ストーリー オブ ザ 球磨 (ヤングコーン)
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1話 泣かない赤ん坊

表情は親から教わるらしい。私の表情が乏しいのは赤ん坊の頃からだった。
泣かずに産まれた。その後も表情というのが良く分からないまま年を取った。
父は親友なんか信じたために家庭を崩壊させて事故死、母はそんな父を想いながら衰弱死した。
特別に悲しくなかった。人の事なんかにかまけるからこうなった。
私は利己的で賢く生きよう。そう誓った。

心身ともに幼かった私が盗み1つで1人で生きていけるほど現実は甘くなく、今に死にかけていたその時だった。父から教えてもらったあの世界への行き方…。

私は半ば迷い込むようにして、幻想郷にたどり着いた。
そしてそこで待っていたのは…。


私は平凡な家庭に生まれた。強いて他と違う事があるとしたら、父親が妖怪、母が人間のと言う両親から生まれたと言う事ぐらいだった。私は産まれた頃から感情が乏しく、出産直後から特に泣く事もなかったため何か体に異常があるのではないかと騒がれたり心配されたりしたのだとか。

 

父は務めていた職場の後を継いで社長となり忙しく、小学生に上がるまで本当の父だと言う実感がなかった。家事仕事、近所付き合いもあって忙しかった母は私に良くしてくれたが、近所同士のトラブルや子育てに悩みも多く幼少期より割と気を遣えた私は1人でボール遊びをしているフリをしていた。

 

会社が安定して来ると父と一緒に遊んだり、皆でピクニックに行ったりした。食べる物は一緒でも、生涯を通してもあれほど美味しいと感じた食事はないだろう。

 

人生のピークが過ぎ、急降下を始めたのは小学の高学年を超えた頃。久しぶりの親友に会えた父は、借金をした親友の口車に乗せられ連帯保証人になってしまった。

 

国の景気もかなり厳しい時代に入ったため、会社の切り盛りなんてとても難しく倒産した。

 

母はスーパーで働いていたが、父は良い勤め先に就職てきず荒んで行った。果てには飲んだくれになり私や母に暴力を振るった。殴って、蹴って、そして正気に戻ると泣きながら謝る。

 

借金もあってとにかく給料の安い所に就職すれば良いと言う訳でもなく、父の葛藤やストレスも今となっては分からなくもない。それでも最低で、哀れな父だったと思う気持ちは変わらない。

 

やがて父は車に撥ねられ死んだ。運転手が言うには自ら飛び出してきたらしいが、自暴自棄になりかけていた父の事なので充分にあり得た。母は飲む薬の量が増えた。

 

ご飯も食べていくこともままならず少しずつ痩せて行く私だったが、半分は妖怪の血を継ぐためか人間ほどは食べなくても生きていけた。深刻だったのは母だった。

 

ある日、母はソファに寝たまま死んでいた。寝ているんだと思ったが…。父の時もそうだった様に、母が亡くなった時もそれほど悲しくなかった。

 

あれだけ私達を不幸にした父をいつまでも想い、自分が非力だったばかりにと泣いていた。愛なんか知ったばかりに私なんかを生んで、愛に溺れたばかりに苦しみ抜いて死んで行った。

 

私は利己的に賢く生き抜くと誓った。

 

ルールを守るのはリスクと良心。その下に潜った世界には自由が待ってると思っていた。しかし、ルールの外にあるのはあまりに複雑であまりに理不尽なルールだった。

 

自分勝手には生きられない。青空を天井にと大地を寝床として走り回っては窃盗を繰り返していたが、関わっては行けないタイプの連中に恨みを買ってしまい逃げる日々が続いた。

 

人間より丈夫だとしても体力は無尽蔵じゃない。弱り果てた私は木の実を齧りながらこれからどう生きて行くかを考えていた。

 

そんな時に頭によぎったのは、かつて父が言っていた幻想郷と言う場所の事だった。

 

「球磨、お前は半分は人間だが半分は妖怪だ。父さんは数多くの経験を経てこの世界に馴染んでいるが、普通の人間と異なるお前はこれから沢山、異なる死生観や価値観の食い違いに悩む事になる。もし、どうしてもこの世界に合わないと言うなら幻想郷に行きなさい」

 

「幻想郷?」

 

「ああ。幻想郷は探し求める者に寛大な場所…」

 

そう言う父の表情は当時の私にも今の私にもわからないものだった。

 

「どこにあるの?」

 

「あ、ああ。それはね…」

 

 

 

 

気が付いたら幻想郷に来ていた。ここに来るまでの具体的な経緯は覚えてない。迷い込んだ、の方が近い。ここが外の世界と異なるのは入った時点でよく分かった。空気がまるで違う。

 

初めて来たのにとても懐かしい気がする。とても美しくて、寂しくて、温かくて切ない。この気持ちはなんだろう。

 

感傷に浸る間もなく、私は妖怪と妖精に追われた。それほど害意や敵意を感じるものはいない。悪戯感覚、テリトリーに入った、好奇心、向けられる気持ちと言えば大方こんなものだろう。

 

逃げて逃げて、逃げ続けた。

 

草むらに隠れてやり過ごしているとようやく気付いた。外の世界より元気になっている自分に。お腹が空いてたはずなのに、歩くのもきつかったはずなのに。

 

妖怪として生きる環境がここにある。改めて実感した。

 

「ここが、幻想郷…」

 

 

 

…起きた。今でもあの頃を思い出す。

 

外の世界にいた事、幻想郷に来てからの事。チルノと出会い、変わった事。私は大きく背伸びをした。チルノはまだ眠っている。つい最近まで危害を加えていた私と同棲なんて、人が良いにも程がある。

 

「…球磨、寝てる時ぐらい眼鏡外せよ」

 

どんな寝言だ。私は笑っていると、本当につけたままねていた事に気付いた。最近はまともに寝る事がなく仮眠ばかりしていたので、眼鏡をかけたまま寝る事に慣れつつあった。

 

私は眼鏡をとってレンズを拭く。そしてまたつける。実はここに来てからのこの眼鏡はただのファッションだ。何となくつけたままの自分の方が自分らしい気がしてるだけで遠くまではっきり見える。

 

今日もにとりさんの手伝いだ。あそこは働いていて楽しい。便利なものからユニークなものまで沢山あるのにどうして売れないんだろう。

 

そんな事を思って窓際を見ると大妖精さんがいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ、おはようございます大妖精さん」

 

「おはよう、球磨さん。今朝は少し冷えるね」

 

「何か温かいお飲み物を用意しましょうか?」

 

「いえ、もうすぐ帰るのでお構いなく」

 

私は自分用ののコーヒーを淹れて飲む。

 

私はチルノより起きるのが早い。この家に泊めさせてもらって驚いた事の1つは、朝は大妖精が窓からチルノを覗きに来る事だった。最初は怖かったが、もう慣れた。

 

「大妖精さんとチルノってどんな関係なんです?」

 

「アイドルとファンかな」

 

「それだけ想いを寄せられているのであれば、いっそ胸中の想いを告げられては?」

 

「球磨さん、ファンって何の略だか知ってる?」

 

「ファナティック…。敬虔な方ですね」

 

大妖精はにっこり笑った。そうして去って行った直後、チルノは起きた。目を擦り、ボーッとしている。

 

「おはよう、チルノ。朝は冷えるし、毛布をかけておいたけど余計だったかな」

 

「いや、あのまま寝てたら風邪を引いたかも。ありがと」

 

「寒さで風邪をひく…氷の妖精に対する興味は尽きない」

 

「人に向けられて最も怖い感情は好奇心だ」

 

チルノは棚の中を探る。それからため息をついた。カッパコインを探しているのだろうが、ついこの間最後の一枚を使ったばかりで手元にない事を忘れてるようだった。

 

「いるなら入れるよ、カッパコイン」

 

「言っても登校前の数十分にちょっとゲームがしたかっただけだし。1つ入れると6時間稼働できるのはいいんだけど3時間とか1時間とか分割したり使わない間止めて置いたりできればいいのに」

 

「向こうも商売だからねぇ」

 

そういいながら私はコインを入れた。チルノは驚いていた。私が手をひらひらすると彼女は早速とゲームの筐体の電源を入れた。私も見てみたかったのでタイトル画面を見てみる。思わず声が出た。

 

「これ知ってる!私が子供のころにプレイしたことあるゲームだ!」

 

「へぇー。まま、私の神プレイを見てみなよ」

 

私は早速とゲームを開始して1面に挑む。油断した序盤の敵の一撃に当たってしまう。「あれ?」と言っている。私は思わず吹き出してしまうと明らかに機嫌悪そうに続きをプレイする。中ボスは危なげなく撃破。

 

その後のボス戦も、粗削りながら難なく撃破。やっとペースを取り戻して2面に挑む。トラップ回避直後の雑魚的に攻撃をもらってまた残機が1つ減った。

 

「あれ、あれれれ?!そんなのってないよぉ!!」

 

「あっはっは、チルノってば妙な所で負けるよね」

 

「まだまだこんなもんじゃないって!ノーミスで行くから」

 

そういって気を取り直してプレイを続行。中間地点でとあるアイテムを逃してしまったのが痛かったが、何とかボスに漕ぎ着けた。冷や冷やするプレイを見せながらも、何とかノーミスで撃破。

 

続いて第3面。チルノと目が合った。何も言わないでプレイを続行する。

 

その後、高低差のある場所から落下でゲームオーバーになった。

 

「…ブランクが空く前なら次のステージのボスまでいけたんだけどね」

 

「一機やらせてもらってよかですか?」

 

「え?…いいけど」

 

 




こんなの書いていいのかなぁ、書かないほうがいいのかなぁとか内容を振り返りながら添削をを繰り返して書くこの頃。


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2話 長い陰、厚い暗闇。夕日に照らされ

ここにやって来た時、自分の住んでいる環境とは異なる事は分かっていました。
猜疑心に心を支配されていた私は、この世界でも繋がりを拒否したのでございます。
共に暮らす事で、初めてここでの暮らしに触れましたのでした。

しかし…たまに不安になるのです。
久しぶりに自らの体で外に出てきたあの日に見た茜色の夕日は大変美しゅうございました。同時に、肌に感じる温かみも、この居心地の良さも、波打ち際に聳え立つ砂上の城の様に儚い物に感じられたのです。

ただの杞憂であって欲しい。
私はそう願わずにはいられません。

この瞬間が1秒でも長く続く事を…。


私はゲームを開始する。開始直後からぴょんぴょんとその場を跳ねながら次々と敵を倒して行く。うーん、これよこれ。まずは中間ポイント。見慣れたハリボテを破壊する。

 

この先は画面出現前におよその弾をばら撒いてこう。

 

「さ、さすがだね。動きに淀みがない」

 

チルノが褒めてくれた。

 

「開始はどうしても1面だからね。皆もすぐこうなるよ」

 

「あたいもこうなるのか…」

 

困惑してる。

 

1面のボスは難なくクリア。2面も跳ねながら前に進んで行く。

 

「当ててくださいと言わんばかりに飛び跳ねて何故当たらない…」

 

「ギミックも敵の出現位置も固定だから慣れれば見た目に惑わされずにこうやって進めるんだよ。誘導時にも便利だよ?」

 

行先で敵の出現位置を忘れてて一瞬焦ったが、何とか対処して中ボス戦。敵の狙いを誘導しながらベストポジションで敵を対処、ボス戦まで急ぐ。

 

2面のボスは敵が降りて来た所をロボをぶつけて破壊。

 

「そんなプレイの仕方ってある?」

 

「あるんだなぁこれが」

 

3面。私は以前のステージより殊更にバッタ跳びをしながら進んで行く。

 

「動きが洗練され過ぎてて凄いと言うより最早気持ちが悪い」

 

「ゲーマーにとって気持ち悪いと変態は誉め言葉なのよね。私も同じ筐体に座ってたおっさんのプレイ見てて同じ事思ってた」

 

3面の中ボス戦。チルノがかなり苦手そうにしてた敵だ。

 

「こいつは真上を陣取ってこう」

 

「は?」

 

「はい撃破」

 

「は??」

 

ここの中ボスは機動力があってついついチキって距離を離しがちだが、得意とする間合いは遠距離、中距離、斜め。こうして相手の懐に飛び込んで真上から攻撃を浴びせているだけで勝てる。もっと上手い人になると近距離攻撃、射撃のパターンに入れて倒す。一度失敗すると距離を取られて残機をなくしかねないので私はそこまでしない。

 

「ね、簡単でしょ?」

 

「は???」

 

そしてチルノと交代してプレイを眺める。このゲームをプレイする事そのものが嫌になる事は私も望んで無いので、煽るのはやめて初心者でも分かりやすい攻略情報を教えながら進めさせる。

 

良い所まで来たが、そろそろ寺子屋に行かなきゃいけないと言う事でプレイをやめて出かけて行った。いつかクリア画面を一緒に見たいな。

 

 

 

今日はにとりさんの家に出かける。途中で魔理沙さんがやって来た。

 

「よう、あれからどうだ?」

 

「はい。おっかなびっくりとした日々を送っております」

 

「全然見えんな。まぁ軽口を叩けるぐらいなら問題ないか。霊夢には会ったか?」

 

「いえ、まだ会ってませんね」

 

「規模が大きくなる前に対処したとは言え、異変を起こしてるからな。一応会えたら会っておいた方がいい気はするんだが…」

 

「あの神社近辺、妖怪が多くて…。私自身はそれほど強くないので近寄るにも近寄れないんですよね」

 

「あー…。連れて行こうか?」

 

「でも私はあなたを殺しかけたんですよ?」

 

「あの時は酷い目にあったな。オリジナルの劣化版とは言え、半日で復活する自身の偽物を3日も倒し続けるのは骨が折れたよ。でも後腐れを残すのは嫌なんだ。ツケはまた今度返すって事にしよう」

 

魔女の言うツケは怖いが…まあ何をされても文句は言えない立場だ。無理難題な要求もしないだろうと言う浅い期待を持ってその話に乗った。

 

にとりさんもそんなに時間にうるさくないし、多少の遅刻は謝ってやり過ごそう。私は魔理沙さんの箒に跨って神社に向かった。

 

「地上の縛りから解放され空を飛ぶと言うのも筆舌に尽くしがたい感動がありますね。生身で空を飛んだのは初めてです」

 

「そうだろうな。分かるぜその気持ち。滅多に味わえるものじゃないから、スリルと高揚感をしっかり噛みしめるんだな。ほら、捕まれ!」

 

言い終えると急降下する。私は振り落とされないようにしっかりと捕まった。博麗神社に繋がる階段に衝突するや否や浮遊感がして、ゴオッと素早く飛翔する。

 

あっという間に神社に到着した。

 

「うん、やっぱり後ろに飛べない奴を乗せた時はこれに限るな」

 

「滅茶苦茶怖かったですよ…」

 

「でも楽しかったろ?」

 

「ええ、まあ…はい。とても刺激的でした」

 

魔理沙さんは笑う霊夢と呼ばれる巫女さんは私達の目の前にいて、ようやく2人揃って挨拶をした。彼女は快い笑顔で返事した。

 

「足元を見て」

 

言われて見てみると、葉っぱが散らばっている。どうやら私達が来た際に集めていた葉を散らしてしまったらしく怒りを買ってしまったようだ。

 

魔理沙さんは当たりを見渡すと腕を組んだ。

 

「何か思う事があるんじゃない?」

 

「風流だなぁ。団子とお茶が欲しくなるぜ」

 

霊夢さんは魔理沙さんの両肩を掴むとヘッドバットをデコに喰らわせられた。ふらりとするとその場で倒れる。

 

「あなたはどう思う?」

 

「喜んで掃除させていただきます」

 

「……何だ、光が広がっていく…」

 

魔理沙さんは混乱しているようなので、私は神社の掃除を代わりに行った。霊夢さんは途中まで見ていたけれど、「掃き方がなってない」と言いながら一緒に掃除をした。同じように掃いてるだけなのに、どうしてあんなに早く掃く事ができるんだろう。

 

こうして掃いていても葉は逆らうように放棄の毛先になぞられるばかりでちっとも集まってくれない。

 

「ほら、こうするんだよ」

 

霊夢さんが目の前で丁寧に教えてくれる。同じようにサッサッ…。やっぱり駄目だ。

 

「ぶきっちょ…」

 

小声でつぶやかれた。結局ほとんどは霊夢さんが掃いてしまった。

 

「それで、あなた誰なの」

 

「ええと…」

 

私は軽めの自己紹介と、これまでの経緯について話した。彼女はふん、ふんと聞いている。どことなく腑に落ちない表情をしていた。

 

「…変だな。異変はもう解決してたんだ…。でも…」

 

「霊夢さん?」

 

「あ、いや何でもない。そっちが解決したなら良かった」

 

異変が解決した、という点に何か疑問を抱いているようだ。考えている間に急に魔理沙が走ってきた。

 

「霊夢、大変だ」

 

「魔理沙、いつから起きてた?」

 

「茶葉がないんだ。茶菓子も」

 

「いつから起きてた?」

 

「2人の掃き掃除が終わる頃に起きたな。だからついさっきだぜ」

 

霊夢さんはまた魔理沙さんの両肩を掴んでヘッドバットした。

 

「あう」

 

「何か言いたいことは?」

 

「ごめんなさい」

 

さすが霊夢さん…。霊夢さんは買い物リストを確認すると買い物に出かけて行った。魔理沙さんは口をとがらせながら私を乗せて一緒ににとりさんの元へ向かう。

 

「あの、もう頭の方は大丈夫ですか?」

 

「いや…まだ目から火が出てる」

 

「えっ、魔理沙さんって頭をぶつけると目から火が出るんですか!?」

 

「慣用句だよ…」

 

ああ、そういえばそんな言葉を聞いた事あるような…。私が納得していると笑われた。

 

「いつもこんな感じなんですか?2人の会話って」

 

「いつもって程でもないが、まぁ売り言葉に買い言葉は挨拶みたいなもんだ」

 

「ふーん…」

 

そうこうしている間ににとりさんの家に着いた。私は箒から降りてお礼を言うと、軽くウィンクをして去っていった。

 

何というか、あの2人の性格は見てて憧れる。強くてさっぱりしていて、常に遠くを見ているようで。私は空の旅の余韻に浸りながらにとりさんの店に入った。



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3話 ショートコント「ルーミア」

職場に来たはいいけど空気が重い。
射命丸さんもやって来たけどダブルパンチで空気が重い。
この雰囲気をどうにかすべく私は物真似芸を始めたが、
そこに本人が登場して…。


「新人、いくらなんでも遅かったんじゃないか?」

 

「すみません、実はかくかくしかじかで…」

 

「なるほど、それは難儀だったね。実際に挨拶は済ませておいた方が良かっただろうし」

 

「以後、気を付けます」

 

それから、私は昨日の作業の続きに入る。にとりさんはその場で寝転がったまま少しも動こうとしない。ただ虚な目で天井を眺めるばかりだった。

 

お茶を用意したり菓子を出したりするも手をつける様子がない。気になって今の作業が手につかず話を聞いてみる事にした。

 

「あの、具合が悪いんですか?」

 

「いや…。ここの所、本当に売り上げが伸びないんだ。それで開発意欲が削がれてて」

 

「お客さん、しばらく見ないですね」

 

「なんでだー…。カッパコインだって踏み倒されかねない。このままじゃ、開発意欲どころか開発費も枯渇してしまう。くそう、人の良心につけ込む奴の尻子玉、片っ端から引き抜いてやろうか」

 

「この間、詐欺まがいの事して怒られてたって聞きましたよ?」

 

「あー、あー、聞こえない。…金がないんだからしょうがないじゃん。皆その恩恵を受けるクセに、科学者や技術者をぞんざいに扱い過ぎなんだよ。何さ詐欺の1つや2つ…」

 

私もため息をついてにとりさんの隣に寝転がった。彼女は私の方を向いた。

 

「働きに来てるんだから働け」

 

「にとりさんが働いてくれたら再開します」

 

「日が暮れちまうよ…」

 

そう言いながらそれ以上の事はお互いに喋らなくなった。しばらくするとにとりさんは寝息を立てる。これからについて話そうと思ったのだが、仕方ない。私は近くの膝掛けを彼女に被せた。

 

作業を続ける気も起こらず、店で商品棚の整理や動作チェックや部品の在庫を確認する。そこに誰かがやって来た。射命丸さんだった。

 

「いらっしゃいま…射命丸さんですか」

 

「あまり残念がられると私のピュアハートがチクチクしちゃうんですけどね。射命丸フラッシュしときましょうか?」

 

「やめてください」

 

「射命丸フラッシュ!」

 

パシャリ。フラッシュが眩しかった。

 

「ははは、眼鏡が光ってらぁ」

 

「そのカメラ、壊れたら修理してあげませんからね」

 

射命丸さんは笑いながら新聞紙を置いた。彼女は一息着くと椅子に腰をかけて店内の商品を眺めている。何だかお疲れの様子だったのでお茶を用意するとそれを飲んだ。

 

「…そういえば聞きましたよ。水面下の異変、起こしていたのはあなたらしいですね」

 

「はい、そうですね。何ならインタビューにお応えしましょうか?」

 

「今となっては過ぎた事ですが、一応お願いします」

 

相変わらずネタ集めも苦労しているらしかった。一通り質問に答えると、机にぐったりと突っ伏した。

 

「ああ!…当たり障りのない問答。失言1つない。いっそまた異変起こしません?」

 

「マッチポンプですか?」

 

「私はあなたが嫌いです」

 

変な人だ。それきり向こうでぐったりしてるにとりさんを見て起き上がった。

 

「ははは、見て下さい。向こうでにとりさんがぐったりしてますよ」

 

「射命丸さんもさっきまでぐったりしてたじゃないですか」

 

「ああ言えばこう言う。あなたは私ですか」

 

えぇ…。

 

彼女が私にそう言う様に、私も射命丸さんの事が苦手かもしれない。私達の会話がうるさかったのか、にとりさんは目を覚ましてこちらを向いた。

 

「おい、そこの鴉天狗。用がないなら帰れ」

 

「おおお!何と心ない言葉!繊細な私のハートがズキズキしちゃいます!もしかしたら私がお客さんかも知れないんですよ?」

 

「何が欲しいんだ」

 

「私の心にぽっかり空いた穴を塞ぐ物…ですかね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

キリッとした顔で答える射命丸さん。にとりさんは背伸びをして庭に回った。

 

「球磨、モルタル作るからそこの砂利を持って来て。そこの20kgの袋の」

 

「そこのお二方、本当に作るのやめてくれません?ちょっとー、お二方ー」

 

ボケたり突っ込んだりする気力もお互いになくなり、皆カウンターの椅子に座ってぐったりとする。そしてまるで打ち合わせでもした様に一斉にため息をついた。

 

にとりさんが机を叩いて顔を起こした。

 

「何が『はあ…』だ!お前の所は儲かってるだろ!」

 

「ネタがなきゃ新聞は書けないんです。最近はペースアップで配ってるし、ペースを落として解約者が続出した時の事を考えると怖いんですよ」

 

「新聞なんか書かなくても金には困ってないでしょ」

 

「あなただって発明品なんて作らなければこうして儲からなくても生きて行くには困らないでしょ。新聞記者は私のライフワークです。あなたにだって分かるでしょう」

 

言い返す事ができず黙り、また机に突っ伏すにとりさん。ダメだ。時間の経過と共に空気が重くなって行く。転職すればいいだけの私は2人より気持ちが軽いのであまり悩んでないとは言えない。

 

何かこの空気をどうにかせねば…。私は立ち上がった。

 

「今からチルノの真似をします!」

 

2人の注目を浴びながら私は風呂釜の中に入る。

 

「ああ…いい湯だなぁ」

 

長い沈黙が訪れる。遅れてにとりさんが笑い出した。つられて射命丸さんも笑い出す。

 

「いやいやいや、今の可笑しい所ありました?ふふふふ」

 

ケラケラと笑うにとりさんを指差して笑う射命丸さん。にとりさんはついに床に転げ落ち、それでも笑っている。

 

「あの、何かすみません」

 

「あはは、あは、あは、くだらないけど…くぷぷっ、そこがいい…ひひ、あはあは…」

 

「笑わないでくださいにとりさん。ふふ、面白くもないのに笑っちゃうじゃないですか、ふふふ、ははは」

 

よし、ウケてる。ここは次のネタを…。そうだな、確かチルノが教えてくれたあのネタをやろう。深呼吸よし、やるぞ…。

 

私はビシッと両腕を水平に上げて叫んだ。

 

「ただいまの時刻9時15分!」

 

にとりさんが笑い過ぎてむせている。そんなにとりさんを見て射命丸さんが笑っている。あの重い空気はなんとかなった様だ。

 

…トントン。

 

肩を叩かれた。現れたのはルーミアさん。チルノが教えてくれたさっきのネタの元ネタの妖怪だ。彼女は首を横に振り2人の前に立った。

 

「ただいまの時刻大体3時45分!」

 

本人登場からの迫真の声とポーズのキレにますます笑い転げる2人。今度は射命丸さんがむせている。ルーミアさんは両腕を上げてVの字を作る。

 

「ハンドルを持つ手10時10分!」

 

「も、もうやめ…ふひひ…」

 

にとりさんは助けを求める様にルーミアさんにしがみつく。ルーミアさんは右腕を上に、左腕を下に向けて直立する。

 

「6時」

 

急に冷めた声で言うので思わず私も笑ってしまった。

 

「どうも、ありがとうございましたー」

 

ルーミアさんはお辞儀をして去って行った。



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4話 チルノvs射命丸~知恵比べ~

すみません、お二方が何言ってるかさっぱりわからんです。


ルーミアさんが去り、再び何とも言えない無音が場を支配した。ようやく沈黙が去り音が入ったかと思えば、射命丸さんの鼻歌だった。

 

にとりさんも私も作業をせずに不貞寝している。

 

「コンサルタントでもいればいいんですけどねえ」

 

私が呟いた。

 

「何だそれ」

 

「その道のノウハウを教えてくれる人です。私達はモノを作る力はあってもそれを売る知識や戦略を知りません。そこを何とかできれば…」

 

「うちに広告載せればいいじゃないですか。人里ではそれなりに売れてるんで効果ありますよ」

 

「いくら?」

 

「この部数に対してこのぐらいです」

 

2人で覗き込んでみたがとても安かった。にとりさんは契約して新聞に広告を載せてもらう事にした。

 

にとりが頬杖をついた。

 

「人間を雇って、人里に売り出しに行った方がいいんだろうか」

 

妖怪は「おそれ」を集めなきゃいけない。生命活動保持のため滅ぼしたりしないが、その活動上でやはり嫌われたりもする。

 

人間に対して友好的な妖怪もいれば敵対している妖怪もいたり、妖怪と一口に言っても多種多様ではあるものの妖怪と言うだけで良く思わないと言う人も少なくないのだ。

 

とは言え、この店が儲からない主な原因はその他にある気がする。

 

「にとりさん、明日から3連休ください。素人ながら、何か販売戦略についていい案がないか考えてみます」

 

「ああ…それなら私もついて行く。ここに缶詰してても変わらないだろうし」

 

「それなら私も連れてってください。空から見て発見がないなら、地上を練り歩いてネタを探してみたいと思います」

 

何か大事になって来たな…。まあいいか。妖精や妖怪に襲われればまともな弾幕勝負ができないので、この2人がいれば頼もしい。

 

明日、人里にある狂い柳と言う木の前で集合と言う事になった。

 

「明日は商品も売り歩くつもりだから準備もしなきゃいけない。今日は店じまいにするか。球磨も帰っていいよ」

 

「分かりました」

 

暖簾を下ろし、後片付けを済ませて帰る。何故か射命丸さんもついてくる。

 

「あれからチルノ、記事になる様な写真は撮ってますか?」

 

「この間、ジェーンとか言う子の寝顔が送られて来ましたよ。誤送信だそうです」

 

「記事を書くのも大変ですね…」

 

「労いの言葉をかけてくれるのもあなたぐらいなもんですよ。どこかの二枚貝みたいに過激な記事でも取り扱えばいいんでしょうかねえ」

 

「二枚貝?」

 

「こっちの話です」

 

しばらく歩くと人里の茶屋で霊夢さんを見かけた。どうやら茶菓子と茶葉を買いに来てたらしい。優雅にお茶を飲んで木葉の揺れを眺めている。射命丸さんは彼女のもとへ向かった。

 

霊夢さんは射命丸さんに気が付くとお札を1枚分投げた。射命丸さんは軽くひょいと避け、後ろにいた私のデコにお札が当たった。

 

「何するんです」

 

「鴉天狗を見かけるととりあえず1枚はお札を投げたくなるのよ」

 

「主にデコのあたりが痛いです」

 

霊夢さんは私に団子を1つ分けてくれた。

 

「買い物に出かけてからかなり経ってますよね、何か人里に用事があったんですか?」

 

私が霊夢さんに挨拶に出かけ、職場で働きここに来るまで数時間。買い出しだけなら既に神社に戻っててもおかしくない。一体どうしたんだろうか。

 

霊夢さんはしばらく考え込んでいたが、お茶を飲んでしまいお椀を置いてから憂鬱そうに言う。

 

「魔理沙は異変は解決したって言うけどどうもそんな気がしないの。私が感じた何かは、球磨の起こしていた事とは別なんじゃないかって…」

 

「珍しいですね、あなたほど直感が冴え渡る巫女が異変の尻尾を掴めないだなんて」

 

「喉に刺さった魚の骨が取れない気分。球磨が1枚噛んでるなんて事はないわよね」

 

「ははは、まさか。私は隠し事は苦手なんです」

 

今回は本当に何もしていないけど、下手に勘繰られても気分が良くない。適当にそれっぽく流しておいた。

 

「うーん、その物言いの仕方がどうも親近感を感じるんですよね。球磨さん、お友達になりませんか?」

 

私の事を嫌いだと言っていたのはついさっきだった気がする。

 

しばらく雑談にふけっていたが日も暮れて来たのでチルノの家に向かった。道中は特にこれと言って面白いものもなく、辺りを行ったり来たりする鳥や虫、妖精や妖怪を眺めていた。

 

真っ直ぐ家に帰り、チルノの家の鍵を開けて中に入る。

 

「お邪魔します」

 

「勝手に招いて良かったのかなぁ…」

 

「つい最近までドアさえなかった家ですし、いいんじゃないですか?」

 

何がどう良いのかは分からないが…。

 

「いつまでもチルノに迷惑かけてられませんし、そろそろ新しい家を見つけるか作るかしないといけませんねぇ」

 

家自体は小さく簡単なものでいい。異変を起こした時の様に好き勝手にそこらに穴を作るわけにはいかないのだ。射命丸さんは鞄の中をごそごそとして何か紙を渡して来た。

 

見ると人里の空き家のチラシだった。しかも安い。

 

「射命丸さんマジ天使」

 

「鴉天狗です」

 

「しかし、何故にこんな格安物件が…」

 

「市場からも近く日の光も入って、少し狭いって事以外は良物件なんですけどね。ただ殺人事件が起きた事故物件でして…。広告主さんも困ってたんですよ。嫌なら他にも…」

 

「事故物件嫌いじゃないですよ。いいですねここ。刺殺ですか?」

 

「思わず勢いで出しましたけど、幽霊の噂ありますよここ」

 

「むしろ好きです。会ってみたいですね、幽霊」

 

「あなた変わってるとよく言われません?」

 

「はあ、まあ…」

 

中が広い狭いはあまり関係ない。異変が終わってからは幻想郷の海も、魔法の森の通路も偽妖怪の山も潰してしまったが、また家の中に引きこもる空間を作ればいい。

 

人里に住めばより楽に夢を漁れるし、いい事づくめだ。

 

とは言え今はまだ手元に金がない。いくつかバイトを掛け持ちしながら金を貯め。他の誰かが買う前に何しても入手しなければ。私は次の目標を得て意気込んだ。

 

そうこうしてるとチルノが珍しく歌を歌いながら帰って来た。私達をチラ見すると、何も言わずにそのままベッドにダイブした。そして枕に顔をうずめたまま射命丸さんに問いかける。

 

「何の用だよ鴉天狗」

 

「何の用とはご挨拶ですね。待てども待てども記事に使えそうな写真もネタも持って来ないじゃないですか」

 

「おい射命丸。今日拾ったネタを私に教えてみろ」

 

「う゛っ…、い、言う訳ないじゃないですかやだなぁ、あなたに教えたら書くネタが減っちゃいます」

 

「1つも教えられないほどネタに困窮してりゃ分かるでしょ、私も練り歩いてるけど収穫がないんだよ」

 

「幻想郷は今日も平和ですねぇ…」

 

射命丸さんは明後日の方角を向いている。そこに置いてある新聞の1つも、こうして悩んだりネタを探し回ったり、そして文字に書き出し、推敲し、印刷され…そうして届くのだと思うと感慨深いものだ。

 

チルノは横になって私達の方を向いた。

 

「それで、携帯とカメラを返して新聞の解約する話に来たの?」

 

「違います。この間送って来たあの写真。電話で聞いても答えてくれないから直接聞きに来たんですよ。ほら、あのジェーンとか言う子の寝顔」

 

「何でもないったら」

 

「何で顔を染めながら言うんですか。ふうむ、知的好奇心が刺激されますね。誰なんですかジェーンって」

 

「なんの射命丸、黙秘権を行使します!」

 

「お?お?やる気ですか?ならば知る権利の行使!」

 

目を輝かせながら奇妙なポーズをとりながら言葉を返す射命丸さん。

 

「知る権利って黙秘権を侵せる権利だったんですか?!」

 

「小賢しいぞ射命丸!ならばこれでどうだ、『帰ってください』!!」

 

「なんですと!?」

 

「さあ、私有地からの退去を要求した!この家から出るのにかかる時間、およそ1分以内!それを越した場合、不退去罪が成立するゥ!!」

 

「よろしい!ならば私の身柄を拘束するのはどこに属する何者ですか?人の里の自警団だなんて言いませんよね?妖怪や妖精に関して規定を設け定めしたためた法律や憲法はどこにあるんですか?もし建国されて国家権力たる警察が出てきたら大人しく捕まってあげますよ、妖怪の山の天狗は私の身柄の引き渡しを要求するでしょう。ついでに領事裁判権を認めさせる話も進めると思います。妖怪の山で私が公正な裁判を受けて裁かれるといいですねえ!」

 

「貴様のようなのがいるから、犯罪が後を絶たないんだ!ここからいなくなれぇーっ!」

 

チルノが冷気をまとって射命丸さんに突撃する。回避は予想していたらしく射命丸が回避するであろう先の床に小粒の氷が複数用意されており、気付けなかった射命丸さんが見事に足を引っかけてつまずく。そしてがら空きになったボディにチルノの全身を擲ったハイパー頭突きが射命丸にヒットした。

 

頭が腹部にめり込んで吐血して地面に倒れる射命丸さんと、覆いかぶさるように倒れるチルノ。

 

「…ごふっ…、私刑だって…犯罪じゃないですか…」

 

「ごめんね、あたいはバカだから難しいハナシはわかんねえや」

 

何かよくわからない戦いが終わった。チルノは勝った事が嬉しいのか気絶した射命丸さんの写真を何枚も撮っている。私はソファに寝かせて掛け布団を被せてあげた。チルノは大きく欠伸をするとベッドで眠った。

 

…あれ、私はどこで寝たらいいんだろう。

 

 

 

 




(ノリノリで書きましたけど法律の事なんてわかりません。間違ってたらすみません←)


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5話 今日のパンツと倦怠感

こんにちは、球磨です。最近はランニングと、アリの行列に角砂糖を1つ落として観察するのハマってます。ところで射命丸さんってイケてますよね。風格と美貌を兼ね備えてると言うか。

最近の推しと言えばやっぱり射命丸さんですね。私も射命丸さんみたいな人になりたいです。にとりさんも射命丸さんが推しだと言ってました。これは完全にブームが来てますね。間違いない。困っちゃいますねー。


…これは夢の中か。これはチルノの夢だ。今日は夢を見た様だ。プライバシー上、あまり夢を覗く良くないが私の体に流れる半分の血はそういう妖怪なので、力を蓄える上ではやむを得ない。

 

さて、チルノはどんな夢を見ているかな…。

 

遠くを見ると、何やら巨大ロボットが2体戦っている。

 

「チルノ!増え過ぎた人間の欲望を、幻想郷は抱えきれはしない!我々が共生するためには人類を淘汰せねばならんという事が何故分からない!」

 

「神にでもなったつもりか、レティ!命の選別なんて間違ってる!」

 

「ならばどうする!私を斬ってそれで終わりか!」

 

ビームソードで凌ぎを削る戦いが繰り広げられる。ガチョイーン!キィン!カァン!ブッピガァン!!

 

チルノの搭乗機が宇宙に漂う小さな岩陰に入る。レティは一瞬戸惑ったようだったが、すぐに出てきた陰に切りつける。しかしそれは壊れて宇宙を漂う壊れたロボットだった。

 

「デコイか!」

 

「もらった!」

 

「こざかしい真似を!」

 

「ちぃっ!」

 

激しい応酬、ついにチルノの機体の左腕がレティのビーム射撃に破壊されてしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これだけ言い聞かせてもまだわからないのか!大人になるんだよ、チルノ!」

 

「言いなりになるだけが大人なものかよ!!」

 

チルノの機体からキラキラと光るものが放出される。

 

「この光…粉塵の反射光?しまった、これは…」

 

レティの機体の操作が受け付けなくなる。チルノの搭乗機の腹部のコクピットが開いた。

 

「レティ、握り拳じゃ手も取り合えない。こんなの、虚しいだけだ!そんな事あんただって…」

 

その時、極太のレーザーが機体ごとチルノを照射した。

 

「チルノ!」

 

割と見入ってしまった。続きが気になるけど大抵の夢はちゃんとキリの良い所では終わらないし、充分に力はもらった。そろそろ出よう。

 

「あははは!人間なんかに肩入れするからこうなるんだ!姿形は似ていても、中身はまるで大違い!あはははは!」

 

チルノの声がレティの通信から聞こえる。あのビームを照射した機体の搭乗者もチルノだったらしい。そのチルノ、私の作ったプロトチルノじゃないよね?

 

 

 

さて、チルノの夢を抜け出した。と思えばどうやら射命丸さんも夢を見ているらしい。ちょっとだけ覗いて戻ろう。あまり下手な真似はできないだろうから。だからちょっとだけ…。

 

私はそう思いながらそろりそろりと夢の中に侵入する。

 

夢の中では、ツインテールの少女が射命丸さんを縛り上げていた。

 

「うぐぅぅ、きつく縛り上げられてしまいました…。幻想郷随一のスリスリしたくなる美脚を持ち、清く正しい可憐で美少女な新聞記者のこの射命丸、何たる不覚!」

 

「くくく…お前の事、前から邪魔だと思っていたのさ。その美貌と貴様の新聞はな!」

 

「やめてください…私の美貌に罪はありません!」

 

「くくく、今から貴様のあられもない姿を写真で撮ってやる!そして文々。新聞で発行してやるのさ!」

 

「うわーっ!自分の新聞の一面に私の写真がでかでかと!脅迫され、勝手に発行されるとは!これが幻想郷随一の美貌を持ってしまった私の美貌ゆえの宿命だというのか!なんて可哀そうな射命丸!」

 

「くくく…縄をほどいてやったぞ、さあ猫耳とスク水に着替えろ!」

 

「うわーっ!脅迫されていて命に危険を感じるため縄をほどかれてなお命令に従わざるを得ない!」

 

「次はセーラー服とブルマだ!ふははは!」

 

「ああーっ!こんなに屈辱的な事はありません!」

 

「次はメイド服!」

 

「ああーっ!」

 

胃もたれしそう。私は静かに射命丸さんの夢の中を去った。

 

 

 

私は目を覚ました。ガスを捻って火をつけてお湯を沸かす。朝はコーヒーに限る。

 

「うぇひひひ、姫海棠さんダメですよそんな、んひひひ、のほほほ」

 

射命丸さんはまだ夢を見てる様だ。それにしてもどんな笑い方だ。私はお湯が沸くまでの間にチルノのカメラを掴んで射命丸さんの元へ向かう。

 

そして掛け布団を退け射命丸さんのスカートを捲ってパンツの写真を3枚撮り、3枚とも射命丸さんに送った。そしてスカートを戻し、掛け布団も戻した。

 

お湯も沸いたのでカップに注ぐ。

 

ふと覗いた窓に大妖精さんがいた。

 

「あ、おはようございます。お早いですね」

 

「おはよう球磨さん。生き甲斐だから」

 

「今日もコーヒーはいらないですか?」

 

「うーん…せっかくなのでいただこうかな」

 

チルノが起きるまでのわずかな間、しばらく一緒にコーヒータイムを過ごした。大妖精さんは小説を書いているらしい。一度読んでみたいと思ったが、読まない方がいいと言われた。

 

あの口ぶり、まるで私が一度は大妖精さんの小説を読んだ事があるかの様だったがもちろんそんな記憶はない。はて…。

 

チルノが起きる少し前、やはり大妖精さんは家に帰って行った。今更どうして起きるタイミングが分かるのかとか聞かないが、あの正確さいつ見てもは凄い。

 

チルノはぱちりと目を開けるとボーッとした顔でこちらを見る。

 

「ごめん、水もらっていいかな」

 

「いいよ」

 

水を注いでチルノに渡す。携帯で時計を確認すると、またベッドで寝た。二度寝の場合は大妖精さんは来るんだろうか。

 

射命丸さんはまだ起きる様子がない。電話がかかってきた。にとりさんからだった。集合時間を9時ごろにして欲しいとの事だった。電話を切って椅子に座る。

 

暇だしチルノからゲーム借りようかなぁ。

 

「うーん…むにゃむにゃ。次の東方の人気投票、射命丸に清き1票をよろしくお願いします」

 

「起きてるでしょ射命丸さん」

 

「ぐーぐー」

 

「鴉天狗が狸寝入りとはこれいかに」

 

ガタン!音がして驚いた。振り返るとチルノがベッドから落ちている。

 

「チルノ、大丈夫?」

 

「大丈夫。…そうだった、そう言えば今日は出かけるんだった」

 

そう言いながら鏡の前で大雑把に身嗜みを整えて準備をする。

 

「今日は寺子屋は休みじゃなかった?」

 

「友達と皆で遊びに行く用事があるんだ」

 

そう言いながら携帯とカメラを持った。カメラのデータ整理しようとしたのか、カメラを起動して写真を眺めている。例の写真が真っ先に出た様だ。チルノは私の顔を見ると射命丸さんを指差した。チルノはうなずくと射命丸の寝顔を撮って射命丸に送った様だ。

 

そして出かけて行った。割と朝早くから集合するんだなぁ、そう思いながらチルノが寝ていたベッドで横になる。

 

段々と私も眠くなって来た。でもここで眠ると集合時間に間に合わないかもしれない。でもこの耐えがたい眠気をいかんすべき。

 

「おはようございます、球磨さん」

 

「おはようございます、射命丸さん」

 

射命丸さんが起きた様だ。起き上がり目を擦っている。それからコップに水を注いで飲んだ。チルノがいない事に気付いた様だったが、特に触れる事もなくまたソファに寝転がった。

 

そして携帯電話を取り出す。

 

「あれ、射命丸さん携帯電話持ってるんですか?」

 

「持っておく様に言われたんですよ。私はあまり好きじゃないんですけどね、何で電話に出ないんだとか言われたら面倒じゃないですか」

 

それはまた難儀な。外の世界ではスマホが普及していた。音楽を聞いたり、動画を見たり。SNSをやったり多くの事をあれ1つでできる便利なアイテムと化していたが羨ましいと思った事はなかった。

 

友達がそばにいるのに、皆取り憑かれた様に画面ばかり見ている。画面に映し出された空を綺麗だと言いながら、見上げた空の色さえ知らない。

 

生活を豊かにすると言うよりは依存すると言う方が的確な気がした。だから私も射命丸さんの気持ちは少し分かる気がする。

 

「あれ、私のパンツの写真が送られて来てますね。この型番…チルノからですか」

 

「あ、それ撮影して送ったの私です。寝顔はチルノですが」

 

「ロケットペンダントにして2人に売り付けますよ?」

 

「パンツは2枚目、寝顔は1枚目でお願いします」

 

「冗談ですって。何まじめに回答してるんですか。怖っ」

 

何やら嫌悪感を向けられてしまった。

 

まだ集合時間には早いけど、特にやる事もないので2人で人里に向かった。

 



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6話 人間の里で

私たちは今後の販売戦略について策を練るべく幻想郷を練り歩くことにしていた。
一足先に人間の里で紹介された物件も見学していた。
それから狂い柳という集合場所で待つもにとりさんの姿は一向に現れない。
射命丸さんがあたりの雑草を抜いているうちにようやく現れたかと思えば…。


朝の7時頃。人間の里で人の行き交いもぼちぼち多くなって来ている。小さな妖精はささやかな悪戯の準備を終えて去っていく姿が見える。何が妖精を悪戯に駆り立てるのか。

 

わざわざこんな朝早くから、人を脅かしたりからかったりするためだけに工夫している様はプロ意識なのかもしれない。

 

「妖精って何で悪戯が好きなんでしょうね」

 

「そういう気質なんじゃないですか?球磨さんがたまに変な事を言って私を困らせたくなるのと同じですよ」

 

「すみません。何だかリアクションが面白くてつい」

 

「悪戯も程々にしてくださいね。球磨さんもほら、眼鏡」

 

何の事かと思えばかけていたはずの眼鏡がない。遠くで妖精が私を指差してにしし、と笑っている。やれやれ。私は井戸の近くに置かれた眼鏡を拾ってかけた。ちゃんと手に届く範囲においてあるのは良心的なのかもしれない。

 

「似合ってませんよ、その丸眼鏡。見えるんだったら外せばいいじゃないですか」

 

「この眼鏡、親の形見なんです。ここに来る前までは視力が悪かった私のために、まだまともだった頃の両親がこの丸眼鏡を選んでくれたんです。クラスメイトにはダサいって笑われましたが、気に入ってるんです」

 

「えっ!そ、そうだったんですか。えっと、その…よく見るといいデザインですね!」

 

「すみません。今の嘘です。年末のお年玉で買ったクソみたいな福袋に入ってたしょーもないジョークグッズの1つですこれ」

 

「球磨さん、一遍あなたを麻縄で縛り上げてもいいですか?」

 

やがて昨日紹介してもらった売り家についたので、見学をする。この家は雰囲気がいい。私はこの家に惚れてしまった。そうしているうちに管理人の方がやって来たので、話をした。とにかく入居者が欲しいとの事だったので良い条件も揃えてくれた。後はチルノと話をして、近いうちにここに移ろうと思う。

 

まだ時間には早いが2人で狂い柳の元へ向かった。何だか嬉しくて足取りが軽くなる。

 

「あんないい条件の家があるだなんて。どうして管理人さんはあんなに親切なんでしょうね」

 

「2人目の入居者には告知義務がないからじゃないですかね」

 

ベンチに座ってにとりさんを待つ。射命丸さんはしばらく一緒に座っていたけど途中で近くの川で平らな石を拾って水切りをしたりしていた。勢い余って遠くにいた妖精にヒットしたのが見えた。彼女は何もなかった様な素振りで戻ってくる。

 

「博麗の巫女の言う異変、どう思います?」

 

「どう?」

 

「何か心覚えとか。最近変わった事とか」

 

「私が起こしてる異変の間、ずっと引きこもってましたからね。外の出来事は皆さんの方が詳しいのでは?」

 

「まあ、それもそうですね」

 

霊夢さんの言う異変、本気で私が何か絡んでいると考えているんだろうか。昨日からやけに私に張り付いているのもそれが理由なのかもしれない。

 

私は自分だけの理想郷が欲しかった。でも、チルノと関わって野望も潰えて。外の暮らしも今は気に入っている。異変を起こす理由も関与する理由もない。

 

「本当は、異変に関わってるのは射命丸さんなんじゃないですか?」

 

「え、私がですか?…ああ、この間言ってたマッチポンプのためってやつですか?」

 

「いえいえ。あなたはいつも真実を暴く側にいるだけに、今度は暴かれる側になるために異変を起こした!なんてのはどうですか?」

 

「私はいつだって暴く側ですよ」

 

射命丸さんの携帯がメールを着信した。前に見た型番、どうやらチルノからのようだ。ファイルを開くと猫の寝顔が映し出されている。射命丸さんはチルノの持っている携帯メールアドレスの方へ『私は犬派です』とだけ書いて送っていた。

 

私は足をぶらぶらとさせながらにとりさんを待つ。

 

「来ないですね、にとりさん」

 

「道草でも食ってるんじゃないですか?この辺の雑草を抜いてあの河童にあげると喜ぶかもしれません」

 

言いながら本当に雑草を抜き始める。本当に食べさせる気なんだろうか。袋いっぱいに雑草が集まる頃、ようやく向こうから大きな荷物を持ったにとりさんが見えてきた。某ターン制コマンドバトルRPGを彷彿とさせるその荷物の多さだ。転んで会心の一撃をたたき出しそう。

 

「わあっ!」

 

にとりさんが転んだ。その際に射出された様に高速でそろばんがカバンから飛び出してきて私のデコに直撃した。ダメージを数値に換算すると65535ダメージ、私は倒れた。

 

 

 

気が付くと木陰に入ったベンチの上で寝かされていた。少し離れた場所でにとりさんが商品の実演販売をしている。割と売れてる様だ。射命丸さんは町民と話している。

 

そうだ、確かにとりさんが転んだ拍子に飛び出して来たそろばんが頭に直撃したのだ。

 

今日はあちこち行きたいのでにとりさんには荷物を軽くして欲しい。私はもう少し寝たふりをしようと心に決めた。

 

すると急にニュッ!と紫色の傘が目の前に飛び出して来た。そして目の前でバッと小気味良い音を立てて開き目が生え口が生え舌が生える。その舌が私の顎先から髪の先までレロン、と舐めあげた。

 

そして傘の持ち主が傘を腕で支えながら、両手の指で自分の口を広げながら舌を出してベロベロた動かす。

 

「ひゅ〜〜ベロベロばあ!」

 

ああ、この妖怪は確か多々良小傘さんだ。幻想郷に来てすぐ分からない事が多かった頃、私にここでの生活のいろはを教えてくれた恩人…。

 

事あるごとに驚かそうとしてくる事と、驚かないと落ち込み方がかなり面倒と言う事以外はとても親切でとても心優しい妖怪だ。

 

「うわぁぁあああああああ!!!!!」

 

私は大声で叫んで驚いて見せた。その叫び声でにとりさんが飛び上がって驚いていた。

 

「あははー!球磨ちゃんって本当に驚かし甲斐があるんだー。しばらく顔を見なかったから、驚いてくれないかもって不安だったよー」

 

細かい事にツッコミを入れるとキリがないので、言いたい事はグッと堪えて久しぶりの再会を素直に喜んだ。

 

「ごめん、ちょっと離せない用事があって人間の里には来れなかったんだ」

 

「いいんだよ。球磨ちゃんが元気そうで良かった。とてもいい驚きぶりだったよ。あんまり怖がったりして嫌いになっちゃ嫌だからね」

 

嫌いになんかなる訳ない。

 

起きた事がバレてしまったので、私はにとりさんの実演販売を手伝う事になった。にとりさんが商品を紹介し、私がタイミングを見計らってボケや茶々を入れる。

 

商品も売れたがまるで漫才の様だと客から投げ銭も貰った。

 

荷物も軽くなり、儲かって上機嫌になったにとりさんは嬉しそうに後片付けをする。

 

「お前やるじゃないか。初めは余計な事ばかり言われて腹が立ったけど、そのおかげでこんなに儲かるだなんて」

 

「正直、私も驚きました」

 

これで人間の里には用事がなくなった。今日は販売戦略について考えるために休日をもらっていたが、それとは別に行きたい場所がいくつかある。準備を整えると射命丸さんを呼んでから魔法の森を目指した。

 



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7話 398 短針より愛をこめて

販売戦略を考えるためという事で休みをもらいましたが、時間が欲しかった理由の一つにはしばらく会ってないアリスさんに菓子折りを持っていく事と前にお世話になった河童の…河童の…とにかく河童のいた村に行く事がありました。

それにしてもチルノさん、皆と遊びに行くって話でしたが一体どこで何してるんでしょう。


魔法の森、アリスさんの家に向かっていた。こんな所に販売戦略のヒントなんてあるのかな、ってにとりさんが口を尖らせて不満そうにしていた。まぁ販売戦略のヒントを得る為に来た訳じゃないけども。

 

向かう途中、また射命丸さんの携帯にチルノから写真メールが届いた。今度は姫海棠さんと言う射命丸さんのライバル社の鴉天狗の笑顔ダブルピースの写真だった。

 

露骨に嫌な顔をして舌打ちし、素早くメールを打っている。

 

〝その二枚貝の写真を送るならスキャンダルとかにしてくださいよ。それから、そいつの家にミントを植えといてください〟

 

そう返信したようだ。チルノ、もしかして妖怪の山にいる??

 

「射命丸さんは姫海棠さんの事が嫌いなんですか?」

 

「嫌いじゃないですよ。ライバルがいないと張り合いがありませんし。ただ、二枚貝が不幸になったりすると胸のあたりがポカポカして幸せだなあって感じるんです」

 

「いい性格してるな、鴉天狗」

 

にとりさんがドン引きしている。

 

そうこうしているうちにアリスさんの家に着いた。ドアをノックしたりしてみるものの中には誰もいない様だった。仕方がないので人間の里で買ったお菓子を玄関に置いて帰る事にした。

 

その時、ちょうどアリスさんと魔理沙さんが家の前に降り立った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あら、珍しい顔ぶれね」

 

「おはようございます。用事で近くに寄るのでついでにと菓子折をばと思いまして」

 

「まだこの間の異変の事気にしてるの?もういいってば」

 

「気分を害してしまったなら、今後は控えさせていただきます」

 

「いや、そうじゃないけど…。魔理沙からも何とか言ってよ」

 

「いつまでも被害者と加害者じゃないんだ。堅苦しくならないで、今度は客人として来ればいいんだ。な?」

 

「ふうむ…わかりました。以後気を付けます」

 

幻想郷では住民の気風はまだよく分からない。そのうち慣れて行かなければ。射命丸さんがメモ帳を片手に前に出た。

 

「ところで魔理沙さん、結局のところ正妻は誰なんですか?」

 

「マスタースパーク!」

 

魔理沙さんのスペルカードが発動した。射命丸さんは既に空高く飛んでいて、魔理沙さんもそれを追って弾幕勝負を始めた。アリスさんに招かれて家に入り、ひと段落するまでお茶を飲む事になった。

 

 

 

「食って寝るばかりが生きる事じゃない。私達は生きる喜びに飢えている。だから時にそれを巡って争う事もある。それが娯楽だと私は思う」

 

にとりは熱弁していた。故郷でとある河童に「足るを知れば生きていくのに事欠く事はないだろうに」と言われたらしいが、これがいかに間違っているかをかれこれ20分ほど話している。

 

幻想郷で行き当たりばったりな生活を続けていた頃、私はとある河童に招待されて妖怪の山にいた。機械に強くなったのはあそこでの生活のおかげだったが価値観の違いには良くも悪くも驚いた。

 

あの時みたいに自分だけの理想郷に執着しなければあそこにとどまって…。いや分からない。思い出せばあそこにいた時は自分の常識が覆されていく様で早く出て行きたがってた気もする。

 

出て行くと恋しくなる河童の村…。いよいよ計画を実行に移す事を心に決めた時に、村の中でも狂ってると避けられてた老いた河童に「お前はいずれここに帰って来るし、いずれ河童になる」と言われたのを今でも覚えてる。あれどう言う意味だったんだろ。

 

えっと、何の話だっけ…ああそうだ。とにかく色んな河童がいたんだ。それで…ああもうダメだ。河童の事を思い出すのはやめよう。

 

「何だ球磨、尻子玉抜かれた様な顔をして。私の話をちゃんときいているのか」

 

「すみません、河童の事を考えると頭が痛くなるんです」

 

「ひゅい?!」

 

「あ、違いますそうじゃないんです!にとりさんは河童ですけどそうじゃないんです!」

 

微妙な空気になった所で魔理沙さんと射命丸さんが帰って来た。良い感じに話の腰も折れたのでそろそろ話を切り上げて次の目的地に向かう事にした。

 

射命丸さんは服がボロボロになったため一度家に帰った。

 

「そういえばお前は森の中を迷わず進めるんだな」

 

「ええ。自分でも何故かは良く分かりませんがこっちへ進めばいいって言うのが何となくわかるんです」

 

「…お前、玄武の沢に行った事があるのか?」

 

「玄武の沢?いえ…、ないと思います」

 

「お前の口ぶり、他の河童に会った事がある様だった」

 

「…ありますよ。でも、私がいた所は玄武の沢とは呼ばれてなかった気がします。村の看板、文字が掠れてて読めませんでした」

 

別に聞かれなかったから教えもしなかったが、隠す事でもないので素直に河童の村で機械工学について学んだ事を話してた。

 

「そうだったのか。どうりで話が合うと思った。玄武の沢じゃないなら多分…」

 

「すみません、もっと早く話したほうが良かったです?」

 

「いや、気にするな。ちょいと思う事があっただけだ」

 

「お世話になった事もあって、アリスさんの家の次に寄るつもりでした」

 

「んあー…やめておけ球磨。どうしてもというなら止めはしないがお勧めしない」

 

「え?なぜなんです?」

 

にとりさんはそれについてだけは言葉を濁して答えてくれなかった。事情は分からないがにとりさんが言うのだからやめておく事にした。やがて射命丸さんも戻って来る。日ごろからは見れないようなちょっと変わった服だった。

 

 

 

 

私達は紅魔館前にやって来ていた。

 

「なんてったってこんな所に来るんだ球磨」

 

「射命丸さんの新聞で紅魔館のバイト募集があったんです。給料も出るみたいで、その辺の金回りについて聞けないかと思って」

 

「お前、チルノに感化されてて分かりづらくなってるかもしれないが言うほどフレンドリーな連中のいる場所じゃないぞあそこ」

 

にとりさんがため息をついた。もし駄目そうならその時はその時だ。今は1つでも多くの情報が欲しい。そのためなら贅沢を言っていられない。今はにとりさんや射命丸さんもいる事だし、こんなチャンスはないのだ。

 

しばらく歩いていると塀が見えてきた。この先に門があるはずだ。

 

「あれ、誰かいませんかあそこ」

 

射命丸さんが指を差した。霧で分かりづらいが、確かに人がいる。うわさに聞く紅美鈴さんかと思えば、メイドの格好をしている…十六夜咲夜さんという人だろうか。何やら塀に座り込んで花を握っている。

 

「外界を闊歩する非運の火打石は、雨合羽に泥を打たれ秘境のサラダにトマトが織りなし、タコのリアス式海岸に住んでいます。定規の三角州にはテラコッタでできた蛇腹のトマトソースと食パンの聖。鼠径部に記録されたモニタリングは申請書に基づき暗澹たる模様をなしており…」

 

「咲夜さん!!!」

 

謎の呪文を唱えている咲夜さんの元に射命丸さんが駆け寄り揺さぶっている。

 

「うえっ!??何で鴉天狗がここに!??!」

 

「しっかりしてください、咲夜さん!何があったんですか!」

 

「何もないですよ?!ある訳ないじゃないですか!あはは、やだなあ」

 

何があったか分からない咲夜さんと、そんな咲夜さんを見て半ば混乱気味の射命丸さん。とりあえず紅魔館の一室に運ばれた。咲夜さんはベッドで横にされている。とりあえず取材どころじゃない事は確かだ。

 

妖精さんにもらったお茶を咲夜さんの元へ持っていく。

 

「あの、本当に何でもないですって」

 

「何もないわけないじゃないですか。どう考えてもヤベーですってアレ」

 

「咲夜さんが倒れたってマジですか!?」

 

紅美鈴さんが現れた。

 

「咲夜が倒れたって!?!?」

 

吸血鬼が現れた。えっと…チルノが話していた気がするけど殆ど話に上がらなかったし覚えてない。レミ…レミ…ああ、そうだ。確かレミ・ガイヤールさんだ。

 

「レミリア・スカーレットです」

 

「あっ、はい。どうも球磨です(?)」

 

ト書きを読まれた…。

 

「さっちゃんが倒れたと聞いて」

 

レ:最近、魔理沙の干しシイタケの干しと星をかけたジョークで笑い転げてしばらく体調を崩していたパチュリーが現れた。いつの間にさっちゃんと呼ぶ関係になったのだろうか。

 

ト書きに干渉された…。

 

「咲夜!!!」

 

レ:壁を壊して現れたのはレミリアという圧倒的なカリスマと実力を兼ね備えたパーフェクト吸血鬼オブ吸血鬼の愚妹ことフランだ。実は最近こいつの部屋で日記帳を見つけたのだが全ての日付に書いてある内容は「ハイセンス!」だけである。多分、今日の日記にも「ハイセンス!」とだけ書くんだろうな。

 

「ハイセンス!」

 

特別なト書きで書かれた情報によるとフランと呼ばれる吸血鬼がそう叫んだ。

 

当の咲夜さんは皆の集合に動揺している。

 

「あわわ、あわわわわわわ…」

 

そして気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 




最近、資料とか漁ってみたりしてるんだけど中々追いつかない。球磨のいた河童の村は多分、これ以上掘り下げはないと思う。()

チルノの学校生活ほど長くはならないはずだけど、最終話まではまだ長くなりそうだなぁ…。


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8話 刹那の悠久

私、メイドになります。


永遠亭から鈴仙さんと言う妖怪がやって来て咲夜さんを診ている。皆が集まれば安心して寝てもいられない、と言う咲夜さんへのレミリアさんからの取り計らいにより別室に集められた。

 

紅美鈴さんは「門番がいないと咲夜さんも気が気じゃないですよね」、と門へ戻り、パチュリーさんは「咲を元気付けるいいジュースの作り方を調べて来る」と図書館へ行き、フランさんは「ハイセンス!」と言いながら地下へ戻って行った。

 

カチ、コチ、カチ、コチ…。部屋に時計の音だけこだまする。

 

「マジでハイセンスって何だよ」

 

レミリアさんが呟いた。まあ気にはなるけど。

 

そうこうしてると鈴仙さんがやって来た。

 

「過労だね。身体的な疲労より精神的な負担が大きいみたい。あの人のバイタリティを考えても最低3日ぐらいは休ませて養生させるべき。薬は後からウサギを寄こすからお代もそっちに支払って」

 

「分かった。助かるよ」

 

「最近の旧地獄の温泉は人間向けにもサービスが充実して来てるって聞くけど、まあ気になったらこれを見て」

 

そう言って鈴仙さんはパンフレットを置いた。隣で射命丸さんはメモ帳にペンを走らせている。チラッと見てみると「かく言う彼女もかなりお疲れのご様子」と書いてあった。

 

「後から読ませてもらうよ。それから、あんたの師匠に『切れたゼンマイ、首折る切り株』と伝えておいて。今日はありがとう」

 

レミリアさんは診察代を払う。鈴仙さんは首を傾げていたが、何も聞かずに帰って行った。

 

それからレミリアさんはこちらにやって来て向かいの椅子に座る。

 

「今日は咲夜がお世話になったわね。私とした事が、もっと気を配らなくてはならないものを…。本当に申し訳ないのだけれど、今は客人をもてなす用意ができないの。私からこのお礼をするから、どうかまた日を改めてここへ来て欲しい」

 

「いえ、お礼だなんて…」

 

「でも、ここへは何か用があって来たんでしょう?」

 

「はい、まぁ…」

 

「この後は予定も立て込んでて、咲夜もあの様子だから相手できそうにないの」

 

そんな会話をしているとドアがノックされた。中に入ってきたのは咲夜さん。

 

「心配には及びません。お嬢様のお手を煩わせる事も」

 

そう言いながら私達にお茶菓子を用意してくれた。

 

「今から行く所だったの。仕事はいいから休みなさい」

 

「後生ですお嬢様。お嬢様のおそばで仕えさせていただく事は生きる喜び。此度の件は自身の至らぬ所によるもの。どうか…」

 

レミリアさんは頭を抱えている。過ぎた忠心も考え物だ。

 

「それでは、咲夜さん不在のわずかな間だけ私をここで働かせていただけませんか」

 

突然の申し出に皆の注目が集まる。

 

「申し出は嬉しいけど…、不在の穴を埋められるほどの事は出来ないわ」

 

咲夜さんはため息をつきながら言う。

 

「ご尤も。しかし、枯れ木も山の賑わいと申しましょうか…。これ以上あなた様の身を案じて気を揉むご主人のお顔を見るのは貴方様もお望みではないはず。この球磨、くたびれたボロ雑巾の様になるまで働く所存です。使ってくれませんか」

 

「お、おい何を言い出すんだ球磨。務まる訳ないぞ。やめとけって」

 

にとりさんが止めてくる。確かに勢いでは言ってみたものの、そもそも生きてここを出られるかもわからない。とはいえここまで来てすごすごと引き下がるわけにはいかない。ここに張り付けば私が聞きたいことを聞き出すチャンスもあるかもしれない。

 

金回りの事情なんて話したい相手はいないはず。それでも聞き出さなければならないと分かってて様々な所を当たるつもりでいた。この動向が吉と出るか凶とでるか、それでもここは乗り出す他ないと感じたのだ。

 

咲夜さんは何も言わずレミリアさんの方を向く。

 

「お前の手となり足となるそうだ。使ってやってくれないか」

 

レミリアさんが何かを察したように言った。

 

「は、はあ…。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら」

 

「ええい、ままよ!球磨が働くんだったら私も働く!誰かに使われる事は気に食わんがそいつは私の部下なんだ。手に塩かけて育てた部下を壊されてたまるか」

 

「えぇ…。言っておくけどここでやる事はほぼあなたの不得意分野よ。分かってる?」

 

「構わん。やる事をやるだけさ。不出来な部下を持つと上司は大変だなぁ…」

 

にとりさん…。目の奥がジワリと熱くなった。

 

「ぐすん、何という感動。1人のメイドの身を案じ半妖と河童が紅魔館のバイトをやるだなんて感動で目頭が熱くなってしまいます。これは何としても書き留めて記事にせねば。と言う訳でバイトはしませんがここでお二方の行く末を見守ってもいいですか?」

 

「帰れ鴉天狗」

 

レミリアさんが言った。

 

「帰れ鴉天狗」

 

咲夜さんが言った。

 

「私、咲夜さんの状態異常の第一発見者なんだけどなぁ!だってあり得ないですよ。何で私が紅魔館で働かなきゃいけないんです?あなたは吸血鬼といえどたかだか500歳。何が悲しくて下手にでにゃならんのです!」

 

「おい鴉天狗、帰れ」

 

にとりさんが笑顔で言った。

 

「わああああああん!!!球磨さん助けてください!皆が虐めるんです!こんなのないですよ!どうして世間はジャーナリストに冷たいんですか!この向かい風、鴉天狗としては遺憾です!大変遺憾です!あなたもそう思いますよね!そうですよね!」

 

「射命丸さん…、お引き取り願えますか」

 

「ちっ…。やだなあ、どうかと思いますよこの剣呑とした雰囲気。私はちょっと場を和ませようと気の利いたジョークを言っただけじゃあないですか。どうぞどうぞ、メイド服を着た私にメロメロになりやがってください」

 

皆に聞こえるほど大きな舌打ちをした後に半ばヤケクソで言葉を続ける射命丸さん。そんな姿勢に思わず胸が締め付けられて苦しい気持ちになる。なのに、このどうしても熱くこみ上げる気持ち。もしかしてこれがうわさに聞く恋なんだろうか。

 

「射命丸さん、私はあなたの事が好きです」

 

「球磨さん、私はあなたの事が嫌いです」

 

「嬉しいです」

 

思いは告げられたので、結果的にそれが玉砕に終わっても特に問題はありません。さて、ここでバイトとなれば準備からになります。私は咲夜さんに案内されるままに、メイドとしての仕事のイロハを教えてもらうことになりました。

 

 

 

 

脱衣所。人は少な過ぎず多過ぎず。人と妖が別々に入る銭湯。人と妖が共に入れる銭湯。私は細かい拘りがないので妖や人が一緒に入る銭湯を選んだ。久しぶりに来たメイド服以外の服。今となってはあの服以外を着る方が自分じゃないように感じる。

 

あの服が私の忠心の象徴。そんな風に思えるのだ。お嬢様のそばにいたい。その気持ちは変わらない。なのに、寿命や身体ばかりかこの精神さえ仕える事の障害となりえるのか。私は悲しくてならなかった。

 

「お嬢様…、今いずこで何を思うのか…」

 

…ぽちゃり。上を向いたままの私のデコに水滴が落ちてきた。

 

しばらく浸かっていると誰かがやって来た。

 

「おやあなたは…」

 

半人半霊…白玉楼の…。

 

「蛋白…」

 

「魂魄妖夢です」

 

寸鉄殺人…。意味は違うが今の言葉の発声トーンの真剣さはその四字熟語を思い出させた。

 

「隣、いいですか?」

 

「ええ」

 

一緒に温泉に浸かる。ただそれだけの事。しかし、この行為はとても尊い事の様に思える。色んな事が思い馳せられる。日ごろの事、これからの事。ただ湯に浸かるというだけの事がこんなに心に多くの潤いをもたらすだなんて。

 

ただ一つの事に心を囚われれば、何気ない事の変化には疎くなる。

 

…バシャッ、カポーン。ひたひた…。

 

「何という奇遇」

 

声に振り替えればそこにいたのは鈴仙。

 

「先日はどうも」

 

「どうも」

 

彼女は髪の毛を湯につけないようにしつつ、床にもつけないようにするのに大変そうだった。あのウサミミ、可愛いとは思っていたけれど以外に難点も多いそうだった。何とかタオルでなんやかんやいい感じに巻くとゆっくり湯に浸かる。

 

しばらく何を話すでもなく浸かっていた。沈黙を破ったのは妖夢。

 

「まさかお二方とここで会う事になるとは思いませんでした」

 

「休む事も仕事のうち。よく休み、よく遊ぶ事もこなして見せなさいと言われの」

 

「想われてますね」

 

「ねえ、あんたのご主人から『切れたゼンマイ、首折る切り株』って師匠に伝えるように言われて。それを伝えたら急に休む様に言われたんだけどこれどういう事??」

 

「待ちぼうけ…。私とあなたを重ね合わせて、これを機に休ませてはどうかって伝えてあるのよ」

 

「はあ…」

 

再び沈黙の時間が戻って来る。初めは不満そうだった鈴仙も次第に温泉の魅力に取りつかれて行ったようで、段々と沈んでいく。私は彼女の首の根を掴んで引き上げた。

 

「はい、私は元気です!!」

 

慌てて彼女は叫んだ。

 

「永遠亭も大変なんですね…」

 

妖夢が同情している。

 

「ううう…やり甲斐はあるしとても楽しい所なんだ。ただ身体が持たないだけで」

 

気持ちはすごく分かる。

 

「そういえばあなたはどうしてここに?」

 

妖夢自体は割と見かけない事もないのだが、いつも忙しそうにせっせとどこかしこに赴いている姿を見るくらいだ。こんなにゆっくりしている所は見たことがなかった。

 

「幽々子様が、旧地獄に売られている鷹の爪を買って来いだなんて言うんです。行けば分かるって言われたんですけど…。古明地さとりさんに聞いたらゲラゲラと笑われて…、一度お風呂に入って来なさいって無料券もらったんです。もう訳わからないですよ」

 

私と鈴仙は顔を見合わせる。

 

「鷹の爪ならお土産コーナーに売ってあったけど…」

 

「ええっ!?」

 

「唐辛子の品種の1つだよ」

 

「ああ…、ああっ!そういう…いや違うんです、知らなかった訳じゃ…。ああもう、どうしちゃったんだろ私」

 

「「妖夢、あなた疲れているのよ」」

 

「うぐぐぐ、お二方に言われたくありません…」

 

どうやらここにいる皆は集まるべくしてここに集まったようだ。あの幽々子とか言う亡霊も本気で唐辛子1つをお使いさせるためだけにここへ寄越したとは思えない。まあ、つまりそういう事なんだろう。

 

私達は同じ天井を眺め続ける。

 

カポーン…。



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9話 忙殺

紅魔館で働く事になった私達。
その激務で既に私は足が棒のようでございます。
図書館からはにとりさんの声によく似た悲鳴が聞こえるとか聞こえないとか。
そんなこんなあって、ようやくレミリアさんと話し合いができそうです。


「もっと大きな声で!やーっ!」

 

庭から大きな声が聞こえる。

 

「行くわよ!せーのっ、びっくりするほどユートピア!やーっ!」

 

紫の声だ。瞼をこすりながら庭まで出てくると、庭で藍と橙と揃って皆で何かをしている。紫は咳ばらいをする。

 

「そんなんじゃ駄目なのよ。いい、こうよ。びっくりするほどユートピア!やーっ!」

 

「朝から神社前でエキセントリック奇行に走るのやめてよね。なんだよびっくりするほどユートピアって」

 

紫が藍と橙の顔を見る。2人は2人でお互いの顔を見ている。それから紫がこちらを向いた。

 

「いや…真剣に考えたら何だろう。朝から何やってるんだろ私」

 

えぇ…。どうしちゃったのこのスキマ妖怪。ついに正気と狂気の境界が曖昧になったんだろうか。そんな紫の様子を見かねてか、藍がおそるおそるこちらに近づいて来る。なんだ。

 

「びっくりするほどユートピア!」

 

遅れて橙も藍の隣にやってきてポーズをとる。

 

「やーっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やめなさいよ!」

 

私が叫ぶと橙が藍の後ろに隠れる。紫が橙の後ろに隠れた。それでいいのかお前ら…。藍が急に深呼吸をする。そしてその場足踏みを始めた。続いて後ろにいる橙が。さらに紫も同じように足踏みを始めた。

 

「大変長らくお待たせしました。寝台特急八雲列車、間もなく発車します。閉まるドアにご注意ください」

 

藍がそういうと、橙と紫が前にならえの動きで前の相手の腰のあたりを持つ。そして足踏みしながらゆっくりこちらに近づいてきた。橙が「プシーッ…タタンタタン、タタンタタン…」と言っている。

 

「え、なに?なんなの??怖い。普通に怖い」

 

彼女らの動きは早くもないが遅くもなく、歩けば追いつかれるが走ると全然距離を離せる、絶妙な速度で走行してくる。空へ飛ぶと、当たり前のように空を飛んで追いかけてくる。

 

というかどうしたのこの3人。なんで朝から意味不明な事をしてるの??新しい嫌がらせ??私は地上に降りて彼女らに向き直った。

 

「すみません、何か気に障る事をしたなら謝るので今すぐその意味不明な行動をやめてください」

 

3人とも何も言わずに近付いて来る。私は走って距離を置き、もう一度振り返った。

 

「びっくりするほどユートピア!やーっ!」

 

訳が分からなかったが、大きな声で3人がやっていたようなポーズをやるとようやく八雲列車の動きが止まった。まず橙がどこかへ飛んでいき、藍がそれを追いかけていき、紫がうつろな表情で立ち止まってこちらを見ている。

 

私は立ち尽くす紫を揺さぶる。

 

「紫、あんたどうしちゃったのさ!そりゃあんたの動向は訳がわからない事もあったけどその一つ一つにはあなたなりの考えがあって…。こんなの意味が分からないよ!!」

 

「霊夢…。あなたが最近感じていたもう1つの異変。それについて教えに来たわ」

 

「紫がいつも通り話しててこんなに安心する事ってないわ。でも唐突にまともにならないで」

 

「それはいつもの様に派手で大きな事ではないの。ルールに則った異変でもなく。それは小さな事からとても大きな事に…。いい、あの球磨とにとり。あの2人の動向に注意しなさい」

 

「退治すればいいの?」

 

「常にあなたの正しいと思った事をやればいいわ」

 

そういうと、彼女の後ろに境界が現れその中に入って消えていった。いったい何だったんだか…。

 

とにかく紫が言うには今回の異変の目星は球磨って言うあの半妖とにとりだ。…とはいえ、前回会った時はそれほど怪しい事をしているようにも見えなかったが。

 

 

 

 

「ひーっ!」

 

私は音を上げた。廊下の隅で息を整える。紅魔館の雑務は想像以上に激務だった。こんな事をしていたら精神より前に身体の方がどうにかなってしまう。運動が得意ではなかったとはいえ、半妖の私でこのざまなら咲夜さんの身体能力は一体いかほどだというのか。

 

にとりさんの担当は図書館。10分に1度ぐらいのペースで悲鳴が聞こえてくる。可哀想に…強く生きて…。

 

メイド服ではない咲夜さんがやって来る。

 

「もう気は済んだでしょ?あなたに務まる訳がないんだから、そろそろ私にギブアップといいなさい。そしてお嬢様を説得して。ね?」

 

「嫌です!私は立派なメイドになるんです!こんな所でくたばっていられないんです!」

 

「あなたここに立派なメイドになりに来たんだっけ…???」

 

「私はあなたの手足です!もっと酷使してください教官!サー!」

 

困惑しながらも指示を出してくれる咲夜さん。私のメイド魂に火が付き、再び仕事に打ち込ませてくれる。…またにとりさんの悲鳴が聞こえてきた。何が起きてるのかは分からないが、全然あの叫び声の声量が変わらないあたりさすが妖怪の体力というべきか…。

 

ここで働くことになった3人の中で涼し気に仕事をこなしている人といえば射命丸さんぐらいだった。文句は言いながらも、全くそつない仕事ぶりときたらさすが鴉天狗といった所。

 

私がもたもたしている間に仕事を終わらせたらしい射命丸さんが戻って来る。

 

「はい、終わりましたよ。他は何をやりま…おやおや、おやおやおや球磨さん。まだここで仕事をしてたんですね。私はあなたの倍近くの仕事を終わらせましたよ。ふふん。もっと敬ってくれていいんですよ」

 

ドヤ顔ダブルピースで私を煽って来る射命丸さん。

 

「ほれほれ、私の靴とか磨いちゃってもいいですよ」

 

「はい」

 

私は台を持ってきてその上に靴を乗せてもらいその靴を磨く。

 

「やめなさいよ。個人差はあれど球磨もしっかり仕事をやってると思うわ」

 

「いえ、いいんです咲夜さん。射命丸さんのメイド服、スカートの丈が短いんでこうして台に足を乗せてもらい磨くとパンツが見えるんです」

 

「それでいいのかあんたは」

 

「わはは、苦しゅうない。靴を磨いている間は好きなだけ下着を目に焼き付けるがよい」

 

咲夜さんがドン引きしている。

 

業務終了の時間が来て、私たちはそれぞれ状況を咲夜さんに報告した。朝昼晩の食事はここで済ませる事ができる。私たちは今日の晩御飯を食べていた。休日らしい休日は過ごせなかったなぁとぼんやり思う。

 

にとりさんに図書館で何があってるのかを聞いても教えてくれなかった。それに「悲鳴何てあげてない」の一点張りだ。射命丸さんも聞いていたので聞き間違いではないはずなのだが、とにかく答えるつもりはないようだった。

 

食事を終える頃、咲夜さんがやって来た。

 

「球磨、お嬢様がお呼びよ」

 

「え、私ですか?皿を片付けたらすぐ向かいます」

 

「食器はいいから早く行きなさい」

 

咲夜さんの言葉に戸惑う私を余所目に射命丸さんが何も言わず私の分の食器まで洗いに行った。なんだかんだ言いながら、優しいんだもんなぁ…。にとりさんは食器洗いの機械を作っていた。

 

 

 

大きな扉を抜けた先にレミリアさんがいた。月の光をぼんやり眺めている。私は近くにやって来ると、促されるままに椅子に座った。私にはお茶とゼリービンズをくれた。

 

「それで、あなたがここに来た理由って?」

 

「はい、その事なんですが…」

 

私はにとりさんの店の事について話した。経営についてと今後の販売戦略について。

 

「難しい話ね。にとりは作りたいものを作っている訳だから、それが人間にとって欲しい物とは限らない。それに、他に欲しい人が現れても在庫あるとは限らないもの」

 

前に、とある扇風機を自分にも売ってほしいと言って来た人がいた。でも同じものはもう作れないと言われたので他の扇風機を紹介したが帰って行った。

 

どれだけにとりさんが優秀でも従業員が増えたりして生産ラインができたりしない限り、一度に作れるものの量は多くない。その上、同じものが欲しくてもあるとは限らない。

 

顧客の声を参考にするというのは現状、にとりさんの性分を踏まえても厳しいところなのだ。

 

「にとりは間違いなく優秀よ。でも商売には向いてないわ。私も河童製は好んで利用してるけどその品ぞろえや利便性から妖怪の山の一角にある商店街にいる河童の店で買ってる」

 

妖怪の山に商店街なんてあるのか…知らなかった。ちょっと覗いてみたい気がする。

 

「にとりの店の事、真剣に考えてるならあなたが商売に変えなきゃいけない。どんなテーマで、どんなコンセプトなのか。ターゲット層はどこなのか。どんな商業展開していくのか。広告も力を入れてないから関心を寄せるのが難しい」

 

辛辣だ…。レミリアさんは旧地獄のパンフレットを取り出しておいた。

 

「永遠亭は地霊殿の主と手を組んでこうやって宣伝させている。このシーズン、患者が増えるからこうして負担を減らすために温泉に関心を向けさせて免疫向上させる。また、休憩室など各所に病気の予防について呼びかけたポスターがある。こういうやり方もあるわ」

 

「あれ、偶然じゃなかったんですね」

 

そういえば人里でも咳をしている人を良く見る。私が前いた世界でも衛生観念に関する意識改善をよく呼びかけるニュースがあった気がする。

 

「そりゃそうよ」

 

それから夜が更けるまでアドバイスをもらったり話し合いをしたりした。聞くばかりじゃ駄目だと積極的に意見をいったりしたりした。レミリアさんも決して見下したりバカにしたりせず、意見に対して意見を述べていた。

 

さすがに肉体的な疲労もあって眠気が強くなって来た所で、お開きになった。今後の課題も見つかったし、とても勉強になった。

 

「ありがとうございます」

 

「このバイトが終わったら地霊殿の主に会いなさい。電話番号はこれに何度かかけてれば昼頃ならつながると思う。この番号は私から聞いたと伝えないさい。それから…旧地獄に鴉天狗と河童はついていかないはずだから他に念のため強力な助っ人を用意しなさい」

 

「でも、あの辺りは以前より安全になったんじゃ…」

 

「観光地の周辺はね。元々の諸事情もあってあの環境を快く思ってない妖怪も少なくはないの。あなたは他の人間に比べれば力を持っていても、妖怪の中では非常に非力な分類に入るんだからこの忠告は聞いておきなさい」

 

「わかりました」

 

私は立ち上がりこの場を後にした。もちろん、出る前は扉の前でペコリと頭を下げるのを忘れない。彼女は手をひらひらとさせるとまた月を見ていた。

 

 

 



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10話 青緑の本、再び

青緑の本…昔は私に攻撃するためにチルノが読ませたみたいです。
何もなかったり、一部愛読家がいたり、気絶したり、気分が悪くなったり…。結局は誰が書いた何の本なんでしょう。



射命丸さんが夢を見ていなかったのは覚えているけれど、夢は確かに見ていたはずのにとりさんの夢を思い出せない。これはそう…アリスさんから聞く事でチルノの侵入を知ったあの日のよう。

 

記憶が抜け落ちている。ふむむ、これは一体…。

 

まだ眠くて目をパチパチと瞬かせる。眼鏡を外してレンズを拭いていると外から声が聞こえた。見やると霊夢さんと咲夜さんが話しをしていた。

 

霊夢さんと目が合った。これだけ離れていてもその視線ははっきりわかる。彼女は私を指差し咲夜さんと話している。咲夜さんも一度こちらを振り向いたがそのまま霊夢さんの方へ向き直った。私は彼女に会いに外へ出て行く。

 

「何か私にご用ですか?」

 

「あなたやっぱり何か企んでるんでしょ。どうせ隠してもバレるんだから洗いざらい話しなさい」

 

「言葉を返す様で恐縮ですが、無い袖は振れない訳でして」

 

「…やっぱり嘘をついてる様には見えない。本当に球磨が異変に関わってるのかな…」

 

「霊夢、どう言う事なの」

 

霊夢さんは八雲紫って大妖怪から聞いた話を私達に話してくれた。とは言えやはり心当たりがない。霊夢さんも戸惑っているようだった。

 

「私の意図しない所で何か異変に関与してるのかもしれません。私にできる事があれば協力させてください」

 

「助かるわ。あまり気は良くないかもしれないけどしばらく見張らせてもらうわね」

 

そうして、今日の紅魔館での仕事が始まった。咲夜さんの事もあり霊夢さんも手伝ってくれた。ただ、そんな霊夢さんの様子に射命丸さんは驚いて飛び上がり、その節に天井に頭を強打してしまった。今は客室で寝ている。(やけにわざとらしく頭ぶつけてたな…)

 

元より射命丸さんの仕事がかなり進んでいた事もあって今日は割と楽だった。それで、にとりさんのいる図書館まで向かう事に。あまりここに来るのは気は進まないが。

 

図書館にはパチュリーさんがいた。読書をしている。そばにはにとりさんが倒れていて、ブランケットがかけられていた。更にフランさんまでいる。この状況は一体…。

 

「これ読めなくはないけどあまり面白くないよ」

 

フランさんは本を閉じた。

 

「私はそれなりに楽しめてるけどね」

 

一体何を読んでいるんだろう。私は失礼を承知ながら、掃除のフリをしてちょっと覗いてみた。

 

その瞬間、視界がグラリと揺れて遠くで悲鳴の様な声を聞いた。そのまま気が遠くなって…。

 

 

 

…ここは、夢の中だ。他の誰の夢でもない自分の夢。私は自分の夢を好きな様に改造できるが、この夢を改造する事は出来ないようだ。自力で起きる事はできる様だ。

 

しかし、一体何がどうして、いつの間に眠りについたんだったか…。

 

「現実はどうなっているんでしょう。そろそろ起きないと」

 

「えっ?」

 

私は隣を向いた。私のすぐ隣、私の首の根からもう一本私の首が生え、喋っていた。もう1人の私も私を見て驚く。

 

「ほお、鏡で見ている時とはまた違った見え方ですね。じっくり見る機会はありませんでしたがこうしてみると意外にも…」

 

「ちょ、喋らないでください!何なんですかあなた、どう言う事?!」

 

「こんな事で動揺する様では、本物は私みたいですね。偽物はこうしてやります」

 

まるで雑草ても毟る様に私の体の腕が私の頭をむんず、と掴んで引き剥がす。

 

「へ……???」

 

「さよならイミテーション。もう用済みです。ご苦労様でした」

 

私は私の首を投げる。投げた先が見える。大きな大断裂、谷底に向かって私の首は落下していく。何なのこれ。谷底から、目玉のついた掌が地上に向かって手を伸ばしている。

 

その手の1つが私の頭をキャッチした。その手は私の頭をまさぐる様に触れる。手は生きた人間と思えないほどひんやりしていて、ぬめぬめ、ぶよぶよとしている。錯乱しているためか、夢だからなのか、首の痛みは感じないが手の感触ははっきりと感じる。

 

「あがっ…」

 

指が口の中に入って来た。喉のあたりまで容赦なく突っ込まれ、強い嘔吐感に苛まれる。しかし吐けない。胃袋も内容物もない。別の指が迫ってくる。

 

2つの手の人差し指が耳の穴に、ねじ込む様に入って来る。あの指は人間の物と僅かに異なり異常に柔らかく、圧迫感はあるが耳の穴にはそれほど強い痛みがない。それがどうしようもない程の恐怖を煽り立てた。

 

鼻には小指と中指が。口内を弄んでいた先程の手は喉の奥へ入ろうと指を伸ばしている。私は半ば半狂乱で叫ぼうとするも上手くいかない。顔の筋肉のどこを動かしても気持ちが悪い手の感触が強くなるばかりで解放されもしない。

 

「ぁ…ぅぁ…」

 

眼鏡がずり落ちた。新しい手が伸びて来る。中指と薬指を突き出し迫ってくる。瞳に向かって。私は怖くて目蓋を閉じた。目に触れた指の腹の感覚が伝わって来る。それはゆっくり、ゆっくりと…。

 

 

 

 

「うわぁぁああああああ!ああ、ああ!!」

 

私は叫んだ。誰かが駆け寄って来る。小さな体が私の体を掴んだ。私は思わず突き飛ばし、逃げようとする。先程の何かがまた私を追いかけて来て、私を抱きしめる。

 

この小さな手、この匂い…。

 

「しっかり、大丈夫か?!落ち着け、深呼吸だ…。もう大丈夫だぞ、私がついているからな」

 

誰だろう。ポカポカとしてて暖かい。私はすがる様に抱きついた。

 

「助けてください、痛いのも苦しいのも嫌です、私は悪い事してません、助けてください!やだ、やだやだやだ…」

 

「私だ、にとりだ!分かるか?私が分かるか?いいか、深呼吸だ。私に合わせてゆっくりと吸って、ゆっくり吐くんだ」

 

私は彼女の言う通りにゆっくりと深呼吸をする。酸素がしっかり頭に回って来たのか、ようやく冷静な思考が戻って来る。

 

「にとりさん…?」

 

「そうだ。お前の頼れる上司だぞ。だからもう怖くないぞ」

 

そう言いながら背中をさすって宥めてくれた。私は少し咳き込むと、ゆっくり深呼吸してから起き上がる。

 

「すみません、取り乱してしまいました」

 

誰かが私に水を出してくれた。咲夜さんだ。

 

「ありがとうございます。…あれ、ここはパチュリーさんの…。ここは私の担当ではないはず、何故私がここに…」

 

「覚えてないの?」

 

聞いて来たのは霊夢さん。

 

「あれ、霊夢さん。こんな所で会うなんて奇遇ですね」

 

「あー、待って皆。全て私から話すから」

 

パチュリーさんが皆を制して言った。私がここに来るまでの経緯は咲夜さんと霊夢さんに聞いた。私はパチュリーさんの見ていた本を見て悲鳴をあげながら気を失い、起きたらパニックを起こしててごく最近の記憶を無くしていた。という事らしい。

 

それからチルノや大妖精さんが呼ばれた。まるで探偵モノの犯人を言い当てるパートみたいにお互いに向き合って座ったり立ったりする。

 

「殺人犯かもしれねえ奴と一緒に篭るなんて俺は嫌だね。あばよ!」

 

呼ばれてないのに何故かチルノ達と一緒にやって来たルーミアさんが急にこの場から立ち去ろうとする。その瞬間、物陰に隠れていたフランさんが現れてルーミアさんの頭をバゲットで殴打する。

 

ルーミアさんはその場に倒れる。フランさんはバゲットを手に持ったまま、僅かに震えながら笑ってみせる。

 

「へ、へへ…。クローズドミステリーでのお約束だぜ。いい感じのダイイングメッセージで生存者を撹乱してやる…」

 

そう言いながらフランさんはポケットから赤色のラメ入りのノリをルーミアさんの指に付けて「ハイセンス!」と書かせる。

 

「へ、へへっ…!」

 

笑うフランさんの頭に電話帳が振り下ろされた。フランさんはルーミアさんに覆いかぶさる様に倒れた。パチュリーさんだ。

 

「へへ、2つの殺人事件をあたかも連続殺人に見せかける事で完璧なアリバイを用意できた。後はあの探偵の目を欺いてトンズラするだけだな」

 

「もう気は済んだでしょ。そろそろ説明してもらえる?その本について」

 

霊夢さんの声でようやく場の空気がまとまった。そうして、パチュリーさんが読んでいた謎の本について話が始まった。

 




青緑の本の内容、読んでみたいと友達が言っていた。書いてもいいけどいくつか問題があって…。ネタバレを気にせず書くと本筋は割と王道だけどその他の所がエロ、グロ、猟奇その他もろもろ、また倫理上アレな要素を含む作品なんだよね。

それと、チルノと大ちゃんはいるけど舞台はまるで違う世界だからジャンルとかタグづけとかどれを設定すればいいかよく分からない。

更に、オリジナルでやるならまだしもあの内容を東方で書く事にていこがある。あるいは完全にオリジナルにして主人公とヒロインを脳内であの2人に差し替える様にしてもらうべきか…。

最後に私の文章力で書ける気がしない。別作品のチルノと本作の球磨は夢を通して青緑の本の内容の一部に触れてるけど、さすがにレーディングの問題でかなりオブラートに包んだ内容と文章にしてる。

…友達も多分忘れてるはず。思い出すまで何も言わないでおこう。


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11話 ノーリーズン

青緑の本。それは大妖精さんが書いた小説だ。内容はエロ、グロ、猟奇、暴力、宗教など色々と多くの過激表現を含む大妖精さんとチルノの恋愛小説となっている。

 

全て1巻完結になっているが、1つ1つの本には必ず回収されない伏線があり他の本を読む事でわかる様になっている。青緑の本はそう呼ばれてるだけでタイトルはない。各章ごとのサブタイトルもない。ページ表記はある。

 

今から10秒、キリンの事を考えないでください。前に丁字路があります、どちらに曲がりますか。頭に「の」と書いてください。

 

などの文章を見た時、それを思い浮かべたり無意識を探ったり頭に作用するものがある。この本を見て気分が悪くなると言うのは文章を理解する事で頭に特殊な刺激を与える様になっているらしい。

 

歌で言うならバックワードマスキング、映像作品におけるサブミナル効果の様なほんにゃらほにゃららを利用して、恋愛について理解がないと特にコアビリーフを揺るがし脳の処理に負荷をほんにゃらほにゃららして、脳が人格へのダメージから守るためにほんにゃらほにゃららして思い出せなくするらしい。

 

確かそんな感じの事を言っていた。

 

ただでさえ凄まじい内容の青緑の本は、大妖精さんのチルノへの偏愛が本に篭りある一種の魔法の様相をなしている。それが原因でこの本を読む事で飛ばされる特殊な空間が生まれ読者を本の内容の世界に飛ばす。

 

精神力が強いか、恋愛経験があるか、過激表現に耐性があるなどあれば問題なく読める。表現はとにかく、大筋は割と普通の恋愛本との事らしい。

 

以上がパチュリーさんが解説だった。

 

 

 

 

「というのが、ここ数日で調べた青緑の本のあらましよ」

 

言い終えたころ、パチュリーさんが吐血した。短時間に喋られる文字数を超えたためダメージを負ったようだ。バツ印のついたマスクを着用したようだ。

 

「ところで大妖精さん、物語で自然に説明すべき所を一か所に集めて数百文字書く事ってどう思います?」

 

「悪手だと思う」

 

「更に、今後その説明が活きてくる場面がない場合は…」

 

「説明しないままにしておいた方がいいと思う」

 

「ありがとうございました」

 

様々な経由で大妖精さんの部屋からなくなっていく青緑の本。まさかパチュリーさんの元にまで行き渡っているとは。当の大妖精さんは飽くまで作る事が目的なため部屋から何冊なくなっても、誰に読まれても、どんな風に論評されても特に気にしてない様子だった。

 

にとりさんは今の話を聞いて、大妖精さんの小説を販売することをあきらめた様だ。

 

しかし、一体どんな内容なんだろう…。

 

「ううん…。しかし、せっかくなら一度は読んでみたい気がします」

 

「球磨、お前はあの鴉天狗の事が好きなんじゃなかったのか?」

 

「私もそう思ってたんですが…。手っ取り早く恋ってできないですかね」

 

射命丸さんと付き合ったりしていないからなのか、あるいは私があの人に抱く気持ちが恋ではないのか。私にもそこのところははっきりしない。そういえば、チルノはこの本を読む事ができるんだった。恋を知ってるかもしれないし、恋するコツというのを後から聞いてみてもいいかもしれない。

 

それからは咲夜さんもメイドとして復帰したので、私達も帰る事になった。大妖精さんは誰彼構わず見せていいというものでもないのか、と少し落ち込んでいた。チルノはすでに読んでる人の事を離したりして元気づけている。

 

私は割とたんまりある給料袋にご機嫌だ。射命丸さんはまるで最初から怪我などなかったようにツヤツヤとしていた。彼女は紅魔館を出た後、私たちに手短に挨拶をしてすぐに妖怪の山に帰って行った。この感じ、さては何かネタを掴んだな。

 

「それで、何か有益な情報は得たか?」

 

「現時点ではまだです。しかし、糸口なら」

 

私は旧地獄の温泉のパンフレットを渡した。

 

「ここへ調査に行くのか…。私からは何もしてやれそうにないぞ」

 

「はい。レミリアさんに少し聞きました。色々と複雑…なんですよね。大丈夫です。仕事終わりに少しずつ調査を進めます」

 

「いや、お前は引き続き調査を優先してくれ。私1人でこなすにはそこはかとなく仕事があるが、お前がいるんじゃ割と暇になる。ただし、仕事としていくんだ。怠けたりしたら減給だからな」

 

「わかりました。必ず期待に沿える様に努力します」

 

それから、ふと何かを思い出した様に霊夢さんは神社に帰って行った。にとりさんも途中で別れた。無茶をしないように念を押されて。

 

そして私たちはチルノの家の方角に向かう。私は新しい家を買った事などを話した。チルノが射命丸さんに送っていた写メの事などを話したりして笑いあったけど、結局どこでなにをしていたのかまでは教えてもらえなかった。

 

「そういえば質問なんだけど、どうすれば恋ってできるの?」

 

私はチルノと大妖精さんに聞いた。2人は一度見合わせた後に少し考え込む。

 

「良く分からない。そもそも私は誰かに恋したっけ」

 

チルノは身に覚えがない様子だった。そんな曖昧なものなんだろうか。

 

「まあ、球磨さん。恋なんて言うのは探している時は見つからないのに、探すのをやめると途端に向こうから現れるもんだよ」

 

「そういうもんなんですか…」

 

そういえば私という存在も両親の恋愛の産物なんだな。

 

私を産んだ両親を馬鹿にしていた私が恋をしてみたいなどと思うだなんて、人生と言うものは奇怪、奇ッ怪、奇々怪界の摩訶不思議。こうして生命は紡がれていくんですねぇ。

 

やがて家が見えてくると、大妖精さんと別れて一緒にチルノの家に帰る。

 

「思えばそのうちここへは帰れなくなるのかぁ…」

 

「自宅ができれば帰るではなく出かけるになるからね。でも、ここへ来たくなったらいつでもくればいいよ」

 

「ありがとう、チルノ」

 

家に入ると、チルノはすぐにベッドに入って寝た。帰る途中もうつろうつろしていた時もあったし今日は疲れたのかもしれない。私は明日に向けて準備がある。カッパコインを入れて電気を供給した。この幻想郷で多くの妖怪は弾幕勝負として勝負を挑んでくれるが、下級も下級、意思疎通ができないレベルになると普通に襲われたりしかねない。

 

それに、妖怪でなくともただの野生の動物も脅威だ。なので私は武器を作っている。できる事ならこれは使わないでやり過ごしたいものだ。

 

動作確認を終えると、私も電気を消して寝た。

 

 

 

 

翌日、私は早く起きた。チルノはまだ寝ている。小さめのショルダーバッグを持つと私は早速旧地獄へ向かった。立ち寄って学ぶ事はきっと多いはず。道中は肌寒い。

 

チルノ達みたいに空を飛べたなら良かったのになぁ、なんて思う。しばらく歩いていると霊夢さんが目の前に降りてきた。

 

「ああ、おはようございます。朝は冷えますね」

 

「ええ、おはよう。昨日の話だと行先は旧地獄なんだって?」

 

「はい。なんでも最近ホットな場所なんだとか。是非とも販売戦略のヒントを見つけたいものです」

 

「販売戦略ね…。私も儲け話の1つでも欲しいものだわ」

 

私はこの販売戦略で成功したら、そのお金で開発費を稼いでもっと色んなものを作ったりしたい。そのためのお金が欲しいだけ。しかし、もし霊夢さんが大金を手にしたら何をするんだろう。今の生活にそれほど不満を持ってるようにも見えないが…。

 

旧地獄までの道は楽だった。妖精や妖怪には基本的に避けられ、悪戯しようものならお札1つでポンだ。私の持ってきた武器も使わずじまいで済みそうだ。

 

そんな風に思っていた矢先、温泉街で鬼の1体が暴れている。人が襲われようとしているのを確認すると、霊夢さんはすぐに飛び出して鬼に先制攻撃を仕掛ける。周囲の安全のため、人間たちを安全な場所に誘導している係が見える。

 

しかし、騒ぎに便乗して興奮気味の妖精も暴れだしている。力不足ではあるものの、人間よりはわずかに戦える。私は先に妖精を倒す事にした。私は眼鏡を取ってそれを握りしめて割る。割れた眼鏡のレンズが光になって銃へと形を変えた。

 

 

【挿絵表示】

 



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12話 エレベーター・アクション

旧都で暴れ出した鬼と戦う霊夢さん。近隣の人間は係員の指示に従い避難を開始。しかし、騒ぎに便乗した妖精も暴れ出しました。
妖精と奮闘した甲斐もあって何とか避難は済んで、ようやく自分も避難しようとすると霊夢に向けて発射されたはずの流れ弾がこちらに飛んで来て…。


まずは銃弾の装填からだ。私はこちらに向かってきた妖精の足元を一度握って離した。左手に現れるマガジンと妖精の放つ弾が6発入っている。それを銃にセットしてスライドを引いた。1,2,3…。1発ずつ狙って撃つ。

 

妖精の弾で妖精を倒せるものの、弾速がいまいちだ。私の力がもっと強かったなら速度ぐらいなんとかなりそうなものだが弾速は弾その物の力に依存している。撃ち落とした妖精を抱きかかえて弾を補充、マガジンを捨てて新しいマガジンに入れ替える。

 

複数の妖精が接近、腕に抱えた妖精の力を奪って武器の先に切れ味を鈍くした斧を取り付け仕る。敵妖精の弾幕を避けられそうにないので、腕に抱えていた妖精をぶん投げて変わり身にし、そして接近して一体の頭を叩く。

 

死角からの弾に当たった。強い衝撃を受けて地面に転がる。痛みに耐えながら他に迫る弾に弾をぶつけて相殺させた。

 

避難が進んでいる。霊夢さんと鬼との戦いは既に霊夢さんの方に形勢が傾いていた。彼女であればこのあたりの妖精も脅威にはならないはず。私は応戦しながら避難区域に下がっていく。

 

この先のエレベーターにのって地下に行けば…。次のエレベーターは人がいっぱいで私が入る隙間はない。次が行って帰ってくるまで私が持てばいいが…。弾は尽きた。倒れている妖精でも近くにいればよかったのに。

 

暴走している妖精の2体がこちらへ突き進んでくる。放たれた弾が数か所あたってしまった。それでも武器を握りしめたままだった事は自分で自分を褒めたい。とにかく倒れた妖精から銃弾を補充しないと。

 

鬼の放った弾の1つが飛んでくる。手持ちの弾もない、逃げられる弾速じゃない、被弾は必至だった。

 

「今日は厄日だなぁ」

 

思わず愚痴を言うと、誰かが私の前に立って弾を放ち相殺させた。

 

「避難活動の協力ありがとうございます。助かりました。ささ、こちらへ」

 

見れば私よりもかなり幼い印象を受ける少女だ。胸のあたりに赤い球体がふよふよと浮いている。彼女は私の手を引っ張る。

 

妖精がまた立ちはだかった。少女は1体を掴んでこちらに弾を撃つつもりで構えている妖精に向けてぶん投げ、もう1体を飛び蹴りで落とし、くるりと振り返っては広範囲に弾幕をばらまいて妖精を複数撃破した。只者じゃない。

 

エレベーターが開いた。私たちは乗り込む。

 

ようやく安全な場所へ行ける。私はほっとした。

 

「…全く、鬼達の粗野さと来たら目に余ります。私達がイメージアップに努めてもこれじゃ意味ないじゃないですか」

 

少女は小声でぶつぶつと言っていた。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます。とてもお強いんですね」

 

「いえ、あなたこそ観光客の避難活動を手伝っていただきありがとうございます」

 

…ガコン!!

 

エレベーター内が一瞬揺れて、光が点滅する。それから動かなくなった。少女はボタンを押して何かをしたり、誰かと話している。

 

「う…、大丈夫です。すぐに復旧します」

 

「は、はい。あの…何者なんですか?」

 

彼女はポケットから名刺を出して私に渡した。光が点滅しててわかりづらいが、地霊殿の主と書いてある。ここいらの温泉の責任者ともあるようで…。名前は古明地さとりさんというらしい。

 

「私は球磨と言います」

 

それから、エレベーター内でやる事もないので軽く自己紹介したりした。彼女が言うことが本当なら、これは色々と聞き出すチャンスなのかもしれない。

 

「強かなんですね。こんな状況をビジネスチャンスだと思うなんて」

 

「え、ええ!?」

 

まるで心を読んだようだった。

 

「まるで、ではなく事実読めます。ほう、カッパの店を手伝ってるんですか。ふむ」

 

おおお…、これは…これはとんでもないな妖怪と2人きりになってしまった。心が読まれるのではどんなに体裁を取り繕った言葉も意味がない。とても苦手なタイプだ。困った。

 

当のさとりさんはクスクスと笑い出した。

 

 

 

 

あれからどのぐらい時間が経っただろう。時間を図る物を持っていないため、時間がわからない。長いようにも短いようにも感じられた。体感は1時間といったところだろうか。

 

さとりさんはあまり体調が優れないらしく寝ている。

 

「球磨さんも横になってはいかがです?掃除はしっかりしてあるので今しばらく横になる分には問題ないと思いますが」

 

「いえ、お構いなく…」

 

「別に私が眠ってしまったなら、私の夢を覗いても構いませんよ。私もあなたの心を勝手に覗いてますし気にしないでください」

 

「さとりさん、寝れないんじゃないですか?」

 

さとりさんが横になってからしばらく経つ。私の方から会話をやめても向こうから話題を振ってくる。初めは施設の案内や設備などの事だったが、割と最近の事など話したり聞いたりしていた。

 

このエレベーター空気が薄くなる心配はないようだが、一体どんな仕組みなんだろう。

 

「実はそうなんです。ベッドに横になっても、熟睡できないんです」

 

ため息交じりに言った。なんとなく私も横になってさとりさんの視線に合わせる。あれ、この場合はさとりさんの目を見たほうがいいのか、あのふよふよ浮いているあの目玉の方を見るべきなのか。

 

しばらくそうしていると段々私の方が眠くなってきた。

 

「ほほお、私を抱き寄せたいですか」

 

「え?」

 

「頭を撫でたい…私はあなたより年上ですよ」

 

「あの、仰る事がわかりません」

 

「今、私はあなたの心を読んでいます」

 

ううん…さとりさんが私に向かって言っている事はわからないが内心を読む妖怪から言われれと本当はそう思っているんじゃないかとも思えてくる。はたして私は本当にさとりさんを抱き寄せたり頭を撫でたいと思っているんだろうか。

 

個人的には射命丸さんに甘やかしてもらいたい。「球磨さん、ワオキツネザルの鳴き声の声真似にハマってるんですが聴きます?」とか「私の耳、見たいですか?ちょっとだけですよ…んふふ」とか耳元で囁いて欲しい。

 

「あの鴉天狗に何を求めてるんですか…」

 

「これはお見苦しい所をお見せしました」

 

そう言ってうとうとしていると、さとりさんの方から寄ってきた。肌が少し冷たい。さっきの発言といい、まさか本当はただ寒かったんじゃ…。さとりさんはただ私の目を見ている。

 

私も少し寒いと思っていたのでさとりさんと体温を共有する。

 

「球磨さん温かいですね」

 

「どうもです」

 

やがて喋る事もなくなって行って、言葉数も少なくなる。相変わらずさとりさんはこちらをじっと見つめている。一周回って眠くなくなった私もさとりさんの目を見つめ続けた。

 

引くに引けない勝負のように感じてしまってからはずっとそうしていたが、急にニコッと笑われて思わずドキッとした。また元の無表情に戻る。

 

思わず凄く可愛く感じてしまい、不用意に頭に手を伸ばしてしまった。しまった、この相手の頭を撫でるのはまずい。私は寸前のところで手を止めた。

 

「構いませんよ。私の頭…好きに撫でまわすが良いです。ただし、耐えきれず私の頭に手を伸ばして撫でた所、返ってきたのは無表情だけだったと言う事もよくあります。お手並み拝見と行きましょうか、球磨さん」

 

「球磨…参ります!!」

 

わしゃっ…。まずは手のひらを開きすぎず、指立て伏せでもするように掌底が頭につかないようにして指先を頭に立てる。さとりさんの目は微動だにしない。スッ、と指先でソフトに掻きながら手首で引く。そう、その動きはさながらワイヤーヘッドスパ。

 

そして、指の腹を意識してズン、と掌底を頭にソフトに打ち付けつつ指先で髪をかき分け割く様に!

 

「…っ!」

 

そしてまたスゥッと力を抜きながら軽く手を持ち上げる。そこから指の腹に力を込め、頭皮を揉み解すように指をうねらせる。そう、これは髪を洗う時の動作に近い。そう、頭を撫でるのではなく…頭を揉む!!

 

緩急をつけてスリスリ、グーリグリ。頭の上から下にストンと落ちるように…血液の滞りが解消され流れるのをイメージして…ワシャワシャっと、スーリスリ…。

 

脳内で刻むリズムで掻いて撫でて掻いて撫でて、指先で力を込めて圧をかけサァーッと流し。

 

「…んぅ」

 

さとりさんが眠そうに眼を瞬かせている。私はここで鼻から上がしっかり外に出るようにしつつ抱きしめ、腕を回した手で優しく後ろ頭を撫でる。そこから指圧を弱くして、髪の流れに沿って手櫛の様にして撫でる。

 

さぁ…我が腕の中でわずかな安寧の眠りに落ちるがいい!!さあ、この耳に寝息を聴かせろ…その瞼を閉じてしまうがいい!フハハハハ!!

 

コツン。さとりさんから拳骨が飛んで来た。口元を尖らせむすっとしていた。可愛い。今の聞かれてしまったけどいいや。可愛いし。

 

彼女はどうやら眠ったらしい。私も少し寝ようと思う。

 

 

…その後、エレベーターは無事に復旧した。私はあらぬ疑いをかけられる事になったが、その後元気に睡眠を取れたさとりさんから正式に「この人ロリコンです」と言われたので私はさとりさん公認のロリコンとなってしまった。

 

温泉のマッサージに頭の揉み解しサービスを検討されたり、悩みだった不眠解消とあって気に入られたようで話は聞けそうだ。霊夢さんは鬼を倒した後、私が救出されるまでの間に旧都の鬼と丁半で大勝利を収めていたらしくお酒とお金を手に入れてて上機嫌そうだった。

 

初めは調子が悪かったものの、持ち金がなくなって来たあたりから急に正確に目を言い当てるようになり、インチキを疑われたため目隠しをしたりしていた。しかし、それでも正確に目を言い当てるので面白くなかった鬼がインチキしたりするとそれさえ言い当て観客を沸かせたとか。

 

有り金をむしり取られ、しばらく酒が飲めなくなった鬼からは「あんたが鬼や!」と言われ、それに対して「ならあんたは人間ね!」と言い返していたらしい。豪胆すぎやしませんか…。

 

後日改めて向かうと、お話を聞かせてもらえるようだった。

 

 

 

 




手足とか、肩の凝りはにしても頭のマッサージとかあまり考える機会ってあまりないよね。


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13話 古明地さとりの憂鬱

日を改めて地霊温泉温泉事務所にやって来ました。
心を読まれるというのはやはりあまり気のいいものではありませんね。
でも、彼女はとても好意的でとても助かりました。
今後すべき事についてもとても考えさせられます。
球磨、にとりさんと共に大儲けしてみせます!!


日を改めて地霊温泉事務所の役員室にやって来た。さとりさんは静かにお茶を飲みながら、マジックミラーごしに温泉街を見守っていた。私たちの気配を悟って振り返ると、一瞬私が誰だか分からなかったようだ。

 

「ああ…球磨さんですか。その眼鏡されてると一瞬分かりかねますが、相変わらずあの鴉天狗への妙な願望ですぐにわかりました」

 

「どんな願望持ってるのよ、あの鴉天狗に」

 

実は膝枕しながら1から99の段までの掛け算をまるで慈母の様な声色で読み上げる射命丸さんを想像していたのだが、どうやらそのビジョンが読み込まれたらしい。いやぁ、お恥ずかしい。

 

さて、今日は色々とお話を伺いに来たのだ。内心を含めてできるだけ粗相のないように質問をしていこう。

 

「ところで聞きたいんですが、その眼鏡はファッションなんですか?この間は眼鏡なくても戦えてたようですけど」

 

「私が小学生の頃、何やっても鈍くさい先生がいたんです。でも、学校でいじめられていつも泣いてた私にただ1人だけ親身になってくれて…。素敵な先生でした。でも人事異動になって…いなくなっちゃ嫌だって駄々をこねる私に1つだけ欲しい物をあげるからそれで我慢して欲しいって言われたんです。それがこの眼鏡です」

 

「へぇ…そんな事があったの」

 

霊夢さんは気まずそうに言った。

 

「でも嘘なんですよね?」

 

「はい」

 

霊夢さんがずっこけた。別にこの眼鏡に大したストーリーはないんだけどね。

 

さて本題に入ろう。私はここへ来るまでの経緯を話した。それからレミリアさんから聞いた助言の事や、にとりの気質の事…。商売についての事を話す。

 

「にとりさんが作る商品のパーツ、これをカッパルーツからにしてくれればいいんですよね。開発費も安上がりで修理代も安くなります。何で人里から取り寄せてるんでしょう」

 

「あまりよく分からないんですけど、どうもカッパ同士のいざこざがあるみたいで…。頑なにパーツをあっちから取り寄せないみたいなんです」

 

人間相手に商売をしているのだから、パーツも人間の里で取り寄せた方がいいように聞こえるけど、にとりさんが作るレベルになると個人の生半可な知識じゃ修理はとてもできないためカッパ製のパーツを使用してあった方が安く済むため人間としてもありがたい様だ。

 

さとりさんは私の記憶を通してにとりさんの人物像を得ようとしている様だ。説明が省けると思うと楽でいい。

 

「大手企業や金持ちの所にあたって専用の製品の依頼を受注するとかどうですか?それで好評なら需要も増えるかもしれません。少なくとも今のままみたいに作りたいものを作ってて待ってるだけじゃ厳しそうですね」

 

さとりさんはにとりさんの店のチラシを見ている。

 

「もっとこう、将来性や有用性があれば…こちらの方もスポンサーになってもよいのですが。他にも縁日のお祭りで射的屋をやって詐欺まがいの事をしていた件についても信頼が十分に回復したとは言えてない状態です」

 

にとりさんは例のお祭りの数日前、香霖堂に赴いた。安くて珍しく射的の景品として扱えるものを探しに。そこで見つけたのはプラモデル。ただし、肝心な中身は作りかけでパーツが足らない状態。それでもなおそれなりの額を要求してくる店主の森近さんに対して舌先三寸…もとい八寸はありそうな弁舌で言い負かして安値で買い叩いた。

 

これをどうするかというと、中のパーツは香霖堂に置いてケースだけ持って帰り重しを入れて射的の棚に置いたのだ。店頭に「外界より取り寄せた最新のトイ」とでかでかと看板を置いた。

 

物珍しさに挑戦する客も多く、お小遣いを使い果たした子供が何人も泣いていたらしい。そこに命蓮寺の聖さんがやってきて900円で射的銃を一度に3つ借り、一発は射的台の最もバランスが悪く傷んでいる所を狙撃。射撃台はぐらりと揺れ、プラモデルのケースがわずかに揺れた所を両手に持ち構えた射的銃でケースの隅を同時に狙撃して落としてしまった。

 

ケースに入れた重しも、あまりに重くし過ぎれば怪しまれる。なのでバレないように重すぎないように配慮したつもりだったが、それによって見事に撃ち落されてしまった。これは今までなけなしの小遣いで少しずつケースをずらした子供たちの涙と、自信満々でケースの位置を直したりしなかったにとりさんの油断と、それらを利用してピンポイントショットを行った聖さんの正確な射撃によるものだった。

 

ありえない事態に呆然となるにとりさんと、プラモデルケースを拾い上げ中の砂入りのポリ袋を取り出す聖さん。お金は返金となり、1週間のボランティア活動に協力する事になってしまった。

 

嬉々としてインタビューする射命丸さんに対し「金に困ってやった。貧困にあえぐ技術者を出さない世の中になる事を願ってやまない」などと供述していたとの事。私に対して「次はもっと上手くやるつもりだ」と言っていたので反省はしていない模様。

 

でも…にとりさんのそういう所大好きです。

 

「球磨さん…今の関心する所じゃないですよ…」

 

さとりさんが呆れている。

 

「ひとり!にとり!!さとり!!!そして私はこいし!!ヒャッハー!!」

 

知らない人が隣の部屋から乱暴にドアを開きながら現れた。

 

「今のは上手かった。さすがねこいし」

 

「お姉ちゃん!ブルジョワジーに感化された資本主義の犬を見つけるTRPGもう飽きちゃったよ!政治将校も殆どスパイに見えてくるんだあのゲーム!他に遊ぶゲームはない!?」

 

「え…何そのTRPG…お姉ちゃん聞いた事ないよ??」

 

「今やユーラシア大陸は我が手中…。ユーラシア大陸をまたぐ巨人と化したこいしちゃんの風刺画とかでないかなぁ。やっぱりもうちょっと遊ぶね!今月はオルグ強化月間だー!」

 

そう言いながら去っていった。何だったんだろう…。

 

「ああ…ここ最近大人しくて放浪しないと思ってたら、良く分からないベクトルで妹が離れていく…。お願いだからどこもいかないで…」

 

こうしてさとりさんは不眠症になっていくんだろうか。そしてこいしさんは一体何を話していたんだろうか。頭を押さえながらフラフラしているさとりさんは咳ばらいをする。

 

「と、とにかくね…条件が揃ったらスポンサーにはなってあげます。ただし、将来性、有用性、信頼性の3つを揃えてください。また、角が立つような言動は控え長い物には巻かれてください。自身の武器を生かして顧客を確保して死守してください」

 

「わ、分かりました。今後の方向性について考えると同時に、人間の里で私達の作りたいものと欲しい物が合致してる人物がいないか探したりしてみようと思います」

 

さとりさんのデスクに電話がかかってきた。地霊温泉での鬼に関するトラブルはまだ対処に追われてるらしい。これ以上の長居はあまり良くないと思ってその場を後にしようとした所、電話をしながら私の方に何かメモ用紙を渡してきた。

 

それを受け取ると、私は会釈をして霊夢さんと一緒に地霊温泉事務所を出た。

 

とりあえずこれからやる事は決まった。さとりさんから受け取ったメモ用紙の内容は、メールアドレスらしき文字列と「またお願いします」との言葉だけだった。とはいえ、私は携帯電話を持っていないからなぁ…。

 

まずは途中経過を報告しににとりさんの店に向かった。

 

 

 

 

店の中ではにとりさんと射命丸さんが何やら話をしている。霊夢さんは射命丸さんにお札を投げた。やはり回避する。

 

「何するんです」

 

「鴉天狗を見るとつい投げてしまうのよね」

 

「気持ちはわかるぞ人間」

 

「あまり虐めるとなきますよ?」

 

「泣けば?」

 

「カーwwwwカーwwwwwwアホーアホーwwwwwガアッガアッwwwwww」

 

霊夢さんはお札を複数投げる。射命丸さんはものともせず回避する。トドメの大幣をも回避してみせた。決め顔をしていると、後ろから帰って来た大幣に後頭部をぶつけて倒れる。にとりさんと霊夢さんはハイタッチを決めた。

 

射命丸さんは起き上がると、急に草むらに行って雑草を抜きだした。ショックだったんだろうか。

 

私は早速と旧地獄で得た事とこからについてにとりさんに報告した。時には良くうなずき、時には苦い顔をしていた。霊夢さんは丁半で儲けた事やお酒の話もしている。鬼を撃退したのはまるでついでのように話していた。

 

草むらから戻ってきた射命丸さんは気配を消しながら霊夢さんとにとりさんの背後に回りヌスビトハギ、通称ひっつき虫の雑草の果実を2人につけていた。さすが射命丸さん、転んでもただでは起き上がらない。好きです。結婚してください。

 




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14話 光が強ければ影もまた濃い

レミリアさんやさとりさん、にとりさんの協力のおかげで「にとり雑貨店」は少しずつ売り上げが伸びてきた。私ん家の前には意見箱を置き、そこにあった意見を元に新しい発明品を作ったりする。
まだまだ課題も多いけれど、日々は充実してきた。
ただ1つ、私の何気ない呟きがこの生活に大きく陰りを落とした気がした。


あれから私はにとりさんの店にアンケート票を設置したり、人間の里にでかけて売りに行ったりした。様々なコミュニケ―ションを取る事で人間の里での悩みや、どんなものが売れるのか、欲しい物は何かとか聞いたりしては書き留める。

 

それから、店の名前もまだ未定だったという事でとりあえず「にとり雑貨店」として看板を作って立てかけた。私の家の前には欲しい物などをまとめた意見箱を用意した。

 

また、にとり雑貨店には射命丸さんの文々。新聞も置いた。チルノの働きかけで姫海棠さんの新聞、花果子念報も置く事になったが射命丸さんは「売り上げの差がまるわかりって残酷ですねぇ!」と高笑いしていた。今の所それほど売れ行きに差は出ていない。

 

置いておいた意見箱にもそれなりに意見が集まっており、その中からにとりさんと相談してどれを作っていくのかとか相談した。意見箱には商品のその後について感謝の言葉や悪態など様々な意見が届いている。

 

より消費者の声が身近に聞こえるようになり、にとりさんはどんな意見に対しても前向きに向き合って制作にあたった。心なしか彼女も活き活きしている。

 

霊夢さんは私への見張りを緩めた。さすがに見張りのために毎日会うのはアレだったけれど、最近はあまり会う機会がなくてちょっと物寂しい。

 

今日はチルノがカッパコインを稼ぎにやって来ている。最近は忙しくて中々会えない日々を送っていたが、元気そうにしてて良かった。

 

私もぐったりと疲れて近くの畳の上に寝転がった。

 

「あーっ…。疲れた…」

 

「お疲れ、球磨。ちょっと無茶しすぎじゃないか、ちょっとは休め」

 

「好調な今、動けば動くほどビジネスチャンスが舞い込んで来るので何だか休みたくなくて…いつ休めばいいのか分からなくなってきました」

 

「まあそれが今だな」

 

にとりさんが笑う。寝転がる私にチルノが掛布団を持ってきてくれた。あぁ…優しい。うとうとしていると、姫海棠さんが逃げ込む様に駆け込んできた。ぜぇ、ぜぇと肩で息をしている。

 

「助けて!どっか隠れる場所を!どっか!」

 

にとりさんはポカン、としながらも大きな葛篭を指さすとその中に入って行った。少し遅れて射命丸さんがやって来る。

 

「にとりさん!!ここに姫海棠さん来ませんでした!?!」

 

「い、いや…見てないよ」

 

「ちぃ…。じゃあグルーガンないですか?あるいははんだこてと鉛フリーはんだでもいいです」

 

「あるけど…何に使うんだよ…」

 

「姫海棠さんの穴という穴を全て封鎖します」

 

「やめろよ…怖いよお前…」

 

「だってこれ見てくださいよぉ…!」

 

射命丸さんのつけた帽子…烏帽子?じゃない、えっと…そうだ頭襟とか言ったかな。頭襟の先に着いたポンポンを私達に見せてくる。美味しそうなにおいがする。

 

「これ、ポンポンじゃないんです!イカシュウマイなんですよ!姫海棠さんがいつの間にかやってたんです!許せません!!!」

 

射命丸さんは激昂しながらイカシュウマイを1つ食べた。私も気になって1つ食べる。にとりさんも何となく食べた。あ、これ美味しい。このイカシュウマイ美味しい。

 

幻想郷に海がないのにイカが生息している事を聞いて驚いた。博麗神社から人間の里に行くまでの複数の湖に生息している。淡水域なのにどうして生息できるのかまるでわからない。もしかしたらイカによく似た別の生物なんだろうか。もしかして収斂進化?(な訳ない)

 

 

やがて大きな葛篭から姫海棠さんが出てきた。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃん!!謝ったでしょ!!!ちゃんとポンポン返すから!!!」

 

「絶対許しません!許しませんよォォ!!」

 

射命丸さんは葛篭の中に飛び込んでいった。2人はいる分には少し狭い大きな葛篭の中で2人の鴉天狗が取っ組み合っている。にとりさんは静かに蓋を被せると、横からストレッチフィルムでぐるぐる巻きにし、持ち上げると勾配の急な坂に放り投げた。

 

手をはたきながら戻ってきたにとりさんは一息ついてお茶を飲んだ。

 

「あれで良かったんでしょうか」

 

「いいんだ」

 

 

 

 

「はたて、欲しい物はなんでも言ってごらん。私がなんでもあげよう」

 

「んー…私は文が欲しいな」

 

「ははは、こいつぅ」

 

数時間後、帰って来た射命丸さんと姫海棠さんは異常に仲良くなっていた。今はにとり雑貨店の一角でいちゃついている。にとりさんはイライラしているようだった。

 

「なぁ…、球磨。幻想郷のどっかで石油とか湧かないかな。湧いたらいいのに。そう思うよな?」

 

「香霖堂にあった石油ストーブ、何とか構造を真似て作れたはいいものの燃料を確保できず、代用の油もこれに使うのはもったいないですしねぇ」

 

そういえば森近さん、冬になると石油ストーブが点いてるらしいのだがどこから灯油を確保してきているのだろうか。それを得るルーツがある?あるいは…。

 

「違う。玄武の沢の同志に助けを求めてナパーム弾を作ってそこのそいつらに投げてやるんだ」

 

「や、やめてくださいよ物騒な…」

 

「お前だってイライラするだろう!大体、お前は射命丸が好きなんじゃなかったのか!」

 

「いえ…こうして好きな人が目の前で他に好きな人を愛している様子を見ているとむしろ興奮します」

 

「どうして私の周りは変な奴ばかりしかいないんだ!!」

 

にとりさんは半ば半狂乱で叫ぶ。私は射命丸さんから受け取ったさとりさんからのプレゼント、携帯電話で2人の写真激写する。ううん…妖怪の山の天狗か鴉天狗にこの熱愛報道のネタとして受け取ってもらえないだろうか。

 

お、射命丸さんがついにキスを始めた。連射しておこう。

 

「あ、にとりさん。幻想郷ネットワークの鴉天狗のウェブページありませんでしたっけ」

 

「ああ、あるぞ。それがどうしたんだ」

 

「そこでこの熱愛写真を投稿したらいくらかで売れませんかね」

 

「天才か?」

 

妖怪の山の新聞は射命丸さんと姫海棠さんほど幅広く情報を揃えているものはない。他の新聞はどうかというと、割と身内ネタが多いとの事。彼らの縦社会のため、何らスキャンダルがあったりすると響いたりするんだろうか。とにかく彼らの関心は常に内側に向けられている事が多い。この2人の熱愛写真はそれなりに高く売れるかもしれないのだ。

 

にとりさんは早速とネットで検索を始めると、射命丸さんと姫海棠さんが猛スピードでにとりさんを止めにかかる。

 

「お願いです、マジでやめてください!」

 

「それだけは…お願いします!マジでヤバイです!!」

 

「わああ!お前らはあっちでいちゃついてろ!色情魔!」

 

私は動画を撮っている。動画は容量を撮るので後でにとりさんのパソコンを借りてデータを転送しておこう。

 

「皆スキャンダルは大好きなんです。私たちは皆のお茶の間の娯楽のためにプライバシーを剥奪されてしまいます!」

 

「パパラッチを意識しなきゃいけない生活なんで嫌だぁぁ!!」

 

「やかましい!お前らが普段人にやってる事だろ!」

 

ううん…手ブレが気になる。もっと安定した姿勢で撮るべきか…。撮影時のわずかな手ブレは動画で見るときにはかなり気になるレベルになっている事が多い。これは携帯電話用の三脚を作るべきか、いいカメラを取り寄せるべきか…。私はその場で代用できそうな段ボールを複数重ねてその現場を動画撮影し、作業に戻る。

 

「どこ触ってるんだ!ええい!貴様ら折檻じゃ!そこになおれ!!球磨!助けて!!」

 

「まあまあ、まあまあまあ…ここはビジネスライクに行きましょうよにとりさん。つまり何が望みなんです?」

 

2人の鴉天狗に言い寄られてもみくちゃになるにとりさん。助けろとおっしゃられましても…。ああそうか。私は携帯電話の録画を止めてポチポチといじる。

 

「お二方、データはこちらにあります。ちょっと見ててください」

 

先ほどのデータを選択して削除を選択する画面にしている。2人の視線が十分に集まった所で削除ボタンを押した。先ほどの画像データは2人の目の前で消える。ようやく安心した2人はへなへなとそのまま脱力した。にとりさんが下敷きになっている。

 

まるで取れたての魚の様に身をばたばたとよじらせて脱出するにとりさん。

 

「全く…日頃から人の醜聞を扱ってるやつがいざとなるとプライバシーとは」

 

「まあまあ、魚のを捌く板前さんも自分が解体されるのを覚悟して魚を捌いてませんし」

 

「球磨、それは詭弁だ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなんだぞ」

 

その理屈で言うと、過去に詐欺まがいの事をしているにとり雑貨店は誰からか嵌められて不利益を被っても何も言えなくなるんですが…。

 

さて、私達の新しい発明品の開発を急ぐ。今度作る道具はマジックハンド2号。腕にリングをかけて指輪に特殊な手袋をすると、もう片方の手袋が手の動きに合わせて動く物。腕は曲げた状態で着用し、伸ばすとマジックハンド最大2m50㎝まで伸びて最大2㎏の物を持って運ぶことができる。

 

だが、何よりの強みは無線でこれを行える事だ。充電は1時間とちょっとで3時間は稼働できる優れもの。問題点と言えば、伸ばした状態で着用してしまうと曲げてもそれ以上戻らず、一度曲げて伸ばしても正常な動作をしない事とまだ人間の里は電気が通ってない家庭も多い事だ。まあ…にとり雑貨店にある発電機もそれほど大がかりなものじゃないのであまり電気使用率が伸びても困るのだが。

 

どっかに電気スタンドを立てみる案も考えてみたが、充電を始めると所有者がその場から動けなくなったりそもそも電気スタンドを人間の里の各所に立てるコストと見合う売り上げが出るかなどの問題がある。

 

今後の事もかねて電気スタンドは立てても良いのだが、この間私の家の近くに置いておいた電気スタンド試作機が盗られてしまった。全く使えず処分に困ってたのでむしろ有難かったが。

 

「どっかに発電所とか作れませんかねぇ…」

 

「無理言うな。大規模な発電所ぐらいになると河童も天狗も冷却の面が1つの課題になって中々前に進まないんだ。私たちが個人でどうにかできるレベルじゃないぞ」

 

「…地霊殿の灼熱地獄、熱エネルギーを利用できたらいいのに」

 

「……地熱発電…原子力発電…。もしかしすると、もしかしするか??」

 

にとりさんが呟いた。そういえば、間欠泉地下センターの件もあるし不可能ではないかもしれない。

 

ごくり。唾をのんだ。なんだ、考えてみればいい方法かもしれない。なのだけど、何か嫌な予感がする。何とかさとりさんに相談してここまで電気を引っ張ってくれば私達の悩みの種の1つである発電機の問題も何とかなるかもしれない。引っ張って来るまでは苦労しても、それからの作業は楽になる。

 

なのに何故だろう。凄く嫌な予感がする。汗が服にねばりつき、のどが渇く。この感覚はなんだ?

 

「でも…本当にいいんだろうか」

 

「にとりさん…」

 

「結論は急ぐ事はない。今日はもう店じまいだ。球磨、私にもちょっと考える時間をくれ」

 

「は、はい」

 

今日は私も家に帰った。先ほどの案もまだまだ現時点では荒唐無稽な話なのだが、それでもこの胸騒ぎは尋常ではなかった。心が警鐘を鳴らしている。果たして、この気持ちは一体…。

 

 



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15話 文明の灯

発電所、発電機…どうしても言葉にしがたい不安が私たちの心にはありました。
だから、その事について触れるのはもうやめたのです。
しかし、皮肉にも私の頑張りがその必要性を強くさせてしまいました。
そこに奇跡のような出来事が舞い込むのですが、それが良い事なのか悪い事なのか…。私にもわかりません。


あれから、私達はお互いに発電所の事について話さなくなった。何故かは分からないけど、お互いにまるで腫れ物の様に触れたくないものになっている。だから話さない。しかし、くつろぐ縁の下、雨季のタケノコのように問題が発生しているのを身に感じていた。

 

それでも何とか気にしまいと、身を粉何して働く。

 

今日も元気にお仕事だ。てくてくと、にとり雑貨店に向かっていると、射命丸さんに会った。

 

「おはようございます、射命丸さん」

 

「おはようございます、球磨さん。これ今週の新聞です。どうぞ」

 

受け取った。最近の文々。新聞は情報が沢山だ。今年は虫による食害、干ばつで農作物の育ちが悪いらしい。これは食費がかさむかもしれないなぁ…。飢饉になったりしないといいけれど。

 

今度、豊穣の神様に祈りに行こうかな。今からじゃ遅いかもしれない。

 

「あれからどうです、姫海棠さんと」

 

「あの二枚貝がどうかしました?」

 

ああ…どうやら元の関係に戻っている様だ。早い。鴉天狗の恋事情はおそらく秋の空模様なんだろう。

 

私はにとり雑貨店に言った。今日は客入りも多い。にとりさんは店内から私を見つけると大きく手を振って早く来る様にジェスチャーしている。私は走って店に入り、レジを交代した。お会計の最中に隣から質問されたり、普通に扱っていればまず壊れないだろう壊れ方をしている機械の相談もされたりする。

 

隣からにとりさんがフォローに入っては応答してくれるが、この数は凄い。今日は10時ぐらいまでカウンターの前でお客さんの相手をしていた。さすがに疲れた。

 

「儲けた事には設けたが儲けがこの値段じゃ割に合わない気がしてきたな…。もうちょっと値上げしていいかもしれない」

 

「かもしれないですねぇ」

 

小声で言い合ってる間にまたお客さんがお会計に来ている。私が相手をしている間ににとりさんは冷や水を取ってきてくれた。私はお礼を言ってそれを飲んだ。

 

にとりさんは店を構えるにあたって近すぎても遠すぎてもいけない、ということで人間の里から3㎞ほど離れた所に店を作っている。往復6㎞だ。それでも買いに来るというのだから凄い。小型の電気製品が売れると同時に、蓄電器や発電機などの要望も多くなってきた。

 

にとりさんと視線が合った。何も言わなければただ楽しく設けて充実した毎日…も、このまま続くというわけにもいかない。そんな現実が突き付けられてきた。

 

私たちの後ろに並ぶ、お客さんの充電器の数々。たこ足配線で充電している。電化製品を売っているのに人間の里は通電してない。想像以上に売れるようになった弊害がここにやってきた。

 

だが、それを売っている以上「こちらから電気を供給できません」では…。

 

にとり雑貨店にある発電機。これまではそこまで必要とされる電気量もそれほど多かったわけでもなく問題なかったのだが、修理が重なっててそろそろ新しい発電機を作った方がよかったり、発電に使う純度の高い燃料がなく故障の原因になるなさまざまな問題を抱えていた。

 

ここ最近に関してはロクにメンテナンスもできてない。これがもしいきなり壊れたりしたら…。

 

「にとりさん…」

 

「言うな!」

 

「でも…」

 

「分かってる!」

 

お互いに長い沈黙が訪れる。ああ、あの閑古鳥が鳴いていたあの頃。あのままじゃ開発費は取れなかった。今は開発費が取れるようになった分だけ、規模拡大が迫られるようになってきた。どちらがいいのかわからない。ただ頭を抱えた。

 

ようやく人だかりがなくなり時間が出来た頃に、ふと、入り口に影が見えた。緑色のロングヘアーの変なアクセサリーをした女性がニコニコしながら、ドアから半身だけ出してこちらを見ている。

 

「ひっ!何ですかアレ!」

 

「見るな球磨!目を合わせるな!気づかないふりをしろ!」

 

「…何ですか、私をまるで妖怪か何かの様に」

 

ワンツーステップからくるりと回って女性がカウンター前にやって来た。

 

「申し訳ない。具体的に妖怪とどの辺が違うのか教えてくれないか」

 

「しいて言うならデオキシリボ核酸じゃないですか?」

 

その緑色の髪の女性は青と白をメインカラーとした巫女服を着ている。霊夢さんの知り合いだろうか。彼女はこちらをくるりと向くとにっこりと笑った。

 

「お初にお目にかかります、妖怪の山、守屋神社の巫女の東風谷早苗と申します。以後お見知りおきを」

 

優雅におじぎをしてみせる。それから、私とにとりさんを交互に見比べる。何を考えているのかさっぱり分からない。こんな時、さとりさんが隣にいたなら色々教えてくれただだろうか。

 

「妖怪の山に行ったり、博麗神社に行ったり、旧地獄へ行ったり…来るのは今か今かと心待ちにしておりましたがいつまで経っても来ないんでこちらから赴いたというわけです。さて、前置きはこれぐらいにして本題に入りましょうか。正直な所、電気に困っているんでは?」

 

私とにとりさんはドキッとした。あまり急な事で飛び上がってしまう。何も悪い事をしていないのに警察が横を通ると緊張してしまうというか…とにかくそんな感じだ。私たちの反応をみて早苗さんはニマニマと笑っている。

 

それから店内の商品を眺めたり触ったりしながら行ったり来たりする。

 

「にとり雑貨店はすでに需要過多を起こしている…。その問題解決のために最も先に片付けるべき問題は電気だった。そこであなた方は旧地獄に目を付けた!」

 

急にビシッと指を差された。まるで蛇に睨まれたカエルだ。金縛りにあったように動けない。この室内そのものが彼女の舌の上であるかの様にさえ思える。心臓の鼓動音が耳に聞こえてきた。

 

「しかし、残念ですお二方。さとりさんに聞けばわかるでしょうが、あなた方その考えはあまりに荒唐無稽、艱難辛苦、前途多難、実現不可です。理由を挙げればキリがありませんが、そのうちの1つはにとりさんが熟知しているはず」

 

「ああ…考えてなかった訳じゃないさ。不可侵の取り決めだろう」

 

そういえば、今は多少なりと緩くなったとは言え地上と地下で不可侵の決まり事あるんだった…。旧地獄にいるのは鬼。約束を破りの戦いとなってはどんな凄惨な結果が待っているか知れたものじゃない。考えるだけでもぞっとした。

 

加えてどうして実現できないのか、最重要な事柄をピックアップして分かりやすく砕いて説明してくれた。この間の地霊温泉以外では旧地獄なんて探索もしたことなかったので、具体的な見取り図で説明してくれるとわかりやすかった。とにかく頭数もそろえなきゃいけないし、多大な年月もかかるし、そしてそれには不可侵の取り決めをどうにかしなきゃいけないと…。

 

射命丸さんやにとりさんはとても親切で優しいが、何気ない会話の中でも種族間において気になる発言をする事も多い。ましてや旧地獄にいるのはかつて妖怪の山の頂点に立ち、河童と天狗を統べた鬼だ。確かに難航しそうだ…。

 

「でーすーがー!私は親切心からそれを忠告しに来たのではありません!意外かもしれませんが」

 

まあ親切心から私達に苦言を呈してくれているようにはとても見えなかった。わざわざ私達にこの事を伝えようとしているのには何か理由があると…。しかし、それはいったい何だろう。ちょっと想像がつかない。

 

早苗さんがこの事を私達に説明をしに来た理由…。

 

「あれあれ?分かりませんか?少し前に、複数の新聞社の取材を受けたので載っていたはずなんですが」

 

「間欠泉…管理センター…」

 

にとりさんが声を震わせながら言った。

 

「はあい、その通りです!発電所、発電機の機構は既に作られているんですよぉ!そう、間欠泉管理センターでっ」

 

「で、でもあそこは…ただの研究施設で…泉質とか地質とか…」

 

「助かりますねぇ、河童達は研究熱心で。おかげで思わぬ文明の利器が得られました。あんなに価値ある副産物ができてしまうとは」

 

「抜いてやる…貴様の尻子玉を抜いてやるぅー!」

 

河童の技術力は非常に高い。しかし、いつもぶつかっていた問題と言えばエネルギー源。各所、妖怪の縄張りがあるため自由に採掘も捗らない。土地の交渉も続いている。代替エネルギーの案もどれも確実で満足な量の資源を確保できずにいた。

 

そんな事情の中、河童の技術力と労力を借りて研究と銘打って密かに発電所を作っていた。それを作らせた河童たちには利用させず隠しているというのだから、日頃は悪態をつく矛先である同族であっても憤りを感じずにはいられなかったのだろう。

 

にとりさんが早苗さんに向かって走り出すと、早苗さんはいかにも採れたて新鮮のキュウリを3本皿の上に置いて少し下がった。にとりさんはキュウリに向かってダイブして受け取った。

 

「ああっ、この私の体に流れる血が憎いっ!」

 

不覚にもにとりさんに萌えてしまった。

 

早苗さんは倒れたままキュウリを齧りながらすん、すんと泣くにとりさんに歩み寄り、中腰になった。

 

「河童は優れた技術者です。しかし、優れた指導者ではありません。餅は餅屋、桶は桶屋…。力とは推進力、抑止力ともに司るに相応しい所にあってこそ正しく使われるもの。電気もまた、我々の管轄下の下で配給される事によって正しく機能するのです」

 

「何様だお前…」

 

「現人神様です。…あなたはどうして人間の里に固執するんです?故郷に帰れば好きな事を好きなだけできるというのに。人間の里から部品を取り寄せて…、金策に困りながら…、身を粉にして発電機の燃料を集めて…」

 

「お前には関係ない」

 

「あなたは同族との間に確執がある…。自分の正しさを証明するためにこんな無謀な事を繰り返している…。そしてその行いに限界を感じている…」

 

言いながら徐々ににとりさんの耳元に口を近づけながら言う。聞こえやすいように、手で髪を退けて。非常に艶やかで思わず息をのんだ。

 

にとりさんは言い返さない。そうだ。以前、同族に「足るを知れば生きていくのに事欠く事はないだろうに」と言われたと怒っていた。里を出て外での活動を主としている理由。開発品のパーツの受注を人間の里で行っている事。それらには確かに確執があるからだった。同族への愛と嫌悪、相反する感情が渦巻いていた。

 

精神の核、最も核心的な所を突かれてしまっている。にとりさんはただ顔をあげて早苗さんの顔を見る。彼女は手を差し伸べた。

 

「私は、私は…」

 

「あなたの同族にさえ分け与える事がなかった発電所の電気の使用の許可をあなた達に出す。わかりませんか、つまりあなたにはその資格があると私は言っているのです」

 

「私に…その資格が…」

 

脳髄を焼き切るほど甘い囁きに、にとりさんはその手を取ってしまった。まるで深海魚の疑似餌の発行に吸い寄せられる魚の様に。彼女の手を取ったにとりさんお表情は、喜怒哀楽のどれとも言えずとても複雑なものだった。

 




何か早苗さんが悪役っぽくなってしまって、どうにかしようとアレコレと編集で頑張ったけどこれ以上上手くいきそうにない。でも最終回的にはどうなんだろう。頭が混乱してきた。


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16話 小さなレジャーランド

早速工事が始まりました。ついでに店の中も広くするため改装をしております。
今後の方針や作りたいものに関して話し合った結果、娯楽という点について意見が合致しまして。
そこで、小さなレジャーランドを作る話になったのでございます。
少し前までは色々とおっかなびっくりしておりましたが、今となってはできる幅が増えて好奇心が刺激されるばかりです。
さて、どんな物を作りましょうか…。


ガバッ。私は掛け布団をどかして体を起こした。そして台所まで行くと水道の蛇口を捻り、水をコップに注いで飲んだ。何をしてるんだろうな、私は。

 

力なく笑うと、私はまた寝ようと寝床に戻る。すると、球磨が体を起こしてこちらを見ていた。

 

「眠れないんですか?」

 

「まあな。お前もか?」

 

「ええ…まあ」

 

私が横になると、球磨も同じ様に体を倒す。2人そろってにとり雑貨店の天井を眺めた。世の中には、真夜中のラブレター現象と言うものがあるらしい。

 

判断疲れなのか、あるいは時間帯による脳の働きによるものなのか、余計な事まで吐露してしまったり、不可解な物言いをしたり…確かそんな所だ。

 

ならば、私が球磨に言いたい気持ちもその類なのか。

 

「球磨…実はこの間夢を見たんだ。とても恐ろしい夢だった」

 

「夢…ですか」

 

「そうだ。私の技術への理解を深めた人間の里の人間はやがて兵器を作って行き、次第に妖怪を恐れなくなっていった。絶妙なバランスで保たれた調和が崩れ、戦いになったんだ。付け焼刃の兵器で妖怪は滅ぼされたりしない。だが、人間は滅ぼす訳にも行かない。次第に妖怪の間でも人間に対する対処法で揉めて対立を深めていった」

 

球磨の元居た世界では、もう妖怪も幽霊も人間の作り話という認識が多いようだ。その世界で生きていく。それは想像もできない。私は自ら人間の里に働きかける事でそうなってしまうことのきっかけを与えてしまうんじゃないかと考えていた。

 

「妖怪は力を持っているが統率力は人間ほどじゃない。下々が問題を起こすと勘ぐってしまい疑心暗鬼になったりしてしまう。勢力ごとの争いは日に日に増していった。私はというと、人間の立場にも妖怪の立場にも立てず、ただ滅びゆく幻想郷をただ眺めているしかできなかった。…そんな夢だ」

 

とても怖かった。震える私を球磨が背中をさすってくれる。優しいな、お前は。

 

「なあ、球磨…怖いんだ私は。この夢が正夢になったりしないか。日に日に募るこの恐怖。虚栄心が顔に張り付いて取れないんだ。吹き荒れる風が、心に空いた穴から入って凍えさせる。私はどうしたらいいかわからなくなる。毎夜毎夜、こうして怯えていればいいのか…?」

 

切り出せば、溜めた思いが決壊するようになだれ込み言葉として吐き出されて行く。私は奥歯をガチガチと言わせて震える。球磨は私を抱いて頭を撫でる。

 

「大丈夫です。にとりさん。悪い夢なら私が飲み込んで差し上げましょう」

 

「球磨…お前は、私のそばからいなくならないよな?ずっと、ずっとそばにいてくれるよな…?」

 

「もちろんです」

 

ああ、ああ…。ただこんな奴が1人欲しかった。私は球磨の体温を感じ取り、少しずつ体の震えが止まっていくのを感じた。私は呼吸を整える。

 

「頼りにならない上司で面倒をかけるな…」

 

「もっと部下に頼ってくれていいんですよ、にとりさん」

 

 

 

「号外でーす」

 

射命丸さんがやって来た。今は様々な工事があってにとり雑貨店は当分は休日だ。私は新聞を受け取る。射命丸さんは近くの光景を見てボールペンを落とした。

 

視線の先にいるのは霊夢さんと早苗さん。ボールを蹴って的に当てている。霊夢さんのシュートはおかしな軌道を描きながらも目標にヒットする。

 

「はあー?何で今の得点入るんですか!物理の法則どうなってんですか!」

 

早苗さんがボヤいている。次の早苗さんのシュートでラストになる。次に最高得点の的にシュートできなければ早苗さんの負け。更に、最高得点の的の周りは低得点で、間違えれば霊夢さんとかなり得点が開いた負けになる。

 

早苗さんは姿勢を低くし、祈る様なポーズを取る。もちろんだが、何ら小細工をすれば霊夢さんにばれるのでその類のまじないではないようだ。

 

「へーい、さなちゃんビビってる」

 

「スカーレットシュート!」

 

霊夢さんの野次を無視した、どこかの紅いのお嬢様を思い出させる鋭いシュート。真っ直ぐの軌道で最高得点に打ち込まれた。逆転、早苗さんの勝利だ。

 

「うえぇーい!見ました?!私の勝ちです!見ました?!」

 

「うざっ」

 

露骨に悔しがる霊夢さんと、霊夢さんの周りを右腕を突き上げ雄叫びをあげながら走り回る早苗さん。射命丸さんは写真を撮っている。それから落としたペンを拾って早速と取材モード。思うに幻想郷の人間の里には娯楽が少ない。そんな風に感じていた。

 

だから、小規模ではあるけれどレジャーランドなんて作ったらどうかと考えたのだ。大人から子供まで遊べるちょっとしたもの。守矢神社との連携があれば労力の調達も以前ほど難しくはないかもしれない。

 

「せっかくテストプレイヤーもいるので、取材してきてみたらどうですか??」

 

「んー…。正直、ちょっと苦手なんですよね…あの緑色」

 

「早苗さんですか?」

 

「ええ。人を食った態度が気に障るんです。どこにでも出てきてボス面しやがるあのふてぇ野郎の一挙一動が」

 

射命丸さん…あなたも多分大概ですよ…。

 

「あー、運動後はお腹が減りますね。霊夢さん、この後、お酒飲みませんか?鳥つくねとかを肴に」

 

そう言いながらグリン、射命丸さんの方を向いた。射命丸さんが手に持っているボールペンが半分に折れた。

 

「…ちょっと『取材』…してこようかな…」

 

「おやぁ、カモがネギを背負ってやって来ましたよぉ」

 

2人は高速で空に飛び上がると、激しい弾幕の撃ち合いを始めた。綺麗だなぁ。霊夢さんは休憩がてらに店内で横になった。私がお茶を持っていくとお礼を言って飲んだ。にとりさんがボードゲームを持ってくると、2人で遊びだした。

 

私は背伸びをして少し寝ていようかと思っていると電話がかかってきた。受話器を取ると、話し相手がさとりさんだと分かった。この後の用事も特にないので、私は旧地獄へ向かう事にした。前回はレミリアさんの忠告通り危険な目に遭ったが、信用を取り戻すべくあれこれと手を打ってあるらしいのできっと大丈夫に違いない。

 

そういえば、道中でもし妹を見かけたら連れてきて欲しいと言っていたな。でも偶然居合わせる事なんてあるんだろうか。

 

「這って動く……白!!」

 

ブリッジポーズのままワサワサと不気味な音を立てながら少女が道の向こうからやって来た。

 

「ぎゃああああああ!!!」

 

腰を抜かしてしまった。よく見ると古明地こいしさんだ。また何か新しい遊びでも思い浮かんだんだろうか。

 

「えっと…こいしさんだよね?」

 

「うん。そだよ」

 

「お姉ちゃんが探してたよ。さとりさんが」

 

「ちと過保護が過ぎるんだよなァ、姉貴は。お守りって年頃でもねェのによぉ」

 

カイワレ大根を口に咥えながらドスの利いた声で言った。どこで覚えてきたんだろう、そんな言葉づかいとその仕草。彼女は渋い顔をやめてニパッと笑う。

 

「私は球磨を探してたんだ。お姉ちゃんが連絡ないって言ったから連れて来ようって」

 

「そうだったんだ。それはよかった。今から向かう所だよ」

 

…しばらく話してて気が付いたが、さっきまで素で敬語を忘れていた。何というか、それが普通の様な感覚というか…そんな気になってしまったのだ。しかし、彼女は確実に私より年上ではるかに強い妖怪。やはり敬意は表さねば。

 

とはいえ、今更謝りづらいな。あまり本人も気にしてる風でもないし。

 

ふと、急にこいしさんが倒れた。驚いて彼女を介抱しようとするがただ寝息を立てて眠ってるだけらしい。心臓に悪い。私は彼女をおんぶすると旧地獄まで歩き出した。

 

 

 

 

 



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閑話 宵闇裁判

書きたいものと書くべきものの境界があいまいになった結果、全然筆が進まなくなったので、少し休みがてらの話を書きます。昨日が7日でミステリー記念日で、なのかにかけてルーミア主人公で書き始めてたんですが日付をまたいでしまいましたね(白目)

日付とか時間とか書いてますが適当です。ミステリーなんてぜんぜんわからないわからない 俺たちは雰囲気で小説をやっている←


「あ…ああ…こんな、こんなはずじゃなかった…」

 

鈴仙は足を震わせ目の前の状況を受け入れられないでいる。鈴仙の手には血の付いた杵。臼の前に覆う様に倒れている輝夜。そう…これは殺人事件。意図的ではなかった。しかし、間違いなく殺してしまった。

 

体中から嫌な汗が吹き出し、考えを巡らせる。そうだ…これは何かの間違いだ。私は悪くない。その時、ふと考えが過った。

 

「わ…私は悪くない…だって、あれは…」

 

ふと、今日の来客の事を思い出した。

 

「ふふ…そうよ、そうだ…ふふ…」

 

 

 

 

7月16日10時26分。迷いの竹林。

 

私は永遠亭に向かっていた。寺子屋で体調不良を起こしたためだ。来なくてもいいのに、特別にけーね先生が私に同行している。私の体調を気遣っての事かもしれないが、余計なお世話だ。

 

重度な仮病に必要なのは、暇な時間と楽しい時間だけなのだから。

 

「大丈夫か、ルーミア。お手々握っててやろうか?」

 

仮病だと既に見抜いているけーね先生の目線は「まだしらばくれるか」というものだった。私は手を差し出すと、困惑気味で手を軽く握ってくれる。

 

「先生のお手々、温かぁい!」

 

「お、おう。そうか」

 

いかにも子供っぽい声のトーンで言ってやると、やや恥ずかし気な顔をしながらもしっかり私の手を握ってくれた。ちょろいなぁ、ちょろいなぁ先生。

 

しばらく歩いていると、けーね先生は首をかしげている。どうしたんだろうか。

 

「おかしい。そろそろあいつが来る所なんだが…」

 

「探してるその人なら来ないよ」

 

現れたのはウサギ。パーマボブ?のような髪型の。

 

「今、永遠亭で殺人事件の容疑者になってるんだ」

 

「「え??」」

 

 

 

 

7月16日10時37分。永遠亭。

 

「あの、通してください!関係者です!妹紅に会わせてください!」

 

「ちょちょ、ちょいちょいやめてくださいって。あなた誰なんです、容疑者とはどんな関係なんです!」

 

「あの…伴侶…です」

 

けーね先生は顔を赤らめながら言った。けーね先生を止めていた人は幻想郷のどこから持ってきたか不明なワゴン車の中に入って妹紅とかいう人と話している。しばらくして戻ってきた。

 

「親友だそうだな。分かった、今混んでるから20分ぐらいで済ませてくださいね」

 

通してくれた。やや落ち込んでいるけーね先生と一緒にワゴン車に入ると、簡易的に作られた仕切り越しに妹紅って人と会った。私、もう永遠亭に用事ないし帰っていいかな。

 

「妹紅、妹紅!聞いたよ、あんた殺人容疑をかけられてるんだって!?」

 

「容疑者なんかじゃない。犯人さ。私が殺したんだよ」

 

「嘘だとお言いよ、妹紅!あんたはやさぐれちゃいたけど、やっていい事と悪い事の区別がつくいい子だったじゃないか…」

 

けーね先生は泣き出した。妹紅はきまり悪そうに頭を掻いている。妹紅は容疑を認めている。けーね先生はどれだけあれこれ聞いても適当に話を流されるばかりでまともに取り合おうとしない。これ以上の進展はなさそうだと思い、まずはこのワゴン車から出た。

 

さて、どうしようか…と思った矢先、誰かが庭に倒れているのが見えた。無視して帰ろうとすると、その倒れている人に足を掴まれた。

 

「無視か…、人が倒れているというのに!」

 

「食べていい人?」

 

「しょうがないな」

 

その人は目の前で親指が離れるマジックをやって見せる。さすがの私でもそのトリックは知っている。なくなったと見せかけた手の親指をニョキッと生やしたところで舌を出して見せて笑った。私は遠慮なくその人の親指にかみつく。

 

「あだだだだだだだ!お餅!お餅あげるから!」

 

搗きたてのお餅を3つもらった。うむ。中々いいお味。

 

「私はルーミア。仮病を患いここへやって来た」

 

「私は蓬莱山輝夜。月人であり、永遠亭に住む永遠の姫であり、蓬莱人であり、そして今回の殺人事件の被害者よ」

 

「死人と話してるのか…私は」

 

「生きてるよ」

 

「それじゃあ、この取り調べは茶番じゃないか。お前が出て行って私は生きてるって言えばいいじゃないか」

 

「そう思うじゃん?」

 

輝夜は取り調べの人の顔に落書きをしたり、肩を揉んだり、スカートに頭を突っ込んだりしている。取り調べの人はまるでいないものの様に扱っている。脇をくすぐるとわずかに笑うため、必死に無視している様に見える。「ね?」という風にこっちを向く。

 

それから、先ほど私達を案内した因幡てゐってウサギの耳をにぎにぎしても特にリアクションをしない。ただ、凄くイライラしているのがその目では分かる。

 

「この通り、私を無視するのよ皆。何でか知らないけれど」

 

「人望かなぁ」

 

「あはは、永遠亭の永遠のアイドルの私に限って人望がないわけないじゃん 」

 

やだなあ、と私の肩をばしばし叩いた。そゆとこだぞ。

 

蓬莱人であり、死ぬはもないし生きている蓬莱山輝夜。何故か周りは殺人事件で死んだ物として扱いたがっているため困っているのだという。更に、自身の殺害容疑がかかっているのが別人というのがどうにも気に食わないらしい。

 

そして、ついに事件の真犯人を彼女は指差した。彼女はイナバというらしい。餅つきを2人でする所だったが…。

 

『いい、イナバ。私がはいっ…って言ったら杵をおろして餅を搗くの。あなたが杵を持ち上げてる間は私が餅をこね直すから、あなたは私が「はいっ」て言うまでは振り下ろしてはならない。いいね?』

 

『はあ…わかりました』

 

『いい?…「はいっ!」…って言ったら杵をふりおrグエッッ!!!』

 

『あ…ああ…こんな、こんなはずじゃなかった…』

 

という、不慮の事故によるものだったらしい。それから復活して出歩いているものの、なぜか輝夜は死人扱い、ちゃんと白テープまで張ってあるらしい。本当にしょうもない殺人事件だな。

 

「イナバったら、妖怪赤モンペに責任転嫁しちゃうんだもの。別に妖怪赤モンペがどうなろうが知ったこっちゃないけど、私としては真犯人が捕まってくれないと面白くないわけ」

 

「真犯人も何も今回の事故の主因はお前だろ」

 

「いやん♡」

 

馬鹿馬鹿しい。やってられないと思い私は迷いの竹林を出た。…が、何故か永遠亭に戻って来る。輝夜が手を振っている。まあ、そういう事らしい。つまり私に探偵の物真似をさせようと言うのだ。専門外だ。

 

 

 

7月16日11時07分。永遠亭。

 

輝夜の死亡時刻は本日の08時25分。被害者とされる蓬莱山輝夜はこの時刻に加害者による鈍器の様なもので後頭部を殴打され即死。第一発見者は八意永琳、被害者が餅に顔を埋めながら頭が陥没している所を発見。「事件の匂いがする」と知的好奇心で通りがかった四季映姫と連れの小野塚小町による現場捜査が始まった。

 

容疑者は今日、輝夜に招待されやって来ていた妹紅。殺害現場から少し離れた待合室で杵を持っていて怪しまれたが、検査の結果杵からは血液が検出されたため殺害の容疑により逮捕された。時刻は08時48分。今はワゴン車の中で大人しくし、容疑を認めている。

 

というのがとりあえず調査の結果だ。

 

「自分の殺害現場を探索されるってなんだかドキドキするね」

 

蓬莱人の死生観だと、自身の殺害現場を探索されるとドキドキするらしい。妙なダイイングメッセージとか残してなくて良かった。

 

「事件、思ったよりあっけなかったです。灰色の脳細胞がピクリともしませんでした」

 

「まあ事件が難航しなくてよかったじゃないですか。機嫌を損ねられてはこの小町、こまっち…ゃいますね」

 

「…-10ポイント」

 

「映姫様、お茶目なジョークでカルマポイント下げないでくれませんか」

 

「大変よ、ルーミア。あのままじゃ妹紅が犯人のまま捕まってしまう!止めて!」

 

私はワゴン車の給油カバーの隙間に指をねじ込んで無理矢理引きはがす。そして給油口の中にオイルジョッキ1L分のガムシロップを注いだ。そして近くで待っていると車は動かしてすぐ動かなくなり止まった。彼女らは一度車から出てくると車の周りの確認をしている。

 

「何で動くなくなった?」

 

「この事件が…解決していないからでしょうね。ワゴン・マスター」

 

私は話しかけた。

 

「何を言うのです。この場に揃った証拠も、犯人も、状況も真実を語りつくしています」

 

四季はため息をつきながら言った。私は輝夜からもらった煙管を吸い、せき込んだ。

 

「けほ…。いいですか。まず誰が殺したのか。これは妹紅さんですね。どうやって殺したのか。臼にしがみつくように、またはのぞき込む様にして後頭部から一撃。どうして殺したのか…。最後の動機ははっきりしていますか?」

 

「動機も何も、彼女らは日頃から絶え間なく喧嘩する程の仲だったらしいですし。今回もその喧嘩の延長線上、一線を越えてしまったって所なんじゃないですか?」

 

隣の小町さんが呆れながら言った。

 

「はい。彼らの日頃からの人間関係は耳にしました。しかし、それだと状況がおかしいのです。まず妹紅を呼び出したのは輝夜です。計画的な犯罪とするには準備的な面や不確定要素が多く適していません。お二方の言う様に、この事件は計画的ではなかったのです。言い争いの末、行為に及んだのであれば部屋は争った形跡があるはずです。いかがですか」

 

そう。妹紅と輝夜は日頃から喧嘩が絶えない。何の用事で輝夜が妹紅を呼んだかは分からないが、争った形跡もなく後頭部を一撃入れられているというのはおかしいのだ。更に、状況だけで組むなら彼女らは殺害前には仲良く餅つきをしていた事になる。

 

彼女が犯人とする場合、状況は極めて不可解なのだ。輝夜が運んできた机を私は叩いた。

 

「妹紅は容疑を認めています。しかし、この不可解な状況…白黒が完全についたと言えますか」

 

私と四季とにらみ合う。これは賭けだ。あくまで状況を並べただけのこの不自然、ただの偶然が重なったと言えばそこまでかもしれない。彼女がこの事件について納得がいっていると言えばそれまでなのだ。

 

「…いいでしょう。それは些細な矛盾なのかもしれません。しかし、充分に煮詰められていない点でもあります。よろしい、付き合いましょう」

 

「ええ…帰りましょうよ四季様…」

 

「小町、-10ポイント」

 

「いえいえいえ!やりましょう!この小町、全力を尽くしますとも!」

 

「小町、+5ポイント」

 

何のポイント勘定なのかわからないが、とにかく話は通ったようだ。となれば、まず話を聞きたいのは妹紅だ。私は妹紅に対する尋問を要求した。車から出てきた妹紅はため息をつきながら、隣から離れようとしないけーね先生を引きはがそうとしている。

 

けーね先生、このままどこまでついて行くつもりだったんだろう。私は先ほどの状況の不自然さについて説明した。そして、殺害に至るまでの経緯を聞く。

 

「昨日の夕方だ。輝夜から手紙が手紙が来て、遊んでやるから来いって…。翌日の8時頃、私は永遠亭に来たんだ。そしたら、ウサギが輝夜はもち米と臼を持って待ってるって言ってて…。私は杵をもらって奴の部屋に行ったんだ。そして、襖を開けたらあいつがいて…振り返りざまをこう、殴りつけてやったんだ」

 

「その証言、確かですか」

 

「何で私がうそをつかなきゃいけないんだ」

 

「おかしいですね。その証言が確かなら、輝夜さんの死因となった傷は前頭部になければおかしい!」

 

私は机に拳を叩き付けながら凄むと、意表を突かれたようで思わず表情に動揺が現れた。四季がうなずく。

 

「確かに。その点、どうなんですか妹紅さん」

 

「それはその…記憶違いだ。輝夜なんて殺しても死なないような奴だから…。それであの時は混乱したんだ。言葉を訂正するよ、今度こそしっかり思い出した!」

 

「妹紅はどうして犯人を庇うんだろねー」

 

殺された本人が隣で呑気に言った。皆が輝夜を無視してなきゃ、話はもう終わってるのだが…。仕方がない。訂正された証言とやらを聞こう。

 

「初めての事で気が動転するのは仕方がありません。私も、最近までトウモロコシをトウモコロシと言ったりしていました」

 

そんな言い間違いと殺人事件の証言を一緒くたにされても困るのだが…。

 

「あ、それなら分かりますよ映姫様。私も未だにエレベーターとエスカレーターの区別つかないんです」

 

「あなたへのマイナス評価はエスカレートするばかりです、小町」

 

「私は杵を持って輝夜の部屋に行ったんだ。私は無事に部屋に迎え入れられ、あいつが後ろを向いたちょっとした隙に後ろから殴ったんだ!そしてあいつは床の上に倒れた。私はその間に杵を洗って辺りでしらばっくれてた訳だな」

 

私達は何も言えなくなっていた。当然、この証言もおかしい。後頭部を殴打された時、輝夜は即死していた。その時に床の上に倒れていたなら臼の上に倒れ餅に顔を埋めていた事の理由がつかない。先ほどの証言での致命傷の箇所の間違い、死亡状況の違い…。

 

この気まずい沈黙に妹紅が何か間違った事を言ってしまったのかと不安げな表情で私たちの顔を見比べる。

 

「この証言の矛盾から導き出される答え…それはつまり、この容疑者は殺害現場を見ていない!」

 

「そ、そんな馬鹿な!殺害現場を見ないで殺害なんて…」

 

「はい。この事から、私は妹紅は輝夜の殺害をしていないと主張します。理由は分かりませんが、この証人は何ら目的があって偽証しており信用できません」

 

四季は頷いた。何故かは分からないが、妹紅はイナバを庇っている。妹紅以外に犯人がいる可能性が出てきた。何としてもここから繋げてイナバを容疑として引きずり出さなきゃいけない。そのための次の一手を考えなければ…。

 

小町は顎のあたりをさすりながら唸る。

 

「でも…変ですね。凶器となった杵には確かに容疑者の指紋しかありませんでした。彼女が真犯人でないとするなら、輝夜を殺害時には手袋か何かでもしてたんでしょうか」

 

「気になる所ですね。これは一体どういう事なのか…」

 

「おい、死人。あのウサギはお前を殺した時、手袋をしていたのか」

 

「イキテマス。んまあ、してなかったよ。おかしいね…」

 

輝夜の死体第一発見者は永琳であって、死亡時刻からはそれほど時間は経っていなかったはずだという。工作できる時間は短かったはず。どんな経緯で杵がイナバから妹紅の手に渡ったのか…。何にせよ、凶器に関する情報が欲しい。

 

となれば、その辺の捜査に協力してくれた八意永琳をここに呼ぶしかない。私は四季に頼むと永琳がここへやって来た。後、てゐもイナバも。

 

「あの、映姫様。ミステリーでいつも思うんですが誰もが使用する凶器であれば割と指紋だらけって事ないんですかね。本当に指紋が容疑者だけって…」

 

「おい、そこの赤いの。安心しろ、確かについてた指紋は妹紅ってやつだけだ。血液もぐーやの物で間違いない。餅つきは私達の一種のライフワークだ。毎日使っている。ただ、衛生管理上の問題で杵や臼は特殊な洗浄機にかけられ保管されている。だからその日初めて使ったものなら他の指紋なんか検出されないぞ」

 

てゐが淀みなく言い切った。それに関する資料や、検査の結果などの物も含めて永琳から提出された。詳しい専門の事は分からないが、嘘を言っているわけではないようだ。輝夜殺害に使われた凶器は確かに朝初めて持ち出され、そして使用された。その凶器に唯一残っている指紋が…妹紅。

 

更に、輝夜は自身が殺害された際には確かにイナバは手袋の類を持っていなかったと言っている。この矛盾は…。

 

「妹紅さんも、色々とあって動揺しているんだと思います。しかし、物的証拠がこれだけ揃っているのにどうして他に容疑者がいるなど思うのです」

 

永琳がややとがった言葉で反論する。確かにその通りだ。現状、状況証拠から推測される不自然さを指摘し他の人物による犯行の可能性を広げたに過ぎない。妹紅が犯人であるという可能性は全否定できないのだ。四季は悩んでいる。まずい、このまま押し切られるわけには…。

 

輝夜は黙って行く末を不安げに眺めている妹紅の元にやって来て、膝で太ももの外側辺りをゲシゲシと蹴る。

 

「おい、妖怪赤モンペ。『僕やってましぇえん!』って言えよ。オラオラ」

 

妹紅は輝夜の前髪を掴むと引き寄せ、思い切りキスをした。吸引音が少し離れたここまで聞こえてくるような激しいキスだ。けーね先生も一瞬ギョっとした表情だったがすぐに平生を装う。妹紅はそのまま突き飛ばすと、輝夜はその場でぺたりと座り込んでしまう。

 

「マジかよ…こいつ私にキスしやがった…。やべ、タケノコのえぐみが口内にしみついた」

 

「…妹紅、お前に杵を渡したとかいうウサギはこの中にいるか」

 

私は妹紅に対し、イナバとてゐを指さして言った。

 

「いや、いないな。ウサギなんてどれも一緒だろ」

 

私は机を叩き割らんばかりに叩いた。

 

「てゐは地上のウサギのリーダー格。イナバは見ての通り他のウサギとは大きく容姿が異なり、月の妖怪とあって地上のウサギとは大きく違うはず。それを、この中にいるかいないかも答えられない訳があるか!」

 

杵には妹紅の指紋しかついていなかった。ならば、その杵を持って来て渡したウサギの指紋がついていないとおかしい。もし妹紅を犯人に仕立て上げるために行ったとしたら、そいつが犯人の可能性が高い。もうすぐそこに来ている。そして妹紅に杵を渡した犯人は…イナバ以外ありえない。

 

妹紅をにらみつけるも、彼女には威圧は通じない。このままじゃ…。

 

「…私が渡しました」

 

イナバが俯きながら言った。

 

「朝から薬剤を扱う仕事をしていました。姫様からは来客の話を聞いていましたが、思ったより早く来てしまって…。どうせ新しい手袋に変えればいいやって思って、そのまま消毒アルコールだけして杵を取りに行き渡したんです。手袋はもう捨てました」

 

イナバはその手袋を私達に見せてくれた。ニトリル手袋だそうだ。実際に手渡しに用いた手袋は焼却炉に持っていかれたらしい。てゐは肩をすくめて首を横に振った。

 

「今日の焼却当番は私だよ。でも、ごみを集めたはいいけど肝心な燃料が入ってなくて…。それで買いに行ってたから本来の燃やす時間は遅れててまだ燃やしてないんだ。もしかしたら焼却炉の中を探せばあるかもしれないけど…他にもたくさん捨てられてるからねえ」

 

イナバは確かに妹紅に杵を渡した…。だが、それは事件前ではなく事件後だったはずなんだ。そして、その時は手袋を着用していなかった。朝の仕事に偽証があれば、永琳がそれについて指摘しないはずがない。つまり、朝は確かに手袋をしていた。

 

だが、犯行直前の時には確かに手袋を外し杵を握っていた。なのに、指紋は残っていない。

 

凶器の謎は解けないが…、1つ思う事がある。それは…。

 

「イナバ、本当に手袋は捨てたのか」

 

「う、うん…捨てた」

 

「そこの赤いの、イナバの所持品検査を」

 

「えっ!?」

 

イナバが飛び上がる。工作の時間は短かった。それに、こうして皆を集めるまでの時間も。てゐがごみを焼却していない事はすでに分かっている。それが分かっていれば、すぐに足がつくかもしれないその証拠品の始末に困っていた可能性があるのだ。

 

もし、彼女が犯行後も冷静だったならてゐの言う様に他の手袋のごみと一緒に捨てればよかった。しかし、妹紅が容疑を認めなきゃそこで詰んでいただろう様な工作をするイナバに一体どれほどの冷静さがあったか…。だからこれは賭けだ。きっと持っている。

 

「あなたに何の権限があって…!」

 

イナバは声を震わせる。

 

「大事な事なんだ!」

 

私は大きな声ではっきりと言った。後ろで輝夜が「蓬莱山の権限を発動する!赤いの、イナバと取り調べよ!」とか言っていたが、皆はやっぱり無視していた。視線は四季の元に集まる。彼女は頷いた。

 

「いいでしょう。認めます。小町、イナバの所持品検査を」

 

「おい、そこの黄色いの!私はこの通り小町だ!赤いのじゃねえ!わーったか!バーカ!」

 

どうでもいい…。

 

持ち物検査が始まった。イナバの所持品から…手袋が発見された。それから、服からは分かりづらかったが服に煤の汚れも発見された。煤の汚れ…。

 

「て、手袋が何だと言うんです。確かに衛生管理上、好ましい事ではありません。その件について捨てるべきだった事は私から叱ります!しかし、事件とは何ら…」

 

私は机を叩いた。てゐが永琳の所に机を運んでくる。

 

「イナバは手袋を持っていた。単なる記憶違いじゃない。そしてそれを隠そうとしていた…。この事には重要な意味がある」

 

永琳が机を叩いた。

 

「単なる言いがかりです!あまりいい加減なことを言うと怒りますよ!」

 

「ねえねえ、永琳。私は生きてるよ。ホラホラ」

 

輝夜が永琳の前でシャゲダンしている。邪魔だなぁ。

 

「イナバは朝、輝夜に頼まれて杵を取りに行った。この時、手袋を着用したまま杵を妹紅に渡したため指紋が点かなかった。妹紅がここへやって来たのは8時頃。それから殺人事件の間、捜査が始まるまでは当然職務に従事していたはずだ。当然、関わる仕事の事から衛生管理上新しい手袋に変えたはず。にも拘らず、どうして後生大事に持っていたのか!」

 

私はビシッと指を差した。ゴオッと風が吹いてイナバはよろめく。

 

「うぐっ、うくく…」

 

「その手袋は捨てなかったんじゃない。捨てられなかったんだ!妹紅に杵を渡したのは、輝夜死亡の後だった。まもなく永琳に発見され、都合悪くも通りがかった裁判官気取りが捜査を始めた。てゐの言う様に他の手袋と一緒に捨てればいい物を、足がつく事を恐れたあなたは一番安全であろう自身の手持ちから手放さなかった!!」

 

「あ、う、うう…」

 

明らかに動揺している。汗を垂らし、あれやこれやと頭を巡らせている。

 

「おうおう、往生せいやー」

 

輝夜が肘でイナバの腕をぐりぐりしている。人望、そうやって失っていったんじゃないか…。永琳は机を叩いた。隣にいたてゐが驚いて跳ね上がる。

 

ついでに遠くにいた輝夜も遅れて少しぴょいんと飛んだ。誰か、もう1つの殺人事件を今すぐ起こしてくれないものだろうか。

 

「それじゃ何、優曇華は殺人犯の犯行を幇助したとでも言うの…?」

 

永琳は頭をくしゃくしゃに掻きながら言った。

 

「違うな。イナバは犯行の幇助をしたんじゃない。今回の殺人事件の真犯人は…イナバだったんだ!」

 

この場が騒然とする。ようやく真犯人として壇上にあげる事が出来た。後もう一歩で決着は着く。

 

「異議あり!!」

 

永琳の鋭い指先からほとばしる風が私を吹き飛ばさんとする。私は必死に机にしがみついたが、机ごと飛ばされてしまった。

 

「あなたの推理は状況証拠で屁理屈を並べているに過ぎない!あなたの全ての推理は物的証拠による裏付けがなく、根拠に乏しく、推測の域を出ません!!優曇華は…犯行に与している可能性はあったとしても、殺人事件の主犯だなんてありえません!!!優曇華が犯行に直接関わったとする物的証拠はあるんですか!!!」

 

永琳は叫ぶ。全ての言葉からひしひしと肌にしびれるような電撃が走る。私はその威力のある言葉に耐えながらも、机を起こし必死に永琳の目から逸らさなかった。

 

嘘は、つかれる方も辛い。しかし、つく方も辛い。この事件、全ての真相を明かしてこの悲劇から解き放つんだ。さあ、考えろ…イナバが直接犯行を行ったとするその証拠…。この場にいる全ての視線が私に集まる。私は深呼吸をする。

 

そうだ。あの時のあの証拠…。あれはきっとそういう事だったんだ。私は机を叩く。

 

「ある。焼却炉の中に…イナバが犯行に使用した指紋付きの、真の凶器がね!」

 

辺りが静まり返った。そうだ。真の凶器は1つ、偽装された凶器は1つあったのだ。

 

「で、でも…それならここにある凶器は…」

 

永琳が反論しようと考えながら発言するも、イナバは首を横に振った。

 

「いいんです。師匠。ルーミアの言う通り、犯行に使用した杵は焼却炉に。そこの人に濡れ衣を着せるために新しい杵を手袋をつけながら恐ろしい事と思いながらも傷口に当てて血をつけ洗って渡しました。…姫様を殺害したのは…私なんです」

 

「ねーねーイナバ、私生きてるよ。ほらほら。無視してるとパンツのぞ…いや、履いてねえこいつ。何で?何で履いてないの?」

 

「制服の煤は、焼却炉の中に杵を隠す時につきました。目立たないからって思ったんですが…ダメですね、こういうの」

 

「なあ、もういいだろ!輝夜は私が殺したんだ!…あいつは、あいつは…私が…殺すって…決めてて…決めてたのに……くそ、ちくしょう…」

 

妹紅は泣き崩れた。けーね先生が彼女の背中をさする。輝夜は彼女の元に駆け寄った。

 

「ねえねえ、うちのイナバ何故かノーパンなんだけど何で?おい、聞けよ妖怪赤もんぺ」

 

妹紅は立ち上がるとさっきより凄まじいキスをした。そして突き飛ばして泣き崩れる、輝夜は茫然自失になりながらこちらを向いた。

 

「ねぇルーミア…こいつ舌挿れて来た…。喉がタケノコになりそう…」

 

「なっとれ」

 

「まさか…優曇華がそんな…」

 

永琳はぐっと涙を堪えている。

 

「ねーねー永琳、イナバ、パンツ履いてない」

 

永琳は泣きながら静かにポラロイドカメラを輝夜に渡した。輝夜は机の上にカメラを置くと奇妙な呼吸をしながら、「オーバードライブ!」と言いながらカメラを叩き割った。

 

カメラから写真が出て来る。…これは…アスワンツェツェバエの半裸写真だ。確か外の世界にあるって言うエジプトって国のナイル河流域のみ生息するハエだ。何を言っているのかわからねーと思うが、何か恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

 

その後、イナバの自供により犯行時の詳しい経緯が説明された。輝夜の死因の真相に関してはほぼ満場一致で「本当にしょうもない」と言う意見だった。いや、本当にしょうもねえ。

 

事件は無事に解決して、ワゴン車を置いて幌馬車に乗って帰った四季と小町によりこの探偵と裁判空間は解け無事に輝夜も無視されなくなった。イナバの処遇に関しては不問とし、輝夜に関しては永琳の説教スペシャルコース3時間となった。

 

ちなみに短時間で最も効率の良い嫌がらせ返しをするために輝夜にキスをしていた妹紅は、輝夜による嫌がらせ返し返しで「キスの味が忘れられない!」とけーねとの間に割って入ってはその場を修羅場にする遊びをしている。そゆとこだぞ。

 

私はと言うと、一件落着という事で煙管で煙を吸ってむせている所をけーね先生にバレ、ついでに仮病もバレ、頭突きを貰い永遠亭にしばらくお世話になるのだった。

 

おしまい。

 

 

 



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17話 独り歩きをする偶像

子供が嘘をつくのは自立心かららしいですよ。
人はありのまま生きていけない事を知るから、外面を作るんです。
付き合う人の種類の数だけ外面を作るんです。
やがて求められる人格に合わせて自身の本心から外面が外れなくなったら…。
それはとても怖い事だと思いませんか。
偶像は伸びていくんです。夕方になると影が伸びるように、己の身の丈以上に。


地霊温泉事務所、私がこいしさんを連れてきたものでさとりさんはとても驚いていた。とにかく役員室の隣の部屋に寝かせた。

 

「すみません、うちの妹が」

 

「いえ、私もさとりさんのアドバイスにとても助けられましたので」

 

私達は近くのソファに向かい合う様に座り、彼女の用意してくれたお茶を飲んだ。温かいお茶が内部から体を温めてくれるようだ。私は一息をつく。

 

「携帯電話、持ってるものとばかり思ってました」

 

「ああ、その件に関してはいつどうしようかと思ってはいましたが中々手がつかず…」

 

「いえ、別に構いませんよ。私の思い込みによるものなので…。それで、今日こちらにお呼びした理由なんですが1つはにとり雑貨店のスポンサーになりたいと思って連絡しました」

 

ついにだ…。今までは様々な問題点があってつく事はなかったが、ついに…。私は息をのんだ。

 

「本当は私から出向いてこのお話をしたりするべきだったんですが、何分手が離せなくて…。にとりさんもこちらには呼べませんし、それでこちらにお呼びして話す事となってしまいました」

 

「いえ、恐悦至極です」

 

さとりさんは机のボタンを押すと、机の中からパソコンがニュッと出てきた。スリープモードを解いてカチカチと操作を行う。そしてとあるデータを開いてこちらに見せた。

 

「手続きに関してはこちらの方で形式を作ったので、まずはこのデータをにとりさんに送ります。後にご確認の上、返事を下さい。何か不明な点があればその都度ご連絡を」

 

「わかりました」

 

ボタンを押すとまたパソコンが机の中に消える。どうなってるんだろう、この机。彼女はスリッパをパタパタとさせて棚の方に向かう。棚から何か箱を取り出すとそれを以てこちらにやって来た。一体なんだろう。

 

目の前でパカッと箱を開けてみせると、中にはかっこいいデザインのカーキ色の携帯電話が入っていた。これは…。

 

「この間、市場に行ったときに買ったものです。気に入っていただければよいのですが」

 

「いえ、でもこんな…受け取れません」

 

「これからの時代、素早い情報の収集と連絡は商い事の生命線になります。謙遜は結構な事ですが、状況に応じて貪欲であるべきだと思います」

 

そういうと彼女は携帯電話のニューモデルが載ったカラープリント雑誌を持って来た。わお…こんな値段じゃとても庶民は手が出せない。それほど大きな新報を届けるわけでもないチルノに射命丸さんが普通に貸しているものだから、ここまでの値段だなんて思わなかった。

 

型落ちしててもこの値段…。

 

「外界から持ち込まれたこの携帯という機器は、まだまだ研究も完全でなく広く多く出回ってはいないんです。その研究と開発も兼ねて、利用プランそのものは安めに設定してあるものの機械そのものの値段は跳ね上がっています」

 

一部の購買層に高く売れればそれでいいというわけか…。そういえばにとり雑貨店もその経営方針上は薄利多売ができず厚利少売なっているのだが、確実売れるとなればこんな風に大胆な値段設定ができるものなのか…。

 

値段設定による需要と供給…薄利多売と厚利少売…。ああ、凄く今更ながらちゃんと高校に行ったり大学に行きたりして勉強してみたかったなぁ。学校生活はいじめの事があったり、勉強に興味がなかったりして殆ど嫌な時間を過ごしただけだった。

 

もしいじめなんてなくて、この事に打ち込みたいって思える何かがあったなら…今頃はどこで何をしていただろう。変わらなかっただろうか。チルノと出会えなかったら、学業には打ち込めても人付き合いは壊滅的だっただろうか。

 

たらればの事を考えていても何も分からない。きっと今があるだけなんだろう。私は考えるのをやめた。

 

「ちなみに、妖怪山の天狗や河童にはかなり割引が設定されていますね。名義貸しなどで安く取り引きする方法もあるみたいですが…お勧めはしないです。…割と頑張って選びました」

 

「ご厚意に感謝します」

 

ここまでされて謙遜で受け取れないなんてできっこない。私は言葉に甘えて受け取ることにする。

 

携帯のプランについては冊子で説明してくれた。プランの変更、名義変更自体は電話でできる。支払いボックスは各所にあり、支払い期限を過ぎれば自動的に通信がストップするようになっているようだ。冊子の内容はそれほど複雑ではない。

 

内容を把握したのちに電話をして名義変更の手続きを行った。

 

何から何までお世話になって申し訳ないのではあるが、私からもちょっとした菓子折りとプレゼントを持って来た。さとりさんは菓子の包装紙を丁寧に開く。

 

「黄身時雨ですか…。今度、地霊殿をインストールする時に食べさせてもらいますね」

 

「地霊殿をインストール…?」

 

「うふふ、なんでもないです」

 

うーん…、これ以上聞くと眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠る事になりそうな気がするのでやめた。

 

それから私は持って来たプレゼントを渡した。テーブルポットだ。さとりさんは物珍し気にそれを見ている。

 

「これは…」

 

「テーブルポットです。魔法瓶の構造を真似してみたもので、中に冷たい物を入れたり温かい物をいれたりして蓋をすると他の入れ物に入れた時より冷めにくかったりぬるくなったりするのを遅くできます」

 

「ふうん…ありがとうございます、使わせていただきますね」

 

さて、とりあえず今日の用事はこんな所だろう。

 

「今日は本当にありがとうございました。もうどんな言葉で感謝すれば良いのか…。またの機会にお役に立てればと思います。それでは、さとりさんも忙しいでしょうしこの辺でそろそろ…」

 

「あ、あの…この後用事とかあります?」

 

「いえ…、こちらはまだしばらく改装工事とか諸々あるので少し時間に余裕がありますが…」

 

「少しばかり時間の方をいただいても…」

 

 

 

 

 

…ここは役員室の隣…、こいしさんが今寝ている部屋と更に隣の部屋。そこにあるそこそこの大きさのベッドで私はさとりさんと色んな話をしていた。私は感情が乏しいと思っていたが、さとりさんが言うには心の中はそうでもないらしい。

 

やはり立場というものもあってさとりさんと接する時は緊張する。心が読めない相手なら悟られないように心がける所だが、むき出しになった心じゃ隠しようがない。

 

途中まで自分を取り繕う方法とか機嫌を損ねない方法とか複雑な事を考えたりしていたが、最終的には下手な事を考えずいっそ素直にあるままに話す様にしていた。日常的な事とか、近況とか、悩みごととか、色んな事を話した。

 

今は添い寝をしているような状態で、向き合って話し合っている。

 

「時々、自分が分からなくなるんです。皆から頼られるには嬉しいんです。でも、私が頼りたいって思った時…誰に頼ればいいんだろうって。皆が求める『さとり』から、本当の私が剥離していくんです。でもその皆が私に見る『さとり』も紛れもなく自分で…」

 

さとりさんの言う事は今の私には分からない。それでも、大きなプレッシャーに苦しんでるようだった。激動の時代、痛みの伴う変化が起こっている。その中で、どんな人間や妖怪にも多くの悩みを抱え蠢いているのかもしれない。

 

私はただ彼女の吐き出したい気持ちを受け止める。時に意見して、時に共感して。

 

「時として思うんです。もし、皆が私に求めるのは『さとり』という偶像で、本当の私じゃなかったら…。その偶像が壊れてしまったら、私は皆に失望したり…嫌悪の目を向けるのではないかと」

 

「さとりさん…」

 

「球磨さん、私には分かってしまうんです。知った方がいい事も、知らない方がいい事も。レスポンスが返って来るんです、正確に。あなたは私が好きかと問えば、相手は答える間もなく事実だけ頭に伝わってくるんですよ」

 

下手な慰めは通じない。言葉だけ取り繕った、感情の伴わない言葉も。だから私は下手な言葉で返すことができない。心を読むという事、その能力を得る事により周りにどんな視線を向けられるのか。それらの事は当人にしかわかりえない。

 

だから知った口もきけない。

 

「球磨さん、あなたはとても都合の良い存在なんです。誰との繋がりも薄くて、頼り頼られる事の利害が一致してて…、私を癒してくれる。だからそんなあなたに付け込んでしまう。どうです、私の事が嫌いになったでしょう」

 

彼女は自嘲的に笑った。彼女は私に嫌われる事で「やっぱり嫌いになった」と安心感を得たいんじゃないか。私はそんな風に思えた。石橋を叩いて砕く。崩れたのを見て「やっぱり壊れた」と安心感を得たい。気持ちは少しも分からなくはなかった。

 

かつて異変を起こした時、誰とも分かり合える事はないだろうと考えていた。だから理想郷が必要だった。だけど違った。チルノと出会って変わった。

 

「私がさとりさんに抱く気持ちは私から言葉にする必要がありません。この空間にあなたの偶像なんていりません。ありのままを吐き出してください」

 

私が今の弱っているさとりさんを見て、助けたいなどと思い上がっているのは確かだ。でも、今のさとりさんに対する感情を何と呼べばいいのか分からない。もしかしたら自らの利益のためにこうしているのかもしれない。あるいは純粋な気持ちからなのかも分からない。

 

だから、今はこれが精一杯の回答だ。

 

「私もどうしたらいいのか分からないんです。助けてください…」

 

「善処します」

 

涙目になっている彼女を少し強く抱きしめた。



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18話 射命丸さんマジ天使

卵を割らねばオムレツは作れない。
誰だって何かを始めると時は初心者なんです。
それを恐れていたら何もできなくなる。行動あるのみ。
という見切り発車でマッハGO!してると限界が来ました。

そして窮地に現れる天使の鴉天狗の射命丸さん。
厳しい言葉を言いながら面倒を見てくれる様はまさに姉御でございますねえ。
一生ついて行きます。


「にとりさん…お願いします携帯電話を持ってください」

 

私は床に倒れながら言った。視線の先にいるにとりさんは首を横に振る。

 

「嫌だ」

 

にとりさんが携帯電話を持ってくれないので、にとりさんへの用事の電話は全て私に掛かって来る。まるで動く相談窓口だ。そろそろ発狂しそう。私は作業をするにとりさんの肩を揺さぶった。

 

「お願いしますよぉー!もう電話の着信音を聞くのも嫌なんですー!」

 

「いーやーだー!用があるんなら直接言えばいいし、会いにくればいいじゃないか!固定電話もあるし。なんてったってそんなものを買わなきゃいけないのさ」

 

「私が忙殺されるからですよ。携帯電話を持ってくれないと、近いうちにサンディエゴに飛んで(自主規制)する事になりそうです」

 

「(自主規制)だなんてやめろよ…レーディングが上がっちゃうだろ」

 

私が揺さぶるのをやめて床に倒れても、お構いなしに作業を再開するにとりさん。ぐぬぬ、ここまでしても聞く耳を持たないか。こうなったら、何が何でも携帯電話を買ってもらおう!!

 

私はにとりさんの脇をくすぐった。

 

「わきゃーっ!!くけけけけけっ!!やめい、やめんか!!くしししっ!!」

 

必死の抵抗の末、往復びんたをもらった。お互いに息切れしている。

 

もう駄目だ、使うまいと思ったが私は懐からソレを取り出した。

 

「ででーん!これなーんだ!」

 

取り出したのは辞表だった。

 

「今までお世話になりましたダッシュ!」

 

全てを投げ出して逃げようとする私の腰にめがけてにとりさんがタックルを仕掛けてくる。

 

「ふぎーっ!辞表なんて認めんぞー!貴様はここで骨を埋めるんじゃ―!!」

 

「ひぃーっ!光をも吸い込む本物の黒ォーッ!!」

 

改装工事は終わり、無事に電気が通るようになったあの時より1日も休まずに連勤。私たちの身心にかかる負担は日に日に大きくなっていた。その結果、こんな奇妙奇天烈なやりとりがずっと続いている。

 

逃げようとする私と、追いかけるにとりさんと私はもう何が何だか分からなくなるほどもみくちゃになって、ついに川に落ちた。

 

私は水中から体を起こした。にとりさんを探すと、川に流されて行っている。

 

「ちょ、どこへ行くんですかにとりさん!この後、予定が3件もあるんですよ!」

 

「もういい…しばらく川の流れに任せて行きつく先まで流れてやる」

 

「やーい、河童の川流れ~」

 

「言うに事欠いて貴様、許せん!!」

 

体を起こして川の底にしっかり足で踏んで川の中をざぶざぶとやって来たにとりさんと体中を濡らしながら殴り合う。そこに射命丸さんが困惑気味でやって来た。

 

「なにやってんです2人とも…」

 

「見てわかりませんか、肉体言語を交わしておるのです」

 

「私とお前は、戦う事でしか解り合えない!」

 

「いや、そこは弾幕勝負でしょうよ…」

 

 

 

 

私達は電気ストーブの前で一緒に火にあたっていた。射命丸さんが淹れたコーヒーを一緒に飲む。それから彼女は私達のスケジュール表を見て呆れかえっていた。

 

「河童は開発バカ、半妖は商魂バカ…。あなた達スケジュールの管理1つできないんですか!」

 

叱られた…。

 

「いいですか、あなた達はしばらくそこで風邪をひかないように縮こまってるのが仕事です!いいですか!!」

 

射命丸さんは言いながら机に向かって鉛筆やら定規やらを動かしている。時々パソコンに向かって何かを打ち込んだりもしている。キーボードを叩く速度が凄まじい。トンプソン・サブマシンガンは銃声をタイプライターの打鍵音に例えてシカゴ・タイプライターだなんて呼び名があったりするがあのタイピングはまさにマシンガンだ。

 

私とにとりさんはほぼ同時のタイミングでコーヒーを飲んだ。

 

「すみません、殴ったり悪口を言ったりして…」

 

「いや…正直、ここ最近の出来事では一番楽しかった。悪態をついたり、殴り合ったりできる友達は素晴らしいな」

 

「全くです」

 

喧嘩が関係の決裂じゃない。それも含んで関係が続いていけるという事。お互いに喧嘩を覚悟で意見を言い合えるという事。それはきっと素晴らしい。上司と部下という関係の中に、新たな進歩を感じた。

 

それにしても、日ごろはおちゃらけている射命丸さんがあんな風に怒るだなんて思わなかった。

 

「それにしても、射命丸さんはどうして怒っているんでしょう」

 

「さあ、換羽期なんじゃないか?」

 

「そうやって鳥をバカにして!」

 

射命丸さんが風車を私達に投げた。一本ずつデコに刺さる。すごく痛い。というか私はまだ何も言ってない。

 

しばらくすると射命丸さんが紙を持って来た。どうやらスケジュール表を書いててくれたらしい。おおお…予定を詰め過ぎず空き過ぎず…。凄い、こんな賢い組み方があるだなんて思わなかった。

 

にとりさんも驚いている。

 

「これが天狗のスケジュール管理術なのか…」

 

「バカですか?あんた達のスケジュールの組み方がアホなだけですよ。全く、過労死チャレンジでもしてるんですかあんたらは」

 

ううう…いつになく厳しい言葉。いつものおちゃらけた射命丸さん帰って来て…。

 

それから目についた仕事もテキパキこなしてる。果てには店のレイアウト、商品の並び替えまでこなす。まるで店が生まれ変わったようだ。

 

「いいですか、物には売り方があるんです。同じ物を売るにしたってこんなに魅力の伝え方が変わるんですよ。ほら、入り口から入って改めて中を見てください」

 

言われた様に客になったつもりでにとり雑貨店に入る。おおお、どこに何があるか一目瞭然。にとりさんも驚いていた。

 

中にはどこに行ってたかわからないものや、こんな見せ方をするだけでこうも違って見えるのかと思うものまで沢山あった。私たちは作る側だが、商品を選ぶ側とは物がこんな風に見えるものなのか。

 

「私たちはビジネスパートナーなんです。倒れられたら困るんですよこっちも」

 

そう言いながら彼女はポーチから複数の本と複数の紙、そして新聞を取り出した。

 

「さすがに天狗の町を社会科見学とはいきませんから、この参考書で我慢してください。足りない知識はこっちのプリントにまとめました。そしてこれは新聞。ここ最近仕事浸りで見てなかったでしょ」

 

早苗さんと一緒にいる事が多くなってからはあまり見かけないと思っていたが、私たちのためにここまでしてくれていたのか…。ようやくやる事が終わって一息つこうとしたのか、彼女はキッチンに行って腰を抜かした。

 

どうしたのかと思ってにとりさんと一緒に行くと、ただキッチンがあるだけだった。

 

「あんたらどうやって生活してるんですか…。球磨さんがいる以上は食べ物は必要ですけどこれは…。いよいよめまいがして来ました。悪い事はいいません、従業員を増やしてください」

 

「だそうですよにとりさん」

 

「時間に余裕がなさ過ぎて一周して忘れてたな。金には余裕があるし雇うか」

 

他に話がある事と、今回お世話になったお礼もあってにとりさんと射命丸さんはお食事処に出かけて行った。キッチンのこの不始末は生きていくのに食料が必要な私の責任なので、ここは全力を尽くして掃除に当たりたい。

 

外にある少し前まで動いていた発電機を窓越しに見る。まだ使えるからいつかしっかり修理するつもりだけど、今は使わずじっとしている。あれにもお世話になったなぁ。

 

あらかた片付け終わると、改めて射命丸さんからもらったスケジュール表の確認と参考書を眺めたりしてみる。新聞も後で目を通しておかないとね。

 

私はレジの近くにある営業終了のランプのスイッチを押した。これで今頃、人里に許可をもらって建てた看板のイラストのランプが光る。これが点灯すると今日はもう販売しないとお知らせできるのだ。

 

ただし、人間の里からにとり雑貨店まで片道3㎞遠路はるばる来たのに門前払いとはできないのでランプ点灯から1時間前後ぐらいは応対することになっている。

 

 

店から出てあたりを見渡すが、お客さんの姿がない。にとりさんたちも出かけている事なので、私は店の奥の居間で少し昼寝をすることにした。

 

 

 

 

 

 



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19話 雨の日

寝る前に雨が降るとぐっすり眠れるんですよね。


「伊丹は良くできた子だねぇ。うちの子なんて…」

 

「うちの子にも見習ってもらいたいもんだ。あはは」

 

いとこがやって来た。伊丹は嫌いだ。私よりも年下なのになんでもできて、やって来るたびに両親からこうして褒めそやされている。そして、そのついでと言わんばかりに私はけなされる。だからこいつが来る日は私はできるだけ誰の目にもつかない所にいた。

 

例えそれが謙遜であろうと、本音であろうと…聞こえてくるお父さんとお母さんの私への悪口は大いに傷ついた。

 

遠くから伊丹が見えた。彼女は私に気が付くと、にっこり笑って手を振った。私は無視して部屋に籠る。布団の中でうずくまっていると彼女はやって来て部屋に入る。

 

「ねえねえ、球磨ちゃん。遊ぼうよ」

 

「嫌だ。あっちへ行ってよ」

 

「球磨ちゃん、こんなのが好きなんだ。男の子みたい」

 

「ほっといてよ」

 

「変なの」

 

伊丹は私に飽きた様で部屋から出て行った。しばらくするとお母さんが来た。

 

「球磨、伊丹ちゃんと遊んであげなさい。あなた年上でしょ?」

 

「あの子嫌い」

 

「もう…」

 

 

…起きた。懐かしい夢だ。今でも嫌いないとこ、伊丹の夢。

 

「随分うなされていたな。大丈夫か?」

 

にとりさんがこちらを見ながら言った。

 

「すみません、起こしてしまいましたか」

 

「お前の健康が大事だ。お茶でも淹れようか」

 

「いえ、このまま寝ます」

 

「ちょっとこっち来い」

 

にとりさんが手招く。私はにとりさんの所へ行くと、掛布団を一緒にかぶった。そして私の背中をさすって、あやしてくれる。

 

「辛い時は何でも言うんだぞ」

 

「はい。頼りにしてます」

 

「おう」

 

 

 

 

とたとたとたとた…。聞きなれない駆け足の音が聞こえるかと思えば、のれんを潜ってやって来たのは早苗さんだった。その手には大きめの紙袋があった。彼女は店の中にやって来ると紙袋をどさり、と近くにおいて電気ヒーターに当たった。

 

「あー。外は寒くなってきましたねぇ」

 

「だなぁ、防寒対策をしなきゃ。球磨も風邪気味だよ」

 

「すみません。衣替えのタイミングっていつもよくわかんないんですよね」

 

私はマスクをしてはんてんを羽織っている。けほ、と席をすると早苗さんが紙袋から何かを取り出して私に渡してくれた。新聞に包んであるそれはずっしりと重くとても暖かい。

 

これは…サツマイモだ。

 

「あんまり美味しいんで、皆の分も買って来ちゃいました。今年は作物の心配もありましたが思ったほど値上がりはしませんでしたね」

 

「食品の値上がりについて報道すると関心を寄せられるんですが、農家の方々から『値下げももっとしっかり載せてくれ』って注意されてしまいましたねー。広告をつけてくれれば喜んでやるんですが」

 

射命丸さんが奥からひょこっと現れる。早苗さんはギョっと驚いた。

 

「なんで鴉天狗がいるんですこんな所に」

 

「この人たちが得意分野以外はてんで駄目なんで、いっそ第2の作業場としてここにして仕事をしてるんです」

 

なるほど、と納得したようだ。早苗さんはにとりさんにまたサツマイモを1つ、射命丸さんにも1つ取った。紙袋の中身はなくなったようでごみ箱に入れた。

 

「あれ、あんたの分ないじゃないですか」

 

「里で1つ食べてきましたしねぇ。ここ最近何を食べるのもおいしくて、ちょっと心配なんです」

 

「そこに体重計ありますよ。測っていきます?」

 

私は体重計を指さした。早苗さんはおそるおそる乗ると、ホッとため息をついた。私は少しやせすぎらしいのでもっと食べるようにしている。妖怪はいいな、食べても食べなくても生きていけるだなんて。そんなのチートだ。

 

射命丸さんがお茶を取りに通りがかる。あれ、今眼鏡してた?

 

「射命丸さんも眼鏡するんですか?」

 

「ファッションですけどね。いい感じのが売ってたんで買っちゃったんです。金さえくれれば今度、天狗の里でいい感じのファッション眼鏡買ってきますよ」

 

「いいんです。これ気に入ってるんで」

 

「あ、球磨ちゃん私その眼鏡かけてみたい」

 

早苗さんが頼んで来るので、眼鏡を貸した。わお…意外に似合う。凄い真面目ちゃんに見える。他にかけてみたい相手がいるようなので、私は貸し出しした。あの眼鏡、いくらでも作れるしね。私は夢の世界から眼鏡を生成してまたかけた。

 

早苗さんが「神奈子様にもかけてもらおう」と言いながら出ていくと、射命丸さんも新しい新聞のネタ探しに出て行った。

 

開店時間も迫り、お客さんも少しずつ見えて来た。そういえばさとりさんに地霊温泉のポスターもらってたな。私はレジをにとりさんに任せて店内に地霊温泉のポスターを張った。こっちには守屋神社の催し事のお知らせを…。

 

固定電話に電話がかかってきた。にとりさんが応答している間は私がレジを担当する。

 

「うん、うん分かった。…球磨、ちょっと工場の方でトラブルがあったから店は頼んだ」

 

「トラブルですか?」

 

「大した問題じゃないと思う。すぐに戻るよ」

 

にとりさんは荷物をまとめると出かけて行った。最近は客入りもほどほどの数に空いてきたので楽だ。もう少し手が空いたら意見箱を見たりしようか…。ふと、外を見ると天気が曇ってきた。ああ…この匂い、一雨くるかもしれないな。

 

お客さんが来ない間を縫って外に干した洗濯物を家の中の物干しざおに干しなおした。

 

雨が降ってくると、傘を持参してない客が帰れずに困っている。傘も人間の里から取り寄せて置いておくべきかもしれないなあ。私は家具スペースから椅子と机を持って来て、まだ空きスペースになってる場所に並べて簡易的な休憩所を作った。

 

そこでしばらくお客さん休んでもらう事にする。何もなしじゃつまらないのでお茶を出していたら、「コーヒーください」という注文まで来て、「カフェ店じゃないですよここー」と言い返してコーヒーも持っていった。

 

「ああもう、雨が降るなんて聞いてないよぉ」

 

ミスティアさんがやって来た。遅れて幽谷さんがやって来る。

 

「風情があっていいじゃないか。たまには雨に降られてみるもんだよ」

 

「響子!さっさと前に行って!私が雨に打たれてるでしょ!」

 

えっと…誰だっけ。

 

「おい、そこの眼鏡。私の名前はリリカ・プリズムリバーだ」

 

さとりさんはともかく、ト書きを読んでツッコミを入れてくるのはやめてほしい。

 

リリカさんは雨に打たれても濡れる様子はないが、気持ちの問題なのかもしれない。珍しい3人が来たな。彼女らは休憩所を見つけるとそこで腰を掛ける。私はカウンター前に座って次のお客さんを待つ。

 

しばらくすると雨が止んだ。その隙にダッシュで数人のお客さんが店を出た。どうせまた雨が降るだろうと踏んで出ないお客さんもいる。

 

…しばらくすると雨が降って来て、1人戻ってきた。

 

 

皆退屈していると、ここでライブさせて欲しいと例の3人から頼まれた。特に断る理由もないので、許可すると休憩所で歌を歌い始める。鳥獣伎楽の原曲アレンジだ。

 

CDか何かにすれば売れないか考えたが、収録環境や音楽再生機器の普及の事を考えるとまだ頭の隅に置いておくぐらいにしておく事にした。

 

にとりさんが帰って来た。休憩所とライブに驚いていたが、とりあえずカウンターに戻って来る。タオルを渡して今までの経緯について話した。

 

工場でのトラブルもそれほど大した事ではなかったらしい。一緒にライブを見ている。

 

「叫んでばかりと思ったら、あんな歌も歌えるんだなあいつら」

 

「リリカさんの演奏がいい感じにバランス調整してる様にも聞こえますね」

 

「ああね」

 

気が付くと、にとりさんも私と同じようにカウンターで頬杖をついていた。何となく顎を支える腕を変えると、数テンポ遅れてにとりさんも同じように動く。…わざと、じゃなさそう。私がにとりさんの動きに似てしまったのか、にとりさんが私の動きにつられているのか…。

 

わざとため息をついて見せると、にとりさんもため息をついた。

 

「にとりさん、今…あの曲を収録して売れないか考えてませんでした?」

 

「んあ?まあな。人間の里の店に音楽再生機器を無料でやれば、鳥獣伎楽の人気も上がってこっちの収入にもつながるんじゃないかって考えてた。再生DISKと音楽再生機器…生産コストに対して見合う利益でるかな」

 

そこまで考えてなかった。なるほど、店内BGMか…。

 

「にとりさん、にとり雑貨店で流すなら?」

 

「はは、なんだよ急に。そうだなぁ…この店で流すなら…」

 

「「ジャズ」」

 

何となく可笑しくてお互いに笑った。

 



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20話 凶器か狂気か

鋭利なナイフも扱い方ひとつです。
善良なら人と協力したり助けたりするのに使うでしょう。
邪悪なら人を傷つけたり殺めたりするのに使うかもしれません。

人を傷つけるのに特化したナイフ。人を助けるのに特化したナイフ。
作り手の意図するところで変わりようがあるのも事実。
あまりに看過できない様な悪用方があるなら、禁止するのもやむをえません。

まるでいたちごっこ。
如何ともし難い問題ですね…。


「はい、はい…わかりました」

 

私は電話を切った。最近、香霖堂で買ってきたオフィスチェアでギーコギーコと背もたれの所を揺らして遊んでいるにとりさんがこちらを向いた。

 

「それで、何だって?」

 

「私の開発した無線アームが窃盗に利用されたみたいで…。3件目にしてようやく逮捕されたらしく、どうにかしてくれって感じの内容でした」

 

「はん、バカバカしい」

 

にとりさんはひょいっとオフィスチェアから降りてメモ用紙とスケジュールを見比べている。私は手元にある無線アームを見ながらどうするべきか考えたりしている。

 

「言っておくが、その無線アームをいじる必要はないぞ。そのまま量産して売るんだ」

 

「でも…」

 

「あのな、包丁で人を刺す事件が起きたからって包丁の切れ味を鈍くしたり販売禁止にしたりするか?道具ってのは扱い方ひとつでどんな風にでもなる。使い手の問題なんだ。私達に何の責任がある」

 

それはそうだけど…。射命丸さんがプライベートテントからひょっこりと顔を出した。

 

「球磨さん、私もにとりさんと同じ意見です。妖怪側が儲かっているという現実が面白くない人間も多いんです。あまり真に受けてたら商売なんてやってらんないですよ」

 

「ううん…確かに」

 

「今後の課題はその意見に賛同する世論作りを阻止する事ですよ」

 

そう言ってプライベートテントの中に入っていった。

 

最近はバイトの子がカウンターで仕事をしているから私も無理なく仕事ができている。今日は時間も余っているし、私は少し気分転換をしに行くことにした。

 

私は最近買った服に着替えて準備をする。

 

「すみません、昼過ぎまで出かけてきます」

 

「人間の里によるならパーツを買ってきて欲しい」

 

にとりさんはメモ用紙を用意してサラサラと内容を書いた。射命丸さんは自分が買いに行ったほうが早いからいいと言っていた。どうせなら買ってくるけど…まあ射命丸さんならではか。

 

私は携帯電話を持ったのを確認してからにとり雑貨店を出た。メール音が鳴る。チルノからだ。

 

〝肌の日焼けを防ぐアレなんだっけ〟

 

永遠亭で売ってあるアレは…日焼けジェルだ。「日焼けジェル。永遠亭で売ってあるアレだね」打って返信した。すぐに返信が返ってくる。

 

〝日傘で日中の活動できるなら日焼けジェルでもいけるんじゃね、って言ってフランが聞かないんだけど止めたほうがいいかな〟

 

「止めた方がいいんじゃないかな」私は返信した。日焼けジェルで日光対策した吸血鬼が出歩くって怖いな。

 

さすがに薬品までは私達で取り扱えないし、その辺の相談なら直接向こうに相談した方がいいだろうなぁ。地霊温泉とは協力関係にあるし、遠くない未来、私達も店内で永遠亭の薬品を取り扱ったりすることになるんだろうか。なんて考えていた。

 

 

 

 

人間の里についた。私はここで眼鏡を取る。服装も変えたし、眼鏡も取ったしこれで割と私だって気づかないんじゃないだろうか。この眼鏡と、あの服で分かりやすいぐらい「球磨」というイメージを作らせた。にとり雑貨店がそれなりに有名になって来た今、今のうちに変装はこれぐらいで通じるのか実験してみよう。

 

私が球磨として話しかけられなければ成功だ。

 

そんな風に思って出歩いていると気づく事がある。人が集まる飲食店や娯楽施設で1人でいる場合があまりに少ないのだ。困った。幻想郷にもレンタル友達とかレンタル恋人とかそういうサービスがあればよかったのだが…。

 

自然な雰囲気を装うためにも複数人ほど同行する人が欲しいな。誰か予定が空いている人はいないものか…。私はしばらく考えたものの、ダメ元で複数人に連絡してみた。

 

唐突な誘いと言う事もあって中々返事はあまり芳しいものではなかったが、何とか1人同行してくれる人がいた。集合場所によさげなモニュメントの近くで待っていると、イメチェンした早苗さんがやって来た。

 

「いつもと恰好が全然違うんで見つけるのに苦労しましたよ」

 

「すみません、唐突に無茶を言って」

 

「別に構いませんよ」

 

とりあえず大通りを歩きながら、それなりに客入りの多い飲食店に入る。そこで昼食を頼んで、とりとめのない事や最近の事を話しながら周りの客の噂や話し声に耳を傾ける。

 

見渡すと、点々と私たちが作った発明品などが置いてあってとても嬉しい。これが当たり前の風景になって行くとしたら、それは一体どんな気持ちなんだろう。無線アームの犯行で少し気が沈んでいたが、こうして自社の製品が使われているのを見るのは嬉しい。

 

「あ、そうそうこの間のアレ。見てくださいよこれ」

 

携帯電話の画面をこちらに向けて来た。どう考えても神様クラスの人が私の眼鏡をかけている。思わずむせてしまった。えっと、こっちの写真が加奈子様で…こっちが諏訪子様らしい。あの眼鏡、RPGアイテム画面として表示されたら、文字のあたりが緑色に光ってそう。

 

「ちなみにその眼鏡、私の能力上でどれだけでも増やせるので欲しければ差し上げます」

 

「マジですか。じゃあもらいますね!」

 

そう言いながら早苗さんは私の眼鏡をかけた。やっぱり似合ってる。最初見たときは絶対に似合わないと思うランキング上位だったのになぁ。

 

「ちなみに壊れると跡形もなく消えるので、修理はできません」

 

「了解ですです」

 

ふうむ…。辺りの話を聞いている限り、やっぱりにとり雑貨店の道具について妖怪の作っているものという事に対して抵抗を覚えている人もそこそこいる…という旨を話している人が多い。独断と偏見だが、およそ30代後半から40代前半にそのあたりの意見が集中しているように聞こえる。

 

若人は案外と妖怪に対して寛容的な意見も多いようだ。とはいえ、ここまで親しまれていると恐れを集める上で問題が起きたりしないのか不安な事もあるな。

 

程よく親しまれ、程よく恐れを集める…何か面白い方法でもないものか。お化け屋敷でも作る?

 

…小傘さんがお化け役で立候補して、ショックを受けたりしそうだ。やっぱりやめておこう。

 

「やがて人間の里の文化レベルを上げて、文明の光を灯す…。最高に胸が熱くなりますね」

 

「電柱を建てたりするんです?」

 

「地質上に問題なければ地中に埋める方で何とかできないか考えてるんですよ。景観的にもそっちの方が素敵じゃないですか?」

 

「私は電線のあの武骨な感じが好きですけど…、確かにこの景観にはちょっと合わないですね」

 

「そうだ、今度作ろうとしているレジャーランドで試験的に発電床とかやってみません?特定の床を歩くと発電できるってやつです」

 

どんな仕組みにすればそんな発電ができるんだろう。想像もつかない。後でにとりさんに相談してみよう。早苗さんの話しを聞いていると、客席にある人物を見かけた。あれは確か霊夢さんに聞いた事がある…。

 

「しかし、あまり目立つ事をやって大丈夫ですかね。八雲紫さんから目をつけられたりしたら怖いです」

 

「生きた化石じゃないですか。あいつが怖くて悪巧みなんてやってらんないですよ」

 

私は目線でサインを送る。早苗さんは振り返った。そしてこちらを向く。

 

「いやぁ、八雲紫さんって絶世の美女ですよね。気品が服を着て歩いてると言うか。憧れちゃうなぁ」

 

やっぱり話を聞いた事があるだけだったけれど、やっぱりあたりだったようだ。早苗さんもあまり見張られながら話したい内容ではないようで、いい具合に話題を他に変えていっている。もう一度目線をやる頃には元居た場所からいなくなっていた。

 

ほかの店に回って遊んでみたり、食べたり色んな事をした。ポケットを探ってる時に出てきたメモ用紙でパーツを頼まれてたのを思い出して、ちゃんとそれらを買った。町民の声はもう十分に聞けたのでそろそろにとり雑貨店に戻ることにした。

 

「それにしても悪だくみだなんて、まるで私達が共犯してるみたいじゃないですか」

 

「あはは、何言ってるんですかもう!共犯に決まってるじゃないですか」

 

「「あははははは!!」」

 

「…いや、聞いてないですよ」

 

「私達のやっている事は文化レベルの向上です。元来た世界は科学技術の発展により信仰や妖怪への恐れが大きく衰退してしまいました。大妖怪クラスが恐れているのはその事でしょう。しかし、それらを両立する方法はあると思うんです」

 

「でも、もし人間達が元来た世界の様に恐れや信仰をなくしてしまったら…」

 

「それをさせないために工夫を凝らすんです。私達は止まった時の中を生きてはいません。改革は痛みを伴うものです。しかし、古き良き時代に囚われ懐古主義に陥ってはならなりません。私達が理性ある霊長類であるならば、文明の灯を恐れるべきではないのです」

 

それから、にとり雑貨店に着くまで話を聞いていた。外界との境、月の民、移住計画、いろんな話をしていた。あまり主義主張の事はわからないが、私はできるだけ理解しようと聞き入っていた。彼女の意見も賛同できる点やそうでない事、たくさんある。ただ、少し事を急ぎすぎているような気もした。

 

紫さんという大妖怪が私達の事を見張っているのも、やはりこれらに関する事が異変につながる事だからなんだろうか…。

 

 

 

 

 

 




挿絵ってあった方いいですかね?


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21話 心を巣食う病、意思のない力

私達はあまりに多くの事に無関心に生きている。


始めて幻想郷にやって来た事を思い出していた。あの日見た、幻想郷の夕焼け。夜も更けて、人工的な光がない。だから真っ暗化と思えば、月の灯に照らされて里の遠くまでが見えた。

 

朝には朝の、昼には昼の、夕方には夕方の、夜には夜の…それぞれの美しさがある。忙しい日々を送っているとこんな光景を目に焼き付ける事さえできなくなる。

 

私はブルッと体を震わせた。冷えるな…。まだもうちょっと見ていたいけれど、そろそろ戻らないと。

 

「綺麗でしょう?」

 

声がした。私は驚いて身構える。八雲紫さんだった。

 

「取って食おうって訳じゃないわ。身構えないで。ちょっとお話しに来ただけよ」

 

敵意も殺意も感じない。私は構えを解いた。彼女もここから遠くを眺めている。私も同じように視線の先をを一緒に見た。

 

「へぇ…ここからの眺めもいいものね。良い所を見つけたわあなた」

 

「初めて幻想郷にやって来て、元来た世界とはもう異なる場所にいるんだって実感させられたのがここなんです。自宅から遠いけれど、今でも忘れられなくて…」

 

「あなた、ここへやって来てすぐ色んなのに追い掛け回されてたわね。妖怪に、妖精に。もやしっ子だな、なんて思ってたらすばしっこいのなんのって」

 

「見てたんですか…」

 

「美しいばかりじゃない。郷に入っては郷のルールがある。ある種の洗礼みたいなものよ」

 

友好的な妖怪もいれば敵対している妖怪もいる。助け合ったり、いがみ合ったり。色んなものを見てきた。規模は小さかったけど異変も起こした。自分勝手に生きる事が正しいんだって思って、チルノにその間違いを気付かされて。

 

本当に色んな事があった。あれからの毎日が一瞬で過ぎ去ったようだ。

 

紫さんが私の肩に触れた。一瞬、光景がフェードアウトしたかと思うと地上に光が湧いた。

 

「これは…」

 

「そう、元来た世界。こんな時間帯になっても、地上は明るい」

 

私は空を見上げる。星が見えない。

 

「まるで星が地上に降りてきたよう…」

 

私がポツリとつぶやくと、紫さんは隣で笑った。思わず恥ずかしくなってしまい、顔を覆うと紫さんは背中のあたりをポンポンと叩く。

 

「綺麗な星空が見えないのは残念だけれど、私もこの光景が嫌いな訳じゃないわ。これはこれで綺麗よ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ」

 

また光景が暗転する。地上の光が空に浮かんだ。

 

彼女はパンパン、と手を叩くと空間に穴があいてテーブルとイスとティーセットが出てきた。凄いなぁ…。彼女は優雅に腰を掛けるとお茶を2つ注いだ。私の分の椅子もあるので、私は頭を下げてから椅子に腰を掛けてお茶を飲んだ。暖かい。

 

「人間の里の都市計画について…ですか」

 

「半分はね」

 

「あの…、私もう異変とか起こす気ないんです。もし私にすべき事があるなら…」

 

紫さんは白い指先を私の下唇に押し当てる。

 

「もう半分はね、あなたのそう言う所を話しに来たの」

 

彼女はため息をつきながら指をティーカップの取っ手にかけて飲む。私は鼻がむずむずして顔を余所にやってくしゃみをした。

 

「そろそろ外も冷えて来たか…。もうちょっとゆっくりしていたかったけれど」

 

紫さんは指先で空中をどこかなぞると、私たちの足元に空間の裂け目ができて飲み込まれた。一瞬落ちていくような感覚がしたけれど、落下衝撃の1つも感じないままどこか知らない室内に移動した。まるで教室の中で見る落ちた夢を見た時の様。私はあたりをきょろきょろする。

 

ここは…博麗神社の中??でもおかしい。どう見ても外は昼だ。

 

「あの、ここは…」

 

「秘密基地」

 

まともに答える気はないようだ。私が作る夢の空間に似た何かなんだろうか。真偽の事は分からない。

 

「あなたはにとり雑貨店の商売繁盛のために働いている。どうして?」

 

「どうして…。にとりさんの役に立ちたいから、生活するための金が欲しいからでしょうか…」

 

「あなたは人間の役に立つ機械を作って、人間の文化レベルの向上に1役を買っている。どうして?」

 

「経営方針の1つとして設定したんです。本心は作りたいものを作る事と、儲かりたい事のための二義的な目的です」

 

「そう。あなたは守矢メンバーと手を組んで彼女らの計画に与している。どうして?」

 

「新製品の開発に都合がいいからです。経営方針の1つと一致してますし」

 

「その一方で、あなたは自身のこれまでの行いに疑問を抱いている。それに対してあなたはどう考えてるの?」

 

「それは…」

 

無線アーム事件は小さな事件だった。でも、これから私達の開発品がどんな風に扱われる事があるのかその一端が垣間見えた。にとりさんの言う事も射命丸さんの言い分も分かる。それでも、あれはどうにか対策を立てていかなきゃいけない事だと思った。

 

それに、早苗さんの事も。現状、現実世界では科学技術の発展で信仰心や妖怪への恐れは壊滅的になってきている。それが失われる事…、それによってこれから起こり得る事…それを考えるのはとても恐ろしい事だ。

 

その可能性に対して私が抱く事…すべて後回しにしていた。いずれ分かる事だと。

 

「あなたは自身を雇ってくれたにとりに感謝し、恩義を感じている。だから役に立ちたい」

 

彼女は空中をなぞると、そこに煌めく蝶々が集まって札束になる。

 

「はい、これが1億」

 

彼女が空間を指でつつ…となぞる様に上げていくと更に蝶は集まる。

1億なんて札束、想像もつかなかったけどこうして積まれるとそれほど場所も取らないし意外にコンパクトなものだ。

 

「2憶、3億、4憶…」

 

どさ、どさどさ…蝶が集まった所が全て札束になっていく。10までは数えたが…今どのぐらい積まれてるだろう。こちらを向いて妖しげな笑みを浮かべている。

 

「この金…使い方さえ誤らなければあれば幻想郷でちまちまとお金を稼ぐ必要はなくなるわね。欲しけりゃあげるわ。それで、この金があればあなたは生活に困らないわね。それで、これで私が早苗と手を切れと言ったらあなたはどうする?」

 

「それは…」

 

「さっきあなたが言っていた通り、人間の文化レベルの向上は儲かるための二義的な目的に過ぎない。今まで通りの規模の開発を続けるなら、あの小さな発電機1つで事足りる。あなたが守矢メンバーと組んで多大な電力を供給してもらう理由はなくなった。それとも…」

 

空中で指をくるくるとすると、穴があいてごちゃごちゃと色んな機器のパーツが雨の様に降って来た。今足りない物、知りたい事についてまとめられた本もある。何のデータが入っているのか分からない外付けハードディスクや最新も出るのパソコンやスマホなどの通信端末まで。それらの小さな山ができた頃、穴をふさいだ。

 

「にとりが喉から手が出るほど欲しい、俗人で言えば金品にも勝る技術の結晶がざっくざく。差し出せば大変感謝するでしょうね。そう、もうあなたがあそこで働く恩義を充分に返せるほど」

 

「あう…」

 

彼女はクスクスと笑うと、指を組んで肘を立て、顎を乗せてこちらをからかうような視線を送る。

 

「それでも、あなたはこの全てを失ってでもあなたはあそこで働きたい。そうね?」

 

「…はい。そうです」

 

彼女は手をパンパンと叩くと、憶の金も万の知恵の結晶も蝶となって飛び去った。

 

「あなたは誰かに必要とされたい。居場所が欲しい。『理想郷』を作ることを諦めチルノと共に生活したあなたにとって次に欲したのは、現実でなかったソレなの。あなたの心の根幹、要」

 

「全てお見通しですか…。私さえ気づかなかった自分、見えた気がします。私は矮小な半妖なんです。1人じゃ何もできなくて、寂しくて…駄目ですね、私」

 

「卑屈になる事はないわ。それも個性だもの。私が問題視してるのはね、あなたの意志薄弱さ、そして主体性の欠如。なまじ才能があって、誰かと組む事で真価が発揮されるあなたの能力、そこに責任感がないと言う事なの」

 

彼女は机をトントンと指で叩く。飲み終えたカップが穴の中に消えて、テーブルの上から米糠の入った桝が落ちてくる。彼女は桝に向かって塩でも撒くように手を払うと米糠がまるで意思を持ったように空中に浮かんだ。それを指で空中を掻くと幻想郷の地図が浮かび上がる。

 

彼女は袂から紺色の粉の入った小瓶を取り出す。コルクを抜いて幻想郷の地図に向かって投げると、紺色の粉が地図上に広がり瓶はテーブルに落ちた。黄土色の幻想郷の地図に様々な色が広がってとても美しくなった。

 

「この幻想郷の地図の色の識別、何を基準にされてるかわかる?」

 

「いえ…分かりません」

 

色の境界は常に蠢いている。たまに他の土地に他の色が移ったりする事もある。

 

「これはね、幻想郷のパワーバランス。縄張り。それが集団、あるいは単体の実力…何はさておき力がこの均衡を保っている」

 

彼女は桝の中に残った僅かな米糠を取り出すと、それを親指でこする。すると上に煙が上がり、それは蛇、蛙、ナメクジの三竦みの図が浮かび上がった。

 

「私が危惧しているのは人間の里の人間の文化レベルの向上そのものではないわ。このパワーバランスが変わってしまう事なの。それは力による均衡を奪い…争いを生む」

 

紫さんは幻想郷の地図を触れると、色が交わりだした。それはまるでシャボン玉の液のよう。色んな色が、滲みあって、交わって、うねって…。

 

「幻想郷に対して善意を抱く者ばかりではないけれど、大妖の皆はそれぞれ異なる形で幻想郷を想っている。主義主張は違えどもね。早苗があなたに言っている事も間違ってない。止まった時の中を生きてはいけない。変化を受けれいなきゃいけない。このままと言う訳にもいかない。それを模索していく必要がある」

 

彼女は椅子に背もたれて疲れたようにため息をついた。おそらく凄まじい年月を生きてきた大妖怪たちにとっては、特に近代の目まぐるしい時代の変遷はついてくのが大変だと思う。今の幻想郷が彼女の望む幻想郷なら、それが移ろいゆく姿は彼女にとってどう映っているのか…。

 

まだこの世に生を受けて短い時間しか生きていない私には想像もできない。

 

「正義も悪も極めて主観的。私達は幻想郷を愛する心あってこそ、様々な形で様々な主張をぶつけ合ってよりよい選択をしていかなければならない。誰が正しいなんて事はない。当然私も。…球磨、あなたは善悪の区別もなくただ知的好奇心と依存心から惰性的に全ての選択を行っている。手段のために目的を選ぶ。それは首から上を着けては取り外す事を繰り返すような愚行。最も危険な、意思のない力」

 

言葉は次第に語気を強め、視線も鋭くなる。私は竦み上がった。息をするのも許可を得ねばならないのではないかと疑いたくなるような、そんな目線。でも、彼女はまたすぐに先ほどの様な緩やかな雰囲気に戻る。私はホッと息をついた。

 

言われてみれば無責任だったかもしれない。彼女の言う様に絶対の正義なんてないけれど、私は何の善悪も区別をして来なかった。選択しようともして来なかった。クラゲの様に、流されて生きていた。何の覚悟もなく。

 

両親が死んで1人で生きていた頃、とても孤独だった。疑心暗鬼になっていた私は幻想郷で温かみに触れても心を許さなかった。理想郷の夢が潰えて、新たな出会いを重ねて皆と仲良くなりたくなった。そして、今…眩い光に、ただ導かれていた。

 

何の覚悟も責任感も考えもなく、取り返しがつかないかもしれない事に肩入れする意思のない力。私は身勝手だった。

 

「私…」

 

「球磨、自らの行いが結果的に何を及ぼす事になっても選択する勇気をなくさないで。自ら意思決定を行うの。あなたにとって正しいと思った事をを選択して行きなさい」

 

「紫さん、私…!」

 

「さ、もう良い子はおねんねの時間よ。後の言葉は飲み込んで。私に答えを示すなら、行動で…態度で示して見せなさい」

 

彼女はパンパンと手を叩いた。私の足元に穴が開いた。私は落ちていく。手を伸ばしても紫さんには届かない。彼女は穴を覗き込み微笑む。

 

「じゃあね。良い夢を」

 



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22話 不安の矛先

理屈で理解しても心で理解しない。そんな事が多いこの頃です。
これが世間でいう若さってやつなんでしょうか。
あるいは経験や時間がこうした情熱を奪うんでしょうか。

私は物事に集中すると融通が利かない事があります。
もっと冷静に、複眼的に物事を見なければ…。そんな風に思います。


気が付くとにとり雑貨店の前にいた。私は鍵を使って中に入った。にとりさんは眠っていてる。私は眼鏡を静かに外して砕いた。そして店内に入った。射命丸さんが台所から出てきた。眠そうに眼をこすっている。

 

「あれ、起きてたんですか射命丸さん」

 

「喉が渇いてしまいまして。…珍しいですね、球磨さんが眼鏡を外したままだなんて」

 

「はい。もういらないかなって」

 

射命丸さんがしばらくこっちを見ていると、小走りでやって来て私の顔をまじまじと見つめた。

 

「へぇ…いい目をする様になったじゃないですか。どっかの大妖怪に何吹き込まれました?」

 

「え、いえ…まあ、そんな感じです?」

 

彼女はぽんぽんと私の肩を叩くとプライベートテントの中に入って行った。私ももう眠いので敷布団を敷いて眠った。

 

 

 

 

今日は客入りが多くない。改装工事直後が多過ぎただけで、落ち着くとこんなものかもしれない。にとりさんはカウンターの後ろ側でパチパチと部品を組み立てたりしている。やっぱり昨日の紫さんのあれ、受け取っておくべきだっただろうか。

 

お金の面はもうそこまで困っていないけれど、やはり知識や部品はまだまだ欲しい。でも…あれは本気だったんだろうか。昔話に出てくる妖怪は金品で人間をだまして、実は木の葉でしたとかそういうのも多いけれど。

 

…いや、私の判断は間違ってなかったはず。これから先の課題は自分たちでどうにかしていくべきだ。

 

「にとりさん、にとりさんにとって正義ってなんです?」

 

「何だ急に改まって」

 

「別に大した事じゃないんですが、どう考えてるのかなって」

 

「正義ね…。卑怯者が最後に辿り着く所さ。自身の行いを正当化するためのね。そんなものどこにもありやしない。あるのはエゴと、体のいい建前だけ」

 

語調は淡泊なものだったけれど、そういうにとりさんの表情はどこか割り切れないものだった。にとりさんなりに思う所があるのかもしれない。コーヒーを以ててくてく歩く射命丸さんが通りかかった。

 

「何です急に哲学なんて語りだして。らしくないですよ」

 

「心がぬかるんでる気がしまして。踏み固めたいというか」

 

「ぬかるんでるなら踏み固められないでしょ」

 

「それもそうですね」

 

何か一つ言い返したかったが全くその通りなので、話をそこで区切った。射命丸さんはプライベートテントの中に入って行った。しばらくレジをこなしてるとひょっこりと顔を出す。

 

「聞かないんですか、今さっきのを私に」

 

うずうずしてる様子だった。

 

「聞いて欲しいんですか?」

 

「そんなじゃないです」

 

そう言って頭をひっこめた。見えないはずのテント越しに視線を感じるので、私は射命丸さんの方を向いて尋ねる事にした。

 

「射命丸さんにとっての正義ってなんです?」

 

「私です」

 

まあ予想はしてた。それが言いたかったのね。満面の笑みで戻って行った射命丸さんを見届けると、何となしに時間確認に携帯電話を確認する。新着のメールが届いている。えーっと、チルノとさとりさんからだ。チルノから送られてきたのは写真で、言葉は添えてない。写真をダウンロードすると、子連れイノシシの写真だった。

 

こうして写真だったり見る分にはちょっと可愛いけれど、襲われた時の事を考えると怖い。そういえば、最近里の方に降りてきてるって話を聞いたな。畑への被害が少ないといいけれど。

 

とりあえず「見かけても近寄らないように」と返信した。

 

次はさとりさんからだ。えーっと、新しい石鹸の商品の試験販売を行いたい事と感染症予防の注意喚起ポスター制作にあたってのイラストやアイデア募集だった。石鹸に関しては既に色々と持ち掛けられて並べてあるのだが、まあこれから在庫がなくなりかねないからあって困る事はないか。

 

参考用に添付された注意喚起のポスター、前にも地霊温泉で見かけた作風だけど誰が描いてるんだろう。私はこれでいい気もするけど…。私は絵心ないしなぁ。

 

「にとりさん、感染症予防の注意喚起のポスターのイラストとアイデア募集があったんですけどどうします?」

 

「んあ?ちょっと待ってろ、描いてやる」

 

そういうと筆ペンを取り出してざら紙にサラサラと描いてみせた。おおお…すごく味のある作風だけれど…古い。一応写真撮っておこう。

 

「気に入らなきゃそこの鴉天狗に頼んでみろよ」

 

「文々。新聞の四コマは私描いてないですよー」

 

ううん…。とりあえずここは1つ私も書いてみる事にした。こうしてこうして…いや全然だめだ。とりあえずにとりさんの描いたイラストを案の1つとして送っておこう。

 

 

 

 

あれから様々な工夫を凝らすも、人間の里では病が増え続けた。意識改善が上手くいってないとは思えない。私が見る限りでもしっかり手洗いうがいをしている。予防はしているのに病人は増える。確かに病に関する妖怪も人間の里に増えてきつつあるが、病人に引き寄せられた様子なので主因となっているというのは説得力に欠ける。退治もされてるし。

 

旧地獄の一部の妖怪に疑いがかかったり、人間の里で妖怪を人間の里の外へ追い出そうとする動きもわずかながらあった。今の所は理性ある人間や聖さん達の働きかけもあって過激な妖怪への迫害などはないが、このまま続けばどうなるともわからない。

 

水質検査は既に問題なかったが、永琳さんは水回りについてを疑っていたようだ。人間の里に視察に出かけた所、まず目を付けたのは共同井戸の手押しポンプの取っ手。次に家庭訪問を行って食事の準備や日頃の仕草などを観察し、細かな点についてレポートにまとめた。

 

一部の衛生観念の低い人物があたりのものに触れて回る事でせっかく手洗いうがいしても手が汚れてしまったり、また一部の習慣に関しても見直しを検討する必要があるなど様々な案が出た。また、「自分は大丈夫」と既に病気にかかっているのに特に治そうとする意識もなく病気をばらまいている人もいた。

 

以上の結果に関して妖怪への信頼が落ちている今、信仰を集めている面々に一新された注意喚起などを行っていただく様に呼びかけた。豊聡耳さんや聖さんも快諾してくれている。後は徐々に落ち着くのを祈りばかりだ。

 

しかし、複雑な気持ちだ。これで解決してしまったら今回妖怪に向けられた疑惑の目線は完全に人間側の不注意や衛生面の不徹底…風評被害もいい所だ。でも、これで解決しなかったら本当にこれからどうしたものか頭が痛い所でもある。どう転んでもすっきりしない。

 

「永遠亭の方々には感謝してもしきれませんね…。しかし、人間の里の人間も酷いですよ。別に悪態をつかれたとか、石を投げられたりとかしてないですけど白い目で見られました」

 

私はため息をついた。正直、人間の里の家に帰りたくない。

 

「そういうなよ球磨。人間は私達より弱いんだ。解決の兆しもない不安に対しては、どこかにそれをぶつける矛先を見つけたがる。実際に人間に対して恐れを集めなきゃいけない私達は恰好の的なのさ。事実、一部の妖怪も流行り病に付け込んでるし一概には言えんよ」

 

「そんな事言って…にとりさんは悔しくないんですか?」

 

「慣れたもんだよ。昔はもっと酷かったね。最近はまだマシな方さ。これだけ長生きしてると『またか』ぐらいに思えてそんなに感情も揺れ動かん。でもあれぐらい利己的な人間の方が商売はやりやすい。賢く生きるなら、利他的ではいられない。球磨も今のうちにしっかり学んでくといい」

 

にとり雑貨店が不便さを知ってて人間の里から少し離れているのにもそういう理由があるんだろうか。確かにこういう諍いが起きた時に人間の里の中心でどっかりと店を構えていられない気がする。でも、にとりさんの意見には賛同できなかった。

 

意識改善を行えば…妖怪への正しい理解が深まれば…。色んな考えが頭に巡る。

 

「今回の様な事態は避ける方法があるはずです。具体的な言葉は浮かびませんが、もっとなにか…」

 

「お前がそう思うのなら、私はお前の気持ちを尊重するし軽んじたりしない。だが私の言う事も頭の隅に置いておけ」

 

「わかりました」

 

私は気を取り直して、に両頬を両手でバシッと叩いて気合を入れた。



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23話 酒に呑まれて

「いつもお世話になってます。これ、良かったらどうぞ」

 

「うむ、ありがとう」

 

私は物部布都さんに麩菓子を渡した。どこに住んでいるのか分からないので会うのは困難だろうと思っていたものの、案外と遭遇できた。

 

永琳さんの見解は正しかったようで、あれから少しずつではあるが患者は減って行っている。今回の注意喚起は妖怪だけではどうする事もできなかった。

 

「それにしても要領を得ないな。人間に寄り添いながら妖怪の肩を持ち、妖怪への強い憧れを持ちながら人間であることに執心している。そこの所はどうなのだ?」

 

「人間には妖怪扱いされたり、妖怪には人間扱いされたりするんですよね」

 

「ふむ、それは難儀だの。…ところで噂を聞くに現代っ子は宗教に疎いと聞くが本当か?本当なのか?」

 

「仏壇と神棚が1つの家にあって、季節が来るとキリスト生誕を祝ったりします」

 

「お、おおう…。現代人の宗教に対するありかたは随分変わったのだな(?)」

 

話を終えると、私は会釈をした。正直、信仰の事は良く分からない。でも、もしこの幻想郷でこの暮らしを続けるという願いをかなえてくれる神様がいるのなら、その神様を信仰したい。私はそう思う。

 

「あれ、球磨じゃないか」

 

考え込んでいるとチルノと会った。

 

「チルノ?寺子屋の帰りの時間か」

 

寺子屋から出てきたチルノと出会った。こまめに連絡しあっていたし、にとり雑貨店でバイトに来ていた時は挨拶ぐらいしてたけどこうやって面を向い合うのは久しぶりな気がする。私たちは近くの茶屋で少しおしゃべりをする事にした。

 

 

 

 

「球磨、眼鏡外したんだ。私は気に入ってたんだけどな」

 

「たまに早苗さんがつけてるのを見かける事になるかも」

 

私は団子を頬張ってもちゃもちゃと噛む。団子、思ったより大きい。ちょっとお茶で流し込まないときついかも。

 

「ここ最近は立て込んでて忙しそうだな。大丈夫か?」

 

「割としんどい…」

 

私は誰かが聞かれても問題ない程度に気を使いつつ、最近自分が置かれてる境遇について話した。もう今はかなり緩くなったけれど、人間に白い目で見られて家に帰りづらかった事や病気が治ってきても人間の里のために尽力をした妖怪達には感謝してくれない事や。

 

チルノは時々足をパタパタとさせながら、口を挟まずに聞いてくれていた。

 

「射命丸さんのスケジュール管理で体は酷使せずに済むようになってきたけど精神的に来るよぉ」

 

「いや、鴉天狗が空けてくれた時間で仕事してるじゃんお前」

 

「仕事とプライベートの境界が曖昧になって来た…」

 

そういえば今日休みじゃん私…。この間、にとりさん寝ながら仕事してたな。ワーカーホリック、ダメ絶対。何もしない時間を取るとか、やりたくない事は絶対にやらないとか、色々と念を押されて茶屋を後にした。怖いよう、仕事怖いよう…。

 

私はそう思いながら、帰りの足がにとり雑貨店に向いている事に気づけなかった。

 

 

 

 

 

「酒…お父さんを変えてしまったものだから避けていたけれど、飲んでみようかなぁ」

 

そうでもしなきゃこの苦境を超えられない気がする。

 

「よお」

 

急に声がした。辺りを見渡すと、目の前に小さな女の子がいた。大きな角が生えている。

 

「グレンダイ…」

 

「シャイニングガチペドロリコン!」

 

謎の少女はハリセンで私の頭を叩いた。この力はまさしく鬼。しかし、いかに彼女が鬼と言えど扱う得物は所詮厚紙。私の頭骨は粉砕され、大脳が大破する程度で済んだらりるれ…。

 

「私は伊吹萃香だ。お前、酒が呑みたいんだって?」

 

「酒なんてただの毒です」

 

伊吹さんは何も言わず私に杯を持たせると、瓢箪の酒を注いだ。

 

「おっとっと…すみませんいただきます」

 

私は一気にぐいっと飲んだ。あれ?

 

いや、おかしいな。私お酒を飲もうだなんて微塵にも思ってなかっはずなのに。何でだ?

 

「おかわりもいいぞ!」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

ひょいっと2杯目。お酒は初めて飲んだが…これはやばい。体が内側から熱くなるのを感じる気も段々と大きくなって足元がおぼつかなくなる。伊吹さんもぐいっと飲む。そして彼女は笑いながら私の背中をばしばしと叩く。

 

何だか可笑しくなって、笑いがこみあげてくる。

 

「わは、わは、わはは…わはははははは!!」

 

「何だお前、急に笑い出して」

 

「「わははははははは!!!」」

 

 

 

 

頭がズキズキする。朝だ。ここはにとり雑貨店だ。まだ開店時間までは余裕がある。えっと、昨日は何がどうしたんだっけ。確か見たことない鬼と酒を飲んで…博麗神社に行って…。そのあたりでどうも記憶が曖昧になっている。どうだったか。

 

私が体を起こすと、射命丸さんが店の奥からやって来た。

 

「あ、起きたんですか。おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「昨日、ヤバかったらしいですね」

 

「何がですか??」

 

「何がじゃないよ。覚えてないのか」

 

にとりさんが水を持ってきてくれた。私はそれを飲む。私は首をかしげる。

 

「お前、昨日夜遅くにここに顔を出したかと思うといきなり私に告白をしたんだ」

 

「え?」

 

「何事かと思って駆け付けて来た鴉天狗にも告白してたぞ」

 

「??」

 

射命丸さんが携帯電話を開いた。カメラの動画ファイルを開いて見せる。そこには、確かに愛の告白をしている私の姿があった。ほほう。

 

動画の終盤では「ざみじいでずよぉ!ぐずっ、わ゛だじだっであいざれだがっだ!だれがずぎになっでぇ〜あ゛っばっばぁぁああ!」と言いながら泣きじゃくり、そのまま眠ってしまった所まで記録されていた。なるほど。

 

私は台所に行くと包丁を取り出し、刃を上に向けて柄尻を柱に押し当てて上半身を大きく後ろに仰け反らせた。

 

「私なんか死んじゃえぇぇぇえ!!!」

 

勢いよく頭を柱に向かってぶつけようとする。射命丸さんの捨て身タックルが体にヒットした。包丁が私の手から離れる。にとりさんは包丁を安全な所に置いてから私を一緒に取り押さえた。

 

「放してください!こんな姿を晒して生きていけません!!」

 

「早まるな!大丈夫だって!!!」

 

「放してくださいぃぃぃ!!!!」

 

「思い留まってくれたら放しますぅぅぅううう!!」

 

2人の説得あって私は自害をやめた。冷静さを取り戻してくると、恐ろしいのは携帯電話の方だ。着信履歴は…ない。メールは…あった。誰に宛てて連絡してるのか確認するのが怖い。ああ、こんな時こそ神様に祈りたい。でもどの神様に祈ればいいんだろう。

 

私はふと考える。

 

「私、どの神様に祈ればいいですか?」

 

「私に祈るといいですよ」

 

射命丸さんが自信満々に言った。なので私は射命丸さんに祈る。どうか変なメールを送ったりしてませんように…。よし。

 

私はゆっくりゆっくりと受信箱のフォルダを開くボタンにかける指の力を加える。ポチっ。

 

ああ、ダメだ。本当に愛の告白を色んな人に送信してる…。あれから連絡先が増えただけに余計に恐ろしい。まずは…チルノだ。

 

『バァルカン!!』

 

何か良く分からないけど別のネタだと思ってくれたようだ。次は…さとりさん。

 

『大人をからかうもんじゃありません。ところで今度、卓球勝負してくれませんか?』

 

軽く流してくれたようで良かった。そういえば最近、地霊温泉の施設に追加されたんだっけ…。私苦手なんだよな、卓球。次は…永遠亭の事務の連絡先だ。担当が誰だか知らないけどこれも怖い。

 

『そんじゃお台場のMSをよろりん』

 

ちょっと何言ってるかわからないですね…。とりあえず軽く流されたという事でいいのかもしれない。(それにしても返信したの誰だろう)次はえっと…。ああ、そう言えばレミリアさんも間接的に交換してたんだった。連絡は忘れてたけれどまさかこんな形でこっちから連絡する事になるだなんて…。ううう…。

 

『忠誠を誓うならいつでも来い。紅魔館はいつでも人手不足だ』

 

ううん…紅魔館でのバイトはもう遠慮願いたい。兎にも角にも、私の黒歴史はそれほど大きな問題にはなってない様で良かった。この誤解は後に解いて回るとしよう。

 

そして、ますます怖くなったのでお酒はやっぱり飲まない事にした。

 

 

 

 



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24話 廃都の悪夢、スペースコロニーにて

伏線の回収ができず物語の落とし所がわからなくなった作者。
打ち切りエンドさえ視野に入ってきたばかりか趣味へと奔走する。
この作品の明日はどっちだ!


私はランニングから帰って来た。ここ最近体力低下を実感したためだ。それに健康にもいい。私はにとり雑貨店の中に入って水を飲んだ。それからにとり雑貨店の一室に作った夢の世界に入る。

 

それからバレない様に隠し部屋を開けた。前はバカなことをした。まさか隠し部屋に入るための水着とシュノーケルを置きっぱなしにしてしまうだなんて。ここも今のままじゃわかりやすいしギミックは近いうちにかんがえておかないと。

 

部屋に入ると、私は並べたイミテーションから弾を補給する仕組みを作る。

 

「あれから悪さはしまいとしていたから使わない予定だったけど、自分の能力だし有効に活用しないとね」

 

私は誰かと組んで真価を発揮する能力だと思ってる。最初に異変を起こしたときはアリスさんがいたからこそ遠隔でイミテーションを操る事が出来たが私だけの能力ならイミテーションは作れても動かせない。

 

動かす事さえできれば弾幕をある程度は再現できる。動かせないだけ。

 

虚空から私の武器、コルトアックスを取り出した。今までは誰かに触れたりする事で弾を補充していたが、あれじゃ妖精と戦うのが精いっぱいだ。もっと工夫しないと…。様々な改造を加えつつ、試しに撃ったりする。

 

「早くテストプレイできるようにしないと…」

 

私は作りかけの装置を組み立てる。もう少しすれば妖精のイミテーション1体までなら動かせるようになる。私は時間を見てまだ余裕がある事を確認すると1段階の仕上げまで急いだ。

 

ようやく簡単なテストプレイができるようになると、私は妖精のイミテーションを動かして戦ってみる。一応撃破はできたが、やはり弾速が遅いのがネックだ。

 

今回弾にしたモデルの妖精の弾は遅くないはずなので私の調整が間違っている可能性が高い。私は銃の組み換えなどを工夫する。いや、むしろこっちをこうして…。

 

 

 

 

 

私は手袋をしながらにとり雑貨店に向かった。店に入ると、にとりさんは毛布をかぶりながらカウンターに座っていた。

 

「おー。おはよう」

 

「おはようです、にとりさん」

 

ここ最近になってようやく冬らしい季節になって来たが、にとり雑貨店の売れ行きも冷え込んでいっていた。喜ばしい事ではあるけれど、人間の里の文化レベルも思っていたより上がらず根幹から変わる様子はないようだった。

 

生活に困らない程度には金が入っていて、それで忙殺もされない。私としてはこれで充分に良いのだが、会社としてはやっぱりあまりよくないんだろうか。

 

「改良品を作っても中々売れんなぁ。一体どうしてしまったやら」

 

「うちの製品、多分長持ちしてるんですよね。改良品を作っても満足しちゃって、いいかなってなってると思うんです」

 

「しかし粗悪品を作れば信頼が落ちる。何かいい案はないものか…」

 

「それで考えたんですが…」

 

「うんうん、はあはあ、なるほどね。そりゃいいや!」

 

具体的な準備などはにとりさんと話し合う。これでコストも抑えられるし私達の懐も温まる。にとりさんは早速と人間の里の向上に電話をした。

 

私は商品のデザインと設計の見直しをする。

 

「いやあ、最近あんまりいい子してるもんで悪だくみがしたかったんだ」

 

「悪だくみだなんて、そんな。長い目で見たらお互いに幸せになるだけです」

 

「いうじゃないか」

 

実際に悪だくみというほどじゃない。単に商品の寿命を従来より短くするのだ。今でも機会を修理に出しに来る事はよくあるが、ちゃんと説明書を読めば簡単に壊れない様になっている。それを壊れやすくする。

 

その頃にはその改良品が出ていて、修理するよりそっちを買った方がいいとお勧めするか、または従来の機械に使っていた方の修理パーツがないと言って新しいのを買わせようという作戦だ。

 

とはいえ、今のこの冷え込んだ経営状況はそれはそれで他に何か手段を考えなきゃいけない。

 

あれやこれやと考えを巡らせているとドアが開いた。

 

「うーっ、やっぱり店内は温かいですね」

 

早苗さんだった。

 

「あれ、射命丸さんはいないんですか?」

 

「妖怪の山で年末にかけて新聞社ごとの発行部数を競うイベントが激化してるらしく最近はめっきりあっちですね」

 

「最近はやけに新聞が届いて、代わりに内容が薄いと思ったらそれだったんですか…」

 

文々。新聞…。最近はとにかく地上に止まってる時間も惜しいと言う事で、ついに…。

 

パリン!

 

空から家の中をめがけて新聞を投げるようになった。苦情が出ていてもお構いなしで、あまりに突然家の中に新聞が入って来るかわからず怖すぎるので巷では恐怖新聞とまで言われている。壊した窓代はまとめて請求するつもりだ。おお、こわいこわい。

 

…ガラララララッ。

 

おや、お客様だ。私は入り口に向かうと、レミリアさんがいた。なしてここに?

 

「チルノから聞いたけど、ゲームが上手いんだって?」

 

「いや、まあ上手いという程でもないですけど」

 

「今は球磨の手を借りたいぐらいなの。ちょっとついてらっしゃい」

 

「えっ、いやそげな事言われましても…」

 

にとりさんの方を向くと、彼女はただ手をひらひらとさせる。行ってもいいようだ。それにしても一体何の話なんだろう。要領を得ない。

 

外は曇っている。この気温ならまだ雪ではなく雨がふりそ…。そういえばヴァンパイアって雨大丈夫なのかな。途中まではレミリアさんに腕を引っ張られていたが途中から離した。

 

「もう面倒だから飛ぶよ。ちょっと四つん這いになって」

 

「は、はあ…」

 

私は膝と手を地面についた。彼女は私のお腹を抱えてビュンッと飛ぶ。は、早い…。

 

いだだだだだだだ、体の各所が痛い。おろしてもらうように説得しようと考えていた頃、紅魔館に到着した。彼女はまだふらつく私の手を引っ張って案内してくれる。えっと、こっちの道ってレミリアさんの部屋だっけ?

 

「ムッムッホァイ!!」

 

早苗さんの声が聞こえたかと思うと地面から上攻撃ポーズで生えてきた。レミリアさんの手に引っ張られて回避できた。危ない、誰かが攻撃を放った時はその巻き添えを食らいやすい私だ。今回は無事で済んだようだ。

 

「姉歯城を攻略する変態みたいな動きで攻撃してこないで欲しいんだけど」

 

「滅びよ☆…じゃなくて、よりにもよって私の目の前であの話をして止めない訳ないじゃないですか」

 

御幣を振り回すポーズ、どこかのヴァンパイアハンターを思い出すなぁ。

 

「あんただって困ってるでしょう、アレが出たんだよ。タケノコワッフル」

 

「いや、凍結されましたってあいつ。どんだけ通報したと思ってんですか」

 

間に挟まれてあーでもないこーでもないという会話が続く。かいつまんで聞くに、レミリアさんが私に見せようとしているものは早苗さんとしてはあまり見せたくないものらしい。レミリアさんはやむを得ないといった様子だ。

 

それにしても分からない単語が飛び交ってて訳が分からない。

 

「タケノコワッフルぐらい、私1人で倒してやりますよ」

 

早苗さんが意気揚々とレミリアさんの部屋に入って行った。レミリアさんは私に部屋の前で待つように言ってから中に入って行った。

 

しばらく暇そうにしていると、パチュリーさんがやって来て五目並べで遊んでくれた。次の手を考えてる時のパチュリーさんの表情があまりに可愛かったので勝敗について殆ど覚えてない。あんな表情もするんだなぁ。

 

 

 

 

「多分、球磨さんがやっても同じ事ですよ」

 

早苗さんの元気がない声が聞こえた。私は許可を得て中に入る。部屋に入って右側、隠し部屋に入ると中には大きなカプセルがあった。なんだこれ。車??いや、タイヤついてないし。凄いかっこいい改造がされたプレハブというか…いやマジでなんだこれ。

 

私は中に案内された。えっと…中はロボットものにありそうな操縦席になっている。

 

「いいです?今からプレイしながらやり方を説明するので見ててくださいね」

 

ボタンを押すと、入ってきた入り口が閉まった。上から四方を囲う壁が下りてきて画面が映し出される。

 

画面に対戦相手が映る。ハンドルネーム(以下、HN)にタケノコワッフルと表示されている。ああこれ、対戦相手の事だったのか。ボタンを押すと主観の画面が表示される。ゲーム画面で目測2㎞先に敵機がいる。

 

早苗さんはまず障害物に隠れた。そこで操作の仕方を教えてくれた。

 

「ちなみにこの状況についての説明はいつ聞けます?」

 

「また今度ね」

 

聞かせてもらえないやつだ。早苗さんはテキパキと動いている。それにしても敵はどこにいるんだろう。ステージは滅びたスペースコロニーだ。操作機体はガッシャンガッシャンと言わせてステージを駆け抜ける。

 

開始して20秒、最初に隠れていこう敵の姿が全然見当たらない。

 

「ああもう、このステージは障害物が多くてやだなぁ!」

 

「早苗、危ない伏せて!」

 

レミリアさんが身を乗り出すようにして言った。よく見ると画面の隅、建物に隠れてスコープをこちらに向けている。早苗さんは瞬時に伏せて攻撃を回避しようとする。しかし、発射されたのは追尾式ミサイルだった。

 

標準装備の剣の腹で打ち爆破させる。しかし、爆破の破片が飛んでわずかに損傷する。

 

対戦相手からの通信の通知が来た。早苗さんはオンにする。

 

「とっとと出てきてください!さっきからこそこそと!」

 

『これそういうゲームじゃないしなぁ。ほら、やっつけてあげるからちょっとジャンプしてみ』

 

挑発している。早苗さんは大きな建物の後ろに隠れて偵察機を飛ばす。数10m飛んだ所を一機が撃墜された。偵察機を撃ち落としたビーム砲の方角を向きながらロケットブーストで飛んだ。そして敵機に向けて銃を構える。

 

「捉えた!」

 

早苗さんはビームライフルで相手の胴体を狙って撃つ。ビームが相手の機体に着弾する前に回避され反撃を受ける。撃たれたビームライフルの弾は3発。2発はかろうじて剣で防いだが1発左肩の部位に被弾してしまった。

 

だが、敵機の位置は分かった。早苗さんはビームライフルを撃ちながら徐々に距離を詰めていく。相手はこちらと距離を取りながら攻撃してくる。相手がビルの後ろに隠れるとすぐに追って攻撃をする。

 

「ちょこまかと…えっ!?」

 

空中に浮遊していた機雷に当たってしまった。左肩から先が完全に使い物にならなくなってしまった。軽微ながら、左足の腿にもダメージがある。損傷部位は確認しつつ敵を追って角を曲がると敵はすぐそばにいて斧を振り下ろしてくる。

 

急いでビームライフルを盾にして防ぐ。辛うじて防御に成功したようだ。こちらは下がりながら近距離武装に変えようと試みる。相手はその間にも詰め寄って来る。こちらは剣を装備して振り下ろした。

 

「はい、乙したー」

 

相手は半身を反らして剣を肩に当てつつ自身の斧をこちらの頭部にあてた。コクピットが頭にあるのでゲームオーバーとなってしまう。

 

「むきーっ!球磨さん、私の仇を取ってください!」

 

「そ、そんな事言われても…」

 

「できるかどうかじゃない、やるんだ球磨!」

 

早苗さんとレミリアさんに背中を押されて操縦席に座った。

 

「もう、どうなっても知りませんからね!球磨、行きまーす!」

 

 

 

 

 

 



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25話 痩果

対戦が開始された。通信を切れば次にいつタケノコワッフルとマッチングするか分からないから、このまま続行するしかないとは言え私はまだレバー1つ握った事ない初心者だ。

 

戦闘開始直後、相手の機体は物陰に隠れる。そして通話の通知が来た。2人に許可を得ると通話をオンにする。

 

『対戦直後に棒立ちする奴はじめて見たよ。またプレイヤーを交代した?』

 

ペダルを前後に踏んだり手元のレバーを押したり引いたりして基本操作を確認する。

 

「宜しくお願いします」

 

『対戦ありがとうございました』

 

始まったばかりなのに?そう思っていると、上から相手の機体が落ちてきた。私は咄嗟に後方に下がる。相手の機体はトマホークで斬りつけてくる。一発あたりは早くないが、土地勘がないため背後にあるビルに気付かず背中をぶつけてしまった。

 

まずい、相手が追撃してくる。

 

『はい、討ち取ったー!』

 

「おおーっ!」

 

私はレバーを思い切り動かして殴ろうとする。リーチ差では圧倒的な差があるため殴って来るとは思っていなかった様で相手は少し戸惑いながら回避していた。とっさの判断だったが、案外と懐まで詰められて猛攻を仕掛けられるとトマホークでの素早い切り替えが難し気な様子だった。

 

敵機は一度下がってしっかり間合いを取るとすぐにトマホークを振り上げて攻撃を仕掛けて来る。私は右肩を突き出して勢いよくタックルを仕掛けて、相手の機体にぶつかった。

 

そして体勢を崩した所掴んで持ち上げた。

 

「このぉ!!」

 

そして勢いよく地面に叩きつけた。

 

『こんな戦い方する奴はさすがに初めて見た』

 

相手の機体がトマホークの片方を落としたので、それを拾って倒れたままの機体に攻撃を仕掛けた。しかし、振り下ろした手を蹴られて攻撃が阻害された。私の機体が大きくのけぞってる間に相手は体勢を整えてビームライフルを構える。

 

私はブーストを使って後方に下がり、直近の建物の後ろに隠れた。

 

「おおお、やるじゃんあいつに攻撃を食らわせられるだなんて」

 

レミリアさんが驚いている。

 

「いえ、私を初心者だと思って侮っていたため負った傷です。今後はあんなまぐれは期待できません…」

 

「球磨さん、相手を場所を見失えば防戦を強いられます!果敢に攻めてください!」

 

 

今のうちに武装のボタン配置などを確認する。こちらに急に姿を現した瞬間、私はバズーカを撃った。相手はビームライフルを構えたまま回避してこちらにビーム射撃をしてくる。私は回避したつもりだったが、後方で何かが爆発すると体勢を崩してしまう。

 

何だ、何が爆発した!?後ろにある建物の一部に何かが破損した後がある。先ほどの爆発はこれによるものらしい。

 

「危険です、前!」

 

早苗さんの声にハッと我に返った。跳んだ目の前に敵機が迫っている。両手にはトマホーク。負ける。回避のビジョンが見えない。時間がゆっくりと流れるように感じた。

 

前か、左か右か…。ビームソードでの対応は間に合わない。バズーカはさっき手放した。…いや、ブーストなら…。

 

私はイチかバチかで両手のレバーのボタンを押して、背中のブースターをつけて出力を上げた。そしてペダルを一気に踏んだ。相手のトマホークの刃先が機体に触れるより早く高速で前進し、回避に成功する。しかし着地も受け身も想定しない動きに機体は様々な各所を打ち付けられた。

 

 

『よく回避したと褒めておこうか、けど所詮はその場しのぎ!』

 

トマホークが地面を叩き切った。抜けなくなったのか、もう片方を振り上げてこちらに襲い掛かってくる。私のボロボロになった機体はやっとの事で起き上がった。そして近くの廃車を1つ掴んだ。相手がトマホークを振り下ろすと、私は車を盾にする。

 

車は真っ二つに割れ、右腕は肩の近くまで割けた。私は体の向きを右に回転させ、何も持たない左のアームで敵の機体の頭部を殴りつけた。

 

『し、しまった…メインカメラが。予備は確かこっちに…』

 

サブカメラで正面は見えな様子だった。視界が悪くなることへ恐怖はもちろんだが、その隙は大きかった。私は相手の機体を蹴って前に押し倒す。

 

『し、しまったそんな場合じゃない!一度下がらないと…』

 

ブースターを使って倒れたまま後方への移動を試みる相手。私はすかさず相手を殴りつけようとしたが、操作が上手くいかず勢い余って立ち上がり際にそのまま転んでしまう。

 

「うぐーっ、トドメを刺すチャンスなのに…!」

 

「大丈夫、落ち着いて!その肩に刺さったトマホークを!」

 

レミリアさんの指示に従って私はトマホークを抜いた。そうか、これは…。

 

「投げるんですよ、球磨さん!」

 

早苗さんの言う通り、私はトマホークを投げた。トマホークは宙で数回回転すると、敵機の左アームに直撃した。残念ながら、コクピットは健在だ。敵の生存を確認すると、私はすぐに建物の後ろに隠れて様子をうかがう。

 

相手の武装は後どのぐらいあるのか…見当もつかない。だが、相手の機体の損傷もかなり激しいはず。私は呼吸を整えた。

 

『往生際が悪い!!』

 

「そっちが!」

 

私は使えなくなっていらなくなった右のアームを乱暴に引きちぎって投げた。敵機は刺さったトマホークを掴んでそれを叩き落とす。そしてトマホークを捨てると、ビームライフルに装備を変えた。私も同じようにビームライフルに武器を変える。今いる所はとても広く大きい通り。ロボットが対面するにも回避の余裕がある。

 

お互いにここで決着をつけるつもりだったようだ。先制攻撃は私から。敵機は反応速度が速くビームを回避しながら照準を合わせる。相手はコクピットのありそうなボディを狙うかと思いきや、足元を狙ってきた。ビームには当たらなかったが、それによってできたクレーターに転倒しそうになる。

 

私は手汗で指が滑りながらもブースター切り替えスイッチを押してペダルを踏んで前進を続ける。私の放った次弾が道路の中央で相殺した。

 

しかし、その閃光で目がくらんだ一瞬の隙に放たれたビーム射撃が私の機体の腹部に直撃してしまった。前のめりに倒れる私の機体。

 

『勝った…!!』

 

勝利の確信の声。私は倒れながらも照準を合わせる。緊張で震える私の手をレミリアさんと早苗さんが握ってくれた。相手の次弾でこの戦いは終わる。それでも、私は奇跡を信じて止まなかった。

 

『あれ……嘘、カートリッジが…』

 

引き金を何度引いてもビームは発射されない。私は最後まで合わせていた照準を胸部にしっかり合わせて引き金を引いた。ビームが敵機に向かう。

 

通信の向こうでペダルを一生懸命に踏む音が聞こえた。敵機は棒立ちのまま動く気配はない。

 

『う、…動かない、ペダルが、操作を受け付けない!こんな、こんな結末…!』

 

悲痛な通信音声と同時に敵機の胸部に風穴が空いた。コクピットに直撃したため勝負はついた。リザルト画面が出る前に通信が切れたと画面に表示された。兎にも角にも、勝つ事ができた。

 

私達はハイタッチして勝利を分かち合った。

 

 

 

 

 

あの日の興奮は記憶に新しい。ゲーム…チルノの家にも筐体があった。遠い先の事にせよ、いつかゲームを作ってみたい。あの興奮を自ら創造したい。誰かに感動して欲しい。私はそう思った。

 

家電はしばらくはまだ売れない。娯楽品を作るうえでのいいヒントになるかもしれない。

 

「うへ、うへへ…」

 

「また笑ってる…。何がそんなに可笑しいんだ」

 

「いえ、別に。何でもないです」

 

にとりさんはため息をつくと、何か変な装置で変なものを作っていた。

 

「にとりさんは何を作ってるんですか」

 

「カラーボール」

 

「ちくわ部しっかりー!」

 

それはさておき、私が今作っているおもちゃ、もうちょっと安く作れない物か…。楽しく遊べるとは思うのだが、子供がお金を出して買うにはまだまだイマイチな値段だ。うむむ。

 

駄目だ。作りたいものがある一方でそれを作るための方法とかその他もろもろがからっきし思い浮かばない。私はおもちゃを放り出して寝転がった。私は近くに置いてあった花果子念報を見てみる。何か面白いニュースは…。

 

妖怪の数が増え過ぎている問題について書いてある。これにおいて人間の出生率を増やすべきか、妖怪の増え過ぎに対して妖怪側から手段を講じるべきかなどなど。

 

「淘汰&セッ〇ス強化月間…」

 

「突然何を言い出すんだお前」

 

「いえ、これです」

 

私は記事を見せた。にとりさんはしばらくそれを眺めていた。

 

「人口もそれとなく増えてるらしいんですけど、妖怪の増殖ほどじゃないんですよね」

 

「知らん。そういうのは妖怪のお偉いさんが考える事だ」

 

にとりさんは記事を放り出して言った。私は少し前の文々。新聞を取り出す。

 

「こっちには月の民の移住計画に書いてあります。既に工作員が幻想郷に交じっているとか、永遠亭が視察団の手引きをしてるとか色んな噂もあります」

 

「うちは手引きなんてしてない」

 

そう言いながら鈴仙さんが現れた。そういえば、在庫が切れたから品を注文してたんだった。彼女は段ボールをおろして私の持ってる新聞を読む。そしてため息をついて置いた。それから次号を探して一部の訂正とお詫びのコラムを見せてきた。

 

そこには誤解を与える記述と一部誤りがあったため訂正とお詫びを申し上げますという事が書いてある。永遠亭と月の民の関与を否定する内容だった。

 

「大きく誤報して小さく訂正。誤解は解けないまま、こっちは迷惑してるよ。『メディアはあらゆる権力を監視しています』とか言うけど報道局を監視する機関が、ファクトチェックが必要よ」

 

鈴仙さんはとても怒ってるようだった。花果子念報も拾って見ている。

 

「月のお偉方と師匠が、関係改善に向けて落し所を探ってるのは確か。でも懐柔はされてない。こちらの要求もあちらの要求も互いにとても飲めないものだから。だから私達だって幻想郷の一員として医療の支えになる様に努力してるでしょ」

 

逆に、幻想郷の人間の生命線となっている事を快く思わない一部の界隈もあるようだ。事実、今すぐ彼らが月の民側についた場合、医療の支援が全面的にストップされたら場合は混乱を極めるはずだ。彼らの教育により人間の里の医療知識のレベルは少しずつ上がっているとは思うが…。射命丸さんはその事についてあまり期待はできないと言っていた。

 

また、元は病気などの原因を妖怪や神様の怒りなどとして信仰心によっての治療を試みる動きが昔の風習として残っている事もあり結果的のその信仰心が神様に力を与えて治療に成功した事例が複数ある事から脱医学薬学を唱え信仰心を強めるべきとの主張もあるようだった。

 

「全く、古株からすれば何百年住もうといつまで経っても余所様なんだわ。それに力を入れて調査するんだったら月の民の工作員とかそういうのを調べればいいのに」

 

「じ、実在するんですか?」

 

「確かな証拠はないけど、いると思って間違いないしもっと警戒した方がいい。幻想郷が月の民にとっての非常時の移住先の1つとして幻想郷が上がっていた事実をもっと幻想郷の民は深刻に受け取るべき」

 

「何とか受け入れられればいいんですけど…」

 

「月の民にとって幻想郷の民がどう見えてて、どんな文化を築いているのかとかその辺を勉強した方がいいと思う。…とはいえ、この新聞がやった事みたいに偏った知識が広がるんじゃ私達へ反感が高まるだけだし…」

 

鈴仙さんは考え込むと深くため息をついた。かなり苦労しているようだ。私は奥からお茶を持って来て彼女に出すとお礼をいって近くに腰を掛けて飲む。私は袖をまくった。

 

「肩、揉みましょうか?」

 

鈴仙さんは時計を確認してからうなずいた。

 

「じゃあ、ちょっとだけお願い」

 

そう言いながら上着を脱いだ。私はワイシャツの上からグッグッと揉み解す。

 

「ああ…。さとりさんから聞いた事があったけど、あなた本当にマッサージ上手いんだね」

 

「資格とかはないですけど、こうやると母が喜んでたので。良かったら横になってください。背中に足までやりますよ」

 

「…じゃあ、言葉に甘えて」

 

背中はこのぐらいの力加減で…、足はここをこう曲げて、このあたりをこうグリグリッと。もう片方の足もこうして…。そうしていると電話が鳴った。電話に出ないなと思ってると、鈴仙さんはすっかり寝てしまってるようだった。

 

にとりさんが代わりに電話に出た。

 

「永琳か。にとりだ。お前ん所のウサギは今しがた寝てるようだ。…うん、そうかわかった。じゃ」

 

「なんて言ってました?」

 

「後1時間は起こさないでやってくれだそうだ」

 

「分かりました」

 

肩、腕、手、指…私は順番に揉み解す。起きる頃には少しは体が楽になっていると良いのだが…。

 

それにしても、妖怪の数の増加や人間の里の出生率や月の民の移住計画と工作員。悩む事は多くても個人にできる事は少ないものだなと思う。これから私がこの問題を受けて何かできる事ってあるんだろうか。ぼんやりと考えていた。




すみません、ちょっと頭が回らなくてややこしい所とか誤字脱字の見逃しあるかもです。前書きは最近本当に思い浮かばないです。


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26話 さとりvsこいし

クリスマスぼっちだからってなにも悲しくないです。
そもそも、恋人なんかいなくても充実してるんで実質リア充です。
別に恋人のいないクリスマスが悲しいだなんて思ってませんよ。
ぐすん。


「もし致死量が多くて盛れないなら、ママがフグ肝を買ったげる。もしふぐ毒に耐性があったなら、ママがラッセルクサリヘビ買ったげる。もし蛇か掻っ捌かれたなら、ママがカツオノエボシを買ったげる」

 

「球磨のやつ、朝からやけに物騒な曲を歌っているんだがなんだアレ」

 

「今日、外の世界ならクリスマスシーズンらしいんですよ」

 

射命丸さんは手に息を吹きかけて擦っている。私は元気よく店の前の掃除を進めている。いいじゃないか。私はただ歌を歌ってるだけ。私は今年もクリスマスボッチなんだ。

 

「…たなら、ママがアフリカマイマイを買って…あれ、誰か来ましたよ」

 

年末はあまり客も来ない。私は里からにとり雑貨店までの道を夢の世界を通してショートカットして来れるようになったから来てるが、本来休みだ。あの姿は、こいしさんとさとりさんだ。

 

この2人が一緒に同行している姿はめったに見ない。どうしたんだろうか。

 

「今の歌詞、冒頭は何を買ってあげてるの?」

 

こいしさんが元気よく聞いた。

 

「バラムツです」

 

「ひゃっほう!」

 

私はこいしさんとハイタッチした。さとりさんは道の途中で膝をついて息を整えている。途中からこてっと倒れてそのまま起き上がらなくなった。あの感じ、ずっとこいしさんに連れまわされたのかもしれない。

 

こいしさんは真っ先に駆けつけて、倒れている姉の体を抱き抱えた。

 

「誰か、誰か助けてください!!」

 

彼女が幻想郷の中心で哀を叫ぶとき、どこかで聞いた事がある感動の歌が聞こえてきた。しばらくするとにとりさんがポケットから携帯を取り出した。

 

「はい、もしもし」

 

射命丸さんと私はその場でずっこけた。

 

「どんなタイミングで鳴るんですかその携帯」

 

「なんだ、携帯電話を持ってくれと懇願したのはお前じゃないか」

 

にとりさんはため息をついた。まあそうなんだけれども。こいしさんはさとりさんの体を起こしてあげる。美しい姉妹愛だ…。そう思っていると、急にこいしさんはさとりさんの服を掴んで勢いよく投げる。

 

足が疲れてうまく動かないさとりさんはとたたたたた、と転ばない様に小走りに後ろに下がりながらあたふたする。こいしさんはさとりさんのサードアイを握ったままで、サードアイから伸びた何かがビヨーンと伸びている。すごく痛そう。

 

やがて限界までさとりさんが後ろにのけ反ると、まるでワイヤーロープから戻るプロレスラーのようにこいしさんお方に戻っていく。

 

「あわわ、あわわわわわわ…」

 

こいしさんは腕を横に広げ、さとりさんの喉に向かってぶつけた。

 

「おおっとぉ!こいしさんのラリアットが決まったァ~!」

 

射命丸さんがマイクを持って叫んでいる。こいしさんはすぐさまに抑え込んだ。射命丸さんは急いで駆け寄ってカウントを始める。カウントが2に入ったころ、さとりさんは大きく跳ねてこいしさん技から抜け出す。

 

何が始まるんです?

 

起き上がるさとりさん。こいしさんも起き上がった。こいしさんの先制水平チョップ。さとりさんの胸板の上でぺちりと言った。さとりさんが水平チョップを放つ。およそ平手が肌にあたって出る音とは思えない音が聞こえた。

 

「あ゛い゛っ!」

 

おおう…。こいしさんよろめいた。さとりさんは素早くこいしさんの後ろに回り込むと腹回りに腕をやろうとするが、そんなさとりさんの更に後ろに回ってこいしさんが抱き着いた。からのジャーマンスープレックス。

 

ぐったりするさとりさんを再びこいしさんが抑え込むと射命丸さんが素早く駆け寄ってカウントを取ろうとする。もちろんのごとく、カウント2で振りほどく。

 

今度はさとりさんの方が起き上がるのは早かった。こいしさんを立ち上がらせる。そしてこいしさんのサードアイを握ったまま彼女を放り投げ、戻ってきたところをラリアット。こいしさんの喉にヒットして地面に倒れるも、首跳ね起きで瞬時に起き上がってさとりさんのサードアイを掴んでさとりさんを放り投げる。

 

帰って来たさとりさんにこいしさんのラリアットがヒットするかと思いきやさとりさんもバク宙で回避、さとりさんはこいしさんを持ち上げてバックブリーカーに持ち込もうとするのを身体をねじってさとりさんの首に股をかけヘッドシザースホイップ!

 

っと、ヘッドシザースホイップを受けたさとりさんは足を地面について着地して耐え抜き、すり抜けて体制を立て直すこいしさんの背後から飛びついて後ろ首から座る様に股で挟んで後ろへ返りリバース・フランケンシュタイナー!

 

そしてさとりさんはこいしさんを抑え込むと、カウント3で決着した。

 

射命丸さんは高らかにさとりさんの腕を上げて勝利を宣言する。

 

「なあ、私達は一体何を見せられてたんだ?」

 

「さあ…」

 

あんなにアグレッシブに動くさとりさんは初めて見た。

 

 

 

 

さとりさんとこいしさんは電気ストーブの前に座っている。

 

「年末の忘年会も近いですね。お三方は参加されるんです?」

 

忘年会か…。今まであまり意識することはなかったな。

 

「私は行きますよ。正月はゆっくりしたいライバル社も多いので良い感じのスクープや取材ができれば他を抜いていい成績が取れそうですしね」

 

仕事熱心だなぁ。私はそう思う。

 

「私も参加する」

 

にとりさんも参加するのか。ちょっと意外だった。

 

「私はこの間の一件もありますしパスです」

 

射命丸さんはニコニコしながら私と肩を組むと、一緒に行こうと誘って来る。私は年始の新聞のネタになるつもりはない。もちろん断った。にとりさんも顔を広げて多くの妖怪と知り合いとなるべきだと勧めてくれるが、下手を打てば悪評を広める事になると説得した。

 

鬼に酒を勧められたからで、酒は自分のペースで飲めば大丈夫だとは言われたが…。もし酒の席で皆に告白して回った日には一生夢の世界で暮らす事になる。それだけは避けたい。

 

「まあ、参加のするかしないかは個人の自由ですし。それはさておき、博麗神社での宴会とは別に私達も集まって忘年会やりませんか?ビジネスライクってだけなのも寂しいですし親睦を深める事も兼ねて」

 

「シラフで良ければ私も参加したいです」

 

「ヒャッホォウ!無礼講じゃー!」

 

こいしさんが不思議な踊りを踊っている。今ここにいないメンバーで言えば早苗さんとレミリアさんと永遠亭の誰か。

 

現時点では確定ではないものの、およその予定日時を決めて話をした。私はレミリアさんと早苗さんと永遠亭事務所に連絡をする。しばらくすると帰って来たが、早苗さんは途中までなら、レミリアさんは年末は催し事があるため遠慮するとの事だった。永遠亭からはどういう訳か輝夜さんが来ることになった。

 

場所についてにとり雑貨店の空き部屋で行う事になった。輝夜さんの個人メールアドレスを教えてもらったはいけれど、何について話せばいいのか分からない。会う前にあいさつだけでもしておこう。

 

『球磨です。今度の忘年会、よろしくお願いします』

 

送信した。すぐに帰って来た。

 

『球磨っち、イクスの初心者って絶対に嘘っしょ』

 

『イクスってなんです?』

 

『とぼけちゃってぇ…。今度うちに遊びにおいでよー』

 

何か想像してたよりフレンドリーな人みたいだ。とにかく、また今度遊びに行く事にした。

 

 

 

 

 



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27話 2人目の外来人

いとこを探しに山の中を探索していたら、いつの間にか変な所についちゃった。
未知の生き物に追われていたら、見知らぬ人に助けられて…。
その人、私のいとこと同じ名前みたい。
失踪後、大掛かりな捜索があって見つからなかったなら…、もしかしてここへ来たのかも。
私は覚悟を決めてここでいとこを探す事にした。


ザッザッザッザ…。私は必死に走った。ここは一体、どこなの…。草木をかきわけ、安全な場所に向かって走る。でも、そんな場所は一体どこにあるというのか。具体的な行先の分からない全力疾走は体力を激しく消耗させた。

 

未知の存在が私の後ろまで迫っている。その獰猛な爪が、鋭い牙が私を引き裂かんと追っている。

 

「助け、助けて…」

 

叫ぶ余裕はない。意味もなく小声でそう言いながら走った。

 

やがて、開けた土地にやって来た。月が見える。こんな状況だというのに、そこからの風景は私の心を奪った。そして、月明かりに照らされて誰かが座っていた。こちらに気付いたようで、立ち上がる。

 

その人は虚空から銃の様な、斧の様なものを取り出すと目にもとまらぬ速度で後ろにいる何かを瞬時に倒していく。時に弾を放ったり、直接切ったりしている。背後に一体の敵が出現する。

 

「危ない、後ろ!」

 

私が叫ぶと、背後の敵に気が付いたようで振り向きざまに弾を放った。

 

やがて片付くとこちらにやって来た。

 

「間に合って良かったです。お怪我はありませんか?」

 

見た目は中世的でわかりづらかったけれど、声は女性の者だった。

 

「は、はい。ありがとうございます。助けていただいて…」

 

「…あなたは……人間の里の者ではありませんね。もしや、ビル街の並ぶ所より来られたのでは?」

 

「はい?…あの、ここは一体…」

 

「夜は妖怪も妖精も多くいます。ここは1つ、私を信じて何も言わずついてきていただけませんか」

 

えっと…。悪い人ではなさそう。それにさっきの…この人の言う所によると妖精や妖怪に遭ってしまえば私の命もあぶない。今は彼女の言う事を聞くのが賢明だと思った。私はうなずいて彼女のあとをついて行った。

 

その後、まるで舞台のセットの様な場所に連れていかれると服を渡された。正直、ちょっとダサくて着たくなかったけど言われたとおりに着た。

 

それから彼女は私に少しのご飯を分けてくれた。それを食べると、渡してくれたちょっと変わった歯ブラシと水で口をゆすいだ後に寝た。

 

 

 

 

翌日、朝早くから起きると彼女はすぐに私をどこかへ連れていくつもりみたいだった。

 

「まだちょっと眠いです」

 

「すみません。急ぎ用なもので…。しかし、あなたの元居た世界の事…どうしましょうね」

 

「親には1人で1週間旅に出るって言ってあるので大丈夫ですよ」

 

彼女は勇敢だと私を褒めてくれた。別に私のこの旅は勇敢でも何でもない。半ばは自暴自棄の行為だったともいえる。親の事だって、返信は待たなかった。

 

そろそろ相手の名前が知りたい。私は彼女の名前を聞く事にした。

 

「あの、名前を伺ってもいいですか?」

 

「球磨って言います。漢字はこう書きますよ」

 

彼女はその辺の枝を拾うと、砂の上に書いて見せた。

 

「球磨さんか…。私のいとこと同じ前ですね」

 

「珍しい偶然があるもんですね。あなたのお名前は?」

 

「伊丹って言います」

 

球磨さんは手荷物を落としてしまった。それから私の方を向く。何を考えているのかは分からなかったけど、その表情は普通ではなかった。どうしたんだろう。

 

私は落した荷物を彼女に渡すと、にっこりと笑って見せた。

 

「すみません。早起きは慣れてないもので、ぼーっとしてしまいました」

 

「いえ、いいんです。昨日は守ってもらって…本当にどう感謝していいか…」

 

「持ちつ持たれつ。よくある事です。…実は、私もここに来たのは最近でしてね」

 

球磨さんは色んなことを話してくれた。ここに来たときは同じように追われていた事。人間の里という場所に来てから、可愛い小傘の妖怪に追われた事。河童の里という場所で沢山勉強した事…。

 

自分が偏狭だったばかりに多くの人に迷惑をかけてしまった事、多くの出会いが自身を変えた事。いっぱい話してくれた。それを話す彼女はどこか楽しそうで、嬉しそうで、悲しげで…。感情豊かな人だと思った。

 

でも、ただ1つの事は言わなかった。それは、ここに来る前の話。

 

「あの、球磨さんはここに来る前はどんな人だったんですか?」

 

「ははは。伊丹さんは人の話をよく聞く人なんですね。でも私、ちょっとしゃべり疲れてしまって…。今度は伊丹さんの話を聞いてもいいですか?」

 

「すみません、ついつい聞き入っちゃって…。何だか、球磨さんとは初めて会った気がしなくて」

 

「…初めてじゃ、ないと思います。私達は…」

 

「え?」

 

「あ、いえ何でもないです!」

 

変な球磨さん…。私は元来た世界での生活を話した。生まれはお金持ちで、習い事とか沢山して来た事。お友達は沢山いたけれど、お父さんとお母さんはちっとも構ってくれなかった事。

 

進学高校は自由に選ばせてもらえなかった事…。

 

「おかしいですよね!娘の成長なんて見てこなかったし、授業参観だって、運動会だって来なかった。なのに、将来の事は親の都合で勝手に話を進めちゃうんですよ?あはは…」

 

球磨さんは指で私の目元を拭いてくれた。気が付かなかった。笑い話にするつもりが、泣いていたなんて。

 

「私、子供の頃にいとこと良く会ったんです。その子が球磨って人だったんですけど…。とても鈍臭くて。最近の流行なんか分かっちゃいない!勉強もできなくて、『うちの子も伊丹ちゃんみたいならな』って実の両親にさえ言われる始末で!」

 

「……………」

 

「なのに、なのにいつも両親が彼女の傍にいるんです。気を引くような事をしたわけでもなく。勉強でいい成績を取る事も、賞を取ったわけでもないのに。当たり前のように…」

 

球磨の事を喋る彼女の両親は、謙遜のために彼女を貶める様な物言いをしていたが、その愛はそれを語る表情や声色からしっかり伝わってきた。とてもかわいい愛娘なんだと。あの子のために作られたブサイクな人形、あの子の趣味の茶碗、シャツ。私は球磨が憎かった。

 

私の両親は、私の誕生日の日にさえまともに祝ってくれなかった。

 

「なのに、あの子はまるで自分だけ不幸なんだって顔をしてて…大嫌いだった。…あの子と合わなくなって数年、失踪事件を聞いて思い出した。親からの虐待の事とか死んだ事とか…後から知った。あの子も、私の知らない所で沢山、たくさん悩みを抱えてたんだって」

 

球磨さんは私の肩に手を置いた。ただ前を向いて歩く彼女の横顔からは、感情を読み取れそうになかった。温かい。私は少し彼女との距離を詰めた。

 

「私、球磨に謝りたいんです。自分だけ不幸だって思ってたのは私だった。友達になってほしいって。会いたいって、そして目撃情報があった山を歩いていたら…ここに来てしまったんです」

 

気が付くと、鳥居の前にやって来ていた。ここは…神社。

 

「会えますよ、きっと。それに…その人だってきっとあなたに会いたがってます」

 

「そうかな…。そうだといいな」

 

私は精一杯の笑みを作った。

 

 

 

 

 

「誰、その子」

 

「伊丹って言うみたいです。外来人みたいですよ」

 

球磨さんはニコニコとしながら言う。外来人…。同じ日本人にそう言われた事はなかった。球磨さんは巫女服の女性に何かを説明している。彼女の名前は霊夢さんなんだとか。霊夢さんはどうも何か腑に落ちない様子だった。

 

結界がどうとか、こうとか。

 

「霊夢ダックってやつなんじゃない?」

 

空間に穴が開くと、この世の者とは思えないオーラをまとった女性が現れた。彼女の名前は八雲紫という大妖怪らしい。迂闊な言葉喋らないように念を押された。

 

「レームダックもレイムダックも散々ネタにされてうんざりだわ。私は気を緩めたりしてないって」

 

「だといいけれど」

 

紫さんは私の方を向いた。じっ…と、まるでガラスケースの中身でも見るように覗き込む。

 

「YOUは何しに幻想郷へ?」

 

「あの…何か良く分からないうちに来ちゃって…」

 

「…あなたが望めば今すぐに元来た世界に帰してあげるわ」

 

皆の視線が私に集まる。私は…。

 

「探してる人がいるんです。その人が、ここにいるかもしれなくて…。だから、まだ帰りたくありません」

 

紫さんはふうむ、と扇を広げて口元にあて考える。何を考えているか分からないが、考えた所で分かりそうにもないので深く考えない事にした。霊夢さんが探している人物の事を聞いてきたので、私から知ってる情報を話す。

 

名前の時点で指を差されたのは私をここに案内してくれた球磨さんだったが、本人は否定をしている。私もうなずいた。私の知っている球磨って人は、もっと芋臭くてあか抜けない人だった。不思議と、球磨さんは私を返したがっているように見えた。

 

「いいですか、伊丹さん。わずかながら幻想郷とあっちの世界は時間の流れが異なります。ここで過ごす3日が、向こうで半日だったり1週間後だったりするのです。ここにいるという確証がないのなら、帰るべきです」

 

「申し訳ないけれど、ここで帰らない道を選択したら最低でも1か月はここに滞在してもらう事になるわ。今回の結界の件は目に余る。調査と強化をする必要があるの」

 

「大丈夫です。何とかしてみせます」

 

球磨さんはまだ何か言いたげだったけれど、諦めたようだった。

 

「ようこそ、幻想郷へ」

 

紫さんはこの地、幻想郷へ歓迎してくれた。ここで何が待ち受けているのか…。気になる。両親の事も気にならいないわけじゃない。でも、私が失踪して心配してくれるならそれはそれで心配してもらいたい。もし気にもならないのなら、また失踪してみてもいいのかもしれない。

 

何にせよ、私はここでいとこを見つけたかった。

 

博麗神社という場所を後にすると、球磨さんの元でお世話になる事になった。

 



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28話 球磨と一緒に球磨さがし

私は伊丹。いとこを探して、最後の目撃情報を頼りに捜索していたら幻想郷という…。
異世界?異空間?どう表現したものか…は分からない不思議な場所に迷い込んでしまった。
そこで球磨という私のいとこと同名の人物に助けられた私はここでいとこを捜索することする。

夜、彼女の家で過ごすにあたってここでの注意事項をいくつか聞いた。基本的に相手が人間かどうかわからない場合は必ず敬意を払う事や、敵わないと分かった相手に対しては丁寧な対応か逃亡を試みるとか、困ったときは神社や寺などを頼ると助けてくれることが多いとか…。

ここでの生活は向こうの世界とは違って毎日がエキサイティングなのだそうだ。
…ところで、球磨さんがここに来たの最近って聞いたけどそれって…まさかね。


私は外の世界でいう所のスーパーの様な場所に来た。外装は大きな駄菓子屋さんみたいだけれど…。何やらごてごての機械がたくさん売ってある。どれも奇抜なデザインで…。

 

店内にはまだ客はおらず、カウンターに2人の少女がいた。1人はカウンターに突っ伏してうなされており、片方はピンク一色のミニフィギュアを少女に向けて並べて遊んでいる。

 

「うーん、うーん……そのキュウリは何もかけんでも美味しいんよ、そんなドレッシングをどばどば掛けたら素材の味がわからんて。お前は何もわかっとらん…」

 

どんな夢を見てるんだろう…。

 

「今、寝言を言ってるのがにとりさん。隣でフィギュアを並べてるのはこいしさん」

 

「最近、存在感が出て来て認識される様になったけど可能な悪戯の幅が狭くなって辛い」

 

こいしさんは何か特別な悩みを抱えている様だった。

 

「おいやめ、やめえや。もうお前きゅうり食うな!ほら、寄越せきゅうり!お前に食われるぐらいなら私が食ったるけ!おいゴルァ寄越さんか!お前を頭から丸かじりにしたろかい、ええ?!」

 

にとりさんと呼ばれる少女の声が段々とドスの利いた声になって来た。超怖い。1人でカウンターの先の空気を腕でわしゃわしゃと掻いている。

 

こいしさんはその様子を見てけたけた笑っている。球磨さんは和やかな表情で眺めている。

 

「おうおうおうナメ腐りやがって、ええ度胸やないけ!◯◯の穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたろかい!」

 

ついに足までバタバタさせだしたにとりさん。椅子から転げ落ちてしまった。「ふんがっ!」と叫ぶと、跳ね起きて辺りを見渡す。

 

「ゆ、夢か…」

 

にとりさんは目の当たりをこすると背伸びをして椅子に腰をかけた。球磨さんは買って来たきゅうりを渡した。にとりさんはお礼を言ってからそれをボリボリと食べる。

 

球磨さんは私を紹介している。ここでは私も生きるためにお金を稼がなきゃいけない。一通り紹介し終えると、にとりさんは黙って私を見てもう1本のきゅうりをかじる。

 

「あんたもここに来たばかりで右も左も分からないんだろけどねぇ、こっちも賃金を払う立場なんだ。そう黙って棒立ちされたって、ちっとも労働意欲を感じないよ」

 

「私は伊丹と申します!生まれてこの方コンクリートの牢屋で勉学に励んでおりました。そっちのでの知識がどこまでこっちで活かせるかわかりかねますが、何卒雇ってください!」

 

面接なんて考えていなかったので、勢い任せで変になってしまった。先生はとにかく誠意だと言っていた。

 

「勢いは買うけどそれまでだね。こっちだって慈善事業でやってるんじゃないんだ。あんたを雇う事に何のメリットがある。それを教えてくれなきゃ。謙遜と卑下は違う。しっかり長所はしっかりアピールしなきゃ」

 

球磨さんがにとりさんに何か言おうとしたが、私は止めた。ここで食い下がらなきゃ駄目だ。にとりさんはさっきより体勢が前に出ている。相手に人間の仕草に通ずる物があるなら、きっも関心がある時の仕草。ここに入った時からこの広さに対してそれほど店員がいない事について気になっていた。

 

そこから予想をしてはったりを決めよう。

 

「見やればこの店は少数精鋭。各々が役割分担を充分にすればこそ、後回しにしがちな雑務があるのでは。店の掃除、チラシ配り、お茶汲み、客寄せ、届かぬ痒い所は多々あるはず!必ずお役に立てるはず、お願いします!!」

 

「それじゃ、よろしくね」

 

にとりさんはそう言うと私にここで働く許可をくれた。嬉しかった。入学の面接試験の時もやったけど、とても事務的で淡々としていた。こんな面接もあるのか…。あるいは入社試験はこんな感じなんだろうか。いや、今は余計な事はいい。

 

気を引き締めて職務にあたろう。球磨さんも心から歓迎してくれた。そういえば、こいしさんという人にあいさつがまだだった。私はビシッと背筋を伸ばして頭を下げた。

 

「こうし先輩、よろしくお願いします」

 

「んぇ!?、私ここの店員だったの!?」

 

 

 

 

私はトランプタワー5段目を作った。なんでこうなってしまったのか…。初めは出来心だった。客は来ないし、にとりさんは寝ているし球磨さんはでかけていたので私は暇つぶしに空いてる机でたまたま置いてあった外界からのアイテムのトランプを使ってタワーを立ててたのだ。

 

やがてお客さんが来ると、私は接客をしようとした所タワー建設を続けるように言われ、3段目を組み立てたあたりでにとりさんも気が付いてしまう。注意するどころか、悪ノリで私の挑戦を促すにとりさんの言葉でついに5段目まで来てしまった。

 

ついさっきまで足を踏み鳴らし手を叩いて伝説のロックスターの歌を歌っていたこいしさんさえ黙ってこちらを眺めている。お願い、拳を上に突き上げて歌ってください。

 

「でやぁぁあああ!!」

 

窓を突き破って誰かが入って来た。おかげで6段目のトランプタワーが崩れてしまった。その人は新聞紙を片手ににとりさんに渡した。

 

「はい、今週号です」

 

「おい、鴉天狗」

 

にとりさんは私の方を指差した。床に散乱したトランプを見て口元に手を当てて驚く。そして彼女はこちらにやって来てトランプを拾い集めて私に渡してくれた。

 

そして向かいに座ると、どこかのコインを10枚取り出してどさりと机に置いた。

 

「姫海棠はたての魂のコインを10枚賭けよう」

 

違うそうじゃない。

 

そう思っていると入り口からツインテールの少女が入ってきて厚紙でできたハリセンでスパァンと鴉天狗の少女の頭を叩く。そして出ていくと、その少女も後を追って飛んで行った。何だ今の。

 

「この幻想郷では常識に囚われてはなりませんよ」

 

どこからか声が聞こえたかと思うと、人が目の前に現れた。今度はなんだ。

 

「なんで何もない所から早苗が生えてくるんだ」

 

「まるで人を野草みたいに言わないでください」

 

早苗さんは改装された壁の一角を叩くと、中から社が現れた。

 

「分社です」

 

「何勝手な事してくれてんだお前」

 

そういえば、球磨さんが改装費の一部は守矢神社が負担してくれたと言っていた。まさかこういう事だとは…いや、どういう事??理解に苦しむ私を見ていると、早苗さんと呼ばれた巫女服の女性は私に丁寧に説明してくれた。

 

「いいですか、分社というのはですね。オープンワールドゲームでいう所のファストトラベルポイントみたいなもんなんですよ」

 

「えぇ…」

 

衝撃の事実だった。あれファストトラベルとして使えるんだ…。いや、それとも巫女ジョーク???

 

ここでは仕事の事で覚える事が多いが、まずはこの地になれるまでに正気を保っていられるかの方が不安になるのだった。

 

 

 

 

基本的に私の休日は球磨さんと同じ日になっている。というのも、人探しが目的と言う事もあって様々な場所に行かなきゃいけないので一介の人間である私は誰かと同行しなければ自分の身1つ守れやしないのだ。慣れてきたら他の誰かに頼んでもいいかもしれない、とか言っていたが…。

 

今の所、ついていけそうな人がいない。

 

まずは人間の里だった。電気は完全に通っているわけじゃないが、各所に充電ポイントが作られている。電気自動車の充電ポイントの様ではなくて、サイズ別にロッカーの様なものがあって離れらるようになっているようだ。

 

こっちではスマホは使えない。ここから出た時のために節電していたが、私のスマホの充電は変圧器を使えば何とかなるかもしれないらしい。まぁ…ちょっと怖いからどのみち今は使わない方向性で行きたい。

 

人間の里というだけあって人間が集中しているのだが、見渡せば妖精なり妖怪なり半妖なりいろんな物が行き交っている。初めはいつ襲われるかと思ってビクビクしていたけれど、時間とともに思う程相手を恐れなくていいと分かると少し気が楽になった。

 

妖精からは荷物を取られたり、買ったお菓子取られたりして困らせられた。まぁ、貴重な体験かもしれない。そんな風に思う。結局ちゃんと取り返したので問題ない。

 

全部は回れなかったけれど、どんな人に聞いても私の探している球磨という人物は知らない様子だった。

 

村の中で霊夢さんと会った。

 

「探してる人、まだ見つからないの?」

 

「ダメみたいです。幻想郷には来ていないのかな…」

 

「どんな人なの?」

 

「あ、今イラストを描くので待っててください」

 

私は地面に枝でさっさと絵を描いて見せる。彼女は球磨さんの方を向いている。

 

「あんたでしょ」

 

「いえいえ滅相もない」

 

「そうです。私の知ってるいとこの球磨はもっとダサい服を着ていて、漫画みたいな丸眼鏡をしていて、日陰に生えたキノコのように陰鬱な人なんです」

 

霊夢さんはジト目で球磨さんを見ている。球磨さんは何か思いついたように懐から何かを取り出すと、可愛い小包を取り出して霊夢さんに渡した。

 

「あ、これ山吹色のお菓子です」

 

「うむ。苦しゅうない」

 

霊夢さんは袂にしまうとどこかへ行ってしまった。何だったんだろう。

 

「山吹色のお菓子って美味しいんですか?」

 

「ええ。それはそれはとてもとても甘露なものです」

 

食べてみたいなぁ。山吹色のお菓子。



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最終話 またいつか

ここでの生活もすっかり慣れてしまった気がする。とはいえまだ3日目で不慣れな事もたくさんあるけど。ここには、がさつだけれど非常に情に厚いにとりさん、軽口の絶えない姉御肌の射命丸さん、常識に囚われない早苗さん、暮らしを教えてくれる球磨さんがいる。

 

誰も私の在り方に口出しをしない。行いへの責任は自分で負う代わり、その考え方は尊重される。それが私は嬉しかった。

 

今日は休み。今日は魔法の森に行った。迷ったら出られない様な気さえしたけれど、球磨さんは何故かあの森の中を方向感覚を狂わされる事なく歩ける。時々、妖怪や妖精に苦戦もしたりしたけど無事に帰ってこれた。

 

私達は茶屋で団子を食べていた。

 

「あなたの探してる球磨さん、ここにはいないもかもしれませんね」

 

「…いえ、きっとどこかにいます。何故だかわからないんですけど、確信に近い何かを感じるんです」

 

「そうですか…。でも、ここに来てもう5日目。連絡1つなしじゃ、親御さんも心配しておられるのでは?」

 

「してませんよ。いてもいなくても同じなんです。今頃、私の代わりでもこさえてるんじゃないですか?」

 

私は笑ってみせる。そして静かに団子を1つ食べる。私はもしかしたらもう、球磨がどうとかじゃなくて…ここから離れたくないのかもしれない。

 

「球磨さんは、私に帰って欲しいですか?」

 

「いえ、そんな事は…」

 

「そんな風に聞こえるんです」

 

彼女は返す言葉に困って黙ってしまう。ちょっときつく言いすぎてしまっただろうか。分かってる。彼女は私の両親の事を知らないから、きっと心配しているんだと勘違いしているんだ。

 

でも、私にはわかる。あの2人は絶対に心配はしていない。今頃、大好きな仕事の事で私の事など頭の隅にもないだろう。

 

だから、私もここで暮らすにあたって両親の事なんて少しも考えたくない。忘れ去りたい。

 

「私にも、ロクでもない両親がいました。父は酒に溺れて家族に暴力をふるい、母はそんな父の事を想い、死ぬまで慕い続けました。みじめでしたよどちらも」

 

「球磨さん?」

 

「あんな風な人間になりたくないって思いました。利己的に生きる事のみが幸せへの追求で、恋愛なんて自分を不幸にするだけだって」

 

彼女はため息をつきながら目元を抑えた。もしそうなら、やっぱり彼女は…。

 

「ずっと死ねばいいのにって思ってました。父も母も。…血筋だからでしょうか。血の繋がりがある他に何の縁もなくて、感情もなかったはずなのに。会えなくて辛い時がたまにあるんです」

 

彼女は目元にあてていた手をどける。すると、何かがチカッと光って見えた。振り返ると、私が昔見たあのダサくて大きな丸眼鏡がかけてあった。間違いない。

 

目の前にいる球磨は、いとこの球磨だった。

 

「私の両親にはもう会えない。でも、あなたの両親は生きている。自分の気持ちを態度で示して、親と真剣にぶつかりあうべきだと思います。このまま別れるなんて、きっとお互いに辛いだけですよ」

 

それから、また沢山の事を話してくれた。自分の父が妖怪だった事や自分が半妖である事。能力についてとか、もう元の世界に変える気がない事。自分が稚拙だった事も。

 

酒に溺れるまで、自身を愛してくれた父親の愛を。父の事を気にかけながらも、必死に我が子を支えて愛していた母の愛を。それを見下して、馬鹿にしていた自分の愚かさを嘆いていた。

 

私はその話をただ聞いていた。球磨はただ項垂れるの両肩を掴んだ。

 

「もし、もう何もかもがダメだと思ったらまたここへおいで。そしたら、一緒に暮らそう」

 

「本当に…本当にまた会える?」

 

球磨はうなずいた。眼鏡を取る。

 

「もし、向こうの世界に自分の居場所がなくなったなら…私が、伊丹のい場所になってあげるから」

 

「約束だよ」

 

「もちろん、約束する」

 

 

 

 

 

異変。それは妖怪側が起こし、人間が解決するもの。近頃問題になっていた結界についての問題は、球磨さんが作る夢の世界が影響しているとの事だったらしい。これを利用すれば出入りが簡単になるが、外との隔たりが弱くなるので良い事ではない。

 

今回はこれを利用して、私が迷い込んで来た方角の一部の箇所に負担を集中させ、突破口を開くつもりらしい。空間を広く大きくする事で負荷をかけると同時に外界へのゲートを1人分開く時間を稼ぐ算段だ。

 

私を元来た世界に帰すためにひっそりと準備していたらしく、もう穴は充分に広がっていた。私はもうすぐ帰れる。私が帰らないと駄々をこねたらどうするつもりだったのか聞いた所、その時はその時に考えるつもりだったらしい。

 

にとりさんがぜえぜえ言いながらやってきた。

 

「おい、球磨。別れを惜しむ気持ちはわからんでもないがもう時間がないぞ」

 

直に霊夢さんがやって来る…。

 

「しばらくはどうしても会えないんだよね…」

 

「うん。私の夢の世界への対策とか強化とか色々兼ねてしばらくは出入りは厳しくなると思う。でも、ここは完全に隔離された世界じゃない。外とのつながりはいつまでも残り続ける。それはきっと遠い先の事になるけど、君がここへ戻りたいと思えばまた来れるはず。…両親と上手くいったなら、ここへの思いは胸に仕舞い込んで2人を大切にして欲しい」

 

「…うん、わかったよ」

 

球磨は私を抱きしめてくれた。そして離れる。ゲートに向かう最中、手を振る球磨とにとりさんを何度も振り返った。霊夢さんがやって来たのが目に入ると、私は涙をぬぐって走ってゲートの先へ走って行った。

 

きっとこれが今生の別れじゃない。寂しかったけど、私はそんな気がした。

 

 

 

元来た世界に戻ると、山の麓にいた。確かに元の世界に帰って来た。私はただぼんやりと遠くを眺めた。私はスマホの電源を入れた。充電はできたから、向こうでの写真はそこそこ残っている。

 

辛くなった時はこれを見て思い出そうと思う。

 

私は親の人形にはならない。自分の意志を示す。自分なりの形で親と向き合う。電源が入ったスマホを見ると驚いた。向こうで5日間はすでに過ぎていたのに、こっちではまだ2日しか経っていなかった。

 

ああ…こんな事ならまだもう少し向こうにいればよかったかな。なんて思う。だけど、もうしばらくは戻れない。私は覚悟を決めて山を下りて行った。

 

 

 

 

 

ー後日。

 

 

 

異変も2回目。まあ瞬殺だった。結界に関与する事なのでまあ怒りもごもっともで、今は毎日こうして神社の掃除なり雑巾がけなりしている。

 

退治され終わると、射命丸さんが取材に真っ先に駆け付けて来た。何というか、異変を起こすのを知っていたかの様だった。夢の世界の事と結界の関係の事、とっくに見抜いていたのかもしれない。

 

たまににとりさんと竹ぼうきでちゃんばらをして、バレて拳骨されたりした。

 

伊丹の前では強がったが、博麗神社の周りにいる妖怪は私にとっては未だに手強く気軽に行ける場所じゃない。早苗さんが博麗神社にある分社へのワープ先に私たちが利用できるように設定してくれたので、何故か行ける。

 

早苗さんにどうして私達もワープできるのか聞いた所、「ホンニャラホニャララ」という事なので、あまり深く追求しない方がいいんだろう。

 

それにしても掃き掃除が進まない。この竹ぼうき、もう買い替え時なんじゃ…。

 

「じゃーん、これなーんだ」

 

にとりさんが何か持って来た。あれは…手荷物タイプの小型送風機だ。掃除が面倒だったにとりさんはついに作り上げたらしい。カチッとボタンを押すと木の葉とかがブワーッと押し出されてラクラクと集まる。

 

これは便利だ。

 

にとりさんが私の分もくれたので、一緒になって葉っぱを集める。そこに霊夢さんがやって来た。

 

「こら、ズルをするなズルを」

 

どうして神社を竹ぼうきで掃除するのかと言うありがたい説教を聞かされた。まあ、そういえば小型送風機で掃除してる神社とか寺ってみませんね。はい。

 

「いいじゃないか。もう年末なんだぞ。皆自宅でこたつで温まってる時期なんだ。こっちだって早く帰りたいんだよ」

 

にとりさんは文句を言う。霊夢さんはため息をつくと、残りの所を終わらせた。

 

「あんた達もしばらく目立つ行為は控えておきなさいよね」

 

「「はい」」

 

「それじゃ、よいお年を」

 

そうして私たちは博麗神社を後にした。

 

 

 

 

店に帰ると、大ちゃんがカウンターで手を振っていた。本当はカウンター仕事はチルノがやる予定だったのだが…今、チルノは隣のホールで演歌を歌っている。CDを作るための音声収録スタジオを作っていると、それが射命丸さんにバレて発表された。すると、音楽に関係する妖怪や人間が集まった。

 

スタジオ完成まではまだ期間があるので、ここでライブをしたり集客したりしてPRしている。様々な音楽の方向性への追及からホリズムリバー楽団が歌に合わせて搬送したりもしている。私はにとりさんと相談して今後はカラオケを作ったりできないかも話を進めている。

 

「球磨、ぼーっとしてないで仕事するぞ。従業員が1人減ったから忙しいんだ」

 

「はい、今行きます」

 

今年は人生で最高の年末だ。来年もきっといい年になる。これからすべき事、やりたい事を胸に今年最後の仕事に精を出すのだった。

 

 

 

…終わり




途中途中、忘れいてた設定とか回収し忘れた伏線とか思い出したりして、シナリオがごてごてしてしまって綺麗に追われませんでしたが何とか最終回を迎える事が出来ました。拙筆ながら、ここまで読んでいただいた方に感謝です。ご愛読ありがとうございました。


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