

 

歯切れの悪い返事をした私は、煙草を吸いながらカメリアと共に歩き出した。

エリーが塞いでいた、大廊下の奥の扉へ。

 

本当に、調子が狂う。

なんだかまた不安になってきてしまった。

 

不安になるのは、調子を狂わされるからなのだろうか。

…いや、きっと違う。

 

 

 

 

 

失うのが、怖いからだ。

 

 

 



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姉妹喧嘩は意外と頻発する

色々な物が散乱した部屋にビリビリとした魔力が漂っていた。

幻月の魔力量は私より劣るが、肉体的な戦闘力は私を遥かに凌駕している。

私が強い魔力をぶつけようが、悲しいかな、幻月の高いフィジカルでそれは相殺されるのだ。

 

 

 

「姉さんは、幽香を許せるの?」

 

 

 

できる事なら戦いたくはない、もし説得して済むならこれ以上の事は無いのだ。

私は黒い刃を構えながら魔力を練り、その状態のまま幻月の説得を試みる。

 

幽香は私達の夢幻館を奪った。

生命というのは昔から武力を以て様々な権利を得るものであったし、負けた私達が住居を奪われるのもおかしくはない。

しかしそれに納得できるほど、私の姉さんへの愛は軽くないのだ。

 

 

 

「…幽香について行けば、私達は安泰だ」

 

 

「でも、ここは私達だけの夢幻館だったはずじゃん」

 

 

「悪魔がゴチャゴチャと理屈を捏ねるな、情けないぞ」

 

 

 

私達は負けた。

けれど命はあるし、奪われたといっても私達はここで暮らし続けることが出来ている。

きっと負け犬にしては上等な待遇なのだろう、しかしそれでも私は納得がいかない。

 

幽香が私達より強いからついて行く、それは違う。

私達は私達で歩むべきなのである、誰かについて行くなんて弱者のすることだ。

 

 

 

「負けたまま納得してる姉さんの方が情けないよ!」

 

 

「黙れ!夢月、お前はなんにも分かっちゃいない」

 

 

「…ッ」

 

 

 

突然怒鳴った幻月に、私はビクリと身体を震わせた。

姉さんは間違っている。私は絶対にそう思うのだが、やはり怒鳴られると少しばかり萎縮してしまう。

 

やはり説得は無駄なのだろうか。

幻月は昔から一度決めたことは曲げない性格であった。

姉さんの選択はいつだって正しかったし、だから私は姉さんの決めることに異存はなかった。

 

でも今回は違う。

私の納得がいく説明が無い限りは絶対に諦めない。

 

 

 

「私は、姉さんを越えるよ」

 

 

「やってみろ」

 

 

 

私は二本のブラックニンジャソードを握る手に力を込め、魔力を解放した。

私の体から迸った眩い紫電が散乱した室内を紫色に染め、バチバチと鳴き喚く。

 

幻月は私の魔力に驚いた表情を見せることなく、血液で出来た大剣を片手で構えた。

腰を低くして体の右方に刃を立てるような構えは、かつて深淵を歩いたと言われた騎士を彷彿とさせる。

 

 

 

「さぁ夢月、お前の力を見せてみろ」

 

 

「言われなくても…」

 

 

 

黒刃に紫電を纏わせた私は、両腕を横に広げて腰を深く落とした。

イメージするのは隼、隼の如く素早い動きで双刃の連撃をお見舞するつもりだ。

 

大剣を構えたままじっと動かない幻月に対し、私は足にありったけの力を込めて床を蹴り飛ばした。

 

 

 

「見せてあげるよッ!」

 

 

 

須臾に幻月の眼前に躍り出た私は、出せる限界の速度で両の手に携えた黒刃にて連撃を繰り出した。

紫電の弧が一秒と経たぬ間に大量に描かれる。

決して遅くは無い速度、消して弱くはない威力。

 

その斬撃に対し、避けようとも防ごうともしない幻月。

刃を振る度に幻月の体に一つまた一つと切傷が刻み込まれ、夥しい量の血飛沫を上げ続けた。

いくら悪魔の体が丈夫とはいえ、魔力を込めた斬撃を幾度も食らってしまえばひとたまりもないはず。

 

 

 

「姉さん…!なんで避けないの…ッ!」

 

 

「良い連撃だな、夢月」

 

 

 

室内には大量の血液が飛び散り、ついには壁や床、天井までもが真っ赤に染まってしまった。

動揺を隠せないながらも連撃を続ける私に、なんの回避行動もとっていなかった幻月が突然赤黒い大剣を振り下ろしてきた。

 

幻月の突然の攻撃に驚くも、私はその攻撃をバックステップで躱し、そのまま後退した。

 

 

 

「イタタ…体がビリビリするよ」

 

 

「刃に私の魔力が込められていた事に気づかない姉さんじゃないでしょ、なんで避けなかったの」

 

 

「妹の成長をこの身で感じ取りたかったから、たったそれだけだよ」

 

 

「…ッ」

 

 

 

心配を込めた私の質問にニコリとはにかんだ幻月。

そんな姉さんを見た私はつい目を伏せてしまう。

この期に及んでこの人は何を言っているのだろうか。

 

ニコリと口角を上げたまま、幻月は私に綺麗な赤い瞳を向けた。

 

 

 

「なんて、そんなわけないだろ?」

 

 

 

依然笑顔のままの幻月だが、突如その表情は狂気を多分に含んだものへと変容した。

幻月の赤い瞳がキラリと煌めいたと思ったその刹那、部屋中に飛び散った血液が鋭い棘に変化して全方向から私に襲いかかる。

 

そんな突然の事象に対し、ピクリとも動かずに目を伏せたままの私。

 

 

 

「姉さん……」

 

 

 

迫り来る無数の棘に刃を向けるわけでも、回避するわけでもなく、私は静かに幻月へ金色の瞳を向けた。

その瞬間に幻月が見た私の口角は、まるで悪魔のように吊り上がっていたことだろう。

 

 

 

「分かりやすすぎ」

 

 

 

その刹那、紫色の閃光と共にバァンという爆発音が室内に反響する。

部屋中を支配する紫色の光が、夥しい量の血液によって赤く染まった室内を紫色に塗り替えた。

その閃光によって、私を穿かんと伸びていた無数の棘は須臾に弾け、その性質を固体から液体へと変容させてボタボタと落下した。

 

 

 

「!?」

 

 

「驚いた?たったの数日で私の魔力はこんなにも純度を高めたんだよ」

 

 

 

有り得ないといった表情で私を見た幻月は、一秒足らずの一瞬の隙を作ってしまう。

本当に一瞬、しかしそれを見逃す私ではない。

 

私は両の手に携えたブラックニンジャソードを幻月に投げつけ、幻月の両腕を壁に固定させる。

穿かれた両腕は力を失い、右手から瀉血ノ劍(しゃけつのつるぎ)を落下させた。

 

 

 

「姉さん…一緒に、幽香を倒そ?」

 

 

「…幽香は、私達で勝てる相手じゃない…それは分かっているはずだろう?」

 

 

「私はこんなに強くなった、それに二人の仲間もいる…あとは幻月姉さんさえ来てくれれば百人力だよ?」

 

 

 

腕を固定されている幻月だが、きっと彼女には拘束を解く術も、反撃をする術も残されている。

しかし、彼女はこれ以上なにかアクションを起こす様子は無い。

 

私の力を認めたのか、それとも説得に応じる気になったのかは分からない。

もしかしたらそれ以外の何かがあるのかもしれない。

すると幻月は静かに俯き、ゆっくりと私に語りかけ始めた。

 

 

 

「私は…夢月を失うのが怖かったんだ」

 

 

「え…?」

 

 

 

幻月は何処か切なげな表情を浮かべ、私を見つめる。

純度の高い綺麗な赤い瞳、そこには先程のように狂気的なものは一切無い。

その瞳には涙が溜まっている…というわけではないが、唇を噛むような仕草からは涙を堪えているのだろうということが見て取れた。

 

 

 

「私と夢月は幽香に負け、夢幻館を奪われた。奪われたのは確かに癪だが、殺すことも出来ただろうに私達は生かされた。」

 

 

「…うん」

 

 

「けど、もし幽香にリベンジマッチを挑んで負けたら…次は殺されるかもしれない」

 

 

 

幻月は悔しいような悲しいような、名状し難い声色で淡々と語り続ける。

私達は負けた、しかしある意味で幽香に命を救われた…悔しいがそれは否めない。

 

 

 

「私が死ぬのは良い、だけど夢月が死ぬのは…怖いんだ」

 

 

「ってことは姉さん…洗脳されていたわけじゃ無かったの…?」

 

 

「私は昔から頑固だろ?洗脳なんて効かないさ…けど、萎縮していたのは確かだな」

 

 

 

幻月は能力で血液を操作し、両腕に刺さったブラックニンジャソードをゆっくりと抜いた。

固定を解かれたブラックニンジャソードは支えを失い、自由落下によって床とぶつかり合う。

 

拘束から解放された幻月は、落下した二本の黒刃を爪先で蹴り上げると、片手で纏めてキャッチした。

 

 

 

「ごめんな、私らしく無かった。要は勝てばいいだけだもんな」

 

 

「!じゃあ…!」

 

 

 

幻月は二本のブラックニンジャソードを片手で私に返し、ニコリとはにかんだ。

その笑顔からは先程のような裏の表情は一切感じ取れない。

そんな幻月を見た私はブラックニンジャソードをスカートの鞘に納刀し、返り血に染まった服で血塗れの幻月に抱きついた。

 

 

 

「幽香を…ぶっ飛ばすぞ!」

 

 

「ぶっ飛ばーすっ!」

 

 

 

こうやって姉さんに抱きつくのはいつぶりだろうか。

記憶を辿っても最早それは分からないが、私は久しい幸せに安堵し、満面の笑みで涙を零した。

 

幽香さえ倒せば、私達の幸せな日常は再来する。

幻月が能力で自らの傷を治した後、私達は二人と合流する為に血塗れの部屋をあとにしたのであった。



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妖喰らいと呼ばれた女

一服を済ませた私達は、大廊下の扉を開ける。

すると扉の先には、先程までカメリアがいたエントランスのように広い空間が展開されていた。

 

その広間は確かにエントランスに酷似しているが、エントランスとは違った装飾がいくつか施されており、中央には扉、左右の二方向に分岐路を伸ばしていた。

 

 

 

「紅魔館程じゃないにしろ、広い建物ねぇ」

 

 

「ほんとだね、これが元々夢月と幻月の二人だけの館だったなんて思えないな。」

 

 

「掃除も大変だしねぇ」

 

 

 

そんな適当な感想を言いながら、さてどの道を選ぼうかと考えていると右方の道から二人分の足音が聞こえてきた。

私達はその足音に警戒を示し、それぞれの武器を構える。

 

やがて足音が近づいてきて、その主は姿を現した。

一人はもはや見慣れた存在、青いメイド服を纏った血塗れの悪魔、夢月。

その背には私が召喚した戦鎌が顔を覗かせている。

もう一人は夢月とよく似た顔をしてはいるものの、赤い衣服を纏った血塗れの見慣れぬ女性だ。

その背からは天使のような白い翼が顔を覗かせていた。

 

 

 

「夢月。」

 

 

「灯音、カメリア、無事で何よりだよ」

 

 

「夢月も無事で何より、その人はもしかして?」

 

 

「紹介するよ、()()()()()()()だよ」

 

 

 

私の幻月姉さん。

夢月はそう言うと、幻月の方を向いて微笑んだ。

普段私達には見せない“愛”に満ちた微笑みに少し心を奪われそうになるが、私にはそんな微笑みを向けてくれる半吸血鬼がいる。

 

幻月と呼ばれたその女性は一歩前に出ると、牙のはみ出た口を緩ませた。

 

 

 

「幻月だ。色々と迷惑をかけたようですまない、一緒に幽香を倒そう」

 

 

「私は灯音、よろしく。」

 

 

「カメリアよ、よろしくね」

 

 

 

赤い衣服に赤いリボンといった、赤のよく目立つ装いのその女性は意外にも男勝りな口調で自己紹介をした。

 

夢月曰く、幻月は操られていたわけではなかったらしい。

双子の妹である夢月の命を守るため、不本意ながら幽香に従っていたとのこと。

しかし純度の高まった夢月の力をその身に受け、それならばと幽香への反逆を決めたようだ。

 

いい姉じゃないか。

 

 

 

「さて、幽香は中庭にいるらしいから行こう」

 

 

「わかった、皆は平気?」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

「いつでも平気だ」

 

 

「よし。」

 

 

 

その返事を確かに聞き、パァンと自分の顔を叩いて気合を入れる私。

普段は吸わないような見慣れぬ煙草に火を灯すカメリア。

背中の鎌を手に取り、軽く振り回してから肩に乗せる夢月。

確かな闘志を見せる瞳に魔力を宿す幻月。

 

それぞれがルーティンを見せ、私達は緊張を走らせながら中庭に向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻館の中庭。

不明瞭な色の空、蒼月が光を注いでいる。

多種多様な色を見せる花達は、今だけは月に倣った蒼い光によってその身を蒼く染めていた。

私はその可憐な花達を愛でながら、花達を刺激しないように静かに呟く。

 

 

 

「随分と騒がしいお客さんが来ているようね」

 

 

 

私は手に携えた日傘をクルクルと回しながら後方を振り返る。

 

そこには古ぼけた赤と黒の衣服を纏った女性が鉄塊のような大剣を肩に乗せて立っていた。

その瞳は澱んだ血のような紅と灼けた鉄のような赫がグラデーションになった風の色であり、閉じられた口からは鋭い牙が覗いている。

 

 

 

「……そう。」

 

 

「三人は私が相手するわ、貴女は…」

 

 

「灯音とやるわ。」

 

 

 

赫い瞳を鋭く光らせ、目にかかった黒い前髪を耳に掛ける彼女。

蒼月の光に晒されて全身を蒼色へと変容したその姿は、まるで人とも妖怪ともとれぬオーラを纏っていた。

 

その姿を見た私は口角を上げ、日傘を閉じる。

 

 

 

「“妖喰らい”の実力、楽しみにしているわよ…燻莉(くゆり)

 

 

「ふっ…ふふふっ…あはっ…あはははははっ!」

 

 

 

妖喰らい(スペクターイーター)

その名の通り、妖を喰らう者。

それは幻想郷では禁忌とされており、呪われた行為と認識されている。

妖喰らいは博麗によって幻想郷から追い出され、二度と博麗結界の内側に立ち入ることを許されない。

それほどの大罪なのだ。

 

すると、その女性…燻莉は狂ったように笑い出した。

空を仰ぎながらお腹を抱えて笑い続けた燻莉は、突然鉄塊のような大剣を私に振り下ろした。

刀身だけでも2メートルはあろうその大剣を、彼女はナイフでも扱うかのように軽々と振るうのだ。

 

突然の事象に驚きつつ、私はその攻撃を躱して燻莉の表情を探った。

彼女の表情に怒りは感じ取れない、それどころか優しげに微笑んでいるのだ。

微笑みつつも殺意の一撃を放つような、そんな行動と表情のミスマッチに困惑する私。

 

 

 

「私をまたその二つ名で呼ぶと、この庭に()()()()()()()()()ことになるけれど…貴女は彼岸花がお好き?」

 

 

「…彼岸花は好きだけれど、遠慮しておくわ」

 

 

「ふぅん、そう。」

 

 

 

言動を聞く限り、どうやら確かに憤りを感じているようだ。

しかし表情だけはどうもマッチせず、燻莉は依然微笑みを見せ続けている。

 

まるで狂人。

とても人とは思えない燻莉の様子に、大妖怪であるはずの私ですら少しばかり怯んでしまう。

 

 

 

「それにしても、久々に会うわねぇ」

 

 

 

そう言って燻莉は振り下ろした大剣を軽々と持ち上げ、蒼月の光に当てた。

蒼月の光に当てられた大剣は黒い刀身を仄かに蒼く染める。

 

燻莉の持つ独特な形状の大剣には名前が無いらしく、最早いつから使っているのかも定かではないそうだ。

その刀身は分厚く、太く、長い。

先端の丸い刃は左右に尖り、鋭角に屈折して直線をなぞっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

燻莉は先端の湾曲した部分から蒼月を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「灯音、きっと貴女なら…」

 

 

 

燻莉は掲げた大剣を再び肩に乗せ、口が裂けそうな程に口角を吊り上げた。

彼女は生物学上は人であるはずなのに、どこからどう見てもその表情は悪魔のようである。

きっとそれもまた、彼女の過去がそうさせるのだろう。

 

燻莉は口角を吊り上げたまま、静かに蒼月を仰ぐ。

その横顔には赫い雫が伝っていた。

 

 

 

 

 

()()娘になってくれるでしょう?」

 

 

 

 

 

赫い瞳から零れた赫い雫は庭の花に落下し、白い花を赫く染めた。

それは彼岸花よりも赫く、蝕む毒よりも恐ろしく……

 

 

 

…なによりも美しかった。

 

 

 




大剣は描こうと思ったんですけど、ちょっと難易度高かったんでイメージとして煙特貼らして頂きました。
人は歳をとると“妥協”という言葉を知ります、つまり私はたまたま歳をとっていただけなのでしょう。しらんけど


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蒼月の下、燻る赫

大きな夢幻館の、四角くくり抜かれたような中庭。

そこには純白の花達が数多に咲き乱れ、空から吹き抜ける風によって花弁が散っていた。

 

その情景を初めて見た私とカメリア、見慣れているであろう夢月と幻月。

その情景に感じるものは違えど、私達4人は中庭に足を踏み入れたと同時に臨戦態勢をとった。

純白の花に埋め尽くされた中庭、その中心に見覚えのある女性が立っていたのだ。

 

赤いチェックが基調の衣服を纏い、手には日傘を携えた女性。

彼女こそ、全ての元凶である幽香だろう。

私達に気付いた幽香は日傘をクルクルと回し、優雅に微笑んだ。

 

 

 

「夢幻館へようこそ、歓迎するわ」

 

 

「アンタの夢幻館じゃない!」

 

 

 

聖母のような微笑みで歓迎の言葉を述べた幽香に対し、夢月は鬼のような形相で声を張り上げた。

夢月の大声に動じることも無く、依然微笑みを見せ続けた幽香は視線を幻月に向ける。

 

 

 

「幻月、私に楯突くのかしら?」

 

 

「生憎、貸した物は返してもらう主義なんでな」

 

 

「あら、そう…」

 

 

 

純白の花畑に再び冷たい風が吹き付け、白い花弁が舞い上がる。

舞い上がった白い花弁は、まるで雪のようであった。

 

花弁の散る中、微笑みながら日傘を閉じる幽香。

しかし微笑みを見せつつも、その瞳には確かに翳りを見せていた。

そんな暗い瞳を幻月に向けた幽香は、感情を失ったかのように突然無表情へ変容した。

 

 

 

「残念ね」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

刹那、爆発のような轟音が中庭に響き渡る。

一瞬何が起こったのか理解できなかったが、幻月が後方の壁に吹き飛んだ事で状況を理解した。

幽香の立っていた地面は大きく抉れており、肝心の幽香は日傘の先端を幻月に突きつけていた。

 

その日傘を紙一重で掴んだ幻月。

力は拮抗し、日傘の先端はプルプルと震えていた。

 

 

 

「姉さんに触るなァ!!」

 

 

 

するとその瞬間、夢月が突然大声を上げて幽香に迫る。

その速度は人知を超えており、捉えきれない事は無いにしろ凶悪な風圧を生んだ。

 

巨大な戦鎌を幽香に向けて凪いだ夢月の速度は、私が先程まで戦っていたエリーのそれを遥かに凌駕していた。

しかしそれでも尚、幻月を乱暴に蹴り飛ばして夢月の鎌を日傘で防いだ幽香。

あまりにもレベルが高すぎる戦いである。レベチレベチ

 

 

 

「疾いな…。」

 

 

 

つい感嘆の声を上げてしまう私だが、これは私の戦いでもある。

あの戦いに近接攻撃で混ざるのは恐らく無粋だろう、そう思った私はドラグノフと呼ばれるスナイパーライフルを召喚した。

わざわざスナイパーライフルを使うというのもおかしな話だが、彼女らはそれぞれが近い距離であれだけ素早い動きをしているので正確無比な射撃が必要なのだ。

もし間違って仲間を撃ってしまってはすみませんでは済みません……フフッ…

 

とは言っても中庭内での戦い。

照準の倍率が高くても仕方が無いので、照準の倍率はかなり低くしてある。

少し距離をとり、倍率の低い照準越しに幽香を見る私。

 

 

 

「あんなのに狙われてたなんて、今考えたら恐ろしいよ。」

 

 

 

恐るべき速度で行われる戦いに若干ドン引きしつつも、私は照準で必死に幽香を追い続ける。

すると横からカメリアの声が聞こえてきた。

 

 

 

「灯音、十文字槍は返すわね」

 

 

「OK、消しとくね。」

 

 

「ありがと、私も行ってくるわ」

 

 

「うん、気をつけてね。」

 

 

 

カメリアから返された十文字槍を消しながら、私は再びあの不安に駆られていた。

嫌な胸騒ぎ、勘という奴だろうか。

出発前の仮眠の時と全く同じ感情だ。

 

勘は時に重要な要素となる。

勿論最も大切なのは理論であるが、私が現世の戦地を走っていた時も勘に助けられたことは何度もあった。

 

勘にもきっと、何かしらの力があるのだろう。

私は気を引き締め、再び幽香に照準を向けた。

 

 

 

照準越しに映る景色は中々白熱したもので、緋焔刃を抜いたカメリアが混ざった事でその熱は更に増していた。

 

夢月、幻月、カメリアの三人を相手取っているのにも関わらず、恐ろしいことに幽香はたったの一度も能力を使っていない。

手に携えた赤いチェック柄の日傘と、己の五体のみで全ての攻撃をいなしてカウンターまで入れているのだ。

 

夢月が鎌を薙げばイナバウアーの要領で回避し、その勢いのままムーンサルト。

 

幻月が血液の大剣(瀉血ノ劍というらしい)を振り下ろせば日傘を斜めに傾けて軌道を逸らし、肩をグルンと回して日傘の叩きつけ。

 

カメリアが目にも止まらぬ速さで緋焔刃の連撃を放てば、回避できるものは軽く身体を逸らして回避、回避できぬものは全て日傘で弾いていた。

 

それぞれが武器を使っている為、一度にかかるのは非常に難しい。

特に大鎌を使っている夢月は、その独特な形状の為に味方を巻き込んでしまうことも十分に有り得る。

 

幽香はまだ一滴の血も流していないし、能力も使っていない。

しかし戦力は違えど夢月、幻月、カメリアの三人も未だ血を流していないし、まだ使っていない能力も技も残っている。

 

 

 

「この戦い、長引くね。」

 

 

 

そう呟いた私は、幽香に向けて引き金を引いた。

力が大口径の銃弾に伝わり、銃弾はバレルからギュルギュルと回転して射出される。

音速を遥かに超越した銃弾は風を貫き、幽香の顬を抉った…

 

ということはなく、幽香は寸前の所で頭を傾け、日傘を私に向けると先端から光弾を射出してきた。

 

 

 

「やばッ!」

 

 

 

見れば一目瞭然の程の魔力を凝縮した光弾は恐ろしい速度で私に迫る。

魔力量からして、被弾すれば即死も有り得る威力だろう。

私は光弾が当たる寸前でドッジロールをし、なんとか回避した。

 

光弾を躱された事に驚いた様子も無く、幽香は「頃合いね」と呟いてバックステップでカメリア達から距離をとった。

 

 

 

「さぁ、いらっしゃい」

 

 

 

幽香はそう言うと、日傘を地面に突き刺した。

日傘によって一輪の花が貫かれ、赫い花弁が舞い散る。

しかし、ここの花畑は白い花しか無かったはずだ。

そう思ってよく見てみると、幽香の居る地点だけ何故か赫い花が咲き乱れていた。

 

次の瞬間、幽香の周囲の地面から巨大な蔓のようなものが大量に飛び出してきた。

うねうねと触手のように蠢くその姿はまるでクトゥルフのようで、私のSAN値をゴリッゴリに削る。

 

 

 

「あれが花を操る程度の能力…?」

 

 

「ふふっ、まるで化け物使いね」

 

 

「これは想定内、そうだろ?夢月」

 

 

「うん、その為の鎌だからね」

 

 

 

それぞれが違った反応を示す中、幽香は私達を見下ろして涼しげに微笑んだ。

どんどん生えてきた蔓は止めどなく蠢き、高さは目測で約8m程であった。

 

そんな巨大な蔓の足元に佇む幽香はとても小さく、まるで子供のように錯覚する程である。

幽香は突き刺した日傘を引き抜き、ブゥンという音を鳴らして空を切った。

そして静かに蒼月を仰いだ幽香。

 

 

 

「燻莉、貴女も出番よ」

 

 

「…?」

 

 

 

幽香が蒼月に向けてそう呟き、私がそれに訝しげに思ったその刹那──

 

私の目の前でドカンと爆発が起こった。

大量の砂煙と白い花弁が舞い散る。

やがてそれらが晴れると、そこにはあまりにも巨大な大剣を携えた女性が立っていた。

 

 

 

「久しぶりね、灯音。」

 

 

 

私の中で、何かが壊れた音がした。



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引き摺り出されるモノ

純白の花畑に突如クレーターを形成した女性。

まるで隕石のようなその女性は、私より少し長い程度の黒髪に赫色のメッシュが入っており、赤と黒の古臭い服を着ている。

赫い瞳を煌めかせて微笑むその表情に見覚えなどあるはずが無いのだが、私は何か不思議な心持ちであった。

 

ひとまず、誤魔化す為に適当な返事を返す私。

 

 

 

「あぁ…久しぶり……??」

 

 

 

懐古感?既視感?どちらも違う、酷似してはいるが全く違う。

確かに懐かしさは感じる、既視感も感じる。

そして同時に、何か憎悪感のようなものも感じるのだ。

 

しかし、こんなあからさまにヤバい女を見たら絶対に覚えているはず。

私はエクスキューショナーを召喚し、油断せずに構えた。

 

燻莉と呼ばれたその女性はそんな私に微笑みかける。

 

 

 

「ふふふっ…。」

 

 

 

口に手を当てて微笑むその仕草はとても上品で、肩に乗せた鉄塊には異様な程似合っていない。

燻莉が微笑み始めて数秒後…

 

燻莉の赫い瞳からハイライトが消失した。

 

 

 

「微塵も覚えていないくせに。」

 

 

「うっ…!!」

 

 

 

その暗く赫い瞳を見た途端、私は突然強い吐き気を催した。

私の記憶の奥の奥の奥の酷く濁った醜い映像がフラッシュバックし、脳漿を掻き回すように視界がグチャグチャに混濁する。

 

 

 

「な、に…これ…ッ!!」

 

 

 

突如、私の記憶の片隅にも無かったはずの血塗ろな穢れた映像が脳内に映し出される。

 

この女がゲラゲラと穢く笑いながら幼い少女を殴り続けている映像。

少女は私に瓜二つながらも細かい雰囲気がどこか私とは違っており、私にとって大きな存在であったような、そんな気がした。

 

私が頭を強く掻き毟りながら悶えていると、眼前にいた燻莉が突然白い光と共に吹き飛んで外壁に激突した。

それと同時に私の耳に届いた声が、私の心を幾分か楽にした。

 

 

 

「灯音っ!!」

 

 

「…カメリアっ…。」

 

 

 

駆け寄ってきたカメリアの腕を弱々しく掴んだ私は、白い花畑にズルズルと膝を落とした。

 

分からない、何もかもが分からない。

私の過去にあんな事件は絶対に無かったはずだ。

あんな凄絶で残酷な過去があれば忘れる事など出来ようはずがない。

 

全部幻だ、瞞しだ。

映像でグチャグチャに潰されていた少女の事も知らない、何もかも私とは無関係だ。

なのに、何故こうも私の心を掻き乱すのだろうか。

幻を見せられたと言うよりも記憶を蘇らせたような…いや、嘘だ。全部幻だ。

 

私が思考を汚く混濁させていると、燻莉が吹き飛んだ先の外壁が爆ぜた。

緋焔刃とデザートイーグルを構えて警戒をするカメリア、それに対して私は力無く爆発地点を見つめるだけ。

 

 

 

「ふふっ、月の神託(ルナ・オラクル)なんて…随分古い手を使うのね。」

 

 

「月の神託を知って…?貴女、灯音に何をしたのッ!?」

 

 

 

私を庇うように燻莉を睨んで叫ぶカメリアに強い安心感を覚える。

本当にカメリアが居て良かった、もしカメリアが居なければ私はこのまま壊れていたかもしれない。

カメリアも強い圧力を孕む燻莉に緊張を感じているのか、カメリアの頬から冷や汗がポタリと落ちた。

 

 

 

「あら、娘の眼を見るのはそんなにいけないことなのかしら?」

 

 

「え…?」

 

 

 

初めて会ったはずのその女、燻莉は今確かに私の事を娘だと言った。

有り得ない、私はこの女に覚えが無い。

現に私の母親は………

 

 

 

「……仮に貴女が母親だとして、灯音に害を為すのなら私は貴女を殺すわ」

 

 

 

私の母親って………

 

 

 

「ふふふっ、友達想いなのね。」

 

 

 

……誰だ?

 

 

 

「友達じゃない、恋人よ」

 

 

 

分からない。

分からない、覚えてない、分かりたくない、思い出したくない、知らない、知らない、知らない。

 

そうだ、うちを出る前も同じ事を考えたんだ。

あの後すぐに眠りについたから忘れてしまったけど、私は母親を覚えていない。

よく考えれば家族の事なんて一ミリも思い出せないのだ。

 

幼少期の記憶が無いことはない、学校の記憶もあるし、友達との記憶もある。

けれど家族の記憶だけがすっぽり抜けているのだ。

 

 

 

「あら、お熱いことね。」

 

 

「皮肉にしか聞こえないのだけれど?」

 

 

 

思い返してみれば、紅魔館でスカーレット家の事件が解決した後、私は何処か明瞭としない感情に襲われていた。

何故か“妹”という単語に引っ掛かりを感じたのだ。

もしかしたら私には、妹も居たのではないのか?

 

 

 

………妹?

 

 

 

………

 

 

 

……そっか。

 

 

 

数秒のうちに目紛しくグルグルと回転した思考に鬱陶しさを感じつつも、私は辿り着いてはならない答えに行き着いてしまった。

 

霞んでいた映像がハッキリと明瞭化していく。

まるで結露で曇った窓ガラスを拭いた時のように、突然映像がクリアになった。

 

 

 

「……燻莉。」

 

 

「…灯音?大丈夫?」

 

 

「あら、名前を呼んでくれるなんて嬉しいわ。」

 

 

 

私はゆっくりと立ち上がり、再びエクスキューショナーを燻莉に向けて構えた。

きっと今、私は先程の燻莉と同じような瞳を見せている事だろう。

たった一つの感情だけに任せ、全てを殺意に変換する。

 

だって、もしも蘇ったこの記憶が正しいのならば……

 

 

 

 

 

「殺す。」

 

 

 

 

 

私はこの女(母親)を絶対に殺さなければならないのだから。



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とうに朽ち果てた柊の話

空を覆い尽くす青。

雲など微塵も存在しない青の中に、鬱陶しい熱を注ぐ太陽が輝いている。

 

人など滅多に来ることがない山奥の向日葵畑で、私は妹の灯莉(あかり)と共に向日葵を眺めていた。

鬱陶しい暑さに嫌気がさし、つばの長い麦わら帽子を深く被る私。

そんな私に対し、麦わら帽子を首に掛けるだけの灯莉。

 

 

 

「灯莉、暑くないの?」

 

 

「全然暑くないよ!お姉ちゃんも帽子とっちゃいなよ!」

 

 

「いやー…私はいいかな。」

 

 

 

私にとっては頭痛がしそうな程の暑さの中で、どうやら灯莉は何も感じていないらしかった。

私は片手で麦わら帽子をグッと深く押し込み、怨めしい太陽に手を翳す。

 

 

 

「やっぱり夏は嫌いだな。」

 

 

「二人共、具合悪くしないようにね。」

 

 

 

私が鬱陶しそうに太陽を眺めていると、背後から包容力のある優しい声が届いてきた。

後ろを振り返ると、白いワンピースに身を包んだ赤いメッシュ入りの黒髪の女性。

 

 

 

「ん…母さん。」

 

 

「おかあさんっ!」

 

 

 

その女性…燻莉は私と灯莉の母親であり、私達に溢れんばかりの愛を注いでくれる存在だ。

私達にとっての大切な人で、同時に私達にとっての憧れでもある。

 

燻莉は竹で出来た籠から大量の野菜を覗かせ、ニコリと微笑んだ。

 

 

 

「帰るわよ、ご飯にしましょう?」

 

 

「うん!お姉ちゃん、行こ!」

 

 

「そんな焦んないで、ほら足元。」

 

 

「うわっ!」

 

 

 

ご飯の時間である事を伝えられてテンションが有頂天にまで上昇した灯莉は、地面の小さな窪みに足を取られてバランスを崩した。

そんな灯莉の腕を咄嗟に引っ張る私。

私に腕を引かれた灯莉は、私の胸にポフンと身体を預けた。

 

それを見た燻莉は「元気ね。」と微笑み、私の頭を撫でる。

 

 

 

「ありがと灯音、流石お姉ちゃんね。」

 

 

 

中腰になった燻莉に優しく見つめられ、照れ臭さから顔を背ける私。

 

 

 

「別に…。」

 

 

 

私が顔を背けても依然ニコニコと私の頭を撫で続ける燻莉。

私は意外と照れやすいのかもしれない。

照れ臭さが限界に達しようとした時、燻莉は頭から手を離し、私の手を引いて歩き始めた。

 

 

 

「さ、行くわよ。」

 

 

「はーい!」

 

 

「……うん。」

 

 

 

私達は燻莉を中心に、三人で手を繋いで家路につく。

ニコニコと八重歯を見せて笑う灯莉、優しく微笑む燻莉、少し頬を赤くしてそっぽを向く私。

あからさまに私だけが場違いなようにも見えるが、燻莉と灯莉はそんな事気にしていない様子ではにかみ続けた。

 

きっとここだけが、私の居るべき場所なのだろう。

そう思うと、もし家族の誰かが居なくなってしまったらと考えて少し恐ろしくなる。

未来の事なんて、考えてても仕方が無いのだけれど。

 

 

 

───

 

 

 

その後、私達は食事を済ませて床につく。

父親である祢音(ねおん)、燻莉、灯莉、私の四人で食卓を囲んだ後の話だ。

とても歯ごたえのある肉料理と、味付けの濃い野菜炒めの余韻を舌に残したまま私と灯莉は同じ部屋で同じ布団の中に居た。

 

 

 

「お姉ちゃん、おやすみ!」

 

 

「うん。おやすみ、灯莉。」

 

 

 

就寝前にも関わらず元気な灯莉に微笑みかけ、私はゆっくりと目を閉じる。

 

程なくして聞こえてきた灯莉のスヤスヤという寝息にふふっと微笑んだ私は、その後すぐに微睡みに身を投げ込んだのであった。

 

 

 

いつだっただろうか。

確か、あれから数ヶ月後の冬の出来事だった気がする。

 

思い出したくもない、けれど忘れてはならない不倶戴天の事件。

 

雪の降り頻る夕方の出来事だ、あの時は祢音と灯莉の二人で麓の街を歩いていたらしい。

 

 

 

「おとうさん、帰ったら雪だるま作ろーね!」

 

 

「もちろんだ!灯莉はいつでも元気で良いなぁ!」

 

 

 

二人は家族の中で特別仲良しであった。

私と燻莉が特別仲が良いように、二人もまた特別だったのだろう。

だからと言って家族四人の仲が悪いという訳ではなく、単純にそれぞれのタイプが合うからという事なのだろう。

 

二人は街で購入した食材や玩具の袋を持って仲良く手を繋いで歩いていた。

 

だが、二人が信号を渡ろうとした時の事だった。

 

灯莉が信号を見ていなかったということではない、その歩行者用信号は確かに青だった。

 

しかし、信号を無視した暴走車両が躊躇なく灯莉に迫ってきたのだ。

 

 

 

「灯莉ッ!危ない!」

 

 

 

祢音の大声によって身体をビクリと震わせた灯莉は目の前の状況を理解出来ずに、声帯から捻り出した音を零すだけであった。

 

 

 

 

 

「……え…………?」

 

 

 



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昏い空の下、拉げた宝物

タイヤのゴムとアスファルトが激しく擦れるカナギリ声と、夕暮れの街に響いた鈍い衝突音。

 

真っ赤に染まった横断歩道で、灯莉がそれを血飛沫だと気づくまでに数秒の間があったらしい。

無理もない。突然の事だし、灯莉はまだ幼いのだ。

 

 

 

「夢……?」

 

 

 

灯莉はただひたすら立ち尽くす事しか出来なかった。

目の前の、拉げた血塗ろの肉塊と化した物が父親だということを分かってはいても、解らなかった。

 

 

 

私と燻莉が駆けつけたのは、それから十分後の事だ。

現場のすぐ近くに店を構えていた知り合いが電話を掛けてきたのだ。

 

この山には勿論、麓の街にも医者は居ない。

排他的である住民達は私たちのような余所者を快く思わない。

 

いつでも冷静沈着だった燻莉は酷く動揺しており、そんな燻莉を私が宥めながら山道を走ったのをよく覚えている。

 

現場に近づいていくにつれて鉄錆の匂いが漂ってきて、その匂いから予感される残酷な映像に燻莉は走りながら涙を流している。

何故かは分からないが、漠然と着実に二人に近づいている事を理解する事が出来た。

 

 

 

現場に着き、私達の瞳に映った()()

 

 

 

そこには血塗れで立ち尽くす灯莉と、灯莉の足元に無造作に転がった血塗ろの生肉と臓物達。

 

どれほど目を凝らして見ても、それが祢音であるという証明なんてとても出来ないような肉塊。

けれど私達は、それが祢音であることを瞬時に理解してしまった。

 

 

 

「うそ……ッ」

 

 

「……っ」

 

 

 

瞬時に肉塊の正体を理解してしまった私達は息を呑み、数秒の間立ち尽くす。

けれど、まだ幼い灯莉はこの光景を十数分もの間見続けていたのだ。

肉塊の前で崩れ落ちる燻莉に対し、私は呆然と立ち尽くしている灯莉をそっと抱き締める。

 

 

 

「灯莉のせいじゃないよ、大丈夫。」

 

 

「あ…おね、えちゃん……」

 

 

 

私とて、なぜ自分がここまで冷静なのかは分からない。

いや、冷静では無かったのかもしれない。

ただ目の前の現実を受け入れることが出来ず、灯莉に目を移す事でその光景から逃れたかったのかもしれない。

 

少し離れた所に停まったトラックの全面は酷く拉げており、運転手は頭部から血を流して動かなくなっていた。

恐らく、この運転手もまた事切れているのだろう。

 

肉塊の前で崩れ落ちていた燻莉は、無造作に散らばった祢音の肉達を抱えて立ち上がった。

 

 

 

「二人とも、帰りましょう…ここに居ても、辛いだけよ。」

 

 

「……うん。ほら、灯莉。」

 

 

「…………」

 

 

 

祢音の残骸を見つけた時こそ酷く動揺していた燻莉だが、さすが大人と言うべきか、辛い現実をどうにか受け入れて私達を導いた。

 

こんな現実、とても認めたくはないが。

祢音の残骸を抱えた事で、燻莉の白いワンピースは赤色に変わっていた。

しかし燻莉はそれを気に止めることも無く、私達を連れて山奥の自宅へと足を運んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日。

祢音を失った事の傷が癒えたわけではないが、祢音の埋葬も終えて私達は少しずつ元の生活へと戻りつつあった。

 

決して忘れてはならない、しかし引き摺るわけにもいかない。

そんな忌まわしき現実、忘れろという方が無理な話である。

 

そんな中の出来事だ。

未だ暗く重い雰囲気の宵の我が家に、とある一通の封が届いた。

燻莉がその封を開け、そこに畳まれていた文書を読んだ時、燻莉の目が恐ろしい程に見開いた。

その瞳から感じ取れたのは、衝撃、疑問、怒り。

 

燻莉はその文書を読んで間も無く立ち上がり、流れるような動作で外出の支度を整えた。

 

 

 

「灯莉、灯音、少しお出かけしてくるから、良い子で待っててちょうだいね。」

 

 

「いってらっしゃい、おかあさん」

 

 

「…気をつけてね。」

 

 

「ふふっ…今夜は庭から良い景色が見えると思うから、楽しみにしていてね。」

 

 

 

燻莉は笑顔を貫いていたが、私には分かった。

彼女はとても大きな事をしようとしている。

それがどんな事かは分からないが、文書を読んだ時の表情からして、きっと良い事では無いのだろう。

 

しかし、私は止めなかった。

というより、止めれなかった。

彼女の奥に存在する何かに、どこか怯えのようなものを感じてしまったのだ。

 

 

 

「…胸騒ぎがする。」

 

 

「おねえちゃん?どうしたの?」

 

 

 

私の真剣な表情を訝しげに思ったのか、灯莉は私の顔を覗き込んで怪訝な顔をした。

いけない、灯莉はまだ幼いのだから私がしっかりしなくては。

今の灯莉に負の感情を悟られてはいけない。

 

私はどうにか微笑み、灯莉の頭を撫でた。

 

 

 

「ううん、なんでもないよ。そうだ、ドーナツ食べる?私の分あまってるからあげるよ。」

 

 

「いいの?でも一緒に食べたいから半分こしたいな」

 

 

「灯莉は良い子だね、じゃあ持ってくるから座ってて。」

 

 

「うんっ」

 

 

 

ずっと笑って元気な声で喋っていた灯莉だが、祢音を土中へ送って以降は微笑むことはあっても元気な声で話すことは無くなった。

そんな灯莉を見る度、私は胸が締め付けられるような思いになる。

 

だからと言って、前のように元気になれと言うつもりは無い。

灯莉は最も近くで祢音の最期を見た者なのだ、切り替えろ等と到底言えたものでは無い。

 

私は今年で16歳になった。

もう義務教育も終えて、体も心も大人になっていく頃合いだ。

しかし灯莉はまだ11歳、燻莉が居ないなら私が守ってやらねばというものだろう?

 

 

 

「ドーナツには…ミルクティーが良いか。」

 

 

 

残しておいた二つのドーナツをお皿に乗せ、フォークを二本用意する。

そのお皿を大理石の台所に置いておき、冷蔵庫からミルクティーのパックを取り出して二つのグラスに注ぐ。

私は少し意地悪いので、ミルクティーは私のだけ少し多めに淹れた。ミルクティーは好物なのだ。

 

私はそれら全てをトレイに乗せ、灯莉の待つリビングに持っていった。

 

 

 

「お待たせ灯莉…灯莉?」

 

 

 

私がリビングにドーナツ達を持ってくると、先程灯莉が座っていた場所には誰もおらず、灯莉は姿を消していた。

リビングを見回すと、庭に直接繋がる掃き出し窓が開いている事に気づく。

 

 

 

「灯莉ったら…。」

 

 

 

ふぅ、と溜息をついた私。

テーブルにトレイを置き、私は開いている掃き出し窓から庭に出る。

庭に出ると、灯莉が崖っぷちの柵から麓を見下ろしていた。

 

 

 

「危ないよ、どうしたの?」

 

 

「おねえちゃん見て、綺麗だよ」

 

 

「うん?」

 

 

 

灯莉に手招きされ、私は灯莉の隣に並んで柵から麓を見下ろした。

山の麓にはここいらでの唯一の街が存在しており、その地点はいつも夜は白い光がポツポツと存在しているだけだ。

 

しかし、今日は黄色いような橙色のような色の大きな光がゆらゆらと揺らめいており、非日常を確かに感じさせた。

耳を澄ますと、沢山の人の喧騒が微かに聞こえてくる。

 

 

 

「お祭りかなぁ、この時期にもやるんだね」

 

 

「祭り……。」

 

 

 

灯莉はそれを見てニコニコと微笑んでいるが、私には分かった。

 

その特徴的な光の正体は炎。

火の祭りというものは実在するそうだが、この炎はどう見ても街中を包み込んでいる。

聞こえてきた喧騒も、全て街の住民による悲鳴なのだろう。

 

一通の文書、突如外出した燻莉、大火に包まれた街……

 

 

 

「母さん……?」

 

 

 

燻莉が外出した時の胸騒ぎが更に酷くなってゆき、私の胸を押し潰さんとしている。

母さんが危ない…?命の危険…?文書の内容は?駄目だ、文書は母さんが持って行ってしまった。

 

私はニコニコと微笑む灯莉の隣で、ただ呆然とその様子を眺め続けたのであった。



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復讐ノ大火

灯莉とドーナツを食べた後、私はどうしても燻莉の事が頭から離れずにいた。

 

麓の街は未だ大火に包まれており、老若男女の悲鳴が響いている。

燻莉が出掛ける時の目的は、基本的に麓の町である。

いつもは麓の街で買い物を済ませ、なるべく人とは関わらないようにして早めに帰宅しているのだ。

 

 

 

「おかあさん、遅いね…」

 

 

「大丈夫、すぐ帰ってくるよ。」

 

 

 

現在、午後九時。

いつもなら燻莉はとっくに帰ってきており、私と灯莉に早く寝ろと促している時間。

今まで燻莉の帰りがここまで遅くなった事は無いし、燻莉の性格上、遅くなるなら私達に予め伝えておくはずだ。

 

しかし仮に燻莉に何かあったとして、それを灯莉に悟らせるわけにはいかない。

灯莉には早めに寝てもらおう、そう思った私は灯莉に歯を磨くよう促した。

 

 

 

「……灯莉、歯磨いて寝な?」

 

 

「はぁい」

 

 

暗い洗面所をパチパチと点滅しながら照らす白熱灯の下、私達は並んでシャコシャコと歯を磨き始める。

洗面所の鏡には、眠そうに歯を磨いている私達の姿が写っていた。

 

歯を磨き終え、蛇口を捻ることで無尽蔵に放出される冷たい水を半透明なコップに注ぎ、その水でガラガラとうがいをする私と灯莉。

 

 

 

「おねえちゃん、私先寝るね」

 

 

「うん、おやすみ。」

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 

須臾に口に含んだだけの冷たい水が体温を下げたようで、うがいを終えた灯莉は寝室に向かい、そそくさと布団に潜り込んだ。

 

寝室と廊下を隔てる開けっ放しの障子に手をかけ、私は布団に潜り込んだ灯莉を見下ろして微笑む。

 

 

 

「ふふっ、ホントに寝るのが早いんだから。」

 

 

 

布団に潜り込んだ灯莉は既にスースーと静かな寝息を立てており、その気持ちよさそうな表情が良い夢を見ているのだろうという事を予想させた。

 

そんな灯莉の姿を見て癒された私は障子を静かに閉め、一人リビングから庭に向かう。

庭から麓を見下ろすと、街を包む大火は止むことを知らず、寧ろ酷く激しく燃え上がっていた。

 

 

 

「……母さん、私も行くよ。」

 

 

 

私の仮説はこうだ。

燻莉は「今夜は庭から見える景色が綺麗だ」と言っていた。

つまり、燻莉は街が大火に包まれるのを知っていたと見て良いだろう。

 

いや、知っていたと言うよりは…

 

 

 

「……行けばわかるよね。」

 

 

 

私は戸締りを念入りに済ませ、麓の街へ向かうことにした。

こんな山奥に人が来ることなんて無いが、戸締りはしておくに越したことはないだろう。

 

敷地内から出てアスファルトの道に出ようとした時、うちの倉庫の前にバールが落ちていることに気づいた。

おそらく祢音が何かの作業をした後に仕舞い忘れて放置していた物だろう。

 

 

 

「……父さん。」

 

 

 

私は何かあった時の事を考慮し、そのバールを持って行くことにする。

 

恐らく、時は一刻を争う。

 

私は麓の街へ続く、街灯もない真っ暗なアスファルトの道を走ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽はとうに没落し、暗黒に包まれたはずの街。

今夜に限り、その日常の光景は覆されていた。

 

何処を見ても暗い所など存在しない。

街を包み込んだ赫い大火は、寒空の下を激しく暖めている。

そして耳に届くは止むことを知らない断末魔のような叫び。

 

その光景は、お世辞にもこの世のものとは思えなかった。

 

ぼーっと眺めていると、街の中央に座する大教会の屋根に突き刺さった十字架の上に立つ人影が見えた。

その人影は赫いフードを被っており、楽しそうに両手を広げている。

髪型も不明瞭であったが、私には分かった。

 

 

 

「……!母さん…っ!」

 

 

 

あれは燻莉。

私に今まで見せたことも無いような目で、悪魔のように邪悪な笑い方。

それは、お世辞にも綺麗とは言えない姿だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

私にとって、灯莉にとっても、燻莉はいつも憧れだった。

綺麗で、優しくて、強くて…。

 

ずっと見てきたはずの燻莉の姿を疑ってしまい、私はついに口を塞いでしまった。

 

 

 

「……あら?」

 

 

 

絶句している私に気づいたのか、燻莉は十字架の上から飛び降りて私の元へ歩いてくる。

赫い衣服は紅い血に塗れており、燻莉自身にも多少の生傷が見て取れた。

 

しかし燻莉は自分の事などどうでも良いように、血塗れの手を拭いて、私の頭を撫でた。

 

 

 

「ごめんね、迎えに来てくれたのね。」

 

 

「…母さん、これは…?」

 

 

 

私が未だ大火に包まれている街を見てそう言うと、燻莉は強い不快感を孕んだ瞳で燃え盛る街を睨みつけた。

 

 

 

「これはもう要らないから、こうするわ。」

 

 

 

そう言って燻莉が手を翳すと、燻莉の掌から目を覆いたくなる程の大火が噴き出し、辛うじて原型を残していた残りの建物を全て灼き飛ばした。

 

何でこんなことをしたのか、本当なら聞くべきだったのだろう。

しかし私は燻莉が無事でいてくれたから、それで満足してしまった。

 

 

 

「帰りましょう、灯音。」

 

 

「……うん。」

 

 

 

私は、家族さえ無事で居てくれればそれでいい。

これ以上家族が減る事さえ無ければ、他の誰が死んでも心など痛まない。

 

しかし、この時点で私は気づくべきだったのだ。

 

 

 

 

 

街を滅ぼしたのにも関わらず、燻莉から漂う確かな殺意の残滓に。

 

 

 

 

 

「ふふっ…。」

 

 

 



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夜の山道、母への誤解

麓での事件を終え、私と燻莉は何事も無かったかのように山を登り始めた。

 

何事も無かったかのように…?いやそんなことは決して無い。

彼女にとっては些細な事件だったとしても、私にはあまりにも大きな出来事であった。

 

 

 

「灯音、寝なくて良かったの?」

 

 

 

燻莉は先程の事件など大したこと無いとでも言うように私の顔を覗き込んだ。

しかしその表情はいつもと少々違っており、どこか狂気的な赫い瞳がギラギラと光っている。

 

いつも優しくて綺麗で強かったあの母は、もう居ないのだろうか。

私は心のどこかで燻莉に怯えていた。

 

それでも私は、あの話を聞かないといけない。

私は意を決して燻莉の目を見据えた。

 

 

 

「ねぇ、母さん。」

 

 

「ん〜?どうしたの?灯音。」

 

 

 

多少の狂気を孕んだ瞳とはいえ、燻莉の表情は優しかった。

例え街を焼き払ったとして、やはり燻莉は私の母親なのだ。

 

私が母さんを信じなくてどうするんだ。

 

 

 

「…どうして、あんなことしたの?」

 

 

「あんなこと………?」

 

 

 

私の質問に対し、何の事だか分からないといったように唇に人差し指を置く燻莉。

私が何も返せずに居た数秒後、燻莉の頭にピカッと電球が光った。

 

 

 

「…あぁ!街を滅ぼした事かしら?」

 

 

「…そう、何か理由が…あったんでしょ?」

 

 

 

街を滅ぼした。

いとも簡単に言ってくれるが、街を一個まるごと滅ぼすなんぞとても普通ではない。

いくら田舎の街とはいえ、その人口は決して少なくはない。

確か、聞いた話だと何千人かいたはずだ。

 

すると燻莉は明らかに不快感と怒りを見せ、目元に影を射してゆっくりと語り始めた。

 

 

 

「この伝書を見て頂戴、それが一番早いわ。」

 

 

「これは……今日母さんが見てた…。」

 

 

 

燻莉から渡されたのは一枚の手紙。

手紙をある程度流し読みした私は目を疑った。

 

 

 

「何…これ……。」

 

 

 

手紙は、昨日の事故で亡くなったトラックの運転手の家族からであった。

 

内容を簡潔に説明すると、トラックの運転手が亡くなった事に対して、柊家…つまり私達に慰謝料を請求するとの事。

街からはその請求が正当であるという文書を貰っているらしい。

勿論、普通はそんな訴えが通るはずなど無い。

 

しかし私達は余所者だということで街の人間から淘汰されていた。

 

私はその文書を見て、燻莉が行った事の全てに納得がいった。

元はといえばトラックの運転手の不注意なのだ。

私達はそれで弥音を失った。

それなのに、私達に全ての罪を着せるなんて…

 

 

 

「ふざ…けんなぁ…っ!!」

 

 

「灯音、落ち着いて?大丈夫、全部終わらせたから。」

 

 

 

余りの衝撃に感情が爆発してしまったが、私は燻莉に肩を摩られて一旦の落ち着きを取り戻した。

 

燻莉は私達の怒りを全て肩代わりして晴らしてくれたのだろう。

 

なぜ私は燻莉を疑い、怯えていたのか。

 

 

 

「ごめん…母さん…。」

 

 

 

私は燻莉を疑った自分を恥じ、戒める。

その思いを胸に、私達はゆっくりと自宅へと歩き続けたのであった。



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神の存在しないセカイ

夜の山道をのんびりと歩き続け、漸く家に着いた頃には日付が変わっていた。

完全な暗黒の中、燻莉による先導のおかげで私は難なく山道を進むことが出来たのだが…

そういえば私が一人で麓に降りた時は、何故一度も躓かなかったのか。

火事場の馬鹿力のようなものだろうか。

 

家に着いて燻莉が最初に放った一言。

 

 

 

「やっぱり、家が一番安心するわね。」

 

 

「ね、帰る場所があるって素敵。」

 

 

「ふふっ、なに年寄り臭いこと言ってるのよ〜。」

 

 

 

家に着いてからの燻莉は妙に機嫌が良かった。

許し難い存在を全て抹消したからか、それとも安心できる我が家に辿り着いたからかは分からない。

だが、機嫌の良い燻莉を見ると私はどこか安心するのだ。

 

先程まで何処か狂気的なオーラを放っていた事による怯えが、私の中にまだ残っていたのかもしれない。

 

まぁ、どちらにせよ燻莉の機嫌が良いことに越したことはない。

機嫌が良いというか…笑顔で居てくれたら、それでいい。

 

 

 

「さ、寝ましょ?灯音。」

 

 

 

心安らぐ笑顔を私に向けながらそう言った燻莉。

そこには先程までの狂気的なオーラは微塵も無い。

そういえば、麓に降りる時に拾ったバールを持っていたままだった。

 

私はバールをリビングの片隅に立て掛けながら燻莉を見た。

 

 

 

 

「うん…って、私と母さんは別の部屋じゃん。」

 

 

「あら?そうだったかしら?」

 

 

 

白々しく人差し指を唇に当ててしらばっくれる燻莉。

燻莉がわざとらしい冗談を言う時によくやる動作だ。

 

 

 

「ふふふっ、私はいつも灯莉と一緒に寝てるでしょ。」

 

 

 

そんな燻莉に私は笑いながら返し、寝室へ向かおうとする。

 

しかし、すると燻莉の雰囲気が突如変容した。

 

 

 

「…なに?灯莉…?」

 

 

「……え?灯莉がどうしたの?」

 

 

 

たった今まで母性溢れる笑顔を見せていた燻莉に突然現れた変化。

 

その表情は、真顔。

 

憤りも愛も、優しさも困惑も何も無い。

完全な無感情であった。

 

燻莉はその表情のまま、静かに寝室へ向かう。

 

 

 

「どうしたの?母さん…?」

 

 

「忘れていたわ。」

 

 

 

忘れていた…?

燻莉の可笑しな発言に困惑しつつ、私は寝室に向かった燻莉の後を追う。

燻莉が娘の事を忘れるなんて有り得ない、それは絶対に。

じゃあ何を忘れていたのだろうか。

 

 

 

「私とした事が、とんだ過ちね。」

 

 

 

燻莉は抑揚の無い淡々とした口調でそう言いながら、寝室の障子を開けた。

 

寝室には依然ぐっすりと夢旅行を楽しんでいる灯莉が、布団の中で気持ち良さそうにしている。

 

そんな灯莉を一切の感情も見えない赫い瞳で見下ろす燻莉に、私はゾクリと背筋に走る何かを感じた。

 

起きてはならぬ悲劇、起きるはずのない悲劇。

そんな未来が漠然と脳裏に映り、咄嗟に私は燻莉の前に躍り出る。

 

 

 

「……どうしたの。」

 

 

「灯音、邪魔するの?」

 

 

「邪魔するよ…っ何考えてんの!?」

 

 

 

再び燻莉に対して感じる怯えに、私は足をガクガク震わせながら耐え忍んだ。

直接的に襲いかかる恐怖に止まらない悪寒、鎮まらない両足。

 

普段あまり大声を出さない私だが、この時ばかりは感情が昂りすぎてつい声を張り上げてしまった。

 

そんな私の頭を優しげな表情で撫でる燻莉。

狂気的な情緒の変化に言いようのない恐怖を感じつつ、私は燻莉を睨んだ。

 

 

 

「灯莉が居なければね、お父さんはまだ生きてたのよ。」

 

 

「……は?」

 

 

「だってそうでしょう?あの人は灯莉を庇って亡くなったんだもの。」

 

 

「冗談…だよ……ね?」

 

 

「ふふふっ、灯音こそ冗談でしょう??大人になりましょう??」

 

 

 

信じられないことを口にしながら赫い瞳を針のように細めながら笑う燻莉に戦慄を感じた私は、恐怖が最高潮に達してついに膝を崩して座り込んでしまった。

 

とても似合わない下品な笑みを浮かべた燻莉は私を蹴っ飛ばし、ゆっくりと灯莉の傍に近づく。

蹴っ飛ばされた私は寝室の壁に身体を強く打ち付け、あまりの痛みにその場から動けなくなってしまった。

 

 

 

「待って…駄目だよ…母さん…っ!」

 

 

 

力無くその場に倒れ伏した私は震える手をどうにか燻莉に伸ばすが、届くはずがなく、灯莉に牙を剥こうとしている燻莉をただ睨みつけることしか出来なかった。

 

そんな私の目線を冷たい瞳で見下ろした燻莉は、ふふっと微笑みながら灯莉を踏みつけた。

 

 

 

「いッ…!な、なに…?」

 

 

 

燻莉に踏みつけられた痛みによって目を覚ました灯莉は、状況を読み込めないといった表情で燻莉を見上げた。

寝ぼけ眼で大切な母親の顔を見た灯莉は、痛みを感じつつも安心した表情で燻莉に手を伸ばす。

 

今の状況を、何も分かっていないから。

 

 

 

「おかあさん〜…おかえりなさい…」

 

 

 

己を今まさに踏みつけている母親に向けておかえりと言いながら手を伸ばす灯莉に驚き、目を見開いた燻莉。

 

すると燻莉は踏みつけていた足を離し、既に見慣れた慈愛に満ちた微笑みを灯莉に向けた。

 

 

 

「ただいま、灯莉。」

 

 

「母さん…?」

 

 

 

先程まで何の感情も感じさせなかった燻莉が、いつも通りの表情に戻った。

今までの燻莉は何処か可笑しくなっていただけで、無垢な灯莉によって正気を取り戻したのだろうか。

 

 

 

「起きて早々ごめんね、灯莉…」

 

 

 

その場にしゃがみこみ、温かい微笑みで灯莉の頭を撫でる燻莉。

寝起きの灯莉は、頭を撫でる燻莉の手にニッコリとした表情を浮かべた。

その姿はまるで猫のようである。

 

 

 

 

 

しかし灯莉を撫で続けているにもかかわらず、再び燻莉の表情から一切の感情が抜け落ちた。

安心も束の間、燻莉のその表情を見て背筋にゾクリとした悪寒を感じて息を呑む私。

 

燻莉は灯莉の髪の毛を掴んで乱暴に持ち上げ、寝室の壁に向かって灯莉を投げつけた。

 

 

 

「…()()()()()()()。」

 

 

「痛いッ…おかあさん…ッ!」

 

 

「灯莉…ッ!」

 

 

 

壁に強く打ち付けられた灯莉は、額を押さえて燻莉に向けて手を伸ばす。

灯莉が抑えている額からは大量の血液が溢れ出していた。

 

涙を流しながら痛みを訴える灯莉に歩み寄り、灯莉が伸ばした腕を優しく掴む燻莉。

 

 

 

「ごめんなさいおかあさん…私なにかした…?」

 

 

「灯莉は何もしていないわよ。」

 

 

 

そう言った燻莉は灯莉の腕を乱暴に引っ張り、その反動で引き寄せられた灯莉の顔面を殴りつけた。

 

 

 

「…かは…っ!」

 

 

 

人智を超えた燻莉の腕力で灯莉の頭は吹き飛びそうになるが、燻莉が依然腕を掴み続けている事で身体は固定され、灯莉の首は嫌な方向に折れ曲がってしまう。

首が折れたことでマトモに声も出せなくなった灯莉に対し、燻莉は何の感情も抱いていないといった表情で灯莉を殴り続けた。

 

 

 

()()()()()、許せないのよ。」

 

 

「母さん…っ!もうやめてよ…っ!!」

 

 

 

見るに堪えなくなった私は必死で燻莉を止めようとするが、身体の動かない私はただ叫ぶことしかできない。

 

あまりにも惨い、あまりにも残酷。

燻莉は私達の母親ではなかったのか。

私達が燻莉を愛するように、燻莉も私達を愛していなかったのか。

 

最早訳が分からなくなった私は、何も出来ずに止めどなく溢れ出る涙を流し続けるばかりであった。

 

 

 

「やめて…っ、お願い…っ!かあさん…っ。」

 

 

 

私の言葉も全く届かなくなった燻莉は、依然灯莉をひたすら殴り続けている。

灯莉はとっくに動かなくなっているのにも関わらず、燻莉はまるでサンドバッグを殴るかのように永遠と灯莉に拳を叩きつけていた。

 

こんなの見るくらいなら、舌を噛み切って死んだ方がマシだ。

 

 

 

「かあさん……っ、どうして……っ。」

 

 

「はは…あはっ…!あはははははっっ!!」

 

 

 

口から血を流す私に見向きもせず、燻莉は下品な笑い声を上げながらただひたすら灯莉を殴り続けた。

殴る度に大量の血飛沫が舞い、寝室と燻莉に血液を浴びせながら。

 

結局は舌を噛み切る勇気も力も無かった私は、ただその地獄のような光景を夢だと願って見つめるしかなかったのであった。

 

 

 

その後、どうなったのかは覚えていない。

気づけば私は大人になり、気づけば傭兵になっていた。

何故それを忘れていたのかも、全く分からない。

 

こんなの、忘れられるはずがないのに。



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怨嗟ノ声、冥キ奔流

私は突如として過去の記憶を取り戻し、かつて抱いた憎悪を全て燻莉に向けていた。

私は強大な憎悪を込めた睨みをエクスキューショナーと共に燻莉へ向け、もう一方の手には新たに召喚したショットガンを携える。

 

真っ白な花畑の中、不自然に赫く染まった一部分の花を踏み付ける燻莉。

彼女は私に警戒を示すわけでもなく、鉄塊のような大剣を肩に乗せて微笑んでいる。

 

 

 

「ね、全て忘れていたでしょう?」

 

 

「…そうだね、なんでかは分からないけど。」

 

 

「まぁ大丈夫よ、灯音は悪くないわ。」

 

 

 

一見すれば状況として最も有利なのはショットガンを持った私だ。

しかし、無造作に大剣を肩に乗せているだけに見える燻莉には何故か一切の隙を感じなかった。

 

いや、本当に隙が無いのだろう。

彼女は人間であるが、人間とは違う。

ヒトでありながらヒトを超える者であり、理論上は最も矛盾の多い存在なのだ。

 

そんな燻莉は依然体勢を変えることなく、私に微笑みかけた。

 

 

 

「ね、灯音。貴女にお願いがあるの。」

 

 

「…この期に及んで、なに。」

 

 

「冷たいわねぇ、まだあの時のこと怒ってるの?」

 

 

「問答無用で殺す。()()()()()()()()()()ね。」

 

 

「ふふふっ、怖いわねぇ。」

 

 

 

お願いがある。

かつてに燻莉が私にそう言う時は、大抵家事の手伝い等が多かった。

しかしこのタイミングでそんなお願いをしてくるなんて事はありえないだろう。

 

それにしても問答無用で殺すと言える割に、私は一向に足を踏み出せずに燻莉との対話を続けている。

それはきっとあの時の恐怖と、かつての燻莉へ抱いていた愛情がそうさせているのだろう。

きっとあの時のことは全て夢だと、そう思いたくて。

 

そんな願い、叶わぬと知っているはずなのに。

夢はとうに潰えたというのに。

 

燻莉は口元を押さえながら、ふふっと上品に笑ってみせた。

 

 

 

「あのね、灯音。」

 

 

「なに。」

 

 

 

燻莉は私を呼ぶと、笑みを抹消して真面目な表情で私を見つめた。

無表情のようなものだが、かつて燻莉が灯莉に向けていたものとは違い、それは真剣さを感じるものである。

 

かつて灯莉に残酷な仕打ちをした燻莉とはいえ、その瞳を見た私は少しだけ話を聞くことにした。

 

 

 

「貴女に…また娘になって欲しいの。」

 

 

「………………は?」

 

 

「また、二人で一緒に暮らしましょう?」

 

 

 

一緒に暮らしたい。

それはつまり私達がかつて笑い合っていた日常を取り戻せる、ということだろう。

かつての燻莉が戻ってくる、そう考えればなんと幸せな話か。

 

しかしそれ以前の一言が、私の中に引っかかった。

 

 

 

「…また?…二人で…?それは燻莉を除いた数で合ってる?」

 

 

 

私達は本来四人だったが、弥音は不慮の事故で亡くなってしまった。

だから弥音を抜いた三人ならわかる。

 

しかし、あろう事か燻莉は灯莉の事も抜いたのだ。

自分が、汚い手で、醜い笑顔で、手にかけたというのに。

 

すると、燻莉は焦ったように口元を押さえて付け足した。

 

 

 

「あぁいえ、ごめんなさいね。弥音は死んじゃったし、灯莉は弥音を殺したから…。」

 

 

「ん……あぁ。」

 

 

 

燻莉は焦り気味に訂正して私の機嫌を取ろうとするが、しかしそれが逆に私の逆鱗に触れた。

 

私はエクスキューショナーを右手で構えつつ、左手でショットガンを燻莉に向けて放った。

 

このショットガンはKS-23、しばしばキャラビナーと呼ばれる銃だ。

かつてソ連が開発した銃であり、ロシア軍等の運用組織に於いては特殊作戦向けのカービン銃として規定されている。

 

 

 

「ふふっ…。」

 

 

 

私の放った散弾を避けようともせずに無数の銃傷を負った燻莉は、身体中から血を流しながら口角を上げた。

 

 

 

「娘にならないようなら……灯音、貴女には……」

 

 

 

燻莉が鉄塊のような大剣を片手で軽々と持ち上げ、前傾姿勢で腰を大きく落とした。

そして顔を上げたと思った瞬間、狂気的な赫い瞳が私の瞳を射抜く。

 

 

 

「死んでもらうわ。」

 

 

「ッ…やってみろよ!」

 

 

 

私を苛む恐怖を打ち払い、強引に叫んだ私はエクスキューショナーを横に振り抜いた。

普段なら有り得ない口調で叫ぶ自分に我ながら不信感を覚えるが、もうこうなった以上はやるしかない。

 

少し離れた所で苛烈な戦闘を繰り広げる人外達を横目に、親子の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

「灯音、私も居るんだから忘れないでちょうだい!」

 

 

「え、あぁ…ごめんなさい…。」

 

 

 

五話もの間、出番のなかったカメリアを忘れかけていたことに申し訳なさを感じながら、私は…私達は改めて覚悟を決める。

 

夢幻の中庭に広がる花畑に、妖しい風が吹き荒んだのとあった。



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夢幻大決戦

灯音の眼前に突如現れた赤黒の女が手に持っていた物、それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。

大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 

 

 

「な……なんだ、あの剣は……!?」

 

 

「夢月、ベルセルクごっこはやめなさい。」

 

 

「はい…。」

 

 

 

すぐ他作品に頼るのは作者の悪い癖だ、治らないね。

…これ何回目だよ。

 

さて、私は今幻月姉さんと肩を並べて幽香と睨み合っている訳だが…。

幽香は傘で花を貫く事で数多の巨大な蔓を召喚し、依然その蔓を蠢かせている。

 

一方、突如として隕石のように現れた女はずっと灯音と何か話しているようだ。

灯音の隣にはカメリアが居るので大丈夫だとは思うが、灯音は先程頭を抑えて崩れ落ちていたので、警戒しておいて損はなさそうである。

 

それにしても灯音とあの女、なんか面影似てるなぁ。

親子だったり?感動の再会じゃん!とてもそんな雰囲気じゃあなさそうだけど。

 

私は灯音の方を見ながら、不意打ちのように伸びてきた蔓をノールックで斬り裂いた。

使っている武器が鎌なだけあり、植物である蔓には相性が良いのだろう。

とはいえいつまでも灯音の方を見ている訳にもいかないので、私は強敵幽香を倒す為に動き出すことにした。

 

 

 

「姉さん、蔓は私に任せて」

 

 

「わかった、じゃあ私は本体を叩くことにするよ」

 

 

「OK姉さん、行こう」

 

 

 

仲良し姉妹の意思疎通により、数秒の間に完璧な作戦を立てた私達は同時に地を蹴った。

いくら植物相手の相性が良いとはいえ、相手は幽香。

油断など出来ようはずもない。

 

 

 

「あら貴女達、何も考えずに突っ込んで来たの?」

 

 

 

同時に地を蹴って真っ直ぐ走り抜けようとする私達を見た幽香は、しめしめといった表情で私達に無数の蔓を伸ばしてきた。

幽香には先程の作戦会議は聞かれていない、というよりも離れているので聞こえるはずがない。

勘違いも甚だしいもので、幽香は蔓があれば私達を完封できると思っているようだ。

 

 

 

「姉さん見て!馬鹿な怪物!」

 

 

「夢月見て!愚かな怪物!」

 

 

 

私達は襲いかかる無数の蔓を切り落としながら、出しうる限りの最高速度で幽香に肉薄した。

 

鬼のような突撃に多少の焦りを見せた幽香は、先程までとは比にならない程の蔓を同時に放つ。

それも、先端が尖っていて側面に大量の棘を持った凶悪なものである。

 

迫り来る数多の蔓に対し、幻月は敢えて私の後ろに隠れた。

所謂、私を盾にするような感じである。

それにより、無数の蔓は全て私に牙を剥くわけだ。

 

 

 

「あらあら、妹に対して無慈悲な姉なのねぇ?」

 

 

「くそー!姉さんなんて事を!!」

 

 

「私さえ生き残れば良いんだよー!」

 

 

 

私を盾にした姉さんに文句を言う…演技をする私に、姉さんもそれを一瞬で理解して上手いことノってくれた。

その演技により、幽香は本当に幻月が裏切ったと思い込んでくれたようである。

 

私は迫り来る無数の蔓に向けて大鎌を振り回し、一瞬で幽香への道を切り開いた。

その瞬間を見計らった幻月が私を飛び越え、切り開かれた道を一直線に駆け抜ける。

 

 

 

「センキュー夢月!“瀉血ノ劍(しゃけつのつるぎ)”!」

 

 

「なッ!?」

 

 

 

一瞬で幽香に肉薄した幻月は、自らの血で作った大剣を幽香に振り下ろした。

真っ赤な血で出来た大剣は赤い剣閃を生み出し、幽香を切り裂く

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「なーんてね、ふふっ」

 

 

「ぐあッ!」

 

 

 

突如足元から伸びてきた蔓によって幻月は遠くに吹き飛ばされ、壁に激突して血に倒れ伏した。

すると間髪入れずに数多の蔓が幻月に迫り、倒れたまま為す術もない幻月に次々と襲いかかる。

 

先端が尖った蔓は幻月を何度も何度も突き刺し続け、白い花畑のその一部分を真っ赤に染めていった。

 

 

 

「…なに…?」

 

 

 

あまりにも速い、あまりにも一瞬の出来事。

私は数秒間、理解が出来ずに硬直した。

 

しかし、ニタニタと下品な笑みを浮かべる幽香を見て正気を取り戻す。

 

 

 

「…幽香……」

 

 

「あら、何かしら?」

 

 

 

数多の蔓に貫かれた幻月はついに動かなくなり、傍から見れば既に死に絶えたものと思うだろう。

幻月が人間であればその認識は間違っていないだろうが、幻月は悪魔であるので既に死んでいるということは無い。

もし死んでいたらなんて事を考えたら、私はとても正気ではいられないので考えないようにした。

 

とにかく、幻月は死んでいない。

しかし、それでも幻月が幽香によって数多の傷を負わされたのは事実だ。

そして私の不甲斐なさで幻月が倒れたのも事実。

 

私はその二つの事象がとても許せず、全ての怒りを魔力へと変換した。

 

私の右手から眩い紫電が迸り、辺り一面を紫色に染める。

バチバチと咽び泣く紫電は幽香の蔓を全て焼き払い、更に大きくなっていった。

その威力に驚いたように目を見開く幽香に、私は怒りでマトモに回らない舌で言い放つ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「オ前ハ、私ガ、殺ス」

 

 

「ッ……!」

 

 

 

この瞬間に限り、月から見た地球は紫色の恒星へと変容していたとか

 

していなかったとか…?



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呪怨ヲ操ル悪魔

バリバリと紫電が迸る中庭で、私と幽香は睨み合っていた。

私の魔力量に驚いたのかは知らないが、幽香は目を見開いたまま額から汗を流している。

 

 

 

「貴女…姉を超えたんじゃないかしら?」

 

 

「ハァ…?幻月姉サン、は、私よりズット強いから…」

 

 

 

怒りに震えてマトモな発音が出来ない口をどうにか抑え、少しずつ舌を回せるようになっていく私。

恐らくこれは怒りだけでなく、紫電による痺れによるものもあるのだろう。

 

幻月はひび割れた壁の下で倒れたまま動かない。それも当然のこと、あれ程の蔓に貫かれたのならば死んでいたとしても不自然な話ではないのだ。

 

私は戦鎌を地に突き刺し、新たに取り出した二本のブラックニンジャソードに紫電を纏わせ、両手で深く構えた。

黒刃は紫電によって紫色の刃へと変容し、発光しながらバチバチと劈く程の鳴き声を挙げている。

 

 

 

「“秘匿された悪魔の力”」

 

 

 

私の最終奥義、“秘匿された悪魔の力”。

この世に滞留する全ての呪怨をこの身全てに取り込み、自分自身を呪怨の刃へと変容させるもの。

霊魂への負担が余りにも大きい故に通常はストッパーが掛かって発動できないものだが、感情が昂ったり術者本人の命の有り様を左右する状況に限り、そのストッパーは外される。

 

私の背後から深淵の如き闇が溢れ出し、深く低い重金属のような嘆き声が響き渡った。

 

冥く歪んだ空間で、私は幽香に黒鉄の刃を突きつける。

 

 

 

「チェックメイド、だよ」

 

 

「ふふ…悪魔ならでは、ね。いらっしゃい、夢月」

 

 

 

蔓での攻撃が特別有用でない事を悟った幽香は地に刺していた日傘を抜き取り、強く振り抜く事で乱暴に土を祓った。

 

どちらかの命が潰えても可笑しくないこの局面で、私と幽香はお互いに口が裂けそうな程の笑みを浮かべていた。

戦闘狂?悪魔?どういう理由でそうなっているのかは分からないが、少なくとも私は溢れ出る力によって滾っている。

 

紫色の光を放つ瞳をギュッと見開き、私は幽香に向けて全力で駆け出した。

 

 

 

「キャハハハハ!!“狂気憂戚(インサニティ・グリフ)”!」

 

 

 

私の背後から溢れ出す嘆きが具現化を果たし、数多の刃へと変容して幽香へ襲いかかる。

それと同時に私は両手に握った双刃を薙ぎ、紫電の圧力によって超高速での回転を行った。

 

超高速回転と共に振られた二枚の刃はある種竜巻の様なものを発生させ、その余波にすら質量を持つ。

それによって幽香の周囲で蠢いていた数多の蔓は切り刻まれ、無惨に土へ還っていった。

 

襲いかかる嘆きの群れを鬱陶しそうに日傘で祓った幽香は、バックステップで距離をとって日傘の先端を嘆きの群れに向ける。

日傘の先端に眩い魔力が凝縮され、ビリビリという鳴き声を挙げ始めた。

すると幽香が声高に叫ぶと同時に、奔流の如き魔力が射出される。

 

 

 

「“元祖・マスタースパーク”!」

 

 

「効くかそんなもんっ!!」

 

 

 

幽香の日傘から放たれた奔流を紫電を纏った双刃で切り裂く。

超高密度の魔力の中にモーセの十戒の如き空洞が生まれ、私はその中を雷のように駆け抜けた。

 

幽香がたった今放った“元祖・マスタースパーク”。

これは日傘の先端に超高密度の魔力を更に凝縮させ、その圧力を全て前方に解放するというものである。

当然ながらその威力は絶大。今でこそ“秘匿された悪魔の力”の恩恵で強引に切り裂けたが、普段であれば為す術なく魔力の奔流に呑み込まれていたことだろう。

 

私は雷の如き速度で幽香に肉薄すると、その勢いのまま全力で二枚の黒刃を振り下ろした。

しかし幽香がその斬撃を簡単に喰らうはずもなく、全力の双刃は日傘によって防がれる。

 

 

 

「くッ……なんて膂力なの…ッ」

 

 

「悪魔の力ぁ…舐めんなっ!」

 

 

 

双刃を防いだが、日傘をカタカタと震わせている幽香。

いくら最強と謳われる花妖怪の幽香とはいえ、秘めたる力を解放した悪魔の膂力には到底敵わないのだ。

私は両手に込めた力を更に強め、背中の狂気憂戚が放つ刃達にも更に魔力を注ぐ。

 

やがて双刃と拮抗していた日傘が段々と押し込まれてゆき、遂に幽香の肩まで刃が到達した。

 

 

 

「流石に今のままじゃあ…勝てなさそうね」

 

 

「はぁ…?何言って…ッ!」

 

 

 

幽香の肩を少し斬り裂いたと思った刹那、私は突如大きな爆発によって吹き飛ばされた。

“秘匿された悪魔の力”を持ってしても適わぬほどの威力。

 

着地後、幽香が居た地点は爆煙によって不明瞭化していたが、蠢く大きな影が私に異常事態を予測させた。

先程までとは比べ物にならない大きさの蔓、ゴジラのように大きな口を開ける植物。

 

 

 

「…とんでもないね」

 

 

 

あまりにも規格外。

私は手に持っていた双刃を幽香が居るであろう地点に投げつけ、空いた手で地に刺していた戦鎌を抜いた。

 

どうやら、変身を残していたのはお互い様だったらしい。

まぁ、それでこそ闘争というものなのだが。

 

 

 

中庭では、低い嘆きと蠢く植物達の音が響き渡っていたのだった。



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相愛の白黒は鬼神への刃と成る

 

 

 

「あっちもあっちで凄いことになってるわね」

 

 

「だね、これからこっちもそうなるんだろうけど。」

 

 

 

夢月達が派手に戦っている様を横目に見ながら、私とカメリアは軽口を言い合う。

突然眩い光が視界を覆ったと思ったら夢月が紫電を纏っていたり、背後から冥い怨念のようなものを出していたりで酷く驚いた。

流石は悪魔というべきか、私は改めて夢月に畏敬の念を抱いたのであった。

 

 

 

「灯音、ミニガン貰えるかしら?」

 

 

「いいよ。」

 

 

 

気を取り直して改めて燻莉に向き合った私達は、燻莉に対抗すべく装備を整えることにする。

カメリアに頼まれてミニガンを召喚したが、ミニガンとは所謂ガトリング砲のようなもので、本来は人間が片手間に扱えるような代物ではない。

 

人知を超えた膂力を持つカメリアだからこそこの武器を選んだのだろうが、いくらハーフヴァンパイアとはいえ一方に刀、もう一方にミニガンを持つその姿はある種狩人のようであった。

 

そういえば、かつて夜に獣が蔓延していた時代には狩人と呼ばれる者達がそれらを退治して回っていたらしい。

もしかしたらカメリアもまたその時代に生きていた狩人なのかもしれないが、それはまた別のお話。

 

片手にミニガンを携えたカメリアは、軽くその手を上下に動かして微笑んだ。

 

 

 

「ふふっ、種族を気にせず膂力を発揮できるって良いわね」

 

 

「そのうち集落の一つくらい落としそうだね、カメリア。」

 

 

 

ミニガンを片手に持ってそんな事を言われたら、流石の私も多少の恐怖を覚えるものだ。

彼女が恋び…いや、仲間の立場に立ってくれていて本当に良かった。

それにしても色白な細いラインの体に不相応な厳つい武器だが、何故かその姿は妙にカメリアの魅力を際立たせている。

 

そんなカメリアを見ると、不思議と心が安らぐのだ。

こんな想いも、カメリアが居るからこそ抱けるのだろう。

 

そう思うと私は再び恐怖に苛まれそうになるが、夕方にカメリアから貰った勇気でそれらを打ち払った。

 

 

 

「…早く終わらせて、帰ろ。」

 

 

「…ふふっ、そうね」

 

 

 

いざって時、カメリアは私が守る。

守ってもらうばかりじゃあ不平等だろう?

 

私の右手には切っ先の存在しない大剣、左手にはソ連のショットガン。

カメリアの右手には仄かに緋い打刀、左手には無骨なミニガン。

 

対する燻莉は、鉄塊と相違無き大剣を肩に乗せている。

 

 

 

「さぁ、殺されないうちに食らいついて来なさいな。()()()()()()?」

 

 

 

陰りの刺した燻莉の瞳に閃く赫き魔力。

その様はまるで御伽噺にてしばしば語られる魔王のようで、対峙した私達の精神をより引き締める。

 

 

 

醜く惨い殺し合いが、今、この瞬間から始まったのであった。

 

 

 



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書き換わったは生命の熟度

私がショットガンを放つと同時に地を蹴る燻莉。

あれ程の鉄塊を携えているにも関わらずその速度と衝撃は恐ろしいもので、最早大型自動車と相違なき程であった。

 

素早い動きで横に飛び出した燻莉はどこからともなく取り出した直剣を地に突き刺し、突き刺した直剣を軸にぐるりと方向転換して私に迫った。

そんな燻莉の想定外な動きに迎撃体勢をとるのが遅れてしまう。

 

 

 

「アビス…ッ!?」

 

 

「灯音、油断は駄目よ」

 

 

「ごめん、助かった。」

 

 

 

かくも恐ろしい形相で鉄塊のような大剣を振り下ろした燻莉の姿は、突如割り入った背中によって消失する。

 

白光を纏ったカメリアが緋焔刃で燻莉の大剣を受け止めたのだ。

人間がどれほど本気で鉄槌を叩きつけたとしても響かないであろう程の轟音が響き渡り、衝撃の余波がその威力を顕著に表していた。

 

カメリアの足を支えている地面は明白に凹み、しかしカメリアの姿勢は芯が通っている。

 

そんなカメリアに対して驚いたように目を見開いた燻莉は、どこからともなく取り出した斧槍を片手で薙いで距離をとった。

その斧槍を軽く首を動かすことで回避したカメリアは、距離をとった燻莉を追うことなく体勢を整える。

 

 

 

「ふふふっ、半妖の身で在りながら月光の恩恵を享受するなんて貴女悪い子ねぇ?」

 

 

「褒め言葉として受け取っておくわ、それとも妬いてるのかしら?」

 

 

「ふふっ、なかなか言うじゃない。」

 

 

 

お互いが微笑みながら軽口を言い合う様子。状況さえ違えば仲睦まじい会話をしているように見えるだろうが、一切のハイライトが消失している二人の瞳からは確かな殺意が見て取れる。

 

しかしその二人の様子、二人が私の存在を忘れているようで少々癪である。

 

私は右手に持つ大剣をツヴァイヘンダーに変え、一歩踏み出して刃先を燻莉に向けた。

 

 

 

「忘れてもらっちゃ困るね、燻莉。」

 

 

「ふふっ…名前で呼ばれるのもいいけれど、私は母さんでしょう?」

 

 

「“元”ね、過去であれ不快な事に変わりはないけど。」

 

 

 

以前であれば私は喜んで燻莉を“母さん”と呼んでいたであろう。

しかし、燻莉は灯莉を殺した。

「灯莉が弥音を殺した」等と戯言を抜かして、眠っていた幼い灯莉を蹴り飛ばし、殴り殺したのだ。

 

許されるはずがない、許すはずがない。

神が許そうが、私は許さない。

 

 

 

「辛辣ねぇ、母さん泣いちゃうわよ?」

 

 

「黙れ、灯莉がどれだけ泣いてたか覚えてないの?」

 

 

「あれは人殺しじゃないの、何を言ってるのかしらこの子は。」

 

 

「ッ…!殺すッ!!!」

 

 

 

燻莉の言葉に明確な怒りを抱いた私はショットガンを三度放って燻莉の大剣による防御を誘発し、防御の瞬間に分銅鎖を召喚して燻莉に投擲した。

分銅は弧を描くように空中を走り、燻莉の顬へ遠心力と全体重を乗せたタックルを放つ。

 

分銅鎖とは。

その名から想像できる通り、鎖の両端に分銅が付いているものである。

分銅の一方を持って反対の分銅を投げつけたり、或いはヌンチャクのように振り回したり、説明すればキリが無いほどの用途がある武器だ。

鎖の中央部分を持って振り回した後に投げつけた分銅の威力は見た目以上であり、人間の頭部に直撃すれば即死も有り得る程である。

 

顬から多量の血を流した燻莉は傷口を抑えながらフラフラと体を揺らした。

 

 

 

「ッ…結構痛いわねぇ…。」

 

 

「やっぱ燻莉、人間じゃないでしょ。」

 

 

 

覚束無い足で次撃の体勢を整えようとしていた燻莉だが、今の私の一言にピタリと体を止めた。

不思議な事だが、どうやら今の発言が燻莉の中で何かが引っかかったらしい。

 

燻莉は顬を抑えながら私の目を見つめた。

 

 

 

「………灯音は、知らないのよね。()()()()私の事。」

 

 

「……私を産む前の事は知らない。」

 

 

「……そうよね。」

 

 

 

何処か含みのある言い回しに困惑する私に、小声で「油断は駄目よ」と警戒を促すカメリア。

油断なんぞしない、コイツは実の娘の寝込みを襲って殺すような奴だ。何をするかわかったもんじゃない。

 

でも、私は燻莉の話が気になって仕方がなかった。

 

 

 

「……で?」

 

 

「…私は元々、幻想郷で暮らしていたの。」

 

 

「幻想郷で…?」

 

 

 

私は数年前に幻想入りし、その時に初めて幻想郷に触れた。

そのきっかけも、森を彷徨っていたらたまたま迷い込んでしまっただけなのだ。

そんな私の母、燻莉が幻想郷で暮らしていた。

 

 

 

「私の本当の性は、博麗。博麗燻莉。」

 

 

「なっ…!?博麗って…!」

 

 

「幻想郷の結界を管理する一族、博麗。私は先々代の巫女の双子の姉。」

 

 

「…………。」

 

 

 

あまりの衝撃に思考が回らない私。

先々代の博麗、つまり霊夢の祖母の姉ということだ。

ん…?霊夢の祖母…?

待って、つまり本来ならおばあちゃんってことだよね。

でも私、燻莉の娘なんだけど。

あれ?そもそも燻莉って何歳?やっぱり人じゃない?

博麗の巫女って実は人じゃないとか…?

 

私は上手く回らない思考の中で、なんとか言葉を絞り出した。

 

 

 

「つまり私は霊夢の…何になるんだろ?」

 

 

 

重要なのはそこでは無いだろうが、私の混濁した思考の中ではその謎が一番単純で明確だったのだ。

私達は戦いをひと段落させ、一度燻莉の話を聞くことにした。

 

依然夢幻の中庭に吹き付けている冷たい風。

その一端に紫電が迸る一方で、カメリアの白光の他に新たな光が生まれようとしていたのであった。



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二輪の花はジャスミンの香り

かつての博麗の巫女、博麗 燻莉。

歴代の巫女でも最強と謳われる程の力を持つ彼女は、幻想郷に蔓延るあらゆる妖怪共の退治を請け負っていた。

練度の高い多種多様な霊術を行使し、様々な魔に精通し…

 

そんな恐るべき力を持つ燻莉。

人里の人間達から抱かれていた“畏れ”は、いつしか“恐れ”へと変容していた。

人とは己の物差しで測りきれぬ存在を酷く嫌う生物なのである。

 

人々はついに燻莉を迫害し、博麗の巫女から退けようといった運動を始めた。

 

博麗として人の為に行っていた妖怪退治、別に感謝される為に行なってきたわけではない。

しかし、博麗の責務によって被害を被るのは違うのではないだろうか?

 

そう思った彼女は、同じく幻想郷の管理職である“八雲”に相談してみた。

 

 

 

「“人”は、いつまで経っても変わらないのね…」

 

 

「彼らは昔からそうなの?」

 

 

「自分達を遥かに凌駕する存在を彼等は酷く嫌うわ、いつの時代もそう」

 

 

 

どうしようもない。

そう言う彼女に、燻莉はそれ以上何かを聞くことも無くその場を終えた。

きっと博麗は昔からこれを乗り越えていくことで、肉体だけでなく精神も強くあったのだろう。

 

しかし彼女は歴代の巫女でも最強格。

その上、当時の妖怪達もまた歴代の中で最も凶悪であると言われていた。

 

それ故だろうか

燻莉は歴代と比べ物にならない程に人々から恐れられ、とある冬の晩に恐ろしい事件が起きた。

 

 

 

「綺麗な雪景色ねぇ。」

 

 

「今夜は冷えそうだね」

 

 

「そうね、お茶淹れてくるわ」

 

 

「おっけー、よろしく」

 

 

 

その時の燻莉は暗黒の空から降り頻る雪を、双子の妹である博麗霊莉(れいり)と共に縁側から眺めていた。

霊莉は双子なだけあって燻莉と瓜二つの見た目をしているのだが、博麗の巫女では無いので特別力を持っている訳では無い。

 

そして燻莉は茶を淹れに神社の中に入り、霊莉だけが縁側に取り残された。

 

 

 

「寒いな、燻莉早くお茶持ってこないかな」

 

 

 

縁側で横たわり、欠伸をしながら空を眺める霊莉。

暗黒に包まれた空からはひたひたと純白の雪が降り頻り、既に敷かれている境内の白いカーペットを更に分厚くしていた。

 

すると鳥居の方から何人かの足音が聞こえ、霊莉は焦って姿勢を正す。

 

 

 

「やばっ、参拝者かな?たまには燻莉の代役務めないとね」

 

 

 

鳥居の向こうの暗黒から段々と近づいてくる灯りを見た霊莉は、草履を履いて鳥居の方へ向かっていく。

その足音は参拝にしては随分と多い人数で、霊莉は「博麗神社も人気になったな」と喜んでいた。

 

しかし灯りの主達が姿を見せたと同時ぐらいに、ふと疑問を抱く霊莉。

 

 

 

「それにしても、なんでこんな時間に…?」

 

 

 

日は既に暮れており、本来なら人が出歩く時間では無いのだ。

相当な何かが無ければ。

 

霊莉がう〜んと顎に手を置いて考えたその瞬間、参拝者の一人が手に持っていた灯籠を霊莉に投げつけた。

投げつけられた灯籠には多量の油が仕込まれていたらしく、霊莉を容易く火に包み込む。

 

 

 

「熱ッ…!な…んで…ッ!…ったすけ…ッ!」

 

 

「もっとだ!怪物を殺せェ!」

 

 

 

悶え苦しむ霊莉に対し、参拝者…いや、襲撃者達は大きな咆哮を上げて霊莉に牙を向く。

 

もはや絶対絶命。

しかしその瞬間、突如神社の方から飛んできた槍が襲撃者達を纏めて串刺しにした。

気づけば霊莉を包み込んでいた火は消えており、火傷痕の目立つ霊莉がその場に倒れ込んでいた。

 

驚いた襲撃者達が神社の方を見ると、そこには強い怒りに満ちた表情をした燻莉。

 

 

 

「博麗の巫女が二人…!?」

 

 

「クソッ!影武者か!!」

 

 

「黙りなさい。」

 

 

 

そう呟いた燻莉は困惑する襲撃者達に一瞬で肉薄し、どこからとも無く取り出した大きな斧を躊躇なく振り下ろした。

グチャリとグロテスクな音を境内に響かせたその攻撃は、襲撃者達の命を容易く奪い獲る。

 

それらは純白の雪景色を赤く染め、博麗神社に残った人間は霊莉と燻莉だけになった。

あとは乱雑に捨てられた血塗れの肉塊のみ。

 

襲撃者達を全員殺した燻莉は白い溜息をつき、霊莉に歩み寄った。

 

 

 

「霊莉…大丈夫?」

 

 

「…お…ねぇちゃん…」

 

 

「大丈夫、すぐ治すからね。」

 

 

 

辛うじて意識のある霊莉を抱え、燻莉は神社の中へと入っていく。

 

この事件が、その後起こる様々な事件の引き金となったのであった。



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在るべき博麗の姿

燻莉は突然の襲撃を受けた霊莉に治癒魔法をかけ、重ねて痛み止めの軟膏を塗って霊莉を布団に寝かせた。

命に別状は無かったようだが、霊莉の顔や身体には痛ましい火傷痕がくっきり残ってしまっている。

冷水を貯めた桶に浸しておいた手拭いを絞り、霊莉の額に乗せながら燻莉は夜空を見上げた。

 

 

 

「…“人”って、みんな一緒なの?」

 

 

 

未だ雪の降り頻る夜空。

答えてくれる存在などいないはずのその空間で、燻莉はポツリと問いを投げかける。

 

燻莉の悲しげな問いに答えるのはただひたすらの静寂

 

ということも無く、答えは誰も居ないはずの背後から返ってきた。

 

 

 

「言ったわよね、彼等は昔からそう」

 

 

「ん…。」

 

 

 

予想だにしていなかった返答に驚いた燻莉は、声のした背後を振り返る。

誰もいなかったはずのそこには紫の衣装が映える金髪の妖怪、八雲紫が座していた。

 

幻想郷を創造した本人である八雲紫は「境界を操る程度の能力」を持っており、空間の境界を弄ることであらゆる地点へ移動することが可能である。

誰もいなかったはずの場所に突如現れたのは、十中八九その能力によるものだろう。

 

その大妖怪、八雲紫は姿勢正しく座して燻莉を紫色の瞳で見つめた。

 

 

 

「襲撃されたのね」

 

 

「…えぇ、霊莉と私の判別がつかない馬鹿達に霊莉が襲われたわ。」

 

 

「…そう…」

 

 

 

燻莉は確かな怒りを孕んだ声で紫に説明し、それを聞いた紫は襲撃者達に対する怒りを見せながら相槌を打つ。

燻莉にとって最も大切な存在は双子の妹である霊莉だが、博麗の事情に関して紫は燻莉にとって最も良き理解者であった

 

それ故だろうか。

続けて放たれた紫の言葉に、燻莉が更に強い怒りを覚えたのは。

 

 

 

「けれど燻莉、貴女には巫女の座を降りてもらわなければならないわ」

 

 

「………どうして?」

 

 

 

紫の言葉に数秒固まった燻莉は紫の言葉の真意を理解した後、強い怒気を孕んだ瞳で紫を睨みつけた。

そんな燻莉の瞳に対して一切の動揺を見せない紫は更に続ける。

 

 

 

「どんな事情があったにせよ、貴女は人間を皆殺しにした。それは博麗の巫女として、絶対にあってはならないことよ。」

 

 

「じゃあ何!?黙って霊莉が襲われてるのを見てろって言うの!?」

 

 

 

紫を大声で怒鳴りつけた燻莉は怒りに任せて畳を強く殴りつけ、感情のまま立ち上がった。

殴りつけた畳は大きく凹み、その一畳を明確に歪ませている。

しかしそんな燻莉に対しても一切の動揺を見せない紫は、更に言葉を続けた。

 

 

 

「博麗の巫女は幻想郷の秩序を司ると同時に、幻想郷の象徴でもある存在。そんな博麗の巫女が人を殺したとあっては名が潰れてしまうの、どうか分かって頂戴」

 

 

「なら博麗の伝統は今夜で終わりね!あとは紫が勝手にしたらいいわ!」

 

 

 

未だ興奮冷めやらぬ燻莉は涙を流しながら紫を睨みつけ、縁側から飛び出して夜の森へと姿を消した。

突然の静寂に包まれた博麗神社は紫と霊莉の二人を残し、未だ降り頻る雪を受け止め続ける。

 

すると意識を失っていた霊莉がゆっくりと目を開け、部屋に座して俯いている紫に声をかけた。

 

 

 

「…紫、燻莉は…?」

 

 

「目が覚めたのね、燻莉は…………少し出掛けただけよ」

 

 

「…そっか」

 

 

 

紫の嘘を知ってか知らずか、一言だけ返した霊莉はそれ以上何も言わずに再び目を閉じた。

しかし数秒後、霊莉はやはり何か気になる様子で紫を呼ぶが…

 

 

 

「ねぇ、紫……?」

 

 

 

霊莉が再び目を開けた時には、既に紫はそこに居なかった。

 

 

 

「……寝よ」

 

 

 

冷たい雪が降り注ぐ夜の博麗神社で、霊莉は孤独に微睡みに身を投げ込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の夜は、妖怪が蔓延る恐怖の空間。

暗黒に包まれた森は、そんな妖怪達の楽園と言っても過言ではない程に恐ろしき場所である。

夜の森で一度迷ってしまえば四方八方を凶悪な妖怪に囲まれ、容易に行き先を冥界へと切り替えてしまう。

 

 

 

「邪魔よッ!!どきなさいッ!!妖怪如きがッ!!!」

 

 

 

そんな恐怖の森の中を、ひたすら走り続ける女がいた。

その女は次々に襲い来る妖怪達を怯むこと無く切り裂き、或いは叩き潰しながらただひたすら走り続けている。

 

その名を博麗燻莉。

たったの数刻前に巫女の座を剥奪されたばかりの()()()である。

片手で全長2メートル程の大剣を振り回し、もう一方の手で岩ほどもある大槌を叩きつけながら、その女は夜の森を走り続けた。

 

 

 

「何が博麗よッ!そんなくだらない伝統でッ!霊莉を危険に晒してたまるもんですかッ!」

 

 

 

狂気に満ちたその様、鬼神の如く。

燻莉は数多の傷を負い、その比にならぬ程の返り血を全身に浴びていた。

燻莉が武器をひとたび震えばその地点は途端に血飛沫に塗れ、真っ赤な装飾を施す。

その為に燻莉が通った後には血のカーペットが敷かれており、上等な帰り道の目印になっていた。

 

 

 

「はぁ…はぁ……ふぅ…。」

 

 

 

数刻後、既に朝焼けが見えつつある時間になってから燻莉は漸く立ち止まった。

辺りには朝霧が立ち込めており、今まで止めどなく襲いかかってきていた妖怪がまるで嘘かのように、そこは静寂に満ちている。

 

燻莉は近くにあった岩に座り、二対の武器を傍に立て掛けた。

 

 

 

「流石に少し疲れたわ…少し寝ましょう。」

 

 

 

辺りに妖怪の気配は無い。

燻莉は霊術によって純度の高い結界を張り、その場で目を閉じた。

その結界は妖だけでなくあらゆる存在を弾き、透明ながらも鋼鉄の如き強度を誇る代物である。

 

燻莉は目を瞑りながら、これからの事をボーッと考えた。

 

 

 

(あんなに強く言う必要は無かったかしらね…紫にも紫なりの考えがあったのかもしれないし…)

 

 

 

けれど、あれほど強く言ってしまったのだ。

そんなすぐにヒョイと戻れる度胸があるだろうか?いや、無い(反語)

 

落ち着いた頃に謝りに行こう。

そんな結果を導き出した燻莉はそれ以上何を考えることも無く、そのまま微睡みへ身を投げ込んだのであった。



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妖を喰らうこと

あれから何度日が巡っただろうか。

燻莉は未だ神社に戻る決心がつかず、妖怪蔓延りし森を彷徨っていた。

 

 

 

「さすがにお腹すいたな…。」

 

 

 

低く唸る腹を擦りながら、燻莉は柔らかい芝の上に寝そべっている。

最早結界を張る気力も無く横たわっている燻莉は、妖怪にとって非常に“都合の良い存在”と化していた。

 

 

 

「とはいえ…やっぱり戻りづらいわね。」

 

 

 

勝手にしろと吐き捨てた手前、やはり簡単に戻ってしまうのは燻莉のちっぽけな自尊心が許さなかった。

空腹で横たわっているとはいえ、今妖怪に襲われても燻莉なら難なくそれを弾き返すだろう。

何だかんだどうにでもなるようなそんな状況だからこそ、燻莉は野営を続けているのかもしれない。

 

そんな事考えていると木々の隙間から燻莉を見つめる赤い瞳が見えたと共に、明確な歓喜の意を持った咆哮が響き渡った。

 

 

 

「ほら、やっぱり出てきた。」

 

 

 

その妖怪を見た燻莉は気だるそうに立ち上がり、躊躇なく襲いかかってきた異形の妖怪を乱暴に切り捨てる。

一撃で簡単に命を失った妖怪はその場に倒れ伏し、当然そのまま動かなくなった。

そんな異形の死体を冷たい目で見つめた燻莉は「そうだ。」と手を打ち、死体の首根っこを掴んで持ち上げる。

 

 

 

「この際お腹が満たせればなんでもいいわ、妖怪でも焼けば食べれないことはないでしょう。」

 

 

 

空腹のあまり正気を失ったのか、それとも燻莉の脳が元々とち狂っているのか。

燻莉はその妖怪を食らうことにした。

 

妖怪を食らうことは幻想郷では禁忌とされているが、目撃者の存在し得ないこの空間では、そんな事は燻莉にとって些細な問題であった。

 

燻莉はどこからとも無く大きめの包丁を取り出し、その妖怪の解体作業を始める。

 

 

 

「こうやって解体してみると、やっぱり美味しそうね。」

 

 

 

解体によって外気に晒された内蔵と止めどなく溢れる血液を見て、さらに食欲をそそられる燻莉。

やはり彼女の頭のネジは最初から飛んでいたのかもしれない。

 

非常に手際良く解体を済ませた燻莉は、美味しそうな部位だけを選んで火にかけ始めた。

 

勿論、調理に用いる火は魔法によって熾したものである。

 

 

 

「ん〜、良い匂いね。私が腹ぺこなんだし、禁忌だとかは二の次よ。」

 

 

 

食欲をそそられる匂いに活力を取り戻した燻莉は妖怪避けの結界を張り、近くの岩に腰を降ろす。

煙と肉の焼ける良い匂いが森を支配し、そこは燻莉専用のバーベキューキャンプと化した。

 

良い焼き加減がついた頃合いで肉を手に取った燻莉は、空腹の為か口を大きく開けてガブリと齧り付く。

 

 

 

「ん〜、おいしい!やっぱり焼肉は種族の垣根も凌駕するのね!」

 

 

 

口内に広がる肉の脂と旨みが燻莉の多幸感を煽り、燻莉は二口、三口と更に食肉を進めた。

 

しかし次の瞬間、燻莉の身体に異変が起き始める。

 

 

 

「…ッ、待って、なによこれ…ッ。」

 

 

 

ドクリと燻莉の身体に響く振動。

当たったという訳ではない、痛みがある訳でもない。

ただ燻莉の中に、得体の知れない何かが蠢き始めたのだ。

燻莉はその衝撃のあまり手に持っていた肉を落とし、己の胸を強く抑えながらその場に倒れ伏した。

 

 

 

「う…ぁ……ッ。」

 

 

 

声にならない呻きを洩らしながら、燻莉はそのまま意識を手放した。

 

不幸中の幸いか、妖除けの結界を貼っていた為に妖怪に襲われることは無い。

しかし、それは逆に誰かが助けに来てくれることも期待できないということだ。

 

結界の中で気を失った燻莉は、そのまま数日ほど目を覚まさずに倒れ伏すのであった。



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知らぬは罪

燻莉が目を覚ますと、そこは相も変わらず森の中だった。

しかしその森は燻莉が気を失っていた時と違い、焼け焦げた枯れ木ばかりが立ち並んでいる。

 

訝しげな表情で首を傾げた燻莉はゆっくりと立ち上がり、当たりを見回した。

 

 

 

「…私が寝ているうちに幻想郷は滅んじゃったのかしら。」

 

 

 

燻莉は近くに落ちていた自らの武器を持ち上げ、妖除けの結界を解除して焼け焦げた森の散策を始める。

 

すると結界を解除して間もなく前方の空間が裂け、その裂け目から見知った女性が現れた。

綺麗な長い金髪にいくつかのリボンをつけた女性、大妖怪の八雲紫である。

 

その姿を見た燻莉は焦ったように武器を捨て、両手を合わせた。

 

 

 

「紫ごめんなさい、考え無しに強く言っちゃって」

 

 

 

燻莉は先日の神社での出来事を謝罪し、紫の返答を待った。

 

しかし、紫は何も言わずに燻莉に向けて魔弾を発つ。

怒っている可能性は考慮していたが、いきなり魔弾を放ってくるとは思わず、反応が遅れた燻莉は為す術もなくその魔弾を食らった。

 

 

 

「痛ッ…そこまでしなくてもいいじゃないの…。」

 

 

 

しかし紫は依然として何も語らず、続けて幾つかの魔弾を放ち続けた。

人間とはいえ、燻莉は歴代最強と云われる程の実力者。

一度受けた攻撃を再び食らうはずもなく、燻莉は先程捨てた武器を拾って全ての魔弾を弾き返す。

 

弾かれた魔弾は四方八方に飛んでゆき、焼け焦げた木々に衝突した。

 

すると魔弾を放ち続けていた紫は漸く言葉を発した。

 

 

 

「“妖喰らい”の燻莉、貴女には幻想郷から出て行ってもらうわ」

 

 

「何言って…ッ!」

 

 

 

妖怪を喰らったとはいえ、突然の迫害に燻莉は困惑した。

いくらなんでもたった一度の小さな罪で世界から抹消されてはたまったものでは無い。

 

しかし弁明する余地も無しに燻莉の足元に大きめな裂け目が展開され、燻莉は為す術もなくその裂け目に放り込まれた。

 

境界へ落ちゆく燻莉が最後に見たものは、自分を蔑むように見つめる紫の冷たい瞳であった。

 

 

 

燻莉を境界へ落とした後にたった一人残された紫は、燻莉が居た場所を暫く見つめながらポツリと呟いた。

 

 

 

「…殺されなかっただけマシだと思いなさい」

 

 

 

紫は目の前に新たな境界を展開し、その中に足を踏み入れる。

境界の先には閑散とした神社が鎮座しており、境内には火傷痕の目立つ女性が立っていた。

その女性は博麗霊莉、先程幻想郷から迫害された博麗燻莉の双子の妹である。

 

彼女は潤いのある瞳で紫を見つめた。

 

 

 

「…もう、燻莉には会えないの?」

 

 

 

必死に涙を堪えながら、紫に向けて寂しげに問うた霊莉。

強い哀しみの念を孕んだその瞳から思わず目を逸らした紫は、鳥居から見える景色を眺めながら霊莉の問いに答えた。

 

 

 

「えぇ…燻莉は絶対にしてはならない事をしてしまった……貴女もそれは、分かっているのでしょう…?」

 

 

 

紫がそう言うと、紫の背後から啜り泣く声が聞こえた。

紫はそれに気づいてなお霊莉の方を見ないまま、何も語らずに鳥居からの景色を眺め続けた。

 

博麗神社は山の中腹に位置しており、鳥居からは幻想郷が一望できる設計となっている。

 

 

 

「私まだっ…燻莉にお礼言えてないっ…」

 

 

 

その鳥居からは幻想郷()()()景色が広がっていた。



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終焉、そして継承

時は現代に戻り、夢幻の中庭にて。

私とカメリアは依然として警戒を解かぬまま、燻莉の過去を聞いていた。

 

流れはわかった。

しかし、燻莉が八雲によって境界に落とされたのが唐突すぎて、その後の霊莉や幻想郷がどうなったのかは全く分からない。

問答無用の攻撃や“スキマ送り”、幻想郷に於いての妖喰らいとはそれ程まで重罪なのだろうか。

 

 

 

「…なんだか、パッとしないな。」

 

 

「そうね、つまり貴女は何を伝えたかったの?」

 

 

 

燻莉の過去を聞いた私達は釈然としない表情で首を傾げ、結果として何を言いたかったのか燻莉に問いかけた。

弥音が命を散らしたあの日から精神が狂った燻莉の事だ、私達の理解力の無さに憤りを覚えて再び斬りかかってくるかもしれない。

 

しかしそんな心配も杞憂に終わり、燻莉は落ち着いた表情で静かに答えた。

 

 

 

「そんな簡単に伝わる事じゃないのよ。そうね…また娘になって欲しいと言う前に、まずはゆっくりと話をするべきかもしれないわね。」

 

 

 

そう言った燻莉は優しげに微笑み、鉄塊のような大剣を地に突き刺した。

その表情はかつての“母”にぴったり一致しており、それが私の心を強く揺さぶる。

 

何故そんな表情が出来るのだろうか。

燻莉の過去がどうであれ、弥音亡き後の燻莉は灯莉を問答無用で殴り殺した。

その事実は決して覆ることは無いし、絶対に許してはならないものだ。

 

灯莉を殺した時の燻莉はどう見ても狂っていた。

けれど今は?

かつて私達を等しく愛してくれていた大切な母親()()()存在が、今再び目の前に立っているように感じてしまっている。

 

絶対に、ありえないのに。

 

 

 

「…いいよ、過去の事なんて。…燻莉は灯莉を殺した、その事実は覆らないから。」

 

 

 

私は()()()()()を捨て去り、微笑む燻莉とは対照的な表情で燻莉を睨みつける。

冷たく突き放すように吐き捨てた私の心には、もう慈悲なんて物は欠片も残っていなかった。

 

どれほど見てくれを取り繕おうが、私はもう惑わされない。

いい加減、うんざりだ。

 

 

 

「…えぇ、それは紛うことなき事実よ。けれど「もういい。」…え?」

 

 

 

己の犯した罪を認識しておきながらも尚、薄っぺらい言い訳を続けようとする燻莉に嫌気がさした私は燻莉の言葉を遮り、新たに召喚したツェリスカを燻莉に向けて発砲した。

この巨大なリボルバーは私がかつて妹紅に放ったもので、絶大な威力の代償に恐ろしい反動がある代物である。

私はその反動によって肩の関節が外れ、制御外の腕をプランと垂らした。

 

その体躯に相応しい爆音と共に放たれた銃弾は穿つ槍の如く真っ直ぐと燻莉へ迫り、燻莉の眉間に大きな風穴を空ける。

 

その風穴からは大量の血飛沫が上がり、燻莉は被弾による衝撃で後方へ倒れ伏した。

眉間から止めどなく流れる血を気にする素振りも見せず、燻莉は倒れ伏したまま私に瞳を向ける。

 

 

 

「ごめんなさい…ホントの事、ずっと言ってなかったものね…私が、悪かったわ…。」

 

 

「…いつまで生きてんの。」

 

 

 

脳みそを破壊されたら何のアクションも出来ずに命を絶やすのみ、それが常識。

それが例え異形の妖怪だったとしても、生物の構造上それは至極当然の結末であり、運命である。

しかし燻莉は脳を破壊されても尚、未だに喋り続けている。

 

それは燻莉が元博麗の巫女である所以か、それとも妖喰らいである所以か、それは分からない。

ただ一つ確かなこと、それは燻莉が脳を破壊された程度では即死しない程の存在であるということだ。

 

とはいえ決してノーダメージという訳ではないようで、その証拠に燻莉は徐々に弱っていく様子を見せている。

 

 

 

「ただ、これだけは言っておかないと…弥音が死んだのは決して事故じゃない、あれは灯莉の能力によるものなの…。」

 

 

「…は?この期に及んで何を「聞いて。」」

 

 

 

燻莉の放った衝撃の言葉に一瞬たじろいだ私だが、今度は燻莉によって言葉を遮られてしまった。

どうせ燻莉はいずれ命を落とす状態なのだ。

最後の戯言くらいは、許してやろう。

 

そう思った私は、燻莉に遮られた言葉を再度言う事もなく、燻莉の話を聞くことにした。

 

 

 

「灯莉の能力は正確には分からない、けれど灯莉はあの時ついに死すらも超越したわ。」

 

 

「…どういうこと?」

 

 

「灯莉は生きている、そして彼女は未だ私達に“悪夢”を見せ続けているの…。」

 

 

 

全ての悪夢は灯莉によるもの。

とても信じられるはずもない与太話だ。

 

しかし、私はその話を自然と受け入れていた。

何故かは分からない。

有り得ないと自分に言い聞かせているものの、私の中の本心は何故かそれを信じてしまっていた。

 

己の中の矛盾に困惑して黙り込んでいると、私は燻莉の顔が真っ青になっていることに気づいた。

 

 

 

「もう…お別れね…。」

 

 

「ま、待って、意味わかんない!」

 

 

 

こんな有耶無耶なまま自分だけ去るなんて許さない。

しかし私の放った銃弾は持て余す程の威力を持つため、燻莉の傷は荒療治でどうにかなるようなものではない。

 

どうにかできないか。

そう思った私が頭を悩ませていると、やがて燻莉はゆっくりと目を瞑った。

 

 

 

「廻る悪夢を、終わらせて…。ずっと愛しているわ、灯音…。」

 

 

「ちょっ…!」

 

 

 

燻莉はそのままピクリとも動かなくなり、慌てて燻莉の身体を揺さぶる私。

しかしそれも虚しく、燻莉はそのまま何を語ることも無く、辺りには静寂が訪れた。

 

あれ程まで許せなかった存在が死んだ。

喜ばしい事のはずなのだ、しかし何故か私は気が晴れなかった。

例え不倶戴天の敵だとしても、それでも燻莉が私の母親である事に違いは無い。

 

 

 

だからだろうか、私の頬に雫が滴っているのは。

 

 

 

「………母さん……。」

 

 

 

夢幻の中庭にて、私は溢れる涙を拭いながら崩れ落ちる。

そんな私の背中を、カメリアは何も言わずにそっと抱きしめてくれた。

 

そして私が気づいた頃には、全ての戦いが幕を閉じていたのであった。



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滾る愛情、感謝へと

あの後、私の気付かぬ間に夢月達の方の戦いも終わっていた。

 

理解不能な大きさの蔓に、幻月の戦闘不能。

非常に苛烈な戦いになっていたようだが、その後意識を取り戻した幻月が復帰し、姉妹の圧倒的な攻勢によって大きな勝利を手にしたとのこと。

 

まぁこれは夢月一人から聞いた話だから、少しくらいは盛っていてもおかしく無さそうだが。

 

夢月と幻月は夢幻館の所有権を取り戻したが、幽香達を追い出すことはしなかった。

かつて幽香に夢幻館を奪われた時と同じことをしているのか、知らぬ間に情が生まれていたのか、それはわからない。

 

夢幻姉妹、花妖怪の幽香、吸血少女のくるみ、第二門番のエリー。

主導は違えど、夢幻館はこれからもこの五人で動いていくのだそうな。

ちなみにエリーだが、私が彼女の片足を切断してしまったので責任をもって永遠亭に連れて行った。

 

いくら天下の永遠亭と言えど、失った片足を再生するなんてことは不可能…

ということもなく、鈴仙と永琳は何の問題もないといった様子でエリーの足を再生してみせた。

そもそも片足を失った患者を見ても何の同様もしない二人…流石に医者をやっているだけあって、そういう患者も見慣れているのだろうか。

 

お医者さんって、すごいね。

 

 

 

カメリアは夢幻館メンバーとの別れ際、くるみに「またやりましょうね」と微笑んでみせたが、当のくるみは顔を真っ青に染めて必死で首を横に振っていた。

きっと相当な目に遭ったのだろう、何したのカメリア。

 

私とエリーは険悪の仲で終わる…と思っていたのだが、足を切断されたにも関わらずエリーは手を横にぶんぶん振って「いいのよ、楽しかったわ」と言ってくれた。

どうもエリーは戦闘が相当久しかったらしく、その上私のように力を持つ人間と戦ったのは初めてだったとのこと。

 

良い経験にもなったし、何より楽しかった。

まさか敵だった人…いや妖怪にそんなこと言われるとは、やはり昨日の敵は今日の友ということなのだろうか。

エリーと近いうちに食事に赴こうという約束を交し、私達は彼女と別れて帰路についていた。

 

 

 

「…やっと終わったね。」

 

 

「そうね、思えば結構長かったわ」

 

 

 

既に夜も明け、空は暁闇に支配されていた。

そんな空の下で、煙草を吸いながら歩き続ける二人。

或いは人、或いは半吸血鬼。

常識的に見れば絶対に相容れない筈の二種族だが、その二人だけは手を繋いで歩いていた。

 

かつて現世では共に戦場を走り、幻想郷では時にぶつかり合いながらも共に歩んできた。

二人にとって、互いはそんなかけがえの無い存在であったのだ。

 

 

 

「家に着いたら、良いかな…? 」

 

 

「良いって…?……いや、もちろん良いわよ」

 

 

 

私の突拍子も無い発言に一瞬困惑した様子を見せたカメリアだが、すぐに私の意図していることを理解したようで、快く快諾してくれた。

 

本当に、カメリアが居なければ私はとうに壊れていたかもしれない。

改めて、カメリアには感謝の念しかないなと思うのであった。

 

 

 

「ありがと、カメリア…。」

 

 

「気にしないの。私達はもう、そういう仲でしょう?」

 

 

「…うん、ありがとね。」

 

 

 

カメリアが居てくれて本当に良かった。

改めて考えてみると、カメリアが居ないと私はダメダメだなと実感するのだ。

カメリアと出会えたこと、カメリアが無事に生き残ってくれたこと。

今回の戦い、更に細かいものをあげればキリがない。

 

私はカメリアの手を握る力を強め、喜びに満ちた笑みを零すのであった。



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桎梏編
現と冥府の境界


新章入ります。
ここから毎日投稿じゃなくなるかもしれません。


ふと、私は覚醒する。

 

覚醒した私の眼前には、視界を埋め尽くさんばかりの星々が冥き夜空に煌めいていた。

例えるならば…超高性能のカメラで雲一つない星空を撮った写真、それを遥かに凌駕する程には星々がハッキリと輝いている。

 

そんな美しい空間の中、私の身体は地に足をつけることなくフワフワと浮かんでいた。

浮遊。人間みな一度は夢見るであろうもの。

しかし浮遊しているのはいいが、今の私はどう着地するかすら分からない。

これはある意味最も怖いことでは無いだろうか。

 

すると突然、誰も居なかったはずの背後から幼い声が聞こえた。

 

 

 

「私に、会いたい?」

 

 

「えっ……?」

 

 

 

()()()()()()()幼い少女の声。

その声を聞いた私は反射的に後ろを振り返ったが、そこには誰も居なかった。

辺りを見回しても周囲には何も無く、私の周りは完全なる闇に包まれていた。

完全なる闇…?

 

 

 

「…?なんで…。」

 

 

 

つい先程まであったはずの無数の星々は、忽然とその姿を消していた。

いつから無かった?いや、いつまであった?

あんなに明るかった世界が突然こんな変貌を遂げれば、いくらボーっとしていても気づかない方がおかしい。

 

ということはおかしいのは私?

実はさっきの声も幻聴?

これは夢?それなら納得できるかもしれない。

 

納得できるわけがない。

じゃあ今私に機能している五感をどう説明する?

さっきの灯莉の声も、どう説明する?

全て夢?灯莉の存在も?

 

 

 

「何…?何なの…?」

 

 

 

頭を抱えて項垂れる私。

ふと頭を上げると、私の眼前の空間に数多の裂け目が生まれていた。

 

私がそれに気づいた瞬間、その裂け目達の全てがギュギュッという鈍い音を立てて開かれた。

開かれたその裂け目達は内部に二つの紅い円を描いている。

数多もの紅い重瞳が一斉に私を見つめていた。

 

 

 

「全部、見テルよ」

 

 

「灯莉…?灯莉だよねっ!?」

 

 

 

再び聞こえた妹の声に過剰反応し、私は声を荒らげた。

今度はすぐ横から聞こえたはずの声。

それなのに私がどれほど声の主を探しても、辺りには数多もの紅い重瞳が私を見つめているだけであった。

 

 

 

「オねえチャんはナニモ守レナイ、母親ゴロシ。アハ、アハハハハハッ!!!」

 

 

 

今度は背後でも横でもなく、己の頭の中から声が聞こえてきた。

まるで頭の中に何かがいるような感覚。

甲高い笑いを反響させたその声は酷く不快で、私の感情を容易に揺さぶった。

私はついに頭を抱えてその場に倒れ伏してしまった。

 

 

 

「やめ…て、灯莉…嫌…ッ!」

 

 

 

永劫とも感じられるその悪夢によって、私は血の涙を流しながら呻き続けていた。

誰も助けてくれない、この場所で。

 

もう限界だ。

こんな悪夢を見続けるくらいなら、脳漿と血液を撒き散らして死んだ方がマシである。

 

私はいつの間にか手に持っていたリボルバーの銃口を己の頭蓋に当て、血涙を流す瞳を閉じて躊躇無く引き金を引いた。

 

 

 

「…っはぁ…はぁ…っ」

 

 

 

私が己の頭蓋を撃ち抜いたと思った瞬間、見慣れた天井が私の視界を支配する。

 

汗はびっしょりと布団に染み付き、私の枕は多量の涙によって濡れていたのであった。



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極寒、閑古鳥が鳴く

昇る陽は分厚い雲と白銀の雪達によって隠され、冷たい風が針のように私の肌を刺していた。

そして今私の目の前にいるのも、これまた白銀が特徴的な男性、森近霖之助である。

ここに来るのは、幽香がいつかの香霖堂を襲撃して以来だろう。

 

そう、あれ以来一度も顔を出していないのだ。

 

 

 

「心配かけてごめんね、霖之助さん。」

 

 

「心配なんぞしていない。」

 

 

 

少し顔を俯かせながら眼鏡を直す仕草、やはり霖之助は変わっていない。

その事実が、私に強い安心感を与えてくれた。

感謝をされるとすぐに顔を赤くする、不変であるのはとても善いことだ。

 

あまりの寒さに私は、開け放していた窓を閉めてストーブの前に陣取った。

 

 

 

「それより、あのあと大丈夫だった?」

 

 

「問題ないよ、あのあと霊夢が来たんだ。」

 

 

「霊夢が?」

 

 

「そう。」

 

 

 

私とカメリアが命からがら逃げ延びたあと、取り残された幽香と霖之助のもとに霊夢が現れたという。

幽香は行く手を阻む霖之助を躊躇無く殺そうとしていたようだが、その残酷な未来は霊夢によって回避されたようだ。

 

霊夢は店内を荒らすことなく鮮やかに幽香を追い出し、当の霊夢も間もなく出ていったとのこと。

流石は天下の霊夢様である、ありがたやありがたや…。

 

 

 

「それにしても、タイミング良すぎない?」

 

 

「おや忘れたのかい?霊夢の勘は、未来予知と言っても差し支えない程の高みまで到達しているんだよ。」

 

 

「そういえば言ってたなそんなこと…。」

 

 

 

今代の博麗の巫女、博麗霊夢。

彼女は“空を飛ぶ程度の能力”を持っているが、霊夢はその他にも個人の特性として極上の勘を持っていた。

異変が起きた時、真っ先に首謀者の元へ辿り着くのも、その勘によるものと聞いている。

 

そういえば霊夢は特に強い勘を持っているのだけれど、歴代の博麗の巫女もまた強弱様々な勘を持っていたらしい。

もし博麗の血がそうさせているのであれば、恐らく燻莉はもちろん、私にも多少なりともその力が宿っているのではないだろうか。

 

思えば私の勘も結構当たるんだよね。

恐らく私は、これから煙草に火を灯すでしょう。

 

すると私は流れるような動作で煙草とジッポライターを取り出し、煙草に火を灯して煙を大きく吸い込んだ。

 

 

 

「ふぅ…、私も良い勘してるね。」

 

 

「何を以てそう言っているのかは知らないけど、多分違うと思うよ。」

 

 

 

煙をフゥーっと吐き出しながらそう言った私に、苦笑いしながらツッコミを入れる霖之助。

普段ならここで軽く毒を吐くものだが、今回に関しては全く以て霖之助の言う通りである。

実際こんなの私の匙加減で決まるものだし、到底勘なんぞと呼べるような代物ではない。

当たり前ですよねぇ?

 

そんなしょーもない事を考えていると、香霖堂の玄関扉がカラカラと音を立てて開いた。

その音に反応した私は反射的に扉の方に振り返り、店員としての歓迎の言葉を投げかける。

 

 

 

「いらっしゃい…お、噂をすれば何とやらだね。」

 

 

「灯音、久しぶり」

 

 

「おーっす!」

 

 

 

開いた扉の先に立っていたのは、いかにもめでたそうな紅白の巫女と解釈一致な感じのとんがり帽子をかぶった白黒の魔法使いであった。

一人は眠そうな面持ちで、もう一人は元気いっぱいといった面持ちで私に挨拶を返してくれる。

 

巫女の名は博麗霊夢、魔法使いの名は霧雨魔理沙。

一見すればイタいファッションセンスの女子にしか見えないが、ここは幻想郷だ。

ここでは一見しようが二見しようが普通の存在でしかない。

 

とはいえ、この二人は今までに沢山の異変を解決してきた実力者だ。

舐めたらあかんで?

 

 

私は一先ず、二人に温かいお茶を振る舞うことにした。

相変わらず今日も外は寒いし、あまり客が来ることもないだろう。

こんな天気の日にわざわざこんな寂れた店に来る人間なんぞ、それこそイカレているというものである。

 

 

 

「今日は多分、早閉めかな。」

 

 

 

私は咥え煙草をする事で器用に両手を使い、お茶を淹れながら窓の外を眺めたのであった。



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輝くは白銀の幻

 

 

 

「霊夢、この前はありがとね。」

 

 

「いいのよ、こーりんに何かあっても大変だしね」

 

 

 

ストーブによって暖気が満たされている店内で、私と霊夢、魔理沙、霖之助は四人で座して談笑していた。

ストーブの上にはお茶用のお湯を沸かすための薬缶が乗っており、その温度は着実に高まりつつある。

 

今日はいつも以上に気温が低い上、ついに雪まで降り始めてしまった。

どうせ客も来ないだろうということで、私は霖之助と相談した結果、今日は店を閉めることに決まった。

私が玄関扉の看板をひっくり返すと、そこには「Sorry We are closed.」と書かれた面。

 

外界と遮断されている幻想郷では、アルファベットなんぞグローバルなものはあまり一般的では無い。

もちろんそれは至極当然の事だ。

霖之助もそれを分かっているのだが、じゃあ何故その看板を使うのかと私が聞くと「どうせ幻想郷の住民は看板なんぞ読まない。」とのこと。

 

う〜ん、あながち否定できないのがなんだかな…。

 

そんな事をぼーっと考えながら、湯呑みに注がれた新しいお茶を啜る私。

 

 

 

「熱っ。」

 

 

 

お茶が熱々であることを失念していた私は割と一気に茶を口に流し込んでしまい、見事に舌を火傷した。

一度舌を火傷すると、暫くは熱い飲み物が飲めなくなってしまうのは恐らく人類みな一緒だろう。人類みな家族!

 

少しだけ窓を開けた私は軒先から垂れているつららをもぎ取り、熱々のお茶に満たされた湯呑みにつららを差し込んだ。

冬場はこうすることで熱々のお茶を簡単に冷ますことができる、幻想郷に来てから学んだ生活の知恵である。

現世だったら普通に冷凍庫から氷持ち出して入れれば済むんだけどね、幻想郷には冷凍庫なんて大層なものは存在しないから仕方ない。

 

 

 

「お?灯音、私にも頼むぜ!」

 

 

「はいはい…うー、寒っ…。」

 

 

 

私は魔理沙に頼まれて再び窓を開けてつららをもぎ取るわけだが、ストーブで身体が暖まったとはいえやはり外は寒いものだ。

 

私が窓から身を乗り出してつららをもぎ取ると、ふと視線を感じて右方を向いた。

するとそこには白いキャペリンハットを被った金髪の少女が、何故か道路標識を持って降り頻る雪の中で立っていた。

 

 

 

「え……?」

 

 

「ん?どうした灯音、早くしてくれよ」

 

 

 

その少女は青と白のワンピースのような衣服を着ており、後ろ手に道路標識を持ったまま私を見つめている。

その姿を見た私は、怪訝な顔をする魔理沙をさておいて酷く驚いた。

 

 

 

「灯莉……?」

 

 

 

身に纏う衣服こそ違えど、その姿は死んだはずの妹、灯莉に瓜二つであったのだ。

私が灯莉の名前を呼ぶと、その少女は首を傾げた。

 

燻莉は幻想郷で生まれ育った、そして私は今幻想郷に居る。

じゃあ灯莉が生きているなら、灯莉が幻想郷に居ても決しておかしな話ではない。

しかし灯莉はあの時、私の目の前で死んだはずだ。

本当は生きている。ならそれは願ってもない程嬉しい話だが、現実はそこまで幸せではない。

 

燻莉が言っていた“全ては灯莉の能力”という話も、有り得なくは無いのかも…いや、絶対に有り得ない。理論とかじゃなく、勘だ。

 

私が灯莉によく似た少女と見つめ合いながら思考していると、突然後ろから大声と共に肩を押された。

 

 

 

「灯音!どうしたんだよ!」

 

 

「わぁっ!?」

 

 

「あっ」

 

 

ドサッ

 

 

完全に我を忘れて考え込んでいた為だろうか。

魔理沙に肩を押された私は窓から転落し、積雪の中に全身を埋め込んだ。

 

 

 

「ひぃ…っ!」

 

 

 

雪の冷たさと外の寒さを一身に感じた私は急いで雪の中から脱出した。

 

脱出後、少女がいた方を見ると、少女はそこから忽然と姿を消していたのだった。



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薄着で雪に埋もれるのは辞めましょう。

 

 

 

「さ、寒ッ……。」

 

 

 

その身を雪の中に放り込まれた私は、魔理沙の手を借りて店内に戻った。

店内の気温は随分と高まっているが、短い間とはいえ雪の中に全身を埋め込んだせいで体を急激に冷やした私。

 

濡れた服を椅子の背もたれに掛け、私は下着姿のまま毛布を被ってガクガクと震えながらストーブの前を陣取っている。

ホントに寒い。やってくれたね魔理沙。

 

すると魔理沙は頭を掻きながら私に苦笑してみせた。

 

 

 

「いや悪かったよ、まさか落ちるとは思わなかったんでな」

 

 

「…まぁ、魔理沙の呼び掛けに気づかなかった私も悪いしね。」

 

 

「…?死ねっつったか今」

 

 

「言ってないわ。」

 

 

「そうか」

 

 

 

空耳が酷すぎる。

 

全く、なんなんだこの魔法使いは。

数年前からの付き合いである私ですら大変なのに、子供の頃からの付き合いである霖之助はさぞ大変だったであろう。

ちなみに当の霖之助は開かれた本を膝に置いたまま寝落ちしている。

 

まぁ大変とはいえ憎めない所もあるのだけれど、紅魔館のアレは駄目だよ。

 

そんなことを考えていると、霊夢がお茶を膝の上に乗せながら私を見つめてきた。

 

 

 

「さっき、なんか見たでしょ。どうしたの?」

 

 

「そうだよ、あっちの方見てなんか言ってたよな」

 

 

「え?あぁ…。」

 

 

 

霊夢の鋭い質問に対し、私は少し言葉を詰まらせてしまう。

香霖堂に来てから一歩も動いていない霊夢が、窓際に居た私の一瞬のアクションに気づくなんて思わないだろう?

博麗の巫女はいかなる時も注意を怠らないのだろうか、だとしたら随分と大変な仕事である。

 

…って、よく考えたら傭兵も同じようなもんだった。

巫女も、意外と近しいものなんだね。

 

 

 

「あっちに金髪の女の子が立っててさ、私の妹にすごく似てたんだよね。」

 

 

「なんだ灯音、妹なんていたのか?」

 

 

「あら、初耳なのは私だけだと思ってたわ。その妹さんも幻想郷にいるの?」

 

 

 

そういえば私はこの二人は愚か、幻想郷の他の誰にも妹の話をしていなかった。

していなかったと言うより、忘れていた。のが正しいか。

 

ところで何故、私は家族の事を忘れていたのだろうか。

燻莉と会わなければ、恐らく家族のことを思い出すことも無かったのだろう。もしかしたら、魔法とか能力とかで封印でもされていたのかもしれない。

 

…と、ここであまり考えすぎるのも良くないか。

今は二人と話しているんだ、考え事は一人の時にすればいい。

私は自分にそう言い聞かせ、混濁する思考を断ち切った。

 

 

 

「10年前に死んだよ。だから人違いだとは思う。」

 

 

「…そう、変な事聞いて悪かったわ。さっき見たって少女、他に特徴とか無かった?」

 

 

「気にしないで…その子は青と白のワンピースみたいな服を着てて、何故か道路標識を持ってたよ。」

 

 

 

自分で言っといて何を言ってんだって感じだが、実際に見た通りのことを言っているのだから仕方ない。

道路標識を持ってる少女って何だよ…世界中探してもそんな少女が居るとは思えない。私は詳しいんだ。

 

しかし霊夢はその少女に心当たりがあったらしく、「あぁ」と言って手をポンと叩いた。

え、知ってるの?てか居るの?そんな少女が?私は詳しくなかったらしい。

 

 

 

「それはカナね、カナ・アナベラル。最近うちの神社に取り憑いた騒霊だけど、アイツがこんな所に来るなんて珍しいこともあるのね」

 

 

「騒霊?幽霊みたいな?」

 

 

 

私が見た少女はカナ・アナベラルというらしい。

本当にそれが正しいのかは分からないが“道路標識を持った少女”という条件でヒットしたのなら、それはきっと正しいのだろう。

世界中探しても絶対そんな子他に居ないもん。

 

 

 

「正確にはポルターガイストっていう怪異の事ね。カナのこと、詳しく聞きたい?」

 

 

「…うん。お願い、霊夢。」

 

 

「はいはい」

 

 

 

カナ・アナベラルという名に聞き覚えは無いが、私はどうにもあの少女の事が気になって仕方がなかった。

単純に灯莉に似ていただけなのに、不思議な話である。

 

布団にくるまったままの私が霊夢の話を聞くために待機していると、霊夢が空になった湯呑みをコンと私の前に置いた。

 

 

 

「情報料、お茶一杯ね」

 

 

「ふふ、抜かりないね。」

 

 

 

私は布団を落とさないように肩を丸め、器用に茶を淹れて霊夢に手渡す。

折角なので私も飲もうかと思ったが、薬缶のお湯が底をついたので泣く泣く諦めることにした。

 

すると古ぼけたストーブが、燃料不足を知らせるアラームをピピピと鳴らしたのだった。



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永劫の時を生きる騒霊

降り頻る雪を一身に浴びる香霖堂で、私は温かい茶を啜りながら霊夢の話を聞いていた。

 

私が霊夢の話を聞いている間、魔理沙は暇を持て余していたのか眠っている霖之助の頬を人差し指でつんつん弄っている。

二人だけで話しててごめんね魔理沙。

 

 

 

「で、カナは精神が不安定な少女の一面であるらしいのよ」

 

 

「元々の実体は人間…ってこと?」

 

 

「そうなるわ、まぁ詳しいことは私も分かってないんだけどね」

 

 

 

カナ・アナベラルは、元々は精神が不安定という点を除けば何ら普通の少女だったそうだ。

ただ、その少女や身の回りの人間にとっては“精神が不安定”という点だけでも十分に異常であった。

いつ発狂して何をするか分からない、それを悪魔に憑かれた子とすら呼ぶ者もいた。

また、彼女は遠い未来にまで存在する騒霊であるらしい。私のいた時代から二世紀程は先であろう時代、二十三世紀頃だ。

 

二世紀も先の世界なんて私には想像も出来ないが、なんとなく丸っこい乗り物が何台も空を飛んでいるイメージがある。

先入観とは恐ろしいものだ。

 

 

 

「それで、カナはその時代に居た岡崎夢美(おかざきゆめみ)っていう変な奴に会ったの」

 

 

「変な奴?」

 

 

「そ、なんか自分の事をダイガクキョウジュだかなんだか言ってたわ」

 

 

「あぁ大学教授ね、んー…寺子屋の規模を大きくした所の先生みたいな感じ。」

 

 

 

幻想郷には大学も無いので、幻想郷の住民に伝わるような例を以て説明するのがなかなか難しい。

厳密に言えば寺子屋とも違うのだが、まぁふんわりと伝わってくれればそれでいいだろう。

神よ、子供に間違った知識を教授する罪をお許しください。

神なんて崇拝してないのだけれど。

 

 

 

「慧音の上位互換ってことね」

 

 

「言い方よ…まぁそんなもん。」

 

 

 

慧音とは上白沢慧音の事で、幻想郷で唯一の寺子屋で勉強を教えている教師である。

間違ってはいない…?のだが、それは寺子屋の教師を卑下する言葉に聞こえなくもないのであまり宜しくはないだろう。

まぁ今は…伝わればいいか。うん、いいや。私しーらねっ。

 

 

 

「で、カナは夢美が発明した変な機械で夢美達と一緒に幻想郷にやってきたのよ」

 

 

「夢美…達?」

 

 

「夢美は大学とやらの変なメンバーも連れて幻想郷にやってきたのよ、全く迷惑な話だわ」

 

 

「よく分からないやつは全部“変な”扱いなんだ…。」

 

 

 

霊夢の“変な”癖はさておき、恐らく夢美達はタイムマシン的な物を用いてやってきたのだろう。

恐らく、“達”に含まれるのは同僚であったり友人だと思われる。

カナ・アナベラル、岡崎夢美、夢美の同僚または友人。

未来から現れた、類稀な使者だ。

 

 

 

「で、その後も色々あったんだけど…夢美が願いを叶えるだとかで、カナの“神社に引っ越したい”っていう要望に応えた結果、カナは今うちの神社に憑いてるのよ。ほんと迷惑だらけね」

 

 

「だいぶ端折ったね。」

 

 

「夢美達がこの時代に来てからの話は、大抵夢美が中心になっちゃうのよ。ところで、これは夢美から聞いた話なんだけど…」

 

 

「…ん?勿体ぶっちゃってどうしたの?」

 

 

「カナの話なんだけど、この話は噂話みたいであまり気が進まないのよ」

 

 

 

霊夢はそう言うと、渋い顔をして茶を啜った。

どうやら霊夢が今から話そうとしている内容は、何かあまり明るくないもののようである。

しかし、こうも勿体ぶられては聞きたくなるのが人の性というもの。

私は戸棚から茶菓子を取り出し、何を語ることもなく霊夢に茶菓子を差し出した。

 

私のその行動に、驚いたように目を見開く霊夢。

しかし数秒の空白を置くと、霊夢はお腹を抑えてあははと笑った。

 

 

 

「あははっ!分かったわよ、そんな買収すること?ふふっ…」

 

 

「え?…いや、さっき情報料とったじゃん!」

 

 

「単純にお茶のおかわりが欲しかっただけよ、灯音って結構天然よね」

 

 

「キレs…キレてないし。」

 

 

 

まさかカメリアだけでは飽き足らず、霊夢にまで弄られる時代が来るなんて思わなかった。

全く…。とお茶を啜る私に、霊夢は笑いを堪えたような顔で「まぁまぁ」と両掌を見せる。

怒ってるわけじゃないし、ちょっぴり悔しいだけだし。

 

そんな小さな意地を張っていると、霊夢が湯呑みを机に置いてふぅと一息ついた。

なので私はつまらない意地を捨て、霊夢の話を聞く姿勢を整える。

 

 

 

「さて、じゃあ話すけど…まず、カナには謎が多いらしいのよ」

 

 

「と、言うと?」

 

 

「うん。まず、カナがいつ騒霊になったのか誰も知らないの」

 

 

「幽霊に寿命なんて無いだろうし、騒霊になってから夢美の時代で既に100年とか経ってたんじゃないの?」

 

 

「夢美の時代には道路標識なんてものは存在しないし、多分そうなんだけど…いくら過去の文献を漁っても、カナ・アナベラルの名は存在しないのよ」

 

 

「…あぁ、よく考えたら色々変だね。」

 

 

 

この国は全ての時代の人間が管理されていた訳では無いが、少なくとも道路標識のある時代には既に完璧と言っても差し支えない程の管理が行き届いていた。

 

霊体でも実在する物に干渉はできるが、それをいつまでも持ち歩くことは出来ない。

その物体の質量の有無が曖昧になるためだ。

つまりカナがいつまでも道路標識を持っているということは、その道路標識は生前に手にしていたものということだ。

 

まぁそもそも道路標識を手に持った少女なんぞ聞いたことがないが、この際その話は置いておこう。

ここで重要なのは、カナが道路標識の存在する時代で生きていた少女だということ。

であるならば、カナ・アナベラルの名が過去の資料に残っていないのはおかしな話なのだ。

 

なら彼女は海外の人間なのか?海外の資料は確認してないとのことだし、もしかしたら彼女は外国生まれなのかもしれない。

…とも思ったが、あの道路標識はどう見ても日本のものだ。それは無いだろう。

 

色々と考えた結果、私はとある結論に辿り着いた。

 

 

 

「…偽名?」

 

 

「そうかもしれないわね。なぜ自分の身の上を隠すのかは分からないけれど、まぁ幻想郷は全てを受け入れるのがウリだから気にしてないわ」

 

 

「時代も重なってるし…偽名だとするなら、まさか本当に灯莉…?」

 

 

 

灯莉は、本当に生きている…?いや、この場合生きてはいないのかもしれないが。

私は己に走った電流に手を震わせながら、一度思考を整理する為に煙草に火を灯した。

 

茶を啜る霊夢、煙を煽る私。

横の魔理沙は、眠っている霖之助の顔にマッキーペンで落書きをしているのであった。



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白銀を彷徨う仔羊達

見知らぬ森の中で、静かに降り頻る雪。

先程の突風によって引き起こされた吹雪で方向感覚が大いに狂ってしまった為、私達は見知らぬ真っ白な森をただひたすらに彷徨っていた。

ショートボブの黒髪女である私と、金髪ロングのハーフ顔女。

どう見ても似合わない二人組である。

 

 

 

「さすが、長野の冬は寒いねー」

 

 

 

私は探偵のような黒いハットに付着した雪を軽く払い、既に冷たくなっているハットを深く被り直す。

隣を歩いているライトブラウンのトレンチコートを着た友人は、己を抱きしめるように身体をガクガク震わせながら私をジト目で見つめた。

 

 

 

「寒いなんてレベルじゃないんだけど…というより、こんな道通ったかしら?」

 

 

「来る時と違って雪が降ってるからね。そりゃ風景も変わるってものよ、お嬢様?」

 

 

「私がお嬢様なら貴女は付き人かしら?Hey Attendant、現在位置を教えて」

 

 

「スミマセン、言葉ノ意味ガ分カリマセン。…ってか、こんな天気じゃ星も月も見えないからどうしようも無いんですよね」

 

 

 

どうやら友人は肌を刺すような冷たい空気にだいぶ嫌気が差しているようだが、現在位置や方角がわからないのでは彷徨う他に選択肢は無い。

 

私は星と月を見れば現在の位置や時刻が把握できる特技を持っている…のだが、こんな大雪では分厚い雲が空を覆い隠しているせいで自慢の特技もただの飾りへと変化していた。

だから諦めて、この不明な道を模索するしか無いだろう。

 

 

 

「全く困ったもんじゃい、おしくらまんじゅうでもする?」

 

 

「おしくらまんじゅうって二人でやるものだったかしら…あら?」

 

 

「ん、どしたの?」

 

 

 

寒さで頭がおかしくなったのか意味不明な提案をする私に対して困ったような表情を浮かべる友人だったが、突如何かに気づいた様子で森の奥を指さした。

友人が指さした先にあったのは古ぼけた木造建築。

外には様々なガラクタが散乱しているが、窓から光が漏れているので人は住んでいるのだろう。

 

 

 

「こんな所に小屋なんてあったっけ」

 

 

「少なくとも来る時は無かったわね、やっぱり道外れちゃってたのかも?」

 

 

「…いや、私は最初からこの小屋に向かっていた。お嬢様の為に案内したんですよ」

 

 

「何言ってんだかこの子は…」

 

 

 

建物の玄関上には大きな看板が飾っており、そこには“香霖堂”という文字がこれまた大きく書かれていた。

玄関扉に“Sorry We are closed.”と書かれた札が吊るされている所から、何らかの店であろうことが予想できる。

つまり、ある程度この辺りに詳しい人間が住んでると言って良いだろう。

 

それを見た私達は互いに顔を見合わせ、図らずとも同時にハイタッチを決めた。

 

 

 

「「やった!」」

 

 

 

 



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失礼な黒髪、清楚な金髪

めちゃめちゃ寒い冬日の香霖堂。

私達がストーブを囲んでのんびりと過ごしていると、不意に扉を叩く音が店内に響いた。

既に店は閉めているのだが、やはり幻想郷の人々にとってはそんな事関係ないようである。

 

まぁそんな事だろうと思っていたので、私は扉を開ける為に重い腰を動かして立ち上がった。

ちなみに服は未だ乾いていないので、下着姿に毛布を被っている状態のままである。

一般的に考えればただのビッチだが、幻想郷に住む人々の殆どが女性ということもあり、その辺のガードは緩いのだ。

 

 

 

「コンコン、優しくノックして〜」

 

 

 

コンコンコンコンと止まないノックを続ける来訪者に多少の苛立ちを覚えつつも、私はかつて現世で聴いた曲を口ずさみつつ玄関扉の閂を外す。

 

施錠が解かれた瞬間、バンッという音と共に扉が開け放たれた。

 

 

 

「お邪魔します!えっ!痴女!?」

 

 

「は???」

 

 

「こら蓮子、失礼でしょ…」

 

 

 

なんだコイツは

開け放たれた扉の先に立っていたのは、如何にも図々しそうな黒髪の女性。

そしてお淑やかそうな金髪の女性であった。

 

意外にも見知らぬ顔ぶれに私は目をぱちくりさせ、バタンと扉を閉める。

 

そして再び勢いよく開け放たれる扉。

 

 

 

「すみません!入れてください!後生ですから!」

 

 

「なんなのこの子…。」

 

 

 

黒髪の女性は焦ったように頭を下げ、赤くなった手を擦り合わせていた。

私はポリポリと頭を掻きつつも、扉を開けたままではあまりにも寒いのでとりあえず中に入るように促す。

 

 

 

「すみません、私の蓮子が失礼なこと言って…お邪魔します」

 

 

「ちょっとメリー、私はみんなの物なのよ?」

 

 

「まるで反省していない…。」

 

 

 

反省する素振りも見せずに楽しそうにする彼女だが、いっそ清々しくて咎める気も失せるというものだ。

それはさておき、どうやら黒髪の女性は蓮子というらしい。

金髪の女性はメリーと呼ばれているが、予想通りというか、やはりハーフであった。

 

 

 

「それで、こんな悪天候に何の用?」

 

 

 

私なら雪の降る寒空の下で、わざわざこんな辺鄙な店に来ようとはとても思わない。

本当によほどの用事が無ければ、だ。

私は手の平を天井に向け、首をこてんと傾けながら蓮子達に問いかけた。

 

すると、二人は顎に手をやりながらう〜んと考える素振りを見せる。

悩んだ結果か、先に答えたのは蓮子であった。

 

 

 

「私達って、境界暴きっていうそれなりに悪い事をしてる人なんだけどさ…」

 

 

「はぁ、さいですか…。」

 

 

 

早速聞き慣れない単語が出てきて余計に謎が増えた訳だが、まぁひとまずそれは置いておこう。

質問は話が一段落してから。

これは人とコミュニケーションをとるにあたって非常に大切な事である。

 

多分ね。

 

 

 

「で、境界暴きの為にメリーと山を散策してたわけなんだけど、まぁ〜ものの見事に遭難しちゃってね」

 

 

「そうなんだ。」

 

 

「…上手いこと言ったつもり?まぁそうなのよ。それでたまたま見かけて、駆け込んだ山小屋がここだったってわけ!」

 

 

「なるほどねー……。」

 

 

 

蓮子の隣ではメリーがうんうんといった様子で頷いている。

そもそもここは山ではないのだから、遭難してたとすれば最早脱出済みと言っても過言ではないが…。

 

 

 

「ちなみに、蓮子達はどこから来たの?」

 

 

「京都だよ!都会人に長野の山はキツかったよ〜」

 

 

「…?京都?長野?」

 

 

 

蓮子から発された京都、長野という単語。

分からない訳では無い、勿論私のよく知っている単語だ。

しかしここは幻想郷、日本の地名である京都と長野という単語が出るのはおかしな話なわけで。

まぁ、つまりそういう事なのだろう。

 

 

 

「なるほど、二人は外来人なのか。」

 

 

「んぇ?外来人?」

 

 

「そ、外来人。」

 

 

 

おそらく二人は、長野でハイキングを楽しんでいる時に、何らかの原因で幻想郷に迷い込んでしまったということだろう。

そんな事ってあるの?と思いつつも、そういえば私も似たような境遇であることに気がついた。

どこの森だかは忘れたが、私もまた“迷い込んだ”人間なのである。

 

 

 

「外来人について説明するには、まずこの世界について説明する必要があるね。」

 

 

 

未だ状況を掴めていない様子の二人に、私は幻想郷について知りうる限りの事を話すのであった。



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白日に揺らぐ騒霊の名

分厚い灰色の雲から降り頻る数多の雪。

日本に住む普遍的な人間であるならば、あまりの寒さに窓を締め切るものだろう。

しかしそんな寒空を気にも留めず、ただひたすらに口から煙を吐き続けている女がいた。

 

そう、彼女は普遍的ではない。

生まれ育った環境によるものもあるだろうが、そもそも彼女は人間ですらない。

彼女は吸血鬼と人間との間に生まれた、ハーフヴァンパイアなのだ。

 

 

 

「…そんなエッセイめいた文を構築してみたり、ね」

 

 

 

私はカメリア、カメリア・スカーレット。

柊灯音に狂おしい程の愛情を抱く、少しばかり特徴的なハーフヴァンパイア。

灯音が香霖堂での仕事をこなしている間の留守番をしているわけだけど……

 

 

 

「いやぁ…暇ねぇ…」

 

 

 

永劫の時を生きた異人類とはいえ、やる事がなければ暇を持て余すものである。

例え、それがたった数時間であっても。

 

灯音の代わりに家の掃除とかは済ませてあるんだけれど、それでもかなりの時間が余っているわけで。

私はただ無尽蔵に煙を吐き出すだけの機械と化しているのです。

 

しかしそれにしても暇である。

あまりにも暇なのである。

 

 

 

「出掛けようにも、行く場所なんて無いしねぇ…」

 

 

 

灯音は私の為にわざわざスペアキーを用意してくれていたので、別に外出ができないわけではない。

問題は行く場所が無いということだ。

 

買い物は必要ないと言われているし、そもそも私は働いていないのでお金もない。

所謂ニートというやつだ。いや、どちらかというとヒモなのだろうか。

そんなことはどうでも良い、どこかお金が無くても暇を潰せる場所は無いものか。

 

しかし、そこでカメリアに電流が走った!

 

 

 

「紅魔館にでも行こうかしら」

 

 

 

そういえば夢幻館の一件で忘れかけていたが、レミリア達に「また会おう」と言っていたのだ。

色々と忙しくて顔を出せずにいたので、良い機会だから遊びに行こう。

崇高なるハーフヴァンパイアは約束を破らない。これ、常識ね。

 

 

 

「そうと決まれば早速出発よ、戸締りはOK?OKね!」

 

 

 

先程まで何の気力も感じさせないような風貌で煙を吐き出しまくっていた私だが、いざやる事が決まれば、そこからの行動は隼のように速い。

恐ろしく速い行動…私じゃなきゃ見逃しちゃうわね。

ドタバタと家中を駆け回って窓の施錠を確認し、私はサクサクッと準備を済ませて家を出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、幻想郷っていうのはそういうとこ。」

 

 

「感動的!」

 

 

「感動的…だけど、結界を越える方法はあるんですか?」

 

 

 

私は現世からの訪問者、蓮子とメリーに幻想郷について話していた。

幻想郷の正体を知った二人は、未知への遭遇に酷く感動していたが、楽観的な蓮子とは違い、メリーは現世への帰り方を心配しているようだ。

ポジティブなのもいいけれど、やっぱ現実的に未来を見据えるのも大事だよね。

 

 

 

「あるよ…ね?霊夢。」

 

 

「急に私に振らないでよ…うん、あるよ」

 

 

「良かった…」

 

 

 

幻想郷から出る方法があるのは勿論知っていたが、私は結界だとか魔術だとかそういう系には疎いのだ。

目を当てられないほどの武器マニアである点を除けば、現世で生まれ育っただけの至って平凡な女子なのである。タピタピ、キャピ☆

 

ということで類稀な幻想郷の巫女である霊夢に丸投げしたわけだ。

責任を押し付けた訳じゃない、適材適所というやつだよ。何か問題でも?」

 

 

 

「途中から声に出てるわよ」

 

 

「…それマジ?どこから?」

 

 

「現世で生まれ育っただけの至って平凡な…」

 

 

「わかった、もう大丈夫。」

 

 

 

夢幻館での一件が終わって平和ボケしているせいか、色々なものが緩んできてしまっているようだ。

心の声すら漏らしてしまうとは、柊灯音、一生の恥である。

ドン引きしている蓮子とメリーを見なかったことにし、私は煙草に火を灯したのであった。

そうしないとメンブレ不可避である。

なにがタピタピ、キャピ☆だよ、カメリアに会いたい。

 

まぁ蓮子とメリーに関しては、一先ず霊夢に任せておけば良いだろう。

結界とか幻想郷に於いての知識では、霊夢の右に出る者はまず居ないだろうし、ね。

 

それにしても現世か。

私が幻想入りしてから何年経ったんだっけ?5年くらいかな?

現世の科学技術とか近未来的な物って、ほんの数年でもかなり発展するし、色々と私の知らないものが多いのかもしれない。

そう考えると、久々に現世に行ってみたい気もするなぁ。

 

 

 

「でもなんだかんだ、ここが好きなんだよね。」

 

 

 

窓から覗いた空は未だ雪が降り頻り、ただひたすらに銀世界を展開している。

別に寒いのは得意ではない、どちらかと言えば苦手な方だ。

運動すれば体は温まるけれど、こんなに平和じゃ運動することも無いし…ね。

ちなみに暑いのも苦手、裸になっても暑いものは暑いのだ。なんだ?人間初心者か?

 

とにかく、気象がどうであれ、私は幻想郷のこの雰囲気が好きなのだ。

神妖や非科学的な力が蔓延ることを除けば、なんら変哲の無い辺鄙な田舎。

けれど何故か、そこに居るだけで心が洗われるような、そんな雰囲気が幻想郷には漂っている。

 

 

 

「魂の洗濯じゃ〜。」

 

 

 

窓の外を眺めながらボーッと煙を吐き出す。

すぐそこには霊夢達が居るというのに、相も変わらず独り言の多い野郎だ。

…?誰が野郎だコノヤロウ、私は女だ。

 

 

 

「灯音」

 

 

「んぁ、」

 

 

 

ボーッと煙草を吸っていた私に突如襲いかかる呼びかけ!

特段大きな声で呼ばれた訳では無いが、夢見心地な気分でいたので、私は肩をビクリと震わせて素っ頓狂な返事を返してしまった。

今日の私、ボロボロすぎませんか?カメリアに会いたい。

 

呼びかけの主は紅白の巫女、霊夢であった。

 

 

 

「ぷっ……さっきのカナの話、あったじゃない?」

 

 

「…笑うなし。うん、それがどうかした?」

 

 

「どうやら蓮子達も見たことあるらしいのよ、カナを」

 

 

「…?現世で?」

 

 

「そうだよ。不思議な格好してるし、道路標識を後ろ手に持ってたからかなり印象的だった!」

 

 

 

私の問いに対して、蓮子は心底楽しそうな様子で答えた。

 

カナは今、博麗神社に住み着いている幽霊のはず。

そんなカナが現世にいるなんて、普通に考えたらおかしな話だ。

けれどよくよく考えれば、元々カナは現世の住人だし……いやいや、現にカナは幻想郷にいるんだから現世にいるのはおかしい。

 

 

 

「ねぇ霊夢、結界って霊夢が居なくても越えられるの?」

 

 

「紫が居れば越えることはできる。けど、物好きなアイツとはいえ、カナの現世旅行に手を貸すとは思えないわね。」

 

 

 

霊夢の言っている紫とは恐らく、幻想郷を創造した大妖怪の八雲紫のことだろう。

話を聞く限り、カナは特別強い力を持つ幽霊というわけではなさそうだし、八雲紫なんて大妖怪がわざわざ一枚噛む事は無い…と思う。

まぁ霊夢もそう言ってるし、きっとそうなのだろうね。

 

…?てことはカナは二人存在することにならない?

霊体と実体、二つの側面を持ち合わせる存在だったり…まさかね。

それにしても、カナの話題がここまで立て続けに上がるなんて、とんでもない偶然である。

 

いや、これは本当に偶然なのか?

何か不可思議な力によって仕組まれた必然である可能性は?

 

 

 

「…気になる。」

 

 

 

しかし、こういうときに深く考え込んでしまうのは私の悪い癖だ。

今のところは予測でしか判断できない状況なのだから、一度リフレッシュするべきだろう。そうだ、そうするべきだ。

 

混濁した思考回路を整頓する為に、私は二本目の煙草に火を灯したのであった。



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夢の先へ、今。

普段であれば数多の人間が行き交うであろう人里だが、生憎の降雪により、その日常は覆っている。

降り頻る雪によって一面の銀世界と化した人里は閑散としており、外出している僅かな住民もまた、必要な用事だけを手早く済ませて早足で帰宅しているようであった。

 

通行人も全然いないという事で、私は相も変わらず煙草を吸いながら歩いているわけだが…

ふむ、降雪の下で傘をさしながら吸う煙草もまた味があるというものだ。

 

灯音は寒がりだから共感してくれるかは分からないけれど、彼女は冷たい口調の割に意外と気を使ってしまうタイプなので「まぁ、言いたい事は分かるよ。」とかは言いそうなものである。

 

 

 

「こんな天気の中で暇潰しに出掛けてるのなんて、私くらいかしらねー」

 

 

「意外とそんな事は無いのよ」

 

 

 

誰も居ないと思って独り言を呟くと、誰も居なかったはずの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

ふむ、この声といい趣味の悪いサプライズといい、こいつの正体は…

 

 

 

「……音もなく背後から来るのは心臓に悪いって言わなかったかしら、レミリア?」

 

 

「ふふっ。悪かったわよ、カメリア姉様」

 

 

 

振り返ると、声の正体は予想通りレミリアであった。

レミリアの隣にはメイドである咲夜が傘を持って立っているが、その傘はレミリアの為だけのようで、咲夜の肩は既に大部分が濡れている。

 

人間は風邪を引くんだから、少しくらいは労わってあげても良いと思うの。

 

 

 

「レミリアはメイド使いが荒いのね?」

 

 

「誤解よ、私だって咲夜に風邪を引いて欲しくはないわ」

 

 

「私が風邪を引いたとしても、お嬢様がご無事であるならばこの咲夜、メイド冥利に尽きます」

 

 

「……ご主人様想いなのね、あなた」

 

 

 

紅魔館がかなりのブラック企業なのではないかと疑ったが、どうやら従業員が無駄に献身的なだけらしい。

ふむ。それほどまでの忠誠心を抱かれるとは、レミリアも中々どうしてやるものだ。

これが所謂“カリスマ”という奴なのだろうか。

 

 

 

「ところで、天下の吸血鬼様がこんな天気にお出掛けとは、どういった了見なのかしら?」

 

 

「カメリア姉様が実家帰りするという事らしいので、迎えに来てあげましたわよ?なのよ?ですのよ?」

 

 

「…あぁ、運命を視たのね。そんな簡単に未来が見えてたら退屈で仕方ないでしょう」

 

 

「そんなことは無いわ、たまに予想外の運命が訪れる事もあるもの」

 

 

「そういう…ものなのねぇ」

 

 

 

“運命を操る程度の能力”

レミリアが持つこの能力は、文字通り運命を操る事が出来る。

操る事が可能なのであれば、無論それを視る事も造作では無い。

運命という言い方をしているが、つまるところ未来予知のようなものである。分かりやすいね。

 

 

 

「ならこのまま何処かで食事でもしましょうか、せっかく迎えに来てくれたのだし。」

 

 

「いえ、その必要は無いわ」

 

 

「あら、どうして?庶民のお店は不服?」

 

 

「貴女にとって最も大切な人が来るのよ、それもまた唐突な用事でね」

 

 

「灯音?」

 

 

 

“貴女にとって最も大切な人”というフレーズで真っ先に灯音の顔が脳裏に過ぎるというのも不思議なものだが、実際灯音は私にとって最も大切な人と言っても過言ではないのだ。

熱愛、狂愛、過ぎた感情を注ぎに注ぎまくっている存在。

私にとって、それが灯音なのである。

 

一瞬で灯音の名を口にする私に対して意味深な笑みを零したレミリアだが、仮に触れたとして、ただからかわれるだけのような気がしたので触れずにおいた。

 

 

 

「…それで、灯音はいつ来るの?」

 

 

「三秒後」

 

 

「え?」

 

 

「カメリアーっ!」

 

 

「ね?」

 

 

「………」

 

 

 

これが所謂、ご都合主義というやつだろうか。

元々紅魔館に行く予定だったものを、それらしい理由で端折って無理矢理進めようとした感が否めない。

事実は神のみぞ知るという事で片付けておこう、とりあえずね。

まぁ私としては意図せず灯音に会えたので全然構わないんだけれど。留守番って少し寂しいのよ?

 

それはさておき、私は依然忙しなく駆け寄ってくる灯音に笑みを向ける。

 

 

 

「…どうしたの?そんなに急いで」

 

 

「やっと見つけたよ…。うん、凄く急なんだけどさ…。」

 

 

 

黒い髪が雪によって部分的に白く彩られている灯音。

結構な速度で走り続けていたはずだが、灯音は全く息を切らした素振りを見せず、私に急用の旨を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで…クールそうに見えて意外とそうでもない灯音さんはどこに行ったの?」

 

 

「……いやまぁ、分かるけどね…。灯音は連れを呼んでくるって言って飛び出してったよ」

 

 

 

窓の外は相変わらず降雪によって銀世界を展開しているわけだが、香霖堂にある石油ストーブのお陰でその寒さは全く感じずに済んでいる。

 

そんな中、清純そうで意外に清純じゃないメリーは、先程香霖堂を飛び出していった女性、柊灯音の行方を私に聞いてきた。

灯音は第一印象こそ露出の激しい痴女であったが、話してみると所々呆けた点はあるものの、意外にも理知的な女性だった。

 

 

 

「ま、すぐ帰ってくるだろうし、のんびり待っていましょうよ、メリーお嬢さん?」

 

 

「それもそうね、蓮子お嬢ちゃん?」

 

 

「んん?私もしかして馬鹿にされてる?」

 

 

「まさか〜」

 

 

 

他愛ない話を続けつつ、私達はじきに帰ってくるであろう灯音の事を気ままに待つことにした。

 

ちなみに香霖堂の店主である霖之助さんは気持ち良さそうに夢旅行を楽しんでいるし、巫女服の霊夢と魔法使いの魔理沙は何だか得体の知れない札を互いに取り出し、これまた奇っ怪な言葉を交わしている。

よく聞き取れなかったけど、スメルカードみたいな感じの単語を口にしていた。芳香剤か何か?

 

それにしても、巫女だとか魔法使いだとか妖怪だとか、常識が常識でない世界なだけあって俄には信じ難いモノばかりである。

けれど、だからといって疑いの目を持っているわけではない。

 

何故なら私とメリー、所謂“秘封倶楽部”は、そういったモノが大好物なのだ。

ならば信じたくなるのも当然のことだろう?

 

さて、私達はこれから元の世界に帰るわけだけど、だからといって現実的、科学的、常識的な価値観に戻るわけではないだろう。

確証は無い。無いが、そんな気がするのだ。

 

私達の世界で、酷く刺激的な事件が起こるような、そんな()()

 

きっと、ね。



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灰色の街

今回はセリフ同士の改行を変えてみたんで、どっちが良いとかあれば感想ほしいな!


東京都、新宿。

 

見上げれば首が痛くなる程のビル群が建ち並び、それらを縫うように敷かれたコンクリートの上では、吐き気を催す程の人混みや自動車達が闊歩していた。

そこは、日が沈もうが沈まなかろうが数多の光に包まれている不夜城…

 

 

 

だったはずの街。

 

 

「本当にここ、東京?」

 

「そうだよ。()()()()日本の首都、東京」

 

 

霊夢の尽力によって結界を越えた私達は、現世へと舞い戻った。

蓮子達が言うには、ここ…つまり東京でカナと思しき姿を見かけたとの事。

 

東京といえば日本の首都。そんな事は誰でも知っている常識であろう。

 

そのはずだ。

 

しかしどうだろう、いざ数年ぶりに見た東京はお世辞にも都会とは言えない程に荒廃したゴーストタウンと化していた。

煌々と輝いていた街並みは今や廃墟と相違なき程に朽ち果てており、天高く積み上げられた石塔は足下に瓦礫を重ねるばかりである。

 

とても人の営みを感じられる雰囲気ではないが、水道は今も尚通っているのだろう。

ひび割れたコンクリートの何ヶ所からは、水が噴出している様子が見受けられた。

 

 

「こんな所に灯莉…いや、カナが?」

 

「…?そうだよ、見間違いでは無いはず」

 

 

蓮子はそう言うが、どう見てもこの街にあんな少女が居るとはとても思えない。

 

…いや、しかし霊夢が言うにはカナは騒霊…つまり霊的存在であるとの事。

そう考えれば、彼女が滅びた街に居るとしても合点が行く。

 

 

「日本って滅んだのかしら?」

 

「や、やめてよ…。」

 

 

縁起でもない事を平然と言ってのけるカメリアを一蹴し、気持ちを落ち着かせる為にいつも通り煙草に火を灯す。

 

 

「かつての…って、今はどこなの?」

 

「今の首都は京都。数年前にある事情で遷都があってね、詳しい理由は知らないけど」

 

「ちなみに東京は蓮子が産まれ育った土地でもあるんですよ」

 

「そうなんだ。なんていうか、随分と…破天荒な場所で育ったね。」

 

「いやいや、私が産まれた時はまだ栄えてたから!」

 

 

ムキー!っと分かりやすく歯をむき出した蓮子は「全くもう…」と溜息をつき、手の平サイズの珍妙な機械を取り出した。

その機械にはボタンのような物が一つ付いており、天面には透明な筒状のパーツが突き出ている。

蓮子はその筒の部分を口に咥えると、煙草を吸うかのように息を吸い込んだ。

 

 

「…なにそれ。」

 

「ぷはぁ…これはベイブっていってね。分かりやすく説明すると、煙の代わりに味付きの水蒸気が出る煙草みたいなもんだよ」

 

 

そう説明する蓮子の口からは夥しい量の水蒸気が吐き出されており、その水蒸気からは嗅いでいるだけで虫歯になりそうな程の甘い匂いが漂っている。

 

基本的にタール数を求める私からすると、そのベイブとやらからはあまり魅力を感じなかった。

まぁそれは仕方ない。ぶっちゃけ人それぞれなとこあるからね、煙草とかそういう系って。

 

そんなこんなで適当に寂れた東京を歩いている訳だが、私はふと脳裏に浮かんだ疑問を率直に蓮子にぶつけてみた。

 

 

「正直ここ廃墟と大差ないけど、まだなんの後処理もされてないってことは何かしらの用途があるの?」

 

「んー…あー…なんだろう、ホームレスとかの住処にはちょうどいいんじゃない?」

 

「…要はそれって、無意味にほったらかしてるだけってこと?」

 

「そうとも言う。あぁ、そういえばひとつ言い忘れてたけど、ここは…」

 

 

蓮子が話していると、眼前の路地裏から金属とコンクリートの擦れる音がいくつか鳴り響く。

訝しげに思う間もなく、その音の主は数秒と経たずに正体を表した。

 

 

「若い女が四人、こんなとこで何してやがんだァ?」

 

「……アウトロー達の狩り場でもある」

 

「世も末だよ。」

 

 

路地裏から現れたのは世紀末のような格好をした筋骨隆々の男達。

彼らの手にはそれぞれバットやらナイフやらが握られており、ニタニタと下品な笑みを此方に向けている。

 

まさに悪役。

これが学園ドラマだったら、主人公の華麗な動きでボコボコにされるタイプの風貌である。

 

片手で後頭部を抑えながら乾いた笑いを浮かべた蓮子は、もう一方の手で前方に群がる男達を数え始めた。

 

 

「いやぁ、この人数はちょっとヤバいかなー。灯音、カメリアさん、逃げ足に自身は?」

 

「逃げる気かよ姉ちゃん達よォ!一緒に遊ぼうぜオイ!」

 

「やばっ!走るよ!!」

 

 

蓮子が余りにも分かりやすく逃走の意志を見せるもんだから、勘づいた男達は私達を逃がすまいと並々ならぬ気迫を纏って迫ってきた。

 

慌てて後方へ駆け出そうとする蓮子とメリー。

だが蓮子は、全く動く気配の無い私とカメリアを見て声を張り上げた。

 

 

「ちょっとー!?捕まっちゃうよっっっ」

 

「灯音、貴女はどう思う?」

 

「そうだね…。」

 

 

彼らの走り方。

膨れ上がった筋肉に邪魔されるせいか少々がに股気味で、走行姿勢の重心は酷く不規則に揺らめいている。

 

道具はただ握っているだけ。

戦闘経験が皆無であるというわけでは無いだろうが、それらの道具には乱雑な傷が刻まれており、ただ力任せに振るっていたであろう事を顕著に表していた。

 

分かりやすいものだ、まさに平凡なアウトローでしかない。

 

 

「やろっか。カメリア、銃は無しね。」

 

「それでこそ灯音よ。暴れましょう」

 

「なるほど〜!幻想郷で暮らすと頭のネジが数本外れるのか!勉強になるなぁ〜…正気?」

 

 

これが学園ドラマなら、私とカメリアは高身長イケメンの主人公かな。

私達の実力を知らない蓮子達に、戦う女ってものを見せてあげちゃおう。

 

既に男達の中でも脚力のあるであろう一人が、私に飛びかからんと目の前に迫ってきている。

 

 

「ボーイッシュ黒髪女ァ!一匹テイクアウトだァ!」

 

「二人は少し離れてて。」

 

 

私はそう言うと、ドライブスルー感覚で私を持ち帰ろうとした男の腹に肘打ちを喰らわせ、能力で召喚した可動式のダガーを男の喉に突き刺した。

 

 

()()()から。」

 

「カハ……ッ!」

 

 

そう言った私がダガーの持ち手部分に付いているボタンを押すと、男の喉から汚らしい音と共に血飛沫と肉片が弾け飛ぶ。

喉を裂かれて絶命した男からダガーを引き抜くと、一枚しか無かったダガーの刃は三又へと変容していた。

 

三又へと変容したダガーのボタンを再度押すと左右の刃が畳まれ、元々の一枚刃へと戻った。

 

 

「きゃっ…蓮子、ここは離れておきましょ?」

 

「そ、それが一番賢明かな」

 

 

辺り一帯に飛び散る血飛沫を見た蓮子とメリーは、言われた通りに私達から距離をとった。

賢明な判断だね、いい子。

 

しかしそれを見逃さなかった一部の不良が、私とカメリアを無視して二人に飛びかかろうとする。

 

 

「逃がさねェぞ…ぐあっ!」

 

「アンタこそ逃がさないよ。」

 

 

非力な若者を怖い目に遭わせるわけにはいかない。

蓮子達に迫る男に対し、私は振り返りざまにお得意の能力で召喚した大槌を男の後頭部にぶつける。

頭蓋の破裂と共に脳漿を飛び散らせた男は、そのまま動かなくなった。まぁ当然である。

 

すると、男の無惨な姿を見た蓮子はバツの悪そうな面持ちで私を見つめた。

 

 

「えぇ…やりすぎじゃない?」

 

「もし捕まったらヤるだけヤって殺されるのがオチ。殺られる前に殺る、これ鉄則ね。」

 

「確かに…正当防衛ね!私も一発殴ってやる!」

 

「やめときなさい蓮子、危ないから」

 

 

あんな汚らわしい男達に好き勝手蹂躙された上、事が済んだらハイ人生終了…なんて洒落にならない。

いくら相手が武術に於いてのド素人だったり、少人数だったとして、武器を持って襲いかかってくる以上は加減なんてしない。

 

私達の未来は、まだ明るいのだから。

 

 

「それに、私達はあんな奴等の物じゃないでしょ。」

 

 

私は蓮子達にそう言うと、何人もの男を黒いマチェットで叩き斬っているカメリアに加勢する。

蓮子と話していたほんの数秒程度だが、いつの間にやらその数秒で男達の半分が血の海に倒れ伏していた。

 

優雅にマチェットを振り回し続けるカメリアは、戦闘中にも関わらず横目で私を見つめながら妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

「良い事言うじゃない灯音、私は貴女のモノだもの」

 

「何言ってんの……私もカメリアの、だけど。

 

 

いつもいつも惚気けた事を言ってくるカメリアだが、まさか戦闘中に言ってくるとは思わなかった。

カメリアにとっては口癖のようなもので、嘘では無いにしろ軽口のつもりで言っているのだろうが、それでも私としては胸キュンなので毎度の事ながら動揺を隠せない…から辞めて欲しいものだ。

 

すると戦っている私達の背後から、蓮子とメリーの騒ぎ声が聞こえだした。

 

 

「見てメリー!百合よ!百合の華が咲いてるわ!」

 

 

めっちゃめちゃ茶化されてて草どころか森、なんなら森鴎外。は?何言ってんだ私は。

命のやり取りをしているんだからあまり騒がないで欲しいものである。

まぁこの男達、全然強くない…というか正直言って雑兵と相違無いから良いのだけど。

 

 

「そうね蓮子!私達も咲かせましょう!ね!そうしましょう!」

 

「そうね!…ん?それってつまり…ん?」

 

「今、同調したわね?蓮子、貴女は私のモノよ」

 

「ちょ、待って!でも私達は友人で…いや、しかし友人と呼ぶには些か親密すぎるか…?それならいっそ此処でもう少し踏み込んだ関係に移行しても……」

 

 

どうやら新たな百合の華が咲きかけているようだ。

もしコイツらが目の前でイチャつき出したらカメリアと一緒に煽り散らしてやる。

 

いや待て、カメリアの場合「百合の華?他人の恋愛なんて興味無いわ。それより灯音、ハグしましょ?」とか言いそうだな。

うん、そう言われたら速攻で抱き締めるからいいんだけど…どうやってからかうかが問題だ。

 

 

「うーむ…悩ましい…。あれ?」

 

 

そんなくだらない事を考えながら襲い来る男達を殺していたわけだが、気がついたら襲いかかってきていた男達は誰一人として立っていなかった。

 

なんだろう、久々の戦闘回だったのに戦闘描写全然無いのやめてもらってもいいですか?

 

 

「灯音、あの穢らわしい蛮族共の血が付いてるわよ」

 

「ん……ありがと、カメリア。」

 

 

カメリアはトレンチコートのポケットからハンカチを取り出すと、私の頬に飛び散った返り血を丁寧に拭き取ってくれた。

すごい優しい。嫁にしたい、嫁にするか。

 

あんなに激しく戦っていたのにも関わらず、カメリアの真っ白な髪や肌には返り血どころか一切の汚れも付着していない。

これが数百…?数千…?年もの生きた証か。流石カメリア、基本のスペックが違いますよ。

 

戦闘が終わったのを確認したのか、少し離れたところに居た蓮子とメリーが歩いてきた。

 

 

「灯音さん、カメリアさん、助かりました」

 

「大丈夫。この街、案内してもらうんだしさ。」

 

 

相変わらずお淑やかなメリーは、行儀良く両手をおへその辺りで揃えて一礼した。

いやそこまでしなくていいんだからね、逃げようとしてたのに私達が勝手に戦ったんだから。

 

 

「あの人数相手にたった二人で無傷って…アンタ達、何者なの?妖怪?」

 

 

私達の戦闘を訝しんだのか、少し不信感を見せる蓮子の表情はどことなく霊夢に似ていた。ような気がした。

 

 

「私達は歴史の深い戦闘民族、サイヤ…いたっ」

 

「やめてよ消されるでしょ…私は元傭兵、カメリアは元軍人。素人相手なら心配無いよ。」

 

 

平気で妙ちくりんな嘘を吐くカメリアの頭を治すために右斜め45度のチョップを放つ。

 

 

「雑魚専ってこと?」

 

「叩くよ?」

 

 

どうやら蓮子にも右斜め45度の秘技を放たなければならないらしい。

 

ギャーギャーと騒ぎながら逃げ回る蓮子を追いかけつつ、私達はカナに会う為に再び歩き出すのであった。



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廃材の山に落ちた雫

光り輝く栄光は、とうに地に落ちた。

多種多様な文明を築き上げていた街は崩落し、今やただ廃材の山を積み上げるばかりの灰色へ。

 

『何故こうなった?』

ある人々は嘆き、或いは街を捨て、或いは現が夢であると己に言い聞かせ続けた。

自らの生きた証が瞬く間に否定された屈辱、自らの思い出が永遠に帰らぬモノと化した悲しみ。

 

それらの“負”の感情が、私には甘く蕩ける蜜のように思えてならなかった。

 

今、私の盃に()は居ない。

 

 

「あはっ……そう、全ては()()()()()()()()()

 

 

灰に溺れた瓦礫の上で、己の人差し指に口付けをする。

すると指先に淡い光球が発生し、瓦礫に埋もれた東京の街を映し出した。

それは灰色の街を四人の女性が歩いている映像。

 

 

「彼の者が秤に至るとして、しかしそれは無意味なのでしょう」

 

 

映像を拡大し、そのうちの一人、見知った顔である黒髪の女性にフォーカスを当てる。

うっかり垂れてしまいそうな涎を飲み込み、私は金色に輝く己の前髪を耳に掛けた。

 

 

「…あはっ、そうでしょ?」

 

 

私の盃に、()が帰る。

 

 

「────お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃墟と化した東京の街を歩いていた私達は、目の前に広がる青い水平線を前に立ち止まった。

どことなく塩っぱい風に吹かれ、蓮子は黒のハット帽が飛ばされないように片手で押さえながら私達を見る。

 

 

「気づいたら東京湾まで来ちゃったね」

 

「東京湾って、こんなに綺麗な青色だったっけ?」

 

「東京が機能を失ったからね。工場排水とか生活排水とかが無くなって、水質汚染が改善されたんだよ」

 

「なるほどね…。」

 

 

私の中の東京湾は数年前で止まっているので、青くなった東京湾の改善具合がよく実感できる。

私の知る東京湾は結構…というかかなり汚い印象で、仮に海水浴場があったとしても魅力は感じ得ない海であった。ディスじゃないよ?

 

綺麗になった東京湾を眺めながら煙草に火を灯し、ふと私は横目でカメリアの方を見る。

青い海、青い空、そんな美しい背景に溶け込む純白の彼女。

そんな彼女が潮風を浴びて崩れた髪を片手で直す仕草。

 

 

「綺麗だね。」

 

「ふふっ、そうね」

 

 

私の視線に気付いていなかったであろうカメリアは、私がこの景色を見て「綺麗だね。」と言ったと思っているのだろう。

私の言葉に同調しながら微笑んだ彼女は、まるで白の桔梗のような儚さを魅せていた。

 

お陰様で煙草が美味い。ヤニカス万歳。

 

 

「ねぇ蓮子、確かこの辺りよね?あの女の子を見たのって」

 

「たーしか…もう少しあっちの方に歩いた所じゃなかった?」

 

「あらそうだったっけ?海沿いは位置が分かりづらくて大変ね…」

 

 

蓮子とメリーが言うには、どうやらカナを見たのは海沿いだったらしい。

現世に来てからさほど時間は経っていないが、短時間ながらもかなりの進捗である。

 

遷都の果て、遂に使われることの無くなった湾岸線。

その何処かに彼女──カナ・アナベラルは居るのだろう。

 

 

「……関係があるのかも、分からないのにね。」

 

 

──無駄足になるかもしれない。

湾岸沿いを歩きながら、そんな事をぽつりと呟く。

すると、その何気ない独り言を聞いたカメリアが私の顔を覗き込んできた。

 

 

「例え関係が無かったとしても、決してそれは無駄な事ではないのよ?」

 

「あっ…ごめん、折角付き合ってもらってるのに。」

 

「そうじゃなくて、ね」

 

 

カメリアは潮風によって錆び付いたフェンスを背に、両手を後ろに組んで微笑んだ。

 

 

「例え間違っていたとしても、それは無意味なんかじゃないの。それが分かっているから、私は灯音と歩むのよ?」

 

「………。」

 

 

そうだ、間違っていたら正せばいい。

間違いを間違いだと知る事自体が、そもそも大切な事なんだ。

 

ただ、そんなことよりも。

今まさに陽が没落しかけている東京湾を背にしながら、私に慈愛の満ちた微笑みを向けるカメリア。

その姿があまりにも美しくて、私は…

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「…あはっ…そうだね……。」

 

 

灼けた鉄の如き熱情を誤魔化すように、ただ微笑み返す事しか出来なかった。



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暗がりの光

かつては生命の脅威となり得る存在を封印する用途にもなっていた世界、“魔界”。

ある意味では地獄と同義にもとれるその世界で、特別異質な空間が存在していた。

暗く、冥く、一片の灯りも存在しない空間。

ただ、そこに満ちるは闇。純粋なる闇が展開されている。

 

そんな闇の中で、人…なのだろう。

そう、人の男女が怪しげな談話を繰り広げていた。

 

 

「キミの方、首尾はどうなんだい?」

 

 

一方は、背丈ほどもある十字架を携えた、何処か幽鬼のような雰囲気を持つ女性。

 

 

「どうもこうもねぇさ、やるしか無かろうよ」

 

 

或いは、黒衣に身を包んだガラの悪い男。

冥い生地の隙間から時折露出する手からは、黒い稲妻のような光が淡く放たれている。

 

 

「ふふっ、それもそうだ。どうせ私達に選択肢なんて残されていなかったね」

 

 

その女性は携えた十字架を地に突き立て、冥く微笑む。

突き立てられた十字架からは淡い光が放たれ、一片の灯りも存在し得なかった空間に灯りを生み出した。

 

 

「俺が言えた義理じゃ無いだろうが…テメェでテメェを破滅に導くような事はすんなよ」

 

「心配には及ばないさ。例えこの身が朽ち果てようとも、殉教者に至った私は永久に不滅なのだよ」

 

 

彼女は自らの正体を明かさない。

しかして特徴的な彼女の装い、雰囲気、性格からは、特に信心深い渇仰者であろう事が見て取れた。

殉教とは、己の全てを贄として神に捧ぐ行為。

彼女は殉教する事であらゆるものを超越した存在になれると信じて疑わないのだろう。

 

 

「フン…アンタがそう言うなら、それで良いんだろうさ」

 

「ふふっ。キミは鉄のような男だと思っていたけれど、心は羊毛の如く柔らかいわけだ」

 

「ケッ、顔で選んでんだよ」

 

 

男は冥い虚無の世界に唾を吐き捨てる。

吐き捨てるとはいえ、この世界に地と呼べるものは存在しないわけだが。

 

決して特別な関係とは言えない二人は、そんな闇の中で緩やかに歩み始める。

 

 

「さぁて、一世一代の大仕事じゃい」

 

 

ささやかな淡い光に照らされていた僅かな空間が、再び分厚い闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岸に打ち据える波の音、鉄を嘲笑うように吹き付ける潮風。

凪いだ空は既に宵を示し、僅かながらも星々が姿を表している。

 

そして今、私達の前には

 

 

「……見つけたね」

 

「なるほど…この子がねぇ」

 

「…やっぱ何度見ても灯莉だな。」

 

「前見た時と全く同じ所に…」

 

 

破壊した道路標識を後ろ手に持ち、孤独に海を眺め続けている少女。

灯音が香霖堂の外で見た騒霊、カナ・アナベラルその人であった。

 

私達の声に気づいたその少女はゆっくりと振り返り、私達…いや、私を見て微笑んだ。

 

 

「こんばんは、お姉さんの事はよく知ってるよ」

 

「灯莉…じゃないんだよね、君は。」

 

 

実の妹である灯莉と瓜二つの顔。

あの時、燻莉の手によって命を落とした灯莉の顔。

けれど彼女の纏う雰囲気からは、どこか儚げなものを感じた。

 

 

「灯莉…ではないけど、ある意味では灯莉とも言える…かな。」

 

「カナだけに?」

 

「ふ…蓮子は少し黙ってて。」

 

「ちょっと笑ってんじゃん」

 

 

こんなくだらないやり取りを見たカナは、釣られたように私に笑いかけた。

 

 

「ふふ、割と面白い」

 

 

その笑顔が、また余計に幼き頃の灯莉を思い出させる。

 

これが、私達とカナの出会いであった。



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自己懐疑

お仕事が、、、、 


……気づけば辺りはすっかり闇に身を落としていた。

夜の海を見るのはどうも落ち着かないが、今日の空は雲一つない快晴のためか、水面は月を美しく反転させている。

 

 

「……お姉ちゃん、か」

 

 

突然の来訪者達は既に此処を後にし、“城”へと向かった。

かくいう私はここに残り、ボーッと水平線を眺めながら余韻に浸っている。

その余韻は、他でもない姉の香り。

 

 

「灯莉にとっては、15年振りくらいだね」

 

 

私、カナ・アナベラルの中に存在する柊灯莉。

哀れにも15年前に自我を侵されてしまった、かくも幼き少女。

その少女の自我は悪夢に耐えかね、霊魂自体を人の形へと変容させた。

 

 

「けど私はもう、柊灯莉とはいえない」

 

 

私は紛れもなくカナ・アナベラル。

悪夢が柊灯莉の自我を崩壊させ、もはや柊灯莉と名乗るのを拒むのだ。

 

私が柊灯莉。

そう思うだけで悪辣な重圧に押しつぶされそうになる。

その重圧を飾るのは責務なのか、恐怖なのか。

もはやそれはカナ・アナベラルにはおろか、柊灯莉にすら分かり得ぬ事だ。

 

 

「私は、カナ・アナベラル。ただ柊灯莉の残滓をほんの少し含むだけの騒霊」

 

 

脳髄に喧しく響き渡る己の心音に苛立ちを覚えつつも、私は再び自己暗示をかける。

そうでもしなければ、きっと壊れてしまう。

冷や汗が滲み、私の体から温度を奪っていく。

 

寒い、寒いよ。

 

標識をアスファルトにガツンと打ち付け、ガタガタと震える己の体を抱き締める。

 

あぁ、大丈夫だ。私は最早、柊灯莉ではない。

冷や汗と共に寒気が治まり、私は再び水平線へと目をやった。

 

 

「……よし、神社に帰ろう」

 

 

一息をついた私は標識を水平線と重なるように掲げ、ゆっくりと目を閉じた。

瞼の裏の黒いキャンパスに描くのは()()のカナ・アナベラルの姿。

彼女は博麗神社の縁側に座し、足をブラブラさせながらボーッと空を眺めている。

 

その彼女に触れた途端、そのキャンパスは再び真っ黒に塗りつぶされてしまった。

そして静かに目を開け、虹彩に光を取り込む。

 

 

「…ふぅ」

 

 

光に目が慣れてくると、目の前には博麗神社の境内が広がっていた。

 

魂、人格のみの転移。

未だにどういう原理でこれを可能としているのかは定かではない。

そもそもこれは私の知る限りでは無いのだ。

 

この術を私に教えた張本人は適当な人間だし、原理やらなんやらを聞いたって面倒くさがって教えてはくれない。

 

 

「一応、親族のはずなんだけどなぁ…」

 

 

はぁ。と溜息をついた私は標識を抱き枕のように抱え、縁側で横になった。

なんだか、酷く目眩がするのだ。

 

 

「疲れちゃったのかな、まぁたまにはそんなことも……」

 

 

ふと、考えてしまった。

目眩?疲れ?今までそんな事は一度もなかった。

人であるならばそれらの症状は至極当然、誰にでもあるだろう。

 

だが、私は騒霊。

騒霊の、カナ・アナベラルなのだ。

 

 

「………違う、私に余計な霊魂を嵌め込まないで」

 

 

柊灯莉?誰だそれは

私はカナ・アナベラルなのだ。

 

柊灯莉なんかではない。

 

 

違う。

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

 

違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ

 

 

─────────

 

────

 

 

 

 

「よぉ、本物との乖離は済んだか?」

 

「ん、抜かりはないよ。キミも心配性だね」

 

「っせーなァ、完璧主義なンだよ」

 

「ふふっ、完璧なのは唯一神のみだよ。いくらキミでもたどり着けまいさ」

 

 

とある廃教会にて。

ガラの悪い男と幽鬼のような女は、相変わらず仲が良いのか悪いのか判断しかねる会話を繰り広げていた。

女は瓦礫の中から木箱を引っ張り出し、木箱に入っているワインボトルと2つのグラスを取り出す。

 

保冷に丁度いいのだろう。

瓦礫の下には他にも様々な要冷蔵品が押し込まれていた。

この様子を見るに、おそらく女はこの廃教会に暮らしているようである。

 

 

「ひとまず、鍵は揃ったようだね」

 

「あぁ、これでようやっと動けるわけだ」

 

 

女は2つのグラスにワインを注ぐと、一方を男に手渡した。

 

 

「さて、作戦前の晩酌といこうか」

 

「おうよ」

 

 

並々と赤いワインが注がれたグラスをゆっくりと掲げた両者は、静かにグラス同士をぶつけ合った。

 

 

「「乾杯」」

 

 

カチンと小綺麗な音を立てたグラスからは、三粒の赤い水滴を落としていた。



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捻れたる隠蔽工作

「いや〜雰囲気あるね!気分は肝試し!季節外れだ〜!!」

 

「蓮子、あんまり離れちゃダメよ」

 

 

東京湾沿岸部でカナと別れた後、私達はカナに教えられた通りに“城”へと向かっていた。

今、私たちが歩いている道路の突き当たりにそれはあるらしい。

しかし宵はとうに過ぎ去り、天上の朔月が私たちを見下ろしている。

 

そんな時間なのだ。

当然、打ち捨てられた廃街に灯りなど存在する道理もなく、眼前の景色は暗黒に包まれているわけだ。

 

 

「え〜?メリー、そんなに私が心配なの〜?」

 

「私が怖いから離れないでって言ってるのよ」

 

「か〜!ちょっとくらい心配してくれてると思ってた私が馬鹿だった!」

 

 

相変わらず楽しそうな二人組はさておき、私はライトで辺りを照らしながら警戒姿勢で先頭を歩いていた。

ちなみにこのライトは、私が能力で召喚したタクティカルライトと呼ばれるものである。

このライトの外殻は非常に頑丈な素材で構成されており、その硬質さを活かして窓などを割る際にも用いられるものだ。

 

 

「…昼間みたいに変な輩がいつ襲ってくるかも分からない。カメリア、抜かりなくね。」

 

「任せて、月光の下は私の箱庭よ」

 

 

私の隣を歩くカメリアは、ライトで辺りを照らすこともなく冥い水底のような瞳をギョロギョロと動かして辺りを警戒していた。

私ではライトを向けないと視認できないようなものも、カメリアには当然のように見えているようである。

 

…カメリアは猫目なのだろうか。

 

 

「猫になったんだよな君は〜」

 

「灯音…?貴女が警戒中に歌うなんて初めてね」

 

「……あぁ、なんか最近平和ボケしてるんだよね。私、カメリアがいないとダメなんだなって思い知っ…」

 

 

私は香霖堂で醜態を晒した事でカメリアが恋しくなったのを思い出し、つい余計な事を口走ってしまった。

 

しまった。

そう気づいた時には既に、カメリアは満面の笑みを私に向けていた。

 

 

「ふふふふふ……灯音〜っっ!!」

 

「あっ、カメリア…ッ!」

 

 

期待通り…じゃない、予想通り。そう、予想通りだ。

予想通りカメリアは私に抱き着き、白く透き通った美しい頬をスリスリと擦り付けてきた。

 

あ〜、至福。

 

 

「(幸せすぎて)無理。」

 

「灯音ったら照れちゃって〜!」

 

 

背後から温かい目線を感じるが、私は気づかないフリをしてカメリアを振りほどいた。

本当は振りほどきたくなかったのだが、私の理性が限界に達しそうだったので仕方なかったのだ。

本当は離れたくなかった。本当に離れたくなかった。

カメリア離れないで。ずっとくっついてて。

 

はぁ……これが、愛か。

「そこに愛はあるんか?」って聞かれたら、私は即答する。

 

 

「何言ってやがんだ、愛しかねぇ。」

 

「えっ、ワイルドな灯音!!えぇ、好き」

 

 

…ダメだダメだ。

私だけでも真面目キャラでいないと話が進まない。

とりあえず私は煙草に火を灯し、大きく深呼吸をした。

 

 

「ねぇねぇメリー、あのカップル尊くない?」

 

「私達もしましょ」

 

「うん…うん?ぐえっ!」

 

 

突如背後から聞こえた呻き声に振り向くと、蓮子に抱きつく満面の笑みのメリー。

なんかな…つい最近似たような展開になってた気がするんだけど、まぁ気の所為でしょ。

 

「それはさておき…」と重い煙を吐き出し、私は立ち止まる。

 

 

「城……?」

 

「うーん…城…城かしら?これ」

 

 

薄靄に包まれた視界の先は、瓦礫の山であった。

広い道路を塞ぐように積み上げられた、数多の瓦礫。

 

それは廃墟とは言えども、決して“城”などといった大層なものではなかった。

 

私とカメリアが困惑していると、先程までイチャついていた蓮子とメリーが私達の前に出てきた。

 

 

「こんな大量の瓦礫、建物が崩落して積まれたにしては不自然だよね」

 

「そうね…道路の真ん中に建物が無い限り、有り得ないわ」

 

 

確かにそうだ。

高層ビルが崩落したとして、こんなに広い道路を塞ぐほどの瓦礫を積むのは考えづらい。

 

となると隠蔽工作として、何者かが瓦礫を積んで道路を塞いだ線が濃厚だろう。

 

私は再びタクティカルライトを構え、眼前の瓦礫の山に近づいた。

 

 

「そうだとすれば、きっとどこかに……。」

 

「灯音、あんまり一人で近づいたら危ないわよ」

 

 

まるで壁のように高く積まれた瓦礫。

警戒しつつもその瓦礫達に光を向け、抜け穴を探す私。

おそらく私の意図に気づいたであろうカメリアも、肉眼で瓦礫の山を舐めるように眺め始めた。

 

どこをどう見てもただの瓦礫達。

しかし、この瓦礫が“城”の隠蔽工作として存在するのであれば……

 

 

「…あった。」

 

「予想通りね、流石は灯音だわ」

 

 

無造作に積まれているように見えた瓦礫の片隅には、成人男性が何とか通れるレベルであろう空間が形成されていた。

空間の奥にタクティカルライトを向けると、多少ぐねぐねしているが、そこには確かに続いている道。

 

壁部分となる瓦礫には“Twisted God's Way”と歪な文字が刻まれていた。

 

 

「捻れたる神の道といったところかしら…大層な名ねぇ」

 

「隠し通路に名前刻んでどうすんだか…。」

 

 

刻まれた名を見た私とカメリアはお互いにため息を吐き、後方で談笑していた蓮子とメリーを呼んだ。

 

どうやらまたイチャコラしていたようで、二人の顔は少しだけ紅潮していた。

私だってカメリアとイチャつきたいっての。

 

私はそんな2人に対して複雑な顔をしていたが、当の二人はそんなこと気にもしていないように“捻れたる神の道”を覗き込んだ。

 

 

「ふむ…普通に崩れてきそうで怖い通路だね」

 

「ネーミングセンス的に……蓮子、ここが貴方の実家?」

 

「あっはっは!メリー、私まだ人殺しになりたくないなぁ!?」

 

 

テンションの高い蓮メリはさておき、私とカメリアは武器の確認をしておく。

私は決して灯莉が全ての元凶だとは思っていない。

思っていない…のだが、可能性がゼロというわけでもない。

 

カナの言う“城”が夢幻館の時のように妖の温床だなんてことは無いだろうが、警戒しておいて損は無いだろう。

 

 

「カメリア、弾倉はいくついる?」

 

「えぇ、ひとまず五個ずつお願いするわ」

 

「了解、近接武器はどうする?緋焔刃だけで良さそう?」

 

 

召喚した弾倉をカメリアに手渡しながら、私はカメリアの腰に提げている緋焔刃を見やった。

 

相も変わらず鞘部分を大きく象徴する“焔”の赤文字。

そんな力強いデザインに炎を象った鍔がよく似合っている。

 

夢幻館の時も素晴らしい活躍を見せてくれたので正直これ一本で充分だと思っていたが、カメリアからは意外な返答が返ってきた。

 

 

「そうねぇ、灯音が前に言ってた大太刀という武器を試してみたいわ」

 

「……まさか緋焔刃と両刀にする気?」

 

「えぇ、少し気になるでしょう?」

 

「ぶっちゃけ、少しどころか非常に興味深いね。」

 

 

予てから記している通り、私は生粋の武器マニアである。

そんな私としては世界中の武器の存在や逸話は勿論、その武器でどう戦うかといった点に於いても非常に興味深いのだ。

 

しかし大太刀自体が異常な膂力がないと扱いきれないというのに、ましてや大太刀と打刀の両刀など真人間である私には考えつきもしなかったスタイルなのである。

 

そう。

言ってみればこれはハーフヴァンパイアであるカメリアにしか思いつかないスタイルであり、同時にハーフヴァンパイアであるカメリアにしか成しえないスタイルなのだ。

 

そんなの、興味を持たない理由があるだろうか?いや、無い(反語)

 

そういうわけで私は記憶の底から大太刀の姿を引っ張り出し、能力によってその姿をすぐさま具現化した。

 

 

「はい、カメリア。私の記憶上、最も上質な大太刀だよ。」

 

「ありがと、灯音。これで強敵が来たら楽しくなるのだけれどね」

 

「蓮子とメリーがいるのを忘れないでよ?」

 

 

カメリアは昔から強さだけを追い求めてきた。

しかも本来はハーフヴァンパイアという種族の特性上、人智を超えた膂力を発揮できたはずである。

しかしカメリアはその膂力に頼らず、ただ“人”のカメリアとして己を練り上げてきたのだ。

 

そんなカメリアなら、こんな異常な武器の組み合わせでも最適のスタイルを構築できるに違いない。

 

 

「ふふ、灯音」

 

 

カメリアは私から大太刀を受け取ると早速その身を抜刀し、肩に刀身を軽々しくガチャンと乗せた。

 

 

「私、カメリア・スカーレットが星の理を打ち破るわ」

 

 

ハーフヴァンパイアとしての名を示し、そう宣言したカメリアの瞳は仄かに緋く光っていたのだった。



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隠蔽工作 in蔽工作

ぐねぐねと捻れた瓦礫のトンネル。

それはトンネルというにはあまりにもお粗末であり、瓦礫の隙間からは冷たい風が噴き出しているうえ、至る所からぽたぽたと水滴が滴り落ちている。

 

そんな質の悪いトンネルを成人女性4人が歩いている訳だが、入口と同様、やはりトンネル内部もかなり狭くなっていた。

 

先頭は私、蓮子メリーと挟み、最後尾をカメリアが歩いている。

 

 

「せっま…頭ぶつけそう」

 

「気をつけてね…カメリア大丈夫?」

 

 

チラッと後方を見ると、カメリアは頭を幾度もぶつけながら平然と返してきた。

 

 

「えぇ、問題ないわ」ガコンガコン

 

「……そっか。」

 

 

血こそ流していないものの、廃材に頭をぶつけることに対してなんの躊躇いも持たず歩き続けるその姿は狂気に満ちていた。

 

普通に、怖い。

 

カメリアのハーフヴァンパイアならではの狂気的な姿に戦慄しながらも狭く不揃いな瓦礫のトンネルを進んでいると、程なくして道が行き止まった。

 

 

「あれ灯音さん、行き止まり…?」

 

「…なのかな、途中に分岐なんて無かったよね。」

 

 

しかし、ここ以外で他に“城”へ続きそうな道など無かった。

私が分岐に気付かず進んでしまうなんて事は無いだろうし、仮にそうだったとしても後ろにはカメリアがいる。

 

そう思い、カメリアに視線をやるが、どうもカメリアにも思い当たる節はないようであった。

 

 

「とりあえず引き返すかな。」

 

 

とにかく、立ち止まっていても仕方がない。

ひとまず歩いてきたトンネルを引き返そうとすると、メリーが徐に私の足下を指さした。

 

 

「…ねぇ灯音さん、足下にあるのって何かしら?」

 

「ん…?」

 

 

メリーに指摘されて足元を見ると、私の足元には何の変哲もない大きな鉄板があった。

そういえば今まで歩いてきた道には物などひとつも落ちていなかったし、行き止まりのこの地点にのみこんな物が落ちているなんぞ確かに不可解だ。

 

まるで何かを隠しているかのような、そんな雰囲気がその鉄板からは感じ取れた。

 

 

「動かしてみる、みんな少し下がってて。」

 

 

取手も何もついていない、ただの鉄板。

しかしこの下に何かがある可能性は確かに高いので、きっと覗いて損は無いだろう。

 

もしかしたら、戻れなくなるかもしれないが。

 

不揃いな水滴の打ち付ける音だけが響く空間に、重い鉄板とアスファルトが擦れる音が須臾に加わった。

予想していた音とはいえ、静かな空間に不似合いな大音量に肩を震わせる4人。

 

と同時に、私は鉄板の下に隠されていた物に衝撃を受けた。

 

 

「ビンゴ。ナイスだよメリー。」

 

「隠し通路!まさに冒険だね!」

 

「蓮子はどうしてそんなに楽観的なのかしら?」

 

 

重い鉄板の下には人1人が通れるような深い穴が隠されており、その側面には鉄製の梯子が打ち付けられていた。

隠し通路だからワクワクする…なんていう感情は私には無いが、新たな道筋がひらけたという点に於いては非常に喜ばしい事だろうとは思う。

 

私が安堵のため息を吐いていると、後方のカメリアが顔を覗かせてきた。

 

 

「暗所は人外の部門よ、私が先行するわ」

 

「了解、後ろは任せて。」

 

 

順列をカメリア、蓮メリ、私に変更する。

ていうか、蓮メリはガイドとして着いてきたんじゃなかったっけ?

一応カナには会えたからもう必要は無いと思うんだけれど、どこまで同行するんだろう。

 

恐らく、ここから先は凡そ人の次元を超越した空間になる。

蓮メリには少々厳しいのではないだろうか。

 

 

「……危なそうなら、すぐ帰らせよ。」

 

 

致し方なし、ここまで来てしまったのだ。

私は先程とは違った意味での溜め息を吐き、少し伸びてきて邪魔な前髪を耳に掛けたのだった。



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交差

だんだん東方の二次創作じゃなくなってきてないか


カツン、カツン

 

鉄製の梯子を降りた先は、石畳が敷き詰められた部屋であった。

何故か天井には蒼いランタンが幾つも吊るされており、地下にも関わらず意外にも視界に制限がかからない空間が展開されている。

 

それどころか、蒼い光に照らされた室内にはソファやテーブルなどが置いてあり、つい最近まで誰かがここで生活していたであろう事が推測された。

 

 

「何かの部屋、かしらね?」

 

「…かな。本棚もある事だし、少し調べてから行こっか。」

 

「あ〜〜っ!疲れた!休憩だ〜っ!!」

 

「あら?このソファ、埃ひとつも無いのね」

 

 

ソファを見つけるなり勢いよくソファにダイブした蓮子、それに便乗して蓮子の隣に座るメリー。

 

少々不用心な気がするが、普通に生活していれば歩かないであろう長い道を歩いてきたのだ。

疲れるのもきっと当然だろう。

 

無理もない、私達がこの部屋を調べている間くらいはゆっくりさせてあげよう。

 

 

「さて、随分古ぼけた本だけど…。」

 

「こっちは…聖書かしら?ドイツ語ね」

 

 

この部屋にはご都合主義のように様々な本が置いてあった。

私は日記のような古ぼけた本を取り出し、カメリアは聖書にも見える分厚い本を取り出してそれぞれ読み始めた。

 

 

「この世界は既に涅槃へ至っている、聖絶の時を待ち焦がれる他ない…。」

 

「そっちの本は随分と物騒な内容ね?」

 

「一体どこの誰が書いたんだろうね、こんな不可解な内容。」

 

 

日記とも断定できぬ不可思議な一文に困惑しつつ、私はその本を読み進める。

気になる点は幾つも見受けられたが、私もカメリアも一先ずは黙って読書を続けた。

 

蓮子とメリーが軽く雑談をしている声と、ページが捲れる音だけが半刻ほど続く。

 

 

「…………。」

 

「…………………」

 

 

私とカメリアは、ほぼ同時にパタンと本を閉じて読んでいた本を本棚に収納した。

お互い何も語らなかったが、その表情からは本の内容が決して良い物であったとは予測できなかった。

 

 

「…私達は、とんでもない領域に踏み入ろうとしてるんじゃないか。」

 

「“超越者”、“神の落とし子”、“黄衣の王”……灯音、貴女はこれでも先に進むの?」

 

 

自分の強さに絶対的な自信を持つカメリアでさえ恐れを抱く程の存在達。

そんな常軌を逸した存在に、真人間の私が恐れないはずがない。

 

記述でしか認識していない存在に、私は気づけば冷や汗を垂らしていた。

 

 

「…それでも、いかなきゃ。」

 

「そう……」

 

 

恐れはある、しかし決意だけは揺るぎない。

私は昔からそういう性分なのだ。ある意味では頑固というべきか。

 

そんな私に対し、憂いを帯びた瞳で私を見つめるカメリア。

結局これは私個人の問題なのだ。ここから私が一人になろうと、それはそれで構わない。

 

 

「蓮子とメリーを、よろしくね。」

 

 

ここでお別れか。

書物に綴られていた内容は、それを確定付ける程に衝撃的であった。

 

しかし、正直これ以上カメリアを巻き込んでいいものかと思っていたのだ。

カメリアは私を愛してくれている、同様に私もカメリアを愛している。

だからこそ、カメリアはここまで来てくれた。それだけで充分なのだ。

 

 

「…好都合だ。」

 

 

そう言って私はカメリアに背を向け、歩き出した。

いや、歩き出そうとした。

 

その瞬間、私の五感が読み取ったのは火薬が爆ぜる音と硝煙の匂い。

それと同時に、私の足下に9mm程度の穴が空いた。

 

 

「灯音」

 

 

反射的に振り向くと、そこには煙の出ている銃口を私に向けているカメリアが立っていた。

 

 

「私から離れるなんて愚の骨頂よ?」

 

 

その底無しの闇のような深みを感じる冥い瞳からは何の感情も読み取れない。

カメリアと再開した時の状況を思い出し、私の頬に冷や汗が伝った。

 

 

「…カメリア。」

 

 

銃口を私に向けながら近づいてくるカメリア。

重そうなブーツと石造りの床がぶつかる音が規則的に響く。

 

私の心臓が喧しく脈動している。

 

カメリアはゆっくりと私の隣に立つと、銃口を天井に向けた。

 

 

「灯音の居場所は、私の隣でしょう?」

 

 

カメリアはそう言って私に手のひらを向け、天使のように微笑んだ。

 

要は自分も同行する。という事だろう。

その微笑みで漸くカメリアの意図を読み取った私は、深くため息をついた。

 

 

悪魔(てんし)め。」

 

 

私は複雑な表情でカメリアを睨みつけつつ、カメリアの手のひらをパチンと叩いた。



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無量の深淵へ

桎梏編はここから東方要素がほとんど無くなります
まぁ桎梏編に関してはオリジナル作品だと思って気楽に読んでくれたらアマリリス嬉しいな


後方でのんびりしていた蓮メリが陰から私達をこそこそと見ている。

その目から見てとれる感情は、怯えというよりは戸惑いに近い。

蓮メリは顔を見合わせて何やら小声で話しているようだ。

 

 

「えっ、あんな躊躇いもなく恋仲に銃向けれるものなの?」

 

「なんなら発砲してたわ…私達の常識では測れない何かがあるのねきっと…」

 

 

コソコソ話も静かなこの空間では明瞭に聞こえるものだ。

2人はどうやら、先程のカメリアを見て戸惑っているようである。

 

いや、至極当然の感情だよね。

仮に軍人だとはいえ、味方への発砲はもちろん、銃を向ける事すらもそう簡単にはしないから。

カメリアがバグってるだけだから。

 

…は?カメリアのことバカにすんなよ?私の恋人だぞ?

 

いや、情緒どうした。

 

 

「…カメリア、ひとまず二人を安全な所まで送りに行こっか。」

 

「そうね、あの子達だけでは少し不安だものね」

 

 

閑話休題

この先は蓮子とメリーにはあまりにも危険すぎる。

先を急ぎたい気持ちもあるが、今は二人を安全な所まで護衛するのが先決だろう。

戦場を生きていた私達は命のやり取りなんぞ慣れっこであるが、二人は何の変哲もない一般人なのだ。

 

いや確かにどことなく普通じゃない雰囲気はあるけど、それは別としてね。

 

 

「蓮子、メリー。ここから先は私達だけで行くから安全な所まで送るよ。」

 

 

そう言って、私とカメリアは陰に隠れている蓮メリのもとへ歩を進めた。

 

すると突然鳴り響いた異音と共に、私は強引に体を引き寄せられた。

 

 

「灯音ッ!大丈夫?」

 

 

どうやらカメリアに肩を引き寄せられたようで、カメリアは酷く焦ったような表情を私に向けている。

 

 

「えっ、大丈夫だけど…。」

 

 

状況がよく理解出来ず、ふと自分がさっきまで居た地点を見た私は絶句した。

 

 

「何…………。」

 

 

見るとそこには、大きなヒビが入っていた。

 

それだけならまだ良い、まだ理解できる。

 

そのヒビの中は無限を疑うほどに奥まで続いており、数多の小さな光が煌めいていた。

 

その光景は、まさに───

 

 

「宇宙………。」

 

 

床下に宇宙が広がっている。

不可解極まりないその光景に、私は絶句した。

 

それ故に、判断が遅れてしまったのだ。

 

 

「ッ!カメリアッ!」

 

「灯音…ッ!」

 

 

そのヒビは瞬く間に通路全体を支配し、私は手を伸ばす暇も与えられずに()()()()()()()()()()

 

 

近くにいたはずのカメリアは、既に天上で小さくなっている。

 

たった一人、宇宙によく似た奈落に落ちてゆく。

 

この瞬間、私の脳裏に過ったのは今朝の夢。

儚く美しい、しかしそれでいて何処か不気味な空間。

そんな景色に囲まれながらも不可視の存在によって囁かれる恐怖の記憶。

 

決して良いものでは無い。良いものでは無い…はずなのだ。

なのに何故か私は今、今朝の夢にもこの状況にすらも言いようのない心地良さを感じてしまっていた。

 

 

「……あはは。」

 

 

宇宙のような奈落なのか、はたまた奈落のような宇宙なのか。

皆目見当もつかないその空間で一人、私は不可解な笑みを浮かべていた。




“柊 灯音”としての物語はクライマックス


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桎梏編・深淵
渇仰者メアリー


ふと、私は覚醒した。

 

須臾に私の瞳に映ったのは、武骨な濃灰のタイルだけで構成された地平線。

不可解な場所に首を傾げ、空を見上げる。

しかし天上は、一面が黒い海で覆い尽くされていた。

 

ポケットから見慣れた“平和”を取り出し、その中の一本を口に咥える。

何処に入れたかも忘れたジッポの行方。

それを自身の衣服をぽんぽん叩くことによって探っていると、既に手の中に収まっている事に気付いた。

 

何故かその現象を訝しげに思う事もなく、咥えた煙草に火を灯す。

 

不可思議極まりない現象、あまりにも不自然な光景。

しかし私はその光景に何故か納得していた。

 

決して覚えのない景色、しかしどこかで覚えのある感覚。

 

 

「あぁ…おかえり、灯莉。」

 

 

まばたきの瞬間に忽然と現れた妹の姿にも、やはり違和感を示すことは無かった。

妹…灯莉は静かに私に近づき、いつの間にかその手に握っていた包丁を──

 

 

 

 

 

 

「さよなら、お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

───己が首に突き立てた。

 

その瞬間、無限とも思える程の広大な濃灰のタイルは真っ赤な曼珠沙華に埋め尽くされ、天上の黒い海が鳴動を始めた。

そして鳴動し始めた天上の海からは、肉片を繋ぎ合わせたような異形の生物が次々と降り立ち始める。

 

あぁ、これが私のエンドロールなのか。

 

困惑する事も恐れる事もなく、私はただ納得して立ち尽くしていた。

 

迫り来る異形の怪物達。

それらの鋭く尖った腕が罪人を狩り取ろうと、私のすぐ眼前に迫る。

 

 

しかし、私を狩り取ろうとしていた異形の怪物達は目前で動きを止めた。

 

いつの間にか、それらの身体からは十字架が()()()()()

 

 

「キミは殉教者には成り得ないよ」

 

「…ッ!!!」

 

 

突如背後から届いた聞き慣れぬ声によって私は正気を取り戻し、振り返るとそこにはクリーム色の長髪を下ろした女性が立っていた。

 

ゴシック調の黒ドレスを纏い、どこか幽鬼のような雰囲気を漂わせる風貌の彼女は、その手に背丈程もある十字架を携えている。

 

 

「……本当に危なかった、ありがとう。」

 

「構わないさ、私は使命を全うするだけだよ」

 

 

中性的な口調でそう言った彼女は、手に携えた十字架を地に突き立て、目を瞑ってボソリと呟いた。

 

 

「“真理”」

 

 

すると周囲の風景が異音を立てて崩れ落ちた。

この世のものとは思えない無限の空間は忽然と消え去り、在り来りな地下通路そのものへと変貌したのだ。

 

私は須臾に、夢から覚めたような感覚に陥った。

 

 

「ごめん、まだ名前を聞いてなかったよね。私は灯音、あなたは?」

 

「メアリー、神の渇仰者さ」

 

 

クリーム色の長髪を耳に掛け、彼女…メアリーは短略的な自己紹介をした。

 

渇仰者…彼女の武器、装飾から大方察しはついていたが、やはり彼女は神を強く信仰しているらしい。

 

それも、かなり信心深い。

 

この手の人間は己が信じた神の為のみに全てを捧げる傾向にあるので、この先も協力してもらえるかは怪しいが…

もし手を借りることが出来たなら、それはとても大きな戦力増強になる。

 

可能なら、逃したくない絶好のチャンスだ。

 

 

「メアリーは何故こんなところに?使命があるって言ってたけど…。」

 

「キミが考えている事は分かっているよ、手を貸してほしいんだろう?」

 

「うっ……そうだね、手を貸してほしい。」

 

 

気怠げながらも鋭い彼女の指摘に、私の体はピクリと反応した。

一度メアリーの目的を聞いてから協力を仰ごうと思っていたのだが、そんなつまらない小細工は彼女には通用しなかったようである。

 

さて、どう返してくるか…

今の余計な小細工のせいで、期待値はかなり下がってしまったように思えた

 

 

「キミが背教者でないのであれば、私は一向に構わないよ」

 

「え………。」

 

 

しかし彼女はそう言って微笑むと、私に背を向けて歩き出した。

 

色々な意味で問答無用。

そんなメアリーの雰囲気に、なぜか私はカメリアの姿を重ねてしまったのであった。

 

 

「………カメリア、無事でいて。」



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憎悪、信仰、覚悟

俺は最早、人ではない。

かといって異形の存在というわけでもないが…生憎、人と呼ぶには俺の魂魄は怨念を纏いすぎた。

 

俺は自分がどこから来たのかなんぞ全く覚えていない。

ただ為すべき“宿命”があるのだと、それだけは理解している。

 

別に、それだけで構わないのだ。

俺の脳が深く考えるのを激しく拒んでいる。

 

俺は恐らく、そういう性格なのだろう。

 

気づけば俺は魔界の僻地にて、十字架愛好家の暗い女と作戦会議をしていたのだ。

 

怨念の雷が身体中に走り、俺を突き動かしていた。

少し呆けていようと、その雷による僅かな痺れが俺に“宿命”を再認識させる。

 

 

「悪夢は、俺が終わらせる」

 

 

俺は真っ暗な廃街のど真ん中で、雲に覆われた真っ暗な空を見上げて呟いた。

黒衣と雷に包まれたこの人ならざる身では、最早冷たい風など感じる事は叶わない。

 

そうやってぼーっと突っ立っていたのだが、突如鼻を突くような異臭と、妙に精神を逆撫でするような暗い呻き声が耳に届いた。

 

ああそうだった。

内に秘めた感情と膝を突き合わせている余裕なんぞ今は無い。

俺は数分前、地下通路にて時空の崩壊に巻き込まれかけていた女二人を楽園に転移させたのだ。

 

 

「悪いが、お前さんの獲物はもう居ねぇぜ」

 

 

俺が振り向くと、そこには亡者が立っていた。

死肉のような身体、虚空を見つめるような暗い眼孔。

 

亡者としか言いようのない化け物、他に其れを表せる言葉など存在しなかった。

 

 

「さーて、さっさとあの陰気な女と合流しねぇとな」

 

 

俺の掌から射出される暗黒。

その暗黒は酷く冷たく、それを覆う細い光がバチバチと明滅していた。

 

憎悪、怨念、悪意

俺を形成するのは、負を纏った暗黒の雷。

 

全ては、悪夢を終わらせる為───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い地下の監獄のような空間に冷たい風が吹き付ける。

さながら季節外れのクーラーといったところか。

この冷風で私の熱が冷めやらぬうちに、奥部へと足を進めなければ。

 

私の隣で同じく足を進めているメアリーは一言も喋らず、ただ前方に広がる闇を見つめていた。

 

闇に待ち受ける悪夢に恐れていないわけではない、恐れないわけがない。

この五体は戦場という金槌によって鍛えられた。

しかし、傭兵である以前に私は人間なのだ。

 

恐れを知らぬ兵士など、異形の怪物と何が変わろうか。

 

メアリーの魔術によって生み出された光源だけが頼りの暗黒で、踵と石床をぶつける音と二人分の微かな呼吸音だけが響いている。

 

 

「暗いな…。」

 

「……」

 

 

メアリーは変わらず彼方を見つめながら口を閉じたままだ。

彼女は自分を渇仰者と言っていたが、一体なんの神を信仰しているのだろうか。

“背教者でないのなら一向に構わない”と言われても、なんの神を信仰しているか定かでないのだから私が背教者でないという保証はどこにもない。

どこに地雷があるか分からない以上、あまり下手なことは言えないのが現状だ。

 

 

(なんか…一昔前の私みたいだな。)

 

 

思えば少し前は私も必要最低限の会話しか交わさず、返事も素っ気なくすることが多かった。

クールキャラを気取っているわけではないが、単純にコミュ障というわけでもない。

ただ、あんまり喋りたくないだけなのだ。

 

……これってコミュ障?

 

 

「…!」

 

 

なんて、くだらないことを考えていると、前方の暗闇から別の足音が聞こえてきた。

 

私は即座に回転式拳銃を召喚し、正体不明の音に銃口を向ける。

もちろん隣の彼女もその足音には気づいているはずだが、特に臨戦態勢をとるような素振りはない。

 

 

「さて、その方は背教者かな?」

 

 

メアリーが眉ひとつ動かさず無表情で軽口を叩くと、やがて足音の正体が暗闇から姿を現す。

 

子気味良い足音に合わせて左右に揺れる白髪、肩に乗せた巨大な大刀、無造作に携えた裸の打刀。

背にいっぱいの闇を拵えているからこそ透過しているように見える底無しの冥い瞳。

 

何故だろうか、一目で分かるはずの大切なその姿を見た私は…

 

 

「うん…?」

 

 

“どこかで見たな”と思ってしまった。



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神託は十字にて

純白の彼女は夢に堕ちた。

彼女は夢に翻弄され、さて自我を保てるのかと。

 

答えは、否。

 

 

「あぁ…」

 

 

遠のく意識

膨れ上がる劣情

また遠のく意識

 

脳髄に響き渡る感情は愛?憎悪?愛?憎悪?

 

憎悪

憎悪

憎悪

 

 

「カメリア…だよね?」

 

「あら覚えててくれたのね、嬉しいわ。会いたかったわよ、灯音」

 

 

楽園の森で再会したあの時から、彼女は夢に侵されていた。

その身が人であったならば、自我を取り戻す事など有り得ないだろう。

 

皮肉にも、忌み嫌ってきた己の混血が彼女を救ったのだ。

 

十字の信仰により賜った神託にて、私は真理を知り得た。

そうか、今目の前にいる彼女こそがカメリアか。

 

 

「興味深い、実に興味深いとも」

 

 

土地が違えど、彼女もまた立派な渇仰者。

月光を信仰する気持ちは理解に苦しむが、彼女にとっての月光は私にとっての十字と相違無いのだろう。

長い前髪によって覆い隠された瞳を三日月状に細め、私は十字架を地に突き立てた。

隣の灯音が不安げな瞳で私を見つめる。

 

 

「メアリー。彼女は味方だけど、今は…。」

 

「理解っているさ、安心するといい」

 

 

灯音を宥め、静かに瞳を閉じる。

私の手になる魔術の基本は祈祷、信仰だ。

己が内に秘めたる十字への信仰を、限りなく高まった純度で流し込む。

果たしてこれは魔術と呼ぶのか…なかなかどうして不可解ではあるが、客観視するとそう見えるのであればきっとそうなのだろう。

 

信仰によって賜った奇跡の種別など、心底どうでも良いことだ。

 

 

「んふっ…ふふふ…灯音ェ〜!!!!」

 

 

十字に信仰を注いでいる僅かな間だったが、カメリアは傀儡のように不安定な動きで灯音に襲いかかった。

カメリアの大太刀が振り上げられ、ハーフヴァンパイアの膂力によって強く振り下ろされる。

いくら戦闘経験が豊富とはいえ、真人間である灯音の柔らかい体では簡単に分断されてしまうだろう。

 

しかしそんな事を許すほど、私は甘くない。

 

 

「暁光」

 

 

詠唱は不要。

祈祷によって信仰は充足に注がれた。

突き立てられた十字架から満ち溢れる暖かな光が、冷たい闇を包み込む。

その瞬間カメリアの動きがピタリと止まり、代わりに両の手の武器を落としてもがき始めた。

 

 

「うっ…うぅ……あぁっ!」

 

 

極光というわけではない。

しかし夢に侵されているカメリアにとって、その光は劇毒と相違なかったようだ。

その劇毒により、カメリアに纒わり付いていた違和感は黒い鏡を割ったように弾け飛んだ。

 

 

「カメリア!」

 

 

喉が詰まるような喘ぎ声が治まり、脱力し倒れゆくカメリアの体を抱き留める灯音。

恐らくこの2人は恋仲なのだろう。

悪夢に囲まれたこの状況で随分と呑気なものだが、別段私の使命に支障をきたすわけではない。

 

そもそも恋愛だとか友情だとか、そういった感情は私には理解ができない。

軽んじているわけではなく、単純に理解が及ばないだけなのだ。

 

いや、それこそ些事か。

私に求められているのは使命の完遂、ただそれだけだ。

 

 

「メアリー、カメリアに何したの?」

 

 

カメリアを抱き抱えながら、不安そうな目を私に向ける灯音。

ニュアンス的には少し憤りを感じかねない物言いだが、ただ心配なだけなのだろうということが灯音の口調や表情から読み取れた。

 

 

「…一時的だが、彼女を苛む悪夢を取り払っただけさ。じきに君のよく知る彼女が目覚めるだろうね」

 

「そっか、よかった。ありがと。」

 

 

私が真実を告げると、灯音はとても分かりやすく安堵の表情を浮かべた。

灯音がカメリアに向ける感情の全てには例外なく愛が多分に含まれている。

羨ましい限りだ。

 

 

「しかし、これもまた悪夢のひとつ…幾重にも積み上げられた台本は、未だ佳境には至らない」

 

 

この世界、この時空、この夢…

総じて奴の手になるもの。

その呪縛から逃れようといくら藻掻いても、それもまた奴の筋書きだろう。

 

 

「であれば、なんだというのだ?」

 

 

そう呟きながら、突き立てた十字が重い金属音を響かせる。

心底くだらないものだ。

それこそ、奴からすれば私の信じる神ですらも些細な存在なのだろう。

 

しかしそれ故に、幽鬼のように無気力な私が覚醒するというものだ。

奴がどのような悪夢を創ろうと、私にとっての全能は神以外に非ず。

 

眼下では未だ灯音がカメリアを抱き抱えている。

そんな二人を横目に、私は歩き始めた。

 

 

「灯音、先を急ごう」

 

「…うん、わかった。」

 

 

私は私の使命のため。

仲間との約束も勿論兼ねてはいるが、所詮は附帯した一点に過ぎない。

 

背教者を、殺す。

私にも慈悲はある。だからこそ、殺す。

何者であれ、全てにおいて死こそが救済なのだ。

奴がどんな背教者であっても、殺す前に我が神の偉大さを説けば、死しても殉教者たり得るのだから。

 

どれほど教えに反したとて、殉教という末路を辿るのであれば幸福極まりないことであろう。

 

私は思わず口角を吊り上げて灯音に語りかけた。

 

 

「いよいよ最終局面だよ。キミの物語も、私の物語も」

 

「……そう、なのかな。」

 

 

士気を上げる為の言葉だったのだが、灯音の反応はどうにも歯切れが悪かった。

大小問わず、きっと彼女にもまた重い結末が待っているのだろう。

 

私はそう解釈し、特にそれ以上考えることも無く再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けれど、悪夢の輪廻には抗えないよ。」

 

 

灯音の消え入るように小さな呟きは、私の足音に掻き消された。



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善悪の乖離

「…はぁ、いくら騒霊でも体が持たないよ…」

 

 

私は博麗神社の縁側で横になり、悪態をつきながら青空を眺めていた。

私がかつて己の中に招き入れた魂がいるのだが、現在そいつの状態が非常に悪いのだ。

 

その精神状態は霊体の持ち主である私にもある程度の影響を与える。

この状態が続けば私、カナ・アナベラル自体も消えかねない。

私は瞳を閉じて思考の中で文を構成することで、内に眠るもう一人との会話を試みた。

 

 

『ねぇ、貴女も本当は気づいてるんでしょ?』

 

『………』

 

 

返答はない。

 

 

『……灯莉、返事して』

 

『…違う』

 

 

彼女は、自分が柊灯莉であるということを頑なに認めようとしない。

私、カナ・アナベラルと一体化することで“柊灯莉であるという事実”を否定したかったのだろう。

しかし、魂そのものが変容することは有り得ない。

 

 

『違くない。そろそろ現実に…悪夢に向き合おうよ』

 

『違う!!私は柊灯莉じゃない!!!』

 

 

魂に直接響く叫びが突如轟き、思わず顔を顰めてしまう。

私はかつて、柊灯莉の魂を引き入れた。

その時の灯莉の身体はとてもボロボロで、霊魂そのものも弱まっていた。

 

柊灯莉その人と、強い神力を宿したもう一人の魂。

この二つの霊魂が灯莉の中に存在していたのだ。

 

 

「……灯莉のお姉さんは今、必死に悪夢と戦ってるんだよ」

 

「………」

 

 

灯莉は尚も心を閉ざしている。

結界渡りをしたとて、この霊体は所詮カナ・アナベラルという低級騒霊のものなのだ。

そんな騒霊に一体何ができようか。

なすすべもなく、悪夢の主によって簡単に消滅させられるだろう。

 

 

「…この物語、終わらせるのは灯莉だよ」

 

 

私はそれだけ言い放ち、静かに瞳を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰が舞い散る瓦礫の山。

その上に座した肉体に私が宿った。

金色の髪が揺れ、ゆっくりと開いた瞼からは赤い瞳が顔を覗かせている。

 

何故か今の盃には、肉体の持ち主が居ない。

 

 

「かねて祈りは潰えました」

 

 

念じることで指先から光球を生み出し、そこに映る映像を眺める。

暗い通路を、黒髪の女が白髪の半吸血鬼を抱えて歩いている映像。

彼女らは着実に玉座へと距離を詰めている。

 

 

「どうも不自然ですね」

 

 

彼女達があれほどの悪夢から自力で覚めたとは到底思えない。

私が配置した異形達も、こうも早く突破できるなんぞ有り得ない。

何かしらのイレギュラーが発生しているはずだ。

 

映像をよく見てみると、彼女ら2人の三歩先辺りで微妙に歪んでいる点を見つけた。

訝しげに思った私は顎に手を当てる。

 

 

「……ふむ」

 

 

人の形にも思える歪みだが、輪郭は全く掴めない。

上位の存在である私の力を持ってしても認識できない存在。

もし彼女らを導いている存在がいるとすれば、十中八九この歪みの主だろう。

 

 

「貴方は……どなた?」

 

 

盃に、私が帰る。

 

 

「大丈夫だよ、天使さん」

 

 

私は歪んだ笑顔を浮かべながら唇に指を当てた。

 

 

「大好きなお姉ちゃんには、何度だって素敵な悪夢を見せてあげるから」

 

 

未だに夜が明ける気配はない。当然悪夢も終わらない。

悪夢を見るというのは幸福極まりないことであるのに、どうして覚醒したがるのか。

 

私に宿る天使の霊魂から神力を拝借し、文献の存在を召喚する。

()()、異端の偶像が実体化されるのだ。

 

()()()()()()が、再び盃に戻る。

 

 

絶望を焚べましょう(Burn despair)

 

 

私はそう呟き、ゆらゆらと揺れる灯にキンセンカの花弁を焚べる。

 

暗い通路に、黄色い印が浮かび上がった



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黄衣の王

カメリアを背負いながら通路を歩き続けること数分、ずっと代わり映えのなかった通路に突如変化が訪れた。

 

 

「なんだここ…。」

 

 

思わず立ち止まって眺めてしまうほどの変化。

壁には数多もの鏡が出現し、足元には黄色い印が浮かび上がっている。

パッと見は暗くてよく分からなかったが、よく見てみるとそれはどこかで見覚えのある印だった。

 

 

「嫌な感じだけど…思い出せない。」

 

「黄の印か、大物が来たね」

 

 

メアリーはこの印を知っているらしい。

その意味を追求しても良かったが、静かに十字架を構えるメアリーに倣って、私もライフルを召喚して構える。

 

直感が「今すぐ引き返せ」と警告を発している。

しかし、それでも私は逃げるわけにはいかない。

尋常ではない悪寒によって身体中に鳥肌が立ち、額からは冷や汗が垂れる。

別に気温が下がった訳では無い。しかしそこには確かに冷気が満ちていた。

 

やがて前方の暗闇から人影が現れた。

目測で七尺程の巨体を黄色い衣で包んでいる。

頭部をすっぽりと覆う程のフードを深く被っているので輪郭は掴めないが、それが異形であることを私は直感的に理解した。

 

 

「…これが“黄衣の王”。」

 

「ご明察。奴は異星の邪神、ハスターだね」

 

 

異形に於いてのメアリーの知識量は頼もしいが、時々どうにも不気味に思えてしまう。

何故こうも詳しいのか、何故これらに対して恐れないのか。

実はメアリーは人間ではなく、妖の類だったりするのだろうか。

謎は深まる一方だ。

 

 

「…っ、止まった…?」

 

 

私達の数歩先で立ち止まった黄衣の王は突如、両腕を広げた。

腕を広げたことで捲れた袖から、蛸足のような触手が何本か現れる。

記述通りの異形に、再び滲む冷や汗。

 

 

「私が相手をしよう。君は下がっているといい」

 

 

珍しく好戦的なメアリーは私にそう言うと、背丈ほどの十字架を肩に乗せた。

メアリーに任せれば大概の異形はどうにかなるだろうし、この黄衣の王ですらも例外ではないだろう。

しかし私は首を縦には振れないでいた。

 

とてもありがたい申し出だが、これは私の戦いでもあるのだ。

 

そんな私の心を見透かしたメアリーは、手のひらサイズの十字架を片手で2つ取り出しながら更に言葉を続けた。

 

 

「…君の考えは立派だが、彼女のことを失念していないか?」

 

「…っ。」

 

 

そうだ。今カメリアは戦闘不能だ。

どちらかがカメリアについていなければ、カメリアに何かあった時に助けることが出来ない。

私は何を焦っていたのだろう。

この城に入ってからどうにも頭が回らない。調子が出ないのだ。

 

 

「…わかった。お願い、メアリー。」

 

「我が神を軽んじ、害し、あまつさえ滅するなどと宣うか。ハスター、どうやらキミは一線を越えてしまったようだ」

 

「…。」

 

 

黄衣の王はメアリーに任せ、私は彼女の言う通りにカメリアを抱えて後ろに下がった。

既に戦闘モードに入ったメアリーは私の言葉には応えず、黄衣の王に向かって何かを呟いている。

 

何も語らない黄衣の王と会話をしているように聞こえるが、メアリーには一体何が聞こえなにが見えているのだろうか。

 

人外の部門に於いて普遍的な知識しか持ち得ない私では、彼女の理解は到底及ばないようだ。

 

 

「十字の信仰の下に、キミを救済しようか」

 

 

“救済”

メアリーはそう言うと二つの小さな十字架を黄衣の王の足元に投げつけた。

硬質な石床を刺し穿ちた十字架は淡い光を放ち、やがて对になるように二本の光柱を形成する。

 

 

「偶には月の魔術とやらを拝領しよう」

 

 

長い前髪の隙間から見えたメアリーの瞳が金色に光る。

すると神々しく突き立てられた光柱から突如黒い靄が発生し、一変して黄衣の王は暗闇に包まれた。

 

 

「“暁闇”…信仰には値しないが、月に由来する魔術は興味深いものが多いね」

 

 

もはや完全に隠れきってしまった黄衣の王に、メアリーは続けざまに光線を放つ。

蛸が焼けたような匂いが辺りに立ちこめ、場違いながらも私の空腹感を煽った。

 

光線が命中したのを確認したメアリーは腰に提げていた細身の十字剣を抜き放ち、未だ暗黒に包まれたままの黄衣の王に駆けていった。

現状ではメアリーが黄衣の王を圧倒している。

 

でも物語には定石というものがあって

 

突如として反響する金属音。

なぜ黄衣の王に対してそんな音が鳴るのか皆目見当もつかないが、答え合わせは間髪を入れずに始まった。

どこから取り出したのやら、光り輝く大鎌が黄衣の王の袖から露出していたのだ。

 

 

「ほう、光の錬成魔法か。意外にも小器用な芸を披露するじゃないか」

 

 

そんな予想外の展開にも関わらず、剣を手離さなかったメアリー。

むしろ冷静に相手の術を分析し、あまつさえ気の利いた冗談を投げる余裕すらある。

 

私にはこの渇仰者を尊敬すると同時に、ひたすらに不気味で堪らなかった。

 

メアリーは黄衣の王と会話をしているようにも見えるが、対する黄衣の王は依然として何も語らない。

それどころか「耳を傾けるまでも無い」と言わんばかりに、黄衣の王は光り輝く大鎌をその場で振り抜く。

 

その瞬間、壁に掛けられた数多もの鏡が音を立てて割れた。

鏡が割れたことで、幾重にも折り重なった鏡像が壁一面に展開される。

 

すると突如、予想外の方向から聞き慣れた声が届いた。

 

 

「……素敵な目覚めね」

 

「っ!大丈夫?」

 

 

今の今まで気を失っていたカメリアが良くも悪くも虹彩に光を通した。

狂気に満ちていたような精神も、どうやら落ち着いたらしい。

 

 

「大丈夫じゃないわ…なんて冗談を抜かすくらいには大丈夫よ」

 

 

今にも失神しそうな程に顔色が悪いカメリアだったが、私を心配させまいとしているのだろう。

彼女は分かりやすい嘘を吐いた。

本意を見抜かれる事なんぞ、深く理解しているから。

 

 

「……そう、安心した。」

 

 

だから私も嘘を吐く。

本意を見抜かれる事なんぞ、こちらとて同じこと。

だからこそ、嘘の掛け合いで気を紛らわせているのだ。

 

しかし、そんな束の間の安息が続かないのは当然なことで。

続けざまに憂いと憤怒を帯びた声でカメリアが切り出した話───

 

 

「灯音、全て思い出したわ」

 

 

それは私の心を揺さぶるには充分すぎるものであった。



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戦線復帰

黄衣の王、真名をハスター。

その名の通り黄色の衣を纏っている異形の存在。

 

黄の印、エルダーサインが彼を象徴している。

 

数多の触手で構成されたようなその姿が特徴的だが、見落としがちな大きな特徴がもう一つある。

それは、“狂気”“洗脳”という点に於いてとても大きな関係を持っていることだ。

 

 

「私が幻想郷に居たのも、貴方を襲ったのも、全て彼奴の手になるものだったのよ」

 

「でも…あれは夢幻館の陰謀だったんじゃ…。」

 

 

あれは夢幻館の陰謀によるもののはず。

そう言いかけて私は思い出した。

 

先程の既視感の正体。

かつて森で再開した時、カメリアの瞳に浮かんでいたものだった。

 

それに加えて、燻莉がカメリアを知っていたこと。

幽香自身がカメリアに一度も視線を送っていないこと。

くるみが「偶然の産物」と言っていたこと。

 

夢幻館の事件から私は少し考えることがあった。

 

もしも燻莉が悪夢に呑まれていたとしたなら──

それは夢幻館ではなく、全てに於いて灯莉の手になるものではないのだろうか。

もちろん、まだ灯莉がそうであると確定した訳ではない。

 

私の中のヴィランは灯莉ではなく、燻莉なのだ。

けれど何故か、本能が否定を止めない。

 

それはそう。

悪夢とは、望まないものだからこそ悪夢なのだ。

 

嫌だ、嫌。

信じたくない。

 

 

「……私は()()()呑まれた、ここで決着をつけるわ」

 

「あっ……。」

 

 

そんな黒い渦に引き込まれているうちに、カメリアは黄衣の王に向かって行ってしまった。

手を伸ばしても、既に届かない。

 

戦場で鍛えられたはずの私の身体は、ただ震えるのみで言う事を聞こうとしない。

肌を刺すような恐怖、深い水底に堕ちていくような失意。

 

 

「ふふっ。弱いね、私。」

 

 

乾いた笑いと反比例して縦に湿る頬。

人は己の弱さに気づいた時、また一つ強くなるという。

そんなもの、この悪夢の中では世迷言に過ぎない。

 

最愛の人に守られ、最愛の人を守る。

そう決意したはずなのに、私は一方的に守られている。

こんなもの、ヒモと何が変わろうか?

 

 

「おや月光の信徒、お目覚めかい?」

 

「貴女の事はよく知らないけれど、借りがあるのは理解しているわ」

 

「ならば今、この大物を以て返してもらうとしよう。私はせっかちなんだ」

 

 

頭を垂れる私の前では、カメリアとメアリーが黄衣の王に向かっている。

 

底の知れぬ渇仰者、メアリー。

月光を拝領する半吸血鬼、カメリア。

 

彼女らであれば、この大物らしい黄衣の王も難なく打ち倒すだろう。

それはそう、メアリーだけでも容易いだろうね。

 

ならば私はここで座っていても、構わないのではないか?

全て投げ出して、二人を待てば良い。

そうして目を瞑っていれば、いずれ誰かが私を起こしてくれる。

 

だから、おやすみ。

 

 

「……なんて、冗談は止してよ。」

 

 

弾ける火薬

跳ねる空薬莢

 

 

「灯音…?」

 

「ほう、3人パーティとは粋じゃないか」

 

 

気づけば私の手には、銃口から煙を放つマークスマンライフルが握られていた。

 

脳を使うのは終わりだ。

なーんにも考えず、経験豊富な己の五体に身を任せればいい。

 

 

「私は元傭兵、アカネ・ヒイラギ。人呼んでфинишер(終わらせる者)。」

 

 

私はこの悪夢を終わらせる。

ヴィランが燻莉だろうが灯莉だろうが、これが悪夢であることに変わりはない。

 

夢は覚めるもの。

エンドレスナイトなんて冗談じゃない。

 

私は悪夢の中でも狩人であり続ける。

 

 

「ククク…創作的な展開になってきたようだ」

 

「…ふふ。私の鬼嫁は怖いわよ、ハスター?」

 

「誰が鬼嫁だ、惚気女。」

 

 

不気味に笑いながら冗談を投げるメアリー。

一拍置いて、微笑みながら揶揄うカメリア。

それに怒る私。

 

そう、これでいいのだ。

命を賭ける時は楽しまなければ意味が無い。

 

 

「こんな噛ませ犬、一瞬で殺すよ!」

 

 

何度迷おうとも、何度間違えようとも

生物が行き着く先は等しく“死”であるのだ。

 

であるならば、私は己が信ずる道を進むのみ。

灯莉や燻莉に、ましてやこんな偉そうな触手野郎にどうこうされる筋合いは無いのだ。

 

黄衣は破れ、触手が弾ける。

9mmの熱が貫き、刃が切り裂き、十字が消し潰す。

打ち合わせたかのような子気味良いリズムで、一連の流れは行われた。

 

もはや動かぬ肉塊も同然となった黄衣の王を見下ろす。

 

 

「頭を低くして生きないと弾が当たるよ。」

 

 

新しく召喚したショットガンの弾を装填し、銃口をその頭に突きつける。

 

 

「こんな風に、ね。」

 

 

私の指先は湾曲した金属に触れ

 

やがて、引かれた。

 

狂気と洗脳の権化が、今ここに没したのだ。



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最終決戦

黄衣の王を打ち倒し、私達は赤錆の目立つ扉の前に辿り着いた。

それは、先程までの無機質な石畳とは少し時代感の異なるものであった。

石畳を中世と例えるなら、この扉はまさに平成といった趣。

平成の廃工場とか、まさにこんな雰囲気だったように思える。

 

 

「私は魔術とか奇跡には明るくないけど…この先が異様だっていうのは、わかる。」

 

「えぇ…その通りね。この扉を開けた先には、きっと極めて強大な存在が待ち受けているわ」

 

 

時代感の差異。

それだけならなんてことはない、似たようなものを探せばいくらでもあるだろう。

しかしそれを抜きにしても、この扉からは異様な気配が漂っていた。

 

想像を絶する程に歪められたような空気。

現世とは到底かけ離れた次元。霊界、冥土…

 

……悪夢。

 

そんな邪悪な気配がひしひしと感じるのだ。

長いこと、幻想郷という非常識な理に囚われていた故の感覚が、私をそうさせているのかもしれない。

しかし、それはどうでもいいことだ。

 

能力があることを除けば、至って凡人の私が感じ取れるレベルの気配であることが問題なわけで。

 

 

「ふむ」

 

 

恐れ…はもちろんある。あるに決まっている。

恐れを抱かない者など、異形と何が変わろうか。

 

だからと言って、進まない理由にはなり得ない。

ここまで来て“やっぱり帰ります”など、この2人が許しても私自身が許せないのだ。

 

 

「よし…行こう。」

 

「えぇ」

 

 

己を鼓舞する意味も込めた言葉と共に、私が扉の取っ手に手を伸ばそうとすると、突如腕を掴まれる。

後方を見やると、メアリーが指を口元に当てながら首を振っていた。

 

 

「小癪にも、この扉には高度な呪いが施されているようだ。抗呪の法を用いねば扉に触れた途端お陀仏さ」

 

「呪い。」

 

 

そう言うと、メアリーは十字状の短剣を己の手に突き刺した。

血色の悪い色白の肌から流れ出した鮮血が、無機質な石畳に滴り落ちる。

 

 

「“呪禁”」

 

 

メアリーがそう呟くと、淡い光がその身体を包み込んだ。

 

 

「メアリー、それは?」

 

 

華奢な手を貫いているというのに眉一つ動かさないメアリーに少しの恐れを抱きながら問い掛けた。

短い付き合いだが、私はメアリーの異常性を深く理解し始めている気がする。

 

神を強く信仰する類の人間は、大概が逸脱した精神力を持ち合わせていると言うが、メアリーはその領域を遥かに凌駕していた。

 

そんな私の心境など意に介すことなく、メアリーは平然と答えた。

 

 

「己の血液を触媒とした抗呪の法さ。キミ達は一歩後ろに下がっていると良い」

 

 

メアリーはそう言うと、淡い光を纏った手で不気味な扉に触れ、焦らすこと無く押し開いた。

不快なカナギリ声をあげながら開かれた扉の先から、吐き気を催す程の高圧な魔力が吹き出し、思わず嗚咽してしまう。

 

扉の先に待ち受けていたのは大広間。

朽ちた天井からは月光が降り注ぎ、広間の中央に積み上げられたガラクタと、その頂上に座した少女を照らしていた。

 

 

「…納得しました、貴女が絡んでいたのですね。」

 

 

とうに死したはずの妹、柊灯莉の姿をした少女は、その容姿に似合わない丁寧な言葉遣いでにこやかに語りかけた。

その目線は私でもカメリアでもない、メアリーに向けられている。

 

 

「当然だとも。我が神を侮辱する存在、愚妹マリア。」

 

 

一転、灯莉の瞳から感情が消え失せた。

 

 

「巫山戯るなよ、イカれた渇仰者が」

 

 

先程までの雰囲気とは打って変わった態度に、私は思わず目を見開いてしまう。

こんなの、絶対に灯莉じゃない。

灯莉の肉体を乗っ取った悪魔に違いない。

 

 

「お前は、誰だ。」

 

 

私は少女を睨みつけながら、即座に召喚したポンプショットガンの銃口を少女に向けた。

メアリーは愚妹と言っていたが、それはそのままの意味なのだろうか。

灯莉と同じ姿をしているだけの、メアリーの妹。

 

少女は何かを思うように目を伏せると、やがて私の瞳を捉えた。

そこに先程のような激情は感じられない。

 

 

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

 

ぱあ、と明るい表情を浮かべながらそう言った少女。

ついさっき覚えたばかりの違和感はどこへやら。

まさに実の妹、灯莉であると断言できるほどの愛らしい笑顔がそこにあった。

 

 

「灯莉…なの?」

 

「うん、そうだよ」

 

 

あどけなさが残る笑顔で灯莉は私の問いに答えた。

 

私は声を震わせながら灯莉に手を伸ばす。

悪夢だなんて全て偽り。創られた紛い物に過ぎない。

 

私の望んだ未来がそこに…だなんて

 

 

「それは、都合が良すぎるよ。」

 

 

ドン、と乾いた音が弾けた。

もう一方の手で密かに向けていた銃口から散弾が発射される。

射出された弾丸は全て灯莉の眼前で時が止まったように停止し、やがて力を失ったかの如く垂直に落下した。

 

 

「15年越しの再会だよ?酷いなぁ」

 

「……プレゼントはお気に召さなかったみたい。」

 

 

違和感はあるけれど、彼女は確かに灯莉なんだと思う。

魔力とか霊魂とか、そういう非科学的な概念に明るくない私だけれど、柊としての本能がそう悟っている。

 

私は妹を愛していた。

いいや、燻莉も弥音も愛していた。

私は無愛想だったけれど、家族は私にとって掛け替えの無い存在だったはず。

 

突如終わりを迎えた日常。

必然か、はたまた偶然か。

 

それが今、目の前で悪魔じみた笑みを浮かべている少女の手になるものなら。

灯莉によるものなら…

 

 

「改めて久しぶり、灯莉。早速だけど…さようなら。」

 

 

私は即座に召喚した手榴弾のピンを抜き、それを灯莉に投げながら、手に持っていたショットガンをレバーアクション式の物に切り替えた。

 

一度後方に下がった私は、隣のカメリアとメアリーを見る。

白くて綺麗なハーフヴァンパイア、カメリア・スカーレット。愛してる。

幽鬼のような渇仰者、メアリー。苗字は知らない。

 

私と目が合ったカメリアが妖艶に微笑む。

 

 

「灯音、貴女が望むなら私はいくらでも命を賭けるわ。こんなに月も白いのだから、派手にいきましょ?」

 

「うん…ありがと、ぶちアゲよ。」

 

 

天空から降り注ぐ雨がやがて晴れるように。

何日越しもの悪夢もやがて終わりを迎えるのだ。

 

終わらせるのは他でも無い、私達。

透き通ってて綺麗な雨と澱んだ悪夢を同等に考えたくはないけれど、畢竟は同じ事。

 

 

「メアリー。」

 

「私は私のドグマに従うだけだよ。気にする事はないさ」

 

「…わかった。最後の戦い、よろしくね。」

 

 

相変わらずと言ったような雰囲気で淡白に答えると、メアリーは十字架に祈り始めた。

ある意味では安心かな。随分と濃いキャラだとは思うけれど、メアリーには散々助けられたし。

 

ああそれと…とメアリーは付け足す。

 

 

「あの少女の霊魂は2つ。1つは私の愚妹、もう1つはキミの妹だ。間違いないだろうさ。」

 

「…うん、なんとなく感じるよ。ありがと。」

 

 

予想通り…だなんて、そんなことを言うつもりは無いけれど。

きっとそうなんだろうなっていう勘が、確かに私の中に存在した。

 

仮に混ぜ物だとしても、やることは変わらない。

 

 

「流石だね、偶像崇拝が過ぎると変に冴えるもんなの?」

 

「…どうも妹という存在は、私には合わないらしいね」

 

 

嫌味ったらしく褒める灯莉に、分かりやすく苛立ちを見せるメアリー。

友人と家族の仲が悪い時みたいな空気感を覚える。

ほら、友達と遊んでたら家族に遭遇してさ。

友達を見ただけで不良っぽいとかなんだとかで親が勝手に友達嫌ったり…みたいな、あるあるだよね。無いか。

 

 

「嫌われちゃった…まぁいいや。あとはよろしくね、天使さん」

 

「天使…?」

 

 

灯莉はそう言うと、空を仰いで両の腕を広げる。

すると灯莉の背から純白の翼が展開され、羽片を散らした。

 

その姿は本当の意味で“天使”のようで───

 

 

私の肌をビリビリと痺れさせるような魔力を容赦なく放ち続ける存在。

翼を展開した灯莉はゆっくりと此方を向き、菫色に光り輝く大鎌を生成した。

 

 

「私は天使“マリア”。一時的に柊灯莉の盃を借用しております」

 

「天使、マリア…。」

 

「天使って鎌を持つものなのかしら」

 

 

あまりの神々しさに唖然とする私とは違い、とぼけたようにツッコミを入れるカメリア。

確かに大鎌を持つのは天使というより死神って感じするけどさ。

 

 

 

「メアリーの…妹?」

 

「えぇ、残念なことに」

 

 

私の問いに対し、両手を上に向けてオーマイガーと言わんばかりのベタなポーズでマリアは答えた。

天使というのは本当の意味で天使なのだろう、であれば姉であるメアリーは一体どういう存在なのだろうか。

 

この姉妹仲だから、色々あるのだろうけど。

 

 

「私はやがて神として顕界する存在なので、抗うのは無茶であると忠告させていただきます」

 

 

口元を吊り上げて私達を挑発するマリア。

隣でメアリーの舌打ちが聞こえた気がした。



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現在、丑三つ時

天使というイメージからは想像もつかない埃と塵に塗れた広間。

しかしそれでいて溢れ出すマリアの神々しさが、その違和感さえも華麗に払拭していた。

 

 

「救済とはいえ、やはり手始めの挨拶は礼節でしょうか」

 

 

マリアは慈愛に満ちた表情でそう言うと、菫色の大鎌をその場で振りかざした。

凝縮される魔力、非術者でさえ視認可能な光は月光の魔力を用いるカメリアにも緊張を顕にさせる。

 

痛烈な攻撃が来る──。

 

直感的にそう理解した私とカメリアが即座に回避の構えをとると、予想通りマリアの斬撃はこちらに牙を向く。

 

 

「“岩窟”」

 

 

しかしその刹那、突如として前に割り込んできたメアリーによって回避行動の必要は無くなった。

 

 

「私が居るのを忘れないことだ、ペ天使め」

 

「…ッ!メアリーがダジャレを…ッ!?」

 

「KYな所も好きよ、灯音」

 

 

十字の大剣をゴツンと床に突き立て、呟くように魔術を行使したメアリー。

岩窟という名称通り、隆起した床面が私達3人の盾になるように展開された。

 

バツが悪そうに舌を打ったマリアは大鎌を肩に乗せ、苛立ちを隠さずにメアリーを睨みつける。

 

 

「1番ペテン師っぽいのはアンタだろ、いくら止水でも薄波(さざなみ)じゃあ駄目か」

 

 

実姉というのもあってか、メアリーに対してだけは強い口調で話すマリア。

止水やら薄波やら妙ちくりんな事を言っているが、はて

私の想像が正しければ、或いは…

 

淡い期待を持って左手に力を込める。

 

形状、力の質、重厚感、名称。

人間の脆弱な脳内で精錬させた異質な武器を、具現化する。

 

 

(…固有種“止水”、召喚。)

 

 

ダメで元々。

試しにやってみただけなのだから、別に大した期待は持ち合わせていなかった。

しかしいざ召喚の工程を正当な順で丁寧にこなしてみると、最早慣れきった感覚の後に、私の手には菫色の大鎌が収まっていたのだ。

 

 

「……できた。」

 

 

それはもう吃驚。

召喚主である私が1番吃驚しているつもりだが、やはりこの広間に存在する私以外の3人も同様に驚いてくれたようである。

 

 

「…紛い物ではないようですね、流石です」

 

「ほう、止水さえも召喚してしまうとは大したものだよ」

 

「すごいわ灯音、両手が空いてたら拍手しているくらいよ」

 

「えっ、えっ、そ、それほどでも…。」

 

 

3人から一斉にお褒めの言葉を頂いたことで、基本的に暗く腐っている私は困惑してしまう。

いやほんと、褒められ慣れてないから…。

カメリアだけならまぁね?あの子私のことならなんでも褒めるから。

まぁ私が圧倒的な力を披露してしまったのがいけないんだけれどね、なんて調子乗れる場面じゃないわ。

 

今は目の前にいる、灯莉とマリアが混ざった曖昧な存在を打ち倒す。

それだけを考えなければ、悪夢はきっと輪廻する。

 

 

(それにしても、この鎌…。)

 

 

異質な武器を召喚したのが初めての経験だった為か、はたまた異質なこの武器がそうさせるのか。

私にはほぼ無縁と思っていた、魔力のようなものを止水から感じるのだ。

 

止水といえば、読んで字の如く流れずに溜まっている水のことを指す言葉のはずだ。

私は語学や歴史に特別深い理解が及んでいる訳では無いが、確かそうだったと思う。

 

彼女が止水と呼んでいたのがこの鎌ということは、簡単な推理である。

 

 

「物語の主人公なら、少しは見せ場が欲しいからね…。」

 

 

私は右手に持っていたレバーアクションのショットガンを役目を与えずに消し、腰を低くして両手で止水を構える。

すると、心做しか魔力が少しだけ歪んだ気がした。

 

 

「……まさか」

 

 

もし止水が魔力を水面のように展開させる力を持つのなら、恐らく薄波とはその魔力を波打たせる攻撃の事なのだろう。

そう、まさに先程メアリーが防いでくれた攻撃のように。

 

勘づいたであろうマリアがこちらを警戒するが、こちらの準備はとっくに整っている。

 

 

「“薄波”!」

 

「その性質さえも…っ!?」

 

 

私は止水を握る力を強くし、踏み込んだ勢いで凪いだ。

すると穏やかだった魔力の水面が動き出し、重なり続けて段々と荒々しくなっていく。

 

 

「これが薄波…?いや、これじゃまるで…」

 

“波浪”

私の脳内にパッと浮かんできたのはその単語だった。

先程マリアが放った攻撃とは程遠い、段違いの破壊力が生まれたのだ。

薄波なんて言葉では到底表せない、まさにそれは波浪であった。

 

 

「人が私を…超越するなァァァ!!!!」

 

 

マリアが崩した口調で叫びながら波浪に飲み込まれる。

何かしらの防御策を講じたのかは定かではないが、流石の私もこれでマリアを倒せるなどと驕ってはいない。

 

 

「魔力が荒れてる…まさかこんな事が分かるようになるなんて…。」

 

「灯音、警戒を緩めないようにね」

 

 

魔力の波浪によって何も視認できなかったが、どうやらマリアが遠隔で反撃を仕掛けてきたらしく、カメリアが月光の魔弾によってそれを相殺してくれた。

 

月光の魔力…そういえば燻莉はこの術を知っていた。

私的な考察だが、魔術というよりは信仰の賜物といったように感じる。

 

どこかカメリアとメアリーからは似たような性質を強く感じるのだ。

 

 

「こんなにも高純度な月光が降り注いでいるのは、きっと運命なのかしらね?」

 

 

微笑みながらそう言ったカメリアは、大太刀と緋焔を掲げた。

崩れた天井の隙間から覗く美しい月が、カメリアとそれぞれの刀身を純白の月光で包み込む。

 

 

「……不可思議な術を行使する方ですね。ヴァルロ、相手なさい」

 

 

カメリアの術を警戒したマリアは、光り輝く鎧を纏った騎士を召喚した。

背丈は八尺程、黄衣の王よりも大柄な体躯からは、それに見合った高貴さと魔力を放っている。

 

警戒の目を向けるマリアに対し、クスクスと笑うカメリア。

 

 

「不可思議、ですって?随分と学が無い天使なのねぇ」

 

 

ヴァルロと呼ばれた騎士には何の反応も示さずに煽るカメリアに、マリアは少しずつ顔を赤くしていく。

精神面の防御力を見るに、やはりマリアは見た目通りの精神年齢なのかもしれない。

 

 

「純血の人間…というわけじゃないようですが、天使を愚弄すると罰が下りますよ……ッ!」

 

「あら、お子様天使がどんな罰を下すの?ピコピコハンマーかしら?」

 

「クックック…もっと言ってやれ、カメリア」

 

 

うん…いや、カメリアの煽り方が酷いのかもしれない。

もし私も似たようなこと言われたら、結構ムカつくもん。

怒りが滲み出るマリアを更に煽るカメリアと、不気味に笑う上機嫌そうなメアリー。

そして、ついに半泣き状態になりかけているマリア。

 

傍から見たら成人女性二人組が少女を虐めている酷い映像である。

これはPTAが黙ってないね。

 

 

「〜〜〜ッ!ヴァルロ!さっさとその白髪の女を殺しなさい!ついでにクソ姉も!」

 

 

遂に堪忍袋の緒が切れたマリアが魔力を爆発させながら叫ぶと、ヴァルロと呼ばれた騎士は即座にカメリアへと斬り掛かる。

不意打ちでも無い分かりやすい攻撃にカメリアが出遅れるはずもなく、大太刀の幅広い刃でヴァルロの大剣と鍔迫り合った。

 

やがて、劈く金属音と共にヴァルロの大剣を弾いたカメリアは一度後方に退き、その場にいたメアリーに話しかける。

 

 

「この子、貴女の妹とは思えないくらい幼稚なのだけど」

 

「私も妹だなんて思いたくないさ、ところでヴァルロの相手は任せていいかね?」

 

「えぇ、貴女の防壁は優秀だもの。いざという時に灯音を守れる立ち位置であってほしいの」

 

「クックック…キミ達は本当に面白いね、流石は恋仲と言うべきか」

 

 

おかしな話だ。

最終決戦の最中であるというのに、彼女達からは一切の緊張を感じない。

油断をしているわけでは無いようだが、とても闘争とは似つかわしく無い雰囲気である。

 

兎に角、突如現れた金色の騎士ヴァルロをカメリアが相手取ると言うのならば、私の立ち位置はもう少々後方へ移すべきだろう。

 

先程カメリアがメアリーに伝えた通り、メアリーに防御魔法を展開してもらい、隙を見て先程の強力な薄波…以後、“波浪”と呼称することにしよう。

私の能力の賜物である、波浪を後方から放つのが最善だろう。

 

 

「幻想の力を帯びた武具は、神力を扱う相手に対して更なる効果を発揮するからね。積極的に行使していくと良いだろう」

 

「わかった、マリアが慣れる前に一層強力なのを叩き込むよ。」

 

 

単純だが、充分有効な作戦だろう。

現状の私達が持てる全てをマリアに放ち、この悪夢を早々に終わらせてやる。

大切な局面で急くのは良くないが、焦らないなんぞとても無理な話である。

 

今、私達には追い風が吹いているのだ。

これを利用しない手は無いだろう。

 

 

「ククク…救済は近いようだ」

 

 

しかし戦況とは裏腹に、その場を覆う大いなる邪念は未だ拭えずにいた。



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弔いに煙鉄を

メアリーは人なのだろうか。

 

メアリーと出会ったのはつい数刻前だが、私は既に幾度となくこの謎に襲われている。

その疑問が出る度に私は頭を軽く回転させ、最終的に辿り着く結論は…

 

 

(どちらとも断定はできない、かな。)

 

 

カメリアはハーフヴァンパイアであるが、月光の力は種族の特色とは関係がない。

つまり理論上、人間でも信仰による奇跡を行使することは可能であるということだ。

 

とはいえ、どちらかというと“人間ではない”方に私の予想は傾いているのは確かである。

 

もちろんそれには理由があって、

 

 

「それは矢のつもりかね?そんな淡い力では幾重に打ち込もうとも徒労に終わるだろうさ」

 

「いちいち煽るな!ホントに腹立つ!」

 

 

私達に向かって嵐のように降り注ぐ光の矢を、メアリーは軽口を叩きながら難なく防いでいる。

メアリーの背丈程もある十字架を起点に召喚された数多もの十字架が、全ての矢を正確に打ち消しているのだ。

 

事前に打ち合わせたかのような正確さを目の当たりにしちゃうと、メアリーが人であるなんてとても思えないよね……って。

 

 

「“波浪”。」

 

「くっ……!」

 

 

矢の雨が止むタイミングを見計らった私は即座にメアリーの前に滑り込み、マリアに向けて波浪を放った。

メアリーがマリアの攻撃をいなし、私が隙を見て波浪を叩き込む。

 

配役としては完璧だけど、正直メアリーだけでマリアを倒せそうな気はする。

…私、足引っ張ってないよね?

 

 

「……埒が開きませんね。盃を共有し、天使としてではなく“悪夢を司る者”としてお相手しましょう」

 

「……!悪夢…。」

 

「さあ灯音、ここからが本番だ。ぬかるなよ」

 

 

“悪夢を司る者として相手する”

マリアはそう言うと、静かに目を瞑った。

……魔力の流れで、確かに魂が変動しているのが分かる。

いや、変動というよりは一体化だろうか。

 

そんな考察もつかの間、マリアは開眼する。

 

金と紫のオッドアイとなり、白く輝く翼を3対へと変化させたマリア。

より神聖な容姿になったはずなのだが、溢れ出す魔力は邪悪極まりないものであり、私の眉を密かに歪ませた。

 

 

(灯莉の気配が強くなってる……。)

 

 

信じ難いことに、この邪悪な魔力と同時に灯莉の気配が色濃く変化したのである。

 

あたかも、灯莉が邪悪な存在であるかのように──

 

 

「いひっ。お姉ちゃん、さっきぶり!」

 

 

無邪気な笑みを浮かべた“そいつ”は灯莉と全く同じ笑顔で冗句を吐いた。

何が信じ難いって…東京湾沿岸で出会ったカナの方がよっぽど灯莉らしいのに、ここまで灯莉とかけ離れた邪気を放つ“こいつ”が灯莉であると直感的に思ってしまったこと。

 

私の直感は残念な事によく当たるのだ。

そう、残念な事に。

 

 

「ごめん、メアリー。少し無茶する。」

 

「ククク……ぶつけてこい、灯音」

 

 

私固有の残念な特技によって、酷い不快感と失望感に苛まれる。

 

 

理想と現実は違うもの。

本当は気づいていた。

 

 

諸悪の根源は“こいつら”で、燻莉は被害者の一人なのだと。

悪夢によって踊らされ、一人で戦っていたのだと。

 

 

そして燻莉は、同じく悪夢によって踊らされた私の手で──

 

 

 

───本っ当に、

 

 

 

「最悪。」

 

 

 

言葉がひとつ、零れる。

 

 

「おっ?」

 

 

手にしていた止水を“それ”に投げつける。

 

ガラスの如き勢いで破砕した止水の魔力片が飛び散る。

波浪よりも一層強烈な魔力の波が噴出し、巨大な渦潮のような大津波を起こした。

 

 

「……っ。」

 

 

キラキラと舞い、煌めく欠片。

目を奪われそうな程に神秘的な光景が鬱陶しい。

 

目を瞑る。

目を逸らす。

 

私の目が奪われていい景色は、これではない。

 

 

「少し吃驚はしたけど、この素体じゃ通じないかなぁ」

 

 

魔力の大災害に飲み込まれた“そいつ”は、当然だと言わんばかりに再び姿を現した。

先程まで通常の波浪でダメージを受けていたとは思えぬ程の大幅な強化である。

 

強力な武器である止水を捨ててまで力を注いだ攻撃が通じない。

 

所謂、絶望的な状況。

武器と共に戦意すら手放すような、そんなレベル。

 

 

 

今日の勘は、無駄に冴えてるな。

 

 

 

「私に赦しは早すぎるよね、お母さん。」

 

 

 

“幻想の力を帯びた武具は、神力を扱う存在に効果的”…だっけ?メアリー。

 

生憎、私には幻想についての知識が充足ではない。

 

けれど、かつて数多の妖怪を屠り貪り喰らった狂人の話は知っている。

そして彼女が扱う武具もまた、この目に収めているのだ。

 

 

気づけば私は駆け出していた。

 

 

右手……じゃ足りない。

両手に力を注ぎ、脳内で設計図を書き起す。

 

質感。

熔鉄を冷やしたような重厚さ、岩肌のような無骨さ。

 

形状。

先端が三日月のように湾曲し、その他の刃は直線に伸びている。

持ち手は単純、ただ棒が伸びているのみ。

 

錬成、そして命名。

 

 

贖罪と弔いの意を込めて───

 

 

「召喚、“煙鉄”!」

 

 

跳躍しながら、召喚を行った。

かつて再会した燻莉が手にしていた巨大な鉄塊だ。

 

 

「それは…!お母さん(あいつ)の…ッ!?」

 

 

強烈な光と共に召喚された重い煙鉄を、全身全霊の力をもって振り下ろす。

想像を絶するような鈍い金属音と共に、煙鉄に衝突した“そいつ”は瓦礫の山に吹っ飛んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……。」

 

 

悪夢に踊らされたのは私も同じ。

思えば霧の湖で目覚めた時から、私は悪夢に苛まれていたのかもしれない。

 

何故か幻想郷でカメリアと再会し、何故か夢幻館に狙われた。

カメリアが幻想郷に来た理由は分からないが、夢幻館に関しては今なら理解出来る。

 

悪夢に蝕まれた燻莉が私の命を夢幻館に狙わせた。

しかし強力な素体を持つ燻莉は悪夢に抗い、悪夢と現実が混濁した状態になっていたのだろう。

故に支離滅裂な発言や行動を繰り返していたが、その中でも事実を説明しようと務めてくれた。

 

それなのに、半身以上を悪夢に侵されてしまった私は──

 

悪夢によって歪められた幻実を信じ込み、燻莉を屠ったのだ。

 

“悪夢を…終わらせて……”

 

罪人である私にできる、ささやかながらの贖罪。

それは最期まで悪夢と戦い続けた燻莉が、力を振り絞って遺した最後の頼みを遂行することだろう。

 

当時は分からなかったが、幻想郷に来た時に私に発現した能力は燻莉と同じものだった。

 

きっとこれは、今まさに───

 

 

 

「この時のため、だったんだろうね。」

 

 

 

私は重たい煙鉄を振り上げて肩に乗せると、静かに追悼した。



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彼岸花には刺がある

私の主観だなんて、とても久しいと思わないかしら?

光の騎士ヴァルロとの一騎打ちは、思っていたよりも苛烈なものになっているわ。

 

大剣による強力な斬撃、大盾による叩き付け。

体格の差も顕著に現れているし、二刀流じゃ相手取ることなんて出来ない。

 

なんて、普通は思うのだろうけど…

お生憎様、私は普通じゃあない。

 

他でもない灯音の恋人、カメリアなのよ。

 

 

「久々の主役なのよ、活躍させてもらうわ」

 

「……」

 

 

緋焔刃で攻撃を素早く捌き、大太刀による攻撃で体力をゴリゴリと削っていく。

体力といっても、召喚された身であれば関係ないことなのかもしれないが。

 

しかし、連撃を打ち込んでいる最中で強引に押し出された大盾によって私は吹き飛ばされた。

 

 

「盾って厄介ねぇ……」

 

 

後方に吹き飛ばされた私は、立ち上がりながら衣服に付着した砂埃を払った。

 

正直、私にとっては大盾による叩き付けの方が苦手である。

刀でいなす事も出来ないし、避けるにしても後方へ離脱するしかない為だ。

 

 

「まぁ、仕方ないわね」

 

 

再び始まった金属同士の激しい攻防によってけたたましい音が轟く。

月光で肉体と武器を強化しているとはいえ、多少の工夫は必要そうである。

 

マリアは月光についての知識を持ち合わせていなかった。

できる限り手札は残しておきたかったのだが、そんな悠長なことも言ってられないようだ。

 

 

「変質、月光・紅」

 

 

刹那。

私を包む月光が紅く変色し、燃えるように鳴動を始めた。

 

月光の魔力は質量を持つ。

そしてその形状や性質は、多種多様に変質させることが可能である。

 

人間としての力を色濃く発揮させる白い月光とは違い、紅い月光は吸血鬼としての力を重んじる幻想の性質を持っているのだ。

 

混血であるが故に、それは可能とされた。

 

一度後退し、右足を強く踏み込む。

 

 

「これ……痛いわよ?」

 

 

紅い月光の魔力を充填し、跳躍。

 

更に充填、刀がより一層紅く変質する。

 

警戒するように大盾を構えるヴァルロを空中から見下ろし、更に充填。

私の白い体でさえも、より紅く変質する。

 

紅く、紅く、紅く。

血を渇望するかの如き紅へと染まり───

 

 

「“ヒガンバナ”」

 

 

───放つ。

空中から叩き付けるように両の刀を振り下ろし、紅い月光が爆ぜる。

強烈な紅い爆発はヴァルロの大盾を破壊し、紅い月光は天上へと伸びる毒々しい棘を彷彿とさせる形状に変質した。

 

まるで、彼岸花のように。

 

 

「ッ………なんとも読めぬ魔術よ」

 

「あら、喋れたの。痛いでしょ?」

 

 

砕け散った大盾の破片の雨を浴びながら掛け合う他愛のない言葉。

召喚された騎士は口を開かなかったので鎧の中は虚ろが広がっているものかと思っていたが、どうやらその予想は外れていたらしい。

 

紅い月光は虚ろに対しても効果的だが、生命として確立しているのであれば更なる力を発揮する。

 

 

「……ふん。盾は失われたが、それだけだ」

 

「?何終わった気になってるのよ」

 

「……!」

 

 

両の刀を再び構え、重心を大きく傾ける。

 

 

「“諸行無常”」

 

 

月光で彼岸花を咲かせたのは所詮、前座でしかない。

 

花は散り行く瞬間こそ美しい。

ならば次は、散らせなければなるまい。

 

私は傾けた重心のまま体を捩り、回転を始めた。

幾重にも薙ぎ払い、幾度となく刀を振り下ろす。

 

繰り返される斬撃によって月光の彼岸花は散ってゆき、ヴァルロの重厚な鎧に無視できない傷を次々と刻み込んだ。

 

 

「ぬぅ……!」

 

 

大剣である程度は防いでいるヴァルロだが、それだけでは余りある程の物量に為す術もないようである。

 

圧倒的な速度の斬撃によって散る彼岸花は、まるで血飛沫のような様相であった。

 

 

「紅白だなんて、縁起が良いと思わない?」

 

 

ヴァルロの大剣を緋焔で弾き、その隙を突いて大太刀による強い斬撃を放つ。

度重なる連撃で脆くなっていた部位がとうとう破壊し、屈強なヴァルロの白い肌が露出した。

 

鎧が破壊された事に気づいたヴァルロは即座に大剣を振り上げたが、その刃が届くよりも先に私は緋焔と大太刀を露出したヴァルロの肌に突き刺し、鎧の他の部位を砕きながら強引に切り開く。

 

血飛沫のように散る彼岸花の中で、本物の血飛沫が舞った。

 

 

「き……さまァ……」

 

 

ガクンと膝を崩したヴァルロを見下ろし、私は自身に纏わせていた紅い月光を落ち着かせる。

 

 

「流石に少し強かったわね、返り血が付いちゃったわ」

 

 

はぁ。とため息を着いた私は、少し離れた地点の灯音達を見やる。

 

かつて夢幻館で戦った女が使っていた大剣を振り回し、懸命に攻撃を続けている灯音。

少し変化した風貌のマリアは灯音に対抗しているが、その全ての攻撃がメアリーによって無効化されていた。

 

巨大な十字架をコツンと床に打ち付けるだけであらゆる攻撃を無効化できるなんて、とても敵に回したくない存在である。

 

あの渇仰者は一体何を信仰しているのか想像もつかないし、扱う力も底が見えないので非常に不気味ではあるが……

 

今は協力関係にあるので、気にするだけ無駄だろう。

 

 

「一先ずは、安心そうね」

 

 

私はポケットを弄り、取り出したトロイカに火を灯した。

 

 

「驕ったな」

 

「……え?」

 

 

突如後方から聞こえてきた、聞こえるはずのない声。

失われたはずの、声。

 

 

戦慄に抗って後ろを向くと、そこには──

 

 

「うそ……」

 

 

倒したはずのヴァルロと、大剣の重厚な刃が眼前に迫っていた。

 

確かに倒したはず……そう思ったのだが、どうやら詰めが甘かったらしい。

予想外の出来事に何の対抗もできず、ただ身近に迫る死を覚悟するのみ──

 

 

「……なんて、ね?」

 

「何……!?」

 

 

刹那、ヴァルロの全身から血飛沫が噴き出した。

 

何が起こったか理解できぬまま膝を崩すヴァルロ。

ヴァルロは困惑しながら己の体を見ると、全身を数多もの赤い棘が貫いていることに気づいた。

 

現状を知った上で納得がいっていないであろうヴァルロは、ひび割れた兜から露出した片目で私を睨みつけた。

 

 

「なぜ……だ……」

 

「知らないの?」

 

 

膝をついた状態で私を睨みつけるヴァルロを不敵な笑みをもって見下ろす。

 

“諸行無常”によって散らされた彼岸花の花弁、紅い月光の一部は未だにフワフワと漂っていた。

その紅い月光が一斉に変形し、ヴァルロを貫いたのだ。

 

諸行無常は、終わっていなかった。

 

 

「“彼岸花には、棘がある”」

 

「……見事」

 

 

騎士らしく勝者を称える言葉を遺し、うつ伏せに倒れたヴァルロはそのまま命を失った。

天使が召喚した騎士なだけあって中々の強敵ではあったが、ハーフヴァンパイアである私には到底力が及ばなかったようだ。

 

 

「残念だけれど、私に騎士道精神は存在しないわ」

 

 

私はそう捨て台詞を吐くと、フィルター近くまで燃えたトロイカをヴァルロの血溜まりへ投げて消火する。

ジュッと音を立てて消えた火はか細い煙を伸ばし、月光を覗かせる天井の穴へユラユラと消えていった。

 

 

「…ふぅ」

 

 

ほっと一息。

鮮やかな勝利とは裏腹に、私の身体には無視できない生傷が幾らか刻まれている。

 

別段、これしきの傷などハーフヴァンパイアの私にかかればすぐに塞がるので気にする必要は無いのだが。

 

 

「私は灯音のものなのに…怒られちゃうかしら」

 

 

心配は単純、愛する灯音のことである。

なに、私にとって最も優先すべきは灯音なのだ。

 

私は灯音の意志によって動かされ、灯音の願いによって生まれた。

そんな混血の吸血鬼、カメリア・スカーレットなのだから。

 

 

「ヴァルロとの戦いも終わった事だし…そろそろ灯音達に加勢しようかしら…!?」

 

 

と、振り向こうとした時。

私の視界は暗黒に染まり、数多もの小さな光が埋め尽くした。

至極不可解な現象、至極不気味な状況。

 

しかし私はこれを知っている。

否、誰でもこれを知っている。

 

ここで見えるはずのないもの。

数刻前、あの廊下でも見てしまったもの。

 

 

「…!灯音…ッ!」

 

 

それはまさに、“宇宙”であった───



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絶望と憎悪の逢瀬

燻莉が愛用していた鉄塊のような大剣を“煙鉄”と名付け、見事私はその召喚すらも成し遂げた。

覚醒を成し得たと言っても差し支えない程に急激に練り上げられていく能力。

 

止水の召喚、煙鉄の命名、召喚…。

イレギュラーな事態であることに変わりはないが、現状その風は私の瞳と同じ方向に向いている。

 

吹き飛んだ“アイツ”……いや、いい加減にマトモな呼称をしよう。

マリアとアカリが混ざった存在、安直だが“アリア”と呼ぶことにする。

 

瓦礫に埋もれたアリアは態とらしく痛がりながら、邪魔な廃材を退けつつ立ち上がった。

 

 

「いてて…自分で殺したくせに、よくその“業”を使おうと思ったね」

 

「っ……贖罪だよ、僅かばかりのね。」

 

 

確かに燻莉を殺したのは私だが、その原因である悪夢を作ったのはアリアだ。

冷たく燃え上がる矛盾した感情を押し殺し、私は平静を装うように返した。

それを見透かしたのか、嘲笑うかのように鼻を鳴らしたアリアは、乱れた髪を直しながら歩を進める。

 

 

「悪夢に身を委ねれば全部楽になるのに、どうして気づけないの?」

 

「悪夢なんて、所詮は夢でしかないよ。」

 

 

その言葉に反応するように、アリアが歩みを止めた。

 

 

「…ふーん」

 

 

そう、一言だけ返したアリアは片腕を天上へ突き上げる。

突き上げた手はやがて光を纏い、輝く錫杖を生成した。

 

程度こそ違えど、柊家は皆類似した能力を行使しているようだ。

それが柊の血によるものなのかは分からないが、燻莉も灯莉も様々な武器を用いている点を見れば、柊特有の由来があるという結論には容易に辿り着くものだろう。

 

 

「私の安らぎは、いつでもこの悪夢だったよ」

 

「なにを言って…。」

 

 

錫杖の尖端を私に向けながら、アリアは片目から涙を流した。

どうあれ、灯莉は灯莉なのだと。

そう錯覚してしまうように。

 

しかし今更迷いは生まれない。

ここで対峙してしまった以上、ここで識ってしまった以上、私の本来還るべき場所は廃墟と化したのだから。

 

 

「異なるものだとしても、乖離されていなければ可能であるということか。」

 

「え?」

 

 

傍らで暫く口を開いていなかったメアリーが、不可思議な事を呟いた。

彼女の言い回しは難解だが、だからこそその言葉には何かしらの真意があるはずだ。

しかし彼女の言葉をすぐに理解する事は、未だ私には難しいらしい。

 

 

「私は少し戦線離脱だ、時間を稼ぎたまえよ」

 

「なっ…!?」

 

 

カメリアをも遥かに上回るであろう実力を持つメアリーが、戦線から脱する事になる。

アリアの攻撃をいなしてきたのは一重にメアリーの術があってこそだった。

即興で新たな戦法を構築し、メアリーが復活するまでの時間を稼がなくてはならない。

 

戦況は常に変化していくもの。故に兵士は戦いに於いての適応力が高いのだが、それを差し置いても、現状その重みは計り知れない。

 

 

「それは高望みしすぎなんじゃないかなぁ」

 

 

思案の余裕も無く、アリアは錫杖から無数の鎖を放射し、メアリーの四肢と胴体を貫いた。

メアリーの巨大な十字架が落下し、重い金属音が響く。

 

手放した武器も、口から流れる血さえも気にせず、メアリーは不敵に笑った。

 

 

「ククク…この女なら問題ないさ」

 

「説得力のない虚栄、哀れだね」

 

 

全身を鎖で穿たれた事など、メアリーにとっては些細なことなのだろうか。

あたかも私を信用しきったような言葉を平然と放った。

 

 

「…言ってくれちゃって、期待に答えないとね。」

 

 

そんな虚勢を張りながら、思考を巡らす。

ただ、メアリーだけを狙った理由が気になる。

メアリーの防壁は強力だし、メアリーの行動を封じるのは理解できるが…

それならば、ついでに私やカメリアの行動を封じることも出来たんじゃなかろうか。

 

或いはメアリーにのみ作用する術であるとか、そんなご都合主義な事は無いと思うんだけれど。

アリアの中にマリアが存在する以上、可能性としては捨てきれない。

 

 

「悠長に構えてられる余裕は無いと思うよ〜」

 

「…っ!」

 

 

やはり思考の余地も与えず、マリアは続けざまに術式のようなものを展開し始めた。

小さな身体を包み込むように三対の翼を丸め込み、何かをブツブツと呟いている。

この隙をついて攻撃を仕掛けるか?とも考えたが、それを許すほど彼女は甘い相手ではないはずだ。

それに、アリアが言葉を呟けば呟くほどに蓄積されていく不気味な力。

 

その術は、戦況をさらに悪化させるだろう。

 

 

冷や汗が一筋、頬を流れる。

 

 

「“空蝉顕現”」

 

 

その言葉を垣根に、冥い世界がアリアを中心に広がる。

 

今朝の夢でも、数刻前も目にした光景。

宇宙と相違ないその世界には邪悪な力が満ちており、それは“空蝉”とは到底かけ放たれていた。

 

 

「…やっぱり…全部そうだったんだ。」

 

 

あの夢も、あの時も。

頭の中では理解していたはずだが、いざ証拠を見せつけられると胸が張り詰めてしまう。

 

吹っ切れたつもりが、未だに弱いまま。

 

そして三対の翼が一気に開かれる。

展開された翼にはそれぞれ魔法陣が浮かび上がっており、それはまるで瞳のようであった。

 

 

「綺麗でしょ?」

 

「………。」

 

 

いつもなら少しくらいの皮肉や冗談交じりの言葉を返すところだが、今の私にそんな余裕は精神的にも物理的にも存在しない。

 

ギョロギョロと揺れていた六つの瞳が突如として私を凝視したかと思うと、一斉に眩い光線を放ってきた…というのも理由の一つだ。

 

 

「凶悪になったもんだね。」

 

「んひひっ」

 

 

その光線を煙鉄の面で防ぎ、漸く軽口を返しながらアリアへと駆け出した。

煙鉄を肩に預けることで片手を空け、走りながら召喚したロケットランチャーをアリアの翼に向けて発射する。

 

着弾するよりも先に光弾で弾頭を破壊したアリアの隙をついた私は、煙鉄を全力で振り下ろした。

 

分厚い鉄塊はアリアを分断するはずだったが、振り下ろし終わった頃にはアリアは数歩ほど後退していた。

 

 

「灰になっても悪夢は見れるから安心してね、お姉ちゃん」

 

 

再び充填される力を感知し、即座に距離をとる私。

アリアの言う“空蝉”が展開されたからか、先程まで以上の濃密な力が収縮していく。

 

止水?煙鉄?そりゃアリアには有効な幻想だけれど…

私の能力は武器しか召喚できない、魔法も使えない。

傷を負わないためには回避行動をとるか、武器で防ぐしかないのだ。

 

つまり、不可避な攻撃を私はどうすることも出来ない。

 

 

「これは、無理だ。」

 

 

圧倒的な魔力量、素人目から見ても分かる。

煙鉄を信じるか?いくら幻想の産物だとしても、全ての物質や事象には向き不向きが存在する。

到底受け止める事は不可能、回避も不可能。

 

宇宙の理を逸脱できないように、この悪夢から逃れる術も無いのだろう。

冥い水底に沈んでいくような絶望を感じた。

 

私の勘は、よく当たるから。

 

 

「極大魔法、“アルテミス”」

 

 

ついに発動する魔法。

贋作の星々が明滅し、アリアを起点に次々と爆ぜていく。

一つ一つの爆発で簡単に命が散らされるだろう。

それ程の威力、それが文字通り星の数ほど襲いかかる。

 

揺るぎない決意も虚しく、反射的に目を瞑った。

 

 

「灯音ッ!」

 

「…え?」

 

 

閉じられた視界でも尚、知覚できる“紅い魔力”と温かい声。

そして、間髪入れずに私を包み込む体温。

 

…飛沫が床に落ちる音。

 

須臾に私は理解した。

理解したからこそ、瞼を開くのが怖い。

 

 

「……っ。」

 

 

恐る恐る瞼を開く。

愛しい影、生暖かい液体、消えゆく紅い光。

 

月光の魔力を纏ったカメリアが私を包み込み、アリアの極大魔法から庇ってくれたのだ。

しかし魔力を纏っても尚、その威力は計り知れない。

 

 

「怪我は、ないわね?よかった…」

 

「ぁ…っ…うそ………。」

 

 

顔を上げたカメリア、口元から伝う赤い液体。

視線でそれを辿っていくと、雫は足元の血溜まりへと落下した。

 

 

「ゃ……やだ……。」

 

 

重ねて、カメリアの背中からは無数の鋭利な石が生えていた。

お世辞にも怪我というレベルではない。

 

今にも命の灯火が消えそうな様子のカメリアに、私の全身は震え、大量の汗が吹き出す。

 

 

「大丈夫よ、灯音。私が、貴女を……」

 

「やめ…て…、もう……。」

 

 

目頭が熱くなると共に、視界が歪む。

虚ろな瞳は、死への距離を強く実感させた。

 

 

「まも…る……から………」

 

 

絞り出すような、か細い声。

全身の力が一気に抜けたように、カメリアはガクリと私に倒れ込んだ。

 

私は、呆然と立ち尽くす。

 

 

「少し想定外だったけど、アルテミスはまだ撃てるんだよ〜」

 

 

アリアが再び魔力の充填を始めた。

それでも私は立ち尽くす。

 

カメリアが、死んだ?

嘘、そんなの嘘。カメリアは生きている。

本当に?この状態で?種族差を加味しても無理があるのでは?

生きていたとして、どう助ける?ここからどう抜け出す?

 

嫌。

 

 

「嫌だよ…カメリア……っ。」

 

 

しゃがみながら、既に意識のないカメリアを抱きしめる。

冷たく…はなっていない。しかし、当然ながら返答もない。

 

私の頬が次々と濡れていく。

頬を伝つ熱い雫は徐々に冷めつつ、やがて地へと落ちる。

 

カメリアが居ないなら、悪夢を終わらせても意味が無い。

メアリーには悪いが、私の時間稼ぎもここで終いだ。

 

何もかも、うんざりだ。

 

 

「萎えるから、つまらないもん見せないでよ」

 

 

アリアの声が聞こえる。

数秒と経たずに、アルテミスは再び発動するだろう。

 

発動し、全てが終わるだろう。

ここまでカメリア達と歩み、戦い、乗り越えてきた事も全て。

 

もう、それでいい。

ごめんね、カメリア。

 

再び、目を瞑った。

 

 

「それでいい、そのまましゃがんでろ」

 

 

声が聞こえたと同時に、バリバリと響き渡るけたたましい音。

それは遠い昔に聞いた事のあるような、そんな男の声だった。

 

 

「……は?」

 

 

アルテミスを放とうとしていたはずのアリアが、間の抜けた声を漏らす。

私が瞼を開くと、そこでは靡く黒いマントがバチバチと雷電を纏っていた。

それは遠い昔に見たことがあるような、そんな風貌。

 

すると今まで黙っていたメアリーが口を開いた。

 

 

「遅かったじゃないか、“覇王”」

 

「…らしいな」

 

 

覇王と呼ばれた男はメアリーの方を向き、掌から黒く光る雷のような物を放つ。

放たれた雷はメアリーを穿ちていた鎖を消滅させ、メアリーを自由にした。

 

だが、それよりも

 

 

「どういうこと?なんで?」

 

「……落ち着けよ」

 

 

私はその男に警戒と銃口を向けた。

その男は、私が知っている…とてもよく知っている男だった。

この状況に、メアリーは肩を竦めて視線を他所へと反らした。

 

 

「なんで…なんで、生きてんの…。」

 

 

再び、私の瞳から涙が溢れ出る。

歪んだ視界では、その男が少し寂しそうな微笑みを浮かべていた。

 

様々な感情が混じり合い、私が漸く捻り出した言葉。

 

 

「……父さん。」

 

「…遅くなっちまって悪ィな、灯音」

 

 

“覇王”と呼ばれたその男は、死んだはずの父親である柊祢音だったのだ。



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夢のような呪い

かつて息をしていた時代の記憶を呼び起こす。

 

一組織の長を務め、続く部下達を率いてきた。

俺を慕う人間は確かに多かった。だが、だからこそ、俺自身の罪とは重厚なものなのだろう。

暗く血腥い道を歩んできた俺を光へと呼び戻したのは、己の体躯に似つかわしくない甘い感情だった。

 

山中で出会ってしまった諸悪の根源は当時、酷く萎びていた。

 

 

「灯音、燻莉に会ったんだろう」

 

「…うん、私が殺した。」

 

 

頬を濡らしながらも灯音は頷く。

殺した…なんて簡単に言えるフリをするなんぞ、強がる癖は俺譲りかね。

 

メアリーは防護結界を展開し、カメリアに治癒の魔法をかけている。

なんでも、彼女は灯音と恋仲なんだとか。

知らぬ間にでかくなったもんだ。

 

 

「元は妖を喰らったアイツの業だろうさ、思い詰めんな」

 

「…でも、」

 

「かと言って、この畜生を許すわけじゃねぇ」

 

 

燻莉は業を背負った身で現世に放られた。

現世は、幻想が在り続けるには厳しい環境だ。

灯音は燻莉の性質を強く継いでいた為に悪夢の憑依を免れたが、灯莉はどちらかと言えば俺の性質を強く継いでしまった。

 

それ故だろう、灯莉の霊魂を食い物にしたのは。

 

これは燻莉の業と俺の過去が齎した罰だ。

灯音も灯莉も、何も悪くない。

 

事実を再度脳に刻み込み、天使へと向き直る。

 

 

「なァ?天使さんよ…」

 

 

娘達を自分達の業に巻き込んだ事実、そして灯莉の自我を崩壊させた張本人への憎悪が止めどなく滲み出る。

俺が賜った雷は感情の起伏によって出力が変わる為、ある種この憎悪は好都合だった。

 

 

「あんたは私がミンチにしてやったよね、なんで生きてんのかな」

 

 

静かに傍観していた天使…以降は灯音に倣ってアリアと呼ぶことにしよう。

アリアが確かな苛立ちを見せながら俺を睨みつけた。

また、同様に俺もアリアを睨み返す。

 

 

「さァてね……まぁ、考察はあの世でやってくれや」

 

「チッ…死に損ないがっ!!」

 

 

アリアは舌を打ち、顔を歪めながら光線を放つ。

その光の眩いこと…曰く童話では神聖なものとして語られる天使だが、所詮は想像の立ち位置に過ぎない。

 

現実とは、悪夢よりも夢らしいものだ。

 

 

「“覇道”」

 

 

俺は黒い雷を掌から放射し、アリアの光線を相殺した。

 

悪夢とは、其れを司る天使によって結末が定められる。

登場人物、行程、環境…全てが彼女の脳内で構成され、始点に至るのだ。

言ってしまえば、その悪夢のシナリオに載ってしまった時点で、悪夢から逃れる術は消え失せる。

 

しかし、シナリオから逸脱した事象が介入すれば或いは……

 

 

「悪夢は、瓦解する」

 

「だったら…“再編”すればいいだけっ!」

 

 

再編。

アリアがそう叫ぶと天上に金色の目玉が浮かび上がった。

全てを神々しくさせる黄金も、度を越せば呪いとさえ思える不気味さを孕むものだろう。

 

生成した目玉にアリアが手をかざした瞬間、数多の十字架が目玉を覆い尽くした。

その十字架は、とても数え切れる量では無い。

ハリセンボンのような姿になった目玉は、無惨にもそのまま砕け落ちた。

 

 

「私がそれを許すと思ったかね?キミの悪夢はとうに潰えたのだよ」

 

「くっ…寄って集って鬱陶しいなぁ…!」

 

 

得体の知れぬ渇仰者、メアリー。

唯一の不安要素である禁術を除けば、彼女を止められる術は存在しないと言っても差し支えない。

或いは、最強と謳われる楽園の巫女くらいだろうか。

ギリギリと歯を磨り潰すように、アリアは強い苛立ちを孕む表情でメアリーを睨みつける。

 

 

「あの中に突っ込んでいける気力はないかな。」

 

 

振り返ってみると、後方の灯音がカメリアを抱きかかえながら人外3名の戦いに見入っていた。

出血こそ止まっているが、カメリアの顔色は依然として悪く、同様に意識も取り戻さないままである。

 

信念としては介入したいのだろうが、様々な危険性を分析し、留まることを選択したようだ。

 

賢明な判断と言えよう、流石は俺の娘だな。

 

 

「そもそも、アンタが来るって分かってたら門は閉じてたのに…なんなの!」

 

「結果論じゃないか。それ以前に、そんな魂胆は端からお見通しだよ」

 

「フン、漫然と長生きしてるオメェとは違ぇっつーことさね」

 

 

暗い空間を、散りゆく眩い羽が照らす。

黒い雷とは違い、光源としては上質なものだ。

神への不信と神への狂信が交わり、計り知れぬ連携と火力を生み出している。

自らを“神になる存在”と宣う者としては、客観的に見て酷く矮小であった。

 

この渇仰者と俺の力が交われば、そう感じ取れる程度という事だ。

 

 

「くぅ……“アルテミス”ッ!!!」

 

 

崇高なる血を持つ実力者をも容易く戦闘不能にした魔法、アルテミス。

 

しかし、強者の物差しが通用しない種別の力を持ってすれば或いは──

 

 

「“要塞”」

 

「“覇滅”」

 

 

メアリーの岩窟を数倍まで練り固めた堅固な防御術、要塞。

それは鋼鉄すら凌駕する驚異的な硬度で、あらゆる脅威から俺達全員を守護し得る。

 

そして、覇滅。

俺が強い憎悪を向けた相手にのみ作用する撃滅の術。

稲妻を放射する覇道とは違い、ある程度の距離であれば障害物を無視して対象に牙を剥く。

 

この女とは、あまりにも術が噛み合いすぎるのだ。

 

 

「がッ…は……っ、聞いてない、そんなの」

 

 

想定外の術に、血反吐を吐きながら崩れ落ちるアリア。

俺がアリアに向けた憎悪は計り知れないものだ、当然だろう。

寧ろ、その憎悪を持ってしても形を保っているのだから大したものだ。

 

或いは、アリアが灯莉の形を利用している故に憎悪が薄れているのだろうか。

 

心底不愉快なことだ。

 

 

「覇王、か……知らない間に人間離れしちゃったんだね、父さん。」

 

「…こんなもん、ただ復讐と憎悪だけに魂魄を捧げた無法者の末路さ」

 

 

少し寂しそうな面持ちで灯音が呟いた言葉に、俺はそんな言葉しか返せなかった。

覇王として君臨しようが、親としては失格ってわけだ。

 

ごめんな。

俺が父親としてお前にしてやれる事は、この程度のもんだけなのさ。

父親としての矜恃もクソもない、愚かな男さね。

 

心の中で反省文を構築しようが、それが伝わることは無いのだろう。

と、ネガティブな思考を重ねていた訳だが。

 

 

「どうやら、まだ何かあるらしいね」

 

 

メアリーが十字架を床に突き立てながら、これまた意味深な言葉を呟いた。

珍しい事に、そんなメアリーの表情からは動揺が見て取れた。

普段から能面を貼り付けたような不気味な女が感情を見せるなんぞ、どうも焦燥を感じざるを得ないものだが。

 

 

「…野郎、これ以上何をするってんだ」

 

 

ユラユラと立ち上がりながら血反吐を床に吐き捨てたアリアは、徐に両腕を広げて飛翔した。

確かに彼女は悪夢を司る邪悪な天使、一筋縄でいかないことは理解しているが、この状況を裏返すほどの策があるとはとても思えなかった。

 

満身創痍に成り果てても尚、不敵な笑みを零すアリアに訝しげな瞳を向ける。

 

 

「後戻りが出来ないから使いたくなかったけど…仕方ないね」

 

「今度は何…。」

 

 

未知の策を仄めかすアリアに対し、心底疲れきった言葉を発する灯音。

 

無理もない。

灯音は幾重もの悪夢に振り回されてきたんだ。

一刻も早く目覚めたいと望むのは当然だろう。

 

ふと、隣から淡い光を感じた。

それが陰険根暗女の術であることは容易に想像がつくが、果たしてどういった効果を齎す物なのか。

それは恐らく、この女以外に理解できる者は居ない。

 

先程動揺を見せたメアリーだが、その術を行使すると、その顔色は更なる変化を見せた。

 

 

「どうやらあの女、理を破るつもりらしいね」

 

「あん…?もう少し直接的な言い回ししてくれ」

 

 

なにか重要な情報を掴んだらしいが、この女の言い回しはいつも抽象的すぎて理解が及ばない。

別に平時であれば構わんのだが、この局面で彼女の素敵な癖を披露されると参ってしまう。

 

理を破るとはどういう意味か。

理とは、簡単に言えば“至極当然の常識”で間違いないだろう。

この際、“魔術”もその常識に当て嵌めて良いのだろう。

他で言うなら例えば…時間は全人類、同じ速度で流れたりだとか。

 

傷が一瞬で塞がることは有り得ない、とか。

だがこの理を破ったところで、この女は表情を変えないように思える。

結局、また怒涛の攻撃を仕掛ければ終わる話だからだ。

 

ふむ。

 

…なるほど、理解してしまった。

メアリーが表情を変えた理由、そしてこの天使が破る理…

 

 

「ククッ…冴えてるじゃないか、その考え通りさ」

 

 

乾いた笑いと共に、メアリーは汗を流した。

何せこの数秒間で、事態は手遅れになったのだから。

 

ああ

 

天使ってのは、もう少し美しいものだと思っていたよ。

 

 

「あの女は、不死と成り得た」

 

 

その言葉の間もなく、神々しい光が俺達を照らした。



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人に限らず、万物にはやがて終焉が訪れる。

それは絶対に否定することの出来ない、宇宙の理そのものなのだ。

 

 

「まぁ…俺が言えたことじゃねぇけどよ」

 

「キミは魔術的根拠が存在するじゃないか」

 

 

さて、生物として当然の理を逸脱した存在に対しても、幻想の力は効果を発揮するのだろうか。

 

十中八九、答えは否。

 

ただでさえ蚊帳の外な私が、ここで何かを成そうなんざ夢のまた夢であろう。

それにこの状況、カメリアを守る者が居なくなれば、その弱みをアリアが見逃すはずがない。

 

 

(それでも、思考を凝らす事はできる。)

 

 

所詮は力無き者の思索。

雀の涙程度の効果さえも期待できまいが、やるだけやってみよう。

 

どこかで聞いたセリフじゃないけど、諦めたらそこで終了なのだ。

弥音とメアリーは一見冷静だが、内では多少なりとも焦りを感じているのだろう。

 

そこにひとつ、床を蹴る音。

 

 

「これで無茶ができるようになった、ね!」

 

「おっと」

 

 

必死に解決策を模索している最中、アリアが止水を召喚してメアリーに突撃する。

多少の不意は突かれたらしいが、流石はメアリー。

十字に輝く障壁を即座に精製し、難なくそれをいなした。

 

そして間髪入れずに発動した反射魔術がアリアに牙を剥くが、やはりダメージにはなっていないようである。

私が模倣した止水の一撃には及ばずとも、それは決して低い火力では無い。

アリアが位置していた地点からは粉塵が舞い、平然としたアリアが現れた。

 

 

「無駄もいいとこだね」

 

 

クスリと笑ったアリアは再びアルテミスの詠唱を始める。

ダメージが通らない今、私達はただ守りに徹することしか出来ない。

 

それに、いくらメアリーが常軌を逸した術師であっても、この場の全員を完全に護ることは不可能だろう。

 

 

「クソッ、“覇道”すら通らねェならオレは役立たずだ!」

 

「チッ…私の岩窟を拡張したとしても、強度が落ちて破砕するだけだろうね」

 

 

圧倒的な力を持つ彼女達が、ただ悪態をつくことしかできない状況。

正直、打つ手は無い。

 

でも何故だろう。

私の“よく当たる”勘が、間も無く悪夢の目覚めが訪れると告げている。

根拠は全くない、でも何故か私はそれを信じていた。

 

 

アルテミスは、間も無く発動する。

 

 

私の持てる術では、アルテミスに太刀打ちできない。

そんなことは数分前に理解した。

無理をしようものなら、また誰かが犠牲になるだけだろう。

 

 

「………。」

 

 

諦めたくはない。

策はまだあるはずだ。

 

しかし、私が召喚できるものでは対抗のしようがない。

例え捨て身の一撃を狙おうとも、それこそ飛んで火に入る夏の虫というもの。

 

それはもう、理解している。

この時、既に皆の理解が一致していた。

 

 

 

しかし

 

 

 

私の勘は、本当によく当たるらしい。

 

 

 

「この気配……。」

 

 

「…そうか、乖離の甲斐はあったか」

 

 

 

この瞬間、私と弥音だけは…

 

 

 

全く異なる理解を得た。

 

 

 

歓喜、哀切、希望…混濁した感情が沸き上がる。

無意識に濡れた目を擦り、それでも再び湿る瞼を抑え続けた。

 

意味深な言葉を零した弥音は、酷く悲痛な苦笑いをしている。

 

 

「ふむ…?」

 

 

メアリーは気配自体には気づいたようだが、神託によるお告げとはいえ、それは靄に包まれ陰っているのだろう。

 

だが、この時アリアは気づいたのだろう。

その来訪者の正体に。

 

アリアが不必要であると切り捨てた、無垢な幼子の霊魂に。

 

 

 

興味本位からか、アリアはアルテミスの詠唱を中断した。

 

 

 

「一緒に葬られに来たのかな、哀れで可愛いね〜」

 

「お前は黙ってろ!偽りの存在がよ」

 

 

邪悪に口角を吊り上げながら煽るアリアに、複雑な表情をした弥音が叱咤する。

未だ姿を見せず、ゆっくりと近づいてくる気配に、その場の誰もが集中した。

 

既にかなり近くまで迫っている気配は、あと数秒もしたら私達の前に姿を表すだろう。

しかし私にとってその数秒は、永劫にも似た時間であった。

 

その数秒だけで、脳内のメモリーが暴れ回り、私の頭をショート寸前にまで追い込む。

姿は見えずとも、それが誰であるのかは確信できているのだ。

 

だからこそ、暴れながら脳内の深海に沈んでいく。

 

弥音がぽつりと零していた、乖離とはなんだったのか。

それはきっと、彼女が現れる理由。

或いは試練だったのかもしれない。

 

 

「なるほど、乖離とはそういうことであったか」

 

 

足音が近づく。

どうやらメアリーも、この時点で察したようだ。

 

 

 

暗い寂しげな広間に、ぽつりと。

 

先刻も見たはずなのに。

 

本当の意味で、懐かしい。

 

 

 

なぜ満面の笑みを、こうも邪悪に見せることが可能なのか。

アリアはとても楽しそうに笑っていた。

 

 

「もう一人の私、いらっしゃ〜い」

 

 

その場の全員が振り返る。

 

それはまるで、舞い散る灰のように。

 

夜闇を照らす月光のように。

 

 

「同じ外殻をもちながら、こうも邪気が違うとはね」

 

「…来たんだな」

 

「本当に…久しぶりだね…。」

 

 

それはもう、儚かった。

 

 

「…灯莉。」

 

 

私のダムは崩壊し、瞳から止めどない涙が溢れ出る。

そんなボロ雑巾のような顔を見た灯莉は、苦笑しながら私に手を振った。

 

きっと、彼女の中には今もカナ・アナベラルが存在しているのだろう。

凄惨な記憶を封じる為に縋った存在は、そう易々と手放すことは出来ない。

 

しかし、そこまで精神を犯されていながら、彼女はこの広間に足を踏み入れた。

 

その内に秘めるのは何だろうか。

灯莉が現れたのは嬉しいけど、同時にとても辛い。

 

何度も言っているが、私の勘はよく当たる。

 

 

「………。」

 

 

灯莉からは特別な力を感じないが、間も無く悪夢は終わるだろう。

しかし、目覚めと同時に、私は大きな十字架を背負うことになる。

 

無神経な私の勘は、そう告げていた。

 

 

「同じ私なはずなのに、な〜んでそんな矮小なのかなぁ」

 

 

アリアは気づいていないのだろう。

この中で唯一、灯莉だけが脅威であることに。

 

その証拠に、アリアは油断しきった表情で灯莉を見下ろしていた。

 

そんな売り言葉に伏せ気味な瞳を返し、灯莉はゆっくりとアリアに人差し指を向ける。

 

 

「…こんな鏡は嫌だランキング、ナンバーワン」

 

 

儚い金髪の少女は、小さな身体を震わせながら軽口を叩いた。



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霊魂返還

私は、ずっと逃げていた。

何年も何年も、本当の意味で自分から逃げていたのだ。

この先だって、ずっとそうするつもりだった。

 

なのに、彼女が来てしまったから。

 

 

「あなたが私だなんて、今でも信じたくないよ」

 

 

私が成すべきこと。

嫌という程理解している。

理解した上で、覚悟を決めてここにやってきた。

 

それでも、長きにわたって私を追い続けてきた恐怖が、私の後ろ髪を引っ張り続けるのだ。

 

失敗したら、またあの悪夢を直視することになる。

 

それがあまりにも怖くて、不安で、身体の震えが収まらない。

 

彼女はこの気持ちをどこまで理解しているのか。

それは分からないけど、アリアは愉快そうな表情で私を見下ろした。

 

 

「ありがとね灯莉、その恐怖は悪夢の純度を更に高めてくれる」

 

 

その言葉で、鼓動が喚き出す。

 

うるさい。

私の全身に響き渡るアップテンポの打音が、身体の震えをより強める。

 

 

「…これは、()()()だから」

 

「へぇ〜?」

 

 

己を鼓舞する為に、そんな言い訳を呟く。

けれどその声は酷くか細くて、自分の矮小さをより強く感じさせた。

 

こんなことを続けてても埒が明かない。

 

 

「…灯莉、ごめんね。」

 

「えっ…?」

 

 

とても辛く悲しそうな声が、私に謝罪する。

その声の主は涙を流しながら、痛々しい微笑みを私に向けていた。

 

でも、それがどれほど酷い顔だろうと。

悪夢に抗い続けてきた彼女の存在は温かく、私の鼓動を幾分か落ち着かせた。

 

 

「私こそ遅くなってごめんね、お姉ちゃん」

 

「っ…ううん…謝ることないよ…。」

 

 

いつだってお姉ちゃんは温かくて、かっこよかった。

淡白で静かな彼女の言葉には一欠片の悪意もなく、全てに愛情が詰まっていたのだ。

 

感謝の言葉も、謝罪も、ここで伝えきれるほど些細な量ではない。

 

 

「私が、全部終わらせるから」

 

 

言葉で伝えられないなら、行動で最大限示すしかないよね。

震えは止まらないけど、覚悟はより強固になった。

 

すると、これまた悲しそうな男の声。

 

 

「…いいのか、灯莉」

 

「お父さん」

 

 

男らしく頼り甲斐のある父親、弥音。

そんな彼の弱々しい表情に、思わず顔を背けてしまう。

直視してはいけない気がして。

 

それでも一言だけ、どうしても伝えたかった。

 

 

「私を守ってくれて、ありがとう」

 

 

可能な限り明るく、私は彼に満面の笑みを向ける。

そして即時に顔を背け、アリアを睨みつけた。

 

そうしないと、堪えていた涙が溢れてしまいそうだから。

 

 

「……よし」

 

「無駄を極めたお別れは終わった?」

 

 

未だにアリアは余裕綽々といった面持ちで私を見下ろしている。

 

不愉快だ。

こんな浅い存在に、私達の人生が狂わされた事も。

戦わず、逃げ続けてきた私自身にも。

 

これからまた、2人を泣かせてしまう事も。

 

 

「“霊魂返還”」

 

 

()は、()に、還る。

お母さんより産み落とされた大切な体、お姉ちゃんやお父さんと数多の思い出を刻んだ肉体。

そして同時に、全てを狂わせた肉体でもある。

 

もはや穢れの権化と言っても過言では無い存在に、この霊魂を転ずる。

 

私のシェルター(カナ・アナベラル)から、足を踏み出した。

 

私は、アリアと同一化を果たしたのだ。

 

 

「…は?今更この身にアンタが還ってきて何になるの?」

 

 

盃に還った私を押し退け、アリアが口を動かす。

まだ体の制御は完全では無いけど、これは紛れもなく私の体。

どれだけ口を勝手に動かされようが、腕さえ動かせれば何も問題は無いのだ。

 

もう、好きにはさせない。

 

 

「カナ!お願い!」

 

「うん、灯莉」

 

 

私が呼び掛けると、カナは古ぼけた十字架のような金属塊を私に投げ渡した。

つい先程まで私が宿っていた姿、カナ・アナベラル。

彼女には長いこと寄り添ってもらっていたから、どれだけお礼を言っても足りないくらいだ。

 

けれど、彼女への礼と別れの言葉は、ここに来るまでに済ませてきた。

 

 

「聖…遺物…?いや…有り得ない!アンタにそんな度胸はないッ!」

 

 

漸く私が為そうとしている事を察したのか、アリアは甲高い声で喚き散らかす。

 

でも、もう遅い。

私がこの肉体に還った時点で、運命は確定しているのだ。

 

とはいえ、遅いのは私も一緒、かな。

 

最期の景色。

お姉ちゃんはお父さんの腕にしがみつきながら不安そうな顔をしている。

お父さんは男らしく直立しているが、悲哀の念を隠しきれない表情を浮かべている。

カナは少し寂しそうに微笑んでいる。最期は笑ってって私がお願いしたからかな。

メアリーって人は……前髪が長くて、ちょっと分かんないや。

 

こんな業を背負いながら、最愛の家族に看取ってもらえるなんて私は幸せ者だね。

 

ありがとう、お姉ちゃん、お父さん。

最期にお話出来て、嬉しかったよ。

 

 

「これで、本当にさよならだね」

 

 

私は右手に持った聖遺物を己の首にあてがい

 

 

「バカ!やめ……」

 

 

躊躇なく、突き刺した。



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崩壊

誰しも、生まれながらにして業を抱えている。

この悪夢もまた、その業が災いしているのだろうか。

 

だとしたら私の業は、どれほど深いものなのだろう。

 

拘りや矜恃があったわけじゃないけど、一般的な善意を持って生きてきた。

人を殺した経験は、そりゃ何回かあるよ。

職業柄、どうしてもそれは仕方のない事だと思うし。

 

もちろん、善い事でないことは理解している。

ならばそれ相応の罰があって然るべき、なのかもしれない。

 

罪人が法に裁かれるように、嘘がいずれバレるように。

万物には天が定めた方程式が存在する。

 

とはいえ、まぁ、

 

それでも受け入れたくない物って、あるよね。

 

 

「ぁ…………。」

 

 

冷たい空気が私の頬を撫でたように錯覚する。

灯莉が喉を貫いた時のあの血飛沫は、赤い結晶となりそして散りばめられた。

喉に十字架が穿たれた張本人もまた、赤い結晶の石像へと変化している。

カナも私と同じように、その赤い結晶を眺めていた。

 

 

灯莉は、アリアは、

赤き封印によって、その時間を停止したのだ。

 

 

「灯莉……。」

 

 

気づけば涙は止まっていた。

それは現実を受け入れられていないから。

 

あれほど目覚めを渇望していたのに、

今はまだ悪夢の中でありたいと、悪夢であってほしいと。

 

そう願っている自分がいる。

 

 

 

なんて願いも束の間、広間が重い音を立てて鳴動し始めた。

この場にいる誰もが、思わず辺りを見渡す。

 

天井から降り注ぐ塵の雨に気づいたメアリーは、訝しげに目を伏せた。

 

 

「崩壊……?この領域は、全て奴の術中であったのか…」

 

 

崩壊。

詳しい原理は知らないが…

魔術的な事象は、その術者が死に絶えた時点で術式が白紙化されるようだ。

恒久的な付加術も存在するらしい為、例外はあるだろうが。

 

この空間そのものが一般的な魔術領域であるなら、このままでは全員が瓦礫の下敷きになる。

 

 

「そりゃ想定外だが、俺の魔術にかかれば…ッ」

 

 

するとメアリーの言葉に反応した弥音が、何らかの魔術を行使しようとした。

 

しかし、その瞬間。

誰もが異変に気づいたのだ。

 

 

「…魔術が使えねぇ」

 

「見ればわかるさ……おそらく封印術の影響かね」

 

 

それを聞いた私は隣のカナを見る。

するとカナも何らかの魔術を行使しようとしているのか、標識を床に突き立てて目を閉じていた。

 

魔術を使えないこの状況を、各々が再確認しているようだ。

 

まぁ私は魔術を使えないから、それを自分で確認することはできないけど。

 

解決策は見当たらない。

私はカメリアを背負って立ち上がった。

 

 

「…出口に向かって走ろう、みんな。」

 

 

正直、今から走ったところで間に合うとは思えない。

とはいえ、行動できることがこれくらいしか無いのも事実。

 

皆も同じ認識なのだろう。

私の言葉に頷き、すぐさま走り出そうとした。

 

すると、広間の扉が不気味な音をたてて裂け始める。

不可思議な出来事に、思わず立ち止まる私達。

 

 

「な、なに……。」

 

 

あまりにも見慣れぬ光景に困惑してしまう。

裂け目をよく見てみると、扉が裂けているわけではなく、扉前の空間だけが裂けているようであった。

 

その裂け目はどんどん拡がり、大きな瞳のような形へと変化していった。

 

困惑する私を他所に、カナが安堵した表情で私に微笑む。

 

 

「…よかった、無事に帰れそうだよ」

 

「え…?」

 

 

何を根拠にそう言っているのか皆目見当もつかず困惑していると、裂け目から見知った顔が現れた。

 

 

「無事!?早く入ってきて!!」

 

「えっ、蓮子!?」

 

 

裂け目から現れたのは、私が地下の宇宙に落ちてから行方不明になっていた外来人の少女、宇佐見蓮子であった。

一体どういう原理でどういう術なのかは知らないが、恐らく何かしらの転移術なのだろう。

 

 

「あー!助けてくれたおじさんもいる!みんな早く入ってきて!」

 

 

蓮子が弥音に気づいたのか、嬉しそうに手を振っている。

そうか、2人を助けてくれたのは弥音だったのか。

 

おじさんと呼ばれた弥音が複雑な顔をしていて、私の頬が少し緩んでしまった。

 

 

「…………根暗女、こいつは楽園に通じてるらしい。行くぞ」

 

「…そのようだね。想定外の連続だが、まぁいいだろう」

 

 

そんな会話をして、メアリーと弥音は足早に裂け目へ入っていく。

 

 

「お姉さんも、早くおいでね」

 

 

カナも2人に着いていくように、私に一言だけ残して裂け目へ入っていった。

 

カメリアもいるし、私も行かないとね。

 

でも。

 

 

「最期に、言わせて。」

 

 

背後、広間の中央を振り返る。

そこには塵に塗れた赤い結晶像。

 

 

「灯莉。」

 

 

別れを実感し、再び涙が溢れ出す。

そんな涙のせいで最期の姿が歪んでしまう、傍迷惑なフィルター。

 

 

でも、そのフィルターで煌めいた結晶。

 

 

それは宝石のように美しく

磔刑のように残酷で

 

 

 

 

 

「さようなら、愛してるよ。」

 

 

 

 

 

泡沫の夢のように、儚かった。

 

 



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楽園

 

陽の光を見るのは何年ぶりだろうか。

そう思ってしまう程に、私の悪夢は果てしなかったのだ。

 

カナ達を追うように裂け目に入り、その先に広がった景色は私の眉間に皺を寄せた。

実際は1日ぶりくらい、かな?分からないけど。

 

太陽の眩しさに漸く慣れてくると、そこは博麗神社だった。

博麗神社には珍しく、それなりの大人数が集まった境内に一種の新鮮さを感じる。

 

境内には蓮子、メリー、鈴仙、あと見慣れない兎耳の子供。

それと先に裂け目を通った弥音、メアリー、カナも無事に幻想郷に辿り着いていたようだ。

 

同じ裂け目に入ったのだから、当然と言えば当然だが。

そういえば博麗神社の巫女である霊夢の姿が見えないが、まぁ一旦置いておこう。

 

 

「幻想郷…帰ってこれたんだ。」

 

「これでみんな来れたかな?メリー、もう大丈夫だよ」

 

 

私達全員が裂け目を通過したことを確認した蓮子は、額から汗を流しながら手を翳しているメリーの肩に手を置いた。

それに反応したメリーが手を引くと、私達が通ってきた裂け目が鈍い音と共に消失する。

 

 

「……ふぅ、なんとかなってよかったわ」

 

「メリーが繋げてくれたんだ、ありがとね。」

 

 

蓮子とメリーは現世の一般大学生だと思っていたので、あんな能力を持っているとは思っていなかった。正直、事の詳細を聞きたい気持ちはあるが、それを聞く体力すら残っていない私は素直に礼だけを伝える。

 

すると鈴仙が私のもとに歩いてきた。

 

 

「カメリアさん、永遠亭に運ぶよ」

 

「カメリア、大丈夫だよね……?」

 

 

不安が先走り、つい気弱な質問をしてしまう。

悪夢が終わっても、カメリアが居ない世界なんて嫌だから。

 

 

「正直、それは分からないよ」

 

「……そっか。」

 

 

下手な希望的観測をさせない為か、鈴仙は安直に回答を述べて私に背を向けた。

確かにお世辞にも無事とは言えない容態だから、当たり前といえばそれまでなんだけど。

 

しかし、鈴仙は「でも…」と付け加え、

 

 

「必ず元気になってもらうから、任せて」

 

 

背中を向けたまま親指を立てた鈴仙はあまりにも頼り甲斐があって

私は安堵のあまり、また涙を流しそうになってしまった。

 

 

「っ……うん、ありがと。」

 

 

振り返った鈴仙は私に微笑みかけ、見慣れない兎耳の女の子に合図を送った。

その女の子はカメリアを荷車に載せると、えっちらおっちらと神社の外に歩き出す。

 

どんどん遠ざかっていくカメリアに、言いようのない焦燥を感じたが

 

 

「うん、きっと大丈夫。」

 

 

私は鈴仙、もとい永遠亭を信じることにした。

信じようが信じまいが、私に出来ることなんざ無いんだけどね。

こんなこと言ったら元も子もないか。

 

さて、閑話休題。

境内に目を戻すと、メアリーが既に帰り支度を進めていた。

 

 

「メアリー、もう帰るの。」

 

「私は役目を終えたのでね、失礼するよ」

 

 

そう言って、メアリーは足早に鳥居へ歩き始める。

どことなく何かを警戒しているようにも見受けられたが、何か苦手な要素があったのだろうか。

それにしても、もう少し落ち着いて礼を言いたかったものである。

 

うだつの上がらない表情を向けていると、メアリーは歩を進めながらこちらに振り返った。

 

 

「ククッ……そう遠くない未来に会えるさ」

 

「え?それはどういう…」

 

「まぁまぁ楽しかったよ、またいつか会おう」

 

 

聞きたいこともマトモに聞けず、メアリーはそのまま立ち去ってしまった。

言いたいことだけ言って退散なんて、私の周りは勝手な奴ばかりだ。

ほんと、勝手な奴ばっか。

 

やば…なんかまた悲しくなってきた。

でも、泣くのは今じゃないよね。

 

 

「さて、灯音」

 

「ん?どうしたの。」

 

 

弥音の声に反応して振り返ると、弥音が真剣な眼差しを私に向けていた。

一匙の嫌な予感に気付かないフリをして、私は弥音に向き直る。

 

ゴリラのようにゴツゴツとした体型、不揃いな無精髭。

とうの昔に見慣れたはずの姿だが、改めて見てみると全くの別人にも感じてしまう。

そう思わせるだけの、強烈なオーラが漂っているのだ。

 

 

「久しぶりに面を拝めて良かった」

 

「…うん、私も。これから父さんはどうするの。」

 

「そうさね……」

 

 

私の問いに顎髭を撫でながら項垂れる弥音。

その時点で、もう察しがついていた。

というよりも、既に見えていた物から目を逸らしていただけなんだけど。

 

仕方がないこと。

これは、生命が生命たる以上、逃れられないのだから。

 

 

「還るよ、“居場所”に」

 

「………うん、そうだよね。」

 

 

目を伏せる私に対して、弥音は苦い表情を見せた。

私も良い大人なんだし、そうなるのは目に見えていたはずなんだけどね。

それでも、どうしても、事実だけは本人の口から聞きたかった。

 

 

「だからな、相続の時間だ」

 

「うん…うん?何の?」

 

 

余計沈んだ空気になると思っていたのだが、存外突拍子もない事を言い出す始末。

暗い別れよりは余程マシなのだが、なんとも間が悪いというか。

 

とはいえその表情は真剣で、場を和ます為の軽口ではないようだ。

相続とかそういう話に縁が無かった私は、ひと握りの不安を押し殺せずにいた。

それでも着実に迫ってくる大柄な弥音の姿は、さながらデモンズウォールのようである。

これから私は死の宣告を受けるのだろうか。いや、間違いなくそれは私ではない。

 

弥音の大きな手が、私の小さな肩を包み込む。

 

 

「オレが遺せる財産なんぞ、これくらいなもんでよ」

 

「?……っ!」

 

 

訝しむと同時に、鋭い衝撃が全身を駆け巡った。

バチバチと灼けるような…痛み?最早それが痛みかどうかも理解できない。

私の身体は明滅し、ピクピクと脈打っている。

声を出そうにも、声の出し方が分からない。

 

永劫にも思えたその苦しみは、案外呆気なく終わりを迎えた。

 

 

「っ……なんか…身体が軽い?」

 

「悪ィな、オレの力を全て託した」

 

 

私の身体には軽快感が残り、不可思議な全能感さえあった。

今ならフェルマーの最終定理を一文で纏め、瞬く間に千里の峠を越える事ができそうな。

不気味なまでの全能感。

 

 

「そいつは強い感情によって出力を切り替える。本当に必要な時、必ずお前の助けになるさ」

 

 

強い感情。

その言葉で連想されたのは、つい先程のカメリアの姿。

あの時、自分の無力さをどれほど嘆いただろうか。

守りたい、助けたい、力が欲しい。

嗚咽混じりに燻ったあの感情は、どれほど強いものだったのだろう。

 

 

「……ありがと、父さん。宝物にするね。」

 

 

弥音は照れ臭そうに自らの顎を撫で、背を向けた。

しんみりした別れは嫌なのだろう。

硬派な男ぶって、本当は誰よりも情に熱い。

昔と全く変わらない父親の背中を見て、自然と笑みが零れた。

 

 

「私が行くまで、母さんと灯莉をよろしくね。」

 

「まかせとけ。盆にでも三人で会いに行くから、ちゃんと墓参り来てくれよ」

 

「ふふ、考えとく。」

 

 

子供じゃないんだ。

そんな使い古された常套句を真に受けるわけがない。

けれどここは全てを受け入れる幻想郷。少しくらい夢見ても良いよね。

 

それに、二度と会えなかったとしても、安心してお別れを言えるのは今回が初めてなんだ。

 

だから、私は笑みを浮かべたまま手を振る。

 

 

「またね、父さん。ゆっくり休んで。」

 

「おう、またな。ちゃんと飯食えよ」

 

 

手をヒラヒラと振った後、弥音の背中は光を帯びる。

それはやがて輝く塵を撒き散らし、弥音の肉体共々消滅した。

えらく呆気ない別れに感じたが、言いたい事はちゃんと言えた。それだけで十分だろう。

 

今はただ、手を振り続ける。

未だ舞い続ける、その光の塵が消えるまで。



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