「じゃあ、本日付でお前らをエリートオペレーターに昇進する。これからもきっちり働けよ」
正直現実を受け止めきれなかった。信じられないというか……。
間抜けな顔をしながら聞き返した。
「……冗談ですよね?」
「なに? ブラスト、お前──ここの印鑑が見えないのか。あのケルシー先生が冗談で印を押すと思っているのか?」
「ってことは……ついに私も認めてもらえたってことだよね! やった!」
「ブレイズ落ち着いて、これは何かの罠に決まってる。そうやって油断させて背後からバッサリやるつもりなんでしょう。僕はわかってますよ」
「訓練ならあり得たな。だが今は訓練じゃない。何、優秀な若者をより活躍させてやりたいと思うのは不自然なことじゃないだろ? ブレイズ、そしてブラスト。おめでとう、これからはもうお前らは俺の部下じゃない。並び立つ仲間だ。よろしくな」
「──……」
こみ上げる感情に心が追いつき始めて、喜びとも嬉しさともつかない感情を噛みしめた。
拳を握り締めて感慨に浸っていると横から猫女が突撃してきた。不意打ちに対応できず僕は訓練室の床に倒れた。
「やった、ついにここまで来たよブラスト! ついに私たちもエリートオペレーターの仲間入りってことだよね、
「やめろひっつくな離れろ25歳! 良い歳してはしゃぎすぎだよ!」
「え? じゃあ君は嬉しくないの?」
「ないわけないだろ!? あーもう──とりあえず上から退け、重いんだよ!」
「ちょ、女に向かってその口はダメでしょう!? こんの──」
あーだこーだともみくちゃになりながら模擬戦に移行する僕たちを、Aceさんが呆れながら見守っていた。
武器なし素手のみのスパーリングを展開した結果見事に顔面を撃ち抜かれ、脳震盪により僕はダウン。クソが、このゴリラ女強すぎる。
ゴリラが目を回す僕を抱え上げて上機嫌に笑った。
「えっへへへ。よーっし、じゃあこれから飲むよ! 良いでしょAce!」
「安心しろ、店の予約はとっくに取ってある、団体席でな。今日の訓練はこれで終わりにしよう──そのぐらいは構わないだろう。俺も、お前らが一人前になってくれて鼻が高い」
「お、降ろせ……、また僕を潰す気だろう、止めろ……うぅ」
「わ、私だって悪気があってやった訳じゃないよ! でも……まさかブラストがあんなにお酒に弱いなんて思ってなかったからさ。大丈夫、お酒は飲み続ければ強くなるから!」
「ケルシー先生に、怒られろ……、Aceさん、こいつを止めてくれ……」
「まあ頑張れや。たまには付き合ってやれ、ブレイズはいっつもお前と飲むのを楽しみにしているんだからな」
「ちょ、言わないでよAce! いい、違うからねブラスト、そんな事実全然ないから!」
「揺さぶるな……というか──居酒屋より先に医務室に連れて行ってくれよ……うっ」
「あ、気絶した」
「脳震盪のヤツを揺さぶる奴があるかバカ者。すぐ医務室へ運んでってやれ。……まあ、お前もほどほどにな」
「わ、分かってるよ……。もう、ブラストったら」
運ばれて行った。朦朧とした意識の中で、今後僕はゴリラを見るたびに拒絶反応を出すことになると理解する。
だけどまあ、今日ぐらいは──良いのかな。
*
「では、ブレイズとブラストのエリートオペレーター昇進を祝って──乾杯」
『乾杯!』
ジョッキを打ち交わす音がそこら中に響き渡って、僕は苦手な酒を呷った。苦いが……嫌いじゃない。でも苦手だ。
「よぅ、おめでとさん」
「Scoutさん。──いや、あなたたちのおかげですよ。この二年間、色々世話になりましたからね、本当に」
「はは、相変わらず硬いな。あの猫ちゃんとは本当に対照的だ」
「あいつがおしゃべり好きなだけですよ。僕は出会ってすぐの人をすぐさま飲みに誘うなんてことはしませんから」
「まあ確かに、あいつが敬語使ってるところを見たことがないのは確かだな。今更畏まられても困るが」
「はは、確かに。でも来てくれてたんですね、Scoutさん」
「何、可愛い後輩のお祝いさ。暇な連中はみんな来てるぜ、ほら──」
「うげ、Logosさんも来てる」
「嫌そうだな?」
「あの人酔うと面倒くさいんじゃなかったでしたっけ。僕覚えてますよ、前みんなで飲んだ時絡まれて──」
「ああ、ありゃあ面白かったな。人にも自分にも酒を飲ませて自滅してくタイプだからな、Logosは。あ、そういやスツール滑走大会の借りを返すのを忘れてたな」
突発的に開催された第一回スツール滑走大会を思い出していると、隣にジョッキを持ったブレイズが座った。
「ほーら、何話してるの?」
「ブレイズ。やめろ、僕に近づくんじゃない」
「えー、なんでよ! いいじゃん、ブラストは普段全然飲みに付き合ってくれないしさー?」
「僕が弱いの知ってるだろ。お前のペースに付き合わされたらたまったもんじゃない」
「今日くらいは良いじゃん。今日の主役なんだしさ」
「そりゃあそうだ。いやー、正直よくここまで頑張ってきたもんだよ。俺は正直、お前たちは早々に音を上げて後方支援部の方に回ってくと思ってたがな」
「うそ、Scoutってそんなこと思ってたの?」
「俺だけじゃねえさ。ブレイズはともかく、ブラストみてえな……言っちゃなんだが皮肉屋の頭でっかちは、すぐへばると思ってた。多分Aceも同じこと思ってたんじゃないか?」
「……Scoutさん」
「悪かったよ、機嫌直せって。今じゃお前らのことを認めてないヤツなんて、このロドスにゃ一人だっていやしねえよ」
「それはどうもありがとうございます。けっ……」
「ほーら、腐らないの。良いじゃない、今はもう君だってエリートオペレーターなんだから。もちろん、この私もね!」
ロドスに加入してからの二年間が、僕たちを強くしたのは実感があった。
ブレイズと同時入社──入社というのは奇妙な表現だが、ロドスは一応会社だ──してからの日々に耐え、ようやくここまで来た。
これで僕も、感染者のために戦える。
鬱陶しく肩まで組んでくるブレイズから離れながら、でも僕も笑った。
「確かに。ま、これからもよろしくね、ブレイズ」
「……どーしたのいきなり。やっぱりさっきの脳震盪が効いてるのかな……」
「お前な、お前な! 人が珍しく感謝の気持ちを伝えてやってるってのにな!」
「アッハハハ、ごめんごめん! 分かってるって。もう、普段からそのぐらい素直なら、私だってやりやすいのになー」
「嘘つけ、お前が僕相手に遠慮したことなんて一度だってあったか?」
「それもそっか。それじゃあこれからもよろしく!」
「痛い、痛い叩くな、叩くな、やめないか」
バシバシとジョッキ片手に僕の背中を叩くブレイズを、Scoutさんが珍しく皮肉っぽくない笑いを浮かべながら眺めていた。
「あ、そうだブラスト。今度の休み、私と重なってたよね。せっかくだしどっか遊びに行かない?」
「……何をする気だ?」
「ちょっと、そんなに警戒しないでよ。同僚からの遊びのお誘いなんだよ?」
「どうだか。前みたいに紐なしバンジーをやらせなかったら、僕だって喜んで承諾していたさ」
「あ、あれはまあ……その、ね。思いの外楽しかったからさ。それでその、どう……かな?」
「……まあ良いけどさ。どうせ休みの日にやることなんて多くないし」
「お? お二人さんデートですか。良いねえ若者ってのは、おいみんな! 主役二人はそういう仲らしいぜ!」
「ちょ、Scoutさん!?」
とっくに知ってるよ、だとか。怒らせんじゃねえぞブラスト、だとか。数え切れないほどの野次馬が突き刺さって僕はぎょっとした。
これには流石のブレイズも動揺した。
「ち、違うからね!? みんな、違うから、ブラストとはその、そうじゃないっていうか、なんていうか! とにかく違うから!」
「そうですよマジ、違います、違いますからッ!」
「ちょっと、そんなに躍起になって否定しなくたって良いじゃんブラスト!」
「お前なんなんだよマジで! どっちなんだよ!」
大騒ぎになる居酒屋の中で大声を張り上げる僕とブレイズだが、その会話を肴にされていることには気がつけず、さらにヒートアップした。
「あのね、この際言わせてもらうけど! 君は私の扱いが雑じゃない!? お酒飲ませておけばどうにかなると思ってるんでしょ!?」
「え? 違うの?」
「あったま来た……。そんなに私に飲ませたいんなら、君にも付き合ってもらうよ。ちょっと、このお店にあるだけのお酒持ってきてー!」
良いぞブレイズ! そのままブラスト潰しちまえー!
野次馬が騒いだ。クソが、良い大人たちが雁首揃えて……。信じらんねえ、Aceさんまで……。
「お前、僕を急性アルコール中毒で殺す気だな? 僕が弱いの知ってて……」
「大丈夫、私たちはロドスだよ。なんとかなるって──ほら。言っておくけど、逃げられないよ」
「目が据わってやがる……。でも良い機会だ。ブレイズ、お前ことあるごとに僕を巻き添えにしてくるよね。いい加減僕を見くびるのもやめてもらおう。ほら、乾杯」
「乾杯」
ブレイズとの飲み比べが始まり、僕は二杯目で死んだ。それからの記憶はない。
僕とブレイズは相変わらずの関係だったが、楽しかったことを否定する気はないし、何よりAceさんやScoutさんに並べたことが本当に嬉しかったから。
朝方起きて、ゲロの匂いがする部屋を見るのだけは、もう二度とごめんだが。
僕とブレイズは、この日からロドスの誇るエリートオペレーターになったのだ。
Blaze、Blast。ずいぶん似ている響きだと思う。ドッグタグに刻まれたアルファベッドをなぞると、心地よい感触がした。
・ブラスト
主人公。エリートオペレーターとして表記される場合はblastになる。
25歳男。別にS級1位ではない。ワンパンマン面白いよね……。
・ブレイズ
ロドスの誇るエリートオペレーターの一人になった。猫耳のゴリラ女。
かわいい。
・Ace
重装オペレーターにしてエリートオペレーター。ブレイズとブラストの上官にして訓練官だった。行動隊E2の隊長。
・Scout
サルカズの狙撃オペレーターにして、Ace同様のエリートオペレーター。そーっと歩く癖がある。
・ロドス
正式には、ロドス・アイランド。製薬会社。
社内に多数の部隊を抱える。製薬会社……?
・なんでAceとかはエースって表記しないんですか?
アークナイツ本編に倣っています。
ブレイズを除くエリートオペレーターはなぜかアルファベット表記になっています。なんでだろうね……。
ここでは、正式なエリートオペレーターにはアルファベットで表記されるってことにしてます。テラにはアルファベットなんてありませんけど、それっぽい言語があるってことで一つ。
ブレイズとブラストは読みやすさの都合上カタカナ表記です。
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1−1 熊猫
熊猫と晴れ-1
資格証交換に間に合わなかったクソドクターがいるらしいですよ
復活してください……エフイーター欲しい……欲しい……
僕は映画をあまり好まない。
いや──この表現は厳密には誤りだ。好まない、というのは一定の経験から生み出される好悪の感情であり、映画に対しての一定の経験……観賞経験がなければそもそも好きも嫌いもない。
どういうことかと言うと、僕は映画は見ないから、よく分からない。よくわからないものに好感は抱きにくい……というか。
正直興味はあるが、取っ掛かりがないから見る機会がない。僕にはレンタル屋の扉がどこか遠い異次元に感じられた。別に錯覚だ。
そもそも今は、エリートオペレーターとしての仕事が忙しすぎて、まともに見る暇なんかありはしない。
まあ見る機会があれば見たいと思う。映画は良いぞ、と勧めてくる仲間もいることだし、それなりに興味はあったのだ。
そしてとある一日、僕はとある感染者の映画女優を救出する任務に任命された。
猫熊と晴れ
「炎国の映画スター、か」
「そうです。彼女は世界中でも有数の映画女優なんです。いくつものヒット作で主演を務めていて、そのカンフーは演技ではなく、自前のものなんだとか」
「なるほどね。そんな人が感染者になってしまったら大変だ。それでロドスが?」
「ええ。彼女を助け出して下さい」
渡された書類に目を通す。
「了解。でもそれはその女優から頼まれたことなのか?」
「いいえ。ですがおそらくこのままでは、彼女は民衆によって誹謗中傷を受け、もしかしたら危害を加えられるかもしれません。それは感染者全体の立場の低下へと繋がります。さらには、彼女自身をも蝕んでしまう」
「なるほどね。それは、アーミヤが僕に直接命令するほど重要な任務ってことで良いのかな」
「はい」
「意地悪な質問だけどさ。もし彼女が映画女優じゃなかったら、ロドスは助けようとしたかな?」
「……命に優劣はありません。でも……この世界中で苦しむ人々全てを救うことは、ロドスにはできないかもしれない。私たちは、より多くの人々を救うためと謳って、救えたかもしれない人々を見殺しにしてきました。今回だって、そうなるかもしれません」
正直、アーミヤはとても僕より年下の、まだ幼い少女だと信じることができない。
「それでも、私たちは助けようとし続けます。例え助けることができなくても、助けようとし続けます」
「……悪いね。本当に無駄な質問だった、忘れてくれ」
「いえ、良いんです。その質問は、私自身が常に問い掛け続けているものですから」
「それで、僕一人かい?」
「いいえ。できるだけ少数での作戦をお願いしますが、細かい編成はお任せします。お一人は危険かもしれませんが、その方が良いと判断したならば、それでも構いません。でも、ちゃんと無事に帰ってきて下さい」
「何、別に部隊を相手にするんじゃないんだ。任せてくれ」
「ええ、お願いします。ブラストさん」
「はいよ。じゃあねアーミヤ」
アーミヤの執務室を後にする。
ロドスの廊下を歩きながら、今回の任務の概要に目を通す。
救助対象の名前は──エフイーター。有数の映画女優にして、カンフーの達人。だが不慮の事故により感染してしまった。それが一週間前に世間に公表された。
……作為的なものを感じる。今回の任務も、ちょっと面倒なことになりそうだ。
「あ、ブラスト」
「ブレイズ。こんなとこで何を?」
角からブレイズが出てきた。……なんか完全装備なんだが。
「遠方への任務なんだって? 私も連れて行ってよ」
「ええ? なんで?」
「良いじゃん連れてってよ。君だけじゃ頼りないかもしれないじゃん」
「お前ね、僕だって一応、もう行動隊B2を預かる身なんだけどね。大体お前だって任務あるだろ。連れてくんなら僕の隊から選んで連れてくよ」
「お願い。もう書類仕事は嫌なんだって!」
「それが本音か。お前だってもう隊長なんだから多少はしっかりしたらどうだよ。部下に示しが付かねえだろ、脱走して他の任務に行きましたーなんて。またケルシー先生に叱られたいのか?」
「ブラストまでそんなこと言って! 良いじゃない、旅行みたいなものでしょ?」
「ぶっ飛ばすぞ。そもそもこれは救出任務だ、お前みたいなゴリラには向かないよ」
「だーれーがゴリラよ!」
ゴリラが殴りかかってきた。
「あっぶね! 何すんだよお前!」
「君ね、いっつもいっつも……。いい加減私のことゴリラって呼ぶのやめて。大体私フェリーンだし、この猫耳が見えないの?」
「見えないな──」
「ほんと、君って憎まれ口が好きなんだね。いいよ、だったら今日と言う今日は、嫌と言うほど教えてあげる。そのゴリラの力でね」
「お前、僕がこれから任務だってこと分かってんのか? やめろやめろ、少しはお淑やかになったらどうだ」
「私に大人しくしろって言うの?」
「うん。ケルシー先生みたいな大人になったら、僕の対応も変わるかもしれないね」
「ブラストはいつもケルシー先生のことばっか。そりゃ、すごい人だとは思うけど……」
「あの人はすごいんだよ。僕が出会ってきた中で一番尊敬できる人なんだからな」
「私は?」
「一番強い女」
「ぶっ飛ばす!」
「やーめーろー!」
争っていると、ブレイズの後ろからAceさんが来た。腰に手を当ててため息ついてる。
「こんなとこにいやがった……。おいブレイズ」
「げ、Ace。なんでここに?」
「お前の部下から頼まれたんだよ。多分またブラストのところに行ってるから、連れ戻して書類仕事させてくれってな」
「ブレイズ、お前……部下からの信頼……ないんだな……」
ガックリと肩を落とすブレイズと、呆れているAceさん。
ロドスはいっつもこんな感じだ。
「……お土産、買ってきてね」
「任務だっつってんだろ。Aceさん、後頼みます」
「任せておけ。だがブラスト、お前もたまにはブレイズの相手をしてやれ。隊長になってから普段全然会わないらしいな」
「そりゃ、忙しいんですし……」
恨めしげなブレイズの目がなんだか後ろめたくて目を背けた。
「……分かったよ。この任務終わったら一杯くらいは付き合ってやる。それでいいだろ?」
「あ、本当!? 聞いたからね。取り消せないよ」
「いや一杯だけな。マジで。本当に。酒が苦手な僕がかなり譲歩してるって分かってるよな?」
「分かってるって! よーし、じゃあ私は仕事に戻ろっかな。じゃあねブラスト!」
「おう……って。行っちまった……」
Aceさんさえ残してブレイズは走り去って行った。一体なんだったんだ……?
「……なんであいつ、あんな急にやる気出したんですかね」
「ブラスト、それ本気で言ってんのか?」
「? 本気ですけど」
「マジか……」
急に額を抑え出したAceさん。頭痛か?
「いやまあ、俺が口出すことでもないか……。ブラストよ、出来るだけ早く気づいてやれよ」
「? だから何の話を」
「なんでもない。それじゃあな。任務、頑張れよ」
「はい、ありがとうございますAceさん。それじゃ」
「行動隊B2各位、通達。あー、一週間か二週間か、しばらく隊を開けることになった。後のことはAceさんに任せてある。Aceさんの指示に従うように。後レイとジフ、アイビスは装備B2で1時間後に出撃。僕と一緒に任務だ、喜べ。何か質問は」
「任務詳細を希望。隊長、どういうことっすか?」
「ジフ。まあ詳しいことは車の中で話すよ。とりあえず一週間はロドスに帰ってこられないから、その辺の準備しといて」
「急な話すぎません? もうちょい準備期間欲しいんですけど」
「悪いね。でもちょっと厄介な要件になりそうで、時間がない。アイビス、ペットの世話は誰かに頼んどいた方がいいね。他には」
「ブレイズさんとの進展は?」
「……あのね、別に僕はあいつとはそんなんじゃないから」
「またまた隊長ったら──で、本当は?」
「いや本当に。あいつとはただの同期だよ」
「……本気だ。隊長、本気で本気だ。ウチの隊長、鈍感すぎ……?」
呟くイーナを放っておいて、隊員を見回す。ある程度育ってきて、だんだんと頼もしさが身についてきた。これまで頑張って育ててきた甲斐があるってものだ。
「それとイミン、君を隊長代理に任命する。基本的にはAceさんの言うこと聞いてればいいけど、なんかあったら君がこの部隊の指揮を執れ。いいね」
「りょ、了解! 自分、隊長の期待に応えて見せます!」
「はは、そんな張り切らなくていいよ。どうせそこまで大したことは起きないだろうし。それじゃ解散」
行動隊B2は僕がエリートオペレーターになってから編成された部隊だ。ドーベルマン教官から上がってきた新人たちを、僕がさらに鍛え上げている最中。可能性を感じる奴らばかりで、向上心も強い。
きっと行動隊B2はいい部隊になる。それこそ、僕とブレイズが昔いた、Aceさん率いる行動隊E3に負けないような──。
一時間後。出撃ドッグ。
「それじゃ、出発しようか。運転はアイビス、頼むよ」
「了解。えーっと、行き先は……?」
「炎国さ。長旅になる、ドライバーは四時間ごとに交代するよ。ま、とりあえず北かな」
エフイーター救出作戦。
全ての感染者の希望のために、行動を開始する。
*
──炎国。
炎の国と言われるだけはあり、暖かな気候が一年を通して確認される。この国では独特の武術──
エフイーターは特に、カンフー映画を得意としていた。もちろんごく普通の映画にも出演したこともあり、ゆるくて気が抜ける声と、一瞬見せる鋭い演技に定評があった。
そしてエフイーターが撮影中の不慮の事故で感染してから九日が経過していた。
自宅の外には、どこから情報が漏れ出したのか分からないが──マスコミや野次馬が声を張り上げていた。内容なんて特に聞きたいものではない。
「う〜ん、暇だなぁ──」
エフイーターは自宅の寝室、ベッドに寝転がりながら天井を見上げてボヤいた。
「でもな〜、今外出たらやばいよな〜。はぁ──、これからどうしよ。もう映画はダメだよな、やっぱりー……」
マネージャーから自宅待機を命令され、すでにお気に入りの映画鑑賞も何週したか分からない。とにかく暇──状況に対して楽観的な感想だったが、本音で事実だった。
「ちっくしょ〜、マスコミも事務所も、あたしが感染した途端手のひらグルグルさせやがって〜。もう二度と番組なんて出てやんねーぞ……」
次にテレビにでも出るとしたら、映画女優としてではなく、ただの感染者としての出演になるだろう。世の中の無情を嘆いた。
「はあ──」
ベッドの上に転がっていた携帯が着信音を撒き散らした。エフイーターは緩慢な動きで携帯を乱暴に掴む。
「はいもしもし。──ああ、マネージャーじゃん。うん。え? 事務所に行くの? ……まあいいけど。はいはい。あ、もう来てるの? うん。分かった」
自宅のドアを開けると、一斉にフラッシュが目を焼いた。それなりに慣れているが、眩しい。
「エフイーターさん、今の心境は!」「なぜ感染したとお考えでしょうか!?」「これからの予定をお聞かせ願えますか!」「体調の変化などは!」「ファンへのメッセージなどはありますか!?」「感染は、かねてより仲が悪かった俳優の仕業との情報がありますが、本当ですか!?」「答えてください!」
──あー、もう。うるっさいな。
黒服の男たちがマスコミとせめぎ合って、それで出来た道をマネージャーが急ぎ足で歩いてくる。
「エフイーターさん、車を用意してあります。すぐに」
「はいはい」
サングラスを下ろして、エフイーターは面倒くさそうに歩いた。それをさらにフラッシュが照らした。暇な連中だ。明日の朝、いや──今日の夕方のニュースはこれで決まりらしい。
道を開けてください、と怒鳴る黒服たちの努力により、車に乗り込んだエフイーターは発進した車の窓から流れる景色を目で追った。
「それで、あたしはどうなるって?」
「正直、私にも……。ですが、もう映画人生は……」
「分かってるよ。問題は、事務所がどうやってこれに収集つけるかだろ」
「……解雇処分は、正直事務所側としてはしたくありません。なりふり構わず言いますが、そんなあからさまな感染者差別は、事務所とて出来ません。妥当なところで言えば、自主的な退所が最も都合の良い結末です。こんなこと、言いたくありませんが……」
「まあそうだよね。あたしも、今更事務所に残ろうなんて思わないよ」
結局その辺りが結論だった。
心残りは、まだ撮影を終えてない映画が一本あること。良い映画になると思っていただけに残念だ。
「……ん? ここ?」
「いや、そんなはず……ドライバーさん、ここじゃないです。もっと先──」
運転手が突きつけたラテラーノ銃が、返答だった。
「二人とも降りろ」
「おやおや……。まるで映画だ、面白くなって来たかな?」
「はん、だとしたらクランクアップは存在しないな。お前の終わりにスタッフロールは流れない」
「寂しいねえ。あたしはスタッフロールが好きなんだけどな」
車を降りる。
男たちの一人が武器を構えながら言った。
「そっちの車に乗り換えろ」
「はいはい分りました。もう、なんだっていうのかな!」
「──させませんよッ」
マネージャーが動いた。一通りの護身術と、有事に備えてマネージャーは戦闘訓練を積んでいる。マネージャーってなんだ……?
男たちの反応は迅速だった。
すぐさま銃声が響き、マネージャーが崩れ落ちる。
「えちょっと!」
「動くな。こいつみたいになりたくないんならな」
「う、ぐ──」
反射的に周囲を見回す。
街を歩いていた人々が現状を理解して悲鳴を上げる人や、逃げる人々に別れた。
「乗れ。抵抗しても構わんぞ──ここで死にたいんならな」
「……やめとく。マネージャー、すぐ迎えにくるよ。それまで死なないでね」
バンに黙って乗り込んだ。
強い怒りがエフイーターを支配していたが、ギリギリ冷静な理性が体を押さえた。ここで襲い掛かったらマネージャーの痛みに意味がない。
今は耐えて、機会を伺え。
バンが発進した。
「君たち誰? なんの目的があるの?」
「これから死ぬヤツに教えることは何もない。黙っていろ」
「いやいや、そんなこと言わずにさ〜。良いじゃん、あたしの映画見たことない? ファンだったりしない〜?」
危機的状況にしてはあまりにも太々しい。だがそれは、マネージャーを撃たれたことへの怒りを誤魔化すための口調に過ぎなかった。
「まあ良い。今からお前の事務所で記者会見が開かれる。そこにお前を連れて行く」
「あたしを連れてってどうすんの? 引退しますって言えって?」
「いいや、殺す。お前には、感染者代表として、行く末を示してもらう。あと数十分の命だ。せいぜい満喫しておけ」
「……なんでそんなことを?」
「お前が知る必要はない」
バンが数十分走ると、事務所に到着する。
男たちの先導に従い、エフイーターは歩く。機会をずっと伺いながら。
記者会見用の部屋へ、男たちは歩いて行く。こちらを発見した事務所の人間を、すぐさま気絶させて行くのを、エフイーターは拳を握り締めながら見ていた。
そして、誰にも気づかれないまま関係者の記者会見入り口に入った。
フラッシュが、エフイーターに突きつけられた拳銃を照らし上げた。記者の癖で、入ってきた瞬間を取った記者たちは、その異常な光景を理解するのに一瞬手間取り、騒然とした。
「この国に感染者はいらん。よってここで殺すことにする」
男はテレビの録音にもはっきり記録されるようにそう言い放ち、引き金を引き──。
記者、テレビ関係者用の入口から飛び込んできた突風がラテラーノ銃を弾き飛ばした。
「──間に合ったッ」
一、ニ、三……四人の武装した男たちが部屋に飛び込んできて、エフイーターへと駆けていく。事態に追いつけないマスコミを潜り抜けて、フードの男たちへ。
男たちの対応も早い。ラテラーノ銃やアーツユニットを翳して攻撃するが、乱入者の方が速かった。
いくつも響く戦闘音は、十秒も続かない。エフイーターはその機会を逃すほど甘くはなかった。乱入者に気を取られたフードの男を渾身の力で撃ち抜く。
「が、は──ッ」
「機を逃さず、変化すべし──思い知ったか、このやろう!」
大勢の足音が関係者入口から聞こえた。増援──。
乱入者の一人がエフイーターに叫んだ。
「逃げますよ、こちらへ!」
男は長い髪を、乱雑に後ろで縛っていた。理知的な顔つきだが、それにしては服の上から分かるほどに体を鍛え上げている。
エフイーターは状況に興奮を覚えながら、マスコミに紛れていた敵を打ちのめした。掌を伝う衝撃。太極を伝えるが如く、冴え渡った一撃。
そのまま騒然とするマスコミを乗り越えてエフイーターは乱入者──ブラスト小隊と走り去った。テレビの向こう側では、民衆が目を剥いているだろう。生中継のものも混ざっていた。
──これじゃ、まんま映画のワンシーンじゃないか!
訳のわからない状況に、突然現れた助けの手。導入としてはまあまあかな。でも面白い。
「君たちは何者!?」
「話は後です、早く! アイビス、すぐに車を出せ! 連中を撒くぞ!」
「了解っ!」
飛び込むように車両に乗り込んで、車は急発進した。すぐに後ろから何十人もの男たちが飛び出して車に乗り込むが──。
男たちの車はまともに進むことが出来ず、衝突音を生むばかりだった。
「……あれは?」
「僕のアーツです。駐車場の車は全てパンクさせておきました。無関係の人には悪いですが……あなたの命には替えられない」
「うへー、やるねえ君。それで、君たちは……ロドス・アイランド……?」
外套のロゴマークを読み上げた。
「ええ。僕たちはロドスより派遣されました。まずは自己紹介を……僕はブラスト。こいつらの隊長です」
「レイです」
「ジフっす」
「アイビスと申します」
「お前らは一応周囲の警戒しとけ。アイビス、車を安全な場所まで流して」
『了解』
「それで、君たちは一体……?」
「まあ見ての通り──エフイーターさん、あなたを助けに来ました」
・アーミヤ
「まだ休んじゃダメですよ、ドクター」
・ブレイズさん
書類仕事に潰されてる……潰されてない?
S2特化にてゴリラ神となった。攻撃力1500で三体同時に殴り続けるマシーン
暴力の化身か何かか?
・ブラスト
主人公。
行動隊B2の隊長にしてエリートオペレーターの一人。長い髪を後ろで括った青年。外見イメージが適当すぎる……。
・ゴリラ
ブレイズさんほど凶暴ではない。
・エフイーター
おっぱい強制移動熊猫減速かわいい。
かわいい。
感染者になった。おっぱいの化身。
・マネージャー
今回の被害者。
忘れられてる……。多分これからも忘れられます。
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猫熊と晴れ-2
では、状況を整理しましょう。
──分りやすいように説明しますが、ロドスは感染者のために動く組織です。主に鉱石病の治療の研究、感染者の起こす問題の解決をしています。一応製薬会社ではあるんですが……まあこれは放っておきます。今は関係がありません。
そして、あなたが感染したとの情報から、救出の必要性が出てきました。こうしてさっき襲われていたところを見ると、その判断は間違いではなかったようですね、残念なことに。一応聞いておきますが、襲われる心当たりは? ──まあそうですよね。ある訳ない。
僕たちロドスが、あなたを助け出そうとする理由について、少し掘り下げてお話しします。
「──実は、エフイーターさんのような有名人が感染するのはこれが初めてではありません」
「え? そうなの?」
「実は。ですが大抵の場合は隠蔽され、多くは緩やかに引退していきます。ですが……今回はどこからか情報が漏れ出してしまった。僕たちロドスが危惧していたのは、あなたがもしも迫害されるような事態です。そうなってしまえば、感染者に対する風当たりはさらに強まります。世界全体に、感染者への扱いの酷さをさらに伝えることになりますからね。まさかここまで直接的に命を狙われる事態になるとは、想定していませんでしたが」
「……うーん、よく分からないなー。なんでそうなるの?」
「ではこう説明しましょう──もしもあなたが、あなたが応援している俳優やタレントが感染した、という事実を知ったら、どんな気分になりますか」
「そりゃ、いい気分はしないかな。ショックを受けるかも。まあ、あたしはもう感染者なんだけどね」
「ええ、その通り。特にメディアが出張ってくると最悪です。炎国では比較的マシですが……国の手が入ってないメディアなど稀ですから、大抵の場合は感染者へのマイナスイメージをどんどん国民に押し付けていきます。有名人を出汁にしてね」
「そりゃあ、メディアはそういうところあるけど……」
「そして最悪のシナリオに行き着く可能性があります。すなわち、国による感染者の排除が明確になってしまう。そうなれば、感染者の扱いはより酷い方向へ向かって行く可能性が高い。国家運営の観点から見て、感染者は排除したい存在です。特に、国民に多く知られているような有名人が排斥される事態になれば──最悪です。感染者対国民という構図が出来上がってしまう。それだけは避けなければなりません」
「え〜っと……? つまり、どういうこと?」
「すみません、分かりにくかったですね。まあつまり、全員倒せば勝ちです」
「なるほどね! 分かったよ!」
エフイーターさんは噂通り、少々豪胆な──というか、考えることが苦手らしい。実際こんな感じだしな。
今後の方針を巡らせながら話を続ける。
「あの襲ってきた連中についての話ですが──少々面倒な事態になってきています」
「まあそういうものだよね。えーっと、ブラストさん?」
「ブラストで構いません」
「じゃあブラスト、面倒なこと全部省いて、どうすればあたしたちの勝ちなのか説明してくれ!」
「面倒なことを省いて。難しいですね……」
面倒なこと。
つまりあれは、感染者を非感染者が殺害することで、より両者の溝を深めようとする行為だった。テロと言い換えてもいい。公衆の面前……最悪なことにあんなメディアだらけの会場でそれを行おうとした。
つまり、炎国での感染者差別意識を高めようとする動きだ。それは炎国が直接動かそうとするとは考えづらい……ウルサス、いやヴィクトリアのエージェントか? その辺りも怪しいが……。ここで考えても結論は出ない。どっちにしろ、ここからロドスへの連絡手段はない。これは一旦ロドスに持ち帰ってケルシー先生に判断してもらないといけない。
とにかく、エフイーターさんがやられてしまえばおしまいだ。感染者の末路を世界に知らしめてしまう。感染者は死ぬしかないのだ、という……それは感染者の希望を一つ潰す行為に他ならない。
正直こんな状況は想定してなかった。せいぜいがメディアによるエフイーターさんの迫害程度だろうとタカを括っていた。まさか裏で妙な連中が動いてるなんて……。もっとメンバー連れてくればよかったな……。
「連中の狙いは、あなたを殺すことでさらに感染者への締め付けを強くすることでしょう。あるいは、感染者関係なくあなた個人への恨みかもしれませんが……どちらにしてもあまり結果に変わりはありません。こちらの勝利条件は……そうですね。あなたが生き残って、テレビカメラに向かって笑顔でピースでもすれば十分勝ちと呼べるでしょうね」
「およ? 戦わないの?」
「そうは言いません。正直状況は厳しいです。僕たちはあなたの護衛をすることも任務の一つですが……連れてくる人員が少なすぎました。守るべき人を戦わせるなど本末転倒もいいところですが、場合によっては自衛してもらう必要があります」
「まどろっこしいなあ。あたしはやる気満々なんだけど」
「……そうですね。僕もあまり周りくどいのは苦手だ──共に戦いましょう。こそこそ動き回る連中を全員叩きのめせば僕たちの勝ちです。あなたがどれくらい僕たちを信じてくれるかどうかは問いません。ですが、僕はあなたを信じることにします。よろしく、エフイーターさん」
「さん、なんて他人行儀なのはやめろよ。ブラスト、じゃああたしたちは仲間だ! よろしくなー!」
「よろしく、エフイーター。じゃあ敬語もやめるか……。アイビス、そこの服飾店に停めて」
大手のチェーン店、ユニシロに停めて車を降りる。
「どうしたの?」
「とりあえず変装しよう。あなたも、そのままじゃ目立って仕方ない」
そういうことにした。
適当にそれっぽい服を見繕っていると、ジフが隣に寄ってきて耳打ちした。
「いいんすかブラストさん。あとでブレイズさんに何言われるか分かんねえっすよ」
「なんでそこでブレイズが出てくんだよ。今何も関係ないよ」
「……知りませんよ。マジで知らないっすからね、オレ」
「お前もとっとと選べ。いつものダサいTシャツはやめろよ」
「ダサくないっすからね!? 隊長よりはマシっすから!」
「なんだとお前この野郎!」
不毛な争いがあった。別にダサくねえし……ダサくないよな? ロドスに加入してからは制服か訓練服ぐらいしか着てなかったから……。ブレイズにもダサいって言われたんだよな。すごいショックだった。あいつの私服が普通におしゃれだったのすっごいショックだった。
「エフイーター、選び終わったか?」
「……うん、やっぱり敬語はいらないなー。ブラスト、君敬語似合わないね」
「余計なお世話だね。部下の手前、慣れなくても慣れていかなきゃいけない」
「それもそうか。まあ大丈夫だよ、それでこれからどうすんだよー?」
「車に戻ってから話そう。ちゃんと着替えてから来いよ」
「はいよ〜」
ロドスの車両に戻る。ゴツい軍用車だが、それなりに目立たないデザインを選んだ。そこそこ広い。
「それで、これからの方針を決めるよ。レイ、外に出て見張りを。何かあったらすぐに知らせて」
「了解」
「頼んだ。さて──エフイーター。あなたにはある程度の選択肢がある。まず大別して──炎国に残るか、別の国へ行くか、それともロドスへ来るか」
「え? とりあえずあいつらぶっ飛ばしてからじゃないの?」
「正直君さえ生きていればどうにでもなる。いますぐロドスへ向かう手も、あるにはあるんだ。もちろん、君の了承は不可欠だけどね」
「隊長、でも脅威の排除が優先なんじゃ」
「状況による。戦わないで済むなら、戦わないほうがいい。でも、確かにレイの言う通り、背後が不透明なまま逃げ出すのも危険かもしれない」
「んー、そうだね……。正直ロドスっていう場所がどんな場所かもよく分からないし……こういうのはどう? あいつらをぶっ飛ばす過程で、あたしが君たちのことをちゃんと見極めるよ! 君たちが本当に信じられそうだったら……あたしもロドスに行こうじゃないか!」
「感謝する。じゃあ決まりだ──戦うよ。でもレイとアイビス、ジフはなるべく戦うな。可能な限り僕に任せて、後方支援をしろ。正直ここまでの状況は想定していなかった……厳しい状況だ。お前らにはまだ三ヶ月くらい早い。分かったね」
「……了解です。でも、オレらの力が必要になったらすぐ言ってください。オレたちだって、わざわざお荷物になるためにここに来たわけじゃねえっす」
ジフの言葉に笑みを作った。言うようになったな、成長が早い。部下たちはまだそこそこが二十歳だ。だが──頼りになる。
「じゃあ決まりだ。まずあいつらの正体、目的をはっきりさせていこう。ジフ、マップ広げて」
「ダウンタウンエリアっすか?」
「うん。あとセントラル」
マップを広げる──。
「僕たちが今いるのが……ここだね。セントラルの端。で、事務所がここ。万が一にも市街地でやりあうわけにはいかないからね……この辺りへ誘導しよう」
「誘導? でもどうやって」
「僕らはまさか、ここに協力組織がいるわけじゃない。ましてや警察当局なんて論外だ。どこに敵が潜んでるかわからない以上、僕らは僕らだけで行える作戦を行う必要がある」
「うーん……。やっぱりブラストって周りくどいぞ〜? はっきり言えよー」
「囮作戦を行おう。向こうの居場所が分からないなら、向こうから来て貰えば良い」
「……マジっすか」
「そうこなくっちゃ! よーっし、暴れるよぉ──!」
「すぐに出よう。レイ! 見張りは終わりだ、出るよ!」
「……鉄火場の気配がする。はぁ──、この人はいっつも、頭良さそうなフリしてヤバいこと思いつく……。上官間違えたかな──」
「何言ってんすかレイ。今更すぎるっすよ」
「……それもそうか」
「何駄弁ってる! アイビス、出せ! セントラル、中央公園へ向かうよ!」
作戦開始。
「みんなー! ご存知ムービースターのエフイーターさ! ご注目〜!」
作戦というほど大層なものではなかった……。
でも他に手段がないのは確かだ。時間との勝負になる。何せ報道下にあるのだ──時間は僕たちの敵だ。
「こんにちは、テレビの向こう側の諸君! さっきドンパチあったけど、私は元気さ、安心しろよ!」
エフイーターの伝でテレビの撮影班を手配してもらうことが出来た。正直奇跡だが──スタッフがエフイーターの熱心なファンだったらしく、直接の連絡が可能だった。おかげで生中継をお茶の間に届けられる。
「そんで、あたしは今セントラルの国立公園前にいるぞ! あ、でもサイン欲しくても来るなよ、危ないからな! 今回テレビの人に協力してもらったのは、みんなにメッセージがあるからなんだ! いいか、一回しか言わないよ──」
──急速に接近してくる車があった。僕はすぐにアクセルを踏み込む。
よし、第一段階クリア。魚が一匹釣れた。
「乗れエフイーター! 悪いが時間切れだ!」
「え、もう? 仕方ない、続きはまた今度にするよ。じゃ、またなみんな!」
テレビカメラに映るのは、帽子をしてヴァルポの特徴を隠した僕とロドスの車両だ。エフイーターが走り出す車に飛び乗ってテレビカメラに手を振った。無茶苦茶だ……。
それを追うように一台の車が僕たち目掛けて突っ込んできたのでアクセルをベタ踏み──さあカーチェイスだ。チキンレースと行こう。
「エフイーター、君……度胸はある方?」
「あたしを誰だと思ってるのさ。思いっきり頼むよ!」
「僕に任せろ」
信号なんかもう遥か彼方、市街地での逃走劇が幕を開けた。
「で、テレビの向こうに何話そうとしてたんだよ」
「んー、秘密。まあいずれ知ることになるんだしさ」
「余計なお世話だろうけど、もうメディアに出演する機会はないと思うよ?」
「余計なお世話さ。何、心配しなくても──あたしに良いアイデアがあるんだ」
「その話は終わってからゆっくり聞くよ。……飛ばすよ、振り落とされるなよッ!」
ドリフトの振動が視界を揺らす。ゴムの焼ける匂いがする。
指定狙撃ポイントまでもう少し──。
後ろから追ってきているのは一台だけ。さっきからちょっとずつ肉薄してきている。接触は時間の問題だろう。
「……やべ、撃って来た! 伏せろ!」
「それっぽくなってきたね。大丈夫?」
「なんとかする! エリートオペレーターの名前はただの称号でも、伊達でもないんだからね!」
直線、建物が立ち並ぶ中、一つだけ飛び抜けたビルがあった。
情報通り、人通りが少ない。日中はこの辺りに人がいないのは分かっていた。
接近──目算距離十五メートル、十メートル……。
「今だ──レイ。頼むよ」
『了解』
ビルの上で構えていたレイの対物ライフルが突き刺さった。爆発する。曇り空へ煙が上って行った。
すぐさま車を止めて走る。投げ出された男が地面に転がっていた。あのフードをかぶった男で間違いなさそうだ。頭部から血を流している。
「生きてる?」
「──ふん、殺せ……」
「残念だけど、お前には聞きたいことが山ほどある。エフイーター、こいつを縛り上げるよ」
「がってん承知」
縛り上げて通信機へ指示を送る。
「ナイスだレイ。他二人もご苦労だった。引き上げるよ、すぐに降りてこい」
『了解です。でもギリギリでしたね、あんな引きつけるとは思いませんでしたよ』
「僕も同感だ。──で、お前。色々吐いてもらおうかな」
「話すことなど何もない」
「なるほどねぇ。そう来ると思ったよ。まあ場所を変えよう。とりあえずトランクに突っ込んどくか──」
すぐに車を動かす。野次馬の目にも慣れてきた頃──。
どっちにしろすぐに警察が駆けつけるだろう。今更横槍を入れられても面白くない。
「時間がない。アイビス、すぐに車を出して。どこか倉庫街にでも行って、話はそこからだね」
パトカーのサイレンをミュージック代わりに聞きながらすぐに倉庫街へ。いっつも人気がない。
トランクから男を取り出して放り投げた。
「うぐッ──」
「さて。命は奪わないけど、まあ話したくないんなら仕方ない。話したくなるようになってもらうしかないけど、お前そういうの得意?」
「無駄だ、私とて拷問に耐える訓練を積んでいる……。何をしようとも──」
「そう。まあ味わうといいよ。まともな思考が維持できるんならね。エフイーター、車の中に戻っていることをお勧めするよ」
「……いや、見てるよ」
この後めちゃくちゃ拷問した。大体全部喋った。
「──なるほどね」
倒れ伏した男を放って僕は立ち上がった。
「……何したのさ?」
「いや、気圧をちょっといじっただけさ。自白剤に近いかな? 嫌なもの見せちゃったね、悪い」
「そりゃ、必要はあったのかもしれないけどさ。あんなに苦しませる必要があったのかよ」
「最低限に留めたさ。好き好んで人を苦しめたいとは僕だって思わないよ」
「……」
ちょっと不信感を抱かれたかな。
風を操る僕のアーツだが、応用が効く。気圧を弄れば、人の体を内側から破裂させることだって不可能じゃない。絶対やらないけど──。
要は正常な判断ができない気圧に調節し、意識を朦朧とさせた訳だ。かなりえげつないが、発案者はケルシー先生なので……。
最初は嫌だったし、気持ち悪かったけど……。
もう慣れたな。
「それよりこれからの話だ。おいお前ら、終わったよ!」
「あ、終わりました? いや、毎度毎度……よく正気でいられますね。隊長のそういうとこ、あんまり嫌いじゃないっす」
「うるさい。で、情報をまとめるよ。まず連中は雇われ。上に誰がいるかはそもそも知らないし、知ることがないようにしていた。明らかにプロの連中だ。目的はエフイーターの殺害だね。特に、メディアに露出するような殺し方をするつもりだったみたいだ。敵の数はそこまで多くないらしい。せいぜい三十かそこらだってね。僕たちの六倍だ、なんとか──」
「なる訳ねえっすよ。六倍差の、しかもプロ相手っすよ。無理っす、諦めましょう」
「だね、諦めよう」
「いや諦めんなよ! そこを覆してこそだろ!?」
「エフイーター。六倍差は無理。流石に無理。だから別の策を練ろう」
「策?」
連中の目的──いや、男たちを雇った連中の目的と言い換えるべきか。
つまりは、より感染者への迫害を強めたい……というよりは逆か。
感染者からの、非感染者への憎しみを強めたいんだ。一方的な正義をかざして、エフイーターのような象徴的な人物を殺すことで、感染者の憎しみや恨みを募らせたい連中がいる。
それにより感染者と非感染者の壁を分厚くして──。
……誰だ?
誰が、どこの誰がこんなことを──。
「隊長、顔。顔怖いっすよ」
「……悪いね。話を続けるよ。正直こうまで話が大きくなるとは思わなかった。はっきり僕の意見を話すと、今すぐにでもロドスへ帰るべきだと思っている。……僕たちの手に負える相手じゃないかもしれない」
「えー、じゃあ具体的には誰なんだよ?」
「どこぞの政府機関か、またはそれに連なる組織。そのぐらいしか思いつかない。……理由を説明しよう。連中の目的は、エフイーターがテロ組織……あるいは過激派の非感染者によって殺されたことが、世間に公表されることにある。どういう背景があるにせよ、感染者の感情を煽りたいんだ」
「つまり……あたしが利用されてるってことじゃん!」
「その通りだよ。……だから問題なんだ」
「マジでそんなデカい組織が裏にいるんすか?」
「そうじゃなきゃ、あんなプロを雇うほどエフイーターを恨んでいる誰かがいるか、だ。……そっちの方が分かりやすくていいんだけど、でもそれによって引き起こされることは一緒だ」
状況は厳しい。ジフが口を開いた。
「じゃあアレじゃないっすか。むしろオレたちは、エフイーターさんが無事であることを積極的に世間にアピールしなきゃいけないんじゃないっすか?」
「……どういうこと?」
「敵の狙いがそうだとしたら、オレ達はその正反対をやればいいんすよ」
「なるほどね。エフイーター、ロドスは鉱石病患者の治療を行なっているんだ。君がロドスに来れば鉱石病の治療が出来る」
「でも、鉱石病って治せないんじゃないの?」
「……痛いところを突くね。その通りだ。僕たちに出来るのは症状を改善させて、進行を緩やかにする程度だ。完治はできない。でも、治そうとし続ける。エフイーター、君がロドスに来て、鉱石病の治療を行なっているという事実が、きっと多くの人々を勇気付ける。感染者も、非感染者もね」
「えーっと……。んー、だから──あたしは周りくどいのが嫌いだって何回言えば済むんだよ!」
「……僕の悪い癖だ。君がロドスで治療を行う事実を公表する。その上で、連中を倒す。そうすれば連中の狙いは挫ける。それで勝ちだ」
「よーっし決まり! じゃあ早速──」
──さっき絞り上げた男が、かすかに笑った。
その意味はすぐに知るところとなる。
「──隊長、上!」
「え──」
煙幕と弾幕、反射的にアーツで煙を切り払うが、見えたのは湧き出てくる戦闘服の男たちと応戦するジフ、レイと、血を撒き散らして倒れ伏すアイビスの姿──。
エフイーターの姿がない。どこかで車が急発進する音を聞いた──やられた。
「隊長、こいつら……!」
「やってくれたね……、全員片付けてやるッ! ただで済むと思うなよッ!」
・ブラスト
主人公。オリキャラ。
基本的には敬語で接するが、だいたいすぐに剥がれる。短気さはブレイズさんとどっこいどっこい
・ブレイズさん
実はこの章では出番がないことが判明した。
・エフイーター
パンダ耳のついたおっぱい。いや、おっぱいのついたパンダ。いや……どっちだ?
状況に対して迷いが無さすぎる……。
さらわれた。
・行動隊B2の隊員
細かいキャラ付けは不明、多分みんな男だと思います。
行動予備隊がちょっと成長した感じのイメージで描いてます。
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熊猫と晴れ-3
頭に血が上っているのは自覚している。これは僕の悪い癖だったが、自覚すると幾分かマシになる。
剣を握った。
薄暗い空の下、普段誰もいない倉庫街の一角に、十数人の男たちが武器を構えていた。ボウガンが主流、後はナイフと素手……やれるか。いや、やる──。
「レイ! ジフ! 直ぐに連中を追いかけろ! 道は僕が作るッ!」
「ッ、了解!」
こちらの車両はまだ無事だ、囲っている連中を剥がせば追いかけられる! 連れ去られたエフイーターをここで逃せばいよいよ手がかりがなくなってしまう。それだけは絶対に避けないといけない。
この剣は、ただの鉄の塊じゃない。源石との親和性が高く、アーツ伝導率が非常に高い。これは武器でありながら、アーツユニットでもあるということだ。
──殺す気はない。でも、腕の一本くらいは覚悟しろ。
「そこを退けッ!」
突風が吹き荒れた。車に近い連中に接近して片っ端から切り裂く。風で拡張した剣の間合いが防ぐ暇もなく切り尽くす。暴風域にあって、飛び散った血がそのまま宙で周った。
ボウガンを向けている男に向けて剣を振る。距離は五メートル以上離れていたが、風がボウガンを両断して、そのまま──。
ナイフで突撃してきた男をいなして腹に膝蹴り、そのまま頭に肘を落とす。そこまでこの部隊は強いわけじゃない、いける。
「何してる、早く行けッ!」
「隊長、死なんでくださいねッ!」
「お前らこそな!」
急発進する車を見送り、僕を囲む男たちを見回した。──数が多いが。
「でもごめんね、僕が残っちゃって。これじゃお前らみんな地獄行きになっちまう……よくもうちの
「ほざけ、たった一人でこの人数に勝てるとでも!?」
「エリートオペレーターから教わった格闘能力を、見せてやる。行くよ」
「……情報にない連中だ。殺して構わん。やるぞ!」
ボウガンの矢を横っ飛びで躱す。敵の中に突っ込んで射線を遮り、こちらの一方的なリーチ……剣よりも長いが、矢よりは短い微妙な間合いを押し付ける。
風圧による剣の拡張。僕のアーツの一つ。
暴れまくる──。
苛立ったリーダー格の男が叫んだ。
「何してる! 相手は一人だ! 複数人で同時にかかれ!」
「残念、そうさせないようにしてるんだよね。悪いけど」
かまいたちを振りまき、牽制を行いつつ一人一人片付けていく。
少しずつ、剣が熱を持ち始めた。少しずつ──。
「クソ、私が出る! C隊とB隊は射撃でサポートしろ! 残りの隊でヤツを囲え! 逃げ場を奪え!」
「やべ、それは厄介だ……お前を潰せばいいんだね」
「無駄な行動だがな!」
風圧の刀と警棒が撃ち合って音を立てた。男の獲物は重量のある棒──チンピラの構えじゃない。アレはカンフーの一種……。棒術使いだ。厄介だな……。
「大義に沈むがいい、どこの誰かも知らんがな!」
「何が大義だ」
突風がボウガンの射線を乱し、僕に当たるはずだった矢は大幅にズレていった。男の仲間たちが僕を囲っている以上、僕を狙うと仲間に当たる可能性がある。狙いが絞れられる。
「あのね、お前たちが感染者に一体どんな感情があるかなんて知らないけど──」
「黙れ、貴様も感染者だな!? 貴様らは生きているだけで、この国を蝕む害虫だッ!」
──確かに、その通りだ。本当にその通りだ。
治療法が確立されてない以上、感染者は追放するか収容するか、野放しにできない。感染者の死体が新たな感染源となる以上、感染してしまった時点で運命が決まる。
国は感染者への対応に力を取られる。迫害された感染者たちはより集まり、アングラな組織を結成することもあるし、犯罪行為だって増加する。
感染者がいて、いいことなんて基本的に何一つだってありはしない。
……だから、その通りなんだ。
分かってるが……。
でもそれが、
ロドスはそれと戦い続けている。
だから僕は戦っている。
「僕たちが生きていることを否定させない。いいからどけよ」
「私の娘は……貴様ら感染者によって殺されたんだッ!」
「──。そう」
「なぜあんな非道な真似が出来るッ! 貴様らとて、元は──」
「お前に娘がいたように、感染者にだって家族がいるんだよ……!? お前はそんなことも──」
「分からんはずがないだろうッ! だが──そんな綺麗事で貴様らを許せとでも、怒りを忘れろとでもッ!?」
剣戟が生み出す熱が、少しずつ大気を加熱していく。
──知ってる。
その怒りは、よく知ってる。その怒りは忘れちゃいけないものだ。だけど。
「でもエフイーターは無関係だ。あんたの怒りに関係がない……ッ、今すぐ武器を捨てろよ。僕はお前らを殺そうとは思わない……ッ!」
「貴様ら感染者がこの国で悠々とのさぼるのが許せんだけだッ! この国を去れ、さもなければここで死ね! 感染者の行った凶悪犯罪が、どれだけの無関係な人々を傷つけ、殺したことかッ!」
「あんたたちは……知らないんだよ。鉱石病の本当に怖いところは、鉱石病の症状そのものじゃない……。人の感情だ。その感情は、剥き出しのまま晒していいものじゃない。憎しみこそを断ち切らないと──」
この人々とて被害者──なんて、甘いことは言わない。
こいつらの戦闘は、素人のそれじゃない。訓練と経験を積んでいる形跡がある。もちろん職業軍人じゃない……本職の軍人であれば僕はとっくに倒れているだろうが──。
だが、何度も戦ってきたはずだ。その相手が誰なのかは想像するしかない。
──大気がだんだんと
「もう十分だ。しばらく寝てろ」
「掃射しろ、ヤツを殺せッ!」
「もう遅い、十分あったまったよ。吹き飛べ、
暴風が吹き荒れて、僕以外を全て吹き飛ばした。建物の壁に衝突したり、彼方の方に吹っ飛んでいく奴もいる。……多分死んでないよな。
アーツがここの大気に慣れるまで時間がかかる。これぐらいの大技はなかなか出せないし、使い捨てのカートリッジはあまり予備がない。
突風を渦巻かせ、やがて凝縮し、アーツとともに解き放つ。僕のとっておきだ。
……疲れたが、そうも言ってられない。
「すぐ警察が来る。罪は罪だ。憲法上、感染者にだって人権はある。法の下で裁かれるのが、真っ当な終わり方だよ」
「クソ……」
「でも……あんたは強かった。それだけは認める。じゃあね」
最初にやられて倒れていたアイビスを抱えてすぐに倉庫街を抜ける──。
「隊、長──、うぐッ」
「すぐ手当てをする。喋らなくていい。──こちらブラスト。状況を伝えろ」
『隊長、よかった無事だったんすね! 今鬼ごっこの最中っす! そうだ、アイビスのヤツは無事なんすか!?』
「死んじゃいないさ。今手当てしてる。それで、どこに向かってる」
『外れの方です! えーっと──アレっすよ! 人工林エリアっす!』
「ってことは──そうか、もともとマークしてたね。確かその先にはエフイーターが現在撮影中の映画のスタジオがあったはずだ。だけど──いや。疑問は後回しか。ジフ、エフイーターの安全が最優先。無茶はしていいけど、絶対死ぬな」
『オレたちだけでエフイーターさんも守れって? ウチの隊長は無茶ばっかりっすよ』
「ジフ、レイにも伝えろ──お前ら二人のコンビは、間違いなく一級品だよ。僕が保証する」
『──そんなこと言われて、張り切らねえ訳にはいかねえっすね! オレらに任せろっすッ!』
「頼んだ」
『あ、でも隊長はどうするんすか』
「何──」
目の前の道路に急停車する一台の黒塗り。高級車だ──。
窓から顔を出した、メガネを掛けた男が叫んだ。
「すぐ乗ってください! さっきテレビに映ってた人たちですよね!?」
「……あんたは?」
「エフイーターのマネージャーです! すぐに!」
「ジフ、アテが見つかった。すぐそっちに向かう。じゃ、頑張ろう」
『了解!』
アイビスの肩を持ちながら乗り込んだ。運転手のマネージャーなる人物はスーツの腹部に赤い染みが広がっていたが──。
「感謝するが──あんた、大丈夫なのか」
「問題ありません、これでも彼女のマネージャーですから……ッ」
「ありがとう。行こう……ところで、どうして僕らを?」
「さっきのテレビ中継を見てれば、嫌でも分かりますよ。そしてこんな場所でハリケーンは普通起こりません。すぐピンときました」
「……あんた、本当にマネージャーか? 素人じゃないね」
「この国のマネージャーは皆強かです。何せ、職務上守るべき人間がいますから」
「すごいね。僕はロドスアイランド所属のブラストだ。よろしくね」
「ササグマプロダクションの女優、エフイーターの専属マネージャーです。よろしくお願いしますよ」
「……ずいぶん変わった名前だね。まさか本名って訳でもないでしょ」
「我々はマネージャーです。それで十分ですので」
「まあ……あんたがそれでいいならいいか。行こう。……よし。アイビス、まだ痛むか」
「平気です……ぐッ」
「やっぱキツイか。でも残していく訳にもいかない。今は休んでろ」
「自分も、戦います……」
「ダメだ。ここから先は僕に任せろ。お前は、さっきあの場所で死ななかっただけで十分成果を挙げたよ。アレは僕のミスだったんだからね」
「隊長、すみません……」
「謝るな。大丈夫、帰ってからそんな口利けないくらいしごいてやるよ」
「はは、それは勘弁ですよ……」
高級車がエンジンの音を舞い上げて走り去っていく。相当な危険運転、何度も他の車と衝突し掛けているが、それでも速度を維持したまま走るのは凄まじい技量だ。何者なんだ……?
*
ササグマプロダクションのスタジオは慣れていた。
撮影ではよく戦闘シーンも撮る。武器も見慣れてる。
違うのは、これが撮影じゃないということ。
「で、こんな場所に連れてきて何が狙いなのさ」
とある民家のセット。まだ移動都市がなかった時代の、山の民家を再現したセットだ。くしくもエフイーターの変装は、そういう古い時代の服の特徴を取り入れたデザインだったため、まるで当時の再現のようだった。
ドアが開く。エフイーターは流石に目を見開いた。
「お前……なんでお前がこんな場所にいるんだよ」
「──全部、俺が仕組んだこと……と言ったら、お前はどうする? 一体どういう気分になる? 怒りを覚えるか?」
その男は俳優だった。国内でもそれなりに有名なカンフー俳優で、現在制作していた映画でも共演していた。役割は、主演であるエフイーターのライバル役だ。
「なんでだ、なんでこんなこと!」
「俺は、お前のことが嫌いなんだよ……。鬱陶しいんだ。俺を差し置いて、いつもいつも……。目立つのはいつもお前だ。お前が……!」
「リューエン、言っとくけど別にあたし悪くないからな。あたしは別に、お前を蹴落としてやろうなんて考えたこともなければ、邪魔してやろうとしたこともない!」
「……そうだな。だったらどれだけ良かったことか……。いっつもそうだ。お前の視界に、俺が入って居たことなんて一回も無かっただろう……! お前がいなければ、どれだけ良かったことか俺はずっと考えてた! お前さえいなければ!」
「……リューエン。あたし、お前の演技……別に嫌いじゃ無かったよ」
また人が撮影スタジオに入ってくる。
──見覚えのある人々だった。音響スタッフや撮影スタッフ……監督まで。背後に武装した男たちがいるところを見るに、脅されているのか……?
「おいリューエン、これは一体どういうことだよ!」
「せっかくだ。まだ最後の撮影シーン、撮り終わってなかったと思ってさ。ほら、最後の対決シーンだよ。せっかくだ、カンフーの腕比べでもしようじゃないか。もっとも──台本通り、俺が倒されて終わりにはならないがな」
──スタジオの外で、ジフとレイが聞き耳を立てて様子を伺っていた。何やら妙なことになっている。突入するべきかどうか判断に迷いながらも事態は進んでいく。
つまり──このまま撮影シーンを撮り終えようというのだ。
「……リューエン。お前じゃあたしに勝てないよ」
「カメラを回せ、監督」
──すでに狂っていた男の、ギラついた目が監督を貫いた。
往年の監督はサングラスの奥で考え、口を開く。
「回せ」
「監督、しかし──」
「いい。映画を完成させるには、もはや最後のチャンスだ」
「さっすが監督。話が分かるな。さあ、決着をつけようぜエフイーター」
「ぶっ飛ばしてやる」
エフイーターの構えは掌。女性のしなやかさを活かす構え。対してリューエンは拳──真っ向から相手を打ち崩す型。どちらが強いというものではない。
全ては、使い手次第だ。
「い──やぁ──ッ!」
「ふッ──」
打ち合いでは無かった。体重、体格では男性の方が勝る──エフイーターにとって、一撃は強いダメージになる。受けるか躱すか。
柔の型を用いるエフイーターは受け流しがもっとも得意だ。攻防の流れの完成度は、すでに達人に至っている。
水の流れのようにしなやかな掌がリューエンを撃つ。女性分の体重とはいえ馬鹿にならない。しっかりとした衝撃は、使い方次第で十分な凶器だ。
「ぐッ──」
「ほらどうした!」
「このッ──」
苦し紛れの蹴り上げも読まれていた。エフイーターの攻勢が続く。
外ではレイとジフが機を伺っている。なぜか一騎討ちが行われていることでもあるし、スタッフに張り付く男たちを一掃できるかもしれない。だがこのまま時間が稼げるのなら、隊長──ブラストの到着を待つのが得策だ。
ボウガンの弦を引き上げ、セットする。いつでも一発目を放てるように。
「ほら、そんなんじゃあたしは倒せないよ!」
「クソ、こんなもん使いたく無かったがッ──」
リューエンが奥の手を切った。スイッチを押すと民家のセットが大きく振動する──。
格闘において足場の重要度は高い。何をするにしても、しっかりとした地面への踏み込みが大切だからだ。これがなければ威力が半減どころか、そもそも攻撃すら行えない。
リューエンが仕込んだのは、足場を揺らす機構だ。揺れる地面の中ではいかにエフイーターとて危うい。そして、揺れていない足場があった。リューエンはそれが自分の足元に来るように計算していた。
発勁用意──。
状況に対応しきれないエフイーターと、はっきりとした足場を持つリューエン。
「跳べ──ッ!」
真正面からの一撃がエフイーターを貫き、そのまま吹き飛ばす。とっさにガードした両腕が折れた。リューエンとて訓練を積んだ確かなカンフーの腕を持つ。持っていたがゆえに、エフイーターに嫉妬せざるを得なかった。
状況を見守っていたブラスト小隊の二人が緊迫した。出るべきだ──。
意識がそっちに割かれていたため気がつかなかった。
「お前たち、何をしている?」
「ッ、やば──」
扉を覗き込んでいたレイが、後ろ側にいた男の存在に気がついた。
ジフが横から男の顎を撃ち抜いた。近接格闘術は嫌というほど叩き込まれた。狙撃オペレーターであるジフは、武器を用いない格闘術なんて時代遅れだと馬鹿にしていたが、初めてその存在に感謝した。
だが、その存在がリューエンに発覚した。
「何!? 外に誰かいる──。おいお前ら、すぐ向かえ!」
男たちが武器を片手に外へと走る。照明スタッフが顔を青くした。
「あわわわわ……。監督、もう撮影とか言ってる場合じゃないです、どうしたら……?」
「……撮影を続行する」
「監督〜!」
「腹を括れ。今の我々の仕事は、この物語を記録すること。それだけだ」
「あわわわわ……」
そんな会話があったとか何とか。
・ブラスト
主人公。
エリートオペレーターだし多少はね?
・数の暴力
普通にやったら数の暴力に勝てるはずないだろ!
何勝っちゃってんだ主人公くんお前……もしかして強いのか?
・マネージャー
そういう概念。
戦場を渡り歩いてきた末に、ようやくマネージャーという自分の居場所を見つけた。
・ササグマプロダクション
このネーミング自分でも気に入ってます
・リューエン
エフイーターの感染を仕組んだ人。黒幕っぽいが……
エフイーターに嫉妬して一連の事件を仕組んだ。
・監督
心臓が鉄で出来てる
・エフイーター
おっぱいで構成された概念
きて
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猫熊と晴れ-4
「クソッ! 隊長、早く来てくれ──」
乱戦が始まる。
背中から壁に叩き込まれたエフイーターは、肺から空気を全て吐き出すことになった。そのまま膝を地面に着く。リューエンがゆっくりと歩いてくる。
「悪く思うなよ。別に稽古じゃねえ、使えるもんは全部使う。お前への敬意だ」
「くそっ……。やるじゃん──」
「だがもう終わりだ。一つ教えといてやるが──この前の撮影で起きた事故も、俺の仕業だよ」
「お前、本当にどこまでも──絶対許さねーからな〜!?」
「スターとしても、人としても、お前を殺す。……それで俺はやっと満たされる。死ね、エフイーター」
「これで終わると思うな!」
痛みを堪えながら立ち上がって大技の蹴りを入れるが受けられる。すぐに別の型を撃つ。
「終わりだよ、諦めろよッ」
「悪あがきは欠かさないんだよ! スターは死なない!」
「くそ、どこまでも──」
状況はさらに変わっていく。
レイが黒服の男たちとの戦闘を繰り広げている間、ジフはスタジオ近くに止めてあったロドスの車両に走った。エンジンが掛かる──。
ジフの意図を察したレイが顔を青くした。男たちから逃げ、建物の中のエフイーターに呼び掛ける。
「あああああいつ! エフイーターさん! 前へ飛んでください!」
「え?」
滑走する車両、さすがに男たちも肝を冷やす──突っ込んでくるぞあのバカ!
民家のセットが巨大な重量に衝突して崩れていく。こんな状況でも撮影を止めないスタッフたちはヤケクソになっていた。もうどうにでもなれ。
ギリギリで前へ飛んだエフイーターも同様だった。撥ねられて飛んで行った敵の姿に、自分を重ねてさすがに同情する。
セットは実際の建物のように作られていない。外側だけのハリボテだ。車はそのまま旋回し、また別のルートを疾走する。
混沌とし始めていた。隊長が隊長なら部下も部下──行動隊B2は外見的には真面目そのものだし、そう言った態度で任務に当たるが、瀬戸際にてイカれ始める悪癖があった。隊長のクセが部下にも伝わっていると見える。
こうなると男たちもなりふり構ってられなくなる。暴走する車両を止めようとなんとしても手を尽くそうとして、男たちの切り札でもあった手榴弾を投擲した。だが運転手の対応が冷静だったのが運の尽き。投擲ルートを読んでいた。
外れた手榴弾の爆発する位置が、致命的だった。セットが組んであったのは外で、近くには事務所兼休憩所があった。宿舎としても用いることが出来、調理も行える。どういうことかと言うと、ガスボンベの隙間に手榴弾が挟まり、爆発した。
手榴弾の貫通力がボンベを貫き、大爆発を起こした。火の手が広がる。民家のセットが燃えていく。
「監督、監督やばいです、やばいですよ〜! もう撮影とか言ってる場合じゃないです、ここもすぐ燃え広がりますよ〜!」
「……撮影を、続けるッ!」
「ぴ、ぴいッ!」
意味不明な返事をするスタッフたち。燃え広がる炎のお陰で照明が要らなくなった──なんて、現実逃避気味な考えを巡らせたのはさて、誰だったか。燃えるセットから脱出しながらカメラマンは撮影を続けた。プロ根性が備わり過ぎている。
その状況の中で、リューエンただ一人がエフイーターを見据えていた。冷静に指示を出す。
「エフイーターを囲えッ! 最低でもエフイーターだけは潰すぞ!」
「うええ、まだ来るの〜? しつこいなーっ」
嘆いても両腕の骨折は治らない。蹴り技主体で攻めるにも限界がある。相当に悪い状況、活路があるとすれば──。
背後からエフイーターを狙う男が──突風に思わず顔を覆った。隙を逃さず体当たりで吹き飛ばす。状況に慣れさせる暇もなく、風が切り裂く。
「なにこれ」
「あ、ブラスト。さっきぶり」
「……いや、なにこれ」
誰がここまでやれっつったよ。ブラストは叫びたかった。
「隊長!」
「……言い訳は後で聞こう。今は──えーっと、カメラ回ってる……? え、誰を倒せばいいんだ……?」
「あたしたち以外の全員さ!」
「エフイーター、その両腕……。あいつか。僕に任せろ──」
「いいや。あいつはあたしが始末をつける。あたしの責任なんだ」
「だがその腕じゃ」
「いいから、あたしに任せて」
「……分かった。他のヤツは僕らが」
燃え広がる炎が生み出す強い影が、地面を塗り上げた。
リューエンと相対する。
「ようやくまともに一対一だね」
「俺の勝ちは……揺るがない、俺が勝つッ! 崩れろエフイーターッ!」
交錯──。
エフイーターの上段飛び蹴りがリューエンの頭を捉え、そして全てが終わった。
「……ほら、あたしの勝ちだ」
完全に意識を刈り取るつもりだったが、まだリューエンは意識を保っていた。
エフイーターは踵を返す。
マネージャーがマシンガンをぶっ放しているのが見えた。完全にマネージャーのことを忘れていたエフイーターが、初めて見るマネージャーの戦闘に目を丸くする。マシンガン……?
大勢が決していた。すでに敵の大半は人工林の中へ逃げ出すか、地面に倒れるかのいずれかだった。
炎を背にして歩き出した。
「……お前が羨ましかった。眩しかった……。お前みたいに、なりたかった……」
一度だけエフイーターは振り返った。
そしてまた、歩き出した。
ブラストが惨状を眺めて呟く。
「やっベー……。これどうしよう……大目玉だよな、死傷者何人出したんだろ……。あー、絶対ケルシー先生に叱られるよな……」
「仕方ねえっすよ隊長。生きてるだけでも御の字っす」
「……そだね。ま、何にせよお前らが生き残ってくれてよかった。よくやったよ、レイ、ジフ、アイビス……は、まだ車にいるんだっけ。ま、とにかくご苦労。──それで」
ブラストがエフイーターの方を向いて問いかけた。
「エフイーター。ロドスへ来るか?」
「……あたしがロドスに行ったら、何ができるの?」
ブラストは少し考えて、また口を開く。
「きっと……お前が望むことを、全て。ロドスは鉱石病で苦しむ人々を救う。救おうとし続けている」
「でも……救えない人もいるかもしれないじゃん」
「ああ、そうだね。……でも、救おうとする。たとえ全ての人々を救うことが出来なくても、救おうとし続けるんだ」
エフイーターはもう一度だけ振り返った。
「あたし、ロドスへ行くよ」
「そうか。歓迎する、エフイーター。じゃ、帰ろうか」
燃え盛る炎の勢いはやまない。さっきから遠くから消防隊のサイレンがうるさい──やばい早く逃げないと。
「マネージャー、今までありがとね。それじゃ」
「……達者で」
「うん。じゃ、行こっか」
「ああ。……よし。みんな、逃げるよッッ!!」
カメラの録画ボタンが押され、完成しないはずだった映画の最後のシーンが撮影された。映画に終わりは来る。エフイーターの映画人生はここで途絶えるが──だが、人生は続く。スタッフクレジットの後にだって、人生は続くのだ。
*
「あ、あー。マイクテストマイクテスト〜。お、よしよし……。カメラの向こうのみんな、久しぶり〜! ムービースターのエフイーターさ! あ、もう元ムービースターか。まあ細かいことはいっか」
ハリボテの急造撮影スタジオにて、エフイーターはカメラに向かって笑った。
「炎国ではいろいろあったからさー、心配してくれた人も多いと思う。さらに感染者になっちゃったからね。まあ、あたしもいろいろ思うところはあるんだけど……。まず報告からしようかな。あたしは鉱石病を治療することにしたよ! まあちょっと、あたしがどこにいるかっていうのは止められているから言えないんだけどさ〜……。まあとにかく、無事だよってことが一つ」
すでにギプスも包帯も外れていた両腕を振って、エフイーターは笑顔を作った。にかっと笑う。
「そしてもう一つ。あたしはこれからもスターであることはやめないよ! ああ、もちろん炎国には戻らないつもりでいるし、そっちの映画には出れないかもだけど──映画から離れることはしたくない。また何かに出演したりするつもりでいるし、全部一から自分でやってみるのも面白いと思うんだ! まあ、それはいいとして……」
僕は正直ハラハラしながら見守っていた。やばいこと言わないよね……。信じられるか? これ今世界中に配信されてんだぜ? あー怖い、めちゃくちゃ怖い……。この出来事に対する全責任を僕が負うってことでゴリ押ししたんだ、やらかしたら責任は全て僕がとることになる。怖い、超怖い……。
「感染者になった今、世界中の人たちに伝えたいメッセージがあるんだ。今からそれを言うよ。あのね──日々辛いこととか、悲しいことが続いても、どうか諦めないで。あたしを助けに来てくれた人がいたように、あたしも誰かを助けるよ。もし辛いことがあっても大丈夫、あたしが助けに行ってあげるから! この世界にヒーローがいるとしたら、それはあたしたちのことさ! それだけ、じゃあまたね〜!」
配信が終わった。これ一応、出来る限りの国のテレビに映るよう頑張って交渉してくれた人々のお陰で、超たくさんの人たちがこれを見ているということ。
正直想像がつかない。これをやるのに何週間も走り回って、やっと実現した。
「……お疲れ、ヒーロー」
「もう〜、そんなヒーローなんて、褒めなくてもいいよ〜! いや、もっと褒めろ!」
「皮肉だよ。はあ、緊張した……」
「なんでブラストが緊張してんの! あはは、あんなの別に、そんなに大したことじゃないって!」
「主に僕の首が飛ぶか飛ばないかに怯えてたんだよ……。まあでも……よかったよ。いいスピーチだった。ありがとう」
「ブラストがお礼言うようなことじゃないって。むしろお礼を言わなきゃいけないのはあたしの方だよ。無茶な頼みを叶えてくれて、サンキューな!」
「それでも、これはエフイーターにしか出来ないことだったと思う。……これで救われる人々がいる。それが僕は嬉しい」
「ふーん……。あのさ、ブラストって何でロドスに居るの?」
椅子に持たれたまま、僕はちょっと思考を巡らせた。
「なんで、か。いや、大したことじゃないよ。……昔、人に助けられた。だから、僕も人を助けようと思った。それだけだよ」
「え、本当にそれだけ?」
「昔はね。でも今は──仲間がいるから戦ってる。正直なことを言うと、仲間を守りたいだけな気もするよ、今はね。──ああ、もちろん感染者を助けるのも、僕の大事な仕事の一つでもある」
「へぇ──」
「んでエフイーター。お前も、僕の仲間の一人だからね。あんま無茶しないでくれよ。マジで。いやマジで」
「あたしも、君の仲間?」
「何驚いてる。ロドスに来てもう二ヶ月くらい経ってるだろ? それにあの炎国の騒動を一緒に乗り越えたんだ。もう仲間だよ」
「そっか──。うん、悪くないね。よっし、じゃあ早速今日の人助けをやっていこう! ブラスト、今日の任務は?」
「いややっと包帯とれたばっかだろ、安静にしてろよ……」
「あたしにじっとしてろなんて、そんな無茶な命令ある? だって──」
エフイーターはやはり笑った。窓の外には青空。
「あたしはスターだからね!」
にっこり。
・撮影スタッフの皆さん
この状況で最後まで撮影をした
明らかに被害者。
・ジフとレイ
オリキャラ。
躊躇なく車で人を轢き飛ばす度胸の持ち主。イカれてる……
使えるものはなんでも使え、躊躇するなという隊長の教えを実行した
・リューエン
エフイーターのことが羨ましかった
死んでないので多分捕まりました。諸々の罪を被ったと思われ
・ブラスト
奔走した。
・エフイーター
なんやかんやあってロドスに加入。
・ブレイズさん
影も形もなかった
すまぬ
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報告書:熊猫おっぱいスタジオ炎上に関して
二ヶ月前のエフイーター救出作戦での任務結果を改めて記述する。
当作戦は想定外の敵が多く、無関係の民間人に死傷者が出る事態にはならなかったものの、炎国のマスメディアに露出する事態が発生してしまった。
幸い記者会見会場での強襲は短時間であったため、テレビカメラ及び関係者がロドスアイランドのロゴを捉えてはいなかったが、行動隊B2の隊員及び隊長の顔が知れ渡ることになった。このことによるロドスへの直接的な被害はないが、念のため警戒しておく必要がある。
炎国で発生したかなり大きな事件の一つとなったが、この事件の協力者であったマネージャーと名乗る男の協力により、事後処理は非常にスムーズに終わった。改めて彼に感謝を。
この事件の発端となったのは、エフイーターの活躍を妬んだリューエンという炎国のカンフー俳優だった。撮影中の事故を装ってエフイーターを鉱石病に感染させ、その後の暗殺部隊の手引きをした。
暗殺部隊に関して、この組織の裏側にいたものが誰なのかは現在調査中だ。何らかの理由によりエフイーターを狙う何者かがリューエンに話を持ち掛けたのが最初の原因と見られる。リューエン本人の口述からも、この事件を手引きした何者かの存在が確認されるが、それが一体何者かまではリューエンも理解はしていなかった。
暗殺部隊の隊長は感染者に強い恨みを抱いていたが、それだけでリューエンに協力していたわけではなく、やはりその何者かによって派遣されたものだと考えるのが妥当だ。早急な調査が望まれる。
総じて、エフイーターを含む全ての人間が利用されていた可能性が非常に高い。
さらに調査を続けていく予定だ。
エフイーターのその後に関してはロドス中の皆が知っているように、非常に活発だ。手甲を纏ったエフイーターのカンフーは対人戦において強力であり、突き飛ばしに関しては目を見張る威力を発揮する。適切な任務では猛威を振るうだろう。
ロドスにも馴染んできたようで、現在は行動隊B2で預かっているが、正直ウチの隊員が良くない影響を受けている気がするので別の部隊へ転属させてほしい。エフイーターの戦闘スタイルは簡単に真似できるようなものでもないし、何かにつけて映画のパロディをするのもやめてほしい。カンフー映画に影響を受けすぎている。
彼女が行動隊B2を希望しているのは理解しているし、行動隊B2の隊長としては誇らしいが、休日の朝から撮影に付き合わされる身にもなってみていただきたい。楽しそうで何よりだが……正直任務より危うい。休日に死にたくない。
話が逸れた。
依然、事件はひとまずの決着を得たが、解決とは言い難い。今後とも捜査を続け、もしも裏側にいた誰かがロドスの敵となり得るようであれば──────
「あれ、ブラスト。何してるの?」
僕はキーボードを打つ手を止めた。
「ブレイズ。ノックぐらいしたらどうだ……」
「いいじゃん、私たちの間にそんなの必要?」
「お前はケルシー先生の部屋に入る時もノックはしなさそうだな……」
「流石にするって!」
「そうか。で、何か用か?」
「何? 用が無かったら来ちゃいけないの?」
「僕は忙しい」
「本当にこいつは……。うそうそ、ちょっとこの装備について感想を貰いたくてさ」
ブレイズは腰にぶら下げていたチェーンソーを引っ張り出した。
「……拡張モジュール。完成したのか」
「まあ一先ずプロトタイプかな。まだまだ改良の余地がありそうだから、君の意見が欲しかったんだよ」
「オーケー。そういうことなら構わないよ。訓練室に行くか」
「お、一戦やっとく? いいよ、久しぶりに激ってきた!」
「……ま、書類仕事ばっかでも退屈だしね。こういうことも偶にはいいだろ」
「偶には、ね……? なんか最近、ずっとあの熊猫と一緒にいるみたいだけど」
「熊猫……エフイーターのことか?」
「そうだよ? おかげで全然構ってくれないしさー?」
「構って、って……お前ね。何? 構ってほしいのか?」
「はあ? そんな訳ないじゃん。君の好きにすれば?」
「何なんだよ……」
デスクから立ち上がった。
ブレイズとやるのは久しぶりだ。それぞれが隊長を任されて以来、お互いに忙しかった。
「……なんかその顔見てたら腹が経ってきた。私、本気出すから」
「へぇ。猫も怒るんだね」
「その余裕がどこまで持つか、試してあげる。負けたら今夜奢りだからね」
「外食かよ……。うへ、僕今夜も仕事なんだが……」
「同僚より仕事が大事とでも言うつもり?」
「いー……。分かった分かった。だがそりゃ負けたらの話だ。勝ったらこの話はナシだよ」
「──ボッコボコにしてあげる」
報告書追記:最近同僚が冷たくて怖い。ケルシー先生、どうしたらいいかな。
報告書評価:自業自得だ、バカ者が。
──空が曇っていた。
青空はもうしばらく見ていない。
「私には、あなたたち感染者の苦しみは分からない」
空が、曇っていた。
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1−2 灰色の燕
雲と灰色-1
うっそだろお前、メインヒロインの概念がこわれる
新イベント楽しみですね。ついにウルサス学生自治団の話が来ますぜひゃっほーい!
僕は大人だ。
まあロドスに加入した時から十分大人と呼べる歳だったのだが、ロドスに加入してから更にその意識は強まって行った。
ロドスには、たくさんの子供たちがいる。それこそまだ五歳にもならないような小さな子から、もうすぐ大人の仲間入りを果たそうとしている少年や少女もいる。
彼らを見て、接すると、嫌でも自分の立場を理解する。僕は彼らを守るべき大人であり、また教える立場にあり、そして彼らの手本とならなければならない。彼らは未来そのものだ。
子供は好きだ。純粋で、何より賢いし──すぐに学ぶ。いいことも悪いことも。
彼らの前でうかつなことはできない。言葉よりも、行動が何よりの教えになる。彼らは何者にもなれる。
グレースロートという少女もまた、同様だ。彼女を守ってやらねばならない。それが僕の使命とも呼べるかもしれない。
それが例え、身勝手な思い上がりであろうとも。
雲と灰色
「──オッケー。じゃあ今日はこれで終わり。みんな、お疲れ様」
そう宣言すると、訓練室の全員が荒い息のままほっとした表情で肩を落とした。
「はぁっ、はあっ……。うう、まだドーベルマン教官の方がマシだったかも……」
「うう、死ぬ……。いや、死んでる……。ゲイン、大丈夫……?」
「お、俺は大丈夫だ……がくっ」
「た、担架―! い、医療オペレーターを! いやダメだ、ゲインが医療オペレーターなんだった!」
案外ふざける余裕があって何よりだ。
エリートオペレーターは自らの行動隊を預かるが、それ以外にもたまに頼まれて教官役を演じることも少なくない。まだ訓練段階にある連中は、普段はドーベルマンさんの率いる教官たちが訓練を見ているが、たまには別の刺激を与えるためにこうして頼まれているのだ。
「ジフ。見ていてどう思った?」
「はは、懐かしいっす。オレも一年くらい前はこんな感じだったっすかね。いやーあの頃はこの世の地獄だったっすよ」
「そうじゃない。こいつらの評価だよ」
「そっちっすか。いいんじゃないっすか? 前見てた時よりちゃんと強くなってるし、このまま半年ぐらい経てば、ウチの部隊に来ても十分やっていけると思うっす」
ジフは僕が預かる行動隊B2にて狙撃を担当するオペレーターだが、一通り近接戦闘術を仕込んだおかげで万能手として動ける優秀なヤツだ。どうして狙撃オペレーターが格闘術を学んだのかというと、本人の希望だったためだ。武器を手放した状況でも戦えるように。
床に倒れて水を飲む少年少女たちは大体魂が抜けていたが、一人だけ孤立して人の輪から外れている少女がいた。
厳しい訓練の後でも、疲労こそ見えるがきちんと立ったままだ。タオルで汗を拭きながら訓練室の出口へと向かっていく。
「……彼女、全然平気そうっすね」
「うん。彼女はこの中でも抜きん出ている。年齢の割りにかなり優秀だよ。ジフ、うかうかしてると抜かされるからね」
「うえー、下からの脅威に怯えることになるとは思ってなかったっすよー。えーっと名前は……」
灰色の髪と、鋭い目つき。彼女の名前は──。
「グレースロート。ジフ、お前と同じ狙撃オペレーターだよ」
名前を出したからか、グレースロートはちらりとこちらを振り向いた。ジフの肩に浮き出た源石を見つけると、顔を逸らして足早に去っていく。
「……ちょっと、問題アリ……っすか?」
「まあ……ね。誰にだって抱えている過去があるけど、彼女のはちょっと根が深くてさ。いろいろ、ね。実は、来週から
「うええ、マジっすか! オレ、あの子苦手かもしんないっす」
「お前ね、あの子よりいくらか年上だろ。ちゃんとしなよ」
「わかってるっすよ。オレだってロドスの一員っす。ちょっと問題がある程度、どうってことないっすよ!」
「頼もしいね」
だが……。
『ちょっと』じゃ済まない可能性がすげー高いんだよね。
ま、頑張ろっか……。
「グレースロート。狙撃オペレーターよ。ここが一番強い隊だって聞いたから来た。強くなりに来ただけだから、よろしくなんてしない。私を失望だけはさせないでほしい」
「……。だ、そうだ。みんな、よろしく頼む」
流石に騒然とする。僕だってこんなこといきなり言われたらビックリする。
行動隊B2に与えられた部屋、ミーティング用のスペースはちょっと混乱気味だ。
「あー、隊長……。その子が?」
「まあ……うん。えーっと、彼女は感染者に対してちょっとトラウマがあってね。こういっちゃなんだが、肉体的な接触は避けてやってくれ」
「……で、なんで隊長にはべったりなんすか?」
「手を出すのが早すぎる……ッ! 見損ないましたよ隊長! そんな人じゃないと思ってたのにッ!」
「エフイーターさんとも最近いい感じですよね!? いい加減にしないとブレイズさんに真っ二つにされますよ、いい加減にしてください!」
「見境なしなの!? 子供に手を出すなんて……それだけはいくら隊長とはいえ見過ごせないよ!」
「あー決めた、もうブレイズさんに言ってやろ、言いつけてやりますからね! 覚悟の準備をしておいてくださいッ!」
グレースロートがじとっとした目を向けてきた。
「……エフイーター、ブレイズ……って、あの乳ばっかでかいパンダと乱暴な猫女のこと?」
「……。グレースロート。やめようね」
「どうして?」
「……どうしてもだ。あれ、なんで僕が責められる感じになってんだろ。ちょっとお前ら鎮まれ、鎮まれ──っ!」
「隊長はロリコンですッ! ケルシー先生にも報告させてもらいますッ! いいですねッ!」
「ちっくしょーッ! なんで隊長ばっかり! ずるい! オレも女の子とイチャイチャしたいっすよーッ!」
「してないわバカたれが! アレがイチャついてるように見えるんなら医療部に頭か目を診てもらえ! 地上六階から紐なしバンジーさせられたいのか!」
「*スラング*! *かなり強いスラング*! *相手を罵る最大級のスラング*! *口に出すのも憚られる言葉の数々*!」
「ダメだどうにもならない。グレースロート、ちょっと離れて──」
僕の腕をとるグレースロートの右手は震えていた。
……ダメだ、離れろなんて言える気配じゃない。
そりゃそうだ。僕の部隊は全員感染者だし、無理もない。
僕自身も感染者なのに、こうまでグレースロートにひっつかれている理由についてだが……。思い出すと長い。
なるべく短く話すと、まだ僕がエリートオペレーターになる前からの出来事が関係している。ぶっちゃけると、一度彼女が戦場に出たことがあって、その時に攻撃から庇ったのをきっかけにして態度が軟化した。以上。
──グレースロートは、感染者に対しての強いトラウマがある。
チラッと資料で読んだけど、鉱石病研究者の両親を持っていて、感染者とも交流していたのだが……裏切られたようだ。感染者により父親を殺され、母親は精神を病み、そんなギリギリの状況でグレースロートは両親が交流していたロドスへ連れてこられ、母親はどこぞへと姿を消した。
かなりエグい経歴だ。確かにまあ……感染者へ恐怖を抱いても仕方がないと思える。この経歴を知っているのならば。
軽々しくみんなに話せるようなものじゃない。これは本人が伝えたいと思った時に伝えないと──。
「私は父親を感染者の暴動に巻き込まれて失った」
言っちゃったよ────!? え!? 早くない!?
「……私には、感染者が理解できない。感染者が怖い。でも……私は強くなる必要がある。それだけ」
流石に静まり返った。
グレースロートが隊員たちの視線を一度に受けて、居心地が悪そうに顔を逸らした。
「……なんだ、そういうことだったんすね」
「そっか。うん、そっか……」
「せいぜい扱いてあげる。でも──隊長にへばりついてるのは話が別じゃない!? 隊長も何されるがままなんですか!」
「いや、うーん……。ほら、こういうのって一日じゃ済まない問題だしさ……」
「隊長! くっそこの……。死ね! ブレイズさんに刺されて死ね!」
「イーナお前直接的な表現はやめろよ! それだけは最後の砦でしょ!?」
「関係ないですー! 隊長のバカヤロー! 女たらし! エセ真面目! イカれ野郎! 人間関係の沼! 人生RTA! 理性0! アルコールクソ雑魚! インポ野郎! 性欲ないんですか!? ヴァルポの癖して嘘の一つもつけない癖に!」
「種族差別はやめろよ! 狐だからって人を騙す習性なんてないだろ!? 昔話じゃないんだよ!? ロドス中のヴァルポに謝れ!」
「まあ隊長は嘘が下手っすからね。そこは仕方ないっすよ……イーナ、いい加減隊長を思いつく限りの誹謗中傷で殴るのはやめるっす」
「でもジフ! こんな隊長に黙ってろって言うの!?」
「話が進みませんよ。イーナ、気持ちは大体分かるから、一旦落ち着きましょう。隊長への罵詈雑言は後で好きなだけ聞かせてあげればいいですから」
「イミンまで……。分かったわよ。ほら隊長、話を進めてよ」
「なんか納得行かねえ……」
話がグレースロートから逸れまくった。だが一応、グレースロートの事情は伝わったはず……。
「……事情があるからって、私に遠慮するのはやめて。私もあなたたちが感染者だからって、何も遠慮はしないから。それが対等ってものでしょ?」
「生意気なガキね〜。全然対等じゃないわ。訓練の時にでも教えてあげるっての」
「あんたが私より上手いんならね」
「ほんっと、可愛くない……」
イーナはバチバチだ。気の強いイーナは懸念材料の一つだったが……この分ならそれほど心配は必要ないみたいでよかった。
「グレースロートは大体二ヶ月くらい預かる予定でいる。まああんまりちゃんと決めてないし、様子見ながらかな」
「ってことは明日の定期遠征にも連れてくんすか?」
「そりゃね」
「……定期遠征?」
「ま、明日になれば分かるよ。とりあえず今日の連絡事項はその辺りかな。ん──……。取り敢えず、今日の訓練やるよ」
「あー、グレースロートちゃん? でいいんすかね……」
「ちゃん、なんてやめて。気分が悪い」
「うへ、冷たいっすね──数ある行動隊の中でも、ここの訓練はクレイジーっすよ。いつでも吐いていいように、紙袋渡しとくっす。これ」
「……バカにしてるの?」
「心配してるんすよ。ま、みんなについてくるっす」
午前中に訓練を始めて、大体三時間ほど特に基礎訓練を積む。ここが一番キツいと思ってる。
──タオルを首から掛けて、まだ訓練場を走り回っているレイたちを、イミンが眺めていた。グレースロートは一度吐いてからジフにもらった紙袋をずっとポケットに入れていた。トイレまで間に合ってよかった。この部隊が編成されて、僕が訓練を主導した当時は訓練室のそこら中から良くゲロの匂いがしていたのを思い出した。
イミンはいつも一番乗りだ。体力面がかなり強く、基礎的な技術がとてもガッチリしている。チームの土台としてこれ以上ない人材だから、この部隊の副隊長も任せていた。
「──大丈夫か」
「隊長」
「余計なお世話かもしれないけどね、お前の感情を確かめておきたい。もう一度聞くけど、大丈夫?」
「私は──」
先日、とある村落を傭兵集団が襲った事件があり、村と関係のあったロドスは緊急出撃したが──遅かった。
村の人々は皆殺されていた。
イミンは、その村の出身だった。皆殺しということは、イミンの家族や知り合いなども……。
イミンは、それから少し危うい表情を見せることがあった。その気持ちは理解できる。
「大丈夫です、もう気持ちの整理はつけましたよ」
「……嘘つくなよ」
「ははっ……まさか、鈍感な隊長に気づかれるとは……。正直、キツいです。私がロドスに加入できたのは、両親のおかげでしたから。ぶっちゃけると、戦う理由を見失いかけてます」
「そうか……。これだけは覚えていて欲しいんだけど……僕たち行動隊B2はお前の味方だ。それだけはどんなことがあっても揺らがない事実だよ」
「そう……ですか。そうですね……。私には、いや……俺には、まだあいつらがいる……。……ありがとうございます、隊長」
「何も……礼なんて、言われる筋合いじゃないよ。当たり前のことだ」
──危うい。
この表情は、どこか危うい。うまく言えないが──。ある程度、思いつめることはないだろうが……。うまく表現できない。僕の気のせいか? 心配しすぎかもしれない。
「イミン、あのさ──」
「隊長―! 終わったっすよー!」
ジフの呼びかけで言葉が遮られた。
「行きましょう」
「……そうだね」
*
『ブラストです。よろしくお願いします。隣の猫女より活躍する気でいます』
『私の名前はブレイズ。横のこいつは気に入らないけど、まあ色々学ばさせてもらうつもりだよ』
『……だ、そうだ。ドーベルマンからは優秀な二人だと聞いてる。色々教えてやるといい。いいな』
昔の話。
行動隊A3に配属されてからの、懐かしいような──。ずっと前の話だ。
『おいブレイズ! なんでさっき前に出てたんだよ! そこは僕が行くって言ってただろ!?』
『しょーがないじゃない。私の方が近かったし──私の方が早く倒せたよ?』
『てめー表出ろ! 僕の方が強いわ!』
『はっ、望むところだよ!』
よく──腕を捲って、戦場跡で殴り合っていた。
『あいつらまたやってるよ……。Aceさん、止めなくていいですか』
『好きにさせてやれ……と言いたいとこだが、あんまりのんびりやっても仕方がない。おいお前ら! 続きはロドスに帰ってからだ、早く撤収するぞ!』
『え、Aceさん……。でも僕は今すぐこいつをぶっ飛ばさないと気がすまないんですよ!』
『ぶっ飛ばされるのは君だよ。ほらどうしたの、かかっておいでよ!』
『お前らは本当に……。じゃあこういうのはどうだ。──お前ら、二人がかりで俺にかかってこい。それで俺を倒せたら好きなだけ殴り合ってて構わん』
『……言いましたねAceさん。取り消せませんよ』
『こいつと協力するのは癪だけど……Ace、君には勝ちたかったんだよね』
『御託はいい。とっとと来い』
殴りかかった僕は、あまりにもあっさりとAceさんに投げ飛ばされたんだっけな。大地に叩きつけられた時の衝撃は、まだ覚えている。
続くブレイズもまんま僕と同じように──。
『うわわわわっ──』
『ぐえっ』
ブレイズが僕の上に落ちてきて……そうだ、また喧嘩になったんだっけ?
『なんで、僕の方に来るんだよ……』
『し、しょうがないじゃん! て、ちょっと、変なとこ触らないでよ!』
『触ってねーよ! てかどけよ猫女が! 重いんだよ!』
『装備の重量があるんだから仕方ないじゃん! っていうか重いって何!? 私が太ってるみたいな言い方じゃない!?』
『筋肉の塊が偉そうなこと言ってんじゃねえよ! っていうか早く退けよ!』
『あったま来た……。絶対許さない』
馬乗りになられながらも殴り合いが続いていたんだったか。こいつらほんと頭おかしいな……。
『Aceさん、ダメそうですけど』
『……全く。飛び抜けて優秀なヤツってのはなんでこうなんだ?』
Aceさんがこっちに歩いてくるのにも気がつかず、僕たちはずっと言葉でも拳でも争っていた。
『大体アーツの制御が下手くそなんだよ! 巻き込まれてこっちが危ないつってんだろ! 訓練が足りてないんじゃないか!?』
『君の風が私を邪魔してるの! 炎が風に煽られたら更に燃え上がるに決まってるでしょ!? そっちが気をつけてよ!』
『なんだと!? 僕のせいだってのか!?』
『だからそう言ってるじゃん!』
『てめ──う”ッ!』
『い、いったーい! ちょっとAce! 何するの!?』
『いい加減にしろ、このじゃじゃ馬ども。お前らなあ、ちょっとはコンビネーションだとか、チームワークってもんをな──』
土の上に正座させられて、Aceに説教されながらでも、僕とブレイズは横目で睨み合っていた。
犬猿の仲──ライバル。昔は、そんな関係だったっけな。
『大体さっき俺にかかってきた時も一人ずつだ。二人で同時にかかってくれば、俺だって危なかったかもしれん。協力という言葉を知らないらしいな』
『こいつと協力するくらいなら、死んだ方がマシです』
『それだけは同意するよ。絶対やだ』
『やれやれ……』
軍人崩れの集団を相手にすることが、いつだかあった。
思い返せば、あれがきっかけだったかな。
確か、岩場の多い平原だったと思うけど……。
敵の作戦で、部隊が両断されちゃったんだっけな。Aceさんたちと分断されて、僕とブレイズだけになった。それで、囲まれて──。
『クソッ! こいつら、いったいどこから──!』
『やるしかないって言うの……? こんなの、私たちは……』
焦燥の中で、僕は膝をつくブレイズに手を差し出したんだ。確か──。
『……何? 君の手を取れって言うの?』
『……。…………。本当に不本意だけど……お前の実力は、僕が一番よく分かってる。僕たちなら、勝てる。やろうブレイズ。僕たちで戦況を覆すんだよ』
『はあ? 何言って──』
平原に一陣の風が吹いて、ブレイズは何かを理解したように笑った。
『……いいよ。やってあげる。足引っ張んないでね!』
『お前こそ』
認めたくなかったが、僕たちの相性はこれ以上ないくらい良かった。
ブレイズが起こす炎を僕が更に燃え上がらせ、周囲の温度が上がれば僕の風もまた強くなる。上昇気流によって生み出される風の流れが、そのまま僕らの武器になる。
Blast─突風を意味する言葉。Blaze──火炎を表す単語。誂えたようだった。
僕たちはそこから戦況をひっくり返して──。
『Aceさんッ!』
『お前ら、なんでここに──まさか、二人だけでか? そっちには相当の数が潜んでいたはず……そうか。お前ら……』
『話は後! まずはこいつらを片付けよう!』
火種が生まれ、風が吹き、火炎を巻き起こす。
暴風が戦場を支配する。焔を燃え上がらせる。
その日から、僕たちは
・ブラスト
27歳男。独身。彼女歴は不明
ヴァルポだったことが判明した。
若干緑の混ざった黒髪を後ろで縛っているというクソどうでもいい外見イメージがある。
嘘が致命的に下手くそ
・ジフ
キャラがだんだん分かってきた。設定練ってる時はいなかったんですけどいつの間にか名前付きになっていた。多分糸目キャラ。
・グレースロート
いろいろあった。
六章でのファウストとの話が……エモかった……
かわいい。
・行動隊B2
イカれた部隊。もっとも攻撃力のある部隊に仕上がった。こんなはずじゃ……
・イミン
行動隊B2の副隊長。フラグ……ですかね……?
・ブレイズさん
やっと出てきたと思ったら回想シーンだけだった。草。草……
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雲と灰色-2
こんなはずじゃ……(震え声)
コンコン、とドアをノックする。
「失礼します、ケルシー先生」
「……ブラストか。どうした?」
「借りていた本を返しに来ました」
「……ああ。あれか」
僕は一冊の文庫本を差し出した。
「いい本でした。先生も小説なんて読むんですね」
「ただの趣味さ。
「久しぶりに少年にでもなった気分でしたよ」
「しかし、それにしては突然だな。君が私のところに本を借りにくるのは久しぶりだ」
「はい、実は……ちょっと子供の気持ちが分からなくなっちゃって。参考にでもしようかと」
「子供? ……ああ、そういえば──」
「はい。グレースロートです」
ウチで預かる前からそれなりに交流はあった。と言うより、よく部屋を訪ねてきてくれたものだから、それなりに話をしたりしていた。
まあ端的に表現すれば──懐かれていたのだ。
当時の彼女からしてみれば、周りが誰も信用できなかったんだろう。感染者に囲まれた生活というものは……酷だったとしてもなんら不思議じゃない。
『いッ……。おい君、無事だね──良かった』
『なんで……』
『手を……いや。感染者との接触が怖いんだったね。立って、後ろへ走るんだ。君にはやはりまだ早かったみたいだね──何、気にすることはない。これから成長していけば──』
『どうして、感染者のあんたが……私を庇ったの』
『君が子供で、僕が大人だからだ。感染者か、そうじゃないかなんて……些細な問題のはずだよ。多分ね』
あれからだっけな……。
震えながら、感染者への恐怖を少しずつ払拭していこうとし始めたのは──。
アーミヤとも交流があったみたいで、少しずつ、本当に少しずつグレースロートは前へ進み始めた。
今もその途中だ。まだ感染者に触れるのは怖いし、鉱石病へのトラウマも消え去ってはいないが……少しずつ、前へ歩けている。
……なんで僕だけが例外なのかは分からんけども。
「すっかりと一人前のエリートオペレーターだな、君は」
「承認のハンコ押したのは先生ですよ。本当、あなたには感謝している」
「そう思っているのだったら、もう少し周りの機嫌でも取ってやるといい。こんな小説など読んでないでな」
「手厳しいですね。僕はあなたの機嫌の取り方なんて分かりませんよ?」
「違う。君は今の言葉が、私の機嫌をとれとでも言う風に聞こえたのか?」
「……ブレイズとかですか?」
「自分で考えることだ」
「うえ。先生は本当に厳しい人ですね」
「だったらこんな場所に来るのはやめておくことだな」
「それもやめておきます。……また来ますよ。僕に人助けを教えたのは、他ならないあなたですから。それじゃ」
「やれやれ」
ケルシー先生の部屋を後にした。
廊下を歩く──。
「お、ブラストじゃん。何してんの?」
「エフイーター。いや、ちょっと用事が済んだところ。あ、これから飯だけど、一緒に行くか?」
「うん。あたしもちょうどご飯食べに行くところだったし」
現在、エフイーターは別の部隊への配属になっている。主に作戦記録指導……だっけな。まあよく分からんけど、相変わらず元気にやっているらしい。
「そうだブラスト、あたしたちで作ったあの映画、雑誌で特集されてるよ! 迫力ある戦闘シーンだってさ!」
「ああ……。あの僕とお前の給料全部吸い上げて行ったアレね。上映まで漕ぎ着けたのか、すごいな……」
「そりゃあ、あたしが交渉してきたんだから当然さ。もちろんブラストの手柄もあるけどね」
「お前ね……。なんだって僕がスポンサー集めなんかやらなきゃいけなかったんだ。めちゃくちゃ苦労したんだからな。二度とやらない」
「そんなこと言うなよー! ロドスのみんなには、結構評判良かったじゃんか」
「まあ、そりゃそうだったけどさ……」
ブレイズも面白かったって言ってくれたが、なんか不満そうだったんだよな……。なんでだろ、あいつも映画に出たかったのか?
「けど悪いね、ちょっと忙しくなるからしばらくは付き合ってやれない」
「お、ってことは終わったらいいの?」
「暇でもやだ」
「なんでだよ! あ、もしかしてあのネコミミか! お前ら付き合ってるって噂だもんな!」
「なんでブレイズが出てくるんだよ……。揃いも揃って……一体なんなんだ? そもそも付き合ってないし」
「およ? そうなの?」
「もしあいつと付き合ってたら、お前と一緒に映画なんか作るかよ……」
「……ふーん。そうなんだ〜」
「なんだよ?」
「いーや? なんでもないよ〜」
「なんなんだよ……」
機嫌のいいエフイーターと一緒に食堂に入る。
何百もある席の八割ほどは埋まっていて、かなりの喧騒が入り口にまで伝わってくる。
──僕がロドスに来た当初は、こんなに人数はいなかったことを思い出した。
活気付いてきている。力もつけているし──新しいオペレーターも増えている。
世界を変えるための力が──。
「……? ブラスト? どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。……行こう」
*
『……Aceさん。僕は戦闘オペレーターなんであって、別に土木作業員じゃないんですけどー!』
『黙って手を動かせ。今は猫の手でも借りたいんだ』
『猫だってよ! ブレイズ、Aceさんが呼んでるよ!』
『うるさい! 私だって頑張ってるんだから、ブラストもちゃんとやってよ!』
『やってるって。ほら見ろよこの基礎工事! ちゃんとしてるだろ』
『そうだね。それを後いくつ作ればいいのか分かってる?』
『……。この話、やめるか』
『何、メカニックの連中も頑張ってくれてるし──明日からこの村の入居者たちも来てくれる。それほど時間はかからんさ』
かつて荒れ果てた村を、行き場をなくした感染者たちの居場所にする計画があった。
その村は十年ほど前に野盗の襲撃でボロボロになってしまい、住人たちが皆去ってしまった。だが大まかな畑や家のレイアウトは残っていて、再利用の可能性が見出された。
何より、地質調査の結果でこの近くに天然資源が埋蔵されていることが分かったのだ。
国が力を上げて獲るほどの膨大な量ではないが……確かに、かなりの量が眠っている。
『ロドスってこんなこともするんですね。はーきっつ、太陽が眩しい……』
『これをモデルケースにして、もっと感染者の居場所を作り上げていきたいんだ。これが初の試みだよ』
『思い切ったことするなあ。ロドスからここまで来るの、結構大変でしょうに』
『いいのさ。これはちゃんとした取引だ、ロドスにも、ここに根を下ろすことになる感染者たちにもメリットがある』
僕たちは村を作る主導をして、その後の鉱石病への治療を。
この村に住む感染者は、僕たちに資源と援助を。そしてまた新しい感染者の受け皿にもなれる。
『でも、よくケルシー先生が許可を出したよねー。あの人、こういうこと嫌いだと思ってたなー……』
『そりゃ、ブレイズはあの人に会う時基本的に叱られてばっかりだからね。無理もない……のか?』
『無理もないさ。あの人の優しさは分かりにくい。厳しい面ばかり目についてしまうが……ケルシー先生は本当に優しい人だ。俺たちみたいな古参のオペレーターはみんな知ってる』
『僕も知ってる。ケルシー先生はすごいんだからな』
『ブラストがケルシー先生を好きなだけじゃん』
『そりゃあ、僕を拾ってきたのはケルシー先生だからね』
『え? そうなの? Ace、知ってた?』
『いや……チラッと聞いたことはあったが。そうだったか』
そういえば、この時はあんまり人に身の上話なんて話したことなかったなあ。今もあんまり話さないけども。
確か、この頃の村は結構荒れ果てていた印象があった。草とか伸びきっていて、Whitesmithさんが文句垂れながら刈っていたんだったかな。ロドス全体の行動隊の数も少なかったし、隊員数も今も半分もなかった。だからエリートオペレーターですら現場に出て汗を流すことになっていたんだ。
剥がれた壁や塗装、それから道や、インフラの整備。
初めてやることばかりだったが……楽しかったな。Mechanistさんが大活躍だった。クロージャが来た時は流石に肝を冷やしたけど……。
『感染者になって落ちぶれてた僕を拾ったのはケルシー先生だよ。僕はその時、結構人生に絶望してたんだけど……ほんと、あの人に拾ってもらえて良かったよ』
『……ふーん。そうなんだー』
『なんか含みのある反応だな……』
『べっつにー? なんでもないよー』
ブレイズの釘を打つ強さがその時だけ二割くらい増していたような気がする。うろ覚えだが……それだけ妙に覚えているもんだね。
『よし……。ここはこれでオッケーだな。後はメカニックの連中に任せて、俺たちは一旦休憩にでも入るぞ』
『了解。はー、やっと休憩だ……。訓練よりキツい気がするよ』
『そんな訳ないでしょ? この暑さのせいだよ』
『あー。ロドスは基本室内だもんな。太陽って暑いね……。あれ、ブレイズ……焼けた?』
『え、うそ。やっば、日焼け止め塗るの忘れてたかな!?』
『日焼け止め? ブレイズがそんなこと気にするなんてね。明日は雨──いってえ! ちょとブレイズ!? なんでいきなり叩いてくるんだよ!』
『ブラスト、今のはお前が悪いな……。よりによってお前が言うか』
『はあ? Aceさんまで……。なんか悪いこと言ったかな……』
『信じらんない……。もう、全くこの男は……』
懐かしい記憶だ。
とても懐かしい。まだ下っ端の隊員だった頃だ。
この村の名前は────
「エスペランサ村?」
「ああ。僕がまだエリートオペレーターになる前から関わっている村でね、知り合いも多い……というよりは、知り合っていったと言うべきかな」
助手席に座るグレースロートが見渡す限りの草原を眺めて顔をしかめた。
「……こんな場所に?」
「うん。地理の関係上、天災が来にくい場所みたいでね。この辺りには昔、たくさんの集落があった。まあ、今じゃ見る影もないんだけど……」
「ふーん。そう……で、私たちはそんな場所に何をしに行くの」
「素材の運搬かな。それと交流。医療班の護衛も含まれるね」
「素材? ああ……資料で読んだ。アケトンの原料が取れるんだよね」
「そう。一口に原料と言ってもいろいろあるんだけど、話すと長くなるから今はやめておくよ。授業の気分でもないだろうしね」
「私は構わないよ。ブラストの話は、それなりに興味があるから」
「あれ、グレースロート、君……お世辞とか言えるタイプだっけ」
「本心だけど」
「……それは嬉しいな」
僕の話は回りくどいとか、面倒くさい話が多いとか日頃から言われるように、僕もそれなりの自覚があったんだが……。
「じゃあ授業でもしようか。エスペランサ周辺で取れるのは主にエステルの原料なんだけど、そもそも原料って何だかわかる?」
「確か、触媒……だったかな。合ってる?」
「その通り。ある金属のことだね。ちょっと加工した工業用のアルコールを分解するための、結構貴重な金属。この金属を利用して分解した後のアルコールが、いわゆる初級アケトンになるんだけど……この話の肝はそこじゃない。金属についてなんだよね」
「ただの金属じゃないの?」
「いいや。毒性があるのさ。少なくとも、自然界にはその状態で存在している。素手で触れると毒が肌から入るくらいヤバいやつ」
そして、非常に脆く水に溶けやすいという特異な性質を持つ。
その金属を溶かした水は、即効性と致死性を持つ水になり、どうなったのかというと──。
「もしかして、兵器になった?」
「よく分かったね。まあ今じゃ非人道兵器ってことで、国際条約で禁止されてる。昔、この村が滅んだ原因もその金属……脆弱化カルカロイにあったらしいよ。軍人崩れがその金属の毒性に目をつけて、奪い取ろうとしたっていう」
「それで、その後は」
「カルカロイ中毒で死んだ。ちゃんとした安全対策を怠ってね。お粗末な話さ」
「……そんな素材をロドスが受け取ってるって言うの?」
「アケトンの原料ってことを忘れてない? 全ては使い方次第さ、猛毒にも有用な素材にもなる」
「……それもそっか」
「こんなところかな。まあ素材の運搬はちゃんと防護服着込んだ連中がやるから、僕らは基本的に見てるだけだし、心配は要らないよ」
「別に心配なんてしてない」
「そう? 一応言っておくけど、村の住民はみんな感染者だ。君が平気かどうか、僕はちょっと判断しかねてるんだけど」
「ちゃんと理解してる。避けて通れない道なら、早めにやっておくべきだと判断した。大丈夫。今更下ろしたりしないでね」
「まさか。安心したよ──ほら、見えてきた」
ロドスと感染者たちが作り上げてきた一つの楽園。
エスペランサ村だ。かなり前、行動隊E3にいた頃に、Aceさんたちと一緒に建設を手伝ったことがあった。
村の人たちが手を振って歓迎してくれていた。
ドアを開いて降りると、駆け寄ってきてくれる人がいる。
「ブラストさん!」
「ギノ。久しぶり、元気にしてたかい?」
「はい! 今年は作物がうまく出来そうなんです、ロドスにも送ろうと思ってて」
「お、やっとか……。長かったね」
「はい、まあゆっくりしていってください。歓迎の用意は出来てますから」
ギノはこの村では一番若い青年だ。僕より幾らか年は下だが、しっかりとしていて、若者らしいアグレッシブさでこの村を引っ張っていっている。
村で生きていくなら、自給自足が最低原則だ。農業などやったこともない感染者は多く、最初は苦労していたが……やっとか。そうか、やっとこの村も軌道に乗り始めたのか……。
「数年の苦労が報われたね」
「ええ、本当に……。そちらの方は、初めて来られる方……ですよね」
「ああ、彼女は──」
「いい。私のことは気にしないで」
「……悪い、彼女悪気があるわけじゃないんだ。まだ新人でね」
「いえ、構いません」
グレースロートは車から降りて、広がる村落を眺めていた。
車両の後ろから部隊の連中が降りてくる。数台のロドスの車も続いて停まり、医療班と資材運送班も村に降り立って、歩き出した。
「じゃ、早速定期検診をやろう。ギノ、僕らが準備してる間、村の人たち集めてくれる?」
「はい、すぐに。それじゃ」
クランタの青年、ギノは感染者となってからカシミエージュを追われ、放浪しながら略奪を繰り返していた。生きるためには仕方がなかった。
「……あの人も、感染者なんだよね」
「うん。数年前、強盗事件を起こしてロドスに捕まった……っていうか、保護されたんだ」
「それってつまり、犯罪者ってことじゃない」
「言葉を選ばないならね。でも珍しいことじゃない……生きるためには、仕方がなかったってヤツだよ。犯罪行為を肯定するつもりはないけど、僕にはその気持ちがよく理解できるから」
「ブラストが?」
「僕にだって、背負っている過去があるってことさ。もちろん感染者だからって罪にならないわけじゃない。感染者になったって、誰もがみんな略奪をする訳じゃない。罪は罪だ。けど……仕方がなかったんだって叫ぶギノを、僕はどうにも責められなくてさ。本当、この村を作ることが出来てよかったと思うよ」
「ふーん……」
「さ、仕事しよう。まずは医療班の手伝いから。任務概要は頭に入ってる?」
「鉱石病の検診と治療って聞いてるけど……本当にこんな場所でやるの?」
「僕たちロドスが感染者のために出来ることはそう多くないけど……やれることはあるさ。どんな場所でもね」
「……そう」
グレースロートには経験が必要だ。
こういう世界もあるんだってことを、知ってもらいたかった。今回の任務が彼女にとって、有意義なものになれば喜ばしいことだ。
子供の成長は、何より嬉しいものだから。
*
「はい、じゃあ腕出してくださいね」
「うっ……痛くしないでくれよ」
「もう、大人なんだからしっかりしてください!」
仮設したテントの中では、村の住人たちの感染状況の記録、及び鉱石病の抑制剤を打っている医療班の姿がある。
緑の豊かな村だ。
踏み鳴らされた道を、資材運搬班が荷物を抱えながら歩いていく。脆弱化カルカロイの運搬だ。ちゃんと防護措置をとっている。村の住人にも貸し出されているものだ。
「たーいちょっ」
「……イーナ。何その……変な掛け声」
「変な、ってなんですか! 可愛げですよ、可愛げ。それよりいいんですか、あの小娘放っておいて。ここの人たちに何言うか分かんないですよね。ほら、今あそこで村の人と喋ってますけど、怒らせちゃうかもしれませんよ?」
「僕が付きっきりってのもよくないでしょ? それにほら、村の人の表情もあんまり悪くない。心配するほどじゃないよ。てか小娘って……」
「ほんとかな〜。そもそも隊長、あの小娘と一体どんな関係なんですか。べったりですよべったり。親か何かですか」
「ははは、親ね……。そうだったらよかったかもね」
「え? うそ」
「冗談さ。十歳くらいしか離れてないのに親と子供なんてありえないだろ」
「じゃあなんなんですか? まだ二日目なのに、私あの子が隊長の事どう思ってるかわかっちゃうくらいなんですよ?」
「どうって?」
「それ聞きます?」
イーナは本気で頭を抱えたが……。こいつわかるのか?
日陰から日向を眺めていると、よそ風が髪を揺らす。グレースロートはまた村人と別れ、村を見学しに行ったようだ。
「僕は、懐かれてるだけだと思ってるけど」
「……隊長って、ほんと、もう、なんて言うか……救い様がないです」
「そこまで言うか」
「そりゃあ、懐かれてるってのも間違いじゃないと思いますよ? でもあれは……依存に近いです。ぶっちゃけ危ういです。隊長が」
「僕が? あの子じゃなくて?」
「隊長ってほんと人間関係の沼ですよね。あーやだやだ、こんな隊長の下で働けて光栄ですー」
「……まあ、皮肉はよせよ。依存はないだろ、依存は」
「その油断がいつか隊長を殺しますよ。ブレイズさんともあんなんだし……エフイーターさん連れてきたときは、本当に殺してやろうかと」
「物騒だね……。なんでイーナがそんな事思ってんだよ……」
「……隊長。私じゃなかったらこの時点で刺してます」
じとっとした目をイーナが向けてきた。
「そりゃイーナは術師だもんね。刺しはしないでしょ」
「わざとやってます?」
「至って真剣さ。……いや、冗談だよ。うそうそ、だからサバイバルナイフ取り出すな? しまって?」
「次同じような事言ったら刺します」
「ほ……本気の目だ。殺意を感じる……」
「はぁ……。ま、いいですけどね。どうなろうと、隊長は私の隊長ですからね」
「? そりゃそうだろ。僕はお前の隊長だ」
「ならいいんですよ。ふふっ」
「さっきまでナイフ取り出してたヤツとは思えない笑顔だね……。ところで、グレースロートの腕はどう?」
「不本意ですが……悪くないです」
イーナはまた不服そうに言う。
青空を見上げながら渋々評価を口にした。
「ちゃんとしてます。才能っていうか……努力ですね。基礎的な動作がしっかりしてて、ミスが少ないです。飛び抜けた技術は持ってないんですけど……とにかく堅実です。癪ですけどね」
「ジフとかと比べてどう思う?」
「そりゃ、ジフの方が強いに決まってます。でも……」
「でも?」
「……。いや、これ以上褒めるの嫌なんでこれ以上は言いません」
大体分かった。
狙撃手にはそれぞれ特徴がある。ジフはかなり荒削りだ。攻撃力に特化しているとも呼べる。グレースロートは堅実。まあどちらがいいかと言われれば……好みの問題もあるだろうが、僕は堅実な方がいいと考えている。
かと言って、じゃあグレースロートをいきなりウチに入れるのかと言われれば否。
腕前よりも、僕が重視するのは信頼関係だ。
平時から連携でき、いざというときに助け合える。それがチームの理想像だ。
まあグレースロートならいずれは大丈夫だと思ってる。いずれは──そうなるかもしれないけど、まあそれは僕一人で決める問題じゃないし。
「とにかく。隊長、しっかりしてくださいね」
「あの子の世話は僕一人が見る訳じゃないよ。お前らとの交流も大事だと思ってる」
「そうじゃなくて……もういいです。ほんとにもう……。私、医療部の方見に行ってきます。それじゃ──あ、隊長。今度の非番、買い物に付き合ってくれませんか?」
「予定が空いてたらね」
「やった! 忘れないでくださいね! それじゃー!」
イーナは去っていった。
空を見上げると、晴れた空が腹立たしいほど青かった。
いい天気だ。
・ケルシー先生
アークナイツを進めていくごとに印象がどんどん変わる先生。
えちち。
優しい先生だと信じてます
・グレースロート
複雑なお年頃。
かわいい……。昇進2がえっちい
・エフイーター
ブラストと映画を作っていた。尺の都合で全カットしたが、ブラストの給料と休みが消し飛んだ
・Aceさん
回想シーンに登場。エスペランサ村を作る作業に参加していた
他のエリートオペレーターも一緒に働いていたと思います
・ブラスト
ケルシー先生に拾われてきた
・イーナ
行動隊B2の女術師。
あっ……
外見イメージは適当ですが、ペッローのイメージで書いてます
・エスペランサ
どっかの言語で希望を意味する言葉。
皮肉です
・アケトン
理性生える
化学系の知識は適当です。ゆるして
・
D.J.サリンジャーによるベストセラー長編青春小説。実在します。ブラストは面白いって言ってましたが私は全然面白くなかったです
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雲と灰色-3
『ここが……俺たちの住む、場所なんですか』
『そうだ。まだ名前も決まってないがな』
『ここでなら、俺たちは……平和に暮らせるんですか』
『周辺諸国への通達は済ませてある。少なくとも、手出しはしてこないはずだ。あとは君たちと私たちロドスの努力次第だな』
『……ここが、俺たちの──』
不安要素は強かったと思う。この村は完全な自治が必要だったし、犯罪歴のある感染者も多かったというか……ロドスが受け入れきれなかった感染者の行き場だったからだ。
もしも外部からの障害がなくとも、内側から──というのは、あり得た話だ。
世の中に締め付けられてきた彼らが、心の奥底で何を思っていたか。ロドスは感染者を助けようとする組織だが、感染者からの逆恨みは珍しくない。
なぜもっと早く助けてくれなかったのか、なぜもっと強い援助をしてくれないのか。
非感染者を皆殺しにしろと言う感染者さえいる。
それでも。
『ここが感染者にとっての希望となり得ることを、心から願うよ』
『希望……』
だから、ケルシー先生はそう名付けた。
『そうだな。では
『先生にしては珍しいネーミングですが……いいと思います。ブラスト、どうだ』
『僕も賛成です。じゃあ、エスペランサ村ですか?』
『えー、長くない? もっと短い方がいいって』
『フフ、そうかもしれんな』
『いや、ブレイズ……これがいいよ。僕はそっちの方がいいと思う』
『そう? まあ……ブラストがそう言うんなら、私も別にいいかなぁ』
『では、そうしよう。君、それで構わないか』
『はい、ロドスのみなさんが決めた事なら……それで』
最初の住人は、大体100名前後だったかな。それだけの数から規模を拡大させ、今では400名を越す住人を抱えた村へとなった。
これを足がかりにして、もっと感染者の希望を増やしていけるように。行き場をなくした人々に居場所を与えられたら。人々自身が自分の居場所を作り出していけたのなら。
こんなに嬉しいことはない。
それはもはや、僕自身の希望だ。
『あの……ありがとうございますっ! 本当に、ありがとう……!』
『構わんさ。ギブアンドテイクの一つだ。君たちにはこれからも苦労して行ってもらう予定だからな』
『それでも、ありがとう……!』
ギノの感謝の言葉を覚えていた。
その時初めて、僕はロドスのやろうとしていることが一体何を意味するものなのか理解した。
これだ。
ロドスが感染者を助けるのは、この景色を世界中に広げるためなんだ。
ケルシー先生への恩返しのためにロドスに入った僕は、この時初めて、夢とも使命感ともつかぬ思いを抱いた。
──人々を救おう。
──僕がケルシー先生に助けられたように、僕も誰かを助けよう。
──それが、僕のやるべきことだ。
それが今の、エリートオペレーターBlastを作り上げた思いだ。
今でもそう信じている。
*
「じゃあ、一旦僕らはロドスへと戻ります。検診は予定通り明日も行いますから、そのようにみなさんに伝えておいてください。何かあればこっちのイミンが残ってるので、こいつに。イミン、頼んだよ」
「はい、自分に任せといてください」
「うん。それじゃ、グレースロート。帰るよ」
「分かった」
素材を詰め込んだ車両にブラストたちはイミン一人を残し、一旦ロドスへと撤収する。村の人数もあって、定期検診は二日間に分けて行われる予定だった。
イミンを残したのは、ブラストの気遣いだった。
家族を無くしたばかりのイミンには、自然に囲まれた場所での時間が効果的だと判断したのだ。少しでも気を抜いて、立ち直って欲しいというのは隊全員の総意でもあった。
──イミンは移動都市の出身ではない。このエスペランサのような、自然に囲まれた集落の出身だ。故郷に近い風景を見て、イミンはロドスに来る前の生活を微かに思い出した。
イミンはそんな集落に怒りを覚え、鉱石病の妹と、自分の鉱石病を治すために、兄妹二人だけでロドスへと辿り着いた。
両親はそんな自分に援助を惜しまなかった。鉱石病を治すことはできないが、援助してやることはできると言い、無理をして多額の資金をイミンに渡した。
愛されていたと思う。
──そして、全員が死んだ。
最悪だった。妹の里帰りに、サルカズの傭兵団の略奪が重なった。運が悪かった──。
イミンだけは、里帰りよりも訓練を優先して生き残った。イミンだけが。
サルカズの悪名通り、惨たらしい死体が残っていたらしい。
その知らせを受けて、イミンは浮遊感にも似た現実味のなさと、じわじわと襲い掛かる苦しみに襲われていた。
自分一人が生き残って、何かなるのだろうか。意味があるのだろうか。
両親に感謝していた。妹を愛していた。
不思議なことが一つだけあった。
自分の人生において故郷であった集落には、そこまで感情の比重をおいていなかった。
それなのに……なぜこんなにも、虚しい──?
エスペランサに沈む夕日を見ていると、答えがようやく出せた。
自分にはもう、帰る場所がないのか。
「イミンさん、部屋はこっちに用意してあります」
「……ギノさん。ありがとうございます」
あてがわれた部屋と、食事。いい部屋だと思う。
「その、何か……ありましたか?」
「──あ、ああ。自分ですか。いえ、なんでもありません。エスペランサの皆さんに落ち度は何もありませんよ。自分にはお構いなく」
「そう、ですか……。じゃあ、俺はこれで。おやすみなさい」
ギノは扉を閉じてゆっくりと出て行った。
自分はそんな顔をしていたか。
隊のみんなにも今朝からずっと気遣われている。
こんな風では、副隊長は務まらない。しっかりしろ、イミン。
食事を終えて、すぐに寝ることにした。
あまり考えるのも良くない。時間が経てば、いずれ風化してくれるはずだ。
深夜。
早く寝過ぎたせいか、真夜中にイミンは目を覚ました。
もう一度眠ろうにも、眠気がさっぱりない。外を歩くことにした。
真夜中といえど、月が出ていた。
夜の風に揺らされて、草葉が月光に照らされている。幻想的な風景だった。
──話し声が聞こえてきて、イミンは反射的に足音を消し、身を潜めた。
耳をすませる。
「──し、連中は午前中には到着する。予定通りだ」
「くくっ……。これで連中が持ってくる物資、奪いたい放題って訳か。いや〜、感染者を助けてくれるのか。助かるぜ……くく!」
「声を出すな。まだ村に一人、ロドスのヤツが残ってる」
「疑われてねえだろうな」
「それはない」
「なぜ言い切れる?」
複数人だ。
近い──。
「ひどい表情してたからな。あれで任務なわけがない」
聞き覚えのある声。
ギノだ。
この会話内容──間違いない。何かを企てて──。
「で、本当に俺たちのその後は保証してくれるんだろうな」
「天下のサルカズが信用できねえか。そりゃそうだ。警戒心は大事だぜ〜? まあ安心しろよ。俺らがお前らを殺す必要なんてどこにもないだろ? お前らは俺ら傭兵団に飯を提供する。俺たちは脅威からお前らを守る。ギブアンドテイク。何度も言ってることだよ」
「それで、ロドスの人たちはどうする気なんだ?」
「まあ皆殺しだな。逃げられちゃ面倒だ。……おっと、罪悪感が湧いたか?」
「はは、まさか。……連中は感染者の裏切り者だ。結局俺たちから搾取してるだけの偽善者の集まりだよ。罪悪感なんてあるわけがない」
強い、怒りを覚えた。
サルカズの傭兵団……どこからかこの村に入り込み……。
「でもロドスの奴らの装備は充実してる。勝てる見込みが本当にあるんだな?」
「ロドスなんて聞いたこともねえ。別にBSWやらそこいらの傭兵相手にするわけじゃなし、俺らが負ける訳ねえ。製薬会社なんだろ? 医者の真似事してる連中に、俺たちが遅れをとるものかよ」
「なら安心だ。奴らめ……俺たちから容赦なく奪いやがって! クソ、何が感染者のためだ、こんな田舎に閉じ込めておいて、白々しく正義を語る資格なんか、あいつらにはありはしないってのに!」
いいかげん我慢の限界だ。
──とても、愚かだ。救いようがない。
つまり、ロドスを売ったのか。この村は──。
一刻も早く隊長にこの事実を伝えないといけない。
足を返して──。
「……おい、そこに誰がいやがる?」
夜に──。
最後に、仲間たちの顔が思い浮かんだ。
*
「……ねえ、ちょっと車が速すぎる気がするけど」
「イミンから来る予定だった定期連絡が、昨日の夜から途絶えている。何かあったか分からないけど……胸騒ぎがする」
「誰かに襲われたとか」
「まさか。あの村にそんな人はいないし……イミンは強いよ。ちょっと気が抜けているだけだと思う。ここのところ、イミンはずっとそうだったし」
「彼の故郷、この前襲われたって──」
「そう。ここのところなんか危ない顔すること多くてさ。今夜あたりにでもみんなで宴会でもして元気付けてやる予定だった。……急ぐよ」
アクセルを踏む。
草原の道に車両が大きく揺れた。
「Blastより行動隊B2各員へ。ないとは思うけど、村で何かが起きているかもしれない。装備を整えておいて。医療班および資材班は、念のため、村から一キロ離れた場所で車両を止めて、僕の指示があるまで待機。その後十分以内に僕から連絡が無ければすぐさまロドスへ引き返してこの事実をケルシー先生に伝えること」
『了解っす。でもそこまでする必要あるんすか?』
「なんか、嫌な予感がするんだ」
『根拠ないんすか……』
「いいや──。あるよ。今日は……天気が悪い。ほら、雨が降りそうだ」
「気のせいじゃないの。今日は降らないって予報が出てた」
『ま、杞憂なら心配性の隊長を笑ってやればいいだけっすね』
「そういうこと。グレースロート、君も心の準備はしておくんだ。もし戦闘になっても、僕はまだ君を戦わせる気はない」
「……分かった。指示には従う」
『Blastさん。村までもうすぐです、医療班はここに車両を停止させます』
『資材班、同じく』
「了解。……何も無ければいい。それでいいんだ……」
車両の後ろに行動隊B 2、僕たちを含めて九名を乗せて、エスペランサ村へ。
……天気が悪い。
村の入り口に車を停める──。
「各位へ。すぐに車両から出て不自然にならない程度に散らばれ」
『了解』
車から出る。昨日のようにギノが駆け寄ってくるが、その表情が硬い。
「やあギノ。イミン知らないかい?」
「ブラストさん、大変なんです! 実は昨日の夜、サルカズの傭兵団が村へ来てて──」
「サルカズの傭兵団……。クソ、ビンゴか! 村の人たちはどうしてる!」
「山のほうに避難してます!」
「そうか、それで人の気配がないのか……! イミンは!?」
「その、僕らが避難する時間を稼ぐために──でも、適当なところで切り上げて逃げるって」
「……。どっちだ、すぐに向かうよ!」
「あっちです!」
すぐに剣を取り走る────。
*
ここで、グレースロートは一つの決断に迫られていた。
「あっちです!」
ギノが指差した、村の中央への道へ走り出そうとするブラストに──ギノが、隠していたナイフを振り下ろそうと──。
ブラストが焦燥のあまり、普段なら容易に気がつける殺気に気がつかなかった。また、ギノとは長い付き合いで、警戒心が一切なかった。ブラストは、ギノを信用していた。
これらの要因が重なり、首へ振り落とされるナイフに──。
グレースロートだけが気がついていた。
ボウガンはとっくに構えていた。村に近づくごとに、何か異様な気配がした。ギノ以外に人が誰もいなかったのは、ただ事ではないことが容易に分かった。
グレースロートなら、ナイフを振り落とすより先に脳天を打ち抜ける。その自信と、繰り返した訓練の積み重ねがある。
ボウガンには矢が装填してある。両手に構えてある。
グレースロートはまだ、人を撃ったことがない。
人を殺したことがなかった。
当然だ、本来ならまだドーベルマン教官のもとで訓練段階にあったはずだ。
そもそもロドスの理念からして、行動隊とてそう簡単に人は殺さない。ロドスは傭兵斡旋会社でも民間軍事組織でもない。
エリートオペレーターでさえ、殺人を犯すのは本当にやむを得ない場合だけだ。
命を奪えば、その歪みが倍になって襲ってくることなど、ロドスのメンバーは重々承知していたから。
人を殺すことに恐怖があった。
いつか見た感染者の暴動、倒れる人々。人混みへ消える父の、二度と見れない背中。
こびり付いた赤い血に、仲が良かった友人の狂気に染まった姿。
何度も何度も、何度も何度も何度も何度も──……とっくに死んでいるような人間に馬乗りになって、薄汚いスパナで何度も頭部を殴り、頭蓋骨を砕いて飛び出した脳漿の色。
恐ろしい怒号。悲鳴、砕ける音、千切れる音、殺す音。殺す声。
何もかもが信じられなくなったあの日。
忘れたくとも忘れられない、真っ赤な血に染まった世界。
きっと生涯、自分は人を殺すことはない。それだけは、自分があの暴動を起こした感染者と同じになるのはダメだ。
あんな恐ろしい人々の中に、自分が加わっている景色は、想像しただけで──吐きそうになった。
あんな人たちと一緒の存在に堕ちたくない。
この手が真っ赤に汚れるのが怖い。
怖い。
怖い。
怖い──……。
『僕はブラスト。さっきは大丈夫だった?』
怖い。
『感染者が怖い──……。そうか。人が信用できないのか……。なら、こういうのはどうだろう。本当にロドスが信用できないか、試してみるっていうのは。そうだな……せっかくだし、僕の命でも賭けようか。ロドスが命を懸けて人々を助けようとしていることを君に証明しよう』
怖い。
『んー……。でも具体的にどうしようかな。君、狙撃手だよね。だったらこうしよう』
怖い。
『君がもしも、これから先──僕のことを微かでも信用できないと感じたら、そのボウガンで僕の頭を撃ち抜けばいい。僕は抵抗しないし、君はいつでも好きな時に僕を殺せばいい。ケルシー先生には僕から言っておくよ。僕が死んだときは、それは事故で、全部僕の自己責任だって。それでどう?』
怖い。
『って、こんなイカれた提案受けるわけないよね──って、いいの? マジか。ま、一度言ったことは取り消さない。信頼っていうのは、この命をかける価値がある。特に、君みたいな子供からの信頼をこの命一つ賭ける程度で得られるんなら儲けもんだしね』
怖い。
『僕は大人だから、君を守り、導く義務がある。君、名前は』
怖い。
この名前に真っ赤な血がこびりついて、私を蝕む未来が、怖くてたまらない。
怖い。
汚れた手を、もう一度取ってくれる誰かが現れないかもしれないと考えるのが怖い。
怖い。
『私は……』
怖い。怖い、怖い怖い怖い──怖い。
「グレースロート。それが私の──……ッ!」
でも。
ブラストを失うのは、それよりも怖かった。
ギノの頭部を矢が貫いた。血と脳漿が、感染者の希望の地へ飛び散って、汚れた。
・ギノ
感染者の青年。救ってくれたにもかかわらずロドスへの反感があった。
村のリーダー役をしていた。無事死亡
・グレースロート
初めて人を殺した。
シリアスの元凶。
かわいい
・イミン
行動隊B2の副隊長。無事死亡
・サルカズの傭兵団
ぐへへへって笑いそう
今回の敵役
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雲と灰色-4
五十連くらい回しました。
ロサさん来ました。
イベントシナリオ読みました。
ああああああああああああああああああああああああああああ
辛いいいいいいいいいいいいいいいいい
このイベントだけ過酷すぎへん? BGMすらない会話イベント怖すぎワロタwwwwww
ワロタ……
発射音が聞こえて、走り出そうとした体が反射的に後ろを見る。
グレースロートが矢をつがえて、次の準備を──。
その表情は。
驚きのままに倒れたギノに目をやって、手にしたナイフを見て全て理解した。
「ブラスト、無事!?」
「グレースロート……これは、」
「そのナイフが見えないの!? 周囲の警戒、まだ潜んでる可能性がある!」
隊の連中が駆け寄ってくる。
「ギノさん……!? これは、ねえ小娘! これは一体どういうこと!?」
「そいつがブラストを殺そうとしていた。ブラストが気付いてなかった。だから私がやった。それだけ」
「うそ……。まさか、この村の人たちが襲ってきたとでも言いたい訳!?」
「そう言ってる。そいつのナイフ、見えてないの」
「そんな訳ない……そんな訳ある訳ないでしょう!? エスペランサはロドスが一から作り上げた感染者の希望の場所よッ! そんな訳が……ッ!」
「やめろ、イーナ……」
「隊長、でも、──……」
頭では理解してる。
つまり、ギノはロドスを裏切ったんだ。
「もう、十分だ。……グレースロート、すまない。君の手を汚しちゃったな……」
「いい。必要なことだった」
「……医療班、資材班へBlastより通達。クロだ。今すぐロドスへ帰れ」
『り、了解。でもBlastさんたちはどうするんですか?』
「僕たちは……真実を明らかにする」
『わかりました……。無事に、ロドスへ帰ってきてくださいね』
「分かってる。それじゃ。……みんな、行くよ。現時点より、敵の存在が確認された場合、各自の判断で戦闘し、必要があればこれを殺して構わない。全責任は僕が取る。いいな」
『了解ッ!』
「行くよ。カルゴとハンスは僕と先行、状況を探る。ジフ、レイとグレースロートを率いて狙撃ポイントを取れ。必要があればお前の判断で撃て。イーナはアイビスと組んで周囲を警戒、敵の主力がいた場合、僕らと一緒に叩くよ。ルイン、すぐに救護態勢を取れ。必要に応じて行動しろ。すぐに次の指示を出す。通信機は常にオンにしておけ。そして僕からの連絡がない場合はジフ、お前が指揮を取って撤退するんだ。いいね──各自行動開始!」
この部隊の先鋒はカルゴとハンス。いつもなら僕は彼らの報告を待って指示を出す。だけど──。
中央へ走る。
嘘であってくれ、と。心のどこかで思っていた。
村の中央にいたのは、四名ほどの武装した集団だった。前衛と重装の武装。村に狙撃兵、術士が潜んでいる可能性がある。要警戒。
「おお? 来やがったが……あの小僧。さてはしくじったな。役立たずが」
「お前らは……誰だ?」
「泣く子も黙るサルカズの傭兵団……なんつってな。ロドスアイランドねえ……弱そうな連中だ。これなら何も考える必要はなかったなぁ」
「……。何を企んでる」
「いや? 何やら感染者を助けてくれる組織みたいじゃねえか。俺らも助けてくれよ! ッハハハハハハ!」
男たちが呼応して笑った。
その顔が──癪に触る。
「ちょうど車両が一台欲しかったところだったんだよ。鴨がネギ背負って歩いてくるとはこのことだな。ついでに村までゲットできるとは……神様ってのは居るモンだな。ああ?」
ヒゲの生えたリーダー格の男は聞いてもないのにべらべら喋る。
「ああ、そういやお仲間を探してねえか? 俺たちが
仲間の一人が笑いながら聞いた。
「お前そりゃ、どこで会わせてやるつもりだよ?」
「そりゃ決まってる、あの世さ。ハハハハハハ!」
もう──……。
「ハンス、カルゴ。隠れている敵がいるかもしれない。探し出せ」
「隊長、こいつらは──」
「僕一人で十分だ。行け」
指示に従い、二手に分かれて民家へ向かっていく。
これで状況は一対四。四方を家に囲まれているため、家の中からの狙撃に注意。そっちはハンスとカルゴに任せる。
「おいおいおい。俺たちも舐められたモンだな──? おい兄ちゃん、俺ら四人だぜ? こりゃ参ったな、弱いものいじめは好きじゃねえし……。そうだ、なら俺一人で相手にしてやるよ。それでどうだ?」
「バッカお前、それじゃ弱いものいじめになっちまうだろうが! ハハハハハッ!」
「ハハハ! そりゃそうだ! 悪い悪い──。ま、なるべく苦しませて殺してやるよ! そういやお前が隊長さんか!?」
「……だったら何だ?」
「そうか! いやー、面白かったぜ! 隊長、隊長っつってさ! 最後まで誰かの名前を言い続けてたよな! えーっと何だっけ、じ、ジフ……だとか、ルイン、だとか。仲間思いで結構だな、殺し甲斐があったってもんだ! せっかくだし同じ殺し方でやってやるよ! おいてめえら、囲め!」
「お前一人でやるんじゃなかったのかよ! ビビってんのか? ギャハハッ!」
「同じ殺し方でやることにした。まあどうせ死ぬんだ、結果は一緒だろ?」
「それもそうだな。せっかくなら遺言でも残してみろよ! あとでお前の仲間に伝えといてやるからよ!」
「──す」
イミンは、堅苦しい性格をしていたな。
何に対しても生真面目で、本当、真面目を絵に書いたようなヤツで──。
「ああ!? なんだって!?」
「殺す。もう、黙れよ」
「おいおい、強気なにいちゃんだな……。命乞いすれば、苦しまずに殺してやってもいいぜ?」
「……なるべく苦しめて、殺す。もう、」
「……。おい。このゴミ野郎をぶっ殺すぞ」
最初は、それほど優秀でもなかった。平凡な、だけど努力家で。
「……風よ、」
正面の男の首を飛ばした。風の剣が、可視できるリーチの外から掻き切った。
「は──? おい、リゲル……? く、クソが! 一斉に掛かるぞ!」
イミンは、その努力を持って、みんなに認められる副隊長にまでなった。
あいつの槍は、その堅実さを表したかのような硬い強さだった。
もっと──強くなれる。そのはずだった。
「ぐ、あああああ、腕、俺の腕が、ああああああああッ!」
「其は数多く、」
なんでかな。
「てめえ、タダで済むと──」
「堕ちて、」
本来の使い方は、こうじゃなかったような気がする。
もっと、この風というものはこんなに生やさしいものじゃなくて、
「クソ、なんで、何で──触ってもいねえのに、なんで攻撃が出来るんだよ!?」
「人を呪う」
もっと残酷で、容赦のない、
「が、げぼ、かはッ──、い、息が──」
「祝福であり、」
──こんな日が来るって分かってれば、ロドスには来てなかったのかな。
「やめ、やめろ、やめてくれっ、助けて、助けてくれ、──」
「あなたを作りあげたもの、」
最後の一人の両腕を切り飛ばした。
風がアキレス腱を切断して、男は膝をつく。
「お、俺たちが、俺たちが悪かった! もうこんなことはしない! お前らにももう関わらないっ! だから、がっ……げ、ぎ、……」
「また、あなたが作りあげた証に、」
二度と、イミンに会うことは出来ないのなら──。
「全て、幻のような呪いを……もう、十分だ。死ね」
「あ、──」
首が地面に転がった。
……。
イミン。これでいいか?
「各員へ。前衛四人を処理した。敵部隊はまだ残っている可能性が高い。敵を見つけたら報告しろ」
『狙撃班、敵部隊を確認したっす。連中、幸いなことにあんま警戒してないみたいっすよ。気づかれてないっす。数は六、装備から判断して、先鋒っすね』
『術師班、同じく敵を確認しています。いつでも行けます』
「これより掃討戦を展開する。村中央へ追い込むよ。そこで一網打尽にする。また、この作戦中において敵の状態は
これでいい。
これが復讐になってることは、とっくに自覚してる。
誰の命であれ、殺人は殺人だ。罪は罪。
でも──。
「人の血を流すものは、人によって血を流す……か。なら、いつかは僕も──」
「隊長、民家に敵は確認できませんでした」
「ああ、了解。作戦通り、この四方の道で挟み撃ちにするよ。それでお終いだ」
「……了解してます。隊長、イミンのやつは……いえ。後にしましょう」
村の左右から戦闘音が響く。
「二人とも、狙撃班の援護に向かえ」
「了解。隊長は」
「僕は術師の方に行く」
頭がかつてないほど冷えて、視界がクリアだ。
雲が空に掛かり、気温が急激に低下していく──。
雨が降るだろう。
追い詰められた術師たちがこちらへ逃げてくる。
僕はそいつらの首を風でねじ切った。
追撃に走ってくるイーナを見つけた。
「隊長、それ──」
「……ああ。うん」
その表情が、あまりにも酷かったから、僕は虚しく笑った。顔だけで笑った。
「……本当は、こういう使い方が一番いいんだ。楽だし──、簡単に殺せる」
「隊長、もういいです。いいです……ッ! もう大丈夫ですから、もういいですからぁッ!」
「まだ作戦は終わってない──……。まだ、気を抜くわけには──」
「大丈夫です、大丈夫ですから──あ」
口で気を抜いてないなどと言いながら、気を抜いていた。
イーナの心臓を、一本の矢が貫いた。
背後からこっちに向かって、一本の矢が、貫いて────。
背後に一人、迷彩狙撃兵が隠れていた。笑った表情が──、
すぐに近くにいたアイビスが、怒りを抑えきれずに叫んで狙撃兵を撃ち抜いた。叫び声が風に紛れてよく響いていた。それが聞こえていた。
──現実を受け止めきれない。
こんな、こんな……。
一切の前振りもなく、こんな突然……。
僕はその日が来るかもしれないって覚悟したことはあった。戦いの中に部隊長として生きるんなら、その日が来るかもしれないって──でも。
こんな気持ちになるぐらいなら──、こんな、こんな──!
また、僕は失うのか?
イーナが苦し紛れに微笑んだ──。
体を預けてきて、僕は呆然としながら受け止めて、
「あはは……。嫌だなあ、まさか、私がドジるなんて……。まだ居た、なんて」
「僕は、お前を失うのか……? イミンに続いて、お前まで──」
ルインを呼んで、治療を──させて、どうにかなるのか?
心臓を貫かれて、……。
「隊長。私の最後のお願いです」
雨が降り始めた。
すぐに暴風を伴って、イーナの体温を奪って行く雨粒が、
冷たい雨の中で、頬に暖かい感触がした。
「隊長。私、あなたのことが好きです。……あはは、やっと言えた──……」
「なん、で──」
「本当は唇でチューしたかったんですけど、それはブレイズさんに譲ります。あ、返事は別にいりません。ここで私が死ねば、私は永遠に隊長の部下なんで。ちょっとズルいですけどね、えへへ」
「お前も……僕を、置いてくつもりなのか」
「……嘘ですよ。でも隊長、あなたは私の人生の中で、ただ一つ輝く光でした。あなたがいてくれたら、きっとこの世界が変わると今でも信じてます」
「僕に……やれっていうつもりなのか……? 僕は、僕はお前らを失ってまで世界を変えたいわけじゃ……ッ!」
「いいえ、隊長なら出来ます。感染者を取り巻く困難な状況を変えられます。私の知ってる隊長は、そんな人です。この世界を救ってください」
「違う、違う僕はそんなすごい人間じゃないッ! 僕は──ただの、」
「後のことは、お願いします。そうだ、みんなに──先に行ってるって、伝えて、おいて──」
雨が降っていた。
亡骸をアイビスに預けて、僕は背を向けて歩く。
「隊長、どこに」
「後の奴らを片付ける」
「……一つだけ、聞かせてください。私たちは、間違ってましたか……ッ!?」
「……。分からない」
「私たちのやっていることに、間違いがなかったのなら……! イミンとイーナの死が正しいってことじゃないですかッ!? そんなの、そんなの……」
アイビスの叫びが嵐の中で聞こえた。その呟きさえ──。
「あんまりじゃないですか……」
分かってる。
分かってるよ。
分かってるけどさ。
残りの傭兵は、すぐに片付いた。
……イミンの死体は、村の一角で見つかった。
「イミン……ッ! くそ、くそ、くそくそくそくそくそ! なんで! なんでっすか! なんでイミンとイーナがこんな目に遭わなきゃいけなかったんすかッ!? なんで、なんで……」
「……二人をロドスに連れて帰る。撤収するよ、風邪を引く」
「隊長ッ! でも──ッ!」
ジフの涙が雨に紛れて見えなくなった。
「僕たちがここに残って出来ることはもうない。ロドスへ帰るよ。帰るんだ」
「ちくしょう……うあああああああああああああッ!」
叫び散らすジフを放って、レイがイミンの亡骸を抱き上げた。
「くそ、ちくしょう、くそ、くそ! イーナ、イミン、なんで……オレ達を、置いていくなよ……寂しいじゃないっすか……」
僕も、イーナを抱き抱えて、車両へ──。
車両へ二人を乗せる。
雨が滴った。
ジフを除いて、みんなもう車両の後ろに乗り込んでいた。
あとは──。
「グレースロート。君も乗れ。帰るよ」
「分かった……」
帰りの嵐の中を運転していく。
大人数を運搬するための車両だ、前の座席と、後ろの大人数用のスペースは区切られていて、会話用のハッチを開けないと前と後ろでは会話ができない。
沈黙と、フロントガラスを叩く雨の音。
「私ね」
グレースロートが徐に話し出した。
「昨日、村の人と話をした」
僕は黙ってそれを聞いていた。
「なんでこの村に住んでるのか聞いたら、行く宛がなかったからだって言ってた。いろんな場所を追いやられて、ロドスに拾われて、あの村を用意されたんだって。あの村は、少なくとも感染者だっていう理由で差別されたり、食べ物を食べられないってことはない。だから、あの場所にたどり着けてよかったって。ブラスト、あの人たちはどうなるのかな」
「……山へ避難したってギノは言ってたけど、嘘だろうね。十中八九、あの傭兵達とグルだ。傭兵に襲われたっていう嘘をつきたいなら、もっとちゃんと家を荒らしたりする。村の状態が綺麗すぎたし……山へなんか避難できるはずがない。山は脆弱化カルカロイの産出地だ、危険すぎる。村の住人がそれを分かってないはずがない。おそらく、傭兵団が用意した場所へ一時的に逃れているんだろう。あわよくば、僕らを山のほうに誘導したかったのかもね」
結局その辺りが妥当なのだろう。
あの村全体が、ロドスを裏切った。
その事実が──。
「このままじゃいられない。一度裏切れば、もう二度目なんかない。ケルシー先生はそこまで甘くない……。最悪、あの村の住人を全員消したって構わない。どうせ感染者だ、いなくなっても誰も困らないし、はは……感謝までされちゃうかもね」
「ブラスト。それは、ブラストが絶対言っちゃダメな言葉。取り消して」
「……そうだね。僕がこんなこと言っちゃいけないよね。僕はエリートオペレーターで、感染者を救うのが仕事なんだから」
「……なんで、あの人たちはロドスを切って、傭兵団に付いたの」
「推論はいくらでも立てられるよ。まず、そもそも傭兵団が脅威だったから。あの傭兵団は随分粗暴そうだったから、彼らの要求を断れなかったのかもしれない」
「でも、ロドスに連絡する手段はあった。違う?」
「……残念ながら、違わない。彼らはそれを選ばなかった。感染者の安住の地と言っても、実態はそれほどよくなかったのも事実だ。娯楽が少ないし、都市の食べ物とかも手に入らない。かなり原始的な生活だったと思う。その上、カルカロイの採取ノルマがあったからね。彼らにとっては監獄だった……のかも知れない」
「でもそれを選んだのは彼ら自身じゃないの?」
「そう。確かに彼らは、彼ら自身が望んだんだ。でも──。思っていたものとは違ったのかもね。傭兵団につけば、感染者になる前のような豊かな暮らしができると勘違いしても不思議じゃない……のかも知れない」
全て、恩を仇で返された形になる。
彼らに同情の余地は、推論の上では存在した。
「彼らに罪はあると思う?」
「……その質問には答えられない。君に悪い影響を与えるかも知れない」
「私が子供だから、答えないつもりでいるつもり? 聞かせて、ブラストの答え。私は知りたい」
「そう。……罪があるかどうか。もしイミンとイーナが死んでなかったら、僕は罪はないと答えていた。傭兵団が全部悪いって考えて、許していたかも知れない」
「でも、それは仮定の話だよね」
「そうさ。仮定の話だよ。……全部、もう──終わったことだ」
これ以上は答えるつもりはなかった。
「グレースロート。殺したのはギノだけか?」
「うん」
「気分はどう?」
「不思議と落ち着いてる。実感がないっていうか」
「……僕はね、君にあんなことをさせたくなかった。ごめん。君に一生消えない罪を背負わせた」
「ブラストがそんなこと言わないで。私があいつを殺せずに、ブラストが死んでいたら、私はずっと後悔してたと思う。あれしか方法がなかったから、ブラストが気に病むことじゃない」
これは一生消えない僕の罪だ。
この子にこんな言葉を言わせてしまった。こんな子供に──。
「感染者が理解できなかった。なんであんなことするのかなって。でも、なんとなく分かった」
その答えは違う。違うんだよグレースロート。
「感染者とか、感染者じゃないとか、そういうのじゃなくて──人間は、ああいう生き物なんだ。平気な顔をして人を騙せるし、殺せる。きっと、感染者はそういう風になりやすいってだけで──。ブラスト、私はこれからどうすればいい?」
「グレースロート。君は、君の望むままに生きろ。その考えは危険だ」
「ブラストの言う通りに私は生きる。それが私の望みだから」
「ダメだ。それはダメなんだよ……。グレースロート、考えることを止めるな。考え続けるんだ」
「……怖い。考えるのが──。だってもう、私の手は汚れてる」
そうだ。これは僕の罪だ。
「耳を塞いじゃいけないんだよ。僕たちは……生きなきゃいけないんだから」
「生きてて何かいいことがあるの。また裏切られて、身近な人が死ぬかもしれないでしょ」
「そうだ。でも──僕は託されたんだよ。僕は……イーナに託されたんだ。僕たちは生きなきゃいけない。彼女達を背負って生きなきゃいけない」
「どうして?」
「どうしてもさ。僕たちは……生きなければ」
生きなければならない。
どんなことがあっても、生きなきゃいけない。
生きろ。考えることをやめてはいけない。
「なら、私はブラストと一緒がいい」
「……なら、そうしよう。君の望みならね。でも僕らは……明日も生きていかなきゃいけない」
グレースロートが運転をする僕に寄り掛かった。
「あんたは……いなくならないで」
「僕は死なないさ。僕はあいつらの分まで生きていかないといけないから」
「そう。ならいいけど」
──なんて。
笑えるよね、イーナ。
どの口で、僕は死なないだって? あいつらの分まで?
ふざけるな。
お前はその罪を背負って生きるべきだ。お前が殺したも同然だ。全てお前の責任だ。
お前が、お前が──……。
僕がいなければ、あいつらは生きてたのかな。
考えることはやめられなかった。
雨は止まなかった。
・グレースロート
依 存 し た
正直ここまで過酷になるとは思ってませんでした
・イーナ
フラグを回収したのち、Blastに一つ呪いを残した
・サルカズ傭兵団
死亡確認!
絵に描いたような悪役になりました
安心感があります
・Blast
精神ゴリゴリ削られるマン
つおい。チートやチート!
詠唱は私の趣味です
特に意味はないと思います
・行動隊B2
仲間ゴリゴリ削られるメンズ
グレースロート含めて9人→7人へ
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記録書類:エスペランサのその後
エスペランサ村で起こった事件と、その後に関しての記録。
9月に起きたその事件は、ロドスが作り上げてきたエスペランサ村に、サルカズの傭兵団が接触したことを発端とする。
ロドスによる定期遠征検診の一週間ほど前に傭兵団が初めてエスペランサを訪れ、村のリーダーをしていたギノという男性に取引を持ちかけた。
ロドスを切り、自分たちとやらないか、という内容の取引に、ギノを代表とする村の人々の八割近くが賛成した。
彼らはエスペランサ村での生活に不満を抱いており、傭兵団と組むことで生活の質を向上させられると考えたためだ。
事実、エスペランサ村での生活はそれほど便利で豊かなものではなかった。ロドスからしてみても、資金や物資をそちらに割くほどの余裕がなかった。
だが定期検診でのカウンセリングでは特に異常が見られてこなかったことから、住人である感染者達はその不満をひた隠しにしてきた。不満が露出すれば、ロドスに切られるという不安が原因であったと元住人達は話している。
定期検診二日目、村での大規模な戦闘が起こった。
傭兵団と行動隊B2のぶつかり合いの結果、傭兵団は全員死亡、行動隊B2に負傷者三名、死亡者一名が出た。また行動隊B2は前日の夜、村に一人残っていた隊員が傭兵団に気づかれて殺されていたため、合計死亡者は二人を数えた。
傭兵団の死亡者は十四名であり、戦力差としては行動隊の方が劣っていたにも関わらず圧倒したのは、隊長であるエリートオペレーターBlastの存在が非常に大きい。武装した男四人を瞬殺したところを隊員は目撃している。Blastのアーツが人体の殺傷性に特化した……というより、もともとそういうアーツだったとの情報がある。
Blastはもともと殺傷性に特化した自分のアーツを嫌って、威力を無意識化で抑えていた。それが隊員の死によって解放され、凶悪な威力となって傭兵団を屠ったのだ。
その後の精神は表面上安定しているが、強い傷を負っていることは近しい人間からも読み取れる。また、行動隊B2の隊員全員が大きな傷を負った事件となった。
この事件の後、行動隊B2はより結束と絆を強め、隊としても個人としても急激に強くなった。その様子はどこか危ういが、彼らの顔つきを見れば何も言えなくなるだろう。
また、当時行動隊B2にて研修を積んでいた狙撃オペレーターグレースロートはこれ以降、エリートオペレーターBlastへの精神的な依存傾向が認められる。
また、行動隊での死者は、これが初めてだ。
ロドスとしても、彼らの死が与える影響を理解し、彼らに寄り添う必要がある。
村人達のその後について。
村は解体された。家や畑はそのままだが、入居は今後許可が出るまで禁止される。
彼らはロドスを裏切ってしまった。これはロドスにとっても初めての経験だ。
一度裏切った彼らを、医療班はもう一度治療することはできなかった。医療オペレーター達も人間だ、感情に強い影響を受ける。
彼らはそれぞれの故郷へと引き渡された。もともと犯罪歴のある感染者が多かったため、その国の法で裁かれることが予想される。
彼らを救うことができなかった。ロドスの一つの無念だ。
また、エリートオペレーターBlastのメンタルケアはケルシー医師が担当している。何かあれば彼女に聞くように。
*
事件から一週間が経過していた。
上からの気遣いか、しばらく休みをもらっている。
ロドスの甲板から、広がる大地を眺めていると、隣に誰か来た。
「休日にやることが自然鑑賞とはな。君にそんな趣味があったとは知らなかった」
「ケルシー先生。どうしてここに?」
「何、私も休憩さ」
晴れた空に風が吹いていた。
緑の大地が広がる。
「それと、これを君に渡そうと思ってな」
ケルシー先生はポケットから小さな箱と、ライターを僕に手渡した。
「これは……煙草?」
「ああ。君に必要なものだ」
「はは、僕に? 苦手なんですよ、煙草の煙」
「ニコチンとタールはダウナー系のドラッグだ。気分が落ち着く効能があるのは確かだよ」
「医者がこんなもん勧めてどうするんですか。吸いませんよ」
「ニコチン中毒ばかりが取り上げられて、煙草などには悪印象が付き纏うが、それらドラッグの本来の役割は違う」
「と言うと?」
「破裂してしまいそうな人の心に小さな穴を開けるのさ。膨らんだ風船が自ら破裂する前に、空気を抜くようにな」
「……なら、僕には必要ないものですね」
「いいや、だから君には必要なのさ。無論、無理にとは言わないが」
試しに一本取り出して咥えてみる。
火をつけて──。
「っ、ゲホっ、ゲホッ……。咽せますね……」
「初めは誰でもそんなものさ。すぐに慣れる」
「そういうもんですかね……」
もう一口──。喉が焼けるような煙を吸い込んで、僕はまたむせこんだ。
「煙を口の中に少し留めて、冷やすんだ。それから吸い込め」
いう通りにやってみると、肺に煙がたまる感触がした。
息を吐く。白い煙が空へと消えていった。
──少し、クラクラする。
「どうだ」
「……あんまり、悪くないですね。ちょっとふらつきますけど」
「慣れるまでの辛抱さ」
煙を吸い込むと、ほんの少し──ぐちゃぐちゃだった頭の中が落ち着いたような気がする。
沈黙。そしてまた煙が消えていく。
「
「……よく覚えているな。J.D.サリンジャーか」
「はい。……彼との境遇は違いますけどね。ちょっと……気持ちがわかります」
「話してみろ」
「僕はあなたに助けられてから、感染者を救うことが僕の使命だと思っていました。命をかけてやるに値する仕事だと、誇りを持って言えました」
「だが、もう今は違うか」
「そうは言いませんよ。でも……迷いがあることは確かです。正直、エスペランサ村の感染者がロドスを裏切るなんて思いもしてなかったから。ケルシー先生、ロドスが彼らに与えた境遇は、彼らを裏切らせるのに十分なものだったんでしょうか」
「さてな。ロドスとて彼らに全てを与えることなどできん。迫害されない環境と、死なないのに十分な食料と建物。ロドスにできたのはこれだけだ。これでは足りなかったと思うか」
「さあ。……正直、僕は──同じ感染者であるはずの彼らを憎んですらいるのかもしれません。彼らは生活も仕事も与えられるだけで、要は望んだはずの最低限の生活すら捨てて、さらにその先を望んだわけですからね。彼ら自身は何一つしていないというのに」
エスペランサ村というネーミングが、本当に皮肉だ。
希望か。言葉にしか存在しない、架空のものだ。そんな物質は存在しない。
「だが、彼ら感染者は奪われ続けてきた。君は、彼らに同情の余地はあるとは考えないのか」
「グレースロートにも同じことを聞かれましたよ」
「では、なんと答えたんだ?」
「……裁判の判決っていうのは、第三者が出さなくちゃいけない。そうじゃなかったらこの世から争いってのは無くならないでしょう」
「そうだな。その通りだ」
「僕はロドスに来てから初めて、彼らを助けたことを後悔しています。そして疑問に思っている。人を助けることは本質的に善であり、僕らがやってきたことが善だと言うのなら、どうして彼らは裏切ったんでしょうか。なぜイミンとイーナは死んだんでしょうか。彼らの死が善なはずがない。僕は──彼ら感染者を助けるべきではなかったんじゃないかって思い始めています」
ケルシー先生は一つ長い息を吐いた。
「煙草、私にも一本くれないか」
「え? あ、はい。……先生、吸うんですね」
「一年に一本程度のペースでな。せっかくだし、私も君に付き合おう。火を」
慣れた様子で、ケルシー先生は煙を吐き出した。
「感染者を助けるべきでないとするのならば、私たちは一体何ができるのだろうな」
「分かりません。ケルシー先生、あなたなら答えを知っているんじゃないですか?」
「簡単に教えては君のためにならん。答えを考えて、言ってみろ」
「……痛みを教えてやればいい。感染者にも、非感染者にも……大事な人を失う痛みを教えてやればいいと思いました。そうすれば、誰も他人を傷つけようとは思わない」
「目には目を、では世界が盲目になるだけだ」
「……そうでしたね。ガンジーがとっくに言ってましたか」
分からないと言ったのは嘘だ。
本当は、ある一つの結論に達していた。
「なら、世界中の人々から思考を奪えばいい。ただ盲目的に毎日を生きるだけで、野望や夢を抱かないのなら、争いは起きないんじゃないかって」
何度も考えて──たどり着いたのは、そのあたりだった。この結論に達した時、僕はある一つの感情を抱いた。それをケルシー先生に否定して欲しかった。
「Blast」
正直怒られると思ってた。イカれた考えだって。
「それは一つの答えだ」
「え? いや、こんなものが……答えなはずじゃ」
「平和を為すために、歴史上様々な政策が取られてきた。だがその全てが無意味だった。戦争は必ず起こる。人が生きている限り必ずな。その中の一つで、極東は二百年にわたって平和を実現した時期があった。どうやっていたと思う?」
「いえ……。まさか、それとか?」
「鎖国政策さ。徹底して外側を見させず、内側だけで完結させることで争いを防いだんだ。有力な力を持つ人間の力を削ぎ、外へ出させず、平和な世界で飼い殺しにする。そうすることで、一時とはいえ平和を実現することができた。人々というのは常に愚かだ。そうやって目を塞ぎでもしなければ、必ず争うようにできている」
「……なら、人々の目を奪えばいい。耳を塞ぎ、言葉を奪えば……平和が作られる」
「もしその通りだとしたら、君はどうする」
「僕は……」
煙草の灰が地面に落ちたのにも気がつかなかった。
「迷っています。これまで通り、感染者のために戦い続けるのか。それとも……。あの愚かな感染者たちのために、また仲間を殺すのか」
「どちらも同じように聞こえるが」
「違いますよ。僕は、感染者っていうのはただの被害者で、救うべき人々だと考えてました。でも、そうじゃなかった。そうじゃない人々がいることを知ってしまった。もちろん全ての人々がそうじゃないことはわかってます。本当にただの被害者がいるってことも」
わかっている。
「これからも本当に感染者のために戦うことが正しいのか、そうするべきじゃないか。イーナの言葉と表情とがそれらとぐちゃぐちゃになって、僕の本音がどこにあるのか分からない……」
「どちらもまだ本音ではない。まだ答えを出すには早い」
……答え?
ケルシー先生ははっきりと僕の目を見て言った。
「それらの感情は、まだ思考された可能性に過ぎん。感染者のために戦うべきだという君と、感染者に失望している君。どちらもただの可能性だ。そのどちらを本音にするのかは」
言い放った。
「これから君が選択するんだ」
「────僕が、選ぶ?」
「ああ。……長話が過ぎたな。私は戻る。Blast、考えることをやめてはならない。そして、まだ目を閉じるな。君にはまだまだ経験が必要だ。考え続けろ」
「……ええ。分かりました」
僕は一体何のために戦えばいい。
去っていったケルシー先生を眺めて──ぼーっとしていたら。
「あ、いたいた! ちょっとブラスト、こんなところで何してるの?」
「……ブレイズ。お前こそ」
「探してたの。私も今日休みもらったからさ、君とちょっと遊びにでも行こうと思って。……何笑ってるの?」
「っくく……ははは。悪い悪い、お前は──ずっと変わらないね」
「……なーに言ってるの。君だって変わってないよ。大丈夫、私が保証するから」
「そうか? まあそうかもね。ブレイズ」
「何?」
「お前にこれを預けておくよ」
僕は一つの鍵をブレイズに渡した。
「これ、なに? 部屋の鍵みたいだけど……」
「僕の部屋の鍵」
「え? えーっとそれってもしかして……うそ、まさか本当に? 男女が部屋の鍵を渡す意味、分かってる?」
「男女? いや、そういうの特に関係ないけど」
「……分かってたよ。それで、これをどうしろって?」
「僕が死んだら、部屋の中にあるものは全部お前にやる。好きに処分しろ」
「……ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ。死ぬつもりなの?」
「まさか。僕はまだ死なない。……可愛い部下からの頼みだからね」
「だったらなんで?」
「……さあね。でも──お前に預かって欲しかった。それだけだよ」
「分かった。ちゃんと持っておくから安心して! じゃ、行こっか!」
「ああ。行くか」
下らない感傷だろうか。
我ながら笑ってしまいそうになる。
これから僕は選択を迫られる。どうあっても、変わっていく。
以前までの僕には戻れない。どうやったって──。
それが怖いのかな。
だから、変わらないお前に、変わらないものを預かっていて欲しかった──なんてね。
でも……。
もしも僕が感染者のためではなく、ブレイズのために戦っていたとしたら、この先の未来は何か変わるだろうか。
……いや。
考えても無駄なことか。そんな過去はなかったし、未来も、……選ぶのが僕だというのならば、
せめて、今だけは笑い合っていよう。今だけは。
・ケルシー先生
何やってても似合う人
・Blast
迷い中。一節は『ライ麦畑で捕まえて』からの引用です
・ブレイズ
メインヒロインのはずなのに出番が少ない……少なくない?
シリアス多すぎィ!
次もシリアスになります
ゆるして ゆるそう!(前向き)
どうでもいい情報!
この回、およびこれから先の展開には呪術廻戦76話ー78話のオマージュが含まれています。わかる人には分かります。その場合、この先の展開もなんとなく予想がつくかと。
呪術廻戦アニメ化おめでとう! 面白いです!
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特に事件とか起きない話(間章)
無風地帯(閑話)-1
のんびりした話は必要ですよね
──今日の任務は、そう大したものでもなかった。
ロドスは様々な国の組織と交流をするため、様々な場所へ出向く。その護衛任務。大抵、そう大したことは起きず、平和な交渉が終えられる。
……荒事が好きな訳じゃない。そんなわけ、あるはずがない。
戦わないでいいのならば、それでいい。
強くなるのは楽しかった。Aceさんの元で訓練を積み、力をつけていけたのは大きな自信になったし、実力が認められてエリートオペレーターに昇進したことは、大きな達成感を生んだ。
ブレイズと切磋琢磨して、アホみたいに喧嘩していたあの頃は、なんだかんだ楽しかった。
でも、人を傷つけるのが好きなわけじゃない。
エリートオペレーターとして様々な地域の制圧任務をこなしてきた。殺さず、生かして制圧する。僕は優秀だったから、そう難しいことじゃなかった。別にプロの軍人を相手にするわけじゃないんだ、そのくらいのことは出来て当然だったし──。
何より、行動隊B2は優秀な部隊だった。
──人を傷つけるのは、別に好きじゃない。
戦闘狂じゃないんだ、別に力を誇示したい訳でも、あるはずがない。
平和な世界を作りたかった。
穏やかな暮らしができる世界を望んでいたんだ。
それだけだった。
無風地帯(間話)
休日──。
休みの日って言っても、僕にはそうやることがある訳でもなし。
ロドスに入ってから、規則正しい生活が身に染みついていた。朝6時──太陽は、まだ出ていない。
カーテンを開き──部屋を見回す。
デスクと制服、訓練用の服、クローゼット。
新しく購入した本棚、そこに入り切らず、山ほど積み上げられた本の山。あまり、読めていない。
薄暗い部屋に、灰色のパンダ耳の黒い影──いや待て。
「……何してる?」
僕のデスクの椅子で……寝ているのか?
「エフイーター、起きろ。おい」
「……うーん、あれ……。ブラスト。なんでいるの?」
「こっちのセリフだよ」
エフイーターが椅子に凭れて伸びをした──。
……格好が、無防備すぎる。インナーのままだ。目を逸らした。
「あーっとねー。そうだ、ちょっと朝早く起きすぎちゃってさ。暇だから来てみたんだけど……寝てる時くらい、部屋に鍵かけておいてもいいんじゃないのー?」
「おかげでお前が入ってこれたんだ。別に、誰か入ってきても僕は気にしないし困らないからね」
「無防備じゃない?」
「お前が言うな」
「お? あれあれ〜? おいブラスト、どこのことを言ってるのかな〜?」
「……なんのことやらさっぱりだ」
そっと目を逸らして僕は逃げた。エフイーターがそのあたりにあんまり羞恥心を抱いてないのは知ってるが──。
「で、特に用はないってことでいいの?」
「いいじゃん。あたしと君の仲なんだし。それにブラスト、お前最近あたしを避けてない?」
「……気のせいだろ、別に。お互い忙しい身だ」
「む。そんなこと言っちゃっていいのかな〜?」
「どう言う意味だ?」
「あんまりあたしを舐めてると、思い知らせちゃうぞ」
ベッドに座ったまま、僕はあくびを堪えた。
まだ眠い。寝るか。
「あ! おい! 無視すんなよブラスト!」
「……なんだよ。せっかくの休日なんだ、たまには休ませてくれ」
「ダーメーだ! くそ、動きもしない……。こうなったら」
目を閉じて横になっていると──体の上に一人分の体重。
……。
「……エフイーター。一応聞くけど、何してる?」
「むふふ〜。一緒に寝よ」
柔らかな感触がした。
僕はそっとベッドにエフイーターを落とした。
「……お前とは……そういうのになるつもりないよ、僕は──」
「あたしの誘いを断るとはいい度胸だ。っていうか別にいいじゃん、ちょっとベッドは狭いかもしれないけどさ」
「ひっついてくるなよ……」
「あのねブラスト。あんまり一人にならない方がいいよ。ちょっと最近、表情が怖いから」
「怖い? ……ああ、そう見えてたか。気をつける、別に怖がらせるつもりなんてないんだけどね」
エフイーターがまだ薄暗い部屋の中で、僕の目を覗き込んだ。
瞳の奥に何を考えているかは──分からんけど。
「……決めた。ブラスト、今日一日あたしと一緒にいろ」
「ええ? 突然どうした?」
「あのなブラスト。はっきり言うけど、お前最近危ないよ」
「なんのことやら。僕に張り付いててもつまんないと思うぜ」
「そういうことじゃなくてさ。……もういい。とにかく決めたからな。覚悟しとけよ!」
……厄介なことになったかな。
でもこれ、明らかに気遣いだよな。無碍にできないし──感謝しないといけない。
「……いらないけど、エフイーター。ありがとね」
「! 最初からそう言えばいいのにな〜。それじゃ、早速一眠り──」
ドアが開いた。
「ブラスト、起きてる? ちょっと付き合って欲しいんだけど──え?」
「え?」
「え?」
「……え?」
「なんで……そのパンダがここにいるの」
グレースロートが冷たい目で僕とエフイーターを睨んでいた。
Blastですけど、場所の雰囲気が最悪です。
えー、現在ロドス食堂、朝食を食べてます。今日の献立はトーストとポテトのスープ。コショウが効いていて美味しいですね。
テーブルを囲ってグレースロートとエフイーターが睨み合っています。無言です。なんか……怖いですね。はい、とても怖いです。
現場からは以上です。誰か助けて。未知の恐怖に襲われている。
「……」
「……」
「……。ごちそうさまでした。それじゃ僕はこれで」
「どこに行くの」
「逃げんな」
「ッスゥ──────」
僕は着席した。
「あの、お二方、いつまでやってるつもりなんですか?」
「……ねえパンダ耳。ブラストの部屋で何やってたの」
「別に? 見ての通りだったと思うけど」
「い、一緒に、寝てたってこと……?」
「んー? どうかな〜?」
僕はさりげなく席を立って、空のトレーを持って逃げようと──。
「だから逃げようとするなよ! ブラスト、お前もこいつに言ってやりなよ」
「なんて?」
「大人の事情があるんだって」
グレースロートが僕をキッと睨んだ。
……相当ヤバい目をしている。
グレースロートが僕に依存傾向を示していることは知ってる。身を以て知ってる。
原因も、知ってる。
僕が悪い。僕が殺させた。
僕が引き金を引かせてしまった、いや──僕のために、引き金を引かせてしまった。
僕が────、
お前が、お前がもっと疑うべきだった。もっとあの時、警戒していくべきだった。怪しい材料は思い返せば山ほどあったのに──お前が。Blast。お前のことだよ。
Blast。お前がこの子をそうさせたんだぞ? 分かっているのか?
「ブラスト。その顔、やめて」
「──え、いや……。どんな顔してた、今……」
「ひどい顔。……パンダ。仕方ないけど、今はこんなことしても仕方ない。割り切ってあげる」
「パンダっていうな! エフイーターさんって呼べ!」
「そう。……私も今日は休暇を貰ってる。ブラスト、今日の予定は?」
「何も。自主訓練でもしようかと思ってたけど──」
「いや、ブラストはあたしと遊びに行くんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そうなんだ……。知らなかったな、僕の予定表ってのは誰でも書き込みができるらしい」
「いいじゃん、釣り行こ釣り。あ、肉も食べたいな……バーベキューやろうよ! せっかくだしアウトドアにしようぜ! 湖のほとりでさ、レンタルで器具と車借りて行こうよ!」
「私も行く」
「……ま、悪くない……かな? どうせ給料の使い道なんて本買うぐらいしかないし──」
そういうことになった。
「この道で合ってる?」
「うん。このまま行けばキャンプ場があるはず」
車を走らせる。こういう休日にも車を貸し出してくれるロドス最高だぜ。エリートオペレーターってのはいい身分だ。
本当に、いいご身分だ。なあ? お前はそうやって忘れていくのか? イーナの言葉を忘れたのか? イミンの最期の言葉も聞けなかったってのに?
お前は忘れようとしているのか? 忘れて楽になろうとしているのか?
それともお前は──、
「ダメだね。もう全然ダメ。仕方ない、
「確かに争ってる場合でもないよなー。目を離すとすぐこれだし。ほらブラスト、運転に集中しなよ」
「ああ、ごめん。悪いね、ちょっと気が抜けてた──」
「違う。気を抜いてるんじゃなくて、気を張ってるっていうか……とにかく! 今日は気を抜きにきたんだよ。分かってないなー」
「ん……悪い。分かってるよ、せっかくのオフなんだ。僕だってリフレッシュしたい」
「まあ今日は思いっきり楽しもう! そこのガキンチョが混ざってるのが気に食わないけどな!」
「誰がガキンチョだって? あんたにそんなこと言われる筋合いはないけど」
「おーまーえーなー! へんだ。ブラスト、今日は昼間から飲むよ! ガキはほっといてさ!」
「僕は酒が苦手だ。弱いし……」
「なんでだよ! 飲めよ!」
キャンプ場に到着。受付を済ませて車を停める。
──いい場所だ。
森に囲まれた湖。そのほとりには人はいない。別に日曜でもないただの平日に、キャンプしようなんて人もいないらしい。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
森に囲まれているからか、風は吹いておらず、ただ太陽の日差しが柔らかく緑に反射して、湖に溶けていった。
ドアを開けて器具を下ろす。
「えーっと、まずテントを組む、──あのさ。なんでテント一つしかないの?」
「? ああ、テントの大きさの話? 大丈夫、3人でも十分入れるよ、心配ないって。ちょっと狭いかもだけど」
「テントの中で寝るんだよね」
「そりゃあキャンプなんだし、テントで寝るのは当たり前でしょ?」
「それだと、僕と一緒に寝ることになるんだけど」
「そりゃそうでしょ?」
「え?」
「え?」
「?」
グレースロートが首を傾げていた。
「グレースロート。このままだと僕と一緒に寝ることになるけど」
「私は構わない」
「……。準備、するか……」
「任せて。野営の訓練は受けてある」
「いや、あー、うん……。やろっか……」
シート、固定用の釘を打って骨組み立てて──。
キャンプ……。初めてやるかもしれない。似たようなことは訓練でもたまにやるけど、純粋なレジャー目的は初めてだ。
思えば、あんまりこういうの、やろうとしてこなかったな。
手際良く設営を終える。
天幕を作って、その下に組み上げた椅子をセット。テーブルも揃えて完璧。
こんなもんだろ。
「ブラスト! 釣り行こーぜ釣り!」
「マジでやるの……? うわマジだ。釣り竿準備してたんだ」
「せっかくこんな綺麗な湖があるんだ、やんなきゃ損だよ。ほら、お昼ご飯を釣り上げよー! ほらあっち、行くぞー!」
「それで昼ごはん買ってきてなかったのね……。いいよ、やってみよう。ほら、グレースロートも」
「私はいい。興味ないし──」
強引に手を取って僕は歩き出した。
「あ──」
……どの面さげてって話だけど、グレースロートにはこういう楽しみ方があることを教えたかった。いや、僕も釣りはしないけど。
「ぶ、ブラスト、手……」
「いいから。一緒にやろう、僕も教えるよ」
「わ、分かった。その、でも──手、繋いで──」
「あ、ごめん。嫌だったかな」
手を離す──すぐにすごい力で握り返された。ぱしっていう音がした。
「嫌じゃない。……」
……なんか、グレースロートの顔が赤いような気もするが……気のせいだろ。
手の温度が伝わってくる。柔らかくて繊細な感触がした。
「ほらそこ! 何やってんだよー!? やめろ手を繋ぐなー! あたし以外といちゃついてんじゃないぞブラスト!」
「はいはい、分かった分かった──」
釣り。
一回か二回か、そのぐらいだけやったことがあった。いつだったか部隊の休暇で、Aceさんたちと一緒に──。
『……釣れた』
『おお、やったなブラスト。こいつは……アユだな。あとで調理して食おう。そっちに入れておけ』
『はい。初めてやりましたけど──釣れるもんですね』
『ああ。向いてるのかもな。そっちの堪え性のないヤツと違って』
『誰が堪え性がないって!? なんで私だけ釣れないのー!?』
『竿を動かしすぎだ。もっとじっくりやらないと魚は食いつかん』
『って言ってもさ、魚は餌に食いつくんでしょ? だったら動かさないといけないんじゃない?』
『結果はご覧の有り様みたいだけどね』
『む……ブラスト、ちょっと教えてよ』
何年ほど前の話だろうか。
あの時は──そうだ。LogosさんとScoutさんも来ていたんだっけ。特にScoutさんはAceさんと仲が良かったから、Logosさんを引っ張って来ていたんだ。
川のほとりで、ブレイズが釣りに苦闘していたのをよく覚えている。
「で、釣りってどうやってやるの?」
「エフイーターお前、言い出しっぺでしょ……」
「いやー、ブラストが知ってると思ってさ」
「仕方ない……。とりあえず餌をつけて遠くに投げよう。結構飛ぶはずだよ。あ、投げる時は周りに注意して──」
湖に作られた釣り用の足場。
遠くに飛んで行った針先が湖に落ちて微かな飛沫を上げた。
「それからゆっくりリールを巻こう。運が良ければ──」
「お、おおお? ねえブラスト、なんか引っかかってる!?」
「魚が食いつくんだよね。巻こう」
エフイーターが興奮しながらリールを巻いていく。
「グレースロート。これ網ね」
「なんで私に」
「せっかくだしさ。大物かもしれないし、近くまで来たらこれで取っちゃおう」
「……分かった」
──。
『教えるのはいいけど、僕だって初心者だよ? ほら、あっちのScoutさんとかめちゃくちゃ釣りあげてるし、そっちに教わるのがいいんじゃ』
『いいから! 教えてよ』
『分かったよ……』
別に──今日のような湖ではなかったな。渓流……山奥だったと思う。
じゃりじゃりした石の擦れる音と、川の流れる環境音に馴染みがなくて、なんだか不思議だった。
『ほら持って。投げるよ』
『え、ちょっとくっつきすぎ──』
『うるさい。いいか、お前はもっと落ち着いて、気を沈めるべきだ。いくよ』
『は、はいっ──』
『なんだその返事』
針がいい岩場の影に沈んだ……と思う。確か、そうだった。
『見てみろAce。お前んとこのお二人さん、ずいぶんお熱いようじゃないか?』
『Scout。今日はあんまりからかってやるな。せっかくブラストも楽しそうなんだ。ほっといてやれ』
『分かってるさ。……それにしても見てみろ、あのドラ猫さんの表情。珍しいものが見れたな』
『ブラストも偶にはやるようだな。普段からあれぐらいなら、色々とブレイズも楽だろうに』
僕もちょっと熱中していた記憶がある。ブレイズと一緒に握った竿に感触があって──。
『え、かかってる!? ブラスト、どうしたらいいかな!?』
『決まってる! 釣り上げるよ!』
『え、──釣れた! うそ、私も釣れたよ! やったねブラスト!』
『ひっつくな、魚が先だろ! てか僕がついてんだから当たり前だっての!』
──。
「お、おおお! デカいぞ〜! 来てる来てる──そりゃっ!」
「待って、私が網で獲る。あの大きさだと糸が切れるかも」
「関係あるか〜! おりゃ〜!」
釣り上がった魚が天高く宙を舞い、太陽の光が千切れた糸のシルエットを描いた。
「落ちてくる──私が獲る!」
そのまますっぽりとグレースロートが構えた網の中へ。
一瞬の溜めがあった。
「お、おおおおおお! 釣れた、釣れたぞ〜!」
「これが、釣り……。釣れた──」
『やった! 釣れたよ、ありがとうブラスト!』
──重なる。
ふと、ブレイズは今頃何をしているだろうか、と思った。
「やったね。でも釣りって別に魚をあんな高くまで飛ばさないからね」
「細かいことは置いといてさ〜! よっし、次だ次―!」
「やれやれ。糸切れちゃったし──とりあえず僕のヤツ。グレースロートはこれ使って。その間、僕は糸直すよ。あ、釣りのやり方はわかる?」
「とりあえずやってみる。遠くに投げればいいんでしょ?」
「そうだね」
今日の成果は上々だった。
昼頃までには、まあまあな数の魚が釣れていた。
「いや〜、初めてだったけどめっちゃ釣れたね〜! やっぱり他に人がいなかったからかな!」
「関係ないんじゃないの」
「うるせー! っていうか何さらっとあたしより釣ってんだよ!」
「別に。腕前じゃない?」
「こいつ〜!」
調理──。
器具は一式揃っていた。
湖の魚は泥臭いらしい。その辺りはちゃんと臭いをとらないといけない。
でもまあ、こういうのは僕も久しぶりだったし──楽しいな。
『こういうの、悪くないね! ブラスト、また来ようよ!』
「……そうだね」
無意識に呟いていた。
「およ? ブラスト、何か言った?」
「いや、なんでもない。さ、調理しよう」
酒。
アルミ缶に詰まった発泡酒……いわゆるビールだ。
僕はこの味は嫌いじゃない。それ自体は美味しいと思う。が。
いかんせん弱すぎるのが問題だ。
「う──」
「ほらどうしたんだよブラスト〜。にへへ、寝るなよ〜」
「や、やめろ……。僕は──弱い……」
「
「なんだよ、いいところだろ〜? あ、そうだ。お前も飲めよ、ほら!」
「飲まない。私、あんたみたいになりたくないし」
「偉いぞ、グレースロート……えらい」
エフイーターはまた煽った。顔が真っ赤だ。僕も真っ赤だ。
グレースロートだけが平然としていた。
昼食から乾杯できるのは結構だが──。う、やめろ……これ以上飲んだら死ぬ……。
死んだ。
グレースロートが肩を貸してくれて、僕はテントの中に倒れてそのまま死んだ。
「そんなに美味しいの、それ」
「飲んでみれば分かるよ〜。あ、でもお前みたいなガキんちょにはまだ早いかもな!」
「……一つもらう」
「お〜? あたしの前で酒を開けるとはいい度胸だ。どれくらい飲めるか試してやるよ!」
そんな会話が聞こえたような気がする。
・ブラスト(Blast)
主人公。
ちょっと危なくなって来てます。
自分を認識する時はブラストではなくblastに変化してます
この変化が意味するところは……まあなんかあります
・ブレイズ
徹底して登場しないメインヒロイン
概念こわれる
・グレースロート
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・エフイーター
酒に強いがやたら飲むのでいずれ自滅する
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無風地帯(閑話)-2
洒落にならない冗談とも言います
「うぅ──……」
重たい……。暑い、狭い……。
苦しさで目を覚ました。
薄暗いテントに、まだ明るい外からの光が差し込んで眩しい。
視界には二人がいた。
胸部を押し付けて苦しそうな顔をしているエフイーターと、普段からは想像できないほどの笑顔を浮かべながらひっついてくるグレースロート。
どっちも死んでる。
何があった……?
……この体勢は、まずい。
よくない。
非常に、よくない。
僕は手を出すつもりはない。二人とも僕に対してはやたら無防備な一面があるが、僕はそういうことをする気はない。責任取れないし。
そう。
責任が取れない。
──イーナの表情がこびりついて、
やめろ。もう考えても仕方ないだろ。
……僕を好きだとイーナは言ってくれてたっけな。
それから、恋愛やらそういうものに僕は一種の怖さに似た感情を覚えるようになった。
──離れない。忘れられない。
僕にそんな資格があるのか?
……テントを出よう。何事も逃げるに如かず。
引き剥がして体を起こした。そのまま立ち上がろうとすると、強い力で引き戻される。
「う──っ。……起きてたの」
「どこ行こうとしてるんだよ〜……。もーちょい寝よ……」
「グレースロート。君まで……」
「……ちょっとだけ」
視線を逸らしながら、グレースロートは呟いた。
体は向こうを向いているが、僕の服はちょっと掴んでいる──。
……珍しく、甘えているのか……?
「分かったって。でも少し離れよう。ね?」
「やだ」
「……まだ酔ってるみたいだね。エフイーター、どんだけ飲ませたの」
「え〜、分かんない……忘れた」
「こいつ……」
明らかにグレースロートは正気じゃない。
目の奥がボヤーっとしてるし……普段だったら絶対ここまで酷くない。
「ん……」
グレースロートが緩慢な動きで両手を僕の体に回した。やんわりと抵抗すると力が強まった。なんでだ?
「ちょっとだけ──」
「ダーメーだー! あたしのだもん……」
「こいつら……」
なんとか脱出したい。手荒な真似もしたくない。
無理だな。どっちかを諦めないといけない。
どうしよう……。
「あのさ。一応聞くけど……僕なんかのどこがいいの?」
「知らなーい。なんでもいーじゃん」
「別に……」
「……。じゃあ離れよっか」
「やだ……!」
「ぬ、う……。力が強い……」
「なんですぐ逃げようとするんだよ〜。あたしのこと嫌いか〜……?」
「嫌いじゃないけどさ……」
「じゃ、なんだよ」
「なんていうか……後が怖い」
「ちょっと! どういう意味だよ!」
「言葉通りだよ……」
エフイーターの方を向いていると、ぐいっと引っ張られた。
まだアルコールが頭の中に残っていて、抵抗する気力がなかった。
「こっち見て。そいつ見てないで、私を見て……」
「君もか……。厳しいこと言うようだけど、君のそれは依存感情だ。その全責任は僕にあるけど、君は自分の感情を勘違いしてるんじゃないかな」
「責任がブラストにあるんなら、とればいい。責任とって」
「……。何言ってもダメか────」
どうしようもなかった。
「ブラスト。あんたが私の横にいてくれたら、それだけで十分だから。居て」
「うぅ、人生の危機だ……」
「どうなの」
背後で唸っているエフイーターが気になって集中できない。うわ飛びついて来た。
猛獣のように襲いかかってくるエフイーターを後ろ手にいなしながら回答を考える。
「……保証は、できないよ。僕も死ぬかもしれない。そんな無責任な言葉、僕には言えないしさ」
「じゃあ死なないで」
「それも難しいかもしれない。僕も……
「やだ」
「やだ、ってね……──ちょっとエフイーター、大人しくしてろ。いい子だから、いい子だから……」
猫か犬を撫で回すように頭をわしゃわしゃと撫でるとエフイーターは大人しくなった。なんだこいつ……。シリアスに挟まらないでくれる? 集中できない……。
「僕の希望は、君が一人でも生きていけるようになることだよ。そうなってくれたら、僕も安心だし……」
「……一人は、寂しい。そばに居てほしい」
「おぅ……。あのさ、大丈夫だよ。僕が居なくなっても、君の隣にいてくれる誰かが現れる。きっとね」
「ブラストじゃないとやだっ」
「おーまいごっと……。グレースロート。この世界に永遠はないんだよ」
「……どうして、隣に居てくれないの」
「
ついには手元にじゃれついてくる
「出来る限りのことはするよ。グレースロート、君が大人になるまでは……せめて、僕が」
「……それなら、いい」
赤らんだ顔のままグレースロートも気絶するように眠った。こっち側に倒れて来た──。
ゴロゴロ言い始めた熊猫と僕の膝で眠る小鳥。
──逃げられないよな……。
逃げたい。
起きた時一体何が起こるか、想像したくもない。
……。今でこそ、酔っ払っているからか正気が無いが──起きた時は違うだろう。
テント入り口、手を伸ばせば届く距離に缶があった。手を伸ばして取ると、まだ中身があった。酒だ。
……まあ、嫌なことやら、都合の悪いことがあった時は……飲むに限るね。
僕は9%をイッキして死んだ。逃げたとも言う。
薄れゆく意識の中で、ブレイズが怒っているのが見えた。ははは、あいつの幻覚を見るなんて……僕も相当参っているらしい。
水をぶっ掛けられて突然目を覚まさせられる。
冷たい──。
身動ぎ一つ出来ない。
見回す──まだ、キャンプ場だ。夕方か……? 湖に太陽が沈んでいる。眩しくて目を細めた。逆光──。
目を細めて、僕に水をぶっ掛けた犯人を探す。すぐに見つかった。
ネコ耳だった。
太陽を背にして、表情がうまく見えない。
──何か、背筋が凍るような。
「目が覚めた?」
「その声、ブレイズ……?」
「せーかい。アッハハ、耳がいいね。──で」
「……これ、縄……。おいおい、まるで捕虜だ……」
僕は、キャンプ場の木々の一つに縄で縛り付けられていた。なんだこれ……。
「お前がやったのか?」
「他に誰がいると思う?」
「……驚いた。お前、殴る蹴る切る以外に、こんなことまで出来たんだな。成長した?」
ばっしゃーん!
またバケツいっぱいに入った水がぶっかけられた。
「ゲホッ、ゴホッ……っ。何すんだよ」
「自分の立場、理解してないの? そこまで頭は悪くなかったと思うんだけど」
「いくつか質問がしたい。いい?」
「ふぅん? そう来るんだ……。いいよ、でも一つ条件」
「なんだよ?」
「一つ質問するごとに、君には一つずつペナルティを与えていくことにしよう」
「具体的には」
「秘密。そっちの方が楽しいでしょ?」
「……怖いね。だが……仕方ない、か。まず一つ、なんでお前がここにいる?」
「んー? ブラスト、君さ──、それ聞く?」
「……え? な、なんだよ……」
「それ、本気で聞く? 本当にそれ、質問でいいの? いっそ私が聞きたいけどね。なんで私がこんなことしなくちゃいけないのか」
「な、なんでなんだよ……?」
ブレイズの表情が暗くてよく見えないけど──笑っているような。
だが──怖い。
「あのさ。私──今日、君と訓練する約束してたんだけど。忘れたの?」
「え、あ──ああああああああ! し、しまった、完全に忘れていた──ッ! ごめんブレイズ! マジでごめん!」
「一番に謝ったのは評価してあげる。そして、忘れていた。これもまあ、許してあげなくも無い。忘れることもあるよね、ブラストだって人だもん。ミスもあるよ。で──」
ブレイズはかがみ込んで、僕の顔を覗き込んだ。
目が──合う。
冷たいような、燃えるような──どちらともつかぬ、激情を感じていた。
「君が、そっちの方で伸びてるパンダと小鳥と一緒に車で外へ出てったって管理部の人から聞いてさ。ついでにおすすめのキャンプ場まで聞いてたらしいじゃない。で、慌てて追いかけて来たらこれ……って」
「? なんで慌てて追いかけて来るんだ? そりゃ、訓練の約束を忘れてたのは謝るけど……」
ばっしゃーん!
「それ、質問だよね。ペナルティ二つね」
「ゲホッ、ゲホッ……。うぅ、冷たい……なんか顔赤いか?」
「そ、そんなわけないじゃん! 夕陽のせいだよ!」
「夕陽のせいか……じゃあ仕方ないな」
ばっしゃーん!
「……いくつバケツあんの?」
「だいじょーぶ、また汲んでくるから」
「うーん……。大丈夫じゃないね。それで、あの二人は?」
「それも質問?」
「んー……。いや、やめとくよ」
「そう? ま、安心してよ。そっちに縛り上げてあるから」
「……。なんで?」
「なんでも。またあんなことさせるわけにはいかないし……。本当に、ずいぶん気持ちよさそうに眠ってたよね、君。女の子二人に囲まれてたのがそんなに良かったんだ?」
「バカ言え、アレが良さそうに見える訳ないだろ。一種の拷問だよ。特に、僕みたいなヤツにとってはね」
「拷問? それにしてはちょっと、肌色が多かったようにも思うけど?」
「……気のせいだろ。そこら中に散らばった空き缶が見えない? あんな量飲んで、僕が正気でいられるはずないし──寝てただけだよ。少なくとも、僕からは何もしてない」
「ま、ブラストがお酒に弱いのは知ってるけどさ。ちょっと無防備じゃない?」
今朝も同じこと言われたな──。
ブレイズの機嫌が少しずつ改善されていっているのが分かる。ちょっとずつ──。
「おまえみたいに無理くり飲ませようとして来る奴がいなければ、僕だって飲まないさ」
「わ、私はいいじゃん! 仲間なんだしさ?」
「えー……。お前ほんと、僕が弱いって理解してる? 何十回僕を潰せば気が済むんだ?」
「ぶ……ブラストが弱いのがいけないんだよ!」
「めちゃくちゃ言い始めたな……」
「すぐ潰れちゃうんだもん。何回君を部屋まで運んでったか分からないよ?」
「そりゃどうも……。原因もお前だけどね」
「もう!」
「そもそもね。お前だって大概だ。いい加減そのまま僕のベッドで寝るのはやめて欲しいもんだよ。そのせいで僕は毎回床で寝る羽目になってるんだ」
「う、別に……その、いいじゃん」
「何がいいって? 硬いんだけど、床」
「だから! 一緒に寝ればいいじゃん!」
「……」
「……」
大声が辺りに響いた。
……。え?
言い切ったブレイズは急に正気に帰ったかのように手をぶんぶんと振った。
「い、いや冗談、冗談だからね!? その、今後はもうしないから、だから……」
「……お、おう」
なんか恥ずかしいんだが……。
僕まで恥ずかしくなって来る。視線を逸らした。
話題を変えることにした。
「……この縄、解いてくんない?」
「え、それは嫌」
「……言い方を変えることにしよう。どうしたら解いてくれる? 動けないんだけど」
「ペナルティは二つあったよね。一つは私がいいと思うまで縄を解かない。もう一つは……とっておこうかな。あ、それと私との約束を忘れた分で、ペナルティもう一個ね」
「ぐ……。約束忘れたのは、悪かったよ……。仕方ない。でも一体なんの理由で僕はここから動けないんだ?」
「そりゃあ、解いたらブラストがあの女の子たちとまた一緒に寝ることになるからじゃない?」
「誤解……と言うか。どうしようもない。酒を飲まされたらどうしようもない。知ってるだろ」
「よーく知ってるよ。私もよくそれを利用して──……。ごめんやっぱり今のなし。忘れて」
「おいてめえ今なんつった!」
ブレイズは躍起になって否定した。こいつ……!
「い、いや違うよ、違うって! 別に君を悪どいことに利用した訳じゃないし、ほら……。可愛い同僚の頼みじゃない? 忘れてくれると嬉しいなー」
「何した? 僕がベロベロで毎回記憶なくしてるからって、なんでもしていい訳じゃないんだけど。金か? 金なのか?」
「お金なわけないじゃん! いや本当に、君に危害とかは加えてないんだって、本当に! 信じて!」
「……これまでのよしみで、今回だけ見逃してやる。でも一個だけ聞かせろ──僕を利用して何かしているのか? それとも僕に何かしているのか?」
「……いやー、あはははは……。あ、晩ご飯の用意しよっか。バーベキューの用意するね」
「うぉい! くっそ縄が解けねえ……。風で──」
「あ、だーめ! そのアーツ、君にもだいぶ負担かかってるでしょ。特にアーツユニットなしなんて絶対ダメだからね」
「お前ね、だったら解けよ」
「やーだ。大丈夫、ちゃんとご飯は食べさせてあげるからさ」
「なんも大丈夫じゃねえ……。あー……ブレイズ。煙草とってくんない? 車の中にあるからさ」
「だーーーめ! 絶対とってあげない」
「頼む……。そろそろ限界なんだよ……ついでにこの状況に対する精神的負担がだな……」
拝み倒すとブレイズはため息を吐いて折れた。
「一本だけだよ。それ以上は絶対ダメだから」
「──っし!」
ブレイズが箱を取ってきてくれた。一本取り出して──あ。両手使えない。
「……咥えさせてくれない?」
「ペナルティ増えるよ?」
「……。…………。………………う〜ん──」
「そんな悩む?」
「……仕方ない。頼む」
「えー、そんな吸いたいの? ほんと、やめてほしいな……」
「お前には関係ないだろ?」
「あるの。嗅覚は敏感な方なんだから、臭いがはっきり分かるの」
「うえ、そうか? えー……じゃあ離れてろよ」
「それもやだ。何するかわかんないし」
「八方塞がりか……」
ブレイズが煙草をポイって放った。ああ……。
「やっぱりだめ」
「あああ……」
無情すぎる……。
「……どうしてもダメか?」
「どうしてもダメ」
あああああ……。
太陽が沈んでいく。
うう、吸いたい……。
バーベキューの準備をしている。
誰かしているのか、それが問題だ。
僕ではない。
まだ縛りつけられてる。トイレに行きたいって言ったら一回外してもらえた。それで終わったらまた縛られた。なんだこれシュール……。
誰がバーベキューの準備をしているのか?
僕以外の全員だ。
いやいやいや──……。
「なんで?」
ガヤガヤしながら女3人が手際よく野菜を切ったり火を起こしたりしている。
ブレイズが炭に火を起こした。アーツ使ってる……なんて無駄遣い。
「んー……。ブラスト、風ちょーだい」
「……ほらよ」
炭に酸素が送られて燃え上がった。なんでこんな事しなきゃいけないんだ? せっかくのバーベキュー縛られたままって。なんで?
「──でさ、そのシーンがすっごいかっこいいんだよ! いやあの映画おすすめだな〜」
「うそ、私もちょっと気になってたんだよね! 一緒に見ない?」
「お、いいね! もう一回見返したかったところなんだよ〜。あ、キャベツ切るよ」
「ありがと」
「ブレイズ。火はもう着いてる?」
「コンロの火が見えないの?」
「見えてるけど、バーベキューなんて初めてだから、もういいのか分からない」
「ふーん。ま、お子ちゃまだし仕方ないか。もうちょっと待ってて」
「よく知りもしないのに見下さないで。私、あんたが思ってるほど弱くないから」
「ふーん? いつまでその態度が保つか楽しみだな〜?」
──蚊帳の外……と言うより。
なんだろう、この気持ちは──。
そんな調子で肉を焼き始めた。
僕は虚しい眼差しでそれを見ていた。
エフイーターがニヤニヤしながら缶ビールを持ってこっちに歩いてくる。
……。
「なんだよ。僕を笑いに来たのか?」
「そろそろ乾杯じゃん? 飲めないのも可哀想だと思ってさ〜。ブレイズ! 乾杯しよ〜!」
「うん! あ……そういうこと。あはは、それはいいかな」
グレースロートまで缶を持っている。フルーツ系のヤツだ。いつの間にか酒なんて覚えちゃって……。
「グレースロート。これ解いてくれない?」
「……貴重な機会だから、遠慮しておく。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
エフイーターが思いっきり叫んだ。
「かんぱ〜い!」
「……何これ」
夜。ライトに照らされたバーベキュー会場を目前にして呟いた。
ニヤニヤしながらブレイズが缶を一口飲んで僕にしゃがみ込む。
「飲みたい?」
「……飲みたくない」
「じゃあ飲ませてあげる!」
「や、やめろお前、むぐ、ぐっ」
顔以外自由に動かせるスペースがない──。
逃げ場のない僕に飲み口を当ててビールを流し込んできやがった。人間のクズが……。
てか息が出来ない──仕方なく飲み干した。
「げほっ……。うぉう……」
酩酊──熱。
「お、お前……悪魔が、覚えてろ……」
「やだなぁ。私なりの仕返しなんだから、恨みっこなしだよ。まあ私からはこのくらいで勘弁しておいてあげる」
「お前からは……?」
ゾッとした。
ブレイズの後ろに──二人並んでる。
や、やめろ、エフイーター、来るな……。
もがもがもが──。
「ほらほらどうした〜? あたしの酒が飲めないのか〜?」
やっべえなんか怒ってる? なんかこのパンダ怒ってるのか?
……心当たりがない。大体こいつが悪いだろ。
「ブラストさ〜、あたしだけじゃ満足できないってことか〜?」
「な、なんの話だもがっ」
「ま、飲みなよ。あのさ〜」
「やめろ、やめろ死ぬ……」
やばい。マジやばい。
視界がぼやけてきた……。
思考能力もぼやぼやしてる。口が回らない──。
「あのさ。あたしが言いたいことは一つ。とっととあたしを選べってことだけなんだよ。飲め、このやろう」
僕の状態を鑑みて、流石に縄から解放された。
が、アルコールからは解放されなかった。
逃げ出そうとした僕は歩けもしない。
ぶっ倒れた。
……やばい。もう自力で歩けない。平衡感覚が──。
「あ、お肉食べなよ。ほらあーん」
肉、うまい。あじ、分からんけど。
倒れながら食う飯は初めてだ。
ボヤッとした光の中で、僕はグレースロートのキマった表情を見たが、それが何を意味するのかは分からなかった。
エフイーターがにししと笑ってコンロの方に戻っていく。
代わりにグレースロートがぶっ倒れた僕をちょんちょんと小突いた。生きているか確認しているらしい。うめいた。
体を起こしてくれる──優しい。
朦朧とする──。寝たい。
グレースロートはチューハイを一口含み、僕の頬に手を当て──。
ゆっくりと顔が近づいてくる。
……やば、体動かない。もうなんか……思考が出来ない。別にいいかなーとさえ思い始めた。末期だ。
唇が接触した。唾液とチューハイの混ざった液体が口の中に流れ込んでくる──。
──強ッ、きっつこの酒……明らかにただのチューハイじゃない。
でも飲み込んだ。理由なんて知らない。酔ってるから仕方ないだろ。
視界の隅に見えた9%の文字と、劈くブレイズの絶叫、飛び蹴りの疾走動作のまま高く飛ぶエフイーターとへにゃりとしたグレースロートの目の奥の色。
むり、もう限界だ、
意識が
*
フラフラしながら歩いている。
──。
目が覚めると、部屋で寝ていた。
なぜか、他に人がいないことに強烈な安心を覚えた。なんでかは分からない。
何も考えたくないし──何より、気分が最悪だ。
まだアルコールが残っているのだろうか?
──……。
辛い。
今日の任務は──書類仕事だけだ。助かった。こんな状態で体動かしたら吐きそうだ。
どうも最近意識がたるんでる気がする。こんなんじゃダメだ、エリートオペレーターの名が廃る。
ちゃんとしろ、Blast。
背後から声をかけられた。
「……ブラスト。どうした、酷い顔だ。何があった」
「Aceさん……。僕はもうダメかもしれないです」
「ブレイズも今朝から機嫌が悪い。また何かやったのか?」
「僕は……何も、してないと思うんですけど……。もう、頭痛くて、気持ち悪くて……」
「また飲んだのか。弱いんだから気を付けろと散々言っているだろう」
「違うんです……。もう、午前中の記憶ぐらいしかないんです……何があったか、どうして僕がこんなになるまで飲んだのかさえ……」
「……強く生きろ」
ポン、と肩に手をおくAceさんと死に体の僕。
「それより、明日からLogosとWhitesmithがしばらく空ける。聞いてるか?」
「ええ、確か……遠方の難民支援、でしたか……?」
「そうだ。一ヶ月は会えんし、挨拶でもしておいたらどうだ?」
「はい、後で……。うぇ」
廊下を歩いていく。
その後またエフイーターに絡まれたことや、この二日酔いの酷さも相待って、結局僕は二人に挨拶しにいくことを忘れてしまった。
気づいた時にはもう二人とその部隊は出発していた。
まあいっかと思っていた。一ヶ月程度会えないだけだから。
そして僕が、LogosさんとWhitesmithさんに会うことは二度となかった。
閑話の副題:嵐の前の静けさ
・Blast(ブラスト)
いろんな意味で逃げ場がなくなっている。
苦手なものは酒と嘘をつくこと。
悩みは尽きない。
歌詞の一節はアメリカのロックバンドLinkin Parkの一曲『One More Light』より引用。
・ブレイズ
かわいい
・グレースロート
目が覚めた時一人で悶絶していた。
・エフイーター
大体平常運転
・Ace
Ace的にはブレイズを応援しているが、Blastの気持ちが一番大事だと考えている。めっちゃいい人。
・Logos、Whitesmith
エリートオペレーターの人たち。
『最終版の武器を入れておく収納庫。武器は較正待ち、Logosはパーツ待ち、Whitesmithは素材待ち。全てが待機中で収納庫が意味を失くしてしまった。
宿舎に飾れば、雰囲気を良くする。』
──インテリア:ロドス作業室、武器収納庫フレーバーテキストより
──間違っていたのだろうか?
──この道は、本当に正しいのだろうか?
──どうして彼らが死ななければならなかったのだろうか。いや、そもそも彼らは死ななければならなかったのだろうか?
──この世界のために、僕らが命を懸けて戦う価値は本当にあるのだろうか。
『感染者のために戦うべきだという君と、感染者に失望している君。どちらもただの可能性だ。そのどちらを本音にするのかは』
『これから君が選択するんだ』
残された時間はそう多くなかった。
僕が──
*ストック尽きたんで充電期間とります。一週間くらいで書き上げる予定なんで、それまで毎日投稿はお休みです。ごめんね。
これから先の展開が複雑になりそうなので苦戦中です。楽しみにしている方には申し訳ないです。
いつも評価、感想等ありがとうございます。いつも感想、楽しんで読ませてもらってます。
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1−3 白昼夢
夢に霞/花に嵐-1
見切り列車です
先に言っておきます
ヒ ロ イ ン の 出 番 が ま る で あ り ま せ ん
ごめんね
僕はウルサスで生まれた。
感染者になったのは、家業がきっかけだったと思う。
製造業だったんだ。小さな自営業の、小さな町工場とも付かない場所。とても真っ当な場所ではなかった。だがそれほど悪くもなかった。
源石を扱っていたのは、需要があったからだ。鉱石病のリスクを冒すことで、需要というリターンを得る。
そしてリスクを被ったのは両親ではなく僕だった。
あの時両親に抱いた感情は、とてもよく覚えている。
──。
もう、何十年も前の話。
ロドスの最下層には、石碑がある。
ぼんやりと、それを眺めていた。
何十と連なった名前の、一番新しいところ。
Logos。
Whitesmith。
それだけだ。
僕は、あの人たちの本名も知らない。
Logosさんは切断術に長けた前衛だった。ブレイズのチェーンソーはLogosさんからのアイデアだった。Logosさんから教わった切断術がブレイズの大きな強さとなった。
WhiteSmithさんは神経質なアーツ術師だった。人嫌いな皮肉屋だった。だが、人を嫌うのと同じくらい人を助けたいと思っていた、奇妙な人だった。
僕は、彼らに一体どれだけのことを教わって、どれだけ彼らに感謝を伝えられたのだろうか?
Logosさんとは何度模擬戦に付き合ってもらったかどうか分からないほど戦った。Aceさんの部隊の、生意気な新入りに付き合って何回も僕をボコボコにしてくれた。その隣でブレイズも伸されていた。
Whitesmithさんにもお世話になった。僕は武器開発系がさっぱりで、何一つ分かってはいなかった。だから全部教えてもらった。頭のいい人だった。よく僕の頭の悪さを皮肉られていたのだが、最後は僕の作り上げたアーツユニットを褒めてくれた。
僕は、あの人たちの本名も知らない。
僕たちは自らで決めたコードネームを名乗る。もちろんコードネームでなく、本名でもいい。だがこれは、ロドスで戦うための決意表明の様なものだ。
そして、本名ではなくコードネームで呼び合う。仲間として。
Blastもコードネームだ。風のようにしなやかで、そしてこの世界に常に吹き続けている。そんな人になりたい。誰かを助けたい。そんな思いだったような気がする。
そして
お前は彼らの命にふさわしいのか?
今も考えている。
考え続けている。
後ろの扉が開いた。
足音が近づいてくる。
「Blastさん」
「……アーミヤ。どうしたの、こんな場所まで来て」
「こんな場所、ではありませんよ」
「……そうだったね、悪い。失言だった」
遺体さえ持って帰れないことがある。
遺体は親族に引き渡すことが大半だから、ロドスに彼らが生きていた証はこの石碑に刻まれたコードネームしか存在しない。後ドックタグくらいか。
「本当に、悲しいです。いつも思います。私たちは彼らの死に報いることができるのかって」
「……そうだね。僕も思うよ。そして、僕らは前に進むしかないってことをいつも思い知る」
「はい。その通りです。私たちはいつまでも、歩みを止めるわけにはいきません」
「うん。それで、僕に何か用かな。探してたんでしょ?」
「はい。ここだろうってブレイズさんがおっしゃっていました。正解でしたね」
「正式にあの任務が?」
「……はい。出発は明日です」
「──あの二人が死んだ原因の調査と、成し遂げられなかった難民救助任務。出撃まで一ヶ月もかかるとは思わなかったけど」
「情報収集なしでの任務は危険すぎます。Blastさんがすぐにでも出発したかったのは分かります。でも……」
「分かってるさ。十分準備はした」
LogosさんとWhitesmithさんは紛争地域での、民間人の救助任務に当たっていた。そして、紛争に巻き込まれて死んだ。
だが、あの二人と、あの二人が率いる部隊がそんな簡単に死ぬはずがない。エリートオペレーターはそんな軽い存在じゃないんだ。
何かがあるはずだ。
「今更いうのもなんだけど……こういうのはScoutさんにでも任せた方が良かったかもしれないよ」
「いいえ。Blastさん。自分ではあまり自覚してないと思いますが、Blastさんの評価は非常に素晴らしいものなんですよ。単独の戦闘力、及び率いる行動隊B2はロドスでもトップレベルの部隊に成長しました。その原因がなんであれ、です」
「そう。あんまり……嬉しくないね」
「そう、ですか。昔のBlastさんなら大喜びでもしていたと思います」
「そうだね。僕もそう思う。そうやってブレイズにでもマウントを取りに行ってたかな。そしたらまた喧嘩だ」
ありありと想像できる。廊下でも訓練室でもお構いなしだ。
ブレイズとの喧嘩は武器なし素手のみ、相手を地面に叩きつければ勝ちだ。
下らない想像を掻き消すように、アーミヤの返事が冷たい空間に反響した。
「はい」
「またAceさんが仲裁しにくるだろうね。Scoutさんは野次馬根性があるからニヤニヤしながら見てるかな。Logosさんはきっと通りかかって、呆れていると思う。Whitesmithさんは普段から部屋に閉じこもっているから、そもそも見ないと思うけど──でも」
「もう、LogosさんとWhitesmithさんは居ません」
「ああ、居ない。任務、了解した。予定通り行動隊B2で出撃する」
「はい。了解しました。……Blastさん。どうか、死なないでください」
「安心しなよ。僕はまだ死なない。そんなことしたらブレイズに噛みつかれるからね」
「ふふ、そうですね。では、幸運を祈っています」
「ああ、任せてくれ」
そこで見極めることにしよう。
僕が彼らの死に報いることができるかどうか。
そして、この世界が彼らの一生に報いるのかどうかを。
夢に霞 /花に嵐
行動隊B2の欠員は補充しなかった。
僕たち全員の総意だ。
車両が部隊を乗せて走る。
軍用のゴツい車両の後ろにて、硬い地面の揺れを無視しながら口を開いた。
「それじゃ、確認から入るよ。僕らが向かってるのはエクソリア共和国。赤道に近くて湿度が高い国だ。ロドスと違って気温がすごい高いから各員気をつけるように。今回の任務の本筋は難民救助だ。エクソリア共和国で紛争が起きているのはみんな知っている通りだと思う」
エクソリア共和国はまだ発展してない緑の国だ。ジャングルも確認でき、資源が豊富。そして内紛状態にあり、緊張が高まっている。
隣国との戦争は秒読みとされており、かなり危機的な状況にあることは間違いない。そして内紛に金と労力と命を費やした結果国内は非常に貧しく、首都であっても犯罪が横行している。
「僕らが行うのは出来る限りの人命救助だ。紛争に巻き込まれて手足を失った人たちのサポートや物資の配給が主な任務だよ。そして最も重要な点だけど、この国の内紛そのものには関わるな」
「つっても隊長。オレらだって襲われる可能性があるんじゃないっすか?」
「そうだね。もしそうなったとしたら遠慮なく反撃すればいいけど──ロドスは戦争そのものに直接関与することはできない。理由はわかるね」
「はい。エクソリアとの直接的な関係がないロドスは、内紛にも関わる理由がないからですよね」
「その通りだ。まあはっきり言うと、僕らが内紛に巻き込まれないためであり、内紛をややこしくしないためだ。人命救助はしても、戦争をしにきた訳じゃない。それを忘れるなよ」
危険な状況にもかかわらずロドスが国境を跨ぐことを許可されているのは、あくまで人命救助が目的だからだ。
ロドスは国際的な平和基金からの援助を得てこの救助活動を行えている。危険な任務を、援助を受け取ることでロドスが代行しているとも表現できる。
つまりこれは、ロドスだけの問題ではない。より大きな世界平和という名目が絡んでいるのだ。
……どうでもいいな、そんな上っ面のことは。
「僕たちがやるのは助け出せる命を可能な限り助け出すこと。これが第一目標。そして第二目標は……分かってるね」
「はい。行動隊C1、B5およびその隊長であるLogosさん、Whitesmithさんの死亡の原因を調べることですよね。でも、紛争に巻き込まれただけなんじゃ」
「確かに、そうだろうね。だとしたら相手は北か南か……でも、いずれにしても相当悪い状況に追い込まれないでもしない限り、あの二人が死ぬはずない。エリートオペレーターはそう簡単に死ぬはずがないんだよ。何か、あるはずだ。絶対に」
「隊長、でもオレらは紛争に関わっちゃダメっすよ。平和基金からの援助が出てんすから、その金で戦争したら相当マズいことになるっすよ」
「分かってるさ。別に復讐なんて考えちゃいないよ。ただ……真実が知りたい。それだけさ」
本当に巻き込まれただけか?
そしてそうであったのなら──僕は何を思うのだろうか。
僕たちは、まだ人を助け続けるのか──いや。今考えても仕方がないことだ。
「とにかく、もうすぐエクソリア共和国の国境だ。そこから先はどこにいても気を抜けない状況になるかもしれない。ロドスが救助活動にあたっていることは通達済みだ。僕らを攻撃することは国際法に違反する……けど。法は矢を放つことを禁止するけど、放たれた矢まで防いでくれるわけじゃない。お前らの命が最優先だ。分かってるとは思うけど」
「で、結局攻撃を受けた時どれくらい反撃していいんすか?」
「各自に任せる。正当防衛が成立してれば、言い訳の余地も残るからね。ただ、やられる前にやるってのができないだけだ」
「了解っす」
僕らはエクソリア共和国へ入国した。
暑い国だ。湿度が高いし、太陽の光が強い。
植物の高さも全然違う。茶色の土と、手の入ってない生い茂った緑。ジャングルも見える。川の色、広さ、流れまで、全て異なる。
「……暑いですね」
「ああ。紛争地域まで一時間かかる予定だ」
暑い。じめっとした汗が流れた。
紛争地域は酷いものだった。
すぐさま現地の病院を訪ね、物資を届ける。
僕らは一ヶ月間医療訓練を積んだ。
ロドス医療部から人員を出す案もあったが、却下された。危険すぎるためだ。医療部はロドスの最重要部、戦死する可能性の高いこの紛争状態にある国に出撃するには危険すぎる。
苦肉の策だった。
何もしないという選択肢は、ロドスにもあった。すでに行動隊の二部隊を失っていたからだ。だが──。
それでは、死んでいった仲間に申し訳が経たない。あの人たちの死に、一体何の意味があったのか分からない。
この任務は、断られることを想定していたそうだ。平和基金からの要望に対する最低限の顔立てだった。
だが、僕が希望した。行動隊B2、こいつらも賛同してくれた。
正直、一人で行くべきだと思った。僕一人で向かうのが最前で、最もリスクの低い行為だ。だがそれじゃ救助の意味もクソもない。一人で何ができる。
「隊長、まだうだうだ迷ってんすか?」
「お前らを巻き込みたくなかった。これは僕のわがままかもしれない」
「いいっす。オレら、死ぬときは隊長と一緒っすよ」
「……ジフ。すまない──でも、死ぬ覚悟なんて決めるなよ。僕らは死なない。さ、行くよ。やるべきことは山積みだ」
病院はそれほど大きいものではない──その部分に金がかかってない。貧しい人々から吸い上げた税金は、病院や衛生設備に使われることはないらしい。
片足を失った少年が、杖をつきながら隣を歩いていた──リハビリ中だろうか。
彼は怪訝な目で僕らを見たが、何も言葉は発さないまま廊下の角に消えていく。
──市民への被害。
戦場が市街地になっているということ。
ジフを連れて院長を訪ねる。暑い国の、薄暗い廊下は不思議な肌触りがあった。
院長の部屋も、本来はただの部屋だったのだろうが──人が寝ている。いや、病室になっていると表現すべきか。病室が足りないために、本来病室でもない場所を患者への場所にしている。
「すみません、ロドスの者ですが、院長はいますか?」
「──はい、私です」
患者を診ていた一人の男性が立ち上がって僕らに振り返る。
「あなたたちがロドスの……連絡は受けています。今回の支援、本当に感謝しています」
「いえ──。物資は今、僕の部隊が運び込んでいます。これから僕らロドスはあなたたちの支援に入ります。僕らは医療が専門ではありませんが……できることがあるはずです」
「……感謝します。本当に……ですが、この地域は危険すぎます。突発的な戦闘が展開されることすらあります。巻き込まれて負傷、あるいは死亡する可能性も……」
「ご心配なく。僕らはそうヤワではありません。それより、この地域に関しての詳しい情報をいただけますか?」
「はい、分かりました──」
この戦争は、古くから続く国内の分断に端を発している。
エクソリアは歴史上、ウルサスの支配を受けていた時期があった。特にその影響はこのエクソリア北部に関して根強い。南部はウルサスに対して抵抗をし続けて、やがてエクソリアは独立したが──。
支配されていた百年ほどあまりの間に、エクソリアは完全に両断されてしまったという訳だ。
ウルサスに抵抗していたと言っても、実態的には北部の兵士が南部に対して支配を強いる──国内同士の対立だったのが実情だ。ウルサスは強大だ。まともに立ち向かって勝てる相手ではない。エクソリアは未だ発展途上の国だ。
結局、独立という自由の果てに残ったのは国内同士の対立、親の代から受け継がれる憎しみだけ。
もともと一つだったという理由だけで、今もなお争い続けている。その理由も知らないまま。
エクソリア独立から十年。
戦禍は広がるばかりだ。
「……しかし、こんなことが日常的に起きているんですか、ここでは」
院長はシワだらけの顔を伏せて答えた。
「日常的とは言いません。ですが……最近はテロや突然の強襲も多い。北部労働党はウルサスからの支援を受けたのではないか、というのがもっぱらの噂です。本格的に南部を……このアルガンの街を陥すつもりなのかもしれない」
「待ってください、ウルサスがどうして今更。独立はもう十年も前の話なんですよ。エクソリアの独立は世界的に認められています。また植民地化なんて、できるはずが」
「ない、などと……言い切れません。特に北部は未だウルサスの影響が根強い。何せ、北部では未だにウルサス語を話す人々がいます。エクソリアは共通語が公用語ですが……文化に至るまでウルサスが入り込んでいるんです。車や医療器具などもそうです……経済までウルサスに寄りかかってなんとかなっているのが現状です。すでに、実質的な支配下にある事実は、独立しても変わっていません」
窓の外はまだ日が照っている。
……冬が支配し続けるウルサスのイメージとは全く違う。
エクソリアに冬なんてこない。来たとしても、雪は決して降らないだろう。エクソリアは一年を通して暖かい国だ。ウルサスとは違う……。
だが。
「……この紛争はエクソリア統一を目的としたものなんですよね」
「ええ……。百年も分断されていたエクソリア統一は、この国全員が願っていることです。誰も戦争なんて望んではいません」
「ですが、現実には──」
ジフが不意に口を開いた。
「あの、院長さん。一ヶ月くらい前にもロドスの部隊が来てたはずっす。何か知ってないっすか?」
「……場所を変えましょう。外に私がいつも使っている喫茶店があります。エクソリアのコーヒーは好みですか?」
「いえ……コーヒーはインスタントしか」
「でしたら是非とも。こちらです」
病院を出る。
「ジフ、お前は物資の方に行け。話は僕だけでも聞ける」
「……護衛は要らないっすか?」
「まだ日も落ちてないだろ。問題ないさ」
「了解っす」
エクソリアの街は雑多な活気に溢れている。
街の人々は自転車を主な交通手段としているらしい。あるいはバスか……だが、片手を失くした人や昼間から酔っ払って路地に寝っ転がっている人、あるいは……ドラッグか。
人々はとても若い。若者が多い。
じめっとした空気と、太陽に照らされる木造りの建物、それに混ざった白い建物は遠い異国の情緒を生み出していて、なんだか現実味が薄いような気もした。
院長についていく。白いペンキが特徴的な、ごちゃっとした店だった。
「──それで、改めて聞かせてください。一ヶ月前に来ていたはずのロドスの部隊について、知っていることがあるんですね」
「ええ、知っています……。彼らも、勇気ある人々でした」
「僕が聞きたいのは一つです。彼らは……単純にこの紛争に巻き込まれただけなのか、それとも……誰かに殺されたのか。僕は誰かが意図してロドスを襲ったのではないかと考えています」
「どうして誰かに殺された、と?」
「彼ら──LogosさんもWhitesmithさんも、ただ巻き込まれただけで死ぬ程度のヤワな人たちじゃありません。僕の先輩で、仲間でした。ロドスに届いたのは彼らが死んだという情報のみです。それしか届かなかった。彼らがただで死ぬはずがない」
「……そうでしたか。あなたの名前を聞いても?」
「Blastです。隊長を務めています」
「そうですか、Blastさん……私はグエンと言います。アルガン市立病院の院長をしています。私はおそらく、あなたの知りたいことを知っています……彼らの死には、少し複雑な背景があるのです。全てお話ししましょう」
グエンさんはシワを寄せてコーヒーを含んだ。香りがこっちまで伝わる。
確かエクソリアはコーヒー豆が採れるんだったか。興味はなかったが──地元の人に愛されているのだろうか。
ふと、そんなことを思った。
「この国が南部と北部に分かれて戦争をしていることはご存知でしょう。エクソリア統一戦争──我々は統一戦争と呼んでいますが……やっていることは、ただの殺し合いに過ぎません」
黙って続きを促した。
グエンさんはせっかちな僕を眺めて少し苦笑いしたようにも思う。気のせいかも。
ただ、僕は真実が知りたいだけだ。今はそれ以外どうでもいい。
「テロも絶えません。特に、駅や兵器の工場施設は頻繁にテロの対象にされます。何十名の人々が巻き込まれて死んだことかわかりません。戦争の終わりが見えない。北部の使っている武器は、ウルサスで作られたものなんです。私たち南部に現代風の優れた武器を作る技術はありませんし、資源もそう豊富でもない。徐々に擦り潰されていっているのが、肌でわかります」
やはりウルサスが絡んでいる。北部はウルサスの傀儡ということか?
「そして南部の首都、ここアルガンの市長が変わりました。一年ほど前のことです。それから戦況は急激に悪化しました。物価も値上がりして、南部はより厳しい状況に立たされるようになりました」
「市長が関係あるってことですか?」
「……公にはされていませんが、実は。結論から申し上げて、市長は北部と通じています」
「それはつまり……──ッ!? 待ってください、そんな訳が」
「ない、と言えない状況もあるということです。特に……この国では。すでに私たち南部には、敗北の二文字が浮き上がりつつあります。じわじわと終わりつつあるこの街から奪い取れるだけ奪い取ろうとする輩は後を断ちません。市長は、その一角です」
「具体的には──」
「金です。つまり、北部の軍隊を南部に手引きする対価です。このアルゴンに北部、ウルサスの支援を受けた強襲部隊が潜んでいる可能性が非常に高い」
絶句した。
Logosさんたちは──。
「北部の強みは、徹底した情報戦にあります。遮断し、自らの正体を知らせず奇襲する。神出鬼没の彼らに、南部は何度も敗北を重ねています──」
「……院長とは言え、なぜあなたがそこまでの情報を得ているんですか」
「あなたを信用して話します。私──いえ、
「そうか、だから──」
「一ヶ月前支援に来てくださったロドスの皆さんは、暗殺されました」
グエンさんはそう言い放った。
その目的はなんだ? なぜ彼らは殺されたんだ? 市長にそこまでの力があるのか?
「つまりは、私たちゲリラを支援していると判断されたのです。罠に釣り出され、街中で戦闘が起きました。彼らの最期は、アルゴンの市民を庇って死んだ、というものだと報告されています」
「────」
「私は彼らに深い感謝と、尊敬を抱きます。Blastさん、我々とともに戦っていただけませんか」
「少し……時間をください」
正直言って、混乱している。
予想してないわけではなかった。
……ロドスは傭兵じゃない。僕たちは人命救助の任務でここに来た。戦いに来たわけじゃない。
「私たちに、この街に残された時間はそう多くありません。どうか、人々のために」
「今日の……夕方までには回答します。僕は、ここで失礼させてもらいます」
席を立った。
結局、コーヒーに口をつけないまま。
・Blast
特に書くことがない
・行動予備隊B2
オリキャラの集団
・グエンさん
現地ゲリラの老人。ゲリラでも重要な地位にある人
・エクソリア
ベトナムがモデルです。ボロが出るでしょうが許して
移動都市ではありません。これについては後々……
あと全編シリアスの塊です。
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夢に霞/花に嵐-2
しばらく色気のない話が続きます
「隊長。おかえりなさい」
「アイビス。終わったか」
設営を終えた簡易宿舎。
エクソリアには一ヶ月ほど滞在する予定だ──街の外れた場所に簡易的な宿舎を設営した。
テントと調理キッド、トイレは近くの林に設備を作ってある。
時刻は4時。
「みんなは」
「街の方に、必要なものを買いに行きました。自分はハンスと組んで留守番中です」
「そう。出来るだけ早く、みんなを集められる?」
「何かあったんですか──ああ、その顔はあったってことですね。了解です、無線飛ばします」
部下の察しが良くて助かると喜ぶべきか、顔に出る僕の習性を嘆くべきか。
優秀な部下達が帰ってきた。
「みんな、おかえり。早速だけど、ちょっと意見が欲しい。あのさ、この国のために命を懸けてもいい人、手を上げて」
買い物袋を下ろした隊員、僕含めて7人の小隊は、誰一人として手を上げなかった。
「そうか、みんな頭が良くて嬉しいな。一応聞くけど、理由は?」
「オレらは戦いに来たわけじゃないって、隊長が自分で言ってた事っすよ」
「てか説明くれません? いきなりなんですか」
「や、ちょっとね」
「紛争に関わるか否かってとこですね。行動隊B5、C1のことで、何か分かったんですね」
「本当に僕の部下は察しが良くて助かるよ」
「顔に出やすいだけですよ。その上分かりやすいんですから」
「はは。じゃあ、この話はやめにしよう──」
と、話を切ろうとしたとき、ジフが一歩前に出て言った。
「でも、隊長が戦えっつったら戦いますよ、オレら」
「──。お前らさあ、いつもはそんなアレじゃないだろ?」
「分かりやすいんすよ。隊長、戦う気っすよね。戦う前の顔っすよ。覚悟決めた感じの」
「あらま、僕ってばホント──隠し事ができないね。例えばそれが、任務から大きく逸脱した内容の命令でも従うって?」
「よっぽど酷いモンじゃなけりゃ、オレは従うっすよ」
「私も同じです」
「右に同じ」
「自分も同様です」
「俺も従います」
「行動隊B2は隊長の部隊です。ロドスと簡単に連絡が取れないエクソリアにおいて、指揮系統は隊長に帰属します」
……いい部下を持ったと、つくづく感じる。
行動隊B2を見回した。
ジフ、アイビス、レイ、ハンス、カルゴ、ルイン。そして、Blast。そして死んでいったイーナとイミン。
「どっすか? 覚悟決まったっすか?」
「おかげでね……。腹は決まった。ちょっと出てくる。各自、武器のメンテは忘れずにね」
立ち上がって街へ向かう。
「やれやれっすね、隊長も」
「まー、いろいろ抱え込みやすい人だからね。大丈夫さ、俺たちは隊長についていくだけだから」
エクソリアの名目上の首都、アルゴン。
遠くに見える緑の地平線と、ジャングルの湿気。
人が多い。喧騒が通りを支配していた。交通ルールなんてあってないようなもので、バイクや自転車がそこら中を行き交っていく。危なっかしいものまであるが、不思議と事故には至らない。途上国の常だ。
この国では戦争が起きている。その事実が、なんだか現実味がなかったが──路地を覗き込むと、痩せ細った少年が壁にもたれて座り込んでいたりした。
貧困。
街を歩く。
硬い砂の道を歩いていると、叫び声と怒号が一角から上がっていた。そっちを振り向くと、道の一角で若い男同士が掴み合っているのが見えた。喧嘩だろうか?
片方が顔を殴り、殴られた方は顔を怒りに染め上げて反撃する。何発か殴りあい、ヒートアップする──前に、振りかぶった腕を掴んだ人がいた。
仲裁しているらしい。あんまり酷いようだと僕が出張ろうかと思っていたが、その心配はなかったみたいだ。
「──だがそいつが俺の財布を盗んだんだよ!」
「そんなことやってねえ! 証拠なんかねえだろ!? ほら、どこに財布があるってんだよ!」
「確かに見たんだよ、お前が絶対やったんだよ!」
──スリや盗みが起こるのには理由がある。
そういう気質なのか、金がないのか。
僕は結末を見届けないまま歩き出す。初めて見る光景でもない。珍しいことでもないのだろう。
「ちょっと二人とも落ち着けよ、やめろって──」
「うるせえ! 誰だか知らねえが、人の事情に首突っ込んでんじゃねえぞ! おらあッ」
──背後から吹っ飛んできた若者に咄嗟に振り向き、僕は目を疑った。
さっき喧嘩してた若者の片方だ。
……なに? なにこれ。
元凶の方を見ると、さっき喧嘩を仲裁していた男が何かを投げたような格好で顔を低くしていた。
「見かねて間に入ってやりゃあ調子乗りやがって……こっちに殴りかかってくるとはな。悪く思うなよ、手を出したのはそっちが先──」
「なにをしているんですか、馬鹿者が!」
「うえ、グエンじーさん!? なんでここに」
老年の男性がさらに割って入っていた。グエンという名前が聞こえたが……ん?
まじまじと見ていると、老人と目があった。
院長だった。
「いや、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ……」
さっきの騒ぎとは少し離れた場所、市内の休憩所。さっきの若者はバツが悪そうにどこかへ歩いて行ってしまった。
グエンさんは顎に手を当てて、アルゴンの夕方を見上げている。
「さっきのモンですが、実は南部ゲリラ兵の一人なんです」
! なるほど、彼のような若者が……。
「アルゴンには大体千人ほどのゲリラ兵が潜んでいます。一般人との見分けはほぼ付きません」
「……確か、南部軍はすでに壊滅状態でしたか」
「ええ。このアルゴンが一度奪われたのはご存知ですか? 奪還作戦で、多くの兵士が命を散らしました。南部には軍を維持できるだけの体力が残っていないのです。……では、答えを頂きましょう」
「はい。僕たちロドスアイランド所属行動隊B2は、この国のためにできることを行います。当然、本来の任務であった難民支援とは遠ざかりますが……長い目で見れば、救われる人々がいるはずです。それはロドスの理念とも一致します」
「感謝します、本当に──。しかし、命を落とすかもしれません」
「最大限、死なないように努力はします。それに……僕はエリートオペレーターとして、あの人たちの命に報いなければ」
「ありがとうございます……。早速ですが、ある作戦に参加していただきたいのです」
グエンさんは優しげな声を少し低くした。
早速来た。南部を取り巻く状況はそういいものじゃない──。
「アルゴンは奪還されてから、しばらく状況が不安定です。治安も安定していませんし、どこに北部の兵士が紛れ込んでいるかも分かりません。そこで、この街に潜む敵対勢力を一掃する作戦が建てられました」
「了解しました。しかし──この場所で話し続けていいようなものなんですか? どこかに聞き耳が立てられているかもしれない」
「この一帯はゲリラが自治している区域です。心配はありません。もしもこの場所に誰かが潜んでいるようなら、もうアルゴンはお終いでしょう」
「なるほど──」
夕暮れに染まる一体。どこからどう見ても普通の街並みにしか見えないが──。ゲリラとは一般人の集団だ。これが正しいあり方なのかもしれない。
「それで……敵の場所の目星はついているんですか?」
「はい。というより……公然なんです。北部軍の駐屯地は、アルゴンの街の中に堂々と存在しています。西部に宿舎と駐屯地があります」
「どういうこと……ですか? 敵の拠点がアルゴンに堂々とあるって──」
「手が出せないのです。彼我の勢力差がはっきりしている現状、アルゴンを奪還したとはいえ、おいそれと戦闘を選ぶことができません。そんなことをすれば北部による報復攻撃が我々を焼き尽くすことになります。北部はそれを理解しているからこそ、兵士を撤退させていません。北部の軍服を着た兵士が我が物顔で堂々とアルゴンを彷徨くのを、我々は指を咥えて見ているしかありませんでした──今日までは」
「!」
「はい。北部はすでに戦勝ムードにあり、南部のゲリラが白旗を上げるのを笑いながら待っています。つまりこれは、我々ゲリラの宣戦布告代わりです。我々が、最後まで戦い続けることを宣言する作戦です」
グエンさんは歳を重ねた瞳の中に、強い決意を秘めていた。
ゲリラとは、軍人ではない。人々の中から自然と立ち上がり、泥臭く戦う人々だ。何よりも人々と、国のために。
こういう人間が世界を変えるのかもしれない。
「……グエンさんは、なぜゲリラをやっているんですか?」
「自由のため……いや、この国のためです。エクソリアには移動都市がありません。この国は古来から続く遊牧を生活の基盤としてきました。今でもその生活は続いています。天災の予兆があると、都市を捨てて新しい土地へ移り住むのです。十年周期でそれを繰り返し、その度に新しい街を作り上げ、生活をする。それがエクソリアの人々の生活です。例え戦時中であろうとも、です」
首都でありながら、建物の構造が簡略すぎるのは、そういう理由があったということか? 直ぐに建てられて、天災が来ても直ぐ捨てられるように。
言われてみれば、建物はどれも特徴的だ──現地で取れる材料で組み上げるのだろう。木と砂を材料にした建物ばかりだ。
「ですが……前時代的です。それでは、この国の発展は頭打ちになってしまう」
「ええ。移動都市を建設する計画もありました。特にウルサスの影響が強い北部では、移動都市の建造が始まっているとの情報もあります──。ですが、それは必要のないものです。
「確かに……その通り、なんでしょうね。しかし、現実には力が必要です。移動都市ごと敵が攻めてくるような事態になれば、エクソリアの人々は巨大な都市を見上げて立ち尽くすしかない。国を守れないんじゃないですか」
「同じようなことを何度も言われます。そのような事態になれば、逃げればいいのですよ。私たちエクソリアの民は、どこにでも街を作り、暮らして行ける。大きな武力を持たずとも──それでいい。この国に移動都市は不要です。力と力で争い続けた先には、踏み荒らされた大地だけが残るでしょう。エクソリアはそうなってはならない」
──。
新しい概念だった。
自然と口から言葉が零れ落ちる。
「逃げれば、いい……?」
「ええ。それも、一つの戦い方です。使命や大義に死ぬことは、立派で尊いものでしょうが、同じくらい愚かで悲しい行為です。私たちエクソリアは死後の世界を考えません。ただ、この大地に還るのみです。逃げれば、生きられる。殺し合いの螺旋に身を投じなくてもいい」
「じゃあ……Logosさんたちは、彼らの死には……一体、どんな意味があったって言うんですか。グエンさん、答えてください」
「何もありません。死に大した意味など」
「ふ、ふざけないで下さいッ! それは侮辱だ、僕たちロドスに対する侮辱だ!」
「あなたは……あの方々の死に、意味を求めているのでしょう」
「じゃなきゃ無駄死にじゃないですか、そんなの認められない! 人々を守って死んだって言うんなら、救われた人々がいるって言うんなら……」
「ええ、確かに彼らは命を賭して人々を守りました。私たちはその事実を永劫忘れることはありません。そして、無駄死にではありません。彼らの死があなたに影響を与え、あなたが何かを為す。そうして初めて、彼らの生きたことを証明することができます。死とは、死んだ人にとっての何かではなく、残された人にとっての何かです。あなたが何を思い、何を為すのかが、本質的な意味です」
「……僕が、何をするのか?」
「はい」
太陽が沈んでいく。
二人の顔を思い出そうとしたが、はっきりとは思い出せなかった。
ただ、あの人たちと一緒に何をしたのかは、ずっと覚えている。
訓練の苦しさも痛みも、任務も、飲み会で大騒ぎしたことも、全部。
全部覚えている。
「そしてあなたは、逃げてもいい。少なくとも、死んでいった彼らはあなたに死んで欲しいとは思っていなかったでしょう。生きてほしいとも願ったはず」
「……全部放り出して逃げるなんて、できるはずがない。僕は……」
「長話が過ぎました。所詮は老人の話です、あまり考えすぎるのもよろしくない。Blastさん、確かに私たちは逃げてもいいですが、戦わねばなりません。北部の勝利によって南北統一が為されてしまえば、おそらくエクソリアも移動都市が生まれることになります。ですが……そのやり方は間違っています。歪みを生む。ウルサスは戦争で大きくなった国です。そのウルサスの影響を強く受けて、真っ当な国にはなることはありません。この国の子供達のために、それだけは阻止せねばならない。Blastさん。それでも戦ってくれると言うのであれば、あなたを歓迎します」
「……。まだ、僕の中で答えは出ません。ですが……戦うことで、何か分かるかも知れない。よろしくお願いします、グエンさん。僕らは少数ですが、強さは保証します」
「心強い。一ヶ月前に命を落とした彼らも、その戦いぶりは力強く……勇猛でした。そうだ、これをお返しします。ロドスに届ける予定でしたが、なかなかトランスポーターを捕まえられず……」
グエンさんに手渡されたのは、二つのドッグタグだった。
鉄のプレートと、千切れたチェーン。
文字が刻まれてある。Logos、Whitesmith。
ロドスの行動隊全員が身につけているものだ。遺体を持って帰れない場合、これだけを持って帰る。もしくは、身元がわからないくらい遺体が損傷しても、誰だか分かるように。
僕も、当然着けている。
「……ありがとうございます。他の、隊員の分は」
「量が多かったので、こちらで保管してあります。後でお渡しします」
「ありがとうございます……」
「北部の駐屯地への強襲作戦は、今夜です」
「今夜? 早いですね……」
「いえ、ちょうどあなたたちが来て下さった。もう待つ意味はありません。こうしている間にも、北部の戦力が増強されていきます。十分な戦力は整いました。反撃の狼煙を、もういい加減にあげていい」
「……はい。分かりました」
立ち上がる。
準備をしなければ。
「Blastさん。繰り返しますが、戦い方は一つではありません。捨てて、逃げるのも一つの選択肢としてあることを、忘れないで下さい」
「分かってます。ありがとうございます、グエンさん」
まだ──答えは出ない。
だが、戦わなければ。
・行動隊B2
イカれ隊長に鍛えられた精鋭。
多分だいぶ強い
・グエンさん
老人に差し掛かった。
ゲリラの一人。
・ゲリラの若者
今後出るかどうかは未定
・エクソリア
名目上は共和国。
緑の豊かな発展途上国……多分。
・Blast
あとちょっと
毎日投稿したいですけど安定しないかもしれないです。頑張ります
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夢に霞/花に嵐-3
寒い地域だった。初めて殺したのは両親だった。
その後ウルサスを飛び出して──。
十何年も流離続けて、ケルシー先生に出会った。
強襲作戦と言えど、複雑ではない。
駐屯地には最低限の見張りがいるだけで、防衛などは全く考えていなかった。いや、そうすることで牽制と誇示をしていた。つまりは、舐めていた。
南部の脆弱なゲリラに手を出されたところで、痛くも痒くもない、と。
事実、そのくらいの戦力差があった。兵士の質はさておき、武器の量も質も、北部の方が圧倒的に上回っていたのだ。北部には、ウルサスの武器が流れていたためだ。
事実上の勝敗は、ほぼ決していた。そして弱り切ったアルゴンを北部が陥落させることで、終結するものであると、誰もがそう思っていた──微かな人々以外は。
燃え尽きかけていた炎に、新しい薪を焚べるように。
「隊長、いいんすか?」
「何がだ? 作戦はもう説明されただろ」
「そうじゃなくて……隊長、殺せるんすか」
フェリーンの青年、ジフが隊長であるBlastに問いかけた。
ゲリラの拠点、積み上がった物資箱の部屋。作戦開始までの微かな時間。
Blastは顔を伏せて答えた。
「正直……分からない。Logosさんたちのやっていたことの意味を確かめたいのは本当だよ。でも」
「まー、分かるっすけどね。一人殺せば、もう後戻りは出来ないっすよ」
「分かってるさ……」
「ちゃんとしてくださいよ、隊長なんすから。オレたちはロドスに帰らなきゃいけなんすよ」
「……ああ、そうだったね」
「隊長! まさかこれが任務だってこと忘れてないっすか? この任務がどこまで続くかわかんないっすけど、オレたちには帰る場所があるんすからね」
「分かってるよ……。お前らが僕のことを隊長って呼び続ける限り、僕は行動隊B2の隊長で、エリートオペレーターの一人だよ。ちゃんと分かってるって」
「ならいいんすよ。大丈夫っす、どうなろうと、隊長はオレらの隊長っすからね」
「……やめろよ、小っ恥ずかしい」
「うえ、そんなこと言います? オレだって、隊長がうだうだ悩んでなきゃこんなこと言わないっすよ」
Blastはようやく少しだけ笑った。重圧からほんの少しだけ解放されたかのように。
アーツユニットの最終調整を終えると、室内に微かな風が吹いた。Blastによる最後の確かめだ。アーツの調子を確かめて、立ち上がる。
「作戦通りに行けば、僕らの出番はほとんどないよ。もしもの時のための予備部隊なんだから、戦闘はしなくていい」
「ま、そうなんすけどね。何が起こるかわかんないっすよ。それに──もう本来の任務はどっかいっちゃったっすからね」
「それを言うなよ。今更さ──ケルシー先生には怒られるだろうけどね」
「っすよね──。まあオレらは隊長に従っただけなんで」
「そうなったらお前も道連れさ。僕の意思決定を後押ししたわけだからね」
「うえ、嫌だなあ……」
「一緒に怒られよう。僕、実はケルシー先生に怒られたことないからさ、ちょっと怖いんだよね」
「こんなイカれたヤツが今まで怒られてないの、納得できないっすね」
「どういう意味だこの野郎!」
「ちょ、痛い痛い、離すっすよ!」
首を極めるBlastと、抵抗するジフ。
だが──二人とも笑っていた。心の底から笑っていた。
極めを解いて、Blastはアーツユニットを手にとった。
剣と一体化したユニット──様々な敵を斬り伏せてきた相棒。
「さて──じゃ、行こうか。みんなを集めろ」
「はいはい、了解っすよ」
そうして強襲が始まる。
真夜中。アルゴンの中心ならまだしも、ここはアルゴンの西区画。深夜には数カ所だけ設けられた外灯が砂道を照らしているのみ。
ゲリラの老人、グエンが部隊を前にして話し出す。
「──エクソリアは長い間、平和とは無縁でした。百年間同族同士で争い続け、殺し合い、奪い合い……いくつもの命が大地へと散っては見えなくなっていきました」
ゲリラ部隊の顔構えは様々だ。強襲という極限状態を前に緊張しているものや、落ち着かないもの、あるいは──使命感に感情を燃やしているもの。
静寂に、小さな声が響く。
「争いのない国というものを、私たちは知りません。エクソリアという同一の国でありながら、北部と南部はもはや別の国と言って差し支えない。長い間……ウルサスの脅威と、支配に我々は抗い続けてきました」
南部は徐々に、しかし確実に敗北を重ねてきている。何度も戦線を突破され、街を占領され──虐殺、暴行、略奪。
憎しみの種が、エクソリアの大地にばら撒かれて成長していった。エクソリアに生い茂る緑の如く。
「私は今、この年まで死に損ないました。死に損ない続けてきました。私がまだ生きていることに、何か意味があるとするならば──それは、この国のために戦うことなのでしょう。何人もの死んでいった仲間が、この大地に眠り……土に帰っていきました。私はその大地の上に立っています」
低い、しわがれた声だ。だが、戦い続けてきた者の声だ。
その重さがそれを聞いている人々の精神に染み込んでいく。
「我々は戦わなければなりません。たとえそれが、我々の愚かしさの証だとしても」
静かに──火が着いていく。
炎が燃え上がる。
士気が燃え盛る。
「この国のために、私たちの家族のために……未来のために。戦いましょう」
グエンは駐屯地の方向へ振り向いた。
「これより、強襲作戦を開始します。作戦通り、行動を開始」
覚悟を決めたゲリラの若者が槍を掴んで駆け出していった。
予定通り、駐屯地への襲撃が行われた。
夜の暗さを爆薬が吹き飛ばし、ゲリラの雄叫びが響く。
駐屯地の北部軍兵士は、完全に油断している。南部にそんな体力も、度胸もないとタカを括っている──そういう態度こそが、南部への何よりの攻撃になることを理解していた。
よって、完全な奇襲となる──はずだった。
「こ、こいつら……一体どこから現れたんだよ!? う、うわあああ──ッ!」
駐屯地の宿舎へ突撃していったゲリラが、暗闇から現れた完全武装の集団に襲われ命を落とす。
「引くな、俺たちがこの国を守るんだ! うおおおおおおおおッ!」
「バカ、まだ敵が潜んでるかも──」
暗闇から放たれた無数の矢がゲリラを貫いた。
暗い──。
「見えないッ、クソ! これでも食らえッ!」
爆薬が火炎とともに吹き飛び、木造の宿舎に火を付けて光を作った。
視界が確保できれば──道はある。そう考えての行動だったが──。
むしろ、現実を直視するだけの結果になる。絶望という名前の、現実を。
ゲリラが見たのは、完全武装でボウガンを構える、無数の北部軍兵士だった。
「じ、情報が──漏れていた、のか……?」
茫然としながら、若者は目を見開いていた。
「掃射せよ」
「あ──クソ、俺はこんな場所で──死にたく、な──」
つまりは、この作戦が漏れていた。
あるいは──駐屯地の無防備さは、南部のゲリラを吊り出すためのものだったのかもしれない。
だが──それはゲリラには到底判断がつかないものだった。
「まだゲリラ共は多い。見つけ出し、一人残らず射殺せよ」
夜の中、希望が潰えようとしていた。
同時刻、行動隊B2。
もしもの時に備え、後方にて待機していた。
その異常に気がつくまで、少しのタイムラグ。
「……やばいかも。みんな、周囲の警戒。光源を全部消すよ」
微かに残っていたライトをBlastが破壊し、辺りが完全な暗闇に包まれる。
光は、むしろ敵へ情報を与えてしまうことになる。敵は暗闇に潜んでいるからこちらがわかるが、こちらからはわからない──その状況を潰す。
目が慣れるまでに時間が少しかかる。
その行動に、何故? などと問う隊員はいない。
「身を隠して。おそらく──すぐに来る。各自、確実に先手を取れ。足音が近づいてきたら、間違いなくそれだ」
言葉通り、何十もの足音が聞こえてきて──。
Blastが先陣を切った。
風が切り裂く。
戦闘が始まる。
こうなってしまえばすでに暗闇は両方にとっての障害物となる。その状況を壊しにかかったのは、北部軍の兵士だった。
即席のライトを設置し、戦場を照らし出す。
その兵士が最後に見たのは、こちらに迫るヴァルポの青年だった。
首が飛ぶ。
「僕が崩す! ここを突破するよ!」
『了解ッ!』
吹き荒れる暴風がそのまま武器となり、血を撒き散らす。痛みに怯んだ隙を逃さず、Blastは剣を赤く染めていく。ハンスがその後に続き、数的不利を覆して戦線を崩壊させた。
逃げていく北部兵には目もくれず、Blastは奥へ──燃え上がる駐屯地へと走る。
グエンへと振り下ろされる剣の持ち主を引き裂いた。
「大丈夫ですか!?」
「Blastさん……。助かりました」
「状況は」
「見ての通り……情報が漏れていた、いえ……釣り出されたのはこちらという訳でした。すぐに撤退せねばなりません」
「僕らが時間を稼ぎます。ゲリラが全滅したら、この国に未来はないですよ」
「ですが……」
「早く!」
「……生きて、また会いましょう。必ず」
指示を出しつつ走るグエンを見送ったBlastは、ジフの苦笑いを見て笑った。
「悪いね」
「いいえ。時間を稼いで逃げるだけっすよね。楽勝っすよ」
「敵の主武装はボウガンみたいだ。重装を盾にして近づくよ。ハンス」
「了解です」
重装オペレーターだったイミンの抜けた穴を塞いだのはハンスだった。先鋒でありながら、高い防御力を獲得した。
矢を防ぐ防具と、軽量化した盾。異質な先鋒だが、確実な強さを持つ。
駐屯地へ走る。降り注ぐ矢はハンスが受けて、残りを弾くか避けるかして接近していく。
時間稼ぎは派手にやらなければならない。Blastは一際大きな暴風を起こして、炎を煽った。
──体の中に、鈍い痛みが走る。強力なアーツが体に負荷をかけているのだ。
「みんな、全力で暴れろ」
『了解』
撤退戦、時間稼ぎの囮役、開始。
目まぐるしく変化していく状況。北部軍の指揮官であるガルフは即座に行動隊B2の意図を読み取った。
囮と分かっている。すぐさまゲリラの兵力を削ぎたいところだが──そちらの相手をしないわけにはいかなかった。強いからだ。放っておけば、こちらまで危うい。
「全兵力で奴らを叩く。逃げ場はない。囲んで、確実に殺すぞ。
「それほどの相手ですか?」
「侮るな。確実に、潰すのだ。これ以上無駄な抵抗をされても面倒だ」
レッドスカーフ。北部軍のエリート部隊。
厳しい訓練を耐え抜いた、戦闘のスペシャリストの手段だ。あるいは、北部軍の得たノウハウを全て注ぎ込んだ、切り札とも呼べる存在。
その一部隊がアルゴンにて駐屯していたことを、ゲリラは知らなかった。情報戦──北部の得意とする分野。
腕部に共通して赤い布を巻いているのが特徴だ。それは誇りでもある。
最後に生まれた火種さえも、風にかき消されて消えようと──。
「”釣り囲い”をする。奥まで誘導するのだ──
「は、了解」
赤い布を腕に巻いた近接戦闘部隊が暴れ回る行動隊B2へと接近していく。
Blastはすぐさまそちらへと注意を向けた──向けざるを得なかった。
──やばいかもしれない。
「……遠距離オペレーター、全力で支援。ルイン、支援アーツを。連中の相手をしなきゃいけないみたいだ」
通常通りなら、逃げていた。厄介な相手とは戦わない──それが基本原則。だが、時間を稼がなかればならない。
戦わなければならない。
レッドスカーフが現れると同時に、普通の兵士が退却していく。どうやら──そいつらだけで十分、ということらしい。
質の高い兵士が何十人もいる。厄介なことだ。
だが、打ち破る──。
「覚悟決めろよ、お前ら。もう少しだけ時間が稼げれば、僕らも撤退できる。守ることは考えなくていい。やられる前にやって逃げちゃおう」
たった七人の小隊と、三十を超える部隊が相対した。だが──ピリつく雰囲気だけが充満する。
炎の燃える音が夜の中でよく聞こえた。
「
狙撃兵がボウガンを構えた。
「ハンスを先頭に、僕とカルゴで続く。ジフも続け、アイビス、レイで連中の
ハンスが盾を構えて、走り出す準備をする。
緊張が高まる──。
「撃てッ!」
「突撃ッ!」
ハンスが矢の雨に向かって突撃した。
無数の線が夜を貫くが──また風が吹いた。
直線が乱れて、矢はほとんどがその意味を無くす。
重装兵が剣を受け止め、衝突音が生まれる。
数的な不利の要素は強い──囲まれるハンスの上をBlastが飛び越えて、敵部隊のど真ん中に飛び降りて──防御力の低い狙撃兵に一閃。
アーツにより延長された、見えない超高圧の剣が、また一人殺した。
数的不利の中、乱戦が始まる。
個人の質で言えば──Blastは飛び抜けていた。
微かな防御の隙間に風という無形の武器が入り込む。
──極小の刃がまた頸動脈を切り裂く。防ぐ手立てがない。
Blastに鈍い痛みが走る。
アーツの使用により、血圧が急激に上昇し、全身に負担がかかる。心拍数が異常上昇する。鼻の毛細血管が血圧に耐えられず、破れた。
隊員たちは、その凶悪さをよく知っていた──Blastに対応できないレッドスカーフに対して、数的不利を覆して優勢を保っている。
「くッ──
「悪いね」
ルインの支援アーツ──活性化の恩恵を受けてBlastは加速した。
活性化はその名前に反して、とても役に立つアーツではなかった。例えばそれは、空間の温度をせいぜい数度上昇させる程度のアーツでしかなかったが──。
Blastのアーツと、とても相性が良かった。
温度が上昇することで、空気の動きが活発化する──ほんの僅かだけ。
だが──アーツを局所的に集中することで、その地点だけ温度を急激に上昇させるアーツを習得したことで、Blastの戦闘力を爆発的に増加させられる。
温度が上昇していくことで、Blastはよりたやすく空気を扱えるようになる。
風を使った踏み込みの射程圏内は、空気で伸ばした剣の長さを含めて──すでに、遠距離攻撃の範囲を獲得していた。
瞬きの間に、Blastが
しかしレッドスカーフは烏合の衆ではなく、統率の取れたエリート部隊。動揺は微か、すぐさま撤退を始める。
レッドスカーフの後ろから援護射撃の弾幕が張られる。地面に牽制としていくつもの矢が突き立つ。
Blastは仲間たちのもとへ飛びのいた。
同時刻、北部の司令部。
「D部隊、撤退です! 強すぎますッ!」
「クソッ! 何をしている、たかが十人もいないゲリラ共に──ッ!」
「おそらく、敵の隊長格によるワンマンです! ヤツを潰せば──」
「……いや、周囲から削いでいくぞッ! おのれ、梃摺らせおって……!」
指令が下り、伝令兵が駆けていく。
Blastは十分時間を稼いだと判断し、撤退ルートに思考を巡らせていた。
だが──北部司令部はBlast小隊の戦闘力を脅威と判断し、なんとしてでもここで潰すつもりだった。
たった数名の小隊が、D部隊のリーダーを討つなど……あり得ない。潰さねばならない。ゲリラに生きて帰られると、脅威になる。
それは戦場に生きてきた者の勘だった。
数的な観点からすれば、こちらが圧倒的に上だ。いかに強けれど、数を相手にするのはそう簡単ではない。それが精鋭部隊なら尚更。
撤退ルートを塞いていく。
「隊長……やばいっすよ。奴ら、完全にオレらのこと──」
「分かってるよ……。みんな、まだ動けるね」
Blastも無傷ではすまない。外傷も多少あるし──内部の痛みがだんだんと増してきている。視界も少しぼやける。このまま無茶なアーツを使い続ければ──。
頬から血を流しているアイビスが答えた。
「まだまだですよ。生き残りましょう」
「当然。さて、どうするか──」
退路が塞がれていく。敵陣に突っ込むのは得意だが、そのまま突破して逃げ切れるとも考えられない。危険だ。
逃げ場がない。
Blastたちの周りには、一見して誰もいないが──燃え盛る炎によって生み出される濃い影には、すでに敵が潜んでいた。
「……むしろ、敵本陣に行くのはどうですか?」
「レイ。イカれ野郎は隊長だけで十分っすよ」
「いや、待て──悪くない、というか……それしかないね」
「ほらもう、隊長すぐこんなこと言うっすもん。あーやだやだ。クレイジーっす」
「完全に全兵力で僕らを潰しにきてる──なら、もう頭を潰して逃げるしかない。おそらく──その燃えてる建物の向こう側だ。崩れて道が出来てるし──さっきの連中はそこから出てきた」
「本気っすか? つまり、逃げるどころか、自分たちから敵に向かってくってことっすよ」
「僕たちを囲うために、兵力は分散している。可能性はある。頭を潰した混乱を逃さなければ、逃げ切れる可能性はあると思う」
「……ま、無茶はいつものことっすよね。今更っすか──」
結局最後には苦笑いで従うのかこの部隊の常だった。いつものように──。
死ぬ気で──しかし死なない覚悟を決めてボウガンを構えるのだ。
「生き残るよ」
そう言うと同時に背後からボウガンの矢と共に槍を構えた兵士たちが流れ込んでくる。
赤い布は巻いていない──普通兵だが、数が多い。
「走れッ!」
その方向から逆に駆け出す。逃げ出すような形で燃え盛る駐屯地の向こう側へ──。
炎の熱気が汗を生む。ダラダラと垂れ落ちる汗は、果たしてただの熱気によるものだけのものだったか。それとも緊張や、疲労によるものだったか。
その先でBlastたちが見たものは──誰もいない広場だ。
──赤く染まる建物が、その場所を囲っている。逃げ道はもう一つ──奥へ。
破壊された宿舎の山で向こう側が見えない。
すぐに、崩れた建物の影に狙撃手が潜んでいる可能性を考える。次に、司令部の場所の推測が外れたのか、と思う。
──もしかして、罠だったのか、という疑念。
すぐに確信へと変わる。
「伏せろッ!」
頭上をボウガンの矢が飛び去っていった。
続く連撃──ルインの胸に突き刺さり、次々と胴体に刺さる。
Blastは自らに手を伸ばすルインの顔に、その手に向かって左手を伸ばし──過ぎ去っていった。
同時刻、司令部。
Blastたちの読みは当たっていた。つい数分前まで、その場所に大隊長たちが陣を敷いていた。だが読まれた。
そして、誘い込まれた。
そもそも、Blastたちは
囲い込まれた時点で、生き延びる道がなかった。いくらBlastの戦闘能力が突出していようと、人間だ。消耗するし傷を負う。アーツとて、永遠に使い続けられるわけではない。事実、Blastは重苦しい頭痛に襲われていたし、特に視覚に異常が発生していた。視力の低下。
だがその時点で撤退していれば──ゲリラの完全な退却は難しかった。追撃に遭い、ゲリラは今度こそ再起不能なほどに人員を失い、アルゴンは陥ちる。
風を巻き起こそうとアーツユニットを握る手に力を込めて──Blastはついに頭に走る痛みに顔を歪めた。
人間の過剰なまでのアーツ適正はそのまま身を滅ぼす。例えば自動車にジェットエンジンが詰めない様に、過剰な出力が体へと強い負担をかける。
網膜出血、頭痛、過剰心拍。
神経を通る痛み、全身に広がる。
体表に露出していた源石がアーツに反応して熱を持った。熱い。痛い。
Blastの両眼から赤い血が流れ出した。
立っていられない。だが倒れるわけにはいかない。
思考能力さえ奪われるような、強い倦怠感と痛み。痛み、痛み、痛い──……。
だが、もう自分たちに道はないことだけはわかった。
罠というよりは──つまり、負けたんだ。
僕たちは敗北したんだ。
痛みに額を抑え、目を強く閉じて痛みに耐える。
身に過ぎた力だってことはわかっていたが、この状況を切り抜けるために必要な力だったことも確かだ。
だが、ようやくツケが回ってきた。五感が痛みに支配されて、だんだんと曖昧になっていくような感覚。
だが、Blastは不思議だった。
どうして僕の体は、まだ矢に貫かれていないんだ?
目を開けて──。
「おい……、何、してる……?」
自分を守るように囲い、全身を盾にしてBlastを矢から守る部下の姿を、Blastは焼けるような視界の中ではっきりと認識した。
肩から胴体、顔、足──無事な箇所を探すのが難しいほどに。
ジフが口元から血を流しながら、それでも笑った。
「世話が……焼ける、人っすね」
ルインが喉を貫かれて、叫びたいほどの痛みに襲われながら、不器用に笑った。
「後のこと、お願いします」
レイが、だらりと垂れ下がった右腕をほったらかして笑った。
「隊長の部下として戦えたことが、私にとっての誇りです」
ハンスが、破断した盾を最後まで構えながら、振り返って笑った。
「あなたが隊長でよかった。心からそう思います」
カルゴが、自らの武器とした剣を最後まで構えながら笑った。
「隊長のこと、信じています」
アイビスが、貫かれて壊れたボウガンを構えながら、笑った。
「私たちは、いつでも隊長の隣にいますから」
狙撃部隊がボウガンの矢を装填した。まだ倒れないしぶとい小隊の息の根を止めるため、油断なく照準をつける。
「生き延びるっす。オレたちの分まで、生きるっすよ」
炎が命を燃やして光り続けて、やがて燃え尽きて消える。
Blastには、その隊員の顔が焼き付いていた。
いつだか、ケルシー先生と話したことをなぜだか思い出す。
閉じられなかった。見開いて、呆然と眺めていた。
塞げなかった。その声を聞いていた。
噤めなかった。言葉がこぼれ落ちる。
「なんで──」
Blastは理由を求めた。
最後、目の前に迫った死を恐れずに、ジフは代表して答えた。
「あんたがオレたちの希望だからっす。あんたならこの世界を変えられるって、信じてるからっす。隊長、ブレイズさん泣かせちゃダメっすよ。はは、何すか──泣いてんすか、隊長」
──撃て、と。号令に従って数えるのも馬鹿らしくなるほどの矢が行動隊B2を貫いて殺した。
「そうだ、ロドスのみんなに……ありがとう、ごめんって、先に行くって、伝えておいて──」
ただ一人、Blastだけを守って。
頭痛がする。
目の奥が痛い。
一人だけ無事に立っているBlastを視認して、北部兵の懐く感情は様々だ。恐れと、畏敬。命を差し出してまで隊長を守った忠誠と信頼。
その命に敬意を表し、最後の一撃を構えて──。
頭痛が酷い。
何も見えない。でも全部見えていた。
何も聞こえないのに、聞こえていた。
もう曖昧だ。
僕は、結局そうなれなかった。目を閉じられなかった。
──炎が燃え盛る。
なら燃えるといい。
頭が割れる。
ぐちゃぐちゃに割れて──。
割れればいい。そして死ねばいい。
──風が吹いた。
「ッ、撃て、撃てッ! すぐに殺せッ!」
何か──まずい兆候を感じ取った隊長が号令を叫ぶが、
──すぐに暴風が矢を吹き流した。
なら割れて、そのまま死ね。
痛い。
赤い涙が頬を伝った。
──暴風が炎を煽り、熱が空間に充満していく。
「うああああああああああああああああ──────アアアアアァッ!」
一つの獣の叫び。
赤い涙を流し、暴風圏の目にいるそいつは、もはや人ならざるような。
緑の混ざった黒い、長い髪が白く染まる。
極度のストレス、あるいは限界を超えたアーツによる副作用か。
真っ白な髪は、まるで何かの暗示のようで、狙撃兵の背中に冷たい汗が流れる。
──暴風が剣になり、矢になり、命を刈る。
Blast。その名前に相応しく。
記録。
エクソリア共和国、首都アルゴンにおいて、ゲリラによる北部兵駐屯地への強襲作戦は、北部の罠によってゲリラを一掃する、計画されていた罠だった。
ゲリラは完全武装の北部兵との予期しない戦闘となり、死者202名を数える結果となった。軽傷、重傷を含めると、ゲリラの被害は、実に5割に及んだ。
だが、驚くべきことに──北部軍にも強い被害が及ぶ結果となった。
北部軍特殊部隊レッドスカーフの一中隊の半数が死亡、あるいは重傷。他にも狙撃部隊を中心にして作戦に参加した兵士の三割が被害を負った。
死者89名、重傷者102名。
当時のゲリラと北部軍の装備の質や、この戦闘は北部軍が完全に意図して発生させたものであるにもかかわらず、特殊部隊の一中隊を失い、さらには多大な死者を出した。
生き残った兵士によると、その被害はたった一人のヴァルポによってもたらされたものであるという。
混乱と恐怖によるものか、兵士によって多少証言は食い違うが、ただ一つ共通しているのは──真っ白な髪と、恐ろしいほどの暴風だ。
この一人のヴァルポの正体に関しては未だ不明。ゲリラの一員であることは確かだ。当日エクソリアに来ていた「ロドス・アイランド」の行動隊隊長との情報もあるが、真っ白な髪という風貌が食い違うため信用性は低い。
北部軍の大半は命辛々退却したため、そのヴァルポの行方は掴めていない。
生きていれば、間違いなく北部軍の脅威となる存在であるため、早急な調査を続けていく。
・行動隊B2
無事死亡
また呪い残してる……
ぶっちゃけ最初から死ぬ予定でした
・Blast
やべーやつ
多分一人で90人近く殺してます
・ゲリラ部隊
ギリ再起は可能だと思います
・シリアス
シリアスゥ!
・ヒロイン
出てきません。もうちょっと待ってね
次の話で一旦この章は終わりです。そしたらヒロインも出てくる……はず……です!(無責任な発言)
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あるエリートオペレーターの選んだ選択
ヨルシカ/ノーチラス
歩いていく。
強襲作戦から数日が経っていた。
戦闘があったことなど関係なさそうに、人々はいつも通りだ──いや。荷物を抱えてどこかへいく人々の姿が多く見られる。
これから北部との戦争が始まる──いや、とっくに始まっていたのか。
街中での戦闘は、人々の心に恐怖をもたらすのには十分だった。
どこか他の街へ疎開しようとする人々は、一定数いた。
白色と緑色の街。
その道を歩いていく。
中心部へと。
何があるかというのなら、行政区画だ。
「Blastさん、どちらへ」
振り返ると、ゲリラの老人──グエンさんが立って居た。
顔にはまだ包帯が巻かれている。
「怪我は平気なんですか?」
「それは、私のセリフですよ。Blastさん、かなりの重体でしたが……もう動けるのですか?」
「まあ、なんとか」
まだ倦怠感が残っているし、頭もズキズキと痛むが──歩けないほどじゃない。
それに、やらなければならないことがある。
「ゲリラには、スパイがいましたね」
「……ええ。すでに、始末はつけました。信じられません、まさか……。ゲリラ結成当初からいた若者でした」
「はい。そして、市長が絡んでいましたね」
「どこでそれを……?」
「もう……ほぼ勘みたいなものです。市長、あの強襲作戦を受けて……警察組織の強化に乗り出したって記事を見ました。テロリストの犯行だって。つまり、敵……ですよね」
「ええ。通じていたのでしょう──もはや人々の戦争に対する士気はありません。勝てるはずのない戦いを諦めても、無理はない。もはや、南部は終わりゆくしかないのでしょう」
グエンさんは諦めたような声で空を見上げた。
僕はそれを引き戻すように言い放った。
「いいえ。まだ終わっていません」
「……まさか、Blastさん──あなたは」
「エクソリアが北部の勝利という形で統一されてしまえば、またウルサスが新たな力をつけるでしょう。この国を南下するための足がかりとして、また戦禍が広がる」
「もう……よいのではないですか。また死なせてしまいました。あなたの仲間でさえ──。あなたは生き残った。それで十分なのではありませんか?」
「グエンさん。もう戦う意思はありませんか?」
「……もう私にできることは残っていません」
「もしも、そうじゃないとしたら? グエンさん。あなたがその年まで生き延びたことには意味がある──あなたが言った言葉です。この国を導く存在が必要なんです」
「しかし……どうするつもりですか、たった一人で──」
真っ白に、色が抜け落ちた髪を弄りながら僕は話す。まだこの色には慣れない。
「初めは、市長を暗殺してしまえばいいと考えていました。でも──それじゃ事態は改善しない。殺してしまえばそこまででしょうけど、使い道があるとするならばその限りじゃないかもしれない。戦うために必要なものは、兵と資金です。まだ活路はあるかもしれない」
「確かに、言っている意味は分かります──ですが、あまりに現実的ではない! 人々の戦う意志を呼び起こすのは容易ではありません、今のような状況なら尚更です。一体どうするつもりなんですかッ」
「メディアを使います」
「メディア──? この国にある広報機関は、せいぜいが新聞やラジオですが──」
「それだけあれば十分です。本当はテレビでも欲しかったんですが、まあエクソリアの生活様式では難しいですよね」
「Blastさん、一体──」
「グエンさん、お願いがあります。集められるだけの新聞社、およびラジオ局、ついでに市長も招集……なるべく高い地位にある……あるいは、要職にある人たちを集められるだけ集められませんか?」
「た、確かに……私は国立病院の院長です。顔は効きます──。不可能ではありませんが……」
「お願いします」
頭を下げた。
「そうか……。Blastさん、あなたは──……。もう、何も言いません。老い先短いこの命、あなたに託してみようと思います」
返答を聞いて、僕は思わす微笑んだ。
「ありがとうございます。なるべく早く、お願いします」
「分かりました。すぐに連絡をします。私の携帯端末を渡しておきます、国内なら繋がるはずです。そちらに電話します」
「ありがとうございます。では」
行動隊のみんなが設置した簡易宿舎に、一つの袋が保管されている。
グエンさんから受け取った、LogosさんとWhitesmithさんの隊員たちのドッグタグが入った袋。
それに、あいつらの分を入れる。
金属同士がぶつかる、ジャラジャラした音がした。
少し考えて、僕は首から下げていた僕のドッグタグを外した。
寝るときでさえつけていたその重みが、初めて外れた。
Blast。
誰一人として救えないまま、死なせて殺して、失って。
何人殺したんだろう。
分からないな。
殺した人たちの顔を覚えているか?
いや、覚えてないな。それを気にかけれるほど余裕があったわけじゃないし、何より頭が痛かったから。
お前に罪悪感はあるか?
「……わかんないな」
ちゃりん、という音を立てて、Blastと刻まれたプレートが袋へと落ちていった。
お前はまだBlastか?
いくつも積み重なったプレートの一番上にBlastの文字。
イミン、イーナ、ジフ、レイ、アイビス、ハンス、カルゴ、ルイン、Blast。
なら、そこで一緒に死ねばいいのか。
『こういうの、悪くないね! ブラスト、また来ようよ!』
──いつだか、Aceさんたちと一緒に釣りに行った時の、ブレイズの言葉を思い出した。
僕はいつだか、それを思い出して……そうだね、って呟いた。
「ごめんね。もう行けない」
Blastはここで死ねば良かった。だから死ぬ。Blastっていうエリートオペレーターは、こいつらと一緒に死んだんだ。
「もうロドスには帰れない」
ごめんね。もう二度と会えない。
Blastはあのとき死んだ。だから、死人がブレイズみたいな生者に会うことはない。
「さよなら、ブレイズ。……Blast」
袋を持って立ち上がる。
外に出て道を歩いていると、小さな小川が流れていて、その上に道が続いている。
「お待たせしました。トランスポーターの方ですよね」
そこには旅人風の格好をした人物が立っていた。
「あんたが依頼人か?」
「はい。この袋を、ロドスアイランドという場所に届けてください」
「了解した。依頼料を頂こう」
「これを」
持っていた僕の全財産と、あと行動隊B2みんなの金。
ジフたちには申し訳ないけど……金がどうにもなかった。ごめんね、みんな。拝借した。許してね。
「……十分だ。差出人の名前は? それから他に何か伝言があれば承る」
「そうだな──。差出人の名前か……。うーん、どうしよう……」
差出人がBlastじゃダメだろ。Blastは死んだんだから、それじゃ辻褄が合わない。
「じゃあ、エール……エールと。僕のことについて何か聞かれても、現地ゲリラの若者だったとしか答えないでください」
「了解した。伝言はあるか?」
「ありがとう、ごめん……先に行くって行動隊B2のみんなが言っていたと伝えてください。ああ、それと……Blastが謝っていた、と」
トランスポーターはメモ書きにそれを書き記し、懐にしまった。
「依頼を承った。ではな」
「よろしくお願いします」
トランスポーターを見送った。
これで、ロドスには伝わるはずだ。
これでいい。
行こう。
僕はグエンさんから連絡を受けた場所へ歩き出した。
その会議室は、じっとりと暑いエクソリアの気候の影響を強く受けていた。
ガヤガヤという会話の声が空間を支配していたが、その声の主たちはただの一般人ではなかった。
南部最大手の新聞社の重役やラジオ局の局長、ほぼ壊滅状態にあるとはいえ、南部軍の中将や少将。
南部を支配する人々が集まっていた。さらには市長の姿まであった。
「それで、グエンさん。こんなところに、こんだけの人集めて一体何の用なんですか。私だって忙しいんですがね」
「もう少しお待ちください。来るはずです」
「来るってね、いったい誰が──」
扉が開いた。
入ってきたのは、真っ白な長い髪をもつ青年だった。
端正な顔つきをしていて、白い髪が何かぞっとさせる雰囲気を放つ青年だ。
微笑みを浮かべている。一見して柔和な、優しげな顔だ。
大物たちを前にして、一切の緊張するそぶりを見せず、青年は向き直った。
喧騒がやみ、静けさが支配する。
「こんにちは。お集まりいただいてありがとうございます。僕の名前はエール、本日は皆様に一つ大切な話をさせていただきます」
だが、すぐに疑惑へと変わる。
こんな若造が、いったい我々に何の用だ?
「最初に申し上げさせて頂きますね。ここにいる皆様は大なり小なり、この国に影響を与えられる方々です。以後、僕の命令に従ってもらいます」
──?
耳を疑う言葉が飛び出して、経済系に強いパイプをもつ議員が怒鳴った。
「いったいどう言うことだ貴様ッ! 私の時間は有限なんだ、警備! その男を取り押さえて牢にブチ込めッ!」
その怒鳴り声が皮切りになって、正体のわからない青年に反発の声が鳴り止まなかった。
「どういうことですか? そもそも得体のしれない若造に──」「くだらん話か? 革命家気取りにも飽き飽きだ。すぐに北部への対応を考えねばならんというのに──」「グエン、これはいったいどういうことだ? その男を連れてきたのは貴様だぞ?」「生き延びたと聞いたときはほっとしたが、こんな男を連れてくるとはな。死んでいた方がマシだったということか」
反対多数。
エールは微笑みながらそれを受け止めていた。
口を開く。
「困りましたね。皆様にも、相応のメリットを提供できるお話なのですが……話すら聞いてもらえないというのは、少々想定外です」
「黙れ、この薄汚いドブネズミがッ! 話すことすら馬鹿馬鹿しいわッ!」
「ふむ……。では──そうですね。市長、こちらへ来ていただけませんか?」
名指しで市長が呼ばれ、少し驚く。
北部との取引で強い力を得、さらに南北統一後の自分の輝かしい未来を市長は思い描いていた。
高いスーツだ。この国では買えない、ウルサスの有名ブランドのスーツ。それを手に入れられるのが、何よりの力の誇示。
自らが手に入れた力だ。国など、全て踏み台に過ぎない。奪える場所から奪うのは、当然の権利ですらある。なぜなら、それは自らが力を持っている証だからだ。
市長はその下らないガキをいかにして叩き潰して遊ぼうかと思い描いていた。
「ええ、こちらへ」
エールが軽く掌を振り、市長の体が宙に浮き上がった。
罵声も野次も、一瞬で止む。
指一本に至るまで、市長は自らの意思で動かせない。息ができない。
会議室にいる全員が見えるように、天井近くまで浮き上がり──。
首が、見えない何かにねじ切られるようにして市長は絶命した。
血が吹き出して、天井や床を汚す。血を浴びた者もいた。
そのまま体全体が、まるでミキサーにでもかけられた食材のように細切れになって回転する。
砕かれた骨、血、臓物、高級仕立てのスーツの破片。
死んだ人間の臭い。
人の死に方として、あまりに異常で、恐怖だった。
べちゃり、という音を立ててミンチになった肉の塊が会議室のテーブルに落下した。
10秒ほど前まで人だった何かから目が離れない。分からない。理解できない。
それを、呆然と眺めることしかできない。
何が起きているのか理解できない。
誰がそれをしているのか、わからない者はそこにいなかった。
グエンは、一人の若者が選んだ選択を理解して悔やんだ。ともすれば、死ぬよりも残酷な結末。だが、それを選んだのは──。
『君がこれから選択するんだ』
ケルシー先生、ごめんなさい。僕はもうあなたの目指す理想へたどり着くことはできません。
これが僕の選んだ選択。
僕の偽りない本音だ。
「では、改めて」
これが僕の選んだ戦争。
朝が嫌いだ。夜が嫌いだ。晴れも曇りも霞も嵐も風も炎も嫌いだ。
故郷が嫌いだ。両親が嫌いだ。ウルサスの街並みが嫌いだ。何も知らずに暮らしている人々が嫌いだ。
鉱石病が嫌いだ。苦しみも痛みも嫌いだ。傷つけるのも傷つけられるのも嫌いだ、感染者が嫌いだ。非感染者が嫌いだ。貧しい人々が嫌いだ。豊かな人々が嫌いだ。何も知らない人々が嫌いだ。
遠くから見える龍門のビルが嫌いだ。ヴィクトリアの裏路地が嫌いだ。家族が嫌いだ。ウルサスが嫌いだ。サルカズが嫌いだ。
酒が嫌いだ。ドラッグが嫌いだ。煙の味が嫌いだ。その熱が嫌いだ。
ロドスが嫌いだ。アーミヤが目指す理想が嫌いだ。感染者を取り巻く状況が嫌いだ。苦しみも憎しみも嫌いだ。悪人が嫌いだ。善人が嫌いだ。子供が嫌いだ。大人が嫌いだ。人が嫌いだ。何も知らずに笑っている人々が嫌いだ。そんな人々のために戦わなければならないのが何よりも嫌いだ。
裏切りが嫌いだ。謀略が嫌いだ。他人を利用するのも、されるのも嫌いだ。それに慣れていくのが嫌いだ。
戦いが嫌いだ。戦争が嫌いだ。
ケルシー先生が嫌いだ。あの何もかもを見透かすような、あの表情が嫌いだ。
ブレイズが嫌いだ。あの炎が嫌いだ。何もかもを照らすような、あの輝きが嫌いだ。彼女が振りまく血が嫌いだ。彼女の笑顔が嫌いだ。彼女と過ごした日々が嫌いだ。彼女の苦しむ表情が嫌いだ。彼女を苦しめる全てが嫌いだ。
僕は、僕が嫌いだ。
この世界が嫌いだ。
それが僕の選んだ本音。
「僕に従え、クソったれ共」
*
Blastが死んでから一週間後、ロドスに一人のトランスポーターが訪れていた。
ブレイズは書類仕事の休憩中で、廊下を歩いて──たまたま、ケルシー先生の研究所の隣を通りかかる。ドアが開いていた。
話し声が聞こえてくる。
「──では、確かに渡した」
「待て。差出人の名前は……本当に、エールというのか?」
「ああ」
「……。分かった。感謝する」
ケルシーと、男の声がする。気になったブレイズは、それを盗み聞きしていた。
男が応接室から出てきて、ブレイズは少し焦った。
チラッとブレイズの顔を見て──。
開いたドア越しに、ケルシーにトランスポーターが言う。
「一つ、言い忘れていたことがあった。伝言を頼まれている」
伝言?
これ私が聞いてもいいやつかなー、とか思いながら、ブレイズは明らかに自分の存在に気がついているケルシーから目を逸らした。
「ありがとう、ごめん……先に行く、と行動隊のみんなが言っていた、と」
「え──?」
声が漏れる。
聞き間違いだと思った。
ケルシーはそれを聞いて、無表情のまま微かに手を握った。
「それと、Blastが謝っていた──と」
全てが崩れ落ちていくような、そんな錯覚。
「確かに伝えたぞ。依頼は完了だ、ではな」
「ま、待ってッ!」
突然叫んだブレイズに、トランスポーターは顔を向けた。
「どう言うことなの!? Blastが、謝ってたって、なんで──」
「俺の仕事はそこの袋と、伝言を伝えることだけだ」
「誰が、誰からの依頼で!」
「エールと言う男だ。ゲリラの若者だ」
「──」
さっぱり心当たりがない名前に、嫌な想像がより具体的になって──。
顔を伏せるケルシーの姿に、どうか冗談であってほしいと願いながら、ブレイズは応接室の机の上に置いてある袋に走った。
丈夫な皮の袋を開いて、その想像が──。
丸みを帯びたプレートにこびりついた赤い血。刻まれた名前。
Blast。
ドッグタグだけが返されるということの、その意味は。
死んだということ。
「嘘、だよ……」
トランスポーターはその光景を見て、去っていった。依頼はそれだけだ。
「ケルシー先生、これ……っ」
ケルシーは何も言わない。
ただ、強く拳を握りしめて──。
「嘘、だって……。ブラストが、死ぬはずない……ッ」
ケルシーは黙って首を横に振った。
ブレイズは堪えきれずに走り出した。行き先はブラストの部屋だ。
残されたケルシーは、本当に珍しく感情的に壁を殴った。
エールと言う名前は、Blastがロドスに来る前に名乗っていた名前だ。それはケルシーしか知らない名前。
ケルシーは、かつてBlastだった青年の選んだ選択を理解して……言葉で表しきれない気持ちを拳に込めて、もう一度だけ壁を殴った。
「馬鹿者が……ッ!」
そのことも知らず、ブレイズは走った。途中誰かとぶつかったような気がするが、もう気にならない。
鍵を──取り出して、乱暴に開く。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ──ッ!
扉の向こうに、誰もいるはずはない。
積み上がった本と、あまり生活感のない、面白みのない部屋があるだけだ。
だが、いつも整頓されている机の上に、何かがある。
駆け寄って見た。
──綺麗にラッピングされた箱と、一つの手紙。
ブレイズへ、と小さな張り紙がしてあった。
すぐに手紙を開く。
『この手紙を読んでいるということは、どうやらお前は僕に無断で部屋に侵入しているってことだね。そりゃ、鍵渡したのは僕だけど、勝手に押し入るってのもどうかと思うよ、マジで』
「この男……ほんと」
読み進める。
『でもまあ、何かがあったのかもしれない。もしかしたら単に、任務が長引きすぎているだけかもしれない。僕がこの手紙を書いた理由だけど、お前にプレゼントがあるからなんだよね。ほら、机の上に置いてあるだろ? それだよそれ』
プレゼント──似合わないな。
想像もつかない。一度だってもらったことはない。
『似合わないなんて言うなよ。珍しく、そういう気分なんだ。お前、そのヘアバンドかなり古くなってきてるじゃん。多分まだ買い替えてないだろ? お前もとっくに隊長なんだから、多少はいいもん使えよってずっと思ってたんだけどね。そういうこと言うと怒るし面倒だから言わなかったんだけどさ。威厳とかもっとつけたほうがいいよ』
「余計なお世話だって。君だって、威厳なんてないじゃない……」
全部その通りだった。
このヘアバンドは少し思い出のもので、あまり新しいものに買い換えようと言う気がなかった。ちょっと色褪せてきている。
『まあ、これからも頑張りなよ。でももうヘリからパラシュート無しで飛び降りるのは勘弁だけどね』
「……もう、出来ないよ。君がいないんじゃ、もう出来ないじゃん……っ!」
涙がこぼれ落ちていく。
『そして、もしもの自体に備えてこれを遺書代わりに残すよ。危険な任務だしね。まあお前がこれを読んだ後に僕がひょっこり生きて帰ってきたら気まずいけどね。まあそれはいいとして』
「……帰ってきてよ、生きて、帰ってきたら、それだけで……」
『ブレイズ。前も言った通り、その部屋にあるもの、後大して多くもないけど……僕の遺産はお前に全部やる。まああんまり大した金にはならないと思うけど……好きにしてくれればいい。あ、これは僕が死んでいたらの話ね。生きてるかもしれないってなったら売るなよ。僕が困る』
「困ればいいじゃん……。いい気味だよ……っ!」
『ブレイズ。お前に一つだけ伝えておきたいことがある。僕は、お前の中にいつも希望を見ていた。お前なら、感染者を取り巻く問題を解決できるんじゃないかっていっつも思っていた。LogosさんやWhitesmithさんの死も乗り越えて、前へ進んでいける』
「……進めないよ。君を置いて、私だけ前に進めって言うの……。無責任だよ」
『後のことは全部お前に託すよ。グレースロートの面倒はお前が見てやってくれ。あの子は今大人へと変わりかけている。お前が支えてやってくれ。あ、後エフイーターの相手もね。あのパンダは時々構ってやらないと何しでかすかわからないし』
「……もう、こんな時に、他の女のこと書かないでよ」
『アーミヤのことも頼む。あの子だって、支えてやる人間が必要なんだ。お前に任せるよ。僕はそういうの、ちょっと苦手なんだ。実はね。そうだ、もしも僕が死んでたら、AceさんとかScoutさんに僕が謝ってたって伝えといてね』
涙を拭う。
自分で伝えたらいい。でも──叶わない。
『そして、お前にも。置いて行ってごめんな。僕は、お前の幸せと、幸運を願ってる。親愛なるブレイズへ、Blastより』
箱を開くと、赤い、上等な生地を使ったヘアバンドが入っていた。
あの男にしては珍しく、センスのいい。
──その拍子に、ブラストの顔を思い出してしまった。
もう会えない。
もう話せない。
もう一緒に戦えない。
もう一緒に生きられない。
もう──この思いを伝えられない。
涙が止まらなかった。
「うああ──、あ、ああ、あああ……っ」
ヘアバンドを握りしめて、ブレイズは精一杯叫んだ。
「うわあああああああああああああああああああ──────────────ッ!」
馬鹿だ。
残していかないでよ。
「あああああああああああああああああああああ──────────────ッ!」
寂しい。会いたい。
もう一度、話したい。
一緒に生きたかった。
好きだよって言えないまま──。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ───────────────────────────────────ッ!!」
あの底抜けの馬鹿男に二度と会えないって理解したら、胸が張り裂けそうなほど苦しくなって、悲しくなって、辛くなった。
それからしばらく、ブレイズの叫び声と泣き声の混ざった絶叫がブラストの部屋には響いていた。
涙を流しながら、ブレイズはヘアバンドを外し、ブラストの残したプレゼントをゆっくりと着ける。
「私が──」
それでも、私が覚えているから。
ブラストのことを覚えているから。忘れないから。忘れたって覚えているから。
君と過ごした日々を絶対に忘れたりなんかしないから。
戦い続ける。
君の分まで生き抜くから。君の分まで戦うから。
「戦うよ、私──」
そしてブレイズは顔を上げた。
「君がいないこの世界で、戦い続けるから。守り続けるから。君のことを覚えているから、忘れないからっ、絶対、絶対……約束するからッ!」
心に、後生消えない炎が灯り、
「君が辿り着きたかった場所に、いつか絶対──絶対、私は、私たちは……辿り着いて見せるからッ! 絶対にッ!」
そして、ブレイズは立ち上がった。
ブラストと、この世界のために。
やっとこさここまで書けました
ようやく折り返しです
・Blast
死亡。お前のせいでシリアス。
・エール
かつてBlastだった青年。真っ白な髪をしている。嘘が苦手。かつてBlastが名乗っていた名前。ケルシー先生しかその名前は知らないし、これから知ることもないだろう。
最近、この世界のことが嫌いになった。
・嫌いだ
ゲシュタルト崩壊しました
・トランスポーターの人
無事に依頼を果たした
・エクソリアの人たち
今回の被害者。散々です
・ブレイズ
メインヒロインとしての復権を果たした
落ちていくエールと立ち上がるブラストの対比がしたかっただけです
Blastはあまりにも眩しくて強いブレイズの姿が好きだったし、嫌いでした。
・ケルシー先生
ロドスでただ一人、エールの選んだ選択を理解した人。多分このことは誰にも言いません
珍しく後悔しているかもしれない
・ロドスの皆さん
Blastの死を知ってどうなったかは想像にお任せします
次から新ヒロインが出る……はずです! ヨシ!(極限現場猫)
ストックが早くも終了しました。また充電期間とります。なるべく早く書き上げたいです
いつも評価、感想ありがとうございます。
よろしければお気に入り登録なんぞしていっていただけると私が嬉しいです。評価、感想などいただけると喜びます。
ここまでの作者感想をnoteにて公開中。興味がある方はどうぞ。
https://note.com/nyancopan/n/n192fd332d42d
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2−1 Who cares?
もしも夜空から一つ光が消えたとして-1
どうしてそんなことができるのか、
君はたぶん聞くつもりだろう。
私にもわからない。
ただそういう気持ちになるのを感じ、苦しむのだ"
──ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス(詩 85番)より
エクソリア首都アルゴンにて発足した北エクソリア解放戦線、
それまでの南エクソリア軍とは一線を画する、
LAoNEはその年の5月、国営ラジオや新聞を用いて北部勢力に対する徹底抗戦を宣言した。人々の驚きもそのままに、同月LAoNEはアルゴンから見て北にある大規模な街「バオリア」を陥落させる。
この電撃的なニュースは、統一戦争に対する人々の認識を大きく揺さぶることになった。
長く続いた統一戦争は北部の勝利に終わり、やがてまたウルサスの植民地化されていく──という、その常識とも化していた認識を打ち破ることになる。
そうして、終わるかと思われていた戦争は、いつ終わるともわからない長い戦争へと変貌していくことになる。
もしも夜空から一つ光が消えたとして
「……あー、で。君は?」
「スカベンジャーだ」
まだ設立して日の浅いLAoNE──レオーネは今日もやることだらけだ。
トップに立っているのが僕である以上、あらゆる意思決定は僕がやらなきゃいけない。早く僕の代わりに判断していく人材が欲しいが──今はそんなこと言ってられない。
紙やら本が散らかった一室。窓からはエクソリアらしい強い光が差し込み、室内を照らしている。
乱雑な作りのデスクに座ったまま、僕は目の前の人物をもう一度眺めた。
「なるほどね……。まあ、僕から聞くことは一つだけだよ。君は役に立つの?」
「命令とあればな。金さえ払ってくれれば、どんな汚い仕事でも達成してやる」
「ふーん……。売り込み、ってことね」
「お前、力が必要なんだろ?」
思案。
それはその通りだ。
だが──たった1人に出来ることは限られている。1人の精鋭よりも3人のチンピラの方が出来ることは多い。100人に1人じゃ勝てない──いや、僕が言うのもなんだけど……一騎当千なんて下らないロマン主義だ。現実的じゃない。いや、本当に僕が言うのもなんだけど……。
だが、それはまともな戦争に限った話だ。突出した個人による単独行動がメリットに働くこともある。潜入、工作……暗殺。
「いいよ。今はどんな力も欲しい。君の素性も、ここへ来た目的も問わない。君の力を証明してもらおう。機会を用意する。ちょうどいいことに、チャンスはいくらでもあることだしね」
「──ふん。その
「さあ、どうだろ。君の希望はただの一兵卒じゃないんだ。僕がわざわざ相手をさせるだけの価値を、力を示してもらうよ」
「せいぜい期待に応えてやる」
僕は一応微笑んでみたのだが、スカベンジャーは無愛想に鼻を鳴らすばかりだ。
うーん……難しいな。
「早速だけど……任務を与えよう。現在の最前線はバオリアを囲う山脈地帯だ。北部軍は早くバオリアを取り返したくて、大規模な奪還作戦を立てているだろうね。次の戦場はウグラ山脈の途切れる場所、バオリア平原になると予想される。今のところ睨み合いが続いてるけど、兵力でも質でも劣るこっちは正面から戦えない」
スカベンジャーは無愛想なまま話を聞いている。もったいないな、と僕は思った。笑えばどんな顔になるのか、多少は興味があったんだけど──。
まあそれは置いといて。
「だから、特殊工作部隊を作ろうって話があってさ。奇襲暗殺なんでもござれの精鋭部隊。これを使って戦況を有利に進めていきたい。ちょうど君、そういうのが得意なんだってね」
「周りくどい。はっきり言え、誰を殺せば、お前は私を認める?」
「うーん……僕の悪い癖なんだよね──目標は敵指揮官、ヴォン・ギ・リン大佐だ。彼は現在、敵駐屯地にいる。結構厄介そうな人物でさ、早めに潰しておきたいんだ」
「……私を失望させるな。無茶な命令に付き合う気はない」
スカベンジャーが言う通り、無茶な任務だ。北部軍は現在ウグラ山脈に確認されているだけで8000人以上いる。その最高指揮官を暗殺するなど──絶対不可能。
こちらの兵力が三千程度なのを鑑みても、バオリアを落とせたのは奇跡としか言いようがないだろう。現状攻め込まれていないのは、ウグラ山脈が盾となってくれているからだが──いつ攻勢に出てくるか分からない状況だ。
まだ、この戦争に北部は本気を出していない。
旅団──1万以下の軍隊程度しか派遣していない。こちらの全兵力が精々1万なのに対して、向こうは──10万を越すか。だからこそ、油断もしている──と、いいんだけどなあ。
ただ、こちらにはゲリラがいる。昼は農民、夜は兵士。そんな見えない兵士たち。
「攻勢に打って出る。この地図を見て欲しいんだけど……敵司令部があるのがここ、バオリア平原を越えた小さな集落。あるとすればここに敵駐屯地があるとの情報を入手してね。そして主戦場が山脈が途切れるこの場所。障害物となる林が広がっている。ここを正面突破するのは難しいだろう。けど……ウグラ山脈には現地の人しか知らない裏道がある」
「……裏道?」
「うん。特殊部隊をこのルートで派遣し──敵の裏をかく。その混乱に乗じて全兵力を集中、山脈を突破する作戦だ。そしてその特殊部隊に君を編入させよう」
「分かった。敵大将の首を持って帰れば、お前は私を認めるってことだな」
「うん。正式に特殊部隊を編成して、君に相応の地位を用意しよう。君の本当の目的がどんなものであろうと、ね」
返答はなかった。
まあ北部のスパイでないことはとっくに確認済みだ。それでないのなら──大した問題じゃないな。
「
「馴れ合う気はない。任務の日と集合場所だけ教えろ」
「あれま。まあ成果を上げられるんならそれで構わないよ。予定では一週間後、おそらく正午になるかな。ここアルゴンの本拠地から出撃することになる。もちろんそれまでに敵が攻めてくる可能性もあるから断言はできないけどね」
「それだけ聞ければ十分だ。じゃあな」
「おーい──って。行っちゃった……」
彼女、スカベンジャーは能力テストでは十分な成果を残したと聞く。レオーネの能力評価はロドスのそれを参考にしてそれなりに厳しめに作ったテストだが、それをクリアできるなら十分な個としての力を備えているのだろう。
『つっても隊長、いーんすか? いきなりあんな人が作戦に参加するって言われても、他の人困るんじゃないっすかね』
──さあ、それはどうだろう。特殊部隊は人目に付かず、知られないから特殊部隊足りえるのだろう。だったらむしろ、彼女みたいな……言っちゃなんだが、はみ出し者の方が適正があるのかもしれない。
『てゆーか女の人だし。隊長、私のこと忘れちゃったんですか? ひどいですー』
極端すぎる。どうしてそうなる……。
……ちょっと頭痛いな。
『しっかりしてくださいよ、たいちょー。やらなきゃいけないこと、いっぱいあるんですから』
分かってる。分かってるさ。
頭に添えていた手を離して立ち上がる。
分かってるよ。だから……いい加減、この幻聴も幻覚も、どうか消えてくれ。
『消えろとは酷いです。私たちはいつでも隊長と共にあります、忘れてはいないでしょう』
忘れられない。ただイミン、お前の妙なところで皮肉っぽい性格、どうにかした方がいいよ──いや。
もうその機会は永遠に失われてしまったか。
「──ッ」
頭に走る痛みと共に視界がぼやける。
ダメだな……。どうにも視力の低下が激しい。無茶なアーツ運用のツケがようやく回ってきたか。
他の副作用は今のところ確認できてないけど……。どうだろう。僕の気が付かないうちに鉱石病が進行していて、すでにどっか侵されているかもしれない。これは長生きできないな。
構わない。ただ……僕にはやらなきゃいけないことがある。それまで死ぬわけにはいかない。
「とりあえず……メガネ、いやコンタクトかな……」
歩き出す。
やることが山積みだ。
*
例えば、戦争に反対するような世論、あるいは意見。
「……ち、あの男に連絡しろ。何? ……いちいち言わなければ理解できないか? その男どもを消すんだよッ」
乱暴に電話を叩きつけ、スーツの男は疲れたように息を吐いた。
「グズ共が……ッ」
「お疲れみたいですね」
あり得ない場所から声が聞こえて、男──ファンは慌てて振り返る。
窓がいつの間にか空いていて、カーテンが薄く揺れている。
その側に1人の、目を引く真っ白な髪をした男が立っていた。
「エール……貴様、何の用だ」
「いえいえ、たまたま近くに来たから寄ってみただけですよ」
表面に貼り付けた薄い笑みの向こうが見えない。
誰も知らない人がその微笑みを見て──誰が想像するだろうか。その男が戦争を主導し、実質的な現在の南部の頂点に立っているなどと。
南部の裏側──裏ビジネスに介入を始めたとの噂もある。
エールと名乗っているが、素性はほぼ不詳。突然現れ、全てを支配した。
「今の電話は?」
「反戦主義のジャーナリストが取材したいってさ。ち──今の南部の動向に疑問と問題を感じているだとよ。後で詳しい書類を送る」
「はい。明日までにはお願いします」
「明日までだと?」
「ええ。花が咲く前に、芽は潰さなくては」
「……悪魔が」
ヴァルポの尻尾を機嫌よさそうに揺らしてエールは微笑みを崩さない。その顔だけを切り取れば、どこからどうみても好青年だ。
そして最も厄介なことに──エールはなぜだか人に好かれやすいという、言い方を変えれば……カリスマ性があった。
一ヶ月ほど前、エールが突然現れたあの日の会議室。ファンも、ある新聞社の代表としてそこにいた。だが……ファンの経営する新聞社は、そこまでの大手ではなかった。
あの市長の異常な死に方は一つの無言のメッセージだ。こうなりたくなければ、従えという──これ以上ないほどシンプルに人を従わせる方法。事実、その後何度もエールの暗殺が試みられたが、その全てが失敗に終わり……暗殺を命令した者のもとには、暗殺者の死体が細切れになって届けられた。その後、暗殺を命令した議員や大臣の元にその家族の写真が届けられてから、エールに逆らおうとする人間はいなくなった。
ただ、恐怖だけではなかった。
ファンの経営する新聞社は、この一ヶ月で以前の二倍の利益を上げた。発行部数は二次関数的に増大し、急激にシェアを伸ばしている。それは全て、行政の根回しと法改正があってのこと。
つまり、すでに行政を支配しているエールはその恩恵を支配下にある会社や人物に与えることで、自らについてくるメリットを提供した。
その利益による飴と、恐怖による鞭。
それだけではない。独裁のデメリットは個人に力が集中することだが──メリットは、その国全体が本当に一箇所を向いて行動することができるということ。絶対的な人物がいた方が色々と都合がいいし、効率もいい。
つまりは、急速に変化しつつある南エクソリアのエネルギー全てを、戦争に向けられるということ。
「ちったあ安心したらどうだ。世論は順調に、戦争を肯定する方向へ傾きつつある。もともと北部への敵対心や憎しみは潜在的だったんだ、勝てるんなら戦いてえに決まってる──全部、お前の望み通りにな」
「全部が全部、僕の望み通りではないですよ。そこまで大層な人間ではありません。皆さんの力添えがあってこそ、ですよ」
「胡散臭えな──」
それでも、エールには何か……不思議な引力とも呼ぶべき力が働いているように、ファンは感じてならなかった。
それは何か、光のない夜に灯る炎のように……人も獣も虫も呼び寄せてしまう性質のように。近づき過ぎれば危ないと知りながら、それでも近づくことをやめられない。事実、レオーネの内部ではエールは英雄的な尊敬を向けられている。
曰く、戦場の守り神。風神だと囃し立てる声もあったか。いつだかそんな記事をファンの新聞社が書いた覚えがある。
「バオリアの奇跡、か?」
「奇跡なんて、それこそ大袈裟です」
兵力差2万を覆して勝利したバオリア奪還作戦。それを奇跡と呼ぶ人が後を絶たない。
「こちらの死者も少なくありません。1000人以上は死傷していましたから。それに……あの程度の不利は、これから何度も覆して行かなければならない。いちいち奇跡などと呼んでいる暇はないんですよ」
「そうかよ。それで、本題はなんだ」
「御社の記者が数名、暗殺されたそうですね」
「その件か。ああ、その通りだ。真昼間から脳天を撃ち抜かれた。酷えことしやがるぜ。それなりに使える連中だったんだがな」
「それに関して、奇妙な話を聞きました。凶器であるはずの矢がどこにも見つからなくて、更にはどこから打ってきたかどうかも不明──」
「そうだ。その通り、おそらくどこかの高台か何かから狙撃してきたんだとは思うが、距離がありすぎる。何せ、一キロ以上離れてんだぜ? あり得ねえ」
「ですが、下手人は周辺人物に見つからずに狙撃をした。であれば……その高台から狙撃したと考える他ないのでは?」
エールの静かな声に、ファンは吹き出した。
「アホかお前、ボウガンで一キロ先を撃てるかよ。そんなことすりゃ、数メートル、いや数十メートルは誤差が生まれるし……第一そんな飛ばねえよ、ボウガンはどんなに頑張ったって150メートルが限界だ。そして、その範囲に撃てそうな場所はねえっての」
「じゃあ、どうやって殺されたんでしょうね」
「分からねえ」
それが分からなかった。現地警察は捜査を断念。迷宮入りした。射程距離一キロなど聞いたことがない──。
「まあ、ラテラーノ銃では?」
「……? なんだそりゃ──いや、待て……聞いたことがある、ような……」
「そうか……エクソリアでは知名度がありませんでしたね」
現状、ラテラーノだけがその生産技術を握っている銃は、世界的な知名度が著しく低い。特にエクソリアはラテラーノから距離があることもあり、民衆に至ってはラテラーノ、およびサンクタ族に関しての一切の知識がないことすらある。
ファンは新聞社を経営していることはあり、知識に関して関心があった。そのため、辛うじて知っている。だが──。
「一キロ先に届くってのか? まさか、あり得ねえ。聞いた話じゃ、せいぜい300メートルかそこらだって」
「それは撃つ人の腕前によります。銃の種類にもよるでしょうが、狙撃用の銃で、なおかつ腕前が付いてくれば可能でしょう。その高台周辺の住人に聞き込みを。大きな、弾けるような音が響いていたはずです」
「ってことは……ラテラーノ国の人間がエクソリアに来てるってことじゃねえか!? なんだって……」
「推測しても仕方ありません。理由ならいくらでも思いつきますが、まずはそれを捕まえないことには」
「だが、お前が出張ってくるような案件なのかよ」
「ええ、当然」
ラテラーノが絡んでくるなら面倒なことになる。だがそれ以上に、エールは目論みがあった。
ラテラーノ銃の有用性は、既存の戦争を変えてしまうかもしれないという、冷たい打算が。それと同時に──それが北部に渡った場合の対処も。
エールは穏やかに笑うだけだ。その表情を決して崩さず、ただ行動を重ね続ける。
スカベンジャーの出番は、予想より早くやって来た。
エールからの直々の呼び出しを受けて、レオーネの本拠地……鉄柵で囲われた基地に、武装して来ている。
──訓練を積んでいる若者たちが大勢走り回っていた。彼らの表情は苦しそうで、訓練の過酷さを物語っている。教官の怒鳴り声がいくつも響いて反響した。
スカベンジャーはぼんやりとそれを眺めていた。
「やあ。悪いね、急な呼び出しで」
「前置きはいい。何だ」
「せっかくだからって思ってさ。少し早いけど、君のテストをすることにした。まあターゲットの説明だけしようか。目標は、おそらくラテラーノ……サンクタ族かな。区別は付く?」
「あの輪っかが頭に乗っかってる変な種族のことだろう。そいつらか?」
「うん。今罠を張って来た。多分彼らは新聞記者を暗殺すると予想される。予測狙撃ポイントは二つ、それぞれに張り込んで現場を押さえる。理解した?」
「生け捕りか?」
「うん。絶対殺さないでね。聞きたいことが山ほどある。これ無線ね、以降僕はアルファ、君はベータと呼称。君の担当ポイントはここ。細かいところは全部任せる。なんでもいいから狙撃手、あるいは狙撃手っぽい人間を捕らえろ。作戦開始」
「分かった」
レオーネはすでに軍用の車両をいくつも所有するに至った。国民の主な移動手段が二輪自動車か自転車であることを考えると、飛躍的な成長だ。資金面が充実しているとも取れる。
スカベンジャーはその中から小型のバイクにまたがって出撃した。エールも続いて大型の二輪に乗り込む。
作戦開始。
この国ではまだ四輪の自動車が普及しておらず、必然的に自動車用の公道が整備されていない。エクソリアの特殊な生活体系も合わさり、人々は二輪を好んで使用した。平均年齢の若い人々は高価な四輪車よりも安価で取り回しやすいバイクを好む。
エールもそれに合わせて、街を駆けていく。交通ルールも曖昧な道。
敵の武器が狙撃ならば、場所の見当は付く。アルゴンの街で狙撃なんていう芸当が出来る場所、さらに罠として張った新聞記者の場所を狙い撃てるとすれば──商業区域だ。高い建物が並び、乱雑な作りで姿を隠しやすい。その上人々の喧騒があり、大きな音でも目立ちにくい。
むしろラテラーノ銃を知らない人々は、それが銃声だと気がつかない。
同時刻、見張り台の最上階。商業地区のシンボルは原則ならば立ち入り禁止──しかし、実際に狙撃手らはそこでスコープを覗いていた。
目標は某新聞社の若手記者──情報通りならばすぐに現れるが……少々奇妙だ。あまりにもあっさりと情報が漏れてきた。順調すぎて怪しい──。
高台の風に紛れて、バイクの音が響いている。それは何も珍しい話ではないが──狙撃手の勘とも呼ぶべき直感が、反射的にそちらを捕らえた。スコープの中に──
だが何も問題はない。排除すればいい。そもそも記者を暗殺して行ったのは、現在南部を実質支配している白髪の男を殺すための布石。手間が省けた──。
銃声が風に紛れて消える。誰もそれに気がつかない。
エールは自らの勘に従ってバイクを傾けた。その1秒後、エールが通るはずだった場所に銃弾が突き刺さる。
撃ってきた方向には一際高い建物。エクソリア特有の木造と白い壁を組み合わせた作りで、簡素ながら丈夫だ。スコールにも耐えられる。その場所の窓、日中の強い日差しが影を作って奥が見えない。
「そこか……ッ」
エールが推定した距離は大体二キロ以上。情報以上だ、こんな距離だったら手の出し用がない。更には精密な射撃──!
ジグザグとルートを変えながら接近していく。銃弾が頬をかすめて血が流れる。危ないところだった。
アーツはなるべく使いたくない。平常なアーツでも脳と体に負担がかかる。一度壊れた器官はそう簡単には治らない。
接近していく。人々がバイクの音を避けて脇に避けてくれる──好都合。民衆を巻き込みたくない気持ちは、一応本物だった。
また一発。砂の混ざった白い地面がえぐれて弾けた。
距離500メートルを切る。
もしもエールが相手だったとしたら、すでにこの時点で逃亡するだろう。幸い人が多い。日中だ。顔を知られていないのなら、いくらでも逃げようはある。
だがそれでも詰みだ。何せおそらく相手はサンクタ族。目立って仕方がない。特にエクソリアでは知名度がない、なかなか忘れられない容貌だろう。
物陰に入る。バイクをすぐに止めて、エールはバザー区域に積まれていた木箱を利用して天井へと駆け上る。そのまま屋根伝いに直線を駆けていく。
距離300メートル。だが相手もそれに気がつかないはずがない。だがバイクではバザー区域に侵入できない。人がごった返している中に突っ込めるほどエールは正気を失ってはいなかった。
仕方ない──。
エールはぼんやりとした視界に目標地点を捉えて──風が吹く。
長い300メートルを一瞬で跳躍したエールはそのまま四階建ての建物の最上階へ、風の補助を受けて飛び上がり窓を破る。
薄暗くてそう広くない高台、見張り台の最上階。数は3人。手には狙撃用ライフル、この距離は──確実にエールの方が早い。
サンクタたちの判断は早かった。
すぐさまサンクタ族同士で互いに銃口を向けあい、情報が漏れるのを防ぐための自殺を──。
それをされるわけにはいかない。せめて1人でも。
エールは三人のうち、最も距離の近かった1人を突き飛ばし、1人のサンクタ族を銃弾から守り──。
血が飛び散る。貫通して弾丸は外へ消えた。強烈な痛みを微笑みに近い無表情で掻き消す。
三人いたサンクタのうち、二人は限りなく自殺に近い他殺。脳天が吹き飛んでいる。そしてもう1人、エールが死なせなかった1人に顔を向け──。
「い、いや〜。い、命だけは助けてくんないー……?」
引きつった笑みを浮かべて、命乞いをした。
辺りを見回す。
襲撃は想定内、そして自分からその背後にいる組織や背景の情報が漏れるのを防ぐために互いに打ち合うことで死亡するよう命令されていたのか。厄介な連中だ。用心深い。勝てないと判断した時点てそうしていた。
『しくじった、悪い。全員自殺した』
「了解。まあ基地に戻ろう。こっちで収穫は得た」
ちらり、と生き残りに目を向ける。
ピンク色の髪が特徴的な、見方によってはまだ少女とも呼べる年のサンクタが、まるで怪獣でも見るような目でこちらを見ていた。
「悪いけど、自殺しようなんて考えないでね。僕の方が早いよ」
「し、しないって。うう〜……。マジでこっちまで殺しに来るなんてさ、頭狂ってるっての……」
「それ、僕に向けて言ってる?」
「違う違う! あたしはそいつらに向けて行ったの! いくら命令だからって、ほぼ自殺紛いのこと本気でする!?」
「ふーん……。ずいぶんな忠誠心だ。それで、君は死なないんだ」
「あたしはラテラーノの栄光とか名誉なんてどうでもいいの! しょーじき、あんたがあたしのこと
「続きは戻ってからにしよう。悪いけど……当分自由はないと思ってね」
「こ……殺さない?」
「保証はできない」
にっこり。
サンクタの狙撃手──アンブリエルは、やはり引きつった笑みを浮かべた。
この時点では、お互いがお互い、長い付き合いになることなど──まるで想像もしていなかったのだ。
だが、未来とは往々にしてそういう性質を兼ね備えている。予測が出来ない──。
「私の任務は失敗だ。勝手に自殺された。ずいぶんお行儀のいい連中だ」
「さっきも話したけど──1人は捕らえた。まあ仕方ないさ、僕もまさかそこまで訓練された連中だとは思ってなかった」
「……そっちの天使サマが?」
「うん。ああ──名前聞いてなかったね。僕の名前はエール。君は?」
「……」
アンブリエルはコンクリで囲われた尋問用の部屋で縮こまっていた。無理もない。
目の前には柔和な微笑みを崩さない男が1人、なんならまださっき弾丸が体を貫いたばかりだろうに──服に滲む血もそのままだ。
まるでそれが自分への当て付けのようで、アンブリエルは余計怖かった。そばに居る女の表情も怖い。鋭い目つきで、こっちのことを動くだけの肉袋としか思っていないような目つきだ。怖い。
壁はコンクリート、扉は重たい鉄。目の前に無骨な机。
「あ、あたしはアンブリエル……。最初に言っとくけど、あたしは逆らう気とかないからね、もう全面降伏だからねッ」
「別にとって食べようって訳じゃないんだけど……まあ、聞きたいことはいっぱいあるし。まず……そうだな。目的から聞こうかな。なんのために?」
その問いの指す範囲はあまりに広すぎる。エールはわざとそういう風に聞いた。面倒くさがったとも言う。
「あ、あんたの排除のため。それと、南部への警告……。世論を操作して、戦意を高めていってるレオーネへの、牽制……」
「なるほどね。で、なんでそれを君たち
「あたしが聞きたいくらいだってば! 上の方の話なんて興味ないし、知らない方がいいの! おまけに情報漏洩を防ぐために、捕まりそうになったら自害せよとか命令されるしさー! もう散々」
「ま、そりゃそうか……。スカベンジャー、捕虜の扱いってどうすればいいと思う?」
「殺せばいいだろう。面倒だ」
「それもそうだね」
「わーっ、ちょ、ちょっと待って! あたしこれでも結構役に立つよー!?」
「冗談だよ」
笑いながらエールは思案する。
厄介なことになったとは思うが、これは──使えるかもしれない。
打算と皮算用。計算と想定。
誰に何を話すのも、全て戦争のため。
その思索の表側に張り付いて剥がれない微笑みに気がついて、エールはまた少し自分が嫌いになった。
・
エールが興した統一戦線組織。早い話軍隊だと思います
設定のボロはゆるしておにいさん
Liberation Army of North Exalia(北エクソリア解放軍)の頭文字をとって命名、なんかそれっぽくなって安心しました
・エール
一旦限界を超えてアーツを使用した反動が残っている。慢性的な頭痛と幻覚、幻聴。その他の症状があるかどうかは不明。要経過観察。
闇堕ちした……のか?
・スカベンジャー
かわいい……かわいくない? 昇進2イラストで惚れました
・アンブリエル
かわいい……。
かわいいの皮をかぶった暗殺者説を提唱します。ボイス聞くと明らかにラテラーノのやばいとこ知ってそう
毎日更新→不定期更新です。
すみませんゆるしてください、なんでもしますから!
想像以上に苦戦してます。のんびりお待ち頂ければと……
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もしも夜空から一つ光が消えたとして-2
キャラが可愛すぎる
あと新イベント楽しみですね
お待たせして申し訳ないです。本心です
結論から言って、ラテラーノとウルサスの間になんらかの取引があったと推測される。
アンブリエルはそれ以上のことを知り得ず、ただ派遣されて命令に従っただけ──全て本当のことを話しているならば、の話だが。
「だいたいさー、なんでウルサスがこんな蒸し暑い国に出張って来てんのー? 別に国境接してるわけでもないのにさー」
「悪いけど、あんまりおしゃべりしてる暇はないんだ。君が話してくれるようなことはもう無さそうだし、一応解放するよ。ただ、こっちの監視はつけさせてもらうけどね」
「……あたし、ラテラーノに帰れるの?」
「今後の状況次第だね。下手に返してこっちの情報を与えたくない。少なくとも、ラテラーノの部隊がこの国に来た理由が判明するまでは無理だね」
「そんなの絶対分かんないやつじゃん……」
「そして君には、一つの選択肢が与えられている」
エールはずっと張り付いたままの微笑みのまま言い放った。
「ラテラーノを裏切り、僕たちレオーネにつくか、否か」
「……冗談でしょ?」
「まさか。本気だよ」
「い、今すぐ決めろって……?」
「うん」
「お……鬼! 悪魔! まさか、協力しなかったら……あたしをここで始末するつもりじゃッ!」
「君にはまだ利用価値がある。殺さないさ。ただ……未来のために、協力してほしい」
「未来って……。誰の未来のこと?」
「この国の未来のことだよ、当然」
「……あのさ、あたしたったさっき部隊のみんなを失ったばっかりなんだけどさー。ちょっと気遣いとかない訳ー?」
「ふん。気遣って欲しそうな顔には見えないがな。命令だか忠誠だか知らないが……連中、そんなものに命を捨てるなんて、随分ご立派な往生だ」
「スカベンジャー。やめろ、敵とは言え……」
「はっ、笑わせるな。死人は死人だ。それ以上の意味はない。それとも──お前、何か求めてるのか? NLFのトップがそんなタイプだとはな、驚きだ」
──嘲笑するスカベンジャーの言う通りだ、とエールは思った。
死んだ人間は何も言わない。それ以上の事実はない。ただ……何か求めているのか、という言葉に対しても──。
その通りだ、とエールは心の中で呟いた。
「君のいう通り、死者は死者だ。ならそれ以上褒め称えることもないし……侮辱することも許されない。死者がただの事実だというのならね」
「許されないだと? 誰が許さないというつもりだ? 神か? それともお前か? そっちの天使サマか?」
「あるいは
その瞬間だけ、エールの貼り付けた笑みが消えていた。
アンブリエルは仲間同士だと思っていた者たちが口論を始めて混乱した。こいつらもしかして仲悪いの?
睨むスカベンジャーと、それを見つめるだけのエール。アンブリエルは妙な居心地の悪さを感じて口を挟んだ。
「い、いやー。別にあの人たちなんて昨日会ったばっかりだし、別にそんなでもないって言うかー。っていうかあたしの扱いどうなるわけ?」
「……保留かな。ただ、武器は預からせてもらう。監視もつける。でもまあ、基本的には自由にしてもらっていて構わない……かな。スカベンジャー、君は下がれ」
「チッ、分かった」
ドアを開けて出て行ったスカベンジャーの表情は、微かな苛立ちが混ざっていた。
「さて。今のところ、君に聞くべきことはだいたい聞き終わった。最後に一つだけ質問。君、ラテラーノに帰りたい?」
「え、帰りたいって言ったら帰してくれんのー?」
「いや別に」
「だと思った。てか帰りたいに決まってるじゃん。新しい服も今ごろ家に届いてる頃だろうしさー、この国にポッキーは売ってなさそうじゃん」
「チョコ菓子は多いよ。カカオの原産地の一つでもあるからね。ただ、甘いチョコは少ないけど」
「余計帰りたくなって来た……。甘いものも食べられないんじゃねー。おまけに……捕虜じゃん、あたし。ふつーに命の危機なんだけど、分かってる?」
「だから殺さないって……。まあ小さな部屋くらいは用意するよ。ウチのヤツに案内させる」
部下にアンブリエルを任せてエールは去っていく。行き先は自身の執務室だ。
コルクボードに貼り付けた無数の情報を眺めながら考える。
考え続ける。
彼女たちの
*
エールは地図の上に広げた駒を眺めて、疲れたように伸びをした。戦術考案はエクソリア南部軍に任せても良かったのだが……信用しきれない。南部がここまで北部に押されて来たのは、彼らが負け続けて来たから。
いくらウルサスの支援があると言えど、南部もそこまで弱いわけではなかった。ただ……対応しきれなかった。ウルサス仕込みの戦術に対応できず、見誤り、慢心していた。残ったのは死体の山だけだ。
「……何か、もう一手欲しいな」
決め手となる何か。まだ分からないが……。
ウグラ山脈での衝突に勝算はある。特殊部隊による後方からの暗殺は一つのプランだ。正面からの衝突は分が悪い。ただ山脈の切れ間には森林が広がっている──消耗戦を展開するか?
どうするか──……。
「君なら、どうする?」
エールにとってそれは、彼にだけ見える幻覚に向けた呟きだったが──。
がた、と小さな音が静かな執務室に響き渡った。静寂の中、エールは反射的にそちらを見る──。
本棚に隠れて見えない影の向こうに誰がいるのか?
「驚いたな。君か? アンブリエル」
ばつが悪そうに姿を現したのは桃色のサイドテールが特徴的な、天使の輪っかを持つ少女のサンクタ。
「い、いやー。集中してたし、邪魔するのも悪いかなーって思ってたんだけど……」
「そう──」
気がつかなかった──見れば、ドアが開いている。
本当に、気がつかないほど集中していたらしい。あるいは、
「狙撃手、って言うんだっけ。君の持っていた様な銃を扱う人って」
「うん、まー……。よく知ってんね」
「まあ、ね。実はちょっと興味があって」
「……あんた、ラテラーノなんて調べたっていいことないよー? いやほんとに、本心から忠告するんだけどさー」
「そうかい? 理由を聞いてもいいかな」
「それも聞かない方がいい。別に、どうしても聞きたいんならいいけどさー。本当にロクなことになんないって」
「ロクなこと──か。どうだろ、なら試してみようかな。これ以上があるのなら、一体何があるのか」
「何の話?」
「いや、こっちの話。それで? ラテラーノに関わりすぎない方がいい理由って?」
エールは張り付いて剥がれない微笑みのままアンブリエルに問いかけた。ため息を吐いてアンブリエルは話し出す。
「”銃”のこと。まー、それ以外にもいっぱいあるんだろうけどさー。あたしが知ってて予想できるのはこの辺しかないっしょ。あんさ、あんた銃に目ぇ付けてない?」
「よく分かったね」
「はー……。あのさ、言っとくけどさ。別に銃っつったって……殺傷力はボウガンとかと変わんないよ? それに手入れもめんどいしさー。入手性とか、価格とか……ボウガンの方がコスパいいよ、絶対」
「だが、射程がある。こないだの一件では一キロ以上先から射って来ていた。ボウガンでそんなことは到底不可能だ。そして嵩まないし……連射性が段違いだって言う話もある。弾数もボウガンとは比べ物にならないんだってね」
「大体、あれってあたしらサンクタにしか使えないってこと知ってる? そもそもあたしらもたいして理解できてないってのに」
双方の言うことは全て事実。
“銃”には、ボウガンにはない可能性が秘められている。同時に一般的ではない。サンクタすら知らない人々も多いのだ。
エールは微笑んだまま問う。その目の奥はちっとも笑っていない。
「本当に?」
「……んなわけないっしょ。まー銃の種類にもよるけどさー。もちろん反動に耐えれない銃なんて使えないし、素人がちゃんと目標に当てられるわけない。でも──」
「訓練することで扱える。サンクタ族だけが扱えるだって? そんなわけがない。物理的な機構を有している限り、別にそれは聖なる武器でも魔法の道具でもなんでもない。ただの物体のはずだ」
「……。あのさー、もし銃を手に入れたとして、どうするつもり?」
「君も遠回しだね。分からないわけがないだろう? 戦争に使う。兵器としてね」
「そりゃ、多少は使える武器かも知んないよ? あんたらレオーネの置かれてる現状も、結構理解してるつもり。戦況も変わるかもねー。──で、何人死ぬと思うわけ?」
「バオリア奪還では2000人が負傷、そのうち1300人が死亡した。これでも、予想よりずっと少ない数だ。3000人は死んでいてもおかしくなかったと思うよ」
「……あんたさ。なんでこんなことしてんの?」
「なんで、ね」
エールは机の先でこちらを見極めようとしているアンブリエルを眺めた。
この部屋にいるのは2人だ。エールとアンブリエルだけ。少なくとも、アンブリエルにはそう見える。
だが、エールにとっては違った。
「エクソリア北部が実質的なウルサスの支配下にあることは知ってるよね。当然、北部に広がっている経済格差──貧富の差も。不当な低賃金で働かされつつける人々と、一部の超富裕層が乖離して行っているんだ。学校にすら通えない子供たちが何万人もいる」
全て事実。
「経済を支配されているんだ。移動都市の建設も始まっているって話もある。けど知ってる? 完成した移動都市に住むことが出来るのは一部の人々だけだ。残された人たちは天災から逃れられない。工場が彼らを縛り付けて動かさないんだ。そして逃げたとしても、何も残らない。エクソリアの伝統的な建築技術も、十年ごとに移動する町の文化も、ウルサスの資本主義、帝国主義が破壊して行ったんだ。エクソリアの人々に合わせて工場まで一々作り直していたら損失が発生するからね。事実、北部と南部が断絶していた百年間のおかげで、もう南部にしかその文化は残されていない」
合理的な経済政策は、近代化し始める世界に受け入れられた。特に若者を中心に賛成が集まる。若者たちは、伝統的な非効率的な生活様式を嫌ってウルサス式を受け入れたのだ。だが彼らが反対しようと、選択肢はなかったのだろう。
「そしてそれは、このアルゴンの街を、南部をも飲み込もうとしている。そうなればこの自由で陽気な国が失われてしまう。緑が開発されてだんだんと消滅していく。この国の魂とも呼ぶべき、エクソリアという国の尊厳が奪われていくんだ。そうさせてはならないと、僕自身が思った。そして決めたんだよ。彼らのために戦おうって」
「────あんた、胡散臭いねー。それ嘘っしょ?」
「まさか。全て真実さ」
「確かに本当のことだけどさ──最後の一言以外は。しょーじき、あんたのこと良く知らないけどさー。一つだけ分かった。あんた、嘘が下手だよねー」
エールはその言葉に苦笑いした。これだけは自然な感情だった。
「よく言われる──いや。昔、仲間たちによく言われたよ。分かりやすいって」
「……その顔だけは、嘘じゃないっぽいねー。あのさ、もっとそういう……分かりやすい顔出来ないの? さっきから思ってたけど……あんたのその優しそうな微笑み、すっごい嫌な感じすんのよねー。作り物って感じで」
「参ったな……。
「……ま。あたしが口出すようなことじゃないか。てかさ、どっから銃調達するつもり? 入手ルートなんて無いよー?」
「僕もそう思っていた。けど……」
エールはじっとアンブリエルを見つめる──正確には、その天使の輪っかを。
「え……いや。ちょ、ちょい待ち……。まさか、あたし……?」
「アンブリエル。僕は君がラテラーノの何を知っていて、何をして来たかなんて知るつもりはない。でも……悪いね。運が無かったかもね」
「う、うそぉ……。いっとくけどあたしそんな大そうな人物じゃ無いからね!? せいぜい使い捨てられるサンクタのただの守備隊の一兵卒にできることなんてなんも無いって、マジで、マジだから!」
「うーん……。だとすればもう君に利用価値はないね。厄介ごとの種になるかもしれないし、さっさと始末しようかな。ラテラーノに送った抗議文の返答もないことだし」
「う、嘘……だよね……?」
「スカベンジャー」
アンブリエルの後ろから現れた刃が喉元を撫でる──流石に叫んだ。
「やる! やるって! やるから殺すのだけは勘弁して!」
作戦準備は無事、順調に進んでいた。
・エール
やべーやつ。
クズへの道を一歩一歩辿っている
あとずっと幻覚見えてます。三人称視点なのでわかんないですけども
実際なんのために戦ってんだお前
・スカベンジャー
ギスギスしている。これからもギスギスする
・アンブリエル
今回の被害者。
正体は……ナオキです
・エクソリアを取り巻く状況
つまり……ウルサスが全部悪いんだよ!
生きるために必死なのはみんなおんなじだからね、仕方ないね
・銃
これについての云々は前作でも取り上げました
ヴァルカンのボイスを聞けば不穏さがわかるはず……
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もしも夜空から一つ光が消えたとして-3
砥石おいしい(理性0)
探し物などする資格などもう無くしてしまった──と、自覚して久しい。
例えば、些細な無くし物……そうだね、本当に些細なものでいいんだけど。なんだろう……例えばそう、安っぽい飴玉なんかで例えよう。買ってきて、机の上に放り出しておいたら、いつの間にかどこかへ消えてしまったとか。
大抵、気づかないうちに机の下に落としてしまったり、あるいはポケットの中にいつの間にか入っていたり……誰かが勝手に食べちゃったってこともあるかもしれない。
どうせもう一度同じものを買ってくればいいだけの話だ。精々10龍門幣もしない代物にわざわざ探すだけの労力は掛けられない。それよりもやることは腐るほどあって、探している時間などありはしない。そういう生き方を選んだ。
これは別に、それが飴玉じゃなくて、もっと大切なもの……腕時計とか、財布とかでも、僕はたいして変わらないんじゃないかと思う。
この世界に存在するものは全て代替可能だ。
無くしてしまったなら新しく買えばいい。買えなければ作っても、あるいは譲ってもらったりしてもいい。そこに”思い入れ”という曖昧な価値を見出さなければ、の話ではあるが。
世界にたった一つだけしか存在しないもの、というものがあるらしい。
ハイブランドの一点もの──芸術家の描いた高名な絵画だとか、小さな子供が一生懸命作ってくれた手作りの折り紙とか。
それを除いて、この世界に存在しないものがあると、誰かが言っていた……ような気がする。もう覚えちゃいない。
そんなものは存在しない。この世界に金という尺度が生まれて、あらゆるものの価値を表現することが可能になって以来、あらゆるものは交換可能、代替可能になっていった。
そのことに気がついて以来、僕は探し物を探すということをやめた。価値が見出せなかったから。
そして、初めて仲間を失い……その交換不可能な価値に初めて気がついて、僕はこの世界を呪った。
本当は、思い出なんて曖昧なものは嫌いだった。よく分からなくなってしまう──例えば、ある人物が居たとして、その人の思い出と、僕の思い出の価値の総量を比較出来ない。単純に測り知れるものではないから。
同様に、一人の個人が持つ命の価値すら分からなくなった。あるいは、僕自身の命の価値すら。
始めは、命の価値は誰でも平等で、本当は人生は尊いものだと思っていた。いや……そう信じていた、というべきか。
だが、それは違うんじゃないかと思い始めた。
人を助け、人の力になり、人の救いとなる人間の持つ価値は、人を傷つけ、人を騙し、人を殺める人間の持つ価値よりもずっと高いんじゃないかと。
命の勘定なんて忌むべき行為だと理解している。だが……そんな思想はゴミクズと何が違うのだろう。役に立たない。捨ててしまえ。
命を金で表せるのならば、世の中の利益になることをした人間の価値は高いのだろう。
金を命で表せるならば、僕の仲間たちは
だってそうだろう?
あいつらは、僕の仲間たちは……
だからこそ、僕は────────。
*
レオーネでは集中的な訓練が常に行われている。
旧南部軍の訓練施設を流用して、武器の訓練、兵站行進、戦術演習がスケジュールに従って進行する。
「はぁっ、はぁっ、くっ……!」
「ケド二等兵、グズグズするなッ! 死にたいのなら別だがな! 走れッ!」
「はっ、はいッ!」
槍を構えた青年が大きな背嚢を背負って炎天下の下を走る。汗と疲労に歯を食いしばりながら前へ──。
バオリア奪還以来、レオーネには従軍希望者が殺到した。
解放宣言が出された頃は、妙な新興組織に期待する人々は皆無だった。しかし──実際にバオリアを奪還し、北部の強い支配から人々を解放したことから諦観は期待へと変化することになる。
特にバオリアは食糧生産が盛んで、エクソリアの主食である米や芋の畑が広がる平野がある。奪還以来、アルゴンの貧しかった食卓事情がすぐさま改善されていったのが大きい。北部軍による南部領の占領が進んでいくと、アルゴンへ供給されていく食料がだんだんと減少していった。
未開拓の森林が広がるアルゴンのみでは、国民の食料を賄いきれなかったのだ。北部軍による南部国民全体への兵糧攻めは強い効果を発揮していた。
だが食料自給が回復してから、レオーネの存在と、その希望を信じない人々は存在しなくなった。
手持ち無沙汰のスカベンジャーは目立たない日陰からその光景を眺めている。最初にレオーネに来たときと同様に、ただ鋭い目つきで睨むように眺めている。
視線の先にあるのは、一人の訓練生の女性だ。
褐色の肌に黒く長い髪を後ろで結んでいる。手に持った剣を振り、教官相手に立ち回っているが──弾かれて尻餅をつく。
凛々しい顔つきだった。とても懐かしい────。
「彼らが気になるのかい?」
もたれて居た壁の向こう、開いたガラス窓ごしにエールが窓枠に肘をついていた。
相変わらず気配のない男だ。それに貼り付けたような薄い笑みに真っ白い髪。肩まで伸ばしていると、中性的で柔らかい印象を受ける──普通ならば。
ただ、スカベンジャーにはどこか不気味でならなかった。人間味が欠落しているとも表現するべきか。巷では救国の英雄と称えられているのは、背負った罪の裏返しだ。戦争をしていることを、当事者たる人々は知らないのか?
所詮戦争など殺し合い、それ以上もそれ以下もない。殺したことに変わりない──。
まあ、偉そうに自分が言えることでもないか。
「別に。あんたには関係のないことだ」
「まあそうなんだけどさ。会話が嫌いなの?」
「人が嫌いなだけだ」
「そう。じゃあどうしてここへ?」
「生きるためだ。はっ、ただ……あんたは違うみたいだけどな」
エールはそのことに返答せず、表情を崩さないまま訓練中の兵士を眺めた。
「煙草吸ってもいい?」
「好きにしろ」
「ありがと」
慣れた手つきで箱を叩き、一本取り出して火を着けた。紫煙が湿った空気に消えていく。
別に気になるほどでもない。煙草の臭いなんて今までしていた経験に比べれば優しいものだ。
「人ってすごいよね。一ヶ月前までは武器も持ったことのない女性でも、すぐに兵士へと成長する」
「……」
「意外かい?」
「戦うのに男も女もない。大したことじゃないだろう」
「そうだね」
スカベンジャーは休憩していたさっきの女性の方に歩いていく。
エールはそれを見届ける前に去っていった。仕事が山積みだ。
「おい」
「え? えっと、何……?」
「お前、さっきの剣の構え……もう一度やってみろ」
座り込んでいる女に無愛想なまま言い放つが、流石に何がなんだか分からないと言った様子だ。
「さっさとしろ」
「えーっと……こう?」
「ちっ……お前、もっと力を抜け。それから前を見すぎる癖がある。多少相手の足元……足運びにも気を配れ」
「え、えーっと……?」
「私が相手になってやる。かかってこい」
如何なる時でも背負っている大剣を掴み、正面に向けて構える。
広い訓練場は相変わらず息を切る声と教官の号令で騒がしい。風の音が耳を撫でる。
女は戸惑っていたが、短く息を切ると表情を切り替えた。
「……私は”お前”じゃなくて”ミーファン”よ」
「そうか」
ミーファンが黒い髪を波打たせて飛びかかる。覚悟が決まれば一直線なのが彼女の特徴だった。訓練用に刃は落としてあるが、その重量は剣だからと言って馬鹿にできるものでは無い。
正面からの上段振り落とし。ただ、呆気なくスカベンジャーの大剣に横から弾かれてしまう。微かな隙に、ミーファンの首元に大剣の切っ先が向けられていた。決着──。
「女は男に比べて腕力で劣る傾向がある。だが柔軟性は女の方が高い。もっと相手を観察しろ。勢いがあるのは結構だが、お前には向かないだろうな」
「むっ……。バカにしてるの?」
「事実だ。自分に適した戦い方を選べ。じゃなきゃ死ぬだけだ」
睨むミーファンに、スカベンジャーは内面だけでたじろいだ。少し言いすぎたか? いや──そもそもなぜ私はこんなお節介を?
少し冷静になってスカベンジャーは踵を返す──呼び止める声。
「待って!」
振り返って見える顔や雰囲気が──やはり、そっくりだと思う。本当に似ている──もしも、”あの子”が生きて成長していれば、こんな風になっていたのだろうか。
「なんだ」
「あなたの……名前、教えてくれない?」
「……スカベンジャーだ。そう名乗ってる」
「変な名前ね」
「放っておけ……。私のコードネームだ」
調子が狂わされる。
「それと……もしよかったら、もう少し付き合ってくれない?」
「……なに?」
「お願い! スカベンジャー、あなたすっごく強いじゃない! ね? ちょっと、ちょっとだけでいいから!」
「……」
「あ、訓練の方は大丈夫! うまく言っておくから!」
そんなことを心配してる訳ではない──。
だが、不思議と面倒な気持ちは起こらなかった。
「……30分だけ相手してやる」
「やった、ありがとうスカベンジャー!」
そうやってすぐ人の手を握って喜ぶところまで──生き写しか、生まれ変わりか。バカな想像だと分かっていても……。
その後、なんだかんだと理由を付けられて二時間以上付き合わされた。
「どうしたの? 疲れた顔してるけど」
「気にするな……」
「そう? まあいいけど……」
エールはいくつかの顔写真がクリップされた書類を手渡した。
「こいつらシメてきてくれる?」
「……殺さないのか?」
「やだな、そんな物騒じゃないよ。アルゴンの裏家業を仕切ってる連中なんだけど……僕らと協力する気がないみたいだから」
「お前……そんなことに手を出すつもりか?」
「んー……。積極的にはやらないけどね。光があるなら闇もある。ならそれはコントロールしなければ」
本当になんでもないかのように話すエールに、スカベンジャーは相変わらず無愛想にじっと見つめるだけだ。
「まるで王様気分か。さぞ気持ちのいいものなんだろうな、その椅子は」
現在──エクソリア南部は事実上の独裁体制にある。
表向きには国立病院の院長だったグエン・バー・ハンが市政を治めているが──結局、エールの意向通りの政策を実施している。このことを知る人間はそうはいないが……。
エールの最も強い力は、つまるところエールという個人の持つ暴力、ひいてはその恐怖だ。そして国や人々、部下に与える利益の両立。利害の一致。その飴と鞭の使い分けが絶妙だった。
個人の暴力が小さいとは言え一つの国を支配する。奇妙だったが──逆らう人間はすぐにいなくなるか、行動方針を変更した。
これはあまり知られていることではないが──エールが享受する利益……金などは極端に少ない。それこそ一兵卒が受け取る僅かな給金に等しい。住処さえ不明、その目的は北エクソリアの開放、ひいてはエクソリア全土の統一にある、と本人が公言する通り、もはや誰もが知る南部の英雄だ。
「……そう見える?」
「ああ。あんたが座ってる”そこ”に座ってるヤツが事実上、この国を動かしている」
「はは……そんないいものじゃないよ。本当さ」
「じゃあどうしてそんなところに座ってる?」
「さあ。君がさっきの訓練兵を妙に気にしていたのと、同じ理由なんじゃないかな」
「ふん。お前は無駄に口ばかり上手いな」
「皮肉かい?」
「はっ! いや、本心だ」
それこそ皮肉だった。
エールとスカベンジャーが揃うと何かにつけて雰囲気がピリつく。本心と呼ばれるそれを、お互いに見せたことがないのが要因だろうか、それとも生来の気質が食い違うのか、誰にも分からないが──。
「……まあ、仲良くしようよ。君と僕の利害が一致している限りはね」
「それだけは同感だな。いつまでに片付ければいい?」
「のんびりやってくれればいい。いや、しかし参ったね……。ウグラ山脈での作戦が君の初任務になると思ってたんだけど、色々任せっきりだ」
「気に入ってもらえて何よりだな。だが覚えておくといい。私の経験上、あんたみたいな連中は長生き出来ない」
「それって例えば、悪巧みをするような人ってこと?」
「いいや、無駄におしゃべりなところだ」
エールは肩を竦めた。無駄なお喋りとバッサリ言われてしまったらどうにもならない。
──別に、無駄でもお喋りでもないんだけどな。
仲良くしたいという気持ちは、一応本当だった。本当に、一応だが。
「ああ、一つだけ。スカベンジャー。君、ドラッグについてどう思う?」
「……別に、何も。やりたければ勝手にやってればいい」
「そう。じゃ、任せたよ。あ、何か必要なものあったら言ってね」
「そうか? じゃあ一つ頼みなんだが……戦争のない世界が必要だ。用意できるか?」
「意外だね。君がそんなものを必要としているなんて……」
「私には
「そうだね。用意しよう──……向こう三年以内に、必ずやり遂げてみせる。約束さ」
「約束は私が最も信用してないものの一つだ。契約書でも書いてくれれば、多少は信じられるんだがな」
「散々書いたさ。今アルゴンの議会に通してる」
──大真面目にエールは答える。
スカベンジャーはエールを見下しながら口を閉ざしている。
やがて堪えきれなくなったのか、スカベンジャーが吹き出した。
「ぷっ、くくく……ははッ! 多少興味が湧いたな。あんたの約束がどんな風に破られるか、私が見届けてやる」
「僕はちっとも笑えないけどね。我ながら酷い冗談だ」
「はははッ……。そこでふんぞり返ってろ。すぐ成果を持って帰ってくる」
スカベンジャーが笑いを堪えながら退室していった。残されたエールはぽつりと一言。
「……ひどいな。そんなに笑うこともないじゃないか」
珍しく不満げに天井を見上げて──。
ああ、本当に……笑えない冗談だ。