ヒーローの息子だからお前もヒーローやれって言われたけど俺はもう駄目かも知れない (疾風怒号)
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1話:日常と来客・上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒーロー』という言葉にあなたはどんなイメージを持つだろうか。もしくはあなたには、『私のヒーロー』と呼べる相手がいるだろうか。

 

英雄、勇士、正義の味方。彼らを呼ぶ言葉は多々あるし、強く気高く清廉な彼らに憧れた事がある人も多い。

 

または……、「ヒーローが本当にいたら」「自分がヒーローだったら」と想像を膨らませた経験がある人がいるのかも知れない。

 

 

そして、これは『彼ら』が実際に存在する、正しくは存在"した"世界の物語だ。 完結した物語のアフターストーリーと言ってもいい。

英雄譚(ヒーローもの)はいつだってハッピーエンドだ、魔王も怪人も侵略者も、最後はヒーローに討ち倒される。

 

だがハッピーエンドのその先が、その先に生きる人間が幸福だとは限らない。少なくとも、『彼』はどうしようもなく不幸だ。不幸故に恵まれて、不幸故に望まれる。

 

それが彼の運命だと言うのならば、まさしく彼は『主人公(ヒーロー)』なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピピ、ピピピピ、ピー!

 

 

微睡の中を揺蕩っていた意識が甲高い電子音に殴り付けられ、半強制的に覚醒する。時計の頭を叩いて時刻を確認すれば、傷塗れの液晶はいつも通り午前6時半を示していた。毛布からのっそりと這い出してテレビを点け、寝ぼけ眼で今日の天気を確認する……筈だったのだが、今日は様子が違うらしい。

 

画面はどうやら携帯で撮られた映像を映しているようだ、手ブレが激しいが、異形の影とそれを取り囲む盾を構えた集団を捉えようとしているのが分かる。

 

画面の右上方を占有するテロップは『"何故" 増加する怪人災害』

成る程最近よく聞く話題だ。 対怪人災害部隊の怠慢だとか、怪人そのものが強くなっただとか、原因となるウイルスの変異が原因だとか、まぁ好き勝手な憶測を専門家でもないコメンテーターとアナウンサーが並べ立てている。

 

 

「っと、急がないとな」

 

 

とは言っても、この手の話題は何年かに一度は盛んになるものだ。実際何かと物騒になる時期はあるし、俺自身本物の怪人が暴れ回っている現場に出会した事も2回ほどある。 それでも世の中が呑気なのは、きっと親父が生きていた頃は今よりずっと酷かったからだ。

 

そんな事を考えながら着替えを済ませて適当に身嗜みを整え、ゼリー飲料を咥えると玄関から飛び出す。ポストから新聞紙を取り出していたお隣のおばちゃんに会釈して、自転車に跨りかっ飛ばした。

 

高台になった此処から見下ろす都市部が、朝日に照らされて光っている。親父が守り、そして今まで守り続けられてきたこの景色が、俺は何よりも大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅えぞコタロー!」

「悪い悪い。 道案内してたんだ、許せ」

「また人助けか、楢木(ならぎ)は本当にお人好しだな」

「おいコラ、優しいヤツって言えよ」

 

 

日曜の駅前は人波でごった返している、往来の少ない一角で友達二人と合流した俺は、朝一早々にお叱りを頂く事になった。

出会い頭に俺を(はた)いた坊主頭が柳本、その後ろで腕を組んでいる長身メガネが山松。どちらも中学からの付き合いで、気のおけない友人だと俺は思っている。

 

しょうもない絡みも程々に改札を抜けてホームに向かっていると、山松が振り返って尋ねる。

 

 

「楢木」

「ん?」

「お前が道案内したのって、マケドニアナルドの辺りか?」

「おお、そこだそこ。 いや待て、何で分かんだよ」

 

俺の疑問に黒縁の眼鏡を持ち上げて、山松がすらすらと応える。

 

「あの辺り、昨日怪人が出たんだ。通行止めが一杯あったから、道に迷うならそこかと思って」

「あー……、成る程そういう事か。凄えな、正解だよ」

 

 

他愛もない話を交わしながらホームへの階段を登り切れば、『深森台(みもりだい)トレジャーパーク』行きの電車が滑り込んでくる所だった。先先に乗り込んだ柳本が手を振って催促している。丁度俺達も乗り込んだ所で発車ベル。小気味いい空気の音を立ててドアが閉まり、がくんと車体が動き出す。

 

 

「つーかよぉ、最近また怪人増えてねえか? 俺、この前アイツらが出てきたせいでフラれたんだけど!」

 

 

それから二駅ほど過ぎた時、今回トレジャーパークに行こうと言い出した毬栗頭がぼやいた。怪人が暴れ回る現場に出会した時、折角出来た彼女に「ビビり散らして情けない」とフラれたというのは本人の談だ。

 

 

「それ昨日も聞いたぞ柳本。……まぁ、増えてるのは分かる、ネットニュースも持ちきりだしな」

「対怪も何やってんだか……、前なんて中央線止まったんだぜ?」

「電車が真っ二つになったってやつか」

「そうそう。実物見たけどありゃヤバいわ、なぁ楢木」

「……ん、えっ、あ、そうだな、あれは凄かった」

 

 

唐突に話を振られるものだから、しどろもどろに応えてしまった。当たり前だが柳本は機嫌を損ねたようで、俺の額に人差し指を突き込んでくる。

 

 

「お前な、遅れて来るわ話聞いてねぇわ、ボーッとしすぎだろ」

「いてッ、ちょっ悪い、ごめんって」

「柳本、その辺にしとけ。 楢木もだ、お前大丈夫か?」

 

 

日に焼けた柳本の腕を山松が払って助け舟を出してくれた、その上純粋に心配してくる。

俺達3人はいつもこんな感じだ、誰かが遅れて、誰かがツッコみ、残った1人がやり過ぎないよう適度に止める三すくみ。妙な関係だとは思っているが、これも長く続けば案外心地良い。

 

 

「あーいや、大丈夫。本当ボーッとしてただけ」

「ならいいんだが……」

「なぁにシケてんだよお前ら、今日はパーっと楽しもうぜパーっとよ!」

「半分はお前のせいだからな?」

 

 

わいわいがやがや、周りの迷惑にならない程度に騒ぐ俺達を他所に、電車は一定のペースで進んでいく。窓の向こうにはビル群の隙間に観覧車やジェットコースターのシルエットが見えた。少し視線をずらせば、晴天の太陽を受けて光る海。どうやらもう目的地が近いらしい。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

暮れかかる日が長く影を落とす坂を、彼は自転車を押して登っていく。前籠にはポップコーンとチュロス、(たすき)掛けしたバックにはキャラクターのストラップがぶら下がっている。既に友人2人とは別れ、空きっ腹を抱えて帰路を急いでいる所だ。

 

彼の家は深森台市の端、小高い丘にある閑静な住宅街の一角にある。『深森荘』と書かれた門を潜り共有駐輪場に自転車を停めた所で、彼は自室、105号室の前に立つ2人の人影を見とめた。 片方は身長190センチはあろうかという筋骨隆々の大男、角刈りの頭がなんとも厳しい。もう片方は対照的に小柄な女性、どこそこの国とのハーフだろうか、銀色の髪は薄暗い中でもよく目立っている。

 

2人とも似たようなスーツ姿だったが、一見親子ほど歳の離れていそうな男女が並んで立っている様は中々に怪しい。

 

 

「あの……、どちら様でしょうか」

 

 

彼はゆっくりと近付くと、出来るだけ穏やかに声を搾り出した。するとすぐさま、何事か話し合っていた2人がぐるんと振り返る。

 

 

「ここ、俺の家……なんですけど……」

「という事は、貴方が楢木(ならぎ) 琥太郎(こたろう)さんですね」

 

応えたのは女の方だった。落ち着いた聞き取りやすい声で彼_____楢木 琥太郎の名を呼んだが、突然見知らぬ者に本名を言い当てられた本人は困惑気味だ。

 

 

「そ、そうですけど、そちらは……?」

「あぁ、申し遅れました。 私は(ひいらぎ) 待春(まはる)。防衛省・怪人災害対策局、深森台支部の者です」

「同じく防衛省・怪人災害対策局、深森台支部所属、櫟谷(くぬぎだに) 武幸(たけゆき)です」

 

 

そう言って男女は琥太郎に一礼する、そして頭を上げるやいなや、彼の眼を真っ直ぐに見てこう言った。

 

 

「楢木 琥太郎さん、楢木 真兜(まさと)の息子である貴方に、力を貸して頂きたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















初めましての方は初めまして、そうでない方はこんばんは、疾風怒号です。

連休中の全くの思い付きにてハーメルンでは初めてのオリジナルに挑戦する運びとなりました。いつも通り不定期更新のなめくじ更新ですが、応援して頂ければ幸いです

それはそうと最近めっきり寒くなって来ましたね、飼ってるクワガタも冬眠に入ってしまいました。皆さんもお体にお気をつけて。






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2話:日常と来客・下





書きたい物の多さに執筆スピードが追いつかないので初投稿です。







 

 

 

 

 

 

怪人災害対策局。防衛省に設置された、文字通り怪人に対応する為の内部部局である。

 

『対怪』と略される対怪人災害部隊や研究部門を擁し、全国に支部を持ち日夜対応に追われている事で有名だ。だが、この名前が広く知られるようになった最も大きな要因は『対怪人災害専用強化外骨格』の存在だろう。

 

 

1号機・獅堂獅子王(しどうししおう)

2号機・雷然雷切(らいぜんらいきり)

3号機・鬼刃鬼丸(きじんおにまる)

4号機・騒轟騒速(そうごうそはや)

 

 

これら計4機の、俗に言うパワードスーツと呼ばれる物は俺が産まれる25年程前に開発され、今よりもずっと多かった怪人をその性能を以って駆除していったらしい。そして俺の父親、楢木 真兜は1号機・獅堂獅子王の装着者だったのだと何度も聞いた事がある。

 

俺にとっては物心つく前の話だ。実物など見たことがないし、何なら親父の顔も写真かテレビ映像でしか見た事が無い。それでも、自分の父親が多くの人々を守ったと聞いて嫌がる子供はいないだろう。少なくとも、俺は話した事もない親父は憧れの対象であり、誇るべき人だと思う。

 

だが、あくまで()()()()だ。俺はただの学生で仕事もたこ焼き屋のバイトだけ、防衛省から直々にお呼び出しを貰うような事などした覚えがない。

 

 

「ええと……、力を貸す、と言うのは……」

「その前にまず、確認を一つ」

「あ、はい」

「貴方の名前は楢木 琥太郎。18歳、新深森台大学一年、『たこっぱち』のパート店員、で間違いありませんか」

「……そうです」

 

 

先程柊と名乗った銀髪女が、ちゃぶ台を挟んだ向こうですらすらと個人情報を吐き出す。(国防省ってそんな事まで調べられるのか)なんて事を考えながら目線をずらすと、大男櫟谷と眼があった。 正直言って滅茶苦茶に怖い。無用な緊張を与えない為だろうか、彫りの深い不動明王だか金剛力士像みたいな顔で微笑まれても余計に恐ろしいだけだ。

 

 

「失礼、『本人確認は厳重に』と言われているもので。 後で身分証明書を見せていただいても?」

「学生証で良ければ」

「構いません、ご協力感謝します」

 

 

そう話す間にも、柊はてきぱきと何かの書類を鞄から取り出していく。そうして彼女の口から語られたのは、大体こういった内容だった。

 

近頃、怪人の出没が増加傾向にあり、その出没地が徐々に深森台に集中しつつある事。

怪人そのものの凶暴性と身体能力が強まっていて、その為に再び強化外骨格を稼働させる事。

全国で実施された検査_____それ自体は俺も覚えている___の結果、その強化外骨格の適合者が俺だと言う事。

 

本当はもっと細かい説明があったが、素人の俺にはさっぱりだった。だがそれでも幾つか疑問が浮かぶ。

 

 

「急な事で驚かれるかも知れません、しかし、私達は今、貴方に頼るほか無いのです」

「えっと……、驚いたっつうか、何と言うか……。 柊さん、でしたっけ?」

「はい」

「……強化外骨格って、全て廃棄されたんじゃないのか?」

 

 

まず第一の疑問がそれだった。

獅子王を始めとした強化外骨格は全てが廃棄され、残った合金製の装甲も新深森台駅前のモニュメントに加工されている筈だ。まさかそれを剥ぎ取って再利用する訳でもないだろう。

 

 

「確かに、四機の強化外骨格は廃棄処理がされています。 ですがそれは、その四機に限っての話」

 

 

柊の言葉に、さらに疑問符が増える。四機に限っても何も、外骨格は全四機の筈だ。そんな思考を読み取ったように、一拍置いて彼女が続ける。

 

 

「正確には、正規配備された4機と言うべきしょうか。

……残っているのです、対怪人災害専用強化外骨格の雛形となった、()()()強化外骨格、0号機・虎徹が」

 

 

隠された試作型、0号機・虎徹。 何の冗談かと思ったが、彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。あくまで背筋を伸ばし、少し細まった眼で真っ直ぐに俺を見ている。なら一つ目の疑問は解決だ、残るはもう一つ。

 

 

「強化外骨格が残ってるのは、分かった。 じゃあ、何で俺なんだ」

「『何で』と申しますと」

「だって、俺以外にも適合者はいるだろう? 態々一般人に声を掛けなくても、それこそ防衛省の人とか、警察とか」

「いいえ、適合者は貴方1人です」

 

 

今度こそきっぱりと彼女は言い切った。何よりも強い確信を秘めたような声に、思わず言葉が詰まる。

 

 

「試作型対怪人災害専用強化外骨格の適合者は、楢木 琥太郎さん、貴方1人なのです」

「……何で、親父達の時は、4人もいただろ」

「あれは天文学的な確立のもと起こった『奇跡』だと認識して頂いて構いません。強化外骨格が4機製造されたのは、『選ばれた1人と最も相性が良い機体を運用する』為です。よって、4機同時に運用された18年前までの状況は、全くの想定外でした」

 

 

今度は櫟谷が応えた。穏やかに、だが揺るぎなく発せられた言葉に、燻っていた疑問が吹き消される。残ったのはただただ困惑のみ。

何故俺なのか、とか、何故深森台なのか、とか、そんな既に意味を持たない疑問だけがぐるぐると頭の中を巡る。

 

 

「楢木さん」

「……はい」

「我々には一週間の猶予があります。1週間後までに適合者が見つからなければ、虎徹は他の4機と同じように廃棄されます。それまでにもし、もし貴方が協力してくれると言うのなら、我々に連絡を下さい」

 

「勝手極まりない申し出である事は承知しております、もし貴方が協力出来ないと言うのであれば、我々はそれを尊重し、今後貴方に関わる事はほぼ間違い無くありません。 連絡先はこちらに」

 

 

櫟谷がそう言うと柊が封筒を差し出し、俺が受け取った事を確認するように一瞥してから2人とも立ち上がった。

 

 

「では、我々はこれで。……話を聞いて頂き、ありがとうございました」

「い、いやいや、俺は……」

 

 

混乱したままの頭でまともな受け答えが出来る筈もなく、俺は2人が乗り込んだバンをぼんやりと見送る事しか出来ない。太陽が忘れていったような生温い夏夜の風が、薄暗い廊下を吹き抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待春よぉ」

「はい」

 

 

市街地をのろのろと走るバンを運転する男が、助手席に座る女に声を掛ける。男からは影になった女の顔が窺い知れないが、声音から察するに睡魔と戦っているようだった。

 

 

「あの男、どう思う?」

「彼は来ますよ、必ず」

「どうしてそう言い切れる」

「お父さんと同じ目をしていました、優しい目です」

 

 

柊はあくまで淡々と話す。

 

 

「彼はきっと、理不尽にも降り掛かった不幸を背負おうとする。あれはそういう目ですから」

「それが本当なら、真兜譲りという他無えな」

「私は楢木 真兜と会った事はありませんが、そうなのかも。 ……ねぇ、武幸さん」

 

 

ちらりと視線を向けて、櫟谷が続きを促した。

 

 

「私達、ただの一般人を巻き込むんですね」

「……!」

「その"ただの一般人"を守る事が、役目だった筈なのに」

「……強化外骨格に適合した時点で、もう"一般人"とは呼べない」

 

「それでも彼はまだ、学生ですよ」

 

 

それは搾り出すような声、それ自体が重さを伴ったかのような言葉に、しばらくの沈黙が訪れる。

 

 

「なぁ待春。 ……待春?」

 

 

バンが交差点に止まる。その機に向き直った櫟谷が呼び掛けても反応は無かった。勿論何かあった訳ではない、眠ってしまっただけだ。

信号機に赤く照らされる顔を見ると、彼は苦々しく表情を歪めて、耐えかねたように目線を逸らした。

 

 

「待春よ、お前だってまだ、子供だろうが」

 

 

故にその呟きは、きっと誰に届くこともないだろう。

 

 

「お前だってまだ、子供だろうがよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話:勇気と決意に着装を・上





秋も深まってきたので初投稿です。








 

 

 

 

 

俺があの2人から渡された連絡先に電話を掛けたのは、突然の来客から二日後、火曜日の事だった。

 

電話口に出たのは全く知らない声だったが、名前と事情を話せばすぐに代わって櫟谷の声が聞こえる。確認したい事があるから、直接会って話せないかと尋ねれば彼は快く承諾し、「私が出向く事は出来ませんが、柊なら今からでも会える筈です」と言った。

 

正直な所、真っ直ぐ過ぎる視線の銀髪女と不動明王もとい金剛力士のどちらか選べと言われるならノータイムで前者に飛び付くのが俺だ、申し訳ないが小さくガッツポーズをしたのは秘密にしよう。そんな滅茶苦茶に失礼な俺の思考も知らず、彼の声は前より明らかに明るかった。 そんな声を聞いただけで嬉しくなってしまうのだから、山松の言う通り、俺は少しお人好しなのかも知れない。

 

 

 

 

 

「あ、楢木さん、こっちです」

 

 

所変わって駅前の喫茶店。

 

数時間前に連絡された通りの時刻に到着すれば、既に柊は席についていた。一昨日のスーツ姿ではない何処にでもありそうな夏服姿を見ると随分印象が違って見える。これまでは"女性"と言ってきたが、今はどちらかと言えば"女子"といった風体だ。もしかしたら歳もそう変わらないかも知れない。

 

 

「すいません柊さん、待たせてしまったみたいで」

「いえいえ、頼み事をしているのは我々の方ですから。 店員さん、アイスカフェモカ一つお願いします」

「あー、俺は抹茶ラテをアイスで」

 

 

挨拶もそこそこに向かいに座る。幸い昼下がりの店はそこまで混んでいない、10分もしないうちにコップが二つ運ばれてきた。

 

 

「それで、確認とは?」

 

 

先に口を開いたのは彼女の方だった。特に気負った様子もなく、初対面の時と変わらない細まった眼で俺を見ている。

 

 

「2人から頼まれた事なんですけど。 俺、あの後色々考えたんです」

「はい」

「本当に、俺しかいないんですよね、適合者」

「……ええ、今現在確認できているのは、貴方1人です」

 

 

口が急速に乾くのを感じる、『これを言ったら後戻り出来ない』という確信に近い予感。

それでも__________

 

 

 

「__________なら、俺にやらせて下さい」

 

 

 

言った。言い切って頭を下げた。一面大写しになった机の向かいから、僅かに息を呑む気配がする。果たして柊は、あくまで俺に淡々と告げた。

 

 

「頭を上げてください、楢木さん。 ……良いんですか、本当に」

 

 

恐らく最後の確認なのだろう。 そりゃあそうだ、いざ本番でビビり切って使い物にならない、何て事があったら笑い事ではない。

けれど俺はゆっくりと頷いた。二日間と言えば短いかもしれないが、それでも自分なりに考えて決めた事だ。今更変える気はさらさら無い。

 

 

「自分にしか出来ない事放り出したら、駄目だって思うんです。 だから、やります」

 

 

小っ恥ずかしい事を言っている自覚はある。だがこれが本心なのだから他に言いようもなかった。

 

 

「……分かりました。 ではこちらにサインを…………と言いたい所なんですけど、実は私、何も持ってきてないんですよ」

「えぇ……」

「まさか此処で承諾されるとは思っていなかったので……、取り敢えず、今日対策局の方に連絡を回します、また各書類が用意出来ましたら、すぐに連絡しますから」

 

 

少し茶目っ気のある仕草で、柊が両手を合わせて頭を下げる。まぁ、こればかりは俺も『確認したい事がある』としか言っていなかったから仕方ない。

 

 

「あ、そう言えば」

「はい、何でしょう」

「…………給料とかって、出ます?」

「それは勿論」

「ッしゃ!」

 

 

今度こそガッツポーズ。少なくともタダ働きでは無さそうで安心した。

 

 

「私からも一つ良いですか?」

「はい?」

「私の事は柊ではなく、"待春"と、皆からそう呼ばれていますので」

「じゃあ、俺も楢木じゃなくて、琥太郎って呼んで貰えたら嬉しいかな。 宜しく、待春さん」

「こちらこそよろしくお願いします、琥太郎さん」

 

 

差し出された小さな手に応えて握手を返す。握り合った手がとても暖かい。そう思った時だった。

 

 

 

 

 

_____ォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!

 

 

 

 

 

辺り一帯を揺るがさんばかりのつんざくような咆哮が響き渡る。思わずその方向に振り向いた先で、アスファルトの地面が激しい激突音と共に打ち砕かれ、もうもうと煙が舞った。

 

"それ"は、溢れ出す凶暴性が形になったような姿をしていた。醜悪な野猿のような灰色の(たてがみ)のある頭部が筋骨逞しい虎斑柄の身体に据えられ、太くしなやかな尾には細かな鱗が備わっている。丸太じみた太い二本足で往来の中心に立つその姿は

 

 

「…………"怪人"」

 

 

恐るべき怪人そのものだった。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

辺りは一瞬にして狂騒の只中に放り込まれた。 その場から逃げようと人々が散らばり、それを追い立てるように怪人は駆け回る。

偶然近くにいた男に眼を付けた奴が、鋭爪の連なった腕を振り下ろし、だが爪が届く前にその豪腕は弾かれた。

 

 

「対怪の者です、早く逃げて!」

 

 

柊が拳銃のような道具を構え、トリガーを引くたびに怪人の身体が大きく仰け反り後ずさる。ずどん、ずどんと連続して重々しい音が鳴り、苛立った奴はその場から跳び退いた。

 

 

「深森台支部聞こえますか、柊です。深森台駅前に怪人が一体、繰り返します、深森台駅前に怪人一体、出動願います!」

『既に通報を受けて櫟谷達が向かっている、それまで上手く奴を抑えろ』

「もうやってます……ってうわぁ!!?」

 

 

耳に付けた通信機に向かい話しながらも、正確に道具から衝撃波を発し続ける柊に近付き辛いと判断したのか、怪人は辺りの物を手当たり次第に投げつけ始めていた。レンガや看板、果ては自販機に至るまで次々に殺到し、街路樹の影に隠れざるを得なくなる。だが既に見渡せる範囲には一般人の姿は見られない、なら後はこのまま此処で投擲を凌いでいればいい、近付いてこようとも手に持った『対怪人専用個人携行火器・黒縄』なら十分対応出来る。

 

そう柊が考えた瞬間、聞こえる筈の無い声が聞こえた。

 

 

「待春さんッ!!!! 逃げろォッ!!!!」

 

 

何故此処に彼が、先に逃げろと伝えた筈、そう思う間もなく()()()()()()()

見上げれば巨大なナニカが降ってくる所だった、鍛えた筈の身体が強張り、避ける事は叶わない。しかし次の瞬間、横殴りの衝撃に見舞われ身体が宙を舞う。

 

地面に強かに打ち据えられ、だが結果的に落下物を上手く避ける。起き上がってちかちかと瞬く視界に映ったのは、他ならぬ楢木 琥太郎の姿だった。

 

 

「怪我無いか!?」

「何で戻ってきたんですか!」

「それは後で説明する!」

「怪我はありません助かりました! って後ろ後ろ後ろ!!!!」

 

 

すぐ背後に迫って来ていた影を見とめ黒縄を三発。見事全弾命中し奴が引き下がると同時に、落下物による砂煙が晴れた。

 

 

「…………なるほど、最初から二体いたって訳ですか」

 

 

落下物とばかり考えていた物は、二体目の怪人だったのだろう。一体目とよく似た姿だが鬣と爪は眩しい金色、体格も一回り大きく2メートル半近い。

 

 

「櫟谷さん聞こえますか」

『丁度良かった待春! こっちは現在怪人に足止めを食らった、お前は一旦その場から逃げろ!』

「…………」

 

 

泣きっ面に蜂とはこういう事か、と柊は顔を歪めた。目の前には二体の化物、此処は大通り、隣には一般人、一口に逃げると言ってもこの状態を脱するのは簡単な事ではない。ちらり、と細まった目が琥太郎を見た。

 

 

「……琥太郎さん」

「聞こえてた、逃げるんだよな」

「いいえ、私から絶対に離れないで、此処で耐えます」

「……それ、大丈夫なのか」

「これは賭けです。私達の命と、貴方の勇気をベットした賭け」

 

 

一度切っていた通信を繋ぎ直して、柊が静かに告げる。

 

 

「櫟谷さん、『虎徹』を使います」

『柊、馬鹿な事言ってないで』

「私の隣には楢木 琥太郎がいます。支部長に連絡を。 ご心配なく、既に合意は取っていますし、録音もしてます」

「おいマジかよ」

 

 

そうしている間にも、怪人達はじりじりと距離を詰めてくる。大きく踏み出した金色鬣に黒縄を一発発砲して牽制、彼女の額に一筋汗が伝った。

 

 

『…………今支部長に連絡が付いた。待春、録音してんのは本当なんだろうな』

「私が嘘をついた事がありますか?」

『ふっ……、なら俺はお前と楢木さんに任せる。俺達が着くまで耐えるんだぞ』

「勿論です、櫟谷隊長」

 

 

通信機を指で押さえた柊が、薄い携帯端末を素早く操作して琥太郎に投げ渡す。

 

 

「それをズボンのポケットに入れていて下さい、仮の認証キーになります、それと上着は脱いで」

「……アンタ、割とアグレッシブなんだな…………」

「それはどうも。数分ですっ飛んでくる筈ですから、それまではじっとしていて下さいね」

「りょ、了解」

 

 

『すっ飛んでくる』という表現に首を捻っていたものの、有無を言わせない雰囲気に彼は頷いた。相変わらず距離を詰めようとしては衝撃波を撃ち込まれている怪人が耐え兼ねたように咆哮し、我先にと駆け出してくる。

 

その先頭の脳天に震える黒縄を向けながら、柊 待春は己を叱咤するように叫んだ。

 

 

「野郎に混じった訓練の成果、今が見せる時、ですッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











ヤダ……、待春さんイケメン…………な3話でした、これもう主人公でしょ(適当)


これから登場する道具やガジェットの類は後書きでちょっと詳細な説明を書いていきたいと思います。それでは第一弾、『対怪人専用個人携行火器・黒縄』です





【対怪人専用個人携行火器・黒縄】

対怪人災害部隊が使用するハンドガン型の武装。携帯性と経線能力に長け、指向性を持った強力な衝撃波を発生させて相手にダメージを与える事が可能。
だが"強力"とは言っても怪人相手に決定打を与える事は難しい、彼らは基本的に強固な外殻に身を包んでおり、衝撃波(=激しい空気の振動)程度ではそれを打ち破る事はほぼ不可能だからである。

対怪人専用とは付いているが、その実この武装が開発されたのは『人間を鎮圧する為』という意図も含まれている。とある事件が、対怪が対人武装を持つことの必要性を浮き彫りにしたのだ。











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4話:勇気と決意に着装を・中



最近寝不足気味なので初投稿です。








 

 

 

 

 

 

______ォアァアアアアアアアアッ!!!!

 

 

______ガルルルゥアァァアアアッ!!!!

 

 

 

凄まじい叫びを上げながら走り寄ろうとした怪人二体の身体が連続して仰反る。

柊が構えた、僅かに震える黒縄の銃口から次々に衝撃波が吐き出され、先頭にいた一体がもんどり打って倒れた。だが息吐く暇もなくその身体を踏み付けてもう片方が跳躍、しかし飛び掛からんとする巨体に後ろから飛んできた立て掛け看板が激突し、運動エネルギーを打ち消されて地に落ちる。

 

 

「助かります」

「はァ……ッ、一つ貸しな!」

「ご冗談をッ!」

 

 

琥太郎に端末が手渡されてから未だ数分、しかし2人の表情には既に色濃い疲労と緊張が滲み出ていた。一体だけでも正規装備の対怪人災害部隊員数人から10人分の戦力と言われる怪人が二体、その攻撃をたった2人、そして装備は決定打を与えられない黒縄と怪人が通って来た時に出来たのであろう瓦礫だけで凌ぎ切っているのだから無理もない。

 

 

「あと何分だ……!?」

「……あと3分程、短ければ数秒後にでも」

「じゃあ頑張るか!」

 

 

諦め悪く回り込んで近寄ろうとした怪人の頭に割れたレンガが突き刺さり、そこに衝撃波がぶつかる事でより大きく押し戻す。両目を抑えて怯んだうちに立ち上がった金色鬣にも同じように攻撃を加えて牽制。これで上手く抵抗出来ているように見えるが、それはひとえに黒縄の性能故だ。元々継戦能力が高い黒縄の確かな威力があってこそ、突っ込んでくるだけの二体を押し留められている。

 

だが如何に優れた装備であっても限界はある。黒縄のバレル上部に備わった排熱口(ラジエーター)が開き、ばしゅっと音を立てて熱風が吹き出した。撃ちっぱなしだった銃身が熱され、2人の体力よりも先に限界を迎えたのだ。

 

 

「あっ」

「どうした!?」

「…………5分くらい、撃てないです、これ……」

「…………ヤバイな」

「ヤバイですね」

「逃げるか」

 

 

顔面蒼白になった柊が首を横に振った。

 

 

「逃げるんじゃありません、戦略的撤退です、時間稼ぎです!」

「それを逃げるって言うんだよ! 行くぞ転ぶなよ!」

 

 

怪人が弾切れを察するよりも早く、瓦礫の山を避けて2人は駆け出す。遅れて追いかけ始めた怪人が飛び掛かるが、すんでの所で横っ跳びに避けてみせた。しかしそれも僅かな猶予を作り出しただけに過ぎない、もう一体が2人を踏み潰そうと先程のように飛び上がり、それをまた転がって避ける。

先程まで赫怒に染まっていた怪人の顔が、土埃に塗れた2人を見るやニヤニヤと歪む。散々自分たちを転がし、レンガやゴミを散々ぶつけてきた目の前の人間を嘲るような笑み。

 

 

『死』、琥太郎の脳裏に明確な死のイメージが過った。急速に頭の芯が冷え、絶望が手を伸ばす。

 

 

だが、その絶望は

 

 

「琥太郎さん」

「……はい?」

 

 

長くは続かなかった。

 

 

「この賭け、一先ず私達の勝ちです。 上を見て」

「…………う、わ……、」

 

 

上空が一瞬きらりと光る。 風切りのような、猛禽の声のような音を響かせて、何かが急速に近付いて、否、落ちてくる。 

それは棺のような真っ黒い光沢のある長方形。細かい傷こそあれど、遠くから見るだけでも頑丈さと重さが伝わる造形。

 

そしてその見た目に違わず、凄まじい音を撒き散らして"それ"は地面に突き刺さった。

 

 

______グゥゥウウウウ……!?

 

 

強靭な体躯を持つ怪人ですら怯む程の風圧、そして陥没した地面から察せられるその重さ、側面に刻まれた『KOTETU』の文字が眩しい。

 

 

「これが…………、虎徹?」

「いいえまだです! その『匣』に触れてください!」

「了解!」

 

 

《仮設認証キー、確認。 装着シークエンスを開始します》

 

 

「うおおぉ!?」

 

 

琥太郎がそれに触れた瞬間、『匣』の後方が一斉に展開され、彼が呑み込まれる。内部には夥しい程の大小様々な画面が所狭しと並び、見ているだけで目が痛くなりそうだ。

 

 

《怪人反応確認、拘束用ワイヤを射出します》

《装着シークエンス続行、対象の服装…問題無し》

《強化外骨格、各部問題無し》

《装着シークエンスを続行します》

 

 

次々に無機質な合成音声が鳴り、前面から撃ち出されたワイヤーが怪人を雁字搦めに拘束する。この程度何だと二体はワイヤーを引き千切り始めるが、必要なのはその僅かな時間だけだった。

 

 

「琥太郎さん!聞こえますか!」

「うるさいけど聞こえてる!!!!」

「よく聞いてください! 虎徹の人工筋肉は出力調整システムが不完全なんです!」

「それで!!??」

「私が手動で、出力を調整します!」

「俺はどうすればいい!?」

「私から5メートル以上離れないで!」

 

 

「無茶言うな」と琥太郎は溢したが、そうしている間にも自らの身体が何かに包まれていく感覚に覆われる。熱くも冷たくもないが、ただ背中に僅かな痛痒と、そこから広がるびりびりとした電撃のような何かを感じた。

 

恐れはある、現在進行形で今にも襲い掛からんとする化物の姿が見えているから。それでも迷いは無い、自分がやらなければ、後ろにいる彼女が死んでしまうから。

 

自分にしか出来ない事を放り出したら、駄目だ。そう言い聞かせて、拳を固く握る。

 

 

「よしッ……行くぞ…………!」

 

 

 

《装着シークエンス、全工程完了》

《システムスタンバイ》

《試製強化外骨格・虎徹》

 

 

《______起動します》

 

 

 

暴れ回る怪人の力に耐えかねてワイヤーが破壊されるのと、『匣』の中から彼が現れるのは同時だった。弾け飛んだ『匣』の装甲に巻き込まれ、怪人が吹き飛ばされる。

 

大量の蒸気を撒き散らしながら、アスファルトを砕かんばかりに踏み締めて、漆黒のボディが姿を現した。

 

 

「…………反撃開始ですよ、琥太郎さん。 いや、今は虎徹と呼びましょうか」

「どっちでも構わない。 俺は、俺に出来る事をするだけだから」

 

 

黒の装甲の隙間から灰色が覗き、鶯色のラインが胸から広がって四肢を貫く。爛々と輝く両眼は赫灼の赤、眉間の辺りからは一対のブレードアンテナが伸びて、鋭く光を反射した。

 

そのボディはお世辞にも綺麗とは言い難い、アンテナの片方は半ばで折れ、右半身の装甲は大部分が破損している。それでも、日の光を浴びて真っ直ぐに立つ虎徹の姿は、柊の記憶に残る『対怪人災害専用強化外骨格』そのものだ。

 

 

「着装は問題なさそうですね」

「ああ。 よく分からないけど、多分大丈夫」

「多分ですか、……心強い限りですね。 さぁ、来ますよ!」

「了解!」

 

 

見れば金色鬣が地面を蹴り付けて既に走り出していた、真っ直ぐに、陸上選手もかくやというスピードで接近してくる。

 

 

「タイミングは私が合わせます、貴方は全力でぶん殴って!」

「任せろ!」

「何か経験が!?」

「高校じゃ喧嘩ばっかりしてたよ!!!!」

 

 

避けるのが精一杯だった筈の大振りの一撃が今はしっかりと見えた。はすに振り下ろされる豪腕を屈んで潜り抜け、ガラ空きの胴に向かって拳を突き込む。

 

 

「らあぁッ!!!!」

 

 

拳がぶつかると同時に装甲の隙間に見えていたラインが眩く発光する。その輝きが一際強くなった次の瞬間だった。

 

 

 

ズドンッッッ!!!!

 

 

 

黒縄の発砲音を何倍にも増幅したような爆音が弾けると、再び吹き飛んだ怪人が大通りのビル壁に激突し反動で床に叩き付けられる。 遅れて思い出したように暴風が吹き荒れ、舞い上がった白煙と砂埃を掻き消した。

 

 

「すげ……」

 

 

琥太郎は自然と感嘆の声を漏らしていた。いつだったか、怪人の身体に詰まった高密度の筋肉はそれだけで150キロは下らないと聞いた事がある。それを簡単に吹き飛ばす虎徹の力に単純に驚愕する他ない。そしてそれは、背後で『匣』から取り出した端末を操作する柊も同じだった。

 

 

「これが、適合者が扱う強化外骨格の力……」

 

 

彼女は虎徹と無線接続された端末を操作する事で、虎徹が持つ装着者を守るシステムを起動させ、攻撃の反動から彼を守っている。それ故に端末の画面には各種の数値が映っているが、普段はリミッターが掛けられている筈の出力は完全に解放され、既に彼女の想定をオーバーしていた。

 

リミッターが解除された要因は柊本人が語った通り、楢木 琥太郎が強化外骨格の適合者であるからだ。では、『適合者』とは何か?

 

答えは、『強化外骨格の装着時、投与される薬剤に対して拒否反応を起こさない人間』である。

強化外骨格は、ボディ各部に搭載されたジェネレーターから人工筋肉に電力を供給して力を発揮する。それ自体は自動で行われるが、それに伴って起こる無理な筋肉の収縮や血圧の上昇に対するケアは、外骨格単体では行う事が出来ない。

 

この問題を補う為に開発されたのが件の薬剤だった。

怪人のウイルスを解析して製造され、針便鬼毒(シンベンキドク)と名付けられたこれは、一時的に血管や筋肉の強度を高め、ある程度の損傷にも耐え得るように細胞増殖のスピードを早める効果を持っている。

 

勿論、この強力な効果は身体に強い負担を掛ける事と引き換えに得られるものであり、殆どの人間は投与された時点で死亡してしまう。だが、何事にも例外は存在する。

 

この場合の例外は楢木 真兜を含む4人であり、今現在、虎徹を着装した楢木 琥太郎だった。

 

 

「また来ます!」

「大丈夫見えてる!」

 

 

虎徹の拳が振られる度に爆音が響き渡り、怪人の身体に痛々しい痕が刻まれていく。試作型と言えど、かつて日本を救った4機と同等の力を持つのだ、まして柊からのバックアップを受けられる状態であれば、怪人二体程度に負ける事は無い。

 

この調子なら大丈夫、対怪が来るまで耐えられる。少なくとも2人はそう思っていた。

 

 

 

「…………ぅ、ぐすっ、……いたいよ、おかあさん……」

 

 

 

助けを求める幼い声が、瓦礫の下から聞こえて来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【試作型対怪人災害専用強化外骨格・虎徹】

18年前まで運用されていた4機の対怪人災害専用強化外骨格の試作機。試作機とは記されているが、ジェネレーター出力を含む基本スペックは後の4機と遜色無い。適合者が見つかる迄の捨て石として運用され、その結果大破していなければ正規運用されていた可能性すらある程のポテンシャルを持つ。

現在は柊を含む怪人災害対策局・深森台支部にて修理と改修が行われた状態で保管されているが、当時のデータに失われた部分があるため100%のスペックを引き出せてはいない。

高出力人工筋肉によるパワーと、対怪が使用する武装にも転用された衝撃波発振機能が武器。

また『匣』と呼ばれるコンテナに格納された状態で認証キーを持つ者のもとに急行する機能も搭載されており、この機能は再運用にあたって急ピッチで復元された。












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5話:勇気と決意に着装を・下






学校が忙しすぎたので初投稿です。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぅ、ぐすっ、……いたいよ、おかあさん……」

 

 

幼い、助けを求める声。それを聞いた瞬間、唯一その機能で『声の発生源』を突き止めていた虎徹の行動は迅速だった。

柊の制止を振り切ってうずたかく積み上がった瓦礫の山に駆けつけ、その隙間を持ち前の怪力で押し広げていく。助けを求めていたのは声の通りの少年だった、頭を打ったらしく額からは流血している。

 

 

「大丈夫か! 今助けるからな!」

「琥太郎さん後ろ後ろッ!!」

 

 

無論、怪人は背を向けた人間(獲物)を見逃さない。二体が二体とも柊の声を受けて振り返った虎徹に向かって剛腕を叩き込むと凄まじい打撃音が辺りに鳴り響く。まともに喰らえば強化外骨格であれど紙屑のように吹き飛ぶであろう一撃を、果たして彼の両手は受け止めていた。

 

 

「……ッ」

 

 

ぎちぎちぎち、と腕が軋みを上げる。だが拮抗しているように見えたその力は、徐々に怪人が押し込み始めていた。

 

 

「だから離れないでって言ったのに…………!」

 

 

柊が操作する端末には、先程と比べて半分以下に落ち込んだ出力表示と《Not Connecting》の文字。彼女が『5メートル以上離れないで』と言っていたのはこれが原因だ。 彼女が虎徹の一部システムを遠隔操作で動かしている以上、その接続が途切れた時、虎徹本体が機能不全と判断し自動的にリミッターを再設定する。琥太郎が適合者である分まだ低下率はマシだと言えるが、それでも怪人二体を相手取るには余りにも大きなハンデとなるだろう。

 

端末が『匣』と有線で繋がっている為、柊はそこから動く事が出来ない。黒縄は未だに冷却中でとてもではないが使えた物ではなく、もし有線接続を切って虎徹のシステムを再起動させようとしても、それを二体存在する怪人が黙って見ている訳も無かった。

 

 

「琥太郎さん聞こえますか!?」

「……き、こえてる…………ッ、けど……ッ」

 

 

そうこうしている内にも腕が押し込まれ、虎徹が膝を突く。腕の人工筋肉に刻まれたラインが激しく明滅し、限界が近い事は誰の目にも明らかだ。

 

 

《Warning!》

《Warning!》

《Overload on the arms》

 

 

外骨格内部のディスプレイに折り重なって警告が映し出され、けたたましいアラームが鼓膜を刺す。腕部装甲には細かなヒビ。

 

 

「……っぐ、ま、はる、さん…………ッ!」

「はい!?」

「後ろの子を……ッ、頼むッ!!!!」

「ちょっと待って! 一体何を」

 

 

柊が言い終わるよりも先に虎徹は動き始めていた。怪人を受け止めていた両腕を力を逸らすように勢いよく交差させる。腕を前に前にと押し込む事ばかりに思考を占有されていたのであろう怪人達は、その突然の行動に対応出来ず身体を引かれ、互いの側頭部を強かに打ち据えた。

 

二体が大きくふらついて後退りする。琥太郎はその機を逃さず体勢を立て直し身体を屈めると、跳び上がって蹴りを撃ち込んだ。

 

 

 

______ォアァアッ!!??

 

 

 

______ガァアアッ!!??

 

 

 

右足は金色鬣に、左脚は灰色鬣に、それぞれの鳩尾に見事なフォームで踵が突き刺さり、二体仲良く大きく吹き飛ぶ。ショーウィンドウに突っ込んだ怪人、特に灰色鬣の胸元は足の形に陥没しており、血を吐き散らして力無く踠いている。息の根が止まるのも時間の問題だ。

 

もし今、虎徹の背後で子供を引っ張り出した柊が端末を見ていたなら、抱え上げたその子を取り落としていただろう。その画面には、再設定された筈のリミッターが解除され、元通りの()()()()()()()()()()の表示が映し出されているのだから。

 

虎徹の内部ディスプレイは警告の赤一色に染まっている。装着者を保護する為のシステムが停止した状態でリミッターが解除された今、針便鬼毒でも補いきれない肉体への負担が彼の身体を苛んでいた。 アラームが叩き続ける耳が痛い、先の一瞬で酷使された手足が痛い、何故か力が戻った理屈も分からない。だがその全てが気にならない程に、彼の魂は燃えていた。

 

 

(『自分にしか出来ない事を、放り出してはいけない』……か。大丈夫、覚えてるし、守ってきたよ)

 

 

「だから、子供一人守れないなんて……、ンな事あっちゃ駄目だよな…………!」

 

 

砕け散ったガラスの向こうから歯を剥き出した金色鬣が飛び出し、爪を振りかざして跳びかかる。その腕を確と掴み取ると、虎徹の姿が怪人の視界から消えた。無論本当に消えた訳では無く、少し離れれば腰を落とした虎徹の姿を捉える事が出来ただろう。だが、散々瓦礫を投げつけられた上に二度も吹き飛ばされ、完全に怒り狂った怪人にはそこまでの考えが浮かばなかった。故に、それは致命的な隙になる。

 

怪人の身体にぴたりと背を密着させ、襟の代わりに鬣を掴み、砕けんばかりに歯を食い縛って痛みに耐えるその姿勢は片襟背負に似ている。虎徹の双眸が一際赤く輝き、滑らせた踵が金色鬣の足を払うと、文字通り背負われるような形で100キロは下らない体躯が宙に浮いた。

 

 

「……らアッ!!!!」

 

 

気合一閃、持ち上げられた怪人の巨躯が破砕音と共にアスファルトに落とされる。虎徹の身体ごと持っていく勢いのまま地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、小規模なクレーターを作り上げた。叩き付けられた衝撃を一身に受けた怪人は大量に血を吐き、小さく喉の奥で呻いてから身体を横たえる。あれだけ暴れていた凶悪な姿は見る影もなく、その死体は何処か小さく見えた。

 

 

「あの力……、どうして、リミッターは掛かっていた筈なのに…………」

 

 

愕然とする柊を他所に、虎徹は一仕事終えたとばかりに沈黙し、また膝を突く。今や煌々と輝いていた眼はくすみ、走るラインも元の鶯色に戻っている。慌ててディスプレイを確認するが、それも既に真黒、「まさか」と悪い予感が脳裏を過ぎるまま、柊は琥太郎のもとへ駆け寄っていた。

 

 

「琥太郎さん! 聞こえますか!? 琥太郎さん!?」

 

 

琥太郎は応えない。もしくは答える事が出来ないのか、返ってくるのは無機質な沈黙のみ。だが、力無く垂れていた右腕がゆっくりと持ち上がった。

 

 

「琥太郎さん!聞こえてますか!?」

「…………」

 

相変わらず返事は無いが、持ち上がったままの腕が暫く辺りを探るように彷徨ったあと、ビシッとサムズアップを決める。どうやら意識ははっきりしているようだ。それを見て、柊はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「はぁ……、良かった、死んでしまったらどうしようかと…………。

……あ、声が出ないのはスピーカーのシステムごとダウンしているからですよ、こっちからの声は聞こえると思いますけど、そちらからの声は全く聞こえません、ディスプレイも同様です。

 

この後深森台支部に向かってから、そこで取り外しますから……それまで我慢して下さい」

 

 

安心したのか元の淡々とした口調に戻った柊が、「それと」と続ける。

 

 

「貴方が見つけた男の子は無事です、今は私の隣にいます。 ……突然離れられた時は驚きましたが、結果として最悪の事態は避けられました。ありがとうございます」

 

 

軽く頭を下げた彼女に今後は虎徹がピースサインを返すと、その姿が滑稽に見えたのか男の子がくすくすと笑った。遠くからサイレンの音が近付いてくる。それが警察でも救急車でもなく、対怪特有のものであると気付いた瞬間、膝立ちだった虎徹の身体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

数日後、深森台市立病院の一室に楢木 琥太郎の姿があった。あの一件の後、虎徹の着装を解除され此処に搬送された彼は、命に別状こそ無いものの大事を取って暫く入院する運びとなったのである。

 

 

「身体の調子はどうなんだ、楢木」

「全然ピンピンしてますよ、昨日までエクストリーム筋肉痛みたいな感じですけど、今は平気です」

「そいつは良かった! まぁ、正式な手続きが済んだらウチの隊員に混じって訓練も受けて貰うからな、その内筋肉痛とは無縁になるぞ」

「ウス! 頑張りますよ、俺」

 

 

そんな彼と談笑しているのは、他ならぬ深森台支部の対怪人災害部隊長の櫟谷だった。少し前までは互いに敬語で話していたが、波長が合うのか今では砕けた口調で雑談に興じている。年が離れているせいで、側から見れば運動部生とその顧問のようだ。

 

 

「失礼します。櫟谷さん、お茶持ってきましたよ…………って、何してるんですか、二人とも」

「見りゃ分かるだろ、腕相撲だよ」

「うおおおお……!」

「凄い、全然動いてない。 じゃなくて琥太郎さん、そんな事してぶり返しても知りませんよ」

 

 

遅れて入ってきた柊が、覚めた眼で野郎二人を眺めている。それもここ数日ですっかり慣れてしまったのか、琥太郎に書類を手渡しながらやはり淡々と話し始める。

 

 

「さて、楢木 琥太郎さん。 正式に申請が通りまして、来週から晴れて貴方は怪人対策局・深森台支部の特別局員となります。 つまり、対怪隊長の櫟谷さんは勿論、対怪隊員及び特別局員長である私の部下でもあります。ここまでは良いですね?」

 

「貴方の仕事は事前に説明した通り、試作型対怪人災害専用強化外骨格・虎徹の装着者であり、その虎徹の改装計画への協力。無論我々はその働きに対して然るべき報酬を支払い、対価として貴方のプライバシーを尊重し、守る」

 

「貴方が『虎徹』として怪人と戦う以上、メディア露出は避けることは出来ません。きっと世間は貴方の事を『ヒーロー』と呼称し、要らぬ憶測を飛び交わせ詮索しようとするでしょう」

 

 

その言葉には、それ自体が質量を持つかのような重々しさがあった。まるで、そうなる事を見てきたかのような…………。

 

 

「確認です、楢木 琥太郎さん。 貴方にはその仮面を被る覚悟がありますか、誰に称えられる事も無く、顔も知らない不特定多数の為に戦う勇気がありますか」

「勿論。 そうじゃないなら、最初から電話なんて掛けてないよ」

 

 

果たして彼は即答した。迷いなく、真っ直ぐに彼女の眼を見つめている。

 

 

「……正直に言うと、少しでも迷うようなら貴方を追い返すつもりでした。でも、その心配は無さそうですね。 琥太郎さん、右手を出して下さい」

 

 

琥太郎が差し出した手首に、先程まで柊の腕に巻き付いていた小さなブレスレットが取り付けられる。黒地に金のラインが通った、細く光るブレスレット。

 

 

「それは虎徹の正式認証キーです。 現時点を以って貴方を虎徹の装着者に、柊 待春が任命します」

 

 

そう言って彼女は彼の手を握った。認証キーは頼りなく小さく、だがその小ささに見合わない重さでその存在を主張する。闇のように黒く、不気味に重いそれは、しかし祝福するように陽光を浴びて煌めいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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