淡譚 (一般泥船)
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01

 廊下を、男が走っている。

 風を切る様な速度で疾走しているにも拘らず、一向に端に辿り着く気配を見せない。廊下は横幅も縦幅も不自然に拡大された様に大きく、先は霞んで見えなくなっている。異常な空間だった。

 走る速度を緩める事なく舌打ちを打つ男に対して、突如頭上から剣が降り注ぐ。

 

「──軍神の(operation)加護よ(start)

 

 五月雨の如く殺到した剣は、しかし一閃によって一切合切薙ぎ払われる。

 降り注ぐ破片を掻い潜りながら、男は盛大に顔を顰めていた。

 

来たれ栄光(get glow)邪を払い賜え(eliminate noise)勝利を齎し賜え(manipulate my body)

 

 床下から気配。男が大きく跳躍すれば、次の瞬間には先程まで居た床が爆ぜる。

 

「ッ危ねえ!クソが、本当に厭らしいな!」

「あくろばてぃっく!ひゅー!」

「かっこいいですね、なげせんはうけつけていますか?」

「喧しいわ!ああもう、いやマジで黙ってくれないか!?」

 

 周囲を飛び交う光に罵声を返す。

 次々と襲い来る攻撃の波を受け流しながら、廊下を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は遡る。

 燦々と降り注ぐ日差しの元、覇気の無い顔をした、黒髪黒目のやや高い身長の男──ティール・リクウィラはある民家の前に立っていた。

 

「依頼の家は此処だな。“妖精が住み着いた家”…急がなければ楽なんだが」

 

 ティール・リクウィラは冒険者である。

 この大地には、『オーファ』と呼ばれる、各依頼主からの依頼を集積管理し、所属する人間達に技能毎に適した依頼を斡旋する組合が存在する。嘗ての人々が相互扶助の為に作り上げた有志団体、其れを基にして構築された巨大な共同体である。

 彼もこれに所属する人間である。現代において冒険者とは、殆どがこの組合に所属する者を指す。冒険者という呼び名は、今よりずっと人が少なく、人が踏み入った地が遥かに少なかった頃。未踏の地を制覇し、人の活動圏を拡げる開拓者達の共同体として活動していた頃の名残であり、今ではその実情は便利屋に近い。

 依頼者はそこそこの富豪。倉庫代わりに使っていた別荘が、知らぬ間に妖精の溜まり場になってしまったらしい。“妖精を追い出して欲しい”というのが、今回の依頼であった。

 妖精の悪戯で仕舞い込んだものが取り出せなくなり困り果て、依頼が組合に回ってきたようだ。

 

「次の会食の為の物品が此処にあるので、それまでにはなんとかしなけりゃいけない、と。時間が無いのが辛いな……」

 

 妖精絡みの問題を解消するなら、彼らが飽きるのを待つのが一番確実なのだが、恐らくそれでは期日に間に合わない。強制的に立ち退いて貰うしかない訳だ。

 力押しの手段しか無い事が悔やまれる。持って来た道具だけでなんとかなれば良いが。

 

 なるべく楽な類の悪戯なら良いなと思いつつ、玄関扉を開ける。

 

 

 そこには、明らかに外見の大きさに会わない玄関ホールが広がっていた。

 このホールだけで、部屋が家屋の大きさを超過している。あからさまな異常だった。十中八九これが依頼の原因だろう。

 

「魔術による空間拡張が施された家では無かった筈、つまりこれが今回の悪戯。……すぐ終わらない奴だなこれは」

 

 頭を抱えながら扉を潜る。

 案の定、扉は勝手に閉じられた。どうせ開けようとしても開かないのだろう。

 今回俺が持って来た解決の為の小道具は、妖精の溜まり場の直ぐ傍で使わなければ意味が無い。必然的に異界化したこの空間の最奥、恐らく妖精が最も群れているであろう現場まで向かわなかければならない事になる。

 

 

 

 そう考えている内に、燭台が独りでに点灯した。

 目の前の空中から泡が立つ様に、光で象られた小人達が現れる。

 

「ようこそ、にんげん!こんにちは!たのしんでいってね!」

「まだこうじちゅう!まだこうじちゅう!ごいけんごかんそうはげんばまでどうぞ!」

 

 正に鈴を鳴らす様な音をした妖精の言葉が、空気を介さずに頭に響く。

 

 妖精。この世界に住まう龍や魔物等と同じ、“幻想生物”の一種。清浄な場所に現れる。殆どが感情的、刹那的に動き、その思考は幼子のそれと変わりない。

 光の体を持ち、人には理解が敵わない、世界法則を捻じ曲げる奇跡の力を扱う。その形は本来変幻自在だが、今回はどうやら人型らしい。

 

 くるくると俺の周囲を回る妖精。振り払えば、何が楽しいのかきゃあと笑いながら空中を転がり、再び飽きずに纏わり付く。まるで無害かのように振る舞っているものの、この空間を作り上げた力は本物だ。爆弾に付き纏われている様で落ち着かない。

 

「おい。その現場ってのに行きたいんだが、それは何処にあるんだ」

「いきたいとおもいながらすすめばいいですよ」

「あぶないですけどね」

「は?何が」

 

 

 

 突如、正面の扉が吹き飛んだ。

 眼前に凶刃が迫る。ティールの首元に達したそれは、彼の命を寸分違わず刈り取──

 

軍神の(operation)加護よ(start)

 

 ──何時の間にか、ティールが片手に握り締めていた飾り気も無い非常にシンプルな直剣が、凶刃を食い止めていた。

 舌打ちを一つ打ちながら、妖精に胡乱な目を向ける。

 

「……精霊の悪戯にしては殺意が高いな。なんだこの投げ槍」

「びっくりハウスなので?」

「ぺなるてぃでふりだしにもどりますが、あんしんあんぜんです。うつわはこわれませんので」

 

 つまり妖精的にはアトラクションの様なものらしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()槍を見る。流石と言うべきか、難易度調整は完璧の様だ。俺の持つ中で出が最も早い魔術を出してギリギリという事は、概ね()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう。

 これは……長引けば長引くだけ面倒なタイプだ。段々とじり貧に陥る類のソレの気配がする。

 

「……最速で駆け抜けるのが一番楽だな」

「たぶんそれがいちばんはやいとおもいます」

「あーるてぃーえーですか?さいそうもできますよ」

 

 よくわからない事を宣う妖精を無視し、先程吹き飛んだ扉を潜って走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやって走り始めて──冒頭に戻る。

 

「なんかどんどん過激になっていくんだが!?」

「アトラクションてきにそっちのほうがおもしろいかと」

「いんふれーしょんのさじかげん、むずかしいものです」

 

 最初はギロチンが降ってきたり、矢が飛んできたり、床に穴が空く程度だった。それが回数を増やす毎に数も勢いも増していき、最早紛争地帯の様な様相を呈している。ティールは既に本気で疾走していた。

 魔術で強化した身体能力をフル活用し、剣を避け、大岩を避け、溶岩を避け──

 

 

「──ッシャオラァ!!!」

 

 果てが無いかと思われた廊下の突き当たり、そこにあった扉を蹴破った。

 扉が部屋の向こうまで吹っ飛ぶ音が聞こえたが、それを見ている余裕は無かった。体力的には満身創痍である。これ以上の運動はご遠慮願いたい。

 

「ここはけんせつちゅうでおわーーーーっ」

「とびらにまけるとはなさけない」

「やつはしてんのうのなかでもさいじゃく」

「してんのうのつらよごし……してんのうなんていました?」

「さあ?」

「げっほ……おい、妖精さんがた」

 

 突き当たりにあったその部屋は、他の場所とは違いこじんまりとした造りだった。恐らく本来の大きさのままなのだろう。この部屋は捻じ曲がる前から存在したのかもしれない。

 俺は息を整えつつ、部屋の中央で群れる光の小人達、妖精の群れを見やる。恐らくこの部屋が妖精の溜まり場であり、この空間の中心。ここから妖精が立ち退けば、依頼は達成される。

 

「この家で遊ぶのを辞めてくれ。元居た場所に帰ってくれ」

「えー?」

「まだけんせつちゅうです、かんせいはしょうしょうおまちいただければ」

「あきたらかえりますがーまだあきていませんしー」

「げんばにぶがいしゃがたちいっちゃだめですよ、かえったかえった」

「いいや、お前達の意志は知らん。申し訳ないと思わなくもないが絶対に帰って貰う」

 

 俺は、懐から取り出した小さな缶を投げ込む。

 缶は妖精達の群れの中央まで転がり──破裂して()()()()()()()()()

 

 

 

 

「ぅわーーーーーーっ!?!?!?!?!?」

「きたない!さすがにんげんきたない!!」

「なんなのだ、これは!どうすればいいのだ?!」

「げんばが!げんばがかいめつした!」

 

 俺が投げ込んだ缶に詰まっていたのは、致命的な害を齎さない程度の工業廃水とか、汚物とか、……とにかく、“()()()”を詰め合わせた手製の爆弾だ。

 これこそ、妖精には絶対的に有効な、強制立ち退きの方法である。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()。これは周知の事実だが、この言葉には別の意味が存在する。

 妖精は清浄なものを好むのかと聞かれると、実はそうでもない。彼らが生み出す奇跡は様々だが、決して清浄とは言い難い様な結果を齎す場合も、往々にして存在する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは何故か?

 

 部屋の中を妖精達がきゃあきゃあ飛び回る。彼らはあくまで人型を象るだけで顔は存在しないが、もし表情が見えるのなら多いに慌てていることだろう。

 

「だめだーーーきたない!いられない!」

「われわれのばのほせいちもゆうげんでありますゆえ、しかたのないこと……むねん……」

「せっかくつくったのにおわりですか?そんなー!」

 

 厳密には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。妖精の奇跡は非常に強力だが、妖精そのものはこうやって存在の場を失わせてしまえば、比較的簡単に退散させることができる。

 

「まあ、人様の家で勝手に遊んでたんだからさ、諦めてくれ」

 

 騒いでいる内に段々と光が散り、妖精の姿が欠けていく。よし、このまま行けば問題なく──

 

「なんてこった!オチをまだつくってなかったのに!」

「たいちょう!いいあんがあります!すぐにつくれるオチです!」

「いつものあれですか?あれですね、こまったときの」

 

 ──ちょっと待て、何か嫌な予感がする。

 

 

 

「おいお前ら、何をやらかそうとして」

「「「ばくはつオチなんてサイテー!」」」

 

 その声と共に、俺の視界は閃光に包まれた。

 

 

 





初めて文章を書きます。
現実逃避で書きました。私が現実逃避する度に続く可能性があります。


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02

「やっぱ大赤字だったわ」

「お疲れ様。まあそういう日もあるものさ」

 

 友人の慰めが心に沁みる。

 酒場にて、俺は渋面を作りながら安いパンを齧っていた。

 

 

 

 あの後、閃光が収まった後に俺が見た景色は、粉々の調度品、ボロボロの家具、大穴が空いた天井から覗く青空。妖精は退散寸前にクソ面倒な置き土産を残していった。

 依頼は達成したものの、巻き込まれて破損した調度品及び家具の弁償費、及び家屋の修繕費用を引いた結果、見事に収益は赤字となった。一応は組合の補助金もあるものの、そこそこ……いやかなりの出費を強いられてしまった。

 

「妖精が金とか置いてってくれればな……」

「素直に帰ったんじゃなくて強制退去だろう?運が良かった方だと思うけど」

「いやまあ、それはそうなんだけどさ……素寒貧だ……」

「それはかわいそうに……」

「お前全くそう思ってないだろ」

 

 運が良かったというのは間違っていない。

 妖精の悪戯には際限が無い。最後の悪戯ががあれ以外だった場合、例えば家全体がお洒落な砂糖菓子と化した場合等は、更に赤字額が増えた事だろう。そうならなかっただけマシかもしれない。

 

「ハァ、やっぱ油断したな……アリアスがやったらどうやった?」

「そうだね、……道中が変わる程度で、私がやってもあまり変わらないと思うな。強制退去させる時点で彼らの癇癪は避けられないだろうし。ほら、私の専攻的にも相性が悪いからね。時間だけで言えば君より掛かるよ、多分」

「あー……まあそうだよな、ああいうのはお前とは合わないよな」

 

 友人──アリアスは魔術師である。俺の様な奴とは違い、然りとした魔術の研究者だ。

 俺が冒険者になる前。戦闘用の魔術を開発していた頃に、何処からか知ったのか俺の家に突如押しかけて来た男。出会って暫くは警戒していたものの、今では一応友人である。

 

 

「私のは対人向けだから……あ、でも対人と言っても雲の上の強者には通用しないよ」

「それはまあ……そうだろ。あいつら頭可笑しいからな」

「『脱兎の魔女』には効かなかったし。なんでもないようにすり抜けられて笑っちゃったね」

「は? お前魔女に喧嘩売ったのか? 巻き込まれたくないから縁切っていいか?」

「安心してくれよ。彼女は協会お墨付きの“()()()()()()()”だからさ。報復行為は確認されたことがないから、大丈夫だよ」

 

 その内本当に死ぬんじゃなかろうか。魔術の研究者は酔狂な奴ばかりだが、友人もその例に漏れず中々気を違えている。

 俺もそこそこ魔術は齧っているものの、研究者という訳ではない。その点では友人の持つ知識は有難いものだが……その分面倒事に無理矢理巻き込まれるので本当に有難いと言っていいのかは疑問が残る。

 

「先日また彼女の確保作戦があったんだよ。私も参加したんだけどさ」

「なんだその無謀な作戦」

「ははは。でさ、今回も大失敗だったんだよ。結界も隔壁も一瞬でぶち抜かれちゃって。流石は“魔女の魔法”、素晴らしいものだったよ。はい、記念の写真」

 

 差し出された写真には閃光とブレた黒い人影しか写っていなかった。

 恐らく件の魔女の写真なのだろうが、これは……写っているとは言い難いのでは? これが記念写真でいいのか?

 

「ほぼ写ってないよなこれ……」

「いいや、それでも写ってる方だよ。『脱兎の魔女』は、映像や画像の資料は殆ど無いに等しい。だからそれでも貴重なのさ」

 

 ……まあ、貰えるというなら貰っておこう。タダだし。レア物らしいし。

 

「──で、それはそれとして。君、今お金無いだろ?」

「無いな。微塵も無い。流石に借金はしなくて済んだが」

「そんな君に、依頼を紹介したいんだけど。いいかな?」

「……場合によるからな。俺が出来ないことはできないからな」

 

 アリアスは簡素な手紙を一枚取り出すと、それを机の上に置いた。

 

「私の知り合いに困ってる人が居てさ。ちょっと手伝ってあげて欲しいんだよね」

 

 




文字書くのって難しいなと思いました(小並感)
この作品は文章の練習なので続くかどうかは未定となっています。


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03

「助かりますですよ。先輩の友人って言うからどんなやべーひとが来るかと思いましたが、思ったよりずっとまともそうですね」

「滅茶苦茶遺憾だがわからなくもない偏見だな……」

「先輩は優しいし優秀なんですけどそれはそれとしてろくでもねーですからね」

 

 後日、街の郊外にて。

 俺は件の依頼人と合流していた。アリアスから提示された金額に目が眩み、なんだかんだ友人は受けられない様な依頼を持ってくることも無いだろうと頷いてしまった訳だ。依頼内容は知らない方が面白いからとか言われて最後まで教えて貰えなかったので、取り敢えず現状出来る最大限の準備をしておいた。

 

「──さて、それはさておき自己紹介しますですよ。私はフォウルラワール魔術学園高等部二年、パウラと申しますです。どうぞよろしくですよ」

「ティールだ、一応冒険者で階位は四。まあ宜しく」

 

 改造された学生服を纏った赤髪の少女がそう名乗る。

 フォウルラワール魔術学園はこの街にある幾つかの学園の一つで、その中でも特に魔術に重きを置いている。俺とアリアスの母校でもある。成程、アリアスの事を先輩と呼ぶのはその為か。

 

「俺らが在校してた頃に居た……訳じゃねえよな。なんであいつと知り合ってんだ?」

「私もよくわからねーですね。なんか私の研究室に突然来てそのまま仲良くなったですよ」

「何やってんだあいつ……」

 

 何故かアリアスが学園に出入りしてるのは知っていたが、現役生徒に手を出しているとは思わなかった。元首席とは言え自由過ぎる、許可はちゃんと取ってるのか?

 

 

「……まあいいか。で、依頼はなんなんだ?」

「あ、そうでした。取り敢えず現場に向かいながら話をするですよ──門よ開け(secure line)路よ拓け(connect a way)

 

 パウラの詠唱と共に、彼女の眼前に光の穴が空く。その穴からはシンプルな形の四輪車が現れた。魔道式エンジンの音が外に聞こえないとか随分高級仕様な……

 ……いやこれ見た事あるな。

 

「学園の寄贈品じゃねえか……というかまだ現役だったのか……」

「学園長曰くまだ寿命は当分先らしーですね。すげー便利ですよ、色々目を瞑ればですけど」

 

 ()()()()()()()()()()。名前は寄贈者曰く馬車馬君とかそんなだった筈だ。

 俺らが在校していた時代に人工生物が専攻の卒業生から送られてきた品で、外見こそ普通の四輪車であるものの、外装(外殻)を一枚剥いだ内側には大分気色悪い肉塊がぎっちりと詰まっている。

 生理的に受け入れられるかはさておきその性能は本物で、ある程度の自動運転すら出来る有能な移動手段である。「夜な夜な勝手に敷地内を巡回している」、「座席に座ってる時に微かに心音っぽいのが聞こえる」等の評判で、俺達の代だと結局人工生物専攻の生徒しか使っていなかったと記憶している。俺も使った事は無かった。

 

 パウラは馬車馬君の後部ドアに乗り込みこちらに手招きをしてくる。えっこれ乗らないと駄目なのか? すげえ嫌だな……乗らないで隣走っちゃ駄目かな……

 

 

 

 

 

「うわ本当に心音が聞こえる」

「慣れればなんてことねーですよ」

 

 暖房設備が付いているわけじゃないのに車内が温い。

 別に匂いとかがあるわけでもなく普通に無臭なのだが、座ってると何か得体の知れない生物の腹の中に居るみたいでそこはかとなく不安になる。

 

「そういや……これ(馬車馬君)の貸し出しを学園が許可してるって事は、今回の依頼には学園側も関与してるって事なのか」

「メインの依頼主はこの私ですが、共同依頼者って感じのノリでございますですね。ちょっと問題が私だけで解決できそうにねーので……」

 

 力不足です、とパウラが憂鬱そうに返事を返す。

 学園も絡んでいるとなるとあの報酬の額にも納得がいく。それ程の問題というのもそう思いつかないが、確実に面倒な案件であろうことは確定した。

 

「順に説明するですよ。私、学園で召喚魔術を専攻してるです。この分野だけで言えば多分今の学園で一番優秀な自信があるですよ。他の分野はともかく」

「へぇ、そりゃ凄い」

「すげー雑な褒め言葉ですね……それで、優秀なので私は研究室を貰って色々召喚して研究してたんですけど。今回はそれが問題になっちまいました」

 

 ふと横を見れば、窓の外に映る景色が、いつの間にか奇妙なものになっている。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 先程までは振動として感じていた地面の凹凸すら無い。周囲には草の一本も無く、ただ無機質な平地が広がっている。どう考えても自然の地形では在り得ない。

 

「文献で見た事はあったですが、正直お目にかかるとは思って無かったです。“存在し得るだけの机上の空論”呼ばわりされる奴でしたし、そもそも私の目指すものとは違いますし」

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた先、限りなく何も無いその平地の中心には、箱が鎮座していた。

 

 全体は奇妙に煌めく玉虫色で、正面中央に備え付けの木製の扉以外は何も付いていない。一切の飾りの無い完全な立方体だ。

 

 

「これはまあ、いや、……なんだこれ?」

「そんなの本人に聞いてくださいですよ。さあ、さっさと行くです」

 

 少なくとも人に造れるものではない。だが幻想生物でもこの様なものを造る奴は知らない。仕事柄色々と人ならざるものの創造物は見てきたが、これの異質さは別格だ。

 俺が呆気に取られている内にパウラがずかずかと先行し、扉を開ける。

 

 

 

「待っていたぞ。さっさと入りたまえ」

 

 

 

 次の瞬間、俺は部屋の中に立っていた。

 視界の暗転すらなかった。本当に即時的に、場所が切り替わった。

 

「……は?」

「……どうもです。助っ人を連れて来たですよ」

 

 部屋の中は真っ白だった。照明は無いが、何故か暗くはない。質感を喪失した様なのっぺりとした白い床と壁、中心には白い机。

 机の向こうの白い椅子に、()()は座っていた。

 

 

 

「お前が助っ人か。ふむ……成程、確かに優秀そうだ。突然の変化に晒されても思考を止めず、今も魔術を発動させられる様に反射的に身構えている」

 

 

 

 それは人の形をしていた。

 何色とも言えない光沢を放つ金属質の管が絡み、蠢き、それらが人型を形成している。明らかに人間ではなく、そもそも生物かも怪しい。

 

「いいだろう。純度が下がることもなさそうだ」

「その純度っての意味わかんねーですよ。理解できる言い方して欲しいですね」

「純度は純度だ。契約とは有意義的で、誠実でなければならない。その種別は問わずな。その方が好いのだよ、私の様なものにとって」

「超越存在の趣味はわかんねーですね……」

「……おい、話を勝手に展開しないでくれ。俺はまだ何も解ってないぞ」

 

 パウラと話していた人型が、顔をこちらを向ける。目も口も無いその顔は、不思議と笑っている様に見えた。

 

 

 

「そうだろうな。では挨拶といこうじゃないか、人間」

「私はしがない収集家。特に名前といったものは無いが──」

 

 

「──私の事を、今までの人間は“悪魔”と呼んでいた。お前もそう呼びたければ、そうするといい」

 

 

 




血迷ったので続きました。また血迷ったら続きを書きます。


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04

 『悪魔』。

 道理の反論者、難題の実行者。

 我々人類よりもずっと強力であるとされる、上位存在の内の一つ。

 

 ふらりと気紛れに世界に現れ、また気紛れに人と契約を交わし、人には到底御し切れない傍迷惑な報酬を残して去っていく。

 悪魔とは種族の名前ではなく、これを行える存在全般を一纏めに指す呼称だ。

 そもそも呼ぼうと思って呼べる様な存在ではなく、召喚魔術の対象範囲には本来含まれない。御伽噺の様な存在であり、話に含めるのが馬鹿馬鹿しいとさえ言わしめる例外中の例外である。

 

 それなのに。

 

 

「さて、此方は自己紹介を行ったぞ。お前の名は何と言う?」

「……ティール・リクウィラ。どうも宜しく」

 

 なんでこんな所に悪魔が居るんだ! マジでありえねえ!

 そういう出鱈目みたいな存在の対処はもっと上の階位の奴の仕事だろ常識的に考えて、なんで俺にこれ回したんだもしかしなくてもアリアスあいつわざと嵌めやがったな! 面白いってそういう事かよ!

 

「そこまで警戒しなくてもいいだろう。私にお前達を傷付ける意図は無い」

「意図が無くても人間殺しそうな奴がなんか言ってやがりますね……」

「契約者よ、その様な不作法な悪魔と一緒にしないでくれたまえ。私は自身を極めて良識的な悪魔であると自負している。過剰に力を放出する様な事はしないとも」

 

 パウラと軽快に会話のキャッチボールを行う悪魔。

 頭が痛いが、ここまで来てしまった以上もうどうしようもない。

 腹を括ろう。後で胃薬を飲んでおこう。

 

「それで?俺に解る様に経緯を説明してくれると嬉しいんだが?」

「突然開き直りやがりましたね……」

「そうだな。どこから話すべきか──」

 

 

 

 

 

 

 

 世界の裏側には、非物質的な位相である『幻想の層』と呼ばれる領域が存在する。一定の条件下でこの領域上に特定の式を組み立て、そこに魔力を流し込む事によって魔術は成立する。

 幻想の層の全容は未だに解明されていないが、一定の条件を満たすと物質的な世界に干渉する力を得る事、妖精が通り道として使用していること、一部の幻想存在が棲んでいるらしいこと等、色々と判明している事はある。

 召喚魔術とは、この幻想の層からものを引き出す魔術である。

 

「だが俺の知る限り、悪魔ってのは()()()()()()()()()()()()()だった筈だ。何故悪魔が召喚されたんだ?」

「その通り、私たちの様なものは魂の世界に於いて他のものたちから排斥され、接点を持てない。出来なくは無いが、それは酷く()()()()作業だ。故に私たちは極稀にしかこの位相に降りられず、その期間も極めて短くなる」

 

「“しかし楔さえあれば、その手間は大幅に削減される”……でしたっけ」

「その通りだ、契約者。お前達の小手先の技術によって生み出された路を通るのは、私が独力で位相を跨ぐよりずっと簡単だ。後は契約さえ結んでしまえば、長期間の顕現も容易く行える」

「つまり都合が良かったから召喚されただけって事か?」

「そうなるな」

「迷惑すぎる……」

 

 ティールは頭を抱えた。

 要はただ巡り合わせが良かったから来ただけ。その気紛れで振り回される事になる側としては堪ったものではない。

 それともう一つ、確認しなければならないことがある。

 

「契約の内容は? 他言禁止とかじゃなければ教えてくれると有難いんだが」

「見た方が理解もし易いだろう。少しばかり見せてやろう」

 

 

 途端に、白い壁が消失した。

 地平線まで拡がる白い床。

 そこに、様々な物が一定間隔で整然と並べられている。

 見える範囲だけで、剣、杖、多分乗り物、道具や家具等。法則性は見受けられない。

 

 

「私は人間の文明が好きだ。特に技術。これを私は高く評価している」

 

 悪魔の姿は見えないが、何処からともなく声が響く。

 床の材質は同じだが、先程までの部屋では無い。

 恐らく此処は悪魔の領域(体内)なんだろう。やる事なす事全部常識外れだな。

 

「技術というものはいいものだ。文明の上で継承され研ぎ澄まされる芸術品だ。私のように個で世界を構築し、研磨を必要としない存在では決して生み出すことが出来ない」

「故に、私は種類を問わず人間の制作物(技術の結晶)を集めている。お前達のファンと言う訳だな」

 

 壁に視界が塞がれる。元の場所だ。

 視線を戻せば、悪魔はパウラとチェスを嗜んでいた。

 悪魔はチェスも強い様で、パウラが顔を顰めてうんうん唸っている。この状況で遊べるの結構図太いな。流石魔術師というかなんというか。

 

「ということで、私が求めるのは『この辺りで最先端の技術を用いた人間の制作した傑作を三つ』だ。これは正当な方法で所有権を契約者に移譲されたものでなければならないが、それさえ守れば集め方は問わない。報酬は契約者の才能の拡張となっている」

「正当なってなんだ?奪い取るのは禁止とかそういう事か?」

「所有権が正確に移譲されていないものを私が持ち帰ると、それは私の世界に異物として看做され排斥されてしまう。それを防ぐためだ」

「ふーん……」

 

 成程、だいたい話の流れが読めてきた。

 パウラが契約を結んだ後、恐らく最初に協力を求めたのはアリアスなのだろう。

 そこから学園側に話が伝わり、学園そのものに“在校生が悪魔を召喚して契約を成立させた”という箔を付ける為に支援が行われている、といった具合だろうか。

 そして面白がったアリアスが問題解決を俺に振ってきた、と。勘弁してほしい。

 まあ悪魔と正面切って戦えとかそういう話でないのなら、いくらでもやり様はある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で作戦会議をしよう」

「はあ……」

 

 フォウルラワール魔術学園、高等部の予備研究室にて、ティールはパウラと机を囲んでいた。

 最初はパウラの研究室で作戦会議を行う予定だった。

 しかし本来先程の場所に存在したらしい研究室は、悪魔の顕現で物理的に消失したとのこと。この予備研究室が現在のパウラの拠点である。

 

「取り敢えず、必要なのは技術的に最先端の品だ。お前からはなんかあるか?」

「そーですね……卒業生の作品(寄贈品)はだめでございますか?」

「結構古いのもあるし、あと所有権の持ち主が卒業生なのか学園なのかが曖昧だから微妙だと思う。半端に権利が分配されてる場合、双方に確認を取らないとならない。あと卒業生と連絡を取るのが難易度高い」

 

 優秀な魔術師であればあるほど、何故か奇人変人率も高い。

 そういう奴は大体居る場所が解らないのだ。探しても簡単に見つからないだろう。

 

「店売りの商品とかも駄目でしょーね」

「そりゃあそうだろ。店売りって時点である程度安定して技術が確立されてるって事だからな。最先端ではないだろうよ」

「そーですよね。研究所とかに乗り込むわけにもいかねーですし」

「俺的には一つ案があるけど」

「なんです」

 

 この辺りで最先端の技術を使った作品となると、これが一番確実だろう。

 

「今の在校生の制作物を譲って貰おう。研究成果として発表する為に色々作ってるだろうし、そういうのは大体研究段階の新技術使ってるだろ」

「どうやって譲って貰うつもりです? そういう人達は大体頑固な奴ばっかですよ」

「それは今から考える」

 

 



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05

 フォウルラワール魔術学園、その高等部にて。

 ティールは、パウラと共に廊下を歩いている。

 

「説得……説得できると思うか? どう思う?」

「こっちに聞かれても困るですよ……」

 

 パウラが学園長に聞いた所によると、今回の問題が解決するなら学園内では何をしても良い、しかし生徒間の合意は取る事……とのことらしい。生徒側にも既にこの話は周知されている。

 事後処理は学園側が行ってくれるという確約も得たので、こうやって徘徊しているという訳だ。

 

「魔術師なんて皆偏屈じゃん? ぶっちゃけ絶対一筋縄でいかないじゃん?」

「それを何とかしてもらう為に依頼したですよ。報酬分は働けです」

「それもそうか……」

 

 パウラの呆れた視線が突き刺さる。

 まあ確かに、困ってるから依頼が来たわけだもんな。当然だよな。でもここまで面倒な依頼はもっと有能な奴に振って欲しかったなー!

 

「大体さ、悪魔本人が動ければこんなんすぐだろ」

「今回の契約では自由に移動できる程経路が確保できないとかなんとか言ってたですよ。悪魔はあそこでお留守番です。諦めろです」

 

 そろそろパウラの此方を見る眼差しが辛いものになってきた。愚痴は程々にしよう。

 目的地に到着した。足を止める。

 

「で、ここが今年度の総合首席の研究室?」

「そーですね。大体この時間は此処に居ると思うですよ」

 

 目の前には木製の大扉。

 結局、一番成績が良い奴なら何かしら持っているだろうという安直な発想で目を付けたのは、今年度の総合首席だった。

 試しに扉をノックする。音が響かない……結界魔術の一種か?なんか張ってあるな……。

 音が通らないなら仕方ない。鍵は掛かってないっぽいし、入るか。

 

「先に入っていーですよ」

「……お邪魔しまーす」

 

 扉を開けると、

 

 

 

 

「[開開閉閉開閉閉閉(詠唱変換:完了)、実行します]」

 

 光が明滅した(「来れ獄炎、敵を射よ」)

 眼前に炎の波が迫り来る。

 

「ッ障壁よ(protection)!」

 

 ちょっと唐突過ぎないか!?

 反射的に剣を抜き放つ。炎は半透明な壁に塞き止められた。

 

「詠唱短縮させても破れないか。流石ですね」

「初対面の人間に魔術ぶつけるとか常識ねえのかよ……」

 

 炎が掻き消えた先には、青年が立っていた。

 籠手を着けた腕に残火を纏わせながら、此方を見据えている。

 

「失礼しました。学園長が優秀な生徒だったと言う程の人が、どれだけ出来るのか気になったんです。申し訳ないとは思ってます」

 

 魔術の余波で銀髪が揺れる。

 彼が今世代の学園最高。総合首席。

 

「僕が首席のプロード・ルーシェントです。こちらに来ると学園長から話は伺っていますが、何の御用でしょうか」

 

 特に悪びれた様子もなく、しれっと要件を尋ねてくる。

 こいつ顔と口調は礼儀正しいけど滅茶苦茶面の皮厚いな。

 

「えー、知っての通り悪魔との契約の関係でな。最新の技術使ってるなんかしらを探してるんだよ。それで在校生の作品に目を付けたわけ」

「色々説明略しやがりましたね……」

「確かに、ここの生徒は協会未発表の術式改善(アップデート)の恩恵も受けられますから、技術的には最新の作品がありますが……協力はできますよ。ただし条件があります」

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃は致命傷にならない限りはなんでも良し、どちらかが降参したら終わり……と。これで良いんだな?」

「ええ、構いません。現役の魔術師に僕の力がどれだけ通用するのかを試してみたかったので」

「俺は一応魔術師ってだけで今はそこまでバリバリの魔術師ではないんだけどな……」

 

 学園内に存在する、戦闘用魔術の鍛錬や学内試合用の闘技場。

 プロードが協力する条件として提示してきたのは、何故か俺との手合わせだった。

 

「あなたが成績優秀者だったのは調べてあります。授業態度はあまり良くなかったそうですが」

「突然ディスるのやめてくれないか?」

 

 客席ではパウラが見学している。ちらほらと他の生徒も見える。

 この時間って普通に授業中だよな。サボリか?

 

「なんかサボリだと思われてる気がしますですね……」

「先輩方の頃は知りませんけど、今の成績優秀者は一部の授業が免除されるんですよー。ねー?」

「フラビアは何で来てやがるんですか?」

「プロードが付けてるあの籠手、私の作品なんですよー。今まで実戦で使って貰ってなかったのでー、データ取りに来たんですよねー」

 

 

 さて、後輩と戦う以上、負ける訳にはいかない。負けたら協力して貰えない訳だし。

 彼の実力も使う戦法も知らないので、取り敢えずは様子見してみようか。

 

 剣を握る。準備は完了した。

 

「こっちはいいぞ。いつでも始められる」

「では」

 

 

 

「[開開閉閉開閉閉開(詠唱変換:完了)]」

 

 

 ただ光が瞬いた(「形を成し、打ち砕け」)

 呼応する様に、瞬く間に周囲に光の群れが生まれる。

 魔力が練り上げられて形成された弾丸が、空気を割いて殺到する。

 

軍神の加護よ(operation start)

 

 直ぐ様剣で打ち払う。

 一閃で纏めて光弾は弾け、力を持たない魔力として霧散した。

 

「──物体操作系の魔術を自分に掛けているのか。珍しい使い方をしますね」

「お前こそ珍しい事やってるだろ。その年齢で()()()()()()が出来る奴初めて見たぞ」

「学友の協力あってこそです。僕だけでは不可能でしたよ」

 

 プロードの左腕の籠手の機構部分が、魔法陣を纏い明滅していた。

 

「前作ってた変換器ですね。あれ完成したんです?」

「一応はー。あれを介すと口頭詠唱の七割位の威力に落ちますけどねー」

 

 客席のパウラとフラビアが補足説明を入れる。

 魔術の詠唱とは、言葉である必要性は無い。

 言葉以外での詠唱を非言語式詠唱と呼ぶが、これは難易度の高い技術だ。プロードの場合はあの光が詠唱だろうか。

 

 

 弾丸が生まれる。それを切り裂く。

 会話を交わす間にも次々と弾丸が生み出され、それを再び一閃する応酬が続く。

 詠唱が非言語的だと詠唱からの系統類推が出来ないから困るんだよな!

 俺が弾丸を対処している間に、プロードが追い打ちを掛けて来る。

 

煌々よ(sunshine)貫け(scatter)

 

 反射的に、空中に飛び上がる。

 一瞬後には散弾じみた光線が地面を蹂躙し、先程までいた場所が粉微塵に砕け散った。

 口頭詠唱と非言語式詠唱で魔術を同時に重ねられると手数で勝てねえ! じわじわ圧し負ける!

 

 

幻影よ(summon,)鉄槌を成し(punishment)破砕せよ(burst)

 

 

 追撃が続く。

 詠唱と共に現れるのは巨大な赤熱した鉄塊。

 それは既存の重力を無視し。

 弾かれる様に、此方に向けて(横向きに)落下する。

 

「容赦無いな──!」

 

 普通に殺しに来てるぞこいつ!

 小さな弾丸は弾けるがこの大きさは弾けない。

 空中に逃げたせいで回避行動も取れない。

 魔力を練り術式を組み上げる。間に合うかこれ? 駄目だなこっちだと間に合わない!

 迫り来る鉄塊が、視界を覆い──

 

 

 

 

 

「────魔剣、開帳」

 

 ────鉄塊が真っ二つに切り開かれた。

 次の瞬間、幾筋もの罅が発生し、鉄塊はばらばらと崩れ落ちる。

 

「普通の魔術使ってたら死んでたぞ。もうちょっと加減とか考えない?」

「死なないと思ってましたから。実際に死んでないでしょう?」

 

 ティールが握りしめる剣。

 先程まで黒ずんでいた直剣は、白銀の輝きを放っていた。

 

「それが学園長が言っていた『魔剣』ですか?」

「自信作だぜ。今でも定期的に更新してるし──おっと」

 

 無造作に剣を振る。

 不意打ち気味に飛んで来ていた弾丸が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ふむ。『魔剣を握れば学内最強』という話にも頷ける」

「内申点良ければ首席狙えたかもしれないんだけどな。如何せん不真面目なんでね」

 

 ティールが学生時代に造り上げた戦闘用魔導具。

 幾つもの補助機能を備えた魔剣。

 卒業後も使い続けた相棒にして傑作。

 

「『疑似・勝利の剣』、起動確認。よし……来いよ。真面目に相手してやる」

「勿論。全力で挑戦させて貰います──!」

 

 プロードが手を翳す。

 それに応える様に、ティールも剣を構える。

 

 

 

 

「──恒煌よ(enchanting)地を照らす焔よ(burning)

 

 

 魔力が吹き荒れる。

 プロードは、現役の魔術師に対して、読み合いの領域では分が無いと確信していた。

 故に、これは挑戦だった。

 練り上げたのは最高火力、全てを薙ぎ倒す極光の熱線。

 

 

「──天上へと栄進し(break limits)歩は神座の麓に至る(reach sanctuary)

 

 

 一方、ティールが練り上げた攻撃も、最大の一撃だった。

 白銀の光の華が咲く。

 魔剣に魔力が充填され、空間がぎちぎちと悲鳴を上げる。

 

 

帳を払う剣と成れ(sunrise blow)光芒を統御し(bundling right)世の廃疾を焼き払おう(burn off all your sins)──」

 

成すは贋造の英雄譚(realization a fake feat)足跡を擬制し(revive myth)神話の偉業を成し遂げよう(convert false to true)──」

 

 

 正しくそれは必殺技。

 人が幻想に対抗する為編み出された、戦略級魔術の一つ。

 嘗ての学園()()と、現在の学園()()が衝突する。

 

 

 

「────烈日燦々(アポロン)獄炎一条(ソーラーフレア)

 

「────模倣絶技(イミテーション)虚構一閃(ライイング・サガ)

 

 

 

 発動は同時だった。

 轟音と共に空気が弾ける。

 周囲の地面が融解する。

 

 唐紅の熱線と、白銀の剣撃が激突し──

 

 

 

 

 

 ────結果として、白銀が勝利した。

 唐紅が真正面から縦に割ける。

 解けた熱線は力を失い、余波が散り散りに弾け飛んでいく。

 

「…………参りました。ふう、駄目だったか……」

「いや、学生でここまで出来るなら十分だろ。戦略級魔術とか学生が使うもんじゃねーし……」

 

 闘技場の半分を切り裂いた斬撃跡は、プロードの直ぐ横を通り、客席とを隔てる結界を半ばまで砕いた所で途切れていた。

 ……危ねーーー!客席まで巻き添えにするとこだったわ!

 

 

「さて。約束は守って貰うからな?」

「それは当然です、協力しますよ。……でもまずは学園長に修理を手配して貰わないと」

「やっぱちょっと調子乗って壊し過ぎたよなこれ」

 

 

 




好きな詠唱はfateとBLEACHとシルヴァリオヴェンデッタの詠唱です。


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06

「フラビア、実戦データは取れたかな」

「しっかりばっちり、問題なく取れましたよー。口頭詠唱と比較すると減衰率は四割と少し。やはり主戦力としては力不足ですねー……牽制程度になら使えそうですかー?」

「既存の隙を埋めるのには使えるね。これで致命傷を与えるのは難しそうだし、一定以上の……例えば龍みたいな存在には鱗の強度だけで弾かれてしまうかもしれないけど」

 

 教員に闘技場の修復を押し付け、俺達はプロードの研究室に戻ってきていた。

 俺、パウラ、プロード、それと追加でフラビアが机を囲む。研究室は整然と機材が並んでいて、埃の一つも見当たらない。大体の場合はこの時期の学生の研究室なんて混沌になっているものなのだが、流石に現首席ともなると話が違うらしい。

 先程俺に出会い頭で攻撃した際に砕けたであろう棚と機材と焦げ跡だけが整然とした部屋で違和を放っているが……こいつ機材巻き込んでまで俺に攻撃したかったのか?怖すぎるだろ……

 

「さて、約束でしたし協力はしますよ。フラビア、変換器の予備を渡しても構わないかな?」

「全然大丈夫ですよー。今回は素材費を学園側が補償してくれるので懐も痛みませんし、"悪魔に認められた製作者"ってブランドは魅力的ですからー」

「お、サンキュー。これで一個目か……」

 

 棚から出てきた篭手を投げ渡される。契約的にはあと二つ必要な訳だが、順調な滑り出しだ。

 

「えーと、あと悪魔に渡せそうな、いい感じの物品に心当たりとかはあるか? 取り敢えず言うだけ言ってみてくれ」

「私はあんまり心当たりありません。最近は篭ってばっかりなので、その辺の情報は入って来てないですねー」

「僕は全体的に浅く広く学んでいるので、専門的な魔導具等の作成はしていませんし……総合成績で見れば確かに僕が首席ですが、そこのパウラやフラビアの様に特定分野で僕に勝る生徒は幾人か居ます。彼らの作品であれば或いは、と言った所でしょうか」

 

 プロードは学年首席だが、総合評価で首席であって全分野でトップという訳では無い。召喚魔術のみならパウラ、魔導具制作(特に詠唱改変に纏わるもの)のみならフラビア、といった様に、単体の分野でならプロードを超えている生徒が存在する。

 俺が在籍していた頃も同様で、アリアスが学年首席だが模擬戦闘の分野なら俺の方が上だった。俺は座学の出席率が最悪だったので紙面上の成績は酷かったが。

 

「その為にはまずアポイントメントを取らなければいけませんが……」

「成績優秀者って皆一般授業出ねーから顔合わせねーんですよね。資料採取とか言って一週間くらい帰ってこねえ奴とかも居ますし」

「アポ取りが課題か。一々訪問して質問して探し回ってたらキリが無いしな」

「情報通に聞いてみましょう。この時間は確か授業に出席していた筈です」

 

 

 

 

 

 

 

「知っての通り、現代魔術は黄金時代の偉人、『開闢の魔法使い』によって作られたとされる魔術理論が基となっています。彼が開発した基礎術式から、先人達が改良を積み重ねた末に現代魔術が存在している訳ですね。今回の授業で学ぶのは黄金時代以降のブレイクスルーの一つである──」

「失礼します」

「授業中に突入するのはマジで失礼じゃないか?」

「コイツはいつもこんなもんでいやがりますけどね」

「マジかよ首席……やっぱ首席って駄目だな……」

 

 ティールがドン引きしている内に、プロードはザワつく教室内を一直線に突っ切り、ある少女に声を掛けた。

 

「すまない、少し時間を貰えないかな」

「えっなんですか御礼参りですか?つい先日勝手に盗撮写真集発行したのは謝りますから顔だけは……」

「それは今初めて知ったけど、その話とは別の要件だ。例の悪魔関連で少し協力して欲しい事があってね」

「……あー、成程。因みに協力報酬とかは」

「今ここで盗撮写真集とやらの話をしようか」

「無償で手伝わせて頂きます」

 

 

 

 

 

 

 という事で、協力者が増えた。

 

「この学園内の情報に最も通じているのは彼女でしょう。彼女は趣味で学級新聞を発行しているので」

「はい……普段学級新聞とかを発行して小遣い稼ぎをしているシーリスです……得意分野は歪曲魔術と減衰魔術です……生きててすいません……」

「何も始まってないのにボロボロになってるけど大丈夫か?」

「見掛けよりは頑丈なので問題ねーですよ」

「よくあることですからねー」

「前科あるのかよ……」

 

 この混沌とした学園で学級新聞なんてもの発行出来る程の情報収集能力を持っているなら確かに優秀なんだろうが、全身煤けた悲惨な有様からはその優秀さを微塵も感じられない。

 問題児が優秀なのは俺の頃からずっとそうだが、それにしたって俺が居た頃から変わって無さ過ぎるだろ……。

 

「何遠い目してるんです」

「いや、ちょっと昔を懐かしんでてな……えーと、学生の作品の中で最新の技術が使われてる魔道具とか絡繰とか、なんかそういうの知らないか?悪魔との取引で使うんだが」

「げほ……えーっと、それっぽい話は幾つか知ってます。現場まで案内しましょうか?」

「してくれると有り難いな。頼めるか?」

「もちろん。というか承らないと写真集差し押さえられちゃうので断る選択肢は無いんですけど……」

 

 

 

 

 

 

「ここですね。ここの研究室の生徒は結界魔術を専攻してるんですけど、最近随分良く出来た結界発生器が完成したみたいで」

「あ、あれ完成したですか?一応前見た事あるですね」

 

 プロードとフラビアが学園側にシーリスの行動許可を取りに行くという事で離脱して、三人での行動となった。

 

 目の前には部屋が一つ。

 一見何の変哲もない様に見えるが、試しに小突いてみても音が響かない。ドアノブに手を掛けて引っ張ってみてもビクともしない。鍵が掛かっているというより扉そのものが壁に張り付いている様な感覚。試しにドアの隙間を覗いてみれば、案の定淡く光る壁の様なもので塞がっている。どこからどう見ても結界だ。

 

「で、ノックすら出来ないんだが呼び鈴とかあるのか?それとも部屋主が外に出てくるまで待ちぼうけか……」

「中に誰も居ませんよ」

「え、じゃあどうやって入るんだ?」

 

 

 

「えー……この部屋は一週間前から無人です。結界作動したまま部屋から出て本人も入れなくなったそうです」

「馬鹿かよ」

 

 通常の場合、結界魔術は術者だけが知っている一定手順を踏んだら解除される様な仕組みが組み込まれている。この場合はそれを組み込む前に事件が起きたらしいが。

 

「穏便に回収させてくれよ……」

「破ればいいじゃねーですか。闘技場でのアレ撃てば流石に破けると思うですよ」

「残念ながら俺はそこまで器用じゃないんだよな……。多分中身が残らないと思うぞ」

 

 俺は絶妙な手加減が出来るほど強くない。ヤケクソの一撃で壊せない訳じゃないだろうが、巻き込んで全部壊れたら本末転倒だ。

 そもそもアレは周辺被害が酷すぎるので、施設内で使うなんて選択肢は無い。

 

「一応聞くけど、転移魔術でこの中は」

「無理に決まってるじゃねーですか。結界魔術に転移妨害組み込まない事なんてねーですよ」

「だよなあ……仕方ない、やるか……」

 

 なるべく楽に出来るといいな等と思いつつ、ティールは準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えずドリル借りて来た」

「結界魔術の実技授業みたいですね」

「ほーん、あれって今もあるのか」

「60分延々不協和音聞き続けるクソ授業なら」

「クソ授業……一授業分やるのは長いよなと俺も思うけどさ」

 

 学園側のバックアップがあるので備品はほぼ使い放題なんだよな、非常に有難い。

 扉のすぐ横の壁にドリルを当てて起動。ドリルはゆっくりと壁を掘り進んで行き──

 

 一定の深さまで達した時点で、それ以上進まなくなった。

 結界に物体が接触した時特有の甲高い音が鳴る。非常に耳に悪いのでドリルは止めた。

 

「あ~……この挙動なら魔力形成型か?」

「生成魔術の三系統の中でここで発動出来そうなのはそれ位ですからね」

「錬金なんて使ったら周り抉れるからな、当然ではある。召喚型も後々の事考えると無いだろ」

 

 物理的な実体を伴う何かを作る魔術は大別して、魔力をそのまま型に填めて物質化する系統、仮想質量を召喚して一時的な物体を形成する系統、周囲から材料を掻き集めて錬金する系統、の三つに分けられる。例外が無いわけじゃ無いが、基本的には全てこの三つから派生する。結界や障壁も、大抵はこれが基になる。

 尚、実用的な障壁やら結界やらとして使用される場合には、それを主軸にして色々細かな補助術式──障壁に激突する物体の威力を減衰させる等の術式──が増える。当然この結界魔術にも威力減衰の術式は搭載されているだろう。俺は高位の魔術師じゃないから起動した魔術から術式を読み解いたり出来ないので、これは推論だが。

 

「……もう一つ位試さないとなんとも言えないな」

 

 俺より上の奴らには無意味だろうが普段使いの強度としては十二分、成程良く出来た結界だ。学生でこれを作れる奴はそう居ないだろう。

 

 

「次は魔力に対する反応を見て……あー、魔力放出じゃなくて魔力操作でもいけるか?」

 

 魔剣を壁に、厳密には壁の中の結界に突き立てる。

 そのまま剣先に魔力を充填すると──剣に込めた魔力が勝手に結界の方に流れていくのを確認。それに対応する様に、結界の輝きが若干増した。

 

 どうやら接触した魔力を取り込んで結界の補強に利用しているらしい。この形式の結界は仕様上魔力を移動させる様な術式と相性が悪い筈なんだが、これは問題なく動いている。俺が知らない新理論が利用されてるんだろうか。

 でもまあ、寧ろこれなら楽に出来そうだ。()()()()()()()が効くからな。

 

「……よし、オーケー、解除出来るぞ」

「お、早いじゃねーですか」

「この位ならな。それで準備したいものがあるんだが──」

 

 

 

 

 

 

「失礼、シーリスの授業一部免除の申請は終わりました。ついでに此処の生徒への許可も……これは?」

「魔導工学科の備品ですか〜?」

「おうお帰り。今見ての通り結界解除しようとしてる」

 

 プロードとフラビアが合流したので、結界の解除を始める。

 周囲に設置されたのは、三十台に及ぶ持ち運び式の簡易魔力炉。魔力炉から延びるケーブル達は本来大型の魔道具等に接続されるものだが、今回はティールの魔剣に接続されている。

 

「出力結晶は全部入ってるし、あとはこれを一斉に動かせばいける筈……多分これだけ魔力炉有れば足りる、恐らく、きっと」

「不安になる様な事言わねーでくれやがりませんか?」

「いや、いけるとは思ってるんだぞ?でもほら、間違ってる可能性が無いわけじゃ無いから保険としてだな……」

 

 ボタンを押せば、魔力炉が音を立てて駆動し始める。ケーブルを魔力が巡り、魔剣に注がれ、更に結界へと流れていく。

 

「で、何やってるんですこれ」

「説明は出来るけど、これは厳密に正しい話というか解り易いように解釈した例え話だからな。話半分で聞いてくれよ」

 

 結界が魔力を吸い取っていくのを眺めながら、ティールは思い出す様に視線を彷徨わせた。

 

 

「えーと……“魔術式を線画、魔力をその線とする”」

「“魔力の量・強度は、線の太さと比例する”」

 

 結界は、どんどんその輝きを増していく。

 

「“魔力が増えると線は太くなる。線画の線が太くなれば、線画は潰れて染みになる”」

 

 

「“染みになった線は、画としての意味を失う”」

 

 

 更に一際強く輝いた後──バキンと音が鳴った。

︎︎ 魔剣の刺さっていた部分の壁が弾け飛んだ音だった。

 

「“意味を失った術式は成立せず、魔術は破綻する”……一度術式内で魔力を溜め込むタイプで、且つ魔力吸収機能に上限の閾値を設けてないって条件が揃わないとここまで上手くいかないんだが、今回は運が良かったな」

「魔力過剰入力での不発ってそういう理屈なんですか?」

「いや、知らん。俺が感覚的にそういう感じで把握してるだけで実態がどうとかじゃないぜ、これだって受け売りだし。色々学説はあるけど……というか結局ゴリ押しだったな……」

 

 労力が少ない手段が当たりで良かったな。

 もし魔力供給機能が結界に無い場合、常駐型の結界は十中八九地脈からエネルギー供給を受けているので結界を貼れないだろう下から穴掘りして侵入する予定だった。その場合手作業で床下を掘る羽目になるので今の十倍位は時間も手間も掛かっただろう。

 

 

「あと、間違っても学生の間は真似はするなよ。魔力の流入量を調節できないと大爆発するからな。フリじゃないぞ」

「ティールさんは爆発させたことありそうですよね」

「あれは若気の至りで……いや、何言わすんだお前」

 

 ティールがドアノブに手を掛ければ、扉はすんなりと開いた。

 

「兎に角、これで二つ目だ。さっさと次行こうぜ」

 

 

 

 




淡譚は別に英雄譚では無いので地味な回は全部地味です。全部勘弁してください。


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07

 その後、結界発動器の制作者に連絡し、正式に所有権を譲渡して貰い。

 晴れて正式に二つ目の品を獲得した。

 

 

 

「で、契約的にはあと一つな訳だが……もし判定が駄目だった時用に多めに確保したい所だな」

「学級新聞に載せる為に色々情報収集してるので、それらしい話は幾つか候補があるんですけど……どれが生徒の制作物由来なのか解らないんですよね。一番確実なのがさっきの結界発動器だったんですよ。この時期って研究発表会前なので、自分の作品の情報を秘匿してる生徒ばっかりなんで」

「そんなのあったな。タイミングが悪い……」

 

 俺はシーリスから手渡された資料の束を確認する。

 転移扉、無限階段、移動する実験棟、物理的に成立しない筈の隠し部屋、他にも似た様な字面のものが幾つか。

 

「胡散臭いというか、所謂"学園の七不思議"みたいな話ばっかりだな。やっぱ何時でもこういうのが流行るのかね?」

「学級新聞に大真面目な魔術理論を書いても売れませんからね。読者の皆はロマンを求めてるんですよ!」

「こいつの新聞、内容はいつも一般生徒が食い付きそうな胡散臭いのばっかです。成績上位勢は自分の研究に関係無いからって買ってない奴多いんじゃねーですかね」

「僕は興味があるので購入していますが……フラビア、君は?」

「え~……買った事ないですねー」

「かーっ! 成績上位の魔術馬鹿はこれだから! 健全な学校生活の喜びというものがわかっていませんねえ! 大体──」

 

 鼻息荒く語り始めたシーリスを尻目に、良さげな案件を探していく。

 しかしどれもこれもふわっとした噂話でしかなく、決定打に欠ける。どれが一番それっぽいとか考えられる程の情報が無い。

 

「仕方ないし全部回ってみるしかないか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 という事で、全部回ってみる事になったのだが。

 

 

「これ俺の代の頃からあった奴じゃねえか。確か卒業生の作品なんだけども、卒業後も稀に勝手に設置していくから増えてくらしいな。同じ様に設置された扉限定で転移出来るんだ」

「それ勝手に設置して大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないに決まってるだろ、教師陣が黙認、というか撤去が間に合ってないだけで普通に駄目だわ。事故の危険性無い訳じゃないんだぞ……」

 

 

「これは……絡繰りの一種っぽいな。この階段そのものが魔導具なんじゃないか?」

「技術こそ高度ですが、比較的簡単な仕掛けですね。階段の全体がスライドしてエスカレーターに……成程、迷彩術式でそれを隠していると」

「誰かが制作した作品って事ですかー? ……あ、ここに文字掘ってありますね」

「どっかの卒業生が遊び半分で残したんだろ。この階段位置的に使う奴居ないからバレにくいし」

 

 

「建物に足、生えてるな」

「足生えてますね」

「え、これ魔法生物の一種です? キッショ……」

「……僕が抑えますので、ティール先輩はあの足を切り落として貰えませんか。流石にあれは」

「俺もコレが敷地内徘徊するのは嫌だな。デカすぎて持っても行けないし……」

 

 

「あ、にんげんさんじゃないですか! ひみつきちにようこそ! ゆっくりしていってね!!!」

「このてきーらはさーびすだから、まずのんでおちついてほしい」

「撤退撤退撤退!」

「妖精の縄張りがなんで学園内にある訳!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、悪魔の縄張りにて。

 

「ふむ、随分と数を集めたな」

「どれが良いか解らんかったから全部持って来た。持ってこれないのもあったけどな」

「良い心掛けだ。どれ」

 

 ぐにゃりと悪魔の腕を構成する管が解けて、それぞれの物品を検分していく。

 

 

「この二つは良いが、他の物は既知の割合が高いな。契約はこれでは果たせない」

「駄目か~」

「え、在校生の卒研ディスられてます?」

「そういう訳では無い。どれも素晴らしい切磋琢磨を感じるが、契約の定義とは少し異なる。契約は正確に履行されなければならない」

 

 

 

 

 

 パウラの予備研究室。俺は机に突っ伏していた。

 残りの物体には当たりが無かった。いや、情報が嘘だった訳ではないのだが、悪魔の要求条件を満たしているものが無かった。

 

「悪魔の収集する物品なんて上澄みだろうし。一学生の卒研程度の作品でその審美眼を満たせる物が多い訳では無いだろ、とは、思ったが……困ったな」

「アイデア勝負の作品では駄目なんでしょうか……」

「悪魔の目が肥えすぎてるだけなんじゃねーですか?」

「いんや、若干解ってたことなんだ。『この辺りで()()()()()()を用いた人間の制作した傑作を三つ』があの悪魔の要求だ。この契約の「最先端の技術」って但し書きが問題なんだよな」

 

 この契約、簡単な様でいて割と面倒なのだ。

 最先端の()()。技術とは一般的には技巧であって、発想的に優れたものはこの定義に含まれない。まあ実際の所最新技術と呼ばれる様なものも根本的にはアイデアから生まれるんだが……今回の場合は駄目だ。奇を衒ったものでも、学んだ事を十全に活かしたものでもなく、そこから更に一歩分新しいものでなければならない。

 

「だからまあ……あれなんだよ。こう、卒研って大体の奴は習った範囲で済ませるじゃん。今回の対象に含まれる様なのってよっぽどの意欲作なんだよ」

「うわ~……結構この契約面倒なんですねー」

「ま、仕方ねーですね。こうなったら最新の技術使って何かしら新しく制作するしか……」

「どちらにせよ今日はもう解散にしましょう。そろそろ敷地内完全実験禁止時刻です、これ以上の行動は出来ません」

 

 

 

 

 

 学生組全員が解散して、誰も居なくなった頃。

 窓からは月光が射している。後から学園に来ていたらしいアリアスの奴が会いたいと言っている様で、俺は彼奴に会う為に敷地内の講義棟の廊下を歩いていた。

 

「にしても……どうするか、今から作るとして、協会から資料取り寄せて部品は大雑把な部分は錬金で誤魔化すとして……最速一週間位は掛かるか? 長いな……」

 

 でも安請け合いしたにしてはまあ大分楽な仕事だな──と、思っていた。この時までは。

 

 

 俺は忘れていた。問題というものは決して行儀良く整列してやって来るものではない。

 唐突に、理不尽に降りかかって来るものだった。

 

 

 

 

 

 ガラスが割れる音がした。

 

「は?」

 

 咄嗟に振り向いて後ろを見れば、何か丸いものが転がっているのが一瞬見えて──確認する間も無くそれが弾け飛ぶ。

 飛び退いた俺の目の前が、光で包まれて崩壊する。

 

 光が柱を巻き込んだのか、釣られて壁と天井が崩落し。

 俺の間の前には瓦礫と大穴が残された。

 

「は??」

 

 俺は困惑した。え、いや、何?

 今は完全実験禁止時刻だ。この時間に行われた実験は学園が安全を保証しないので、よっぽどの馬鹿でもない限りこの時間に実験を行う奴は居ない筈……というか思いっきり俺狙った攻撃だよなこれ、現実逃避してる場合じゃないわ。

 剣を抜き、何が出て来ても良い様に身構える。

 

 

三十六計逃げるに如かず(hate to hurt,)苦痛の全ては不要である(important than me)

 

 

 そして渦巻いた弩級の魔力で相手が格上だと察した俺は、一目散に廊下を駆け出した。

 

 

 

 




血迷いました。次血迷うのは百万年後だと思います。


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