ウルトラエヴァンゲリオン (黒兎可)
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第壱話「シ徒、再来」

筆者「エヴァ二次創作ネタをいくつか思くんだけど、どれも並行で書く余力ないしなー、気晴らし程度にしても全部は続けられないし...」

フルパワーグリッドマン!

筆者「そうだ! 全部のせすればいいんだ!」
 
みたいな流れで発生した何かです; お暇つぶし程度にどうぞ


 

 

 

 

 

『――――本日、十二時三十分。東海地方を中心とした関東・中部全域に、特別巨獣避難警報が発令されました。住民の方々は、すみやかに指定されたシェルターへ避難してください。繰り返します。本日、十二時三十分――――』

「――あああぁっ、ちょっちしくじった! よりによってこんな時に見失うなんて……参ったわね、GPS的にはまだシェルターまで逃げてないと思うんだけど……」

 

 シルバーと赤に彩られた車が、人気のなくなった都市を走る。速度は到底法廷指定を守っていると思えない加速。運転している女性の苛立ちがあらわれているが、さもありなん。もっとも路上に停車している車もまた存在しせず、取り締まる誰かしらも存在はしない。

 と、車中に搭載されたカーナビに通信が入る。パネルを軽く操作すると、画面には「SOUND ONLY」の文字が躍る。車中に響く声は、慌てた女性のもののようだった。

 

『――隊長、個体怪生物が接近しています。クラスは巨大型です。パイロットの回収をお急ぎください』

「急かされなくってもわかってるわよっ。って、それって碇司令官から? マヤ隊員」

『いえ、先ぱ……、赤木副隊長からです。大方、東西南北の設定を間違えたか何かして迷子になったんだろうって』

「そ、そんなことないわよ! ちょっちハンドルを切るのを失敗しただけで……。もうすぐ見つけられるはずだから、どーんと安心してなさい! だからもうちょっち待ってて!」

 

 通信機越しに別な女性の声。「これ、入り口で私が待機してないと二度手間になりそうね」とあきれた風に切られた。それに冷や汗を浮かべながら「飛ばすわよっ!」と運転が更に荒くなる。

 独り言をしながらも、ついに車のメーターは100キロをオーバー。猛烈なエンジン音を響かせつつコーナリングを切る。猛烈なタイヤの摩擦音と、それでもなお速度を落とさず走り続ける様は、妙な迫力が存在した。

 

「まぁ普通の怪生物だったら『コウジ』君あたりでどうにかしてくれそうだけど……。なーんか嫌な予感なのよねー、ちょうど『エヴァ』のパイロットがこっちに来る日に怪生物の襲来なんて、できすぎてるじゃないの――――」

 

 

 

 

 

 女性の運転する車は走る。

 その上空を、4機の飛行メカが飛ぶ。オレンジ、白、ガンメタの塗装が施された流線形のメカは、胴体がやや膨らんだような形状をしている。

 それに複数の戦闘機が続いており、ちょうど山と山の狭間から「ぬっ」と現れ出た巨大生物の周囲を囲んだ。

 

 その様はかなり異様な外見をしている。四肢を持つ人型ではあるが、肩が制上がっているようであり、首はなく頭は前傾姿勢。頭部と思われる箇所には白い仮面のようなものを持ち、骨のような外装が腕や肩、肋骨のあたりにある。また胸部の中央には赤い水晶のような器官が存在しており、おおよそ地上の生物が変じた外見と類似しているものはないだろう。

 

『おいおいコイツは……、何だオイ?』

『生き物っぽくないですね、高雄副隊長……』

『――――戦略自衛隊より、威力偵察依頼です!』

『何ぃ!? 正気か……あっ、アイツラ合同作戦で来てるってのに通信拒否してやがるっ。』

 

 飛行メカ四機以外の戦闘機が、次々にミサイルを放つ。それは上空に限らない、地上を走行していた戦車もまた同様である。

 総力戦と言わんばかりの火力が投入されている。しかし到底効果があるようには見えない。一見して強固な外装をしているわけでもないようだが、ミサイルの爆風や、破片をものともせず、また空中で捕まえ引き裂き、あるいは撃ち返しといった有様だ。

 また時には手のひらからマゼンタに輝く光線を放つ有様、とうていこの世のものとは思えぬ光景である。

 撃墜された戦闘機、戦闘ヘリから落ちるパラシュートに被害が及ぶレベルであり、すれすれを回避し続けている飛行メカたちは余裕が見られない。

 

『葛城隊長からはまだ連絡ないのか?』

『その……、赤木副隊長経由で、ちょっち待っててと伝言が……』

『あー、じゃあ仕方ないわな……。とりあえずヤバそうな奴らに関しては、助けられそうなとこだけ回収して、一旦戻るぞ。「ジェットアローン」各機、アドベンチャーモード展開!』

『『『了解』』』

 

 飛行メカの各パイロットは、それぞれ手前コンソールのスイッチとレバーを操作。

 するとメカの底部、やや流線形にしては不自然に膨らんでいた箇所が分割され、両翼に沿う形で蛇腹状のマシンアームが展開される。それらは猛烈な勢いで伸びると、ローターや翼の破損したもの、あるいは空中をふらふらと彷徨うパイロットを回収し、その場を猛然と離れていく。

 

 

 

 

 

 そんな飛行メカやら戦闘機やらが行き交う足元に、逃げまどう少年一人。大体中学生くらいだろうか、私服らしきその恰好は妙なダサさをかもしだしていた。少年は悲鳴を上げながら、背後に迫る怪生物の足から逃げるように疾走。

 

「し、死ぬ! 死んじゃうよこんなの! 電話もつながらないし、土地勘ないから逃げ遅れるし! やっぱ来るんじゃなかった――――っ!」

 

 怪生物も別に少年めがけて足を下ろしている訳でもないのだが、しかし大慌てな彼にはとてもじゃないがそんなことを把握する余裕はない。なにせ背後からは衝撃と熱風が間髪いれずに繰り出されている。間近、間近で飛び交う実弾兵器の迫力は、なまじっか少年の精神にはたいそう大きなトラウマを刻む勢いだ。

 少年の体が浮く、否、吹き飛ばされる――――。ひときわ大きな爆風で煽られ、ごろごろと転がる。顔は煤と熱さに焼け、目は煙でかすみ、飛び散ったコンクリート片が肌をわずかに割く。

 もうやだよ、なんだよコレ、どこにも逃げ場ないじゃないか、ぶつぶつとうずくまる少年。べそをかいているのだろう、肩が震えている。

 と。そんな彼の前に猛烈はタイヤの削れる音を立て、赤と銀の特殊車両が止まった。扉が蹴飛ばされる音が大きく響く。

 中にはフェイスバイザーとインカムの一体化した装置をつけた女性。少年には妙な迫力が感じられた。この状況においても微笑みを浮かべるその様子がか、それとも目前まで迫ってきたその速度を乗り回す度胸か。

 

「やっと見つけた! ごめんごめん、お待たせっ」

「えっ……?」

「って、あー! ケガしてるじゃない。ホントごめん、もっと早く来れるはずだったんだけど……、って、まぁそういうのは後でいいから、早く後ろに乗って! シートベルト締めて……、締めた? じゃあ、行くわよ――」

「わ、わあっ――――」

 

 少年を車両の後ろに載せると、車両は猛烈なキックスタートをかます。ギアを特に操作せずとも、1秒もかからず時速100キロに迫る勢い。明らかに外見通りの一般車両ではない。

 インカムのマイクを操作し、女性は何処かへと通信する。車のナビ上部には、再び「SOUND ONLY」の文字。

 

「葛城ミサトより各員に通達、初号機パイロット候補の回収に成功! 繰り返す、葛城ミサトより各員に通達、初号機パイロット候補の回収に成功!」

『――こちら本部、赤木。ご苦労様、葛城隊長。ただ早い所山の上とかに逃げた方がいいと思うわ? 戦自のお偉いさん、N2地雷使うつもりみたいだから』

「ちょっとまさか――――!?」

 

 N2地雷? と後部座席の少年。「とりあえずすんごい爆弾よっ」と運転席から答える女性。もっとも慌ててカーナビを動かし、何かしらのルートを捜索している。

 

『――こちらジェットアローン飛行部隊、高雄。隊長、再出撃できるからこっちで回収するか?』

「お願いできるかしら、高雄副隊長……。流石に独身のままオダブツっていうのはちょっちね……」

『ハハッ、そういう前に隊長は相手を先に見つけた方が――――』

「だまらっしゃい高雄クン! 回収ポイントはそっちで誘導頼むわ」

 

 と、後ろを振り返る女性。バイザーを上げて彼を見る。顔立ちは綺麗であったが、同時に勇ましさのようなものが感じられる表情だった。あるいは、何かの腹を括ったような表情ともいえるが。

 

「シンジ君、しっかり捕まっててね?」

「へ? あ、あの、捕まっててって一体どこに――――」

「――――『レッドジャガー』、アドベンチャーモード展開!」

 

 言うや否や、カーナビ下部のボタンをいくつか操作する。

 と、急に車体、シンジ少年たちの視界の位置が明らかに高くなった――――否、そういった次元ではない。猛烈な駆動音を立てて車体の下部、車輪やエンジン含む一通りの箇所が「変形」している。そしてそれは、車から二足の足が映えているような形態になり、猛烈な速度で疾走していた。車輪の動作と違い、やや低空起動のホップステップ、あるいは走り幅跳びの助走のそれである。

 そして前方の先には、腕の生えた飛行メカのようなものが見えるような、見えないような……。

 

「ちょ、ちょっとまさか、葛城さ――――」

「ほーれ、いっちにー、いっちにー……、さーんっ!」

 

 うわああああ、とシンジの絶叫が窓の外から洩れる。

 車体は猛烈な勢いの助走のまま、やや上空目掛けたカーブを描くように飛ぶ。そのまま空中で1、2回ほど回転し、既に距離感については滅茶苦茶だ。

 いまだ体感したこともないアトラクションですらあり得ないだろうGに、シンジの三半規管がヤられる。なおそれは運転手たる女性も同様であったらしく、シンジ共々二人そろって絶叫し、顔色が青くなっていた。

 

『――――ほいキャッチ! お疲れ様』

 

 そして空中、上手いことなのか車体の両サイドを蛇腹状のマシンアームが固定する。そのままやはりと言うべきか、猛烈な速度で現場を離れる。後ろを振り返れば例の怪生物が、こちらを見て頭をかしげ――――。

 

 ――――それと同時に、音が一瞬消え、白い光が世界を埋め尽くす。

 

 音が戻り、色が視界に戻るころには、怪生物のいた場所に黒い煙が立ち上っていた。

 

「あぁー、……到着早々ついてなかったわね。大丈夫?」

「…………どこかで横になって、安静にしたいです……」

「結構。たぶんもう大丈夫だから、シートベルト外して横になって。もうちょっちしたらちゃんとした建物につくと思うから、ね?」

 

 酔い止めとか水分補給くらいはしてもらえると思うわ、と女性の言葉に、シンジは額を抑えながら空を仰いだ。視界の先は天井であり、それがやや不安定に揺られる彼をさらに酔わせる。

 

「えっと……葛城さん、」

「ミサト、でいいわよ? 碇シンジくん。…………大分アレになっちゃったけど、とりあえず、ようこそ?」

「ミサトさん、お家帰りたいですけど……、無理ですよね」

「まぁね~」

 

 車中、両者ともに引きつった笑みと声が漏れていた。

 

 

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 

 

「――――やった!」

「――――流石にアレなら一たまりもあるまい!」

「――――よしっ」

「――――複数体の怪生物を葬り去れるこれならっ」

 

 某所、どことも知れぬ何らかの施設の一室。

 戦略自衛隊の文字が刻まれた制服をまとった数名の歓喜の声に、しかしその男は微動だにしない。

 黒いくたびれた礼服。サングラスに濃い顎髭。おおよそ爽やかとは程遠い風体の男は、ただ黙々と大画面に映し出される光景に黙していた。

 

 N2地雷――――窒素化合物超兵器の一種、おおよそ可能な限り想像の埒外な爆発力を誇るその威力は、おおよそ現状の人類が持つ兵器の限界の一つである。それを単体の怪獣にぶち当てたのだ、ひとたまりもないだろうというのが戦自の見解だろう。

 だが――――。

 

「どうかね?」

「……爆心地の気象条件も、何もかも関係がありませんね。通常の物理的な単純火力であの規模の大きさから仮にATフィールドが張られていたとすると、逆算してえーと…………、毎秒700×10の26乗ジュール程度は出力しないといけませんから」

「む? つまり……」

「1兆℃くらいですかね? でいえば、数分間照射し、なおかつ乗算して温度が上昇し続ける必要があると思いますよ」

「…………それ、惑星がプラズマ化しやしないか?」

「はい、なので無理ですね」

 

 男の背後に立つ、二人の人間。一人は老人、もう一人は年若い少年。老人はどこかくたびれた印象。少年は色素が薄く、不敵な印象。肩をすくめながら手元のタブレット端末で計算する少年に、老人は「ということは」とため息をついた。

 

「……十五年ぶりかね」

「……嗚呼、使徒だ」

 

 

 

 

 

【第壱話「シ徒、再来」-第4使徒サキエル登場-】

 

 

 

 

 

 煙の晴れた映像。オペレーターの声は、悲鳴を上げるかの如くそこに残った巨大な怪生物を示していた。ざわつく周囲。どういうことだ、なんだと、あり得ない、様々な声が飛び交う中、サングラスを抑える男。画面の映像はすぐさま何処かから照射されたマゼンタの光に呑まれて消える。

 不敵な笑みの少年は、やはり肩をすくめた。

 

「せいぜいが足止めですかね?」

「その程度は出来てもらわねば、『ネルフ』の創設に奴らも巻き込まんさ。……冬月、渚、後は任せる」

 

 そう言いながら立ち上がる男。「碇総司令官、どこへ?」と老人の言葉に、彼は背中を向けたまま。

 

「なぁに。次の手を打ちに行く」

 

 

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 新世紀――南極大爆発、通称「セカンドインパクト」に端を発した世界各地を襲う環境変動は留まるところを知らず、ついには既存の生態系を逸脱する怪生物たちがその姿を現す。

 人類の危機に対処するべく、国連は各国政府と協力し特務防衛組織N.E.R.V.(ネルフ)を設立した――――。

 

「っという訳で、シンジ君はお父さんの仕事って知ってる?」

「……人類を守る大事な仕事とは聞いてますけど…………」

 

 いやまさか、と。碇シンジは混乱の極致にいた。彼が生まれてからも、確かに巨大な怪生物の出現は報道されており、また彼の預けられていた先でも何度か巻き込まれ避難を繰り返した経験がある。だがしかし、まさかこんな直接的な場所に放り込まれるとは思ってもみなかった訳で……。

 あの飛行メカから降ろされた後、通常の車のような形態に戻った後。専用ゲートと思われる箇所に搭載されてエレベータを下っている最中。たまさか、こんな「本格的な」防衛軍めいた場所に案内されるとは全く想像だにしていなかったシンジである。酔いがまだ覚めないこともあり、緊張から明らかに挙動不審であった。

 

 ……ちなみにだがネルフ自体の紹介文について。

 カーナビ部分を操作し「聞いといてね」と一声かけたミサト。そこから組織のPVのようなものが流れてきており、シンジは何とも言い難い微妙な感情に支配されていた。嗚呼、普通の軍隊とかじゃないんだな、とか。これって一体どういう理由から作られたPVなんだろう、とか。

 

「……あっ、すごい! ホントに地下都市(ジオフロント)みたいになって……、うぷっ」

「ちょ、大丈夫!?」

「た、たぶん……だいじょばな……、いや、だいじょ……」

「あーあー、無理しないで? とりあえず音だけでも聞いててくれればいいから……」

 

 映像で流れていた情報から、件のネルフという防衛組織、日本支部は地下に存在するとのこと。実際に煌びやかに輝く街並みめいた光景を目に、シンジは少し浮足立った。浮足立った結果、腹部の内容物も浮足立った。結果のノックアウトである。人間、慣れないアクロバットな運動はするものではない。

 

 ――――そしてエレベータが停車し、車が自動的に駐車されて早々。建物の入り口で白衣の女性が一人。

 

 髪を染めているのか金髪。メイクがややナチュラルな女性。顔立ちはミサトよりもより大人らしいもので、しっかりとした目鼻立ち。

 

「何よー、ホントに待ってたの? リツコ」

「今は任務中よ、葛城隊長。……で、その子が例の?」

 

 シンジに目を向けるリツコというらしい女性。

 一方のシンジは、その視線にドキリとする余裕もない。

 

「すみません、何か……」

「…………どうしたの? 彼、明らかに体調が悪そうだけど」

「あー、ちょっちね? ちょっちその、ちょっち…………ね?」

「ちょっちじゃわからないわよ。……まさかとは思うけど、乗り物酔い?」

「あれを……、乗り物酔いと言って良いかわからないです…………」

「あ、あはははは……、はは…………」

 

 ミサトを一瞥し、ため息をつくリツコ。「少しは気分も紛れるでしょう」と、ポケットから袋入りのアメ玉を一つ。わずかに声をあげて頭を下げ、シンジは口に含んだ。メンソールの香りが鼻を抜け、確かに少しは気分がまぎれる。

 こっちよ、と自動歩行レーンに続くも、平衡感覚に不安が残るふらふらとした動きだった。可哀そうに思ったのか、ミサトが肩を抑え支える。

 

「ありがとう、ございます……」

「どういたしまして。…………こういうところは、ちょっち可愛げがあるかな?」

 

 とても可愛げとか、そんな余裕のある状況ではないシンジ少年である。今のところ彼は、口の中までせりあがってくる胃酸と懸命に格闘している最中だった。ついでに「ちょっち」という言葉にトラウマを覚えそうでもある。彼を挟んでミサトとリツコが何やら会話しているが、それすら聞く余裕がないのだから重症だった。

 道中「そんなに大変なら出した方が楽になるわよ」というリツコのアドバイスのもと、トイレに駆け込み実施。結果、多少なりとも軽くなる。またしばらく体重を自分だけで支えなかったこともあってか、落ち着いてきたのだろう。一人でも立てるようになったあたりで、目的地に到着したらしい。

 何かの巨大なハンガーのような場所――下方は何かしらの液体に埋め尽くされており、そこに立つ巨大な何かのシルエットが、うっすら認識できる。

 

 ばちり、と光がともされると、浮かび上がるは紫の「顔面」。

 

「――――?」

 

 それを見た瞬間、巨大だとか、ロボットだとか、そういった感想は浮かばなかった。

 不思議と何も感想が湧いてこない……、しいて言えば、何かデジャビュを感じるというべきか。

 

「汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機……極秘裏に建造された、我々人類の最後の切り札よ」

「切り札? 何で――――」

 

 

 

 

 

「それでなくては倒せない物があるからだ」

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 上方、声のする方を向くシンジ。そこには別室から立ち、こちらを見下ろす中年の男が一人。スピーカー越しに音が響く。

 髭が生え、サングラス姿はシンジの記憶からは離れているが。しかしそれでも見間違えはしないだろう。

 

「久しぶりだな、シンジ。……少し母さんに似て来たな」

「父さん……?」

「事情を理解させる時間が惜しい。出撃準備に入ってくれ」

 

 意味がわからないシンジ。だが背後の二人は事情が違うらしい。

 

「出撃って……、まさか! 無茶です碇ゲンドウ司令官! 乗れっこありませんよ! 『レイ』でさえエヴァとシンクロするのに七ヵ月かかったって言うじゃありませんか! 今来たばかりのご子息には、無茶がすぎます!」

「他に手はないわ、葛城隊長。……それに、仮にレイが乗れたとしても『別な問題』があるし。ネルフより先に国庫が底を尽きるわよ?」

「それは…………、いやまぁそれもそうなんだけど、そういう問題じゃないでしょ赤木副隊長!」

「人道、大いに結構。でも今は使徒の撃退が最優先事項です。誰であれ、わずかでもエヴァを動かせる可能性があるなら、やれるだけやってみるしかないでしょう? 葛城隊長」

 

 シンジの知らないところで話が進んでいく。

 いや、聞く限り状況的にはシンジがこのエヴァンゲリオンとやらに乗らねばならないというのはわかっているのだが、しかしどうにも前後の状況と体調不良とが続き、声を上手く出せない。胃の当たりを反射的にさするシンジは、胸の内におこる吐き気とは別のいら立ちを口にする。

 

 何故自分を呼んだのかと。こんなものに乗るなど出来るわけがないだろうと。

 

 だが、言う最中にシンジは気づく。父も、総司令官などと呼ばれたゲンドウもまた、シンジを前に己の胃の当たりをさすっている。よく見れば若干、額に汗のようなものが流れているように見えなくもない。目の下の隈を見ると、あちらもあまり体調は良いわけではないようにも見える。

 しかしゲンドウは手を腹から離し、息を深く吸い。

 

「――――――その顔は何だ。その目は何だ。その涙は何だ」

「う……」

「最低限状況は分かったはずだ。今、それに乗れるのはお前だけだ。動かせるのはお前だけだ。お前がやらずに誰がやる。お前の涙で、あの怪生物を止められるのか? 人類が救われるのか?」

「じ、人類なんて言ったって……っ」

「ここに居る誰しもが必死で生きている。必死で、人類を守るために戦っている。俺も、そして『お前の母さんも』そうだ。そうだった。だからこそ今がある。

 お前が乗らないことで、お前だけではない! お前以外の全ての人々に、死ねと! 共に心中しろと言うのか!」

「――――っ」

 

 ゲンドウの言い回しは(ことさら彼にしては異様に)正しく、そしてまさしくシンジを追い詰めた。

 いくら何でも周囲の誰しもを人質にとるその言い回しは、シンジからしてもストレートにキツい。自分のエゴで左右される範囲を明らかに超過した言葉であり、いわば自分の閉じた世界と社会との中間を繋ぐ言葉でもあった。端的に言えば責任問題であり、しかもお膳立てされた責任問題であった。

 逃避すれば死ぬ。自分だけではなく、彼らも死ぬ。このヱヴァとやらが最終兵器であるのならば、最終兵器を失った人類は遠からず滅ぶ。そういったあたりにまで、ゲンドウは発想を無理に引き上げた。

 

 逃げちゃダメだ、ではない。

 逃げられない。

 

 少なくとも身近に怪生物災害を感じて育ってきた世代だ。こういった追い詰められ方はある種、逆の強迫観念に近かった。

 

「…………わかった。わかりました」

 

 震えながら、胃のあたりを抑えながらシンジは上を向き、ゲンドウに目を合わせる。

 

「……ぼ…………、僕が乗ります……!」

 

 震える声のまま。しかし、心のどこかで腹を括るシンジ。

 相も変わらず無表情のまま見下ろすゲンドウは…………、しかしシンジ同様に胃の当たりを抑えていた。

 

 

 

 

 



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第弐話「見知らぬ、面影」

前回までのあらすじ:地球防衛チームネルフ


 

 

 

 

 

(…………よし! とりあえずこれで、シンジはなんとかなるか? ホント頼むよマジでシンジよぉ……ね?)

 

 そう内心で安堵するこの男、しかし表面上はほぼその挙措に示さない。表情は相も変わらず冷徹に見えるそれであり、彼の周囲もおおむねそんな内心を知らず。

 だが、明らかに男は慌てていたし、焦っていたし、そして何より胃に穴が開くようなストレスを感じていた。

 

『――――名演説だったな、碇』

「冬月か」

 

 この男、碇ゲンドウに通信越しに連絡をよこすは冬月コウゾウ。男の恩師でありブレーンでもあることは間違いないが、やや皮肉気に声を掛けてくる。およそゲンドウの、実の息子に対する態度への内心が現れているのだろう。数年間ほぼ音信不通に近い断絶の上で「来い」とだけ指示して来た早々に巨大兵器のパイロットになれと命令。さらに言えば内向的な性格の息子に今時古臭いくらいの叱咤激励である。

 元教育者として思う所もないわけではないだろう。もっとも、それ以上の目的意識で両者はつながっているのだが。

 

『調査資料によればかなり内向的に育っていると聞いたが、違っていたか? あんな言い方をすればそれこそ精神にダメージを負いそうなものだが』

「どの道、逃がす訳にはいかない。それと今、レイを出せもしないだろう。仮にここまで運べば。否応にでも自分が乗ると言い出しかねん」

『まぁ確かに、エヴァに乗るのには積極的だからなぁレイは。……理由はアレだが』

「アレだな」

『そういう意味では、まだお前の息子の方が可能性があるか』

 

 引きつった笑みの冬月と、内心はともかく無表情のゲンドウ。

 

 息子、シンジは既にエヴァ初号機への搭乗準備にとりかかっている。そして整備班たちは整備班たちで、エヴァの「右腕」を元の位置へと戻すために躍起になって仕事をしていた。

 襲来した個体怪生物――――否、「群体怪生物」。通称として「使徒」という呼称がネルフでは用いられるが、その攻撃がここ地下空間にも響いた。おそらく「さらに下にあるもの」に勘付いたのだろうと考えられるが、その衝撃により一部、崩れた建物の設備。シンジに落ちようとしていた鉄骨やら何やらから、エヴァンゲリオン初号機が「守るように」右腕で庇ったのだ。

 

 そして、それを見てからゲンドウ、更に胃の当たりを撫でている。

 

『…………碇、胃が痛いのか?』

「…………問題はない。只」

『只?』

「アレを見て、妻に叱られているような気がした」

『……何を馬鹿な。「そういうこと」を「考えるには」「早すぎる」だろう』

「嗚呼」

 

 両者にしか分からない微妙な言い回しをとりながらも、ゲンドウの視線はエヴァ初号機、ひいては息子に注がれていた。肩をすくめ通信を切る冬月。そして指令室に戻るさ中、ゲンドウは深いため息をついた。

 

(――――いや絶対無理だから! 胃が痛いに決まってるって、だってシンジ君だよ!? 選択肢ミスしたら最後「ガブリンチョ」されて終わりだよ俺! これで少しでも好感度上がってるといいけどぉ!)

 

 ゲンドウの内心の焦りは、まずなによりそれだった。

 この男、実は前世の記憶に目覚めていたりする。只この前世の記憶というのもまた微妙にややこしく、人格的にはほぼ完全に現在の、つまり碇ゲンドウのそれがベースに固定されている。つまりは本人の自己認識として、きちんと碇ゲンドウとしてのこれまでの人生を踏襲した上での現在なのであった。

 何故そんなことになっているのかといえば、男が前世の記憶に目覚めた瞬間に問題があった。

 

 ―――― ……十五年ぶりかね。

 ―――― ……嗚呼、使徒だ。

 

 ここである。立ち上がる使徒、サキエルの姿を視認した瞬間、猛烈に前世の記憶が脳裏をよぎる。そしてその前世の記憶とは、つまるところこの世界が「エヴァンゲリオン」というアニメ、ないしメディアミックスの世界であるという記憶だ。

 思い出して早々、一気にストレスで胃がやられたゲンドウであった。

 

(こんなタイミングで前世思い出しても何も出来ないんですけどぉ!)

 

 なにせ自分自身、原作において色々と問題のある行動や実験、計画を重ね、最後はそれなりに満足と後悔を合わせて実の息子(と妻)の手にかかる男である。仮にそう、例えば息子が生まれた前後のあたりで前世に目覚めたとあれば色々とやりようもあったろう。非人道的な実験や計画をしない、動かない、妻をエヴァに乗せない、ちゃんと子育てするなど。

 だが、既にそれらは完全に通り過ぎた後。後の祭りだし、手遅れだし、ついでに言うと一部交友関係も既に爛れていた……、赤木親子とか。

 

(というか俺、エヴァとかより銀〇とかの方が見てて楽しいタイプなんですけどぉ! …………ってそれ言いだすと俺マダオじゃん!? 中の人的に完全にマダオだよコレ! ちょっとー! 助けて銀さん……銀さん居ないよこの世界!)

 

 実際客観的に見て、まるでダメな親父である。マダオに違いはなかったし、男の内なる声もまた完全にマダオのそれだった。もっと言えば男の前世もまたまるでダメな親父であったが、そこは割愛。

 こんな内心を抱えながら戦略自衛隊の面々に正面きって指揮権を奪い取るようなやり取りが出来るはずもなく、早々に冬月に後を任せて退場したのであった。

 そして整備ドックでシンジを待つ間、色々と現在の状況がおかしいことに気づく。

 

(何だよジェットアローンって……、あれってロボだったろ? 熱核燃料搭載の歩く原子炉だったろ? 何で変形する飛行メカなんかになっちゃってるんだよぉ?)

 

 実際細かいところを挙げれば多くの箇所が違う。

 レイとか。

 だが、というかそもそも組織からして色々と違う。

 例えばネルフの正式名称、原作では「Neo Eath Retarn Vererasion Team」であり、意味が微妙に通らないものである。ロゴの下には「神はかの天にあり、世界はすべて神の調和通りに」といった英文が乗っている。人工進化研究所を由来とする非公開組織であり、絶対的な権限を有する。

 ところが今ゲンドウが立つこの世界におけるネルフ、名称は「New Earth Racial Verify team」(新地球人類実証組織)となっており、国連と各国政府の軍組織とが協調して生まれた「地球防衛チーム」のごときそれであった。権限で言えば確かにかなり高い優先度を持つが、戦略自衛隊から全権を奪うというよりも共同作戦チームの一種であるように扱われている……らしい。

 何より。

 

(怪獣出てきちゃったら完全にウルトラマ〇じゃねーのぉ!? 言い訳できないよ完全にコレもう!)

 

 といった次第である。――――この地球、セカンドインパクトの後の環境変化が大きく起こったというのは当然原作でもありうることだが、その影響が環境に原作以上のダメージを与えたのか、いわゆる大怪獣が出現している有様。原作ネルフの目的が対使徒、もしくは人類補完計画の推進であることも踏まえると、それだけで対応しきれない事象なのだろう。記憶にある「委員会」の面々も困惑していたようであった(なお前世に目覚める前のゲンドウは例によって「問題ない」だの「シナリオに影響しないよう手は打ってある」といった具合であった)。

 

 おまけに言えば、その結果として例の「巨大ロボ」ジェットアローンの悪名高くなってしまった日本重化学工業共同体・通産省・防衛庁あたりであるが。そこも全面協力した結果が現在の武装兵器に由来する。

 飛行メカ「ジェットアローン」、陸上メカ「レッドジャガー」。水陸空両用の装備も現在並行で開発中であったりするらしいが、ともかく。

 それにおいてネルフ創設の理由の大部分が、怪生物(怪獣の言い換えだろうが何処に配慮したのだろうか)の中でもとりわけ特殊な防御力を誇る「使徒」と呼ばれる存在と、それに唯一対抗できるエヴァの運用であるとされていた。

 

 故に、別にどこの軍ともそんなにギスギスしていない……らしい。

 

 否、それはあくまでプラスの話ではあるのだが。

 冬月に出迎えられ座席につくゲンドウ。

 

『プラグ固定完了、第一次接続開始――――』

『エントリープラグ、注水開始――――』

 

「――――フフ。いよいよですね碇指令」

 

 そして冬月共々、背後に立つこの少年である。彼こそが一番の問題であり、下手をすればシンジやらリツコやら以上に一番の恐怖の対象であった。

 ちらりと視線だけを振る。色素の薄い肌、髪。不敵な微笑みと凛々しいシンジのような雰囲気。いっそぞっとするようなカリスマめいたものも併せ持つ彼は、冬月やゲンドウ同様のネルフ礼服を着用していた。全体の色味は藍色めいており、前は外している。

 くつくつと笑う彼は、起動準備を着々と終えたエヴァ初号機の映像を見上げていた。

 

「ついに始まりますか。人類の実証をかけた戦いが」

 

 そんな少年に対して、ゲンドウが思うことは一つ。

 

(…………何でカヲルくんこんな序盤からいるのォ!?)

 

 

 

 渚カヲル――――旧作における最後のシ者であり、新劇シリーズにおいてもキーパーソンたる彼は。

 何故か当たり前のように、ネルフの作戦参謀とか、裏でもっと偉い立場とか、まぁそんな立ち位置に収まっていた。

 

 

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 ――――ンジ……、シンジ……、シンジ……。

 

(だ、誰?)

 

 耳に聞こえる声は、覚えのない女性のもの……、女性のもの? なんとなくそう感じただけで、実際は特定できない。妙な低さと響きを持つその感じは、あまり聞きなれた人間のそれではない。あるいは「人間の発声器官ではない」のか。

 

 思えば散々な一日だった。いきなり付き合いが全くなくなっていた父から呼ばれるわ、巨大ロボットめいた何かのパイロットになれと言われるわ、お前が乗らないと皆死ぬけど恥ずかしくないのか(意訳)といった風に叱られるわ。

 母親の愛に飢え、父親との家族関係にも飢え、育てられた先の先生ともさほど上手くはいっておらず、まともに友達すら作れる精神でないシンジ。物理的に色々ミキシングされ体調不良も祟り、この一連の状況はかなりキツいものがあった。

 

 それでも実の父からの言葉を、自らに対する期待だと「欺瞞して」立ち上がり、例のロボットに乗り込めば。

 

『――――シンクロ率39.3%。ハーモニクス、90%以上正常値。暴走ありませんが……』

『――――とりあえず歩けるかどうかね、まず』

 

 どうやら乗せた人々の期待通りの数値ではなかったらしい。それでもまず「歩け」とだけ言われ、地上に射出された後にそれだけやって早々にアレである。

 敵は、エヴァと同じサイズ、つまりは地上40メートルクラスはありそうな巨体を誇る敵は、明確にシンジを殺しにかかってきていた。腕を折り、その痛覚がシンジの脳のシナプスを焼き切らんと、彼自身の腕を壊す痛みを走らせると同時のそれであり……。そして頭に焼けるような痛みを覚えた瞬間である。

 

 そこで、気が付くとシンジは見知らぬ空間にいた。――――否、空間というよりは海だ。赤い、深い海。どこかで見覚えのある様な、形容できない不可思議な液体に満たされた場所。エヴァ搭乗時のLCLともまた違う、しかし安心感のある場所。

 

『一体何が……って、うわあああっ!』

 

 顔を上げれば、そこにはエヴァの姿。巨大なヱヴァ初号機が、シンジを見下ろすような位置関係に居た。先ほどと違うのは、明確にエヴァが意志を持っているように見えることか。

 

『だ、誰? この声は……』

 

 ――――フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッ…………。

 ――――シンパイスルコトハナイワ…………。

 

 ――――ミンナ(ヽヽヽ)、マモッテアゲルカラ。

  

 

 

 

 

『――――エヴァ、再起動!?』

『――――まさか、暴走っ』

 

 突如耳に聞こえた声で、我に返るシンジ。エヴァのコックピットの中でどうやら意識を失っていたらしい。

 だがそこから先も、ロクに意識が持続するような展開ではなかった。

 

 猛烈な速度で絶叫し、夜の街を駆け抜けるエヴァ。

 使徒の光線をものともせず、眼前に突き出した両手の先から「輝く障壁」を生成するエヴァ。

 さらには使徒を投げ、固め、妙に熟達した格闘技術をもってして使徒を封じるエヴァ。

 

 マウントをとって早々に、エヴァは両手を開き、胸元に構え、そして右肩に振りかぶる。

 無意識のうちに、シンジもまた右腕を構え。

 

 右手には猛烈な速度で旋回する、先ほどの「輝く障壁」――――。

 

『うっそ、ATフィールドを武器にでもする気!?』

 

 

 

 

 丸ノコのようなそれを振り下ろすと、使徒の胸部、赤いコアにそれは見事に切断。絶叫と、血液のようなものを噴き出し、使徒は絶命した。

 

 

 

 

 

【第弐話「見知らぬ、面影」-エヴァンゲリオン初号機、第4使徒サキエル登場-】

 

 

 

 

 

 さらに気が付けば、シンジは病院で入院のベッドの上。

 立ち上がり、廊下に出ても人の気は少ない。途中、女の子を乗せた担架が走っていったが、ふらつく頭のままシンジは特に意識はしていなかった。

 

 そして、昨晩、なのだろうか……、自分が乗り込んだあの兵器の姿を思い起こしながら。

 

 

 

 

 

「…………なんだかすごく、怪しかったけど……、嫌な感じはしなかったな」

 

 

 

 

 

 でもやっぱり怪しかった、と。手を開いて閉じてしながら繰り返した。

 

 

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 

 

「発表については使徒の特殊性については言及せず、ね。まぁ公表されたところでどうしようもないってハナシなんでしょうけど」

「広報部と情報部が悲鳴を上げてたわよ? いい加減休みが欲しいって」

「ここのところ怪生物続きだったからねー。……どうしようもないところだけど」

 

 陸上メカ「レッドジャガー」を運転する葛城ミサトと、隣に座る赤木リツコ。両者それぞれネルフの実働部隊隊長、副隊長をしている二人だが。現在はエヴァ戦闘後の撤去作業帰りである。

 と、走行中に電話に出るリツコ。しばらくやり取りをした後、ミサトに微笑む。

 

「シンジ君、意識が戻ったみたいよ。外傷も特になし……、脱水症状くらい?」

「なんで脱水症状なのヨ?」

「三半規管を酷使して、体が異常状態を誤認したらしいってところかしら。そのあたりは脳の方で安静にしろって命令が出て、強制的に他の内臓の活動を抑制するってところ。幸い点滴を打ったから、2、3日もすれば戻るでしょう」

「そういうものかしらねぇ」

「でもやっぱり、使徒は別物だわ」

「……ええ」

 

 一瞬、視線が鋭くなるミサト。と、リツコは肩をすくめる。

 

「何考えてるか、当ててあげようかしら」

「……別に、大した話じゃないわよ? 状況はともかく、結局、あれくらいの子供を道具みたいにして扱ってしまっていいのかとか、そういう話だし」

「お前がやらねば誰がやる、ってところかしら。碇指令も案外、熱い所があるのね」

「リツコ、ちょっちジジくさいわね」

「あら失礼! 少なくとも男の趣味は悪くないと思うわよ、ミサトよりは」

「あー、ダメダメこの話は平行線だから……」

 

 お互い苦笑いを浮かべながら車を病院に向けて走らせる。

 

「最初はね、イケるって思ってたのよ。ネルフ実働部隊、隊長なんてのに任命されてね? ここ第三新東京の動きとか、あとはなんかすごいメカとか、そういうのを見てると」

「せめて普通にメカニックって言わない? 頭悪そうに聞こえるわよ」

「いいのよ別にっ。……それで、今までなんだかんだやってこれたじゃない? 前の、ヒラツネ市に落下した……、キルアンだっけ?」

「結晶怪虫キルアンスよ」

「そうそれ。ああいうのに正面きって立ち向かって、勝ったりして、そういう成功体験をもって。今の力で使徒をどうにかできるって思ってたけど……」

 

 実際、単なる物理的な火力だけでどうにもならない事象を目の当たりにした。それを思い起こす二人は、沈黙。

 

「……いつになくセンチメンタルじゃない? 希望的観測は人が生きていくための必需品、でしょ?」

「…………そうね、それ私のセリフか。――――あ~~~! とりあえず帰ったらパーっとやっちゃうわよパーっと!」

「ええ。そういう所、やっぱりいいと思うわ」

 

 道中でリツコと別れたミサトは、そのまま車でシンジを迎えに行く。

 病院、待合ロビーでぼんやりと音楽を聴いているシンジ。表情はどこかうつろなようにも見え、ミサトは一瞬声をかけるのをためらわれた。

 つとめて明るく声をかけると、シンジは力の抜けた笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様です」

 

 その笑みに、わずかに胸の痛みを覚えるミサトであったが。しかしそれを見ないようにし、彼と話しながらエレベーターへ向かう。おおむね彼の性格は報告書通り。内向的で人間不信のけがあり、心を開かない。だからこそ心配にもなり、色々と心の調子を確認したのだが。

 

「なんかこう……、あれだけ痛かったし、ボロボロにはなったんですけど。妙な安心感があったというか」

「安心感?」

「はい。……エヴァの中で、こう、エヴァと話をした、みたいな? すみません、たぶん頭がおかしくなってたから、見えた幻覚か何かだと思いますけど……」

「あらー、でもそういうのって、ちょっとロマンチックじゃない? ロボットと人間の友情、みたいな」

「エヴァ、そもそもそういう人工知能とかあるロボットなのかとかも全然知りませんけどね」

 

 そしてエレベーターの扉が開いた瞬間、シンジの顔が若干強張った。

 

「……………………っ」

「……………………っ」

 

 そしてそれは、お互いがそうであったらしい。

 エレベータの中央には碇ゲンドウが立っており、スマートフォンを操作していたらしい。がシンジの姿を見て、一瞬全身が強張り、手元から落とした。

 

「…………ん」

「…………すまない。乗れ」

 

 外に転がったスマホを拾い、ゲンドウに差し出すシンジ。

 それを受けとり、ゲンドウは左にずれて「開」ボタンを押した。

 

(ありゃー、こりゃちょっち気まずいわね…………)

 

 そう思いながらもシンジに続き、エレベータの中に入るミサト。その視線は位置関係上、ゲンドウが胃の当たりを右手でさすっていることに気づいていない。

 

「…………その待ち受け、母さんの写真?」

「…………見たのか?」

「…………ちょっとだけ見えたっていうか」

「…………母さんと、私と、お前の写真だ」

「…………そ、そうなんだ」

「…………お前がまだ、生まれたばかりの頃の」

「…………うん」

「…………」

「…………」

  

(いや、ちょっちどころじゃなくて普通に気まずいわコレ…………)

 

 いろいろと前途多難な状況に、浮かぶ少年の苦悶と葛藤の表情に、ミサトはシンジに同情した。

 

 

 

 

 

 なお肝心のゲンドウはといえば。

 

(今更、何言葉かけたらいいんだって話だろこれぇ! いや、昨日怒鳴りつけたけど、アレはシンジならなんとかなると思ったけど! 親子愛がほしかったシンジなら意外と上手くはまってくれると思ったけど! せめてもうちょっと心に準備する時間があれば「よくやった」とか言い出せるけどさぁ今日、急には無理だってよこれえええ! これでもちゃんとシンジの見舞いは準備したのに……、原作だと神経系やられたからもうちょっと起きるの後だろぉ! いや、別にそれはそれで良いんだけど、ダメージが少ないって言うのは親としてはいいことなんだけど! でも何か言わないと好感度下がったままだし、どうすればいいんだってばよおおおおっ!)

 

 内実の乖離が激しいことこの上なかった。

 

 

 

 

 

 



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第参話「正しく、洞察する」

前回までのあらすじ:
・ゲンドウ、新しい胃薬を探しはじめる
・ウルトラ怪しいエヴァの中の人


 

 

 

 

 

「シンジくん、ちょっと待っててね? これから住居関係の申請とかしてくるから」

「えっと……」

 

 ネルフ本部、上層に上がった早々、そんなことを言って駆けていくミサト。後に残されたシンジとしてはどうしようもなく、とりあえず手近な椅子に座った。

 スマホのワイヤレスイヤホンを繋ぎ音楽を聴いてみるが、なんとなく落ち着かない――なにせ視線の下方向にはジオフロント最下部、森のようなそれが映っている。時間帯に合わせ地上の証明を取り入れているらしい(例のPVの施設紹介で流れていた)この場所一つとっても、明らかにオーバーテクノロジーではないかと思えるものの数々だ。要するに、知らない場所に来て落ち着かないわけである。

 小さい子供か、という話ではあるが、実際子供ではあった。

 

「こんなの作ったりとかって……、ネルフの資金って、どこから出てるんだろう」

 

 表向きは国連や国だろうが、それだけで賄えるのだろうか。セカンドインパクト後も、政府はある程度当然のようにマスコミからツッコミを入れられる。こんなの税金の無駄か何かではないかと思ってしまうあたり、シンジもそれなりに平和ボケしてるのかもしれない。

 ふと肩から力を抜いて、さきほどのエレベータにおける、父親とのやり取りを思い返す。

 

 

『…………先に言っておく。お前とは一緒に住めない』

『…………っ、そ、そうだよね。僕だって、別に、今更……』

『………………ネルフはその組織の特性上、いつ怪生物が出現するかで行動の自由を左右される。おおよそ普通の生活サイクルを営めているとは言えない。仮に一緒に暮らしたとしても、お前も迷惑になる』

『め、迷惑って、そんな言い方……』

『…………私は、普通の親のようにはできん』

 

 

 

 ちょうどそんなことを言ったタイミングで、父ゲンドウは目的の階についたらしい。小さく唸るような声で何かを言った後、足早にエレベーターを出て行った。

 

「ミサトさんも言ってたけど……、父さん、やっぱり僕が嫌なのかな」

 

 普通の親のようにはできないって。何だよそれ、逃げてるだけじゃないのかと。そんなことを言い訳に、自分と正面から向かい合うことを避けているだけじゃないのかと。そんなことを考えるシンジであったが、それとは何か別なものも感じ取っていた。

 

 ――――むろん、それは「感じ取れているシンジの側も」常の彼とは違う部分があるせいなのだが、そこに本人は考えが回っていない。

 

「でも……、何だろう。困ってるって感じとも違うような気がするし……」

 

 少なくともここ、第三新東京に来るよりも前に抱いていた父への印象と、何かがズレてはいるような気がしている。少なくともあのゲンドウは、コミュニケーションをとってはくれている。以前ならばそれこそ、先生経由で連絡をとろうとした折、そんなくだらない用事でと数秒かからず切られた経験からすれば、破格の変化だ。

 ただ、何か理由があるということなのかというと、それが何かはわからない。

 

 だからこそ、必然的に導き出される結論としては。

 

「…………僕がエヴァを動かせた、からかな」

 

 外に、あのゲンドウがシンジを必要とする要素が見当たらない。

 少なくともシンジが感じていた父の自分に対する振る舞いは、いないのが当たり前というそれである。シンジの側もそう振舞ってはいるが、内心は単なる強がりだ――――もちろん自分自身では決して認めはすまいが。

 

「ははっなんだ……、やっぱり父さんは変わらないじゃないか…………」

 

 そう言って、自分の揺れた心を納得させようとするシンジだが、しかし何故かそれで納得がいかない。

 …………実際問題として、ゲンドウ本人の内心は全く表面上のそれとは異なるものであるので、あながち最初の直感は的外れでもなかったのだが。

 ただこの場において、シンジ本人も自覚していない要因が2つほどある。

 

 一つは、エヴァの中で邂逅した「誰か」。

 あからさまに怪しい笑い声と共に、心配する必要はない、と声をかけてきたそれである。その声に包まれた際、今まであまり感じたことのなかった類の不思議な充足感、安心感に包まれた。

 そのことが、シンジの心にいくらか余裕を生んでいた――――だからこそ、若干ではあるが普段より数歩引いた目で観察することが出来ているというのがある。

 

 そしてもう一つは――――。

 

 

 

 

 

「――――うんうん、中々良い具合に溶けたらしい(ヽヽヽヽヽヽ)ね」

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

【第参話「正しく、洞察する」-ネルフ実働部隊作戦参謀・渚カヲル登場-】

 

 

 

 

 

 唐突に声を掛けられ、魔の抜けた声を上げるシンジ。

 くつくつと笑いながら、声の主はシンジの隣に腰を下ろした。

 

「やぁ? 碇シンジ君。君のことを待っていたよ」

「えっと……」

「僕は、カヲル。渚カヲル。ここで作戦参謀なんてのをさせてもらってる」

「え!?」

 

 シンジの衝撃も無理はない。不敵に微笑む少年は自分と同年代程度にしか見えなかった。自分のようにまきこまれた形でこの場に居るのか、と考えもするが、しかし少年のまとう雰囲気がそれを否定する。

 妙なカリスマというべきか、周囲の視線を引き付けるものが彼にはある。いっそ、そう、シンジにとって彼自身が理想とするようなものが、凝縮されたような立ち振る舞いというべきか――――「誰からも必要とされそうな」その雰囲気こそがというべきか。

 

 戸惑うシンジに、彼はくつくつと微笑む。

 

「そう緊張することはないよ? 同年代(ヽヽヽ)だし、仲良くしようよ」

「あ、えっと、……うん。よろしく」

「はい、よろしく」

 

 差し出された手をとると、楽し気に手を上下させる。ややオーバー、見た目の大人びた雰囲気からすれば子供っぽい振る舞いに、シンジはやや驚いた。

 

「あの……、何で僕の名前を」

「碇司令から聞いていたからね」

「父さんから?」

「うん。あれで色々悩んでいるみたいだったからね。シンジくんとの付き合い方とか」

「そんな……、慰めは良いよ、別に。父さんがそんなこと言う訳……」

 

 事実である。言ってはいない。

 だがしかし、言ってないだけで、カヲルの目から見たここ2日のゲンドウの挙動は、確かに普段とは違いちょっとおかしいのだった。シンジも目撃しているが胃を抑える動きをする、「そういえば自宅はどこだったか」とぼそりと呟き「お前ひょっとしてここ数年帰ってないのか」と冬月副司令に呆れられたり、あるいは「髭、剃るべきか」と突然呟いて冬月副司令を吹かせたり(結局剃らなかった)トイレの鑑の前で自然な笑顔の練習をしていたり(なお成功したとは言っていない)。

 

 もっともカヲルとて全てを知っている訳ではないが、普段のゲンドウに比べて「そわそわ」しているようなこと自体はわかる。なので、直近シンジにもわかりやすい例を挙げることにした。

 

「だって今日だって、司令はシンジくんのお見舞いの準備をしていたんだよ?」

「へ――――?」

 

 一瞬、驚いた顔をするものの、数秒硬直してから勝手に納得するシンジ。

 

「…………本当にそれは、僕のお見舞い?」

「だと思うけど……、君は疑り深いね。もうちょっとだけ、余裕を持っても良いと思うけど」

「…………余裕って言っても……」

「ほら」

 

 言いながら、カヲルはどこからともなく取り出したサングラスをシンジにかける。ゲンドウのものよりも色素の薄い、半透明のサングラス。ややふちが太いのが特徴といえば特徴か。

 だが意外と、それもシンジには似合わないわけではなかった。むしろ表情の作りの問題か、髭の問題か、ゲンドウよりはやわらかな印象である。

 

「あげるよ?」

「え、そんな、悪いよカヲルくん」

「いいって。そのサングラスを通して世界を見ると、少しだけ自分と世界との間に『しきりが』できたような感じで、少しだけゆとりが出来ると思うんだけど、どうかな?」

「あ……。んー、あんまり自覚は……」

 

 困惑しながらサングラスを外すシンジ。くつくつと苦笑いするカヲルだったが、その場で立ち上がり「さて、休憩終わりっ」と伸びをした。

 

「サングラスで効果がなくても、他にも色々と方法はあると思うよ? 僕から言えるのは、あんまり気張りすぎないってこと。シンジくんは意外と頑固『だから』。柔軟になれとは言わないけど、少し違った姿勢になるのも良いかもね。そしたら――――」

 

 ――――いつもとは違った何かが見えたり、聞こえたりするかも。

 

 そう言い残して、手を振りカヲルはその場を後にした。

 手を振り返すシンジは、彼の背中がエレベーターに消えるのを見届ける。

 

「変わった人だったな……。なんとなく、頭良さそうだし、あと指きれいだった……」

 

 着眼点が少しずれている気もするが、内心に入り込むのに躊躇があるということだろう。あるいは「絆されるほどに」シンジが追い詰められていたりしないことも理由かもしれないが。

 

「姿勢を変えてみる、か…………」

「――――おっ待たせ! って、あら? シンジくんそれどうしたの?」

 

 ふたたびサングラスを装着するシンジ。と、ちょうどそのあたりでミサトが帰ってきた。

 そして、彼は見てしまった――――否、「視」てしまった、あるいは感じ取ってしまった。

 

 

 

 

 

 ――――――――。

 ――――――――。

 

 ――――――――・

 ――――この子も司令とはうまくいっていないのよね。

 ――――私のお父さんと一緒。

 ――――本当にこの子をエヴァのパイロットにしていいのかしら。

 ――――内向的なこの子一人、寮生活みたいなものだけど大丈夫? 一緒に住んだ方が良いような気も……。

 ――――――――。

 ――――――――。

 

 ――――――――。

 

 

 

 

 

「――――――――っ!?」

 

 突如、思考に流れ込んできた情報の羅列に、シンジは思わずサングラスを外した。

 どうしたのと心配され、慌てて何でもないと答える。恐る恐る、もう一度サングラスをつけるシンジ。

 

「…………」

 

「本当に大丈夫? 初日から色々あって、まだ本調子じゃないでしょうし」

(こりゃー下手に自宅でビールぱーっとするには、ちょっちリスキーかしらね……)

 

 やはり、明らかに彼女の声に重なるように、何かが「わかる」。

 

「えーっと、だ、大丈夫です。本当に。ちょっと、びっくりしたというか。……サングラスは、さっき、えっと、カヲルくん? って人に会って、もらいました」

 

「あら、そうなの。良かったじゃない、さっそく友達できてっ」

(私、あの子苦手なのよねー。シンちゃん(ヽヽヽヽヽ)が間に入ってくれるようになると助かるんだけど)

 

「!!?!??!?!!?」

 

 それも、色々聞いてしまうと明らかにまずい類の何かとかである。

 聞こえる、のではなく、なんとなくニュアンスを「察してしまう」。おそらく細かくは差異があるのだろうが、しかし今まで以上に妙に、相手の言っていること、考えていることが伝わってくる。 

 この状態は、明らかに異常だ。今までのシンジのそれではない。突然のことに驚き、一度サングラスを外し、胸ポケットにしまった。状況に対する恐怖から、いったん目を背ける選択をとったシンジであった。

 

 ミサトに手を引かれるまま、いつかのように例の変形する車に乗るシンジ。今回は助手席だ。

 道中で鍵を二つ渡され、レクチャーを受ける。

 

「じゃあ、僕の住居ってジオフロントの真上? の居住区なんですね」

「正確に言うと、エヴァのパイロット用の学生寮よ? 一応、私が寮監ってことになるから、ヨロシクね?」

「寮……?」

「エヴァって、まー私もあんまり詳しくないんだけど、どうも子供しかなれないみたいなの。だから学生寮」

「そうなんですか。……でも、わざわざ一か所に集める必要ってあるんですか?」

「あら、そういうのって嫌い?」

「嫌いとか、そういうんじゃ……。苦手、だとは思いますけど」

 

 学生寮というと、隣室もしくはルームシェアなどが考えられる。そういった共同生活を、上手く営める自信がシンジにはなかった。もっともそのあたり、ミサトは気楽に構えている。

 

「大丈夫、案ずるより産むがやすしよ?」

「ミサトさん楽観的だなぁ……」

「あら、でも希望的観測は、人が生きていくための必需品よ?」

「そんなものなんですか? 大人って」

「そうでも考えないと、毎日大変じゃない?」

 

 一瞬、言葉を失うシンジ。サングラスをしていなくとも、その言葉に潜む「何か」を察してしまった。

 ややあって視線をそらす表情は、どこか不安そうであもる。そんな隣に苦笑いを向けるミサトは、肩をすくめた。

 

「それにホラ。総司令官も言っていたけど、ネルフってちょっと特殊だから」

「……総司令官?」

「碇司令のこと。シンジくんのお父さん、すーごく偉いのよ?」

 

 あと忙しいみたいだし、とミサト。

 

「軍隊とかでもあるんだけど、わかりやすい例で言えば消防士とかかしら。緊急事態が発生したら、すぐに準備して出撃できるようにするってやつ。場所を一緒にするっていうのは、そういった理由もあるわ。少しでもパイロットたちの行動を一致させて、万一の際の行動をすみやかに対応する。専用エレベーターとかもあって、本部までかなり早く行けたりするのよ?」

「…………それだけ、そういう準備するだけ、あの使徒っていうのが大変ってことですよね」

「まぁ、そうねぇ。そのあたりの話も追々ってところかしら。まだ病み上がりだしっ」

 

 ちなみにだが、本日は流石に安全運転であった。シンジの体調を慮ったというよりも、一般公道に出ればちゃんと警察が取り締まっているという事情からだろう。流石にそのあたりは聞かずとも察せた。

 

 

 

 

 コンビニで買い出しをした後、見せたいものがあると連れてこられたシンジ。

 展望、丘の上。夕日が差し込む町。と、何かの時間を図っているミサト。「あともうちょっとかしらね。ちょっち待って」と外に出て、殺風景な街を見下ろすシンジ。

 

 ――――そして、時間が来た。

 

 街全体にサイレンが流れ、多数の駆動音と共に地面から建造物が「生える」。ビル群、建物群が聳え立つ光景は、度肝を抜かれるというよりも呆然とするものがある。

 

「なるほど、ああやって隠してるんですね。怪生物と戦う時は」

「そっ。戦闘時に邪魔だから締まっておくって感じ。結構予算もかかってるけど、今のところは専用シェルターを貫通したりはされてない、かな? で、どう?」

「すごい、ですね」

 

 ふふ、と。ミサトはどこか得意げに、シンジの背中を軽く叩いた。

 

 

「――――これが、対怪生物撃退用整備都市、第三新東京市。シンジくんが守った街よ?」

 

 

 

 

 

 シンジの歓迎会をかねて、というほど大掛かりなものではないが。ミサトいわく「ぱーっと」やるのは、シンジの部屋でということになった。既に荷物は搬入されていたが、段ボールがつみ上がっているのも「風情があっていいじゃない? 新生活って感じで」というミサトの一言でそうなった。

 そう言われてしまえば、シンジとしても嫌とは言えない。ちなみに部屋としては、ミサトと同じマンションのいくつか隣の部屋だ。一人で住むにはかなり広いといえる。

 

 そして自宅に入って早々「ちょっち待っててね~」といったん自分の部屋に引き返すミサトである。

 

「何か持ってくるのかな……?」

 

 シンジの予想は当たり、手にはビニール袋に入ったビールの山。そして足元には。

 

「――――クェッ!」

「この子、うちの同居人の温泉ペンギンのペンペン。よろしくしてね?」

 

 一見してイワトビペンギンめいたそれ、一応は怪生物のカテゴリーに入る(無害認定されている)温泉ペンギンであった。

 

「……怪生物っていっても、全部殲滅とか、そういう話じゃないんですね」

「なーに? シンジ君、私たちをそんな暴虐無慈悲な冷血集団にしたいわけ? まぁぶっちゃけると一応、新種の生物カテゴリーには入るんだけど、セカンドインパクトの影響を大きく受けすぎてるってことからこっちになっちゃう判断なのよ。ホラ、怪生物の定義ってセカンドインパクト以降の環境変化に大きく影響を受けた生物種ってことになってるから」

「な、なるほど……」

 

 なおこの後。温泉ペンギンが雑食であることが発覚したり、ミサトの家事能力がほとんどないことが露呈したり(主に食品調達からシンジに察された)、シンジの中学転入届が勢い余ったビールの泡でダメになりかえたりといった一幕があったのは、完全に余談である。

 

 

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 深夜、ネルフ本部。整備ドッグの奥。LCL液に満たされた一室内部に、バンドでがんじがらめにされた巨体が一つ。

 それを眺めるゲンドウのもとに、赤木リツコが声をかける。

 

「……午前に行かれたのでしょう? 病院に。レイの様子は如何でしたか?」

「………………」

 

 なおそれとほぼ同時に、ゲンドウが右手で胃の当たりをさすり始めたのは上手いこと気づかれていない。

 

「総司令?」

「…………二十日もあれば動けるようになるだろう」

 

 ちなみに言いながら、手元でスマホをチェックするゲンドウ。リツコからは見えないが、どうやらレイのカルテの写しのようだ。

 

「それまでに零号機の修理を完了させる必要がある。…………まさか異常に対して、凍結する前に『自壊』させるとは思わなかった」

「ですね。最善は尽くしますけど……、あまりメカニックたちもいじめないであげてくださいよ?」

技術局(そっち)の時田副局長、最近ストレスで生え際が後退すると苦情が来ている。善処はしよう」

「っ、っ、」

 

 こんなことを真顔でゲンドウが言うものだから、思わず失笑しかけて片手で口を塞ぎ顔をそむけるリツコ。わずかに息が漏れる音が室内に響き、肩を震わせる。

 そしてその隙、リツコに気づかれる前にスマホを仕舞い、何事もなかったのようにポケットに手を入れた。

 

「どちらにしても、パイロットの問題だろう。確実に、こなしていく必要がある」

「…………これから辛いでしょうね、子供たちも」

「エヴァを動かせる『条件』が他にない。そう代替を用意して上手くいくとも限らないのだから、今あるものをまずは使いこなす。そのために生かす」

「だからこそ、あの子たちの意思や、心に関係なく?」

「…………」

 

 わずかに視線をそむけるゲンドウ。部屋が暗いからわかり辛いが、若干顔色が悪い。そしてやはり、右手で胃のあたりをさすっていた。

 と、背を向け退室しようとすると、そこにリツコが抱き着いてくる。

 

「………………」

「…………司令、あっ」

 

 その手をやんわりと払い、足を進めるゲンドウ。

 

「頼むぞ」

 

 ただその一言を残し、扉が閉まった。

 

「…………ホント、悪い人」

 

 寂しそうに微笑むリツコは、部屋の電気をつけて目下、与えられた仕事にとりかかる。

 

 

 

 

 

(…………さて、拗れに拗れてここまで来てしまった、この爛れた関係、どうやって清算するべきか……、出来れば責任をとらない方向で…………、ユイと離婚したくないし…………)

 

 そしてゲンドウ、心の声は珍しくシリアスな空気であるものの、議題の内容はあまりにもあんまりなものであった。

 

  

 

 

 



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第肆話「逃げ出せない、雨」その1

前回までのあらすじ:
・シンジ、何かに目覚め始める
・カヲル、暗躍中
・ミサト、自宅隠蔽に成功
・ゲンドウ、マダオの本懐
 
今回長くなりそうなので分割いたします・・・ 怪獣とかの登場は次回以降で;


 

 

 

 

 

 第4使徒サキエルとエヴァンゲリオン初号機が正面から激突しているその少し前より。南足柄方面においてはいくつか怪事件が発生していた。山間部、および周辺の河川における人間の行方不明事件である。ある時は親子連れの一家、あるときは水流の調査をしていた役所員など。これについて事件の特異性を別として、事前に警察による調査が行われていた。しかし現場の調査員の数割が、調査中不審な失踪をとげる。

 怪生物の仕業ではないかと調査の判定が下され、サキエル撃退後にネルフの本格調査が開始された。

 

「とはいったところで、戦略自衛隊との合同捜査にはなるんですけどねぇ……へっくしょんっ! フフ、誰か僕の噂でもしてるのかな?」

 

 ネルフの礼服の上から白衣をまとった渚カヲル。彼は酒匂川中流付近に設けられた調査拠点のキャンプ、テントの下でパソコンをにらみながらボヤいていた。場所としては調査を開始していた警察署員たちが一斉に姿を消したポイントに近いエリアである。

 

「フフ……、本当は赤木博士が来る予定だったけれど、僕がたまたま近くのエリアにいたもので。まぁ戦略自衛隊との会議出席が原因なので、運が良いのか悪いのかってところかな。……さて、何事もないなら良いんだけれど。水質の分析と周辺の環境音の分析だから、これじゃ音楽も聴けやしない」

  

 もともと使徒撃退にネルフが動いていた折、ネルフ側と合同作戦をとっていた部隊とは別の戦略自衛隊部隊が先行調査をしていた。それ故にネルフからの派遣人員として、現場の分析をカヲルが担当することになった。これは本人の独り言の通り、彼が近くに来ていたことから「任せる」とゲンドウに指示を受けたためでもある。

 ネルフ実働部隊において、カヲルは作戦参謀と情報分析官を兼任する。こと渚カヲルは、その手の分野においてずば抜けた才能をもっていると(表向きの)理由から、若年より早々にネルフで活躍している。それ故、赤木リツコ以外において外部での出撃には確かに適任の一人でもあったのだ。

 

「調査状況、どんなものですかね、えっと……」

「渚カヲルです。階級はもうけられていませんが、隊員、とお呼びいただけるとわかりやすいかと。そういう貴方は鹿島二尉でしたっけ?」

 

 肩をすくめるカヲルは、自分よりもはるかに年上だろう中年自衛官に笑いかけた。自衛官はどこか憔悴した様子である。一度伸びをすると、カヲルは視線をパソコンに戻してレポートをまとめはじめた。

 

「どんなものか、と言われても難しいところですね。現在、戦略自衛隊で行ってもらっている調査は、河川における各ポイントの水質情報の精査と、環境音の調査。高周波、あるいは低周波が発されているか。あるいは動植物とわず放射能汚染が確認されているか他いくつか。

 こういった情報を一度ミキシングして分析しながら、僕は僕で過去の歴史情報から類似事件がないかとか、そういったあたりも並行で調べているところですので。比重で言えば5:1くらいの集中度になりますが」

「はぁ……、すごいな。あ、いえ、すごいですねぇ」

「このあたりは単独の調査も難しいので、ネルフにあるスーパーコンピュータでの解析をもとに判断って流れなんですけどね。いわゆるクラウドって奴ですが……フフ、しゃべり辛かったら敬語やめてもらってもいいですよ? 見た目がこんな十代の子供相手で、調子も狂うでしょうし」

「いえ、そういう訳にも……」

「では、単に精神的にお疲れという所ですか」

 

 河川、山間部から流れ出るその更に上流をにらみながら、自衛官は言う。

 

「今朝方、小さい女の子が行方不明になったと情報がありまして。……下流の方なのですが、おそらく同一案件かと」

「なるほど」

「……希望的観測は難しいでしょうか」

「それは、少し違いますかね。分析している僕が言うのも変ではありますけど、こういうのはどれだけ希望を信じられるか、というので結果も変わってきますから」

 

 実際は調査する側の心理が追い立てられて良い結果になるというところでしょうけど、と。カヲルの言葉に、わずかに元気づけられた自衛官。つられて笑い、気合を入れて再び作業に戻る。

 

 と、そんなタイミングであった。

 

「……? 地震だ」

 

 突如発生する揺れ。テントの骨組みが大きくグラつくのを確認した瞬間、カヲルは作成途中のレポートを一度メールで送信。パソコンを閉じる。

 携帯端末を開くも、緊急地震速報の連絡などはない。不審がる自衛官たち。明らかにこの揺れは局所的なものであった。

 

「……おっと、これはこれは―――――」

 

 

 そして調査キャンプの一団は、カヲルを含めて上流から突如として発生した、巨大な濁流に呑まれた。

 

 

 

 

 

【第肆話「逃げ出せない、雨」 -液体怪生物コスモリキッド、ネルフ実働部隊エヴァパイロット・綾波レイ登場-】

 

 

 

 

 

「――――やっとデータの整理とレポート終わった! ふぃ~」

 

 大きく伸びをするミサトに、周囲から「お疲れ様です」と声がかかる。もっともミサト本人は隈を気にしてるのか、適当に応じながら目元をいじっている。いくらか疲労困憊という所の彼女に、リツコが「お疲れ様」とコーヒーを差し出した。

 

「あら、気が利くじゃない副隊長。何、出待ち? こっちの仕事待ってる暇なんてあるの?」

「暇はないけど気になりますとも。私が先々週に提出した戦闘分析データをまとめたレポートがいつ上がるかヒヤヒヤしてましたもの。総司令から『まだか』と問い詰められる身にもなってほしいわね」

「そ、それは色々ごめんなさいというのもあるけど、ぶっちゃけ戦自が悪いし! 何よ使用したN2に関する記録が閲覧できませんとか! 公式作戦記録に記載されてませんとか言われたってこっちは書類上のお役所仕事やってんじゃないっての!」

 

 コーヒーを一口のみテーブルに突っ伏すミサト。苦笑いするリツコと、彼女たちに声をかける男が一人。年はミサトたちよりやや上だろうか。浅黒い肌にこけた頬。しかし、しっかりと筋肉が付いた体躯であるため、それはやせ細っているのではなく鍛えられた結果のものだろう。髭面にやや愛嬌のある顔だ。

 

「おぅ、お疲れ様ですお二方」

「あら、高雄副隊長。お疲れ~」

「ええ、お疲れ様副隊長。何か用事かしら? そろそろお昼だけど」

「いや長良と巡回パトロールしてたの終わって到着早々になんでそんな塩対応なんだって……」

「あらごめんなさい? 貴方、私のこと苦手みたいだし」

「結構ズケズケ言ってくるなぁ。一応、否定はしときますがねぇ」

 

 リツコの確認に苦笑いを浮かべる男、高雄コウジ。特務防衛機関ネルフにおいて、リツコ共々の副隊長であり、こちらは現場出動がメインとなっていた。

 

「いやぁ、ちょいと古巣の話が出てきたものでね、気になって様子を見に来たって流れですよ」

「そういえば高雄副隊長、元は戦自から出向だったわね」

「今じゃこっちに転属して六年くらいにゃなりますがね。元々、怪生物関係の被害救援の方が向いていると言えば向いているんで、こっちに従事されるよう左遷されたのも間違いではないんですが」

「自分で左遷とか言わない。……って、あ、そうだ! 先々週の『サキエル』襲来のときの話なんだけど! アレのN2地雷の使用履歴が全くのこってなかったのって何なわけ!? カヲルくんが色々手続きして方々聞きに行ったりしてようやく情報が入ってきたのに!」

「あー、アレですかい? 使徒侵入時に合同作戦で使用された武装兵器について、戦自から情報が事後報告のレポート作ろうにも回されなかったと」

 

 大体そんな感じ、と嫌々そうなミサトに、弱った顔で頭をかく高雄。

 

「そいつぁたぶん『公的記録に残せない』武装群だからでしょう」

「ん? どういうこと? まさか使うとは思ってなかったけど、一応兵器使用については合法だったって話だったと思うけど。被害予測地域についてもちゃんと格納はしてたし」

 

 手続き上も合法で問題なかったように思うとミサト。もっともリツコはこのあたりで何かを察して肩をすくめたのだが。

 

「書類上存在しなかった武装の備蓄、というところかしら」

「ああ……、なるほど。横流しでもしたのかしら、どっかから?」

「まぁおっしゃる通りで。あんまり追及しだすと向こうの指揮官の何人か首が飛びそうなんで、このあたりで容赦してやってくだせぇ。人類守るのにも予算、予算と方々大変なのは理解せざるをえんでしょう」

「ウチも色々なところで首がしまってるものね。エヴァやジェットアローンの修繕費だって、下手な国家予算が飛ぶクラスの金額がかかるし」

「とはいえ、まぁそのうちまた顔合わせることになるんでそうから、多少は勘弁してやってもらえると。現場で背中撃たれちゃたまったもんじゃねえんで」

「そのかわり机上で背中撃たれるわけだけどねぇ」

「燃えるわね、頭が」

「ファイヤーヘッドですかい」

 

 要するにゲンドウやら冬月あたりにしわ寄せがいくという話である。別にバ〇ドンにやられてエヴァ零号機の頭が燃えさかるわけではない。まあリツコもそれを意図して言ったはずでは絶対ないが。

 そうこう話しているうちに昼のチャイムが鳴る。「今日の当番俺ですな」と高雄が残り、リツコとミサトは一足先に昼休憩に向かった。

 ネルフの食堂にて、野菜中心のサラダスパゲッティのようなものを頼むリツコと、焼肉定食大盛を頼むミサト。なおミサトの片手にはノンアルコールビールが握られている。昼間から酒は流石に(アルコールの有無はともかく)外聞が悪いと指摘するが、聞く耳なしのミサト。連日無理が続いているので気分転換だー! と。多少は同情する部分もあったので、結局、昼酒もどきを止めるに至らなかったリツコであった。

 着席、開封。ぷはぁ、と五臓六腑に染み渡るような声を上げるミサト。なお数秒後には「やっぱアルコール入ってないとダメね」と真顔。完全な飲兵衛である。処置無し、とばかりに顔をそむけるリツコ。

 

「ふーんだ。どうせ私はズボラなアラサーですよぅ!」

「あんまり気を抜きすぎないことね。貴女に憧れてる人って結構いるんだから」

「んー? 例えば?」

「例えば日向君とか」

「えっマジ?」

「かなりわかりやすかったわよ? 彼。

 ただ早々に、貴女が色々と引きずってきてるっていうのとか、色々あってウチのマヤと付き合ってるみたいだけど」

「ちょっとまって、私、それ初耳なんですけど……」

「あの子、色々覚えが伸び悩んでたんだけど、日向君と付き合いだしてから一気にキャパシティが上がった感じね。精神的に安定したせいかしら? その分、何かトラブルが起きると厄介になりそうだけど」

「一体何があったのヨ」

「色々あったみたいよ……、ホント色々……」

「むぅ、それはその色々の詳細を知ってる反応と見た」

 

 実際色々知ってるリツコなわけだが、まさか彼が諦めた決定打が、諸般の事情から判明したミサトの家事炊事洗濯その他の基本的生活能力だったとは指摘しない。少なからず、ミサトよりもいくらか大人な振る舞いをしているのだ。別名、面倒くさいともいう。

 

「だからせめて、もう少し部屋位はちゃんと片づけないと立派に胸張れないでしょうってことよ。足の踏み場くらい確保しないとって加治君も――――」

「あー! あー! その話聞きたくないー!」

「まるで子供ね。……シンジくんにはバレてないの? 貴女のことだから、自分の部屋でパーティー開くとか言い出すかと思ったけど」

「そこは流石に気を付けたわよっ。カヲルくんとかレイとかでやらかしたし」

 

 ため息をつき、「おりゃー!」などと叫びながら肉とコメを書き込むミサト。見守るリツコはややお母さんめいているように見えなくもない。

 

「で、シンジくんの様子は? 丁度いま学校いってると思うけど」

「別に一緒に暮らしてるわけじゃないから、そんなに知らないわよ?」

「でも、寮監みたいなものじゃない? 貴女。レイも完全に退院したら入るわけだし」

「まぁそうねぇ……。友達はあんまりいないのかしら? 別に、連れてきてもいいって言ってるし、ケータイとかも渡してるんだけど。そういう様子があんまり見えないし。一人で本読んでたり音楽聞いてたるする感じね」

 

 野菜ジュースのパックを飲みながら、リツコは思案する。

 

「マルドゥックの報告書にもあったけど、シンジくんって、あんまり友達を作るのに不向きな性格なのかもね。傷つくことに人一倍敏感で、そして相手の人間を傷つけるのにも敏感」

 

 ヤマアラシのジレンマ――相手に自分のぬくもりを伝えたいと思っても、お互いのトゲで寄り添えば寄り添う程傷つけてしまう。と。

 とはいえお互い近づいたり離れたりを繰り返して距離をはかっていくのが大人だと、それをいつか知るんでしょうねぇと話していると。

 

「おや、二人とも珍しいな。食堂で顔を合わせるのは」

「「副指令?」」

 

 ネルフ副指令の冬月コウゾウである。ネルフの男性礼服姿は相変わらず。そして手持ちのプレートはミニ海鮮丼だ。ちなみにだがセカンドインパクト後の海の生態系は激変しており、こういったものを低価格で食べられる職場はかなりリッチでもある。

 

「ハリネズミがどうとか聞こえていたが、何だ、そういう怪生物のサンプルでも出たか?」

「いえ、どちらかといえば人間関係の話ですよ? 先生」

「ふむ」

 

 ざっくりとしたリツコの解説に、冬月は「嗚呼……」とやや疲れた顔をした。

 

「副指令も何か、そういう話がおありで?」

「なんというか、カエルの子はカエルという奴なのだろうかな」

「?」

「碇だよ、碇」

 

 総司令? と顔を見合わせる女性陣二人。

 

「最近は碇のやつも、色々疲れているからなぁ。精のつくものでも食べて気合を入れてもらわねば」

「無理をしている……?」

「それは、使徒襲来だから当然では? 通常の怪生物とは根本を異にする――」

「いや、そうではない。どうも本人は否定しているが、シンジ君のことだ。どう接して良いか分からないのだろうさ、実の親だというのに」

 

 ため息一つ。思う所のありそうな言い回しではあったが、口調はそこまでゲンドウを糾弾するようなものではなかった。

 

「今まで二人にとっては、お互い居ないのが当たり前の存在だった。それが少しでも接すれる距離に近づいたのだ、奴自身見ないふりをしていても、意識せざるをえまい。

 ……強いて言えば、それを業務に差し障らない程度に留めてやるのが年長者としての気遣いというものだろう」

 

 そういうものだろうか、と。ミサトとリツコは微妙な顔をする。が、確かにこれはシンジでいうところのハリネズミのジレンマに相当するだろう。

 

 なお実際のところ、みみっちく指令室でいちごとホイップクリームのサンドイッチをかじるゲンドウの内心としては。

 

(釣りか? 釣りにでも誘ったらいいのかゲーム的には!? でも今の俺がそれやっても怪しまれるしかないだろうし、下手に会話続かなければシンジの好感度もっと下がるし、あと最悪釣り堀に怪生物出かねないだろこの世界!? 一体どういうことだってばよおおおおお!)

 

 ハリネズミどころか只のニワトリであった。

 

 

 

 

 

 

 



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