原作既読者がいく実力至上主義の教室 (三色)
しおりを挟む

第零巻(原作開始前)
1話


 突然だがあなたには前世の記憶があるだろうか。

 何を急にファンタジーなことを思う人もいるだろうが、前世の記憶があるというのはそれほど珍しいことではない。

 ちょっと目の前にある箱で調べてみれば、いくつもの実例が出てくるだろう。もちろんその中には嘘も多分に交じっているだろうが、中にはなるほど確かにこれが事実ならこの人は前世の記憶を持っているという話もでてくるはずだ。(残念ながら一から十まで創作である可能性は否定できない)

 

 サブカルチャーに浸かった人であれば転生の方が馴染みがあるかもしれない。死んだと思ったら目の前に神様がいてなんやかんや理由をつけ、今の記憶を持ったまま次の人生に送ってくれるあれである。(残念ながらこちらは現実でそうであるという人は出てきていない)

 

 ところで前世の記憶持ちと転生との違いを考えたことはあるだろうか。

 私は自意識の連続性だと考える。明確に前世の自分が自身であると認識し、今の自分はその続きであると認識していれば転生であり、そうでなければただの前世の記憶持ちだ。

 

 この定義にのっとれば私、仲保義明は転生者である。

 しかも死因はトラックに轢かれたことによる轢死。

 フィクションでよくある、そして現実にはまずありえない転生トラックによる転生者なのであった。

 

 

 

 転生した私が自己の認識に目覚めたのは生後1歳か2歳ぐらいのことであった。

 ぐらいというのはその時の私がまともに目が見えておらず、声もうまく聞き取れなかったからであり、さらに言えば時間の感覚もあまりなかった。よくわからないふわふわとした感覚の中で、肉体の欲求に従うまま、眠くなれば眠り、お腹が空けば食べ、気づいた時には3歳の誕生日であった。

 そうと気づけたのは目の前にろうそくが3本ささったケーキが置かれ、ハッピーバースデイを楽しそうに歌う男女がいたからである。

 ぐるりとまわりを見渡して不思議そうにする私に「どうしたの、よーちゃん?」と女性が声をかけ、理解できない状況にいることに気づいた私は茫然として、手に持っていたフォークを落とした。

 子供用のフォークは先っぽから落ちて甲高い音を鳴らした。

 

 

 転生といえばチートである。

 転生するにあたり、神様ないしそれに類する存在より一切の説明がなく放り出された私はそういった何かすごいものが与えられていないか自分で確認をする必要があった。

 といっても大した時間もかからずそれに気づくことができた。

 

 私には前世の記憶がある。

 

 いや、より正確に表現しよう。

 『私には完全な前世の記憶があり、それを自由自在に思い出すことができる』

 記憶というものは元来不安定なものであり、普通に生きているだけでもどんどん忘れていくし、思い出せなくなっていく。

 しかし、私は前世の記憶であればどんなに些細な事でも完全に思い出すことができ、その時どんなことを考えていたか、どんな感情だったかまで完全な形で思い出すことができたのである。

 幸いなことに転生した先は現代日本(それも前世の自分が生まれたのとそう変わらない時期)であったので、30年生きてきた人生経験だけでも相当なアドバンテージを得ることができたといえる。

 このチート能力に私は『完全前世』と名づけることにした。発音は『前々前世』をイメージしてほしい。

 なお、残念なことに完全な過去に転生したわけではなかったので、宝くじや株で大儲けすることはできなかった。(テレビで流れた総理大臣の名前が見たこともない名前であった。総理大臣の名前は歴史の教科書とクイズ番組で全て見たことがある)

 

 

 

 さて、齢3歳にして転生者として目覚めた私こと仲保義明が何をしていたかだが、端的に言えばキャリアアップに夢中になっていた。

 前世の私は大したことのない一般人であった。もう少し細かく説明をすれば、特に夢も理想もなく、一応大学を出て、8年間会社員をして、アニメやライトノベル等のオタク趣味に傾倒した一般人である。オタク趣味の部分で言えば生産者ではなく、完全な消費者であった。

 ツイッターやブログを書いたこともない。某掲示板風に言えば私は30年間ROMっていた。

 といっても人生の中で一度もそういうことをしようと思ったことがないわけではない。好きなキャラクターのイラストを描きたくなり、その手の指南書を読んだことも一度や二度ではない。だが、実際には、それが実を結ぶ前に投げ出した。なぜかって? それより読みたい本があり、見たいアニメがあり、プレイしたいゲームがあったのである。

 勉強や運動についても同じである。生まれ持った才能で無理なく行けるところまでいったら後はべた下り。努力するといったリソースは全て消費活動に注ぎこんでいた。

 

 では、転生したことにより、それまでの人生を恥じ、何事にも全力で取り組むことなったということか。

 答えは否である。

 単純に『完全前世』によって下駄が履かされたことにより、努力せずできることのラインが高くなったのでそれが楽しかっただけだ。

 例えば、私は前世では英語が苦手だったが、一応受験勉強というものをしていたので基本的な単語や文法は全て頭の中に入っている。そのおかげで今世においては常に検索性抜群の辞書を目の前にしているようなものであった。そしてできれば楽しくなってくる。往々にして、人間楽しければどんなことでも進んで行うようになるのである。

 運動面についてもそれは同じである。前世においてはろくに運動をしていなかったので、30歳にして肉体は下り坂に向かい始めていたので、子供の体はずいぶん軽く、扱いやすかった。

 これについては、前世の同時期と比べても明らかに運動性能が高かったので、丈夫に生んでくれた両親に感謝である。

 前世において壊滅的だった芸術面についても、前世で読んだ指南書を常に思い出しながら行うことで人並み程度にはうまくできるようになっていた。

 そんなこんなであれもこれもと手を出しているうちに気づけば中学2年生の夏になっていたのである。

 なお、友達はろくにできなかった。元来コミュニケーション能力は高くなかったし、自分のやりたいことしかやっていなかったので当然の結果だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 きっかけは進路指導の教師に見せられた学校の案内である。

 東京都高度育成高等学校。

 このどう考えても普通でない名前の学校の案内を見た瞬間に私はあるライトノベルの存在を思い出していた。

 『ようこそ実力至上主義の教室へ』

 国主導で設立されたSシステムという特殊なルールが支配する学園で不良品のDクラスに割り振られた主人公がAクラスを目指す・・・・・・というと語弊がある。とにかく主人公が色々とする学園物である。

 アニメが面白かったので、1年生編の全14巻、2年生編の2巻は全て読了済みである。

 何なら今この瞬間に『完全前世』でもう一度読んできた。思い出し方すら自由自在である『完全前世』はその気になれば、この一瞬でもう一度前世を追体験することすら可能である。

 なるほどこの世界は『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界だったのか。

 ただのよく似た並行世界ではなく、原作の存在する可能性を考えたことがないでもなかったが、簡単に調べても該当するものがなかったので、捨て置いていた。現代ものとなると該当するものが多すぎるし、特に関わらずに終わる可能性の方が高かったからだ。

 しかし、原作が分かればこっちのものである。運のいいことによう実はAクラスとして卒業することで、好きな進路や就職先を世話してくれるという明確なメリットが存在する。これがラブコメやギャグ漫画原作世界だったら、だから何? で終わりである。

 となるとまず、最初に確認するべきなのは私が入学は誰と同じ学年になるのかということである。主人公たちと同じということであればありがたい限りであるが、1学年または2学年上になると、歴代最高の生徒会長と名高い堀北学とそれに張り合う南雲雅と同学年になってしまう上にろくに使える原作知識がない。『完全前世』で多少かさ上げされても私自身の能力はせいぜい秀才レベルであるから彼らには勝てない。となるとAクラスで卒業するには彼らと同じクラスになる必要がある。

 案内を見せてきた教師には前向きに検討することを伝えて帰宅した私は、原作にて確認できる登場人物の名前を全員ネットで検索することにした。

 するとあっさりと検索に引っかかる人物が出てきた。

 高円寺六助。

 高円寺コンツェルンの社長の一人息子であり、次期社長として企業ホームページに名前と顔写真が乗っており、さらに言えばwikipediaに単独項目まで存在していた。こいつぁすげぇや。

 しかし、おかげで彼が私と同学年だということも分かった。つまり私が入学するのは原作と同じ年、最善の結果である。

 普通に検索エンジンで検索しても引っかかったのは彼だけだった。いや本名ではないが雫名義で佐倉愛里が引っかかった。すでにグラビアアイドルとして活動しているようだ。

 その他SNSで調べると何人かの情報が引っかかった。

 さて、入学までの1年半。どう過ごしたものか・・・・・・。

 




仲保義明

学力:A-
知性:B
判断力:B
身体能力:B+
協調性:E+

面接官からのコメント
成績、運動能力共に非常に高く、理数系の科目においては高校で学習する範囲まですでに理解している。
面接時においても特に受け答えに問題はないが、中学校からの資料によると協調性の低さが指摘されていることから、他人との関わり合いを求めていない傾向が認められる。
能力があっても本人にそれを使用する意思がないと意味がないため、本学においてそれが改善することを期待する。
なお配属クラスは別紙1の理由によりDクラスとする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一巻
3話



 さあ、原作の始まりだ。
 まず、原作通り、この設問より始めよう。

 問、人間は平等であるか否か

 そして私はこう答えよう。

 答、私のような特殊能力を持っている人間がいる時点で平等はあり得ない。



 入学の日。

 私こと仲保義明は、東京都高度育成高等学校に向かうバスに揺られていた。

 

 結局入学までの時間は自分の能力把握と強化に費やすことにした。あまり大きく介入すると原作の流れが変わってしまいかねない。一応小さな布石として、原作キャラの一人に接触したが、大きな影響は出ていないだろう。

 今までは『完全前世』による下駄を履かせて勉強や運動等の基礎能力の向上に努めていたので、『完全前世』そのものに対する訓練などは行っていなかった。あくまでも記憶を思い出すだけの能力だと思っていたので、応用などはできないと思い込んでいたのだ。

 だが改めて向き合ってみると思った以上に質の悪い使い方のできる能力であることが分かった。

 

 バスの中を見回したが分かる顔はいない。どうやら原作の高円寺・綾小路・堀北・櫛田の四人が乗ったものとは違う便だったようだ。まあ、かなり早めのバスに乗ったし当然であろう。

 というのも、入学案内の資料によると、新入生は全員入学式の日に敷地内に初めて入りそのまま寮生活に突入することになっている。新入生の数は40人×4クラスで160人でその全員が集合時間に間に合うように登校してくるのだ。

 で、ここが分からないところなのだが、新入生用の臨時バスが出ていない。

 入り口は最寄りの駅からも少し距離があり、歩くのに不自由がある坂柳あたりは車で送迎してもらうだろうがそれ以外の生徒はほぼ間違いなく、バスを使うことになる。

 原作の描写からして、もともとそこまで混む路線でではないのかもしれないが、時間によっては満員電車並みになる可能性もあったのでできるだけ早く行くことにしたのである。

 その甲斐あってか無事に座ることもできた。同じ制服を着ているのは数えるほどしかいない。上級生が外に出ていることはあり得ないので、100%同学年の生徒だが、誰だか分からないということは原作で触れられていないモブの方々だということだ。

 

 バスに揺られながら入学案内の書類をもう一度読み返す。

 注視するのはその中に書かれた配属クラスの部分だ。

 

 Dクラス。

 

 そう、私は晴れてDクラスに配属されることとなった。

 おそらく協調性の無さが原因だろう。

 

 優秀なものからAクラスに配属されるこの高校においてDクラスはまさしく不良品の証、といっても入学時の割り振りは欠点のない優等生が優先される傾向があった。逆にいうと一部の能力が突出していても他の能力が低ければ下位クラスに配属されることになる。特にこの年はその傾向が顕著だ。協調性の無さでDクラスに回された堀北や高円寺、天性の身体能力があるが学力が致命的な須藤、定量的なステータスが高くても過去に問題を起こしたことでDクラスになった平田や櫛田、と欠点だけを見れば致命的だが、逆に長所だけでぶつかれればAクラスとも戦えるカードがそろっている。

 なお主人公たる綾小路は試験ではわざと成績を落としてDクラスにいるので、学校から認識されずにDクラスは強い札を一枚手に入れたことになる。

 総評すると当たれば強いが外れると目も当てられないような結果になるギャンブル性の高いクラスということだ。

 

 まあ、正直に言ってしまうとクラスについてはどこでもよかった。

 Aクラスの特典である希望する進路・就職先にはあまり魅力を感じていなかったからだ。

 

 だってそうだろう? 身の丈に合わないところに行っても後で辛くなるのは自分だ。特に私は『完全前世』がある関係上、実力が不足しているのにAクラスに行けてしまう可能性がある。Aクラスで卒業して、就職して、それから挫折するなんて馬鹿げている話だ。

 そもそも私自身があまり高い進路を希望していない。前世と同じように自分の実力で無理のない大学に行き、無理のない就職をして、趣味の方に力を注ぎたい。特に前世ではできなかったイラストなどの生産活動に耽溺したいと考えている。

 ではなぜ東京都高度育成高等学校に行くことにしたのか。

 

 端的に言ってしまえばお金である。

 

 まずこの学校は生活費が全部タダである。この時点でメリットしかないが、さらに生徒にポイントという疑似通貨まで支給してくれる。このポイントは1ポイント=1円の価値があり、特別試験の結果いかんでは、個人で大量のポイントを手にすることもできるのだ。原作中に出てきた最高額、なんと100万ポイント。

 金持ちの道楽にしか思えないが、残念ながらこの学校は国営、つまり狂っているのはこの国である。

 全部政治が悪いというやつですねきっと。

 

 まあ、私としては、全力で稼ぎにいってできる限りのポイントを現金化して外に持ち出したいと思う。

 とりあえず社会勉強の名目で株やら先物をポイントで買えないかの確認から始めよう。

 もしくは金。どうにかして金を買ってそのまま持ち帰れないだろうか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 その後、バスの中では特に目立った出来事もなく、私はDクラスの教室にたどり着いていた。

 教室の中には誰もいない。

 仲保のネームプレートが置かれた机に鞄を置き、その中からクロッキー帳と鉛筆を取り出した。

 そして、そのまま教室の後ろの方に移動して、鉛筆を走らせる。

 

 とりあえず、教室の模写でもしようか。

 本当なら今押しているアニメのキャラクターでも書きたいところだが、クラスメイトが入ってきて見られると面倒だ。特に初期のDクラスは民度が低い。放っておいてくれるなら楽なのだが、オタク趣味だから下に見ていいと思われると色々と面倒である。だからといってクラスの中で上を目指す気にもなれない。何が原因で原作から流れが変わってしまうか分からない。

 私がいることで既に原作でいたはずの生徒が一人いなくなっているはずだ。

 ん、今まで気づいていなかったが、実際誰がいなくなることになるんだろう。原作で特に描写されていないモブキャラが消える分には構わないが、これで原作に出ている面々がいなくなると困ったことになる。特に堀北がいなくなると私の計画に大きな狂いが生じることになるぞ。

 そんなことを考えながらきちんとした線が引けるはずもなく、紙の上には縮尺の崩れた教室が出来上がっていた。

 うーん、これはひどい。修正するよりもう一度書き直した方が早いレベルだ。

 集中も乱れてしまったので、クロッキー帳を閉じて改めて教室を見回す。まだ始業までは時間があるがすでに半分くらいの人が入ってきているようだ。その中には我らが主人公、綾小路の姿もあった。

 後ろ姿なのでよくわからないが、なんというかそわそわした雰囲気を感じる。彼はホワイトルームという実験施設のようなところで養育? され、スペックは高いが人との関わり方が全く分からないという、言ってしまえばコミュ障のような状態だった。原作が進むにつれて本性が描写の中にも漏れ出てきて主人公というより途中からラスボスのような状態になっていたが、最初の方はホワイトルームから解放された喜びでだいぶハイになっていたようで思考がだいぶおかしなことになっていた。どちらにしても変なことしか考えてねえ。

 綾小路の後ろ姿を見ていると彼が後ろを振り向いてきて目が合った。

 

「…………」

 

 お互いがお互いを認識したまま硬直する。

 仕方ないのでこちらから話しかけることにした。

 

「すまない。気になってしまったかな」

 

 おそらく、視線を感じて振り返ったのだろう。綾小路ならそれ察知してもおかしくない。

 

「私は仲保義明。どうぞよろしく」

 

 綾小路はうすく微笑みながらクロッキー帳を持ち替えて手を伸ばした私のことを不思議そうな目でいたが、すぐに立ち直ってこちらの手を掴んだ。

 

「……綾小路清隆だ。よろしく」

 

「さっきは悪かったね。後ろからとはいえ気になっただろう?」

 

「まあ、なんだろうなとは思った」

 

 はい。確実に認識した上で振り返ったことが確定。

 さっきは綾小路ならおかしくないって言ったけれども、普通の人間は視線は感じてもそんな気がする程度で確信はできないものなんですが。

 

「癖みたいなものでね。動かないものを見るとつい描くならどうしようと考えてしまうんだ」

 

 クロッキー帳の表紙を見せながらそう伝えると綾小路は納得したような表情を見せた。

 さて、このまま適当に話をしてもいいのだが、彼にはこの後堀北とのセカンドコンタクトが待っている。おそらく堀北は私と話している状態の綾小路に話しかけてくるようなことはないだろう。

 

「じゃあ、これから1年間よろしくね」

 

 なので、そこで話を打ち切って、彼の元を離れていく。さすがにそのまま席に着くのは気まずいのでクロッキー帳を鞄にしまい教室の外に出た。

 廊下の窓から外を眺めていると堀北が後ろを通って行ったのが見えた。もちろん向こうは私を知らないが私は彼女の顔を知っている。というか原作で登場したキャラクターは全員一目見ればそれと分かった。なぜかは分からないが、そういうものなんだろうと思うことにしている。

 

 少ししてスーツを着た女性が歩いてくるのが見えた。茶柱先生である。原作描写を思い出して時間になったものと判断し、教室に戻ると堀北が本を読んでいて、綾小路がタイトルを読もうと顔を屈めているのが見えた。

 席に戻り数分ほどすると始業チャイムが鳴り、同時に茶柱先生が教室に入ってきた。

 ああなるほど、外で時間になるまで待っていたのか。そりゃそうだ。

 チャイムと同時に入ってきても、チャイムと同時に到着したとは限らないなあ。外で待っていたと考えた方が自然だ。

 

 

 

 茶柱先生の説明は原作通りだった。

 原作通り毎月10万ポイントがもらえるような言いまわしである。考えてみると原作と同じシーンを見るのはこれが初めてだ。まるで普段テレビで見ているお笑い芸人のネタを生で見ているような気分で感心していると。

 

「質問はないようだな。では良い学園ライフを送ってくれたまえ」

 

 と原作と一言一句同じセリフを残し、教室を去っていった。説明の中では多少違う言葉回しもあったので偶然だろう。

 おそらく私という異物が存在する時点で、原作と全く同じことは起こらない。原作の開始以前から私がいたことにより様々な差異が生まれていて、それはバタフライエフェクトとして、世界に違いを与えているだろう。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな」

 

 いきなり10万円という大金を渡された生徒たちの浮足立った会話が飛び交う中、立ち上がりながら平田がクラスメイトに向かってそう言った。

 

 うーん、確かに好青年といったふうだ。これで中学時代は恐怖で学校を支配したというのだから人間は分からない。

 

「僕らは今日からクラスメイトとして同じ教室で過ごすことになる。だから、今のうちに自己紹介をして、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあることだし、どうかな?」

 

 平田の言葉に次々と賛同を示す生徒たち。

 といっても、賛意を表しているのは、軽井沢たちのようなクラスカースト上位になりそうな人たちや、池のようなお調子者タイプの人たちだ。堀北は理解できないものを見るような目で平田を見ているし、須藤はイラついた目で平田をにらんでいる。

 

「じゃあ、まずは僕から。僕の名前は平田洋介。中学では洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、サッカー部に入ろうと思っているんだ。よろしくね」 

 

 すらすらと自己紹介を終えると、そのまま次を促して平田は席についた。

 端から順番に自己紹介を始めるクラスメイト達。

 

「私は仲保義明です。趣味は絵を描くこと。どうぞよろしくお願いします」

 

 第一心象を悪くする必要は感じなかったので、普通に。いや少し笑顔を意識しながら、明るい声色で私も自己紹介を終えた。

 特に目立つこともなく自己紹介が進んでいくが、順番が須藤に回ると、予定通りキレて教室を出ていき、それに合わせて堀北含む数名の生徒が出ていった。

 ところでこれから入学式なのに彼らはどこに行くのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

 入学式は無事に終了した。

 偉い人がありがたい話をして代わり映えのないものだったが、私からすると、坂柳の父親である理事長と、堀北の兄である堀北学生徒会長の顔を見ることができて、その点は非常に有意義な式だったといえる。

 式の後にはそのまま施設の説明を受け、寮の前で私たちは解散とあいなった。ほとんどの生徒がそのまま寮に戻っていくが、私はその流れから離れて行く。

 目的地は3年生の寮だ。

 

 都合のいいことに寮の前の道にベンチがあったので、それに座って絵を描きながら目的の人を待つ。

何人かが私のことを見ながら不思議そうな顔をして通り過ぎていく。おそらく昼食をとるために出てきたであろう3年生だろう。

 彼が来るまでに描きあげたい一枚があるので、昼食も取らずにここまで来たのだ。なければないでどうにかするしかないができれば間に合わせたい。

 

 入学式後にも生徒会の仕事があったのであろう。目的の人である堀北学生徒会長が来たのは夕方になってからであった。小柄な少女が一緒に歩いているが、そちらは書記の橘茜だ。これなら昼食くらいは取ってからくるんだったと後悔しながらベンチを立ち上がり、彼の前に立った。

 

「何の用だ」

 

 堀北生徒会長がこちらに問いかける。

 

「1年の仲保義明です。生徒会長に相談があって参りました。失礼かと思いましたが、あまり他の人には聞かれたくない話題でしたので、待ち伏せをさせていただきました」

 

 理由はこちらを見ていただければ分かるかと思いますと添えて、クロッキー帳を堀北生徒会長に直接手渡した。

 訝しみながらクロッキー帳を開いた彼の眼が見開かれる。

 

 タイトル「卒業」

 ショートカットの堀北鈴音を描いた絵だ。

 思った以上に時間があったので、かなりしっかりと描き込むことができた自信作である。

 

 一瞬だけ驚いた表情をした堀北生徒会長だったがすぐに厳しい顔に戻り、こちらを睨みつけた。

 

「分かった。俺の部屋で話を聞こう」

 

 会長!? と驚く橘書記をよそに堀北生徒会長が前を歩く。

 うわー、明らかに怒ってるよあれ。どうしよ。

 

 

 壁ドンという言葉を知っているだろうか。

 隣の部屋がうるさい時に抗議の意を込め壁を叩く方ではなく、壁に手をついてヒロインを壁際に追い込むあれである。

 前々から思っていたのだが、あれは好きな人からされるからキュンとするのであって、それ以外の人からされたら恐怖以外の何物でもないのではないだろうか。

 

 というか実際すごく怖い。

 

 堀北生徒会長の部屋に入った私はドアが閉まった瞬間に振り返った彼に突き飛ばされ、そのままドアに押し付けられていた。

 

「あの絵は一体なんだ」

 

 感情を感じさせない声音で問いかけられる。

 

「未来の彼女ですよ」

 

「ふざけているのか」

 

 こちらを押さえつける手に力がこもる。

 

「本当ですよ。会長が卒業してこの学校を去る日に堀北さんは髪を切って会長の前に現れます。私が読んだ未来ではそうでした」

 

 生徒会長はこちらを押さえつけたまま目で続けろと言う。

 

「私はこれから1年間の未来を知っています。何と言えば理解してもらえるでしょうか。……そう、物語。これから先、1年生の間で行われるクラスポイントを巡る争いについて、私は物語を読むように知っています。Dクラスの中心となる妹さんの成長についてもその中で知りました」

 

 もっと正確に言えば、物語を読むようにではなく、実際物語として読んでいたのだが。

 

「相談したかったのは、妹さんのことではありません。ただ、あれを見せれば二人きりにしていただけると思いましたので」

 

 目的が堀北でないことを伝えると会長はこちらを押さえつけるのを止めてくれた。

 原作を読んだときにも少し感じたが、会長は少々暴力的過ぎやしないだろうか。というか、ここまで想っている家族に対して、全力の攻撃を入れるのは彼の中でどういう風に理屈が通っているんだろうか。

 

「ありがとうございます。それでは本題に入りたいと思うのですがその前に」

 

 上がってもよろしいでしょうか。と続けると会長は面白くなさそうにしながら舌打ちをした。

 

 

 

 堀北生徒会長の部屋の中は整然としていた。

 本棚を見ればその人が分かるというが、部屋まで見ればもっとよく分かる。必要なものが過不足なく置かれた部屋は、生徒の模範たる生徒会長らしい部屋だった。

 出されたコーヒーを啜りながら、そんなことを思う。

 会長がカップを置いたのに合わせて口火を切った。

 

「まずは妹さんをだしにして、不快な思いをさせてしまったことを謝罪させていただきます」

 

 申し訳ありませんでした。とテーブル越しではあるが会長に頭を下げる。

 

「次はない」

 

「はい。これからする話の中でも妹さんに関することは交渉材料にしないことを約束いたします」

 

 堀北以外はその限りではない。

 

「では、本題に入りたいと思います。先ほどお話ししたように、私はこれから1年間の未来を知っています。その中で得たある情報を会長に買っていただきたいんです。具体的には、ある特別試験で、南雲雅に会長が嵌められるという情報です。退学者もでます」

 

「っ!?」

 

 退学者が出るという言葉に会長の表情が変わる。

 堀北生徒会長は、3年生であるが、2年生の南雲雅に付け狙われている。

 堀北生徒会長と本気の勝負を望んでいる南雲が、堀北生徒会長にある僅かな南雲に対する信頼を崩すために行ったのが、『混合合宿』での道連れ作戦だ。

 『混合合宿』は3学期に行われる全学年混合で行われる合宿形式の特別試験だ。

 学年内でまず男女それぞれ6つの小グループを作る。その小グループが各学年1グループずつ合わさった大グループを構成する。そして構成された大グループごとに、いくつかの試験を行い、その成績を競うのが主なところである。

 そしてその中に存在するのが『責任者』と『道連れ』ルールだ。

 各小グループは一人『責任者』を置かなくてはならない。『責任者』は報酬となるポイントが2倍になるというメリットがあるが、グループの成績が悪いと退学になるリスクも存在する。

 そして『責任者』が退学になる場合、その小グループ内で、足を引っ張った人間を一人指名して、一緒に退学させることができるのだ。

 

「ということは南雲は俺を道連れで退学にしようとするのか」

 

 『混合合宿』の概要を聞いた堀北生徒会長が言う。

 

「いえ。ターゲットは橘先輩ですね」

 

 南雲はこの道連れルールを悪用した。というより、悪用するためにこのルールを作った。(生徒会には特別試験のルール策定に対して一定の影響力があり、生徒会は代替わりによって南雲の一党独裁体制になる)

 3年B組と2年生全体で手を組んで、先ほど堀北生徒会長と一緒にいた橘書記を狙い撃ちにして、道連れルールによって退学処分に追い込んだのだ。

 

「なぜ橘が狙われる」

 

 堀北生徒会長が静かに息を吐きながら問いかける。

 

「まず、会長に同じ手を使った場合、思いもよらない手で防がれる恐れがあるから。そしてもう一つ。橘先輩が消えることになったとき、会長がどんな顔をするか見てみたかったそうです」

 

 この作戦の恐ろしいところはグループを組んだ時点でほぼ詰んでいるという点だ。橘書記のグループはほとんどがこの作戦のために意図的に成績を下げている。橘書記が嵌められたことに気づいて一人で頑張ってもグループの成績はどうにもならない。

 しかし、この作戦は事前に知られていればどうということはないものになり下がる。グループを組んだ時点で詰むということは、逆に言えばグループを組むときさえなんとかしてしまえばそれでいいのだから。

 

「まあ、会長は救済措置を適用しますので橘先輩は退学にはなりませんでした」

 

 この学校の退学処分については救済措置が用意されている。2000万プライベートポイントと300クラスポイントで退学処分の取り消すことができるのだ。

 実際、このルールがなかったら南雲雅の策略に3年B組が乗ることもなかっただろうから、この作戦は会長の怒りを買い、3年A組のポイントを吐き出させることを目的にしていて、南雲はその目的を見事に達成したことになる。

 

「と、ここまでが私が売りたい情報です。2000万プライベートポイントと300クラスポイントの損失を防ぐ情報です」

 

 ついでにいうと橘書記を泣かせない情報でもあるんだが、これについては言わないでおく。先ほど堀北の件で怒らせたばかりでこれを言うと私の人格が疑われかねない。

 

「ああ、もちろんこれが私の妄想という可能性も否定できませんし、これから未来が変わる可能性もあります。支払いは混合合宿の後で構いません。金額の指定もしませんので、会長が役に立ったなと思ったら値段をつけてください」

 

 堀北生徒会長の公正さについては信用している。ほとんど押し売りに近い形だが、少なくても持ち逃げはされないだろう。

 

「分かった。情報の正しさが証明され次第、報酬を払う」

 

「まいどありがとうございます。それで話は変わるんですが今度の月末の小テストと中間の過去問を売ってほしいんですが適正価格はいくらになりますか?」

 

 大きな流れは分かるんですが、さすがにテストの問題1問1問までは分からないんです。と伝えると堀北生徒会長は少し考えてから答えた。

 

「3万から5万だな。取引する生徒の経済状況によって上下する」

 

「5万でいいので売ってください」

 

 使い道があるので、小テスト前に過去問は両方とも手に入れたい。他の上級生相手だと知らないはずの小テストの買い上げはできない。多少高くてもここで手に入れたい。

 

「去年と一昨年の両方を送ってやる。連絡先を教えろ」

 

「ありがとうございます」

 

 その場でポイントを支払い、連絡先を交換する。

 

「これで商談は以上なんですが、1つだけお願いがありまして」

 

「なんだ。言ってみろ」

 

 会長がコーヒーを飲みながら不機嫌そうに言った。

 

「特別遊泳施設の更衣室なんですが、床の通風孔から覗きができますので何とかしておいてもらえますか」

 

 ブーーッ。と会長がコーヒーを噴出した。

 

 

 特別遊泳施設の更衣室は学年ごとに男女の6つ存在し、床の通風孔は各学年男女の更衣室でつながっている。当然、人間が通れるサイズではないが、ラジコンは通るので、それにカメラを取り付ければ簡単に覗くことができる。

 原作では、池、須藤、山内、外村の4人に加え、なし崩し的に綾小路が参加して5人で実行された。

 幸いなことに綾小路の裏切りによって作戦は失敗したが、今回もそうなるとは限らない。もともと綾小路が途中で参加しなければ成功してもおかしくない内容だったのだ。

 さすがに知っている以上は、そのままにして万が一成功されるとあまりに目覚めが悪すぎるので伝えておきたいと思っていた。

 

 

 しかし堀北に関しては交渉材料にしないと言った手前、覗きのターゲットに堀北が入っている以上はお願いという体にするしかない。

 と、いうことを、一瞬で察された。

 

 さっきの玄関先でのやり取りは子供の遊びといわんばかりの強引さで、詳細を吐き出させられた。

 あまりの威圧感に思わず使うつもりのなかった切り札を切るところだった。

 一応犯人一味の中にいた裏切り者のおかげで、最終的に誰も覗きに成功していないこと強く(強く!)確認したうえで、誰が覗きをしていたのかという情報は守り通した。この件に関しては庇いようがないが、さすがにやってもいない未来の罪で会長ににらまれるのはかわいそうすぎる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

とりあえず書き溜め分を全て投稿しました。続きは出来次第投稿します。


 とりあえず、入学次第できるだけ早く片づけたいと思っていた会長との商談を無事乗り越えたので、私は普通に学校生活を送っていた。

 授業態度について教師の誰もが放任している点を除けば、この学校の授業はとても上手い。分かりやすいというのももちろんそうだが、話が面白かった。まあ、残念ながら一部のクラスメイトはまともに聞いていないので、その面白さを知ることはできなかっただろうが。そもそも、ある程度基礎学力があるのが前提となるので、須藤あたりは真面目に聞いていても理解できなかったかもしれない。

 

「本日はここまでとする」

 

 チャイムが鳴ると同時に茶柱先生がそう告げ、教室を出ていった。

 この学校の授業でひそかに評価している点がこれだ。皆、時間内にきっちりと収めてくる。小中学校では、チャイムが鳴ってから終わりどころを探るような教師もいたのだがこの学校では、そういったことがない。時間内に仕事を終わらせるという意識がしっかりとある。

 

 先ほどの日本史が午前中最後の授業だったので、クラスメイトがグループごとに集まるのをしり目に私は食堂に向かっていた。

 

 私が食堂にたどりついていた時には、券売機に列ができ始めていた。

 おそらくは私と同じように授業が終わると同時にまっすぐに食堂にきた上級生たちであろう。1年生の教室よりも2年生3年生の教室の方が食堂に近いのでどうやっても彼らより先につくことはできない。

 それでも、全体で言えば早いほうになるので、後ろにはどんどんと人が増えて列が長くなっていくのだが。

 

 無事に注文したものを受け取り、食べ進めていると正面から声をかけられた。

 

「ここ大丈夫かな?」

 

 顔を上げると、櫛田がこちらを笑顔で見ていた。

 

「ええ、どうぞ」

 

 私は特に抵抗なく答える。

 

 ありがとー、といいながら櫛田が料理ののったお盆をテーブルに置く。煮魚の定食、確か今日の日替わりランチだ。

 

「お一人ですか。珍しいですね」

 

「うん、仲保君とお話ししたかったから。迷惑だったかな?」

 

 ああ、なるほど。私は櫛田が自己紹介の時に言っていた言葉を思い出していた。

 

「……全員と仲良くなりたいですか」

 

「憶えててくれたんだ。うれしい!」

 

「ええ、まあ」

 

 ここにいる全員と仲良くなりたい。

 あの時の櫛田の自己紹介は原作と一言一句同じだった。おそらくだが事前に考えていた言葉だったのだろう。

 

「仲保君が食べてるのって、山菜定食? あの?」

 

 櫛田が私の前に盛られた山菜の山を見てそう言った。

 単純にただ茹でられただけの素材の味をいかしまくった食べる者に美味いと思わる気のない一品である。

 

「はい。あの、山菜定食です」

 

 この食堂で唯一無料で食べることのできるのがこの山菜定食だ。見た目からして美味しそうに見えないので、10万ポイントが毎月支給されると思っている1年生で好き好んで食べている人はいないだろう。

 

「美味しくないって聞いたけど、仲保君もうお金使っちゃったの?」

 

「美味しいとは思いませんが、まあ食べられないわけではないので。無料より安いものはありませんよ」

 

「えー、すごいね! 私には真似できないなあ」

 

 櫛田がオーバーリアクション気味にこちらを褒めてくる。

 褒めてくれる櫛田には悪いがさすがの私も無料というだけでさすがにこの苦行染みた食事を毎回行う気はない。

 実は食べるのに合わせて、『完全前世』で過去に食べた美味しいものの記憶を思い出している。すこしコツがいるが、うまく『完全前世』を使うと、不味いという感覚をごまかしているのではなく、もはやそれを食べている気しかしなくなるのだ。

 さすがにあまりに違う料理だと違和感が出てしまったので、山菜料理から始めて、少しずつ離れることができないか試行錯誤しているところではあるが。

 ちなみに今日は山菜の天ぷらを思い出している。味は近いので問題ないが、茹でただけと衣のついた天ぷらは食感がかなり違うので、何日間かかけて慣らしているところである。

 

「櫛田さんは今どのくらいポイントが残ってますか?」

 

 お互い食べ終わった後の雑談の中で、そう聞いてみた。

 

「半分くらいは残ってるけど。どうして?」

 

「例えばなんですが、学校からの支給額が5万ポイントだったら今と同じだけのポイントを使ったと思いますか?」

 

「うーん、最初だからいろいろ買ったっていうのはあるけどさすがに全部は使わないかな」

 

「そうなんですよね。皆財布の紐が緩んでいる。というより財布に現金があるから緩んでいるといった方が正確でしょうか」

 

「……?」

 

 櫛田がよくわからないというように首を傾げる。

 

「節約術で、最初に食費・通信費・交際費・貯金みたいに項目ごとにお金を分けるみたいなの聞いたことありませんか? 例えば食費は月間3万ポイントと決めて実際財布が分かれていれば、一日1000ポイント、一食333ポイントです。できると思いますか?」

 

「無料のものもあるしできると思う」

 

「で、無料のもの使ったことありますか」

 

「……日用品は少し」

 

 スーパーにある食材は質があまりよくないし、食堂は山菜定食だ。無理もない。

 

「まあ、節約する気になれないのは銀行がないのも大きいですね」

 

「銀行? 確かにないね」

 

「さっきの話にも重なりますが、貯金名目でいざという時のお金をプールできない。常に全財産持ち歩いているようなものです。人間ある程度数字が大きくなると、たくさんとしか認識できなくなります。で、まだたくさんあるから大丈夫と、つい使いすぎてしまう」

 

「でも、ポイントってこの学校でしか使えないから、それでもいいんじゃないのかな」

 

「毎月10万ポイントは普通に使っても使い切れません。だからきっとこの学校特有の高額商品があると思うんです」

 

「え?」

 

「例えばですけど、修学旅行がポイント別になっているとか。一つは無料で行けて、後はポイント別でグレードが変わっていくんです」

 

 櫛田が驚いた顔をして考え込む。

 

「まあ、あくまでも想像にすぎませんのであまり本気にしないでください」

 

「そ、そーだよね。とにかく何があるか分からないから使い過ぎに注意ってことだね」

 

「そういうことです」




4月も終わりに近づいたある日、何人かの1年生の郵便受けに手紙が投函された。
----------------------------
 拝啓
 4月も終わりが近づき、新入生の皆様はもう学校生活には慣れましたでしょうか。
 この学校は通常の学校と異なることも多く戸惑われることもあったかと思います。
 さてこの度、我々狐火商会では、皆様の学校生活をサポートするために、次回の中間試験の過去問を販売させていただく運びになりました。
 サンプルといたしまして、4月月末開催予定の小テストの過去問をご提供させていただきます。当商会の商品の有用性をぜひご確認ください。
 中間試験の過去問につきましては誰一人退学者を出さない方法の一つとしてご検討いただければ幸いです。
 購入を希望される方は下記アドレスまでご一報ください。
 皆様と特別試験でお会いできる日を心よりお待ちしております。
 敬具

(学校非公認営利組織 狐火商会)
----------------------------


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

 

 

「お前たちは実に愚かな生徒たちだな」

 

 5月最初のホームルーム、毎月1日に振り込まれるはずのポイントが振り込まれていないと疑問の声を上げるクラスメイトに向かって茶柱先生がそう言った。

 雰囲気が変わった茶柱先生がそのまま説明を続けていく。

 

 この学校ではクラスの成績がポイントに反映されること。

 

 この一か月でDクラスの評価は0にまで落ちたこと。

 

 Dクラスは落ちこぼれの集まる不良品のクラスであること。

 

 希望の就職、進学先を叶えるにはAクラスに上がる必要があること。

 

 定期試験で赤点をとれば退学となること。

 

 赤点を取らずに乗り切れる方法があると確信しているということ。 

 

 多少順番に違いはあれど全て原作通りの説明だった。

 ちなみにクラスポイントは原作通りではなかった。

 

 Aクラス:920ポイント

 Bクラス:660ポイント

 Cクラス:480ポイント

 Dクラス:0ポイント

 

 10ポイント20ポイント程度であれば、私という存在によるバタフライエフェクトで説明がつく範囲のブレだと思う。このブレはおそらくDクラスにも存在していたのだろうが、そういう問題ではないレベルでマイナスが入っていたということだろう。0ポイント以下にはならないという茶柱先生の言葉を証明した形だ。

 

 ああ、後これだけは聞いておかないと。

 

「質問してもよろしいでしょうか」

 

 手を挙げた私に皆が注目する。

 

「なんだ」

 

「先ほど先生はポイントがなくても死にはしないと仰いましたが、ポイントがなくても卒業はできますか?」

 

「どういう意味だ」

 

「いえ、例えば『卒業証書』とか『卒業式参加資格』とか、名目はなんでもいいんですが、どこかでポイントを払わないと卒業できない、みたいな罠がないのかなと思いまして。3年間0ポイントで頑張ってそれは嫌だなと」

 

 クラスメイトの表情が変わり、茶柱先生を一斉に見る。

 ただでさえ、これからポイントの支給無しで生活しないといけないかもしれないというのに実はそれが徒労に終わる可能性まで出てきたのだ。

 

「……安心しろ。ポイントがなくても卒業はできる」

 

 皆の緊張が緩む。 

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「先ほども言ったが疑問を疑問のままにしないようにすることだ。他の者も何か質問があれば聞きに来るように」

 

 そう言って茶柱先生は教室を後にした。

 

 

 

 茶柱先生によって、この学校の真実が明かされた日の昼休み。いつも通り食堂に向かおうとする私に平田が声をかけてきた。

 

「仲保君、ちょっといいかな。放課後、ポイントを増やすためにどうしていくべきか皆で話し合いがしたいんだ。君にも参加してほしい」

 

「別に参加するのは構いませんが、茶柱先生にポイントを増やす方法を聞いた方が早くないですか?」

 

 一部を除きほぼ満席になるはずなので、参加するのは吝かではないが、少しは建設的な話し合いになってほしい。

 

「うーん、でも普通に聞いて答えてくれるかな」

 

「ポイントが減った理由は答えてくれましたよ。で、増やす方法は誰も聞いてません」

 

 聞かれなければ答えない。というのがこの学校の方針のはずだ。茶柱先生は特にその傾向が強い。他のクラスでは聞かなくても教えてくれるような情報、部活動でのポイント取得に関する情報等も隠されていた。

 

「それもそうだね。ありがとう。じゃあ放課後はよろしくね」

 

 平田はそのまま職員室の方に向かっていった。

 それを見送り、ふと携帯を確認すると、フリーアドレスの方に対してグループチャットの招待が来ていた。

 招待元を確認するとCクラスの龍園からだ。

 さすが龍園、対応が早い。

 何度かのメッセージのやり取りの後で、無事取引が成立した。

 

「毎度ありっと」

 

 

 原作知識をポイントに変えるには大きく分けて二つの方法が考えられる。

 一つは原作知識で私自身が活躍してポイントをもらうこと。もう一つは原作知識を高く売りつける方法だ。

 ただ、売りつけるにしても問題が一つある。私自身に信用がないということだ。櫛田や平田のように普段から交流があり信用が置ける人間からの情報ならともかく、孤立気味の私の言葉が信用される可能性は低い。信用されなければ売れない。

 堀北生徒会長に対しては、入学直後というある種フラット見てもらえるタイミングで、こちらが持ちえない情報を叩きつけ、最終的には値付けの権利ごと向こうに押し付ける形で売り渡した。完全に信用してもらえずとも半信半疑で十分に機能するやり方だ。あと、結果さえ出せば堀北生徒会長なら適正価格を払ってくれるという確信があったからできた方法である。

 

 当然すべての取引でそうすることは不可能なので、別の方法をとる必要があった。

 

 それが狐火商会である。名前はそれっぽいのを適当につけた。

 

 私自身の信用が使えないのであれば、最初から匿名に、それも個人ではなく、集団の振りをしてしまおうというのが、狐火商会の目的である。

 最初の手紙で嘘ではないが上級生からと読み取れる文面を使い、情報元の誤認まで狙えるので手間をかける意味はあったと思う。

 

 

 

 放課後の話し合いはあっさりと終わった。

 

 まず、マイナスを防ぐために授業は真面目に受けること。

 次にポイントの増やし方だが、私が昼休みに提案したように平田は茶柱先生にポイントの増やし方を聞いてくれた。だが、得られた回答は「クラスの成績がポイントに反映される」という朝のホームルームで伝えられた内容の繰り返しだったそうだ。

 

 まあ、嘘は言ってないんだよな。

 特別試験によるクラスの成績がポイントに反映されるのは嘘ではない。特別試験の存在を明かしていないだけで。

 個人の振る舞いがクラスの成績として扱われるという意味では、部活で優秀な成績をだしてポイントがプラスになるのも、素行不良でポイントがマイナスになるのも同じことだから、この説明で問題なし。

 

 それに茶柱先生の行動基準がよくわからない。堀北を焚き付け、綾小路を脅してAクラスに上がるように画策している割にこういったところが不親切だ。

 

 とりあえず中間テストで高得点を取ることが「クラスの成績」を上げることになるということで、明日から中間試験まで平田主催の勉強会を行うことになった。赤点による退学者を防ぐことにもなるので、成績が不安な人は積極的に参加してほしいとは平田の弁である。

 

 原作では中間試験までの2週間行われた勉強会が3週間行われることになる。成績が上がるのはいいことだが、問題は須藤だ。赤点ラインはクラスの平均点で決まるので、周りだけが勉強をすると彼が赤点ラインを超えるのはどんどん難しくなるし、点数を買っても救済できない可能性が高い。

 これは失敗したかもしれない。昼休みのやり取りがここまで影響するとは思わなかった。

 運動能力が高く、学力についてもきちんと真面目に勉強すればある程度まで伸びることが原作で確約されている彼はできれば退学になってほしくない。

 

 こちらから積極的に動いて勉強会に放り込んだ方がいいか?

 でも、平田の勉強会に参加させると他のクラスメイトへの影響が怖いしな。

 少し様子を見て拙そうなら介入しよう。




グループチャットログ

『龍園様ご連絡ありがとうございます! 本日はどのようなご用件でしょうか!』

「中間試験の過去問が買いたい」

『ありがとうございます! こちら1年前・2年前のものがセットで4万ポイントとなっております』

「高い」

『クラスメイト1人当たり1000ポイントとお考え下さい。また、他のクラスへの転売行為は禁止させていただいております』

「破ったらどうなる」

『当商会の利用資格を喪失いたします』

「買う。振込先を教えろ」

『ありがとうございます。それでは下記手順にのっとって振り込みをお願い致します』








『振り込みを確認いたしましたので、商品を送信いたしました! 今後ともごひいきのほど、よろしくお願いいたします!』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

 

 映画や小説では未来予知ができる超能力者が出てくることがあるが、その中で問題になるのが予知した未来は変えることができるのかということだ。もちろんどちらになるのかは作品やその能力の詳細によって変わるものだが、その中でよくあるのが運命によって定まっているから未来を変えることができないという設定だ。

 

 例えば、朝学校に行く途中で信号無視をしたトラックによって友人が死ぬ未来を見たとする。

 当然その未来を変えようとするのだが、トラックに轢かれる未来を回避しても今度は通り魔に刺されたり、恋人に階段から突き落とされたり、とにかく死の運命からは逃れることができない。

 物語であればその運命から逃れるために奮闘するというのがメインストーリーになる。

 

 私の『完全前世』による未来知識に関しては、元が小説というのもあってそういった運命論的なものとは無縁と思っていた。実際、私が入学したことによって、一人はじき出された人がいるはずだし。

 

 ただ、休み時間ごとに須藤達が堀北のところに集まって授業の復習をし始めたのを見ると、どちらが正しいかわからなくなってきた。

 

 早い。早くない?

 原作では、平田の勉強会に須藤達が参加しないのを見た堀北が独自の勉強会を主催、櫛田の協力により翌日には開催されたそれは一度喧嘩別れに終わった。

 その後、次の策として行われたのがこの休み時間勉強会だ。

 原作だと、どれだけ詰めたスケジュールでも開催の日時は、平田の勉強会がおこなわれた二日後の午後の授業からになる。

 

 そして今がその二日後の午後である。

 

 原作通りといえばまあその通りではあるのだが、事はそう簡単ではない。

 一度目の勉強会が失敗に終わった後、堀北は須藤達三人を一度見捨てている。考えが変わったのは、その日の夜に兄と密会した後で綾小路に説得されたからだ。

 兄妹の密会がどちらの意思で行われたものかは描写がないから分からないが、勉強会と同じになる必然性はない。更に言えば、綾小路がそれに鉢合わせたのも偶然だ。これがなければ勉強会が行われた翌日の堀北が考えを変えることはない。最終的に綾小路が考えを変えさせるにしてももう少し時間がかかったはずだ。

 

 まあ、実際には何が原因かは分からない。運命が須藤を退学させないようになっているのかもしれないし、もしかしたら、たまたま今日の朝エレベーターで堀北と鉢合わせた綾小路がその場で彼女を説得した可能性もある。

 ともかく、これで須藤達は大丈夫だろう。

 須藤に関しては、部活動という分かりやすい人質があったので、彼に嫌われることを覚悟すれば、勉強させることは簡単だったが、他二人については正直難しかったので、原作通りに話が進んでくれて何よりである。

 

 さて、須藤達の問題も解決したことだし、クラスの一員として、平田の要請に応えるとしよう。

 実は小テストで普通に高得点を取っていたので、平田に勉強会を教師役を頼まれていたが、須藤達のほうに動けるように一度断っていたのだ。さすがに複数の人にまとめて教える自信はないので、最初の勉強会には参加できたのにその後ほったらかされた沖谷あたりを引き受けてマンツーマン指導でもするとしよう。

 

 

 

 Dクラス最大の懸念が解消された後は特に詳しく語ることはない。

 予定通り試験範囲の変更は綾小路達が他のクラスに教えてもらうまで判明することはなかったし、櫛田は試験前日に過去問を配っていた。

 綾小路にも狐火商会の手紙を送っていたのだが、金額を伝えた後は考えると返してきてそのままだった。原作通り、上級生より直接購入したのだろう。さすがにDクラスに4万ポイントは厳しかったらしい。まあ、こちらも他で値引きしないと言った以上、4万ポイント以外で売る選択肢はなかったので勘弁してほしい。

 ちなみにAクラスは葛城に送って購入、Bクラスも神崎に送って購入してくれたので、狐火商会の収支は7万ポイントのプラスで終わった。

 

 テストについては念のため、全教科で60点以下にしておいた。私が100点を取ったことで上がった赤点ラインで、退学者が出たら予定が崩れる。まあ、これについては結果を見る限り無駄な気遣いだったが。

 

 さて、次は須藤の暴力騒ぎだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。