ダンジョンで縁を結ぶのは間違っているだろうか (事故ナギ)
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0︰目覚め
0︰【愚者】の目覚め


もしも僕が人でなくても、彼らは受け入れてくれるだろうか?


ダンジョンで(えにし)を結ぶのは間違っているだろうか?

 

縁とは人と人との繋がりのことを指す。

死と背中合わせが日常茶飯事のダンジョンで繋がりは、ファミリアの仲間との絆は大切なものだ。

 

それは時に断たれ、ちぎれ、霧散してしまうこともある。

それでも人はほつれた繋がりを引っ張り、括り、次は解けないようにと結び目を作る。

 

 

 

そこには神もなく人もなく、誰もが物語の上に立つ。

幾星霜を重ね経てなお、今この瞬間も(ページ)に文字は刻まれる。

ここに記すは人が紡ぎ、神も紡ぐ──【縁の物語(ネクサス・ストーリア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が浮上して初めて視界に入ってきたのは醜悪な緑の化け物だった。

数匹でゲギャグギャと嫌悪感を催す鳴き声で合唱し、地に伏す自分の周りを囲むそれが何をしようとしているかは想像に難くない。

身ぐるみ剥がされるか、美味しくいただかれるかの二つに一つだ。

 

「……っ」

 

逃げ出そうとする心に反して体は縫い付けられたようにその場から動かない。

それは恐怖からか、意識が動転しているからか。

 

ジリジリと円が狭まり死へのタイムリミットは近づいてくる。

その歪な爪が自分に振り下ろされるのにもはや一刻の猶予もありはしない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺は何を──」

 

何か大切なことを忘れているような、そんな焦燥感が自分の中を駆け巡る。

命の危機が迫っているのをそっちのけで、自分の頭は記憶の忘れものを必死に探し始める。

 

視界が動く。化け物は既に目と鼻の先。

全ての敵が自分一人を狙い、爪を高く振りかぶる。

 

 

 

絶体絶命。

 

万事休す。

 

 

 

ゆっくりと目を閉じる。あと数秒で身体に走る衝撃に備え、なるだけ意識を遠くへ。

せめて、一思いにやってくれと願いながら────

 

「グギャッ!?」

 

しかしその瞬間はやってこなかった。

化け物たちの断末魔が聞こえなくなったところでゆっくりと目を開く。

 

「だ、大丈夫……ですか?」

 

白馬の王子様ではなかったが、白毛の兎が自分を守ってくれたようだ。

 

お礼を言おうと口を動かすが声が出ない。

倒れた体を起こそうとするが力が入らず無様に体を地面に打ち付けた。

 

「あり……が」

 

ようやく絞り出せたのは聞き取ることも難しいか細いもの。

感謝の全てを口にすることすらままならない。

ずるずると力失う自分を呼ぶ白兎の声を最後に自分の意識は闇に身を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニュクス……」

 

頬伝う水の感覚と身に覚えのない名前を口にした寝言で目が覚めた。

窓のない薄暗い部屋。ぼんやりと小さなランプが一つ、小刻みに明滅しながら頼りなく隠れ家のような部屋を照らしていた。

視線を付近にあったベッドへ移すと上裸の少年の背中にまたがる一部発育のいい少女がいた。

 

(……そっとしておこう)

 

よくよく見れば自分を助けてくれたあの子どもではないか。

ならば無粋な真似はよそう。いい雰囲気かどうかの判断がつかないが、水を差してはいけないことくらいはわかる。

 

再び目をつむり、もぞもぞと布団を被った。

然るべき時が来たら彼らにお礼を言わなければと息巻きながら。

 

「君、そろそろ起きたらどうだい?」

「え、起きてたんですか!?」

 

……バレていたようだ。ゆっくりと起き上がって観念したように両手を上げる。

 

「ありがとう。白毛の人とツインテのヒト。僕は……いや俺は?……うん、ともかく危うく死ぬところだった」

 

それに看病までしてもらってと付け足した。

普通見ず知らずの人間にここまでするだろうか。

少しだけ彼らの今後が思いやられるような、だけど自分にもそんな人たらしの一面があったような……?

 

「いえいえ、無事で何よりです!」

 

「うんうん。子どもたちの無事はなによりボクが願うところさ。ところで君はどうしてダンジョンにいたんだい?」

 

「ダンジョン?」

 

聞き覚えはあるが今目の前の彼女が意味するものと自分が記憶しているものはかなり隔たりがありそうだ。

恐らく自分が地べたに転がっていた場所がダンジョンと呼ばれるところなのだろうが……。

 

「……わからない」

 

そう、わからない。

あそこにいた理由も、どこから来たのかも。

そして自分自身が何なのかも。

 

自分について考えようとするとカナヅチを振り下ろされたような鈍い痛みが頭を走る。

堪らず姿勢を崩しソファからずり落ちて固く冷たい床の上に転がった。

歪む視界の中、大慌てで自分をどうにかしようとてんてこ舞いになる二人。

それを何故だか微笑ましく思いつつ、今度は心地よく意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝ちゃったみたいですね」

 

寝息も立てず死体のようにソファで眠る男を見ながら白髪の少年──ベル・クラネルは呟き今に至るまでの道程を回想した。

 

 

数時間前、背負っていたリュックがドロップアイテムで満杯になったのでそろそろ切り上げ時かと思ったベルは地上までの経路を思い出しつつ帰路を辿っていた。

 

2階層から3階層へ下るなだらかな坂道を上がりきったところでゴブリンに囲まれる彼を見つけた。

冒険者なら身につけるはずの武具や防具の類はなく、彼の意識も朦朧としているようだった。

そんな姿にベルは数週間前にミノタウロスに襲われた自分を幻視した。

そうして一も二もなく抜刀したベルによって瞬く間にゴブリンたちは蹂躙されたのである。

 

魔石とドロップアイテムを手早く換金したベルは彼を背負って日が暮れた街道をひた走り、自身のホームである廃教会に辿り着いたのである。

 

「ごめんなさい神様。ゴブリンに囲まれたこの人を見たらいても立ってもいられなくなって……」

 

「ミアハのところにでも預けていけば良かった、とか考えてるのかい?」

 

「……はい」

 

「ま、普通ならそうすべきだろうね。けど、今回はホームに運び込んで正解だったかもしれない」

 

ヘスティアはベルが彼を運んできた時に渡された不可思議な物体をしげしげと見つめていた。

ベル曰く彼の近くに落ちていたので多分彼の持ち物じゃないかとついでに拾ってきたとのこと。

 

「これが何なのかはボクにもわからない。わからないけど……強大な力を秘めていることは断言できる」

 

それはこの世界には存在しないある武器に酷似した形状をしているがそれを彼らは知る由もない。

 

ヘスティアは【S.E.E.S.】の刻印を撫ぜる。彼が再び目を覚ました時にでも確かめようと決めた。君が何者で、どこから来たのか。

そして彼と話した時に一瞬感じた違和感。その正体も究明せねばと彼女は思案する。

 

だが、今日はそんな些細なことより大切なことが彼女にはある。

不可思議な物体をテーブルに置きベルの座るベッドへとにじり寄る。

 

「よ〜し、そんなことよりベル君!今日はソファが空いてないから一緒に寝よう!君に拒否権はないぞ〜!」

 

「えっ、ちょまま、ちょま待ってください神様ぁー!?」

 

ほんの少し、ほんのちょっぴり人が増えることに抵抗を感じていたヘスティアだったがベル君と同じベッドに寝れるなら悪い気はしないぜ!とソファで眠る名も知らぬ男に感謝したのだった。

 

 

 

 




キャライメージはキタローまんまで大丈夫です。


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Ⅰ︰ネムレス・フール

1日は、24時間ではない。なんて言ったら、君、信じるかい?


「……ん」

 

まぶたの外に光を感じて目を開く。ライトのようなものが暗い部屋をぼんやりと照らしている。

 

 

おもむろに上半身を起こして目を凝らす。

ベッドの上にはツヤツヤした顔の女の子とお疲れ気味の男の子が仲良く川の字で眠っていた。

 

ぐっすりと眠っているし、無理に起こすのも悪いだろう。

二人が起きてくるまで自分は彼らの寝顔を眺めながら待つことにした。

 

ほどなくして彼らは起床し、彼らの好意で朝食をご馳走になることとなった。

硬いパンのみの朝食だが身よりもなければ記憶もない自分がありつける最後の食事かもしれない。有難く頂戴する。

 

そこからは女の子による質問の嵐だ。

矢継ぎ早に繰り出される質問に自分は淀みなく答えていく。

 

 

 

 

 

 

Q.君の名前は?

A.わからない。

 

Q.所属ファミリアは?

A.わからない。多分ない。

 

Q.どこから来たの?

A.わからない。

 

Q.じゃが丸くんってどう思う?

A.どうでもいい……

 

 

 

 

 

 

「うっがーーーーーーッ!!!なーんにもわからないじゃないかーーーーーーッ!あと最後の何だ最後の!ボクの作ったじゃが丸くんをどうでもいいだとーーっ!?」

 

他にもいくつか聞かれたがほとんどの質問をノータイムでA.わからないで済まされたことで業を煮やしまくった彼女はついに堪忍袋の緒が切れてしまった。

しかし全て本当のことなので謝るような理由もない。

 

「落ち着いてください神様!神様は僕達の人間の嘘を見抜けるんじゃないんですか?」

 

これは後で聞いた話だが、この世界の下界に下った神々は人間の言葉のウソかホントかを判定できる力があるらしい。

彼女もそんな神──超越存在(デウスデア)の一柱であり名をヘスティアと言う。炉と竈の女神なんだそうだ。

 

「……抜けない」

「へ、え……神様今なんて?」

「見抜けないんだ。彼の言葉が、嘘か本当か。まるで霧でもかかったみたいに。それだけじゃない。彼の声がいくつも反響して聞こえるし……」

 

肩を落としたヘスティアは独り言のように口にする。

 

「ええっ!?じゃ、じゃあこの人神様ってことですか!!?」

「いや、神様にしてはオーラがないからそれはない。彼固有の何かが関連してるんだろうけど」

「……スキルですか?」

「君、ちょっとベル君に背中を見せてもらえるかな?」

「それは構わないけど」

 

ベル君──ベル・クラネルはこの地に降り立ったヘスティアの最初の眷属となった少年だ。

雪のように白い髪とくりくりとした赤い目はどこか白兎を彷彿とさせる。

世界に唯一ダンジョンが存在するここ、都市オラリオに冒険者になるためやってきたという。

 

ヘスティアに言われた通りに服を捲ってベルに背中を見せた。

 

恩恵(ファルナ)は、ないです」

 

「そっか……まあそんな気はしてたけどさ」

 

恩恵(ファルナ)

神の血によって背中に刻まれるそれは対象を神の眷属たらしめ、モンスターと戦うための力を与える。

しかし自分にはそれがない。つまりまだどの神の眷属でもないというわけだ。

 

「つまり君は……名無し宿無し恩恵(ファルナ)なし、ということかな?」

 

「そうなるな」

 

むむむと唸り始めるヘスティア。

自分としては彼らに助けてもらった恩がある。

彼らの出す要求が何であれ自分にできることであれば力になりたい。

 

唸りを止めたヘスティアは近くにいたベルにごにょごにょと内緒話をし始めた。

ベルの表情がコロコロと変わり、最後に「僕もそうしようと思ってました」と小声で口にした。

 

 

「本当なら君を孤児院に預けるとか、親元を探すとかした方がいいんだろうね。だけど──」

 

ヘスティアが差し出したそれに息を呑んだ。

自分はこの銃を知っている。そしてこれは多分自分のものだという確信があった。

目を見開いた自分をヘスティアは心配げに見つめている。

 

「その様子……これは君のものだろう?」

「うん、確かに僕のものだ」

 

ヘスティアの手から()()()を受け取る。

吸い付くように手に馴染むそれにえも言われぬ懐かしさを感じる。

まるで長年連れ添った相棒のようだ。だけど今はどこか他人行儀のような気もする。

 

「神が君の言葉の嘘を見抜けないこと、今君の手にある不可思議な物体。多分まだまだ君には何かあるんじゃないかって思うんだけど……ともかく、君が一歩でも外に出たら君の事情なんて全く考えないロクデナシが一気に襲ってくるだろうぜ」

 

神。それは好奇心の塊。

 

そもそも神々が人間たちの住まう下界へと全知全能の力をかなぐり捨てやってきたのは一重に退屈だから、である。

 

つまるところ自分の娯楽さえ満たせればそれでよいといったいい加減でロクデナシの自己中な神々が多すぎるんだとヘスティアは語る。

そんな中に自分が放り投げられればどうなるか。容易に想像のつくことだった。

 

「だから、君が良ければボクのファミリアに入らないか?今は見ての通りの零細ファミリアだけど、ベル君は期待の成長株だし、ボクは他の神よりは君のことを尊重できるはずさ!……ど、どうかな?」

 

僕もそうしようと思ってました、とはそういうことだったか。

その証拠にベルも祈るような面持ちでこちらを見つめている。

そんな彼らに自分が出せる回答など一つしかないだろう。

 

「それで、助けてもらった恩を返せるなら。喜んでその契約を交わそう」

「恩とか契約とか水臭いこと言うなよ〜。これからボクらは同じ釜の飯を囲むファミリアになるんだからさ!」

「ああ。よろしく、神ヘスティア、ベル」

「「よろしく(お願いします)!」」

 

 

 

 

 

 

 

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『女教皇』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん…

 

 

 

COOPERATION【ヘスティア】

 

『女教皇』

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間()関係

『女教皇』のコープが解禁した!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!ずっと君とか彼とかって呼ぶのもアレだし、ボクが君に名前をつけてあげようじゃないか!ベル君も何かアイデア出して!」

「さ、さすがに人の名前を決めるのはちょっと抵抗が……」

「ネームレスじゃダメか?」

「ダメーーーっ!!全く捻りがない!」

 

そんなこんなで【ヘスティア・ファミリア】に加入することが決まった。

そしてヘスティア主催の『第一回 彼の名前を決めようの会』が開催された。

名無しを意味するネームレスじゃダメだろうかとヘスティアに聞くもすげなく断られてしまった。

 

「じゃあネムレス」

「長音符消しただけじゃないか!……う〜んでもまぁいっか!よーし!今日から君はネムレスだ!」

「そうだ、ベル。セカンドネームって俺もつけていいのかな」

「……?多分いいと思いますよ。貴族のものと同じとかでなければ」

「ありがとう。それじゃあ──」

 

ベルに渡してもらった紙に羽ペンでサラサラと書き記した。

何故見知らぬはずの文字をサラッと書けたのかはよく分からないが……。

 

「ネムレス・フール。それが今日から僕が名乗る名だ」

 

 




感想もらえると喜びます(小声)



【先出しステータス】


ネムレス・フール / 『ㅤㅤ』

種族︰『愚者』

Lv.1

力︰I 0

耐久︰I 0

器用︰I 0

敏捷︰I 0

魔力︰I 0

《魔法》
【ペルソナ】
・召喚魔法
・現時点使用不可
変更(チェンジ)時詠唱なし
・現召喚可能数︰0
・詠唱式【】

《スキル》
絆結縁繋(コープ・コネクト)
・全アビリティ補正
・成長度補正
・補正値は絆の数と深度により可変

愚者残骸(ワイルド・デブリス)
・精神汚染耐性
・精神干渉耐性
・任意で内包する【愚者】の力を借り受ける
・逆境時において全アビリティに超域補正
・神及びそれに連なる対象への攻撃力倍加



【COOPERATION】


Ⅱ『女教皇』ㅤ【ヘスティア】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1



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Ⅱ︰初探索

「ひゃっ!?君なんか冷たいぜ?身体の中に氷でも詰めてるのかい?」
「そんなことはないはずだが……」


ネムレスにファルナを刻む際の一幕である。


ヘスティアは困惑した。

今しがたネムレスの背に神の血(イコル)をつけたことで彼に恩恵(ファルナ)が刻まれたのだが……。

 

(【愚者】って何だよ【愚者】って)

 

この世界の種族はヒューマン、エルフ、小人族(パルゥム)、ドワーフ、アマゾネス等々様々存在するが、【愚者】などという当人を侮蔑するかのような名称の種族は見たことも聞いたこともない。

よもや彼は人間ではないというのか……。だが人間でなければ恩恵(ファルナ)を与えられる筈もない。

 

それどころか恩恵(ファルナ)刻みたてホヤホヤで魔法が一つ、スキルが二つ生えていることが更にヘスティアの頭を悩ませる。

ベルの憧憬一途(リアリス・フレーゼ)と違い、その存在を知ってしまうことでの悪影響はないかと思われるが……。

 

(【ペルソナ】、【絆結縁繋(コープ・コネクト)】、【愚者残骸(ワイルド・デブリス)】……)

 

しかし『神及びそれに連なる対象への攻撃力強化』──この一文の存在は彼の命に関わるだろう。

神の眷属に対して、ならばまだマシだったかもしれないが、神そのものまで攻撃力強化の対象に入っているのが問題だ。

 

(記憶があった頃のこの子は何を経験してきたっていうんだい)

 

神殺しなど下界の人間にはご法度だ。神に鉄槌を下せるのもまた神だけである。

その禁忌を、彼は侵したのだろうか。

 

(……いやいや。主神のボクが眷属(かぞく)を信じなくてどうするんだ)

 

その時は、その時だ。ヘスティアは考えるのをやめた。

もし本当に殺したのであればその理由を聞かせてもらおうと決め、紙に共通語(コイネー)でネムレスのステイタスを写本する。

もちろん、先ほど言及した一文は除いて。

 

「おめでとう!どうやらネムレス君は前途有望過ぎる若者のようだね!スキル二つに魔法が一つ、神のボクもビックリだぜ!」

「す、すごい!僕にはまだ一つもないのに……」

「なーに言ってるのさベル君!君には飛躍とも言える成長期があるじゃあないか!スキルが多いからってそれ全てが強さに直結するわけじゃないんだ。だからそんなにしょげちゃダメだろう?君にだって……ううん、ボクは君に一番期待してるんだぜ?」

「そっか……そうですよね!」

 

恩恵(ファルナ)を刻みたてだった自分のステイタスとネムレスのそれに隔たりを感じしょんぼりと視線を下げたベルだがヘスティアの発破で直ぐに持ち直した。

 

「よーし、まだお昼前だね。ベル君、ネムレス君をギルドに連れて行ってくれたまえ!」

「冒険者登録ってやつかな」

「その通りっ!働かざる者食うべからず。ファミリアに入ったからにはダンジョンに潜って食い扶持をビシバシ稼いでもらうよ!」

「初日はアドバイザーの講習を受けなきゃなんですけどね。でもネムレスさんが入ってくれたおかげで安定して稼げそうです!」

 

「これからは硬いパンだけの食事とはおさらばですね神様!」「じゃが丸くんだけの食卓とはおさらばだねベル君!」と笑い合うヘスティアとベル。

それを横目に自分と、何より彼らの生活のため身を粉にしてでも頑張らねばと一人覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「座学はこれで終わり……ですか?」

 

「あ、うん」

 

くぁ、と欠伸をするも、それ以外に疲れた様子は毛ほども見せないネムレスにハーフエルフの女性──エイナ・チュールは思わず素が出てしまった。

 

エイナは自分の担当であるベル・クラネルが所属するヘスティア・ファミリアに新たな眷属が加入したと聞き胸を撫で下ろした。

 

これまでベルには師事する者もいなければ、共にダンジョンに潜る者もいなかった。

ボロボロになって帰ってきたことも一度や二度ではない。それもこの短期間でだ。

 

無理を続けるベル君に相応しいストッパーになってくれれば、とかなりの私情コミコミでエイナはネムレスにベルに指導したものを超えるスパルタ教育を施した。

 

にもかかわらず、ネムレスはスポンジのようにエイナの教えを吸収し続ける。

インプット、アウトプット共に完璧だ。

 

「ベル君がダンジョンから帰ってくる頃には終わるかと思ってたけど、随分時間余っちゃったね」

 

現在時刻はお昼時。

ネムレスはテイクアウトしたサンドイッチを咀嚼していた。ちなみに代金はベル持ちである。

 

「じゃあ腹ごなしもかねて一階層辺りに潜ってみます」

「ん、了解。支給品はここに置いてあるから手に馴染みそうなものを使ってみてね」

 

エイナは手元のギルド内の案内図で支給品武器庫を指し示す。

首肯したネムレスは武器庫へと急いだ。

 

「剣、弓、槍、ナイフ、ボウガン、盾、刀……」

 

ズラリと並ぶ武器の群れを見て、手に取って、自分が満足に振るえるかどうかを確かめていく。

どの武器もそつなくこなせるような気はしたが、最初に目にした両刃の片手剣が一番しっくりきた。

 

レザーアーマーと片手剣を装備してネムレスは人生初のダンジョンに多少胸躍らせながら一階層の入口へと歩んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一階層のマップはエイナに言われて頭に叩き込んである。

怪物進呈(パスパレード)にでも出くわさない限りは道に迷うこともないだろう。

 

歩き始めて数分、出会ったのは因縁の相手である緑の怪物──ゴブリンだった。

今回は前回のように徒党を組んでいるわけではなく、一人きりでグギャグギャと喚いている。

ゴブリンの背後の壁に隙間のようなものが開いているので恐らくツイ先ほど産まれたのだと思われた。

もしかしなくとも、産声というやつだろうか?

 

ともあれ、ヤツが産まれたてだからといって容赦はできない。

ダンジョンからモンスターが産み落とされる時、その時点で彼らの身体は成熟体だ。

情けなど無用。怪・即・斬である。

 

「フッ」

 

短く息を吐き怪物の背に向かって突貫。

ゴブリンがこちらに気が付き視線を向ける。

もう遅い。既にこちらは剣を抜いている。

 

横に放った剣は吸い込まれるようにゴブリンの首を薙いだ。

宙に浮いた首が顔を歪めて醜悪な表情を浮かべる。

次の瞬間、身体と首は黒い塵となって消え去り紫色の魔石がポトリと落ちた。

 

「……うん」

 

これなら大丈夫そうだ。

生物を殺すことへの忌避感もなければ、彼らに対しての恐怖感も今しがた克服することができた。

 

(……もっと稼いでみようか)

 

ネムレスは魔石を回収すると次なる獲物を求めて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何か申し開きはあるかなネムレス君?」

 

「ないかなぁ」

 

「ほーう?」

 

「……すみませんでした」

 

ギルドの面談室のような場所でネムレスは担当アドバイザーであるエイナに鬼気迫る表情で詰め寄られていた。

理由はもちろんネムレスが彼女の指示を破ってしまったからである。

一応彼の名誉のために記しておくが故意にではない。

……そうじゃないったらないのだ。

 

「何で冒険者になってその日に四階層まで行っちゃうかなぁ……」

 

これじゃベル君より酷いじゃない、とブツブツ呟きながらエイナは書類にカリカリと何事かを記していく。

 

「上層までなら大丈夫って言ってなかったかな?」

 

「初日で上層の三分の一まで行くなんて考えもしないわよ!まったくもう、ストッパーとして期待してたんだけど……」

 

初日で四階層まで踏破したことで彼がLv.1にして目を見張るような実力を持っていることに疑いようはない。

 

しかし、しかしである。

エイナは午前中の講義にてネムレスに口酸っぱくこう告げたのだ。

 

────冒険者は冒険してはいけない。

 

するな、とは言っていない。

するにあたって装備やその日のコンディションなどの諸々の事項を熟考した上で、準備万端な状態で挑みなさい、ということだ。

 

「じゃあ……僕は何階層までなら潜っていい?」

「うーん、ここでストッパーかけても伸び代潰しちゃうし……仕方ない、今日行けた階層までなら許可しましょう。あ、ベル君と一緒に行くならもう少し下まで行っても大丈夫だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エ、エイナさんのスパルタ授業を午前中だけで!?」

「そんなに引かなくても……」

「あー、違うんです!そうじゃないんです!こう、なんて言うか……凄いなーって!」

 

夕日に照らされる街をベルとネムレスは二人で歩いていた。

まさかエイナの座学を一日もかけずに終え、その後ダンジョンに突入していたとは思わなかったベルはネムレスから事のあらましを聞き心底驚いた様子だった。

 

「記憶喪失だからかな。ほら、頭に余計な情報なんてほとんどないから」

「ああ、それは確かに……」

 

建物の影に入ると会話は止まり、奇妙な沈黙が流れる。

さすがにこのままは気まずいなと思ったネムレスはベルに話を振ってみる。

 

「そうだ、ベル。どうして冒険者になろうって思ったの?」

「……最初は、その、ふ、不純な動機だったんです。僕は……う、運命の出会いを求めて、オラリオにやってきましたっ!!」

「大丈夫大丈夫、聞こえてるよ」

 

ちょうど人波が少ないところで安心した。

やけっぱちにでもなったのか、ネムレスから見てもかなり小っ恥ずかしい宣言だったのであまり大声で言わない方が……とささやくと一気に顔を茹で上がらせてしまった。

 

「育ての祖父は『ハーレムは至高!』って言ってましたし……あれ、どうしたんですか?」

「何だか俺も五、七股……いや、十股くらい?爛れた恋愛をしてたような、してなかったような……。ともかくベル、もしそれを目指してるなら、うん。命には気をつけて」

 

よく分からない。分からないがそんな気がする。

達観し悟りを開いたような寂しい目を向けられたベルは思いっきり首を横に振った。

 

「も、ももももう目指しませんよ!今はちゃんと、僕自身の目標があるんですから!」

「その目標っていうのは、アイズさんのことかな?」

「な、何故それを……!?」

「ん〜秘密」

「そこで隠されると気になるじゃないですか!」

 

やいのやいのと先ほどまでのどこか影の差した様子は晴れ、自然に二人は笑みを零していた。

 

「ベル、敬語とかそういうのはナシにしよう。俺たち、家族なんだろ?」

「はい、えっと……じゃあその、改めてよろしく、ネムレス!」

「うん、よろしく。ベル」

 

 

 

 

 

 

 

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『希望』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん…

 

 

 

COOPERATION【ベル・クラネル】

 

『希望』

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間()関係

『希望』のコープが解禁した!】

 

 

 




感想もらえると喜びます(小声)(二度目)


ペルソナシリーズの主人公ほとんど神殺し成し遂げてる説。

まあモノホンの神様じゃないのだけど……。



【COOPERATION】


Ⅱ『女教皇』ㅤ【ヘスティア】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1

『希望』ㅤ 【ベル・クラネル】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1


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閑話Ⅰ︰【愚者】の片鱗

今回は閑話ということでかなり短め。


君は今までにイゴった回数を覚えているか?


「んん……」

 

与えられたベッド(ソファ)が寝にくかったわけではない。

ベッドで眠るベルと彼を抱き枕にするヘスティアに鬱憤が溜まっているわけでもない。

一歩間違えば何もかも失っていた身だ。

選り好みしていい身の上ではないだろう。

 

「寝れないな」

 

ソファからおもむろに身を起こす。

ベッドではベルがヘスティアにそのたわわな胸を押し付けられ苦しげな顔をしている。

 

そんな微笑ましい光景に笑みを零しつつネムレスは静かにドアを開け外へ出た。

 

 

地下への扉が隠された廃教会。

天井がごっそり抜けたことで屋根にできた大穴からは夜の頂点に登った月が柔らかな光を古びた祭壇へと捧げている。

 

ネムレスはホコリ被った長椅子に腰掛け、どこか気だるげに空を仰いだ。

あまり自分がいたところでは見上げた空に星々が瞬いていることは少なかったような気がした。

 

超自然的存在である神は近くにいるが、こうも雄大な星空を、まるで映画のセットのような場所で眺めるのはどこか不思議なパワーを貰えるような……。

 

「ん?」

 

星を眺める視界の端に何かが映った。

教会の隅っこに置いてあるにはいささか不釣り合いに見える。

腰を上げて近くまで歩きそれを手に取ってみる。

 

華美な装飾で飾り立てられていない、青白い色をしたシンプルな竪琴(ハープ)だった。

教会の中に放置されていたと思われる割には経年劣化した様子もなく、埃一つ被っていない。まるで新品だ。

 

「見覚えがあるような気がする、けど」

 

その記憶は果たして本当に自分のものなのかは疑われた。

そもこの世界が本当に自分のいた世界かも、少しだけ疑わしい。

 

ネムレスは再び椅子に腰掛け、ハープをそれらしく構えてみる。

 

 

>弾けそうな気がする……

 

 

頭では分からない、けど身体が覚えている。

ネムレスは指の赴くままにハープを弾き始めた。

 

月明かりのなかで廃教会にてハープを弾くミステリアスな男。

どこか、絵になりそうな風景だった。

 

 

 

教会に旋律が響く。

 

それは決して、決してがなり立てるようなものでなく、安眠を妨げるようなものでもない。

 

人を揺蕩う心の海へと誘うような柔らかな音色。

 

観客は未だ、地下で熟睡する二名のみ。

 

それでもいい。

これは誰に聴かせるものでもなく、自分の在り方を描くようなものだから。

 

 

「────♪」

 

 

ほんの一さじだけ調子に乗ってコーラスなんかを入れてみる。

もう少しだけキーが高いような、高くないような。

もしかしたら男性が唄うパートではないのかも。

 

ノスタルジックな気分だ。

でも、構わず続けた。

 

身に覚えもない、不思議な曲をゆっくりと奏で続ける。

だけど、確かに胸の奥で、こんな曲をずっとずっと聴いていたような。

 

一人ぼっちの演奏会。

だけど決して、『独りきり』ではなかった。

 

()の心の中で、無限に広がる心の海のどこかで。

一緒に弾いてくれたような、歌ってくれたような誰かがいた気がした。

 

 

 

「ふう……」

 

5分少しほどの短い時間だったが、その時間以上に充実した時を過ごせた。

……一向に眠気が襲ってくる様子はないが。

 

仕方ないなと諦め、僕はハープを()()()

 

「!?」

 

今は必要ないと思った瞬間、ハープは自分の手の中に吸い込まれるようして消えてしまった。

 

ヘスティアに自分のスキルや魔法を見せてもらってはいたが、あのスキルの効力の中にハープを出し入れするなんて芸当があるとは思えない。

それじゃあ別の力なのか?と首を捻るがそんなものに心当たりはない。

記憶喪失であることと、何か関係があるのかもしれないが……。

 

 

>ダメだ、モヤがかかったように思い出せない。

 

 

今回は潔く諦めることにした。

またいつか己を見つめ直すような機会が来た時にもう一度考えるとしよう。

 

自分はまた眠れない夜を寝床(ソファ)で過ごすため隠し扉を開け、すごすごと自分の定位置へ戻った。

 

 




推奨BGM︰全ての人の魂の詩


今回キタロー(擬)が手にした竪琴は多分皆様も見覚えがあるはずのものだと思います。


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Ⅲ︰奏者の目覚めはまだ遠く

──雨の夜、深夜零時「マヨナカテレビ」に誰かが映る


「竪琴ねぇ。これどっかで見たことある気がするんだけど……う〜ん、忘れちった!」

 

起床したヘスティアに昨日の夜に見つけた竪琴について、手の中から出し入れしながら尋ねるが彼女もよくわからないと首を振った。

見覚えがあると言っても多分気のせいだし、使えるなら君が使っててもいいんじゃないかい?と話すヘスティアはいそいそと準備をした後バイトへ行ってしまった。

主神自ら早朝勤務でご苦労様である。

いつか彼女が働かなくて済むようなファミリアにしてあげたいものだ。

 

「ベル、今日は何階層まで行く予定?」

「とりあえず3階層までかな。後は様子見しつつ、行けるところまで。冒険者なりたてのネムレスがいるのにあんまり無理してちゃエイナさんに怒られちゃうしね」

 

まあ僕も先輩面できるほど経験を積んでるわけじゃないんだけど……と苦笑するベル。

 

「ひとまずは分相応のところで、ってことかな」

「そうだね。よし、じゃあ行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝にも関わらず思ったよりか人通りは多い。

ただ喧騒は夕方の頃と比べなりを潜めていた。

当たり前と言えばそうなのだが、自分には物珍しい光景に映った。

自分はこんなファンタジックな風景には縁の遠い人間だったのかもしれない。

 

「ベルさ〜ん!」

「あ、シルさん!」

 

『豊饒の女主人』。

ベルが昨日のダンジョン帰りに話してくれた酒場の名前だ。

 

酒場の店員のシルさんから早朝の時間帯にダンジョンに行く時は厚意でお弁当を貰っているらしい。

ベル曰く、彼女との出会いは換金し忘れの魔石を拾ってもらったことから始まったらしいのだが……どうもきなくさい気がしてならない。

 

「えっと、ベルさん、そちらの方は?」

 

「ネムレス・フール。コンゴトモヨロシク」

 

「あっはい、よろしくお願いします」

 

妙に角張った口調で挨拶を告げ、少々困惑気味のシルと握手する。

ネムレスがヘスティア・ファミリアの栄えある眷属第二号であることをベルが紹介するとこれからはお弁当二つ用意しなくちゃですねと微笑んだ。

 

「いや、それは……申し訳ないというか」

 

「いーえ、これはまわりまわって私の利益となるのです!ね、ベルさん!」

 

「あ、あははは……」

 

ベルは彼女が最初にお弁当をくれた時のあらましを話してくれた。

なるほど。お弁当の提供をする代わり、夜はウチの酒場でお財布の紐緩めてって!ということか。

 

「ギブアンドテイクってやつかな。そういうことなら次回のお弁当は期待させてもらうよ」

「うふふ、じゃあ次はネムレスさんの分も作ってお待ちしてますね!」

 

夜にまた来てくださいねー!とこちら見送るシルの声を背に僕らはまたバベルへの道を辿り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネムレス!そっちはよろしく!」

 

「うん、任されたよ」

 

現在位置は第三階層。

ダンジョンのうち、上層に分類される地点ではある。

しかし難易度の低さに胡座をかけば寝首をかかれるような攻撃を食らいかねない。

 

ネムレスとベルの前には鋭利な爪を構えてダンジョンを徘徊するコボルトが総数五体いた。

 

彼らの気配に先んじて気がついたベルが電光石火の先制攻撃をお見舞する。

逆手に持ったナイフがコボルトの首をなぞり、刻まれた軌跡に沿って魔物の鮮血が迸る。

頭部は地面に墜落。それと同時に身体と頭は塵と化した。

 

仲間の首が一瞬にして宙を舞う凄惨な光景にたたらを踏んだコボルト。

そのうち一体にネムレスは容赦なく剣を振り抜いた。

 

あわれ、こちらのコボルトがなぞったのは同胞の末路だった。

コボルトの首と胴体がサヨナラバイバイ。後に残るは妖しく光る魔石のみ。

 

残りは三体。二体はベルが受け持つとのことなので、既に覚悟を決めたような雰囲気を漂わせたコボルトと向かいあう。

 

膠着状態が続く中、先に痺れを切らしたのはコボルトの方だった。

焦燥から生み出されたスピードは通常のコボルトの速度を遥かに凌駕してネムレスへと疾駆する。

 

勢いそのまま振るわれる双爪。

ネムレスは危なげなく剣の腹を添えるように配置して防いだ。

 

「ぐっ……」

 

しかし攻撃の威力を0にできたわけではない。

避けるという選択肢を取ったならまた別だが、今回は真正面から攻撃をモロに受けた。

剣から伝わる衝撃は伝播しネムレスの体勢を崩す。

 

コボルトはその一瞬さえあれば十分だった。

今が攻め時とばかりに大気を切り裂きながら爪を振るう、振るう。

 

バランスがブレた身体を無理やり駆動させてネムレスは攻撃を回避する。

しかし3度目の回避でついに体勢を崩し、無防備な体勢をモンスターの眼前に晒してしまった。

 

その好機を逃すほどコボルトは阿呆ではない。

けたたましく咆哮し、ガードのなくなった身体を引き裂こうと爪を引き絞るように振りかぶる。

 

その様子がネムレスの眼球に映った瞬間、反射的にネムレスは剣を手放し、ホルスターに入れていた召喚器をこめかみに押し当てていた。

 

 

>自分は何を……!?

 

 

自分の身体が取った行動の意味を自分で理解できず、ネムレスにしては珍しく顔を歪めた。

 

咄嗟に身体を庇うように出した左手に爪が当たる直前、一瞬辺りが光ったかと思えばコボルトが質量兵器をぶつけられたかのように放物線を描き、宙を舞った。

 

「……?」

 

おそるおそるネムレスは目を開く。

 

彼の目の前にはホームで見つけた竪琴がネムレスを守護するように顕現していた。

しかもサイズが以前のそれの比ではなく、彼の背丈の約2倍はあるだろう。

 

そして、特筆すべき点はもう一つ。

竪琴の前方に人型の幻影が、揺れる紅い双眸をコボルトへと飛ばしていたのである。

 




まだペルソナ完全覚醒というわけではございません。

幽玄の奏者の出番はもう少しだけ先となっております。


少し前に募集したアンケートが賛成多数だったようなので、『Ⅰ』と『Ⅱ』のお話にコープを作成しました。
めっちゃ疲れた(吐露)

是非ご一読下さい!


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IV︰ああっ!?女神様ッ!?

You are slave. Want emancipation?


「よし、じゃあ二人ともステータスを更新するよ」

 

 

 

 

ネムレス・フール / 『ㅤㅤ』

 

Lv.1

 

力︰G 268

 

耐久︰H 150

 

器用︰G 206

 

敏捷︰H 107

 

魔力︰I 0

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力︰G 221

 

耐久︰H 101

 

器用︰G 232

 

敏捷︰F 323

 

魔力︰I 0

 

 

 

 

ネムレスが【ヘスティア・ファミリア】に加入してから二週間が経過した。

魔法及びスキルは両者ともに新しいものはない。しかし基礎アビリティは成長を超えて『飛躍』とも呼べる目覚しい上昇を遂げている。

 

喜ばしいことだ。非常に喜ばしいことだ。

彼らにファンファーレを鳴らしてあげたいくらいに。

 

されどヘスティアは心中は全く穏やかでなく、むしろ荒れ狂う激浪が心の海を怒濤の勢いで逆巻いていた。

 

一つ、ベルに関しての成長はスキル『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』によるものが大きい。

スキルの原動力となるのはヴァレン何某への文字通りの憧憬、あるいは恋慕によるものだ。

初めての眷属であり、ヘスティアにとって特別な存在であるベルが他の女性に、よりにもよって【ロキ・ファミリア】の女に情を持っているというのは……彼女としては非っ常に面白くない。

 

 

二つ、まだ彼らの実力は露見していないがレベルアップを成し遂げ、スポットライトを浴びるのも時間の問題だ。

そうなれば神会(デナトゥス)での二つ名決めの際、自分が神の力(アルカナム)を使ったに違いない、と詰め寄られてしまうことだろう。

ヘスティアとしては自分があることないことあーだこーだと言われるのは別に良かった。

それで大切な眷属(家族)が守れるなら安いものだ。

しかし彼らを引き抜こうだとか、彼らが予期せぬ騒動に巻き込まれたりだとか、そんなことは極力避けておきたかった。

 

「でもなぁ、でもなぁ……ううん……」

 

眷属二人が寝静まった後、ヘスティアは魔石灯の下で静かに届いた封筒の中身を改めていた。

彼女の手元にあるのは『神の宴』のお誘い。

神会(デナトゥス)』とはまた違った形で神々が集まる神の催しだ。

主催は【ガネーシャ・ファミリア】の主神であるガネーシャ。

近々行われる怪物祭(モンスターフィリア)での協力の取り付け、ないしは開催に当たっての承諾を得させるのが彼らの主な目的だろう。

 

娯楽に飢えた神々であれば二つ返事で了承するものが多いような気もするが。

 

極貧ファミリアであるここにも一応招待状が届いている。

普段のヘスティアならあまり顔を出すような催しではない。

しかし今は、自分のちっぽけなプライドのために足を止めるわけにはいかないのだ。

 

「君たちは頑張ってる。多分、ボクの想像以上に」

 

だから、力になりたい。

確かに恩恵(ファルナ)を与えているという一点においてヘスティアは彼らの力になっている。

 

だけど、それだけだ。

他にといえば愛情くらいしかヘスティアは彼らにまともなものをあげられていない。

バイトのお賃金も二人の稼ぎに比べれば雀の涙だ。

 

なので、彼らに相応しい武器を神友であるヘファイストスに『神の宴』にてどうにかお願いしようとヘスティアは画作していたのだった。

 

一応、ヘスティアはバベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の店舗で見た武器の価格、それと店員にかなり無理やり聴き込んだ情報を元に大雑把ではあるが二人分の特注武器を頼んだ場合の価格を計算してみた。

 

「よ、四億ヴァリス……」

 

じゃが丸君バイトが何回分だろうか。

それを数えるのも億劫になる途方もない値段だった。

 

しかしヘスティアは既に覚悟を決めている。

彼らの力になってみせるという決意がブレることはない。

 

「神ヘスティア……少しいいかな」

 

憂いを帯びた、妙に改まった声がヘスティアの耳元で囁かれた。

ヘスティアはビクリと大きく身体を震わせると壊れたブリキの玩具のようにギギギと振り向く。

彼女の顔には無理やり繕ったような笑みが貼り付いていた。

 

「うひゃい!?ななな、な、な、な〜にかな〜?ネ、ネムレスくん?」

 

……力になりたいと思った当人に見つからなければ、先ほどの覚悟が揺らぐこともなかっただろう。

 

紙に書かれた数字とヘスティアの青い顔を交互に見つめ、ネムレスは深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクだって……ボクだってなぁ!君たちの力になりたかったんだぁ!」

 

「うん、でも家計をぶち壊すのは良くない」

 

「うぐっ」

 

ヘスティアが珍しく在宅ワークをしているなと思い、こっそり彼女の背後からその様子を覗いていたネムレスだったが紙に示された彼から見ても法外な金額に声をかけざるを得なかった。

 

何故か泣き出しそうになってしまったヘスティアを急いで隠し部屋から月光照らす廃教会に連れてきたネムレスは彼女が告げる発端とあらましに耳を傾けていた。

 

「何年、いや何百年かかろうたって構うもんか。これはボクだけが払うべきものだ。ボクが君たちのためにできるのは、これくらいしかないんだから」

 

「そんなことはない。多分ベルも同じ気持ちだ」

 

「君たちはそうでも、ボクが嫌なんだ。ずっと助けられっぱなしで、君たちには愛情くらいしかまともに注いでやれなかった」

 

だから止めないでくれ、そうヘスティアは口にした。

しかしいくら無限の命を持つ不老不死の超越存在(デウスデア)だったとしても彼女一人でこれを支払うのは賽の河原で石を積むより辛いことではなかろうか。

 

ヘスティアが考えを曲げることはないだろうと悟ったネムレスはどうにか彼女の負担を軽くする路線に思考を切り替えた。

 

ベルはともかく、自分の武器は作らなくてもいいとネムレスは言いたいところだが彼女がそれを受け入れることはなさそうだ。

 

「……ヘスティア、僕としてはあまり貴方が無茶をすることはおすすめできないし、して欲しくない」

 

「ネムレス君……」

 

「だから、()も手伝おう」

 

「へ?」

 

まさかそんな提案を持ってくるとは夢にも思わず、素っ頓狂な声をあげるヘスティア。

さも当然のように告げてあくどい笑みを浮かべたネムレスにヘスティアは(彼の言葉の嘘真が見抜けないのもあるが)薄ら寒さを覚えた。

 

 

「取引といこう、神様」

 

 




次回かその次あたりから怪物祭編です。


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Ⅴ︰代償と契約

ベルベルベ~ルベルベット~♪

わ~が~あ~るじ長い鼻~♪


「……あんた、いつまでそうやってるつもりよ?」

 

「…………」

 

バベルから伸びる北西のメインストリート、そこにある【ヘファイストス・ファミリア】の支店の三階。

部屋の床に蹲るようにして頭を下げるヘスティアに呆れと疲れが混じった声色でヘファイストスが声をかける。

 

「騒いでなくてもそこで丸まってられると仕事の効率が落ちるの。わかる?」

 

「…………」

 

「ヘスティア?」

 

「…………」

 

『神の宴』があった日から“一日”、ヘスティアはヘファイストスにただひたすら頭を下げ続けていた。

 

『神の宴』にてヘスティアに懇願された武器の製造をすげなく断ったヘファイストスだったが、ヘスティアは宴が終わった後もそれはしつこく彼女に頭を下げ、頼み込んだ。

 

自分が仮眠を取っていた時も、書類にサインをしていた時も、ヘスティアは片時も顔を上げることはなかった。

 

何がそこまであんたを突き動かすんだとヘファイストスは渋い顔を浮かべる。

親友として長らく──結局堪忍袋の緒が切れて叩き出したのだが──世話をしてやった関係上、彼女の()となりは理解しているつもりだったヘファイストス。

 

しかし今回ばかりは彼女の心情を汲み取ることができない。

 

執念、焦燥。

そんな意志をひしひしと感じはするが、あのぐうたら女神だった彼女をここまでさせるモノは一体何なのだろうかと。

 

「そもそもあんた、昨日からその体勢でずっといるけど、なんなのよ、その格好?」

 

「土下座。タケと僕の眷属の一人に教えてもらった最終奥義。これが極東に伝わる請願の意を示す最敬礼の姿勢さ」

 

「タケ?」

 

「タケミカヅチ……」

 

余計なことを吹き込むんじゃないとヘファイストスは心中で毒づいた。

 

夜も更けてきた。

これ以上集中力を保って仕事をこなすことは無理だと判断した彼女は机の上を片付ける。

 

窓から差し込む月明かりを見やり、時間の経過に頭を痛めながらヘファイストスは未だ丸くなり続けるヘスティアに問うた。

 

「ヘスティア、教えて。どうしてあんたがそうまでするのか、なにがあんたを駆り立てるのか」

 

「力に、なりたいんだ」

 

ヘスティアの視線は未だ床に熱く注がれ続ける。

 

「あの子たちの、力になりたいんだ!」

 

「今ベル君は、ネムレス君は、変わろうとしてる!月に手を伸ばすような目標に向かうために、自分の在り方を定めるために、歩み出そうとしてる!だから欲しいんだ、あの子たちを助けられる力が、道を切り開くための武器が!」

 

鍛治の神に炉と竈の神が乞い願う。

 

彼らの未来を阻むように横たわる霧を、彼らの歩みを止める夜の帳を、吹き飛ばし、照らし出す力をヘスティアは欲していた。

 

自分の掛け値なしの思いをヘファイストスにぶつけるヘスティアは絞り出すように最後に告げた。

 

「主神のくせして何一つできやしないのは、嫌なんだ……何もしてやれないのは、嫌なんだよ……」

 

掠れた声で弱々しく囁かれた言葉。

しかし、文字通りに一日かけての請願と彼女の心中を今しがた理解できた鍛治神の心を射止めるには十二分に足りていた。

 

ヘスティアの偽らざる想いを受け止め、彼女の成長に微笑を浮かべながら、ここにヘファイストスは彼女の眷属のために武器を造ることを決めたのだった。

 

「……わかった。作ってあげるわよ。あんたの子たちにね」

 

バッとヘスティアが顔を上げた。

しかしどうも胡散臭い、してやったりといった表情が見え隠れしている。

歓喜の一色で染め上げられた顔に、似つかわしくない色が混ざっていることをヘファイストスは見逃さなかった。

 

「あんた、何か考えてる?」

 

「……さすがに君にはバレちゃうか。いやなに、こっちも無策で来たわけじゃないってことさ!」

 

ヘスティアはよろめきながらゆっくり立ち上がるととびっきりの笑顔で叫んだ。

 

「カモーン!ネムレスくーん!!」

 

待ってましたとばかりにドアが開かれる。

右目が青い髪で完全に隠れた、どこか近寄り難い不思議な雰囲気を漂わせた少年が入室した。

 

「随分頑張りましたね。正直そろそろ帰ってくるんじゃないかと」

 

「他でもない君たちのためだ。このくらい楽勝さ!じゃあ後の話はネムレス君からよろしく!」

 

「初めまして、神ヘファイストス。僕は【ヘスティア・ファミリア】の眷属が一人、ネムレス・フールといいます」

 

「……ああ、初めまして。それで、話って?」

 

「それなんですが……」

 

彼はズボンのポケットから青白い光を放つ羽根を取り出した。

ヘスティアは得意げに胸を張り、ヘファイストスは信じられないと瞠目する。

 

「これ、何だか知ってます?」

 

僕は知らないですとばかりにネムレスはコテンと首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はネムレスがダンジョンで半覚醒した時まで遡る。

 

「……ここは?」

 

ネムレスは奏者の幻影を見ると同時に意識を失ったかと思えば、青い部屋の中へと招かれていた。

 

「ようこそ……我がベルベットルームへ……」

 

声の方へ首を上げる。

ゆったりとした青いソファに一人腰掛ける長鼻の老人が話しかけてきた。

 

「ベルベット……ルーム?」

 

「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……今はまだ、わからずとも良いでしょう」

 

不思議と老人に警戒心は湧かなかった。

むしろ、この場にいることが自分の在り方に則しているような気さえしてくる。

が、今の彼の居場所はここではない。

ベルがいて、ヘスティアがいるあの世界が、ネムレスにとっての帰る場所だ。

 

「元の場所に戻してくれ」

 

「ご安心なされよ、【愚者】の(ことわり)を束ねし者。そう時間は取らせません。もっと言えばこの場所での時間の流れはそちらの時間の流れに干渉しませんからな」

 

「さて、申し遅れましたな。私の名はイゴール。この部屋……”ベルベットルーム”の主を致しております」

 

イゴールと名乗った老人は懐から一枚の紙を取り出して、青いクロスが引かれたテーブルの上に置いた。

 

「未だこの『契約』は有効のまま。故に、今一度貴方をこのベルベットルームのお客人として迎えましょう」

 

紙は『巌戸台分寮』という場所の入寮契約書類のようだ。

署名欄に書かれた名前は滲んでしまっているのかよく見えない。

 

「あなたは力を磨くべき運命にあり、必ずや私の手助けが必要となるでしょう」

 

「あなたが支払うべき代価は1つ……契約に従い、ご自身の行動に相応の責任を持って頂くことです」

 

老人が指を弾くと机の上に鍵、そして青く煌めく羽根が現れる。

 

「これをお持ちなさい。いずれ、あなたの役に立つことでしょう。羽根の方はまぁ……あなたのお知り合いからの餞別です」

 

「知り合い……?」

 

「知り合いと言っても、あなた自身の記憶にはないことでしょう」

 

羽根と鍵を手に取るとネムレスの視界がぐわりと歪み始めた。

 

「今度はかの地にて契約を果たされたのち、またお会いしましょう。では、ごきげんよう」

 

イゴールの言葉を最後にネムレスはまた意識を闇の中へと手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

「レス……!」

 

声が聞こえた。

あの奇怪な顔の男のような甲高い声ではなく、耳馴染みのある声が。

 

「ネムレスっ!!」

 

「……ごめん。気、失ってた」

 

「ううん、無事ならそれでいいよ。それよりも、さっきのアレは……」

 

さっきの、とは多分自分の前に現れたあの幻影のことだろうか。

あの老人が何か知っているような気もするが聞きそびれてしまった。

自分はフルフルと首を振る。

 

「そっか……うん、でも良かった。このまま起きないんじゃないかって」

「ベルを残して逝くわけないよ。今は……まだ」

「ねぇちょっと不穏だよ!?」

 

土埃を払って立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。

 

感じるのは柔らかな羽根と冷たい鉄の感触。

あの空間での出来事が夢ではないと教えてくれているようだった。

 

 




そりゃウラノスレベルに古い神の身体の一部なんて見れば瞠目の一つや二つするかなと思ったり思わなかったり。


次回から怪物祭編です。

ご意見、ご感想、お待ちしております。


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Ⅰ︰怪物祭(モンスターフィリア)
VI︰Twilight Feather


黄昏が照らす心の海の底、奏者は(あるじ)の覚醒を待つ




「ど〜だ!珍しい素材に目がない君なら喉から手が出るほど欲しいんじゃないかな?まあネムレス君もどこで手に入れたのか正確にはわからないらしいんだけど」

 

ネムレスが提示した青く発光する羽根を食い入るように見つめるヘファイストスにヘスティアは自らの双球を支える青紐がはち切れんばかりに胸を張った。

 

鍛治神は()友の動きに一切の興味を示さず、右目の眼帯をツウとなぞる。

羽根を持ったまま棒立ちのネムレスの周りをクルクルと回るヘファイストス。

やがて諦めとこんな厄ネタ持ってくるんじゃないよ本気で勘弁してくれと、苦々しい表情で言葉を吐いた。

 

「ヘスティア、あんたは神殿に引きこもってばかりでロクに姿も見てないだろうけど、これはある()()()()よ。それもウラノスに匹敵するレベルの」

 

「ははっ、そんなまさかぁ…………嘘だよね?嘘だと言ってよヘファイストス!」

 

「残念ながら嘘じゃない。その神の名は『ニュクス』。夜──いえ、(マイナス)を司る女神の一柱よ。彼女はずっと(プラス)の女神のへーメラーと共に昼夜の均衡を保つ仕事をしてるから私もあまり会ったことがあるわけじゃないんだけど」

 

「名前くらいならボクだって聞いたことあるぜ。だけど、身体の一部がそれかい?鳥の女神じゃないんだろう?」

 

「……もっと正確に言えば神の力(アルカナム)の一片、かしらね。あんた、どこでこれを……ちょっと?」

 

「ふあぁあ……う〜ん」

 

女神二柱が話し合いをしているにも関わらず、我関せずとひかえめに欠伸をするネムレス。

ヘスティアに背中を思いっきり叩かれて寝ぼけ眼を擦りながら答えを口に出した。

 

「ベルベットルーム」

 

「ベルべ……何だって?」

 

「ベルベットルームでイゴールって老人に渡された」

 

要領を得ない回答。

神の二人に真偽のほどを判断する手段はなかった。

彼の言葉は霧がかかったように嘘を見抜くことができないからだ。

 

「本当だね?」

 

「本当本当。天地神明、それも無限無窮の宇宙の狭間で冒涜的な言葉を撒き散らしながら玉座に寝そべる盲目白痴の魔王に誓ってもいい」

 

「例がやけに具体的すぎやしないかい?呪われてたりしてないよねネムレス君?」

 

うんうんと頷きながら神に誓いを立てるネムレスにヘスティアは訝しげな視線を向ける。

それでも特に彼の表情が変わることはなく、竈の女神にいつもと変わらない優しげな視線を注いでいた。

 

「う〜、わかった!信じようじゃないか!」

 

「ちょっとヘスティア!?」

 

「待つんだヘファイストス。確かに神の力(アルカナム)の破片をこの子が持っていることとか、この子の言葉に嘘を見い出せないとか、不安になることいっぱいあると思うよ。だけどね?」

 

ススススとヘファイストスに擦り寄るように近づいたヘスティアは、彼女の耳元で処女神のくせに妙に艶っぽい表情と声色で悪魔のように囁いた。

 

「天界でしかできなかった神の力(アルカナム)を使った鍛治、やってみたいんじゃないのかぁい?」

 

「……っ」

 

目まぐるしく鍛治神の頭の中で大量の情報が精査される。

彼女の脳内で緊急会議を開くリトルヘファイストスのほとんどは「やめときなよ」「悪魔に屈しちゃダメ!」と大合唱している。

 

だが、神は娯楽に飢えている。

それは当然、このヘファイストスも例外ではない。

 

自分の神の力(アルカナム)ならばともかく、他の神の力を使った鍛治などやってみたくないわけがない。

 

 

 

程なくして、リトルヘファイストスたちは飲み込まれた。

興味という名の飽くなき欲求のビッグウェーブに。

 

「……わかった。作ってあげるわよ、あんたの子たちに。下界で私史上、最高傑作の得物をね」

 

彼女は神である前に、一人の鍛冶師(スミス)である。

 

もう二度と拝めないかもしれない素材を前にしたその興味は、想いは、鍛冶場に融解する鉄よりも紅く、熱く、煮えたぎっていた。

 

 

 

 

 

 

 

…………

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『剛毅』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん……

 

 

 

COOPERATION【ヘファイストス】

 

『剛毅』

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間()関係

『剛毅』のコープが解禁した!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神ヘスティアが『神の宴』に出かけて早3日。

ベルはネムレスと少し手広に感じる教会の隠し部屋でもそもそと朝食を食べていた。

 

「神様、遅いですね」

 

「そうだね。でも今日には帰ってくるかも。確か今日は怪物祭(モンスターフィリア)だし」

 

怪物祭(モンスターフィリア)。年に一回【ガネーシャ・ファミリア】が主催する大きな催し。

闘技場を丸一日まるまる貸し切ってのモンスター調教ショーは見応え満点。

多くの見物客が集まり、多くの屋台が出されるのでその経済効果は計り知れない。

ギルド、オラリオの商工業・サービス業者は共に書き入れ時だ。

 

「多分神様もベルに会いたがってるだろうし……ダンジョンは休みにしてお祭り見に行かないか?」

 

「それもそうだね。お金は〜っと……まあ十分かな?」

 

ヘスティアがいない間、ベルとネムレスは時間の許す限りダンジョンへと繰り出しモンスターを狩っていた。

彼女が帰ってきた時に「すごいね二人とも!ボクは嬉しいよ!」と言ってもらえるようにベルは頑張っていたのだが、この狭い空間でただ一人【ヘスティア・ファミリア】が多額の借金を背負いかけていることを知るネムレスは少しだけベルに申し訳なく思っていた。

 

ちなみに借金は無期限無利子らしい。

 

「それじゃ行こうか!」

 

「うん、出店とか久々だから僕も楽しみだ」

 

廃教会から近くの通りへ出て、そこから流れる人波の中に潜り路地裏へ。

狭い通路の曲がり角を何度も右折左折し、西のメインストリートに到着した。

 

そのまま闘技場の方まで走っていこうとしたところで「ちょっと待ったニャそこの青髪と白髪(しらが)頭ー!」と声がする。

二人で顔を見合わせた後辺りを見回す。該当しそうなのは街行く人々の中で彼らだけだ。

 

「そう、お前らニャ!」

 

声の主は『豊饒の女主人』の店先で彼らにブンブン手を振るキャットピープルの少女。

ベルもネムレスも、呼びつけられた理由は分からないが、それはともかくとしてウェイトレス姿の彼女に駆け寄った。

 

「あー、いきなり呼び止めてスマンかった、ですニャ」

 

「いえ、急いでるわけじゃなかったので」

「何か僕たちに用事?確か……アーニャさん、で合ってるかな?」

 

ピコーン!とアーニャと呼ばれた彼女の耳と尻尾が固まり、数泊置いて弛緩して、ユラユラと揺れた。

 

「ミャーはオミャーと注文以外で話したことはないのニャ」

 

「あ、ごめん。気安かったなら謝るよ。厨房から名前を呼ぶ声がよく聞こえてたから、つい」

 

「いんニャ、女の子の名前を覚えるのは殊勝な心がけニャ。青髪、名前は?」

 

「ネムレス・フール。コンゴトモヨロシク」

 

「ミャーサマ、オマエ、マルカジリ……じょ、冗談ニャ!取って食ったりしないニャ!だから引くニャ!」

 

「あ、あの!僕たちに用事があるじゃなかったんですか?」

 

おっとすっかり忘れてたニャとアーニャはベルの一言で気を取り直し、「はい、コレ」とベルに何かを手渡した。

 

「財布だね」

「財布、ですね」

「白髪頭はシルのマブダチニャ?だからコイツをあのおっちょこちょいに届けてきて欲しいんだニャ」

 

可愛らしい財布を二人で見つめるが、どうも話が見えてこなかった。

そこに店の奥からエルフの店員がヒョイと顔を出す。

 

「アーニャ、それでは説明不足です。二人とも困っていますよ」

 

「そんなことニャいよ、リュー。店番おサボりしてお祭り見物に繰り出したシルに、忘れてった財布を届けて欲しいニャんて言わんでも分かるニャ。ニャア、ネムレス?」

 

「いや全く?」

 

「ニャ、ニャンとぉ……!?」

 

「と、言うわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、そういうことだったんですね」

 

羞恥に悶えプルプルと震えるアーニャを後目にリューと呼ばれたエルフは気にしないでくださいねと告げる。

当然ながら二人にそれはできなかった。

 

「どうか、頼まれてもらえませんでしょうか?私やアーニャ、他のスタッフも店の準備に駆り出されていて手が離せないので……」

 

「構いませんけど、シルさんサボっちゃったって本当なんですか?」

 

「……アーニャ?」

 

「ミャーは事実を述べたまでニャ!」

 

「歪まされた事実を人は“虚構”と呼ぶのですが?」

 

開き直るアーニャに底冷えするような眼光を飛ばすリュー。

アーニャは「あ、まだ椅子下げ終わってなかったニャ!」とダンジョンでのベルよりも『脱兎』の文字が似合う速さで店内へ引っ込んでいった。

ちなみに椅子下げはとっくに終わっていることをここに記しておく。

アーニャが肝っ玉母さんにゼウスが如き(ケラウノス)を落とされるのは時間の問題であった。

 

リューはため息一つして、ここに住み込みの私たちとシルでは立場が違うので、と告げた。

今日の彼女は休暇扱いであり、主人であるドワーフのミアさんからも許可は取っていたようだ。

 

「闘技場に直通の東のメインストリートはかなりごった返しているでしょう。まずはそこに向かって頂ければ」

「シルは出かけたばっかだから、今ならまだ追いつける筈ニャ」

 

ひょっこりとアーニャが店の入口から顔を出してあっちあっちと指さしている。

 

元々お祭り見物の予定の二人は身軽な格好だったため、特に荷物を預かってもらうこともなかった。

ベルはシルの財布を後生大事に懐にしまい、ネムレスは欠伸をしながら闘技場の方向を眺める。

 

二人に見送られながらベルとネムレスは東のストリートへと駆け出していく。

 

 

 

 

────バベルの頂上から注がれる、彼らを舐るような視線に気がつくこともなく。

 

 




ご意見、ご感想のほど、よろしくお願い致します。
あれば私、これからも頑張れます。

記載するのを完全にすっぽかしていましたが、各ペルソナシリーズの根幹に触れるようなネタバレを多用しますので、ご覧になる際はその点をご注意頂ければと思います。


【COOPERATION】


Ⅱ『女教皇』ㅤ【ヘスティア】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1
Ⅷ『剛毅』【ヘファイストス】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1
ㅤ『希望』【ベル・クラネル】
ㅤ■□□□□□□□□□ RANK1



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Ⅶ︰Reach for the moon

惜しい……本当に惜しいよ。

運命を理解し、それでもなお、正面から戦おうとする強い意志……その心がもっと多くの人々にあれば、滅びの訪れは無かったのかも知れないね。

でも……もう遅いんだ。



東のメインストリートを抜けて闘技場の入場口付近に到着したベルとネムレスは二手に分かれてシルを探すことにした。

 

「じゃあベルはそっち、僕はこっちを探そう。いてもいなくても、闘技場をグルっと回ったところで合流しようか」

「わかった。じゃ、また後で!」

 

ネムレスは辺りを注意深く観察しつつも、速度を落とさずに闘技場の外周を走る。

 

会場の近くというのもありそこらじゅうに煌びやかな装飾が施されていて少々目が眩しい。

そんな中で一際彼の目と鼻を引いたのは出店が立ち並ぶスペースだった。

 

「……ちょっとくらい買い食いしてもいいかな」

 

もしかするとシルはこの出店区画の雑踏で財布を忘れてオロオロしているかもしれない。

ちょっと出店を見てみたい六割、シルを探さなきれば四割の心持ちでネムレスは香ばしい匂いの漂う人波へと身を投げ出した。

 

身投げして数分でやらなきゃ良かったと半ば後悔しつつも、気合いでじゃが丸くんを購入したり、肉串を頬張ったりしつつ人混みをエンジョイするネムレス。

 

そんな彼の目に一瞬だけ、見覚えのある後ろ姿が見えた。

ちょうど人通りの少ないところへと歩いていくその背中をネムレスは呼び止める。

 

「神様」

「お、ネムレス君!ちょうどいいところに!」

 

黒いツインテと胸を揺らして振りむいたのは主神ヘスティアだった。

心なしか上機嫌、しかし目に刻まれたクマを見るに夜通しの作業だったようだ。

 

「……お疲れ様です」

 

「あぁうん、労いありがとう。じゃ、お約束のブツを渡そうか!」

 

ヘスティアは装着していた風呂敷から二つほどあるものを取り出した。

ネムレスは恭しくそれを受け取り、すぐに装備してみる。

 

「ピッタリだね」

「そりゃ良かった!ああ、君にヘファイストスから伝言がある。『興が乗って2個作っちゃったけど二度と私に発注しないで』だって。ボクの素人目から見てもアレを金属で作るのは……うん、中々厳しかったと思うな」

 

君がノリノリで設計図まで書いちゃっててビックリしたんだぜとヘスティアは笑う。

はて、誰かに作り方を教わったような気がしたんだけどとネムレスはあごに手を当てた。

 

「確か……そう、黒い猫に教わったような」

 

「猫ぉ?」

 

「うん。猫猫」

 

ほんとぉ?と疑惑の視線を向けるヘスティアにホントホントとオウム返しで答える。

 

「うーん……ま、それはいいか。試運転はダンジョンでやってもらうとして、ベル君は?こっちの方に行ったよ〜って聞いたんだけど」

 

「豊饒の女主人のスタッフさんが忘れた財布を届けに行ったよ。多分あっちに行けばすぐ追いつけるはず」

 

「わかった!待ってろベルく〜ん!!」

 

神らしからぬ健脚で愛してやまない眷属の元へと走るヘスティアを見送り、ネムレスは引き続き肉串をもぐもぐ頬張りつつ、先ほどよりもゆったりした足取りでシルを探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何を考えとるんや自分?」

 

「どういうことかしら、ロキ?」

 

「とぼけんのも大概にしとけ、あほぅ」

 

糸目がほんの少しだけ見開かれ、フードの奥で微笑する口を睨んだ。

ここは東のメインストリートに面する喫茶店、その2階。

通りの人波を一望できる窓際の席で二柱の女神はお話をしていた。

……内容はともかく、お話をしていた。

 

「最近動きすぎやろオタク?興味無いわ〜ってほざいとった『宴』にはおるし、さっきの口ぶりからして情報収集にも余念なし。フレイヤ、ホンマになに企んどんのや?」

 

「企むなんて……ふふ、人聞き悪いわね」

 

「じゃかあしいわ」

 

ケッと心底嫌そうに口にしたロキは猛禽類のように目を鋭くし美の女神を見据えていた。

そんな視線を真っ向から受け止めながらもフードの影に微笑をたたえ続けるフレイヤ。

 

本来下界では解放されないはずの神の力(アルカナム)が彼女たちの間で迸っているようにも見える。

そのせいか、喫茶店は女神たち二人の貸切状態となってしまっていた。

 

いつまでも続くのだろうかと思われた無言の応酬はロキが神威を弛緩させたことで終幕を迎えた。

 

「男か」

 

「……」

 

フレイヤは答えない。

ただ変わらぬ美を微笑みと共に示すのみ。

ロキはそれを肯定と解釈した。

 

「どこぞのファミリアの子供を気に入ったっちゅう、そういうわけか……で、どんなヤツや。そいつは」

 

「貴方に聞かせるつもりはなかったのだけど」

 

「抜かせ。手前のせいで要らん気回さにゃならんかったんや、迷惑料金くらい払ってもええんとちゃう?」

 

じっとりと見つめるロキに観念したように目を伏せたフレイヤは通りの方へ視線を投げる。

 

「強くはないわ。私や貴方の【ファミリア】の子供と比べても、弱くて情けなくて、ちょっとのことで泣いてしまう……そんな子」

 

でもね、と置いてフレイヤは恍惚な表情を浮かべる。

 

「とっても綺麗だった。透き通っていた。純新無垢で、濁りの一片もない素敵な色をしていたわ。そして、もう一人……」

 

「もう一人ぃ!?かーっ!見境なさすぎやろ流石に」

 

「もう、誤解しないでくれる?もう一人は……純粋に興味よ」

 

興味ィ?と怪訝な顔をするロキにフレイヤは言葉を重ねた。

 

「そうね。あれはまるでキャンパスだった。これから何色に染まろうともそれを魅せるように純白で。ええ、それだけならまだ良かったわ。だけど、あれは『異常』よ」

 

「……どこら辺が?」

 

急に神妙な顔をしてどこか憂いを帯びたフレイヤにロキはほんの少し居住まいを正して質問する。

フレイヤは考え込む素振りをした後にこう答えた。

 

「ツギハギなところ、かしらね」

 

フレイヤは再び眼下に広がるを眺める。

意中の白兎は映らず、ただ人波が揺蕩う海のように果てしなく流れていくだけだった。

 

「魂は一人一つ。普遍的で、当たり前の事よね。だけど貴方は────」

 

────一体幾つの魂を、その身体に住まわせているの?

 

最後の言葉を飲み込んだフレイヤは視線を空へ打ち上げる。

昼間のはずなのに月が見える。それ自体はままあることだった。

しかしフレイヤは見上げる上弦の月が、昼空の上を我が物顔で闊歩しているように思えて仕方なかった。

 

 

 




感想欲しい!!

あんまり作者が自我を出すのはよろしくないような気もしますが、今回は言わせて欲しい。

感想が!欲しいぜ!

以上、私の欲望でした。
ご意見、ご感想よろしくお願い致します。


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Ⅷ︰The Voices Someone Calls

君と出会えて……嬉しかったよ。こういう気持ちが、たぶん……“幸せ”っていうんだと思う。

今まで、本当にありがとう……


-『ペルソナ3』より、ある人物の台詞




「物々しい雰囲気……なにかあったのかな」

 

結局シルを見つけることができずフラフラと出店区画をさ迷っていたネムレスは祭にはそぐわないピンと張り詰めた空気を察知した。

 

冒険者たちが渋い顔してストリートを駆けて行ったり、ギルド職員たちと慌ただしく会話している。

 

(今の状況で考えられるのは……闘技場のモンスターが逃げ出した、とかかな)

 

しかしネムレスが他の冒険者に比べてできることなどたかが知れている。

下手にでしゃばって邪魔になったり叩き潰されたりするくらいなら、何もしない方がマシじゃなかろうかと彼は考えた。

 

その思いとは裏腹にそんなこと知るかといった様子でネムレスの足は騒ぎの大きい方向へ歩み始める。

止まろうと思えばそうできた。しかしネムレスはそのまま自分を足を自由にさせてみる。

 

もしかしたら住民の避難誘導くらいならできるかもとぼんやり考えながら。

 

「娘がっ、娘がいないんです!?この騒ぎではぐれてしまって……!」

 

「落ちついてください。まずご息女の特徴を教えてもらえますか?」

 

咥えていた串を即座に付近のゴミ箱に投げ捨てて、ネムレスは心安からない声色の元へと急いだ。

 

「僕が探してきましょうか?」

 

「ネムレス君!」

 

「あ、エイナさん」

 

憂いを帯びた顔で詰め寄る獣人の女性に応対していたのはギルドでベルとネムレスのアドバイザーを担当するエイナだった。

名乗りを上げた冒険者の存在に気がついた女性は、藁にもすがるようにネムレスの手をひしと掴んだ。

 

「お願いします。私の娘を、どうか……!」

 

「わかった。えっとじゃあ、娘さんの特徴を教えて欲しい。エイナさん、この付近のでいいから地図ちょうだい」

 

「わ、わかったわ」

 

パタパタと近くに臨時で開設されていたヘルプセンターへ駆けて行くエイナを後目にネムレスは女性から娘さんの特徴を聞いていく。

 

彼の頭の中でだいたいの人物像が見えてきたところでエイナが地図を片手に戻ってきた。

 

「はい、これでアタリをつけるつもり?」

 

「んー、それもあるけど……この付近の高めの建物ってどれ?」

 

「えっと、こことここ。後はここかな」

 

だいたいどの辺りで娘さんとはぐれたのか、そしてエイナさんが知る範囲での高い建物を指さしてもらい、そこに印をつけていく。

ついでにエイナさんからモンスターが闘技場から脱走したらしいとの情報も入手した。

 

闘技場の外壁も含めてオラリオにはそこそこ高い建築物が多いようだ。

ネムレスは袖を撫でながらほくそ笑んだ。

 

「OK、ありがとう。じゃ、早速試運転といこうかな」

 

「試運転……?」

 

クエスチョンマークを頭に浮かべたエイナに答えることなく、ネムレスは両腕に装備したそれを確かめた後、近くにあった誰もいない物見やぐらのような塔へと走り────跳んだ。

 

誰が見てもそのジャンプは──もちろん一般人からすれば驚異的ではあるのだが──塔の頂上どころか二階にある覗き窓にすら到達することのない高度。

 

周りの冒険者はその無謀な姿に失笑し、ギルド職員たちは半端に跳んだ彼が地面に墜落する姿を幻視する。

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

それは、誰の呟きだっただろうか。

伏せた目を開いたギルド職員か、先ほどまで失笑していた冒険者か。

少なくとも周囲にいた人々は目の前で突如起こった非現実的な光景に目を奪われていた。

 

地上へ無様に打ち付けられるかと思われたその身体は重力へ反旗を翻す。

銀色の軌跡を残しながらネムレスの五体は物理法則を無視して空を駆けるように舞い上がった。

 

空中に投げ出された身体を調整しつつ、物見やぐらの屋根へと降り立ったネムレス。

下が騒がしいような気もするが、彼は気にせず屋根を蹴り、地上への紐なしバンジーを敢行する。

 

地上まで後約3(メドル)。ネムレスは腕に装着した装置を起動する。

袖口から放たれる銀色の紐は見事に住宅の屋根の突起に絡みついた。

 

ネムレスの身体は大きな弧を描きつつスイングし、再び真昼の空へと躍り出た。

 

そう、ネムレスがヘファイストスに頼んだものは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ワイヤーショット?」

 

「そう、ワイヤーショット。ヘファイストスさん、できそう?」

 

「そんなもの聞いたことないし、もちろん作り方もわかんないわよ。とりあえずどんなモノなのか聞かせてもらえる?」

 

時はヘスティアがヘファイストスに土下座請願をした時点へ遡る。

 

ベルの得物はヘスティアとネムレスの進言でナイフに決定したが、肝心のネムレスの武器が決まらない。

 

店に置いてある剣や弓、果てには鈍器に至るまで全ての武器をそつなくこなしてみせたネムレスに、一体どんな武器が一番最良だろうかと考え込む女神二柱に彼がそう話したのだ。

 

ネムレスの脳裏に「ココがミソなんだぜ。よく覚えとけよ?」と言いながら、手際良くジャンク品を繋げていく黒猫の背中が浮かんでくる。

 

頭の中で話す黒猫に合わせてネムレスはヘファイストスに用途を説明した。

 

「……鍛冶師(スミス)の仕事ではないわね。それは万能者(ペルセウス)に頼んだ方がいいんじゃない?」

 

「……じゃあコレはなかった。誰も見なかったということで。帰りましょ、神様」

 

「えぇっ!?ちょっとネムレ……あ〜いや、うん。帰ろっか、ネムレス君」

 

ごく自然に『ニュクスの羽根』を懐にしまったネムレスはルーレットの様に表情を変えて最終的に不敵な笑みになった主神と笑い合いながらヘファイストスに背を向ける。

 

「待ちなよ」

 

背後から伸びた手にネムレスの肩がむんずと掴まれた。

どうかしました?と彼はポーカーフェイスで首を傾げた。

 

「わかった。ネムレス、あんたが納得できるもの作ってやる。……だから私に、このヘファイストスにやらせてくれ!」

 

ヘファイストスの視線は彼の顔ではなくポケットへと注がれていた。

思ったより食いつきが激しいところに、神様も可愛いところがあるんだなぁと不遜な感想を抱きつつネムレスは微笑する。

 

「その言葉に二言はないですね?」

 

「……やってやろうじゃない!」

 

力強く宣言する鍛冶神に愚者と処女神は顔を合わせてハイタッチした。

この後、ヘファイストスが泣き目を見ることになるのはまた別のお話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣人の女性の娘さんを文字通り縦横無尽に飛び回りながら捜索する。

 

両手に装着されたワイヤーショットを駆使して、路地裏や住居が雑然と立ち並ぶ区画、人混みが溜まる場所を高所から眺めてみるが母親が話してくれた特徴に合致する子どもは見当たらない。

 

ネムレスは子どもが迷いやすいような場所を主に探しているつもりだったが、このままでは埒が明かない。

元々考えていた二つ目の方針に切り替えようとした時だった。

 

降り立った屋根が小刻みに揺れている。

地震かと思ったがネムレスはその揺れがどこか不自然なことに気がつく。

身に悪寒が走り、心に暗雲が立ち込める。

 

 

 

 

──まもなく、彼の予感は最悪の形で的中した。

 

 

 

 

ネムレスの立つ屋根から二棟ほど離れた位置にある開けた場所。

黄緑色に染め上げられた顔無しの大蛇が石畳を破る轟音を引き連れてその身体を陽光の下へ晒していた。

 

すぐさまネムレスは現場へと急行する。

もし件の娘さんがその場にいたとして、それをみすみす見過ごしたとなれば────藁にもすがる思いで自分を頼ってくれた彼女に、我が子が無事戻ってくることを祈る彼女に、申し訳が立たない。

 

ワイヤー二本を等間隔に並んでいた屋根のでっぱりに括りつけ、勢いよくそれを巻き上げる。

 

ネムレスは自分を玉に見立て、パチンコの要領で戦場の上空へとその身を投げ出した。

 

スローになる視界に大蛇を殴打する褐色の姉妹と腹部から血を流し倒れるエルフが映る。

確か、【ロキ・ファミリア】の主要メンバーだったはずと彼は地面へ下りながら考える。

そんな猛者たちが3人束になって敵わない相手となればネムレスが万に一つも勝てる道理はなかった。

 

遠目から見るに止めようかとワイヤーを引っ掛けるポイントにアタリを付けようとした時────ネムレスを何かが射抜いた。

 

 

 

 

それは剣か?

(いな)

 

それは弓か?

否。

 

それは魔法か?

否。

 

それは触手か?

否、否。

 

 

 

 

己を射抜いたものが()()だと気がついた矢先、ネムレスは視神経に精神を集中させその主を探す。

 

視界に夜の帳が下がり、景色が霞む。

その代わりに生物がいると思われる場所には篝火の如きオーラが見えた。

彼はそれを頼りに自分を視た眼差しを探す。

 

 

 

 

アマゾネスの姉妹。

違う。

 

エルフの少女。

違う。

 

剣姫(ベルの想い人)

違う。

 

三体に増えた大蛇──もとい食人花。

違う。

 

 

 

 

そして最後にネムレスが視た炎は【ロキ・ファミリア】の面々とは対照的に弱々しくチラついていた。

何かに怯えているような、緑色の、か細い篝火。

 

夜の帳が上がり、ネムレスの視界は元の光を取り戻す。

新緑の灯火を纏っていたのは、母親から言われた特徴に全てが合致する獣人の少女。

地面へ落ちる自分に助けを求めるように手を伸ばす、獣人の少女────

 

 

「────!」

 

 

ネムレスは空中であらん限りの力を込めて腕を振り、ワイヤーを少女の真上にあるベランダに括りつけた。

魔力を込めてワイヤーを一気に巻き上げ、怪盗さながらに彼女の元へと降り立った。

 

屋台の影に隠れるようにして丸まっていた彼女はネムレスを見るなり彼の胸に飛び込んで大泣きした。

初対面の少女だが轟音の中で助けも来ず、長い間一人でいた事を考慮すれば仕方のないことかもしれない。

 

何も言わず少女の頭を撫でたネムレスは、急ぎこの場から脱出しようと視線を上へ動かした。

 

 

 

『━━━━━━━━━━━ッ!!』

 

 

 

視線の先、食人花のうち一匹が鎌首をもたげてガパリとその口腔をネムレスたちに晒していた。

 

 

逃げてと叫ぶアマゾネスの姉妹。

 

 

魔法(かぜ)を纏いこちらに突貫する剣姫。

 

 

もう、間に合わない。

 

更に花は大口を開け、こちらへと迫る。

 

少女をギュッと抱き、ネムレスは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──また、こうなっちゃったね。

 

 

 

──あんまり無茶なことはしないで欲しいな、(まこと)

 

 

 

──僕の力の使い所はこんなところじゃない筈だからさ。

 

 

 

────今日はいいよ。出血大サービスってやつで勘弁してあげよう。

 

 

 

────さ、目を開けてごらん。君はまだ、終わっちゃいないだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で響く声に促され、ネムレスはおもむろに視界を開く。

 

 

無骨な長刀で二人を守るように食人花の噛みつきを食い止める『死神』の姿がそこにあった。

 

 

宙に浮かぶ無数の棺桶を繋ぐ鎖がジャラリと揺れ、右腕に携えた刀を高速で振り抜く。

 

真一文字の線が走り、裂傷すらなく捌かれるように食人花は切り開かれ、消滅。

 

 

一刀のもとに花を斬り伏せた『死神』は残りの食人花たちを見やり、待ち望んだ目覚めに歓喜するかのように天高く咆哮した。

 

 




念願のペルソナァ!(違う)ができてちょっと嬉しい。

これ書くのにかなり疲れてしまったので次回はちょっと遅くなります。


ご意見、感想、お待ちしております。
感想めっちゃ欲しいです(正直)


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Ⅸ‐Ⅰ︰The Beginning(目を覚ませ)


……そうだ。

『英雄』は、私じゃなくてもいい……。


-『偉大冒険譚』より、ある人物の台詞




死の宣告者が【愚者】の心の海の底から現世へと復活を果たした時よりほんの少しだけ時間を遡る。

 

 

ベルは主神であるヘスティアを連れてダイダロス通りの開けた広場に息も絶え絶えに転がり込んだ。

 

元々ネムレスと同じく今日は気ままにお祭り観光の予定だったベルがダンジョンに潜るような防具を身につけているはずもなく、得物はナイフ一本────つまりは最低限の装備しか持参していない。

 

一階層のモンスターならばともかくとして、今彼らに迫るモンスターをベルが正面から相手にするのは自殺行為だ。

 

 

モンスターの足音がズシリズシリと二人の行方を探す。

袋小路のこの場所から彼らが逃れる術はない。

 

故に────

 

「ベル君、ここで最後の【ステイタス】更新をする。今から強化する君の力を、あのモンスターにぶちかましてやれ」

 

主神ヘスティアからの言葉は理解できる。だがそれでも、ベルの気持ちは半ば諦めに傾いていた。

 

迫る白い死──シルバーバックは11階層に現れるモンスターだ。

未だ七階層にまでしか至ったことのないベルとは倍近い力の開きがある。

ここで多少強くなったところで少し善戦した後に叩き潰されるのがオチだろう。

 

「無理ですよ神様。今の力じゃ……いえ、例え【ステイタス】の更新をしたって、シルバーバックにこのナイフじゃ歯が立たない……」

 

身体が奴の動きに追いすがったとしても、そもそもの攻撃力が不足しているということもある。

ベルはダイダロス通りにて、今できる最大の一撃を叩き込んだ筈だったが、それでも奴の毛並みを貫くことは叶わなかった。

 

 

走馬燈のように頭を駆け巡る酒場での嘲笑、狼の嘲罵。

振り払いたくとも、拭い切れない感情がベルの心に深淵のように暗い影を落としていく。

 

彼の手が、脚が、今更恐怖を思い出して震え始めた。

ベルは自分が信じられない、自信を持つに足る材料がない。

彼の心は根元からポッキリと折れかけてしまっていた。

 

「攻撃が、通ればいいんだろ?」

 

「────へ?」

 

主神からの予想もつかなかった言葉。

自分と同じように、これも天命だと諦めていると思われた彼女はなぜか不敵に笑っている。

この程度、ベル君にとってはなんでもないんだぜ!とヘスティアの表情は言外に告げていた。

 

「いいかい、ベル君」

 

ヘスティアは背負っていた風呂敷の中からケースを取り出し、その中身をベルへと渡す。

 

それは鞘に収まった漆黒のナイフ。

心ここに在らずといった面持ちでベルはその鞘からナイフを抜き取った。

 

鞘も、柄も、その刀身でさえ闇に浸したかのように黒一色。

時折チカチカと瞬く青い粒子が星のようで、まるで『夜』をナイフに閉じ込めたようにベルは感じた。

 

武器とは思えない幻想的な佇まいに惹かれていたので気がつくのに遅れたが、刃の全身には複雑な刻印──神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれていた。

それはあたかもベルの心臓と同期するように、夜明け前のような暗い瑠璃色の光を放ち、明滅する。

 

 

ナイフに見惚れるのも束の間、ブルブルと頭を振ってベルはちらと視線だけを上に投げた。

真夜中に灯る炉のように、暗がりで優しく光る焚火のように、ヘスティアは優しく微笑んでいた。

 

 

「君は、本当の君は、そんな卑屈なやつだったかい?冒険譚のような運命の出会いを求めていた頃の君は、一体どこに行っちゃったんだい?」

 

神はさらに言葉を重ねた。

 

「月に手を伸ばすような無謀な目標でも……ベル君、君は目指すんだって、絶対に辿り着くんだって、そんでもって追い抜いてやるんだって息巻いてた。そうだろ?」

 

 

その言葉にすら答える気力もなく、枯れた向日葵のように目を背けてしまう白兎の顔を、ヘスティアは両手でそっと包み込んで上へ向かせた。

 

どちらかと言えば「する」より「される」方が性に合っているのだが、そんな悠長なことで思い惑う暇はヘスティアにない。

 

今は彼の目を覚まさせることが最優先だと覚悟を決め、女神は虚ろな紅い瞳と見つめ合った。

 

そして少しだけ、ほんの少しだけ頬を染めたヘスティアは、躊躇いがちに告げた。

 

 

 

 

 

「──────特別だぜ?」

 

 

 

 

 

頬に置いていた手を華奢な腕ごとベルの首に回せば、二人の距離はゼロになる。

 

無限にも感じる数秒。

理不尽な死がすぐそこまで迫るからこそ、彼らはその時を()生の中のどの瞬間よりも色濃く、鮮明に感じられた。

 

唇に感じていた温度が離れる。

愛しの眷属(かぞく)に向かって、処女神はあどけない少女のようにはにかんだ。

 

 

 

 

「──────────ッ!!!?!!?!!!?」

 

 

 

 

脳裏に焼き付いたこの瞬間を、己が感じた初めてを、ベル・クラネルは生涯忘れることはないだろう。

 

虚無を映していた赤の瞳が瞬間、赫灼の焔を伴い一気に燃え盛った。

 

沸騰する頭がこの行き場のない激情を吐露しようと暴れ回り、ベルの思考回路を紅蓮の炎で焼き尽くす。

 

 

(かかか、神様と何した!?ぼぼ、僕は今何を!!!?)

 

 

茹で上がって前後不覚になったベルの頬をヘスティアが再びむんずと両手で触れた。

 

無理やり移されたベルの視界には彼に勝るとも劣らない赤さを顔に伴う涙目のヘスティアの姿。

 

 

 

「ベェル君っっ!!!!!!」

 

「は、はひぃっ!!!!!!」

 

 

 

気恥しさを振り払うように声を張り上げたヘスティアはその威風堂々たる態度のままベルを激励した。

 

 

「ボクが君を勝たせてやるッ!いや、勝たせてみせるさ!ボクはニケみたいな勝利の女神じゃない。けれど、君の道を照らす灯火には足るはずだッ!」

 

 

一息に言い切ったヘスティアはゆっくりと呼吸を整える。

バクバクと脈打つ自分の心臓、そして早鐘を鳴らし続けるベルの胸に手を当てて、ゆっくりと彼を、愛してやまない子どもを見やる。

 

「ボ、ボクの初めてをあげたんだ。勝たなかったら……ぜ、絶対許さないからな!」

 

急に尻すぼみになり、モジモジとする主神ヘスティア。

 

歓喜、羞恥、感謝、憧憬。

全ての感情をごった煮にした、何とも形容しがたい表情を浮かべたベルは自分の頬に流れる水を拭い、強く頷いた。

 

「ハイッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴天直下。

空の天井に到達した太陽が、遍く存在に暖かな光を与えていく。

 

それは今、理不尽な現状を打破しようとする神と眷属(こども)、そして『死神(デス)』を従えた炉神の眷属も例外ではなかった。

 

ダイダロス通りの袋小路の空間にて、ヘスティアはベルの背中へインナー越しに神の血(イコル)を垂らし、指を走らせる。

 

極限状態故か、一切の淀みなく行われるその作業はベルの【経験値(エクセリア)】を余すことなく汲み上げ、冒険者の力の根源たる【ステイタス】へと昇華していく。

 

近くで聴こえる大気震わす咆哮に戦々恐々としながらも、ヘスティアは鍛冶神に告げられたナイフの特性を鮮明に思い出していた。

 

 

『このナイフにはあんたが神聖文字(ヒエログリフ)を刻んだことでステイタスが発生してる。つまり、生きているのよ』

 

ヘスティアの恩恵が刻まれたナイフは、同じ恩恵を刻まれた眷属にしか使うことができない。

武器としては致命的な欠陥、されどヘスティアに連なる者たちにはそれを補って余りある規格外の力を与えてくれる。

 

装備した者の経験を糧に一人でに高みへと至る邪道の武器、ヘファイストスはそう零した。

 

『それともう一つ。あの羽──仮に名前を【ニュクスの羽根】とするけど、アレの半分をこのナイフに使ったわ』

 

神妙な顔をしながら記憶の中のヘファイストスは続ける。

 

『これは強い。それだけは確信を持って言える。だけど……正直どうなるかはわかったもんじゃないわね。

古い文献とか禁書の類をひっくり返して見てたけど、彼女の神の力(アルカナム)って(マイナス)を司りながら情報と物質の中間の性質を持つみたい……って言ってもこんなのちんぷんかんぷんか。ごめん』

 

苦笑するヘファイストスは最後に言った。

 

『ぶっつけ本番は絶対、絶っ対にやめなさいよ?いいわね?何が起こるかわかったもんじゃないんだから』

 

 

(────ごめんヘファイストスッ!約束破っちゃった!!)

 

 

心の中で平身低頭でペコペコ鍛冶神に土下座しつつ、ヘスティアはベルの【ステイタス】更新の仕上げに取り掛かる。

 

問題はベルの成長具合だ。

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】がどこまで彼を躍進させ、どこまで得物を強化できるかに自分たちの生死がかかっている。

 

「神様、来ましたッ!」

「っ!」

 

二人の視線の先で白い毛並が姿を見せる。

シルバーバックがその獰猛な顔を揺らし、荒く息を吐いた。

それとほぼ同タイミングでベルの【ステイタス】は彼が培った経験と同期した。

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力︰G 221→E 403

 

耐久︰H 101→G 214

 

器用︰G 232→E 412

 

敏捷︰F 323→D 523

 

魔力︰I 0

 

 

 

(──────ッ!!?)

 

 

全アビリティ熟練度、上昇値トータル600オーバー。

 

もはや青天井とも呼べるベルの飛躍。

このままどこまでも上がるとすら思える数値のすぐ横に、ヘスティアは見慣れない文字列を発見した。

 

(これ、まさか……!?)

 

刻まれた新たな文字群に驚きを隠せないヘスティア。

芽生えたというのか、彼の才が、今この瞬間(とき)に!

 

しかしモンスターを目前にした今、悠長にそれをベルへと伝えている暇はない。

言ったところで彼の判断力を鈍らせてしまうだろう。

 

口惜しげにそれを断念したヘスティアはベルのすぐ横に顔を近づける。

 

「うん、イイ顔してるぜ」

 

「……ありがとうございます、神様」

 

ベルが携えるナイフは更にその輝きを強め、真昼だというのに夜のような暗い光りを灯している。

 

その刃はきっと彼の想いに、願いに応えてくれることだろう。

 

 

「よし、勝ってこい!ベル君ッ!!」

 

 

竈の女神の声援が、白兎の背中を力強く押し出した。

 

 

 




窮地は()を積極的にさせるって古事記にも書いてあったんです信じてください(言い訳)

神生初キス実績解除したヘスティアの明日はどっちだ!?


5日も待たせたお詫びといってはなんですが、本日正午と17時にも次話をアップするのでお楽しみ頂ければ幸いです。

ご意見、ご感想、よろしくお願い致します。


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Ⅸ‐Ⅱ︰The Beginning(目覚めよ)


でも──この『道化』だけは私がやらなくては


-『偉大冒険譚』より、ある人物の台詞




死神(デス)』はネムレスと獣人の少女に向かう触手だけを牽制し、彼らを守るように動くが、それ以上の行動を起こそうとはしなかった。

 

アマゾネスの姉妹の片割れが彼らの方へ向かおうとするが、新たに出現した二体の食人花に阻まれ渋い顔をする。

 

再び接近する触手を切り払った死神が、異形の頭部をゆっくりと二人に向けた。

 

 

──残念だけど、僕はここまでだね。

 

 

──大見得を切っといてなんだけど、ごめん。正直ここまで力を削られてるとは思わなかった。

 

 

注意深く見れば彼の身体からは青色の光が瞬いており、漆黒に覆われていた体躯は透明になりつつある。

 

ここは影時間でもなければ、本来彼が存在していた世界でもない。

その上彼は人間態であった頃とは違い、()()()()()が散らばってしまったままだ。

依代たるネムレスがいるとはいえ、現実世界に実体を維持し続けるのは厳しいと言えるだろう。

 

 

──後は(まこと)、君に託すよ。やり方はもう、わかってるだろ?

 

 

「うん、ありがとう。えっと……」

 

 

──なんでもいいさ、名前なんて。でも、そうだね。もし良かったら、『綾時』って呼んでくれないかな?

 

 

照れくさそうな声色で告げる死神(デス)にネムレスは小さく笑って彼を見送った。

 

 

「ありがとう、リョウジ」

 

どこか嬉しそうな雰囲気を纏った死神(デス)は、黄色いマフラーを纏った青年の幻影を伴い、群青の粒子となって彼の中へ還った。

 

ネムレスは視線を消えた友人から食人花へと向ける。

未だ彼に死神の残滓を感じているのか、本体も触手も向かってくる様子はない。

 

今のうちにとネムレスは獣人の少女に母親がいる方へと逃げてもらった。

途中で彼女は朱髪の女神に保護されたようだ。

これで後顧の憂いはない。ネムレスは心中で彼女に感謝する。

 

 

死神(デス)が屠った個体を除き、モンスターは剣姫が纏う球状の暴風に食らいつき、アマゾネス姉妹の殴打を受けようともそれをやめる気配はない。

 

 

拮抗は長くは持たないだろう。

 

この状況を覆す切り札(ジョーカー)が必要だ。

 

 

 

覚悟を決めた音が二つ、心火を燃やして立ち上がる。

 

 

一人は、【愚者(ネムレス)】。

彼はホルスターの銃──もとい召喚器を手に取った。

 

一人は、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

身体を走る激痛に反骨し、その華奢な両脚で地を踏み締め、敵と憧憬を見据えた。

 

 

物語の最終演目が今、幕を開く────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛みに顔を歪めながら、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】────レフィーヤは震える身体を叱咤して立ち上がる。

 

こんなところでぐずっていられない、追いつきたい、彼女たちの──彼女(アイズさん)の力になりたい。

 

彼女の精神は肉体を凌駕し、レフィーヤは身体を引きずるようにして歩みだした。

 

(────わかってる、そんなことはとっくの昔に)

 

自分を受け入れてくれた彼女たちの力になりたい。

その願いが己に不相応ということくらい。

 

今の自分は彼女たちの足枷。

結局今も、この先も自分は守られ続けるだろう。

 

(だけど私は……!)

 

一緒にいたい。

憧憬の彼女たちと共に同じ道を並んで歩みたい。

それを許される自分でありたい。

 

やらなければ、何もかもやらなければ、そこに立つ事さえままならないのだ。

 

(なら、私がすべきことは──)

 

元から、とうに決まっていた。

レフィーヤに足りなかったのは覚悟を決める勇気だけ。

 

この際、視線の先で喋っていた彼らは考えから捨ておこう。

リョウジだとかマコトだとか何だか知らないが、今の自分はそれ以上に優先すべき事柄がある。

 

 

決意を胸に、勇気を(まなこ)に。

レフィーヤは詠唱を開始する。

 

 

「【ウィーシェの名のもとに願う 】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一向に止まる様子なく早鐘を打つ鼓動。

焦点が定まらず揺れ動く瞳孔。

否が応にもこの形状は、誰にだって死の気配を色濃く感じさせる。

 

ネムレスは視線を落として銃を見つめる。

ブレる視界に【S.E.E.S】の刻印だけがやけに鮮明に映った。

 

 

>分かってる。僕が今、やるべきことは。

 

 

荒い息遣いだけが耳腔に木霊する。

銃を持つ手は頼りなく震えていた。

 

目に見える景色は意識の外へ追いやられ、変わりに彼の網膜にはフラッシュバックのように3つの情景が立ち顕れる。

 

 

 

一つ、学校が変貌した城の牢獄。

甲冑に囲まれ、顔に張り付いた仮面を皮膚ごと引っペがす誰か。

 

二つ、赤と黒のストライプが空を覆う世界。

巨大な口からだらしなく舌を垂らす化け物が周囲を取り囲む中、【愚者】のアルカナカードを握り潰す誰か。

 

三つ、満月が照らす影の世界。

青い仮面をと剣を携えた黒腕のモンスターの目の前、自分のこめかみに銃を突きつける────自分の姿。

 

 

 

最後に見えた記憶をなぞるように、しかしその中でついぞ発しなかった言の葉が、ネムレスの口を衝くように溢れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【我は汝……汝は我……今ここに契約の時来たれり】」

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」

 

 

一つは紺青の、他方は山吹色の円が地に色を与える。

 

威を示す円環は(まわ)り、(めぐ)り、その力の奔流を次なるフェーズへと深化させていく。

 

 

「【我、死の畏怖を超克し、その未来(さき)を照らし】」

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 

彼らの魔法円(マジックサークル)は更なる広がりを見せる。

魔力の高まりを感知した食人花が鎌首をもたげ、力を練り上げる獲物に牙を剥いた。

 

 

「【汝、災厄断ち切る干戈(かんか)となれ】」

 

「【至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

 

紡ぐ、紡ぐ。力秘められし言葉をひたすらに。

 

剣姫(アイズ)のそれよりも洗練された魔力に惹かれ、二方向に急迫する食人花。

されど、迅雷の如く駆けつけたアイズ、ティオネ、ティオナが二人を害する一切を阻んだ。

 

 

「【(あるじ)は彼岸にて楔となり、我が五体に宿るは『切り札』の残滓】!」

 

「【エルフ・リング】!」

 

 

双方の魔法円(マジックサークル)が変化を見せる。

一方は山吹色から翡翠色へと切り替わり、他方は月が満ちるように黄金(こがね)色が紺青の円を塗りつぶしていく。

 

次いでネムレスの周りには彼を中心に輪を描き回転する光のカードが現れた。

 

光がはがれるように消え去れば、【愚者】から始まり【宇宙】に終わるアルカナカードの群れが顔を出す。

 

 

「【心の海より出でよ、我が半身。我の写し身】」

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 

到底人の身に収まらない力が渦を描き、人格の鎧の骨子と九魔姫(ナイン・ヘル)十八番(魔法)を創造する。

 

 

「【『愚者』よ抗え。其は幽玄の奏者なり】────!」

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 

詠唱が、終わった。

ネムレスはおもむろに召喚器を頭に構え、トリガーに指をかける。

アルカナカードの輪が停止し、彼の正面には【愚者】のカードが配置された。

身体を縛り付けていた緊張の鎖は解かれ、五体は適度に弛緩していく。

 

彼にもう──迷いはなかった。

 

 

「ペ……ル……ソ……ナ……!」

 

 

魔法の起動(キー)たる名を呟き、躊躇なくトリガーを押し込めば、彼には聞き慣れた銃声と共に青白い光の破片がこめかみから吐き出された。

 

ネムレスの背後に天を衝く光柱が立ち上る。

三条の輝く円環を伴ったそれは見覚えのある人型を、神話の英雄の似姿を形成していった。

 

 

はためく白髪とたなびく真紅のスカーフ、そして金属で造られし四肢。

漆黒の面貌が表情を崩すことはないが、赤き光を宿した双眸は食人花に対する確かな敵意を静かに燃やしていた。

 

幽玄の奏者は背負っていた巨大な竪琴を弾き、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】はその腕を食人花へ突き出した。

 

 

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】ッ!」

 

「奏でろ、【オルフェウス】ッ!!」

 

 

 

【ロキ・ファミリア】の三人が脱出すると同時に三条の吹雪が、少し遅れて大気すら焦がす灼熱が食人花の群れへと殺到した。

 

 

極寒が到来し動きを停止していく植物たち。

その身体に霜が張り付いたと思えば、それは瞬く間に氷塊へと肥大化していく。

程なくしてオラリオの一角に白銀に包まれた凍土と趣味の悪い氷華のオブジェが完成していた。

 

その残酷にも美しい氷の世界は間も無く、劫火に曝された。

 

逃げ出すことはおろか、動くことすらままならない彼らは、幽玄の奏者が奏でる炎獄の調べにその身を薪として焚べていく。

 

極限まで冷やされた空気が火炎により一気に膨張したことで、周囲の一切を吹き飛ばす爆風が荒れ狂う。

 

 

舞う砂塵、崩れる家屋、吹き飛ぶ有象無象。

 

 

そうして煙が晴れた先に彼らが見たものは物の見事に更地と化した、草木のひとつも生えないだろう荒れ果てた大地であった。

 

 




草属性は炎と氷に弱い。
古事記にもそう書いてある。

二人は示し合わせたわけではなく、たまたま運命がそう行動させたのです。

そうったらそうなんですよ!(強情)


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Ⅸ‐Ⅲ︰The Beginning(目にも見よ)


泣いている人を見たくない!涙はもうたくさんだ!

みんなの涙を──僕は笑顔に変えたい!




僕が笑わなくちゃ。

僕が笑わなきゃ、誰も笑ってくれない!


-『偉大冒険譚』より、ある人物の台詞




時を同じくしてダイダロス通り、その一角。

 

シルバーバックとベルの死闘が幕を開く。

 

クラウチングスタートの姿勢から稲妻の如く飛び出したベルは、600オーバーのステイタスを遺憾無く発揮して、モンスターへと肉薄する。

 

両者ともに十分な距離があるがシルバーバックは悟った。

今自分の目の前にいるのは先ほどまでの『獲物』ではなく、自身を殺すに足る『脅威』だということを。

 

白猿は全ての慢心を消し去って構える。

モンスターはこの瞬間、短い怪物生の中でも最大限の集中力を発揮した。

 

真正面からシルバーバックが反応できない速度で迫る乾坤一擲の突撃を────

 

 

「オオオオオオァァァァァアァッ!!!!!」

 

白猿は雄叫びと共に『脅威』が辿る経路を()()し、横凪に弾き飛ばした。

 

ボールのように住宅の壁へと風を切りながら叩きつけられたベル。

 

「う、ぐ……」

 

されど彼の目の灯火は未だ消えておらず、まだやれると不倒の意志を訴えていた。

 

だが、既に彼の四肢は不屈の精神の命令にラグを生じさせている。

彼の心はともかく、身体はとっくの昔に悲鳴をあげていたのだ。

 

そんなベルの姿にヘスティアは一か八か、先の【ステイタス】更新の際に告げなかったことを叫ぶ。

 

「ベル君ッ!!まだ息はあるかい!?」

 

「あ゛り……ますッ!!」

 

なけなしの力で自分を覆う瓦礫を蹴り飛ばし、口元の血を拭いながらベルは応える。

 

ロクに力の入らない手でナイフを構えながら、自分が優位に立ったことで醜悪な笑みを張り付けたシルバーバックと相対した。

 

「さっき【ステイタス】を更新した時、君に魔法があった!しかも速攻魔法だ!」

 

「────!?」

 

「その魔法の名は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様が全てを告げる前に、僕の意識は黒一色の世界へと放り投げられる。

 

「ここ……どこ?」

 

『ベル・クラネル。君は英雄になりたいか?』

 

バッと振り向けば自分と同じ顔の、古臭い衣装を纏った少年が、さも真剣そうな面構えでこちらを金色(こんじき)の瞳で見つめている。

 

「なりたい、僕は英雄に」

 

有無を言わさないその気迫に押され、反射的に答えた。

だけどこれは偽らざる僕の本心だ。

 

確かに最初は、物語みたいな出会いを期待してここ(オラリオ)に来た。

 

でも実際、現実はそう上手くいかないし甘くもない。

予定調和なんてものは存在しない。

 

だからこそ、僕はあきらめたくなかった。

どんな困難にぶつかろうと笑みを絶やさない、幼い頃に僕が思い焦がれた英雄になりたかった。

 

そして今、この時も。

 

 

『──そうか』

 

噛み締めるように頷いた『ベル』はニッと微笑んだ。

 

『ならば、私も手を貸そう。私がどういった存在なのかは……君が一番わかっているはずだ』

 

その通りだ。

そして僕はダンジョンで一度、彼と起源を同じくする存在を目の当たりにしている。

 

『死の恐怖を乗り越える覚悟、それが私を使う唯一にして最大の条件』

 

しかし、と『ベル』は付け足した。

 

『とっくの昔にそんなものは心得ていたようだな』

 

今さら君に言うまでもなかったか、ともらした『ベル』の指が僕の額に触れる。

瞬間、脳裏に僕が振るうべき情報が刷り込まれた。

 

 

『準備はいいか?ならば叫べ、高らかに!その魔法の名は────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ペルソナ】ッ!」

 

立ち上がり、意を決して振るったナイフ。

ベルの首を掻き切る軌道を描いたそれは、()()()()()()()()透過する。

 

ナイフが走った箇所に刻まれた光の軌跡から蒼い炎がちらつきだす。

 

肺に空気を溜め込み、ベルは叫ぶ。

その()に、溢れんばかりの憧憬を乗せて。

 

 

 

「──嗤え、【アルゴノゥト】ッ!」

 

 

 

言葉に呼応して神の送還を彷彿とさせる極光の柱がベルの背後で天を衝く。

 

なれど、これは送還ではなく『召喚』である。

揺蕩う心の海より現れし、数多の認知の(すい)たる英雄を、この世へと引き上げるためのプロセスである。

 

 

『フハッ、フハハハハハハハ!!!!』

 

 

光柱にとぐろを巻くように雷と炎が絡み付き、その内より哄笑の主が姿を見せた。

 

 

『我は汝、汝は我……!』

 

 

焔纏う魔剣と雷霆宿す得物を携え、彼は告げる。

 

 

『────人が私を呼ぶならば、喜んで謳おう、踊ろう、そして喜劇(たたかい)をご覧にいれよう!』

 

 

喜色の仮面で顔を覆い、その表情を誰も窺い知ることはない。

 

 

『遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!』

 

 

だが彼の者が巻いた(願い)は、想いは。

 

今この時代まで連綿と託され、受け継がれてきたのである。

 

 

 

『我が名はアルゴノゥト!喜劇(よろこび)を願い、悲劇(かなしみ)を断つ────道化の名だッ!!』

 

 

 

──英雄神話(喜劇よ、今再び)道化再演(悲劇よ、疾く失せよ)

 

────始源は此処に、蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルはナイフを天にかざし、言葉を紡ぐ。

 

 

「──ファイアボルト」

 

 

それは本来、ベルが未来に手にするはずだった魔法(もの)

今この時、【アルゴノゥト(ペルソナ)】が顕現している時に限り、ベルはこの魔法を行使できる。

 

過去を駆けた始源の英雄にしてもう一人の自分(ベル)であるアルゴノゥトがこの魔法を覚えているのは、ある種必然なのかもしれない。

 

 

アルゴノゥトが双刃を演舞のように振るえば、ベルの刃に空より雷火が招来する。

 

ナイフは猛る雷炎を帯び、その魔力を吸収。

そして長さ1M(メドル)はあろう刀身を持つ両刃剣へとその姿を変貌させた。

 

 

唸りをあげる聖火と天雷の剣を構え、ベルはゆっくりと上体を下げる。

 

「────!?」

 

アルゴノゥトの口上とベルが纏うオーラに尻込みしていたシルバーバック。

それでも彼への警戒を絶やすことはなかった。

今もなお死に体であるはずのベルの隙を虎視眈々と狙っていたのだ。

 

なれど──その待ちの姿勢が致命となった。

 

剣の軌跡を残して、白猿の反応速度を優に追い越す速さで迫るベル。

 

故にシルバーバックが自らの失態を省みる時間はない。

 

 

「──ぁあああああああああああああああああッッ!!」

 

 

炎と雷の刃が袈裟斬りに振るわれる。

 

数瞬の拮抗、何かを断った手応え。

 

突貫の勢いを殺しきれぬまま、ベルはシルバーバックの後方へと転がっていく。

 

瓦礫だらけの地面を不格好に転がり、七回転目でようやく停止する。

 

身体に走る痛みを堪え、ベルは立ち上がった。

彼の視線の先には時が止まったシルバーバックの背。

 

体毛に焼け焦げたような跡があることをベルが認識した直後、モンスターはぼろりと体の一部を落とす。

 

魔物の根源たる魔石を炎に焼かれ、雷で内側から身体を焦がされ、これ以上なく蹂躙された白猿の身は灰へ還り、通りになびいた風に飛ばされ跡形もなく消失した。

 

 

 

「────────────ッ!!」

 

 

 

ダイダロス通りに響く万雷の喝采、偉業を成し遂げた冒険者を一目見ようと詰め寄る人々。

 

その中に笑顔で駆けてくるヘスティアの姿を見て安心したベルは静かに目を瞑る。

 

「よかった……」

 

────掴み取れた最高の景色をまぶたに焼き付けながら、その意識を光の中へと手放した。

 

 




と、いうわけでまだエピローグを残しておりますが【怪物祭(モンスターフィリア)】編、終幕でございます。長かった……思ったより疲れた……。

この5日間ずっとソードオラトリア一巻とダンまち一巻を交互に読み、やはり原作は素晴らしいと脱帽しつつ頑張っておりました。


本来ならば今日投稿した三話を一話にギュッと集約して、ベル君とネムレスの同時ペルソナ覚醒とか描写してみたかったのですが……私の力量不足故にそれは不可能だと判断しました。

せめて連続した展開の感覚を味わってもらいてぇなぁ……と足掻きに足掻いた結果、少し間を置いた連続投稿という形に。

不甲斐ない私を許してくれ……。


ラスト三話は根拠不明の謎の自信が溢れる深夜テンションではなく、真昼間に素面で書いていたので「これ本当に大丈夫かな……私まともな文書けてるかな……?」と戦々恐々しています。

感想を書いていただける際は、どうか気持ち暖かめのコメントをよろしくお願い致します。


まだまだこの約束の物語(ネクサス・ストーリア)が幕引きに至ることはありませんが、ここで皆様に謝辞を申し上げます。

ここまで当SSを読んで下さった方、評価・感想をくれた方、誤字報告をしてくれた皆様、誠にありがとうございました。
まだ彼らの旅路は始まったばかり、これからもお楽しみ頂ければ幸いです。


エピローグ後はここまでの疑問や舞台裏の細かい設定などを台本形式で回答するお話やコープ開拓・ランクアップの幕間を挟んでいこうと思っています。


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Ⅹ︰Epilogue

「オルフェウス、オルフェウス……なんやったっけなぁ。どっかで聞いたことあるような。少なくともウチ(北欧)のとこじゃなかった気ィするけど」

 

【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)、黄昏の館。

その中にある資料室にて、ファミリアの主神であるロキは蔵書をひっくり返してある英雄についての記載がある本を探していた。

 

ロキは未だにまぶたの裏に張り付いたあの時の光景が忘れられないでいる。

 

ニヴルヘイム(氷の国)ムスペルヘイム(灼熱の国)が同時に立ち顕れたようなあの魔法。

 

レフィーヤの魔法に関してはロキもまだ理解が及ぶ。

しかしあの【オルフェウス】が放った炎獄の正体が掴めない。

 

(ロリ巨乳(あのドチビ)は「君に教えるわけないだろ!ベーッ!」とか抜かしおるし……)

 

別に、ただ規格外の魔法ならばそれでいい。

本人がアレを放った後、更地の大地に頭からぶっ倒れているところをロキは肩車した獣人の少女と一緒に目撃している。

 

しかしアレは、アレらはそれだけではない。

ドチビ(ヘスティア)が既に気がついているのか定かではないが……少なくとも件の現場に一番近かったロキは【オルフェウス】、そしてその前に顕れた黒い何かにも神威を感じた。

 

超越存在(デウスデア)だけが持つはずの、神の威を感じたのだ。

 

(ドチビんとこ(ギリシャ神話)……望み薄やけど、一応見とこか)

 

神威を感じる。

ということは召喚されたオルフェ何某、及び黒い怪物は神に連なるものか、もしくは精霊に近しい存在であることは間違いないだろう。

 

「え〜と、お」

 

取り出した本に『Ὀρφεύς(オルフェウス)』と記された目次を発見したロキはそこに示されたページを捲った。

そして内容を流し読みしてウムウムと納得して本を閉じる。

 

なるほど、神威があったワケはなんとなく理解できた。

あの魔法が自分の予想する性質と同じものであるならば、道理だろう。

火炎を放ったワケは毛ほども理解できなかったが。

 

しかし────

 

「……もしかしなくても、ちょっとマズいんとちゃう?コレ」

 

書に記されていた彼の逸話を反芻しながら、ロキは誰もいない資料室でポツリとそう零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君たちの健闘を祝して──かんぱ〜いッ!!」

 

「か、乾杯!」

「乾杯」

 

 

北西と西のメインストリート、その間に挟まれた区画の廃教会、もとい【ヘスティア・ファミリア】のホームにてノリノリの主神とそれを囃す二人の眷属の姿があった。

 

「正直……言いたいことは沢山ある」

 

ノリのギアをスッとニュートラルに戻したヘスティアがジト目でネムレスを見つめた。

 

彼はその神の目から逃れるように視線を明後日の方向へさ迷わせながらちびちびとエールを飲み、想像以上の苦さだったのか顔をしかめている。

 

「だけど今は、今だけは気にするなよボクの眷属たち!」

 

「君たちは五体満足で無事に帰ってきた!今はそれを心ゆくまで祝そうじゃないか!」

 

 

 

〜数時間後〜

 

 

 

「ベルくぅ〜ん……うぃ、ヒック。君がボクのファミリアに来てくれてよがったよぉ〜」

 

時間はもうすぐ午前12時にさしかかろうとしている。

浴びるように酒を飲んだヘスティアはソファの角に抱きついて涙しながら、誰もが真っ赤になりそうなベルへの恋慕をブツブツと呟いていた。

 

恥ずかしい……恥ずかしい……と耳まで真っ赤にして羞恥に染まったベルはソファにちょこんと腰を下ろして手で顔を覆っていた。

 

そんな彼の肩をポンポンと叩く者が一人。

 

この場で該当するのはネムレスしかいないはずだが、彼は酔い覚ましに風にあたってくると言ってつい先ほど外に出ていったはずだ。

 

ベルはネムレスが出た後に隠し扉が開けられた音を耳にしていない。

酔いと羞恥で火照った身体が急速に冷えていく感覚を憶えながら、ベルは素早く【ヘスティア・ナイフ】を抜刀して目の前にいる人物への首に突きつけた。

 

「やあ」

 

「……誰ですか?」

 

季節外れの黄色のマフラーをつけたネムレスと同じ年齢くらいの少年が、軽薄そうな笑みを浮かべて首に当たるナイフを眺めていた。

 

「君、あんまりこういうの向いてない気がするよ」

 

「……っ」

 

小刻みに震えるナイフの腹を人差し指でゆっくりと押しのけ、少年は思い出したように呟いた。

 

「そっか。躊躇いがあるのが普通だよね」

 

何か、自分は彼に触れてはいけないような気がする。

そんな感覚がベルを支配するが、みすみす不審者をホームへ入れてしまった今、ベルの退路は断たれていた。

 

「そう深刻そうな顔しないでよ。僕は悪い人間じゃない。せっかく僕の紹介に来たんだから」

 

プイと後ろを向いた少年は出口へつかつかと歩いていく。

虚を突かれ、遠ざかる隙だらけの背中を眺めることしかできなかったベルは、ドアに手をかけた少年に「置いてくよ?」と言われて始めて動き出せた。

 

 

少年の背中を追いかけて廃教会から出たベルは空を見上げる。

明かりは何もかも消え去り、三日月の光だけが街を照らしていた。

 

(……おかしい)

 

12時を回ったとはいえ、魔石灯が全て消灯するようなことは本来ない。

酒場やそれに類するところが閉まるには早すぎる。

そして、バカ騒ぎの一つや二つ聞こえてきてもいいはずなのに、ベルの耳には人の声一つ入らない。

 

「僕は綾時。望月綾時(モチヅキリョウジ)

 

不気味な光を放つ月、そしてバベルがあるはずの場所に聳え立つ瓦礫を積み上げたような奇妙な塔を仰ぎながら少年は振り向いた。

 

「君に頼みたいことがあるんだ。ベル・クラネル」

 

 




タイトルとは名ばかりの次に繋がる布石を投下。

ヘスティアと眷属たちが祝杯をあげるまでに起こったことは次から開拓するコープ、ランクアップするコープでのストーリーで描写していく予定です。


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EX‐Ⅰ︰怪物祭(モンスターフィリア)までの情報まとめ

①Q&A形式で答える怪物祭(モンスターフィリア)編の情報

②ネムレス及びベルのステータス

③ペルソナ『アルゴノゥト』の小解説

以上の三項目が現在記載されています。

①はかなり踏み込んだ細かい情報ばかりなので、そういう情報が『お手上げ侍!』という方は②、③だけをご覧になることを推奨します。


(適宜更新予定)



①Q&A形式で答える怪物祭(モンスターフィリア)編の情報

 

 

 

Q.ネムレスがヘファイストスに渡した素材って?

 

A.P3本編で出てくる『黄昏の羽根』という名称のアイテム。

ゲーム内では主人公のHPが0になると自動的に全体のHPを全快させる……いわばコンティニュー機能としての役割を果たしている。

 

ネムレスはベルベットルームにてこの羽根をイゴール経由で入手した。

余談ではあるがネムレスが持つ召喚器にもこれが搭載されている。

 

これをざっくり説明するなら『ネムレスが元々いた世界にいる神にも等しい存在の身体の一部』。

故にこの世界においての法則にならえば『神の力(アルカナム)』と判断されるのも道理だろう。

 

物質と情報の中間、生と死の狭間の性質を持っていたり、タイムマシンよろしく時空間に干渉する特性もあったりするが、この辺りを真面目に考えるのはあまりオススメしない。

多分制作者の人そこまで考えてないと思うよ(月刊少女野崎くん並感)

 

ちなみにイゴールに『彼に羽根を渡しなさい』と羽根を押し付けたのはメギドラオン系エレベーターガールである。

 

 

 

Q.神ヘファイストスにネムレスとベルの武器を作ってもらいましたけど、具体的にはどんな性能ですか?

 

A.下記参照。

 

 

【ヘスティア・ナイフ】

 

素材︰ミスリル、ヘスティアの血、竈の神の毛髪、黄昏の羽根

 

 

二度とお目にかかれないかもしれない素材への興奮と、変わろうとするヘスティアへの想いを糧に鍛冶神ヘファイストスが根性で作りあげた究極の逸品。

 

素材にヘスティアの血と毛髪、そして刀身に彼女が神聖文字(ヒエログリフ)を刻んだことでベルのステータスの上昇に合わせてこの武器の性能も向上する。

いわば胎動する(生きた)武器。

 

黄昏の羽根を素材に組み込んだことにより、魔力を刃に変換して使用することができる。

 

重要なのは魔力の刃を作る、のではなく魔力を刃に変換することだ。

 

端的に言えば刀身に付加した魔力に応じてナイフが伸びる。『……13kmや』ごっこができる。

 

使い手の技量に大きく左右されるが、かなり変則的でアクロバティックな使い方ができるだろう。

 

小難しく言えば、ヘスティア・ナイフの情報をコピーし、魔力を燃料に現実世界へ物質として転写している。

 

 

もう一つ黄昏の羽根により生えた効果はネムレスが持つ召喚器と同等の性質だ。

 

P3におけるペルソナの定義は『死の恐怖に克己する心』。

故に首を掻っ切る自殺のシュミレーションを行うことでペルソナを覚醒させる。

この時ナイフの攻撃性能は0になる。

 

ちなみにリスカでもペルソナッ!とできないことはないが、ベルがその行為にあまり死の恐怖を感じられなかったために、恐怖に慄きながら首を掻っ切ることとなった。

 

 

 

【ワイヤーショット】

 

素材︰ミスリル、ヘスティアの血、竈の神の毛髪、黄昏の羽根

 

 

二度とお目にかかれないかもしれない素材への興奮と変わろうとするヘスティアへの想いを糧に鍛冶神ヘファイストスが泣き目を見ながら作り上げた万能者(ペルセウス)の魔道具にも劣らない至高の作品。

 

全ての材料を溶かしたミスリルを細い穴に通して引っ張って伸ばし、その後もっと細い穴に通してまた伸ばし……という作業を延々と続けて完成したミスリル糸を、更に非常に繊細な作業を経てワイヤーロープ状にしたもの。

 

作業に熱中していたためか、ネムレスが指定した長さ以上にヘファイストスがワイヤーを作ってしまったため、二個制作された。

 

ワイヤーの巻き取り機構は【ヘファイストス・ファミリア】の支店にサンプルとして保管してあった魔道具を使用している。

 

こちらも黄昏の羽根を素材にしているためにヘスティア・ナイフ同様、魔力を通すことで長さの可変が可能だ。

 

 

 

この2つの装備に使われた黄昏の羽根に長さの可変────情報を物質として転写する力は存在しない。

あくまでそれらの中間の性質があるというだけで、特にそれ以上の記載は公式の資料集にもない。

……その辺りの詳しい情報は桐条財閥のエルゴ研しか保有していないだろう。

 

情報を物質としてコピペする力は『神の力(アルカナム)』に比類する黄昏の羽根と鍛冶神ヘファイストスの技術、そして何よりヘスティアの力が込められたことで、初めて実現したのかも。

 

 

 

 

Q.Ⅷで『死神』って地の文で言われてたやつ何?

 

A.ネムレスの身体に封印されていたはずの『死神(デス)』という存在。

本来有り得ない13番目のアルカナの力を宿す大型シャドウ。

別称・死の宣告者、あるいはニュクスの到来を啓示するもの。

ある時期までネムレスの中に封印されていた。

 

彼とよく似た姿のタナトスというペルソナもいるが、それは死神(デス)の性質を引き写した空の器、もしくは抜け殻のようなものである。

 

 

 

Q.これから出てくるであろう耐性に無効・反射があるペルソナの扱いはどうするの?

 

A.当SSではペルソナがスキルではなく魔法扱いなので、ペルソナが無効・反射の耐性を持つ場合はそれを維持するためのコスト(魔力)がかかる予定。

高い防御力を保つためには相応の代価が必要ということだ。

 

 

 

Q.Ⅷで主人公が見た炎って何?

 

A.P5にて初出の『サードアイ』という名称の能力。

 

相手の力量を色で識別したり、ワイヤーを巻き付けるのにいい感じのポイントを見つけたりとかができるが、視界が暗くなるのが弱点。

 

 

 

 

②ネムレス及びベルのステータス

 

 

 

ネムレス・フール / 『ㅤㅤ』

(怪物祭(モンスターフィリア)終了後の更新結果)

 

種族︰『愚者』

 

Lv.1

 

力︰ G 268→F 302

 

耐久︰H 150→G 289

 

器用︰G 206→E 409

 

敏捷︰H 107→ G 243

 

魔力︰I 0→G 256

 

 

《魔法》

【ペルソナ】

・召喚魔法

変更(チェンジ)時詠唱不要

・現召喚可能数︰1

 

 

《スキル》

絆結縁繋(コープ・コネクト)

・全アビリティ補正

・成長度補正

・補正値は絆の数と深度により可変

 

愚者残骸(ワイルド・デブリス)

・精神汚染耐性

・精神干渉耐性

・任意で内包する【愚者】の力を借り受ける

・逆境時において全アビリティに超域補正

・神及びそれに連なる対象への攻撃力倍加

 

 

 

ベル・クラネル

(シルバーバックとの戦闘時)

 

Lv.1

 

力︰E 403

 

耐久︰G 214

 

器用︰E 412

 

敏捷︰D 523

 

魔力︰I 0

 

 

《魔法》

【ペルソナ】

・速攻召喚魔法

 

[ アルゴノゥト ]

 

アルカナ︰【希望】

 

ステータス

 

物︰‐

銃︰‐

火︰耐

氷︰‐

電︰耐

風︰弱

念︰‐

核︰‐

祝︰‐

呪︰弱

 

『ペルソナスキル』

 

【ファイアボルト】

・火炎、電撃属性

・速攻魔法

・まれに対象を炎上、感電させる

 

 

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 

 

 

③ペルソナ『アルゴノゥト』の小解説

 

 

 

(いにしえ)の物語にて『始源の英雄』と謳われた道化(英雄)

 

英雄の船(アルゴノゥト)の名が示す通り、彼が先達として出港したことで数多の英雄英傑が溢れる『古代』の『英雄神話』が幕を開けた……とする学説もある。

 

往々にして彼は圧倒的に弱く、冴えない英雄であるとされている。

 

されど、物語に綴られた彼と雷公・ミノス将軍の壮絶な死闘は一見の価値あり。

 

その中で我々は彼が何を思い、何を願い、なぜ身命を賭して闘ったのかを垣間見ることができるだろう。

 

 




次回からはしばらくコープ回が続きます。

まだ本文が完成しておりませんので、しばらく時間がかかりますがご理解の程よろしくお願い致します。


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幕間・Ⅰ
COOPERATION︰節制(Temperance)


「聞こえますかな、数多の声が」

 

「目を閉じ、耳をお澄ましなさい……微かですが、感じるでしょう?」

 

 

>声に導かれ、耳を澄ませてみる……。

 

 

 

 

 

 

「君らが求めてる真実とは何かきちんと考えたこと、あるかい?」

 

「そんなもの誰が欲してるんだ?君らだけが欲しいものじゃないのか?」

 

「自分たちだけが満足する、そんな真実にいったい何の価値がある?」

 

自分が満足できればいい、そうなんじゃないのかい?」

 

 

 

 

 

「まったく…僕を騙すとは恐れ入った」

 

「甘く見ていたよ。本当に…面白いやつだよ、君は」

 

「口数は少ないけど、行動力も、度胸もある」

 

「こんな立場じゃなきゃ、いいライバル同士になれたのかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ!」

 

恐怖に瞳孔を開きながらネムレスは弾かれたように身を起こす。

ゆっくりと視線を彷徨わせ、自分の身体が墓の下や天の上でなく病室のベッドに転がっていることを理解した彼は深い嘆息と共に胸に詰まった憂惧を吐き出した。

窓辺から指す黄色(こがね)色の月光が優しく部屋を照らしている。

 

>あれは夢?

>……だけど、妙にリアルだった。

 

 

じっとりと肌に張り付く服を見るに相当寝汗をかいていたのだろう。

 

そこでネムレスは気がつく。

記憶にあるものとは些か隔たりがあるが、着ているものが病衣らしきものだということに。

 

【オルフェウス】を群れる植物型のモンスターに放った後の記憶がない彼は、なるほど自分は気を失っている間に病院に担ぎ込まれたのだろうと納得する。

 

 

しばし何をしようかと考えたネムレスはひとまず病室を出ることにした。

脱走しようというわけではない。自分がここに運ばれてきた経緯を知りたいと思ったのだ。

 

後は替えの服、もしくは寝汗を拭くタオルを貰いに行こうというのもある。

汗をかいた服をずっと着ているのはあまり衛生的ではないし、何よりこの状態ではまた悪夢を見そうである。

恐らく避けられるとわかっていることをむざむざ受け続けるのはネムレスでも避けたいことであった。

 

ドアを静かに開き、抜き足差し足とまではいかないが極力音を立てずに歩く。

 

廊下に見える中で一つだけドアから光の漏れる部屋があった。

特に迷うことなく彼は扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

数拍して聞こえた声にドアを開けた。

実験器具のようなものが大量に、しかし整然と置かれた卓上に注がれていた視線を上げたのは【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド・テアサナーレその人だった。

ネムレスを見やった直後にギョッと目を開くがすぐに表情をニュートラルに戻す。

 

「……何か御用でしょうか」

 

「えっと、僕がここまで運ばれてきた経緯を教えて貰えたりできますか?」

 

それでしたら、とアミッドは机の片隅に積み重なっていた紙束をパラパラと捲ってそのうちの一枚を彼に渡す。

 

そこには食人花のモンスターの討伐後、ネムレスは【ロキ・ファミリア】の団員によってこの治療院まで運ばれてきたと記されてある。

外的損傷・欠損は見受けられないため、魔法を使った際の精神疲弊(マインドダウン)で気絶したらしい。

 

>確かにあの時身体の中から何かを抜かれたような気もする……。あれが精神力(マインド)を消費するというやつなのだろうか。

 

 

更に下の方を読んでいく。特に目を引く事柄はなさそうだと思っていたが一番下に書かれたものを読んだネムレスは眉をひそめる。

備考欄に『身体が死体のように冷たいが脈はあり、発汗もしている』と記載があったからだ。

 

「貴方が運ばれてきた時、既に事切れてしまっているのかと思いました」

 

「冷たい?僕が?」

 

「本人にとって当たり前のことはわかりにくいものです。それで、他に要件はございますか?」

 

アミッドは今しがた調合し終わった薬品をケースに入れ、近くの戸棚にしまう。

ネムレスが着替えが欲しい旨を伝えると少し待っていてくださいと言って別の部屋から替えの病衣を持ってきてくれた。

 

「ありがとうございます。僕はこれで」

 

「ちょっと待ってください」 

 

そそくさと立ち去ろうとするネムレスの背中に制止の声がかかった。

なんだろうかと彼は首だけ後ろに向ける。

 

「たまにで構いませんので、当院に定期検診に来てもらえませんか?」

 

「どうして?」

 

「貴方の体温は常人のそれよりも遥かに低い。にもかかわらず生命活動を維持し続けていられる身体の組成、少なからず私は興味があります。身体が特別なのか、スキルが関係しているのか……」

 

「……見せないよ?」

 

「見ようとは思いませんし、間違っても見ません」

 

終始鉄面皮だった彼の顔が少し崩れたのが存外面白かったのか、アミッドは小さく笑った。

 

「縁起でもないことですが……今後あなたが外的原因以外で死んでしまった場合、我々の沽券に関わります。少なくとも体温の原因が判明するまでは通ってほしいところです。もちろん貴方のためにも」

 

魅力的な申し出ではある。

しかしネムレスは首を縦に振れないでいた。

理由はもちろん、現在【ヘスティア・ファミリア】が抱えている借金である。

 

特注武器ⅹ2で本来ならば四億ヴァリスかかるところを『黄昏の羽根』の使用費二億を差し引いて半分の二億ヴァリスがヘファイストスから科せられた金額である。

ネムレスは使用費を要求するつもりはさらさらなかったが、ヘスティアが粘り強く交渉したため半分にまけてくれたというのが実情である。

ヘファイストス側はヘスティアを怠けさせないためにかなりの額を吹っ掛けたようだが……そこはネムレスが知るところではない。

 

「検診にかかる費用はどのくらい?」

 

「そう、ですね……」

 

しばし考えこんだアミッドはこのくらいでどうでしょうと紙面に書き込んだ料金を提示する。

 

「これくらいならいけるかな」

 

「なら良かった。ちょうどサンプルが必要だったので、助かります」

 

「サン……プル?」

 

聞き間違いか?と復唱するがネムレスの耳に留まる残響は同じ言葉を復唱している。

 

「モルモット……と言うんでしたか?いえ、そういった意味では決してなく、貴方というケースが貴重だということです。ですからそんなに身構えなくとも大丈夫ですよ」

 

「では、よろしくお願いしますね?」

 

 

 

 

 

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『節制』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん…

 

 

 

COOPERATION【アミッド・テアサナーレ】

 

『節制』

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間関係

『節制』のコープが解禁した!】

 

 

 

 

 

胸を撫で下ろしたネムレスは今度こそペコリと礼をしてスタッフルームから退出する。

 

ドアが閉じ、ぱたぱたと遠ざかる足音を聞きながらアミッドはため息をついた。

 

「本当に生きているんでしょうか、彼は」

 

彼に初めて触れた時の感触が頭をかすめる。自分の心臓が止まるのではないかとアミッドは思った。

 

わざわざこしらえて取って付けたような心臓の鼓動、死に浸り続けているような体温。

およそ今のアミッドには彼が生きた人間だと考えることができなくなっていた。

 

「考えすぎだといいのですが……」

 

彼女は窓の外を見やる。迷宮の夜空は今日もよく晴れ、漂う星々が美しい。

 

まもなく午前零時。自分もそろそろ仮眠を取らないととアミッドは卓上に置かれた諸々を片付け始める。

 

暗い雲海に浮かぶ月輪の光が指し、青緑色が部屋を染め上げた。

 

 

 

光が止まり、影が動く。

 

(シャドウ)の時間の始まりだ。

 

 




唆された結果キャベツとパンケーキの夢を見たネムレス君は泣いていい。

コープ開拓一つ目はアミッドさんです。
ちゃんとエミュレートできてるか心配。


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夜の女王は休めない①

『デスマーチ』

デスマーチ (death march) とは、プロジェクトにおいて過酷な労働状況をいう。(中略)ソフトウェア産業に限らず、コンピュータが関係する一般的なプロジェクト全般で使われるようになってきており、特に納期などが破綻寸前で、関係者の負荷が膨大になったプロジェクトの状況を表現するのに使われる。

(Wikipedia該当項目より引用)




目が覚めた。

 

彼としてはそんなことがあるはずはない、『彼』を苦しめないためにもあってはならないと思っていたが、心中はともかくとして長い眠りから覚めてしまったのである。

 

起きがけ頭の記憶領域に濁流の如く押し寄せる記憶。溜め込んだ課題のようにうずたかく積もったソレ。

まずは現状の把握が第一、そして青写真(もしも)を期待しながら彼は本を捲るように自分に残るデータを精査していく。

 

「……うん?」

 

彼は首を捻る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

まず、宇宙(ユニバース)のアルカナの力によって封印された記憶。

これはまだいい。彼が胸を張って言える、間違いなく訪れた自分の最期だ。

 

二つ目、大晦日の日に巌戸台分寮で殺された記憶。

『彼』の部屋で自分を殺してくれと懇願。結果、望み通りに殺された。

これで彼らは迫る滅亡のその瞬間まで、安息のひと時を得ることとなった。

 

三つ目、夜の女王(ニュクス・アバター)となり世界に『死』をもたらした記憶。

【愚者】の奮闘虚しく、全てが虚無へと還る様をこの目で見届けた。

 

それどころか『彼』が『彼女』だった憶えすらある。有り得ないと断じるには妙に真に迫った思い出で、無駄にリアルな実感もあった。

 

 

はて、どうして自分に複数の最期(ルート)の記憶があるのだろうかと彼────死神(デス)こと望月綾時は考える。

 

「……考えていても始まらなさそうだね」

 

程なくして綾時はその思考を放棄した。

自分の中に宿る記憶よりも大切なことが彼にはある。自分の中の記憶たちも綾時をそうしろそうしろと後押しした。

 

今自分がここに在ることで『彼/彼女』が守った世界をまた壊してしまわないか、というのが綾時が抱く最大の懸念事項だ。

 

文字通りに彼らは自らの身命を賭して世界に滅びが訪れることを防いだ。

だというのにまた自分がいることで要らぬ苦労をかけたり、それどころか掴み取った結果を、なし得た偉業を水泡に帰すことなどあって欲しくはない。

 

「過去に遡った、というわけではなさそうだね」

 

綾時は()()()()

景色と、感じる事物からして時を逆行したわけではなさそうだった。

 

実際に外に出て本人に聞いたり、街を見物したりしたいところだが、今の綾時はかなり力が削られている。

具体的にいえば学生寮にて大型シャドウの【マジシャン】と戦った時点程度。

 

これでは顔を出すどころかファルロスとして枕元に現れることすら難しい。

現時点ではこの世界に影時間が存在しないのだから。

 

「……どうしよっかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食人花との戦いの後、綾時は転がるようにしてネムレスの体に還った。

 

「つ、ぐぅ……影時間でもないのに、顕現するのはさすがに堪えるか」

 

彼の矜恃と意地で、もがき苦しみながら体に戻る醜態を晒さずには済んだ。

 

しかしシャドウの中で別格の実力を誇る死神(デス)でさえ現実世界へとその身を顕現させるにはかなりの時間を要したのだ。

無理が祟った今回は残った力を根こそぎ持っていかれてしまう形となった。

 

「これじゃ大真面目に出血大サービスだ。死神(デス)のクセして死にかけってどうなんだい?」

 

大型シャドウは死神(デス)を13等分した結果生まれた破片、総体の一部。

この世界に影時間が存在しない、即ち自分の破片を取り込むことができない以上、綾時はネムレスの助けになることはできないだろう。

 

「悔しいって言うのかな、この気持ち」

 

今までついぞ感じたことのない心情にやっと僕も人間らしくなれたかなぁなどと思う綾時。

ニュクスを呼び寄せる枷から解かれた今だからこそ、彼の力になりたいのだが……。

 

そんな彼の感傷に水を差すように、()()は現れた。

 

『あ、あの……その願い叶えてあげても、いいよ?』

 

「へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……停電かな?」

 

自分の部屋へと歩いていたネムレスを照らす光が突然消えた。

魔石灯は瞬き一つもせず、凍りついたようにその動きを止めている。

 

魔石を動力とするものが停電など起こさないなどとはつゆ知らず、ネムレスは不思議そうに消えた灯りを見つめた。

 

今廊下にある光源は青緑色の光をたたえた月光のみ。

部屋へ戻る程度なら不自由ではないが、このままというのもどこか嫌な気がしてアミッドの元へと引き返そうとして部屋へと動いていた足にブレーキをかける。

 

「やぁ」

 

後ろから投げかけられたナンパじみたフランクな声。

ホルスターから召喚器を取り臨戦態勢に入ろうとしたネムレスだったがよくよく考えればその声は聞き覚えがあった。

そう、【オルフェウス】の前にネムレスを守った死神が伴ってた幻影に、よく似た声が。

 

振り向いた彼の前にいたのは黄色のマフラーを付けた泣きボクロがチャーミングな青年。

ちょうど、ネムレスと同じくらいの年齢の彼は十七年来の親友に久々にあった調子で親しげに肩を叩く。

 

「待っていたよ(まこと)──いや、ネムレス。僕がわかる?」

 

「……リョウジ?」

 

この世界に顕現した死神(デス)が最後に告げたわがままをネムレスは忘れていなかった。忘れられなかった。

無邪気な微笑みを浮かべた綾時は「よかった」と胸を撫で下ろす。

 

「僕の名前、忘れてないかちょっぴり不安だったけど、杞憂だったみたいだね」

 

「聞きたいことは色々あると思う。でもその前に僕の話を聞いてもらってもいいかな?」

 

「先に着替えてもいい?」

 

「……いいよ。ふふ、どこまでいっても、どうなっても君は君なんだね」

 

いつも視ていた彼と何ら変わらないその態度に苦笑する綾時だった。

 

 

 

 

「君はどこまで覚えてる?」

 

病室へ戻るなり綾時はネムレスに質問を投げかける。

言葉の意味が点で分からなかった愚者はわずかに首を傾けた。

 

「どこって?」

 

「ムーンライトブリッジ、タルタロス、月光館学園……後はニュクスとか」

 

並んでベッドに腰かける二人は纏う雰囲気こそオセロのように正反対だが、まるで双子のようにも見受けられた。

 

指折り数えて固有名詞を並べられるがイマイチネムレスの中でピンと来ない。聞いたことはあるかな、程度の認知。

それに付随する情景や記憶は全くといっていいほど浮かんでこないままだった。

 

だが同時に、あと少しきっかけがあれば記憶の蓋が外れそうな気もする。

魚の小骨が引っかかったようなむず痒い気持ちを抱え、ネムレスは項垂れた。

 

「ふむふむ。聞き覚えはある、か。……じゃあ今から僕が昔話をしてあげよう」

 

訳知り顔で頷いた綾時は幼子に語り聞かせるように話を始めた。

 

数奇な運命に見初められた少年/少女が人類の破滅を防ぐため、仲間と絆を紡ぎ、影と戦い、最期に自らを賭して災厄の降誕を防ぐ楔となった──そんな物語を。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい?思い出せた?」

 

「うん」

 

一通り綾時が叙事詩のように語ったのは何を隠そう彼が見てきた記録、結城理が過去に歩んだ道のりだった。

 

「その後みんながどうなったのかはわからないか」

 

「さすがにね。僕は君の力でしっかり封印されたわけだし。ところで、よく思い出せたね」

 

「身体が覚えてるんだ。感じた何もかも」

 

事実、綾時の語るシーンに連動してネムレスの身体はピクピク動いていた。

悲しい場面は鉄面皮をちょっと歪ませたし、嬉しい時はその口角が少し上向きになった。

 

「……そうだ。じゃあ今の影時間はなに?まさかこの世界にもあのニュクスがいるとか?」

 

「んー、半分正解で半分不正解。この影時間はシャドウが集まったことで形成されたわけじゃないし」

 

ベッドから降りた綾時は窓辺に腰かけ、月の光を浴びながらもの悲しげに微笑んだ。

 

「じゃ、二つ目のお話聞いてくれる?」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほわん ほわん ほわん あやとき〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はネムレスが【オルフェウス】を顕現させた時まで遡る。

 

ネムレスの身体の中、精神世界ともいえる場所で綾時はある一点を見つめていた。

 

『お願いしますぅ〜!!!何でも、何でもしますからぁぁぁぁぁぁ〜!!!』

 

懇願。

長い黒髪の少女が頭を地に擦り付けて綾時に乞い願っている。

流石の綾時でさえいつもの軽薄な調子を失い顔をぴくぴくとさせていた。

 

『ホントに、ニュクスがぁ……ニュクスができることなら何でも、ううぅ、何でもするかりゃあ……』

 

ようやく面を上げたかと思えば彼女の顔は水浸しでグシャグシャだった。

涙を帯びたクマだらけの目はサビ残が常態化した限界社会人を彷彿とさせ、ボサボサの髪は彼女にお手入れする暇を取らせないほどに多忙だったことを示している。

 

永遠に続くデスマーチへ逃避願望、そして溜まりに溜まった諸々の鬱憤を爆発させて幼女神────この世界における『ニュクス』はあらん限りの大声で叫んだ。

 

 

 

『もうやだあああああああぁぁぁぁ!!お仕事したくないいいぃぃぃぃ!!』

 

 

 

 

 

 




お気に入りが減るのは覚悟の上……。

ネムレス君はP3の記憶を取り戻しました。やったね。

そして最後に出てきた限界社畜ロリ女神こと終末を呼ぶほうじゃない『この世界におけるニュクス』の存在はちょこっとだけ示唆していました(『VI︰Twilight Feather』冒頭 へファイストスの発言)

事の詳細は次回しっかり書きますが、考えなしに彼女をポっと出したわけではないことをご承知頂ければと思います。


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夜の女王は休めない②

※今回はペルソナ要素皆無です。

ネムレスの反応書くわよ!と感想返信に記載していたのですが、思ったよりニュクスちゃんのお話が長くなってしまったので大変申し訳ございませんが、彼のお話は次回に持ち越させて頂きます。
早めに書けるとは思うので、お待ち頂けるとありがたいです。


彼女は神だ。

夜を────(マイナス)を司る女神だ。

畏怖と畏敬の念を抱かれ、声をかけることすら憚られる人型の虚空、太虚の具現。

 

誰も彼も、不誠実(色欲神)の代名詞として今なおその名を馳せるかの天空神(ゼウス)でさえも彼女に触れようとはしなかった。

 

下手に手を出せば己が明けない夜へと誘われる、そんな噂が天界(世間)に広がっていたことが原因だろう。

規格外の権能を司っているのは事実なので、彼女に対するその評価はあながち間違ってはいない。

 

ただ一つ、ここに訂正をするとするならば彼女──ニュクスは神々が想像していたような粗野で気性の荒い性格ではなく、健気で、(ひと)一倍頑張り屋さんで、引っ込み思案な神だということだ。

 

 

自分の領域に引っ込んで神の目を気にしていなかった彼女は、ある日交代の連絡にやってきた(プラス)を司る女神のメーヘラーに告げられた。

 

「ニュクス、貴方ゼウスの股ぐら蹴りあげたって本当?」

 

「ふぇっ!?」

 

ゴシップ好きの神々は弱々しい種火だったニュクスの噂に枝を放り、風を送り、ガソリンを撒き、シメにニトログリセリンをこれでもかとぶちまけた。

 

結果、根も葉もない実在すら不確かな情報は法螺を持ち、尾ひれ背びれをびっしりと生やされ、嘘と欺瞞で完全武装した荒唐無稽なニュクスの虚像が作り上げられてしまった。

 

「いやっ、イヤイヤイヤそんなわけないでしょメーヘラー!?それヘラのコトじゃないの?」

 

「ま、さすがにそうよね。他神に声をかける勇気すらない貴方ができるはずないもの」

 

日が沈み、地平線の彼方から月が闇の天球を登り始める。

メーヘラーは最後に「噂はただの噂だって、きちんと否定した方がいいわよ」とアドバイスして、自分の休み時間を満喫しにどこかへ繰り出して行った。

 

「……このままじゃダメだよね」

 

ニュクスは決意した。

 

みんなに畏れられない自分(ニュクス)になろう。

 

そのためにまず、みんなに頼られる自分(ニュクス)になろう。

 

あわよくば、それが誰かの助けになって、ありがとうって言われたい。

(ニュクス)の頑張りを認めて欲しい。

 

そんなささやかな願いを胸に秘め、裏の女神は意を決して行動を開始する。

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

「ハヒッ!!?あ、あぁニュクス、さん。私なんかにな、何か御用ですか?」

 

「あ、あのね……ニュクスに貴方のお仕事教えてもらいたいなって」

 

「……はい?」

 

ニュクスは(マイナス)を司る女神。

故に他の神々が設定した世界の理(仕様)の裏側を覗き、そこに手を加えることができるのだ。

 

ニュクス以外の神々がゲームの方針を固めたり、大まかな設定を付与するクリエイターだとすれば、彼女は不具合(バグ)を指摘し改善するデバッカー兼プログラマーといったところだろう。

 

しかしそんな力があるといってもどの点が問題でどう改善されればいいかは、神の司る事物や仕事振りをを見なければわからない。

 

だから勇気を振り絞ってニュクスは他の神に声をかけ続けた。

ニュクスは良い神だと、怖くない神だと、頼もしい神だと思って欲しくて。

 

ただ『ありがとう』と、言ってもらいたくて。

恐れ敬われたくなくて。

 

 

頑張りの甲斐あって、ニュクスの試みは実を結んだ。

 

彼女の風評はうなぎ登りに高まり、悪評はしずしずと鳴りを潜めた。

こうして誰からも頼られ、感謝されたニュクスは今日も健気に仕事に励むのだった……。

 

 

 

────あぁ、ここで物語が終わりならばよかったのに。

 

 

 

初めて地上に神々が降りた日を境に、ニュクスを取り巻く環境は加速度的に狂い始めてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼夜を司る神はニュクス、メーヘラーの他にも数多く存在している。

 

代表的な例をあげれば日本神話における三貴神が二柱のツクヨミとアマテラス、エジプト神話の葬祭の女神ネフティスと太陽神ラー、北欧神話に語られるノートとダグなどだろう。

 

彼らは一定のサイクルで昼夜の運行を担当する神を変えることで均等に仕事を割り振ってきた。

 

ニュクスはその中でも何度か外せない用事ができてしまった神の穴埋めを率先して頑張っていた。

もちろん彼らには感謝されたし、彼女も今回も怖がられないで済んだと胸を撫で下ろしていた。

 

────しかし。

 

 

 

 

「俺たちが帰ってくるまででいいから仕事変わってくれないか!頼むッ!この通りだ!」

 

「うんわかった!ニュクス、待ってるね!」

 

他の昼夜を司る神たちは健気な彼女の性格を逆手にとり、下界へと高飛びして行ったのだ。

 

運行の代行を頼まれるのはままあることだったので、ニュクスは二つ返事で彼らの頼みを了解。

夜の神なのに太陽のような笑顔で見送られた彼らは、かなり後ろめたい想いを抱えて下界へ下ったことだろう。

 

この日から、疑うことを知らない彼女に更なる苦行が課せられていくこととなる。

 

 

地上へ下る神は時を経るごとに増え続け、それに付随し彼女の仕事時間や他の神の権能調整ミスの修正箇所もみるみるうちに増加していく。

 

それでもニュクスは健気に、ひたすら健気に頑張った。

 

いつの日か、彼らが帰ってくることを信じて。

 

頑張ったね、ありがとう、お疲れ様と言って欲しくて。

 

 

──なにより、もう二度と怖がられたくなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何年何十年、何千年経っただろう。

ニュクスはあれから一度も止まることなく、押し付けられた仕事を、自分の司る夜を、他の神々が放棄した権能の調整を生気の消えた目をしてこなし続ける。

 

あまりにもニュクスが心配で下界へ行くことを取り止めたメーヘラーが彼女を見かねて声をかけた。

 

 

「……手伝おうか?私もちょっとくらいならできなくもないけど」

 

「大丈夫。これはみんながニュクスを信用して託してくれたんだから。だから、ニュクスがやらないと」

 

 

弱々しく、一つ触れるだけで一気に瓦解してしまいそうな薄氷の上に立つ笑顔。

例え自分の限界が差し迫ってなお、ニュクスは気を張り頑張り続ける。

 

自分を信じてくれたみんなを裏切りたくなかったから。

 

 

だが超越存在(デウスデア)たる神でも限度というものは存在する。

 

天界にいる限り神は肉体的な死が訪れることはないが、その前にニュクスの精神が崩壊してしまう。

 

さすがに引っぱたいてでも彼女を止めるべきかと考え始めたメーヘラーは下界に神の力(アルカナム)の気配を察知する。

 

「ウソ……!?ちょっとニュクス!!貴方のアルカナムが使われてるわよ!」

 

「ぁぇ?」

 

睡眠欲を跳ね除ける効果を持つ神の飲み物(ネクタル)を浴びるように喉へと流していたニュクスは生返事を返す。

 

「ぁ〜〜〜……あ゛ぁ゛っ!?」

 

ニュクスがメーヘラーにガシッと掴まれて下界を見下ろすと、微弱ながら2地点で自分の神の力(アルカナム)が行使されていることが確認できた。

 

「にゅ、ニュクスじゃない!!あれはニュクスのじゃないよぉ!」

 

「いやどっからどう見ても貴方の力じゃないアレ!」

 

「……メーヘラーはニュクスがそんな暇あったと思う?」

 

「……ないわね」

 

「でしょでしょ?じゃあニュクスはお仕事に戻るかリャッ!?」

 

踵を返して自分の持ち場へ行こうとしたニュクスはメーヘラーにグイッと首根っこを掴まれてズリズリ引きずられて彼女の正面に戻される。

 

「今日の夜は私がやるわ。貴方は早めに下界の調査をしてきて頂戴」

 

「よ、夜はニュクスがや────」

 

「今すぐ!夜は私がやるからサッサと調べてきなさい!!」

 

「ぴゃぃぃ……調べましゅ……」

 

ピューッと逃げるように、されどおぼつかない足取りで走っていく幼女神に頭を痛めながらメーヘラーは大きくため息を着く。

 

(ちょっとは気晴らしになるといいんだけど)

 

仕事という体を取り付けなければニュクスは今の業務を手放すことはないだろう。

どうしてああも頑固なんだかと思いつつ、下界に視線を送ったメーヘラーはある存在を視界の中に入れる。

 

「……ニュクスが精霊を下界(した)に遣わしたことって、あったかしら?」

 

 

表の女神の瞳には青髪の青年を食人花から守るようにして立ち塞がる死神(デス)の姿が映っていた。

 

 

 




天界(世の中)クソだな(真実)


ワーカホリック限界社畜頼られたがり引っ込み思案ポンコツロリっ子女神ニュクスちゃん。

あんまり天界に残された神のこと書いてるSS少ないわよねって思って書いてたりしました。

彼女は絶対最高に幸せになってもらうのでその点だけは安心してください。


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夜の女王は休めない③

オリオンの矢編をどうしようかなって無限に考えてる。


ちなみにですがニュクスが仕事を放棄すると夜が来なくなります。
途中まではメーへラーが頑張りますが、そのうち朝も来なくなって空は永遠に黄昏に染まります。

これがホントの神々の黄昏(ラグナロク)……。




「あ、あの……その願い叶えてあげても、いいよ?」

 

「へっ?」

 

感傷に肩まで浸かっていた彼はその湯から上がることを余儀なくされる。

自分しか存在しないはずの精神の中に見覚えのない幼女が現れれば誰だって警戒する。あのお手上げ侍でも警戒する。

 

その者が心中を読み取ったかのような発言をしたなら尚のことだ。

 

綾時は困惑半分警戒半分、努めて平静を装いながら微笑みを浮べる。

 

「あー、えっと君は?」

 

「ニュ、ニュクスはニュクスだよ?」

 

(……)

 

ニュクス。

その名は綾時の生みの親であり、綾時そのものであり、世界に滅びと終末をもたらす理不尽の名。

 

ニュクスはこんなにも愛くるしい姿をとることはない。

黒い笑顔を貼り付けたニュクス・アバター、もしくは銀の球体状の形態だけだ。

 

つまり彼女は『この世界』におけるニュクスの名を持つ存在だと綾時は結論付ける。

仮に彼女が綾時や特別課外活動部がよく知るニュクスだった場合、この時点で綾時の自我は剥奪されていたことだろう。

 

「……僕は望月綾時。ニュクスちゃん、君はここにどんな御用で?」

 

綾時は膝を折って目線を合わせた。

幼女は死神が膝を抱えている手にヒタと触れれば「やっぱりそう」と呟き、綾時の透き通るような蒼い目を覗いた。

 

「ニュクスはね、ニュクスの神の力(アルカナム)が勝手に使われたから調査をして来いって言われたの。そんなことありえないハズだけど、アレはホントにそうだった。この近くで最後に視たはずなんだけど……」

 

アルカナム──神の司る力の形であり、下界で行使すれば即天界送還される禁手。

上述の通り、通常神の権能が地上で使われることはない。下界出禁を突きつけられることを神々が何より恐れているからである。

 

「ちなみにそれを見つけたらどうするか聞いても?」

 

その出処を完全に把握している綾時は心配をおくびにも出さずに尋ねる。

ニュクスは「何もしないよ、確認だけ」と短く答えた。

規則に明記された違反ならともかく、イレギュラーに対応している暇は天界にはないようだ。

 

「あ、それよりそれよりね。あなたさっきこの子の力になりたいって思ったよね!ニュクスにできることなら手伝ってもいいよ。だってあなた、ニュクスの精霊みたいだから!」

 

沈んでいた表情を空元気で覆い隠してえへん!と無い胸を張る幼女神。

それをよそに綾時はネムレスを通して見た記憶の中から『精霊』のワードを探し当てる。

 

精霊。

神の分身とされる種族であり、古の時代においては神に変わって偉業の手助けをしたり、人類が対応できないような厄災と刃を交えていた。

 

一般に見られる存在としては火精霊(サラマンダー)水精霊(ウンティーネ)土精霊(ノーム)等。

神直属の精霊たちは遥か昔に地上から姿を消してしまったとされている。

 

「残念だけど僕はそんな華やかな存在じゃない。もっと暗い……そう、死と滅びを宣告するようなものだよ。そも、僕は君に産み出された憶えは──」

 

「む、そうまで言うならニュクスがちゃーんとわからせてあげる」

 

「わからせ……?」

 

「問答無用ー!えーいっ!」

 

幼女がタクトを振るように両手を動かすと綾時の姿に変化が起こる。

人間態を取っていたはずの身体が棺桶を背負った死神(デス)の姿へと変貌していたのだ。

 

「これは……!?」

 

「ニュクスとリョウジを同期させて、アップデートをしてみたの!初めてやったけど成功してよかっ

 

 

神と精霊はサーバーと端末の関係によく似ている。

神は産み出した精霊に自我と目的意識を付与し、時たま同期をすることで普段の動向を探ったり、新たに力を与えたりするのだ。

 

通常、精霊から送られる情報量は神が把握できる分しかない。

幾星霜を生き続ける神である。たかだか数年程度のデータに頭を痛める道理はなかった。

 

しかし、綾時は『この世界』の理から大きく外れた()()である。

 

彼が今保持している情報量はあちらの(P3)世界のニュクスと等価。

 

とどのつまり────

 

 

「もぎゃあぁぁぁぁあああぁあぁあぁああぁぁぁぁッッッッ!!!!!?」

 

 

ビッグバンから宇宙の終焉レベルの量の記憶によるDoS攻撃をデータ圧縮ナシで脳髄に叩きこまれたニュクスちゃん。

 

憐れ、その頭痛は推して知るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はは……世界はひ、広いなぁ」

 

燃え尽きたぜ……真っ白にな……。

そんなモノローグを綴られそうな面持ちでニュクスは呟いた。

あまりに膨大な負荷にバタンキューしたニュクスはさすがにこのまま放置するのもあれかと思った綾時に甲斐甲斐しく看病されていた。

 

「ニュクスがいなければ僕は存在できない。だけどこの世界には僕の大元である()()()()はいない。整合性を取るための認知の書き換え────もとい僕が存在を維持するために元の役割と近似している君の精霊として定義された……そんなところかな」

 

「君の記憶を視た限りじゃそうなんじゃない?アダダッ……あぁ頭痛い」

 

「あーその、なんだ。ゴメンね?」

 

「いや、やったのニュクスだし自業自得なのでリョウジ悪くないしどっちかって言えば10割ニュクス悪い……」

 

小言早口で一人反省会を堂々開催するニュクスにどうしたものかと綾時は思案する。

 

「ところでニュクスちゃん、今なにか困ってることはない?」

 

「…………………………………………………ないよ!」

 

Noと回答するには長すぎる間であった。

これは何かあるだろうと確信した綾時はニュクスの容貌から彼女の現状をプロファイリングしていく。

 

ボサボサの黒髪、深いクマが刻まれた目、痩せこけた頬。

以上から導き出される未だ天界にいるはずの神様の困り事と言えば一つしかない。

 

「もしかしなくても神様の職場って結構ブラックだったりする?」

 

「うぐっ………………いやそんなことは……………」

 

「あるんだね?」

 

否定と肯定の狭間でもがいていたニュクスはついにコクリと首肯した。

 

綾時はゆっくりと彼女に手を伸ばす。

ぶたれると思ったのだろうか、「ぴゃっ」と短い悲鳴をあげて頭を抱えたニュクスだが、優しく頭を撫でる暖かな手の感触に恐る恐る視線を上げた。

 

 

「ニュクスちゃん、休みたい?」

「うん」

 

「暖かいお布団でゆっくり寝たい?」

「うん」

 

「いっぱい美味しいもの食べたい?」

「うん……」

 

「……下界、行ってみたい?」

「うん、うん」

 

 

彼女を辛うじて成り立たせていたぴんと張りつめた糸。

触れたそばからちぎれそうなその心が綾時の言葉によって少しずつ解きほぐされていく。

 

最初は躊躇いがちで遠慮の混じっていた肯定が、徐々に彼女の本当の意思が伴った言葉へと変わっていく。

 

「大丈夫」

 

決壊寸前のニュクスの目からツウと光が零れ落ちる。

 

「僕だけじゃ難しいかもしれないけどね、ニュクスちゃん。もしかしたら、君を助けられるかもしれない」

 

綾時は頬に伝う水滴を指で拭い、微笑んだ。

 

「……1日は、24時間ではない。なんて言ったら、君、信じるかい?」

 

「──それって……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ニュクスちゃんにダイナミック土下座された後、いくらか権能を受け取って僕を起点に影時間を作ったってこと」

 

「なんて言うか、その……大変なんだね。神様って」

 

「地上に来てる神様のほとんどは仕事サボって来てるみたいだからねぇ。残された神様たちは必然的に仕事が山積みになるわけで」

 

「……同情するよ」

 

「ここまで聞いて心の一つでも動かなかったらさすがの僕でも人間じゃないと思っちゃうな」

 

今の彼はただの人間ではないのだが、そんなことを綾時が知る由はない。

一通り話し終えた彼はヤレヤレとため息をついて締まりきっていなかった病室のドアを開けた。

 

「わひゃっ!?」

 

転がるように入ってきたのは先ほどまで話題にあがっていたニュクスその人だった。

 

 

「君のことは全部話した。ここからは僕じゃなくてニュクスちゃんの役目だからね。さ、行っておいで」

 

背中をぽんと押されたニュクスは綾時の方に不満げな目線を送りながら、トテトテとベッドに腰掛けるネムレスの元に向かう。

 

彼の前に立ったニュクスはオドオドとしながらも自分の想いを吐露し始めた。

 

 

「ニュクスね、怖がられるのが怖くてずっとずっと頑張ってた」

 

「でももう疲れちゃったの。終わらない約束を待つのも、働くのも」

 

「ニュクスとリョウジがこれからやろうとしてることはネムレス、あなたがいなきゃできない」

 

「……もしかしたらあなたはニュクス(私じゃない私)を恨んでいるから気乗りしないかもしれない、けど──」

 

華奢な手がスウと持ち上げられ、か細い指が小刻みに震えながら開く。

 

「ちょっとだけでいい。ニュクス()が天界を脱出するために、あなたの力を貸して欲しい」

 

祈るように目をつむるニュクス。

彼女を無言で眺めるネムレス。

口を挟むでもなく見守る綾時。

 

 

その均衡は愚者の手により破られる。

 

冷たい手の感触に裏の女神は目を見開き、弾かれたように面をあげる。

ネムレスは壊さないように、優しく彼女の手を包んだ。

 

「任せて」

 

窓から指す月光がネムレスを覆う。

おそらくは、一秒すらなかった光景。

 

 

──されど。

 

 

その慈しむような彼の顔をニュクスは決して忘れはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

…………

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『運命』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん……

 

 

 

COOPERATION【ニュクス】

 

運命

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間()関係

運命』のコープが解禁した!】

 

 

 

 

 

 




運命構図END。
毎回叫んでるなあニュクスちゃん……。

しっくり来てないけどこれ以上はどつぼにハマりそうだったので出しちゃえの精神。

次回でニュクスちゃん天下り計画の概要を説明したら次のコミュに参ります。


彼女が激務を休む時間。

これがホントの影時間(かげじかん)……。

by幾月理事長


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夜の女王は休めない④

見切り発車定期。

本編ではなく『EX‐Ⅰ︰怪物祭(モンスターフィリア)までの情報まとめ』を見る感じで眺めてもらえれば幸いです。


「じゃあ許可も取れたところで、題して『ニュクスちゃん天下り作戦』の説明を始めるよ」

 

「始めるよ!」

 

「二人とも、その丸メガネと白衣はどこで?」

 

「近くの店から借りパクしてきた」

 

「ちゃんと戻しておいてね」

 

まずは形から入るのが大きなお友達とのお約束。

 

デキる理系男子然とした綾時にダボダボの白衣を肩にかけたニュクス。

妙に様になっている二人の格好にネムレスはパチパチと拍手を送った。

 

「まずはおさらいからだね。ネムレス、君は影時間がどういうものか説明できるかい?」

 

「えっと、深夜0時から始まるシャドウが実体を持つ時間帯。影時間に適性のないものは全て静止する。シャドウの集積によって発生するもので、これはタルタロスも同様……こんな感じかな」

 

「OK。僕らの世界における影時間はそれで合ってる。だけどこの世界じゃちょっと事情が変わってくる」

 

「この影時間はシャドウが集まってできたわけじゃなくて、ニュクスの力をリョウジに渡して作ってもらったものなの」

 

 

ニュクスが規格外の権能を持っているとはいえ、直接それを行使すれば天界に定められたルールに抵触する可能性がある。

故にこの世界においてニュクス直属の精霊と定義された綾時というフィルターを通して神の力(アルカナム)を使い、通常時間軸から外れたこの時空を創出した。

 

本来シャドウを多数集めて初めて発生するはずのシャドウの治外法権である影時間。

それをニュクスから権能を預かったとはいえ現在は綾時一人で維持・管理しているため、今後綾時はホイホイ現実世界に出ることは難しいようだ。

 

そして影時間は天界を含めた全世界に波及するため、この時間帯のみニュクスは仕事を気にせず休憩することができる。

 

 

「ニュクスの休み時間のためだけに作ったわけじゃないだろ?」

 

「もちろん。当面ここはニュクスちゃんが激務から逃れる時間だけど、その本質は別なところにある。じゃあここでおさらい2つ目。シャドウって何だっけ?」

 

「ニュクスの精神の一部、そして人間が誰しも抱える心の暗部」

 

「正解。ちなみにシャドウもペルソナも根っこを見れば同じ存在なんだ。制御下にあるかないかってだけでね。この世界に僕らが良く知る方のニュクスは存在しないけど……シャドウを創り出すことはできる」

 

「……オラリオを無気力症患者で溢れさせる気なら──」

 

「ストップストップ。穏便に行こう。頭に当ててるその召喚器はしまっておくれよ。そして話は最後まで聞いてくれると嬉しいな」

 

シャドウはニュクスの精神を構成する一片であり、人間が心の中に抱える暗部。

これが外に抜け出してしまうことは高度に発達した精神構造を持つ人間にとって致命的である。

故に無気力症患者────影人間となってしまうのだ。

 

この世界で創られる予定のシャドウは人々の心の暗部を利用することにこそ違いはないが、対象の精神を根こそぎ持っていくようなマネはしない。

心の影のごくごく一部を抽出・濃縮したもので彼らは構成されるらしい。

 

「わざわざシャドウを創る必要性はないと思うけど」

 

「それはほら、シャドウの数が増えれば僕が四六時中影時間を維持する必要がなくなるからね。まあこれ以外にも理由はあるんだけど」

 

綾時曰く、この世界の何処かに死神(デス)の一部である大アルカナの名を冠する大型シャドウが散らばっているらしい。

シャドウが一箇所に集まる性質を利用することで彼らをオラリオの元へと呼び込み、それを倒す。

 

「これが君に頼みたいことの一つ目、オラリオにやってくる大型シャドウを倒して欲しいんだ」

 

綾時は影時間の維持に全能力を傾けているために戦える余力などさらさらない。

倒された大型シャドウを吸収することで死神(デス)としての力を強化させ、現実世界へと出ることが綾時の目的だ。

 

「今のところ綾時の利になることしか言ってないね」

 

「じゃあ次はニュクスちゃんのお話をしていこう。それじゃ、よろしく」

 

 

 

「ネムレス、アレ見える?」

 

バトンタッチで説明役を請け負ったニュクスが窓を指さした。

そこはバベルがある方向のはずだが、ネムレスの目に映ったのはバベルよりも見覚えのある、瓦礫を無理やり積み上げたような奇妙な塔だった。

 

「タルタロス……」

 

「ネムレスたちの世界だとあれはニュクス()を呼び込むための目印だったんだよね。でも、こっちのニュクスはニュクス()だけだから。影時間の時だけニュクスを天界からここに繋げてくれる場所なんだ」

 

夜天に穿たれた孔、ニュクスをこの世に招来させるランドマークだったタルタロスはこの世界においてその役割を捻じ曲げられた(最適化された)

 

この塔は影時間の間のみ特定の神を天界から呼び寄せ、一時的に繋ぎ止める楔。

これによりニュクスは時間制限付きではあるが、擬似的に下界で休むことができるようになった。

 

「本当はちゃんと下界に降りたいけど、ニュクスがお仕事やめちゃうと夜が来なくなっちゃうんだよね……」

 

「って言うから、じゃあニュクスちゃんを仕事漬けにさせた神を闇討ちしようって言ってみたんだけどね」

 

「闇討ちダメゼッタイ!」

 

「そんなこと気にしないでもっと欲張ってもいいのにさ。謙虚というかなんというか」

 

神の肉体的死亡による送還。これはニュクス的にはあまり良くない、というか絶対にやりたくない手段の一つだ。

今でこそ恐れ敬われることが少なくなったニュクスであるが、『精霊使って神を惨殺するヤベー奴』なんてレッテルを貼られた日にはまともに生きていける自信がない。

嫌われることを何より恐れる彼女がそんな決断をすることはできないのである。

 

「じゃあどうする?それじゃニュクスはずっと働き詰めじゃないか」

 

「後釜を見つけたらきっちり『送還』はするよ。ただし場所はタルタロスの頂上────王居エレスだ」

 

ニュクス(綾時)の記憶をベースにこの世界に創り出された影時間及びタルタロスは、彼の認知が色濃く投影されている。

特に王居エレスは綾時がニュクス・アバターとして降臨し、『結城理』が【宇宙】のアルカナの力でニュクス()を集合無意識の中へと『送還』した場所である故に、()()()()という概念が渦巻いているのだ。

 

「そのアルカナは示した。『奇跡』は失墜し、この世に実現不可能な事象など何一つ無いことを……つまりペナルティ以外で神を天界に戻すことができるってこと」

 

()った方が早いんじゃ……」

 

「そりゃそうさ。わざわざこんな回りくどい手順を踏むのは理由がある。ね、ニュクスちゃん」

 

「あそこの頂上から戻された神はね、また下界に戻ってこれるの」

 

ニュクスが幾星霜もの月日を全て職務に当てることができたのは、その未来に淡い希望を抱いていたからだ。

いつか帰ってくると信じていたから、ありがとうって言ってくれると思っていたから、ニュクスは辛うじて頑張ることができていた。

 

禁を破って送還された神はもう二度と下界へ足を踏み入れることはできない。

還った彼らを待つのは終わりのない忙殺地獄。

彼らにとって因果応報なのはわかっている、しかしニュクスはそれを気の毒だと考えた。

 

「もしニュクスがそうなったら絶対ダメになっちゃうから。希望を持つことすら許されないのは、辛いと思うから」

 

「……それって生殺むぐ──」

 

「言わぬが花だよネムレス」

 

生殺し、と言おうとしたネムレスの口が綾時のマフラーで塞がれる。

 

ニュクスは10割善意で彼らが戻ってこられるようにあれこれと考えているのだが、戻される神々にとってはたまったものではない。

下界に戻れることがわかっているにも関わらず、体裁故に戻ることを許されない。

 

例えるなら、大量のご馳走を目の前に置かれながらそれらを口にできず、他神がムシャムシャとそれらを頬張る様子を生唾を飲んで見届けるしかない状態である。

 

「えっこれ普通に送還されるより辛いんじゃ……」と思ったが綾時は口出しなかった。

そっちの方が神にもいい薬になるし、面白そうじゃない?とは彼の談である。

 

「頼みたいこと二つ目、これから徐々に増えてくるタルタロスのシャドウを間引きして欲しい」

 

「……シャドウは多い方が大型のが引き寄せられるんじゃないか?」

 

「それはそうだけど、神の送還をここで実行するにはかなりのリソースが必要でね。シャドウを倒すことでそれが補充できるんだけど────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ影時間が終わっちゃうな。伝え忘れたことはないよね?」

 

「うん、大丈夫」

 

「ネ、ネムレス……」

 

綾時の言葉に頷いたネムレスの服の裾をニュクスが引っ張っている。

腰をかがめて「なんだい?」と聞けば、彼女はおずおずと彼の耳元に口をよせた。

 

「その、次の影時間が来たら……ニュクスを褒めてくれる?」

 

「なんだ、そんなこと?」

 

拍子抜けするくらい当たり前のことを聞いてきたから、ついびっくりしてしまった。

しかし彼女にとっては何物にも変えがたく、大切なことなのだろう。

自分の心を限界まで削ってなお数千年の間約束を守り続けたことが、彼女の想いの強さを図らずも証明してしまっている。

 

「もちろん」

 

影にも関わらず、大輪の向日葵が咲いた。

その花を決して枯らせはしないと、愚者は誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、また新たな絆を育んだようですな」

 

二人と別れ、現実世界のベッドに戻ってくるはずだった彼の体は青色に染められた巨大なエレベーターの中にある椅子に収まっている。

 

机を挟んで相対するは、長い鼻をもつ奇妙な老人。

イゴールは手元にあるカードをシャッフル、上から三枚をテーブルに置いた。

 

捲られたアルカナが示したのは【月】の正位置、そして【正義】の逆位置、最後に【戦車】の正位置。

 

「貴方はこれより悪い意味で予期せぬ定めに出会うでしょう。その結果として不公平な立場に身を置くことになりますが……ご心配めされるな。最後に光を浴びるのは貴方────いえ、貴方々だ」

 

イゴールが手を振れば手品のようにタロットカードは姿を隠した。

 

「貴方の力は絆によってのみ、その広がりを見せるでしょう。どうか他者との関わりを、ゆめゆめお忘れなきよう」

 

 




後釜に据えるヤツは既に内定してます。
ヤツには地獄を味わってもらうんだ……。


まとめ


①影時間とタルタロスはニュクスから権能を受け取った綾時により維持されている。

②心の暗部のほんの一部から作られたシャドウが集まってきたら、維持は彼らに任せる。

③シャドウを集めることで世界中に散らばった大型シャドウをオラリオに呼び込み、これを倒す。
綾時はこれらを吸収し元の力を取り戻して現実世界に出るつもり。

④タルタロスは影時間の間だけニュクスを下界に繋ぐ楔の役割を果たす。

⑤ニュクスが下界に降りるためには彼女の仕事を引き継ぐ後釜が必要である。

⑥後釜を肉体的死亡で送還するのは可哀想なので、再び下界に降りれる形で送還する(送還のリソースはシャドウを倒すことで補充)。
なおこれが神の生殺しになることはニュクスちゃんは気づいていない模様。



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COOPERATION︰道化師(THE FOOL)

最近東京が受胎したらしいですね。


がばり。

 

随分と久しぶりに思える太陽の眩しさに気だるげに身を起こした。

影時間にベルベットルーム、ならば次はテレビの中か、はたまた欲望が具現化した世界に投げ込まれるかと身構えていたが……どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「よう、おそようさん」

 

そういえばここは教会(ホーム)ではなく【ディアンケヒト・ファミリア】が経営する治療院の病室だ。

なのでベッドの隣にお見舞いに来た人が座る椅子があるのも当然といえる。

それがロッキングチェアなのは珍しいかもしれないが。

 

そのイスをキイキイと遊ばせ、肘掛けに頬杖をついてこちらを眺めていたのはベルではなく、まして主神(ヘスティア)でもなく────

 

「き──あ、いや。貴方は?」

 

「……自己紹介が必要なほど名前が売れとらんとは思わんかったで」

 

「いや、本人確認」

 

「おのれが予想してるのと100%同じやアホぅ!」

 

「では、神ロキ。僕に何か……?」

 

さっぱりとした赤髪を揺らして怒鳴るのは超越存在(デウスデア)が一柱────神ロキ。

北欧神話における魔術と悪戯の神。

その名が示すは『終末をもたらす者』、そして『閉ざす者』。

 

主神曰く、数多の権謀術数を巡らし争いを引き起こしては、その光景を対岸から眺めてワインを呷る悪辣極まりない趣味がある──どこまで彼女(ヘスティア)が誇張していたのか定かではないが──トリックスターだと。

 

下界に降り、自分の眷属を持ってからは裏で暗躍するような行動はなりを潜め、見違えるほど丸くなった神の一柱である、らしい。

 

して、そんなオラリオでも有数の探索系ファミリアの主神である神ロキがこんな場所にいるのだろうか。

後、彼女の姿を見る度に脳裏にチラつくダズル迷彩*1をした仮面の悪魔は一体……?

 

 

>何故だろう。無性にパンケーキを食べたくなってきた……。

 

 

「なー、自分失礼なこと考えてへんか?」

 

「いえ何も」

 

細ばった彼女の目がほんの少しだけ見開かれ自分をジロリと見回した。

蛇に睨まれた蛙はこんな気分を味わうのだろうか。

 

「…………ほーん、まあええわ。うちが来たのは他でもない。答え合わせのためや」

 

いつから自分は神を教育する立場にいたのだろうか。

神ロキに宿題を送り付けた覚えもなければ……いや、そもそも自分は教師じゃない。

 

「聞かせてもらうで。自分が使った【オルフェウス】の正体」

 

 

 

「ステイタス教えて!」と聞かれる冒険者も、それを聞く冒険者も、余程の世間知らずでなければこのオラリオには数える程しかいないだろう。

 

ステイタスは冒険者の個人情報──いや、本人の人生の

旅路そのもの。

冒険者たちのアキレス腱と言っても過言ではない。

 

神ロキが問うたのは自分の魔法についてだが、それもステイタスの範疇。突っぱねるのが普通だろう。

が、下手に神の機嫌を損ねて理不尽な不利益を被るのも避けたい。

 

「嫌だと言ったら?」

 

そのためこんな遠回しの言い方をするしかなかった。

これでも慎重に出方を窺ったつもりだが、こちらの心中なぞどうでもいいと言わんばかりに奸計神はしたり顔で笑う。

 

「ぬっふっふ……コレ見て同じこと言えるんなら、うちは自分には何も聞かんで」

 

神ロキが傍らに置いていたバックから自分に差し出したのは単行本くらいの厚みのあるA4の紙束だ。

表紙には『怪物祭(モンスターフィリア)時の損害賠償請求』と印字されている。

 

ページに整列するおびただしい0が並んだ請求額。

そのほとんどは【ガネーシャ・ファミリア】やギルドが支払うものだ。

自分は植物の魔物にしか出くわしていないが、やはりあの騒ぎは他にも闘技場からモンスターが脱走していたとか、そういうものだったのだろう。

 

更にページを捲る。

同じくギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の項が続く中、見覚えのある名前を発見する。

 

「【ヘスティア・ファミリア】……!?」

 

目を疑う。

自分もベルもヘスティアも、どこかしらに喧嘩を売ったり、何かを請求されるような事をしでかす性格ではない(ヘスティア・ナイフ、ワイヤーショットの件については不問とする)。

信じたくない、信じられない一心で横に並んでいた備考欄へと目を走らせた。

 

「あっ」

 

「器物損壊、道路陥没、家屋倒壊……後地下のインフラ設備とかもちょっと崩しちゃったらしいな?近くで見てたけどすっごい魔法やったなぁ〜」

 

つい間の抜けた声を出してしまった。

記載された情報には全て覚えがある。この損害のほぼほぼを占める原因は植物の魔物を葬る時に使った【オルフェウス】の魔法だ。

 

ご存知だろうが自分が所属する【ヘスティア・ファミリア】は零細どころかマイナスファミリア。

団長(ベル)には知らされていないが、自分たちは二億ヴァリスもの途方もない借金を抱えている。

それに加えてこの額……正直首が回らない気しかしない。

ヘスティアが見れば即卒倒間違いなしだろう。

 

「なんや、意外と青い顔せんな。アイズたんと同じ口か?」

 

「感情を表現するのが苦手なんだ。正直、冷や汗が止まらない」

 

「せやろ〜?こんな借金抱えちゃったんやもんなぁ。あのドチビは目ん玉ひんむいて泡吹いちゃうかもなぁ。なあどうする?稼ぐために身売りでもするか?それとも一攫千金狙って博打するか?なぁなぁ、自分の魔法でこんな目にあってねぇねぇ今どんな気持ち?NDK?NDK?」

 

鬼!悪魔!ロキ!

と罵りたいところだが、全て自分が負うべき責任なのはわかっているし、残念なことに責任能力もある。言い逃れのしようもない。

 

 

>……金稼ぎとなるとダンジョンに潜るよりタルタロスに潜ってドロップアイテムを集めた方がいいだろうか?

 

 

「受胎した方が……?いや産み落とすの結構低確率だし籠ってアクシデントフロアもいいけど刈り取る者とは出会いたくない……」

 

「おーい、おーい。受胎ってなんや。歓楽街の隠語か?てか、そもそも自分男やろ」

 

「(ペルソナは受胎)できるよ」

 

「自分女か!?そのナリで!?」

 

「男だけど?」

 

「はぁ〜?イヤ何やホント自分……」

 

 

>……何か自分はおかしなことを言っただろうか。

 

 

「あー、多分どうやって金がっぽり稼ぐか考えとったみたいやけどそんな自分に朗報や。備考欄の右下見てみぃ」

 

言われるがままに手に取ったままの紙束に目を落とす。

印字された文字ではなく、ギルド職員が「おう!ちょっと自分耳かしてや〜」とトリックスターに言われた直後に慌てて書き記したような筆跡だ。

 

 

 

[ヘスティア・ファミリアが負うべき一切の賠償はロキ・ファミリアが負担する]

 

 

 

「……は?」

 

「驚いたか?驚いたろ!うちに咽び泣いてもええんやで!」

 

勝ち誇るように笑うロキ。それほど嫌に感じないのは何故だろうか。

そんなよしなしごとを思いながら自分は記憶を辿り、彼女が出会っていの一番に言った言葉を探し当てる。

確かそれは────

 

「……目的は、僕のステイタス?」

 

「お、ドチビの眷属にしちゃあ中々察しがいいなぁ。ま、初っ端に聞いたしこれくらい分かってもらわな困る」

 

勝者の笑みはシームレスに腹に一物を抱えた黒い笑顔へと染まっていく。

 

「うちが要求すんのは自分のステイタス────まるっとは求めへん。『魔法』の部分だけや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理由を聞いてもいいですか?」

 

「……そうやなぁ。さっきうちが近くで自分の魔法見た言うたやろ?そん時に感じたんよ、神威をな」

 

確か神が発する力の一片だということを聞いている。

普段もその力が出ていると言えばそうなのだが、それをさらに解放することもできるんだとか。

あんまりそんなことする時なんてないけどね〜とは竃の神の談である。

 

「何となく、というかほとんどうちだけで自分の魔法の答えは出てるんやけど、間違ってても嫌やしな!」

 

「……わかりました」

 

『ペルソナ』、そして【オルフェウス】について全てを語ったとしても、自分の弱点が晒されるわけでもなければ新たに使える者が増えるというわけでもない。

 

彼女に話せる内容を記憶の中から引き上げながら、自分はポツポツとペルソナについて話し始める……。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人の自分、集合無意識からの力の引き上げ、人格の鎧として確かなカタチを与えるために神話の英雄や物語の人物の姿をとる────なるほど、それでたまたま自分は【オルフェウス】だったってわけや。人の認知からペルソナの能力が決定されるんなら、多少なりとも神威があるのも道理やな」

 

「ご理解いただけただろうか……?」

 

「理解が及びすぎて逆に怖いわ。ステイタスの欄にはかなり断片的にしか書いてないはずやのにそこまで語れるってことは……アレか?自分の血族に伝わる一子相伝の魔法やったりするんか?」

 

「しませんが」

 

「しないんか〜い!え、ロマン湧かんの?一子相伝の暗殺拳とか一族のみに伝わる赤い魔眼とか」

 

「しませんね」

 

「つれないやっちゃなぁ。んー、とりあえず今日のところは知りたいことも知れたし、うちは帰るとしよかな」

 

どっこいせと椅子から降りてグッと背伸びをした神ロキはバキバキと鳴る己の背骨に「多少は運動した方ええんかな……」などと呟いた。

 

「あの」

 

「なんや、一つだけなら聞いてもええで」

 

ドアノブに手をかけた神ロキはかけられた声に気だるげに振り向いた。

 

「どうしてここまでしてくれたんですか?」

 

 

ヘスティアから聞かされていたロキの神物像は悪辣の一言に尽きるものだ。

かなりの誇張が施されているのは理解していたが、それでも彼女に対する印象は良いとは言えないものだった。

 

しかしどうだろう、今自分の目の前にいる神ロキは。

魔法(ペルソナ)についての情報が対価となったが自分が負うべき借金を肩代わりしてくれたのだ。

 

ヘスティアのそれと自分がこの目で見た神物の情報の乖離が激しい。

だから聞いた。その理由を。

 

「んー……なあ、自分はそのうちホームに帰ると思うんやけど、そん時このことをどう報告する?」

 

「ありのままに。神ロキが僕の借金肩代わりしてくれたって」

 

「じゃあそん時あのどチビ(ヘスティア)、どんな反応すると思う?」

 

「……あぁ」

 

 

>もしかしなくとも、神という存在は自分が思っているより単純な性分なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

…………

たなる(えにし)ぎたり

 

(えにし)ち、

苦難する()一片なり

 

、『道化師』のペルソナの

恩恵たり

みへとける、なるとならん……

 

 

 

COOPERATION【ロキ】

 

『道化師』

【■□□□□□□□□□】 RANK1

 

 

 

 

【ペルソナの力を育てる人間関係

『道化師』のコープが解禁した!】

 

 

 

 

 

*1
艦船などに塗装される迷彩色の一つ




ロキはヘスティアにデカい借りを背負わせてご満悦の模様(むしろそっちが本命だった節すらある)


後3つくらいコープやったら第二章に入ります。


第一回目のアンケートは終了しました。

ひとまず、今のところ影時間内で行動できるのはベルとネムレスだけです。
人数2人だけとか縛りプレイかな?でも多分なんとかなるなる!


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COOPERATION︰女教皇(The High Priestess)

「罠だ!これは罠だ!」




入院2日目の朝、ネムレスの病室へドカドカと足音が接近し、その勢いのままドアが開け放たれた。

 

「うぉぉおおおおおん!!!ネムレスくうううううん!!!!」

 

「病室ではお静かに、神様。怖い聖女がすっ飛んでくるよ」

 

ネムレスの忠告にキュッと居住まいを正したヘスティアは、それくらい心配だったんだぜと声を落とした。

 

廊下の方から白衣の悪魔が殺到してこないかとチラチラと確認しながら後ろ手でドアをそっと閉めたヘスティアはベッドの傍らにあるロッキングチェアに腰掛けた。

 

「ごめん。心配かけた」

 

「ううん、無事ならそれでいいんだ。ベル君もネムレス君と同じようにモンスターと戦ってたから、余計心配になっちゃってね」

 

「ベルが?」

 

ネムレスと時を同じくしてベルもシルバーバックという名のモンスターとしのぎを削っていた。

何故かヘスティアを執拗に付け狙うモンスターとダイダロス通りで繰り広げられたチェイスを語るヘスティアの顔はニヘラァ……と弛緩していたがベルのトドメを刺すシーンで顔の筋肉を引き締める。

 

「そうだ。さっき言ったステイタスの更新でベル君が魔法を発現させたんだ」

 

「ふーん、どんな魔法?」

 

「……【ペルソナ】」

 

「ペルソナ……!?」

 

今のところ自分しか持ちえないと思っていた力の発現にネムレスは驚きを見せる。

ヘスティアはベルが目覚めたペルソナについて本人の話も交えつつ詳細に話していく。

 

「アルゴノゥト……確か、ベルとベルのおじいさんが好きなやつだったっけ」

 

「そうなのかい?ボクはそのあたりニブいからなんとも。そうだ、次は君の活躍を君の口から聞かせて欲しいな。人伝には聞いたけど……君の【ペルソナ】も使えるようになったんだろう?」

 

話のターンはネムレスに回った。

ヘスティアもアミッドからいくらか事情は聞いているようで、スムーズに受け答えが進んでいく。

話の進行は順風満帆だがヘスティアの顔は曇り空のままだった。

 

「顔が怖いですよ」

 

「険しくなってたかい?今後の君たちのことを考えると、ちょっとね」

 

努めて笑顔を作ったヘスティアだがその心中は穏やかではない。

 

レベル1がダンジョンにて冒険することはままあることだ。そうでなくては誰もレベル2への扉をたたく事はできないからだ。

 

二人の活躍そのものは誇るべきだし、自分を助けてくれたベル君に「今回のはやめておけばよかったね」などと心無い言葉をヘスティアが言えるわけがない。

そもそも言うつもりなんてさらさらなかったが。

 

しかし自分の眷属たちはやりすぎた。

そのレベルに反して活躍しすぎてしまった。

 

神は良くも悪くも気まぐれで、赤子のように好奇心旺盛。ついでに娯楽に飢えており、誰も彼もが自己中心的な輩だ。

 

(そんな奴らが二人を狙ってきたらどうする?)

 

間接的なアプローチから彼らを守ることはヘスティアにもできるが、直接的な手段を講じた場合が問題だ。

 

「ペルソナはダンジョン以外では使わない方が良さそうかな」

 

「最終的な判断は君達に任せる。だけど極力そうしてくれている方がボクとしては安心かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、神様。また借金が増えた。だけど──」

 

ヘスティアはイスからおもむろに腰を上げる。

事も無げにそう告げたネムレスの両肩に彼女華奢な手がすっと置かれた。

 

二の句を遮られたネムレスは俯いた彼女の表情を窺うことはできない。

しかし次に起こることは誰がどう見ても一択しかありえなかった。

 

「か、神様?」

 

「どーしてだい!!というか一番大切なことを何で一番最初に言わないんだ君は!?」

 

「どうでもいいことかなって」

 

「良くないよ!全く良くないよぉ!由々しき事態だよもう!!」

 

ガクガクと肩を揺さぶられながら神様は何に怒っているんだろうかとネムレスは考えるも点でわからなかった。

 

「もう二億抱えてるし誤差では?」

 

「バカーッ!誰が払うと思ってるんだボクだぞボク!!君は『黄昏の羽根』を出してくれたけどそれとコレとは別問題だ!あぁもう、もうもうもーう!背に腹はかえられない……今からウラノスに土下座してくる!」

 

「神様ストップ!借金はある神が払ってくれたからもう大丈夫です」

 

ギルドへ走り出そうとした女神の背中に待ったがかかる。

くるりと首だけ振り向いたヘスティアの目は「ホントかい?」とでも言いたげな怪訝な目をしている。

 

「ホントホント。僕の魔法(ペルソナ)と引き換えにだったけど」

 

ヘスティアは盛大にため息をつき壁に垂れかかってへたり込んだ。

余程慌てていたのか、先より顔がやつれて見える。

 

「それならそうと言っておくれよ……。無駄に焦ってとんでもないことしそうになったじゃないか」

 

「僕が話す前に神様が止めたんじゃないですか」

 

「そうだっけ?」

 

「そうですよ」

 

なぁんだそっかぁとヘスティアはふうと安堵に胸を撫で下ろす。

よっこらせと立ち上がり、そのまま何事も無かったように再び椅子に腰掛けた。

 

「……で、それ以外の対価は要求されてないんだろうね?」

 

「大丈夫です。僕もペルソナについて全てを話したわけじゃないですし」

 

「うん、なら良し。でも一言くらいはその神にボクからもお礼を言わないとね。その神の名前は?」

 

「ロキ」

 

ぴしり。

ヘスティアの身体が石化光線でも浴びせられたように固まった。

 

「い ま な ん て ?」

 

「ロキ」

 

なおも現実を直視しようとしないヘスティアにネムレスは畳み掛ける。

 

「ロキ。神ロキが僕の魔法の情報と引き換えに借金を全部肩代わりしてくれた」

 

 

直後、ヘスティアの怒声とも慟哭ともつかない叫び声が治療院に響き渡り、戦場の聖女がすっ飛んできたのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

COOPERATION【ヘスティア】

 

『女教皇』

【■■□□□□□□□□】 RANK2

 

 

 

 




「ロキがボクを陥れるために仕組んだ罠だ!」

「二億も借金背負ってるボクが更に借りを課させるというのはおかしいじゃないか!!!」



アンケートは800いったら締め切ります。



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