Hellsing the Blood (Lucas)
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 HELLSINGもストブラもアニメ(OVA)知識だけですが頑張ります。



 能力は基本的にHELLSINGのキャラクターのままです。

例)古城は眷獣を持ってなくてアーカードと同じ能力。
 那月ちゃんは魔女じゃなくて銃と剣の名手。

例外)ヴァトラーさんは眷獣使い。


「ハッ、ハッ、ハッ、……」

 

 黒髪の少女が息を切らしながら、彼女の身体1つ分しかないほどの狭い空間を這って進んでいた。

 

「どこだい?」

 

 そんな少女の耳に、彼女を探す者の声が聞こえてくる。

 

「どこにいるんだい? 可愛い可愛い姪っ子。私の可愛い姪っ子。可愛い私のフロイライン。王立国教騎士団・ヘルシング機関を継ぎしうら若き乙女、南宮那月」

 

 少女・南宮那月は気取られないように、通風口の中からそっと追跡者の様子を窺う。

 

「那月、君は何もわかっていない。兄上……いや、君の父君が亡くなるまで、私は20年も待ったというのに……、なのに死に際の兄上は養女である君に当主を譲るという容認しがたい遺言を残していった。それはいけない。そんなことが許されるはずがない。ヘルシングは私のものだ」

 

 恨み言を吐き出しながら、追跡者・リチャードは自分の拳銃の遊底を滑らせる。

 そんな叔父の様子に震えながらも、那月は必死に屋敷の地下を目指して進んでいた。

 

 

 彼女の脳裡に、生前の養父の言葉が甦る。

 

「那月……、もしも……もしもお前に危機が迫った時、どうしようもない敵の勢力に追い詰められた時、地下の忘れ去られた牢獄へ行け。そこに、われらヘルシングの1つの成果がある。お前を守る術がある」

 

 

 目指す牢獄のすぐ近くに迫った那月は、通風口から飛び出し、素足のまま薄暗い地下の廊下を駆けた。

 そして、廊下の突き当たりにある重厚な扉の前まで辿り着いた。養父・アーサーの死後、誰一人として足を踏み入れていない真っ暗な牢獄に。

 格子窓を覗いても一片の光のない牢内の様子はわからない。だが、那月は扉を押した。養父の遺言に従って。自らを守る術を求めて。

 

 

ギギギギギギ…………

 

 

 当然錆び付いていたであろう鉄扉が厭な音を立てながらゆっくりと開き、牢獄に廊下の灯りの光が差し込んだ。

 中に囚われていたものの正体が那月の瞳に写る。

 

 

 死体───。

 

 

 死体だった。

 真っ黒な拘束衣に身を包み、両足を投げ出して座った体勢で、長い黒髪を振り乱し、乾ききって目も肉もなくなり、パサついた皮ばかりが辛うじて骨に貼り付いているような男の死体。

 

 

「これが……、私を守る……術……」

 

 動揺しつつも、那月は恐る恐る死体に近づく。

 

 

 しかし………

 

 

「見つけたよ、フロイライン」

 

 

バンッ!

 

 

 追いついて来たリチャードが無慈悲に放った弾丸が、那月の右肘を撃ち抜いた。

 

「アァァァァァァァァ!」

 

 悲鳴を上げ、那月はその場に倒れ込む。

 しかし、すぐさま自らの“敵”へと向き直った。

 

「叔父上……」

 

「その通りだよ、フロイライン」

 

 那月に銃口を向けたリチャードは、余裕の笑みを顔に刻みながら返答する。

 

「あなたはそこまでして、ヘルシングが欲しいのか?」

 

「またまた正解だよ、フロイライン」

 

 那月に歩み寄ったリチャードは彼女の眉間に銃口を突きつける。

 対して、那月はリチャードを睨んだ瞳を逸らさない。

 

「フッ……」

 

 

 ニヤリと笑ったリチャードが引き金を絞ろうとしたその時……

 

 

「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 “気味が悪い”という言葉を体現したような音がリチャードと那月の鼓膜を揺らした。

 

 

「ん?」

 

 リチャードが音の出どころを、那月の身体の後ろに目をやる。

 

「なっ!」

 

 その瞬間に彼の顔は衝撃と恐怖で凍てついた。

 

 

 死体が血を舐めていた───。

 

 

 那月の銃創から床に飛んだ血に、死体だったはずのものが舌を這わせていた。

 ただの穴と化していた瞼の間にはギラついた真っ赤な瞳が宿り、パサついていた皮膚は僅かながらに生気を取り戻している。

 

 

「しゃぁぁぁぁぁぁ。あ?」

 

 真っ赤な目玉が、血溜まりから、自身を見つめるリチャードへと視線を移した。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 立ち上がった“それ”は、雄叫びを上げて拘束衣を引きちぎると、不気味に口角を吊り上げてリチャードを見た。

 

「ひぃぃ!」

 

 次の瞬間、情けなく叫び声をあげたリチャードめがけて“それ”は飛びかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年後 チェダース村

 

 

 

 

 それぞれ、Simon、Eddy、Yukinaと書かれた名札を胸に付けた、男2人、女1人、あわせて3人の警察官が、シグザウエルP226を構えながら、灯りのない夜の教会へと足を踏み入れた。

 警官のうちの1人が懐中電灯で前方を照らすと、そこにはうずくまる2つの人影があった。

 しかし、何か様子がおかしい。

 よく見ると、牧師の服装をした男が女の首筋に歯を突き立てていた。

 

「ん?」

 

 光に気付いた男が振り向く。

 歯が抜かれたことによって、女の首筋から凄まじい勢いで鮮血が噴き出した。

 そんなことは一顧だにせず、ニセ牧師が左手を虚空に翳す。

 それを合図に、椅子に隠れていた大量の人影が姿を現した。

 皆、服も皮膚もボロボロの有り様で、ホラー映画のゾンビのような姿をしている。

 

「ひぃぃ!」

 

 ゾンビたちは怯む警官たちに向かって一斉に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですと?」

 

 ここはチェダース村のすぐ近くに設置された警察の拠点。すなわち、先ほど教会に踏み込んだ警官たちの仲間がいる前線基地だ。

 その中の最も大きなテントのに、フリル付きの華美なドレス姿の少女と、お付きと思しき執事の格好をした老人が入ってから数分、署長の素っ頓狂な声がテントの外まで轟いた。

 

「今、何と仰られましたかな? ヘルシング局長・南宮那月卿」

 

「聞こえなかったのか?」

 

 不本意そうな顔をしながら敬語を使う署長に対して、ドレス姿の少女……みたいな女性・南宮那月(26歳)は不遜な態度を崩さぬままに説明を繰り返す。

 隣では白髪混じりの金髪と碧眼が印象的な老人が苦笑いで控えている。

 

「グールだ。村はグールの巣窟になっている。グールとは吸血鬼に噛まれた非処女・非童貞がなってしまうゾンビ擬き。よって、村には吸血鬼がいる」

 

「ふっ……。ハハハハッ……。グール? 吸血鬼? そんなオカルト話を信じろと?」

 

 署長は那月の説明に笑いを漏らした。尤も、まともな人間に信用しろという方が間違いであるが。

 そんな時、通信係が暗い顔で伝達事項を伝えた。

 

「第2、第3捜索隊、通信途絶」

 

「何!?」

 

 隊長格の警官が驚いた様子で無線機を取る。

 

「おい! 何があった? 応答しろ! 応答しろ!」

 

 笑っていた署長の表情が見る見るうちに青くなっていく。

 

「貴様のような木っ端役人には知らされていないし、本来知らなくてもいいことだが、やつらは実在する」

 

 そんな署長に対して面白そうに那月は話し続ける。

 

「ドラクルは処女、ドラキュリーナは童貞の血を吸った時のみ繁殖するが、それ以外は餌になりグールになるだけだ。やつら相手に普通の警官や軍隊をいくら投入しても餌を増やすことになるだけ。我々、王立国教騎士団、通称・ヘルシング機関は、そいつらアンチキリストの化け物どもを狩る専門家。吸血鬼はヘルシングが狩る。既にうちの、特に対吸血鬼戦闘のエキスパートをチェダース村に送ってある。数時間で片が付くさ」

 

「い、一体、どんなやつなんです?」

 

「化け物……、特に吸血鬼に対しては、誰よりもエキスパートだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、チェダース村の林道を、1人の日本風な顔付きで白いパーカーに身を包んだ青髪の少年が、面倒臭そうに歩いていた。

 

「今夜は満月か」

 

 夜空を見上げて呟いた彼は、欠伸混じりに更に歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、……」

 

 教会に踏み込んだ警官のうちの1人・姫柊雪菜は、2人の仲間を目の前で喰い殺した化け物たちから逃げ回っていた。

 

「逃げても無駄だ」

 

 そんな彼女に、後方からニセ牧師が声をかける。

 

「くっ……」

 

 雪菜は足を止めると、牧師を狙って拳銃を撃つ。そこそこの距離があったが数発命中した。

 しかし………

 

「銃を撃っても無駄だ」

 

 胸や腹の肉を抉られたにも関わらず、牧師には全くダメージを与えられていなかった。

 そればかりか、瞬きするほどの間に間合いを0にまで潰してきた。

 

「このッ!」

 

 雪菜は牧師の顔面に銃口を突き付けて引き金を引く。

 銃声とともに牧師の顔が後方に弾かれた。

 しかし………

 

「フフッ……、ハハハハッ……」

 

 牧師は笑い声を上げて雪菜の腕を掴まえる。

 

「俺が欲しいのは忠実な奴隷だけだ。自由意志のドラキュリーナなんぞ作りたくもない。今時、この歳で処女ってことはないだろうが……」

 

 話しながら、牧師は雪菜の胸に触り、首に舌を這わせる。

 

「ひぃっ!」

 

「犯してやろう。その後で血を吸ってやろう。俺の奴隷にしてやろう」

 

「おい、オッサン!」

 

「ん?」

 

 突如響いた少年の声が、そんな牧師の行為を中断させた。

 

「なんだ? 誰だ、お前は?」

 

 牧師が、月を背景に立つ少年に問う。

 返ってきたのは思わぬ解答だった。

 

「殺し屋だよ」

 

「殺し屋? 殺し屋だと?」

 

 牧師が挑発的に声をあげる。

 

「本気か? 正気か、お前?」

 

 牧師は左手を雪菜の首にかけて背後に回り込み、右手を真横に突き出した。

 

「殺せ」

 

 指を鳴らすと同時に、牧師が短く命じる。

 周辺にいたグールたちが一斉に銃を抜いて少年に狙いを定めて引き金を引いた。

 

「あぁ!」

 

 雪菜の悲鳴とともに少年の身体に無数の穴が穿たれる。肋骨が露わになり、右腕が千切れ落ち、最後には少年が仰向けに倒れた。

 

「もう終わりか、殺し屋? フフフフフッ……、アハハハハッ……」

 

 牧師が大笑いする声が気味悪く辺りに響く。

 だが、少年の瞳からはまだ光が失せていなかった。

 

「そんな訳ねえだろ」

 

「何!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吸血鬼だと?」

 

 またも署長の叫び声がテントにこだました。

 

「そうだ」

 

 那月はあくまでも落ち着いた様子で言葉を繋ぐ。

 

「対吸血鬼のエキスパートが人間では心許ない。すぐに傷付き、すぐに死ぬ。心すら弱い。吸血鬼を滅ぼすのに最も効率的なのは、吸血鬼なんだよ。そして、我々、ヘルシングが飼い慣らしている吸血鬼は、やつらの中でも極上の部類に入る」

 

 言いながら、那月は10年前の地下牢に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名前は?」

 

 つい今し方喰い殺されたリチャードの銃を向けながら、那月は眼前の“化け物”に問い掛けた。

 化け物は拳銃には目もくれず、那月を見つめながら言った。

 

「古城……、暁古城だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故? 何故だ……」

 

 傷一つなく再生してみせた少年・暁古城に、牧師は驚きを隠せない様子で問う。

 

「どうして同族が人間どもに手を貸す?」

 

「うるせえよ、オッサン」

 

 古城は問いに答えることなく、パーカーのポケットから拳銃を取り出した。

 

「まずは邪魔なお前らからだ」

 

 大口径にも関わらず、機関銃と間違うほどのスピードで、古城はグールたちを次々に撃っていく。

 弾が当たったグールたちは、針で突かれた風船のように、一気に形を崩して灰と化していった。

 

「このやられ方……。その弾は……」

 

「ランチェスター大聖堂の銀十字を鋳溶かして作った13mm爆裂徹甲弾だ。コイツを食らって平気なフリークスはいねえよ」

 

 弾倉を入れ替えた古城は、手駒であるグールをすべて失った牧師に銃口を向ける。

 

「おい、待て。たった1人の生存者だぜ? 生かしておきたくないのか?」

 

 牧師は古城の視線から逃れるように、小さな雪菜の身体を盾にする。

 

「なに、簡単なことだ。俺の脱出に手を貸せ。目を瞑るだけでもいい」

 

「なあ、婦警さんよ……」

 

 そんな牧師の言葉には耳を貸さず、古城は雪菜に質問する。

 

「あんた、処女か?」

 

「えっ? はっ……、あっ、ええっと……」

 

「おい! 一体、何を……」

 

「答えろッ!」

 

「は、はいッ! そうですッ!」

 

バンッ!

 

 雪菜が答えた瞬間、13mm弾が彼女の右肺を貫き、背後の牧師の心臓を捉えた。

 声があげることすら叶わず雪菜は血を吐きながら地面に倒れる。

 辛うじて灰化しないでいる牧師も力なく数歩後方へよろめいた。

 

「終わりだ、腐れ牧師!」

 

「ぐはッ……」

 

 雪菜から離れた牧師の胸の中心に、飛びかかった古城の右拳が文字通り突き刺さった。

 灰さえも残すことなく、牧師の肉体が霧消する。

 

「さてと……」

 

 古城が地に伏した雪菜に歩み寄る。

 

「あいつを仕留めるために、あんたの肺を撃った。悪ぃが大口径の銃だ。長くはもたねえ。どうする?」

 

「……は、くっ……、は……」

 

 肺に大穴が空いた雪菜の答えは言葉にならない。だが、彼女は左手を懸命に古城へと伸ばした。

 古城はその手を優しく受け止める。

 

「今日はいい夜だな、ホントに」

 

 そう呟くと、古城は雪菜の首筋に自らの歯を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 雪菜は見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。

 

「ここ、どこ?」

 

 まだ覚醒しきらない意識の中で、雪菜は自分の身に起きたことを思い出そうとする。

 

「ハッ!」

 

 チェダース村での一件を思い起こし、慌てて自分の右胸を探るが、そこには穴が空いてなどいなかった。

 ほっとして、悪い夢だったのだろうと思った雪菜だったが、彼女の隣から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「よう。起きたか、姫柊」

 

「えっ……」

 

 顔を横に向けた彼女と、声の主である青髪の少年の目が合う。

 

「……キャアァァァァ!」

 

「うおぉぉぉッ!」

 

 一瞬の沈黙の後、悲鳴とともに雪菜は古城を殴り飛ばしていた。

 叫び声をあげながら、古城はノーバウンドで壁まで吹っ飛ぶ。

 

「騒々しいぞ、バカ。それから、新入りドラキュリーナ」

 

 そんな様子を見ていた那月が声をかける。

 

「おぉ……那月ちゃ……、イテッ!」

 

 壁に激突した額をさすりながら立ち上がった古城に、那月は手に持っていた扇を投げつけた。

 

「主をちゃん付けで呼ぶな」

 

「あの……」

 

 雪菜が恐る恐る那月に声をかける。

 

「ドラキュリーナって……」

 

「この鏡で見てみろ」

 

 那月は手鏡を雪菜へと放る。

 受け取った雪菜は自らの顔を確認する。

 

「何だか、少し若返ってる気が……」

 

 5年分ほど若返った自身の顔をしげしげと眺めていた雪菜だったが、口を開いた瞬間に再び悲鳴をあげることになった。

 

「牙ッ!?」

 

「いちいちうるさいぞ」

 

 そんな雪菜を那月が窘める。

 

「ここは王立国教騎士団、通称・ヘルシング機関。化け物どもを狩る化け物どもの吹き溜まりだ。もちろん貴様にもここで働いてもらうぞ、姫柊雪菜」

 

 那月の声にあわせて、隣にいた老執事が雪菜に制服を手渡した。

 

「最近、怪しげなミディアンたちによる事件が続発している。吸血鬼を倒せ、婦警」

 

「はあ……」

 

 制服を受け取ったものの、曖昧に頷くだけしかできない雪菜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「縊り殺した、その血でメッセージか……」

 

 警察によって封鎖されたとある民家の一室で、赤黒く描かれた逆十字を眺めながら、那月は苦々しげに吐き捨てた。

 

「こいつらは、我々のプロテスタントを、我々の英国を、そして我々のヘルシングを嘗めきっている」

 

 イラついた那月の指示が、ヘリで移動中の雪菜のインカムにも届く。

 

『目標はルート17号を北へ移動しながら、あらかじめターゲットにした家族を襲っている。クソ吸血鬼どもを絶対に生かすなッ!』

 

「くっ……」

 

 銃を握る雪菜の手に自然と力が籠もる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ俺たちは永遠に生きられるぜ」

 

「不死身のヴァンパイアね」

 

 血溜まりの中、1組の男女が歪んだ愛を語っていた。

 彼らこそ、ヘルシング機関が追っている連続殺人鬼である。

 

ブーーーッ

 

「ああん?」

 

 突如として鳴った呼び鈴に、男の方が玄関ドアに近づいた。

 

バンッ! バンッ!

 

「うあぁぁぁッ!」

 

 ドア越しに放たれた2発の銃弾に足を撃ち抜かれた男が床に膝をつく。

 すかさずドアを蹴破った雪菜が男に拳銃を突きつける。

 

「動かないでくださいッ!」

 

「このアマッ!」

 

 雪菜の制止を無視し、男はUZIを抜いた。

 

バンッ! バンッ! バンッ!

 

「ガハッ……」

 

 UZIの引き金を引く暇も与えられず、腹、胸、頭に1発ずつ銀弾を浴びた男は灰に還った。

 

「フゥ……」

 

 初めて吸血鬼を仕留めた雪菜は小さく息を吐く。

 その時、廊下の端から足音が聞こえた。

 

「ハッ!」

 

 慌てて銃を向ける雪菜。

 

「俺だよ、姫柊」

 

 しかし、そこにいたのはパーカー姿の味方だった。

 

「マスター……。もう1人の方は?」

 

「仕留めたよ。これで姫柊の初任務は無事終了ってわけだ。お疲れさん」

 

「ありがとうございます、マスター」

 

「ところでさ、姫柊……」

 

「何ですか、マスター?」

 

「その“マスター”ってのやめてくんねえか?」

 

「あっ! 失礼しました……」

 

「いや、別に謝ることは……」

 

「……我が主様」

 

「……って、違う! 俺が言いたいのは、“マスターみたいに簡略化せずにちゃんと呼べ”とかそういうことじゃないくてだな……」

 

「えっ? 違うんですか? じゃあ、ひょっとして……、ご、ご主人様……とか?」

 

「それも違うわッ! 俺が言いたいのは、もっと軽い感じで……」

 

『違うぞ姫柊雪菜、そいつは妹キャラが大の好みでな。“兄上”とでも呼んでやったら大喜び……』

 

「喜ばねえよ! 那月ちゃんまで何言ってんだ!」

 

「そ、そういう趣味だったんですか!」

 

「だから、違ぇよ! 何かもっとマシな呼び名ねえのかよ!」

 

「マスター、サー、閣下、ロード、メイン……」

 

「だから、そういう堅っ苦しいのじゃなくて……」

 

『バカ、ヘタレ、変態、……』

 

「那月ちゃん、俺に何か恨みでもあるのか?」

 

「ん……、では“先輩”なんてどうでしょうか?」

 

「おぉ、“先輩”か。それ、いいな」

 

「こんなのでいいんですか?」

 

「ああ。“マスター”なんて大層な呼ばれ方、俺なんかには似合わねえよ」

 

『おい、貴様ら。いつまでも無駄話をしてないで、とっとと次の現場へ行け』

 

「まだあんのかよ。最近、人使い荒くねえか?」

 

『文句なら“向こう”に言え。私は知らん』

 

「ったく……。行くぞ、姫柊」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時と場所を移して、真昼時のバチカンのとある孤児院。

 2人の男子が喧嘩をしていた。

 

「こら、止めなさーい。暴力を友達に振るうなんていけません。そんなことでは2人とも天国へ行けませんよぉ」

 

 そこへ1人の神父が仲裁にやって来た。金髪に緑の瞳の大男という厳つい風貌には似合わない満面の笑みを浮かべている。

 

「神父様……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いいですかぁ? 暴力を振るって良い相手は、化け物どもと異教徒どもだけです」

 

 そんな危ない宗教教育が行われているところに、1人の司教が近づいてきた。

 それを認めた神父の眼鏡の奥に、先ほどまではなかった鋭さが宿る。

 

「よし、じゃ2人とも、もう部屋に戻りなさい」

 

「はーい、神父様」

 

「行こ!」

 

「うん!」

 

 走り去る2人に手を振ったのを最後に、神父の顔から笑みが消える。

 

「何のご用でしょうか? 一体、どうしたと言うんです?」

 

 神父に促された司教が老いて皺だらけになった口を開く。

 

「このところ、おかしな事件が頻発しているだろ? 特に英国で」

 

「ええ。よく隠蔽しているようですが」

 

「ヴァンパイアだ」

 

「ほう……」

 

「英国内で連続して吸血鬼が出現している。その数は異常だ、明らかに」

 

「結構なことじゃないですか。英国のプロテスタントどもがたくさん死んだんでしょう?」

 

 他宗教の人間が聞けば震え上がりそうな狂信者っぷりを見せ付ける神父だったが、司教は当然のことだと言わんばかりに意に介さず話を続ける。

 

「そうでもない。ヘルシング……知ってるな? 連中、思いの外上手くやっているようだぞ。現に被害は最少に抑えているようだ」

 

「あんな素人集団、我々と比べればまだ幼稚園だ。カトリックは……、バチカンは……、そして我々は、連中より遥か昔から奴らと闘争を続けてきたのですから」

 

 そこで、神父は再び司教に問い掛ける。

 

「で、私は? 英国内の揉め事だったら連中に任せておけば良いのではないですか?」

 

「“英国なら”だ……」

 

「ほう……、すると?」

 

「今回の事件はアイルランドだ。北アイルランド、地方都市・ベイドリック。ヘルシングが動いている。我々とて、それを黙って見ている訳にはいかんのだよ」

 

「自領土だと言わんばかりに、土足で機関員を派遣するとは……。ハッ、相も変わらず厚顔無恥な連中ですなぁ」

 

「あの地はプロテスタントのものではない。我々、カトリックの土地だ。吸血鬼は我々の獲物だ。連中に先んじられる訳にはいかんのだよ、アンデルセン」

 

 アンデルセンと呼ばれた神父が唇で弧を描きながら司教に問う。

 

「ヘルシングと衝突した際は?」

 

「我々は唯一絶対の神の地上代行者だ。異端どもの挑戦、退く訳にはいかん」

 

「If anyone does not love the Lord,Jesus Christ,let him be accursed. O Lord come. Amen!」

 

 最強の狂信者の投入がここに決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンデルセンと司教の会話から数時間後、古城と雪菜はベイドリックのとある屋敷でグールと戦っていた。

 

 

 

バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!………………………

 

 

 

 古城の454カスールカスタムオートマチックと、雪菜のシグザウエルP226が立て続けに火を吹く。

 やがて、辺りに灰しかなくなった時点で2人から放たれる弾雨が止んだ。

 

「2階はこれで終わりか。1階もだったけど呆気ねえな」

 

「先輩、本命は最上階にいる吸血鬼なんですよ。気を抜かないでください」

 

「わかってるよ。ふわぁ~…」

 

「全く……」

 

 欠伸混じりに返す古城を雪菜が窘める。結成から僅か数日であるにも関わらず、このコンビの定番パターンとなっていた。

 しかし、いつも通り事が進むのはここまでだった。

 

「しっかりしてくださいよ、先ぱ……」

 

 不自然なところで雪菜の台詞が途切れる。

 

「ん? どうかしたのか? ……ッ! おい! 姫柊ッ!」

 

 雪菜の方を向いた古城の血相が一変する。

 雪菜の胸に、背中から1本の銃剣が突き刺さっていた。更に、前のめりに倒れようとする雪菜めがけて、6本の銃剣が飛来する。

 

「やらせるかよ!」

 

 すぐさま反応した古城が拳銃で6本全て撃ち落とした。

 

「祝福儀礼の銃剣……」

 

 倒れ込む雪菜の身体を受け止めながら古城が呟く。

 次の瞬間、どこから飛んで来たのか、何十枚もの紙が壁や窓に貼り付き出した。

 

「聖書のページ……。結界か!」

 

ミシッ…、ミシッ…、ミシッ………

 

 廊下の最奥部にある階段が軋む音が響く。

 弾倉を入れ替えた古城が待ち受けていると、血が滴り落ちる銃剣を両手に握り、裾が足首に届きそうなコートを身に纏い、ゴツい十字架を首から提げ、丸縁の眼鏡をかけた、頬に傷のある金髪緑眼の大男が姿を現した。

 男は2本の銃剣をクルクルと器用に操りながら口上を述べる。

 

「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること」

 

 銃剣を十字に組み、擦り合わせて火花を散らせると、遠雷が響き渡るのに合わせて叫んだ。

 

「Amen!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡って大英帝国王立国教騎士団の本部。

 執務室の椅子に座った那月の前で、青ざめた顔の部下が報告を行っていた。

 

「バチカンの情報官からの報告です。ローマが……、バチカンが……、バチカン特務局第13課・イスカリオテ機関が動いています」

 

「イスカリオテ……」

 

 那月の顔に苦々しげな表情が浮かぶ。

 

「バチカンの非公式特務実行部隊であり、バチカンの持つ唯一にして最強の戦力。エクソシズム、異教弾圧、異端殲滅のプロフェッショナル。存在しないはずの、ユダの名を持つ第13課……。で、兵力は?」

 

「派遣兵力はただ1人……“パラディン”アレクサンド・アンデルセン神父」

 

「アレクサンド……アンデルセン神父だとッ!」

 

 那月の顔が今度は驚きで染まった。

 

「やつが古城たちと鉢合わせになったらどうなる!?」

 

「アッ……」

 

 那月の言葉に部下が思わず息を飲む。

 

「私もベイドリックへ行く! 銃と剣、それから護衛を2名用意させろッ!」

 

「ハッ!」

 

 部下が頭を下げるのを確認することもせず、那月は隣に控えていた執事にも命を下す。

 

「ヴァトラー、バチカンとの交渉はお前に任せる!」

 

「かしこまりました」

 

 ディミトリエ・ヴァトラーは那月に恭しく頭を下げると、アンデルセン神父についての情報を反芻する。

 

(“パラディン・アンデルセン”、“殺し屋・アンデルセン”、“バイヨネット・アンデルセン”、“首切り判事・アンデルセン”、“エンジェルダスト・アンデルセン”。人種、出身、年齢、全てが不明。わかっているのは、この数々の渾名の他に1つだけ、彼が化け物専門の戦闘屋であるということ。我々にとって、化け物に対する切り札が“暁古城”であるように、彼もまたバチカン第13課の切り札……)

 

「フッ……」

 

 自嘲気味に笑ったヴァトラーは最後に声には出さず呟いた。

 

(もっと若い頃に会いたかったな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び時計の針を進めて、ベイドリックの屋敷の廊下。

 両手に銃剣を携えたアンデルセン神父と、右手に拳銃を握った古城が対峙していた。

 

「いい月だな、化け物ども」

 

 挨拶替わりにそう言ったアンデルセンは、古城に一歩ずつ近づきながら、足元の雪菜に目を向ける。

 

「随分とまあ……、可愛らしい声をあげて苦しむのだね、お嬢ちゃん」

 

 彼の言葉通り、胸に刺さった銃剣の所為で、雪菜は呼吸もままならない様子だった。

 

「だが、そんな程度では貴様たちは死ねんよ。心臓はちゃんと外しておいたのだからね。久しぶりの吸血鬼だ。楽しませていただかなければ!」

 

 心底楽しそうな様子で語るアンデルセンに古城が口を開く。

 

「バチカン第13課・特務機関イスカリオテ……」

 

「その通りだ、ヘルシングの犬ども」

 

 あっさりと肯定したアンデルセンはゆっくり近づきながら古城に話し掛ける。

 

「貴様が暁古城か? ヴァンパイアの分際で人間に味方し、吸血鬼を狩る、ヘルシングのゴミ処理屋……」

 

「ここにいた吸血鬼はどうした?」

 

「始末した。とんだ雑魚だった。楽しむ間すらありはしない……」

 

 アンデルセンが古城と手が届くほどの距離にまで接近する。

 身長が低い古城を見下ろし、気味悪く弧を描いた口で告げた。

 

「残ってるのは貴様らだけだ」

 

「そうかよ」

 

 下から見上げる形で睨み返した古城は短く返す。

 

 

 両者が沈黙したまま数秒の時が流れた。

 

 

「ハァァァァイヤァァァァッ!」

 

 先に動いたのはアンデルセン。

 奇声を発しながら、銃剣で古城に斬りかかる。

 しかし、1歩下がって楽々と躱した古城が、アンデルセンの眉間を撃ち抜いた。

 派手に脳漿を飛び散らせたアンデルセンの身体が後ろへ運ばれ、壁に背中を打ちつけてやっと静止する。

 吸血鬼でもないアンデルセンに対してはオーバーキルもいいところだ。

 

「正面から吸血鬼に飛びかかって敵うわけねえだろうが」

 

 そう吐き捨てた古城は銃をしまう。

 

「せ……んぱ、い……」

 

「喋るな。今、抜いてやる」

 

 苦しげな雪菜の銃剣を抜くべく、古城はアンデルセンの死体に背を向けた。

 次の瞬間………

 

「グハッ!」

 

 古城の胸を2本の銃剣が刺し貫いた。

 

「嘘だろ……」

 

「ハハハハッ……」

 

 驚愕する古城の背後で、銃剣の柄を握ったアンデルセンが嗤う。

 そのまま柄を回転させ、更に傷口を広くしてから肉を抉りとるように引き抜いた。

 支えが消えた古城は、前に倒れ込むが、床を手で殴りつけて空中へ踊り出ると、上下が逆さまのまま再び拳銃を抜いてアンデルセンに13mm弾を一弾倉分見舞う。

 更に身体を上下に半回転させて着地した古城は、弾倉を入れ替えながらアンデルセンの様子を窺う。

 

「ウゥゥラァァァァァァァッ!」

 

 一拍置いて、雄叫びをあげたアンデルセンが一直線に古城めがけて突進した。

 

「効いてねえのかよ!」

 

 アンデルセンを躱して身体を入れ替えた古城は、後方に跳んで再び距離を確保する。

 

「セェェェルァァァァァァッ!」

 

 どこから取り出したのか、新たに6本の銃剣を握ったアンデルセンが振り向きざまに投擲した。

 窓ガラスが割れるほどの衝撃波を発しながら飛来する銃剣を古城は拳銃で迎撃する。

 

「ハァァァァァァァァァァッ!」

 

「うおッ!」

 

 銃剣を排除した古城だったが、そこへアンデルセン自身が突撃した。

 躱し切れなかった古城を廊下の奥まで突き飛ばすと、すかさず銃剣を両の掌に差し込んで壁と縫い付ける。

 

「ハアッ!」

 

「グハッ……」

 

 それでは足りないとばかりに、アンデルセンは無数の銃剣を古城の胸や腹に突き刺した。

 

「フゥゥゥァァァ……」

 

 更に新たな銃剣を構えたアンデルセンが不気味に息を吐きながら古城に迫る。

 その身体からは、古城に撃ち込まれた銃弾が次々に吐き出され、銃創は時間を巻き戻すように塞がっていった。

 

「リジェネレーター……」

 

 アンデルセンを見た古城が、口から血を零しながら言う。

 

「そうだ! 我々、人類が貴様らと戦うために作りだした技術だ!」

 

 誇らしげに答えたアンデルセンが、銃剣を握った手を後ろに引く。

 

「Amen!!!!!!!!!」

 

 気合い一閃。

 アンデルセンが真一文字に振り抜いた銃剣によって、古城の首が宙を舞った。アンデルセンを遥か飛び越え、グシャリと厭な音を立てて廊下に叩きつけられる。

 

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥッアッハッハッハッハアッ! アァッハッハッハアッ!………」

 

 目一杯身体を後方に仰け反らせ、アンデルセンは嗤笑する。

 

「これが? こんなものがヘルシングの、切り札? 奴らの飼う最強の吸血鬼だと? とんだ茶番だ! まるでお話にならない! これだからプロテスタントのやることは………、ん?」

 

 アンデルセンの笑い声が止まった。彼の緑色の瞳が薄暗い廊下を写す。

 そこには、転がっていたはずの古城の首も、倒れていたはずの雪菜の姿もなく、血溜まりと一振りの銃剣があるばかりだった。

 

「ほう……。自力で祝福儀礼の銃剣を抜くとは……、少々あのドラキュリーナを甘く見ていたか……。ハアッ!」

 

 甲高い金属音とともに銃剣を握り直したアンデルセンは、獲物を求めて廊下を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩………」

 

 アンデルセンの隙を狙い、古城の首を拾って逃げ出した雪菜は、その青い頭を胸に抱えながら廊下を進んでいた。

 

「ひどいですよ……。私を置いていかないでください……」

 

 呼びかける雪菜の声に、古城は応えない。

 悲しみに沈む雪菜の心を現実へと引き戻したのは、とある神父が放った銃剣だった。

 雪菜の胸の中から首を攫ったそれは、再び古城を壁と縫い止める。

 

「どこへ行こうと言うのかね?」

 

「ハッ……」

 

 廊下の闇の中からアンデルセンが姿を現した。

 

「どこにも逃げられはせんよ」

 

「くっ……」

 

 迫り来る脅威に対して、振り返った雪菜のP226が火を吹く。

 

「ハッハッ! この状況で尚も攻撃して来るとは、なかなか素敵なお嬢ちゃんだ。だが、そんな豆鉄砲ではどうにもならんよ」

 

 銃創を再生させながら、アンデルセンが更に雪菜に迫る。

 

「Dust to dust. 塵は塵に……。塵に過ぎないお前らは、塵に還れッ! Amen!」

 

「くっ……」

 

(先輩……)

 

 銃剣を振りかぶったアンデルセンが跳びかかり、雪菜は思わず目を閉じた。

 

バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!

 

 雪菜の身体に刀身が触れる寸前、いきなり鳴り響いた銃声がアンデルセンの銃剣を砕き散らせた。

 

「その娘は我々のものだ。何をしてくれる、アンデルセン?」

 

 名を呼ばれたアンデルセンが視線を向けると、そこにはドレス姿の少女が、スーツ姿の男2人を従えて立っていた。

 

「ヘルシング局長、サー・南宮那月。噂通り、まるで少女のようにおわ……」

 

「黙れ」

 

「ハッハッ! 局長自らお出ましとは、精の出ることだ」

 

「アンデルセン、これは重大な協定違反だぞ。ここは我々の管理下のはずだ。直ぐに退け。でなければ、我々とバチカンの間で重大な危機となる。いくらあの13課と言っても、こんな無理は通らん」

 

「退く? 退くだと? 我々が? 我々、神罰の地上代行イスカリオテが? 第13課が?」

 

 那月の通告に対し、逆にアンデルセンの闘気が高まる。

 

「貴様ら、穢らわしきプロテスタントに退くとでも、思うか!」

 

 叫んだと同時にアンデルセンが銃剣を構えて突撃する。

 銃撃をもろともせず、瞬きするほどの間に2人の護衛を縊り殺すと、那月を狙って銃剣を振り下ろした。

 

キーンッ!

 

 那月は素早く剣を抜くと、アンデルセンの一撃を受け止める。

 圧倒的なまでの体格差と体力差に顔を歪めながら、那月は苦々しく吐き捨てた。

 

「生物工学の粋をこらしたリジェネレーション……。おまけにヒーリングか……。化け物め……」

 

「お前たち、揃いも揃って弱すぎる」

 

 嘲るようにアンデルセンが那月に返す。

 

「お前らご自慢のゴミ処理屋、首を落としてやった。縊り殺してやったぞ」

 

「首を落とした?」

 

 アンデルセンの言葉を聞いた那月の表情が変わる。

 しかしそれは、アンデルセンの予想とは真逆の変化だった。

 

「それだけか?」

 

「何!?」

 

 アンデルセンを嘲るような表情を浮かべた那月に、聞き返そうとするも、彼の背後から遊底の滑る音がした。

 

「南宮局長から離れてください、アンデルセン神父!」

 

 雪菜がアンデルセンに銃口を向ける。

 

「貴様に勝ち目はないぞ、殺し屋」

 

「何を馬鹿な! 貴様ら纏めて今……」

 

「なら早くすることだ。もたもたしてると、縊り殺したはずの者が蘇るぞ!」

 

「何!?」

 

 その時、雪菜の頭に優しく掌が置かれた。彼女が驚いて振り返ると、パーカーのポケットに右手を突っ込んだ青髪の吸血鬼が1人。

 

「よく頑張ったな、姫柊」

 

「先輩!?」

 

「何だと!?」

 

 気づいたアンデルセンも、那月から離れて振り返る。

 

「よう、オッサン」

 

「暁古城……。フッ! ハアッ!」

 

 驚きもそこそこに、アンデルセンが古城に斬りかかる。

 対する古城は、雪菜を左方へ退けると、ポケットから出した右腕を身体の横へ突き出した。見え見えの誘いだったが、それも承知でアンデルセンは銃剣で古城の右腕を切り落とす。

 

「ヌゥッ!」

 

 そのまま古城の後方へと駆け抜けたアンデルセンだったが、刹那に元通りになった右腕を見て驚愕の声を上げた。

 

「どうするよ、オッサン? まだやるなら付き合うぞ」

 

「なるほど、確かに、今の装備では殺し切れん……」

 

 そう言うと、アンデルセンは懐から聖書のページを取り出して、自分の周囲にバラ撒く。

 

「また会おう、ヘルシング。次は皆殺しだ」

 

 アンデルセンの身体を覆い隠したページが焼け落ちると、彼の姿は跡形もなく消えていた。

 

「ハア……。やっと帰ったか……」

 

「無事か、暁古城?」

 

「おう。首を落とされたのなんて久しぶりだけどな。イスカリオテのアンデルセン神父か……。また、めんどくさそうなのが出てきたな……」

 

 そう言って頭を掻く古城だったが、小さな影に突き飛ばされて床に倒れる。

 

「うおッ!」

 

「もうッ! 先輩の馬鹿ッ!」

 

 古城を押し倒した雪菜は、彼をポカポカ叩いて涙ながらに思いを吐き出す。

 

「生き返るなら生き返るって、先に言ってから死んでください! 私がどれだけ不安だったか……」

 

「わかった、わかった。悪かったって」

 

「ほ、本当にわかってくれましたか?」

 

「ホントだって! もう姫柊を1人になんてしねえから……」

 

「せ、先輩……」

 

 古城の言葉に、雪菜の頬に赤みが差す。しかし、次の一瞬で後悔することになった。

 

「……あんな危ないヤツの前じゃ」

 

「……はい?」

 

「いや、だから……。アンデルセンみたいなヤツ相手に1人ぼっちになって不安だったんだろ? もう、そんな目に遭わせたりしねえから大丈夫だって」

 

「先輩……」

 

「ん?」

 

「反省してくださいッ!」

 

「うおッ!」

 

 再び雪菜に突かれ、古城が床に後頭部を強かにぶつける。

 プイと顔を背けた雪菜は、床が抜けてしまいそうな足取りで、その場から姿を消した。

 

「何だってんだよ……」

 

「ハア……」

 

 那月の溜め息は何者に聞かれることもなく闇夜へと吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諸君、計画を進めよう。次の戦争のために。次の次の戦争のために……」




 こんな感じで進んで行きます。
 これからどんどん日本名のキャラクター増えていきますが気にしちゃダメですよ。

 ご感想・ご意見待ってます。


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キャラクターの入れ替えがとんでもないことになってます。あらかじめご了承ください。


 日の落ちた薄暗い草原に、1人の老人が倒れていた。

 緑色の草を染める、夥しい量の血が、彼の命が風前の灯であることを物語っている。

 

 その老人の傍らに、若い風貌の男が1人膝をついていた。

 彼の衣服も鮮血で紅に染まっているが、殆どは彼自身が流したものではない。腕の中で力なく、彼に体重を預けている少女のものだ。

 

「う、うぅ……」

 

 少年の唇の間から声が漏れる。

 

「ウゥゥゥゥゥァァァァァア!!」

 

 漏れ出た声は絶叫となり、耳を傾ける生者もいない草原に、長く長く響いていた。

 

 

 

「はッ!」

 

 短い声をあげてベッドから身を起こした暁古城は、片手を顔にやりながら、肩で息をして呼吸を整えようとする。

 

「夢、かよ……」

 

 それだけ呟くと、脱力したように、再び身体を倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南宮局長、我々、円卓会議を召集したということはよほどのことが起こったのであろうな?」

 

 眼鏡を掛けた老人が、円卓を挟んで正面の椅子に腰掛けた、ドレス姿の少じ……女性に声をかける。

 老人の名は叶瀬賢生という。この円卓会議のまとめ役であり、南宮那月の養父たるアーサー・ヘルシングの友人でもあった。

 

「ああ」

 

 言葉少なく返答した那月に対し、円卓の他のメンバーは次々と言いたいことを投げかける。

 

「先生、情報操作にも限界ってものがあってですね……」

 

「五月蝿いぞ、藍羽浅葱。先代のペンウッドならばこの程度でとやかく言っては来なかった」

 

「だから、あの人は早死にしちゃったんじゃ……」

 

「しかし……」

 

 金髪の少女が頭を抱え込んだのを見て、続いて、三つ編みで眼鏡を掛けた少女が口を開いた。

 

「近頃、吸血鬼関連の事件が我々でも揉み消し切れなくなりつつあるのも事実……」

 

 彼女の名は閑古詠といい、獅子王機関という組織の長を務めている。

 

「このままでは……」

 

「はっ!」

 

 鼻で笑うような声で荒々しく割り込んできたのは、軍服に身を包んだ髭面の男性。見た目通り、イギリス軍内の大物である。

 

「たった一組織に吸血鬼の対応を丸投げするからこうなったのだ。どうだ? この際いっそ、我々に任せては……」

 

「貴様らは殺し合いがしたいだけだろうが、ガルドシュ」

 

「おやおや、穏やかではありませんね」

 

 そこで割って入ったのは、中華風の装束を着て、眼鏡を掛けた青年。

 

「ところで南宮局長、本筋の話からかなり逸れてしまっているようですが?」

 

「貴様に言われるまでもなくわかっている」

 

 那月は、1つ咳払いをすると話を始めた。

 

「今まで撃破したヴァンパイア及びグールを徹底的に調査した結果……」

 

 那月はコンピューターチップのようなものを周りに示した。

 

「何じゃ、それは?」

 

 真っ先に訊いたのは、緑色の長髪を垂らした女性。

 

「発信機。もしくは、それに類する物。ヴァンパイアの体内数カ所に埋め込まれ、状態、行動、精神、そして戦闘、それらを調査し、報告していたと思われる」

 

「何だと!?」

 

「この一連の事件は自然発生的なものではない。それからもう1つ……」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「グールだ。グールとは、ヴァンパイアに血を吸われた非処女・非童貞がなってしまうもの。だが、今回は明らかに処女・童貞と思われる少年少女までもがグールになっている。更に、グールは本来、宿主の血と共に消滅するもののはず。しかし、ベイドリックの事件においては、バチカンのアレクサンド・アンデルセンが既に吸血鬼を倒していたにもかかわらず、我々が突入した時、中はグールで溢れていた」

 

「つまり、どういうことかな?」

 

「裏で糸を引いている連中はヴァンパイアやグールを知っている者だということだ。我々のように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼らのいるヘルシング家の正門の守衛を務める2人の兵士はおかしな来客を受けていた。

 2人組の女性。一方は紫色の髪の毛で濃いメイクが目立つ。もう一方は金髪で、足に障害は見られないがステッキを携えている。そして何より、どちらも男性の視線を釘付けにできるほどの体つきと服装をしていた。

 

「ねえ、警備員さん。私たちの乗ってきたバス、故障しちゃったの」

 

 紫色の髪の方が口を開いた。確かに、女たちの背中側には1台のバスが停まっている。

 

「ちょっと見てもらえない? 駄目なら電話だけ貸してもらえない?」

 

「い、…いや、駄目だ! 他を当たってくれ」

 

 一瞬ドキッとした守衛たちであったが、仮にも軍人であり、職務を忘れるような愚は犯さなかった。

 

「あら、それは残念」

 

 それを聞いた紫髪の女は、パチッと指を鳴らした。

 怪訝に思った守衛だったが、何かしらの行動を起こす前に、片方の頭部がスイカのように飛び散った。

 

「なっ!?」

 

 慌てたもう1人は、2人組が乗ってきたというバスを見る。しかし、悲鳴をあげる以外には出来ることはないとすぐにわかった。

 

「ひいッ!」

 

「大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

 

 金髪の女が声をかけるが、守衛の血色が戻ることはなかった。なんたって、バスの窓という窓からライフルの銃口が覗いていたのだから。

 

「それじゃあ……」

 

 金髪女が、右手を顔の高さまで上げて、親指と中指をつける。

 

「バイバーイ」

 

 パチッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び場面は戻って、円卓会議が集まった会議室。

 突然の爆発音と振動に、メンバーたちは会議を中断させられていた。

 

「局長」

 

「待て。今、確認する」

 

 賢生の言を受けた那月は内線で警備室に繋いた。

 

「どうした? 何が起きた?」

 

 兵士の返答よりも先に、電話によって伝わったのは銃声だった。

 

「答えろ! 敵は何者だ?」

 

『敵は……、敵はグールです!!』

 

「何!?」

 

 思わず声をあげた那月。他のメンバーのうちの数人も眉根を跳ね上げた。

 

「足止めしろ! 無理なら時間を稼げ!」

 

 咄嗟に指示を出すも、最早悲鳴以外に返答はなかった。

 替わりに、能天気な口調の女の声が会議室に響いた。

 

『ハーイ! 円卓会議の皆さん、こんにちは。どうしようもない淫売でビッチなヘルシングちゃんも聴いてる? 私たちはギラルティ姉妹。私は妹のベアトリスよ、よろしく。今、遅めのランチの真っ最中よ。ヘルシングの隊員さんたちを美味しく頂いてるわ。今からそっちも殺しに行ってあげる。小便済ませた? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK? じゃあねーっ!』

 

 言いたい放題に喋った後、受話器を置く音と共に通話は一方的に切られてしまった。

 那月は歯噛みしながら内線を切り替える。

 

「どこだ、どこにいる、暁古城?」

 

『今、姫柊の部屋だ。ヴァトラーも一緒にいる』

 

「……、こんな時に一体なにをやっていた?」

 

『は?』

 

「まあいい。それについては後で訊く。で? これからどうする?」

 

『ひとまず、姫柊とヴァトラーを通風口からそっちに送る。これで、そっちの守りは大丈夫だろ。俺はここから出てグールと、親玉の吸血鬼を殺しながら、会議室へ。これでいいか?』

 

「わかった。ただな……」

 

『何だよ、那月ちゃん?』

 

「私を那月ちゃんと呼ぶな! アイツらは私の部下を喰っていた。絶対に、この屋敷から生かして帰すなよ」

 

『……、ああ、わかってる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルシング家の屋敷の廊下。敷かれたお高いカーペットを血で汚しながら、ベアトリスと、彼女が率いる完全武装したグールの軍団は、円卓会議が行われている会議室へと進撃していた。

 途中、ヘルシング機関の構成員たちが数回攻撃を加えるも、あえなく、端から殺され、餌と化してしまった。

 吸血鬼狩りを任務とするヘルシング機関といえども、グールの頑丈さを装備で強化したこの部隊には歯が立たなかった。

 

「まったく……。どいつもこいつも弱すぎてつまんないわね」

 

 嘲笑するように言ったベアトリス。

 その時、耳に付けたインカムから、彼女の姉の声が聞こえた。

 

『そっちの首尾はどう、ベアトリス?』

 

「どうもこうも、楽勝よ。歯応えがなさすぎて退屈なくらい。そっちこそ大丈夫なの、1人で?」

 

『問題ないわ。“上”が何を恐れてるのか知らないけれど、私が、たかが坊や一人に後れを取ると思って?』

 

「それもそうね。じゃあ、早いとこ終わらせちゃって帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうね」

 

 妹との連絡を締めくくったジリオラ・ギラルティは、兵士たちの血に染め上げられた壁──より正確には、それに掛けられた巨大な絵画──を見ていた。

 彼女がそんなものに興味があるのか否か──いや、恐らくなくはないのだろうが──は関係ない。

 ジリオラは不意に思い付いたかのように、額縁を掴んで絵を壁から外した。

 すると、その奥にあったのは真っ暗な下への隠し階段。

 そして、その最下段から彼女を見つめる、1組の真紅の瞳。

 

「フフッ、大当たり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とマズいことになってきたようじゃの……」

 

 円卓会議のメンバーの1人であるニーナ・アデラードは、幾分体を強ばらせながら呟いた。

 

「“マズいこと”だと? 何を馬鹿な」

 

 それに対し、ベレー帽を被ったクリストフ・ガルドシュ中将は、楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「調子に乗った吸血鬼どもが、身の程を越えたことをやりたがっているだけのことだ。なんなら、俺が奴らのことを切り刻んで来てやろうか?」

 

 そう言うと、口から白い歯を覗かせながら懐からコンバットナイフを取り出した。

 

「貴様の言いたいことはわかったからいい加減に騒ぐな。まだこれはヘルシングの管轄だ。万が一、そこの扉を破ってくるような奴がいれば貴様にくれてやる」

 

 那月の言葉に、フンと面白くなさそうに鼻を鳴らしたガルドシュは、ナイフを元通り懐にしまい込んだ。

 

「ところで、藍羽浅葱……」

 

「は、はい?」

 

 突然、水を向けられた浅葱は狼狽えるが、那月はお構いなしだった。

 

「そこは危ないぞ」

 

 那月の言葉の意味を判じかねた浅葱だったが、突然頭上の天井の板が外されて、目の前に2つの人影が降ってきた時にようやく得心した。完全に手遅れだが……。

 

「遅いぞ」

 

「お待たせ致しました、お嬢様」

 

 執事服姿のヴァトラーが那月に頭を垂れる。

 

「直ちに雪菜嬢とともに侵入者を殲滅いたしますゆえ、今しばらくお待ちを」

 

 凶悪な笑みを顔に刻んだヴァトラーが雪菜を伴って会議室の扉に手を掛ける。

 その時、思わぬところから待ったがかかった。

 

「少々お待ちください」

 

 声をあげたのは、円卓会議のメンバーの1人、三つ編みで眼鏡の閑古詠だ。

 

「あなたが姫柊雪菜なのですね。暁古城に血を吸われたドラキュリーナ」

 

 閑古詠は真っ直ぐに雪菜の顔を見る。

 

「えっ、あ……、はい、そうですけど……」

 

「おい。うちの者に何の用だ?」

 

「そう警戒なさらないでいただきたい。何も引き抜こうというのではありませんよ」

 

 閑古詠は、後ろに控えていた部下から細長いケースを受け取ると、雪菜たちの前に差し出してロックを外し、中身を晒した。

 

「獅子王機関からの贈り物です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室では、古城とジリオラとの戦いが繰り広げられていた。

 古城の白銀のカスールが火を噴き、弾丸を躱したジリオラが、茨を思わせる形状の鞭で反撃する。そして、それを回避しながら古城が更に弾丸をバラ撒く。

 その応酬が暫く続いたが、壁や床、天井が傷付くばかりで、2人のどちらもダメージを負いはしなかった。

 

「この程度? 世界最強の吸血鬼なんじゃなかったの? それとも女には手を上げないとか、そういうタイプ?」

 

「うるせーっ! テメェらいったい何者だ?」

 

「答えると思って? ハアッ!」

 

「チッ!」

 

 ジリオラの鞭により、またも床が大きく抉られる。

 

「そうね……。でも、このままじゃつまらないし、折角だから1つヒントをあげましょう」

 

「何?」

 

「“ミレニアム”という言葉に聞き覚えは?」

 

 次の瞬間、それまで俊敏に動き回っていた古城が、ピタリと停止した。

 当然の帰結として、ジリオラの鞭が彼の身体を捉える。右腕に当たり、古城が取り落としたカスールが床を跳ねた。

 

「ミレ……ニアム……だと?」

 

 2度、3度と、ジリオラの鞭が振るわれるのに気付いていないかのように、古城は呆然とした様子で呟いた。顔からは表情が消え失せ、目の焦点はぶれている。

 思わず、ジリオラが攻撃の手を止めてしまう程、彼のさまはおかしかった。

 

「……っふ」

 

 不意に古城の口から声が漏れる。それは次第に大きくなり、途端に狂笑へと変わった。

 

「フハハハ、フハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」

 

 思わず、ジリオラが半歩後ずさる。

 

「そうかよ! やっとか! 待ちくたびれたぜ! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 古城の狂ったような笑声は一向に止まない。それどころか、増していく気配すらあった。

 

「……あ、アグイホンっ!」

 

 叫ぶと同時、ジリオラの眷獣が出現した。巨大な紅の蜂たちは、使役者の命令のままに古城へと襲いかかる。

 瞬間、古城が左手で懐から抜き払った黒色の拳銃がそちらを向いた。

 銃声は1発。

 それだけで、眷獣たちはおろか、ジリオラの右腕までもが吹き飛んだ。

 

 

 

『対化物戦闘用13mm拳銃“ジャッカル”。全長39cm、重量16kg、装弾数6発。これならば、例のアレクサンド・アンデルセンさえも殺し切れるでしょう』

 

 グールによる襲撃の直前、古城がヴァトラーから受領した新装備だった。

 

 

 

「なッ……」

 

 途轍もない威力を体感したジリオラが凍り付く。しかし、今度はそれがまさに命取りとなった。

 古城の右拳が顔面に炸裂し、後方の壁まで弾き飛ばされた。

 

「グハッ! アアッ……」

 

 壁にひびが入る程の衝撃を受けて床に崩れ落ちたジリオラ。次のアクションを起こす前に、古城が眼前に立ちふさがった。

 

「あ、あぁ……、アァァァァァァァァァァッ!!」

 

 先程とは打って変わって、残虐な笑みを顔に湛えた古城に、ジリオラは恐怖のままに悲鳴をあげたが、さほど間を置くこともなく、その声はパッタリと止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれね」

 

 会議室の扉を視認したベアトリスは微かに口角をあげる。

 しかし次の瞬間、彼女の右を何かが通り抜け、そこにいたグールたちを薙ぎ払った。

 

「なッ……」

 

「やれやれ……。やはり、昔のようにはいかないか……」

 

「誰だ!」

 

 ベアトリスの前方に現れたのは、1人の老人。

 

「ディミトリエ・ヴァトラー。ヘルシング家執事。元・ヘルシング機関ゴミ処理係」

 

 端的に自己紹介を済ませるヴァトラーの元に、先程飛んできた何かが戻っていく。目を向けると、蛇のような形をしていた。

 

「眷獣……」

 

「正解だ。尤も、もうまともに操れんがな。まったく、年は取りたくないものだ。フゥ……」

 

 軽口のようだが嘘ではないらしく、彼の額には汗が浮かんでいた。

 

「フフッ……、人間は不便なものね! 行け、蛇紅羅ッ!」

 

 ベアトリスの持っていたステッキが生き物のように動き、ヴァトラーへ襲いかかった。

 素早く反応したヴァトラーは、老人とは思えない──と言うより、若干人間業とは思えない──スピードで回避する。

 

「それも眷獣か……」

 

「インテリジェンス・ウェポンってやつよ。知ってるか、クソジジイ?」

 

「フゥ……。雪菜嬢、雑魚のお相手は任せます」

 

「はい!」

 

「なに!?」

 

 ヴァトラーの声と共に雪菜がグールの群れの中へ飛び込んだ。

 刹那、数度の金属質な煌めきの後、切り刻まれたグールたちがカーペットの上に崩れ落ちる。

 

「槍……?」

 

「よそ見とは心外だな、吸血鬼」

 

「くっ! 蛇紅羅ッ!」

 

 

 

 

 

「シュネーヴァルツァー。七式突撃降魔機槍・雪霞狼。別組織に渡してしまってよかったのですか?」

 

「どちらにしろ、普通の人間には扱い切れませんから。あなたの冥餓狼の例もあることですし」

 

「ハハッ……、そうでしたね」

 

 

 

 

 

 かつて“蛇遣い”の異名を取った元・ヘルシングの戦闘員ディミトリエ・ヴァトラーの眷獣と、暁古城が血を分けた眷属・姫柊雪菜の雪霞狼。

 完全装備とはいえ、有象無象のグールたちの高々数十匹、始末するのにそれほどの時は必要なかった。

 

「クソッ! どいつもこいつも使えないッ!」

 

 歯噛みするベアトリスを余所に、グールたちは次々と雪菜の振るう雪霞狼の餌食となっていく。

 何とかしようにも、気を抜けば即座にヴァトラーの眷獣の牙が迫り、動きが取れない。

 

「そろそろフィナーレか」

 

「アァ!? 調子こいてんじゃねえぞ、クソジジイッ! あんな雑魚どもいなくても私1人いれば……」

 

「フッ……、残念だがそれは無理だ。……行けッ!」

 

 ヴァトラーの号令と共に、彼の影から飛び出した小さな蛇たちが、廊下を埋め尽くす程の物量を以て、ベアトリスを飲み込んだ。

 

「……っ! 何だ、コイツら!」

 

「なかなか楽しかったよ。“ボク”にソイツを使わせるような敵は久しぶりだった」

 

 ヴァトラーの眷獣が群がり、ベアトリスの身体を覆い隠した。そのまま、表面で蠢きながら、彼女の血肉を蝕み始める。

 抵抗を試みるも、蛇紅羅で払い切れるような量ではなく、徐々にベアトリスの動きが緩くなっていった。

 

「このッ! 離れろ! ふざけんな! おい、やめろ待て……あ、アァァァァァァァァァァァァ、ァァ、アああ……」

 

 たった数秒の絶叫の後、眷獣がヴァトラーの元へ帰ると、廊下にはベアトリスの血の染みさえ残されてはいなかった。

 

「フゥ……。……、おっと!」

 

「大丈夫ですか!」

 

 額の汗を拭ったヴァトラーの身体が傾いた。

 倒れる前に雪菜が支えに入ったが、彼女に寄りかかっていなければ、立っていることも難しい様子だ。

 

「やはり……昔のようにはいきませんな……」

 

 呟いたヴァトラーは、見た目の上では更に老け込んだように思えた。

 

「無事のようだな、2人とも」

 

「お嬢様……」

 

「言うな。これから、コイツらの黒幕探しで忙しくなる。貴様にも休む暇はやらんぞ」

 

「かしこまりました」

 

 その時、廊下の先──つまり、行き止まりである会議室の反対側──から、低く呻き声が聞こえた。それも、1人や2人の出せるものではない。壁に挟まれた廊下で反響するなしても、その数は異常だった。

 

「新手!?」

 

 すぐさまヴァトラーを壁際に座らせた雪菜が、声のする方へ雪霞狼の切っ先を向ける。

 

 グールか、それとも吸血鬼。

 襲撃者の別働隊がいたのだろうか?

 それとも応援部隊なのだろうか?

 

 数通り、状況を思い描いた雪菜だったが、廊下の角を曲がって姿を見せた相手に、思わず固まってしまった。

 

「そんなッ……」

 

 確かに相手の正体はグールだった。廊下を埋め尽くすグールの群れ。

 しかし彼らは、みなヘルシング機関の隊服に身を包んでいた。

 つい先日までは仲間だった彼らが、化け物に喰われ、化け物と化し、血肉だけを求めて自らの元へやって来る。

 残酷すぎる事実が、雪菜の心と体を凍り付かせた。

 

 その時、銃声が響き渡った。

 

 一瞬、更に身を堅くした雪菜だったが、それは敵の攻撃ではなかった。

 かつての仲間たちの群れの一角が吹き飛ばされる。

 続いて2発目、3発目の銃弾が群れを凄まじく削り取った。4発目を撃つ前にはまばらになっていたグールたちは、6発目が放たれた瞬間に1匹も余さず駆逐された。

 グールの消えた廊下に佇むのは、銃口から硝煙を上げる黒色の拳銃を握り締めた青髪の少年。

 

「先……輩?」

 

「姫柊……」

 

「ひ、あっ、あの……」

 

 恐る恐る声を掛けた雪菜だったが、古城と目が合った途端に小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「無事みたいだな。よくやった。えらいぞ」

 

 歩み寄った古城が雪菜の頭にポンと掌を載せた。

 しかし、雪菜は口をパクパクさせるばかりで何も反応することが出来なかった。いつもなら嬉しいはずなのに……。

 

「何があった、暁古城?」

 

 古城の豹変を読み取った那月が問い掛ける。

 

「ヤツらだ……」

 

「何?」

 

「ヤツらが来たんだよ、55年ぶりに」

 

「っ!」

 

 古城のぶっきらぼうな言葉の意味を理解した那月は息を呑む。

 対する古城は、ギラギラと殺気を湛えた瞳をさらに輝かせ、はるか遠方に座す仇敵に向けて言った。

 

「待ちくたびれたぞ……、少佐」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあいい、諸君。計画を続けよう。次の戦争の為に。次の次の戦争の為に……」




古城くんを主人公にするに当たって、ちょっぴりストーリーも弄ってみました。主に冒頭部分。
固有名詞は抜きましたが誰が誰なのかは判りますよね?


それから、例の兄弟と円卓会議のみなさんはエラいことになってしまいました。
一応並べてみると……

アイランズ卿:叶瀬賢生(なんか似てる気がして……。俺だけかな?)
ペンウッド卿:藍羽浅葱(色々考えてはみたけれど浅葱の出番が見つからなかったので無理矢理主要キャラをあてがってみました……)
ウォルシュ将軍:クリストフ・ガルドシュ(一番軍人っぽい人だったんで……。そういえばウォルシュ将軍は円卓会議メンバーじゃなかったけれど、初登場シーンでいきなりガルドシュさんにするわけにもいきませんし……ね?)
その他円卓会議の皆様:閑古詠、絃神冥駕、ニーナ・アデラード(雪霞狼をどうしようか悩んで、ここで静寂破りさんに出てもらうことにしました。後の2人は……なんとなく)
ヤン:ベアトリス・バスラー(汚い言葉を言わせられるようなキャラが他に思い付かなくて……)
ルーク:ジリオラ・ギラルティ(ベアトリスさんの姉──もしくは兄──に出来そうなキャラってことで……)

こんな感じです……。
浅葱はペンウッド家の養子になって、あの愛すべき性格のご当主が鬼籍には入ったので家を継いだのだとご理解ください。


色々悩んでいて更新がかなり遅くなりましたことお詫びします。
3話はもう少し早くできるように尽力いたします。

次は、優麻が登場します!……予定ですが。


ご感想、ご意見、お待ちしております。どうぞ、遠慮なく。


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 上空を飛び交うミサイル群。

 崩れ落ちる前の原型を留めない廃墟。

 そして、街中を満たす硝煙と砂埃。

 お察しの通り、内戦状態にあったこの国だが、つい先ほど政府側の一大拠点が墜ちたため、最早終結したと言ってもいいかも知れない。

 

 そんな首都の一角で、今なお戦闘を続けている一団があった。

 彼らは政府軍に雇われた傭兵隊。

 雇い主がいなくなったため脱出行の真っ最中である。

 

「隊長! これから我々はどうなるんですか!?」

 

 1人の男が声をあげた。

 それに応えたのは、傭兵という言葉が似合わない、年端もいかぬ少女。

 

「大丈夫! ちゃんと当てならあるよ!」

 

「本当ですか、仙都木隊長!」

 

「何処です? 出来れば、砂まみれにならない場所にしたいのですが」

 

「それなら心配ないよ。なんたって、次は……」

 

 言いつつ、隊長こと仙都木優麻はナイフを取り出して、自身の後方へ投げつけた。

 ナイフは、潜んでいた敵兵の喉に突き刺さると、即座に彼の生命を奪い去った。

 

「“霧の都”さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仙都木隊長、どういうことですか?」

 

「ん?」

 

 時と場所は移って、ロンドンはヘルシング機関の本部。

 傭兵たちの戸惑いを多分に含んだ声が響いていた。

 

「ロンドンで戦争でもおっ始めるんですか?」

 

「我々はいつから警備員になったんです?」

 

「金持ちの道楽気取りとか?」

 

「ええっとねえ……。今回の雇い主はボクの母親と知り合いでね……」

 

「元隊長の?」

 

「そうそう。それで、ボクはまあ少しは知ってるんだけど、みんなには何て説明したらいいのかなぁ……。う~ん、簡単に言うと、ボクらの今度の仕事は“化け物退治”なんだ」

 

「化け物ォ? ハッハッ! またそんな……」

 

 傭兵たちの疑問の声が笑い声に変わった。

 そんな中、彼らの声を切り裂いて、部屋に入ってきた人物の声が響いた。

 

「本当だ」

 

 南宮那月は驚く傭兵たちを相手にさらに続ける。

 

「お前たちの敵は、人間の血を吸うことで不老・不死身になるヴァンパイア。にんにくと聖水を携えて、白木の杭を心臓に打ち込んだり、首を切ったり、死体を焼いたり、十字路に灰を撒いたりするのが我々の仕事だ」

 

「馬鹿馬鹿しい!」

 

「吸血鬼がこの世に存在する訳が……」

 

「貴様らが知らないだけだ。いや、正確には知らされていないだけだがな。100年前に結成された我々、王立国教騎士団・ヘルシングが、長い長い間人知れず活動を続けてきたその本来の目的は、ヴァンパイアたちとの闘争のため!」

 

「そうだ!」

 

「なっ、何だ?」

 

 どこからか男の声が聞こえたと思った瞬間、彼らのいた部屋が突然、ぐにゃぐにゃと歪み始めた。

 

「俺たちがそのヴァンパイア……」

 

 どこからともなく現れた無数の蝙蝠が、キーキーと鳴きながら1ヶ所に集合する。そして、徐々に人の形を作っていった。

 出来上がった真っ黒い人型の物は、輪郭が煙のようにはっきりとせず、真っ赤にぎらついた瞳を持ち、頬の端から端まで裂けたように巨大な口から、ギザギザに尖った牙を覗かせていた。

 

「ひいっ!」

 

「ばっ、化け物ォ!」

 

 傭兵たちは一気にパニックに陥ってしまった。ただ1人を除いて……。

 

「やあ、古城。もうみんな充分ビビってるから、そろそろ止めてくれないかい?」

 

 優麻が言うと、真っ黒の塊がきちんと収束し、青髪の少年の姿に変わった。

 

「よお、優麻。しばらく見ねえ間にデカくなったな」

 

「そりゃ、最後に会ったのは何年も前だからねぇ。そっちは全然変わらないみたいだけど……」

 

「当たり前だろ。俺は……」

 

「くだらん世間話はその辺にしておけ。そんなことより、仙都木優麻、阿夜はどうした?」

 

「あぁ……、母なら数年前に死にましたよ。おかげで今はボクが隊長です」

 

「そうか……」

 

 一瞬だけ悲しそうな顔を見せた那月だったが、次の瞬間には普段通りの顔に戻っていた。

 

「お嬢様、ここにおられましたか」

 

 部屋にヴァトラーが入ってきた。一通の封筒を那月に差し出す。

 

「こんなものが届いておりました」

 

「うん?」

 

 手に取った那月だったが、差出人の名を見た途端に表情が変わる。

 

「バチカン特務局第13課イスカリオテ機関長、エンリコ・マクスウェルだと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 泣く子も黙る皆殺し機関のイスカリオテが一体何のようだ?」

 

 傭兵部隊との顔合わせの翌日、那月は王立軍事博物館のカフェで、ローマ・カトリックの司教にして、イスカリオテ機関のトップであるマクスウェルという男と会っていた。

 

「フハハッ! 随分と嫌われたものだな。だが、まあいい。本題に入ろう」

 

 マクスウェルは足元に置いていたスーツケースをテーブルの上に載せた。

 

「我々は、君たちがある言葉を必死に調査していることを知っている。そして、それが実を結んでいないことも」

 

「さすがだな。その通りだ」

 

「“ミレニアム”だろ?」

 

 マクスウェルがスーツケースを人差し指でトントンと叩く。

 

「これはいわゆる特務事項というやつだが、我々は“ミレニアム”という名の1つの情報を持っている。教えてほしいか? 本当に教えてほしいか?」

 

 焦らすように、マクスウェルはいやらしい笑みを浮かべながら那月に訊く。

 次の瞬間、彼の後頭部に銃口が押し当てられた。

 

「ごちゃごちゃ言ってねえで、とっとと教えろよ。さもねえと、脳天吹っ飛ばすぞ」

 

 深紅の瞳でマクスウェルを睨み付け、暁古城は撃鉄を上げた。

 

「フハハッ……。ノスフェラトゥ・暁古城。ヘルシングのゴミ処理屋。殺しのジョーカー。生で見るのは初めてだ。随分とイラついているじゃないか。まあ、落ち着きたまえ」

 

 スーツケースのロックを外し、中に入っていた資料をテーブルの上に放り出す。

 

「これが“ミレニアム”だ」

 

 表紙にナチスドイツの鷲章が描かれた古びたファイル。

 破れないように気をつけながら、古城はページを捲り始めた。

 

「今を遡ること50年前、第二次大戦の折、敗北したナチス第三帝国から大量のナチの軍人たちが逃亡した。彼らはみな、ドイツ敗戦の直前から行動を開始している。それはそうだ。戦争途中に逃亡などしたら脱走だ、それは。彼らの主な逃亡先は親ナチス国家群の多い南米。我々の知る“ミレニアム”とは、計画名、そして部隊名。ナチスの極秘・人員物資移送計画及びその実行者たちだ」

 

 最後まで読んだのか、ファイルを閉じた古城は、再びマクスウェルに視線を向ける。

 

「“なんで知ってる?”って顔だな」

 

 対するマクスウェルは愉快そうに応えた。

 

「そうだよ。手助けしたんだよ、我々、バチカンが。それも強力にね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、ヘルシング家の屋敷の一室に、古城とヴァトラーはいた。

 

「キミもやらないかい?」

 

「いらねえよ」

 

 自身の持つワインボトルを古城に示したヴァトラーだったが、すげなく断られた。

 

「やれやれ。古城、キミは奴らのこととなると、すぐにそうやって余裕がなくなる。悪い癖だよ」

 

「理由は知ってるだろ?」

 

「もちろん。なんたって、50年前に奴らの吸血鬼研究機関を殲滅したのはキミとボクだったんだから。あの頃は楽しかったが、今じゃ満足に眷獣も操れない。全く、これだから老いとは怖いよ。キミが血を吸ってくれるなら、いつでも歓迎するんだけどね」

 

「フン……」

 

「ハァ……、そんなに彼女が大事かい? 全く、キミはいつだって……」

 

 ヴァトラーの言葉の途中で、バタンと扉が開き那月が入ってきた。

 

「飛行機が確保できた。暁古城、姫柊雪菜と仙都木優麻らを連れて南米へ行ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、ブラジルはリオデジャネイロの、とあるホテルの玄関ホールに、暁古城の姿はあった。

 場所柄、普段のラフなパーカーではなく、そのままパーティーにも着て行けそうなタキシードに身を包んでいる。

 

「古城! チェックイン済んだよ」

 

 こちらも普段とは打って変わって綺麗なドレスを着た仙都木優麻が、フロントの机を背に当てながら部屋のキーを人差し指でクルクルと遊ばせている。

 

「おう!」

 

「最上階のスイートだってさ。みんなー、こっちだよー!」

 

 優麻が手招きしながら言うのに従って、スーツ姿の男たちが、白い布で覆われた直方形の大きな箱を2つ、それぞれ数人がかりで運んで来た。

 

「あっ、あの、お客様!? あちらのお荷物は……」

 

 これに反応したのはフロント係だ。

 

「あの、お客様。大変、申し上げにくいのですが、当ホテルといたしましては、あちらのように大きなお荷物は……、その……」

 

「問題ねえだろ?」

 

 古城がフロント係を見る。

 瞳の赤色が写し込まれた。

 

「も、問だ……い……」

 

「“何も問題ない”」

 

「何も……問題……ありま、せん……」

 

「よし。行くぞ」

 

「古城、何したの? エロ光線か何か?」

 

「んな訳ねえだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優麻の軽口もそこそこに、一行は予約されていた部屋に到着した。

 

「うっわー! すごい部屋だね!」

 

 最高級のスイートルーム。部屋の様相は推して知るべきだろう。

 

「隊長! あんまりです!」

 

「俺たちゃ、1泊たった30ドルの安宿だってのに……」

 

「はいはい、ご苦労様」

 

 文句を言う傭兵たちを、優麻は容赦なく締め出した。

 

「夜になったら行動開始ってことでいいんだよね、古城?」

 

「ああ。ろくな手掛かりはねぇし、俺はともかく姫柊は昼間は動けねぇからな」

 

「そういえば、ずっとそこに入ってるんだっけ?」

 

 優麻が白い布を被った箱──棺桶──を指差して言う。

 

「血を飲まないんだってね、姫柊さん」

 

「ああ。キツいだろうにな……」

 

「だから、棺桶で眠って吸血鬼の力を保ってる、と。じゃあ、古城が普通にベッドで寝てるのは強いから?」

 

「まあな」

 

「なら、わざわざ運んで来なくてもよかったんじゃない、それ?」

 

 優麻がもう1つの棺桶を指した。

 

「大事なものだからな、それは……」

 

 古城の顔に、一瞬深い影が差した。

 この話題は失敗だと見た優麻は、すぐに話題を変える。

 

「そんなことより……、姫柊さんに無理矢理飲ませちゃえばいいんじゃないの、血? どうせ輸血用のなんだから、気も咎めないんじゃない?」

 

「そういうのはなぁ……。出来るだけ、自分で決めてほしいんだよ」

 

「そう……。姫柊さんは大事にされてるんだね……」

 

 “妬いちゃうな”と、古城に聞こえないように呟いてから、優麻は古城に正面から近づく。

 

「ねえ、古城……」

 

「おっ、おい、なんだよ?」

 

 当然ながら、押される形となった古城は、優麻が進むに合わせて後ずさるが、ベッドにぶつかって仰向けに倒れた。その上に、そのまま優麻が覆い被さる。

 

「夜になるまで姫柊さんは起きないんだから、それまでは2人っきりなんだよね?」

 

「ゆ、優麻……?」

 

「昔さ……、ボクが『古城のお嫁さんになってあげる』って言ったの覚えてる?」

 

「あの時は、お前ホントにちっちゃかったじゃねえかよ」

 

「でも、今は違うでしょ? それとも、こんな格好してても、古城にとっては、ボクはいつまで経っても子供なのかな?」

 

「そ、そんなことはねぇけどよ……」

 

「だったらさぁ、古城……」

 

 ドレスによって強調された、優麻の成長途上な双丘が揺れる。

 

「ねぇ……、“楽しいこと”しない?」

 

 ハッと何かに気づいたような表情が一瞬浮かんだ後、戦闘時のような真剣さが顔に湛えられた。同時に瞳が深紅に染め上げられる。

 

「そうだな、優麻……」

 

 古城が優麻の肩に手を置いた。

 

「取りあえず、邪魔だからそのドレス脱げ」

 

「古城……。そんないきなり……」

 

「仕方ねぇだろ、もう待てねぇんだ……。あぁ、もうじれったいな!」

 

「きゃっ!」

 

 頬を赤らめた優麻の逡巡も意に介さないように、古城は身体を回転させて上下を入れ替えた。

 

「さぁ優麻、覚悟はいいか?」

 

「古城……。あぁ、いつでもいいよ!」

 

「始まるぞ……」

 

 古城は優麻を抱きしめるように、身体を沈めた。

 

「こ、古城……」

 

「目は閉じとけ、優麻」

 

「う、うん……」

 

 

 

 次の瞬間───

 

 

 

 部屋の入り口の扉が吹き飛んだ。

 

 

 

 更にその次の瞬間には、古城がジャッカルとカスールで応戦していた。

 

「は、はぁ!?」

 

 事情がサッパリ分からない優麻が素っ頓狂な声をあげる。

 

「頭下げとけ。危ねえぞ」

 

「こ、古城!? 一体どうなってるの!?」

 

「はぁ? お前気づいてたんじゃねぇのか? “ミレニアム”の襲撃だよ! 早くその動きにくそうなドレス脱いで、着替えろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫柊さん、起きて。もう日は沈んだよ」

 

「あ。優麻さん、おはようございます」

 

 棺桶の蓋を外して覗き込んだ優麻に起こされた雪菜は、慌てて身を起こした。

 

「おはよう、姫柊さん。でも、暢気に挨拶してる場合じゃないみたいだよ」

 

 優麻は窓の方を指差した。

 

「何かあったんですか?」

 

「自分で見た方がいいと思うよ」

 

 言われるがまま、雪菜は窓から外の景色を見て仰天した。

 

「警察に囲まれてるじゃないですか!」

 

「姫柊さんが眠ってる間に、“ミレニアム”からの襲撃があってね。応戦してたら、あっという間にそうなってたんだよね。こりゃあ、この国の警察は、もうアイツらの操り人形ってことなのかなぁ……」

 

「優麻さん、先輩は?」

 

「古城なら、ついさっき、襲撃してきた奴らを撃退して、一足早く出撃したよ。ボクは着替えつつ、姫柊さんを起こせる時間まで待ってたんだ。さぁ、早く雪霞狼用意して。ボクらも行くよ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪菜が目を覚ました頃、ホテルの正面玄関前には、警官隊とテレビ局のクルーが詰め掛けていた。

 多くのサーチライトがホテルを照らす中、玄関のガラス扉を破って、何かが空中に放り出された。

 

「おい! 何だ、あれ!」

 

「カメラを回せ!」

 

 数個の物体は、重力に従って落下すると、ホテルの前の巨大な階段を跳ねながら下り始めた。

 “何か”の正体に気付いた人々が悲鳴をあげる。

 

「人間の頭だ!」

 

 階段を転がる生首。全部で6個。

 古城らを襲撃した者たちの末路であった。

 

 その場にいた大勢が言葉をなくして立ち尽くす中、自動ドアが開き、ホテル内から1人の男が姿を現した。

 黒かった衣装は返り血に染まり、両手に携えた拳銃からは硝煙が上がり、サーチライトに映し出されたシルエットは陽炎のように揺れている。

 

 そんな明らかに普段と様子の違う古城を、モニター越しに見ている男たちがいた。

 

「アハハハハッ! 何とも素敵な宣戦布告。嬉しいねぇ。戦争だ。これでまた戦争が出来るぞ!」

 

 心底楽しそうな声をあげたのは、上から下まで真っ白なスーツで全身の分厚い肉を覆った、背の低い金髪金眼の男。近眼なのか眼鏡を掛けている。

 彼こそが、暁古城の宿敵にして、ミレニアムの指導者、そして一連の騒動の仕掛け役であった。

 

「見ろ、あの有様。身震いするほどおぞましい。あれが我らの望むべきもの。生と死の上でダンスを刻む者。狂気と正気を橋渡しする存在だ。暗闇から来訪した、我らと同じ、同類の人でなし。死に損ないのカメラード。私の戦友。私の吸血鬼殿。あぁ! 戦争交響楽が聞こえる。あの懐かしい音が! 阿鼻と叫喚の混成合唱が!」

 

 歌うように滑らかに喋る彼に、隣で立っていた、複眼のような形状の眼鏡を掛けた男が声をかけた。

 

「宜しかったのですか、“少佐”? 彼らには、まだ何の施術もしていなかったのですが……」

 

「そう言うな、“ドク”。あの男をその気にさせるためだ。このくらいは安いものだろう?」

 

「はぁ。では、これからどうするのです? 警官隊を使いますか?」

 

「いや。そんな原住民がいくら死のうと構わないが、それでは埒が開かない。そもそも、我々と関係ない連中を差し向けたところで、あの男は意に介さん」

 

「では……」

 

 小太りの男が指を鳴らす。

 

「トバルカイン・アルハンブラに伝達。思うように埒を開けよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警官隊の囲いを抜けて、帽子を被った男が、古城の前に姿を晒した。

 

「はじめまして、古城様。私はトバルカイン・アルハンブラ。親しい者からは“伊達男”と呼ばれております」

 

「テメェか、コイツらを寄越したのは?」

 

「あぁ……。この可哀想な連中か……」

 

 トバルカインは、足元に転がっていた、ドレッドヘアの生首を蹴飛ばす。

 

「馬鹿な夢を抱いた所為でこの有様だ。どうあっても欲しかったらしい、“永遠の命”ってヤツが」

 

「……馬鹿らしい」

 

「全くもってその通り。だが、こんな連中でも、私の役に立った」

 

 トバルカインが懐からトランプを取り出した。どうやら、これがこの男の得物らしい。

 

「ご自慢の特製弾丸は、あと何発かな、古城くん?」

 

「能書きはその辺でいいぞ、おっさん」

 

「君は我々の取るに足らないサンプルの1つとして列挙されることとなる! 我々、ミレニアムによって!」

 

 トバルカインのトランプが古城に襲いかかった。足元に当たると、爆発したかのような衝撃と共に大穴を穿った。

 返礼に古城のジャッカルが火を噴いた。13mm弾がトバルカインの身体を掠めて、次々と飛んでいく。

 

 トバルカインが片手で帽子を押さえながら駆けだした。弾雨から逸れるように、弾道と直角に走る。

 古城も同じ方向に追いかけた。

 数度のトランプと弾丸の応酬の末、トバルカインの首に穴が空いた。

 

「ヌアッ!」

 

 しかし、古城が喜ぶ間もなく、トバルカインの身体がトランプになって崩壊した。

 直後、古城の足元が爆発し、たまらず倒れ込んだところにトランプが降り注ぐ。

 

「掛かった!」

 

 舞い上げられた粉塵を眺めて、トバルカインの“本体”が呟く。

 だが、煙が消えた時、古城の姿は既になかった。

 代わりに、ホテルの壁に足の裏をつけ、重力を無視して上へと進む古城の姿があった。

 

「逃がさん!」

 

 すぐさま、トバルカインが後を追う。

 

「暁古城……。フンッ! 何のこともあらん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現在、トバルカイン殿が戦闘中!」

 

「馬鹿な!」

 

「彼が死んだら我々との約束は……」

 

 警官隊の本部テントの中は、現在混乱の極みにあった。

 彼ら、警察上層部はすっかりミレニアムの手先になり果てているのだが、トバルカインが急にいなくなったために慌てているのだ。

 このままでは、少佐に約束された“永遠の命”が手に入らなくなってしまう。

 

 そんな時、テントに来客があった。

 

「毎度ー! ピザの配達でーす!」

 

 某有名チェーン店の制服を着た少女が、数個重なったピザの箱を手に載せて入ってきた。

 

「何? ピザだと!? 誰だ、こんな時に注文し……」

 

 イラついた声を出した中年の警察幹部であったが、乾いた空気を裂くような音とともに黙ってしまった。

 それが、サイレンサー付き拳銃の発射音だと気付く前に、テントの中にいた人間は、全員脳漿を外気に晒すこととなった。

 

「フゥ……」

 

 溜め息を吐きながら帽子を脱いだ仙都木優麻は、重ねたピザの箱をテーブルに置き、中に仕込んだ爆弾を起爆すると、小走りにテントを後にした。

 数秒後、本部の焼失により、警官隊は今以上の混乱を呈すこととなった。

 

「さてと……。帰りの足でも確保しとこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血が……止まらねぇ……」

 

 ホテルの屋上。

 暁古城は、トバルカインのトランプにより受けた傷を押さえていた。

 その背後に、悠々とした様子でトバルカインが現れる。

 

「さぁ! 準備はよろしいかな、古城くん? 故郷へ帰りたまえ。麗しの地獄の底へ」

 

「ふっ、フハハハ……」

 

 古城の口から笑いが漏れる。

 ゆらりと立ち上がると、トバルカインに向き直った。

 ハア~と息を吐き、言う。

 

「トバルカイン・アルハンブラ……」

 

 名を呼ばれたトバルカインは、古城の周りだけ、気温が下がったのかと思った。それほどの戦慄があった。

 

「貴様をカテゴリーA以上のヴァンパイアと認識する……」

 

 言葉を紡ぐ古城の身体の輪郭がドンドン曖昧になっていく。

 

「な、何を!?」

 

「拘束制御術式・第3号、第2号、第1号、開放。状況A。クロムウェル発動による承認認識」

 

 古城の肉体が闇に変じた。

 漆黒のシルエットに浮かぶ無数の目。影から這いだす蟲の大群。そして、人の身体よりも巨大な口。

 

 人は彼をこう呼ぶ。“化け物”と。

 

「いやはや、何ともおぞましい! これが、かの暁古城の真価という訳か! ハァッ!」

 

 両の掌からトランプが躍り出る。

 宙に舞い、古城を囲むと、またも爆発したかのように周りが吹き飛んだ。

 

「やったかァ? ヌウッ!」

 

 粉塵の中から飛び出した黒い犬が、牙をちらつかせながらトバルカインに躍り掛かった。

 すんでで躱したトバルカインの背後から、更に新しい刃が迫る。

 

「ハアッ!」

 

「何ィ?」

 

 姫柊雪菜の雪霞狼が、トバルカインの身体を貫かんと振るわれる。

 素早い連撃に、トランプを出す暇が掴めない。

 

「くぅ~! 洒落臭い真似を!」

 

 トバルカインは後方へ大きく跳んで距離を稼いだ。

 そこへ、古城の“影”が伸びる。

 背中を取られたトバルカインは、振り向きざまにトランプを挟んだ指を突き出す。

 瞬間実体を作り直した古城が、それに合わせるように右の手刀を突き出した。

 

 激突は一瞬。

 

 拮抗したかに見えた2人の力だったが、古城の手刀がトランプごとトバルカインの右腕を吹き飛ばした。

 

「がッ! う、おお……」

 

 そのまま倒れようとするトバルカインの身体を、捕まえた古城は頸動脈に牙を突き立てた。

 瞬間、トバルカインの身体が鮮やかな青色の炎に包まれる。ものの数秒で灰も残さず消え去った。

 しかし、その数秒で、古城は確実にトバルカインの血を吸った。そこに蓄積された情報を奪い取った。

 

 そして、今回の敵がやはり思いの通りの敵であることを知ったのだった。

 

「敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も、自分までも殺し尽くしてもまだ足りぬ。貴様は……、お前はまだそうなのか、少佐……?」

 

「先輩……」

 

 心配そうな雪菜の声を掻き消して、ヘリのローターによる轟音が周囲を満たす。

 

「古城! 姫柊さん! 迎えに来たよ!」

 

「優麻さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 トバルカインの敗死を見、哄笑をあげている男がいた。

 他ならぬ、彼の指揮官・少佐である。

 

「あのアルハンブラがまるでぼろ雑巾じゃないか! やっぱり強いな、あいつは! べらぼうに強いな! 存外に強いな!」

 

「も、申し訳ありません……。やはり……やはり私どもは……まだ私どもは……」

 

 ドクは、トバルカインに仕込まれた“装置”のリモコンを持ちながら、悔しげに指を噛んでいた。

 

「否! 馬鹿を言うな。むしろ大成功に近い。あの暁古城に対して、我々は一定の成果を挙げたのだ。これは恐ろしき存在への媒介だ。ミディアン! それは最早、人ではないミディアン!」

 

 対して、少佐の歓喜は止まるところを知らない。

 

「すなわち我々は半世紀の時をかけ、その本懐へと指を掛けたのだ。化け物を構築し、化け物を兵装し、化け物を教導し、化け物を編成し、化け物を兵站し、化け物を運用し、化け物を指揮する。我らこそ最後の大隊! ラスト・バタリオン! 素晴らしい、グランドプロフェッツァール!」

 

「感謝の極み」

 

「では諸君! 楽しい楽しいショーもひとまずお開きだ。そろそろ帰ろうじゃないか、愛しきホームへ」

 

 古城を映していたモニターの画面が切り替わり、ドイツ海軍の軍服を着た男の姿が現れた。

 

「艦長、回頭の用意だ。急げよ。オペラハウスのご老人たちがお待ちかねだ。くれぐれも急げよ。きっと怒り心頭で顔を真っ赤にしているだろうからな」

 

 冗談めかした少佐の口調に艦長も合わせる。

 

「なるほど。それはまさしく一大事ですな。急行いたします、少佐! 全フラッペ起動!」

 

 彼らの乗る“飛行船”が大きく揺れ、その鼻先を目的地に向けた。

 

「目標、ジャブロー・パンテルシャンツェ! 行くぞ、ご老人方。私の邪魔をする者が何百、何千、何万、何億死のうと知ったことではない。否! 私の前に立ちふさがる者は皆殺しだ!」

 

 喜びに震える少佐の口から歌が奏でられる。。

 

「Welcome to this crazy time. このいかれた時代へようこそ……」




ベルナドット隊長→仙都木優麻
ゾーリン戦のことがあるので、ベルナドット隊長を誰にするか悩んだんですけど、優麻が一番似合いかと。
ついでに古城ハーレムに1人プラスってことで。

あと、ホテルに突入したのが警官隊じゃなくて監獄結界の囚人たちに。戦闘シーンはカットしましたけどね。
だって、古城に笑いながら警官隊皆殺しにさせる訳にはいきませんし、だからと言って全員生還させたら少佐ブチギレ。怖ッ…。
という訳で、殺しても怒られなさそうなストブラのキャラを…。

さて、その点でいうと、次話の魔弾の射手さんの扱いが難しいなぁ…。
それから、ラ・フォリアも登場しますよ~。誰と入れ替わるのかは、まあ言わなくても分かりますよね?



ご感想・ご意見待ってます。


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「ニタニタと薄ら笑っているような、あのイヤな目。頬を僅かに歪ませ上げるような、あのイヤな笑い方。とてもじゃないが、ナチス親衛隊の士官には見えやしなかったよ……」

 

 ローマのとある教会の一室で、年老いた1人の神父が、バチカン特務局第13課“イスカリオテ”機関長、エンリコ・マクスウェルを相手に話をしていた。

 

「しかし、あなた方は……、当時──1941年──バチカン欧州総局は、彼と彼の機関に協力した」

 

「強力を強要されたのだ。彼は総統直下の命令書を携えていた」

 

「なるほど、なるほど……」

 

 指でコツコツとテーブルを叩きながら、マクスウェルは神父の話に耳を傾ける。

 

「私が目的を問うた時、チビで太った、眼鏡のあの男は、まるで魔界の軍団長のような口振りで言った……」

 

 

 

『戦争の歓喜を無限に味わうために……。次の戦争のために……。次の次の戦争のために……』

 

 

 

「そのための計画が、吸血鬼製造計画。秘匿名『ラスト・バタリオン』……」

 

 マクスウェルが神父に替わって喋り出す。

 全てお見通しだ、と言わんばかりの彼の表情が、どうしようもなく神父を不安にさせた。

 神父は舌が丸まったかのように黙り込み、彼の冷や汗がテーブルにポタポタと注がれる。

 

「何のことはない。あなたたちの協力はこの作戦の資金集めだった。しかもあなたはそれを知っていた。知ってて協力したんだ! 強要された? 馬鹿馬鹿しい!」

 

「アッ……、ア……」

 

 マクスウェルの口調が強まるにつれ、怯えるように神父の口から言葉にもならない音が漏れる。

 

「吸血鬼にして欲しかったんだろう!」

 

「私だけじゃない!」

 

 たまらず神父は叫んだ。

 

「あの当時は皆があいつに……。私は騙されたんだ。助けてくれ! 頼む、マクスウェル! 助けてくれ!」

 

「ハァ……」

 

 やれやれ、とでも言いたげに、マクスウェルはそそくさと席を立った。

 彼の部下の1人が、つかつかと神父の背後に歩み寄る。

 

「Amen」

 

 一言。それだけ告げると、マクスウェルは部屋を後にした。

 

 次の瞬間、テーブルの上に神父の脳みそがぶちまけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理だな」

「無理だね」

「無理ですね」

 

 古城、優麻、雪菜が声を合わせて、電話の向こうにいる那月に抗議していた。

 

「今すぐロンドンに戻るなんて無理に決まってんだろ!」

 

 現在、彼らは警官隊の捜索を逃れて、リオデジャネイロ郊外のとある田舎町にある隠れ家まで来ていた。

 

『女王自ら円卓会議を招集した。遅れたらどうなるか分からんわけではないだろう?』

 

「うっ……。いや、でも……」

 

『兎に角。直ちに帰還し、例の計画について報告を行え。話は以上だ』

 

「あっ、おいっ! ……切りやがった……」

 

 受話器を戻す古城。

 

「どうするんですか、先輩?」

 

「どうするっつってもなあ……」

 

「船じゃあ時間がかかりすぎ。飛行機に乗ろうにも棺桶持ち込みは色々マズい……」

 

 まさしく八方塞がり。3人とも黙り込んでしまった。

 

 次の瞬間、隠れ家の玄関扉が勢いよく開け放たれた。

 

「失礼します」

 

「「「!」」」

 

 出入口で陽光を背にして立っているのは青髪の少女。

 白色の衣服を着て、機械的に無機質な表情を浮かべている。

 

「あなたが暁古城ですか?」

 

「ああ。そういうアンタはアンデルセン辺りの差し金で来たのか?」

 

「肯定。バチカン特務局第13課“イスカリオテ機関”機関員・アスタルテ。アンデルセン神父よりこれを渡すようにとの指示を受けて参りました」

 

 アスタルテと名乗った少女が、懐から1枚の羊皮紙を取り出す。

 ローマ=カトリック教会所有の小型ジェットの譲渡書だった。ご丁寧にアンデルセンの署名まで入っている。

 

「北に13km行った先に飛行場があります。英国までの飛行であれば充分であると推測します。それともう一つ、アンデルセン神父より受けた指示が存在します。実行して構いませんか?」

 

「あ、あぁ……。一体、何なんだ……」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

「へ? っ! グアッ!」

 

 “薔薇の指先”の腕がいきなり古城を殴り飛ばした。そのまま床に叩きつけられる古城。

 

「『腑抜けた顔をしているようなら叩きのめしておけ』とのことでした」

 

「不幸だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ここは南米・ジャブローにある最後の大隊(ラスト・バタリオン)の基地・パンテルシャンツェ。

 たった今、リオデジャネイロから帰還した飛行船が繋留されたところである。

 そして、その飛行船から右手を顔の高さまで挙げながら、真っ白の服を来た小太りの男が降りてきた。

 彼こそがこの最後の大隊(ミレニアム) の指揮官・少佐だ。

 頬を僅かに歪ませ上げるような笑い方を顔に貼り付けたまま、ナチ式挙手礼をしている兵士たちの間の道をゆっくりと歩いていく。

 彼の歩く先に、待ちかまえるように立つ人影が4つ。憤怒の表情を隠そうともせず、少佐を睨み付けていた。その中の一人が口を開く。

 

「貴様等は……! 一体何をしているのだ!」

 

「全く、完全にお答え出来ません、大佐殿。今は亡き総統閣下の特秘命令ですので……」

 

 表情を変えることもなく、少佐は嘯いた。

 大佐を含むこの4人こそ、少佐が『オペラハウスのご老人』と揶揄する旧ナチス親衛隊の将校たち、いわば金蔓であった。

 階級的には少佐より上ではあるが、この基地において彼らの命令を聞く兵士など存在しない。

 

「くぅ……!」

 

 悪くした足を杖で引きずりながら、大佐は少佐に歩み寄り、そして、ニタニタした顔に右の拳を叩き込んだ。

 

「グオッ……」

 

 くぐもった声を上げた少佐の丸い身体が床に転がされる。

 続けて、左手に持った杖で繰り返し、少佐を打ち据える大佐。

 

「“代行”と呼ばれて調子づきおって! 何故、我々を吸血鬼にしない!」

 

 長年のフラストレーションを吐き出すように、何度も何度も杖を振り下ろす。自分たちを取り囲む兵士たちの表情にも気付かずに。

 

「何故だ! 答えろ! この化けも……!」

 

 突然の銃声とともに、大佐の杖の柄から先が吹き飛んだ。

 

「あ……、あぁ……」

 

「その辺にしときなさいよ、大佐……」

 

 拳銃を構えているのは、大鎌を逆の手に携えて、全身の肌にオカルト風の文字を書いた、金髪の女。

 彼女の名はゾーリン・ブリッツ。

 ヴェアヴォルフと呼ばれる、ミレニアムの主要戦力の一角を担う女だった。

 

「お痛が過ぎると、ぶっ殺しちゃうわよ!」

 

 同時に他の兵士たちも各々の武器を大佐たちに向けた。

 

「き、貴様は……」

 

 狼狽した大佐が、後退しながら少佐に問うた。

 

「何をしようと言うんだ? 1000人の吸血鬼を率いて。何が目的なんだ? 少佐……」

 

 薄ら笑いを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がった少佐は、両手を左右に広げて言い放った。

 

「戦争の歓喜を無限に味わう為に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バチカンの飛行機を借用し、ロンドンに戻った古城たちは、円卓会議の行われる会議場にまでやって来た。

 これから、ミレニアムについて、トバルカインの“血”から得た情報を報告しなければならない……のだが、当の古城は、何やら一同──那月や浅葱から、特別に招かれたマクスウェルと彼の護衛役の女性まで漏れなく──からとてつもなく冷めた視線を向けられていた。

 

 原因は明白。彼らよりさらに一段高い位置に設えられた席に座る1人の少女。

 

「あの程度のことでなにもここまで……」

 

「なりません、女王」

 

 英国女王ラ・フォリア・リハヴァインが、残念そうな表情を浮かべて座っていた。

 この場に到着した古城を部屋の前で待ち伏せていたラ・フォリアが……。

 

「この国の為にも強い世継ぎを……」

 

「断じてなりません!」

 

……具体的にナニが起こりかけたかはここでは敢えて指摘を避けようと思う……。皆様の想像におまかせします……。

 

 

 

 

 話を本筋に戻して、古城は南米で知り得た情報を一同に開示した。

 ミレニアムの前身は、古城とヴァトラーが大戦中に破壊したナチスの吸血鬼研究機関であること。

 そして、彼らの研究が今まさに実を結ばんとしていることを。

 

「ヤツらは心底諦めが悪いってわけだ」

 

 普段の緩んだ表情ではなく、戦闘時に見せるようなギラギラした表情で、古城はそう締めくくった。

 しばし、一同が沈黙した。

 そのとき……。

 

「トバルカインの血でわかっちゃったんだ? まぁったく! ダメなんだなぁ~」

 

 この場に不釣り合いな少年然とした声が部屋に響いた。

 一同が声の在処を求めて扉に視線を向けると、立っていたのは、ヒトラー・ユーゲントの制服を着た年端もいかない──少なくとも外見的には──少年。何故かネコ耳とネコ尻尾を着けている。

 

「ヴァトラー?」

 

 那月が隣に控える執事に言葉少なく問う。

 

「警備は万全でした。破られた様子もありません」

 

「無駄だよ」

 

 そこへ少年の声。

 

「僕は何処にでもいるし、何処にもいない」

 

 そのままつかつかと一同が着く長テーブルに歩み寄り、携えていた映像機器を設置した。

 

「お集まり頂いた、英国、バチカンの方々へ、我々の指揮官・少佐殿からお話があります」

 

 “お聴き下さい”と言いながら、ポケットから出したリモコンのスイッチを押す。

 短い砂嵐の後、お馴染みのイヤな笑い方が画面に現れた。

 

『あぁ! 映った、映った!』

 

 そんな楽しそうな少佐の様子とはまるで違って、画面の端には血生臭い場面が映り込んでいた。

 

「少佐~。そっちは大変そうですね」

 

『いいや。ようやく清々したよ。いい気分だ。とてもいい気分だ』

 

 そう語る少佐の後ろでは、兵士たちが“食事”をしていた。

 見覚えのある杖の残骸が、悉く破られ血に染まった4着の軍服と、今まさに兵士たちが突き崩している肉塊の山の脇に転がっている。

 

「よお、少佐……」

 

 古城が画面の向こうの緑色の瞳を睨みながら声をかけた。

 

『久しぶりだね、暁古城。再び出会えて歓喜の極みだ』

 

「俺も会いたかったよ、アンタには貸しがあるからな」

 

『ふふっ……。あれは我々の略奪品だよ。返してほしくば取りに来い……』

 

 相手を呪い殺しかねないほど鋭い古城の視線と、薄ら笑いのような少佐の視線が交錯する。

 

「何が目的だ?」

 

 2人の間に割って入ったのは那月だった。

 

『うん? おぉ! 王立国教騎士団機関長・南宮那月卿ですね? お初にお目にかかる』

 

「何が目的で、こんな馬鹿な真似をする? 答えろ!」

 

『“目的”? 美しいフロイライン、それは愚問というものだ。ふふっ……、“目的”とはね……』

 

 少佐は大仰に手を動かしながら応答する。

 

『極論してしまうならば……、フロイライン……、我々には目的など存在しないのだ! 知っておくといい、フロイライン。世の中には、手段の為なら目的を選ばないという、どうしようもない連中も存在する。つまり我々のような……』

 

「狂ってるよ、貴様ら……」

 

『君らが“狂気”を口にするかね、バチカン・イスカリオテ? 私の狂気は君らの神が保証してくれるというわけだ。ならば、私も問おう……』

 

 そこで一旦言葉が切れた。

 少佐の口元がつり上がる。

 

『君らの神の正気は何処の誰が保証してくれるのだね?』

 

「なっ!」

 

『我々は第三帝国の親衛隊だぞ? 一体、何人殺したと思っているのかね? “狂っている”? 何を今更! 半世紀ほど、言うのが遅いぞ! よろしい! 結構だ! ならば私を止めてみろ! 自称、健常者諸君!』

 

 雰囲気が完全にこの男に呑まれてしまった。

 

『しかし残念ながら、私の敵は君らなどではないね。私の敵は、英国? ヘルシング? いや! そこで、怒りを必死に抑えながら佇んでいる男だ!』

 

 全員の視線が少佐から、1人の男に移る。

 暁古城が、自分の指を血が出るほどの強さで噛みながら、真っ赤に染まった瞳で少佐を睨んでいた。

 

『我々は心底諦めない。くだらん結末など何度でも覆してやるさ……』

 

バァン!

 

 突然、銃声が轟いた。

 ネコ耳の少年の頭が四散する。

 

『女王自ら特使を撃つなんて、いやはや、穏やかじゃないねえ……』

 

 少佐の軽口には応えず、ラ・フォリアはフリントロック銃の照準を画面に向けた。

 

『さようなら、フロイライン。戦場での再会を楽しみにしているよ……』

 

バァン!

 

 画面の中の少佐のにやけ顔が吹き飛んだ。

 同時に奇妙なことが起こった。少年の死体が消えたのだ。文字通り、跡形もなく。

 

「古城!」

 

 一瞬騒然となった一同が、ラ・フォリアの一言で黙る。

 

「ラ・フォリア・リハヴァインの名において命じます。彼らを打ち倒しなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく観客がこっちを向きましたな」

 

「ドク。大尉。一度踊り出したら、私はとことん踊るぞ」

 

「『出来るだけ楽しく』ですな」

 

 3人が飛行船の指揮所に入る。兵士たちが敬礼するが、1人だけ対応が違う者がいた。

 

「遅~い。廊下を歩くのにどれだけ時間がかかっているのやら。僕なんか、ロンドンまで行って、頭吹っ飛ばされて帰ってきたのに……」

 

 指揮官用の椅子に堂々と腰掛けながら言うのは、先ほどラ・フォリアに撃たれた少年。

 

「少しダイエットした方がいいんじゃないですか、少佐?」

 

「ハハハハハッ! それは無理だ」

 

 怒ることも叱ることもせずに、笑って応答する少佐だったが、そこで、ドクが少年の首根っこを掴んで席から退かした。

 

「シュレディンガー准尉、無礼は止めたまえ」

 

「良い良い、博士。准尉は任務を果たしたのだ」

 

「んぐ……」

「えへへ……」

 

 そうこうしている内に、飛行船が離陸を始めた。

 

「全フラッペ発動開始」

「デウス・エクス・マキナ、始動!」

 

 指揮所に艦長たちの声が響く。

 

「ラスト・バタリオン、大隊指揮官から全空中艦隊へ。目標、英国本土・ロンドン首都上空!」

 

「狼煙を上げろ。我々が現世(うつしよ)に帰還したことを知らしめる、反逆の狼煙だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少佐が言うところの狼煙・ナチス親衛隊突撃隊の面々は、現在、ウェールズ沖の英国軍空母・イーグルの甲板上にいた。

 仲間に取り込んだ副艦長を吸血鬼にして乗組員を皆殺しにした後、その副艦長を殺害するという段取りで、この艦を強奪したところである。

 

「よし! 描けたぞ!」

 

 甲板に刷毛を走らせていた兵士が言った。

 彼らの足下に描かれたのはハーケンクロイツ。赤いペンキが足りない部分は、副艦長の血で描いた。

 

「第三帝国大西洋艦隊旗艦・アドラー! これにて完成だ」

 

 兵士たちがやいのやいのと歓声を上げる。

 しかし、彼らをまとめるべき指揮官の姿が見当たらない。

 

「中尉! 中尉もいつまでもヘリの中に籠もってないで……」

 

「うるさい! 男は近づくな!」

 

 呼びに来た兵士に対してもこう言って、得物であるマスケット銃を向ける有り様である。副艦長を、言葉も交わさず撃ち殺してからは、乗ってきたヘリから降りようともしない。

 しかしながら、彼女、煌坂紗矢華の男嫌いは今に始まったことでもないので、みな慣れてしまっている。

 実際、役割上、彼女がわざわざ艦橋に行く必要性もなかった。

 

「でも50年もこの調子じゃあなぁ……」

 

 部下のぼやきは夜空に吸い込まれて消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自ら仕掛けてくることはない。だが近づけばこれを討つ。典型的な囮。示威籠城戦ですな」

 

「だが放っておくわけにもいかん。幽霊船にしては物騒すぎる」

 

 煌坂隊のイーグル強奪より数時間後、ヴァトラーと那月の言葉が如実に示す通り、くだんの艦は非常に厄介な存在となっていた。すでに、英国軍の強襲部隊が1度全滅させられている。それも、たった1発のマスケット銃の銃撃で。

 

「海はヴァンパイアにとって地獄の釜の底。連中は脱出できないが、それは我々とて同じだ。暁古城をどうやって、あの海上の城塞に送り込む?」

 

「私に考えがあります、南宮局長」

 

 いきなり2人に割って入ったのはラ・フォリアだ。

 

「ミサイル、弾雨、そして“魔弾”。確かに厳しいですが、手はあります。きっと、古城なら耐えられるはずです」

 

 そう言って悪戯っぽく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3機の戦闘機が編隊を組んで、アドラーへ向かってミサイルを放った。

 艦載兵器は反応せず。しかし、ミサイルも戦闘機も即座に全機撃墜。

 やはり1度の銃撃で、何度も何度も機体に穴が穿たれた。

 

 しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。

 

「何、あれ?」

 

「レーダーに感あり! ミサイルです!」

 

 まず紗矢華がその存在を察知し、一瞬遅れてレーダーがその影を捉えた。

 

 

 

 

 

『我が軍の試作航空機・フロッティです』

 

 

 

 

 

「対空砲、弾幕! 急げ急げ!」

 

 指示が飛ぶ艦橋に、半狂乱になった紗矢華の声が飛び込んできた。

 

「アイツが! アイツが来る! アイツが!」

 

「中尉? どうしたんですか、中尉? 何が来るんです? 中尉! 中尉!」

 

「あっ……、あぁ……」

 

 部下に応える余裕も無くし、紗矢華は得物を空へと向けた。迫るミサイル目掛けて発砲。

 彼女の能力に操られた弾丸が、有り得ない軌道を描き、何度となくミサイルを貫く。

 同時に空母の迎撃システムも作動し、無数の弾丸がミサイルへと吸い込まれていった。

 

 しかし、穴だらけとなり、飛行能力を無くしたかに思えたミサイルが、再びアドラー目掛けて飛び込んできた。赤黒い霧のようなものが傷ついた箇所を塞いでいる。

 

 数秒後、ミサイルはアドラーの甲板に突っ込んだ。

 

 かくして、海上の城塞は、1人の吸血鬼の餌場へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中尉、よくやった。作戦は成功だ」

 

 カメラ越しに、地獄絵図と化したアドラーの様子を窺いつつ、少佐が言った。

 

『少佐! ちょっと少佐! は、話が違うんだけど!』

 

「おや、中尉。なんだ、まだ生きてのか」

 

『なんだ、じゃないわよ! 暁古城はミサイルで突っ込んでくるし、攻撃は効かないし、空母じゅうに火が回って逃げ場もないし、部下は片っ端から食われてくし……』

 

「落ち着きたまえ、中尉。万事は作戦通りに進んでいる。いや、進んだ」

 

『はぁ!?』

 

「水面にいくら石を投げ込んでも、影をいくら踏みつけたとて、水面は消えず、影は消えず。それはそういうものなのだ」

 

『ちょ、ちょっと、しょ……』

 

「それは『死の河』だ。それは生も死も、全てがペテンだ。なんとも、不死身で、無敵で、不敗で、最強で、馬鹿馬鹿しい」

 

 “だが”と少佐は続ける。

 

「我々は打倒する。君の『未帰還』を以て、我々は暁古城を打倒する……」

 

『み、未帰還って……』

 

「中尉、いつまでも駄々をこねている場合ではない。後ろだ」

 

『え?』

 

 振り向いた紗矢華の眼前に暁古城。逡巡なく突き出した手が紗矢華の胸を貫いた。

 

『グハッ!』

 

 少佐の後ろに控えたドクが、紗矢華の体内に仕込んだ起爆装置のスイッチに指をかけた。

 

「止めろ」

 

 しかし、少佐はそれを許さなかった。

 

「彼女は任務を果たした。完全にだ。焼くことは許さん」

 

「はい……」

 

 少佐が椅子から立ち上がる。紗矢華を映す画面に向けて右手を掲げた。

 

「アハトゥング! さようなら。ヴァルハラで会おう、中尉」

 

「さよなら」と、ゾーリンが。

 

「じゃあね」とシュレディンガーが。

 

「さようなら」と、ある兵士が。

「さようなら」と、別のある兵士が。

また「さようなら」と、別の兵士が。

 

「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」……………………………

 

 

 そして、全員が叫んだ。

 

「「「「「Sieg Heil!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「諸君 私は戦争が好きだ。

 諸君 私は戦争が好きだ。

 諸君 私は戦争が大好きだ。

 

 殲滅戦が好きだ。

 電撃戦が好きだ。

 打撃戦が好きだ。

 防衛戦が好きだ。

 包囲戦が好きだ。

 突破戦が好きだ。

 退却戦が好きだ。

 掃討戦が好きだ。

 撤退戦が好きだ。

 

 平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、空中で、泥中で、湿原で……。

 

 この地上で行われるありとあらゆる戦争行動が大好きだ。

 

 戦列をならべた砲兵の一斉発射が轟音と共に敵陣を吹き飛ばすのが好きだ。

 空中高く放り上げられた敵兵が効力射でばらばらになった時など心がおどる。

 

 戦車兵の操るティーゲルのアハトアハトが敵戦車を撃破するのが好きだ。

 悲鳴を上げて、燃えさかる戦車から飛び出してきた敵兵をMGでなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった。

 

 銃剣先をそろえた歩兵の横隊が敵の戦列を蹂躙するのが好きだ。

 恐慌状態の新兵が、既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様など感動すら覚える。

 

 敗北主義の逃亡兵達を街灯上に吊るし上げていく様などはもうたまらない。

 泣き叫ぶ虜兵達が、私の降り下ろした手の平とともに金切り声を上げるシュマイザーにばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ。

 

 哀れな抵抗者達が雑多な小火器で健気にも立ち上がってきたのをドーラの4.8t榴爆弾が都市区画ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える。

 

 露助の機甲師団に滅茶苦茶にされるのが好きだ。

 必死に守るはずだった村々が蹂躙され女子供が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ。

 

 英米の物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ。

 ヤーボに追いまわされ、害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ。

 

 諸君、私は戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる。

 

 諸君、私に付き従う大隊戦友諸君、君達は一体何を望んでいる?

 

 更なる戦争を望むか?

 情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?

 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様な闘争を望むか?」

 

戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!!」

 

「よろしい。ならば戦争(クリーク)だ!

 

 我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ!

 

 だが! この暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!

 

 大戦争を!!

 一心不乱の大戦争を!!

 

 我らはわずかに一個大隊。

 千人に満たぬ敗残兵にすぎない。

 だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。

 ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人の軍集団となる。

 

 我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう。

 髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。

 連中に恐怖の味を思い出させてやる!

 連中に我々の軍靴の音を思い出させてやる!

 

 天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる!」

 

「ヨーロッパだ! ヨーロッパの灯だ!」

 

「一千人の吸血鬼のカンプグルッペで世界を燃やし尽くしてやる!

 

 そうだ。

 あれが、我々が待ちに望んだ欧州の光だ。

 私は諸君らを約束通り連れて帰ったぞ。

 あの懐かしの戦場へ!

 あの懐かしの戦争へ!

 

 そして、アシカ(ゼーレヴェ)はついに大洋を渡り、陸へと上る。

 

 ミレニアム大隊各員に伝達!

 大隊長命令である!

 

 さあ諸君、地獄をつくるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 生きてる?」

 

 アドラー甲板上で煌坂紗矢華が目を覚ました。

 

「起きたか?」

 

「暁古城!?」

 

 そこら中が焼け跡だらけの艦上に、暁古城が佇んでいた。

 見覚えのあるコンピューターチップのような機器を手中に遊ばせている。

 

「それ、まさか、私の……。なんで?」

 

「アンタ、囮だったみたいだからな。あの少佐をぶっ殺してやるのを、手伝ってくれるかも、なんてな……」

 

「……ふざけてるの?」

 

「いや。嫌ならこの場でアンタも殺す」

 

「!」

 

「どうする?」

 

「…………よ」

 

「ん?」

 

「付き合ってあげるわよ! こっちだって騙されたままじゃ気が済まないっていうか……。別にアンタのためじゃないんだからね!」

 

「へいへい……」

 

「ところで、暁古城……」

 

「なんだよ?」

 

「この空母、動くの? アンタが乗ってきたミサイルのせいで、もう機械類は全部イカレてるみたいだけど?」

 

「…………」

 

「ちょっと?」

 

「だ、大丈夫だって! いざとなったら、俺の能力で何とか……」

 

 こうして、時速数ノットでの、ロンドン近海への航海が始まった。



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「そしてゼーレヴェは大洋を渡り、陸へと上る……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、ちょっと、何なのよ、これ!」

 

 キーボードを叩きながら藍羽浅葱は思わず叫んだ。その声すらも、基地内にけたたましく響き渡る警告音に掻き消されていく。

 コンピューターの画面に次々と浮かび上がるのは『音信途絶』の文字。それも、相手は主要な政府機関や軍事施設ばかりだ。挙げ句の果てに、民生通信までダウンし始めている。完全に異常事態であった。

 各施設との通信を回復しようと悪戦苦闘する浅葱だったが、ある一つの報告が彼女の目に飛び込んできた。

 

『民間機がロンドン南方にて北上する飛行船団を目撃』

 

「『飛行船』って……。戦争でも始める気なの……?」

 

「その通り」

 

 聞き慣れた声に浅葱が振り返ると、扉を背に立っていたのは、南宮那月。

 

「戦争が、始まったのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見ろよ!」

「何あれ?」

「アハハッ、すごい!」

 

 ロンドン市民は空を見上げていた。

 突如として頭上に出現した飛行船を、ある者は好奇心から、またある者は奇異の目で、とにかく皆が見上げていた。

 それに乗る者が半世紀前の大戦の亡霊たちとも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大隊総員、気を付け(アハトゥング)!」

 

 そして、ロンドン市民が見上げる飛行船の内部。

 

「諸君。夜が来た……」

 

 1000人の部下を前に立つのは、あの男。

 

「無敵の敗残兵諸君。最古参の新兵諸君……」

 

 チビで太った、眼鏡の親衛隊が言った。

 

「満願成就の夜が来た! 戦争の夜へようこそ!」

 

「「「「「オー!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

 

 敗残兵たちが雄叫びを上げる。

 今夜こそ、彼らの半世紀ぶりの晴れ舞台だ。

 

「ゾーリン。ゾーリン・ブリッツ中尉」

 

「御前に」

 

 少佐が大鎌の女将校を呼んだ。

 

「我々の目標はヘルシング、そして暁古城の打倒だ。貴下中隊を先遣隊とする。ツェッペリンIIにて、ヘルシング本部へ急行せよ」

 

「了解」

 

「だが、強行は避けたまえ。私と本隊の到着を待つように」

 

「お手を煩わせることはありません。暁古城なしのヘルシングなど、赤子同然」

 

「んふふふ……」

 

 少佐は笑いながら首を横に振る。

 

「あの女を甘く見るな。南宮那月と姫柊雪菜を甘く見るな」

 

 まるで親しい友人を紹介するような口調で言う。

 

「南宮那月。彼女は養女とはいえヘルシングの末裔だぞ。史上最強のヴァンパイアハンターの一族の当主だ。あの暁古城が認めた、あの暁古城の主だ」

 

 さらに続けて、

 

「そして、婦警。吸血鬼・姫柊雪菜。彼女は、奇跡のような存在だ。『冗談のような』と言っても良いがな。そして、おそらく、彼女は自分でも気が付いてすらいない。こいつは何とも楽しいことじゃないか」

 

 ハハハハハハッ! と声に出して笑う。

 

「二人とも恐ろしく未熟で不完全で。だが、それ故に、私は彼女らを暁古城同様、宿敵に値すると結論している」

 

 演説調だった声音を、子供を諭す時のそれに入れ替えて、少佐は言った。

 

「ゾーリン、もう一度言う。強行するな。私の到着を待て」

 

「……了解しました、大隊指揮官殿」

 

「よろしい! ならば堰を切れ! 戦争の濁流の堰を切れ!」

 

 そして、少佐はお祭りが楽しみな子供のように言った。

 

「第一目標はロンドン全域!

 テムズ西岸議事堂!

 ビックベン!

 首相官邸!

 国防総省舎!

 バッキンガム宮!

 スコットランドヤード本庁!

 ウェストミンスター寺院!

 ピカデリー!

 ソーホー!

 シティー!

 サザーク!

 全て燃やせ!

 

 中央政府院、セントポール大聖堂……」

 

「少佐、キャビネットウォールームスは?」

 

 と、ドク。

 

「爆破しろ! 当然だ。不愉快極まる。欠片も残すな」

 

「トラファルガー広場はいかがしますか? 少佐殿」

 

 と、ある兵士が。

 

「燃やせ。ネルソン像は倒せ。

 ロンドン塔、大英博物館、大英図書館、全部破壊しろ。不愉快だ」

 

「タワーブリッジは?」

 

「落とせ。ロンドン橋もだ、歌の様に」

 

「帝国戦争博物館は?」

 

「爆破しろ。

 目についた物は片端から壊し、目についた者は片端から喰らえ。

 存分に食い、存分に飲め、この人口800万の帝都は、諸君らの晩飯と成り果てるのだ」

 

 少佐にシャンパンの入ったグラスが差し出される。

 

「さあ、諸君!

 殺したり殺されたりしよう!

 死んだり死なせたりしよう!

 さあ乾杯をしよう。

 宴は遂に今宵、此の時より開かれたのだ!」

 

 グラスを受け取り、掲げる。

 

乾杯(プロージット)!」

 

「「「「「乾杯(プロージット)!!!!!!!!」」」」」

 

 そして、グラスを床に落として割った。

 

 

 

 同時に、飛行船からロケット弾が発射された────。

 

 

 

 数十発のロケット弾が、ロンドンの街並みを地獄絵図に塗り替える。

 砕け散るレンガ造りの家々。

 道を縦横に走る炎。

 焼け落ちる英国旗。

 逃げ惑う人々の阿鼻叫喚。

 

「まだだ……」

 

 それを見た少佐は言う。

 

ロケット弾(V1改)次弾準備! 及び、武装親衛隊降下準備!」

 

「はっ!」

 

『V1改全弾発射! 戦果は大打撃。大打撃!』

 

「まだだ。もっと戦果を。もっと戦火を!」

 

「綺麗だ……」

 

 街を見下ろす兵士が言った。

 

「地獄が輝いている……」

「俺たちは化物だ……」

「あそこでしか生きられない……」

「あそこにしか行きたくない!」

 

『着上陸作戦開始! 降下兵団出撃せよ!』

 

「行くぞ、前線ブタ共! 戦争だ!」

 

 オペレーションに従って兵士たちは飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「売国奴め……」

 

 足下に転がる、吸血鬼の死骸を見てクリストフ・ガルドシュは毒づいた。

 今し方、侵入してきた彼らをどうにか殺し尽くしたところである。

 

「てっきり円卓内部で手引きをしていたのは貴様だと思っていたがな……」

 

「ヘルシングか。馬鹿を言うな。こいつらを殺す方が楽しいに決まっているだろう?」

 

「そうか」

 

「将軍! 英国内の主要軍施設・指揮中枢、約150ヶ所が音信途絶、もしくは正体不明の敵兵力と交戦中です!」

 

「ここと同じということか」

 

「ここも攻撃目標になっているはずだが、どうする? 逃げるか?」

 

「勝手にしろ。だが、ペンウッドの小娘は連れて行け」

 

「言われるまでもなく、そのつもりだ。『私も残る』などとほざいていたから眠らせてヘリに積み込んだ。今頃は女王と落ち合っているだろう」

 

「どうも今日はコンピューターが鈍いと思ったらそういうことか。なら、貴様もさっさと行け。仕事があるだろう? ヘルシング」

 

「まあな。ではさらばだ、ガルドシュ。せいぜい気をつけろ」

 

 それだけ言うと、那月はヴァトラーを連れて、出ていった。

 

「帰るぞ! 市街を突っ切る!」

 

 車に乗り込んだ2人だったが、彼らを覗き見る人影があった。

 

「ヘルシング局長、発見……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船の中、兵士たちと同様に、指揮官もまた食事にありついていた。尤も彼のは人間と変わらないのだが。

 そこへ、ドクが近づいて報告した。

 

「少佐、南宮那月の所在が特定できました。現在、ロンドン市内をヘルシング本部へ向け、急速移動中とのことです」

 

「よし、捕捉しろ。本部にはたどり着かせるな」

 

「しかしながら、例の眷獣遣いが……」

 

「ああ、あの小僧か。全く、いつもいつも食事の邪魔をしてくれる」

 

「いかがなさいますか?」

 

「大尉を出撃させろ」

 

「よろしいので?」

 

「構わん。むしろ、彼にしかこれは務まらんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 吸血鬼やグールを蹴散らしながら車を走らせていたヴァトラーが突然ブレーキを踏んだ。

 

「何事だ?」

 

「お嬢様。すぐに車をバックさせ、別ルートを探して脱出なさって下さい」

 

「ヴァトラー?」

 

「全速力でです、お嬢様。決して振り返らず、全速力でお進み下さい」

 

 事ここに至って、那月も漸く気が付いた。先の道から、1人の男がこちらへ歩いてきていることに。

 

「今のこの私では、あそこのあやつにどれだけ時を保たせられるかわかりません」

 

 那月が後部座席から運転席に移りながら言う。

 

「死ぬなよ」

 

「仰せのままに」

 

 車は反対方向へ走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『南宮那月、移動中。街道を変え、急速移動。当該部隊に告ぐ、追撃せよ。追撃せよ』

 

「了解」「了解」「了解」

 

 付近にいた吸血鬼たちが、一斉に那月の車に群がりだした。

 

「面倒な……」

 

 那月は急カーブや急ブレーキをかけて払い落とそうとするが、すぐにまた追いつかれてしまう。

 そしてとうとう、業を煮やした兵士の1人が対戦車ロケット(パンツァーファウスト)を取り出した。

 

「食らえ!」

 

「!」

 

 直撃こそ避けたものの、至近弾を受けた車の足が止まってしまった。

 すかさず兵士がそこに取り付いた。

 

「我が大隊指揮官殿の命である! 覚悟!」

 

 しかし、彼の振り上げたライフルの銃剣が、那月を貫くことはなかった。

 替わりに、彼の首が宙を舞う。

 剣を抜いた那月が車から降りてきた。

 

「往生際の悪いフロイラインだ。いくら足掻こうが、逃げようが無駄だ。諦めろ。最早、このロンドンに、このミディアンに、逃げる場所も隠れる場所も存在しない。諦めろ、人間!」

 

「『逃げる』? 『隠れる』? 『無駄』? 『諦めろ』? 『諦めろ』だと?」

 

 しかし那月は引きはしない。

 

「なるほど、お前たちらしい言い種だ。人間でいることに耐えられなかった、お前たちのな。人間を舐めるな化物め。来い! 戦ってやる!」

 

「上等!」

 

 1人の兵士が那月に襲いかかった。

 彼もまた、那月を傷つけることは出来なかった。

 しかし、今回は那月の剣も届いていない。替わりに、銃剣(バイヨネット)が、体中に突き刺さっていた。

 

「バイヨネット……」

 

 兵士たちに動揺が広がる。

 皆、この二つ名を持つ男を知っていた。

 

「お前は、バチカン・イスカリオテ第13課……」

 

「殺し屋……」

「首切り判事……」

「リジェネーター……」

「エンジェルダスト……」

「バイヨネット神父……」

 

 各々がそれぞれの渾名で呼ぶ、この男の名は、

 

「アレクサンド・アンデルセン神父!」

 

「雲霞のような化物共を前にして、『かかってこい』? 『戦ってやる』?」

 

 アンデルセンは那月に向けていた視線を、脇の建物の屋上へとずらした。

 

「聞いたか? ハインケル。聞いたか? アスタルテ」

 

 そして、再び那月を見て、

 

「間違いない。こいつは、この女は、こいつらこそが、我々の怨敵よ。我々の宿敵よ」

 

「アンデルセン神父……」

 

 ハインケルと呼ばれた女が声をかける。

 

「我らの仰せつかったご命令は、未だ『監視』のはず。まして、かのヘルシングを助けるとは、重大な越命行為では?」

 

「だからとて、ここで黙っていられるか! こいつらを打ち倒すのは我々だ! 打ち倒して良いのは我々だけだ! 誰にも渡さん! 誰にも邪魔はさせん! 誰にも! 誰にも!」

 

「ハァ……」

 

 溜め息混じりに、ハインケルはタバコを吹かす。

 

「貴様、イスカリオテ……」

 

 しかし、黙っていないのは、ミレニアムとて同じこと。

 

「邪魔立てするか……」

 

「やかましい。死人が喋るな」

 

 那月とは打って変わって、こちらに対する反応は冷めていた。

 

「この私の眼前で死人が歩き、アンデッドが軍団を成し、戦列を組み、前進する……」

 

 新たな銃剣を袖口から取り出した。

 

「唯一の理法を外れ、外道の法理を以て、通過を企てる者を、我々が、我らイスカリオテが、この私が、許しておけるものか」

 

 ハインケルとアスタルテが道路へ下りてくる。

 

「貴様らは震えながらではなく、藁のように死ぬのだ。Amen」

 

 両者が睨み合った。

 

「我らはうぬらに問う! 汝らは何ぞや!」

 

「「「「我らはイスカリオテ! イスカリオテのユダなり!」」」」

 

 見えないところから声が届く。

 

「ならばイスカリオテよ、汝らに問う。汝らの右手に持つ物は、何ぞや」

 

「「「「短刀と毒薬なり」」」」

 

 建物の影から続々と神父たちが姿を現す。

 

「ならばイスカリオテよ、汝らに問う。汝らの左手に持つ物はなんぞや」

 

「「「「銀貨三十と荒縄なり!」」」」

 

 吸血鬼たちが武装神父隊に突撃を開始した。

 

「ならば! イスカリオテよ! 汝らは何ぞや!」

 

 先頭の吸血鬼を一刀の元に斬り伏せつつ、アンデルセンは言う。

 

「我ら使徒にして使徒にあらず。

 信徒にして信徒にあらず。

 教徒にして教徒にあらず。

 逆徒にして逆徒にあらず。

 我らはただ主に従う者。

 ただ伏して御主に許しを請い、ただ伏して御主の敵を打ち倒す!

 闇夜で短刀を振るい、夕餉に毒を盛る死の一兵卒!

 我ら死徒なり。死徒の群れなり。

 我ら刺客なり。イスカリオテのユダなり。

 時至らば、我ら銀貨三十神所に投げ込み、荒縄を以て己の素っ首吊り下げるなり!」

 

 一気に13課の隊列に突っ込んで突き崩そうとするSSたちと、得物を抜いて迎え討つ13課が交錯する。

 

「「「「されば我ら徒党を組んで地獄へと下り、隊伍を組みて方陣を布き、740万5926の地獄の悪鬼と合戦所望するなり」」」」



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「ここが僕の新しい家……」

 

 孤児院の前で、少年が神父と話していた。

 

「先生、僕は何故ここにいるのか? 何故、父様、母様も迎えに来ないのか? 僕が妾の子だからなのでしょう?」

 

 神父は膝を折り、少年と目線を合わせた。

 

「友達なんか要らない。仲間なんか要らない。父様、母様も要らない。僕は偉くなる」

 

 少年は言う。

 

「偉くなってやる。偉くなって、誰もかも見返してやる!」

 

 それが、バチカン特務局第13課『イスカリオテ』機関長、エンリコ・マクスウェルと、アレクサンド・アンデルセン神父との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「局長。局長。起きて下さい、局長。マクスウェル局長」

 

「ん……」

 

 神父に声をかけられたマクスウェルが仮眠から目覚める。

 昔の夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。

 

「先遣したアンデルセンらの武装神父隊が南宮那月を確保。追撃する最後の大隊と戦闘に入りました」

 

「猪武者め……。監視だけで、交戦は控えろと言ったのに……」

 

 立ち上がったマクスウェルは、対岸に視線を向けた。

 

「よく燃えてるな。まるで煉獄」

 

「帝都ロンドンはもはや壊滅状態。ロンドン大空襲以来の大火災です。死者の数は見当も付きません。そして、どれほどがアンデッドになっているか……」

 

「神罰だ。馬鹿が背伸びして異端開いて悦に入ってるから、こうなるんだ。いい気味だ」

 

「左様で」

 

 神父たちは声を上げて笑った。

 

「米国は?」

 

「大混乱です。ホワイトハウスは今も炎上中です。何しろ議事の最中に、大統領補佐官が吸血鬼になり、大統領他、閣僚13人を皆殺しにしましたので」

 

「そうなるだろうね……」

 

「米支部は展開済みですが?」

 

「被害が広がるようなら行動しろ。でなくば、こちらから手を出すな。連中の混乱はこっちにも好都合だ。せいぜいダラダラさせとけ」

 

「しかし、今のところ連中の活動はそれだけです。何故でしょうか?」

 

「興味がない。邪魔さえされなければそれで充分。英国とヘルシング、暁古城以外興味がない。あのデブは……、デブの少佐は、バチカンすら興味の対象外だ」

 

 マクスウェルが拳を振るう。

 

「そうはいくか。横合いから思い切り殴りつける!」

 

 大仰な態度でマクスウェルは続ける。

 

「そうだとも! 我々は、異教徒と化物から、英国を欧州へと奪還するのだ!」

 

(異教徒と化物は殺していいんだ。俺は先生からそう教わった)

 

 マクスウェルが陸の方に向き直る。

 今回の決戦のために集結した、カトリックの名だたる騎士団の構成員たちが、みな彼の前に膝をついた。

 

「教皇猊下の御命により、我ら参陣致しました」

 

 騎士団長の1人が言う。

 

「同時に、マクスウェル司教は昇進。大司教になられます。我ら軍団は第九次十字軍を結成、総指揮権力をマクスウェル大司教猊下に委ねます!」

 

 一瞬の沈黙。

 

「Amen!!! 全身全霊でお受けする! 目標は大英帝国・死都ロンドン! 熱狂的再征服、レコンキスタを、発動する!」

 

「「「「「Amen!!!!!!!!!」」」」」

 

 騎士たちは隊列を組んで、続々とヘリに搭乗を始める。

 

「第13課のこの私が、鬼子と呼ばれ忌み嫌われた食い詰め者の成れの果てが、大司教だと? 軍団指揮者だと? フハハハハッ……」

 

 マクスウェル大司教の哄笑が、夜のドーバーに溶けていく。

 

「局長!」

 

「ん?」

 

 1人の神父がマクスウェルの哄笑を終わらせた。

 

「何事だ?」

 

「こ、これを……」

 

 差し出されたのは、数十枚の衛星写真。

 

「大西洋上の英空母が……」

 

「動いている? 航行しているのか! 馬鹿を言え! あの大火災だぞ! 航行など……」

 

「速度は僅かに数ノットですが、確実に移動しています、ロンドンに!」

 

「暁古城が……」

「来る……」

 

 神父たちの間に動揺が走る。しかし、

 

「構わんよ。ヘルシングもミレニアムも、暁古城も消えてなくなる。最後にリングで拳を突き上げるのは我々だ」

 

 そして言う。

 

「全軍進撃! 神罰の地上代行の時来たれり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゾーリン、進撃せよ』

 

「了解。ツェッペリンII、エンジン始動! ゾーリン・ブリッツ支隊、進撃! 目標、ヘルシング本部!」

 

 帝都の空を巨大な影が駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何人残った?」

 

 手近なSSを殲滅したところでアンデルセンが部下に問うた。

 

「おおよそ半数と推定。敵兵の戦力を予想より上方修正します」

 

「ナチどもの死体を焼却しろ! 跡も残すな!」

 

「私は帰るぞ」

 

 唐突に那月が言った。

 

「どこへ行く?」

 

 ハインケルが銃口で制止する。

 

「私の屋敷へだ。私には私の務めがある。指揮官としての務めがな。私は帰らねばならん」

 

「そうはいかん。あなたの身柄は我々が預からせてもらう」

 

「ほう……」

 

 ハインケルと……、武装神父隊と那月が睨み合う。

 

「脅しは効かんぞ。私は屋敷へ帰る。撃ちたくば撃て」

 

「馬鹿な……」

 

 アンデルセンが口を開いた。

 

「丸腰の女を集団で、意のままにする。まるで強姦魔だな」

 

「うっ……」

 

「では私は帰る。だが女の夜道は物騒だ。送れ」

 

「わかった。送ってやろう」

 

「良いんですか? アンデルセン神父。これは責任問題を問われますよ?」

 

 初老の神父が言った。

 

「構わん、この方が良い。マクスウェルのやり方は賢しすぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなくヘルシング本部上空です」

 

「よし。総員戦闘準備!」

 

 その瞬間、けたたましく警報機が騒ぎ出した。

 

「何事だ?」

 

『侵入者です! 装甲をぶち抜いて中に飛び込んで来ました!』

 

「何だと! 数は? 武装は? 一体そいつは誰だ!」

 

『数は一人……。姫柊雪菜です!』

 

「!」

 

『至急機関室に応援を! もう保ちません! う、うわあッ!』

 

「どうした! 応答しろ! 応答しろ!」

 

 応答はなかったが、替わりに船体がぐらりと安定を失った。

 

「き、機関停止! このままでは高度を維持できません!」

 

「チッ……。総員脱出! パラシュートを着ける暇はない。飛び降りろ。私は機関室へ行く。あの女を始末する」

 

「了解、全艦に達します!」

 

 

 そして、ツェッペリンIIは、ヘルシング本部を目前に、墜落した。

 

 

「落ちたぞ!」

 

 ヘルシング本部では傭兵たちの歓声が聞こえていた。しかし、

 

「まだだよ……。彼らは人間じゃないんだ……」

 

 優麻の言葉の通り、落下地点ではゆっくりと多数の人影が蠢いていた。

 

 

 

「残存兵員42名! 中尉は姫柊雪菜と現在交戦中!」

「さらに、重火器の全てを失逸……」

 

 そんな状況である兵士が言った。

 

「充分だ」

「ヤツらを皆殺しにするには充分だ」

「皆殺しだ」

「皆殺しだ」

 

「行くぞー! 突撃ー!」

 

「「「「「ウオー!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「やってくれたわね」

 

「はい」

 

 雪菜とゾーリンは、落下して炎上中の飛行船の内部で向かい合っていた。

 

「こんな小娘にやられるとはね。少佐の予想が当たった形になったか。だけど……」

 

 ゾーリンがくわえていた煙草を捨てる。

 

「お前の首をとれれば、全て解決ってわけよね!」

 

「そう簡単にはいきません! ハァ!」

 

 雪菜の雪霞狼の連撃をゾーリンが大鎌でいなす。隙を見て放った、首への鎌の一閃を、今度は雪菜が後退して躱す。そのまま、追いすがって上から大鎌を振り下ろすが、それが身に達する前に雪菜が雪霞狼を横薙ぎに払う。

 

「チィ……」

 

 すんでで回避したゾーリンだが、どちらかと言えば、押されているのは彼女の方であった。

 

「次はその首をもらいます」

 

 雪菜が雪霞狼を構えて突撃の姿勢をとった。

 しかし、そこでゾーリンがフッと笑った。

 

「何がおかしいんですか?」

 

「ハッ! 今にわかる!」

 

「!」

 

 ゾーリンが左手を床に叩きつける。同時に、体中に記された模様がザワザワと震え始めた。そして、蟲のような動きで床に流れ出していく。

 

「お前の負けだ、姫柊雪菜!」

 

 次の瞬間、雪菜の視界は暗転し、意識には暗闇が広がった。

 

「な、にを……」

 

「そんなもん、まだ序の口よ」

 

「え……?」

 

 一瞬後、言葉の意味を理解した雪菜は、まるで子供のように泣き叫んでいた。

 

 

 

 

 

「吸血鬼。人間離れした反射神経や運動能力を持ち、獣のように殺気を感じ、恐ろしい怪力を放つ」

 

 傭兵たちを前に優麻が話す。

 

「人間の殺気を感じ、動きを読み、心を盗んで、鋭く動く。銃撃剣戟を容易く避け、相手を襲い、血を貪る」

 

 その言葉とは裏腹に、顔には不安は浮かんでいない。

 

「じゃあ、こんなのはどうかな?」

 

 

 

 進撃する吸血鬼の足下が爆発した。

 

 

 

「じ、地雷原! 地雷原だ!」

 

 自然、彼らの足が止まった。

 すかさず、

 

「今だ!」

 

「了解!」

 

 傭兵が残りの地雷を遠隔起爆した。

 クレイモアに仕込まれた無数の銀球が兵士たちを飲み込んだ。

 

「間髪入れずに行くよ!」

 

 続いて屋敷3階に置かれた擲弾砲陣が火を噴いた。階下のライフル隊も弾幕射撃を開始する。

 吸血鬼たちは地に伏せたまま、頭を上げられなくなった。

 

「隊長、大成功です! ヤツら、ピクリとも動かなくなりました」

 

「何か企んでるかな、あれは。でもまあ、近づけなきゃ僕らの勝ちだ。後は古城たちの帰りを待つだけでいい」

 

 優麻の表情が一瞬緩んだ。一瞬だけ。

 

「大変です、隊長! あれを!」

 

 血相を変えて叫んだ傭兵の指差す先を見て、優麻は言葉を失った。

 

 

 

「中尉!」

 

「待たせたわね」

 

 兵士たちが伏せる掩蔽物の陰に、ゾーリンが追い付いてきた。切り落とした姫柊雪菜の首を携えたゾーリン・ブリッツ中尉が。

 

「一気に落とすぞ」

 

 再びゾーリンの模様が蠢き出した。

 異常はすぐに現れた。

 

「冗談だろ……」

 

 月の光を欠けさせるほどの大きさの巨人が、屋敷を守る傭兵たちの前に姿を現した。

 動揺して攻撃の手を止めた傭兵たちに、巨人は大鎌を振り下ろした。

 

「うわあッ!」

 

 それは屋敷をまるでダンボールのように叩き潰し、中にいた傭兵たちに襲いかかった。

 すぐに彼らの手や足が飛ばされる。

 

「ウアー!!!!」

「イテー! イテーよ!」

「俺の、俺の腕がー!」

「何なんだよ! 何なんだよ、これ!」

「た、助けてくれぇ! 誰か、誰かー!」

「畜生、俺の脚がー! ああーッ!」

 

 屋敷の廊下に傭兵たちの断末魔が響き渡る。

 しかし、そんな状況でも動じない人間が1人いた。

 

(幻覚か……)

 

 仙都木優麻だった。

 

(いくらなんでも無茶苦茶すぎるよ)

 

 しかしながら、完全に術中に嵌まってしまったらしい傭兵たちは、彼女の呼び掛けにも碌に返事をしない。

 

「元を断つしかないのか……」

 

 そう呟いた優麻は、腰からナイフを抜いた。躊躇なく、自らの左手にそれを突き立てる。

 

「ッ!……」

 

 激痛に耐え、優麻が目を開けると、どこも壊れていないヘルシング本部の廊下に転がった、悲鳴を上げる無傷の傭兵たちが、視界に飛び込んできた。

 窓の外に目を遣ると、地面に手をついて、呪文を唱えるように口を動かしているゾーリン・ブリッツの姿が目に入った。

 

「借りるよ」

 

 優麻は、隣でうずくまっている傭兵から狙撃銃をふんだくると、ゾーリンに照準をつけ、撃った。

 風で流された弾丸は、僅かに彼女の頭蓋を避け、頬の表面をえぐり取った。

 ゾーリンが怯んだためか、傭兵たちが意識を取り戻し出した。

 

「た、隊長、これは一体? 俺たちゃ、さっきまで何を?」

 

「幻覚だよ」

 

「幻覚? じゃあ、あのどデカい鎌持った女も、腕が切り落とされたのも?」

 

「そう、幻覚だよ。悪夢を見せられてたってわけさ。僕らみんなね。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないみたいだよ」

 

 頭に疑問符を浮かべる傭兵たちだったが、1階の窓ガラスの割れる音を聞いて、全てを悟った。

 

「入られた……」

 

「そう……」

 

 全員の顔に絶望が浮かぶ。

 

「よし、それじゃあ、プランBと行こうか。円卓の間に立て籠もろう。あそこなら、多少は……」

 

「隊長!」

 

 1人の傭兵が優麻の言葉を遮った。

 

「なんだい?」

 

「そんなことしたって無駄っすよ。わかってんでしょ? 姫柊雪菜はもういない。暁古城も南宮那月も帰ってこない。俺たちだけで、連中と戦うはめになるんですよ?」

 

「そうだね? だから?」

 

「『だから?』じゃありませんよ! このままじゃ、俺たち……」

 

「死ぬね」

 

「!」

 

 優麻は事も無げに言った。

 

「僕らは傭兵だよ? はした金のために殺し合いをするのが仕事さ。今更、死ぬのがどうこうなんて言ったってしようがないじゃないか」

 

「ふ、ふざけるな! 俺たちの命を何だと……」

 

「おい! お前、いい加減にしろ!」

 

「うるせえ!」

 

 別の1人が宥めようとするが止まらない。

 

「もう俺たちゃ、おしま……」

 

「まだ終わってない」

 

 優麻が力強く言った。

 

「! ……冗談は止めて下さいよ。もう後は、俺たちみんな、連中の餌になる以外……」

 

「まだだよ。分の悪い賭けだけどね。まだ、カードが1枚だけ、ワイルドワードがたった1枚だけ残ってる。どうする? ここでただ食われるのを待つか? それとも、イチかバチか、起死回生の一手に全てを賭けるか?」

 

 優麻の言葉に今まで不平を言っていた傭兵が押し黙る。そして、

 

「乗ってやろうじゃないですか! ええ! やってやりますとも!」

 

「よし!」

 

 優麻は満足そうに頷いた。

 

「じゃあみんな、僕に命を預けてもらうよ。残った兵隊は全部、円卓の間に集結。無理なら遅延攻撃で出来る限りの時間稼ぎを。弾薬と手榴弾をありったけ持って」

 

「了解!」

 

「もう一回言うけど、これは一発勝負だよ。負けたら全滅だ。死に物狂いで行くよ!」

 

「「「「「オー!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ。まだ戦争は始まったばかりだ」

 

 飛行船デウス・エクス・マキナの指揮所で少佐が笑う。

 

「もっと、もっとすごくなる。いやいや、そうでなくては、困る」

 

 ハハハハと、哄笑が飛行船の中に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハッ!」

 

 ヘルシング本部に突入していく兵士たちの後ろで、ゾーリンもまた笑っていた。

 

「さあ、もう許さない。さあ、もう助からない!」

 

 屋敷内には早くも、兵士たちの“食べ残し”が溢れていた。



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「急げ! バリケードになりそうなもん持って、最終ラインまで後退だ!」

 

「了解!」

 

「B棟にも連絡! ぐずぐずするな!」

 

 ヘルシングの屋敷の廊下に傭兵たちの声が飛び交う。

 彼らより少し前に出ると、更に声は大きく、そして悲惨になる。

 

「助けてくれ! 助けてくれ、助けてくれ!」

「突っ込んでくるぞ、畜生!」

「撃て! 撃て! 撃て!」

「弾が! 弾が当たらない!」

「退却! 退却だ、退却!」

「衛生兵! 衛生兵!」

「クソッタレ! 遮断された、畜生ォー!」

「畜生!」

「畜生!」

「チクショー!」

 

 遮蔽物に隠れて銃弾を回避しながら攻撃する傭兵隊と、弾雨の中を突っ切って陣内に飛び込んで行く武装親衛隊では、勝負になるはずもなかった。

 次々と防御は突破され、突破されたが最後、傭兵たちは餌に変わった。

 

『こちらB棟。副長、退路を断たれました。そちらへの合流は、無理です』

 

 バリケード建築中の副長の元に、聴きたくない報告が入ってきた。

 

「馬鹿抜かせ! 這ってでも来い! こっちは円卓室で立て籠もる準備中だ。ここが一番頑丈らしいからな。ここならしばらく凌げる。そこじゃ、簡単に死んじまうぞ! 諦めんな! バリ開けて待ってんだ。何とかして来い!」

 

『いや、無理です。自分も含めて負傷者だらけです。ここでやれるだけ粘ってみますよ。バリケードは閉めて下さい』

 

「クソッ!」

 

 通信は切れた。

 

 そしてくだんのB棟にて、

 

「これがヘルシングの力だって? 王立国教騎士団だって? 笑わせてくれる」

 

 堂々と廊下を闊歩するゾーリンと彼女の部下たち。傭兵たちは、刺され、撃たれ、喰われて、次々と死んでいく。

 

「ウオォォォ!」

 

 1人の傭兵が角から飛び出してゾーリンを狙った。

 しかし、前に出た吸血鬼たちが銃弾を涼しい顔で阻んでみせた。

 

「雑魚が。鬱陶しいんだよ!」

 

 またもゾーリンの能力が発動する。

 傭兵の視界が真っ黒に染まったかと思うと、次の瞬間、彼は自分の家の中にいた。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「お父さん!」

 

「はっ!」

 

 背後からの声に振り返ると、そこにあったのは間違えようもない娘の姿。

 

「お父さん、お帰りなさい」

 

「げ、幻覚だ……。これも幻だ……」

 

 分かっていながら、彼は銃を床に落とした。涙すら浮かべて、娘の幻影に縋りついた。

 

「うっそで~すっ!」

 

 神経を逆撫でするような声と共に傭兵の身体は左右に真っ二つになった。

 

「全部、嘘! まったくの嘘! アホは死ななきゃ治らねえ」

 

 血濡れの大鎌を携えて、ゾーリンは先へと進む。

 

「ほ~ら、仲間がどんどん死んでくわよ。感想は?」

 

 髪の毛を左手で掴まれた雪菜の頭部。当然、応えは返さない。

 

 

 

 

「チクショー! 目が! 目が!」

 

 円卓室のバリケードの前に手榴弾が放られた。破れはしなかったが、数人が破片で傷を受けた。

 

「クソッ! 副長! 隊長の一発逆転の策ってのはまだなんですか!」

 

「信じて待つしかないだろう。どうせ、もうそれしか手はないんだ。降伏したってどうせ……ッ!」

 

 再び室内に轟音が響きわたる。さっきの手榴弾とは、爆風も破壊力も段違いだった。

 

「ロケットか!」

 

 

 

 

 

「パンツァーファウスト命中」

 

「よし、総員突撃用意だ!」

 

 黒衣の軍服を纏った吸血鬼たちが、円卓室前に集結しつつあった。そのうちの1人が右手を挙げて突撃を指示しようとするが、

 

「待て。まだだ」

 

「中尉!」

 

「もう1発だ」

 

「パンツァーファウストは残り1発しかありません。虎の子ですよ?」

 

「構わん。やれ」

 

「了解!」

 

 発射スイッチに指が掛かる。

 次の瞬間、周辺が煙に包まれた。

 

「グレネード!?」

 

「オリャァァァァ!」

 

 雄叫びを上げ、通風口から仙都木優麻が、ゾーリンの頭上に襲いかかった。防火用と覚しき斧を振り下ろす。

 

「調子に乗るなッ!」

 

 しかし、易々と攻撃を回避したゾーリンは、大鎌で優麻の脇腹を抉り取った。

 

「グハッ……」

 

「何かと思えばこの程度か。死ね、虫けら」

 

 腹を丸めてうずくまる優麻に止めを刺そうと、ゾーリンが大鎌を頭上に振り上げる。

 

「ハハッ……」

 

 その時、優麻が乾いた笑いと共に口を開いた。

 

「いいや、僕らの勝ちだよ」

 

 言いながら、ゆっくり立ち上がった優麻が、胸に抱えていたのは姫柊雪菜の首。髪が不自然に途切れているのは、ゾーリンの手から斧で強引に奪ったからか。

 しかし、ゾーリンの余裕は崩れない。

 

「ハッ! 虫けらが何をするかと思えば。死体の欠片で一体何を……」

 

「姫柊さんはまだ死んでないよ」

 

「何だと?」

 

「まさか知らないわけはないだろう? 吸血鬼は死ねば灰になる。でも姫柊さんは首を切られた今でも、実体を保ってる……。まあ普通なら首をはねれば十分なんだろうけどさ。詰めが甘かったね、女隊長さん?」

 

「それがどうした? どの道、首だけならどうにもならない。仮に再生したとして、そいつの力じゃ私には勝てない」

 

「ああ、それならどっちも問題ないよ」

 

 優麻がコンバットナイフを取り出した。

 

「折角、強敵を倒したつもりでいるところ悪いんだけど、姫柊さんの本来の力はあんなのじゃ済まないよ、全然ね。だいたい、古城に直接血を吸われた吸血鬼があんなに弱いんじゃ、話にならないよ」

 

 優麻がコンバットナイフを自分に向ける。

 

「なんか、人の血を吸うのに抵抗があったみたいでさ。まあ、古城はその辺も気に入ってたみたいだったけど。吸血鬼化してから1度も血を飲んでないらしい」

 

 優麻がコンバットナイフを自分の首に当てる。

 

「まあ、そういうわけで」

 

 優麻がコンバットナイフを自分の首に突き刺す。

 

「一緒に古城のところへ行こうか、姫柊さん。留守番も出来ないんじゃ、怒られちゃうもんね」

 

 優麻がコンバットナイフで自分の頸動脈を切断した。

 勢いよく飛び出した鮮血が、雪菜の生首に注がれる。

 そして、

 

「馬鹿なッ!」

 

 愕然とする吸血鬼たちの眼前に、姫柊雪菜が復活した。

 赤黒く燃える炎のように、彼女の“影”が、彼女の身体を作り上げる。

 

「優麻、さん……」

 

「や、あ……、おはよう、姫柊さん」

 

「どうして……」

 

「大丈夫。僕は死なないよ。姫柊さんの中で生き続ける。さあ、あいつをやっつけよう。2人で。一緒に……さ……」

 

 優麻の首が力無く前に傾いた。

 雪菜はそれを抱き止め、ゆっくりと彼女を床に寝かせた。

 

 そして、敵に向かった。

 

「行きます!」

 

「なんだこれは……?」

 

 ゾーリンの心中は掻き乱されていた。

 

(兵士どもが怯えている。あのヴァンパイアたちが。戦場を跋扈し、砲火を疾駆した、百戦錬磨の武装親衛隊が、眼前の1人の少女に怯えている。満身創痍の1人の少女に怯えている……)

 

「こいつは一体、なんだ!」

 

 雪菜が右手を自身の横に突き出した。

 

「雪霞狼!」

 

 主の呼ぶ声に応じ、破魔の槍が彼女の元に飛来した。

 掴み、兵士たちへと、その先端を向ける。

 そして、

 

「行きます!」

 

 次の瞬間、ゾーリンには何が起こったのか視認できなかった。

 しかし、自身の部下たちが軒並み灰と化したことに変わりはなかった。それを1人の少女がやったことも。

 

(こいつはヤバい……)

 

 思った時には遅すぎた。

 雪霞狼で左腕を貫かれ床に縫い止められる。同時に、雪菜の右手がゾーリンの顔を掴んで、床に叩きつけた。

 

「んごっ……」

 

 くぐもった声を上げるゾーリンの頭をそのまま握り潰そうとする雪菜。

 しかし、ゾーリンの右手が雪菜の顔を掴み返した。

 綴られた文字群が怪しく光り、雪菜の心の内側がゾーリンに開け放たれる。

 

(奥へ、奥へ……)

 

 どんどん深い部分にまで潜っていくゾーリン。苦い記憶やトラウマを探る。

 しかし、そこで気がついた。

 先程、飛行船で同じ技を使った時と、雪菜の心の形が変わっている。

 

(あいつじゃない。心が混ざり合って……。何だ? 誰だこれは……)

 

 ハッ! とゾーリンは直感した。

 

「あの女か! 私が虫けらと呼んだあの女か!」

 

「血液とは魂の通貨。意志の銀盤」

 

 その時、ゾーリンの頭の中に、聞き慣れた声が直接響いた。

 

「血を吸うこと、血を与えることとは、こういうこと!」

 

 ゾーリンの心中とは無関係に、その声は陽気に続ける。

 

「お元気? まだ生きてる?」

 

「シュレディンガー!」

 

「そんなに驚かないでよ~。僕はどこにでもいるし、どこにもいない。ゾーリン、少佐からの伝言を~お伝えしますっ!」

 

 ゾーリンの心の中に、楽しそうな表情のシュレディンガーの姿が現れる。

 

「“抜け駆け、先討ちは強者の花。ああ、やっぱり。ならば、そして、命令に反し、あたら兵を失った無能な部下を処断するのも、また指揮者の花”だ~ってさっ!

 本当ならもうとっくにぼうぼう燃えかすになってるところなんだけど、少佐もドクも、も~っのすごい面白いおもちゃを手に入れて、そっちに夢中で、お前に構ってる暇ないんだってさ」

 

 愕然とするゾーリンをよそにシュレディンガーは続ける。

 

「この怪物はもう、姫柊雪菜であって姫柊雪菜じゃない。お前の処刑はこのヴァンパイアがやってくれる。じゃあね~」

 

 そのまま、ゾーリンの心の中から消え去った。

 

「おい待て! シュレディンガー……ゴハッ!」

 

「ハァァァァァァ!」

 

 雪菜がゾーリンの頭を引っ張り上げて壁に押し付け、下ろし金にかけるように引きずった。

 皮膚が剥げ、耳が落ち、眼球が押しつぶされ、頭部が半分以上消失し、ゾーリンはその命を散らせた。

 

「すげぇ……。あれが、あの嬢ちゃんかよ……」

 

 円卓室からちらほらと、辛うじて生き残った、僅かな数の傭兵たちが出てくる。

 

「……行ってきます」

 

 そんな彼らに向けて、雪菜は言った。

 

「い、行ってきます、って……」

 

「約束したんです、優麻さんと。あいつらをやっつけよう、って。だから、あいつらをやっつけに、行ってきます」

 

 雪菜はそれだけ言うと、窓から空中へと飛び出した。

 彼女の身体を作っていた影は翼となり、彼女を決戦の血へと誘う。

 

「空が白み始めた。夜が明ける。最早、日の光すら意に介さず、引き絞られた矢弓のように飛んでいく。死都に向かって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだ。これが見たかった……。あぁ……、すごくいい……」

 

 飛行船から少佐が燃えるロンドンの街を見下ろしていた。

 そんな彼の後ろにはいつ現れたのか猫耳の少年兵。

 

「ゾーリン死んじゃったよ、少佐。虫みたいに……」

 

「ハハハハハッ! やっぱりな。馬鹿な小娘だ。滅びが始まったのだ。心が躍るなぁ……」

 

「ヒドい人だ、あなたは。どいつもこいつも連れまわして、1人残らず地獄へ向かって進撃させる気だ」

 

 部下の言葉にも少佐は全く動じない。

 

「戦争とはそれだ。地獄はここだ。私は無限に奪い、無限に奪われるのだ。無限に滅ぼし、無限に滅ぼされるのだ。そのために私は、野心の昼と、諦観の夜を越え、今ここに立っている……」

 

 そして、心底、本当に心底楽しそうにこう言った。

 

「見ろ! 滅びが来るぞ! 勝利と共に!」



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「て、天使……」

「天使様……」

「天使だ……」

 

 死体の山と流血の河に囲まれながら、生き残った僅かなロンドン市民はみな、空に浮かぶ光を見上げていた。

 天使の翼のように左右に広がり、地上をその光で照らし出す。

 そして、その中心から声がした。

 

「その通り! 我らは死の天使の代行人である!」

 

 天使の翼の中心から──火花を散らす高温の金属片を両側に撒きながら飛行する輸送ヘリに吊された、ローマ教皇用大衆車(パパモビル)から──バチカン特務局第13課“イスカリオテ”機関長、エンリコ・マクスウェルの声がする。

 

「これより宗教裁判の判決を伝える! 被告、英国! 被告、化物! 判決は死刑! 死刑だ!」

 

 硬化ガラスの中に取り付けられた無数のマイクに向かってマクスウェルが叫ぶ。

 

「お前たちは哀れだ。だが! 許せぬ! 身を結ばぬ烈花のように、死ね! 蝶のように舞い、蜂のように死ね!」

 

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………。

 マクスウェルの哄笑が暁の空を飛ぶ。

 それはこの被告人の元にも届いた。ミレニアム大隊指揮官・少佐。

 

「なんだ、あの小僧、やれば出来る子だったんじゃないか」

 

 右手を挙げ、1000人の兵を教導する。

 

「アハトゥング! 大隊総員、対市街戦装備。集結!」

 

 指揮官の声に、ガスマスクを装着した吸血鬼たちが一斉に街を疾駆する。

 同時に、ヘリによって運ばれた十字軍の騎士たちが、中世風の鎧と着剣した大口径対物ライフルでガチャガチャと音を立てながら、盾を前面に立てた陣を構築していく。

 

「そこを見張れ! あそこを見張れ! 我らの敵を根絶やしにせよ!」

 

 キーンというハウリングの音とともにマクスウェルの指揮が飛ぶ。

 

「目標、前方──」

 

 そして、

 

「死刑執行ォ!!!!!!!!!!!!」

 

 開幕。

 戦闘ヘリの機銃とミサイル発射口が火を噴いた。

 レンガの壁を吹き飛ばし、石畳の道路を引っ剥がし、兵士たちを掃討せんと嵐のように攻撃を開始する。

 そして、それは当然、少佐をも狙っていた。

 飛行船に次々と着弾していくミサイルが、装甲板を次々と抉っていく。

 そんな中、少佐はあろうことか飛行船の上にいた。ガスで満たされた風船の上部、風が吹きすさび、銃弾が頬を掠めて飛んでいく、展望台。そこに少佐は立っていた。

 

「少佐! 中にお戻りください! 特殊軽金装甲とて長くは保ちません! 少佐……」

 

 必死に船体をよじ登ってきたドクが少佐を連れ戻そうとする。

 しかし、少佐は意にも介さず、両手を頭上に掲げて、リズミカルに振り回し始めた。

 

「音楽を奏でている。戦場音楽を……」

 

 ドクが息を呑んだ。

 

「指揮をしておられる。戦争音楽。我々は楽器だ! 音色を上げて、吠えて這いずる1個の楽器だ!」

 

 シュマイザーやミニガンの金切り声、大口径ライフルの唸り声、兵士たちの呻き声、市民の嘆く声、騎士たちの叫び声……。

 阿鼻と叫喚の混声合唱が、今まさに完成した。

 

「誰も……あの方を邪魔できない……」

 

 その時、彼らの側面からバチカンのヘリが飛び出した。

 

「敵総帥、視認! 飛行船上です!」

 

「何をしてやがる狂人め! 狂った戦争の亡霊め! 死ねぇ!」

 

 ガンナーが赤いスイッチを押した。側面の機銃の銃身が回転し、そして、

 

「フッ!」

 

 ヘリが蛇に引きちぎられた。

 

「いい仕事だ、執事」

 

 少佐の背後に立っていたのは、ドクの新しい、ものすごく面白いおもちゃ。ヘルシング家執事、ディミトリエ・ヴァトラー。

 白髪混じりだった頭は元通りの金髪に、衣装は汚れのない純白に、眷獣は完全なる支配下に、不敵な笑みは若い頃のそのままに。全盛期の“蛇遣い”の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね死ね死ね死ねー! いいぞ、皆殺しだ!」

 

 十字軍の攻撃は吸血鬼だけに止まらず、一般市民にまで及んでいた。

 

「虫けらどもめ! これが我々の力だ! これがバチカンの力だ! 死んだプロテスタントだけが、良いプロテスタントだ!」

 

 そんなマクスウェルの演説に奥歯を噛む女が地上にいた。

 

「裏切ったな、マクスウェル……」

 

 大英帝国王立国教騎士団“ヘルシング”機関長・南宮那月。

 

「戦で騙撃、裏切りは当たり前だ……」

 

 彼女の後ろに立ち声をかけるのは、イスカリオテのジョーカー、アレクサンド・アンデルセン。

 

「それどころか賞賛されて然るべきだ。特に異教徒相手ならな」

 

 しかし、笑みを打ち消したアンデルセンは、“だがな”と言って、先の言葉を編む。

 

「こいつぁ違う。気に入らぬ……。

 マクスウェル、お前は酔っている。酔いしれている。権威と権力にだ。

 俺たちはただの暴力装置のはずだ。俺はただの人斬り包丁だ。神に仕えるただの力だ。

 マクスウェル、お前は今、神に仕えることをやめた。神の力に司えている!

 ええ? そうだろう? マクスウェル大司教様よォ!!」

 

「アンデルセン神父、マクスウェル大司教猊下よりご命令です……」

 

 空を仰ぎ見て叫ぶアンデルセンに、アスタルテが冷静な口調で言う。

 

「即刻南宮局長を連行せよ、とのことです」

 

 武装神父隊が一斉に那月を囲んで銃口を突きつけた。

 それを見て、アンデルセンは、

 

「気に入らねえな……」

 

「なっ!? 気に入る、入らないの問題ではありません! アンデルセン……」

 

「気に入らねえよ! ……ぬッ!」

 

「「「ウワーッ!」」」

 

 何かにアンデルセンが空を見た瞬間、那月を囲んでいた神父たちを蹴散らして、赤黒い影が飛び込んできた。

 

「ご無事ですか、南宮局長?」

 

「ああ。本部は?」

 

「敵は倒しました。……………でも味方も壊滅です。優麻さんも……」

 

「……そうか。お前、仙都木優麻を吸ったな? 吸血鬼になったのだな?」

 

「…………はい」

 

執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

 アスタルテが眷獣を呼び出し、

 

「止めておけ!」

 

 アンデルセンが制止した。

 

「その娘は最早お前たちが束になっても相手にならん。姫柊雪菜、恐ろしいものになってやって来たものだ……」

 

「ええ、その通りです。アンデルセン神父。私は、もう何も恐れません」

 

「まるで奈落の底のような目をしやがって。人の形をしてるくせになんて様だ……」

 

 2人が睨み合い、そして、突如何かに呼ばれたかのように、ある方向に首を捻った。

 

「…………お帰りなさい、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だ!」

 

 マクスウェルが無線の先にいる部下に叫ぶ。先ほどから慌てているような空気がひしひしと伝わってくる。

 

『テムズ川を何かが遡って来ます! ……幽霊船です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幽霊船。テムズ川を強引に遡ってきた、英国海軍航空母艦イーグルの甲板から、1つの人影が宙に躍り出た。

 両手に白と黒の銃をそれぞれ携えたそれは、今まさに激突せんと睨み合っていた、第九次空中機動十字軍と第三帝国ミレニアム大隊との間に着地した。

 そして、事も無げに言った。

 

「よう。待たせたな」

 

 二軍の間に降り立った暁古城の眼前に聖書のページが花弁のように舞い、その中心から銃剣を構えたアンデルセン神父が現れる。

 さらに、上空の飛行船から、ヴェアヴォルフの筆頭、大尉が、同地点に落下した。

 

「槍衾の絵の前で集った我らは、今こうして槍衾の前で再会した」

 

 少佐がその光景を見下ろしていた。

 まず黒衣の軍を見て、

 

「ドイツ第三帝国吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団ラスト・バタリオン、残存総兵力572名」

 

 次に白衣の軍を見て、

 

「ローマ=カトリック・バチカン教皇庁第九次空中機動十字軍、残存兵力2875名」

 

 そして最後に、

 

「大英帝国王立国教騎士団、残存兵力、3名」

 

 眼鏡に紅蓮に燃えるロンドンを映しながら、

 

「かくして役者は全員演壇へと登り、暁のワルプルギスは幕を上げる……」

 

 三軍、いや二軍と1人が睨み合う戦場。そこに立つ自らの従僕に向かって、那月は命じた。

 

「拘束制御術式零号、解放」

 

「…………了解だ」

 

 古城の影が怪しく揺らいだ。

 その瞬間、神父が、人狼が、騎士団が、兵隊が、一斉に古城を攻撃した。

 アンデルセンは銃剣でめった刺し、大尉は足蹴りで頭部をかち割り、十字軍と親衛隊は互いに銃を向けることも忘れて古城を撃ちまくった。

 

「ここにいる全てが感じ取れた。恐ろしいことになる、と。この化物を倒してしまわないと恐ろしいことになる!」

 

「来るぞ。河が来る。死人が踊り、地獄が歌う!」

 

 古城の身体は銃弾によってズタズタにされていた。

 

「撃ち方止めー!」

 

 弾雨が止む。

 同時に、古城から大量の血が噴き出した。

 それはまるで意志を持っているように、軍団を飲み込みながら、さらなる血肉を求めて流れていく。内部からは血みどろの亡者たちが出現してきた。

 

「「「ウゥゥゥァァァ………」」」

 

 亡者たちは呻き声を上げて、尋常ならざる速度で軍団に迫る。

 

「「「ウワァァァァ!!!!!!!!!!!!」」」

 

 騎士も兵士も“死の河”に恐れおののいた。

 

「馬、鹿な……。馬鹿、馬鹿! そんな馬鹿なことがあるかァ!」

 

 空の上のマクスウェルが子供のように叫ぶ。現実を否定するかのように。

 

「あれが吸血鬼・暁古城そのものだ。血とは魂の通貨。命の貨幣。命の取り引きの媒介物に過ぎない。血を吸う事は、命の全存在を自らのものとする事だ。今のお前なら理解できるだろう? 姫柊雪菜」

 

「はい」

 

 河は更に姿を変える。

 不安定だった亡者たちの一部が、はっきりと実体を成した。なかには騎馬や甲冑まで見受けられる。槍を持った者、刀を持った者、鉄砲を持った者、旗を掲げた者…………。

 

「あ、あいつは、あんなに、あんなものまで……。悪魔め……。悪魔! 魔王! 暁の子(ルシファー)!!!」

 

 マクスウェルの表情が、めちゃくちゃに歪んでいく。

 

「何だ! 何が起きている!!!」

 

 マクスウェルの声は聞こえていないはずだが少佐は叫んだ。

 

「死だ! 死が起きている!!!」

 

「おお! おお!!! いいな、これ。ほしい! 素晴らしい!」

 

 ドクでさえ冷静さを欠いていた。

 

「撃て!」

「撃ちまくれ!」

「撃ちまくれーーー!!!」

 

 最早3つの勢力など存在しなかった。

 戦いさえ存在しなかった。

 暁古城と、それ以外。

 蹂躙する者と、蹂躙される者。

 

「撃ちまくれ! 下は地獄だ! 地獄だぞ! 撃っても撃っても出て来るぞ!」

 

 辛うじて安全圏であった空中でさえ、

 

「私も来てるんだけど!」

 

 魔弾が許しはしなかった。

 

『司教猊下ー! 退却を。これはもう戦いとは呼べません!!!』

 

「ふ、ふざけるな!」

 

 部下からの悲痛な訴えにマクスウェルは、

 

「俺は司教じゃない! 大司教だ! 大司教なんだー!!! ぬうぁ!!!」

 

 魔弾がマクスウェルの車を吊っていたヘリを撃墜した。

 死の河のど真ん中に落下するマクスウェル。

 横倒しになった荷台にガラスの壁に亡者たちが殺到する。

 しかし、

 

「ハハハハハッ! 強化テクタイト複合の強化ガラスだ! 傷も付かんよ、亡者ども!」

 

 マクスウェルの顔に笑みが戻る。その横を、ガラスを貫いた銃剣が通過した。

 

「あ、あ、あ……、アンデルセン……」

 

「我らはイスカリオテ。神罰の地上代行者なり。

 我らは一切の矛盾なくお前の夢を打ち砕く。

 さらば、わが友よ」

 

 マクスウェルが亡者の波に浚われる。

 

「アンデルセン! アンデルセン!アンデルセェェェン!!!」

 

 手を伸ばすが、どこにも届かない。

 

「た、すけて、アンデルセン……。助けて、先生……。先生…………」

 

 亡者の中から槍が突き出され、マクスウェルを串刺しにする。

 

「こんなところで、俺は、ひとりぼっちで、死ぬのか……。

 イヤだ。イヤだ………。ひとりぼっちで生まれて、ひとりぼっちで死ぬのか……。

 …………………………ジーザス」

 

「馬鹿だよ、お前………」

 

 亡者の河の中央を堂々とアンデルセンは歩く。

 

「大馬鹿野郎…………」

 

 マクスウェルの亡骸の傍らで膝をつき、そっと彼の瞼を閉じた。

 そして、立ち上がり、教え子の仕事の後片付けを開始した。

 

「アンデルセンより、全武装神父隊に告ぐ。バチカンへ帰還せよ」

 

 無線を通して、彼の声は十字軍全軍に伝わる。

 

「第九次十字軍遠征、レコンキスタは完全に壊滅した。

 朝が来る。夢は最早醒めた。バチカンに帰還せよ」

 

『そ、そんな、アンデルセン……』

 

「貴様らの死に場所はここではない。帰れ!

 バチカンを守れ! 法王を守れ! 未来永劫、カトリックを守れ!

 俺はあいつを倒す。倒さねばならぬ!」

 

『承服不可。その行動には有用性が認められません』

 

「否! 今だ、今しかない。拘束制御を全解放した今、ただ今がその時だ。

 これはヤツの持つ全ての命を、全ての攻撃に叩き込む術式だ。城から全ての兵を出撃させた。総掛かりだ。

 城の中に立つのは、領主が、ただ1人!!!

 ヤツは今、ただ1人の吸血鬼だ。

 あの狂った大隊総指揮官はこれが、これのみが目的だったのだ。

 暁古城ただ1人を打倒するための生け贄だ。1000人のSSも3000人の十字軍も、100万人の英国人も、敵も、味方も。きっと俺が行くことも。

 おさらばだ! 諸君。マクスウェルが泣いている。どうしようもないあの馬鹿が! 相も変わらず意気地のない弱虫めが。

 おさらば! いずれ辺獄(リンボ)で」

 

 アンデルセンは飛ぶ。彼が宿敵と認めた男の元へ。鎧を身に纏い、腰に刀を提げた、戦士の装いを着込んだ男の元へ。

 

「ヤアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 刃が交錯し激しく火花を散らす。

 

「見事……」

 

 『暁古城』だった男が言う。

 

「人の身にてここまで練り上げたか。受けて立とうぞ、クリスチャン!」

 

「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること! Amen!!!!!」

 

「殺してみせるか、この私を? 400年前のように、50年前のように」

 

「語るに及ばず!」

 

「ならば是非もなし!」

 

 2人が激突する。

 1度、2度、3度、4度、……。

 斬り、受け、時に躱し、敵に刃を振るう。

 

「セェェェルァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

 数歩退いたアンデルセンが指の数だけ構えた銃剣を投げつける。

 同時に5発の銃弾がそれを叩き落とした。

 いつものパーカー姿に戻った古城が、死の河を飛び越えて対岸へ。

 アンデルセンとの間に動く死体が立ちはだかる。

 

「くぅ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロンドンは滅び、十字軍は滅び、ラスト・バタリオンも滅びつつある。そして暁古城はそこにいる。そして私はここにいる。全ては順調。全く以って順調だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕が千切れるぞ……」

 

 古城は悲しそうな顔で、遙か彼方のアンデルセンを見ていた。

 

「まだ来るか」

 

「それがどうした、吸血鬼」

 

 アンデルセンの瞳から光は消えない。

 

「まだ腕が千切れただけじゃねえか! 能書き垂れてねえで来いよ。かかって来い! ハリー! ハリー!!!」

 

「ふっ……。人間ってのはつくづく良いもんだな……。

 いいぜ、かかって来いよ。やっぱりアンタは俺が殺してやらなきゃなんねえみたいだな!」

 

「ウオォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 アンデルセンの雄叫び。

 

「前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ!!!!!」

 

 文字通りの屍山血河を切り刻み、アンデルセンは一直線に古城目掛けて突き進む。

 しかし、巨躯の亡者がアンデルセンの行く手を阻んだ。肉の壁が足を止め、腕を押さえる。

 そして、いななきと共に騎馬した亡者たちが突撃を開始した。

 アンデルセンの瞳が閉じようかと思われた、その時、背後から銃声が響き、騎馬隊が蜂の巣にされた。

 

「貴様らァ! この、馬鹿野郎ォ! この、大馬鹿野郎共め!!!」

 

 振り返ったアンデルセンが叫ぶ。

 バチカン特務局第13課“イスカリオテ”の仲間たちに叫んだ。

 

「このままバチカンに帰ったら、私たちは私たちでなくなってしまう!」

 

 ハインケルが叫び返した。

 

「イスカリオテのユダでなくなってしまう! ただの糞尿と、血の詰まった肉の袋になってしまう!!!」

 

「同意。私も主観的に共闘を望んでいます」

 

 アスタルテの眷獣が巨躯の亡者を弾き飛ばした。

 

「馬鹿野郎共が! どいつもこいつも死ぬことばかり考えやがって! これで辺獄は満杯だ!

 いいだろう! 付いて来い! これより地獄へまっしぐらに突撃する! いつものように付いて来い!!!」

 

 武装神父たちが、アンデルセンを先頭にして整列する。

 

「汝ら何ぞや!」

 

「「「我らイスカリオテ! イスカリオテのユダなり!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1つの歓喜を共通意志として、無数の命が1つの命のように蠢き、のたうち、血を流しながら血を求め、増殖と総減をくりかえしながら無限に戦い続ける。

 その歓喜が神に対する信仰であれ、ナチズムによる戦争であれ、暁古城という存在の一体であれ、我々は最早、漸く同じものだ!

 夢のようじゃないか。黒い兄弟たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ウオォォォォォ!!!!!!!!!!」」」

 

 武装神父隊が突撃する。

 真っ赤な血の河の流れに逆らう、一筋の黒い流れのようにも見えた。

 アンデルセンが切り開き、アスタルテが押しのけて、ハインケルたちが摺り潰し、走れなくなった神父は腹に巻いた爆薬を起爆して、細い細い1本の道を作り上げた。

 そして、

 

「よく来たな」

 

 暁古城の眼前に、最早立ちはだかるものは何もなかった。

 

「流石ってところか?」

 

「殺しきれる武器を持っているのは、お前だけじゃないんだぜ」

 

 アンデルセンが懐から木箱を取り出す。

 蓋には、第3課(SECTION3)・聖遺物管理局マタイ(Matthew)の文字。

 アンデルセンが箱を握力だけで砕くと、中から1本の釘が現れた。

 

「……エレナの聖釘」

 

 険しい表情で古城が言う。

 

「そうだ」

 

 アンデルセンが釘を自らに向けた。

 

「やめろ!!!」

 

 古城がいつになく強い調子で制止した。

 

「ふざけんなよ。アンタまで化物になってどうすんだよ! 俺を殺すんじゃなかったのかよ、神父様よォ! そんなアンタが人間やめてどうしようってんだ!」

 

 アンデルセンは応える。

 

「俺はただの銃剣でいい。神罰という名の銃剣でいい。俺は生まれながらに嵐なら良かった。脅威ならば良かった。1つの炸薬ならば良かった。心無く涙も無い、ただの恐ろしい暴風なら良かった……」

 

 そして、

 

「これを突き刺すことでそうなれるのならそうしよう。そうあれかし……」

 

 釘を握った右手を頭の上まで振りかぶる。

 そこから勢い良く弧を描いて、釘はアンデルセンの心臓に突き刺さる─────

 

 

─────はずだった。邪魔が入らなかったなら。

 

「そんな興醒めなことを、この僕に見せつけるつもりかい?」

 

 アンデルセンの右肩から先が、巨大な蛇の化物の顎に呑まれていた。



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「2番艦アルフレッド・ローゼンベルグ、炎上中!」

「上陸部隊との連絡が取れません!」

「全滅したのでは……」

「全滅!?」

「下では一体何が……」

 

 デウス・エクス・マキナの指揮所に詰めたドイツ兵たちは色めき立っていた。

 そんな彼らを尻目に、まだ食い足りないのか、ホットドッグにかぶりつく肥満体型の男が1人。

 

「少佐殿! ご指示を! 少佐殿!」

 

「うるさいなぁ、静かにしろ。出し物の佳境ぐらい静かに鑑賞したまえよ。たかが自分たちの部隊が壊滅するぐらいで、初めての処女のように泣き出すなんて」

 

 兵たちを軽くあしらった少佐は、この艦の責任者を視界に捉えた。

 

「艦長。全艦の残存全乗員に火器と弾薬を分配しろ。立てない者には手榴弾を配れ」

 

「しかし……ッ! しかし、全員分の銃も弾薬も最早ありません……」

 

「じゃあ、鉄パイプでも資材でも何でも良い。兵隊は武装して集結だ。『あれ』が終わったらみんな一緒に突撃しよう。楽しいぞ、すごく。

 ホルスト・ヴェッセルのリートを歌いながら、みんなで遮に無に 突っこむんだ。楽しいぞ~」

 

Zum letzten Mal wird nun Appell geblasen! Zum Kampfe steh'n wir alle schon bereit!

 艦内に少佐の歌声が響く。

 

「どうした? 何故歌わない?」

 

「もう、うんざりだ!」

 

 あくまで楽しそうな少佐に艦長が遂に噛み付いた。

 

「我々はSSじゃない! ドイツ海軍だ! 英国軍に対する意地で我々はあなたに付いて来た。だがもう、うんざりだ。これはもう戦いじゃない! 部下をこれ以上死なせる訳にはいかない!」

 

「ここまで来てまだ闘争の本質がわかってないのか……」

 

 少佐は呆れたように言う。

 

「だがまあいい。抗命は戦の華だ」

 

 ドクが装置のスイッチを押すと、少佐の椅子の肘掛けから拳銃が飛び出した。

 振り向き様に6発、艦長に向けて発砲するも、全て足下や背後に逸れてしまった。

 

「ダメだ、ドク。当たらん」

 

「相変わらず射撃が下手過ぎます。どうやって親衛隊に入ったんですか?」

 

 ドクがやれやれと言わんばかりに両手を広げた。

 死に損なった艦長を親衛隊の吸血鬼たちが取り囲む。

 

「少佐殿」

 

「処刑しろ。敗北主義者だ」

 

 少佐が指を鳴らすと同時に、艦長の身体は蜂の巣になった。

 

「残存兵員に武装させろ、憲兵少尉。命令に従わない者は君の判断に任す。闘争の根幹を教育してやれ。何者かを打ち倒しに来た者は、何者かに打ち倒されなければ ならぬ」

 

 そして、こう結んだ。

 

「それに作戦は全て計画通りじゃないか。この戦争は、この私の小さな掌から出たことなど1度たりとも無いのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンから少し離れた仮設基地のテントの中に、叶瀬賢生が入っていった。

 

「安全保障特別指導部が自爆しました」

 

「そうですか……」

 

 淡々とした報告を聴くのは、ラ・フォリア女王。

 

「浅葱を連れ出して正解でしたね。当人は喜びはしないでしょうが……。それで、他の状況は?」

 

「各基地の暴動は収まりつつあります。あと12時間といったところでしょうか。しかし……、」

 

「ロンドン、ですね?」

 

「はい。現在も封鎖線を築くのが限界です。内部の様子も完全に不明。壊滅状態であることには違いないでしょうが。今だ、戦闘が続いているかどうかさえ……」

 

「いえ。まだ戦っていますよ、彼らは、必ず」

 

「信じておられるのですね、あの男を」

 

「もちろんです。それに古城だけではありません。南宮局長も、そして、古城が選んだ彼女も……」

 

「なるほど」

 

「それにしても、将軍が自爆したということは、裏切り者が円卓内部にいうというのは、やはり杞憂でしたか……」

 

「いえ、それに関しては、私は1つ危惧していることがあります」

 

「何ですか?」

 

「南宮那月の養父・アーサーが死んだ時、私は警告しました。彼の弟・リチャードは危険な男だと。必ず家名を手に入れようとしてくるだろうと。リチャードから、そして、南宮那月から目を離すなと、ヘルシング家執事ディミトリエ・ヴァトラーに警告したのです」

 

「ッ! しかし!」

 

「そう。襲撃の夜、あの男はいなかった。

 アーサーは暁古城の危険性に気付いていた。それ故に、彼の先祖ですら討ち損じた彼を、危険を承知で地下牢に封印した。

 しかし、あの夜、暁古城は解放された。

 この一連の事象に方向性が働いているとすれば……」

 

「ですが、彼はヘルシング家に仕えるようになって長いはず。そんなことを……」

 

「いいえ。あの男ならあり得るのです。陛下のご存知ない遥か昔から、彼が変わっていないとすれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン。

 古城とアンデルセンの戦いに割り込んだのは、まさに叶瀬賢生の危惧した通りの人物であった。

 

「ヴァトラー……」

「ヴァトラーさん……」

 

 古城たちに追い付いてきた那月と雪菜の顔に驚愕の表情が浮かんでいた。

 

「やあ、南宮那月。それから、姫柊雪菜」

 

 金髪を振り乱しながら笑顔で応えるヴァトラー。

 

「ヴァトラー……」

 

「やあ、古城。この姿で会うのは久しぶりだね」

 

「ヴァトラーさん、どうして……」

 

「『どうして』か。まあ、簡単に答えるとすれば、古城と戦いたかったから、ということになるのかな」

 

「先輩と……」

 

「よせ、姫柊雪菜。もう今のコイツには何を言っても無駄だ。そうなんだろ、蛇遣い?」

 

「その通り。僕は今とてもいい気分だ」

 

「チッ。戦闘狂が……」

 

 その時、1本の刃がヴァトラーを襲った。右腕を失った、そして人間を失わなかった、アンデルセンが、千切れかけた左腕で放った怒りの一撃だった。

 

「Amen!!!!!!!!!!!!」

 

「おっと、危ない」

 

 ヴァトラーの足下から蛇が現れ、主への攻撃を受け止めた。

 続けての、もう1匹の攻撃がアンデルセンを弾き飛ばした。

 

「ヌゥゥゥゥゥァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

「君の出番は終わりだよ、アンデルセン。これからは僕と古城の舞台だ!」

 

「ふざァけるなァァァ!!!」

 

「神父様!」

 

 なおも向かっていこうとするアンデルセンをハインケルが、必死に押し止める。

 

「そんな身体で一体何をしようと言うんです!」

 

「黙れェ! 何としても、何としても! あの男は! あの男だけは!」

 

「ネガティブ。不可能です」

 

 アスタルテが言った。

 

「否! そのための釘だ! あの聖遺物を以てわ……」

 

「これを」

 

 アンデルセンの言葉を遮って、アスタルテは無線を突き付けた。

 

『退け、アンデルセン。バチカンに帰還しろ』

 

「教皇猊下……ッ!」

 

『第九次十字軍は君の言葉の通り失敗だ。だが、まだ終わった訳ではない』

 

「!」

 

『続ければ良いだけのことだ。第十次のために君に死なれては困る。念のため、もう1度言うぞ、アンデルセン、バチカンかに帰還しろ』

 

「……………御意」

 

 通信は終わる。

 

「また会おう、暁古城。そして、ヘルシング……。帰るぞ!」

 

「「「「ハッ!」」」」

 

 

 

 

 

「さて、これで邪魔者が1人消えた」

 

「ヴァトラー……」

 

「僕はね、ずっと待っていたんだよ、この時を。君と本気で殺し合いができるこの瞬間を」

 

『さあ、演舞が始まる。役者以外は舞台から下りたまえ』

 

 古城とヴァトラーが対峙するその上空から、巨大な影が迫る。

 

『麗しのフロイライン方のお相手は我々が務めなくては』

 

 底を削りながら強引に着陸した飛行船。その後部の扉が、彼らの目の前で開いた。

 

『来たまえ』

 

 中からは笑いを含んだあの男の声。

 

「行ってくれ、2人とも。いい加減アイツらの夢を終わらせてやれ」

 

「で、でも、先ぱ……」

 

「俺はコイツの相手をしねえとな。ちゃんとした決着ってヤツをな。だから、そっちは任せたぞ」

 

「……はい」

「……ふん」

 

 那月と雪菜が飛行船へと足を踏み入れる。

 

「これで2人きりだね、古城」

 

「そうだな」

 

 古城は銃を出し、ヴァトラーの影からは蛇が顔を覗かせる。

 

「なあ、ヴァトラー……」

 

「無駄だよ、古城。もう僕は何を言われようと止まらない」

 

「そうかよ!」

 

 古城がカスールを撃った。

 悠々と避けたヴァトラーが右手を振る。大口を開けた蛇が古城の身体を飲み込んだ。

 しかし、突然悶えたかと思うと、身体がバラバラに弾け飛んだ。

 

「まだまだこんなものじゃないだろう?」

 

 頬を吊り上げるヴァトラーの足下、蛇の残骸から古城の左腕が伸び、握られたジャッカルの引き金が引かれる。

 

「!」

 

「フッ……」

 

 しかし、弾丸は発射されず、かわりに銃身と左手が吹き飛んだ。

 

「その銃を作ったのが誰か忘れたのかい?」

 

「チッ……」

 

 舌打ちをした古城にまた別の眷獣が襲いかかる。

 

「僕は君の本気を見たいんだよ、こじょ……ゥッ!」

 

 ヴァトラーが喀血する。

 

(もうかッ……。いや、まだだ。まだ古城を、まだ最強の吸血鬼を倒してない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、なにぶん時間がありませんでしたからなあ。かなり無茶な施術でしたしねえ」

 

 指揮所でドクが呟く。

 

「否。我々の与える物は全て、あの者に与えた。我々が奪える物は彼の者から全て奪った」

 

 少佐が言う。

 

「自分の人生、自分の主君、自分の信義、自分の忠義。全て賭けてもまだ足りない。

 だからやくざな我々からも賭け金を借り出した。たとえそれが一晩明けて、鶏が鳴けば身を滅ぼす法外な利息だとしても。

 50年かけてあの男は、あの暁古城と勝負するために全てを賭けた。我々と同じ様にな。一夜の勝負に全てを賭けた。

 運命がカードを混ぜ、賭場は一度!! 勝負は一度きり!! 相手はジョーカー!!

 さてお前は何だ、ディミトリエ・ヴァトラー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……、ハァ……」

 

「辛そうだな」

 

 ヴァトラーの統制がまともに働いていないため、蛇の攻撃は大きく古城を外れてしまった。

 

「ろくでもない方法で吸血鬼になるからだ。再生に体が追いついてない」

 

「……うるさい」

 

「元のじいさんに戻るか? いやそりゃねえか……」

 

「何を……ぅぐッ!」

 

「ガキになるのさ」

 

 古城の言葉通り、全盛の姿を保てなくなったのか、ヴァトラーはあどけない少年の姿へと変化した。

 

「古城ォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」

 

 しかし、まだ彼は止まらない。

 今度は2体の蛇が現れたかと思うと合体して巨大な1体の蛇に変わった。

 数発のカスールをものともせず、古城に襲いかかった。

 

「頑丈だな」

 

 顎を押さえつけ、噛み砕かれないでいる古城が言う。

 片手と口でリロードしたカスールを蛇の脳天に向けて発砲した。

 奇声をあげ、蛇は倒れる。

 

「まだ!」

 

 続けざまに3体、蛇が古城に牙を剥く。

 

「遅えよ」

 

 2発で2体を仕留めた古城、3体目に狙いを定める。

 

「下だ」

 

「ん?」

 

 小型の蛇が大量に古城の足下に迫っていた。

 左右の足に次々と巻き付いてくる。同時にその小さな牙を突き立てた。

 

「チッ」

 

 ホールドオープンするまで引き金を引くがさっぱり数が減らない。

 そこに背後から先ほどの蛇が飛び込んできた。

 

「取ったよ」

 

 古城の肉体が上下に分かれた。

 上半身が地面の上に転がる。

 

「やったか……ぅぐッ……」

 

 ヴァトラーが膝をついて苦しみ出した。

 

「焦るなよ」

 

「!」

 

 ヴァトラーの驚愕を余所に古城はあっさりと上下の体を接続して立ち上がった。

 

「今日はとことんまで付き合ってやるよ。ほらかかって来いよ、クソガキ」



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 飛行船の通路を那月と雪菜が進んでいく。ナチスの軍服を着た吸血鬼たちを蹴散らしながら。

 片腕を落とし、背を壁に寄せた一人の兵士が言った。

 

「長かったぞ……」

 

 雪菜がその兵士に雪霞狼を向ける。

 

「お前が俺の死か? 俺たちの死か!」

 

 笑いながら叫んだ兵士は、笑いながら死んでいった同胞たちと同じように床に転がった。

 

「皆、笑って死んでいく」

 

 那月が言う。

 

「奴らはそのために来たのだからな」

 

「治めるべき国も守るべき民もない……。ただ死ぬために戦うなんて、そんなの、戦争なんかじゃありません……」

 

『そう言ってくれるなよ、フロイライン方』

 

 スピーカーから少佐の声。

 

『ただ死ぬのは真っ平御免なんだ。それ程までに度し難いのだ、我々は。

 世界中の全ての人間が我々を必要となどしていない。世界中の全ての人間が我々を忘れ去ろうとしている。

 それでも我々は、我々のために必要なのだ。ただただ死ぬのなんかいやだ。それだけじゃいやだ! 私達が死ぬにはもっと何かが必要なのだ。

 もっと! もっと! と。

 そうやってここまでやって来た。来てしまった!』

 

「ハッ!」

 

 その時、雪菜は気づいた。目の前の暗闇に立つ、一人の男──大尉に。

 

『もっと何かを! まだあるはずだ。

 まだどこかに戦える場所が!

 まだどこかに戦える敵が!

 世界は広く、脅威と驚異に満ち、闘争も鉄火も肥えて溢れ。

 きっとこの世界には、我々を養うに足りるだけの戦場が確実に存在するに違いないと!

 我々が死ぬには何かが。もっと何かが必要なのだ。でなければ我々は無限に長く歩き続けなければならない。死ぬためだけに。

 だから君達が愛おしい!

 君達はそれに価する!

 君達は素晴らしい!

 王立国教騎士団ヘルシング! 君達は私達が死ぬ甲斐のある存在であり、君達は私達が殺す甲斐のある存在なのだから!』

 

 少佐の言葉が途切れた時、大尉が無言で壁の表示を指さした。

 

指揮所(Hauptquartier)

 

「律儀な犬だ」

 

「局長、先に行って下さい。早く、あの男を」

 

「わかっている」

 

 那月は大尉の身体の横を堂々と通っていった。大尉は止める素振りすら見せない。

 ただ、雪菜を睨み付け、視線を逸らさなかった。

 

 大尉がモーゼル──銃身がライフルのように長い特注品──を抜いて、雪菜を銃撃した。

 雪菜は雪霞狼を身体の前で振って迎撃する。

 続けて自らの攻撃半径に大尉を捉えようと雪菜が前方に飛び込んだ。

 しかし、読まれていたのか、大尉が脱いだコートを頭から被せられてしまい、視界をなくしてしまう。

 そこへ大尉は長身のモーゼルで攻撃を加える。

 弾丸を受けた雪菜は、大尉を狙い影を伸ばした。

 凄まじい速度で迫る影を、相応の反応速度で回避する大尉。だが、狭い通路を塞ぐように雪菜の影が大尉を追いつめる。

 

「!」

 

 しかし、大尉の身体を捉える前に影が見えない何かに阻まれた。

 目を見開く雪菜。

 彼女の眼前には、顔の半分が狼と化した大尉の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲いかかる大蛇を古城が撃ち伏せる。

 

「もうそろそろやべえんじゃねえのか、ヴァトラー?」

 

「……確かに。だが、まだ僕は死んでいない。君を倒すまで、僕は死なない」

 

「そうかよ」

 

 古城が言った。

 

「ならホントに遊びはここまでだ。……いい加減、俺も腹ぺこだしな」

 

 ロンドン全域に行き渡った、古城の血液が、再び動き始めた。今度は敵ではなく主の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てはあなたの望むとおりになりましたな、少佐」

 

 ドクが言う。

 

「そうだ。全て私の思うがままだ。彼はまた城壁を築きはじめた。私の勝ちだ。

 私は彼を端から人だなどと思っていない。いや、むしろ吸血鬼とすら思っていない。彼は城であり、彼は運動する領地だ。

 暴君の意志が率いる『死の河』という領民たちだ。

 倒すにはどうすればいい? 屠るには何をすればいい?

 私は寝ても覚めてもそればかり考える。

 それが私のたった一つの戦争のやり方だからだ。

 戦争。戦争だ。彼と私との。

 全身全霊で戦わねばならん。

 私には何がある? 彼には何がある?

 体を変化させ、使い魔を使役させ、力をふるい、心を操り、体を再生させ、他者の血をすすり、己の命の糧とする。それが吸血鬼だ。

 私には何もない。なぜなら私は人間だからだ。

 きっと吸血鬼になれば素晴らしいのだろう。無限永久に生きて、無限永久戦い続けられれば、それはきっと歓喜なのだろう。

 だが私はそれはできない。それだけは決して」

 

 少佐は思い出す。半世紀前の戦場を。

 独ソ戦・バルバロッサ。

 彼の戦争。彼の国の戦争。彼の国の主義の戦争。そして、彼が負けた戦争。

 燃え上がり、崩れ去る街で、はためいているのは共産主義者の赤い旗。その足下で露助に蹂躙される少佐と武装親衛隊。

 やがて黒衣の軍はみな地に倒れ、赤軍が鬨の声をあげた。

 しかし、少佐は生きていた。

 幾人ものロシア兵に足蹴にされ、銃床で鼻を潰され、勲章を剥がされ、身体を撃ち抜かれ、もはや重い腹を抱えて立ち上がることも叶わないが、彼の命は最後の欠片を残していた。

 その時、それは起こった。

 ドイツ兵の死体の下から紅の血が地面を這って少佐に迫る。

 

「不死は素晴らしい。能力は眩しい。血液を通貨とした、魂の、命の同化」

 

 彼は理解した。これこそが吸血鬼になるということだ。

 そして言った。

 

「 失 せ ろ 」

 

 血液は少佐に到達することなく停止した。

 

「俺の心も、魂も、命も、俺だけのものだ。他者との命の共合、命の融合、心の統合。吸血鬼の本質、なんと素晴らしい。それはきっと素晴らしいのだろう。きっとそれは歓喜に違いない」

 

 “だが”と少佐は言った。

 

「冗談じゃない。真っ平ごめんだね。俺のものは俺のものだ。毛筋一本、血液一滴、私は私だ。私は私だ。私は私だ!」

 

 少佐は吸血鬼になることを拒絶した。暁古城と同じ存在になることを。

 

「羨ましいねえ。眩しい。美しい。だからこそ愛しく、だからこそ憎む。だからこそ、お前は私の敵だ。敵に値する。遂に私は宿敵を見つけたぞ! 私の戦争の……」

 

 第三帝国は滅び、時は流れた。

 しかし、彼の、彼らの時間は進むことをしなかった。

 

「そして我々はそのための準備を営々と始めた。50年かけて……。

 全ては準備だ。この瞬間のために。最後の大隊も、第九次十字軍も、アンデルセンも、ヴェアヴォルフも、ヴァトラーも。何もかもが。

 私たちの50年がこの時のためにあったのだ。

 暁古城がゼロ号開放し、全ての命を放出し、彼が『彼の城にただ一人』となった時に、アンデルセンが倒すだろうか? ウォルターが倒すだろうか?

 私は『否』だと思う。

 彼は彼一人でも恐ろしい吸血鬼だ。そして再び彼が血を吸い始めれば、それでもう全て台無しだ。

 何というズルだ。生も死も全てペテン。今がまさにその最中。

 そんな狂王を殺すにはどうしたらいい?

 戦場で十重二十重の陣を踏み破り、無限に近い敵陣を滅ぼして印を上げるか?

 否。

 彼は再び血を吸うだろう。大飯喰らいの王様だ。その彼の最大の武器が、彼の弱点でもある。

 古今、暴君は己の倣岸さ故に毒酒を呷る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大尉と戦う雪菜。彼女は劣性を強いられていた。

 大尉の姿が変化し、赤眼の銀狼が現れ、雪菜を軽々と壁まで叩き飛ばした。

 

「グハッ!」

 

 更に、縦横無尽に通路内を跳ね回り、雪菜を踏みつけ下階へと落とした。

 

(強すぎる……)

 

 床に身体を投げ出した雪菜。

 飛び降りてきた大尉が、再び人間の形となり、彼女に迫る。

 

『おやおや。らしくなく弱気だね』

 

「ハッ!」

 

 突然、雪菜の頭の中に声が響いた。

 大尉が蹴りを放つ。

 雪菜はすれ違うように攻撃範囲から脱した。

 

『そうそう。ちゃんとできるんじゃない』

 

「はい!」

 

『うんうん。それじゃあ、やろうか。一緒にアイツをやっつけよう』

 

 雪菜の頭の中の声──仙都木優麻の魂の声が、雪菜を奮い立たせた。

 

「ハァ!」

 

 雪菜が突っ込む。大尉は躱す。

 

「雪霞狼!」

 

 雪菜が取り落とした武器を、能力で引っ張った。彼女の掌中に収まる前に大尉の肉体を一突きにした。

 重ねて、雪菜の影が伸びる。枝分かれし、それぞれの先端が槍の体をなし、大尉を串刺しにした。

 

「取った!」

 

『まだだよ!』

 

 優麻の言うとおり、大尉は一度霧に姿を変え、槍から逃れた。

 一連の動きで室内の木箱が壊滅的な被害を受けた。保管していたものが宙を舞う。紙幣、コイン、金、その他もろもろナチスの略奪品が一斉にその姿を見せた。

 そのうちの一つを大尉が蹴った。弾丸のように雪菜へと飛び、捕まえた彼女の手の中にあったものは、

 

「銀歯……ッ」

 

『へえ……。それなら殺せるってことかな?』

 

「じゃあ、ここに落としたのも……」

 

『わざとなんじゃない? ………来るよ!』

 

 大尉の蹴りを雪霞狼で防御するが、そのまま後方へ飛ばされる雪菜。しかし、動きを止めはしない。

 転がっていた砲弾を掴んで大尉に投げつける。

 悠々と避けた大尉の周りが爆煙で覆われた。

 不意に大尉が人差し指を上方へ向けた。次の瞬間、その先の煙の中から雪霞狼を構えた雪菜が飛び出した。

 

「読まれた!?」

 

『そのまま行っちゃえ!』

 

「はい!」

 

 雪霞狼が大尉の右腕を貫くが、そのまま押さえ込んだ槍を、大尉の左足がへし折った。

 そのまま雪菜のわき腹を捉えた足を雪菜が右腕で挟み込んで固定する。

 両者が左の拳を振るった。

 大尉の左拳が雪菜のそれを弾き飛ばし、すばやく二撃目を放った。

 顔面に入ろうとした左拳を、雪菜は吸血鬼の頑丈な歯で受け止めた。

 その時、雪菜の身体から三本目の腕が飛び出した。

 

「もらったよ」

 

 優麻の左腕が、銀歯を大尉の胸に突き立てた。

 雪菜の攻撃でさえ易々と受けていた大尉の身体から大量の血液が流れ出す。次いで、倒れ込んだ彼の身体を青白い焔が包んだ。そして最後に、彼の身体は完全に灰となった。

 その間、大尉は終始、笑っていた。

 

「まるで、 楽しい夢を見る子供のよう……。優麻さん」

 

『うん。終わらせよう。覚めない夢なんかない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐!!」

 

 那月が指揮所に辿り着いた。

 

「やあ、ようやく直に御目見得出来て嬉しいね」

 

 那月は少佐に向かって銃を乱射するが、少佐の眼前にある防弾ガラスが銃弾を全て弾き飛ばした。

 

「残念だがその銃では無理だよ。なに、指揮者のたしなみだ。

 この出しものに遅れるのではないかと思ったが、間に合って良かった。せっかく今宵限りのショーなんだ。どうせなら、綺麗なお嬢さんと最高の席で観なければ」

 

「ふざけているのか」

 

「楽しみたまえよ、君」

 

 少佐が手元のリモコンをいじると、壁のモニターに古城の姿が映る。

 

「暁古城が消えてなくなるのだから」

 

「何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフッ……」

 

 ロンドンのとある建物の屋上にその少年の姿はあった。最後の大隊・シュレディンガー准尉。

 彼は笑いながら眼下を流れる血河を見下ろすと、懐から取り出したナイフを自らの首に突き立てた。そして、そのまま刃を滑らせて完全に頭部を分離し、そのまま『河』に身を投げた。

 

「フハハハハハ…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死の河』は古城の元に流れていく。彼の身体へと帰っていく。

 

「まだだ……」

 

 それを見たヴァトラーが唸るように、声をあげた。

 

「まだ勝負はついてない。ついてないぞ、少佐。よせ、止めさせろ、少佐。少佐ァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやもうついたよ。もう遅い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアア!!!!!」

 

 ヴァトラーの叫びとともに鎌首をもたげた蛇が古城の身体を引き裂いた。

 しかし、即座に元の通りに回復する。

 古城は言った。

 

「もう遅ぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう全てが遅いのだ。お前ではもうそれには勝てない。機会は永久に近く失ってしまった。

 好機はくれてやった。千載一遇の、暁古城を物理的に打倒するたった二つの好機。1000人の吸血鬼化武装親衛隊。3000人の第九次空中機動十字軍。そしてイスカリオテ、そしてヴェアヴォルフ、そしてアンデルセン。そしてお前のこれまでの半生。それらの全てを犠牲にして作りあげた刹那、唯一暁古城を殺すことのできる刹那。それでも尚、お前の技は届かなかったな、そこまで。今や暁古城の命の数は一体いくつだ? 100万か? 200万か? お前ではもう勝てない。

 お前の人生は今、台無しになった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どうした、ヴァトラー? 顔色が悪いぞ」

 

 古城がふざけ気味に、呆けているヴァトラーに声を投げる。すぐ後ろの『河』に紛れ込んだ『不純物』にも気付かずに。

 

 

 

 

 

そして、少佐は言った。

 

 

 

 

 

「勝った」

 

 

 

 

 

 古城に異変が起こった。

 

「何だ、これは………」

 

 肉体が崩れ、遠い過去の記憶が次々と目の前に現れる。

 

「これは………、なんだ………?

 これは………、だれだ………?

 だれだ………、俺は………?」

 

 『暁古城』が消えていく………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ、消えろ、短い蝋燭。人生は歩き回る影に過ぎぬ」

 

「何をした!」

 

 那月が少佐に問う。

 

「何もかも。彼はシュレディンガー准尉の命を吸った。それはシュレディンガーの命の性質と同化した事に他ならぬ。

 彼は意志を持つ、自己観測する『シュレディンガーの猫』。存在自体があやふやな確率の世界を跳ね回る一匹のチェシャ猫だ。彼が自分を認識する限り、彼は『どこにもいて、どこにもいない』。

 しかし、今や彼は幾百万の意識と命の中に溶けてしまった。もはや彼は自分を自分で認識できない。

 ならばどうなる? 彼はもはやどこにもいない。生きてもいないし、死んでもいない。

 もはや暁古城は、ただの虚数の塊だ」

 

 少佐の言葉の間にも古城は見る見る消えていく。

 

「俺の何もかもくれてやったが、奴の何もかも消えて無くしてやった。この日のために生きてきた。この一瞬のためだけに生きてきた。

 負け続けの私の戦争で、初めて勝った」

 

 少佐は一言一言を噛み締めるように話した。

 

「そうか、いいものだな。これが勝ちか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちだと? これが、こんなものが僕の求めていたものだとでも言うのか」

 

 膝を折ったヴァトラーの口から乾いた笑いが漏れる。

 

「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少佐と那月が硬化ガラス越しに向かい合う中に、雪菜が飛び込んできた。

 

「やあ、はじめましてフロイライン。そんなことはわかりきったことだ。

 そうだ! 君たちなのだ。私を倒すのは暁古城じゃない。私が倒すのが暁古城なのだ。

 私の宿敵は暁古城であり、君たちの宿敵が今、私なのだから」

 

 少佐は大仰に両手を広げた。

 

「さあ来い。敵はここだ。ここにいる」

 

 その時、

 

「そうだな。ならば殺してしまおうか」

 

 空間が弾けた。

 

「ヌゥ………ッ!」

 

 少佐の身体が吹っ飛び、硬化ガラスが粉々に砕け散る。

 その中心にあるのは小さな少女の姿。うっすらと光を身に纏い、実体も影も溶けてしまいそうな程に儚げだった。

 

「だれ………」

 

「これはこれは………」

 

 少佐が彼女を見て口を開いた。

 

「ヒロインのご登場とは」

 

 それを聞いて小さく笑う。

 彼女の名は暁凪沙。暁古城の妹、そして、────

 

「散々切り刻んだ挙げ句に、餌にまで使っておいて、よく言う」

 

 ────ミレニアムの研究素材。そして、────

 

「暁古城の危機にわざわざリンボから舞い戻って来るとは……」

 

 ────100年前に葬られた吸血鬼。

 

「それにしても………、」

 

 凪沙が少佐の損傷した部位に視線を向ける。

 

「その様がお前か、少佐」

 

「そうだ。これが私だ」

 

 傷口から覗けるものを見て雪菜が息を飲む。

 

「機械………ッ!」

 

「失礼なことを言うもんじゃない。お嬢さん、私は、しっかりと人間だよ」

 

 那月も言う。

 

「化物め」

 

「違うね。私は人間だ。

 人間が人間たらしめている物は ただ一つ。己の意志だ。

 血液を魂の通貨として、他者を取り込み続けなければ生きていけないような、暁古城のような哀れな化物と、あんなか弱いものと一緒にするな。

 私は私の意志がある限り、たとえガラス瓶の培養液の中に浮かぶ脳髄が私の全てだとしても、きっと巨大な電算機の記憶回路が私の全てだったとしても、私は人間だ。

 人間は魂の、心の、意志の生き物だ。たとえ彼が、冗談を言って笑ってみせても、歴戦の戦人の姿で感傷たっぷりに跪こうと、彼は化物だ。だからこそ、私は心底彼を憎む。暁古城を認めない。

 彼は人間のような化物で、私は化物のような人間なのだろう。

 私は私だ。

 こっちはあっちと、私はあなたと『違う』。

 この世の闘争の全てはそれが全てだ。人間がこの世に生まれてからな。君も、私とは違うと思っている。戦いの布告はとうの昔に済んでいる。さあ、戦争をしよう」

 

 少佐の身体が宙に浮き上がった。

 彼の力ではない。凪沙だ。彼女が掌を向けるに従って少佐の身体が動く。

 

「さらばだ」

 

 そして、凪沙が掌を閉じて拳をつくると、少佐の身体は押し潰されるように縮み始めた。

 

「フハハハッ!いい戦争だった!」

 

 にやけた顔でそれだけ言って、少佐の身体はなくなった。

 

「お前がいくら人間を自称しようと、お前はもはや欠片も人間ではない。お前はただの傷心の化物だ」

 

 凪沙が言葉を紡ぐ。

 

「化物を倒すのはいつだって人間だ。化け物は人間に倒される。人間だけが倒すことを目的とするからだ。戦いの喜びのためなどではない。己の成すべき義務だからだ。お前は人間ではない」

 

 そして、

 

「暁古城は化物には殺せない」

 

 言い切った。

 

「さてと、雪菜ちゃんだったかな?」

 

「は、はい?」

 

「えっとねぇ。もうそんなに長くはいられないから簡単に言うけどね………」

 

 凪沙の豹変に付いていけない雪菜を無視して、彼女は喋る。

 

「ちょっと時間かかるかもだけど、絶対戻ってくるから、その時は古城くんのことよろしくね!」

 

「え、えぇ! えぇっと、あの………」

 

「そんじゃ、バイバイ!」

 

 凪沙は空気に溶けるように、その姿を雪菜と那月の前から消した。

 

「あの、局長? 今のは……」

 

「後で話してやる。帰るぞ。仕事は終わりだ」

 

「えっ、あ、はい!」

 

 今にも焼け落ちようとする飛行船を二人は後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船内の研究室。

 

「終わりか? いや、違う。違うとも! 技術は理学を糧に突き進む。研究は飛躍する。否! 否! 研究は飛躍した。どうすればいい? どうすればいい? 何が! 何が! まだだ。まだ届かない。何がいけない? 何が足りない? そうだ! いつの日か! いつの日か! 世界の全てに! 一人残らずに! 配給するのだ! 奇跡の様な科学を! 科学の様な奇跡を!」

 

 ドクは、鞄に資料を次々押し込んで、逃げ出す算段を立てていた。

 

「どこに行くつもりだい、博士?」

 

 物陰から声がした。

 

「ヴ、ヴァトラー…………」

 

「ナチの残党の残党? とんだお笑い草じゃないか」

 

 フラフラとした足取りで、ヴァトラーが姿を現した。

 

「この………ッ、出来損ないめが!」

 

「あんたも立派な出来損ないさ、ドク。あんたも、あんたの作ったモノも全て。この僕も。

 茶番劇は終わりだ。演者も消えなければ」

 

「茶番? 茶番劇だと! どの口がほざく! 欠陥品の、どの口が!」

 

「一夜一幕の茶番劇さ。この戦争も、この世の中も。僕は………、僕はその中で出来るだけいい役が演じたかっただけさ。尤も………」

 

 ヴァトラーの右手が灰になって崩れ去る。

 

「結果はこの通りだけどね」

 

「そんな欠陥品の貴様が! 失敗作の貴様が! 私たちを笑うと言うのか。貴様なぞに、私の研究を茶番呼ばわりされてたまるか。少佐殿の大隊を笑われてたまるか! お前なんかに! お前みたいなモノに!

 理論は飛躍する! 研究は飛躍する! 理学は実践を食んで油断無く進む! いつの日か追いついてみせる! いつか暁古城を超えて見せる!」

 

「馬鹿を言うなよ。お前も僕も皆死ぬ。欠陥品は全部死ぬ。古城に追いつく? それこそお笑いだ」

 

「黙れぇッ!!」

 

 ドクが懐からリモコンを取り出す。彼が作った吸血鬼に仕込んだ発火装置の点火スイッチ。

 しかし、彼がそれを押す前にヴァトラーの眷獣がドクの腕を食いちぎった。

 

「ぬおうッ!」

 

 続けざまに眷獣が暴れ、ドクの身体が倒れる。その時、壁についていた一際大きい箱が倒れ、中身が晒された。

 骸骨が人間一人分。

 

「そうだろうさ。これが君たちの教材。古城と血を分けた存在。

 ここから始めたんだ、すべての研究を。古城に追いつくために、彼女を暴き、残骸のような彼女を残骸にし尽くした。

 加えて、これが古城の逆鱗だと知っていた少佐はそれすら利用した。古城との戦争の為に。古城を殺すために」

 

 “僕もそれに乗ったわけだが”そう言いながらヴァトラーは笑った。

 

「あぁ………。勝ちたかったなぁ、古城に」

 

 飛行船は炎に包まれた。少佐、ドク、大尉、ヴァトラー、武装親衛隊………、彼らの遺体と灰が焼失する。

 これにて、ロンドンを襲った悲劇は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、先輩」

「おかえり、古城」

「遅いわよ、バカ古城」

「お、おかえり」

「遅いぞ、バカ」

 

 

 

 

 

「ああ、ただいま」




どうにか完結。
きっちり駄作。
始めたときは面白いと思ったのになぁ…。

感想、お手柔らかに。何卒。


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