異世界帰りの少年の大事件 ~TSした元男の娘の非日常~ (九十九一)
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キャラ紹介【ネタバレにつき、閲覧は三章読了後をお勧めします】

 ただのキャラ紹介ですので、見なくてもOKです。


【地球サイド】

・男女依桜

 本作の主人公。銀髪碧眼であることと、男の娘な外見を除けばどこにでもいる少年――だった人。昔から巻き込まれ体質なのか、ことあるごとに何らかの事件に巻き込まれることが多い、ちょっと不憫な人物。

 人生最大の巻き込まれである、異世界転移し、なんのチートも持たされず、着の身着のままに異世界へ行き、死に物狂いで訓練や勉強をしたのが1年目。理不尽な修業をさせられたのが2年目。魔王討伐を果たしたのが3年目。

 死に際の魔王に呪いをかけられ、結果的に美少女になっちゃった人でもある。

 ちょっと抜けているところや、自己評価が低いなど、性格は謙虚に近い。

 基本的に怒ることはないが、依桜が本気で怒ると、怖いとのこと。

 最近、女の子であることに慣れ始め、たまに女の子しか言わないようなことを言う時がある。

 不定期で、ロリにもなる。

 最近、身長が縮んだことに、頭を悩ませている。

 

・椎崎未果

 依桜の幼馴染の一人。依桜とは、幼稚園の頃からの付き合いなので、よく理解している。

 文武両道を地で行くような人物で、さらに容姿も整っているとあって、よく告白されている。

 ただし、ほとんどの人は、晶か依桜が本命だと思っているため、最近は減った模様。

 基本的に、言うことはきっぱりと言う。

 依桜が異世界へ行ったことを最初に知った人物であり、依桜が自爆したことで、美少女になった依桜を見抜いている。

 依桜たちのグループの中でも、ある意味一番依桜を大切に思っている人物でもある。

 ただし、美少女になった依桜に対して、面白がっている節もある。

 酔っぱらうと、幼児退行を起こす。

 

・小斯波晶

 依桜の幼馴染の一人。依桜とは、小学生の頃からの付き合い。きっかけは、お互いの髪と眼の色が普通とは異なっていて、親近感を感じたため。

 学園では、かなり人気があり、ミスターコンテストで優勝し、モデルをしてからは、告白やラブレターを貰うことが倍増し、頭を悩ませている。

 依桜が美少女になった後も、態度などを変えなかったり、妙に距離感が近いなどの理由で、周囲からは付き合っているのでは? と噂されていることもある。

 実は、依桜と晶は女委のせいで、すでに全国的に知れ渡っていたりする。

 酔っぱらうと、ホストのようになる。

 

・変之態徒

 依桜の友人の一人。依桜とは、中学生の頃からの付き合い。きっかけは、態徒が一方的に『おっぱいとお尻どっちが好きだ!?』と訊いてきたこと。

 頭はよくないが、運動が得意で、武術の有段者である。

 一般人としては強い部類で、仮に一週間異世界に行ったとしても、生きていけると依桜は思っているが、同時に、騙されそうとも思われている。

 基本変態。美少女になった依桜に対して、いままでと態度は変わらないものの、自分に抱き着いていいと言ったり、体力測定の際に、揺れるおっぱいが見たいというなど、いろんな意味で意識している。

 本人は変態であるが、基本的に性格がよく、友達が傷つけられたりすると、普通に怒る。

 モテないと言っているが、実際は中学生の頃から好意を持たれている相手がいる。

 酔っぱらうと、すぐ寝るので何の害もない。

 

・腐島女委

 依桜の友人の一人。依桜とは、中学生の頃からの付き合い。きっかけは、男の娘な外見だった依桜に興味を示し、受けか攻めかを聞いたこと。

 こちらも変態。ただし、空気を読んで気遣ったり、依桜の思っていることをある程度見抜いたりなど、意外と周りに気を遣うタイプ。

 同人作家をしており、月1で入稿があるとか。

 作品のモデルは、依桜と晶で、本人がSNSで『一応、現実にいる人をモデルにしています』と言ったことが原因で、依桜と晶は全国の腐女子に知られている。

 腐女子で変態だが、容姿は普通に整っていて、依桜には敵わないが、胸も大きいなど、それなりにモテている。

 ちなみに、男でも女でもイケると明言しているなど、女委本人はバイである。

 お酒に強い。

 

・董乃叡子

 叡董学園の学園長であり、依桜が異世界転移をするきっかけを作った、諸悪の根源。

 公私で口調を使い分けており、朝礼などではちょっと固めの口調をしているが、プライベートなどでは、結構軽い口調になる。

 異世界に関する研究をしており、異世界転移装置を作るなど、かなりぶっ飛んだ人物。

 男の時から、依桜を狙っていたり、女の子になった後襲ったりなど、依桜にとっては問題ばかりを発生させる困った人。

 ただ、一応は教育者であるため、しっかりと生徒と向き合うなど、いい教育者としての面も持っている。

 アナザーカンパニーの社長でもある。

 一応、製薬会社ではあるが、どういうわけか、最近はゲーム業界にも進出しているとか……。

 

・碧さん

 依桜と晶がモデルをやるきっかけとなった人物。

 簡単に言うと、おネェである。

 職業はカメラマン。元プロレス世界チャンピオン。

 

・田中さん

 碧さんとは違ったタイプのおネェ。

 コスプレの衣装や道具を売る店を経営。

 色々とキャラが濃い。

 

・宮崎美羽

 依桜がエキストラとして主演していたドラマの、メインヒロイン役を演じた女優。

 20歳。かなり売れており、なかなかに多忙な人物。

 一度依桜に助けられており、そこはかとなく好意を抱いている。

 

 

【異世界サイド】

・ミオ・ヴェリル

 依桜の暗殺者としての師匠。

 基本的に理不尽な人で、依桜も散々な目に遭っているが、かなり信用している。

 依桜がいないと、まともな生活をしない上に、家事をまかせっきりなど、かなりずぼら。

 昔、神殺しを達成しており、その影響で年を取らない。

 すでに、100年以上は生きていると明言している。

 お酒のためなら、魔王や神すら殺す、本当に理不尽な人物。

 国王や、王子に対して、クソ野郎、クソ王子などと言っている。

 男だった依桜に対して、恋愛感情を抱いていたが、依桜が性転換したことで少し複雑な心境。しかし、好きなことに変わりはないようで……?

 

・ディガレフ=モル=リーゲル

 リーゲル王国国王。ただの親バカで、特にフェレノラに関しては、自分が認めた人間以外とは結婚させないと言っている。最近、セルジュが若干男色の気が出始めたのと、フェレノラが堂々と、女同士で子供を作る魔法を開発する、と言いだしたことで、頭を悩ませている。

 禿げないか心配である

 

・セルジュ=モル=リーゲル

 リーゲル王国王子。戦争の終結後、各方面に手助けを要請したり、事後処理に奔走している。ある話を済ませてから、王城内に戻り、廊下を歩いていると、ドレスを試着していた依桜を目撃し、一目惚れ。その勢いでプロポーズした。

 もちろん、依桜本人は一応男なので、フラれた。が、フラれても尚諦めず、アプローチを続けているが、何分鈍感なので、気づかれていない場面が多いのだとか。

 男でも、女でも依桜を愛せると言っているので、多分、バイ。

 

・フェレノラ=モル=リーゲル

 リーゲル王国王女。依桜がこの世界に来ていると知り、勢いで街に繰り出したところで、よくわからないグループに拉致され、その際に依桜に助けられた経験を持つ。

 その際に依桜に惚れ、お姉様と呼び慕っている。女同士で子供が作れないなら、作れるようにする魔法を創ればいいじゃない、と言う理由で、魔法開発に乗り出そうとしている。

 セルジュ同様、女でも男でも愛せると言っているので、十中八九、バイ。

 

・ヴェルガ=クロード

 リーゲル王国騎士団団長。ディガレフや、フェレノラの護衛も務める人物。

 依桜とミオを除けば、国内最強。人間すべての中だと、トップクラスの実力を誇る。

 フェレノラの問題発言や、ディガレフの親バカ発言に内心ツッコミを入れていたり、酷い時は面と面向かってツッコミを入れるなど、何かと気苦労が絶えない人物。

 おそらく、依桜と気が合うであろう人間でもある。

 国民全員から人気があり、部下の失態は自分の失態と受け止め、自ら頭を下げに行くなど、騎士団内部でも、高い人気を誇っている。

 最近、フェレノラのせいで、10円禿げができたとかできてないとか……。




 設定段階のものもなくなはないですが、概ね作中通りです。


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1年生編 1章 魔王討伐、帰還後
1件目 プロローグ


「やあっ!」

 

 すれ違い一閃。

 ボクの放った斬撃は、見事魔王の首を捉え、切り落としていた。

 

「こ、これでっ……終わった、よね……?」

 

 ボクは、背後を振り返り、頭と胴体がサヨナラした魔王を見て呟く。

 見れば、頭があった場所からは、おびただしい量の血が噴き出していた。まるで、壊れた配管のように。

 

「ク、ククク……よもや、下等なニンゲン如きに負けるとは……世の中は分からぬものだな……」

「えっ……!」

 

 首だけになっていても、魔王はまだ生きていた。それどころか、会話をも成立させていた。

 あ、あれ? 普通、首だけになったら、声が出せないと思うんだけど……。

 まさか、『フハハハハハ! 我には、まだ変身が残っているのだよ!』とか、言わないよね……?

 そんな心配をして、武器を構えなおす。

 

「安心せい……我にはもう、戦う力も、生きる時間も、無くなっておる……我の負けだ。誇れ、ニンゲン。貴様は、歴代最強とまで謳われた我『ブラッドフェスティバル』に勝ったのだ……」

 

 う、うーん、相変わらずカッコ悪い名前だなぁ……というか、その名前って、和訳すると、血祭り、だよね? 多分。直訳がそうであって、実際は違うかもしれないけど。

 ただ、なんか気が抜ける名前なんだよね……。

 

「負けは負けだ……我は潔く、あの世へ向かうとしよう。それに、貴様のせいで我が魔王軍は、全滅した……第二第三の軍勢が出る、なんてことはないからな。……というわけだ。そろそろ我も、時間のようだ……」

「……あ、あの、そろそろ死んで頂けると」

「わかっておるわ。今時のニンゲンはせっかちでいかん……では、お別れの時間だ。最後に……一つやっておこう」

「えっと?」

「……【反転の呪い】」

 

 魔王がそう呟いた途端、黒い光が僕を覆ってきた。

 あまりにも、突然すぎた出来事に、回避しようと思った時には、もう遅かった。

 

「な、なにこれ!?」

「フフフ、フハハ、フハハハハハ! せめてのも仕返しだ! 貴様には、反転の呪いをかけてやった! これで、ある程度未練なく、あの世に行けるぞ! フハハハハハ! さらばだ!」

「あ、ちょ、ちょっと!? 魔王さん!?」

 

 ボクの叫び空しく、魔王は光の粒子となって虚空に消えていった。

 残されたのは、激しい戦闘の跡と、ボロボロのボクだけ。

 

「……はぁ。なんか、最後の最後で詰めが甘いなぁ、ボクは。これじゃ、師匠にどやされちゃうよ」

 

 そうぼやきながらも、ボクは晴れやかな顔をしていた。

 これでようやく、元の世界に帰れる。

 ボクは悲願であった魔王討伐を果たした。

 なぜ、悲願だったのか。

 その理由は、今から三年前のことだった。

 

 

 ボクの名前は、男女依桜(おとこめいお)。157センチのちょっと小柄な男子高校生。ごくたまに女の子と間違われるときはあるけど……。

 

 当時、高校一年生のボクは、何事もない平穏な生活を送っていた。

 時期は九月頭。まだまだ暑さが抜けない時期のことだった。

 

 いつも通りに学園から帰っている最中、ボクの視界は突然ホワイトアウトし、世界から消えた。

 気が付くと、よくわからない祭壇のような場所にいて、そこで運命的な出会いを――なんてことはなかった。

 ただただ男だらけの場所に呼び出され、いきなり謁見の間? のような場所に連れていかれ、唐突に、

 

「勇者よ、魔王を討伐して欲しい」

 

 なんて言われた。

 なんの前置きや前振りもなく、開口一番にそう言われたものだから、何かのドッキリかなと、周囲を見回した。

 だけど、ドッキリ大成功と書かれた看板やカメラが出てくることはなく、すぐさま、『あ、これはガチなやつかも』と思った。

 それからなし崩し的に、魔王討伐の任務を課せられた。

 

 最初の一年は、騎士団の方たち基礎鍛錬。筋トレや武器の扱い方などを学んでいた。

 それ以外にも、魔物の情報を頭に叩き込んだり、戦術を学んだりと、なかなかハードスケジュールだった。

 

 毎日が勉強に訓練だったため、最初はしんどかった。

 だけど、魔王を倒さなきゃ元の世界には帰れないと言われたことで、仕方なくやることにした。

 

 初めの一ヵ月は、さっき言った通りとてつもなくしんどかった。

 本物の武器はやたらと重量があって、コスプレ道具などとはわけが違った(持ったことないけど)。

 実践戦闘の訓練や、ひたすらに知識を叩き込むというのが、ボクに課せられた訓練と勉強。

 

 そんな訓練や勉強を繰り返していると、気が付けばボクはたった一年で、騎士団の人たちよりも強くなっていた。

 しかも、王様直属の近衛兵にさえも勝てるようになっていました。

 

 だけどボクは、これじゃ魔王には勝てないと思い、二年目は戦い方を教えてくれる人を探し、その人に戦い方を教わった。

 まあ、あれに関しては、強制だったと言えなくもないんだけどね。

 

 習ったのは、暗殺技術。

 師匠曰く『イオ君には、類稀なる暗殺者としての才能がある』らしい。

 この世界では、能力とスキル、それから魔法があるそう。

 

 能力とスキルは同じものだと、ボクも勘違いしていたけど、実際はかなり違っていた。

 ……どっちも、同じ意味だと思うんだけどね。

 

 この世界には、職業と呼ばれるものが存在しているらしく、生涯で一つしか選択できないシステムなのだとか。

 で、その職業の中で覚えられるのが能力らしい。

 

 反対に、スキルは理論上では誰でも得られるものらしい。

 例えば、ボクがこの異世界に来るときにもらった、言語理解がその一つ。

 

 スキルは、職業の中に含まれているものもあるそうだけど、本職の人よりは劣化するらしい。

 職業の能力は、人によって能力値が変わるのだとか。

 例えば、暗殺者の能力である『気配遮断』、これの効果値は、人によって違う、ということ。

 それはどうやら、自身の身体能力や才能がかかわってくるらしい。よくわからないけど。

 

 魔法に関しては、魔力の量は一般の人よりかなり上回っていたらしいけど、ボクには才能がなかったらしく、得意だったのは、ナイフなどの小型武器の生成だけだった。

 まあ、それでも十分だったんだけどね。

 

 ボクは、自分に暗殺者としての才能があると言われたのがきっかけで、暗殺者になることを決めた。……今思えば、勇者として召喚されたのに、暗殺者になるって……どうなんだろ?

 

 ともあれ、暗殺者として旅をしたのは、こちらの世界に来てから三年目。

 一年間、師匠の下で暗殺技術を学んだ。

 一刻も早く元の世界に帰りたかったボクは、必死に技術を学び、盗み、昇華させていった。

 そうした甲斐もあって、ボクは、気が付けば一年ほどで師匠越えをしていた。

 

 師匠からのお墨付きを得て、ボクは魔王討伐の旅に乗り出しました。

 ただ、本当に師匠が本気でやっていたのかどうかは怪しいけど。

 

 そこからは、苦難の連続だった。

 

 魔王軍幹部の人が各地に出現、それを討伐したり、街の人を助けたり。やることは本当に多かった。特に、魔王軍が操る魔物が街に押し寄せるなんてことも、何回かあった。地獄だったよ。

 

 そうして、色々な場所を巡っている最中、ボクはついにやった。

 

 それは――殺人。

 

 ボクは、人を殺したのだ。魔族でもなんでもない、同じ人間を。

 ……ボクもいつかは覚悟していた。

 暗殺者となったのなら、きっとそうなる日が来るだろうと。

 

 言い訳のように聞こえるかもしれないけど、言わせてもらいたい。

 ボクは基本的に、悪人でも殺さない。

 ただそこに、更生の余地なしと判断すれば殺した。

 

 初めて殺した時は、精神が崩れそうだった。

 だけど、街の人たちからの感謝の言葉で、なんとか持ち直した。

 

 いくら悪逆の限りを尽くしていたとはいえ、人殺しは人殺し。ボクは、それを背負って生きていくことにした。

 命と言うのは、本当に重いものだと、強く認識した。

 軽々しく、言ってはいけないものだと。

 おかげで、ボクは強くなれた気がした。

 同時に、業を背負ったとも言えるかもしれないけど。

 

 ……まあ、今は立ち直っている、と思う。

 

 そんなこんなで、紆余曲折あり、ついに魔王との決戦と相成った。

 戦闘が始まってからは、ほとんど何も覚えていない。

 

 最後の一撃は憶えているけど、それより前、激しい戦闘が行われていた時のことは憶えていない。

 気が付けば最後の一騎打ちになった。

 

 そうして、冒頭に戻るわけで。

 なるべく簡潔に話してみたけど……うん。あれだね。自分でも、とんでもない経験したんだなぁ、としみじみ思うよ。

 あとは……帰るだけだね。

 

「……とりあえず、王国に戻ろう。呪いの事も調べなきゃいけないし」

 

 ボクは、変わり果てた決戦の場所を出た。

 

 

 十日後。

 

「よくやった、イオ・オトコメよ。魔王討伐、大儀であった」

「ありがとうございます」

「魔王討伐を称して、何か褒美を取らせたいのだが……何かあるか?」

「褒美、ですか。う~ん……とりあえず、元の世界に帰らせていただければ」

 

 今のところ、欲しいものはあまりないし……。

 それに、持って行ってたところで、何かできるってわけでもないと思うからね。

 

「そうか。そなたは無欲なのだな。わかった。すぐに準備しよう。準備が整い次第、すぐに呼び出そう。それまでに、色々と荷造りややり残したことをしておくがよい」

「はい」

 

 そう言って、王様は準備のため謁見の間を出ていった。

 それを見送ってから部屋に戻り、ボクは荷造りを手早く済ませ、図書館へ向かった。

 もちろん、魔王がかけた呪いを調べるためだ。

 図書館に着き次第、すぐに呪いに纏わることを調べ始めた。

 

 呪いに関する蔵書はかなり多く、探すのに苦労した。

 数時間以上かかって、ようやく見つけることができた。

 

 その本を手に取り、パラパラと読み始めた。

 関係のないところは基本流し読み。

 肝心のページに行きつくと、ボクはそれを読み始めた。

 

「何々?」

 

『反転の呪いは、ランダムで様々な効果をもたらす呪術魔法です。効果は様々で、かけられた人の幸運値によって変動します。高確率で起こるのは、可能不可能の反転です。最も確率が低いのは、性別が変わってしまうこと。男であれば女に。女であれば、男に変わってしまいます。性転換は事例が少ないため、原理はよくわかっていません。これら以外にも、性格が真反対になる、肌の色が変わるなど、あべこべにできるものであったり、対となすものがあれば適用される呪いです』

 

「……あの魔王。ぶっとんだ呪いをかけたんだなぁ」

 

 呑気に言っているようだけど、本当はちょっと焦っている。

 だって、下手をすればボクの能力が無くなるってことでしょ? 多分、代わりにできなかったものができるようになるんだろうけどさ。

 でも、それはそれ。苦労してできるようになったものができなくなるというのは、嫌だしね。

 

 この中でマシなのだと……肌の色が変わったりすることかな?

 それだけだったりマシだと思うし。

 

「えっと、対処法は――」

 

 ボクが呪いの対処を探そうとしたときだった。

 

「イオ様。帰還の準備が整いました」

「え、あの、まだ調べ物が……」

「いいえ、今でないといけません。でなければ、次帰還できるのは、次の年になってしまいます」

「ええ!? そ、そうなの?」

「はい。ですから、お急ぎください」

「わ、わかりました。今すぐ行きます」

「では、召喚の間にてお待ちしております」

 

 そう言って、宮廷魔術師の人は図書館から出ていった。

 うう、なんてことだ。

 まさか、今日を逃せば帰れるのは来年になるなんて……。

 

 いやまあ、向こうの時間は止まってるって、女神様から聞いたけど……ボク的には、一刻も早く帰りたい。

 女神様と言うのは、この世界を管理している神様らしい。

 会ったことはないけど、転移からまもなくして声が聞こえてきた。その声曰く、止まってるらしい。

 それはそれとしても……あと一年。秒数にして三千百五十三万六千秒。

 

 正直、もう一年も異世界にいられるほど、精神的に強くない。

 呪いに関しては気になるところだけど……もしかしたら、向こうに着くと効力を失って、何も起こらないかもしれないし。

 ……そうであってほしいなぁ。

 

「……うん。気にしてもしょうがないし、帰ろうか」

 

 それに、案外元の世界では魔法なんて使えないだろうしね。

 もしも使えるのなら、なんで世の中に出てこなかったんだ、ってことになるし。

 自分に言い聞かせるように、ボクはそう思い続けた。

 ……まあ、性転換さえ起こらなければいいよね。

 

 

「来たか、イオよ」

 

 召喚の間では、すでに帰還の準備を終えた魔術師の人たちがいた。

 召喚の間、か。

 来るのは、三年ぶりかな。

 なにせ、召喚当初くらいしかここにいなかったし。

 

 こうしてじっくり見ると……魔法陣の周りって、水が張ってあったんだね。

 それに、部屋自体も、なんだかわずかに発光してるように見える。

 落ち着く場所だなぁ。

 

「さて、こちらでやり残したことはないか?」

「なくはないですけど……大丈夫です。多分、大事には至らないと思うので」

「そうか。ならばよい。此度の活躍、誠に大儀であった。そなたのような人物と出会えて、儂は、嬉しかったぞ。……できることなら、儂の娘と結婚させたかったところだが」

 

 少し残念そうに、王様が言う。

 ……なんで、別れの時になって、それを言うんですかね?

 でもボク、お姫様に会ったことないんだけど……。

 

「さすがに、王族になるというのは……ボクには荷が重すぎますよ」

 

 というより、会ったことない人と結婚するというのはね……。

 

「はっはっは。それもそうか。向こうでは、平民らしいからな」

「ええ。普通の暮らしができれば、ボクは満足なので」

 

 ……三年間もみんなに会ってないからなぁ。早く会いたいよ。

 

「それでは、始めるぞ」

「お願いします」

 

 王様はゆっくりと頷いて、魔術師の人たちに合図した。

 お別れはとっくに済ませている。

 みんな名残惜しそうにしていたけど、ボクには元居た世界がある。

 この世界にいても、決して退屈はしないと思う。だけど、元の世界だからこその楽しみというものあるはずだから。

 

 魔術師の人たちも、涙ぐみながら詠唱している。

 足元の魔法陣が輝きだした。

 それは、徐々に強くなっていき、ついには視界を埋め尽くすほどの強力な光となった。

 だからボクは、

 

「ありがとうございました。みなさん、お元気で」

 

 もっと気の利いた言葉は出てこないのか、というツッコミは置いといてほしい。

 人間、本当にこんな別れが起きたら、当たり障りのないことしか言えないだろうから。

 

「そなたも、気を付けるのだぞ」

 

 王様の言葉を聞いた瞬間に、世界から音が消え、ボクの視界はホワイトアウトした。

 さよなら、異世界。

 

 

「……ん?」

 

 次に目を覚ますと、見慣れた風景だった。

 どこにでもある住宅街の路上。

 見渡せば、現代の建築技術の家々。

 

「どうやら、帰ってこれたみたいだね」

 

 微妙に悪い空気は、きっと排気ガスとかだろう。

 向こうじゃ、魔法の力で発展してたからね。空気も綺麗だった。

 それに引き換え……

 

「こっちの空気って、こんなに汚かったんだ……」

 

 向こうは、自然豊かだったから、本当に気持ちよかった。

 

「……けど、やっぱり、こっちが落ち着く」

 

 この微妙な空気を吸っていると、帰って来たって感じがする。

 

「……さ。早く家に帰ろう」

 

 この道を通るのも、三年振りだから、もしかしたら忘れてるかも、なんて心配をしたけど、意外とそんなことはなかった。

 体は憶えているらしい。

 あっさり家に着いた。

 

「……ああ、懐かしいなぁ。母さんたちからすれば、朝会ったばかりなんだろうけど……ボクからしたら、三年振りの我が家。……泣かないようにしなきゃ」

 

 正直、すでに目の前が歪んで見える。

 涙で視界がぼやけているみたい。

 

 ……あはは。さすがに、疲れてるんだろうなぁ。

 向こうは殺伐としてて、殺し合いなんて、日常茶飯事とは言わないけど、珍しいことじゃなかったから。

 きっと、精神が摩耗していたんだと思う。

 一度は壊れかけたボクだけど、立ち直れたのは、案外家族や友達を想っていたからかもしれないね。

 

「ふぅ……よし」

 

 軽く一呼吸して、ボクは玄関の扉を開け、

 

「ただいま」

 

 懐かしの我が家に入っていった。




 はじめまして、九十九一と言います。
 この作品は、他サイトに投稿されてる小説を色々なところに投稿し、どういう反応を得られるかと言う意味でこちらにも投稿することにしました。
 出し終えるまでは、二時間ごとくらいに出そうと考えておりますので、よろしくお願いします。
 それから、感想、意見などありましたら、遠慮なく言っていただけると私自身の今後の糧になりますし、狂喜乱舞します。
 それでは、最後までお付き合いください。


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2件目 懐かしの我が家、懐かしの学園

 母さんたちに出迎えられ、ボクは思わず泣きそうになった。

 だって、しょうがないと思うんだ。三年間も会えなかった人に、ようやく会えたんだから、喜ばないはずがないと思う。

 家に帰れば、嫌なことは何もかも忘れられる。

 ほかの何物にも代え難い安心感があるよね。

 

「帰ってこれて、よかった……」

 

 三年間も非日常的な生活を送っていたせいで、余計に安心する。

 

「はぁ……明日は学校、か。久し振りだなぁ」

 

 こちらも三年振り。懐かしい。

 ……そう言えばボク、年齢的に今って、十九歳なんだよね……向こうで三回も誕生日を迎えてるし。

 みんなに会うのも久し振りだ。間違っても、『久し振り』なんて言わないようにしないと。

 じゃないと、変な目で見られちゃいそうだからね。気を付けないと……!

 

「……あ、そうだ。魔法が使えるかどうか確認しないと」

 

 呪いの件もあるし、今の内に。

 

「えっと……『生成』! ……出てきた」

 

 魔法発動のキーワードとなる言葉を発すると、体内の魔力が減った感覚がし、ボクの手には、一本のナイフが。

 

「……………………あ、うん。魔法、使えるんだね……ということは……」

 

 魔法が使えることが判明した際、ボクの頭の中には『反転の呪い』という単語が浮かび上がっていた。

 

「……まさか、発動、しないよね?」

 

 問題の呪い。

 魔法が問題なく使える以上、こちらも発動する恐れがある。

 ただ、その発動条件がよくわからない。

 うーん……流し読み、しなきゃよかったかな。

 

「でも、なにも起こってないし……不発、だったのかな?」

 

 それに越したことはないけど、なんだか違和感。

 そう言えば、呪術魔法ってディレイ式が多かったっけ。

 だとすると……。

 

「この呪いもそうなのかな……?」

 

 様々な呪術魔法を見てきたけど、反転の呪いみたいな感じの効果を持ったのは見たことがなかったなぁ。

 身体に関係するものと言えば、やっぱり、一分おきに転ぶとか、一週間で毛根が死滅するとか、何かの角に足の小指をぶつけるとか。地味な嫌がらせばかりのものだった。

 不幸になる呪いとかもあったけど、あれは一日限定だったし……。

 

 この呪いは、どのタイプなんだろう?

 ボクも一回呪いにかかったことあったけど、消えると感覚でわかるし……それに、かかっている間も、体に違和感あるんだよね、あれ。

 それに、今はその感覚がない。

 だとすると、やっぱりディレイ式なんだと思う。

 

「あの本、持ってくればよかったかな……」

 

 そうすれば、効力がどの程度かわかったんだけど……。

 まあ、さすがに盗むわけにもいかなかったし……あ。

 そう言えば、王様。褒美を言えって言っていたような……?

 

「……それ使って、持ってくればよかったんじゃ……?」

 

 ……………………………やらかした。

 そうだよ! それをご褒美にしてもらえばよかったんだ!

 ああ、なんで忘れていたんだろう?

 ……ああそう言えばボク、帰らせてくれればいいって言ったんだっけ。

 うん。よく考えなかったボクが悪いね。

 

「うわぁ……やっちゃった……」

 

 あの時のボクに会えるのなら、一発殴りたい……。

 

「はぁ……もう今更だよね……」

 

 なるようになるよね。

 うん。今は、元の世界を楽しまないと。

 嫌なことはきれいさっぱり忘れよう。

 

「明日は学校だし……疲れたから寝ようか」

 

 異世界だと、ほとんど心休まるときはなかったからなぁ……。

 そう考えると、ライトノベルの主人公って、いいよね。

 美少女に囲まれて、ある程度精神疲労が減りそうだから。

 

 ボクなんて、そんな出会いなかったからなぁ……。

 世の中、上手くいかないってことだね、うん。

 ……幸運値は高かったんだけど。

 

 でもあの世界の幸運値って言ったら、確率の低いのを引き当てる、何ていうステータスだったから、高い人は苦労したらしいし……かく言うボクも苦労したっけ。

 ほぼ確実に当たるであろうくじで、ボクはものの見事に外れを引いた。

 

 ほかにも、普通に進んでいれば大きなことに巻き込まれないダンジョンで、普通に進んでいたのに、なぜか裏ボスの部屋に転移させられ、死にかけたりもした。

 この二つだけでも、あの世界の幸運値は、実は不運値なんじゃないかと思っちゃうよ。

 

 多分、幸運値が低ければ低いほど、幸福になれるんだと思うよ、あの世界。

 だって、幸運値が高い人が苦労してるんだよ? おかしくない?

 この調子じゃ、あの呪いも変なのを引きそうだよ……。

 寝ようと思っていたのに、気が付けば結構考えていたみたいだね。

 あ、眠くなってきた……

 

「ふわぁ……おやすみなさい……」

 

 

 翌日

 

「んっ……んんんーーー! はぁ……」

 

 朝。転移前と同じ時間に起きれた。

 久しぶりのベッドは安心できたからか、かなり熟睡できた。

 上半身を起こして大きく伸びをすると、血行がよくなっていくのを感じた。

 伸びをするっていいよね。

 

「さて、起きよう……」

 

 ベッドから起りて立ち上がると、ふと違和感。

 なんだろう、視点がちょっとだけ低いような……?

 

「でも、それ以外には何も感じないし……」

 

 体のいろんなところを触ってみたけど、どこにも変化はない。

 

「……んー? 気のせいかなぁ?」

 

 ほんのわずかと言っても、3センチほどだけど。

 

 まあ、誤差だよね、うん。

 ……身長的には誤差にしたくないけど。

 それに、気のせいかも……というか、絶対気のせいだと思うし。そうであってほしい。

 

「着替えて、準備しないと」

 

 結局違和感の正体を突き止めようとはせず、ボクは学校の準備を始めた。

 

「おはよう」

「あら、依桜。おはよう。ご飯、できるわよ」

「ありがとう」

 

 リビングに来ると、母さんがちょうど朝食を作り終え、テーブルに配膳してたところだった。

 父さんは見当たらない。

 多分、もう会社に行ったんだろう。

 さて、冷めないうちに食べよう。

 

「いただきます」

 

 いただきますと言ってから、ボクは朝食を食べ始めた。

 今日の朝食は、ご飯に、わかめと豆腐の味噌汁。それから、鰺だ。

 ……今時の日本で、こんな典型的な朝食が食べられるなんてことは、そうそうないと思う。

 

 それを考えると、ボクは幸せ者なんじゃないかなと。

 なにせ、向こうの三年間なんて、よくて柔らかいパンに燻製肉やちょっとしたサラダだったからね。

 悪いときなんて、硬いパンだけだったし……。

 

 ほんと、こういう朝食っていいよね……。

 改めて、現代のありがたみがわかるよ……。

 そう思いながら、白米を一口。

 

「……美味しいなぁ」

 

 思わず涙が出るほどった。

 ああ。三年間、夢のまた夢だと思っていた白米がまた食べられるなんて……。

 パンも嫌いじゃないけど、やっぱり日本人はお米だよね!

 それに、この味噌汁も……。

 

「ああ、癒されるなぁ」

 

 食事だけで、こんなに癒されるとは……。

 ボクって、なんだかゲームのキャラみたいだなぁ。ひょっとすると、削られた体力とかも食事で回復できるかも。

 それに、鰺も美味しいし。やっぱり、日本人の朝食と言えば、ご飯に味噌汁だと思う。

 

 そんな、普通の人からしたら、何言ってんだ、と思われそうな事を思いながら、ボクは朝食を食べ終えた。

 当たり前だと思っていたことが、いきなり当たり前じゃなくなって初めて、素晴らしいものなんだということに気が付くってことかな。

 

「ごちそうさま。それじゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 

 母さんが微笑みながら送り出す。

 うん。ボクの望んでいた日常はこうだよね。

 何事もなく、平穏に過ごすこと。これだけだよ。

 

「うん。行ってきます」

 

 さあ、三年振りの学校だ。

 ……ぼろが出なきゃいいけど。

 

 

「おはよー」

「依桜。おはよう」

 

 教室に入るなり、ボクの挨拶に答えてくれたのは、椎崎未果(しいざきみか)。ボクの幼馴染。

 ちなみに、家が隣、などということはないよ。

 幼稚園の時から、妙に気が合ったのだ。なので、未果とはその時からの縁。

 えっと、ボクからしたら昔から一緒にいたこともあって、普通の女の子、って感じなんだけど、周囲からすると、かなりの美少女らしい。

 ほかの誰かが未果の事をラノベ風に説明してくれたことがあった。

 

 なんでも、艶やかな黒髪ロングに、深い夜空のような綺麗な黒目。顔立ちも、かなり大人びて見えるため、美少女、というよりは美人の方があっている。プロポーションもよく、モデルのようなスレンダー体系。ただし、出ると事は出ているなど、均整の取れた体つきをしている なんだとか。

 

 ちなみに、未果は成績優秀、おまけにスポーツ万能と言う、まさに完璧美少女なんだって。

 あと、ボクより身長が高い。

 ……なんか、複雑な気分。

 

「どうしたの、依桜?」

「あ、ううん、何でもないよ」

 

 いけないいけない。

 久しぶりだからって、ボーっとしちゃってた。

 しっかりしないと。

 と、ボクが内心意気込んで? いると、未果がこんなことを言ってきた。

 

「んー……ねえ、依桜」

「なに?」

「なんか……雰囲気変わった? それに……ちょっと身長が縮んだような……?」

 

 む、さすが未果。鋭い……。

 まさか、雰囲気のことを言ってくるとは……。

 普通の人は、雰囲気が変わった、なんていうことに気づかないと思っていたんだけど……現実で、その言葉を言ってくる人を、ボクは初めて見た気がする。

 まあ、でも、

 

「やっぱり、未果もそう思う? えっとね、なんか朝起きたら、ボクもちょっと違和感があって……ちょっと縮んだように感じるんだ」

 

 ボクも実際違和感はあるし。

 とはいえ、ボクが何をしていたかについては……落ち着いたら言おう。そうしよう。

 

「依桜もそう思ってるのね。私的には、3センチほど縮んだように感じるんだけど……」

「あはは。未果もそう思ってるってことは、やっぱりそうなのかな……はぁ。身長は縮むんじゃなくて、伸びてほしいんだけどなぁ……」

 

 ボクは身長が低いから、日常生活ではそれなり――いや、かなり苦労していた。

 高いところにある物に手が届かなかったり、人ごみに流されそうになったりと、様々。

 ……まあ、今は異世界で鍛えられた体があるから、大抵のことはどうにかなるんだろうけど……それはそれ。いや、それ以前に、その身体能力が残っているか怪しいけど。

 

 でも、やっぱり……男たるもの、背は欲しい。

 というか、やっぱり身長は気のせいじゃなかったのかな……?

 

「ま、依桜はよく女の子に間違えられるからね」

「た、たまにだよ!」

「でも、この前私と遊びに行ったときなんて、姉妹と間違えられたじゃない」

「うぐっ」

 

 ……そう言えば、そんなこともあったなぁ……三年前に。

 未果にとっては最近の出来事でも、ボクからしたら、三年前の出来事なんだけど……。

 たしかあれは、駄菓子屋に行ったときだったっけ?

 

 お菓子を買ったら、駄菓子屋のおばあちゃんに『可愛らしい姉妹だねぇ』なんて言われ、お菓子をおまけしてもらったのだ。

 しかも、未果は笑いをこらえてたかのように、プルプル震えてたし……。

 それを言われた瞬間のボクと言えば、笑顔のまま硬直したよ。

 

「まあ、依桜ならしょうがないわよ。だって、服装によっては女の子に見えないことないもの」

「……否定できない」

 

 そう。冒頭で説明したかもしれないけど、ボクはちょっと中性的なのだ。そこに、身長の低さも相まって、たまに……たまーに! 女の子に見間違えられる。

 

「まあまあ、それも依桜のよさだよ」

「よくないよぉ……」

 

 こんな風にからかわれることも多いから、ボクは参っている。

 だって、男なのに、女の子に間違えられるんだよ? 男として、泣きたくなるよ。

 

「おはよう」

「うーっす」

 

 ボクと未果が話していると、二人の男子生徒が入ってきた。

 小斯波晶(こしばあきら)変之態徒(かわのたいと)だ。

 晶は、ボクとは小学生以来の親友で、もう一人の幼馴染。

 晶はハーフらしく、髪は金髪。その上、顔立ちも整っていて、かなりのイケメン。

 身長も、175とやや高めで、スタイルがいい。

 しかも、スポーツ万能。未果ほどではないけど、成績もいい。

 言ってしまえば、女子受けする人物ってことだね。

 

 なぜ、ボクが晶と仲良くなれたのかは不明。

 ちなみに、性格もものすごくいい。

 そんな晶とは裏腹に、もう一人はちょっと厄介で……。

 

「なあなあ、聞いてくれよ!」

「……どうしたの、態徒?」

「なんかよ、道端にエロ本が落ちててよ、しかもそれがまたマニアックなプレイの物ばかりだったんだよ! いやあ、おかげで昨日は捗ったぜ」

「はぁ……朝から何を言ってるのよ、態徒は」

「まったく……お前はそうしてるからモテないんだぞ?」

「うるせえ! きっといつか、オレに惚れてくれる奴が現れるかもしれねえだろ!?」

「「「それはない」」」

 

 ボク含めた三人が同時に否定。

 そう、変之態徒は、ただのスケベな男子高校生だ。

 三度の飯よりもエロ、みたいな感じで、こちらもボクの友人。

 正直なところ、なんで友達やってるのかわからない。

 

 スポーツは得意で、ある程度できるけど、成績は悪い。

 うちの学園って、進学校だから、それなりに偏差値は高い。

 なんで態徒が入学できたのか未だにわからない。

 十中八九、煩悩だとは思うけど。

 

 あと、名字と名前をそれぞれ一文字ずつもじると、変態になることから、周囲からは変態と呼ばれている。

 中身も変態そのものだから、かなりぴったりなあだ名だと思うよ。

 本人は彼女が欲しい! といつも言っている。

 容姿は決して悪くないけど、中身で損をしているタイプ。

 ……性格も変態なところを除けばなぁ。

 

「くそう、今に見てろよ……!」

「はいはい。期待しないで待ってるわ」

「まあ、今世では無理でも、来世があるさ」

「ちょ、晶!? お前それ、今世では彼女出来ねえって言ってるよな!? オレ泣くぞ!?」

「あはは……。晶は本気で言ってないからさ、態徒も泣く準備に入らないでよ」

「依桜だけだぜっ……オレを慰めてくれるのは……!」

「お金さえ払えば、数日限定で付き合ってくれると思うよ」

「それ援助! 一番空しいやつ! しかも、違法じゃねえか!」

 

 うん。やっぱりこの感じだ。

 ボクはこの空気間が一番好きだよ。

 あんな血みどろな世界は、もうこりごりだ。

 好きであんなことしていたわけじゃないしね……。

 本当に、この空気は安心するなぁ。



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3件目 ちょっとしたチート?

「ん、そう言えば、女委が来てないが……誰か聞いてるか?」

「ボクは知らないよ」

「オレも知らん」

「私も。そう言えば、この時間にはいつも来ていたわよね? どうしたのかしら?」

「そうか。まあ、もうそろそろ来るか」

「そうね」

 

 女委というのは、腐島女委(ふじまめい)という女子生徒のこと。

 彼女もボクたちの仲間で、ボクら五人で集まっていることが常。

 全員がちょっと個性的で、何かしら持っている。

 

 ボクだったら、当然この外見。

 未果だったら、容姿と性格。あとモテるレベル。

 晶も大体未果と同じ。たまに毒を吐くけど、基本的に身内だけ。

 

 態徒と女委は……なんというか、ほぼほぼ同類。

 態徒とは違ったタイプの変態で、なんていうか、その……色々と人として終わっているんだ。

 見てもらえばわかるんだけど……

 

「お、おはよう!」

 

 噂をすればなんとやら。

 女委本人が教室に入ってきた。

 さっき、女委の事は変態と称したけど、実際のところ、見てくれはいいのだ。

 こっちも、未果と同じく、ラノベ風の説明をしてくれた人がいた。

 

 なんでも、肩口で切りそろえたオレンジ色の髪。けど、瞳は黒い。顔立ちも整っていて、優し気な印象を持たせる、おっとり系の美少女。変態だが、どういうわけか、プロポーションは抜群。特に胸は大きい。身長は未果より少し低いくらい、とのこと。

 とはいえ、どう取り繕っても変態なので人として色々と終わっている人物。

 ちなみに、女委の髪がオレンジ色なのは、単純に染めているから。もともと黒髪です。

 

「遅かったな、女委」

「そうだぞ! お前がいなきゃ、変態ポジはオレだけになっちまうんだぞ!」

「いや、変態は何人もいらないわよ」

「いやぁ、ちょっとばかしね」

「あれ、その眼の下の隈はどうしたの?」

 

 と、ボクが尋ねる。

 入ってくる時からかなり気になっていたのだ。

 女委の目の下には大きな隈があったのだ。

 それも、女の子としてどうなの? なんてレベルで。

 

「いやぁ、入稿がかなりギリでねー。ちょっと徹しちゃった。ま、おかげで間に合ったけどね!」

「それは、お疲れさまと言うべきなのかしら……」

「まあ、迷うところではある……」

「オレ的には、女委の作品はなぁ、守備範囲外だからな……」

「ぼ、ボクも……」

「なんでさ! いいじゃん、薔薇! 最高じゃん! 純粋な愛情表現なんだよ!? なんで、理解してくれないのさ!」

「いやだって……」

「それはね……」

 

 女委の言葉に対し、ボクと晶は目を合わせてこの一言。

 

「「だって俺 (ボク)たち、それのモデルにされてるし(んだもん)」」

 

 そう、ボクと晶はすでに――というか、現在進行形でモデルにされているのだ。

 モデル、というのは、絵画とか、そういったものじゃなくて、その……BLのモデルなんだよね……。

 

 さっきの、入稿というのは同人誌のこと。

 女委は、同人作家として活動していて、BLを中心に同人誌を製作している。PNは『謎穴やおい』。……意味が分かる人からしたら、ちょっとドン引きする名前だよね、ホント。

 ちなみに、わからない人のために説明をば。

 

 さっき言っていた薔薇とは、BLのこと。

 ほら、女の子同士だと、百合と言われてるでしょ? 要は、それの対義語みたいなもの。

 モデルに関しては、本来であれば、肖像権の問題で訴えられるんだけど……

 

「えー? でもあれ、ちゃーんと改変してるしー? 本人をそのまま使ってるわけじゃないしー?」

 

 こんな感じで、無実を主張している。

 正直、改変してる、って言ってる時点でアウトだとは思うんだけど……。

 

「はぁ……俺は普通に異性が好きだぞ? 別に、ホモとかってわけじゃないんだが……」

「くっくっく! そんなのは関係ありません! 重要なのは、愛読者様が喜ぶ内容が書けるかどうか! 表現の自由が、平等に存在するのです!」

「それを言うんだったら、ボクたちにも肖像権と言うものがあるんだけど」

 

 いくら表現の自由があったとしても、他人を勝手にモデルとして使用するのはどうかと思うんだけどね。

 

「まあ、そうよね。いくら、改変しているとはいえ、実際に存在している人、許可なく使用してるものね。その辺りは、まあ……依桜と晶だから許されてると思うけどね」

 

 未果はボクと晶の味方のように見えて、実際は楽しんでいるだけ。

 未果は、面白ければいい、の精神で生きてるところがある。

 現に今も、ちょっとにやけてるし。止める気ゼロ。

 

「いや、別に許したわけじゃないぞ!?」

「そうだよ! ボクだって、BLのネタにされるのはちょっと……」

「でも、依桜って女子みたいな見た目だしな。そりゃ、女委からしたら、絶好のモデルなんだろうぜ?」

「ボクだって、好きでこんな姿になったわけじゃないよ!」

 

 自分はネタにされてないからって、好き放題言って……!

 

「でも、依桜君って、ほんとに女の子っぽいところあるじゃん? だから、それを逆手にとって、女の子になっちゃった、みたいな作品も作ってるんだけど?」

「……今のボクに、その話題はタブーだよっ!」

「およ? どうして?」

「色々とあるの!」

「そっかぁ。じゃあ、今はやめとく」

 

 こういうところは素直でいいんだけど……。

 なぜ、ボクがタブーと言ったのかは、もちろん、呪いの件。

 あれ、下手すると、女委の作った作品のようになってしまうのだから、本当に笑えない。

 異世界に行くようなことがなければ、笑い話で済んだかもしれないけど。

 

「そういや、依桜。お前、なんか雰囲気変わったか?」

 

 今しがた気づいたかのように、態徒がそう訊いてきた。

 それ、未果にも言われたけど……。普通の一般人が言わないようなことを、この短時間で二回も言われるとは思わなかったよ、ボク。

 

「ボク、そんなに変わったように見える?」

 

 さすがにボク自身も気になったので、みんなに尋ねる。

 未果が考えるそぶりをして、口を開く。

 

「そうね……私は、まずさっき話したみたいに、身長が縮んだように感じたわね。それ以外だと……謎のプレッシャーのようなものを感じるわ」

 

 そのプレッシャーというのは、暗殺者としての物かもね。

 

「んー、俺は……なんか、妙に女子っぽいオーラを感じる」

「いやそれ、いつもじゃないん?」

 

 女委、そのツッコミは変だよ。その理屈だと、ボクは普段から女子っぽいオーラを出していることになるんだけど。

 というか、

 

「女子っぽいオーラ?」

 

 自分で考えてて思ったけど、女子っぽいオーラって何?

 もしかして、男子っぽいオーラとかもあるのかな?

 

「ああ。なんというか……普段の依桜からも、ほんのわずかだけそれっぽいオーラはあったんだが……なんか、今日急にそれが強まったような気がしてな」

「あ、それはわかるぞ、晶。たしかに、今の依桜からは、変に女子っぽいオーラが感じられるわ」

「男として、そのセリフは色々とおかしいんだけど……」

 

 女の子っぽいオーラね……。

 まさかと思うけど……あの呪いが効果を及ぼし始めてるとか?

 だとすると、ボクが引き当てたのは……性転換?

 

 ……ま、まさかね。

 ちょっと、考えたくない可能性が脳裏によぎった。

 ないないと、頭を振ることでその考えを消そうとしたけど……やっぱり、何か引っかかる気がして。

 

「わたしはね……うーん、なんか髪質がちょっと変わったような気がする」

「髪質?」

 

 女委が言ったのは、一番よくわからないものだった。

 髪質って、実際見ただけでわかるのだろうか? いや、女委だしなぁ。あり得る。

 ただ、ボクとしてもちょっと気になったので、軽く触ってみる。

 

「うーん……たしかに、ちょっといつもよりさらさらしてるような……?」

 

 いつもより、わずかにさらさらとした肌触りになっている。

 手櫛が通りやすいし……。

 

「そそ。それに、いつもより艶があるような気がするし」

「あ、言われてみれば。依桜、もしかして、シャンプーとか変えたりした?」

「ううん、変えてないけど……」

 

 未果にそう言われるけど、シャンプーは変えていない。

 もちろん、母さんのと間違えた、なんてことは全くしていない。

 それに、シャンプーを一回そこら変えたところで、あまり変わらないと思うしね。

 ……まあ、実際は三年経っているわけだけど。

 

「それに……」

「え、まだあるの?」

「うん。なんか依桜君から、花のような、フローラルな匂いがするんだけど……」

「え、マジ?」

「それは気になるな」

「私も」

 

 女委の発言に、ほかの三人が興味を持ったのか、ボクににじり寄ってくる。

 

「え、あ、あの、皆さん? 何をしていらっしゃるのでしょう?」

 

 そんなボクの言葉を全く聞かず、スンスンと三人はボクの匂いを嗅ぎ始めた。

 ……え、なにこれ? これだと、三人がただの変態のような気がするんだけど……。

 あと、ボクとしても、ものすごく反応に困ることされてるんだけど。

 

「……たしかに。女委の言った通り、依桜からはフローラルな匂いがするわ」

「ああ。花の匂いとかは詳しくないから分からないが、確かに言われてみればそれっぽいなと、俺も思う」

「依桜、お前、香水でも使ったのか? それとも……女子と寝たとか?」

「なっ! そ、そんなわけないでしょ!」

 

 普通、そう言う発想になる? ならないよ、ボクだったら。

 そこはまあ、態徒クオリティー。

 

「「「「……え?」」」」

 

 ボクが、ちょっと大きな声で否定すると、四人が間抜けな声を漏らした。

 しかも全員、驚いた表情をしている。

 どうしたんだろう?

 

「……な、なあ依桜」

「なに?」

「お、お前……声も高くなった?」

「何を馬鹿なことを……どこか頭でも打ったんじゃないの? 態徒」

 

 さすがに、ボクの声が高くなってるなんてことないと思う。

 といより、三年間も向こうで過ごしたんだから、逆に声が低くなると思うんだけど。

 ちなみに、ボクはほとんど声変わりをしていない。それどころか、女の子みたいな声、とよく言われたりするけど、それでも男子と判別がつくレベルだ。

 だというのに、そんなことを言ってくるとは……。

 

「え、いやでも……」

 

 態徒は納得していないのか、なおも言いよどむ。

 ほかの三人も、ちょっと怪訝そうな顔をしているし。

 ……なんかちょっと気まずい。

 

「と、とりあえず、席に着こう? もうそろそろHRも始まるだろうから」

 

 ボクがそう言うと、みんな渋々と言った感じで自分の席に戻っていた。

 強引に戻しちゃったけど……しょうがないよね。

 なんか、妙に気まずかったし。

 それに、みんなが席に着いた瞬間に先生も入った来たし。

 

「席に着けー。HR始めるぞー」

 

 問題ないかな、と思ったのもつかの間。

 ちょっとしたアクシデントが発生。

 それは、三時間目の体育だった。

 

「おーし、今日は特にやることもないから、ドッジボールでもするぞー」

 

 今日の体育は、なぜかドッジボールだった。

 特にやることがないて……先生がそれでいいの? と思わなくもなかった。

 あと、高校生になって、ドッジボールかよ、と思うんだろうけど……意外とそうでもなく、やるとやっぱり楽しい。

 高校生になって、身体能力が向上しているおかげで、ある程度レベルを上げての試合が可能だからだと思う。

 

 もちろん、ボクも嫌いではない。

 ……まあ、こういうのって基本的にスポーツが得意な人が活躍したりするからね。

 ボクみたいなのは、通常あまり活躍できなかったりするんだけど。

 

「それじゃあ始めるぞ!」

 

 そんなこんなで、ドッジボールが始まった。

 ボクはAチーム。

 晶と態徒はBチームだ。

 

 うーん、ボクだけ仲間外れかぁ。

 しかも、晶ほどではないとはいえ、態徒もそれなりに運動神経はいいからなぁ。

 晶に至っては、スポーツ全般が得意だし……。

 うん。やれるところまでやってみようかな。

 と、一人でそんなことを考えていると、

 

『おい、男女危ないぞ!』

「え?」

 

 ボクのチームの人が、突然ボクに向かってそう叫んでいた。

 正面を見ると、Aチームの人(筋肉マッチョ)が投げた剛速球のボールが飛んできた。

 ……あれ、なんか遅く感じる。

 これ、どこが危ないんだろう?

 よけるまでもないかな?

 

「ほいっと」

「……は?」

 

 ボクがよけるそぶりもない上に、何でもないようにボールをキャッチしたところ、投げた人からは、当たると確信していたのだろう、予想裏切ってキャッチされたことで、間抜けな声を出していた。

 それをチャンスだと思ったボクは、振りかぶり、

 

「じゃ、いくよ! それ!」

 

 小手調べとばかりに、軽くボールを投げた。

 バヒュン! という音を立てながら飛んでいったボールは、一瞬で筋肉マッチョの人に飛んでいき、

 

「ごぶっ!?」

 

 ドゴンッ! という音を立てながら腹部に衝突した。

 しかも、当たった瞬間に体がくの字になるというおまけ付き。

 ボールが落下したのと同時に、ぐらりと、筋肉マッチョくんが前のめりに倒れた。

 そして、沈黙が訪れた。

 聞こえるのは、筋肉マッチョくんの呻き声と、ボールのポーンポーンというバウンドする音だけである。

 

「あ、あれ……?」

 

 おかしいな……ボク、そんなに力入れてないんだけど……なんだろう、あのスピードは。

 ………死んでないよね、彼。

 そう思ったのもつかの間、

 

『す……すげえ! 何だ今の!?』

『投げたボール……見えたか?』

『全然見えなかった!』

『だよな! あれ、どうなってんだ?』

『くそお! 男女のやつ、今まで隠してたのか!?』

『あんなん、勝ち目ねえじゃん!』

『よけられる気がしねえ……』

 

 みんな興奮したように、騒ぎ始めた。

 騒いでいる内容は、当然のように、ボクの投げたボールのこと。

 あ、あれ?

 

 もしかして……本当に向こうの身体能力って、こっちでも活かされたり……?

 ……ぽいなぁ。だって、普通の人間がこんなバカみたいなボール投げられるはずないし……。

 投げられるとしたら、野球ボールくらいだと思うし……。

 じゃあ、さっきボールが遅く感じたのも、向こうでの生活が原因……だよね?

 ああ、やってしまった……。

 

「い、依桜。お前どうした? なんか、昨日までと別人みたいなんだが……」

「依桜お前、いつの間にそんな力を!? あれか!? 異世界にでも行って、鍛えてきたのか!?」

 

 ……態徒。それ正解。

 それと、晶もあながち間違いじゃない。ボクだって、いかにも気弱なインドアな人です、っていう風のクラスメートが、次の日頭のおかしい厨二的殺人鬼になったら、別人だと思うもん。

 でも、そう思うのは当然。なにせ、こっちは三年間もの間、魔物やら魔族やらと闘ってきたんだからね。

 学校の体育とは比較にならないよ。

 

 ……どうしよう。

 次から、もうちょっと威力を抑えないと……。

 でもよかったぁ……本気で投げなくて。

 今のボクが本気で投げてたら……多分、体に風穴が空いていていたか、ばらばらになってあたり一面に筋肉マッチョくんだったなにかが散らばる、なんてスプラッタな絵面になるところだったし……。

 

『よっしゃあ! この調子でいこうぜ!』

『おおお!』

 

 その後の試合と言えば、何と言いますか……圧倒的でした。

 異世界帰りのボクは、身体能力が異常なまでに向上しているので、仮に格闘技の世界チャンピオンといきなり戦えと言われた上に、ハンデとして右手だけ、と言われたとしても、まず負けることはないと思う。

 軍人相手でもそう。銃を持っていたとしても、避けられる自信がある。

 

 それほどまでに、今のボクはちょっと規格外だった。

 少し手を抜いていたとしても、全然余裕だった。

 むしろ、手加減をすることに心血注いでいたから、そっちで疲れたかな。

 

 と言った感じで、体育が終了した。

 尚、筋肉マッチョくんは保健室に運ばれました。

 いい一撃だったぜ、と清々しい笑みと、サムズアップをしながら言われた。



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4件目 依桜、変化する

 そんなこんなで久し振りの学校は終了し、放課後。

 あれから、未果たちと色々話した。身長然り、声然り。

 中でもやっぱり、みんながボクに対して感じている違和感がすごかった。

 

 どうもみんな的には、ボクが妙に女の子っぽくなったと感じているらしい。

 雰囲気であったり、歩き方であったり。感じた違和感は色々だった。

 中でも、身長の縮み、声のトーン、ボクの匂いが一番気になったらしい。

 

 ボク自身よくわからないけど、長い付き合いのあるみんなだ。正直、その考えを切り捨てることはできない。

 ……性転換とか、起こらないよね? というか、起こらないでほしい。

 切に願いながら、ボクは家に帰った。

 

 

『依桜~、ご飯よ~!』

 

 家に帰り、着替えてから軽くベッドで休んでいると、少し眠ってしまったらしい。

 母さんがボクを呼ぶ声で起きた。

 

 なぜだかはわからないけど、今日は妙に眠い。普段は感じないような、強烈な睡魔がボクを襲っていた。

 しかし、夕飯を食べないわけにもいかないので、眠い目をこすりながら、少しふらふらとした足取りで下へ向かった。

 

 

「ごちそうさま」

「あら、もういいの?」

「う~ん、なんかあんまり入らなくて」

「どうした、食欲がないのか?」

「ううん。別にいつも通りだよ。でも、何と言うか……あんまり胃に入らないんだよね」

 

 今日の夕飯を食べているとき、なぜかものすごく違和感を感じた。

 今言った通り、いつもと同じくらいの食欲のはず。

 ボク自身、一般的な男子の平均より、少し多いくらいの量を食べるんだけど、妙に胃に入らないというか……まるで、胃が小さくなったように感じる。

 ……おかしいなぁ。

 いつもより食べないボクに心配したらしく、それがさっきの二人のセリフなわけで。

 

「そうか? まあ、病気じゃないなら問題ないな」

「そうねぇ。病気じゃなけれな、こっちとしても心配無用だからね」

 

 まあ、今のボクが病気になるかはわからないけどね。

 なにせ、馬鹿みたいに向こうで鍛えたわけだし……ちょっとやそっとの風邪や病気じゃ、かかったとしても、一日もかからないで完治しちゃいそうだけどね。

 だから多分、病気じゃないと思う。

 ……ある意味、病気のほうがまだましかもしれないけど。

 

 

 その夜

 

「……んん、なんか寝苦しい……」

 

 夕食を食べ、お風呂に入ったのち、少し休憩を挟んでからボクは布団に入った。

 目を閉じると、すぐに意識は消えたけど、なぜか少しして目が覚めた。

 違和感を覚えたからだ。

 

 なんというか、こう……今まで連れ添ってきた大切な相棒が突然いなくなる感じっていうのかな?

 自分でも何を言っているのかわからないと思うけど、本当にそんな感じ。

 それに、妙に顔や首がむずむずする。

 なにか、細く長く、そして絹のように柔らかい何かが当たっているように感じる。

 色々なことが気にはなったけど、やはり睡魔には勝てなかったらしく、ボクは再び意識がなくなった。

 

 

 翌朝

 

「……ん、んぅ……あしゃ?」

 

 窓から差し込み光によって、ボクは目が覚めた。

 今日は土曜日。休日だ。

 今週は特に予定もないから、惰眠でも貪ろうかと考えたけど……

 

「……起きよ」

 

 なんだかもったいない気がして、起きることにした。

 ボクって、貧乏性かもなぁ。

 

「……あれ、なんか変?」

 

 ふと、何か違和感のようなものを感じた。

 ちょっと寝ぼけているだけかもしれないので、軽く頬を叩いて眠気覚ましをする。

 すると、頭の中がクリーンになり、視界もはっきりとした。

 感覚も正常になり、こちらでも違和感が。

 

 なんというか、その……体の一部が重く感じる。

 そう、それは胸の辺り。

 ほかにも、

 

「ボクって、こんなに髪長かったっけ?」

 

 髪が長くなっているように感じた。

 ……というか、

 

「あれ、ボクって、こんなに声高かったけ……?」

 

 妙に声が高いのだ。自分のものとは思えないほどに、声が高いのだ。

 しかも、妙に可愛らしい声のような?

 それに、背中や首、頬、腕、足に当たっているさらさらとした何かが気になる。

 例えるなら、そう……髪の毛、かな?

 

 それに、さっきも思った通り、胸の辺りも重い感じがする。

 嫌な予感がして、恐る恐るボクは視線を下に落とした。

 すると、

 

「……ある」

 

 なぜかボクの胸に山ができていた。

 有り体に言うと……胸が成長していました。

 

「……まさかっ!」

 

 ボクはあることを確認した。

 それは当然、ボクの数少ない男としての象徴だ。

 手を股のところに持って行って、わかったこと。

 ……いや、そもそも、違和感がある時点でわかったも何もないんだけどさ。

 

「……………ない」

 

 なくなっていた。

 ボクを男たらしめていた物が無くなっていたのだ。

 ボクの、唯一と言っても過言ではないモノが。

 

「え、もしかして……」

 

 ボクはベッドから降りて、自分の部屋にある姿見に自身の姿を映し、その姿を見て絶句した。

 そこにいたのは、

 

「こ、これは……ボク?」

 

 銀髪ロングの少女だった。

 

「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」

 

 ボクの素っ頓狂な声が、爽やかな秋の朝に木霊した。

 そうしてこの日、ボクは女の子になった。



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5件目 女の子の生活スタート

 女の子になったという事実に、しばらく放心状態になって、少ししてようやく落ち着いた頃、ボクは再び鏡に向き合っていた。

 そこに映っているのは、腰元まで届いた綺麗な銀髪に、ちょっと優し気な印象のある碧い瞳。

 ややあどけなさの残る、可愛らしい顔立ち。

 体も、服の上からわかるほどに胸が大きく成長し、体は妙に丸みを帯びている。

 肌の質感も、ものすごく柔らかくて、ぷにぷにしている。

 太腿だって、肉付きがよくてとても柔らかそうな感じだし……。

 昨日までの自分とは大違い……というか、

 

「まったくの別人だよっ……!」

 

 思わず叫んでしまった。

 その時の動きが、鏡に映った少女とシンクロしていた。

 それを見るに、やはりこの鏡に映ったのはボクで間違いないと思う。

 

 ……一応一つ言わせてもらうと、銀髪碧眼だったのはもともとです。

 ボクの先祖に、北欧の人がいたらしくて、隔世遺伝でボクは銀髪碧眼に生まれたらしいです。あ、両親はごく普通の日本人ですよ。隔世の幅が広すぎるのはご愛敬。

 それにしても……ああ、まさか、本当に女の子になってしまうなんて……。

 

 あの本、対処法を見つける前にこっちに帰ってきちゃったしなぁ……。

 ……そういえば、あの呪いが書かれてた本に、ちらっと見えたのものがあった。

 たしか……『呪いが発動すると、一生戻ることはありません。効果は十二日後に発現します』だったよね?

 

「……あれ、それ、まずい気が……?」

 

 呪いが発動すると一生戻らないということは、効果を発揮すると、それが呪いではなく、正常なもの、として存在することになるわけだよね……?

 

「……ということは、ボクって一生このまま、ってこと……!?」

 

 そ、そんな……一生女の子だなんて……!

 

「う、うぅ……こんなんじゃ、外も歩けないよぉ……」

 

 途方もない出来事に、涙が出てきた。

 それもそうだ、一夜にしてボクは女の子になってしまうという、とんでも事態が起きてしまったのだから、涙が出ても仕方ないと思うんだ。

 

 どういう顔して外を歩けばいいんだろう? 今まで……というより、男として当たり前――なのかはわからないけど、男としての生活をしていたのだ。

 突然女の子になったら、外出するのも躊躇われる。

 が、それはそれとして、一番身近な問題が出てきた。

 

「……と、というか、母さんたちにどう説明しよう……?」

 

 母さんたちにどう説明するか、だ。

 さすがに『女の子になっちゃった。てへぺろ♪』なんて言えるわけもないし……。

 かと言って、異世界に行ってました! なんてことは言えないし……。

 そんなことを言おうものなら、確実に『え、この子頭大丈夫? 病院行く?』みたいな、残念な子を見る目を向けられてしまう。

 

「はぁ……どうしよう?」

 

 どう説明したって、ボクが依桜だって信じてもらえるわけないし……。

 

「いっそ、どこか遠い所にでも――」

 

 遠い所にでも行こうかと呟きかけた時だった。

 

「……あ、あなた……依桜?」

 

 突然、扉の方から声がした。

 

「ふぇ?」

 

 呆けた声を出しながら、声の方を振り返ると、件の母さんがそこにはいた。

 目を見開いた、驚愕に似た表情を浮かべつつ、硬直している母さんが。

 訪れる沈黙。

 時が止まったと錯覚できるのほどの沈黙。

 

 き、気まずい。昨日もこんなことがあったけど、あれの比じゃないくらいに気まずい……。

 あっちは友達だけど、こっちは実の親。あれの比じゃないくらいに、気まずい。

 

「あ、あの……え、えっと……」

 

 とにかく何か言わないとと思ったボクは、何かを言おうとした。

 だが、それが起きることはなく、

 

「依桜!? あなた、依桜なの!?」

 

 母さんのセリフによってかき消された。

 だけど、そのセリフはボクが男女依桜なのかと尋ねる質問。

 ちゃ、ちゃんと答えないと……。

 

「う、うん。信じられないかもしれないけど、ボクだよ。依桜だよ」

 

 ボクが、母さんの質問に肯定すると、一瞬思案するようなそぶりを見せて、口を開いた。

 

「た、誕生日は?」

「十二月の十七日」

「好きな食べ物は?」

「えんがわ」

「通っている学校の名前は?」

叡董(えいとう)学園」

「……本物?」

「……うん。正直、信じられないかもしれないけど、その……ボク、女の子になっちゃったみたい」

 

 ボクがそう言うと、母さんは驚愕に目を見開いている様子だった。

 それに、嘘みたい、みたいな感じの表情もしているようにも見える。

 ……まあ、これで信じてもらえなかったとしても、どうにかなると思うし……。

 今の内に、先の事を――

 

「すごいわあ!」

「……え?」

「たまに、依桜が女の子だったらなぁ、とは思ったことはあったけど……まさか、本当に女の子になっちゃうなんてね……母さん、ちょっと嬉しいわ」

 

 あれ、なんかすごく好印象?

 というより、喜んでいる……?

 いや、それよりも、

 

「信じて、くれるの……?」

「当たり前でしょ。あなたは私とあの人の子供。自分の子供が姿を変えたくらいで、わからなくなるなんて、あるはずないもの。それに」

 

 姿変わるどころか、性別すら変わっちゃってるんだけど……。

 果たして、性転換後の姿を、姿を変えた、程度で納めてもいいものなのだろうか? 親として。

 

「あなたは可愛いもの。男の子時だって、そう思っていたわ。でも、女の子になっている今の姿は、とっっっっても! 可愛いわ」

「母さん……」

 

 思わず、母さんの温かさに泣きそうになってしまった。

 まさか、信じてくれるとは。

 ……親ってすごいんだなぁ。本当に、こういうところは素直にすごいと思える。

 

 ………だけど、最後の方は余計かな、うん。だって、男の子の時ですら可愛いと思われてたって……やっぱり複雑な心境だよ。

 それに、ボクの両親はともに能天気な節があるからね……。そこが一番大きいかも。

 

 だって、勉強の面とか、『赤点さえ取らなきゃ、どんなに成績が悪くても問題ない!』って言ってきたり、毒蛇に噛まれても、『血清があれば問題ない!』とか、果ては、『交通事故? 命あればセーフ!』なんてことを言ってくる。

 結構とんでもないレベルな気がするけど、それでもものすごく心配してくれる。……矛盾してるなぁ。

 

「とりあえず、お父さんに言わなきゃね」

「う、うん」

 

 父さん、どう思うんだろ?

 

 

「というわけで……依桜が女の子になっちゃったの」

「…………」

「そ、そういうわけです……」

 

 父さんは驚愕していた。

 目を大きく見開き、口を大きく開けた状態になっていた。これを世間一般では、あほ面って言うんだろうなあと、失礼にも思ってしまった。ここまでの表情、母さんですらしなかったよ。

 そんなあほ面をさらしている父さんの口から、開口一番。

 

「まさか、息子が娘になるなんてっ……! 父さん嬉しいぞ!」

 

 なぜか、ものすごく喜んでいた。

 それも、なんかものすごく泣いているし。

 

「しかも、こんなに可愛い姿になって……!」

「あの……父さん? 普通こういう時って、信じられない、とか、お前は依桜じゃない、みたいなことを言うところだと思うんだけど……」

「何を言っているんだ! 自分の子供がわからないわけはないだろう! ましてや、こんなに! 可愛い娘になったんだぞ!? 男親として、喜ばないわけないじゃないか!」

 

 ……う、うーん? その気持ちは全くわからない。

 だけど、子供は大切だという気持ちは伝わってくるし……

 こんなに、わけがわからないよ、的な状況でも信じてくれるというのは、やはり腐っても親だからなんだろうなぁ。

 

「ありがとう、二人とも」

「ははは。何をいまさら」

「そうよ。何の心配もいらないわ。心配があるとすれば、そうね……あなたの服や下着かしらね?」

 

 そう言って、二人はボクの体に視線を向けた。

 そういえば、体が変わったのは寝ている間みたいだったし、当然今は男物の服や下着だ。

 ……まあ、好き好んで女の子の服や下着を身に着けたくはないけど……。

 

「そうね……あなたのスタイルだと、私より大きいというか、あまり見かけない大きさよね……うん、買いに行くしかないわね」

「え……」

「そうと決まれば、午前中には買いに行ってしまいましょ」

「いや、それは……」

「いいじゃないか。行ってきなさい。それに、そうじゃないとお前が困るぞ」

「ボクは困らないけど……」

 

 だって、元々男なんだし、困るとか言われてもね……逆に買いに行く方が困るんだけど。

 というか、ボクの胸って、母さんより大きいんだ……。

 ……どれくらいなんだろう、これ。

 少なくとも、足元は全く見えない。見えるのは、胸だけ。

 

「さ、とりあえず今はいつも通りの服でいいから、着替えてきなさい。早めに出るわよ」

「……どうしても行かなきゃダメ?」

「当然よ。昨日までは男の子だったとはいえ、今はとっても可愛い女の子。親としては、可愛い姿でいてもらいたいもの。ねえ、あなた?」

「ああ、そうだな。父さんも、依桜が可愛い姿でいるとすごく嬉しい。むしろ、可愛い姿でいてくれ」

 

 なんだろう。急に女の子になったというのに、なぜこんなにもこの人たちは順応しているのか。

 ボクはまだ混乱しているというのに……。

 あれかな、能天気だからか。ボクが能天気じゃないから、混乱しているのか?

 ……いや、この人たちが異常なだけだね、うん。

 

「……わかった。着替えてくるね」

 

 ボクがそう言うと、母さんと父さんはとても満足そうな顔をした。

 ……解せぬ。

 

 

「んーと、とりあえず、服装はあまり男女関係なく着れるものがいいよね」

 

 あまり男物すぎてもあれだし。

 ボクの場合、ファッションとかあまり気にしないので、基本的にそれに似合った服を店員が持ってきたり、母さんが適当に見繕ったりしてくるから、大体男女両方着れたりするんだけどね。

 幸いと思うべきなのか、不幸と思うべきなのか……複雑だよぉ。

 

「うーん……とりあえず、黒のシャツと、ジーンズでいいかな? 今日は涼しいみたいだし、灰色のパーカーも着ていこう」

 

 着ていく服を決め、ボクはその服に着替えた。

 鏡を見て、どこか変じゃないかを確認。

 少しだけ大きいかな?

 なんだか、ちょっとだぼっとしてるし……まあ、ジーンズはベルトをすれば問題ないかな?

 上は……うん、世の中には萌え袖? っていうのがあるみたいだし……大丈夫、だよね?

 

「うん。いつものボク……とは言い難いけど、問題ない、よね」

 

 少し地味目な色だから、ボクの銀髪がよく映える。

 なんで、こんな姿になっちゃったんだろう……?

 そう言えば向こうのボクって、幸運値が高かったよね。

 それに、性転換は確率が低いって……ああ、うん。なるほど。

 

 たしかにそれなら、この現状にも納得できるよ。

 あれだね。幸運値が高いせいで、結果的に一番低い確率のものを引き当ててしまったと。

 なんでボク、あんなに幸運値が高かったんだろう……?

 

「とりあえず、下行こ……」

 

 

 そんなわけで、ランジェリーショップ。

 店内には女性の人しかいない。

 当然か。

 そんな中でボクは……

 

「あぅ……」

 

 非常に目立っていた。

 と言うのも、母さんたち曰く、どうやらボクの容姿はかなり整っているらしく、注目を集めているというのだ。

 それ以外にも、ブラを付けていないせいなのかはわからないけど、服に乳首がこすれて変な感じになっていて、それに反応しているのも、注目を集めている原因だと思う。

 そのせいで、ボクの顔は真っ赤だろうなぁ……。

 

 それに、かなり恥ずかしいのだ。

 ボクはもともと男で、急に女の子になってしまった。だから、突然こんな場所に来たら、とても恥ずかしくなる。

 

「えっと、とりあえず依桜の胸囲は計ってきてあるから、それを探して……あ、あった。へぇ、依桜ってGあるのねぇ」

 

 どうやらボクの胸は、Gもあるらしい。

 いや、正直大きさとかよくわからないんだけど……そういえば、態徒が、

 

『十代女子のおっぱいの平均って、AA~Cらしいぞ?』

 

 とか言っていたっけ。

 ……当時は何調べてるんだ、とツッコまれていたけど……それが本当だとすると、ボクは結構大きいみたいだね。

 ……うん。なんか複雑。

 こういうのって、普通は小さいものなんじゃないだろうか?

 

「はい、依桜。とりあえず、これつけてみて」

「う、うん……」

 

 そう言って、母さんに渡されたのは、水色のブラとパンツ一式のものだった。ところどころにフリルがあしらってあって、ちょっと可愛いやつ。

 ……と言っても、ボク自身見るのは初めてだから、可愛いのかどうかと言うのはよくわからないけどね。

 母さんに促されるまま、ボクは試着室へ。

 

「と、とりあえずパンツから……」

 

 一度全部の服を脱いで、試着用の下着に手をかける。

 そこでふと、自分の姿が映った鏡が目に入った。

 

「うわぁ……」

 

 思わず、こんな声が漏れてしまった。

 そこには当然、裸のボクが。

 なんというか……無駄にスタイルがいいというか……。

 

「世間一般で、こういうのを美巨乳って言うんだよね……」

 

 胸は大きい上に形が綺麗だし、大きいのに、腰にはしっかりとしたくびれが。

 あと、その……両方の胸の中央に、桜色の突起があるのが、その……自分とは言えど、見えているものは見えているので、ものすごく恥ずかしい。自分なのに……。

 

「う、うーん、自分の裸とはいえ……なんだか、見てはいけないものを見ている気分になるね……」

 

 思わず自分に向かって苦笑いをしてしまう。

 まさか、こんな外見になるとは……。

 別の人の体に入っている、と言われたほうがまだ納得できる気がするよ……。

 その場合、ボクのもとの体に誰かが入っているということになっちゃうけど。

 

「はぁ……さっさとつけて、早くでよ」

 

 パンツは問題なく穿けた。

 ただ、

 

「むぅ……布面積が小さいし、なんか余すところなくフィットして、なんか変な感じ……」

 

 男物の下着と言えば、ある程度余裕があったりしたからね……例えるなら、ボクサーパンツを小さくした感じ、かな? うん。よくわからないけど。

 

「えっとブラは……」

 

 肩ひもに腕を通して、ホックを背中で止めればいいのかな?

 

「……ん、難しい」

 

 見ながらできるわけじゃないため、なかなかホックがはまらない。

 ほんの少しだけ悪戦苦闘していると、ようやくはまった。

 

「ふぅ……やっとつけられた」

 

 その状態で再び、鏡を見る。

 

「やっぱり……女の子になっちゃったんだなぁ……」

 

 そこに映ったボクを見て、ものすごく鬱な気分になった。

 たしかに、可愛いかもしれないけど……なんというか、複雑だよ。

 ボク的には、かっこよくなりたかったのに……。可愛くなりたかったわけじゃないよぉ……。

 

「依桜―? そっちはどう?」

「着けられたよー」

「じゃあ、開けるわねー」

「うん……って、え!? ちょ、まっ――!」

 

 ジャッ!

 

「あら。なかなかいいスタイルしてるわね」

 

 ボクの下着姿は、母さんによって、堂々と公開されてしまった……。

 しかも、ほかの女性客の人もこっちを見ている。

 その上、

 

『何あの子、可愛い……』

『銀髪碧眼って……外国の子かな?』

『身長は低めだけど、モデルみたいにスタイルいいし、肌も真っ白で綺麗だし……』

『すっごい胸大きいんですけど』

『……なんか、負けた気分』

『でも、不思議と嫌な気持ちにならない……』

『うん。なんか、癒されるような可愛さ、って感じだよね』

『『『わかるわー』』』

 

 こんな会話も聞こえてくるし、

 

「か、母さん! いきなり開け放たないでよっ! す、すごく恥ずかしいんだから!」

「あら、ごめんなさいね。でもいいじゃない。ここには、女の人しかいないのよ?」

「それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいの! もう……」

 

 ボクは急いでカーテンを閉めた。

 

「うぅ……もうやだ……」

 

 どうしてボクがこんな目に……。



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6件目 新しい生活

 あの後、下着を四セット程買って、ランジェリーショップを後にした。

 お会計の際、店員の人から『可愛いですね』と笑顔で言われたのは、ちょっと複雑で、引き攣った笑みでしか返せなかった。

 そのあとは、私服を買いに。

 

 一応、今までの服も着れないことはないけど、身長がそれなりに縮んで、体格も少し小柄になったおかげで、ちょっとぶかぶかしているのだ。

 だから、買わざるを得ない状況に。

 

 洋服屋さんに行くと、店員さんと母さんが意気投合してしまい、着せ替えショーのような物が始まった。

 その過程で色々な服を着せられ、結果的に十着ほど買ってしまった(母さん買いすぎ)。

 そして今は、その内の一着を着ている。

 

 上は、可愛らしいウサギや花などがプリントされたTシャツに、ピンク色のパーカー。

 下は、赤を基調とした、ミディスカート(膝丈下、膝が隠れるくらいの丈のスカート)に、なぜかニーハイソックス。

 シューズだけは、そのままで大丈夫だった。

 なぜに?

 なかなかにファンシーな服装だけど、これ、よほど自分に自信がある人じゃないと着ない気がする……。

 

「はぁ……とりあえず、一人で歩いてるのはいいものの……」

 

 んー? なんだか、視線が多いような……?

 現在、ボクは一人で街を歩いていた。

 と言うのも、

 

『今の内に慣れておきなさい』

 

 と母さんに言われたから。

 まあ、確かにそうなんだけど……昨日の今日でこれだし……初日から外、しかも人通りの多い場所を一人で歩くとか……結構難易度が高い。

 それに、さっきも言った通り、周囲からの視線がすごい気がする。

 

『な、なあ、あの子メッチャカワイクね?』

『どれどれ? うわ、何だあの子、モロタイプなんですけど!』

『あんな目立つ子、今までいたか?』

『いやいない。外国の子なんじゃね?』

『でもまあ……おっぱいは大きいし、顔は可愛いしで、最高じゃね?』

『おい、お前声かけて来いよ!』

『お、お前が行けよ』

 

 なんて会話が聞こえてきた。

 今のボクが『男ですよ』なんて言っても信じてもらえないだろうなぁ……まあ、今だと、精神は男で、体は女の子って感じだけどさ。

 

 それにしても……やっぱり、この髪だったり目の色だったりすると、外国人だと思われちゃうのかな? 昔からこの髪色に、この目の色だったし……。

 実際、ボクが周囲から浮かなかったのって未果や晶たちのおかげなんじゃないだろうか?

 

「はぁ……早く慣れないと、先が思いやられるよ」

 

 慣れたら負けな気がするけど、この際仕方ない。

 元に戻る方法がない以上、女の子としての生を受け入れなきゃ……。

 

「とりあえず、疲れちゃったし、どこかで休憩でも――」

『は、離してください!』

『へへへ、良いじゃねえかよ、ちょっとくれーよ?』

 

 なんだろう、この会話。

 ふと、気になる会話が耳に入ってきた。

 周囲の人は、ボクを見ているか、喧騒で聞こえていないらしい。

 

 しかも、二つの声の内、一方はすごく聞いたことがあるって言うか、知り合いの声に聞こえるというか……。

 聞いてしまった以上は様子を見に行かないと思ったボクは、一度気配遮断を使用。

 使えるかわからなかったけど、使った瞬間視線が無くなった。

 

 どうやら、魔法や身体能力だけでなく、能力やスキルも問題なくこっちで使用できるみたいだ。

 ボクは人ごみの間をうまく縫って、声のした方――路地裏に向かう。

 

 物陰に身を潜め、様子を伺うと、そこには三人のガラの悪い男たちに絡まれている女の子の姿が。

 しかもあの子は、未果?

 もしかしてこの状況は……

 

「だから私、これから行くところがあるんです!」

『別にちょっとだって言ってんだろ? 大した時間はとりゃしねーよ。ま、もしかすると、そっちから帰りたくなくなるかもしれねーが』

「ひっ!」

『兄貴、そりゃ言いすぎ!』

『女が怖がっちまってるだろ? こういうのはよ、スマートに行くんだよ』

 

 男の一人が、未果の胸に手を伸ばそうとしていた。

 ボクはそれを見た瞬間、一瞬で未果の前に飛び出し、

 

「何してるんですか?」

『ぐあっ!? な、なんだ!?』

 

 伸ばしていた手を軽く蹴り上げた。

 

『なにしやがんだ……って、おお! 何だこの子、メッチャ可愛いじゃねえかよ!』

『うっわ、マジじゃん。俺たちゃついてるな!』

『これなら、一生楽しめるんじゃねえか?』

 

 ……うわぁ、何だろうこの人たち。ものすごく不快だ。

 顔も見たくないどころか、一切触りたくない。

 こういうのを、生理的に無理、っていうのかな?

 

 あ、うん。なんか腑に落ちた。

 こんなのに未果は迫られていたのか。

 ……よく泣かなかったね、未果。

 ボクだったら、泣きながらサブミッションをキメる自信があるよ。

 

『お嬢ちゃん。概ね、そこのカワイ子ちゃんを助けようとしたんだが……こっちは男三人。小さい君に、何ができるって言うんだい?』

「……っ! そ、そうよ、あなたは関係にないわ、私はいいから早く逃げて!」

 

 男の一人が言ってくると、未果がボクに逃げるように言ってきた。

 ……普通、こういう時って助けてほしいんじゃないだろうか? だというのに、自分の危険にほかの人を巻き込まいと、逃げるよう促してくる。

 普通の人だったらできないだろうね。

 

 それに、何の力も持っていないんだったら、ボクだって警察を呼ぶし。

 けど、それだと意味がない。

 注意だけで終わっちゃいそうだからね。

 だから、

 

「大丈夫だよ、未果。見てて」

「え……どうして、私の名前……」

 

 あ、しまった。

 そう言えば今のボクって、姿が変わってるから……

 ま、まあ、とりあえず、そんなことはどうでもいいか。

 まずは、目の前の人たちをどうにかしないと。

 

「お兄さんたち、ボクに勝てると思ってるんですか?」

 

 あれ、傍から聞いたら、ボクの今のセリフって、思いっきり煽っているようにしか聞こえないぞ? あれ?

 

『ハァ? 何言ってやがんだ? こっちは男だぞ? おまけに、格闘技もやってる。普通の女子供じゃあ、勝てるわけねえんだよ!』

『兄貴の言う通りだ!』

『口を動かすんだったらよぉ、別のことで動かしてもらおうか?』

 

 うっわあ……なんかもう、本当にイライラしてきた。

 なんて気持ち悪いセリフなんだ。

 完全に感情を逆なでするかのようなセリフ。

 口説く気あるのだろうか?

 

「だから何です? 格闘技をやっているから強い? そんなの、確実じゃないじゃないですか。相手が自分よりも小さくて、弱そうに見えるからって、舐めた発言や行動をしていると、痛い目見ますよ?」

『な、なんだとっ……!? てめえ、ぶっ殺されてえのか!?』

『こんなやつ、さっさと痛めつけて、二度とまともな人生を歩ませらんねえようにしてやる!』

『やっちまえ!』

「きゃあああああ!」

 

 ボクの挑発によって、男たちは怒り心頭らしく、一気に襲い掛かってきた。

 それと同時に未果の悲鳴が聞こえてきた。

 ……こんなに怖がらせるなんて……許せない。

 

「……殺しますよ?」

 

 襲い掛かる直前、ボクは三人にピンポイントに絞って殺気を飛ばした。

 

『『『っ!?』』』

「……あ、格闘技をやっているというのは、伊達じゃなかったみたいですね」

 

 どうやら、本能か何かのおかげで、殺気を感じ取ったみたいだ。

 うん。よかった、通じて。

 じゃないと……

 

「本当に、殺しちゃうところでしたから」

 

 にっこりと笑顔でボクはそう言った。

 男たちは、恐怖で顔を青ざめさせている。

 それを見て、ボクが一方踏み出すと、

 

『『『す、すみませんでした――――!』』』

 

 情けなくも、一目散に逃げていった。

 うん。手っ取り早くていいよね、ああいう輩は。

 ……でも、時代錯誤も甚だしいよね。

 今時、あんな人たちがいるなんて……。

 

「えっと、君は大丈夫?」

「う、うん……あの、あなたは大丈夫なの?」

「うん。ボクの体のどこにも、傷なんてないよ。見る?」

「い、いえ、大丈夫よ……って、『ボク』?」

 

 あ、しまった、ついいつもの一人称が……。

 慣れてなくても、『私』とか言うべきだったなぁ。

 

「それに、私の名前も知っていたし、あなたのその顔、どこかで見たことが……」

 

 ま、まずい。

 未果が何かに気付き始めた。

 概ね、ボクの正体に気が付きそうになっているはず。

 ご、誤魔化さなければ……!

 

「え、えっと、ボクは、その……あれだよ、聞き覚えのある声だなぁ、って思って、それでこっちに来ただけだから!」

 

 ボクはバカなんだろうか。自分から墓穴を掘りに行っちゃったよ……。

 

「いや、そんなことを聞いてないんだけど……ん? 聞き覚えのある声? ……私の名前を知っていて、一人称が『ボク』で、見たことのある顔に、聞き覚えのある声……あなたまさか」

 

 未果は確信した顔で、

 

「依桜?」

 

 ボクの名前を言い当てた。

 

「え、えっと、それはその……」

 

 図星だったので、しどろもどろになってしまった。

 

「……はぁ。あなた、やっぱり依桜ね? 隠しても無駄よ。それに、いつまでその声でいるの? というか、なんでそんな女の子っぽい恰好を?」

 

 あ、すっごい呆れてる。やめて! その『女装趣味なの? ちょっと引くわー』みたいな表情はやめて!

 

「いや、あの、これは……」

「……しかも、これだってパットまで入れる徹底ぶり――」

「ひゃんっ!」

「って、え……や、柔らかいし、温かい……ほ、本物?」

 

 未果がいきなり、ボクの胸を揉んできた。

 それによって、思わず変な声を出してしまった。

 当の未果は、パッドだと思ったらしい。

 ……まあ、当然だよね。

 

「しかも、その反応……依桜、あなたどうしたの?」

 

 訝しんでるような、心配しているような、その二つが混在したような表情で言われた。

 

「こ、これには深いわけがありまして……」

「はぁ……込み入った話ってことね。いいわ。とりあえず、喫茶店にでも行きましょ。そこで、じっくり聞かせてもらうわよ」

「……はい」

 

 言外に、『逃がさねぇからな?(ニコッ)』って言ってるよ、これ……

 ああ、未果の笑顔が怖い……しかもこの顔、絶対に楽しんでるときの顔だよ……。

 

 

「――なるほど、異世界で魔王を倒して、呪いをかけられて、今日朝起きたら女の子になっていた、と」

「う、うん」

 

 あの後、未果に連れられ、ボクたちは喫茶店に来ていた。

『喫茶白百合』という名前の喫茶店で、一部の学生の間では密かに人気を博している。

 基本的に人が少ない上に、落ち着いた雰囲気であるため、秘密の話をしたりするにはうってつけ、というわけだ。

 で、ボクは今しがた未果に途方もない話を説明したところ。

 

「うーん……にわかには信じがたいけど、その胸は本物だし、声も高い。しかも、髪の長さまで変わってる。下の方は分からないけど……まあ、女の子になったのは信じましょう」

 

 下はここで確認するわけにもいかないよ。当たり前だね。

 これが、女委とかだったら、『よっしゃぁ! トイレ行こうトイレ!』とか言って、連れ込みそうではある。

 

「あ、ありがとう……」

「でも、異世界云々は別よ。何か証拠でもあるの? あるなら、見せてもらいたいんだけど?」

「だ、だよね……」

「なに? 証拠がないの?」

 

 当然の反応と言えば、当然か。

 普通だったら、信じられない現象が起こっていて、しかもさらにわけのわからないことを聞かされたんだから、当然か……。

 それにしても、証拠かぁ……。

 

「いや、あるにはあるけど……あまりすごくないよ?」

「別に構わないわよ」

 

 うーん、これは何を言っても無駄そうだ。

 しかたない。お店で武器を見せるのはまずいから……うん。あれにしよう。

 

「『生成』」

 

 ボクが魔法発動の言葉を呟くと、ボクの右手に銀製のフォークが出現していた。

 

「え、なに今の?」

「何って……さっき言った通り、魔法だよ?」

「ほ、ほんとに?」

「うん」

「手品じゃなくて?」

「種も仕掛けもないよ」

「へぇ~……」

 

 興味深そうに、未果がボクのフォークを手に取って眺めている。

 

「……たしかに、ここのフォークじゃないわ」

「でしょ?」

「……でも、なんでこんなにしょぼい魔法なの?」

「うぐっ」

「普通、こういうのって、手から火を出したり、水を出したり、とかじゃないの? なのに、なんでフォーク?」

 

 痛いところを突かれた。

 未果の言葉が、ボクの胸を突き刺してきた。

 言葉は、この世で一番の凶器だと思うんだ。

 いくら武器を作っても、言葉という名の凶器には一生勝てない気がする……。

 

「そりゃ、ボクだって使えたらなぁ、とか思ったんだけど……小型の武器を作る魔法しかボクには才能がなかったからね……はぁ」

 

 一応、ほかの魔法も使えないことはないんだけどね……。

 魔力量で効果が高まったりするようなタイプとかはできるけど。

 

「……なんか、ごめん」

 

 ボクが溜息を吐くのを見て、未果はバツが悪そうに謝ってきた。

 

「いいんだよ。もともと、諦めてたしね……」

 

 ほんと、もっと色々な魔法が魔法が使えればなあ、と常々思ってたよ。

 そうすれば、旅とかもだいぶ楽ができたのになぁって。

 

「でも、これでわかったわ」

「なにが?」

「昨日、私たちが感じた依桜への違和感。それと、体育での一件」

「あー……」

 

 未果の言う通り、みんながボクに感じていた違和感は、多分男から女へと変わっていく過程だったからじゃないかな?

 だとすると、みんなが言っていた違和感にも説明がつく。

 あと、体育での一件と言えば、ボクがドッジボールで無双したことだろうね。

 

「その通りかな。向こうじゃ、死に物狂いで鍛えてたし……」

「でも、今の依桜を見る限りだと、そうは見えないんだけど……」

「うん、ボクもそう思ったんだけど、身体能力は全然衰えてなかったんだよ。ほら、さっきも悪漢を撃退してたでしょ? でもね、ちょっとだけ動きにくいと思ったよ……」

 

 苦笑いをしながら、ボクは視線を下に向ける。

 

「……まあ、その胸じゃあね」

 

 それを察した未果が、同情の目を向けてきた。

 

「うん……さっき、未果の間に入った時、胸が揺れて付け根が痛くて……女の子って、大変なんだなぁ、って思ったよ……」

 

 よく、胸が大きい人が好き! なんて言っている人がいるけれど、意外と女の子はそうじゃなかったよ。

 女の子になってよくわかった。

 胸は揺れると痛い。むしろ、無い方がいいかも、って。

 

「はぁ……まさか、こんなことになるなんて……」

「こればっかりは、私も何とも言えないわ。……というか、依桜。あなた、明後日からの学校はどうするの?」

「そうなんだよね……一応、学園長先生にでも掛け合ってみようかなとは思ってるけど……」

「それがいいわね。うちの学校、結構緩いところがあるから、多分女子生徒として今後は生活させられるでしょうけどね」

「……だよね。仕方ないかぁ……はぁ」

 

 たしかにうちの学園は緩いところがあるからね、多分掛け合ったところで、未果の言った通りの結果になると思う。

 それを考えただけで、なんだか鬱な気分になるよ……。

 

「とりあえず、明日辺りにでも学園に行ってみれば? 幸い、日曜日だから生徒も少ないだろうし。仮に、生徒に会ったとしても、転校生か何かに思われると思うから」

 

 たしかに、この姿で行ったとしても、未果の言うとおり、転校生とかに思われそうだ。

 転校生ではなく、ボクだという事実に気づく可能性があるのは、晶達くらいだろう。

 

「……そうだね。そうするよ」

「うん。ただ……近いうちに学園祭があるからね、大変かもしれないわ」

「……あ」

 

 そうだった。そういえば、三週間後には学園祭があったっけ……。

 

「依桜がその姿で学園に登校した途端、十中八九ミスコン参加は確実だろうし、クラスの出し物も、多分間違いなく喫茶店とかになるでしょうね」

「……かもね」

「まあ、自信持っていいと思うわよ。依桜。ものすごく可愛いから」

「あ、あははは……嬉しいような、嬉しくないような……」

 

 褒められているんだろうけど、状況が状況だから、何とも言えない。

 

「ふふふ。とりあえず、明日には行っときなさいよ?」

「うん。わかった。ありがとう、未果」

「どういたしまして。というか、お礼を言うのはこっちよ、さっきは助けてくれて、ありがとう」

「うん。気を付けてね?」

「わかってるわ」

「それじゃ、帰ろっか」

「ええ」

 

 話すことも話し終えたボクたちは、お会計を済ませてから家路に就いた。

 

 

 そして夜。

 ボクは、一つの問題に直面していた。

 それは……

 

「お、お風呂、どうしよう……」

 

 お風呂の問題だった。

 急に性別が変わったことで、ボクはお風呂に入ることに戸惑いを覚えてしまったのだ。

 トイレに関しては、その……座るだけなので、極力見ないようにしていた。

 その時、なんで女の子って紙をたくさん使うのかがわかった。

 

 なんていうか……中に残っている感じがあるからだった。

 それを拭き取るために、あんなに紙を使うんだなぁ、と。

 ……うん。現実逃避はやめよう。

 

「はぁ……でも、結局自分の身体だし……恥ずかしがる必要も、ない、よね?」

 

 うん。そうだよね。自分の体に、何を恥ずかしがる必要があるというのか。

 それに、ランジェリーショップの試着室では、普通に服を脱いでいたんだし、お風呂もきっと大丈夫。

 そう言い聞かせながら、ボクは服を脱ぎ、浴室に入る。

 

 浴室内に入ると、真っ先に目に入るのは、鏡に映ったボクの裸。

 あぅ……やっぱり、イケないものを見てる気分になっちゃうよぉ……。

 で、でも、自分の裸なんだし、大丈夫……大丈夫。

 さっきと同じように、心の中で暗示をかけながら椅子に座る。

 鏡に関しては、その……やっぱり、気恥ずかしくて極力見ないようにした。

 

「え、えっと、たしか、母さんがシャンプーとリンスを使っていいって言ってたよね……? これかな?」

 

 女の子になったということで、母さんから自分のを使ってね、と言われた。

 なんでも、ボクの髪はとても綺麗でさらさらなので、ちゃんと手入れしてね、ということらしい。

 とりあえず、椅子に座り、頭を洗い始める。

 

「……うーん、髪が長いから、大変だなぁ」

 

 昨日までは、少し長めだったからそこまで大変じゃなかったけど、今は毛量も増えたし、何より長くなっている。

 腰元まで伸びているから、シャンプーをするのが結構大変。

 数分程格闘して、ようやく洗い終えた。

 

「つ、次はリンス……」

 

 ボク自身も、ちょっとは手入れしておかないと思っていたので、めんどくさがらず、ちゃんとリンスもする。

 やっぱり、数分ほど要した。

 

「や、やっと終わったぁ……。お、女の子って、こんなに時間かかるんだ……」

 

 シャンプーとリンスだけで、十分以上かかってしまった。

 

「はぁ……やっと体……」

 

 と言ったところで気付いた。

 ……この体に、触れるのか……。

 

「だ、大丈夫……だよね?」

 

 だ、大丈夫。きっと、何も問題は無いはず……。

 いつも通り、いつも通りに。

 ボクはタオルにボディソープを染み込ませ、泡立てる。

 そしてそれで体を洗い始めると、

 

「……特に何ともない、かな?」

 

 胸を洗っているときに、ちょっとだけ変な気分にはなったけど。

 そうして、体をくまなく洗っていると、

 

「う、うーん……やっぱりここも、だよね?」

 

 ボクの股の辺り。いわゆる、秘所と言うべき場所。

 さ、触るのはちょっと気が引ける……。

 でも、ちゃんと洗わないと、だよね?

 

「よ、よし……!」

 

 恐る恐る持っていったけど、

 

「あれ、何ともない……」

 

 意外と何ともなくてすごくほっとした。

 もしかすると、自分だからなのかも。

 まあでも、洗うだけだしね。触っても、何かがあるわけじゃないもんね。前に、態徒が何か言っていたような気がするけど、意味はわからなかったし。

 

 とりあえず、最後に体を流して、湯船に浸かる。

 

「ふぅ……直視するのは気が引けるけど、意外と何ともないね……」

 

 どうにも、見慣れないものを見たせいで、少し動悸が激しくなっていたけど、湯船に浸かったことで気分が落ち着いた気がした。そのことに気づいたボクは、あまりお風呂の事に関して気にならなくなっていた。



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7件目 学園長は変態

 次の日。

 ボクは学園長室にいた。

 その理由は当然、女の子になったことを言うためだ。

 

 最初は、電話での連絡も考えたけど、こういうのはやっぱり、学園運営をしている学園長先生に直接話したほうがいいかなという理由。

 正直、学園長先生と直接的な面識はないけど、とりあえず、自分のクラスと名前、生年月日などを答えて、事情説明。

 

 なぜか、学園長先生はボクのことを知っていたけど。学園長として普通、とか言っていたけど、

『食べよ――コホンッ。なんとなく知っていただけよ』

 なんて聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

「なるほど。女の子になっちゃったと……」

「はい……信じられないかもしれませんが……」

 

 未果は何というか、幼馴染だし、ある程度理解があったからこそ、信用してもらえたけど、大人の人となると、なかなか信用してもらえないかも。

 と思っていたら、

 

「そうねぇ……ま、面白いからいいと思うわよ?」

 

 あっさりと信じてくれた。

 

「ふぇ?」

 

 あまりにも、あっさりな返答に、間抜けな声が出てしまった。

 いいの? それで。

 

「だってぇ、男の子が女の子に! なーんて面白い展開、そうそうないじゃなーい?」

「いやまあ、そうですけど……」

 

 そうそうないと言うか、まずありえないと思うんだけど。

 そんなことが、しょっちゅう起こっていたら、世も末だよ。軽く地獄だよ。

 

「それに、近々学園祭もあるし、そう言った意味ではちょうどいいのよねぇ……」

 

 ……何がちょうどいいのだろうか?

 文化祭だと、普通に出し物をやって、ミスコンとかをやったりするくらいだったよね?

 もしかして、それのことかな?

 

「それに、先日のあなたの体育の件は聞いているわよ? なんでも、大活躍だったらしいじゃない?」

「いえ、あれは大活躍と言うか……やりすぎたと思うほどで……」

 

 大怪我とかが無かったからよかったものの……確認を怠ったボクのミスだよね……。

 というより、相談しに来たことと、あまり関係ない気がするんだけど……。

 

 それ以前に、あの話やっぱり出回っちゃったのか。

 情報の発生源は、あの時の体育の先生――熱伊(あつい)先生だろうなぁ。

 

「あら、別に謙遜しなくてもいいのよ? とりあえず、その件に関しては今は、置いておくとして。まあ、間違いなく、あなたは男女依桜さんでしょうから、大した問題はないわ。性別が男から女に、なんていうのは、些末なことだもの」

 

 いや、些末ではないような……? むしろ、一大事件な気がするんだけど。

 どこに、自分の学園の生徒がわけもわからず性転換したことを受け入れる人がいるんだ。

 いや、ここにいるけども。

 

「とりあえず、あなたの学生としてのあれは、改変しておくわ。学校中にあるあなたのデータの性別の欄は、男から女に変えておくわね。あと、制服は、すぐに送っておくから。一応、採寸はさせてもらうけどね」

「は、はい」

「うん、ありがとう。じゃあ、早速始めてしまいましょうか♪」

「……え?」

 

 あ、あれ? な、なんか、学園長先生の雰囲気が変わったような?

 それに、今始めるって……?

 

「いやあ、一度でいいからやってみたかったのよねぇ、あなたの採寸……。今までは男の子だったけど、今は女の子。何の問題もないわ」

「え、あの、学園長先生……?」

 

 今のは問題では……?

 というか、女の子でも、それはまずいような?

 

「さあ、安心して? 痛くしないわ……むしろ、ちょっと気持ちいいかもね❤」

「が、学園長? 手、手が、手つきが妙にいやらしいんですけど……あの、き、聞いてます?」

「ふふ、ふふふ……ふふふふふふ!」

 

 ま、まずい、学園長先生が暴走している! 目が完全にイッてるよぉ!

 に、逃げなきゃ!

 嫌な予感がして、すぐに後ろを振り向き、その勢いのままトップスピードで部屋から出ようとした。

 

「おっと、逃がさないわよ?」

「ええ!?」

 

 しかし依桜は回り込まれてしまった!

 え、い、今、どんな動きしたの……?

 まったく気配が読めなかった上に、動きも見えなかったよ……?

 

 あと、気が付いたらドアの前にいた気がするんだけど!

 あ、あれ? ボク、人の気配とか、動きの先読みとかに関しては、一家言あったんだけど……ど、どうなってるの!?

 

「つーかまーえた❤」

「あ、しまった!」

 

 突然の出来事に思考が停止してしまい、その隙を突かれたボクは学園長先生に捕まってしまった。

 さっきの動きには驚いたけど、あまり強い力は感じない。

 こ、これくらいの力なら……!

 

「おっと、逃がさないわよ? ふぅー……」

「ひぁあ!?」

 

 突然息を吹きかけられ、変な声を出してしまった。

 

「あら、可愛らしい声。あなた、耳が弱いみたいねぇ……」

「あ、あうぅ……力が抜けるよぉ……」

 

 その上、耳に息を吹きかけられたことで、体の力が抜けてしまった。

 そのせいで、足に力が入らなくなり、学園長先生にしなだれかかってしまった。

 

「か、可愛い……! なんて可愛いのかしら! もう、食べちゃいたいくらい……!」

「ひぅっ……!」

 

 こ、怖い! この人怖いよ!

 なんか、ボクの貞操が狙われちゃってるよ!

 あ、ちょっ、後ろから抱きしめないでください!

 

「でーも、今は採寸が先よねぇ」

「いえ、食べないで下さいよっ!」

「うふふ。ほんの冗談よ、冗談」

「……」

 

 冗談に聞こえないよ……。

 もしこれが冗談であるのならば……

 

「す、スカートの中に手を入れないで下さいっ!」

「あら、だって、ねえ?」

「あ、ちょ……んぁ! ひぅ……! だ、だめっ、ですっ……! やぁっ……!」

 

 あろうことか、学園長先生はボクのスカートの中に手を入れ、愛撫をするように色々なところを触ってきた。

 ボクも感じたことのない感覚に、体がビクビクとしてしまう。

 しかも、悩ましい声もセットで。

 

「いいわぁ……あなたの反応、最高よ……」

「う、うぅ……や、やめてくださいよぉ……」

「――っ! な、なんて可愛いの……!」

 

 もうやだぁ、この学園長……。

 

「あぅっ……んっ! だ、だめっ、ですっ、よぉ……!」

「よいではないかよいではないか! ん? ここがええんとちゃう?」

「な、なんで関西弁っ……あ、ふゃ……! ほ、ほん、とに、変な気分に……んっ……! なっちゃい、ますっ……からぁ……!」

 

 な、なんだか頭がぼーっとしてきた……。

 ど、どうしよう……このままじゃ……

 

「……っと。さ、いじるのはここまでにして、採寸ね」

 

 と、急に学園長先生が手を止めて、布メジャーを取りに一旦ボクから離れた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ようやく解放されて安心したのか、ボクは床にへたり込んでしまった。

 が、学園長先生のテンションの落差って……。

 今しがた、ボクの体を触ってきたりしていたよね? しかも、ものすごくいやらしい手つきで。普通、自分の学園の生徒にあんなことする?

 ……なんでこの人、学園運営なんてできるんだろう?

 

「えっと、とりあえず胸囲と腰回り、あとお尻の大きさを計らせてもらえるかしら?」

「……もう、いたずらしません?」

 

 多分、今までで一番のジト目をしてると思う。

 

「大丈夫よ。十分堪能したから」

 

 ボクのジト目を意に介さず、いい笑顔で言うことがそれですか。

 というか、それはそれで問題では?

 あと、心なしかつやつやしているのは、気のせいだと思いたい……。

 

「……わかりました」

「じゃあ、とりあえず下着姿になって?」

 

 言われるまま、ボクは服を脱いで、下着姿に。

 

「あら。こうしてみると、スタイルいいのねえ」

「……そうですか?」

「ええ、ええ! あなたみたいな子は、すべての女の子が羨むようなスタイルよ」

 

 どうやらボクは、女の子から見て、かなりスタイルが良いようだ。

 女性から見てそうなんだから、多分そうなんだと思う。

 なんでボクなんかが、と思わないでもないけどね。

 

「ええっと、とりあえず胸からね。一応、ブラのカップと、わかれば大きさを教えてもらえる?」

「えっと、87のGです」

「なるほど。となると……アンダーは大体62ってところね。じゃあ次、ウエストね。ちょっとメジャーをまくわよ。じっとしててね」

「はい」

 

 されるがままに、ウエストが計られた。

 ただなんか、少しむずむずする……。

 

「えっと……55ね。あなた、その胸の割には随分細いわねえ。いいくびれをしてるわ」

「そ、そうですか?」

 

 言われてみれば確かに、今のボクにははっきりとわかるほどのくびれがある。

 女の子からしたら、こういうのは羨ましいらしいけど、男だったボクには分からない。

 

「じゃあ、ヒップね。えっと……うん。82、っと。へえ、やっぱり、グラビアアイドルみたいに、スタイルいいわねえ……いっそ、目指してみれば? 絶対なれるわよ」

「さ、さすがにそれはちょっと……」

 

 アイドルになるっていうのは……その、恥ずかしい。

 うぅ……なんだか、以前にも増して羞恥心が強くなった気が……。

 それに、ちょっと体が敏感になってるような気もするし……。

 

「あとは身長ね。とりあえず、これもメジャーで問題ないわね」

「え、大丈夫なんですか?」

 

 メジャーで身長を計るなんて聞いたことないんだけど……。

 

「大丈夫よ」

 

 そう言うや否や、学園長先生が身長を計り始めた。

 

「ふむふむ、149センチってとこね。身長は低め、と。このスタイルで、この身長だと……ロリ巨乳ってやつね」

「……そうですか。身長、8センチも縮んだんですね……」

 

 とうとう、150切っちゃったのか……。

 ものすごく、悲しい。

 伸びてほしいと思っていたのに、この仕打ち。

 ……魔王、今度もし会うことがあったら、絶対に仕返ししよ。

 

「男の子だったらまだしも、今だったらちょうどいいんじゃないかしら? それに、あなたは身体能力が高いみたいだし、問題ないとは思うわよ」

「……それもそうですけど」

 

 たしかに、今のボクは垂直跳びをしたら、十メートルは余裕だと思うけど。

 それはそれ。やっぱり、身長が縮んだのはちょっとショック。

 というか、一昨日より縮んでない?

 

 ……もうこれ以上、縮まないよね?

 女の子って、身長低いと可愛いというイメージになるし、高いと美人っていうイメージだものね。ボクの場合、顔立ちと身長のせいで、可愛いの部類になるのかも。

 

「はい、採寸終わり。じゃあ、これに見合ったサイズの制服を送っておくから、今日はもう帰って大丈夫よ」

「ありがとうございました」

「よろしい。じゃあ、色々とやっておくわね」

「はい。では」

「あ、あと」

 

 学園長室を出ようとしたところで、学園長先生に呼び止められた。

 

「なんですか?」

「次は、もっと深いことまでやらせていただけると――」

「し、ししし失礼しますっ!」

 

 ボクは逃げるようにして、学園長室から出ていった。

 

「あらあら……ふふ。ほんとに、可愛い子ね」

 

 今日分かったこと。

 学園長先生はド変態。

 ……そういえば、うちの学園長先生って若くて美人ってことで有名だったっけ。

 でも、そんな学園長先生に恋人がいないうえに、そう言った浮ついた話がないから、みんな疑問だったんだけど……ボクは理解した。

 学園長先生に恋人などがいない理由。

 それは単純に変態だったからなんだろうな。

 

「……極力、関わらないようにしないと……」

 

 そう心に決め、ボクは家に帰った。



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8件目 性転換後の初登校

 変態的採寸から、翌日。

 いつも通りに起きたボクは、リビングに向かう。

 

「おはよう」

「おはよう、依桜。制服、届いてるわよ」

「うん、ありがとう」

 

 母さんが言った通り、リビングにはボクの新しい制服が置いてあった。

 うちの学校の制服は可愛いと評判なので、意外と女子生徒が多かったりする。

 制服のデザインは同じだけど、カラーリングが三種類あり、生徒は自由に制服を選ぶことができる。。

 ボクの新しい制服が入った段ボールにの中にも、当たり前のように三種類入っていた。

 

 一つは、赤と黒を基調としたタイプ。

 二つ目は、青と白を基調としたタイプ。

 三つ目は、黄色と緑を基調としたタイプ。

 この三種類。

 ボクは……青と白かな。

 

「じゃあ、着替えてくるね」

「ええ、時間に余裕はあるから、ゆっくりでいいわよ」

「うん」

 

 女の子の服がなかなかに複雑だということを知りつつ、なんとか着ることができた。

 制服に着替え終えたボクは、再びリビングに向かう。

 

「あら、とっても似合ってるわねぇ……。お母さん、嬉しいわぁ」

「そ、そう、かな?」

 

 少しだけボクも見たけど、銀色と青って、結構合うと思うんだ。

 だから、この色にしたり。

 

 ……あれ、ボクオシャレのこととか考えたっけ?

 ……う、うん。き、きっと考えてた、よね……?

 

「さ、朝ごはんを食べなさい。もうできてるから」

「うん」

 

 

「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてね。今のあなたはとっても可愛いから、よからぬことを考えそうな人が出てきそうだから」

「だ、大丈夫だよ」

 

 ……もしそうなったら、バレないように打ちのめすだけだし。

 なるべく、法に接触しない範囲でね。

 ちょっとした不安はあるけど……大丈夫、だよね?

 

 

 いつもの通学路を歩きながら、ふと気になることが。

 それはもちろん、周囲からの視線。

 男女ともに視線は来るけど、特に、男子からのが多い気がする。

 

「……あぅ、やっぱりこの体は不便だなぁ」

 

 女の子になってからと言うもの、不便なことが多い。

 聞くところによると、人によっては生理はかなりキツイらしい。

 なんでも、動けなくなるくらいにお腹が痛くなったりするんだとか。

 ……はぁ。それを考えただけで鬱だよ。

 

 痛みに関しては、向こうで慣れていたけど、慣れと痛くないのは全くの別物だからね。ボクは、あまり酷くないといいなぁ。

 

 ん……そういえば、周囲がちょっと騒がしい気がする。

 何やら話している人もいるみたいだけど……なんとなく聞きたくないかな。

 ボクは周囲の音を気にしながらも、なるべく耳に入らないように学校へ向かった。

 

 

 そして、ようやく学園に到着。

 ボクが校門を抜けた瞬間、周囲がざわつき始めた気がする。

 

『な、なあ、うちにあんな可愛い子いたっけか?』

『いや、あんな目立つ奴はいなかった気がするぞ? いたら、とっくに気付いてるっつの』

『じゃあ、転校生とか?』

『じゃね?』

『……俺、声かけてみよっかな』

『やめとけ。絶対相手にされないぞ』

『ねえねえ、あの子すごくなーい?』

『うっわ、何あの子。メッチャ可愛いんですけど……』

『おまけにスタイルはいいし……なんか、女として負けた気分』

『でも、可愛いからよくない?』

『……だね』

 

 う、う~ん。やっぱりすごく目立ってるような……?

 ボク、転校生でも何でもないんだけど……むしろ、入学してからずっといたんだけど……。

 といっても、気づかないよね……まあ、それも当然と言えば当然なんだけど。

 普通、先週まで男だったのが、次の週でいきなり女の子に変わってる、なんてことはないもんね……。

 

「……態徒と女委が暴走しなきゃいいんだけど……」

 

 ボクが今回一番の不安要素としているのは、あの二人だ。

 態徒は変態だし、女委も路線の違う変態。

 また、とんでもないモデルにされそうだし……。

 態徒は、まあ……下手をしたら、

 

『む、胸を揉ませてくれ』

 

 ぐらいは言ってきそうだし……。

 

「せめてもの救いは……晶と未果だけ、だよね」

 

 未果は事情を知っているし、晶は恋愛ごとに対して積極的じゃなかったりするから、安心できるはず。

 

「覚悟を決めて、いざ教室」

 

 

 ボクは今、一年六組の教室の前にいた。

 三年も時間は空いちゃってるけど、先週来たばかりの慣れ親しんだ自分のクラスだというのに、ものすごく緊張する。

 クラスに着いた時間は、なるべくHRギリギリにしておいた。

 

 早めに来たので、その辺りをちょっとだけ歩いていた。

 覚悟はしたけど、何のかんので揺らいだりしたから。

 

 ……それもあってか、噂になってそうだけど。

 そして、もうそろそろでHRが始まる時間。

 そのタイミングを見計らって、ドアに手をかける。

 

「すぅー……はぁー……よし!」

 

 深呼吸をして心を落ち着かせてから、ドアを開けた。

 

「お、おはよう……」

 

 ボクが困惑したような笑顔を浮かべつつ、挨拶しながら入ってきた瞬間、みんな一斉にこっちを見た。

 しかも、誰? みたいな疑問符を浮かべているし……。

 とりあえず、今はそれをなるべく無視して、自分の席へ。

 席について一息。

 周囲を見ると、みんなこっちを不思議そうに見ながら、なにやら話している。

 

『な、なあ……なんであの子、男女の席に座ってるんだ?』

『彼女、とか……?』

『いやでも、あいつに彼女ができるような雰囲気はなかったし……』

 

 そんな雰囲気で悪かったね。

 あと、かなり失礼だよ、それ。

 

『でも……すげえ可愛いよな』

『ああ。あんなこと付き合えたら、幸せなんだろうな……』

『あの子……どっかで見たことない?』

『えー? 気のせいでしょ』

『転校生の話とか聞いた?』

『全然。そんな話聞いてないよ?』

『……じゃあ、クラスを間違えた、とか?』

『にしては、慣れた感じで入ってきてたよね……?』

 

 みんながひそひそとないかを話しているみたい。

 十中八九、ボクが何者かということだろうけど。

 ほとんどの人が、友達と話すだけで、直接聞きにこようとはしない。

 そんな中、恥ずかしい思いをするかもしれないと思いつつも、好奇心に負けたのか、何人かが席を立ってボクのところに来ようとした。

 だけど、

 

「おーっし、HR始めるぞー」

 

 担任の先生が入ってきて、それは叶わなかった。

 ふぅ。よかった。

 先生、ありがとうございます。

 今、ボクについて言及されるのはね……。

 どのみち、すぐばれることになると思うけど……。

 

「欠席者は……いねーな。関心関心」

 

 先生の一言に、クラス全員(未果は除く)が『え?』と思ったに違いない。

 だから、

 

『せ、先生……男女が来てないんすけど……』

 

 こうして、聞くのは当たり前だと思う。

 いつものボクがいなくて、代わりに別人のようなボクがいるんだから、それは当然の質問だと思う。

 

「何言ってんだ? 男女ならいるじゃねーか」

『え、でも……男女はたしかに、ちょっと女っぽい見た目っすけど……あんな可愛い子じゃないっすよ? しかも、誰かもわからねーし』

「いやだから、あいつが、その男女だっつってんだろ」

『……は?』

 

 先生の荒唐無稽な言葉に、クラス全員(未果は除く)がポカーンとした。

 そんなクラスの様子を見てか、先生が呆れながらこう言ってきた。

 

「はぁ……なんだ男女。お前、自分から言わなかったのか?」

 

 ここで初めて、ボクは話を振られた。

 そうすると、みんながバッ! と一斉にこっちを見てきた。

 ほらね? バレたでしょ?

 

「いえ、だって……言っても信じてくれないんじゃないかなぁ、なんて……あはは……」

「何言ってんだよ。んなこと言ってっから、あたしに面倒が降りかかってくるんだろーが」

「す、すいません……」

「……まあいい。つーわけで、まあ……なんつーか、男女が正真正銘の女になったんで、みんなそこんとこよろしくな」

『…………うえええええええええええええっっっ!?』

 

「い、依桜、お前……女になったのか?」

「ま、まあ……ちょっと、色々あって……」

「色々って……マジかよ……」

「ほえー、まさか、依桜君が女の子になっちゃうなんて……こりゃまたびっくりだね」

「あ、あはは……ボクも色々あってね……」

 

 そんなこんなで、ボクの周りにはいつものメンバーを中心に、クラスメイト全員が集まっていた。

 所謂、質問攻めである。

 

『な、なあなあ男女。ほんっとーに、女になっちまったのか?』

「う、うん……何度も確認したし……」

 

 手で確認したり、お風呂などでもね……。

 もうね、この二日でいやというほど確認した気がするよ……はぁ。

 

『か、確認っ……。ごくり』

 

 生つばを飲み込むのは本当にやめてほしい。

 なんだか、背中に粟立つものを感じるから。

 ゾワゾワッ! ときたもん、今。

 

『じゃ、じゃあ、そのおっぱいも本物……?』

『ちょっと男子、何聞いてんの?』

『う、うるせえ! 別にいいだろ!? そ、それで……どうなんだ?』

「あぅ……その、ほ、本物、だよ……」

 

 さすがにド直球に言われると……ちょっと恥ずかしい。

 

「あ、あのあの……で、できれば、その……そう言う質問はやめてほしいなー、なんて……」

『……男女なのに、メッチャ可愛いんですけど……』

『うわぁ、女として負けた気分……』

『大丈夫よ。あんた、依桜君に何一つ勝ててないから』

『……言わないで、悲しくなるから』

『それにしても……依桜君……じゃなくて、ちゃんか。依桜ちゃんの胸、おっきいね。何カップ?』

 

 ……ボク、そう言う質問は控えて、みたいなこと言ったつもりだったんだけど……。

 スルーかな? スルーなのかな? ボクのクラスメートは、ドSなのかな?

 

「あ、それわたし気になるー」

「お、オレも」

「あ、それ私も」

「未果も!? え、ええっと、あの……その……じ、G、です……」

 

 あぅぅ……恥ずかしぃ……。

 なんで、ボクがこんな目に……!

 

『でか!?』

『うっわあ、いいなぁ……そんなに大きくて羨ましい……』

『しかも、肌も真っ白で超綺麗だし、髪も艶々でさらさらだし……』

『……そういえば、男の子だったときから、依桜君って女子よりもそのあたり綺麗だったよね……』

『あー……その時から負けてたのかぁ』

「あ、あはははは…………」

 

 どうしよう。収拾がつかなくなったような……?

 しかも、みんなすごい興奮している気がする。

 ……まあ、無理もないことかも。

 

 突然、性別の変わった生徒がいたら、普通にこうなるよね……。

 きっと一時的な物だろうし、その内収まるとは思うけど。

 そうして、色々な質問をされ、ボクが解放されたのは一時間目が始まるころだった。

 

 どういう風に伝わったのかはわからないけど、気が付けば、ボクは学園中の噂になっていた。

 授業が終われば、一目見ようと他クラスや、他学年の人が見に来る。

 その都度、奇異の視線を向けられるんだから、たまったものじゃない。

 

 早くほとぼりが冷めてほしい。

 色々とありつつも、昼休み。

 当然、いつものメンバーでの昼食。

 

「しっかし、びっくりだよなぁ……依桜が女になっちまうなんてよー」

「うん。わたしもびっくりしたよ。まさか、書いていた同人誌のネタが、現実になるなんて……」

「でも、未果は知っていたんだろ? なんで俺たちに教えてくれなかったんだ?」

「だって、言わないでいた方が面白いでしょ?」

「……未果、楽しんでた?」

「当たり前じゃない。これを楽しまずして、何と言うの?」

 

 うん。清々しいまでの笑顔だし、発言だね。

 その笑顔がなんかちょっとイラッと来る。

 ……一度、お仕置きしたほうがいいんじゃないかな。

 

「にしても……羨ましい限りだぜ、依桜」

「え、どうして?」

 

 唐突に、態徒が羨ましいと言ってきた。

 こんなことになって羨ましいと思える? 普通……。

 

「だってよ、男から女に変わったってことは、自分の体を好き放題触って、女を知れるってことだろ? 世の男の夢だぜ?」

「……あのね、この体って結構不便なんだよ?」

 

 何の気なしに言ってきた態徒に、反論を入れる。

 

「まず、髪の毛が伸びたりしたから洗うのも大変だし……うつぶせに寝ると、胸が潰れてちょっと息苦しくなったりするし、激しい運動をすれば、胸が揺れて付け根が痛いんだよ? だから、男の体が一番動きやすいんだよ……って、ちゃんと聞いてる?」

「も、もちろん聞いてるぞ!?」

 

 ちゃんと聞いてなさそうだった態徒に目を向けると、慌てたようにそう言ってきた。

 すると、今度は晶が、

 

「あー、依桜? その話は、あまりしない方がいいかもしれないぞ?」

「え、どうして?」

「なんというか……周りが、な。特に男子が聞き耳立ててるし、人によっては、彼女に張り倒されてるぞ」

「え? ……あ、ほんとだ」

 

 見ると、彼女と一緒にお昼を食べていた最中だったのか、彼氏の方の人が顔に紅葉をつけていた。

 い、痛そう……。

 

「しかも、男子たちは、依桜の胸を思いっきり凝視してるわよ?」

「……やっぱり?」

 

 どうにもさっきから落ち着かないなぁと思ってたら、やっぱりボクの胸に視線が集中していたからか……。

 女の子は視線に敏感って言うのを聞いたことがあるけど、本当にそうなんだね……。

 うう、なんか気持ち悪い。

 

「気を付けた方がいいわよ? 依桜。今は女の子だから、襲われる危険もあるし」

「……たしかに。今の依桜は、男の時に比べてさらに華奢になってるし、夜道は危険かもな」

「ああ、不審者の気持ちがよくわかるぜ」

「……わからないでよ。というか、ボクとしては態徒が一番心配なんだけど……」

「え、なぜに!?」

「だって……」

 

 実際に襲われそうだし……。

 でもここは、友人の信用の為に言わないでおこうかな。

 

「まあ、ボクとしては、一般人相手だったら、何人来ようと撃退はできるけど」

 

 一般人どころか、格闘技の世界チャンピオンにも余裕だとは思うけど。

 敢えてそれは言わない。

 

「え、マジで言ってるの?」

「うん。マジだよ?」

「……その見た目で、殺人とかしないよな?」

 

 態徒のその一言に、心臓が跳ねたけど、なんとか悟られないようにポーカーフェイスを貫く。

 ……まあ、向こうでは殺したことあるけど……あれは、本当にやむを得ない事情だった。

 だから、その……うん。

 でも、そっか。そう考えたら、ボクって、みんなとは違う世界の人間に思えてきちゃった……。

 ……最悪、距離を取ったほうがいいかもしれない。

 

「してないよ。こう見えてボク、結構強いんだよ?」

 

 でも、表に出しちゃだめだよね。

 気を遣わせちゃうから。

 というより、拒絶されるかもね……。

 一応、覚悟はしておこう。

 

「……いや、そうは見えねえんだけど」

「右に同じく」

「俺もちょっとな……」

「むぅ……ほんとだよ? それとも、誰かが試してみる?」

 

 みんな、『え、こいつが?』みたいな表情で、なかなか信じてもらえなかったので、一つ提案してみた。

 唯一、未果だけは何も言わなかったけど。

 

「じゃあオレやる!」

 

 すると、態徒がものすごい勢いで食いついてきた。

 当然と言えば当然かな?

 

「はぁ……態徒? あなた、下心が丸見えよ?」

 

 そんな態徒に対し、未果は呆れていた。蔑んだような視線もセットで。

 

「そ、そんなことねえしっ? オレはただ、実験台になってやろうかなってさ?」

 

 態徒、目が泳いでるよ。ぎょろぎょろと、忙しなく泳いでるよ?

 嘘を吐くなら、視線は定めないと。

 じゃないと、嘘だってすぐにばれちゃうよ。

 

「……それで、態徒の本音は?」

「合法的におっぱいが揉みたいです!」

「態徒、お前……」

「最っ低ね」

「態徒君。それはちょっとないかなぁ」

「……そんなに言わんでもいいじゃないかっ……!」

 

 みんなに冷たい目で見られて、ちょっと泣きだしそうになっていた。

 正直、女委は言えた義理じゃないと思うけど。

 ……とはいえ、さすがに、ボクとしてもそれは許容できないけど……。

 

「……まあ、相手が態徒でもいいよ?」

「え、マジ?」

「ちょっと、依桜本気?」

「さすがに、こいつは何して来るかわからないぞ……?」

「まさか、態徒君が攻めで、依桜君が受けの展開……! ハッ! インスピレーションがふつふつと湧いてきたぞ! いける、これはイケるうぅぅぅぅぅぅ!!」

「うん。女委はちょっと黙っててね」

 

 晶と未果だけは、心配してきた。

 だけど、女委だけはちょっとアウトなことを言っていた。同時に、人様に見せられないような顔をしていた。

 ……書かないでよ?

 

「ほ、本気でオレでいいのか?」

「うん。本気で来ていいよ?」

「いやでも、さすがに男だったとはいえ、女子を本気で攻撃するというのは……」

 

 あれ、意外と紳士なんだね、態徒って。

 けど、ボクとしては今後の為に、是非とも犠牲者になってほしいところなのだ。

 ……この学園にも、あの輩みたいな人がいそうだからね。

 

 それに、窓からこっちを覗いている生徒たちもいることだし、ここはひとつ。

 舐めてかかると危険だよ、ということを教えねば。

 それに、ボクからしたら、態徒を本気にさせる事なんて、容易いしね。

 

「じゃあ、こうしよう。ボクに勝てたら……一つだけ、なんでも言うことを聞いてあげるよ」

「なっ……!」

「い、依桜!?」

「お前、本気か!?」

「うん。本気」

「おー、大胆だねー、依桜君」

 

 だって、こうでもしないと、本気出しそうにないし。

 それに、態徒を選んだのにも理由があるしね。

 態徒、変態の割に喧嘩とか強かったりするんだもん。

 たしか、何かの武術をやっていて、それの有段者だっていうのを聞いたことがあるし。

 しかもそれは、周囲も知っていること。

 だから選んだんだ。

 

「じゃ、じゃあ何か? え、エロいことを命令しても、い、いいのか?」

「まあ……構わないけど……」

 

 ボクの発言に、周囲がざわつきだした。

 

「ひゃっほう! 依桜、絶対に勝つからな!」

 

 よし、本気を出させることに成功。

 ただまあ……態徒の周囲の評価――特に女子――がだだ下がりだけど。

 

「マジか……依桜のやつ、確実に勝てるってくらいに自信があるのか」

「じゃあ、ルールね。特にこれと言ってないけど、武器の使用はあり。この部屋にある物だったら、何でも使っていいよ。敗北条件は、地面に背中を付けること。理解した?」

「おうとも! しっかし……武器の使用はありなのな」

「まあ、態徒の為に言ったんだけど……いらなかった?」

「え? オレはてっきり、依桜が必要なのかとばっかり……」

 

 どうやら、武器の使用をありにしたのは、ボクが使うためだと思っていたみたいだ。

 ……でも、普通の人の思考だったら、そうだよね。

 ボクだって、客観的に見たら、とてもじゃないけど、強そうには見えないし。

 

 でも、だからこそ意味がある。

 見た目弱そうな人が勝つというのは、かなりインパクトがあるから、抑止力になりやすいしね。

 

「えっと、一応危険だから、クラスのみんなも外に出てほしいんだけど……ダメかな?」

『問題ないです!』

 

 うん。上目遣いって初めてやったけど……まさか、女子にも効くとは。

 でもなんていうのかな……複雑なんだけど。

 ボク、精神まで性転換が進んでない……?

 と、とにかく、今は態徒を倒さないとね。

 

「晶、悪いんだけど、審判をお願いしてもいい?」

「あ、ああ、構わないが……大丈夫なのか?」

「えっと、なにが?」

「態徒、エロが関わってくると、普段以上の力を出すんだぞ? それに、あいつは武術の有段者。依桜が勝てるとは思えないんだが……」

 

 心配そうに、晶が色々と忠告してる来るけど、別に大した問題はないと思っている。

 だから、

 

「見てて」

 

 微笑みながら言って、ボクは態徒に向かい合った。



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9件目 依桜ちゃんvs変態

「じゃあ、晶。よろしく」

「あ、ああ。じゃあ、準備はいいな? ……始め!」

 

 晶の言葉引き金となり、態徒が無駄のない動きで真っ直ぐに向かってきた。

 ごく普通の一般人なら、結構な確率でダメージをもらうだろうけど、

 

「もらったぁ!」

 

 態徒はボクの腕をつかんで投げ飛ばす魂胆何だろうけど……ボクには通用しない。

「なっ! ど、どこだ!?」

 

 態徒の死角にに入り、背後に回る。

 突然消えたように見えた態徒は、慌てて周囲を見回す。

 

「こっちだよ、こっち」

 

 ちょんちょんと、肩をつついて存在証明。

 その時、笑顔も忘れずに。

 

「い、いつの間に!?」

 

 突然現れたように感じた態徒が、ぎょっとしたように叫ぶ。

 

「ふふ。さっきの遅い攻撃じゃ、ボクは倒せないんじゃないかな?」

「な、なにおう!? じゃあ、これならどうだ!」

 

 今度は超至近距離で正拳突きを放ってきた。

 予備動作がほとんどないのに、それなりに速い。しかも、ほとんどとっさな正拳突きだったにもかかわらずだ。

 一般人相手だったら、避けるのは難しいだろうけど、そこは鍛えたボク。

 隊の放った正拳突きを適当に後方にいなし、

 

「やっと」

「おわっ!?」

 

 すれ違いざまに、足を引っかけて転倒させた。

 その時、思いっきり顔からダイブしたので、きっと顔を打っただろうけど、これは態徒なら問題ないよね。

 

「くっそぉ……まだ終わらねえぞ……」

 

 顔を抑えつつも、態徒立ち上がり、再びボクに向かい合う。

 見ると、さっきまでの余裕そうな表情はなくなり、ただただ真剣な表情をしていた。

 ……む、ここからはちゃんとやらないと。

 

「ふぅ……はっ!」

 

 さっきよりも速いスピードで態徒は向かってきた。

 今度は、真っ直ぐ来るんじゃなくて、ちょっと左右にも動いている。

 だというのに、さっきよりも格段に速い。

 こう言った武術的な物は、普段の性格や行動からは全然想像できないほどに似合っている。

 ……普段からこういうのを見せていれば、態徒はモテるんじゃないかな?

 気づく日は来ないだろうけど。

 

「これならどうだ!」

 

 今度は、右足で強烈な回し蹴りを放ってきた。

 

「ふっ!」

 

 それをボクは、態徒と同じ右足で受け止める。

 ふふふ。師匠の回し蹴りに比べたら、止まって見えるよ。

 

「なっ、嘘だろ!?」

『お、おい、男女のやつ、変態の回し蹴りを止めやがったぞ……?』

『あいつの蹴りって、結構な威力で、あんな華奢な体じゃあ、下手すれば骨が折れるはずなんだが……』

『依桜ちゃんって、強かったんだ……』

『いや、それよりも、変態の方もかなり強くない?』

『うん……不覚にも、ちょっとかっこいいとか思っちゃったわ』

 

 よかったね、態徒。株が上がったじゃないか。

 といっても、当の本人は聞いていないようだけど。

 いや、それ以前に、態徒が強いって言うのは、男子の中ではかなり知られている話だったんだ。

 友人であるボクがそこまで知らなかったのは、何と言うか……ちょっと悔しいかな。

 

「くっ、なんて力だ……!」

 

 鍔迫り合いのように、お互いの足で押し合う。

 傍から見れば、武術をやっていて、尚且つ、ボクよりも圧倒的に体格のいい態徒が強く見えるんだろうけど、あいにく、ボクは三年間も戦いを学んできたからね。

 

 ……まあ、魔力を使ってほんのちょっとだけドーピングをしていたりするけど、魔法を使っちゃダメ、なんてことは言ってないし。自分で言うのもあれだけど、ドーピングなんてしなくても、素の身体能力が異常だから、余裕だったりするんだけど、保険だよ保険。

 

 何せ、師匠には『いついかなる時も、油断してはだめだよ? それと、どんなに相手が格下でも、油断は大敵! 魔法を使えなくても、身体能力が高ければ、意外とどうにかなっちゃう場面もあるからね!』と言われてるし。

 

 とはいえ。普通の人間レベルの態徒相手に魔法を使ったドーピングはいささか卑怯だよね……。

 

 ……うん。じゃあ、ここはひとつ、面白いことをしてあげようかな。

 ボクは未だに押し合い続けている足にさらに力を入れて押し返しす。

 

「『生成』」

 

 スカートのポケットに手を入れて、生成を発動し爪楊枝を一本だけ生成。

 そしてそれをあたかも、ポケットから出したように見せ、

 

「はぁっ!」

 

 気迫とともに爪楊枝を投擲した。

 爪楊枝は銃弾のように一瞬で飛んでいき、態徒の頬を掠めて、パスンッ! という音を立てながら壁に突き刺さった。

 綺麗に刺さったらか、ひびも入ってないし、爪楊枝だから穴は小さい。

 ん、被害は最小限っと。

 

「……は?」

 

 態徒は突然起こった事態に、思考が停止し、呆けた顔をした。

 その瞬間を見逃すボクではない。

 決めるものはしっかり決めろと、師匠に言われているからね。

 

「じゃあ、ボクの勝ちね」

「え? って、うおぉ!?」

 

 ボクは、停止していた態徒の懐に潜り込み、襟と袖を掴んで、背負い投げをした。

 ボクの現在の身体能力で背負い投げをすると、相手の体がぺしゃんこになっちゃうんだけど、そこは、手加減。

 常人よりちょっと強い力で投げる。

 そうして、ドンッ! という音を立てながら、ボクは態徒を背中から叩きつけた。

 

「ぐへっ!?」

 

 その際、カエルをつぶしたみたいな声が出てたけど、気にしないでおこう。

 最悪、骨が折れてるかもしれないけど、骨折程度だったら治せるし。

 でも、ちゃんと手加減をしているから、本当に最悪の場合だけどね。

 

「しょ、勝者、依桜……」

 

 呆然としながらも、審判だと思いだし、晶が判定を下した。

 

「ふぅ……」

 

 ボクが軽く息を吐いた途端、

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』

 

 廊下で見ていたみんなが、突然歓声を上げだした。

 な、何事!?

 

「え、あの、みんな、どうしたの……?」

「依桜! お前、いつの間にそんなに強くなっていたんだ?」

 

 すると、晶が急いでボクに駆け寄ってきた。

 しかも、ものすごくびっくりしている様子。

 

「えーっと……ちょっと色々あって……」

「ほえー……依桜君、ものすごく強かったんだねぇ……わたし、びっくりしちゃった」

「ほんと。私もびっくりしたわ。まあこれで、あの時の状況にも説明がつくわね」

「あの時?」

「まあ、色々とね……」

 

 未果のセリフに、晶が聞き返していたけど、その件に関しては五人だけの時にしておこう。

 大勢に知られるのは、ちょっと問題だしね。

 ボクが強いといった時に、特に何も言わなかったのは、あれを見てたからだしね。ちゃんとした戦闘のようなもの見せてないけどね。あの時は、威圧だけだったし。

 

「じゃあ、片づけを……」

『依桜ちゃん、すっごいかっこよかったよ!』

「え、きゅ、急にどうしたの?」

 

 片づけを始めようとしたところで、クラスメイトたちが詰め寄ってきた。

 

『依桜ちゃん、いつの間にあんなことができるようになったの?』

『あと、爪楊枝? を投げていたみたいだけど……あれ、どうやったの?』

『男女、お前体育でもすごかったのによ、喧嘩も強いのかよ!』

『俺、舐めたことしないようにしよ……』

「あぅ……あ、あの、一気にしゃべられても……!」

 

 みんな一斉に詰め寄ってきて、しかも一気にしゃべられても、ボクは聖徳太子じゃないんだから、すごく困る!

 

「はいはい。みんな落ち着いて。依桜が困ってるわよ。色々と質問する前に、まずは周りを片付けましょ」

 

 そんな、困っていたボクだったけど、未果が止めてくれた。

 

『それもそうね』

『ごめんね、依桜ちゃん』

『すまん。つい、興奮しちまってな……』

『さっさと片そうぜ』

「よ、よかった……ありがとう、未果。助かったよ」

 

 未果の言葉により、みんな冷静になって片づけを始めた。

 こういう時、本当に未果が頼りになるよ。

 ……まあ、たまにわざと見送っているんじゃないか、っていう疑惑はあるけどね。

 

「いつつ……依桜、せめてもうちょっと手加減してくれよ……背中がめっちゃいてえよ」

 

 態徒が背中をさすりながら、文句を言ってきた。

 もちろん、本気で怒っていないのは明白で、態徒は苦笑いしている。

 よかった、骨はイッてないみたいだね。

 

「あ、態徒。ごめんね。まさか、態徒があんなに本気になるとは思わなくて、つい……だけど、あれでも結構手加減したんだけど……」

「マジかよ……ってことは、最初から手加減を……?」

「ま、まあ……」

 

 ボクが手加減したことを言うと、態徒はものすごくがっかりした。

 そのがっかりは、単純にエッチなことに関係してくるものなのか、単純に自分よりも弱そうな人に負けたのが悔しいのかの二択なんだけど……。

 

「はぁ……道理で、あんなことを堂々と言えたわけか……くそお、おっぱいをもめると思ったんだがなぁ……」

 

 結局、前者だった。

 

「あ、あはは……」

 

 やっぱりというか、それが原動力だったんだね……。

 さっきとは打って変わった様子に、ボクたちはそろって苦笑い。

 それを聞いていたクラスの女の子は、汚物を見るような目を向けていた。

 

「しっかし……まさか、爪楊枝を投げつけられるとは……しかも、えげつない速度だったし……」

 

 そう言う態徒の頬には、一筋の線が入っていて、まだ血が滲んでいた。

 

「あ、ご、ごめん!」

「いいって。まだちと痛むが……まあ、大丈夫だろ!」

「だ、ダメだよ! ばい菌が入っちゃう! えっと、ちょっと、じっとしててね…………はい、これで大丈夫だよ」

 

 ボクはカバンから救急セットを取り出すと、中から絆創膏を取り出し、怪我に貼ってあげた。

 さすがに、ボクがやったんだから、これくらいは。

 

「あ、ありがとな……」

 

 うん? なんで、態徒はちょっと顔を赤くしてるんだろう?

 今は女の子とはいえ、元々男のボクに対してその反応はおかしいと思うんだけど。

 

「……依桜」

「え、なに? どうかしたの、晶?」

「お前、なんで救急セットなんて持ってるんだ?」

「え? だって、いつどこで怪我をするかわからないでしょ? だから、いつ誰が怪我をしてもいいように、ってことで持ち歩いてるんだけど……」

 

 ボクにとっては当たり前でも、もしかすると、普通の人からしたら当たり前じゃないのかも。

 それにこの癖は、小さい頃からのものだし、異世界にいる間も、怪我が絶えなかったからね。余計だよ。

 

「はぁ……依桜。とりあえず、こういうのはやってもいいかもしれんが……この馬鹿みたいに、勘違いするから、ほどほどにしとけよ?」

「勘違い?」

「晶。依桜は元々鈍感だし、それに、元々男だったのよ? 多分、理解できてないわ」

「あー、そうだな……依桜はもともと、鈍感だったしな……」

「うんうん。依桜君、前からそうだもんねー」

 

 なんだろう? みんなに馬鹿にされているような気がするんだけど……。

 しかも、態徒以外、みんな呆れたような顔してるし……。

 

「あの、どうしたの? ボク、なにか問題でもあった?」

「気にしないで。依桜はそのままでいて」

「ああ、それがいい」

「むしろ、鋭いのは似合わないから」

「うーん、よくわからないけど……わかったよ」

 

 一体、みんなは何のことを言っていたんだろうか?

 よくわからないけど、ここは納得しておこう。

 

「とりあえず、ボクたちも片付けちゃおっか」

 そうして、騒がしい昼休みが終了した。



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1-2章 波乱な(?)学園祭
10件目 女子力装備、依桜ちゃん


「それでは、うちのクラスの学園祭の出し物を決めたいと思います」

 

 今日はLHRがあった。

 うちの学園は、学園行事に対して、かなり積極的なため、本番の三週間前から、五、六時間目は全部準備に充てられ、本番の一週間前からは本格的な準備になって、授業の一切が無くなる。

 今日は、その第一回目。

 現在は、クラス委員をやっている未果が進行をしている。

 

「えー、出し物自体を決めるのは、今週までですが、とりあえず、なにかやりたいものがあれば、挙手をお願いします」

『はい!』

 

 みんな一斉に挙手をした。

 ボクは特にやりたいこともなかったので、特に手を挙げる必要はなし。

 

「じゃあ……佐藤君」

『お化け屋敷!』

「お化け屋敷……と。それじゃあ、次……佐々木さん」

『喫茶店!』

「喫茶店ね。次は……遠藤君」

『演劇、とか?』

「なるほど、演劇ね。次、山田さん」

『スタンプラリー!』

「スタンプラリー……っと。ほかは……態徒」

「ゲーム大会!」

 

 態徒にしては、普通のものだった。

 おかしいな。態徒なら、変なことを言いそうなものだけど……。

 

「ゲーム大会ね。次は……女委」

「即売会!」

 

 あ、うん。こっちが外れだったかぁ……。

 

「……一応聞いておくけど、それは何?」

「ナニって、未果ちゃんも大胆だねー! えっと、売るのはほかでもない、BL――」

「却下!」

「そ、そんな!」

 

 取り付く島もない未果の発言に、女委が力なく机に突っ伏した。

 うん。当然の結果だと思う。

 というか、よく通ると思ったね。

 普通、学園祭とかでBLの本を売ったりする? 全国探せば、きっとなくはないんだろうけど……普通は、許容されないでしょ。

 

「とりあえず、こんなところね。ほかに何かある?」

 

 と、未果が聞いてみるものの、誰も手を挙げない。

 どうやら、手を挙げていた人の大半は、出されたアイデアと被っていたみたいだ。

 

「うーん、まあ、初めての学園祭だし、こんなものよね。とりあえず、これらを候補にしておくけど……その前に、確認。態徒。このゲーム大会は、なにをするの?」

 

 やっぱり、そっちに矛先向くよね。

 正直、ボクもただゲーム大会をするだけとは思えない。

 必ず、態徒には何かあるはず……。

 

「え? そんなもん、決まってるだろ? オレ、一度やってみたかったんだよ……野球拳とか脱衣麻雀とか!」

 

 デスヨネー。

 

「却下!」

「なんだと!? 未果、貴様! 男のロマンを踏みにじるというのか!」

「あのねえ、学園祭でそんな不純な物、できるわけないでしょ!? というか、仮に通ったとしても、女委のような人以外、女子は来ないわよ!」

「なんっ……だとっ……!」

 

 あー、うん。やっぱり、いつもの態徒だったね。

 当然、ゲーム大会だけで終わるはずもなかったか。

 あと、なんでさっきまで自信たっぷりだったんだろう? 野球拳とか脱衣麻雀って……高校生がやるような内容じゃないでしょ。いや、大学生でもやらないと思うけどさ。

 というか、さりげなく女委は行くのが未果の中では確定なんだね……。

 

「変態はさておき。今日はこれのほかに、色々と決めないといけないことがあるから、明日までに、どれがいいか、各自決めておいて。明日投票するから。細かいことは、とりあえずその時にします」

 

 未果って、こういう風にまとめるの上手いと思うんだよ。

 意外と、会社とかでもうまくできそうな気がする。

 それにしても、決めるものってなんだろう?

 

「じゃあ、次ね。次は、ミス・ミスターコンテストに出る人を決めます。こっちは、まあ……すぐに決まると思うけど、一応聞きます。推薦、立候補ありなので、推したい人、出たい人がいれば、手を挙げて下さい」

 

 あー、うん。……それかぁ。

 そういえば、喫茶店で未果と話しているときに、出ることになるかもしれない、って言われてたっけ……。

 うちのミス・ミスターコンテストはちょっと変わってるというか、ボクも初めてなんだけど、基本的に全クラス強制らしく、一クラス男女一人ずつ選出しなくちゃいけないらしい。

 

 これ、人によってはただの黒歴史になると思うんだけど。

 あと、そのクラスに美形の人がいない、なんてことがあったら、本当に地獄だと思う。

 

『はい!』

「はい、御崎さん」

『依桜ちゃんと、小斯波君がいいと思います!』

『俺もだ!』

『私もそれがいいと思う!』

「あー、はいはい。まあ、でしょうね。とりあえず、本人に聞いてみないといけないんだけど……晶、依桜。どう?」

「まあ、俺は構わないが……」

 

 ちらっと晶が視線を向けてくる。

 うーん、ミス・ミスターコンテストかぁ……。

 正直なところ、出たいと言えば、嘘になる。

 それに、ボクなんかが出ても、優勝できるかわからないし……。

 

「ボク、自信ないんだけど……」

「何言ってるの。そもそも、依桜が男子だった時、女装して出たとしても多分優勝できたと思うのよ」

「いや、それルール違反じゃない?」

「……突っ込むところ、違くね?」

 

 普通、男子が女子の部門に出るなんて、しないと思うんだけど。

 というか、思いつかないと思う。

 それ以前に、女装した男子が優勝なんてしようものなら、暴動が起きると思うんだ。確実に、ボクが襲われる未来しか見えない。

 

「細かいことはいいのよ。それに、今は女の子でしょ? 周りの評価や噂を聞いていれば、結構いい線行くと思うんだけど」

「う、うーん……そう言われても……」

 

 評価とか噂とか言われても、ボクそう言うのに疎いし、よくわからないんだよなぁ……。

 何言われてるんだろう、ボク。

 

「それに、優勝すればいくつか賞品もあるのよ?」

「賞品?」

「ええ。たしか、一つは一ヵ月間、学食のメニューが食べ放題になるパスが貰えるわ」

「ボク、基本的にお弁当なんだけど……」

「……ほかには、図書カード二万円分とか」

「図書カードかぁ……悪くないけど……」

 

 たかだか、学園祭、それも学内限定のコンテストでお金をもらうって言うのは……うん、気が引ける。

 いやまあ、実はその学園祭でもらえちゃったりする事例があるんだけど……。あれには、ちゃんと条件があるし。それ言ったら、コンテストも条件付きだけど。

 

「ほ、ほかにも、片づけが免除になるわよ!?」

「ボク、そう言うのを含めて楽しみたいんだけど……」

「くっ……」

 

 なんだか、未果がものすごく必死なんだけど。

 賞品で釣ろうと考えているのかもしれないけど、ボクって、物欲があまりないからなぁ。

 それこそ、欲しいものなんて――

 

「あとは……最新型のPCしか……」

「出るよ!」

「え、いいの!?」

「うん!」

 

 さ、最新型のPC……それは欲しいかも……。

 今使っているやつも、決して悪くはないけど、やっぱりスペックがね……。

 最近、処理とかも遅くなってきたし、ゲームをやるにしてもかくつき始めてきたから。

 

「……それにしても、どうしてそんなに出てほしいの?」

 

 そもそも、こういう催しって、基本的に出たがらないはずだけど、どうしてみんな出させたがるのか気になったので、未果に質問した。

 

「えっと、ここの学園祭はごく一部のタイプの出し物を除いて、基本的に有料でしょ?」

「うん、そうだね。それがどうかしたの?」

 

 そのあたり、本格的な祭りっぽくて好きだったり。

 学園祭で有料なんて、と思う人もいると思うけど、この学園の学園祭は全部クオリティが高いのだ。

 飲食店一つ取ったって、普通にお店が開けるくらいに美味しかったりするし、お化け屋敷だって、本格的だったりするし、演劇もプロ顔負けでかなりレベルが高いのだ。

 それというのも、学園が結構な予算を与えているから。

 

 だから、この学園の学園祭では基本的に有料なのだ。

 ちなみに、さっき言った一部と言うのは、休憩スペースみたいなもの。

 と言っても、休憩スペースをやるクラスは、過去に一クラスしかなかったとか。

 

 あと、売り上げの七割は学園側に還元されるけど、残った三割はクラスに行く。

 ただ、これには条件があって、与えられた予算以上の売り上げを出さなきゃいけない。

 というのが、この学園の学園祭の概要なんだけど……。

 

「実はね、このコンテストで優勝した人を出したクラスは、それぞれのクラスの売り上げの一割を自分のクラスの売り上げにプラスできるのよ。しかも、男女両方で優勝すれば、さらにもう一割プラス!」

「そんな仕組みがあったんだ……」

 

 なるほど。だから、みんなは出てほしいって思っているのか。

 たしかに、自分にお小遣いが入るのなら、本気でやるもんね。

 しかも、男女両方で優勝すれば、それぞれのクラスから二割ずつももらえるわけで。

 

 この学園のクラス数は、一学年七クラスまでだから……大体二十クラス分ももらえることになるのかな?

 そうなると、結構な額が手に入るっていうことになるよね。

 

「で、どう? 本当に出てくれる?」

「……まあ、さっき出るって言っちゃったし……うん、わかった。晶と一緒に出場するよ」

 

 これも、クラスの為、かな。

 それに、自分の言ったことには責任を持たないとね。

 そう思っての一言だったんだけど……。

 

『よっしゃああああああああああああ!』

 

 なぜか、急に男子たちが叫びだした。

 何事!?

 

「え、えっと……晶?」

 

 一体何が起こっているのかわからなくて、晶に説明を求めたけど、

 

「あー、何と言うか……すまん」

 

 なぜか謝られた。

 表情も、ものすごく申し訳なさそうだ。

 なんていうか、『すまない。俺には止められそうにない』みたいというか。

 

「え、なんで謝るの?」

「まあ、その……未果に聞いてくれ」

 

 何だろう、すごく嫌な予感がする……。

 ボクは恐る恐る、未果に問うと、

 

「……未果?」

「ごめん。このことは、提出した後に言うから!」

「あ、ちょっと、未果!? ……行っちゃった」

 

 一体どうしたというんだろう?

 未果は、逃げるようにして、エントリーシートを持って行ってしまった。

 男子たちの喜びようはすごく気になるし、晶がとても申し訳なさそうな顔をしているし……。

 態徒に至っては、

 

『おい、変態。お前、当日どうする?』

「当然、貯めておいた貯金を新しいカメラにつぎ込む!」

『さっすがだぜ!』

『上手く撮れたら、俺たちにも見せてくれよな!』

「もちろんだぜ! ま、金はとるが……」

『それぐらい、大したことねえぜ! ああ、学園祭が楽しみだぜ……!』

 

 なんて、おかしな会話を晶以外の男子全員で話してるし……。

 というか、カメラ?

 なんで、ミス・ミスターコンテストでカメラ?

 うーん、あれかな。いつもみたいに、可愛い女の子を撮るためなのかな?

 

「依桜君。当日、楽しみにしてるね!」

「え、あ、うん。ありがとう……」

 

 なんで、女委もこんなに嬉しそうなんだろう?

 そんなに、楽しみなことでもあるのかな?

 

「う~ん……」

 周りの反応が気になりはしたけど、きっと大事には至らないだろうと、軽い気持ちで考えたのがいけなかった。

 まさか、あんなことになろうとは、この時のボクは思いもしなかった……。

 

 

 翌日

 

『それでは各自、調理を始めてください』

 

 今日の三時間目と四時間目は調理実習だ。

 家庭科の先生の合図で、それぞれの班が一斉に作り始める。

 今日の課題は、ハンバーグとシーザーサラダとコンソメスープの三品。

 

 ちなみに、班員は、ボク・未果・晶・態徒・女委の五人だ。

 こういうのは自由班で、基本的に誰とでも組んでいいことになっている。

 その際、必ず三人以上、五人以内にしなきゃいけないけど、それはそれ。

 

 ボクたちはいつもの五人で組むことにした。

 ボクと晶は、それぞれ男子と女子に誘われていたけど、断った。

 あと、どうでもいい情報だけど、性転換に伴って伸びた髪の毛は、ポニーテールにしてまとめています。

 髪の毛が入ったら問題だからね。

 ……長いのも考え物だなぁ。

 

「えっと、この中で料理したことある人は……?」

「私は、それなりに」

「俺もだ」

「オレはまったくないな」

「わたしもー」

「じゃあ、ボクと晶と未果がある程度経験してて、態徒と女委はないと」

 

 意外と綺麗に分かれた。

 あれだね、まとも? 組の未果と晶はそれなりにやってて、異常組の態徒と女委はないと。

 

「あ、それなりにとは言ったけど、簡単な物しか作れないわよ?」

「右に同じく」

「そっか」

 

 この二人は、軽いものしかできないそうだ。

 軽いものということで、一応聞いてみたところ、カレーや目玉焼きなどの、確かに簡単に作れる類の料理だ。

 

「依桜はどうなの?」

「ボク? ボクはよく料理はするよ? たまに父さんと母さんが遅いときに代わりに作ったり、一人の時に色々と作ってみたり」

 

 と言うと、四人が絶句したようにこっちを見ていた。

 

「どうしたの?」

「い、いえ……なんか、負けた気がして……」

「依桜は、モテそうだな……」

「まさか、全男子の理想を絵に描いたようなやつが、現実にいるとは……」

「依桜君、やっぱりすごいねー」

「よくわからないけど……とにかく作っちゃお? 料理手順は頭に入ってるから、教えながらやるね♪」

「「「「お願いします」」」」 

 

 あれ、なんで急にお願いされたんだろう?

 うーん、まいっか!

 料理楽しいし、細かいことはなしだよね!

 

 

「あ、態徒と女委、その切り方だと危険だよ? えっと、食材を切るときは、ちゃんと手を丸めて、猫の手にしてね?」

「お、おう」

「わかったよー」

「晶、スープの野菜はあまり小さくしすぎないでね? 旨みを出したいのなら、それでもいいけど、それなりに時間がかかるから、細切りにしてね?」

「あ、ああ、わかった」

「未果、ハンバーグに使う玉ねぎはきちんと細かくみじん切りにして、あめ色になるまでしっかり炒めてね」

「う、うん」

「えっと、あとは……」

 

 サラダは大体すぐに作り終えてるし、スープも見た感じもうすぐ出来そう。

 ハンバーグは、ソース用の赤ワインが欲しいなぁ。

 

「先生、赤ワインって、ありますか?」

『はい、ありますよ。もしかして、ソース作りですか?』

「そうです」

『でしたら構いませんよ。間違っても、飲まないでくださいね?』

「あはは、そんなことしませんよ」

 

 よかった、赤ワインがあって。

 これでソースが作れるね。なくても作れなくはないけど、あったほうがもっとおいしくできるし、本当にありがたい。

 うん? なんか、視線を感じるけど……なんでだろう?

 

「未果、できた?」

「う、うん。これでどう?」

「うん。大丈夫。じゃあ、これをひき肉と、卵、小麦粉と牛乳、塩コショウをまぜて……」

 

 材料をボウルの中で粘り気が出るまでこね続け、

 

「うん。できた。あとは、空気抜きと……」

「ねえ、依桜。空気抜きってどうやるの?」

「えっとね、大体手のひらサイズで肉ダネを小判のような形に整えて、これを両手でキャッチボールするの」

「こ、こう?」

「そうそう」

 

 拙いながらも、みんなが空気抜きをして行く。

 いつもは一人でやるから、ちょっと時間がかかるけど、今回は調理実習だし、みんながいるから、ペースも早いね。

 

「よし、じゃあ、あとは焼くだけだね」

 

 できた数は、十個ほど。

 と言うのも、この学園の調理実習では、なぜか少し多めに作るからである。

 えっと、ほかの人のを食べてみたくて、参考にしたい、と言う人の為らしい。

 

 そんなわけで、コンロを二つ使って、肉ダネを焼いて行く。

 片面ずつ焼いて、両面に焼き目が付いたら、蓋をする。

 

「なあ、依桜。なんで、焼けてんのに、蓋をするんだ?」

「焼けているのは外側だけ。内側はまだ焼けてないんだよ。だから、蓋をして蒸すの」

 

 ちなみに、ファミレス、特にハンバーグなどを売りにしているところなどは、一分ずつ両面を焼いてから、四分~五分ほどオーブンで焼くことをしているよ。まあ、場所によるとは思うけど。

 

「ほへー、依桜君やっぱり、料理をやっているだけあるねー」

「そうね。ほかの班は、班によって、結構困っているところもあるみたいだしね」

「そう考えると、俺たちはアタリ、ってことになるのか?」

「だな!」

「あ、あはは……ボクはただ作り方を知っているだけで、ハンバーグなんて結構な人が作れると思うんだけど……」

 

 第一、このハンバーグの作り方自体、基本的なレシピだしね。

 それなりに家事をしたり、料理をしたりする人だったら大抵の人は知っているであろうレシピだし。

 

「っと、話している間に、焼けたみたいだね。じゃあこれをお皿に盛っていくから、盛り付けの方お願いね」

「はいはーい」

「依桜は何するの?」

「デミグラスソースを作るんだけど」

「え、あれって作れるの?」

「うん。といっても、本格的な物じゃないけど……」

 

 そう言って、ボクはフライパンに残った肉汁を一つのフライパンに一緒にして、そこに赤ワインを投入。

 ある程度煮立って、アルコールを飛ばしたら、ケチャップとソースを入れて混ぜる。

 すると、

 

「あ、いい匂い」

「……やべ、めっちゃ腹減ってきた……」

「ああ、このインパクトはすごいな……」

「依桜君、いろんなことできるんだねぇ」

「これをかければ……はい、完成!」

 

 我ながらいい出来だと思う。

 デミグラスソースに関しては、たしかケチャップとソースの対比があったりするけど、大体適当にやっても大して問題はない。

 美味しければあまり気にしないからね。

 

 そうして、ほかの班も作り終え、食事と相成った。

 

「う、うめえ!」

「ほんとだ、すごい美味しい……!」

「たしかに。これ、店に出しても問題と思うんだが……」

「依桜君、いいお嫁さんになるね~」

「ぼ、ボクなんて普通だよ。あと、お嫁さんはやめて……」

 

 結婚とかは全く考えてないからね。

 性別が変わったせいで、ちょっとややこしいことになってるし。

 

「しっかし、ここまで依桜が料理できたとは……救急セット持ってるわ、料理も出来て、誰にでも優しい上に、しかも美少女。依桜みたいなのを、お嫁さんにしたい女子、って言うんだろうな」

「あー、なるほど。たしかに納得だわ」

「依桜みたいな人は、なかなかいないからな」

「一家に一台、依桜君! みたいな感じかなぁ?」

「や、やめてよ、恥ずかしいよ……」

 

 人前で褒められるというのは、あまり慣れないなぁ。

 あと、一家に一台って、思いっきりもの扱いされてるんだけど。ボク、電化製品じゃないよ。

 

「こっちの五個のハンバーグはどうするの?」

「あー、うん。ボクたち以外の班で食べたい人がいるか聞いてみようかな?」

「そうだねー。わたしたちは、もう食べたし」

「オレ的には、もう一個食べたいところだが……幸せのお裾分けでもしとくか!」

「俺も、それで構わないよ」

「私もオッケーよ。第一、食べすぎたら太りそうだもの」

 

 やっぱり、女の子って体重気にするのかな?

 ボクは……そういえば、昔から太りにくかったっけ。

 脂肪があまりつかなかったなぁ……もしかして、女の子になって、胸が大きくなったのって、その栄養分とかが全部こっちにいったからなのかな?

 ……なんてね。さすがにそれはないよね。

 ………………ない、よね?

 

「じゃあ、聞いてみるね。えっと、ボクたちの班のハンバーグ、食べたい人いるー?」

 

 と、何気なく聞いてみると、

『お、俺食べる!』

『おい、抜け駆けかよ!?』

『私も食べたい!』

『あたしも!』

 

 と、みんな挙手してきた。

 しかも、今にも争いを始めそうな状態なんだけど……。

 

「え、えっと……とりあえず、小さく分けるから、欲しい人は並んでね」

 

 と言うと、一瞬でボクの前に列ができた。

 は、早い……そんなにいいものかな、これ。

 色々と不思議に思いつつも、ハンバーグを小さく切り分けていく。

 切り分けたハンバーグを一人ずつ配っていき、なんとかぴったりに配れた。

 

『う、うめえ……』

『ああ、美少女が作ってくれたっていう状況も相まってな……』

『俺、生きててよかったっ……!』

『うっわ、ホントに美味しい……』

『依桜ちゃん、女子力高くない……?』

『ね。女子力でも装備してるのかな?』

『これ、学園祭の出し物で出せるんじゃない?』

『ああ、確かに!』

『この美味しさだったら、きっと人はいるって!』

『しかも、男女がめっちゃ可愛いしな!』

『私、喫茶店に投票しよっと!』

『俺も俺も!』

「……なんか、大変なことになっちゃった?」

 

 好評なのはいいんだけど……これはもしかして、やっちゃったかな……?

 ものすごく盛り上がってるし、無理とは言いだしにくいし……。

 あ、でも、もしかしたら別のものになるかもしれないしよね。

 

「依桜も大変ね」

「ま、オレ的には大歓迎だぜ! 美少女の料理風景なんて、そうそう拝めたもんじゃないしな!」

「俺も、もし喫茶店になるなら、応援するよ」

「なら、わたしもー。依桜君の手料理、食べたいしー」

 

 ……別のものに、なる……よね?

 そんな一抹の不安を覚えた調理実習だった。



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11件目 投票の結果と係決め

「それじゃあ、開票して、数えるわね」

 

 昼休みを挟んで、五時間目。

 昨日未果が言った通り、出し物の投票が行われた。

 今は未果が票数をカウントしている。

 そのカウントは、一分ほどで終了し、

 

「うちのクラスの出し物は、喫茶店になりました!」

『おおおおおおおお』

 

 ボクの望み空しく、喫茶店となってしまった。

 ……ああ、うん。

 なんだろう。最近、貧乏くじばかり引かされている気がするよ。

 

 呪われてるのかなぁ……って、この体になったのも、呪いが原因だっけ。

 ……泣きたくなってきたよ。

 

「企画も決まったことだし、細かいことを決めていくわよ。まず、喫茶店と言っても色々なジャンルがあるから、どういう路線で行くか、決めます。誰か、何かいい案ある?」

 

 決まってしまったものはしかたないし、前向きにいこう。やってみたくないわけじゃなかったし。

 とりあえず、ジャンルか……。

 たしかに、喫茶店と言っても色々なジャンルがあるよね。

 

 普通の、モダンな雰囲気の喫茶店に、中華喫茶、童話をモデルにした喫茶店に、コスプレ喫茶、あとはメイド喫茶とか。

 結構な種類があるし、今はユニークな喫茶店も多いと聞くし、そういうものをモデルにしてみるのもいいかもね。

 

「はい!」

「はい、態徒」

「安易に、メイド喫茶とかどうよ」

「んー、まあ、悪くないとは思うけど、そうなると給仕をするのは、女子になりそうね。まあ、候補に入れとくわ」

「っし!」

 

 意外にも、態徒はメイド喫茶を提案してきた。

 たしかに、高校生がやるとなると、結構需要が高いかもしれないね。

 ほかの男子たちも、ちょっと期待しているみたい。

 だけど、未果の言う通り、メイド喫茶にすると、給仕は女の子ばかりになってしまうから、そっちに負担が行ってしまうかも。

 

「ほかは……女委」

「んっとねー、コスプレ喫茶とか?」

「コスプレ喫茶……例えば、どんなの?」

「アニメとかもありだし、警察官や巫女さんとか?」

「なるほどね……それだったら、男子にも仕事を回せるわね」

「でしょー?」

「わかった。じゃあ、候補にしとくわ」

 

 め、珍しい。女委が、BLを絡めてこないなんて……。

 どうやら、ボク以外の人もそう思ったらしく、え? みたいな表情している。

 これは、槍でも降るかもしれない? 仮にそうなっても捌ける自信はあるけど。

 

「ほかに何かある人は?」

「はい」

「あ、珍しい。晶」

「童話喫茶とかどうだ?」

「童話喫茶か。ちなみに、どんなの?」

「これといったコンセプトはないが、たしか東京には不思議の国のアリスをモチーフにした喫茶店があるのを聞いたことがある。まったく同じにする、と言うわけではないが、童話だったら幅が広いし、色々なことができるんじゃないか?」

「なるほど……いい案かもしれないわね」

 

 珍しく晶が手を挙げたと思ったら、結構いい案を出してきた。

 童話喫茶か。

 行ったことはないけど、雰囲気とか結構よさそうだったんだよね。

 

 童話とかって結構好きだし、広く知られているからお客さんも集まりやすいかも。

 それにしても、晶だけ具体的な説明……。

 何らかの外的要因があるような……?

 

「ほかになければ、この中から選ぶけど……うん。大丈夫そうね」

「どうやって決めるんだ?」

「うーん……私の意見を一回述べていいかしら?」

 

 未果がそう言うと、みんなどうぞ、と言うかのように頷く。

 

「じゃあまず。メイド喫茶ね。これ、別に構わないんだけど、給仕が女子だけになるから、基本的に調理が男子に回ると思うの。しかも、このタイプとなると、休憩時間の確保がちょっと難しくなりそうなのよね」

「た、たしかに……」

「次に、コスプレ喫茶。これは、まあ……態徒の案と似たような感じだけど、コスプレと言うところに重点を置いているから、男子も給仕として働けるわね。しかも、予算も申請すればそれなりに貰えるから、実現も不可能じゃないわ」

 

 なるほど、未果も結構考えてるんだね。

 ちゃんと、仕事がある程度公平に回るように考えてるみたいだし。

 

「そして、童話喫茶ね。これは、何をモデルにするかによるけど、結構いい案かもしれないわ。まず、童話は大抵、誰もが知っているような話ばかりだから、共感は得やすい。しかも、話によっては登場人物の男女比もちょうどよくなるし、これなら均等になる――」

 

 と、言ったところで、未果の動きが止まった。

 そして、軽く何かを思案するそぶりを見せた後、

 

「……って、ちょっと待って? 今よくよく考えてみたら……この三つ。一緒くたにしても問題ない気がしてきたんだけど……」

 

 と、突然こんなことを言ってきた。

 その発言に対し、みんなが確かにと言った顔をした。

 かく言うボクもそう。

 言われてみれば、この三つって全部コスプレ喫茶みたいなものなんだから、一緒にしても問題ないよね?

 メイドだって、コスプレ喫茶の内に入れられるだろうし、童話喫茶も基本的にコスプレだから、一緒にしても問題ないと思う。

 

「……これ、混ぜる? 三人はどう思う?」

「オレは、メイドさえ見れれば問題なし!」

「わたしも特には。というか、そっちの方が面白そうだしー」

「俺もだ。結局、楽しめれば問題はないしな」

 

 三人とも問題なく、混ぜてもいいと言っている。

 しかも、みんな肯定的だ。

 

「じゃあ、うちはコスプレ喫茶でいいかしら?」

『異議なし!』

 

 そんなわけで、ボクたちのクラスは、コスプレ喫茶に決まった。

 

 

「んー、時間はまだ全然あるわね。今日中に、どういう感じにするか決めたいから、もうちょっと頑張ってね」

 

 たしかに、こう言うのは早めに決めておいた方が、何かと得するし、未果の言うことはもっともだね。

 こういうのを決めるのに時間をかけてしまうと、準備期間を大幅に削られちゃうし。

 まあ、三週間もあるから、よほどの大掛かりなものじゃない限りは問題ないと思うけどね。

 

「じゃあ、役割分担だけど……何があるかしら?」

『とりあえず、調理担当はいるよな』

『デザインをする人も必要だね』

『給仕する人も』

『買い出しも必要かな?』

『チラシも作った方がいいんじゃない?』

『材料の運搬も必要じゃね?』

 

 未果の発言に、みんな各々必要そうな仕事を言っていく。

 それを未果が、一つ一つ黒板に書いていく。

 

『衣装はどうするんだ?』

 

 ふと、そんな質問が出てきた。

 

「あー……態徒たち、何かない?」

「そうだなぁ……作るのは時間がかかるしな……」

「じゃあさ、買うのはどう?」

「コスプレ用の服って売ってるのか?」

「うん、売ってるよー。今の時代、コスプレイヤーさんも多いからね! まあ、中には自作している人もいるけど。でも、適度に楽しみたい、って人は結構買ってたりするよ。それに、わたしそう言うお店にちょっとした伝手があるから、ある程度値切りの融通が利くし、オーダーメイドもできるよー」

「な、なるほど……正直、時間もそんなにあるわけじゃないし、とりあえず衣装は買う方向性でいいわね。そっちは後で、女委に任せるわ」

 

 未果の進行のおかげで、話がとんとん拍子に進んでいく。

 コスプレするにしても、何着買えばいいかわからないしね、こういう時はあらかじめ決めておけば、必要以上にお金を使わずに済む。

 ……というか、女委ってたまに何者なのか気になるときがあるんだけど……なんで、そっち方面のお店に伝手があるんだろう?

 

「じゃあ、次は、それぞれの仕事の必要人数ね」

 

 未果は必要な人数を計算して、黒板に必要人数を書き入れていく。

・調理六人

・給仕十四人

・材料運搬七人

・デザイン及びチラシ製作六人

・買い出し七人

 

「っと、こんなものね。えーっと、給仕の人は、サイズを計り終えたら基本的に接客を練習する以外やることはないから、買い出しやデザインの方に回ってもらうわね。決め方は、基本的にはそれぞれにリーダーを決めて、あとは適当にクジでいいかしら? あと、内装作りに関しては、基本的に全員参加よ」

 

 未果がそう言うと、これまた全員問題なし。

 リーダーか。誰になるんだろ?

 

「さて。まず、調理担当のリーダーね。これはまあ……依桜よね」

「え、ボク?」

 

 さも当然のようにボクを指名してきた。

 

「だって、依桜が一番料理上手だし。あと、調理風景はお客さんに見えるようにするから、期待感を高める、って意味でも依桜が適任だしね」

 

 見えるようにするってことは、ライブクッキングってやつかな?

 たしかに、あれだったら期待感を高められるだろうけど……。

 あと、ボクが一番料理が上手いとは限らない気がするんだけど。

 

「ボクの調理風景とか、見ていて楽しいかなぁ……?」

「何言ってんだ依桜!」

 

 ボクがぼやくと、突然態徒が立ち上がった。

 しかも、興奮気味にこんなことを言ってくる。

 

「美少女の手料理だぞ!? しかも、ボクっ娘で、銀髪碧眼で、その上ロリ巨乳だぞ!?それを喜ばねえ男がいたら、そいつはホモだ!」

 

 何言ってるんだろう、態徒は。

 ……と言うかボク。こうしてみると、かなり属性豊富だね……なんか、複雑なんだけど。

 あと、ロリ巨乳とか大声で言わないでほしいんだけど……。

 

「なあ、野郎ども!」

『おうともよ!』

『あの、綺麗な手で触った食材を、その素晴らしいほどに可愛い娘が料理する!』

『それは男にとってのロマンであり、夢なんだよっ!』

 

 あ、あれ? なんか、ほかの男子たちも熱くなってない?

 もしかして、変態がうつったのかな……?

 ……変態って、もしかしたら病気の一種かもね。

 

「……はぁ。俺は何で、あの馬鹿と友達なんだろうか……」

 

 しかも晶がなんか、友達であることを疑問に思い始めてるっ!

 

「態徒君、わかるよ、その気持ち!」

「ええ!?」

 

 女委も混ざりだしたんだけど!?

 しかもなんか『同志よ!』みたいな顔を向けてるんだけど?

 

「美少女に料理を作ってもらえるなんて、そうそうある事じゃないよ!」

「あ、あの、女委さん?」

「こんなシチュエーション、二次元でしかほとんどあり得ない! だからこそ、現実でこんなことがあれば、男たちは、叫び、歓喜し、劣情を抱くんだよっ!」

「何言ってるの!? ねえ、本当に何を言ってるの!?」

 

 どうしよう、変態が増殖した!

 しかも、未果や晶のツッコミがないと思ったら、なんか諦観した表情になってるんだけど!

 え、収拾がつかなくなってきたんだけどぉ!

 

「わかってくれるか、同志よ!」

「もちろんだよ!」

 

 しかも、ガシッと固く握手もしだしてるし!

 あと、その『わかりあえたぜ』みたいな顔は何!?

 

「というわけで、オレたちは依桜を調理のリーダーに推すぜ!」

「あー、はいはい。あなたたちの言い分は分かったから、とりあえず落ち着きなさい」

 

 ようやく口を開いてくれたと思ったら、反応が軽かった。

 未果、もっと言ってもいいんだよ?

 

「まあ、変態たちの言い分は置いておくとして……依桜、受けてくれない?」

「うーん……態徒たちの言い分がちょっと……というか、かなり気持ち悪かったけど……わかった。調理の方は任せて」

「ありがとう! じゃあ、次、給仕ね。給仕は……晶ね」

「俺か?」

「あなたが適任なの」

「いや、何で俺なんだ?」

「だってあなた、ファミレスとかでバイトしてるでしょ?」

「……なんで、そのことを」

 

 未果が言うと、晶はびっくりしたような表情を浮かべながら、そう言ってきた。

 もしかして、晶バレてないと思ってのかな?

 

「晶。多分、ほとんどの人がバイトしてるのを知ってると思うよ?」

「え、依桜も知ってたのか?」

「うん。だって、イケメンなウェイターがいる、ってこのあたりのファミレスじゃすごく有名だよ?」

「なんてこった……そうか、噂になってたのか……」

 

 自身がバイトをしていることが周囲に知られていたのを知り、なんかものすごく落ち込んでいる。

 どこに落ち込む要素があったんだろう?

 ボクの境遇の方が、確実に落ち込むと思うんだけど……。

 別に、バイトしていたの知られたからと言って、うちの学園は禁止どころか社会勉強の一環として推奨するくらいだし。

 

「それに、晶がメインでやれば集客もできそうじゃない?」

「そうか? 正直、依桜だけでも十分だと思うんだが……」

「いいえ、たしかに依桜は可愛いから、かなりの集客が見込めそうよ。しかも、ちょっと癒し系みたいなところがあるから、男女両方から好かれること間違いなし!」

 

 そ、そんなみんながいる前でそんなに言わなくても……。

 

「なら、俺でなくても……」

「依桜はあくまでも、調理担当だからね。作っている風景を見てもらうのは確かだけど、給仕とかをするわけじゃないし。それに、晶がやってくれた方が、女子の集客もアップ! 男性客は依桜が大体引き込んでくれるし、女性客は晶が引き込んでくるれるはず! だから、晶に給仕のリーダーをお願いしたいんだけど……」

 

 随分熱心に説得するんだなぁ、未果。

 ミスコンとかの話の時もそうだったけど、結構色々とちゃんとした根拠を言ってくるから、ちょっと断りづらかったりするんだよね。

 まあ、実際にお客さんを引き込めるかどうかはさておき。

 

「わかった。別に構わないよ」

「ありがとう! じゃあ、給仕のリーダーはお願いね」

「ああ」

「じゃあ次――」

 

 と、ここから先もトントン拍子に話が進み、問題なくリーダー決めが終了。

 本音を言うと、クジで決めるというのは、博打的な要素があって、ちょっと危険なんじゃないかな、と思ったりもしたけど……学園祭だし、そう言った意味の楽しみがあってもいいよね。

 そして、今日のLHRが終わるころには、大方全部が決まっていた。

 

「うん。とりあえず、これで問題ないわね。何かしら問題が起こったら、早めに私に言ってね。じゃあ、今日はおしまい!」

 

 というわけで、今日の学校は終了した。

 いい感じに進んでいるし、高校生として、初めての学園祭だ。

 いいものになるといいなぁ。



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12件目 方針と審査内容

 時間は進んで、一週間後。

 今日も今日とて、学校である。

 先週、全部のクラスの出し物が決まったことで、全部のクラスが準備をし始めた。

 ボクも調理担当のリーダーとして、メニュー決めに勤しんでいた。

 それ以外のことでも、まあ、色々とあったけど……それはまた別のお話かな。

 

 

「えっと、コスプレ喫茶ということなんだけど、基本的にはすぐに出せるものと、少し調理する物とで、バランスを取りたいんだ」

 

 調理のみんなは、一ヵ所に集まって、今はボクの言葉に耳を傾けている。

 ちなみに、調理担当のメンバーは、ボク・佐々木さん・未果・玉井さん・伊藤さん・神山さんの六人。

 ものの見事に、全員女子と言う結果になった。

 

 ……まあ、ボク自身を女子とカウントするのは、ちょっとあれだけど。

 ただみんな、普通に可愛い人だったりするので、多分ビジュアル面は心配いらないと思う。

 未果もいるしね。

 

 未果は調理担当だけど、一応クラス委員なのでちょくちょくほかのところにも行っていたりする。

 その分、『個人でやっとくわ』と言っていたので、問題ないと思う。

 

「というと?」

「うん。結局、コスプレ喫茶と言う決まり方をしただけであって、洋食か和食か、みたいなのは決まってなかったでしょ?」

「そうね」

『たしかに……』

「だからいっそ、いろんな料理をどこかから一種類ずつ持ってくる、っていうのはどうかなって。例えば、和食からだと天ぷらとかね」

「なるほど。つまり、洋食から、というより、○○料理から一品、って感じかしら?」

「そう、そんな感じ」

 

 未果には伝わったらしく、未果の確認のセリフで他のみんなも理解した表情になった。

 こういう時、未果の存在は非常にありがたいと思う。

 

「依桜。とりあえず、この中で一番料理を作ってそうだから、何かしら挙げてくれる?」

「うん、いいよ。えっと、和食だと……ボクは天ぷらをよく作ったかな? 洋食だと、ハンバーグとか。インドだとカレーだね。まあ、本格的なのじゃないけど。イタリアでパスタとか。あーでも、フランス料理は作ったことないなぁ。簡単なものとはいえ、とりあえずだとこんな感じだけど」

 

 ボクが挙げた料理に、みんなが感心したような表情をしだした。

 感心するようなことある? 家庭料理ばっかりだよ? 普通だと思うんだけど……。

 

『へー、やっぱり依桜ちゃんって家庭的なんだね』

『うんうん。普通、天ぷらとか作ろうと思わないって』

『結構レパートリーの幅広いんだね』

『これなら、いろんなの作れるかな?』

「そうね……とりあえず、カレーはあってもいいかもしれないわね。天ぷらも、学園祭でやるには面白そうだし、いいかも。あとは、ハンバーグかしらね」

 

 うん、反応を見る限り、結構好感触みたいだね。

 よかったぁ、ほっとしたよ。

 

「うん。今挙げたのは、基本的にあらかじめ作っておいて、あとは焼いたり揚げたりするだけですぐに出せるものばかりだから、あまり料理をしていないみんなでも問題なく作れるよ。あと、時間の短縮にもなるし」

 

 いちいち最初から作っていたら、確実に間に合わない。

 ならいっそ、ファミレスみたいな形式にしてしまおう、ということ。

 

「たしかにそうね。それだったら、良いかもしれないわ。となると……あとは、サイドメニューとか欲しいわね。メインは、とりあえずカレーとハンバーグ、天ぷらの三つは決まりってことにしておきましょう。サイドは……」

「サラダとか、ポテト、ソテー系とか?」

「そうね。それだけでもいいかもしれない。ポテトは必要ね、あった方がいいもの」

 

 大まかなメニューが決まってきて、ボクはまた一つ提案を。

 

「デザートもあった方がいいかな?」

 

 デザートである。

 食事だけと言うのもお昼時にしかお客さんは入らないと思う。

 だからこそ、おやつ時であったり、休憩として気軽に入れるものがあった方がいい。

 という説明をみんなにしたところ、概ね好意的だった。

 

「そうね。食事だけだと、依桜の言う通り、お昼時しか入らないわ」

『デザートがあれば、女性客の人も入りやすいと思うし』

『なにより、甘いものが嫌いな女の子ってなかなかいないよね!』

『うんうん! 依桜ちゃんと未果ちゃんがいれば、安心だね!』

「あはは……。とりあえず、ボクが作れるとしたら、アイスとケーキ、クッキーにパイ、あとはグミとかになっちゃうかな?」

 

 なんて、何の気なしに呟いたら、みんながびっくりした顔をしていた。

 

「……依桜って、本当に家庭的ね」

 

 呆れたような感心したような、なんだか器用な表情を作りながら未果がそう言ってきた。

 

「え? そうかな? 作れると言っても、そんなにいいものじゃないと思うよ?」

『……まさか、うちのクラスに隠れた実力者がいたとはね……』

『うん。ちょっと前までは男の子だったのに、いざ女の子になったら、まさかこんなに女子力が高いなんて……』

『うん、敗北感がすごいよね……』

『でも、これなら、学園祭もいけそうだし、問題ないよね!』

『『『たしかに』』』

 

 あ、あれ? なんか妙に団結してる……?

 しかも、敗北感が、とか言っていたけど……ボク、元々こんな感じだったんだけど。

 何か敗北する要素でもあったのだろうか?

 

「依桜が作れるものの中で使えそうなのは、クッキーとケーキかしらね? あとは、アイス。この三つね」

「うん。それで問題ないよ。ケーキとかアイス、クッキーなんかは調理室で作って、それを出せばいいだろうしね」

『え、でも調理室って使えるん?』

「申請を出せば問題ないわ。調理室自体、三ヵ所もあるし、その内の一つを使うくらいわけないわ。それと、ケーキは数量限定にした方がいいかもね……さすがに、この人数で大量生産はきついし、なるべく前日に作りたいもの。学園祭は二日間行われるから……そうね、とりあえず一日、百食くらいかしら?」

「うーん、そうだね。デザートと言っても、クッキーとアイスだけでも十分通用すると思うし、いいと思うよ」

 

 さすがに、学園祭でそこまでメニューを増やしても、大変になるだけだろうし、なにより下準備にも時間がかかる。

 それぞれの分野で、3~4種類ずつくらいが妥当だろう。

 

「じゃあ、メニューは、メインがカレー・ハンバーグ・天ぷらで、サイドメニューはサラダ・ポテト・ソテー系、デザートが数量限定で、ケーキ・アイス・クッキー。うん。作業量はちょっと多いかもしれないけど……大丈夫かしら、みんな?」

「ボクは大丈夫だよ」

『うん、私も』

『当日は、ある程度作ってあるんでしょ?』

「うん、そのつもり」

『じゃあ問題なーし』

『うちも』

『あたしも大丈夫』

「うん。じゃあ、決まり! 練習に関しては、一週間前からね。その間の調理室の使用許可はとっておくわ。それじゃ、来週までやることもないので、各自ほかの手伝いね」

『はーい』

「それじゃ、ボクも……」

「あ、依桜は待って」

 

 ある程度の方針が決まり、みんなが各々ほかの係のところに手伝いへ動いた。

 ボクもほかのところの手伝いに行こうとしたところで、未果に呼び止められた。

 

「えっと、なに?」

「依桜はこれから、晶と一緒に事前の打ち合わせよ」

「打ち合わせ?」

 

 一体何のだろう?

 打合せするようなものってあったっけ?

 

「そ。ミス・ミスターコンテストのよ。大会議室でやるらしいから、晶と今すぐ向かって」

「あ、うん。わかった」

「晶―!」

「ん、もう行くのか?」

「そ。じゃあ、二人とも行ってらっしゃーい」

 

 未果に送り出されて、ボクと晶は大会議室に向かった。

 う~ん、未果を含めたクラスメートのみんながなにやら送り出すにしては妙な表情をしていた気がする。

 男子は、にやにやと、よからぬことを考えていそうな表情。

 女子は、憐れむような……まるで、『ああ、地獄を見に行くんだな』みたいな、生温かい表情をしていた。

 ……何があるの?

 

 

「うーん、ミス・ミスターコンテストってなにやるのかなぁ」

 

 大会議室に向かってる途中で、ボクと晶はミス・ミスターコンテストについて話していた。

 

「晶は知ってる?」

 

 どういうわけか、ボクには一切情報が入っていない。みんなに聞こうと思って、尋ねてみても、みんな露骨に視線を逸らすし、話題転換を図ってくる。

 なので、ボクと一緒に出場する、晶に知っているかどうか確認してみた。

 

「あー、まあ……うん」

 

 なんだか歯切れが悪かった。

 

「そうなんだー。じゃあ、どうやって競うのかも知ってたり?」

「……そうだな」

 

 ……なんで晶は、ボクと目を合わせないんだろう?

 なにか隠し事でもしてるのかな?

 あと、ちょっと……というか、かなり気まずそう。

 

「晶、どうかしたの?」

「いや、依桜が可愛いなと」

「ふぇ……! きゅ、急に変なこと言わないでよぉ!」

 

 突然可愛いと言われて、顔が熱くなってしまった。

 うぅ……やっぱり、精神もちょっとずつ変わっているような気がする……。

 

「ま、まあ、実際可愛いんだしな……っと、着いたぞ」

 

 そうこうしているうちに、ボクたちは大会議室に着いた。

 

「……ちょっと釈然としないけど……とりあえず中に入ろっか」

「ああ」

 

 ちょっとだけ納得いかなかったけど、今は説明会だね。

 ドアを開けて、ボクたちは中に入った。

 

 

 ボクたちが大会議室に入った瞬間、ざわついていたのが急に静かになった。

 ほかの参加者の人たちは、みんないるみたいだ。

 ミス・ミスターコンテストに出るだけあって、みんな美形だ。

 だけど、なんだか、すごく視線を感じる……気のせい、かな?

 

「依桜、とりあえず座るぞ。俺達が最後みたいだし」

「あ、うん」

 

 晶に言われて、ボクたちは空いている席に着いた。

 するとやっぱり、視線を感じる。

 どうやら、気のせいではないみたい。

 

 異世界で三年間、暗殺者として過ごしていたのと、女の子になったことが相まって、視線に敏感になったのかもしれない。

 性別が変わってから最初の登校の時も、視線がすごかったし……。

 

『なあ、やっぱりあの娘可愛いよなぁ……』

『ああ、銀髪碧眼って、リアルにいるんだな……』

『しかも、肌きれーで、まつ毛長いし、おまけに髪もさらっさらだし……』

『羨ましい』

『……なんだろう、始まる前から負けている気がするんだが』

『大丈夫だ。俺達はまだいいが、女子なんて、あの娘と比べもんになんねーだろ……』

『……聞こえてるよ』

『ひぃっ! す、すんません!』

 

 色々と何か聞こえてくるけど……よく聞こえないなぁ。

 ボク、何かおかしなところでもあるのかな……?

 

「おや、もうそろってるみたいだねぇ。感心だよ」

 

 と、どこかで聞いた……というか、ボク的にはあまり会いたくない人の声が……と、確認の為、声をがした方を見ると、案の定、学園長先生が入ってきた。

 

「さて、これから説明会を始めるよ。今から、資料を配るから、よく目を通しておくように」

 

 学園長先生が何かの紙を配り始める。

 学園長先生自ら説明と言うのは、ある意味すごいことなんじゃないだろうか?

 そんな事を思っていると、ボクたちのところにも紙が回ってきた。

 

「さて、今回は説明と言うより、確認に近い。今日説明するのは主に、開始日と開始時間の二つだ。このミス・ミスターコンテストは、基本的に参加者は全員参加。場所は中庭で行われる。当然、全員参加と言ったのだから、観客兼審査員は学園祭参加者全員」

 

 え、そうなの!?

 こう言うのって、興味のある人とかだけが審査員とかするんじゃあ……?

 じ、辞退したい……。最新式のPCとかこの際どうでもいいから、ものすごく辞退したい。

 

「あと、エントリーシートが提出された以上、辞退は不可能だからね」

 

 が、退路は断たれた。

 ボクの心を見透かしてるんじゃないだろうか、学園長先生。

 現に、こっちをみて『逃がさん』みたいな圧のある視線を向けてきているし。

 

「審査方法は、至ってシンプル。まずは、自己紹介などの質問コーナーと自己アピール。次に、自分の特技を披露。そして最後に……水着審査だ」

 

 ……………………はい?

 水着……審査?

 ボクは恐る恐る、晶の顔を見た。

 

「……」

 

 晶はボクの視線に気づくと、申し訳なさそうに顔を伏せた。

 ……晶が謝っていたのは、これのことだったんだ。

 なるほど、だから態徒たちが盛り上がっていたんだね……。

 ああ、うん。腑に落ちたよ。

 

「自分の特技に関しては、事前に必要な物がある様なら、こっちに言うように。水着審査以外の服装は、自身のクラスの模擬店で使われている服にすること」

 

 あ、そこは普通……なのかな? いやでも、おかしなコスプレさえしなければ問題ないよね……?

 あと、特技の方もちゃんと考えておかないと。

 

「開始日は、学園祭一日目の二時からだ。出場者の諸君は、開始十五分前に中庭の特設ステージに来ること。遅刻は厳禁。どうしてもやむを得ない事情がある者は、私か、本部に連絡するように。あとの細かい時程や説明は、先ほど配った紙を見るように。以上で、説明会を終わりにする。さ、自分のクラスの準備に戻ってね」

 

 学園長先生がそう締め括ると、出場者の人みんなが大会議室を出ていった。

 ボクたちもほかの人と一緒に晶と教室に戻った。

 ……学園長先生って、真面目な時は結構真面目な口調なのに、どうして素はあんなに軽いんだろう?

 

 

「……で、これはどういうことなの?」

「あ、あははー……い、依桜、顔が怖いわよ……?」

「……なんで、水着審査があることを言ってくれなかったの!」

 

 教室に戻るなり、ボクは未果に詰め寄っていた。

 もちろん、水着審査の件を黙っていたことに対する説教が目的。

 

「だ、だって……言ったら絶対、依桜出てくれないと思ったし……?」

「あのね、そう言うことを言っているんじゃなくて、あらかじめ言ってほしかったの! ボクだって、言ってくれればこんなに怒ってないよ!」

「す、すみません……」

「……まったくもう。ボク、水着持ってないんだよ? なのに、それを黙ってるなんて……」

「あ、えーっと……」

「ま、まあまあ、依桜も落ち着けって。未果だって悪気があったわけじゃ――」

「態徒は黙ってて」

「……すんません」

 

 ボクを止めようと割って入ってきた態徒を適当にあしらう。

 それに、態徒だってほとんど加担していたようなものだし。

 

「とりあえず、今回は許します。次からは、こういうことはなしでお願いね?」

「は、はぃ……」

 

 未果はちゃんと反省したらしく、少しだけ落ち込んでいるみたいだ。

 

「はぁ……次から気を付けてくれればいいから、ね?」

「わかった……」

『す、すげえ、あれが飴と鞭ってやつか……』

『なんだろう、百合が見えるような気がする……』

『や、やべえ、俺、怒ってる男女に興奮しちまった……』

『お前、変態かよ……。だが、男女って怒るとちょっと怖いな……』

『うん……依桜ちゃん、普段から温厚で優しいから、怒ると余計だよね……』

『私、怒らせないようにしよーっと……』

 

 ボクが未果を怒っているとき、クラスメートたちは、こぞってこう思ったらしい。



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13件目 水着審査の準備

 日曜日。

 今日は、いつものメンバーで必要な物の買い出しに来ていた。

 

 あれから、学園祭の準備は順調に進んでいる。

 女委は買い出し組のリーダーをしており、コスプレ衣装を注文しに行ったりしていた。

 注文と言っても、オーダーメイド。

 

 採寸は、幸いなことに学園長が計ったデータがあったので、それを渡すだけでボクは済んだ。

 ……あれ以来、採寸がちょっとトラウマなんだよね。学園長、許すまじ。

 衣装に関しては、できてからのお楽しみだそうで。

 ……女委に任せて大丈夫かな、という一抹の不安はあったものの、友人であることを信用することにした。

 

「しっかし、このメンツで出かけるとか、久しぶりじゃね?」

「そうね。最後にみんなできたのは……中学の時かしら?」

「だねー」

「まあ、俺もバイトとかあるしな」

「ボクは特にないけど……なんだかんだでPCしている時が増えたしね」

 

 今言うのは今更、って感じなんだけど、ボクと未果と晶は幼馴染と言う話はしたと思うけど、態徒と女委は中学生の時に知り合ったんだ。

 だから、最初からこの五人と言うわけじゃなかった。

 二人とは、妙に気が合ったから、なんだかんだでよくこの五人でいるわけで。

 

「で、今日は何を買いに来たんだよ?」

 

 態徒が今日の目的を聞いてきた。

 どうやら、連絡を見ていなかったみたいだ。

 

「今日は、買い出しと言っても、依桜と晶の水着を買いに来ただけよ」

「そうなのか? じゃあ、なんでオレと女委、未果がいるんだよ? 別に、晶と依桜だけでいいんじゃね?」

 

 態徒の言っていることはもっともだよね。

 それに追随するように、女委もうんうんと頷いている。

 たしかに、そう言う意味では、ボクと晶だけで十分だと思う。

 

「まあ、そうなんだけど……ほら、私って依桜に水着審査があること黙ってたじゃない?」

「あー、はいはい。りょーかい。つまり未果は、依桜に水着をプレゼントってことだな?」

「そういうこと。……はぁ。お小遣いが減るわ」

「自業自得だよ、未果」

 

 これに関しては、全面的に未果が悪いし。

 だって、普通大事な要素を黙っておく?

 

「なるほどねー。じゃあつまり、わたしたちは選ぶの手伝ってってことだね! うんうん、役得ってことができるわけだね!」

 

 あながち間違いじゃないんだけど……女委と態徒の場合、本当に心配なんだよね……。だって、変なの選びそうなんだもん。

 

「おお、たしかに! 依桜の水着姿か……」

「……態徒、変なことをしたら、即追い出すよ?」

「わ、わかってるって……」

「ほんとかなぁ……」

 

 いつも通り仲がいいボクたちは、軽口をたたきあいながら、水着売り場に向かった。

 

 

「依桜の見た目だと……やっぱり、緑系かしら?」

「いやいや、こっちの赤もいいって!」

「いや、ここはあえて黒と言うのも……」

「依桜は目立たない色が好きだし、水色とかじゃないか?」

 

 水着売り場にて、ボクはなぜかみんなに水着を選んでもらっていた。

 ボクが頼んだわけじゃないよ? なぜか、そうなってしまっただけで……。

 

 あと、なぜかみんなビキニタイプを勧めてくるんだけど。

 誰一人として、ワンピースタイプを推さないのはなんでだろう?

 

「あ、あの……なんで、ビキニタイプなの?」

 

 一応、聞いてみることにした。

 すると、

 

「「「「スタイルがいいから」」」」

 

 みんな同じタイミングでそう言ってきた。

 しかも、唯一の良心だと思っていた晶までもが、その声に混ざっていた。

 仲いいね、君たち……。

 

「あ、あの、ボク、大勢の人の前に出るのに、ビキニタイプは恥ずかしいんだけど……」

「うーん、でもねぇ……逆に依桜のスタイルに容姿だと、ワンピースタイプはかえって地味だと思うのよ」

「地味でいいんだけど……」

 

 あまり目立ちたくないもん。

 

「ダメだよ、依桜君!」

「め、女委?」

「考えても見てよ! 依桜君は、銀髪碧眼でロリ巨乳の超美少女! しかも、ボクっ娘という、珍しいタイプ! そんな二次元を絵に描いたような、絶世の美少女が身に着けている水着がワンピースタイプって、依桜君はよくても、エロスを求めている男たちには足りないんだよっ!」

「今店内だよっ! もうちょっと言葉を選んで! というか、エロスなんて求めなくていいよ!」

 

 店内で容赦ないいつものテンションでいるせいで、周りのお客さんからの視線がすごい。

 特に、ボクに集まっている気がする。

 女委、いつからこんな変態に……って、元々変態だったっけ……。

 

「はぁ……結局、こうなるのか」

「晶。晶も、ちょっとノリノリだったよね?」

「……なんのことだ?」

 

 ジト目を向けると、流し目でボクを見ようとしない。

 ……晶もたまーに変態がうつっている時があるんだよね……。

 このメンツ、基本的に変人しかいない気がしてきた。

 

「じゃあ、依桜君。とりあえず、水着、着てみよっか!」

「え、あ、お、押さないで……きゃあああ!」

 

 

「……なあ、未果」

「何? 態徒」

「最近依桜ってよ……」

「奇遇ね。私も思ったわ」

「「……心まで変わってきてない?」」

 

 

「こ、こんな感じなんだけど……ど、どう、かな?」

 

 女委によって、試着室に押し込まれ、ボクはいくつかの水着を着ていた。

 ……結局、ビキニなんだけど。

 

 今ボクが着ているのは、未果が渡してきた、緑色のビキニ。

 このタイプは、ホルターネックビキニって言うらしくて、なんでも、制服みたいな印象のあるもの……らしい。

 き、着てみて思ったけど……女の子ってこんなに露出したもので、海とかプールにいたんだね……ものすごく恥ずかしぃ……。

 

「か、可愛い……」

「ああ、今日、このために生きてきたんだ、オレ……」

「これは、同人誌が捗るよ!」

「まさか、水着を着て恥ずかしがっている姿が、こうも可愛いとはな……」

 

 うん。態徒は大げさで、女委は何を言っているのかわからない。

 未果と晶はマシ。

 晶はちょっと怪しいかもしれないけど、単純に可愛いと言っているだけだし。

 

「じゃ、じゃあ、次着るね……」

 

 ボクは再び試着室のカーテンを閉めて、別のに着替える。

 次は、態徒が渡してきた水着。

 ボクはそれに着替えて、試着室のカーテンを開ける。

 

「ど、どう、かな?」

 

 態徒が渡してきたのは、赤を基調としたオフショルタイプのビキニ。

 肩の露出や、上半身などの肌の露出に特化したもの……って、書いてあったっけ。

 あ、うん。態徒らしい、かな?

 でも、たしかに未果に渡されたものよりも露出は多い。

 着方次第で二の腕をカバーできるらしいけど、ボクにはよくわからない。

 

「なるほど。ところどころフリルもついているから、可愛らしさが上がるわね」

「どうよ、オレの選んだ水着は!」

「う、うん……悪くないよ。でも、ちょっと恥ずかしい、かな……?」

 

 さっきから、みんなだけじゃなくて、ほかのお客さんの視線も感じるし……。

 

「ふっふっふー。態徒君も甘いね! 甘ちゃんだよ!」

「な、なんだと!?」

 

 あれ、なんか寸劇が始まった。

 

「これじゃあ、会場の男たちを堕とせないよ!」

 

 堕とさなくてよくない?

 女委は一体、ボクに何をさせようとしているの?

 普通の人は、ミスコンで、男を堕とそう、なんて発想は出ないでしょ。

 

「な、なんだと!? これでも足りないというのか!?」

「当然! 世の男たちが喜ぶものと言ったら……というわけで、依桜君。わたしが渡したのに着替えてきて!」

「あ、うん」

 

 なんだろう、嫌な予感がする……。

 それと、未果と晶が妙に恥ずかしそうに顔を赤くしているのも気になるし……女委、一体何を選んだの?

 不安を感じつつも、ボクは女委の水着を手に取った。

 そして、

 

「……め、女委。これ、着るの?」

「当然!」

 

 即答だった。

 う、うぅ……これを着るの?

 で、でも、せっかく女委が選んでくれたものだし……ええい、覚悟を決めろ!

 

「こ、こここ、ここんな感じ……な、なんだけどっ……!」

 

 上ずった声を出しながら、ボクがカーテンを開けた瞬間、

 

『ぶはっ!』

 

 店内が鼻血という名の、鮮血で彩られた。 

 今のは、店内にいた男性客がそろって鼻血を噴いた音。

 その中には態徒のも含まれている。

 あの、こういうお店で血をまき散らしたら服が汚れるよね!?

 って、よく見たら、店員さんも死んでるぅ!?

 

「あ、あの……」

「……依桜、それは?」

「…………ものすごく、恥ずかしい水着、です……」

 

 それは、と聞かれても、震えた声でこういうしかないよ……!

 

「だろうな……正直、女委が選んだのを見て、俺は軽く戦慄したぞ……」

「じゃあ止めてよっ!」

 

 現在、ボクが着ているのは――黒のマイクロビキニである。

 そう、あの布面積がとても小さいことで有名な水着です。

 

 案の定と言うか、女委はとんでもないものを持ってきた。

 あまりの恥ずかしさに、色々なところが見えないかとても心配なので、両腕で胸とアソコを隠すようにしている。

 だ、だって、水着が解けそうなんだもん!

 

「やっぱり、わたしの目に狂いはなかった!」

 

 何をそんなに満足そうにしてるの!

 本当に友達なんだよね!? そうだよね!?

 

「大ありよ!」

「おまっ、なんてものを依桜に着せてるんだよ!」

「なんてもの……って、マイクロビキニ? それも、超布面積が小さいやつ」

 

 それが何か変、とでも言いたげな女委に、未果と晶が顔を真っ赤にして怒っている。

 

「あれじゃあ、ただの痴女よ!」

 

 うん。ごもっともで。

 ボクだって、これでコンテストに出場しようものなら、一発退場ものだと思う。

 

「と、とにかく俺が渡したのに着替えてきてくれ!」

「う、うん!」

 

 これ以上犠牲者――と言う名の変態――たちを増やしてはいけないと、ボクは晶が選んだ水着に着替えた。

 

「これは、どう?」

 

 最後に着たのは、パレオタイプのビキニ。

 巻きつけるスカート、と言う意味らしい。

 そのスカートは長くて、腰に巻くんだって。

 これなら、露出もある程度減らせるし、動きやすい。

 しかも、水色だからそんなに目立たないし、ボク好みかもしれない。

 

「あら、すごく似合ってるわ」

「たしかに。依桜はどこか、清楚な雰囲気をもってるからな、そっちの方がいいと思ってな」

「そ、そうかな? えへへ……ありがとう」

 

 最近、褒めらるととても嬉しく感じる。

 前はちょっと嫌だったかもしれないけど、今はそうではなくなった。褒められると、自然と笑顔になる。

 

「うっわあ……依桜の照れ笑いの破壊力半端ないんすけど……」

「うんうん。顔を赤くしながらだから、ポイント高いよね!」

 

 いつの間にか、態徒は復活していた。

 

「態徒、大丈夫なの?」

 

 かなりの量を噴出していたので、ちょっと心配。

 

「問題ないぜ。むしろ、あれで死ぬのも悪くないと思ったからな!」

「……ほんと、ぶれないね、態徒」

「そうか? ははは!」

 

 いや、褒めているわけじゃないんだけど……態徒がいいなら、いっか。

 

「それで、依桜。あなたは、どれにするの?」

「うん。ボクは、これにしようかな? これが一番可愛いし、好みだし」

 

 ボクが選んだのは、晶が持ってきたパレオタイプのビキニ。

 個人的には、これが一番しっくりきた、と言うのが一番の感想。

 

「ちぇー、アレじゃだめかぁ」

「「「当たり前だ(よ)(だよ)!」」」

 

 女委の発言に、ボクと晶と未果は揃って反応した。

 一体なぜ、あの水着で通ると思ったのか。

 そのあと、水着を購入し、みんなでお昼を食べてから解散した。

 ちなみに、鼻血で彩られたあのお店は、なぜかあの後繁盛したらしい。

 ……なぜに?



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14件目 学園祭準備

 時間は進み、学園祭四日前となった。

 学園祭四日前ということもあり、ただでさえ慌ただしかった準備が、さらに慌ただしくなった。

 色々なところに目を向けると、中庭では、生徒会の人たちが特設ステージを作っていた。

 正確に言えば、業者の人を呼び指示を出しながら作っている、と言う感じ。

 

 それ以外にも、部活で何かしらの模擬店なんかをやる人たちは、外で屋台制作に取り掛かっている。

 屋台制作は、部活動じゃなくても、単なる友人グループや個人だけでの出店も可能。

 その場合、申請をださなきゃいけないんだけど、この学園は基本的に生徒の自主性を重んじているから、よほど変な物じゃない限り、基本的に通る仕組み。

 

 慌ただしいというのは、当然ボクたちのクラスも例外ではない。

 調理と買い出し以外のみんなは、内装や外装を作っている。

 買い出しの人たちは、衣装が完成したとの連絡を受けて、衣装を取りに行っている最中。

 なので、女委を筆頭に、買い出しの人たちは今はいない。

 

 調理のボクたちは、調理室で練習中。

 練習と言っても、大層なことはせず、揚げる、焼くの二つの工程の時間を正確にしたり、味付けなど。

 基本的には、ボクが教えている。

 

 と言っても、みんな呑み込みが早いので、案外スムーズに進んでいる。

 そのおかげで、三日ほどで完璧になった。

 うちの学園では、土日も使って準備していいとのことなので、かなりありがたい。

 

 四日前から泊まり込みもOKということで、準備が間に合わない人は、大体泊まり込みで作業を進めている。

 うちのクラスは喫茶店なので、そこまで作りこむ必要はないはずなんだけど、デザインをした人が相当頑張ったみたいで、かなりしっかりとした完成形のイメージ図や設計図をちゃんと作ってきて、それで指示を出している。

 今もその指示が飛び交っていると思う。

 

 現在の時刻は夕方の六時。

 泊まり込みOKの日は今日から。

 大多数の人が軽食を持ってきているそうだけど、それでだと栄養が偏る。

 ということで、

 

「ボクたちで、夕食を作らないかな?」

 

 栄養バランスの心配をしたボクは、夕食の提案をしていた。

 

「それはいい案ね。あのデザインだし、みんなお腹もすくわよね」

『それに、結構力作業って聞くしー』

『私たちが作って持って行ったら、きっと作業効率があがるよね!』

『絶対そう! 特に、変態とかは馬車馬の如く働くんじゃね?』

『いいねいいね! じゃあ、何か作ろ!』

 

 意外とみんな乗り気だった。

 あと、たしかに女の子の手料理を態徒に渡したら、十中八九歓喜し、馬車馬の如く働くと思う。

 そう言う光景が目に浮かぶ。

 

「とりあえず……おにぎりと、味噌汁でいいかな? さすがに、今からじゃ手の込んだ物は作れないし……」

「うん、それでいいんじゃない? おにぎりの中に色々と入れれば、味は変えられるだろうし」

『じゃあ、何作る?』

『海老があるし、エビマヨとか?』

『あと、ツナと鮭もあるよ』

『塩昆布と、梅もある』

「そうだね。ネギとかキノコ類もあるし……そっちは味噌汁に。油揚げと豆腐もあるから、これも入れちゃおう」

「それじゃ、早速作り始めましょうか」

『おー!』

 

 ボクたちはクラスのみんなの為に、夕食を作り始めた。

 

 

 大体、一時間ほどで夕食が完成。

 さすがに、ご飯を炊いたり、四十人分の量を作らなきゃいけなかったから、結構大変だった。

 炊き立てのご飯はやっぱり熱いからね、握るのがちょっと辛かった。

 向こうじゃ、耐性系の能力やスキルと言ったら、毒耐性と精神系に関する耐制だけしか手に入らなかったから、ちょっと辛い。

 

 味噌汁に関しては、ただ量を作るだけで済んだので、こっちはまだ楽だった。

 おにぎりは、普通の塩むすびと、エビマヨとツナマヨ、あとは梅干しに塩昆布、焼き鮭と、六種類用意した。

 一応、ひき肉を使った、そぼろおにぎりも作れたんだけど、時間短縮。それはまた別の機会にとなった。

 

 で、今は料理を運んでいる途中。

 幸いなことに、一年生のフロアは四階。調理室も四階にあるの、そんなに遠くない。

 ただ、あるのは一組の方なので、ちょっとだけ歩く。

 

 その途中で、同じ学年の人にかなり見られたけど、そんなに多くは作っていないので、分けることはできなかった。

 しょうがないね。さすがに、全クラス分を作るのは無理があるもの。

 自分のクラスだけで手一杯だよ。

 少し歩いて、ボクたちのクラスに到着。

 

「みんなー、夕食だよー」

 

 ボクがそう言いながら入ると、みんなきょとんとした顔をした。

 あ、あれ? 何かおかしかったかな……?

 

「これ、私たちからの差し入れよ。食べたくない人は食べなくていいわ」

 

 と、未果が言うとみんな一斉にこっちに集まりだした。

 みんな我先にと、詰め寄るものだから、今にも喧嘩が始まりそうだ。

 これじゃまずい。

 

「みんな落ち着いて! ちゃんとみんなに行き渡る量を作ってあるから、喧嘩しないで! 喧嘩する人は抜きにしちゃうよっ!」

 

 と、ボクが脅すようにしたら、みんな整列した。

 一旦、机の上に置いて、みんなに配り始める。

 

「えーっと、おにぎりは塩と鮭、塩昆布に梅干し、あとエビマヨとツナマヨがあるから、好きなのを選んでね! あと、味噌汁もあるから、遠慮しないでたくさん食べて!」

 

 そんなわけで、調理班による配給が始まりました。

 とりあえず、一人一つずつ渡して、もっと食べたい人は取りに来るようにしてもらった。

 そうすれば、喧嘩もする心配もないし、自己管理もしてもらえるから、こっちも楽。

 

『うめえ!』

『くぅぅ! やっぱ、美少女が作った飯ってだけで、さいっこうだよな!』

『しかもこれ、男女たちがあの手で直接握ったやつだろ? それだけでも最高じゃん!』

「うっ……生きててよがっだ……!」

「態徒、泣くほどか……?」

「まあまあ、晶君、世の変態たちはね、あの綺麗な手でシてもらいたいんだよ」

「ちょっと待って、女委。今、サラッと下ネタを挟まなかった?」

「んー? 気のせいだよー」

 

 ……いや、絶対気のせいじゃない気がする。

 だって、手の動きが何と言うか……ダメなやつなんだもん。

 でも、変態には何を言っても無駄って言うのは、よくわかってるし……。

 

「依桜、おかわりくれ!」

「あ、俺にも頼む」

『じゃあ俺も!』

『俺ももらうぜ!』

「わたしにもー」

『うーん、これ以上食べると、太りそう……だけど、私ももらう!』

『どうせ、かなり動くし、大丈夫! あたしも!』

「あわわ! みんな、順番だよ!」

 

 そんなこんなでみんなでの食事が終わった。

 ボクたちが作った夕食は、みんなに好評で、残さず全部食べてくれた。

 うん、こういうのってやっぱり、嬉しいよね。

 未果たちも嬉しそうだし。

 

 みんなの笑顔を見ていると、作った甲斐があったって思えるね。

 夕食後、少し休憩を挟んで、作業を再開。

 ボクたちも、今日はほとんどやることがないので、こっちの手伝いを。

 

『悪い、だれかカッター持ってねえか』

 

 内装の骨組み作りを行っている、一人の男子がそう言ったので、

 

「『生成』……はい、どうぞ」

『お、サンキュー、男女』

 

 魔法で創って渡した。

 当然、バレない程度に。

 なので、ボクがカッターを持っていることを不審に思わない。きっと、たまたま持っていたと思っただけだと思う。

 

『そういえば、依桜ちゃん。あの包丁ってもらってもよかったの? 違いは判らないけど、結構いいやつなんじゃないの?』

「あ、いいよいいよ。包丁だったら、どうにでもなるから。それに、あれ全部タダで手に入ったものだから問題ないよ」

 

 ボクは、武器作成で、全員分の包丁を創ってプレゼントした。

 当然、切れ味は抜群。抜かりなしである。

 だって、お肉を切るとき、筋があると硬くて切りにくいからね。

 

 切れ味のいい包丁があると、結構スムーズに切ることができるって言う理由で、調理のみんなに渡したのだ。

 それがどうも、高いものだと思ったみたい。

 まあ、少なくとも、今日本で売っている一番高い包丁よりも、切れ味いいし。

 んーと、多分ダイヤモンド以上の硬さで、切れ味は日本刀以上かな。言わないけど。

 ……かなり魔力消費したけどね。

 

「……ま、概ね依桜の言う通りでしょうね。……どうせ、魔法で創ったんでしょ?」

 

 最後だけは、ボクにだけ聞こえるように言ってきた。

 その言葉に小さく頷く。

 ボクが異世界に行っていたことを知っているのは、このクラスだと未果だけだからね。

 

 いつかは、ほかの三人にも言うつもりではいるけど。

 ……もしかしたら、軽蔑されるかもしれないね。

 未果にも、あのことは言ってないし……。

 

『そっか。じゃあ、ありがたく』

 

 未果の言葉で納得してくれたらしく、ありがたくもらうとのこと。

 創ったこっちとしても、そのほうが嬉しい。

 あと、実は武器生成には抜け道があって、フライパンなどの調理器具が作れたりする。

 

 理由は至って簡単。その道具を、武器として認識しながら創ればいいだけ。

 そうすると、フライパンや鍋などが創れたり。

 そう認識するきっかけを作ったのは、紛れもなく師匠なんだけど。

 

 師匠曰く『その場にある物は全部武器! いついかなる時も、冷静に周囲を観察し、空間を把握、暗殺に使えそうなものは、すべて武器と思いなさい!』なんだって。

 う、うーん、だからってまな板が武器になるって言うのは……あれって、武器って言うより盾な気がするんだけど……。

 

 あれかな。武器生成の魔法って、盾を創ることも含まれているのかな?

 だったら、納得いくんだけど……。

 この魔法は、どういうわけか使える人が少なくて、ボクにはとてつもない才能がある! とか、師匠が言ってたんだけど、本当かどうかはわからない。

 だって、もう師匠には会えないし。向こうに行くことができないからね。

 

『おーい、誰か鋸使ってねーか?』

「悪い。今こっちで使ってるんだ」

 

 どうやら、鋸を使いたくても、晶が使っているから作業が止まっているみたい。

 うん、ここは。

 

「『生成』。はい、どうぞ」

『お、悪いな、男女……って、この鋸どうしたんだ? たしか、二本しかなかったよな……? しかも、どこからともなく出したように見えたんだが……』

「ふぇ!? あ、え、えと、あの、その……あ、あれだよ! て、手品!」

『へえ、男女って手品ができたのか……すげえな。鋸、サンキュな』

 

 ほ……。何とか誤魔化せたみたい。

 つい、向こうでの癖で、創っちゃうんだよね。

 魔力も師匠のおかげで、かなり持ってるしね。

 

 ……まあ、ボクは身体強化、ちょっとした風属性の魔法と、武器生成あとは回復魔法しかつかえないから、宝の持ち腐れなんだけどね。

 身体強化は、まあ、なにかとんでもないこと――例えば、テロリストが侵入してきた、とかだったら使えそうだけど。

 必要はないかもしれないけどね。

 師匠のスパルタ特訓の中に、雷を動体視力だけで視認して、反射神経だけで回避しろ、なんてことやらされたし……あれは、死ぬかと思ったよ。

 

「さて、ボクたちも仕事をしよっか」

 

 トラウマが蘇って来たので、ボクはそれを振り払うように言った。

 

 

 次の日。

 今日も今日とて準備。

 学園祭まで、残り三日となった。

 

 今日も学園では、忙しなく人が動いている。

 ボクたち、調理班はほとんど完璧なので、これといってやることが無かったり。

 基本的な下準備自体は、前日に行うことにしているので、問題なし。

 

 前日までの間は、空いた時間に復習ということにしておいて、ボクたちも準備の方を手伝う。

 女委も、昨日に引き続き、衣装を取りに行っている。

 なんでも昨日は、『まだ、半分しか完成してなかったらからね!』なんだとか。

 

 それで今日は、その残ったもう半分を取りに行っている。

 ボクたちの衣装も、今日完成するとのこと。

 どんな衣装になるのか楽しみな反面、注文したのが女委だからなーと、不安もある。

 

 ……水着の時みたいに、変なものを持ってこなければいいんだけど……。

 でも、たしか衣装を着るのは、給仕と調理の二十人だけだよね? なのに、なんで紙袋が四十もあるんだろう? 予備かな?

 と、考えている時、

 

「たっだいまー! 衣装取って来たよー!」

 

 女委たちが帰ってきた。

 買い出しのみんなは、両手に沢山の紙袋を持っている。

 女委は僕たちを見るなり、こっちに近寄ってくる。

 

 なんだか、いやらしい笑顔を浮かべている気が……。

 あれ、なんだろう、いやな予感がするなぁ。

 

「さあ依桜君! お着替えの時間だよ!」

「え?」

「さあさあ、こっちに来た! あ、あと晶君と未果ちゃんもね!」

「め、女委、どこに連れていく気なの!?」

「どこって……女子更衣室?」

「め、女委!? ちょ、ちょっと待って! 自分で歩け――って、どこ触ってるの!? ひゃん!? だ、ダメっ、だってば! あっ、まっ……いやぁぁぁぁぁ!」

 

 ボクの必死の抵抗空しく、あえなく連行された。

 

 

 ボクたちは、女委に渡された衣装に着替えた。

 未果が渡されたのは巫女服。ものすごく似合っていた。だって未果って、大和撫子って感じがするしね。

 晶は、シンプルに執事のような服装。燕尾服ってやつだね。しかも、モノクルまでつけてるという徹底ぶり。晶はカッコいいので、なんでもそつなく着こなすイメージがあったけど、燕尾服はかなり似合っていた。

 で、ボクはというと……

 

「こ、これ、変じゃない……?」

 

 ミニスカメイド服。しかも、猫耳・猫尻尾付き。

 あと、リボン付きの白いニーハイソックスも履いている。

 ……ボクだけ、やたら属性過多な気がするんですが。

 

「……」

「……」

 

 誰も、何も言わなかった。

 

「あ、あの……」

「……依桜がメイド服着て、しかも猫耳尻尾があると、その……」

「……ああ。破壊力半端ないな」

「でしょ? しかも、ミニスカートと言ったら、ニーハイだよね! あの、スカートとニーハイの間の真っ白い太ももが眩しいよね! やっぱ、依桜君みたいな美少女だったら、定番の猫耳ミニスカメイドだよね!」

「あの、女委? 変態じみた発言はやめてほしいんだけど……あと、これ似合ってる? ボク、ちょっと心配なんだけど……」

 

 それに、この衣装って定番なの?

 定番なら、普通のメイド服でいいと思うんだよ、ボク。

 

「大丈夫よ、依桜。ものすごく可愛いわ」

「そうだな。ものすごく可愛いぞ」

「そ、そう? でも、これ……なんで、胸元が大きく開いてるの?」

 

 ミニスカートだから、ちょっとすーすーするし、胸元が開いているから、ちょっと恥ずかしいし……。

 

「え? だって依桜君胸大きいでしょ?」

「でも、女委の方が大きいと思うけど……」

「それはいいの。ま、Gと言っていた時点で、わたしより大きいと思うけどねん。まあ、正直な話、サキュバス服にしようか迷ったけど、さすがに狙いすぎかなと。そんで、とりあえず(・・・・・)妥協して、胸元を大きく開けたミニスカメイドにしようかと」

 

 ボク、サキュバスの衣装着せられそうになってたの?

 よ、よかった……メイド服で。

 恥ずかしいことに変わりはないけど……。

 

「でも、胸元開ける意味ってある?」

「そうだねぇ……クラスに戻ればわかるよ」

「う、うん」

 

 というわけで、着替えた状態でクラスに戻る。

 

「お、依桜はメイド服か! しかも、ミニスカートに猫耳尻尾付き! 未果も、巫女服がメッチャ似合ってるぜ! 女委、良いセンスだ!」

「むっふっふー! 私に抜かりはない!」

『最高だぜ、腐島!』

『まさか、美少女たちのメイド服姿と巫女服姿が見れるなんて……感激だ!』

『ああ、あんな美少女にお世話してもらいてー……』

『俺は、美少女の巫女さんにお祓いとかしてもらいたいわ……』

『男子たちほどじゃないけど、たしかに依桜ちゃん似合ってるよね』

『うん、お世話してもらいたいって言うのも、ちょっと納得できるわ』

『それに、未果ちゃんもすっごい可愛いし……大和撫子って、未果ちゃんみたいな人を言うんだろうね』

『それにしても、晶君は執事服が妙に似合ってて、ドストライクなんですけど!』

『あたし的には、依桜ちゃんと晶君の両方にお世話してもらいたいわー』

 

 と、ボクたち三人はかなり注目を浴びていた。

 

「それじゃあ、それなりに注目を浴びていることで、ここはひとつ。依桜君。太腿に両手を置いて、ちょっとかがんでみて?」

「え、えと、こ、こう、かな……?」

 

 言われた通りに前かがみになると、

 

『うっ!』

 

 なぜか、男子たちが前かがみになった。

 これは、どういうこと?

 

「あー……女委。お前、これを狙ったのか?」

 

 目の前の光景を見て、晶が呆れたように額に手をやる。

 

「そういうこと! だって、谷間が見えると、よくない? しかも、依桜君みたいな清楚系のタイプの女の子がやると、ギャップが相まって、かなりエロく見えるんだよ!」

「はぁ……女委、やっぱりそう言うことを考えていたのね?」

「当然!」

 

 どうやら女委の狙いは、ボクをエロく見せる事だった。

 

「そ、そう言うことをやらせないでよ、女委!」

 

 さすがに、黙っていられるほど、ボクは聖人君子ではない。

 

「今の事をやらせる以前に、依桜君、ミス・ミスターコンテストで水着着るじゃん? そのデモンストレーションだと思えばいいよ!」

「そ、そうだけど……これじゃあ、みんなのやる気を阻害しちゃうよ」

「そうかなぁ? じゃあ、依桜君――」

 

 と、ボクに耳打ちをしてきた。

 

「――それを言えばいいの? 変な意味じゃないよね?」

「うんうん。あと、とびっきりの笑顔をしながらだと、なおいいよ!」

「う、うん。やってみるね」

 

 軽く深呼吸して、心を落ち着ける。

 落ち着いたところで、ボクは笑顔を浮かべながら、

 

「が、頑張って下さいね、ご主人様♪」

「っしゃああああ、やるぞお前らぁぁぁぁぁぁぁ!」

『『『Yeahhhhhhhhhhhhhhh!』』』

 

 ボクがさっきのセリフを言った瞬間、男子たち全員、ものすごい速度で作業を始めた。

 しかも、態徒が一番すごい。

 なんか、残像が見えるんだけど。

 

「はっはっは! 美少女による、ご主人様呼びは、男たちに火をつけたみたいだね!」

「え、えと、女委? これはなにが起こってるの……?」

 

 あまりにも突飛な状況に、思わず言わせてきた女委に説明を求めた。

 

「そうだねぇ。世の男たちは、可愛いメイドさんに『ご主人様♪』って呼ばれたいんだよ。だから、それを逆手にとって、依桜君にさっきのを言わせてみたんだー。そしたら、効果覿面! 依桜君の思うがままに動いてくれるよ! やったね! 魔性の女だよ!」

「魔性の女じゃないよ!」

 

 いつからボクはそんな人になったの?

 え、ボク、そう言うのじゃないよね……?

 そう思いながら、未果と晶に視線を向けると、スーッと視線を逸らされた。

 ……ちょっと不安になったきた。

 

「ところで、女委。一つ気になることがあるんだけど、いいかしら?」

「なんだい?」

「衣装は、一人一着だと思ってんだけど……なんで紙袋がその倍の数あるのかしら?」

「あ、それボクも気になってたんだけど」

「俺もだ。実際、そんなに必要ないだろ? 予備か?」

 

 どうやら、ボクだけじゃなくて、未果と晶も気になっていた様子。

 だって、半分しか取りに行っていないというのに、すでに紙袋は全員分あったんだもん。

 なのに、今日もう半分取りに行ってくるといったから、かなり疑問だった。

 

「あー、あれ? んーん? 予備じゃないよ?」

「じゃあ、間違えたのか?」

「それも違うよー。あれ、二日目の衣装。依桜君たちが着ているのは、一日目の衣装」

「え、そうなの?」

 

 まさかの回答にボクたちは目を丸くした。

 

「もっちろん! だって、二日もあるのに、同じ服って言うのも衛生的に悪いじゃん? それに、同じ服と言うのも、お客さんも飽きちゃうだろうしー」

「あら、珍しく女委がまともなこと言ってるわ」

「確かにそうだが……何かよからぬことを考えていないよな?」

「んー、それは見てのお楽しみ! 当日のお楽しみ! ってね! むふふ」

 

 その屈託のない笑顔とセリフを聞いて、ボクたち三人は思った。

 

(((あ、これ絶対ダメなやつだ)))

 

 と。

 

 まず、女委が最後までまともでいるはずがない。

 だって、元々サキュバス服を着せようとしてたんだよ?

 そんなことを考える女委が、まともなわけがない、というボクたちの考え。

 それに、明らかに最後の笑い方はちょっと、気味が悪かった。

 

「いやぁ、楽しみだなぁ」

 

 ちょっと浮かれた表情をしている女委を見て、ボクたち三人は、すごく嫌な予感がしていた。



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15件目 不穏な雰囲気と、転移の真相

「ふぅ……これでとりあえず、明日の仕込みは終わりかな?」

 

 学園祭前日。

 今日は日曜日。だけど、説明した通り、土日も準備はできるため、ボクたちのクラスも最後の仕上げに入っていた。

 調理班のボクたちは、学園祭当日の仕込みを行い、ちょうど終わったところ。

 時間を見ると、もうすでに夜の九時を回っていた。

 

「うーん、思ったよりも時間が掛かっちゃったなぁ……」

「そうね……。とりあえず、二日分のケーキはできたし、アイスも冷やし固めるだけ。クッキーは、当日の朝に焼けば問題ないわ。それ以外の料理も、あらかた準備は終わってるし、当日は、焼いたり揚げたりするだけ、と。ご飯も、二つのうちの片方が無くなり次第炊くって感じでいいのよね?」

「うん。問題ないよ。とりあえず、二日分は作ったけど、ちゃんと売り切れればいいんだけど……」

『大丈夫だって、依桜ちゃん』

「そ、そうかな?」

『うんうん。こんなに美味しい上に、依桜ちゃんは可愛いからね!』

『しかも、当日は猫耳尻尾にミニスカメイド服だから!』

『男たちが貢こと間違いなし!』

「あ、あはは……そうだといいんだけどね……」

「あら、依桜ってば、魔性の女を目指してるのかしら?」

「そんなわけないよっ!」

「ふふ。むきになっちゃって。冗談よ」

「むぅ……」

 

 相変わらず、未果は楽しんでいる。

 未果の悪い癖だと思う。

 

 楽しいことが昔から大好きで、普段はまじめにやるかもしれないけど、結局はからかって楽しんでいたりするし。

 ……まあ、ガチガチに真面目、っていうのもとっつきづらいから今のままでも十分、いいんだけどね。

 

「さて、明日は早いし、今日はもう寝て、明日に備えましょうか」

『そうだね』

『うん。あたしも疲れた……ふわぁ~……』

『眠そうね』

『無理もないよ、朝からずっと仕込みだったんだもの』

「ふふ、そうね。じゃあ、私たちも休みましょうか。依桜も行きましょ?」

「あ、悪いんだけど、今日は一旦家に帰るよ」

 

 なにせ、ここのところずっと学園にいたからね。

 シャツとかも洗ってはいたけど、さすがに一度家に帰っておかないと。

 

『え、今から帰るの?』

『夜道は危険だよ? 泊まっていった方がいいんじゃ?』

「大丈夫だよ。暴漢に襲われても大丈夫だから!」

「ま、依桜ならそうよね。少なくとも、態徒を手加減して、軽くあしらえるものね」

『そういえばそうだった』

『じゃあ、いらない心配だったね!』

「うん。みんなも、心配してくれてありがとう。じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」

「はいはい、おやすみ。気を付けてね」

「うん」

『じゃーねー!』

 

 みんなに見送られて、ボクは家路に就いた。

 

 

 と、本来だったら、そうだったんだけど、ちょっと今回は事情が違う。

 たしかに、家に帰るのは本当。

 だけど、明日の仕込みをしている時、不意にこの学園内から不穏な空気を感じた。

 今回、その原因を探るためにボクはみんなのところから離れた。

 

「……このあたりかな?」

 

 暗殺者の能力である、索敵を使用して学園中をくまなく見る。

 すると、

 

「……これは、屋上? こんな夜中に、一体誰が……」

 

 屋上にて、何者かの気配を感じた。

 

「……少なくとも、学園生じゃ、ないよね?」

 

 屋上から感じる気配は、少なくとも二つ。

 この索敵、便利な点があって、悪意があったり、邪な感情を抱いていると、それがハッキリとわかるのだ。

 今回は悪意の方。

 よくよく観察してみると、この反応って……

 

「……教頭先生?」

 

 気配の内一つは、教頭先生のものだった。

 なぜ、それがわかったのかと言うと、一応この学園に関わっている人――生徒や先生、事務員の人たちの気配を覚えているから。

 と言っても、生徒全員を把握しているわけじゃない。さすがに、三週間だけで覚えられるわけがないからね。

 

 生徒の方は、とりあえず同じ学年の人だけ。

 上級生の人たちの気配は、ほとんどわからない。

 しかし、先生や事務員などの人たちは覚えておこうと思って、しっかりと覚えたのだ。

 

 中でも、学園長先生と教頭先生はかなりわかりやすかった。

 学園長先生は、なんだか邪な感情かなにかを抱いているようだけど、それは決して悪いことを考えているわけじゃなくて、単純に変態だからだと思う。

 ……だってボク、一回襲われたしね。

 

 で、教頭先生の方。

 こっちは、異世界から帰ってきて、すれ違った時から、とても気になっていた。

 なんというか、黒いのだ。真っ黒で、底知れない悪意を感じる。

 そんな人物だから、かなり印象的だった。

 

 実際、生徒の中にもそういった感情がある人もいなくはなかったけど、基本的に大きなことには発展しなさそうな人たちだけだった。

 多分、ちょっとした悪いことをしているだけだと思う。

 犯罪には発展していないと思うけど。

 

 ただ、教頭先生の場合は異常なまでに黒かった。

 これはもう、犯罪者に近いようなものだ。

 最初は、様子見で、気にかけていたけど、学園祭が近づくにつれ、ますます黒くなっていくのを感じた。

 

 そう確信したのは、学園祭一週間前。

 正直、今のボクだったら簡単に追い込んで、自白まで持って行けるかもしれないけど、ここは異世界じゃない。

 無駄に相手を壊すわけにはいかない。

 紛いなりにも、ここの先生なんだ。

 

 絶対に非人道的行為はしてはいけない。

 だから、証拠をつかもう、と言うわけなんだ。

 

 今は、様子を見に、屋上へ。

 当然、気配遮断、消音も使っている。

 気配遮断は、気配を薄くして気づき難くする能力。才能があればあるほど、効果値が高く、自然に周囲に溶け込める。

 消音も、足音を消したり、能力をしている者から発せられる音を消したりすることが可能。

 こちらも、才能があればあるほど効果値は高い。

 

 それらを駆使して、屋上にたどり着く。

 消音は、ドアを開けたりすることにも働くため、ドアを開けても音が出ることはないので安心。

 ただ、能力を使用しても、絶対にバレない、と言うわけではないので、物陰に隠れる。

 

 気配があったところを見ると、能力通り、人影が二つ。

 一人はやはり教頭先生だった。

 もう一人は……あれは、軍人、いや、傭兵かな? 見るからに鍛えられた肉体をしているし、何より、隠しているつもりなんだろうけど、服の内側に銃を隠し持っているね。

 まさかここで、異世界で鍛えた視力と能力が活きるとは……。

 

 ここは、躊躇している暇はないよね。

ボクはここで聞き耳を使用。同時に、スマートフォンで動画撮影状態にし、なるべくばれないような位置に転がす。

 ちなみに、聞き耳は、遠く離れた音を聞こえるようにする、暗殺者の能力の一つ。

 聞き耳を使用した瞬間、結構離れているにもかかわらず、声が聞こえてきた。

 

『ふむ、計画は順調、と』

『はい。仕掛けも準備できております』

『そうかそうか。して、人員の方は?』

『はい。すでに、この街に潜伏済みです』

『しくじるなよ? この状況ですら、誰が聞いているかもわからんのだ』

『もちろんです。当日は、一般客を装って侵入し、中庭に参加者全員が集まった時、一斉に仕掛けます』

『そうかそうか! ならば、私は人質を買って出ようじゃないか!』

『なるほど、そうすれば、あなたは無関係だと知らしめられるということですね』

『その通りだ。これには、私の悲願が掛かっているからな。確実に、成功させねばならん』

『もちろんですとも。ただ、こちらにもちゃんと、報酬を用意してくださいよ?』

『わかっているとも』

『武器の持ち込みは大丈夫でしょうか?』

『私を誰だと思っている。ぬかりはない。警備員もすでに買収済みだ』

『完璧ですね』

『そうだろう? ふはははは!』

『……では、明日、楽しみにしていますよ?』

『ああ。学園長の研究データ。確実に私のものにしてやる……』

 

 ……どうやら、二人は去ったみたいだ。

 

「それにしても……計画に、報酬……それと、学園長の研究データ……」

 

 なんだか、きな臭くなってきたね。

 一応、この件は、学園長先生に言った方がいいかもしれない。

 ……ただ、そうなると、異世界のことについても話さなきゃいけないんだよね……。

 

「……でも、さっき人質、とか言っていたよね?」

 

 下手をすると、怪我人どころか、最悪の場合、死人が出るかもしれない。

 ……背に腹は代えられないか。

 

「……学園長室へ行こう」

 

 スマートフォンを回収してから、なるべく急ぎめで、ボクは学園長室に向かった。

 

 

「――なるほど。そんなことが」

 

 もう十時だというのに、幸い学園長先生はまだいてくれた。

 学園長室に入るなり、ボクはすぐに屋上での一件を説明した。

 

「ありがとう、依桜君。お礼を言わせてね」

「いえいえ。ところで学園長先生、一つお伺いしたいんですけど……」

 

 と、ボクが尋ねると、笑顔から一転して、真剣な表情になった。

 

「研究データ、のことよね?」

「はい」

「……教えてもいいけど、一つだけ条件があるの」

「なんでしょう?」

「このことは絶対に他言無用よ?」

「は、はい。わかりました」

 

 他言無用と言うのだから、機密情報か何かなんだろうけど、何なのか皆目見当もつかない。

 

「えーっと、どこから話せばいいか……そうね、まずはちょっとした前座かしらね。依桜君は、異世界を信じるかしら?」

 

 ……これはまた、答えずらいのが来たなぁ。

 でも、答えないとまずいし……。

 

「ま、まあ、あったらいいなぁ、とは思います」

 

 我ながら、当たり障りのない返事ができたと思うよ。

 

「そう。まあ、普通の人だったら、『ありえない』『夢物語』『アニメの見過ぎ』なんて言うんでしょうけど……実際には存在するわ」

「……」

 

 いや、まあ、うん。ボク自身が体験してるし……。

 正直なところ、ここまで反応に困る暴露はないと思う。

 

「それも、かなりの数。無限と言ってもいいくらいの数が存在しているの。異世界は、いろんな種類があって、私たちが生きているこの世界と似た世界もあれば、魔法が存在している世界。果ては、地球などがない世界もある。本来だったら、知ることができない情報だったりするけど、稀に人は異世界へ行くことができるわ」

 

 まあ、向こうの人が召喚とかしたら行けると思いますけど……。

 

「私の父が、そうだった」

 

 ここに来て、まさかの事実が飛び出してきた。

 学園長先生のお父さんって、異世界へ行ったことがあるみたい。

 

「父が言うには、この世界には何人もの人間が異世界へ行っているらしいの。それがわかってから、父は異世界についての研究を始めたわ」

「なるほど。それが、学園長先生の研究データってことなんですね」

「そう。父は、異世界について研究していると、ある日一つだけわかったことがあるの。それはね、異世界へ行った人間が異世界へ行った瞬間、わずかに空間のずれがあったらしいの。父はそれを安易に『空間歪曲』と呼んだわ」

 

 あ、安易って言っちゃうんですね。

 

「父はそれを発見してからと言うもの、人工衛星による観測を始めたわ」

 

 ……あの、ものすごく壮大になってきてないですか?

 人工衛星を使ってまで調べるほど、何か大事な物でもあったのかな……?

 というか、本気度が半端じゃない。行動力が異常レベルだよ、学園長先生のお父さん。

 

「ところが、父は数年前普通に老衰で死んでしまった。当時、研究に関わっていた人たちはそんなに多くなかった。けど、父は表向きは製薬会社を営んでいたおかげで、資金は潤沢にあった。だから、人数が少なくても大掛かりな研究が続けられたわ。そこには当然、私も関わっていた。面白そう、と言うのが第一の理由だった」

 

 面白そうってだけで研究に関わってたんだ、この人……。

 というか、お父さんが亡くなったのを、ずいぶん軽く言うんだね、この人。

 

「父が死ぬ前日、必ずこの研究を完成させてくれと言ったわ。なにせ、完成しなかったからね。父は、異世界へ行く装置を作っていた。あと一歩で完成! ってところで、ぽっくり逝ってしまった」

 

 う、うーん、ここまで、肉親の死を軽く言える人を、ボクは生まれて初めて見たんだけど……。

 

「当然、私は泣いたわ。でも、父の遺言を思い出して、かなり頑張った。そしてついに、今年完成したの!」

「そ、そうなんですか」

 

 随分とタイムリーな気がするけど。

 あと、学園長先生がちょっと興奮しだしてる。

 さっきまでの真剣な表情はどこに?

 

「でね? 最近テストをしたのよ」

 

 ……え、テス、ト?

 なんか今、不穏なワードが聴こえたんだけど……。

 

「が、学園長先生? ちなみに、いつ起動したんですか?」

「そうねぇ……約一ヵ月前かしら?」

 

 ……お、落ち着いて、ボク。まだ、そうと決まったわけじゃないんだし……。

 

「ただねー、この機械問題があったの」

「問題、ですか」

「そう。この機械って、特定の人を飛ばす、ってことができないうえに、向こうの人たちが呼び出そうとしている状況じゃないと、うまく起動しないの。仮にちゃんと起動したとしても、誰を飛ばしちゃうかわかんないじゃない? で、私たちは人工衛星を使って調べたわ。ま、世界は無限にあるわけだし、呼び出そうとしている人なんて星の数ほどいるから、微々たるものよね!」

 

 ま、まさか……。

 一つの可能性思い至った。

 

「そしたら……飛ばされたのが依桜君だったの!」

 

 やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!

 やっぱり、この人だった!

 途中から、薄々思ってたけど!

 

「いやー、まさか依桜君が異世界に飛ばされるなんてねー。で、どうだった?」

 

 楽しそうに、そして結果を教えてくれと言わんばかりに、ボクに質問してきた。

 それに対し、ボクの怒りの沸点は最高潮。

 

「どうもこうもないですっ! 学園長先生のその行動のせいで、ボクは向こうで三年間、文字通りの血の滲むような生活をしてたんですよ!? おまけに、魔王には【反転の呪い】なんていう、ぶっ飛んだ呪いかけられましたし!」

「あぁ! だから、依桜君が依桜ちゃんになったんだね! なるほど! いやあ、異世界って面白いね!」

 

 カラカラと楽しそうに笑う学園長先生に、少しばかり殺意が沸いた。

 殺してしまっても、罪には問われない気がする。バレなければ犯罪じゃないです、みたいな感じで。

 ……いや、殺さないよ?

 

「面白くないですよっ! おかげで、こんな苦労をする羽目に……」

「まあまあ、依桜君は可愛いからいいじゃない?」

 

 よく、いけしゃあしゃあと言えるなぁ、この人。

 女の子に変わった際の苦労は、誰もわからないと思う。

 

「うぅ……どうしてこんな目に……」

「ただまあ、この実験の面白かったことと言えば、観測していると、その人が消えて、次の瞬間には戻ってきてる、って言う点なんだよね。これってー、向こうでどんなに生活しても、こっちでは時間が進まないってことだよね! いやあ、素晴らしい!」

 

 ボクの気なんて知らないのに、学園長先生は楽しそうに好き勝手に喋っている。

 この人に、人を気遣うっていう気持ちはないんだろうか?

 

「す、素晴らしくなんてないですっ! おかげで、ボクは女の子ですよ!? どうしてくれるんですかっ!」

「でも君、最近はまんざらじゃないんじゃない?」

「そんなことは――」

「ないと言い切れるかい? だって君、たまに女の子っぽい口調になったりするときもあるし、女の子みたいな悲鳴も上げる。その上、変わった当初は可愛いと言われるのがあまりよく思っていなかったのに、今じゃちょっと嬉しそうじゃない? そんな状態で、違う、何て言いきれる?」

「うっ……」

 

 正直、それがないとも言い切れない……。

 実際、心のどこかでは、本当にそう思っているかもしれない。

 ボクは元から女の子だったんじゃないか、っていう考えも、最近では出始めていたりする。

 

「まあ、君の人生だし、私に関係ないもの」

「……いえ、学園長先生のせいでボクの人生が狂ったような気がするんですけど……」

 

 というと、学園長はスーッと目を逸らした。しかも、冷や汗と気まずそうな笑みもセットで。

 

「……ボク、隠蔽には自信あるんですよ?」

「い、依桜君? 目が怖い……」

「大丈夫ですよ~。なるべく痛みが無いようにしますから~」

「え、でも依桜君って、今女の子でしょ? どうやって、私のしょ――ごめんなさい、ふざけないので、そのナイフ仕舞って!」

 

 ボクが起こっているにもかかわらず、下ネタを言おうとしたので、ナイフを生成。

 すぐに落とせるように準備。

 その行動だけで、学園長先生はすぐに謝った。

 うん。人間、素直に謝るのが一番だよね。

 

「はぁ……まあ、変わってしまったものは仕方がないので、もう何も言いませんけど……その装置、あまり使わない方がいいですよ」

「えー、でもー」

 

 完全に、反応が子供のそれだよ。

 

「でもじゃないです。でないと、ボクが破壊しますよ?」

「いいもん。研究所はどこかわからないから、依桜君には絶対わからな――嘘です、もう使いませんから、だからそのナイフは仕舞って!」

「まったくもう……それで学園長先生、本題に戻りますけど、どうして学園長先生の研究データが狙われているんですか?」

 

 あまりにも脱線していた話を、本題に戻す。

 ……というか、さっきの会話のせいで、シリアスな雰囲気がすべて消し飛んだ気がする。

 ボクの決意を返してほしい。

 

「そうね……まず、依桜君自身が体験したからよくわかると思うけど……まあ、あれよ。魔法や異世界の産物による軍隊の強化、ってところね」

 

 かなりとんでもない言葉が出てきたんだけど。

 軍隊の強化?

 

「え、でも、特定の人を異世界に送るのは無理、って言ってましたよね?」

「ええ。言ったわ。でも、理論上……というか、実際は可能。ただ、それはあまりにも危険」

「危険、ですか」

「私が行ったのは、ランダムな異世界転移。これはね、なるべく空間歪曲を少なくするためなの。なにせ、空間歪曲は強すぎなければ、ただ異世界へ送るためのものでしかないからね」

「え、じゃあ、強すぎると?」

「体が捩じ切れて惨たらしく死ぬわ」

「えっ」

 

 突然の言葉に、小さな悲鳴のような声が漏れる。

 あ、あの、それって、結構まずいんじゃ……?

 あと、それ笑顔で言うことじゃないです。

 

「空間歪曲は、あくまでも異世界への扉。それなりの弱さであれば、依桜君のように、異世界へ行くだけで済む」

 

 いや、異世界へ行くだけで済むって言っているけど、ボク、それどころじゃない気がするんだけど……。

 思いっきり、今後の人生が大きく変わるような一大事が起きてるんだけど……。

 

「でもね、これが強すぎると、空間そのものが体を捩じ切る。そもそも、空間歪曲自体は、ほとんど認識できないけど、大体どこにでもあるの。異世界転移装置は、それを強くしているだけ。ランダムで、人が死なないのは、元々ある空間歪曲を徐々に大きくしているから。小さい状態だから人体に影響はない。むしろ、そこに居続けることで、空間歪曲に無意識のうちに体が慣れていくの。だから、ランダムな方は人が死なない」

「なるほど……ということは、強すぎるって言うのは……」

「そ。空間歪曲が存在していない場所、もしくは体が慣れきっていない状態で行うから、死ぬの。実際は、ランダムも任意も、どちらも同じくらいの力だったりするんだけど、問題は、無理やり作ったか作っていないか、ということ」

「えと、つまり……自然に扉が開いた状態だから、ランダムは異世界に行けると。でも、反対に任意での転移は、何もないところに無理やり扉をこじ開けようとしているから、ってことですか?」

「そういうこと。さっき、強すぎるって言ったのは、世界の修正する力が強すぎるってこと。この世界は、それなりに空間歪曲ができたりするけど、それは一定の時間が経過すると、世界が修正を始めるの。基本的にどこにでもあるけど、どこにもないとも言えるもの。そもそも、人間が視認するのはまず不可能。それもそうよね、空間の歪みなんて、誰にも見えないもの」

 

 たしかにそうだ。

 どんなに空間が歪んでいても、それが小さなものだとしたら、まず不可能だろうし、そもそも人間が視認できないということは、なんらかの機械でないと見えないということでもあるわけだろうし。

 

「だから、この研究データは極秘なの。そもそも、下手をすれば国家間のパワーバランスが大きく変わってしまうような、とんでもないもの。私や、その研究をしている人はみんな、面白そうだから、なんて理由でやっているから、誰一人としてそんなことをしようとも考えないけど、軍隊のお偉いさんや、国のトップ、テロリストたちは違うわ。下手をすれば、魔法という強力な力を入手出来て、軍事力の強化が図れるもの。そんな人たちが戦争に参加しようものなら、とんでもないことになるわ。相手の国からしたら、得体の知れないもので攻撃されてるとしか思わないし」

「そうですね。異世界なんて、普通であれば、誰も本気にはしませんから」

 

 いくら、日本にはそう言った題材の話が多いとはいえ、大体の人は、空想の産物としか思っていないがゆえに、それが魔法だとは思わないだろう。

 仮に、そう言う力を持った人が戦争にいたとして、トリックだとしか思わず、本質を見抜くことができずに散っていくだけになるだろうし。

 

「そういうこと。だからこそ、この研究データは危険なの。誰にも渡すわけにはいかない」

「とりあえず、学園長先生の研究データが何なのかもわかりましたし、それに関する危険性も理解できました。じゃあ、なんで教頭先生がそれを狙っているんですか?」

 

 まったく関係のない話だと思うんだけど……。

 それに、軍人の人も雇っているみたいだった。

 

「……不確かな情報なんだけど、教頭先生はどこかのスパイの可能性があるわ」

「そ、そうなんですか!?」

 

 ここに来て急展開すぎるよぉ! というか、なんでそんなかなりとってつけたような設定が飛び出してくるの!?

 

「いえ、不確かな情報よ。ただ、教頭先生の経歴を見たんだけど、明らかにおかしいの」

「おかしい、ですか」

「ええ。探しても探しても、過去の事があまり出てこないのよ。それだけならいいんだけど、どうにも、学校の行事に参加したような形跡はあって、どこで、何をした、みたいなのはないし、免許は確かに持っているけど、本当にその時いたっけ? みたいな感じだし……」

「それ、ものすごく真っ黒じゃないですか」

 

 過去の事がほとんど出てこないって、明らかに人為的に隠されていると思うんだけど。

 だって、どんなに目立たないようにしている人がいたとして、詳細は調べれば出るはずだし……まあ、それなりの諜報能力が必要だと思うけど。それこそ、興信所みたいなところとか。

 

「どう見てもね。ただ、それだけで判断するのは早計。もう少し、証拠が欲しいわ」

「証拠、ですか」

「せめて、密会の現場のような物さえあれば……」

 

 壁にぶち当たったように、眉を顰める学園長。

 

「あ。ありますよ?」

 

 それを見て、あっけらかんとボクは告げた。

 

「え、あるの!?」

「はい。一応、さっき密会現場を覗いているときに、こっそりスマホで録画してました」

 

 一応、何かに使えると思ったから、あの時に撮っておいたんだけど、どうやら、役立ちそう。

 ボクはその映像を学園長先生に見せる。

 

「これは……逃れようのない証拠ね。顔もはっきり映っているし、声も小さめだけど、計画とか、人質とか、色々なものが聞き取れる。よくこんなのが撮れたわね?」

「えっと……向こうじゃ暗殺者をやってましたから」

 

 ボクが暗殺者をしていたことを告げると、驚いたような、感心したような器用な表情をした。

 

「へぇ……だから依桜君、バレなかったのね。だってこの軍人のような人、今も指名手配中の海外のテロリスト集団『ユグドラシル』の幹部よ? しかも、元は本物の軍人で、かなり死線をくぐり抜けてきた猛者って話だし」

「いや、なんですか、その厨二病が付けそうな名前は。テロ組織の名前って言うより、何か守ってそうな感じなんですけど」

 

 あまりにもミスマッチすぎる名前だと思う。

 もしかして、そこのリーダーは日本人なんじゃないだろうか?

 

「……ふぅむ、ここで警察を呼ぶと、学園祭自体が中止になるかもしれない。でも、ここまで準備をしておいて、今更中止にはできないし……」

 

 学園長先生は、テロリストのせいで学園祭が中止になることを危惧しているようだ。

 それもそうだよね。

 

 学園長先生がどんなに変態とはいえ、根は教育者。

 生徒を第一に考えているんだろうね。

 それならここは。

 

「学園長先生、ボクがどうにかしましょうか?」

「でも、危険よ? 相手が、とんでもないテロ組織ってことがわかった以上、確実に銃器は使ってくるはず。どんなに異世界に行って、強くなっていたとしても……」

「いえ、銃弾くらいなら動体視力と反射神経だけでよけられますよ? それに、最悪の場合は魔法や暗殺技術もありますし」

 

 もちろん、殺しませんよと付け加える。

 むしろ、向こうじゃ雷の魔法とかバンバン飛んできてたもん。

 あっちの方が危険だよ。

 

 中には、光のレーザーを放ってくる人もいて、かなり危なかった。

 ……どれも師匠だけど。

 知ってる? 雷系の魔法って、アニメとか漫画みたいな速度で飛んでこないんだよ? 本物の雷が、実際の速度で飛んでくるんだよ?

 

「なにをどうしたらそうなるのかしらね……。でもいいわ。その話、乗りましょう。でも、無茶だけはしないでね?」

「大丈夫ですよ」

「頼もしいわね。……んー、この映像を見る限り、襲うのは明日。それも、参加者が集まると言っているから、お昼以降でしょうね。最悪、集まっていなかったとしても、分散して、中庭、校舎内と、分かれて制圧にかかるはず。万が一そうなった場合は、頼んだわよ、依桜君」

「任せてください。絶対に、学園祭は壊させませんよ」

「ええ、ありがとう」

 

 そうして、ボクは学園祭を守ることを、強く決意した。

 ……その前に、ミス・ミスターコンテスト大丈夫かなぁ。



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16件目 学園祭の開幕

 ボクが異世界へ飛ばされた原因が判明した前日が過ぎ、ついに学園祭当日になった。

 

「みんな、絶対に成功させるわよ!」

『おーー!』

「それじゃあ、各自自分の持ち場について!」

 

 未果の号令でみんなが自分の持ち場に着き始めた。

 調理と給仕の人たちは、もうすでに衣装に着替えている。

 当然、ボクもすでに胸元が大きく開いたミニスカメイド服を着用している。

 全員が、自分の持ち場についたところで、開会の放送が始まった

 

『生徒の皆さん、ご来場の皆さん、大変長らくお待たせいたしました! 準備に費やすこと、三週間! 生徒の皆さんは、満足いく出来になりましたか? 仮に満足していなかったとしても! 大した問題ではありません! それも学園祭です! むしろ、全面的に押し出しましょう!』

 

 未完成の部分を押し出すというのは……どうなんだろう?

 

『ご来場の皆さんは、本校の生徒たちの成果を、思う存分、楽しんでくださいね! 今日の二時には、全員強制参加の叡董学園・ミス・ミスターコンテストも開催されます! 嫌かもしれませんが、生徒・職員・来場者全員強制参加ですので、必ず中庭に集まるようにお願いします! 野郎どもには、とびっきりの美少女が! 乙女たちには、心打たれるようなイケメンが! それぞれそろっておりますので、お楽しみに!』

 

 聞いていた通りとはいえ、やっぱり全員参加なんだ。

 うぅ……クラスのみんなだけならまだしも、知らない人もいるのかぁ……。

 

『さあさあ、開始時間の午前九時になりました! それでは、叡董学園・青春祭……スタートですっ!』

 

 その放送と共に、学園中から声が上がる。

 それと同時に、祭りの開始の合図となった。

 

 

 開始から数分後。

 最初の……というか、かなりの人数の人たちがすでに教室前で待っていた。

 開始と同時にCLOSEの文字からOPENの文字に変えると、我先にとお客さんが入ってきて、瞬く間に満席になった。

 

「さあ、頑張ろう!」

『うん!』

 

 ボクたち調理班も、ボクの掛け声で始まった。

 

「はい、特製ハンバーグランチ二人前!」

『了解!』

「こっちも、ポテトできたわ!」

『すぐに持ってく!』

『依桜ちゃん! 天ぷらに使う海老ってどこだっけ!?』

「コンロの下の棚に入ってるよ!」

『ありがと!』

「お待たせいたしました、お嬢様方。お席にご案内いたします」

『千四百五十円になります。……ちょうどですね、ありがとうございました!』

 

 こんな感じに、ボクたちのコスプレ喫茶は大繁盛。

 休む暇なく、みんな動き回っている。

 実際、まだ朝だというのに、ランチセットなどの注文が結構入っている。

 

 メインは予定通り、ハンバーグランチと、和食セット、あとはカレーライス。ちなみに、カレーには色々なパターンを付けた。

 普通のだけではつまらないという未果の発言により、エビフライを乗せたり、唐揚げを乗せたり、あとはチーズを乗せたりと、バリエーション豊富にしたところ、かなり売れ行きがいい。

 

 ほかのサイドメニューも順調に売れている。

 一応、軽食として、『美少女による手作りおにぎり』というのも存在している。

 

 このメニューは、調理班の人を一人指名して、その人におにぎりを作ってもらう、というメニュー。

 何がいいのかはわからないけど、このメニューを立案したのは、女委と態徒。

 なんでも、

 

『美少女が握ったんだから、売れる!』

 

 とのこと。

 で、実際に売れているのだからびっくり。

 特に、ボクと未果に集中していて、結構忙しい。

 

 おにぎりは、調理場で見えるように調理しているため、作っている風景が見える。

 それがかえってお客さんを興奮させるのだとか。

 ボクにはよくわからない領域だけど……売れてるからいいかな、と思っている。

 

 ……たまに、鼻息が荒い人がいたけど、おかしなことにはなってない……よね?

 あと、ケーキセットは、普通に出したら即完売、なんていうことが目に見えていたので、ちょっとした仕掛けを。

 謎解きをすると、注文できる仕組み。

 ただし、お一人様一回限りの注文としている。

 

 正解するまで、何度もチャレンジ可能で、一度注文したら注文ができないという仕組み。

 ちなみに、変装などをしても、給仕の人が変装を解くように言うので、問題にならない。

 問題はいくつか用意してあって、その中から番号を選択、その番号の問題が出題される、っていうシステムにしてあります。

 例として問題を一つ。

 

『空にはなくて、地上にはある雨は何? ヒントは雲ができる過程で発生する何かが原因』

 

 という問題。

 これの答えはシンプル。答えは霧。

 霧は空にはあるかもしれないけど、どちらかといえば地上にあるでしょ? しかも、水蒸気だから、自身も濡れる。

 だから、地上にある雨ということ。

 

 ……まあ、ちょっとした問題だし、化学的に違う、なんて言われたらあれだけど、あくまでも一学園生が作ったものだと、納得してください。というか、こんな頭の悪い問題を作ったのって態徒だからね。あと、雲も似たようなものだろ、と言いたいかもしれませんが、態徒が作ったので。態徒が作ったので!

 

 ただ、こういう問題だと、小さな子供たちが答えられないので、ちゃんと子供用のも作っています。

 ですので、ご安心を。

 

「依桜! ほうれん草のソテーが二つと、エビフライカレーも二つ! あとは……スマイルを一つ!」

「ええ!? 何その注文!」

「依桜、面白そうだし、昨日みたいにやってあげなさいよ」

 

 未果は楽しそうに笑いながらそう言ってきた。

 お客さんの方を見ると、みんな――特に男性――こっちを期待したような眼で見ていた。

 え、ええーっと……

 

「えへ☆」

『『『ぐはぁ!』』』

 

 注文通りにスマイルを提供したところ、男性のお客さんみんなが胸を抑えて悶えだした。

 

「あははは! さっすが依桜ね!」

「そうだな。まさか、笑顔一つで骨抜きにするとは……」

「も、もう! 二人とも!」

 

 ボクが二人に抗議しているとき、お客さんは、

 

『や、やべえ……あの、銀髪碧眼の猫耳ミニスカメイドさん、めっちゃ可愛いんですけど……』

『あ、あれが百万ドルの笑顔っていうやつか……?』

『ああ、アヴァロンはここにあったのか……』

『あのスマイル……天使は実在したのか……』

『み、貢がなければ……!』

 

 ボクは注目を集め始めていた。

 百万ドルかはわからないけど。

 あと、一人だけ、財布の中を見ながら、貢がなければ……と呟いていた人は、本当に心配なんだけど。

 

「ま、依桜のスマイルは実際かなり魅力的だしな」

「そ、そんなことは……」

「謙遜しないの、依桜君」

 

 ない、と言い切る前に女委に遮られた。

 

「って、あれ、女委? 女委は仕事しなくていいの?」

 

 女委は、見てくれはいいという理由で、給仕に回っていた。

 一応、買い出しのリーダーなんだけど、黙っていれば美少女、ということで急遽投入されたみたい。

 そんな女委は、なぜかナース服を着ていた。

 

 ……ただ、女委は胸がすごく大きいから、服の上からでもよくわかる。

 ……まあ、ボクに至っては、普通に胸元が大きく開いているんだけど。

 というか、女委がボクに対して、わたしより依桜君のほうが大きいよ、と言っていたけど……どっこいどっこいなんじゃないだろうか、ってくらい大きいんだけど……。

 

「わたしの仲間の話だと、うちのコスプレ喫茶はかなり評判らしいよ? なんでも、銀髪碧眼の美少女がおにぎりを直接手で握ってくれるとか、見えそうで見えない絶対領域が神がかってる、とか。あとは、可愛い巫女さんが見れたりとか、めっちゃカッコいいイケメンがいる、とかね。しかも、味もいいと、ビジュアルでも、味覚でも評判なんだってさ!」

「う、うーん、聞いてる限り、全部身内だね……」

「そうね。まさか、私も評判になってるとはね」

「……俺もなんだが、女委。その仲間って言うのは……どういう仲間だ?」

 

 聞きたくないような聞きたいような、という曖昧な表情を作りながら、晶が女委に尋ねる。

 ちなみに、スカートが捲れてパンツが見えないのは、単純にそう言う動きをしているからです。そうでもしないと、スカートが短いから見えちゃいそうだし……ものすごく恥ずかしいからね……。

 

「え? もちろん、腐女子の会だよ? あとは、コスプレ仲間とか、ネッ友とか?」

「幅広いな!」

「まねー」

 

 たまに、いろんなところから情報を仕入れてきたり、いろんな方面に伝手や知り合いがいたりと、結構謎だなぁ、と思っていたら、そう言うことだったんだ……。

 今までの謎が、全部解決したよ。

 

「さ、話すのは一旦終わりにして、注文を片付けましょ!」

「そうだね」

「んじゃ、わたしも戻るねー」

「俺も、さっさと料理運ぶよ」

 

 

「ふぅ~……つ、疲れたぁ……」

 

 現在の時刻は一時。喫茶店のような、飲食店などはかき入れ時にも関わらず、ボクは一人休憩をとっていた。

というのも、二時からは件のミス・ミスターコンテストがあるので、大抵の人は揃って十一時くらいからお昼を摂ったりするから。

 

 そのため、一時からは人が基本的に少なくなる、とのこと。

 今年が初めてだから、その通りかどうかはわからなかったけど、実際に動いていると、十一時くらいからが大変で、十二時がピークだった気もする。

 十二時を超えると、少しずつお客さんが減ったので、未果が、

 

『依桜はこの後コンテストがあるから、今の内に休んどきなさい』

 

 と言われた。

 なので、ボクは休憩に出てる。

 ボクがいなくても、未果たちがしっかりやってくれると思うので、多分大丈夫だと思う。

 肉体的には……というか、この世界の誰よりもスタミナはあると思うけど、精神的な疲れの方が溜まってそうだしね。

 今の内に休んで、コンテストに備えないと……。

 

「……それに、あの件もあるし」

 

 当然、テロ組織『ユグドラシル』のこと。

 今さっき、学園内を索敵したところ、案の定悪意を持った人が何人もいた。

 ただ、いくつかは単純に邪な感情を持っているだけ。

 

 それとは別に、悪意を持っているのは、見たところ……二十人ほど。

 武器を持っているかはわからないけど、テロ組織なだけあって、確実に武器は持っていると思う。

 万が一、銃火器を持って現れたら、被害が出ないように動かないと。

 

 一応、学園長先生とは今朝軽く打ち合わせをしてある。

 まず、襲撃すると思われているのは、お昼を過ぎたあたり。

 しかも、手引きしたのは教頭先生なので、こちらのタイムスケジュールも当然流れているはず。中庭では、ミス・ミスターコンテストをやる上に、その時人が全員そっちに行くので、狙うとしたらその時とのこと。

 

 最悪の場合は、学園生が警察を呼ぶ手はずとなっているみたい。

 ただ、そうなると学園祭が中止になる可能性が高いので、できれば避けてほしいとのこと。

 ボクももとよりそのつもりなので、異論はなかった。

 

 ……ただ、ボクの方も、最悪魔法を使わなくちゃいけなくなるかもしれない。なにせ、相手は国際指名手配中のテロリスト集団なわけで。

 あまり、騒ぎにならないといいなぁ……。

 

 それと、今の内に作っておくものもあって。

 ボクは誰もいないところで、生成を使用。

 創り出したのは、ナイフポーチとナイフを三十本ほど。

 理由は後程。

 

 このナイフポーチは、右足の太腿に付けておくため。

 これで、いつでもナイフを取り出すことが可能になった。

 と言っても、使う機会なんて、そうそうないと思うんだけどね。

 

 ……にしても、武器生成の魔法なのに、なんでナイフポーチも創れるの?

 もしかして、実際に武器であるナイフをしまうから、間接的に武器です、ってこと? いや、ナイフポーチが作れるのも、実際師匠が原因なんだけどね。

 師匠の頭の中を、一度でいいから見てみたかった。

 

『召集の連絡をします。ミス・ミスターコンテストに出場する人は、直ちに中庭、特設ステージ裏にお集まりください。繰り返します――』

「あ、そろそろ時間。いかないと……」

 

 アナウンスが流れ、ふと時計を見ると、一時四十分を指していた。

 集合は、十五分前だから、そろそろ移動しないと間に合わない。

 ボクは立ち上がると、足早に特設ステージを目指した。

 

 

「お、依桜、遅かったな?」

 

 ステージ裏に来ると、すでにボク以外の出場者は集まっていて、晶も来ていた。

 ボクが入るなり、晶はボクに話しかけてきた。

 

「ちょっと考え事をしてたらね……それより、ボクの水着ってある?」

「ああ、もちろん。俺がちゃんと持ってきたよ」

「ありがとう、晶。それにしても……」

 

 ボクは隙間からステージ前の様子を覗く。

 そこには、開始十五分前にも関わらず、かなりの人がいた。

 

「もうこんなに集まってるんだね」

「ああ。しかも、男女比は五分五分と言ったところか? 結構ちょうどいいんだな」

「そうみたいだね」

 

 男の方が多いのかな、と思っていただけに、この結果にはちょっとびっくり。

 多分、ミスコンだけじゃなくて、ミスターコンテストもやるからだと思うんだけど。

 

「……はぁ、緊張してきたよ」

「だな。まさか、高校生活最初の学園祭で、コンテストに出場させられるとはな……」

 

 少し遠い目をしながら乾いた笑みを浮かべる晶は、何と言うか……可哀そうだった。

 

「あれ? 晶って、意外とすぐにOKしてたよね?」

「あー、まあ……どのみち、依桜が出させられると思ってな。さすがに、性別が変わって、いきなり出されるのは可哀そうだったんで……それで、OKした」

「あ、晶……」

 

 親友の優しさに、思わず涙が出そうになる。

 うう、やっぱり晶は優しいよ……。

 クラスの女の子が、というより全学年の女の子が付き合いたいというのがよくわかるよ……。彼氏にしたい男子1位は伊達じゃないってことかな。

 

『皆様、大変長らくお待たせいたしました! 青春祭一日目の目玉! ミス・ミスターコンテストが始まりますよ!』

『おおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 司会の人が開会の言葉を言うと、会場が熱気に包まれる。

 

『このコンテストの審査員は皆さんです! まずは、ステージ中央に映し出されたQRコードをお持ちの携帯・スマートフォンで読み取ってください! 読み取りましたら、アプリを落としてください! それは投票用のアプリです! 一度消してしまうともう取れませんので、ご注意ください! それから、携帯・スマートフォンを持ってないよ! という人は、投票箱を用意してありますので、専用のマークシートにマークして箱に入れてください!』

 

 ず、ずいぶんお金がかかってるんだね。

 まさか、これのためだけにそう言うアプリを用意しているわけじゃないよね……?

 ……うちの学園だったらやりそうだなぁ。

 

『それでは、最初に注意事項を説明させていただきます! 撮影・録画は一向にかまいませんが、インターネットやSNSなどに流さないようにお願いします! 出場者のプライバシーを守るためですので、ご協力をお願いします! なお、インターネットやSNSなどに投稿いたしますと、すぐさまこちらに通知が入りますので、隠れてやろうとしても無駄ですからね! それから、審査中は大いに盛り上がって構いません! むしろ盛り上げてください! ただし、調子に乗ってステージに上がる、なんてことや、出場者に近づくなどのようなことはしないようにお願いします!』

 

 注意事項にツッコミどころは多々あるけど……今は気にしないでおこう。

 審査に集中できなくなりそうだし……。

 

『さて、注意事項を説明していたら、時間になりました! それでは、ミス・ミスターコンテストを開始いたします! 準備はいいか、野郎どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!』

『じゃあ、まずはミスターコンテストから! あ、こら男ども! 露骨にがっかりしない!』

「どうやら、男からみたいだな。んじゃ、俺も行ってくるよ」

「うん、頑張ってね、晶」

「ああ、じゃ、行ってくる」

 

 そう言いながらステージに向かう晶を、ボクは見送った。



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17件目 ミス・ミスターコンテスト

『さあ、乙女たちはお待ちかね! ミスターコンテストです! ……おお、みなさんカッコいいですね! これは、とても期待できますよ!』

 

 ミスターコンテストが始まり、出場者が入場すると、黄色い声が聞こえてきた。

 うーん、盛り上がってるね。

 ……黄色い声に混ざって、野太い声が聞こえてきたけど……出場者の人のためにも、心のうちにしまっておこう。

 

『さあ、まずは自己アピール、質問タイム! まずは――』

 

 と、順調に進み、晶の番となった。

 

『続いて、一年六組、小斯波晶君! 自己アピールをどうぞ!』

「一年六組の小斯波晶です。自己アピール、ですか。えー、何を言えばいいんでしょうか?」

 

 マイクを向けられた晶は、苦笑いをしながらいつも通りの反応。

 うん、普段と変わらない晶だ。

 お客さんの反応を見ると、大多数の女性の人が頬を赤くしている気がする。

 やっぱり、モテるんだね、晶は。

 

『そうですね、これと言って思い浮かばない! ということなら、質問タイムに移ることができますが、いかがでしょう?』

「あー、じゃあ、それでお願いします」

『はい! 尺の関係で、三つのみとさせていただきますね! それではまずは、えーっと、このコンテストに出たきっかけをお教えください』

「実は、ミスコンに出る人が、親友なんですよ。確実に出されると思ったので、せめて一緒にと、それだけの理由です」

『ほう! では、その人のことは好きなのですか?』

 

 え、なにその質問!?

 あ、晶、変なことは言わないでよ……?

 

「そうですね……まあ、好きですね。小学生の頃からずっと一緒にいましたし」

 

 なんの恥ずかしがるそぶりもなく、堂々と晶は言い切った。

 ちょ、晶、それは誤解されるよ!

 

『と、ということはあれですか! 幼馴染、というやつですか!』

「ええ、まあ」

『じゃ、じゃあ、恋人にしたいとは?』

「え? あ、もしかして、さっきの好きってそう言う話ですか?」

『そうですけど、もしかして、勘違いしました?』

「はい」

『そうでしたか。では、さっきの質問の答えは?』

「まあ、好きではありますけど、恋愛感情じゃありませんね」

『なるほど、そうですか! では仮に、その人から告白されるとしたら、どうしますか?』

「いや、そんなことはないと思いますよ? かなり複雑な事情があるので」

『複雑な事情ですか? それはどういったものですか?』

「そうですね、詳しいことは言えませんが……その親友は女の子の方が好きですからね」

 

 晶がとてつもなく誤解を招きそうな発言をすると、会場内がざわつきだした。

 ……晶って、狙ってやってるのかな?

 その言い方だと……

 

『え! そ、それって所謂、百合って言うやつじゃ……?』

 

 そう捉えられますよね……。

 ど、どうしよう、ボクに同性愛者っていうレッテルが貼られそうなんだけど……。

 精神的にはそうかもしれないけど、肉体的には事情を知らない人から見たら、百合って思われるよね、ボク……。

 あれ、知っている人からしたら、ボクってどうあがいても同性愛者じゃ……?

 

「……あ、冗談ですよ?」

 

 あ、ある意味引き攣った笑みの晶を見たかも。

 

『え、冗談、ですか?』

「ええ、もちろんですよ」

『そ、そうなんですね、いやぁドキッとしましたよ。でも、冗談を言うあたり、ちょっとお茶目なところもあるんですね! これは、得点が高いですよ!』

 

 よ、よかった……なんとか冗談で通してくれた。

 多分、さっきの『……あ』は、自分の失言に気づいたことだよね?

 でもよかったぁ……変な噂が立たなくて。

 

『それでは最後に一つ。彼女は欲しいですか?』

「あー、そうですね……今は特にほしいとは思っていませんが、自分と気が合う人で、優しい人とだったら付き合ってみたいですね」

『おー! それなりに、興味はあるということですね! これは、期待できますよ! それでは、ありがとうございました! では次に行きましょう!』

 

 問題が起きかけたけど、晶の番が終了した。

 心臓に悪いよ……。

 

 

 自己アピールタイムが終わってからは、特技披露。

 みんな、自分の特技を披露していった。

 晶の時は、なんというか……すごかった。

 

 何をするのかと思ったら、馬がステージに上がってきて、馬が自分の前に来るなりに馬に乗り出し、辺りを走りだした。

 途中、様々な障害物が用意されていたけど、それを余裕綽々と飛び越えていった。

 つまり、晶の特技というのは、乗馬だったというわけで……。

 しかも、馬が白馬だった。

 

 晶の容姿も含めると、まさに白馬の王子様という感じだった。

 当然のように、会場は大盛り上がり。

 女性はもちろん、晶のアクションに男性の人も盛り上がっていた。

 それもそうだと思う。

 

 だって、障害物を飛び越えるとき、晶は馬の背中に立っていたんだから。

 とんでもない体幹とバランス感覚だと思う。

 今のボクだったら、不可能じゃないと思うけど、さすがにちょっと怖いかも。

 

 そのほかにも、ボルダリングを披露している人や、中にはけん玉(二つ同時な上に、残像が見える速さ)をしている人もいた。

 そんな感じに、順調に進み、水着審査も滞りなく終了し、投票に移った。

 その結果は……

 

『今年のミスター・叡董に選ばれたのは……一年六組、小斯波晶君です!』

 

 晶が優勝だった。

 しかも、ぶっちぎりの一位だったとか。

 

『優勝者の小斯波晶君には、優勝賞品が進呈されます! そして、今年の青春祭が終了時点の各クラスの売上金額の一割が、所属クラスに加算されます! おめでとうございます!』

「ありがとうございます」

『優勝して、どうですか?』

「そうですね……あんまり、実感がわかないです。こう言うのには初めて出たものですから」

『そうなんですか? それにしては、堂々としてましたけど……』

「人前に出るのに慣れているからですね」

『なるほどなるほど。それでは、会場の皆さんに一言お願いします』

「応援してくださり、ありがとうございました」

 

 ニコッという言葉? 効果音? が聞こえてきそうなくらい、とても爽やかな笑顔だった、

 

『きゃあああああああああっっ!』

『こ、これがイケメンスマイル! なんというインパクト! 会場の乙女たちが、色めきだっていますよ! というわけで、ミスターコンテスト優勝者は小斯波晶君でした! 皆さま、出場者の方たちに、盛大な拍手をお願いします!』

 

 司会の人の言葉で、ステージは拍手でいっぱいになった。

 

『それでは、続いてミスコンに……と、言いたいところですが、準備がありますので、しばしお待ちください!』

 

 

「ふぅ……」

「あ、晶。お疲れ様!」

 

 晶が戻ってくるなり、ボクは声をかけて、飲み物を渡す。

 

「ああ、ありがとう、依桜」

 

 飲み物を受け取ると、それを飲み始めた。

 みるみるうちに減っていき、気が付けばもうカラになっていた。

 どうやら、かなりのどが渇いていたみたい。

 

「優勝おめでとう、晶」

「ありがとう。まさか、優勝できるなんてな」

「あはは……晶はいつも謙遜するからね」

「いや、依桜ほどじゃないさ。むしろ、次のミスコンが本命だと思うんだが」

「うーん、穏便に済めばいいんだけどね……」

 

 ……多分、この願いは叶わないと思うけど。

 だって、ボクの経験上、穏便に済んだことなんて、今までに一度もないもの。

 

「そうだな……それはそうと、依桜は特技に何を披露するんだ?」

 

 晶に特技について聞かれたけど、

 

「内緒。言っちゃったら、つまらないからね」

 

 もちろん秘密。

 まあ、やろうとしてるのは、実際のものとちょっと……というか、かなり違うけど、大丈夫だよね?

 

 

『準備が終わりました! これより、第二部、ミスコンを始めますよ!』

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhっっ!』

『お、おお、男たちがものすごい雄叫びを……! つーか、あんたら単純すぎでしょ! さっきのと落差が激しいよ!? 現金だね! でも、それでいい! じゃあ、ミスコン、始まるよ! みなさーん! 入ってきてくださーい!』

「あ、出番だ。じゃあ、ボクも行ってくるね」

「ああ、頑張ってな」

「うん!」

 

 晶の応援を背に、ボクはステージに出ていった。

 

 

『あら! 皆さんとっても可愛らしいですね! いやー、可愛くて羨ましいですよ! 私、嫉妬してしまいそうです!』

 

 うぅ、やっぱりいざ出てみると、すごく緊張する……。

 見渡す限り、人、人、人!

 その圧倒されるような光景に、かなり緊張してしまう。

 

『さあ、次に参りましょう! 次の出場者は……一年六組、男女依桜さんです!』

 

 気が付けばボクの番になっていた。

 緊張するあまり、他の人の自己紹介が聞こえていなかったみたい。

 

『それでは、自己紹介をどうぞ!』

「あ、は、ひゃい! ……あぅ」

 

 か、噛んじゃった!

 う、うぅ……恥ずかしいよぉ……!

 絶対今、顔真っ赤だよ……。

 

『か、可愛い……あ、えっと、だ、大丈夫ですか?』

「だ、大丈夫、です……」

『では、改めて、自己紹介を』

「は、はい。えっと、一年六組の男女依桜、です……。あ、あの、何を言えば……?」

『ありゃりゃ……さっきの小斯波晶君と言い、一年六組には美男美女が多いんですかね? それと、天然も多いんですかね?』

 

 晶はともかく、ボクって天然じゃないよね?

 ……そうだよね?

 

『じゃあ、小斯波晶君同様、質問タイムに移ってもいいですか?』

「あ、は、はい。それでお願いします」

 

 どのみち、何を言えばいいかとかわからないし。

 ありがたい話だなぁ。

 

『そうですね……まずお聞きしたいのは、その銀髪と碧い瞳の色なんですけど……それは、染めていたり、カラーコンタクトなんですか?』

「い、いえ、これは隔世遺伝です。ボクの先祖に、北欧の方の人がいたらしくて……」

『なるほど……って、依桜さんは、一人称がボクなんですか?』

「え? そうですけど……」

 

 それがどうかしたのかな……?

 あ、そっか。そもそも、ボクがもともと男だっていうことは、うちのクラスの生徒くらいか。いやでも、結構噂になってたような……? 単純に忘れてるだけかも。

 

『ボクっ娘っているんですね! しかも、こんなに可愛らしい見た目ですし……まさに、美少女って感じですね! それに、ミニスカメイド服に猫耳と尻尾! これで喜ばない人はいないかと! あと、大胆にも胸元も大きく開いてますし、ポイント高いんじゃないですか?』

「あ、あの、そう言うことを言われるのは、その……こ、困ります」

『はぅあ! ……なんでしょう、この可愛い生き物……女の私ですら、きゅんと来ちゃいましたよ……』

 

 そ、それは、どうなんだろう?

 

『あ、気を取り直して……続いての質問です。えっと……彼氏さんはいらっしゃるんですか?』

 

 恋愛ごとの質問って、必ずしなきゃいけない決まりでもあるのかな……?

 しかも、司会の人、すごく興味津々な目をしてるし……。

 それと、ごくり、という生つばを飲み込む音が、そこらかしこで聞こえてきたんだけど……ボクなんかの恋愛事情のどこが気になるんだろう?

 

「い、いないです……」

 

 とボクが言った瞬間、会場がざわつきだした。

 え、なんで?

 

『え、いないんですか!? 意外ですね……ということは、あれですか? 理想が高すぎて、って感じですか?』

「そ、そう言うわけじゃなくて、その……あんまり興味がないというか……」

 

 だって、ボクが女の子に恋をしたら、傍から見ると同性愛になっちゃうかもしれないからね……。

 実際にはならないと思うけど、ボク的には、ね……。

 

 それに、仮に男子を好きになったとして、傍から見るとただのカップルに見えるかもしれないけど、事情を知っている人からしたら、男と男が恋人になっているようなものだし。

 だから、結果的にどっちと付き合っても、同性愛になりかねないってことだね。

 

『じゃあ、彼氏を作るつもりは?』

「い、今のところはない、です……」

 

 その瞬間、がっかりしたようなため息がそこら中から聞こえてきた。

 

『そうですか。それじゃあ、仕方ないですね! それじゃあ最後に、好きになるとしたら、どんな人がいいですか?』

 

 ま、また答えにくい質問が……。

 こ、この場合、元々の好み、でいいんだよね?

 

「え、えーっと……外見じゃなくて、中身でちゃんと判断してくれる人、です」

『なるほど! 容姿がイケメンじゃなくて、心がイケメンな人が好きってことですね! ありがとうございました! それでは、次に行きます!』

 

 な、なんとかなった……。

 はぁ、これ、すごく疲れるよ……。

 そのあとも、ミスターコンテストの時同様、つつがなく終了。

 そして、

 

『さあ、特技披露と参りましょう!』

 

 特技披露と相成った。



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18件目 襲撃者

 特技披露。ボクの出番よりも前には五人。

 ジャグリングや、料理、自作洋服と、かなりすごい特技ばかりだった。

 そして、ボクの番になった。

 

『ええー、依桜さんの特技は……動きながらの、投げナイフ? 言葉だけだとわかりにくいので、早速やってもらいましょう!』

 

 ボクは事前に必要なものを連絡してあるので、用意してもらえた。

 それというのは、

 

『こ、これは特製のステージ、ですか? 一体何が始まるんでしょうか?』

 

 大掛かりなパルクールステージ。

 といっても、ボクはパルクールの技とかはよくわからないので、異世界で培った実戦用の体の動きを用いて、投げナイフをしようかなと。

 高さは大体十五メートルくらい。

 途中には、的もちゃんと設置してある。

 

 所々の壁には手をかけられるくらいのでっぱりや、足場として機能しているのかすらも怪しい場所、高いところに的があるのに、そこまで行けるそうにない、などなど、かなり無理難題なステージとなっている。

 もちろん、できないということはないよ。

 ちなみに、ナイフポーチを創ったのはこれの為。

 

『えーでは……始めてください!』

 

 司会の人の合図とともに、ボクは走り出した。

 なるべく低姿勢で、空気抵抗が少ない姿勢で。

 

 最初の的が見えると、高く跳躍して一本ナイフを取り出し、そのまま投擲。

 それはまるで、磁石で引き寄せられたかのように真っ直ぐ的の中心に飛び、そのままストンという音とともに突き刺さる。

 そのあと、最初の床に着地するのではなく、跳んだ先にある上部の足場に着地し、またさらに跳躍。今度は、空中で回転し、複数の的にナイフを投げる。

 

 それも、最初の的同様に中心にストトトトンッという子気味いい音を立てながら突き刺さる。

 それを確認するまでもなく、ボクはさらに高い位置にある的を狙いに行く。

 もちろん、上に行くための足場はない。だけど、

 

「よっ、ほっ、やっ!」

 

 壁を蹴って、上へ上へと上る。

 そのまま、狙いの位置まで跳び続け、ナイフを投げる。そのまま、下に落下。

 最後に、岩と岩の間、それもわずか十センチほどの隙間にある的にナイフを数本投げる。

 

 そのナイフは、隙間を縫って的の中心に刺さった。

 そのままボクは、空中で回転して、ステージに着地。

 笑顔で一礼して、特技披露を終えた。

 一瞬の静寂の後、

 

『わああああああああああああああっっ!』

 

 会場中から歓声が上がった。

 

『な、え……えええええええええええ!? す、すごいすごいすごい! とてもすごい特技が飛び出しました!』

 

 司会の人も興奮しているみたい。

 うん、大成功かな?

 

『な、なんですか、さっきの動きは!? それに、あんなに動いているのに、正確なナイフ投げ……! 同じ人間とは思えない動きでしたよ!?』

「あ、あはは……ちょっと、色々なことをしていたので……」

 

 何をしていたかは、さすがに言えないけど……。

 まさか、異世界にいたとは思わないもんね。

 

『いやいやいや! ちょっとしたことじゃあ、あんな、数メートルも跳ぶことなんてできないですよ!? それに、思いっきり壁を上ってましたよね!?』

「はい、やってましたよ?」

『あ、あれって、その靴に仕掛けでもあるんですか?』

 

 あー、うん。普通だったら、そう思うよね。

 でも、仕掛けなんてないしね、この靴。

 

「いえ、あれは純粋に身体能力ですよ。その証拠に……ほら、靴には何の仕掛けもないでしょう?」

『た、たしかに……でも、一体どうやって?』

「普通に壁を蹴って、上るだけです」

『だけって……依桜さんって、可愛いだけじゃなくて、かなり動けるんですね』

「鍛えてますから」

 

 なにせ、師匠にみっちり鍛えられたしね……。

 あれは、この世のものとは思えない地獄だったよ。

 それに、師匠だったらボクがやったことをもっと早くできる上に、もっと動きを最小限でできると思うし……。

 正直、師匠越えはしたとは言われたけど、本当かどうか疑わしい。

 

『いやー、すごいものが見れました! 華麗に飛び回るミニスカ猫耳メイドさん! おそらく、この会場にいる男たちの心をガッチリつかんだことは間違いないでしょう! この興奮が残ったまま、次の人に参りたいと思います!』

 

 無事、ボクの特技披露は問題がなく終了。

 お客さんの反応を見る限り、盛り上がったと思うので、ボクとしては大成功したと思うので、すごくほっとした。

 

 久しぶりに、ボクも思いっきり体を動かせたし、満足かな。

 こっちじゃ、ああやって動くことは難しいからね。

 そうして、特技披露も終わり、次の審査の準備となった。

 

 

「ふぅ……」

「依桜、お前、ちょっと前からすごいとは思っていたが、まさか、あんな動きができたとはな……」

 

 ボクがステージ裏に戻ってくると、晶が話しかけてきた。

 見ると、晶はとてもびっくりしたような表情をしていた。

 

「ふふっ、大成功かな?」

「そうだな。あそこまで驚かせられたのは久しぶりだ」

「そっか。よかった。それで、どうだったかな?」

 

 ボクとしては、身近な人からの感想がちょっと気になる。

 そこで、晶に聞いてみることにした。

 

「いや、あれは……すごい、としか言いようがないな。ただ、どこにあんな動きができる筋肉があるのかが疑問なんだが……見るからに、普通ほどしか見えないしさ」

「筋肉を付けすぎると、あまり動けなくなっちゃうから、なるべく実用的な筋肉の付け方をしただけなんだけど」

 

 戦闘や暗殺に向けた筋肉なんだけどね。

 男の時だったら、腹筋が割れてるのが見えてたけど、女の子になった後は、そう言うのが無くなってるんだよね。別に、筋肉が無くなったってわけじゃないけど。

 単純に、見えなくなっただけというか。

 

 多分、他人がボクの裸を見ても、華奢っていう印象しか抱かないと思う。

 ……いや、やらないけど。

 

「なるほどな。依桜は、ずいぶん変わったな。昔はどっちかと言えば、運動はそんなに得意じゃなかった気がするんだが……これは、完全に抜かれたな。それどころか、遥か彼方に行かれてしまった気分だよ」

「あ、あはは……そこまで言われると、申し訳ないかな……」

 

 遥か彼方に行ったように感じる原因は、向こうでの特訓だろうし。

 あれはしんどかったしね。

 一応言うけど、ずる、とは微塵も思っていない。

 

 そもそも、ボク自身、よくある異世界転生・転移系の作品の主人公とかみたいに、高いスペックを持っていたり、チート的な能力を持っていたわけじゃないからね。本当に、こっちでの非力な身体能力で召喚されたものだから、それはもう、死に物狂いだった。

 

「いや、気にしないでいいぞ。依桜は依桜だ」

「晶……ありがとう」

「いいよ。さて、水着審査の時間が近いことだし、さっさと着替えてきたらどうだ?」

「あ、いけない……それじゃあ、ボクは行くね」

「ん、頑張ってこい」

「うん。まあ、何を頑張ればいいかわからないけど……」

 

 そんなことを言いつつ、ボクは水着に着替えに行った。

 

 

『えー、特技披露が終わったということで、最後に水着審査と行きましょう! 野郎ども! お待ちかねの、水着審査だぞ!』

『しゃああああ!』

『待ってたぜ!』

『ああ、美少女たちの水着……!』

『早く……早く見せてくれ!』

『こらこら! みなさんハイにならないでください! 逃げませんから!』

 

 うわぁ……人凄いなぁ。

 男性のお客さんの顔が軒並み怖い……。

 血に飢えた獣のような顔だよ。

 あれ……暴動とか起きない? 大丈夫?

 

『さあ、ガンガン行きましょう! それでは、水着審査……開始です!』

 

 ちょっと、何かが起こりそうな状況で、水着審査が始まった。

 ミスコンに出場するだけあって、やっぱりみんなスタイルいいんだなぁ。

 

 男子は、胸の大きい人が好き! って言う人が多いみたいだけど、ボクは華奢な人とかの方がいいかな。

 中には、かなり発育のいい人がいるけど。

 多分、上級生だと思う。

 

『さあ、このコンテスト一番の注目株! 一年六組、男女依桜さん!』

 

 え、ボクいつから注目株になったの?

 

『あら、ずいぶん可愛らしい水着ですね……パレオタイプですね。しかも、ものすごいスタイルいいじゃないですか!』

「え、そう、ですか?」

『もちろんです! こんなに胸が大きいのに、ウエストはしっかりくびれができていて、ヒップもいい感じ! おまけにお肌真っ白で綺麗ときた! その上、その髪と瞳も相まって、妖精みたいです!』

「あ、あの……それは、言いすぎじゃ……?」

 

 とうとう妖精とまで言われたんだけど。

 ボク、一応人間なんだけど……。

 

『ご謙遜を! ならば、ためしに笑顔を振りまきながら、手を振ってみてくださいよ!』

「え、笑顔、ですか?」

 

 女委にも言われたけど、ボクの笑顔ってそんなにいいものなの?

 でも、やってと言われてるし……。

 

「えへ☆」

 

 クラスでやった時と全く同じ笑顔をし、右手を振ってみる。

 

『ぐはっ……!』

『な、なんという天使の微笑み……』

『お、俺、もう奴隷でもいいかもしれない……』

『愛の奴隷ってやつか……いいな!』

『可愛い……まさか、現実にあんな子がいるなんて……』

『ふーむ……アイドルとしての素質があるな、あの娘』

『ああ、笑顔が眩しければ、肢体も眩しい……!』

 

 ボクが笑顔で手を振っただけで、見ていると全員頬を赤らめて幸せそうな表情をした。

 その時、カメラの連射音があるところから聞こえてきた。

 その音の出所を探すと、すぐに見つかった。

 

「い、いいぞ、依桜……! す、素晴らしいボディに表情……! ハァハァ……」

「い、依桜君、なんて素晴らしいの……! やっぱり、次の同人誌のヒロインは依桜君に……」

「あぁ……! イイ! すごくいい笑顔! 男の子の時も最高だったけど、女の子の方も、とてもすんばらしい! もう、食べちゃいたい!」

 

 ………………あー、うん。変態×3でしたか……。

 態徒と女委はいいとして……学園長先生! あなたは問題だらけですよっ! なんで、観客に混じってあなたも見ているんですか! というか、カメラの連射をやめて下さいっ!

 

 というか、なんであの三人、バラバラな場所にいるのに、大体同じこと言ってるの!?

 あれかな! 変態ってどこかシンパシーでも感じる習性でもあるの!?

 

『それにしても……依桜さん、あれだけの動きをしていたのに、筋肉は思ったほどないんですね?』

「そうですか? でも、あまり付けすぎるといざ動けなくなる――」

 

 と言いかけた時、なにやら不穏な気配を感じた。

 急ぎ、索敵を使用。

 ボクは能力の結果から、かなり嫌な物を見てしまった。

 ま、まずい!

 

「危ない!」

『え? きゃあ!』

 

 急いで、隣にいた司会者さんを抱えて横に跳ぶ。

 すると、

 バンッ!

 

 という発砲音と共に、ステージの壁に穴が開いた。

 慌てて、発砲音がした方向を視認。

 そこには、

 

『動くな! 大人しくしていろ! 抵抗しなければ、殺しはしない!』

 

 十数人ほどの、銃火器を持った全身黒ずくめの襲撃者の姿があった。



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19件目 依桜の憤怒

 突然の襲撃者に、会場はパニックになる。

 

『な、なんだこいつら!』

『さ、さっき、思いっきり撃ってたわよね……?』

『じゃ、じゃあ、あれ本物……?』

『き、きゃあああああああああ!』

『騒ぐんじゃねえ!』

 

 お客さんが騒ぎ出した瞬間、一人の男が銃を空に向けて発砲した。

 それだけで、全員静かになり、大人しくなった。

 やっぱり、このタイミングを狙ってきたっ……!

 

 しかも、殺しはしないと言っておきながら、思いっきり司会者の人を殺そうとしていた。

 おそらく、見せしめとして、って言う感じなんだろうけど。

 ……許せない。

 

『おい、そこのお前、ちょっとこっちにこい!』

 

 知らぬ間に、別の襲撃者がある男性を呼ぶ。

 

『な、なぜ私が?』

 

 それは、教頭先生だった。

 

『黙れ! いいから、さっさとこっちに来やがれ! さもなくば、ここにいる誰か一人を殺すぞ!』

『わ、わかった、だから誰も殺さないでくれ……!』

 

 ……白々しい。

 ボクと学園長先生は、今回の事件の首謀者と作戦はすでに知っている。

 学園長先生を見ると、

 

『やってしまいなさい』

 

 と、口パクだが言っていた。

 うん、向こうで覚えた読唇術が役に立った。

 ……じゃあ、予定通りに動こうかな。

 

 ボクは、司会者さんをそっと離して立ち上がる。

 距離は二十メートルほど。

 ……一回で行ける。

 ボクは全身に魔力を通して、身体能力を強化。

 

『ん? おい、そこの銀髪! 何動いてやがんだ……って、ひゅ~! すっげえいい女じゃねえか! よし決めた! お前は、俺の女にしてやるよ! だからこっちに――』

「――胴体、がら空きですよ?」

 

 すぐさま地を蹴って、舐めたことを言っていた襲撃者に一瞬で肉薄。

 

『なっ……がぁっ!?』

 

 そしてそのまま、勢いの乗った蹴りを脇腹に入れる。

 それだけで、男の体が曲がり、吹っ飛ぶ。

 そのまま着地するのではなく、襲撃者を蹴った反動を生かして、空中で方向転換。そのまま近くにいた、数人の襲撃者の銃器の銃口に銃口より少し小さい投擲針を放つ。

 

『うおっ!? な、なんだ!?』

『くそ! 銃が使い物にならねえ!』

『くっ、なんだなんだ、こいつ!』

 

 ボクの狙い通りに、針は銃口に入り、銃を使えなくした。

 と言っても、まだ武装している襲撃者は少なくとも十人はいる。

 

『おい、小娘! てめえ、このおっさんがどうなってもいいのか!?』

 

 唐突に話しかけられたと思ったら、そんなことを言ってきた。

 

「どうぞ?」

 

 もちろん、了承。

 一瞬、襲撃者を含めた、周囲の人たちに動揺とざわめきが走る。

 

『なっ!? お、おい君! 君は、うちの学園生だろう!? 私は教頭だぞ!? なぜ助けない!?』

「助ける必要がないからですよ?」

 

 ボクは皮肉たっぷりに笑顔を作る。

 もともとの計画を知っているだけに、ボク個人としては、助ける義理もない。

 それに、お仲間さんなんだからね。

 第一、ボク、教頭っていうポジションって、あんまり偉いと感じたことがないんだよね……。人は偉そうだけど。

 

『な、なんだと!? なぜだ! 私がいなくては、学園は!』

 

 ボクが助けないと言っているにも関わらず、なおも食い下がる教頭先生。

 計画を知っているだけに、ものすごく滑稽に見える。

 

「はぁ……あのですね、時間を稼いでボクを殺そうとしているんでしょうけど……ハァッ!」

 

 ナイフポーチからナイフを一本取り出し、振り向きざまに一閃。

 ガキンッ! という、けたたましい金属音を立てて、ナイフが銃弾を弾いた。

 

『じゅ、銃弾を弾きやがった!?』

『う、嘘だろ!? そんなの、人間がやる動きじゃねえぞ!?』

「無駄ですよ。こう見えてボク、とっても強いですから」

 

 ボクが挑発するように笑顔で言うと、教頭先生を人質(笑)にしている襲撃者が、

 

『構うな! 四方八方から撃ちまくれ! 多方向からの狙撃なら当たるはずだ!』

 

 そう指示した。

 すると、ほかの襲撃者たち全員が、ハンドガンからアサルトライフルに持ち替え、一斉に発砲。

 だけど、甘い。

 

 ボクはそれを完全に見切り、ナイフをもう一本取り出し、その場で多方向からの銃弾の雨をナイフ二本で弾き落とす。

 向こうでのアクロバットスキルは、こういう時本当に役立つ。

 それに……

 

「遅いです。こんなに遅い銃弾じゃ、あくびがでちゃいますよ?」

『う、嘘だ……!』

『ば、化け物だ……』

『く、来るんじゃねえ!』

 

 ボクが襲撃者の人に詰め寄ると、一人が尻もちをつき、

 パンッ! という乾いた音ともに、ハンドガンを発砲。

 それは、的外れな方へ飛んでいった。

 しかし、これが最悪の状況を作り出した。

 

「ああああああああああっ!」

 

 乾いた音とともに、人ごみの中から悲鳴が聞こえてきた。

 その声には聞き覚えがあった。

 

 ……いや、そんな、まさか……

 恐れていた事態が、ボクを襲った。

 

「み、未果! し、しっかりしろ!」

「未果ちゃん! そんなっ……!」

 

 ボクに現実を突きつけるように、態徒と女委の二人の未果を呼ぶ声が聞こえてきた。

 それも、とてつもなく焦ったような声。いや、それどころじゃない。

 ボクは、急ぎ、未果の元へ走る。

 

「い、依桜、未果が……!」

「未果ちゃんが、撃たれてっ……!」

「うっ……あっ……!」

 

 未果の下にたどり着く。

 すると、二人が泣きそうな顔でボクに話しかけてきた。

 

「ちょっと待って……」

 

 ボクは未果の具合を見る。

 幸い、急所は外れている。

 だけど、このままでは出血多量で死んでしまう。

 ……そうはさせない!

 

「『ヒール』……!」

 すぐさま、出血している場所に手をかざし、回復魔法のヒールを発動。

 すると、ボクの手から淡い緑色の光が灯り、未果の出血ヶ所を治していく。

 不幸中の幸いというか……銃弾は未果を貫通しており、回復魔法によって銃弾が体内に残るようなことにはならなかった。

 

 回復魔法の治療速度は、魔力量と比例しており、多ければ多いほど、治療速度は速い。

 幸い、ボクには師匠によって鍛えられた魔力がある。

 その甲斐もあって、みるみるうちに未果の傷が癒えていく。

 

「嘘だろ……」

「依桜、君……?」

 

 正直、魔法はなるべく使わないようにしようと考えていた。

 あまり、人が大勢いる場所で使うのは、問題になるから。

 

 ……だけど、今はそんなことを言っている場合じゃない!

 ボクが周囲からどう思われようと知らない!

 今は、大切な幼馴染を助ける!

 

「うっ……い、お……?」

 

 傷が癒えてくると同時に、痛みで苦痛に歪めていた未果の顔も少しずつ穏やかになってきた。

 それと同時に、未果が声を出す。

 

「未果、話さなくても大丈夫。ボクは、ここにいるよ」

「う、ん……」

 

 それから間もなくして、治療が終わった。

 

「……態徒、女依。一応、傷は塞いだけど、流した血は戻るわけじゃないから、このまま看ててくれないかな?」

「い、依桜……?」

「ボクは……あの人たちをこらしめてくるから」

「依桜君……」

 

 二人が少し怯えた表情でボクを見てくる。

 ……きっと今のボクの顔は、異常なまでの憤怒で埋め尽くされていると思う。

 いや、それほどのことをしてくれたんだもん。

 ……ただでは帰さない。

 

「覚悟は……できてるよね?」

『ひっ……!』

 

 一周回って、ボクは笑顔になった。

 どうやらボクは、本気で怒ると笑顔になるみたい。

 憤怒から、笑顔へ。

 そういう怒りの表し方。

 ボクの状態を見て、襲撃者が小さな悲鳴を漏らす。

 

「大丈夫……殺しはしないから」

『な、なんだよ、この殺気は……!』

『こ、こいつ、本当に人間か……?』

『く、来るな……来るなぁああああああ!』

「……逃げようとしても無駄だよ」

『へ……? ぐべっ!?』

 

 逃げようとした襲撃者の一人に割と本気のハイキックを顔に叩き込む。

 潰れたような声を出して、男は気絶。

 吹っ飛ばなかったのは、インパクトを逃がさないように蹴ったから。

 だから、衝撃は体を突き抜けることなく、体中を駆け巡ったと思う。

 

「まずは一人……」

『や、やめてくれ……!』

「やめないよ? あなたたちは、何の罪もない人……それも、ボクの大切な人を撃った。やめるわけないよね? さあ……次いくよ」

 

 ボクは冷たくそう言い捨てると、命乞いのようなことを言っていた襲撃者に肉薄。

 そのまま背後に回り、首を絞め、

 

『が、はっ……』

 

 落とす。

 そのまま、適当に地面に放って、ボクの標的に。

 それはもちろん、

 

「……あなたは、許しませんよ?」

『ひぃ……!』

「あはは……! なんで、そんな引き攣ったような顔をしているんです? あなたは、未果に発砲したんですよ? その痛みも知らないまま命乞いなんて……しようとしてませんよね?」

『ち、違うっ! あ、あれは、手元が狂っただけで……!』

 

 大の大人が言い訳とは……まだ、子供のほうが偉いと思う。

 

「何が違うんですか? あなたがしたのは、立派な傷害ですよ? 許されると思っているんですか?」

『お、俺はっ……!』

「死ぬ覚悟……できてますよね?」

 

 ボクはナイフを一本取り出し、今も後ずさる襲撃者の目の前に突きつける。

 情けなくも、襲撃者は涙を流しだした。

 

「……泣くんですか。未果は、撃たれたにもかかわらず、泣かなかったんですよ? なんで、撃たれてもいないあなたが泣くんですか? いい加減目障りなので……殺しますね♪」

『う、うわああああああああああ……!』

 

 ピタリと、男の目の前2センチほどでナイフを止めた。

 

「……なーんて、冗談ですよ。本当に殺すわけないじゃないですか。あなたに、そんな価値はないですから。幸い、更生できそうですからね、見逃します……って、あれ? 気絶しちゃった」

 

 気が付けば、襲撃者は気絶していた。

 その上、粗相もしているという。

 ……どのみち、殺す価値もないような人だしね。

 

 さあ、どんどんいこう。

 残る人数は、全部で七人程度。

 面白いくらいに固まっている。

 これはもう、襲ってくださいと言っているようなもの。

 

「さっさと、片付けますよ!」

 

 ボクは、気配遮断と消音を使用。

 そのまま、走って襲撃者たちの背後に回る。

 

『ど、どこだ!? どこに消えやがった!?』

「……甘いですよ」

 

 ボクは襲撃者が気づかないうちに、首に針を刺して気絶させた。

 いわゆる、ツボってやつだね。

 ほかの人たちも同様にする。

 教頭先生を人質としている襲撃者以外は、全員気絶させた。

 それを確認してから、ボクは使用していた能力を解除。

 

「……とりあえず、あなたの部下は倒しましたよ? どうしますか?」

『よ、よくやった君……! こ、これであとは、私を助ければ――』

 

 ボクのセリフに襲撃者が答えたのではなく、教頭先生が反応していた。

 よく見ると、すごく焦ったような表情をしていた。冷や汗もだらだら。

 

「え、何を言っているんですか? ボクは、あなたのことを言ったんですよ? 教頭先生。……いえ、こう呼んだ方がいいですか? テロ組織『ユグドラシル』のリーダー、ゼイダル・ヴェルシュさん?」

 

 ボクが教頭先生の正体を言うと、周囲がざわつきだした。

 

『……何のことだ?』

「実はですね、ボク昨日あなたの事を調べたんですよ。簡単でしたよ。まさか、屋上で堂々と密会してるんですからね」

 

 まあ、実際のところはほんの偶然だったわけだけど……こう言ったほうが、何かと効果ありそうだしね。

 

『密会などしていない! どこにそんな証拠があるというんだね!』

「……」

 

 ボクは無言でスマホを取り出す。

 そして、無言のまま昨日の密会の映像を流す。

 

『ふむ、計画は順調、と』

『はい。仕掛けも準備できております』

『そうかそうか。で、人員の方は?』

『はい。すでに、この街に潜伏済みです』

『しくじるなよ? この状況ですら、誰が聞いているかもわからんのだ』

『もちろんです。当日は、一般客を装って侵入し、中庭に参加者全員が集まった時、一斉に仕掛けます』

『そうかそうか! ならば、私は人質を買って出ようじゃないか!』

『なるほど、そうすれば、あなたは無関係だと知らしめられるということですね』

『その通りだ。これには、私の悲願が掛かっているからな。確実に、成功させねばならん』

『もちろんですとも。ただ、こちらにもちゃんと、報酬を用意してくださいよ?』

『わかっているとも』

『武器の持ち込みは大丈夫でしょうか?』

『私を誰だと思っている。ぬかりはない。警備員もすでに買収済みだ』

『完璧ですね』

『そうだろう? ふはははは!』

『……では、明日、楽しみにしていますよ?』

『ああ。学園長の研究データ。確実に私のものにしてやる……』

 

 そこで再生が終わる。

 教頭先生――いや、ゼイダルが顔面蒼白になる。

 だが、それでもまだ悪あがきを続けるのか、

 

『そ、そんなもの! 誰かのいたずらだ! そうに決まっている! だ、第一、なぜ私がテロ組織のリーダーなんかを……!』

「はぁ……あくまでも、白を切るんですね?」

『当然だ! 私はテロ組織のリーダーなどではないからな!』

 

 うーん、これは奥の手を使わないとダメかな……?

 さっさと、自白してくれた方が楽なんだけど……。

 

「ところで教頭先生」

『なんだね?』

「昨日の夜、どこにいました?」

『どこにって……当然、職員室に』

 

 職員室て……もう少しうまい嘘はつけなかったの?

 あ、でも時間も時間だったから、大半の先生は帰っていて、残った先生は宿直室にいたのかも。

 

「じゃあ、このスマホの映像は?」

 

 ボクは再度、スマホの映像を見せる。

 

『だからさっきも言っただろう! それはいたずらだと!』

「いいえ? そもそも考えてみてください? この映像中の教頭先生が会話をしているのは……今、あなたを人質として捕まえているそこの人ですよね?」

 

 そうボクは指摘する。

 さっきからずっとたんまりで、教頭先生を捕らえたふりをしている襲撃者、この映像の人物と一致しているのだ。

 髪型から体型まで。

 それも、声まで一緒と来た。

 これはどう考えても、黒だ。

 

『な、何を言っている! 今日が初対面だ! そんなの、いくらでも加工できる!』

「じゃあ、もう一つ。学園長先生!」

「はいはーい! 呼んだ?」

 

 ボクが学園長先生を呼ぶと、状況が状況だというのに、すごく軽いノリで返事し、人ごみから躍り出てきた。

 

「たしか職員室って……」

「あ、そういうことね!」

 

 学園長先生はボクの言葉の意味を察し、教頭先生と向き合う。

 

「あのね、教頭先生」

『なんでしょうか?』

「実はさー、この学園の職員室……監視カメラが付けてあるんだー」

『……は?』

 

 学園長先生が発した言葉の意味を理解できていなかったのか、教頭先生はぽかんと口を開け、世間一般で言うような間抜け面をした。

 そんな教頭先生の状態を無視して、話を続ける学園長先生。

 

「それ以前に、うちの学園ね、わからないように至る所に監視カメラが設置しあるんだー。唯一付けていないとしたら……屋上くらいなんだよね」

 

 学園長先生の言ったことに対して、教頭先生が狼狽する。

 

『そ、そんな話、聞いてないぞ!』

「えー? だって……私、最初から教頭先生のこと信用してなかったしー? それに、君、あまりに怪しすぎたんだもん」

 

 学園長先生、何気に言っていることが酷い。

 

『あ、怪しいだと!? 私は、ちゃんと隠して――』

「あれぇ~? 私、何が怪しいとも言っていないのに……何を隠したんですかねぇ? お教え願えますか? 教頭先生?」

 

 自分でボロを出した。

 う~ん、この人は馬鹿なのかな?

 テロ組織のリーダーをしているくらいだから、きっと頭がいいと思っていたんだけどなぁ……。

 

『チッ……おい、例のブツはどうなってる!』

『すでに、確保しております』

『ならいい! さっさと出るぞ!』

 

 どうやら、ようやく本性を出したみたい。

 今までの態度は何だったんだと言わんばかりに、教頭先生――ゼイダルが言う。

 

『まあいい! 学園長、あんたの研究データは頂いた! じゃあな!』

 

 ゼイダルは、野球ボールほどの大きさの球を地面に叩きつける。

 するとそれは、真っ白な煙を放出し、視界を埋め尽くすほどのものとなった。

 

「煙幕……! 依桜君!」

「問題ないですよ!」

 

 風魔法を発動し、周囲の煙を吹き飛ばす。

 回復魔法は無理だったけど、少なくとも風魔法は魔法だとはバレないはず!

 そう言う考えの下、ボクは魔法を使用した。

 

 そして、煙相手に風はかなり有効で、煙がすぐに晴れて、視界が開ける。

 もちろん、索敵も同時に使っていたのでどこに逃げたかはわかっている。

 

 気配の方を見ると、走って逃げようとしている場面だった。

 しかもよく見ると、ヘリが学園の上空に見える。

 

「ヘリで逃げる気だね……依桜君、どうにかできる?」

「もちろんです。未果を怪我させた人たちですし、逃がす気ははなからないです」

「頼もしいわね」

 

 ふふ、と学園長先生が笑う。

 ボクは、ヘリが二人の前に縄梯子を下ろしているのを見て、

 

「はぁっ!」

 

 ナイフを二本投擲。

 そのナイフは、縄梯子を切断して登れなくする。

 

『クソッ! おい! あれを使え!』

『し、しかし、あれは……』

『うるさい! それどころじゃないんだ! いいから使え!』

 

 縄梯子が切断され、慌てたゼイダルはヘリに乗っている仲間に何かの指示を出していた。

 しかも、仲間が躊躇しているところを見ると、かなり危険な物?

 

『わ、わかりました! じゃあ……!』

 

 そう言って出てきたのは……って!

 

「ガトリングガン!?」

 

 まさかのガトリングガンだった。

 まさか、ここにいる人たちもろとも撃つ気じゃないよね!?

 

『撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!』

 

 ああもう! やっぱりそうだよね!

 さすがに、こんなに人数がいるところでは弾いたとしても、全部は無理! 身体強化を限界までやったとしても、八割が限界! 残った二割は防げない!

 くっ、躊躇してる暇なんてないよね……!

 

「『乱回転!』」

 

 風魔法の一種、『乱回転』を使用。

 この魔法は、名前の通りに風を乱回転させるための魔法。

 基本的に、向こうでは使われることのない魔法だけど、この世界じゃ別!

 銃弾そのものは、回転しながら進むわけだから、その反対の銃弾以上のエネルギーを加えれば!

 

『は、はぁ!? な、なんなんだよ!? なんで、銃弾が全部落ちてくんだよ!?』

 

 ガトリングガンを撃っていた仲間が驚愕したように叫ぶ。

 魔力が尽きない限り、この魔法は止まることがない。

 向こうの一部の魔法は、魔力量で威力が変わってくるから、ボクが使えば銃弾を落とすことくらいならできる。

 

 まあ、乱回転だけだと、あくまでも回転エネルギーが消えるだけだからね。

 実際は、風の障壁を張ってるんだけど、あれは風魔法の基本防御だからね、詠唱は不要だ。

 

「これでチェックメイトです」

 

 ボクはゼイダルの前にナイフを突きつける。

 

『ま、まだだ! おい、ジュガン!』

『はい。……すいませんね!』

 

 ゼイダルが自分を人質にしていた襲撃者の名前を呼ぶ。

 襲撃者――ジュガンと呼ばれた男は、ボクに肉薄すると、どこかに隠し持っていた刀を横なぎに振るう。

 

「わわっ……っと! 危ないじゃないですか!」

 

 ボクは、紙一重に上半身をのけぞらせ迫りくる刃を回避。

 この人、かなり強いかも……でも、

 

「やぁっ!」

 

 のけぞらせた体をわざと崩し、ナイフを刀の鍔に引っ掛け上方に弾く。

 

『なっ! まだだ!』

 

 刀を手放しても、すぐに素手での格闘に切り替え、拳を放ってきた。

 

「どうしたんですか? 力んでますよ?」

 

 ボクはその拳を後方に受け流すと、真横に移動し、隙だらけの首筋に針を刺す。

 

「それじゃあ、おやすみなさい。次に目が覚めた時は多分冷たい床と壁かもしれませんね」

『く、そ……ゼイ、ダルさ、ま……もうし、わけあり、ま、せんっ……』

 

 そう言い残して、ジュガンは気絶した。

 それを確認してから、ゼイダルに向き直る。

 

「さて……ヘリにいるお仲間さんはいいとして……あとは、あなただけですよ? ゼイダルさん?」

『な、なぜだ……なぜ、お前はそんなに強いのだ!? その動きと言い、銃弾を落とした事と言い! 普通の人間にはできない芸当だぞ!? それを、いともたやすくやってのけるなど……!』

「そうですね……こんな身体能力を得たのは、学園長先生のせい、としか言えませんよ」

『が、学園長の、せい……? ま、まさか貴様っ……!』

 

 ある考えに至ったのか、ゼイダルが驚愕の表情で学園長先生を見た。

 

「そうだよ、ゼイダル。彼――あ、今は彼女か。彼女はね、約一ヵ月前に異世界へと飛ばされ、三年もの間鍛錬を積み、魔王を倒したんだよ。しかも、むこうでの職業は暗殺者。こちらの世界の人間じゃあ、この子には勝てないよ」

『そ、そんなっ……まさか、我が野望を打ち砕いたのは、異世界帰りの少女だったというのか……! なんという、皮肉だ……』

 

 ゼイダルは負けた相手が、ボクという異世界帰りの少女だと知り、驚愕し、肩を落とした。

 その顔は、酷く悔しそうな顔をしていた。

 だけど、可哀そうなどとは思わない。なにせ、直接ではないとはいえ、未果を撃ったからね。

 でもさ、ボクってもともと男だからね? 女の子として認識されるのは、ちょっと……。

 

「さ、これで事件解決だね! というわけで、依桜君、気絶させちゃって!」

「わかりました。それでは、さようなら、教頭先生」

 

 そう言って、ボクはゼイダルの首筋に針を突き立てた。

 

『わた、しの……ひが、んが…………』

 

 そんなことを呟きながら、ゼイダルは気絶した。



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20件目 事態の収拾

「ふぅ……さすがに疲れました……」

 

 銃弾を動体視力と身体能力だけでよけるのって、結構神経使うからね。

 しかも、初めてだったからかなり疲れた。

 そういえば、ゼイダルの悲願ってなんだったんだろう?

 

「お疲れ様、依桜君。じゃあ、皆さんに報告しないと」

「え?」

 

 何を言っているのかわからなかったボクが、気の抜けた声を漏らすと、学園長先生がお客さんたちの前に立ち、

 

「ご来場のみなさーん! 今回のイベントはお楽しみいただけましたでしょうか! 少々大掛かりな仕掛けで、大変驚かせてしまったかもしれませんが、すべて演技、演出でございます! ですので、何も心配いりません! 今回は、このような突発的なイベントにお付き合いいただき、ありがとうございました!」

 

 マイクを通して、そう説明した。

 あー、なるほど。

 ここはあえて、イベントとして片づけるというわけなんだ。

 

 たしかに、これを本当の事だったとすると、混乱が起きる上に、この学園の信用問題に発展しそうだし、なにより……学園祭を中止せざるを得なくなるからね。

 となると、学園長先生の判断はすごく正しいわけだね。

 ……まあ、ボクに注目が集まるようになってしまうかもしれないけどね。

 

『え、イベントだったの?』

『だよなぁ。さすがに、人が撃たれるとか、ガトリングガンが突如発生した突風で落ちるとかありえないもんな!』

『だよな!』

『でもでも、あの女の子、すっごくかっこよくなかった?』

『わかるー! あんなすごい動きができて、しかもかなり強くて!』

『私、惚れちゃったかも……』

『強くて可愛い女の子とか……どこの二次元だよ!』

『俺、今日の出来事は一生忘れないわ!』

『最高だったぜ!』

 

 様々な反応だけど、基本的に喜んだみたい。

 それにしても、学園長先生の説明なだけあって、かなり効果は高く、お客さん全員がイベントということで納得してくれたみたいだね。

 ボクとしても、そっちの方がありがたいよ……。

 これ以上、魔法を見られるわけにはいかないし。

 ……と言っても、

 

「……」

「……」

 

 態徒や女依たちには説明をしなきゃいけないかも。

 さっきから、訝しむような視線でこっちを見てきてるし。

 ……それもそうだよね。

 

 だって、明らかにさっきのは演技の度を越えていたし、なによりボクが本気で怒っていたし、未果の状態は尋常じゃなかったからね。

 ……どうにも、今のボクは本気で怒ると殺気に似たプレッシャーを放っちゃうらしいからね。

 

「それじゃ、依桜君。あとは、こっちで片付けておくから、最後に一言お願いね」

「え、ボクもですか!?」

「当然。じゃないと、イベントとして成立しないと思うし」

「うぐっ……」

 

 そう言われると断れない……。

 はぁ、仕方ない、か。

 

「え、えっと、皆さま、この度のイベント楽しんでいただけましたか?」

『おおおおおおおおおおおっ!』

 

 ボクが問いかけると、みんな満足そうに大声を出す。

 

「今回はこんな突発的なものになってしまい、申し訳ありません! 今回は全部、フィクションとしてのものなので、本当のテロ組織が襲撃したわけではありません! ですので、ご安心下さい! それでは、この後の学園祭も存分にお楽しみください!」

『わああああああああああああああああああっっ!!』

 

 当たり障りのないボクの言葉で会場が沸き、歓声が上がり、拍手で包まれた。

 ……動いていたこっちは、余裕そうに見えて、実際はかなり切羽詰まってたけどね。

 

 その後、テロ組織たちは、人知れず警察に連行されていった。

 もちろん、教頭先生として潜入していたゼイダルも。

 ボクはそれを見送ってから、中庭に戻った。

 

 後日、教頭先生は有名大学からの引き抜き、という形でこの学園から消されたけど、その本当の事実を知っているのは、ボクと学園長先生の二人だけだ。

 

 

『ええー、突発的なイベントが発生しましたが……ミスコンを再開させたいと思います!』

 

 一時中断していたミスコンは再開した。

 再開した後は、特に問題が起こることなく、順調に審査が進み、結果発表となった。

 

『今年のミス・叡董に選ばれたのは……』

 

 ドラムロールが会場で流れる。

 そして、

 

『一年六組、男女依桜さんです! おめでとうございます!』

 

 結果はボクの優勝だった。

 いや、まあ、うん……なんか複雑。

 

『えー、今年はすごいことに、ぶっちぎりの一位……というより、出場者すら依桜さんに投票する始末! 結果、参加者と出場者の両方の全員が依桜さんに投票する結果となりました! 素晴らしいです! そして何より、今年のミス・ミスターコンテスト優勝者は、両方とも一年六組という結果になりました! これは、すごいことです! 一年六組には、ほかにも椎崎未果さんや、腐島女委さんなど、綺麗どころが多いようですね』

 

 言われてみればそうかも。

 未果は未果で、客観的に見たい普通に美人だし、女委も女委で、黙っていれば美少女だし。

 そう考えれば、うちのクラスって、顔面偏差値というのが高いのかも。

 

『今回のミスコンに関しては、途中に突発的なイベントが決め手となったことでしょう! 優勝して、どうですか? 依桜さん』

「え、えっと……嬉しいですね。ただ、その……考えてみれば、水着であんな派手な動きしていたなぁ、と思うと……ちょっと、恥ずかしくて……」

 

 今思い返すと、かなり恥ずかしいことをしていたんじゃないだろうか?

 だって、あんなに露出の高い恰好で、あんなに派手に動き回っていたんだよ? 普通、かなり恥ずかしいと思うんだけど……。

 

『スイッチが入ると、恥ずかしがることはないみたいですね。でも、スイッチが切れると今みたいに恥ずかしがると。くそう、可愛いですね、この野郎!』

 

 あれ、ボクなんで今罵倒されたんだろう?

 でも……優勝できたのは嬉しいかな?

 そこは本心だと思う。

 ……うん。日に日に精神も変わってきてる気がする……。

 

『でも、素晴らしい動きでしたよ! 気が付けば数十メートル離れた位置に移動したり、針を投げて銃口を塞ぐなどをしたりと、同じ人間なのか疑問に思いましたが、かっこよくて可愛いので、いいでしょう!』

 

 あ、それでいいんだね。

 とりあえず、魔法がバレなかっただけでいいかな?

 あれが魔法だと認知されたら、確実に広まりそうだったし。

 ボクとしては、広まってほしくないし。

 ……まあ、あの三人には言わなきゃいけないと思うけど。

 

『ミスターコンテストは一年六組の小斯波晶君。ミスコンは、一年六組男女依桜さんという結果となりました! これにて、ミス・ミスターコンテストは終了となります! 審査をして下さった皆様、そして、突発的なイベントを企画してくださった学園長先生、男女依桜さん! ありがとうございました! この後も引き続き、叡董学園、青春祭をお楽しみください!』

 

 司会者さんの言葉で、ミス・ミスターコンテストはこれにて幕引きとなった。

 それと共に、会場からは惜しみない拍手で包まれる。

 守ることができたその光景に、ボクは心の底から満足した。

 

 ちなみに、撃たれて倒れた未果は、学園長に任せた。

 今現在は、保健室で休んでもらっている。

 とにかく、無事でよかったよ。

 

 

 水着からもとのミニスカ猫耳メイド服に着替えて、ボクはクラスに戻った。

 賞品は、後日もらえるそう。

 個人的には、PCだけでよかったんだけど、もらっておかないと、なんだか文句を言われそうだしね。

 クラスに戻る途中、ボクは色々な人から声をかけられた。

 

『さ、さっきのイベントでファンになりました! あ、あの……サインくださいっ!』

 

 サインが欲しいという女子中学生の子に話しかけられた。

 ファンって……。

 

「は、はい。……これで、いいですか?」

 

 特に断る理由もなかったので、差し出された色紙(なんで持ってるんだろう?)にサインを書いてあげた。

 好意を向けてくれているわけだし、無下にはできないからね。

 

『わあ……! ありがとうございますっ! 一生大事にします!』

 

 サインをした色紙を受け取ると、女の子はものすごく喜んでくれた。

 このやり取りを皮切りに、ほかの人からもサインを頼まれた。

 ボク、アイドルでも何でもないんだけど……。

 そんなボクのサインをもらって、そんなに嬉しいのかな?

 

『す、すいません、握手をしてもらってもいいですか!?』

 

 という風に、大学生くらいの男の人から握手を求められたりもした。

 

「はい、どうぞ」

『あ、ありがとうございます! 自分、この手一生洗いません!』

「洗ってください! 病気になっちゃいますよ!」

 

 というようなやり取りなど、ボクはあのイベントのせいで一躍有名人になってしまった。

 気のせいでなければ、男女両方から熱のこもった視線を向けられている気がする。

 

「はぁ……大変なことになっちゃったなぁ……」

 

 そうぼやくも、しかたがなかったと割り切ることにして、クラスに向かった。



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21件目 本当の帰還

『お、英雄が来たぞ!』

 

 クラスに戻るなり、なぜか英雄扱いされた。

 

『おお、男女! さっきのイベント、最高だったぜ!』

『私、依桜ちゃんにドキッとしちゃったよ』

『もう、すっごいかっこよかったよ! 『これでチェックメイトです』って言ったの、本当によかったよ!』

『それわかるわ! 俺もめっちゃドキッとしたし、男として負けたと思ったぞ!』

「あ、あはは……恥ずかしいから、そうやって言うのはやめてくれると……」

 

 つい言った言葉をクラスメートに言われるのは、かなり恥ずかしい。

 クラスのみんなはこんな風に、ボクに対して好反応を示してくるけど、ほかの三人は違う。

 

「……なあ、依桜」

 

 ふと、態徒がボクに話しかけてきた。

 態徒の後ろを見ると、晶と女委も神妙な面持ちで立っていた。

 

「わかってるよ。さっきのことだよね? ちょっと待ってね。……ねえ、このお店って、どれくらいに再開するの?」

『んー、とりあえず、まだ三十分ほどはあるな』

「ありがと。三人に話があるから、ちょっと屋上行かない?」

「わかった」

 

 晶が代表して返事してくれた。

 ボクたちは屋上に向かった。

 

 

 屋上に上がったボクたち。

 幸いなことに、屋上には誰もおらず、閑散としていた。

 

「それで、えーっと……どこから話せばいいかな?」

 

 空気が重い中、最初に口火を切ったのはボク。

 当然ことだと思う。

 今回は、ボクが黙っていたが故の状況だし。

 

「そうだな……俺は、その場にいなかったし、態徒と女委に任せる」

「……じゃあ、率直に言う。依桜。あの時のって、イベントでも何でもなくて……全部ノンフィクションなんだよな?」

 

 珍しく態徒が真剣な表情で、ふざけることなく聞いてきた。

 場違いにも、似合わないと思ってしまったのは内緒だ。

 

「……そうだよ。あれは、フィクションでも、イベントでも何でもなく、本物のテロリストだよ」

 

 ボクの回答に、三人が驚愕の表情となった。

 それもそうだよね。ボクだって、逆の立場だったらそういう顔するはずだし。

 

「……まあ、ほかの人はあれで誤魔化せたけど、やっぱりみんなは誤魔化せないよね……。一応聞くけど、どうしてわかったの?」

 

 ボクは苦笑しながら、聞くまでもないことを聞く。

 

「そりゃわかるってーの。まず、演技にしては、未果の状態は最悪だった。それに……」

 

 と言ったところで態徒は言葉を止め、続きを話したのは女委だった。

 

「あんなに怒った依桜君が、演技なわけないよ。演技だけじゃ、あんなにプレッシャーは来ないよ」

「あはは……やっぱりそうだよね」

 

 よく見てると言うか……やっぱり、友達をやっているだけあるね……。

 どんなに、普段があれでも、ちゃんとしたところではしっかりしているよ。

 

「なあ、依桜。お前、どうしたんだよ? 普通、銃で撃たれて、本来なら致命傷になりそうなほどの傷、どうやって治したんだよ? それに、普通は銃をナイフだけで弾き返せるはずがねーよ。なあ、教えてくれないか?」

 

 今の態徒は、今までに見たことがないくらいに悲痛な表情をしている。

 ……まあ、未果にはもう言ってあったし、どのみち言うつもりだったし。

 

「……わかったよ。ただこの話は、他言無用でお願い」

 

 ボクがそう頼むと、三人はそっと頷いた。

 それを確認してから、ボクは話し始めた。

 

「実は――」

 

 ボクは、異世界へ行ったこと、なぜ女の子になってしまったか、なぜあんな動きができたか、そして、なぜあんなに早く対処できたのかを。それぞれ、細かく説明した。

 そして、この説明には……ボクが人を殺したことも含まれていた。

 

「――っていうことなんだ。ごめんね、みんなには言えなくて……」

「このことを、未果は?」

 

 晶がそう尋ねてきた。

 

「ボクが女の子になった次の日に、テロリストと殺人以外のことは話したよ。だから、もう知ってる」

「そうか」

 

 空気が重くなる。

 みんな、顔を伏せてしまっている。

 

「……ごめんね、こんなことになっちゃって。軽蔑したでしょ? ボクは、人を殺してしまった。だから――」

 

 ボクは、学園祭が終わったら、学園を去ろうかと考えていた。

 ボクは、人殺しだ。

 それはこの先、覆ることのない事実だ。

 だから、それを言おうとした、しかし、それよりも早く態徒が言った。

 そしてそれは、ボクの予想の斜め上を行くものだった。

 

「関係ないね!」

「え……?」

 

 態徒は、満面の笑みで言った。

 それに対して、ボクはあっけにとられた。

 

「依桜は、異世界救ったんだろ? なら、それでいいじゃねーか!」

「で、でも、ボクは人を殺して……」

「何言ってんだよ! たしかに、依桜は人を殺したかもしれないけどよ、聞く限りじゃ、殺した人たちって言うのは、更生すらもできないような極悪人だったんだろ? それなら仕方ないさ! それに、それのおかげで、多くの命が救われたんだろ?」

「いやでも……」

 

 態徒の言い分に何かを言おうとすると、晶が呆れたように話し出す。

 

「まったく、態徒は……。仕方ない、という言い方は悪いぞ。いいか、依桜。こっちと向こうじゃ、そもそもルールが違う。それは当たり前だ。向こうの法律では、善人を殺したら捕まるようなところなんだろう?」

 

「う、うん」

 

 向こうでの法律と言えば、こっちとは違って、悪人以外の人を殺すと犯罪になって捕まる。

 盗賊や殺人鬼は罪の度合いに寄るけど、最悪の場合普通に処刑が執行される。

 

「俺は、それがいいとまでは言わない。だけどな。態徒の言う通り、悪人を殺したことで、多くの人が救われたんだろう? たしかに、人を殺すことはだめだ。だけど、依桜は何度も悪人を更生させようとしたんだろ? それで十分じゃないか。それに、依桜がその時殺さなかったとしても、いずれ別の誰かが殺していたような人たちだ。自分を責める必要はないんじゃないか?」

「晶……」

「うんうん。二人の言う通り! 話を聞く限りだと、依桜君。すっごく頑張ったみたいじゃん? しかも、いつ死ぬかもわからない状況で、必死に生きていたんでしょ? そもそも、自業自得でもいいんじゃないかな? 晶君だって言ってるでしょ? いずれは別の誰かが殺すって。依桜君。それ、理解してたんじゃないの?」

「……うん」

 

 そう。ボクは、いずれ別の誰かが殺すことを知っていた。

 それも、殺したくて殺すんじゃなく、我慢ができず、ほかの人の為に殺す人が現れると、わかっていたんだ。

 だからボクは……

 

「汚れるのはボクだけでいいって、殺すのはボクだけでいいって、そう思ったんだ……」

 

 小さく呟くように、自分の思ったことを言った。

 すると、三人は笑顔で言った。

 

「はは! 依桜らしい、優しい考えじゃんかよ!」

「ああ。俺は、そういう依桜の考えが無くなってなくて安心した」

「だね! 依桜君はいつも、人のために動いてたもんね。しかも、自分に対する評価や周囲の眼も気にしないでさ!」

 

 ……ボクは……いい友達を持ったんだなぁ……。

 みんなの言葉で、ボクは本気でそう思った。

 

「だからいいじゃねえか! そもそも、そう言う経験があっても、さっきの一件では誰一人殺さず、みんな生かしたじゃないかよ。それって、すごいことだぜ?」

「ああ。普通だったら、躊躇なく殺していると思うぞ? それだけ、依桜は強いってことだよ」

「そうそう! 自信持ってよ! その大きな胸張ってよ! 誰一人として依桜君を責める人はいないよ! 未果ちゃんだってそうだよ! だって、さっきは命を救ってくれたんだもん!」

 

 大きな胸というところには、聊か引っかかるものがあるけど。

 

「そう、かな……」

「あったりまえだ! 依桜は優しすぎるんだよ! 人のことばかり気にしていたら、いつか早死にしちまうぞ?」

「態徒の言う通りだ。少しは、自分の思う通りに生きてもいいと思うぞ? その人はその人の人生。人を騙し、陥れ、殺して、そんなことをしている人を殺したって、依桜は悪くないと思う。俺達は、こうして言うことしかできない。俺達じゃ、想像できないほどの苦しみを、依桜は味わったはずだ。なのに、今まで通りに過ごせた依桜を、俺は軽蔑しないし、侮蔑もしない。むしろ、心の底から尊敬するよ」

「依桜君。もういいんだよ。忘れていいとは言わないよ。でも、もう少し肩の力を抜こうよ? そもそも、死人に口なし! 依桜君はなにも悪いことはしてないよ! むしろ、暗殺者という職業をしていたのに、殺したのが更生も不可能な極悪人だけ。それ以外の、悪人は更生できると踏んで、殺さず罪を償わせた。すごいことだよ。それだけ、向こうの世界は綺麗で、優しい世界なんだと思うんだ」

「みんな……」

 

 ボクは、みんなの言葉に目頭が熱くなる。

 視界もぼやけてきた。

 

「あ、あれ、おかしいなぁ……前が見えないよ……」

 

 ダムが決壊したかのように、ボクの眼から涙が次々と流れてくる。

 ボクは……

 

「依桜!」

 

 急に屋上の扉が勢いよく開いた。

 涙をぬぐって音と声がした方を見る。

 そこには、息を切らして立っている未果がいた。

 

「み、か……」

 

 ボクが名前を呼ぶと、未果はこっちに向かって走ってきた。

 血が足りないはずの体で走って、こっちに向かってくる。

 そして、

 

「まったくもう……あなたはなんで、昔からため込むのよ……」

 

 優しくボクを抱きしめた。

 それは、温かくて、優しくて、力強くて、何よりも……心に沁みた。

 

「話、聞こえてたわ。晶のスマホを通して」

「え……?」

 

 その言葉を聞いて、ボクは晶を見る。

 すると、ふっと優しく微笑んでスマホを見せる。

 そこには、通話中の文字と、未果という名前。

 

「悪いな。まあ、そういうこと。このことは、俺のスマホを通して、未果に伝えていた。依桜は本心をなかなか言わないからな。……まあ、まさか未果が来るとは思わなかったけどな」

 

 気恥ずかしそうに、ポリポリと頬をかく晶。

 態徒と女委も、優し気な笑みをボクに向けていた。

 

「未果、寝てないとダメなんじゃ……?」

「何言ってんのよ! 私の大切な親友が、こんなに深い傷を負っていたのよ? そこでこうして、走ってきて抱きしめないのは、親友でも何でもないわ!」

「み、未果……」

「あなたはいつもそう。大きな悩みがあると、自分一人で抱え込んで、知らないうちに疲弊して、気が付いたらボロボロになって……少しくらい、私たちを頼りなさいよ!」

「……っ!」

 

 その言葉がトリガーになったのか、ボクは胸からこみあげてくるものが抑えきれなくなっていた。

 

「う、うぅ……ぅああ…………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! あああああっ……! ひっ……ああっ、ああああああああぁぁあぁぁああ……!」

 

 ボクは、みっともなく大声で泣いた。

 それはまるで、三年間の苦しみが今になって全部飛び出してきたかのようだった。

 

「ふふ、ようやく、泣いてくれたわね」

 

 未果は優しい声音で、ボクの頭を撫でていた。

 

「依桜が泣くのなんて、初めて見たぜ?」

「言われてみればそうだな。依桜は、昔から一人で我慢してたからな」

「だねぇ。でも、やっぱり人間だもの。泣きたいときは泣いてもいいし、嬉しい時は喜べばいいし、感情をもっとださないとね」

「だって、依桜?」

「うんっ……うんっ………!」

 

 ボクは、ようやく一人じゃないとわかった。

 向こうでは、みんながいなくて一人に感じていた。

 信用出来て、とても優しい人もいた。

 だけど、みんなボクが人を殺しても咎めたり、責めたりするどころか褒めてきた。

 

 ボクは、それがずっと嫌だった。人として、してはいけないことをしたのに、みんなこぞってボクを褒めた。

 それが苦しくて、辛くて、ずっと嫌だった……。

 そんな世界が嫌だった。

 

 楽しいこともあったけれど、楽しいことは少なくて、辛いことや苦しいことの方が多かった。どんなに頑張っても、ボクは無意味なんじゃないかとも思った。

 敵として戦った魔王軍の人たちだって、本当は守りたいものがあって争いをしていたんじゃないかって。ずっと、そう思っていた。

 それをみんな、ボクを英雄だと、勇者だと祀り上げ、褒め、素晴らしいと言った。

 

 だからこそ、ボクは少し精神が壊れかけていたのかもしれない。

 こっちに帰ってきても、本当にボクはこの世界でのうのうと生きていていいのか、みんなと一緒に過ごしてもいいのかわからなくて、無意識のうちに線引きしていたのかもしれない。

 

 テロリストが襲撃してきた時、未果が撃たれて、ボクの頭が真っ白になるのを感じて、頭の中が憎悪で染まっていくのも分かった。強烈な殺意が沸いてきたのも分かった。

 

 だけど、未果や態徒、女委を見て、それはすぐにボクの頭の中から無くなっていった。

 だからボクは、気絶だけで済ませていた。

 殺したんじゃ、償うことも、謝罪させることもできないと。

 

 だからこそボクは、怒りや憎悪を守るために使った。

 そうして、誰一人として死なせず、こうして守ることができた。

 それが、すごく嬉しいと感じたのと共に、申し訳なく思った。

 

 ボクがいなければ、未果は撃たれることもなかったんじゃないかって。

 ボクは、思ったことをポツリポツリと話していた。

 

 ボクが話している間、みんなは黙って聞いてくれた。

 何も言わず、ただただすべてを受け入れ、包み込むように、ボクの話を聞いてくれた。

 話し終わると、態徒が言った。

 

「大変だったんだな、依桜。でもさ、オレたちがいるだろ? 大丈夫だって!」

「ああ、その通りだ。依桜には俺たちがいるんだ。姿が変わっても、依桜は依桜だ」

「いやぁ、依桜君がそんな風に思ってといたとはねぇ。でも、わたしだっているんだよ? どんどん頼ってよ!」

「まったく……依桜は優しすぎるのが玉に瑕ね。でも、その優しさがあるから、こうしてみんながあなたを受け入れてくれるのよ? そうじゃなかったら、みんなあなたのことを人として見てなかった。これはね、あなたの行動がそうさせたの。だから……あなたももう少し、我がままに生きたっていいの。というか、あなたはもう少し、我がままを覚えなさい!」

「だな」

「その通りだ」

「そうだね!」

「……うんっ。みんな、ありがとう……!」

 

 ボクは、心の底からみんなにお礼を言った。

 これだけでは、足りないかもしれないけど、これが今のボクにできることでしかないから。

 でも、それが大事なんだと思う。

 

「ま! とりあえず、これだけは言っとこうぜ!」

 

 態徒がそう言うと、みんながそれに賛同するように頷き、とびっきりの笑顔をして、

 

「「「「おかえり、依桜(君)」」」」

 

 そう言ってきた。

 ボクはまた、涙があふれてきた。

 でも、それは悲しみじゃなくて、それは、

 

「うんっ……ただいまっ……!」

 

 嬉しい気持ちだった。

 こうして、ボクは本当の意味で異世界から帰還した。

 きっと、これからも辛いことがあるだろうけど、まあ……その時は、みんなを頼ろう。

 せっかく頼れるみんながいるんだからね。

 頼らないと!

 

「しっかしまあ……未果が依桜を抱きしめてるのを見ていると……うん。ありだな。美少女同士の抱き合いってのはいいもんだ!」

「だね! やっぱり、百合もいいよね!」

「ちょっと、何言ってんのよ、あなたたちは……」

「前から気になってたんだけど。女委って、実際のところ男と女、どっちが好きなんだ?」

 

 ふと、晶がそんな疑問を口にしていた。

 

「んー? それはあれかい? 恋愛対象としてかい?」

「ああ」

「お、確かにそれはオレも気になるな!」

「あ、私も」

「ぼ、ボクも」

「わたしはね、実は……両方イケるんだ! だから、男の子も好きだし、女の子も大好き!わたしは、どっちも恋愛対象だよ!」

「「「「えええええええええええええええええっっっ!?」」」」

 

 その日、かつてないほどの驚きがボクたちを襲った。

 なんと女委は、バイセクシャルだった。

 ひとしきり驚いた後、未果が呟いた。

 

「まったく……それにしても、あれね」

「だな」

「そうだな」

「だね」

「うん」

「ボクたち――」

 

 ボクが言うと、みんな一斉に、

 

「「「「「絶対、シリアスで終わらないね(な)!」」」」」

 

 そう言って、ボクたちは笑いあった。

 でも、これでいいんだと思う。

 これが、ボクたちという存在だしね。

 楽しければいいじゃない、という未果の考えは、どこの世界でも共通する考えかもしれないと、ボクは密かに思った。



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22件目 学園祭の二日目

 ボクが、本当の意味で異世界から帰ってきたあと、クラスに戻ると大忙しだった。

 クラスに戻る途中にあった、サインを書いたり、握手をしたりと、色々な人に頼まれたのだ。

 吹っ切れたボクは、料理を作りながら、様々なサービスをした。

 

 その結果、初日のうちのクラスは、誰が見ても明らかなほど大成功。

 そんな大成功を収めた次の日。

 

「め、女委……こ、これを着るの?」

 

 ボクは、とある衣装を持って戦慄していた。

 

「うんうん! やっぱり、昨日とは打って変わった衣装が必要だと思ってね!」

「だからって……サキュバスの衣装はないよっ!」

 

 そう。ボクが女委に渡された衣装は、露出度が極めて高いサキュバス衣装だったのだ。

 正直、水着の方がまだ面積があるんじゃないかって言うレベル。

 

「ええー? でも、衣装それしかないよー?」

「だからって、これはないよ! 第一、これやめたんじゃないの!?」

 

 ボクは必死に抗議する。

 

「え? たしかにやめたけど、だれも完全にやめるわけじゃなかったし? もともと、二日目でやろうと思ってたやつだしー?」

 

 だけど、女委は柳に風と受け流す。

 なのでボクは、未果に頼ることにした。

 

「未果! 未果も何か言ってよ!」

「そうね。女委。さすがにこれは、依桜が可哀そうよ? せめて、布面積がもう少し広いものにしたら?」

 

 さすが、未果! やっぱり、未果はボクの味方――

 

「そうなると、未果ちゃんのを依桜君が着て、未果ちゃんが着ることになるけど?」

「依桜。時には諦めも肝心」

「未果!? 止めてくれるんじゃないの!?」

「私、それ着るんだったら、死んだ方がマシよ。命が惜しいもの」

「う、裏切り者っ!」

 

 昨日のセリフは何だったんだと言わんばかりの手の平返し。

 もう、手の平ぐるんぐるんだよ。

 ボクがうなだれていると、女委がいやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。

 そして、

 

「さあさあ依桜君! あっちでお着替えしましょうね!」

「あ、い、いや、た、助けて……! あ、晶!」

 

 未果が駄目だったので、晶に助けを求めるも、

 

「……すまん」

 

 目を伏せ、ボクを助けることはなかった。

 ブルータス、お前もか!

 期待はできないけど……!

 

「態徒!」

「いやぁ、依桜のサキュバス衣装か……やっべ、興奮してきた!」

 

 案の定だった。

 変態はどこまで行っても変態だった。

 

「依桜君、無駄な抵抗はよしたまえ! 君は今、コスプレ王の前にいるのだ!」

「なんでちょっとム〇カ風なの!? あ、ま、待って、や、やめて……あ、ああ……きゃあああああああ……!」

 

 ボクは更衣室に引きずり込まれ、抵抗空しくあれよこれよと、サキュバス衣装を着せられてしまった。

 

「さあさあ、みなさんお待ちどお! 銀髪碧眼の美少女サキュバスの登場だよ! どうぞ!」

 

 バッ! とカーテンが勢いよく開け放たれ、ボクの姿がクラス中にさらされた。

 

『ありがとうございます!』

 

 ボクが出てきた瞬間、男子たち(晶は除く)はみんなお礼を言って、鼻血を噴き出して倒れた。

 みんな、とてもいい笑顔をしていた。

 そんなある意味、大災害を引き起こしたボクの格好はというと。

 

「あ、あうぅ……恥ずかしいよぉ……」

 

 まず、上半身はほとんどブラでしかないものしか身に着けておらず、しかも背中はほとんど裸も同然。唯一あるとすれば、サキュバスの翼だけだ。

 下半身は、股間部だけを覆うようなほとんどパンツのスカート。そのスカート部分も、ほとんど透けているため、ボクの太腿があらわになっていて、とってもエッチ。

 その上、悪魔の尻尾までついているという徹底ぶり。当然、角もついている。

 脚部は、白と黒の縞々ニーソに、黒のショートブーツ。

 

 あまりにも露出度が高すぎて、今にも顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。

 それから、さっきから周囲の視線も酷い。

 

「い、依桜。それじゃ、なんと言うか……痴女ね」

「言わないでっ!」

「いやあ、依桜君、とってもえっちいよ! 素晴らしい!」

「素晴らしくないよっ! これ、すっごく恥ずかしいんだよ! これじゃあ、ボク、集中して料理できないよ!」

 

 こっちはもう、あまりの恥ずかしさに顔は真っ赤だし、涙も出てきた。

 

『でも、依桜ちゃんとってもえっちで可愛いよ?』

『うんうん! 依桜ちゃん日本人離れした顔立ちしているから、とっても綺麗だし、なんだかんだで着こなしているしで……最高だよね!』

『私、ちゃんと異性が恋愛対象だったけど……依桜ちゃんならいいかも』

 

 な、なんかボクの貞操の危機を感じる!

 ま、まずい、クラスの女の子たちが同性愛者だらけになりそう!

 

「め、女委! これ以上はまずいよ!」

 

 本当に、身の危機を感じ始めたボクは、女委に詰め寄る。

 

「じゃあ……とりあえず、エプロンでもしておく?」

「ああ、うん……もうそれでいいよ」

 

 エプロンで妥協することにした。

 渡されたのは、胸部の部分がハートマークになっているタイプのエプロンだった。

 

「こんなの、アニメとかでしか見たことないよっ!?」

「売ってたからね」

「女委って、本当にどうなってるの……?」

 

 でも、それ以外体を隠す方法がないし……背に腹は代えられないよね……。

 ボクは仕方なく、渡されたエプロンを身に着けた。

 幸いなのは、大きさが、ボクの下腹部よりも下、太腿の中間くらいまでだったことだと思う。

 

「に、似合うわね……」

「これはこれで……いいね!」

「うんうん! さっすが女委だぜ!」

「確かに似合っているんだが……」

((((どう見ても、裸エプロンですよね?))))

 

 四人とも、みんな同じことを思った気がした。

 

「……とりあえず、これで少しはマシになるよ」

「……おい。まずいぞ。依桜のやつ、さっきの状態よりも、自分がエロい格好していることに気づいていないぞ?」

「……いやでも、本人が気づいていないんだし、指摘するのは……」

「……未果。お前、楽しんでないか?」

「あ、バレた?」

「ふっふっふ! 未果ちゃんも、ノリノリだねぇ!」

「当然! 面白い方がいいじゃない? それに、依桜って可愛いもの。慌てふためく姿が、ちょっと見て見たくてね!」

「……はぁ。俺は知らないぞ?」

「いやいや、言わない晶君も、十分ギルティだよ?」

「晶よ。お前、興味ないふりして、本当は楽しんでいるんじゃないか?」

「そんなことはないぞ……ちょっとしか思ってない」

「思ってのかよ! やっぱり、晶も男だな!」

 

 うーん、みんな何話してるんだろ?

 さっきからこそこそとしてるし……なんか、妙にちらちらとこっちを見ている気もする。

 

「う~ん?」

 

 何もわからず、ボクが首をかしげていると、放送が始まった。

 

『生徒の皆さん、おはようございます! お客様もご来場いただき誠にありがとうございます! 今日は青春祭二日目、そして最終日です! 昨日は、突発的なイベントが起こり、かなり熱狂したと思います! その結果、昨日のイベントが噂を呼び、昨日より来場者が増えているとのこと』

「ま、あれだけ派手なことすりゃあな」

「そうね」

「というか、あれで噂にならない方がすごいと思うが」

「依桜君、大活躍だったもんねー?」

「あ、あはは……」

 

 この四人は、あの件を話したから、ボクがなぜ必死にやっていたのかを知っているしね。

 あれ、本当は、学園存続の危機どころか、下手をしたら世界戦争の引き金になりかねない事態だったからね。

 幸いだったのは、ボクが異世界帰りだったことくらいだと思う。

 でも、学園長が興味を持たなければあんなことにはならなかったし、ボクも女の子になるなんてことはなかったと思うんだけどね。

 ……まあ、今はちょっと気に入っちゃってる部分もあるんだけど。

 

『ですので、生徒の皆さんは昨日よりも忙しくなる可能性が大いにあるので、覚悟してくださいね! それでは、青春祭二日目……開幕です!』

 

 忙しい二日目の火ぶたが、放送によって切って落とされた。

 

 

「お待たせしました! 魅惑のサキュバスの誘惑おにぎりです!」

『あ、こっちにもあれを!』

『こ、こっちにも!』

『はいはい、ただいま!』

『依桜ちゃん、おにぎり三つ!』

「う、うん! 今すぐ作るね!」

 

 二日目が始まり、ボクたち、一年六組のコスプレ喫茶は大忙し。

 昨日のミス・ミスターコンテストでボクと晶が優勝したことで、お客さんが殺到。

 昨日いなかった人も、学園の公式サイトの写真(ボクと晶の写真)がわりと本気でバズったことが大きな理由みたい。

 ちなみに、それによって学園に昨日より多くのお客さんが入った。過去最高らしい。

 

 で、二日目のお店の開店前には、ボクたちのクラスの前に大行列が出来上がっていた。

 ボクは見ていないけど、ほかの人が見たら、曲がり角よりも先まで続いていて、よく見えなかったそう。

 ボクが見ていないのは、単純にみんなに止められたから。

 なんでも、ボクが顔を出すと大騒ぎになるから、だそう。

 ……否定できないのがなんとも。

 ちょっと複雑だけど……仕方ないね。

 

 それで、今日ちょっとしたメニューを追加。

 追加と言っても、昨日売っていたおにぎりの名称を変え、ボク専用のメニューにしただけなんだけど。

 これを考えたのも、もちろん女委と態徒。

 

 名前を変えただけで? とお思いかもしれないけど……まあ、ボクも思った。

 ところが、いざ売ってみると、ぼろ儲けのレベルだった。

 なんと、これだけで、昨日の売り上げの四割ほどに匹敵する。

 つまり、異常なまでの売れ行きということ。

 

 まだ、開始して三時間ほどしか経っていないのにこの売れ行き。

 軽く恐怖を覚える。

 

 ケーキセットの方も順調。

 ケーキもボクたちの手作り。ただし、本日も謎解きが必須! なので、しっかりと謎解きをして、ケーキを味わってもらう。

 美味しくなかったら、骨折り損のくたびれ儲けなんだろうけど、今回はこだわったからね! かなりの自信作。

 

 甘いものが得意じゃない人でも、果物の酸味を少し強めにしたケーキも選べる。

 ちなみに、一番難問な問題を解くと、お値段がタダになる。

 もちろん、問題はランダム。

 その問題の一つが、こんな感じです。

 

『汝は焔を眺める。焔は森の中。汝は地上で日輪の恩恵を授かる。その物質、腐食せず、電気を通し、錆び難い。汝、足りないものを探求す。さあ、汝は何処へ向かう?』

 

 という問題。

 何を言いたいのかわからない文章でしょ? 文面だけ見たら、たしかにわけわからないよね。

 しかもこれ、文章にはなんの共通性がないんだ。

 

 でも、ちゃんと法則性はあるよ。

 ただし、最後から三文目が一番わからないと思う。

 ここだけ、ちょっと化学の問題にしてみたよ。

 

 つまり、この問題は謎解きを二つほど行わないかぎり、答えにはたどり着かないという問題。

 難しく作ったつもりはないんだけど……それなりに頭を悩ませているみたい。

 ちなみに、この問題の答えは『月』。

 

 理由は至ってシンプル。

 まず、この文章全部に、星の名前が隠れているんだ。焔であれば、『火』。汝は『水』。森で『木』。地で『土』。日輪はそのまま『日』。

 そして、最後から三番目の答えは『金』。

 金は、文中では腐食しない、って明記されているけど、本当は腐食や錆びに非常に高い耐性を持っているだけで、完全に耐性があるわけじゃないよ。あと、電導性もかなり高いよ。

 

 ちょっとした化学の問題。多分、中学生くらいなら知ってるんじゃないかな?

 で、この問題の答えは、『月』ということになる。

 

 なんて、ちょっとした問題で、そんなに難しく設定したわけじゃないんだけどね。

 多分、単純すぎて絶対これじゃないだろ、みたいな風に思っているだけだと思う。

 そんなわけで、ケーキセットの余興も大成功。

 色々なことを企画したら、全部が目を疑うほどに当たっている。

 こう言うのは、本当に素晴らしいよね。みんなで頑張った結果が、こうして実ったんだから。

 

「はい、おにぎり三つ!」

「じゃあ、運ぶぞ!」

「うん、お願いね!」

 

 こうして、料理をしているのも楽しい。

 本当に、いい学園祭だよ。

 今のボクにはもったいないくらいの、いい学園祭だよ。

 

「……ねえ、態徒君」

「なんだ、女委?」

「依桜君、絶対気づいてないよね? ものすごく清々しい表情しているけど……」

「ああ。だな。自分が後ろを向いている時、嫌という視線を集めていることに気づいてないな」

 

 ん? なんか、態徒と女委が話しているような……?

 そういえば、今更だけど、なんだか視線を感じるような……?

 

『や、やべぇ……あのサキュバス衣装の娘、めっちゃエロい……』

『しかも、あんな衣装にエプロンとか……妙な背徳感が……』

『あ、あの後ろ姿……眼福です!』

『い、いい……あの丸くて真っ白いお尻……! なんて素晴らしい光景!』

『いやいや、あの背中だろう! 見ろよ、あの綺麗な背中!』

『違うだろ! むしろ、あのエプロンの横から見える、おっぱいだろ! 横乳だろ!』

『ああ……なんて素晴らしい存在……!』

『しかし、なぜアイドルとかとして活動しないんだ?』

『うぅむ……ネット拡散して、広めるか?』

『いいな!』

 

 う、う~ん? やっぱり、視線を感じるような……?

 それに、妙に粘っこいというか、粘着したような視線が……。

 でも、料理に集中しないと、お客さんに出す料理が駄目になっちゃうから、ちゃんとやらないと。

 

「はぁ……まったく、依桜のやつは、もう少し自分に対する周囲の評価を気にした方がいいんだけどな……」

「でもぉ、それが逆にいいと思うんだけど? だって、ああいう家庭的な女の子ってなかなかいないし、鈍感なのもいいアクセントだよ!」

「わかるぞ。あれだろ? いざ、周囲の人が自分に感じているエロい感情に気づいて、それで恥ずかしがったりする、っていうのがいいよな!」

「そうそう! それで、顔を真っ赤にしてプルプル震えてさ、泣きそうな表情には、背徳感を感じるよね!」

「まったく……二人は、もう少し自重した方がいいぞ? 依桜が、軽く人外的な能力を有していることを考えると、バレた時がシャレにならないからな」

「そんときゃそん時さ」

「そうそう。今は、楽しむ! これ、常識!」

 

 あれ、今度は晶も話してる?

 本当に、何を話しているんだろう?

 ボクが女の子になった途端、ああやった、未果も含めて四人でこそこそと話していることが増えた気がする。

 ……むぅ。仲間外れみたいで、ちょっと寂しい。

 

 それにしても、ちょっとスース―するよね、この格好……。

 大きく露出しているから、背中とかが特に。

 エプロンをしているから、前は大丈夫なんだけど、後ろがね……。

 やっぱり、ほとんど背中には布がないから、結構スースーする。

 

 正直、今でもこの衣装を恥ずかしいと思っているし。

 ……なんでボク、こんな格好してるんだろう?

 そんな風に疑問を感じつつ、時間は過ぎ、

 

『と、言うわけで、昨日のイベントの立役者! 男女依桜さんです!』

 

 まさかの、再びステージに立つという事態になった。



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23件目 たった一人で獅子奮迅

 司会者さんの言葉で、歓声と拍手がそこらかしこから上がる。

 それと同時に、ボクは中央へ。

 

「え、えっと、こ、こんにちは……」

 

 ボクは、なぜか昨日の特設ステージに再び呼ばれていた。

 なんでも、昨日の活躍が原因で、ボクは知らぬ間に有名人になってしまったらしく、こうして姿を見せてほしいと多くの要望が寄せられたとか。

 

 それで、学園側――というより学園長――が面白そうということで、こうして急遽突発的なイベントを企画したのだとか。

 ……学園長は何を考えているんだろう?

 

『いやー、すごい歓声ですね! やっぱり、昨日のが効いてるんでしょうね! さすが、ミスコンの優勝者なだけありますね!』

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 

 褒められてるんだけど、ボク的にはあまり嬉しくはないかな……。

 まあ、嬉しいという気持ちがないこともないんだけどね……。

 

『それにしても、男女さん。今日はずいぶんとエッチな衣装ですね?』

「ふぇ?」

 

 突然の司会者さんの言葉に、思わず呆けたような声が出てしまった。

 

「え、えっと、たしかに元の衣装はそうかもしれませんけど……エプロンも付けてますし、そうでもないと思うんですけど……」

『いえいえ! むしろその反対ですよ!』

「え……ど、どういうことですか?」

『どういうこともなにも。そんなに露出が多い衣装にエプロンだと、傍から見たらただの裸エプロンですよ? だから、余計にエッチな衣装に見えちゃいますよ?』

 

 司会者さんがそう言うと、会場も少しざわつき始めた。

 それと同時に、この衣装を着ている時からずっと感じていた粘っこい視線を多く感じた。

 

「い、いいい……いやああああああああぁぁぁぁッッッ!!」

 

 そ、そうだったんだ!

 その事実に気づいたら、なんだかものすごく恥ずかしくなって、その場で座り込んでしまった。

 ものすごく体が熱くなってきた……あまりの恥ずかしさに、どうやら火照ってしまったみたい。

 

「う、うぅ……」

『……お気付きじゃなかったんですね』

「……はぃ」

 

 そっか……だからみんな、妙に顔を赤くしていたんだ……。

 納得はしたけど、この恥ずかしさは尋常じゃないと思う。

 人前にいることが恥ずかしくなってきた。

 

 ……あれ? ちょっと待って?

 ということは、料理しているときに、ボクのかなり露出していた背中とかじっくりと見られてたってこと……?

 ……その事実に気づいた瞬間、ボクは今まで感じたことのない羞恥心を感じ、死にたいという衝動にかられ始めていた。

 恥ずかしいよぅ……!

 

『ふぅむ、その衣装を選んだ人は、おそらく男女さんの性格とこうなるであろうことを予想して、その衣装を選んだんじゃないでしょうかね?』

 

 司会者さんの推測を聞いて、頭の中に、あの腐女子が思い浮かんだ。それも、イラっと来るような、とびっきりの笑顔が。

 

「あ、あはは……あははははははは! ……すみません。ちょっと用事を思い出しました」

 

 そのせいか、ボクの口からは乾いた笑いが漏れた。

 

『ア、ハイ』

「すぐに戻りますので、少々お待ちください」

『どうぞどうぞ』

「ありがとうございます。では」

 

 ボクは笑顔を浮かべながら立ち上がり、校舎を見据える。

 距離は……二十~三十くらいかな?

 それなら、身体強化は二倍くらいでいいかな。

 

 ボクは足に力を入れて、校舎まで一度の跳躍で到達する。

 その際、お客さんたちの頭上を跳んだので、かなり見られたと思うけど、この時のボクはそのことをすっかり失念していた。

 怒りで我を忘れるというか、そんな状態なため。

 

「ふぅ……」

 

 着地して一息ついてから、さらに四階に向かってさらに跳躍。

 小さなでっぱりや、窓の縁などを掴んで、今度は一年六組の窓へ到着。

 そのまま、窓を勢いよく開け、中に飛び込む。

 

「きゃっ!」

 

 その際、いきなり入ってきたボクに未果が小さな悲鳴を上げていたけど、今のボクには関係ない。

 それと、お客さんたちも呆然としたようにボクを見ているけど、関係ない。

 ボクは中を見回して、目当ての人を見つける。

 

「い、依桜君……?」

「ねえ、女依。何か言うことはないかな?」

 

 最大限の微笑みを浮かべて、ボクは女委に質問した。

 そんな女委は、何の悔いもなさそうな笑顔を浮かべて一言。

 

「大変眼福でした!」

「お仕置きだよっ!」

「うぴゃっ!?」

 

 ボクは女委の首筋に細い針を刺した。

 すると、おかしな声を出して、痛そうにしていたけど、すぐに痛みが引いたみたいで、キョトンとした顔をした。

 

「あ、あれ? なんともない? まいっか!」

「よくないよ! まったく……こっちはすっごく恥ずかしいんだよ?」

「だって、依桜君すっごくエッチ――痛い!?」

 

 エッチと言った瞬間、女委の体に激痛が走ったみたいで、顔をしかめていた。

 

「い、依桜君? な、何かした?」

 

 女委の反応を見て、にっこりとボクは笑う。

 

「もちろん。女委は明日になるまでは、エッチと言ったり、下ネタじみた発言をすると、体に激痛が走るようにしたからね」

 

 この技術、なぜボクが知っているかというと、向こうでそう言った技術を師匠が教えてくれたから。

 なぜ師匠がこんな技術を知っていたのか、すごく疑問だったけど、何かと便利かなと思ったから、身に着けた技能。

 まさか、本当に役に立つとは思ってなかったけど。

 同時に、友達に使うことになるとは思わなかったけど。

 

「く、くぅ……わたしからエロを取ったら何も残らな痛い!」

 

 う、うーん、やっぱり女委って馬鹿なのかな?

 勉強はそれなりにできるんだけどなぁ……。

 

「はっはっは! 女委、本当にドンマイだな!」

 

 と、ボクたちのやり取りを見ていた態徒が笑いながら近づいてきた。

 

「あ、態徒もこの件、一枚噛んでるよね?」

 

 そんな態徒にも話しかける。

 当然、態徒もこの話に関わっているだろうからね。

 

「へ?」

「お・し・お・き❤」

「え、ちょ、まっ……ぐぺっ!?」

 

 女委と同じように首筋に細い針を刺した。

 まるでお決まりかのように、態徒もおかしな声を出していたけど。

 

「それじゃあ、ボクは戻るね。あ、お客様方、お騒がせしました。それでは、ごゆっくり」

 

 お客さんに謝罪の言葉を言ってから、ボクは再びステージへと向かった。

 

 

『――男女依桜さん、ありがとうございました! 皆様、盛大な拍手をお願いします!』

 

 そんなこんなで、無事にイベントが終了。

 イベントと言っても、昨日の特技披露でやったことをもう一度やるだけの簡単な物だったので、気負いすることなくこなすことができた。

 おかしな無茶振りとかされなくてよかった……。

 

『えー、これにて、本校の青春祭のイベントがすべて無事終了となります! と言っても、まだ青春祭は続いておりますので、時間が許す限り、目一杯楽しんでくださいね!』

 

 司会者さんがそのセリフを言い終わると同時に、歓声が上がった。

 うん。楽しんでもらえたならよかったかな。

 さて、ボクも戻ろうかな。

 

 

「ただいまー」

「あ、依桜お帰りなさい。どうだった?」

 

 ボクが戻ると、未果が反応しイベントに関して尋ねてきた。

 

「うん、問題はなかったよ。それで、こっちは今、どんな状況?」

 

 いなかった間がそれなりに長かったので、こっちがどんな状況なのか把握していない。

 リーダーをやっているのだから、その辺りはちゃんと把握しておかないと。

 

「えっと、まずサイドメニューは完売。残っているのは、ハンバーグが三十食ほど。カレーは……四十人前ね。天ぷらは今作っているので最後。デザート系は、アイスとクッキーがあと十くらいね。ケーキは、あと十七食ってとこかしら」

 

 なるほど。やっぱり、サイドメニューが先に無くなっちゃったか。

 でも、減り具合はおおむね予想通りかな。

 ただ、予想よりもケーキの減りが早かったかな。まあ、それを言ったら、ほかのもなんだけど。

 

 ふと、ボクは調理班のみんなを見る。

 よく見ると、みんな疲労が色濃く顔に出ている。

 うーん、考えてみればボクは外に出ていることが多かったし……それに、みんなはこういった体力勝負みたいなことをあまりしないもんね。

 ボクは、向こうで嫌というほどやったから問題ないけど、慣れてないと余計に疲れちゃうもんね。

 ……よし。

 

「みんな、お疲れ様。あとはボクに任せて、自由に見て回ってきていいよ」

 

 ボクは、一人でやるという旨をみんなに伝えた。

 

「え、でも依桜。それだと、依桜一人で作るってことよね?」

『さ、さすがに悪いよ!』

『それに、依桜ちゃん、ミスコンに出たり、さっきのイベントに出ていたりするじゃん!』

『むしろ、依桜ちゃんが休むべきだよ!』

 

 ボク以外のみんなが、ボクに休んだほうがいいのではと提案してくれる。

 多分、ボクの体を気遣っての提案なんだろうね。

 そう言う厚意はすごく嬉しい。

 でも、

 

「心配してくれてるのは嬉しいけど、みんなの方が疲れてるように見えるよ? それに大丈夫だよ。体力は無尽蔵のようにあるからね」

 

 伊達に、向こうで三年も過ごしてないよ。

 それに、料理を作るくらい、向こうでの師匠の修行に比べたらね。

 

『ほんとにいいの?』

「いいよいいよ。ボクは、あまりこっちに関われてないしね」

「……依桜がそう言うなら、お言葉に甘えて、休憩させてもらうわね」

「うん。それじゃあ、あとは任せて!」

「ありがとう。それじゃあみんな、行きましょうか」

『わかった。ありがとう、依桜ちゃん』

 

 一人が代表してお礼を言ってから、みんなは出ていった。

 さて……。

 

「頑張ろう!」

 

 気合を入れて、ボクは調理にかかった。

 

 

「依桜、カレー二人前! それから、ハンバーグが三人前入った! できるか?」

「もちろん! 伊達に、鍛えてないよ!」

 

 入ったものを、素早く且つ丁寧に作っていく。

 カレーに関しては、ただ温めるだけで済むので、かなり楽できる。

 ハンバーグも実際はほとんど焼くだけなので、大して問題もない。

 

 まあ、こうなるようにメニューを設定したんだけどね。

 天ぷらに関しても、もう売り切れているから、やる必要性もない。

 これだったら、ボクだけでもなんとかなるしね!

 

「はい、カレー二人前! ハンバーグはあと三分で出せるよ!」

「サンキュ!」

 

 出来上がった料理をお皿に盛り付け、カウンターに並べていく。

 すると、すぐに晶たち、ホール組がどんどん料理を運んでいく。

 よく見ると、みんな忙しなく部屋を歩き回っている。

 

 注文を取っている人や、料理を運んでいる人に、お会計をしている人、みんな一生懸命に動き回っている。

 みんな大変そうだけど、すごく楽しそう。

 ボクも、かなり楽しい。

 負けてられないね。

 

「さあ、どんどん作るよ!」

 

 みんなを見て、一層気合が入ったボクは、さらに作るスピードを上げていった。

 

『や、やべえ、なんだあの娘!』

『なんて速さだ……速いのに、めちゃくちゃ丁寧だしよ』

『すげえな……しかも、メッチャカワイクね?』

『ああ、動くたびに、揺れてるしな……素晴らしい光景だ……』

『俺、あんなに待ってよかったぜ……』

『だな……最初並んだ時は、たかだか学生の模擬店でなんで、と思ったが……あれが見れた上に、料理はメッチャウマいし、並んだ甲斐があったってもんだ!』

 

 うん。なかなかに高評価みたいだけど……やっぱり、変に粘ついた視線が気になる……。

しょうがないんだろうけどね……。

 そんな事を思いつつ、ボクはたくさん入ってくる注文を、素早く丁寧に料理を作っていく。

 そんなことを続けて、約一時間。

 

「ありがとうございました!」

 

 最後のお客さんを見送ってから、OPENの看板をCLOSEにひっくり返す。

 

「お、終わったぁ……疲れたぁぁ……」

 

 女委がそう言いながら、床にへたり込んでいた。

 見ると、ほかの人も大体同じようなことをしている。

 ファミレスなどでバイトをしている晶は、みんなほどではない見たいだけど、疲れた表情をしている。

 

 態徒のような裏方作業をしている人も、材料運びなどがハードだったこともあり、かなり疲れた様子。

 態徒なんて、うつぶせに倒れている。

 武術をやっているのに、情けないなぁ。

 

「しっかし……依桜はすごいな」

 

 と、そんな態徒がボクを見ながらそんなことを言ってきた。

 

「すごいって……え、えっと、何が?」

 

 何を褒められているのかわからなかったので、思わず聞き返していた。

 その光景を見ていたみんなは、なぜか心底驚いた表情をしていた。

 

「普通、あの作業量を一人でこなすとか、無理だって。だから、依桜はすごいんだよ」

「たしかにな。俺のバイト先でも、たまに一人でやっている人がいるけど、かなり慌てて作ってるぞ? 依桜みたいに、冷静にできてないな」

「そうなんだ?」

 

 ボクとしては普通のつもりだったんだけど……。

 いやでも、ボクは向こうで三年過ごしてるわけだし……。

 

「それに、依桜君。全然疲れた様子がないんだもん」

「うーん、これくらいだと、百メートルを一回だけ全力で走るくらいかな?」

『えええぇぇぇぇ……』

 

 あ、あれ? なんか、みんな化け物を見るような顔をしている?

 なんでだろう?

 

「まあ、依桜だからな」

 

 ボクだからってどういう意味なんだろう?

 しかも晶が、なんだか呆れたような表情をしているんだけど。

 

「そう言えば、未果は? たしか、集計があるから、店じまいにする前に呼んだはずだけど……」

 

 ボク以外の調理班の人は、友達と楽しく談笑している。

 だけど、未果の姿だけは見当たらない。

 

「ああ、未果ちゃんなら、裏で売り上げの集計してるよー」

 

 ボクの疑問に、女委が答えてくれた。

 裏にいるんだ。

 ということは、ボクが作っているときに戻って来たってことかな?

 結構集中していたから、多分そうだよね。

 

「そう言えば、ほかのクラスはどうなってるんだ?」

 

 ふと、晶がそんな疑問を口にしていた。

 言われてみれば、確かに気になる。

 ボクたちのクラスは、完売という形で終わっちゃったけど、ほかのクラスが現状どうなって言うからは気になる。

 

「えーっと……あ、あったあった」

 

 女委がタブレットPCを取り出して、何かのアプリを開く。

 一体何だろう?

 

「女委、そりゃなんだ?」

「これ? これはね、この学園のメインサーバーに侵入して手に入れた、現在の収益状況と、お客さんの出入りの状況だよ」

 

 ……え、それって

 

「め、女委? それって、犯罪なんじゃ……?」

 

 侵入って、普通にハッキングだよね……?

 

「だいじょぶだいじょぶ! まだ一度もバレてないからね!」

「いや、そう言う問題じゃないと思うんだけど……」

 

 ハッキングのことを、何でもない風に女委は言ってけど……本当に、女委って何者なんだろう?

 そんな疑問を、どうやら晶も思ったらしく、疑問に満ち溢れている表情をしていた。

 同じような表情をしていたボクに気づいて、お互いに頷きあった。

 

 つまり、触れない方がいい、と二人して思ったから。

 意外と、闇が深いかもね、女委は。

 って、一度も? もしかして、前科があったりする……? 

 うん。考えるのはやめよう。

 

「それでね、どうやらこのタイミングで店じまいをしているのは、三年生に一クラスだけみたい。それ以外はいないね。つまり、今のところ、うちを含めても二クラスしか終わってないね。ほかは、今も営業中みたいだよ」

「へー? じゃあ、うちはすごいってことか?」

「だね。上級生を差し置いて、青春祭が終わる前という早いタイミングの店じまい。普通なら、上級生たちは、面白くないと思っているかもしれないね。まあ、多分誰もそう思ってないと思うけどねん」

「どうして?」

 

 普通、今年初めてのクラスが、上級生よりも早く店じまいなんて、嫉妬とかすると思うんだけど……。

 そんな疑問からくる、ボクの一言だったけど、女委はニヤリと笑った。

 

「まあ、依桜君がいるからね!」

「え、ボク?」

「それもうそうか。依桜は、昨日の件で一躍有名人。これ以上ないくらいの宣伝だったわけか」

「言われてみれば。依桜は可愛いし、昨日みたいなすごいことができるからな! 確かに、人気も出るよな!」

「あ、あはは……」

 

 晶と態徒の言っていることに、思わず苦笑い。

 なんというか、複雑な心境だよ……。

 

 ボク自身はあまり思ってないけど、周囲から見たボクと言うのはかなり美少女に見えるらしい。

 性転換が起こる前も周囲から可愛いとは言われてたけど、今なんて、その時の比じゃないもんね……。

 

「ああ、それと、オレも気になったことがあるんだけどよ」

「ん? どったの?」

「いやよ。昨日のコンテストで、晶と依桜が優勝したじゃん? その時の優勝特典の中にほかのクラスの売り上げの二割がうちに入ることになってるだろ? それって、どれくらいなんだ?」

「それ、俺も気になるな」

「あ、ボクも」

 

 態徒の疑問ももっともだよね。

 たしかに、ボクもその辺りは気になってた。

 なにせ、二割と言っても、クラスによって売り上げは様々だし。

 

 飲食店以外でも、うちは基本的にお金を取るような仕組みだからね。

 だからこそ、どれもクオリティが高いんだけど。

 そんなクオリティの高いものを作ったとして、どれくらいの金額が入るものなんだろう?

 

「ちょっと待ってねー。んー……お、なるほどなるほど」

 

 タブレットを操作する女委は、なんだか納得したようなことを呟いていた。

 

「えっとだね。最低でも一クラス二十万くらいだね」

「は? ま、マジで!?」

「ん、マジ!」

 

 最低で二十万って……ということはそのクラスの売り上げは、百万?

 最低でもそれだけ稼げるって……うちの学園祭も甚だ疑問だよ。

 普通、学園祭って子供だましのような面が強いから、うちの学園みたいに馬鹿みたいにお金もかけないから、そんなに収益がないはず。

 にもかかわらず、全クラスある中でも、最低百万稼げるって、相当だと思う。

 

 まあ、そのクラスの予算にもよるけどね……。

 あ、でも、どちらかと言えばこの学園がぶっ飛んでる、んだよね?

 むしろ、うちみたいな学園がいっぱいあったら、それこそ恐怖だよ。

 

「みんなお待たせ! 集計が終わったわよ!」

 

 と、未果の方の集計が終わったらしく、元気よく出てきた。

 それと同時に、教室にいた全員……って、あれ? よく見ると、ボクたちのグループ以外、人がいない。

 

「あら。どうやら、みんな遊びに行ったみたいね」

 

 未果の言う通り、みんな各々遊びに行ったようだ。

 調理班のみんなも行ったみたい。

 

 そう言えば、みんな意中の人がいるって言ってたっけ。

 もしかすると、その人と行ったのかも。

 ……上手くいくといいね。

 

「まいいわ。私はこれから、集計結果を学園長に提出してくるから、依桜たちも遊びに行って来たら? どうせ態徒以外、碌に見てきてないでしょ?」

 

 どうやら未果は、ボクたち(態徒は除く)に気を遣ってくれているみたいだ。

 

「うん。わかった。じゃあ、お言葉に甘えて」

「わたしも、ありがたいよー」

「ああ、俺もあまり回れてなかったしな」

 

 それを察したボクたちは、その厚意に甘えることにした。

 こういう時、本当に未果は頼りになる。

 多分、断ったら断ったで無理やりに行かせようとするのは分かっているしね。

 それに、ボクの場合、昨日の一件もあるし。

 

「そんじゃあ、オレたちでどっかいかね?」

「うん、いいよ」

「わたしも賛成!」

「なら、どこへ行く?」

 

 本当は、未果も一緒だといいんだけどね……。

 いつもこのメンバーで遊んだりしていたわけだし。

 やっぱり、初めての学園祭も五人で遊んだりしたかったんだけど……。

 

「依桜、安心しなさい。どうせ、提出するだけだから、すぐに追いつくわ」

 

 どうやら、ボクのことは見透かされていたみたい。

 なんだか、気恥ずかしくなって、顔が熱くなった。

 

「おーい、依桜! 行こうぜー!」

「ほら、呼んでるわよ。早くいかないと」

「うん。ありがとう。じゃあ、またあとでね!」

「ええ。いってらっしゃい」

 

 そう言って、ボクたちは一旦、未果と別れた。

 早く合流することを期待していよう。

 それと、サキュバスの格好で出歩くわけにもいかなかったので、一応着替えました。

 ただ、制服がなぜか消え去っていたので、仕方なく、昨日のメイド服を着ることになった。

 ……解せぬ。



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24件目 こわがり依桜ちゃん

「ほ、ホントに入るの……?」

 

 怖がるようにそう言うのはボクだ。

 ボクたちは、未果と別れた後、満場一致(ボク以外)でお化け屋敷に行くことになった。

 それで、なんでボクが怖がっているかと言えば……

 

「ん、なんだ、依桜。お前、まだこう言うのに弱いのかよ?」

「う、うん……」

「てっきり、向こうでこう言うのにも耐性が付いたのかと思ったんだけどねぇ」

「化け物とか、目玉がいっぱいの魔物とか、ゾンビとかみたいに実体があって、何らかの手段で攻撃できるならいいんだけど……死霊とかは苦手で……」

「いや、それはそれでどうかと思うぞ?」

 

 実を言うとボクは、心霊系などが苦手なのだ。

 ちなみに、お化け屋敷などの脅かし系も苦手。

 確かに触れるかもしれないけど、そう言う風を装っていることが、ボクにとっては恐怖。

 

「そういえば、依桜は昔から心霊系とかが苦手だったな」

 

 触れるものだったら、問題ないんだけど、幽霊とかって触れないからね……。

 

「どうする? 怖いんだったら、別のところでもいいぞ?」

 

 気を遣ってくれたのか、晶がそう提案してくれた。

 ボクとしてはそうしたいけど……みんなはここに行きたいと言っていたし……。

 ボクのために取りやめるのも気が引けるよね……。

 

「……ううん。行くよ」

「依桜、無理しなくてもいいんだぜ?」

「そうだよ。依桜君。かなり怖がりじゃん」

「ああ、二人の通りだ」

 

 う、うーん、やっぱりすごく気を遣わせちゃったみたいだ……。

 うう、なんか余計に断りにくくなっちゃったなぁ……。

 

「い、いいよ。みんな行きたいんでしょ? そ、それに、ボクだって克服したいし……」

 

 克服したいというのは、紛れもないボクの本心。

 そんなボクの気持ちを理解してくれたみたいで、晶たちは遠慮がちながらも頷いてくれた。

 

「それなら、早く行こうか。けっこう繁盛しているみたいだぞ、このお化け屋敷」

「う、うん……」

「いやぁ、楽しみだぜ!」

「うんうん! やっぱり、お化けのコスプレとかもあるからね! 敵情視察と、今後の参考にしよっと!」

 

 ボクたちの喫茶店はもう終わっちゃってるから、敵情視察も何もないと思うんだけど。

 

 

『はい、四名様ですね? 千六百円になります』

 

 受付で、お会計をすませ、チケットを受け取る。

 どうやらこのお化け屋敷は、先にチケットを買うタイプみたい。

 そして、幸い? なことに、ボクたちは大して待つことなく中に入ることができた。

 

 代金は、態徒が持ってくれた。

 なんでも、ボクと晶の優勝祝いだって。

 別にいいんだけどなぁ……。

 それと、そう言う気遣いができるんだから、それを前面的に全面的に押し出していけばモテると思うのになぁ。

 

「う、うぅ……怖いぃ……」

 

 中に入ると、お化け屋敷というだけあって、真っ暗だった。

 向こうの世界で鍛えられているため、ある程度は暗い所でも見えるけど、暗いことには変わりない。

 怖いものは怖いのだ。

 

「さ、三人ともいる……?」

「いるから、安心していいぞ」

 

 ボクの問いかけに、晶が代表して答えてくれた。

 それを聞いて、少しは安心できた。

 

「しっかし、あんなに何でもできて強い依桜の弱点が、お化け屋敷や幽霊っていうな。ほんと、完璧すぎるぜ、お前」

「か、完璧な人は、こ、こういう場所を怖がったりしないよぉ……」

「いやいや。態徒君が言っているのは、そういう完璧超人の事じゃなくて、全男子の理想の女の子のことを言っているんだよ!」

「ふぇ……?」

 

 言っていることが理解できず、気の抜けた声を出してしまった。

 全男子の理想の女の子……?

 ボクは全く聞いたことないけど……。

 すると、頼んでもいないのに、態徒が熱弁してくれた。

 

「そうさ! 依桜みたいな、可愛くて、巨乳で、家庭的で、優しくて、その上お化けなどには弱いとか、普通はいねえ! だが、お前はそれらを体現しているのだ! これを、完璧と言わずしてなんと言う!」

「ご、ごめん……ちょっと何を言っているのかわからない……」

 

 なぜ、ここまで熱く語れるのかわからない。

 だけど、そんなに熱弁出来るくらいの情熱があるのなら、それをもっと別の方向へ活かせばモテると思うんだけどなぁ……。

 

「三人とも、騒いでいないで、さっさと行くぞ。依桜の為にも、早くクリアしたいしな」

 

 それに比べて、晶は本当に気配り上手だと思う。

 こうして、気を遣ってくれるんだもん。

 ボクが、最初から女の子だったら、普通に好きになっていたかも。

 態徒も見習ってほしいよ。

 

 ……態徒にも態徒のよさがあるけど。

 と、そんなことを考えている時だった。

 バンッ!!

 

「ひぅっ!?」

 

 急に、近くの壁から、何かを叩きつけたような音が聞こえた。

 それにびっくりして、ボクは小さな悲鳴をあげてしまった。

 

「な、何……?」

 

 あたりをきょろきょろと見回しても、何もぶつかった様子はなく、暗い空間が広がるだけだった。

 ボク以外の三人は、耐性が高いのか、少し肩を震わせる程度で済んでいる。

 

「依桜、怖かったら、オレに掴まってもいいんだぜ?」

 

 そんなボクを見て、妙案だとばかりに表情を明るくさせ、そんなことを言ってきた。

 

「た、態徒は遠慮しておくよ……」

「なぜに!?」

「だって、下心丸見えだし……もし掴まるんだったら、晶の方がましだよ……」

 

 だって、邪なオーラを纏ってる気がするし……。

 

「なんっ……だとっ……。くそっ! オレはやっぱり、イケメンには勝てないのかっ……!」

「うーん、顔は関係ないと思うけどねー」

 

 女委の言葉はごもっともだと思う。

 別に、態徒が嫌というより、下心が丸見えなのが問題なだけであって、晶みたいに善意で言われれば安心できる。

 と言っても、態徒も多少は善意で言っているみたいだけど。

 ……九割は下心だろうけどね。

 

「まったく……態徒はもう少し、デリカシーとかを持った方がいいぞ?」

「デリカシーを持ったくらいで、モテるわきゃねえだろ! オレはな、楽してモテたいんだよ!」

 

 な、なんという、ダメ男……。

 しかも、それを堂々と言い切るあたり、もう手遅れなんじゃないだろうか?

 晶も呆れてものも言えないみたい。

 女委は面白がっているみたいだけど。

 みんなといると、少しはここがお化け屋敷だと忘れられて、気分も少し軽くいられるよ。

 そう思った直後。

 

『ふふ……ふふふふふふ………………アッハハハハハハハハッ!』

「きゃあああああああっっっ!」

「うわっ!?」

 

 女の人の狂ったような笑い声が聞こえてきて、怖くなったボクは、思わず晶の腕に抱き着いていた。

 

「あうぅ……怖いよぉ……誰か、助けてぇ……」

「……なるほど。態徒たちが、頬を赤らめたり、見惚れるわけだ……納得した」

 

 晶が何かを呟いているみたいだけど、今のボクには恐怖でほとんど聞こえていない。

 

「くそうっ! 晶ばっかり、ずるいぞ!」

 

 晶に抱き着いている状況に対し、抗議している態徒。

 

「はぁ……あのな。依桜は、たまたま近くにいた俺に抱き着いただけだぞ?」

「チッ! イケメンはいつもそう言うんだよ!」

 

 晶の正しい言い分に、なぜか舌打ちしていた。

 そう言うことをしているから、来ないのでは? 自分のことだけど。

 

「まあまあ、態徒君。態徒君が、依桜君の近くにいればいい話だと思うんだけど?」

「……なるほど!」

 

 女委の言うことはもっともだ、みたいな感じで態徒が納得していた。

 いや、なるほど! じゃないよ。

 仮に、近くにいたとしても、絶対抱き着かないと思うよ? ボク。

 

「はぁ……依桜。とりあえず、離れてもらえると、こちらとしても助かるんだが……」

「あ……ご、ごめんっ!」

 

 晶に言われて慌てて離れる。

 すると、かなりの不安感がボクの中に生まれた。

 や、やっぱり、誰かにくっついていると少しはマシみたいだけど……。

 あまり迷惑はかけられないよね……。

 

「とりあえず、早く出よう。このままじゃ、依桜が人を殺りかねないからな」

「ちょ、晶!?」

「はは! 冗談だよ」

「晶君。さすがにそのネタはまずいんじゃ?」

 

 晶の冗談に、女委が苦笑いしていた。

 どうやら、ボクの異世界での事を思っての言葉みたい。

 女委は女委で優しいよね。

 本当に、ボクにはもったいないよ。

 

「大丈夫だよ。みんなのおかげで、大体は吹っ切れてるからね」

 

 もちろん、この言葉は嘘じゃない。

 みんなが励ましてくれたからこそ、ボクはなんとか立ち直ったわけだしね。

 

「ならいっか。それで? 態徒君は何を?」

「何って……依桜がいつでも、オレに抱き着いてもいいように、準備をだな」

「……はぁ」

「ちょ、そのやれやれって感じの溜息はなんだよ、依桜!?」

 

 それくらい自分で考えてほしいものだよ。

 というか、本当にぶれないね、態徒は。

 二人はあんなに優しいというのに、本当に変態だと思う。

 

 ……逆に、何があっても普段の自分でいられるって言うのは、すごくいいことだと思うけどね。

 そう言う意味では、態徒を尊敬している。

 ……まあ、面と面向かって言うことはないと思うけど。調子乗りそうだし。

 

「とりあえず、早く進もう? さすがに、後ろがつっかえ――ひっ!」

 

 言葉を言い終える前に、ボクは小さな悲鳴を上げていた。

 なぜなら、

 

『うーらーめーしーや……!』

 

 血まみれで、鬼の形相をした女の人がいたから。

 しかも、全身で張り付くような感じで。

 

「き、き……きゃあああああああっっ!」

「おぅふ!」

 

 ボクは悲鳴を上げるとともに、今度は女委に真正面から抱き着いていた。

 その時、女委が変な声を出していたけど、あまりの恐怖にそれどころじゃなかった。

 

「お、お化けぇ……お化けがぁ……」

「お~よしよし。大丈夫だよ~、ちゃーんと、女委お姉さんがついてるからね~」

 

 子供をあやすような感じで、ボクの頭を女委が撫でる。

 今は、女委の方が、少し身長が高いこともあって、本当の姉妹みたいに感じる。

 女委に撫でられていると、なぜだか落ちつく。

 

「くそうっ……またしても、オレのところには来なかったっ……!」

 

 多分、本能だと思う。

 なんというか、行ってはいけないって気になるし……。

 

「よしよし。とりあえず行こっか」

「うん……」

 

 普段はあんなに変態的な言動や、行動が目立つ女委が、こんなにも頼りになるとは思わなかった。

 

「どうする? 休憩にする? それとも……朝まで痛いっ!」

「…………」

 

 前言撤回。

 やっぱり、ただの変態でした。

 そう言えば、女委ってバイだったよね……。

 ……男でも、女の子でも危険を感じるなんて、女委、恐ろしい子っ……!

 

 そんな、ちょっとした変態的な言動をした女委は、もれなくあの効果により、ダメージを受けていました。

 と同時に、ボクは女委から離れました。

 

「くぅ……やっぱり、依桜君のしたアレ、効くねぇ……! 思わず、湿っちゃった痛っ!」

 

 ……学習、しないのかな?

 あと、今の言動のせいで、もれなくボク含めた三人、顔が真っ赤ですよ。

 だって、男二人に、元男一人だよ?

 ……うぅ、ボクもあっち側になっちゃうのかなぁ?

 

「次こそは……次こそは、オレが依桜に……!」

 

 暗いからあれだけど、後ろのほうから、邪念を感じるのはなんでだろう?

 そのあとも、怖がりつつ先へ進んでいると、

 トントン……

 

「……?」

 

 ふと、肩をたたかれた。

 晶はボクの前を歩いているし、態徒は右、女委は左側にいるから、肩をたたかれてもすぐに気づく。

 じゃあ、今ボクの肩をたたいたのは……?

 恐る恐る後ろを振り返ると……

 

「わっ!」

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 その瞬間、ボクは目の前が真っ暗になるのを感じ、そのまま意識を手放した。

 

 

「ふっふっふー。どう? 驚いた……って、あら?」

「きゅぅ~~~……」

「しまった。昨日のを見て、大丈夫かと思ったんだけど……治ってなかったかぁ」

「まったく、何をしてるんだ? 未果」

 

 突然、依桜が悲鳴を上げたかと思って静かになったものだから、気になって背後を見た。

 すると、未果が脅かしたのか、見事に依桜が目を回して気絶していた。

 

「あははー。いやあ、あんなに強かったんだし、てっきり、克服してるのかなーって思ってたんだけれど……ダメだったか」

 

 どうやら、入る前の俺たちと同じ思考だったらしい。

 苦笑い気味に、倒れた依桜を見ていた。

 

「まったく……後先考えない、っていうのも変わらないな、未果は」

「む、何よ。ちゃんと考えてるわよ」

「いや、考えてるやつは普通、背後から脅かしたりしないと思うぜ?」

「ぐっ……態徒に言われるのは、なんかムカつく……!」

「いや、それは酷くね!?」

「俺もだな。態徒に正論言われると、少しだけ腹が立つのはわかるな」

「わたしもー」

「う、裏切り者――――!」

 

 はははと、俺たちは笑いあう。

 やはり、態徒をいじるのは面白い。

 態徒はこうでなくてはな。

 

「んー、それはさておき……依桜君、どうするの?」

「おっと、そうだったな。んじゃあ、ここはオレ様が運ぶぜ!」

 

 と、真っ先に下心丸見えで依桜を抱きかかえようとする態徒だが、

 

「あんたはダメ」

 

 パシンッ! と、未果に腕を払われていた。

 

「ええー? なんでだよー? オレは善意でやろうと思ってんだぜー?」

「善意でやろうとするやつは、そんな風に目を血走らせないし、呼吸も荒くならないの」

「くっ……」

「んー、だったら晶君とかー?」

「ま、それが妥当でしょうね。晶なら、暴走しないでしょうし」

「……はいはい。どのみち、そう言う風になるんだもんな……」

 

 一つため息をついて、俺は依桜を抱きかかえた。

 

「おー、リアルお姫様抱っこだー! 晶君やっるー!」

「さすがにおんぶはな……」

 

 なにせ、依桜の胸はかなり大きい。

 本人は女委のほうが大きいというが、実際は圧倒的に依桜のほうが大きい。

 

 そんな凶悪的なものを持った人間を背負うとか、俺には不可能だ。

 ……ま、それをしそうなやつが、少なくとも一人いるが。

 

「むうー、わたしにも力があればなー。依桜君をおぶって、その巨乳を背中で味わったんだけどな痛いっ!」

 

 前言撤回だ。もう一人いた。

 しかも、言ったそばからダメージ受けてるし。

 さすがというかなんというか……。

 

「くそう、オレがもっとイケメンだったらよぉ……」

 

 態徒は悔しそうに拳を握り締めてるし……。

 

「あんたじゃ一生無理じゃない?」

 

 未果は意地の悪い笑みを浮かべて、態徒を挑発している。

 

「……はぁ。俺、意外と苦労性かもな」

 

 まともな奴がいないと、俺はため息をつくことしかできなかった。



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25件目 変態たちは、どうあがいても変態

「んん……ぅう……?」

 

 目を覚ますと、青空がすぐ目に入った。

 光が目に入り、眩しくなって思わず手で影を作った。

 

「あ、起きたみたいね? おはよう、依桜」

「ぅんー……み、か? あれ……? ここは……?」

 

 ボクは上半身を起こし、周囲を見回すと、校舎前の広場のベンチだった。

 

「気分はどう?」

「う、うーん、ちょっと後頭部が痛むくらいかな? えっと、なんでボク、ここで寝てるの?」

 

 記憶にもやがかかったように、何も思い出せない。

 

「な、なにもなかった、わよ?」

「どうしたの未果? 様子がおかしいよ? あと、まだ何も聞いてないよ?」

「え、う、ううん! な、何でもないわ!」

 

 視線がきょろきょろしてるし、それにちょっと声が上ずってる気がするし……。

 なんだろう? やっぱり何かあったのかな……?

 

「確かボクって……」

 

 何があったのかを思い出すため、記憶が飛んでるところから思い出し始めていた。

 あ、少しずつ思い出してきた。

 そうだ。ボクは、晶たちと一緒にお化け屋敷に入って、それで、えっと…………あ、思い出した。

 

「……ねえ、未果」

「な、なに?」

「ボクが気絶する瞬間にね、未果が見えたんだけど……気のせい?」

 

 ボクの記憶が正しければ、気絶する瞬間、視界の端に長い黒髪が見えた気がするし。

 

「き、気のせいじゃないかしらぁ?」

「……」

「あ、あは、あはははは……すみません」

「……まったくもう。ちゃんと謝ったので、とりあえずは許します」

「え、いいの?」

 

 ボクがすぐに許したことに対し、未果がきょとんとしながら尋ねる。

 

「んー、正直に謝ったからね。今度からは気をつけてね?」

「う、うん……ありがと」

「はいはい。……それで、ほかのみんなは? あと、未果のほうは集計とか終わったの?」

 

 脅かした件は置いておいて、ボクは気になっていたことを未果に尋ねていた。

 起きたころには、三人ともいなくなってたわけだし。

 あとは、集計のほうも気になるしね。

 

「三人は少し出店を回ってるわ。なんでも、『江口・アダルティー商会が開店しているだとぅ!? 女委、行くぞ!』『あたぼうよ!』って言って、晶がストッパーとしてついて行ったって感じね」

「……その商会、大丈夫? というか、それ許可ちゃん取ってるの? ものすごく不安な名前なんだけど……」

 

 だって、アダルティーだよ? どう考えてもアウトな気がするんだけど……。

 それに、それを申請したらしたで、名前を見ただけで一発アウトな気がするし。

 そんなことを未果に言うと、未果も眉に皺を寄せて一言。

 

「もちろん、申請で撥ねられてるわ」

「だ、だよねー……」

「ちなみに、販売しているのは、男女両方の更衣室の盗撮写真に、盗撮動画。あとは、抱き枕カバーとか、日常生活における男女の写真とかね」

「……その内容で申請したその生徒は、なんで通ると思ったの?」

 

 いや、そもそも盗撮写真に、盗撮動画って……思いっきり犯罪だよね?

 その前に、男子の盗撮写真とかも出回っちゃってるんだ……その人、本当に大丈夫?

 

 まあ、犯人はすぐに見つかると思うけど。

 監視カメラとか、校舎内に存在しているし。

 ……あ、でもかなり数があると考えると……くぐり抜けた可能性があるのか。

 一体どうやったんだろう……?

 

「さあね? ま、あれよ、闇営業みたいな感じね、その店は」

「いや、アウトだよね!? どう考えてもアウトだよね!?」

 

 学園祭でなんてことしてるの!?

 というか、あの二人は何しに行ってるのさ!

 

「あ、そう言えば、依桜関連のものも多く出回ってるみたいよ?」

「……ほんとに?」

「ん、ほんとほんと。ミカチャン、ウソツカナイヨー」

 

 なんで片言?

 

「嘘つかない云々は置いておくけど……ボク関連のグッズ……」

 

 う、嬉しくない……。

 これ、まだ女委のほうがましだったよね?

 だって、女委は改変して使うからね。いや、それはそれでだめな気がするけど。

 

「んー、たしか抱き枕カバーとか、パンチラ写真とか、谷間の写真とか、料理中の写真、何気ない日常風景の写真とかねー」

「…………ちょっと待って。今、すごく寒気がしたんだけど……」

 

 というか、いつパンチラ写真とか、谷間の写真とか盗られたの!? 自分で言うのもあれだけど、人の気配とか、そう言うのには敏感だからすぐわかるんだけど。そんなボクに気取られないとか、本当にこの学園はどうかしてるよ!

 

「モテモテねー」

「モテモテじゃなくて! というか、いやなモテ方だからね!?」

 

 明らかに悪意しか感じないよ!

 どうなってるの、この学園祭!?

 

「噂じゃ、学園長も通ってるみたいねー」

「なにしてるの、あの人!?」

 

 教育者が犯罪に加担しちゃってるじゃん!

 普通、止めたりする側だよね!? なんで止める側が逆に通いに行っちゃってるの!?

 

「まあ、幸いなことにアウトな写真は少ないのよねー」

「無いんじゃなくて、普通にあるんだね……」

 

 ……もうやだぁ、この学園……。

 ……どうして認可しちゃったのかなぁ、この学園。

 明らかに学園のトップが変態なのに……もしかして、賄賂、とか? ……さ、さすがにない、よね?

 ……なんだか、すごく心配になってきたよ……。

 

「まあ、あっても更衣室で着替え途中の写真くらいね」

「な、なんでそんな写真が売ってるのっ!?」

「なんでって……まあ、売れるから?」

「そうじゃなくてっ! それに、着替え途中って……」

「うん、当然下着姿ね」

「もうやだぁっ!」

 

 あと、未果! にっこり微笑みながら言わないでぇ!

 あぅ……涙出てきたぁ……。

 

「まあまあ、これも人気者の幸せ税ってやつよ」

「それ、励ましになってないよぉ……というか、幸せになってるのはボクじゃなくて、勝手に商売している人とか、それを買ってる人だよぉ……」

「……ごめん」

 

 謝られた。

 さすがに、幸せ税という部分に申し訳なさが出たみたい。

 ……だったら、最初から言わないでほしいんだけどね。言っても無駄だから、未果。

 

「…………………………実は、私も一枚かんでるとは、口が裂けても言えない」

 

 あれ? 今、未果が何かを言っていたような……? 気のせい、かな?

 

「――いやー、買った買った! 大満足だぜ!」

「だね! わたしも、欲しかった材料手に入ってラッキー!」

「俺、もう付き合わないからな……」

 

 と、三人が戻ってきた。

 態徒と女委は満足したのか、ほくほく顔でこっちに向かって歩いているけど、対照的に晶の顔には疲労が浮かんでいた。

 よく見ると、態徒と女委は何やら怪しげな紙袋を持っている。

 

「ただいまー……っと、なんだ依桜、起きたのか?」

「依桜君大丈夫―?」

「おかげさまでね。……それで、二人とも? 何を、買ったのかなぁ?」

 

 にっこりスマイル。当然、営業スマイル。

 その瞬間、態徒と女委が笑顔を顔に張り付けたまま冷や汗をだらだらと流し始めた。

 

「え、えーっとね……」

「な、何も買ってない……ぞ?」

「………………」

 

 無言の圧力。笑顔でボクはその圧力をかけていた。

 すると、滝のように冷や汗を流す二人。

 未果と晶はご愁傷様と言わんばかりに、二人に憐みの目を向けていた。

 

「見せてもらっても、いいよね?」

「お、おう……」

「う、うん……」

 

 二人は抵抗することなく、買ってきたものをボクに差し出した。

 それを笑顔のまま受け取り、中身を確認する。

 態徒の購入品:生着替え写真(ボク)・メイド服写真(ボク)・サキュバス衣装写真(ボク)・USBメモリ・抱き枕カバー(サキュバス衣装のボク)

 女委の購入品:生着替え写真(ボク&晶)・メイド服写真(ボク)・サキュバス衣装写真(ボク)・巫女服写真(未果)・燕尾服写真(晶)・USBメモリ×2・抱き枕カバー×2(メイド服のボクとサキュバス衣装のボク)

 

「……」

 

 言葉にできないとは、まさにこのことだと思うんだ。

 親友だと思っていた二人が、まさかここまでの変態だったなんて……。

 

 未果と晶も微妙な顔をしていた。

 ある意味では、態徒の方がましかもしれない。

 ……まあ、二人からしたら、だけどね。

 

「ねえ、二人とも」

「「は、はい!」」

 

 ボクが二人に話しかけると、どちらも肩をびくっと震わせてから気をつけの姿勢を取った。

 

「二人とも、自分たちが何を買ったのか、理解してるの?」

「あ、あのだな……」

「理解、してるのかな?」

「……エッチな物です痛いっ!」

 

 エッチと言う単語を言った瞬間、女委が激痛に顔をしかめる。

 あのツボ押しは、この二人にはかなり効果覿面だね。

 

「まったくもぅ……。あのね、そう言うのが欲しいのなら、盗撮とかじゃなくて、面と面向かって言ってよ」

「なに!? ってことは、あれか? 頼めば写真や動画を撮らせてくれるのか!?」

「え、依桜君、ほんとに!?」

 

 わ、すごく食いついてきた……。

 ボクなんかの写真でここまで食いつく? 普通……。

 

「い、いいけど……で、でも、あまり過激なのはだめだよ? 少なくとも、健全なものであれば、ボクも協力するし……」

「よっしゃぁ! ありがとう、依桜!」

「依桜君、素材提供ありがとう!」

「……それでも、今日はだめね」

「「ええ~?」」

「ええ~、じゃないよ! さすがに、昨日今日で色々あって疲れてるんだから……」

 

 疲れていると言っても、疲れているのは肉体じゃなくて精神の方だけどね……。

 なにはともあれ、さすがにそんな状態だと写真撮影とかは無理だし。

 

「依桜は甘いな……まあ、そこが依桜のいいところではあるか」

 

 ボクたちの話を聞いていた晶が、苦笑いを浮かべていた、

 

「ボクって甘い……?」

 

 さすがに、甘いと言われたのにはちょっと気になった。

 なので、四人に尋ねた。

 

「「「「甘い」」」」

「そうなんだ……」

 

 息ぴったりに断言されてしまった……。

 そっか。ボクって甘かったんだね……。

 

「非情になりきれてないってだけだろうが……依桜はやるときはやるからな。ま、あまり欠点にはならないと思うぞ?」

「そ、そっか……」

 

 微妙な反応のボクを見てか、晶がフォローを入れてくれた。

 ほかの三人も頷いているところを見ると、本当にそう思っているのかも。

 それならまあ……いい、かな?

 

「それで、未果? 集計のほうはどうなってるの?」

「あ、そうだったわ。集計が終わったから、一旦教室に戻るわよ」

 

 やっぱり、集計は終わっていたみたいだ。

 でなきゃ、ここにこれないもんね。

 

「了解。戻るか」

「だなー」

「ういういー」

 

 う、うーん、あんまり遊べなかったなぁ。

 でもいっか。あと二回も学園祭があるわけだしね。

 それに、この学園は学園祭みたいな行事が多いし。

 

「依桜、行くぞー」

「あ、うん」

 

 立ち止まっていたボクに、晶が声をかけてきた。

 それに応えて、少し先のほうに行った晶たちのところに駆け寄っていった。

 

「あ、態徒に女委? その購入品は没収ね」

「「そんなぁ~……」」

 

 ボクの言葉に、二人はその場でがっくりとうなだれた。

 その様子を未果と晶が笑いながら見ていた。

 被害者の二人からしたら、いい気味なんだろうね。

 

「あ、ボクちょっと寄るところがあるから、先に行ってて」

「そう? どれくらいで戻る?」

「んー、確認だけだからすぐに終わるよー」

「わかった。じゃあ、先に戻ってるわね」

「ありがとう。また後でね」

 

 そう言って、ボクはみんなから離れて、目的の場所へ足を向けた。



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26件目 次の準備

「えっと……あ、まだあった」

 

 寄るところというのは、ボクたちのクラスが使用していた調理室のこと。

 なんで寄ったかというと、材料の在庫確認のため。

 確認に来てみると、昨日作った分がまだ残っていた。

 

「う~ん、これどうしよう……」

 

 結局気づかずに放置してしまったボクが悪いし……かといって捨てるっているのも忍びない……。

 

「本当にどうしよう」

 

 考えてもあまりいい案は出てこない。

 今更料理してもなって感じだもんね……。

 

「……とりあえず教室に戻ろ。あんまり遅いと、心配かけちゃうしね」

 

 妙案が出なかったボクは、一旦後回しにして教室に戻った。

 

 

「えーっと、いない人いるー?」

 

 クラスに戻ると、すでに全員集まっていた。未果のことだから、あらかじめ声をかけていたのかも。

 さすが、クラス委員長。

 とはいえ、もしかしたいない人がいるかもと考えて、ちゃんとクラスメイト達にいない人がいるか聞いている。

 が、やっぱりみんないたのか、誰一人声は出さなかった。

 

「ん、みんないるわね。それじゃ、今から紙を配るから、適当に近くの人に回して―」

 

 そう言ってから、未果はA4サイズの紙を配りだした。

 各々一枚とってから、近くの人に回していくと、ボクのところにも来た。

 一枚とって、隣にいた佐々木さんに渡す。

 

「行き渡ったわね。はい、じゃあみんな紙を見て」

 

 言われて、みんな手元の紙に視線を向ける。

 紙に視線を向けると、そこには売り上げの集計結果について書かれていた。

 え、これあの時間で作ったの?

 あ、そう言えばPC系の資格持ってたっけ、未果。

 

「収入に関しては、見ての通り。一応、現時点でのミス・ミスターコンテストの優勝賞品である、全クラスから二割ずつの売り上げの分も加算されているわ。といっても、まだ学園祭が終わってないから、ここに書かれている金額は、あくまでも暫定的なものだけどね。ま、あと一時間程度だから、そこまでではないと思うわ。だから、そうね……変動するのは、十万~四十万の間ってとこね。もしかしたら、もっと行くかもしれないわ」

 

 説明を聞きながら、集計結果を見ていく。

 

『1―6 コスプレ喫茶 予算:百万円』

 

 って、予算百万円ももらってたの!?

 だ、だからあんなに内装とか、それなりに質のいい食材とかが仕入れられたんだ……。

 

 普通、ここまで出さないよね? 多分、数万程度だと思うんだけど……。

 そこはまあ、あの学園長だもんなぁ……。

 

『収入内訳 料理:二百万円 写真集:七十万円 ブロマイド:五十万円 写真単品:二十万円 臨時収入(コンテスト優勝賞品):五百八十万円 総計:九百二十万円』

 

 ……な、なに、このバカげた総収入は。

 学園祭の出し物くらいで、こんなに稼げる? 普通……。

 たしかに、来場者は多かったけど……いや、一番気になるのはそこじゃない。

 この、写真集とかブロマイド、写真単品っていう項目。

 

 ……まさかとは思うけど。

 そう思って、ジト目を未果に向けると、未果はサッと目をそらした。

 

「こ、この集計に関して、質問ある人―?」

 

 スッとボクは無言で手を挙げた。

 

「……依桜」

「ねえ、未果。ちょぉぉぉっと、聞きたいんだけどね……?」

「な、何かしら?」

 

 しどろもどろになりがら、未果が聞き返す。

 心なしか、声も上ずっているうえに、冷や汗を流している。

 ……この反応ということは。

 

「ここに書いてある項目に、『写真集・ブロマイド・写真単品』って何? かなり売れてるみたいだけど?」

 

 にっこりと笑顔を浮かべながら、未果に問い詰める。

 問い詰めると、一層冷や汗を流す未果。

 態徒たちにしたように、無言の圧力をかける。

 蛇に睨まれた蛙のように、未果は動けなかった。

 

「もちろん、説明してくれるよね……?」

「はい……」

 

 それから、未果の説明が始まった。

 料理を出すだけでも、元の予算の倍は稼げるということはある程度予想していたらしく、それならほかにも何かやってみよう、と思ったみたい。

 そこで、態徒と女委、学園長の行動に目が留まったらしい。

 一日目、つまり昨日の時点でそれは始めていたみたい。

 

 一日目、態徒は何してるのかな~、って思っていたけど……なるほど、写真を撮ったり、写真集を作ったりしていたんだね……。

 道理で、仕事中に写真を取られたりしたわけだよ。

 

 二日目の今日、昨日準備したものを早速販売したらしい。

 ただ、ボクはクラス内で売っていたのを見てないんだよね。

 気になって、どこで売ったのか問うと、

 

「……江口・アダルティー商会」

「なんでボクの写真とかが、そこで出回っているのかなと思ったら……」

 

 出回っているもののうち、盗撮系は多分、商会を作った人か、それにかかわっている人なんだろうなぁ。

 ということは、あれかな。その商会がこの学園祭でやっていたのは、様々な人や店から商品を集めて、それを売り、出品料を少しもらっていた、ってことかもしれないね。

 

 ……市場だよね、どう考えても。

 そう考えると、盗撮系を出品した人がいるのかも。

 うーん、そうなると、今度から着替え中は気配に気を配らないと。

 いけない、思考が脱線した。

 

「それで、写真とかの在庫は?」

「……ものの見事に完売です、ハイ」

「手遅れかぁ……」

 

 あぅ……完売しちゃってるとなると、回収は無理だよね……。

 

「はぁ……なんでボクの親友たちは、勝手に友人を売るんだろう?」

「「「HAHAHA!」」」

「アメリカンナイズに笑わないの! まったくもう……」

 

 本当に、この三人には呆れるほかないよ。

 決して性格が悪いんじゃなくて、勝手にいろいろとやっちゃうだけだからね。

 ……あれ、結構ダメなんじゃ……?

 ……ううん。ここは親友を信じよう。

 

「今更何を言っても写真とかは出回っちゃったし……今回は不問にするけど、今度からはちゃんとボクに言ってね? 絶対にやっちゃダメ、っていうわけじゃないんだから」

「「「すみませんでした」」」

「うん。許すよ」

「……はぁ。依桜、あれが甘いと思われる原因だって、つゆほどにも思わないんだろうな」

 

 晶が何か言っていたような気がするけど……多分気のせい、だよね。

 一応、今回の件は許したけど、江口・アダルティー商会はちょっと調べたほうがよさそうかも。

 もしかしたら、何かよからぬことをしてそうだからね。

 

 ……いやまあ、盗撮写真やら盗撮動画を扱っている時点でよからぬことをしてるんだけど。

 かも、じゃなくて、確実に調べたほうがいいね、この商会に関しては。

 ……でもなぁ、学園長が関わってるぽいんだよね……。

 教育者が関わっちゃだめだと思うんだけどね。

 

「な、何はともあれ、その紙に書かれているのが、暫定の売り上げ。一応、この金額でみんなに山分けする金額を計算したわ。一人頭、六万九千円ってとこね」

『おおおおおぉぉぉぉっっ!』

 

 未果の口から出た金額に、クラスのみんなが歓声を上げる。

 暫定でその金額なら、学園祭が終わった時の金額は……少なくとも七万後半くらいかな? それはそれとしても、高校生には十分すぎる金額だよね。

 無駄遣いさえしなければ、かなりもつだろうしね。

 

「そこで、みんなに提案。現時点では六万九千円がもらえます。で、そのあと、賞品のほうの最終集計もするんだけど……増えた分を、打ち上げに充てようかなって思ってるんだけど、どうかしら? といっても、さすがに予定合わせとかが難しそうだし、学園祭終了後に行われる、売れ残りの叩き売りで料理とかを買うことになると思うけど」

 

 どう? と未果がみんなに尋ねる。

 

「俺はいいと思うぞ」

「いいねいいね! そっちのほうが楽しそう!」

「だな!」

『わあ、楽しそう!』

『あたし賛成!』

『夜とか空いてないし、俺も賛成だぜ!』

『じゃあ、今のうちにリサーチとかしようぜ』

 

 みんな乗り気みたいだ。

 もちろん、ボクも賛成。

 うちの学園、学園祭本番自体は生徒じゃない人――保護者や、OB・OGなども参加できるけど、それはあくまでも本番の時までで、本番が終わると生徒だけの学園祭に早変わりするらしい。

 

 生徒だけになると、残った商品、飲食店などなら調理した料理、雑貨店みたいなお店をやっているところは、売れ残った雑貨などを安売りしだすのだ。

 お化け屋敷などのアトラクション系統は、元の値段よりもかなり安くして入れるようにしているみたい。

 どれくらい安くなるかは、今年初めてだったりするからわからないけど。

 

 本来は、飲食店や雑貨店は本番時に売り切るほうがいいんだけど、中にはあえて本番は売れ残るようにして、少し値段を下げて残ったものを売りさばく、ということをしているクラスもあるらしい。

 そう言うクラスの目的のほとんどは、生徒向けに作ったり、打ち上げ用に用意するといったこと。

 

 うちも最初はそうしよう、という案があったみたいだけど、みんなボクを見てから、『無理』と結論を出して断念した。

 なんでだろう?

 あ、後から知ったことなんだけど、コンテストの優勝賞品である売り上げ加算は、本番終了時刻――午後四時までの売り上げの二割が加算されるみたい。

 

 しかし、そうなると譲渡分の金額が入るのが遅くなるということで、五分前までの金額を提出し、そのお金がこちらに送られるとのこと。

 本当、すごいシステムだよね、この学園祭。

 

「もう少し材料用意しとけばよかったわねー」

 

 ふと、未果がそんなことをぼやいていた。

 

「どうして?」

「どうしてって……決まってるじゃない。もっと売れたのよ」

「そうかな?」

「そうよ! だって、依桜が作った料理よ? どう考えても売れるじゃない! それに、うちは依桜と晶がコンテストで優勝してるから、宣伝ばっちりだったし……はぁ。やっぱり、もう少し作るべきだったかしらね?」

 

 そんなに売りたかったんだ。

 

「あー、えっとね、未果」

「なに?」

「あのね、実は少しだけなら残ってて……」

「え、ほんとに!?」

 

 ボクが残っていることを伝えたら、未果だけじゃなく、ほかのみんなもざわつきだした。

 

「う、うん。えっとね、初日の売れ行きを見てて、途中で売り切れちゃうかな、と思って一応ある程度は作っておいたんだけど……やっぱり、気づいてなかったんだね」

「なんて気配りができるの、依桜……!」

 

 といっても、ボク自身、見に行くまで気づかなかったけどね。

 あ、そっか。

 食材どうしようかと思ってたけど、いっそのことほとんどは売っちゃって、クラス用に残しておけば、打ち上げに使えるか。

 うん。そのほうが、食材を無駄にしないで済むかも。

 

「それでね、みんなさえよければなんだけど、打ち上げ用に販売する料理を作ろうかなって」

 

 ちょっと気恥ずかしかったのか、無意識に手の指だけ合わせるような行為をしていた。

 

(((可愛い……)))

 

 見ての通り、ボクは精神面も女の子化が進行していた。

 無意識にこういう仕草が出てしまうらしい。

 一瞬、クラスのみんなが同じことを思ったような気がするけど……多分気のせい、だよね?

 うん。気のせい。

 だから、男子のみんなが、どことなく赤くなっているのも気のせい、だと思う。

 

「もちろんいいわよ! これで、もう少し売れるわ!」

「ありがとう。じゃあ、早速取り掛かっちゃうね」

「お願い!」

 

 というわけで、料理することになった。

 

「それじゃあ、ちょっと材料を持ってきてもらいたいんだけど、誰かお願いできるかな?」

「それなら俺が行くぞ」

「それならオレもだ」

 

 真っ先に二人が名乗り上げた。

 こういう時、大抵この二人が最初に名乗り上げる気がする。

 二人とも、優しいからね。

 

「うん、ありがとう。えっと、あと二、三人欲しいんだけど……」

『あ、じゃあ俺行くぜ』

『なら、僕も行こうか』

 

 声をかけると、真田君と金井君が行くと言ってくれた。

 真田君は不良のような外見だけど、本当は優しくてとてもいい人。

 金井君は眼鏡をかけた、ちょっと厳しいけど気配りができるいい人。

 

「ありがとう! えっと、調理室にボクたちのクラスのところに置いてあるからね」

「了解。それじゃ、ちょっと行ってくる」

 

 食材の場所を伝えると、四人はすぐに取りに行った。

 と言っても、同じ階だからそんなにかからないはず。

 

 戻ってくる前に、ボクは料理の準備。

 エプロンを着けて、ボウルを取り出す。

 昨日の仕込みに関しては、カレー以外を作っていた。と言っても、ハンバーグだけは中途半端になってしまったけど。

 

 んと、ボクの記憶が正しければ、まだこねる前だったはず。

 そのためにボウルを用意した。

 いつでも来ていいように、ボクはフライパンなども準備。

 天ぷら鍋に入っている油も、交換する。

 

「取ってきたぞ」

 

 準備が終わったタイミングで、四人が戻ってきた。

 

「依桜、ハンバーグの種が完成してないみたいだが」

「大丈夫だよ、ここで作っちゃうからね」

 

 記憶通り、成形前だったみたいだね。

 

「そうか。じゃあ、ここに置いとくぞ」

「うん、ありがとう。三人も、適当に置いておいて」

 

 指示を出して、ボクは材料に向かう。

 えっと、時間は……うん、十五分くらいかな?

 時間を見てから、材料を全部ボウルに投入。

 

「早速始めよう」

 

 ビニール手袋を着け――ようとしたところで、

 

『待った!』

 

 待ったがかかった。

 え? 視線を前方に向けると、男子たち(晶は除く)が何やら詰め寄っていた。

 ど、どういう状況?

 

「頼む依桜! 手袋はしないでくれぇ!」

「ふぇ?」

 

 あまりに突拍子のない願いに、呆けた声が出てしまった。

 一瞬、何を言っているのかがわからなかったが、すぐに言っている意味を理解した。

 

「ちょ、ちょっと待って? さすがにそれはダメだよ。手袋をするのは、食中毒を出さないようにするためなんだけど……」

『んなもん関係ねえ!』

「いやあるよ!?」

 

 怖い、怖いよみんな!

 食中毒を関係ないって……。

 

『いいか、男女! 俺たちはなぁ、美少女の綺麗な手で直接こねられたハンバーグを食べて食中毒になってもな…………後悔はないんだよッ!』

 

 うんうんと、男子たちが頷く。

 あ、あの……こう言ったらなんだけど、頭は大丈夫なの?

 

「というか、それで食中毒なったとしても、オレたちは本望だ!」

『よく言った!』

『さっすが変態だぜ!』

『よっ! 俺たちの希望!』

「へへ、よせやい、照れるだろ?」

 

 得意げにしてるけど、どう考えても貶されているようにしか聞こえないよ?

 いいの? それで。

 それはともかくとして、さすがに素手で作っちゃいけない気がするボクは、男子たちの後ろ、女の子たちのほうに視線を向ける。

 

「私はいいと思うけど」

『まあ、未果はそうよねー』

『でもでも、依桜ちゃんだったら別に構わないと思うよ!』

『依桜ちゃん、可愛いしかっこいいし!』

 

 ブルータスお前もか、というセリフがボクの脳裏に浮かんできた。

 まさに、今その状況だと思うんだよ。

 いつもは態徒たちのことを、変態と言ってきたり、不潔、などと言ってくるような女の子たちが、まさかの男子側。

 つまり……

 

「やるしかないよね……」

 そういうことだよね……。



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27件目 依桜ちゃんの受難

 結局、必死の嘆願により、素手で作ることになってしまった。

 決まってしまったものは仕方ないと割り切って――現実逃避――料理を作り始めた。

 こねているときの男子たちの表情は何というか……言い方は悪いけど、醜悪だった。

 だって、血走ったような目をしながら、鼻息荒く、人様に見られないような顔をしているんだよ? ボク、ちょっと怖くなっちゃったよ……。

 

 女の子たちのほうは、きゃーきゃー言っているし……。

 ボクに味方はいないの、と思ってしまった。

 多分、晶くらいだと思う。

 ……好きになっちゃうかも。

 そんなこんなで、料理を作り続けると、

 

『ええー、学生の皆さん! これから青春祭最終日、生徒の生徒による生徒たちの青春祭の開幕だぁ!』

 

 放送が始まり、この言葉で学園中が沸いた。

 歓声がそこらかしこで上がっていて、まるでこれを目当てにしていたような状況。

 

『現在の時刻は、午後四時! つまり、打ち上げタイムということ! 打ち上げタイムでは、日中に売れ残ったり、元々回すつもりだった料理やアイテムが手に入ったり、アトラクションの入場料が安くなったりと、まさに生徒たちにとってのゴールデンタイム! 人気の料理はもちろん、特製グッズなどもすぐに売り切れちゃうぞ! 料理は、店内飲食式ではなく、打ち上げ用のテイクアウト式! どんどん買って、どんどんお金を使ってください! もちろん、黒字を出したクラスは二日間の売り上げの三割を使っても構いません! あまりにも人気がある料理や雑貨はそれぞれのクラスでオークション紛いのことをしても問題ありません! ただし! 暴力沙汰、恐喝などは当然ルール違反ですので、お気を付けください! それではかい――おおっと!? たった今、情報が入ってまいりました! なんと、一年六組のコスプレ喫茶は、本来であれば食材がなく、ゴールデンタイムに出店しないはずでしたが、どうやらミスコン優勝者の男女依桜さんが前日に追加で準備していたようです! つまり! 日中食べれなかったみなさんに、平等にチャンスが発生しました! さらに! 追加で作ったハンバーグは、なんと男女依桜さんが、直接! 素手で! こねたものだそうです!』

 

 ちょ、ちょっと!? 何言ってるの放送の人!?

 普通、素手でこねた情報とかいらないよね!? 本当にいらないよね!?

 それよりも、いつその情報を手に入れたの!? なに、どこかに斥候隊のような人たちでもいるの!?

 あと、素手という部分は、どう考えてもドン引きするはず――

 

『マジかよ!?』

『っしゃあぁぁぁぁあああぁ! 依桜ちゃんの手料理は何としてでも手に入れるッ!』

『負けられん……!』

『ふっ、今まで抑えていた力をようやく解放する時が来たぞ……!』

『依桜ちゃんの手料理依桜ちゃんの手料理依桜ちゃんの手料理…………!』

『依桜お姉様の料理は欲しい……! なんとしても、打ち上げ用に回収するよ!』

 

 …………あ、うん。

 この学園って、この学園ってぇ……。

 目の前の現実に、ボクは涙が出てきた。

 うぅ……先行き不安な学園だよ……。

 

『というわけで、改めてルールを説明させていただきます! ゴールデンタイムは、午後五時まで! アトラクションに関してはこれと言ってありませんが、料理、雑貨に関しては、取り合いになる危険性があります! そうなってしまうと祭りどころではなくなりますので、クラス責任者が許せばオークションなども可能です! すべての采配は、その責任者に一任されます! なお、暴力沙汰などを起こした場合、電気ショックを喰らう羽目になりますので、お気を付け下さい! ゴールデンタイムは、あくまでも打ち上げアイテム争奪戦ですので、この期間の間に打ち上げはしないようお願いします! では、叡董学園青春祭、ゴールデンタイム……スタートですッ!!』

 

 まるでその言葉が引き金だったかのように、学園中がまるで揺れたように――あ、違う。本当に揺れてるこれ!?

 しかも、だんだんと音が近くなってる……!?

 そして、距離がすぐそばになったと思ったら、

 

『特製ハンバーグをくれ!』

『こっちもだ!』

『ちょっと、何割り込んできてんのよ!?』

『うるせえ! こっちはそれどころじゃねえんだよ!』

『早く! 早く料理を!』

 

 大勢の生徒が、一斉に注文してきた。

 こ、怖い……!

 な、なにこの状況!?

 廊下が大変なことになってるんだけど!?

 飲まず食わずで砂漠をさまよって、オアシスを見つけたような状態だよ!

 

「あわわわわわわっっ……!」

「まずい! 依桜が混乱し始めたぞ!」

「ちょ、依桜!? 大丈夫!?」

「だ、だいじょうびゅ……」

 

 実際は大丈夫じゃないけど、気をしっかり持たないと、ボク!

 だ、大丈夫……みんな、料理を買いに来ただけ、なんだよね?

 

「み、みんな、料理を作っていくから、どんどん詰めていって!」

 

 内心、かなりてんぱってるけど冷静に……!

 とりあえず、手は止められないから、料理を詰めてもらわないと!

 容器に関しては、こっそり生成してあります。

 

 え? パックじゃ武器にならないだろって?

 ……師匠、それすらも武器に使っていたものなので……。

 って、今はそれどころじゃなくて!

 

「わかったわ!」

「了解!」

「わかったよー!」

 

 ボクの指示に真っ先に反応したのは、未果、晶、女委の三人。

 指示通りに出来上がった料理をパック詰めしていく。

 カレーは作ってなくてよかったかも。お米はもう使い切っちゃったからね。

 

「あ、あわわわわわわわ……!」

「す、すげえ。依桜のやつ、すっげえ混乱してそうなのに、手だけは忙しなく動いてやがるぞ!」

「もうさすがとしか言えないよねぇー」

「……とりあえず、俺たちも手を動かすぞ」

 

 晶たちが何か言っている気がするけど、ボクにそれを聞き取る余裕はないです。

 注文が殺到しているので、ほかのことを気にしている暇がなく、ずっと手を動かし続けて料理を作る。それが今のボクのやること。

 ……あっちじゃ、世界中駆け回って人を助けたり、魔族と戦ったりと戦闘面での肉体労働だったけど、こっちでは料理なんていう、本当に平和的な仕事。

 戻ってこれてよかったなぁ、本当に。

 

「依桜、悪いがどんどん作ってくれ!」

「ふぇっ!? そ、そんなこと言われても!」

 

 ……よかった、よね?

 

『くそっ! 依桜ちゃんの料理はうちのクラスのもんだ!』

『ア゛ア゛ァ゛ッ!? こちとら、あと半年しか依桜ちゃんと会う機会がねえんだ! こういう時はよ、三年に譲るもんだろうが!』

『それとこれとは関係ねえ! 手に入れたやつが勝者だこの野郎!』

『汚らわしい男どもに、依桜お姉様の料理は渡しませんわ!』

 

 ……本当に大丈夫? この学園。

 目の前に広がる光景を見て、ボクは本気でこの学園の未来を願った。

 

 

「それで、次はどこ?」

「んーっとね、野球部の『鉄板焼き燃える魔球』だね」

「……ネーミングセス」

 

 あれから二十分ほどで打ち上げ用の料理は完売。

 用意した数は、約二百食分。それも、天ぷらとハンバーグそれぞれという状況で。

 つまり、四百食作ったことになるわけで……。

 一応、売り物用とは別で、クラスの打ち上げ用のもちゃんと確保してあるけどね。

 

「あぅ……疲れたよぉ……」

「ありゃりゃ。さすがの依桜君も疲れちった?」

「ま、まあね……あはは……」

 

 もう乾いた笑みしか出てこないよ。

 異世界でも、あんなに料理は作ったことないよ、ボク。

 それに、作ったとしてもあんなに高速で作らないし……。

 

 こっちの世界に戻ってきて、ある意味初めて感じる肉体疲労かも……。

 あ、いや。普通に精神疲労もあるね。

 だって、目の前で戦争紛いのことが勃発するんだよ?

 ラスト一個の時が一番酷かった……。

 だって、ナチュラルにタイマン? が始まるんだもん。

 

 みんな血走った目でボクの作ったハンバーグを狙っていくんだよ? 本当に怖かった……。脳裏には、弱肉強食って言葉が浮かんできたし……。

 ボクが作ったハンバーグで、なんであそこまで本気になれるのかがわからない。

 普通のハンバーグなんだけどなぁ。

 ……なんて言ってみたら、態徒が悟りを開いた仏のような笑顔で、

 

『美少女だからさ』

 

 とか言ってきたけどね。

 美少女か……。

 

「ねえ、女委」

「んー?」

「ボクって、美少女なの?」

「もち!」

「そですか……」

 

 贔屓目に見てる、のかな?

 あ、でも女委って意外と贔屓とか嫌うし……本気で思っているんだろうなぁ。

 

「さあさあ、依桜君! 早く買って、早く戻ろう!」

「う、うん!」

 

 

 あの後、いろんな料理を買いに行ったりしつつ、女委といろいろなところを見て回ったりしていた。

 その際、やたらと視線を感じた。

 正直、もう慣れたと言ってもいいかもしれない。

 なにせ、性転換した日から、ありとあらゆる視線をもらいましたからね!

 もうね、ここまでくると、慣れますよ。

 

 毎日毎日、妙にねっとりしたような視線は来るし、熱を帯びた視線も来たりね。

 だからもう、いちいち視線を気にしなくなってきたような気がする。

 ……まあ、変態的な視線が飛んできた場合は、後に処置を施しましたけど。

 そんなわけで、ゴールデンタイムも終了し、

 

『ゴールデンタイム終了です! どうでしたか皆さん? お目当ての料理や雑貨は手に入りましたか!? 私は、残念ながら入手できませんでしたが、一年六組の前は地獄絵図だったようですね! 放送に携わる者として、是非ともこの目で確認したかったのですが、結局不可能になり、大変悔しい思いをしております! さて、私自身のどうでもいいお話は置いておいて……皆さん、青春祭は楽しかったですか!?』

 

 その瞬間、ゴールデンタイムが始まる前以上の、雄叫びや歓声が上がった。

 この学園はかなり広いけど、それでも聞こえてくるレベルっていうことは、かなりすごいと思う。

 

『うんうん! イイ反応ですよ、みなさん! 何はともあれ、今年度の叡董学園青春祭は、終了となります! 打ち上げは、八時までとなりますので、ちゃんと、八時までに帰宅するようにお願いします! 打ち上げに関しては、基本的に何でもありです! 友達とだべるもよし、ちょっと冒険してみるもよし、告白するもよし! 各々自由にしてください! ただし、法に触れるようなことだけはしないでくださいね! それから、この雰囲気を狙って、告白する人が多いと思いますが、押しかけすぎることの無いよう、お願いします! それでは、ごゆっくりとお楽しみください!』

 

 ……う、うーん、色々とツッコミどころは多い気がするけど……気にしないでおこう。うん、そうしよう。

 

「さ、みんな、ちゃんと飲み物は持った?」

『おー!』

「高校生活最初の学園祭、うちのクラスは、見事に大成功でした!」

『Yeahhhhhhhh!』

「みんなお疲れ様でした! 乾杯!」

『かんぱ~い!』

 

 未果の音頭で乾杯を済ませると、みんな好き好きに動き始めた。

 他クラスの友達のところに行く人もいれば、クラス内で話す人も。

 特に会話に参加せず、ひたすら食べている人もいる。

 

 ほかにも、『俺は、男になってくる!』という、告白を仄めかすようなことを言っている人もいた。

 色々とみんなが楽しんでいる最中、ボクはというと……。

 

『男女! 俺と付き合ってください!』

『いや、俺とお願いします!』

『いや、ここは俺と!』

『私と!』

 

 ……絶賛、告白を受けている最中です。

 乾杯を済ませると同時に、クラスの男子(女子も数名)がこぞって告白しに来たのだ。

 あまりに唐突すぎる状況に、

 

「あ、あは、あははは……」

 

 乾いた笑みしか出てこなかった。

 ここまでいっぺんに告白されたことは、今までで一度もないよ。

 世の中、複数人に告白されると嬉しい、という風に思う人がいるかもしれないけど、実際は嬉しいけど、とても困る、というのが正解だと思う。

 

 現に、ボクはかなり困り果てているし。

 しかも、腰を九十度に曲げて、手を差し出す人が目の前にいっぱい。さすがに恐怖を覚えたボクは、

 

「あ、え、ええっと……ごめんなさいっ!」

 

 結果、ごめんなさいと言った後、その場から逃げた。

 後ろから、『Oh、Nooooooo……!』という玉砕した人たちの悲しみの声が聞こえた。

 しかし、いたら逆にボクがいたたまれない気がして、後ろを顧みず、一目散に逃げた。

 

 勇気をもって告白してくれたのに、逃げるというのかなり失礼だと思うけど、二十人くらいの全く同じ姿勢でほとんど同じ告白をしてきたら、逃げたくなると思います。

 実際、未果や晶、態徒と女委も、ものすごく苦笑いしていたし。

 態徒と女委が便乗しなかったのはすごいと思います。

 そんなことを考えながら、ボクは校舎内を走った。



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28件目 依桜の決意

「はぁ……はぁ………ふぅ」

 

 あの後、なるべく人に見つからないように走り回り、最後は一番人が少ないであろう屋上に来ていた。

 息を整えると、ふと校庭のほうが明るいことに気づき、柵に近づく。

 

「わぁ~……」

 

 屋上から見下ろす景色は、とても綺麗だった。

 校庭の中心では、出し物などで使った小道具や、内装や外装に使われていた木材などがキャンプファイヤーのように燃やされていた。

 現在は十月ということもあって、だんだんと日が落ちるのも早くなっている時期。

 あたりも大分暗くなってきており、そんななかでメラメラと優しい明りを放っている炎は、見ていてとても落ち着くし、とても綺麗だ。

 

「……無事に帰ってこれてよかったなぁ」

 

 呪いを受けた時点で、無事とは言い難いかもしれないけど、それはそれ。

 五体満足で、ちゃんと帰ってこれたという点は、本当に幸いだった。

 

 あっちでは、常に死と隣り合わせだったから、いつ死ぬかなんてわからなかったし。

 本当、こっちは平和だよ。

 ……学園祭にテロリストが乱入するなんて事件はあったけどね。

 

「ん……」

 

 未果たちには受け入れられて、立ち直ったとはいえ、目下に見える温かな光景は、酷く綺麗に見えた。

 すでに、ボクの手は汚れている。

 そんな、汚れているボクからしたら、やっぱりとても眩しいものに見えて、自分が場違いな気がしている。

 

 ボクは、本当に許されていいんだろうか? 本当は、許されてはいけないんじゃないだろうか? そんな考えばかりが、いつも頭の中に浮かぶ。

 

「……いいのかなぁ」

 

 そんなことをぼやいた瞬間、

 

「なにが?」

 

 誰かに声をかけられていた。

 

「わっ!? って、学園長先生?」

 

 慌てて、後ろを振り返ると、学園長先生がおかしそうな表情をしながら立っていた。

 

「こんばんば。お疲れだったねぇ、依桜君」

「あはは……すっごく大変でしたけどね」

「うんうん。やっぱり、学生はそうでなくちゃね。こういう経験は、今のうちにしかできないから、何事も全力が一番だよ」

 

 学園長先生が、ものすごくいいこと言っていることに、なんだか不思議な気持ちを抱いたが、同時にやっぱり教育者なんだなと改めて思った。

 それに、今の言葉はなんというか、胸にスッと入り込んだ気がする。

 

「それで? 依桜君は、何を悩んでいたのかなー?」

「あー、やっぱりわかっちゃいますか?」

「まあね。これでも、学園を運営してるのよ? そう言うのはわかって当然。それに、悩みを抱えている生徒を、今までに何人見たと思ってるの?」

 

 朗々と言う学園長先生。

 ある意味、学園長先生には一生敵わない気がするよ。

 

「話してみる?」

 

 その声音からは、いつものふざけた感じは全く感じられなかった。

 明るく訪ねてくるけど、そこには教育者としての気持ちが垣間見えた気がした。

 だから、

 

「そう、ですね。少し、聞いてもらえますか?」

 

 微笑みながら、学園長先生は小さく頷く。

 それを見てから、一拍おいてボクは話した。

 

 異世界でしたこと。

 殺人を犯したこと。

 それを代償に、たくさんの命を助けたこと。

 逆に、助けられなかった命があったこと。

 それらを未果たちに告げたこと。

 そんなボクを受け入れてくれたこと。

 そして、自分の胸中に渦巻いている感情。

 

 すべて、包み隠さず、正直に話した。

 ボクが話している間、学園長先生は何も言わずに聞いてくれていた。

 

「……殺人を犯したボクは、本当にこの世界で生きていていいのかなって、思ってしまって……。それに、未果たちはボクを受け入れてくれたけど、本当にボクは許されたのかなって……」

 

 我ながら、本当に面倒くさい性格をしていると思う。

 未果たちはボクを受け入れてくれた。

 でも、それは本当なのかなって。

 

「……なるほど。つまり依桜君は、正しくない方法で正しいことをしたということが、ずっと引っかかっているんだね?」

「そう、なるんですかね……」

 

 正しくない方法で、正しいこと。

 たしかに、あれはそうかもしれない。

 

 未だに、夢に見ることがある。

 ボクが手にかけた人の最後の表情を。

 殺す直前のボクを見て、嘲笑うかのような、そんな表情。

 それはまるで、『お前もこちら側だ』という現実を突きつけられたような、そんな気がして。

 

 だから、周囲の人からの感謝で、それを紛らわせていたのかもしれない。

 立ち直ったなんて、きっと嘘だったんだろう。

 自分でもわからないくらいの、罪悪感や自己嫌悪がボクの中にはあった。

 ポツリポツリと、未果たちに伝えたことも、今ハッキリしたこと、すべて学園長先生に話した。

 

「依桜君は、自分が嫌い?」

 

 聞き終えた学園長先生は、ボクにそう質問してきた。

 嫌い……。

 

「……どうなんでしょうね。ボクは、自分を許せていないと思うんです。だから、きっと嫌いなんだと思います」

 

 苦笑いで答えた。

 本当に、そう答えるしかない気がした。

 

 殺した事実は覆らない。

 奪った命は二度と戻らない。

 だから、ボクは自分を嫌っている。

 そんな思いからの言葉だった。

 

「じゃあ、私が嫌いかな?」

「え……?」

 

 だから、学園長先生の質問に思わず、目を丸くした。

 ボク自身の話だったはずなのに、なぜかボクから見た学園長先生の話になってしまっていた。

 そんなボクの胸中を察したのか、学園長先生は、苦笑いでこう答える。

 

「青春祭前日に話したと思うけど、依桜君が異世界に行ったのは、偶然とはいえ、ほんとんど私の面白半分な気持ちが原因。ただ面白いから、なんていう理由で今までしていた研究が、結果的に大切な生徒に、一生消えない傷を残したし、今後の人生を大きく変えてしまうことになった。言ってしまえば、依桜君に罪なんて、何もないはずなの」

「……」

「そもそもね、父が研究を――いえ、違うわね。私が研究を継がなければ、あなたがこうなることはなかった。殺人をすることもなかった。女の子になってしまうこともなかった。だから、あなたに罪なんてない。本当に、罪があるのは、私」

「先生……」

「だから、あなたは何も悪くない。すべて悪いのは私。……どう? 嫌いになった?」

 

 あっけからんと言っているように聞こえるけど、実際は違うはず。

 本当はあの時、気づいていたんだと思う。

 ボクが暗殺者をやっていたと言ったことや、三年間過ごしたこと、魔王のこと。

 

 ある意味、言外で殺人をしたと、察していたのかもしれない。

 それでもなお、あの空気を作ったと思うと、本当に頭が下がる思いだ。

 だから、

 

「……嫌いじゃないですよ」

 

 小さくても、その言葉ははっきりと出た。

 

「でも……」

「そもそも、異世界に行ったのは、ほとんど偶然だったって言ってたじゃないですか。それに、殺したのは、結局ボクの覚悟の上で行ったことです。それを、学園長自身が、自分が悪いと言われると……なんだか、申し訳なく思えるんです」

「それじゃあ、依桜君は……」

「わかってますよ。それに、よく考えてみれば、覚悟の上だったんです。ボクのそんな行動で救われた命は多くありました。だったら、それはボクが背負うべきものです。それに、もしかしたら、ボクじゃない人が行ってたかもしれませんしね。そう考えると、ボクでよかった、って思えるんです。だから、学園長先生は気にしないでいいと思いますよ」

 

 あっさり言葉が出てきたことに、自分でも内心驚いている。

 でも、そっか。これが、本心なんだ。

 さっきまで、あんなことを考えていたけど、本当は自分の中で答えは出ていたんだ。

 未果たちの時も、気づいていなかっただけで、きっと今の考えはあったんだ。

 

「そっか……強いねぇ、依桜君は」

 

 安心したような、それでいて、重いものを背負わせてしまったという罪悪感がない交ぜになった表情を、学園長先生はしていた。

 

「ボクは、強くないですよ。だから、さっきまで悩んでいたんですし。でも、学園長先生のおかげで、なんだか気持ちが楽になりましたよ。自分を許してもいいんだ、ってなんだか思えてきましたし」

「うん。ありがとう、依桜君」

「……お礼を言うのは、ボクの方です。学園長先生がこうして言ってくれなかったら、多分、一生引きずって、いつか壊れていたと思いますから」

 

 まあ、壊れようものなら、未果たちのビンタが飛んできそうだけどね……。

 

「そっかそっか。それなら、こっちも気楽だよ」

 

 学園長先生はいつも通りの表情に戻って、安心したような、穏やかに感じる。

 

「さて、依桜君。君は私を嫌いじゃないと言ったね?」

「え? 言いましたけど……」

 

 それがどうかしたのだろうか?

 いや、そもそも、嫌う要素は……あ、うん。考えてみれば思い当たる節がある。

 採寸だよね。

 あれ、第一印象かなりまずいことになる気がするんだけど。

 

「つまり、依桜君は私が好きってことよね!」

「違いますよ!? 何言ってるんですか!」

 

 さっきまでのシリアスを返してほしい。

 あれ、ボクさっきまで結構いいこと言って気がするし、学園長先生もかなりいいこと言ってたよね? あれ!?

 

「えー? だって、普通そうじゃない? こうして、お互い腹を割って話したじゃーん?だったら、もう運命共同体だよね?」

「なんでそうなるんですか! さっきの話聞いてました!? ねえ、さっき結構いい感じでしたよね! なんで、こう、すべてを壊しに来るんですかぁ!」

「んー、依桜君が許してくれたしー? それに、依桜君、晴れ晴れとした顔してるしねー。だったらもう、壊すしかないでしょー」

「もうやだっ、この変態学園長っ……!」

 

 誰でもいいから、このおかしな状況からボクを助けてほしいです。

 切に願います。

 

「ま、それはさておき。依桜君」

「……なんですか?」

「まあまあ、そんなジト目を向けないで。ありがとね。許してくれて」

「正直、許さないほうがいいかもしれないと思いかけてますが?」

「ごめんなさい」

 

 さっきまでのは一体何だったのかというレベルの、変わり身。

 本当に、こんな人が学園長で、この学園は大丈夫なのだろうか?

 ……行先不安だなぁ。

 

「あ、そうだ、学園長先生」

「んー?」

「教頭先生――ゼイダルはどうなりました?」

 

 昨日の事件の首謀者である、教頭先生こと、ゼイダルがどうなったのか気になっていたので、学園長先生に尋ねる。

 

「ああ、彼? 彼ね、いろんな国でいろんなことやらかしてくれてたものでね。まあ、どこが預かるかで揉めてるみたいなんだよねー」

「ええ……」

 

 学園長先生が言うには、本当にやらかしてくれていたらしい。

 実は、性犯罪も犯してたとか。

 

 少なくとも、日本では銃刀法違反に、傷害罪、不法侵入に、恐喝、銃火器の不法入手、薬物保持etc……。

 海外でも、似たようなことをしていたらしく、かなり揉めているとのこと。

 

 どうしようもない人たちだなとは思っていたけど、本当にどうしようもなかった。

 だからこそ、国際指名手配されていたんだろうね。

 

「でもねぇ、実を言うと、ゼイダルって『ユグドラシル』のリーダーじゃなかったみたいなのよね」

「え、そうなんですか!?」

 

 まさかの事実。

 ゼイダル、リーダーじゃなかったんだ……。

 

「どうにも、ゼイダルは、あくまでも、日本支部のリーダーだったみたいでね。世界中にいるみたいよ? ユグドラシルのメンバーは。まあ、今回の件が本当のリーダーに伝わったみたいでね、今まで行われていたテロ行為が、ピタリと止んだらしいわ」

「でも、まだいるんですよね?」

「そうだね。まあ、当分は問題ないよ。今回の一件で、逮捕に向かいそうだしね」

「それならよかったです」

 

 少なくとも、日本支部は壊滅状態ってことか。

 うーん、学園祭に乗り込んで捕まるテロリストって一体……。

 

「さて。とりあえずこんなものかな。『ユグドラシル』に関しては、大きな情報が入ったら、依桜君にも連絡入れるわね」

「あはは……なんか、ボクが対テロ組織の一員にでもなった気分ですよ」

「下手をしたらそうなっちゃうかもねぇ」

「え?」

 

 何気ない一言のつもりだったのに、学園長先生の返しは、まさか過ぎるものだった。

 

「あー、えっとね、一応言うんだけど……異世界があるっていう事実を知っている人って、実は結構いてね。今回のゼイダルの件もそうだし、実を言うと、各国の首脳陣やら、裏稼業の人やら、結構な人が知っていたりするんだよ。まあ、大抵はうちから流している情報だし、本当にほんの一握りだけどね!」

 

「……はい?」

「まあ、ほとんどは理論上の話だったから何とも言えなかったけど、依桜君っていう前例ができちゃったからねぇ……まあ、問題ないよ。一応、秘匿にするつもりだし。安心してね!」

「いやいやいやいや! 安心できませよ!? 何してるんですかぁ!」

 

 ここにきて、とんでもない事実が飛び出してきちゃったんだけど!

 なんで、そんな重要なことをもっと早く言ってくれなかったの、この人!?

 あとそれ、普通ならあの時に言うべき話だよね!?

 

「ま、そう言うわけだから。バレることはそうそうないと思うけど、一応用心しておいてね。こっちでも、色々と手は打っておくから」

「ええぇ……」

 

 もはや呆れるほかない。

 今の話を聞いていると、目の前にいる学園長先生が、いったい何者なのかすごく気になる。

 気にはなるけど……逆に知るのもすごく怖い。

 ……うん。今の話は聞かなかったことにしよう。

 

「話はこれだけかな。じゃあ、私はいろいろと各方面に根回しとかもあるし、お暇するわ」

「あ、はい。色々とありがとうございました」

「いいのいいの! こっちも助かったからね! じゃね!」

 

 そう言って、学園長先生は屋上を去っていった。

 

「……はぁ。なんか、とんでもないことになっちゃったなぁ」

 

 そんなことをぼやいたけど、どこか心中では楽しんでいる自分がいる気がして、なんとも複雑な心境になった。

 でも、

 

「……まあ、いっか。なるようになるよね!」

 

 一応、向こうで培った経験と能力で切り抜けられるだろうし、大丈夫だよね!

 

「ボクも教室に戻ろう」

 

 色々と吹っ切れて、気分が軽くなったボクの足取りは、かなり軽かった。

 前途多難なことが起こるかもしれないけど、ボクは一人じゃない。みんなの力を借りながら、全力で今を生きよう、

 それがボクにできる、罪滅ぼしだと信じて。



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29件目 学園祭の終幕

 あの後、教室に戻ると、まさに死屍累々と言った様子だった。

 ボクに告白して、玉砕した人たちが、傷の舐めあいをしていたのが何とも言えなかった。

 まあ、一番の問題は、

 

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

 

 みんなのテンションがおかしな方に振り切っていたことだと思う。

 原因が何かと思い、教室中を見回したら、床に何かの空き缶が数多く転がっていた。

 嫌な予感がして、近くに落ちていた缶を一つ手に取ると、

 

『ハイボール ユズレモンデラックス』

 

 と書いてあった。

 ハイボール、つまり、お酒である。

 

 ……え、待って。ちょっと待って。

 なんで、学校にお酒があるの? ねえ、なんで?

 

「み、未果……?」

 

 恐る恐る、近くで談笑? していた未果に声をかける。

 

「あぁ、いおらぁ~! おかえりらは~い!」

「酔ってる!」

 

 未果はダメだった。

 目はとろんとしていて、頬は赤らみ、口元はすごく緩んでいる。

 

 え、いつもの未果はいずこへ? と言わんばかりの表情。

 その上、ボクに気が付いた瞬間、肩に腕を回してまるで甘えるようにくっついてきた。

 

「うへへぇ~……い~お~、おんぶ~」

「未果の方が身長高いんだから、無理だよ」

 

 少なくとも、十センチ以上の差はあるよ。

 おんぶできないことはないけど、無理があるよ。

 

「やぁらぁ~! おんぶ~、おんぶ~!」

「やだじゃないの! 未果、酔っぱらってるでしょ?」

「よっれらいもん! いおが、わらしに、よっれるんらもん!」

「そう言う酔ってるじゃなくてね?」

「いおは、いっしょうわらしろいるろ~!」

 

 呂律が回ってないけど、何を言っているかはなんとなくわかる。

 あと、その場で駄々っ子みたいにじたばたするのはやめてほしい。

 それから、言っていることが色々とおかしい気がするよ。

 

「……依桜」

「あ、晶! よかった……晶は無事――」

「依桜は可愛いな……」

「ふぇ!? ちょ、晶!?」

 

 晶がボクに話しかけてきたから、きっと無事だと思っていた。

 だけど、現実は違ってました!

 

 妙に、色気のある微笑みを浮かべながら、手をボクの頬に添えてきた。

 それをした状態での、さっきのセリフ。

 ……意味が分からない。

 

「依桜、俺と付き合わないか?」

「……へ?」

「フフ……。気心知れた仲だし、いいと思わないか? 俺は、依桜と一緒にいたいんだ」

「……あ、あの、晶?」

「それとも、依桜は俺とじゃ嫌か……?」

 

 ……………………助けて!

 誰でもいいから、ボクを助けて!

 というか、晶って酔っぱらうとホストみたいになるんだね! 初めて知ったんだけど!

 

 微妙に、表情が色っぽいとか、やたら色気のある雰囲気を放ったりとか、どう見てもホストとかそう言うのじゃないですかやだー! いや、本当のホストがどういう物かは知らないけど!

 

 ええぇ? 待って。本当に待ってほしい。

 あと、いきなり告白されたボクはどうすればいいの? ねえ。本当にどうすればいいの?

 それと、そんな悲しそうな表情をしないで!

 

「あ、あのね、晶。そう言うセリフは、酔っていないときにするのが一番いいんだよ? 今の状態で告白しても、冗談としか思われないよ? だから――ッ!」

「大丈夫だ。俺は本気だぞ?」

 

 まさかの、あごクイッされた。

 わ、わーわー! 晶の顔が近いよぉ! 妙にいい匂いするよぉ! でも、どこかお酒臭いよぉ!

 

 本当にとんでもない状況なんだけど! ねえ、なんでこうなってるの!?

 全然大丈夫じゃないよぉ!

 

「キス、しよう……?」

「ま、ままままままって! 本当に待ってぇ! お願いだからぁ!」

 

 ああ、ゆっくり近づいてくる……!

 本当にまずい!

 このままだと、酔いがさめた後に、とんでもないことになっちゃう!

 

『ひゅ~ひゅ~!』

『いいぞぉ、もっとやれぇ~!』

『依桜ちゃん、さいこぉ!』

 

 ああ、ダメだ! クラスのみんなも、完全に野次馬根性発揮しだしちゃって、誰一人として止めようとしてないっ!

 ……こうなったら!

 

「ごめんっ、晶!」

「かはっ……」

 

 短い呼気を漏らした後、晶はその場に崩れ落ちた。

 表情は、安らかだ。多分、夢の中だと思う。

 

 ボクが何をしたかといえば、単純。

 針です。針で、ツボを刺激しました。

 もちろん、使ったのは強制的に睡眠状態にするツボです。

 同時に、酔い覚ましのツボも刺激しました。

 多分、下校時間になる前にはどうにかなっているはず。

 

「はぁ……はぁ……あ、焦ったぁ……」

 

 親友がいきなり告白してきた上に、キスをしようとしてくるなんて言う、特異な状況にものすごく疲れた。精神的に。

 今でも、心臓がバクバクいってるもん……。

 

「ねぇ~、いお~」

「み、未果!?」

 

 そうだった! 晶とのことが突然すぎて、未果のこと忘れてた!

 

「み、未果? あのね――ひゃうっ!?」

「あははぁ~、やわらか~い!」

「ちょ、み、みかっ……やめっ、ぁう! んっ、ちょっ……ぁん! ふぅ、ぁっ……! だめっ、だってばぁ……!」

「よいれはらいか~、よいれはらいか~!」

 

 あろうことか、未果は後ろから抱き着いたまま、ボクの胸を揉み始めるという、とんでもないことをしてきた。

 思わず、声が出てしまう。

 

「み、かっ……! い、いい加減にっ、しなさいっ!」

「くふっ……」

 

 どさりと、変な声を出しながら、未果はその場に倒れた。

 晶と同じようにしただけです。

 

「はぁ……はぁ……う、うぅ、未果のばかぁ……」

 

 さっきとは違う呼吸の乱れ。

 晶の場合は、単純に緊張の解放から。

 ただ、未果の場合はなんていうか、その……変な気分を落ち着かせるため。

 

 あ、危なかった……本当に危なかった。

 女の子になってから、こういう部分は本当につらい。

 

「大変だねぇ~」

 

 ふと、そんな声が聞こえ来た。

 誰だろうと思って振り返る。

 

「女委?」

 

 声の先には、いつも通りの笑顔を浮かべた女委が立っていた。

 

「うん。依桜君が大好きな、腐島女委さんだよ~」

「別に、大好きっていうわけじゃないけど……あれ、女委は大丈夫なの?」

「まね~。わたしの家系の女性はみんなお酒に強くてね。だから、大丈夫なんだよ~」

「そ、そうだったんだ……よかったぁ、まともな人がいて……」

 

 いくら女委とは言え、まともに会話ができるのは本当に安心した。

 

「さすがに、今ばかりは依桜君に同情するよ。だって、未果ちゃんは依桜君にエロいことをしようとしてくるし、晶君も晶君でまるでホストみたいに口説こうとしてたからねぇ」

「あ、あはは……」

 

 女委の言った事実に、乾いた笑みしか出てこない。

 なまじ、いつものメンバーだから本当にくるものがある。

 

「あ、態徒君は、そこで寝てるから安心してね~」

「あ、ほんとだ」

 

 女委の言った先には、某止まるんじゃねえぞ、の人みたいに指さしながら倒れて寝ている態徒の姿があった。

 正直、本当に助かった。

 

「さて、さすがにこのままじゃまずいよねぇ」

「そうだね。……仕方ない。ボクと女委以外みんな酔っぱらってるみたいだし、みんな強制的に眠ってもらうしかないよね」

「ま、それが一番いいかもね」

「……これだけ酔っぱらったら、多分二日酔いで頭痛くなると思うけど、自業自得ということで」

 

 誰がお酒を持ってきたのかは知らないけど、ここは連帯責任ということで、起きたら説教かな。

 そう思いながら、人数分の針×2を取り出し、

 

「おやすみなさい!」

 

 酔っぱらっているみんなに、針を投擲した。

 

『『『かはっ……』』』

 

 面白いことに、みんな同じタイミングで、同じ呼気を出しながらその場で眠り始めた。

 仲がいいというかなんというか……。

 

「お疲れ様、依桜君」

「本当に疲れたよ……。まったくもう。誰がお酒を持ってきたんだろう?」

「んー、それがね、わたしたちもわからなくてね~。それに、いつの間にか置いてあったしね~」

「わからなかったの? え、じゃあなに? 入手経路が不明なお酒を飲んだってこと?」

「うん」

 

 ……目元を手で覆って、天井を仰ぎ見る。

 このクラス、本当にどうしようもない……。

 ただ、そうなると気になってくることがあるわけで。

 

「でも、普通なら未果と晶が止めそうなんだけど……」

「未果ちゃんは悪ノリして、晶君は、悪ノリして酔っぱらった未果ちゃんと、率先してのみに行った態徒君によって、強制的に飲まされてたよ」

「…………」

 

 絶句するほかなかった。

 クラス委員であるはずの未果が、悪ノリして飲酒するって……。

 あの、普通に考えたら、違法なんだけど。

 というか、それ言ったらうちのクラスみんな犯罪者になっちゃうんだけど……。

 

「まあ、正確に言えば、お酒だと気づかなかった未果ちゃんが、悪ノリしたっていうのが正しいんだけどね」

 

 あー、未果だしなぁ。

 基本的に、楽しいこと大好きな未果が、見逃すことするはずないか。

 

「じゃあ、ほかのみんなは?」

「あー、それがね、みんなも気づかなかったらしくてねぇ」

「……いや、缶に思いっきりハイボールって書いてあったよ? さすがに、それを知らぬ存ぜぬで通すのは厳しいと思うんだけど……」

「あれ、そうなの? わたしたちが最初に飲んだやつ、何も書いてなかったんだけど……」

「え?」

 

 てっきり、ラベルを見た上でさっきの発言かと思ったんだけど……女委の様子を察するに、どうやら違うみたいだ。

 変だと思って、落ちている空き缶や、まだ空いていない缶を拾い上げて見てみることに。

 すると、

 

「あ、ほんとだ。ラベルがない……」

 

 女委の言われた通り、ラベルが貼ってないものが混じっていた。

 よく見ると、缶の数は、クラスの人数×2といったところだ。

 う~ん、これはいったいどういう状況?

 

「どういうことなんだろう?」

「だね~。とりあえず、先生に連絡したほうがいいかもねぇ」

「あー、だね。これを見る限りだと、未果たちが一方的に悪い、とは言えないし……いやまあ、入手経路が不明で、尚且つラベルが貼ってない飲み物を飲むっていうのも、結構まずいけど」

 

 普通はしないと思うんだけどなぁ……。

 でも、うちの学園だし。あの学園長だからなぁ……。

 多分だけど、ほかのクラスでもこういう事態が発生したら、うちみたいになったと思う。

 

「とりあえず、学園長先生を呼んでみようか」

 

 一応、個人的なつながりということで、学園祭前日に連絡先もらってたし、この際活かしておこう。

 

 ため息をつきつつも、学園長先生に電話をかける。

 

『はい、もしもし、董乃叡子(ただのえいこ)です』

 

 数コールなった後、無事学園長先生につながった。

 ……学園長先生、董乃叡子って言うんだ。

 

「もしもし、男女依桜です。今大丈夫ですか?」

『あら、依桜君? もちろんいいわよ。依桜君のためだったら、国の一個大隊とだって殺り合うわよ』

「……物騒なこと言わないでください」

『冗談よ冗談』

 

 全く冗談に聞こえない。

 本当にやりそうなんだよね、この人……。

 冗談でも、『お願いします』なんて言った次の日には、確実にどこかの国の軍が消滅してそうだし。

 

『それで、何かあったの?』

「えっと、実はですね――」

 

 ボクは、クラスに戻った後のことを話した。

 もちろん、クラスメートが飲酒してしまったことも含めて。

 当然、それは不可抗力とまでは行かないけど、少なくともラベルが付いていなかったことも原因の一つであるから、擁護した。

 

「ということなんですが……」

『なるほど。それなら、心配ないかも』

「え?」

『だってその飲み物、うちで新しく開発してる飲み物だもの』

「……はい?」

『正確に言うとそれ、お酒じゃないわよ』

「そ、そうなんですか!?」

『うん。その飲み物、ラベルのある方、よーく見てみて』

「えーっと……『ハイボール ユズレモンデラックス ~お酒じゃないよ!~』?」

 

 見えなかった……!

 正面からしみてなかったから、全部の文字が見えてなかったのか。

 

『その飲み物ね、今度販売するやつで、アルコールが入っていないのに、お酒の匂いもするし、アルコールが入っていないのに、同じように酔えるっていう画期的な飲み物なんだよ』

「無駄に技術力高いんですが」

『ま、うちの会社は一応製薬会社だからねぇ。といっても、最近ゲーム業界にも手を出し始めてるけど』

 

 いや、それはもう製薬会社とは言えないんじゃ?

 製薬会社って、普通に薬とか作るところだよね? なのになんで、アルコールが入っていないのに、お酒と同じような飲み物作っちゃってるの?

 あと、製薬会社のはずなのに、なんでゲーム業界?

 ものすごく、無理がある気がするんだけど。

 

『だから、酔っぱらってる人たちは、特に問題ないから。少なくとも、アルコールが入っていないから、未成年飲酒にはならないし、二日酔いにもならない。安心安全に酔える飲み物だよ』

「……いやでもこれ、倫理的にやめたほうがいいのでは?」

『問題なし。一応これ、審査通ってるし。ちゃんと、アルコールが入っていないことも証明済みだよ』

「……もういいです。なんとなくわかりましたから」

『そうかい? そんなわけだから、あまり心配いらないよー』

「はい、わかりました。それでは」

『じゃあねー』

 

 学園長先生の最後の言葉を聞き終えてから、通話を切った。

 

「ぶっ飛んでるねぇ」

「……だね。みんなどうしようか?」

「んー、とりあえず、寝かしておこっか」

「それもそうだね。みんな初めての学園祭で疲れてると思うし」

 

 特に、今日なんて昨日の比じゃなかったからね。

 疲れてしまうのも無理はないよね。

 

「でも安心したよ、変な事件に巻き込まれた、っていうわけじゃなくて」

「だねー。でも、一番大変だったのって、依桜君だよねー」

「そうかな?」

「そうだよ。だって、調理のほとんどをこなして、ミスコンに出て、特技披露でナイフ投げ、テロリストの撃退。二日目には、エッチな痛い! 格好で、調理、それから初日でやった特技の再演。それが終わったら、今度は一人で調理をこなして、お化け屋敷に行って気絶。そのあと、ゴールデンタイムで、また一人で高速調理。ほらね? 依桜君は一番大変でしょ?」

「あ、あはは……た、たしかにそうかも……」

 

 こうして、二日間のボクの行動を並べて言われると……かなり濃密な学園祭だった気がする。

 あと、女委。わざわざエッチと言ってダメージ喰らいに行くあたり、ある意味尊敬するよ。ダメージを受けてまで言うところに。

 

「う……俺は……」

 

 女委と話していると、小さなうめき声が聞こえてきて、一人置きあがった。

 晶だ。

 

「晶、大丈夫?」

「ん? あ、ああ、依桜か……とりあえず大丈夫なんだが……なあ、微妙に記憶が混濁しているんだが……何か知らないか? もやがかかったみたいに思い出せないんだが……」

 

 顔をしかめながら、思い出そうと記憶をさかのぼっている晶。

 

「な、何もなかったよ? うん。何もなかった。ね、女委?」

「う、うんうん、大丈夫だよ! これと言って何もなかったから!」

 

 晶の名誉のために、ここは黙っておこう。

 思い出したら、どうなるかわかったものじゃないし……。

 

「うぅ……なんか、首が痛いような……?」

 

 と、今度は未果も起きてきた。

 眉をひそめ、首をさすりながらの起床。

 多分、ボクが刺したところかな。

 

「私、何をしていたのかしら……?」

 

 未果もどうやら記憶にもやがかかっているらしく、思い出せなくてもやもやする、みたいな表情を浮かべている。

 

「未果もか? 実は、俺も記憶がないんだが……」

「晶も? ……ねえ、依桜と女委は何か知らない?」

「な、何も知らない、よ?」

「わ、わたしも」

 

 こっちとしても、あまり思い出さないほうがいいと思っているしね……。

 だって、明らかにあれは黒歴史だろうし、二人にとって。

 

「…………あ、いや、待てよ? 確か俺……ッ!」

「…………何か思い出せそう……ッ!」

 

 二人がそう呟いた瞬間、二人に雷が走ったような表情を浮かべ、次の瞬間、

 

「「うああああああああああああああっっっっ…………!」」

 

 顔を真っ赤に染め叫びながら、床をゴロゴロ転がり悶えだした。

 それを見た、ボクと女委は、

 

「「あっちゃー……」」

 

 としか言えなかった。

 思い出してしまったらしい、自分たちが何をしていたのか。

 

 未果は、幼児退行して、子供みたいにボクに甘えてきた上に、セクハラ。

 晶は、ホストみたいにボクを口説こうとした上に、キスをしようとする始末。その上、微妙にキザっぽいセリフもセットで。

 

「「し、死にたいっ……!」」

 

 まあ、そう思うよね。

 ボクも、あんな姿を見せたら、死にたくなるもん。

 特に、師匠とかに。

 師匠にそんな姿を見せたら、当分酒の肴にされていじられるだろうからね……。

 

「だ、大丈夫、二人とも……?」

「ダイジョブジャナイ……」

「ワタシ、コノヨ、キエタイ……」

「あ、あはは~、二人とも日本語覚えたての外国人みたいになってるねぇ~……」

 

 さすがの女委も微妙に笑みが引き攣っている。

 ……女委がその反応するってことは、結構深刻だと思う。

 もしかして、女委にもそういう黒歴史があるのかな?

 

「だ、大丈夫だよ、ボクは気にしてないから! ね?」

「そ、そうは言うがな……俺、あんなにキザっぽいセリフを言ったんだぞ?」

 

 ……たしかに、普段の晶からは想像もできないセリフだったよね。

 と、ふと横から何やらおかしな気配が。

 

 見ると、さっきまで引き攣った笑みが何だったんだと言わんばかりに、女委が悪そうな笑みを浮かべていた。

 そして、口を開くなり、

 

「『依桜は可愛いな』」

 

 晶の酔っぱらっているときのセリフをリピートした。

 

「ぐっ!」

 

 刃物が刺さったかのように、呻き声をあげながら胸を抑え始めた。

 

「め、女委……?」

「『うへへぇ~……い~お~、おんぶ~』」

「うっ!」

 

 ああ、今度は未果の幼児退行のセリフを!

 

「『フフ……。気心知れた仲だし、いいと思わないか? 俺は、依桜と一緒にいたいんだ』」

「うぐぅっ!」

 

 ああ、晶からは聞いたこともない呻き声が!

 

「『やぁらぁ~! おんぶ~、おんぶ~!』」

「ぐふぅっ!」

 

 ああ、未果が倒れた!

 二人とも、完全に目が死に始めてる!

 

 それどころか、痙攣し始めてるし!

 え、本当に大丈夫なの!? 重症過ぎない!?

 

「いやあ、二人とも面白いねぇ~!」

「め、女委! さすがにダメだよ! いくら二人が、ものすごく似合わないキザなことを言ってたり、幼児退行して普段からは想像もできないくらい甘えん坊になってても、傷を抉っちゃだめだよ!」

「「うばああああああああああああああああッッッ……!」」

 

 バタリ。

 あ、あれ?

 

「さっすが依桜君。見事にとどめを刺したね~」

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、謝らないでくれ、依桜……よ、余計に惨めになる……」

「その優しさが、時として残酷なのよ……」

「……ごめんね」

 

 最後に一瞬、儚げな微笑みを浮かべた二人は、パタリと動かなくなった。

 

「ありゃりゃ。気絶しちゃった」

「……よほど、耐えられなかったんだね」

「普段とは全く別のことをしてたことをしたらねぇ。そりゃ、黒歴史にもなるよ~」

「……記憶を消すツボ、押したほうがいいかな」

「そうだね。多分、それが二人にとっていいことかもね。あと、目撃している人もいるけど……それは夢、って言っておけばなんとかなるんじゃないかな? 酔っぱらってたわけだしね~」

「そうだね」

 

 普通の高校生だったら、酔うという感覚が分からないわけだし、夢と言っておけば問題ないよね。

 なら、刺すのは二人だけと。

 

 ボクは、新しい針を二本取り出して、三十分ほどの記憶を消すツボという、いかにも都合のいいツボを刺激した。

 一瞬、ビクンッ! としたけど、多分大丈夫のはず。

 

「はぁ……すごく疲れたぁ……」

「でも、普段見れない姿を視れて、わたしは大満足!」

「女委って、本当欲望に忠実だよね」

「もちろん! 人間は欲望があってこそ! だからね」

「……そうかもね」

 

 そんなこんなで、学園祭は色々な傷を残しつつ、終了となった。

 

 しばらくすると、みんな目が覚めて、記憶飛んでいたらしいけど、これと言って障害がなかった。本当にアルコールが入っていなかったらしい。

 

 なお、未果と晶の思い出したくない黒歴史はしっかり消えていました。

 逆に、ほかの人と違って記憶がないことに違和感を感じ、ほかの人に聞こうとしたけど、思い出さないほうがいいと思いなおしたのか、聞くのをやめていた。

 それが賢明だと思う。

 あの姿は、お墓まで持っていこう。

 

 高校初の学園祭が、ここまで騒がしいものになるとは思わなかった。

 来年は、もう少し静かになりますようにと、ボクは心の底から願った。



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1-2.5章 依桜たちの(非)日常1
30件目 読者モデル、依桜ちゃん 上


 学園祭が終わった次の日。

 ボクと晶は、ショッピングモールに来ていた。

 

 今日は十月十日の土曜日。

 

 本来なら、学園祭の片づけがあるんだけど、ボクと晶はミス・ミスターコンテストで優勝したため、片付けが免除になっている。てっきり、クラス全員が免除になるとばかり思っていたけど、どうやら、優勝した人だけみたい。

 

 なんで、優勝者だけなんだろうと思っていたら、どこから仕入てきたのかはわからないけど、それに関する情報を話してくれた。

 曰く、『大勢があくせく片付けているときに、優雅に休日を楽しむのは愉悦』とのこと。

 ……それが本当だとしたら、考えた人は性格が悪いと思う。

 ボクとしては、片付けもしたかったんだけど……未果に、

 

『これも優勝賞品なんだから、ダメ! というか、依桜は学園祭で散々動き回ったんだから、休みなさい』

 

 と言われてしまった。

 強制的に休日にさせられた。

 晶は晶で、一緒に出掛けないかということらしい。

 

 それで、どこへ行こうかという話になった時、『ショッピングモールに行かない?』とボクが提案して、こうして二人で来た。

 

「ねえ、晶」

「なんだ?」

「ふと思ったんだけど、傍から見たらボクたちってデートしてるように見えるのかな?」

「あー、まあ、そうなんじゃないか? 依桜が元々男だって知ってるのは、依桜の両親と、クラスメートくらいだしな」

「やっぱり」

「どうかしたのか?」

「ううん。なんでもないよ」

「そうか」

 

 やっぱり、デートに見えるんだ。

 晶もだと思うけど、ボク的にはただ二人で遊びに来てるだけ、という気持ち。

 

 ……正直、酔っぱらった晶が告白してきたけど、あれはノリだったんだろうしね。

 だから、これと言って気にすることはないんだけど……。

 

『ねえねえ、あれ見てあれ』

『ん? うわ、イケメンと美少女が一緒に歩いてる……』

『男の子はかっこいいし、隣の女の子、ものっすごい可愛くない?』

『いいなぁ、羨ましいなぁ』

『おい、あれ見てみろって。あの娘、すっげえ可愛いよな』

『うわ、やべ! めっちゃタイプなんだけど』

『だよな。……でも、隣にいるやつって、彼氏か?』

『じゃねーの? チッ、イケメンは得だよな』

 

 なんて、周囲からかなり視線を感じるし、会話も聞こえてくる。

 どうやら、ボクたちはかなり目立っているみたい。

 

「まずはどこ行く?」

「そうだね……とりあえず、ゲームセンターとか?」

「なら、まずはゲームセンターに行くか。たしか、この階にあったはずだしな」

「うん」

 

 周囲の人たちが気になるけど、今は楽しもう。

 

 

「やっぱり、クレーンゲームって、ついつい意地張っちゃうよね」

「だな。取れそう、と思ってずっとやってると、次で取れる、次で取れる、って感じでどんどん百円を入れるからなぁ。全自動金搾り取り機って感じだな」

「あはは、たしかにそうかも」

 

 そんな会話をしているボクたちの手には、景品が入った袋がぶら下がっていた。

 戦利品としては、ボクがクマやうさぎ、犬のぬいぐるみと、お菓子。

 晶が、時計や鞄、モバイルバッテリー(アニメ仕様)。

 

 ちなみに、使用した金額は、ボクが二千円で、晶が千五百円。

 ついついやりすぎてしまった結果だ。

 

「これどうしよっか」

「たしか、コインロッカーがあったな。そこに預けるか。そのあとどうする?」

「うーん……今って何時かわかる?」

「ん、十二時半だな」

「結構ゲームしてたんだね。じゃあ、お昼にしよっか」

「だな。とりあえず、フードコート行くか」

 

 ボクたちはゲームセンターを出て、コインロッカーに景品を預けてから、フードコートに向かった。

 

 

「それにしても、二人だけで遊びに来るのって、いつぶりだ?」

 

 昼食を摂っていると、晶が突然そんなことを言っていた。

 

「えーっと……多分、小学生の時かな? それも六年生」

「やっぱりそのくらいか。中学生の時から、態徒と女委が入ってきたからな」

「あはは。そう言えば、あの時の二人のことと言えば、第一声が酷かったよね」

「そう言えばそうだったな」

 

 ボクの記憶が正しければ、態徒は、

 

『おっぱいとお尻、どっちが好きだ!?』

 

 だったはず。

 で、女委は、

 

『ねえねえ、男女君は、受け? それとも攻め!?』

 

 だったっけ。

 

 ……第一印象酷かったなぁ、今思えば。

 しかもこれを言ったのって、二人とも入学式の日だったっけ。

 その時は確か、

 

「未果が先生の所に行ってていなかった時だよな」

「そうそう。それで、ボクと晶が話しているときに突然話しかけてきたんだよね」

 

 今思えば、コミュニケーション能力高いなと思う。

 だって、普通に会話をしているところに、わざわざ割って入ってくるんだよ? ボクは絶対できないよ、あんなこと。

 その上、さっきのセリフだからなぁ。

 

 しかもこれ、中学一年生の男子と女の子が言うことだよ? すごくない? どういうメンタルしてるんだろうって思うよ。

 

「態徒に対しては、『何言ってるんだ、お前は』だったよな」

「そうだね。晶はそう言う反応してたよね。で、確かボクは、意味が分からなくて、『え、えっと、受け?』って言ったんだよね。……今思えば、なんであんなこと言ってしまったんだろう? って感じだけど」

 

 しかもその後の女委の反応と言えば、

 

『マジで!? ひゃっほい! リアル男の娘の受け、いただきました! 本当にありがとうございます!』

 

 こんな感じだった。

 

 あの時点で、女委は腐ってたんだろうなぁ。目が、汚泥のように濁りきった輝きを放ってたし、涎も出てたし。

 

 小学校低学年くらいから腐女子だったと言われても、納得してしまいそうなくらい、女委は濃かった気がする。いや、今のほうが十分濃いと思うけど。

 

「でもまあ、二人とも優しかったからね」

「まあな。と言っても、どっちも、方向性の違う変態ではあるがな」

「あ、あはは……」

 

 本当に、それに関しては苦笑いするほかない。

 昔話に花を咲かせつつ、昼食を終えたボクたちは、

 

 

「はーい、いいよいいよぉ! そうそう! 依桜ちゃん、少し前かがみになって、片足少し前に出して! そうそう! で、少し首をかしげるの! いいわよぉ!」

 

 ――なぜか、モデルをさせられていた。

 正確に言えば、ボクが、だけど。

 なんでこうなったのかと、ボクはこの状況となったきっかけを思い出していた。

 

 

 あれは、昼食を終えた後のこと。

 ボクと晶が昼食を終え、次に向かったのは、一階の洋服エリア。

 

 なんとなく、服を見たい気分だったのと、晶も晶で少し見て回りたいという気持ちが、ピッタリ一致したので、一階の洋服エリアに向かった。

 

 ボクが、行こうとしたのは女性用洋服店だったので、晶的には敷居が高いらしく、一度別々で行動しよう、ということになった。

 

 集合場所を決めてから、一旦分かれて、ショッピングモールにありがちな円形でちょっと広めの場所を一人で歩いていると、

 

「もぉ、何やってるのよぉ!」

『も、申し訳ありません! 一人は二日酔いで、もう一人は風邪をひいて熱を出してしまったとのことらしく……』

 

 筋骨隆々で、とてもカラフルなシャツを着ている男の人が怒鳴っていて、その人に対して、少し気弱そうなスーツを着た人がペコペコと頭を下げ続けている光景が目に入った。

 な、なんだろうあれ?

 

「ハァ……少なくとも、男性用のはある程度余裕があるからいいけど、女性用のは今日しか予定がつけられなかったのよ!? まあ、風邪をひいたのは仕方がないからいいけど、二日酔いでこれない男は、二度と仕事を回さないから」

『すみません……』

「とりあえずいいわ。でも、どうしたものかしらねぇ……新作の冬服をテーマとした特集だし、後日撮るにしても、いいモデルさんはいないものねぇ。それに、ワタシにもスケジュールってものがあるし……」

『ですよね……一応、服のサイズは一通りありますけど……さすがに、着る人がいないんじゃ、撮れませんし……』

 

 うーん、話を聞いている限りだと、何かの雑誌の話みたい。

 多分、ここでモデルの撮影をやるはずったんじゃないかな?

 二人来るはずだったみたいだけど、どうやらこれなくなってしまった、って感じだろうね。

 

「ああいう業界って、大変なんだなぁ……」

 

 ボク自身、今までそう言うのに興味もなかったからあれだけど、こうして現場を見る(肝心のモデルさんはいないけど)と、かなり大変な仕事なんだなという様子がうかがえる。

 

「あ、そんなことより、早くお店いこ」

 

 時間は限られてるしね。

 少し揉めている光景から目を離して、目的のお店に行こうと歩き出した時のこと。

 

「まあ、幸いここはショッピングモールだし、人はそれなりにいるわ。可愛い娘の一人や二人、きっと見つかるはずね」

『つまり、一般女性を読者モデルに、ということでしょうか?』

「そうね。ま、仕方ないわ。いい娘は……あら? あの娘……」

 

 あれ? なんだか背後から視線を感じる? いや、いつも視線は感じてるけども。

 でも、今回の視線はちょっと違う気がする?

 ……でも、気に留める必要はないかな。

 

「なんて綺麗な銀髪……後姿だけしか見えないけど、あれはきっと逸材かも! こう、ビビッと来てるわぁ! ねえ、そこの女の子!」

 

 さっきのカラフルシャツの人の声だ。

 一体誰に話しかけてるんだろう?

 

 ここって、ショッピングモールだから、人もそれなりにいる。そんな中で、『そこの女の子』って言われても、疑問符を浮かべるだけだと思う。

 

 そんなボクと同じ考えに至ったのか、周囲の人も周囲をきょろきょろしてる。

 ボクのことじゃないだろうと思って、再び歩き出すと、

 

「そこのあなたよあなた! 長い銀髪のあなた!」

 

 そんな声が聞こえて、思わず足を止めてしまった。

 同時に、四方八方から視線の雨あられ。

 

 え、なんでこんなに視線を向けられてるの?

 それに、銀髪と言っても、ボクだけに限ったことじゃ……

 

「……まあ、いないよね……」

 

 いるわけがないとわかり、少し肩を落とす。

 ここは日本。だから、銀髪の人っているのは相当珍しい。

 たまたま外国人がこの場にいるでもない限り、ここまで視線を集めることはないだろう。

 つまり……

 

「ボクのこと、だよね……?」

 

 いや、もしかした違う人かも――

 

「そこで立ち止まって、肩をちょっと落としてる、そこのあなた! ちょっといいかしら!」

 

 なんてことはなく、十中八九ボクだろう。

 な、なんだろう? ボク、何かしたかな?

 でも、とりあえず呼ばれてるし……とりあえず、話を聞くだけでもしないと、だよね。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

 カラフルシャツの人のところへ歩み寄る。

 ボクが振り向いた瞬間、なんだか撮影関係者? の人たち全員が硬直した気がするんだけど……。

 

「あなた! ちょっとモデルやらない!?」

「……ふぇ?」

 

 肩を掴まれて、突然言われたボクは、例によって、呆けた声が漏れ出ていた。

 

 

 それであの後、あれよあれよといううちに、着替えさせられ、さっきの状況に至ります。

 ……あの、改めて思い返してみたけど、どんな状況? これ。

 

「いいわいいわぁ! 依桜ちゃん、さいっこう!」

「あ、あはは……」

 

 満面の笑みで写真を大量に取っているカラフルシャツの人――(みどり)さんにそう言われるも、乾いた笑みしか出てこなかった。

 

 あ、あれ? ボク、洋服を見に来ただけなのに、なんでモデルをさせられてるんだろう?

 鬼気迫る顔で迫られて、思わず了承しちゃったけど、これってかなりとんでもない状況なんじゃないの?

 あ、あれ?

 

「うん。みんな! とりあえず休憩にしましょう!」

 

 碧さんがスタッフさんたちに言うと、各々休憩を取り出した。

 

「依桜ちゃんも、とりあえず休憩にしましょう」

「あ、はい」

 

 どうすればいいのかわからず、困惑していると碧さんが声をかけてくれた。

 

「ありがとねぇ、依桜ちゃん。急にモデルをやらせちゃって……」

 

 碧さんに促されて、近くの椅子に座ると、かなり申し訳なさそうな表情で、謝られてしまった。

 

「あ、い、いえ! ボクとしても貴重な経験ですから」

「……ふふ。そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽よぉ」

「あー、一応友達に連絡してもいいですか? 待ち合わせ時間ちょっとすぎちゃって……」

「あら、それは本当に申し訳ないことをしたわ。もちろん、連絡しちゃってもいいわよ」

「ありがとうございます。ちょっと、失礼しますね」

 

 一言断ってから、ボクは晶に電話をかける。

 二コールほどで繋がった。

 

『もしもし? 依桜、待ち合わせ時間すぎてるんだが、何かあったのか?』

「あ、うん。ちょっと急にモデルの仕事をさせられちゃって……」

『……依桜。お前、本当にいろんなことに巻き込まれるなぁ。体質か?』

 

 電話の向こう側から、晶が苦笑いを浮かべている気配を感じた。

 

「否定できないのが辛い……」

 

 実際、昔からいろんなことに巻き込まれていたし……。

 人生最大の巻き込まれと言えば、異世界転移だとは思うけど。

 

『まあ、依桜の体質云々は置いておくとして。俺は、そっちに行ったほうがいいか?』

「うーん、その方が助かるかも。悪いんだけど、一階の中央エリアに来てくれないかな?」

『りょーかい。今から向かう』

「ありがとう。それじゃあ、後でね」

『ああ、またあとで』

 

 通話を切る。

 スマホをカバンにしまって、碧さんのところへ戻る。

 

「怒ってなかった?」

「大丈夫です。晶は、優しいですから」

「そう、ならよかったわ」

 

 友達の晶が怒っていないと知って、碧さんはかなりほっとし様子だった。

 

「にしても、依桜ちゃん。ほんっとうに可愛いわねぇ」

「そ、そうですか?」

「もちろん。というか、今まで話題に出なかったのが不思議なくらいよぉ」

 

 それは多分、今のボクが現れたのは一か月前だからだと思う。

 話題に出なかったわけじゃないけど、あれは学園祭中のことだからなぁ。

 

 一応、学園のHPにもボクと晶の写真が掲載されてたらしいけど、HP以外には掲載できないようになってたしね。

 

 どういう原理かは知らないけど、特殊なプロテクトがかかってるらしくて、スクリーンショットも撮れないし、画像を取ることもできない。さらには、カメラで撮って、それをネットに上げようとしても、上げた瞬間に即削除っていうことが起こってたみたいだし。

 どういう技術力してるんだろう、本当。

 

 まあ、それでも多分、何かしらの抜け道はあったと思うけどね。

 

「依桜ちゃんのその髪と眼って、地なの? それとも、染めてたりカラコン入れてたりって感じかしら?」

「これは地ですよ」

「珍しいわね。もしかして、ハーフとか?」

「いえ、隔世遺伝ですよ。ボクの先祖に、北欧の人がいたらしくて」

「へぇ~、すごいわねぇ。それ、結構目立ったんじゃないの?」

「そう、ですね。周りとはかけ離れた外見ですからね、ボク」

「やっぱりねえ。デリケートな話だけど、いじめとかはなかったの?」

「うーん、全くなかったですね。からかわれることもなかったです」

 

 思い返してみれば、この髪と眼でいじられたり、からかわれたことはなかった気がする。

 ……あ、いや、いくつかあったかも。

 

 でも、からかったりした次の日には、かなり満足気な未果と晶がいて、対照的にいじったりした人は満身創痍な姿で現れてた覚えがある。

 あれ、裏で何が行われてたんだろう?

 

「それはすごいわね。きっと、環境に恵まれてたのね」

「かもしれませんね」

 

 碧さんの言う通り、ボクはきっと恵まれた環境にいたんだろうなぁ。

 ……その割には、変態な友人がいたり、面白いという理由で異世界転移装置を作って起動させちゃう学園長とかもいたけど。

 

 ……あれ、それって本当に恵まれてるの?

 意外と恵まれていないのでは? と訝しんでいると、

 

「お、いたいた。おーい、依桜―!」

「晶!」

 

 撮影場所からほんの少し離れたところに晶が立っていた。

 

「すみません。ちょっと失礼します」

 

 ボクは晶の姿を確認すると、足早に向かっていった。

 

「来てくれてありがとう、晶」

「いや、いいよ。何か大事に巻き込まれたわけじゃないしな」

「さすがに、一日目の時みたいなことはそうそう起こらないよ」

 

 むしろ、起こってたまるか、って感じなんだけどね。

 テロリストの襲撃に遭遇するって、かなりとんでもない確率だろうからね。

 むしろ、あれはかなり例外的なものだったし。

 そもそも、テロリストに遭遇するっていうこと自体、普通じゃありえないわけだしね。

 

「それもそうだな。それで、どれくらいで終わりそうだ?」

「うーん、一時間もかからないと思うけど……」

「そうか。なら、ここで見させてもらうよ」

「ごめんね、晶」

「ん、何を謝ってるんだ?」

「だって、晶を待たせちゃってるわけだし……」

「なんだ、そんなことか。気にすんなよ。幼馴染がモデルの仕事してるなんて、滅多にあることじゃないからな。しかもこれ、雑誌に載るんだろ?」

「う、うん。碧さんが言うにはそうらしいけど」

「ならいいじゃないか。幼馴染が雑誌に載るなんて、自慢できそうだしな」

 

 ニッと笑って、晶はそう言ってくれた。

 本心でそう思っているんだろうけど、多分、気遣いも含まれてるんだろうなぁ。

 

「……ありがとう、晶」

「お礼はいいよ」

「うん。じゃあ、そろそろ行くね」

「ああ。頑張ってな」

 

 晶の応援を受けながら、ボクは碧さんのところへ戻った。

 

「戻りました……って、どうしたんですか?」

 

 戻ってくると、何やら碧さんが神妙な面持ちをしていた。

 

「ねえ、依桜ちゃん。彼って……」

「彼? あ、晶のことですか?」

「そうそう。その晶君なんだけど、さっき言ってた依桜ちゃんのお友達?」

「そうですね。より正確に言えば、幼馴染ですけど」

 

 まあ、どっちでもいいとは思うけどね。

 と、ボクがそう告げると、碧さんが急に立ち上がって、一目散に晶に向かっていった。

 

「ねえ、君、モデルやってくれないかしら!?」

「……はい?」

 

 晶が巻き込まれた。



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31件目 読者モデル、依桜ちゃん 下

 結局、流されるまま、晶も着替えさせられ、ボクと同じようにモデルをさせられた。

 ちなみに、ボクと違って、晶の場合は一人で撮影するのではなく、

 

「いいわいいわぁ! 依桜ちゃん、晶君の腕に抱き着くようにしてもらってもいい?」

「は、はい」

「で、晶君は、爽やかな笑顔を浮かべて!」

「わ、わかりました」

 

 こんな感じで、ボクと二人での撮影だった。

 

 なんでも、今日の撮影では、カップルを演出した写真を撮るつもりだったらしいのだけど、急遽二人のモデルがこれなくなるという事態に見舞われたため、断念せざるを得なかったとか。

 

 でも、それだと何も撮影できないまま終わってしまうため、このショッピングモール内で代わりとなる人を探そう、というときにボクに白羽の矢が立ったらしい。

 男性用の写真に関しては、なんとか代用が利くとのことで諦めていたとのこと。

 

 そこからさらに、ボクに呼ばれて来た晶を見て、これならいける! と碧さんが思い、こうして写真を撮っている、というわけです。

 

「そうそう! いいわよぉ~!」

 

 筋骨隆々で、カラフルシャツを着た人が、おねぇ言葉を発しながら写真のシャッターを切りまくるって……傍から見たら、相当すごい絵図らなのでは? と失礼にも思ってしまった。

 

 それから、ここはショッピングモール。人が多く行きかう建物。

 ボクたちが今、撮影している場所だって、エスカレーターや入り口が近い位置にあるため、当然人が多いわけで……

 

『ねえあれって、何かの撮影かな?』

『そういえば、今日ここで写真撮影があるって聞いたよ!』

『へぇ~。じゃあ、あの二人がモデルさん?』

『でも、雑誌で見かけたことないよ?』

『だよね。でもでも、男の子はかっこいいし、女の子の方なんて、すっごい可愛いよね!』

『わかるー! でも、あんだけ可愛いんだから、絶対何かしらで出てるって!』

『探してみよ!』

『すげえ、生の写真撮影とか初めて見た』

『ああ、すげえんだな。何より、あの娘超可愛いしよ』

『くぅ、隣の奴が死ぬほど羨ましいッ……!』

『つか、帰ったら、あの娘が載ってる雑誌とか探してみようぜ!』

 

 こうして、かなりの人に見られているわけで……。

 なんだろう。ものすごく、デジャヴを感じる。

「じゃあ、次で最後ね。依桜ちゃんは、晶君の首に抱き着いて、とびっきりの笑顔をお願いね! 晶君は、依桜ちゃんをしっかり支えながら、笑顔でね!」

 

 え、えとえと、とびっきりの笑顔? って、えーっと……あ、学園祭の時ので大丈夫かな?

 

「(ニコッ)」

「あらあああああああああ! 素敵、素敵よぉ! そう、その笑顔よぉ! 晶君も、完璧とまでは言えないけど、とってもいい笑顔よ! うんうん! 二人とも、相性ピッタリで、すごく自然体ね!」

 

 ボクたちが、指示された通りに笑顔を浮かべて、ポーズを作ると、碧さんが大興奮した。

 傍から見た、ちょっとやばい人に見えなくもない。

 

「うん! 完璧! これで撮影は終わりよ! お疲れ様!」

『お疲れ様でした』

「「お、お疲れ様でした」」

 

 碧さんの言葉に続くように、スタッフさんたちが一斉に挨拶をした。

 ボクたちも慌てて、挨拶をする。

 それが終わると、片付けが始まった。

 

「二人とも、お疲れ様。はい、これ。コーヒーでよかったかしら?」

「だ、大丈夫です」

「ありがとうございます」

 

 碧さんがボクたちのところに来て、コーヒーを差し入れてくれた。

 お礼を言って受け取る。

 

「二人とも、今日はありがとね。撮影協力してくれて」

「い、いえ。ボクはさっきも言いましたけど、貴重な経験になりましたし、全然いいですよ」

「俺もです。モデルなんて、そうそうできる経験じゃないですからね」

「そう言ってもらえると、カメラマンとしてすごく嬉しいわ」

 

 素直な感想を言うと、碧さんはものすごく嬉しそうに破顔した。

 うーん、やっぱり見た目のせいで、結構危ない人にしか見えない。

 

「それでね、素人さんだから事務所的にもお金を渡す、っていうわけにはいかなくてね」

「いえいえ、気にしないでください。こうして経験できただけで、十分ですし」

「ううん。お仕事には、当然報酬がもらえるんだから、こういうの受け取るのが礼儀よ」

「そうだぞ、依桜。突然頼まれたから、っていう理由でこなしていたとしても、当然それは仕事だ。報酬が発生するのは当たりまえだろ?」

 

 バイトをやっている晶からの言葉だと、説得力あるね。

 でも、確かに二人の言う通りだよね。

 ボクだって、向こうの世界じゃいろんな仕事をしていたわけだし。

 

「……うん、そうだね。わかりました。それで、お金以外となるとなにがあるんですか?」

 

 お金が事務所的に無理となると、ほかに何があるんだろう?

 

「そうねぇ……あ、ちょうどいいものがあったわ。えーっと、あ、あったあった。はい、これ」

 

 碧さんが自分のカバンの中をあさり、何かの紙を取り出し、ボクたちに手渡してきた。

 

「これは?」

美天市(みあまし)内の飲食店全部に使えるフリーパスよ。期限は今年一杯。期限以内なら何度でも使えるパスよ。一枚あれば、五人まで食べ放題飲み放題の超レア物よ!」

「い、いいんですか? そんな貴重なものをボクたちがもらっちゃって……」

「それに、このパスって、たしか写真のコンテストか何かの景品だったはずですが」

「いいの! 今日は二人のおかげで、今までで一番いい絵が撮れたしね! これはそのお礼! だから受け取って」

 

 ここまで言われて断るのも、逆に失礼、だよね。

 チラッと晶の方を見ると、同じことを考えたらしく、笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「わかりました。それじゃあ、ありがたくもらいます」

「うんうん! 素直が一番! あと、あなたたちが着ている服もプレゼントしちゃうわ」

「本当ですか? これ、結構大人しめでいいなぁと思っていたのでとっても嬉しいです!」

 

 それに、冬服はまだ持ってなかった気がするし。

 

「俺もいいのがあれば買おうと思っていたので、ありがたいです」

「よかった! それじゃあ、今日はありがとね! 片付けに関しては全部こちら持ちだから、二人は遊びに戻っても大丈夫よ!」

「今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「うん。それじゃあね! あ、掲載される雑誌なんだけど、『Cutie&Cool』っていう雑誌に載るから、よかったら見てみてね!」

 

 という一言を残して、碧さんは戻っていった。

 

「うーん、雑誌の名前、どこかで聞いた気がするんだけど……」

「依桜もか? まあ、実は俺もだ。よく耳にするような気がしてるんだが……」

「……まあいっか。多分、その内思い出せるよ」

「だな。さて……いい時間だし、帰るか」

「うん、そうだね。さすがに疲れちゃったよ」

 

 時計を見ると、もうすぐ五時を回るところだった。

 えっと、モデルを始めた時間が、一時半だったから、少なくとも四時間近くやっていたことになる。

 ……随分長くやってたんだね。

 道理で疲れるはずだよ。

 

「行こっか」

「ああ」

 

 そうして、ボクたちは家路についた。

 お互いの撮影中の心境とか、晶がいなかったときにボクがしたことを話しながら帰路をたどった。

 

 

 依桜たちが帰った後、碧たちは依桜たちのことについて話していた。

 

「にしても、依桜ちゃんは可愛かったわぁ。晶君もかっこよかったし」

『ですよねぇ。なんだか、依桜ちゃんを見てたら、女の私ですらすごく癒されましたし』

『あれ、絶対癒し系よねぇ。しかも……スタイル抜群だったし』

「身長は低かったけど、補って余りある不思議な存在感や、魅力があったものねぇ。個人的には、なんで今まで騒がれなかったのか不思議なくらいよ」

『たしかに。アイドルとか、かなり向いてるんじゃないですかね? 撮影の時の笑顔も、少し恥ずかしそうでしたけど、はにかみ顔みたいでとっても可愛かったですからねぇ。あれで落ちない男はいませんね。それに、女性人気もかなりでそうですから』

「そうねぇ。今後、あの二人、特に依桜ちゃんの方に世間は目がいく。当然、ファッション誌関係もそうだけど、芸能界の人も、手に入れたいと躍起になるでしょうから、あの子たちの個人情報は、絶対に守秘義務よ。それと、あくまでも勘でしかないのだけど、依桜ちゃん。多分アクションもこなせそうだから、アクション女優みたいな感じでいけるかもねぇ」

 

 実際、碧の感はよく当たることで、有名である。もちろん、その業界で、だが。

 

『アクション、ですか』

「ええ。ワタシ、格闘技とかやってたから分かるのだけど……あの娘には、絶対敵わないと思ったわ」

『え、世界チャンピオンの碧さんが、ですか?』

 

 碧の素性だが、元プロレスの世界チャンピオンだったりする。

 今は引退して、昔から夢だったカメラマンの仕事をしているというわけである。

 

 戦闘力的には、現在もその力は失われておらず、引退しただけで、現役バリバリだ。

 そんな素性を知っているスタッフが、碧がたった一人の女の子に勝てないと言い切った。それも、絶対、という言葉を頭に付けて。

 

 当然、スタッフは困惑する。同時に、まさか、とも思う。

 

「まあね。うーん、多分純粋な腕力だけなら勝てるかもしれないけど……あくまでも、純粋なという言葉が付くわ。普通に戦っても、攻撃一つ当てられるかどうか……」

『そ、そんな娘が、なんでこんなところに? しかも彼女、どう見ても学生ですよね? あの男の子とタメで話してたところを見ると、同い年。だから、高校生くらい。そんな娘が普通に学生をしていることに驚きなんですが……』

「ま、世の中色々とあるのよ。自分の目で見えてることだけがすべてじゃないってことよ。それに、可愛いからいいじゃない。でしょ?」

『……それもそうですね。それを聞いてると、詮索は無駄に思えますし、放置ですね』

「そうそう。女ってのは、秘密があるからこそ、美しいのよ。まあ、依桜ちゃんが強かったとしても、個人情報のリークは別よ。もし、二人の情報を漏らそうものなら……ワタシが潰すわ」

 

 碧がくぎを刺したことにより、その場にいたスタッフ、ひいては事務所のスカウトマンは顔を引きつらせながら、こくこくと頷いたのだった。

 

 

 一週間後、依桜たちがあずかり知らぬところで、依桜と晶の写真が掲載された雑誌が飛ぶように売れた。

 モデル業界……どころか、芸能界の人も血眼になって探し回っている状況が続いている。

 

 いろんな有名な事務所や、大手プロダクションが探しているという情報が出回り、様々な憶測が飛びかっている。中には、写真の背景から場所を特定した猛者がいた。

 

 それによって、撮影場所の街までは絞れたらしいが、なぜか情報はある時から錯綜し始め、依桜に関する情報収集が難しくなった。

 

 その背景には、ある企業の社長兼、学園の長が暗躍していたが、それは誰も知らない。

 

 しかし、一度放たれてしまった情報は見た人の記憶に残るので完璧にふさぐことはできなかった。

 

 インターネットが無理なら自分の足で、と思い、少ない情報を頼りに依桜の調査が始まった。

 

 がしかし。それもまた、途中でぱたりと止んだ。

 やはり、社長兼、学園の長が裏で暗躍していた。が、これも誰も知らない。

 

 とはいえ、あくまでも個人情報特定に関する写真ばかりなので、結局世間をにぎわることになったのだが……この事実を依桜たちが知るのは、ほんの少し先のお話。



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32件目 依桜ちゃんたちの大食い勝負(笑)

「大食いがしてえ」

 

 週初め(学園祭の振替休日の影響で火曜日)の昼休みの教室にて、唐突に態徒が放ったその言葉から始まった。

 

「え、えっと、態徒? 急にどうしたの?」

「いやよ、昨日テレビ見てたら、大食い系の番組やっててな。一度でいいから、ああいうのがしてみてーんだよ」

 

 あ、そんな理由なんだ。

 いやでも、大食いがしたい、なんて考えが出るとすれば、テレビとか漫画とか、そっちの方面だもんなぁ。

 

「態徒君って、結構影響されやすいもんねぇ」

「やるにしても、どこでやるの? というか、ああいうのってやろうとしたらそれなりにお金かかるじゃない」

「だよなぁ……」

 

 未果の意見にがっかりしたように肩を落とす態徒。

 大食いかぁ。

 興味がないことはないけど、やるとしたら、今のボクが食べられるのはどれくらいになるんだろう?

 

 男の時は、かなり動いていたから食べられたと思うけど、さすがに今は女の子になっちゃってるから、そこまで食べられないと思うんだよね。

 変化する直前の時は、胃が小さくなったように感じたけど、今ならあの時よりは食べられるんだよね。

 一時的なものだったのかも。

 

「ただいま……って、態徒はどうしたんだ?」

 

 ここで、晶が戻ってきた。

 落ち込んでいる態徒を見て、困惑した様子。

 晶は、四時間目終了とともに、先生に呼び出されて一度席を外していた。

 

「あ、おかえり晶。えっと、大食いがしたいって言っててね」

「私が金銭的に無理って言ったの」

「あーなるほど。……大食いね。………なあ、依桜」

「なに?」

 

 一瞬思案顔になった晶が、ボクに話しかけてきた。

 

「土曜日のあれ、使えるんじゃないのか?」

「土曜日? ……あ! あれ?」

「ああ。少なくとも、こいつの要望は叶えてやれると思うが」

「そうだね」

 

 言われてみれば、あれがあった。

 碧さんにもらったあれ。

 

「土曜日? 二人とも、土曜日になにかあったの?」

 

 ボクと晶だけが通じ合っていることが気になった未果が、土曜日について尋ねてきた。

 

「あー、えっとだな。突発的なバイト? をやってな。まあ、素人だからってことで、お金じゃなくて、こんなものをもらったんだが」

 

 さすがに、モデルをやっていたとは恥ずかしくて言えなかったんだろうね。

 バイト、ということで濁している。

 でも、素人っていうワードは言わないほうがよかったかもしれないよ、晶。

 ……まあ、どの道、雑誌に載るみたいだし、そう考えたらいずれバレそうなものだけど。

 

「えっと、『美天市内全飲食店フリーパス』? って、これって……」

 

 未果と女委はこれが何かということに気が付いたのか、目を丸くしている。

 態徒だけは、頭の上に疑問符が大量生産されてるけど。

 

「まあ、その、お仕事の報酬でもらったものだよ。たしか、美天市にあるすべての飲食店で使える、フリーパスだよ。今年一杯が期限だけど、それがあれば、この街限定で食べ放題飲み放題だよ。あと、使い放題」

「マジで!?」

 

 ようやく何かが分かったのか、態徒の頭上から疑問符が消え、喜色満面と言った様子で叫んでいた。

 

「うん、マジだよ」

「じゃ、じゃあ、それがあれば大食いができるのか!?」

「多分できると思うぞ。なんなら、ここにいる五人でどこか食べに行くか? すぐに行けるぞ」

「行く行く! 絶対行くぞ!」

「いいね! わたしも行くよ!」

「私も面白そうだし行くわ。……まあ、こんなとんでもないもの、一体どんなお仕事でもらったのかはすごく気になるところだけど」

 

 未果の口から出た疑問には、苦笑いせざるを得ない。

 絶対面白がられるだろうし。

 少なくとも、今はまだバレたくない、というのが本音かも。

 

 晶なんて、もっとそうだと思うよ。

 だって、バイトをしてたこと自体、バレたくない、みたいな様子だったしね。

 

「そ、それは多分、近いうちに分かるんじゃない、かな?」

「ふーん……ま、いいわ。で、どこに行くの?」

 

 訝し気で、どこか楽しそうな雰囲気の未果だったけど、ボクの発言でなんとか引き下がってくれた。

 ……バレた時が怖いよ。

 

「そうだなぁ……オレ的には何でもいいんだよ。とりあえず、大食いがしてぇ! ってだけだからな!」

「わたしも、どこでもいいよ~」

「私も」

「俺も」

 

 みんなどこでもいいんだ。

 ジー。

 な、なんか、『お前に任せた!』みたいな意地の悪い笑顔がボクに集中してる!

 なんて人任せ!

 でも、だれか一人が言わないと、決まらないよね……。

 

「うーん……とりあえず、肉と魚どっちがいい?」

 

 最低限、こっちの種類だけでも決めておかないと。

 そのほうが、ボク的に案を出しやすい。

 

 ……まあ、なんでボクがそれをしているのかはわからないけど。

 普通、こういうのって言い出しっぺの態徒が案を出すものなんじゃないの?

 

「オレはどっちでもいいしなぁ」

「どちらかと言えば、魚ね、私は」

「わたしも~。ここのところ、あまり魚を食べてなくて」

「あー、俺としても、魚がいいかな」

 

 態徒はどっちでもよくて、ほかの三人は見事に魚で一致、と。

 そうなると……

 

「安直だけど、お寿司、とか?」

「まあ、定番よね」

「俺はそれでいいぞ」

「異議なーし」

「オレも、当然賛成だぜ!」

 

 満場一致で決まった。

 すんなり決まってよかった。

 

「じゃあ、今日の放課後、そのまま行く?」

「ああ、オレとしては、思ったのその日にやりたいところだ!」

「特に予定はないわ」

「楽しみ~」

「俺も、今日はバイト入ってないから大丈夫だぞ」

「決まりだね。それじゃあ、放課後ね」

 

 そんなこんなで、食べるものが決まり、場所も決まり、

 

 

「よっしゃあ! 食うぞ!」

 

 放課後、市内の回転寿司チェーン店に来ていた。

 お店に入るときに、ちゃんとパスが使えるかを確認してあるので、万が一ここでは使えません、みたいな状況になることはない。

 

「あ、態徒、大食いというからには、当然、勝負するのよね?」

「おうよ!」

「え、勝負するの?」

 

 聞いてないんだけど……。

 

「まあ、当然だよね~」

「はぁ……まあ、未果がいるわけだし、言うとは思った」

「それで、罰ゲームは?」

「あ、あれ? 本当にやるの?」

 

 なんか、すでに決定事項みたいな雰囲気なんだけど。

 

「何言ってるのよ。やるに決まってるじゃない」

「いや、当たり前みたいなことを言われても……」

 

 ボク、まだやるとは言ってないんだけど。

 

「当たり前じゃない。やると決めた以上、やっぱり楽しいほうがいいでしょ?」

「だからと言って、勝負にするのは……」

 

 そもそも、今のボクがどこまで食べられるかわかってないし。

 

「まあまあ。こういうのは、罰ゲームも含めてやるから楽しいのよ」

「あの、未果? ボクやるって言ってない――」

「やるの」

「だからね?」

「やるの」

「あの――」

「やる」

「そ――」

「やれ」

「……はい」

 

 未果の笑顔の圧力が強すぎて、結局了承してしまった……。

 なんでボク、嫌だと言い切れないんだろうなぁ……押しに弱いのかなぁ。

 

「じゃあ、罰ゲームだけど……何かいい案はある?」

「罰ゲームねぇ……」

「罰ゲーム……」

「普段やらないからな……」

 

 うんうんとみんないい案がないかと悩んでいる。

 ……やるからには、ボクも考えてみようかな。

 罰ゲーム……罰ゲームかぁ。

 意外といいのが思い浮かばないもんなんだなぁ、こういうの。

 よくある定番どころだと、やっぱりパシリとか、一発ギャグとかだよね。

 でも、それだと難しいだろうし……あ、そうだ。

 

「じゃあ、一番食べなかった人は、倒れて動けなくなるまで全力疾走、っていうのはどう?」

「「「「…………え?」」」」

 

 あ、あれ? 何今の間は。

 ボク、何か変なこと言った?

 

「……な、なあ、依桜のやつ、大食いの罰ゲームに、ある意味一番持ってきちゃいけねえもん持ってきたぞ」

「罰ゲームというより、デスゲームだろ、あれ」

「大食いの後の満腹状態で、全力疾走って……鬼畜じゃない?」

「確実に、吐きそうだよね。新宿のおっさんみたいになりそう」

 

 ※新宿の方、すみません。

 

「つーか、あの顔と性格で、こんなえげつない罰ゲーム持ってくるとか、依桜って見た目に反して、Sなのか?」

「……かもしれないわね。普段気弱な人ほど、攻めの時とかえげつないし……」

「や、やっぱり依桜君ってば、攻め? 隠れ攻めなの? 受けみたいな顔して、本当は攻めなんだね! ヒャッハー! 筆が乗るぜ!」

 

 なんか、四人で話し出したんだけど。

 みんな、表情が強張っているのは気のせい?

 

 あと、女委のテンションが急におかしな方向に行ってるんだけど。

 いやそれ以前に、すごく寒気がしたんだけど。何かこう、おかしな想像をされてるような……?

 

「あ、あの、どうしたの?」

「い、いやなんでもないぞ! うん。あ、あれだ! えーっと……依桜の罰ゲーム採用!って話だよ!」

(((馬鹿野郎ッ!)))

 

 うわっ、態徒に対する三人の視線が殺人鬼の死線になってる!

 態徒は一体何をやらかしたの?

 

「そ、そっか。てっきり、ボクがおかしなこと言ったから、裏で何か言われてるのかと……」

「だ、大丈夫よ! じゃ、じゃあ、早速食べましょうか!」

「う、うん」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 大食い勝負が始まった。

 

 

 始まった大食い勝負がどうなっているかというと、

 

「くそっ! ラーメンを食べたのは間違いだったかっ……」

「さすがに、同じものは飽きたわね」

「美味しいねぇ」

「はぁ。とりあえず、最下位にならなければいいか」

「うん、美味しい」

 

 こんな感じ。

 態徒は、お寿司だけでなくサイドメニューも食べていくスタイル。

 未果は、とりあえず、一番好きなネタだけを食べていくスタイル。

 女委は、失速などなく、ひたすら食べている。

 晶は、自分のペースで安定して食べている。

 ボクは、晶と未果の食べ方を足して二で割ったような食べ方。

 態徒は、何を考えたのか、ラーメンを食べるという暴挙に出た。

 

 この大食い勝負のルールは、おおざっぱに言うと、お皿の枚数で競う、これだけ。

 一番多い人が勝ちで、一番少ない人が負け。

 

 制限時間は、一時間となっている。

 現時点で、残り三十分。

 

 それぞれの枚数は、態徒が十九皿、未果が二十一皿、女委が、二十四皿、晶が二十皿、ボクが二十二皿となっている。

 意外にも、女委が一番食べている。

 

 その体のどこに入っているんだろう? ってくらいに食べている。

 ……それを言ったら、ボクもなんだけどね。

 

 で、案の定、言い出しっぺの態徒が一番食べてないという状況。

 マイペースに食べている晶と僅差の状態です。

 

「ぐふっ……こ、このままでは負ける……」

 

 限界近い表情で、態徒が何かを呟いていた。

 そして、何を考えたのか、

 

「ふと思ったんだが、こんなに食べたら太りそうだよな」

 

 ある意味タブーなことを平然と言ってきた。

 その瞬間、手が止まった人が一人。

 未果だ。

 

「……だ、大丈夫、大丈夫よ……動けば減る、動けば蓄えない……」

 

 目が虚ろになり、ぶつぶつと独り言をつぶやいている様は、まるで悪霊に取りつかれたかのよう。

 かなり怖い。

 というか、平気で言った態徒は本当に度胸があると思う。

 ボクだったら、後が怖くて言えないよ。

 

「未果ちゃんはそう言うの気にするもんね」

「……そう言う女委は、どうなの?」

「わたしは、太りにくいっていう体質じゃないけど、やせやすくもあるし太りやすくもある体質だからねぇ~。ちょっと太っても。少し減量するだけで普通の体型に戻るからね~」

「う、羨ましい……」

 

 未果でも体重とかは気にするんだ、と失礼にも思ってしまった。

 そして、そう思ったのが伝わってしまったのか、ぐりんっ! と首だけをこちらに向けてきた。

 怖いよ!

 

「え、えと……な、なに?」

「依桜って、昔からそれなりに食べてたのに、太らないわよね? ……なんで?」

「な、なんでって言われても……た、体質、としか」

「ふ~ん? まあ、食べた栄養全部、その胸に行ってるのかもねぇ?」

「……ご、ごめんなさい」

 

 謝ることしかできなかった。

 だって無理だもん!

 

 この状態で慰めを言ったら、ボクは殺されちゃうよ! 何をされるかわからないよ!

 多分、ボクの苦手なことを笑顔でやってくるよ!

 

「アハ、アハハ、アハハハハハッ! ……タイト、コロス」

 

 ああ、未果が壊れた!

 晶たちに視線を向けると、サッと目をそらされた。

 関わりたくない、っていう意思表示なんだろうなぁ。

 ということは、ボクに押し付けるつもりってことだよね?

 

 ボクに死ねと言っているのかな?

 

「み、未果?」

「ナニ?」

 

 ゴキッ! という音がしそうなほどの勢いで首を傾げ、瞳孔を開ききった虚ろな目に、うっすらと浮かべた笑みをしながら、未果がこっちを向いた。

 怖い怖い怖い怖い!

 お化け以上に今の未果が怖い!

 どんな魑魅魍魎でも、今の未果を見たら裸足で逃げるレベルだよ!

 だって、背後に顔が三つある能面さんが大太刀を肩でトントンしてる姿が見えるんだもん! 幻覚かもしれないけど、見えるんだもん!

 

「あ、え、えっと……た、態徒でストレス発散すれば、食べた分消費できるよ!」

「お、おい依桜!? おま、それはない――」

「なるほど、その手があったわね」

「え、あの、未果? 未果さんや?」

「ふふ、ふふふっ! そうよ! 食べた分は体を動かす! 当たり前よね! つまり、態徒を動けなくなるまでボコボコにすれば、消費できるわよね!」

「無理無理無理無理! オレ死ぬ! 今の未果にボコボコにされたら、オレが死んじゃう!」

 

 未果の今の状況に危機感を覚えた態徒が、必死で言い募るが、ここまで壊れた未果が利くはずもなく、

 

「コロス」

 

 端的に、且つ、最もわかりやすく、殺意を放っていた。

 

(((態徒(君)死んだな(ね))))

 

 ボクと晶、女委の三人は、心の中で合掌した。

 

 その後、態徒は、殴られるのが嫌なら、負けなければいい! と、当たり前のことを言い出していた。

 しかし、

 

「フフ、フフフッ! アハハハハハッ!」

 

 壊れた未果の、暴飲暴食に敵うはずもなく、制限時間が過ぎていた。

 結果。

 

「えっと、ボクが二十九皿。未果が、三十八皿。晶が、三十皿。女委が、四十七皿。そして態徒が――二十四皿」

 

 こうなった。

 実際のところ、十九皿の時点で、態徒は限界だったらしく、二十四皿目を食べた瞬間、机に頭からヘドバンしに行くという事態になった。

 

 未果は未果で、二番目に食べていたけど、終了した瞬間、虚ろな目に、さらに磨きがかかって、底なしのようなナニかを発していた。

 

 かなり怖かった……。

 

 女委に関しては……本当に、どこに入ってるの? と言わんばかりの量のお寿司を平らげていたのは、本当に驚愕するほかなかった。

 

 ボクは、男の時よりも食べられなくなってたけど、問題はなかったです。

 

 さて、終了したということで、お会計へ。

 お会計と言っても、パスを使うので、結局タダなんだけどね。

 

 ……レジに行ったときに、店員さん(女性)にパスを見せたら、引き攣った笑みを浮かべていたけど、ボクが申し訳なさそうにしたら、なぜかほっこり? した表情を浮かべた。なんで?

 

 会計を済ませ、外に出ると、当然のようにあの話になった。

 

「さて、態徒。覚悟は、できてるわよね?」

「ま、待ってくれ……い、今の状態でボコボコにされたら、普通に吐く!」

「関係ないわ。じゃあ、お仕置きね☆」

「ちょ、まっ……ぎゃあああああああぁぁぁぁ……!」

 

 罰ゲームもあるのに、すでに開始前から別の罰ゲームを受けるあたり、本当に態徒だなぁと思う。

 自業自得とはいえ、あまりにもかわいそうなので。

 

「『ヒール』」

 

 回復魔法をかけてあげた。

 

「あ、ありが、とう……やっぱり、い、依桜が、一番、可愛い、な……」

「そんなこと言ってないで、早く罰ゲームしないと、帰れないよ?」

「……え、やるん?」

「だって、罰ゲームを了承したのは態徒だし、当然やらないとでしょ?」

「畜生めぇえええええええええええええええ!」

 

 ものすごい速さで起き上がると、そのまま、全力で走り去っていった。

 

(((改めて思ったけど、依桜(君)、えげつない)))

 

 また、みんなが同じことを思った気がする。

 一体、何を思っているんだろう? かなり気になるけど、教えてくれそうにないよねぇ。

 

「さて、帰ってくるまで待ちましょうか」

「そうだね。疲れて倒れるまで、だから一応アフターケアはしないと」

「……自分で行かせて、自分でケアするって、完全にやっていることがジゴロの手口だよな」

「意外と、依桜君は無意識で落としてるのかもね」

「言いがかりだよぉ。ボクがそんなことをするように見える?」

「「「見える。というか、今やってた」」」

 

 そんな、三人そろって言わなくても……。

 ボク、ジゴロなの?

 

「まあいいけど……態徒大丈夫かな?」

「まあ、大丈夫だろ」

「変態だし、美少女に責められて嬉しいんじゃない?」

「態徒君、どっちかと言えば、Mだもんねぇ。意外と、依桜君と相性いいんじゃないの?」

「や、やめてよ! あと、恋愛する気はないよ、ボク」

 

 そんなくだらないことを話しながら、態徒の帰りを待った。

 十分くらい経った頃、ようやく態徒が戻ってきた。

 ぼくたちの目の前に来るなり、ドサッと前のめりに倒れた。

 ピクリとも動かなくなった、態徒を見て、

 

「……帰ろっか」

「「「賛成」」」

 

 気絶しかけている態徒を晶が担いで、ボクたちは帰宅した。

 

 次の日、態徒は『二度と大食いはしねえ』と言っていた。

 ほとんど自業自得だと思うけど、思い返してみれば、あの罰ゲームはなかったなと、ボクも反省した。

 

 結論。食事は、ほどほどが一番だね!



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33件目 回想1 依桜ちゃんの戸惑い

 少し時間は遡って、依桜が女として通い始めた次の日。

 

「うぅ、これはさすがに困ったよぉ……」

 

 ボクは今、問題に直面していました。

 というのも、

 

「トイレ、どうしようっ……!」

 

 ものすごく、トイレに行きたいからです。

 ボクは、数日前まで男だったのに、いざ女の子になると、トイレをどうすればいいのかわからない。

 

 昨日は、緊張がとんでもないことになっていたから、特に問題はなかったけど、今日は別。

 ある程度みんなに受け入れられたこと(同時に戦闘力が高いことも)で、緊張はほぐれたため、精神的にゆとりができた。

 その分、自分の体に気が行くわけで……

 二時間目の授業の途中くらいから、かなり催してきてしまった。

 

「ど、どうしよぉ……」

 

 どうしようも何も、普通に女子トイレに行けばいい話なんだろうけど、それは最初から女の子だった人が考えること。

 

 ボクは元々男です。

 体は女の子でも、心は男。

 そんなボクなわけだから、トイレに行くのはかなり困るわけで……。

 

「依桜? どうしたの?」

「あ、み、未果……ちょ、ちょうどよかったぁ……。あのね――」

 

 困っているときに、タイミングよく未果が話しかけてくれたので、事情説明。

 

「なるほど。事情は分かったわ」

「ど、どうすればいい?」

「どうって……普通に、女子トイレ入ればいいんじゃないの?」

「で、でも、ボク男だよ?」

「『元』、でしょ。少なくとも、ほかのクラスの人は知らないし、私たちだって、依桜が元々男なのは知ってるけど、今は女子。それに、どこからどう見ても女子なんだから、問題ないでしょ」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「ああ、もう、うじうじして、それでも男!?」

「男だ……よ? あれ? 男、なの? ボク、女の子なの? で、でも、精神的には男だけど、体は女の子で……? あ、あれ? ボクってどっち? 男? 女? で、でも、髪は長い……あ、でも、ロン毛? の人も世の中に入るから……じゃ、じゃあ、体が柔らかい? そ、それも前からだったような……? し、身長は低い……のも、前からだし……。あ、あれ? え、えとえとえとえと……あれぇ? ボクは――」

 

 ものすごく混乱してきた。

 ボクは男なの? それとも、女の子?

 

「ストップストップ! 依桜、落ち着いて! というか、でもが多い!」

「ねえ、未果。ボクって、男なの? 女の子なの?」

「そりゃ、依桜は男……なのかしら?」

「質問を疑問で返さないでよぉ」

「しょ、しょうがないじゃない。で、でも、うーん……たしかに、そう言う疑問も出る、わよね? ……ほかの人にも聞いてみましょ。女委―」

 

 未果も混乱し始め、最終的には自分だけじゃ解決できない、と思ったらしく、ちょうど近くにいた女委を呼んだ。

 

「なになにー?」

「女委。聞きたいんだけど、依桜って、男? それとも、女?」

「え? あー、う~ん……言われてみれば。依桜君って、性別が急に変わっちゃったからあれだけど、実際どうなんだろうね? 心は男でも、体は女の子。そう考えると、それって、ある意味性同一性障害みたいだよね。自分の本当の性別は男だけど、体は女の子になって戸惑いを覚えてる、って感じだしねぇ。だけど、そう思うのは、本来の依桜君を知ってるわたしたちだけ。でも、それを知らない人からしたら、自分を男だと思い込んでる、いた――んんっ! 可愛い女の子、って言う風に見えるよね」

 

 今一瞬、痛い女の子、って言いかけてた気がするけど……そこは女委を信用しよう、うん。

 

「……め、女委が、ものすごくまともなことを言っているわ……に、似合わない……!」

「未果? それはいくらなんでも、失礼じゃないかな?」

 

 たしかに、普段の女委からは考えられないほどに、真面目なことを言っているけど、実際、女委って変に真面目なところあるからなぁ。

 

 悩みごととか、多少茶化したりはするけど、基本的に真面目に聞いてくれるし、解決策も一緒に考えてくれるし。

 

 普段がアレなだけで。普段が、アレなだけで。

 

「にはは~。まあ、未果ちゃんの言いたことはわかるけどねぇ~。んー、でも、依桜君のその悩みは意外とすぐ解決すると思うけどなぁ」

「え?」

「実際の例がないから断言はできないけどね。依桜君、元々の性格から考えると、ちょっと女の子っぽいところあったしね。あと、人の脳って結構順応するから、脳自体が『元々女の子だった』って思いこむようになると思うんだよ。多分だけど、時間経過とともに、男だった、っていう実感が薄れるんじゃないかな? だから、そう遠くないうちに、そう言う変化が現れると思うよ。まあ、あくまでも仮説だからね~、軽く頭にとどめておく、くらいでいいよ~……って、どったの?」

 

 女委の話を聞いていた、ボクと未果は、ポカーンとしていた。

 普段の女委からは全く想像もできない推測。

 え、本当に、女委? みたいな心境です。

 

「め、女委、よね?」

「んー? 当然だとも! それ以外の何に見える?」

「……病人?」

「はっはっは! 未果ちゃんってば、酷いねー。べつに、どこもおかしくないよ?」

 

 まあ、テンションはいつもの女委だし……。

 でも、やっぱり、さっきの光景を見るとね……未果の気持ちもわかる。

 

「そんなわけだから、その悩みは時間とともに解決してくれるよ!」

「そ、そっか、ありがとう、女委」

「いいよいいよ! でも、なんで、そんなことを?」

「実は、トイレをどうしようかなって……あ」

 

 そ、そうだった! ボク、トイレに行きたいんだった!

 うっ、思い出したら、本当にまずいことになってきたぁ……!

 

「い、依桜! 急いでトイレ行くよ!」

「あ、み、未果!?」

 

 ボクの異変に気が付いた未果が、焦りながらボクの手を引いて走り出した。

 それにつられるように、ボクも走る。

 そこでふと……というか、土曜日にも感じたことが現在進行形で発生。

 

 胸が、痛いっ……!

 走っていると、胸がいろんな方向にはねて付け根が引っ張られるせいで、とても痛い。

 う、く……せ、せめて、腕で抑えを……

 

「――ッ!?」

 

 ここで、ちょっと個人的な話を。

 実はボク……お風呂の時以外、ほとんど自分の体を触っていません。

 なんとなく、気が引けたからです。

 何が言いたいかというと……

 

(す、すっごく柔らかいよぉ!)

 

 ということです。

 服の上からでもわかるほどに、自分の胸は、その……柔らかかったです。

 あと、マシュマロ? みたいな感触です。

 ……だ、ダメだ、あまりにもインパクトが強すぎて、語彙力が失われてる!

 

 うう、この体で体育やるって、ある意味えらいことだよぉ……。

 

「到着! 依桜、早く行ってきて!」

「え、でもここ……」

「いいから早く!」

「わ、わかったよ……」

 

 未果に急かされて、ボクは入っていった――女子トイレに。

 

 

 ……釈然としない気持ちを抱きつつも、何とか間に合い一安心。

 と、言うところで、アクシデント(?)。

 

『やっぱ、彼氏にするなら、小斯波君だよね』

『そうだよね。でも、依桜君もよかったんだよなぁ』

『あ~わかるわかる。あの、人畜無害な柔和な笑みとか、基本誰でにでも優しいところか、ほかの男子とは違ってすっごく落ち着いてたりとかね』

『まあ、今は依桜『君』じゃなくて、依桜『ちゃん』だけどね~』

 

 ボクが個室から出ようとした瞬間、同級生が二人入ってきた。

 しかも、個室に入る気配はなく、ただただ談笑しに来ただけのように感じる。

 ど、どうしよう、出るに出られないんだけど……。

 で、出ても大丈夫、かな?

 

 ……あと、ボクって、女の子からそう思われてたんだね。

 意味合い的には、彼氏にしたい、ってこと、だよね?

 でも、ボク告白されたことはないんだけどなぁ。

 

 そ、それはそれとして、この状況をどうすれば……?

 

「さ、さすがに、出ないわけにはいかない、もんね……」

 

 じゃないと、授業が始まっちゃうし……。

 よ、よし、行くぞぉ。

 

『あ、依桜ちゃんだ。やほ』

「あ、う、うん。や、やほ?」

『お、依桜ちゃん、ノリイイね!』

「ありがとう?」

 

 よ、よかったぁ、特に何も思われてないや。

 ……いや、それはそれでどうかと思うんだけど。

 よく見ると、この二人、ボクのクラスメートだし。

 

 元々男だと知ってなお、女の子として接してくれるのは、ありがたいと言っていいのかどうか……。

 

『うんうん。あ、もしかしてさっきの話聞こえてた?』

「ご、ごめんね、聞こえちゃった」

『あはは! 謝ることなんてないよ。ねえ、依桜ちゃん。依桜ちゃんって、モテてたの気づいてた?』

「ううん。ボク、告白とかされたことないよ?」

『え、ほんと!? 嘘じゃなくて?』

「う、うん」

『そっかぁ。依桜ちゃん、気づいてなかったんだ』

 

 どうやら、ボクが告白されていたと思っていたみたい。

 でも、まだこの学園に入学してから、半年ほどしか経ってないし、告白なんて早々されないと思うんだけど……。

 

 入学当初は、晶と未果、女委がよく告白されてたけど、それも、途中でほとんどなくなったしね。

 原因は単純で、未果は普通に要塞だと思われていたのと、ボクや晶がいるから、という理由。態徒は含まれてなかった。

 女委の方は、中身の問題。告白されているはずなのに、『受け? 攻め?』とナチュラルに聞いてくるので、当然、告白した側は顔が引き攣るよね。

 でも、晶だけは前ほどの頻度じゃないけど、告白を受けたりしている。

 

「でも、ボクって、本当にそんなことあったの?」

『うん。というか、しょっちゅう相談来てたよ?』

『そーそー。依桜ちゃん、優しいからねぇ。多分、何かの拍子に助けられて、って感じだったんじゃないかな?』

「そっか。う~ん、でも、それくらいで好きになるものなの?」

 

 ただちょっと優しくされただけじゃ、すぐに好きになったりはしないと思うんだけど。

 

『簡単な話だよ。依桜ちゃん、可愛いからね。顔立ちは普通に整ってたし、落ち着いた雰囲気もあったから、女の子にとって、すごく魅力的だったってこと』

「なる、ほど?」

 

 自分のことを言われてるんだろうけど、なんだか実感がわかない。

 言われ慣れてないからかな?

 

『まあ、困ったことに、女子からだけじゃなくて、ちらほらと男子からも来てたんだけどね』

「……え?」

『まあ、そうなるよね。でも大丈夫だよ。ちゃんと、男だって言っておいたから。……まあ、残念なことに、それでもかまわない、っていう人もいたけど』

「わーわー! 聞きたくない聞きたくない!」

 

 嫌な事実を聞いちゃったよぉ!

 ボク、異性だけじゃなくて、同性にも好かれてたの? 好意を持たれるのは嬉しいんだけど、さすがに同性愛の気はないよ、ボク!

 

『まあ、だよねえ。女委ちゃんあたりが聞いたら、大歓喜ものだよね!』

『女委ちゃんだしねぇ』

「……普通にそうなるから怖いよ」

 

 女委だもの。

 

「あ、そろそろボクは行くね」

『うん。じゃあ、教室でねー』

『バイバイ』

「うん」

 

 

「で、どうだった?」

 

 トイレから出てくると、ちょっとニヤニヤした顔をしながら、未果と女委がトイレの前にいた。

 

「まあ、大丈夫、と言えば大丈夫だった、かな? ……ちょっと、聞きたくない事実を聞いちゃったけど」

「どったの? なにかいやなことでもあったの?」

「……えっと、二人に聞きたいんだけど、ボクって、モテてたの? 男の時」

 

 トイレの中で聞いた、ボクのことについて、二人に尋ねてみた。

 

「あー、そう言えばそうね」

「うん、依桜君は、結構人気高かったよ。上級生からもね」

「そ、そうなんだ……」

 

 どうやら、本当の話みたいだ。

 いや、別にさっきの二人が言っていたことが嘘とは思ってないよ? こっちの二人も知っているくらい有名だったのかなって、気になっただけで。

 

「女子人気が高かったのもそうだけど、男子からの熱いラブコールもあったけど」

「……」

「あったねぇ、そんなこと。わたしたちのところにも、何人か来たもんね。たしか、一人だけ、とんでもない人がいたけど」

「と、とんでもない人?」

 

 なんだろう、知りたいような、知りたくないような……そんなワードが飛び出してきたんだけど。

 

「……あ、あー、あれね……」

 

 どうやら、未果も知っている話みたい。

 でも、妙に遠い目をしてるのがとても気になる。

 ……一体、どんな人が現れたんだろう?

 

「聞きたい?」

「……聞きたいような、聞きたくないような……」

「じゃあ、言うね! えっとね、その時、いつも通りに依桜君に関する、情報を知りたい、っていう人が現れたの」

 

 あ、あれ? ボクまだ了承してないのに、勝手に語りだしたよ?

 未果も、気を確かに、みたいな表情を向けてくるんだけど。

 

「それでね、いつも通りに、いつも通りの情報を提供した後。去っていった男子生徒のズボンのポケットからね――」

 

 もったいぶったように、女委が言葉を切り、大分間が空いたところで言い放った。

 

「――ワセリンが、出てきたんだよ」

「きゅぅ~~~~」

 

 その瞬間、ボクの意識は、別のところへと旅立っていった。

 

 

「あっちゃー、やっぱり、依桜君には厳しかったね」

「……そりゃそうよ。そういう耐性がほとんどないのよ、依桜。第一、その話自体、依桜がまだ性転換する前の話だったわけだし。実際、地獄みたいな話よ」

「だね。……とりあえず、依桜君はこぼっか」

「そうね。保健室に連れてきましょう」

 

 

 目が覚めると、ボクは保健室のベッドで寝ていた。

 まるで、記憶に鍵がかかったみたいに、気絶する前のことが思い出せなかったけど、なんだかおぞましいものを聞いた気がするので、思い出すのをやめた。

 

 きっと、ボクにとってとてつもなく嫌な話だろうからね。

 

 そうして、何でもない(?)日常は過ぎていく。



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34件目 依桜ちゃんのアルバイト1

 十月十四日の朝九時、今日は開校記念日で学園はお休み。

 振替休日が、あったばかりだというのに、お休み。

 でも、そう言う学校も世の中には多そうだけどね。

 

 そんなお休み、今日のボクには特にやることがない。

 

 やることがないボクは、インターネットを見ていて、ふと思い出した。

 最近、ちょっとほしいものでができたなって。

 と言っても、大それたものじゃなくて、ごく普通の漫画とライトノベルだ。

 

 一応、うちはお小遣い制だけど、どうしても足りない、ということがある。

 中学生頃だったら、我慢してたけど、今は高校生。

 ……まあ、外見的にはそう見えないかもしれないけど。

 

 一応、学園祭でもらったあのお金があるけど、あれはよほど切羽詰まった時じゃない限りは使わないようにしてる。

 

 だから、別の方法でお金が欲しい。

 こういう時することと言えば、

 

「うん、アルバイトしよう」

 

 アルバイトである。

 

 一応、中学生でもできる例外的なアルバイト(新聞配達など)はあったけど、さすがにそこまで欲しいというわけじゃなかったから、やらなかったけど、今は違う。

 

 高校生ともなれば、大抵のアルバイトはできるわけで。

 

「うーん、こういう時どういう風に探せばいいのかな?」

 

 できれば、お給料は日払いがいいから、日雇いのアルバイトがいい、よね?

 なるべく、急ぎ目でほしいし……。

 

 自分はほとんど欲がない、と思った時が最近あったけど、こうしてみると、やっぱり人並みの欲はあるんだなぁ。

 

「こういう時は、晶に連絡を取ったほうがいいよね、アルバイトしてるし」

 

 ここは、アルバイトをしている晶に尋ねることにした。

 

『もしもし、依桜か?』

「うん、おはよう、晶」

『ああ。それで、どうかしたのか?』

「えっとね、実は――」

 

 と、ボクがアルバイトを探していることを伝え、どういう風に探せばいいのかなどを尋ねた。

 

「――ってことなんだけど」

『なるほどな。そうだな……俺は、バイトアプリで探したな。自分の希望を入力すれば、それにあったバイトを表示してくれるやつだ』

「へぇ。じゃあ、それを使ってみようかな?」

『ああ、なら、LINN(チャット系コミュニケーションツール)にそのアプリのURL送っとく』

「うん、ありがとう。それじゃあね」

『また明日な』

 

 通話が終了まもなくして、LINNにアプリのURLが送られてきた。

 送られてきたURLを開くと、様々なアルバイト情報が表示された。

 

「えっと、検索は……あ、これかな」

 

 とりあえず、日雇いかな、できれば今日でもいいんだけど……まあ、ない、よね?

 

「……って、あるんだ」

 

 普通にあった。

 と言っても、一件だけだけど。

 

 えっと、何々?

 

「『急募! ドラマのエキストラ出演者』?」

 

 どうやら、ドラマのエキストラの募集らしい。

 

 えっと、お仕事するのは……あ、今日なんだ。時間は、お昼の二時から。場所は……隣町か。募集の締め切りは、今日の十時までで、条件は、近場で、なるべく早めに来れる人で、且つ二十歳以下であること、か。選考方法は、抽選。

 

 うーん、エキストラってたしか、ドラマとかで見かける一般人のこと、だよね?

 たしか、セリフなんてないはずだし……これくらいなら、できる、かな?

 

「ちょっと、応募してみよ」

 

 それに、いい社会経験になるかもしれないしね。

 

 目立つのはあまり得意ではないけど、これしかないし、それに、エキストラだったらそんなに目立たないだろうからね。

 そんな気持ちで、このアルバイトに応募。

 

「まあ、ぎりぎりだから、実際通らないと思うけど。抽選だし」

 

 そんなことを呟きながら、ほかにもないかよさそうなのはないかと、アルバイトを探した。

 

 

 それから、一時間ほど経った頃、応募したところからメッセージが届いた。

 

「えっと……あ、受かってる。えっと?」

『ご応募ありがとうございました。抽選につきましては、男女様が見事当選となりましたので、ご連絡させていただきます。十三時に軽い説明がありますので、可能なようでしたら、十三時の説明にご参加ください。万が一、予期せぬ事態で遅れるようなことや、急用が入ってしまった場合は、ご連絡いただきますよう、よろしくお願いします。お会いできることを楽しみにしています』

 

 ……考えてみたら、抽選なんだもんね。確率が低い、ってことだもんね。多分、向こうでの幸運値がこっちにも適用されちゃってるんだろうなぁ。

 

 まあ、それはそれとして……十三時か。

 えっと、今は十時だから、うん、まだ時間はある。

 

 このドラマ、どうやら学園物らしく、生徒役のエキストラが不足になったことで募集をしたらしい。

 平日なのに撮影って、すごいなぁ。

 

 そんなわけで、ボクがやるのは、その学校の生徒さんなのだそう。

 

 衣装自体は、向こうで用意してくれるとのことだけど……これ、本当にエキストラなの?

 ちょっと違うような気がしないでもないけど……。

 お金かけてるのかな。

 まあ、お仕事自体は、廊下を歩いていればいいらしいけど。

 

「それなら簡単だよね!」

 

 持ち物などは特にないので、小さめのカバンと、財布、スマホだけで大丈夫なはず。

 

 ナイフポーチは……さすがにいいよね。一応、何かの事件に巻き込まれた時用に持ってはいたけど、こういうので持っているのはちょっと、というかかなり危ない人だもんね。

普段から持ってる時点で危ない人だと思うけどね……。

 

 服装は、いつも通りの私服。

 今日は……うん、白の長袖ワンピースでいいよね。

 

「……なんか、ナチュラルに女の子してるボクがいるなぁ」

 

 もはや、ジーンズなどのズボンを穿くという考えそのものが抜け落ちていることがある。

 スカートを穿くことに、何の抵抗もなくなってるし。

 

 ……これはあれだね、以前女委が言っていたことが、着々と進んでいる結果だよね。

 

「……はぁ。なんだか複雑」

 

 近いうちに、女委が言ったことが完全になる日が来ちゃうかもしれないと、少し鬱な気持ちになった。

 

 

「えっと、場所は……あ、ここかな?」

 

 ボクはアルバイトのために、隣町――安芸葉町(あげはちょう)に来ていた、

 

 送られてきた地図を見る限りだと、どうやら近くにある高校が撮影場所となっているみたいだ。

 エキストラの抽選通過者は、通過通知を見せれば入れるようになっているとのこと。

 

 最寄り駅の、御柱駅から、十分ほどで安芸葉町に到着。

 

 高校までの送迎バスが出ているみたいだけど、ほとんど来たことない道だし、やっぱり、自分の足で見てみたい。

 お昼ご飯は、家で済ませてきてあるので、問題なし。

 色々と見て回りながら、目的地の学校『楚咲高校(そざきこうこう)』に到着。

 

 遠目からもわかるほどに、学校の前には大勢の人がいた。

 どちらかと言えば、女性のほうが多いような?

 もしかしてあれかな。抽選にあぶれちゃった人が見に来てるって感じかな。

 

「こんにちは~」

『こ、こんにちは』

 

 警備員の人に、挨拶をしながら合格通知を見せる。

 なんだか、警備員の人から戸惑いに似た何かを感じたけど、どうしたんだろう?

 あれかな、実際の俳優さんとか女優さんが中にいるから、緊張とかしてるのかな?

 

『ど、どうぞ、お通りください』

「ありがとうございます」

 

 お礼を言ってから、ボクは撮影場所の学校敷地内へ入っていった。

 

 

『エキストラ、なんだよな、今の娘』

『通知見たが、エキストラだったぞ』

『……あの容姿でエキストラって……間違いなく、女優の存在を喰っちゃうんじゃないか?』

『かもしれないな……』

 

 

 敷地に入ると、いろんな車両や、忙しなく動き回っているスタッフの人、撮影機材に、テント? が張られていた。

 よくテレビとかで見るけど、本当にこんな感じなんだ。

 

「どこに行けばいいのかな?」

 

 スマホの通知を見る。

 集合場所は、この学校の体育館らしい。

 まだ、説明の時間まで、十五分はあるね。

 

 う~ん、せめて、五分前くらいにはいたいけど、だとしても、まだ十分はある。

 この十分間をどうしようか……。

 

 色々と見てみたいっていうのもあるけど、もしかしたら、ボク以外の人とかも来てるかもしれないよね。

 うん、そうと決まれば、確認のために気配察知を。

 

「……あ、結構いる」

 

 気配察知を使用して、体育館内部を覗くと、かなりの人数の人がいた。

 これなら、時間をつぶそうと考えなくてもいいよね。

 

「うん、ボクも行こう」

 

 

「こんにちは」

 

 一応、挨拶しながら入るのは礼儀だと思うので、挨拶しながら入ると、シン――となぜか、体育館内が静まり返った。

 

 それと同時に、すごく視線を感じる。

 

 監督さんなのかな? 四十代くらいの男性が、壇上付近にいて、その人が驚愕したような顔をボクに向けている気がする。

 気がするだけであって、本当かどうかはわからないけど。

 

 周囲の反応に疑問を感じつつも、最後尾の方に並ぶ。

 

 やっぱり視線がすごい。

 なんで? ボク、何かやったかな?

 

 なんだか不安になりつつも、一応周囲を見渡す。

 見たところ、男女比は半々ってところかな?

 まあ、学園系のドラマなのに、男女比が偏ってたらちょっとあれだもんね。

 

『で、では、時間になりましたので、説明をさせていただきます』

 

 そんなわけで、周囲の視線が気になりつつも、時間になり説明が始まった。

 

 このドラマは、来週から放送が始まるよくある学園ラブコメ系を題材としたものらしく、原作は少女漫画だそう。

 

 ボク自身、少女漫画とかは読まないからあれだけど、やっぱり少女漫画って恋愛系が主流だもんね。夏目〇人帳がある意味例外なだけで。

 

 で、ボクたちエキストラがやるのは、廊下を歩いたり、日常生活における、普通の学生としての役らしい。

 

 ただちょっと歩いたりするだけだから、問題はないはず。

 

 説明が終わると、今度は衣装合わせ。

 採寸をしてから、その人の体形に合ったサイズの制服を渡される。

 採寸はちゃんと一人一人行われた。

 その際に、

 

『アイドルですか?』

 

 と聞かれた。なんで?

 もちろん、ボクがアイドルというわけはないので、

 

「いえ、普通の高校生ですよ」

 

 とやんわり言ったら、酷く驚かれた。

 

『そんな、こんなに可愛いのに、芸能人でもない、普通の一般人?』

 

 と、何かぶつぶつと言っていたようだけど、声が小さくて聞こえなかった。

 ボクの場合、耳はいいけど、一定の音量を下回るとよく聞こえないからね。だからこそ、読唇術を覚えたわけだし。

 

 っと、話が脱線しちゃった。

 

 採寸が終わり、紙にボクに合った衣装のサイズが書かれていた。

 これを衣装担当の人に渡せってことみたい。

 

 というわけで、その紙を衣装の人に渡しに行く。

 やっぱり、驚かれた。

 本当になんで?

 

 かなり疑問に思いつつも、渡された衣装に着替えに行った。

 

 

 着替えて指示された場所へ行く。

 いい感じのばらつき具合で人が配置されていた。

 自然体で歩いてほしいとのことなので、いつも通りに歩く。

 

 ボクが担当するのは、主人公役の俳優の人と、メインヒロイン役の女優の人が話しながら廊下で話すところ。

 

 その際に、すれ違う普通の生徒役をボクはやる。

 やると言っても、何もセリフはないから、別にって感じだけどね。

 

 そうこうしているうちに、撮影が開始。

 

 ボクは指示された通り、普段通りの自然体で歩く。

 指示された内容の中に、微笑み程度で歩くこと、というのがあったので、微笑みを浮かべつつ歩く。

 

 と、ボクの横を俳優の人達が通った直後、

 

『カット!』

 

 まさかのカットが入った。

 どうしたんだろう?

 周囲の人も何があったのかときょろきょろする。ボクもきょろきょろする。

 

 聞き耳を使って、事情確認。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、俳優の人が、集中できなかったのか、ぼーっとしていたらしい。

 風邪かな?

 気を取り直して、再度撮影。

 

 さっきの通りに、ボクも再び歩く。

 

 そしてさっきと同じように、俳優の人達が近づいてくる。

 

 一回目は緊張したけど、一度やったからか、意外と緊張しないで、普通に自然体でいられた。

 だから、心にゆとりを持てた。

 

 だからこそ、なんとなく、視線を感じた。

 視線の先にいたのは、俳優の人。

 

 よく見ると、普通にかっこいい人だった。

 

 ちょっと長めの黒髪と、きりっとした目元が特徴のかっこいい俳優さんだった。身長は、晶くらいかな?

 

 そんな人が、なぜかボクを見ていた。しかも、変に視線をさまよわせている。

 

 あ、あれ? ボク、変なところでもあるかな?

 内心、ちょっと焦っている。

 

 でも、そこは元暗殺者のボク。ポーカーフェイスを遺憾なく発揮し、平静を装う。

 そのおかげで、表情を崩さずに何とか通り過ぎることができた。

 

 しかし、

 

『カット!』

 

 またしてもカットが入ってしまった。

 

 一度ならず二度もカットになったことから、周囲の人も心配になってきている。

 ボクは再び聞き耳を使用。

 

『どうしたの、夏木君』

『あ、いや、ちょっと……』

『放送は来週なんだよ? ちゃんとしてくれないと……』

『すみません。というか監督。あの娘……あの、銀髪の娘。あれ、本当にエキストラなんですか? 正直、あれで一般人とか笑えないんですが……』

『いや、まあ……僕もね、エキストラであんな娘が来るとは思ってなかったんだよ。だって、普通の一般人が来ると思うだろう? それで、バイト探しのサイトで募集したら、どう見ても一般人じゃないだろ、ってくらいの娘が来ちゃったんだから。宮崎さんはどう思う?』

「私的にも、あれで一般人とか、本当に信じられない気持ちですね。私、完全に敗北した気分ですよ。……まあ、嫌な気持ちに全くならないんですが」

『……あの娘をそのままエキストラとして使っていいものか……』

 

 そこで、聞き耳を使うのをやめた。

 

 ……原因、ボクじゃないですかやだー。

 

 銀髪と言われてる時点で、ボクしかいないよね、これ。

 

 周囲を見てみても、銀髪の人なんて一人もいないし……というか、みんな黒髪だよね。

 

 よくよく考えたら、ボクすっごく浮いてるよね。

 

 ……このアルバイトにするんじゃなかったぁ……。

 

 目立たないだろうと高を括っていたけど、考えてみれば、銀髪の人がいる時点でかなり目立つじゃん……ボク、何やってるんだろ。

 

 明らかにミスだよね、これ。

 

 そんなボクの内心を知る人なんているわけないので、また撮影が再開した。

 さっきと同じように歩く。……ボクのことながら、切り替えが早い。

 

 さすがに、三回目ともあって、ようやく成功。

 ボクの担当していたのはここだけなので、一息。

 

 と、ここでアクシデント発生。

 

 廊下部分の撮影が終了し、階段を降りようとしたとき、ちょうど前の方にさっきのメインヒロイン役の女優さんがいた。

 

 綺麗な人だなぁ、と思いつつ、ボクも階段へ向かう。

 

 ふと、その女優さんの付近で、なにやら悪ふざけしている男性二人組を発見。

 危ないなぁ、と思ったその時だった。

 

『きゃあああああぁぁっっ!』

 

 なんと、女優さんが悪ふざけをしていた男性二人組にぶつかってしまい、階段から落下。

 このままでは大怪我どころじゃすまない。

 

 ……これ以上目立ちたくないけど、助けないわけにはいかないよね!

 

「ふっ――!」

 

 ボクは地を蹴って飛び出すと、空中で女優さんをお姫様抱っこの形で抱きかかえて、目前に迫った壁を三角飛びの要領で蹴って一回転、そのまま着地。

 

「え? あれ? 私、落ちて、ない……?」

「ど、どこか痛いところとか、ありませんか?」

「い、いえ、大丈夫、ですけど……あの……」

「あ、すみません。今下ろしますね」

 さすがに、ずっと抱きかかえたままは失礼だと思って、床に下ろす。

 

 女優さんが目をぱちくりさせているのは、失礼にも可愛いなと思ってしまった。

 すると、

 

『おおおおおおおおおおおおおお!』

「え、な、なに? なんですか!?」

 

 周囲から歓声が上がり、拍手が鳴り出した。

 

『み、宮崎さん大丈夫かい!?』

 

 周囲の歓声とともに、監督さんが慌てて駆け寄ってきた。

 

「あ、はい。この女の子に助けられました」

『君、ありがとう! おかげで、宮崎さんが無事だった』

「い、いえいえ。大したことじゃありませんし……」

『何を言っているんだ! 普通、階段から落ちている人を助けるために、躊躇いなく飛び出したんだ。しかも、あんなにすごい動きをしたのに、大したことなくないよ!』

「そ、そうですか、ね?」

 

 ……うん、まあ、ボクとしてもちょっとやりすぎだったかもしれないと思っているけど、抱きかかえてすぐ着地したら、その衝撃で女優さんにダメージがいきそうだったから、ああいう動きをしたわけで。

 

『しかし君、本当に一般人なのかい? エキストラで出ていたようだが……』

「あ、あはは……ボクはただの一般人ですよ。芸能人でもなんでもなくて、一介の高校生です」

 

 元男だったり、異世界に行っていたりと、普通とは言い難い状態だけど、そう言うことは、言わなければ異常にはならないからね。問題なしです。

 

『あんな動きができたり、とんでもなく可愛い容姿をしていて、一般人……?』

 

 ……ボク、そんなに可愛いかなぁ?

 たしかに、ちょっとは可愛いかも? とは思ってるけど……そこまででもない気がするんだけど。

 

『監督。そろそろ次いかないと時間が……』

『あ、ああ、そうだったね。君、本当にありがとう』

「ありがとうございました。おかげで、怪我一つなく済みました」

「いえいえ。お気になさらないでください。撮影、頑張ってくださいね」

「はい」

 

 その時、妙に女優さんの頬が微妙に紅潮していたことに、ボクは気づかなかった。

 

 

 そうして、撮影は終了。

 いざ帰宅、というところで、ボクは声をかけられていた。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「はい……って、あなたは」

 

 声の発生源は後ろ。後ろを振り返ると、そこには女優さんが立っていた。

 

「あ、私、宮崎美羽って言います」

「ボクは、男女依桜です。ボクのことは名前でいいですよ」

「そ、そうですか。じゃ、じゃあ、依桜ちゃんで。あ、私のことは美羽で大丈夫です」

「わかりました。それで、美羽さんは、ボクに何か?」

「あ、はい。今日はありがとうございました」

「お礼はさっき言ってもらいましたので、何度も言わなくて大丈夫ですよ」

 

 何度も言われると、ちょっとくすぐったいしね。

 もちろん、嬉しいことではあるよ。

 

「いえいえ、改めてお礼をと思いましたので」

「そうですか。わかりました、受け取っておきますね」

「はい! こ、これだけなので、失礼しますね!」

「あ、はい。これからも頑張ってくださいね」

「ありがとうございます! また、どこかでお会いできたらいいですね」

「あはは、その時はお願いしますね?」

「もちろんです! それでは、お気をつけて!」

「はい。美羽さんも、お気をつけて」

 

 最後に、すごく綺麗な笑顔を向けてきた。

 綺麗系な美人さんの笑顔って、ギャップがあってすごく魅力的だよね。

 女優さんってすごいなぁ。

 

「さ、ボクも帰ろう」

 

 いい経験になった今日のアルバイトは、こうして幕を閉じた。

 

 

 依桜がエキストラを務めた回は、初回ということもあり高視聴率を記録した。

 それと同時に、エキストラとして出演した依桜が、この日発売された例のファッション誌と共に世間を騒がせた。

 いつも通り、何者か(笑)によってある程度情報が錯綜したが、それでもなお、依桜が有名となるきっかけになった。

 このことを依桜が知るのは、やはり、雑誌が発売された日であり、ドラマが放送された次の日のことだった。



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35件目 依桜ちゃんたちの旅行 上

 エキストラを終えた次の日。

 

 それは、ある意味いつも通りの日のこと。

 

 今日、両親が二人とも遅くなるとのことで、夕飯を作ってほしいと頼まれ、ボクは学校帰りに、商店街に立ち寄っていた。

 

 今時珍しく、美天市の住人は商店街での買い物が主流だ。

 

 スーパーなどもなくはないけど、食材の質などは圧倒的に商店街のほうがいい上に、値切り交渉などもできるとあって、この街の主婦にはかなりありがたい場所なのだ。

 

 かく言うボクも、お買い物を済ませるときは商店街に来ている。

 

『お、依桜ちゃん! 今日は秋刀魚が安いよ!』

「わぁ、本当ですか? うーんと、じゃあ秋刀魚を三尾ください」

『ほい、毎度! これ、おまけの福引券ね!』

「ありがとうございます」

『あ、依桜ちゃん、今日はいい豚肉が入ってるよ!』

「いいですね。じゃあこれを四百グラムください」

『あいよ! はい、これおつりと、福引券ね!』

「ありがとうございます」

『おお、依桜ちゃん、どうだい? 野菜、買ってくかい?』

「うーん……じゃあ、ジャガイモ四つと、ニンジン二つ、あと玉ねぎ一つください」

『はい、毎度あり! これは、おまけの福引券』

「ありがとうございます」

 

 ここの商店街の人たちとは、お互い昔から知っているので、こんな風にみんなフレンドリーに接してくれる。商店街って、人の温かみがあるから本当にいいよね。

 

 あと、ここの人たち……というか、この街に住んでいる人によく見られるのは、基本的に能天気だということ。

 ボクが女の子になっても、あまり驚かなかったどころか、むしろ歓迎したほど。

 

 さっきの魚屋さんの反応と言えば、

 

『あれ? 依桜君、女の子になっちまったのか? ほほぉ! 随分と別嬪さんになったねぇ! これで、商店街に華が増えるってもんだ! はっはっは!』

 

 こんな感じ。

 

 肉屋さんのおばさんは、

 

『あらまぁ! 依桜君……じゃなくて、依桜ちゃん、ずいぶん可愛くなったねぇ! やっぱり、年若い子はいいねぇ!』

 

 こんな感じ。

 

 八百屋さんのおじいさんは、

 

『ほっほ! 依桜ちゃん別嬪さんになったねぇ。五十年くらい若かったら、おじいさん狙ってたよ』

 

 こんな感じ。

 

 普通にボクが女の子になったことに対して、疑問に思うどころか、普通に好反応を示してきた。

 

 この辺りは、認めたくないけど、元々の容姿が原因だったんじゃないかなと思う。

 

 ボクって、女の子よりの顔してたし、自分で言うのもなんだけど、華奢だったし……。

 なにせ、十六年この街で暮らしていて、何度も通っている駄菓子屋のおばあちゃんに、普通に女の子だと間違えられたしね。

 

 今はもう、男です、なんて訂正ができなくなっちゃったからね……。

 

 でも、ここの商店街の人はみんないい人だし、ボクは大好きです。

 

 

「んーっと、とりあえず、お買い物はこれくらいかな?」

 

 買いたいものは全部買い終わり、いざ帰ろうと思った時、ふと思い出した。

 

「そう言えば、福引券もらってたよね」

 

 八百屋さんで三枚、魚屋さんで一枚、肉屋さんで一枚の計五枚。

 ダメもとで引いてみよ。

 

「五回お願いします」

『あいよ! お、次は依桜ちゃんか! どんどんティッシュを貰ってってくんな!』

「あ、あはは」

 

 いやでも、ティッシュってなんだかんだで使うし、別にあって困らないからいいんだけどね。

 でも、おじさん。それをお客さんに言う?

 

 視線を景品のラインナップに向ける。

 

 えっと、特賞が、温泉旅行(金)。一等は4Kテレビ(赤)。二等が、冷蔵庫(青)。三等、折り畳み自転車(緑)で、四等は、一万円分の商品券(桃)。それで、五等がお菓子の詰め合わせ(紫)、か。で、参加賞はおじさんの言ったティッシュ(白)、と。

 

 う~ん、強いて言うなら、自転車かなぁ。テレビはあまり見ないから宝の持ち腐れだし、冷蔵庫は最近買い替えたばかり。商品券はいつでも使えるけど、なんだか中途半端になりそうだし。お菓子は……まあ、それでもいい、かな?

 

 温泉かぁ。温泉……良いとは思うけど、まあ当たらないだろうし。高望みはしない。

 

 なるべく、三等狙いで、と思いながらガラガラを回す。

 

 一回目……カランカランカラーン!

 

『おめでとうございます! 特賞、『一泊二日、神座(かむくら)温泉旅行』でーす!』

『おおおおおおおおおおおおお!』

「……え?」

 

 まさかの、一発で金が出てしまった。

 当たった瞬間、周囲から歓声が上がった。

 みんな、おめでとう! と言ってくる。

 

『おめっとさん! いやあ、まさか当てちまうとはねぇ。さ、残り四回、ガンガン行ってくれ』

「は、はい」

 

 ここからはダイジェストで。

 

 二回目……赤 カランカランカラーン!

 三回目……青 カランカランカラーン!

 四回目……緑 カランカランカラーン!

 五回目……紫 カランカランカラーン!

 

 ……なに、これ?

 

『す、すげえな……依桜ちゃん、ほとんど当てちまったねえ!』

「あ、あはは……」

 

 ここまでくると、乾いた笑みしか出てこない。

 

 おじさん、三回目の時点で、ちょっと引き攣った笑みを浮かべてたけど、四回目で逆に振り切ってしまったのか、半ばやけくそ気味になり、五回目ではいっそ清々しいという表情をしていた。

 

 ……なんだか、申し訳ないんだけど。

 

 多分これ、あれだよね。異世界へ行った弊害。

 

 思えば、あっちでの幸運値って、当たる確率が低いものを引き当てる、っていうステータスだったわけで……そのステータスが、こっちでも適用されることはすでに実証済み。

ということは、当たるのは、ある意味必然だったってことだよね……?

 

 ……これ、宝くじを買った日には、一等が当たるなんて言う、洒落にならないことになる気がする……うん。絶対買わない。

 

 というか、ボクの場合、ギャンブルとか一番やっちゃいけない気がする。

 

『依桜ちゃん、どうする? リアカーで持ってくかい? それとも、こっちから発送するかい?』

「あー、じゃあ、発送でお願いします」

 

 リアカーで持っていけなくはないけど、さすがに恥ずかしい。

 

 街中を、テレビに冷蔵庫、自転車、お菓子詰め合わせが乗せてあるリアカーを引っ張っている女子高生の絵面って、かなりシュールでしょ?

 ボクだったら、恥ずかしくて死にたくなる自信があります。

 

『ほい、これが温泉旅行のチケットだ。一応、七人まで行けるっていうぶっ飛んだ代物なんで、家族と楽しむなり、親しい友人と行くなり、好きにしてくれ』

「あ、ありがとうございます……」

 

 ボクは、温泉旅行のチケットを受け取ると、足早に去っていった。

 

 

 その夜。

 

「――って、ことなんだけど……あ、あれ? 大丈夫?」

 

 父さんと母さんに、福引のことを話していた。

 話を聞き終えたころには、二人はあほ面をさらしていた。

 

 いや、まあ、うん。そうなる気持ちはわかる。

 だって、ボクですら現実として実感できてないもん。

 

「だ、だいだいだい、だいじょ、大丈夫だ」

「いや、すごくかんでるけど」

「あ、安心して、依桜。母さんたちは、ちょっと気が動転してるだけだから」

「いや、安心できないよ」

 

 ちょっとどころか、手がすごくプルプル震えてて、その手に持ってるお茶(熱い)の入ったコップから零れてるよ。それ、絶対熱いよね?

 

「それで、土日に温泉旅行に行かないかな? ってことなんだけど」

「それはいいな! 父さん、今週の土日は珍しく休みだぞ!」

「私も休みね。ようやく、一段落してるし。行きましょうか」

「よかったぁ。でもこれ、七人まで行けるんだよ。四人分どうしようか……」

 

 さすがに、使わないのはもったいないし……。

 というか、七人で行けるって、かなりお金かけてる福引だなぁ。

 普通なら、ペアとか、多くても四人くらいだよね。

 

「結構な人数で行けるんだなぁ。ふむ……なら、未果ちゃんたちを誘ってみたらどうだ?」

「あら、いいわねぇ。依桜、誘ってみなさいな」

「うん、そうだね。ちょっと明日確認してみるね」

 

 たしかに、あの四人を誘うのが一番いいよね。

 前日になっちゃうけど、まあ、かなり急だしね、仕方ない。

 

「じゃあ、温泉旅行の話はこの辺りで。それで、テレビと冷蔵庫、どうする?」

 

 本題はこっち。

 温泉旅行は、行くか行かないかの二択だから問題なかった。

 だけど、家電製品は別。

 

「そうだなぁ……百歩譲ってテレビはいいとしよう。だけどなぁ、冷蔵庫なんだよなぁ……母さん的にはどう思う?」

「そーねえ。正直なところ、最近買い替えたばかりなのよねぇ。二台あっても意味ないし……困ったわねえ」

「……う~ん、ちょっとあれだけど、未果たちに聞いてみるよ。もしかしたら、欲しいっていう家庭があるかもしれないし……」

「まあ、それが妥当よね。テレビは……リビングにあるのを、依桜の部屋に移しましょう。それで、新しいほうをリビングに、ってことでいいかしら?」

「「異議なしでーす」」

 

 そんなこんなで、家電製品についても決まり、

 

「自転車は、当然依桜のね。あなたの、ちょっと前に壊れたし」

「あ、あはは……」

 

 自転車が欲しいと思ったのには、ちゃんとした理由があった。

 実は、少し前……大体、ボクがこっちに帰ってきて、ほどなくしたころだったかな?

 

 その日はちょっと問題があって……っと、この話はまたいずれ。

 ともかく、ちょっとした問題が発生して、結果的に自転車のペダルが旅立ってしまったので、乗れなくなってしまった。

 

 それから、しばらく自転車に乗れなくて困っていた。

 やっぱり、無いと不便だよ。

 だから、自転車が欲しいと思っていたわけです。

 

「お菓子は、ご自由に、でいいわよね?」

「うん。さすがに、一人じゃ食べきれないよ」

 

 女の子になってからというもの、甘いものが以前にも増して好きになっていた。

 多分、人並み程度だとは思うけど、いくら甘いものが好きとはいえ、さすがに一人で食べるのはちょっと、というわけで、母さんの提案には賛成。

 

「でもまさか、福引を五回も引いて一度もティッシュを貰ってこないとはなぁ。思えば、依桜は昔から変に運がよかったものなぁ」

 

 変に、というか、いやに、のほうが正しいと思うけどね。

 いやな運の良さを発揮してたし。

 

 やっぱり、異世界転移も、そのあたりが関わってきそうだよね……。

 まあ、多分体質なんだとは思うけど。

 

「ま、依桜のおかげでいいものが手に入ったし、温泉が楽しみだ!」

「そうねぇ。依桜、ちゃんと聞いてきてね」

「はーい」

 

 福引に関する話が終わり、この後は普通にお風呂に入って、普通に寝て、一日が終了した。

 

 

 次の日。

 

「――というわけなんだけど、だれか冷蔵庫欲しい人いる?」

 

 昼休みに昨日の件について、四人に尋ねていた。

 

「俺は必要ないな」

「私もね」

「オレんちもだ」

 

 三人は必要なし、と。

 残るは女委だけ。

 でも、女委だし、多分必要ない――

 

「あ、わたし欲しいな~」

 

 必要だとおっしゃりました。

 

「ほんと?」

「うん。最近、冷蔵庫の調子が悪くてね~。そろそろ買い替えようかと思ってたんだ~」

「それならよかった! 冷蔵庫もらってくれないかな?」

「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ」

「ありがとう! じゃあ、商店街の人に連絡して、女委の家に送るように言っておくね」

「うん。ありがとう、依桜君」

「どういたしまして。……まあ、福引の景品だけどね」

 

 よかったぁ。

 これで、なんとか、冷蔵庫を消費?できたよ。

 やっぱり、倉庫で眠ってるよりも、誰かに使ってもらった方が、物も喜ぶよね!

 

「それで、もう一つみんなに聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「あのね、さっきの福引の話の続き、なんだけど……明日明後日って暇かな?」

「私は暇よ。特に用事はないわ」

「俺もバイトは入ってないな」

「オレも、世の真理の探究について以外は、暇だぞ」

「入稿はしばらくないし、わたしも暇~」

 

 態徒は何を言っているかわからないけど、みんな暇みたいだ。

 うん、ならちょうどいいかな?

 

「えっとね、温泉旅行に行かない?」

「「「「…………は?」」」」

「だから、温泉旅行」

 

 みんななぜか、きょとんとした表情をしながら、間抜けた声を出してきた。

 

「え、依桜、どういうこと?」

「あ、えっと、さっき福引で冷蔵庫が当たったって言ったよね?」

「ええ、言ったわね」

「実は、ね。当たったの冷蔵庫だけじゃないんだよ」

「……依桜。お前、何を当てたんだ?」

 

 冷蔵庫以外にも当てたと言ったら、晶が眉をひそめながら尋ねてきた。

 

「温泉旅行、4Kテレビ、折り畳み自転車、お菓子詰め合わせ」

「……依桜って、バケモンみてえに強運なんだな」

「すっごいねぇ。依桜君、神がかってるねぇ」

「いや、そう言うレベルの話じゃないわよね? これ」

「……普通、福引で五個もあたり引くか?」

 

 うん。普通の人だったら引かないと思うよ、ボク。

 正直、ボクの運がどうかしてるんだし……。

 

「ま、まあ当たっちゃったんだよ」

「当たっちゃったって……軽くないか?」

「……ボクが一番動揺してたんだよ」

「……そうか」

 

 遠い目をしながら軽いと発言してきた晶に言うと、何かを察したような顔をした。

 ありがとう、晶。

 

「当たったのはわかったが……家族で行けばいいんじゃねえのか、その温泉」

「うわ、態徒が珍しくまともなこと言ってるわ」

「いつもだったら『マジで!? ッしゃあ行く行く! 混浴か? 混浴か!?』みたいに言いそうだもんね~」

「ああ、ありえるな」

「……態徒だもんね」

「……普通のこと言っただけなのに、この仕打ちよ。すみません。友人たちが冷たいです……」

 

 ボクたちに散々な言われようで、今にも泣きそうな態徒。

 普段の行いだと思います。

 

「でも、たしかに態徒の言う通りよね。家族で行けばいいんじゃないの?」

「それがね、その温泉旅行の定員が七人でね。ボクの家だけで行くと、四人分空きができるんだよ。だから、みんなを誘おうかなって。どうかな?」

「なんだ、そう言うこと。なら、私は行くわ」

「そう言うことなら、俺も」

「わたしも~」

「オレも行くぜ」

「よかった。行くのは明日だったから、急な話だったんだけど……行けそうでよかったよ」

 

 これで、みんな都合が合わなかったら、正直困ったしね。

 その場合は、父さんたちと行ったんだろうけど。

 やっぱり、旅行はみんなで言ったほうが楽しいもんね。

 

「待ち合わせは、朝十時にボクの家でいいかな? 父さんが車で行くって言ってたし」

「いいわよ。というか、依桜の幸運にあやかっての旅行なんだから、異論なんてないわ」

「たしかにな」

「オレは構わないぞー」

「今日は早く寝ないと」

 

 みんな問題ないとのことみたい。

 なんとか、一人も欠けずに行けそうだね。

 よかったよかった。

 

 

 放課後は、とりあえず各自必要なものを買い揃えに。

 さすがに、商店街では買えないものも混じっていたので、ショッピングモールへ。

 と言っても、一泊二日だからそこまで買う物もなかったけどね。

 

 ただ、その……女の子的には買わないといけないものがあったわけで。

 実を言うと、ボクはまだ来ていなかったりする。

 多分だけど、ボクの場合純粋な女の子っていうわけじゃないから、そのあたり不安定なのかも。

 

 でも、未果たち曰く、

 

『あったほうがいい』

 

 とのことなので、一応買いに来た次第です。

 

 まあ、万が一来たとしても、あれば安心だろうしね。

 

 その間、晶と態徒は自分たちで必要なものを買いに行っていた。

 何を買いに行ったのか尋ねたら、晶は呆れたため息を吐くだけだった。

 態徒は態徒で、変な笑みを浮かべながら、

 

『秘密だぜ!』

 

 って言うし……その時、未果の目は、限りなくジト目だった。

 いやな予感がしつつも、買い物が終了。

 

 買い物が終わると、みんなで少しぶらつく。

 

 これと言ってしたいこともないし、やることもないけど、こう言う時間はなんだか嬉しいし、楽しいから、みんな文句どころか、楽しそうにしている。

 

 でも、ボクと晶的には、困った展開が発生。

 

 というのも、前回、モデルとして仕事をした中央エリアの掲示板のような場所に、ボクたちの写真が掲載されていたから。

 

「……晶、どうしよう?」

「どうするって言ってもな……とりあえず、さりげなく、遠ざけるしかないんじゃないか?」

「……だね」

 

 そのさりげなく、が難しい気がするけど……四の五の言ってられないよね。

 でも、写真が小さいから、ここからじゃ見えない――

 

「お、なんか面白そーな情報ねーかなー」

 

 ……態徒、ろくなことしない。

 

「な、何もないよ、態徒」

「え? でも、まだ何も見えてないし、というか、いつ見たんだ?」

「え、えーと、ほ、ほら! ボクって、異世界行ってたから、そう言うスキルも持ってるから、よく見えるんだよ!」

「あー、なるほどー。そりゃ、たしかに確実かもなぁ。なんだあ、何もないのか―」

((ほっ……))

 

 二人そろって、心の中で一息つく。

 安心した……

 

「あ、そう言えば、新しいお店が入った情報があったっけ。いい、アニメ系のショップとかないかなー」

 

 安心したのもつかの間、今度は女委が掲示板の隣にあるマップを見に行こうとしていた。

 またしてもピンチ!

 

「め、女委、この前行ったが、これと言ってアニメ系の店はなかったぞ?」

「ほんと? そっかー。それなら、しょうがないね」

((ほっ……))

 

 再び、心の中で一息。

 さすがに、大丈夫なはず……

 

「……ねえ、二人とも。さっきから、何を隠そうとしているの?」

「な、何も隠そうとはしてない……よ?」

「あ、ああ。何一つとしてないぞ?」

「……ふーん。ならいいわ。……ま、その内バレそう(・・・・・・・)だけどね」

((…………バレてない!?))

 

 明らかに含みのある言い方をしてきた未果。

 おそらくだけど、何を隠そうとしているのかに気が付いたんだと思う、これ。

 ……だって、ニヤァっとした笑みを浮かべてるんだもん。それをボクたちに向けてるんだもん。

 

 ……これ、絶対楽しんでるよ。

 未果にだけは、ある意味バレたくなかった……。

 

「「はぁ……」」

 

 未果にバレたと確信したボクたちは、ただただため息を吐くことしかできなかった……。

 

 

 何はともあれ、買いたいものも全部買い終えたボクたちは解散となった。

 明日明後日は、みんなで温泉旅行!

 学校行事でしか、みんなと旅行に行くことはなかったから、すっごく楽しみだなぁ。

 いい思い出になるといいなぁ。



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36件目 依桜ちゃんたちの旅行 中

「はっはっは! やっぱり、旅行は大人数が一番!」

「そうねえ」

 

 道中の車の中は、少し騒がしかった。

 まず、父さんと母さんはこんな感じに結構テンション高め。

 ボクたちもボクたちでテンションが高い。

 

「あ、ボクまた上がり」

「はぁ!? 依桜、お前強すぎだろ!」

「運ならたぶん負けないよ」

 

 今やっているのは、ポーカー。

 勝ち抜き戦のようなもので、最初の二人が勝負して、負けたほうがどんどん後退していくルール。

 

 今のところ、ボクが八連勝中。

 運なら本当に負けないからね。

 だって……

 

「つーか、ロイヤルストレートフラッシュを八回連続で出すとか、ほんとどうなってんだよ!?」

 

 こんな勝ち方だし。

 

 まあ、あっちでの幸運値は、何回も言っている通り、一番確率の低いものを引き当てる、っていうステータスだからね。

 

 つまり、ボクの現在の運というのは、確率が低ければ低いほど当たり、高ければ高いほど当たりにくい、という状況なわけです。

 

 これ、ほとんどの人は羨ましがるとは思うけど、一度このステータスになったらわかると思うんだけど、あまりいいものではないんだよね。

 

 幸運値とは言うけど、このステータスの本質というのは、『確率』に関するものだと思うんです。

 

 確率の低いものを引き当てる、という物である以上、くじや賭け事などに対してはプラスな意味で捉えられるかもしれないけど、これが高い確率で敵を一撃で倒せる、なんていう場合だったら、一撃で倒せない、ということになっちゃうかもしれないからね。

 

 まあ、これが正しいかどうかはわからないけど。

 違うかもしれないしね。

 

「依桜って昔から変に運がよかったからな」

「言われてみればそうね。昔、駄菓子屋の風船ガムとか連続して当たり引いてたし、きなこ棒も当たり連発させてたしね」

「でも、同時に変に不運だったけどねぇ」

「あー、たしかプレイしてたゲームが、通常あり得ない挙動をしたと思ったら、エラーを起こして、そのままクラッシュして壊れた、なんてことがあったな。家庭用ゲーム機で、しかもバグがほとんどないゲームだったのにな」

「あ、あはは……」

 

 そう言えばあったなぁ、そんなこと。

 確かあれは、中学二年生くらいかな?

 その時は、みんなで集まってボクの家で遊んでいた時だったっけ。

 

 その時プレイしていたのは、みんなで遊ぶパーティーゲーム。

 晶が言った出来事が起きたゲームは確か……アスレチックタイプのげーむだったかな?

 横スクロール型のゲームで、レース形式になってた覚えがある。

 

 で、ボクが普通にプレイして、先頭にいたとき、急に荒ぶりはじめて、キャラクターの首は伸び、胴体は曲がっちゃいけない方向に曲がったまま伸びに伸びて、ケミカル色に染まり、遥か彼方へとワープして画面が青一色になって、そのまま点かなくなったっていう状況。

 ……あの時初めて、家庭用ゲーム機がクラッシュして起動しなくなるっていうことを知ったよ。

 

「なんだかんだで、プラマイゼロだもんなぁ、依桜は」

「マイナスのほうが強い気がするよ、ボク」

 

 異世界へ行って、帰ってきてすぐに女の子になってるんだもん。

 そもそも、異世界に関することは全部マイナスな気がするんだけど。

 

「かもな! んで、次何するよ?」

 

 という感じに程よく楽しみながら、車は走る。

 

 

「さて、ここらへんでピクニックと行こうか」

 

 目的である旅館に行く前に、ボクたちは綺麗な紅葉が有名な観光スポットに来ていた。

 今は十月中旬なので、地域によってはちょうど紅葉シーズン。

 

 ボクたちが向かっている旅館の道中にも、紅葉が見れるスポットが存在していた。

 なので、せっかくだから寄っていこうということになった。

 

「たしか、この辺りには釣り堀があるらしいから、そこで釣りでもどうかな?」

「「「「「賛成!」」」」」

 

 父さんの提案に、みんな賛成していた。

 時期的には、あれだけど、養殖技術ってすごいよね、一年中獲れるんだもん。

 

 というか、ピクニックと言いつつ、釣りって……父さんの一貫性のなさはどうなっているんだろうか? いや、釣りもピクニック、なのかな……?

 

 

 というわけでボクたちは釣り堀に来た。

 みんな釣竿をレンタルし、餌を購入してからいざ釣りへ。

 

「ほい、一匹目」

 

 すると、物の数分で態徒が一匹目を釣り上げた。

 そう言えば態徒、釣りが好きって言ってたっけ。もしかして、得意だったりするのかな?

 

 ……あ、うん。得意なんだね。

 だから、そのドヤ顔はやめてほしい。ちょっとイラっと来る。

 

『今んとこ、オレしか釣ってないぜ?』

 

 みたいな表情もやめてほしい。

 

 見ると、父さんと母さん以外、態徒の表情にイラっと来てるのか、青筋が浮かんでいるように見える。多分、気のせいじゃないと思う。

 

 ……誰でもいいから、釣り上げてくれないかな。

 

「あ、私も」

 

 そんなボクの願いが届いたのか、未果が釣り上げた。

 それも、態徒よりも、サイズが大きい。

 

「なぬ!? くそっ、オレの天下が!」

「……開始数分で最初に釣ったからと言って、天下っていうのは、いささか調子に乗りすぎじゃないか?」

「うるせえ! 普段のオレの扱いを考えてみろ! 少しくらい威張ったっていいじゃねえか!」

「態徒君。そういうのは、自業自得って言うんだよ?」

「オレは悪くねえ! 悪いのは、周囲だ!」

「態徒。それ、クズの人間が言うことよ?」

 

 うんうんと、未果のツッコミに頷くボク含めた三人。

 典型的なダメな人の言い分だし。

 

 普段の扱いが悪いのは、単純に日ごろの変態具合が原因だということに気が付いていないのだろうか?

 

「お、俺も釣れたな」

「わたしもわたしも~」

「みんなすごいね。ボクなんて、まだ一匹も釣れてないよ」

 

 みんな連れているのにボクだけ釣れていない。

 

 父さんと母さんは、友達同士で、と気を遣ってくれたのか、ボクたちより離れたところで釣りを楽しんでいる。

 

 遠目に見たところ、向こうも順調に釣れているみたい。

 

 ほ、本当にボクだけ釣れてない……。

 

「むぅ……なんだかボクだけ釣れないというのも、ちょっと悲しい……」

「ま、始めたばかりだし、気長にな」

「そうそう。向こうのバカはほっといてもいいわ。どうせ、勝手に有頂天になっているだけだろうから」

 

 みんな慰めてくれた。

 

 ……あの、逆に気持ちが沈むんだけど。

 

 で、でも、まだ始まったばかりだもんね。

 釣れるよね!

 

 

 数十分後。

 

「つ、釣れないよぉ……」

 

 全く釣れていなかった。

 

「こ、ここまで釣れないと、なんかもう、しんどいわね」

「あぅぅ……」

 

 みんなは結構釣れているのに、ボクだけ未だにゼロ。

 すごく劣等感を感じるよ……。

 涙が出てきた……。

 

「な、泣かないで依桜君! 釣れるよ! きっと釣れる!」

「……ほんと?」

「うん! 日ごろの行いはいいんだから大丈夫だよ!」

「……うん。がんばる」

(((か、可愛い……)))

 

 ……なんでボクだけ釣れないんだろう?

 未果たちだって、それなりに釣ってるし、態徒なんてさっきから大漁だし……。

 はあ……釣れないかなぁ。

 

 

「にしても、不思議だな」

 

 依桜君が再び釣り始めたのを尻目に、晶君がつぶやく。

 

「何がかしら?」

「いや、ここの釣り堀にいるのは当然養殖だ。どちらかと言えば、天然よりも危機意識が低いはずだろ? だったら、依桜も俺たちくらい釣れていてもおかしくないと思ってな」

「言われてみれば、そうね。なんでかしら?」

 

 たしかに、晶君の言う通り、釣れやすいはずなのに、依桜君だけ釣れないのはおかしい。

 ここの釣り堀について調べてみたら、かなりつれやすいことで有名なんだとか。

 

 そんな場所で釣れない、というのも確かに変な話。

 あんまり釣りが得意じゃないわたしでも、釣れてるんだけどなぁ~。

 何か、依桜君にあるのかな?

 

「う~ん……あ、もしかして」

 

 うんうんとうなっていると、一つの可能性が頭に浮かんできた。

 

「女委、何か思い当たることでもあるのか?」

「うん。あのね、異世界にいた時の依桜君の職業って……」

「……ああ、なるほど。たしかに、それなら釣れなくてもおかしくないな」

「でしょでしょ? 多分そういうことだよね」

「……まあ、暗殺者ならね」

 

 そう、依桜君の異世界での職業は暗殺者。

 当然、殺しに特化した職業なので、生き物の本能的何かが働いても不思議じゃない!

 わたしだって、本能的に、

 

『あ、あの人絶対薔薇だ!』

 

 とか、

 

『むむっ、あの人は隠れ百合だね!』

 

 とか、わかるし。

 

 え? それとは違うだろって? いやいや、腐女子には当然のスキルだよ!

 って、わたしは誰に言ってるんだろうね?

 

 あ、違う違うそうじゃなくて、依桜君のことだった。

 

「多分、お魚さんたちは、本能的に依桜君が危険だって察してるんじゃないかな?」

「だろうな。多分……というか、大いにあり得る」

「むしろ、それで確定じゃない?」

「逆に、態徒君が大量に連れているのは、たいして危機感を覚えないくらい弱い、っていう意味なんじゃないかなぁ?」

 

 態徒君だし。

 

 武術をやってて、強くても、普段の立場とかを考えたら、弱く感じるもんね!

 

 今だって、

 

『っしゃあああああ! またゲットォォォォッ!』

 

 ものすごい笑顔で、バンバン釣り上げてるし。

 

「あり得るわ、それ」

 

 ちらりと態徒君を見てから、未果ちゃんが真顔で断言した。

 うん。未果ちゃんの真顔って、結構クルものがあるね!

 んっ……下着替えないと……。

 

「……女委。今、変なこと考えなかった?」

「んーん? なーんにも?」

「……そう。ならいいんだけど」

 

 危ない危ない。

 依桜君だったら、確実にバレてたよ。

 依桜君、鋭いからなぁ。

 

「それはそれとして、やっぱり、依桜君が釣れないのは、にじみ出るプレッシャーが原因だと思うんだよね」

「元暗殺者だし、依桜の本気がどれほどの物かはわからないが、常人にはない存在感やプレッシャーがあるからな」

「……というか、それを消せばいいんじゃないかしら?」

「できるのか?」

「でもでも、依桜君って暗殺者だったわけだから、気配を消す、みたいな能力があっても不思議じゃないよね!」

 

 なんてったって、暗殺者だからね!

 やっぱり、気配を消さないと。

 

「じゃあ、早速アドバイスてくるね!」

 

 

「ん、未果たちが何か話してる?」

 

 未だに釣れる気配がなく、少しずつ集中力が切れてきたので、息抜き? のためにちょっと周囲を見回すと、何やら未果たちが集まって何か話しているのが目に入った。

 

 何の話をしてるんだろう?

 

 という疑問が出てきたところで、タタタッと女委が小走りで駆け寄ってきた。

 

「ねえねえ依桜君」

「なに?」

「依桜君って、気配を消したりできる?」

「え? うん、できるよ?」

 

 気配遮断の能力は必須だからね、暗殺者。

 

「ほんと? よかった!」

 

 できることを伝えると、女委が嬉しそうな顔をする。

 

「えっと、それがどうかしたの?」

「あのね、試しになんだけど、気配を消して釣りをしてみてほしいなーって」

「よくわからないけど、わかったよ。試しにやってみるね」

 

 女委に言われた通り、気配遮断を使用してから、再び釣りをする。

 

「おお、本当に依桜君の気配が薄れたよ!」

 

 すると、

 

「あ、釣れた!」

「おめでとう!」

「うん! でも、なんで急に釣れたんだろう?」

 

 さっきまで全く釣れなかったのに、どうして気配遮断を使用したら釣れたのかな?

 そんな疑問を感じていると、ボクの心の内を見透かしたのか、説明してくれた。

 

「依桜君って、暗殺者だったでしょ?」

「うん、そうだね」

「でね? 依桜君は抑えているつもりなのかもしれないけど……というか、現にわたしたちは何も感じられないからあれだけど、お魚さんたちには、そうじゃなかったんだよ」

「えっと、なにが?」

「プレッシャーだよ」

「プレッシャー?」

「そうそう。圧倒的強者な依桜君がたとえ無意識で抑えていたとしても、お魚さんたちはそれを感じ取っていたんだよ!」

「な、なるほど……」

 

 だから、全然釣れなかったんだ……。

 

「……そうだよね。養殖と言っても、ここのお魚さんだって、元は自然で暮らしてたんだもんね。本能で感じ取ってもおかしくないよね」

 

 考えてみれば、向こうでもそうだったし。

 師匠に命令されて、よく動物を狩っていたけど、ボクに気が付いた瞬間、一目散に逃げて行ってたし……。

 

「そうだよ! だから依桜君は、気配を消せばバンバン釣れるよ!」

「そっか。うん、ありがとう、女委」

「いいよいいよ! 依桜君だけ釣れないのも、悲しいもんね!」

「女委……」

 

 うう、女委の優しさが心に染みるよぉ……。

 それに引き換え、態徒はずっと釣ってるし……。

 同じ変態でも、こういうところで違うんだなぁ。

 

「どうどう? 依桜君、見直した?」

「見直したも何も、ボク、女委が優しいっていうのはよく知ってるよ。だから、見直したというより、改めて認識できた、かな?」

 

 これでも、中学生の時からの付き合いだからね。

 四年近く一緒にいれば、気づくもん。

 

「お、おおぅ。ナチュラルに口説いてる……や、やば。下着が……」

「……あの、女委? 今何か、変なことを言わなかった?」

「な、何でもないよ! き、気のせいじゃないかなぁ?」

 

 女委の目が泳いでる。

 マグロみたいに、止まることなく泳ぎ続けてる。

 同時に、冷や汗もだらだらと。

 ……はぁ。

 

「まったくもぅ。女委って、自分でしたいいことを、自分で壊しに行くよね、いつも」

「にゃ、にゃはは! そ、そこは女委ちゃんクオリティですからね!」

「もぅ、何それ?」

 

 女委のごまかしに、ついつい笑みがこぼれる。

 言っていることが面白いというよりも、女委の必死さに、だけど。

 

 でも、普段変態的な言動や、行動しているけど、いざというときには、こうして人のために動いたり考えてくれるんだから、本当にすごいと思う。

 

 ……変態な部分が無くなれば、もっといいとは思うけどね。

 

「さあさあ、依桜君! どんどん釣ろう!」

「そうだね」

 

 勢いで乗り切ろうとしている魂胆が見え見えだけど、ここはお礼も含めて目をつむることにしよう。

 

 この後、時間が許す限り、ボクたちは釣りを楽しんだ。

 

 途中、態徒がダイナミック入水を果たして、びしょ濡れになったのをボクがばれない程度に風魔法で乾かしたり、態徒が自分の釣り竿の針で、自分で自分を釣ろうとして、勢いよく地面とキスをしたり、態徒が水虎に連れて行かれそうになったのを、ボクが助けに行ったりという、アクシデントに見舞われたけど、とっても楽しくて、思い出に残るものになりました。

 

 ……態徒が、問題を起こしすぎてる気がするけど。

 

 釣りを終えて、釣ったお魚を調理してもらって、お昼を摂ってから、再び車で移動。

 向かうのは、この旅行のメイン、温泉。

 楽しみな気持ちで胸をいっぱいにしながら、ボクたちは目的地の旅館へと向かった。



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37件目 依桜ちゃんたちの旅行 下

「わぁ、立派な旅館」

 

 目的地の旅館に到着し、旅館前に移動。

 

 外観は、かなり立派な佇まいの大きな旅館だった。

 よくテレビとかで見るような、秘境の宿、みたいなイメージ。

 

 御柱市の商店街すごいなぁ。

 インターネットで見たけど、評価はかなりいいし、温泉の効能もいいんだとか。

 

 そんな場所の旅行を福引の景品にできるのはすごいと思う。

 一体、どこからそんなお金が出ているんだろう?

 

 ……売り上げだよね。

 

「さて、早いところチェックインを済ませよう」

 

 父さんの言葉でみんな動き出し、旅館に入っていく。

 

 

 チェックインを済ませ、部屋へ移動。

 部屋は三部屋取ることができた。

 

 父さんと母さんのペアで一部屋、ボクと未果、女委の三人で一部屋、そして、晶と態徒のペアで一部屋となっている。

 

 ボクとしては、晶たちとの方がよかったんだけど、未果に

 

『絶対ダメ。というか、晶はともかく、あの変態には何されるかわかんないわよ? ヤられてもいいの?』

 

 と、全力で止められた。

 

 う、それを言われると……という感じだったので、未果たちと相部屋に。

 

 ……でもさ、正直どっちへ行っても同じだと思うんだけど。

 

 晶たちのところへ行っても態徒(変態)がいて、未果たちのところにいても女委(変態)がいるわけだからね。

 

 晶たちの方が、実際はましかもしれない。

 

 たしかに、態徒はどうしようもないくらいに変態かもしれないけど、まだ晶という抑止力がいるからね。

 

 反対に、未果たちと同じ部屋だと、女委という変態がいる上に、未果という面白いことが三度の飯よりも好き! みたいな人がいるわけだから……。

 

 ……うん、まだ晶たちのほうがましかもしれない。

 

 しかし、決まってしまったのは仕方がないので、そこは、その……頑張って耐えるしかないというか……。

 

「はぁ……」

「依桜、せっかくの旅行なのに、暗い顔だと台無しよ?」

「……抑止力になってね?」

「何言ってるの?」

 

 おかしな人を見る目で、ボクを見ている未果の様子を無視して、言う。

 

「……未果は、ボクの味方だよね?」

 

 って。

 一瞬、逡巡するようなそぶりを見せた後、笑顔になって行った。

 

「(態徒という)変態から守ればいいわけね?」

「うん。(女委という)変態からボクを守ってね?」

「OK! ま、私に任しときなさい」

「ありがとぉ、未果」

 

 思わず未果に抱き着いてしまった。

 あ、なんかちょっと安心するかも……。

 

「おっと。何よ、今日は随分甘えん坊さんね?」

 

 ボクが抱き着いてきたことに、疑問を感じるどころか、普通に受け止めて頭を撫でてくれた。

 未果はやっぱり味方だぁ……。

 と、思っていた時期が、ボクにもありました……。

 

 

「たっだいまー!」

「あ、女委。おかえりなさい」

「おかえり」

 

 荷物を置いて、お茶を飲みながら未果と話していると、売店に行っていた女委が戻ってきた。

 

「あれー? 晶君たちは?」

「えっと、なんか用事がある! って言って、自分たちの部屋に引きこもっちゃった」

「そうなの? うーん……まあいっか! ちょうどよかったし。いたらいたで、ちょっと困ったからねー」

 

 ……今、何か不穏なセリフが聞こえた気が……。

 

 あと、すごく嫌な予感がするんだけど……。

 

 女委のボクを見る目が、獲物を狩ろうとしている獰猛な肉食獣を連想させる、ギラギラとした輝きを放っているんだけど……?

 

 ガチャリ。

 

「……女委? なんで、入り口の鍵を閉めたの?」

「気にしない気にしない☆」

「女委、なんで、そんなにいやらしい手つきをしながら、ボクに近づいてくるの?」

「気にしない気にしない☆」

「いや、気にするよぉ! 何? 何をしようとしてるの!?」

「ふっふっふー。さあ、依桜君! 大人しくするのだ!」

「いや、ちょ、まっ……ひゃんっ!」

 

 ボクの制止を聞かず、女委はボクに抱き着き、そのまま押し倒してきた。

 こ、このパターン、どこかで見たことが……。

 

「ふー……」

「あぅっ……!」

 

 耳に息を吹きかけられたことで、体に力が入らなくなり、女委を押し返そうとしていたところで、逆にさらに押し倒されてしまった。

 

「うぅ……な、なんで女委がボクの弱点を……」

 

 この弱点自体、自分でもほとんど気付いていなかったのに……一体どうして、女委が……。

 

「もちろん、学園長先生に聞いたのだよ!」

 

 な、何してくれてるの、あの人!?

 なんでボクの弱点を、一番言っちゃいけない人に言ってるのぉ!

 

 どこかで見たことあるパターンだと思ったら、やっぱりあの時のことだよね!?

 ま、まずいよぉ! このままだと……そ、そうだ、み、未果! 未果に助けを!

 

「未果!」

「……はぁ、なんて素晴らしい光景なのかしら」

 

 ダメでした。

 妙に恍惚とした表情で、ボクが襲われている光景を見ていた。

 

「み、未果? ボクを助けてくれるって……」

「ええ、助けるわよ?」

「じゃ、じゃあ……」

「でも、私が味方するって言ったのは、態徒相手の時だけよ?」

「…………ふぇ?」

 

 え、どういうこと?

 確かにボク、あの時変態から守ってくれるって……あ。

 ま、まさか、齟齬ができてたの……?

 

 ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ、ボクのバカぁ! 

 

 なんで、指定しなかったのぉ!

 

 指定してたら、事前に対処できたよね、これ!

 

 うう、もうやだぁ……。

 

「安心して、依桜君」

「め、女委……?」

「本番はヤらないから!」

「そ、そういうことじゃな――んあっ! ちょっ、や、やめっ……ひゃぅ! め、めいぃ………そ、こはっ、ダメっ、だよ……ぁんっ!」

 

 まるで、いつぞやの学園長先生の時のように、女委がボクの体を愛撫し始めていた。

 しかも、妙に学園長先生の時よりもうまい気がして、前以上に声が出てしまっていた。

 

「女委、やたらうまいわね」

「ふっふー。まあねん! わたし、色々な子と、遊んでるから!」

「女委、その発言はいろんな意味で危ないわ」

「そーかなー? わたしは楽しいし、向こうも気持ちい。ほら、相応の対価でしょ?」

「んー、まあ、お互い合意の上なら問題なし、か」

「問題あるよぉ! ボク、合意してないよぉ……!」

 

 叫ぶように、おかしな会話をしている二人にツッコミを入れる。

 けど、二人はそれを全く意に介してくれない。

 

「まあまあ、楽しもうよ」

「楽しめない――ひぁう!? や、やめっ……んぅ! ま、まっ、てっ……あっ、ふっ、んっ……!」

 

 ま、また、またの時、みたいに、頭の中がぼーっとしてきた……。

 なんだか、ふわふわするし……。

 

「うわぁ、依桜、すごい顔してるけど……大丈夫?」

「だい、じょうぶ、じゃ、ない、よぉ……み、未果も止めてよぉ……」

「……依桜って、受けの時はとことん受けよね……私の中のSな気持ちが昂るわぁ」

「み、未果……?」

 

 お、おかしい、未果が女委と同じ目をしてる気がするよぉ……。

 も、もしかして……。

 

「お、未果ちゃんも混ざる?」

「混ざる混ざる!」

「ちょ、まっ……」

 

 ボクの制止を全く聞かず、未果までもが参加してきた。

 

 逃げようと思っても、体に力が入らない上に、頭の中がぼーっとして、ほかに何かを考えるのができなくなるほどに、いじられた。

 

 この後、ひたすらにボクは弄られました。

 そこで何があったかは、その……ご想像にお任せします。

 一言言えるとすれば……女の子の体は、すごいな、ってことだけです……。

 

 

「うぅ、二人のバカぁ……ひっく、えぐ……」

 

 ようやく二人から解放され、ようやく落ち着くと着崩した服はそのままに、ボクは泣き崩れていました。

 

「ご、ごめんって……」

「ごめんじゃないよぉ……ボク、いきなり襲われたんだよ……? ボク、何度もやめてって、言ったのにぃ……う、うぅ……」

 

 本当に、あれは酷かった……。

 

 学園長先生の時は、採寸とかもあったから途中で止められたけど、今回は本当に悪ふざけが過ぎた。

 

 ボクが必死にやめてと懇願しているのに、二人はやめるどころか、ますますいじってくるし……。

 

 むしろ、余計に楽しんでいた気がするよ……。

 

「ごめんね、依桜君」

「……ボク、二人を信用できなくなっちゃうよ……」

 

 今まで友達だと思っていた人が、唐突に襲って、それでひたすらに弄るんだもん、信用なんてできなくなりそうだよ……。

 

 ボク、どうすればいいの?

 

「で、でもほら! 依桜、すっごく可愛かったよ!」

「うわあああぁぁぁぁぁんっっ!」

 

 未果に言われた瞬間、ボクは大泣きしながら、部屋を出て行った。

 

「あ、依桜!?」

「依桜君!」

 

 ボクを呼び止める、二人の声がしたけど、ボクは振り返ることなく、出て行った。

 

 

「やりすぎたね……」

「……ええ、そうね」

 

 依桜が出て行ってから、私たちはお互い床に座っていた。

 雰囲気は当然明るくもなく、意気消沈状態。

 

「依桜、泣いてた、わね」

「そうだね……正直、やるんじゃなかったと後悔してるよ」

「……私もよ」

「ちゃんと、謝らないと、だね……」

「……土下座で謝りましょ」

「……うん」

 

 

「――っていうことがあって……」

 

 ボクは未果たちの部屋を出ると、一目散に晶たちの部屋へと向かった。

 

 そして、部屋に入るなり、晶に抱き着いて、ひたすらに泣いた。

 さすがの態徒も、この時ばかりは変態的な言動はせず、普通に心配してくれた。

 

 泣き止むまで晶たちは何も言わずに待ってくれたのは、本当にうれしかった。

 

 泣き止んで、少し落ち着いてから、さっきの顛末を話す。

 

「何をしてるんだ、あの二人は……」

 

 晶は額に手を当てて、呆れていた。

 

「いや、まさかそこまでやるとは思わなかったわ」

 

 態徒は、呆れてるとまでは行かないけど、目を丸くしていた。

 

「……なるほど。それで、依桜が泣いて逃げてきた、と」

「うん……」

「いや、まあ、そりゃあ、あの二人が悪いわな」

「当たり前だな。ま、少なくとも悪ふざけのつもりだったんだろうが……まさか、ここまでとは。俺もちょっと、擁護は難しいな」

 

 晶がそう言うと、態徒が疑問を口に出した。

 

「というか、何が原因だ? いくら、女委が変態だとは言え、未果がそうするとは思えないしよ……なあ、何かあるんじゃないか?」

「……女委はともかく、確かに未果は変だな……たしかに、三度の飯より面白いことが好きとはいえ、他人に、それも依桜相手にそう言う行為をするか?」

 

 ……言われてみれば、確かにそうかも。

 さっきの未果は、どこか様子がおかしかった気がする。

 なんというか、顔が赤かったような……?

 

 冷静になって考えてみると、確かにおかしい。

 女委も女委で、未果と同じように、顔が赤かった気がするし……。

 

「……何かある、のかな?」

「あるのはあるで問題だが、もしかすると、二人はある意味、被害者かもしれないな」

「よっしゃ! そうと決まれば、早速行こうぜ!」

「う、うん……」

 

 さっきの一件で、ちょっとあれだけど、もし何かあったのなら心配だし……う、うん。

 そうだよね。二人のため……だ、大丈夫。大丈夫。

 自分に言い聞かせるようにしながら、ボクは二人の後を追った。

 

 

「「すみませんでした!」」

 

 部屋に入り、ボクの姿が見えた瞬間、二人はそれはもう見事なまでの土下座をしてきた。

 いきなりのことすぎて、ボクたちはたじろいだ。

 

「あ、あのね、二人とも、ちょっとだけ話をいいかな?」

 

 ボクが話を聞きたい旨を伝えると、二人がビクッとした。

 あ、もしかして怒られる、と思ってるのかな?

 

 ……いや、まあ、うん。あれだけのことをしたわけだし、そう思うよね。

 ボクだって、今も怒ってるもん。

 

 でも、今はお説教の時間じゃないので、その怒りは自分の胸の内に引っ込める。

 

「えっと、二人とも、何か変わったこと、なかった? その、ボクを襲う前に……」

 

 ボクがそう尋ねると、二人が顔を上げて、考えるそぶりを見せる。

 すると、女委が気になる発言をしてきた。

 

「そう言えば、ここのお茶菓子を食べたら、変な気分になったよ」

「あ、それ私も……」

「お茶菓子……?」

 

 ボクは部屋の机の上を見ると、お菓子が入っていた包み紙のようなものを見つけた。

 手に取ってみてみると、日本語以外の言語で

 

『ウイスキーボンボン』

 

 と書かれていた。

 

 多分これ、英語じゃないね。どこの国かはわからないけど、ボクには、異世界へ行ったときに唯一渡された、言語理解の能力があるからね。書いてあることは無条件でわかる。

 

 ウイスキーボンボン……ね。

 

 ……あ、ハイ。

 

 これはたしかに……ダメだね。

 

「未果、もしかしてこの中身って……チョコだった?」

「え? そ、そうね」

「……これ、ウイスキーボンボンだよ」

「ええ!? ほ、ほんとに?」

「うん……」

 

 一応、ボクも食べたけど、特にこれと言って問題はなかったから、何も思わなかったけど……そっか、これ、ウイスキーボンボンだったのか。

 

 ボクに問題がなかったのは、毒耐性のスキルが原因だよね。

 

 少なくとも、体に何らかの影響を与える物質は、耐性でほとんど無力化されちゃうし。

 だから、多分、ウイスキーボンボンに含まれてるアルコールは、毒耐性で効かなかったんじゃないかな。

 

「未果はそれで酔ったとして、だ。じゃあ、なんで女委もおかしなことになってるんだ?」

「素じゃね?」

「違うよ態徒君!」

「お、おう」

「わたしは、普通におかしかった! いつもとは違うおかしさだったんだよ!」

「自分でおかしい、って自覚はあったんだな、女委」

 

 自覚、あったんだね。

 てっきり、無いと思ってたんだけど。

 

「じゃあ、なんで女委もおかしくなってたのかしら……?」

「あー、うん、一つだけ思い当たるんだけど……」

 

 ボクには、一つだけ思い当たる節があった。

 食べたのは、チョコレートで間違いないと思う。

 ということは……

 

「多分だけど、媚薬効果、じゃないかな……?」

「「「「媚薬ぅ?」」」」

 

 うっ、なんか呆れられてるよぉ……。

 いや、まあ、そう、だよね……。

 普通、何言ってんだ、って思うよね……。

 

「依桜、別に呆れてたりするわけじゃないわよ? 単純に、初耳なだけ」

「あ、そうなの?」

 

 ……今、未果が心を読んだ気がするけど、気のせい、だよね。うん。

 

「媚薬、ってどういうことだよ、依桜」

「えっとね、チョコレート……というより、原材料のカカオには、恋愛ホルモンって呼ばれる四種類あるうちの一つが含まれててね。それが、結果的に催淫効果を発揮したりするんだよ。でも、突然そう言う風になったりするわけじゃないし、量も少ないと、ちょっとした惚れ薬程度の効果しかないと思うんだけど……もしかしたら、女委が食べたのが、たまたまそれが多かったのかも」

「へぇ、よく知ってたな、依桜」

「まあ、ちょっと調べる機会がありまして……」

 

 ……ボクが毒耐性を得るきっかけになったわけだしね、チョコレート。

 原因は、例のごとく師匠です。

 

 ……よくよく考えてみたら、師匠に魔改造されてる気がするんだけど。

 もし、また向こうに行って、会うようなことがあれば、ボクは絶対に師匠を倒したいと思います。

 

「でも、その話を聞いてると、あそこまでならない気がするんだけど」

「あー、えっと、ね。実は、もう一つ効果があってね。このホルモン、好きな人と一緒にいるような幸せな気持ちが得られるんだよ。普通くらいだったら、そこまででもないんだけど……女委、だからね」

「「「あー、なるほど」」」

「え、みんな酷いなぁ」

 

 女委が何か言っているようだけど、実際反論はできないと思う。

 だって女委、最近の学園祭一日目に、自分がバイだと公言しちゃってるし。

 だから、ね。

 

「相乗効果的な意味合いで、ああなっちゃったんじゃないかな、って」

「……となると、ある意味私たち、被害者、ってこと?」

「う~ん、全面的に悪いとは言えない、かな。一応、外的要因があったわけだし……それに、どこの国かもわからない包装紙で包まれてたらね……」

 

 ボクだって、どこの国の言語かわかってないわけだし。

 異世界へ行く前だったら、絶対ボクもやられてたかもしれないしね、このチョコに。

 

「じゃあじゃあ、わたしたちは悪くないってこと?」

「いや、まあ……そうなる、のかな? お酒って結構タガが外れるし、媚薬に関しても、その……せ、性的な効果もあるし、ね。……ボクには甚大なダメージが来たけど、ね」

「「すみませんでした」」

「うん、いいんだよ……お嫁にいけなくなるだけ、だからね」

 

 ふっ、と遠い目をするボク。

 でも、ほかの四人は、ボクの今の発言に驚きを隠せないでいた。

 

「……ねえ、今の聞いた?」

「……ああ、聞いた」

「……依桜の奴、大分進行してるぞ、あれ。絶対、無意識だろ」

「……まさか、お嫁にいけない、っていうセリフが出るとはねぇ」

「……受け入れつつあるのかもしれないし、以前女委が言ったことが本当になってるのかもしれないわ」

「……だね」

 

 あ、また何か話してる。

 う~ん、やっぱり疎外感を感じる……。

 一体、いつも何を話しているんだろう?

 

 聞き耳を使えばいいんだろうけど、なんだか躊躇う。

 もしかしたら、ボクには言えない内容なのかもしれないし……第一、あれは本当に必要な時以外は使わない、って決めてるし……。

 

 気になりはするけど、きっと変な話じゃないよね!

 

「あ、そうだ。みんな暇なら、トランプとかでもしない?」

「お、いいねえ! リベンジだ!」

「ま、態徒がボロ負けして終わりでしょうけどね」

「なにおう!?」

「いいから、やろう」

「じゃあ、神経衰弱しよ!」

 

 というわけで、ゲームが始まった。

 

 

「え、えっと、終わり、ね?」

「「「「ええぇ……」」」」

 

 ボクが最後のペアを取ると、置いてあったトランプが無くなった。

 女委のリクエスト通り、神経衰弱からスタート。

 

 車内では、ボクがかなり勝っていたので、順番を選んでいいと言われた。

 なので、ボクは一番最後にした。

 

 二番目~三番目の人にチャンスがあるように、みたいな感じでやったんだけど……結果はこの通り。ボクが一回で、すべてのペアを作って、そのまま終了になってしまった。

 

 ここでも、あのステータスが活かされてしまったらしい。

 

 ……これ、どうにかならないの?

 

「くそぅ! つ、次は、七並べで勝負だ!」

 

 今度は態徒の提案で七並べになった。

 まず、最初の手札を見て、ボクは悟ってしまった。

 

 ……あ、ボクの勝ちだ、と。

 

 今回使っているトランプは、五十二+一の計五十三枚のトランプ。

 十一枚が三人と、十枚が二人になる。

 

 で、問題は手札だった。

 

 まず、7が全種類、6(ダイヤ・クローバー・ハート)と8(クローバー・ハート・スペード)が三枚ずつ、そして、ジョーカーの計十一枚。

 

 ……なに、この手札。

 

 なにをどうしたら、こんな手札が出来上がるの?

 

「誰が7を持ってるんだ?」

「……ボク」

「なるほど。じゃあ、ほかの三枚は誰が?」

「……それも、ボク」

「……いや、なんかもう……ツッコむのもあれだな」

 

 申し訳ないと思いながら、7のカードを置いていく。

 七並べは、ダイヤの7を置いた人から時計回りに置いていくわけで……。

 ちなみに、順番は、ボク→晶→態徒→未果→女委の順です。

 

「じゃあ、ダイヤの6……」

「ん、ないな……パスだ」

「オレもない。パス」

「スペードの6よ」

「わたし持ってないや」

「「「「……」」」」

 

 う、みんなの視線が痛いよ……。

 未果以外、誰一人として出していない、つまり、意識せずとも、ボクが止めてるとみんな思ったんだろうね……未果が止めてるとは思わなかったんだろうね。

 

 だって、未果もボクにジト目を向けてきてるもん。

 

「す、スペードの8……」

「……パス」

「よっしゃ! スペードの9」

「ダイヤの8」

「ダイヤの9だよ~」

 

 二巡目は、晶以外がカードを出せた。

 どうやら、晶の手札はあまりよくないらしい。

 

「えっと、クローバーの6」

 

 と、どんどんカードを消化していき、

 

「あ、あがり、です」

 

 七巡目でボクはあがった。

 

 いや、うん。だって、確実に出せるカードしかなかったんだもん……。

 もうみんな、呆れを通り越して、生暖かい目を向けてくるんだよ、何とも言えないんだけど。

 

「正直、運要素が絡んでくるゲームとか、依桜には誰も勝てないんじゃないか? それこそ、イカサマでもしねーと」

「いや、依桜の場合、イカサマされたとしても、勝つ気がするんだが」

「あり得るわ」

「シャッフル系のイカサマとかなら、相手の自爆、とかね」

「さすがにそれはないよぉ」

「「「「………」」」」

 

 誰も、何も言わなかった。

 それどころか、

 

『いや、お前ならあり得る』

 

 みたいな表情もセットで。

 

 なんだか、本当に申し訳ないよ……。

 

 この後、運要素が絡んでこない、オセロなどで遊んだりもした。

 ほかにも、人生ゲームをやって、態徒が銀行の借金の紙がなくなるレベルで借金を負ったのは、さすがに面白かった。

 どうしたら、百億以上の借金を作れるんだろう?

 

 そんなこんなで時間は過ぎ、みんなで集まって夕食を食べたの後、

 

 

「はぁ~……」

 

 温泉に入っていた。

 ここの温泉は、安定の露天風呂でした。

 

 ここは、山の中にあるおかげで、空気は綺麗、そのため星空が本当に綺麗だった。

 地元じゃ、絶対に見れない光景に、思わず感動してしまった。

 

「あ、依桜、ここの露天風呂、肩こりにいいみたいよ~。あなた、胸が大きいから、効果あるんじゃない?」

「ほんと? それはありがたいかも。女の子になってから、肩こりが酷くて……」

 

 母さんがここの温泉についての効能について、教えてくれた。

 

「まあ、依桜はその胸だしね。そりゃ、肩こるわ」

「依桜君の気持ちはよくわかるよ、わたし。おっぱい大きいと、肩こりが酷くてね~」

「私は、可もなく不可もなくな大きさだから、そこまでではないわね」

「「羨ましい……」」

 

 未果の発言に、ボクと女委はそろって羨んだ。

 実際、胸が大きいと、かなり肩がこる。

 普段からPCとかやってるから、余計に。

 

「はぁ~、それにしても、いい湯だね~」

「そ~ね~。普段の疲れが取れるわ~」

「温泉最高……」

「合法的に依桜君の裸が見れるから眼福~」

 

 女委だけ、全く別のベクトルで楽しんでいた。

 よく、その相手の母親がいる前で言えるね、それ。

 メンタルやっぱりおかしいよ、女委。

 

「でもやっぱり……これ、反則よね!」

「ひゃんっ! み、未果!?」

 

 いきなり、未果がボクの胸を揉んできた。

 またこの展開?

 

「おー、本当に柔らかい……しかも大きいだけじゃなくて、張りもあるし、形も綺麗だし……元男なのに、この胸はなんなの?」

「そ、そんなこと言われても……」

「でも、本当に依桜のはおっきいわよね~。お母さんよりも大きいし。もし、依桜が最初から女の子だったら、きっと今よりもおっきくなったかもね~」

「や、やめてよ母さん」

 

 たまに、ちょっとしたセクハラを受けつつも、女同士? 楽しい時間を過ごす。

 

 

「……この時が、きたっ……!」

「……態徒、悪いことは言わない。やめとけ」

 

 夕飯を食べた後、俺たちは風呂に入りに来ていた。

 この旅館、混浴もあったけど、当然別々で入ることに。

 正直、依桜が可哀そうだが。

 

「まあまあ、晶君。今のうちにできることをしておくのも、また青春だぞぅ?」

「いや、そうは言いますが……源次さん。さすがに覗きはちょっと……というか、覗きは、青春ではなく、性春です」

 

 男風呂にいるのは、俺、態徒、依桜のお父さんである、源次さんの三人だけだ。

 依桜、未果、女委、依桜のお母さんの、桜子さんは当然女風呂……この柵の向こう側にいる。

 

 時たま、依桜の喘ぎ声に似た何かが聞こえてくるが……まあ、女委が原因だろう。

 さっき、部屋でとんでもないことをしたというのに、本当によくやるよ。

 

「はっはっは! 上手いことを言うなぁ、晶君! しかしだな、男たるもの、覗きの一つや二つ、どうってことないじゃないか!」

「そのどうってことないをして、捕まった人が現実にいるので、洒落にならないです」

 

 覗きは立派な犯罪だ。

 

 しかも、それをしようとしているのが、俺の友人で、それを止めようとせず、逆に推奨してしまっているのが、友人の父親っていうのは、正直どうかと思う。

 

「なあ、晶。この向こうには……オレの桃源郷が、待ってるんだぜ?」

「待ってるのは桃源郷じゃなくて、地獄郷だとは思うがな」

 

 もちろん、刑務所っていう地獄郷だが。

 

「うるせえ! 男はなぁ、何を犠牲にしてでも、みたいなものがあるんだ! オレは行く!行って、男になってくる!」

「よっ、漢だね、態徒君! そうだ、その調子で行くんだぞ!」

「任しといてください、お父さんッ!」

 

 あーあーあー。これは、もう俺には止められそうもない。

 ……ま、向こうには依桜もいることだし、どうにかするだろう。

 

「いざ……出陣!」

 

 

「……む、態徒の気配! そこ!」

 

 何やら、変態の気を感じて、気がある方向に針を投擲。

 針は柵にスコーンと刺さる。

 すると、

 

『ぎゃあああああああああああああああああ! 目がぁ、目がああああああああああああああああああ!』

 

 変態の断末魔が聞こえてきた。

 

「なんて長い断末魔。さっさと死なないかしら?」

「あはは、バル〇トスに向けた一言みたいだね~」

「ま、あいつを殺しても、なんの素材も落ちないけどね」

「落ちるのは、汚い涙くらいものよ」

 

 なんていう会話が発生していた。

 急に、スマホゲームの話をしだしたよ、二人とも。

 

「はぁ、まったく態徒は……概ね、態徒が覗きをしようとして、父さんが助長させちゃったんだろうなぁ……後で、あの二人には説教をプレゼントだね」

 

 ボクは絶対に説教をするという決意を抱きながら、露天風呂を堪能した。

 

 

 その後、部屋には態徒と父さんが正座している光景が出来上がっていた。

 当然、覗きに関することなので、当然の措置です。

 むしろ、甘いほうだよ。

 事前にボクが止めたからね。

 

 父さんは、自分は覗こうとしていないと言い訳していたけど、態徒の行動を助長させるようなことを言った以上、完全に同罪。

 よって、ギルティ。

 

 二人には、しばらく瞬きができなくなるというツボを刺激したので、当分涙が止まらないことだろう。

 自業自得です。

 

 そんなこんなで、楽しい温泉旅行の時間は過ぎて行った。

 

 寝て、朝起きて、朝食を摂ってからボクたちは帰途についた。

 ちょっとしたアクシデントは多かったけど、それでも思い出に残る、とっても楽しい旅行になった。

 またいつか、みんなで行きたいな。

 そう思えた、二日間でした。



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38件目 有名人依桜ちゃんと、再び……

 みんなで温泉旅行へ行った数日後。

 

「え、ええぇ……」

 

 ボクは、水曜日の朝からとっても困っていた。

 

 いつも通りに、朝起きて、学園へ行く準備をして、制服に着替えて、部屋に陽の光を入れるために、カーテンを開ける。ここまではよかったんです。

 うん、ここまでは、ね……。

 

「……ど、どういう、こと?」

 

 ボク部屋に外に見えたのは、大勢の人だった。

 

 服装もてんでばらばらだし、年齢もバラバラに見える。

 つまり、それぞれ何かがあって、偶然集まった、ってことだよね?

 

 ……でもなんで?

 ボク、何かしたっけ?

 

 考えてみれば、先週は色々あったけど。

 

 モデルをやったり、大食いしたり、エキストラをやったり、福引で五回引いて五個当てるし、温泉旅行行って、襲われるし……あ、あれ? これ、本当に一週間の出来事? なんか、すっごく濃密な一週間だった気がするんだけど。

 

 で、でも、これだけあったわけだし、きっとなにかある、よね?

 

 なかったらなかったらで、なんで家の前に人が集まってるのっていう恐怖があるんだけど。

 

「……こ、これは正面から出ないほうがいい、よね?」

 

 少なくとも、玄関から出て行っても、いいことはない気がする。

 そうなると……。

 

「うん。やっちゃいけないけど、屋根から今日は学園へ行こう」

 

 異世界で培った身体技術や能力、スキルをフル活用して学園へ行くしかない。

 ……これ、向こうにいた時の、魔王城に向かうレベルの発想になってるんだけど。

 いつからここは、魔王城付近になったんだろうか?

 

「と、とりあえず朝ごはん食べないと!」

 

 まずは朝食をということで、リビングに向かった。

 

 

「依桜、外の人たちについて、何か知ってる?」

 

 朝食を食べ始めたころ、母さんに尋ねられた。

 一度、手を止めて一言。

 

「わからないです」

「そうよねー。なんか、記者っぽい人も見えたし……何かあったのかしらねぇ?」

 

 ボクにも心当たりがないです、母さん。

 あったら言ってます。

 

 父さんは、すでに仕事に行っているみたい。

 

 幸いにも、父さんが家を出るときには人はいなかったようなので、これと言って問題はなかったとか。

 

「依桜、玄関から行ったらちょっと何があるかわからないけど……どうするの?」

「どうって……屋根から行くけど」

「あらそう。なら問題ないわね!」

 

 ボクの母さん……というか、両親は基本的に能天気がデフォです。

 

 あー、えっと、一応、なんだけど、ボクが異世界に言っていたことはすでに言ってあったり。もちろん、女の子になった後、時間をおいてから、だけど。

 

 まあ、能天気な反応が返ってきましたよ。

 例えば、

 

『ボク、人を殺したんだ……向こうで』

 

 と言ったら、

 

『マジか! 人を殺したのか……まあでも、依桜が無事ならOK!』

『そうね! 悪い人なら問題なし!』

 

 って返ってきた。

 

 ……ええぇ? ボクが言うのもなんだけど、親がそれでいいのかな?

 

 ボク、やっちゃいけないことをしたよ? 大丈夫なの?

 

 だから、ボクの異常な身体能力についても知っているわけで。

 母さんたち的には、ボクが異世界に行ったおかげで、女の子になったから、むしろ喜んでたよ。

 

 ……息子が娘になったことに対して、ツッコミをいれるどころか、平気で受け入れて、歓迎してくるっていうのも、考え物だけどね。

 

「ごちそうさまでした」

「依桜、はい、お弁当」

「ありがとう。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 

 玄関にあるボクの靴を持って、部屋へ戻る。

 幸いにもボクの部屋にはベランダがあるので、そこから今日は学園へ行く。

 気配遮断を使用してから、ベランダへ出る。

 

 気配遮断を使って、玄関から出ればいい、と思うかもしれないけど、気配遮断を使用して、あの人ごみの中を堂々と行くのは無理がある。消音を使ってドアを開けたとしても、音もたたずに開いたドアを見たら、不審がられるだろうし。

 だったら、気配遮断と消音を使って、屋根から行った方がいい。

 

 そう言う考えのもと、ボクは学園へ向けて出発した。

 

 

 屋根から屋根へ飛び移りながら、学園を目指す。

 

 もちろん、それなりに距離はあるけど、ボクには関係ない。

 

 師匠とか、百メートル以上はあった、谷を、身体強化なしで飛び越えるっていう人外だったし。そんな師匠に鍛えられたボクは、たった数メートル程度、造作もないのです。

 

 正直なところ、わざわざこうして屋根から行かなくても、最大限まで身体強化をかければ、一度の跳躍で学園に行けたりします。

 

 ……やったら、直径十メートルくらいのクレーターができちゃうけど。

 そんなことをしたら、確実に家が崩壊しちゃうので、やりません。

 

「はぁ……やっぱり、縮地法、教わっておけばよかったかなぁ」

 

 ちょっと後悔。

 師匠、縮地法とか、平気で使ってたしなぁ。

 しかも、空中でも使ってたし……。

 

 ……ボク、本当に師匠越えしてたの? 絶対手加減か何かしてたような気がするんだけど……。

 

「……ま、まさかね」

 師匠に関する疑問が色々と出てきたけど、頭を振ってその考えを追い出した。

 

 ……まあ、もう会うことはない、と思うしね。

 

 

「おはよー」

 

 ばれないように、屋根からこっそり? 登校し、学園へ到着。

 校門前にも見知らぬ人が張り込んでいたので、やっぱり避ける。

 

 学園の校門から少し行ったところの塀を乗り越えて敷地内に。

 そこから、校舎内へと入り、教室へ到着。

 

『お、女神様だ! 女神様が来たぞ!』

『おはよう、女神様!』

『女神様おはよー』

『よお、女神様!』

「……………え?」

 

 教室に到着した瞬間、なぜかクラスメートたちに女神呼ばわりされた。

 な、なんで?

 

「あ、来たわね。おはよう、依桜」

「う、うん、おはよう。えっと……これ、どういうこと?」

 

 きょろきょろと周囲を見回すボク。

 よく見ると、晶が机に突っ伏したまま動かなくなっていた。

 しかも、机の上には大量の……手紙?

 

「やあやあ依桜君! 君、有名になったねぇ!」

「へ? ゆ、有名……?」

 

 ほ、本当に何があったの?

 ボク、本当に何かやらかしてたの?

 

「おっすおっす。依桜、混乱してるところあれだが、ちと、これ見てくれこれ」

 

 と、ボクが頭に無数の疑問符を浮かべて、混乱しているところに、態徒が来た。

 すると、そのままスマホの画面を見せてくる。

 どうやら、なにかのニュースみたいだけど……

 

『それにしても、この少女は誰なんでしょうね?』

『突然現れた、女神様! と、ネット上では言われていますね』

『たしかに、一瞬の出番とはいえ、ドラマではその女神のごとき微笑みに心打たれた、という人が急増し、ファッション誌『Cutie&Cool』では、すごくカッコいい金髪の少年と一緒に写っている姿が好評らしく、現在も注文が殺到してるようです』

『しかも、これで一般人というのが信じられませんね。どう見ても、アイドルなどにしか見えない』

『ドラマの収録現場の人曰く、階段から落ちた宮崎美羽さんを、空中でキャッチしてそのまま助けた、という話が出ているそうです』

『落ちた後ではなく、落ちる途中で、ということしょうか?』

『現場の人が言うにはそのようです』

『何者かはわかりませんが、彼女についてはどういうわけか情報が錯綜しているとのことですが、各業界が躍起になって探しているようです』

『なるほど! それはすごいですね!』

 

 その動画を見て、ボクは唖然としていた。

 

 な、なにこれ……?

 

 え? なんでボク、テレビで取り上げられちゃってるの?

 

 あと、ドラマ? ファッション誌?

 

 すごく聞き覚えがあるんだけど……。

「なんだ、やっぱり依桜は知らなかったのか。いやまあ、あんまりテレビとか見ないしなぁ、依桜は」

「こ、これ……どうなってるの?」

「うーんとね、依桜君がエキストラで出演していたドラマが昨日放送されてね。依桜君が出た瞬間、すぐさまネットで拡散。で、『この女神様は誰だ!』ってなって、同時にその日発売された『Cutie&Cool』に読者モデルとして出ていたことが発覚して、今日にいたるというわけです」

 

 そ、そう言えば……昨日インターネットを見てるときに、ニュースか何かで、女神のような少女現る、みたいな題名の記事があったような……?

 

 もしかして、それ?

 

 ……というか、そのファッション誌って……。

 

「あ、あの『Cutie&Cool』? 間違いじゃなくて?」

「うん。あれ、依桜君たち知らないで出てたの?」

「……い、一応掲載される雑誌については言われてたよ。……二人して思い出せなかったけど」

「さすが、依桜ね。どこか抜けてるわよね」

 

 そ、そうだったんだ。

 あの時の撮影、『Cutie&Cool』のだったんだ……。

 

『Cutie&Cool』と言えば、若い人向けのファッション雑誌として有名で、大体の年齢層は十代後半~二十代前半くらい。

 しかも、男女両方を取り上げてるとあって、男女両方に支持されている雑誌。

 ほかにも、人気モデルの人を多く起用しているのも人気のある理由。

 

 ぼ、ボクたち、そんな有名な雑誌に出てたの……?

 

「……ちなみに、晶が死んでるのは?」

「あーえっと、あれはね……」

 

 と、未果が説明してくれた。

 

 どうやら、ファッション誌が飛ぶように売れたことで、晶の写真に関するものも多く出回ってしまったとか。

 

 すると、朝いつも通りに登校していたら、見知らぬ制服の女の子たちからラブレターを大量にもらい、学園に到着して、下駄箱を開けると、さらに大量のラブレターが詰め込まれ、教室にいって、自分の机の中にも、やっぱり大量のラブレターがあった、とのことらしい。

 

 その上、モデルの件をひたすらに弄られるとあって、『うぼぁ』という謎の言葉を発して倒れたそう。

 

 ……被害、ボクより大きいよね、あれ。

 

「でも、なんで依桜君エキストラなんかに?」

「あーえっと……アルバイトを、ね。しようと思って、開校記念日にちょうど日払いであったから……」

「でもよ、あれってたしか抽選だったよな? かなり有名な女優や俳優が出演するとあって、かなり倍率が高く……って、そうか。依桜、だもんな」

 

 途中で言葉が止まり、態徒は自分で納得していた。

 うん、ボクもそう言う反応だよ、態徒。

 ボクだから、ね。

 

 はい、運です。異常なまでの幸運値を持っているボクだからこそ、抽選が当たっちゃいました。

 

「何はともあれ、依桜君、とんでもないことになっちゃったね~」

「……あぅ、どうしよぉ……」

 

 目の前の事実に、頭を抱える。

 ……ということは、ボクの家の前にいたたくさんの人って、ボク目当て、ってことだよね?

 

「でもね、依桜。不思議なことに、依桜に関する情報って、錯綜してるせいで、よくわからなくなっているらしいのよね。誰かが、いじってるのかも」

「……誰か?」

「ええ。てっきり、依桜がやっているかも、と思ったんだけど……その様子じゃ、違うみたいね。女委も違うって言ってるし」

「もちろん、オレも違うぜ? 当然、晶もな」

「じゃあ、一体だれが……」

 

 と思ったところで、一人の人物が頭の中に浮かんだ。

 ……ボクを知っていて、尚且つ、情報操作ができそうな人と言えば、あの人しかいない、よね?

 

「ごめん。ちょっと用事を思い出した! ちょっと行ってくるね!」

「あ、うん。行ってらっしゃい」

 

 その人物のもとへと、ボクは向かった。

 

 

 コンコンと、扉をノックする。

 

『どうぞ』

 

 すると、間髪入れずに返事が返ってくる。

 それを聞いてから、室内へ。

 

「失礼します」

「あら、依桜君じゃない。どうしたの?」

 

 そう、学園長先生だ。

 多分だけど、この人が情報を混乱させていたんじゃないかなって。

 

「えっと、テレビとか、見ました?」

「テレビ? ……ああ、女神さまの件ね! もちろん、見たわ。でも、それがどうかしたの?」

「ボクの情報が錯綜してるって聞いて……もしかしたら、学園長先生が何かしたんじゃないかって思って」

「あらあら。そうよ。私が弄ったわ。情報」

 

 やっぱり、学園長先生だった。

 

「なんで、そんなことを?」

「なんでって……そうねえ、簡単に言えば、依桜君を助けたかったから、かな」

「え?」

「何を驚いているの? 当たり前じゃない。だって、自分の学園の生徒よ? それも、特別かかわりのある、ね。ちょっと面倒なことになりそうだったから、そうなる前に手を打ったのだけれど……正直、インターネットやSNSなどの情報をかき乱すことしかできなかったわ。アナログは難しいわねぇ。……ま、どこの会社がちょっかい出しに来てるかは知ってるけどね」

 

 ニヤリと、すごく悪い笑みを浮かべてる学園長先生。

 ……本当にこの人、学園長なんだよね?

 

「でもまあ、実害はなくなると思うから、安心していいわよ」

「そう、ですか。助けてくれて、ありがとうございます」

「いいのいいの! その代わり、と言ってはなんだけど……一つだけ、いいかしら?」

 

 い、嫌な予感がしてきた。

 

 こういう時の見返りの要求って、いいものじゃないよね……。

 

 で、でも、今回は助けられたみたいだし……。

 

 おそらくだけど、学園長先生が何もしなかったら、ボクの周りってとんでもないことになってたよね?

 だから、かなり助けられたと思う。

 

 ……ま、まあ、聞くだけ聞いてみよう。

 

「えっと、なんですか?」

「私が、異世界転移について研究してたのは、前話したわよね?」

「はい。言ってましたね」

 

 それ以前に、ボク被害者ですけどね。

 

「それでね。それに関する頼みごとがあるの」

「頼み、ですか?」

「そ。以前、異世界転移はランダムでしかできない、という説明をしたの、覚えてる?」

「はい。ランダムじゃないと、人が死ぬから、ですよね?」

「そうそう。でね、最近完成しちゃったのよ」

「……完成?」

 

 ……本当に嫌な予感がしてきた。

 絶対この人の頼み事、しかも異世界絡みの話って、いい方向に行くことはないと思うんです。

 だから今回も……

 

「そうそう。ついに、自由に行き来できる装置が完成しちゃったのよ!」

「えええええ!? つ、作っちゃったんですか!?」

 

 まさかすぎるものを作っていたそうです、この人。

 自分で、指定して行き来はできないとか言っていたのに……。

 

「うん。実を言うとね、依桜君にこの話をした段階で、ほとんど完成していたのよ」

「なんで、それをあの時言わなかったんですか?」

「んーまあ、単純に完成品じゃなかったのと、壊されそうだったから」

 

 ……まあ、あの時のボクならしてたかもしれませんけど。

 

「でね、ついに完成しちゃったわけよ。だから、試したいじゃない? これ」

「……いえ、全然思いません」

「試したいよね?」

「試したくないです」

「試したい、よね?」

「ですから――」

「あーあ。私、依桜君の情報をかき乱して、助けてたんだけどなー。そっかそっかー、依桜君は、恩を仇で返すんだねー。じゃあ私、かき乱した情報を元に戻そっかなー。そうすれば、依桜君の個人情報がネットであふれかえっちゃうなぁ。あーあ」

 

 ……こ、この人、教育者としてやってはいけない、脅しをかけてきたんだけど!

 ねえ、この人が学園長で、この学園って大丈夫なの!?

 

「……わ、わかりましたよ。やりますよ」

「やった! えっと、試すのは……うん、一番問題のなさそうな、土曜日にしましょう。集合場所は、学園の校門。時間は……そうね、朝の十時でどうかしら?」

「わかりました。えっと、持ち物とかは……」

「まあ、異世界に行くことになるわけだし、向こうに自分の着替えとかがなければ、持ってくることをお勧めするわ」

 

 着替え……は、ないね。

 だって、向こうにいた時は、まだ男だったし。

 

「わかりました。適当に必要なものを持ってくることにします」

「了解。それじゃあ、それ以外は私の方で何とかしておくわ。情報も、これ以上変なことにならないよう、必要最小限に抑えておくわ」

「わかりました。それじゃあ、ボクは戻りますね」

「ええ。異世界の件、楽しみにしてるわねー」

 

 ニコニコ顔で言われて、少しだけイラっと来たけど、助けられているのだから、怒りは何とか鎮めた。

 ……はぁ。まさか、こんなことになるなんて。

 陰鬱とした気持ちで、ボクは教室に戻っていった。

 

 

 そんなわけで、ボクの異世界行きが決まった。

 前回とは違って、物を持ち込めるそうなので、そのあたりは心配しなくても問題ないかな。

 

 ……異世界、か。

 

 向こうで三年過ごして、帰ってきてから一ヶ月以上経ってるけど……なんだか懐かしく感じる。

 

 ……ちょっとは楽しみ、かな。

 

 もう二度と会えない人と会うことになるのだから、やっぱり楽しみだね。

 今度は緩やかにのびのびと過ごそう!

 

 

 と、ボクはこの時思っていた。

 それがまさか、あんなことになろうとは、この時のボクは知る由もなかった。



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1-3章 異世界再び
39件目 依桜ちゃん、再び異世界へ


 十月二十四日。

 

 学園長先生に異世界へ行ってほしいと頼まれた日がやってきた。

 

 朝起きて、動きやすい服装(Tシャツにパーカー、ジーンズ)に着替えたのち朝食を摂る。

 

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 

 朝食を食べてすぐに家を出た。

 

 

「えっと、ここで待っていればいいとのことだったけど……」

 

 約束の時間は、十時だけど、ボク的には早めにいたほうがいいかなってことで、十分前に到着。

 

 今日は土曜日なので、当然部活をしている人が学園に入っていく。

 

 その際、他校の人が学園に入っていく際には、かなり視線を向けられたけど。

 ……まあ、そうだよね。

 

 私服を着ている女の子が、学園の校門前に立ってるんだもん。

 目立つよね。ボク。

 

『お、おい、あの娘……最近ネットで噂になってた娘じゃね?』

『うわ、マジだ。この街に住んでたのか……』

『テレビとか写真で見るより、断然可愛いな……』

『彼女になってほしいな』

 

 ……ボク、男です。

 というツッコミが、いつも胸中にあります。

 

 ……まあ、最近そう言うツッコミに対して、少なからず疑問を持ち始めていたりするけど。

 とりあえず、周囲の目はいつも通り? 気にせずに待つ。

 

 スマホの時計が十時になった瞬間。

 

「やあ、依桜君。おはよう」

 

 車に乗った学園先生が目の前で止まって、挨拶してきた。

 

「あ、おはようございます。時間ぴったりですね」

 

 もちろん、挨拶は返します。

 

「さ、乗って乗って」

「わ、わかりました」

 

 学園長先生の車に乗るのは、ちょっとだけ気が引けるけど、ここで止まっているのも迷惑なので、促されるままに車に乗った。

 

 助手席のほうがいいかなと思って、助手席に座る。

 もちろん、シートベルトは忘れずに。

 

「えっと、これからどこへ?」

 

 集合場所しか言われてないので、今日の目的地について尋ねる。

 一応、異世界に行くことはわかってるけど。

 

「私の会社だよ」

「え、会社、ですか」

「そうそう。会社の地下に研究施設があるからね。そこへ向かうの」

「なるほど、わかりました」

「よし。じゃあ、しゅっぱーつ」

 

 

 学園から、大体三十分くらいの位置に、学園長先生の会社があった。

 大体……二十階建てくらいのビル。

 

 看板には『アナザーカンパニー』と書かれていた。

 車を降りて、先導する学園長先生の後をついていく。

 

 

 会社内はかなり綺麗だった。

 学園長先生は以前、製薬会社、と言っていたけど、たしかにイメージにぴったりな内装だ。

 

 白を基調としていて、所々に観葉植物が置いてある。

 

 あとは、多分カードキーのタイプのロックが各部屋に取り付けられていたりと、セキュリティもバッチリみたい。

 監視カメラもちゃんとあるしね。

 

「こっちだよ」

「え、でもここ、行き止まりですよ?」

 

 こっちと言われて、辿り着いた場所は、どう見ても白い壁しかない行き止まりだった。

 

「まあまあ。……董乃叡子。パスワード『世界をもっと楽しく。異世界へもっと気楽に』」

『声帯、パスワード……認証しました。どうぞ、お通りください』

 

 無機質な声と同時に、目の前に壁が上下にスライドし、道ができた。

 こ、これって、隠し扉、だよね?

 

 なんで会社内にわざわざ……。

 というか、そのパスワードちょっとおかしくない?

 

「さあ、行こうか」

「は、はい」

 

 びっくりしているボクを無視して、学園長先生は先へ進みだした。

 ボクも慌てて追いかける。

 

 

 隠し通路の先へ進むと、なにやら見たことのない機械が所狭しと並んでいた。

 それ以外にも、研究員らしき人たちも、忙しなく動き回っている。

 

『あ、社長、おはようございます』

「うん、おはよう」

『社長、今日も綺麗ですね』

「ありがとう」

『社長――』

 

 という風に、研究員の人たちは、学園長先生を見ると、すぐに作業を止めて挨拶したり、話しかけたりしている。

 

 立場とかがあまり関係ないところなのかも。

 

「どう? すごいでしょ?」

「そ、そうですね。見たことない機械がいっぱいで……」

「そうでしょそうでしょ! これ、全部異世界に関する機械だからね」

 

 胸を張って自慢気に言う学園長先生。

 ちょっと子供っぽくて微笑ましい。

 

 目的の場所は、もう少し先のところらしく、かなり歩く。

 道中、機械についての説明をされたけど、ちんぷんかんぷんだったので、頭に入らなかった。

 

「さ、ここだ」

 

 到着した場所には、これは……筒? のようなものがケースの中に置かれていた。

 

「これ、ですか?」

「そう。それが完成した、異世界転移装置だよ。一往復分しか使えないが、確実に使えるものだよ」

 

 学園長先生がケースの横にあるスイッチを押すと、ケースが開いた。

 ケースが開ききったところで、学園長先生が筒状の装置を手に取る。

 

「正直なところ、理論上では問題なく成功するはずだ。何度もシミュレーションをしているから間違いない。転移先の場所は、正直設定できなくてね。向こうの座標とかもわからないから、ランダムになってしまう」

「あ、そうなんですね」

 

 まあ、前回はたまたまあそこに出たわけだし……。

 

「一応、君が転移した先の世界のデータは入手してあるので、行く先は君が行った世界だ」

「そのデータがなかった場合は?」

「君が行ったこともない世界になるね」

 

 そう言えば、世界は無数にあるって言ってたもんね、学園長先生。

 データがなければ、ボクはよくわからない世界に言っていたこともあり得る、ってことだね。

 

「あと、ほかに説明することは……特になし、かな。一応、この装置は使ってから一週間程度でこちらの世界に戻ってくるよう設計し、転移するシステムを君に投射してるから、万が一壊れたり紛失したりしても、問題ないよ」

「なんですか、無駄にハイテクなその技術」

 

 そう言うシステム的なものを、ボクに転移した瞬間につけるってことだよね?

 どうやってるの? それ。

 

「まあ、細かいことは気にしないでいいよ。ここから先は、専門的分野になるしね」

「あ、なら大丈夫です」

 

 どの道、理解するのは難しそうだし。

 そもそも、全く知らないものが数多く出てくるということを考えたら、聞いても意味ないだろうしね。

 

「さて、注意事項だよ。と言っても、それらしい注意は一つしかないけど」

「えっと、その注意というのは?」

「簡単だよ。死なないこと。以上」

「ほ、本当に簡単ですね……」

「まあね。ちなみにだけど、向こうで死んでも、死体はこっちに戻ってくるから。転移初日で死ぬと……一週間ほど放置された死体になって戻ってくるので、本当に死なないでね? そうなると、場所によるけど、野生の動物か何かに喰われてたり、ゴミだめのような場所で死ぬと、かなり腐敗が進んで、腐臭を放ち、体はでろでろのような状態になるので、本当に死なないでね。SAN値が削れちゃうから」

「……すみません。これから異世界へ行くという人間に、そう言うこと言わないでほしいんですけど」

 

 聞きたくなかったんだけど。

 ……絶対に死なないようにしよ。

 

「次に使い方。この筒の横に、ボタンがあるのはわかる?」

 学園長先生に言われて筒を見ると、横の辺りに青いボタンが一つと、赤いボタンが一つついていた。

 

 学園長先生の質問に、小さく頷く。

 

「この青いボタンを押すと、異世界に行けるよ。その際、注意しなければいけないのは、自分に触れている物も一緒に異世界に行ってしまうことだよ」

「というと、ボクに触っている人も異世界へ、ということですか?」

「その認識でOKよ」

 

 でもまあ、これを何度も使う、なんてことにはならないだろうから、その心配はないと思うけどね。

 

「青いボタンはわかりましたけど、こっちの赤いボタンは?」

「あー、それね。それ、自爆ボタン」

「…………………………え?」

 

 ちょっと待って? 今、なんて言ったのかな、この人。

 

「も、もう一度言ってくれませんか?」

「だから、自爆ボタン」

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

 え、なんで? なんで自爆ボタンが付いちゃってるの?

 普通、付けなくない?

 

「まあ、依桜君が思っている疑問はわかるわ。でもね、例えばこれが誰かの手に渡った時のことを考えてみて?」

「え? ……いえ、それでもわかりません」

 

 学園長先生言われて、想像してみるも、やっぱり自爆ボタンをつける意味が分からなかった。

 

「普通に考えて、この装置は誰でも簡単に異世界へ行けるの。だから、悪用し放題。だから、悪い人の手に渡った時、異世界へ行けるボタンとは別に、自爆ボタンを付けておけば、勝手に押して自爆してくれる、ってわけよ」

「……そ、そですか」

 

 言いたいことはわかるけど、やっていることと言っていることは、ちょっと……というか、かなり馬鹿すぎる。

 

 青は、危険な色って判断しないとは思うけど、赤はちょっと危険だ、って大抵の人は思うんだけど。

 

 仮に、悪用しようとしていた人がいたとして、素直に押すかな? ボクだったら、絶対に押さない。怖いもん。

 

 これに引っ掛かるのは、態徒とか見たいなレベルの人だよ。

 

「まあ、ほとんど一度きりの装置だし、さっきも言ったけど、一往復程度しか使えないから、杞憂だとは思うけどね」

 

 だとしても、自爆ボタンをつける意味……。

 

「自爆ボタンね、会議の時に満場一致で付けることにしたからねぇ」

 

 さすが、面白そうという理由で異世界転移の研究をする人たちだよ。

 変なところに、変なものをつけるも好きなようだ。

 その内、モ〇ルスーツみたいなものを作って、それにも自爆装置を取り付けそう。

 

「さて、とりあえず、これで説明は以上だよ。何か質問はある?」

 

 説明らしい説明をしていなかった気がするんだけど……。

 でも、質問、か。

 

「えっと、一つだけいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 

 一つだけ、気になったことがボクの中にあった。

 

「異世界からこっちへ戻る瞬間に、誰かに触れていた場合って、どうなりますか?」

「お、いい質問。その場合は、当然行きと同じだよ。触った人と一緒に、こっちの世界へ来てしまう」

「じゃあ、基本帰る瞬間は人に触らないように、ってことですね?」

「うん、そう。万が一こっちに誰か来てしまったとしても、私の方で色々といじったり根回ししたりするから、そのあたりは心配しないでね」

「わかりました」

 

 こういう風に頼もしい面もあるんだから、そっちを全面的に押し出してほしい。

 万が一があっても大丈夫、ということなら、ボクも安心。

 

 ……まあ、元々いない人の戸籍とかをどうやって用意して、どうやっていじっているのか、心の底から気になるところだけど……怖いからやめておこう。

 

「ほかに質問は?」

「うーんと……大丈夫です」

「よし。じゃあ、早速依桜君に異世界へ行ってもらおうかな」

「わ、わかりました」

 

 本題に入ったことで、わずかながらに緊張がボクの中に生まれる。

 

「さあ、これを持って、青いボタンを押して」

「……はい」

 

 大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 シミュレーションは何度も繰り返し行って、問題なく行けると実証されているようだけど、それはあくまでもシミュレーションの話。

 

 もしかしたら、途中で間違った世界に行くかもしれない、もしかしたら、岩の中かもしれないという不安に駆られる。

 

「……それじゃあ、行ってきます」

「はいはい。それじゃあ、楽しんできてね!」

 

 心を落ち着かせて、一言言うと、学園長先生がそう言ってくれた。

 う、うん。大丈夫だよ。

 ちゃんと、前の異世界転移(強制)は成功してたんだし、問題ないよね!

 いざ!

 

 ポチっとボタンを押した瞬間、筒を中心に、ボクを包み込むような淡い光のような球体が形成された。

 

 その光は、バチバチと電気を走らせている。

 すると、ふわり……と、ボクの体が宙に浮きあがる。

 

 そして、光が徐々に徐々に強くなり、最後には、ボクの視界を白一色で塗り上げ、とてつもない浮遊感を感じ、そこでボクの意識は暗転した。



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40件目 理不尽師匠との再会

 ―転移初日―

 

 ……ん、なんだろう? 妙に周囲が騒がしいような……?

 

『お、おい、大丈夫か?』

 

 誰だろう?

 心配する声が聞こえてくる……それに、体を揺さぶられているような感覚もあるし……。

 なんだかその揺さぶりが、ちょっと心地よくて、また眠くなってた。

 はぁ、このままいっそ、深い眠りにつきたい……。

 

『この娘、何者なのだ?』

 

 んー……あれ、今聞き覚えのある声がしたような……。

 それに、どうして、こんなに騒がしいんだろう? 何かやっているのかな?

 だけど、一瞬聞き覚えのある声がして、その声に釣られるように、ボクの意識が徐々に覚醒していった。

 

「……ん、ここは?」

 

 目を開けて、真っ先に見えたのは、シャンデリアだった。

 ……なんで、シャンデリア?

 

 というかボク、どこにたどり着いたの、これ?

 

 急いで起き上がって、周囲を見回すと、明らかに普通じゃない場所にいた。どう見ても、謁見の間、だね、ここ。

 ということは、ここって……お城の中?

 え? え?

 

「あー、コホン。そこの娘、名は?」

 

 と、ボクがお城の中にいるという事実に、内心かなり混乱していると、誰かに声をかけられ、名を聞かれた。

 その声の方を見ると……

 

「あ、あれ? 王様?」

「そりゃ、儂は王様だが……」

 

 声の方向には玉座があり、そこには、この国――リーゲル王国国王、ディガレフ=モル=リーゲル様がいた。

 さらに、周囲を見回すと、

 

「ヴェルガ、さん?」

 

 ボクのすぐそばに、リーゲル王国騎士団長のヴェルガ・クロードさんがいた。

 ヴェルガさんが、ボクを起こしていたみたい。

 

「む? お前、俺を知っている、のか?」

「あ、あれ? もしかしてボク……王城に転移してきちゃった……?」

 

 ど、どうしよう、まさかここに転移するとは思わなかった。

 

「あー、それで、もう一度訪ねるが……名は何という?」

「あ、依桜です。男女依桜」

『………は?』

 

 あ、あれ? ボクおかしなこと言った? 自分の名前を言っただけなんだけど……。

 

「いや、イオ殿は少し前に帰ったはずだぞ。それに、見た目は女顔だったとはいえ、紛れもなく男だったが……」

 

 あ、そっか、ボクが女の子になってるからわからないのか。

 ……それもそうだよね。

 クラスメートのみんな……特に、晶たちでさえ、ボクだとわからなかったわけだし。

 

「えっと、その今おっしゃっていた、依桜です。ボク、男女依桜、です」

「な、何を言っておる? イオ殿は、男だったはずであろう?」

「……信じてもらえるかはわかりませんが、魔王を倒した直後に呪いを、かけられちゃいまして……」

「の、呪い?」

「……『反転の呪い』っていう呪いなんですけど……」

「な、なんだと!? あの、反対になるものの中から一つ、ランダムで入れ替えるという、伝説的呪いを?」

 

 伝説だったの? あの呪い。

 それは全く知らなかったよ。

 かなりぶっ飛んだ呪いだなぁ、とは思っていたけど……。

 

「いやしかし、性別が変化する、という事例は極端に少なく、そもそも本当にその効果はあったのか、と言われていたが……本当に、イオ殿、なのか?」

 

 半信半疑と言った様子で、ヴェルガさんが確認してくる。

 気持ちはわかります。

 

「そう、です。ボクだって、好きでこの姿でいると思いますか?」

「……いや、ないな。しかし……言われてみれば、たしかにイオ殿、だな。その隙の無い雰囲気に、常人とはかけ離れた魔力……それに、その銀髪に碧い瞳。どことなく、面影がある……。陛下。この者は、間違いなく、イオ殿だと思われます」

「……そう、か。それにしてもイオ殿、ずいぶんと美人になったのだな」

「あ、あはは……ボクもビックリでしたけどね……」

 

 なにせ、いきなりだったもん。

 朝起きたら、髪は伸びてるし、身長は縮んでるし、胸は大きくなってるし、あるはずのものはなくなってるしで……大混乱だったよ。

 

 いや、そもそも、こういう場合って、なかなか信用できないモノなんじゃないの? こんなにあっさりと信用してもらえると、ちょっと怖いんだけど。本当に大丈夫? 後になって、『やっぱり貴様は偽物だ!』みたいなことにならない?

 

「まあよい。それで、どうやってこの国……この世界に来たのだ? 儂たちの方で召喚はしておらなんだが……」

 

 あ、本当に信用しちゃってるね、王様。

 ……まあ、本人だからいいんだけど。

 

「あ、えっと、ボクの世界の知り合いが、ですね、自由に異世界を行き来するものを作りまして、それで来たんですよ」

「なんと! 大国と呼ばれるこの国でさえ、召喚しかできないというのに、行き来ができるというのか!?」

「そうです」

 

 ボクも実際、半信半疑だったけどね……。

 いや、異世界に行ったきっかけは、間違いなく、学園長先生だけどね。

 

「そうか……して、此度は何をしに?」

「えっと、これと言って用はないんですよ。その知り合いが、試しに使って、異世界に行ってほしい、と言われただけですから」

「なんだ、そうなのか。ふむ……それで、住むところは?」

「師匠の家に行こうかなって考えてます」

 

 一年以上会ってないから、久しぶりに会いたいし。

 

 ……まあ、どうせ家は散らかっていて、碌に料理もせず、ただただ自堕落な生活を送っているんだろうけど。

 

「なるほどな。そう言えば、以前から、その師匠という言葉が耳に入るのだが……そなたが師匠と仰ぐほどの人物は、一体何者なのだ?」

 

 あ、そう言えば言ってなかったっけ。

 ボクが師匠の下で修業したのは、城から出た後だったもんね。

 

 と言っても、初めて出会ったのは、王都なんだけど。

 知らないと思うけど、一応名前だけは言っておこうかな。

 

「ミオ・ヴェリルっていう人です」

「「「……はぁ!?」」」

 

 ボクが名前を告げた瞬間、周囲が騒然となり、大声を出している人もいた。

 あ、あれ? この反応はどういうこと?

 

「な、なあ、イオ殿。その方は、女性、ではないか?」

「え? そうですね。長い黒髪を後ろでまとめていて、身長が高くて美人な人です」

 

 あと、理不尽で怖い人。

 

「……一般的な特徴は一致、している。陛下」

「みなまで言うな。……そうか。たった一年であれほど強くなっていた原因がようやくわかった。その師匠のせいだな」

「あの、えっと、何かおかしなところでも……?」

 

 何やら、思案顔で話し合っている二人。

 よく見ると、周囲の騎士団の人も、戦慄したような顔で話している。

 

「いや、おかしいおかしくない以前の問題なんだが……まあよい。とりあえず、イオ殿はしばらくこちらの世界に滞在するとのことだったな。どれくらいだ?」

「ええーっと、一週間――七日ですね」

「そうかそうか。なら、四日目でよいのだが、パーティーに出席してくれないかの?」

「パーティー、ですか」

「うむ。ほら、なんだかんだで、そなたが魔王を倒したことを祝うパーティーなどはやっておらんかったからな」

 

 あ、魔王討伐のパーティー。

 宴会のようなもの、だよね?

 その気持ちは嬉しいんだけど……。

 

「多分、師匠のお世話をしないといけないですし……何より、あの時とは違って、今のボクは女の子なんですよ? 多分、誰もわからないかと思うんですけど……」

「なあに。些末なことだ。その師匠も連れてくればよい。女子になったことも、魔王との激しい戦いの末にそうなってしまったと伝えておこう」

 

 師匠を連れてきてもいい、か。

 うーん、それだったら問題ないかも……いや、問題しかない気がしてきた。

 でも、なんだかんだで、師匠にはかなり助けられたところもあるし、育ててくれた恩もあるし……

 

「わかりました。四日目でいいんですよね?」

「おお、来てくれるのか! それはありがたい!」

 

 ボクが行くだけなのに、なんでこんなに喜んでいるんだろう?

 あれかな、主役がいてくれなきゃ! みたいな感じなのかも。

 

「それでは、四日目に。えっと、ボクはこれで失礼しますね」

 

 正直お城の中って落ち着かないし……。

 息が詰まりそうなんだよね。

 まるで、貴族のように扱われるんだもん。

 

 ボク、普通の家の、普通の高校生なんだけど。

 

 ……実年齢、十九歳だけど。

 ま、まあ、こっちの世界の話だけどね!

 

「わかった。迎えは必要か?」

「いえ、大丈夫です。そこまで遠い位置でもないので」

 

 王都から出てすぐのところだし。

 

「了解した。それでは、三日後に」

「はい。では」

 

 そう言って、ボクは王城を出た。

 

 

「そう言えば、前来たときはゆっくり見れなかったんだよね」

 

 王城を出ると、そこには色々な建物があった。

 

 ここは、リーゲル王国王都、ジェンパールという場所。

 

 この世界では、大国と呼ばれていて、広大な国土面積を誇っている。

 

 広大と言っても、ボクにも正確な大きさはわかっていないので、例えようがない。

 

 この世界の建築基準は、中世ヨーロッパくらいかな?

 建築などは、当然地球のほうがいいけど、この世界には魔法っていう便利なものがあるから、生活レベルは向こうと同じくらいなんじゃないかな?

 それに、こっちは魔法をメインとしているので、空気も汚れないため、空気はすごく綺麗で、とっても気持ちいいからね。

 

 ボク的には……というか、ほとんどの人は、こっちのほうが好きだと思う。

 

「えっと、お金は……うん、持ってるね」

 

 今回ボクが持ってきたのは、下着と洋服、お金(こっちの世界のもの)、スマホ、ソーラー式の充電器。

 

 正直、スマホは連絡とかインターネットとか見れるわけじゃないから、ほとんど動画を撮ったり、写真を撮ったり、ってことにしか使えないと思うけどね。

 

 まあ、未果たちのお土産という意味で、そのあたりは撮っておこうかな。

 特に、異世界の風景とあって、女委が一番喜びそう。

 

「とりあえず、師匠の家に行くから……食材の確保かな」

 

 絶対にまともなもの食べてないだろうからね。

 あの人、誰かがお世話をしないと、その内死んじゃうんじゃないかってくらいに、生活が悪い。

 

「とりあえず……一年ぶりだし、胃に優しいものにしておこうかな」

 

 そう決めて、ボクは食材を買いに行った。

 

 

 買い物を終えたボクは、王都を出て、近くの森を目指した。

 

 というのも、師匠の家はどこかの街にある、というわけではなく、王都付近にある森に家を構えているから。

 

 なんで街に住まないんですか、と聞いたら、

 

『うるさいし、面倒。あと、ここなら、狩りもできるからお得なんだよ』

 

 だそうでした。

 

 狩りができるって、ほとんど野生児だと思った。

 

 王都に続く舗装された道を外れて、草原を進む。

 草原を進んでいくと、森が見え、二階建ての一軒家が見えてきた。

 ログハウスのような、ちょっと大きめの木造の家だ。

 ここに師匠は住んでいる。

 

 コンコン

 

「ごめんください」

 

 ……あれ、反応がない。

 

 おかしいなぁ、この中に師匠の気配はあるんだけど……。

 うーん、なんでだろ?

 

 何も反応がないことに疑問を思いつつも、再度ノックする。

 

「師匠。いますか? 師匠―」

 

 と、師匠を呼びながらノックすると、家の中から、バタバタ! ガシャン! ドゴンッ!ベキベキッ! という、なんだかよくわからない音が響いてきた。

 え、なにこの音? 何をしたら、そんな音が出るの?

 

「イオ!?」

 

 綺麗な黒髪を後ろでまとめ、ちょっときつめな切れ長の目元に、身長は高く、無駄のない引き締まったスタイルのいい体。そんな、モデルさんも裸足で逃げ出すレベルの美人さんが、家から飛び出してきた。

 

 ……ただし、上半身裸で。

 

 ……あの、なんで服を着てないのですか?

 

 ……えっと、はい、認めたくないんですが、この人がボクの師匠――ミオ・ヴェリルさんその人です。

 

「って、あれ? あんたは…………んん?」

 

 ボクの名前を叫びながら出てきた師匠は、ボクの姿を見るなり、首をひねりだした。

 いや、まあ、うん。そうだよね。

 

「あの、師匠。ボクです。男女依桜です」

「……え、マジ?」

「マジです」

「でも、イオって男だったよな?」

「そうですけど、まあ、その……やらかしました」

 

 苦笑いで言った瞬間、師匠の表情には深いふかーい笑みが浮かびだした。

 

 そして、ゴゴゴゴゴゴゴッ! という効果音が聞こえてきそうなほどに、何やらオーラを出している。

 

 ……あ、終わった。

 

「……ほほぅ? もしやお前、油断、したな?」

「あ、い、いえ! ゆ、油断していた、わけじゃなく、その……」

「……んで? お前、魔王はどうした? まさかとは思うが……」

「た、倒しました! それはもう、バッチリ倒しましたよ!」

 

 慌てて、魔王討伐を果たしたことを言う。

 ダメだ。向こうに帰った後、師匠を倒そうと思っていたけど、これは無理です。絶対に無理です。できるわけがないです。怖すぎます。

 

「……ふむ。その慌てよう。やっぱイオか」

「……まあ、ちょっといろいろあって、女の子になりました」

「ふ~ん? まあいい。とりあえず、中に入ってくれ」

「わ、わかりました」

 

 よ、よかった……怒られずにすみそ――

 

「もちろん、なんで女になったのか、説明をしてね?」

「は、はい……」

 

 逃げられそうにありません。

 

 

「……師匠」

「んー?」

「ボク、掃除してくださいね、って言ったと思うんですが」

「そうだっけか?」

「言いましたよ! というか、ちゃんとした生活してください、って出発前に言いましたよね!?」

 

 そう、ボクは魔王討伐の旅に出る直前、師匠にはちゃんとした生活をしてほしい、とお願いして、師匠もそれを了承した。

 

 なのに……

 

「この有様ですよ……」

 

 もう床はほとんど見えない。

 

 完全に腐っている野菜だった何かは底ら中に落ちてるし、蠅がたかっている肉類や魚類も落ちている。ほかにも、酒瓶やら、埃やらゴミやら、脱ぎっぱなしの服や下着など、色々なものが散乱していた。

 

 かろうじて、ベッドだけは見えていたけど、こんな場所で暮らしていたら、体を壊すに決まってるよ。

 

 それでよく壊さないな、この人。

 

 化け物なのかな? ……あ、いや、普通に化け物でした。

 

「はっはっは! まあ、そう言う日もあるさ!」

「師匠の場合、そう言う日しかないでしょう……」

「シャラップ! イオが魔王討伐に行ったのが悪い!」

「理不尽すぎませんか!?」

「師匠というのは、弟子には理不尽なもんなのだよ」

「……わかってますよ。師匠はいつも、ボクを理不尽な目に合わせて楽しんでましたもんね。とりあえず、掃除しますので、ちょっと待っててください」

「あいよー」

 

 ひらひらと手を振りなら、後は頼んだと言わんばかりに布団に寝そべりだした。

 ……まあ、その前に服を着てほしいのですが。

 

「……やろうか」

 

 半ば呆れつつも、ボクは掃除を始めた。



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41件目 理不尽師匠の理不尽話

 あまりにも散らかりすぎていたため、かなり時間はかかり、気が付けば日はすでに傾いていた。

 

 初日からこれですよ。

 

 今日やったことと言えば、師匠の家を片し、洗濯して、料理を作ったこと。

 

 ……あれ、これどう見ても主婦だよね? いや、師匠に対しての場合、主婦というより……メイドさん?

 

「はー、やっぱりイオの作る飯は美味い!」

 

 今日のメニュー。

 

 いろんな野菜や、ソーセージがゴロゴロと入ったポトフと、白いパン。

 

 この世界には、パンが二種類あって、白いのは、ボクがよく食べている食パンのような柔らかいパン。

 

 黒いパンは、乾パンみたいに固いパンのこと。

 白いパンのほうがちょっと値は張るけど、そこまででもないので、白パンにした。

 柔らかいほうが好きだし。

 

「師匠、こぼしてますよ」

 

 師匠がこぼした場所を布巾で拭いていく。

 まったく、こういうところは妙に子供っぽいんだもんなぁ、この人。

 

「っはー、食ったわー。イオ、美味かったぞー」

「お粗末様です」

 

 とはいえ、こんな人でも料理を美味しいと言って食べてくれるのは、作り手として本当に嬉しい。

 

「さて、と。じゃあ、話そっか」

「……えっと、何を?」

「しらばっくれるなよ? とりあえず、そうだな……なんでお前が女になってるか、ってところだな。まあ、魔王討伐するまでの間は別に話さなくて構わん。……どうせ、あんまりいい話ばかりじゃなさそうだからな」

 

 ……この人、理不尽なように見えて、かなり面倒見がいい。

 

「あたしは、あんたを暗殺者として一年間育てた。当然、人を確実に殺す方法もな。だから、イオがしてきたことの責任は、あたしにもある」

「師匠……」

 

 本当に、この人は底が知れないよ。

 

 多分、ボクが人を殺したことを見抜いているんだろうね。

 その上で、ボクが負った傷も多分察しているんだと思う。

 ……本当に、敵わないなぁ、師匠には。

 

「ま、最も? そうなった原因に関しては……別問題だけどな」

「……はい」

 

 それでも、理不尽な人に変わりはないけどね!

 

「さあ、話せ。お前、何をしてそうなった?」

「ええっと……」

 

 と、ボクは魔王討伐の顛末を話した。

 師匠の言う通り、話したのは魔王戦の時だけ。

 

 この人の場合、興味ない、って思うだろうからね。

 ……まあ、少なからず、師匠が言ったことも多分に含まれているとは思うけど。

 

「ふむ……。つまりイオは、魔王の首を切断して、確認した、と」

「そ、そうです」

「で、それでも魔王は生きていて、普通に会話し、隙を突かれて、呪いをかけられた、と」

「そ、その通りです……」

「はああぁぁぁぁ……」

 

 ああ、師匠が深いため息をついている!

 こうなると、本当に後が怖い!

 

「あたし、お前に油断するなって、あれほど言ったと思うんだが?」

「……はい」

「油断は暗殺者として、命にかかわると、常日頃から言っていたと思うんだが?」

「……はい」

「それだけ言っても、お前は油断し、呪いをかけられた、と」

「……その通りです」

「……ふぅ~ん? あ、そう。まったく……イオはどこか抜けてると思っていたが……まさか、反転の呪いをかけられるとはねぇ……」

「……面目ないです」

 

 本当に反論できない。

 修行していた時は、常に警戒しろ、油断はするな、って口を酸っぱくして言われていたのに、この有様だもん。

 

 本当に、あの時言葉を無視して、脳天突き刺していたら……ボクはきっと、男のままだったんだろうなぁ。

 

「まあ、反転の呪いだったら、あたし解呪方法知ってるけどな」

「……え!? ほ、ほんとですか!?」

「ああ。というかお前、知らなかったのか?」

 

 知っている上で、そのままなのかと思っていたみたいだ、この反応だと。

 

「知ってるわけないですよぉ……だって、王城の書斎にあった本には、解呪方法なんて乗ってませんでしたよ……」

「ま、伝説的な呪いだからな。よほど昔の本じゃなきゃ、載ってないぞ」

「そうなんですね……あれ、じゃあどうして師匠は知ってるんですか?」

 

 だって、昔の本には載ってても、今の本には載ってないって言うし……よほど、とつけてるなら、師匠は読んでないことになる。

 

 そうなると、一体どうやって……。

 

「ああ、あたし? まあ、一番最初の仕事でミスしちまってね。そん時喰らったんだよ」

「……え、師匠が、ですか? 神だって殺せそうな、師匠が?」

「そりゃ、あたしだって最初は弱いよ。そうだなぁ……あたしの最初の仕事はたしか……ああ、魔王討伐だわ」

「………………はい?」

 

 え、今、とんでもない単語が飛び出してきたんだけど。

 今、最初の仕事は、魔王の討伐、って聞こえた気がするんだけど。

 というか、最初は弱いって言ってたよね?

 

「いやー、あんときはマジで焦ったね。普通に、魔王城に忍び込んで、普通に魔王が寝ているところを殺ろうとしたんだが……手元が狂って脳天突き刺しちまってね」

「…………」

「あいつなぁ、心臓を破壊する以外に殺す方法がなくてさ、ミスっちゃったわけよ。その時に呪いを喰らってね。で、ブチギレて、心臓をこう……ぷすっと」

「……ええぇ?」

 

 そんな声しか出なかった。

 え、なに? この人、魔王殺してたの? 一番弱いころに?

 

 しかも今、普通に魔王城に忍び込んで、逆上して殺した、みたいなこと言ってたよね?

 

 ……あの、ボクの必死の死闘はなんだったの?

 

「ああ、心配しなくてもいいよ。あたしが殺したの、イオが殺した魔王の……次くらいに強いって言われてたから」

「いやそれ、当時の歴代最強じゃないですかぁ! なにしてるんですか!?」

「え? いやー、その時ちょっと、ギャンブルで負けちゃってね。お金がなくて困っててさ。どうしようかと路頭に迷っていた時に、王国が魔王を殺せば、一億テリルくれるって話があったんだよ。で、『そうだ、魔王サクッと殺って金せしめよう』って思って、衝動的に殺した」

「……その魔王さんに同情します、ボク」

 

 ギャンブルに負けたから、なんて言う理由で殺された、当時の歴代最強の魔王さん……本当に可哀そうなんだけど。

 

「何言ってんだ。相手は魔王だぞ? 人間に害を及ぼそうとしている魔王だぞ? 慈悲はいらぬ。だが、金は寄越せ。あとついでに、金目の物もよこせ、ってね」

 

 それもう、師匠のほうが魔王じゃないですか、圧倒的に。

 やっていることが、強盗のそれなんですけど……。

 ほんとに、何をやっているの? この人……。

 

「しかもさあ、最後の言葉がうざくてねぇ」

「……聞きたくないですけど、どうぞ」

「なんでも『すまない、我が家族、我が民たちよ……。我は、もうお前たちを守ることも、幸せにしてやることもできそうにない………すまな――』って言いだすもんだから、『すまない』って言いきる前に、殺した」

「理不尽すぎますよ!? なにしてるんですか、師匠!?」

 

 もう、どっちが悪役かわからないよぉ……。

 

 この師匠、本当に怖いんだけど……サイコパスすぎるんだけどぉ……。

 

 あと、その魔王さん絶対にいい人だった気がするのは気のせい?

 その最後のセリフを聞いていると、ただ家族や魔族を守ろうとしたように聞こえてくるんだけど!

 

「まあ、その後は大変だったよ。魔王を倒したのに、魔族全員が戦争仕掛けてくるんだぞ?もうね、あたしは疲れてさ」

 

 それ、絶対魔王さんを倒したからな気がするんですけど……呪い以外の抵抗もさせずに、殺しちゃったのが原因ですよね? しかも、絶対その人優しい人だった気がするんですが。多分、当時の魔族の人たちは、その魔王さんの仇をとるために全員で戦争した気がする。

 

「で、面倒だったから、大軍魔法を使って、滅ぼした」

 

 もう、やっていることが暗殺者の域を超えているんだけど……。

 

「…………師匠、本当は師匠が魔王なんじゃないですか?」

「はは! 何を言っているんだ。あたしが魔王? そんなわけないだろう」

「……そ、そうですか」

「まあ、敵と味方両方から、魔神とは言われたけどね」

「もっと悪いじゃないですかぁ!」

 

 本当に、なんでこの人がボクの師匠になったのか、不思議でしょうがないんだけど……。

 まあ、強くなれたからいいんだけどね?

 

 でも、ね。こんな、理不尽の権化みたいな人を師匠と仰ぐのって……ちょっと嫌でしょ?

 もしかすると、この人と同列視されるんじゃないかって……。

 

「あー、そうそう、呪いだったね」

「……師匠の理不尽話で、すっかり忘れてました」

 

 呪いがちっぽけなものに見えるほど、師匠の話はとんでもなかったし……本当に、この人何者?

 

「あー、話を戻すと、あたしが呪いを解呪できたのは、魔王の側近をごうも――もとい、優しく問いただしたからだよ」

「あの、今、拷問って……」

「優しく聞いたぞ」

「え、でも――」

「優しく、聞いた」

「いや、ごうも――」

「イオも、優しく問いただされたいかい?」

「すみません!」

「わかればいい」

 

 ……うぅ、本当に怖いよぉ、この人……。

 本当の意味で師匠を倒せる人って、いるの?

 

「で、優しく問いただしたところ、どうやらかけられた者の血と、反転草、創造石という物を混ぜて、それで魔法陣を描き、詠唱をすることによって、解呪ができる」

「えっと、その二つの物について、何も知らないんですけど……」

「どっちも、全然見つからないし、ほぼ出回ることのない代物だしね。まあ、あたしがここに住んでる理由って、反転草がこの森で自生してるからなんだけどね」

「……なんかもう、師匠にツッコミを入れるのも馬鹿らしくなってきたんですけど……」

 

 この師匠はもう何でもありだと思います。

 

 ツッコミを入れても、また別のところからツッコミどころが生まれてしまいそうだし、ツッコミを入れるだけ無駄な気がしてきた……。

 

「さて、反転草は解決したとして……創造石か。あれなぁ、全然見つかんないんだよなぁ」

「でも、師匠は見つけたんですよね?」

「見つけたっていうより……奪った」

 

 もう何も言わない。

 ツッコミどころがあっても、言わない……。

 

「実際、この辺にはあんまりないらしいからな」

「そうなんですか?」

「ああ。昔はバカスカ採れてたみたいだが……摂りすぎて、希少なものになってな。この辺の鉱山とか、ほとんど出土しない。そうだな、十センチくらいの石で、およそ五千万テリルってところだな」

「……すごく高い」

 

 ボクの手持ちでも、そこまではさすがに持ってない……。

 四百万テリルほどしか持っていないんだよね……。

 

 あー、えっと、この世界の貨幣は、地球の貨幣の方式とほとんど変わらず、紙幣と硬貨の二つで成り立っています。

 

 大体、千テリルからが紙幣になります。

 硬貨は、青銅貨、銅貨、銀貨、金貨の四種類で、青銅貨が一テリル。銅貨は十テリル。銀貨は百テリル。そして、金貨が五百テリルとなっています。

 

 最初見た時は日本の貨幣みたいだと思ったなぁ。

 

 って、そんなことはどうでもよくて、えっと、この世界のお金の価値は……一般的な四人家族が、一ヶ月普通に暮らすために必要な金額は、大体三万テリルほど。

 

 それを基準として考えると、約十一年は働かなくてもボクの場合生きていけます。

 十一年も、と思うかもしれないですが、裏を返せば十一年しか生きられないということになります。

 

 一応言いますが、こっちの世界の物価は安めです。

 

 普通のリンゴが、十テリルほどで買えます。

 言ってしまえば、十円でリンゴが一個買えるようなものです。

 

 本当に物価は安い。

 

「ん? イオでも、そんなにお金はないのか?」

「ええ、まあ……行く先々の街々で、謝礼を! と言われてはいたんですけど……ボクは当たり前のことをしただけだったので、よほど切羽詰まった状態じゃないと、もらわなかったんですよ」

「なるほど。まあ、イオならそうするわな。んー、まあ、市場に決してないわけじゃないしな……貴族とか、王族相手にコネでもあれば、手に入れられそうではあるが……」

「あ、それなら問題ないかと」

「ん? どうして?」

「実は、ボク王様と知り合いでして……」

「ほう? ……お前、あたしにそのことを隠していたな?」

 

 師匠には、ボクが異世界人であることは伝えているけど、最初の一年間は王城にいたことを伝えていない。

 言わないほうがいい気がしたためです。

 

 師匠って、理不尽だし……。

 

 それに見てよ。

 ボクが王様と知り合いって言った瞬間、笑顔を浮かべだしたよ。それも、目が笑っていない笑顔を。

 ……ボク、本当に殺されるんじゃないだろうか?

 

「え、えっと……ボク、こっちの世界に来て最初の一年は、王城で修業をしていたんです」

「……ふむ。だから、イオは初めて会った時から、妙に強かったのか。理解した」

「それに、ボクを召喚した張本人二人のうち、一人は王様ですからね」

「ほう? つまり、イオが辛い目にあったのは……その王様とか言うクソ野郎のせいってことかな?」

 

 あくまで間接的で、ボクが辛い目にあったのは、ほとんど師匠のせいだと思うんですが……。なんて、言えるはずもない。

 

「……えっと、クソ野郎かどうかはあれですけど……間違いじゃない、です」

 

 いい人なんだけど、王様。

 あと、師匠、殺気を出すのはやめてほしいんですけど……。

 

「なるほどなるほど。……そいつ、殺すか」

「どうしてそうなるんですか!?」

「どうしてって……あたしの、可愛い可愛い愛弟子が、どっかのクソ野郎のせいで辛い目にあったんだろう? だったら、師匠として、そいつを殺さないと」

「ダメですダメです! その人殺しちゃったら、本当に師匠が犯罪者になっちゃいますよぉ!」

「何を言うか。そのクソ野郎のせいで、イオがこんなに可愛くなっちゃったんだぞ? やはり、殺さなくてはならないじゃないか」

「可愛いならよくないですか!?」

「いやあたし、同性愛の気はないしな……」

「一体何の話をしてるんですか!?」

 

 いきなり、同性愛じゃないと言われても、何が何だかわからないよぉ!

 この人、本当に何を言っているの?

 

「まあいい、とりあえず、本気のあたしがクソ野郎を殺すのは前提として……」

「ダメですっ! 師匠が本気出しちゃったら、証拠どころか、形跡すら残らなくて、迷宮入りしちゃいますって!」

「あたしは暗殺者だぞ? 証拠を残すようなへまはしない」

「……いやそういう問題じゃなくて! というか師匠、逆に考えてみてください」

「あ?」

「王様のおかげで、ボクを弟子にできたと思うんです。逆に、召喚をしなかったら、ボクが師匠の弟子になることはありませんでした」

「ふむ……たしかに、一理ある。あたしが、可愛い可愛い愛弟子をとれたのは、そのクソ野郎のおかげってことか。……チッ、仕方ない。殺すのはやめだ」

 

 よ、よかった……。

 師匠の殺気がようやく引っ込んでくれたよ……。

 怖いんだよ、この人の殺気。

 ちょっと触れただけで、自分はすでに死んだと思うレベルで、濃密で、圧力がすごいんだもん。

 

 あ、そうだ。王様の話を出したところだし、パーティーの件も言っておこう。

 

「師匠、その王様がですね」

「あ? クソ野郎がどうかしたのか?」

 

 もう、師匠の中では、クソ野郎は確定事項なんだね……。

 

「えっと、今から三日後に、王城でパーティーをするらしくて、ですね、ボクに参加してほしいと言われまして……」

「ふ~ん? お前、クソ野郎のところにわざわざ出向くと?」

「い、一応、魔王討伐のパーティー、らしく……」

「……ま、イオは魔王殺しの英雄だものな。……それ言ったら、あたしも魔王殺してるが」

「師匠はちょっとおかしいです」

 

 話を聞いていた限りだと、ほとんど苦労してないように思えたし。

 ボクの苦労って……。

 

「それで、最初は断ったんですよ」

「なぜだ?」

「師匠のお世話があるので、と」

「いい心がけじゃないか! さすが愛弟子!」

 

 うわ、あまり見ない師匠の満面の笑み!

 すごくレアだ。

 

「そしたら王様が、『師匠も連れてくるがよい』って言ってくれまして……」

「パーティーねぇ……あたし、騒がしいところ嫌いだしなぁ」

「一応、美味しい食事や、お酒が用意されてるって――」

「よし行こう。すぐ行こう! 今行こう!」

 

 変わり身が速い!

 この人、どんだけお酒が好きなの!?

 今、お酒が用意されてる、って言った瞬間に反応してたもん!

 

「待ってください! 今日じゃないですよ、パーティー!」

「む? そうなのか?」

「そうです。三日後に行われるそうなので、その時です」

「……そうか。ま、楽しみはとっておくがいい、と言うしな」

 

 師匠のパーティー出席が決まった。

 いいのか悪いのか……いや、あまりいいことにはならなそうだよなぁ。

 

「ま、それで石に関することはクソ野郎に頼めば問題ないだろう。反転草も、そこら辺に生えてるし、心配なし」

「そこら辺って……そんな雑草みたいに……」

「いや、そもそも価値を知らなければ、そいつにとって雑草と同じだろ? あたしは、反転草の価値は知っているが、ほかの奴はそうでもない。それに、魔力増幅とか、今のあたしやイオには必要ないし」

「……え、魔力増幅?」

 

 今、ちょっとおかしなこと言わなかった?

 いや、師匠がおかしなことを言うのは今さらだし、さっきからおかしなことを言いまくっているからあれだけど……。

 

「ああ、反転草は、反転の呪いに対して強い特効を持ってるのとは別に、魔力増幅の効果も持ってるんだよ。つっても、一回の摂取で増える魔力なんて、高が知れてるが。そもそも、修行前に飲ませてた飲み物、あれ、反転草が入ってたんだぞ?」

「ええ!?」

 

 たしかに、青汁みたいにかなり緑で、青汁以上に苦い飲み物だったけど……まさかあれに、そんな効果があるなんて。

 

「だから、今のあたしらには雑草同然でね。あれの価値が分かれば、一儲けできたりするが……そうなると、生態系が崩れちまうんだよ」

 

 師匠でも、生態系は気にするんだ。

 優しいのか理不尽なのか……本当にこの人はわからない。

 

「ま、そういうわけだ。解呪については、あたしも手伝う。つか、あたしが手伝わんと成立しねえしな」

「お願いします」

「よろしい。さて、と。今日は寝るぞ。もう、時間も遅い」

「あ、ほんとだ……」

 

 結構長いこと話していたらしく、すでに十時を回っていた。

 

 久しぶりに会う人と話すと、やっぱり会話が弾む。

 ……今回の会話は、全部カミングアウトだらけで、ぶっ飛んだ話ばかりだったけどね。

 

「そういやイオ」

「はい?」

「お前……抱き枕にちょうどよさそうだな」

「……へ?」

「そんな立派なもんぶら下げてんだから……ちょっとあたしに使わせろ」

「え、ちょ、何言って……きゃあああああああああああっっ!」

 

 その夜、王都近くの森にある家から、一つの悲鳴が聞こえたが……それに気づいたものは、誰もいなかった。



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42件目 師匠の気持ち、依桜の本音

 ―二日目―

 

「う……あ、朝?」

 

 窓から差し込む光で目が覚めた。

 なんだか、温かいし、柔らかい。それに、ちょっといい匂いがする……。

 

「……あ、師匠か」

 

 ……昨日の夜、師匠に引きずられながらベッドに連れていかれ、ボクは抱き枕にされた。

 ボクに抱き着くなり、すぐに師匠は眠りにつき、離れなくなってしまったので、そのままにした。

 

 これが、男の時であったなら、内心かなりドキドキして眠れるどころじゃなかったんだろうけど、今のボクは女の子だったせいか、あまりドキドキすることはなかった。

 

 ……そのあたりの考え方や感覚も、変わってきてるのかなぁ。

 

 女の子の状態でドキドキするのも、それはそれで変な気がするけどね。

 

「イオぉ……おまえは、あたしのぉ~……」

「……師匠ったら、どんな夢を見ているんだろう?」

 

 にまにまと寝言を呟いている師匠が、なんだか微笑ましく思えて、つい笑顔になる。

 

「ん、師匠が起きる前に、朝ごはん作っちゃお」

 

 ボクは、いまだに抱き着いている師匠をやんわりと引きはがして、台所へ向かった。

 

 

「おふぁよ~……」

「おはようございます、師匠。朝ごはん、もう少しでできますから、もう少し待ってくださいね」

「あ、ああ」

 

 朝あたしが目を覚ますと、すでにイオはいなくなっていた。

 

 もしやあたしは、大好きなイオが帰ってきていた、という夢を見ていたのでは? と思ったが、部屋の状態を見て、ちゃんとイオはいると、認識した。

 

 それに、やたらいい匂いがするしな。

 これは、イオが作る料理の匂いだ。

 

 そう思って、リビングに来ると、すでに起きていたイオが料理をしていた。

 

 やはり、夢ではないようだ。

 

 ……ふむ。今日の朝飯は、白パンとスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、昨日のポトフと見た。とてもうまそうだ。

 

 ……それにしても、ここまでエプロンが似合う女もなかなかいないんじゃないか? いや、男の時ですら普通に似合っていたというのに。

 

 しかしこいつ、女になった途端、すっごい可愛くなってんだよな……同じ女として、負けた気分だぞ、我が弟子。

 身長は縮んだみたいだが、それでもなお、圧倒的存在感を放っている形のいいでかい胸に、くびれた腰、桃尻と言っても過言ではない、お尻。……まさか、女になったあいつが、ここまで魅力的だとはな。

 中身は当然イオなのだから、性格なども当然そのまま。

 

 そうなると、可愛くて、優しくて、謙虚で、胸がでかくて、太過ぎず痩せすぎない絶妙なバランスの取れたスタイルに、家庭的な性格。

 

 ……世の男たちは、どう考えてもイオがタイプなんだろうな。

 

 これは、男女両方にモテそうだな、こいつ。

 

 だけど、あたしなぁ、同性愛の気はないしなぁ……ここはなんとしても、男に戻ってもらわなきゃいけないな。

 

 男だったら、あたしが美味しくいただくんだがね。

 もろタイプだったし。

 中性的で、家庭的で、優しい男って、マジでいいんだよな。

 

 くっ、あの時食べなかったのが悔やまれるな……。

 

「さ、師匠、できましたよ」

「ああ、もらうぞ」

 

 まあ、何はともあれ、イオの飯だ飯。

 

「……うむ、やはりうまい」

「それはよかったです」

 

 笑顔が眩し~。

 こいつ、ナチュラルに魅力的な笑顔を振りまくんだよなぁ。

 しかも、それを自分から作りに行くこともできるしよ。

 

 ……こいつ、女のほうが暗殺者としてのスキルを遺憾なく発揮できるんじゃね?

 こいつ、気配消すの上手いし、見た目だけならか弱い女って感じだし、演技力もある。

 そう考えると……割とマジで天職が暗殺者なんじゃないだろうか?

 

 男の時も、女装して殺しに挑んだこともあったしな。

 

 ……ま、そん時は、依桜が更生の余地ありと見て、衛兵に突き出して終わったが。

 

 暗殺者としては甘いと言えるが、こいつは更生不可と見たら、一瞬の迷いのようなものは見せても、普通に殺す奴だ。覚悟はちゃんと持ってやっていたな。

 

 ……正直、今まで怖くて聞けなかったが、聞いてみるか。

 

「なあ、イオ。一つ、聞いていいか?」

「はい、なんですか?」

 

 イオは、いつもと変わらず笑顔を向けてくる。

 ……本当に、眩しいな、こいつ。

 

「いや、な。お前、あたしのこと、どう思ってる?」

「え? どう、ですか?」

「ああ。極端な話、好きか嫌いかでいい」

「なるほど。そうですねぇ……」

 

 怖いなぁ。イオの回答が怖い。

 魔王を殺し、魔族の大軍を壊滅まで追いやったあたしが、恐怖とはね。

 

 ……惚れた弱み、ってやつかね。

 いや、ちょっと違うな。単純に、惚れたやつから嫌われんのが怖いんだろうな、あたし。

 

「師匠は……初めて会った時は、怖い人、でしたね」

 

 思い出してみれば、こいつと会ったのって、王都なんだよな。

 

「だって、お金を落としたから、『つけにしろや!』って平気で言いだすんですよ?」

「そういや、そうだったなぁ」

 

 そうそう、あれはたしか、あたしが路銀を落として、酒が買えなかったときだっけな。

 それで困っていた時に、見ず知らずの通りすがりでしかないイオが、代わりに金を払ってくれたんだっけな。

 

「それで、ボクがお金出したら、師匠、ボクの肩を掴んで――」

「『あたしの弟子になってくれ! いや、なれ!』」

「そうです。……あの時のボクは、本当に混乱しましたよ。買えなくてつけにしろ、って脅している人の代わりにお金を払ったら、いきなり命令形で弟子になれ、って言ってくるんですよ? 普通の人だったら、混乱しますよ」

「だってよぉ、イオが優しくてな、しかも妙に暗殺者としての資質もあったから、つい、衝動的にな」

 

 まあ、本当の理由……というか、今のも決して嘘じゃないが、微々たるもの。

 大半を占めていたのは、単純に好みのタイプだったからだしな。

 

「つか、あの時ちょうど、弟子を探してたんだよ」

「ボクは半信半疑でしたけどね」

「そうかい。んで、続きは?」

「あ、そうですね。弟子になった後は……とにかく、理不尽でしたね」

「そうか? あれくらい普通なんだがな……」

「それは師匠の中での普通で、ボク……というより、ほとんどの人からしたら、理不尽極まりないです」

 

 ぷくぅっと頬を膨らませながら、反論してきた。

 くっ、ちょっと怒った顔も可愛いじゃないか、愛弟子よ。

 

「色々な理不尽をこなさせられてきましたけど……それのおかげで、ボクは無事に生き残れて、魔王も倒せて、ちゃんと元の世界に帰れたから、すっごく感謝してるんですよ」

 

 さっきの膨れ顔とは違って、優し気な微笑みを浮かべながら、感謝を言ってきた。

 ……ほんと、眩しい弟子だよ。

 

「だから、師匠のことは好きですよ、ボク」

「……でも、暗殺者だぞ? 一年以上たった今言うのもなんだが、あたし、殺しを教えたんだぞ? それでも、好きか?」

「どうしたんですか、師匠。らしくないこと聞いて」

「……どうなんだ?」

「……当然ですよ。師匠は本当に理不尽ですけど、自分ができないことを押し付けませんし、本当は面倒見もいいですからね。ボク、師匠でよかった、って思えてるんですよ? むしろ、今となっては、師匠とじゃなきゃ嫌だ、なんて思ってますからね」

 

 あはは、と照れ臭そうに笑うイオ。

 

 ……ほんと、できた弟子だよ、この子は。

 ……そっか。恨んだりはしてないのか。

 嫌われているわけでもない。

 

 ……あたしは、恵まれたんだな、弟子に。

 

「でも、ちゃんとした生活は送ってくださいよ? ボク、一週間くらいしかこっちの世界にいないんですから」

「……いい雰囲気だったのに、なに台無しにしてんだ、このバカ弟子!」

「あばばばばばばば!」

 

 あたしの『パラライズショット』を喰らって、あばばする弟子は、面白かった。

 ……ふむ。やはり、こいつをいじるのは、楽しい。

 

「どうだ、久しぶりに喰らった気分は?」

「……すごく、痺れます……」

 

 うつぶせに倒れて、つぶやくイオ。

 

「空気を読め、空気を」

「い、え……ボク、本当のことを、言った、だけ……」

「もう一発、いくか?」

「すみません」

「わかればよろしい」

 

 ……こんなことをしているのに、好き、とはねえ……。

 物好きだな、イオも。

 いや、そんなイオを鍛えていたあたしも、か。

 

「ほれほれ。反転草の採取、行くぞー」

「は、はい……」

 

 あたしには、慈悲も容赦もない。

 

 

 師匠の謎の質問に答えた後、ボクたちは裏の森に来ていた。

 

 この森、特に名称はなく、ただただ何もないから、人が来ることは滅多にない。

 むしろ、いる方が不思議なレベルで。

 

 逆に、人がいないからこそ、資源が豊富とも言える。

 

 師匠が言っていたように、この森には反転草がそこらかしこに自生しているため、本当に自然の宝庫らしい。

 

 そう言えば師匠が、反転草には反転の呪いに特効があるって言ってたけど……それって、普段から摂取してたら、抵抗できそうな気がするんだけど。

 

 と、そんな疑問をぶつけてみた所、

 

「ああ、それは無理。あれ、かかる前には、何の効果も発揮しないから。効果を発揮するのは、呪いが発動して、成立したあとなんだよ」

 

 という返しが来た。

 

 どうやら、予防は不可能らしく、成立後じゃないとダメなんだとか。

 あれ? でも、師匠は一体何が反転したんだろう?

 

「お前、今あたしがどんな効果がでたのか、気になったろ?」

「……よくわかりましたね」

「まあな。だって、昨日呪いの効果話してないし。当然気になるだろう、ってな」

「さ、さすが師匠……」

「尊敬するなら、今日の晩飯に酒出してくれ、酒」

「……ちょっとだけなら、いいですよ」

「おっし! 命の水ゲット!」

「ほどほどに、ですからね。それで、一体何の効果を受けたんですか?」

「たしか……あれ? あたし、何の効果が出たんだっけな?」

 

 忘れているみたいだった。

 

 え、普通そう言うのって忘れるの?

 でも、師匠だし……忘れてても、不思議じゃない、よね。

 

「んー…………」

 

 思い出そうと、うんうん唸っている。

 どうやら、本気で忘れているみたい。

 

 すごいね、反転の呪いなんていうかなりぶっ飛んだ呪いを受けているのに、平気で忘れるんだもん。ボクは絶対にできないよ。

 ……まあ、性転換だしね。忘れたくても忘れられない、よね。

 

「ああ、思い出した。たしか、中途半端に性転換してたわ」

「え?」

 

 性転換に中途半端とかあるの!?

 いや、どういうこと!?

 なにをどうしたら、性転換が中途半端になる、なんていう珍事が起きるの!?

 

「そうそう。あたし、局部だけが男になっちまってな―。トイレとか、マジで困ったぞ?男のトイレに入ればいいのか、女のトイレに入ればいいのか」

 

 す、すごい。ボクと同じ悩みなのに、すごく朗々と言っているせいで、全然重大性を感じない!

 さすが師匠!

 

「いやほら。外面だけなら女だろ? でも、局部だけ見ると、完全に男でさー。すっげえ困ったんだよな。これ、立ってするのがいいのか、座ってするのがいいのか、ってな」

「あの、師匠。すごく生々しいです」

 

 あまり聞きたくないよ、師匠の下の話なんて!

 

「えー? でも、イオだってそう思わなかった?」

「いや、ボク完璧に女の子になってたんですけど……」

 

 師匠みたいに中途半端な状態にはなってないよ、ボク。

 むしろ、そんな中途半端に変わるって、普通に嫌じゃない?

 なのに、それで思ったのがトイレだけって……この人、やっぱりおかしい。

 

「まあ、結局そこだけ見たら男だったんで、男のトイレに入ったが」

「なにしてるんですか!? いや、本当に何してるんですか!?」

「ナニってお前……女になって、ちょっとエッチになったか?」

「そういうことを言ってるんじゃありませんっ!」

 

 言っていることが、ほとんどセクハラなんだけど、この師匠……。

 というか、本当に何してるの? この人。

 

「いやあ、見ものだったぞ? どう見ても女にしか見えない私が、普通に用を足すんだぞ?周りの男たちなんて、驚愕に目を見開きながら、顔を隠して、目を逸らしまくっててな。マジで面白かった」

「それもそうですよ! 師匠みたいな美人な人が入ってきたら、普通はそういう反応になりますっ! それと、なんで面白がってるんですか!」

 

 ならない人は、それこそ同性愛者か、悟りを開いている人くらいだよ。

 

「ほっほーう? イオ、お前はあたしに対して、欲情していたのか?」

「なんでそうなるんですか!? 普通今のって、美人なところに反応するところですよね!?」

 

 本当にやっていることが、セクハラなんだけど、この人。

 

 ……いや、本音を言ってしまうと、ボクがお風呂に入っている時に乱入してきたり、寝ている間にベッドに侵入されてたりした時は、結構危なかったけど!

 

 でも、当時のボクの理性が勝ちましたよ!

 

「んで、さすがにこれでは変な噂が立つと思ったから、解呪したってわけだ。解呪方法については、昨日話した通りだ」

「……むしろ、一度入った後に、噂が立つと思った時点で手遅れですよ……」

「まあいいじゃないか。過ぎたことだしな。……さて、この辺りの草、全部反転草だから、適当に採って戻るぞ」

「わかりました……」

 

 ……流された気がしたけど、言ったら言ったで、何をされるかわかったものじゃないので、スルーしよう、スルー。

 

 

 あの後、必要な分と、ドリンク用の分を採取して家に戻った。

 ドリンクを飲む必要がない、って言っていたのに、必要なんですか? と聞いたら、

 

『うるせえ! 健康にいいんだよ! 健康に! お前は、あたしが不健康でもいいのか!?』

 

 って、キレながら返された。

 

 ……いや、そもそもボク、師匠が体を壊したのとか、一度も見たことないんですけど。

 

 あと、すでに不健康な暮らしを送っているのに、不健康って……。

 

 この人、あの生活を、不健康だと思っていないというのだろうか?

 ……恐ろしい。本当に恐ろしい。

 

 この人、いつか謎の物質やら、謎のキノコ類などを部屋で栽培することになってそう。

 

 というか、安易にその未来が想像できる時点で、普段の生活が知れるという物だよね。

 

 ……なんてことを考えてたら、普通に師匠に感づかれて、『パラライズショット』を受けました。

 

 すごく、痺れました……。



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43件目 師匠のテスト

「……マジですか……」

 

 反転草の採取を終えて、一度それを家に置いてきてから、再び森の中へと入った。

 というのも、

 

「さあ、イオの今の実力がどれほどのものか、見せてもらおうか!」

 

 いきなり、こんなことを言い出したからです。

 

「あの、師匠? なんでいきなりこんなことに?」

「なんでってお前……あたしが送り出した後の一年で、どれくらい強くなっているのか気になるのは、師匠として当たり前だろう?」

「で、でも、師匠、ボク向こうに帰った後って、ほとんど体動かしてないですよ?」

 

 一番激しく動いた、学園祭ですら、ウォーミングアップくらいのもだったし。

 むしろ、あっちの世界で本気なんて出したら、そこら中クレーターだらけになるし、死体の山ができちゃうもん。

 

「ふむ。お前、どれくらい動かしてない?」

「一ヶ月半くらいですね」

「……そうか。ま、それくらいならほとんどブランクはないな。問題なし」

「……で、ですよねー」

 

 この師匠、試したくてうずうずしてるもん。

 何を言っても、『やれ』の一言でやらされるもん、ボク。

 理不尽だよぁ……。

 

「ま、安心しな。手加減するから」

「……師匠の場合の手加減って、かなり常識外れなんですが」

「気にすんじゃない。男だろ?」

「いや、まあ、そうですけど……」

 

 あくまでも、心が男なだけで、体は女なんですけどね……。

 

「あと師匠。この体、結構動きにくいんですが」

「どうしてだ?」

「胸が痛いです」

「……お前、暗殺者がそれを言っていられると思ってるのか? アアァ?」

「……が、頑張ります……」

 

 師匠には勝てません。

 

 そうだよね……どこの戦場に、胸が痛いから殺さないで、って言う人がいるのか、って話だもんね……。

 

 それを言っていたら、甘え、なのかな……?

 

「まあいい。とっととルール説明するぞ。勝敗は……そうだな、気絶か降参の二種類。フィールドは、この森の中全域。武器の使用も当然認める。あたしらには、無いと意味ないからな。ただし、毒物はダメだぞ。普通に危ない。魔法の使用はOKだ」

「結構シンプルなんですね」

「シンプルな方が、わかりやすくていいだろ」

 

 ……まあ、師匠が相手の時点で、シンプルなのに難易度は爆上がりなんですけどね。

 多分、魔王を相手取るのと同じくらいだと思うんだよ。

 

「でも、この森って広くないですか?」

 

 少なくとも、まっすぐ突き抜けて行って、向こう側に出るのって、ボクが全力で走っても二十分はかかる。と言っても、身体強化抜きの場合だけど。

 

 でも、普通の人がやると、一時間は平気でかかる。

 それくらいに広い。

 

「障害物があってこそ、暗殺者の本領が発揮できるんだよ」

「それもそうですね」

 

 むしろ、平原とかでやる、とか言われたら、師匠に魔法使われて終わりだもん。

 それに、暗殺者にとって、障害物は大事な武器だし。

 

「それじゃ、一分後に始めるから、森に入って適当に初期位置を決めてくれ」

「わかりました」

「それじゃ、解散!」

 

 ヒュッ! という音を残して、師匠が消えた。

 ……あの人、『影形法(えいぎょうほう)』使ったよね?

 いや、ボクも使えなくはないけど、師匠みたいに綺麗に行かないし……。

『影形法』というのは、影を操ったりすることを主とする能力のことで、ほとんど暗殺者専用の能力。

 

 影を操って相手を拘束したり、動けなくしたり、影の中を移動して別の影へ移動する、と言ったことが可能になる対人向け能力。

 

 ただし、周囲に影がないとできないことや、影移動は、視界が全く見えない状態で移動するため、どこに出るかわからない、という欠点もある。

 

 ただ、師匠の場合、影がないのはさすがに無理だけど、影移動は、本当は見えているんじゃないか、ってくらいに狙った通りの場所に出てくる。

 しかも、断然こっちの方が移動は早い。

 

 ボクでも、狙った通りの場所に出るのは、十回やって、四回ほどしか成功しない。まあ、一回でも成功するだけすごいんだけど……あの人、規格外だから。

 

「……とりあえず、ボクは普通に木を使って行こう」

 

 木から木へ飛び移ることを繰り返して、大体中心の方までくると、

 パァンッ!

 という、破裂音が森に響いた。

 

 これは、スキル『柏手』かな?

 

 あれ、元の世界じゃ、混乱した会話などを、一度止めて自分に意識を向けさせたりするのに使うものだけど、こっちの世界じゃ、どういうわけかスキルに存在する。

 

 そしてそれは、あまりいいスキルではない。

 

 なにせ、手を打ち鳴らして、大きな音を出すだけのスキルだからね。

 

 でも、師匠はあえてこのスキルを入手している。

 

 と言っても、このスキルを手に入れたのは、ボクがこっちの世界に来て、師匠の下で修業をするようになってからだけど。

 

 きっかけは、ボクが猫だましを使ったことだったっけ。

 どうやらこっちの世界、絶対にありそうなはずの猫だましがなかった。

 

 ブラインド的なものは多いのに、猫だましはなぜかなかった。

 

 ちなみに、師匠に初めて攻撃が入った時、猫だましでびっくりさせてから一撃入れました。

 

 この『柏手』は、鍛えれば鍛えるほど、音は大きくなる特徴を持っている。

 

 最初は、拍手よりもちょっと大きいくらいの音量だが、これを鍛えまくると、音爆弾くらいのけたたましい音を出せるようになる。

 

 ただし、使用者本人も、耳栓必須。

 

 まともに喰らうと、しばらく音が聞こえなくり、短い間動けなくなるということになる。

 

 弱いスキルと思われがちなものだって、鍛えれば強くなる、ってことなんだろうけど……

 

「師匠……開始の合図をそれに使うって……本気じゃないですか」

 

 暗殺者と『柏手』の相性はあまりいいとは言えない。

 なにせ、大きな音を出して、自分の位置を知らせるようなものだから。

 

 ……まあ、師匠の場合、それすらも計算に入れていたりするんだけど。

 それにしても……

 

「周りの木の枝や、草が大きく揺れるって……あの人、前より強くなってない?」

 

 ボクが前使った時は、ここまで揺れることはなかった。

 前は、そよ風が吹く程度の強い衝撃だったのが、今では、暴風が吹いたと錯覚させるほどの衝撃だった。

 

 ……『柏手』を鍛えると、こうなるんだ。

 

 やっぱりあの人、おかしい。

 物語だったら、絶対主人公ポジションにいそうだよ。それも、無双系の。

 師匠の下から去って、一年間ほとんど一人で闘っていたから、結構強くなっていたつもりだけど……

 

「はぁ……無意味かも」

 

 幸いなのは、女の子になっても、身体能力は低下しなかったこと、かな。

 いや、ある意味低下していると言えなくもないけど。

 

「……以前より、身長とリーチが」

 

 身長が八センチほど縮んだことで、体もそれに合わせて縮小した。

 未果やクラスの女の子たち曰く、ボクの腕や足は長いとのこと。

 十六年女の子していた人が言うんだから、多分そうなんだと思う。

 

 あとは、胸が大きくなったことで、狭い所に入るのが難しくなったことだね。

 ……今まで通れた場所とか、胸がつっかえて通れなくなっちゃってるし。

 

 ほかのデメリットと言えば、やっぱり飛び道具や魔法、近接武器なんかもそうなんだけど、前と違って、胸が膨らんだことで、当たる場所も増えちゃったことだよね……。

 

 ……あれ、ボクのほとんどのデメリット、胸に収束してるんだけど。

 なんで、大きくなっちゃったの……?

 

「……でも、今はこんなこと考えてる場合じゃない、よね」

 

 なにせ、師匠が動き出しているはずだから。

 あの柏では、ただ開始を伝えるだけではなかったはず。

 となると、何か――

 

「――やあ、イオ。後ろが……お留守だよ?」

「――ッ!」

 

 ゾワッと背中に悪寒が走り、振りむきながら飛びずさる。

 地面に着地し、声をした方を見れば、師匠の姿がそこにあった。

 

「ふむ。一ヶ月とはいえ、ブランクは結構大きいようだな? 少なくとも……余計なことを考えて、接近されるほどには」

「……気配遮断と消音使っていたのに、よくわかりましたね」

「ま、物は使いよう、ってな。少なくとも、お前が魔王討伐に行った後に習得した技だが」

 

 この人、やっぱり強くなってるよ……。

 か、勝てるの? ボク。

 

「さあさあ、余計なことを考えている暇があったら……かかってきな!」

 

 師匠は、上空に飛び上がると、風属性魔法『ストームエッジ』を容赦なくボクめがけて放ってきた。

 

「ちょっ、前より威力上がってませんか!?」

 

 無数の風の刃がボクに襲い掛かってくる。

 

 その刃が、木に触れれば、いとも簡単に切断され、木が倒れる。

 

 しかも、範囲がバカみたいに広い。

 

 以前、師匠にこれを使われた際は、大体半径二~三メートルほどだったのに対し、今は六メートル以上にまで広がっていた。

 

 木に当たっただけで両断されるような、すさまじい切れ味の魔法を、平気で撃ってくるこの人は、本当にひどい。

 

 ちなみにだけど、以前の威力は、一つの刃が木に当たって切断されるのは、二本ほどだったが、今はなぜか五本に増えていた。

 

 しかもこの魔法、風属性の中では中級程度で、威力も木を切断するに至らない程度の威力なのにも関わらず、木を易々と切断する威力をしている師匠の『ストームエッジ』は、本当にひどい。

 

「ほれほれ! よけないと死ぬぞ!」

「殺す気でしょ、師匠!」

 

 今もなお無数に飛んでくる風の刃を、紙一重で躱し続ける。

 

 木から木へ飛び移り、空中にいるときに飛んでくるものは、スキル『瞬刹』を使用して、回避していく。

 

 スキル『瞬刹』は、単純に思考能力を加速するだけのスキルで、意外と習得している人は多い。

 ただし、人によっての個人差が当然あり、一番効果が弱い人は、通常の1.1倍程度しかない。

 

 逆に、世界最高レベルの『瞬刹』持ちは、百倍以上らしい。

 

 と言っても、今の時代にはいないらしく、昔の人のようだけど。

 

 ボクは、二十倍くらいが限界。

 簡単な話、一秒が二十秒になる程度の能力だけどね。

 

 それに、あくまでも思考能力が加速するだけのスキルなので、当然体はいつも通り。

 

 もし、この状態で加速した思考能力と同じスピードで動くのであれば、かなりの身体強化をかけることになる。

 

 それでも、身体強化自体、完璧にマスターしないと燃費が悪いので、そうそうやらない。

 

 だけど、こういう無数の何かが飛んできていたりする際には、その刹那の時間で次に動くべき場所を見抜き、そこに移動することができれば、回避にかなり役立つスキルだ。

 

 ……まあ、師匠なんて手を抜いても五十倍くらいはできるみたいだけど。

 ……というか、人間の脳的に大丈夫なの? それ。

 

 あ、もちろん、使いすぎると、終わってからかなりの頭痛が来ます。

 

「やぁっ!」

 

 回避だけでなく、同時に攻撃も仕掛けていく。

 体を捻って回避する際に、一瞬だけ見えた師匠に向かって、ナイフを投擲。

 

 そしてそのナイフは、無数の風の刃をすり抜けるようにして突き進む。

 これなら師匠に届くと思っていたら、

 

「甘いよ」

 

 魔法を放っていた手とは逆の手で、しかも指二本でナイフをキャッチしていた。

 

「ええ!? おかしくないですかそれ!?」

 

 少なくとも、ボクが本気で投げたナイフは時速千キロを軽く超えているのにも関わらず、それを平然とキャッチする師匠は、本当に化け物だと思うんですが。

 

「はっはっは! 鍛え方が違うのだよ!」

「うぅ、こんなの勝てる気がしないよぉ!」

「というか、イオでもできるだろ、これくらい。少なくとも、最低限出来るように仕込んだつもりだが?」

「いや、できないこともないですけど!」

 

 だって、師匠には普通にレーザーをよけろ、って言われてたし。

 ……まあ、ついぞ光の速さの目視確認はできなかったけどね……。

 

 稲妻はできたんだけどなぁ。

 

 動体視力は鍛えていたとしても、瞬時にどこに避けるべきか判断し、動くことをするには、さっきの『瞬刹』が必要だから、どのみちあのスキルは必要。

 

 さっきの風の刃だって、かなりの速度で飛んでたし。

 あれを動体視力だけで避けきるのはちょっと難しい。

 できないことはないだろうけど、確実にダメージを貰うだろうから、安全マージンをとって、『瞬刹』を使ったわけだし。

 

「ほらほら! どうしたどうした! 逃げるだけか!」

「師匠の魔法のせいで、ほとんど近づけないんですよ!」

 

 近づいたら、無数の刃がボクを切り刻み続けるからね!

 本当に、理不尽に強い人だよ!

 

「近づけさせない。それが一番の防御だろう?」

「それを有言実行できるのは、師匠とか魔王みたいな人だけですよ!」

 

 まだボクが戦った魔王さんのほうがましだよ。

 隙があったもの。

 師匠にはその隙が全く無い!

 

「んー、まあ、回避能力は見れたし、次は……気配察知能力だな」

 

 そんなことを言いながら、師匠は撃ちっぱなしの魔法をやめ、地面に着地すると、そのまま茂みに隠れた。

 

 普通の人だったら、あの茂みに突撃するんだろうけど、ボクはしない。

 

 相手は、そこら辺にいるちょっと強い人というわけではない。

 紛れもない、師匠だ。

 

 これで突撃しようものなら、ボクは本当に殺されてしまう。

 

 ボクはその場にとどまり、二本のナイフを手に構える。

 周囲から変わった音は今のところない。

 

 だが、師匠は神出鬼没ともいえるレベルで、どこからでも現れる。

 

 前後左右だけでなく、上下からも。

 

 一体どうやっているんだと気になるレベルで、あの人は空から落ちてくるし、地面から出てくることもある。

 だからこそ、油断はいけない。

 常に、三百六十度全方向を注意していなければならない。

 

「………………」

 集中……。

 

 目を閉じ、周囲に気配を向ける。

 こちらの気配察知と同等以上の気配遮断と消音を使っていれば、当然察知することができない。

 

 相手はボクの師匠。

 

 しかし、それでもボクの気配察知や気配遮断、消音は師匠の能力と同等レベルだと言っていた。

 

 ……じゃあなんで、開始直後のボクの居場所が分かったんだろう?

 普通はわからないはず。

 

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

 今もボクの周囲に師匠がいる。

 その事実を置いておくなんて、自殺行為も甚だしい。

 とはいえ、どうやって師匠を探す?

 

 一度、ボクの持つ能力、スキルを確認しよう。

 ステータスを意識すると、ボクのステータスが瞼の裏に映る。

 

『イオ・オトコメ 女 十九歳

 体力:6496/7000 魔力:9625/9800

 攻撃力:926 防御力:478 素早さ:1529

 幸運値:7777

 職業:暗殺者

 能力:『気配遮断』・『気配感知』・『音源感知』・『消音』・『影形法』・『一撃必殺』・『短刀術』・『双剣術』・『投擲』・『立体起動』

 スキル:『瞬刹』・『身体強化』・『料理』・『裁縫』・『柏手』・『鑑定(下)』・『無詠唱』・『毒耐性』・『精神攻撃耐性』・『言語理解』

 魔法:風魔法(初級)・武器生成(小)・回復魔法(初級)』

 

※ステータスの基準

一般的な農民

『体力:100/100 魔力60/60

 攻撃力:40 防御力:20 素早さ:60

 幸運値:120

 職業:農民

 能力:なし

 スキル:なし

 魔法:なし』

 

 ……ああ、世界にも女の子って認識されてるぅ……。

 本格的に、女の子認定喰らってるなぁ、ボク……。

 

「って、今は現実に打ちひしがれてるんじゃなくて……!」

 

 この中の能力やスキル、魔法を使ってどうやって師匠を探すか……。

 師匠はさっき、気配察知能力と言っていたところを考えると、あの人なりのテスト、なんだろうね。

 

 そう考えると、さっき師匠が見ていたのは、自身で言っていた回避能力だけじゃなく、とっさの状況判断、それから警戒能力を試していたのかも。

 

 ……つまり、今回は師匠が飽きる前に探さないといけないってことなのかも。

 

 というか、体力が普通に減ってるところを見ると、やっぱり躱しきれてなかったみたい。

 

 ……あれ、ボク『投擲』なんていう能力持ってたっけ?

 少なくとも、最後にステータスを見た時にはなかったような?

 もしかして、元の世界で、ほとんど投げて使用してたから習得した、とか?

 ……そうだろうなぁ。

 

 ……いや、今はそういう考察は後々。

 

「……はぁ。師匠が相手とか、本当に辛いんだよね……」

 

 魔王軍の精鋭に気づかれずに、魔王城に忍び込み、暗殺を成功させた人を探すとか、ほとんど不可能に等しいんだけど。

 

 ボクの察知能力と師匠の隠密能力はほぼ同等とか言っていたけど、どう見ても違う気がするんですけど。明らかに、師匠のほうが遥か彼方へ突き進んでいってる気がするんですけど。

 

 そんな人相手に、ボクはどうやって探せばいいの?

 

「……でも、見つけられなかった本当に怖いし……」

 

 実際何をさせられるかが全く持って未知数ということを考えると、師匠を見つけておきたいところ。

 ……だけど、この能力でどうやれば。

 

 使えそうなのは、『気配感知』・『音源感知』の二つ。

 師匠は、確実に『気配遮断』と『消音』は使っているはず。

 

 そう考えると、この二つの相性はとことん悪い。

 

 ほかに使えそうなのはないし……。

 

 あ、でも、消音って確か、自分自身から発せられる音と自信が触れている物にしか効果はなかったはず……。

 

 見つける鍵があるとすれば、多分消音。

 

 ……あ、風魔法でここら一体に強風を吹かせて音があまりしないところに師匠はいるかもしれない。

 

 でも、師匠のことだし、すでにそれは予想済みのはず。

 そう考えると、草むらや茂み、木の上にはいないかな。

 いるとすれば……

 

「地下、かな」

 

 地面に寝そべっている可能性も否定はできないけど、この森は基本的に自然豊かな場所だから、草が生えていないところのほうが珍しいくらい、生い茂っている。

 

 草を毟ってそこに寝そべっていたとしても、師匠はそんな馬鹿なことはしないはず。

 師匠の隠蔽能力は完璧すぎるほどに、わからない。

 仮に、その痕跡があったとしても、それはブラフのはず……。

 

「……うん。やっぱり、地下だ」

 

 問題は、どのあたりって言うところ、かな。

 わざわざボクに探させている以上、遠くに隠れるようなことは、さすがの師匠でもしないはず。

 そう考えると、ボクの近くにいると考えるべき。

 

『ふっふっふ! さあ、イオ! あたしがどこにいるか、わかるかな!?』

「って、師匠!?」

 

 どこにいるかを考えていると、まさかの探している本人の声が聞こえてきた。

 

 お、おかしくない?

 

 あの人、何で自分からバレに行こうとしているの?

 しかも今、下から声がしたんですが。

 

 ……やっぱり、地下みたいだ。

 

「師匠、地下にいるんですか?」

『さあ、それはどうかなー? というか、イオには見つけられないんじゃないのかー?』

 

 やけに挑発的なセリフを吐く師匠。

 ……ちょっとむっとしたので、ボクも一言。

 

「そうですか。……じゃあ、今日の夜ご飯、ドラゴンのステーキ出そうと思ったんですけど……いらないですよね」

『なぬっ!?』

 

 あ、反応した。

 

 正直、能力やスキル、魔法のどれを使っても見つからないのなら、いっそ言葉で釣ってしまおうということです。

 ……まあ、こんな芸当ができるの、師匠相手だけだけど。

 ちなみに、どうでもいい情報かもしれないけど、ドラゴンのステーキは師匠の好物です。

 と同時に、高級食材でもあります。

 

 師匠は、今までの仕事で稼いだお金で生活しているので、それなりに節約しながら暮らしている。

 そうは言っても、かなり余裕があるわけだけど。

 

 だとしても、ドラゴンのステーキを毎日買うのは不可能で、第一肉を買っても調理ができず、焦がすだけで終了となってしまうため、どうしてもボクが必要、となってしまうわけです。

 暗殺者は頭も使うってことです。

 

 ……まあ、こんなにあほらしい方法で気配察知能力も何もあったものじゃないけどね!

 

 誰も、言葉でおびき寄せるのはなし、なんて言ってないわけだから、ルール違反ではないですよー。

 

「しかも、今日は一番美味しい、喉元を焼こうと思ってたんですが……」

「わかった! 気配察知能力は合格! 合格にするから! どうか、どうかステーキを!」

「わっ!」

 

 師匠、まさかのボクの影から出てきた。

 たしかに、地下と言えば地下だったけど……まさか、影の中にいたとは。

 

 影の中って、真っ暗だし、ちょっとしたことで動くしで、とどまるのが本当に難しいというのに、完璧に使いこなしてるんだよね、師匠。

 

「食べたい、ですか?」

「あたぼうよ!」

「……わかりました。じゃあ、ドラゴンのステーキ出してあげますね」

「っしゃあ!」

 

 拳を突き上げて、喜びを表現する師匠。

 ……食欲に忠実だなぁ、この人。

 

「さて、イオ」

「は、はい」

 

 喜びの表情から一転。

 真面目な顔になる師匠に、声が上ずってしまった。

 

「とりあえず、気配察知能力は合格だ。それじゃあ、最後のテストな」

 

 あ、やっぱりテストだったんだ、今までの。

 やった自分が言うのもなんだけど、あの方法で合格ってありなの?

 ……師匠だし、まあ、あり、なのかな?

 

「戦闘だ」

「…………勝てる気しないです」

「ま、やれるだけやってみよう。もしかしたら、勝てるかもしれないぞ?」

「………………はあ。わかりました。やります」

「そう、その意気だ。じゃあ、始めるぞ」

「はい」

 

 お互い、距離を取って、それぞれの武器を構える。

 

「じゃあ、コインを投げるから、これが落ちたら開始な」

「わかりました」

「よし。いくぞ―。……それ!」

 

 ピンッとはじかれたコインが空中で回転しながら、地面に向かって落下していく。

 とてつもない緊張感がボクの中にはあった。

 

 すぐに出れるよう、『瞬刹』を使用。

 ゆっくりと進む時の中で、地面に当たるのを待つ。

 

 そして、ついにその時が訪れる。

 

 コインが地面についた瞬間、お互いに駆け出した。

 

 こうして、ボクと師匠の直接対決の火蓋が、切って落とされた。



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44件目 テストの結果と、王城へ

「ま、参りましたぁ……」

「やはり、師匠として負けるわけにはいかんなぁ!」

 

 ボクは地面に倒れながら、降参した。

 

 はい、案の定負けましたよ。

 

 師匠、ボクが出発した時よりも強くなっていました、普通に。

 

 あの後、お互いの持つ武器を激突させ、鍔迫り合い。

 そのまま、お互いに後ろへ飛びずさり、そこをボクが狙って、ナイフを数本投擲。

 それはまっすぐに飛ばすのではなく、師匠があらかじめ避けるであろう位置に投げる。

 投げたナイフは、狙い通りに師匠に突き刺さった――かに見えた。

 なんと、そのまま師匠をナイフが突き抜けて行ったのだ。

 あまりにも突飛な事態に、混乱したボクは隙を作ってしまい、

 

「お前、弱くなった?」

 

 と言いながら、例によって『パラライズショット』を喰らってしまい、今に至ります。

 見ての通り、一瞬で終わりました。

 

「ま、こういうタイプのスキルや能力なんて、滅多にないし、というかあたしでも見たことなかったしな」

「……師匠、ボクが魔王討伐前に闘って勝ったのって……」

「ん? ああ、もちろん、手加減してたぞ?」

「なんで、手加減を?」

「そりゃお前、すでに魔王を倒せるラインにまで到達してたからだよ」

「……逆に、到達していたのにボクは手加減されてたんですか?」

「そりゃあな。少なくとも、経験を積ませてやりたかったしな。あとは、師匠を超えた、っていう自信を付けさせたかったってのもある」

「師匠、ボク本気で師匠を超えたとは最初から思ってないです」

 

 だって、明らかに余力があったように見えたもん、その時。

 というか、超えたにもかかわらず、一年で今日のあれは酷すぎる。

 いくらなんでも、変だしね。

 

「なんだ、わかってたのか? ま、師匠を超えるのは簡単じゃない、ってことだな」

「……身に染みてわかりました」

 

 元の世界では、最強かもしれないけど、それはあくまでも表だけであって、ひょっとしたら、ボクよりも強い人が大勢いるかもしれない。

 

 上には上がいる、って言うのはよく聞くけど、本当にそうだよ。

 現に師匠がそれだし。

 

「ま、何はともあれ。……ふむ、まあ合格だな」

「そ、そうですか」

「だが、予測不能の事態に陥った時に、一瞬でも思考を止めるのは感心しないぞ」

「うぐっ、すみません……」

「……ふ~む、しかしあれだな」

 

 師匠がちょっと困った顔をしていた。

 ちなみに、ボクの痺れは取れて、今は地面に座ってる。

 

「やたら可愛くなったせいでさ……ちょっとボロボロのお前を見ると、暴行した後にしか見えんな……」

「いやいや、何を言ってるんです?」

「つか、お前は自分の格好に気づいているのか?」

「え……?」

 

 言われて、自分の姿に目を落とす。

 最初の回避能力テストの時に受けたと思われる傷が至る所に。

 

 ただし、どれも傷はほとんどなく、切れていたのは服。

 そう、服です。

 服が所々切れていることによって、ボクの胸や肩、お腹、太腿にふくらはぎと、色々と見えてしまっている。

 

「なんか、罪悪感が半端ないんだが……」

「あ、あはは……」

「お前、恥ずかしくないのか、それ?」

 

 正直、すごく恥ずかしい……んだけど、どういうわけか、師匠に対してはそんな気持ちが一切沸かない。

 あれかな。

 普通に師匠には寝顔や裸を日常茶飯事のレベルで見られていたせいかも。

 

「いえ、師匠だからかあまり恥ずかしい、って言うのはないですね」

 

 ……まあ、これが未果とかだったら顔を真っ赤に染めていた自信があります。

 その場でうずくまることもセットで。

 

「そうか。……んで、イオよ」

「なんですか?」

「晩飯、ステーキよろしく!」

「はいはい。一番いいのを買ってきますね」

「ひゃっほい! 久々のイオのドラゴンのステーキ! 楽しみだなぁ!」

「あと、採取前に話した通り、お酒も出しますね」

「うおおおお! テンション上がるわ!」

 

 好物とお酒を出すと言っただけで、この喜びよう。

 現金だなぁと思うのと同時に、ちょっと微笑ましく思ってしまった。

 

 

 他愛のない話をしながら家に戻っている最中、ふと気になったことを尋ねていた。

 

「ところで師匠、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「なんだ、いいぞ?」

「最初の『柏手』って、スタート以外の意味もあったように感じられたんですけど……あれって、何の意味が?」

「ん? ああ、よく気が付いたな。実はあれな、『柏手』のほかに、もう一つ能力を使ってたんだよ」

 

 まさかの返答が返ってきた。

 

「『音波感知』っつってな。まあ、音の反響でどこに何があるかを探る能力だ」

 

 それって、要するに制限はあるかもしれないけど、エコーで周囲の物、生き物すべての場所を把握できる、ってことに等しい気がするんだけど……。

 というか、

 

「そんな能力、あったんですか?」

「ああ、あったぞ。そもそも、あたしがなんで『柏手』を強化していたと思う?」

「えっと、大きな音で相手を硬直させるため?」

「まあ、それもあるだろうが、実はそれ以外にもある。実は、『柏手』を強化していってたら、ある日『音波感知』なんつーもんが偶然手に入ってな。よくわからない能力だったんだが、色々と探っていくうちに、音の反響で周囲の建物の構造、物体、生き物など、色々なものの場所を把握できるとわかってな。だが、人間が発せる音なんて高が知れてるだろう? そこで、『柏手』の出番ってわけだ」

「つまり、音を大きくすればするほど、把握できる範囲が広がる、ってことですか?」

「そうだ。ま、ほとんど使えないし、さっきお前に見せた『残像』がなければ、ほとんど使えない能力とスキルと言っていい」

 

 なるほど。じゃあ、あの時ナイフが突き抜けて行ったのは、その『残像』って言う能力かスキルの効果なんだ。

 

 この人、本当にどこへ向かっているの?

 

「使いどころも限られてくるから、サシでやるとき以外は使わない策だな」

「でしょうね」

 

 大人数相手にあの策は、さすがに無謀とも言えるし。

 ボクには使えないタイプのものだろうなぁ。

 

「そんなわけだ。ふむ……時間は、大体三時くらい、ってところだな」

 

 日の傾き加減で、おおよその時間を把握する師匠。

 ボクの世界でも、昔の人とかそれで大体判断していたみたいだけど、やっぱり感覚や経験なのかな?

 

「帰るか」

「そうですね」

 

 ボクとしても、ステーキを焼いたり、お酒を用意するのなら、王都の方へ行ってお買い物を済ませたいし。

 本当、ここが誰もいない場所でよかった……。

 自分の姿を見ながら、そう思うボクだった。

 

 

「おじさん、これと……これ、ください」

 

 師匠のテストの後、家で着替えてから、ボクは王都へと来ていた。

 

 もちろん、お買い物のため。

 

 今日買うのは、ドラゴンのお肉と、人参とブロッコリー、それからお酒。

 この世界の成人年齢は十五歳なので、ボクはとっくに成人している身。

 だから、お酒を買える。

 

 この世界じゃ、未成年の子供がお酒を買うのは何ら問題ないみたいだけど、日本出身のボクとしては、ちょっと複雑な心境。

 

 まあ、学園長先生の会社が、アルコールが一切入っていないのに、お酒を飲んだ人みたいに酔える、なんて言う飲み物作ってたけど……あれも、どうかと思うけどね。

 

「んーっと、あとは……って、あれ?」

 

 頭の中でリストを浮かべていると、ふと、前方に豪華な馬車が見えた。

 あれって……王様の、というより、王族の馬車、だよね?

 どこかにお出かけ……

 

「じゃ、ないみたいだね。こっちに向かってきてるし」

 

 自惚れではないと思うけど、どうみてもあの馬車は、ボクに向かってきている。

 

 どうしたのかなと思って、ぼーっと見ていると、案の定というか、ボクの目の前で停止し、中から見知った人が出てきた。

 王様だ。

 

「やあ、イオ殿」

「こんにちは、王様。えっと、どうかしたんですか?」

 

 王様が見えたことで、周囲が騒然となり、ボクがいつも通りに話すと、さらに周囲が騒がしくなった。

 

「いやなに。少し、イオ殿に用があってだな。今は大丈夫かね?」

「えーっと、今は師匠の夜ご飯の買い物をしているところですけど……」

「おお、そうか。それはすまない。少しの時間だけでいいのだが、構わないだろうか?」

「うーん……少しでしたら、大丈夫です。王様との用事、と言えば、師匠はわかってくれると思いますし」

 

 ……まあ、王様をクソ野郎呼ばわりしているから、保証はできないけどね。

 

「そうかそうか! じゃあ、馬車に乗ってくれ」

「わかりました」

 

 一体どうしたのだろうか?

 まあ、魔王は討伐済みだから、緊急の用事、というわけでもなさそうだし、いいよね。

 

 師匠、ちょっと行ってきますね。

 

 と、軽く心の中で呟いたら、

 

『ああ、いってらっしゃい』

「ふぇ!?」

「ど、どうしのだ? 突然声を上げて……」

「あ、す、すみません! ちょ、ちょっと目の前をむ、無視が通りまして……」

「そうか。イオ殿でも、驚くことはあるのだな」

「あ、あはは……」

 

 あ、焦った……。というか、すごくびっくりした。

 

 いきなり師匠の声が頭に響いてきたから、本当にびっくりした。

 おかげで、変な声を出しちゃったよ……。

 なんか、クスクスと騎士の皆さんが笑ってるし……。

 師匠のバカ!

 

『ふむ、聞こえてはいるが……まあ、今のはあたしが悪いのでな。帰ってきたら、教えてやる。ま、気をつけてなー』

 

 のんきなセリフを最後に、師匠の言葉は頭に響かなくなった。

 ……どんどん師匠がおかしな方向に。

 本当にどこへ向かっているのだろうと、気にならずにはいられないボクだった。

 

 

『今の見たか?』

『ああ、見た見た!』

『えらく可愛い娘だったよな!』

『しかも、見たこともない髪色だったな』

『やっぱり、貴族様なのかね?』

『いや、あんなに美しい人は見たことがないな』

『あの人、勇者様に似てなかった?』

『えー? 気のせいじゃない?』

『でも、銀色の髪なんて、勇者様しか見たことないよ?』

『う~ん、親類の人なんじゃないかな?』

『そうかも! でも、本当に綺麗な人だったね』

『うんうん! どんな人なんだろう?』

 

 

「それで、えっと、ボクに何か用って言ってましたけど……」

 

 馬車に揺られながら、王様に用件を尋ねる。

 

「いやなに。明後日の件について、話があってな」

「あ、そういうことでしたか。でも、それでしたら明日でもよかったのでは?」

「それはそうだが……パーティーに出席するのであれば、ドレスを、と思ってな」

「……ドレス、ですか」

 

 ……なぜだろう、いやな予感がする。

 こういう時のボクの予感は嫌というのほどによく当たる。

 というか、そもそもドレスというのがおかしい。

 

「いや、あのボク男ですよ? なのにドレスって……おかしくないですか?」

「何を言っているんだ。君は今、どこからどう見ても女子(おなご)ではないか」

「で、でも……」

「先日も言ったと思うが、イオ殿がそのような姿になってしまったことは、公表するのだぞ? であるのならば、そなたが女物の服を着るのは当然のことであろう?」

「うっ……」

 

 そう、だよねぇ……。

 今のボクはどこからどう見ても女の子だし、そんな子が男装なんてしてたらおかしいもんね……。

 ボクはそっちの方がいいんだけど、周囲の目もあるし……何より、それはそれで問題、か。

 

「はぁ……わかりました。でも、あまりおかしなものにはしないでくださいね?」

「わかっておるわ。むしろ、勇者であるイオ殿に恥ずかしい格好をさせようものなら、儂が殺されてしまうわ」

「ボクの職業、勇者じゃなくて、暗殺者、ですけどね」

「はっは! そうだったな!」

 

 ここの王様は、堅苦しいことが嫌い、なんて言う王様なので、ボクとしてはかなり好印象。

 変に格式張った王様とかじゃなくてよかったよ。

 

 それに、騎士の人たちもいい人ばかりだしね。

 ただ、ボクが笑いかけると、頬を赤く染めるのはなぜなんだろうか?

 ボク、恥ずかしいところでもあったのかな?

 騎士の人たちの反応が気になりつつも、王様と客車の中で話しながら王城をへ向かった。



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45件目 突然の……

「このドレスならどうだろうか?」

「えーっと……これなら、いい、かな?」

 

 王城に着くなり、ドレス選びとなった。

 到着してすぐ、一つの部屋にボクは案内された。

 

 その部屋は、様々な種類のドレスや男性用のスーツのような服が置いてあった。

 それでいろいろなドレスを見せられ、こうして選んでいる状況。

 

 やたら露出が激しかったり、スカートが長すぎるものもあれば、大人しめなデザインの服もあった。

 

 ボクとしては、やっぱりそこまで派手じゃないものがいい。

 

 その要望を出したところ、一着のドレスを渡された。

 

 たしか……Aラインって呼ばれるタイプのドレスだったかな?

 胸元はちょっと開いちゃってるけど、ほかのドレスに比べたらましかな。

 

 それに、スカートもちょうどいい長さだし。

 ふくらはぎの中ほどまであるし、これならそこまで派手じゃないし、目立たないかも。

 

 色も、個人的に好きな水色だから、さらにいい。

 

「ならば、これにするか?」

「そう、ですね。これなら、あまり目立たないと思いますし」

「……どうあっても、目立つとは思うがな」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもない。では、試着してみるかね?」

「そうですね。念のため、一度着ておいた方が、後々困りませんしね」

「そうかそうか。では、そこの試着室を使うといい。誰か、イオ殿の試着を手伝ってあげなさい」

「かしこまりました」

 

 おお、王様の一声でメイドさんがどこからともなく現れた。

 すごい、どこにいたんだろう?

 

 気になって、こっそり気配感知を使う。

 ……なるほど、これ『擬態』を使ってたんだ。

 

 気配感知の結果、この部屋には、このメイドさん以外に、六人くらいのメイドさんたちが控えていた。

 

 かなりレベルが高い……いつ襲われても対処できるように、ってことかな?

 

「イオ様。こちらへどうぞ」

「あ、はい」

 

 メイドさんに促されるまま、ボクは試着室に入っていった。

 

 

「ふぅ……ようやく、話がまとまったな」

 

 私は廊下を歩きながら、一人ごちる。

 今日は、ノーレス侯爵家との会談だった。

 内容は、内政に関することだ。

 

 近々、兵力増強のために、騎士団を増員するという計画が出ているため、それの交渉に僕が出向いていた。

 

 ノーレス侯爵家は、優秀な騎士を数多く輩出している名門であるため、侯爵家に相談しに行ったのだが……。

 

「やはり、難しい、か」

 

 話はまとまったものの、魔王軍との戦いがあったため、今はそこまで余裕があるわけではない。

 

 王都の方は比較的マシだ。

 

 しかし、マシというだけで、被害がなかったわけではない。

 

 王都は南区、東区、西区、そして王城がある北区がある。

 南区と東区は、平民が多く住んでいるエリア。

 西区には、権力を持った貴族たちが住んでいるエリア。

 

 今回の戦の被害が一番大きかったのは、西区だった。

 

 魔王軍は平民を無視し、西区に攻め入ったことがあり、いくつかの家は魔王軍によって滅ぼされてしまい、現状は空席がある。

 

 兵力的には問題はなかった。

 

 しかし、相手を侮っていばかりに、いくつかの有力な貴族が滅ぶに至ってしまった。

 

 これは、私たちの慢心が招いたことだ。

 大事な、我が国の民たちも、多く犠牲になったと聞く。

 

 中でも、魔族が住む『黒の領域』に近い農村などは、ほとんどが壊滅してしまったと報告を受けている。

 

 それだけでなく、国の至る地域で、大小さまざまな被害があった。

 それを考えるならば、今後兵を増やすしかない、という結論に至った。

 

 幸いにも、ノーレス侯爵家は被害が少なく、先の戦争でも多大な貢献を示してくれた。

 さすがに、騎士の名門と呼ばれるだけはある。

 

 昔は男爵家だったらしいのだが、優秀な騎士を多く輩出し、国の争乱時には必ず活躍するなど、それによって大きくなった家だ。

 

 実力だけでのし上がってきた家であり、領民からの人望も厚く、私たち王家からの信頼も厚い。

 

 だからこそ、兵に関することを相談しに行った。

 

 兵力増強には賛成してもらえたのは助かった。

 

 今回の被害に関して、一番嘆き悲しんでいたのは、ノーレス侯爵家の人たちだった。

 彼らは、人を守ることを使命だと認識しており、この家の出のものは基本騎士団に所属している。

 

 領民についても、そんなノーレス侯爵家の人に憧れ、騎士を志す者も少なくはなかった。

 

 守れない、ということは無力であるのと変わらない、と。

 

 そして、勇者殿には心の底から感謝しているとも。

 

「勇者殿、か」

 

 父上から聞いた話だと、魔王討伐を果たしたのはその勇者殿だという。

 

 今から一ヶ月ほど前に討伐がなされ、帰還していったとか。

 

 私は、最後まで会わなかったが。

 

「一体、どのようなものなのだろうか?」

 

 なんでも、銀色の髪で碧い瞳の小柄な少年だと聞かされている。

 銀色の髪、か。

 

 少なくとも、この国には銀色の髪をしたものは一人もいない。

 海を越えた先には、『神の楽園』があると聞くが、いるとすればそこだろうと。

 

 召喚から三年で魔王討伐を果たしと聞いたときは、耳を疑った。

 勇者殿がこの世界に来たときは、弱かったと騎士のものが言うのだ。

 

 最初こそ、剣も碌に振れず、魔法の才能もほとんどない、そんな少年だったと。

 

 しかし、徐々に強くなっていき、召喚から一年経った頃には、騎士団長であるヴェルガを超えたとのことだった。

 

 騎士団からはもう何も得られないと考えたのか、それとも足りないと思ったのか、勇者殿は王城を出て旅に出た。

 

 なぜ旅に出るのか、と尋ねた騎士がいたらしく、その問いに勇者殿は、

 

『これじゃ、魔王を倒すには足りないと思うんです。だから、ボクをもっと強くしてくれそうな師匠を探しに行きます』

 

 と答えたそうだ。

 

 その時の勇者殿の瞳には、強い意志のほかに、焦燥感に似た何かが宿っていたと。

 

 その一年間は、どこにいるか不明で、なんどか王都での目撃情報がもたらされていたが、それが定かかはわからず、気のせいかもしれないと結論付けていた。

 

 同時に、逃げたのではないか、と言い始める者も現れ始めた。

 

 しかし、旅に出た一年後、再び勇者殿の存在が国中で確認され、襲われている町や村を助けて回っていたというのだ。

 しかも、魔人族が大勢押し寄せていたにもかかわらず、ほとんど一人で殲滅するという並外れた戦闘力を有していたと、助けられた者たちは興奮気味に言っていたそうだ。

 

 そうして、召喚から三年、ついに魔王を討伐し、十日ほど休息を取ってから、帰還されたと。

 

 会う機会は、それなりにあったはずなのだが、タイミングが悪かったのか、一度も会うことはなかった。

 

 一度会って、お礼を言いたかったのだが……と残念に思っていた。

 

 ところが、つい先日、その勇者殿が再びこの世界に現れたと、父上が仰っていた。

 

 ぜひお会いしたい。そう思ったのは、私だけではなく、妹もだったようで、勇者殿の話に食いつき、お会いしてみたい、と言っていた。

 

 私も便乗する形で、父上に願い出た。

 

 が、

 

『どうやら、こちらで滞在している間は、鍛えてくれた師匠の下で過ごすと言っておってな。どこにいるか、儂にはわからないのだ』

 

 父上にも場所がわからないそうだ。

 

 その事実に、私と妹――フェレノラはがっかりしてしまった。

 

 聞くところによると、フェレノラも勇者殿とは会ったことがないのだという。

 

 だからこそ、この国――世界を救ってくれた勇者殿にお会いしたいのだ、と。

 

 その気持ちは私も同じだった。

 この世界でないものに、世界を救うという重大な使命を押し付けてしまったのだから。

 

 だから、居場所がわからないと言われたときは、本当にがっかりした。

 だが、父上が奇妙なことを言っていた。

 

『……レノの婿に、と思っていたのだがな……あれでは、結婚そのものは不可能、か』

 

 どうやら父上は、勇者殿にフェレノラをもらってほしかったようだ。

 

 私としても、会ったことはないが、勇者殿になら任せられると考えていた。

 

 だが、結婚そのものが不可能、という部分にはいささか疑念を抱いた。

 相手がただ断ったのであれば、不可能という言葉は出ないはず。

 そうなれば、そのものが不可能、という言葉ではなく、難しい、という方がしっくりくる。

 ところが、父上は、結婚そのものが不可能と言葉を漏らしたのだ。

 

 一体なぜ?

 

 身内贔屓になるかもしれないが、フェレノラは美しい。

 

 貴族、民の間では、国一番の美貌の持ち主と称されるほどに美しい。

 

 とはいえ、この際フェレノラの容姿は関係ないと思われる。

 なにせ、会ったことがないのだから。

 

 そう考えると、別の要因が考えられるのだが……それがわからない。

 一体なぜ、父上は不可能と言ったのか。

 

 もしかすると、自分の弟になるかもしれない相手。

 だからこそ、私は確認をしたいと思っていたのだが……。

 

「どこにいるのか……」

 

 居場所がわからないのでは、確かめることも不可能。

 どうにかして、会わなければ。

 そう思っていると、通り過ぎた部屋から、何やら会話が聞こえてきた。

 

『おお、イオ殿は、本当に美しいな』

 

 この声は……父上?

 たしか父上は、大事な要人を見かけたので、迎えに行ってくる、と言って飛び出していった。

 

 その父上が、いつの間にか帰ってきていて、誰かと話している。

『イオ』、という名前に引っ掛かりを覚えたが。

 

『そ、そうですか?』

 

 聞き覚えのない声……歳は若いな。

 

 十六、七くらいだろうか?

 大体フェレノラと同じくらいの年齢に感じる。

 

 しかし……

 

『イオ殿、ドレスの着心地はどうだ?』

『特に違和感はないですし、それなりに伸縮性もあって動きやすいですね』

『そうかそうか。やはり、イオ殿にはパーティーで目立ってもらいたいからなぁ』

『あ、あはは……ボクはあまり目立ちたくはないんですけどね……』

 

 何とも綺麗な声だ。

 まるで、鈴の音のように澄んだ、凛とした声をしている。

 このような美声の持ち主がいたとは。

 

 どんな人物なのか一目見てみたい。

 

 そう思うのだが……やはり、『イオ』という名には、妙な引っ掛かりを覚える。

 

 ……そう言えば、召喚された勇者は『イオ・オトコメ』という名だと父上から聞いたな。

 

 もしや、勇者殿なのか?

 

 いやしかし、勇者殿は少年だったと聞いている。

 

 だが、この部屋から聞こえてくる声は、少女のものだ。

 ……一体、どういうことだ?

 

 これは、確かめるしかない、な。

 

 コンコン

 

『誰だ?』

「父上、私です。入ってもよろしいでしょうか?」

『おお、セルジュか。ああ、大丈夫だぞ』

「では、失礼します」

 

 父上の許可をいただいてから、私は室内に入った。

 

 そして、その先にいた少女を見て、私は目を奪われた。

 

 腰元まで届いた見たこともない、まるで絹糸のような綺麗な銀色の髪に、優し気な印象のある碧き宝石のごとき瞳。

 幼い少女と大人の女性、その両方を兼ね備えたような可愛らしい顔立ち。

 身長は小柄だが、それを補って余りあるほどの、スタイル。

 

 そして、あのドレス。

 肩や胸元の露出こそ多く、陶器のような透き通る真っ白な肌を見せつけるようにさらしているが、着ている少女の楚々とした雰囲気と相まって、一切下品に感じず、それどころか、まるで女神のごとき美貌と雰囲気を醸し出している。

 

 このような美しい少女に、私は今まであったことがあっただろうか? いや、ない。

 

 そして、どうしたことだろうか。

 

 私の胸は高鳴り、この少女から目を逸らすことができない。

 このような気持ちは始めただが……何とも心地よい。

 

 そうか。これが、話に聞く『恋』というものなのだな。

 

 ああ、ダメだ。

 この気持ちは抑えられない。

 

 私は、少女に近づき、言い放った。

 

「私と、結婚してください!」



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46件目 依桜ちゃん、プロポーズされる

「私と、結婚してください!」

「……ふぇ?」

 

 突然入ってきた金髪碧眼で長身のかっこいい人に、いきなりプロポーズされた。

 

 ……え、ちょ、ちょっと待って? これ、どういうこと?

 なんでボク、プロポーズされてるの?

 

 いや、それ以前にこれは本当にボクに向けて?

 ……だよね。どう見てもこの人、ボクに向けて手を差し出してきてるもん、どう見てもボクだよね。

 

 お、思い出すんだ、ボク。

 この人との接点を。

 

 ……………………………………三年間の記憶を掘り起こしたけど、目の前の人と会ったことがない。

 

 この人を入れることを許可した王様を見ると、顔には驚愕がありありと浮かんでいた。

 

「……え、えっと……」

 

 ボクが戸惑い、何を言えばいいか迷っていると、

 

「はっ! も、申し訳ありません! 私の方から名乗るのが先でしたね」

 

 慌ててそんなことを言ってきた。

 いや、そう言うことではなく。

 ボクが求めているのはそう言うことではなく。

 

「私は、セルジュ=モル=リーゲルと言います。よろしければ、あなたのお名前をお伺いしてもいいでしょうか?」

「あ、え、えっと……お、男女、依桜、です」

 

 あまりにも突然のことすぎて、頭がショートしてる。

 そのせいで、自己紹介がつっかえつっかえになってしまった。

 

 ……って、ちょっと待って?

 

 今この人、なんて名乗ったの?

 

 モル=リーゲル、って言ったよね?

 

 と、ということは……

 

「イオさん、ですね? 私はお察しの通り、この国の、王子です」

「あ、あは、あはははは……」

 

 過去一番の乾いた笑いが、部屋に響いた。

 ボクはどうやら、王子様にプロポーズをされてしまったようです。

 

 

 さすがに、椅子も何もない部屋では話がしにくいということで、応接間に通された。

 

 向かい側に、王様とセルジュ様が座り、その反対側にボクが座るという構図。

 席に着いたのはいい。

 だけど、何を言えばいいのかが全く分からない。

 

 決して気まずい空気というわけではなく、単純に戸惑っているだけ。

 そんな中、ようやく口を開いたのは王様だった。

 

「あー、その、なんだ。イオ殿、先は息子が突然の求婚、失礼した」

「あ、い、いえ。ただ戸惑っただけですから……」

 

 本当に戸惑っただけだしね。

 

 いや、普通に考えてみてください。

 ドレスの試着をしていて、突然入ってきた人にいきなりプロポーズされるんですよ? 普通に考えたら、驚きを通り越して固まりますよ。

 

「そ、それで、えーっと……セルジュ、様?」

「セルジュ、で構いませんよ、イオさん」

「そ、そうですか。では、えっと……セルジュ、さん」

「なんでしょう?」

 

 わ、わー、これがイケメンスマイル、っていうやつかな?

 背後……というか、周囲にお花が見える。

 

「あの、ボクは、ですね。呪いをかけられて、その……本当は、男なんですよ」

 

 突然だったとはいえ、これは必ず言わなければならない事実だ。

 だから、確実にセルジュさんを傷つけることになると思うと、胸が痛い。

 ところが、

 

「そうなのですね。ですが、私からすれば、それは些末なことなのです」

 

 元男であることを、些末なことと言いだした。

 

 ……なんだろう、学園長先生にも似たようなことを言われた記憶があるんですが。

 性別って、些末なこと、なの?

 

「それに、イオさんはイオさんです。仮に、元の姿に戻られたとしても、私は愛せる自信があります」

「そ、そうですか……」

 

 ま、まっすぐ過ぎませんか、この王子様!?

 今、男でも愛せる、って普通に言ってましたよね?

 傍から聞くと、自分はホモですって公言しているようなものですよ!

 よ、よかった……女委がいなくて、本当によかったっ……。

 

「こらこら、セルジュ。イオ殿困っているぞ?」

「これは失礼。イオさんへの、溢れ出る愛が止まらず……」

 

 何を言ってるの!? この人、本当に何を言ってるの!?

 そう言うセリフ、よく言えるね!

 ボクだったら、恥ずかしくて言えないよ!

 それを現実に言えるとしたら、お酒に酔った時の晶くらいだよ!

 

「いやはや。まさか、セルジュが求婚とはな……しかも、勇者殿にとは。恐れ入ったぞ」

 

 感心している場合じゃなくてですね。

 ボク、すごく困っているんですけど!

 告白って言う過程をを飛ばして、いきなりプロポーズに走った王子様に驚きを禁じ得ないよ、ボク。

 

「やはり、勇者殿、なのですね。先ほど、呪いと言っておりましたが、一体どのような?」

 

 あ、ようやくまともな質問。

 

「反転の呪いってい呪いですよ」

「あの、伝説の呪いをかけられたのですか? なるほど……」

 

 やっぱり、伝説になってるんだ、この呪い。

 

「ど、どうですか? ボクは元々男というだけでなく、呪われた身なのですよ? だから、やめておいた方が……」

「いえ。そんなことは関係ありません! 私は、どんなイオさんでも愛せると断言します!」

 

 だ、断言しちゃったよ、王子様……。

 

 どんなボクでも愛せる。

 つまり、男でも女の子でも愛せると本気で言っているところを見ると……一途すぎて、ちょっと怖い。

 

 いや、一途なのはいいことなんだよ?

 いいことなんだけど……それは、ボクが元々女の子だったら、の話なわけで。

 

 元々男で、呪いで女の子になったボクは、心は当然、男。

 だから、男に結婚してください、と言われている状況。

 

 ボクに、同性愛の趣味はないです!

 ボクだって断言しますよ!

 

「あの、お言葉は嬉しいのですが……ボクは、セルジュさんをよく知りません。それに、ボクはこの世界には一時的に来ている身。あと五日ほどで帰還します。それに……体は女の子でも、心は男のつもりですから、その……ごめんなさいっ!」

 

 それらしい言葉を並べて、ボクは振った。

 その瞬間、目に見えてセルジュさんが悲嘆な表情を浮かべ、俯いてしまった。

 

 うっ、罪悪感がすごい……。

 告白を断る人って、みんなこんな気持ちなのかなぁ……。

 

 で、でも、心は鬼にしないと……。

 さっき、それらしい、と言ったけど、ボクが言ったことは、ボク自身本当に思っていること。

 

 セルジュさんのことをボクはよく知らないし、セルジュさんもボクをよく知らない。

 それに、ボクがこっちの世界に来ているのは、自分の意思ではなく、学園長先生の頼みなわけで……正直なところ、またこっちに来るかはまだわからない。

 

 頼まれれば来るかもしれないけど、必ずしもこの国に転移するわけじゃないからね。

 

 冷たいことを言うようだけど、ボクは特に興味はない。

 

 三年の間で、一度でも会ったことがあったり、積極的に関わって、親しい関係になっていたとすれば、もう少し考えたのかもしれないけど……ボクたちは一度も会っていない。

 

 だから、ボクは振った。

 

 いつ会えるかもわからないような人間であり、特別親しいというわけでもない人間なので、ボク的には結婚は考えることはできない。

 

 だけど、

 

「でも、お友達としてだったら……ボクは構いませんよ」

 

 友達としてなら。

 

 でも、これは残酷なことなんじゃないだろうか?

 

 友達なら大丈夫というのは、ほとんど『あなたとは恋愛関係には発展しません』という意思表示になってしまうのでは? そう、ボクは思っている。

 

 よく、お友達から、なんて告白の断り文句を言う人がいる(実際にいるかは分からないけどね?)けど、あれって、本当に恋人関係にまで発展するのだろうか?

 

 ボクには、恋愛の経験は一度もなくて、誰かを恋愛的な意味で好きになったことはないけど、あれはきっと、告白してきた相手には、かなり残酷なことだと思う。

 

 きっぱりと断られれば、諦めきれると思うけど、変に希望を持たせてしまうと、『いつか恋人になれるのでは?』という、淡い期待を持たせる結果になりかねない。

 

 そんな期待を持っている相手に対して、『恋人ができました』と言われたのならば、その人は普通に振られた時よりも、確実に深い傷を負わせてしまう結果になる。

 

 そう考えると、ボクはかなり残酷なことをしてしまったと、後悔した。

 ところが。

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 セルジュさんは、お友達で構わない、と言ったにもかかわらず、パァッ! と満面の笑みを浮かべて、お礼を言い出した。

 ……あれ、なにこの反応。

 

「よもや、友人から始めようと言っていただけるとは……そうですよね。やはり、お互い何も知らない状態では、結婚しても軋轢を生じてしまう結果になりかねない。それを見越しての発言なのですね、イオさん!」

 

 なんか、予想の斜め上の解釈をしだしたんだけど!

 ボク、普通に断ったよね?

 あれ、もしかして通じてない!?

 

「いえ、あの、ですから、ボクは結婚しないと言ったのですが……」

「え!?」

 

 え、じゃなくて、ボク普通に断ったよね?

 ……やっぱり、通じてない?

 

 もしかしてなんだけど……この人、一度も恋愛をしたことがない、のかな?

 

 あ、でも、王子様だし、当たり前のこと、なのかも。

 

 セルジュさんは、どことなく晶に似た印象を受けるのだけど……根本的に違う気がする。

 この人は、何と言うか……素直、とでも言えばいいのだろうか?

 実直な雰囲気があって、とてもまっすぐな人なんだなという印象を受ける。

 

 反対に晶は、まっすぐという意味では同じだけど、素直とは言い難い。

 嘘をつくときはつくけど、必要な場面のみ使うって言う感じだし。

 

 晶だったら考えないでもない……あ、いや、ないね、うん。ない。

 

「どうやら、振られてしまったようだな、セルジュ」

 

 ほとんど空気だった王様が、ようやく会話に入ったと思ったら、まるで煽るようなセリフをちょっと笑いながら言ってる。

 

 親として、それはどうなんですか?

 

「だがまあ、イオ殿に惚れたお前の気持ちもわかる。なにせ、こんなに美しくなったのだからな」

 

 美しいと言われても、いまいちピンとこない。

 容姿はあまりいいとは思ってないんだけどなぁ……普通より可愛いかな、くらいで。

 

 正直なところ、ミスコンで優勝した時も、可愛い人とか美人な人とかいっぱいいたんだけどなぁって気持ちなので、正直美しいって言われても、という風に戸惑いのほうが強い。

 

 女委にも断言はされたんだけどね。

 

「しかしまあ、セルジュが良くても、イオ殿的には、心は男のつもりだからなぁ。それがっかりはどうにもなるまい」

 

 つもり、っていうか、男なんですけど……。

 

「あ、あはは……さっきも言った通り、お友達としてなら問題ないですから。あの、気を落とさないでください」

「……まさか、求婚した相手から慰められるとはな……いえ、こちらこそ、イオさんの気持ちも考えず、申し訳ない。ですが、その……まだあきらめた、というわけではありませんので、心変わりするようなことがあればいつでも待ちますね」

 

 す、すごい。この人すごい!

 諦めずにまっすぐ思い続ける姿勢、まるで恋愛漫画の主人公みたい……。

 

 でもこれ、よく言えばかっこいい、一途、って解釈できるけど……悪く言うと、未練がましい、しつこい、って人によっては思われかねないよね。

 

 ボクはあまり気にしないけど。一途なのはいいことだしね。

 

 浮気とかするような人よりかは、全然好感が持てる。

 

 でも、でもね。

 

 ボク、一応普通の男子高校生……あ、いや、女子高校生? どっちかはわからないけど、高校生ということに変わりはないからね。結婚したら、王族ってことになっちゃうし……それはちょっと嫌、かな。

 

 普通に生きて、普通に学校に通って、普通に家庭を築きたい。

 ……まあ、この場合、ボクは夫と妻、どっちになるかは分からないけどね。

 

 少なくとも、解呪に成功すれば、男に戻れるかも。

 

 一応、石の件、言っておいたほうがいいかな……いや、師匠に任せよう。ボクじゃ、ちゃんと交渉ができるかわからないからね。

 

「そ、そうですか。えと、ではボクはこの辺りで帰りますね」

「ああ、引き留めてすまなかったな。よかったら送っていくが……」

「いえ、このまま帰りますので、大丈夫ですよ」

「このまま……?」

 

 ボクがこのまま帰ると伝えると、王様は苦笑いを、セルジュさんは疑問符を浮かべていた。

 ボクにとっての帰るって言うのは、

 

「明後日こちらに向かいますね」

 

 部屋の窓から帰ること、である。

 王城はちょっと広くて迷子になっちゃいそうだし、こっちの方が早く帰れるからね。

 

「ドレス、ありがとうございました。では」

 

 お礼を言いながら、ボクは窓から飛び降りた。

 

「い、イオさん!?」

 

 後ろで、ボクを心配するセルジュさんの声が聞こえてきたけど、問題なし。

 伊達に、師匠に鍛えられてないからね。

 なるべく壁を壊さないよう、壁を蹴ってまっすぐ飛ぶ。

 

 そうすると、王都の街が見えてきて、ちょうどいい高さにあった壁を蹴って着地。

 そのまま、残った買い物を済ませるため、街の人ごみに紛れて行った。

 

「驚いたか?」

「え? あ、は、はい。まさか、この高さから平気で飛び降りるとは思いませんよ」

「ま、イオ殿は特別、だからな」

 

 特別?

 やはり、勇者殿だからだろうか?

 それだったら、特別なのも頷ける。

 

「いや、お前が思うように、勇者殿だから、というわけではない。お前も聞いているだろう、イオ殿が最初は弱かった、と」

「はい、聞いておりますが」

「つまり、イオ殿が特別というのは、イオ殿を鍛えた師匠にある」

「師匠?」

 

 師匠というと、ほとんど目撃情報がなく、どこで何をしていたのかが不明だったら、あの一年の間に、本当に師匠を見つけた、のだろうか?

 

 旅の理由は、師匠を探す、という物だったはず。

 

 一年で、王国最強と謳われていたヴェルガ騎士団長を超えたイオさんの師匠……。

 一体、どんな人物なのだろうか?

 

「まあ、お前も聞いたことがあるやもしれんが……イオ殿は、その師匠を、ミオ・ヴェリルと言っておった」

「ほ、本当なのですか、父上?」

 

 父上の口から出た名前に、私は戦慄を覚えた。

 

「その師匠という人物が本人かどうかは知らぬが……勇者殿は、自分を暗殺者だと言っていたしな」

「じゃあ、やはり……」

「ああ。イオ殿の師匠はおそらく……『神殺しの暗殺者』、であろうな」

「そう、ですか。それなら、三年で魔王討伐を果たしたのも頷けます」

 

 ……まさか、イオさんがそんなすごい人の弟子だったなんて……。

 

「なんか、私が酷く不吊りあいな気がするんですが……」

「しかも、明後日のパーティーには、師匠を連れてくると言っていたし……」

「それ、本当ですか?」

「まあ、師匠の世話がある、と一度断られたので、一緒に連れてきてもいいと伝えたら、来てくれることになってな……そこで、本人かどうかが分かるだろ。正直、儂もそんな伝説的な英雄と会えるとは思って無くてな」

「ま、まあ、数年以上前から消息不明だった人ですからね……」

「くれぐれも、おかしなことをしでかさないよう、参加者全員に言っておかねば……国が滅びかねない」

「で、ですね……」

 

 とんでもないことになったのでは? と、私と父上は、そろってため息を吐いた。



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47件目 師匠に報告

「それで、師匠? さっき、頭の中に直接会話をしていたあれって……なんですか?」

 

 お買い物を済ませ、師匠の家に帰るなり、ボクはそのことを問いただしていた。

 もちろん、ボク的にはちょっとだけ怒っている。

 なにせ、急に声かけられた上に、恥ずかしい思いもしたんだからね。

 

「は、ははは……い、イオ、顔が怖いぞ?」

「誤魔化さないでくださいね?」

「……あれは、あたしの持つ暗殺者の能力だよ」

 

 また、ボクの知らない師匠の能力が出てきたんだけど。

 本当に、師匠は一体いくつの能力とスキルを持っているのか、とても気になる。

 

「あれは『感覚共鳴』って言ってな。特定の相手……まあ、ある程度の信頼関係を築けている相手と、直接会話ができたり、五感を共有できるって言う能力だ。複数人で行う暗殺にもってこいの能力だな」

「そ、それはすごい能力ですね……って、うん?」

 

 ちょっと待って?

 

 その能力……ボクがまだ修業時代の時に、ボクに使われていないよね?

 

 ボクがお買い物に行ってきて、なぜか買ったものを言い当てたこととか、ボクしか使っていないはずの、お風呂用品が切れていることを言い当てたこととか、妙にボクについて詳しいなって思ったこととか……まさかとは思うけど、この人……

 

「師匠。もしかして……覗いてました?」

「そ、そんなことするわけないじゃないか!」

 

 スーッと目がボクを見ていない。明らかに、別の方向を見ている。

 

 つまりこの人……その『感覚共鳴』って言う能力を使って、ボクの買ったものとか、ボク専用の日用品が切れていることとか、実は少し寂しくてたまに泣いていたこととかを把握してた、ってことだよね?

 

「……師匠。あのテストの時、その能力……使いました?」

「いや、それは使ってない。面白くないし」

 

 そっちは使わないんだ。

 でも……

 

「いま、それ『は』って言いましたね?」

「はっ、しまった!」

 

 見事に墓穴を掘った師匠。

 この人、ボクのことを抜けてるって言ってたけど、師匠も十分抜けていると思うんだけど。

 

「……師匠。何に、使ったんですか?」

「え、えーっとだな……あ、あたしの個人的趣味、だぞ?」

「……そうなんですね~? じゃあ師匠。使用用途は? もちろん、いかがわしいことに使っていないのなら……言えますよね?」

「………………はい」

 

 師匠は正直に自白した。

 

 今まで、ボクのことをよく知っているなと思った出来事はすべて、『感覚共鳴』によるものだそうだった。

 正直当時から不思議だなぁ、と思っていたけど、まさか能力で覗きをされていたとは思わなかった。

 

 でも、普通男のお風呂覗いたり、日常生活を覗いたり、トイレを覗いたりする?

 ありえないよ、この人。本当にありえない。

 そう言うのって、逆なんじゃないのだろうか? いや、やろうと思ったことはないけど。

 やってバレたら、確実に殺されるだろうから。

 

「まったくもぅ……師匠、次からはそう言うことに使わないでくださいね?」

「はい……」

「次使ったら、ボク師匠のお世話しないで、王城に行きますからね」

「そ、それだけは勘弁!」

「だったら、使わないでくださいね? 使ったとしても、緊急なときとかにしてください」

「わかりました」

 

 ちゃんと反省してくれたかどうかはわからないけど、師匠だしちゃんと信用してあげよう。

 なんだかんだで約束はちゃんと守る人だし。

 むしろ、約束はちゃんと守れ、って脅してくるレベルだしね、この人。

 

「それじゃあ、この話はお終い、ということで」

「ああ。それで、イオ? お前、何か困ったことがあったのか?」

 

 話を終わらせた瞬間、いきなり師匠がそんなことを言ってきた。

 何も言っていないのに、困ったことがあったかどうかを尋ねる。

 

「ジトー」

「いや、今回は違うぞ!? 『感覚共鳴』は関係ないぞ!? ただ、あれだ。お前、困ったことがあると、右手で左手首を掴んで揉むような動作があるぞ」

「え?」

 

 言われて自分の手に視線を向けると、たしかに右手で左手首を掴んでいた。しかも、ちょっと揉んでる。

 無意識でやっていたから、気づかなかった……。

 

「んで? 悩みがあるなら、師匠に話しなさい」

 

 言い方が普通に命令なんだけど……。

 まあ、でも、一応言っておいたほうがいい、よね?

 

「えっと、実は、ですね……ボク、プロポーズ、されました」

「ほうほう。イオがプロポーズねえ……プロポーズ……プロポーズか」

 

 ちょっとした微笑み程度だった師匠の表情が、どんどん眩しい笑顔に変わっていってる! こ、これって……

 

「……ふむ。そいつ、殺すか」

 

 やっぱり!

 

「ちょっ、師匠!? なんでいつもボクに何かしらがあると、殺そうとするんですか!」

「は? だって、あたしの可愛い可愛いイオが、どこの馬の骨とも知らん奴に取られるとか、我慢ならん。だから当然、殺すだろ。で? そいつは何者だ?」

「正直、師匠が殺そうとしている時点で、相手の命の安全を考慮すると、言わないほうがいい気がしているんですが」

 

 言ったら、本当に暗殺しに行きそうなんだもん、この人。

 言おうものなら、確実にセルジュさんが殺されてしまう。

 

 一国の王子様が暗殺されるって言うのは、本当に洒落にならないし。

 でも、ね。

 

「言え」

 

 師匠の笑顔の圧力は、本当に怖いんです。

 言わないと、酷い目にあわされるのはボク。

 ボクが勝てる相手なら、別によかったんだけど、師匠には一生かかっても勝てないと思うので、ボクが撮る行動と言えば……

 

「お、王子様、です……」

 

 言うしかないです。

 本当に、しんどいんですけど。

 セルジュさん、ごめんなさいっ! あなたを売ってしまいましたぁ……!

 

「ほほ~う? 王子、ということは……あのクソ野郎の息子、か。ふむ……王城の警備はどれほどのものかは知らんが……まあ、このあたしを止められるやつなんざ、人間にはいないだろうな」

 

 な、なんて自身なんだろう。

 一体どこからそんな自信が出てくるの?

 

 あと、人間にはいないって言ってたけど、最初の仕事の時、普通に魔王城に侵入したとか言ってたけど、それだったら魔族の人たちでも師匠を止められない気がするんですけど。

 

 少なくとも、今代の魔王さんも歴代最強って言われて、ボクは死闘の末に倒したけど、そんなボクを一瞬で倒しちゃう師匠は、絶対におかしい。

 

「暗殺しないでくださいよ!」

「えー? だって、イオに悪い虫が付くのって、普通にやだし」

「過保護ですか!」

「何を言ってるんだ。あたしが過保護に見えるか?」

「見えます」

 

 断言した。

 ボクが異世界召喚で嫌な目にあっていたことに、師匠は怒り、その張本人の一人である、王様暗殺を企て、プロポーズされたらそいつを殺す、と言い出すんだよ? どう見ても過保護だよ。

 普通の師匠は、ここまでしないよ。

 

「いや、これくらい普通だろう」

「普通じゃないです! 普通の人は、プロポーズした人の暗殺を企てたり、ボクがこっちに来ることになった張本人の暗殺を企てませんから!」

「いや、しかしだな……可愛い可愛いイオを嫁に出すってのはな……」

「ボク、了承してませんから」

 

 あと、嫁って言うのはやめてほしいです、師匠。

 ……ちょっと一瞬、ウェディングドレス着た姿を想像しちゃったけど。

 

「そうなのか?」

「そりゃそうですよ。ボク自身、この先もこっちに来るかわかりませんし、今回の滞在だって、七日間だけですよ? しかも、七日経ったら、自動的にボクは帰ることになりますからね」

「ま、それもそうか。そんな、次いつ来るか分からない世界の奴と結婚するとか、普通は考えないわな」

「それ以前にボク、男ですしね」

「ま、見た目はとびっきりの上玉って感じだしな。そのクソ王子は、見る目がある」

 

 王様はクソ野郎。セルジュさんは、クソ王子、と。

 この人、気に入らない相手は、クソってつける癖でもあるの?

 

「むしろ? イオがモテないわけないと思うがな、あたしは」

「いや、ボクなんて全然ですよ」

 

 ……あ、いや。学園祭二日目の打ち上げの際に、結構告白されてたっけ。

 あれって……ミスコンで優勝したから、ってことだよね?

 

 告白してきた人には、女の子も混じっていたけど、大多数男だったし……。

 ボクが元男と言うのを踏まえて告白してきたのだろうか?

 ……わからない。

 

「お前、自己評価低くないか?」

「え? ボクはそれくらいだと思ってるんですけど」

「あー、うん。オーケーオーケー。んで、パーティー、だったか? お前、ドレスとかは?」

 

 なぜか呆れられた。しかも、微妙に流されたよね?

 まあいいけど。

 

「あ、それならさっき衣装合わせをしてきて、当日受け取る手筈になってます。というか、そっちが本命だったんですけどね、今日」

「ふむ……なあ、イオ。そのクソ王子がお前を初めて見た時……お前、何を着ていた?」

 

 うっ、また笑みが深まった!

 これ、本当にセルジュさんが危ない気がするんですが。

 いつ殺されてもおかしくない状況なんですけど。

 

「ど、ドレス、です」

「……そうかそうか。で、クソ野郎も見たのか?」

「ま、まあ……ボクを王城に連れて行った理由がそれでしたし、見てましたけど……」

「よし。……やっぱり殺そう。その二人」

 

 ……もう、ダメだこの人。

 

「師匠。なんでそこまでして殺そうと?」

「あ? んなの、イオはあたしのものだからに決まってんだろ?」

「いや、ボクはボクのものな気がする――」

「うるせえ! あたしのものはあたしのもの。弟子のものはあたしの物。といか、弟子はあたしの所有物!」

「ジャ〇アンよりひどくないですかそれ!?」

 

 ここまで理不尽なジャ〇アン宣言は初めて聞いたよ!

 あと、人を物扱いしている時点で、本当にひどい気がするんだけど!

 

「まあ、とりあえず殺すとして……」

「いやいやいやいや! 殺しちゃだめですよぉ!」

「だって、ねえ? イオを取られたくないし?」

「……師匠の生活レベルが圧倒的に悲惨すぎて、ボクに頼りたいのはわかりますが。いい加減自立したほうがいいですよ? じゃないと、師匠、いつまで経っても結婚できませんからね」

 

 師匠が今歳いくつかは知らないけど。

 

 でも、以前部屋に入った時に、置いてある物や記録のようなものからして、四十は超えてる気がするんだけど……この人、高く見ても、二十代前半、低く見ても十代後半くらいに見えるほど若々しいんだよなぁ……。

 本当に謎すぎる人物だよ、師匠。

 

「う、うるさい! あ、あたしはいいんだよあたしは! つか、お前はどうなんだ? 好きな奴とかいるのか? 例えば……あたしとか、あたしとか……あたしとか」

 

 師匠しか選択肢がないのはなんでだろう?

 どれだけ、ボクにお世話してもらいたいの? この人。

 

「いや、師匠は……どちらかと言えば、手のかかるお姉さん、って感じなので、恋愛感情を持っているかどうかと言えば……ないですね」

「ぐはッ……!」

 

 なぜか師匠が胸を押さえて悶え苦しみだした。

 ど、どうしたんだろう?

 

「あ、あの、師匠?」

「い、イオ、こ、このあたし、を、た、倒す、とは……つ、強く、なった、な……?」

「何もしてませんよ!?」

 

 というか、昨日弱くなった? とか言ってきていたのに、まるで手の平を返したように強くなったって言うのおかしくない!?

 ボク、一体何をしたの!?

 

「い、イオ……言葉は、な。時として凶器になる、んだぞ?」

「自殺に追い込んだりもできますからね」

 

 実際、元の世界でだって、いじめによる自殺が多いし、SNSで誹謗中傷を書き込まれた人も、精神が病んでいき、そのまま自殺、って言うことだって、珍しくないレベルで発生していたからね。

 言葉が凶器、っていうのは、この世界の人たちよりも、ボクたちの世界の人のほうが理解しているよ。

 

「く、脈なしだったかぁ……いやしかし、諦めんぞ、あたしは……!」

 

 あれ、今師匠が何かつぶやいていたような……?

 気のせい、かな?

 

「師匠、とりあえず、一旦起きてください。起きないと、ご飯作りませんよ」

「すまん」

 

 は、早い。

 言い終えた瞬間には、もう立ち上がっていたよ、この人。

 食欲に忠実だなぁ。

 

「じゃあ、イオ、頼んだぞ!」

「はいはい。ちょっと待っててくださいねー」

 

 苦笑いしながら、ボクは材料を持って台所に向かった。

 

 

「はい、どうぞ」

「よっしゃあ、食うぞ!」

 

 完成した料理を、今か今かと待ちわびていた師匠の前に置くと、速攻で食べ始めた。

 

「う、美味い! なんて美味いんだ! この、程よい歯応えに、噛めば噛むほど溢れ出る肉の旨味! しかも、脂は全然しつこくなくて、あっさりしている! やはり、イオの料理は最高だ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 急に食レポ始めたんだけど。

 最後にドラゴンのステーキ食べたのいつなの?

 

 ……たしか、焼くだけならできるけど、上手く焼けなくて焦がす、みたいなことを言っていたっけ以前。

 碌に家事ができないしなぁ、この人。

 

 そう思いながら、ガツガツとステーキに食らいついている師匠を見ると、ボクが帰った後が本当に心配だよ。

 

「あ、そう言えば師匠。パーティーに行くとき、師匠ってドレスとか持ってるんですか?」

「んぐんぐ……ごくんっ。一応な。これでも、暗殺者なんだぞ? 当然、パーティーに紛れ込んで、ターゲットを殺す、なんて仕事もあったさ」

「あー、やっぱりあるんですね、そう言う仕事」

「イオが思っている以上に、貴族ってのは面倒なんだよ。恨まれやすいし、いざこざが発生しやすいからな」

 

 下手に権力があると、そう言うことが起こった時怖いよね。

 ボクも、巻き込まれないようにしないと……。

 

「表面上はすごく親しくしているやつも、裏では呪い殺しそうな勢いで恨んでる、なんてざらだからなぁ」

「そ、それは嫌ですね……」

 

 そんな話を聞いていると、プロポーズ受けなくてよかったとほっとする。

 いやまあ、受ける気なんてかけらもなかったけど。

 

「だろ? 過去に、何度もそう言う依頼を受けてるからな。あたしとしては、貴族と関わり合いになりたくないんだが……まあ、無理だわな。あいつら、自分の私利私欲のために生きているようなもんだし」

「そ、そこまで言います?」

「そりゃそうだ。中には、クソ野郎からの依頼もあったからな」

「そうなんですか?」

 

 あの人の好さそうな王様が、暗殺の依頼を。

 う~ん、全く想像できない……。

 

「ああ。孤児院への支援金を横領している貴族がいてな。そいつを始末してほしいと、あたしに依頼をしてきた」

「……どこにでもいるんですね、そういう私腹を肥やしている人って」

「まあな。いなくなる日なんて、それこそ人類が滅んだ時くらいのもんだよ」

 

 それは元の世界でも言えることだよね。

 

 子供を商売道具にしか見ていない人もいるし、自分は何もせず、立場の弱い人間に貢がせたりする人もいれば、国のお金を横領する汚職政治家だっている。

 

 日本は比較的平和、なんて言われているけど、実際は治安がそれなりにいいだけで、政治家の人たちにまともな人はほとんどいないよ。

 

 足の引っ張り合いをするだけで、蹴落とすことしか考えてないように思える。

 

 国全体の大きなことが起こったとしても、対応は圧倒的に遅いし、無駄に税金を使うだけで、大した対策にすらなっていない。

 

「っと、話が脱線しまくったな。まあ、そんなわけで、一応あたしはドレスは持ってるから、安心しな」

「……そうですね」

 

 この一週間で、まさか貴族絡みの面倒くさいことに巻き込まれないと思うけど……王様主催のパーティーなわけだし、用心して行こう

 

 そう決心したボクだった。



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48件目 王都観光……のつもりが

 ―三日目―

 

 今日で異世界に来て三日目なわけだけど……実際、今日は特に何もなかった。

 

 昨日のテストもあってか、師匠が『今日は自由。テストもないし、修行もないから好きに過ごせ』と言ってきたので、正直なところ、暇です。

 

 この世界では、電波もないからスマホは画面が点くかまぼこ板にしかならないし、ほかに持ってきたものと言っても、ほとんど着替えだから、暇つぶし用のものを持っていない。

 

 ゲームとかPCとか、持ってくるべきだったかなぁ。

 

 PCには、色々とゲームも入っているし、ゲームだったら一人でもそれなりに時間はつぶせるから、持ってきてもよかったかも。

 

 ……まあ、ボク『アイテムボックス』のスキルとか持ってないから、PCとか持ってこれなかったんだけどね。

 そう言うこともあって、今のボクはとても暇。

 

 やることもないので、今日は王都観光をしようと思い立ち、ボクは王都へ向かった。

 

 

「おー。やっぱり、活気が違うなぁ」

 

 王都に到着したのは、大体十一時くらい。

 

 家のこと(掃除・洗濯)を済ませてから来ているので、特に心配はいらない。

 

 師匠にもらってきた地図を見ながら散策。

 

 どうやら師匠、ちょくちょくこっちに来ていたらしく、おすすめのお店や観光スポット、危険な区域などについて細かく書かれていた。

 うーんでも、観光スポットとか、師匠興味ないと思ったんだけどなぁ。

 意外とそう言うの好きなのかも?

 

 もしかしたら、ボクのために書いた、ってことかもしれないよね!

 ……ないね。うん。ない。

 自分で言ってて思ったけど、それはないかな。

 だって、師匠だし。

 

「んーと……まずはどこに行こう?」

 

 気を取り直して、地図を見て行先を考える。

 

 特に予定もなくて暇だったから、こうして王都に来たんだけど……まるで何があるのかがわからない。

 

 いや、師匠の地図に細かく書かれているのはわかるんだけど、お店の名前とちょっとした内容が書かれているだけで、ほとんど王都初と言ってもいいくらいに分からないボクとしては、戸惑うわけです。

 

「う~ん?」

 

 周囲を見回すと、いろんなお店がある。

 

 ボクが今いるのは、南区。

 

 南区と東区は普通の人……平民の人たちが多く暮らしていて、売っている物もそれに合わせたものになっている。

 西区が貴族エリアらしく、有力な貴族の人たちが暮らし、それに合わせた高級品などを扱っているお店が多いようだ。

 

 ボクとしては、あまり西区には行きたくないところではあるかな。

 昨日の師匠の話を聞いたら、行く気にはなれないよ。

 

 それに、高級品と言っても、洋服とか、強力な魔法が付与された武器や防具が置いてあったり、高級食材が置いてあるだけだから、ボク的にはあまり必要のない場所ばかり。

 

 四百万テリルあったとしても、ちょっとお買い物しただけで、すぐになくなっちゃいそうだし。行くとしたら……高級素材買う程度だと思う。

 

 師匠は、高級食材よりも、普通の食材の――と言うより、ボクの料理が好きだから、わざわざ高級食材使わなくてもいい、と言われている。

 

「でもなぁ……お買い物は昨日のうちに済ませちゃってるし……」

 

 ボクは二日分の食糧を買い込むタイプなので、次の日は基本買うことはない。

 初日は、単純にこっちに来たばかりと言うのもあってその日の分しか買わなかったけど。

 

「ん~……ん?」

 

 なんとなく街を歩いていると、なんだか嫌なものが見えてきた。

 …………あ、あれって……。

 前方に、ものすごく気になる物体があったので、近くにいた男の人に尋ねる。

 

「あ、あの、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど……」

「なんでしょ、う……か?」

 

 あ、あれ?

 話しかけたら、固まっちゃったんだけど。

 も、もしかして、ボク、変なところでもある?

 

「あ、あの……」

「は、はははい! な、んですかね?」

 

 急に顔を赤くして、慌てだしたぞ?

 う~ん? どうしたんだろう?

 

「えっと、あそこにある像って……」

「あ、あれかい? ありゃあ、勇者様だよ。嬢ちゃん、勇者様を知らないのかい?」

「そ、その、か、かなり辺境な村で住んでいたものですから、知らなくて」

 

 嘘です。本当はそれ、ボクです。

 はい。前方に見えていたのは、異世界救った主人公にありがちな、本人の銅像です。

 ボクです。男の時のボクです。

 しかも、本当によくできているせいで、ものすごく恥ずかしいんですけど!

 ナイフを構えて、ちょっとカッコイイポーズをとっているのがさらに羞恥心を刺激する。

 う、うぅ……恥ずかしいぃ……。

 

「そうかそうか。勇者様はこの国……いや、世界の英雄さ! 歴代最強と謳われた魔王を、単身で倒したって言うんだからな! しかも、魔王軍に侵攻を受けていた街々を助けて回ってたって話さ! その上、勇者様は年若い少年だって言うんだから、本当にすげえやな! って嬢ちゃん、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「あ、あはは、い、いえ……す、すごかったんですね、勇者様って……」

「そうだなぁ。おらあ、生で見たかったもんだぜ」

「あ、あははは……」

 

 どうしよう。ボク、本気で英雄にされちゃってるよ!

 え、いつこの像建てたの? いつの間にこんなことしてたの!?

 これをやったのは誰!?

 

「あ、ありがとうございました……」

「お、おう。なんだか知らんが、その……元気出せよ」

「はい……」

 

 見ず知らずのボクを慰めてくれる、いい人だった。

 

 

 まさか、ボクの像が作られているとは思わなかった。

 

 幸いなのは、ボクが今は女の子であること。

 いや、不幸……なのだろうか?

 少なくとも、女の子になったことは不幸であることに変わりはないと思う。

 

 でも、男の時にこっちに来てたら、もっと大変だったんじゃないだろうか?

 多分、人が多く寄ってきて、観光どころじゃなかった気がする。

 

 そう考えると……女の子の方が、こういう時は楽、ってことかな。

 

 ……複雑。

 

「はぁ……」

 

 こっちの世界では、あまりいいことが起こっていないんだけど……少なくとも、ボクに益があるような幸運なんて一度も起こっていない。

 あるのはほとんど不幸か、少し面倒くさいことだけ。

 まあ、今はそれなりにのんびりできてるからいいけど。

 できれば、こんな日が長く続いてほし――

 

「って思っていたんだけどなぁ……」

 

 気まぐれで使用した気配察知に、嫌な反応が引っかかってしまった。

 見たところ、悪意ある人に誰かが誘拐されている、と言う風に見える。

 

「はぁ……見てみぬふり、はできないよね……」

 

 知ってしまった以上、見てみぬふりはできない。

 助けられるのなら、助ける。それがボクの信条でもあるしね……。

 ボクは、その場で気配察知と消音を使用すると、すぐに行動に移した。

 

 

 気配感知を使ったところ、人数は……ん、十人くらいかな。

 

 誘拐されているのは一人。

 うーん、一人に対して結構多いような気がする。

 

 そうなると……この誘拐されている人は、貴族の人かな。

 あれ、じゃあ結構まずくない? これ。

 見たところ、追いかけている人はない。

 動いている方向とは逆の方向に、弱々しい反応がいくつもあるところを見ると……どうやら、誘拐犯たちにやられてしまったみたいだ。

 

 今のところは、命に別状はないし……あ、反応が強まってきてる。

 ということは、回復魔法を得意とした人がいたのかも。

 それなら、こっちにはいかなくて問題はなし。

 

 でも、距離が結構離されてる。

 これじゃあ、逃げ切られちゃう。

 

「急がないと!」

 

 少なくとも、ボクの気配察知できる範囲を出られたら、追うことなんてできなくなってしまう。

 今はまだ余裕があるからいいけど、ちょっとね。

 道を走っていたんじゃ、全然間に合わない。

 王都だから人は多いから、走りにくいし、気配遮断と消音を使っているからなおさら。

 とすると、暗殺者お得意の屋根の上を走るしかない。

 

 ボクは高めに跳躍し、近くの民家の屋根に着地。

 そのまま屋根を駆け抜ける。

 途中障害物もあるけど、ほとんど意味をなさないしね。

 

「んー、ちょっと速いね。……これ、もしかして、馬車とか使ってたりする?」

 

 よく観察してみると、誘拐されている人はわずかに動いているけど、それ以外の、囲っている人数人がその場で動かずに、平行移動しているように見える。

 馬車、かな?

 それとも、そう言う移動系の能力、スキル、魔法のどれか……。

 そう言う移動系スキルがあるのは聞いたことあるけど、能力と魔法は聞いたことがない。

 そうなると、スキルか馬車のどちらか。

 

「……ちょっとスピード上げよう」

 

 少しギアを上げて走る。

 そうすると、目的の集団までぐんぐん近づく。

 全体の四割くらいの力で走って、これくらいなら、もうちょっと早くしても……ダメだね。

 それをしちゃうと、大小はあれど、家を壊しちゃう。

 これくらいが限界、かな。

 力のセーブは、師匠に厳しく指導されているから、そこまで難しくないけど。

 と、そんなことを考えていると、ようやく追っている人たちが見えてきた。

 

「やっぱり馬車、か」

 

 予想通り、馬車がかなりの速度で走っていた。

 あんな速度で街を走るって……被害を全く考えてない人たちみたい。

 普通に今が昼間というのに、爆走するとは……。

 いや、人の家の屋根を走っているボクが言えた義理じゃないかもしれないけどね。

 でも、被害が出ないよう気を付けてるから、まだマシ……だと思いたいです。

 

「……とりあえず、ここは暗殺者らしく行こう」

 

 ボクは家が壊れるか壊れないかくらいのぎりぎりの力で走り、客車の屋根に乗る。

 着地した瞬間に、ガクッと客車が沈んだけど、すぐに元通り。

 中の誘拐犯も気づいていない。

 ちょっと揺れた、程度にしか思っていないだろうね。

 

「さて……切れ味最高のナイフを生成……」

 

『武器生成』を使って、世界最高レベルの切れ味を持ったナイフを作成。

 

 この魔法って、結構便利だけど、切れ味や強度を上げれば上げるほど魔力の消費が高くなる。

 今ボクが作ったのは、軽く石を撫でただけで石が切れるナイフ。

 かなりとんでもないものだけど、ほとんど使い捨てに近い。

 多分、数回使っただけで折れるんじゃないかな? ってくらいだね。

 切れ味だけを強化すれば、ある程度は魔力消費を抑えられる。

 

 一応、切れ味と強度の両方とも最高レベルのものを作れないわけじゃないけど、魔力消費が激しすぎる上に、ボクでも九割くらい持ってかれちゃうので、ほとんど不可能。

 反対に、どちらか一方だけなら、そこまでって言うほど魔力を消費しない。

 具体的に、四割くらいで済む。

 

 この客車の材質から考えると……うん、五回くらいまでなら使えるね。

 

「それじゃ……お邪魔します!」

 

 作り出したナイフで、天井を切り抜き、中に侵入。

 

『な、なんだぶはっ!?』

『て、天井が落ちてきやがっだぐほっ!?』

『なっ、ど、どうなってぐべ!?』

「い、一体何が――きゃっ」

 

 中に侵入すると、男が三人、縛られている女の子が一人いた。

 それ確認してから、慌てる男たちの意識を刈り取る。

 一人は、鳩尾に拳打を入れ、一人は顎めがけて裏拳を素早く入れ、一人は頸動脈に当身を入れる。

 意識を落とすレベルの一撃を入れたから、多分しばらくは起きないと思うけど、急ごう。

 男の人たちを気絶させてから、女の子を抱きかかえて客車から脱出。

 もちろん、気配遮断と消音を使っているので、周囲には漏れていない。

 まあ、声はちょっと聞こえちゃったかもしれないけど……大丈夫、だよね?

 

「しっかり捕まっててくださいね」

「え、あ、は、はい……」

 

 客車を脱出すると、ボクは急いでこの場所から離脱する。

 あれ、女の子の方がちょっと身長高いね……。

 自分より身長が高い人をお姫様抱っこするって、なんかその……ちょっとあれだね。

 敗北感が……。

 

「あ、あの、あなたは……」

 

 名前を聞かれて、はたと気付いた。

 考えてみればボク、この人から見たら普通に不審者なんじゃないだろうか?

 男の時だったら、まあ……有名だったから正体を知っていたかもしれないけど、今のボクは女の子だから、さすがに知らないよね……。

 

「え、えっと、た、たまたま通りすがったただの旅人、かな?」

「あの、なんで疑問形なのでしょう?」

「あ、あはは……き、気にしないでいただけると、助かります……」

「は、はあ……」

 

 ちょっと微妙な反応だけど、一応は納得してくれたようで何より。

 ボクとしても、あまり正体とか知られたくないしね……まあ、明日のパーティーで知らされちゃうわけだけど。

 

「それで、えーっと……とりあえず、誘拐されたあなたを追いかけていた人たちのところへ送り届けます。それで大丈夫ですか?」

「は、はい。構いませんわ」

 

 よかった。それならすぐだ。

 助けている間に、ある程度回復したらしく、それなりに近くまで来ているみたいだし、急ぐとしよう。

 

 

 しばらく走ると、目当ての人たちが前の方で走っているのが見えた。

 こちらに向かっている。

 

 ……あれ? なんだろう。すごく見覚えのある人がいるような……?

 というか、見覚えのある甲冑に、紋章が見えるんだけど。

 

『そこの少女! とまれ!』

 

 ボクに気づいた先頭の人が、ボクに制止をかける。

 もちろん、止まるつもりだったので、言う通りその場で止まる。

 

「お前、姫様を……って、ん? イオ殿か?」

「やっぱり、ヴェルガさんでしたか」

 

 厳つい顔で近づいてきた騎士姿の男の人は、王国騎士団団長のヴェルガさんだった。

 制止をかけた相手が、ボクだと知り、ヴェルガさんがきょとんとした顔をしている。

 

「えーっと、なぜ、イオ殿が?」

「普通に今日は王都観光でもしようかと思って、街をふらふら歩いていたら、なにやら不穏な気配を感じまして。見たところ、誘拐が起こっているのかなって」

「さすがというかなんというか……本当にすごいな、イオ殿は」

 

 感心半分、呆れ半分と言った様子のヴェルガさん。

 器用な表情だなぁ。

 

「た、たまたまです。それで、この人が、ヴェルガさんたちが追いかけていた人、何ですよね?」

 

 相手がヴェルガさんだとは思わなかったし、気配感知を使ったのも本当にたまたまだったけどね。

 

「ああ。ちょっと目を離した隙に、誘拐されてしまってな」

「そうだったんですね。それで、騎士団の人たちが必死になるこの人って……」

「あ、ああ。この方は、リーゲル王国王女、フェレノラ=モル=リーゲル様だ」

「王女様だったんですね。…………って、えええええ!?」

 

 助けた相手が、とんでもない人でした。

 普通に、国の要人だったんですが。

 

「す、すみません! ずっと抱きかかえてしまって!」

 

 ボクは慌てて王女様を地面に下ろし、縛っていた縄をナイフで切る。

 その様子をクスクスと笑う王女様。

 

「いえ、構いません。助けてくださった恩人ですもの」

「そ、そうですか」

「はい。改めまして。リーゲル王国国王、ディガレフ=モル=リーゲルが長女、フェレノラ=モル=リーゲルと申します」

「あ、え、えっと、お、男女依桜、です」

 

 綺麗なカーテシーを決めながらの自己紹介をした王女様に見惚れて、慌てて自己紹介を返す。

 王女様はかなり綺麗な人だった。

 肩口で切りそろえられた、輝くような金髪に、ボクと同じような色を持った碧い瞳。

 顔だちもかなり優し気で、目はくりっと大きく、スッと通った鼻筋に、淡い桜色の唇。

 黄金比と言っていもいいほどのバランスの取れた体つき。

 身長は……百五十前半と、ボクよりも高い。

 誰もが認めるほどの美少女。

 そんな美少女な王女様。

 ボクが自己紹介をした途端、目を見開いて驚きの表情を見せていた。

 

「あ、あの……勇者様、なのですか?」

「へ? あ、えっと、一応、そう言われています」

「で、でも、勇者様は殿方だとお聞きしていたのですけれど……」

「そ、その……お恥ずかしながら、魔王の悪あがきで呪いをかけられてしまい……女の子になってしまいまして」

 

 苦笑い気味に説明すると、王女様はわなわなと震えだした。

 そういえば、王様が結婚させたいって言ってたっけ。

 もしかして、王女様も希望していたの?

 ……もしそうだったら悪いことを――

 

「す……」

「す?」

「素敵ですっ!」

「え?」

 

 突然、目を爛々と輝かせながら、素敵だと大声で言われた。

 ヴェルガさんたち騎士の人たちを見ると、あっちゃーみたいな顔をしていた。

 ど、どういうこと?

 

「イオ様……いえ、お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!?」

「え!? あ、あの、えっと……ボク、元々男、ですよ?」

「構いません! (わたくし)にとって、今のイオ様しか知りません! ならば、お姉様とお呼びするのが当然なのです!」

 

 と、当然なの?

 あと、セルジュさんもそうだったけど、なんで性別を全く気にしないんだろう?

 

「ぜひ、ぜひお姉様とお呼びしたいのです!」

「あ、あの……」

「私、ずっとお姉様に憧れておりまして。お兄様も大好きですが、やはり姉が欲しいとずっと思っていました」

 

 あれ、なんか無視されているような?

 

「しかし! そんな中、イオ様のお話を聞き、私は憧れたのです!」

「そ、そうなんですね。でも――」

「それはもう、結婚してもいい、と思えるくらいには憧れておりました!」

「あ、あのですね? だか――」

「しかし、イオ様は帰ってしまわれました……。そして、再びこちらの世界に来たと、お父様にお聞きし、是非ともお会いしたいと思っておりました!」

「わ、わかりましたから、あの話を――」

「そうして、今日運命の出会いを果たしたのです! その上、イオ様はお姉様になっておりました! これはもう、運命なのです!」

 

 どうしよう。王女様が話を聞いてくれない。

 あと、何気にサラッと結婚してもいいって言っていたんだけど。

 ボク、あのまま残っていたら、王様の策略で、本当に結婚させられていたのかも。

 ……よかった、ちゃんと帰還して。

 ……うん。現実逃避はやめよう。

 

「なので、イオ様をお姉様とお呼びしたいのです!」

「で、でもボク、貴族でもなんでもないですよ? ごく普通の平民――」

「いいえ! イオ様は素晴らしいお方です! 僅か三年で魔王討伐を果たしたのです! そんなイオ様を平民と呼ぶのはおかしな話なのです!」

 

 うんうんと、騎士団の皆様も賛同していた。

 え、本当にボク、普通の平民なんですけど。

 

「それでしたら、問題ないと思うのです! なので、どうか……どうか! お姉様とお呼ばせください!」

 

 あ、ダメだ。

 何を言っても聞かないかもしれない、王女様。

 断ってもいいけど……ここまでくると、泣いちゃうような気がしてならない。

 でも、ここまで好意的だと無碍にもできないよね……。

 

「……わかりました。お姉様でいいですよ」

「あ、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」

 

 お姉様と呼ぶだけなのに、そこまで喜ぶのだろうか?

 

「それと、ですね、お姉様」

「なんですか?」

「あの……私のことは、レノ、とお呼びください」

「え、でも……」

「いいのです。というか、レノと呼んでほしいのです!」

 

 ずいっと顔を近づけてくる王女様。

 もう、とことん付き合ってあげたほうがいい、よね。

 

「わかりました。レノ、さん。これでいいですか?」

「いいえ! レノです! あと、敬語もいりません!」

 

 この王女様、押しが強い。

 ここまで来ちゃうと、苦笑いするほかないです。

 ……はあ。

 

「レノ、これでいい、かな?」

「はいっ!」

 

 わぁ、なんて眩しい笑顔。

 花が咲いたような笑顔、っていうのかな、こういうのを。

 なんだか、大変なことになっちゃったような……?

 まあ、今さら、だよね、うん。

 ボクに降りかかってくる事柄が全部大変なのは、もう今更だなぁと、諦めることにした。

 ……改善、されないかなぁ。



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49件目 姫様の暴走?

「して、イオ殿。誘拐犯たちは……」

 

 ボクの腕に抱き着いたまま、きらきらとした純粋な目を向けてくるレノに戸惑っていると、ヴェルガさんが誘拐犯たちについて尋ねてきた。

 

「あー、レノを庇いながら、っていうのはちょっと厳しいですからね。かなり激しく動き回りますから、気分を悪くさせちゃいそうだったので、とりあえず馬車に乗っていた男以外は特に何もしてないです」

「そう、か。……いや、姫様を助けてもらっただけ、僥倖、か」

「やっぱり、捕まえておいた方がよかったですか?」

「……そうだな。できれば、そっちの方が助かったが……さすがに、何も知らずに助けてもらったイオ殿に、そこまで頼むのは少し気が引ける」

「ボクも好きでやったことですし……気にしなくていいですよ。それにしても、ヴェルガさんが後れを取るなんて、相手はそんなに強かったんですか?」

 

 王国最強とまで言われているヴェルガさんが、あの程度の男たちにやられるとは考えにくい。

 そこら辺のごろつきやチンピラなんかに負けるほど、ヴェルガさんは弱くない。

 

「不意打ちってやつだな。かなりレベルの高い魔道具を使っていてな。隠密系ってのかね? その類のものを使われ、人質にされた、ってわけだ。騎士とあろうものが、情けない」

 

 理由を尋ねると、悔しそうに答えた。

 見ると、後ろの騎士の人たちも悔しそうに顔を歪めている。

 ただ、説明の中でちょっと気になることを言っていた。

 

「魔道具、ですか」

「ああ。どこで手に入れたのかは知らんが……ありゃ、アーティファクト級だな」

「え、そんな代物がなんであんな人たちに?」

 

 アーティファクトと言えば、この世界における魔道具の階級の一種で、その中でも突出して高い効果を持った魔道具のことを指すもの。

 

 説明すると、魔道具には階級というのが存在していて、上から順に、アーティファクト級、古代級、中世級、現代級の四種類がある。

 

 現代級は、今を生きている人たちが作ったものが多く、それなりに普及していて、一般家庭でも多く使われている。

 

 中世級は、現代級よりも効果の高い魔道具。中世級は、二百年以内に作られたものが多く、それなりに出回っている魔道具。

 

 古代級は、二百年以上昔に作られている魔道具で、現代級とは天と地ほどの差があり、魔道具を作ることを生業としている人たちは、古代級を目標にしている人が多い。

 

 そして、アーティファクト級は、異常レベルの効果を持った魔道具のことを指している。アーティファクト級は、現代の技術では作るのは不可能とされており、生成できるとしても、古代級が限界と言われている。そして、このアーティファクト級はダンジョンなどでしか手に入らず、滅多に市場に出回ることはない。

 そのアーティファクト級が普通に出回っているって言うのは……かなりおかしい。

 

「まったくわからん。見たところ、そこまで財があるような奴らには見えなかったし、何より強さ自体は大したことがなかった。そんなやつらが、かなり高度の隠密を使うなど、魔道具……古代級くらいの隠密系能力だったら、辛うじて俺でも見切ることができるが、全くわからなかった。そう考えると、アーティファクト級ってのが、正しいだろうよ」

「……ちょっと、きな臭い話ですね」

「ああ。だから正直なところ、捕まえてほしかったんだが……」

「それはすみませんでした……」

「いや、いいんだ。……それにしても、よくイオ殿はわかったな」

「え?」

 

 突然、感心の言葉を受けたボクは、意味が分からず呆けた声が漏れ出た。

 

「いやな、その男たち、普通に魔道具を使っていたはずなんだが……気づかなかったのか?」

 

 え、そうだったの!?

 全然、気づかなかった。

 

「でもあれ、師匠以下ですよ? そもそも、気配を消す類の能力のはずなのに、師匠よりも圧倒的に弱いボクに見破られるって……それ、本当にアーティファクト級なんですか?」

 

 師匠の気配遮断の能力は異常だからなぁ。

 少なくとも、アーティファクト級と言ったら、師匠くらいのレベルかと思ったんだけど。

 

 ……って、あれ? この世のものではないものを見るような目を向けられてる。

 レノは、さっきよりもさらにきらきらとした視線を向けてくるし……どういうこと?

 

「あー、その、だな、イオ殿。そもそもの話なんだが、イオ殿の師匠は……ちょっとあてにならないんだ」

「どういうことですか?」

 

 それはまあ、師匠を基準に考えちゃったらちょっとあれかもしれないけど、アーティファクト級なら、師匠と同等以上じゃないと……。

 

「いやな、そもそもの話……イオ殿の師匠は、その……『神殺しの暗殺者』と呼ばれるほどの英雄でな」

「………………え?」

 

 今、すごい言葉が飛び出したような……?

 え、ちょっと待って。今、神殺しって……。

 

「簡単に言えば、イオ殿の師匠は、この国どころか、ミレッドランド最強とまで言われた、伝説の暗殺者なんだ」

「………えええええええええええええええっっっ!?」

 

 とんでもない事実が発覚しちゃったんですけど!?

 師匠、神殺しちゃってたんだけど!

 たしかに、神様殺してそうだなぁ、とは思ってたけど……まさか、本当にやっていたとは思わないよ!

 

「詳しくは知らないが、少なくとも世界を脅かすような邪神に単身挑み、打ち勝ったそうだ……って、どうした?」

「……いえ、何と言うか……あれだけ一緒にいたのに、その驚愕的事実を弟子のボクが知らなかったことに、ショックを受けてしまいまして……」

「……やはり、知らなかったんだな」

「……はい」

 

 ……ボク、なんでそんな人の弟子になってたんだろう?

 ……あの時、師匠に弟子になれと言われた理由って何?

 そんなすごい人が、ボクなんかを弟子にとる理由が本当にわからないんだけど。

 

「さすがお姉様です! そのような御人の弟子だなんて……!」

「あ、ありがとう、レノ」

「で、では、お姉様も神を殺すのですか?」

「い、いやいやいや! さ、さすがにしないよぉ。ボクなんて、師匠に全然勝てないし……」

 

 一度勝った時でさえ、手加減だったしね……。

 じゃあ、師匠の本気って、どれくらいなの?

 

「イオ殿ですら勝てないとなると……一体だれが勝てるのやら」

 

 ボクの発言にまるで呆れたような表情を見せるヴェルガさん。

 

「さ、さあ……? 少なくとも、誰も勝てないんじゃないですかね?」

「……かもしれんな」

 

 顔を見合わせて、苦笑い。

 神様ですら、師匠に勝てないとなると……本当に誰が勝てるんだろうか?

 

 というか、それならボクが魔王討伐に行かなくてもよかったんじゃ?

 ……腑に落ちない。

 

「さて、ここにずっといるもあれだし……我々はそろそろ変えるとしましょうか、姫様」

「嫌です! お姉様といるんですっ!」

 

 帰ると言った瞬間、レノがさらにぎゅっとボクの腕にしがみついてきた。

 ……胸が当たっているんだけど……やっぱり、ドキドキしなくなっているところを考えると、本当に精神面の女の子化が進んでいるような気がしてならない。

 これ、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「嫌じゃありません。帰らないと、陛下に怒られてしまいますよ。第一、攫われた原因と言えば、姫様にあるのですから」

 

 一体、何をしたんだろう?

 

「うっ、そ、それはそうですけれど……」

 

 ちらっとボクの顔を見てくる。

 それを見てから、視線を前に向けると、ヴェルガさんが何とかしてくれと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「えっと、レノ?」

「はいっ! お姉様!」

「ちゃんとヴェルガさんの言うことを聞かなきゃだめだよ?」

「で、でも(わたくし)、お姉様と一緒に……」

「その気持ちは嬉しいけど……さっき誘拐されてたんだよ? ヴェルガさんだって心配していたはずだし、そのことを王様にもちゃんと知らせてると思うの。だから、ちゃんと帰らなくちゃだめだよ? ね?」

「うぅ……お姉様がそう言うのでしたら……」

「うん、ありがとう」

 

 聞き分けのいい王女様でよかったよ。

 ……敬語はいらないって言われたから、友達と話すように接してるけど、これ大丈夫なんだよね? 大きな問題に発展したりしないよね?

 なんて、ちょっと情けないことを考えてしまった。

 

「そ、それでは、その……お姉様。明日のパーティー、私とその……一緒にいてくださいます、か?」

 

 す、すごい。自然に上目遣いを……。

 美少女の上目遣いって、同性でもドキッとくるんだ。

 ……心は男だから当然だと思うけど、女の子だからね、体は。

 

「いいよ。ボクで良ければ」

「あ、ありがとうございますっ! とっても嬉しいです!」

 

 表情を綻ばせながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

 可愛い。

 

「で、では、私はこの辺りで帰ります」

「うん。また明日」

「は、はい。それでは、ごきげんよう」

 

 ごきげんようって言う人、初めて見た。

 

「……さて、と。ボクも軽く観光でもしたら、帰ろうかな」

 

 いきなり誘拐された王女様を助けることになるとは思わなかったけど、何とか無事に助けられてよかったぁ。

 ちょっと、特殊な関係になった気がしないでもないけど。

 

「お姉様、か」

 なんというか……そう呼ばれるのはこそばゆいというかなんというか……ちょっと複雑な気持ち。

 元々男なのに、お姉様って呼ばれるんだもん。ちょっとね。

 かといって、お兄様って言われるのも……うん、変な感じだし、あまりしっくりこない。

 お姉様は……認めたくないけど、ちょっとしっくりくると思ってしまった。

 ……だめかもしれない。

 

 

「ふふふー……」

 

 思い出すだけで、口元が緩んでしまいます。

 

 お会いしたいと思っていた勇者様にお会いできただけでなく、助けていただいて、その上お姉様と呼ばせていただけるとは……なんてすばらしい日なのでしょう!

 ああ、思い出すだけでも、胸のときめきが収まりません。

 

 お姉様のあの美しさ……そしてカッコよさ。

 ふふ、ふふふふ……。

 

「……姫様。国民には見せられないくらい、にやけてますよ」

「はっ、ヴ、ヴェルガ、このことは内密に!」

「……はいはい」

 

 いけないいけない。

 ここにいるのは、私だけではないのです。

 

 で、ですが、それでもにやけてしまうというもの。

 それほどまでに、お姉様はすごい人でした。

 

 誰にも気づかれることなく客車に侵入し、瞬く間に誘拐犯たちを制圧し、助けだしていただいた……私はなんて幸運。

 

 お父様が、『イオ殿がいる』と仰り、その言葉を信じて街へ出向いた甲斐がありましたわ。

 本当にお会いできるなんて思いもよらなかったですし。

 お父様には感謝しかありませんね。

 

 それに……あそこまで美しい女性を私は初めて見ましたわ。

 元々男性の方と聞き及んでいましたが、まさか呪いであのような美しい女性になっているとは思いませんでしたが。

 

 しかし、まるで神が創り出したかのような精巧な人形のごとき美しさに、あの可愛らしさ。同性の私ですら、思わず見惚れてしまうほどでした。

 いえ、しまう、ではなく、しまっていた、ですね。

 男性の時の姿にも大変興味はありますが、お姉様はあの姿が一番であると、そう確信してしまっている自分がいます。

 

 こ、これはもしや……恋!?

 

 い、いえ、落ち着くのです私。

 

 お、お姉様は元々男性の方とはいえ、現在は女性の方……で、ですが、そうは言ってもドキドキしてしまうのは仕方のないことで……で、ですが、同性との恋愛というのはイケないことで……し、しかし、好きなものは好き……はっ! や、やはり私、お姉様に恋をしているのですね!

 ど、どうすればいいのでしょう!?

 

 

 さっきから姫様の様子がおかしい。

 

 困ったような顔をしたと思ったら、次の瞬間には顔を赤くしてくねくねとしている。

 

 こんな姫様は初めて見るが……いや、本当にどうしたんだ? この王女。

 

 一分の間だけでも、嬉しそうな表情や、困ったような表情、悲しそうな表情、はにかんだような表情、と様々な表情をしている。

 一体、何を考えているんだ、姫様は。

 

「あー、姫様? 先ほどから、百面相しておられますが……どうなさいました?」

 

 さすがに気になった俺は、姫様に直接尋ねてみた。

 

「ヴェルガ!」

 

 すると、返って来たのは尋ねたことに対する回答ではなく、なぜかオレの名前を呼ぶことだけだった。

 いったいどうしたのだ?

 妙に興奮しているような気がするが……。

 

「なんですか?」

「同性愛について、どう思いますか!?」

「……はい?」

 

 ……今、姫様の口から、とんでもないセリフが飛び出したのだが……。

 い、いや、俺の聞き間違いかもしれん。

 単純に疲れているだけに違いな――

 

「ですから、同性愛について!」

 

 ガチだった。

 聞き間違いでもなんでもなく、ガチ中のガチだった。

 

「……どう、とは?」

「ヴェルガ的に、同性愛はありかどうか、です!」

「どう、と言われましても……」

「いいから答えるのです!」

 

 姫様が妙に押しが強い。

 いや、姫様が押しに強いことはそれなりにあったが、ここまでぐいぐい来ることはなかったぞ?

 一体、どうしたというのだ。

 

 ……い、いや、考えるのは後にするんだ、ヴェルガ。

 ここは、姫様の質問に答えるのだ!

 

 ……いやしかし、どう答えるのがいいんだ?

 俺個人としては、そのあたりは個人の自由だろう。

 

 しかし、世間一般で見るとするならば、あまりいいことではない……。

 というか、確実に引かれるだろうし、距離を取られるだろう。

 それどころか、嫌われ者に発展してしまう可能性さえある。

 

 そうなると、ダメなこと、というのが正しいんだろうが……姫様は、俺個人に対してどう思うかを問うてきた。

 ならば、俺個人のことを言えばいいはず。

 

「個人の自由ならば、構わないと思います」

「そうですよね! 愛し合っているのならば、たとえ女性同士であっても問題ないですよね!」

 

 あかん。

 俺はもしかしたら、選択を間違えたのではないだろうか?

 ハイテンションで『女同士でも問題ないですよね!』と言っているが、問題大有りな気がするんだが。

 いや、それ以前に、なぜ姫様はこんなことを聞くのだ?

 

 ……よし、覚悟を決めるのだ、男ヴェルガ。

 姫様がどうこたえようと、受け止めるのだ。

 

「姫様。なぜ、そのようなことを聞くのですか?」

「そ、それはもちろん……お姉様に恋をしてしまったからですっ!」

 

 ……すまん。おかしな方向に行ってしまったようだ。

 

「あの美しい銀色の髪! 神が造ったとさえ思えるようなあの可愛らしい顔立ち! 小柄ながらも、抜群のスタイル! そして、あの優しい雰囲気にあの凛々しいお姿! 心を奪われない自信がありません!」

 

 へ、陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ! 

 あなたの娘さんが大変なことになってますよ!

 完全におかしな方向へノンストップで突き進んでますよ!

 同性に恋をしてしまってますよ!?

 ど、どうすればいいんだ、俺は!

 

「い、いや、姫様。さ、さすがに女性同士で恋人になるというのは……」

 

 だが、俺は自分が嫌われようが、姫様が間違った方向へ行くのを防ぐ!

 さあ、どうだ!?

 

「あ……そ、そうですよね……同性同士じゃ、できませんものね……」

 

 お? これは、なかなかいい反応なんじゃないか?

 これなら……

 

「で・す・が! ないなら作ればいいのです!」

 

 ん? なんかおかしくないか?

 ないなら作るってなんだ? というか、同性同士じゃできない、って何を指しているんだ?

 ……なんだ、強烈に嫌な予感がするんだが……。

 

「同性同士でも、子供が作れる魔法を作ってしまえばいいのです!」

 

 ちょっとおおおおおおおおおおおっっっ!?

 とんでもないことを口走りだしたんですけど、この人!

 

 今、同性同士でも子供が作れる魔法を作るとか言い出しちゃったんですけど!?

 

 陛下! ガチで姫様が行ってはいけない世界へ旅立とうとしちゃってるんですが!

 つか、普通に同性愛に目覚めてるんだけど!?

 

 待て。本当に待て。

 何をどうしたらこうなる!? 普通、こうはならんだろ!

 

「ひ、姫様? それは、本気、なのですか?」

「当然です! 私は本気でお姉様と恋人になりたいのです!」

「……あ、ハイ」

 

 もう諦めた。

 申し訳ありません、陛下。

 どうやら姫様は……すでに、手遅れのようです。



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50件目 神殺しの実話

「あー、ヴェルガよ。マジ?」

「マジです、陛下」

「そうか……マジかぁ……」

 

 額に手を当てて見上げる儂。

 フェレノラが攫われたという事件の顛末をヴェルガに聞いた。

 途中まではよかったのだよ、途中までは、な。

 イオ殿がお姉様と呼ばれることになったのはまあ……いいとしよう。

 

 しかし、しかしだ!

 

 何をどうしたら、フェレノラが同性愛に目覚めるのか。

 自慢の娘であるフェレノラは、巷ではあの可憐な容姿と純粋な性格から『白百合姫』とも呼ばれている。

 なんとなくだが、百合というのが全く別の意味に聞こえるのはなぜなのか。

 純粋無垢、それがフェレノラだったはずだったんだが……。

 

「よりにもよって、イオ殿……それも、今の姿の方に惚れてしまうとはな……」

 

 男の時ならば、さほど問題もなく、儂はイオ殿との恋を応援しただろう。

 

 だが、だがしかし!

 今のイオ殿は、紛れもない女子(おなご)

 すなわち、儂の可愛い可愛い娘であるフェレノラとは同性!

 

 正直、今の状態で応援してもいいものなのだろうか?

 というか、まさかそんなことになってるとは思わんかった。

 

「は、ははは……俺も、止めたほうがいいと思ったんですが……同性同士で子供を作れる魔法を作る、とか言い出しましてね……」

 

 遠い目をしながらとんでもないことを言い出すヴェルガ。

 儂も、フェレノラがとんでもないことをしようとしていると知り、戸惑いしかないんだが。

 

「そこまで、思考が行ってしまったのか……」

「すみません、陛下……」

「いや、よい。……正直、儂もどうすればいいのかわからんが……まあ、いいか。イオ殿だし」

「陛下、それはさすがに、イオ殿に対し失礼では?」

 

 儂の発言に、非難する様な視線を向けてくるヴェルガ。

 

「いやな? 儂、イオ殿だったらフェレノラを任せてもいいかなー、とは思っておったし。というか、どこぞの馬の骨なんぞに、フェレノラはやらん!」

 

 というか、誘拐犯の下衆どもは、見つけ次第処刑してやる!

 儂の可愛いフェレノラを誘拐するとは、命知らずの下衆共め! 目に物を見せてやる。

 

「……陛下、親馬鹿は結構ですが、イオ殿を巻き込むのは……」

「何を言うか! イオ殿は勇者だぞ! イオ殿くらいのものでなければ、儂は結婚は認めん!」

「いや、そう言うことを言っているのではなく! というか、陛下の親バカは別にいいんですが、放置していいんですか?」

「儂的にも放置はあれだが……まあ、いいかなと」

「いや、よくないですよ!?」

「だってぇ、イオ殿くらいの容姿なら、フェレノラと恋人関係でも変な目で見られるどころか、むしろ歓迎されそうじゃん?」

「いやまあ、確かにそうですが……」

 

 美少女と美少女のカップルとか、世の男たちは絶対歓喜するに違いあるまい!

 つか、儂が見てみたい! 超見たい!

 

「……はぁ。陛下の親バカは、治る見通しなし、か……」

 

 ヴェルガが何か言っていたようだが、気にする必要はあるまい。

 さて、明日のことを考えておかねばな。

 

 

「はぁ……」

「ん、どうしたイオ」

 

 家に帰ってきて、軽く着替えを済ませると、ボクはため息をついていた。

 それを見た師匠が声をかけてくる。

 

「ボクは、師匠のことをほとんど知らなかったんだな、と思いまして……」

 

 だって、一年間も過ごしたのに、神を殺していたことなんて、全然知らなかったんだよ?

 

「んー? もしかして、気になるのか?」

「気なると言えば気になりますね……」

「そうかそうか。んで? 何か聞きたいことがあるのか?」

「……えっと、師匠って、神を殺したんですか?」

「ああ、やったな」

 

 あっさりと答えてくれた。

 それどころか、さも当たり前のように肯定してきた。

 軽くない?

 

「えっと……師匠がやったことって、理由がかなりどうでもいいというか……しょうもない気がするので、あれですけど……理由って何ですか?」

 

 確実に、ろくでもない理由なんだろうけど、それでも気になるしね……。

 

「ひでぇ言い方だなぁ。んー、ま、聞かれたから答えるが……簡単に言えば、世界が滅ぼされかけた」

「……へ?」

「あんときの邪神……神ってさ、人間やら動物、魔族の負の感情を全部引き受けてたのか知らんけど、この世界のすべてのことに対して恨みを持ってたんだよ。んで、これはさすがにまずいと思って、戦争していた人間と魔族が手を取り合ってあいつ倒そう、ってなってな。でもさ、手を取り合う相手が今まで戦争してた相手なんだぞ? そりゃあ、連携も取れないし、いがみ合うってもんだろ? だから、それを見かねた当時の人間の王族と魔王があたしに依頼してきたんだよ。お前なら確実だろ、って。で、倒したらかなりの報酬がもらえるって言うから、仕方なく殺しに行った。っと、簡単にまとめるとこんなんだな。……って、どうした?」

「……いえ、師匠って本当に非常識な存在なんだなぁって思って……」

 

 コンビニ行ってくる、みたいなノリで神を殺しに行く人なんて、聞いたことないよ。

 というか、いくら世界を滅ぼそうとした神様とはいえ、コンビニ感覚で殺された神様がちょっと不憫に思えてきた。

 

「師匠。この際、師匠の異常なお話は置いておくとして……一度魔族と手を取り合ったのに、どうしてまた魔族と戦争なんてしてたんですか?」

「そうだなぁ……結局のところ、神を邪神にしたのはどっちだ、みたいな言い争いになったんだよ。責任の所在はどちらにあるのか、ってね」

「え、でもそれって……」

「ああ。神は、この世界に生ける全ての生物の負の感情を一身に受け続け、邪神になった。だから、ある意味では人間の所為とも言えるし、魔族の所為とも言える。言ってしまえば、この二種族が争わなければ邪神なんて生まれなかったんだよ。しかも、手を取り合った時、ほんのわずかだが、邪神の力が弱まってたしな」

 

 つまり、師匠は本当に世界を救おうとしていた、ってこと?

 ……しょうもないとか思った自分が恥ずかしい。

 

「……でも、責任の所在を巡って争うなんて……本当に意味のないことをしたんですね」

「そうだな。その時代の王と魔王は、ちょっと面倒な奴らだったからなぁ。正直、邪神とかどうでもよかったしな、あたしは」

「そうなんですか?」

「ああ。何が悲しくて、いつまでもいがみ合ってるやつらのために世界を救わなきゃならないんだ、ってな。ま、結局はお金がもらえるから、って言う理由でやったからあれだがな」

 

 それでも、普通にすごいと思うんだけど。

 

 相手が神だろうと、お金がもらえるから、って言う理由だけで、世界の命運をかけた戦いに出るなんて、正気の沙汰じゃない気がするんだけど。

 ボクだったら絶対できないよ。

 

「邪神なぁ……あれはさすがに、死を覚悟したぞ、あたし」

「え、師匠が死を覚悟するほどって……本気でまずいじゃないですか!」

 

 あの、何をしても死ななそうなイメージの師匠が、死を覚悟するレベルって……その邪神さん、一体どれほど強かったんだろう?

 というより、負の感情が強すぎた、のかな? さっきの師匠の話だと、そう考えるのが自然かも。

 

「そりゃ、相手は神だぞ? まあ、何とか勝ったんだがな。おかげで、あたしは歳を取らないんだよ」

「え!?」

「そりゃそうだ。神気と呼ばれる神の気……というか、魔力のようなものを浴びちゃったからな。あたし、こう見えて結構長く生きてるんだぞ?」

 

 おかしそうに言う師匠。

 いや、それ笑うところじゃない気がするんですが。

 

「じゃ、じゃあ、師匠っていくつ……?」

「んー、そうだなぁ……軽く見積もっても百年以上は生きてるかもなぁ」

「ひゃ、百年……」

 

 ボクの世界の最大寿命に近いくらいの長さなんですが。

 百年以上って言うことは、確実に地球のギネス記録を更新している気がする。

 

「まあ、一応これでも寿命はあるんだが……長すぎるんだよなぁ。邪神を倒したのが確か……あたしが二十歳くらいか? その時くらいの外見で止まってんだよ」

 

 し、知らなかった……。

 

 若い人だとは思っていたけど、正直、四十以上は言っているんじゃないかって疑ってたから、ちょっと納得。

 

 でもまさか、百歳以上だなんて……さすが異世界。

 

 あれ? じゃあ、師匠が初めて仕事したのって……いつ?

 ……すごく気になるけど、聞くのが怖いし、何よりボクの心がぽっきりいきそうだからやめておこう……。

 

「そんなわけだ。あたしが神を殺したのは、世界を救うためなんてそんな徳の高い理由じゃないよ。お金が欲しかっただけさ。……お酒飲みたくてな。つい、ついでに世界救ったって感じだよ」

「……」

 

 最後のセリフですべてを台無しにしましたよ、師匠。

 世界を救うのはついでで、ただただお酒が飲みたかったって……どこまで言ってもぶれない師匠に、なんだか少しほっとした。

 遠い存在になったような気がしてたのかも。

 

「……ま、イオならあたしと同じように神を殺せるかもなぁ」

「やりませんよ!?」

 

 レノにも言われたけど!

 どうしてみんな、ボクが神を殺すなんて思ってるんだろう?

 

「ははは! まあ、いずれそうなるかもしれないけどね」

「……ふぇ?」

 

 表情は笑っているけど、師匠の声音からは楽しそうな雰囲気なんて、微塵も感じなかった。

 どこまでも真剣で、どこまでも……底冷えする様な声音だった。

 

「イオ、さっき邪神が出てきた、って言う理由は……話したな?」

「は、はい。負の感情を受け止めたからって……」

「あたしは、神と直接戦ったからわかるんだが。この世界……というか、その世界には必ず神ってのがいるらしいんだよ。で、その世界を管理する神様ってのが少なからずいるんだ。つっても、世界によって管理体制は様々みたいだが」

「あれ? 師匠がどうしてそんなことを知っているんですか?」

「ん? ああ、あたし、邪神を倒した際に、この世界の一番偉い神にあってるんだよ」

「そ、そうなんですか!?」

 

 それってあれかな、ゼウスとか、オーディンとか、最高神みたいな神様かな?

 

「それで聞いたら、原因は自分たちにあるかも、だってさ」

「神様に?」

「なんでも、『負の感情を一柱の神に押し付けすぎた……やっちゃったぜ☆』だってさ」

「神様軽いですね!?」

 

 この世界の最高神って、そんな性格してるの!?

 

「どうも、この世界の神って、ある程度の年で入れ替わるらしいだよ、担当。んで、邪神は、運が悪いことに、歴史上最も不仲と言われた時代の担当だったんだよ」

 

 ……あの、その話を聞いていると、頭の中に、アルバイト、という単語が思い浮かんできたんですが。

 シフト制? シフト制なの? 神様って。

 

「本来であれば、そこまで問題はないんだがな。だが、その時は運悪く、争いが酷かった時代だった。それだけだ」

「……そう、なんですね」

「つか、最高神が一番害悪だと思うぞ、あたし。だって、負の感情をたった一柱の神に全部押し付けるんだぞ? いくらなんでもな?」

「あ、あはは……」

 

 地球……特に、日本でよく聞く話だなぁ。

 多分、ブラック企業だと思います。

 

「だから、この世界を壊すようなことするんじゃねえ、って最高神に言ったんだよ」

「師匠、肝が据わってますね」

 

 普通の人は、最高神相手にそんなことは言えないと思います。

 

「そしたら『今すぐは無理! でも、ほかならないミオさんの頼みなら聞きますとも! というか、聞かないと殺されるっ!』って言われたんで、許した」

「ええぇ……」

 

 師匠、最高神にすら恐れられてるの……?

 本当、でたらめな人だよ、この人。

 

「だが、すぐには変えられないと言われた。神ってのは、寿命って概念がなくてな。いつ変わるか、なんてのはあたしら人間にはわからないからな。だから、正直なところ、邪神はまた出てくると思うんだよ、あたし。そうだな……あたしが倒した邪神は、八十年以上前か……ふむ。今のところは大丈夫だろうな。少なくとも、魔王軍はイオがほとんど壊滅させたみたいだし」

「え? じゃあ、なんで師匠はボクが神と戦うかもって言ったんですか?」

 

 負の感情を生み出しかねない戦争のようなものは、一応ボクが終結させている。

 そう考えると、かなり先の方になるのでは?

 

「そりゃお前。お前の寿命の問題だよ」

「ぼ、ボクの寿命?」

「一応言うんだが、お前、自分がどういう人間か、理解してるか?」

「え? えっと、異世界人で、呪いで女の子になっちゃった不憫な少年?」

「……お前の自己評価すごいな。いや、今はそんなことはどうでもいい。えーっとだな。お前は、この世界ではトップクラス……というか、二番目くらいの魔力を得ている」

 

 え、そうなの?

 ボク、この世界で二番目くらいの魔力量なの?

 魔法使いじゃない暗殺者のボクが二番目って……なんというか、魔法使いの人たちに申し訳ない。

 

「一応言うが、あたしは人間だが少し神的な要素が混じってる。神気って言うのを浴びた、と言ったよな?」

「は、はい」

「神気ってのは、神の使う物のことで、あたしらで言えば、魔力と同じだ。ま、あっちの方が上だが。んで、この神気ってのをあたしは邪神と最高神のせいでバカみたいに浴びてるから、あたしにもその神気ってのが少し宿ってるんだ」

「なるほど……」

 

 つまり、師匠も神様に近い存在ってと?

 …………非常識すぎる。

 

「んで、一年間一緒に過ごしてきたイオにも、ほんのわずかだそれが宿っている。つまり、普通の人間の寿命じゃない。あと、この世界で魔力の質と量を高めれば高めるほど、若い状態を保ち続け、寿命も延びる。そうだな……今のお前の魔力量なら、成長しきった状態が百年以上続くと思っていい」

「えええ!? そ、そんなに続くんですか!?」

 

 アンチエイジングを必死にしている人たちを鼻で笑うような状況だよね、ボク。

 

「当然だな。過去に名を馳せた魔法使いは、三百年くらい生きたらしいぞ?」

「さ、さんっ……」

「そこにあたしから漏れ出る神気が追加だ。少なくとも、成長のピークくらいの状態で二百年くらいは余裕だな。あと、邪神については、百年以内には出現すると思う。ま、そうなることは少ないだろ。多分、そのころには、最高神のバカもあの無茶な人員の組み方をしないだろ」

「……そ、そうですね」

 

 え、なに? ボク、最低でも二百年は若いままが続くの?

 つまり、ボクよりも先にみんなが逝ってしまうってことで……。

 ……なんだろう。どうしよもない虚無感と悲壮感が溢れ出てきた……。

 

「……本当に、イオにはすまないことをしたな」

「……え?」

「まさか、イオにも神気が移っているとは……魔王を倒すためだったとはいえ、普通の人間の倍は生きるような体にしちまった……。だからこそ、あたしはあんたに、あたしが好きかどうかを聞いたんだよ。……ま、結局言わなかったんだがな、この話は」

 

 そっか……考えてみれば、師匠はさっき、百年以上は生きているって言ってたっけ。

 ということは、師匠の大切な人や友人、家族なんかもすでに別れているのでは?

 もしかしたら師匠は、自分と同じ境遇にしてしまったことに、罪悪感を感じでいるのかも。

 

「あの、ししょ――」

「でもま、一応元の人間の寿命くらいに戻すことはできるがな!」

 

 にやにやと、そこ意地の悪い笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた

 

「……え」

「んーそうだな……先に言っておこうか。実を言うと、『反転の呪い』の解呪には、寿命を削ってやらなきゃいけなくてな」

「……」

「その寿命ってのが大体……二百年程度だな。つまり、お前は解呪さえすれば、失敗しようが成功しようが、普通の人間くらいの寿命にはなるぞ、ってことだ」

「……そ」

「そ?」

「それを早くって言ってくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」

 

 この日、森の中の家から、少女の非難する様な声と、誰かを説教する様な声が森の中に響いていたとかいないとか。



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51件目 騎士団長の戸惑い

「はぁ……師匠がまさか、とんでもない人だったなんて……」

「どうだ? 尊敬したか?」

「……尊敬はしてますけど、脅かすのはやめてほしいところです」

「ま、別に寿命は戻るんだからいいだろう?」

「……いや、そもそも寿命が削れることは、もっと早く言ってほしかったですよ! 解呪方法を言った時に言って欲しかったです!」

 

 寿命が削れるという、相当重要なことを言わなかった師匠は、本当にひどいと思う。

 死ぬかもしれないほどの毒が入っている薬のことを教えずに、この薬試して、と言っているようなものだと思う。

 

「いやあ、さすがにそれで解呪を断られたらいやだったしな。正直、お前が神殺しについて聞かなければ、何も知らずに今まで通りの生活が送れてたかもしれないだぞ?」

「もうすでに、今まで通りじゃないです」

 

 少なくとも、人外的なまでの身体能力、魔法、スキルを持ち、女の子になってしまっている時点で、ボクは普通の生活なんかには戻れません。

 

「ま、そうだな。お前のもとの世界の話を聞いた限りじゃ、魔族もいなければ、魔物もいないし、魔法も、能力も、スキルもないような世界だからな。そんな世界じゃ、お前は浮いてるわなぁ」

 

 にやにやしながら言う師匠に、ものすごくイラっと来る。

 魔改造の原因の一人が軽そうに言うのがものすごくイラっと来る。

 

「それに、その容姿だもんなぁ。引く手あまたなんじゃないのか?」

「まあ、告白とかかなり受けていますけど、周囲が言うほど、ボクって可愛いとは思えないんですけど」

「お前の自己評価の低さよ。まあいい。でもさ、結果的にある程度、普通の人間の寿命になるんだからよくないか?」

「まあ、そうですけど……」

 

 今の寿命って三百年くらいはあるかも。

 さっき師匠が、成長がピークの状態が二百年続くって言ってたから、老化することを考えると、三百年くらいだし。

 

 まあ、老化で六十~七十の可能性もなくはないと思うけど。

 元の世界基準で言えば、余剰分の寿命が削れるならいいかな。

 みんな以上に一人で生きるなんて、ボクには耐えられないよ。

 

「はは! お前には、あたしと同じ道を辿ってほしくないんでね」

 

 自嘲するように師匠が言う。

 その表情には、悲しみが混じったような笑顔をしていた。

 

「さて。お前の解呪方法な。とりあえず、反転草は大量にあるから問題なし。あとは創造石だな。まあ、こっちは明日のパーティーでおど――融通してもらえば、解呪に必要なものはそろうな」

「……師匠、今脅すって」

「融通だぞ?」

「え、でも……」

「融通」

「あの……」

「融通だって言ってんだろう! お前も脅すぞ? ああん?」

「すみません!」

「ふん、わかればいいんだよ。……でもま、これでようやく、お前が元に戻るという事実が近づいてきたな」

「……ですね」

 

 やっと……というか、まだ一ヶ月ほどしか経っていないけど、ようやく男に戻るって言う希望が見えてきた。

 

 この体になってからという物、あまりいいことはなかったしね……。

 学園長先生にはセクハラされるし……以前電車に乗った時に痴漢にあったし……学園祭では、エッチな衣装を着せられるし……チョコレートで酔っぱらった未果と、発情した女委が襲ってくるし……あれ? なんでボク、エッチな方面にばかり災難なことになってるの?

 

 あれ? あれあれ?

 女の子って、こんなにエッチな出来事によく遭う物なの?

 ……いや、そんなわけないよね。ボクがちょっと……特殊、なだけだよね。

 ……で、でも、もうすぐこんなこととはおさらばだもんね!

 男に戻れるもんね!

 ……戻れる、よね?

 

「解呪はあたしに任せとけ。これでも、ちゃんと解呪には成功させてるからな!」

「お願いします、師匠」

 

 非常識で異常だけど、師匠は本当にこういう時頼もしい。

 ……でも、成功させてる、っていう言葉がちょっと気になる。

 ……もしかして、失敗とかあったりするのだろうか?

 だ、大丈夫だよね! 師匠だもの!

 

「そんじゃま、あとは明日だな。明日、クソ野郎に言って、創造石を手に入れてもらうか」

「……穏便にお願いしますね、師匠」

「もちろんだ。任せとけって」

 

 満面の笑みで、胸を張る師匠は、本当に頼もしく感じた。

 ……悪い意味で。

 この三日だけで、師匠の異常なお話が明らかになっていったことに対して、ものすごく疲れました。

 なぜ、一日に一度はおかしな事実が飛び出すのか、本当にわからない。

 

 

 ―四日目―

 

 今日は、王様との約束通り、パーティーへ行く日。

 本音を言ってしまうと、行きたくない。

 本気で行きたくないです。

 

 一応、この世界でのボクの立ち位置って、勇者ってことになってるからね。

 ……魔王討伐から帰ってきてから、本当に地獄だったよ。

 付き合ってほしいとか、結婚してくれ(男)、とか、それはもう、かなりの数の人から告白されました。

 魔王を討伐しただけで、ここまでされるとは思ってなかったよ。

 あと、同性に求婚されるとも思ってなかったよ。

 ……ボク、あの時普通に男だったのにね。

 

「師匠―。準備できましたー?」

「終わってるぞー」

 

 軽い返事が寝室の中から返ってきた。

 いくら今が同性同士とはいえ、ボクは元は男。

 なので、さすがに一緒に着替えるわけにはいかない、ということで、こうして別々に着替えている。なお、今着ているのは、ドレスではなく、普通の私服です。

 

 ボクたちが住んでいるこの森は、王都の外れで、ゾールという場所。

 ここから王都までは、徒歩で三十分ほど。

 

 でも、ボクと師匠の場合、走っていくのでそれの三分の二ほどの時間しかかからない。

 師匠だったら、もっと早く着けるだろうけど、今回はボクに合わせてくれるとのこと。

 

 そんなわけで、移動の方法が方法なので、ドレスで行くわけにはいかないということです。

 動きやすい服装で行って、王城で着替えようとのことになった。

 王様にはまだ言ってないけど、いいよね!

 

 ボクの服装は、女の子になった日に購入し着ていた、可愛らしいウサギや花などがプリントされたTシャツに、ピンク色のパーカーと、今回はスカートではなく、ジーンズを履いていた。

 スカートだと、ちょっと走るには恥ずかしいからね……パンツ見えちゃいそうだし。

 ……パンツを見られて恥ずかしがるのは、男でもそうだよね? 女の子だけじゃないよね?

 

「ん、どうしたイオ?」

「あ、いえ……ちょっと、考え事を……」

 

 ボクを見て不思議そうな顔をしながら支障が出てきた。

 

 師匠は、ブラウスにジャケット、スラックスという、オフィスにいそうな感じの人になっている。

 元々、黒髪黒目で、スタイル抜群の美人さということもあって、できる女、みたいな雰囲気があるので、すごく似合っている。

 ……美人って、何を着ても似合うんだなぁ。

 

「どうした? あたしをじーっと見て」

「あ、い、いえ、すごく似合ってるなぁと思いまして……」

「そ、そうか。何というか……あれだな。弟子に言われるのは、嬉しいものだな」

 

 師匠にしては珍しい、照れたような表情。

 ……え、誰ですか? この美人さん。

 

 師匠が照れているところなんて、今まで見たことなかったような……?

 ……に、似合わない。

 

「おい弟子。今なんか、失礼なことを考えたか?」

 

 す、鋭い!

 師匠の目がどんどん細く……!

 こ、これ不機嫌な時の師匠だ!

 

「い、いいいいいえ! か、考えておりませぬ!」

「……口調がおかしいぞ? 貴様、本当は考えていたんじゃないのか?」

 

 ああ、さらに細くなってるぅ!

 

「そ、そんなことはない、です……」

 

 ひ、否定を、否定をしないと。

 

「……まあいいだろう。あたしは今、機嫌がいいんでな」

「ほっ……」

 

 よ、よかったぁ……このままだと、パーティーの前に死を覚悟をしないといけなかったよ。

 

「んじゃ、行こうか」

「あ、はい」

 

 準備を終えたボクたちは、王城へ向かうべく、家を出た。

 

 

「さて……今日は、イオ殿とミオ殿が来るわけだが……」

 

 俺は一人、これから来る重要人物のことを思い、ものすごく緊張していた。

 そりゃそうだ。

 

 方や、魔王を倒してくれた勇者殿。方や、その師匠であり、数十年前に邪神を倒し、世界を救った英雄。

 そんな大物たちがこれから来ると考えると、緊張してくるのは当たり前だと言えよう。

 

 俺が一番心配しているのは、ミオ殿の方だ。

 イオ殿は一年ほど共に過ごしているから、人となりを知っている。

 

 だが、ミオ殿は未知数。

 

 俺とて、伝説の暗殺者であるミオ殿とは、話でしか聞いたことがない。

 どのような人物かは全くわかっていない。

 

 どのような性格なのだろうか?

 

 少なくとも、あのイオ殿が師匠と仰ぎ、世話をするくらいなのだ。

 さぞ、素晴らしい人物なのだろうな。

 是非とも、話をしてみたいものだ。

 

 ……しかし、気になることがあるとすれば、ミオ殿が邪神を倒したのは数十年前と聞いている。

 

 だというのに、イオ殿がミオ殿の特徴を挙げた時、その特徴は確かにミオ殿と一致していたが……あの特徴は、邪神を倒した時くらいの特徴だったよな?

 

 まさかとは思うが、偽物?

 

 ……いや、それはないだろう。

 王国最強とまで言われた俺を超えたイオ殿を鍛えるなど、生半可な実力では務まらないし、何より魔王討伐までいくとは考えにくい。

 

 だから、本物だとは思うのだが……。

 

「……いや、そもそもこの世界では魔力の質と量が高ければ高いほど寿命が延び、外見は若々しいまま、だったな」

 

 それが一番あり得るだろう。

 

 ……暗殺者なのに、高位の魔法使い以上の魔力と質、量を持っているとか、何の冗談だと思うが。

 

 ……よし、現実逃避はここまでにしよう。

 現実を見ろ、ヴェルガ・クロード。

 目の前のことを認識しろ。

 

「ですから、お姉様は(わたくし)とパーティーを過ごしてくれるのです!」

「いいや、いくら可愛い妹であるフェレノラと言えど、これだけは譲れないぞ!」

「私は、お姉様と約束したのです! ですから、私と一緒にいるのが当然なのです!」

「何を言う! イオ殿は、きっと私とも一緒にいたいというはずだ!」

 

 俺の目の前で繰り広げられているのは、フェレノラ様と、セルジュ様の二名による喧嘩。

 王宮に使えること二十年。生まれたばかりの頃から知っているこの二人が喧嘩をしていたことなど、俺は一度も見たことがない。

 それほどまでにフェレノラ様とセルジュ様は仲が良かったのだ。

 どんな時でもお互いに助け合う、そんな仲なのだが……

 

「お兄様のバカ! お姉様は私といるのです!」

「バカとはなんだ! イオ殿は、私といるのだ!」

 

 なぜ今は、犬猿の仲のような状態なのだ……。

 

 しかも、その喧嘩の原因がイオ殿だというのだから、余計に戸惑う。

 

 セルジュ様がイオ殿にプロポーズしたのは陛下から聞いていたが、俺はフェレノラ様が、とんでもないことを言い出したのを見ている。

 

 この二人が同時に、同じ人に恋をする、そんな状態だ。

 

 フェレノラ様が男であったのなら、この状況は何ら不自然でもない。いや、イオ殿的にはたまったものではないと思うが。

 

 しかし、しかしだ。

 

 問題はフェレノラ様の方だ。

 女性であるフェレノラ様が、心は男とは言え、女性となってしまったイオ殿に恋をしてしまったのだ。

 

 仮に、イオ殿が男のままであったならば、フェレノラ様との恋を応援したことだろう。

 

 しかし、陛下曰く、男の状態でもイオ殿を愛せる、とセルジュ様が言っていたそうだ。

 

 そう考えると……どちらの性別でも、この二人はこうなったんじゃないだろうか?

 

 つまり、イオ殿が男だったのならば、フェレノラ様は普通の恋をしたが、セルジュ様は特殊すぎる恋をすることになり、イオ殿が女性ならば、セルジュ様は普通の恋をし、フェレノラ様が特殊な恋をする、と。

 後者はすでに実現してしまっているが、前者も普通にありそうで恐ろしい。

 

 セルジュ様にはそっちの気もあるのか?

 だとしたら、この王族……というか、セルジュ様とフェレノラ様は特殊すぎると言うか、かなり恐ろしい。

 

 イオ殿が男なら、セルジュ様が特殊すぎる恋をし、イオ殿が女性ならば、フェレノラ様が特殊すぎる恋をするのだから、本当に恐ろしい。

 

 ……どっちへ転んでも、どちらかが同性愛者になるじゃねえかっ……!

 

 なんだ、この状況は!?

 俺はどうすればいいんだ!?

 いや、騎士団団長でしかない俺が口を出すのもおかしいが、さすがにこの件に関しては、俺も関わってるからな。

 ……なんというか、フェレノラ様に関しては、俺も原因な気がしないでもないしな。

 

 陛下! マジでどうしろと!?

 

「お兄様は振られたではありませんか! だというのに、アプローチをかけるというのですか!?」

「振られたとて、この先そうならない未来しかないわけではないだろう! つまり、私とイオ殿が結婚する世界もあり得るというのだ!」

「絶対に訪れませんわ! むしろ、そのような未来が来る前に、私が破壊します!」

 

 ……イオ殿の影響力は、目を見張るものがあるなぁ……。

 まさか、ちょっとかかわっただけで、兄妹仲が悪くなっているなど、思いもしないだろうな、イオ殿は。

 

 女神のごときあの美貌は、たしかに美しく、男女問わず、誰もを魅了しそうなほどだが、時としてこんな風に仲を引き裂くことになりうる、ということか。

 

「……俺、辞めようかな」

 

 本気で騎士団を辞めようかと、俺は思った。

 むしろ、そのほうが俺疲れないんじゃね?

 

 正直、ここまで仲が悪くなる二人を見ているのも疲れるのだ。

 喧嘩の内容もどうでもいいしな。

 どちらがイオ殿とパーティー中一緒にいるか、という話だからな。

 ……いや、本当にどうでもよくね?

 

「……早く、来ないものか……」

 

 イオ殿、早く来てくれ。

 そう、切に願う俺だった。



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52件目 王城へ

「師匠、ちゃんとドレス持ちましたよね?」

「当然。つか、さっき準備は大丈夫かって聞いたのお前だろ。持ってるにきまってるさ」

「ですよね。それならいいんです」

 師匠の事だから、私服で行こうとするんじゃないかなって思っていたけど、杞憂でよかった。

「いい酒が飲めるんだ、そのためだけにドレスを着る価値はある。本当は着たくないんだがな」

 

 ……やっぱり、私服で行こうとしていたんだね、師匠。

 ドレスを着るのは、お酒の為って……本当に欲望に忠実だよ、師匠。

 家から出発して、すでに十分程経過している。

 ちなみに、こうしてなんでもない、日常風景のような感じで普通に喋っているけど、かなりのスピードで走っていたりする。

 少なくとも、時速四十キロくらいで道を走っている。

 

 一応、もっとスピードは出せるけど、走っているのは普通の道だからね。これで馬車とか、一般人の人たちが通ったらかなり危険だからね、これくらいが限界。

 これ以上スピードを出そうものなら、人は死んじゃうし、馬車は破壊しちゃうかもしれないしね。

 師匠なんて、ちょっと当たっただけで壊しちゃいそうだもん。

 

「ところで師匠、創造石っていくつ必要になるんですか?」

「んー、そうだな……そこまで必要じゃない。大体五センチくらいの大きさのやつが一個でも十分だ」

「意外と小さいのでもいいんですね。てっきり、もっと必要なのかと……」

「でかいに越したことはないけどな。でかければでかいほど、成功確率は上がる」

「なるほど」

 なら、師匠としては、大きいものを手に入れておきたい、ってことかも。

 

 でも、

 

「師匠、できれば最低サイズをお願いできませんか?」

 

 ボクは、創造石の大きさに関して、小さいものにしてもらうよう頼んでいた。

 

「ん、どうしてだ? でかい方が、お前が元に戻る確率が高まるんだぞ?」

「い、いえ、ボクの場合、むしろ小さいほうが確率が高いというか……」

「ふむ? どういうことだ?」

「そ、その……ボクのステータス、なんですが」

「お前の幸運値か?」

 

 ボクがステータスと言うと、師匠はすぐに幸運値という結論に至った。

 さすが師匠。

 

「お前、幸運値だけでいい、ちょっと数値言ってみろ」

 

 し、師匠の眼光が鋭い……。

 

「な、7777です……」

「はぁっ!?」

 

 ボクの言った数値に、師匠が素っ頓狂な声を上げた。

 ボクも、この数値に関して、初めて見た時も師匠みたいな反応だったしね……。

 

「お、おおおおおお前! ま、ままままマジで言ってるのか!?」

「は、はい」

 

 ここまで取り乱している師匠を、ボクは一度も見たことがない。

 

「そ、そうか……そんなあほみたいな数値、聞いたこともないし見たことないぞ、あたし」

「や、やっぱり、変、ですか……?」

「変なんてもんじゃない。そもそも、幸運値が四桁って言うことだけでもおかしいのに、まさか、幸運を表す『7』だけで構成されてるとか……お前、やっぱおかしいんじゃないのか?」

「あ、あはは……」

 

 ボクもおかしいと思ってます。

 あと、やっぱり四桁って普通じゃないんだ……。

 

 そう言えば、一般的な農民の幸運値で、大体120って話だし。

 一般的な幸運値の約648倍の幸運値をボクは持っているわけで。

 

 それに、幸運値っていうのは、人が生まれた時から変動することはなく、生まれた時の数値で人生を送ることになるとのこと。

 ある意味、一番特殊なステータスみたい。

 

「ち、ちなみに、師匠ってどれくらいなんですか?」

「あたしは、666だな」

「……師匠も師匠で、おかしくないですか?」

 

 数字全部『6』って……地球で言うところの悪魔の数字ですよね?

 師匠、悪魔にでも愛されているの?

 

「ま、これでもかなり幸運な方なんだぞ? まあ、悪運かもしれんがな」

 

 まあ、悪魔の数字ですし。

 

「だが、この世界の一般人の平均は、100~200だ。どんなに多くても、お前は、明らかにおかしい数字だ。そもそも、四桁とかまずいない……というか、聞いたこともない。しかも、ゾロ目だってほとんど現れないんだがな……」

「そ、そうなんですね」

 

 ゾロ目がほとんど現れない、とか言っている人が、『6』のゾロ目なんだけど。

 師匠、自分の事を棚上げしてる?

 

「しかし……そうか。たしかに、お前の場合は小さいほうがいい、か。ある意味、お前の場合、成功確率を上げるには、反対に確率を低くする方を取らないといけない、か」

「そうです」

「まあ、わかった。それなら、小さい方で頼んでみるとするか」

「ですね」

 

 じゃないと、ボクの場合失敗しちゃうからね。

 

「ともかく、急ぐぞ」

「はい」

 

 

 あれから数分程度で王都に到着。

 王都に着いてからは、徒歩での移動になる。

 時速四十キロで街を走るってことは、時速四十キロの車が街中を走行する様なものだからね。

 当たったら大怪我しちゃうよ。

 

 まあ、ボクたちだったら、普通の道を歩かず、屋根の上を走って行けば早く着くんだけどね。

 でも、それだと変に目立っちゃうし、移動の余波で物が壊れかねないもの。

 他愛のない話をしながら王城へ向かうと、ふと気になった。

 

「師匠、なんだか今日は人が多い気がするんですけど……」

「ま、そりゃ、魔王討伐のパーティーだからな。いろんなところから人が来るんだろうな」

「でも、パーティーってたしか、一応貴族の人たちだけ、って聞いたんですが……」

 

 王様曰く、ボクが落ち着いてパーティーを楽しめるように、とのことらしい。

 まあ、魔王を倒したわけだから、利用しようとする、なんて言う人が現れてもおかしくないからね。

 ボクは、ちゃんとそのあたりを理解しています。

 伊達に、暗殺者として一年間も活動していないよ。

 

「そりゃ、王城の中だけだぞ。少なくとも、勇者が帰ってきていることは、国中どころか世界中に知れ渡っていると思うがな。なにせ、お前が堂々と王様に会っていたみたいだしな?」

「うっ、す、すみません……」

 

 実を言うと、師匠にはしっかり地球からこっちへ来る過程を説明した。

 王様と知り合いという時点で、色々聞かれたからね……。

 

 そんなわけで、ボクがこっちに転移した場所が王城の謁見の間ということも知っている。

 王様は多分、貴族の人たちに言っちゃったんだろうなぁ。

 パーティーを開くって言ったの、王様だったし。

 それに何より、国中の貴族の人たちに、ボクがこっちに来ていることを招待状に書いたらしいしね。

 ……そこから漏れたんだろうね。

 街中でも、ボクがこっちに来ていることはすでに知られていた。

 

「お祭り騒ぎみたいですね~」

「みたい、じゃなくて、まんまだろうな。これ、どう見ても、王城で貴族や勇者がパーティーするなら、俺たちも祭りしようぜ! みたいな感じだろ」

「そうかもしれませんね」

「かも、じゃなくて、確実にな。見ろ、どう見てもあれ、出店だろ?」

「あ、あはは……」

 

 街へ入るなり見えたものと言えば、通りに並ぶ数々の出店。

 見たところ、食べもの屋さんが多いように見える。

 それ以外に見受けられるものとしては……

 

「おやおや。大人気じゃないか? ええ? 勇者様?」

 

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた師匠が、出店を見てからかってきた。

 

「や、止めてくださいよぉ……当人のボクとしては、すっごく恥ずかしいんですよ?」

「ま、これも人気者の宿命だよ。見ろよあれ、結構完成度高くないか?」

「だから嫌なんですよ!」

 

 師匠が指さした先に会ったのは、ボクの人形(男)。

 多分だけど、ボクがまだ王国騎士団で修業をしていた時の姿を模したものなんだろうなぁ。

 だって、似合わない鎧着てるし。

 

 身長低くて、ちょっと女顔のボクには、鎧がとことん似合わなかった。

 そもそも、重くて最初は着れなかったしね。

 

 鎧を着て動けるようになったのって、修業を始めてから半年経った頃だったかな?

 まあ、動けるって言うだけで、そのまま素早く動けるか、と言われれば、そうじゃなかったんだけど。

 鎧は、戦闘面でも、外見面でも似合わなかったよ。

 

 ヴェルガさんと戦った時だって、ボク、ほとんど軽装に近かったし。

 胸当てと籠手、脛当くらいだったし。

 本当に大事なところだけを守ってた、って感じだったけ。

 

 この人形は多分だけど、ボクがようやく着れるようになった時に、魔物討伐しに行ったときの鎧かな?

 ボクがフル装備で街を歩いたのなんて、その時くらいだろうしね。

 

「お、イオ、ほかにもあんなのがあるぞ?」

「……はぁ」

 

 次に見えたのは、銀髪のかつら。

 しかも、無駄に完成度が高い気がする。

 

 どう見ても、ボクが男の時の髪型だ。

 今のボクと言えば、腰元まで伸びた銀髪ロング。

 でも、このかつらは肩口くらいのショートカット。

 

 まあ、女の子になっていることは、王様と騎士団の人たち、それから、セルジュさんと、レノくらいだもんね。

 国民の人たちは知っているはずがないので、ショートカットしかないのは当たり前。

 

 そう言えば、この世界には銀髪の人がいないんだとか。

 

 師匠曰く、『神の楽園』にいるかも、って話だけど、何だろう、神の楽園って。

 王城で暮らしていた頃、この世界を知るために、王城の書斎に行って本を読んでいたけど、『神の楽園』なんて場所は見たことがなかった。

 

 師匠は色々と謎だから、誰も知らないようなことを知っていても不思議ではない気がする。

 なにせ、神様に会ってるって言う話だし。

 

「いやしかし、本当にこの国じゃ、勇者様は英雄なんだなぁ? あんな立派な像まで作られちゃってよ?」

「あ、あぅぅぅ……」

 

 は、恥ずかしいぃ……。

 師匠にあの像を見られるなんてぇ……。

 

 あの像、どうみても本当のボクよりかっこよく作られちゃってるんだもん。

 誰、あの人、ってなるくらいにかっこよくなっちゃってるよ!

 きりっとした切れ長の目、スッと通った鼻筋、爽やかな笑みを浮かべた口元! 神の気だって、男だった時よりも、妙にさらさらな印象を受けるし。

 

 皆さんには、ボクがあんな風に見えていたの?

 ボク、あんなにかっこよくないよぉ……。

 

「しかしまあ、ここの街並みも随分変わったもんだねぇ」

「やっぱり、結構変わったんですか?」

「まあなー。一年前にイオに会った時だって、ただ酒買いに来てただけだから、あんましじっくり見れてなかったからな。こうしてゆっくり見てみると、変わったもんだよ」

 

 しんみりとした口調で話す師匠。

 その表情には、わずかに憂いが見えた。

 ……百年以上も生きてるわけだから、その人が高位の魔法使いでない限り、大抵の人は師匠よりも先に旅立ってしまったのだろう。

 そう考えると、不老不死なんて、辛いだけだよね……。

 

「変わっちまったよ……あそこ、いい酒屋だったんだけどなぁ……」

 

 …………ボクの純粋な心を返してほしい。

 結局師匠はお酒でした!

 

 あの憂いも、多分、好きだった居酒屋がなくなっちゃったからでしょうね!

 師匠のやることなすこと、すべてお酒が絡んできてる気がするもん!

 

「くっそお、あそこの蜂蜜酒、すっごい美味かったんだけどなぁ」

「……師匠って、空気読めない、って言われたことありませんか?」

「暗殺者であるこのあたしがか? まさか。あたしほど空気の読める女はいないぞー?」

「空気を読める人は、お風呂に入っている弟子のところに乱入するようなことはしません」

「弟子の成長を確かめるのも、師匠の務めだ」

「一体何の成長を確かめてたんですか! 第一、お風呂で確かめるようなものってないですよね!?」

「いやなに。男の象徴的な部分をだな……」

「へ、変態! 師匠のエッチ!」

 

 度し難い変態でした。

 ……まさか、あの乱入の理由がそんなことだったなんて……。

 

 師匠は、確かに尊敬しているんだけど、こうも変態的な部分を見せられると、一気に尊敬から、軽蔑になりそうだよ。

 

「ははは! なに、九割方本気だ」

「普通、九割方冗談って言うところなんじゃないんですか!? なんで、普通に本気にしちゃってるんですかっ!」

 

 しかも、冗談の割合が一割しかないんだけど。

 これ、男に戻ったとして、本当に大丈夫なの?

 

「おっと、そろそろ王城だぞ」

「あ、誤魔化しましたね!?」

「いいから行くぞ。過去のことなんだぞ?」

「過去は過去でも、ボクからしたら過去のことに対してのカミングアウトをされてるんですけど!」

「うるせえ! いいから行くぞ!」

「え、あの……きゃっ!

 

 逆切れされた。

 そしてそのまま、逆切れされた師匠にお姫様抱っこで王城まで連れていかれた。

 ……思わず、きゃっ、と言ってしまった。

 

 お姫様抱っこされた瞬間、周囲からざわめきが起こったけど、お姫様抱っこされるという、恥ずかしい状況のおかげで、周囲に気を配っている余裕がなかった。

 

「し、師匠、あ、あの、下ろして――」

「嫌だ」

「……はい」

 

 下ろしてほしいという前に却下され、あえなく撃沈。

 顔を真っ赤にしながら、ボクはこのまま王城へ行くことになってしまった。

 師匠、なんで恥ずかしくないの……?

 

 真っ赤な顔で恥ずかしがる銀髪の少女を、黒髪の長身美人の人がお姫様抱っこしている光景を見ていた街の住人たちは、大変すばらしいものを見たと、とても幸福な気持ちになったとか。



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53件目 王女でのパーティー1

 お姫様抱っこのまま、王城前まで連れていかれ、門番の人がいる目の前でようやく下ろしてもらえた。

 

「ほい、着いたぞ」

「……恥ずかしかったですぅ……」

「あたしは楽しかったぞ。イオは、ちょうどいい大きさだからなぁ」

「や、やめてくださいよ……」

 

 本当に恥ずかしかった。

 街中を、師匠にお姫様抱っこされながら進むんだもん。

 師匠は、神経が図太いからいいけど、ボクはそこまで強くないし……。

 

『お名前をどうぞ』

「くそや――こほん。国王陛下に招待された、イオ・オトコメと、ミオ・ヴェリルだ」

 

 今師匠、王様のこと、クソ野郎って言いかけてたよね?

 

『ゆ、勇者殿に、英雄様ですか!?』

『へ、陛下の言っていた通り、本当に女性になっているのだな、イオ殿』

「あ、あはは……まあ、そう言うことです」

 

 門番の人たちとは、面識があるので、かなり驚かれたようだ。

 心なしか、顔をが赤い気がする。

 風邪かな?

 あと、師匠が英雄様って言われているのが、なんだか違和感というかなんというか。

 

『お二人には招待状は送っておりませんが、陛下が顔パスでよい、と言っていたので、このままお進みください』

「あいよー」

「ありがとうございます」

 

 顔パスって……。

 王様、たまに適当だよね。

 

 

『お待ちしておりました。イオ様、ミオ様』

 

 王城に入ると、待ち構えていたかのように、メイドさんが歓迎の意を示してきた。

 何度呼ばれても、様付けは慣れない……。

 

 ちらりと師匠を見ると、いつも通りのすました表情。

 慣れてるんだろうな、こういう場面に。

 

『更衣室はこちらです、どうぞ』

「は、はい」

 

 丁寧にされるのも、本当になれない。

 やっぱり、普通の庶民的な生活が一番落ち着くよ……。

 

 

 通された更衣室は、前回ボクがドレスの試着をした部屋だった。

 

 そう言えば、試着するための個室のようなものが、いくつかあったっけ。

 師匠は一人でいいと、メイドさんの申し出を断っていたが、ボクは着慣れないドレスなので、手伝ってもらうことにした。

 その際、手伝ってくれたメイドさんの目が怖かった。

 獲物を見るような目というのだろうか? そんな感じだったので、早く着替えを済ませたい、という気持ちでいっぱいだった。

 

 それに、やたらとボクの体を触ってくるんだもん。

 胸とか、背中、腰、脚も、いろんなところを触られた。

 こ、これって、ちゃんとドレスを着るために必要なことなんだよね?

 決して、メイドさんたちが、奇行に走ったってわけじゃないんだよね?

 

『イオ様、終わりましたよ』

「あ、ありがとうございます」

 

 妙につやつやとしているメイドさんにお礼を言って、個室から出た。

 

「ん、おー、遅かったな、イオ」

「あ、師匠、お待たせしました」

 

 個室の外では、すでに師匠が待っていた。

 さ、さすが長身美人……ドレス姿が似合ってる。

 

 師匠は、黒のロングドレスを着ていた。

 裾は膝より少し下くらいの長さで、よく見ると、スリットが入っている。

 ドレス自体は、体のボディーラインをはっきりさせている物のせいか、師匠のメリハリのあるスタイルがよくわかる。

 いつもはポニーテールにしている髪も、今日は下ろしているようで、ストレートロングにしていた。

 

 普段のずぼらな師匠は一体どこへ? と思えるほどに、師匠はとても魅力的だった。

 

「ん、どうした、あたしをじーっと見て」

「あ、い、いや、その……」

「ほほう? もしかして……見惚れたか?」

「はぅっ!」

「図星か。つか、今の声可愛いな。お前、ますます女になってきてるんじゃないのか?」

 

 ……ボクもなんで、今の声が出たのかがわからないです。

 

「い、いえ、だって、師匠ってすごく綺麗ですから、その……魅力的、ですよ」

「そうか。ありがとな。……できれば、男の時に言ってもらいたかったが」

「師匠、今何か言いました?」

「いや、何でもないぞ」

 

 ぽそっと最後に何か言っていたような気がしたんだけど……気のせいだったのかな?

 

「さて、行くぞ、イオ」

「あ、はい」

 

 

 着替えを終え、ボクたちは王城内のパーティー会場に来ていた。

 そこでボクと師匠は一旦別れた。

 

 というのも、ボクは魔王を倒した立役者であり、異世界からの来訪者、それに加えて勇者という立場だから、正式に発表したい、とのことらしく、王様がさっき頼みに来ていた。

 恥ずかしいから断りたかったんだけど、師匠にも行って来いと命令されてしまった上に、王様に泣きつかれるという悲惨な状況になってしまったので、断り切れなかった。

 

 まあ、こっちでかなりお世話になったしね……あれ、本当にお世話になったっけ?

 少なくとも、衣食住だけでしか助けてもらわなかったし、何より、それらを手助けしていたのって、メイドさんとか執事さん、あとは騎士団の人たちだったような……?

 

 ……あれ、王様命令しただけで、何もしてなくない?

 ……それに、この世界に呼んだきっかけの一人と考えると……ボクからしたら加害者以外の何者でもないような?

 うん。やめよう。王様はいい人。うん、そう考えよう。

 

 そんなわけで、ボクは現在、舞台裏にいる。

 王城内に、パーティーをするための部屋があり、そこには舞台も作られていた。

 ボクは舞台袖の方にいる感じです。

 

 こっそり、会場を見回すと、かなり大勢の人がすでに会場内にいた。

 この王城に呼んだのは、貴族だけらしいので、爵位を持っていないのは、ボクと師匠だけになる。

 

 リーゲル王国の貴族の人たち全員に招待状を送って、来ていない家はないのだとか。

 それだけ、魔王討伐が喜ばしいことだったってことみたいだ。

 

 ……まあ、ボクとしてはあんまり喜ばないでほしいんだけどね。

 あれでよかったのかな、ってずっと思うわけだし。

 ……魔王は絶対に許さないけど。

 

 ボクに反転の魔法をかけたからね、あの人。

 

 魔王が復活して、もしも、ボクが倒した魔王さんだったら、ボクは間違いなく、真っ先に倒しに行くだろうし。

 

 それにしても、この国って、こんなに貴族がいたんだ。

 見るからに、人、人、人。

 会場を動き回って、サポートや料理の配膳、お酒を注ぎまわっているメイドさん以外の人全員、豪華なドレスや、礼服を着ている。

 

 うっ、こういうパーティーって参加したことないから、勝手がわからない……。

 師匠は。師匠はどうしているんだろう?

 そう思って、会場内のどこかにいる師匠を見回していると、

 

「……あ、いた」

 

 貴族の人と談笑していた。

 

 え、なに、あの微笑み。

 見たことないくらいに、美人なんだけど……。

 師匠って、本気を出したらすっごく美人だから、自然な微笑みとかを見ていると、つい見惚れちゃいそうになる。

 

 でも、普段のずぼらな姿を見ているボクからしたら、少し寒気が……

 

「……」

 

 ギロッと師匠の鋭い眼光がほとんど知覚できないほどのスピードでボクに飛んできた。

 これだけ離れているのに、なんで気付くの? あの人。

 本当は、読心術系統の能力かスキルを持っているんじゃないだろうか?

 

「イオ殿、準備はよいか?」

「あ、王様。え、ええっと、恥ずかしいということを除けば、大丈夫、です……」

「わかった。それでは、始めるとしようか」

 

 う、うぅ、緊張してきたぁ……。

 

 

「あー、あー……ごほんっ。我が親愛なる臣下たちよ。此度のパーティーによくぞ出席してくれた。我が国……いや、人間の国全てが、魔王軍からの侵攻を受けて十年。戦争が始まったばかりの頃は、幸いにも数による戦略で押し返していた。その状態が、五年も続き、未曽有の危機にはさらされていなかった。しかし、かの魔王が出現してから、魔王軍は個人としての強さが目に見えて向上し、押していた我が人類の軍も、押し返されていった。押され気味の状況が二年ほど経ち、我らは異世界の者を召喚するという暴挙に出た」

 

 あ、暴挙って思ってたんだ。

 あと、あの戦争、十年もしてたの?

 

「召喚された勇者殿は、我らに対し怒るでもなく、助けると言ってくれた」

 

 いや、助けるとは言ってなかったんだけど……。

 どちらかと言えば、魔王倒さないと帰れない契約だったから、しかたなく、って言う面の方が強かったような……?

 まあ、押しに弱い、って言うのもあったかもしれないけど。

 

「しかし、勇者殿は最初はとても弱く、非力な存在であった」

 

 酷くない? 勝手に異世界に呼んでおいて、そんなことを思ってたの?

 思わず殺気が漏れ出そうになったけど、寸でのところで抑える。

 

 ……あれ、なんだか殺気を感じる……って、ああ、師匠がすごい殺気を漏らしてる!

 しかも、周囲には悟らせないって言う、半ば化け物みたいな殺気の出し方だよ!

 あれ、すごく怒ってるよ。王様に対して、すごく怒ってるよ!

 

「だが、勇者殿は、自分の力のなさを理解し、修業を積み、一年で王国最強となるに至った。その後は、師匠を探して旅に出て、見つけた師匠殿に一年間修業をつけてもらい、三年目でとうとう、魔王討伐に乗り出した」

 

 旅に出る、なんて言ったけど、師匠と出会ったの、王城から出て数分だったんですが。

 言うほど、師匠探しの旅に出ていたわけじゃないんだけど……。

 は、恥ずかしぃ!

 

「そしてついに! 一月ほど前、勇者殿は魔王討伐を果たした!」

 

 王様のその一言で、会場は沸き、耳を澄ませると、王都の方でも歓声が沸いていた。

 この王様のお話しは、国中に流されているのかも。

 国民を安心させたい、ってことなのかな。

 

「勇者殿は魔王討伐後、十日ほどの休息を経て、元の世界へと帰還していった。しかし、勇者殿は現在、我が国で滞在しており、この場に来てもらっている!」

 

 あ、あれ? 妙にハードルを上げてない?

 

「勇者殿――イオ・オトコメ殿、舞台へ」

 

 き、きた。

 し、深呼吸……。

 

「すぅー……はぁー……よ、よし」

 

 緊張しながらも、ボクは舞台袖から、王様のいる部隊の中心へと歩いていく。

 ボクが現れた瞬間、会場がどよめいた気がする。

 気がするだけであって、気のせいだとは思うんだけど……。

 そんなことを気にしつつも、中心へ向かって歩き、王様の横に立って一礼する。

 

「この者が、イオ・オトコメ殿。人類にとっての勇者であり、英雄だ!」

『おおおおおおおおおおおっっ!』

 

 王様がボクの紹介をすると、会場から歓声が上がり、拍手をしだす。

 そんな中、一人の貴族の男の人が挙手をした。

 

「ノートレス侯爵家長男、ギスベル=ノートレスと申します。国王陛下。一つ、質問をよろしいでしょうか」

「うむ。許す」

「ありがとうございます。聞いたところによると、勇者殿は若い少年だった、と聞き及んでいるのですが、その者は美しい少女です。これは一体どういうことなのでしょうか?」

 

 あ、うん。やっぱり聞かれるよね。

 王様を見ると、予想通りという表情をしていることが見て取れた。

 あと、わざわざお世辞を言うとは、さすが貴族だ。

 慣れてるんだろうね。

 

「イオ殿は、魔王を倒した直後に、反転の呪いをかけられ、このような少女の姿になってしまった。だが、紛れもなく勇者殿で間違いはないので、安心するがよい」

『あ、あの伝説の呪いを……』

『大丈夫なのだろうか?』

『あの者は、本当に勇者殿本人なのか?』

 

 あー、疑い始めてる人も出始めた。

 ど、どうすればいいんだろう? この場合。

 王様もどうしたものかと、悩んでいる様子。

 何かした方が――ッ!

 

「やぁっ!」

 

 一瞬、妙な殺気と共に、何かが飛んできた。

 そしてそれを何とかキャッチし、投げ返す。

 その先にいたのは、

 

「って、師匠!?」

 

 投げ返した先にいたのが師匠だったため、思わず大声を出してしまっていた。

 王様もびっくりしたのか、顔には驚愕の文字が浮かび上がっていそうなほどに、ぽかーんとしていた。

 

「はっはっは! いやぁ、不意打ちだというのに、よく取れたなぁ、弟子」

「いや、洒落になりませんよ! というか、なんでいきなりナイフなんか……」

 

 さっき師匠が投擲したのは、普通のナイフだった。

 多分、武器生成か何かで創ったんだろうなぁ。

 

「でもま、これではっきりしたんじゃないのか? お前が、イオ・オトコメ本人だって」

「……あ」

「なるほど。わざわざ信用させるために、仕掛けてくれた、というわけか……。皆の者、たしかに、イオ殿は女子になってしまったが、その強さが決して疑われるわけではない! 今のように、突然飛来したものをしっかり受け止め、投げ返すことができるほどに、イオ殿は強い! そして、今投げられたものが何か分かった物はおる?」

 

 王様が貴族の人たちに尋ねると、誰一人として答える人はいなかった。

 

「この芸当は、騎士団団長のヴェルガですら不可能だ。これでもなお、イオ殿を疑う者はおるか?」

 

 無言。

 つまり、それはつまり肯定。

 

「そもそも、この国どころか、人類にとっての恩人を疑うとは何事か! おぬしら、それでもリーゲル王国貴族か! 儂は恥ずかしいぞ!」

 

 王様の叱責に、疑った人たちが下を向く。

 これ、やりすぎなんじゃ……?

 

「あの、王様? ボクが女の子になったということを知らなかったわけですし、しょうがないんじゃないでしょうか?」

「む、そうか?」

「はい。そもそも、ボクってあんまり強そうな外見をしてませんから、疑ってしまってもしょうがないです。それに、ボク自身、自分の功績をわざわざ言うようなことをしたくないですから」

「……やはり、おぬしは謙虚だな。聞いたか、皆の者。イオ殿は、疑ったことを許すと申しておる! 本来であれば、厳しい処罰があるが……イオ殿の寛大な判断に感謝するのだぞ!」

 

 あ、あれ!? そう言うことじゃないんだけど!?

 というか、あれだけのことで厳しい処罰を与えようとしてたの、この人!?

 どうしてこうも、この世界の人って言うのは、無茶苦茶な人が多いんだろう?

 

「さて、長い儂の話はここまででにして。ここからは普通に行こうぞ! お互いの立場など、忘れて、お互いが同じ立場だと思って、思う存分、飲み、食べよ! 乾杯!」

『乾杯!』

 

 う、うわ、すっごい強引にいったよ!

 ここまで無理矢理に、乾杯まで持っていた人をボクは見たことがない。

 そして、それに対して疑問にも思わずに乾杯している人たちも見たことがない!

 本当に価値観が違うなぁ……。

 

「さ、イオ殿。イオ殿も楽しんでいってくれ」

「あ、は、はい」

 

 楽しんでって言われても……。

 どうすればいいのかわからないけど、とりあえずボクも舞台から降りよう。

 ずっとここにいるのもあれだからね。

 そう思いながら、ボクは舞台から降りて行った。

 そんなこんなで、王様の強引な挨拶で、パーティーが始まった。



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54件目 王城でのパーティー2

 パーティーが始まり、会場は一気に歓談ムード。

 ボクはボクで、いろんな人に話しかけられていた。

 

『あ、あの、イオ殿! うちの息子なんていかがでしょうか!』

『おい貴様! 何を抜け駆けしている! イオ殿、ぜひうちの息子と!』

 

 なんていう風に、なぜか縁談を持ちかけられていた。

 もちろん、その相手は男の人なので、ボク的にはちょっと。

 

「あ、あの、ボク一応、男、何ですけど……」

『それは前の話で、今は女性だろう? それなら問題はないではないか』

『うむ。その通り』

 

 いや、あの……ボク、普通に恋愛する気はないんですけど。

 

「えっと、今は女の子でも、心は男なので……ごめんなさいっ!」

『そ、そうか……』

『イオ殿くらいの美しい少女なら、きっと想い人がおるのだろうな……』

 

 まさか、いきなり縁談を持ちかけられるとは思わなかったよ。

 あ、でも、セルジュさんにプロポーズされたこともあったし……あれも一応、縁談と言えば、縁談、なのかな?

 

 この後も、いろんな人がボクのもとに来て、縁談を持ちかけてきた。

 もちろん、すべて丁重にお断りしましたよ。

 

 ……まあ、師匠の殺意がひしひしとボクに直撃していたのもあったけど。

 それにしても、なんで、結婚させたいと思ってるんだろう?

 やっぱり、魔王を倒したから、戦力的に欲しい、とか?

 貴族の考えることはわからないよ。

 そんなことを考えていると、後ろから誰かが走ってくる音が。

 

「お姉様!」

 

 うん? 今の声は……。

 

「お姉様!」

「わわっ……と、危ないよ、レノ」

 

 ばふっと、飛び込んできたレノをしっかり抱きとめる。

 

「申し訳ありません。その、お姉様がかっこよくて、いてもたってもいられず……」

「そ、それは嬉しいけど、レノはお姫様なんだから、会場内を走ったりしたらだめだよ?」

「はーい」

 

 聞いてるのかな、これ。

 

『おお、『白百合姫』様だ』

『姫様、なんとお美しい……』

『イオ殿と一緒だと、一層華があるな』

『『白百合姫』様、今、イオ殿のことをお姉様と呼んでいたが……』

『それ以前に、イオ殿が、姫様のことをレノとお呼びしていたぞ』

 

 レノの登場で、周囲がざわざわし始めた。

 やっぱり、レノってお姫様なんだなぁ。

 たしかに、可愛いよね。

 

 そう言えば、『白百合姫』って聞こえたけど、レノのことかな?

 ……なんだろう? 普通に容姿のことを言っているはずなんだろうけど、全く別の意味に聞こえてしまうのは、なんでだろう? 女委に毒されたかな?

 

「さあ、お姉様! 一緒にパーティーを回りましょう!」

「うん、いいよ。約束だったからね」

「ありがとうございます! 行きましょ!」

 

 元気だなぁ、レノ。

 ぐいぐいボクの手を引っ張っていくよ。

 

「あ、そうだ。レノ、ちょっと師匠の所に行ってもいいかな?」

 

 どうせなら、レノを紹介しておこう。

 

「お姉様のお師匠様のところですか? もちろんです! 私も会ってみたいですし」

「よかった。すぐ近くに行くから、行こっか」

「はいっ!」

 うん。レノは可愛いね。

 なんだか、妹みたいでちょっと癒される。

 

 ……普段、荒れてるからね、周囲が。

 こんな風に、誰かと一緒にいて心休まった時なんてほとんどないよ。

 レノなら、変なことをしたり考えたりしてなさそうだからね。

 

「あ、師匠―」

「ん? ああ、イオか。どうした……って、ん? その子は?」

「あ、は、初めまして! リーゲル王国王女、フェレノラ=モル=リーゲルと申します!」

「ああ、あのくそや――こほん。王様の娘か。ふむ……あたしはなんて呼べばいい?」

「え、えっと、レノ、で大丈夫ですよ!」

「そうかわかった。それで、レノ。ちょっと話があるんだが、いいか?」

 

 普通に王女様相手にため口をきける師匠は、本当にすごい。

 師匠が敬語を使うことなんて、滅多にないし。

 

「あ、はい」

「ああ、イオはちょっとそこで待っていてくれ」

「わかりました」

 

 ボクに待ってるよう指示して、師匠はレノと少し離れたところに行ってしまった。

 

 

「それで、レノ。お前は、イオのことをどう思ってる?」

「ど、どう、とは?」

「そりゃ決まってる。好きかどうか、だよ」

「なっ、ええええええと、えとえとえとえと……す、すすす好きって、その……そういうこと、ですよね?」

 おーおーおー、面白いくらい動揺しているな、レノ。

 ふむ。さっき、イオと一緒に歩いているときに、妙に熱っぽい視線をイオに向けてるなと思ったら、やっぱりか。

 

 あいつ、王子だけでなく、王女まで落としたのか。

 両性にモテるとだろうなとは思ったが、本当にそうなるとはな。

 

「ああ、今お前が考えていることで問題ない」

「あ、あの、えっと……わかりやすかった、んでしょうか?」

「さあな? あたしから見たらまるわかりだ。最も、イオの奴は全くと言っていいレベルで気づいていなかったみたいだが」

 

 あいつ、鈍感だしな。

 そもそも、自己評価がかなり低いし。

 元男なら、自分の可愛さくらい、気づくと思っていたんだが……。

 

 やはり、あいつはそう言った面では疎い。

 ま、自分自身だから、すごく可愛い、なんて思わなかったんだろうな。

 

「そ、そうなんですね」

「ただまあ、あいつと恋愛したい、ってことなんだろ?」

「そ、そのぉ~……はい」

 

 一瞬言い淀んだが、思い直したのか、それを止めて肯定した。

 

「ふむ。あいつは今、女になっている。当然、同性同士の恋愛になる。お前は、それでもいいのか?」

「もちろんです! お姉様は、私の命の恩人です! かっこよく私を救い出してくれたお姉様に、私は恋をしています! 男性でも、女性でも愛せます!」

 

 頬を赤らめながらも、目をきらきらさせながら力説してきた。

 

「お、おう、そうか」

 

 これは、ガチだな。

 しっかし、命の恩人ねぇ……。

 あいつ、そんなこと言ってなかったよな?

 

 いつ知り合ったんだ? あいつ。

 というか、普通にお姉様呼びされてるし。

 ……そういう趣味でもあるのか? いや、違うな。

 

 これは、普通に、レノが自発的に呼んで、イオが断り切れなくて了承した、ってところだろうな。

 いやしかし、ここまで本気とはな。

 

「まあわかった。一応、あいつは呪いを解呪する予定だ」

「解呪? もしかして、反転の呪いって解呪ができるんですか?」

「ああ。一応な。今日あたしがこのパーティーに参加した理由の一つは、解呪だからな。くそや――王様に交渉しに来たんだよ」

「なるほど、そうだったのですね! わかりました、後でお父様を呼んで参ります!」

「そうか、それは助かる」

 

 ほとんど勢いだったが、何とか交渉できそうだ。

 ま、こっちがだめでも、イオからクソ野郎に話を聞かせりゃいいだけだが。

 

 後の懸念としては、イオを戻すことに反対だった場合だったんだが……レノはガチだったから、問題ないな。

 ただなあ、あたしもあいつが好きだしな……。

 

「ところで、一つ聞いておきたいんだが」

「なんでしょう」

「たしか、イオにプロポーズをしたやつがいるはずなんだが……そいつは誰だ?」

「え? えっと、(わたくし)のお兄様です」

 

 やはりか。イオから聞いていたが、ガチの王子だったとはな。

 

「それでその、お兄様というのは、金髪碧眼で、ちょっと身長が高めで、常に笑顔を浮かべている奴か?」

「は、はい。そうですけど……どうかしたのですか?」

「いやなに。うちの弟子にちょっかいかけてきやがってるんで、どうしようかなと。ついでに、今もイオに絡んでいるみたいだしな」

「え?」

 

 あたしが指摘すると、レノが慌ててイオの方向に目を向ける。

 そこでは、金髪碧眼の、さぞモテるんだろうなと言わんばかりの容姿の青年がいた。

 

 ふむ。初めて見たが……なるほど。かっこいいと言われるのも、わからなくはないな。

 だが、イオの方がかっこいい。

 

「お兄様……抜け駆けしてぇっ」

 

 たしか、噂では仲がいい兄妹と聞いていたんだが……なるほど。お互いに好きになった相手だから取り合っている、と言ったところだな、これは。

 

「さて、あたしらも行くとするか」

「はいっ!」

 

 おーおー、気合入ってるねぇ。

 

 

 師匠たち、なに話してるんだろう?

 時折、レノが赤くなったり、師匠が笑っていたりするのは見えるんだけど……。

 暗殺者としての能力を使用して近づこうものなら、師匠に怒られるどころか、殴られかねない。

 まあ、元々やる気はないけど。

 やることはないし、とりあえず料理でも食べながら待ってようかな。

 

「イオ殿、ここにおられたのですね」

「あ、セルジュさん」

 

 料理でもつまみながら待ってようと決めたところで、セルジュさんがボクのところに来た。

 言葉から察すると、ボクを探してたのかな?

 

「セルジュさん、ボクに何か?」

「あ、いえ。少し、お話しがしたいな、と。だめですか?」

「いえ、ボクもちょうど待っていて暇だったので、いいですよ」

「それはよかった」

 

 人懐っこい笑みを浮かべる。

 イケメンって、何でも似合うって言うけど、あれ、本当なんだね。

 

「そのドレス、よく似合ってますね」

「そ、そうですか? ドレスなんて初めて着たので、結構戸惑ってるんですよ」

 

 なにせ、一ヶ月くらい前までは、男だったからね。

 ドレスが初めてじゃなかったら、ちょっと怖いよ。

 ……女装は、させられたけど。

 

「そうなんですね。イオさんは、元に戻ろうとは思わないんですか?」

「もちろん、戻りたいですよ。まあ、近いうちに解呪をするんですけど」

「解呪、ですか? 呪いの?」

「はい。えと、どうかしたんですか……?」

「あ、いえ。反転の呪いは、かけられたが最後、解呪は不可能、と呪いについて書かれている書物すべてに書かれているのですが……」

「え、そうなんですか?」

 

 それは初耳。

 元の世界に帰る前、呪いを何とかしようと、本を読んでいたけど、あの時は少ししか読めなかったからなぁ。

 

 少なくとも覚えている限りでは、一度発動したら解呪は不可能、みたいなことが書かれていた気がするけど。

 でもたしかに、呪いの解呪って難しいからね、この世界。

 

 呪いによって解呪方法は違うし、内容によってはかなり入手が困難なものが必要にあるときもある。それに、呪いによっては、ちょっといい方面に転ぶ場合があって、解呪をしない人もいるため、半数近くの呪いの解呪方法はわかっていないらしいし。

 

 ある意味、魔法よりも謎が深い分野なのだそう。

 

「でも、師匠が戻る方法を知っていたので、それで戻るつもりですよ」

「すごい人ですね」

「本当に、規格外な人ですよ、師匠は」

「イオさんも十分規格外だとは思うんですがね……」

「そうですか?」

「そうですよ。その美貌に、あの身体能力。それをとっても普通じゃないです」

「そ、そうですか」

 

 美貌はともかく、身体能力は確かに、普通の人からはかけ離れてるし……。

 まあ、それでも師匠には勝てないんだけど。

 ……あの人に勝てる日は来るのかな?

 

「それにしても、戻る、んですか」

「もちろんですよ。元々男なんですよ? 今の姿がおかしいだけで、本来なら男の姿が普通なんですから」

「それもそう、ですね。少し残念ですが……」

 

 何が残念なの?

 もしかして、プロポーズの件? あの件ことを言っているの?

 

「ですがまあ、男のイオさんでも愛せますし、問題はないですね!」

「いやありますよ!?」

「何を言っているんですか。性別など、些末なこと。愛と言うのは、いろんな形があるのです! 好きになってしまったのなら、相手がどんな姿であろうと、愛するのが当然! もし、姿が変わってしまっても愛せないというのならば、それは愛ではない!」

「じゃ、じゃあ、仮にボクが目がいっぱいの化け物になっても愛せるん、ですか?」

「当然さ! 私は、イオさんがどんな姿でも愛せるとも!」

 

 愛がモンスターすぎるよ、セルジュさん!

 普通の人は、好きな人が目がいっぱいの化け物になっちゃったら悲鳴を上げて逃げ出すと思うんです。

 それなのに、性別は気にしないし、外見も気にしないとなると、本気すぎてちょっと怖い。

 

 これ、断っても断っても、何度でもアプローチをかけてきそう。

 好かれるのは嫌じゃないんだけど、ここまでくると、その……ちょっと、ね?

 気配感知でこの人の気配を見てみても、悪い感情なんて一切なく、純粋な感じだし……本気で言ってるんだろうね。

 

「お兄様―――!」

 

 セルジュさんの力説に対して、内心ほんの少しだけ辟易していると、レノの声が聞こえてきた。

 

「む、フェレノラか」

「お兄様!」

 

 ボクのところに来たときと同じように、セルジュさんに向かって走っている姿が見えた。

 あれ? 師匠がいない。

 どこ――って、んんっ!?

 

「おい、貴様。イオにプロポーズしたと聞いたが……本当か?」

 

 気が付けば師匠がセルジュさんの目の前に立って、殺気を放っていた。

 しかも、セルジュさんに向けてピンポイントに。

 そのせいで、周囲の人は気づかず、談笑を続けている。

 そして、その殺気を一身に受けているセルジュさんは、

 

「そ、そうですはい!」

「ほほぅ? あたしのイオにプロポーズするとは……いい度胸だな?」

「あの、師匠? ボクは師匠の物では――」

「弟子は黙ってろ」

「はい」

 

 封殺。

 無理です無理です!

 殺気だけで人を殺せそうなほどの状態の師匠に逆らうのは無理ですぅ!

 怖いんですよぉ、あの人!

 

 今だって、にっこり笑っているのに、目が笑ってないもん!

 完全に、獲物を見る目をしてるもん、師匠!

 セルジュさんなんて、顔は青ざめ、体はがくがく震えてるよ!

 

「それで? お前、イオが元々男だって知ってるんだよなぁ?」

「も、もももちろんです!」

「なるほど? 知ってなお、イオが好きということか」

 

 ああ、ますます深い笑みに!

 

「す、好きです!」

「そうかそうか。なら――」

「まあ、お兄様、本気だったのですね?」

 

 あ、レノが入ってきた。

 師匠が何かを言う前に、割って入ってきた。

 いきなりセルジュさんの前に表れた師匠に気を取られて気づかなかったけど、いつのまにかセルジュさんの近くに来ていた。

 

「当然だ! 私は、そのようなことで嘘を吐くような人間はないぞ」

「それにしては……ミオ様に対して、たじたじな気がするのですけれど?」

「な、何を言っている。堂々としているだろう!」

 

 ……見栄を張っちゃうんですね、セルジュさん。

 

「それとお兄様? イオさんが解呪すると言うことを、聞いているんですよね?」

「ああ、先ほど聞いたが、それがなんだ?」

「お兄様的には、戻らないほうが良いのではないですか?」

「な、何を言う! イオさんの幸せを願えばこそ、元に戻るのが一番いいだろう!」

「でも、お兄様は男性です。イオさんが元に戻ってしまわれれば、男性です。つまり、同性愛になってしまいますよ?」

「私は構わない! たとえイオさんが男だろうと、私は愛せる!」

『きゃあああああ!』

 

 セルジュさんの発言で、周囲にいた貴族の女の人たちが黄色い悲鳴を上げていた。

 こっちの世界にも腐女子って、いるんだ。

 ……女委と仲良くなれそう。

 

「なあ、イオ。あたし、途中で遮られたんだが……」

「仕方ないです。あの二人は兄妹ですからね」

「そういう物か? ……にしてもお前、愛されてるな」

「もろ手を挙げて喜べませんけどね」

 

 同性からのプロポーズだったわけだしね……。

 

「いやしかし、あの二人は仲がいいと聞いていたんだが……」

「そうなんですか?」

「ああ。なんでも、お互いに気遣い、自然に助け合うような仲なんだとか」

「でも、どう見ても言い争っているように見えるんですけど……」

 

 レノは挑発的な笑みを浮かべ、セルジュさんは少し不機嫌そうな顔をしている。

 ……仲がいいようには見えないんだけど……。

 

「……さすがあたしの弟子だな。まさか、兄妹の仲すらも破壊するとは」

「師匠、何か言いました?」

「いや、なんでもないぞ。うちの弟子は可愛いな、と」

「あはは。お世辞を言っても何も出ませんよ」

「……これだもんなぁ」

 

 なぜか師匠が諦めたような笑みを浮かべて、首を振っていた。

 どうしたんだろう?

 

「大体、いきなりプロポーズするなんて、はしたないですよ!」

「溢れ出る愛が止められなかったのだ! 好きだと言って何が悪い!」

「せめて、お互いを知ってからですよ!」

「そんなことを言って、フェレノラはどうなのだ!」

「私は、普通にお姉様と呼ばせてほしいというところから始めました」

「ほとんど変わらないではないか!」

「いいえ、お兄様とは違います!」

「いいや違くない!」

「違います!」

「違くない!」

「違います!」

「違くない!」

 

 と、言い争いを続けていたら、

 

「いい加減にせぬか!」

 

 ゴンッ!

 

「「あいたっ!?」」

 

 怒った表情の王様が、レノとセルジュさんに鉄拳制裁していた。

 あの音は痛そう。

 実際に痛かったのか、二人は殴られたところを抑えてうずくまっていた。

 

「イオ殿が主役と言っても過言ではないパーティーで、恥ずかしい喧嘩をするでないわ!」

「「も、申し訳ありません……」」

 

 謝罪が見事に重なった。

 師匠の言っていた通り、本当は仲がいいのかな?

 

「まったく。パーティーという楽しい場だというのに、王族である二人が喧嘩をしてどうする!」

 

 がみがみと言う言葉が見えそうなほどに、王様は目を吊り上げて二人を叱っていた。

 王様、ちゃんとするときはちゃんとするんだ。

 ボクは、王様が実はちゃんとした人なんだなと、この時初めて知った。



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55件目 王城でのパーティー3

「イオ殿、ミオ殿、この度は、儂の子供たちが失礼した」

 

 レノとセルジュさんの二人を叱り終えると、王様はボクと師匠に頭を下げて謝罪してきた。

 その様子を見ていた周囲の人たちから、にわかには信じられない、と言った様子の声が発せられていた。

 

「あ、頭を上げてください!」

 

 一国の王様が、勇者とはいえ、貴族でもないボクと師匠に対して頭を下げるのは、色々とまずいと思い、慌てて頭を上げるように頼む。

 

「いやしかし……」

「いいんですよ。迷惑だったわけじゃないですし。兄妹なんですから、喧嘩するもの当たり前ですよ」

 

 なるべく表情を明るくさせながら気持ちを伝える。

 ボク自身、兄妹とかいないから、すごく羨ましい。

 

「そうか。そう言われると、こちらとしてもありがたい」

 

 ボクの言い分に納得してくれたみたいで、頭を上げてくれた。

 

「ほら、お前たちもイオ殿たちに謝りなさい」

「「すみませんでした……」」

「大丈夫ですよ。ね、師匠?」

「ん? ああ、レノはいい。だが、王子。てめーはダメだ。許さん」

「なぜ!?」

「やった」

 

 師匠の言葉に、セルジュさんは焦りの声を上げ、レノは小さくガッツポーズをしていた。

 レノは許すが、セルジュさんは許さないそうです、師匠。

 師匠、私怨入ってません?

 

「あ、あとくそや――王様、てめーも許さん」

「なぜに!?」

 

 あ、これ本当に私怨が入ってる!

 ボクが、この世界に来ることになった時のきっかけのことを言ってるよこれ!

 あと、毎回クソ野郎って言いかけてませんか!?

 

「だって、イオを召喚したきっかけはお前だって聞いてるぞ?」

「そ、それは……」

「それに、そこの王子は、あたしの大事なイオにちょっかいだしやがった。そうだろ?」

「ちょ、ちょっかいって、そんな――」

「アアァ?」

「ひぃ!」

 

 反論しようとしたセルジュさんを、一睨みで言い切る前に一蹴。

 ひ、酷い。

 

「王族ってのは、どういうわけか昔から自分勝手でな。自分たちの手には負えないから、ほかの世界の人間を使い、一方的に婚約を迫る。いや、王族と言うより、その国や種族のトップと言ったほうがいいか。ま、あれだ。他力本願、自分さえよければいい、そんな性格の人間が多いのが王族ってやつだ」

「し、師匠?」

「まったく。まあ、自分たちにできないことがあったのなら、できるやつに頼む。それは別に悪くないし、人に自分の気持ちを伝えるのもいい。だが、時と場所、相手の立場を考えろ」

 

 師匠が、怒ってる?

 たしかに、師匠は普段怒っているような言動を取ることが多いけど、それは本気で怒っているというより、半分面白がっているか、誤魔化そうとしている時。

 こんな風に、正面切って正論を言っている場合は本当に珍しい。

 

「ったく、あたしの時のクソ野郎と全然変わってないな、これは」

 

 あたしの時?

 

「師匠、あたしの時ってどういうことですか?」

「ん? まあ、気にするな。あたしが邪神討伐を頼まれた時の王族と、イオをこっちの世界に呼んだ王族のやっていることが、ほとんど一緒だったんだよ」

「え?」

 

 やっていることが一緒?

 それってつまり……

 

「異世界から人を召喚した、ってことですか?」

「ああ。つっても、召喚されたのはあたしじゃないぞ」

「じゃあ、一体……」

「あー、なんだ。色々あったんだよ」

 

 誤魔化されてしまった。

 師匠にとって、この話はタブーなのかも。

 ……師匠にだって、言いたくないことくらいあるもんね。いくら、人外じみていたり、理不尽なことを言ってきたり、理不尽な行動をしたりするけど、それでも人、だもんね。

 

「おい、弟子。今、失礼なことを考えなかったか?」

「か、考えてないです、よ?」

 

 師匠はやっぱり鋭かった。

 

「まあいい。で、だ。あたしが怒っているのは、召喚したことでなければ、唐突にイオにプロポーズしたことってわけじゃない」

「「「え?」」」

 

 ボク、王様、セルジュさんの三人が、師匠の発言に、思わず首をかしげる。

 違うの?

 

「師匠、一体何に怒ってるんですか?」

「決まってるだろ。……あたしのイオに、なに手ぇ出してくれてんだ? アアァ? 覚悟はできてんだろうなぁ?」

 

 師匠の怒りの原因は、やっぱりと言うか、ただの私怨だったよ!

 しかも、言っていることが、彼女がナンパされて怒っているヤクザの人みたいだよ。

 

「イオはな、家庭的で、優しくて、可愛くて、巨乳で、滅多に怒らず、常に笑っていて、強くて、お化けが怖いって言う、まさに男の理想を体現したような存在だ。まあ、プロポーズしたのもわかる。だが! 元男であるこいつを、貴様にやるつもりなどない!」

「な、ななななな何を言っているんですかぁ!」

「何って。お前の魅力についてだな……」

「そ、そうじゃないですよぉ! 大勢の人がいる前で、恥ずかしいことを言わないでくださいっ! うぅぅ……」

 恥ずかしさから、顔を真っ赤にしながら、師匠に猛抗議。

 

(なにあれ。可愛い)

 

 一瞬、会場の人たちがそろって同じ考えをしたような気がする。

 こんなこと、元の世界でもあったんだけど……一体何なんだろう?

 

「すまんすまん。つい、自慢したくなってな」

「酷いですよぉ~……」

「まあ、この際。イオのことは置いておくとしてだ」

「置いておかないでくださいよ!」

「クソ野郎に、してもらいたいことがあるんだが……それでチャラにしてやろう」

 

 スルーされた……。

 というか、ついに言い直すこともしなくなっちゃったよ、師匠。

 

「な、何をしてもらいたいのでしょうか?」

「なーに。簡単なことだ。創造石を手に入れてもらいたいだけだ」

「そ、創造石を?」

「ああ」

「な、なぜ? あの石の使い道など、装飾品くらいにしかならないはず……」

 

 え、創造石って装飾品にしかならないって思われてるの?

 師匠が創造石の使い道を教えてくれなかったら、ボクもかなりびっくりしたと思う。

 

「ま、ちょっと入用でな。あれだ。イオの呪いを解呪するんだよ」

「反転の呪いを……? あれは、解呪できないのではないのか?」

「あれは、あまり知られてないだけで、解呪方法はあるんだよ。ま、解呪方法を知っているのなんて、呪いを使用できるやつか、魔族の大幹部くらいのもんだろうがな」

 

 なんてことないように言う師匠。

 そしてそれを聞いていた、王様たちは酷く驚いたような顔をしていた。

 

 たしか、伝説の呪い、みたいな認識なんだっけ?

 しかも、解呪方法は無いというのが一般的な知識のようだし。

 伝説だけあって、かなりの人が知っていそう。

 さっき、王様がボクのことを紹介したときに、会場のほとんどの人が知っているような感じだったし。

 

「そ、そうだったのか……。石を手に入れるのはそこまで難しくないとは思うのだが……いつまでに? そして、大きさは?」

「できれば、イオが帰還する前日には手に入れてもらいたい。正直イオが、七日目のいつ変えるかがわからないのでな。あと、大きさは五センチだな。ある程度の誤差はいいが、下回ることだけはダメだ」

「その程度の大きさならば、明日中にはどうにかなる。それで、一応聞くのだが……もしできなかったら……?」

「ふむ。証拠を残さずに、皆殺しにするか、男ではあるが、男でない体にするか、だな」

 

 にっこりと、師匠はできない場合の状況を口にした。

 ぴしっと、空気が凍った。

 

 ……師匠、それはもう、脅しだと思うんです、ボク。

 穏便に済ませると言っていたけど……ある意味ではたしかに穏便かもしれないけど、言っていることは穏便じゃなくて、不穏の一途だよ。

 しかも、前者は確実にこなせるだろうし、後者は……多分、そういうこと、だよね?

 つまり、その……切り落とす、んだよね?

 …………怖い。

 

「は、はははははいぃぃ! か、必ずや手に入れますので! どうか、どうかご容赦を!」

「よろしい。なら、イオをこっちの世界に読んだことはチャラだな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 理不尽だ。理不尽を着て歩くような人だしなぁ……。

 

「さて、と。で、貴様。クソ王子。お前、さっきも聞いたが、イオにプロポーズしたんだよなぁ? 言い分を聞こうか」

 

 王様から、セルジュさんにターゲットが移った。

 師匠が本気すぎる……。

 

「い、言い分……?」

「ああ、イオのどのあたりに惚れた? まあ、出会ってすぐにプロポーズするとか、普通に考えて、一目惚れだと思うんだが……?」

「あ、あの、ですね。……最初は、部屋の中から声が聞こえてきまして、なんて美しい声なんだろうと。そして声を聴いているうちに、声の主がどのような人物なのかが気になり、声の主を確かめるべく、部屋に入り、そこでドレスを着ていたイオ殿を見て……その、一目惚れ、しました」

「あぅ……」

 

 ……は、恥ずかしぃ!

 これ、ボクも十分恥ずかしいけど、セルジュさんの方が恥ずかしいよね!?

 

 好きになった理由を、目の前に好きな人がいる以外にも、いろんな人がそれを聞いているなんて、恥ずかしい以外の何物でもないよね、これ。

 現に、ボクも真っ赤だし、セルジュさんも真っ赤だよ。

 それでも尚、まっすぐに言えるセルジュさんは本当にすごいと思う。

 元の世界でこれができそうなのは……態徒と女委の変態コンビかな。

 晶は多分……無理だと思う。恥ずかしがりそうだし。

 未果も、普段は楽しむことに重きを置いているけど、色恋沙汰に対しては、結構恥ずかしがったりする場面もあるし。

 

「ほほぅ? レノ、お前はどうだ?」

「わ、(わたくし)ですか? えっと、その……私は、誘拐され、縛られた状態で馬車に乗せられ、恐怖と心細さに潰され、絶望しているときに、颯爽と私の目の前に現れ、瞬く間に誘拐犯たちを制圧していました。そしてそのまま、私を抱きかかえて、ヴェルガたちのところまで送り届けられました。その時、なんてかっこいい方なのでしょう、と」

「あぅぅ……!」

 

 もっと恥ずかしいよぉ……!

 師匠はボクを恥ずか死させようとしてるの?

 そうとしか思えないくらいに、狙っている気がするのは気のせい?

 

「ははは! たしかに、それは惚れるな。理由がはっきりしていていいぞ、レノ」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 師匠は愉快そうに笑い、レノにサムズアップしていた。

 それに、レノは恥じらいながらも柔らかな笑顔を浮かべながら感謝していた。

 

「ま、好きになった理由は人それぞれなんで、とやかく言うつもりなどない。だが! 敢えて言わせてもらおう! 貴様にイオは……やらんっ!」

「な、なぜですか!?」

「なぜ、だと? ふんっ。そんなことは決まっている。イオは、あたしの物だからだ。レノはまあ……許すか、うん。許す」

「ありがとうございますっ、ミオ様!」

 

 レノはよくて、セルジュさんがだめって……本当に理不尽だなぁ、師匠。

 

「それに、イオは元に戻ることになっているんだぞ? レノなら問題はないが……男同士になるんだぞ? 男的にどうよ?」

「当然、愛せますとも! イオさんがどのような姿でも、私は愛せますよ! どんな姿でも愛す、それが愛という物でしょう!」

「お、おう、そうか」

 

 セルジュさんの勢いがすごい。

 そして珍しく、師匠がたじろいでいる。

 意外と、侮れないかも、セルジュさん。

 

「つか、お前ら兄妹似た者同士だな。お互い、性別は関係ない、ってか。……なあ、クソ野郎。まさかとは思うが……」

 

 レノとセルジュさんを交互に見つめ、視線外し一瞬の逡巡を見せた後、苦々しい表情をしながら王様に目を向ける。

 

「わ、儂は違うぞ!? これは、妻の遺伝だっ!」

「……いや、それでも結局アウトだろ」

 

 この二人が、男女どちらのボクでも愛せると言えるのは、どうやら、女王様の遺伝のようだった。

 ……そう言えば、会ったことないんだけど、どんな人なの?

 以前こっちの世界に来た時、一度も姿を見せなかったけど……。

 

「王様、女王様って、どんな人なんですか?」

「……」

 

 あれ、視線を逸らされた。

 眉を顰め、明後日を見ている。

 

「おい、クソ野郎。イオが質問してんだろ? 答えろよ、さもなくば殺す」

「ひぃっ!?」

「し、師匠落ち着いてください! 王様だって言いたくなかったんですよ!」

「いやしかしだな……」

「師匠だって、言いたくないことの一つや二つあるでしょう? それと同じですよ」

「……それもそうか」

 

 なおも言い募る師匠だったけど、ボクの説得に納得してくれたようで、王様を脅すのをやめてくれた。

 本当に、怖いよ。本当にやりそうなんだもん。

 師匠が、王様暗殺とか、洒落にならないから、何としてでも阻止。

 

「いや、まあ、言ってもいいんだよ。だが、何と言うか、だな……イオ殿が妻に合わなかったのは、妻が会わなかったというより、儂が会わせなかったのだ」

「どういうことですか?」

 

 ボクが尋ねると、苦虫を嚙み潰したような表情で王様は言った。

 

「……妻は、な。イオ殿のような、中性的な顔立ちの者が好きだったのだ。それも、男女関係なく、な」

「……………………」

 

 言葉にできなかった。

 まさか、この国の女王様が、バイだったなんてっ……。

 女委もだったけど、どうしてこう……ボクの周囲にいる人は、変な人が多いんだろう? 女王様は近くにいたわけじゃないけど。

 

「なあ、イオ……」

「言わないでください……」

 

 師匠が何かを言おうとしたけど、ボクはそれを制止した。

 師匠は、ボクに対して、憐みの目を向けてきていた。

 

 ……あの、これって本当にパーティーなんだよね?

 なのに、全然パーティらしいことしていないんだけど。

 周囲にいる人たちだって、面白そうな様子で傍観を決め込んでいる。

 ……娯楽が少ないのかもなぁ。

 

「まあ、そう言う理由があって、イオ殿と会わせなかったのだ。今は、完璧に女子となってはいるが……正直なところ、不安でしかない。なので、できれば会わない方向で」

「こちらこそ。ぜひ、そうしていただけると助かります……」

 

 ボクとしても、その人に会うのが本当に怖い。

 今までの経験則から言って、間違いなく、学園長先生や、あの温泉旅行のようなことになるに違いないと思うし……。

 頭がふわふわするような感覚。あれは、本当に危ない。

 あれが女の子としての快感なんだろうけど、元男のボクとしては、あれにはまってしまったら、色々とまずいことになりそうだから、怖い。

 

 以前、ボクと晶で態徒の家に遊びに行ったときに、なぜかエッチな本や、ゲームをする羽目になって、女の子のそういう物を知った時、恥ずかしがりながらも、少し気になってしまった時があった。

 そしてそれをいざ体験してみると……本当に怖かった。

 

 なんというか、まるで別のところへ行ってしまうような、そんな感覚で、頭がふわふわして、何も考えられなくなるような、そんな感覚。

 自分で胸を揉んでも、変な感じになるけど、ボクじゃない、別の人にそれをされると、自分時とは比じゃないくらいに、変な感じになる。

 痺れる様な、そんな感覚。でも、不快というよりは、その……うん。察してください。

 

 ともあれ、ボクとしてはあんな経験はもうしたくないところ。

 ここは、何としても、王様に頑張ってほしいところです。

 

「……今代の王族は、どうしてこうも、変な奴が多いんだ……」

 

 師匠は額に手を当ててため息をついていた。

 それはボクも思います。

 昔の王族の人たちがどうだったかは知らないけど、今の王族の人たちがおかしいというのはなんとなくわかります。

 

「なんというか……すまないな」

 

 ボクたちが二人が、苦い顔をしていたら、王様が察したのか謝罪してきた。

 ……王様って、こうもポンポン頭を下げていいものなの?

 

「考えてみれば、イオ殿にはかなり迷惑をかけたな……」

「迷惑だなんて……。ボクは別に、迷惑だと思ったことはありませんよ。まあ、女の子になったのはあれでしたけど……。だとしても、王様にとっても苦渋の決断だったはずですし、ボクでも同じことをするかもしれません。だから、大丈夫ですよ」

「……そうか。イオ殿は、優しいのだな」

「こいつの場合、優しいというより、甘い、だがな」

「そうかもしれないですね」

 

 師匠に訂正されたけど、ボク自身甘いという自覚はあるので、否定せずに受け入れる。

 弱肉強食のような世界で、なるべく人を殺さないようにする暗殺者。

 甘い以外の何物でもないなからね、ボクは。

 

「ふあぁあ……眠いな」

 

 話がある程度終わったのを見計らっていたのか、師匠があくびをしていた。

 

「珍しいですね、師匠が眠いって言うなんて」

「あたしだって人間だぞ? お前、あたしを何だと思ってるんだ?」

「え? うーん……理不尽な完璧超人?」

「買いかぶりすぎた。しかし眠い……そろそろ帰るか」

 

 いかにも眠そうな師匠が、帰ると言い出し始めた。

 

「でも師匠、ほとんどパーティーらしいことしてないですよ?」

「いいんだよ。あたしは、創造石の交渉に来ただけだし」

「そういえば、師匠の目的はそれでしたっけ」

「それに、酒も十分飲んだしな」

 

 ちゃっかりお酒も飲んでいた様子。

 師匠が満足するレベルってことは……

 

『さ、酒類がほとんど残ってないぞ!』

『嘘だろ!? たしか、最低でも二百人分はあるって話じゃなかったか!?』

『それがほとんどなくなるだと? 化け物がいるのか? この会場に』

「……師匠?」

「すごいやつがいるもんだなー」

 

 ジト目を向けると、棒読みのセリフが返って来た。

 二百人分のお酒を飲んだの? この人。

 この人の肝臓、どうなってるの? 化け物って言っていたけど、本当に化け物だよこの人。主に肝臓が。

 

「とまあ、そんなわけだ。イオはどうする? あたしは帰るが」

「う~ん、ボクはもう少しだけ残ろうと思います」

「わかった。じゃあ、あたしは先帰ってるぞ」

「わかりました」

「それじゃ、気を付けて帰るんだぞ」

「はい。お休みなさい、師匠」

「ああ。お休み~」

 

 そう言い残して、師匠は会場を後にした。

 さすがに遠慮したのか、師匠はちゃんと扉から帰宅していった。

 うん。パーティー会場ではやらないよね、さすがの師匠も。

 この場でやったら、大騒ぎになっちゃうよ。

 

「お姉様は、ミオ様と一緒に行かなくてよかったのですか?」

「うん。こういうパーティーは初めてだから、楽しまないと損だと思って」

 

 ボクの世界で、こういうパーティーを経験することなんてないしね。

 それに、半ば強制的とはいえ、せっかく異世界に来たわけだし、やっぱり楽しまないと。

 

「そうなんですね。お姉様なら、パーティーに引っ張りだこだと思っていたのですけど」

「あはは。ボクは勇者、なんて言われているけど、普通の学生だよ。それに、向こう世界は、この世界みたいに魔法なんてないからね」

 

 その割には、なぜか向こうでも魔法とかスキルが使えちゃうわけだけど。

 

「さて、ボクたちもパーティーを回ろっか」

「はいっ」

 

 本当は、セルジュさんも、と思ったんだけど、師匠が放つ殺気から解放されたおかげか、少し放心状態になっていたので、そっとしておくことにした。

 セルジュさんのことは、王様に任せることにし、ボクたちはパーティーを心行くまで楽しむことができた。

 

 この後は、これと言って問題もなくパーティーは進んだ。

 

 問題があったとすれば、数多くの男の人たちから求婚され、それをレノが止めるということや、なぜか女の人たちから、興奮した様子で質問攻めにされ、それもレノが止めるということがあったけど、このパーティーは本当に楽しかった。

 

 ただ、一つ思ったことがあるとすれば……あまり、パーティーらしいパーティーじゃなかった気がしました。

 でも、これでいいとも思いました。

 会場にいる人たちは、心の底からの笑みを浮かべ、今を楽しんでいるように見えたから。

 ボク的にはあまり関係のある世界じゃなかったけど、こうして見ると、助けられてよかったと、心の底から思えた。



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56件目 解呪と帰還

 ―五日目―

 

 これと言って山場も何もなかったパーティーの翌日。

 

 パーティーを終え、家に戻ると、師匠は裸で熟睡していた。

 しかも、ベッドに向かう途中で力尽きたのか、階段で眠りこけてしまっていた。

 裸だったので、目のやり場に困ったけど、今は女の子なので、男の時よりは気にしないで運ぶことができた。だからと言って、気にならないわけじゃないので、精神的にくるものはあるけど。

 師匠をベッドに運んでからボクも眠った。

 

 そして、いつも通りに起床。

 師匠が起きてくる前に、朝食を作る。

 昨日の飲み具合を考えると……

 

「スポーツドリンクもどきも出しておこう」

 

 少なくとも、二百人近い量を飲んだのだから、確実と言ってもいいレベルで二日酔いになるはず。

 となると、スポーツドリンクを用意しておいた方がいい。

 

 もどきと言ったのは、単純にこの世界のもので造ったから。

 味は、ポ〇リに近いかも。

 我ながらよくできたと思うよ。

 

「おーっす……」

 

 ある程度の支度を終えると、顔色の悪い師匠(ちゃんと服を着ている)がリビングに来た。

 案の定というか、いかにも二日酔いですよ、と言わんばかりに眉をしかめている。

 あれ、絶対に頭痛を引き起こしてるね。

 

「師匠、とりあえずこれ、飲んでください」

「ああ、すまんな……」

 

 ボクがドリンクを渡すと、いつもの機敏さがない状態で、ドリンクが入ったコップを受け取り、両手でこくこくとのどを鳴らしながら飲む。

 ……なんだか、飲み方がちょっと可愛いと思ってしまったのは、失礼だろうか?

 

「ふぅ……あー、少しは落ち着いたわぁ~」

「それならよかったです」

 

 一応あのドリンク、毒消しも入ってるから、それなりに効果はあるはずだし。

 この世界におけるアルコールって、毒消しや状態異常回復魔法で回復できちゃうからね。

 元の世界にも、欲しいものです。

 

「さ、師匠。朝ごはん食べちゃいましょ」

「おー」

 

 

「で、イオ。どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「いやなに。少なくとも、解呪は七日目だ。今日明日は特に予定がないだろう?」

「あー、そうですね」

 

 まあ、元々こっちの世界に来たのって、学園長先生の頼み――と言う名の脅し――で来ているから、特に予定もなかった。

 にも拘らず、ある程度予定が入ったのは、師匠が原因だったり、王城のパーティーに招待されたりしたからであって、結局は行き当たりばったりの予定だった。

 う~ん、だとすると、本当に暇なんだよね。

 

「とりあえずは、家事をしてしまおうかとは思っていますけど、そこから先は考えてないですね」

「それもそうか」

 

 家事をするにしても、洗濯と軽い掃除だけだから、それが終わったら本当にやることがない。

 ……いっそのこと、ここでごろごろするのもありなんじゃないだろうか?

 初めて異世界転移した時から、あまり休めていない気がするし。

 

 最初の一年は、王城で騎士団の人たちと血の滲む様な訓練で、訓練の後は座学。休みは……月に二回くらいはあったような気がするし。

 で、二年目は、師匠の下で王城以上の訓練と座学、そして家事。仮に休みがあったとしても、家事をしていることが多かったから、休みなんてなかった気がする。

 そして、三年目は、魔王討伐の旅だったり、襲われている街や村を助けたりと、かなりハードな年だった。

 そして、帰還後。

 身体能力、魔法、能力、スキルが使用可能と言う事実と、突然女の子になってしまうことがあって、それからは急な生活の変化に戸惑い、休みの日でもあまり休めたような気はしなかった。

 

 ……あれ? ボク、三年以上ほとんど休んでないよね、これ。

 うん。

 

「師匠、今日明日は、ごろごろしていいですか?」

「働くことが生きがいのイオがどうした?」

「生きがいじゃないですよぉ!」

 

 誰のせいだと思ってるんだろう、この人。

 ボクが働いている原因の一つは、師匠なのに。

 

「まあ、お前は働きづめだったからなぁ、三年間」

「はい……。元の世界でも、何かしらに巻き込まれてましたし……できれば、一日二日はごろごろしても、ばちは当たらないんじゃないかなって」

「そりゃそうだ。まあ、わかった。とりあえず、家事だけしてくれれば、あとは自由でいいぞ~」

「ありがとうございます」

 

 師匠が許可してくれた。

 師匠も、この三年間のボクのことを知っている。

 特に、二年目と三年目は。

 しかも、二年目に至っては、師匠が原因だし。

 でも、師匠の許可を貰えたことだし、今日明日の二日間は、ごろごろしよう。

 

 

 ―七日目―

 

 そんなわけで、ごろごろすること二日。

 

 ……あれ? どうしよう。

 この二日間くらいの出来事の記憶がまるでない。

 

 パーティーの次の日に、師匠に『ごろごろしていいですか?』と聞いて。了承を得たから、ボクはその通りに過ごした。

 

 だけど、その二日間の出来事に関する記憶がなぜかない。

 あれ? ボク、何してたんだっけ?

 今朝、普通に起きてきて、師匠が文句を言ってこないということは、普通に家事はこなしていたはず。

 ということは、それ以外の原因?

 

 ……もしかして、ごろごろするあまり、記憶に残らないほどぼーっとしていたってことかな?

 ……だとしたら、ボクは相当疲れていたことになるんだけど。

 ここは、師匠に聞いたほうが早い、よね。

 

「師匠。この二日間、ボクってなにをしていたんですか?」

「なんだ、記憶がないのか?」

「はい」

「んーそうだなぁ……少なくとも、あたしが見ていた限りでは、特に何も、と言うところか。家事はしっかりこなしていたし、たまにちょっと長めの外出していた以外は、いつも通りのイオだったぞ。まあ、家事をしている時か、心ここにあらず、って感じだったようにも思えるが」

 

 いつも通りのボク、か。

 って、外出してたの? ボク。

 

 う~ん、どこに行っていたんだろう?

 こんな風に記憶がないのも初めてだよ。

 ……何もないよね? 変な呪いにかかったとか、薬を飲まされたとか、ないよね?

 

「まあ、気にすることはないんじゃないか? どうせ、ちょっと疲れていただけだろ」

「そう、ですかね」

 

 気になりはするけど……たしかに、疲れていただけかも。

 

「さて、お前は今日帰るんだったよな? いつ頃だ?」

「えっと、七日目のどこか、と言われてはいるんですけど……正確な時間はわかってないですね。多分、お昼過ぎだとは思うんですけど」

「そうか。なら、これをやろう」

 

 そう言いながら、師匠は赤色の液体が入った試験管のようなものを手渡してきた。

 試験管なんてあったんだ、この世界。

 

「これは?」

「解呪の薬だよ。マジックポーションみたいなもんだな」

「ええええええええっ!?」

 

 渡されたものが、解呪の薬だと知って慌ててしまい、危うく薬を落としそうになってしまった。

 

「こ、これが……」

 

 落ち着いて、薬を見つめる。

 ボクが欲しかったものが、ようやく手に入った。

 何度、男に戻ることを夢想したことか。

 

 女の子の生活自体も悪いわけではないのだけど、運動はしにくいし、変に視線は感じるし、なぜか襲われるしで、いいことはほとんどなかった。

 

 あったとすれば、女性割が適用されたことくらいなんじゃないだろうか?

 男性用割引って、意外と少ないし、本当にあれだけは助かった。

 利点はそこだけと言ってもいいので、個人的には男に戻りたかった。

 だって、女の子の体って色々と不便だし。

 

「師匠、これいつの間に作ったんですか?」

「簡単だよ。昨日作った。あたしはこう見えて、調合のスキルを持っていてね。ま、それを使った。材料は、反転草、創造石、そしてお前の血だ」

「へぇ~、それだけで作れるんですね……って、血!?」

 

 あまりにも自然に言う物だから、理解が遅くなった。

 今、ボクの血を使ったって言ったよね!?

 

「ああ。なにせ、術をかけられた人間の血液が必要だからな。その中に術の痕跡やら情報が入ってんだよ。で、それに反転したものをさらに反転させる反転草と、波長を合わせる創造石が必要ってわけだ」

「な、なるほど……」

 

 師匠ってすごいなぁ。

 ポーションの生成もできちゃうんだ。

 師匠って、本当にいくつの能力とスキルを持っているんだろう?

 すごく気になる。

 

「ここで注意点」

「注意点?」

「反転の呪いの解呪はちょっと特殊でな。必ずしも成功するわけじゃない。そして、何度も挑戦できるかと言われれば……それはできん」

「どういうことですか?」

 

 たしか、呪いの解呪って仮に失敗しても、ある程度のインターバルを置けば、解呪の再チャレンジができたはずだけど。

 

「反転の呪いの解呪は、一度行うと、二度と解呪は行えない。つまり、失敗したら、一生そのままだ」

「え!?」

 

 師匠の説明に、思わず声を上げる。

 

「正直なことを言うが、反転の呪いの解呪率は、半々くらいだな。大体、二分の一の確率で解呪は成功するし、失敗する」

「に、二分の一……」

 

 怖い確率だ。

 ここまで二分の一の確率を怖いと思ったことはない。

 通常では、スマホゲームのガチャとかで、ドキドキするけど、今回は失敗するかもしれないというドキドキ。

 成功すれば、元の生活(すでに転移前の状況とは言い難いけど)、失敗すれば、一生女の子のまま。

 

「そして、もっと厄介な話」

「ま、まだ何かあるんですか……?」

「ああ。ここからが本題と言ってもいい。解呪に失敗した場合の話だ」

 

 その声音は、いつもと違って、かなり本気だ。

 ふざけようという気配がまるでない。

 

「解呪に失敗すると、なんらかの追加効果が出ちまう」

「追加効果?」

「ああ。どんな追加効果が出るかは、正直あたしにもわからん。ただ、失敗すれば何かが起こるのは確実だ」

 

 失敗した時のリスク、大きすぎません?

 本当にやってくれたよ、あの魔王。

 復活してくれないかな。そしたら今度は、地獄を見るより恐ろしいことをするんだけど。

 ……本当に許さない。

 

「薬の効果は、飲んだ二日後に出る。今飲めば、そうだな……昼くらいだな」

「お昼かぁ」

 

 今から二日後となると、どのみち授業中か昼休みくらいかなぁ。

 学校にいることに変わりはない、か。

 それなら、男子用の制服とかも持って行っておいたほうがいい、かな。

 

「とりあえず、注意事項はこんなものだな。さて……飲むか。薬」

「……はい」

「よし。ならいっきにいけ! どの道、今すぐ効果が出るわけではない。心配なんぞ後回しでいい」

 

 師匠、軽く言っているけど、ボクからしたら、今後の人生を左右するような事態なんですが。

 成功すれば、男。失敗したら、女の子。

 師匠は、創造石の大きさに関してもちゃんと交渉してくれていたし、材料は問題ない、よね。

 あとは、ボクの運のみ。

 確率が低ければ低いほど、当たりやすくなるのなら、きっと大丈夫なはず……。

 

「……行きます!」

「ああ!」

 

 勢いに身を任せ、ボクは薬を呷った。

 

 味は……なぜか、ハンバーガーみたいな味でした。

 石が入っているはずなのに、なぜ、ハンバーガー? あと、反転草って青汁みたいな感じだったような……? もしかして、血液と混ざったことで、ハンバーガーみたいな味になったと?

 ファンタジーってすごなぁ……。

 そんなことを考えていたら、薬をすべて飲み切っていた。

 

「何ともない、ですね」

「そりゃ、効果が出るのは二日後だからなぁ」

 

 ボクのこれから先の人生についてはっきりするのは、今から二日後。

 男に戻りたい。

 心の底から戻りたいと願う。

 

 一ヶ月間も女の子として生活した。

 できることなら、もう二度と女の子になりたくないよ。

 

 男に戻れれば、元の世界でマスコミに追われることもないだろうし、ネット上で拡散されたエキストラのあれや、ファッション誌の写真に写っているボクは、幻の存在みたいな感じになるだろうからね。

 元の世界で起きている問題(自業自得)は、それで解決されるわけだから、一石二鳥。

 

「これで、あとは結果待ちか」

「ですね」

「あとはまあ、適当に戻る――って、おおっ?」

「師匠、どうかしたんですか?」

「いや、お前光ってるぞ?」

「え?」

 

 師匠に言われて、自分の体に視線を落とすと、たしかに、ボクの体が光を放っていた。

 それに気づくと、今度は体がふわりと浮き上がる。

 これって……

 

「師匠。どうやら、ここでお別れみたいです」

 

 まさか、薬を飲みほした直後に帰還することになるとは思わなかったけど。

 

「お、そうか。てことは、帰るんだな」

「はい」

「七日間、楽しかったぞ、イオ」

「あはは……五日目と六日目の記憶がほとんどないですけどね」

 

 その内思い出せればいいんだけど。

 

「まあいいだろ」

「ですね。……師匠、七日間、ありがとうございました」

「いいってことよ。つか、まさかイオの方からこっちに住むとは思わなかったぞ、あたし」

「少なくとも、一番お世話になったような気がしてますし……師匠、絶対にだらしない生活してると思ったので」

「痛いところを突くじゃないか」

「自覚があるなら、せめて掃除くらいはしてくださいよ」

「善処する」

 

 うっすらと笑いながら言われた。

 

「もぅ……」

 

 最後まで了承してくれなかったよ。

 できれば、ちゃんとした生活を送ってほしいんだけどなぁ……。

 

「なあ、イオ」

「なんですか?」

「また、会えるんだよな?」

「会えますよ。この世界に来たら、すぐに師匠の所に行きますね」

「……そうか。元気でな」

「師匠こそ。それじゃあ、さようなら」

「ああ。またな」

 

 師匠の言葉を聞いた瞬間、ボクの視界はホワイトアウトした。

 ……最後に師匠の口が動いていたのが気になった。

 一瞬だったけど、最後に『すまん』って言っていたように見えた。

 師匠、一体何を謝ったんだろう?

 そんな疑問が思い浮かんだところで、ボクの意識は消えていった。



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57件目 解呪の結果 上

「ん……ここは……?」

「お、目が覚めたかな? 依桜君」

 

 目を覚ますと、学園長先生がボクのことをのぞき込んでいた。

 

「ここは、あたしの研究所にある、休憩室だよ」

「休憩室?」

 

 上半身を起こして、周囲を確認。

 どうやら、ベッドで眠っていたようだ。

 

 周囲には、いくつかのベッドがあるところを見ると、学園長先生の言った通り、ここは研究所に勤める人たちのための場所なんだろう。

 学園長先生がいるって言うことは、ボクはちゃんと元の世界に帰ってこれたみたい。

 

「そうだ。学園長先生、今って何日ですか?」

「一日経過してるよ。だから、十月二十五日」

「一週間が一日……」

 

 つまり、むこうで四週間過ごしたとしても、こっちの世界では四日ほどしか経過していない、っていうこと?

 

 ボクが初めて異世界に行ったときは、時間は進んでいなかったんだけど……。

 もしかして、あの時は向こうの世界の召喚魔法が原因とか?

 

 それに、女神様も関わっていたみたいだった所を考えると、その可能性も高い。

 向こうが無理やりに呼んだ、ということでもあるわけだし。

 

 それとは反対に、今回の件は学園長先生の発明によるものだから、一方的なものになって、女神様も関わらなかったから、こんな時間の流れになったのかも。

 

 でも、よかったよ。

 一週間経ってたり、さらに時間が経過してる、なんてことがなくて。

 一週間経過していたら、一週間分の授業に遅れちゃうし。

 ノートを写すのって、結構大変だからなぁ。

 

「依桜君、向こうではどうだったかな?」

「あ、はい。えっと、師匠にボコボコにされたり、王子様にプロポーズされて、お姫様にお姉様と呼び慕われ、王城のパーティーに参加し、二日間くらいの記憶がなくなったのち、呪いの解呪をしていました」

「すごく濃くない? たった一週間の旅行だったはずなのに、ずいぶんいろんなことがあったのね」

「ま、まあ……」

 

 考えてみれば、確かに濃い一週間だった。

 一ヶ月間くらいの出来事だったら、まだ納得できるけど、たった一週間の出来事なんだもんなぁ、あの一週間は。

 

「それにしても、解呪っていうことは、呪いが解けそうなの?」

「はい。……まあ、失敗する可能性もあるんですけど」

「失敗すると何かあるの?」

「もう二度と、男に戻れなくなります」

「……重い」

「重いでしょう? 失敗したら、ボクは一生女の子で、それに追加効果が発生します」

「追加効果ねぇ。何が起こるとかは?」

「色々と詳しい師匠が言うには、わからん、だそうです」

「……ブラックボックスすぎるわ」

 

 ボクもそう思います。

 本当に何が起こるかわからないから怖い。

 

「で、確率は?」

「二分の一です」

「うわぁ、嫌な確率ね……。つまり、二分の一の確率で、依桜君は一生女の子になるってことか。……ありね」

「……学園長先生、今なんて言いました?」

「何でもないわよー。こっちの話。……でも、解呪方法があってよかったわね」

 

 なんか誤魔化された気がするんだけど……もう今更かも。

 学園長先生だし。

 

「見つかっても、確実じゃないので、なんというか……」

「それもそうね」

 

 解呪方法が見つかった! 万歳! と言うわけにはいかないのが、今のボク。

 

「じゃあ、雑談はここまでにして。依桜君、体に違和感とか、おかしなところはないかしら?」

「えっと……特に何もない、ですね」

 

 体を軽く動かしても、これと言った違和感はない。

 この一ヶ月間過ごし続けてきた女の子体に、おかしなところもないし、痛むところもない。

 

「ならよかった。世界初の手動型異世界転移だったからね。いくらシミュレーションでは成功しているとはいえ、実際の方で何も起こらない、なんて確証はないわけだしね。でもまあ、これで実験は成功、かな」

 

「異世界転移装置なんていう物を作っているのは、世界広しと言えど、学園長先生くらいなんじゃないですか? 世界初も何もないですよ」

「ま、そうかもね。こんなバカげた研究、普通の人はやらないよね。異世界の存在を空想と思っているんだから」

 

 自分でバカげた研究と言っている辺り、自覚あったんだ、学園長先生。

 一応、お父さんから受け継いだ研究って聞いてるんだけど。

 

「さて、と。そろそろ帰りましょうか。疲れているでしょうし、明日は普通に学園あるしね」

「ですね。ボクも、男子制服を引っ張り出さないといけませんし」

「戻った時用のためか。うん、じゃあ帰ろうか」

「はい」

 

 ベッドから出て、ボクは身支度を整える。

 カバンの中に入れたままだった転移装置は、ちゃんと学園長先生に返却。

 一応、一度きりしか使えない、とのことらしいけど、この人のことだし、返しておくに越したことはない。

 持っててもいい、とは言われたけど、怖いので遠慮した。

 

 支度を終えて外に出ると、青空が広がっていて、太陽も真上に近い位置だった。

見た感じ、昨日異世界に出発した時間と同じくらいかな。

 でもよかった。朝早いとか、夜中とかじゃなくて。

 本当に丸一日だったみたい。

 

 

「それじゃ、また明日ね」

「はい。ありがとうございました、学園長先生」

「元々、こっちから頼んだことだしね。それじゃ」

 

 軽く挨拶を済ませてから、学園長先生は去って行った。

 今回は一週間だったから、そこまで懐かしく感じないね。

 修学旅行から帰って来た時の気持ちかな。

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい、依桜。ずいぶん遅かったわね」

「母さん。丸一日帰ってこなかったことを、随分遅かった、で済ませるのはどうかと思うんだけど」

「そう? でも、学園長先生の手伝いなら問題ないかなって」

 

 信用しすぎでは?

 いやでも、学園長先生って、保護者の人たちから評判はいいらしいし、生徒第一で考えてくれるからありがたい、って言われてるようだし。

 でも、ボク的にはちょっと思うところはあるわけで。

 

「お昼は食べた?」

「ううん。まだ食べてないけど」

「ならよかった。ちょうど作り始めるところだったから。疲れているでしょうし、部屋で休んでいなさい。できたら教えるから」

「わかった。じゃあ、部屋に行ってるね」

 

 どうせ、男子制服を出そうと思ってたからちょうどいいし。

 どこにしまったかな。

 

 

「んーっと……あ、あったあった」

 

 部屋に戻り、すぐに制服を探す。

 女の子になってからの一ヶ月間の間は濃かったからなぁ。

 制服とか、気にしている余裕はなかったし。

 

 でも、おぼろげだったとはいえ、見つかってよかった。

 ちなみに、クローゼット内の上の棚の方に置いてありました。

 

「もうすぐ、これを着れるのかぁ」

 

 向こうでの幸運値のおかげで、多分、きっと成功するだろうし。

 成功する、よね?

 いやいやいや! マイナスなことを考えてちゃだめだよね!

 

「そういえば、師匠って何に対して謝ったんだろう?」

 

 声は聞こえなかったとはいえ、すまんと言っていたように見えた。

 う~ん……なんでかを聞きたかったけど、転移が進んじゃってたからなぁ。

 

「まあいい、よね」

 

 師匠が謝ることってあまりないけど、その大半が重要なことじゃない場合のほうが多いし。

 たま~に重要な時もあるけど、それは滅多にない。

 そこまで気にしなくても問題ない、かな。

 

「それにしても……もう少しで元の生活、かぁ」

 

 ようやく男に戻れると思うと、感無量だよ。

 何度男に戻りたいと思ったことか。

 女の子だと、よく人に絡まれるし、マスコミに張り込まれてるし。

 本当に、人間関係が面倒臭くなった気がするのはなぜだろう。

 みんな揃って、ボクを美少女だとか、女神様なんて言ってくるけど、そこまでじゃないと思うんだけどなぁ……。

 

 女の子でいるのは疲れちゃうし。

 一度だけ生理が来たけど……本当に、地獄だった。

 あれがもう一度来るというのは、考えたくもない。

 何はともあれ、苦労しかないこの体ともおさらば、かな。

 

「……成功すれば、だけど」

 

 師匠がこういうことで失敗するとは考えにくいし、ボクの幸運値ならば、きっと問題ないはず。

 ただ、確率二分の一って言うのが気になる。

 その場合って、どっちに傾くんだろう?

 う~ん……まあ、明後日になればわかるよね!

 

『依桜~、ご飯よ~』

「はーい!」

 

 色々考えるのは中断。

 今は、母さんが作ったお昼ご飯を食べよう。

 

 

 次の日。

 今日は、一週間ぶりの学園。

 ボク以外の人からしたら、一週間じゃなくて、二日、なんだけど。

 時間感覚がずれそうだよ、向こうで生活すると。

 一週間が一日なんだもんなぁ。

 そう言う意味では、同じ時間の進みだとありがたかったんだけど。

 

「あれ、今日はいないみたいだ」

 

 なんとなしに窓の外を見ると、家の前には人っ子一人いなかった。

 いないのは、普通の一般人と言うより、ボクの周辺で張り込みをしていた人たち。

 それ以外の、学校へ登校する人や、家の前を掃除する人、ジョギングをする人などは普通に行きかっている。

 

「いないならいないで越したことはないなぁ」

 

 いたら、また屋根の上から行かないといけなくなってたし。

 あれ、最速で学園に行けるのはいいんだけど、人様の家の屋根を通っていることを考えると……不法侵入なんだよね。

 やむを得ないとはいえ、さすがに良心が痛む。

 今後も、いないといいんだけどなぁ。

 

「さて、そろそろ着替えないと」

 

 いつまでも外を見ながら考え事をしていたら、遅刻しちゃうしね。

 

 

「いってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてねー」

 

 朝食を食べて、いつも通りの時間に出発。

 今日はまだ一日目なので、呪いが解呪されることはない。

 なので、男子制服を持ってくる必要はない。

 ちなみに、今日の持ち物と言えば、体操着を入れたスポーツバッグくらい。

 

 一応このバッグは、異世界転移にも持って行っている代物で、少しだけ強化魔法をかけてある。

 身体強化魔法の応用で、物を頑丈にする効果がある。

 まあ、どうでもいいよね。

 

「それにしても……やっぱり視線が……」

 

 異世界に行く前と同じく、やっぱり視線を感じる。

 敵意を持った視線じゃないから、そこまで問題じゃないんだけど……見られて喜ぶような趣味は持ち合わせてない。

 できることなら、視線をどうにかしたいところ。

 

「……これ、まだあれを引きずってるのかなぁ」

 

 ファッション誌とドラマ。

 一週間近くは経過しているのに、ネット上ではまだ騒がれているみたいだったし。

 昨日、一応確認として見たら、未だにSNSのトレンド上位に入っている上に、タグが『女神様』なんだもんなぁ。

 ボク、普通に人間なんだけど。

 女神様っていうのは、大袈裟だよね……。

 いつか崇められそうで怖い。

 

「はぁ……」

 

 異世界に行ってからというもの、本当に大変な環境になったと思い、ため息を吐いた。



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58件目 解呪の結果 下

 憂鬱な気持ちになりつつも、学園に到着。

 やっぱり、かなりの視線を向けられていた。

 胃が痛くなりそうだよ、本当に。

 大量に向けられる視線に少しうんざりしつつも、上履きに履き替えていつもの教室へ。

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 挨拶をしながら入ると、未果と晶が反応してくれた。

 それを聞いて、ボクはすぐにカバンを置いてから二人のもとへ。

 

「あれ、態徒と女委は?」

「ああ、態徒はもうすぐ来るな。女委は、いつものだ」

「じゃあ、入稿かぁ」

「そうみたいね」

 

 一ヶ月に一回は入稿しなくちゃいけない、と言うあれがあるところを考えると、女委ってい意外と売れているのかな?

 そのうち、本当に漫画家デビューとかしそう。

 

「そういえば晶、告白とかには慣れた?」

「……慣れるどころか、ますます酷くなってるよ」

「あー、それがね、依桜。晶の下駄箱や、机の中に、ね。ちょっと怖いものがあったのよ」

 

 未果は、頭が痛いと言った様子で歯切れ悪く答える。

 

「怖いもの? もしかして、手紙一面に、『好き』って書かれているものとか?」

「たしかにそれもあったわ。しかも、真っ赤な色で」

 

 あったんだ。

 しかも赤って……晶、ヤンデレにも好かれ始めちゃったんだ。

 

「でも、本当に怖かったのはそれじゃなくて、その……髪の毛が入っていたり、手紙を取り出そうとすると、中に入っていたカミソリで指を切ったり、ね……色々とあったのよ」

「怖いよ!」

「う、うああああああああああああああああっっっ!」

「あ、晶!? 大丈夫!?」

 

 嫌なことを思い出してしまったのか、晶が頭を抱えて叫びだしてしまった。

 晶が重傷すぎるんですけど!

 

「こ、来ないでくれ……や、やめろ……そ、そこは違う、違うって……突っ込まないでくれ……い、痛い……や、やめてくれ……!」

 

 ぶつぶつと小声で何かを呟く晶は、なんというか……異様だった。

 目は虚ろで、頭を抱えながらうずくまる姿は、ただただ恐怖におびえる子供のそれだった。

 

「……あの、未果? これ、相当重症……というか、病んでない?」

「……病んでるわね」

「……記憶、消したほうがいい、かな?」

「……そうね。あれは絶対に思い出しちゃいけないやつよ」

「……だね。完璧に記憶を消すツボを押してくるよ。あれじゃあ、晶が可哀そうだよ」

「……お願い」

 

 ボクは、晶の背後に立ち、針を刺す。

 針は寸分たがわず、狙った場所に突き刺さる。

 

「かはっ……」

 

 短い呼気を漏らした後、どさりと晶が倒れた。

 周囲のクラスメートたちは、晶の様子を見て、生温かい視線を送っていた。

 

 ……ボクが知らない間に、色々あったんだね、晶。

 水曜日は死んでいたし、木曜日、金曜日はいつも通りにふるまっていたから、まさかここまでになるとは思っていなかった。

 ……友達失格だよ。

 

「うっ……俺は、何を……?」

「あ、晶、おはよう。」

「あ、ああ、おはよう……」

「晶、あなた少し寝ていたけど、気分でも悪かったの?」

「え? ……いや、特にないんだが……なんだか、先週の水曜日~金曜日の記憶がないんだが」

「気のせいだよ。ぼーっとしていたからじゃないかな?」

 

 なるべく平静を装って晶と話す。

 暗殺者として、ここは変に慌てちゃいけない。

 ……まあ、学園祭の後夜祭ではちょっと取り乱しちゃったけど……。

 

「そ、そうか? ならいいんだが……」

 

 少し疑問に感じつつも、晶は納得してくれた。

 よかったぁ……。

 

 ひとまずは安心だけど、また同じようなことがあったら、あの状態に逆戻りになっちゃうから、結局は焼け石に水かもしれないけど。

 

「おーっす」

「おっはよー」

 

 晶を正気に戻したところで、態徒と女委が教室に入ってきた。

 

「おはよう、二人とも」

「おはよう」

「おはよう」

「あれあれ? 何かしてたの?」

 

 ボクたちの様子を見て、女委が楽しそうに尋ねてきた。

 

「う、ううん、何にもしてないよ」

 

 不意に言われたから、少しだけ慌てちゃったけど、バレてないよね。

 多分、この二人は晶の件について知っているんだろうけど、ここでは一応、言わないでおこう。

 

「そう言えば女委。入稿があるって言っていた割には、今日は早いけど……大丈夫だったの?」

 

 下手に晶の話をされても困るので、ここは話題を振って回避をしよう。

 

「うん! すっごく調子が良くってね。おかげで、ペンが進んだよー。寝不足にもならなかったしね。依桜君のおかげだよ」

「ボク?」

 

 なんでボクのおかげでなんだろう?

 手伝っていたわけじゃないし……って、もしかして。

 

「またボクをモデルにしたの?」

「もちろん! 依桜君ほどの美少女は、滅多にいないからね! いいモデルになるのさ!」

「……女委。あなたまた、無断でモデルにしたのね?」

「ふっふっふー。使えるものは使う! それがわたしの同人道! ま、もちろん改変は加えているからね、問題ないよ」

「問題大有りだよ! 勝手にモデルにしないでよぉ!」

 

 肖像権とかどこへ行ったの?

 気にしなきゃダメでしょ。

 

「まあまあ、別に同人誌のモデルにされるくらいいいじゃねえか」

「そりゃ、態徒は一度もネタにされてないからな」

「うんうん。ボクたちの気持ちなんて、態徒にはわからないよ」

 

 ボクと晶で、態徒にジト目を向けながら反論。

 被害にあっていない人はいいよね、気楽で。

 

「おらー、席に着け―、HR始めるぞー」

 

 と、ここで担任の先生が教室に入ってきた。

 なので、ここで解散して自分の席に座ると、ちょうどクラス全員が席に着き、HRが始まった。

 

 

 HRが終わり、一時間目の最中、ふと体に違和感が出始めた。

 

 ん、なんだか体が熱い……。

 なぜか、体が熱くなり始めてきた。

 気怠さもないし、頭痛もしないので、風邪ではないと思うんだけど、なぜだか熱い。

 額に手を当てるも、特に熱があるようには感じない。

 

 変だなぁと思っていると、急に熱が引いていった。

 どういうことだろう?

 

 

 続いて二時間目。

 またしても違和感が。

 

 今度は、熱くなるだけでなく、眩暈を引き起こしたかのようにくらくらし始めた。

 体は熱いし、眩暈はする。

 でも、体が不調かと言われればそうでもない。

 

 貧血かな?

 と思ったところで、眩暈と熱は収まった。

 

 

 三時間目。

 また違和感。

 

 今回は、熱、眩暈に続いて、全身に軽い痛みが走った。

 痛みはそこまで強くなく、チクチクするような痛みだったので、何の問題もなくこらえることができた。

 

 ふと思ったのは、この謎の症状が現れるごとに時間が延びている気がする。

 それにしても、痛い。

 なんだろう。

 熱いし、眩暈はするし、痛いしで、ちょっと嫌な気分。

 

 早く収まってほしいと願うと、症状はすべて収まっていった。

 なんで?

 

 

 三時間目が終わり休み時間。

 

「依桜、具合でも悪い?」

 

 次の授業の準備をしていると、不意に未果に声をかけられた。

 心なしか、表情も心配そうにしている。

 

「ううん。具合は悪くないけど……どうしたの?」

 

 たまにおかしな症状が出るけど、時間経過で何事もなかったかのように収まってるし、変に心配されたくないから、言わないでおく。

 

「たまに、熱があるみたいに顔が赤くなったり、ふらふらしたり、痛みをこらえる様な感じだったから、ちょっと気になったの」

 す、鋭い。

 よく見てるなぁ、未果。

 ボク、これでも結構周囲に分からないようにしていたんだけど。

 

「大丈夫だよ。すこしだけ眩暈とかがしただけだから。多分、貧血なんじゃないかな?」

「あー、今は女の子だしね。鉄分、摂ったほうがいいわよ」

「心配してくれてありがとう」

「いいのよ。それじゃね」

 

 それだけを言って、未果は自分の席に戻っていった。

 

 

 そして、四時間目。

 それは唐突に起こった。

 

「うっ……」

「ん、どうした、男女?」

 

 急に体中が熱くなった。

 それも、一時間目~三時間目に感じた時よりも、遥かに熱い。

 

 四十度くらい出ているんじゃないかと錯覚するほどの熱さ。

 しかも、平衡感覚を失うほどの眩暈も襲い掛かってきた。

 そして何よりも、ボクが声を上げた原因。

 それは、

 

「うっ、くぅ……な、に?」

 

 全身に走る、激痛。

 チクチクなんて生易しいものではなく、大きな針で全身くまなく刺され続けているかのような、激しい痛みがボクを襲っていた。

 

「う、ぐぅ……うっ、あ、あああああああああああああっっ!」

 

 あまりの激痛に、授業中にもかかわらず、叫び声をあげてしまった。

 

「お、おい、男女! どうした!」

 

 授業をしていた担任の先生の心配する声が聞こえてくるけど、それすらも耳に入らない。

 

 痛いっ……痛い痛い痛い痛いっ……! なん、でっ?

 こんな痛み、感じたことがないし、それに関する原因が何一つ思い出せないっ……!

 あ、熱いっ……視界が歪むっ……体が痛いっ……!

 だ、だめっ……い、しき、が……。

 

「ちょっ、い、依桜!? 体が光ってるぞ!?」

 

 態徒のそんな叫びがかすかに聞こえてきた。

 薄れかけている意識でも、なんとか視線を体に向ける。

 たしかに、態徒の言う通り、ボクの体は淡く光っていた。

 

「な、にっ……?」

 

 自分の身に起きている異常に対して、熱と眩暈、激痛でうまく頭が回らない。

 そうする間にも、光は増していき……

 

 ボンッ!

 

 と、突然何かが爆発するかのような音共に、煙が出た。

 

「い、依桜! だいじょう、ぶ……か?」

「けほっ、けほっ……な、なにが……」

 

 ……あれ、痛みがない。熱も、眩暈も。あれだけ酷かった症状が、嘘のように消えてる。

 ……って、あれ? 今、なんかおかしな声が聞こえたような?

 

「み、みんなだいじょう……ひゃぁ!」

 

 立ち上がろうとしたら、なぜか転んでしまった。

 ……やっぱり、変な声がした。

 しかも、ボク自身から。

 

 いつもの声よりも、少し高くて、さらに可愛らしいような声。

 慌てて体を起こす。

 ぱさっ。

 

「ふぇ……?」

 

 何かが落ちた。

 煙がだんだんとなくなり、今の自分がある程度視界に入った。

 

 そして、気づいた。

 気づいてしまった。

 

 Yシャツを除いた、すべての衣服が、床に散乱していた。

 恐る恐る、自分の体に目を向ける。

 小さかった。

 それに気づいたところで、

 

『え、え……えええええええええええええええええええええええっっっ!?』

 

 先生も含めたクラス全員が、そろって驚愕に大声を出していた。

 ボクも叫んだ。

 ボクの状況に。

 ボクの姿に。

 ボクは……

 

「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」

 

 いつぞやの素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

 ボクは――体が縮んでいた。



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1-3.5章 依桜たちの(非)日常2
59件目 幼女化の原因


※ 元の姿と細分化を図るために、今回のような状態の依桜は、平仮名多めの話し方になります。なお、モノローグには適用されません。


「な、なんで? なにがどうなってるの?」

 

 突然のことで騒がしくなった教室内で、ボクは一人混乱していた。

 どうして? なんでボク、縮んじゃってるの?

 それに、声も高くなってる。

 どういうこと? なんで? なんで?

 

「……い、依桜? 本当に、依桜なの?」

 

 ボクが一人混乱していると、未果がボクに話しかけてきた。

 

「み、未果ぁ……」

 

 突然のことに、目の前が涙でぼやける。

 多分、泣きそうになってる。声も少し震えてるし……。

 

「い、依桜、なのね……。ああ、はい。まさか、こうなるとは思わなかったわ」

 

 ボクが名前を呼んだことで、未果は少しだけたじろいだ。

 

「つか、何をしたら、縮むんだよ?」

「あれ、どう見ても小学生くらい、だよな?」

「……依桜君、とうとう若返りもしちゃったのかぁ」

 

 態徒たちが、そんなことを口々に言っている。

 縮んだ理由はわからない。

 自分の今の姿がどうなっているかはほとんどわからないけど、少なくとも縮んでいるのは確か。

 そして、若返り、というのもあながち間違いじゃない。

 ……どうなってるの?

 

「依桜、どういう、こと?」

「わ、わからないよぉ……」

 

 なんでこんなことにぃ……。

 原因は何? 何も思い浮かばない。

 最近変わったことがあったのは、異世界へ行ったことくらい。

 期間は七日。

 それで考えると、記憶のない二日間と、呪いの解呪。

 

 ………………解呪?

 待って。もしかしてこれ、解呪が原因じゃないよね?

 もしかして、失敗した、とか?

 ……でも、解呪が発動するのは、飲んでから二日後って言われたし……。

 わ、わからないよぉ……。

 

「な、なあ、依桜」

「なに、晶……」

「いや、な。俺としては、その……その恰好をどうにかしてほしいんだが……」

「かっこう……?」

 

 晶に指摘されて、ボクは自分の体に視線を落とす。

 

「――ッきゃああああああああああああああああっっっ!」

 

 自分の体を見てから、床にしゃがみこんで悲鳴を上げた。

 縮んでしまったことで、ボクの衣服はYシャツを除いた服と言う服全てが床に落ちていた。

 つまり……裸Yシャツ。

 

「おい女子! とりあえず男どもを教室から出せ! 急げ!」

 

 先生がクラスの女の子たちに指示を出し始める。

 晶や、一部の男子たちは先生が指示を出した瞬間に、すぐさま教室から出ていき、態徒を含めた男子は抵抗した。

 

「い、いいじゃねえか! オレだって依桜の友人なんだぜ!? それに、依桜は元々男だったんだぞ!」

「うるせぇ! いいからさっさと出やがれ! 男女が元々男だろうが、今普通に悲鳴上げてただろ! つか、今は女なんだから、前が男とかは関係ねえ! ふざけたこと言ってねえで、さっさと出てけ!」

『は、はいぃぃぃ!』

 

 先生の叱責で、慌てて男子たちは出て行った。

 残ったのは、座り込んで震えているボクと、クラスの女の子たちと先生だけ。

 

「さて、と。男女がなんで縮んじまったのかはわからんが……とりあえず、服は何とかしないとな……」

「でも戸隠先生。今の依桜が着られる服はないですよ?」

「……だよなぁ。あー、そうだな……おい、男女。お前、ジャージは持ってるか?」

「た、体育がありましたし、今日はすずしいので、いちおう……」

「そうか。なら、とりあえず今日はジャージで過ごせ」

「わ、わかりました。……えっと、あの、ここで着替えを……?」

「そりゃそうだろ。なあに、安心しろ。そこで覗いている馬鹿どもは、あたしがあとでシメておくからな」

 

 先生が朗らかに言うと、廊下の方から慌てて逃げる様な足音が聞こえてきた。

 ……今のは、態徒……と言うより、一部の男子を除いた全員ってところかな。

 態徒は許さない。

 

「さ、これで馬鹿どもはいなくなった。さっさと着替えな」

「は、はい」

 

 優しい声音で先生が着替えるよう促してきた。

 先生は、口調は荒いけど、生徒思いのいい先生として評判だ。

 元々ヤンキーだったらしいけど、それを気にするような生徒はうちの学園には一人もいない。

 だから、本当に安心できる。

 

 Yシャツを脱ぎ、急いでジャージに着替える。

 縮んだ影響でかなりぶかぶかしていたけど、袖や裾を何度も折ってって調整し、ズボンはゴムを引っ張って固定。

 これでなんとか、裸Yシャツからは脱却できた。

 でも……

 

「うぅ、下着がないからスース―するよぉ……」

 

 体が縮んで、衣服類が大きくなったのだから、当然下着も。

 今のボクは、いわゆるノーパンである。

 穿いていないから、すごくスースーして、嫌な感じ。

 

「さて、とりあえずこれで問題はないが……男女。とりあえず、保健室に行け」

「わ、わかりました……」

「付き添いは……椎崎、頼めるか?」

「大丈夫です」

「よし、なら行ってこい。ほかの奴は、男女の制服や下着をまとめといてやれ」

『はーい』

 

 テキパキと指示出しをする先生は、かっこよく見えた。

 

「はい。ほら、依桜、行くよ」

「う、うん……」

 

 未果はボクの手を取り、教室の外へ。

 

「大丈夫だったか?」

 

 教室を出ると、ほかの人と話していた晶がボクたちに気づいて話しかけてきた。

 

「う、うん。今はだいじょうぶ。でも、先生にほけんしつに行ってこい、って言われたから行ってくるね」

「ああ。わかった。気を付けてな」

「ありがとう」

「そう言うことだから、晶。ほかの男子たちの暴走は任せたわ」

「了解。で、教室には、いつ頃入れそうだ?」

「そうね……大丈夫だったら、戸隠先生が言うと思うから、待っていれば問題ないわよ」

「わかった」

「お願いね」

 

 晶が了承するを確認してから、ボクたちは保健室に向かった。

 

 

「……やべえ。依桜のやつ、すっげえ可愛いんだけど!」

『わかる! わかるぞ!』

『なんというか、庇護欲を刺激されるって言うのか、守ってあげたくなるオーラがあったよなぁ』

『しかも、裸Yシャツだったんだぜ? やっぱり、幼女の裸Yシャツはいいものだな!』

『つか、さっきの泣きそうな男女の顔見たか?』

『ああ、見た見た! 妙な背徳感があったな!』

『ただでさえ、女神のような美少女だった男女が、天使のような美幼女になるんだもんなぁ。世の中、不思議だらけだ』

『あー、抱っこしてみたい……』

『俺は、抱きしめてみたいわ』

『俺は肩車だなぁ……』

「いやいや、添い寝だろう、ここは!」

『『『さすが変態だぜ!』』』

 

 このクラスには、ロリコンと言う名の変態が多いようだった。

 

 

 コンコン

 

『どうぞ~』

 

 未果が保健室のドアをノックすると、中から間延びしたような柔らかい声が返って来た。

 

「失礼します」

「し、しつれい、します……」

 

 二人で中に入る。

 保健室らしく、アルコールの匂いが充満していた。

 保健室って、なんでこうもアルコールの匂いがするんだろう?

 

「どうしたのかしら~? 風邪? 怪我? それとも~……って、あら~?」

 

 ボクたちが保健室に入ると、にこにこと笑顔を浮かべた先生が座っていた。

 先生は、何しに来たのかを尋ねると、ボクの姿を見て驚いたような表情になった。

 

「希美先生、ちょっとこの子……依桜に問題がないかを診てもらいに来たんですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、ええ。大丈夫よ~。あなたが、依桜ちゃん……じゃなくて、依桜君なのね~? それにしても……ほかの先生方や、生徒のみんなから聞いていた姿と違うようだけれど……」

「うわさ……?」

「そうよ~。なんでも、男の子がすごく可愛い女の子になった、って大騒ぎだったんだから~。私は見たことなかったけど……うん、たしかにみんなが言うように可愛いわね~」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 可愛いと言われて、お礼を言ったんだけど、気持ち的な問題で疑問形になってしまった。

 

「それで、今日はどうしたのかしら~? 診てもらいたいとのことだったけど……」

「えっと、実は依桜が授業中に縮んじゃったんです」

「縮んだ~?」

「はい。元々は、150近い身長で、スタイルもよかったんですけど、急に今みたいな小学生の姿になってしまって……。一応、異常がないかを確認するために来ました」

「なるほど~。わかりました。とりあえず、依桜君はこっちに座ってくれるかしら~」

「は、はい」

 

 先生にの目の前にある椅子に座るよう指示され、椅子に座る。

 

「ちょっと失礼しますよ~」

「きゃっ……」

 

 いきなり、ジャージの上を胸上までまくられ、短い悲鳴が出てしまった。

 そして、ぶら下げていた聴診器をボクの体に当てる。

 ……保健の先生なのに、なんで聴診器?

 

「ん~……うん。問題ないわ~。じゃあ、次。お口をあーんしてね~」

「あ、あーん……」

「喉は……うん、こっちも問題ないわよ~。次は、お熱を測ってね~」

「は、はい」

 

 手渡された体温計を脇に挿し、熱を測る。

 そのままの姿勢で少し待つと、ピピピッと測り終えた時の音が鳴る。

 それを取り出して、先生に渡す。

 

「36.8ね。まあ、平熱くらいね~」

 

 いつもの平熱だと、大体36.2くらいなんだけど、縮んでいる影響かな?

 たしか、子供の平熱って少し高かった気がするし……。

 間違ってたらあれだけど。

 

「それじゃあ、質問するわね~。頭が痛いとか、風邪っぽい、気怠い、など、体に不調はあるかしら~?」

「うーんと……ないです」

「そう~。体温は平熱だし、喉も腫れた様子はなく、心臓も正常に動いていて、不調もなし、と。とりあえず、何らかの病気の心配はないわ~」

「それならよかった……」

 

 先生の言った結果に、未果がほっとしていた。

 ボクもちょっと安心。

 

「けど、体が縮むなんて病気は聞いたことないのよね~。何か変わったこととかない~? 例えば……異世界、とか」

「えっ」

 

 希美先生がいきなり異世界と言う単語を口にしたことに、思わず声を出してしまった。

 未果も、息を吞む気配がする。

 

「あらあら~、本当だったの~? でも安心して~。私は、叡子ちゃんの研究についても知っているし、かかわってもいるから~」

「そ、そうなんですか!?」

 

 思わぬところから、異世界の研究にかかわっている人が現れた。

 まさか、保険の先生がそうだったなんて……。

 

「えっと、依桜? 研究って……?」

「あ、え、えっと……」

 

 よくわからなくて困惑した未果に尋ねられる。

 言ってもいいものなのかな、あれって。

 一応、異世界の存在については、未果たちも知っているし……。

 で、でも、ああいうのって言わないほうがいい、よね?

 

「今は気にしなくても大丈夫よ~。……それで、多分だけど、依桜君のその症状は向こうに起因しているはずよ~。だから、こっちの医療機関で調べても、わかることはないわね~」

「そう、ですよね」

 

 異世界の存在を知っていて、医者ではないとはいえ、保険の先生が言っていることだし、本当に意味がないんだろうなぁ。

 

「さて、とりあえずはこんなところからしら~。あ、そうだ。依桜君は今の自分を見たのかしら~?」

「み、見てない、です」

 

 あまりにも突然のことだったし、それに、全身が見れるほどの鏡なんて、教室にはないから、見れていない。

 というより、見るのがすごく怖い。

 

「なら、そこに姿見があるから見てみるといいわよ~。自分がどうなっているのか、確認は必要だからね~」

「……わ、わかりました」

 

 先生の言う通り、自分の姿は確認しておいたほうがいい。

 師匠にも、常に自分の体の状況を把握しろって言われてたし。

 ……これでまた向こうに行ったときに言われたら、それこそ目も当てられない。

 なら、見れるときに見ておかないと!

 

「すー……はー……よし」

 

 鏡の前で深呼吸して、意を決して鏡を見る。

 そこにいたのは……

 

「お、幼くなってるよぉ……」

 

 小学生くらいの、幼い姿のボクだった。

 外見自体は、変化する前の体をそのまま幼くしたような感じ、かな。

さっきと大きく違う点としては身長が縮んで、149センチから130センチくらいにまで縮んでいることだと思う。

 

 顔立ちも少しだけ変わり、変化前はあどけなさの残る可愛らしい顔立ちだったけど、現在は残るどころか、あどけなさの塊のような、変か前とは違った意味での可愛らしい顔立ち。

 丸っこい輪郭に、くりっとした大きな碧い瞳。

 小さな口元も、変か前よりも濃い桜色で、ふっくらしていてとても柔らかそう。

 

 長い綺麗な銀髪は、身長に合わせたのか、元の時と同じくらいの位置、腰元まで伸びている。

 変化前の肌は、張りがあって柔らかそう……というか、男の時とは比べ物にならないくらい柔らかかったけど、今の姿になってからは、ぷにっとした肌に変わっている。

 

 総評。小学生。

 

「うっ……」

 

 あまりにも酷い現実に、鏡の前で床に手をついてがっくりとうなだれた。

 女の子の次は、小学生……。

 ボクの人生、どうなってるのぉ……。

 ……あ、目から汗が……。

 

「……未果ちゃん、そっとしておいてあげましょ~」

「……ですね」

 

 未果たちが優しかったです。

 ……ぐすっ。

 

 

「んで、どうだった……って、どうした、男女。泣きはらしたような目だが……」

「……人生を、なげいてました。あと、体に異常はありませんでした……」

「そ、そうか。……しかし、どうする? こんな状況だ。午後の授業は、その時の担当の先生に言って、出席扱いにするようかけあうが……」

「い、いえ、それはちょっとひきょうですから、ちゃんと出席します」

 

 授業に出ていないのに出席扱いされるのは、真面目に授業に出ている人に悪い。

 体が縮んだだけで早退はちょっと……。

 別に、体調が悪いわけでもないし。

 

「……真面目だな。わかった。たしか、六時間目は体育だった気がするが……出れるのか?」

「きょ、今日はさすがにやめておきます……。きがえ、ないですし……」

「それもそうか。なら、そっちはあたしが伝えておいてやるよ」

「い、いいんですか?」

「ああ。熱伊先生とはそれなりに仲が良くてな。どの道、もうそろ昼休みだ。こっちで伝えておく」

「ありがとうございますっ!」

 

 先生、本当にいい人だよ……。

 姉御肌、って言うのかな、この人は。

 なんというか、サバサバしていて、かっこいいと言うか……下手な男の人よりもかっこいいんじゃないかな、先生って。

 

 キーンコーン……

 

「……っと、チャイムが鳴ったな。それじゃ、授業は終いだ。おらー、学生ども、ちゃんと飯食えよー」

 

 そう言い残して、先生は教室を後にした。

 

「はぁ……どうしよ……」

 

 なんだか、妙なことになっちゃったし、原因はわからない。

 せめて、何がだめだったのかくらいは知っておきたいなぁ。

 

「依桜君。ちょっとちょっと」

 

 と、嘆息していたら、女委が手招きしながらボクを呼んでいた。

 なんだろうと思いつつ、女委のところへ。

 

「ねえねえ依桜君。さっき、依桜君の制服を体操着が入っていたカバンに入れた時に、こんな紙が出てきたんだけど」

「え?」

 

 スカートのポケットから、女委が一枚の紙を取り出して、ボクに手渡してきた。

 

「ああ、それ、見たことない言語で書かれていたから、俺にも聞かれてな。依桜の持っていたカバンなら、依桜が知っているんじゃないか、って思ったんだが……」

「オレもわからなかったなー」

「へぇ、どんな文字?」

 

 見たことないという文字に、半ば嫌な予感を感じつつも、紙を開く。

 そこには、

 

「うわ、なにこれ。確かに見たことないわね……すっごい複雑」

「……」

 

 異世界ミレッドランドで使われている文字が書かれていた。

 しかもこの筆跡は……師匠?

 いつの間にこの紙を入れたんだろう?

 

 と、とりあえず読んでみよう。

 えーっと……。

 

『我が親愛なる弟子よ。この手紙を読んでいるということは、すでに元の世界に帰った後だろう。あー、まどろっこしいのはやめだ。単刀直入に言おう。……すまん! 解呪のポーションの調合、ミスっちった☆ いやあ、実を言うとさ、あのクソ野郎に創造石の調達を頼んだじゃん? で、五センチくらいの奴を頼んだじゃん? あの野郎、やってくれやがって、十センチの石を持ってきやがってよー。で、さすがにでかすぎると思ったあたしは、石を二分割して、その半分を使ったわけよ。で、薬自体は完成したんだが、石の保有する魔力や解呪に必要な物質は、どうも十センチの状態のままでな。つまるところ……解呪する確率が高くなっちゃったぜ☆ まあ、あれだ。あたしは悪くない。悪いのはクソ野郎! まあでも? 反転草の量を減らせば、確率の低い薬を作れたんだけど、石割ればウイいだろ、まあいっかってことで、普通に入れちゃった☆ そんなわけで……通常なら成功例だが、イオに限って言えば、完全に失敗する薬だったわけだ! はっはっは! すまん! 多分、解呪の追加効果は、一日で出ると思うんで、まあ、その……なんだ。頑張って生きてくれ! じゃ、いつものあの家で祈ってるぞ! イオのミオ師匠より』

 

 ………………………………………………。

 

「い、依桜……?」

「……し」

「「「「し?」」」」

「師匠の、バカああああああああああああああああああああっっっ!」

 

 師匠に対する恨みつらみを乗せたボクの心からの叫びは、平穏で、どこにでもある日常的な昼休みの教室に、強く木霊した。

 師匠、絶対許さないっ!



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60件目 幼女化の説明(?)

「う、うぅ……ぐすっ……ひっく、えぐ……」

「よしよし、もう大丈夫だから、泣かないで」

 

 師匠に対する恨みつらみを叫んだ後、ボクはその場で泣き崩れ、未果に抱きしめられながら、ぽんぽんと背中を叩かれていた。

 

 ボクの幼女化の原因は、師匠のミスと、王様のミスだった。

 根本的なミスは、王様とは言え、どうにかできたにもかかわらず、まあいいか、の勢いで間違えたまま生成し、それを平気で師匠は飲ませてきた。

 まかせとけ、と自信満々に言って、ボクも信頼していたのに、この有様。

 

 学園長先生の発明と、王様の召喚によって異世界へ飛ばされ、魔王には呪いをかけられ、女の子になり、マスコミに張り込まれ、異世界へ再び行き、王様のミスを補えたにも拘らずそれをまいっか、で済ませて解呪に失敗し……小学生に。

 アポ〇キシンを飲まされた高校生探偵の人の気持ちがなんとなくわかったよ……。

 

「……今の依桜が泣いていると……あれだな」

「どうみても、お姉ちゃんに慰められている妹、って図だよねぇ~」

「言ってやるなよ。ただでさえ、女子になって大変だというのに、小学生になるとか……普通の奴だったら、絶望して自殺を図るか、引きこもりになるかのどちらかだぞ?」

「いや、自殺は言いすぎだろ。だけど、引きこもりにはなるわな。まあ、オレとしては、是非ともああなりたいがな!」

「……ぐすっ……態徒、殺す……うぅ……」

「ちょっと待て!? 今、泣きながら殺害予告されたんだけど!?」

 

 態徒の抗議が聞こえてきたけど、ぷいっとそっぽを向く。

 態徒なんて知らない!

 

「空気を読まないのが悪い。普通、こんな状況になっている人に、羨ましがるか? 普通。だからお前はモテないんだぞ、態徒」

「う、羨ましいと言って何が悪い! 願望を言って何が悪い! いいじゃねえかよ!」

 

 態徒の自分勝手なセリフに、ボクたちだけでなく、クラスのみんな(女の子たち)からの非難の視線が殺到していた。

 自分で自分の首を絞めているということを、気づかないのかな……。

 

「依桜、落ち着いた?」

「……ぅん。ありがとう、未果……」

「うぐっ……」

「どうしたの?」

「え、あ、な、なんでもないわ!」

 

 どうしたんだろう、顔を赤くして……。

 やっぱり、抱きしめながら慰めるの恥ずかしかったのかな……。

 

「ご、ごめんね、未果にだきついちゃって……」

「な、何言ってるのよ! 別に迷惑だなんて思ってないわ! むしろ、役得よ! 役得!」

「やくとく……?」

(し、しまったっ。つい、本音がっ……! くぅ、今の依桜は可愛すぎるのよ!)

「未果……?」

 

 なぜか急に胸を抑えて悶え始める未果に、心配になって声をかける。

 だ、大丈夫なのかな?

 

「な、何でもないわ。……それで、依桜。叫んだ直後に泣き出したから、依桜がこうなった原因を聞いていないんだけど……さっきの紙に書かれた文字と言い、依桜の幼女化といい、説明してもらえるかしら?」

「う、うん……。じゃ、じゃあ、屋上に行かない? その、ちょっとだけ話しにくいから……」

「わかったわ。晶たちも、それでいいわよね?」

「いいぞ」

「もちろんだよ!」

「おうとも!」

「そ。じゃあ、お昼を食べながらにしますか」

 

 

 と言うわけで、事情説明のためにボクたち五人で屋上へ。

 何人かのクラスメートが同席したいと言ってきたけど、話の内容が内容だけに、あまり不特定多数の人には言えないので、ここはお断りさせてもらった。

 その代わり、別の日に一緒に食べよう、という約束を交わした。

 

「さ、白状してもらいましょうか」

「は、はくじょうって……」

「間違いじゃないでしょ。で、何があったの?」

「じ、実は……」

 

 ボクは土曜日の出来事を話した。

 一週間ほど異世界に滞在し、呪いの解呪を試みたことを。

 師匠のミスで一生男に戻れないだけでなく、何らかの追加効果が出ること。

 そして、その追加効果が原因でボクが小さくなってしまったことなど、今のボクになる原因をかいつまんで話した。

 

「……なるほど。なんというか……酷い人、ね。あなたの師匠」

「……いい人、なんだけどね」

「でも、依桜君がまた異世界に行ってるとは思わなかったよ~。わたしも行ってみたいなぁ」

 

 行けないことはないと思うけど、向こうの世界は危険だから、一応学園長先生に言えば行けることは黙っていよう。

 

「なら、その紙にはなんて書いてあるんだ?」

「それ、異世界の言語なんだろ? すっげえ気になるんだが」

「えっと……気になる?」

「「「「もちろん」」」」

 

 四人に気になるか訊くと、声をそろえて即答した。

 だ、だよね。

 

「じゃ、じゃあ読むね――」

 

 言語理解のおかげで、ボクには日本語のように聞こえて、尚且つ文字を読み書きできるけど、みんなからしたら違う。

 ボクは日本語を読む感覚で読み上げているけど、実際は向こうの言語で話している。

 途中でそのことを思い出し、もう一度最初から、日本語に翻訳しながら読み上げる。

 

 最初の部分で、ん? とみんなが首を傾げ、☆を付け始めたあたりから、難しい表情になり、責任転嫁をしたり、自分のミスを笑い飛ばすような言い方をしたときには、唖然とした表情に。

 そんな状態が最後まで続き、手紙を読み終える。

 

「――って書いてあるの」

 

 手紙から視線を前に戻して、みんなを見る。

 よく見ると、ぷるぷる震えてる。

 ど、どうしたんだろう?

 そして、みんな同じタイミングで開口一番、

 

「「「「理不尽すぎる!!」」」」

 

 とツッコミを入れていた。

 うん。よかった。

 みんなも理不尽だと思ってくれたんだね……。

 理解者がいるって、いいなぁ……。

 

「え、依桜の師匠、理不尽すぎない? 何これ? 普通、補えるはずのミスを、そのまま放置する? とんでもない人よね、これ!」

「これだけ色々としていると、依桜の修業時代って何してたんだ?」

 

 修業時代、か。

 思えば、地獄だったなぁ……あの一年。

 

「強力な魔物がひしめいている谷に放り込まれて、魔法を使わずに、身体能力だけで全滅させろと言われ、動体視力と反射神経だけで雷を避けろと言われ、限界まで魔法を使ってまた回復、また限界まで魔法を使う、なんてこともして、師匠の世話は弟子の役目だ! なんて言われて、毎日毎日生活がだらしない師匠のお世話をして……色々とあったよ……」

「「「「うわぁ……」」」」

 

 みんなが引き攣った顔をしながら、ドン引きしていた。

 同情する視線が妙に生温かいよ……。

 

「依桜君、相当苦労していたんだね……」

「……うん。師匠、りふじんだったんだよ……」

「なんつーか……すまん、依桜」

「……いいよ。もう過ぎたことだし、師匠はりふじんだけど、いい人だからね……」

「いや、これを見ている限りじゃ、どう見てもいい人には感じないんだが……」

「あー、えっと……師匠は、その……。本当にどうでもよくて、たいしてあやまる気もない時は、あやまらないんだよ。むしろ、本気で罪悪感を感じていたり、わるいと思っている時ほど、しゃざいの言葉を何回も言うの」

「いや、それはそれでどうかと思うんだが……でも、そうだな。依桜が言うなら、悪い人じゃないんだろ。むしろ、この人だったから、依桜はこっちに無事に帰ってこれた、と思うべきか?」

「うん。ボクもそう思ってるの。むしろ、師匠じゃなきゃ、多分……みんなに再会する前に死んでたよ」

 

 それは間違いない。

 ボクが戦った魔王は、歴代最強と言われていた魔王で、師匠を抜いたら、世界最強に近い人だった。

 そんな人を倒せる人は、人間にはいなくて、どうにかするために、別の世界であるこの世界から人を喚ぶことにした、と言うのがあの召喚の理由だし。

 

 王国最強と言われていた、ヴェルガさんですら、魔王には遠く及ばないと言っていたし、ほかの国々にも、ヴェルガさんと同じ強さの人がいたらしいけど、結局そこまでの強さだった。

 

 そんな折に出会ったのが師匠で、師匠はボクにいきなり弟子になれと言われ、無理矢理に連れていかれた後に、圧倒的な実力差を見せつけられ、ボクも弟子になると決めた。

 どうして、師匠がボクを弟子にとったのかはわからないけど、それのおかげでこうして生き残って、みんなとお昼を食べられているのは、その師匠のおかげでもある。

 

 今思えば、ボクを元の世界に戻すために、あれだけハードなことを課していたんじゃないかな、なんて思える。

 

「――しかも、師匠はボクを向こうの世界によんだ王様におこっていたからね。やっぱりいい人だよ。……今回の件はあれだけど」

「そう、なのね。……まあ、それでも手紙の内容はちょっとあれだけれど」

「でもでも、面白そうな人だよね~。わたし、ちょっと会ってみたいかな」

「なあなあ、依桜、お前の師匠って、一人称があたしってことは、女の人なのか? 美人か? 美人なのか!?」

「う、うん。美人だよ。えっと、黒かみ黒目で、スタイルがいいお姉さん、って感じ、かな」

「マジで!? 何、お前その人とひとつ屋根の下だったのか!?」

「そうだけど……けっこう大変だったよ。いきなりお風呂に乱入してくるし、ねているベッドにもぐりこんでくるし……めったになかったけど、お酒にようとキスしようとしてくるんだよ? 『だいしゅき~』って言いながら。……師匠にはすごくこまってたよ」

 

 抑えるのも大変だったしね、師匠の暴走……。

 

「なんだその生活! 羨ましいぞこの野郎っ! しかも、そんな幸せな環境にいながら、困ってた、だと!? 勝ち組はいいよな!」

「何におこってるの!? 何度かおそわれかけてたけど、なんにもなかったよ! それに、師匠はきっと、ふざけていたり、よったいきおいでやってただけだよ!」

 

 ボクも男だったから、色々と大変だし困っていたよ。

 だって、平気で自分の体を押し付けてくるんだもん。

 色々と抑えるのが大変だったよ……。

 

「……なあ、未果。依桜の師匠って……」

「ええ。間違いなく、惚の字ね。しかも、依桜本人は全く気付いていないみたいね」

「ちょっと同情するなぁ、依桜君の師匠さんに。鈍感系主人公を落とすのって、難しいからね~」

「……ここは、依桜みたいに、オレも鈍感系を目指すか……?」

「意味ないからやめときなさい」

 

 あ、あれ? またこそこそと話し出した。

 なんかもう、いつものことのように思えているから、あまり気にしなくなってきたよ。

 みんなのことだし、悪口を言っている、なんてことはないだろうからね。

 

「まあ、それはそれとして……また学園長には話しておいたほうがいいじゃないの? たしか、依桜の戸籍だとか、依桜に関する書類のすべては、学園長がやったんでしょう?」

「そう、だね。ほうかごにでも、行ってくるよ」

「それがいいわ。少なくとも、制服はどうにかしないといけないしね」

「うん……」

 

 今の制服は、あの姿の時専用だし……それに、胸元とか、お尻とかが明らかにサイズ違いだからね、すっごくぶかぶかだしね。

 ……身長もあるけど。

 ただでさえ、低くなった身長が、さらに低くなるんだもん。

 本当に酷いよ……。

 

 ある程度の事情を話した後は、いつもの昼食風景となった。

 何でもない日常だけど、ボクだけが、色々と変わって行っている気がして、なんだかちょっと、寂しいなと思った。

 でも、みんなはボクがどんな姿でも、いつも通りに接してくれるから、本当にありがたいと思っている。

 ……まあ、態徒と女委だけが、ちょっとあれな感じになったっちゃったけどね……。

 

 そんなこんなで、お昼を食べながら雑談をして、昼休みは過ぎて行った。



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61件目 母親の知りたくなかった部分

 五、六時間目はつつがなく終了し、ボクは学園長室前に来ていた。

 理由はもちろん、制服の件。

 コンコン

 

『どうぞ』

「失礼します」

「その声は依桜君? ちょっと声高く、なっ……た?」

 

 積まれた紙に一枚一枚何かを書いていく学園長先生が、一度手を止めてボクの方へと視線を向けると、学園長先生はポカーンとしてしまった。

 というか、今声で判別した?

 

「えーっと……依桜君、なのよね?」

「そ、そうです。縮んじゃいましたけど、一年六組の、男女依桜です」

「縮んだ、ね。……とりあえず、その件で来たんでしょうし……とりあえずそこのソファに座っててもう少しで終わるから」

「は、はい」

 

 近くのソファの端に、ちょこんと座る。

 

 なんだか落ち着かなくて、きょろきょろと学長室内を見回していた。

 普通なら、あまり来る機会はないはずなんだけど、ボクの場合は、色々と学園長先生と関わることが多いので、よく訪れている。

 でも、まじまじと見ることはないので、なんとなく見みてみたいという好奇心に駆られた。

 物珍しいものはないけど、きちんと整理整頓された部屋は、どこかの師匠とは大違い。

 

 向こうはゴミだらけで、腐ったものもそこら辺に落ちているのに、気にも留めずに生活する師匠は、やっぱりおかしい。

 それとは反対に、学園長先生はこういうところはしっかりするタイプの様だ。

 華美な装飾はなく、本当にシンプルなインテリアばかりだけれど、すべてが木製でなんだか落ち着く。

 まあ、学園長室が、絢爛豪華な部屋だったら普通に嫌だけど。

 

「っと、終わり。さあ、事情を聴きましょう」

 

 そんなことを考えていたら、学園長先生の方の仕事が終わったらしく、ちょっとにこにこしながら対面側に座る。

 

「それで、なんで小学生みたいな姿に?」

「……のろいのかいじゅに失敗しちゃって……」

「え、失敗しちゃったの!? じゃあ、依桜君って……」

「……はい、一生、女の子のままです」

「そっかー。失敗しちゃったのか。……それで? わざわざそれを言いに?」

 

 心なしか、学園長先生の顔がニマニマしているように見える。

 この人、ボクが女の子ままなことに対して、普通に喜んでない?

 

「え、えっと、このすがたに合う制服を、と思って……」

「なるほど。ま、あなたの元の姿よりも、かなり縮んじゃってるしね。じゃ、早速採寸ね」

「……さ、さいすん、ですか」

「安心して。さすがに、前の時のようなことはなしないわよ」

「ほ、ほんとですか……?」

「当然。今の依桜君は、どう見ても幼い子供って外見だからね。そんな子を襲うって言うのは、世間体的にアウトでしょ。いくら同性とはいえ」

 

 そもそも、学園長という立場で、生徒に手を出すこと自体が世間体的にアウトだと思うんだけど……。

 あと、一応は異性なんだけど。

 ……心は、だけど。

 

「とりあえず、測ってしまいましょうか」

「は、はい」

「ま、前と同じでいいか。とりあえず、ちょっとそこに立って」

「わかりました」

 

 ソファから立ち、少し広いところに立つ。

 学園長先生は机の引き出しから、メジャーを取り出し、ボクのところへ。

 

「はい、じゃあ……脱いで」

「え、ぬ、脱ぐんですか?」

「そりゃそうよ。というか、前も脱いだわよね?」

「で、でも、あの時は下着をつけてましたし……」

 

 下着があっても恥ずかしいものは恥ずかしいけど、何よりはましということで服を脱いだ。

 でも、今回はサイズが合わないということがあって、下着を着けていない。

 

「え、なに? もしかして、穿いてないし、着けてない?」

「そ、そうです」

「あー、そっか。たしかにそれは、恥ずかしいわよねぇ~……。まあ、仕方ない、か。別に、服の上からでも測れないことはないし、そうする?」

「そ、それでお願いします」

 

 正確な数字を測るんだったら、脱いだほうがいいんだろうけど、今のボクにそれは無理!

 何もしないとは言っていても、相手は学園長先生。本当にやらないとは限らないし、それに、こんな姿でも、裸を見せるのは……恥ずかしいし……。

 

「はいはい。それじゃあ、まずは身長ね。えーっと……129センチね」

「……そう、ですか」

 

 129センチかぁ……随分と小さくなっちゃったんだなぁ。

 157センチから、149センチになり、129センチ、か。

 ……最初の頃から、かなり縮んでるよ……。

 

「それじゃあ、次。スリーサイズね」

 

 き、来た……!

 

「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね」

「は、はい」

 

 しゅるしゅると、メジャーを胸に巻き付けてくる。

 

「んっ……」

 

 服の上からだけど、確かに少しくすぐったいかも……。

 

「んー……バストは61、と。で、ウエストは……48ね。じゃあ、最後にヒップ……63。うん。まあ、一般的な、小学3~4年生くらいかしらね」

「……そうですか」

 

 小学3~4年生かぁ。

 元は高校生なんだけどね……。

 身長が欲しいと思っていたのに、どんどん縮む。

 ボク、呪われてるのかなぁ……。

 ……あ、本当に呪われてたっけ。

 

「ま、元々の身長でも、小学六年生の平均くらいだったんだけどね」

「そ、そうだったんですね……はぁ」

 

 縮む前の身長ですら、小学生だったんだ、ボク……。

 

「でもまあ、まだ高校一年生だし、身長は伸びると思うわよ」

「……そうでしょうか?」

「ええ、そうよ。第一、人間って、二十二歳くらいまでは成長するからね。老化が始まるのも二十二歳だけど」

「そうなんですか」

 

 それは初めて聞いた。

 でもそれは、一般人の人の普通なわけであって、今のボクはそれが適用されるのかな?

 一応、解呪の影響で寿命はある程度戻ってるようだけど。

 ……まあ、寿命が戻っているからと言って、老化するかはわからないけど。

 

「それにしても……この計測結果だと、今から発注しても、出来上がるのは……明日の夕方ごろ、か」

「え、じゃあ、明日はどうすれば……?」

「そうね……見たところ、ジャージを着るにしても、サイズは合ってないし……仕方ない、か。依桜君、明日は私服でいいわよ」

「私服でいいんですか?」

「ま、どうしようもないからね。依桜君が望むなら、裸Yシャツでも構わないけど」

「私服できます!」

「あら、それは残念」

 

 何が残念なんだろう。

 というか、裸Yシャツで高校に来る見た目小学生の女の子って、相当危ない子じゃない?

 絶対にいないよ、そんな子。

 いたらお父さんお母さんの教育を問いただしたい。

 

「それじゃ、発注はこっちでしっかりしておくから、とりあえず今日は帰って、服を買っておきなさい」

「わかりました。じゃあ、よろしくおねがいします」

「お願いされました。それじゃ、気を付けてね」

「はい。失礼しました」

 

 軽く会釈してから学園長室から出て行った。

 

 

「た、ただいまー……」

「あら、おかえりなさ……」

「おお、依桜か。おかえ……」

 

 あの後、かなりの視線を浴びつつも、変な人に話しかけられたりすることもなく、何とか無事に家に帰宅。

 とりあえず、ボクの現状を伝えるために、母さんがいるはずのリビングへ。

 すると、今日は仕事が終わるのが早かったのか、父さんもいた。

 二人は、お帰りと言いながらボクを見ると、言葉が途中で止まり、

 

「「……( ゜д゜)」」

 

 ポカーンとしていた。

 

「あ、あの……」

 

 何も言わずに、ただただボクを見つめる二人。

 さすがに何か言わないと思って、声をかけると、

 

「い、依桜!? あなた、依桜なの!?」

「お、落ち着け母さん! 依桜はもうちょっとこう……女神みたいで、ボンキュッボンだぞ! こんな、天使のような愛らしい子供であるはずがなぐべらっ!?」

「もぉ! そんなことかんがえてたの、父さん!」

 

 自分の息子――娘?――に向かって、ボンキュッボンって……さすがに恥ずかしかったので、思わず手が出てしまい、父さんを張り倒していた。

 

「あらあら! あなた、やっぱり依桜なのね?」

「え、えと、あの……うん。その、ちょっと縮んじゃって……」

「あらそうなの……。随分と可愛らしくなっちゃって……。一体何があったの?」

「ちょっと、色々あって……。せつめいするから、父さんをおこして?」

「わかったわ。あなた、おきなさいっ」

「ごふっ! ちょ、母さん、寝っ転がっている人間の頭を踏みつけるとは……すごくうれし――じゃなかった、痛いんだぞ!」

「グチグチ言ってないで、早く起きなさい。依桜が、説明してくれるんだから。ご褒美は後で上げますから」

「マジ? じゃあ、急いで起きるであります! ……あーこほん。で、依桜。なんで、小さく?」

 

 ……今、ボクの目の前で、とんでもないことが起こっていた気がするんだけど。

 母さんに頭を踏みつけられて、すごく喜んでいる父さんが目に入ったんだけど。

 そして、やたら恍惚とした表情だった気がするのは気のせい?

 しかも、あとでご褒美って……し、知りたくなかったよ、こんなこと……。

 ……あと、父さん。嬉しいのはわかるけど、ちょっと……というか、かなり気持ち悪い笑顔のせいで、なんというか……真面目な雰囲気に戻そうとしたんだろうけど、全然戻ってないし、取り繕えてないよ……。

 

「あ、えっと、実は――」

 

 未果たちにした説明をわかりやすく、二人に説明。

 もちろん、授業中に起こったことも含めて。

 事情を話し終えると、

 

「それなら、今の依桜に合わせる洋服が必要ね」

「え?」

 

 ボクの経緯を聞き流したかの如く、洋服の心配をしてきた。

 いや、うん。ボクも心配してるけど。

 

「たしか……」

 

 そう言いながら、リビングにある物置部屋へ。

 母さんは物置に入ると、何かのケースを引っ張り出してきた。

 それをボクたちのところへ持ってきて、ケースを開ける。

 その中には、子供用の服がそれなりに入っていた。

 ……女の子向けの、だけど。

 

「……え、えーっと……母さん? これは?」

「お洋服よ」

「そうじゃなくて、ね? うちに女の子なんていないはずだよね? なんで、女の子の……それも、小学生向けの洋服があるの?」

「あー、それは、母さんが依桜に着せようと画策していたんどらっ!?」

 

 父さんは笑顔のままの母さんに殴り飛ばされた。

 こ、怖い。

 

「あ、あの、母さん? 今、父さんが着せようとしてたって……」

「依桜ってば、昔から可愛かったんですもの。やっぱり、着せたくなるじゃない?」

「ならないよっ!」

「え~、でも、本当に可愛かったし……」

「でもじゃないです!」

 

 実の母親が、息子に対して女装させようとしていたことに、驚きを隠しきれないよ。

 普通、女装させる? させないよね?

 

「でも、ちょうどサイズがぴったりなのよ?」

「そ、そうかもしれないけど……」

「それに、今からだと、この辺のお店はやってないし……」

「うっ」

「明日は私服で行くんでしょう? なら、ちょうどいいじゃない」

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 すでに、十九時前なので、日もほとんど落ちて暗い。

 それに、御柱市の洋服を撃っているお店のほとんどは十九時まで。

 今から行っても間に合わない。

 つまり、母さんが昔から用意していた洋服を着なきゃいけないわけで……。

 

「さあさあ! 依桜はこれを着るの! お母さん、ずっと楽しみだったんだから!」

「か、母さんっ? め、目が、目がこわいよぉ!」

「大丈夫。大丈夫よ。ちゃーんと、可愛い洋服を用意してるから!」

「そ、そう言うもんだいじゃな――きゃああああああああああああああああ!」

 

 結局、ボクは母さんに連行され、着せ替え人形にされました。

 母さんは、終始きゃあきゃあ言って、とても楽しそうでした。

 ボクの目からは、ほろりと熱いものが流れていました。



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62件目 幼女としての生活1

 翌日。

 

「依桜、起きなさい」

 

 ゆさゆさと、優しく何かに揺らされるような感覚と共に、母さんの声がした。

 

「ん、んぅ……あと、ごふん……」

「寝てもいいけど、遅刻しちゃうわよ」

「んー……ん、ちこ、く?」

 

 微睡む中、遅刻という単語で、薄かった意識が急速にはっきりしてきた。

 って!

 

「い、いま何時!?」

「はぁ。やっと起きた。もうすぐ、八時ね」

「ええ!? な、なんでおこしてくれなかったの!?」

「起こしたわよ。でも依桜ったら、『あと五分……あと、五十年……』って言うんだもの。私はちゃんと起こしたからね」

「うっ、ご、ごめんなさい……」

 

 五分って、五十年って……我ながら、ベタなことを言ったよ……。

 五分はわかるけど、さすがに五十年は長すぎだけどね……。

 それもう、寝るというより、永眠だよね。

 

「わかったら、早く着替えて、降りてきなさい。依桜なら、今の時間でも朝ごはんを食べてからでも間に合うでしょ」

 

 そう言って、母さんは部屋から出て行った。

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら言ってたけど。

 

 ……まあ、間に合わないわけじゃないけど、異世界へ行く前だったら、確実に遅刻すれすれだけどね。

 ほんと、師匠様様だよ。

 ……まあ、その師匠のせいで、

 

「……はぁ。もどってない、かぁ……」

 

 小さくなったんだけどね。

 寝れば治るかも、なんて浅はかな希望を抱いていたけど、結局戻っていなかった。

 昨日と同じく、小学生のような姿。

 

「……しかたない。早く着替えよ……」

 

 ベッドから降りて、いそいそと着替える。

 着替えは、いつの間にかボクの机の上に置いてあったので、それを着ることに。

 

 ……小学生向けの下着(くまさんパンツ)が用意されていたことに対して、ツッコミを入れたほうがいいのかな?

 正直、抵抗がある。というか、抵抗がないはずがない。

 だって、くまさんパンツだよ? 可愛らしいくまさんがプリントされたパンツだよ? いくら、今の姿が小学生の女の子だからと言って、中身は普通の女子高生――じゃなかった。男子高校生なんだよ? それなのに、くまさんパンツって……。

 

「母さんの頭の中はどうなってるの……?」

 

 普通に、キャミソールも置いてあるし……。

 でも、これ以外着る服もないだろうし、そうなったら本当に裸Yシャツのような服装で行かないといけなくなる。

 

 そうなったら、変態のレッテルを張られて、一生まともな生活ができなくなってしまう。

 それだけは嫌だ。

 態徒と女委と同じ称号で扱われるのだけは避けたい。

 

「き、着るしかない、よね……」

 

 抵抗を感じつつも、変態のレッテルを張られるよりはマシと考えて、用意されていた服を着ることしにした。

 

 

「お、おはよう……」

「あら! あらあらあら! 本当に可愛いわぁ! さすが依桜ね!」

「あ、ありがとう……」

 

 ボクがリビングに行くと、母さんがボクを見るなり、朝とは思えないテンションで褒めてきた。

 

「やっぱり、依桜は女の子のほうがいいわね! 男の娘の時でも周りの女の子より可愛かったし、生まれてくる性別を間違えてたのね!」

「母さんが言うことじゃないよねそれ!?」

 

 生まれてくる世界ならわかるけど、生まれてくる性別を間違えたとか、初めて聞いたんだけど!

 間違っても、親の口から出るような言葉じゃないと思うよ!

 あと、今男の子の『こ』の字が、『子』ではない、別の字のように感じたのは気のせいなのだろうか?

 

「言うわよぉ~。依桜ってば、可愛いんだもの」

「かわいいとしても、言っちゃだめだよ、今のは……」

 

 可愛いから許される、って言うわけじゃないんだから……。

 ……まあ、可愛いは正義なんて言う人もいるけど。

 ……もしかして、母さんはそう言う人なのかな?

 

「さ、早く朝ごはん食べて、学校に行きなさい」

「わ、わかってるよ……」

 

 今の母さんに言われるのは、少し癪だけど、言っていることは正しいので渋々朝ごはんを食べた。

 必要な荷物は全部、もう持ってきてあるので、そのまま出発。

 

「行ってきます……」

「いってらっしゃーい! 車に気を付けるのよ! あと、知らない人について言っちゃだめだからね!」

「わかってるよぉ! あと、ボクをいくつだと思ってるの!」

 

 まるで小学生の子供にするような注意をされた。

 ボクとしてはすごく遺憾なので、しっかりと抗議をした。

 最も、その抗議を受けた母さんは、柳に風とボクの抗議を受け流していたけどね。

 

 はぁ……朝から疲れたよ……。

 まだ学校が始まってすらいないのに、なんでこんなに疲れてるんだろう……。

 

 

 いつもより遅い時間に出たため、急いで学園へ向かう。

 それなりのスピードで街を走る。

 

 もちろん、安全に留意して走っているので、人とぶつかったりすることもない。

 あ、車にも気を付けないと。

 轢かれても無傷だろうけど、さすがにそれだと目立ちすぎちゃうし。

 前のモデルの件と、エキストラの件でかなり目立っちゃってるし……。

 これ以上目立つと、ろくなことにならないので、気を付けないとね。

 

 

 色々な意味で安全に気を付けながら疾走すること数分。

 いつもより少しだけ遅い時間に到着。

 大体、数十メートルほど離れた位置から走るのをやめて歩き始める。

 

 周囲には当然、学園の生徒がいるので、ボクの存在はかなり目立つ。

 小学生くらいの子が通学路を歩いているのは不思議じゃないのかもしれないけど、ボクの通う学園の場合だと、学園の方に向かって歩くのはちょっとおかしい。

 ボクの家から、学園までの通学路の途中に、小学校一ヵ所存在しているから。

 

 学園を通り過ぎた先にも小学校はあるけど、ボクが歩いてきた方向からしてそれはありえない。

 なら、ボクはなんなのか、と言う疑問を孕んだ視線がボクに飛んでくる。

 

 なにせ、裾が長めで、所々にリボンやフリルがあしらってある水色のワンピースを着た子供が、ランドセルではなく学園指定のカバンを持って歩いてたら、視線は来るものだし。

 視線が集まると、本当に落ち着かない……。

 

 元々、あまり目立ちたくない性格だったけど、すでに色々とやらかしちゃってるし……当たらないよね、の気持ちで応募したエキストラのアルバイトに至っては、かなり目立っちゃったし、急にやることになったモデルの仕事だって、ボクが望んでいたんじゃなくて、碧さんに頼まれたから、つい流されてやっちゃっただけだし……。

 

 ただでさえ、目立ちなくなかったのに、暗殺者をやっていたこともあってか、さらに目立つのが嫌になったような気がする。

 ……まあ、やむを得ない場合は結果的に目立つことになっちゃうんだけど。

 テロリスト襲撃の件が一番いい例だね。

 

 できれば、あんなことが今後起こらないことを祈るばかりだよ。

 そんなことを考えつつ、学園の敷地内に入る。

 すると、

 

『お、おい、なんかちっちゃい子がいるぞ』

『なに!? お、おぉ、か、可愛い……! なんて可愛さだ! まさに天使じゃないか!』

『どう見ても、小学生だが……なんでうちのカバンを持ってるんだ?』

『飛び級、とか? でも、うちの学園にそんなシステムなかったよな?』

『ああ、ない』

『じゃあ、あの子は……?』

『何あの子! 超可愛いんですけど!』

『あんな子、この辺にいたっけ? というか、なんでうちの学園に来てるの?』

『うちのカバン持ってるし、兄妹か姉妹がいるんじゃないの? それで、忘れ物を届けに来た、とか?』

『え、でも、今まで見たことないし……それに、あの子、誰かに似てるような気がするんだけど……』

 

 やっぱり、こそこそとボクに対する疑問を話しているみたいだ。

 うん。二度目。

 可愛い可愛いって言われるけど、ボクってそんなに可愛いの?

 たしかに、ちっちゃい子って可愛いけど……。

 

「ちっちゃくなる前よりもふくざつだよ……」

 

 可愛いと言われることに対して、嬉しいと思いつつも、元男としてどうなんだろう、という疑念が混在していた。

 

 

「おはよー」

 

 教室へ行く道中、校門付近と同じように視線が集中したけど、なんとか気にしないようにしつつ、辿り着いたいつもの教室へ入る。

 

「おっす、依桜。今日は遅かったな」

「そうね。依桜だったら、この変態たちよりも早く来るものね」

「ちょ、ちょっとねぼうしちゃって……」

「珍しいな、依桜が寝坊とは」

 

 寝坊の理由って、夜中まで、母さんの着せ替え人形にさせられたからなんだけどね。

 ……母さんにあんな趣味があるとは思わなかったけど……。

 

「依桜君、その服どうしたの?」

 

 昨日のことを思い出して、遠い目をしていると、女委が嬉々としてボクの服装について反応してきた。

 

「可愛いよなぁ、それ。つか、昨日の今日でよく用意できたな」

「そうね。この街の洋服を売っているお店って、十九時には閉まるし、学園長の所に行っていたのなら、間に合わないんじゃないの?」

「う、うん。そうだね……まあ、その……家にあった、としか言えない、です」

 

 ここで、母さんのことを言ってもいいものなのか迷った結果、言わないでおくことに決めた。

 言っても、ね。

 

「なんで依桜の家に、小さい女の子向けの服があったのかは、この際気にしないでおくとして……随分にあってるな、依桜」

「褒められるのはいいんだけど、ね……こんな姿だし」

「その姿も十分可愛いけどよ、元に戻るのか? それ」

「どうなんだろうね……。ボク個人としては、戻ってほしいよ」

「私は……そうね、今の姿でもいいけど、やっぱり、元の姿がいいかな」

「んー、わたしは今でもいいかなー。可愛いロリ美幼女なんて、なかなかいないしねー」

 

 ロリ美幼女って……それ、ロリって二回言っていない?

 というか、今のままでいいって、それが友人に言うこと?

 

「オレは、元の姿がいいな!」

「あら、意外。あんたは、女委と同じで、今のままがいいのかとばかり……」

「たしかに、今のままの依桜も十分可愛い。それも、添い寝をしたいくらい可愛い。だが! オレとしてはやはり、ボンキュッボンの依桜が一番イイッ!」

「「「ジト―」」」

 

 ボク、未果、晶の三人による、本気のジト目。

 まさか、態徒がそんなことを考えていたなんて……。

 ……ボク、本気で友達辞めようかな。

 

 というか、元々男のボクに対して、ボンキュッボンの依桜がいいとか言っていたけど、本来なら、ボクって男だからね? 決して、スタイルのいい? 女の子じゃないからね?

 

「さすが態徒君! ぶれないね!」

「ふっ。当然よ。……それで? もう一度聞くけど、戻りそうなのか?」

「師匠が言うには、かいじゅにしっぱいすると、のろいについかこうかが出る、って言ってたんだけど……」

 

 追加効果なら、本来の呪いがあの姿で、今の姿はあくまでも、小さくなっているだけとなる。

 追加効果と言う部分から考えると、戻っても不思議じゃない、と思うんだけど……

 

「もどるかもしれないし、もどらないかもしれない。そう言う感じ、かな」

「なるほど。俺としても、できれば戻ってほしいかな」

「晶はなんでかしら?」

「正直、話しにくいと言うか……視線を下に下げるのが少し辛い」

「「「あ」」」

「………………ねえ、晶?」

 

 今、晶は言ってはいけないことを言った。

 視線を下に下げるのが辛いと言った。

 ……それってつまり……。

 

「……ボクが、小さい、ってことだよね?」

「い、いや、そう言うことを言っているわけじゃなくて」

「でも、今のセリフだと、依桜はチビだって言っているようなものだよねー」

「め、女委!?」

「あーあ。依桜を怒らせたー。意外と、無意識で毒舌吐くだけはあるなぁ、晶」

「俺は毒なんて吐いてないぞ、態徒!」

「あら、晶はのんびりしていていいのかしら?」

 

 ニヤニヤと、底意地の悪い笑顔を晶に向ける未果。

 ボクは、ただただ笑顔。

 ただし、目だけは笑っていない。笑えない。

 

「ふふふ……いくら晶と言えども……ゆるさないからね?」

「ま、待って! 本当に待ってくれ! お、俺が悪かったから、ちょ、まっ――」

「おしおきっ!」

 

 軽く跳躍して、晶の首筋にぷすっと、いつもの針を突き刺した。

 

「かはっ」

 

 そして、いつものように、短い呼気を漏らし、床に伏した。

 今から十秒くらいは眠ったままになる。

 もちろん、眠らせるだけじゃないけどね。

 

「で、今回は何のツボを押したの? 依桜」

「トラウマのツボだよ」

「トラウマのツボ、ってどんな効果なんだ?」

「んーっとね、かんたんに言えば、今まで一番のトラウマを、十秒間のすいみんの間に十回くらい見るツボかな」

「「「うわぁ……」」」

 

 ツボの効果を言ったら、三人がなぜか引いていた。

「えと、今のってそんなひどい、のかな……?」

(((え、無意識……?)))

「あ、あの……」

 

 なぜか固まった三人に声をかけると、

 

「ハッ! ッハァ、ハァ……お、俺は……」

 

 すごい冷や汗をかきながら、晶が起きた。

 恐怖に染まった表情をしているところを見ると……これ、相当悪夢だったみたい、だね。

 

「おかえり、晶。それで……もういちど、逝く?」

「い、いや、止めておく。正直、何の夢を見ていたのかは覚えていないが……体がガタガタ震えるほどに怖かったのは覚えてるよ……。見てくれよ、この鳥肌……」

「……晶が小さいって言うからだよ? じごうじとくです」

「いや、別に小さいとは言ってな――」

 

 笑顔を浮かべながら無言で針を取り出す。

 

「すみませんでした」

「はい、ゆるします」

 

 ちゃんと反省してくれたみたいで、よかったよかった。

 ……最も、次同じようなこと言ったら、十秒間に百回は見ることになるけどね。

 

「……依桜って、基本的にMっぽいところあるけど、怒るとSになるわよね」

「……どっちの依桜もいいが……あれは、怖いな」

「……だね。わたし的には、Mっぽいほうがいいけど、Sな依桜君にもキュンときちゃったよ……(パンツ替えないと)」

「「……あれを見ても言えるその度胸」」

「えへへぇ」

「ん、何を話してるの?」

「い、いやなんでもない! なんでもないぞ!」

「う、うんうん! 問題ない問題ない!」

「そ、そうね。ちょっと晶のことを話してただけよ」

 

 うーん? 何かを誤魔化しているような気がするんだけど……気のせいかな?

 

「そっか。なんとなく、女委がエッチなことを言っているか考えているような気がしたんだけど……」

(((す、鋭いッ!)))

「ちがうならいいよ。あ、そろそろ先生が来る時間だよ」

「お、おう。じゃあ、後でな……」

「わ、私も」

「じゃねー」

「……俺も」

 

 態徒と未果は何かに怖がっているような表情を。

 女委はバレなくてよかった、みたいな表情をしつつ、いつものような雰囲気で自分の席に。

 晶は、まだトラウマを引きずっているのか、恐怖に濡れた顔をしていた。

 ……や、やりすぎたかな?

 そんなこんな感じで朝は過ぎていく。



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63件目 幼女としての生活2

 HRが終わると、平常通りに授業となった。

 普通なら、何の問題もなかったんだけど、今回ばかりは問題が発生。

 

「み、見えない……」

 

 身長が縮んだおかげで、黒板が見えなかった。

 ボクの席は、廊下側から数えて三列目の後ろから二番目。

 一クラス四十人で、二列目~五列目までは一列七人。

 なので、ボクは後ろの方となる。

 正直なところ、縮む前の時ですら見えにくかったというのに、今なんて、ほとんど見えてないよ……。

 

「んっー……!」

 

 なんとか黒板を見ようと、左右に動き回るも、全く見えない。

 前の人に言うのも気が引けるし、かと言って、先生に言うというのも授業の進行を妨げそうで嫌だし……。

 どうしよう……。

 

「依桜君、どうしたの?」

 

 ちょいちょいと肩をつつかれながら、左隣の女委が不思議そうな顔でボクに声をかけてきた。

 

「あ、え、えっと、黒板が見えなくて……」

「あー、今ちっちゃいもんね。それで、板書が見えないの?」

「う、うん……」

「そっかそっか。なら、わたしのノートを見ればいいよ」

「え、いいの?」

「うん。今の依桜君なら、わたしのノートを見ながらでも問題なく、わたしは板書が取れるからね~」

 

 女委は神様ですか?

 

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」

「うんうん! 困った時は助け合いだよ~」

 

 嬉しそうに笑いながら、女委が自分の机をボクの机にくっつけてくる。

 そして、見やすようにと、板書用のノートをボクの方にずらしてくれた。

 

「ありがとう」

「いいよいいいよ~」

 

 こういう時、本当に女委は気遣いできる。

 友達が困っていると、声をかけてそのまま自然に手助けしてくれるのだ。

 本当にありがたいよ……。

 

「……ふふ、これで合法的に依桜君に触れる」

 

 ……今、一瞬変なことを言ってなかった?

 

「……女委、もしかして……何かしらおもわくがあったりしない?」

「ううん? 別にないよ~」

「……そう、だよね。ごめんね、疑っちゃって」

「いいよいいよ。間違いは誰にでもあるよ」

 

 気のせい、か。

 う~ん、でも変なセリフが聞こえたような気がするんだけど……。

 女委だし、いつも変だから、そう言うことかな?

 まあいいよね。友達だもん。

 

「依桜君、ちゃんと写せる?」

「うん、だいじょうぶだよ。ありがとう、女委」

「おおぅ。やっぱり、依桜君の笑顔は可愛いなぁ……」

 

 可愛い、か。

 なんだかもう、言われ慣れたからか、嬉しいと感じる気持ちの方が強くなってきた気がする……。

 以前は、嬉しい三割、複雑七割くらいだったのが、今では、嬉しい六割、複雑四割くらいになってる。

 

 ……一生女の子なんだから、受け入れてしまったほうがいい気が……って、ダメダメ! ボクは男、ボクは男っ……!

 女の子であることを受け入れる気持ちが沸いてきたけど、頭を振ってその気持ちを追い出す。

 

 はぁ……。

 元に戻りたいなぁ……。

 せめて、縮む前でもいいから……。

 黒板が見えないことがここまで辛いとは思わなかったよ。

 いくら視力が良くても、目の前に壁があったら何も見えないしね……。

 師匠なら、透視みたいなスキルか何かを持ってそうだけど。

 

「もどりたい……」

 

 切実に思いながら、授業は過ぎていく。

 

 

 一時間目が終わり、二時間目~四時間目の授業でも黒板が見えなかったけど、一時間目の時と同様、女委がノートを写させてくれた。

 ありがたい。

 

 ……でも、やたらと触られていたのは気のせいなのかな?

 手とか、太腿とか……。

 触るたびに、女委の表情が緩んでいった所を考えると……寒かったのかな?

 だとすれば、緩んでも不思議じゃないよね。

 涎は気になったけど。

 気になることはありつつも、午前中の授業を終えたボクたちはお昼を食べていた。

 

「そういや、五、六時間目は体力測定だったよな?」

「そうね。昨日は一組と七組だったから、今日は二組と六組。うちのクラスね」

「体力測定かぁ……わたし、運動得意じゃないんだよね~」

「女委はインドア派だからな。あまり体を動かしてないし」

「わたしが本気で動くのは、夏と冬だけだよ」

 

 それは、あれかな? オタクたちの祭典。

 コ〇ケかな?

 そういえば、いつも夏と冬の決まった時期はいつも留守にしてたっけ。

 あれ、確実に同人誌を売りに行ってたよね?

 少なくとも、月に一回は原稿の入稿に追われているし、結構売れてるのかも。

 

「そういえば、依桜って体育出れるのか? たしか、体操着とかサイズ的に合わなかったような気がするんだが」

「ま、まあ、その……小学生の時のたいそうぎがあったので、それでだいようです……」

「「マジで?」」

「マジです」

 

 変態二人組が食いついてきた。

 もちろん、本当のことなので、肯定する。

 本音を言うと、あまり着たくはなかったんだけどね……。

 でも、着ないと体育はできないし、普通の服でやるわけにもいかないので、仕方なかった。

 

 ……幸いだったのは、男女ともに同じ体操着だったことかな。

 小学四年生くらいの時の体操着がちょうどぴったりくらいだった。

 ほかは、大きいか小さいかのどちらかだった。

 

「でも、依桜の身体能力を考えると……ちょっと危険じゃない?」

「それはあるかも……」

 

 未果の疑問は、ボクも考えていた。

 異世界で鍛えられた身体能力は、かなり高く、この世界の人の数千倍だと思っていいほど。

 

 五十メートル走なんて、男子の世界記録を余裕で塗り替えられるし、ハンドボール投げをやれば、多分学園の敷地から出て行ってしまうほどになる。

 立ち幅跳びとか、本気でやれば五十メートルを優に超えられる。正直、五十メートル走らなくても、立ち幅跳びで測れそう。

 握力は……確実に壊しちゃうかも。

 あとは、垂直飛びとかかな。

 あれは……そもそも、体育館の天井まで行っちゃいそう。

 比較的まともなのは、長座体前屈じゃないかな?

 あれ、柔軟性を測るだけだし。

 ……まあ、それでも結局、ガラケーみたいに足に胴体がくっつきそうだけど。

 ……うん。色々と考えてみたけど、結構アウト。

 

「でもよ、今の依桜って小さくなってるだろ? 身体能力って下がってるんじゃないのか?」

「うーん、どうだろう?」

 

 ……あ、そういえば、今朝走った時、いつもより少し遅い気がしたなぁ。

 急いでいたから気付かなかったけど、今思い返してみれば、もう少し早く学園に着いた気がする。

 本気は出してなかったんだけど。

 

 だとしても、普段のあれくらいの力で走れば、もっと早く着いたよね?

 少なくとも、普段登校している時間帯くらいには。

 

「ちょっと下がってるかも」

「ちょっとって、どれくらいなの?」

「うーん……ふだんの三分の一、かな」

「それでも、三分の一なのね……」

「学園祭の時のあれを見ている限りだと、まだ余力はありそうだったが……」

「まあ、よりょくはあったかな? 今言った三分の一は、ボクが本気を出した時の三分の一だけど」

 

 どれくらいかな。

 わかりやすく言えば、仮に本気で立ち幅跳びをやって、70メートルだったとすると、その三分の一……つまり、約二十三メートルくらい。

 ……うん、それでも十分おかしい。

 

「あれで本気じゃないのかぁ……うちの学年の平均、おかしなことになりそうだよなぁ、それ」

「そうだねぇ~。依桜君、身体能力が異常だしねぇ~」

「少なくとも、数十メートルは離れていたテロリストに一瞬で肉薄し、そのまま蹴り飛ばすくらいだもの。人間やめてるわ」

「あ、あはは……」

 

 あの時は、ちょっとだけドーピングしたけどね。

 身体強化を使ったから、ああなったわけだし。

 使わなくても行けたかもしれないけど、その場合、確実にステージの床は壊れてたと思うけどね。

 そうなってたら、弁償させられるかもしれなかったし、だから身体強化を使っていたり。

 

 あ、一応補足を。

 向こうでの身体強化は、膂力を上げるというより、体の動きや攻撃力を上げたりする魔法だったりします。

 どっちも同じに聞こえるけど、身体強化は少ない力で倍くらいの攻撃や速度が出せる魔法です。

 例えば、何も強化しないでジャンプした時の力と同じくらいでやると、それ以上の跳躍力になる、というわけです。

 もちろん、強化される割合は、魔力によって変わるので、最大強化は人によって異なります。

 師匠は……とんでもないです。

 

 一応、ボクの魔力量は、世界で二番目くらいとは言われていたので、かなり強化できるけど、世界で一番多く持っているのは、きっと師匠なんだと思います、ボク。

 だって、神様に近い存在の様だし、ボク以上にあっても不思議じゃないもん。

 絶対、ボクより上だよ、あの人。

 

「ある意味、依桜は体育を見学したほうがいいのかもな」

「いえ、戻るかもしれないということを考えたら、今の状態で測定しちゃった方が、まだ問題はないはずよ。一応、身体能力はある程度下がっているようだし」

「そうだね。ボクもそう思うよ」

 

 仮に見学したとして、体力測定自体は別の日にやるはず。

 そうなると、万が一前の姿に戻ったとして、その時に測るほうがよっぽど危険だ打と思う。

 意外と、手加減って難しいしね……。

 

「じゃあ、依桜君はそのまま出るって感じになるのかな?」

「そうなるね」

 

 そのままも何もあったものじゃないと思うけど。

 

「でも、幼女の依桜が必死に走って、顔を真っ赤にして、汗だくの状態で息切れしている光景を想像すると……なんだか興奮するよな」

 

 態徒の発言で、女委を除いた三人がゴミを見るような目を態徒に向けていた。

 

「態徒、お前……」

「あんた、ロリコン……?」

「ごめん、友達辞めていい?」

「そこまで言うことなくね!? つか、友達辞めるは辛辣じゃね!?」

「当然でしょ。考えてもみなさいよ。幼女化している依桜を前にして、堂々と妄想し、堂々と性的興奮を覚えているとか……本人からしたら、本気で友達を辞めることを考えるレベルよ」

「ちょっ、そこまで言ってないぞオレ!?」

 

 必死に言い訳をするけど、時すでに遅し。

 言葉は撤回できない。

 まさか、態徒からそう言う目で見られてたなんて……って、あれ。よくよく考えたら、いつものことのような気がする。

 

「……そっか。態徒は元々変態だったし、こうして面と面向かって変態な言葉を言われても、なんだか今更だよね」

「いや、依桜。普通に開き直っているが、それはおかしい……いや、たしかに依桜の言う通りか。元々変態だし、今さらか」

「まあ、そうね。……態徒だしね」

「待て。それはどういう意味だよ!」

「どういう意味何も、元々変態だってことを言っているんだけど……」

「オレは、別に変態じゃないぞ!」

「「「「え?」」」」

 

 態徒の否定の言葉に、さすがの女委までもがきょとんとした。

 今までのあれで、変態じゃないと思ってたの? 態徒。

 ……それはそれで、相当おかしいと思うんだけど。

 

 ボクが、身体能力的な意味でおかしいとしたら、態徒の場合は、普通に頭がおかしい。

 女委ですら、自覚があったというのに、態徒は自覚がなかったなんて……。

 

「え、オレ、変態じゃないよな?」

「変態ね」

「変態だな」

「変態だね」

「まごうことなき、へんたいだよね」

「そ、そんな、バカなッ……」

 

 驚愕と言った表情で、床に手を突く態徒。

 え、そこまで驚くようなこと?

 

「周囲のことにすら、鈍感だというのに、自分にすら鈍感だとは……依桜もそうだが、態徒も大概だな」

 

 あれ! なんかボクに飛び火してない?

 

「そうね。依桜も鈍いけど、態徒も鈍いわよね」

「だねー。依桜君、にぶちんだし、態徒君は、普通に鈍感だもんねー」

 

 やっぱり飛びしてる!?

 

「ボク、そんなにどんかんじゃないよ!」

『え?』

 

 あれ、態徒にした時と同じ反応……。

 なんで? そこまで驚くようなこと?

 そもそも、ボクって鈍感じゃないよね? 普通だよね?

 

 ……お、おかしいなぁ。

 しかも、未果たちだけじゃなくて、クラスにいる人たちみんなが、きょとんとしていた。

 まるで、『え、お前それ本気で言ってるの?』って言っているような気がします。

 

「いや、依桜も鈍感だろう。少なくとも、自分自身に対しては疎い。……ま、それ以外でも疎いが」

 

 それ以外って何、晶。

 

「少なくとも、依桜君の師匠さんの話を聞いている限りだと、ねぇ~」

 

 え、師匠? なんで師匠の話が出てくるの?

 師匠の話と、ボクが鈍感だという話に、何の関係性が出てくるの?

 

「依桜だしね。もう今更ね」

 

 まるでボクが手遅れみたいに言うのはやめてほしいよ、未果。

 

「あの、ボクってそんなにどんかん……?」

 

 みんながみんな、ボクのことを鈍感だの、鈍いだの、にぶちんだとの言ってくるので、本当にそんな気がしてきて、思わず尋ねていた。

 三人から返って来たのは、

 

「「「やれやれ。これだからにぶちんは……」」」

 

 三者ともに、全く同じセリフだった。

 しかも、肩をすくめて首を振るという、やれやれな動きも一緒に。

 ……ボク、泣きそうです。

 

「そ、そっか……ボク、鈍いんだ……」

 

 なぜだろう。ちょっと傷ついたよ……。

 弱くなっちゃったよ……。

 ……はぁ。

 ちょっと落ち込んだ。

 

「あー、なんだ。少なくとも、態徒のように、短所でしかないわけじゃないんだから、元気出せよ」

「なあ、みんなオレのこと気にも留めずに好きかって言ってるけどよ、オレも傷ついてるんだぜ? ガラスのハートがブリリアントカットされてるんだが……」

 

 態徒、それはダイヤモンドの研磨方法だよ。

 ガラスをブリリアントカットしても、ダイヤモンドの模造品にしかならないよ。

 ゲームセンターにある、ちっちゃいおもちゃの宝石を取るあのゲームの景品にしかならないよ。

 

「そうよ。見なさい、依桜。バカはね、何を言われても開き直るの。あの変態ロリコン野郎なんて、図々しくも心配してほしそうにしてるのよ? 態徒だったら、顔面を凹ませるくらいに殴りたくなるけど、依桜だったらいつでもウェルカムよ」

「酷くない? ねえ、さっきからオレの扱い酷くない?」

「二人の言う通りだよ、依桜君。態徒君だって、変態であることが自然体で全く気付かなかった、クソ鈍感で、尚且つ、一生モテなさそうなのに彼女が欲しいって、身の丈に合わない願望を抱いているんだよ? 依桜君の場合の鈍感はむしろステータスだよ、ステータス」

「女委、お前いつからそっち側になったんだよ!? つか、お前らさっきからオレをバカにしまくってね!? それと、なんで誰も目を合わせようとしないんだよ! それどころか、無視しまくってるよな!? な!?」

「みんな……。そう、だね。態徒はどうしよもないほどにお馬鹿で、鈍感で、ドが付く変態だけど、必死に生きてるんだもんね。ボクなんて、態徒に比べたら、可愛いもの、だよね……。ごめんね、態徒。態徒の生き様を馬鹿にして……」

「謝らないで!? なんか、オレがすげえ惨めになるから! てか、オレが一番の被害者だろ! 依桜の短所の引き合いに出されて、ただただ馬鹿にされてるだけだよね? 普段あまり言わないことを言っているだけだよな!? なんでこんなに馬鹿にされてるんだよオレは!」

 

 そんな、態徒の叫びを前に、ボクたちだけでなく、クラスのみんなは思った。

 

(((まあ、変態だし)))

 

 と。

 結局、五時間目の予鈴が鳴るまで、態徒いじりは続いた。

 いじりが終わるころには、態徒の頬には、熱い何かが流れ落ちていっていた。



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64件目 幼女としての生活3

「んしょ、んしょ……ふぅ……」

 

 予鈴が鳴り、ボクたちは更衣室へ。

 ボクはもちろん……女子更衣室です。

 女の子、だからね、もう。

 一生このままと言われちゃってるし……もう元には戻らないだろうし。

 

 それに、この姿のまま男子更衣室に入ったら、とんでもないことになっちゃうからね。

 態徒だけでなく、ほとんどの人が暴走しちゃう、って女委が言ってたし。

 一応、今のボクは小学生くらいの外見なので、変な気は起こさないとは思うんだけど、晶や未果が、絶対変な気起こす、って言っていたので、ボクも女子更衣室に。

 

「んっ、んっ~~~~~~……」

 

 と、届かない……。

 着替え終わり、ハンガーに洋服を引っかけて、ロッカーにかけようとしたけど、全く手が届かない。

 本来、小学生が使うように設計されていないので、全く手が届かない。

 背伸びして、なんとか引っかけようとするも、それでも引っかからない。

 一応、ジャンプすれば届くのかもしれないけど、その場合、天井に頭をぶつけちゃいそうだし……そうなったら、天井を突き破ることになりかねない。

 ど、どうしよぉ……。

 

「はい。これでいいわよね、依桜?」

 

 と、ボクがハンガーをかけられなくて困っていると、未果が横から現れてハンガーをボクから取り、そのまま引っかけてくれた。

 

「あ、ありがとう、未果ぁ」

 

 さりげない手助けに、自然と目が潤んでいた。

 

(うっ、な、なんて可愛さ……。ちっちゃい依桜が、目を潤ませながら上目遣いしてくるとか、反則でしょ!)

「み、未果? どうしたの?」

「え、あ、いや、何でもないわよ!」

「そ、そう?」

「ええ、問題ない。さ、早く行きましょ。怒られちゃうわ」

「うん、そうだね」

 

 う~ん、未果が顔を赤くしていたけど、気のせいだったのかな?

 風邪とか引いていたりするのかも。

 でも、本人が大丈夫って言っているんだし、大丈夫だよね。

 そんなことを思われている未果の耳は、ちょっとだけ赤かったけど、ボクは気づかなかった。

 

 

 着替えを終えて、更衣室から校庭に移動。

 すでに二組と六組の生徒は集まっていた。

 ボクたちで最後だったみたい。

 

 ……こういう場面で一番最後に来るって、すごく申し訳ない気持ちになるよね。

 別に、授業が始まっているわけじゃないんだけどね。

 

「よし、これで全員集まったな。今日は、連絡してある通り、体力測定がある。みんなにとっては、高校生初の体力測定となる! 幸い、今日は過ごしやすく、運動向けの日だ! 近々体育祭もあるので、そのための選手決めの材料にするのもありだぞ!」

 

 体育の熱伊先生が生徒の前に立って話す。

 そう言えば、体育祭が近かったっけ。

 

 学園祭とは違って、ほとんど準備とかもないから忘れてたけど、あれもこの学園の目玉とも言える行事って聞いている。

 内容自体は、ほとんど知らないけど、かなり盛り上がるって言うことは、入学説明会の時に聞いている。

 何するんだろう?

 

「さて、男女に分かれてやってもいいが、それだと時間がかかる。なので、五十メートル走以外は、基本的に回るのは自由とする。ただし、回るのは二人以上で行うこと。誰一人としてはぶるなよ。そしたら、俺の鉄拳制裁が火を噴くからなー!」

 

 と言っているけど、熱伊先生の鉄拳制裁と言うのは、ただの掃除だったりする。

 

 この学園、無駄に広いので、掃除が行き届いていない箇所も当然存在する。

 それを解消するためなのかはわからないけど、そこの掃除の監督を担当しているのが熱伊先生だったり。

 問題を起こした生徒を熱伊先生が面倒を見る、と言う感じ。

 

 するのは、さっき言った通り掃除。

 ただ、掃除する箇所は先生の気分次第である面も強く、運が悪いとあまりにも汚い教室の掃除をさせられることもある。

 

 一応、この学園の掃除に関しては、業者の人がやっているとのことらしいんだけど、それでもなお人手が足りない、という状況に見舞われるそう。

 どれだけ広いの? この学園……。

 たしか、この学園が存在してる美天(みあま)市以外にも敷地を持っているらしく、しかもそれが山なんだとか。

 その山を使った林間学校が毎年、十月の頭に催されているらしいんだけど、今年は残念なことに林間学校は実施されなかった。

 土砂崩れが起こったから、って言う話だけど……学園長先生のことだし、異世界絡みなんじゃないかと疑ってしまう。

 何でもありだからなぁ、あの人……。

 

 って、体育には関係ないことを考えちゃった!

 

「五十メートル走をするときは、先生が呼ぶので、呼ばれたら来るように! では、解散!」

 

 先生の号令で、みんな各々にグループを作って測定に向かう。

 

「よっしゃ、依桜行こうぜ」

「あ、うん」

 

 いつも通りと言うか、案の定、みんなが来た。

 グループでやると、確実にこのメンバーになる。

 中学校からこのメンバーでいつもグループ作ってたしね。

 

「で、何からやる?」

「そうねぇ……とりあえず、一番手っ取り早く、握力から行きましょうか」

 

 というわけで、未果の提案で握力から測定することになった。

 

 

 体力測定は、体育館と校庭で行われる。

 握力、長座体前屈、立ち幅跳びの三つは体育館。

 ハンドボール投げ、五十メートル走の二つが校庭。

 

 最初に生徒が集中するのは、意外にもハンドボール投げだった。

 体育館で行うのは、基本的に後回しになりがちらしい。

 というのも、いちいち履き替えるのが面倒くさい、と言う理由から。

 なので、大半の人はハンドボール投げから始める人が多い……とのこと。

 

 実際、まだ一年生だからよくわかっていない。

 で、体育館に来てみると、本当に人が少なかった。

 ちらほらと見受けられるけど、校庭ほど多くない。

 ……なんであんなに校庭に集まってるの?

 時間の無駄じゃない? いくら校庭が広いからと言って、固まってるって……一体なんでそこまで?

 

「じゃあ、握力から測るわよ。誰から行く?」

「じゃあ、わたしから~」

「じゃあ、はい」

「ありがとね。じゃあ行くよ~。んっ!」

 

 右手に握力計を持ってぐっと握る女委。

 ぷるぷると震えて、顔も赤くしている。

 そんな状態が数秒ほど続き、針が進まなくなったところで、数字を見る。

 

「27キロだな」

「まあ、普通よね、女子だったら」

「じゃあ、次、左だね」

「任せてよ! んっ!」

 

 任せても何も、普通に授業なんだけど……まあいっか。

 さっきよりも、針がぐんっと動き、途中で止まった。

 

「……45キロ」

「マジで!?」

「マジだ。女委、お前左利きだったのか?」

「うん、そだよー。まあ、普段から重り着けて同人誌かいてるし、当然だよねー」

((((同人誌書くのに必要? それ……))))

 

 女委は色々と謎だった。

 

「次は?」

「オレだぜ!」

「はい、早く測って」

「おうよ! おらぁ!」

 

 掛け声と共に、針が動く。

 女委の時とは違って、結構速く針が動いたところを見ると、さすがに武術をやっているだけはあるなと感じる。

 結果は、

 

「えっと、46キロね」

 

 女委より1キロ強いだけだった。

 態徒の表情から、さっきまでの笑顔は消えた。

 ……これは、女委が異常なのか、それとも、態徒が弱いだけなのか……。

 多分、前者だよね。

 

「ま、まあ、左もあるから、大丈夫だぞ、態徒」

「そ、そうだよな! よっし! 行くぜぇ!」

 

 気合十分と言った様子で、左手の握力を測る。

 結果は、

 

「50キロ、ね。態徒も左利きなの?」

「いや、右手だぞ?」

 

 なんで、利き手じゃない方の握力が強いんだろう?

 普通、逆だと思うんだけど。

 

「それじゃあ、次、私が測るわね。依桜、見ててくれないかしら?」

「うん、いいよ」

「ありがと。それじゃ、行くわよ。ふっ」

 

 女委の時同様、握力計を強く握る未果。

 針は少しずつ動き、途中で止まる。

 その止まった数値を確認し、未果に伝える。

 

「えっとね、32キロだよ」

「ま、普通かしらね」

 

 いや、たしか女子の平均って、25くらいだったような気がするんだけど……。

 意外と強いのかな?

 

「さ、左を測るわよ、依桜」

「あ、うん。いつでもいいよ」

「ありがとね。じゃあ……ふっ」

 

 さっきと同じ力の入れ方をする未果。

 右手と同じように針が動き、止まる。

 

「うーんと、31キロ」

「どっちも平均くらいね。ま、こんなものよね」

 

 どちらかと言えば、強いほうだけどね。

 未果ってそう言うことを知らなかったりするのかな?

 ……あ、そもそもボクが知っていることがおかしいのかも。

 

「次、晶ね」

「ああ、わかった」

「あれ、ボクが最後?」

「まあね。依桜は異常だから、先にやられると心を折れるわ」

「「「たしかに」」」

 

 未果の言葉に、ほかの三人がうんうんと頷きながら声をそろえて肯定してきた。

 ……酷くない?

 

「はい、晶。測って」

「ああ。よっ」

 

 態徒と同じくらいに針が動いた。

 一度止まるものの、少しずつ針が動き、やがて動かなくなった。

 それを確認。

 

「えーっと? 52キロね」

「おー、結構強いんだね、晶君って」

「いや、俺的には、女委の方がおかしい気がするぞ?」

 

 まあ、45だしね……。

 十六歳の女の子の握力じゃないよね、普通。

 柔道でもやってた? と言われても不思議じゃない気がする。

 

「くそぅ、負けたぁ!」

 

 で、態徒は張り合っていたと。

 張り合う必要ある? そもそも、武術やっているはずの態徒が、武術をほとんどやっていない晶に負けるって、そこのところどうなんだろう?

 

「はい、次左」

「よっ」

 

 さっきと同じ(以下略

 

「50キロ。随分強いのね」

「まあ、一応筋トレはしてるからな。それなりにあるぞ」

 

 それなりにって言うけど、結構強い部類だよ? 十六歳で50キロ越えは。

 ボクが男だった時はたしか……24キロくらいしかなかった気がする。

 中学三年生の時だけど。

 ……あれ、ボク結構弱いよね?

 

「はい、最後。依桜よ」

「あ、うん」

 

 晶から握力計を受け取り、右手に持つ。

 今は身長がちっちゃくなってるので、もちろん持つ部分の調整はしてある。

 じゃないと、指先だけでやることになっちゃうし。

 

「依桜、壊さないでね」

「依桜君、壊さないでよー」

「依桜、壊すなよ」

「壊すんじゃねぇぞ……」

 

 みんな、酷くない?

 ボク、そこまでしないよ? 

 たしかに、簡単に壊せちゃうかもしれないけど、そこまでやっちゃったら弁償ものだよ?

 怒られちゃうよ。鉄拳制裁されちゃうよ。

 あと、態徒だけ、某兄貴のセリフ風に言っていたんだけど。

 

「まったくもぉ……ちゃんとかげんするよ。見てて。んっ」

 

 軽く力を入れると、簡単に動いてしまった。

 あ、これくらいだとまずいかも。

 おかしな数字をたたき出しそうになり、急いで力を抜く。

 幸いにも、変な数字に止まることはなく、平均的な数字に止まった。

 

「28キロ。依桜、手を抜いたわね?」

「未果たちがこわさないで言うから……」

 

 本気でやったら、ばねが引きちぎれるよ?

 それでもいいんだったらやるけど、ってみんなに言うと、ぶんぶんと首を振っていた。

 そう言う反応するなら、言わないでよ。

 

「じゃあ、左お願い」

「うん。んっ」

 

 右手と同じくらいの力に調整して、グリップを握る。

 今度はうまくいく……と思っていた。

 ころころと、校庭側からハンドボール投げのボールが飛んできた。

 

『ごめーん! 未果とって!』

「気を付けなさいよー」

 

 と、未果がボールを取って、ボールを投げた人に投げ返す。

 その際、後ろを振り向いたため、未果の髪の毛が舞い、

 

「ふぇ、ふぇぇ……へくちっ!」

 

 バキンッ!

 くしゃみが出てしまった。

 その際に、手に力が入ってしまい、握力計が逝ってしまった。

 や、やっちゃったぁ……。

 

「「「「まさか、本当に壊すなんて……」」」」

「ひ、引かないでよぉ! ボクだって、壊さないように頑張ったんだからぁ!」

 

 壊してしまったことに対して、みんながどんどんボクから離れていく。

 酷い、酷いよ……。

 ボクだって、壊したくて壊したわけじゃないのに……。

 

 この後、この光景見ていたクラスメートの人が先生を呼びに行き、逝ってしまった握力計は先生に回収され、ボクは先生に心配された。

 一応、先生側には、ボクが女の子になったことと小さくなったことは知らされていたので、余計だと思う。

 見た目小学生だから、かなり心配されました。

 未果たちからは、戸惑いが混じった苦笑いを向けられました。

 ……誰も、何も言ってくれませんでした。



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65件目 幼女としての生活4

 握力の次は、長座体前屈。

 まあ、これに関しては、特に問題は起きなかった。

 あったとすれば……

 

「んんっ~~……!」

『お、おおぉ……!』

 

 女委が測定している時に、周囲にいた人たち(男子)がボクたちの周りに集まってきていた。

 なんでか、と言うと、まあその……女委って、ボクよりは小さい、って言ってきてはいるけど、それでもかなり大きいんです。

 胸が。

 

 そして、長座体前屈と言えば、床に座って台のようなものを押して測るもの。

 当然、前屈みになるので……その、胸が、ね。結果的にふにゅっと潰れますし、女委の場合、体操着の隙間からチラッと谷間が見えちゃうわけで……。

 それを見ようと、男子たちがのぞき込もうとして、

 

「死ね」

『ぎゃあああああああああああっっっ!! 目がぁ、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!』

 

 音速なんじゃないかと思える速度で、未果が男子たちの目を潰しにかかっていた。

 あれ、絶対痛いよね?

 目潰しを喰らった男子たち、みんな同じ動きで同じように悶絶して、転げまわってるもん。

 晶だけは、見ないようにと言う気持ちからか、外を見ていたけど。

 さすが晶。

 

「まったく……。ええっと? 47センチ、と。ま、普通かしらね?」

「そうだね。すごく柔らかい人は、65センチ以上みたいだよ?」

「へぇ、よく知ってるわね、依桜」

「ま、まあね」

 

 ……今日のために、事前に調べてたもん。

 どこからどこまでが、普通なのか、って。

 実際、握力だって本気で力入れなくても壊しちゃうレベルだったしね。

 だから、あんな風に壊れたわけで……。

 怒られなかったからよかったものの、ボク的には壊してしまったという罪悪感がすごいよ……。

 

 こっちの世界だと、力のコントロールを少しでも間違えれば、簡単に壊せちゃうもん。

 ちょっと力を入れないと壊せないようなものは……ダイヤモンド、とか? あと、黒曜石、とか?

 ……あ、うん。鉱物だけじゃん……。

 

「ほら、次は依桜よ」

「あ、うん。よいしょ、っと……」

 

 女委と同じように床に座って、台に手をのせて、押す。

 意外とすんなり押し出せました。

 でも、あれ? こんなに柔らかかったっけ?

 

 ……あ、そう言えば女の子の方が体が柔らかいって言う話があったようななかったような気がする。

 ん? それはどっちの意味で柔らかいんだろう?

 肌とかそう言う意味での柔らかさ? それとも、間接とかの柔軟性の方?

 ……どっちもか。

 

「んんっ~~~~!」

 

 あ、ぷるぷるしてきた。

 こ、これ以上、は、無理かな……?

 

(((なにあれ、和む……)))

 

 何だろう? またしても、みんなが同じことを考えていた気がする。

 いつも何考えてるんだろう?

 

「ぷはっ……未果どうだった?」

「あ、ええ、ええっと……ろ、68センチ……」

『柔らかっ!』

 

 しまった。

 さっき自分ですごい人の例を挙げたばかりなのに、自分がその記録を出しちゃったよ……。

 ま、まあでも、柔軟性を測るだけだから問題ないよね!

 別に、ボクの異常な身体能力が記録されるわけじゃないし。

 ……握力計は破壊しちゃったけど。

 

「ガラケーみたいだったわ……。ま、まあ次ね、さっさと終わらせるわよー」

 

 未果の時も、男子たちが反応して、未果に目を潰された以外は特に問題がなく終了。

一応、計測結果を。

 晶が、47センチ。態徒が、50センチ。未果が、43センチだった。

 ボク以外、みんな平均的だった。

 いや、まあ、あくまでもインターネットで出た検索結果の一例だったし、別にこれがすごいわけじゃない、よね?

 

 

「はい次、立ち幅跳びね」

 

 次は立ち幅跳び。

 またしても、調整が難しい種目だよ……。

 とりあえず、可もなく不可もなくな記録を狙おう。

 

「じゃ、まずは俺から行くぞ」

「わかったわ。女委、記録見といて」

「了解だよ~」

「それじゃ行くぞー。せーのっ!」

 

 おー、結構跳んだ。

 それなりに身長があるし、足は長いもんなぁ、羨ましい限りです。

 

「晶君の記録、2メートル32センチ」

「おー、結構跳ぶぁ、晶」

「まあ、一応は鍛えてるからな」

 

 男子の平均は、晶よりちょっと短いくらいだったはず。

 けど、どちらかと言えば、普通の部類になるんだろうか?

 でも、その辺りは、全国平均とは言っても、地域によっては結構違ってくるしね。

 体育系の学校とかは高めの平均になってそうだけど。

 

 うちの学園は色々とお祭り好きな学園だけど、別段運動部に力を入れているわけではないので、普通くらいだと思う。

 

「次、態徒」

「おうよ! じゃあ行くぞー! よいしょぉ!」

 

 気合の入った掛け声とともに、態徒が前方に跳ぶ。

 記録は、

 

「2メートル43センチ」

 

 すごいことに、晶より跳んでた。

 

「へへっ、どうよ!」

「普通にすごいわね」

「ああ、やっぱり、こういう種目じゃ敵わないな」

「うんうん、態徒君の癖に生意気だよ~」

「そうか、すごいだ――って、女委の言葉はおかしくね!?」

 

 態徒って、時々ツッコミなのかボケなのかわからなくなる時があるんだけど。

 ……まあ、ほぼほぼボケだよね。

 

「まあ、態徒はどうでもいいとして。次、私がやるわ」

「いや、どうでもよくないぞ!?」

「どうでもいいとして。私やるから、誰か測定お願い」

「じゃあ、ボクやるよ」

「ありがと。じゃ、行くわよー」

 

 一声かけて、未果は跳んだ。

 態徒や晶ほどの跳躍ではないけど、十六歳の女の子としてはいいほうなんじゃないかな?

 着地点の数字は、

 

「1メートル72センチだよ」

「うーん、やっぱり、2メートルは無理そうね」

「性別の違いもあるからね」

「依桜君の場合、性別の壁を超越してる気がするよ」

「ま、まあ、ボクの場合は死に物狂いの努力の結果だしね……」

 

 別に、欲しくて異常なまでの身体能力を得たわけでもないし、女の子になったわけでもない。

 すべては、運の悪さからくるものなわけだしね……。

 

「じゃ、次女委ね」

「はいはーい」

 

 またしても、ボクは最後だった。

 聞いたところで、同じ理由なんだろうなぁ。

 

「じゃ、行くよー」

 

 と、女委が跳ぶ合図をすると、

 

『なに!? 腐女(ふじょ)の立ち幅跳びだとぅ!?』

『おい行くぞ! 絶対いいものが見れる!』

 

 男子たちが血相を変えて女委の周りに集まりだして、測定どころではなくなってきた。

 ちなみに、腐女というのは、女委のあだ名のこと。

 腐島女委だから、態徒と同じように、名字の一文字目と、名前の一文字目を取ってくっつけて、腐女というわけです。

 意味的には、まあ、腐女子。

 本人が腐女子なので、結構ピッタリなあだ名だよね、これ。

 

「あなたたちは……もう一度、目を潰されたいのかしら?」

『うるせえ委員長! 俺たちはなぁ、あの揺れるおっぱいが見れれば本望なんだよッ!』

『普段は腐女子で、なんかちょっとアレな感じの腐女でもなぁ、見てくれはいいんだよ! おっぱいでかいんだよ!』

『だったら、男たるもの、揺れるおっぱいが見たいってもんだろ!?』

「にゃははー。うちのクラスの男子たちは欲望に忠実だねぇ」

 

 自分のことなのに、なぜか楽しそうな女委。

 何で楽しそうなんだろう。

 

『というか、今の男女ってちっちゃいじゃん! 幼女じゃん! ロリじゃん! いやまあ、たしかにあれも可愛いけどさぁ!』

『クラス一……いや、学園一の巨乳の揺れるおっぱいが見れないんだぞ!? だったら、腐女でもいいから見たいんだよッ!』

『だが、本気で男女のあのご立派なおっぱい様が見れないなんてッ……くそぅ! なぜだ! なぜ神は、男女をボインボディから、ツルペタボディにしてしまったんだッ!』

『先週から楽しみにしてたのによぉ……』

『だからせめて……せめて、腐女のおっぱいが揺れるところだけでもいいから見たいッ!』

「「「うわぁ……」」」

 

 ボク、未果、晶の三人はドン引きしていた。態徒は、うんうんと頷いていた。女委も同様だった。

 ボク、そんな風に思われてたの?

 あと、授業中なのに、よくもまあ、こんなことが言えるね、みんな……。

 

 それに、先週から楽しみにしてたって……。

 体力測定があると連絡を受けた日から、やけに胸を見られているなぁ、と思ったら……そんなことだったの?

 

「……大きい胸って、そんなにいいものなのかなぁ」

 

 ぽそっと呟いた。

 今はないけど、縮む前はそれなり……というか、みんなからはでかいと言われていた。

 大きくてもいいことないんだけどなぁ。

 肩は凝るし、無駄に重いし、うつぶせに寝れないし、潰れると苦しいしで、あんまりいいことはない。

 そう思っての一言だったんだけど、

 

「いいに決まっているだろう!」

 

 あ、面倒くさいのが絡んできた。

 

「依桜、おっぱいはなぁ、無限の可能性を秘めているんだよ! たしかに、小さいほうがいいというやつも存在している! だがしかし! やはり、男は無意識に母性を求めるもの! そして、男が母性として真っ先に挙げるのが、おっぱいだ! それも、でかい! おっぱいだ! 小さいのは可愛いが、でかいのは美しいんだ! あの、綺麗な丸い形! 程よい張りに弾力! 素晴らしいじゃないか! 世の中には、尻の方が好きとか言う邪道な奴もいるが! やはり胸だよ! でかい胸だよ! おっぱいだよ! あれこそ、男の本能を呼び覚ましてくれる、聖なるものなんだよ!」

「「「……」」」

 

 ボク、未果、晶の三人は、もはや何も言えなかった。と言うより、言えなかった。

 まさか、ここまで力説してくるとは思わなかった。

 

『『『さすが変態だぜ! 俺たちは一生ついていくぞ!』

 

 この場にいた男子たちは、なぜかみんな態徒をリスペクトするかのような眼差しを向けながら、口々に叫んでいた。

 

 ……あの、今授業中。

 今って、普通に体力測定の時間だから。まだ女委測ってないんだけど。

 あと、ボクも測ってないんだけど。

 なんで理解ができないことを力説されてるんだろう?

 

 あと、聖なるものって言っていたけど、明らかに聖なるものではないよね。

 どちらかと言えば、悪魔の囁きとかに近いよね? 絶対に聖なるものじゃないよ。

 

「はぁ……依桜、どうにかできる?」

「まあ、できないことはないけど……今やると、みんな体育の授業をさぼりだと思われちゃうよ」

「依桜。あなたが優しいということは、重々承知しているわ。でもね、あそこの馬鹿どもは違うわ。ただの変態たちの集まり。鉄拳制裁を喰らっても大して問題のない連中よ。というか、あなたってどちらかと言えば、被害者だし」

「そう、なのかな?」

 

 たしかに、ボク自身のことはいろいろ言われているけど……。

 

「そりゃそうよ。じゃあ聞くけど、あなたは上半身裸で男子たちの前に出れる?」

「むり」

 

 考えるまでもなく、即答した。

 男の時でも、その行動はとれないと思います。

 だってボク、水泳の授業で水着に着替えている時とか、なぜかみんな頬を赤らめていたんだもん。

 

「でしょ? そう言うことと一緒よ。だから、やっちゃってもいいってこと」

「で、でも……」

 

 さすがに、授業を放棄させるような状態にはしたくない。

 学園祭二日目の後夜祭で、酔っぱらっていたみんなに対して針を刺して気絶させたりしたけど、あれはあくまでも、事態の収拾を図るためだったわけで。

 今は別にそう言う状況……だね、うん。

 明らかに、暴走してる。

 現に今だって、

 

『ハァッ……ハァッ……』

 

 呼吸を荒くして、醜態をさらすような表情しているし。

 晶は、同じ男であることが恥ずかしい、みたいな顔をしている。

 女委は普通に楽しそうに。

 未果は怒ったような表情。

 もちろん、態徒は醜態を晒している側です。

 

「ね? あれは、どうにかしないといけないでしょ?」

「うん。そうだね。あれはちょっと……ないかな」

「でしょ? と言うわけで、お願いね」

「任せて」

 

 いつも通りにこの場にいる男子全員分の針を生成。

 それを一斉に醜態を晒している男子たちめがけて投擲。

 それは寸分違わず、狙った位置に刺さり、

 

『うおぉ!? なんだ!? 前が見えねえ!』

『クソ! なぜだ! なぜ目の前が真っ暗になったんだよ!?』

「い、依桜だな!? 依桜! お前何をした!」

「何って……目の前を見えなくするツボを刺激しただけだけど」

 

 こうして、視界を奪った。

 

「便利過ぎない!? ツボ! つか、もう何でもありじゃねえか! 普通、都合よく記憶を消せるツボとか、下ネタ的発言をできなくするようなツボとか、今みたいに視界を奪うツボとか、なんで知ってるんだよ!? ご都合主義みたいな設定を持ちやがって!」

 

 メタいなぁ。

 ボクのこの技術のことをご都合主義みたいな設定って言うけど、これを教えたの師匠なんだよね。

 ツボを刺激しただけで、なんでここまでの変化を出せるのか、みたいなことはボクにもわからない。

 細かい理屈とかは、以前師匠に聞いたんだけど、あの人自身もわかってないみたいだったんだよね。

 なんとなくわかる、って感じだったし。

 ……なんとなくわかるだけのものを、平気で使っている師匠はどうかしてるよ。

 

「ま、これで心置きなく、できるわね」

「そうだねー。じゃあ、ちゃっちゃと済ませるね」

 

 と、今度は誰にも邪魔されるようなことにはならず、しっかりと測定することができた。

 女委の記録は、

 

「ええっと? 1メートル49センチね」

「ん~、そんなもんかぁ~」

 

 ぎりぎり平均に届いてない、って感じかな?

 でも、女委が結構なインドア派であることを考えると、いいほう、なのかな?

 

『くそぉ、終わっちまったっ……あ、視界が見える』

『お、おお、本当だ……だが、今戻っても……』

『ああ……あのおっぱいは見れなかったわけか……』

「おのれ依桜! オレたちの欲望を邪魔しやがって!」

「もぉ、そんなこと言ってるからモテないんだよ?」

『ぐはっ!』

 

 男子たちはなぜか倒れてしまった。

 え、あれくらいの言葉で?

 ……ガラスのハートすぎない? もしかして、かなり薄いガラスだったのかな?

 

「馬鹿たちは放っておきましょ。さ、次は依桜よ。私が測るわ」

「あ、うん。じゃあ、行くよー」

 

 と、ボクが跳ぼうとした時だった。

 

「あ、依桜君、お尻にごみがっ――」

 

 ツルッと、女委がボクのお尻当たりについていたゴミを取ろうとしたら、足を滑らせて転び、その手はボクのズボンめがけて振り下ろされ、

 

「よっ……え?」

 

 ボクが跳ぶと同時に、ズボンが下ろされた。

 今のボクはズボンを下ろされた状態……つまり、下はパンツしか履いていない状態と言うわけで……。

 そしてその状態のまま着地。

 

「く、くまさんパンツ、だとっ……?」

 

 態徒から驚愕するような呟きが聞こえてきた。

 ボクはわけがわからず、ギギギッと油をさしていない機械のような動きで、自分の体に視線を落とす。

 ……くまさんパンツが晒されていた。

 

「い、い……いやあああああああああああああああああああああああっっっ!」

『『『ありがとうございますっ!』』』

 

 ボクは悲鳴を上げながら、その場でうずくまった。

 同時に、男子たちはなぜかそろってお礼を言ってきた。

 

「あんたたち、ガン見してんじゃないわよ! 依桜、早くズボン穿いて! 女委、そのズボンをこっちに投げて!」

「う、うんっ……!」

 

 慌てて、女委がボクのところにズボンを投げる。

 それを受け取ると、ボクは急いでズボンを穿いた。

 

「み、見られた……くまさんパンツ、見られた……」

 

 ボクはその場で膝を抱えて座り込む。

 あの恥ずかしいパンツを穿いていることがバレてしまった……。

 ボクが、くまさんパンツを穿いていることを……。

 

『お、おい聞いたか?』

『聞いたぞ。くまさんパンツって言ったぞ』

『く、くそ、俺はロリコンじゃねえのに……なぜだ、なぜここまでドキドキするんだっ』

『幼女のくまさんパンツ……最高の組み合わせ! 素晴らしい! なんて素晴らしい光景だったんだ!』

「う、うぅ……も」

「も?」

「もうおうちかえるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!」

 

 ボクは泣きながら叫んだ。

 それはまるで、小さい子供が恥ずかしさのあまりに言うような言葉だった。

 

「ああ、依桜君が幼児退行を! あ、でも今だと普通……?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! そこの馬鹿ども! そこに正座!」

『は、はいぃぃ!』

 

 この後、未果が大層お怒りになりました。

 体育館には、ボクの子供のような――見た目子供だけど――泣き声と、未果の怒りの声が響いていました。

 もうやだぁ……。



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66件目 幼女としての生活5

「う、うぅ……ひっく……ひどいよぉ……えぐ……う、うぇぇ……」

「い、依桜君泣かないで! ほら、女委お姉ちゃんが抱きしめてあげるよー!」

「う、んっ……」

 

 わたしが手を横に広げると、依桜君がぎゅっと抱き着いてきた。

 本当に抱き着いてきたよ。

 

「よしよし……。ごめんね、依桜君。こんな恥ずかしいことをさせちゃって」

 

 震えながら泣いている依桜君の頭を優しく撫でる。

 結果的にわたしの胸に顔をうずめることになっているけど、依桜君だし問題なしだね!

 それにしても、可愛い。

 

「女委、あんた子供を慰めるのが得意なように感じるんだけど、なんでかしら?」

「あ、うん。わたし、姉妹がいるからねー」

「そうだったの? いくつくらいの?」

「んー、今年で八歳くらいかなぁ」

「あー、たしかに今の依桜はどちらかと言えば、それくらいの歳だものね」

「そうだねー」

 

 それに、今の依桜君って若干精神年齢が下がっている気がするし。

 意外と、呪いの追加効果って精神にも作用するのかもね。

 

「依桜君、大丈夫?」

「うん……だいじょうぶ……」

 

 依桜君は、泣きはらした後にも拘らず、大丈夫だと言った。

 まだちょっと泣いているけど。

 

((くっ、なにこの可愛い生き物っ))

 

 だけど、そこがまた可愛いのも事実!

 も、持ち帰りたい……お持ち帰りして、可愛がりたい!

 

「……女委? 今、変なことかんがえてた?」

「ううん? 全然!」

「そう……」

 

 危ない危ない。

 依桜君にバレたら、何をされるかわからないもんね! 

 依桜君のあのツボ押しの技術はすごいし、平気で視界を奪うようなものだもんね。

 

「あ、そうだ、未果ちゃん。依桜君の記録ってどれくらいだったの?」

「そうね。えっと、1メートル62センチよ」

「ほへ~、この身長で随分跳んだんだねぇ」

「縮んでいるとはいえ、依桜の身体能力は異常だしね。それに、手を抜いたんでしょ、依桜?」

「う、うん……さすがに、本気は出せないよ。壁に穴あけちゃうし……」

「あ、うん。そうなのね」

 

 壁に穴をあける立ち幅跳びっていうのも、ちょっと見てみたいかも。

 現実じゃ滅多にお目にかかれるものじゃないしね!

 まあ、できる人がまずいないと思うけども。

 

「さて、体育館でやる種目は全部測り終えたし、外に行きましょうか」

「そだねー」

「だな」

 

 

 体育館でやる種目が終わったから、外に出たんだけど……。

 

「あっちゃー、雨かぁ」

 

 雨が降り出していた。

 この場合、どうなるんだろう?

 

「二組と六組の生徒、聞こえるかー?」

 

 雨が降り、体育館で待機していると、熱伊先生の声が聞こえてきた。

 しかも、拡声器を使わないで聞こえている。

 さ、さすが熱伊先生……。

 

「見ての通り、急に雨が降り出した。なので、ハンドボール投げと五十メートル走をやっていない生徒は、明日の体育で計測するので覚えておくように! それから、今日はここで授業を中断する! 残りの時間は自習しているように!」

 

 先生のその指示に、周囲の生徒たちは沸き立った。

 自習、つまり自由時間のようなもの。

 国語や数学と言った科目ではない限り、体育は自由時間になるケースが多い。

 まあ、その場合は体育館で別のことを、となるんだけど、体力測定の時はほとんど例外になる。

 ボク的には……ちょっとほっとした。

 ただでさえ、今日は色々と心が折れたし……。

 

 ……今思い出してみると、子供みたいに泣いて、女委に抱き着いてよしよしと撫でられていたと思うと……顔から火が出そうだよ……。

 しかも、それなりの人数に、ボクがくまさんパンツを穿いていたことがバレちゃったし……。母さんを恨むよ、ボク……。

 色々とあった体力測定は、中断と言う形で終わった。

 

 

 更衣室で着替えてから、教室へ移動。

 自習と言っても、これと言ってやることはなく、なんとなく未果たちと話すだけとなった。

 そこで話していることもいつも通りの会話で、これと言って特筆すべき点はなく、時間は過ぎて、今日の学園は終了となった。

 

 

「ただいまー」

 

 HRを終えて帰宅。

 

「おかえりなさ~い。学園から荷物届いてるわよ~」

「わかった。じゃあ。持ってくね」

「荷物はリビングにあるから」

 

 そう言って、母さんは台所に戻っていった。

 ボクはリビングに行って、母さんが言っていた学園からの荷物を持って自分の部屋へ。

 着ている服的には、制服でもなんでもない普通の洋服なので、着替える必要はあまりなかったのでそのまま。

 

 荷物を開けると、中には今のボクのサイズに合わせた制服と体操着、ジャージが入っていた。

 次の日の夕方頃にできると言っていたけど、まさか夕方に届くとは思ってなかった。

 

「とりあえず、これで明日のがくえんはもんだいない、かな」

 

 これなら、今のボクでも制服を着て登校できる。

 私服だと、かなり浮いていたし、誰かの妹、なんて思われてたからね……。

 妹と見られるのが嫌と言うより、子ども扱いされたくないだけなんなんだけどね。

 

「それにしても……こののろいのついかこうかって、小さくなるだけなのかなぁ」

 

 師匠は、追加効果が出る、としか言ってなかったし、これだけとは限らないかもだし……。

 もし、一生女の子と言うだけでなく、一生この姿のままだった思うと……。

 

「……つらい」

 

 こんな姿じゃ、普通の生活は難しくなるかもしれないし、なにより、小さい……。

 ただでさえ小さいのに、さらに小さくなるんだもん、あまりいいこととは言えないよ、これ……。

 男に戻る方法はもうない。

 でもせめて、普通――とは言い難いけど――の姿に戻りたい。

 

「はぁ……」

 

 でも、戻り方がわからないんだよね……。

 何をすれば戻るのか、なんて方法はない、と思う。

 それこそ、師匠が知ってそうだけど、師匠も追加効果に関しては知らなさそうなんだよね。

 追加効果自体、どういった形で現れるのかわからないって言ってたし……。

 元に戻れればいいなぁ……。

 

 

「それで、依桜。学園はどうだった?」

「どう、って言うと……?」

 

 家族三人で夜ご飯を食べていると、父さんが唐突に尋ねてきた。

 

「今日はその姿で登校しただろう? 何かおかしなことにならなかったか?」

 

 あ、心配していたみたいだ。

 おかしなこと、か……。

 

「ううん。特にはなかったよ? 注目はされていたけど、それだけだったし……」

 

 ……くまさんパンツの件は言わない。というか、言えない。

 いくら親とは言え、さすがにあれを言うのは恥ずかしすぎるもん。

 

「そうか、ならよかった。……依桜は天使みたいだからな、変な輩に狙われてないか心配だったんだよ」

「あはは。ボクは元々男だよ。それに、小さい子を狙う人なんて、うちの学園にはいないと思うよ」

「わからないわよ~、依桜。もしかすると、そう言う人がいるかもしれないわ」

 

 母さんがそうだと思うけどね、ボク。

 学園には……まあ、態徒って言う変態と、女委って言う変態がいるけど、あの二人だって、一応の常識は……ある、よね?

 女委はまだ大丈夫だとは思うんだけど、態徒がなぁ……。

 だって、授業中であるにもかかわらず、胸のことを大声で力説してたんだもん。

 常識が歩かないかって言われたら……まあ、ないよね。

 むしろ、あれであるとか言われた日には、常識と言う言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうです。

 

「何だと!? くそっ、父さん、そいつは認めませんからね!」

「何を言ってるの父さん……」

「何って……大事な一人娘がどこの馬の骨ともわからん奴に渡すわけないだろう?」

「いや、ボク元々男なんだけど……」

 

 少なくとも、恋愛的な意味で男子を好きになることはないと思うんだけど。

 

「じゃ、じゃあ、女同士、なのか……?」

「そう言う意味じゃないよ!? というか、発想が極端すぎない!?」

 

 女の子とも恋をするつもりはないよ。

 というか、ボクの場合はどっちに転んでも同性愛になりかねないんだから……。

 

「私的には、依桜が心の底から誰かを好きになったのなら、男の子でも女の子でも応援するわよ~」

「か、母さん!?」

 

 何言ってるのこの人!

 父さんも、母さんの言ったことにぎょっとしてるし。

 うん、ボクもぎょっとした。

 まさか、同性愛を許可されるとは思わなかったもん!

 

「あら、どうかしたの? あなた?」

「いやいやいや! どうかしたの、じゃないよ!? 今、普通に女の子同士でもいいって言ってなかったか!?」

「ええ、言いましたね」

「おかしくない? 同性愛だぞ!?」

 

 まあ、事情を知っている人からしたら、同性愛じゃないんだけど。

 でも、傍から見たら同性愛以外の何者でもないもんね。

 

「あなた。同性愛だって、立派な愛ですよ。たしかに、ちょっと特殊かもしれないけれど、お互いが好きならいいじゃないですか。そもそも、恋愛は自由なんですよ? なら、同性愛が許されたっていいじゃないですか」

「いや、確かにそうかもしれんが……」

「それに、今のご時世、差別になりかねませんからね、否定は。最も? 私は否定するつもりはありませんけどね」

 

 すごい、母さんが正論を言ってる……。

 いつもなら、あらあらうふふ、くらいで済ませそうな母さんが……!

 それくらい、父さんの言っていることに思うところがあったのかな?

 

「と言うのは建前で」

 

 あれ? なんか雲行きが怪しくなってきたような……?

 

「本音を言ってしまうと、女の子と付き合ったら、娘が二人になりますし、リアル百合が見れると思うと……ふふ」

 

 違った! 全然違ったよ!

 この人、ただ単に、百合のカップルが見たいだけかも!

 しかも、最後の笑いに関しては、ちょっと危険な感じがしたよ!

 

「母さん……昔から、そう言うの好きだったもんなぁ……」

「え!?」

 

 今、父さんからとんでもない事実が飛び出した気がするんだけど!

 昔から好きって言ってたよね?

 え、じゃあ何? 母さんって……同性愛者なの?

 

「あらあら。たしかに、そう言うの好きだけど、私は可愛い女の子同士のくんずほぐれつがみたいだけよ~」

 

 くんずほぐれつって、激しい取っ組み合いを表している言葉で、それも喧嘩などについてを如実に表した言葉何だけど……母さんの場合、絶対違う意味で使っている気がするのはなんでだろう? ボクの心が汚れてるのかな……?

 

「そうねぇ……未果ちゃんや女委ちゃんとかいいわよね~」

「――ッ! けほっ、けほっ……! か、母さん、なに言ってるの!?」

「何って……彼女としてどうかしら? みたいなことだけど?」

「今のボク女の子! 彼氏ならわかるけど、彼女はおかしいよ!」

「え? じゃあ依桜は、男の子が好きなの? まあ、お母さん的にはそれでもいいけど……」

「って、そうじゃなくてぇ!」

 

 ああもう、ややこしいよ!

 ボクの場合、本当に恋愛事はややこしくなる!

 どっちが好きとも言えない状況で、最終的に付き合うとすればどっちがいい? と聞かれたら、どっちとも答えられないよ!

 

「ふふ、わかってるわよ」

「……母さん?」

「依桜は……バイ、なのよね?」

「ぜんぜんちがうからああああああああああああああああああっっっ!」

 

 食事中のはずなのに、大声を出して叫んでしまった。

 ボクはバイじゃないし!

 バイなのは、女委だから! ボクじゃないから!

 そんなこんなで、騒がしい夜ご飯の時間は過ぎて行った。

 

 

 お風呂に入ってから、自室のベッドでごろんと横になる。

 天井を見つめながら、小さくなった手を伸ばし眺める。

 

「のろい、かぁ……」

 

 誰もいない部屋で一人つぶやく。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 ちっちゃいままで一日生活したけど、本当に大変だった。

 いつもなら背伸びすれば届いた所には手が届かないし、変に注目は集めるし、みんな子ども扱いするし……。

 いいことなんてない気がする。

 しかも、廊下を一人で歩いてたら、

 

『君、小学生みたいだけど、もしかしておつかいかな?』

「いや、あの……」

『はは! 人見知りなんだね。あ、そうだ、このあめちゃんを上げるよ』

「あ、ありがとうございます……」

『それじゃあ、気を付けて帰るんだよー』

 

 と、言うようなやり取りがあった。

 どうやら、兄か姉の忘れ物を届けに来た妹、と言う風に思われてしまったらしい。

 

 ……ボク、普通に学園の生徒なんだけどね……。

 しかも、あめちゃんって……大阪のおばちゃん?

 

「はぁ……どうなるのかなぁ」

 

 いつまでこの姿でいるかわからない以上、受け入れるしかない、よね……。

 そもそも、戻れるかすらわからないのに。

 

「ふあぁ……ねよう」

 

 体力測定の疲れ(精神的な)からか、強烈な睡魔がボクを襲った。

 抗うことができない睡魔に、ボクは気が付けば意識が完全に落ち切っていた。

 

 

「うぅ……寒い……」

 

 朝、いつもよりやけに寒く感じて、意識がはっきりしてきた。

 スースーする。

 あれ、ボクちゃんと服着てたよね……?

 

「んんぅー……」

 

 寝ぼけ目でボクの周りを見回すと、所々に洋服が落ちていた。

 

「はれ……? ボクの、服……?」

 

 周囲にはなぜか、昨日の夜着ていたはずの服が落ちていた。

 ……え、どういうこと?

 もしかしてボク今……

 

「……き、着てないっ!」

 

 何も着ていなかった。

 見えたのは、大きい山……もとい、胸。

 ……え、大きい、胸?

 

「え!?」

 

 胸が大きくなっていることに気づき、慌ててベッドから降りる。

 立ち上がった瞬間、昨日よりも支店が高いことに気づく。

 この時点で、ほとんど確信は得ているけど、念のため確認。

 いつもの姿見の前に立つと、

 

「も、戻ってる……」

 

 そこに映ったのは、縮む前のボクの体だった。

 声だって、縮んだ時と違って、ちょっと大人っぽく感じる。

 

「や、やった……戻った!」

 

 戻れたことに歓喜し、自分が裸であることも忘れてはしゃいでいると、

 

「おーい、依桜―、朝だぞー……って、うぉ!?」

「え……?」

 

 突然扉が開いて、父さんが入ってきた。

 え、な、なんで父さん?

 い、いつものこの時間なら、もうすでに仕事に言っているはずの父さんが、なんでこんなところに……?

 ど、どうして? なんで? 

 

「ふむ……素晴らしいおっぱいだ!」

 

 何を思ったのか、清々しいまでの笑顔で、ぐっとサムズアップした父さん。

 そしてボクは、今の状況に気づき……

 

「と、とと、父さんの……エッチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」

「ぐはぁ!」

 

 力いっぱいに枕を投げつけた。

 かなりのスピードが出た枕の直撃を喰らった父さんは、そのまま吹き飛ばされ、壁に衝突すると、爽やかな笑顔で気絶した。

 

「……朝から、運が悪いよぉ……」

 

 父親に裸を見られるという事態に、朝からボクは少し泣いた。



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67件目 元の姿で 上

「結局、この服は無駄になっちゃったか……」

 

 普通の制服を着て、昨日届いた別の制服を見ながら呟く。

 せっかく、学園長先生が用意してくれたのに、まさか、届いた次の日に戻るとは思わなかったよ。

 てっきり、ずっとあのままなのだとばかり思ってたからなぁ……。

 

「……まあ、二度と小さくならない、って言う確証はないし、とりあえずこのまま残しておこう」

 

 それに、新品だから、捨てたりするのはもったいないし。

 そもそも、もらったものを捨てるとか、ボクには無理。

 

「で、ここで伸びてる父さんは……うん、放置」

 

 ボク、悪くないもん。

 ノックしなかった父さんが悪いんだもん。

 

 

「おはよー」

「あら、依桜。おはよう。上から変な音が……って、元に戻ったの?」

「あ、うん。朝起きたら元に戻ってたよ」

「あらそう。ちっちゃいほうが良かったのだけれど……」

「いや、よくないよ!?」

 

 ボクが小さい姿を一度見せてからという物、ボク相手にちょっと暴走するようになった母さん。

 意外と、ロリコンか何かなのかもしれない。

 

「でもまあ、戻ったわけだし別にいいわね」

「……男には戻ってないけどね」

「依桜の場合は、女の子の方がある意味正しいし、是非とも戻らないことを祈るわ」

「親としてどうなの!?」

 

 元々男だったのに、戻らないでほしいって……親なんだよね? 本当に親なんだよね?

 子供が間違っている、なんてことないよね?

 

 ボクの場合、外見だけは本当に似てないから判別がつきにくいんだよ。

 隔世遺伝だもんね。

 

「まあいいじゃない。可愛いは正義、でしょ?」

「正義、なの?」

「正義よ正義♪」

 

 それは、違う人の場合の正義だと思う。

 態徒や女委あたりじゃないかな?

 

「あっと、それで、上で変な音がしたけど、あれは何かしら?」

「あ、え、えっと……ちょっと、父さんに裸を見られて、その……枕を投げて気絶させた」

「あらあら、そうなのねー。まあ、あの人にとってはご褒美でしょうし、放置でいいわよ~。こっちで、回収しておくわね~」

 

 自分の夫なのに、それでいいの?

 あと、ご褒美、ですか。

 それは、あれだろうか? 一昨日、父さんが母さんに踏まれて嬉しいとか何とか言っていた時の……。

 あれ、本当だったの?

 

「じゃあ、ちゃっちゃと食べちゃいなさい」

「うん。いただきます」

 

 

 朝ごはんを食べて、学園へ。

 昨日は小さいままだったけど、今日はいつも通り……ではないけど、普通に学園へ行ける。

 まあ、まさか、変化して一日で戻るとは思わなかったけどね……。

 

 一人苦笑いをしていると、またしても視線。

 なんか、ね。

 毎朝毎朝視線が来るから、なんかもう、慣れたよ。

 でも、人にじろじろと見られるのは、あまり気持ちのいいものじゃない。

 小さい時ですら、結構な視線が来てたのに……。

 

「これ、どうにかならないのかなぁ……」

 

 毎朝の悩みになりつつあるこのことに対して、解決してほしいと切実に思うボクだった。

 

 

「おはよー」

 

 じろじろと見られながらも、努めて冷静に歩きつつ、教室に到着。

 いつも通りに、挨拶しながら入ると、またしても視線。いや、もういいよ。

 

「あれ? 依桜? 依桜よね?」

「ボクじゃなかったら、ここにいるボクは誰?」

「戻ったのか?」

「うん。朝起きたら戻ってたよ」

 

 ボクがそう伝えると、クラスのいる人全員がポカーンとしていた。

 いや、ボクが元に戻っただけで、そこまで驚く……いや、驚くね。

 授業中に突然小さくなって、次の日もそのまま学園に登校し、その次の日もそうなるであろうと予想していたら、まさか元に戻って登校してくるとは思わないもんね。

 というか、女の子になったり、小さくなったりすること自体が変だしね。

 そう考えると、みんなの反応は正しいわけだ。

 

「それはよかったな、依桜」

「うん。……まあ、またああなる可能性もないわけじゃないけどね」

 

 実際、追加効果って言われているから、一度だけ、とも限らない。

 もしかすると、一昨日とは違うタイプのことが起こるかもしれないし、一昨日のように、ただ縮むだけ、みたいなことが起こるかもしれない。

 そう考えると、まだ安心はできないわけで。

 

「依桜も、難儀な体質になったな……」

「体質じゃなくて、呪い、だけどね……」

 

 すべての始まりは、学園長先生とたまたま異世界人を召喚しようとした王様の儀式が重なって、ボクが向こうに行ったこと。

 二年間修業して、三年目で魔王を討伐。

 そして、呪いをかけられて、帰ってきたら女の子。

 それから一ヶ月経って、再び向こうに赴いて、師匠に解呪の薬を作ってもらって、師匠が王様のミスをカバーしなかったから、一昨日のような結果に。

 

 こっちの世界では、一ヶ月。

 そう考えると、一ヶ月間が濃すぎる。

 いや、まあ、もう二ヶ月経とうとしてるけどさ。

 

「巻き込まれ体質が極まると、依桜みたいになるのね」

「……極めたつもりはないよ」

「依桜にそのつもりはなくても、傍から見たそうなのよ。まあ、諦めなさい」

「こればっかりは、仕方ないしな」

「そう、なんだけどね……」

 

 三人でそんなことを話していると、

 

「おーっす」

「おはよー!」

 

 態徒と女委が教室に入ってきた。

 

「お、依桜戻ったのか?」

「う、うん。朝目が覚めたら、元に戻ってたよ」

「よかったね、依桜君! わたし的には、ちっちゃい依桜君も天使みたいに可愛くて好きだったんだけど」

「や、やめてよ。さすがに、あの姿はちょっとね……」

 

 ちっちゃくてもいいことはないです。

 というか、発想がほとんど母さんと同じなんだけど。

 

「いややっぱ、依桜はボインボディだよな! そのでかいおっぱいがイイ!」

「は、恥ずかしいこと言わないでよぉっ!」

 

 公衆の面前だというのに、なんでこうも羞恥心がないんだろう、態徒は。

 

「そうだ。依桜は、一応元に戻ったんだから、今日の体力測定はいつも通りの身体能力ってことになるのか?」

「あ、そうだね。身体能力が低下したような感じはしないし、いつも通りかな?」

 

 実際、小さい姿だと、いつもと感覚が違ったから、力の調整が難しかったし。

 今はいつも通りの身体能力に戻ってると思うから、昨日みたいに調整が難しい、ってことにはならないと思う。

 一応、手加減は師匠にみっちり鍛えられたし。

 そもそも、手加減をしないと、こっちの世界どころか、向こうの世界でも困ったことになりかねなかったし。

 

 まあ、攻撃力のステータス自体は、魔王の方が上だったりするんだけど。

 というか、魔王のステータスで、ボクが勝ってたのって、実際素早さと幸運値だけだったんだよね、あれ。

 ほとんど格上の相手だったから、何度死ぬと思ったことか。

 

「マジ? じゃあ、今日は依桜が走っている姿が見れるのか!?」

「え? まあ、五十メートル走があるし、走るでしょ?」

『よっしゃああああああああああああああっっっ!』

「な、何!?」

 

 突然、クラスの男子たちが歓声を上げていた。

 見れば、未果と晶は額に手を当てて、いかにも『呆れた』と言っているようだ。

 

『つ、つまり、今日は男女が走っている姿が見れて……』

『あの、ご立派様が揺れるのが見れる、のか?』

『たしか、腐島も同じグループにいたはずだから、腐島のも見れるぞ!』

『な、なんて美味しい授業なんだっ……!』

『み、見たいっ、超見たい!』

『誰か! 誰かビデオカメラは持っていないのか!』

 

 …………あ、うん。

 昨日の続きですね、これ。

 みんな、ボクが元々男だってこと、忘れてるよね、これ。

 

 ど、どうしよう。

 一時間目から体育なんだけど、正直、出たくない……。

 

「あー、その、なんだ。依桜、気にしなくてもいい、と思うぞ?」

「……あれを見せられて、気にしないほうが難しいと思うんだけど?」

「依桜、変態はどうあっても変態よ。それに、何か実害が出た時に対処すればいいのよ」

「いや、実害が出てからじゃ遅いと思うんだけど……」

「それもそうね。でも、取りあえずは……まあ、何とかなるわよ。うん。依桜ならできるわ、問題ない!」

「なんで、そんなに適当なの?」

「適当じゃないわよ。依桜なら、何とかできるでしょう?」

「で、できないことはない、けど……」

 

 いつもやっていることをすればいいだけだし……。

 ただ、問題はどのツボを押せばいいか、何だよね……。

 昨日は視界を奪ったけど、あれ、数日のインターバルを置かないと、効果が延びちゃうんだよね。

 一応、盲目にはならないけど、疑似的な盲目だし、あれ。

 ちょっと危険だから、本当に見られたくないと思った時にしか使わないし。

 ……つまり、昨日のあれは、心の底から見られたくなかったもの、ということです。

 

「なら大丈夫よ。もし、何か実害があれば……私が潰すわ」

「あ、あまり酷いことはしない、でよ?」

「……変態にすら気を遣うとはな。依桜、お前って損するタイプだよな」

「……否定できない」

 

 言われてみれば、本当に損することしかなかったなと思いました。

 

 

「といわけで、昨日の続きを行う! 体育館の種目を終わらせた者は、ハンドボール投げをして、それも終わったら、休憩するなり、軽く準備運動をしておくなり、好きにしてくれて構わない。あと、昨日で全部終わった者は、見学してていいぞ!」

 

 そもそも、何事も準備運動から始めるのに、ハンドボール投げをした後に準備運動をする意味ってあるのだろうか?

 ……まあ、ある、のかな?

 

「五十メートル走はこちらで呼ぶので、それまで自由に行動してくれ!」

 

 先生がそう言うと、みんなやり残した種目をやるために、行動を開始した。

 ボクたちは、体育館の種目は全部終わってるので、ボール投げを。

 

「うっし、オレから行くぞ!」

「はいはい。態徒ね。じゃあ、依桜と晶はボール拾いに回って」

「うん、わかった」

「ああ」

 

 未果に指示されて、20メートル地点にボク、30メートル地点に晶が立った。

 準備ができたので、未果の方にOKのサインをだす。

「行くぞー! おらぁあ!」

 

 態徒の気迫と共に投げられたボールは、綺麗な放物線を描いて飛び、晶よりも少しだけ後ろの方に落ちた。

 

「31メートルだ!」

「おっし!」

 

 結構飛んだなぁ。

 確か、平均は24メートルくらいだったっけ。

 ちゃんと平均を超えるあたり。

 

「じゃあ、次は晶ね」

「わかった。今そっち行く」

「態徒は、晶がいたところにいて」

「おうよ」

 

 晶と態徒がチェンジ。

 晶が投げる場所に立ち、態徒が30メートル地点に立つ。

 さっきと同じように、OKサインを出す。

 

「ふっ」

 

 OKサインを見てから、晶はすぐにボールを投げた。

 態徒が投げたボールよりも少し高く飛び、放物線を描きながら落下。

 場所は、態徒の記録よりも少し奥。

 

「くっ、35メートルだ!」

「晶もすごいなぁ」

 

 平均よりも、10メートル以上遠くに飛ばしてる。

 態徒も態徒で、平均以上だったし……普通に考えたら、ボクだけが平均以下だったような気がするんだよね、昔。

 ……まあ、今はさらに遠くへ行っちゃうけど。

 

「次、わたしがやるわ。女委は……次だから、ここで待ってて」

「わかったよー」

「依桜もこっちに来てて!」

「わかったー!」

 

 トタトタと小走りで、未果たちのところへ向かう。

 晶が代わりに、ボクがいたところに行ってくれた。

 

「じゃ、行くわよー! やっ!」

 

 未果が投げたボールは、晶たちには劣るものの、綺麗な放物線を描いて飛んだ。

 ボールは、晶と態徒の間くらいの位置に落下。

 

「23メートルだ!」

「まあまあね」

 

 未果はそう言っているけど、女の子で23メートルは結構飛んでるよ?

 意外と力あるよね、未果。

 

「じゃあ、次は女委」

「はいはーい」

 

 と、女委が投げることが周囲に伝わったのか、

 

『おい、腐島が投げるってよ!』

『よっしゃ、お前ら行くぞ!』

『おう!』

 

 見学していたり、友達と話していたりしていた男子たちが一斉に集まってきた。

 

「……はぁ」

 

 その様子を見て、未果が呆れからくるであろうため息をついていた。

 うん、ボクもその気持ちだよ、未果。

 

「おー、みんな集まってきたー」

 

 見られる側であるはずの女委は、なぜか感心していた。

 普通、恥ずかしがるところなんだろうけど……女委だし、それは最初から期待していません。

 

「女委、見られてるけどいいの?」

「いいよいいよー。減るものじゃないし。それに……モテない男子たちに、幸せのお裾分けだよ」

「お裾分けって……まあ、あなたがいいなら、それでいいけど」

「そうそう。じゃ、行くよー!」

 

 色々な方向から、女委に向かって視線が殺到。

 本人は特に気にすることなく、

 

「えいっ!」

 

 ボールを投げた。

 

『おおっ……!』

 

 そして、男子たちは簡単の声を上げて、女委の胸を凝視していた。

 揺れるところを目に焼き付けようとしてるんだろうね、あれ。

 ……まあ、実際、かなり揺れたよ。

 こう……ぶるんって。上下に左右に、いろんな方向に揺れてました。

 ボクも男のままだったら、反応したのかな?

 ……いや、多分、晶みたいに、見ないようにしていた気がする。

 

『な、なんて眼福な光景だったんだ……』

『ああ、腐島だけでもこの幸福度……なら、男女だと、どれほどのものが得られるんだ?』

『み、見たい、見たいぞ!』

『くっ、なんで授業中にカメラは使っちゃいけないんだよッ!』

 

 そもそも、授業中にカメラを使おうとする人自体、そんなにいないと思うんだけど。

 

「あー、女委の記録は、14メートルだ」

 

 普通くらいかな?

 まあ、女委ってインドアだしね。

 むしろ、インドアなのに、25メートル以上出してたら、怖いし。

 

「男子のみんな! 幸せのお裾分けはどうだった?」

『最高っす!』

「ならばよし! つぎは依桜君だから、もっと幸せを得られるからね!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

 

「……というわけで、依桜の番よ」

「う、うん。わかった」

 

 未果が、女委と男子たちのやり取りを見た後に、何事もなかったかのようにボクの番だと告げてきた。

 ボクも気持ちがわかるので、了承した。

 

「ま、頑張りなさいよ」

 

 苦笑いで言われても……。

 はぁ……男子のみんなが暴走しないといいけど。

 そう願いながら、ボクは投げる準備をした。

 ……すでに、暴走しているけどね。



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68件目 元の姿で 下

 わたしが投げてすぐ、依桜君が投げる準備に入った。

 つい、ノリで依桜君に注目するように仕向けちゃったけど……まずい。非常にまずい。

 これ、終わった後がこわいよ。

 依桜君、絶対怒ってるよ。

 外見じゃ、そこまで怒っているようには見えないけど、怒気のようなものがほんのわずかに漏れ出てるもん。

 あれ、怒ってるよ。

 

「じゃ、じゃあ行くよー」

 

 と、依桜君が投げることを伝える言葉を発した瞬間、

 ザザザッ! 

 

「お、お前たち、急に早くなったな!? 最初から全力出せよ!」

 

 走っている人までもが限界突破して、ゴールと同時に、こちらへ向かってくる始末。

 お、おおぅ、どんだけみたいんだ、男子たち。

 

「え、えいっ!」

 

 と、可愛い声と共にボールは投げられ、

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 男子たちは、可愛いどころか、醜悪な顔と、変態的な歓声を上げながら、依桜君の胸を凝視した。ちなみに、わたしも凝視した。

 

 お、おお、さすが依桜君……。

 ばるんばるんっ、と大きく揺れてるし、しかも、右と左で動きが全く違うっていう、素晴らしいことに。

 ぶつかり合っているためか、反発しあって、誠に素晴らしい乳揺れが発生してるよ!

 ああ、眼福ぅ……。

 

 男子たちもそう思ったのか、鼻の下伸ばして、不審者のような顔をしていた。

 こ、これ大丈夫なのかね?

 

「28メートルだ」

 

 ありゃ、可愛い掛け声とともに投げたボールは、別段可愛げのない距離を飛んだみたいだね。

 まあ、依桜君、かなり力をセーブしたんだろうけど……もう少しセーブするつもりだったね、あれ。

 だって依桜君、やっちまった、みたいな顔してるし。

 多分、周りの男子たちのせいで、コントロールをミスった、って感じかな。

 ……原因わたしだね!

 ごめんごめんと、軽く心の中で謝った。

 

『や、やべえ、マジ眼福だった……』

『男女が、一生小さいままなのかと思って、あいつのご立派様がもう見れないのかと諦めていたが』

『奇跡だぁ……あんな立派なものが見れるとか、俺たちは幸運だ』

 

 あ、あはは……。

 まずい。依桜君から、黒いオーラのようなものが見える。

 

「依桜、大丈夫?」

「だ、大丈夫……じゃ、ない、かな」

 

 声が震えてるよ、依桜君。

 

「はぁ……まったく、あんたたち、少しは依桜のことを考えなさいよ。というか、女委も女委で、煽るようなこと言わないの」

「で、でも、幸せのお裾分けってしたいじゃん?」

「……女委?」

「すみません」

 

 未果ちゃんの怒った時の笑顔は、本当に怖いよ……。

 逆らえない圧力のようなものを感じるし……。

 まあ、依桜君が怒った時に比べればまだマシだけどね……。

 

「男女、小斯波、椎崎、変之、腐島、五十メートル走を測るから、こっちにこーい!」

 

 と、ここで熱伊先生からの呼び出しが。

 とうとう五十メートル走かぁ。

 わたし、走るのって苦手なんだよねぇ。

 まあ、インドア派だし、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 

 

「はぁ……」

 

 熱伊先生の所に集まると、依桜君がため息をついていた。

 

「依桜君どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ……。女委ってば、みんなを煽るんだもん……」

「あ、あははー。つい、ね……」

「まったく……それで、この場合誰から走るとかってあるのかな?」

 

 と言う疑問を依桜君がつぶやいていると、

 

「安心しろ! 五人同時に走ってもちゃんとコンマの誤差もなく計測できるぞ!」

(((((なにそれ、すごい)))))

 

 熱伊先生って、たまにハイスペックな部分が垣間見えるときがあるんだよね。

 たまに、何者なのか気になる時があるけど。

 五人同時に走って、それぞれの記録を取れるって、化け物みたいだね。

 

「うーん、でもやっぱり、二、三で別れたほうがいいわね」

「そうだな。いくら、先生が問題ないとは言っても、俺たちのところには依桜がいるわけだしな」

「晶、それはどういう意味?」

「ははは! まあ、あれだ。依桜はちょっと異常だからなぁ」

「たしかに! 依桜がコントロールに失敗してあり得ない速度で走ったら、いくら熱伊先生でも、見逃すだろうからな」

「さ、さすがにしないよ、もぉ……」

 

 ぷくっと頬を膨らませて反論する依桜君。

 怒った顔も可愛いとは……さすが、女神と称される美少女。

 

「先生、とりあえず二、三で分かれても大丈夫ですか?」

「構わないぞー」

 

 許可が下りたので、とりあえず分かれることに。

 こういう時、便利なものと言えば、グットッパだよね。

 と言うわけで、さっそく実行すると、

 

「これはまた、問題になりそうな分かれ方をしたわね……」

 

 その結果に、未果ちゃんが頭の痛そうな顔をする。

 というのも、グーを出したのが、晶君と態徒君、それから未果ちゃんの三人。

 で、パーを出したのは、わたしと依桜君の二人。

 

 運とは全く別のものが介在しているように思える結果だよね、これ。

 というか、何者かがこうさせようとしているんじゃないのかな?

 

「まあ、いいんじゃねえの? やり直す時間もないしな」

「あんたは、ただ依桜と女委の胸が見れるからでしょうが」

「そ、そんなことはないぜー?」

 

 当然のように図星を突かれた態徒君は、挙動不審な態度を見せる。

 うん、正直だねぇ。

 

「実際、時間がないこともないが、後ろのことを考えると、このままやるしかないな」

「……そうね。女委はともかく、依桜が心配だけど……大丈夫?」

「ま、まあ、うん……。少なくとも、あそこで興奮している人がいなければ、ね……」

 

 諦めたような表情の依桜君がベンチのほうを見やると、たしかに、興奮した男子たちがそこに集まっていた。

 依桜君とわたしに視線が集中してるねぇ。特に、依桜君の方に。

 さすが、学年どころか、学園一と言われる依桜君の胸!

 

「はぁ……まったく、男って、馬鹿しかないのかしら?」

「まあまあ未果ちゃん。男の子が、大きい胸に興味を示すのは当然のことなんだよ」

「そうかもしれないけど、限度ってものがあるでしょう、限度ってものが」

「んー、でもでも、よくあるTSものとかだと、普通に襲われてるよ? 主に、性的に」

「それはエロゲとかの話でしょ! 現実に持ってくるんじゃないわよ!」

「お、おそわれ……」

「ほら、依桜がちょっと青ざめてるじゃない」

 

 未果ちゃんが言うように、依桜君に目を向けると、ぷるぷる震えながら青ざめていた。

 お、おおぅ、結構ダメージが大きかったみたい。

 

「大丈夫だよ、依桜君。うちの学園で、依桜君を襲うような命知らずは、なかなかいないと思うよー?」

「……少なくとも、三人くらいいるけどね」

 

 依桜君の返しに、わたしも含めて、みんなびっくりしていた。

 え、いるの? それも三人。

 

「まあいいけど、とりあえず、さっさと終わらせちゃいましょ」

「そ、そうだね」

「じゃ、最初の三人からね」

 

 あれ、わたしたちが最後なんだ。

 

「先生、行きまーす!」

「おう、じゃあ行くぞー。よーい……ドン!」

 

 熱伊先生のスタートの掛け声とともに、三人が一斉にダッシュ。

 おー、さすが晶君に態徒君。

 かなり早いねぇ。

 二人よりも、ほんのわずかに遅れてるけど、未果ちゃんも随分早い。

 三人のそれぞれの距離はほとんど変わらず、そのままゴール。

 

「小斯波が、6.9秒。変之は7.2秒。椎崎が7.9秒だな」

「三人とも早いなぁ」

「依桜君がそれ言う?」

「ま、まあ、ボクの場合は普通じゃないから……」

 

 あはは、と苦笑いする依桜君。

 依桜君の場合、異世界でかなり鍛えられてるからね、普通じゃないのも当然。

 そもそも、女の子になっていること自体が普通じゃないしね!

 

「よーし、次の二人、準備しろー」

「じゃあ、依桜君、頑張ろうね」

「う、うん。……ボクの場合、頑張る必要があるのは、如何に力を抜くか、っていうことだけどね」

「変な記録を出したら、また目立っちゃうもんね」

「あんまり悪目立ちしたくないもん」

 

 依桜君って、昔から目立つのが得意じゃなかったからねぇ。

 それでも、必要とあらば、目立つようなこともしていたけど。

 

 自分のために目立つこともほんの少しだけあったけど、ほとんどは人のためだったように思えるし。

 後から聞いたモデルの件もそうだし、学園祭だって、恥ずかしい気持ちを抑えてあの格好をしてくれてたしね。

 まあ、学園祭に関しては、わたしが無理矢理やっただけだけども。

 

「先生、準備できましたー」

「わかった。じゃあ行くぞ、よーい……ドン!」

 

 ダッと、地を蹴って走り出す。

 本気で走っているけど、依桜君には全然追いつかない。

 それどころか、ぐんぐんと距離を離されている。

 

 けど、わたしには見えている。

 そう! 依桜君の胸が! ハンドボール投げの時よりも大きく揺れていることに!

 ばるんばるんっ、と跳ねて、依桜君の腕に当たるたびに、ふにゅんと形を変えるあの胸!

 ちらりと外野を見れば、男子たちが依桜君の揺れる大きな胸を見ながら、

 

『よっしゃああああああああああああああっっっ!』

 

 という雄叫びを上げていた。

 あれ、どう見ても晶君以外の全員な気がするんだけど。

 だって、体育館の中を覗いたけど、男子が一人もいなかったし。

 す、すごい。さすが依桜君!

 

 うっ、胸が痛い……。

 依桜君、あれ痛くないのかなぁ……。

 わたしなんて、ちょっと激しい動きをしただけで付け根が引っ張られて痛いよ。

 にも拘らず、依桜君は涼しそうな様子。

 やっぱりあれかな。異世界で色々と訓練していたから、痛くならない走り方を知っているとか?

 

 ……あ、でも前に、揺れると痛いって言ってたっけ。

 どうなんだろう? 後で聞いてみよっと。

 と、そんなあほらしいことを考えていると、依桜君がゴール。

 それから少し遅れて、わたしもゴールした。

 

「男女、7.0秒。腐島、8.8秒」

 

 おー、依桜君速いなぁ。

 全然息切れしているように見えない……って、あれ本当に息切れしてないや。

 さすが、魔王討伐の英雄。

 

『ちゃ、ちゃんと撮れたか?』

『おうよ! やっぱ、江口アダルティー商会の商品はすげえよ!』

『これは、いいものが手に入ったぞ!』

『あとで俺にもくれよ?』

『俺も俺も!』

『ふっ、五百円な』

 

 おお、人の写真で商売してるよ。

 肖像権ってあるんだよ? って、わたしが言えた義理じゃないよね!

 わたしもあとで買いに行こ―っと。

 

 

「ふぅ……」

 

 何とか無事に終わったよ。

 体の疲れよりも、精神的な疲れの方が目立つなぁ。

 

 クラウチングスタートの時とか、本当に気を遣ったよ。

 いかに地面に穴を開けずにスタートを切るか、みたいなところがあったし。

 本気でスタートダッシュしたら、それだけでゴールができるけど、もっと先の方まで飛んで行っちゃうしね。

 それに、踏み込んだ場所に穴が開いちゃうから、そんなことできないし。

 言うほど苦ではないけど、少し疲れるのも事実。

 

 そう言えば、ミレッドランドには、身体能力を抑えるアイテムがあるっていうことを聞いたっけ。

 もし、また行くようなことがあれば、探してみようかな。

 もしかすると、師匠が知ってるかもしれないし。

 

「お疲れ様、依桜君」

「あ、女委。女委もお疲れ」

「うんうん、本当に疲れたよ……。やっぱり、インドアに運動はきついねぇ」

「女委は、もう少し運動したほうがいいんじゃないの?」

「にはは~、わかってはいるんだけどねぇ、やる気が出ないんだよね~」

「女委はそうだもんね」

 

 好きなこと以外には、あまりやる気がないのが女委だし。

 この学園に入れているわけだから、女委は頭が悪いわけじゃない。

 むしろ、いいほうだからね。

 

 そもそも、才能の塊みたいな部分があるもん。

 好きなこと以外に対してやる気が出ないだけで、全てにやる気があったら、もっと上の学園に行けたしね。

 

「お疲れ、依桜、女委」

「あ、晶。未果と態徒は?」

 

 女委と話していると、晶がボクたちに声をかけてきた。

 来たのは晶だけで、未果と態徒の姿はない。

 

「あー、まあ……あれを見ればわかる、か」

「あれ? ……うわぁ」

「ありゃりゃ、やっぱり未果ちゃんに目を付けられたんだねぇ」

 

 晶が示した先には、未果に制裁を加えられている男子たちの姿が。

 死屍累々という言葉がぴったりな状況。

 何をされたのかはわからないけど、みんな地面に突っ伏して、ぴくぴくとしたまま動く気配がない。

 何されたの、あれ。

 

「あんたたちは、まったく……というか、態徒もよ!」

「ぐふぉ! ちょ、ま、マジで痛いからぁっ!?」

 

 ガスガスと、うつぶせのまま何度も踏みつけられていた。

 い、痛い。あれは痛い。

 というか、なんかすごく見たことがある光景なんだけど。

 母さんが父さんにやっていることと一緒の光景なんだけど。

 

 ……これで、態徒が喜んでたら、どうしようもない変態ってことになるけど……うん、どうやら大丈夫みたい。

 少なくとも、踏まれて喜んでいるわけじゃないね。

 

「とまあ、あんな感じだ」

「自業自得だね、あれ」

 

 少し聞こえていたけど、どうもボクの写真を撮って、それを売ろうとしていたような感じだったし。

 

「写真は未果ちゃんに取られるだろうけど、依桜君の胸が揺れ動いていた様は、脳内にバッチリ保存されてそうだけどね」

「や、やめてよ、女委。ボクだってすごく恥ずかしいんだから……」

 

 変態な人たちは、何を考えているかわからないから怖い。

 ……記憶を消したほうがいいかも。

 

「まあ、変なことにはならないとは思う――」

『べ、別におっぱいが揺れる様を見たっていいじゃないか!』

『そうだ! それに、あの様子をカメラに収めて何が悪い!』

『俺たちにだって人権はある! ネットに投稿したり、売ったりしないで、自分たちで楽しむだけならいいじゃないか!』

『それとも、委員長は胸のサイズが劣っていることが悔しくて言ってるのか!』

「何言ってんのよ! 私は別に気にしてないわよ!」

『ふっ、そう言っているが、本心では気にしてるんだろう? まあ、無理もない。男女がエベレストだとしたら、委員長はマナスルくらいげはっ!?』

「誰が八番目よ! 私だって、Dくらいあるわ!」

 

 と言うやり取りが裏で行われていた。

 

「……依桜、先に手は打っておいたほうがいいぞ」

「……だね」

 

 いいかも、ではなく、本気であの光景を見ていた男子たちの記憶を消そうと思った。



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69件目 回想2 色々な弊害

 時間を遡って、依桜が女として通い始めた次の週の月曜日。

 その日はいつも通り……とは言い難かった。

 

 

「ち、遅刻遅刻!」

 

 最悪なことに、今日は寝坊してしまった。

 うぅ、絶対に遅刻しないようにと思ってたのにぃ!

 今日は、母さんが朝からいないから、そのために目覚まし時計をかけていたのに、まさか壊れているなんて……!

 

 そんなわけで、今は慌てて身支度を整えて、パンを一枚食べつつ、準備を済ませて玄関を出る。

 時間は、八時十五分。始業開始時間が、八時半だから……ボクが地面を壊したりしないギリギリのレベルで走って間に合うかどうかと言うレベル。

 身体能力強化をした上で、屋根の上を走ったりすれば、確実に間に合うんだろうけど、そんなことをしたら屋根に穴が開いて、迷惑どころの騒ぎじゃなくなる。

 ここは……

 

「自転車で行くしかない!」

 

 これなら間に合う。

 まあ、走るよりも危ない走行になりかねないけど、車道を走るし問題ないよね!

 

 ……あれ、問題大有りな気がしてきた。

 いやいやいや! 今はそれどころじゃなくて!

 

「と、とにかく急ごう!」

 

 ボクは自転車(所謂ママチャリ)に跨り、ペダルに足をかける。

 そして一気にペダルを回し始めると、

 

「わ、わぁ!」

 

 もの凄いスピードが出た。

 見れば、ペダルは残像が見えるほどにグルグルと回り、ぐんぐんとスピードが出ている。

 ちょ、速い速い!

 

 明らかにこれ、車以上のスピードが出ちゃってるよ! 時速六十キロはオーバーしちゃってる気がするんだけど!

 今の身体能力で自転車を本気で漕ぐと、こんなにスピード出るの!?

 少なくとも、走るよりは早いけど、本当にこれ危険だよ!

 

 で、でも幸い、ボクには師匠に鍛えられた反射神経と動体視力があるから、仮に曲がり角から人や動物が飛び出してきても回避できる自信がある。

 それは別として……。

 

「さ、さすがにこれはちょっと怖い!」

 

 いくら鍛えられているからと言って、異常な速さを出している自転車に乗っていて怖いわけがない。

 怖いものは怖いです!

 というか……

 

「目が乾くぅ!」

 

 かなりのスピードが出ているせいで、すごく目が乾く。

 言ってしまえば、時速六十キロ出ているバイクで、ゴーグルをしないで乗っているようなものです。

 なので、さっきから目が乾いて痛いんです。

 だけど、今そんなことを気にしている余裕はないので我慢!

 

『ひったくりよー!』

 

 って、こんな時にひったくりって! しかも、結構朝早い時間帯なんだけど!?

 で、でもいきなりは止められないし……しかたない!

 気配感知を使用して、ひったくり犯の位置を特定。

 すると、それなりに近いということが分かった。

 その上、幸いにも、ボクが走っている道に出る形になる。

 

 これなら、すれ違いざまにひったくり犯の足を止めることができる。

 足止めのために、針を四本ほど生成。

 

『へへ、これでまた金が手に入ったぜ!』

 

 と、下卑た顔と声を出しながら、一人の男が左手側の通路から出てきた。

 また、って言うことは、もしかして常習犯?

 だとしたら、尚更見過ごせない……。

 ボクは針を構えると、ちょうどすれ違う瞬間に一斉に男に向かって投擲。

 

『うおぉ!?』

 

 それぞれ、洋服の肩部分と、ズボンのすそに刺さり、建物の壁に縫い付けることに成功。

 もちろん、人体に刺さらないようにしているので、全部服にしか刺さってない。

 さすがに、傷害罪とかで捕まるのはね……。

 

 あ、そう言えば、建物に穴開けちゃったけど……だ、大丈夫かな? 一応、針はかなり細くて頑丈なものにしてあるから、穴は目立たないと思うけど……どうかバレませんように……。

 

『な、なんだよこれ!?』

 

 男は逃げようともがくけど、一向に針が抜ける気配はない。

 自力で抜け出すのは困難だからね、あれ。

 誰かに抜いてもらわないと、動くことは難しい。

 

「うん、これで問題ないかな」

 

 少しだけ男の状況を確認してから、ボクは再び自転車を漕ぎだした。

 

「ま、間に合うかな……!」

 

 あれからは特に問題もなく、ボクは順調? に学園へ向かっていた。

 けれど、信号待ちの間にスマホで時間を確認したら、八時二十三分だった。

 家から出て、八分経過していた。残り、七分。

 

 こうなったら、身体強化を使うしかないか……。

 それに、二倍くらいだったら、なんとか自転車も耐えられそうだし……一応、強化をかけてあるからね、自転車。

 それに、ここから先には、これと言って大きな障害もないはず。

 人通りも、この時間ならほとんどないし。

 うん。行ける。

 

 覚悟を決めて、ボクは身体強化を使用。

 全身に力が行き渡るのを感じて、信号が青になる瞬間を待つ。

 

「今っ!」

 

 青になった瞬間、ボクは全力で自転車を漕ぐ。

 さっきよりも速いスピードに、さらに目が乾くけど、もう気にしてられない。

 さすがに、寝坊で遅刻は嫌だからね。

 というか、自転車で車以上のスピード出してるけど、問題ないよね、これ?

 ……心配になってきたけど、今はそれを気にしている余裕なんてない!

 

 ぐんぐんと景色が変わり、ついに学園が見えてきた。

 距離的には、大体百メートル。

 学園の外にある時計を見ると、八時二十八分。

 か、かなりギリギリ……。

 

「げ、限界を超えるっ!」

 

 諦めず、ボクは今まで以上の力で自転車を漕いだ。

 そして、

 

「ま、間に合った!」

 

 なんとか、敷地内に入ることに成功。

 でも、まだここで終わりではなく、

 

「く、クラスに行かないとっ……!」

 

 朝のHRに出るまでが登校!

 急いで駐輪場まで自転車を置きに行く。

 

 と、ここで悲劇が起こった。

 バキンッ!

 という、何かが壊れる音が、ボクの自転車から響いてきた。

 嫌な予感と、いやな汗をかきつつ、恐る恐る自転車を見ると……

 

「ぺ、ペダルが……」

 

 ペダルが、軸から壊れていた。

 それはもう、ものの見事にバラバラ……と言うより粉々。

 直そうと思っても、軸が逝ってしまったので修理は不可能。

 

「ど、どうしようっ!」

 

 突然の出来事に、おろおろしていると、

 

「ん? 男女じゃねーか。どうしたよ?」

 

 戸隠先生がボクに話しかけてきた。

 どうやら、今日の登校指導の担当だったみたい。

 

「あ、え、えっと、自転車が壊れちゃいまして……」

「ん、どれ……。あー、こりゃだめだなぁ」

「で、ですよね」

「つか、何をどうしたらこうなるんだ? ペダルの軸が粉々とか……」

「ろ、老朽化してたんだじゃないですかね……?」

 

 十中八九、ボクの本気の走行に耐えられなかったからだよね、これ。

 馬鹿正直に、本気で自転車漕いでいたら壊れました、なんて言えないし……。

 

「そうか。どうみても、買ったのは最近に見えるんだが……まあ、乗ってるお前が言うんだから、そうなんだろうな。とりあえず、自転車はこのままにしとけ。自転車の方は、あたしが片しとくから、お前はさっさと教室に行け。事情を説明すれば、遅刻にはならんだろ」

「あ、ありがとうございます」

「いいってことよ。ほれ、さっさと行った行った!」

 

 先生に軽く会釈をしてから、ボクは教室へ向かった。

 

 

「お、おはようございます」

 

 もうすでにHRが始まっていて、その途中で教室に入ったものだから、ボクに視線が集中した。

 う、恥ずかしい……。

 

『ん、男女か。どうした?』

「自転車が壊れちゃって……」

『あー、なるほど。わかった。それならいいぞ』

「ありがとうございます」

 

 よかったぁ、遅刻にならなくて……。

 

 

「しっかし、依桜が自転車で来るなんて、珍しいな」

 

 今日の一時間目~四時間目は、ほとんどすべてが移動教室だったこともあって、みんなと話す機会がほとんどなかった。

 昼休みになり、みんなでお昼を食べていると、態徒が今朝のことを言ってきた。

 

「ちょ、ちょっと寝坊しちゃって……」

「依桜が寝坊ねぇ……。いつもは、おばさんが起こしてるはずだけど、なんで寝坊なんて?」

「今日は、朝から母さんがいなくて、目覚まし時計をかけていたんだけど……」

「なるほど。壊れてたんだな」

「うん……おかげで、大変だったよ。家を出たの、八時十五分だったし」

「そっかぁ、依桜君でも寝坊するんだ……って、ん? ちょっと待って。依桜君、今なんて?」

「八時十五分って……」

「「「「ええ!?」」」」

 

 女委に聞き返されたので、時間をもう一度言うと、なぜか四人がびっくりしていた。

 

「い、依桜? たしか、依桜の家から学園まで、どんなに自転車で急いでも、二十分くらいかかるよな? なのに、お前、十五分で学園に着いたのか?」

「う、うん。大変だったよ……。途中で、ひったくり犯がでてきちゃうし、八時半前に学園には着いたけど、ペダルは壊れちゃうし……」

 

 今度からは、強化をかなり強めにしないとダメかもなぁ……。

 少なくとも、二倍くらいの強度じゃダメと。

 次は、三倍以上かな。

 

「いやいやいや! おかしいだろ! 何? ひったくり犯? お前何してきたの!?」

「それよりも、ペダルが壊れるって、何をしたら壊れるんだ? たしか、少し前に買ったばかりだったよな?」

「え、えっと、ひったくり犯が横の道から飛び出してきたから、すれ違いざまにちょっと足止めを……。ペダルは、その……軸が粉々に……」

 

 朝の出来事を伝えると、四人はこの世ならざる物を見る様なまなざしを向けてきた。

 

「ひったくり犯の足止めしながら自転車漕いで、その自転車のペダルは粉々……わけわかんねぇ」

「いや、そもそも、ひったくり犯の足止めって……」

「依桜君、どうやって足止めを?」

「えっと、は――」

 

 針で、と言おうとして、ボクは慌てて言葉を止めた。

 そうだった。

 そう言えば、未果以外の三人には、ボクが異世界へ行ったことを伝えてないんだっけ。

 だったら、あまり変なことを言わないほうがいいかも……。

 

 たしか数日前に、態徒相手に爪楊枝を投げたことがあったよね?

 うん。今回はそれを言い訳にしよう。

 

「つ、爪楊枝を投げたんだよ」

「すごいなそれ!?」

「それはあれか? 前に、態徒にやったような?」

「そ、そうそう! 上手く当たってくれてね、それで足止めを」

「ほぇ~、依桜君ってすごいねぇ」

「たしかにな。爪楊枝でひったくり犯を足止めするとは」

 

 普通に信じてくれちゃったよ。

 いやまあ、爪楊枝でも、あながち間違いじゃないんだけどね。

 投げたの、針だし。

 あの後、ちゃんと捕まったかな、あの男の人。

 

「それで、帰りはどうするんだ?」

「自転車は先生が片してくれるって言うし、いつも通り、歩いて帰るよ」

 

 元々、ボクの通学方法は徒歩だからね。

 自転車が壊れても、歩いていけばいいわけで。

 

「それもそうか。しっかし、自転車が壊れるとか、依桜もついてねーよなー」

「あ、あはは……」

 

 態徒のセリフに対しては、本当に笑うしかない。

 自転車が壊れたのは、運が悪かったんじゃなくて、単純に強化不足だったからだし……。

 

「お、そうだ。なあ、今日隣町にいかね?」

 

 と、急に態徒がそんな提案をしてきた。

 唐突だなぁ。

 

「急にどうしたのよ」

「いやよ、隣町のデパートにあるゲーム屋でゲームの予約しててな。一人で行くのも寂しいしよ、一緒に行かないかな、と思って」

「態徒君、かまちょ?」

「違うぞ! だって、一人で寂しくゲーム買いに行くだけって、なんか嫌じゃん! 寂しいやつって思われるじゃん! リア充どもに笑われるじゃん!」

「そう思うなら、なんでわざわざ隣町にしたんだ? ゲーム屋なら、美天市にもあるだろ?」

 

 うんうんと、ボクと未果、女委が頷く。

 実際、美天市って、かなり過ごしやすい街だし、基本的に何でも揃っているから、わざわざ隣町のデパートに行かなくてもいいと思うんだけど……。

 

「たしかに、こっちにもあるんだが……この街の予約特典、オレが好きなキャラの奴じゃないんだよ! 対して、隣町のデパート、オレの押しキャラがメインの予約特典なんだよ! だったら、迷わず行くだろ!?」

「それはわかるよ、態徒君!」

 

 なるほど、そう言う理由だったのかぁ。

 場所によって予約特典が変わってくるときとかあるしね。

 そう言った場合、なるべく手に入れたくなるよね。

 ボクも、ゲームを買うときそうだし。

 

「ってーわけでさ、誰かついてきてくんね?」

「わたしはいいよー」

「あー、俺は今日バイトが入ってるな。すまん」

「私も、今日は学園祭関連でやることがるから無理ね」

「ボクは空いてるからいいよ」

「マジか! 女委と依桜がついてきてくれるとか、マジ感謝だわ!」

 

 ボクと女委がついていくことになり、態徒のテンションが上がった。

 

「それによ、男一人に女子二人って、傍から見たらリア充だよな!」

 

 あー、なるほどー。

 そう言う意味で、テンション高かったんだね、態徒。

 そこまで非リア充に見られたくないのかな?

 別に、気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ。

 

「けど、依桜は元男よ?」

「いいんだよ! 今の依桜は美少女! それも、超が付く程のな! それに、女委だって、性格はあれだが、美少女だろ?」

「態徒君、いいこと言うねぇ」

「このグループ、態徒以外はみんな美男美女だしね」

「ちょ、それじゃあ、まるでオレだけイケメンじゃないみたいじゃねえかよ!」

「「「「え?」」」」

「なにその、え、は。お前ら酷くないか!?」

 

 態徒って、自分でイケメンだと思ってたんだなぁ、って顔してるよね、みんな。

 よく見ると、クラスにいるみんなまでもが、『え?』みたいな顔を態徒に向けてるし。

 いじられキャラだよね、ほんとに。

 

「え、もしかしてオレ、ブサイク……?」

「そこまでじゃないと思うよー」

「ほ、ほんとか?」

「イケメンとブサイクの中間くらい?」

「それ普通って意味じゃん!」

「あはは。でも、別に態徒の見てくれは悪くないと思うよ?」

 

 ちょっと可哀そうだし、そろそろフォロー入れておこうかな。

 

「ま、マジ?」

「うん。どちらかと言えば、いいほうだと思うよ、ボク」

「本気で?」

「うん、本気で」

「依桜は優しいなぁ……」

 

 優しいとは思わないけど、本当のことを言ったまでだし。

 実を言うと、態徒に対して恋愛感情を抱いていた人が、中学生時代にいたりする。

 でも結局、告白することなく、卒業しちゃったんだけどね。

 ちなみに、態徒のことが好きだった女の子は、普通に可愛い人でした。

 今何してるんだろうね。

 

 一応、言おうか言わないかで迷ったんだけど、その人のことを考えて言わなかった。

 あと、言ったら言ったで、態徒が暴走しそうだったし、調子に乗って目も当てられない状況にならないか心配だった、っていうのもあったり。

 決して、態徒がモテない、ということはないわけです。

 

「それで、授業とか全部終わったらすぐ行くの?」

「そうなるな」

「じゃあ、学園が終わったらすぐ行こうか」

「おうよ」

 

 とりあえず、放課後の話はこれでいいかな。

 その後は適当に雑談しつつ、お昼を食べて昼休みが終わった。

 

 

 そして、帰りのHRにて。

 

「――とまあ、連絡事項はこんなもんだ。おっと、一つ忘れてたな。歩きで登下校してるやつと、自転車で登下校しているやつにはほとんど関係ないが、まあ聞け。最近、電車で痴漢の被害が出てるそうだ。しかも、狙われてるのは、中学生~二十代前半までと、かなり幅が広いみたいなんで、まあ、気を付けろ。以上だ。号令はいらねーから、気を付けて帰れよー」

 

 連絡事項を終えると、先生は号令しないでそのまま退出していった。

 これがいつもの風景なので、もう慣れました。

 それにしても……どうやら、電車で痴漢する人がいるみたい。

 この辺りではあまり聞かなかったんだけど。

 

「それじゃあね、三人とも。気を付けていくのよ。特に依桜ね」

「え、ボク?」

「そうだな。痴漢の被害が出てるなら、依桜は狙われそうだ」

「あはは、ボクなんかを狙う人はいないよー」

「「「「……」」」」

 

 あれ、なんで誰も賛同してくれないんだろう?

 え、ボクって狙われやすいの?

 ま、まさかね?

 

「な、何はともあれ、さっさといこーぜ」

「う、うん」

「おー」

 

 みんなの反応がちょっと気になったけど、狙わることはない……と思いたいです。

 ……念のため、気配感知は使っておいたほうがいいかも。

 

 

「……で、依桜は大丈夫だと思うか?」

「そうねぇ……狙われるとは思うけど、まあ、大丈夫なんじゃない? 普通に対処しそうだし」

「……だといいがな」

 

 

 というわけで、学園を出たボクたちは、美天駅へ。

 チャージは十分なはずだし、しなくてもいっか。

 

 改札を通り、安芸葉町行の電車が来るホームへ行くと、タイミングよく、電車が止まっていたので乗り込む。

 ちょっと混んでいたけど、そこまで人が多いわけじゃなく、幸い、ドアの方を陣取れたのでちょっとありがたい。

 ドア側って、寄りかかれるからちょうどいいんだよね。

 

 それにしても、ボクが電車に乗った瞬間、やけに視線が集中したけど……やっぱり、銀髪碧眼だったからかな?

 そんなことを考えていると、電車が動き出した。

 異世界で鍛えたおかげか、不意に揺れてもよろけることなく難なく踏みとどまれた。

 

 あ、そうだ。気配感知を使っておこう。

 痴漢防止のために、気配感知を使用すると……。

 

(……あれ、一つだけ変な反応がある)

 

 邪な感情でも抱いているのか、悪い反応が一つだけあった。

 それも、ボクの背後に。

 ……もしかして、これはあれかな。ボクが狙われちゃってる感じ?

 鏡のように反射しているドアのガラス部分を見ると、一人の男の人がいた。

 ちょっと太って、少し不潔な印象与える男の人だ。

 妙に鼻息が荒いし……うん。これ、本当に狙われてるかも。

 

 うーん、だとしたら、放置はまずいよねぇ……。

 狙っている年代からして、ちょうど引っかかってるし、何より、幅広いって言うことは、それだけ被害に遭った人がいるって言うことと同じ。

 そう言えば、痴漢に遭っても怖くて言い出せない人とかもいるって、前にニュースでやってたっけ。

 

 ……ここで見逃しちゃうと、後々大変だよね。

 それに、ボクの隣には女委もいるし、痴漢の人からしたら、格好の的ってことになる。

 うん。触ってきた瞬間、すぐに手を掴もう。

 そう決めていると、ガクンと電車が揺れた。

 そして、偶然を装って、男の人がボクのお尻に触ってきた。

 

「――ッ」

 

 来るとわかっていても、一瞬ビクッとなってしまった。

 う、うぅ、どうにも敏感になっているような気がする……。

 って、そんなことを考えている場合じゃない。

 

 一応、気配感知があるから、これが自発的にやっているのか、それとも本当に偶然触ってしまったのかはわかる。

 そして、再度確認。

 うん。ギルティ。

 触った瞬間、邪な反応が強くなったし。

 それに、いつまでも触っているし。

 捕まえよう。

 そう決めて、ボクは振り向くこともせず、ボクのお尻を触っている男の人の手首をつかむ。

 

『――ッ!』

 

 一瞬、ドアに明らかに挙動不審な男の人の顔が見えた。

 

「依桜君、どうしたの」

 

 と、ボクの様子の変化に気づいたのか、女委が何かあったのかと訊いてきた。

 

「ううん、何でもないよ。それより女委、電車を降りたら、すぐに駅員さんを呼んできて」

「うん、わかったよ」

 

 ボクが駅員さんを呼ぶように伝えると、女委は少し疑問に思いつつも、了承してくれた。

 そして、そんな会話が聞こえていたのか、男の人は、顔を青ざめさせている。

 自業自得だよね。

 

『次は、安芸葉駅、安芸葉駅。お降りの際は、忘れ物にご注意ください』

 

 と、ここで駅に到着。

 ここで、男の人はボクの手を振りほどいて逃走を始めた。

 逃げるのは予定通り、と。

 

 気配感知で気配を覚えたから、逃げても無駄だし、そこまで足も速くないみたい。

 うん、これなら、問題なく捕まえられるね。

 

 電車を降りて、一目散に逃げる男の人視界にとらえると、ボクも走り出す。

 向こうは必死なせいか、人を無理矢理押しのけながら逃げる。

 あれじゃ、余計に迷惑がかかるだけだよね。

 ボクは上手く人と人の間を縫うように走る。

 そして、かなり近いところまで近づくと、ボクはその場で跳躍し、

 

「逃げられませんよ?」

 

 男の人の前に立ちふさがった。

 慌ててUターンして逃げようとしたけど、すぐさま左腕を掴み、腕をねじるようにしてその場で組み伏せた。

 

『な、何をするんだ! は、離せぇ!』

 

 この期に及んで、どうやら白を切るつもりらしく、暴れまわる。

 

「何するも何も、痴漢した人を放置したらダメですからね。なので、こうして抑えているまでですけど」

『ち、痴漢なんてしてない!』

「していないのなら、逃げる必要はないと思いますけどね」

 

 そう言うと、男の人は押し黙ってしまった。

 

「依桜くーん!」

 

 と、ここで女委が駅員さんを連れてやってきた。

 

『お客様、お怪我などはありませんか?』

「大丈夫です」

『よかったです。では、男はこちらで引き取りますので、できれば事情を聴きたいのですが……』

「あ、わかりました。……女委、悪いんだけど」

「うん、態徒君には私の方から伝えておくね」

「ありがとう」

『それでは行きましょうか』

 

 というわけで、ここでボクと女委は別れた。

 

 

 この後、ボクは事情聴取を受け、終わるころには外はすでに真っ暗になっていた。

 

 男の人は、最初こそ否定していたけど、ボク取り押さえていた時に聞いたことを尋ねたら、あっさり撃沈。せめて、もっとマシな嘘を吐けばよかったのに。

 男の人が痴漢した理由は、まあ……単純にバレるかバレないかのスリルを味わいたかったのと、異性に触りたかったから。それと、ボクが見たことものない美少女だったので、欲求を抑えられなかったとのこと。

 そんなしょうもない理由で、被害を受けていた人がいると思うと、本当に腹立たしいよ。

 

 今回の一件のおかげで、痴漢の被害が減るどころか、一切なくなった。

 喜ばしいことです。

 

 態徒の方も、ボクが痴漢に遭ったと聞いて、すごく心配していたけど、電話でちゃんと事情を説明したら、安心した。

 なんだかんだで、態徒は優しかったです。

 

 考えてみれば、一日に二件の事件に遭遇してるね、ボク。

 ほんと、どういう運をしているんだろう。

 ……これ以上、大きな事件に巻き込まれないといいなぁ。

 

 そう考えるボクだったけど、学園祭当日にて、テロリストを全滅させる出来事が起こるとは、この時のボクには知る由もなかった。



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70件目 依桜ちゃんとハロパ1

「あー、今週の日曜日は、十月三十一日で、世間ではハロウィンだ。この日は、東京の渋谷で、脳内お花畑なガキどもや、パリピな馬鹿や、後先考えず目先の楽しいことだけをしたいがために、事件を起こしたり、トラックを倒すなど、ちと頭のイカレた馬鹿どもが問題を起こす日でもある」

 

 朝からいきなりな話だった。

 

 たしかに、渋谷のハロウィンと言えば、毎年何らかの問題を起こしてるけど。

 まあ、そもそも、仮装をする理由と言えば、ハロウィンの日にやってくる悪霊や魔女たちと同じ格好をすることで、攫われたり襲われたりしないように、と言う意味で始まったものだしね。

 それ以外だと、同じ格好をして驚かせて追い返す、という説もあったりする。

 

 昔は、先祖の霊が帰ってくる日で、日本で言うお盆のような日だったけど、その先祖の霊に便乗して、悪霊や魔女がやってきて、災いをもたらす、って信じられていたのが元々ハロウィンの由来だったはず。

 と言っても、今は、収穫祭的な意味合いの方が強いけど。

 

 そんなハロウィンだけど、最近の日本だと、特に理由を知らないままとにかく楽しむ、の精神で騒ぐため、先生が言った通り、色々と問題が目立つ。

 特に渋谷がそうだね。

 

「そんなハロウィンだが、入学説明会で説明されたと思うが、うちの学園ではハロウィンパーティー、通称ハロパを毎年行ってる。やることは、仮装して学園でパーティーするだけだ。一応、軽食や菓子類などが学園側から用意される」

『おー』

「で、このハロパ、やるのは日曜日、つまり休日だ。なんで、強制参加ではなく、自由参加になる。一応、そこの黒板に名簿を張っておくんで、参加するやつは丸を書いとけ。それから、ハロパに関することが書かれたプリントも置いておくから、まあ、欲しいやつは勝手にもってけ。連絡は以上だ」

 

 連絡事項を言い終えると、先生がいつも通りに気怠そうに教室を出て行った。

 先生が出ていくのと同時に、半数近くの人がプリントに群がる。

 

「で、どうするよ?」

 

 と、いつの間にかボクの席まで来ていた態徒が尋ねてきた。

 見れば、未果たちもいる。

 

「うーん、せっかくだし、参加しようかなぁ」

 

 こういうパーティーとかには参加したことなかったし。

 あ、異世界でのあのパーティーは例外ですよ? あれ、ガチなパーティーですし。

 それに、こういうのは結構思い出になりそうだからねぇ。

 

「それなら、私たちも参加ね」

「あれ、ボク基準?」

「まあ、この中で一番こなさそうなのは依桜だからな。どうせ行くなら、五人全員のほうがいいだろ?」

「それもそうだね」

 

 晶の言う通り、ある意味一番こなさそうなのはボクだ。

 だって、ね……。

 いつものパターンだと、変に注目を浴びて、パーティーどころじゃなくなりそうだし。

 実際、向こうのパーティーに参加した時なんて、なぜか縁談を持ちかけられたしね……。

 色々と思惑があったのかもしれないけど、断るのってちょっと気が引けるから、精神的にちょっときつかったし。

 さすがに、こっちの世界では、縁談なんてことないと思うから、そのあたりは安心できる。

 

「じゃあ、決まりだな」

「そういえば、先生開始時間と言ってなかったけど、誰かわかるの?」

「それなら、そこのプリントを取ってきたわ。開始は、お昼の十二時からみたいね」

「となると、そこで昼食を摂ることもできるってわけか」

「そうみたいだね」

 

 多分、そのあたりを考えての時間なんじゃないかな?

 軽食がどんなものかはわからないけど、多分ハロウィンに似合っていて、手軽に食べられるものだろうし。

 

「あ、それにこれ、自分で料理やお菓子を作って持ってくるのもありみたいよ。で、それを配ったりするのもありだとか」

「へぇ、結構自由度高いんだね」

「まあ、それが原因で、毎年問題が起こってるみたいだぞ」

「あー……うん、学園祭を経験して、なんとなくわかるような……」

 

 あの時と言えば、なぜかボクが作ったハンバーグが取り合いになる、なんてことがあったしね……。

 

「人気がある人のは、争奪戦になりやすい、ってことなのかな~?」

「そりゃそうだろ。例えば、依桜がお菓子とか作ってきたら、誰だって欲しくなるじゃん?」

「いや、誰でもってわけじゃないと思うけど……」

「じゃあ、あの時の学園祭の惨状は?」

「た、たまたま……だと思う、よ?」

「まあ、依桜の自己評価は低いからな。それに、周囲から見た依桜がどういう存在なのか、って言うこともわかってないだろ」

「まあ、依桜だしね」

「それどういうこと!?」

 

 ボク、別に自己評価は普通だと思うんだけど。

 可もなく不可もなくって感じで。

 たしかに、ちょっとは可愛いかな? くらいには思ってるけど。

 

「いやあ、依桜って、あまり噂とか気にしないだろ?」

「まあ、うん。所詮は噂だし……。それに、確証もないものを信じたり、気にしたりするのはね」

 

 そもそも、噂なんて、勝手に一人歩きするようなものでもある。

 あっちの世界なんて、ちょっと悪い噂が流れただけで、その人が周囲から唐突に嫌われる、なんてことも多かったからね。

 意外と払拭するのは難しいんだよ。

 

「依桜は昔っからそうだからなぁ。まあ、それはいいとして、だ。今のお前は……『白銀(しろがね)の女神』なんて言われてるからなぁ」

「何その二つ名! ボク、中二病とかじゃないよ!?」

 

 魔法は使えたり、暗殺者だったりはするけども!

 別に、それは本当のことだからいいけど、そっちに関してはただの痛い人だよ!

 

「依桜君、現在進行形でモテモテだからねぇ」

「そ、そこまでモテてるわけじゃ……」

「何言ってんのよ。依桜はたしか、この前他校の生徒から告白されてなかったっけ?」

「そ、そんなこともあった、かなぁ?」

 

 それも、結構最近に。

 あの時は、本当に困ったよ……。

 

「へー、そんなことがあったのかよ? 見たかったぜ」

「とうとう他校の生徒からくるなんて……ラノベ主人公街道まっしぐらだね!」

「そんな街道には進みたくないよ!」

「でも、告白されるってことは、それなりにモテてるってことなんじゃないのか?」

「そ、そう、なのかな?」

「「「「そう」」」」

 

 別に、告白されてるからモテる、って言うわけじゃないと思うんだけど……。

 モテるって言うのは、大多数の人から告白されたり、言い寄られたりするっていうイメージだし……。

 まあ、ボクの偏見かもしれないけど。

 

「そ、それはそれとして、さっきの二つ名は何?」

「ああ、あれ? あれは、ネット上での依桜のあだ名ね」

「な、なんでそんなことに?」

「んっとね、依桜君の情報って、先週の金曜日くらいからパタリと途絶えてね。一応、住んでいる街までは絞れて、住んでいる家にも張り込んでいたにもかかわらず、一度も出てこなかった。でも、この学園にいることは確か。で、雲の上のような存在であり、女神的な美貌と銀髪から、『白銀の女神』、って言われてるんだよ」

「雲の上って……ボク、普通の一般人だよ? 別に、芸能人でもなんでもないんだけど……」

「魔法使える人間が一般人はない」

「それに、その髪色と目の色で一般人とか……ないわ」

「そ、それを言われると……反論できない」

 

 晶と未果にキッパリと否定されて、ぐうの音も出ない。

 そもそも、魔法を使える時点で一般人じゃなし、一応暗殺者だから、そのあたりも踏まえると、一般人どころではなく、かなり特殊な人、だよね……。

 それに、元々この髪と目も相まって、余計に浮いてるし。

 

「まあいいじゃん。モテる人の特権だと思えば」

「嫌な特権だよ……」

 

 別に、目立ちたいわけじゃなかったんだけどなぁ。

 

「ま、依桜の恥ずかしい二つ名に関しては置いておくとしましょう」

「酷くない!? ねえ、酷くない!?」

「で? 依桜は何か作ってくるの?」

「えっと、料理?」

「それ以外何があるってのよ」

 

 だ、だよね。

 でも、料理、料理かぁ……。

 それなりに普段から料理しているから、ある程度のレパートリーは持ってるけど、あくまでも学生としての範囲であって、料理学校に通っている人や、母さんのような主婦の人たちには敵わないけどね。

 

「別に、作ってきてもいいんだけど……」

 

 と、ボクがつぶやいた瞬間、

 

『――ッ』

 

 やけにクラスが殺気づいた。

 だけど、未果たちは気づいていない様子。

 

「作ってくるとしたら、依桜君は何を作ってくるの?」

「うーん……そうだなぁ、手頃なお菓子とか、軽くつまめるものとかかなぁ」

 

 唐揚げとかいいかも。

 冷めても美味しいし。

 あ、そう言えば何かの料理漫画に、おにぎりサンドとかあったっけ。

 たしかあれは、スパムを挟んでたよね。

 

 それ以外だと……普通のおにぎりとか、卵焼き、あ、またハンバーグを作ってくるって言う手もあるけど……ハンバーグはやめよう。またおかしなことになりそうだし。

 さすがに、煮物とかを持っていくわけにはいかないし、持っていくのなら、単体で食べられるものがいいよね。個数で計算できないものは無理。

 やっぱり、おにぎりとかサンドイッチになるかなぁ。

 そこに、おかず類を作る、って感じがいいかな。

 そうなると、どういうものがいいかな?

 

「お、何かいい案でもあるのか?」

 

 と、態徒が期待したような声音で訊いてきた。

 ちょうどいいし、四人に聞いておこうかな。

 

「いい案、ってわけじゃないんだけど、みんな好きなものはある? お菓子でも料理でもいいから」

「そうだな……俺は、和食とかだな」

「私は、卵焼きとか好きよ」

「オレは……唐揚げだな」

「わたしは……パイとか?」

 

 晶は和食。うん、幅が広いね。

 未果は卵焼き、と。

 態徒は唐揚げか。

 で、女委はパイ。

 ……なんだろう。女委だけ、ちょっと他意を感じるのは気のせい? ボクの心が汚れてるからなのかな?

 

 いや、きっとボクだけじゃないね、これ。

 晶は怪訝な顔を浮かべているし、態徒は女委の胸元に視線が釘付け状態。

 周囲の男子たちも、女委の言葉が聞こえていたのか、女委の胸元に視線が行ってるし。

 

「意外とバランスが取れるかも」

「お、何作るか決まったのか?」

「うん。晶が和食が好きって言ってたけど、お弁当で、個数になるような料理って少ないから、炊き込みご飯を作って、おにぎりにしようかなって。あとは、卵焼きと唐揚げを作る感じかな。で、さすがにパイは作ったことないから、市販のパイシートで簡単なパイでも作ろうかなって」

 

 一応、軽くサンドイッチも作ろうかな。

 おにぎりとサンドイッチを選べるようにしたら、それはそれでいいかもしれないし。

 ハロウィンに似合った料理を、とも考えたけど、あいにくとかぼちゃを使った料理って作ったことないからなぁ。

 多分、そのあたりは学園側が用意してくれそうだし。

 

「それは楽しみね。依桜の料理はおいしいし」

「そうだな。俺も楽しみにしてるよ」

「あはは。一日だけだからね。それに、十二時からなら、そこまで早く準備しなくてもいいだろうし」

「いやぁ、また依桜の手料理が食えるとか、マジ学園様様だぜ」

「うんうん。依桜君の料理って、かなり高額で取引されてたみたいだしねぇ」

「何それ初耳なんだけど!?」

 

 なんでボクの料理くらいで取引なんて行われちゃってるの!?

 

「あ、うん。学園祭の時の依桜君の料理。実は、買った人が買えなかった人にお金を積まれて売ったらしいんだよねぇ」

「あ、それ聞いたことあるわ。たしか……ハンバーグ一個に、二万円くらいの値が付いてたわね」

「どこにでも売ってる普通のお肉なのに、なんで国産黒毛和牛100%のハンバーグみたいな値段してるの!?」

 

 明らかに、一介の高校生が作った料理に出すような金額じゃないよね!? それだけあれば、普通に中古のゲーム機が買えちゃうんだけど!

 いいの? 食べたらなくなるものに対して、二万円払ってるけどいいの!?

 

「まあ、それだけ価値があったってことだな!」

「この学園の生徒はよくわからないよ……」

 

 この学園に在籍する生徒たち(主に男子)は、常人には理解できないような思考をしているんだなと、ボクは思った。



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71件目 依桜ちゃんとハロパ2

 昼休み。

 いつも通りにボクたちは同じグループで昼食を食べる。

 気分転換ということで、屋上で食べることにした。

 今日は比較的暖かかったからね。

 

「そういや、仮装してパーティーをするってことだったけどよ、そこで着るものってどうするりゃいいんだ?」

「んっとね、学園側が用意してくれるみたいだね。でも、先着順ってところを見ると、いいものから先にどんどん取られてくって感じかな?」

「なら、早めに行ったほうがいい、か?」

「あ、そうでもないみたいだよ。自分で用意するもの可って書いてあるし」

 

 多分、学園側が用意してくれるって言うのは、あまりお金がなかったり、わざわざ買わなくても、という考えの人のため、って言う部分が大きい気がする。

 でもまあ、生徒全員分は平気で用意しそうだけどね。

 

「どうする? 私は別にどっちでも構わないのだけど」

「まあ、わざわざ買う必要はないだろうが……見に行くだけ行ってみるか」

「それなら、わたしの行きつけのお店に行く?」

「行きつけのお店って言うと……学園祭の時のやつか?」

「そそ! 多分、時期的にちょうどいいし、わたしが行けばサービスもしてくれるから!」

「ふーん、それなら、明後日はちょうど土曜日で前日だし、行ってみましょうか」

 

 ということになった。

 うちのクラスの大半の人は、学園祭でコスプレを経験済みだからね、多分もう慣れてると思う。

 

 ボクは……まあ、あの時のサキュバス衣装じゃなければ問題ない、かな?

 あの時は、本当に恥ずかしかった……。

 あんな格好で激しい動きをしてたし、お客さんの頭上を平気で跳んでたし……。

 

 今思い出してみると、本当にとんでもないことをしてたよね、ボク……。

 だから、今回はごくごく普通のものにしよう。うん。

 女委や態徒が変なものを勧めてきても、ボクは絶対に拒否しよう。何が何でも拒否しよう。

 

 

 依桜たちが屋上で昼食を食べている頃。

 依桜のクラスでは、ハロパの話で盛り上がっていた。

 

『お、そういや日曜日のハロパで、男女が料理作ってくるらしいぞ』

『え、マジ? どこ情報よ』

『いや、HRの後に男女たちが話しててよ、ちらっと聞こえたんだが、本人が言ってたし、間違いねえ』

『ま、マジか……。だが、料理はいつものメンバーのため、だろうなぁ』

『そりゃそうだろ。いくら優しい男女と言えど、全員分作れるわけねーし。そもそも、どうやって持ってくるんだ、って話だろ』

『だよなぁ……ま、男女が参加するだけでもいいか』

『そりゃなぁ。突然美少女になったり、美幼女になったりするような変な奴ではあるが、超美少女だからな、どんな仮装するんだろうなぁ』

『男女の性格から考えると、あの時のエロい服じゃないだろうが……可愛いやつに決まってるよな!』

『だな!』

 

 という、男子の会話もあれば、

 

『ねえねえ、ハロパどんな服着てく?』

『仮装なんだよねー。一応、自前で用意もありって話だけど、そこまでお金ないしなぁ』

『だよねぇ~。まあ、早く行けばいい衣装が確保できそうだし、それでかなぁ』

『学生がわざわざ衣装買うのも難しいもんね』

 

 と言う女子の会話もある。

 これらはあくまでも、男女別。

 男女混合で昼食を食べているところなどは、

 

『ずばり、誰の仮装が見てみたい?』

『断然、晶君!』

『いやいや、男女だろ!』

『俺は委員長だなぁ』

『あ、私、女委ちゃんの見てみたいかも』

 

 誰の仮装が見てみたいか、と言う話になっていたりする。

 見ての通り、依桜たちのグループは人気が高いのだ。

 ちなみに、態徒だが……

 

『変態ってどんな衣装着ると思う?』

『変態だからなぁ。まあ……きのこ、とか?』

『いや、それはないでしょ。ま、変態は置いておくとして……あそこのグループがどんな衣装着るか楽しみよね!』

 

 こんな感じで、態徒の人気などない。

 ただ、態徒は決してモテないというわけではなく、一部の人から人気があったりする。

 まあ……大抵は同じ波長をしている人ばかりだが。

 余談だが、依桜が言っていた、態徒に好意を抱いていた女子生徒は、何気にこの学園に通っていたりする上に、未だに好きだったりする。

 

『つーか、女子人気が高いのってやっぱ、小斯波なのか?』

『恋愛とかの意味ならね。でも、依桜ちゃんの人気が今は高いかなー』

『さすが『白銀の女神』だな。男女構わず人気とか……』

『まあ、依桜ちゃんって、男子だった時からモテてたからねぇ。本人は全く気付いてなかったけど』

『男女は鈍感だもんなぁ』

『アピールとかしても、気づかなそうだよね』

『わかるわかる。それなりにストレートに言った言葉とか、『ご、ごめん聞こえなかった』とか、平気で言いそうよね』

『それ言われたら凹むわ』

『たしかに』

 

 依桜が鈍感であることは、クラスメートならば大抵の人が知っていることだった。

 それほどまでに、依桜は鈍感である。

 そんな鈍感に対して有効的な手は、ドストレートに伝えることだが、あまりの依桜の可愛さに言葉を失う人がほとんどであるため、結果的に微妙に遠回しな言い方になる。

 つまり、依桜に対し、ドストレートに告白できる人間は、依桜を見ても恥ずかしがったり、動揺することなく、伝えられる人間だけ、である。

 なので、依桜に告白できた他校の生徒はある意味、勇者だ。

 

『でもさ、依桜ちゃんって不思議だよねぇ』

『まあ、突然女子になったり、幼女になったりしたからなぁ』

『そうそう。その上、学園祭の時の依桜ちゃん、たしかにかっこよかったんだけど……あれって本当にイベントだったのかなぁって』

『ああ、テロリスト襲撃イベント? イベントって言うならイベントだったんじゃないか? 別に、本当に被害出たわけじゃなかったしさ』

『え、でも、未果ちゃんの近くにいた人が言うには、本当に血が出ているように見えたらしいよ? それに、その傷を依桜ちゃんが手を翳しただけで治したとか。その時、ちょっと光ってるように見えた、って話だよ』

『魔法みてーだな。でもよ、イベントって言ってたんだし、間違いないんじゃね? たしかに、男女って急に運動神経がよくなったように感じるし、変態を簡単にあしらえるくらい強いけどさ、ただ単に男女も武術かなんかやってただけだろ』

『……それもそっか!』

 

 このように、依桜が異常とはいかずとも、不思議な存在だと思っている生徒がそこそこいたが、結局はすべてイベント、ということで納得した。

 

 元々、叡董学園はイベントの多さが売りなところもあるので、必然的に通う生徒はお祭り好きが多くなる。

 ある意味、依桜の持つ能力や、性転換の真相を隠しやすい環境、ということだ。

 

『あーでも、また男女幼女にならねーかなー』

『きもっ――と言いたところだけど、あれは本気で可愛かったもんねぇ。気持ちはわかるわ』

『個人的には、あの姿で学園祭初日の服を着てもらいたい』

『私、猫よりも狼とかがいいなぁ』

『なぜに狼?』

『可愛いじゃない』

 

 と言うような会話が、繰り広げられていた。

 

 

 時間は進んで土曜日。

 例によって、ボクたちは女委の行きつけのお店に来ていた。

 そして、女委を除いたボクたち四人は、絶句していた。

 

「ん? あらぁん、女委ちゃんじゃなぁい? どうしたのぉ?」

「どーもー、田中さん。明日、学園でハロウィンパーティーがあるので、何かいい仮装がないかなーって」

「なるほどぉ、そういうことなのねぇん? んー……それにしてもぉ……随分可愛らしいお嬢さんにぃ、かっこいい男の子を連れてきたわねぇ? お友達?」

「そうですよー」

「そぉなのねぇ? わかったわ。それでぇ、どんな衣装がいいのかしらぁん?」

「みんなに似合う衣装かなぁ」

「わかったわぁん。とりあえず、適当に見繕ってくるわねぇん?」

「お願いしまーす」

 

 惚けているボクたちをよそに、女委だけで話が進行していく。

 えーっと、会話を見ればわかる……と思うんだけど、その……すごく、キャラが濃い人でした。

 色黒で、筋骨隆々で、190近い高身長に、パンチパーマヘアー、そして、所々にフリフリのエプロンドレスを着た……男の人。

 いや、うん。本当にキャラが濃いと思います。

 というか、田中って……田中って!

 名前は平凡なのに、すでに外見と言動が平凡じゃないよ!

 

 え、こんな人がこの街にいたの!? 十六年も住んでて初めて知ったんだけど!

 未果たちの方を見ると、この世のものじゃない何かを見るような顔をしていた。

 その気持ちはわかるけど、そう言うのは顔に出しちゃいけないよ、みんな。

 

 でも、晶だけは比較的普通だった。

 まあ、モデルをした時の碧さんとタイプがほとんど同じだからね。

 なんか、気が合いそうだよ。

 少しの間待っていると、田中さんが戻ってきた。

 

「お待たせぇ! とりあえず、似合いそうなものを持ってきたわよぉ」

「ありがとう田中さん! じゃあ、みんなも着替えよっか!」

「う、うん」

 

 というわけで、それぞれ試着室で別々に着替えてお披露目しようとのことになった。

 

 

「みんな着替え終わった~?」

「ボクは大丈夫だよ」

「私も」

「俺も問題ない」

「こっちもOKだ」

「はいはーい。じゃあ、せーので出ようね。せーの!」

 

 バッと、一斉にカーテンが開き、みんな試着室から出てきた。

 

「あらあらぁ! すばらしいわぁん! やっぱり、若い子はいいわねぇ!」

 

 出てくるなり、田中さんが体をくねくねとさせながら褒めてきた。

 ほ、本当に濃い。

 

「こうしてみると、みんな似合ってるねぇ」

「そうね。というか、依桜がすごくぴったりなのだけど」

「そうねぇ! どことなーく、魔女、って感じがしたからそれにしてみたのだけどぉ……ワテシの目に、狂いはなかったわねぇん!

「あ、あはは……」

 

 ボクが田中さんに渡された衣装は、魔女だった。

 よくある、広いつばにてっぺんの方が折れ曲がった三角の大きな帽子に、黒を基調としたミニスカート風のワンピースに、ニーハイソックスに、茶色のブーツ。

 いかにも、魔女です、と言わんばかりの服装。

 

 ちなみに、見た目もあるんだろうけど、未果がぴったりと言ったのは、実際にボクが魔法を使えるからだと思います。

 晶たちもうんうんと頷いてるし。

 

「えっと、みんなのコンセプトって何?」

「私は多分、雪女なのかしらね?」

「そうよぉ、未果ちゃんはとっても綺麗だったからぁ、和服の方がいいと思ったの。とはいえ、ほとんど和服を着るだけに近いしぃ、仮装とは言えないかもしれないけどねぇ」

 

 未果は着物を着ていた。

 水色を基調としていて、氷の結晶や雪などが所どころに描かれている。

 雪女、なのかな?

 これって、ただ単に和服を着ただけのような……。

 

「これだけだと、ただ和服を着ただけになっちゃうからぁ、これ、着けてみてぇ?」

 

 そう言いながら田中さんが渡したのは、簪だった。

 しかも、こちらも氷の結晶をモチーフにしたものらしい。

 

「えっと、どう、かしら?」

「うん、似合ってるよ」

「そうだな。未果は和服系が似合うし、かなりいいと思うぞ」

「そうだねぇ、仮装じゃないかもしれないけど、別に普段と違う衣装を着ていれば、それも仮装になるだろうしねぇ」

「それだったら、私服もってことになるぞ?」

「そうかもねぇ」

 

 と軽く言い合い、次へ。

 

「晶は……吸血鬼かな?」

「多分な」

「そうよぉ。依桜ちゃんの言う通り、晶君は吸血鬼。最初は執事服を、って考えていたんだけどねぇ? 前に女委ちゃんが執事服を買っていったのを思い出したのよぉ。もしかしたら、着たのは晶君なんじゃないかなぁって思ってねぇ? だから、吸血鬼ってわけよぉん」

 

 す、すごい。読みが当たってる。

 田中さんってすごい。

 

 今の晶は、以前着た執事服に似た服を着て、マントのようなものを付けていた。

そして、とても分かりやすいのが、付け牙を付けていたこと。

 どこからどう見ても、吸血鬼だね。

 わかりやすくていいと思います。

 

「似合うわね、晶」

「執事服とか似合ってたからね。晶はかっこいいし、基本なんでも似合うよね」

「いやー、やっぱり晶君はいいモデルだよ」

「ほんと、晶はイケメンだからずりーよなぁ。けっ」

 

 ボクと未果は基本的に普通な反応。

 女委は、明らかに自分が書いている同人誌のネタとして見てるね、あれ。

 態徒は、唾を吐き捨てるかのような仕草を。

 イケメンが憎いのだろうか?

 まあ、態徒の場合は、単純にモテないから、って言う理由だろうけど。

 

「それで、態徒は?」

「フランケンシュタインか? これ」

「そうよぉ。態徒くんはぁ、結構がっしりしているから、そう言うのがちょうどいいかなぁって」

「いやまあ、結構いい感じっすけど」

 

 実際の所、態徒のフランケンシュタインの仮装は普通に似合っていた。

 頭に、ねじ? のようなものが貫通して見えるカチューシャに、ネクタイのないスーツのような衣服。

 元々大柄な男、みたいなイメージのあるフランケンシュタインだからね、ちゃんと筋肉がついててがっしりしている態徒にはぴったりだと思う。

 

「似合ってるよ、態徒」

「そ、そうか?」

「そうね。できれば、ほとんど言葉を話さず、下ネタ的なことにも興味を示さなくなってくれればいいんだけどね?」

「いや、それをしたらオレがオレじゃなくなる」

「たしかに、変態じゃない態徒とか、味のないガムみたいものだからな」

「その例えは酷くね?」

「でも、的は射てると思うよ~」

「ま、マジか……オレは、ガムなのか」

 

 あ、そこ?

 ネガティブな人は見たことあるけど、自分がガムと思う人は初めて見たなぁ。

 

「まあ、ともあれ。最後は女委ね。それは……?」

「見ての通り、バニーガールだよ!」

「あ、うん。そうだよね」

 

 女委が着ていたのは、なぜかバニーガールだった。

 あの、カジノとかにいそうなあれです。

 うさ耳カチューシャにハイレグ? のような服に、網タイツにヒールを履いている。

 しかも、結構露出度高めだから、女委の胸が結構見えちゃってるわけで……。

 

「依桜には劣るけどよ、女委も十分エロいよな」

「ふふふー。褒め言葉として、受け取っておくよ、態徒君」

「でもまあ、意外と違和感ないわね、エロいのに」

「たしかにな。普通、高校一年生で似合うって言うのが変だと思うが」

「女委、だからね」

 

 だって、学園祭で着ていた服と言えば、初日はミニスカナースだったし、二日目はミニスカポリスだった。

 どっちもミニスカートだったのは、女委のこだわりだったのだろうか?

 でも結局、露出度が高いことに変わりはなかったのでちょっとあれだった。

 

「それで、どうかしらぁ、ワテシの見立てた服は」

 

 一度、元の私服に着替えて試着室から出ると、田中さんが服の感想を訊いてきた。

 

「ボクは気に入りました」

 

 これなら、あまり目立たないし、どちらかと言えば地味だからね。

 ちょっと、胸元が見えてるのが気になるけど、学園祭の時に着た服に比べたら、そこまででもない。

 それに、態徒と女委が変な服を選んでくるんじゃないかと思っていただけに、ちょっとほっとした。

 

「俺も、これならいいかな」

「私は……まあ、いっか」

「オレもこれはこれで動きやすいからいいな」

「わたしは当然!」

 

 みんなも異論はないみたいだった。

 実際、田中さんは結構センスが良かった。

 女委のはちょっと特殊かもしれないけど……。

 

 というかあれ、女委本人が選んだんじゃないだろうか?

 知り合いみたいだし、その可能性は否定できないよね。

 わざわざ、学園祭でミニスカポリスにミニスカナースをやるくらいだから。

 

「それならよかったわぁん」

 

 にこにこと嬉しそうにくねくねする田中さんは何と言うか……不審者みたいだった。

 いや、だって、ね?

 いい人って言うのは理解しているんだけど、筋骨隆々で190センチもあって、フリフリのエプロンドレスを着ている人が、笑顔でくねくねしてたら、ね……。

 

「あ、それで金額は?」

「んー、そうねぇ……一人、二千円くらいでいいわよぉ」

 

 ボクが値段を尋ねると、結構安い値段を提示してきた。

 

「おお、田中さん太っ腹だね!」

「え、でも、いいんでしょうか? 結構高そうなんですけど……」

 

 女委とは反対に、未果がおずおずと申し訳なさそうに田中さんに訊いていた。

 

「ンフフ♪ 女委ちゃんにはいいものを見せてもらったしぃ、ワテシも楽しかったからいいのよン♪」

 

 未果のセリフに対して、田中さんは嬉しそうにまたくねくねしていた。

 やっぱり、不審者にしか見えない……。

 

「そう言うことなら、それでお願いします」

「はいはーい。それじゃあ、五着で一万円になりまぁす」

 

 みんなが自分の分の代金を財布から取りだし、レジへ。

 学園祭の時の臨時収入が大きかったからね。

 二千円くらいなら痛い出費にならない。

 まあ、ボクの場合はエキストラのバイト代もあったりするけど。

 

「ちょうどねぇ。はいこれ。それじゃあ、気を付けて帰ってねぇん♪」

「それじゃあね、田中さん」

「ええ。みんなも、よかったらまた遊びに来てねぇ!」

 

 終始笑顔だった田中さんに軽く会釈をして、ボクたちはお店を後にした。

 

 

「いやぁ、ずいぶん濃い人だったなぁ」

「そーかなぁ? よく会ってるし、あまり濃いとは思わないんだけどなぁ」

((((まあ、女委も濃いし))))

 

 女委を除いたボクたち全員、同じことを思った気がした。

 

「ともかく、これで明日の準備は問題ないな」

「そうだね。あとは、ボクが料理を作ってくるだけだから、みんなはこれで準備OKだね」

「依桜に任せっきりで悪い気もするけど、お願いね」

「いいよいいよ。みんなには助けられてるしね」

 

 それに、料理を作るのは好きだし、誰かのために何かをすることも好きだから全然苦にならないし。むしろ、楽しいくらいだよ。

 

「俺たちの方が助けられてる気がするけどな」

「そうかな?」

「そうだよ」

 

 んー、特に何かをしたって言うのはない気がするけど。

 強いて言えば、学園祭の時、未果を助けたくらいなんじゃないかなぁ。

 

「あとはまあ、これと言って問題が起こらなければ、明日は普通にハロウィンパーティーだな」

「そうだね」

「この中で問題が起こりそうなのは、依桜だけだけどな!」

「ちょ、やめてよぉ。これで何かあったらどうするの?」

「んー、まあ、大丈夫じゃない? なんだかんだで、依桜が小さくなった時だって、そこまで問題にはならなかったし」

「ボクの中では大問題だったけどね」

 

 できることなら、もう二度と起こらない欲しいものです。

 あれは本当に不便だからね。

 

「でもどうするよ、これで明日、また小さくなってたら」

「あはは、さすがにないよ」

 

 三日ほどしかまだ経過してないけど、小さくなるような兆しは見られない。

 まだ油断はできないけど、少なくともまた小さくなる、なんてことはないと思う。

 確実にあれは、解呪の失敗による、呪いの追加効果のはずだからね。

 それに、もう呪いは完全に定着しちゃったから、発動中の違和感のようなものは感じない。

 だから問題はないはず。

 

「さて、と。ここでお別れね」

「うん。じゃあ、また明日ね、みんな」

「ああ」

「そんじゃ、オレは適当にぶらついてから帰るんで、じゃな」

「依桜君、明日楽しみにしてるからねー。じゃあ、みんなバイバーイ」

 

 いつもの分かれ道でボクたちはそれぞれ帰路に就いた。

 

 

 その夜は特になく、明日の料理の簡単な下準備をしてからボクは自分の部屋に戻った。

 すると、

 

「ん……眠い……」

 

 そこまで疲れていたわけではないのに、なぜか抗いがたい睡魔にボクは襲われていた。

 なんとか抗うものの、結局生理現象に勝てるわけもなく、倒れこむようにしてボクは眠りに落ちた。

 

 

 そして、なんだか妙な違和感を感じて、ボクは目が覚めた。

 目を開いて、時計を確認すると、七時半だった。

 目覚ましは八時にしておいたんだけど……。

 

「おきよ……」

 

 すごく眠いけど、ここで二度寝したら余計に起きるのが辛くなるので、ここでしっかり起きることに。

 ベッドから降りようと、立ち上がろうとした瞬間。

 ずるっ! ゴンッ!

 

「いたい!」

 

 何かに足を滑らせて頭から床にダイブしてしまった。

 その時に、思いっきり額を打ち付けて、ゴロゴロと床を転がる。

 うぅ、痛いよぉ……。

 ……何で滑ったんだろう?

 ぶつけた額をさすりながら、ベッドを確認すると、

 

「あ、あれ、ずぼん……?」

 

 そこには、穿いていたはずのずぼんが落ちていた。

 よく見ると、パンツも落ちている。

 

 ……そう言えば、妙に下半身がスースーする。

 ……あれ、そう言えば、声が変だったような?

 例えるなら……そう、小さくなった時に近い声。でも、あれよりももっと幼いような?

 それに、頭のお尻の辺りに感じているこの違和感はなんだろう?

 なんか、全く知らない感覚……というか、神経が延長されているような……って!

 ボクははたと気付いた。

 

「し、してんがひくい……ま、まさか!」

 

 ボクは慌てていつもの姿見の前へ。

 そして、そこに映っていたのは、以前よりも少し幼いボク……だけではなく……

 

「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」

 

 もうお約束の声を上げながら、ボクは自分の頭の上と、お尻の辺りを見た。

 そこには……ふさふさの狼の耳と、ふりふりと揺れている狼の尻尾があった。

 ボクは……人間を辞めていた。



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72件目 依桜ちゃんとハロパ3

※ 例によって細分化を図っております。今回のような依桜は、会話文が全て平仮名と片仮名になります。ご了承ください。


「ちょ、ちょっとまって!? なにがあったらこうなるの!?」

 

 ハロパ当日の朝、起きて早々ボクは混乱していた。

 鏡に映るのは、狼の耳と尻尾が生えているボク。

 動かそうと耳を意識すると、ぴょこぴょこと動くし、尻尾に意識を向けても、ふりふりと揺れている。

 明らかに神経が通っている。

 そっと耳を触ると、

 

「あ、あたたかい……」

 

 ちょうどいい体温で暖かかった。

 尻尾も触ってみたけど、こちらも上と同様だった。

 

 ……え? どういうこと、これ?

 百歩譲って縮んだのはいいとしよう、うん。

 でもさ……

 

「なんでみみとしっぽがはえてるの!?」

 

 何をどうしたら、こんな亜人族の姿になるの!?

 たしかに、向こうの世界にも亜人族はいたよ! でも、呪いの解呪の失敗でこんな姿になる普通!?

 いやそもそも、亜人族になるだけだったらまだよかったけど、まさか同時に小さくなるとか予想もしてなかったよ!

 

 しかも、前よりも小さくなってるよね、これ?

 前回は129と、小学三年生か四年生くらいだったのに対し、今は明らかに小学一年生、下手をしたら幼稚園の年長かもしれない。

 

「と、というか、いふくとかどうしよう!?」

 

 せっかく昨日魔女の衣服を買ったのに、着れないなんて……選んでくれた田中さんに申し訳ないよぉ……。

 

「うぅ、まさかたいとのいっていたことがほんとうになるなんてぇ……」

 

 冗談で言っていたことが現実になるとは思わなかったよ……。

 

「はぁ……とりあえず、したにいこう」

 

 とりあえず、Yシャツを着て、下に降りて行った。

 

 

「お、おはよー……」

「( ゜д゜)」

 

 下に降りて、ボクの姿を見るなり、数日前に小さくなった時の反応と同じく、母さんがポカーンとしていた。

 いや、うん。そうだよね。だって、ある日突然自分の子供が小さくなった挙句、ふさふさの耳と尻尾を生やしてるんだもんね。驚かないわけがないよね。

 

「か、かあさん?」

「か……」

「か?」

「可愛いッッッーーーーーー!」

「ひぁっ!?」

 

 母さんが突然大きな声を出したことにびっくりして、変な声が出てしまった。

 

「もぉ! なんで依桜がそんなに可愛い姿になってるの!? 耳って、尻尾って! どこまで私を悶えさせれば気が済むのよ!」

 

 母さんがトリップした。

 え、ナニコレ? これ、本当にボクの母親なの?

 

 ハァハァと息遣い荒く、涎をたらし、人様に見せられないようなにやけ顔をしている人が、母親?

 ……変態だよね、これ。

 

「そ、それよりかあさん、ようふくとかないかな? きょうは、がくえんでハロウィンパーティーがあるから……」

「いっぱいあるわよ!」

 

 そう言いながら、母さんはどこからともなく衣装ケースを取り出してきて、小さい子向けの洋服を多数取り出してきた。

 ……ないだろうなぁ、と思っていたのに、まさかのありました。

 どうなってるの?

 思ったよりも、母さんの闇は深いかもしれない……。

 

「それでそれで!? なにがいい!?」

 

 ずずいっと、洋服を両手に迫ってくる母さん。

 こ、怖いんだけど!

 

「というか、その耳と尻尾は本物?」

「う、うん、ほんもの、だよ」

「あらぁ、となると……じゃあこれね!」

 

 と言って母さんが数あるものの中から選び、渡してきたのは、

 

「き、きもの?」

 

 それも、ミニスカ風の。

 桜を基調とした、桜模様の着物……と言うより、振袖に近いかも。

 ただ、さっきも言った通り、ミニスカートくらいに裾が短くて、膝より少し上くらいしかない。

 いや、実際可愛いんだよ? 衣装自体は。

 で、でもさ……

 

「あの、かあさん? なんでこのきもの、おしりのあたりにあながあいてるの?」

「ああ、それ? 気にしない気にしない。たまたま買った服が、たまたまそう言うデザインだった、ってだけの話よ!」

「そんなわけないよね!?」

 

 しかも、尻尾が出せるくらいのちょうどいい大きさなんだけど!?

 なに、母さんはボクがこうなることを予想してたの!? だとしたら怖いんだけど!

 

「まあいいじゃない。とりあえず、今日はそれを着ていきなさいよ」

「え、で、でも……それだと、かそうっていえないような……」

「何言ってるのよ。今の依桜の姿がすでに仮装でしょう」

「いや、これほんもの」

「本物でも、事情を知らない人からしたらただの仮装でしょ。というか、触らなきゃわからないわよ」

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 これ、普通に動いちゃうんだけど……。

 多分、感情に合わせて動くんじゃないかなぁ、これ。

 嬉しい時とか、ぶんぶんと尻尾振ってそうだよ、これ。

 耳だって、音に反応するとぴくぴくと動きそうだし……。

 だ、大丈夫かなぁ?

 

「いいからいいから。それと、依桜は何か準備があるって言ってなかったかしら?」

「あ、そうだった! いそいでつくらないと」

 

 母さんに言われて、料理を作ることを思い出し、急いで準備する。

 幸い、下準備は終わっているので、あとは焼いたり揚げたりするだけ。

 

 まあ、だとしても五人分だからね。ちょっと多い。

 なので、なるべく早めの八時に起きようと思ったわけで……でもこれ、九時でもよかった気がするんだよね。

 パイを作るって言っても、市販のパイシートを使った簡単なものだし。

 一応、チョコパイと、アップルパイを考えている。

 まあ、パイとパイの間にチョコとかジャムを挟むだけなんだけどね。

 

 それに、ほかに作るものと言えば、炊き込みご飯を使ったおにぎりに、サンドイッチ、唐揚げ、卵焼き。

 バランスが悪いような気がするけど、そこはサンドイッチでカバーしよう。

 野菜多めのサンドイッチとかね。

 

「さ、つくっちゃおう」

 

 

 で、作り始めたんだけど……

 

「む、むぅ……これは……」

 

 大半の料理は問題なく作れた……とは言い難い。

 そう、今のボクは小さい。

 必然的に手も小さくなり、子供ような手になっているので、調理器具が少し持ちにくい。

 特に、包丁とかは危なかった。

 まあ、包丁は自分のサイズに合ったものを創ったからいいけどね。

 

 フライパンとかも、重さはたいして感じないんだけど、小さいとやっぱり勝手が違ったので、かなり苦戦した。

 それもあって、意外と時間はちょうどよく、全部作り終える頃には、十一時になっていた。

 ただ、ね。

 

「……うーん、こればっかりはどうにも……」

 

 目の前のおにぎりの山を見て、ちょっと困った。

 手が小さいため、おにぎりも小さくなる。

 量自体は同じだけど、小さくなった分、数が多い。

 

 同じ量でも、数自体は多いので、見ているだけでお腹いっぱいになりそうな光景。

 ま、まあ、最悪の場合は、ほかの人にも配ればいいしね。

 

「依桜―、そろそろ着替えなさーい」

「あ、うん!」

 

 考えるのは後。とりあえず今はちゃっちゃと着替えよう。

 

 

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい。気を付けていくのよ?」

「うん」

 

 準備を全部終えて、いざ学園へ。

 

 

「や、やっぱりしせんがすごい……」

 

 学園へ向かういつもの通学路を歩いていると、いつものように……いや、いつも以上にい視線がボクに集中していた。

 その視線はすべて、ボクの頭とお尻に向いている気がする……というか、確実に向いている。

 

『なんだあの娘、すっげえ可愛いんだけど』

『幼女にケモ耳、ケモ尻尾とか……マジ尊いわ』

『やべえ、めっちゃ癒される』

『ねえ、あれ見てよ! 超可愛くない!?』

『わかるわかる! ハロウィンの仮装かな?』

『多分そうでしょ。あんな娘にお菓子をせがまれたら、いくらでもあげたくなっちゃうよね』

 

 う、うぅ、やっぱり恥ずかしい……。

 やっぱり、子供って思われるよねぇ……。

 多分、小学一年生とか、それくらいに思われてるよ、これ。

 実年齢、十九歳、だけどね……。

 こっちの世界の書類では、十六歳だけど。

 

「それにしても、このにもつ……ちょっとおもいかも」

 

 ボクは今、今の身長(100センチくらい)の三分の二くらいの大きさのリュックを背負っていた。中身は当然、みんなの分の料理。

 さすがに、五人分の料理ともなると、それなりの量になる。

 これが、家族とかだったらもう少し減らせたんだろうけど、みんなよく食べるからね、多くなっちゃった。

 

 小さくなると、ある程度の身体能力が低下するので、普段のボクなら全然重さを感じないんだけど、今回ばかりは違う。

 前回の時が、普段の三分の一の身体能力だったとして、今のボクは……五分の一くらいかな。

 うーん、結構落ちてる気がする……。

 

 多分、本気でパンチして壊せるのは、コンクリートくらいかなぁ。

 あ、でもそれでも十分……というか、異常なくらいだよね。

 

「それにしても……」

 

 歩きながら周囲を見ると、仮装して家を回っている子供が結構いる。

 美天市は、学園だけでなく、街の人もお祭り好きであるため、ハロウィンのようなイベント事がある日は、大抵参加している。

 商店街とか、多分ハロウィン一色なんじゃないかな?

 

『おい、次あっちの家いこーぜ!』

『うん!』

 

 うん、ほのぼの。

 子供が元気に走り回ってるのって、やっぱり和むよね。

 ……まあ、周囲の人からしたら、ボクも子供に見られてるんだろうけども。

 だって、

 

『ね、ねえ、君良かったら、一緒にお菓子を貰いに行かない?』

 

 って感じで、初対面の小学生くらいの男の子に誘われるし。

 

「あ、あの、ボク、これからいくところがあって……ご、ごめんね」

『あ、ううん! いいんだよ。じゃ、じゃあね!』

 

 ボクが申し訳なさそうに謝ると、男の子はなぜか顔を真っ赤にして走り去っていってしまった。

 うん。やっぱり、子供だと思われてる。

 

「はぁ……ししょう、うらみますよ、ほんとに……」

 

 こうなった原因を作った師匠に、ボクは恨み言を呟いた。

 

 

 いつも以上に視線を感じつつ、学園へ到着。

 校門に入る前からかなりの視線がボクに向いていたというのに、ボクが学園の敷地に足を踏み入れると、さらに視線が。

 

『お、おい、幼女がいるぞ』

『うお、マジだ! しかも……なんだあれ!? めっちゃ完成度高くね!?』

『しかも、耳と尻尾、微妙に動いてね?』

『お、お菓子を上げたいッ……!』

『うわぁ、あの娘可愛い!』

『どこの娘かな?』

『でもあの娘、数日前に学園に来てなかった?』

『いや、でもあの時よりちっちゃいよ?』

『それもそっか! でも、あの娘可愛いなぁ。抱きしめて、もふもふしたい』

『わかる! あの耳と尻尾、作り物とは思えないほどもふもふしてそうだし!』

 

 ……やっぱり、この姿は目立つ、よねぇ……。

 まあ、銀髪碧眼の幼い女の子が、ミニスカ風の着物を着て、尚且つ狼の耳と尻尾を付けてるんだもんね……。

 というか、よく見たら、仮装してるのって一部の人だけ?

 あ、そっか。今この場で仮装してるのは、自分で買った人だけなんだ。

 ということは、今普通に制服を着ているのは、学園が貸し出ししてるのを着る人か。

 

 それにしては、ずいぶん人が多いなぁ。

 さすが、お祭り好きな人が多い叡董学園。

 これ、学園の生徒全員参加しているんじゃないだろうか?

 

「とりあえず、きょうしつにいこう」

 

 一応、そのまま会場である、講堂に行くのもありだけど、まだ時間じゃないから開いてないだろうし、外で一人待つのはちょっと怖い。

 ……何か変なことになりそうだからね。

 

 

「お、おはよー」

 

 教室に行くと、ほとんどのクラスメートが来ていた。

 そして、ボクが入って、一瞬の間が空いた直後、

 

『きゃあああああああああああっっっ!』

 

 女の子たちが黄色い悲鳴を上げていた。

 

『何あれ何あれ!?』

『依桜ちゃんだよね!? なんであんなに可愛くなってるの!?』

『うっわぁ、数日前の時よりもちっちゃいし、何より……』

『『『あの尻尾と耳がイイ!』』』

 

 ぞくっとした。

 すごく、背中がぞくっとした。

 

「また、ちっちゃくなったのね、依桜」

「あ、みか。おはよう」

「というか、前より小さくなってないか?」

「う、うん」

「まさか、昨日ふざけて言ったことが本当になるとは思わんかった」

「でも、やっぱりちっちゃい依桜君も可愛いねぇ」

「あ、あはは……」

 

 褒められるのは嬉しいんだけど、ちっちゃいが付いていると、微妙な気持ちになる。

 

「というか、その耳と尻尾はどうしたんだ? 依桜、そんなの持ってたのか?」

「あ、ううん。これは、その……ひゃぅ!?」

「お、おぉ、なにこれ、すごくあったかい……それに、もふもふしてるよ~」

 

 いきなり女委がボクの耳に触ってきて、思わず変な声を出してしまった。

 

「ちょ、め、めいっ、や、やめっ……」

 

 へ、変な気分になるぅ……。

 こ、これ、前に学園長先生とか、女委たちにやられた時と同じ気分、なんだけど……。

 

「どれどれ……」

「って、みかも、なにを――って、はぅっ!」

「あら、本当にもふもふしてるし、あったかい……」

「ふ、ふたり、ともっ、やめっ……んっ、みんなっ、みてるっ、からぁ……!」

「ご、ごめんなさい、つい、衝動が抑えきれなくて……」

「ごめんごめん」

 

 ボクがなんとか説得すると、二人は謝りながらようやく離れてくれた。

 

「はぁ……はぁ……ま、まったくもぉ……」

 

 ボクは乱れた呼吸を直すと、ジト目を二人に向ける。

 

『や、やべえ、見た目幼女なのに、めっちゃエロかったんだが……』

『だ、だな。なんかこう……見た目のせいで、妙な背徳感があるよな』

『俺、今日参加してよかったっ……』

 

 男子たちは、なぜか前屈みになっていた。

 同時に、女の子たちからブリザードのように冷え切った目線を向けられていたけど、全く気付いていないみたい。

 それを見て、態徒と晶はどんな様子かを見ていると、

 

「いや、まあ……災難だな」

「やっべえ、マジ依桜エロイわ。幼女でもエロいとか、完璧かよ」

 

 な、なんて正反対な反応。

 というか、案の定な反応をありがとう、態徒。

 ……本当に友達辞めようかな。

 

「ところで、依桜。もしかして、その耳と尻尾は……」

「う、うん。これ、ほんもの、なんだよ」

『マジで!?』

 

 ボクの発言に、未果たちだけでなく、クラス全員が驚愕に声を上げていた。

 まあ、そう言う反応になるよね……。

 

『女の子になったり、幼くなったりするだけじゃなくて、ケモ耳ケモ尻尾が付いたロリっ娘になるなんて!』

『男女って、可愛いという概念をすべて持っているんじゃないのか?』

『ほんと、反則だよね』

『むしろ、勝てる奴いるのか? この世界に』

『『『いないな』』』

 

 クラスのみんなが何かを言っているようだけど、スルーしよう。

 

「まさか、そうなるとは思わなかったな……なるほど、だから揺れてるのか、それ」

「そ、そうだよ」

「でもまさか、小さくなるだけじゃなくて、耳と尻尾を生やしてくるとは思わなかったわ……」

「ボクも、あさおきたらこうなってるんだもん。びっくりしたよ……」

 

 小さくなるだけならまだしも、耳と尻尾もセットだったからね。

 朝起きて、人間やめてたら、本当にびっくりする……というか、心臓に悪い。

 

「でも、依桜君、その姿って不便なことはあるの?」

「うーん、しんたいのうりょくは、まえよりもさがってるかも。つうじょうじのほんきのごぶんのいちくらい。でも、すばやさだけはあがってるきがするよ」

 

 多分、狼だからだと思うけど。

 

「でも、ずいぶんと、ハロウィンにふさわしい姿になったわね」

「そ、そうだね。ボクもまさか、こんなことになるとはおもってなかったよ……」

「むしろ、思ってたらすごいわ」

 

 仰る通りです。

 でも、母さんはちょっと疑わしい。

 なにせ、明らかに尻尾を通せるほどの穴が開いてたんだもん、この服。

 未来予知とか持ってるって言われても、普通に信じちゃいそうだよ。

 

『生徒の皆さん! こんにちは! 今日は、十月三十一日、そう! ハロウィンです! 本来であれば、高校の皆さんが騒いだりするようなイベントではないかもしれませんが、そこはご愛嬌! 例年通りに開催できてうれしく思います! 会場の準備が整いましたので、参加者の皆様は、講堂にお集まりください!』

「お、そろそろ時間みたいだな。じゃあ、俺たちも行くか」

「うん」

「そうね」

「いやあ、楽しみだなぁ」

「そうだねぇ。同人誌のネタになるような人がいればいいな!」

 

 ……女委だけ、完全に目的が違う気がした。

 何はともあれ、入学して初のハロウィンパーティー、通称ハロパが始まった。

 ……狙ったんじゃないかと思えるほどの姿で、だけどね。



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73件目 依桜ちゃんとハロパ4

「あー、こほん。生徒のみんな、ハロウィンパーティーに参加してくれて、ありがとう。見たところ……ふむ、生徒全員と言ったところかな? いや、助かったよ。学園側で用意した料理やお菓子が無駄になる、なんてことがなくて」

 

 学園長先生、心配するところそこなんですか?

 いや、たしかに、せっかく用意したのに無駄になるのは嫌だけど。

 

『さて、正直、こういうパーティーで堅苦しいことなんて言ってたら、それだけで生徒から暴動を受けかねないので、挨拶は適当に。さて、ここからは今日のパーティーのルールと、スケジュールだな。ルールは特にないが、無駄な騒ぎは起こさないように。起こしたらまあ……ちょっとタダで一週間ほど、界外に行ってもらうから、そのつもりで』

 

 学園長先生が、一週間ほど海外に行ってもらう、と言っていたけど、ボクには海外の『海』の字が、『海』、じゃなくて、『界』の方に聞こえた。

 周囲の生徒は、本当に海外に行けると思っているのか、ちょっと騒ぎを起こそうかなと思っているようだ。

 ……今の意図に気づいたのは、おそらくボクだけだと思う。

 というかあの人、自分の学園の生徒を異世界に送ろうとしてない?

 

『マジか、タダで海外に行けるんだったら、騒ぎ起こそうかな……』

『たしかにねぇ、お金を払わないで行けるなら、嬉しいよね。全然罰にならない気がするんだけど』

 

 ほら、勘違いしてる人いるし。

 ステージに立っている学園長先生の顔を見ると、にこにこと満面の笑みを浮かべているけど、あれ、どう見ても実験台が欲しい、みたいに思ってそうなんだけど。

 それに、タダでと言ったのは、仮にお金を持っていたとしても、通貨として使えない上に、怪しまれるだけだからね。

 

 あと、言語も当然通じないと思う。

 ボクの場合は、一応女神様に『言語理解』のスキルを貰った(それしかもらってないけど)から通じるだけであって、異世界に行くだけではもらえないと思う。

 そもそも、言語理解というスキルが、あの世界で手に入るのかどうかする怪しいところもある。

 ボク以外で持っている人とか、見たことなかったし。

 もしかすると、取得条件の一つに、異世界人であることが含まれているのかもしれない。

 

 もし、向こうの世界で一週間生きられる人がこの学園にいるとすれば……まあ、態徒かな。

 多分、晶も行けるかもしれないし、やり方によっては、未果と女委も可能かも。

 ただ、態徒の場合は騙されそう。

 

「さて、次にスケジュールだ。この挨拶が終わり次第、すぐにハロウィンパーティーを始める。それから、そうだな……一時間ほど自由行動をしてもらったら、ビンゴ大会を行います。景品は……お楽しみに!」

『おおおおお!』

「まあ、こんなものかな。終了時刻は四時を予定しているが……まあ、自由でいいか。じゃあ、叡董学園、ハロウィンパーティー、開始!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!』

 

 開幕の言葉と共に、もはやお約束なんじゃないかと思えるほどの歓声が、講堂を埋め尽くした。

 見れば、周囲の人たちは思い思いにパーティーを楽しみだしていた。

 

「さて、と。俺たちも楽しもう」

「あ、う、うん」

 

 当然、ボクたちで集まっていますとも。

 

「それでそれでー、依桜君、ご飯ご飯♪」

「もぉ、そんなにせかさなくてもにげないよー」

 

 ボクは持ってきたリュックの中から、作ってきた料理を取り出し、近くにあったテーブルに並べていく。

 

「お、おぉ……前は、ハンバーグとかおにぎりだけだったが……こうしてみると、マジで女子力たけえな」

「ふ、ふつうだよ。それに、またからだちっちゃくなっちゃったから、おにぎりがちいさくなっちゃって」

「いやいや、むしろそれがいいんだよ依桜君!」

「ふぇ?」

「そうね。一口サイズって感じで食べやすそうだし」

「で、でも、ほかのりょうりもそれなりにつくってきたから、のこしちゃうかも……」

「そうなったら、配ればいいんじゃないか? 確実になくなると思うぞ?」

「……そうだね」

 

 一応、その方法も考えていたわけだし。

 でもなぁ……今の一言で、明らかに周囲の雰囲気が変化した気がするんだよね……。

 もしかしてなんだけどさ、狙ってたり、しないよね……?

 

「じゃ、じゃあ、たべよっか」

「ええ、そうね」

「やった! ずっと楽しみだったんだよ!」

「だよな! オレ、朝から何も食ってなくてよ、マジ腹減った」

「は、はしゃぎすぎだよ。ふつうのりょうりだよ?」

 

 まあでも、こうして楽しみにしてくれてるって言うのは、本当に嬉しいよ。

 うん。すごく嬉しい。

 

「依桜、尻尾がすごい揺れてるんだが?」

「え!?」

 

 晶に言われて、自分の尻尾を見ると、たしかに、ぶんぶんと大きく左右に揺れていた。

 こ、これって。

 

「嬉しいんだな」

「あぅ」

「まあ、いいじゃないの。依桜は、あまり素直じゃない部分もあるし? というか、素直な依桜の方が私好きだし」

「ふにゃぁ!?」

「狼なのに、猫なのか?」

「なんという矛盾! でも、それがいい!」

 

 は、恥ずかしぃぃぃぃ……。

 いきなり好きって言われて、つい猫みたいな声をぉぉ……。

 顔を真っ赤にしながら、ボクはぷるぷる震えていた。

 

 

 なんとなしに好きと言ったら、依桜が猫みたいな可愛い声を出した。

 うん。マジ、可愛い。

 え、なにこれ? 本当に、元男なの? というか、ただでさえちっちゃくて可愛いというのに、耳って! 尻尾って!

 

 も、もふもふしたいっ……さっきしたけど、もう一度もふもふしたいっ……!

 というか、膝の上にのせて、一日中もふもふしたいんだけど!

 

 しかも、パタパタ尻尾を振って喜びを表現するとか、マジ天使ぃ!

 ああ、本当萌えるわぁ。

 しかも、依桜が猫のような声を出し時、

 

『ぐほぁっ!』

 

 男子たちが胸を抑えてKOされてた。

 さすが依桜ね。

 無意識のうちに、男子たちをノックアウトするとは。

 やはり、天使はひと味違うわね!

 

 

 か、可愛い! 依桜君が天使過ぎて、悶死しそうだよ!

 なにあれなにあれ!

 尻尾をパタパタ振るとか、本当に犬じゃん! 素直じゃん! 天使じゃん!

 呪いの解呪を失敗させた、依桜君の師匠さん! GJ!

 

 しかも、猫みたいな声って! ふにゃぁって!

 不意打ちで好きって言われただけで猫になるなんて、どこまで萌えを体現しているんだい依桜君!

 でも、前に晶君が酔っぱらっていた時に、好きって言われた際には猫みたいにならなかったよね?

 これはあれかい? 今の姿が関係しているのかな!?

 だとしたら、マジかわいすぐる!

 

 あぁ、抱きしめてもふもふしながら、ペロペロしたい! あのうなじとか、耳とか、それはもういろんなところをペロペロしたい!

 ……あ、まずい。下着変えないと。

 

 

 ぐああああぁぁぁぁぁぁっ!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!

 なんだあれ!? マジ可愛すぎるんだけど!?

 幼女+ケモノ要素とか、考えたやつ天才すぎる!

 というか、まさか現実で見るとは思わなかったぞオレ!

 

 つーかさぁ、男の娘な友人が、ガチもんな美少女になるとか、それなんてエロゲ?

 ああ、やばい。マジであの耳と尻尾をもふもふしたいぞ!

 

 くそぉ、オレも女だったら、堂々と未果や女委たちみたいにもふもふできるのによぉ!

 なぜだ! なぜ、オレに幸せは降りてこないんだよォォォォ!

 ちょっとくらいいいじゃねえか!

 ああ、触りたいっ! 超触りたいぃ!

 

 

 真っ赤になってぷるぷる震えてる依桜を見てると……何と言うか、庇護欲が沸くな、これ。

 というか、可愛いな、ほんとに。

 

 元々可愛いと言われていた男が、女になると違和感がないどころか、ピッタリすぎて怖いな。

 正直、ここまで可愛くなるとは思ってなかったからな。

 

 小学生の頃から一緒にいたが、あれほどびっくりしたことはなかったぞ。

 ミスターコンテストの時に、彼女にしたいかって質問打があったけな……。

 まあ、依桜だったらいいかもなぁ。

 見ず知らずの相手に告白されるよりも、気心知れた仲だし、安心できる。

 それに……可愛いしな。

 だがまあ、俺がしっかりしてないと、依桜が可哀そうだから、味方してやらないとな。

 

 

 なぜだろう。

 晶以外から、ものすごく邪念を感じた気がするんだけど。

 ……気のせい、だと思いたいなぁ。

 なんか、女委の様子がおかしいし……。

 いや、うん。気にしないでおこう。

 

「まあ、とにかく飯にしようぜ、飯に!」

「そ、そうだね」

 

 いつまでも恥ずかしがってたら、食べるのが遅くなっちゃうもんね!

 そうやって、恥ずかしがっている自分を奮い立たせて、お昼を準備。

 このままみんなでわいわい食べてもいいけど、ここはちゃんと小皿に分けよう。

 

「へぇ、お皿も持ってきてたのね」

「うん。あったほうがいいかなって」

「ほんと、気が利くな、依桜は」

「えへへ」

 

 褒められて悪い気がしない。

 うん、尻尾がまたボクの意思とは関係なくぶんぶんと揺れてるけど。

 なんとなくだけど、耳もぴょこぴょこと動いてる気がする。

 多分動いてるね、これ。

 

『お、おい、あの娘の仮装、完成度バカ高いんだけど!』

『なんだあれ!? 尻尾と耳が動いてるぞ!』

『どうやって動かしてるんだ、あれ』

『そんなことはどうでもいいが、もふもふしたい!』

『いやぁん! あの娘超可愛いっ!』

『嬉しそうにはにかみながら尻尾振って……ああ、もふもふしたいなぁ!』

『その気持ちはわかるけど、あんたよだれ出てるよ!』

 

 やっぱり、目立つよね……この耳と尻尾は。

 いや、うん。わかってたよ。

 わかってたんだけど……なんでみんな、もふもふしたがるの!?

 ボク、ペットでもなんでもないんだけど!

 

 ……なんて、心中でツッコミを入れても意味がないのはわかってるし、仮に言ったところで何かが変わるわけでもなさそうだけどね。

 ここは、気にしないに限ります。

 というわけで、周囲を気にせずに料理を小分けして、みんなに配る。

 

「じゃあ、たべよっか」

「「「「いただきます!」」」」

「うん、めしあがれ」

 

 そう言うと、みんなはボクが作った料理を食べ始めた。

 

「うまっ、うまぁ! この唐揚げ、無限に食える気がするぞ!」

「ほんと、この卵焼き、ふんわりしてて美味しい」

「炊き込みご飯のおにぎりも美味いな」

「美味しいねぇ。このアップルパイとか、いい感じのサクサク感だし」

 

 みんな美味しそうに食べてくれるので、作った甲斐があったと思えるね。

 自分が作った料理を、美味しそうに食べてくれるって、やっぱりいいなぁ……。

 なんというか、胸があったかくなるよ。

 そんな嬉しい光景を見ながら、みんなはどんどん食べ進めて、

 

 

「「「「もう無理……」」」」

 

 みんな仲良くダウンした。

 

「ご、ごめんね。やっぱりつくりすぎちゃったみたいで……」

「い、いいのよ……い、依桜の手料理が、た、食べられたから……うっ」

「そ、そうだ、ぞ、依桜……。お、俺たちが、好きで食べた、んだから、謝ることはない、ぞ……うっ」

「だ、だな……い、依桜の手料理、を、食べて死ぬ、なら、ほん、もう……うっ」

「にゃ、にゃはは……もう、むりぃ……うっ」

 

 全員もれなく、『うっ』状態。

 これ、あれだよね。食べ過ぎて吐きそう、って言う状態。

 ……し、失敗したぁ。

 

 テーブルの上を見ると、サンドイッチとおにぎり、唐揚げに卵焼きが残ってしまった。

 アップルパイとチョコパイは、さすが女の子と言うべきか、未果と女委が全部平らげてしまった。

 あれ、十人前以上あった気がするんだけど……。

 それに、おにぎりとサンドイッチをそれぞれ六個くらい食べて、唐揚げと卵焼きも十個以上食べてたような……?

 やっぱり、デザートは別腹?

 

「うーん、残ったのは配ろうかな……?」

 

 ぽそりと呟いた瞬間、ズオッ! という効果音が付きそうなほどに、殺気が講堂内に発生した。

 ……この時点で、嫌な予感がしないでもないけど……

 

「あ、あのー! の、のこりものでよかったら、ボクのつくったりょうりたべませんかー!」

 

 と言った瞬間、ドドドドドドドドドッ! と足音が講堂に響き渡り、床は揺れ、一斉に会場内の生徒が駆け寄ってきた!

 あ、なんか既視感(デジャヴ)……。

 

『お、俺にくれ!』

『俺にも!』

『あ、オイテメェ! 割り込んでんじゃねえぞ!』

『うるせぇ! あのケモロリっ娘の料理は俺のもんだ!』

『なにおぅ!? 独占しようとしてんじゃねえ!』

『何としても、あの娘の料理は手に入れますっ!』

『ええ、結託しましょう!』

『あんなに愛らしい娘の料理を、豚どもにはあげられません! なんとしても、私たちが手に入れるのですっ!』

 

 う、うわぁ、本当にあの時と同じぃ……。

 

 一人が料理に手を伸ばそうとすると、脚を掴まれて転倒させられ、さらに別の人が料理を手に入れようとすると、また別の人がその人を襲う。それの繰り返し。

 なんというか……地獄絵図?

 ボクの料理を巡って、わけのわからない争いが勃発しちゃってるんだけど。

 どうすればいいの、これ?

 

 もう、ね。男子たちは、殴り合いに発展しちゃってるし、女の子たちの方は、なぜか結託して男子たちを倒しに行っちゃってるし……。

 というかこれ、前回より酷いよね。

 

 こ、こんなことのために作ったわけじゃないのに……な、なんて醜いんだろう。

 別段、材料が高級なものって言うわけでもないし、プロが作ったみたいにすごくおいしい、ってわけじゃないのに、なんでこんなことになるんだろう……?

 って、こんなことをしてる場合じゃなくて!

 い、急いで止めないと!

 

「あ、あの……や、やめてくださいっ!」

 

 ボクの声は、不思議なことに争いで騒がしかった講堂内に響き渡った。

 ……今まで出したことのないほどの声量がでた。

『スキル:発声』を習得しました。

 ……原因はまさかのスキルでした。

 

 あ、あれ? スキル習得の通知とか、こっちの世界で出たことあったっけ?

 考えてみれば、投擲とか、見たことなかったような気がするんだけど……なんで突然。

 って、今は考えるのは後!

 

「え、えっと、け、けんかするひとたちには、あげませんっ!」

 

 すると、ボクの声が届いたのか、殴り合いや、争いをしていた人たちはみんな大人しくなり、その行為をやめてくれた。

 

「みんななかよく、ですよ?」

 首をこてんと傾け、微笑みながら言うと、

 

『『『ぐはぁっ!』』』

 

 会場にいた人全員、胸を抑え、悶絶しだした。

 な、なんで?

 

「あ、あの――」

 

 と、ボクが声をかけようとした瞬間、

 

「そうそう! そうだよ、ケモロリっ娘ちゃん!」

 

 一人、かなりハイテンションで声を発した人がいた。

 声が発せられた方に目線を向ければ、そこには楽しそうな顔の学園長先生が!

 って、ケモロリっ娘って言われたんだけど。

 ま、間違いじゃないけど……。

 

「こんな楽しいパーティーで取り合いなんて無粋なことは、当然ご法度! でも、みんなはそこのケモロリっ娘ちゃんの料理が食べたい。そこで、私は考えました。それなら、ビンゴ大会の景品にしてしまえばいいとッ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 講堂が揺れた。

 ボクの料理を欲しがっていた人たちの雄叫びにより、講堂が揺れた。

 いや、なんで景品にするの!?

 一般生徒の料理を景品にするって、頭がおかしいんじゃないだろうか、あの学園長は。

 ……そもそも、異世界転移装置を作ってる時点でおかしいけど!

 

「ケモロリっ娘ちゃんの料理が食べたいかー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

「あの、可愛いらしい手で、一生懸命作った料理が食べたいかー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

「よろしい! ならばビンゴ大会だ! さあさあ、どんどん盛り上がって行くぞー!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

 

 いやもう、生徒のみんなが同じことしか言わなくなってますけど!?

 どれだけ食べたいの!? 

 内心混乱しかしていないボクのことはつゆ知らず、嫌な予感バリバリのビンゴ大会が始まる。

 ……無事に終わってほしいです!



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74件目 依桜ちゃんとハロパ5

「カードを貰っていない生徒はいるか? ……よし、いないな。それじゃあ、ビンゴ大会始めるぞ!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!!!』

 

 結局同じ歓声だった。

 いや、うん。使いやすいんだろうね、これ。

 結構応用利くもん。

 

「はい、それじゃあまずは、景品からだ。景品は全部で三十」

 

 学園長先生が景品について言うと、ガラガラと様々な景品が乗せられた台が運ばれていた。

 三十って……何それ多くない!?

 いや、でも、生徒の人数を考えたらそれくらい、なのかな?

 

 一クラス人数が四十人で、人学年に付き七クラス。

 だから、生徒総数は……八百四十人か。

 うーん、それなら普通、だね。

 

「ただし、三十あると言っても、いくつか被っている物もあるので、そのあたりは留意しておくように」

 

 あ、ほんとだ。

 運ばれてきた景品を見ると、いくつか同じようなものがあった。

 景品は何があるのかな?

 

 ボクたちがいるのは、講堂の真ん中くらいなので、そこそこ離れている。

 でも、そこは異世界で鍛えた視力。

 さらに、身体強化を目にだけ使用し、さらに視力アップ!

 これで見える……と思ったところで、問題が発生。

 

「み、みえない……」

 

 ボクよりも身長が高い人しかいないので、ステージが全く見えない。

 ぴょんぴょん跳ねても、やっぱり見えない。

 一応、ある程度力を出してジャンプすれば見えるんだろうけど、それをしちゃうと、その……ミニスカートなので、パンツが見えちゃいそうでできない……。

 し、しかたない。

 

「あ、あきら……」

「ん、どうした?」

 

 くいくいと、ズボンを引っ張って晶に声をかける。

 

「じ、じつは、その……す、ステージがみえないの……」

「あ、ああ、そうか」

 

 申し訳なく思いながら晶に事情を言うと、なぜか顔を赤くして微妙に言葉が詰まっていた。

 どうしたのかな?

 

「つまり、見えるようにしてほしい、ってことか?」

「う、うん」

「ん、わかった。なら――」

「ふぇ?」

 

 脇下から手を入れられて、持ちあげられた。

 わ、わわわわわ!

 

「あ、あきら!?」

「どうした?」

「な、なななななんでこのかっこうなの!?」

「なんでと言われてもな……見えるようにしてほしいというから、こうして持ち上げただけだぞ? にしても、軽いな」

「も、もちあげるんじゃなくて、ふつうにまえのひとにいうだけでいいんだよっ!」

「いや、さすがにこうも周囲が熱狂していると、邪魔するのも気が引けてな……まあ、外見だけなら、年相応に見えるからいいんじゃないか?」

「ちがうよ! ボク、じゅうろくさい! しょうがくせいじゃないよっ!」

 

 え? 十六歳じゃないって? いや、あの……こっちの世界だと十六歳なので、じ、実年齢は気にしないでください。

 

「いや、その見た目で言われてもな……」

「うぐっ」

 

 晶の冷静な切り返しに反論できない……。

 た、たしかに外見だけ見たらそうかもしれないけど。

 

「で、でも、ボクじゅうろくさいだし……」

「ま、大人しくしてろ。な?」

「あ、あぅ……わ、わかったよ……」

 

 は、恥ずかしい……。

 まさかこの歳になって、抱っこされるなんて……。

 今はそれが似合う外見だからいいけど、逆にそれが複雑だよぉ……。

 ……う、ううん。今は悲嘆している場合じゃない。

 せ、せっかく見えるようになったんだから、どんな景品があるか見ないと。

 ええっと?

 

 PO4(プレイアウト4)に、幻天堂Buttonに、あ、あの時の温泉旅館もある。それ以外にも、ゲーミングPCだったり、以前、ボクが碧さんからもらったあのフリーパスもある。ほかに目立つものは、薄型テレビとか、図書カード一万円分とかがある。

 

 そういえば、ボクたちが旅行で言ったあの旅館って、実はそこそこ値段が高かった。

 一人につき、一泊七万くらい。

 それを七人分なので、四十九万円かかっていたことになる。

 ……美天商店街って色々とおかしいような……?

 どうやって用意したのか気になるところではあるけど、なんか真実を知るのがこわいから、忘れよう。うん。

 

「あ、あきら、ありがとう。もういいよ」

「そうか。よっと」

「ありがとう、あきら」

「いいんだよ。また困ったら言ってくれ」

「うん」

 

 そっと下ろしてくれた晶に感謝して、ボクは再び学園長先生の言葉に耳を傾ける。

 

『――とまあ、景品はこれくらいだ。そして、特賞として……ケモロリっ娘ちゃんの手料理!』

『おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!』

 

 だからなんで、ボクの料理だけでそんなに歓声が上がるの!?

 材料普通、味普通、見た目も普通と、普通が三拍子そろった料理に、なんでそこまテンションを高くできるのかボクには分からない。

 

「ちなみにこちら、量的には二十人前と言ったところか。ふむ……よし、こうしよう。これからビンゴをするわけだが、見事ビンゴになった人には、クジを一度引いてもらう。クジはもうすでに用意されている」

 

 あれ、なんですでに用意されてるの?

 ボク、料理を作ってきたこと学園長先生に言ってないよね!?

 

 ……はっ、もしかして、学園の至る所に配置されている監視カメラ!?

 正直、ボクだけじゃなくて、この作品を読んでいる人とか、絶対忘れてるよ! 作者さんだって、ナチュラルに忘れてたもん!

 

 そもそも、学園祭の二日目に、ボクが屋上に行ったときとか、明らかにタイミングが良すぎたもん!

 ……その内、あの監視カメラは壊しておこう。

 ボクの能力、スキルをフル活用して、絶対に。

 

「よーし、じゃあ、始めるぞ!」

 

 と、学園長先生が開始の合図をした瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴッ! と講堂が揺れ始めた。

 それと同時に、講堂内の照明がすべて消えた。

 

「地震かしら?」

「た、たぶんちがうとおもう……って、なにあれ?」

 

 ステージから、何かがせりあがってきた。

 ……もしかして、ここの講堂のステージって、よくあるライブステージとかにありがちな、地面が開いて、そこから人が! っていう仕掛けが施されてたり?

 

 ……してそうだよね。あの学園長先生のことだし……。

 そのステージからせりあがってきた何かがガコンッという音を立てながら、姿を現した。

 それは……巨大な、ビンゴ用の抽選機だった!

 

 って、大きすぎない!?

 文章だけで、絵がないからあれだけど、あれは大きすぎるよ!

 少なくとも、高さが9メートルくらいあるよ!? 中に入ってる玉とか、一メートまでは行かないけど、数十センチはるあるよ!?

 あんなもの、どこから調達してきたのあの人!?

 

「さあさあ、まずは最初に一回目!」

 

 ドゥルルルルルルッ……という、よく聴くようなドラムロールが講堂に流れ、ジャンッという音共に、立体ホログラムに数字が書かれた球が映し出され……って、ちょっと待って!? あの立体ホログラム、明らかにフィルムとか板がないんだけど!?

 あ、あれ!? あの技術ってまだ実現していなかった気がするんだけど!

 どうやって、空中に投影してるの!?

 

「さあさあ、最初の数字は、1! あった人は、ちゃんと穴を開けておくように!」

「あった」

「お、あった」

「わたしも~」

「私はないわね」

「くっ、オレもねえ」

 

 最初の一回目は、ボク、晶、女委の三人のカードに穴が一つ開いた。

 というか、誰も何も気にしてないんだけど、あの立体ホログラムの異常性に気が付いてほしいんだけど!

 もしかして、ああいうものだって勘違いしてたりする……?

 ……多分そうだよね。

 

 そもそも、ホログラムって、空中に投影してるんじゃなくて、特殊なフィルムや、プラスチックの板に立体画像を映しているんだよね。

 あとは、初〇ミクのライブや、某夢の国のライド型お化け屋敷なんかに使われているのは、光の反射を利用したもの。

 ライブなんかだとわかりやすいのが、観客席とステージの間にハーフスクリーンっていうガラスと、床面から照射される投影機を用いて、あたかもそのステージにいるように見せかけているとか。これは最近だと、アイドルや、アニメキャラクター、VTuberなどで使われていたり。

 

 ほかにも、水蒸気を用いたものや、網膜ディスプレイっていう物があったりするんだけど……水蒸気の場合は、水蒸気を霧のように吹きだし、それをスクリーンの代わりとして使うもの。それに、あれは見る方向によっては綺麗に映らなかったり、そもそも立体映像ではない、って言われているから確実に違う。

 

 となると、あとは網膜ディスプレイになるんだけど……あれは、ARヘッドセット、ARグラスっていう物が必要になる。この場にいる人が、誰一人使用していないところを見ると、明らかにこれも違う。

 

 ……つまり、今ボクたちの目の前で行われているのは、まだ世界中の人が知らない、最新技術の無駄遣いというわけです。

 

 さ、さすが学園長先生。

 楽しむことには、本当に全力……。

 多分、今目の前で行わている異常性に、誰一人として気がついてないんだろうなぁ。

 だから、テロリストのスパイが入り込んだりするんだろうね、うちの学園。

 

「さあ、どんどん行くぞー! 次は……72! 72だ!」

「よっしゃ、今度はあったぜ」

「むぅ、今回はないかぁ」

「俺もだ」

「くっ、またしてもない……。依桜は?」

「うん、ボクもあったよ」

 

 二回目は、ボクと態徒の二人。

 うん、いい感じかも。

 

 ……まあ、ボクの場合、当たりにくければ当たりにくいほど当たるって言う、ある種のチートが備わっているから、ほとんどずるしてるのと変わらない気がする。

 その後も、着々と進み、

 

 

 大体、十二回くらい回したころ。

 

「31! 31だ!」

「お、リーチだ」

「なんだと? 晶もそこそこ運がいいよな。オレなんて、さっきからほとんど当たってねえよ」

「私もね。うーん、今回でようやく3つか……」

「ふっふっふー、わたしもリーチだよ! しかも、ダブル!」

「すごいな、女委。たった十回そこらでダブルリーチとはな」

「すごいでしょー。それで、依桜君は?」

 

 得意げな女委が、ボクのビンゴの状況について訊いてきた。

 ボクは少し俯きながら、

 

「と……トリプルビンゴ、です」

「「「「マジで!?」」」」

「う、うん……」

 

 こくりと頷きながら、四人にボクのビンゴカードを見せる。

 

「うっわ、マジだ。なんだこれ? オレ初めて見たぞ!」

「仮にできたとしても、そこそこの回数回すわよ? たしか、トリプルビンゴを出す最低回数は、十二回。しかも、今がちょうどその十二回目。それを引き当てるとか……やっぱり依桜おかしいわよ」

「あ、あは、あははは……」

 

 もう乾いた笑いしか出てこないです。

 ボクも、ね。まさか、こんなバカげたカードが出来上がるとは思ってなかったんだよ。

 だって、トリプルビンゴだよ!? ダブルならまだわかるけど、これは見たことないよ!

 

「まあ、とにかく依桜君は宣言しないと」

「う、うん」

「さあ、ビンゴの人はいるかな?」

 

 と、ちょうどいいタイミングで、学園長先生が行動を見渡しながら訊いていた。

 

「は、はいっ!」

「お、どうやらいたようだ! じゃあ、今宣下した人、ちょっとステージに上がってきて」

 

 そう言われてしまった。

 で、ですよね……。

 

「行って来いよ、依桜」

「う、うん……」

 

 みんなに見送られながら、ボクはステージに登った。

 

「おお、まさかのケモロリっ娘ちゃん! さ、カードを見せて」

「ど、どうぞ」

 

 おずおずと学園長先生にカードを手渡す。

 この人、さっきからケモロリっ娘って言ってるけど、絶対ボクだって気付いてるよね?

 気付いている上で、言ってるよね?

 

「ふむふむ……えっ、と、トリプルビンゴ!?」

『うええええええええええええええええええっっっ!?』

 

 学園長先生の驚愕に引き続き、講堂内にいた人全員が驚愕の声を上げた。

 うん、そうなるよね!

 そもそも、そんなありえない確率を引き当ててる時点で、色々とおかしいもんね!

 

「そ、そっかぁ……んー、本来なら、ダブルビンゴになっても、もらえる景品は一つだったんだが……ケモロリっ娘ちゃんには、景品を提供してもらっているので……特別に、二つプレゼントしたいと思うのだが、みんな構わないかな?」

『もちろんだ!』

『ロリには優しく! 二つ上げてもいい!』

『可愛いは正義なので、OKです!』

「だ、そうなので。さあ、二つ選びなさい」

「ほ、ほんとうにいいんですか?」

「もちろんだとも」

「わ、わかりました」

 

 もらえるなら、もらっておこう。うん。

 かなりずるをしている気分だけど、せっかくの厚意を無碍にはできないしね……。

 断っても、無理矢理押し付けようとしてくるのは間違いないだろうから、ここは素直に。

 

 でも、何にしよう?

 テレビは、最近リビングにあったものがボクの部屋に来たんだよね。

 だから、テレビは必要ないかな。

 うーん……あ、それなら、ゲーム機とかがいいかも。

 

 ボク、基本的にゲームはPCのものをやることが多いけど、家庭用ゲーム機とかあまりなかったし、持っていたとしても、数世代前のものだからなぁ。

 それなら、幻天堂Buttonにしよう。

 

 一つは決まったけど、もう一つかぁ……。

 うーん、PO4にしてもいいけど、ゲーム機は、それぞれ三つずつしかないし、この後の人たちのことを考えると、どちらももらう、と言うのはやめておこう。

 温泉旅行は、前行ったばかりだし、フリーパスもまだ使えるから必要なし……。

 うん、図書カードかな。

 

「それじゃあ、げんてんどうButtonと、としょカードにします」

「わかった。それじゃあ、それはそのまま持って行っていいよ。あ、袋いる?」

「お願いします」

 

 持っていけないことはないけど、今のボクだと、ちょっと大きいので、抱えて歩くことになっちゃう。

 そうなると歩きにくいので、学園長先生から袋を貰った。

 貰った袋にゲーム機と図書カードを入れて、ボクはみんなのところに戻る。

 クジ? 当然辞退しました。ボクが作ったものをボクが当てても、ね?

 

「よかったな、依桜」

「う、うん。まさか、ふたつもらえるとはおもわなかったけど」

「まあ、依桜は運がいいしね。当然と言えば、当然よね」

「ぼ、ボクてきには、うんがいいとはおもってないけどね」

「よっしゃ、依桜に負けてられねえ! オレも、ビンゴを狙うぞ!」

「わたしもー。個人的には、PCが欲しいし」

「私は……まあ、図書カードかしらね。欲しい本もあるし」

「俺は特にないし、当たったら適当に、かな」

 

 態徒は単純にビンゴになりたいだけで、女委はPCが欲しい、と。未果は、本が欲しいようで、図書カードを。晶は、欲しいものがない。

 PC、PCか……。

 そう言えば、ミス・ミスターコンテストの優勝賞品の最新型のPCがまだ届いていないんだけど……どうしたんだろ?

 

 うーん……まあ、学園長先生だし、そのあたりはちゃんとしてくれるよね!

 ……そう、だよね?

 

 

 この後も、普通に順調にビンゴ大会は進み、未果、女委、晶の三人がビンゴになった。

 未果は図書カードを。女委は、PCを。晶は、温泉旅行を貰っていた。

 晶に温泉旅行にした理由を聞くと、

 

「両親にプレゼントしようと思ってな」

 

 親孝行な理由だった。

 晶らしいと言うかなんというか……心までイケメンでした。

 

 で、態徒はもう少しなんだけど、って言う状態。

 景品の数も、気が付けばあと一つに。

 それと、特賞であるボクの料理もどんどんはけていき、こちらもあと一人分に。

 つまり、最後にビンゴになった人が貰っていく、ということになる。

 

 ちなみに、誰かが料理を当てていくたびに、『チッ』という舌打ちが講堂内に響いていた。

 ……そこまで?

 

「さあ、次だ! 次は……75! ビンゴはいるかな?」

「よっしゃ! ビンゴ!」

 

 とても嬉しそうに、態徒がビンゴと叫んだ。

 

「おめでとう、態徒」

「おうよ! じゃあ、行ってくるぜ!」

 

 そう言って、大股で態徒がステージに登る。

 どうやら、奇跡的にビンゴが被る、なんてことにはならなかったみたい。

 よかったね、態徒。

 

「というわけで、これが最後の景品だ。持って行ってくれ」

 

 そう言って渡されたのは、意外にも、PO4。

 なぜか、ゲーム機が残るという珍しいことになっていた。

 

「よっしゃ、これ欲しかったんだよな」

「うんうん。喜んでもらえて何よりだ。そしてこれが、最後の料理だ」

「ありがとうございます!」

 

 と、態徒が嬉しそうに受け取り、ステージから降りた瞬間、

 

『変態から料理を奪え―――――――!』

『お――――!』

「ちょ、何だお前ら!?」

 

 いきなり、講堂内にいた人たち全員が、態徒に襲い掛かっていた。

 え、なにこれ!?

 

「な、なんでお前ら置いてかけてくるんだよッ!?」

『うるせえ! てめえ、ケモロリっ娘ちゃんの料理、散々食ってだろ! なら、それいらねえよな!? だから寄越せや!』

「食っててもな、何度でも食いたくなるんだよ! 誰が、お前らなんかにやるか!」

『くっ、オイお前ら! 俺たちで争っている場合じゃねえ! 今は結託して、あいつを半ごろ――倒すんだ!』

「おい! 今半殺しって言いかけてたよな!? つか、なんでこんなはえんだよ!」

 

 必死に景品と料理を持って逃げ回る態徒。

 その後ろには、鬼の形相で料理を狙う人たち。

 時たま、椅子やテーブルなどを態徒に向かって投げつけている人も現れる。

 と、そこはさすが態徒。

 

「おらぁ!」

 

 持ち前の武術を活かして、飛来してくる椅子やテーブルを壊さないように様々な方向に逸らし続ける。

 おお、すごい。

 

「くそっ、マジでなんでこうなった!?」

 

 うん、それはボクも思うよ、態徒。

 

「いやぁ、ほんと、うちの学園の生徒は、依桜君が好きだねぇ」

「う、嬉しいような、嬉しくないような……」

「まあいいんじゃない? こうして、面白い光景も見れたし」

「だな。滅多に見れるものではないな。こんな、ライトノベルの主人公みたいな追われ方」

 

 たしかに、と頷いてボクたちは笑いあった。

 

「ちょ、お前ら笑ってないで、助け――ぎゃあああああああああああああああああああッッッ…………!」

 

 そんな態徒の断末魔で、高校生活最初のハロパは幕を閉じた。

 ……本当に酷かったです!

 来年は、もう少し平穏なハロウィンであることを願います。



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1ー4章 ちょっとおかしい体育祭
75件目 依桜の幼馴染は被害が多い


 いろんな意味で大騒ぎだったハロパの次の日。

 ハロパは自由参加だったので、振替休日のようなものはない。

 なので、昨日バカ騒ぎをして、すごく疲れていたとしても、登校しないといけない。

 

「ふあぁぁ……あ、戻ってる」

 

 朝、いつも通りに目を覚ますと、体が元に戻っていた。

 まあ、お約束なのか、また裸だったけど。

 ここで父さんが来たら、以前の二の舞になってしまうので、急ぎ目で制服に着替える。

 

「うん、問題なし」

 

 鏡を見て、どこにもおかしなところがないか確認。

 特に問題はなかったので、このまますぐに出れるように荷物を持って下へ。

 もちろん、顔を洗うのと歯磨きは忘れずに。

 

 

「おはよー」

「おはよう。あら、もう戻っちゃったのね……」

「なんで残念そうなの」

 

 露骨にがっかりする母さんにジト目を向ける。

 

「だって、可愛かったんだもん」

「いい歳してだもんって……」

 

 母さんって、結構若く見えるから、外見的には違和感はないんだけど、実年齢(三十代後半)を考えると……ちょっとイタイかな。

 

「いいんですぅ、お母さん、ママ友の人からは、『え、本当に三十代なんですが!? 十代後半でも通用しますよ!』って言われてるから」

 

 たしかに、通用するかもしれないけど!

 

「まあ、それはそうと……たしか、今月って体育祭があったわよね?」

「あ、うん。たしか、十一月二十一日だったはずだよ」

「あら、結構近かったのねぇ。まあ、その日なら休みは取れるわね」

「見に来るの?」

「当然! なんてったって、愛娘の高校生最初の体育祭だもの! 当然、見に行くわよ。あ、お父さんはもう休みを取ったって言ってたわよ」

「そ、そうなんだ……。あまり、騒ぎを起こさないでね?」

「問題ないわよー」

 

 うーん、母さんの問題ないは、いまいち信用ができないと言うか、なんというか……。

 ま、まあ、大丈夫……だよね?

 まだもう少し先なのに、ボクはなぜか心の底から不安になった。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜。元に戻ったんだな」

「うん。多分、ちっちゃくなるのは、一日だけなんじゃないかな。前回も、寝たら治ったし」

 

 最初のは……途中から変化したことを加味すると、変化した次の日が一日目、と考えるのが自然かも。

 だから多分、今後小さくなったとしても、その日だけの可能性が高い。

 ただ、いつ小さくなるかわからないから、ちょっと怖いんだよね。

 

「それならいいが……難儀な体質になったものだな」

「ま、まあね」

 

 それもこれも、学園長先生と師匠のせいではあるけどね。

 

「おはよう、依桜」

「あ、未果。おはよう」

 

 晶と話していると、未果が教室に来た。

 いつもは、ボクより早くて、晶と話しているイメージがあるんだけど、珍しい。

 

「依桜より遅いとは、珍しいな」

「まあ、ちょっとクラス委員のことでね」

「クラス委員?」

「そ。近々体育祭があるでしょ? だから、クラスの生徒がどの種目に参加するかを配られた紙に書いて、提出しないといけないのよ。たしか、今日の五、六時間目を使ってやるんじゃなかったかしら?」

「へぇ、二時間も使うんだ?」

「まあ、それなりに制限を設けられている場合もあるからね」

「制限か。やっぱり、部活動とかか?」

「ええ、そうね。例えば、スウェーデンリレーなんかは、運動部に所属している生徒は、100メートルか、200メートルでしか走れないのよ」

 

 まあ、そうしないと、公平にならないもんね。

 

「でも、そうなると、短距離が得意な人が出たら、結構不利じゃない?」

「別に、言うほど問題ないとは思うわよ。だって、あとの二人が挽回すればいいもの」

「なるほど?」

 

 わからないでもないけど、最初で稼ぎたい! って思うクラスなんかは、確実に最初に入れてくると思う。でも、何が起こるかわからない面もあるし、それに、運動部の人とかが活躍する場でもあるからね。

 

「でもまあ、運動部所属していなくても、運動が得意な人がいるからね、そこが問題みたいよ」

「そりゃそうだな。例えば、依桜が参加できる種目に全部参加したとしたら、確実に全部一位をかっさらっていきそうだからな」

「ひ、否定できない」

 

 この世界の人と比べて、ボクの身体能力は異常。

 仮に、この世界で一番強い人がいたとして、その人にボクが負ける、となると、ハロパの時のボクでなければ、ほとんど実現しない。

 しかもあの状態だと、魔力量も減ってしまうので、身体強化を本気でかけたとしても、今のボクの……大体、六割くらいにしかならない。

 もし、その状態で異世界を生き抜こうと思ったのなら、ボクは魔王軍の四天王で負けてる。

 

 ただ、あくまでも、元の身体能力より低くなっているだけで、どういうわけか、昨日のような亜人族の姿になると、微妙に俊敏性、嗅覚が向上していた気がするので、一概にも言えない。

 もしも、ボクが対等に競技をやるのであれば、力を抑える魔道具が必要になってくる。

 それに、ボク一人で全部やっちゃったら、つまらないもん。ほかの人たちが。

 

「だから、学園側は、体力測定を基に、運動部に所属してないけど、運動は得意、みたいな生徒にハンデや出場制限を設けることにしたみたいよ」

「なるほど。それだったら、依桜が暴れまわる、なんてことにならないわけか」

「そんな、人を馬みたいに……」

「だが、事実だろ?」

「ま、まあ、結果的に暴れることになる……と、思うけど……」

「まあ、そんなわけよ。まったく、なんで私がクラス委員なんだか……」

「未果、昔からしっかりしてたし、小学生の頃から学級委員とかやってたもん」

「そうだけど……なんかこう、貧乏くじを引かされてる気分なのよね」

 

 釈然としない様子で言う未果。

 

「ま、クラス委員とかは、ほとんどクラスの雑用みたいなものだからな」

 

 たしかに。

 ある意味、クラス内から決める生贄みたいだよね。

 たった三年しかない内の貴重な時間を削るわけだから、面倒くさがってほとんどの人はやらないよね。

 

「第一、私、自分からやりたいとか言ったことないわよ。全部、くじ引きで決まってたし」

「本当に貧乏くじ引いてるな」

「ほんとよ。ま、やりがいのある仕事だからいいとは思ってるけど」

「ならいいんじゃないの?」

「少なくとも、九月までは、ね」

 

 ふっと、遠くを見つめだした。

 その顔には、諦念がありありと見えていた。

 

「依桜が美少女になってからというもの、やたらとクラス委員の仕事を押し付けられるようになった気がするのよ。主に先生から」

「え、なんで?」

「概ね、依桜があまりにも可愛いものだから、ぜひお近づきに! ってことなんじゃないの? ……そのおかげで、明らかに、『クラス委員の仕事じゃないでしょ!』って言う物までやらされ始めたし……。それで、依桜に言い寄ろうとする教師を止めるために、色々と裏で、ね……ふふ、私って、不憫よね」

「ご、ごめんね未果! 未果がそんなことをしてくれてたなんて……」

「いいのよ……私たち、幼馴染、でしょ?」

 

 ああ、目が死んでる!

 完全にこれ、疲れたよパト〇ッシュの心情になってそうだよ!

 というか、ボクの幼馴染病みすぎてない!?

 しかも、どっちもボクが関わっているがための状況だから、本当に心が痛い!

 

「み、未果、あ、あのね? 何か困ったことがあったら、何でも言って? ね?」

 

 何でも、と言ったのが間違いだったのかもしれない。

 その言葉を聞いた瞬間、未果がボクの肩をガッと強くつかんできた。

 ……ちょっと痛い。

 

「今、なんでもって言った?」

「え、う、うん……。ボクのせいで、迷惑かけちゃってたみたいだし……」

「そっかそっか。さすが依桜ね! よかったぁ、これでうちのクラスの方は問題なくなりそう!」

 

 なぜだろう、すごく嫌な予感がする。

 この感じは、学園祭の時にも聞いた気がする。

 たしか……ミス・ミスターコンテストに関することで。

 ……まさか、ね。

 

「依桜、お前、大丈夫か?」

「み、未果だし、変なことは頼まない、と、思……いたいなぁ」

「願望だろ、それ。……まあ、変なことにはならないと思うぞ、俺も」

「だ、だよ、ね?」

 

 未果は、たまにとんでもないことをしたり、頼んできたりするので、絶対に安心! とは言えないのが何とも言えない。

 楽しいことが大好きな未果らしいと言えばらしいんだけど……。

 

「おっはよー!」

「おーっす……」

「あ、二人とも、おはよ……う!?」

 

 態徒と女委がきたので、挨拶を返しながら振り向き、ボクはびっくりした。

 

「た、態徒、大丈夫!?」

「へ、へへっ……も、問題ない、ぜ」

「いやいやいや! 明らかに大丈夫じゃないよね!?」

 

 大丈夫と言う態徒だったけど、どう見ても大丈夫じゃない。

 顔に青あざを作り、少なくとも見えている範囲で包帯やら絆創膏やらを巻いたり、着けたりしている時点で、全然大丈夫には見えない。

 

「昨日あれ、やっぱりだめだったのね?」

「き、昨日のあれ?」

「依桜も見てただろ? 態徒がほぼ全生徒から追いかけ回されたてたところ」

「う、うん、見てたけど……」

 

 たしか、最後に断末魔を上げていたよね?

 あの後すぐに、ボクがヒールをかけて回復を促したけど。

 

「ケモロリっ娘に介抱されるとか許せねぇ! とか言って、あの後暴徒と化しちゃったんだよ」

「なんで!?」

「可愛い女の子に構われていたからじゃない? 依桜がこの学園で深く関わっているのなんて、私たちくらいのものだし」

「た、たしかにそうだけど」

 

 それは、中学生の頃から、って言う部分もあるし、ね?

 別に、ほかの人と話さなかったり、遊んだりしない、って言うわけじゃない。

 でも、結局、いつもの四人の方が楽しい、って言う結論に行きついちゃって……。

 それに、高校生くらいになると、大体普段の生活とか、そのグループで固定されがちだもん。

 

「それに、いつの間にか依桜のファンクラブまでで来てるって話よ?」

「なんで!? なんで、芸能人でもなんでもない、普通の高校生のボクにそんなものができてるの!?」

「ほら、マンガやアニメでよくあることじゃん? 美少女にはファンクラブが作られてることが多いって」

「それはマンガやアニメの話! これは現実です!」

「まあでも、そのファンクラブのおかげで、最近依桜に告白する生徒が減ったのだけど」

「な、なんで!?」

「依桜に告白すると……ファンクラブの人間に粛清されるらしいからな」

「物騒過ぎない!? なんで、告白したくらいで、粛清されちゃってるの!?」

「ちなみに、俺と態徒は、ファンクラブのブラックリストに登録されてるらしい」

「ごめんね! 本当にごめんね!」

 

 顔から表情が消えた晶に、必死に謝る。

 本当に申し訳ないんだけど。

 少なくとも、九月から、色々と迷惑を振りまいてる気がする。

 

「た、態徒もごめんね……」

「い、いいってことよ……」

 

 あ、これ相当重症だ!

 こ、こういう時どうすれば……あ、そうだ!

 

「た、態徒、今度一緒に遊びに行かない?」

「………………なに?」

「そ、その、ボクのせいで色々と酷い目に遭ったみたいだし、二人で遊びに行かないかなーって」

「マジ!? ってことはあれか? い、いわゆる、デートってやつか!?」

「ふぇ!? え、えとえと……は、傍から見たらそうなる、と思うけど……」

「よっしゃぁああああああああああ!」

「ひゃっ」

 

 さっきまでのボロボロな状態は何だったんだろう、と言わんばかりに、態徒は復活。

 そして、まるで『我が生涯に一片の悔いなし』って言っているかのように、天に手を突き出し、喜びの声を上げていた。

 それと同時に、ボクたち以外のクラスのみんなが態徒に対し、

 

『チッ……あの野郎、男女とデートだとっ?』

『許せん……許せんぞ!』

『おい、ファンクラブ全員に連絡しろ! 何としてでも、奴に本懐を遂げさせるな!』

『い、依桜ちゃんが変態の毒牙にっ……!』

『何としてでも、阻止しないと!』

『変態がデートに誘われるとか、天変地異だろ!』

 

 酷い言いようだった。

 日頃の行いって、こういう場面で出てくるんだね。

 多分、晶だったらここまで悪し様に言われることはなかったんだろうけど……恐るべし、態徒。

 ……と言うかこれ、結局態徒に余計な迷惑をかけただけなんじゃ……?

 

「た、態徒、みんなが態徒を殺意の死線で見てるんだけど……」

「ふっ、依桜とデートができるなら……たとえ、隕石が降ってこようが、地割れが起きようが、殺意の衝動に駆られたファンクラブ会員に夜道を襲われたとしても、本望だ」

 

 な、なんて揺るぎない覚悟。

 ここまでくると、態徒の喜びのレベルが限界突破しているとわかる。

 ……たった一日遊ぶだけで、ここまで喜べて、死を覚悟するって、高校生が経験することじゃないと思うんだけどね。

 

 

 この後、態徒が『校舎裏な』と言われて、校舎裏に連れて行かれそうになったけど、ボクが何とか説得し、事なきを得た。

 ……ファンクラブの人が怖いです。



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76件目 種目決め

「今月の二十一日にある、体育祭の出場種目を決めます」

 

 一時間目~四時間目まで、特に問題もなく(態徒が、大量の死線を貰っていたけど)授業が消化され、昼休みを挟んだのち、LHRとなった。

 もちろん、体育祭の種目決めだ。

 現在は、クラス委員長である未果が教壇に立って、進行を務めている。

 

「とりあえず、今から黒板に競技名とクラスから選出しなくちゃいけない人数を書いていくので、とりあえず何に出場したいか、考えておいて」

 

 そう言いながら、未果は黒板に競技名と選出人数を書き始めた。

 

・スウェーデンリレー 四人

・クラス対抗リレー 十六人(男女混合:それぞれ八人ずつ)

・二人三脚 四人(男女の規定なし)

・棒倒し 十六人(男女両方の出場可)

・パン食い競争 二人

・借り物or借り人競争 三人

・綱引き 全員参加

・障害物競走 二人選出

・50メートル走 五人

・100メートル走 五人

・生徒・教師対抗リレー 学園側が決定

・部活動対抗リレー 

・瓦割 一人(必ず出るという競技ではないので、任意)

・美天杯(武闘会) 二人選出

・アスレチック鬼ごっこ 逃げ側(奇数クラス):八人 鬼側(偶数クラス):二人

 

 ……ええ、なにこの競技。

 途中までは普通。途中までは。

 ……最後の方の競技だけおかしくない?

 

 なんで、体育祭の競技種目に、瓦割とか、武闘会とか、果てはアスレチック鬼ごっこなんていう、よくわからないものがあるの!?

 この学園の体育祭おかしくない!?

 

「とまあ、これくらいあります。えーっと、とりあえず、わからないところとか、遠慮なく質問して」

 

 未果がクラスのみんなにそう言うと、そこそこの数の手が挙がった。

 でしょうね。

 

「じゃあ……真田君」

『ほとんど競技についてはわかるけどよ、最後の三種目だけいまいちわからないんだが……』

「ま、そうよね。とりあえず、説明するわ。まず、瓦割は、まあ見ての通り、単純に瓦割をするだけの競技よ。ルールは簡単。参加者が一枚ずつ瓦割を割っていき、徐々に枚数を増やし、最終的に一番多い枚数を割った人が勝ちよ」

 

 うわぁ、本当に簡単。

 

「次、美天杯に関して。これは……まあ、単純に異種格闘技みたいなものね。参加資格は特になし。男女両方の出場が可能よ。一応、男子と女子のマッチングもあるそうだけど、そのあたりはちゃんと、ハンデが設けられるそうね。トーナメント方式の、格闘大会みたいなものね」

 

 なぜ、体育祭で格闘大会があるのかすごく疑問なんだけど。

 明らかに、高校の体育祭でやるような種目じゃないよね? そもそも、種目と言っていいのかすらわからないんだけど。

 

「最後。アスレチック鬼ごっこに関してなんだけど……これ、あんまり知らされてないのよね。アスレチックで行う鬼ごっこ、としか教えられてないのよ。それから、うちの学園の体育祭は、学園祭と同じで、二日間に渡って行われるの。今言った三種目は、二日目に行われる予定よ」

 

 そもそも、明らかに時間がかかりそうな種目が二日目に回されちゃっている以上、確実にまともな競技じゃないことだけは確かだよね。

 しかも、鬼ごっこの方に至っては、クラス委員にすら教えられてないし。

 

 ふと思ったんだけど、本来、体育祭関連のことって、体育委員とかがやるような気がするんだけど、なんでうちの学園って、こういうのはクラス委員の人がやるんだろ?

 

「簡単だけど、説明はこんなものね。ほか、気になることある?」

「あ、一つ聞きたいんだけど」

 

 一つ、ボクにも疑問が出たので、ここで訊いておこう。

 

「あら、依桜。珍しいわね。それで、何?」

「えっと、種目のルールとかはある程度分かったけど、出場制限とかってどうなってるの?」

「ああ、そう言えばそれを言ってなかったわね」

 

 一応、朝の段階で大まかなことは聞いたけど、細かいことはまだわかっていないし、それに、出場制限に関して分かっていないと、どう決めていいかもわからないしね。

 

「そうね。まずは――」

 

 未果の説明は以下の通り。

 スウェーデンリレーは、朝言った通り、運動部(走ること前提の部活)は、100メートルか、200メートルでしか走れない。

 次に、クラスリレーに関しては、ほとんど制限を設けられていないけど、運動部(走ること前提の部活)は四人までしか出場はできず、ほかの十二人はそれ以外の人。

 棒倒しは、格闘技系統の部活動に所属している人は、クラスリレー同様、四人までしか出場できない。ちなみに、態徒のように、部活には入っていないけど、何かしらの武術の経験者だったり、有段者の人も適応される。ちなみに、ボクも適応されてます。当然だよね! あと、万が一、制限の都合で

 競技内容に対する制限はこれくらい。

 

 で、運動部に所属していたり、所属はしていないけど運動が得意、と言う人に関しては、出場制限――回数が定まっているとか。

 ただし、その人の能力によって変わってくるとのこと。

 これはこれで、つまらなくなりそうだけど、意外と好意的なのだとか。

 誰にでも活躍の場がある! って言う理由らしい。

 

 ちなみに、制限がわかりやすいのは、ボク、晶、未果、態徒の四人。

 ボクは……まあ、ちょっと異常なので、学園長先生とかが判断したんだろうね、四種目までです。一応、体力測定時には、加減をしていたけど、学園長先生は事情を知っているので、結果的に四種目になったんだと思います。でもね、ボクが四種目も出れるって、結構まずいと思うんだけど……そこのところ、どう考えてるんだろ?

 ちなみに、晶と未果も、ボクと同じく四種目。

 で、態徒に関しては、回数制限などはないけど、棒倒し、瓦割、美天杯の三種目において、ある程度のハンデが設けられるそうです。

 それと、大会などで成績を残している人などは、二種目だそうです。

 なんで、ボクより少ないの?

 

「――と、こんな感じね」

『なるほど、やっぱ、運動部に対する制限は大きいか』

『そりゃそうだろ。男女が出たら、全部優勝しちゃうぞ?』

『だな。運動神経が半端じゃないし』

『何に出ようかなぁ。私、運動とかあまり得意じゃないんだけど』

『うーん、やっぱり、無難にクラスリレーとか?』

『まあ、楽と言えば楽だよね』

 

 みんな各々、近くの人や、友達と話し始めた。

 優勝したいのなら、結構慎重に決めないといけないからね。

 優勝と言っても、この学園の体育祭ってちょっと特殊だけどね。

 

 高校生になると、クラス対抗になる場合が多いけど、この学園だと、東軍、西軍で別れることになっています。

 東軍が奇数クラスで、西軍が偶数クラス。

 ボクのクラスは六組なので、西軍ということに。

 各陣営のリーダーは、三年生が務めるとか。

 

「ねぇねぇ、依桜君」

「なに、女委?」

「依桜君は出たい種目とかあるの?」

「うーん、これと言ってないんだよね」

 

 ボクの場合、何に出ても、問題しかない気がするし。

 でも、最低限二種目でないといけないので、決めないといけない。

 

 個人的にやりやすそうなのは……多分、武闘会かなぁ。

 散々向こうの世界で対人戦闘をこなしてきたからね。一応は慣れてる。

 それに、師匠のおかげで、加減をし忘れるようなこともしない。

 

 あとは、アスレチック鬼ごっこと障害物競走とかかなぁ。

 両方とも、障害物があるって言うことで、暗殺者のボクとしては動きやすそうだし。

 

 もし、優勝したいというのならば、勝ちを取りに行くのもやぶさかではないけど、なるべく目立たない程度に抑えないと、学園祭のように目立ってしまいかねないので、注意が必要。

 ……そもそも、雑誌やドラマで顔が出ちゃっている以上、目立つも何もないんだけどね。

 

「依桜と女委は決まったのか?」

 

 ここで、晶と態徒、未果が混ざってきた。

 クラス内を見ると、自分の近くにいる人だけじゃなくて、離れている人のところに言って話し始めている。

 

「これと言って決まってないね」

「わたしは、パン食い競争と、借り物・借り人競争に出ようかなって思ってるよ」

「へぇ、女委も借り物を考えてるのか。オレも、面白そうだと思ってな。それに出ようと思ってるぜ」

「まあ、女委はある意味引きが強そうだし、意外とちょうどいいかもしれないわね。態徒は……まあ、問題ないでしょ」

「晶は決めたの?」

「あー、そうだな……スウェーデンリレーとクラス対抗リレーあたりだな」

「晶は走るほうが得意だもんね」

「まあな」

「じゃあ、未果は?」

「私? 私は……クラス対抗リレーと、100メートル走かしらね」

「未果も走るほうかぁ……。うーん、ボクは何に出ようかなぁ」

 

 みんな何に出たいかの希望が決まってるとなると、ちょっとボクとしても焦る。

 ボクの場合は、単純にいかに目立たないようにするか、と言う部分に集約されるし。

 

「一応、さっきクラスメートに聞いて回ってたんだけど、態徒と女委が借り物・借り人競争に出るのは確実ね。あと、晶と私の希望した種目も。で、一番人が集まっていない……というか、誰も希望していないのが、三種目。二人三脚、美天杯、アスレチック鬼ごっこの三つよ」

「後ろの二つはわかるけど、二人三脚は意外だよ」

 

 意外と出たがる人が多そうだと思ってたんだけど。

 

「単純に、みんなチキンになってるだけだと思うよ」

「どうして?」

「考えても見てよ。二人三脚って、結果的に誰かとかなり密着して走るじゃん? そうなると、男同士で出たいって思う?」

「え、別にいいと思うんだけど……」

「依桜君とか、薔薇な人はそうでも、ごく一般的な男子高校生は、同性同士で走りたくないものなんだよ」

「そう言うものかなぁ」

「そう言うものだよ」

 

 別に、ちょっとお互いの足を縛って、一緒に走るくらいだよ?

 気にするようなことないと思うんだけどなぁ。

 

「あとは、女子の方も遠慮してる、って感じね」

「あれ、そっちはどうして?」

「……実際、二人三脚って、お互いの腰に手を回すでしょ? 好きでもない相手に好き好んで触られるような人って、いないでしょ?」

「……それはわかるかも」

 

 今のボクだって、何の面識もない人とかに触られるのは……なんかちょっと嫌かも。

 

「じゃあどうするんだ? 四人出さないとまずいんだろ?」

「そうね。……ねえ、依桜、二人三脚に出てくれない?」

「え、ボク?」

「ええ。まだ一種目も決めてないでしょ?」

「そうだけど……組んでくれる人っているのかなぁ」

 

 と、ボクが呟くと、

 

『『『出ます!』』』

「ひぁ!?」

 

 クラスのみんながすごい勢いで出ると言い出して、思わずびっくりして悲鳴を上げてしまった。

 

「ま、こうなるわよね」

「そうだな」

「というかよ、女子も混ざってね?」

「混ざってるどころか、あれ、全員だよね? さすが依桜君! 男女両方を魅了するとは!」

 

 未果たちは、まるで予想していたかのような口ぶり……というか、絶対に分かってたよね、この四人。

 わかっててボクに頼む未果は、本当に酷いと思う。

 

「まあ、別に誰でもいいのだけれど……あなたたち、というか特に男子。……邪なことを考えているんじゃないでしょうね?」

 

 にこぉっと、黒い笑みを浮かべながら男子たちを見回す未果。

 こ、怖いっ。

 

『そ、そんなことないぜ?』

『お、おうよ。お、俺たちはただ、男女を助けてやろうかな、って思っただけだし?』

『べ、別に、合法的に密着したいとか思ってねぇし?』

「…………………はぁ。ま、見てのとおりね。で、依桜はどうする?」

「あれ、もしかしてボクが出るのって確定なの?」

「当然。それで、出るなら誰がいいの?」

「きゅ、急に言われても…………」

 

 いきなり誰とがいいなんて聞かれても、思いつかない。

 少なくとも……下心満載の男子のみんなは論外。

 なんかちょっと怖いし。何か変なことされそうなんだもん。

 女の子の方も……なぜか、鼻息が荒いので却下。

 

 となると、いつもの四人から選ぶことになる。

 うーん、四人の中で選ぶなら.……

 

「女委、かな?」

「ありがとう、依桜君!」

「わわっ! い、いきなり抱き着かないでよぉ」

 

 いきなり、満面の笑みを浮かべながら、女委が抱き着いてきた。

 

『お、オイ見ろ、巨乳同士の抱擁だぞ』

『やべぇ、すっげえ百合百合しいし、めっちゃいい眺めなんだが』

『ほんと、依桜ちゃんと女委ちゃんって、おっぱい大きいよね』

『羨ましいなぁ』

 

 ……なんで、みんなはボクたちの胸を見ているんだろうね。

 

「依桜君がわたしを選んでくれた、これ即ち、依桜×女委ルートに!」

「ち、ちがうよ!? め、女委のことが好きだからじゃないよ!?」

「え、じゃあ、嫌いなの……?」

 

 そ、そこで涙目は卑怯だよぉ……。

 

「も、もちろん、好き、だけど……と、友達としてだよ!? べ、別に、そう言う意味じゃないからね!」

『リアルツンデレ、ごちそうさまです!』

 

 ボクの発言に対して、クラスのみんなほぼ全員が口をそろえてそんなことを言ってきた。

 

「つ、ツンデレじゃないもん! って、そうじゃなくて! 女委を選んだのは、女委に出場に対する制限がないからだよ!」

「ええぇ? そんな理由なのー?」

「そんな理由って言うか、それしかないと思うんだけど……」

「でもまあ、いっか! じゃあ、依桜君、一緒に頑張ろうね!」

「う、うん。……なんか、自分で女委を選んでおいてあれだけど、すごく心配になってきたよ……」

「にゃはは! わたしに任せておけば、もーまんたい!」

 

 自信満々に、胸をドンと叩く女委だけど……それが心配なんだけどね。

 あと、女委が胸を叩いた瞬間、男子たちの目線がぽよんと揺れた女委の胸に釘付けだったのはもう、言うまでもないとことだと思います。



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77件目 依桜ちゃんの後悔

「とりあえず、依桜と女委が二人三脚に出るのは確定。あと、もう一組は……誰がいいかしら」

 

 未果が言うと、サッとみんな視線を逸らした。

 ……やる気はないようで。

 

「仕方ない。晶、態徒、出て」

「オレたちかよ!?」

「本気か?」

「本気も本気。出なさい。むしろ、出ろ」

「強制!?」

「……別に構わないが、俺としては、ここで余計に女委のような人物に見られるのは、断固として阻止したいんだが……」

 

 苦々し気な表情の晶。

 その気持ちはよくわかります。

 

 ボクだって、女の子になる前、なぜか腐女子の人たちから熱烈な視線を受けていたもの。

 あの、何とも言えない、絡みつくような、ねっとりとした、視線は、ちょっとね……。

 

 態徒の方は、単純に、同性で出るのが嫌だ! って言う心境だと思います。

 それを言ってしまったら、ボクと女委だって、同性と言えば同性だけど。

 

「大丈夫よ。美男と野獣みたいなイメージにしかならないと思うし」

「嫌だよ、そんなホモカップルみたいな状況!」

「まあいいじゃない。晶はイケメンで、態徒は野獣だもの」

「ちょっと待て。まるで俺がホモみたいな言い方をするな」

「まあいいじゃない。ねえ、女委」

「うんうん! 同性愛はいいものだよ! それでしか表現できないものもあるし、何よりも、一度入ればもう戻れない!」

「「入りたくない(ぞ)!」」

 

 まるで、こちら側においで、と言わんばかりのセリフに、晶と態徒の二人が強く否定。

 まあ、かなり特殊だからね。

 

 ただ……ボクの知り合いに、少なくとも、バイと同性愛の人って……女委含めて四人いるんだよなぁ……。

 内二人が向こうの世界の人だけど、もう二人はこっちの人だし……。

 最近、同性愛とバイって、珍しいものじゃないんじゃないか、と言う風に思うようになってきてしまった。

 ……もうだめかもしれない。

 

「とにかく、二人が出るのは確定ね」

「嫌だぞ! だったら、依桜のところ、オレのとこ、一人交換したほうが、まだマシだ!」

「依桜のファンクラブの会員に殺されてもいいのなら、私は止めないわ」

「ぐっ、それを言われるとっ」

「最も? 態徒はすでに、依桜とデートの約束を取り付けっちゃってるし? どうあがいても、殺されるとは思うけど」

「美少女とデートして死ぬなら本望! ……だが、それに追加で、二人三脚にも出たら、確実に死ぬ……というか、殺人事件に発展しかねないか」

「そうだねぇ。態徒君が死にたいなら、変わってもいいけど?」

「……魅力的な提案ではあるが……断るっ! ここで死んだら、デートができんっ……!」

「血の涙を流さなくても……」

 

 別に、二人で出かけるだけだというのに、なにがそこまでいいのかな?

 

「はい決まり。それじゃあ、残りは……まあ、美天杯とアスレチック鬼ごっこか……」

 

 たしかに、あまり出たくない……というか、美天杯はただの格闘大会だから敬遠されると思うけど、鬼ごっこの方は中身がわからない以上、ほとんどブラックボックスだもんね。

 

 どちらも、怪我をする恐れがある競技と考えると、出たくないと思うのは当たり前だよね。

 ましてや、この学園での体育祭はこれが初めてなわけだし……。

 そんな体育祭で、トラウマを残すとか嫌だしね。

 

「美天杯に関しては、態徒かしらねぇ」

「え、オレ?」

「態徒君、結構強いもんね」

「いやいやいや、オレ、依桜にボロ負けだったんだぜ? オレが出たところで、勝てないと思うんだが」

「依桜と比べたらダメだろ。そもそも、依桜は色々と規格外なんだぞ?」

 

 まあ、魔法使えますし、暗殺技術も持ってますし……こっちの世界で言えば、規格外で済むようなレベルじゃないけど。

 

「というか、態徒はそれなりに強いでしょ? 少なくとも、そこらへんのチンピラや不良になら勝てるんじゃないの?」

「そりゃまあ、勝てるけどよ……負けても知らないぞ?」

「別にいいのよ。もう一人にも頑張ってもらうから」

「もう一人?」

 

 態徒が聞き返すと、未果はニンマリとした。

 そのニンマリとした表情を、ボクに向けてきた。

 ……まさかとは思うけど、

 

「ボクに出ろってこと?」

「もち!」

「もち、じゃないよ! さ、さすがにこれに出るのはまずいよ!」

「大丈夫よ。少なくとも、反対意見はないと思うし」

『俺はいいと思うぜ!』

『私もー』

『わたしも。依桜ちゃん、強いもん』

『というか、柔道部とか空手部に所属してるやつより強いんじゃね?』

 

 う、うわぁ、みんな結構前向き……。

 

「そ、そう言う問題じゃないと思うんだけど……」

 

 そもそも、ボクがやっていたのは、格闘技なんて優しいものじゃなくて、人を殺すための技術。

 言ってしまえば、アマチュアの中に、プロが紛れ込んでいるようなもの。

 師匠が言うには、

 

『単なる試合における格闘技はアマチュア。人を殺す技術を身に着け、使うことでプロ』

 

 だそうで。

 暗殺のプロが言うことは、本当に違うね……。

 

 でも、わからないわけじゃない。

 武術なんて、元をただせば殺すための技術だったわけだし。

 自身や他人を守るために使えば、武術。でも、人を殺すことに使ってしまえば、それはもう、武術とは言えない。

 ただの、凶器。

 自分自身が凶器になるようなもの。

 自分の腕や足が、凶器になり替わるのだから、そのあたりは本当に、その人次第になってしまう。

 だからこそ、道徳心などが必要なわけで。

 

「大丈夫よ。少なくとも、何もしなくても勝てると思うし」

「それはないと思うけど」

 

 何もしないで勝つって、どういう状況?

 

「まあいいじゃない。ついでに、鬼ごっこの方もお願いね」

「え!? ボク、まだやるって言ってないよ!?」

 

 なぜか、鬼ごっこの方もやらせようとして来てるんだけど!

 

「依桜という幼馴染を、最大限活かせる種目を選んであげたんだけど、気に食わない?」

「さ、さすがにボクが出るのって、反則じゃない……?」

 

 少なくとも、アスレチックということは、障害物も多いわけで。

 立体的なのか、それとも、平面的な方面なのかはわからないけど、少なくとも障害物が多い場所でこそ、活躍が最も期待できる暗殺者であるボクにとって、限りなく反則――というより、チートに近い。

 

「反則でも、勝ちは勝ち! 最終的に勝てばいいのよ、勝てば」

「それもう、悪役が言うことだよね!?」

 

 カー〇様を思い出したよ、ボク。

 汚い手や、卑怯なことをしてでも勝つって、結構酷いと思うんだよ。

 

「まあまあ依桜君。別にいいじゃん」

「何もよくないよ」

「よく言うじゃん。卑怯汚いは敗者の戯言だって」

「なんかどこかのライトノベルで聞いたことあるんだけど!」

 

 少なくとも、まともじゃないよね!

 ボク、そこまでして勝ちたいとか思ってないんだけど!

 

「別にいいじゃない。死人が出るわけじゃないんだし」

「そ、そうだけど」

 

 死なないようにちゃんと手加減するけど、それでも相手にかなりのダメージを与えるわけで……。

 正直、かなり大人げないと思う。

 

 もう一つ言ってしまうと、ボク、十六歳じゃないし。

 実年齢、十九歳だし。

 高校生相手に、大学生が相手してるようなものだよね、これ。

 ……まあ、それを知っているのはごく一部だから、問題ないと言えば問題ないけど、この辺りは、ボクの気分の問題でもある。

 

「うじうじしないの! それでも男?」

「それとこれとは関係ないよね!? 単純に、ボクに押し付けようとしてるだけだよね!?」

「別に、そう言うわけじゃないわよ」

「じゃあ、なんで?」

「勝つためよ」

 

 なんて、曇りのない目なんだろう。

 これ、本気で勝ちに行こうとしてるよ。

 別に、クラス対抗って言うわけじゃないから、問題ないとは思うんだけど。

 ……そう言えば、東軍・西軍に分かれるって言ってたけど、東軍のほうが人数多くない?

 その辺りはどうするんだろう?

 

「とにかく決まりね」

「わ、わかったよ……」

 

 こうなってしまったら、もうボクが折れるしかないので、素直に受けることにした。

 未果って、結構頑固なんだもん……。

 

 

 この後は、とんとん拍子に種目が決まっていった。

 ボクたちが出場する種目は、ボクが二人三脚、障害物競争、美天杯、鬼ごっこの四つ。

 未果が、クラス対抗リレーと100メートル走、それから借り物・借り人競争の三つ。

 晶が、スウェーデンリレー、クラス対抗リレー、二人三脚、棒倒しの四つ。

 女委が、二人三脚、パン食い競争、借り物・借り人競争の三つ。

 態徒が、二人三脚、棒倒し、美天杯、借り物・借り人競争の四つ。

 

 なんか、三人ほど同じものに出場しちゃってるんだけど。

 三人とも、そんなに借り物・借り人競争に出たかったのかな?

 まあ、それを言ったら、未果以外が二人三脚に出ることになっちゃってるけど。

 

「――よし、とりあえずこれで種目決めは終了ね」

 

 ほかの種目も誰が出るか決まり、種目決めが終わった。

 これで終わりかな?

 もし、これだけで終わるのなら、時間が結構余っちゃってる。

 

「さて、次に決めることがあります」

 

 どうやら、まだ何か決めることがあったみたい。

 

「これは、私たちが所属する西軍の士気にも関わってくるもの。当然、最高のものを選ぶわ」

 

 士気に関わるって……結構大ごとじゃない?

 そこまで大ごとになるようなことって、あったかなぁ?

 

「ここで決めるもの、それは……応援団の人選よ!」

 

 …………うん?

 応援団?

 それって、あれかな。自分の所属しているところを、ひたすら応援するって言う、あれ?

 

 ……なぜだろう。すごく嫌な予感しかしない。

 だって、未果がボクの方をガン見してるもん。圧倒的なまでの、圧力の籠った視線をボクに向けてるんだもん。底意地の悪い笑みを浮かべてるんだもん。

 

「ちなみに、これは男女各一名ずつ、クラスから選出しなくちゃいけないの」

 

 ……うわー、なんかどこかで聞いたことがある制限だなぁ。

 それはきっと、学園際の時のあれ、だよね……。

 

「それから、男子は学ラン、女子は……チアガールの服を着ます」

『――ッ!?』

 

 その瞬間、男子のみんなが、チアガールと言う部分に反応した。

 そして、やけに視線を感じる。

 ……まずい。この状況はもしかして……

 

「と、言うわけで……晶、依桜、頑張ってね!」

 

 やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!

 

「待ってよ未果! なんでもうすでに、ボクたちがやる前提なの!?」

「依桜はわかるが、何で俺も?」

 

 ちょっと待って晶。なんでボクはわかるの? おかしくない?

 

「そりゃそうよ。だって、ミス・ミスターコンテストで優勝してるじゃない、二人とも」

「そ、それとこれとは関係ない気がするんだけど!」

「関係あるわよ。イケメンと美少女に応援される場面を想像してみなさい」

 

 と、未果の言葉に、ボクと晶以外のみんなが何かを想像するように、目を閉じ、

 

『『『素晴らしいッ!』』』

 

 みんな全力で肯定した。

 

「ほらね? 当然だけど、拒否権はないわ」

「ぼ、ボクにだって拒否権はあるよ!」

 

 確実に、ボクの人権を無視しに来てるよ、未果。

 これ以上、ボクは目立ちたくない。

 

「普段なら、そうだったでしょうね。でもね、依桜」

「な、なに?」

「私、朝の依桜の言葉、忘れてないからね」

「言葉……?」

 

 ボク、何か言ったっけ?

 これに関わってくるような言葉……あ。

 

「も、もしかして……」

「そう。依桜はね……困ったら何でも言って、と、私に言ったわ」

「うっ、そ、それは……」

 

 確かに言った。

 色々と知らない間に迷惑をかけていた未果に対して、少しでもそのお礼をしようと、確かにボクはそのセリフを言った。

 あ、あの時感じた嫌な予感ってこれのことだったんだ!

 

「あー、困ったなー。私、すごーく困ったなー」

 

 な、なんて白々しい!

 もしかして、最初からボクにチアガールをやらせるために、わざとあんなことを言ったり、姿を見せていたんじゃ……?

 ……あり得る。

 未果のことだから、こういう風に誘導していてもおかしくない。

 は、嵌められたよ!

 

「わ、わかったよ……」

「さっすが依桜! 話が分かるわ!」

「……依桜が可哀そうだし、俺も出るよ」

「当然ね。はいじゃあ、決まり! すんなり決まってよかったわ」

 

 清々しい笑顔の未果。

 なんだろう。すごくパンチを入れたいです。

 あの顔に、すごく拳を入れたいです。

 計画通り、と言う言葉が混じってそうな、あの清々しい笑顔を浮かべている未果に、掌底をすごく入れたいです。

 なんて思ったけど、元はと言えば、ボクがあんなことを言ってしまったのが原因なので、自業自得。

 

 ……今度から、未果の泣き落としのような行為には気を付けよう。



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78件目 依桜ちゃんの悩み

 ほとんど押しつけられて決まった種目と、応援団のチアガールとしての参加が決まってしまって、個人的にかなり精神的にきついことになってしまった。

 

 どうしよう。チアガールをやることに対して、全然自信がないんだけど。

 ミスコンに出た時もそうだけど、大勢の前で何かをすることは、あまり慣れない……というか、どちらかと言えば苦手。

 

 向こうの世界でも、暗殺者なのに、なぜか演説をさせられたり、ミスコンにほとんど強制参加させられるというね。

 

 そもそも、暗殺者って、人にバレちゃいけないような職業な気がするんだけど。

 師匠とか、暗殺者なのに、すごく有名になっちゃってるよね? 少なくとも、百年くらい前の人だけど、全然有名だよね?

 いや、ボクの場合は召喚者で、勇者っていう肩書きがあるけど、それはそれとしても、暗殺者で目立つって、三流なんじゃないだろうか?

 

 とにもかくにも……チアガールなんてやりたくないなぁ。

 その時に着る衣装によると思うけど、それでも、目立つことに変わりはない。

 

「はぁ……」

「あら、どうしたの、依桜?」

「あー、うん、ちょっとね……」

 

 今日の出来事やら、暗殺者って何? みたいな疑問を覚えながら、あまり心理的によろしくないことが体育祭で行われると思い、自然とため息をこぼしていた。

 全くもって困ったものです。

 

 そもそも、未果も酷いよね。

 ボクに人権はない、見たいに言うかのごとく、ボクの出場種目を決めてきたんだもん。

 唯一ボクが自分で決められたのだって、障害物競走だけだし……。

 さすがに、おかしなことにはならない……と思いたい。

 

「依桜はどんな種目に出るの?」

 

 母さんに、出場種目に関して尋ねられてしまった。

 ……さすがに、言わないわけにはいかない、よね。

 

「二人三脚と、障害物競走、それから、美天杯にアスレチック鬼ごっこ」

「あら、四つも出場するのね。お母さんびっくり。それで、美天杯って何かしら?」

「なんて言えばいいのか……」

 

 正直、この種目だけは、本当になんて言えばいいのか迷う。

 だって、概要だけ聞いていると、ほとんどなんでもありの格闘大会だよ?

 

 学校に何かと苦情やらクレームやらを言ってくる人が多くて、さらに学校の評判を悪くしよう、なんて考えている人も世の中にはいるわけで。言い的になるんじゃないのだろうか、この種目。

 それに、格闘大会なんてものが、体育祭のプログラムに組み込まれていると知れた場合、モンスターペアレントでなくても、確実に文句を言われると思う。

 

 しかも、出場者に制限はなく、強いて言うなら、武道系の部活動に参加している人と、格闘技経験者にはハンデが設けられるくらいで、本当に素人の人も出ても問題ない、と言う競技になっている。

 

 正直、それでも強い人は強いので、結局はハンデがどうなるか、と言う部分に目がいく。

 ボクは……どんなハンデが設けられるのかわからない。

 

 って、そんなことを考えてる場合じゃなくて。

 言ってもいいのかな、これ。

 うーん……まあ、一応母さんも事情を知ってるし、問題ない、かな。

 

「一言で言うと、格闘大会、かな」

「あら、ずいぶん面白い競技があるのね? 大丈夫なの?」

「負ける、なんてことはないと思うけど……」

「ああ、そっちじゃなくて、依桜以外の、出場者さんよ」

「……た、多分大丈夫」

「ちゃんと、手加減するのよ?」

「もちろん」

 

 そうしないと、普通に死んじゃうもん。

 こっちの世界の人のステータスがどうなっているかわからないけど、あっちの世界の一般的な農民(43話参照)の人よりも低いんじゃないかなと、ボクは見ている。

 

 あっちの世界は、平気で魔物とか出てくるし、日本とかみたいに、便利なもの――車や電車、それからトラクターのような便利なものはなかったから、必然的に自分の体でやらなきゃいけなかったので、日本人の成人男性の平均よりも結構高いはず。

 

 ボク自身、能力看破や、解析のようなスキルは持ち合わせていないので、憶測でしかないけど、こっちの人――それも高校生の攻撃力と防御力の平均はおそらく、攻撃力が20で、防御力が10くらいなんじゃないかなと思う。

 

 ちなみに、時速50キロメートルで走るトラックがぶつかって来た時の衝撃を攻撃力に換算すると……120くらいかな。

 

 そのトラックがぶつかってきて、生きていられるのに必要な防御力は、最低でも50以上。

 と言っても、本当に最低ラインなので、すぐに病院に運んで治療を施さないと死んでしまうので、決して必ず助かるというわけではない。

 100くらいで、ようやくぶつかっても骨折、くらいになる。

 

 で、本題に戻そう。

 ごく一般的な男子高校生の防御力は、どんなに高くても、30~40くらいだと思う。

 格闘技をやっている人であれば、最低が40。高ければ60は超えられると思う。

 

 まあ、この辺りはうちの学園の生徒を見て、って感じだから、世界規模の平均で考えると……アフリカ系アメリカ人の人とかが高くなるかな? 実際、身体能力が高い人が多いしね。昔からかっこいいと思ってるし、結構尊敬してます。

 まあ、ああいう人たちは、どちらかと言えば、攻撃力や防御力と言うよりも、素早さの方が高そうだけど。

 

 現在のボクの攻撃力は926。なので、ボクが本気で攻撃して、ギリギリ生きていられるくらいになるには、大体500後半。

 一応、それ以下でも生きていられるかもしれないけど、かなり厳しいと思う。

 ほとんど確実と言っていいレベルで、内臓と言う内臓すべてが破裂する恐れがある。

 

 つまり、今回のこの競技において、ボクが本気で相手を攻撃しようものなら、一撃で内臓が破裂するどころか、全身バラバラの死体が完成してしまうわけで。

 ……そう考えると、本当に怖い競技なんだけど。

 

 で、でも、ボクの攻撃力なんて、あっちの世界では上の下くらいだし……。

 おそらく、師匠はトップクラス……というより、確実にトップの攻撃力を誇ってそうだよ。

 

 ちなみにだけど、ボクが倒した魔王の攻撃力はたしか……1500くらいだった気がする。

 もちろん、普通なら一発攻撃を貰っただけでアウトだけど、攻撃をいなすのは基本中の基本だし、身体強化の魔法とかも普通に使用してたから、あまり大きなけがには発展しなかった。

 

 向こうの世界において、戦っている人にとっては骨折なんて日常茶飯事だし、常に回復できるように、魔法使いの人やポーションを持っていることが常識みたいなものだったし。

 

 ボクの場合は、暗殺者だったので、一人でこなさなきゃいけなかったけどね。

 だからまあ、向こうではどんなに大けがしても、ポーションや回復魔法さえあれば、ある程度は治せた。

 と言っても、ほとんどの人やポーションは、骨折を治せればいいほうで、擦り傷や捻挫、打撲などの治療がほとんどだった。

 内臓の損傷や、命にかかわるようなレベルのけがを負っても回復できる人やポーションなんかは、本当に滅多に会えないし手に入らなかったけど。

 

 あ、また脱線しちゃった。

 あと、テロリストの人たちにも攻撃は入れてたけど、あれだってかなり抑えていた。

 でも、結構力加減が難しいんだよね、こっちの世界だと。

 

「何難しい顔してるの?」

「あ、えっと、美天杯どうしようかなって」

「あなた、さっき自分で大丈夫って言ったのよ?」

「そ、そうだけど……」

 

 確かに大丈夫って言ったけど、多分がついてたんだけど。

 

「まあ、死ななきゃいいのよ」

「それはそれでどうかと思うんだけど」

「でも、ねぇ? 依桜ってば、死んでいなければ治せるんでしょ?」

「そうだけど……それでも、限度もあるよ?」

 

 死ぬ直前――例えば、頭蓋骨が陥没して、脳にまでダメージが行っている場合とか。

 あとは、出血多量の状態とか。

 

 回復魔法って、失った血は戻せないんだよね。あくまでも、体の自然治癒力を上げて、傷を治しているわけだし。

 回復魔法の上位互換に、再生魔法って言うのがあるけど、あっちは失った血や腕、脚も元に戻せるなんていう、規格外なもの。死んでいなければ何とかなる、みたいな、エリクサーのような魔法だったっけ。

 まあ、使える人は少なかったけど。

 ボクの知り合いに、一人いたけど……元気かなぁ。

 

「でも、依桜だってちゃんと手加減するんでしょ?」

「それはそうだよ。だって、ボクが本気出したら、全身バラバラだよ」

「それはまずいわね」

「でしょ? だから、ボクも困ってるわけで……」

「でもまあ、依桜だったら何もしなくても勝てそうだけど」

「それ、未果にも言われたんだけど、どういう意味なの?」

「一言で言うと、可愛いから」

「え、それだけ?」

「そう、それだけ」

 

 なんで断言できるんだろう?

 可愛いだけで勝ち上がれたら苦労しない気がするんだけど……。

 

「そうねぇ、加虐嗜好の持ち主でなければ、確実よ」

「うーん、全然想像できない」

 

 あれかな。女の子は殴れない、みたいな感じなのかな?

 でも、一応は競技なわけで、その辺りはちゃんとやるとは思うんだけど……例えば、投げ技を使うとか。

 ルール自体はまだ知らないけど、未果曰く、異種格闘技のようなものって言ってたから、投げ技もありのはず。

 

「依桜は自己評価低いからね」

「普通だと思うんだけど……」

 

 みんなに言われるけど、別に普通、だよね?

 実際、ちょっと可愛いかなくらいなんだよ? 女委とか態徒は、ボクのことを美少女だって、断言してるけど。

 そこまででもないと思うんだけどなぁ。

 

「本気でそう思っているから、依桜はいじめとかにあわないのかもねぇ」

 

 ちょっと母さんが何を言っているかわからないけど……謙虚でいることは、やっぱりいじめ防止に繋がるのかな? ……いや、そうでもないかも。

 と言っても、目立たないのが一番だけどね。

 ボクなんて、目立ちたくないと思っても、必然的に目立っちゃうわけだし。

 

「髪とか染めたら、目立たなくなるかなぁ」

「ダメよ!」

「ひぁ!?」

 

 何の気なしに言った一言に対し、母さんがものすごい勢いで却下してきた。

 目が本気だ……!

 

「いい、依桜。あなたの髪はね、ほんっとうに綺麗なの! しかも、ここまで綺麗な銀髪って稀なのよ!? それを染めるだなんて……その宝をどぶに捨てるようなものよ!」

「そ、そこまで……?」

「ええ、そうよ。そもそも、銀髪ってかなり珍しいのよ? そんな髪を持っているあなたは世界的に見ても稀。しかも、その珍しい髪を持っているのが美少女なんですもの。当然、目立つわ。きっと、黒髪でも青髪でも、なんでも似合うかもしれないけどね、依桜はやっぱり銀髪が一番似合うのよ!」

「そ、そですか……」

 

 どうしよう。母さんが怖い。

 娘……じゃなかった。息子の髪に対してそこまで豪語できるって、なかなかにすごいと思うんだけど。

 

 普通だったら、『別にいいんじゃない?』くらいのノリで言うと思うんだよ、親って。

 でも……たしかに、母さんの言い分もわかる。

 

 別に、宝、とまでは思ってないけど、染めるのは確かにもったいないよね。

 それに、髪を染めるんだったら、自分でやらないほうがよさそうだし、そうなると、美容院とかに行かないといけなくなりそうなんだよね。

 お金もかかりそうだし、ちょっとね。

 

「まあ、どうしても染めないというのなら……あ、ごめんやっぱなし。絶対染めないで!」

「わわわっ! ちょっ、母さん今食事中だから! わかったから、染めないからぁ!」

「それならいいの。ごめんなさいね」

「まったくもぉ……」

 

 てへっ、と笑いながら母さんは離れてくれた。

 ボクが異世界から帰ってからというもの、母さんが大分……というか、かなりおかしな方向に進んでいるのは気のせいなのだろうか?

 ……いや、絶対気のせいじゃないねこれ。

 ……まさかとは思うんだけど、これが本性だったの?

 ぽいよねぇ……。

 

 少なくとも、知らぬ間に、小さい女の子向けの服をなぜか持っていたり、尻尾を通せるくらいのちょうどいい穴が開いた服もあったし。

 

 ……母さんって何者なんだろうか?

 ふと疑問に思うボクだった。




 これで、とりあえずすべての投稿が終わりました。
 次からは、他サイトと同様の投稿ペースになりますので、よろしくお願いします。
 活動報告にも書きましたが、こちらでも一応。
 投稿時間は、基本的に朝の10時です。場合によっては、17時になりますので、覚えておいていただけるとありがたいです。
 では。


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79件目 押し負け依桜ちゃん

 二日後

 

「おはよー」

 

 いつも通りに登校し、いつも通りに教室へ。

 道中の視線は相変わらずだけど、もう慣れた。

 

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 いつも通り、未果と晶が先に来ていて、挨拶を返してくれる。

 

「依桜、知ってる?」

「何が?」

「三週間後に体育祭があるでしょ?」

「うん、そうだね」

 

 だから、月曜日に種目決めをしていたわけだし。

 

「来週から、色々と準備や練習期間に入るらしいわよ」

「あれ、そうなの?」

 

 学園際はなんとなくわかるけど、体育祭もなんだ?

 別に、準備とか必要ない気がするんだけど。

 何か必要なものとかあったっけ?

 

「やっぱり知らないのか」

「うん。ちょっと、気分的に、ね……」

 

 ふっ、と暗い笑みを浮かべるボク。

 二日も経っているけど、それだけチアガールをやりたくなかった。それから、強制的に決められた競技三つも。

 いや、まあ、決まっちゃったものはしょうがないし、強く言えなかった僕も悪いんだけど。

 

「……そうか。本当、依桜はその姿になってから苦労しかしてないもんな。まだ、二か月程度しか経ってないのに」

「そ、そうだね……あはは……」

 

 まだ二か月しか経っていないにもかかわらず、すでに色々な出来事に巻き込まれているわけで。

 異世界転移に、性転換、それから転移の真相を知らされ、テロリストを撃退し、モデルをやり、痴漢を捕まえて、自分からではあるけど、エキストラもやり、変に有名になり、再び異世界に行って、プロポーズを受け、返ったら幼い女の子になり……たった二ヶ月ですでにこんなに事件のようなことが起こっている。

 ……ボク、もしかして生まれつき呪われているんじゃないだろうか?

 

「そ、それで、準備とか練習期間ってなにするの?」

 

 学園祭なら、出し物の準備や、個人だと屋台作り、実行委員と生徒会の人だったら、門や特設ステージを作ったりなど、色々ある。

 

 でも、体育祭にはそう言う物がなかった気がする。

 強いて言うなら、テントのようなものとか、看板の設置、万国旗を吊るしたりするくらいじゃないだろうか?

 これと言ってないように思えるんだけど。

 

「まあ、準備と言っても、俺たちは特にないぞ。あるとすれば……ちょっとした設営くらいだろ」

「あ、そうなんだ。それで、練習期間のほうは?」

「言葉の通りよ。学園祭の準備期間に似てるわね。と言っても、学園祭よりも期間は短いわ。あっちは三週間前から五、六時間目の授業がなくなって、一週間前から授業そのものが消えるわけだけど、体育祭の場合は、三日前から授業がなくなるわ」

「でも、それだと付け焼き刃くらいにしかならないような?」

 

 いくら授業がない練習期間が三日間あったとしても、そこで体力を付けたり、もっと早くなるようにするなんて、普通なら不可能だと思うんだけど。

 有効なのは、リレーとか二人三脚みたいな、複数に行う競技くらいじゃないかな?

 

「そうね。でもまあ、一応は体育の授業でも練習はできるみたいだし、問題ないんじゃないかしら?」

「だとしても、そこまで劇的な変化は望めないと思うよ?」

 

 それこそ、ボクがやった手法じゃないと。

 ……まあ、あれって、限界まで体を酷使して、回復魔法をかけて回復したら、また再び限界まで体を酷使するって言う、ちょっと危険な手法だけど。

 でも、危険な分身体能力の向上は格段に高くなる。

 とは言っても、こっちの世界では絶対にできない手法だけどね。

 

「そうかもしれないけどね。でも、やらないよりはましでしょ?」

「それもそっか」

 

 このクラスって、結構運動得意な人がいるし。

 それに、ボクたちのクラス以外にも西軍のクラスはあるわけだからね。そこまでマイナスに考えなくてもいいか。

 ちょっと向こう基準で考えてたよ。

 勝つためには、手段を択ばずに強くならないといけなかったし。

 平和って、いいなぁ……。

 

「おーっす」

「おっはよー」

「あ、二人ともおはよー」

「おはよう」

「おはよう」

 

 やっぱりいつも通りのタイミングで登校してきた二人。

 そう言えば、大抵この二人で来るよね。

 変態同士、通じ合うのかな。

 

「三人は何話してたの?」

「体育祭のことよ」

 

 未果が軽く女委にさっきまでの会話の説明をする。

 

「なるほどー。でもさ、仮に練習出来てなかったとしても、みんな普通に勝ちそうだよね」

 

 未果の説明を聞くなり、女委がそんなことを言ってきた。

 その認識は甘いと思うんだけど。

 

「たしかにな。特に、男子とかかなり頑張るんじゃね?」

「ええ、そうね。そのために、あの時強制したわけだし」

「未果、一体何を言ってるの?」

「もちろん、確実に勝つ方法」

「そんな意味を含んだセリフ言ってた?」

 

 それに今、あの時強制したとか言ってなかった?

 

「なんとなく言っている意味はわかるが……それはどうなんだ?」

「問題ないでしょ。女子のほうもぬかりなし」

「だねー。二人なら確実だもん」

「限界突破して勝ちを取りに行ってくれそうだもんな」

 

 あれ、晶は理解したの? というか、ナチュラルに会話が成立している気がするのは気のせい? ボクだけ? ボクだけが理解してないの?

 

「あの、さっきから一体何の話をしてるの?」

「時が来ればわかるわ」

「言っている意味が分からないんだけど……」

「まあまあ、大丈夫だって。きっと、変なことにはならないと思うから」

「いや、本当に何を言っているかわからないんだけど……」

 

 結局、何度聞いてもこんな感じにはぐらかされるだけだった。

 すごく気になるけど……何の話をしてたんだろう?

 

 

 そんなボクの疑問は、次の日に明らかになった。

 その日は、いつもと変わらない一日……になるはずだった。

 今日は、いつも通りの時間割で、特に変更もなく、いつも通りに過ごすだろうと思っていたのだけど……。

 

「え、ええっと……」

『お願いだ! ぜひ、ぜひ! この衣装を着てくれ!』

『頼む! これを男女が着てくれれば、西軍は絶対勝てるんだ!』

『むしろ、負けるはずがない!』

『せっかく作ったの! これは、散って逝った西軍所属の服飾部のみんなの血と汗と妄想の結晶なの!』

『だからお願いっ! 依桜ちゃんこれを着て応援して!』

 

 ど う し て こ う な っ た の ?

 

 ボクの目の前には、土下座して一着の服を差し出している人たちの姿。

 そこには、男女両方ともいて、どちらも土下座状態。

 すごく怖い、と言うのが本音。

 どうしてこうなったのか、それはちょっと時間を遡ります。

 

 

 何気なく登校し、朝いつものように未果と話していた時。

 

「あ、そうだ、依桜と晶は放課後に、柔剣道場に行ってくれない?」

「応援の件か?」

「そうそう。今日、集まりがあるらしくてね。東軍が体育館で、西軍が柔剣道場に集まるそうよ」

「わかった」

「……嫌だけど、出ることになっちゃってるし、わかったよ」

「お願いね」

 

 そう言うと、未果は職員室に用があったらしく、教室を出て行った。

 

「……応援団ね。依桜、大丈夫か?」

「大丈夫……って言いたかったかなぁ」

 

 いつか集まると思っていたけど、まさかこんなに早く集まるとは思わなかったよ。

 ……いや、むしろ決まった当日とかに集まらなかっただけまし、と考えるべきなのかな?

 まあ、そうだとしても、嫌なことに変わりはないんだけど……。

 

「一応、応援するだけらしいし、さすがに面倒ごとに巻き込まれることはないだろうが……依桜だからなぁ」

「ボクだからって……結構酷くない?」

「でも、実際にそうだろ?」

「……そうだけど」

 

 本当に巻き込まれ体質だし、反論できない。

 

「それに、ただ説明を受けたり、軽い打ち合わせとか、練習日時を連絡だけだと思うぞ?」

「そう、だよね。何もないよね!」

「ああ。さすがに、ミス・ミスターコンテストの時のような、急なことになることはないだろ」

「だよね」

 

 あの時とは違って、変なことに発展する様な何かがあるわけじゃないし、きっと大丈夫だよね!

 そんな風に、能天気に考えていたボク。

 いざ放課後になり、柔剣道場に向かっている最中。

 

「あれ? なんか、妙に見られてるような……?」

「依桜が見られてるのなんて、いつも通りじゃないのか?」

「いや、そうだけど。いつもとはちょっと違う気がするんだけど……」

「いつもと違うって言うと?」

「なんと言うか、いつものはこう……熱を孕んだような、ねっとりとしたような、妙な視線なんだけど、今来ているのは、そう言った視線と言うよりも……期待に満ちたような、悔しさの混じったような視線と言うか……」

「なんだそれ? 気のせい……と言いたいところだが、依桜はそう言うのはわかるからな」

 

 暗殺者だもの、必須スキルですとも。

 と言っても、そう言うのはスキルと言うよりも、感覚のようなものだけどね。

 それをより深く感じ取れるのが、気配感知だし。

 

「うん。だからちょっと違和感を感じるんだけど……実害はないし、気にしなくても大丈夫、かな?」

「そうだな。その感覚はなんとなくわかるぞ。俺も、最近は妙に見られてる気がするからな……」

 

 あ、遠い目してる。

 もしかして、ストーカー被害にでもあってるのだろうか?

 

「晶、もしも何かあったら言ってね? 絶対助けるから」

「……普通、そう言うのは男が言うものだと思うんだがな……」

「いや、ボクって男だよ?」

「それは、中身の話な。外見は違うだろ?」

「それは関係ないよ。ボクは見た目こそ女の子だけど、心は男のまま。だから、さっきのセリフも変じゃないでしょ?」

「……そうだな」

 

 微妙な間があったけど、納得してくれたようで何より。

 

(そもそも、女子っぽいところが男の時も多々あったし、今も結構女子のような言動、行動ヲとっていたりするんだが……言わないほうがいいか)

 

 今一瞬、晶が何か失礼なことを考えて気がしたけど……気のせいだよね。

 

「そう言えば、応援ってどのタイミングでするんだろ?」

「枠とかが決められてるんじゃないのか?」

「やっぱり、そうなのかな」

「ずっと応援し続けても、疲れるだけだろう」

「……それもそっか」

 

 普通なら、声をずっと出し続けたり、ひたすら動いて応援するなんてできないもんね。

 ボクだったら多分大丈夫だろうけど、精神的な問題でずっとは無理だろうけどね。

 

「それにしても、柔剣道場だったは運が良かったな」

「だね。体育館のほうがちょっと遠いもんね」

「ああ。まあ、それを言ったら、室内プールとか、もっと遠いけどな」

「だね。夏は地獄だったよ……」

 

 この学園のプールはなぜか室内プール。

 雨が降ってもできるようにと言うのと、春、秋でもできるようにとのことらしい。

 一応、温室になっているらしいので、冬場も可能だとか。

 

「今は、プールが工事中で、水泳の授業がないんだよな」

「そうだね」

 

 現在、室内プールは使用不可となっている。

 と言うのも、改装工事を行っているとのことで。

 しかもそれがちょうど、ボクが女の子になった時からだったので、ボクとしてはすごく助かった。

 

「あの時のうちのクラスの男子たちは軒並みがっかりしてたよな」

「あったね、そんなこと。なんでだったんだろ?」

「……ま、そう言う反応だよな」

「? 何か言った?」

「いや、何でもない」

 

 なぜかはわからないんだけど、プールの改装工事が始まると告知された瞬間、男子のみんながなぜかがっかりしていた。

 それも、涙を流して拳を机に何度も叩きつけていた。

 あれ、痛くないのかな? と思ったものです。

 水泳って結構楽しいからね、それが理由でがっかりしてたのかも。

 

 あ、でも女の子のほうはなぜか、男子のみんなに冷たい視線を向けてたっけ。

 一応、この学園の水泳の授業って男女混合だからかな?

 多分そうだね。

 可愛い人多いもん、この学園。

 

「っと、そろそろ着くぞ」

 

 話しているうちにたどり着いていたようで、目の前に柔剣道場があった。

 

「うーんと……あ、結構な人数いるね」

「入る前から分かるって……依桜はほんと、規格外だよな」

「まあ、努力した結果だからね」

「そうだな。とりあえず、入ろう」

「うん」

 

 で、こうしてボクが入り……

 

『『『お願いします! この服を着てください!』

 

 土下座でスタンバイしていたのか、中に入った瞬間、土下座しながらこんな感じでお願いされてしまった。

 

 

 なんてことがあって、今に至ります。

 

「えーっと、これは……指定の服、なんですか?」

『いや違う! だが、男女がチアガールとして参加してくれると聞いて、西軍に所属している服飾部に頼んだんだ!』

『だからお願い! 私たち、これのために三日徹夜してるの!』

『これさえ来てくれれば、勝てるの! お願いします!』

「こ、これを、ですか……」

 

 ボクが渡されたのは……何と言うか、漫画やアニメでよく見かけるような、チアガールの服。

 おへそよりも少し上までしかない上部に、すごく短いスカート。これ、アンダースコート? も一緒に渡されてるんだけど。

 

 ちょっと待って。

 これ着たら、かなりの露出だよね?

 上半身なんて、肩、腕、腹部がほとんど見えそうだし、胸だって谷間が見えちゃいそうなんだけど。

 それに、このスカート。一応アンダースコートも渡されたけど……いくら見られても平気なものとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 だって、パンツを見られてるような気分になりそうなんだもん……というか、絶対なるよね。

 スカートの裾だってすごく短くて、太腿の真ん中よりもちょっとしたくらいまでしかないし……。

 ……って、あれ? なんかよく見ると……二着ある?

 

「……」

 

 ボクは、もう一着のチアガール衣装を見て、何とも言えない気分になった。

 小さかったんです。物理的に。

 

 まるで、子供用……それも、小学三、四年生くらいの女の子にちょうどいいサイズで。

 ……そう言えば、学園長先生が周知させてたんだっけ、ボクのこと。

 たしか、ハロウィンの日を機に、お知らせメールで連絡したって。

 ……なるほど。つまり、どっちの姿になっても応援ができるように、って言う計らいなんだね、これ。

 

『お願いっ! それを作るのに、すっごく時間がかかってるの!』

『本来なら、かなり時間をかけて作るんだけど、依桜ちゃんが出るって聞いて、西軍の服飾部全員が一致団結して作り上げたの!』

『この努力を無駄にしたくないんです! だから、お願いします!』

『『『お願いしますっ!』』』

「……依桜」

「……どうしようね」

 

 晶が向けてくる同情の目が辛いです。

 いや、ほんとどうすればいいの?

 

 ボク個人としては、着たくないというのが本音。

 だって、露出がすごく多いんだもん……。

 

 でも、これを作った人たちの顔を見ると、お化粧で隠しているみたいだけど、疲労が色濃く出てるし、隈もすごい。

 今にも倒れるんじゃないかって心配になるくらいフラフラしてる。

 

 そして、今ボクの手の中にあるこの衣装。

 三日で作ったとは思えないほどによくできていて、お金を取れるんじゃないかなって思えるほど。

 事前に言われていないとはいえ……なんだか、これを渡されて断ると言うのも、気が引けると言うか……ちょっと可哀そうに思える。

 ………………はぁ、仕方ない、よね。

 

「……わかりました。引き受けます」

『よっしゃぁああああああああああっっ!』

『ありがとぉ! 依桜ちゃーん!』

「うわわっ! きゅ、急に抱き着かないでくださいよぉ」

 

 ボクが引き受けると言った瞬間、柔剣道場内はほかの応援団の人の歓声でいっぱいになった。

 晶は、やれやれみたいに苦笑いをしながら、肩をすくめて頭を横に振っていた。

 何その反応。

 

 ……はぁ。結局、押しに負けて請け負ってしまった……。

 変なことにならないと思っていたのになぁ。

 

 結局、ボクは普通に行事に参加できないみたいです。




 どうも、九十九一です。
 というわけで、今回から多彩と同様の投稿ペースになります。
 前回とか、活動報告でも言っている通り、基本的に10時に投稿します。万が一、何も言われていないにもかかわらず10時に上がってなかったら、17時になりますので、よろしくお願いします。
 では。


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80件目 依桜ちゃんの条件

 ボクが恥ずかしい格好でチアガールをすることが決まったわけだけど……ボクだけ、と言うのが腑に落ちない。

 それ以外の人は、きっとボクのよりも露出が少ない衣装を着るのだろうか?

 だとしたら、少し……いや、かなりイラッとくる。

 ……あ、そうだ。

 

「引き受ける条件があります」

『『『条件?』』』

「ボクだけがこんなに恥ずかしい思いをするのはちょっと……というより、かなり嫌なので、男子の人は……そうですね、絵本でよく見かけるかぼちゃパンツを穿いた王子様風の格好を。女の子のほうは、ボクと同じ格好でお願いします」

『『『――ッ!?』』』

「あ、あと、練習中もその恰好で、本番当日は参加種目以外、それでお願いします」

『『『――ひぇっ!』』』

 

 渾身のスマイルを浮かべて条件を言った。

 ボクの出した条件に、男女ともに青い顔をして、一歩引いた。

 晶も晶で、え、嘘だろ? みたいな表情を浮かべてボクを見てる。

 もちろん、晶も巻き添えにしますとも。

 

 ちなみに、男子の服装のほうはなんとなくでも思い浮かんだものを言っただけです。

 一応、上半身にサラシを巻くだけにして、下は学ランのズボンだけ、みたいなのも考えたけど、それだと男子的にも恥ずかしくないと思ったので、今のを思いつきました。

 

「い、依桜? 俺は? 俺は……いいんだよな?」

「ふふっ、ねえ晶」

「な、なんだ?」

「ボクたちって……幼馴染で、親友、だよね?」

「あ、ああ。そうだな」

「だからね……その、大切な幼馴染で親友のボクと同じ苦しみ……味わってくれるんだよね?」

「いや、俺も被害者だよな!? どちらかと言えば、俺も被害者だよな!? 未果に強制的にこっちに回されたんだぞ!?」

「うん、たしかにそうだね。でも……ボクだけが恥ずかしい格好をして、晶が普通の格好をすることを、ボクが許すと思いますか?」

 

 表情を変えず、常に笑顔で晶に言葉を重ねる。

 もちろん、これは本心。

 

 だって、学園祭の時だって、まとまな服装じゃなかったし、女委のせいで、メイド服で二日目を回り、その二日目では、異常なほどに露出度が高いサキュバスの衣装を着させられたんだよ?

 で、ボク以外はまともな人ばかり。未果なんて、巫女服に、チャイナドレス。女委は、ミニスカポリス、ミニスカナースだったけど、それでもまだマシだった。晶だって、燕尾服に、男性のアイドルユニットが主役のアニメキャラのコスプレだった。

 態徒は裏方だったので、コスプレ等はなかった。

 

 ほかにも、ファミレスのウェイトレスのような服装や、教師のような服装、あとは侍のような格好の人もいた。

 ほらね? 結構まともでしょ?

 そんな中で、ボクだけかなりエッチな服装をさせられたりしたんですよ? さすがに、また一人だけそんな恰好で目立つとか、嫌なので、こうしてしまえばいいんです。

 

「……無理、だな」

「そうでしょ? だからね、晶も道ずれにするの」

「……まあ、依桜だけが損なことはできない、か。わかった。俺は条件を飲もう」

「ありがとう、晶」

 

 うん、これで晶は陥落、と。

 あとは、こっちの皆さんだね。

 

「それで……どうしますか?」

『くそ、押しに弱いと思っていたが、まさかこんな切り返しをしてくるとはっ……』

『い、いやしかし、俺たちが恥ずかしい格好をするだけで、男女のエロ可愛い姿が見れるんだぜ?』

『だが、そのためには俺たちも恥ずかしい格好をせねばならない……』

『待て。さっき男女は、女子のほうにもあの格好をすることを条件にもしていた』

『つまり……俺たちが恥ずかしい格好をするだけで、こちらの女子全員のエロい姿が見放題……?』

『どうしよう、依桜ちゃんがまさかあんなことを言ってくるとは思わなかった……』

『だよね。いつもなら、ちょっと押すだけで着てくれるような押しに弱い女の子だったのに』

『くっ、まさか、依桜ちゃんのエッチで可愛い姿を見るために、自分たちもあの格好をしないといけないなんて……!』

『こ、こんなに露出が高いものを着ないと、依桜ちゃんのエッチな姿は見れない……でも、すごく恥ずかしいっ!』

『くっ、まさか作戦が裏目に出るなんてぇ……』

『見たいけど恥ずかしい……恥ずかしいけど、見たい』

 

 思ったよりも効果絶大だった。

 恥ずかしいと思ってたんだ、衣装を作った女の子たち。

 そう思っていたのに、他人に着せようとか考えているとは……。

 呆れるほかないよ……。

 

 欲望と羞恥心が勝つか、欲望が勝つか、という状況かな。

 ボクとしては、あれを着ないに越したことはないので、できれば羞恥心が勝ってほしい。

 自分でやると言ってしまったけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。ここは、条件と言って着ない方向に持って行こう。

 

『しかし、優勝賞品が『アレ』なんだよな……』

『いやでも『アレ』って優勝賞品じゃなくて、MVPじゃなかったか?』

『だとしても、だ。男女だけでなく、女子全員があの服を着てくれれば……勝てる』

『幸い、各クラスから選出された面子は、レベルが高い。……まあ、男女が跳び抜けて高いが』

『あれと比べちゃダメだろ。可愛いと持て囃されてるアイドルや女優だって、裸足で逃げ出すレベルだぞ?』

『だよな。そんな男女のエロい恰好を見たくないとか、あり得ないよな……だが、男女の言った服装はいささかきついぞ? 小斯波とかは全然似合いそうだからいいが……俺たち、すっげえイケメン! ってわけじゃないからな……』

『仮に、この条件を飲めず、見れなかったとしよう。一、二年生は来年にもチャンスがあるからいいかもしれないが、俺たち三年にそんなチャンスはない! ここはやはり、恥ずかしい思いをしてでも、見るべきではないか?』

『た、たしかに……。そもそも、俺たちだって、来年があるかもしれないが、確実にまた見れるわけでもない……このチャンス、活かすべきなんじゃないか?』

 

 ……あれ。男子のほうが思ったよりも、欲望の方に傾いている気が。

 いやでも、結構きつめの条件にした気がするんだけど。

 

 だって、絵本に出てくるような王子様風の格好だよ? かぼちゃパンツだよ? よほどかっこいい人じゃないと着れない……というより、着たくないよね?

 

 晶はかっこいいので、ビジュアル面では問題ないかもしれないけど、普通の人とかだったら結構しんどいよね。

 ボクだったら、絶対に着たくないです。

 

『ねえみんな。逆に考えるのよ』

『どう考えるの?』

『私たちが依桜ちゃんと同じ格好をする……結構レアじゃない?』

『え、でも、制服とか同じじゃん』

『たしかにそうね。でも、こんなに限定的な服装で同じ格好……よくない? 私たちなんかじゃ、依桜ちゃんのあの女神のような可愛さには勝てないけど、それでも、一緒に同じ格好できると考えたら……』

『……あり』

『たしかにあり。というか、すごくいい気がしてきた』

『それに、もしかしたら彼氏とかできるかもよ?』

『『――ッ!』』

『ちょっとエロいけど、男子的にはきっとドストライクのはず。それに、応援される男子だって、きっと勝利のために頑張ってくれるはず……』

『なるほど……たしかに、一理ある。男子は可愛い女の子が好き。そして、そんな可愛い女の子がエッチな恰好をして応援していたら……限界突破するはず』

『でしょ? そうすると……多少恥ずかしい気持ちを押し込んで出るのが吉よ』

 

 ……女の子たちのほうも、欲望の方に傾いている気がする。

 というか、確実に傾いちゃってるよ。

 おかしい……こんなつもりじゃなかったのに、おかしい。

 あと、別にボクと同じ格好をすることの、どこがいいのかわからない。

 

『ふむ……なら、決まりだな』

『決まりね』

『『『その条件、飲もう』』』

「……そ、そうですか」

 

 結果、まさかの条件を飲んじゃいました。

 あれぇ? ボク、絶対に恥ずかしくて無理、って言うと思っていたのに……。

 なのに、いざ答えを出されたら、まさかの了承。

 

 よく見ると、応援団の人たち目は、欲望でギラギラと濡れている。

 う、うわぁ……。

 ボクがちょっとエッチな格好をするだけで、そこまでする? 羞恥心まで捨てる?

 

「あの、恥ずかしいのなら、無理をしなくても……」

『ふっ、世の中、なんのデメリットもなしに天国に行けるわけがないのだ』

『そうね。何かの対価を払ってこそ、私たちは幸せになれるのよ』

 

 ちょっと何言ってるかわからない。

 そこまで? そこまでして見たいの……?

 他人の気持ちなんて、ほとんどわからないけど……この人たち――というより、この学園の人たちは何を考えているのか、ボクにはさっぱりわからないよ。

 

『じゃあ決まり! 俺たちは当日、男女が出した条件の服装で応援する!』

『『『了解!』』』

 ……回避、できませんでした。

 

 

 結局、依桜が恥ずかしい格好をする、という状況を回避することはできず、そのまま今後の日程と、当日の簡単な概要を説明されて終了。解散となった。

 練習は来週かららしい。

 本来なら、今週からあるらしいが……依桜が出した条件のせいで、服飾部の人たちが参加できない! とのことらしく、結果的に来週ということになった。

 

「しかし、結局面倒なことになったな、依桜」

「あ、あはは……そうだね……」

 

 未果はクラス委員として、何か体育祭関連で仕事があるらしく、今もそっちで仕事をしている。

 女委と態徒は特に用事もなかったので、そのまま帰宅したとのこと。

 未果を待っていようかとも考え、LINNを送ったところ、

 

『待ってくれるのはありがたいけど、まだかかりそうだから先に帰ってていいわよ』

 

 というメッセージが送られてきたので、俺と依桜で帰ることにした。

 

「まさか、俺も巻き込まれるとは思わなかったぞ」

「だって、いっつもボクだけなんだもん。たまには、巻き添えになってもらってもいいでしょ?」

 

 さっきのことを軽く依桜に言うと、少し拗ねたようにぷいっとそっぽを向きながら、そんなことを言ってきた。

 

「……最近、遠慮がなくなってきたな、依桜」

「そう? あんまり変わってないと思うけど」

 

 遠慮がなくなってきたと言うと、依桜はきょとんとした。

 変わってないと思ってるのか、あれで。

 

「変わったよ。なにせ、前までの依桜なら、あんなことを言ったり、俺を巻き込んだりしなかったからな」

「そうだったかな? まあ、晶が言うならそうなのかも」

 

 ここのところ、依桜が少し黒くなる時がある。いや、性格のほうがな。

 大食いの時もそうだったからな。

 あの罰ゲームは結構えげつなかったな。

 

 それに、未果たちにも容赦なくなってきたし。

 いくら幼馴染で親友だからと言って、針を刺すか? しないよな。以前はそんなことしなかったが、学園祭のあの時以降からしだしたものな。

 依桜が女子になって初めて登校してきた時の、態徒とのあれは例外的だが。

 

 そう言った行動にためらいがなくなってきたような気がする。クラスメートにもしていたようだが、その場合は何かしらのトラブルの対処のためだったみたいだ。

 俺たち以外にはあんまりしていない。

 

 ……まあ、だとしても、さっきの巻き添えはちょっときつい。

 こいつ、日頃の恨みでもあるのかね?

 

「でも、あんなことを頼めるのって、ほとんど晶だけだからね」

 

 ……ほんと、狙ってやってるんじゃないだろうな、依桜は。

 顔を少し赤らめ、はにかみが混じった微笑みを浮かべながらのそのセリフは反則じゃないか?

 

「そ、そうか」

 

 思わず、声が裏返ってしまった。

 くっ、やはり、依桜は油断できないな……。

 元々男、と言う事実を知らなければ、あっさり落ちてたぞ、これ。

 それくらい、魅力的なんだよな、依桜は。

 

「それで? なんで俺だけなんだ?」

「だって、みんなの中で、唯一まともだもん、晶」

「まとも?」

「うん。未果は面白がっちゃうと、助けるどころか便乗しちゃうでしょ? 女委に態徒は変態だから、何かしら問題を起こす。でも、晶はそう言うことをしないで、むしろ止めてくれるんだもん。だから、晶なら巻き込んでもいいかなって」

「酷い話だ」

「ふふっ、信頼してるってことだよ」

「……それは、光栄なことだな」

 

 そんな軽口を言いあいながら、帰路に就いた。

 最近、依桜が女子のような言動や行動をとるようになってきたんだが……気付いているのか?

 ……いや、これ無意識だな。

 無意識に、ドキッとする発言をするのだから、本当に質が悪い。

 

 まったく。俺だからよかったものの、態徒がこれを聞いたら、間違いなく暴走するな。

 あと、女委もか。

 未果は……まあ、二人に比べたらマシなものだろうな。

 

 その内、『ボクは男だよ』と言わなくなるかもな、依桜。




 どうも、九十九一です。
 いい感じに、お気に入りされていてちょっとびっくりしました。
 順調と言っていいのかはわかりませんが、まあいいほうなのかな?
 多分、いいほうなのだろうと納得しておくようにします。
 明日は、いつも通り、10時だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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81件目 依桜ちゃんの評価(ネット上)

「はぁ……」

 

 自室のベッドでため息を吐く。

 もちろん、あの件。

 チアガールである。ここまであの話を引っ張るのもどうかと思うけど……それくらい嫌なんです。

 

 いくら、ほかの人もそれで参加することが決まったとしても、恥ずかしい格好をすることに変わりはない。

 ……まあ、いつぞやのサキュバスの衣装に比べたらマシなのかもしれないけど。

 あれはもう、ほとんど下着姿と変わらなかったし。

 

「まさか、三着も作ってるとは思わなかったなぁ」

 

 通常のサイズ、小学三年生くらいのサイズ、そして、小学一年生くらいのサイズ(尻尾穴あり)。

 最大の疑問は、どこで小さい時のボクの体のサイズを測ったのか、と言う部分。

 あの姿の時って、一度も測ってなかった……って、そう言えば、学園長先生に測ってもらった時があったっけ。

 となると……やっぱり、学園長先生が情報を漏らしたのかな? でも、ボクと学園長先生にかかわりがあることを知っている人って、保険の先生くらいだよね?

 

 ……なら、一体どうやったんだろう?

 しかもこれ、サイズが合う服と比べても、丁度いいサイズだし。

 謎すぎる……。

 

「それにしても……体育祭かぁ」

 

 異世界へ行ってなければ、きっと素直に楽しめたんだろうね。

 もっとも。今は、楽しむどころか、内心ひやひやしてるわけだけど。

 

 通常時なら力の加減はうまくできるけど、小さくなるとなかなかに難しくなってしまう。

 今だって、いつ小さくなるか、どっちの姿になるか、ということ把握できてないし、そもそも、予兆とかもないので、対処のしようがない。

 

 まあ、仮に予兆があったとしても、対処ができるかと言われれば……無理と答えるしかない。だって、異世界の呪いの産物だよ? 仮にわかっていたとしても、『あ、明日小さくなるから』って言う感じで、未果たちに事前に伝えておくくらいだろうし。

 

 ……あれ? そう言えば、前に女の子になる前日の夜とか、獣人風の幼い女の子になる前日とか、すごく眠くなってたような?

 それも、抗えないほどの強い睡魔。

 ……もしかして、ボクが変化する前日って、すごく眠くなったりする?

 

「だとしたら、余計にわからないなぁ」

 

 そもそも、睡魔が来た時点で、すぐに眠っちゃうほどのものだと考えると、未果とかに『明日小さくなるから』と言うような感じで、知らせるのは不可能。

 ほとんど一瞬で落ちるし。

 

「お手上げかぁ」

 

 できれば、本番当日に小さくならないでほしいな。

 力制御を誤ると、何かしらを壊しかねないし。

 例えば……サッカーゴールとかは簡単に逝くね。

 さすがに、サッカーゴールを使うような競技はないから、あくまでも例えだけど。

 

 実際の競技にありそうなのは、ちょっと力んじゃって、リレーのバトンを握り潰しちゃうくらいかな。

 たぶんこう……ぐしゃって。

 あ、でも縮んでることを考えたら、抉る感じになるかも。

 

 それ以外だと……障害物競走とか、綱引きとか?

 障害物競走の中身が何かは知らないけど、少なくとも壊しかねないものでなければ問題はないです。

 綱引きは……まあ、うん。一対四十でも勝てるんじゃないかなぁ、ボク。

 ……やっぱり、力業でやっても問題ない競技にボクが出るって、結構反則じゃない?

 あっちの世界では、ボクより力が強い人はいっぱいいたけど、こっちの世界じゃ基本的にボクが圧倒的すぎる腕力になっているだけ。

 

 これはあれかな。一度向こうの世界で、身体能力を抑える魔道具か何かを探したほうがいいかもなぁ。

 まあ、今行くのはちょっと無理かなぁ。

 一応、向こうでの一週間はこっちので一日だけど、その辺りの加減は学園長先生次第になるし。そもそも、行かせてくれるかどうかがわからないけど。

 ……いや、あの人のことだから、絶対にノリノリで承認しそう。

 

「まあ、それは本当にまずいと思った時、かな」

 

 当日、どうなるかもわからない以上、今の段階で身体能力を抑制する魔道具を使ったら、もしもの時に対処できなくなりそうだし。

 実際、テロリストに襲撃されたとか言う前科があるわけだしね。

 

「さすがに、今回はないと思うんだけど……」

 

 すべてにおける諸悪の根源は、学園長先生だからなぁ。

 何もしていないのに、いつも何かしら問題を起こし、それの収拾をつけてるのがボクだし……。

 テロリストの時なんて、一番いい例だよ。

 ……逆にボクの方で困ったことがあったら、手助けしてくるのも学園長先生なわけだから、おあいこな気がするけどね。

 ……いや、よくよく考えたら、ボクの方が異常なまでの被害を被ってる。

 そもそも、ボクが困るような事態に発展したのだって、全部あの人のせいだもん。

 

「……そう言えば、インターネット上でのボクって、今どうなってるんだろ?」

 

 ふと、そんなことが気になった。

 前に、ボクがインターネット上では、『白銀の女神』なんて、ちょっと痛いあだ名のようなものを付けられていたらしいし。

 一体、誰が考えているんだろう?

 

「えーっと……とりあえず、あだ名を入れれば問題ない、かな?」

 

 検索欄に、ネット上でのボクのあだ名を入力し、検索。

 すぐに検索結果が表示されると、一番上には、

 

『エロ可愛美少女、白銀の女神の正体は?』

 

 と言う見出しの、何かの掲示板が。

 ………………………なにこれ?

 いやちょっと待って? エロ可愛美少女って何?

 ボク、エロくないよね? そこまで可愛くないよね? なのに何、このわけのわからない見出しは。

 ボク、いつからそんなことになってるの?

 それ以前に、誰が言いだしたの、これ?

 ……中身が気になるけど、ちょっと怖いので一旦保留にして、下へスクロール。

 

『エロい美少女がいるんだが』

 

 とか、

 

『最近の女子高生ってエロくね?』

 

 とか、

 

『ヤバイww マジでエロすぎ、この美少女www』

 

 みたいな見出しのものある。

 …………………………泣きそう。

 

 ボクじゃないだろうと思いつつ、そのサイトへ飛んだら、ボクの写真が一番上に表記されたので、ボクで間違いないと思います。

 しかも、どれもボクが何らかの形で写真や映像が流出した時の奴だし。

 よく見ると、なぜかボクのメイド姿や、サキュバス衣装姿の写真もある。

 え、これどうやって謎システムを掻い潜ったの?

 

 ……いや、今考えるのはそこじゃない。

 ボク、世間的に見て、エッチだと思われてるの?

 たしかに、サキュバスの衣装は、その……エッチだと思うけど……ほかのは違うと思うんだけど。

 

 少なくとも、モデルをやった時の写真とか、エキストラの時に画とかは、そこまで……と言うか、全然エッチじゃないよね?

 なのになんで、エッチだと思われてるの!?

 こ、こういう時は……

 

「みんなに確認を取ろう」

 

 急いで、LINNのボクたちのグループでさっきのことについて尋ねる。

 

『いたら、確認したいんだけど……ボクって、エッチなの?』

 

 と、グループに送ると、すぐに既読が四付いた。

 え、もう見たの?

 

『あー、依桜、急にどうした?』

 

 最初にメッセージを飛ばしてきたのは、晶。

 ……言われてみれば、いきなり『ボクって、エッチなの?』と聞かれたら、事情を聴かれるよね。

 顔は見えないけど、眉間にしわを寄せてどうした? みたいな表情をしている晶が目に浮かぶ。

 

『ネットで、ね。ボクがどういう風に見られているのか気になっちゃって……それで、みんなからみて、どうなのかなって』

『エロいわね』『エロいよ!』『エロいぜ』『まあ……エロいな』

 

 まさかの、一斉に同じ反応が来てしまった。

 打合せとかしてないよね!? それくらいのレベルのレスポンスだったんだけど!

 

『ま、まさか、みんなにも思われてたなんて……』

『いや、まあ……なんつーかよ、依桜って無自覚にエロい行動するし、な?』

『……え?』

『いや、例えばな? 昼飯食べてるときに、腕の当たりにソースか何かついてたろ?』

『あ、うん。たまにあるね』

 

 それが何だと言うんだろう?

 

『で、よ。そう言う時、お前は、どういう行動をとる?』

『え? えっと……普通に、舐めとってるけど……』

 

 なんとなく、行儀が悪いのはわかるんだけど、ついついやっちゃうんだよね。

 向こうでの生活が原因な気がするけど。

 

『それだよそれ』

『え、っと、どういうこと?』

『あの時のお前、普通に色気が、な? 高校生とは思えない……それこそ、年上の色気って言うのかね? それがあるんだよ』

 

 ……あ、そう言えばみんなには言ってなかったっけ。

 

『あの、ね。ボクって、その……実年齢、十九歳、なんだけど』

『え、マジで!?』『ほんとに?』『ほぇ~、年上だったんだぁ』『初耳だな、それ』

 

 うん。ほんと、レスポンスが速いことで。

 

『あれ? でもよ、俺たち普通に同じ時期に中学卒業して、高校に入学してるよな? おかしくね?』

『……ああ、なるほど。そういうことね』

『未果はわかったのか?』

『そりゃあね。というか、態徒、依桜ってどれくらい向こうの世界にいたか、覚えてるのかしら?』

『は? えーっと……三年だな』

『でしょ? こっちの世界では、時間は進んでなかったらしいけど、依桜は三年間向こうで過ごしたの。だから、私たちよりも年上、ってことよ』

『はー、なるほどなぁ……そりゃ、依桜が妙に色気を放っていたりするわけだ』

『年上だからと言って、そこまで色気とかはないと思うんだけど……』

 

 だって、高校三年生よりも、一つ上ってだけだし。

 それだけで、そこまで変わるものかなぁ。

 

『依桜自身は気づいていないかもしれないが、何と言うかだな……依桜が浮かべる微笑みとかは、妙に大人っぽくてな。あとは、妖艶な雰囲気とでもいうのか? そう言ったものもよく出てるんだよ』

『ええ? ボク、そんな雰囲気だしてたかなぁ……』

 

 いつも通りに生活してただけだし……。

 あ、でも、向こうでの出来事が濃すぎて、こっちでは結構冷静でいられたりするんだよね。

 まあ、学園祭の時とか、ハロウィンの時とかは例外だけど。

 

『というか、だな……今日、依桜と帰り際に話していた時とか、ちょっとドキドキしたぞ? 俺は』

『なんで?』

 

 別に、外見的には女の子と男子、って言う絵面だけど、ボクたちからしたら、男同士で歩いているようなものだと思うんだけど。

 

『なんでって……そもそも、依桜と二人きりで歩いて、尚且つ、頬を赤らめ、ちょっと大人っぽい微笑みを浮かべながら、ふふっ、とか笑われたら、な?』

『うわっ、なんだそれ、すっげえエロい』

『なるほど。依桜って、結構無自覚にそう言うことをしてるのね』

『それはそれで見てみたいなぁ。普段の依桜君のギャップと相まって、すっごく魅力的なんだろうしね』

『いや、そこまでじゃないと思うんだけど』

 

 そんな笑い方ひとつで思われてたら、ボク、相当エッチな人になっちゃうよ。

 

『まあ、そもそも、依桜君のスタイルがすでにエッチだしねぇ』

『ちょ、何言ってるの!? ふ、普通だから!』

『ええー? 依桜のそれで普通とか……ないわー』

『そうだな。依桜は結構、発育がいいと言うか……そこらのグラビアアイドルなんかより全然いいと思うぞ?』

『おっぱいでかいし、腰は引き締まってるし、お尻もいい形してるしな!』

『タイト、アシタ、コロス』

『ちょぉ!? なんか、依桜が見たことない片言を使ってきただけじゃなく、殺害予告もしてきたんだけど!?』

 

 ストレートにそう言うこと言うんだもん。

 恥ずかしいんだよぉ……。

 ……だ、誰もいなくてよかったよ。今のボク、顔真っ赤だもん。

 

『まあ、態徒の自業自得だな』

『それはそうと……結論。依桜はエロい。これでOKかしら?』

『否定できないからな』『だねー。依桜君、いつ襲われてもおかしくないと思うしー』『まあ、そうなったら逆に返り討ちだと思うけどな!』

『え、エッチじゃないもん……普通だもん……』

 

 ……結局、そう言うしかなかった。

 それから、ちょっと軽い雑談をして、ボクは眠った。

 

 

 そして、依桜が寝た直後のこと。

 依桜が性転換した、次の日に作成されたグループ(依桜以外のメンバー)にて。

 

『……で、どう思う? 最近、依桜がかなり女子に近づいているんだが』

『近づいているって言うより……ほとんどそれ、よね?』

『だよなぁ。オレだって、依桜は最初から女だったんじゃ? なんて思っちまうし』

『依桜君、可愛いしね。しかも、口調とか、前までは使わなかった、『~もん』とか、さっき晶君が言ってた『ふふっ』みたいな笑い方、一度もしなかったからねぇ』

『あれ、無意識らしいんだよな……。どうも、本人は気付いていないみたいだし』

『でもまあ、いいんじゃね? 受け入れつつあるのなら、それはそれで。前までは、普通に可愛いと褒められると、複雑そうな顔してたのに、今じゃ照れ笑いだぜ?』

『一人称は相変わらず『ボク』のままだけど、ボクっ娘とかいるもんねぇ。リアルでいるかはわからないけど』

『……ま、私たちにできることなんて、いつも通りに接する、これだけよね』

『そうだな』『だね』『おうとも!』

 

 依桜は本当に恵まれていた。

 

 ちなみに、このグループでは、結構会話が繰り広げられていたりするが……そのほとんどは、依桜関係のものである。

 特に、依桜が可愛いというような題材が多くなっている。

 

 それから、依桜本人が見つけたあの掲示板では……かなりド直球で下世話な会話が繰り広げられていて、依桜が顔を真っ赤にしながら気絶したとか、しないとか。



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82件目 依桜ちゃんの評価(世間)

「う、ん……ふぁあ……うっ、あいたたた……」

 

 目を覚ますと、体の節々が痛んだ。

 どうやらボクは、いつの間にか眠ってしまっていたらしく、床で寝ていたみたい。

 

「うーん、昨日、未果たちと話してて……それから……」

 

 思い出せない。

 何か、すごーく嫌なものを見たような気がするんだけど……何を見たんだっけ? 少なくとも、ボク自身に関することだったのは覚えてる。

 でも、その内容までは全く思い出せない。

 

「……近くにスマホが落ちてるところを見ると、未果たちとの会話が終わった後だと思うんだけど……」

 

 なんとなく、スマホを手に取って画面を点ける。

 見れば、どうやらインターネットを見ていたらしい。

 

 ……だけど、なんだろう。この先は見ないほうがいい気がする。

 何か、おぞましいものを見たから、ボクは床で寝ていた……と言うより、気絶していたんじゃないだろうか?

 

「うん。見るのはやめよう」

 

 結局、嫌な予感がしたので、見るのをやめた。

 さすがに間違って開いたら怖いので、タブも全部閉じておいた。

 こうすれば、ボクが何を見たかわからないはず。

 検索履歴は……まあ、いいかな。

 

「着替えて、下行こう」

 

 体はちょっと痛むけど、異世界での野宿に比べたら、部屋の床なんて可愛いものです。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜。ご飯できてるから、食べちゃいなさい」

「うん」

 

 いつも通り、母さんがリビングで朝食を作っていてくれた。

 今日は、ご飯に味噌汁、それから漬物と、目玉焼きにソーセージ。

 うん。美味しそう。

 

「いただきます」

 

 いつものように朝食を食べていると、ふと、テレビのニュースに目が行った。

 

『続いてのニュースです。つい先日、『白銀会』と言うファンクラブのようなものが設立されたようです』

 

 ……なんだろう、すごく聞いたことがあるような名前。

 白銀、ね……。

 いや、ボクのことじゃない、よね?

 多分、白銀さんって言う人が立ち上げた、ボランティア活動を主体とした、自治体だとおも――

 

『白銀と言いますと、やはりあの少女に関することでしょうか?』

『おそらくそうだと思われます。九月中旬以降から、モデルやドラマのエキストラに出演し、世に出回ると瞬く間に全国に広まった少女を応援し、一つでも多くの情報を入手しようと躍起になっている、非公式のファンクラブとのことです』

 

 うわぁ、絶対これボクだよ。

 

 九月の中旬頃にボクは女の子になってるし、それ以降にモデルとか、ドラマのエキストラとかやってたし……ボクだよ。確実だよ。

 ……というか、いつの間に、そんなことになってたの?

 あまりにも突然の出来事に、思わず箸が止まってしまった。

 

『現在の会員数は定かではありませんが、最低でも一万人はいると思われています』

「いちっ……!」

 

 最低でも一万人って……。

 普通の一般人に対するもののはずなのに、なんでアイドルのファンクラブ並みの人数がいるの!?

 こういうのって、多くても五百人くらいじゃないの!?

 

『しかも、参加している年代はかなりばらけているらしく、老若男女問わず参加しているようです』

『つまり、それほど魅力的、ということですね?』

『はい。今現在も、様々な分野の芸能関連の事務所が、あの少女を躍起になって探しているそうです』

『なるほど。やはり、芸能業界としても、無視できない存在ということですね』

『そうですね。あそこまでの美貌を持った少女はなかなかいません。それこそ、数十億人に一人の逸材のような存在と言えるでしょう』

『これは、今後も期待が高まりそうですね』

 

 勝手に期待されても困るんだけど!?

 いや、ボク一般人! 素性とかはともかく、ごくごく普通の一般人なんだけど!

 というか、未だに芸能業界の人とか探してたの!? もう一ヶ月近く経ってるよ!? そこまでして引き入れたいと思うほどのものを、ボクが持っているとは思えないんだけど。

 

「それねー。依桜も、ずいぶん有名になったわね」

「有名って……ボク、一般人だよ」

「あなたはそう思ってても、あなたのその容姿は一般人レベルじゃないってことよ」

「そ、そうかなぁ?」

 

 まったくもって、実感がわかない。

 いつもいつも、美少女だ、女神様だ、なんて言われているけど……ねえ?

 何度言われても、ボク自身がそうとは思えない。

 

「うーん」

 

 なんだか、新たな問題が出てきたような気がするけど……今のところは実害がないし、頭の片隅に留めておくだけにしておこう。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 うん。いつも通りだ。

 

「依桜、ニュース見た?」

「ニュース?」

「ああ、お前のファンクラブができたっていう……」

「あー……うん、一応、チラッとは……」

「で、どう思ったの?」

「どうって……うーん、また変なのが出てきたなぁ、って感じかな?」

 

 それ以外にない気がするんだけど。

 

「それに、ファンクラブって、学園内にもうあるしね……」

 

 前に、晶たちが言ってたし。

 その人たちが、ボクに告白を使用としている人たちを阻止しているらしいけどね。

 ……そのあたりは、ありがたいような……阻止された人が可哀そうな人のような……。

 

「ファンクラブって言っても、特段何かしてるわけじゃないみたいだけどね」

「そうなの?」

「ええ。……ほら」

 

 そう言って、スマホを操作して、何かの画面をボクに見せてくる。

 そこには、

 

『白銀会 Informal Site』

 

 と、大きくジョブに表示され、その下にはボクの写真が貼られた、謎のサイトが。

 

「……これ、なの?」

「これね」

 

 ボクは絶句した。

 まさか、サイトも作ってたなんて……。

 

 いくらなんでも、本気すぎませんか!? あと、普通に非公式って書いてあるし! いや、公式って書かれてたらさすがに嫌だけど!

 しかも、無駄にクオリティが高くて、よく見るような公式ファンクラブのサイトと比べてもそん色ないレベルだし。

 

「まあ、それにしても……このネーミングセンスよ」

「……まあ、微妙だよね」

「だな。これだと、ファンクラブというより、何かの自治体みたいだ」

 

 うん。それはボクも思ったよ。

 一体誰が発足させたんだろう、これ。

 

「おっはよー!」

「おーっす」

 

 と、ここで二人が登場。

 あ、女委だったら何か知ってるかな?

 

「おはよう、二人とも。女委、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「なになに? 依桜君のためとあらば、わたしのスリーサイズや、恥ずかしいことだって、教えちゃうよ~」

「そ、そそう言うのはいいから! って、服を脱ごうとしないの!」

「ふふふー。冗談だよ、冗談」

「し、心臓に悪いよぉ……」

 

 あはは、と笑う女委。

 本当に女委の冗談って、心臓に悪いから困る。

 いきなり、シャツのボタンに手をかけるんだもん。

 

「それで? 何が訊きたいんだい?」

「あ、うん。なんか、ボクのファンクラブができたってニュースでやってたんだけど、何か知らない?」

「あー、あれかぁ。知ってることと言えば……発足させたのは、学園祭に来て、依桜君に一目惚れした人たちだね」

「ひ、一目惚れ?」

「うん。多分、ミスコンが原因なんじゃないかなぁ」

「どうして?」

「もしかして、依桜の水着審査の時とかか?」

「お、晶君正解! 正確に言うと、喫茶店でやった時と、水着審査の時の二つだね。で、この二つで共通して、依桜君がやったことは?」

「え? えっと……笑顔?」

 

 たしか、両方とも、人に言われてやった記憶がある。

 

「そう! その時の依桜君の笑顔はね、その場にいた人たち全員を魅了し、一目惚れした人が続出したんだよ!」

「そ、そんなことで?」

「そんなことって……依桜、あなた、やっぱり自己評価が低いわね。それも、かなり」

「いや、この場合、自己評価云々よりも、単純に鈍感だからじゃね?」

「なるほど、たしかにそれはありあえる」

「少なくとも、自分に向けられている好意に気づかない時点で、鈍感だもんね!」

「ボク、結構鋭いほうなんだけど……」

「「「「そんなまさか」」」」

 

 ……酷い。

 即答で否定しなくても……。

 

「こ、これでもボク、気配とかには敏感なんだよ? どの方角に何人いるとか、不審者が誰を狙っているのか、とか」

「確かにそれは敏感だが、俺たちが言っているのは、そう言うのじゃなくて、感情的なものだぞ?」

「え? でも、敵意とかならわかるよ?」

「……ああ、そうだな」

「依桜君って、時折天然な反応するよねー」

「依桜にとっては、感情を敵意だけだと思ってるのか?」

「さ、さすがにそこまでじゃないよ。敵意以外だと……こう、まとわりつくような感じの、ねっとりした感じの視線、とか?」

「「「「……」」」」

 

 あれ、何も言わなくなっちゃったんだけど。

 なんで、みんなは可哀そうな人を見る目をボクに向けているんだろう?

 え、何かボクの発言におかしなところあった?

 

「いや、まあ、なんだ。前も言ったが、別に、欠点ってわけじゃないと思うし……いいと思う、ぞ?」

「なんで、最後疑問形?」

「正直、依桜に何を言っても直らないと思うし、気にしなくてもいいと思うわよ」

「それ、直る見込みなしって言ってるよね?」

「依桜君の場合、素晴らしいステータスだよ! 滅多にいないからね!」

「いやあの、普通に馬鹿にしてない?」

「はっはっは! 鈍感じゃない依桜とか、ちょっと戸惑うしな!」

「態徒コロス」

「だから、なんでいつもオレだけ脅迫されるんだよ!?」

 

 だって、ね?

 態徒にそう言う風に言われると、ちょっと……というか、なんとなくイラッとくるし。

 

「まあ、態徒君のことは置いておくとして。……つまるところ、依桜君のファンクラブができた原因は学園祭。で、中でもそこで一目惚れして、熱狂的なファンが立ち上げたのが、白銀会っていう組織なんだよ」

「そ、そうなんだ」

 

 一目惚れ、ね。

 現実にいるんだ、そう言う人。

 ここでボクが、『一目惚れする要素なんてない』みたいなことを言ったら、即否定が来るんだろうなぁ、今までの経験則から行って。

 

「じゃあ、学園にあるファンクラブは?」

「そっちは、普通にこの学園の生徒が作ったやつだね。ちなみに、参加しているのは学園の男子生徒の7割と、女子生徒8割だね。ちなみに、教職員のほうも5割くらい」

「おかしい! おかしいよ、その人数!」

 

 学園にいる人の、ほぼ半数が参加してるってことだよね!? 怖いんだけど!

 何? ボクは今まで、それに気づかずにずっと生活してたってこと!?

 

「そこまで広がってたとは……下手をしたら、生徒会長とかよりも有名なんじゃないか?」

「さすがに、生徒会長のほうが有名だと思うけど……」

 

 肩書き的に。

 ……あれ、ちょっと待って。

 

「この学園の生徒会長って、どんな人だったっけ?」

「何言ってるのよ。自分の学園の生徒会長くらい……あら? そう言えば、どんな人だったかしら?」

「二人とも何を言ってる……って、いや、確かに、どんな人だった?」

「やばい。オレも思い出せねぇ……」

「わ、わたしも。おっかしいなぁ……」

 

 生徒会長がどんな人だったか忘れる事態が発生してしまった。

 なんとなく、周囲を見回すと、聞き耳を立てていたからなのかはわからないけど、みんな生徒会長がどんな存在だったかを思い出そうとしていた。

 あ、あれ? 本当にどんな人だったっけ?

 え、えっと確か、目があって、鼻があって、その下に口があって……ダメだ。それしか出てこないっ……

 

 た、確か、入学式とか、新入生歓迎会とかで見た記憶があるのは覚えているんだよ。

 でも、肝心の顔が全く思い出せない。

 

(((せ、生徒会長、どんな人だったっけ……)))

 

 朝のHRは、クラスの生徒全員が同じ疑問を抱え、うんうんと唸っていた。

 

 なお、後で確認したところ、生徒会長は権蔵院菊之丞と言う名前の、男子生徒でした。

 容姿は……その、眼鏡をかけた人で、みんなからは『普通』と言われるような容姿でした。

 ……名前と容姿のギャップがすごい人だった。




 どうも、九十九一です。
 ま、まずい。確実に、話が体育祭から脱線している気がする……。いや、確実にしてる。
 え、っと、ですね。生徒会長は、まあ、多分、きっと、おそらく出てくると思います。次の幕間くらいですかね。あれです、生徒会選挙。
 まあ、そんなの結構先でしょうし、今はまだどうでもいいと思いますが……まあ、うん。すみません。
 次からちゃんと、体育祭の話を絡めますので、許してください。
 明日もいつも通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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83件目 応援団員の本気(欲望)

 時が少し進んで土曜日。

 これと言ってなんでもない日だったので、依桜はやることがなく、時間を持て余し、結局家でゲームをして過ごすことにした。

 そんな、依桜が家でゴロゴロしていること、学園の被服室では。

 

『くそぉ! マジで追い付かねえぞ!?』

『諦めるな! これさえ乗り切っちまえば、俺たちは露出度が高い、チア衣装が見れるんだぞッ!』

『た、確かにそうだが、さすがに十八人分の衣装を四日程度で作るとか、バカげてるぞ!?』

『男子! 話してる暇があるのなら、さっさと作りなさいよ!』

『うるせぇ! こっちだって、必死こいてやってんだよッ!』

 

 こんな風に、西軍の応援団の生徒(依桜と晶を除く)が、猛烈な勢いで衣装作りに励んでいた。

 その状況はまさに、粉骨砕身である。

 もはや、身や骨を削るだけでなく、確実に命まで削ろうとしているが。

 

『あんたちだって、依桜ちゃんのチアガール姿見たいでしょ!?』

『んなもん、当然だろ! 銀髪巨乳美少女のエロいチアガールが見たくないわけねえだろ!』

『男で見たくねえと言うやつは、ホモか悟りを開いたやつくらいだ! 絶対、彼女持ちでも見たがるね!』

『ほんっと、男子って単純』

『そんなこと言って! お前らもそれが目当てだろ!』

『ええ、当然! あんなに可愛い娘なんて滅多なにいないから! 男の娘の時ですら、是非やってもらいたかったもの! というか、なんで女の子じゃなかったのか、って女子たちの間では常に言われてたの!』

 

 とまあ、こんな感じである。

 事実、依桜を見たことがある女子たちは、基本的に、なぜ女の子じゃないのか、と不条理な話だと言い合っていた。

 

 そもそも、依桜の女子力はかなり高く、小学校の林間学校にて、ほとんど依桜主導でカレー作りをしたり、掃除、洗濯、何でもござれだったためか、家庭科の成績では、一番上以外を取ったことがないほど。

 女子たちは、それを見て、

 

『女子力たけぇ……。嫁に欲しい』

 

 と思ったらしい。

 依桜が聞いたら、『ボク男! お嫁さんはおかしい! ボクの場合は、お婿さんだからね!?』と言いそうなものである。

 

 ちなみに、そう言った発言をしたのは、女子だけでなく男子もだったりするが……依桜が聞いたら、卒倒ものだろう。

 

 それと、女子から見た男の時の依桜は、とにかく羨ましい存在だったとか。

 まず、シミ一つないきめ細かな白い肌。まつ毛も長く、髪もさほど手入れをしているわけではないにも拘らず、サラサラで、癖一つない。唇だって、リップを塗っていないのに、艶がありとても柔らかそうな桜色。

 その上、華奢で線も細く、太らない体質と来た。

 

 そんな恵まれた体を持ちながらも、性別は女ではなく……男。

 毎日気を遣って手入れやら、メイクやらをしている世の中の女性を馬鹿にするかの如く、依桜はある意味優れた容姿をしていた。

 

 依桜自身は、男らしくなりたい、と常日頃から考えていたが……それを知った女子たちは、嫉妬した。

 

 それと、依桜は自分を髪と瞳の色を抜きにしたら、平凡でちょっと中性的な顔立ちの人間と言っていたのも、女子たちが嫉妬した理由の一つではあるが……何分、依桜は性格がよく、謙虚で周りに気を配るという、できた人間だったので、嫌がらせやいじめとは縁遠かった。

 周囲の人が、依桜の欠点は何か、と聞かれれば声をそろえて、

 

『性別』

 

 と言うほどだ。

 そして、そんな周りの思いが通じたのか、依桜はある日突然本当に女の子になるという事態に発展。

 

 色々と、不思議な体質をするようになったが……そこは、叡董学園の生徒。誰も気にすることなく、受け入れてしまったのだ。

 依桜としては、詮索されないのでありがたいと感じているところではあるが。

 

『俺たちのことを、変態だの不潔だの言ってくる割には、女子のほうも大概じゃね?』

『ふっ、あなたたちは異性。でも、私たちは同性だから』

『いや、それを言ったら、元々男なんだぜ? だったら、俺たちも同性だろ』

『はぁ? それはちょっと前までの話じゃない。今は女の子よ、女の子!』

『そっちこそ何言ってんだよ! 男女は今でこそあの外見だが、中身は男だぞ? なら、同性と言ってもおかしくないだろ』

『とか何とか言って、合法的に触りたいとか、そんな考えなんでしょ?』

『そ、そんなわけねえし? あわよくば、練習中に触れあいたいとか思ってねえし?』

『そんなことはさせない! 依桜ちゃんはね、私たちとくんずほぐ――んんっ! 練習するのよ!』

『女子のほうがひでえじゃねえかよ!』

『何よ!』

『なんだよ!』

 

 とまあ、こんな感じに、男子対女子の構図が出来上がっていたりするが……作業する手は一切止まっておらず、一心不乱に衣装作成をしている。

 男子たちのほうに被服部の生徒はいないが、依桜のチアガール姿が見たいという欲望のためだけに、才能やら何やらが限界突破している模様。

 と言う以前に、言い争いをしながら衣装を作るという、軽く人間離れした業を使う時点で、限界突破どころの騒ぎではないと思うが……人間とは、欲望があれば何でもできるのかもしれない。

 

 言い争いをしながらも、衣装製作は順調(殴り合いや罵倒をし合うことも含めないのであれば)に進み、衣装が完成したのは、まさかのまさか。月曜日の朝だった。

 

 

「おはよー」

 

 土曜日と日曜日は、これと言ってやることもなく、久しぶりにゆっくりできた。

 手持ち無沙汰だった、と言うのもあるけど、いい気分転換になったかな。

 ……九月から、結構酷い生活になってるからね。

 

 そんなわけで、新しい週になり、学園へ。

 挨拶しながら教室へ入ると、何やらちょっと騒がしい。

 よく見ると、晶と未果だけじゃなく、女委に態徒までいる。

 あれ、珍しい。

 ……晶が死にかけているのがちょっと気になるけど。

 

「お、来たか依桜!」

「えっと、これはどうしたの?」

 

 ボクに気づいた態徒が、満面の笑みで話しかけてきた。

 なので、クラスの現状について尋ねた。

 

「いやぁ、ははは! 依桜のおかげで、西軍の応援団の服装が、結構素晴らしいものになったって聞いてよ」

「あ、チアガール?」

「そうそう! まさか、依桜君がOKするとは思わなかったけど、わたしたち的には大変ありがたいのですよ!」

 

 あー、だから男子のみんなが嬉しそうなんだ。

 

「じゃあ、女の子のほうは、なんで嬉しそうに?」

「晶の机の上にあるあれよ、あれ」

「あれ? ……あ」

 

 晶の机の上にあるのは、その……つい、ボクが提案してしまった、あの衣装。王子様風の衣装(かぼちゃパンツ)が、机の上で広げられていた。

 それを見た晶が、死んだ魚の目でその衣装を凝視していた。

 

「あってことは……依桜、あれが何か知っているのね?」

「まあ、その……うん。実は、ね――」

 

 先週の集まりにあった出来事を説明。

 最初は楽しそうな表情をしていたクラスのみんなだったけど、ボクが出した条件の話をした途端、

 

『『『男女(依桜ちゃん)ェ……』』』

 

 ドン引きされてしまった。

 

「依桜……やることえげつないわね」

「たまーに、ブラックな依桜が出てくるけどよ……今回のはまた、一段とえぐい」

「さっすが依桜君! わたしたちじゃ思いつかないことを平然と言ってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」

「……今回の依桜の条件は、本気で死にたくなったぞ、俺」

「あ、やっと言葉を発したわ」

 

 その言い方から察するに……さっきまで、ずっとあの死んだ状態だったってこと?

 

「……ごめんね、晶」

 

 すごく申し訳なくなった。

 

「いや、いいんだ……。考えてみれば、依桜だって、この二ヶ月間、衣服には悩まされてたみたいだしな……。それに比べたら、一回くらいで死ぬとか、依桜に申し訳なくてな……」

 

 笑顔なんだけど……何と言うか、妙に哀愁漂うと言うか……。

 これ、大丈夫なの?

 

「で、でも、晶だって、最近人間関係で困ってるって……」

「はは……依桜に比べたら、なんのそのだ」

 

 どうしよう。目に生気を感じない!

 自分でやっておいてあれだけど……晶だけ、衣装を変えればよかったかもしれない……。

 ただでさえ、晶はおかしな人に告白されたり、ストーカー被害に遭ったり、ヤンデレな人に、血文字と思わせる様な、狂気的なラブレターを送られたりして、精神的にちょっと危ない状況になっているのに……。

 ……本当に申し訳ないよぉ。

 

「晶、本当にごめんね……」

「依桜が謝る必要はないさ……。俺だって、依桜の立場だったら、ああしてたと思うしな……」

「これ、相当重症ね。……依桜、どうするのよ?」

「……ちょっと、晶だけ衣装を変えられるか、試しに訊いてみるよ」

「そうね。さすがに、その……晶が可哀そうだわ」

「それは同感」

「わたしは面白いと思うけど……この晶君はちょっと、同情するかなぁ」

 

 みんな、優しい人で良かったよ……。

 

 

「――と言うわけでして……その、晶だけ衣装を変えてもらうことって、できますか……?」

 

 放課後、ボクは団長さんと衣装を担当した人を呼び出し、晶のことを相談していた。

 

『ふむ……俺的にはそこまで問題はない』

『私も大丈夫だけど……』

 

 団長さん――獅子野先輩は特に問題はないらしく、否定はしてこなかった。

 でも、衣装を作った人――江崎先輩は、難しい顔をしていた。

 

「……ダメ、ですか?」

『い、いえ、そう言うわけではないのだけど……さすがに、こっちも金土日の三日間、三徹でね……さすがに、疲れちゃって』

「で、ですよね……。すみません、無理言っちゃって……」

 

 やっぱり、ちょっと厳しそうみたい。

 ……でも、どうしよう。

 ボクに、衣装を作る知識やスキルなんてないし……できても、人形の洋服を作ったりするくらいだし……。

 諦めるしかない、のかなぁ……。

 

『あー、えっと、依桜ちゃん?』

 

 諦めようかなと思った矢先、江崎先輩に声をかけられた。

 

『その、ね? 私としては、依桜ちゃんのお願いを聞くのはやぶさかではないの』

「え、ほんとですか?」

『もちろん。一着だけなら、そこまでの労力ではないから』

「そ、それじゃあ――」

『ちょっと待って』

 

 ボクの声を遮るように、江崎先輩が手で制止をかけてきた。

 

「えっと……やっぱり、ダメ、ですか……?」

『ち、違うの! べ、別に断るわけじゃなくてね?』

「じゃ、じゃあ……どうしてですか……?」

『一つだけ、お願いがあるの』

「お願い、ですか? えと、ボクにできることであれば」

 

 実際、ボクもちょっと無理なお願いだとわかっているし、あの条件だって、まさか本当に受けてくれるとは思わなかった。

 なので、ボクにできることであればなんでも受けるつもり。

 

『ほんと!? じゃ、じゃあ……言ってほしいことがあるの』

「なんでしょうか?」

『その……お、お姉ちゃん大好き、って言ってほしいなぁ、って』

「え、そんなことでいいんですか?」

『そ、そう。それで、できれば笑顔で、ちょっと幼い感じの声で、最後に❤がついてそうな感じでやってもらえると……』

 

 け、結構オーダーが細かい。

 幼い感じの声って言うと……あれかな。ボクが小さくなってる時くらいの、声のトーン。

 多分できるとは思うけど……ちょっと恥ずかしいような……。

 ……ううん。でも……それを言えばやってもらえるのなら、

 

「わ、わかりました」

 

 やるしかない、よね。

 ……これも晶のため。

 

「じゃ、じゃあ行きます」

『うん! ばっちこい!』

「すぅー……はぁー……お姉ちゃん、大好き❤(ロリボイス)」

 

 暗殺者時代に培った演技力をフルに使い、言った。

 

『ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 頼まれたセリフを言った瞬間、江崎先輩はガッツポーズをしながら、謎の大声を上げだしていた。

 

『ちょ、江崎お前! ずるいぞ!』

『力がっ! 力が漲ってきたぁああああああああああああ! いける! これで、あと一ヶ月は不眠不休で動けるぅぅうううううううううううう!』

 

 そんなことを言いながら、江崎は猛ダッシュで教室から出て行った。

 ……なんか、スーパー〇イヤ人みたいに、金色っぽいオーラのようなものが体から出てたんだけど……きっと幻覚、だよね?

 

『くっ、あいつめ、一人だけいい思いをしやがって……! っと、すまない男女。俺もこれで失礼させてもらう!』

「あ、は、はい。ありがとうございました」

『ではな!』

 

 ばひゅん! と言う音が聞こえそうなほどのスピードで、獅子野先輩は江崎先輩が走り去ったほうへ向かって、全力疾走していった。

 

「あ、嵐みたいな人たちだったなぁ……」

 

 でも……なんだろう。

 さっき言ったセリフ、妙にしっくり来てしまったのが複雑なんだけど……。

 しかも、かなり自然に言えちゃったし……。

 

「や、やっぱり、精神面も女の子化が進んでる……の?」

 

 ……これ以上考えるのはやめよう。

 ちょっと怖いから。

 

 後日、奇声を上げながら全力疾走するヤバイ女がいる、という噂が校内に広まったけど……ボクは、聞かなかったことにした。




 どうも、九十九一です。
 全然体育祭の本編に進まなくて、ちょっと焦っています。
 本当に申し訳ないです……。
 多分、あと3、4話以上はかかる可能性がありますが……許してください……。
 それから、今日は二話投稿ができそうですので、もう一話上げたいと思います。
 時間は、17時か19時を予定していますので、よろしくお願いします。
 では。


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84件目 朝の騒動

「依桜、ありがとう……」

 

 次の日、教室に着いて早々、晶にお礼を言われた。

 それも、心の底からの感謝だった。

 

「えっと、どうしたの?」

 

 さすがに、昨日の今日で衣装ができてるはずがない――

 

「さっき、教室に着いたら、昨日置いてあった衣装の代わりに、この衣装が置いてあってな……」

 

 そう言って、晶が両手に持って広げた衣装は、わずかに昨日までのあの衣装の面影を残しつつも、漫画などで見かける様な、かっこいい王子様風の衣装が。

 え、ちょっと待って?

 

「あの、それ……頼んだの昨日、なんだけど」

「……は? ほ、ほんとか?」

「う、うん。昨日の放課後に頼みに行ってたんだけど……しかも、三徹していたのに」

「……何それ、化け物?」

 

 うん、未果の言いたい気持ちはわかるよ。

 

「依桜君、何したの?」

「どう考えても、三徹の人間が一日で衣装一着作るとか、普通あり得ねえよ。絶対、依桜が何かしたよな?」

「えっと、普通に、言ってほしいことがあるって言われて、それを言っただけだけど……まさか、それだけでできるとは思えないし……」

 

 言った直後に、謎の大声を発しながら金色のオーラを全身から出していたけど。

 

「へぇ? どんなセリフを頼まれたんだ?」

「幼い感じの声で、『お姉ちゃん、大好き』って。あと、最後に❥がついてるような感じでとも言われたよ」

「あー、なるほど……まあ、わかったわ」

 

 みんな、至極納得したような表情になった。

 何に納得したの?

 

「それはたしかに……一日で完成させるな」

「依桜みたいなやつに、そんなこと言われたらなぁ……」

「でもでも、どんな風に言ったの?」

「ふ、普通、に?」

 

 女委にその時の言い方を尋ねられたけど、あまり言いたくない……。

 なので、ここは誤魔化しておくに限るね。

 

「普通、ねぇ?」

 

 あ、未果が何かを企んでいる時の笑顔に!

 これ、絶対よからぬことを考えている時の顔だよ! ニヤッとしてるもん、ニヤッて!

 

「ねえ、依桜」

「お断りします!」

「まだ何も言ってないわよ?」

「言わなくてもわかるもん! 絶対『その時と同じように言って』とか言うんでしょ?」

「ご明察!」

「やっぱり!」

「さあ、言うのよ!」

「い、嫌だよ! あれ、恥ずかしいんだもん……」

 

 しかも、妙にしっくりくるから、余計に言いたくないし……。

 それに、一応同い年だよ? 未果の方が、ボクよりも早く生まれていても、同い年にお姉ちゃん、って言うのは、ちょっと……。

 

「えー? 聞きたーい」

「聞きたいじゃなくて! 絶対に嫌!」

「依桜君、わたしも聞きたいなー」

「なんで!?」

「だって、依桜君のそう言うセリフとか聞いてみたいし? それに、こういう時でないと、チャンスはないからね!」

「そ、そうは言っても……ボクだって、条件として出されたから言ったわけであって、今は言う理由がないんだけど……」

 

 実際、何かの条件に、と言う理由じゃない限り、ああいったセリフは言わないと思う。

 というか、言いたくない。

 

 好き好んで言う人は……目立ちたがりか、自分が可愛いという絶対の自信がある人くらいなんじゃないだろうか?

 あとは、将来声優を目指してるから、っていう場合。

 ボクはどれでもないので、言いたくないです。

 

「じゃあ、何か条件があればいいの?」

「そ、そうかもしれないけど……ボクが言うような条件はないとおも――」

「これ、なーんだ?」

「――ッ!」

 

 どこからともなく、女委が一枚の写真を取り出し、ボクに見せてきた。

 その瞬間、ボクの顔が一瞬で熱くなったのを感じた。

 

 だって、その写真は……ズボンが脱げて、思いっきりくまさんパンツを晒している時のものだったから。

 しかも、その場でへたり込んで、涙目の上に、顔を真っ赤にしている、なんていうすごく恥ずかしい写真。

 

「ふふふー。これを江口アダルティー商会に流されたくなければ、言うのです!」

「ひ、卑怯だよぉ!」

 

 まさかの、脅しを使ってきた。

 やっていることが、完全に悪人のそれ。

 

 それに、写真を流す場所が、確実にアウトな場所なんだけど! それ、学園祭の時にも、非公式で出店してたとこだよね!? 盗撮写真とか、盗撮動画とか、いろんなものを撃っていた場所だよね!?

 な、なんて恐ろしいところに!

 

「この写真がばら撒かれたくなかったら、言うんだよ!」

「あ、あぅぅ……」

 

 ど、どうしよう……。

 あの写真が流されるのは、さすがに……。

 で、でも、あのセリフも結構恥ずかしい……。

 

「うわぁ、女委のやっていることが、結構えげつないわ」

「だな。あの写真の時の依桜、少しトラウマになってるみたいだしな」

「まあ、あれはね……。実年齢十九歳の高校生が、くまさんパンツを穿いているって言う事実を知られたら、ね」

「地獄だよな」

「でもよ、あの時の依桜って、若干精神年齢のほうも下がってる気がしたぜ?」

「たしかにそうね。依桜ってなかなか泣かないもの」

 

 未果たちが何か話しているようだけど……話すんだったら、こっちを助けてほしい。

 

「さあ、依桜君どうする?」

 

 ここまで嫌な笑顔を、ボクはかつて見たことがあっただろうか?

 ……ないね。女委は、笑顔がスタンダードだけど、ここまで邪悪な笑顔は見たことがない。

 ちょっと悪い笑顔をする時はあったけど、その場合はエッチな方面の時だった気がするし……。

 

 言わなかったら、不特定多数の人たちに、あの恥ずかしい写真が流出しちゃう……かと言って、あのセリフをこんな公衆の面前で言うのも死にたくなるくらい恥ずかしい……。

 でも、言うだけなら一時的だし……言わなかった場合は、半永久的に写真が出回ることになっちゃう……。

 ……仕方ない、か。

 

「わかったよ……言うよ」

「やった! じゃあ、どうぞ!」

 

 うぅ、人の気も知らないでぇ……。

 って、ボクが言うことになった瞬間、周りの人も話すのをやめて、こっち見てるんだけど!

 よ、余計に恥ずかしくなってきたよぉ……!

 で、でも、言わないとばら撒かれちゃう……それだけは阻止しないと。

 

「……じゃ、じゃあ、行くよ」

「どうぞ!」

「お姉ちゃん、大好き❤(ロリボイス)」

 

 昨日の江崎先輩が言ったオーダー通りに、ボクはセリフを言った。

 笑顔で、幼い感じの声で、❤が付いてそうな感じの。

 

『『『ぐはっ!』』』

 

 その瞬間、聞いていたクラスの人全員(晶を除く)が、胸を抑えて倒れた。

 

「な、なんて萌え声っ……! い、依桜君の萌え力が無限大すぎるぅ……!」

 

 女委は何を言っているんだろうか?

 萌え力って何?

 

「やべえ、依桜のロリボイスが可愛すぎて、萌え死にする……」

「で、でもこれ、依桜が小さい時にやらなくてよかったわね……じゃなきゃ、全員死んでるわよ」

 

 未果も未果で、一体何を言っているんだろう?

 声だけで人が死んだら、日常的に人が死ぬことになるんだけど。

 

『男女のロリボイス、マジ神がかってる……』

『ボイス販売とかしたら、絶対買うわ……つか、どれだけ高くても、絶対手に入れてぇ』

『だ、誰か今の、録音した人いる? いたら、言い値で買うわ』

『お、おい大変だ! 松戸が息してねぇ!』

『うわ、マジだ! めっちゃ安らかな顔して死んでやがる!』

「えええ!? し、死んじゃったの!?」

 

 た、大変なことになっちゃったよぉ!

 クラスメートの松戸君が死んじゃったんだけど!

 

「ど、どどどどどうしよう!?」

「お、落ち着きなさい、依桜」

「み、未果、ボク、どうすれば……」

 

 突然の事態に、おろおろしてしまう。

 だ、だって、ボクのせいで人が死んじゃったんだよ!? 車とかに轢かれたわけじゃなくて、声を聴いたから死んだ、なんてすごくどうでもいい理由で死んじゃうなんて、松戸君が可哀そうだよ!

 

「こ、こういう時はね……死んでる人の近くで、『起きてお兄ちゃん』と言えば、なんとかなるの。もちろん、さっきと同じ声音で」

「ふぇ!? そ、それを言うの……?」

「依桜だって、殺人犯にはなりたくないでしょ?」

「……う、うん。わかった。やってみる!」

(チョロいわね)

 

 うん? 今、一瞬未果がほくそ笑んでいたような……気のせいかな?

 って、今は松戸君の蘇生が先!

 ボクは急いで、松戸君の近くへ駆け寄る。

 

「え、えとえとえと! ……お、起きて、お兄ちゃん!(ロリボイス)」

『ふぉあ!?』

「ひゃっ!」

 

 ほ、本当に起きた!

 声をかけた瞬間に、がばっと松戸君が起き上がって、悲鳴が出ちゃったけど。

 

『か、川の向こう岸で、超絶可愛いロリが手招きしてたっ……!』

 

 ……えっと、松戸君ってあれなのかな? その……『ろ』で始まって、『ん』で終わる人。

 

『す、すげえ、マジで息を吹き返しやがった!』

『しかも、男女に起こしてもらうとか……くそ! なんて羨ましいんだ!』

『ロリボイスで蘇ったあいつを、今度からは、松戸ではなく、ロリ戸と呼ぶことにしよう』

『『『異議なし!』』』

『ちょ、お前ら!? 俺はロリコンじゃねえぞ!?』

『いや、誰もロリコンとは言ってないぞ?』

『ふむ。つまり貴様は、ロリコンの自覚があったわけか』

『……サイテー』

『ロリ戸君、今後、小さくなった依桜ちゃんには、半径一メートル圏内には入らないでね』

『ぬ、濡れ衣だあああああああああああああああ!』

 

 よ、よかったぁ……ちゃんと蘇生できて……。

 もしできなかったら、師匠直伝の『スライムでもできる、人間蘇生! ~後遺症? 生きてりゃいいんだよ!~』を、実践しないといけないところだったよ。

 向こうの世界の人なら、ギリギリ後遺症なしで蘇生できるけど、こっちの人だと、体がそこまで強くないから、最悪半身不随になりかねないほどの後遺症が残っちゃうから、助かったよ……。

 ちなみに、蘇生方法については……黙秘させていただきます。

 ……言葉にするのもおぞましいほどのものなので。

 

「しかし、依桜も大変だな」

「晶は無事だったんだね」

「……多少はドキッとしたが、倒れるほどじゃないな」

「くっ、イケメンは慣れてるってか? けっ、お前なんか、幸せになっちまえ!」

「態徒、それ悪態をつけてないわ」

「なんだかんだで、友達思いだもんねー」

 

 いつのまに、未果たちも復活していた。

 

「みんなも大丈夫?」

「ええ、ハートブレイクされたけど、全然問題なしよ」

「オレも無事だ。……どっちかと言えば、さっきの依桜の声を録音できなかったことが、ものすごく悔しいが」

「態徒は後で、〆るね」

「だから、なんでオレにだけ辛辣なんだよ!?」

 

 態徒だからです。

 

「わたしも大丈夫だよー。……あとで下着替えないと」

「女委、今何か変なこと言った?」

「ううん、言ってないよー」

 

 ……幻聴だったのかな?

 ま、まあ、女委だし、さすがに酷すぎることは言ってない……よね?

 

「平気そうでよかったよ。……まさか、死人が出るとは思わなかったけど」

「多分、可愛すぎる依桜のロリボイスを聞いて、幸福感がオーバーフローを起こしたのでしょうね」

「世の中のロリコンが聞いたら、確実にロリ戸のようになりそうだもんな」

「恐るべし、依桜君」

「ぼ、ボクは殺人鬼じゃないよぉ」

((((無自覚って恐ろしい……))))

 

 このよくわからない騒ぎが収まったのは、戸隠先生が来た頃だった。

 なんで、朝からこんなことになったんだろう……。

 

 ちなみに、女委にあの写真をどこで撮ったのか訊いたところ、どうやら超小型カメラを持っていたらしく、それで撮ったそうです。

 そのカメラは、ボクが責任を持って破壊しました。

 女委が号泣してたけど、知りません!




 どうも、九十九一です。
 本日二話目の投稿です。
 体育祭に関する話をほとんどやってなくて、内心まずいと思っています。
 ……そろそろやらないと、馬鹿みたいに長くなっちゃうなぁ……。
 ま、まあ、多分大丈夫だと思います。
 明日は、いつも通りになる……と思いますが、何分、今日は二話投稿だったので、もしかすると、17時になるかもしれませんが、必ず出しますので、よろしくお願いします。
 では。


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85件目 競技の練習……だったのに

「と、言うわけで、今日から体育祭の競技種目の練習に入る。各自、自分の出場する種目の練習をするように! 解散!」

 

 騒ぎが収まり、いつも通りの日程で授業が進み、体育の時間となった。

 今週から、体育の授業は、種目の練習に入ることになっている。

 と言っても、一部練習できない競技も存在しているので、人によっては……というか、半分くらいの人は練習をするのではなく、体力づくりをすることになるんじゃないかな。

 体育祭の種目の半数近くが、練習ではできないものだし。

 

 ボクも例外ではなく、ボクが練習できるのは一種目だけ。

 二人三脚だ。

 

 ほかの種目に関しては……練習できる競技と言うわけではなかった。

 だって、障害物競走は当日までわからないし、美天杯は格闘大会だから練習のしようがない。そして、鬼ごっこのほうも、アスレチックと付いているので、当日にアスレチックが用意されると考えると、練習はできない。

 

 障害物競走は、体力づくりを。美天杯は、技の確認やら、威力・キレ・反応速度などを強化に。鬼ごっこのほうは、たしか安芸葉町にアスレチックがあったから、そっちで体を少しでも慣らす、って感じかな。

 最も、こっちの世界のアスレチックくらいなら、手を使わなくてもクリア出来ちゃいそうだけど。

 多分、S〇SUKEに出たら、歴代最高記録を大幅に更新するだけでなく、途中にあるあの、なんて言えばいいんだろう? 何かにぶら下がって向こう側に渡るあれとか、使わないで向こう側に渡れる気がする。

 あとは、ロープで一番上まで登る最終ステージとか、ロープ使わないで壁を蹴って、そのまま上がることもできるし、身体強化でそのまま飛び上がって上まで、なんてこともできると思うし。

 

 それに、今のボクが体力づくりをしても、こっちの世界じゃほとんど体力はつかないと思う。

 向こうの世界は、魔物とか師匠みたいな人とかが存在しているから修行のようなことができるわけだしね。

 こっちの世界で修行ができるとしたら……砂漠とか、南極当たりじゃないかな。多分、ジャングルでもできると思う。

 

 毒の心配もないしね、今のボクって。

 毒耐性は結構重宝するもん。

 こっちの世界の毒じゃ、ボクは死なないだろうし、効いてもちょっとお腹が痛いかなくらいのものだと思う。

 

「いーお君」

「わわっ……め、女委」

 

 あれこれ考えていたら、後ろから女委が抱き着いてきた。

 

「め、女委、あ、当たってる! 当たってるよ!」

「ふっふっふー、あててんのよー」

「そ、そうじゃなくてっ」

「何をそんなに慌ててるんだい? 今の依桜君は女の子! わたしが抱き着いても、ちょっとした女の子同士のスキンシップにしか見えないよ?」

「そ、そうは言っても――ひぁんっ!」

「相変わらず、いいおっぱいだなぁ」

「ちょっ、め、女委っ、む、胸、揉まないでぇっ……!」

 

 後ろから胸を揉まれたせいで、またいつものように変な声が出てしまった。

 は、恥ずかしいよぉ……。

 

「ふぉおぉぉ! この形! 大きさ! もちもちと柔らかいのに、それでいてこの張り! さっすが依桜君! なんて理想的なおっぱい!」

「は、恥ずかしいこと、い、言わないでぇ! あと、いつまでっ、揉んでるの!?」

「おっと、これは失敬失敬。依桜君のおっぱいって、たまに揉みたくなるんだよねー」

「どういうこと!?」

『や、やばい、あれのせいで、まともに立てねぇっ!』

『美少女同士がじゃれ合うのって、やっぱエロいな』

『誰か! 誰か写真に収めてないのか! 動画でもいい! 男女の喘ぎ声とか、貴重なんだぞ!』

 

 うん。誰かは知らないけど、後で記憶を消しておこう。

 それと、なぜか前かがみになっている人の記憶も。

 なんか、残しておいたら、知らないところでボクが恥ずかしい目に遭っているような気がするので。

 

「さて、イオニウムも貯蓄できたし、二人三脚の練習しよ、依桜君」

「イオニウムってなに!? そんな謎物質聞いたことないよ!?」

「え? イオニウムって言うのは、依桜君の全身から溢れ出る、エネルギー体だよ。100イオニウムで、一ヶ月は余裕だよ」

「そんなエネルギーはないよ! 誰が見つけたの、そんなの!」

「わたしー」

「だよね!」

 

 そういう下らないことを考えるのは、大体女委だもんね! 知ってましたよ!

 あと、全身から溢れ出てるって……普通になんか嫌なんだけど!

 

「さあさあ、やろうよ!」

「わ、わかったよ」

 

 やろうと言う以前に、話をおかしな方向に持って行ったのは、大体女委だと思うんだけど……言っても無駄だろうなぁ。

 

「じゃあ早速……。依桜君、右左どっちがいい?」

「ボクはどっちでもいいよ」

「ふむ……じゃあ右だね」

「わかった」

 

 ポジションが決まり、ボクが右側、女委が左側となった。

 決めたところで、早速練習に入る。

 お互いの足を布で縛る。

 

「よし、準備おっけい! 定番の1、2で行こうね」

「うん」

「「せーの」」

 

 ボクが左足を、女委が右足を同時に動かし、一歩踏みだす。

 それから、1、2と交互に足を動かし、前に進む。

 いきなり走るのはちょっとハードルが高い気がして、歩きから始めたんだけど、

 

「1、2、1、2……やっぱり、わたしと依桜君の相性バッチリだね!」

「そうだね」

 

 息ぴったりで動けたこともあって、あっさり走りに移ることができた。

 そこでも、ミスをすることなく、すんなりとトラックを一周できた。

 ただ、なぜかものすごく視線を感じたけど。

 ボクだけじゃなくて、女委のほうにも視線が行っていたみたいだし……何だったんだろう?

 

 

 依桜が感じた視線と言うのはもちろん、種目の練習や体力づくりを行っている生徒だ。

 そのすべての視線が、依桜と女委の胸に行っていた。

 もちろん、それには理由がある。

 

 この学園において、一番の巨乳の持ち主は依桜である。

 依桜が性転換する前のトップは、女委であったため、必然的に、依桜・女委の二人三脚ペアは、学園一の巨乳の持ち主と、学園二の巨乳の持ち主となる。

 

 そして、それは走っている時、お互いの胸がぶつかり合い、それはもう、ぶるんぶるん、ゆっさゆっさと揺れまくっていたのである。

 当然、思春期男子が見逃すはずもない。

 

 美少女二人による二人三脚と言うだけでも素晴らしい光景だというのに、そこにさらに、滅多に見ることのできない乳揺れが見れるとあって、男子たちは大興奮だった。

 

『な、なんだあれは! し、新種の化学兵器か何かか!』

『ヤバイ! あの桃源郷のせいで練習どころじゃねえ!』

『し、しまった、鼻血が……』

『理想郷は、ここにあったのか……』

 

 とまあ、かなり大変なことになっている。

 依桜と女委が走っていることで、被害が色々な方面に飛び火した。

 まず一つとして、彼女と一緒に二人三脚の練習をしている生徒がいた。

 その彼氏の方は、あろうことか、依桜と女委の胸を見て、

 

『いいな……』

 

 と呟いてしまい、それが聞こえていた彼女によって張り倒された。

 この後、二人は破局し、後日、二人ともファンクラブに入会した。

 

 その次に、美天杯に出場する生徒同士(しかも男女)で、簡単な試合を行っていたところ、不運なことに、男のほうが見惚れてしまい、女子生徒の割と本気なボディーブローが決まり、男がノックアウトされた。

 

 さらに、一部のエリアでは、それを観戦していた男子たちが、その光景に大興奮して、とてつもない量の鼻血を噴きだし、それで出来上がった血溜まりに数多くの男子生徒が沈む、なんていう寄〇獣のワンシーンのような光景が出来上がったりもした。

 

 被害が出たのはグラウンドで練習をしている生徒たちだけではなかった。

 それは、校舎内の教室である。

 今は、放課後でも昼休みでもない、普通の授業の時間。

 つまり、教室ではごくごく普通の授業をやっているというわけだ。

 そして、依桜のクラスの体育の授業は、全学年、全クラスの生徒、その上教師陣も把握している。で、今は体育祭の練習期間に入り、現在進行形でグラウンドでは楚の練習が行われている。

 依桜が女委とペアを組んで二人三脚に出場することも、なぜか把握されており、授業を受けていた一人の生徒が、

 

『おい! 男女と腐女が二人三脚の練習してるぞ!』

 

 と言い出すと、生徒全員……どころか、教師すら窓に張り付く始末。

 もちろん、目当ては胸である。

 しかも、末恐ろしいことに、『サイテー』とか『キモーイ』とか言いそうな女子生徒たちも、

 

『どきなさい! 依桜お姉様の素敵なお姿は、薄汚い男どもなんかには見せません!』

 

 こんな感じで、むしろ先頭争いに参加する始末。

 たかだか一人の生徒が走るだけで、授業が止まるというこの学園は、本当に大丈夫なのだろうか……。

 

 

「はぁ、はぁ……結構、疲れたぁ……」

「あはは。女委は、運動神経自体は悪くないけど、持久力はあまりないからね」

「依桜君がおかしいだけだよ。だって、結構な速さで走ってるのに、息一つ乱れてないんだもん」

「ボクの場合は、死ぬほど鍛えられてるからね」

 

 本当に死にかけたけど。

 

「でも、やっぱり仲がいい人同士で組むと、かなりペースよく走れるよね!」

「うん、そうだね。幸い、このクラスの二人三脚に出るのは、ボクたちと、晶と態徒のペアだもん。相性はいいよね」

「だよね! やっぱり、イケメンと野獣のカップルっていいよね!」

 

 ……あれ。なんか今、解釈違いが起こった?

 

「女委、勘違いしてない?」

「勘違い? ううん? してないけど?」

「でも今、イケメンと野獣のカップルって言わなかった?」

「うん。やっぱり、晶君みたいなかっこいい人と、態徒君みたいなケダモノな人のカップリングって言うのは定番なわけですよ!」

「定番かどうかは知らないけど」

「定番なの! ほら見て、あの一角を」

「え? ……な、何あれ?」

 

 女委が指さした先には、女の子の集団が。

 しかも、全員同じ方向を見ている。

 何を見ているのか気になって、その視線の先を追うと……

 

「はぁ、はぁ……やっぱ、晶は速いなっ」

「そ、そういう、態徒こそっ……っはぁ、はぁ……」

「へ、へへっ、オレたちと、依桜たちのペアなら、絶対勝てるよなっ……!」

「ああ、負ける気がしないっ……!」

 

 汗を流し、呼吸を荒げつつもお互いに笑顔を向け合っている二人。

 

「――とまあ、あんな感じ」

「あんな感じって言われても……普通に、仲良くしているようにしか見えないよ?」

 

 どう見ても、普通の男の友情な気がするんだけど。

 

「ふむ。じゃあ、さっきのところを見て」

「う、うん」

 

 一体何を見せようと……

 

『はぁっ、はぁっ……! す、素晴らしぃぃ! なんてすばらしい光景ぃ!』

『妄想が、妄想がはかどるッ!』

『やっぱり、次の即売会のネタは、あの二人で決まりね!』

『あのポジション的には、左が変態で、右が晶君……素晴らしい! 私たちの桃源郷はここにあったのね!』

『でもやっぱり、依桜君が依桜ちゃんになったのは痛かったなぁ』

『だよねぇ。私たちの中での総受けって、依桜君だったもんね』

『あのまさにTHE・男の娘な容姿に、優しい性格! 押しに弱いところもあって、私たちの中では、理想の総受けキャラ!』

『依桜ちゃんもいいけど、私たちは依桜君派よね!』

 

 …………なんて、反応に困る光景なんだろうか。

 所々何を言っているのかわからない場面もあったけど、ボクが何かおぞましい想像をされているような気がして、背中がゾワッとした。

 

「依桜君ってね、うちの学園の腐女子の人に大人気だったんだよ。いかにも総受けって感じだったから」

「……その言葉の意味は全く分からないけど、少なくとも、ボクにとってはいい意味ではないということだけはわかるよ」

「依桜君もこっちの世界に堕ちればわかるよ!」

「行くじゃなくて、堕ちるなの!?」

「腐女子はね、上るんじゃなくて、下るんだよ」

「何を言っているのかわからないよ!」

「ちなみに、さっきの依桜君の総受けの一例をあげると、依桜君が(ピ――)されて、(ピ――)させられて、最終的に(ピ――)するんだよ」

「きゅぅ~~~~~………………」

 

 そこでボクの意識が途絶えた。

 

 

「しまった。依桜君が気絶しちゃった」

 

 依桜君には刺激が強かったみたいで、顔を真っ赤にしながら、目を回して気絶しちゃった。

 あっちゃー、これ、依桜君が女の子になって、初めて登校してきた次の日と同じ反応だね。

 あの時も、そう言う感じの話題だったし……もしかして、依桜君ってそっちの方に対する免疫が圧倒的にない、のかな?

 下手をしたら、小学生よりも免疫がないんじゃないかな。

 

「とりあえず、邪魔にならないところに運ばないとだね!」

 

 依桜君を抱えて、わたしは近くの芝生に移動した。

 お詫びの印と言うわけじゃないけど、ここは、わたしの膝枕で寝かしておいてあげよう。




 どうも九十九一です。
 ようやく、体育祭要素に触れられたと思ったら、全く別の方向に進むという事態に。しかも、全体の二割もないという、ちょっと悲惨な状況。
 文才がなさすぎるぅ……。
 た、体育祭当日の話とかは、多分……大丈夫、だと思いますので、練習期間の部分に関しては許してください……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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86件目 修業方法と大連鎖

 ……なんだろう。柔らかくて、あったかくて、いい匂いがする感触に、頭が包まれている気がする……。

 なんだか、心地よくて、もっと眠っていたくなるような……うん? 眠る?

 あれ、ボクは何をしていたんだっけ……?

 そんな疑問が浮かんできた瞬間、意識が急速に覚醒していくのを感じた。

 

「ぅ、ん……はれ……?」

 

 ……目を覚ますと、山みたいな何かに視界が遮られていた。

 

「あ、依桜君起きた?」

 

 ふと、その山の先から女委の声が聞こえてきた。

 ということはつまり……ボクの視界を遮っているのは山じゃなくて、女委の胸?

 じゃあ、この後頭部に感じる、柔らかくて、あったかい感触は……

 

「わぁ! ご、ごめんね女委!」

 

 ボクは、女委に膝枕されているという事実に気付き、慌てて起き上がった。

 

「残念。それで、依桜君。わたしの膝枕はどうだった?」

「ど、どうって言われても……その……き、気持ちよかったけど……」

「恥じらいながらの上目遣い、ありがとうございます!」

 

 女委がおかしなことを言うのは今さらだから、ツッコミを入れなくてもいいんじゃないかなと思い始めているボクがいる。

 

「そう言えば、なんでボク寝てたの? それに、どれくらい寝てたの?」

「ほんの数分程度だよ。寝てたのは……軽い貧血じゃないかなー?」

「なんで目を逸らすの?」

「な、なんとなく? (い、言えない! BL本の、それも指定がかかるような結構過激なものの中身を言って、依桜君が気絶したなんて、死んでも言えない!)」

「……そっか」

 

 だらだらと、滝のような汗を流し、らしくない愛想笑いを浮かべる女委に、少しだけ不信感を感じたけど……なぜか、これ以上詮索してはいけないような気がしたので、これ以上追及するのを止めた。

 

 それに、もしかしたら本当に貧血かもしれないし。

 男の時だったら、違うと言えたかもしれないけど、今のボクは女の子で、貧血になりやすいからね。

 ……まあ、実際ボクが貧血になったことは一度もないんだけど。

 でも、女の子は貧血になりやすいらしいので、否定はできない。

 

「それで、どうする? 練習を続ける?」

「そうだねぇ……依桜君は体のほうは大丈夫なの?」

「うん。特に不調はないよ。痛みもないし、頭痛とか、吐き気と言ったものもないよ」

「そっかそっか。ならよかったよ。でも、今日は念のためやめておこっか」

「え、でも……」

「いいのいいの! これで体調を崩したら、元も子もないからね!」

 

 なぜか、強引にやめておこうと言う女委。

 うーん? ちょっと気になったけど、まあ、厚意で言っているわけだし、今日は大人しく従っておこうかな。

 いくら、体が頑丈になったからと言って、怪我をしないわけでも、病気にならないわけでもない。

 こういうちょっとしたことを無視した結果、病気になって、体育祭でみんなに迷惑をかけるわけにはいかないもんね。

 

 実際、中学校の頃、体育祭の練習で無茶をして、体育祭当日に38.9くらいの高熱を出して、体育祭に出たクラスメートがいたからね。

 風邪を引いている状態だと、身体能力って結構下がるはずなのに、そのクラスメートはその状態で参加種目の一つだった、100メートル走で一位を獲ったり、参加する競技すべてでとてつもない活躍を見せて、その中学校の伝説になってたりします。

 それをたまたま見に来ていたスポーツの名門校の先生が、そのクラスメートの人をスカウトして、そのままその学校に進学してたっけ。

 もしかすると、陸上部に入ってるかも。

 

「じゃあ、わたしたちは歩きながら見てよっか」

「そうだね」

 

 体育祭の練習をメインに行うこの時期の体育では、基本的に生徒が自分で考え、自由にしていいということになっているので、ボクたちのように色々と見ている人も少なくない。

 一応、どちらのクラスも西軍なので、お互いに意見を出し合っているところも。

 

「やあやあ、未果ちゃん」

「あら、二人とも。練習はいいの?」

「依桜君がさっき貧血で倒れちゃってね」

「そうなの? 依桜、大丈夫?」

「うん。不調はないから大丈夫。でも、念のために、って女委が休んでおこう、って」

「……へぇ~? なんだかんだで、女委は気遣い上手だものね?」

「そ、そうかなぁ? 普通だと思うな~、わたし」

 

 なぜか、未果が据わった目で女委を凝視している。

 それに気づいた女委が、そーっと視線を逸らした。

 

「ふーん? ま、いいわ。……後で、話を聞かせてね」

「……はい」

 

 ボソッと女委の耳元で未果が何かをささやいたみたいだけど……何を言ったんだろう?

 

「で、二人はなんでここに?」

「あ、うん。みんな、どんな感じで練習とかしてるのかなって。それで、未果は何してるの?」

「私は、出る借り物・借り人競争以外の二つは、どちらも純粋な走力の競技。だから、瞬発力と、それを維持するための持久力を鍛えてるって感じかしらね」

「そうなんだ。まあ、どちらかと言えば、短距離だもんね」

「そうね」

「ねえねえ、依桜君。依桜君は、向こうではどうやって走るスピードを速くしたの?」

 

 と、ここで、女委がボクの修業方法について尋ねてきた。

 

「あ、それ私も気になる。せっかくだし、ちょっと聞いてもいいかしら?」

「まあ、いいけど……あんまり参考にならないよ?」

「いいのよ。面白半分、真面目半分に聞くから」

「わかった。えっと、向こうでは――」

 

 要点をなるべくまとめて説明。

 ボクが修業時代に行っていたのは、本当に普通のこと。ただし、普通だったのは、あくまでも最初の一年。

 

 最初の一年間では、全力ダッシュを大体……100本くらい。それを毎日毎朝。

 それが終わったら、戦闘訓練のほうに移る。

 この時、重い装備を着けながらだから、かなり足腰に来る。

 なので、常に瞬発力と持久力を鍛えられたっけ。

 最初の一年がこんな感じで……問題は二年目だった。

 

 師匠の下で修業を始めると、まず最初に行ったのは、全力ダッシュを……まさかの一万本。普通に考えたら、筋肉と言う筋肉が断裂を起こすか、肉離れを起こして、想像を絶する苦しみが襲いそうなもの。

 もちろん、襲われました。

 

 そして、その全力ダッシュが終わると、今度は、師匠が殺意の籠った攻撃をしながら追いかけてくるという、リ〇ル鬼ごっこ状態。それを森の中でひたすらに。

 そうすることで、火事場の馬鹿力……無意識的にかかっているリミッターを外して、それを自在にコントロールできるようにした……というより、できるようにさせられた。

 当然、一万本の全力ダッシュの後だったから、疲労は尋常じゃなかったです。

 

 本当に死ぬかと思った……あ、いや、実際にちょっと死んじゃった時があったかも。

 たしかあれは……修業を始めて、一ヶ月経った頃、だったかな。

 いつも通り、本気で殺しにかかってきた師匠の投げた砲丸(師匠が武器生成で作ったもの。硬度は、ダイヤモンドと黒曜石を混ぜたような、尋常じゃない硬さ)がボクの背中にクリーンヒットして、そのまま心肺停止になったって言う……。

 ……師匠、本当に生かすも殺すも自由自在だったなぁ。

 

 ……あ、思わず遠い目になっちゃった。

 

 さっき言った訓練……と言う名の地獄のしごきの次は、ひたすら走り続けるだけ。

 ただし、重りを付けての全力ダッシュなので、本当に辛かった。

 しかも、それをほとんど一日中やるものだから、本当に辛くて、何度辞めたいと思ったことだろう。

 

 まず、生成と投擲をほぼ同時にする時点で色々とおかしい。

 ナイフを投げたと思ったら、次の瞬間には別のナイフが手の中にあったし……。

 投げてないと思えるような速度の投擲と生成だったから、ずっと手に握っているようにしか見えなかった。

 

 ……師匠ほどじゃないけど、ボクもある程度はできるけど。

 まあ、身体強化なしだと、ほとんどできないけどね……。

 あれは、師匠がおかしすぎるんです。

 

「――と言う感じかな。色々と話は脱線しちゃったけど……って、どうしたの?」

「……いや、何と言うか……世に出回っている、最初からチート持ちのラノベ主人公って、本当に恵まれているんだな、って思っただけよ」

「だね。何の能力も持たない、ごくごく普通の一般人が最強の魔王を倒すには、本当にそれくらいしないといけないんだね」

「ま、まあ、ボクの場合は特殊……というか、王様とか騎士団長の人とかは、倒すのに、最短でも十年はかかるだろう、って言われてたけどね」

 

 しかも、かなり最初の方で言われたしね……。

 自分たちで呼んでおいて、酷い言いようだったよ。

 弱そう、と言われたもん。

 

「……それを、たった二年で倒せるまでに仕上げたのね」

「騎士団の方も、かなり強くなれた気がするけど……やっぱり、師匠が、ね。異常だったんだよ……」

 

 どう考えても、あの異常な修業を一年間続けた結果、一年で魔王を倒せる最低ラインに到達できたわけだしね……。

 

「それで、ヒントにな……ってないよねぇ」

 

 ヒントになった? と聞く前に、ぶんぶんと首を横に振ってきた。

 うん。だよね。

 そもそも、師匠の修業方法は色々とおかしいもん。明らかに、人間が許容できる修業量を超えてるよ、あれ。

 

「でもまあ、ひたすら走ればいいってことだけはわかったわ」

「それは極端だと思うよ? それに、あまりやりすぎても体を壊しかねないから、適度に、だよ?」

「そうね。……そもそも、そんな地獄すら生ぬるい修業をこなした依桜も異常な気がするのだけど」

「そ、そうかな?」

「そうよ。よくもまあ、無事に帰ってこれたものね」

「うーん、あの時はみんなに会いたくて、必死だったからね。父さんや母さん。未果に、晶に、態徒、女委、みんなに会えなくて、すっごく寂しかったから、死ぬ気で頑張れたんじゃないかな」

 

 ……死ぬ気以前に、本当に死んじゃってるんだから、笑えないけどね。

 

「ほんと、今時のラノベ主人公がいかに恵まれてるのか分かるってものね。ゆとり世代なのかしらね?」

「ボクもゆとり世代なんだけど」

「それもそうね。……ま、依桜は心が強かったから、無事に帰ってこれたのかもしれないわね」

「そうだねぇ。依桜君って、押しに弱いところがあるけど、こうと決めたら絶対に曲げないもんね」

「せめて、自分の言ったことや考えには責任を持ちたいからね」

「でも……歴代最強の魔王を倒したにもかかわらず、その依桜の師匠には勝てないとか……とんだ化け物ね。というか、そっちが主人公なんじゃない?」

「それ、ボクも思ったよ。絶対無双系の主人公だよね、って」

「どんな人かは見たことないけど、話を聞いている限りだと、たった一人で一個師団どころか、全世界の人が束になって戦いを挑んできても勝てそうね」

「……本当に勝てるみたいだよ」

「………化け物の度を超えてるわ」

 

 そうだね。

 少なくとも、世界を敵に回してもたった一人で勝てる、って言う時点で本当におかしいと思うんだよ。

 しかも、笑顔で言い切るんだよ? 恐ろしいよね……。

 

「さて、と。私はそろそろ練習に戻るわ」

「あ、うん。ごめんね、時間をとらせちゃって」

「いいのよ。ちょうどいい休憩になったし、依桜の面白話が聞けたしね」

「ボクとしては面白くないけどね」

「ふふっ、ま、そうね。それじゃあね」

「うん」

「バイバーイ」

 

 最後に軽く手を振ってから、未果が練習に戻っていった。

 

「さあ、次に行こうか、依桜君」

「うん。それで、次はどこに?」

「もちろん、晶君たちのところだよ~」

 

 というわけで、次は晶たちのところに向かう。

 で、辿り着いたんだけど……

 

「「……」」

 

 ボクたちは、反応に困っていた。

 いや、困っているのはボクだけかもしれない。

 女委はすごーく興奮してるもん。鼻血出してるもん。

 ボクたちの目の前で行われているのは……

 

「す、すまん、晶」

「いや、大丈夫だ。態徒こそ、大丈夫か?」

「も、問題ないぞ」

 

 何があったのかわからないけど、態徒が地面に倒れていて、晶が態徒に覆いかぶさっていた。

 しかも、なぜか態徒が頬を赤らめているという。

 ……えーっと、誰得?

 

『きゃああああああああ! リアルBL! リアルBLよぉおおおおおおおおお!』

『な、なんて尊い! イケメンと野獣のBL……尊みが凄い!』

『うへ、うへへへへへへへ! もう死んでもいいぃ……!』

『しっかりしなさい! これをネタにすれば、きっと次の即売会では大繁盛間違いなしなのよ!』

『はっ! そうだった! この尊さを腐教せねばっ……!』

「ヒャッハーーーーーーーーーーーーー! BLさいこおおおおおおおおおお!!」

 

 ……収拾がつかなくなりました。

 何があったらこうなるの!? というか、え? 何? 本当に何があったの!?

 

 そんなボクの混乱はよそに、腐女子の人たちのテンションが天元突破し、どういうわけか腐女子が連鎖的に増えるという事態にまで発展。

 一年二組と六組の女の子(ボク、未果は除く)は、もれなく腐女子になりました。

 

 ……なんて酷い。




 どうも、九十九一です。
 最近、この作品の方向性が分からなくなってます。
 ……いつから変態が多い物語になったんだろう?
 あれですね。好き放題やると、こんなバカみたいなことになるんですね、これ。
 ……最終回とか、本当にどうしよう。
 今日は、二話投稿ができそうなので、17時か19時に投稿しますので、よろしくお願いします。
 では。


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87件目 ちょっと天然な依桜ちゃん

「それで、何があったらあんなことに……?」

 

 なんとか騒ぎを沈静化して、腐女子の人たちは練習に戻ってもらった。

 ただ、

 

『……やはりここは、攻めと受けを反対にするべき……? いや、意外と、ワンコもあり、かも?』

 

 という、通常だったらちょっとおかしいこと言ってるなぁ程度で済むセリフを言っていたけど、さっきの出来事を見ちゃっている以上、確実にそっちの意味、なんだろうなと思いました。

 

「いや、普通に練習してただけだぞ?」

「普通に練習したくらいじゃ、あんなことにならない気がするんだけど」

 

 そもそも、二人三脚で転んでも、覆いかぶさるようなことにはならないでしょ。

 

「謎の力が働いたかのように、急にああなってな……」

「謎の力って……」

「きっと、色を司る男神が手助けしたんだよ!」

「はぁ? なんで色? つか、なんで女神じゃなくて、男神なんだよ?」

 

 …………あ、なるほど。

 

「もしかして女委……男色って言いたいの?」

「おうともさ!」

「でもよ、色を司る神ってのは聞いたことないぜ?」

「態徒は知ってるのか?」

「いや、一時期ちょっと気になってよ、調べたことがあってな。まあ、見つからなかった。インターネットで調べても、何一つ出てこなかったよ」

「態徒って、変なことにだけは、無駄に意欲が高いよね」

「無駄となんだ、無駄とは」

 

 むっとしながら反論してきたけど、本当にそうなんだもん。

 以前にも言ったけど、十代の女の子の胸の平均サイズについても、なぜか知ってたし。

 あとは、ゴッホのフルネームとか、歴史に(悪い意味で)名を残したシリアルキラーの名前とか。

 

 雑学の方面に関しては、それなりに知識を持っていて、記憶力がいいはずなのに、どうして勉強面では活かせないのかがわからない。

 

「でもまあ、怪我はなかったし、問題はないだろう」

 

 その晶の言葉に、ボクは何とも言えない、微妙な表情をした。

 もしかして、さっきのを見ていない……?

 

「ところで、さっき周囲が騒がしくなっていたんだが……何かあったのか?」

「気にしないで、いいよ」

「……なんで、そんなに慈愛に満ちた笑顔を向けるんだ?」

「気にしなくていいのです」

「そ、そうか」

 

 ちょっとだけ圧力も込めて、ゴリ押しした。

 晶は、知るべきじゃないと思います。

 ボクも記憶に鍵をかけておこう。

 

「んでよ、二人は何しに来たんだ? オレたちと同じ、二人三脚の練習してなかったか?」

「いやぁ、ちょっと依桜君が気絶しちゃってねー。貧血かも、ってことで今日は練習を止めたの」

「マジか。珍しいこともあるもんだ」

「そうだな。依桜が貧血とかで倒れるとは思わなかった。てっきり、病気にかからないものだと思ってぞ?」

「貧血は病気じゃないと思うんだけど」

 

 鉄分が足りないが故のものだし。

 まあ、それは別にいいんだけどね。

 実際、ボクも倒れる直前の記憶がないし……。

 

「ということはつまり、二人はほかの生徒の練習を見に来た、ってことか?」

「うん、そうだよ」

「せっかくだから、見ておくのもありかなーって」

「まあ、今年が初めてだしな、体育祭は」

「そうそう。ちなみに、未果ちゃんにはさっき会ってきたよ」

「へぇ? 何か話したのか?」

「うん。依桜君がどうやって、走るスピードを速くしたのか、っていうのを」

「それは俺も気になるな。何したんだ?」

「言われてみればそうだな。実際、今の依桜ってよ、運動神経が抜群っていうよか、規格外すぎるしな。どうやったら、そうなるのかは気になる」

 

 気になって当然だよね。

 幼馴染、もしくは友達が異世界に行って、とてつもない身体能力を有して帰ってきたら、ね? ボクだって、逆の立場だったら気になったと思うし。

 

「えっとね――」

 

 とりあえず、未果と話した内容を、同じように二人に話す。

 すると、二年目辺りの話をし始めた途端、二人が絶句した。

 ……まあ、師匠の理不尽な話をされたらね。

 

「――って言うことをしてたよ」

「……いや、なんつーか」

「よく、生きてたな……って、何回か死んでるのか」

「……うん。ほんと、辛かったよ」

「それだけのことがあって、辛かったで済むか? 普通」

「本来ならね。でも、ボクの場合は帰るために必要だったから、嫌でもやらないといけなかったんだよ」

 

 ……もっとも、嫌だと言って逃げ出せるほど、師匠は生易しいものじゃなかったけどね。

 仮に、『やめたいです』と言った場合、

 

『は? お前に逃げる権利はない! つか、お前がいなくなったら、あたしの世話は誰がするんだよ! それに、あたし以外に、お前を鍛えてやれる人間はいないぞ!』

 

 とか言いそうだし。

 

「だがなぁ、オレたちが知らない間に、友達が何度も死んでたとか、マジで申し訳ないんだが」

「知らない間にって言うけど、こっちの世界の時間は流れてなかったから、知らない間にも何もないと思うんだけど」

「だがまあ、そんなことをしてたら、誰だって強くなるか」

「うーん、誰でも、ってわけじゃないと思うけど……少なくとも、根気強い人ならたぶん大丈夫、なんじゃないかな」

「根気強くとは言っても、やることがやることなだけに、それだけじゃどうにもならない気がするんだが……」

「そうかなぁ」

「依桜君の価値観って、たまにおかしなことになってるよね」

「それって酷くない?」

「「……」」

 

 二人はなぜか何も言わなかった。

 え、ボクの価値観って、ほかの人から見たらおかしいの?

 

「じゃあここで、依桜君に質問します」

「突然どうしたの?」

「いいからいいから。じゃあ、一つ目ね、依桜君は一人で街を歩いています。ふと、なんとなく視界に入った路地裏で、未果ちゃんが暴行されてたとします。どうする?」

 

 なんかちょっと聞いたことある話。

 実際にあったけど、あの時は未遂で終わったけど……うん。迷うまでもなく、

 

「生きていることを後悔したくなるほどの苦痛を与えるかな」

 

 こうする。

 だって、大切な幼馴染を傷つけられたら、怒るもん。

 

「「うわぁ……」」

「二つ目。みんなで遊びに行っています。その時、依桜君だけ、少しの間そこから離れます。すると、大勢の不良がわたしたちに近づいてきて、誘拐しようとしました。どうする?」

 

 ……さっきとほとんど変わってないような気がするんだけど。

 でも……うん、こっちも迷う必要はないね。

 

「人数がどれくらいかはわからないけど、まず全員の意識を刈り取った後、人気のない場所で更生させるかな」

「……それは、どうやってやるんだ?」

「うーんと、ボクって一応は回復魔法が使えるから、死なない程度に打撃を入れて、回復して、打撃を入れて、の繰り返し?」

「……可愛い顔に可愛い声なのに、やることがえげつねえ……」

「ちょっと前までの依桜だったら、絶対に思いつかない方法だな」

「そもそも、依桜君って、基本は平和的だもんね。多分、異世界で、師匠さんの修業を受けた結果、なんじゃないかな?」

「も、もしかして、おかしい? それに、ナイフとか使わないだけましだと思うんだけど……」

 

 そう言った瞬間、みんなが押し黙ってしまった。

 あ、あれ? 本当に、ボクっておかしい……?

 

「依桜君、きっと、師匠さんに毒されてるよ」

「た、たしかに、師匠がやっていた手口ではあるけど……師匠が言うには、『これが最も効率が良くて、手早く更生できるんだ』って」

「……依桜、それはやめとけ。それだと、ただの拷問だ」

「そ、そうなの?」

「そうだ。そもそも、倫理観的に問題もあるし、普通に犯罪じゃないのか?」

「た、たしかに……そ、そっか、ボクっておかしかったんだ……」

 

 みんなが引くわけだよ……。

 女委が言った通り、ボクは師匠に毒されていたのかも。

 ……一年間、四六時中一緒にいたと言っても過言じゃないくらい、一緒にいたし。

 

「完璧美少女、と思っていた依桜に、思わぬ弱点、というより欠点があったな」

「天然サイコパスかと思ったぞ」

 

 て、天然サイコパス……。

 ちょっと落ち込むよぉ……。

 

「でも、サイコパスな銀髪美少女ってよくない?」

「雑食にもほどがあるだろ、女委」

「可愛ければなんでも問題なし!」

「それでいいのか?」

 

 よくはないと思うけど、女委だから何でもいいと思います。

 

「でもまあ、実際ちょっとだけ依桜って天然なところもあるしな……」

「天然じゃないよ」

「天然の人は、みんなそう言うよね」

「酔っ払いが、『酔ってねえぞ!』って言っているようなものだな」

 

 どうやら、ボクは天然らしいです。

 ……そんなまさか。

 

「さて、と。俺たちも練習に戻るか」

「そうだな。オレたちが先に走るわけだしよ、やっぱ、最初が肝心だもんな」

「依桜がいるとはいえ、任せっきりにするのも問題だからな」

「そんじゃ、行こうぜ。じゃな、二人とも」

「またあとで」

「うん。頑張ってね」

「バイバーイ」

 

 未果同様に、軽く手を振ってから、二人は練習に戻っていった。

 

「じゃあ、わたしたちはどうしよっか?」

「うーん、今のところは特に。ボクと女委が出場する競技は、二人三脚を除いたら、本番当日じゃないと、意味のないものばかりだしね」

「そうだねぇ。わたしのは、運要素も絡んでくるものばかりだもん。体力づくりをしても、ちょっとあまり意味はなさそうなんだよね」

「意味はない、ってわけじゃないと思うけど、確かに、女委の競技はね」

 

 パン食い競争と借り物・借り人競争の二つは、実際、運要素も絡んでくる場面が多い競技な気がするし。

 パン食い競争は、まあ、自分が食べるパンにもよるよね。

 ぶら下がっているパンのうち、一つを加えて、ゴール前で完食する、というのがこの学園のルール。

 パンはどのレーンのものを食べてもいいけど、手を使う、咥えたパンを落とすなどの行為をしたら、減点になる。

 ただし、意図的に妨害されて、パンを落としたりした場合は、問答無用で妨害された人が一位になり、妨害した人は、減点+失格となり、損失を帳消しにすることができなくなる。

 走るスピードも必要と言えば必要だけど、パンを食べる速度も必要になるので、運と言うよりは、その人の食欲にもよってくるんじゃないかな。

 

 借り物・借り人競争は……これこそ、運が最も絡んでいる競技だと思う。

 お題を引くまでわからない上に、場合によってはよくわからないお題が出るときもある。

 走るスピードはどちらかと言えば二の次で、自分の運が一番必要な競技。

 

「依桜君のほうは、なにも心配いらないもんね」

「当日、何が起こるかわからないし、どんなハンデが付くかもわからない以上、あまり楽観視はできないけどね」

 

 美天杯は、最悪、両手両足で攻撃するの禁止、みたいなハンデが付くかもしれないし。

 

「それもそっか。でも、依桜君ならゴリ押しでも行けるんじゃないの?」

「できないこともないと思うけど……あまりしたくはないかなぁ」

「なんで?」

「ほら、ボクは何と言うか……チートみたいなところがあるし、ごくごく普通の高校生がやるお祭りに、ボクが本気で出場しちゃったら、つまらないでしょ?」

 

 特に、相手チームが。

 

「んー、それもそっか! 依桜君、強すぎるもんね」

 

 この世界においては、っていう言葉が付くけどね。

 

「それじゃあ、ほかの競技の練習している人のところも見に行こ、依桜君」

「そうだね。クラスのみんながどんな風にやっているのか見てみたいから」

「決まり! じゃあ行こう!」

「わわっ、女委引っ張らないでよぉ!」

 

 決まったら即行動に移すのが女委のいいところだけど、ちょっと強引なところは直してもらいたいものです。

 最初の体育祭の練習は、ほとんど見て終わるだけで終了となった。

 

 これと言ったことはなかったけど、なぜか血溜まりがあったり、鼻の下が真っ赤になっている人がいたのがすごく気になった。

 ……何があったんだろう?




 どうも、九十九一です。
 二話目です。……中身が薄いぃ。最近、ちょっと調子が良かったので、こうして二話投稿をしていたのですが、さすがに疲れました。
 そろそろ、体育祭当日までいかないとまずいかなぁ……。
 少し、だれてきちゃった気がするので、あと、2、3話くらいで当日になる……と思います。
 なるべく入れるようにしますので、許してください……。
 明日は……ちょっと、10時は厳しいかなぁと思っているので、17時に投稿しますので、よろしくお願いします。
 では。


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88件目 やらかし学園長

 それから、時間は進んで、一週間後。

 

 体育祭の練習はどこのクラスも順調で、ボクのクラスも例外ではない。

 応援の練習もあったけど……すっごくシュールでした。

 応援の衣装、ね。何考えたんだろ、ボク。

 明らかにあれはおかしい。そもそも、かぼちゃパンツって……。

 学園祭でも何でもない、体育祭の応援衣装だというのに、なぜ、あのおかしなチョイスをしてしまったんだろう。

 その結果、練習中における、晶以外の男子の人たちは……笑われてました。

 なんかもう……本当に申し訳ないと思ってます。

 

 この一週間だけでも、色々ありました。

 さっきの、応援の件もそうだけど、一番大きかった出来事は、やっぱり……晶と態徒の件かな。

 

 先週のあれです。

 あの後、どういうわけか腐女子の人が大連鎖的に増えていき、気が付けば、程度の差はあれど、好きか嫌いかで言ったら、好き、と言う女の子が増えた。

 学年すらも関係なく、今だと……学園に通う女の子の八割方が腐女子になっているそうです。

 

 ちなみに、残りの二割くらいの人は、単純によくわからない、とのことらしいです。

 それと、八割方の人たちの半数近くが、その……同性愛だったんですが。

 この学園の恋愛観ってどうなってるんだろう?

 もしかして、学園長先生が意図的に入学させたりしているんじゃないか、と疑うようにもなりました。

 だって、あの人もそっちの人っぽいですし……。

 女委は……両方だから、何とも言えない。

 

 ともあれ、同性愛者が増えてしまった。

 ただ、それは元々そうだったのか、BLに嵌ってしまったことで覚醒してしまったのか、それがどっちかはわからないけど。

 

 ただ、確実にあの一件が原因の一つで間違いないと思う。

 

 後は……女委かな。

 あの後、女委は、

 

『よっしゃああああああああ! 妄想が! アイデアが! インスピレーションが沸いてくるぅうううううううううううっっ!』

 

 って言いながら、授業中にもかかわらず、同人誌を書いていた。

 そして、それが学園中に出回り、増えた、と言うわけです。

 ……大丈夫? この学園。

 

 そんなこんなで、色々と問題はあるものの、順調……に進んでいます。

 この一週間の間に、体が縮む、なんてことはなくて、ちょっとほっとしています。もしかして、もう小さくならないのかな?

 ……なんて、まあないよね。多分、その内また小さくなると思うし。

 そんな一週間経った今日、いつも通りに練習して、一日の授業全てが終了し、放課後。

 ボクは、なぜか学園長先生から呼び出しを受け、学園長室に来ていた。

 

「さて、依桜君。君に来てもらったのはほかでもない。ちょっと気になることが最近頻発しているの」

「気になること、ですか?」

「ああ。えーっと、君は最近ニュースを見ているかしら?」

「まあ、一応……」

 

 と言うより、ほとんどニュースしか見ないんだけどね。

 

「そこで、何か気になる話題とかなかったかしら?」

「気になる話題、ですか。うーん……」

 

 今までのニュースの内容を思い返す。

 

 少なくとも、首相が変わったのも、気になると言えば気になるけど、それじゃないよね。わざわざそれだけを聞くだなんて。

 それに、ボクを呼び出す理由と言えば、大抵は異世界関連だし……。

 それが関係してそうな話題……。

 

 ……あ、そう言えば、ニュースだけじゃなくて、ネットでも話題になった記事があったっけ。

 よくある掲示板サイトとか、ネットニュースとか、動画サイトとか。

 たしか……話題になっている話って言うのは、

 

「聞いたことも、見たこともない言語を扱う人が、世界各地で見つかっている、っていうあれですか?」

「そうそう。よく見てるねぇ。あれ、結構小さい話題だったんだけど」

 

 学園長先生の言う通り、この話題は、そこまで大きいわけじゃなくて、ニュースで言ったら、二、三分くらいのもの。

 インターネットで調べてみても、話題の規模は小さかった。

 

 世界各地で見つかっている、と言ったけど、実際はそこまで見つかっているわけじゃなくて、確認されているのは、十人にも満たないらしい。

 

 世界には、まだ未踏破な場所がなくもないわけだし、そこに住んでいる部族の人の言語っていう考えもあるにはあるんだけど、それはすぐに否定されている。

 と言うのも、世界各地で見つかっている、と言う点もそうだけど、一番大きいのは、その服装。

 実際、未踏破な場所と言えば、ジャングルのような場所を思い浮かべるけど、明らかにそこに住んでいるような人が来ている服ではなかった。

 うーん、なんて言えばいいかな。ちょっと時代の差は感じるけど、限りなく現代の衣服に近いデザインだった。

 

 だから、確認されている人数が少なくても、こんな風にニュースで取り上げられたり、インターネット上でも、少なからず話題に上っていたりするんだけど。

 

「それで、その話題が何か?」

「そうそう。少なくとも、依桜君が知っているとしても、衣服の話まででしょ?」

「そうですね。誰も知らない言語を使っているのに、衣服は時代の差はあっても、普通って感じの人だって」

「うんうん。しっかり調べてて偉いわよー」

 

 偉い、のかな?

 でも、下手な番組よりも面白いとは思ってるかも。

 色々とためになることもあるし。

 

「じゃあ、本題に行きましょう。実を言うと各地で見つかっている人たちって、人種のようなものがバラバラなの」

「バラバラ、ですか」

 

 それはちょっと不思議。

 同じ言語を話すはずなのに、容姿が違うなんて。

 

「この件に関して、ちょっと困ったことになっててね」

「えっと、話が通じないから、ですか?」

「そ。そもそも、誰も知らない言語、と言うのが問題なの。言語について研究している人が、私の知り合いにいるの。その人は、どんなにマイナーな言語でも知っていてね。少なくとも、今現在確認されている言語はすべて網羅しているわ」

「す、すごいですね」

 

 たしか、数千以上あったはずだけど……。

 それに、数えるのはほとんど不可能って話だし……天才なのかな?

 

「でもね、その人ですら全く聞いたこともない上に、どの言語にも共通点のようなものが皆無だったのよ」

「え、じゃあ……」

「少なくとも、地球上にある言語ではないかもね」

「……学園長先生は、異世界の人、って言う線で考えているんですか?」

「そうね。何せ、知らない言語。一風変わった服装。それに、衣服の方も気になるのよ」

「衣服?」

「あんまり公にできないから、例によって秘密で頼むわ。その人たちが来ていた衣服、明らかに現代で使われている材質とは異なっていたのよ」

「どんな感じなんですか?」

「そうね……触り心地はすごくいいんだけど、絹とかじゃないのよ。不思議な手触りと言うか……」

「絹じゃない、ですか」

 

 ……なんだろう。ちょっと覚えがあるような……。

 

「で、一人だけ何とか衣服を交換することに成功して調べたらしいのよ、衣服に使われている素材」

 

 言語も通じていないはずなのに、すごいなぁ。

 身振り手振りでどうにかしたのかも。

 

「そしたら、全くもって解らなかったの」

「じゃあつまり……」

「まだ一概には言えないけど、異世界の人である可能性が一番高い」

「ど、どうやってこっちの世界に?」

 

 まだ分かっていないと思うけど、訊かずにはいられなかった。

 てっきり、まだ分からない、みたいなことを言うのかと思ったら、学園長先生が気まずそうな表情を浮かべて、

 

「私の研究が原因、かも」

「……え?」

 

 なんて言ってきた。

 

「えっと、もしかして……」

「そうよ。異世界に関する研究」

「な、なにしてるんですかぁあああああああああああああっっ!」

 

 異世界の人とばっちりだよね!? どう考えても、すべての元凶この人だよね!?

 

「おそらく、つい最近、依桜君が異世界に行ったのが止めになったかも」

「……ということは、ボクが強制異世界転移をした時の時点で、ちょっと危うかったってことですか?」

「そうよ」

「確認とか、しなかったんですか?」

「一応は確認はしてたわよ。でも、かなり変化が微々たるものでね。『あれ? ここの数値ちょっとおかしいな。……まいっか!』みたいな」

「ちゃんと調べてくださいよ!」

 

 適当過ぎませんか、この人!?

 研究者って、そう言うことはちゃんと調べるものだと思うんだけど、ボクの幻想なの? ボクがおかしいの?

 

「……それで、結局なんでこんなことに?」

「そうねぇ……。あくまでも仮説なんだけど……この世界には、どこにでも異世界へと通じる扉のようなものがある、って言ったわよね?」

「はい。空間歪曲でしたっけ?」

「そうそう。この空間歪曲自体は、おそらくどの世界にもあると思うの。じゃなきゃ、異世界へ行く、なんて無理だもの。それで、私が作ったあの装置。最初は、ランダムで異世界へ行くものだったでしょ?」

「そうですね。たしか、無理矢理やると死んじゃうからって言う理由で」

 

 まあ、成功したらしたで、死ぬ可能性があるんだけどね。

 ボクなんて、何度も死に目に遭っていたわけだもん。

 

「その通り。で、次に完成したのが、誰でも異世界に行ける装置。あれも、ある意味では強制的に行けるようにしているけど、あれは、徐々に徐々に大きくしていって、それで異世界へ行くのよ」

「でも、それだと死んじゃうと思うんですけど……」

「そうでもないわよ。あくまでも自然に、大きくしているだけだから。最初の装置は、無理矢理穴を大きくするからダメだったのよ。言ってしまえば、ゴムね。いきなり伸ばしたら切れるけど、ゆっくり少しずつ伸ばせば、切れることはあっても、ほとんど伸びた状態になるでしょ? そう言うこと」

「な、なるほど」

 

 例えが微妙な気がするけど、なんとなく理解はできた。

 あとは、毒物でも同じ例えが利くかも。

 致死量を摂取すればすぐに死んでしまうけど、物によっては少しずつ摂取して、どんどん飲む量を増やしていけば、体が慣れて一度に致死量を摂取しても死ななくなるって言う。

 

「で、異世界へ行くとき、当然そっちも穴が発生するわけ。前回、前々回と穴を作ったことによって、発生しやすくなってしまったのかもしれないのよね」

「でも、穴はすぐに修正されるって……」

「それはあくまでも、この世界では、ね。ほかの世界がこの世界と同じとは限らないもの。もしかすると、向こうも向こうで、異世界へと繋げることができるんじゃないかしら?」

 

 ……あー、なるほど。

 つまり、こっちの世界から向こうに干渉して、あっちの世界も、こっちに干渉した結果、穴が繋がりやすくなって、今の事態になっている、と。

 ……ボクを向こうの世界に行く原因になった二つだよね。

 ……王様ぁ。

 そう言えばボク、学園長先生に異世界人を召喚する魔法があることを言ってなかったんだっけ。

 

「学園長先生、ありますよ、繋げる方法」

「あ、ほんと? ……となるとやっぱり、依桜君が言った世界の住人の可能性が高いわね」

「でも、それが本当に、向こうの人かわかりませんよ? だって、ここにはいないわけですし」

「あ、一人いるのよ、実は」

「い、いるんですか!?」

「昨日保護してね。……まあ、ものすごく威圧されたけど」

「威圧って……すごい人が来たんですね」

 

 あっちの世界の人って、少なくともこの世界の人よりも強かったりするし……生死にかかわる出来事が多かったからね。

 

「問題なのは、こっちのボディーガード全員が一瞬で倒されたことよ」

「ええ!?」

 

 絶対その人、一般人じゃないよね。

 学園長先生のボディーガードの人って、結構強かった記憶があるんだけど。

 少なくとも、プロボクサーとかよりも。

 そんな人たちが、五人くらい。

 そんな人を一瞬で倒せるということは、冒険者の人とか、騎士団の人なんだけど……。

 

「どんな格好でした?」

「そうね。黒いローブのようなものを着ていてね。今もそれを着たままで、顔が見えないのよね」

「ローブ、ですか」

 

 向こうの世界でローブを着るような職業は、魔法使いとか付与術師とか、暗殺者くらい。

 となると、考えられる職業はその三つ……。

 

「多分、女性ね」

「どうして女性だと?」

「声よ。何を言っているかは分からなかったからあれだけど、綺麗な女性の声だったわよ。それも、二十代前半くらいかしらね?」

「そんな人が、ボディーガードを。ほかに特徴は?」

「そうね……身長は高めだったわ」

「……」

 

 なんだろう。

 ちょっと聞き覚えのある特徴しかないんだけど……。

 

 まず、かなり強い(こっちの世界基準だけど)ボディーガード数人をたった一人で全滅して、黒いローブを着ていて、女性で、二十代前半くらいの声で、身長が高め。

 ……ボクの脳裏には今、あの理不尽な人の顔が思い浮かんでいるんだけど。

 ま、まさか、ね?

 

「依桜君。一つ聞きたいんだけど、いい?」

「なんですか?」

「異世界へ行ってからの依桜君の英語と古典系の成績が上がっているんだけど、どうして?」

 

 そう言えば、それも言ってなかった。

 

「実は、向こうに行く途中で貰ったスキルに『言語理解』って言うのがありまして」

「効果は?」

「すべての言語が理解できるだけの能力ですよ」

「だ、だけって……それ、結構すごい能力じゃないの?」

「……向こうでは、言葉がわかるだけで、それ以外には何の恩恵もなかったんです。まあ、帰ってきてからは、外国人の人に道を尋ねられてもすぐに答えられて楽ですけど」

 

 向こうだと、言語は二種類くらいしかなかったからね。

 ほかにあったとしても、古代言語とかだし。

 

「……つまり、依桜君なら、誰もわからない言語を理解できると?」

「そうですね」

「なら依桜君。早速、私が保護した人に会ってもらえないかしら?」

「いいですよ。ボクとしても、ほっとけないですし」

「ありがとう! じゃあ早速行こう! 実は、会社の方に今は住んでもらってるのよ!」

「あ、そうなんですね」

 

 あまり人目に付かない場所のほうがいいと判断したからかな。

 あそこなら、結構セキュリティは厳重だし、寝れる場所はあるからね。

 

「そうと決まれば、行くよ!」

「い、いきなり手を引っ張らないでくださいよぉ!」

 

 と言うわけで、急遽学園長先生の会社に行くことになった。

 

 

 数十分ほどで到着し、以前来たあの場所へ。

 学園長先生が言うには、仮眠室にいてもらっているとのこと。

 

「さあ、依桜君。入るよ」

「は、はい」

 

 扉の前に着き、ボクは少しドキドキしてきた。

 ……ボクの予想が会っていれば、この扉の向こうにいるのは……十中八九あの人。

 覚悟を決めよう。

 

「すぅー……はぁー……い、いいですよ」

「了解。それじゃあ……失礼しまーす」

 

 すごく軽いノリで学園長先生が中に入り、それに続くようにボクも仮眠室に入った。

 そして、そこのベッドにいたのは、

 

『ん? おー! イオじゃないか! いやあ、ようやく言葉が通じるやつに会えたぞ!』

 

 ……予想通り、ボクの師匠、ミオ・ヴェリルその人でした。




 どうも、九十九一です。
 えー、なんとなくで書いていたら、こんなことになりました。かなり早い段階での、師匠の登場です。ただの思い付きで書いていたら、こうなりました。
 ……まあ、いいかなと。元々カオスな作品だし、今さらこんなことができても、みたいな。
 少なくとも、これでこの人はレギュラー入りです。多分。
 どうしよう。本当におかしな方向に進み始めちゃったよこの作品……。
 とりあえず、明日はいつも通り、10時だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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89件目 師匠の今後

『あー、えっと……師匠はなんでここに?』

『久しぶりに仕事しててな。ちょうど対象を始末して、よし帰ろう、と思ったらいきなり視界が真っ暗に。で、目が覚めたらなんかよくわからん場所に』

『そ、そうですか』

 

 視界が真っ暗、か。

 やっぱり、ボクとはちょっと違うみたい。

 

 ボクの場合は、学園長先生と王様のせいであれだったから、意識がなくなったりするようなことはなかったけど、そう言った要因がないものに関しては、意識が途絶えるのかな?

 

 でも、これで世界各地で見つかっている、っていう人たちが異世界の人って言う確証が得られた……というより、得られちゃったんだけど。

 

「依桜君、この人と知り合いなのかしら?」

「知り合い、というか……一年ほど一緒に住んでた人、ですね」

「……同棲?」

「あながち間違いじゃないと思いますけど、そういう楽しい話じゃないですよ。師匠です、師匠」

 

 それに、ものすっごく部屋が汚い家で一緒に住んでいて、同棲なんて思ったことは一度もないですけどね。

 

「というと、依桜君の暗殺能力の?」

「そうです」

「ふむ……。それにしても、本当に不思議な言語だ」

「ボクたちからしたらそうですけど、向こうの人たちからしたらボクたちのほうが不思議な存在だと思いますよ」

 

 なにせ、魔力も持たなければ、能力、スキル、職業もないわけだから。

 まあ、職業はあるにはあれど、こっちの世界じゃ肩書だけど。

 向こうの世界の職業と言えば、その人本質のようなものだし。

 

『おいイオ、ここはどこだ? つか、そいつは誰だ?』

『あ、すみません、師匠。えっと、どこから話せばいいのか……とりあえず、一言で師匠の状況を言いますと……ここは師匠からみた異世界です』

『ま、マジ?』

『マジです。見ましたよね? 街並みとか』

『ああ。ミレッドランドの建築技術とは全くの別物だったな』

『それに、魔法もなければ、魔物も、魔族もいません』

『そうなのか。……なんだか、不思議な気分だぞ』

『それは、ボクも向こうに行ったときに思いましたよ』

 

 いきなり別の世界に行って、いきなり魔王を倒してくれ、なんて言われるんだもん。

 特に、魔法やスキルがあるということが、不思議でしょうがなかったけどね。

 

『にしても、異世界か……向こうの世界のどこかなら問題はなかったんだが、ここがイオの住む世界だとすると、下手な真似はできない、か』

『そうですね。こっちの世界だと、向こうの世界の人が持つ能力とかは、明らかに異質です。特に師匠。師匠は良くも悪くも目立ちますからね』

『何言ってんだ。あたしは暗殺者だぞ? あまり目立たないだろうが』

『……目立たない人は、代金をツケにしてほしい、なんて言いませんよ』

『それはそれだ。だが……どうしたものか。そもそも、言葉が通じないこと自体が問題だな……。ん? そういや、イオはなんであたしらの世界の言葉が理解できてるんだ?』

 

 あれ、知ってそうなものかと思ったんだけど、意外と知らない?

 

『『言語理解』っていうスキルですよ。もしかしたら、師匠も得られるかもしれませんよ』

 

 師匠だし。

 

『本当か? なら、手に入れておきたいところだな』

『わかりました。ちょっと待ってください』

「会話が途切れたみたいだけど、何かわかった?」

「学園長先生、一旦話は後にして、国語の教科書……できれば小学生くらいのものってありませんか?」

「教科書? ……まあ、あるけど。もしかして、教えるつもり?」

「教えるって言っても、言語理解のスキルを手に入れてもらおうかと」

「そんなことができるの?」

「確実かどうかはわかりませんけど、師匠だったらありかなって」

 

 知らない間に、謎のスキルやら能力やらを入手しちゃってる人だし。

 ボクですら、師匠がどんな能力やスキルを持っているのか分かってないし。

 

 もしかすると、能力やスキルを手に入れやすくする、なんてスキルを持っているのかもしれないね、師匠。

 

「わかったわ。ちょっと待っててね。すぐ持ってくるから」

 

 そう言うと、学園長先生は仮眠室から出て行き、わずか数分程度で戻ってきた。

 

「はい、これでいい?」

「ありがとうございます。スキルさえ手に入れてしまえば、漢字とかはどうにかなりますから」

 

 パラパラと教科書をめくり、中身を確認。

 あ、こんな単元あったなぁ、と思いつつ教科書を師匠のところに持っていく。

 

『師匠、これが教科書です』

『面白い材質だな。しかも……全部紙か?』

『向こうの本は、表紙が紙じゃなくて、革とかでしたもんね』

『そうだな。それで? スキルの入手条件とかわかってるのか?』

『えっと、おそらくなんですけど……異世界の言語を一文字でも理解すること、何じゃないかなと』

 

 ボクだって、いきなり理解できたわけじゃないし。

 女神様に話しかけられた時とか、何語か分からなかったもん。

 話しかけられた直後に、いきなり言葉が分かるようになって、

 

『言語理解のスキルを与えました』

 

 とか言われたからね。

 

 女神様パワーのようなものが働いたのかもしれないけど、それ以外にも、要員はありそうだなって思った時、もしかすると、一文字でもいいから理解か発音ができればいいのかなって。

 

『なるほどな。ふむ……しかし、文字も不思議だな。んー……お? おお?』

『どうかしたんですか?』

『いやなに。もう言語理解のスキルを手に入れたぞ』

『ええ!? ほ、ほんとですか?』

『ああ。なんだったら、こっちの世界のお前が普段使う言葉で話してみな』

 

 そう言われたので、日本語で話す。

 

「これで、大丈夫ですか?」

「ん、おーおー理解できるぞ! すごいな、このスキル。向こうの世界だと二言語くらいしかないから、あまり意味はない気がするが、異世界だとかなり便利だな」

 

 す、すごい。本当に日本語を理解して話してる。

 というか、一瞬で習得してなかった? 師匠。

 ……どうなってるんだろ、この人。

 

「驚いた。本当に日本語で話してるわ」

「ああ、そうだった。お前は?」

「私は、董乃叡子。叡董学園という場所で学園長をしている者です」

「学園……とはなんだ?」

「子供に教育を与え、将来、社会でやっていけるように教えるための機関ですね」

 

 すっごくざっくりした説明。

 学園のトップの人が言う説明とは思えないほどだよ。

 

「なるほど。で、イオはそこの生徒ってことか?」

「そうですよ」

「それで、あたしはどうすればいいんだ? いきなり異世界に来ちまった以上、何かしら職を探さないといけないんだが」

「あー、そうですね」

 

 ボクは召喚された身だったから、問題なく生活できてたけど、今回の場合は特殊で、住む場所も碌に得られない状況。

 師匠だったら、どこでも生きていけそうだけど、こっちの世界だとちょっと肩身が狭いかも。

 

「仕事、か……。戸籍やらなにやらはこちらでどうにかするとして、仕事と住む場所は早急にどうにかしないとね」

「ですね。放置はできませんし……」

 

 そもそも、ボクにそんな選択をする権利はないですしね。

 ……ボク自身、かなりお世話になった人だし、助けないなんて選択も最初からないわけだけど。

 

「向こうのどこかならなぁ、魔物を適当に殺して金を稼げたんだが……この世界には魔物の類はいないみたいだしな……」

 

 いたら怖いですよ。

 魔物がいたら、この世界相当酷いですよ。

 

「一つ、よさげな仕事があるけど、どうしますか?」

「ん、何かあるのか?」

「ええ。最近、うちの学園で体育教師が一人辞めることになっていましてね。もし、あなたがよければ、そこで働いてくれませんか?」

「え、でも先生、師匠には教員免許なんてあるわけないですよ?」

「その辺りは、私がどうにかするので問題なしです。さて……どうしますか?」

 

 どうにかって……師匠も謎だけど、学園長先生も結構謎だよね。

 そもそも、ボクの戸籍を書き換えたり、戸籍が用意できる、って言ってる時点色々とおかしいような……?

 

「ふむ。その体育教師、と言うのがどういう物なのかわからないのだが」

「それもそうですね。簡単に言ってしまえば、運動を教える人です」

「それだけか?」

「まあ、そうですね。一応、保健の授業もあったりはしますが……そちらはパスでいいでしょう。体育の方に専念してもらえれば」

「なるほど。あたしは体を動かすのは得意だ。引き受けよう」

「ありがとうございます。それでは、明日からお願いしますね」

「明日!? 学園長先生、明日って早すぎませんか?」

「問題ないわ。教師には私の方から連絡しますし、その他諸々の手続きは今日中に済ませますから」

 

 笑顔でそんなこと言うなんて……師匠は強さが化け物だけど、学園長先生も権力的な意味では化け物かも……。

 

「さて、住む場所ね。どこか希望はありますか?」

「あたしとしては、イオの所がいいんだが……両親がいるんだろ?」

「そうですね。でも、一応聞くだけ聞いてみますか?」

「イオがいいなら、頼む」

「わかりました。ちょっと待ってくださいね」

 

 師匠にはお世話になっているし、事情を知っている母さんたちならわかってくれるかも、と思って連絡。

 

「もしもし、母さん?」

『あら、依桜。どうしたの?』

「実はね――」

 

 と、学園長先生絡みの部分は濁して、師匠が来てしまったことだけを伝える。その上で、こちらにいる間は家で住まわせてほしいとお願いすると、

 

『全然いいわよ! むしろ、連れて気欲しいくらいだわ!』

「いいの?」

『当然よ! だって、依桜の恩人なんでしょう? なら、私たち的にも恩人と一緒! それに、会ってみたかったのよね』

「ありがとう、母さん。それじゃあ、あとで」

『ええ。お父さんのほうは、私から伝えておくわ』

 

 意外とあっさり決まり、通話を切る。

 

「大丈夫だそうですよ。むしろ、会いたがってました」

「そうか。それはありがたい」

「でも、いいの? 依桜君」

「問題ないですよ。母さんと父さんは、結構能天気ですから」

 

 むしろ、父さんのほうは美人な人が増える! って喜ぶんじゃないかな?

 ……もし、変なことを言ったらお説教しないと。

 

「そう言えば師匠、いつまでそのローブを着てるんですか?」

「ん、そう言えば邪魔だな。脱ぐか」

 

 今の今まで師匠はローブをずっと着用していた。

 暗殺者と言うのは、なるべく顔を覚えられないほうがいいので、こういったローブは必需品。

 おそらく、脱がなかったのも、学園長先生がいたからだろうし。

 

「へぇ~……随分とお綺麗なんですね」

「そうか? あたしはそうでもないと思うが……ま、多少は整っていると自負してるよ」

「ご謙遜を。……そう言えば、まだお名前をお聞きしていませんでしたね」

「おっと、これはすまない。あたしは、ミオ。ミオ・ヴェリルだ。よろしく頼むよ、エイコ」

「ふふっ、名前で呼ばれるのは久しぶり。じゃあ私も、ミオと呼ばせてもらうわね」

「ああ、構わん。これから、世話になる」

「ええ。ようこそ、叡董学園へ」

 

 教師になる人に、ようこそは変じゃないだろうかと思ったけど、こっちの世界の人じゃないし、いい、のかな?

 

 と言うわけで、しばらく師匠がこの世界に住むことに決まった。

 帰る方法に関しては、例の装置の技術を応用すれば問題なく帰れるとのこと。

 でも、師匠がそれを拒んだ。

 なんでも、しばらくはこっちで生活したい、なのだとか。

 一応はたまに帰る予定らしいけど、ほとんど帰らなさそうだった。

 

 でも、体育教師かぁ……。

 ……体育祭の種目に、生徒・教師対抗リレーがあるんだけど……出場する人が、本当に可哀そうだと思いました。

 

 ……師匠の来訪で、かなり大変な未来になる気しかしないのは、気のせいではないと、ボクは思った。




 どうも、九十九一です。
 ……えー、教師的なあれの細かいところは気にしないでいただけると助かります。
 本当にカオスになりそうで怖いです。自分でも、なんだこれ? 状態ですからね。
 頑張りたいとは思っていますが……つまらなかったらすみません。
 明日もいつも通り10時です。よろしくお願いします。
 では。


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90件目 師匠、男女家へ

「ほぉ、この乗り物はすごいな……車、だっけか? 馬よりは早いし、乗り心地もいい。それに、音も静かだ」

 

 会社を出て、現在は学園長先生に来るまで家まで送ってもらっているところ。

 師匠は、初めて乗る車に、興味津々の様子。

 

「これがあれば、結構スムーズに仕事ができそうだな」

 

 ……暗殺か何かに使おうとしてない? この人。

 

「師匠、これはそういう乗り物じゃなくて、遠出をしたり、移動を楽にしたりする物なんですけど」

「おっと、ついそっちの方で考えてしまった。この世界では、暗殺者は少ないんだろ?」

「少ないというか、いませんよ、普通」

 

 いなくはないけど、大体は、大統領の暗殺のような、国の要人が狙われる場合が多いけど、現代だとあまり聞かないね。

 未遂なら何件かあったような気がするけど。

 

「そうか。てことはやっぱり、暗殺者として活動するのは難しい、ってことか?」

「師匠なら簡単でしょうけど、こっちの世界の国によっては、人が一人死んだだけで大事件なんですよ? 向こうとは違うんです」

「てことは、本当に平和、なんだな」

「そうですね。昔は戦争とか平気でありましたけど、今は一部の地域を除いたら平和ですよ」

 

 ただ、戦争にまた発展してしまうのでは? みたいな状況になっている国もあるけど。

 できれば、起こさないでほしいよ。

 

「……いい世界だな」

 

 なぜかはわからないけど、師匠の今の言葉には、かなりの重みがあった気がした。

 

「あ、そう言えば、学園長先生。師匠のことなんですけど、体育教師をやるとして、授業中の服装ってどうするんですか?」

「んー、そうねぇ……一応、外国人ってことになるし、別に私服でもいいと思うわよ。ミオだって、動きやすい服装のほうがいいでしょ?」

「ああ、そうだな。普段仕事で使っている服装のほうが、あたしとしては動きやすくて助かるよ」

「師匠の仕事着ってたしか……」

 

 タンクトップに、ホットパンツ、っていう結構露出度が高い服装だった気がするんだけど。一応、ブーツ、ニーハイソックスを履いていたけど、それでも露出度は高い気がする。

 

「えっと……師匠、あの服装でやるんですか?」

「そうだな。どうした、何か問題でもあるか?」

「問題と言うか……薄着ですけどいいんですか?」

「なんだ、そんなことか? いいんだよ。別にこっちじゃ、暗殺者をやるわけじゃないしな。それに、あの服装って楽なんだよ」

 

 まあ、楽でしょうね。ほとんど、パジャマみたいなものですし。

 ……ズボラな人って、普段着の方もズボラになるのかな。

 

「……おい弟子。今、失礼なこと考えなかったか?」

「い、いいいいえ! か、考えてない、ですよ?」

「……まあいい。ここでお前を折檻して、イオの両親に受け入れられなかったら困るからな。特別に許してやろう」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ……理不尽。さすが師匠、理不尽!

 こんな感じに、ちょっと騒がしいものの、目的地へ。

 

 

「ミオ・ヴェリルだ。よろしく頼む」

 

 家に到着すると、父さんと母さんがいたので、そのまま挨拶する運びになり、テーブルを挟んで、向かい側に父さんと母さん、こちら側に、ボクと師匠と言う感じで座っている。

 

「お話は聞いていますよ。なんでも、いきなりこっちの世界に来てしまったとか」

「そうだな。さすがに、住む場所がないのは困っていたので、あたしとしてはありがたい」

 

 初対面の人が相手でも普段の口調のまま。

 師匠って、敬語を使うんだろうか?

 使っているところを見たことがないんだけど……。

 

 あと、外見的には母さんたちよりも年下に見えるけど、実際は師匠の方が上だけどね。

 七十歳以上は違うと思うんだけど。

 

「ミオさん、うちの息子……じゃない、娘を無事に帰してくれて、ありがとうございました」

 父さん。そこは息子でいいよ。なんで、娘って言い直したの?

「気にしなくても問題ない。あたしが見込みがあると思ったから鍛えた。それだけだ。それに、あたしは手助けしただけで、返ってこれたのは、イオが頑張ったからだ」

 

 ……あれ、師匠ってこんなにまともなことを言う人だったっけ?

 こんなに、優し気な笑みを浮かべる人だったっけ?

 

「……そうですか。謙虚なんですね」

「そうでもないさ。まあ、こちらとしても楽しい一年だったんで、全然よかったよ」

「師匠……」

 

 もしかして、こっちが素なのだろうか?

 ……まあ、そうでなくても、師匠はいい人だから、好きだけど。

 

「それに、イオが作る飯は美味かったからなぁ」

「結局そっちなんですね!」

 

 師匠が言う、楽しい一年と言うのは、九割くらい食事だったの?

 ……ありえる。

 少なくとも、お酒が飲みたいがためだけに魔王や神を殺すような人だし。

 

「ははは! なるほど、たしかに依桜の作る料理は美味いな」

「そうね。我が息子――じゃない、娘ながら、料理上手に育ったわねぇ」

 

 ……息子でいいのに……。

 どうやらこの二人は、ボクを息子扱いしてくれなさそうです。

 

 この後、ボクがほとんど置いてけぼりで談笑が続いた。

 その話は、なぜかボクのことばかりで、気が付けば、師匠がボクの恥ずかしい話をし始め、母さんたちも便乗して、恥ずかしい話をし始めた。

 ……もうやめてよぉ……。

 

「――何はともあれ。俺たちは、ミオさんを歓迎しよう」

「自分の家だと思って、寛いでくださいね」

「ああ、ありがとう」

 

 こうして、正式に師匠がボクの家に滞在することが決まった。

 ……母さん、甘やかしちゃだめだよ。

 

 

「この部屋を使って、だそうです」

 

 話が終わると、母さんと父さんは家を出た。

 とりあえず、家具を買いに行くらしいです。

 実際、師匠に住んでもらう部屋は、何もない殺風景な部屋だからね。これだと恩人に申し訳ない、とのことらしく、急いで買いに行っている。

 

「そうか。それにしても……ふむ。綺麗なものだな、こっちの世界の家は」

「師匠の家がちょっとアレなだけだった気がするんですが……」

 

 森の中にある家に住んでいたわけだし。

 それに、師匠の家って基本的に汚いもん。

 

「まあいいんだよ。あたしの場合は、仕事で家を出ている場合が多かったからな」

「そうなんですか?」

「そうだよ。これでも、あたしは凄腕の暗殺者だぞ? 依頼なんてしょっちゅうくるよ」

「やっぱり、師匠ってすごいですね」

「はは! そんなん当たり前だ。弟子に尊敬されない師匠なんざ、死んだほうがましだね」

「少なくとも、普段の師匠はあれですけど、暗殺者としての師匠はすごくカッコいいと思いますよ」

「よくわかってるじゃないか。ま、当然だな。あたし的には、イオも可愛いぞ?」

「……そこは普通、カッコいいじゃないんですか?」

「そりゃ無理だ。イオは可愛いからな。カッコいいかどうかと聞かれれば……ちと微妙だな」

「むぅ……」

 

 釈然としない。

 これでも一応、カッコいいとは言われるんだけど……まあ、カッコいいよりも、可愛いと言われる頻度の方が高いけどさ……。

 

「あ、そうだ。一つ確認しておきたいことがあった」

「なんですか?」

「前回、あたしはお前の呪いの解呪に失敗したわけだが……で、どんな効果が出た」

「……ボク、あの時ほど師匠を恨んだことはないですよ」

「いや、本当に悪かった。あたしもわざとじゃないんだぞ?」

「わざとじゃなくても、適当でしたよね!? 半分にすればどうにかなると思ってやったって書いてありましたよ!?」

 

 まさか、自分で書いたことを忘れたとか言うんじゃないだろうか、この人。

 誰のせいで、ボクが大変な目に遭っていると思っているんだろ。

 

「ありゃ、クソ野郎が悪いだろ。あたしは悪くない」

 

 ……言うに事欠いて、責任転嫁したよこの人。

 

「はぁ……まあ、もういいんですけどね。解呪できないのならできないで、受け入れつつありますよ、ボクも」

 

 本当は戻りたいけど、一度しかできないって言われたんだもん。もう受け入れるしかないし。

 

「そうか。いや、これに関しちゃ本当に悪かったよ。……それで? 一体どんな効果が出た?」

「……小さくなります」

「小さく? そりゃ、そのままの姿で縮むってやつか?」

「いえ、子供の姿になります」

「マジ?」

「マジです。ほかにも、さらに幼くなったうえで、狼の耳と尻尾が生えます」

「……悪い。それは本当に予想外」

「それはこっちのセリフです」

 

 ボクだって、まさか幼い姿になるとは思わなかったもん。

 小学生になるんだよ? しかも、耳と尻尾まで生えるし……あれ、ちゃんと感覚があるから困るんだよ。

 嬉しい時とか、尻尾がぶんぶん揺れてるし。

 あれ、恥ずかしくてね……。

 

「しかしまあ、本当に変なものばかり引き当てるな、お前は」

「ほんとですよ……。急な生活の変化で、病気になるんじゃないかと、冷や冷やしましたよ」

「お前が病気とか……ないな。うんない。あたしが鍛えたんだから、なりにくいに決まってるだろ。まあ、確実じゃないが」

「確実じゃないのなら、用心することに越したことはないです」

「ま、それもそうか」

 

 ボクだって、一応、人間なんだし。

 師匠は神様的存在らしいけど……普段の姿を見ていると、全然そう見えないのが不思議。

 師匠こそ、病気にならないんじゃないだろうか? 確実に。

 

「あ、そうだ師匠。さすがにないとは思いますけど、ちゃんと部屋は綺麗にしてくださいね? 向こうの師匠の家はかなり汚かったんですから」

「さすがに、弟子の実家の家を汚すなんてことはしねーよ。申し訳ないだろ? お前の親に」

 

 意外にも、師匠にはちゃんと良識があったみたいだ。

 え、じゃあなんで向こうの世界の人に対しては、あんなに理不尽なんだろ、この人。

 

「しっかし、今までずっと暗殺者として生きてきたあたしが、真っ当な職に就くとはなぁ」

「できれば、今後もそうしていただけると、ボクもありがたいですよ」

「向こうじゃ無理だが、こっちなら、まあ、善処しよう」

「善処と言うか、普通に殺人はどんな理由があろうと犯罪なので、絶対にしないでくださいよ」

「お、あたしの心配をしてくれるのか?」

「いえ、師匠の心配と言うより、警察とかの心配ですね……。師匠、捕まりそうになったら平気で倒しそうなんですもん」

「場合によるが……まあ、やるな」

 

 ほらやっぱり。

 大人しく捕まるような人じゃないからね、師匠。

 

 そもそも、異世界で最強の存在を、あくまでも一般人中でも強いというレベルの強さしかない人が捕まえるなんて、自殺行為に等しい。

 ボクだって、師匠に勝てる気しないもん。

 師匠に勝つには、それこそ餌付けのような行為が必要になりそうだし。

 ……まあ、その手を使っても、奪うだけ奪って倒しに来ると思うけどね。

 

「ま、迷惑はかけんよ」

「ほんとですか?」

「当然だ。こっちは、家に住まわせてもらう身だぞ? 感謝こそすれ、迷惑をかけるとか、阿呆がすることだ」

「それならよかったです」

「それに、こっちの生活も楽しみでな」

「向こうは殺伐としている部分も多いですからね」

「いや、酒が」

「ですよねー」

 

 やっぱりぶれない人だった。

 

 

 少ししてから、母さんたちが帰ってきて、買ってきた家具を師匠の部屋に設置していった。

 よく見ると、それなりにいいものを買ってきたみたいだ。

 多分、ボクが使っている家具よりもいいもの、だね、これ。

 母さんたちからみたら、師匠は恩人だから、当然と言えば当然か。

 

 家具の設置を行ったのは、ボクと師匠の二人。

 腕力はかなりあるからね。適材適所です。

 

 その間、母さんは料理を、父さんは……何してたんだろ?

 まあ、何かしてました。

 家具の設置を終えると、そのまま夕食の運びになり、師匠の歓迎会が行われた。

 

「ほぉ、こっちの料理は美味いな」

 

 師匠はいっぱい食べる、ということを伝えると、母さんがすごく張り切ってしまった。

 結果、テーブルに乗り切らないくらいの料理が出てきた。

 唐揚げに、ローストビーフ、カレイの煮つけ、カルパッチョ、シーザーサラダと、かなりの量を作っていた。

 

 四人でもこれは食べきれない……と、普通の人なら思うかもしれないけど、師匠はすごいです。

 食べ始めたから、一切箸のスピードが落ちず、お酒→料理→お酒というローテーションで食べ続けている。

 

「そう言ってもらえると、嬉しいわぁ」

 

 料理を作った側としては、美味しそうに食べてもらえるのはすごく嬉しいからね。母さんも例にもれず、師匠の食べっぷりに嬉しそうにしていた。

 師匠が相手だと、作り甲斐があるんだよね。

 基本的に美味しそうに食べてくれるから。

 

「それと、この酒がまたいいな。日本酒、と言ったか? 気に入ったぞ、あたしは」

 

 師匠は、日本酒がお気に召したようだった。

 ボク自身、未成年だからお酒はまだ飲めない(向こうでは成人してるけど、飲んでない)から、よくわからない。

 お酒って美味しいのかな?

 

「これだけでも、こっちの世界に住む意味はあるな」

「師匠の場合、美味しい料理とお酒があれば十分ですからね」

「まあな」

「ははは! いい食べっぷりに飲みっぷりですな。遠慮せずに、どんどん食べてください」

「あたしは、出されたもの全部食べる主義でね。遠慮はしないさ」

「いいですな。……ところで、ミオさんはおいくつで? かなり若いのですが」

 

 と、ここで父さんが師匠の年齢について尋ねていた。

 うん。まあ、ボクの話で聞いていた時は、どうやらそれなりの歳の人を想像していたみたいだった。

 そんな予想の斜め上を行く形で、目の前に表れたのは、二十代前半くらいの若い人だもんね。気にならないわけがない。

 

「百歳は超えてるな。正直、あたしも自分の歳とか覚えてないんだ」

「ひゃ、百歳、ですか。異世界とは、不思議な場所なんですねぇ……」

「あらあら。ギネス記録を超えてるんじゃないですか?」

 

 二人とも、師匠の実年齢を聞いたにもかかわらず、ほとんど驚いてなかった。

 母さんに至っては、ギネスのことを言っているし。

 そこじゃないと思うんだよ、ボク。

 百歳を超えているのに、二十代前半くらいの容姿であることを気にするべきだと思うんだけど。

 

「でもまさか、こんな綺麗な人が依桜の師匠とはなぁ……父さん、お前が羨ましいぞ」

「その綺麗な人が原因で、ボクは小さくなったわけだけどね」

「それは本当にすまん。まあいいじゃないか。イオは女の方が似合ってるぞ?」

「そうですよね! 依桜ってば、男の娘の時から可愛くて可愛くて……なんで女の子じゃないんだろうって、ずっと思っていたんですよ!」

 

 共感してしまった人が、身近にいた。

 いや、母さん。今食事中……って、今、男の子じゃない単語に聞こえたんだけど。

 

「母さん、ボク、男のほうがいいんだけど……」

「何言ってるんだ、依桜。父さん、お前が可愛い女の子になってくれて嬉しいぞ?」

「私もね。可愛いお洋服を着せるのが、私の夢だったし」

「ほら見ろ、お前が女になって、小さくなったとしても、似合っているから違和感ないんだぞ? 普通なら、『え、似合わな。キモ!』みたいになるぞ?」

「最初から男だった人がいきなり女の子って、どう考えても嫌ですからね!? 中には嬉しい人もいるんでしょうけど、ボクは嫌なんです!」

 

 特に身長とか。

 身長が縮むという事態が、一番辛いんです。

 

「そうは言うけど、ねえ? なってしまったものは仕方ないし。お母さん的には、ミオさんのミスはグッジョブです」

「こちらこそ。こんなに美味い料理をありがとう」

 

 おかしいと思っているのはボクだけ?

 実の母親なのに、師匠のミスを怒るどころか、褒める始末。

 ……うちの両親って、本当に酷いですよね!

 こんな感じで、歓迎会は騒がしくも楽しい時間となった。

 

 師匠が楽しめたから、いい、かな。

 なんだかんだで、師匠には甘いボクだった。




 どうも、九十九一です。
 二話投稿する気はなかったんですけど、余裕があったので、投稿します。
 やばい。全然体育祭の話に行かない……寄り道しすぎたぁ……。
 何度もやると言っているのに、未だにやらない時点で、詐欺ですねこれ。
 もう少し。もう少しだけ待ってください……。
 えっと、明日は朝の話で言った通り、10時ですので、よろしくお願いします。
 では。


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91件目 師匠来校

 翌朝。

 

「師匠、起きてください。師匠」

 

 師匠の初仕事の日。

 いきなり師匠は寝坊しかけていた。

 ボクはまだ遅刻になる時間帯じゃないけど、師匠は今日から教師なので、挨拶をしないといけないらしい。

 それで昨夜、

 

「起きなかったら起こせ」

 

 と頼んできたので、こうして起こしに来たんだけど……

 

「すぅ……すぅ……」

 

 この通り。全く起きる気配がない。

 声をかけても、揺すっても、目を覚ます気配がない。

 向こうでもそうだったなぁ……。

 

 早朝から修業するから、あたしを起こせ、って言われたから起こしたのに、全く起きなかった。

 起こしたら起こしたで、なぜか殴られた。

 ……あの時は、本当に死ぬかと思ったよ。結構本気だったんだもん……。

 

「師匠、お仕事ですよ。師匠―」

「ん……なんだぁ? あさかぁ~?」

「朝です。今日から仕事をするんですから、起きてください」

「仕事……ああ、エイコに紹介してもらったやつか……ふぁあぁぁ……」

 

 珍しく普通に起きてくれた。

 今回は殴られることもなく、普通に起きてくれて助かった……。

 また殴らるのかと思って、内心恐々だったよ。

 

「ありがとな、イオ」

「いえ、師匠に頼まれたので、当たり前です」

「そうかそうか。いい弟子を持ったなぁ、あたしは。炊事洗濯に、朝起こしてくれるとか、本当、できた弟子だ」

「できれば、掃除と起床くらいは自分でやってほしいんですけどね……」

「師匠の世話をするのが、弟子の務めだ。違うか?」

「ちが……わない、です」

 

 違うと言おうとしたけど、何をされるかわからなかったので、結局言えなかった。

 チキンと言われても反論できないよ。

 

「そういや、教師、ってのはどういう服装で行くんだ?」

「そうですね……学校によると思いますけど、体育教師の人とかは、ジャージとかで通勤してますけど、師匠の場合は特に言われてませんし、普段着でいいんじゃないですか?」

「そうか? んだとすると……さすがに、運動の時と同じ服装ってのはまずいな。んー……ま、あれでいいか」

 

 と言うや否や、師匠が手を宙に伸ばすと、その手が消えた。

 

「し、師匠、それって……」

「ん? ああ、別になくなったわけじゃないぞ? これは、アイテムボックスだよ」

「師匠、使えたんですか……?」

「当然」

 

 う、羨ましい……。

 ボクなんて、女神様からもらったの言語理解だけで、ほかの能力やスキルは、基本的に師匠に教えてもらってたけど……アイテムボックスは教えてもらってないんだけど。

 

「そう羨ましそうな顔をするな。今度教えてやるよ」

「ほんとですか?」

「ああ。……よっと。やっぱこれだよな」

 

 そう言って師匠が取り出したのは、ノースリーブシャツにジーンズと、カーディガンだった。

 ……あれ、おかしくない?

 そう言った洋服って、向こうの世界にあったっけ……?

 

「その服、どうしたんですか?」

「これか? エイコから貰ったんだよ。あったほうがいいだろうって」

 

 なるほど、学園長先生が。

 び、びっくりしたぁ……てっきり、向こうの世界から持ってきたものとばかり思ってたよ。

 

「それじゃ、あたしは着替えてから下に行く」

「わかりました。朝ごはんはもうできるそうなので、できるだけ急ぎ目でお願いしますね」

「ああ」

 

 それだけを伝えて、先に下へ降りた。

 

 

 すぐに着替えて降りてきた師匠と一緒に朝ごはんを食べてから、すぐに学園へ。

 

「しっかし、珍しいものばかりだな、この世界は」

「向こうとは、全く別の発展の仕方をしてますからね」

「そうだな。水道と言ったか? 向こうにも似たようなものはあったが、あれは魔石を使ったものだったからな。魔法のない生活ってのも、不思議なもんだ」

「ボクからしたら、魔法がある生活が不思議でしたよ」

 

 電気もガスも通っていないのに、明りは点くし、火も出る。

 最初見た時はどうなっているんだろう、ってずっと考えてたなぁ。

 結局魔法だったわけだけど。

 

「でも、言語理解を習得できてよかったですね」

「ああ。これがあれば、会話に困ることはないな。手に取るようにわかるぞ」

 

 それは同感です。

 向こうでは勉強しなくても問題なかったからよかったけど、結局のところ、言葉がわかるだけのスキルだったからね。

 チート的な能力やスキル、ステータスを貰えたわけじゃなくて、いきなり人生ハードモードだったもん。きついなんてものじゃなかったよ。

 

「ところでイオ。さっきから、妙にじろじろ見られてる気がするんだが……殺ってもいいか?」

「ダメです! 気に入らないことがあっても、向こうのノリでやっちゃいけませんっ!」

「……そうか」

「……なんで残念そうなんですか?」

 

 露骨にがっかりされても、ダメなものはダメ。

 ……まあでも、師匠の気持ちは分からないでもない。

 じろじろ見られるのって、気持ちのいいものじゃないしね。

 ボクだって、毎朝道行く人に見られてるもん。鬱陶しいとまでは行かないけど、ちょっと嫌かな。

 

「というか、いつもこんな感じなのか?」

「いえ、いつもなら、もう少し視線は少ないと思うんですけど……師匠がいるから、だと思います」

「あたし?」

「はい。師匠、綺麗ですからね。人目を引くんですよ」

「なるほど。つまり、美少女と美女が一緒に歩いてるから、こんなに注目を浴びるってわけか」

 

 美少女って……。

 別に、ボクはそこまでじゃないんだけどなぁ……。

 

 それはそれとして……やっぱり、師匠って目立つんだよね……。

 暗殺者の能力をフルに使えば、人目を引くことはないんだけど、こっちの世界では、使う機会なんて、ほとんどないからね。

 

 師匠って、すごく美人と言うのもあるけど、不思議なオーラがあるから、容姿も相まってすごく魅力的に映る。

 そんな人が暗殺者なんだから、世の中分からないよ。

 

「ところで、学園ってのはどんなとこなんだ?」

「え? 色々なことを学ぶ場所って……」

「いや、そうじゃなくてな。学園そのものだ。それは、学校と言う一括りでの回答だろ?」

「あ、そう言うことですか。うーん、そうですね……イベントが多い場所、でしょうか」

「イベント? 祭りのことか?」

「はい。最近だと、二ヶ月前に学生主導のお祭りがあったり、つい最近だと、ハロウィンパーティーがありましたね」

「なんだ。学生ってのは、貴族もいるのか?」

「パーティーと言っても、貴族がいるような、派手なものじゃないですよ。そもそも、貴族はいませんからね、この国には」

 

 似たような制度なら、昔あったけど。

 

「そうなのか。ほんとに、別世界なんだな」

「ほかの国に行けばないこともないですけど、この国では、基本的に人は平等ですよ。階級とかはありません」

「ほう、いい国じゃないか」

 

 師匠が感心するのもわからないわけじゃない。

 向こうの世界の国のほとんどは、自分の爵位を笠に着て、自分よりも位の低い人を虐げるような人が多かった。

 リーゲル王国は例外だったけど、隣の帝国とかはまさにそういう国だった。

 階級至上主義って言うのだろうか。

 

 とにかく、自分の地位を守ろうとして、冤罪をかけたり、ボクたちのような暗殺者に依頼して、邪魔なライバルを消そうとする人ばかり。

 

 ……もちろん、ボクも暗殺者だったので、依頼はいくつかこなした。

 でも、ボクが殺したのは、人を人とも思わないような、所謂外道と呼ばれるような人ばかりだった。

 もちろん、更生の余地ありと見れば、殺しはしなかったけど……そんな人はほとんどいなかった。

 

 そう言う人が多いということを考えれば、日本は比較的マシと言える。

 ……最も、お金ですべてを解決しようとする人もいるから、悪いところがないとは言えないけど。

 

「あー、視線が鬱陶しい……やっぱ、殺っちゃだめ?」

「ダメです」

「チッ……しゃーない。ここは、イオに免じで見逃してやるか……」

「……いつか師匠が本当にやるんじゃないかって、ボクは気が気じゃないですよ」

 

 理不尽な師匠だもの。

 その時は、ボクが全身全霊で止めよう。

 ……返り討ちに会って終わりだと思うけど。

 

 

「おはよー」

 

 校門のところで、ボクと師匠はそれぞれ別れた。

 師匠は職員室へ。

 もちろん、手続きとかも色々あるらしいけど、ほとんどは学園長先生がやってくれているそうだ。

 異世界の人だからね、仕方ないね。

 

「お、依桜。お前、また噂になってんぜ?」

「噂?」

 

 教室に入るなり、態徒が気になることを言ってきた。

 噂って何だろう?

 

「女神の横にいる黒髪美女は誰だって」

「……あー、なるほど」

 

 師匠のことか。

 やっぱり、誰から見ても美人だからなぁ……噂になるのも当然かぁ。

 

「まあ、その黒髪美人の人だけならまだしも、依桜と一緒だった上に、距離感が近かったから、余計噂になったみたいだけどね」

「そう、なんだ」

 

 別々に行く、って言う案が最初はあったにはあったけど、師匠は学園の場所を知らないので、案内がてら一緒に登校・通勤していた。

 

「で、依桜君、あの人は誰なの?」

「あー、えーっと……例の、ボクの師匠、です」

「「「「マジ?」」」」

「マジです。向こうの世界から来ちゃったんだよ」

「そんなことありえるの? 向こうからくるとか」

「物語だと、主人公と一緒に、っていうパターンばかりだけど、向こうの人だけで来る、ってまずないよね?」

 

 たしかにそうだね。

 仮にこっちに来るとすれば、その場合は何らかのアイテムを使ってくるか、主人公が一緒にいて、それでこっちに来るっていうパターンが多いけど、今回はどちらでもない。

 

 原因は、学園長先生と王様。

 その結果、向こうの人がこっちに来てしまう現象が起こっている。

 向こうの世界は今頃、行方不明者が出て、問題になっていそうだけど……。

 

「……じゃあもしかして、世界各地で見つかっている、誰も知らない言語を使っているのって……」

「……うん。向こうの人」

「そうか……。ん? じゃあ待てよ? 依桜の師匠は大丈夫なのか? 会話とか」

「あ、うん。問題ないよ。師匠には、言語理解のスキルを習得してもらったから」

「そんな簡単に手に入るものなのか?」

「ボクの場合は、女神様にもらったものだけど……ボク以外に使っている人は見たことないね。多分、習得は難しいと思うよ。師匠はちょっと異常だし……」

 

 あの人の場合、ちょっと見聞きしただけで、あらゆる能力、スキルを習得しそうだし。

 実際、言語理解のスキルは、一瞬で習得してたしね。

 

「まあ、会話が通じるなら問題ないか」

「だね。これで、異世界の言語を使われたら、依桜君を通さないといけなかったもんね」

「……ボクも、通訳は疲れるから嫌だから。それと、ボクがあの言語を使えることは他言無用でね?」

 

 世間的にバレたら、色々と面倒くさいことになりかねないので、みんなには言わないように釘をさしておく。

 この四人なら言うことはないと思うけど、一応、念のためね。

 

 クラスメートにも幸い聞かれていないようで、安心。

 木を隠すなら森の中。

 HR前の朝は、基本的に騒がしいからね。それを利用すれば、聞かれることもない。

 

「そういや、今日は朝会があるらしいんだが、依桜知ってるか?」

「あ、それ多分、師匠のことだよ」

「え、どうして?」

「うーんと、まだこの話はみんな知らないんだけど……師匠、体育教師として赴任するんだよ」

 

 そう言うと、四人の顔が凍り付いた。

 ……まあ、だよね。

 幼馴染、もしくは友達が異常な強さを身に着けるきっかけになった、世界最強の人が体育教師として来るわけだし……。

 

「大丈夫なの、それ?」

 

 少し震えた声で、未果が大丈夫なのかと訊いてきた。

 

「……分からない、かな」

 

 だって、師匠だもの。

 少なくとも、いきなり全力ダッシュ一万本をやらせるような人だし……大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれれば……何とも言えない。

 

「でもよ、美人なんだろ? その人」

「ま、まあ。すごくね……おかげで、朝から視線が凄かったよ」

「でしょうね。美少女と美女が一緒になって歩いていれば、見られるに決まってるもの」

 

 また美少女ですよ。

 ボクは違うと思うんだけどなぁ……。

 

「それに、依桜は目立つからな。銀髪碧眼だし」

「そうだねぇ。仮に、パーカーを着て、顔が見えなくなるくらいにフードですっぽり覆いかぶさっても、きっと目立つよね」

「まあ、銀髪碧眼なのは、元々だったしな。今さらじゃね?」

「生まれた時からの付き合いだからね。その辺りは慣れてるんだけど……いい加減、女の子って言うのにも慣れないといけないのかなぁ」

 

 むしろ、もう慣れ始めちゃってるけど。

 慣れるのは、決して悪いことじゃないけど、男だったと思うと、すごく複雑なんだよ。

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「っと、そろそろ朝会か。じゃあ行くか」

「そうだね」

 

 ここでチャイムが鳴ったので、ボクたちは講堂に向かった。

 

 

 講堂に入ると、もうほとんどの生徒がすでに集まっていた。

 早いなぁ。

 とりあえず、ボクたちも自分たちの席に着く。

 こういう時、椅子があるっていいね。

 

 小学校、中学校は、体育館の床に座っていたから、お尻が痛かったよ。

 それに、今の姿だと、パンツが見えちゃいそうでね……。

 

「生徒諸君、おはよう!」

 

 しばらく座って待っていると、学園長先生が壇上に表れ、挨拶をしていた。

 い、いつの間に。

 

「さて、今日急遽朝礼が入って、何事かと思っていると思う。噂では転校生なんじゃ? とか言われているけど、転校生が来たわけではない」

 

 きっぱりと言うと、目に見えて落胆する生徒が多く見受けられた。

 どうやら、転校生を期待していた人が多かったみたい。

 たしかに、急な朝会って、転校生の紹介って言う場合もあるからね。

 

「まあまあ、そんなに落胆しないで。転校生が来たわけではないが、新しい先生が赴任してきた」

 

 その瞬間、講堂内がざわつき始めた。

 見える範囲内にいる生徒の顔を見ると、期待していると言ったところかな?

 こんな変な時期に、転校生ではなく、新しい先生が来ると言うのだから、騒がないほうが珍しいか。

 だけど、ボクはその先生がどういう人か知ってるしなぁ……すごく理不尽な人だし。

 

「みんな知っての通り、体育教師の瑚梨沢先生が、家の都合などで海外へ行かないといけなくなった。こちらとしても、この時期にいなくなるのは困るので、新しい先生を呼ぶことにし、今日からこの学園で務めることになる。ちなみに、女性だ」

『うおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 にやりと笑いながら言うと、男子のみんなが騒ぎ始めた。

 た、単純……。

 逆に、女の子のほうは、少しがっかりしている人や、男子のみんなに、冷たい視線を向ける人、騒いでいる人たちと同様に騒ぐ人がいた。

 

「落ち着け落ち着け。その先生は、基本的に体育の実技方面だけど受け持つので、その辺りは覚えておくように。……さて、前置きはここまでにして。ミオ先生、お願いします」

「ああ」

 

 学園長先生が師匠を呼ぶと、堂々とした姿勢で師匠が壇上に上がってきた。

 ……あの人、絶対に気配遮断と、消音を使ってたよね。

 今、どこからともなく現れたように見えたんだけど。

 何してるですか、師匠……。

 

「あー、今日から体育教師として赴任した、ミオ・ヴェリルだ。まあ、よろしく頼む」

 

 師匠の挨拶はすごく簡素だった。

 まあ、師匠だし……。

 むしろ、長い自己紹介をする師匠なんて、全然想像できない。

 

『や、やべえ、めっちゃ美人なんだけど』

『あんな綺麗な人が、体育教師とか……最高かよ』

『てっきり、かなり歳が上の人かと思ったけど……若くない?』

『いくつなんだろ?』

『というか、体育教師に全然見えないんですけど』

『しかもあのスタイル……依桜ちゃんとは違った方向性で、スタイルいいよね……』

『均整がとれてるというか、バランスがいいよね』

『どこの授業を受け持つんだ? 内のクラスとか、受け持ってくんねぇかなぁ……』

『わかる。年上美人の指導とか受けてみたいよな……』

 

 美人な師匠の登場で、さらに講堂内が騒がしくなる。

 たしかに、体育教師には見えないよね、師匠って。

 

 見た目だけなら、知的美人って感じだから、理数系のイメージが付きそうだけど、ボクの場合は、体育のイメージしかないです。

 頭もいいけど、身体能力が異常すぎるもん、あの人。

 

 できることなら、ボクのクラスの体育を受け持たないでほしい。

 ……まあ、学園長先生が強制的にそうさせるだろうし、師匠も師匠でボクのクラスを希望しそうだよね。

 

「ミオ先生は、日本人ではないけど、この通り、日本語はペラペラなので安心してね」

 

 と言う感じで、講堂内がざわつきながらも、問題が起こることはなく、朝会が終了した。




 どうも、九十九一です。
 体育祭の話が一向に終わる気配がない……長い。長すぎる。寄り道しすぎた……。
 それに、行き当たりばったりで書いていたせいで、ちゃんと完走できるか不安になっています。大丈夫なのか、この作品……。
 とりあえず、明日もいつも通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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92件目 師匠カミングアウト

「つーわけだ。ミオ先生は、うちの副担になった。よろしくやれよ」

「副担任ってのは、よくわかってないが……まあ、そう言うことらしいんで、よろしく頼む」

 

 ……師匠が、ボクのクラスの副担任になりました。

 

『うおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 クラスのみんなは美人な先生が副担任なったこともあって、すごく喜んでいるけど、ボクの内心はその正反対です。

 まさか、こっちの世界でも師匠と暮らすことになるとは思わなかったけど、副担任になるのも予想外だよ、ボク。

 これ、絶対このクラスの体育受け持ってるよね。

 

「んじゃまあ、質問コーナーにでも移るか。大丈夫ですか、ミオ先生」

「ああ、構わない。あたしが答えられることならな」

 

 まずい。

 質問によっては色々とまずい。

 で、できれば普通の。当たり障りのない質問を願います。

 

「だそうだ。じゃあ質問があるやつ……ってうお、多いな。そんじゃ……金井」

『ミオ先生って、おいくつなんですか?』

 

 ……初手からまずいものがぁ……。

 

「あたしか? えーっとたしか……百歳以上」

 

 ……言ったよ。言っちゃったよ。

 見てよ、クラスのみんな、師匠のおかしな年齢を聞いたせいで、シンとしちゃってるよ。

 どうするの、この空気……。

 

「ふむ。冗談だ。二十四歳だよ」

 

 し、師匠が空気を読んだ!

 す、すごい。師匠って、空気を読むことができたんだ……!

 

『な、なんだ、冗談か……』

『真顔で言うものだから、本当にそうなのかと思ったぜ……』

『まあ、本当に百歳以上だったら、もっと年老いた見た目だよな』

『というか、百歳超えてたら、老婆だよな』

「……」

 

 い、いけない! 師匠がものすごい笑顔になってる! そして、すごい重圧を放ってるぅ!

 師匠ダメです!

 こっちの世界じゃ、百歳まで生きている人は相当稀なんです! そもそも、向こうみたいに魔力とかがあるわけじゃないから、若いままは保てないんです!

 

 誰も師匠の放つ重圧には気付いていないみたいで、顔を青ざめさせているのボクだけ。

 なので、クラスのみんなを守ろうと、必死に師匠に目で訴え、すごい勢いで首を横に振る。

 そんなボクの気持ちが分かったのか、何とか重圧を放つのをやめてくれた。

 

「次の質問。そうだな……石垣」

『どこに住んでるんですか?』

 

 ……二つ目も二つ目で、あまりいい質問じゃないんだけどぉ……。

 これ、どっち? 師匠はどっちで答えるの?

 異世界? それとも、ボクの家?

 

「以前は、森の中の一軒家だな。今は、イオの家に住んでるぞ」

『ええええええええっっ!?』

 

 バッとクラスのみんなが一斉にこっちを見た。

 ……し、師匠ぅぅぅぅ……!

 

「よし、次の質問行くぞ。次……横溝」

 

 先生が、強引に質問の方に戻ってくれた。

 あ、ありがとうございます、先生!

 

『好きなものって何ですか?』

 

 よかった。今度は普通のものだ。

 さすがに、この質問なら、師匠がおかしな回答をすることはない……はず。

 

「酒だな。あとは……イオが作る飯」

 

 ……なんでっ! なんでですか、師匠っ!

 今のその質問なら、絶対おかしなことにならないと思っていたのに、なんでおかしな回答をしちゃうんですかぁ!

 ほら、みんなボクをすっごい見てますよ!

 

「次行くぞー。西野」

『えっと、ミオ先生と依桜ちゃんって、どういう関係、何ですか……?』

 

 ダメ! 師匠、ダメ! 絶対言っちゃダメですよ!

 さっき以上に、ボクは師匠に目で訴えかける。

 ここで関係が知られてしまったら、どんな噂が立つかわからないんですから!

 

「あたしとイオのか? 師弟だよ。師弟」

『……師弟?』

「ああ。あいつ、あたしの弟子だから」

『えっと……一体何の?』

「あんさ――もとい、武術だよ」

 

 今、暗殺技術って言いかけたよね? 思いっきり、言いそうになってたよね? 結構グレーゾーンな部分まで言ってたよね。

 ただ、そこを訝しむ人はいなかったので、なんとかバレずに済んだ。

 未果たちだけは、ボクを見てるけど。

 

「ほか、質問あるやついるかー? ……お、じゃあ、佐々木」

『ミオ先生って、どこ出身なんですか?』

「んー、リーゲル王国って国だな」

 

 それは言っちゃダメですよ師匠!

 なんで、正直に言っちゃうんですかぁ!

 

『リーゲル王国?』

『そんな国あったか?』

『聞いたことないけど……』

『え、じゃあどこだよ?』

 

 ほら、みんな訝しんじゃってるよ。

 そもそも、リーゲル王国なんて国、地球上のどこにもないもん。あるの、向こうの世界だよ。

 向こうじゃ有名でも、こっちではそもそも存在していないんだから、あるわけがない。

 

「ま、そう言う国があるんだよ。気にするな」

『……まあ、どこ出身でもいいか!』

『だな! 別に、出身地なんて気にするようなものじゃないだろ』

『美人ならそれでよし!』

 

 お、押し切っちゃったよ。

 師匠もそうだけど、このクラスの人も大概だと思う。

 

「さて、質問はこのくらいにするか。それでは、ミオ先生、これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。よろしく頼む」

 

 

「おい、依桜!」

 

 HR終了とともに、態徒が興奮した様子で詰め寄ってきた。

 それについてくる形で、未果たちもボクのところに。

 

「お前の師匠、めっちゃ美人じゃねえかよ!」

「あ、あはは……そ、そうでしょ?」

「お前、あんな綺麗な人と、一年間もひとつ屋根の下で暮らしただけでなく、今後も一緒に住むのかよ!」

 

 まあ、そう言うことだよね……態徒だし。

 

「でも驚いたわ。依桜自身が、美人なお姉さんって言っていたから、それなりとは思っていたけど……まさか、あれほどの美人とは思わなかったわ」

「わたしもびっくりだったよ。まさか、あんなにきれいな人だったなんてねー」

「あんな人と、よく一緒に住んでいられたな、依桜」

「……ボクもそう思うよ」

 

 何せ、炊事洗濯は全部ボクに丸投げで、お風呂に入っていると乱入してくるし、寝ている時、ふと気が付くと、ボクを抱き枕のようにして寝てるしで、本当にしんどかったからね。

 師匠は、容姿だけならすごく魅力的な人だから、理性の方にダメージが行っていたよ。

 

「でもよー、例え理不尽でも、あんなに綺麗な年上美人と一緒に住めるんだから、プラスじゃね?」

「……何も知らない人からしたらそうだけど、ボクからしたら、地獄の一年だったよ」

 

 きつすぎる修業を毎日。

 疲れなんてお構いなしと言わんばかりに、お世話を強要してくる。

 ちょっと修業で遅れただけで、回数追加が入り、たまに本当に殺されるしで、地獄でしかなかった。

 

 そんな生活を天国だと言えるのなら、その人は相当なMだと思います。

 態徒なら、割と本気で天国って言いそうだけど。

 

「依桜の修業方法を聞いたら、普通なら嫌だというはずなんだが……態徒は変態だからな。煩悩だけで、暮らしたいと言ってるんだろう」

「煩悩で生きて何が悪い!」

「……態徒は、除夜の鐘で煩悩を消し去ったとしても、その直後に復活してるのでしょうね」

「褒めるなよ~」

「褒めてないわよ。……それにしても、話に聞いていた、依桜の師匠が現れるなんてね……世の中、どうなるかわからないものね」

「ボクもそう思うよ」

 

 学園長先生の今までやっていたことが、世界にどんな影響を与えるのか、全くわからないからね。

 今回の子の一件の原因、あの人の異世界研究がだし。

 ボクもボクで、協力しちゃったけど、何も知らなかったし……。

 

「体育の時間とか大丈夫なのかなぁ」

「一応、こっちの世界の基準を教えてあるにはあるけど……やりすぎないか心配だよ」

 

 体育祭が近いのも、ある意味では不安の種だし……。

 何をするかわからないから怖いよ、師匠は。

 

「その辺りは、俺たちも祈るしかないな」

「副担任になった以上、確実に私たちのクラスの体育は受け持つでしょうし、依桜が言う、理不尽なものにならないといいわね」

「……そうだね」

 

 もし、そうなってしまった場合、ボクが一番申し訳なく感じちゃうよ。

 そういう事態に陥っちゃった場合、ボクじゃ師匠は止められないもん……。

 それに、下手なことをすれば、ボクの異常な身体能力が白日の下になっちゃうし。

 

 ……と言っても、学園祭でほとんど知られているような気がするけど。

 でもあれは、学園祭のイベント、って言うことで片付けられてるから問題ない……と思うんだけど。

 今日は体育があるから、余計に心配だけど……体育祭の練習だし、問題ない、よね?

 

 

 いつも通りに、時間割は消化され、体育の時間になった。

 

「おし、今日からあたしがこの二クラスの体育を受け持つことになった」

 

 案の定、師匠が受け持つことになりました。

 ちなみに、服装は、例のものです。

 タンクトップにホットパンツ、それからブーツ。

 

 ……今思ったんだけど、体育をやるのに、ブーツってやりにくくないのだろうか?

 あと、今って普通に十一月半ばなのに、この薄着。寒くないんですか?

 

「そこまで厳しくするつもりはないが……言うことが聞けないやつは、あたし直々に指導してやるから、そのつもりでな」

 

 この時の師匠のセリフに対して、二組と六組の生徒は、概ね美人な先生とのマンツーマンを予想したのだろうけど、ボクはそんな甘いものじゃないとわかっているので、一人青ざめていた。

 

 一体何する気なのか、すごく気になるところではあるけど、師匠がやることは生易しいものじゃないとわかっているだけに、それを知るのが怖い。

 

「今の時期は、体育祭の練習期間だったか? だからまあ、変なことをする奴はいないだろうが……問題は起こすなよ」

 

 ……世界最強の人が、体育教師って、本当に何かの冗談かと思える状況だよね……。

 

「それじゃ、自分の練習に行け」

 

 師匠のその言葉で、みんなが自分の出場種目の練習に行った。

 それに便乗する形で、ボクも離脱――しようとしたんだけど、

 

「おい弟子。ちょっと待とうか」

 

 肩をがしっと掴まれてしまった。

 油をさし忘れた機械のように、ギギギギッと首を後ろに。

 

「な、なんですか、ミオ先生」

「……お前に、名前+先生呼びされると、むずがゆいな。いつも通りにしろ」

「……え、でもここ学園――」

「いいから、しろ」

「はい。……それで、なんですか、師匠」

「たしかお前、格闘大会に出るらしいじゃないか」

 

 まずい。この状況は非常にまずい……。

 このパターンだと、絶対に『稽古をつけてやる』的なあれだよ。

 

「それで、どうなんだ? ああ?」

「で、でますです、はい……」

「そうかそうか。……なら、個人授業と行こうじゃないか」

「い、いいですよ! ここは向こうの世界じゃないんですから!」

「んなもん関係ない。あたしは別に、身体能力に関してはバレても問題ないと考えてるからな」

 

 ダメだ。価値観が違い過ぎる……。

 考えてみれば、師匠は別に有名になってもならなくてもいいタイプの人だった。

 仮に有名になったとしても、暗殺能力が高すぎて、対処のしようがない人だもん、この人。

 

「ボクはあんまりバレたくないんですよ!」

「別にいいだろ。やるのはどうせ、体術だけなんだから」

「師匠強すぎるんですもん。勝てませんよぉ!」

「うるせえ! 師匠命令だ!」

「そんな理不尽な!」

「おーし、じゃあ行くぞー」

「は、離してくださいぃぃ!」

 

 ボクに拒否権はなく、襟をつかまれてずるずると引きずられていった。

 

 

「……やばいな、あれ」

「……そうね。聞いていた通り、本当に理不尽だったわ」

 

 解散と言われて、俺たちも自分の出場種目の練習場所に行こうとした時、依桜とミオ先生のやり取りの一部始終を見てしまった。

 

「あれ、どうなるのかね?」

「うーん、話を聞いてる限りだと、ミオ先生って、依桜君よりも遥かに強いらしいしね。どうなるかわからないなぁ」

「……だよな」

 

 涙目で引きずられていく依桜に、俺たちは心の中で合掌した。




 どうも、九十九一です。
 未だに当日にならない体育祭です。文字数的に考えたら、学園祭の半分くらいなんですが……向こうは半分くらいで入ってたんだけどなぁ……。やりすぎた……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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93件目 組手をしたはずなのに……

「おーっし、じゃあまずは、軽く準備運動からだな」

 

 師匠の機嫌が、すごくよさそうなのは、気のせいだと思いたい。

 

「じゅ、準備運動とは……?」

「あー、そうだな……ま、とりあえず走り込みするか」

「……どれくらいですか?」

 

 普通、走り込みは準備運動とは言わない気がするけど、師匠の中では準備運動なんでしょう。多分。

 ……嫌な準備運動。

 

「ま、とりあえず、あの円一周を全力ダッシュだな」

「し、師匠、全力ダッシュはまずいです」

「あ? なんでだよ?」

「いや、その……今のボクが全力で走ったら、誰かにぶつかった際、その人が死んでしまいます」

「んなもん、気を付けりゃいいだろ」

「そ、それに、ボクはこっちの世界ではあまり目立ちたくないんです! 全力で走ったら、300メートルの世界記録を更新しちゃいますよ!」

 

 塗り替えられているのかどうかは知らないけど、たしか……30秒81だったはず。

 ボクの場合、それの三分の一以下で走れそうだもん。

 そんなことをしたら、変に注目が集まっちゃうし、熱伊先生辺りが報告しちゃいそうで怖いんだよ。

 

「ふむ……だから何だと言うんだ?」

 

 師匠には、ボクの気持ちが伝わらないようです。

 ……ボクと師匠のこの価値観の違いですよ。

 

「いいですか、師匠。この世界において、目立つと言うのは、向こうとは全く違うんですよ」

「ほう? 例えば?」

「まず、下手に目立つと、特定班と呼ばれる人たちによって、住所などが特定されます」

「それで?」

「住所が特定されると、わけのわからない人たちが家に押しかけてきます。それは結果的に、師匠のところにも来ますし、父さんや母さんにも迷惑が掛かります」

 

 さすがにこれは言い過ぎかもしれないけど、炎上した人とかは、この特定によってかなり精神的に追い詰められる人も多い。

 と言っても、ほとんどは悪いことをしたことに対する代償だけどね。

 

 でも、有名な人なんかは、異常な執着心を持ったファンが、執念だけで住所を特定してきて、最終的にストーカーになるって言う、恐ろしい事件もあるし。

 ……さ、さすがに、有名人じゃないボクがバレることはない……と思いたいなぁ……。

 ボクの写真が世間に出回っちゃってるし……。

 で、でもまあ、まだ完全に特定されたわけじゃないですし? 大丈夫……だよね?

 

「なるほど。たしかに、それは困るな……。しかたない。軽い打ち込み程度にしておくか」

「……うーん、それはそれで問題があるような気がしますけど……大丈夫、かな?」

「おっし、そうと決まれば、さっそくやるぞ」

「わ、わかりました。それで、打ち込みって何をすれば?」

「ああ。とりあえず、一発殴ってこい」

「……え、師匠をですか?」

「当然だろう? ほかに誰がいるんだ?」

 

 す、すごく嫌だ……。

 攻撃すること自体が嫌だというより、師匠が何かしらの手段で反撃してきそうで怖いんだもん。

 

 打ち込みとか言うけど、一般的な人が思う打ち込みというのは、サンドバッグに拳打を入れたり、ムエタイなどのミット打ちのようなものをイメージすると思うけど、師匠の場合は違う。

 

 まず、ボクが右ストレートを繰り出して攻撃したとします。

 その際の師匠がとる行動は、大きく分けて二つ。

 

 一つは、単純に避けるだけの場合。

 この場合は、ボク自身に何のダメージもないので、気にする必要性がない。

 

 でも、二つ目は場合によってはかなり危ない。

 避けつつ反撃してくるからね。

 

 避けると同時に、裏回し蹴りを背中に入れてくるか、避けると同時に攻撃を繰り出していた右腕を掴まれて、そのまま回転させられ、投げ飛ばされるの二つがある。

 

 この場合、背中に裏回し蹴りを入れられた方が、まだマシかもしれない。

 普通の人だったら、軽く即死するレベルの蹴りだけど、ボクの場合は死なない程度に済ませることができる。

 ……まあ、本気の裏回し蹴りが来たら、普通に心肺停止に陥っちゃうけど……。

 

 もう一方の、回転させられてからの投げ飛ばしは……本当に死ぬかと思いました。

 

 イメージ的には……範馬〇次郎の人間ヌンチャクが近いです。

 

 本当に残像が見えるレベルの速さで回転させられ、その勢いを保持したまま投げ飛ばされるのは、恐怖でしかなかったです。

 

 あと、その……胃の中が、ね。限界を迎えて、逆走しそうになっちゃう……というか、修業時代、本当に逆走しちゃいましたけどね……。

 

 師匠は手加減を知らないんじゃないか、って疑っちゃうけど、なぜか相手に合わせた攻撃ができるんだよね……。

 

 ちゃんと相手の防御力に合わせた攻撃をしてくれるので、死んでしまうことはない。

 

 なので、ボクが師匠の攻撃を喰らっても死なない……なんてことがあるわけではなく、何度も殺されています。※ 具体例は、86件目を参照。

 

 どうやら師匠は、ボクにだけは手加減してくれないようです。

 依頼された場合は違うけど、どんな悪人でも、殺すことはないんです。師匠って。

 あくまでも、瀕死か半殺しのどちらかで納めている場合が多いです。

 無駄な殺生はしないと言っているけど、ボク、普通に殺されてるんですけどね……。

 

「さあ来い!」

 

 うわぁ、バッチリ身構えちゃってるよぉ……。

 これ、どう考えてもやらないといけないやつだよね。

 

「わ、わかりました。……行きますよ!」

 

 そう言って、ボクは地を蹴り、師匠に肉薄。流れる様な動作で、右手で拳打を放つ。

 師匠は避けるそぶりを一つも見せず、ただ左手を前に突き出すだけだった。

 

 拳打と、手のひらが衝突した瞬間、バシィィィンッ! という音が、辺り一帯に鳴り響いた。

字面だけ見たら、ハイタッチか何かをしたかのような効果音かもしれないけど、直接聞いているボクからしたら、そんな生易しいものではない。

 明らかに音量が桁違いだ。

 衝撃波が出ているんじゃないかと思えるほどの音。

 そしてはたと気付いた。

 ……あれ、力の制御を間違えてしまったような……?

 

「ふむ。目立ちたくない、と言ったのは……どこのどいつだったかな?」

 

 ……あ、終わった。

 師匠はお説教(という名の、お叱りモード)に入ると、なぜか口調が柔らかくなります。

 そして今回。その師匠の口調が出ているということは……。

 

「しかも、なかなかにいい一撃だったぞ? 弟子」

「あ、あは、あははは……あ、ありがとう、ございます……」

「これくらいの一撃を入れられるなら……準備運動は、いいよな?」

「……え?」

「よーし、久しぶりに組み手と行こうか」

「いやいやいやいや! 組み手なんてしたら、死んじゃいますって!」

 

 主にボクが!

 それと、師匠と組手なんてしたら、それを見ている周りにいるであろう、格闘大会に出場する人の心を折りかねないよ!

 同じ西軍とはいえ、さすがに心を折るのは不本意だよ。

 

「あ? あたしの言うことが聞けないって言うのか?」

 

 ……誰か助けてぇ……。

 

「お前が、あたしに勝てるものがあるか?」

「生活力ですね」

 

 即答した。

 

 師匠のおかげで、あの一年間でかなり家事スキルが高くなりましたよ。料理とか、無駄な動きが減って、洗練されましたよ。同時並行で複数の料理を作ることもできますよ。

 あと、掃除だって、無駄な知識ばかりがついてますよ。洗濯もです。

 

 仮に、100人単位でお世話しないと! ってなった時でも、今のボクなら対応できるんじゃないか、と思えるような状況ですよ!

 

「……ふむ。たしかに、お前の生活能力は高い。だが、それがあんさ――んんっ! 戦闘に何の役に立つというんだ?」

 

 また、暗殺って言いかけてたよね? しかも、言い直したのが、戦闘って言うのもどうかと思うんです、ボク。

 

 現代で、戦闘なんて言う人はなかなかいないよ。

 いても、それは映画の中とかアニメの中とかだけだよ。大体は、『戦闘』じゃなくて、『試合』だよ。

 

「体を作るなら、バランスのいい食事が必要ですし、清潔な空間で快適な生活を送って、疲れを癒すことですね」

「……んなもん、気合で何とかするんだよっ!」

「え、えぇぇ……?」

 

 もうこの人はわけわからないよぉ……。

 

「御託はいいから、さっさとやるぞ!」

「ほ、本気ですか……?」

「ああ? やるからには本気……と行きたいが、あたしたちの場合の本気ってのは、身体強化を最大限にまで施した状態のことを言うからな。まあ……3、4割くらいでいいだろ」

「……それでも、それなりに問題があるような?」

「いちいち細かいこと気にするんじゃねえ。ほら、構えろ」

「わ、わかりましたよぉ……」

 

 こうなってしまったら、ボクが拒否し続けるのは無理です。

 仮に、ここで拒否し続けた場合……最悪、遺体が一つ増えることになります。

 渋々……嫌々ながらも、ボクは構えた。

 

 

「おっし。それじゃあ行くぞ。……始め!」

 

 ミオの合図で、依桜とミオの組手が始まった。

 ミオを相手にする場合、まずとるべき行動は先手を打つこと。

 後手に回ると、一瞬で負けてしまうからだ。

 

「はぁ!」

 

 それを痛いほど理解している依桜は、開始の合図とともに、ミオに肉薄し、右回し蹴りを側頭部めがけて放つ。

 が、

 

「甘い、甘いぞ弟子よ!」

 

 それをいともたやすく、左腕で受け止める。

 

「師匠が受け止めるのはわかってますよ!」

 

 依桜は蹴った勢いを使って、空中で回転。そのまま、左足での蹴りに移行し、今度は頭頂部に入れる。

 

「おっと。ほぅ、以前のテストの時はあれだったが……今回はいい動きをするな」

 

 が、その蹴りは空を切り、師匠は後方に飛びずさって回避。

 以前の時よりは、まともな動きをしていると、依桜を褒める。

 

「……前回は、師匠が変なスキルを使ってきたから、動揺しちゃったんですよ!」

 

 次に動いたのも、依桜だ。

 

 攻撃の隙は与えないと言わんばかりに、ミオに接近し、攻撃を仕掛ける。

 依桜が右手で掌底を入れようとすれば、ミオはそれを受け止めずに、後方に逸らし、背中に回し蹴りを叩き込みに来る。

 もちろん、依桜もそれが来るのを理解しているので、すぐにバク中で躱し、すれ違いざまに首めがけて手刀を入れる……が、これも受け止められる。

 

 だが、それでも依桜は攻撃を緩めることはしない。

 受け止められた直後には、すでに蹴りを放とうとしていた。

 もちろん、これは受け止められることを前提としたものだ。

 

 師匠ならこう来る、という今までの経験からの予測をし、ミオが依桜の予想通りに動く――かに見えた。

 ミオは受け止めるのではなく、一瞬だけ軽いバックステップで回避した後、振り終わりを見計らって、再度接近。

 そのまま、

 

「やはり、甘いぞ」

「――うぐッ!」

 

 素早くも鋭い掌底を依桜の腹部に叩き込んでいた。

 動きが速すぎて、防御が間に合わず、もろにダメージを受け、後方に吹き飛ばされる。

 

 まあ、そこは一年、地獄の修業を耐え抜いた依桜である。

 ミオの宣言通り、4割程度威力に抑えられていたため、何とか思考を乱されずに済み、受け身を取りつつ地面に着地。

 

「ふむ。おそらく、あたしが受け止めるのを予想したのだろうが、まあ、弟子の考えを読めないあたしじゃない。どうせ、蹴りの勢いを利用して、距離をとろうとしたんだろ?」

「……まあ、師匠じゃバレますよね」

「そりゃそうだ。一年とは言え、毎日お前を鍛えてやってたんだぞ? 分からないわけないだろ」

「はぁっ、はぁっ……4割くらいとはいえ、かなり痛いですよ、師匠」

 

 事実、依桜の額には痛みによる脂汗が出ていた。

 そもそも、ミオの4割は、大体直径半径10メートルほどの岩を砕けるほどである。

 それを喰らってもかなり痛い、で済む依桜の頑丈さも大概である。

 

『は、何あれ……やばくね?』

『ヤバイってもんじゃねえだろ。どう見ても、人間の動きをしてない気がするんだが』

『というかよ、人が吹っ飛ぶレベルの攻撃喰らって、かなり痛いはおかしくね……?』

『依桜ちゃんすごいけど、ミオ先生もすごくない……?』

『……うん。動きが速くてほとんど見えてないけど、すごいってことだけはわかるよ』

 

 とまあ、依桜とミオによる組手を見ている、周囲の生徒はこんな反応だった。

 ちなみに、未果たちの場合は。

 

「依桜が全然敵わない、とか言っていたが……たしかに、あれはすごいな。本当に必要最小限の動きで躱して、攻撃してるぞ」

「さすが、武術の有段者。やっぱりわかるの?」

「そりゃまあ……。でもよ、あれを見てると、なぁ? オレ、出る必要ないんじゃね?」

「……そうだねぇ。人外じみた動きを平気でこなす依桜君だもんねぇ。あれ、学園祭の時よりも速くない?」

「一応、テロリストとはいえ、あくまでもちょっと強い一般人、くらいの認識になるからな、依桜は。確実に手加減していたんだろ」

「でも今、4割っつってたよな? てことは……まだ上があるのか」

「我が幼馴染ながら、末恐ろしいわね」

 

 以前のテロリスト襲撃事件を間近で見ていたこともあって、ほかの生徒よりは落ち着いている。

 だが、動きがそもそも、人間がするようなものじゃないレベルであるため、その辺りは驚いている様子である。

 

「まあ、これくらいなら合格点ってところだな。これをテストの時にやってればなぁ」

「そうは言いますけど、あくまでも何も使わない状態での組手だから、ここまでできているだけであって、全ての使用があり、なんてルールだったら、ボクなんて一瞬で負けてますよ」

 

 周囲からすれば、依桜が言う、名にも使わない状態、というのは武器のことを指していると思うのだろうが、ここで依桜が言っているのは、武器というより、能力やスキル、魔法と言ったものだ。

 

 前回は、それらもありだったため、ほとんど一瞬で勝負がついたが、今回は、純粋な身体能力だけのものなので、依桜でも、ある程度は張り合えているというわけである。

 ……もっとも、

 

「まあ別に、あたしは何も使わない、とは言ってないがな?」

「……え?」

「それじゃ……これであたしの勝ちな」

 

 そう宣言しながら、師匠は一瞬で依桜の目の前に現れ、上段から常人には見えないレベルの速度で手刀を繰り出してきた。

 

 先ほどの、ミオの言葉の意味を理解するのに反応が遅れた依桜は、焦って後ろに飛びずさった。

 その際、その手刀が依桜の体操着に掠り、

 ハラリ……

 

「……………………ふぇ?」

 

 一体何回に及ぶ手刀をあの一瞬で繰り出していたのだろう。

 その手刀は、見事に。本っっ当に見事に……依桜の体操着を切り刻んていた。

 

 しかも、最高(依桜にとっては最悪)なことに、まさかのブラジャーの方にまでそれが及んでしまい……。

 

「ぁ、え? …………き、ききき……きゃあああああああああああああああああっっっ!」

 

 まさかの上半身裸になってしまうという、思春期男子、並びに学園にいる同性愛者的な女子生徒たちにとっては、まさに嬉恥ずかしのハプニングが発生!

 

『『『ありがとうございますっ!』』』

 

 あらわになった、依桜のGカップの巨乳を下着越しではなく、生の状態で見たとあって、その場にいた生徒全員が、お礼を言いながら、鼻血を噴き出し倒れると言った事態が発生!

 

 唯一、この場でそんな状況に陥らなかったのは、すぐさま目をさらした晶と、ハプニングの原因となったミオだけだった。

 

 依桜は自分の服がバラバラになったと知覚した瞬間、自分の体を掻き抱くようにして隠した。

 ……もっとも、そこにはタイムラグがあったため、バッチリ、依桜の真っ白で柔らかそうで、大きな胸の中央にある、桃色のあれも見られてしまったわけだが……。

 

 そんな中、晶は、

 

「……あとで、フォローしないとな」

 

 と思い、諸悪の根源は、

 

「……あ、やべ」

 

 このとんでも事態に、冷や汗を滝のように流していた。




 どうも、九十九一です。
 ポロリはありますか、という感想が来たので、それに応えた結果、おかしな方向に行った気がしています。そろそろ、本当に収拾を付けないとまずい……。
 あ、それから、最近Twitterを始めました。
 進捗状況やら、なにやらを呟く……と思います。一応、URLも貼っておきますので、もし、興味があればフォローしていただけると、狂喜乱舞します。
 https://twitter.com/0uc7HNDvbJxY1oK
 それから、マシュマロもなぜか始めたので、そちらでも何らかのリクエストがあれば、言っていただけると、ありがたいです。
 明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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94件目 依桜ちゃんはお説教する

「う、うぅ……ふえぇ……し、ししょーの、ひっく……ばかぁ……ぐすっ……」

 

 グラウンドは今、依桜の泣く声しか響いていなかった。

 まともに動けるのは、どうにも俺だけらしく、急いでジャージの上着を依桜にかけた。

 

「あ、あり、がとぉ、あきらぁ……」

「……いいんだ。俺が着たジャージで悪いが、まあ……着てくれ」

「ぅん……」

 

 幸い……というか、不幸中の幸いというか、周囲にいる生徒は、軒並み鼻血を出して倒れているとあって、誰も依桜を見ていない。

 ミオ先生だけは、そのような事態に陥っていないが、茫然自失状態。

 今の状態でなら、誰にも見られずに着れるだろう。

 

 俺は依桜を視界から外し、背を向けた。

 後ろでは、ごそごそと、衣擦れの音が聞こえているが……俺は見なかった。

 

 こういうやつをヘタレって言うのだろうか?

 いやしかし、泣いている幼馴染の裸を見るとか、俺にはできない。

 せめて、未果もフォローに回ってほしかったが……

 

「い、いい……」

 

 死んでいるみたいだしな。

 助けは期待できない、と。

 

「あー、大丈夫、か?」

「……だいじょーぶ、じゃ、ない、よぉ……」

「だよな……」

 

 俺だって、依桜が大丈夫だとは思っていない。

 

 いくら、精神は男(?)と言っても、今の依桜は女子だ。

 どうにも、精神的な方は、徐々に女子になりつつあることを考えると、悲鳴を上げるどころか、泣いて当然だ。

 

 これがもし、態徒だった場合、羞恥心を感じるどころか、むしろ見せつけに来るだろう。

 俺は……まあ、恥ずかしいな。だが、依桜のようにはならない……と思う。

 

 だが、依桜は昔から女子のような仕草をしている場面がちらほらとあった。そんな依桜が、実際に女子になったら、まあ……羞恥心が異常なまでに増幅されていても不思議ではない。

 現に、何回か泣いているしな。

 

 やはり、人間というのは、体に何らかの変化が起きると、脳がそれを正常だと思いこみ、結果的に精神も自然とその変化に適応するのかもしれないな。

 実際がどうなのか知らないが、依桜を見ている限りだと……間違いというわけではないだろう。

 

 ……はぁ。

 本当、昔から手のかかる幼馴染って感じだな、依桜は。

 

 普段の生活では、抜けているところが稀にあるし、何らかの事件に巻き込まれる、なんてこともざらだった。

 まさか、昼間のグラウンドで上半身裸になるとは思わなかったが……。

 

「それで、どうする? さすがに、このままだと色々とまずい」

「……きおく、けすぅ……」

 

 泣きながら、且つ、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めつつ、やろうとしていることが、いささか恐怖を感じるが……依桜が記憶を弄ることなんて、もはや日常的になりつつある。

 

 それに、今回の件に関しては……仕方ないだろう。

 そもそも、こんなことになるとは思っていなかったわけだしな。

 

「わかった。なら、早めに済ませるんだぞ。あ、一応俺の記憶も消しておいてくれ」

「……い、いの?」

「まあ、見たわけじゃないが……この事実を知っているって言うのは、依桜としても嫌だろ? なら、俺の記憶からも消してくれ」

「……やさしい、ね、晶は……」

「この状況で、鬼畜的所業ができると思うか? 俺には無理だ。だから、頼む」

「わかった……。え、えと、じ、じゃあ……おやすみ、なさい」

「……まあ、おやすみ」

 

 依桜がまだ若干泣きつつも、容赦なく針を突き刺そうとした瞬間を見て、俺の意識は暗転した。

 

 

「……ん? 俺は、一体……」

 

 目を覚ますと、俺はなぜか地面に寝転んでいた。

 

 なぜかはわからないが、ここ十分くらいの記憶がない。

 何があったのか気になるところではあるが……おそらく、依桜に記憶を弄られたんだろうな。

 

 この場合、依桜にとって嫌な出来事が発生したか、周囲が暴走していたからか、俺自身が何かまずい状況に陥っていた、という場合が考えられる。

 今回は……なんとなくだが、依桜関連な気がする。

 何かこう、嫌な出来事があったような気がしてならない。

 

「――師匠、わかりましたか?」

「すんません。マジすんません……」

 

 ふと、依桜とミオ先生の声が聞こえてきた。

 セリフを聞いている限りだと、依桜がミオ先生を怒っていて、ミオ先生が依桜に怒られているという図式な気がする。

 いや、どっちも同じ意味だが。

 なんとなく気になった俺は、体を起こして、依桜の声がする方に視線を向けようとした瞬間、

 

「うおっ!? な、なんだこれ!?」

 

 柄にもなく、素っ頓狂な声を出してしまった。

 いや、この場合本当に仕方ないと思うんだ。

 なぜか、俺たちの周りには、血溜まりに沈む、二組と六組の生徒たちの姿があったからだ。

 

 なんだこれは。地獄か? ここは地獄なのか!?

 よく見ると、態徒や未果、女委も死んでいる。

 それも、ものすごくいい笑顔で。

 

 ……一体何をしたら、こんな惨劇のような状況が完成すると言うんだ。

 

「いつもいつも、師匠はやりすぎなんです! それによって、ボクが何度苦労したか、知っていますか?」

「……本当に申し訳ないと思ってる。だから、な? マジで足が辛い……」

「私語は慎んでください!」

「はい」

 

 地獄絵図から視線を外し、依桜たちの声がする方に今度は視線を向ける。

 

 今まさに、依桜による説教が行われていた。

 会話を聞いている限りだと、依桜が説教している最中に、足が疲れたのか、そろそろ勘弁してほしい、と依桜に抗議し、すぐさま却下されている、という状況か。

 

 見たところ、説教されているミオ先生は、地面に正座させられているみたいだ。

 ……向こうの世界には、正座という据わり方はなかったらしい。

 

 日本に来た外国人なんかも、正座をすると、足が痺れて動けなくなったり、かなりの痛みが出る場合もある。

 

 現代だと、あまり正座している人を見かけないので、日本人でも正座が苦手と言う人は多い……と思う。

 

 俺はそこまで苦手ではないが、得意とも言えない。

 ハーフだからだろうか? ……いや、それは関係ないか。

 

 ……そう言えば、なぜ依桜が俺のジャージを着ているんだ?

 ……これはあれだな。記憶が抜け落ちている十分間に何かがあったんだろう。

 少なくとも、他人から服を奪うような性格じゃないしな。

 

「いいですか、師匠。いつも言っていますが、もしも能力やスキルを使用する場合、人目を気にしてください」

「いや、別にバレるようなことじゃな――」

「それは師匠の考えです。バレなければいい、そんな理由でさっき、『手刀』のスキル使いましたよね?」

「だ、だって、ちょっと手で物が切れるくらいだぞ? 言うほどバレるようなものじ――」

「その考えがいけません! そもそも、こっちの世界において、手刀で服を切るどころか、物を切ることはできないんです! 今後、絶対に使わないでください」

「し、しかしだな――」

「使わないでください」

「いや、あれは――」

「使わないで……くださいね?」

「……はい」

 

 依桜って、師匠には勝てない、とか言っていた気がするんだが……普通に勝ってるよな、あれ。明らかに、ミオ先生の方が縮こまってるんだが。

 

 というか、本当に怖いな、依桜の説教は。

 セリフだけじゃ、分からないかもしれないが、バッチリ聞こえてる俺からすると、普通に怖い。

 

 まず、普段の雰囲気とは比べ物にならないほどの、圧力を感じる。

 

 いつもの依桜は、何と言うか……物腰が柔らかい。いや、自己肯定感が高いかと言われれば、そうでもないが……誰にでも平等に接するし、気配りもできる。それに、自分から他者を攻撃するようなこともない。

 依桜と話したことがある人は、大体がこういった印象だろう。

 

 ……もっとも、世の中には、容姿が整っているやつは性格悪い、みたいな感じで言う人もいるが……依桜はそれに全く当てはまらない。

 

 そもそも、自分の容姿が整っていると思っていない時点で、謙虚通り越して、自己評価が低い、もしくは、周囲の評価に鈍い。

 まあ、鈍いのは元々だしな。

 

 つまるところ、普段は優しく、基本的には物静かで、他者への気配りもできるとあって、あまり怒るイメージがない。

 

 世の中、普段は優しかったり、大人しかったりする人は、大抵怒ると怖い、って相場は決まってる。

 依桜も例外ではない。

 

 言葉一つ一つが重い。

 

 現在進行形で説教が続いてはいるが、有無を言わさないあの迫力。

 実際、過去にも依桜が怒ったことはあった。

 

 ……まあ、そっちに関しては、女委が馬鹿にされたから、それでキレた、って感じだが。

 もちろん、友人を馬鹿にされて黙っているような俺たちではなかったので、きっちりと、男子三人で報復しに行ったが。

 

 その時の依桜も、こんな感じだったな。

 いや、あの時の方がもっと怖かった気がする。

 

「変なところで力は使いますし、普段の生活力は皆無。頼りになるのは、師匠が強いことと、年上ということだけですよ」

「だけとはなんだ、だけとは。あたしだって、もっとあるだろ」

「ないです」

「……そこまで、即答しなくても、よくね?」

 

 バッサリ行くなぁ、依桜。

 否定する時は本当にバッサリ行くからなぁ、依桜は。

 

「します。いつも、師匠がやらかした後の後始末は、ボクがやってるんですよ? 料理もそう、掃除も洗濯も、朝の起床も。たしかに、内弟子って言う制度も実際ありますし、弟子にやらせる、というのもあながち間違いじゃないかもしれませんが……それでも、師匠は任せっきりです。内弟子を持つ師匠だって、自分のことはしっかりやりますよ。その点、師匠はまったくやりません。こっちとしても、暗殺技術を教えてもらいましたし、多対一の戦い方、地形・空間の活かし方、効率的に動く方法。そして、失敗はしましたが、能力の解呪まで。色々と教えてもらってます。ですが、それとこれとは話が別です。師匠の起こす問題は、いつもボクに降りかかってきます。今回だってそうです。師匠が、躊躇など一切せずに使用した『手刀』のせいで、ボクは恥ずかしい姿を晒したんですよ? 師匠に教えてもらった、ツボの知識と経験がなければ、明日から学園に来れなくなるところでしたよ。消す必要のない幼馴染の記憶まで消す羽目にもなりました。師匠は少々、短絡的すぎます。組手は……ボクもそれなりに派手に動いてしまいましたし、ボクも悪いです。目立ちたくないと言いつつも、結果的にやってしまったわけですからね。でも、だからと言って、師匠を許すわけにはいきません。そうですね……一週間、禁酒してもらいます。「ちょっ、それは」ダメです。いくら師匠がお酒が好きで、体が人間のそれではなく、少し神様的なものが混じっていたとしても、体に悪いのです。そもそも、修業時代だって、ボク禁酒させようか考えたんですよ? でも、師匠には恩がありましたし、ここは認めようと思っていました。ですが……今回の件はダメです。何と言おうと許しません。むしろ、一週間で許すんですから、マシと思ってください。本来なら、数年間禁酒してもらいたいところですが「それだけはマジ勘弁!」そうですよね? だから、一週間は最大の譲歩と言ってもいいのです。……わかりましたか?」

「……はい」

 

 こ、ここまで口が回るのか、依桜。

 

 マシンガントークみたいだったんだが……すごいな。口を挟む余裕がなかったぞ。

 

 途中、二ヶ所くらいミオ先生が何か言っていたが、即座に却下されている。

 

 ……というか、ミオ先生って人間じゃないのか?

 今、神様的なものって言っていた気がするんだが……まあ、ファンタジー世界の住人と考えたら、不思議なことではない、のか?

 

 いやそもそも、神っているのか?

 ……いるんだろうな。魔法とか、ステータスがあるくらいだ。神の一柱くらいいてもおかしくはないか。

 

 それと……依桜が記憶を消したのは間違いなかったか。

 というか、消す必要のない幼馴染? それってもしかして俺か?

 

 考えてみれば、周囲で倒れている生徒が、一人も起きてくる気配がない。

 こっちも多分、記憶を弄ったんだろう。

 

 この血の海を考えると……まあ、鼻血、だろうな、これ。

 最近、何度も見てるしな。

 ……普通、高校生が学園で血溜まりを見ることはないはずなんだがなぁ……。それも、何度も。

 

「……とりあえず、事の成り行きを見守るしかない、か」

 

 依桜による説教は、先ほどので終わったと思ったら、再び説教をし始めたので、俺はこの状況が収まるまで、待つことにした。

 

 ……本当に何があったんだ。




 どうも、九十九一です。
 まあ、普段に比べたらちょっと短めです。なんか、最後の方の依桜の説教が、割と本気のマシンガントークみたいになってしまった……。絶対見にくい、よなぁ、あれ。
 見にくくかったら申し訳ないです。
 明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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95件目 準備

 師匠への説教を終えると、いつの間にか晶が起きて、こっちを見ていた。

 

「あ、晶は気が付いたんだね」

「ああ。起きたら血溜まりがあったのには驚いたが」

「あ、あはは……」

 

 それに関しては、ボクも苦笑いするしかない。

 

「それで……どうも、十分ほどの記憶がないんだが……消したのか?」

「うん。よくわかったね」

「なんとなくだ」

 

 なんとくなんだ。

 

「だが……なんで、俺の記憶が消えているんだ? 見たところ、周囲の生徒にも使ったように見えるが……」

 

 そう言いつつ、晶は周囲に視線を巡らせる。

 

「使ったよ。本当は、晶の記憶は消すつもりはなかったんだけど……」

「そうなのか? じゃあなんで……」

「晶が自分で頼んだの」

「俺が?」

「うん。晶は何も見ていなかったんだけどね……」

 

 でも、その気持ちは嬉しかったよ。

 自分から消してくれ、なんて普通は言えないもん。

 

「……あー、なるほど。依桜の言葉と、この状況から察するに、よほど依桜にとって嫌なことがあったんだな。周囲の生徒が沈んでいるあれ、鼻血だろ? てことは、原因のほとんどは依桜にあるはず。しかも、気絶するレベルってことを考えると……まあ、態徒や女委が喜ぶような何か、だ。仮に、俺が見ていなかったとしても、覚えておかないほうがいい、そう考えて言ったんだろ?」

「そ、そうだよ。すごいね。なんでわかったの?」

 

 あれだけで理解しちゃうなんて……。やっぱり、頭の回転が速いなぁ。

 

「ま、俺だからな。自分のことは、自分がわかってるよ。……一体何があったのか気になるところではあるが……聞かないほうがいいか」

「……そうしてくれると、ボクも助かるよ」

 

 それにしても……記憶操作に気付くなんて。大体の人は、ちょっと違和感を感じるくらいで、気付くことはないんだけど……。

 もしかしたら、慣れ始めてるのかも。

 

 女委や態徒ほどでないにしろ、晶にも何度か使っているしね。

 ……いや、そもそもの話、ツボを刺激したくらいで記憶を消したり、改竄したり、特定の動き、言動を制限できるという、ご都合展開なこと、普通はできるのだろうか?

 

 そもそもの話、ボクの持つ能力、スキル、魔法には、それらしいものがない。

 

 唯一できる可能性がありそうなものと言えば……『鑑定(下)』くらい。

 

 でも、このスキルは、物質の名称や効果を知るためのスキルであって、人体のどこに、どんなことをすればこうなる、みたいなことを知るすべはないはず。

 

 このスキルの上位互換である『鑑定(上)』なら、できるかもしれないけど……そっちは『鑑定(下)』で見れる情報よりも、さらに細かい情報が見れるようになるのと、射程距離が延びるだけのはず。

 

 そもそも、師匠はなぜそのような効果を得られるのか、という理由を知らないらしい。

 

 何らかの理由があるはずなんだけど……もしかして、ステータスには表示されない、隠し要素のようなものがあったり……?

 ……可能性はゼロ、じゃない。

 

 それに、ここまで便利な技能、師匠以外に知っていてもおかしくないはず。

 にも拘らず、向こうの世界において、この技能を使用できるのは、ボクと師匠の二人だけ。

 この時点で色々とおかしい。

 

 ボクと師匠に共通しているのは、神気と呼ばれるものがあること。

 

 ……もっとも、ボクの場合は師匠から漏れ出ていたものが原因だから、そこまでないとは思うんだけど……もしかすると、それを使用している、のかも?

 

 うーん……よくよく考えてみたら、便利、って言う理由で使っていたこの技能って、相当異常なものなんじゃ……? ※今さらである

 

「どうした、依桜?」

「あ、ごめんね。ちょっと考え事を……」

 

 そうだった。気絶している人があまりに多かったけど、今は授業中。

 ……まあ、授業を担当している師匠は、

 

「禁酒……一週間……禁酒……酒が、飲めない……し、死にたい……」

 

 一週間の禁酒という罰によって、絶望に打ちひしがれている。

 ……たった一週間で、そこまで?

 そしてもう一人、熱伊先生は、

 

「俺は妻一筋ッ……俺は妻一筋ッ……俺は妻一筋ィィィィッッ!」

 

 とブツブツと呟いている。

 ……そう言えば、熱伊先生って愛妻家で有名だったっけ。

 教師二人がこんな状態なんだけど……大丈夫なの、これ?

 

 

 結局、授業終了近くまで、この惨劇のような状況が解消されることはなかった。

 

 思った以上に、出血が多かったからなのか、意識が戻ってくるまでに、いつも以上に時間がかかっていた。

 

 ……もちろん、記憶は消させていただきました。

 

 意識が戻ると、みんな不思議そうな顔をしていた。

 まあ、記憶がないわけだしね。仕方ないね。

 

 ……上半身裸の姿を見られて残しておくほど、ボクは変態じゃないので。

 変態は、態徒と女委で十分なのです。

 

 ……ただ、未果たち三人は、怪訝な顔をしていたけど。

 もしかしたら、感付いているのかも。

 

 ちなみに、熱伊先生があまりにも可哀そうだったので……記憶を消させていただきました。

 ボクとしても、残しておくのはちょっと……気が引けたので。

 これで、あれを知っているのはボクと師匠だけになったわけだね。

 ……はぁ。とんだ災難だったよ。

 

 

「ふふふ……素晴らしい。素晴らしい映像が手に入ったわ!」

 

 学園長室に、一名ほど勝ち組がいた。

 叡子は、学園中に設置してある監視カメラを用いて、依桜が上半身裸になるという光景をバッチリ録画していた。

 ものすごくレアな映像が手に入ったおかげで、テンションがかなり振り切っている。

 

「これは、夜な夜な使うとして……ミオを体育教師にした甲斐があったわぁ。まさか、勤務初日からこんな眼福な光景を作ってくれるなんて……マジ感謝!」

 

 本来なら、確実に咎めるであろう立場の叡子は、ミオをすごく褒めていた。

 変態が多い学園なのはきっと、学園長という、学園のトップの頭がぶっ飛んでいるからに違いない。

 尚、後日依桜が監視カメラの存在を思いだし、映像を破壊しに来たが……なんとか、一枚だけは死守したとかしないとか。

 

 

 様々な問題が色々と発生しつつも、時間は進み……ついに、十一月二十一日土曜日、体育祭当日となった。

 

「ふっ……んっ、ん~~~~~~~……はぁ」

 

 いつもより早く目が覚めたボクは、起き上がると伸びをした。

 うん、今日は目覚めがいい。

 

 ここのところ、師匠の体に禁酒による禁断症状が出始めたり、そにれよって師匠が大暴走したり、それを、師匠直伝のツボでなんとか鎮めたりするなど、疲れる出来事が満載だった。

 ……ほとんど……というか、全部師匠だけど。

 まあ、師匠の禁酒生活は、一週間だけで、もう解除されてるけど。

 文字通り、浴びながら飲んでましたよ。

 あの人、皮膚からも吸収しているのだろうか?

 ……どちらにしても、本当に人間じゃない。

 

「ん、今日も異常なし、と」

 ここのところは、呪いもなりを潜めているのか、体に変化はなく、小学生か、獣人少女になったりしていない。

「うーん、やっぱり変化しない、のかなぁ?」

 

 一度だけ、という線もあるにはあるけど、ファンタジー世界のさらにファンタジーな呪いってことを考えると、油断はできない。

 このパターンをボクは知っている。

 重要な日に限って小さくなるんじゃないかって。

 

 一つは……解呪を失敗して間もなくだったから仕方なかったにしても、体力測定では散々なことになった。

 

 二つ目は、ハロウィンパーティー。あれ、明らかに狙ったかのようにあの姿になった気がするんですが。

 

 今のところ、二種類とも一度っきりしか変化してなく、二週間以上も経過している。これは本当に、変化しなくなったんじゃないかな。

 それなら、ありがたいんだけど……。

 

「あ、そろそろ着替えないと」

 

 いけないいけない。いくら時間に余裕があるとはいえ、考え事をしてたら遅刻しちゃう。

 ベッドから降りると、すぐに準備を始めた。

 体育祭の日は、スポーツバッグだけでいいので、ボクもそれで行く。

 体操着で行ってもいいし、制服で行ってもいいとのことなので、ボクは制服で行くことにしよう。

 んー、そのまま下に来てこうかな。その方が楽だし。

 

 そうなると、スポーツバッグにいれるのは……そう言えば、障害物競走に出場する人、特に女子は、替えの下着を持ってくるように、って書かれてたっけ。

 

 ……これで、替えの下着を入れたら、自分で女の子だって認めることになるような……?

 いやでも、体は女の子だし……問題ない、よね?

 

「……それにしても、替えの下着が必要になるような障害物競走って、なに?」

 

 そもそも、体育祭の競技で、替えの下着が必要になる協議が存在していること自体がおかしいような気がする。

 

 ……この学園にツッコミを入れたら、負けなんだろうか。

 なにせ、すべての元凶は学園長先生だし……そもそも、競技種目って誰が決めてるの?

 ……まあ、概ね予想はつくけど。

 

「とりあえず、下着も入れておこう……」

 

 何が起こるかわからない以上、一応は従っておいたほうがいいと思って、下着を入れた。

 それと……

 

「こ、これも、だよね……」

 

 それは、例のチアガール衣装だ。

 あまりにも露出が激しくて、躊躇してしまいそうなデザインの衣装。

 

 応援練習の時、ボクはこれを着ていなかったりする。

 あ、ボクが拒否したんじゃなくて、応援団の人たちが、

 

『練習は着なくていい! 本番当日で着てくれ!』

 

 って言ってきたので、疑問符を浮かべながらも、ボクは了承した。

 ……練習とはいえ、恥ずかしいし。

 

「でも、今日は着ないと、ダメ、だよねぇ……」

 

 本音を言えば着たくはないけど、優勝するためと言われると……断れない。

 そもそも、自分で着るって言っちゃったわけだし、自分の言葉には責任を持たないと。

 

「……一応、三種類入れておく?」

 

 体育祭自体は、学園祭同様、二日間行われる。

 たしか、一日目は個人競技で、二日目は団体競技だったはず。

 

 ボクが出場する四種目のうち、三種目は初日なので、二日目は二種目しか出場しない。

 ちなみに、二種目と言ったのは、アスレチック鬼ごっこと、綱引きのことです。綱引きは全員参加の競技だからね。

 

「うん、準備終わり」

 

 そうこうしているうちに、準備が終わった。

 着替えも終わらせていることだし、そろそろ師匠も起こさないと。

 

 

「師匠、起きてください。そろそろ出発の時間になりますよ」

「……んぁ? ああ、イオか……もうそんな時間か?」

「そうです。師匠は体育の先生なんですから、早めに行ったほうがいいですよ」

 

 なんだかんだで、体育科の先生は、体育祭は忙しいと聞く。

 何をするかはよく分からないけど、前日とかは生徒会、体育委員と一緒にテントの設営やら、入退場門の設置、グラウンドを囲むロープを張ったりと、色々とやっていたそうだ。

 

 それなりに時間がかかると思っていたようだけど、師匠が大活躍したそうで。

 ……まあ、師匠だし。テントだって、よく野宿とかしてたからお手の物だろうし、門の設置だって、力作業になるから師匠の身体能力を考えると、早くできて当然に思える。むしろ、朝飯前だと思う。

 

「……わかった。起きるとしよう……ふあぁぁ……」

 

 まだ眠そうな顔をしているけど、師匠は意外とすんなり起きてくれた。

 こういう時は素直なんだけど……。

 

「それじゃあ、先に下に行ってますね」

 

 

「それじゃ、お母さんたちは、この後すぐ行くからね~」

「うん、わかった」

「父さん、楽しみにしてるぞー」

「……変なこと言ったりしないでね」

「娘の視線が冷たい! だが、それもイイッ!」

 

 ……父さんはだめかもしれない。

 ちなみに、この発言の後、母さんからラリアットをもらい、悶絶していました。妙に笑顔だったのは気のせいだと思いたい……です。

 

「おし、行くぞ、イオ」

「あ、はい。それじゃ、行ってきます」

「行ってくる」

「飛び出して、車を壊さないよう気を付けてねー」

 

 その注意は初めて聞いたよ。




 どうも、九十九一です。
 サブタイトルって、割と適当だったりするので、あまり気にしないでください。 
 ……や、やっと体育祭当日には入れるぅ……。長かった。章構成で、一番長いのは何気に学園祭だったりするんですけど、体育祭の話がその記録を更新しそうです。
 なぜだ……。
 次回から、多分競技に移るかと思いますが……私が変なことを書いたりした場合、明後日になるかと思います。もしそうなってしまったら、申し訳ないです。
 明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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96件目 依桜ちゃんは純粋

「おーっす、元気か、依桜」

 

 朝一番で挨拶してきたのは、態徒だ。

 ほかのみんなも当然いる。

 

「元気……だと思うよ。……体育祭が始まるまでは」

「まあ、依桜にとっては……というより、西軍側の応援団の人間からしたら、黒歴史になりそうだからな。特に男子」

「……あ、あはは……すみません」

 

 登校してきているであろう男子の応援団員の人たちに、謝罪の言葉を送った。

 

 ……あの時は、本当にどうかしてたんですよ。

 だって、普段から変な衣装を着させられたり、恥ずかしい衣装を着させられたりしてたんだよ? 元々男の人が、突然そんな出来事に多く遭遇したら、精神も病むよ。

 

 ボクは……女装とかもよくさせられてたし、何と言うか……嫌だけど、慣れていたって言う部分もあった。

 母さんのあれに関しては、全く知らなかったけど。

 

「まあ、ほとんど笑いものよね。男子の方は」

「……俺だけ、普通……とは言い難いが、幾分かマシな服なのが、本当に申し訳ないんだが」

「いやいや、晶君が乙女ゲーに登場する様な、王子様的な衣装を着るのは、むしろ正解だよ! 負い目を感じることはないさ!」

 

 申し訳なさそうに言う晶に、女委がフォローを入れていた。

 ……いや、フォローではない、かな?

 

「それはそれで嫌なんだが……」

 

 うん。わかるよ。

 だって、女委の言う乙女ゲームって、絶対あっちのも混じってるよね? アルファベット二文字のジャンルの。

 

「そういやよ、この体育祭にも賞品があるんだろ? 何か知ってる奴いるか?」

「あ、それボクも気になる。応援団の人が、『アレ』って言うから、ちょっと気になってて」

 

 応援団の人たちが言う、『アレ』とは何だろう?

 応援団の人たち、特に男子の人たちが言っていた記憶がある。

 その時は、何のことかわからなかったし、衣装のあの件の話もあって、それどころじゃなかった。

 

「あー……それ、ね。なんて言えばいいのかしら……」

 

 ……あれ? なんか、未果の表情が渋くなったんだけど……。

 え、なに? もしかして、あまりよくないものだったりする……?

 

「まあ、うん。今は知らなくてもいいと思うよ! どの道、開会式で知ることになると思うし?」

「なんでそんなに嬉しそうなの……?」

「んー、まあ、みんなこぞってMVPを狙いに行くと思うしね~」

「へ~、みんなが狙うほど、いいものなんだ」

 

 それはちょっと楽しみかも。

 

 んー、みんなが狙うものと考えると……やっぱり、休日とか? あとは、欲しいものがもらえるとか。

 だって、ビンゴ大会とか、学園祭のミス・ミスターコンテストの優勝賞品とか、明らかにおかしかったからね。

 ……優勝賞品の方は、未だにもらっていないんだけど。

 

 いくらお祭り好きな学園とはいえ、最新型のPCとか、図書カード二万円分とか、ゲーム、温泉旅行、薄型テレビなど、どう考えても学園で行われる祭りなどの景品から逸脱している。

 何でもありだと思うし、『好きなものをプレゼント』みたいなものになっても不思議じゃない。

 

 もしそうなら……欲しいもの……欲しいものか。

 

 うーん、今のところはないんだよね……。

 

 ミスコンで優勝したおかげで、まだ図書カードも残ってるし、出し物でえたお小遣いもほとんど使っていない。

 

 エキストラの仕事で得たお金だって、なぜか大金(二十万くらい)が振り込まれてたし……。

 ボクの口座にある残高って、何気に三十万以上だったりするから、ある程度は自分で買えちゃうんだよね……。

 

 なんだかんだで、買いたいものもないから、使わないでずっと預けたままだし。

 

 PCを買うことも考えたけど、優勝賞品でもらえることになってるし、そろそろだと思うから、買わなくてもいいと。

 ……あれ、本当に欲しいものがない。

 

「……女委、依桜教えなくてもいいのか?」

「にゃははー。ここで言っちゃったら、面白くないじゃん? ああいうのは、勘違いした状態で本当のことを知るから面白いんだよ!」

「……ほんと、優しいんだか優しくないんだか」

「オレも知らないんだけどよ、実際MVPは何がもらえるんだよ?」

「それはね――」

「……なるほど。そりゃたしかに、狙いに行くわな。それも、男女関係なく」

「でしょでしょ? いや~、依桜君がどんな反応するか楽しみだなぁ」

 

 ん、女委たちが何か話してる。

 女委と態徒はなぜか笑顔だし、未果と晶は呆れたような表情をしていた。

 温度差すごいなぁ。

 

「さてさて、そろそろ着替えに行こっか!」

「そうだね。開会式ももうすぐだろうし」

「おし、じゃあ行くかぁ」

 

 いい時間だったので、ボクたちは更衣室へ向かった。

 

 

「むぅ、なんか複雑……」

「どうしたの依桜?」

 

 更衣室で着替えていると、なんだか複雑な心境になった。

 いや、いつも複雑なんだけど。

 

「なんかね、自然にこっちの更衣室を使っている上に、女の子の方も当然みたいな様子だから、なんか複雑で」

「まあ、依桜君は男の娘の時ですら、女子更衣室に入っても何も言われない人だもんね」

「め、女委っ! その話はダメ!」

「あら、そんなことしてたの?」

 

 ほらぁ! 食いついちゃった人がいるよ!

 ボクがお墓まで持っていくつもりだったのに!

 

「な、なんでもないから! お、面白ことなんて何もなかったから!」

「……ふ~ん? まあ、依桜が女子更衣室に入った時の話は後で聞きましょう」

 

 ……阻止は、できないよね……。

 女委のバカぁ……。

 あとで、お仕置きしないと。

 

「あ、依桜君下に着てきたんだ」

「うん。こっちの方が楽だからね」

 

 脱いで着て、って言うのがちょっと面倒くさいし……女の子になってからは、その……ブラの紐が見えるとか言われまして。

 それを隠す意味もあります。

 まあ、その話はまた今度。

 

「でもま、この学園の体操着がハーフパンツだったのは助かったけどね」

 

 うん、それはボクも思うよ。

 

 あの学園長先生のことだから、平気でブルマとかにしそうだし。

 そう言えば、スパッツを採用してる学校があるって、学園長先生に聞いたっけ。

 

 ……どちらにしても、この二つのどちらかじゃなくてよかったよ。

 

 ブルマは普通に恥ずかしいし、スパッツって、一回だけ穿いたことあるけど、ぴっちりしている感じがして、ちょっと嫌だったから。

 

 その点、ハーフパンツなら全然問題ない。

 普通のズボンだからね。

 

「そう言えば、今日出場するのって、依桜は三種目よね?」

「うん。障害物競走、二人三脚、美天杯だね」

 

 ……改めて思うけど、二人三脚以外の二つは、本当に不安しかない。

 

「ま、晶以外は、四種目中三種目が初日だしね。明日、疲れが残らなければいいんだけど」

 

 一応、体力回復の魔法は持ってるけど、使わないほうがいい。

 あれ、結構便利なんだけど、こっちの世界の人からしたら、中毒症状になりかねない。

 言ってしまえば、疲れないようになるのと同じだもん。

 

 疲れても、ボクが魔法を使えばその疲れはなくなり、筋肉痛にすらならない。しかも、筋肉痛が治った後と同じような状態になるから、本当に切羽詰まった時じゃないと使えない。

 まあ、結局は普段の運動がものを言うってことだね。

 

「依桜、態徒、晶の三人は大丈夫だともうけど、女委が心配よね。インドアだし」

「にはは~。そうだねぇ。わたし、運動とかしないし。まあ、夜の運動だったらしてるけどねぇ」

「ギリギリなこと言うわね」

「え? だって思春期を迎えたら、興味本位でやると思うんだけど」

「……そりゃ、まあ」

 

 あれ、なんで未果が顔を赤くしてるんだろ。

 今の女委のセリフに、顔赤くするような言葉ってあったかなぁ?

 

「ねえ二人とも、夜の運動って何のこと?」

『え』

 

 ……なんでボク、今驚かれたの?

 それも、更衣室にいる人みんなから。

 ……え、ボクおかしい? もしかして、みんな知っていることだったりする……?

 

「依桜、本気で言ってる?」

「え? う、うん。何のことかわからないけど……」

「ちなみに依桜君。どういう意味だと思う?」

「うーん……筋トレ?」

『……』

 

 あ、あれ? なんかみんな、この世のものではないものを見る様な目を向けてきてるんだけど。

 

「ちなみに、依桜君。子供がどうやってできるか、知ってる?」

「え? えっと……き、キス?」

『えええええええええええええええええええええっっっ!?』

「な、なに!? どうしたの!?」

 

 ボクの回答、そんなにおかしかったの!?

 え、違うの!? もしかしてボク、間違った知識持ってる!?

 

「じゅ、純粋すぎる……」

「ま、まさか、リアルに純粋無垢という言葉がぴったりな美少女がいるなんてぇ」

『やばい。依桜ちゃん可愛すぎるぅ』

『元々男の娘だったのに、その辺の知識がないって……どんな奇跡よ』

『純粋すぎる……。私たちって、結構汚れてるんだね……』

『いや、保健体育の授業って、来年からその辺りの話になるみたいだし……』

『……絶対顔真っ赤にするじゃん、依桜ちゃん』

『聞いたところによると、そういった話になると、気絶しちゃうとか』

『……マジで、尊い……』

「……依桜って、あの温泉旅行の時のこと、覚えている上で言ってるわよね?」

「だと思うけど……。もしかして、あの時ですら、そういう勘違いしてた、のかな?」

「……ぽいわね。だって見てよ、あの依桜の顔」

「……あー、すごく困り顔になってるねぇ」

「でしょ? ということはあれ、確実に理解してないわ」

「……だね」

 

 ……やっぱり、ボクっておかしい?

 

 だ、だって、師匠と向こうで暮らしてる時だって、何度となくキスをされそうになってて……男の時だったから、本当に抑えるのが大変だったんだよ?

 もし、キスをしてしまったら、責任を取らないといけない、って思ってたし……。

 

 なぜかはわからないけど、師匠に裸で抱き着かれると、変な気分になったけど……あれだって、キスを促す感情のようなものだと思ってたんだけど……。

 

「あ、あの、もしかして……ボク、おかしい?」

『『『依桜(ちゃん)は、そのままでいて』』』

 

 ……なんで、涙を流しているんだろう。

 で、でも、おかしくない、ってことだよね?

 

「よ、よかったぁ……これで間違っていたら、恥ずかしかったよぉ」

(((すでに間違ってるんだよなぁ……)))

 

 一瞬、この場にいる人たち全員の考えていることが、全く同じだった気がした。




 どうも、九十九一です。
 体育祭の話に入ると言っておきながら、まさかの寄り道回。いや、時間がなかったんです。結構ギリギリで、これ以上は書けなかったんです。本当に申し訳ないです……。
 次からが、本番ですので、許してください……。
 あと、依桜は純粋なキャラです。いつぞやで、男子三人で集まった時、そういう本を見たようですが、気絶して覚えておりません。純粋なほうがいいよね、という、私の趣味です。
 ……あとで、色々と直さないと。
 明日もいつも通り……だと思います。最悪、ちょっと遅れるかもしれませんが、よろしくお願いします。
 では。


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97件目 体育祭の開幕

 なぜか驚かれると言った騒ぎがあったものの、着替えてグラウンドへ。

 グラウンドへ出ると、ほとんどの生徒が集まっていた。

 と言っても、まだ開始時間じゃないから、いろんなところにいるけど。

 

「それにしても……すごいわね。これ、一日で作ったらしいわよ」

「ほへぇ。すごいねぇ。やっぱり、ミオ先生が頑張ったから?」

「そうみたい。師匠、禁酒から解放されて、すごくテンション高かったから」

 

 むしろ、お酒のためだけに頑張れるのだからすごい。

 

「でも、本当にすごかったらしいのよね」

「そんな感じだったの?」

「なんでも、結構な大きさのある入退場門を軽々と持ち上げたり、とてつもないスピードでテントの設置を終えたり、ロープ張りだって、かなりのスピードで走りながら終えたらしいわよ。しかも、全部完璧だったって」

 

 さすが師匠。本当に、こっちの世界でも異常だった。

 でもこれ、師匠にしては随分と加減しているというか……もしかして、こっちの世界の人に合わせてくれたのかな?

 それだったら、ありがたいなぁ。

 

 できれば、生徒・教師対抗リレーも、加減してほしい。

 あの人にとって、300メートルは一瞬だもん。

 

「やっぱり、ミオ先生ってすごいんだねぇ」

「異世界の住人って考えたら、当たり前なのかしらね。その辺りってどうなのよ?」

「うーん……師匠は特殊すぎてあれかな。一応、国内最強って言われてる人とかもいたよ。でも、師匠ほどじゃないかな。師匠、暗殺者なのに、腕力が異常なんだもん……」

「あれ、暗殺者ってあんまり腕力必要としないわよね?」

「そうだね。……先週、ボクと師匠が組み手をした時があったでしょ?」

「そうだね」

「ええ」

「あの時、終盤でボクが師匠の掌底を喰らって、吹っ飛んだと思うんだけど……あの時の威力ってね、半径10メートルほどの岩を粉砕できるんだよ……」

「「ええぇ……」」

 

 いつもにこにこしてる女委ですら、絶句した。

 だよね。

 

「いや、岩を粉砕できるのもすごいけど、それを受けて、かなり痛いだけで済ませる依桜も大概じゃない?」

「……まあ、師匠に嫌というほど鍛えられたからね……。師匠の本気って、それどころじゃないよ」

「ちなみに、ミオ先生が本気で攻撃したらどうなるの?」

「多分だけど……身体能力を最大まで強化すれば、月を粉砕できる、と思うよ」

「どこのワン〇ンマンよ」

「もしかして、地球割りもできたり?」

「……できるんじゃないかなぁ。師匠だし……」

 

 笑顔で地球を割る師匠の姿が、目に浮かぶよ。

 簡単に想像できてしまうんだから、本当に笑えない。

 

「もうそれ、暗殺者じゃないわよね? ミオ先生の職業って、暗殺者じゃなくて、破壊神か何かなんじゃないの?」

「……かもしれないね」

 

 あの人に壊せないものはないんじゃないかなぁ……。

 そもそも、人を生かすも殺すも自由自在な人だし。

 

 下手をしたら、太陽に突っ込んでも生きているんじゃないかなぁ。

 ボクの中では、魔王よりもラスボスだと思ってるし。

 

「まあでも、ラノベとかに登場する暗殺者って、どう見ても暗殺者の能力じゃねえだろ、って言うキャラはいっぱい出てくるし、あんまり気にしなくてもいいんじゃないかなぁ」「でも、あくまでも物語であって、ボクの場合は普通に現実なんだけど」

「細かいことは気にしないの。さて、そろそろ晶君たちの所に行こ」

「そうね。ここでずっと話してるのもあれだし」

 

 話はそこそこに、ボクたちは晶と態徒の所へ歩き出した。

 

 

「あ、ごめんね、ボクちょっとトイレ」

「ん、もうすぐ始まるから、早めに戻ってくるんだぞ」

「うん」

 

 タタタッと小走りで依桜が校舎の方へ走っていった。

 

「ちょうどいいし、晶君に態徒君。ちょっと相談、というか、依桜君のことなんだけど」

 

 依桜がいなくなったのを見計らって、女委が相談を持ち掛けてきた。

 

「どうしたんだ?」

「実は、更衣室にいる時にね、ちょっとした保健体育的な話題になったの」

「どうやったらそうなるのかは分からないが……それがどうかしたのか?」

「えーっとね、わたしがつい、夜の運動って言っちゃってね」

「……ついで言うか、その単語」

 

 よりにもよって、依桜の前で言うとは……女委は命知らずなのか?

 普通に会話をしていただけなら、絶対に出てこないはずの単語なんだがな……。

 

「んで? 依桜の反応は? 概ね、顔を真っ赤にしたんじゃねえのか?」

「いや、それがそうでもなかったのよ」

「は? あの依桜が? そっちの単語には結構顔を真っ赤にする依桜が?」

「むしろ、単語の意味が解ってなかったわ」

「「……マジ?」」

「マジよ」

 

 俺と態徒は、その事実に、驚愕を隠せなかった。

 

 元が付くとは言え、依桜は男だった。偏見かもしれないが、そう言ったものには興味津々なはずの年頃。

 いくら、そっちの方面の知識が薄いと言っても、中学生くらいで知りそうなものなんだが……知らない、と来た。

 最悪、小学生でも知っているようなことを知らない。

 そんな、依桜の新たな事実に驚いていると、さらなる驚愕の話題が未果の口から飛び出した。

 

「しかも、ね。女委が依桜に、『子供がどうやってできるか知ってる?』って訊いたのよ。なんて答えたと思う?」

「……わからん。なんて言ったんだ?」

「……キス、だそうよ」

「「…………………は?」」

「いやだから、キスでできると思ってるらしいのよ」

「「マジで!?」」

「マジもマジ。大マジよ」

 

 そ、そうだったのか……。

 依桜、そういう知識に少し疎いな、と思ってはいたが……まさか、そのレベルだったとは……。

 

 基本的な精神年齢は、十九歳なんだろうが……性に関する知識は、幼稚園児レベルか。

 

 ……確か以前、俺と態徒、依桜の三人で、態徒の家で遊んでいる時、態徒がエロ本を取り出して、読んだ時があったが……今思い出したら、あの時の依桜は顔を真っ赤にした直後、気絶したんだったな。

 疎い以前に、弱い、のか。

 

「ま、マジか。……ただでさえ、属性豊富なのに、そこに純粋が入るとか……盛り込みすぎじゃね? これがラノベとかに登場する主人公だったら、明らかにツッコミどころ満載だよな」

「そうね。女子更衣室にいた人、みんな驚愕してたわよ。まさか、綺麗すぎる心を持った美少女がいたんだからね」

「まあ、その辺りの知識がないんじゃあな……」

「ものすごく、汚れてる気がしたわ……。しかも、素で知らないんだもの。恐ろしい話よね」

「……たしかに、依桜がそんなだと、自分が汚れているように感じるな」

 

 俺だって知っていることを、依桜が知らないとはな……。

 現代では考えられないほどの、希少な存在だな、依桜。

 

「自分が間違っているのか、って聞いた来たけど……私たちは、『そのままでいて』って言ったわ」

「そりゃそうだ」

「……たしかに、その辺りに詳しい依桜と言うのも、嫌な話だからな」

 

 依桜はそのままでいいな。

 ……しかし、暗殺者として過ごしていたのなら、そう言ったことにも詳しいと思っていたんだが……偶然引き当てなかったのか?

 さすがとしか言いようがないな。

 

 

「ただいまー」

「おかえり~」

「おかえり、依桜」

「もうそろそろ始まるみたいだぞ」

「あ、ほんと? じゃあ、そろそろ並ばないとだね」

 

 ちょっとトイレに行っている間に、時間になっていたみたいだった。

 そろそろ並ばないと。

 

 

 生徒全員が並んだところを見計らって、学園長先生が朝礼台に上り、ついに開会式となった。

 

「あー、あー……んんっ! 生徒諸君! おはよう!」

『おはようございます!』

「うん、いい挨拶だね。さてさて、今日からついに体育祭だ! どうだい? 楽しみだったかい?」

 

 という学園長先生の問いに、この場が騒がしくなる。

 まあ、お祭り好きな学園だからね。

 嫌がる人はなかなかいないんじゃないかな?

 

 運動が苦手でも、活躍できるような競技もあるし、何より、見てるだけでも楽しい! って言う人もいるわけだしね。

 

「そうかそうか。さすが、この学園の生徒だね。盛り上がってくれるのはいいことだ。幸いにも、今日は太陽が出て暖かく、予報では明日も晴れるそうだ。恵まれたね! 一応知っていると思うが、この学園では、東軍と西軍に分かれて行う体育祭だ。通常の分け方では、東軍の方が多くなるということで、七組の生徒を半々に分けて、それぞれの陣営に組み込んであるので、安心してね」

 

 あ、そうだったんだ。

 ということは、クラス内で争うようなものなんだね、七組の人たちって。

 それにしても、学園長先生。たまに、素のしゃべり方になっているんだけど、それはいいの?

 

「それから……当然、この二日間に渡る体育祭で、最も活躍した生徒には、MVP賞として……『誰でも好きな人をデートに誘える権利』を進呈しよう!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 け、景品ってそれのこと!?

 

「ちなみに、誘われた人は絶対に行くこと。拒否権はないからね」

 

 ひ、酷い。酷すぎる!

 軽く人権を無視するかのような景品に、戦慄を禁じ得ない。

 

 高校の体育祭で出すような景品じゃないよね、どう考えても。

 あと、男子の方はわかるけど、女の子の方もすごくテンション高いんだけど。どうなってるの? もしかして、好きな異性がいる人が多かったりするの?

 

「おお、やはり、この賞品にして正解だった。これなら、体育祭も一層盛り上がること間違いなしだ! ああ、もちろん、同性相手に使うのもOKだから、同性愛者のみんなも、安心してね!」

 

 その発言でさらに盛り上がるグラウンド。

 いやいやいやいや、どこで盛り上がってるの!?

 同性愛者って言う時点で、色々とおかしいよね、この体育祭!

 

 いや、別に同性が好きなのはおかしなことじゃないけど、少なくとも、公で言うようなことじゃない気がするんだけど!

 でも、世の中には同性愛者であることを非難する人もいることを考えると、意外といい、のかな?

 ……毒されてきてるんだろうか。

 

「それに、MVPになれなかったとしても! 男子の諸君は、カッコイイところを見せれば、モテモテになるかもしれないぞ!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!』

 

 運動ができるとモテる、って言うけど、その例外をボク知ってるんだけど。

 態徒って言う人。

 

「女子の諸君は、好きな人を応援することによって、振り向いてくれるかもしれないぞ!」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhッッッ!』

 

 そ、それはどうだろう?

 応援しただけで振り向くのかなぁ。

 

「うんうん。やはり、高校生の体育祭は、こうでないとね! ……さて、とりあえず、私から話すことは以上かな。それでは、楽しんでね!」

『学園長先生、ありがとうございました。続いて、注意事項です。ミオ先生お願いします』

 

 注意事項を言うのって、師匠なの!?

 だ、大丈夫なの? 師匠に任せちゃうと、碌なことにならない気がするんだけど……。

 

「あー、体育科のミオだ。とりあえず、注意事項を言うぞ」

 

 うわぁ、本人のやる気がすごく薄いなぁ……。

 

「まず一つ目―、怪我には気を付けること。二つ目―、喧嘩はなしだ。ご法度だ。万が一した場合、あたしの鉄拳制裁が火を噴くんで、気を付けるようにー。三つ目―、競技中における、殴り合いなどの乱闘は、一部の競技のみしか許可していないんで、破ったらあたしがぶん殴る。四つ目―、怪我のせいで出場できなくなったら、代わりのものを出すようにー。五つ目―、楽しくやれよー。……こちらからは以上だ」

『ミオ先生、ありがとうございました』

 

 未だかつて、あそこまでやる気のない体育科の先生を見たことがあっただろうか。

 ……師匠。せめて、せめて注意事項だけは、シャキッとしてほしかったです。

 というか、殴っちゃだめだと思うんですけど。

 

 明らかに、殴るって言ってたよね? 現代の教育環境で、ほとんど聞かないようなセリフが出てきてたんだけど。

 だ、大丈夫なの、師匠。

 

『続いて――』

 

 と、この後も順調に開会式が進み、

 

『それでは、大変長らくお待たせいたしました。これより、第八回、叡董学園体育祭『叡春祭』を開催したします!』

 

 高校生活初の体育祭が幕を上げた。




 どうも、九十九一です。
 なんか、やっと体育祭にはいれた気がします。
 準備期間が長すぎる……。次からは気を付けよう……。
 さて、明日もいつも通り……だと思います。でも、ちょっと10時が難しくなる可能性があるので、もしかしたら17時になるかもしれないので、その辺りはご了承ください。
 では。


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98件目 未果の100メートル走

 まあ、開幕したのはよかったんですよ。ええ。よかったんです。

 

 本来だったら、ね。開会式が終わったら、自分のクラスのところで応援すると思うんですよ。それも、普通に。そう、普通にです。やっぱり、普通が一番なんですよね、世の中。え? 非日常的なものも体験してみたい? ……バカなんじゃないですか? 非日常なんて、いいことないですよ。地獄ですよ。巻き込まれたら、死にたくなりますよ。

 

 だって、

 

『西軍ファイトォォォォォォォォォォォォッッッ!』

「ふぁっ、ふぁい、とぉ……!」

 

 こんなに恥ずかしい格好で応援しなきゃいけないんですよ。

 スカートはすごく短いし、上だって、おへそよりも少し上までしかないしで、本当に恥ずかしいんです……。

 

 むしろ、堂々と応援できているほかの人たちが凄いんですが。

 え、あれ結構恥ずかしい格好してるよね? だって、王子様風のかぼちゃパンツを穿いてるんだよ? 確実に黒歴史だよ?

 

 観客席とか、

 

『え、何あれ、面白!』

『あはははははははははっ! や、やばいっ、体育祭で、あの格好はやばいってっ……ぶふっ!』

『く、くそっ、わ、笑っちゃダメだってわかってんのにっ……ぶはっ!』

『ひぃ! ひぃ! は、腹いてぇっ……!』

 

 こんな感じだよ?

 笑いの的だよ、これ。

 

 ボクが提案しといてなんだけど、ものすごく酷い光景だよ? 学園祭ですらやらないような格好を、体育祭でやるって、そうとうおかしなことだよね。いや、ボクが悪いんだけど。

 ……ま、まあ、ここはあくまでも、男子側に向いているものであって、その……女の子側はね。

 

『男は笑いしかねぇけど、女子の方はめっちゃ可愛いんだが』

『わかるぞ! 露出過多でめっちゃいいよな!』

『つか、あの銀髪の娘、最高なんだけど!』

『恥ずかしがっているってのが、またポイント高いよなぁ』

『何あの娘、可愛すぎる!』

『いいなぁ、ああいう娘に応援してもらいたい!』

『それに見てよ、すっごい異色な恰好をしている男子の中に、一人だけカッコイイ人がいるよ』

『ほんとだ! って、よく見たら、あの二人……雑誌に載ってた二人じゃない?』

『い、言われてみれば! そっか、この学園の生徒さんだったんだ!』

『くそ、西軍の奴ら羨ましい!』

『俺たちなんて、普通の応援なのにぃ!』

 

 こんな感じですよ。

 また、ボクですか。

 

 どうして、ほとんどの人はボクを可愛いと言うんだろう。

 自分で言うのもあれだけど、そこまで可愛いとは思わないんだけど、ボク。

 あと、普通の応援でいいと思うんだけど。変に目立つのって、結構嫌だと思うんだけど。

 

「いやしかし……やっぱり、目立つな、俺たち」

「ま、まあね……。むしろ、目立たないほうがおかしいと思うよ」

「それもそうか。そう言えば、次は未果が出る種目だったか」

「そうだね。今は50メートル走だから、次が100メートル走だね」

「なら、応援しないとな」

「……う、うん」

「……やっぱり、恥ずかしい、か?」

「……うん」

「だよなぁ……」

 

 むしろ恥ずかしくないわけがない。

 一応、アンダースコートを穿いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいんです。

 そもそも、見せてもいいパンツなわけだけど、普通のパンツと一体何が違うんだろうか。

 結局は下着のような気がするんだけど。

 

「なにせ、今の依桜は、顔が真っ赤だからな」

「……や、やっぱり?」

「ああ。今にも泣きそうでもある」

「……そこまで、なんだ」

 

 どうやら、自分でも気づかないくらいに、ボクは泣きそうになっているらしい。

 

「まあ、こればかりはな……」

「はぁ……」

 

 ため息を吐くほかない。

 なんかもう、辛いよぉ……。

 

 どうして、衣服でこんなに悩まされないといけないんだろうなぁ……。ボク、何か悪いことでもしたかなぁ……。

 

 普通に生活しているだけなのに、こんなに苦労してるのに、いいことがほとんどないのは本当に辛い。

 

「ん、もうそろそろで決着がつくみたいだぞ」

「ほんとだ。……東軍が勝ってるって感じかな」

「そうみたいだな」

 

 応援しつつ、競技を眺めていると、トップの人がゴールした瞬間、

 パァン!

 という発砲音が鳴り響いた。

 

『ただ今の結果です。一位、三年五組。二位、二年七組。三位、三年二組でした。これにより、東軍には三十五点が加算され、西軍には十点が加算されます』

「どうやら、50メートル走は上から、二十点、十五点、十点らしいな」

「そうみたいだね。一応これが決勝だから、終わりかな?」

「ああ。予選で勝っても、決勝で勝てなきゃ得点にはならないらしいからな」

「結構厳しいんだね」

「まあ、それくらいしないと、すぐに点差がつくからな」

「それもあると思うけど、意外と特典の計算が面倒くさいからだったり」

「あー、あるかもな」

 

 少なくとも、一クラス五人も出場してるわけだし。

 

 ……改めて思ったけど、多くない?

 

 50メートル走と100メートル走って、両方とも五人ずつ出場してるけど、そんなにいらないような気がするんだけど……。

 予選は二ヶ所同時に行われるらしいけど、だとしても多いような?

 だって、百五人出てるんだよ? いくら何でも……多すぎない?

 時間がかかりすぎると思うんだけど……。

 一応、予選は十人ずつみたいだけど。

 

 こう言うのって、普通一クラス二人とかじゃない? 五人はやっぱり多すぎない?

 なんで、こんなに普通とはかけ離れてるんだろう、この学園。

 

『50メートル走に出場した選手の皆さん、お疲れ様でした。続いて、100メートル走に移ります。出場する選手は、グラウンドに集まってください』

「お、100メートル走か。未果の出番だな」

「ん、そうだね。……お、応援、しないと」

「……無理するなよ」

 

 

 さて、私の出番になったわけだけど……。

 

「……西軍の応援団。目立つわね」

 

 真っ先に目が行くのは、西軍の応援団だ。

 

 どんな衣装かは、事前に依桜から聞いてはいたけど……あれは、酷いわ。

 

 かぼちゃパンツだとは聞いてはいたわ。まさか、本当にやるとは思わなかった上に、なんであそこまで堂々としてるのかしら。

 

 で、比較的まとも……いや、まともではないけど、女子の方は……露出が多いわね、あれ。

 上はハーフトップに近くて、下は圧倒的ミニ。

 下はアンスコを穿いているんでしょうけど……依桜、どうみても恥ずかしがってるわね。

 でも、恥ずかしがりつつも応援しているんだから、律儀というか、責任感が強いというか……。頭が下がるわ。

 

 今は、東軍に差をつけられてるけど、まだ一つしか種目はやってないから、巻き返しは全然できる。

 依桜が出る競技に関しては……まあ、勝てるでしょ。

 身体能力が高すぎるし。

 

 と、ここまで考えていたものの、やっぱり、目が行くのは依桜だ。

 

 ……何あれ?

 いや、やっていることはチアガールなんでしょうけど……あの娘がやると、エロいわね。いや、ほんとに。

 女の私ですら、あの胸は戦慄するわ。

 チアガールと言えば、ポンポンを持って跳ねているようなイメージがある。

 当然、それとほとんど同じようなことをしているわけで……。

 

「が、がんばれぇ……!」

 

 と、応援しつつ跳ねているのは、依桜だけではなく、依桜の胸もだった。

 いや、本人よりも胸の方が跳ねているかもしれない。

 ぽよんぽよんって。

 

「……ほんと、でかいわね」

 

 しかもあの娘、恥ずかしがりながらやるものだから、スタイルの良さも相まって、余計にエロい。さっきから、依桜を見ている人(特に男ども)の視線のほとんどが依桜に向いている。

 視線には敏感なんだけど、その視線がどういう物かは分かってないのよね……。

 

 やっぱり鈍感ね。

 

 普通、何度も告白されれば、自分は可愛いと認識できると思うんだけど、あの娘は全く認識してないのよね……。

 いやまあ、ここで依桜が、

 

『ボクって可愛いでしょ? 美少女でしょ? いやー、モテモテで困るよー』

 

 なんて言ってきたら、思わずグーで殴りそうになるわ。

 そんな依桜。想像しただけで腹が立つ。

 

 やっぱり、依桜は鈍感で、謙虚だからこそ可愛い。

 と言っても、謙虚すぎるのはどうかと思うけど。

 

「次に走る選手は、指定されたレーンに来てください」

 

 おっと、私の出番の様だ。

 

 まだ予選だけど、予選は確か、一位で突破しないといけなかったわよね。

 

 この学園の酷いところは、なぜか男女混合と言うところ。

 これ、公平性がないんじゃないだろうかと思わんばかりの不公平さ。

 男子の方が、有利になりかねないんだけどね……。

 

 だというのに、不満そうな顔の人はほとんどいないのが凄い。ほとんどと言うか、一人も、か。

 普通は嫌なはずなんだけどね。

 

 これはこれで面白い、って言う考えなのかしら?

 まあ、たしかに、こういうレースはしたことないし、楽しそうだとは思ってるけど。

 

「そろそろスタートするので、各自準備してください」

 

 どうやら、もうすぐらしい。

 

 その場で軽く体を動かして、いつでも走れるようにする。

 

 一応、一つの場所で十人、か。

 ……多いわね、これ。一応これ、一位の人が本戦出場だったわよね。

 

 十人中の一人って……狭いわね、門。

 

 これ、勝てないような気がするんだけど。

 よく見ると、私と同じグループの人とか、陸上部がいるんだけど。明らかに本職がいるんだけど。

 

 たしか、50メートル走についてるハンデと同じで、100メートル走も本職が出たら、入手できるポイントが半減するはず。

 

 にも拘らず本職を出すということは……東軍って、馬鹿なの?

 いや、ここで馬鹿だと断じるのは早計だわ。

 きっと、何かがあるはず……。

 

「それでは行きます!」

 

 おっと、ついに走るみたい。

 私はその場でクラウチングスタートの体勢をとった。

 

「位置について。よーい……」

 

 パァン!

 

 スターターピストルの音が響き渡り、その音が鳴った瞬間に私は走り出した。

 スタートダッシュは完璧と言っていいくらい、よかった。

 だけど、

 

(ま、周りが速いっ!)

 

 本職――陸上部が出場しているとあって、やはり速い。

 私は、帰宅部では速いほうだと思っているけど、さすがに本職には勝てない。

 こ、ここで負けるのはなんか悔しい……ど、どうすれば、

 

「み、未果ぁ! が、頑張ってぇ……!」

 

 ふと、依桜の声が聞こえた。

 どうやら、恥ずかしがりつつも、必死に応援してくれてるらしく、顔を真っ赤に染めて、今にも泣きそうなのにも拘らず、依桜が応援してくれていた。

 

 ……あ、やばい。女委の気持ちがわかるわ。

 自分の気持ちを押し殺してまで応援してくれる美少女とか……最高ね。

 

 なんだろう。すごく嬉しい。これはあれね。美少女応援補正ってやつね。

 

 あ、なんか行ける気がしてきたぁぁああっ!

 自分でもびっくりするくらいの力が、体の内から湧き出てきた気がした。

 

『おっと! ここで、一年六組の椎崎さんが怒涛の追い上げを見せている! 速い! とても速いです! 瞬く間に前の選手を追い抜いていきます! そして……先頭の選手を抜いたぁぁぁぁぁぁ! そのままゴール! 予選第四グループの一位は、一年六組椎崎さんです! なんと、本職の陸上部を抑えての予選通過です!』

 

 その実況の人の言葉で、会場が沸いた気がした。

 私はそれどころじゃなく、単純に疲れた。

 

「はぁっ……はぁっ……な、なんとかっ、通過したぁっ……!」

 

 ひ、久しぶりに全力で走った気がする。

 予選でこれなんだから、ほんと、先が思いやられるわ……。

 まあ、幸いにも、私が初日に出場するのはこれと、借り物・借り人競走だからまだいいけど。

 

『いやぁ、負けたよ。手を抜いたつもりはなかったんがなぁ』

 

 荒い息を整えていると、同じグループで走った人が話しかけてきた。

 晶ほどではないが、十分イケメンと称されるような人だ。

 

「た、たまたまですよ」

『たまたまで勝てるほど、陸上は甘くないよ。まあ、予選通過おめでとう。決勝頑張ってな』

「あ、ありがとうございます」

 

 いい人だった。

 

 それにしても、予選通過しただけなのに、なんでこんなに盛り上がっちゃってるの? こう言うのって普通、決勝戦とかのシチュエーションな気がするんだけど。

 

 おかしくない? 決勝じゃない?

 ……まあ、うん。現実なんてこんなもんよね。

 

 決勝はどうなることやら……。




 どうも、九十九一です。
 やばい。適当すぎる。いやまあ、100メートル走って、意外と何も思い浮かばないもんなんです。つまらなかったら、本当に申し訳ないです……。
 明日もいつも通り、だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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99件目 100メートル走決勝

 そんなわけで決勝戦。

 

 決勝戦は、十一人で行われるのだけど……なぜか、三人ほど棄権した。

 三人とも男子生徒で、いかにも体育会系ですよ! って人ばかりだった。ちなみに言うと、女子に免疫がなさそうな、と言うのもプラスで。

 

 その三人に共通したことと言えば、男子生徒であること、そして、体育会系であること。ほかに何か……あったかしら?

 とりあえず、前かがみになっていたことだけは覚えてるわ。

 

 その時、何かあったはず……ん、待てよ?

 そう言えばその時、依桜が……

 

『が、がんば――ひゃぁ!?』

 

 応援途中、足を滑らせて派手に転んでたっけ。

 

 しかも、綺麗に足を上に上げるということをした。その時、一瞬とはいえ、アンスコが見えてたわね。

 

 ……まさかとは思うけど、それを見て興奮したから棄権した、ってわけじゃないでしょうね?

 

 いや、あり得るわ。この学園なら。

 変態が多いもの。むしろ、変態しかいないとも言える。

 

 ……最悪ね、この学園。

 

「はぁ……まともな人がいないわ」

 

 思わず嘆息する。

 

 私の心の良心は、依桜と晶ね。

 あの二人は変態ではないし。特に依桜。

 

 まさか、学園一の巨乳でありながら、学園一のピュアだとは思わなかったけど。

 現実に、あそこまでのピュアがいたとはね……それも、身近に。

 

 まさに伏兵。

 

「ま、ふざけた考えはここまでにして……本職ばっかね」

 

 明らかに、陸上部しかいないんだけど。

 どう見ても、陸上部なんだけど。

 

 まず、私含め、九人中七人が陸上部なんだけど。ちなみに、もう一人はよく知らない人。多分、文化部。

 

 運動部の人は、所属する部活名が書かれたゼッケンのようなものを付けなきゃいけないことになってるから、わかりやすい。私が本職だとわかったのは、このため。

 ……しかも、さ。

 インターハイに出場したよね? って人がいるんだけど。

 

 え、これ勝ち目なくない?

 

 私、帰宅部で、運動してない人の中ではちょっと速いほうだけど、本職には勝てないわよ? 予選のあれがちょっと例外だっただけで。

 

 あと、女子が私しかいないんだけど。

 

 ……これ、どうするの? 私、勝てないよ? インターハイに出場する様な猛者がいるレースで、入賞するとか、無理じゃない? 無理ゲーじゃない?

 

 依桜か、晶だったら入賞どころか、優勝できそうだけど……私、無理よ?

 

 だってよく見ると、西軍、私と文化部っぽい人だけよ?

 

 文化部っぽい人、眼鏡をかけて、小柄で内気そうな人よ? どう見ても、気弱よ? ……か、勝てる気しない。

 こればっかりは、依桜からの声援を受けても、絶対勝てないわよ。

 

「未果―、頑張れよー!」

「み、未果ぁ、が、頑張ってぇ……!」

 

 晶と依桜からの声援。

 

 いや、うん。たしかに、力が沸きあがってくるような感じはあるのよ? もちろん。

 でも、ね。応援だけじゃどうにもならないのよ。

 

 応援だけで勝てたら、オリンピックに出場している選手、みんなメダル獲ってるわよ。

 世の中には、高い壁ってものがあるよ。

 

 ……これ、本当にどうすればいいの?

 

「決勝戦を始めますので、選手の方は準備をしてください」

 

 とうとう、時間になってしまったらしい。

 

「……はぁ。これ、恥をさらすだけな気が……って、ん?」

 

 ため息を吐いていると、ふと気になることが。

 私以外の選手(小柄な人は除く)の様子がおかしい。

 

『……ッ!』

 

 なぜかわからないけど、顔が赤い。

 あと……妙に前かがみになってるような……?

 それに、みんな同じ方向を見てるわよね、これ。

 一体どこを……

 

「ふぁ、ふぁいとぉ! ふぁいとぉ!」

 

 ぽよんぽよん!

 

 ……ああ、なるほど。理解。

 

 つまり、ここにいる男どもは、依桜の跳ねる巨乳に目が釘付けで、それを見たがために興奮してしまって、動きにくくなった、と。

 

 ……変態しかいない。

 

 いや、これはむしろ、チャンス、なのかしら?

 こうなれば、この男どもは走りにくいはず……つまり、走るスピードも低下。

 どれくらい低下するかは分からないけど、致命的なまでに低下するはず……よね、この場合。

 となると、これにかけるしかない。

 でもまあ、念のため。

 

「依桜―!」

「な、なにー?」

「応援してね!」

「う、うん!」

 

 よし、これでOKね。

 依桜が動けば動くほど、男どもにはダメージがでかいはず。

 

 ……そう言えば、この学園の運動部、特に陸上部はモテない人が多い、なんて噂を聞いたわね。

 なんでも、女子がほどんといないのだとか。ほかにも、陸上にすべてを持っていかれてるせいで、自由な時間が少なく、恋愛をしている暇もないし、好きな人ができたとしても、フラれるから結果的に免疫がない、と。

 

 ……なるほど。

 

 ということは、依桜は男性特効を持っているってわけね。

 ……元男が、男性特効を持ってるって……おかしくない?

 なんだか釈然としないけど、まあ……いっか。

 

 それに、私が依桜にお願いしたおかげで、さっきよりも跳ねてくれてるしね。

 ……ほんと、凶器ね、あれ。特に男子には。

 

 態徒みたいなことを言うようだけど、あれを見ても平常心を保てる男子はそう相違ないんじゃないかしら。それこそ、ホモか、悟りを開いた、僧侶くらい。

 免疫がない男子なら、余裕で陥落できるってわけね。

 

「それでは、決勝戦を始めます!」

 

 っと、決勝戦が始まるわ。

 私は予選と同じく、クラウチングスタートの体勢をとる。

 横に目を向ければ……あー、うん。これ、勝負あったわね。

 明らかに走りにくそうになってるもの。

 ……なんか、申し訳ないと言うか……いや、これも勝負。最終的に、勝てばよかろうなのよ。

 

「位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 スターターピストルが鳴り響くのと同時にスタートダッシュを決め、私は走り出した。

 そして、案の定と言うかなんというか……

 

(うわ、本当に遅くなってる)

 

 男子たちは遅くなっていた。

 まさか、本当に遅くなると思ってなかったから、拍子抜けした。

 

 私、さっきまで全然勝てないと思ってたんだけど……これ、圧勝よね。

 よく見ると、文化部っぽい人が二位だし。

 あれ、意外と速い。

 

『おーっと! これはどうしたことでしょう! 陸上部に所属している選手の方々がやけに遅い! 先頭を走っている一年六組椎崎さんと、一年七組の西軍側、弱木君に、全く追いつけていない! どうなっているのでしょうか!』

 

 え、この人、弱木って言うの? 見た目通りの名前してるんですけど!

 

『くそぉ、まさか、西軍の罠にかかるとはぁ!』

『は、ハニトラだとぉ!? くっ、なんて驚異的なんだ!』

『見てはいけないとわかっているのに、なぜ……目が離せないんだ!』

 

 あー、もうダメね、後ろの方は。

 

『ゴール! 100メートル走一位は、一年六組椎崎さん! 二位は一年七組弱木君でした!』

 

 完全に勝ちを確信した私は、力を抜くことなく、そのまま一位でゴールし、弱木君も二位でゴールし、三十五点が西軍に加算された。

 

 ちなみに、三位から下は……棄権しました。

 

 どうやら、走れなくなったみたい。

 

 私は男じゃないから分からないけど……そこまで? いや、たしかに、男子から見ると、依桜はかなり魅力的なんでしょうけど、走れなくなるほど? だって、たったの100メートルよ?

 それでちょっと依桜の弾む胸を見たからって、棄権するとは。

 免疫がなさすぎな気がするんだけど。

 

 まあ、依桜だからで片付けられると言えば片付けられるけど……この体育祭、体力がものを言うんじゃなくて、精神力が試されるのね。

 

『100メートル走に出場した皆さん、お疲れ様でした。次は、パン食い競争ですが、準備があるので、少々お待ちください』

 

 なんか、無駄に疲れた気分。

 

 

「ただいま」

「お、おかえり、未果」

 

 100メートル走を終えた未果が、ボクたちのところに来た。

 未果は一位でゴールしてくれたけど、なぜか酷く疲れていた。

 

「えっと、未果、大丈夫?」

「大丈夫……とは言い難いかも」

「そ、そうなの? 借り物・借り人競争まで少し休んでたほうがいいんじゃ……?」

「……ねえ、依桜」

「な、なに?」

 

 ガッと肩を掴まれた。

 なんか、すごい力が入ってるんだけど。

 

「み、未果?」

「あなたって、男性特効を持ってたのね」

「だ、男性特効? ってなに? ボク薬じゃないよ?」

「そっちの特効じゃないわよ。……あー、いや、依桜に言っても無駄か」

 

 あれ、ボク今、馬鹿にされてたりする?

 

「で、未果。一体何があったんだ? 本職の選手、どう見ても本調子じゃなかったように見えるんだが」

「あー、一言で言うと……そうね、胸、ね」

「胸? ……なるほど。そういうことか」

「え? 今ので分かったの? 胸って、何?」

「いいの、依桜は気にしなくて」

「ああ、気にしないほうがいい」

「そ、そう?」

 

 なんで、この二人はこんなに慈愛に満ちた表情をしているんだろうか。

 何、その胸と言う言葉には、一体どんな意味が含まれてるの?

 

「いーおくん!」

 

 後ろから何かがぶつかってきた衝撃が。

 

「うわわ! め、女委、いきなり抱き着いてこないでって、前も言ったよぉ」

「にゃはは~。いやぁ、エロ可愛な依桜君が前方に見えたからね~。つい」

「つい、で抱き着くのはやめてほしいよ」

 

 なんでいつも抱き着いてくるんだろう?

 ボクって、抱き心地がいいのかな?

 

「まあまあ、次の種目はわたしがでるからね~」

「あ、そっか。パン食い競争に出るんだっけ」

「そうだよ~。だから、イオニウムを今のうちに補給しておこうかなと」

「だから、そのイオニウムってなに?」

「前も言ったじゃん。依桜君の体から溢れ出るエネルギー体だって。ちなみに、わたしの走る燃料でもあります」

「へぇ、女委の燃料ねぇ。面白いものを持ってるじゃない、依桜」

「いやいやいや! ボク、そんなエネルギーないからね!? 勝手に女委が言っているだけで、そんな謎物質はないからね!」

「ほほぅ? じゃあ、試しに抱き着いてもいいのか?」

「え? ……うわ! だ、だれ……って、師匠!?」

 

 いきなり別の人に抱き着かれたので、慌てて後ろを振り向くと、そこにはボクに抱きついている師匠の姿が。

 

「ああ、イオのための師匠だぞ。ふむ……やはり、抱き心地がいいなぁ、お前は」

「ちょ、や、やめて……ひゃぁ!?」

「お、おー? なんだお前。すっごいすべすべじゃないか。羨ましいぞ、この野郎!」

 

 あろうことか、この人。抱き着きながら、お腹を撫でまわしたりし始めた。

 

「ちょ、く、くすぐったっ……はぅっ! ふぅっ……んっ! あ、あはっ、あははははっ! し、師匠、くすぐったいですっ!」

 

 ぼ、ボクお腹弱いのにぃ!

 だ、だめ、本当にもうだめぇ……。

 

「っと、そろそろイオが人様には見せられない顔になりかけてきてるので、ここでやめよう」

「っはぁっ、はぁっ……し、師匠、酷いですよぉ……」

「すまんすまん。なかなか面白そうなことをしてるもんで、気になったんだよ。つか、ほんとにお前肌綺麗だな。ついでに、すべすべだしよ」

「し、師匠だって、綺麗じゃないですか」

「そうか? ま、愛弟子からの褒め言葉だし、受け取っとくぞ。そんじゃ、あたしは仕事があるんでな。頑張れよー、弟子と弟子の友人たち」

 

 ひらひらと手を振りながら、師匠は運営本部のテントに戻っていった。

 一体、何をしに来たんだろう、あの人。

 

「そう言えば、この学園のパン食い競争は変わってるみたいよ」

「なにそれ、気になる!」

 

 師匠がいなくなったところで、会話がまた始まった。

 

「なんでも、普通のパン食い競争で使われるようなパンは使われないみたいよ」

「ほぉ! それは気になる! それでそれで? どんなパンが用意されてるの?」

「それが、私もまだ分かってなくてね。通常とは違うパンが使われてるとしか……」

「ふーん? でもまあ、それも楽しそうだね!」

「女委はポジティブだな」

「むしろ、それがいいところでもあるでしょ」

 

 女委の場合、ポジティブと言うより、全力で物事を楽しみに言っているだけのような? いや、それもポジティブなのかもしれないけど。

 

 でも、たしかに女委のいいところだよね。

 ボクなんて、通常とは違うパンが使われる、って聞いた時点で、嫌な予感しかしてないもん。

 絶対、いいものとかないよね。

 

『お知らせです。パン食い競争の準備が整いましたので、出場する選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

「あ、招集かかった。じゃあ行ってくるねー」

「がんばってね」

「がんばれよ」

「一位とは言わないけど、入賞はしてきてね」

「あたぼうよ!」

 

 ボクたちが応援の言葉をかけると、女委はグラウンドの方に走り去っていった。

 

 ……そう言えば、態徒はどこにいるんだろう?




 どうも、九十九一です。
 気が付けば、次で100話目です。うん。まあ、毎日投稿してれば、そうなりますよね。そして、体育祭の話が一向に終わらない。なにこれ、どうしよう。まだ本番なんて、序盤ですよ。中盤にすら差し掛かってませんよ。……大丈夫かな。これ。
 そんな一抹の不安を抱えつつも、まあ、うん。頑張りますね。
 明日は、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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100件目 女委のパン食い競争(酷い)

「よしよーし、わたしの出番だね!」

 

 パン食い競争の招集がかかったので、グラウンドに集まると、いかにも食べるのが好きですよ! みたいな人が多かった。

 いやぁ、やっぱりタダでパンが食べられるんだもんね。やるしかないでしょ。

 

 どんなパンかは気になるけど、きっとおいしいものに違いないよね。

 この学園の購買で売られてるパンって、何気に手作りだし。しかも、すっごくおいしいからね。期待度MAXですよ!

 

 まあ、パンよりも依桜君の作った料理の方がおいしいけどね。

 学園祭の準備期間中に食べたおにぎりとか、味噌汁とか。あとは、学園祭当日に作ってた料理とかね。

 

 いいよねぇ。美少女で、優しくて、家庭的とか。

 元々男の娘で、ここまで女の子が似合う人はなかなかいないよね! 奇跡ですよ奇跡!

 依桜君に頼んで、また何か作ってもらおうかな。食べたいし。

 

 むぅ、食べ物のことを考えてたら、お腹空いてきたなぁ。

 早く始まらないかな。

 

「……んー?」

 

 ふと、なにやらいい匂いが漂ってきた。

 どこからかなと思って、周りを見回すと、コース上に設置されたパン食い競争用の物干し竿からだった。

 

 上からカーテンのようなものを被せられているからよく分からないけど、このいい匂いが漂っているのは、絶対にあそこからだ。

 

『さてさて! パン食い競争の準備が整いました! 選手の皆さん、コース上をご覧ください!』

 

 放送の人のそのセリフと共に、バッとカーテンのようなものが取り払われ、そこに吊るしてあるものがあらわになった。

 ……あ、なるほど。そう言う感じなんだね。

 

『この学園のパン食い競争は、通常のルールとは違ったものとなります! 何が違うかと言いますと、まず、よくある未開封品のパンではありません! 吊るされているのは、出来立てのパンです! つまり、熱々です!』

 

 だよね!

 どう見ても、熱そうだよ! 湯気が出てるよ! あと、明らかに悪意を感じる様な選択だよね!

 

『ちなみに、レースに用意されているパンは、激辛カレーパン、直径三十センチの激熱ピザ、激堅フランスパン、コッペパンからマスタードがはみ出ているホットドッグ、とある獄激辛の焼きそばを挟んだ激辛焼きそばパン、激熱タルト式ドリア、レモン一〇〇個分の果汁をぶち込んだ激酸っパン、最早辛子しか入っていない肉まん、大量のわさびソースがかけられたドーナツ、直径三十センチの熱々アップルパイ、砂糖ではなく、間違えて塩を大量に使ってしまったメロンパン、ケチャップではなく激辛唐辛子ソースを挟んだ激辛ハンバーガー、ドリアン100%使用のジャムを塗りたくったドリアンジャムパンなどがあります!』

 

 ……う、うわぁ。なんて馬鹿なラインナップなんだろうなぁ。

 

 その頭がおかしいラインナップを聞いた選手の人たちは、顔を青ざめさせていた。

 

 食べることが大好きなわたしでも、このラインナップはちょっと厳しいものがある。

 

 あと、明らかに作る側が失敗したよね、って言うパンが存在しているのも、嫌なポイントだと思います。

 お祭り好きを突き詰めると、ここまでカオスなパン食い競争になるんだねぇ。

 

『一レースに付き、六人で走ってもらいます! いつものルールであれば、どのレーンのものを食べてもよかったのですが、それだと怪我につながる恐れがあるとして、今年から事前にくじを引いて、どのパンを食べるか決めてもらいます! と言うわけで、先生方、よろしくお願いします』

 

 まさかの、聞いていたルールとは違うものに。

 

「聞いての通りなので、一レース目に出る人、くじを引いてください」

 

 最初は楽しみにしていた人たちも、さすがにラインナップが酷すぎて、完全にお通夜ムードになってる。

 おおぅ、楽しいことが大好きなわたしでも、これを純粋に楽しむのは至難だねぇ。見てる分には楽しいけども。

 

 いや、逆に考えるんだ、わたし。

 これはむしろ、滅多に食べられないものばかりだと。

 実際、いくつか、普通に美味しそうなものがあるからなぁ。

 

 アップルパイとかよさそう。あと、タルト式ドリアとか。

 あとは、ピザかな。多分あれ、クアトロフロマッジなんじゃないかな。どうみても、チーズオンリーだし。これらは、普通に美味しそう。

 

 わたしの出番は、最後だからなぁ。

 早く食べたい。

 

 そんなことを考えているうちに、どうやらくじを引き終えていたみたいだね。

 

 ある人は、安堵したような表情。ある人は、FXで有り金を全部溶かしたような表情。ある人は、嬉々とした表情。

 うん。当たり外れがよくわかるパン食い競争だね!

 

『くじを引き終えたようなので、ここでルール説明です! まず、選手の皆さんは、パンがある場所まで走ってもらいます。スタート地点から、パンがある物干し竿までの距離は50メートルです。通常のルールなら、咥えてゴールするだけですが、この学園ではゴールテープ前の机で、全て完食してもらいます。完食した人からゴールできます。ただし、最後の一口を飲みこんでからゴールしてくださいね。続いて、失格の条件に関してです。こちらは、ほかの選手の妨害をした場合にのみ、失格となります。仮に、咥えたパンが落下してしまった場合、減点となりますので、注意してください。ちなみに、物によっては咥えて持っていくことができないものがありますので、その場合は手を使っても大丈夫です。使っても大丈夫かどうかは、くじに書かれていますので、そちらを見てください。なお、万が一落としてしまったら、新しいものが用意されますので、ご安心ください』

 

 結構ルールが細かいんだね、このパン食い競争。

 手を使ってもいいパン食い競争というのも、なかなか斬新な気がするよ。いや、すでにパンのラインナップが斬新すぎるけどね。

 

『さあ、ルール説明も終わりましたので、競技に入りたいと思います! 一レース目に走る選手の皆さんは、スタートラインに立ってください!』

 

 おや、ここからは放送がある程度仕切るんだね。

 

『それでは、先生お願いします』

「それでは、位置について、よーい……」

 

 パァン!

 と、スターターピストルが鳴り響き、パン食い競争が始まった。

 

 まあ、ここは、面白い人? の食事風景をDieジェストで。

 

『うぐあああああああああああああ!? か、かれぇえええええええええッッッ!!』

 

 これは、激辛カレーパンを食べた人の断末魔。

 顔を真っ赤にしながら、火を噴いている。え、人間って本当に火を噴けるんだ。

 

『あっつ!? このピザあっつ!? つか、手が焼ける! 口の中が山火事レベルなんだけど!? ぎゃあああああああああああああああ!? チーズが! チーズが目にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?』

 

 これは、激熱ピザを食べた人の断末魔。

 熱々すぎるピザは、その熱さゆえに、人の手と口を大惨事にしている。うん、本当に熱そうだね! 火傷しそう。と言うか、この人、熱々のチーズが目にクリーンヒットしてるけど、大丈夫なのかな? かなり心配。

 

『ああああああああっ!? やばい! この肉まんやばい! 鼻が! 鼻にくるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!?』

 

 これは、最早辛子しか入っていない肉まんを食べた人の断末魔。

 辛子って、食べすぎると鼻にツーンとくるよね。わかるよわかるよ!

 

『しょっぱ!? このメロンパンしょっぱ!? やばっ――ゲホゲホ! き、気管にっ、ぱ、パンくずがっ!』

 

 これは、砂糖と間違えて、大量に塩を入れてしまったメロンパンを食べた人の断末魔。

 あれ、どれだけ入っているのか、すごく気になる。

 

 と、一部を抜粋してみたけど……うん。酷い。

 

 少なくとも、断末魔しか上げてないねぇ、これ。

 

 ほかにも、ドリアン100%使用のジャムを塗りたくったパンを食べた人は、あまりの臭さに気絶したり、レモン一〇〇個分の果汁をぶち込んだ激酸っパンを食べた人は、あまりの酸っぱさに、涙が止まらず、口の中が痛くなったりしてましたよ。

 

 いやぁ、何度も言うようだけど、ひっどいねぇ、これ。

 

 高校の体育祭で見る光景じゃないね! いやぁ、面白い!

 あまりにも酷すぎる光景に、会場は大爆笑ですよ。

 わたしももちろん大爆笑。

 

 まあ、わたし以外の選手の人は、次は自分の番なんだと、ガクブルしてたけどね!

 

 その光景はまるで、これから出荷される豚さんですよ。

 ……例えが残酷だね、これ。ちょっと変えよう。

 

 うーんと……小さい子供が、注射の順番待ちをしている様子、かな。

 

 それにしても、ドリアン100%使用してるだけあって、本当に臭うね。

 

 50メートルも離れてるのに、ここからでも臭いがくるんだけど。

 すごいねぇ、ドリアン。あれ、武器になりそうだね。

 

『さあ、六レース目も終了! 最後の七レース目です! 選手の皆さん、くじを引いてください!』

 

 おお、ついにわたしの出番だ。

 くじが入った箱を持ってる先生の所へ。

 

「さ、引いてください」

「はーい」

 

 ごそごそと、箱の中を探る。

 どれにしようかなぁ……んー、これだ!

 

「えーっと……お、激熱タルト式ドリアだ」

 

 やった、普通に当たりが出たよ!

 紙には、手を使って取ってもOKって書かれてるし、ラッキーラッキー!

 

「では、君は第四レーンに行ってください」

「はいはーい」

 

 言われた場所に立ち、スタートを待つ。

 しばらくすると、全員そろった。

 

 わたしと同じ組の人の顔を見ると……みんな死んでいた。

 あのラインナップを考えると、顔が死ぬようなパンは、激辛系か、ドリアンくらいかな。

 熱いのは、それさえ我慢してしまえば美味しいものだからね!

 

『それでは、選手の皆さんの準備が整ったようですので、先生お願いします』

「位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 もうすでに、何度も鳴らされている音が響き渡ったタイミングで、わたしを含めた選手が走り出した。

 

 目標は、くじ引きで当てた、自分が食すパン。

 

 50メートル走なので、体力測定と同じくらいの速さで行くのがベスト、と思うのが一般的だけど、わたしは少し手を抜いて走った。

 

 激しい運動をした後だと、食べられないからね。

 それに気付いているのは、半数の選手で、気付かなかった選手は、全力でパンのところに向かっていた。

 

 指定されたパンを咥える(もしくは手で持つ)と、ゴールテープ前にある机に座ってパンを食べ始めた。

 わたしも、少し遅れて激熱タルト式ドリアを回収、机に向かった。

 

「いただきます」

 

 本当なら、フォークかスプーンが欲しいところだけど、どうやら素手で食べなきゃいけないみたいだね。

 ……うん、本当に熱い!

 

 お手玉していた人の気持ちがよくわかるよ。たしかに、これは火傷するや。

 まあ、熱さなんて、夏のコ〇ケに比べたらマシなもんですよ。

 

 と言うわけで、熱々のタルトにかぶりつく。

 

「あちち!」

 

 ドリアのチーズがものすごくぐつぐつしてたから、絶対に熱いと思ったけど、本当に熱いね!

 はふはふと何とか熱を逃がしながら咀嚼。

 

 ……あ、美味しい!

 

 いい感じにドリアはとろとろだし、タルトの方もサクサクしてるから、すごく食感がいい。

 チーズも数種類使っているのか、コクがあるし、それに合わせたソースもほどよい甘みに、トマトの酸味があってすごく美味しい。

 

 これ、お店に出せるんじゃないの? ってくらいに。

 あー、わたしのこの食レポスキルのなさよ。

 

 でもまあ、わたしが美味しいと思ってるからいいよね! すっごい熱いけど。

 

『おーっと! 一年六組腐島さん! 激熱タルト式ドリアを瞬く間に食べ進めていく! 速い! ものすごく速い! 熱さを意に介さず食べ進める!』

 

 いやあ、ラインナップを見た時はどうなることかと思ったけど、これならいくらでも食べられるね!

 そのまま、ぱくぱくと食べ進めていき、

 

「ごくん。……美味しかった。ごちそうさまでした!」

 

 最後の一口を飲みこんでから、席を立ってゴールテープを切った。

 

『ゴール! 第七レースを制したのは、一年六組腐島さんです! ものすごく熱いタルト式ドリアを、ものすごい速さで完食しました! 圧倒的です! これにより、西軍には、三十点が加算されます!』

 

 いやぁ、一位獲れちゃったよ。

 やったね。これで、優勝まで一歩近づいたね。まあ、どうでもいいんだけど。

 

「ふぃ~、タルト式ドリア美味しかったなぁ。あれ、購買で売りに出してくれないかなぁ」

 

 やっぱり、食事のレベルが高いと、モチベーション上がるもんね。

 まあ、一番はやっぱり、依桜君の料理なわけだけど、いつも食べられるわけじゃないからね。美味しいものが増えてほしいな。

 

 この後、最終的にゴールできたのは、二人だけだった。

 ほかの三人は、あまりの辛さで再起不能(リタイア)になってしまった。

 二位と三位は東軍だったのがちょっとなぁ。

 

 んー、まあ、いっか! どうせ、次の種目は依桜君が出るしね!

 それに、わたしも一位が獲れて満足満足!

 

 あとは、借り物・借り人競争で入賞できるか、かな!

 

 いやぁ、この学園の体育祭は楽しいね。ここまでとは思わなかったよ。

 

 次の障害物競争、依桜君がどんなことになるか、楽しみで仕方ないです。




 どうも、九十九一です。
 人生初の100話目です。正直、ここまで書けるとは思ってませんでしたが、まあうん。これ、ちゃんと面白いのか、かなり心配ですが……大丈夫、と思うようにします。つまらなかったら申し訳ないです。
 体育祭の話はまだまだ続きそうですが、だれないよう(すでに手遅れな気が)に頑張りますので、よろしくお願いします。
 明日は、ちょっと10時に投稿するのが厳しそうなので、17時になるかと思います。可能なら、10時に上げますので、よろしくお願いします。
 では。


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101件目 依桜ちゃんの障害物競争 上

『お知らせです。障害物競争の準備が整いましたので、出場する選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

 

 はい。ボクの出番が来てしまいました。

 

「そ、それじゃあ、行ってくるね」

「ああ、頑張ってな」

「依桜なら大丈夫よ。まあ、障害物を壊さないようにね」

「がんばって、依桜君!」

 

 態徒はなぜかいないけど、三人からの声援を受けて、ボクはグラウンドへ向かった。

 

 

 グラウンドに集まると、障害物競争に出る人はみんな楽しそうな表情だった。

 さっきの、パン食い競争を見て、その表情をできるのだから、本当にすごいと思います。

 

 あ、そうそう、ボクの服装は、普通の体操着に戻ってますよ。

 体操着で出ないといけないですからね。

 ……一応、あれで出てもいい、とは言われてたけど、断固反対しました。

 

 あれで障害物競争に出場するとか、正気の沙汰じゃないよ。

 無駄に注目を集めるだけだよね、あの服。

 ああもう……なんでボクはOKしてしまったんだろう。

 

 そもそも、指定の服じゃないのなら、別に断っても問題なかったような気はするんだけど……なんかこう、苦労している人の気持ちがよくわかるので、つい、許可を……。

 しかも、徹夜して作った、なんて話を聞いてしまったら、断るに断れないもん……。

 さすがに断るのは、ね……胸が痛いので……。

 

 はぁ……。

 

『さて、選手の皆さんが集まったようです! それでは皆さん、コースをご覧ください』

 

 あ、なんかすでに見たような状況。

 これ、パン食い競争の時と同じなような……?

 

 とりあえず、コースの方に視線を向ける。

 

 そこには、例によって、等間隔でカーテンが被された何かが四つ設置してあった。

 ……あ、うん。さっき見た。

 

『まず、第一関門オープン!』

 

 バサッと音を立てて、カーテンが取り払われると、そこには、

 

『御覧の通り、スライムプールです!』

 

 …………えぇ?

 いや、ええぇ?

 

 第一関門として、コース上に現れたのは、10×5メートルのプールだった。

 

 その上には、片足分の幅しかない橋のようなものが。なんだか、妙にてらてらしているような気がするのは……気のせいだろうか?

 そして、そのプールには、緑色の何か……スライムが満たされていた。

 

 いや、あの……え、これ障害物競争なんだよね? なんか、明らかに障害物競争の度を超えている何かが目の前に置かれていてるんだけど。

 

『ちなみにこちら、橋にはちょっとした仕掛けが施されておりまして……大変滑りやすくなっております。どれくらい滑りやすいかと言いますと、スケートリンクくらい滑ります』

 

 馬鹿なの!? ねえ、馬鹿なの!? これ、確実にスライムプールに落とす気満々だよね!? 何考えてるの!?

 

 よく見てよ! 女の子も普通に出場してるんだよ? 頭がどうかしてるんじゃないの!?

 ……あ! だから、障害物競競争に出る人は、着替えが必要って書いてあったんだ!

 

『一応、誰かに実践してもらいたいのですが……誰かいらっしゃいませんか?』

 

 馬鹿だよ! 本当に馬鹿すぎるよ!

 そんな馬鹿みたいな仕掛けを、自ら率先してやるような人なんて――

 

「ふむ。なら、あたしがやろう」

 

 いたよ。いちゃいましたよ。

 しかも、師匠だよ。よりにもよって、師匠だよ。

 何してるんだろう、あの人。

 概ね、

 

『お、修業になりそうじゃないか! ついでに、弟子も出るし、ここは師匠として手本を見せてやろう』

 

 みたいな考えなんでしょう。

 

『どうやら、最近赴任してきたミオ先生が実践してくれるそうです!』

 

 ……そもそも、障害物競争の一つのものを誰かが実践するって、おかしいと思うんだけど。

 この学園、やっぱりどこかおかしい。

 

 それと、師匠が出てきた瞬間、歓声が上がったのは、師匠が美人だからなのだろうか?

 と言うか師匠。体育祭ですら、その薄着なんですか? ジャージくらい着ましょうよ。

 

「んで? これを走って超えればいいのか?」

「そうですが……いいんですか、ミオ先生?」

「何がだ?」

「いえ、普通こう言うのって、女性の人は嫌がるものなのですが……」

「なに。落ちなければいいだけだ」

「え、でもあれ、相当滑るのですが」

「はは! 斜度50度越えの坂の上から油を流されるわけじゃあるまい」

 

 それ、師匠がボクに課した修業方法じゃないですか。

 それとなく心配している先生だって、疑問符浮かべてるよ。

 

「さて。これを走ればいいんだな……ふっ」

 

 短い呼気を出した直後、師匠の体が爆ぜるように動いた。

 前傾姿勢で走り、滑る橋をまったく意に介さない走りで、どんどん渡っていく。

 たったの10メートルだけだけど、滑るのなら相当長く感じそうなものだけど……そこは師匠がおかしいのです。

 そんな師匠、道中、脚を滑らせるものの、

 

「よっと」

 

 橋に片手をついて、そのまま滑走していった。

 ゴール直前のところで、ハンドスプリングしたのち着地。

 

「っと、これでいいのか?」

『ええええええええええええ!? す、すごい! ミオ先生すごい! スライムプールに落ちることなく! 完璧に渡り切ってしまいました!』

 

 ……師匠、足場とか関係ないもん……。

 

 あの人、地形すらもうまく使って動くから、本当におかしいよ。

 実際、今の動きだって、向こうの世界でも使ってたし。それも、師匠の中では、初歩中の初歩な動き。

 

 ボクもあれ、一応はできるけど……師匠ほど綺麗にはいかないよ。

 そんな、師匠のおかしな身体技術が披露されたことで、

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!』

 

 会場は沸いた。

 まあ、うん。体操の選手もびっくりな動きしてたもんね、師匠。

 

 この世界に、あれと同じ動きをしてくれ、って言われてできるような人って、いるのだろうか?

 いたら、是非とも、会ってみたいものです。

 

『ええ、素晴らしいものを見せていただいた、ミオ先生、ありがとうございました! 今のは、成功例ですが、失敗した場合、スライムまみれになるという、悲惨な状況になってしまいますので、女子の選手は、特に気を付けてください。大惨事になりかねませんので。ですから、ゆっくり渡ることも大事です』

 

 その瞬間、女の子の選手の人たちの顔が真っ青になったのを、ボクは見た。

 ……かく言うボクも、真っ青です。

 

 ただ、ボクの場合はスライムまみれになることじゃなくて(それもあるけど)、師匠が満面の笑みでこっちを見ているからです。

 あれ、どう見ても、

 

『あたしはあれくらいでやったぞ? お前も、走ってできるよなぁ?』

 

 って言ってるよね?

 ボクにゆっくり行く、と言う選択肢はないみたいです……。

 

『ちなみに、万が一落ちてしまった場合、そのまま第一関門を突破してしまって構いません! 減点になるようなことはないので、ご安心を』

 

 全然安心できないよ。

 スライムまみれになってしまうことを考えたら、全然安心できないよ。

 

『さあ、続いての関門の紹介に行きましょう! 第二関門、オープン!』

 

 カーテンが取り払われ、ボクたちの前に出現したのは、

 

『クライミングです!』

 

 高さ5メートルくらいの、アスレチックなどでよく見かける、台形のあれだった。

 ……なんか、すごく悪意を感じるのは気のせい?

 

『こちらは、至ってシンプル! ただ、ロープを使って上るだけです! もし、ロープが難しい、と言う人は、ボルダリングと同じように上れる場所がありますので、そちらを使ってください! なお、この関門は、第一関門で落下してしまった場合、相当キツイものになりますので、できるだけ、第一関門で落下しないよう、頑張ってくださいね』

 

 だ、だよね……。

 絶対、それが狙いだよね、あの第一関門。

 ……それ以外の、悪意も感じるけど。

 

『さあさあ、続いて、第三関門です! オープン!』

 

 続いて、コース上に現れたのは、

 

『射的です!』

 

 お祭りの屋台などでよく見かける、射的だった。

 ……あの、本当に障害物競争との関係なくなってないですか、これ。

 

『えー、こちらの射的。一人につき、五発まで撃つことができます。狙ってもらうのは、あちら! 紙です!』

 

 どういうこと?

 なんで、紙を狙うの?

 

『実はこの紙にはですね、お題が書かれております。例えば……グルグルバット×10と書かれていれば、それをやってもらいます。ほかにも、人参の乱切り×30本や、ジャガイモの角切り×50などがあります!』

 

 本当に、関係あるの? これ。

 あと、なんで人参とジャガイモ?

 何か料理でも作らせようとしているの?

 

『ここで、五発以内に、一枚でも当てることができれば、そのお題をやるだけで最終関門に進めますが、万が一、全弾外してしまった場合ですが……その場合は、筋トレをしてもらいます。腹筋20回、腕立て伏せ30回、スクワット10回、背筋20回をしてもらいます。あ、これは全部やるので、頑張って、命中させてくださいね!』

 

 お、鬼だ! 鬼がいる!

 

 運動が苦手な人でも、優勝するチャンスが最も高いと言われている、障害物競争に、一番持ってきてはいけないものを持ってきちゃってるよ!

 合計で80回もの筋トレをしないといけないって、地獄すぎない!?

 

 脳筋な人とかは、そっちに行きそうだけど、運動が苦手な人とか、絶対に死んじゃうよね!? これ、異世界に行く前のボクだったら、確実に死んでたよ!

 

 あと、今のボクじゃあ、腹筋と背筋はしんどいんですが。

 ……その辺りは、察していただけると助かります。

 

 そして、第三関門を見た、ほかの選手の人たちの反応を見ると……やっぱり、しんどそうな顔をしていた。

 

 だ、だよね……。

 これ、女の子に優しくない競技だったんだね……。来年は絶対でないようにしよう。

 

『そして、最終関門! オープン!』

 

 最後に、コース上に現れたのは、

 

『網くぐりです!』

 

 すごく、普通なものでした。

 

 え? さっきまでの、三ヵ所、何だったのって思えるほど、普通でした。

 第一関門は、スライムプールで、第二関門は、クライミングで、第三関門は射的。そして、最終関門は……まさかの、網くぐり。

 

 ものすごく、普通。

 

 あれだけ、おかしなものが並んでいた第三関門までを、笑い飛ばさんばかりに置かれている網。本来なら、ごくごく普通に設置されているはずなのに、前の三つが異色すぎて、完全に網が浮いてしまっている。

 

 おかしい。本当におかしい。

 

 たしか、この学園の障害物競争は、先生方が決めてるって話だったけど……これ、どう考えても、考えたのあの人だよね。学園長先生だよね?

 特に、第一関門のスライムプールとか、絶対の人が言いだしたよね?

 

 第二関門と第三関門は、誰が考えたのかは分からないけど、少なくとも、まともな人じゃないということだけはわかるよ。

 

 最終関門は、多分……常識的な先生たちが、猛抗議して、なんとか入れた、って感じなのかも。

 ……本当にありえそうだから、怖い。

 

『この網くぐりに関しては、ご存じの通り、ただ網をくぐるだけです! ただし、20メートルはありますので、体力がガンガン削られることになりそうですが……頑張ってくださいね!』

 

 結局、馬鹿でした。




 どうも、九十九一です。
 やっぱり、10時に投稿することはできませんでした。17時になってしまい、申し訳ないです……。
 明日はいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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102件目 依桜ちゃんの障害物競争 中

『さあ、『叡春祭』一日目、午前最後を飾ります、障害物競争! 障害物に関する説明は終わりましたので、続いて、ルール説明に参ります! ルールと言っても、そこまで難しいものはありません。一レース六人で、合計七レース行います。まず、障害物は、75メートル間隔で設置されています。第一関門を突破しましたら、そのまま第二関門へ。それも済んだら、第三、最終と進んでいただきます。最終関門が終わりましたら、そのまま30メートルほど走り、ゴールとなります。尚、万が一スライムプールに落下してしまった場合は、ゴールした後に、シャワーを浴びることで来ますので、ご安心ください』

 

 あ、安心できない……。

 そもそも、シャワーを浴びてもいいことにするんだったら、スライムプールという、おかしな障害物を用意しなきゃいい話な気がするんだけど。

 

『おっと、もう一つ、伝え忘れていました。この種目に限り、写真・動画撮影などはしないようお願いします』

 

 と言うと、会場はブーイングの嵐。

 

『保護者の方に訊きます。自分の娘が出場していて、スライムプールに落下し、あられもない姿を、動画、もしくは写真に収められていたとしたら……どうしますか?』

 

 放送の人がそう言った瞬間、ブーイングが収まった。

 うん、すごく正論なんだけど……さっきも思ったように、やらなきゃいい話だと思うんだけど。なんで、よりにもよって、スライムプールなんていう、おかしなものを障害物にしてしまったの?

 誰も、止めなかったの? これ。

 

『はい、ご理解いただけたようで何よりです。さあ! 障害物競争に参りましょう! 第一レースに出る人は、スタート地点に立ってください!』

 

 始まる前までのあの楽しそうな雰囲気はいずこへ? と言わんばかりに、足取りが重い選手の人たち。

 表情は死んでいる。だ、だよね……。

 ……さっきの、あられもない姿、というフレーズで、女の子たちはさらに顔が青ざめていたよ。

 

 ボクも、ね。やりたくないですよ。すごく。

 どういう姿になるかは分からないけど、少なくとも、とんでもない姿になるということだけはわかるよ。

 

「それでは、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 スターターピストルが鳴り響き、史上最悪と言ってもいい、障害物競争が始まった。

 と言うわけで、Dieジェストでお送りします。

 

『ちょっ!? この橋すべッ――ああああああああああああ!?』

 

 最初の関門、スライムプールの橋で、足を滑らせて落下した人(男子)が、断末魔を上げながら、どぼんっと言う音を立てて、スライムプールに沈んだ。

 直後、全身スライムまみれになりながら、プールから上がってきた。

 う、うわぁ……ほ、本当に酷い。

 

『いやぁ……ぬるぬるするぅ……』

 

 こちらは、落ちてしまったものの、幸い全身浸かるということはなかった人(女の子)。

 そこまで深くない、のかな?

 

 落ちた女の子の身長は、大体……160くらいで、腰元くらいだから……深さは80センチくらいかな?

 とすると、ボクの場合は……胸くらいまで、かな。

 ……絶対落ちないようにしよう。

 

『くそっ、スライムのせいで、全然登れねぇ! つか、これ無理だろ!』

 

 スライムプールに落下して、そのまま第二関門に入った人は、ロープに掴まろうとしても、スライムで滑って、全く登ることができていない。

 

 ほかにも、ボルダリングの方で登ろうとしている人がいたけど、こちらも同様。手が滑る上に、足も滑るのだから全く登れていない。

 最悪の障害物だよね、これ。

 

『よっしゃ、当たった! えーっと? グルグルバット×50? きっつ!?』

 

 射的にて、何とか紙を当てたものの、それがグルグルバット×50だった人が。

 三半規管がおかしくなりそう。というか、それをやったら、まともに走れないと思うんだけど……その辺り考えてるの? これを考えた人は。

 

『うっ、くっ……な、なかなか進めないぃ……!』

 

 第一~第三関門までの障害物をすべて乗り越えた先にあるのは、長さ20メートルもある網くぐり。

 

 しかも、かなり低くされているせいで、どう見ても進むのが大変そう。

 人によっては進みやすいけど、人によってはすごく進みにくそう……。

 

 現に、今網くぐりをしている女の子は、すごく進みづらそうにしているし。

 

 こういった人たち以外にも、色々と酷い目に遭っている人は多かった。

 

 例えば、射的で全弾外して、本当に筋トレをさせられた人とか、スライムプールに落ちて、第二関門で登り切った後、そのまま滑って落下した人とか。ちなみに、第二関門には、落下してもいいように、マットが敷いてあるので、怪我の心配はほとんどなかった。

 だとしても、落ちたら怖いよね……。谷とか。

 

 色々と酷い状況はあったものの、ついに第七レース――ボクが走る番となった。

 

 

「それにしても、本当に酷い障害物競争だな……」

「そうね。私も、ここまでのものは見たことも、聞いたこともないわ」

「面白いのはいいけど、やっぱり、やる側は大変だよ」

「……だろうな。依桜、大丈夫か?」

「……正直、ものすごく心配よね。依桜ってば、こういう時、なぜか変なミスをするし」

「たしかにね。でも、変なことにはならない……と思うよ」

「……だといいんだがな」

 

 

『障害物競争も最終レース! 最終レースにはなんと! 『白銀の女神』こと、男女依桜さんが出場しています! いやあ、これは素晴らしいですね! ついに、と言った感じでしょうか!』

 

 なんで、ボクだけ大々的に紹介されちゃってるの?

 あと、何がついになの?

 

『男女依桜さんは、西軍の応援団に所属し、ものすごくエッチな恰好をして応援していることで、かなりの注目を集めております。しかも、恥ずかしがりつつも、頑張って応援している姿がイイ! と、大変好評です』

 

 き、聞きたくなかったよそんなこと!

 と言うか、放送の人はさっきから何を言ってるの!?

 

『ああ、そうでした。学園長先生から、男女依桜さんに伝言があります』

 

 わざわざ放送を使ってまで伝えることって、何だろう?

 学園長先生から、と言う時点で、確実に意味のない伝言なんだろうけど……。

 

『えー、『落ちるのを期待してるね!』だそうです!』

 

 ……ほんっっっっとうに! あの人はお仕置きしたほうがいいよね、これ!

 なんで、公衆の面前でそんなことを伝えられるの、あの人!?

 それに、自分の学園の生徒に対して、落ちてって……それでも、教育者ですか! 学園長先生!

 

『まあ、それはこちらも期待するとしまして……』

 

 なんで放送の人まで、期待しちゃってるんですか!?

 おかしいよ、この体育祭!

 

『それでは、生徒の皆さんはスタート地点に立ってください!』

 

 心の底から走りたくないと思っているけど、これも体育祭なので……やるしかない。

 放送の人の指示に従い、スタート地点に立つ。

 

 ……かなりの数の視線を感じるのは、きっと気のせいじゃないと思う。

 何? もしかして、期待しちゃってたりするの?

 

 ……絶対その期待通りにならないようにしないと。

 

「それでは、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 スターターピストルが鳴り響き、一斉に走り出す。

 

 まずは、スライムプール。

 プールに上るための階段を使って上り、橋の前へ。

 軽く片足だけ橋の上に乗せてみる。

 

「……うん。すごく滑る」

 

 ちょっと乗せただけで、結構滑った。

 たしかに、アイスリンク並みに滑るって言うのも間違いじゃない。

 

 ……師匠、これを走って渡ったの? おかしいよね、あの人。魔法や能力、スキルを使ったようにも感じられなかったから、素の身体能力だけでクリアしたことになるんだけど。

 ……やっぱりおかしいよ、あの人。

 

 はっ! なんだか、すごく鋭い視線を感じる!

 恐る恐る、その視線の先に目を向けると……

 

『……(にこ)』

 

 満面の笑みの師匠が、ボクを見ていた。

 や、やれってこと、ですよね……あの顔だと……。

 

 う、うぅ……やりたくないよぉ……。

 いくら、異世界で鍛えていたとしても、こんなに滑る足場を走り抜けるなんて、普通はできないよ……。

 

 これに関しては、簡単にできていた師匠がおかしいんだもん……。

 なんでできるんだろう、あの人。

 

「……うだうだ考えるのはやめよう。一刻も早く、クリアしないと……よし!」

 

 覚悟を決めて、橋を渡り始めた。

 思い出すんだ、ボク……師匠との地獄のような修業を!

 

 斜度が50度以上もある坂で、その上から油を流されることに比べたら、遥かにマシ……。むしろ、あれは本当に地獄だった。

 坂だもん。滑るもん。落ちるもん。

 

 それに比べれば、ただ滑るだけの平坦な板なんて、辛くもないはず。

 そう思って走っていると、本当に辛くはなかった。

 意外とすんなりと走れている。

 

 これなら、たった10メートルの距離くらい、すぐに渡り切れるはず――そう思っていた時期が、ボクにもありました。

 

『おいおい。あたしは、片手滑走をしたってのに、お前は走るだけか?』

「し、ししょっ――わ、わわわっ!?」

 

 突然、師匠の声が頭の中に響き渡り、それに驚いたボクは集中力を欠いて、足を滑らせてしまった。

 もちろん、どうなるかは……分かり切ってますよね。

 

 どぼんっ!

 

 落ちた。それはもう、見事に落ちましたよ。スライムプールに。

 

「ぷはっ……けほっ、けほっ……うぇぇ……口に入ったよぉ……ぬるぬるするよぉ、気持ち悪いよぉ……」

 

 落下してすぐに立ち上がるものの、もう手遅れ。

 全身スライムまみれになってしまった。

 

『お、おーーっと!? なんと、男女依桜さん、スライムプールに落ちてしまいました! 素晴らしい! 本当に素晴らしい光景が目の前で繰り広げられています!』

 

 ……素晴らしい、光景?

 ……すっごく、嫌な予感がするんだけど……。

 

『まあ、とりあえず、男女依桜さんのために申し上げます! 透けてますよ!』

 

 ………………………ふぇ?

 

 その放送の人のセリフで、ぎぎぎっと、自分の体に視線を落とす。

 

 ……透けて、いました。

 ばっちりと、下着がうっすら見えていました。体操着が、スライムで濡れることによって、ボクの下着がばっちり、透けてしまっていました。

 

「き、きき……きゃああああああああああああああああああああっっっ!!」

 

 体が徐々に熱くなるのと感じ、頭までそれを感じると、ボクは悲鳴を上げた。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!』

 

 ボクが悲鳴を上げるのとは裏腹に、会場は……なぜか歓声に包まれていました。

 

 ……この学園ってぇ……この学園ってぇっ……!




 どうも、九十九一です
 ……なんか、ものすごく中途半端になってしまって、申し訳ないです……。
 これを書いている時、ものすごく眠くて、ですね……。結果的に変に伸ばす形になってしまいました。あと、これ以上書いたら、長くなりそうだった、と言うのもあるんですが……。
 ……やばい。体育祭の話が一向に終わらないっ。だれる。このままだと絶対だれるぅ……手遅れかもしれないけど。
 できるだけ、早く終わらせるように頑張りますので、見捨てないでいただけると、ありがたいです……。
 明日は、いつも通り……だと思います。もしかしたら、遅れちゃうかもしれませんが、よろしくお願いします。
 では。


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103件目 依桜ちゃんの障害物競争 下

 最悪の状況に陥り、ボクはスライムまみれになってしまった。

 ……うぅ、なんでこんな目にぃ……!

 

『えー、とりあえず、男女依桜さんは、スライムプールから抜け出すことを優先しましょう。このままだと、会場がえらいことになりそうなので』

 

 ……えらいこと、の意味がよく分からないけど、ボク的には師匠から視線がえらいことになっているんですが。

 見てよ、あれ。

 にっこぉぉぉ! ってしてるよ。口が三日月に裂けてるよ。

 

 あ、いや違う。あれ、ボクに向けてる視線じゃない!

 会場にいる全ての男の人に向けてる!

 なんで、そんなもの凄い笑顔を向けているのかは分からないけど、確実にいい意味で向けているわけじゃないね、あれ!

 

 って、ここであれこれ考えて暇はない!

 ものすっごく恥ずかしいもん!

 

「うぇぇ……ぬるぬるして、なかなか上がれないよぉ……」

 

 プールの縁にたどり着き、上ろうとするものの、スライムのせいで全然上がることができない。

 ま、まさかここに、スライムの弊害があるなんてぇ……!

 

 い、一応上れないことはないけど、それをやってしまうと、すごく目立っちゃうし……さすがに、これ以上目立つのはあまりいいことではない。

 

 ただでさえ、ボクは世間的にも顔が知られちゃってるんだし……いくら、学園長先生が抑えてくれているとは言っても、それが完璧と言うわけじゃないので、何をしてそれが崩れるかが分からない。

 

「あぅ……どうしよぉ……」

 

 ……こうなったら、バレない程度に、手のひらだけでも魔法で乾かすしかない、よね。

 ……どうか、バレませんように……。

 

 内心ひやひやしつつ、極小の風魔法を手のひらに発生させ、自然な感じでスライムを吹き飛ばす。

 これは、魔力を風に変換しているだけなので、これと言った詠唱などは必要がない。まあ、ボクには『詠唱破棄』のスキルがあるから、魔法名だけでいいんだけど。

 

 ともかく、これで手のひらに付着したスライムは吹き飛ばした。

 気づいた人は……うん。師匠だけだね。

 よかったよかった。

 

「よいしょっ……と」

 

 手のひらだけでも、全然違うね。

 多少は滑ったものの、何とかプールの脱出に成功。

 そのまま、第二関門へ。

 

「わわっ……こ、これはたしかに辛い……」

 

 手は滑らないけど、ほかの部分……足とかはかなり滑るので、なかなか登ることができない。

 これ、できるように設定されてるの? 第一~第六を走っていた人とか、落ちちゃった人以外は普通に進めてたけど、落ちちゃった人たちは、乾いてから進んでいた。

 ちらりと、ほかの選手の人たちを見ると、

 

『くそっ、全然上れねぇ……スライムがうざすぎる!』

『あーもう! 今、結構進んでたのにぃ!』

『……これ、最難関だろ』

『お、落ちなくてよかった……』

『くっ、男女がどうなってるのか気になる!』

 

 ……最後に聞こえたものは、聞き流すとして……見たところ、二人だけスライムプールに落ちないで進めたみたい。

 

 ほかの人たちは落ちてしまったらしく、第二関門に進めたのは、半数くらいかな?

 

 ……まあ、普通だったら、プールから上がるだけでも一苦労だもんね……。

 

 ……なんだろう。魔法を使ったのが、すごく申し訳なく思えてくるんだけど……。これ、普通に考えたら、かなり卑怯なんじゃ……?

 ……うん。使わないようにしよう。

 

「でも、どうやって登ろうか……」

 

 目の前にそびえ立つ、壁。

 

 ロープか、ボルダリングかで選べるけど、どっちもかなり滑る。

 

 可能性があるのは……ロープ、かな。

 

 どういうわけかはわからないけど、このスライム。なぜか、土がくっついたりせず、プールに満たされていた時と同じ色、状態を保っている。

 

 ……これもしかして、絶対に汚れないスライム、とか?

 だとしたら、相当おかしな技術な気がするんだけど……。

 

 ……まあ、学園長先生だし、そう言うスライムを使っていてもおかしくないけど。

 

 でも、もしそうだとすると、ボルダリングで登るはほとんど不可能に近いと思う。

 だって、足に付着しているスライム、取れる気配がないんだもん……。

 

 それなら、ロープで登ったほうが、確実。

 あれなら、唯一乾いてる手だけでも登れるしね。

 もっとも。腕力だけで登ることになっちゃうから、ちょっとあれだけど……。

 

 ま、まあ、足を使っているように見せかければ問題ない、よね? 隠蔽は、暗殺者にとって必須スキルだもん。あ、能力? ……ややこしい。

 

「よいしょ……」

 

 うん。登れる登れる。

 

 足が凄く滑るけど、その辺りはまあ……頑張って足を使ってますよって言う風に見せるしかない。

 意外とお客さんとか、放送の人はなにも言わなかったので、多分、気付かれていない……はず。

 

 その後、何とか無事に壁の上へ到達し、そのまま滑り降りる。

 スライムのおかげで、摩擦で火傷する、なんてことにはならなかった。

 と言っても、ボクの場合は防御力がそれなりに高いから、これくらいじゃ火傷はしないと思うけど。

 

『さあ! ここで第二関門を突破した男女依桜さんが、第三関門の射的に到達しました!』

 

 え、なんでボクだけ実況するの?

 なんで? と思いつつ、周囲を見回すと、ほかの選手の人たちが見当たらなかった。

 

 あ、あれ!? さっきまで、第二関門に二人位いたよね? 一体どこに……って、あ。よく見たら、壁の下に敷いてあるマットで伸びてる。

 

 ……何があったんだろう? 見た感じ、落ちて頭をぶつけた、ってわけじゃないけど……。

 妙に安らかな顔をしているのは気になるけど。

 もう一人はマットにいなかった。

 

「……ボクに考えてる暇はない、よね」

 

 一刻も早く、この恥ずかしい姿から脱しないと……。

 す、透け透けなんだもん、今……。

 すっごく視線が集中しているのがわかるよ。恥ずかしいよ。本当に……うぅ、ちょっと寒いし、恥ずかしいよぉ……。

 

「よし、男女が先頭か。ほれ、さっさと撃ちな」

 

 と、射的のところいたのは、まさかの戸隠先生だった。

 

「えっと、どうして先生が?」

「まあ、スライムプールなんていう、とんでもない障害物があったからな。女子も参加するのは、事前に知っていてな。まあ、あれだ。……男の教師にここを任せたら、とんでもないことになる。というか、実際になったしな。職員室」

 

 ……学園長先生も変態なら、ここの学園のほかの教師も変態だったんだね……。

 

「で、最初は傍観を決め込んでいたミオ先生が、男女が出る知った瞬間、ものすごい威圧して黙らせてたよ。すごいな、お前の師匠」

「あ、あはは……」

 

 何してるんだろう。あの人。

 今回の場合は、ファインプレーかもしれないけど……、こっちの世界の人相手に、師匠が威圧を放つのはやりすぎじゃないだろうか。

 向こうの人ですら、耐えられなくて失神してしまう人だっているのに……。

 その辺りは加減してくれたのかな?

 

「まあいい。とりあえず、撃ってくれ」

「あ、はい」

 

 戸隠先生に射的用のライフルを受け取り、コルク弾をセット。

 

 とりあえず、どれを狙うべきか……。

 

 棚は三段。一段ごとに、紙は七枚ずつ。合計二十一枚。

 撃つ場所から、棚までは、5メートルくらい、かな?

 紙のサイズはそれほど小さくないみたいだけど、狙撃能力がそれなりにないと、正確に当てるのはちょっと難しいかも。

 

 適当に撃ってれば当たるかもしれないけど。

 ……ボクの場合、それで当たるかもしれないけど、できれば、運要素を絡めない、普通の狙撃でどうにかしたいところ。

 ……うん。

 

「……」

 

 ライフルを構えて、まずは一発試し打ちをした。

 パンッ、と言う乾いた音とともに、コルク弾は飛んでいき……紙を一枚倒した。

 

「あ、当たった……」

「お、すげえな。一発か。んで? 男女が当てたのは……あー。うん。これを男女がやるのか……大丈夫か?」

 

 ……先生。なんで、そんなに心配そうなんですか?

 

「い、一体何が書かれていたんですか……?」

「まあ……見てもらった方が早い。ほれ」

 

 苦々しげな表情をしながら、当てた紙に書かれた文字を見る。

 

『好きな人を指名し、頬にキスする』

 

 …………………………。

 

「おーい、男女―? 大丈夫かー?」

 

 …………………………。

 

「男女―? 生きてるかー?」

 

 …………………………。

 

「……おーい。……あれ、これ気絶してる?」

「……はっ!」

 

 あまりにも、恥ずかしすぎるお題に、少し意識が飛んでた。

 

「お、起きたか。んで、どうするよ? 一応言うんだが、一発当てた時点で終了になるんだが……」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ。……辞退も可能だが、例の筋トレ地獄だぞ?」

「うぅ……」

 

 辞退をすれば、ほっぺにちゅーをしなくても済む……でも、辞退をすれば、あの脳筋な人しかやらないような筋トレをやらなくちゃいけない……。

 

 ど、どっちも嫌だぁ……。

 

 ほっぺにちゅーは恥ずかしすぎるし……こ、子供はできなくても、これはハードルが高すぎるよぉ……。

 反対に、筋トレのほうは、腹筋と背筋が多分できません。

 その……胸が、ね。潰れて苦しいんです。どうやってやればいいんでしょうね?

 

 ……うぅ、どっちも地獄でしかないよぉ……。

 

「……で、どうするよ?」

「……します」

「お?」

「ほっぺにちゅーします……」

「マジか! ……つか、言い方可愛いな、お前」

「~~ッ!」

 

 うぅ、顔が熱いよぉ。絶対今、すっごく赤くなってるよぉ……。

 

「ああ、すまんすまん。あー、とりあえず、誰がいい?」

「う、う~……」

 

 だ、誰がいいんだろう……。

 多分これ、先生方も選択肢に入っていると思うんだけど……。

 だって、生徒限定とか書かれてないし……。

 

 となると、ボクにある選択肢は、いつもの四人に+αで、師匠が入ってくる。

 

 ……普通に考えて、態徒と晶はダメ、かな。

 

 態徒にしたら、何をやるかわからないし……それに、着替えをして軽く話して以降、一回見見ていないんだよね。

 

 晶は……あまり心配ないけど、ちょっと……というか、かなり恥ずかしい。

 

 そうすると、残るのは、未果、女委、師匠の三人。

 

 ……比較的まともなのは、未果、だと思うんだけど……最近、なぜかおかしな反応するようになっちゃったんだよね……。

 

 女委も態徒同様、何が起こるかわからない……。

 

 ……ここは師匠しかない、かな。

 

「し、師匠で、お願いします……」

「おー、教師相手か。……まあ、ミオ先生が赴任してくる前から顔見知りみたいだし、まあいいだろう。あー、ミオ先生! ちょっとこっちに来てもらえますか!」

『ここで、ミオ先生が戸隠先生に呼び出されました! 男女依桜さんは、一体何を当てたんでしょうか?』

 

 ちょっと疑問符を浮かべつつも、師匠がこっちに向かってきた。

 

「ん、何か用か?」

「とりあえず、これを見てほしい?」

 

 ちょっと前までは、師匠相手に敬語だった戸隠先生。最近、普通にため口で話すようになっていた。

 

 師匠曰く。

 

『仲良くなった』

 

 だそうです。

 

「ん? ……ふむ。なるほど。つまり、あたしを相手に選んだ、ってことか?」

「は、はぃ……」

 

 あまりの恥ずかしさから、蚊の鳴くような声になってしまった。

 

「まあ、わかった。あたしでいいんなら、あたしが引き受けよう」

「あ、ありがとうございます……」

「おし、じゃあ来い」

 

 

 いきなり、胡桃(くるみ)(戸隠先生の名前)に呼び出されたから、何事かと思ったら、まさかこんなこととはな……。

 

 いや、うん。気恥ずかしさも、あるっちゃあるが……やべえ、めっちゃ嬉しい!

 

 一応、あたしが生涯初めて好きになったやつだぞ? 女になったとはいえ、それは変わらん! いや、最初は戻そうと考えたが……考えてみりゃ、性別関係ないよな、ってことで、全然好きだ。

 

 うん。顔には出さないが、マジで嬉しい。

 

 見ろよ。

 

「じゃ、じゃあ、行きますよ……?」

 

 顔を赤くし、瞳を潤ませながらの上目遣い。

 

 可愛くね? 可愛くね!?

 

 だってこいつ、どっからどう見ても美少女なんだぞ? 元男とは思えないくらいの、とんでもない美少女だぞ?

 

 百年以上生きたあたしでも、依桜ほど整った容姿の奴は見たことがない。

 まさか、呪いによって、ここまで可愛くなるとは思わんかったよ、あたし。

 

 やばい。本当にやばい。というか、もうそれしか言えん。

 

「お、おう。来な」

 

 なんであたしは、組手をする時と同じ言い回しをしたんだろうな。

 ……まあ、これでも恥ずかしがってんだよ、あたし。

 

「はぃ……」

 

 いや、なんでお前は、結婚式でキスをする新婦みたいな反応なんだよ。抱きしめたくなるだろうが。

 

 近づいてくるイオの顔。

 

 ……ふむ。やばいね。

 そして、そっと近づいてきて、

 

「ちゅ……」

 

 あたしの頬に、ものすごく柔らかい感触が。

 …………。

 

『おおおおおおおおおおお!? な、な、な、なんとぉぉぉ! 男女依桜さん、ミオ先生の頬にキスをしましたーーーーーーーーーー! これはまさか、キスカードを当てたのでしょうか!?』

 

 …………。

 

 よ……よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!

 

 やべえ、やべえ! なんだこれ!? 口じゃないとはいえ、すげえ嬉しいぞ!? いや、そもそも、好きな相手からのキスを喜ばないやつはいないだろ!

 

「~~~~~ッ!」

 

 んで、我が弟子は、あまりの恥ずかしさに、手で顔を覆ってしまったか。

 

 ……ふむ。可愛いじゃねえか、コンチクショーーーーーーーーー!

 

 なんなのこいつ! なんで、こんなに無駄に可愛いんだよ! おかしいだろ! なんで、元男が、こんなに恋する乙女みたいな、反応してんだよ!

 

 いや、可愛いからいいんだけどさ!

 

 あー、生きててよかったぁ……。

 

「イオ……」

「は、はぃぃ……」

「ありがとう」

 

 心の底からの笑顔で、あたしはイオにお礼を言った。

 

 

 は、恥ずかしかったよぉぉぉぉっ……!

 

 な、なんでこんなことをしないといけないんだろう、この障害物競争……。

 師匠がなんでお礼を言ったのかはわからないけど、本当に恥ずかしかった……。

 会場も、すごく盛り上がっちゃってるし……。

 ちゅーした瞬間、

 

『もっとやれー!』

 

 とか。

 

『羨ましいぃ!』

 

 とか。

 

『私もしてもらいたい!』

 

 とか、色々野次が飛んできた。

 

 いや、あの……本当に勘弁してほしいですぅ……。

 

「まあ……なんだ。お疲れ、男女」

「はぃ……」

「それじゃ、あとは最終関門だけなんで、頑張れよ」

「……ありがとうございます」

「がんばれよ、イオ」

「……はぃ」

 

 無理! 今師匠の顔見れないよぉぉ!

 そんな、あまりにも恥ずかしすぎたため、師匠から逃げるように走り去った。

 

 

「……乙女過ぎんだろ、イオ」

「……そうだな」

 

 

『さあ! 最初に、最終関門に到達したのは、男女依桜さん! 何やら、先ほどの頬にキスをしたことで、大変顔が赤くなっておりますが……大丈夫でしょうか?』

 

 ……大丈夫じゃないです。

 

「えっと、これはどうすれば……あ、こう、かな?」

 

 最後の網くぐり。

 

 あー、師匠にこう言うのやらされたなぁ……。

 網から抜け出す方法、って言う修業。

 

 そんなことを思い出しながら、網をくぐり始める。

 

 ……う、すごく進みにくい……。

 これ、胸とかすごく引っかかって進みにくいんだけど……。

 それに、すごく体力を持ってかれる。

 

 ……これをすんなりと進めた人は、本当に羨ましい……。

 これ、体の凹凸が少ない人ほど、進みやすいのかなぁ……。

 だとしたら、男の人の方が向いている障害物だよね?

 

 ……それに、網がなぜか胸に食い込むような感じになるのも、なんか嫌だ……。

 

 ……さっさと抜けよう。

 

 さすがに、スライムも落としたいし……未だに透けてるこの服……あ。

 

 そ、そうだよ! 今って服が透けてるんだった!

 

 さっきの、第三関門のことですっかり忘れてたけど、ボクって今、すっごく恥ずかしい格好だった!

 ……応援している時の服装もすごく恥ずかしいけど!

 

「い、急がないとっ」

 

 少しだけ本気を出して、網の中を進む。

 

『速い! 男女依桜さんすごく速いです! 体の凸凹が激しいというのに、ほとんど意に介さず、ぐんぐん進んでいきます!』

 

 うぅ、四つん這いって、結構つらいよぉ……。

 で、でも、一刻も早くこの姿から脱しないと……辛いとか言っている場合じゃない、よね。

 さらに、少しだけスピードを出して……

 

「ぬ、抜けた!」

『ついに、最終関門を突破しました! そのまま、立ちあがり、ゴールを目指します』

 

 体力測定の時以上のスピードが出ちゃってるけど……背に腹は代えられないです。

 そして、ゴールテープが見えて、

 

『ゴール! 障害物競争、第七レース一位は、一年六組、男女依桜さんです! おめでとうございます!』

 

 無事に、一位でゴールできた。

 

 と、同時に、シャワー室へ全力(傍から見たらそれくらいの)ダッシュ。

 もちろん、替えの下着と体操着は忘れずに持って行った。

 

『って、速!? ……えー。ものすごいスピードで、男女依桜さんがシャワー室に向かいましたが……ほかの選手のみなさん! 頑張ってください!』

 

 そんな応援が聞こえてきたけど……もっとほかの選手のことについて言ってあげてよ、とボクは思った。




 どうも、九十九一です。
 時間に間に合わない、と内心焦りつつ、なんとか完成しました。少しだけ長くなりましたが、まあ。これくらいの文字数は、ざらでしたからね。むしろ、最近減ったくらいです。
 とりあえず、これで三話続きの障害物競争は終了です。……まだ、競技が控えてるんだよなぁ。
 えー、明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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104件目 初日 午前の部終了

「はぁ……」

 

 ボクは、シャワーを浴びながら、ため息を吐いていた。

 理由はもちろん、さっきの障害物競争。

 

「酷すぎるよぉ……」

 

 まさか、スライムプールなんていう、漫画やライトノベルでしか見たことがないような代物が目の前に出てきて、尚且つ落ちるとは思わなかった。

 

 しかも、その後の第三関門と言えば……

 

「~~~~ッ!」

 

 うぅ、思い出しただけでも恥ずかしくなってきたぁ……!

 

 い、いくら師匠相手とはいえ、ほっぺにちゅーは恥ずかしいよぉ……。

 

 誰が、あんなに恥ずかしいお題を考えたんだろう?

 ……十中八九、学園長先生だとは思うけど……。

 

「それにしても……このスライム、やっと落ちたよ……」

 

 髪の毛や体に付着したスライムを落とすのに、軽く十分近くかかっていた。

 ねばねばしてなかっただけ、まだマシなのかなぁ……。

 

 市販で売られていたようなスライムとかは、結構べたついていたりするのに、このスライム、ぬるぬるするだけで、べたつくようなことはなかった。

 まあ、それでも結構くっついたんだけど……。

 

「……これ、本当に何でできてるんだろう?」

 

 確実にあの人の作ったもので間違いないと思うけど、どんなものを使って作られているのかが、すごく気になる。

 

 スライムなのに、べたつかずにくっつくなんて。しかも、緑色のはずなのに、服が、その……透けるって言うのも、変だし……。

 

 ……これ、まさかとは思うんだけど、欲望を満たすために作ってたり? ……あり得る。学園長先生だったら、それくらいしてても不思議じゃないし、何より、変態だし、あり得る。

 

『これにて、『叡春祭』午前の部は終了となります。今から、一時間のお昼休憩となります。午後の部最初の競技は、瓦割となりますので、出場する選手の方は、十分ほど前には、グラウンドに集まるようお願いします』

 

 あ、もうお昼なんだ。

 

 ということは、ゴールしてなかった人たちも、何とかできたのかな? そう言えば、さっきスターターピストルの音が聞こえてたし。

 そろそろみんなの所に行こう。

 

 

 一方その頃、ミオはと言うと、

 

「よし。イオのあられもない姿を、写真や動画に収めてたやつらをシバきに行くか」

 

 圧倒的なまでの過保護っぷりを見せ、色々とやらかそうとしていた。

 

 

「しかし、依桜が落ちるとは思わなかったな」

「そうね。あの無駄に身体能力が高い依桜が、落ちるなんて、想像してなかったわ」

「ねー。絶対に落ちないと思ってたんだけどね」

 

 依桜がゴールし、シャワー室まで走り去っていくのを見た後、俺たちはさっきの障害物競争について話していた。

 

「そう言えば、依桜君、落ちる寸前、何かに驚いたような反応を見せてなかった?」

「あー、そう言えばそう見えたわね」

 

 女委の言う通り、あの時確かに、依桜は何かに驚いたような顔をし、何かを言いかけていた。

 確か……

 

「『ししょ』、って言ってなかったか?」

「そうそう。『ししょ』、って何だろうね?」

「さすがに、図書室の司書さんのことじゃないだろうし……考えうるのは、あの人よね」

「まあ、依桜が何もないところで、突然驚くと言えば、あの人しかいないだろうしな」

「だね! 何をしたかは分からないけど、何でもありだもんね、あの人」

 

 確実に、犯人はミオ先生だろう。

 

 なにせ、女委が言うように、何でもありな人だから。

 

 今じゃ、圧倒的強者と言ってもいい依桜が、本気で勝てないと思っている相手であり、神すらも殺したという、本当にわけのわからない人物だ。

 

 ミオ先生が赴任してきた日の初授業で、依桜と組手をしていたのを見ていたが……あれはおかしい。

 そもそも人間の動きをしなかった。

 一体どんなことをしたら、あんな異常な動きができるのか、知りたいものだ。

 

 俺は見ていなかったとはいえ、テロリストが襲撃してきた時は、とんでもない身体能力を発揮したらしい。なんでも、数十メートルは離れていたはずのテロリストの一人に、一瞬で肉薄したって話だからな。

 

 そんな、いろんな意味で規格外すぎる依桜が、勝てない相手なんだ。

 どんなことをするかわからない。

 

「でもまあ、心配なのは美天杯よね」

「そうだねぇ。依桜君、大丈夫かなぁ」

「……さあな。だがまあ、最悪の事態にはならないと思うが……」

 

 俺たちは、初日の最後の競技であり、初日の目玉である美天杯に出る依桜を心配していた。

 もちろん、心配しているのは依桜本人ではない。いや、間接的には依桜を心配している。

 

 と言うのも、

 

(((相手を殺してしまわないか……)))

 

 ということだ。

 

 あの組手を見ていた人からしたら、恐怖以外の何物でもない。

 

 かなり華奢で可愛い女子が、人外的な、とんでもない動きで攻撃してくる。

 相手選手からしたら、たまったものではないだろう。

 

 人を見た目で判断するな、とは言うが……依桜はまさしくそれだな。

 

 綺麗な薔薇には棘がある、なんて言葉があるが、依桜の場合は、棘どころかほんの少しでも触ったら一発アウトの猛毒ってところだろ。

 

 暗殺者であることを考えれば、猛毒と言うのも、結構的を射ていると思うが。

 それに、暗殺者は一対一に特化した職業らしいからな。ピッタリすぎる競技と言える。

 

「……仮に、大怪我したとしても、依桜なら治せると思うから、いいけど……」

「文字通りの一撃必殺だったら、救いようがないもんねぇ」

「その場合は、ミオ先生がどうにかするんじゃないか? 実際、何度も死んでる依桜を蘇生していたみたいだし」

「……何度も死んでる、って言うのが、本当に恐ろしいわね。というか、何度も思うけど、ほんと、よく無事だったわよね、依桜」

「そうだな」

 

 何度も死んでいる時点で、無事じゃないとは思うが。

 

「そう言えば、態徒君はどこに行ったの?」

「言われてみれば、そうね。全然見かけてないし、障害物競争だって、一番騒ぎそうな態徒がいなかったから、やけに静かだったし」

「……正直、態徒だから、かなり心配なんだよな……態徒だし」

 

 あの態徒が、結構あれなハプニングが発生しまくっていた障害物競争で、騒がないわけがない。

 いや、いたらいたで、騒がしいが……いないならいないで、少し静かすぎる。

 慣れという物は恐ろしい。

 

「まあいいわ。どうせ、瓦割の時には出てくるでしょ」

「それもそうだな」

「だね」

 

 

「みんな、ただいま」

「お疲れ、依桜」

「お疲れ様」

「お疲れー」

 

 しばらくすると、シャワーを浴び終えた依桜が、私たちのもとに来た。

 ちゃんと乾かしていないのか、少し髪の毛が濡れている。

 

 ……まさかとは思うけど、普段ドライヤーをしてなかったりする?

 いや、依桜だし、ありえるわね……。

 考えてみれば、昔からおしゃれとかには無頓着だったし。

 

 ……うわー、ずるいわー。

 

「大変だったわね、依桜」

「あ、あはは……本当にね……」

 

 そう声をかけると、依桜の目から光が消えた。

 

「……大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよぉ……。だって、スライムプールは服が透けるし、ぬるぬるして気持ち悪かったし……それに、その……ほ、ほっぺにちゅーは……恥ずかしかったし……」

「「「あー」」」

 

 狙ってやってるんじゃないでしょうね。

 

 ほっぺにちゅーって……なんで、ナチュラルに可愛い言い回しをするのかしら、この娘。

 

 ……あれかしら。キスとちゅーを別物だと考えていたりするのかしら?

 ……ピュアピュアのピュアだから、あり得るのよね……。

 

 概ね、口同士でするのがキスで、それ以外はちゅー、みたいな?

 

 あり得る。

 

「それで? 依桜が射的で当てたお題には、なんて書いてあったんだ?」

「……『好きな人を指名し、頬にキスする』」

 

 この学園、正気?

 

「なるほど……それで、ミオ先生の頬にキスをしていたわけか」

「……ぅん。恥ずかしかったぁ……」

 

 うわ、顔真っ赤。すっごい、瞳も潤んでる。

 ……ほんと、可愛いわね、依桜。

 

「くっ、ミオ先生が羨ましい!」

 

 とここで、変態が騒ぎ出した。

 

「ふぇ!?」

「だって、依桜君からのほっぺちゅーだよ! 美少女だよ!? 喜ばない人がいるわけないよ! それで嫌がる人がいたら、その人は同性愛者か、悟りを開いた人くらいだよ! 男の子も女の子も関係なく、絶対喜ぶよ!」

「ぼ、ぼくからのちゅーで、そんなに喜ぶ人は、いない……と思うけど……」

「何を言ってるんだい! 依桜君、超美少女! むしろ、自覚がないのがすごい!」

「違う、と思うんだけどな……」

 

 相変わらず、依桜の謙虚さはすごいわね。

 

 ……さっきの、女委の力説は、普通に納得できちゃったのが何とも言えない。

 

 たしかに、依桜から、頬にキスをされて、喜ばない人はいないでしょうね。

 

 実際、ミオ先生の顔とか、依桜から顔を背けた瞬間、緩み切ってたもの。

 

 ……それに、私は知っている。

 

 依桜がスライムまみれになった時、ミオ先生が会場にいた男に、悪魔のような笑顔を向けていたことも。

 

 ……と言っても、偶然気付いただけなんだけどね。

 

 見間違いかもしれないけど……ミオ先生に限って、それはないと思う。

 

 あの人が赴任してきてから、依桜といるところを何度も見ていたけど、あれは過保護だわ。依桜の両親よりも、過保護だったわ。

 

 例えば、依桜の下駄箱にラブレターが入っていた時、ミオ先生は、

 

『ほぅ? あたしの愛弟子に、ちょっかいをだす輩が、こっちにもいたのか……見たところ? 呼び出し型の様だが……自分の口から言わず、手紙という手段を使うとは。軟弱だな。こいつはふさわしくない。いや、そもそも、依桜にふさわしいやつなどいない』

 

 って言ってたし。

 

 なんか、言ってることが、世のお父さんが言うそれなんだけど。

 ラブレターを娘から見せられた、お父さんのような反応だった。

 

 過保護すぎるのよね……。

 

 一年しか一緒に暮らしていないとは言え、ここまで過保護になるものなのかしら?

 ……いや、なるわ。

 

 異世界へ行く前の依桜とか、微妙に庇護欲を刺激されるし。

 いや、今のほうが圧倒的にそれが強いのだけど。

 

「でも、謙虚でいいんじゃないのか? 依桜が、自分に対して自信満々とか、想像つかないぞ」

 

 晶。それ、あたしも以前思ったわ。

 

「んー、それはそれで見てみたいけど……たしかにそうだね。と言うわけで、依桜君。依桜君は、ピュアで謙虚でいてね」

「う、うん。わかった、よ?」

 

 うん。女委の今のセリフの意味、理解してないわね、依桜。

 依桜的には、ピュアじゃないと思っているのかしら?

 

 いや、絶対思ってるわね。依桜だし。

 

 ……それにしても不思議ね。

 

 性に関する知識がないって言うのは、いささかおかしい気が……。

 

 暗殺者として、向こうで過ごしていたのに、なんで知らないのかしら? 悪徳貴族、みたいな感じの人を始末する依頼とかありそうなものだけど……。アニメの見すぎかしら?

 

 それか、過保護なミオ先生が、そのタイプの仕事をやらせなかったか……。そっちの方がありえるわね。うん。

 

「依桜、私からもお願い。……清涼剤でいてね」

「う、うん?」

 

 うん。わかってないわね。でも、それでいい。

 

 依桜は、ある意味、この学園の清涼剤だからね。

 

 ……まあ、エッチ系の被害に一番多く遭遇していると思うけどね。




 どうも、九十九一です。
 今回の話は、まあ……単純に疲れてたので、ちょっとした休憩回(作者的に)です。
 なるべく、早く体育祭を終わらせたいところですが……まだ、競技が残っちゃってるので、全然終わる気配がないです。どうすればいいんだ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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105件目 態徒の特訓(強制)

 どうも。変之態徒です。

 

 えー、普段のオレからは全く想像もできないほどの丁寧な入りですが……まあ、色々あるんだよっ!

 

 ちくしょう! 依桜が出場してた障害物競争、マジで見たかった!

 

 なんかよ、スライムプールとか聞こえてたしよ、依桜がスライムプールに落ちて、透け透けだって聞こえてたしよ……!

 

 なぜだ! なぜ、オレは見れなかったんだっ!

 ……いや、原因はわかってるけどさ!

 

「おら、さっさともう一回だ」

「は、はいぃ!」

 

 現在、オレの目の前にはミオ先生がいた。

 

 え? テントのところにいるだろって?

 

 あれは紛れもない本人だけど、オレの目の前にいるミオ先生も、一応本人だ。

 一応ってつくのは、目の前の先生が、分身体だから……だそうだ。

 

 ……目の前で堂々とファンタジーが現れちゃってるんですけどぉ!? って、最初は驚いたもんだよ。

 なんか知らないが、開会式の後、いきなりミオ先生に声をかけられ、

 

『体育館裏な』

 

 って言われたら……男ならついていくだろ。

 

 だってよ、ミオ先生、めっちゃ美人なんだぜ? しかも、すっげえスタイルいいんだぜ!? 胸の大きさ的には、依桜のほうがでかいがよ。なんつーか……均整の取れた体つきって言うのか? まさにそれだったんだよ!

 

 だからさ、いきなり呼び出されて、有頂天になったわけよ。

 

 で、のこのことついて行くと、目の前に大量の瓦を用意された。しかも、ものすごい笑顔で。

 

 ……どゆこと? と、最初は思ったさ。

 

 大量の瓦について尋ねると、満面の笑みで、

 

『割れ♪』

 

 って言うんだぜ?

 

 ……オレ、断ったら死ぬんだなと、その時悟ったぜ。

 なんかこう、有無を言わさぬ圧力が、その笑顔にはあったんだよ。

 

 それで、開催式以降、ひたっすら瓦を割らされているってわけだ。

 

「ふむ。軟弱な人間が多いこの世界にしては、筋がいいじゃないか」

「あ、ありがとうございますっ!」

「だが。依桜ほどじゃないな」

 

 ……オレ、依桜より才能ないん?

 

 いや、たしかに依桜は色々とおかしいけどよ……異世界に行く前とか、言い方は悪いが、かなり弱そう……というか、かなり弱かったぜ?

 そんな依桜が、ある日突然、異常な力を出した時は、マジでビビった。

 

 まあ、美少女になったことの方がビビったけどな!

 

 ……ま、美少女になった依桜に力負けした時は、なんか……すっげえ敗北感だったけどな。

 

 いや、世の中には吉田〇保里みたいな、霊長類最強女子、みたいな人がいるけどよ、あれはまだ、地球規模のレベルじゃん? だけどさ、依桜って、地球規模じゃねえじゃん! 異世界のほうじゃん!

 

 吉田〇保里は、筋肉とかわかるじゃん? でもさ、依桜って、すっげえ華奢じゃん! ドっからどう見ても、腕力があるように見えないじゃん!

 

 依桜曰く、

 

『無駄な筋肉をつけてないだけだよ』

 

 だそうだが、だとしても、限度ってもんがあるだろ!?

 

 何をどうしたら、華奢な体系のまま、あんな馬鹿みたいな力を身に着けられるんだよ!

 

 マジあり得ねぇよ……。

 

「ったく、こんな薄っぺらいもん割るのに、なんでそんなに時間がかかるんだ?」

「いや、あの……さ、さすがにこれを薄いと言うのは……」

「あぁ? たった三十枚程度、どう考えても薄いだろうが」

「いや、分厚いっすよ!? それ、こっちの世界基準で言ったら、かなり分厚いっすよ!?」

 

 瓦一枚ならまだしも、三十枚は分厚すぎる!

 と言うかこの人、あっちの世界基準で言ってるよね!? いや、この場合、ミオ先生の基準なのか!?

 

「んなもん知らん」

 

 り、理不尽すぎる。

 

「と、と言うか、何故オレは、瓦割りをさせられてるのでしょうか……?」

「あ? んなもん、勝つためだろうが。それに、お前はイオの友人だ。瓦割りという、この薄っぺらい板を割るだけの競技に出るのだろう? なら、完璧に優勝できるようにしなきゃ、勝てないだろう」

「い、いや、そもそも、これは子供お遊びな祭りと言うか……」

「勝負と言うからには、遊びだろうが何だろうが、勝つ」

 

 あ、ダメだ。全然、話を聞いてくれる気配がねぇっ……。

 と言うか、瓦を薄っぺらいとか言っているけどよ……これ、薄くないよな?

 日本の文化ぞ? かなり昔からある、日本の文化ぞ?

 

 割と頑丈に作られてると思うんだが……これを薄っぺらい?

 いや、一枚とか二枚くらいだったら、大抵の人は割れると思うぞ?

 でもさ、三十枚を同時に割るとか、正気の沙汰じゃなくね?

 

 たしか、瓦割りの世界記録って、チョップじゃなく、エルボーなら八十四枚だぜ? いや、肘だから正確に言えば、若干違うと思うが。

 

 だが、通常の瓦割りの世界記録は、四十枚。

 その世界記録の四分の三を、高校生にやらせるとか、頭がおかしいんじゃないだろうか。

 

 つか、無理じゃね? オレの最高記録、十七枚だぜ? 半分くらいしか割れないぜ?

 というか、ミオ先生は、一体どれくらい割れるんだ?

 そう思って、聞いてみたところ、

 

「あたしか? そうだな……ちょっと一枚割ってみるか」

 

 そう言って、一枚手に取り、設置。

 そのまま、垂直に手刀を振り下ろすと……スパンッ! と言う音を立てて、真っ二つに切断された。

 

 ……いや、待て待て待て待て! おかしいおかしい!

 

 なんで瓦を切断しちゃってるの!? これ、瓦『割り』だよな!? 今ミオ先生がやったのって、瓦割りじゃなくて、瓦『切り』だよな!?

 

 つーか、素手で切断すること自体おかしいだろ!

 

「ふむ。これくらいだと考えると……ま、本気を出せば一万枚は行けるだろ」

 

 ……一万はおかしくね?

 

「ま、あたしが本気を出したら、星ごと割っちまうだろうがな。ハハハ!」

 

 ……なんで笑ってられるんだ、この人。

 

 つか、星ごと割るって……何? 

 

 人間って、瓦割りと同時に、地球割りもできるの? マジ?

 

 ……あかん。ツッコミが追い付かねぇ……。

 

 てか、なんでボケのオレが、ツッコミをせねばならんのだ!

 オレ、ツッコミじゃねえんだよ! ボケなんだよ! ボケにツッコミやらせるとか、どうかしてるだろ!

 

 あー……しんどいっ。

 

「ちなみにだが、イオが本気出せば、七千枚は行けると思うぞ。さすがに、星は割れんがな」

 

 マジかー。あいつ、七千枚も割れるのかー。

 ……オレ、泣きたくなってきた。

 

「まあ、あいつもまだまだだ。できることなら、神を殺せるくらい強くなってもらいたいんだがな」

「弟子に求めることじゃないっすよね、それ!?」

 

 なんか、依桜が神を殺せるくらいに強くしようとしちゃってるんだけど、この人!

 オレの友人がそこまで行ったら、さすがに怖いぞ!? 神殺しを達成した高校生とか嫌すぎるわ!

 んなもん、ライトノベルの中だけでいいよ!

 

「いや、正直あいつにはそれくらいになってもらわんと困るんだよ」

「なぜに!?」

「……そりゃお前、世界を滅ばされたくないからだろ」

「マジっすか?」

「マジっすよ。知ってるか? 世界ってのは、いくつもあるんだよ。で、その世界一つ一つに神ってのが何柱かいてな。その内の一柱が、邪神ってのになっちまうんだよ」

「いやいやいや! なんか話のスケールがでかすぎません!?」

 

 なんで、どこにでもいる男子高校生に、そんな頭のおかしい話を聞かされてるんだ!?

 オレに話すような内容じゃなくね? なんで!?

 どう考えても、依桜にする話だろこれ!

 

「だからまあ、できれば抑止力が一人でも多く欲しいんだよ」

「……そうなんすね」

 

 依桜、マジで不憫なんだが。

 

「だからまあ、あたしがこっちの世界に来れたのは重畳だったぞ。酒も、食べ物も美味いからな」

 

 絶対、最後二つが本命だと思うのは、なぜだ?

「ま、この話は、依桜に後日話すとしてだ……さて、無駄話はここまでで、そろそろ再開するぞ」

「いやあの、さすがに、お腹空いてきたんすが……」

「我慢しろ」

「いや、あの……」

「我慢だ」

「で、でも――」

「我慢。できるよな?」

「……はい」

 

 理不尽すぎる。

 飯すら食わせてくれないんだけど、この人。

 

 あれ? オレ、結構長いこと瓦割りをしてるんだが? 開会式が八時半に始まって、九時からずっとこれをやっているんだが?

 

 休憩? そんなもの、なかったっす。

 休む暇があるなら、割り続けろ、って言うんだぜ? ミオ先生。

 

 これ、虐待って言うんじゃないだろうか? かれこれ、休憩なしで、三時間以上は割り続けてるぞ? オレ。

 

 正直、手が痛い。と言うか、枚数的にはかなりやったぞ? 多分……百枚以上は割ってるぜ?

 え? それだけやれば、骨がボドボドになるだろって? ……この人、骨がイカれたそばから、回復魔法で回復してくるんだぜ? だから、

 

『これで、何度でもできるよな?』

 

 って言って、瓦割りをさせてくるんだぜ? 地獄だよ。

 

 これ、依桜も修業時代は、こんな感じだったのか? だとしたら……よくもまあ、精神が壊れなかったな、依桜。

 

 オレだったら、普通に投げ出したくなるわ。

 

 つか、異世界に行けるんだったらよ、ハーレムを作りたいもんだぜ。

 

 ……まあ、依桜曰く、チート能力なんてものはもらえなかったらしいがな!

 

 ……うん。オレが行ったとして、すぐに死ぬのが目に見えるわ。

 だってよ、魔物とか、魔族ってのがいるんだろ? 依桜が行った異世界。

 

 オレ、同年代じゃ、ちょっと強いくらいでしかないから、たいして持ちこたえられないぜ? 一日で死にそう。

 

「んで? お前、今はどこまで割れる?」

「つ、ついさっき、二十三枚に到達したところですハイ」

「チッ。その程度か……」

 

 ……あの、十六歳の男子高校生には、二十三枚でも結構すごいほうだと思うんですが……。

 この人の場合、どこからがすごいんですかね? オレはそれをすごく知りたいっす。

 

「ったく、寸勁くらい、できるようにしとけ」

「いやいやいや!? それ、相当な技術がいるんですが!?」

 

 完全に外側じゃなくて、内側から破壊しに来てるじゃないっすか!

 オレ、発勁とか使えないっすよ!? 家の道場、中国拳法とかじゃないんですが!

 

「まあいい、見てろ」

 

 そう言うと、ミオ先生が十枚重ねになっている瓦の一番上に手を置き、

 

「ふっ――」

 

 短い呼気と同時に、一瞬体がブレた。

 と思った次の瞬間。

 ガシャンッ!

 と言う音を立てて、縦に割れた。一枚残らず。

 ……えぇぇ?

 

「こんな感じだ。ま、最小限の力で、高威力の衝撃を与える技だ」

 

 いや、それは知ってるんです。

 

「あの、なんで寸勁なんて知ってるんすかね……?」

「ああ、これか? ちと、こっちの世界の武術ってのが気になったんで、調べて、見よう見まねでやったらできた」

「そう、なんすね……」

 

 できちゃったんすねぇ……。

 ……この人、天才すぎませんかねぇ? いや、ミオ先生の場合、天災?

 

 普通、見よう見まねでできるものなのか? 武術って。

 

 ……依桜の師匠、マジぱないっすわ。

 

 この後、ものすごく練習させられた。

 ……腹が減った。手がいてぇ……。




 どうも、九十九一です。
 おそらく、態徒のモノローグで進行したのって、初なんじゃないですかね? まあ、見ての通り、師匠(分身)による特訓をさせられていました。
 決して、本編に態徒を出すのが面倒だったわけじゃないですよ?
 えっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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106件目 態徒の瓦割り

 前回に引き続き、オレが進行役だ。

 

 いや、うん。マジ地獄だった。

 

 オレ、美人なお姉さんだったら、どんなに厳しくても、修業はこなせるんじゃないか、って思っていた時期があったんだけどさ……無理っすわ。

 

 ミオ先生しか、そんな目に遭っていないが、少なくとも断言できる。

 オレ、これだけは無理だわ。

 

『お知らせします。瓦割りに出場する選手は、グラウンドに集まるようお願いします』

 

 と、ここで修業終了(召集のお知らせ)の合図が。

 

「チッ。時間か……。まあいい。少なくとも、これだけ割れるようになっときゃ、問題ないだろ」

「あ、あざした……」

「じゃ、頑張れよ」

 

 応援の言葉? を言った瞬間、ポンッ! と音を立てて、ミオ先生が消えた。

 

「ま、マジで分身だったのか……いや、テントにもう一人いた時点で知ってたけど」

 

 ファンタジーって、すげぇなぁ……。

 オレも異世界に行けば、依桜とかみたいに、何らかの特別な力とか、得られんのかなぁ。

 

 つか……ミオ先生。これだけ割れるようになれば問題ない、とか言ってたけどさ……

 

「さ、さすがに二十七枚は頑張ったほうだと思うんだ、オレ」

 

 そもそも、この歳でこれだけできるとか、十分じゃね? 十分すぎね?

 というかよ、ネットでチラッと調べたら、オレくらい年代だと、平均数枚程度だぞ? 全国的なものじゃないが。

 

 そっから考えたとして、すごいやつでも十枚後半くらいなんじゃね? オレ、すごくね? だって、二十七枚割れるんだぜ?

 

 これなら、さすがに勝ったと言えるだろ。

 よほど、とんでもないやつがいない限りは、だが。

 

「……とりあえず、行くか。グラウンド」

 

 やべえことにはならんだろ。

 

 

 ……なんて、楽観的思考をしていたのが悪かったんだろうなぁ。

 

「フハハハハハ! この程度のお遊び、俺が優勝するに決まっとるわ!」

 

 こんな、いかにも強いですよ! みたいな人がいたんだからな。

 

 ……いや、待て。本当に高校生か、この人。

 なんか、身長二メートルくらいあるぞ、これ。

 つか、肩幅やばくね? 筋肉やばくね? ムッキムキだぜ? 全身筋肉でできてるって言われても、納得しちまうくらい、やばいんだが。

 あと、どう見ても顔つきが高校生のそれじゃねえ。

 

 イメージ的には、ス〇ファに出てくる、リ〇ウとガ〇ルを足して二で割ったような外見だな。ゴリッゴリの筋肉っすよ。

 

 と言うか、この学園、結構キャラが濃いやつが多いが……ここまで濃い奴がいたなんて、知らんかったぞ? ……謎が多いな。

 

 それと、高校生で、『フハハハハハ!』って笑うやつ、オレ、初めて見たぞ。

 いるんだ、リアルで。

 

『はい、では、時間になったようですので、ルール説明を行います。まず、選手の皆さんには、一斉に瓦を割ってもらいます。最初は、一人ずつどこまでやれるか、と言うルールで考えていたのですが、午前の部の競技が、思った以上に長引いてしまったので、急遽変更となりました』

 

 長引くレベルの競技って、普通に考えたら相当やばくない?

 あの競技のラインナップだったら、比較的まともに見えるが……まあ、叡董学園だしな。何があっても不思議じゃないわ。

 

 実際、変な実況とか聞こえてたしよ。

 

『皆さんに割ってもらう枚数は、全員同じです。一枚ずつ増やしていき、最後まで残っていた人が勝ち、と言うルールです。途中で、もう無理と判断した場合や、一枚でも残ってしまった場合は、その時点でその人は終了となります。それから、この競技におけるポイントは、瓦一枚割るごとに、一点が入ります。さらに、十枚毎にボーナスで+十点が入りますので、是非とも頑張ってください!』

 

 いや、結構地獄じゃね?

 一枚ずつ増やして割っていくってことは、途中でかなり手が痛くなるんだぜ?

 間に休憩を挟まずにやるとか、正気の沙汰じゃねえ。

 

 ……オレはさっきまでそれをやっていたわけだが!

 

『それから、割る際に使用できるのは、手首から下のみです。肘、膝などの使用は原則禁止ですので、しないようにお願いします。それから、メリケンサックなどの装備品もなしですからね。指輪も当然なしです。なんらかの装飾品が付いているの発見した場合、すぐさま失格となりますので、ご注意ください』

 

 なるほど。

 

 てことは、拳でやってもいいし、手刀でやってもいいってわけか。

 で、あのヤバイそうな奴は……

 

「ふっ、俺のダイヤモンドよりも固い拳ならば、二十八枚は余裕よ」

 

 ダイヤモンドよりも固いんだったら、百枚くらい割れるんじゃね? 知らんけど。

 さすがに、ダイヤモンドよりも固いは誇張しすぎだろ。

 

 ……てか、二十八枚って、オレの最高記録より多くね?

 つまり、あれか? オレは、二十九枚以上割らないといけないってことか?

 ……無理ゲー。

 

『では、そろそろ時間も押してきているようなので、競技に移りたいと思います!』

 

 ……オレ、勝てるのか、これ。

 

 

「あ、態徒君だ」

「あらほんと。今までどこにいたのかしら?」

「たしかにな。態徒が食いつきそうなほどの競技があった上に、依桜のこの衣装も見ずに、どこに行ってたんだ?」

「……」

「……あー、依桜? 大丈夫?」

「……大丈夫、じゃないです」

 

 はい。ボクは例によって、あの衣装を着てますよ。

 

 ……着たくなかったんです。

 

 少し前、態徒以外のみんなでお昼を食べ終えて、グラウンドに出てきた後、ボクたちは母さんたちのところにいた。

 

 そこでは、

 

「依桜、素晴らしい姿をありがとう」

「ほんとだな! まさか、あれほどのすんばらしい依桜の透け透けが見れるとは思わなかっぶらぁ!?」

 

 セクハラ紛いなことを、平気で言われた。

 

 父さんだけは、張り倒しました。ドストレートすぎたので。

 

 午前のことを話題に、軽く談笑して、再開十分前になったので、母さんたちと別れ、西軍の応援席に行った時。

 

『あ! 依桜ちゃん発見! みんな、連行だよ!』

『『『おー!』』』

「きゃっ! な、なんですか!? って、わわわっ!? も、もちあげないでくださいぃぃ!」

 

 応援団に所属している女の子たちに、連行されました。

 

 その後、更衣室に連れ込まれ、あっという間にあのチアガール衣装に着替えさせられました。

 

 ……逃げられると、思ったんだけどなぁ……。

 

 どうやら、ボクに拒否権はなかったみたいです……。

 

 自分で了承しちゃったので、自業自得なんですけどね……。本当、なんで了承しちゃったのかなぁ……。

 

 そんなわけで、こうしてまた、恥ずかしい格好をしているわけです、ボク。

 

「……はぁ」

「まあ、なんだ。元気出せよ」

「……そうは言っても、もう疲れちゃったよ……」

「でも、次は態徒君が出る競技だよ? 応援しなくていいの?」

「……そうだね。応援しないと」

 

 もうすぐ競技が始まるみたいだし……。

 うん。大事な友達が出るんだから、応援、しないと。

 

「お、やる気出たみたいね」

「なんというか、もう諦念に近いけどね。態徒が出るなら、恥ずかしくても応援しないとね」

「さすが依桜君だねぇ。じゃ、応援しよっか!」

 

 

『それでは! まずは一枚目のチャレンジです! スタート!』

 

 ここはスターターピストルじゃないのな。

 まあいいや。とりあえず割ろう。

 オレは拳と手刀、両方で行けるが、どちらかと言えば、手刀のほうができる。

 

「ふっ!」

 

 バリンッ!

 

 見事に真っ二つになった。

 あれ? なんかこの瓦、さっきの奴より柔らかくないか? 単純に、オレが強くなっただけなのか、瓦が柔らかいのか。どっちだ?

 

 いやまあ、割れたからいいか。

 

 とりあえず、周りはーっと。

 

 見たところ、参加者全員が割ることに成功していた。

 

 一応、素人でも割と簡単に割ることができるらしいし、概ね予想通り、か?

 一枚くらいなら、誰でもできるだろうしな。

 

 問題は……

 

「ぬるい! ぬるすぎるわ!」

 

 あれだな。

 

 やべえ、マジであれはやべえ。

 

 ……見せ筋じゃない、よなぁ、どう考えても。

 

 だってよ、一枚とは言え、粉砕してんぞ、瓦。

 あれ、拳でやったのか? どうやったら粉砕できんだ? どう考えても、端のほうとか粉砕するの、無理じゃね?

 

 やっぱ、あれ絶対高校生じゃねえよ。

 

 

 まあ、そんなわけで、競技は順調に進んだ。

 

 とりあえず、武術をやっていないような人は、五枚程度でギブアップになった。

 そこからは、武術の経験者、もしくは武術系統の部活をしている奴だけだった。

 

 まあ、そりゃな。

 やってるのとやってないのとじゃ、力の使い方も違う。素人が力任せにやっても、割るのは難しいだろ。

 オレだって、最初のころは全然割れなかったしよ。

 

 で、そっから先は、ほとんど武術経験者の戦いだった。

 どうせこうなるとわかっていたが、まさか、本当に予想通りになるとは思わなかったけどな。

 

 そんな経験者たちも、大体十枚に差し掛かったあたりで、ぽつぽつとリタイアし始めてきていた。

 

 あー、やっぱり十枚ちょいが平均か……。

 

 で、あのヤバそうなやつはと言うと、

 

「まだだ! まだいけるぞ!」

 

 割と余裕そうだった。

 

 しかも、相変わらず粉砕してやがるし。

 

 さっき、自分の瓦を割りながらチラッと見たが、あいつ、マジで拳で粉砕してたんだよなぁ。

 

 何の抵抗もないかのように、拳が瓦に貫通してたもんな。

 

 何あれ? オレでもあれは無理だわ。

 拳であんな威力と勢いを出すのは無理。

 

 つーか、オレとは筋肉の付け方が違うな、どう見ても。

 

 あいつの場合は、ひたすらに鍛え続けた結果だろうな。だから、ブ〇リーみたいになってるわけだし。

 

 オレの場合は、攻撃に使う筋肉を重点的に、って感じで付けてたが。

 と言っても、基本鍛えているがな。

 

 で、一番おかしい筋肉の付け方してたのが、依桜だな。

 普通は、あんな付き方しないんだがな……。

 

 あれか。やっぱり、ミオ先生がおかしいのか? ……そうだろうなぁ。すくなくとも、こっちの世界の武術を、見よう見まねで習得しちまったくらいだし……。

 

 まあ、あれと比較しちゃだめだよな。うん。

 

 で、それから順調に進み、

 

『さあ! 二十七枚目です! 現在残っているのは二人! 一年六組変之態徒君と、一年一組佐々木藤五郎君です!』

 

 いやあいつ一年だったのかよ!?

 普通にタメじゃねえか!

 

 マジで? あいつ、どっからどう見ても年上にしか見えんぞ!?

 マジでどうなってんだこの学園!

 

 あんな目立つ奴がいたのに、オレはなんで今まで気づかなかったんだ?

 

「ふっ、まさか、お前のような軟弱野郎が残るとはな」

「誰が軟弱野郎だ!」

「フハハハハハ! すまんすまん。あまりにも、小さく見えたのでな」

 

 小さくってか、オレ、お前と歳同じだぞ?

 大丈夫か、こいつ。煽ってんのか?

 

「ああ、そうっすか」

 

 そりゃ、お前から見たら、世の中の大半の人が小さく見えるだろうよ。

 二メートルもあるんだから。

 

「先に言っておこう。オレは、貴様が憎い!」

「はぁ」

「……なんだ、その気のない反応は」

「いやだって、オレに憎まれるようなことしてねぇし」

 

 見ず知らずの男に恨まれるとか、普通に考えて怖くね?

 

「なんだと? 貴様……言うに事欠いて、憎まれるようなことはない、だと?」

「まあな」

「そんなことはないっ! 貴様……男女と随分仲がいいじゃないか!」

 

 ……………あー。そっちだったか……。

 依桜か。結局、依桜絡みか。

 

「まあ、中学の頃からの付き合いだしな」

「なにぃ? 貴様、まさか……つ、付き合ってるのかっ?」

「そんなわけないだろ。あいつ、元男だぜ? まあ、実際すっげえ可愛いけどよ」

 

 まあ、依桜みたいな美少女と付き合えたら、とは常々思うが。

 元男と言っても、何も知らない人からしたら、最初から女だった、ってお思うんだろうけどな。

 

「おのれ! 碌に話せない俺たちへの当てつけかっ! 俺たちはなぁ……基本的に陰から見ているだけなんだぞ!」

「それ、ストーカーじゃないのか?」

「断じて違うっ! 見守っているだけだ!」

 

 世に人は、それをストーカーと言うんだが……。

 

 しっかし、見守る、ねぇ?

 

 依桜はこの世界の人に見守られるほど、弱くないんだがな。

 

 多分、その辺りを勘違いしてるんじゃないかね?

 ここにいる人間で、依桜が異常な力を持っている、なんてことを知ってるのは、ほんの一部だし。

 

 オレたちだって、少し後に聞いたくらいだ。

 

 ……そういや、俺『たち』って言ってたよな?

 ……こいつまさか。

 

「なあ、佐々木、だっけか? まさかとは思うんだが……お前、ファンクラブに入ってたり?」

「当然だ! あの、可憐さと美しさを兼ね備えた美貌を持ち、か弱そうな雰囲気を持つ男女依桜さんのファンクラブだぞ!? 入らないわけがない!」

 

 やっぱりだったか……。

 

 まさか、ファンクラブ会員の人間に会うとは……。

 たしか、学園の八割くらいが加入してるんだったか?

 

 ……まさか、こんな武術一筋! な奴が、そんな俗的なものに参加するとはな。

 

 つか、依桜がか弱い、ねぇ?

 

 そのか弱い奴が、テロリストを一人で撃退しちゃってるわけだが……まあ、うん。

 

 知らないほうがいい真実って言うものあるだろ。

 

 どの道、美天杯で否が応でも知りそうだしな。依桜、あれに出場するし。

 

「俺は……俺たちは、普段から一緒にいるお前や、小斯波晶が憎いのだ!」

「いや、オレはともかく、晶に関しちゃ幼馴染だぞ?」

「知ったことか! 幼馴染という、圧倒的有利なポジションにいるのが憎いのだ!」

「逆恨みじゃねえか……」

 

 晶と未果は、幼少の頃からの付き合いなんだぜ? オレと女委は中学の頃からだがよ。

 と言うか、

 

「晶は、依桜が男だった時からの幼馴染なんだぞ? 別に、恨む意味ないだろ」

「ふんっ。そんなことは知らん!」

「知らんて……」

 

 こいつ、ずいぶん自分勝手な奴だな……。

 

 依桜のファンクラブに参加している奴らって、みんなこう言うような奴ばかりなのか? ……だとしたら、依桜が気の毒なんだが……。

 

 というか、普通に晶を馬鹿にされてる気がするんだが……嫌な奴だな。

 

「まあいい。貴様をこの競技で倒せば、いいのだからな!」

 

 倒す競技じゃないだろ、これ。

 

『あ、お話しが終わったようですね。では、始めたいと思います! それでは……スタート!』

 

 まさかの、放送の人待ってくれてた。

 とりあえず、割らないとな。

 

「すぅー……ふっ!」

 

 バリンッ! と言う音が二十七枚分、ほぼ同時に鳴り、真っ二つになった。

 ちなみにこれ、ミオ先生に教えられた寸勁を使っていたりする。

 

 ……できないと、マジで殺してくるんじゃないか、ってくらいの気迫なんだぜ? できないとあれだろ?

 

 ……オレ、魔改造されてる気がするんだが。

 

 で、佐々木はっと……あー、やっぱりできてるよな。

 

「次で、決着をつけてやろうではないか」

「あー、はいはい」

 

 もう適当だ。

 

『両者ともにクリアです! では、二十八枚に移りたいと思います!』

 

 くっ、ちょっとまずいかもな……。

 

 オレ、二十七枚が限界だしよ。

 どうする。今のオレに割ることができるのか?

 

 ……まずい。

 と、内心かなりまずい状況に焦っていると、

 

「た、態徒! が、がんばってぇ!」

 

 女神からの声援が届いた。

 

 ……うっわ。マジでエロイな、あの服装。

 いやいや、そんなことよりも……やばい! 依桜からの声援、マジ嬉しい!

 しかも、力が湧いてくるような感じがするぞ! これならいけるんじゃね!?

 まあ、同時に、

 

「ぐぎぎぎッ!」

 

 真横の奴から、やべえ顔で睨まれているわけだが。

 あと、観客のほうからも、殺意の籠った視線が飛んできてるし。

 

『では……スタート!』

 

 今のオレならば、確実に割れるはず!

 ミオ先生がやった方法で、オレも割るぜ!

 瓦の上に手を置く。

 

「………………ふっ!」

 

 精神統一をし、全身を使った一撃を瓦にぶつけた。

 

 すると、バリンッ! と言う音が、今度は立て続けになり続け……すべての瓦を割り切ることに成功した。

 

 よっしゃ! 成功したぜ!

 

 さて、佐々木は……って、お?

 

「ぬ、ぬかったッ……!」

 

 一枚だけ残ってしまっていた。

 

『決着です! 瓦割りを制したのは、一年六組変之君です!』

 

 よっしゃあああああ!

 勝った! 勝ったぞ!

 

「畜生……。こんな、変態の代名詞のような奴に負けるとはッ……!」

「じゃあ、オレの勝ちってことでな」

「くっ、美天杯、覚えていろよ!」

 

 まるで、三下のような捨て台詞を残して、佐々木は走り去っていった。

 

「……なんとか勝てたぜ……」

 

 オレは勝てたことに満足すると、依桜たちのところへ向かった。

 ……あ、手が痛い。




 どうも、九十九一です。
 かなりギリギリに今回の話は完成しました。あ、焦った……。
 態徒メインの回だったから、そんなに長くなくてもいいだろ、と思ったら、地味に長くなったのがなんだかな……。まあいいか。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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107件目 借り物・借り人競争(未果の場合)

「おーい、勝ったぞー!」

 

 瓦割りが終わり、態徒がこっちに向かってきた。

 

「あ、態徒おかえり!」

「おめでとう。まさか、あんなに行くとは思わなかったわ」

「へへっ、どうよ、見直したか?」

「そうだな。まさか、あそこまでやるとは思わなかった」

「だね! 態徒君、特訓でもしてたのかな?」

「おうよ! ……まあ、地獄だったが」

 

 ……この反応は……。

 ちらりと、テントにいる師匠に視線を向けると。

 

「(にや)」

 

 ……あー。なるほど。理解したよ。

 

「態徒……大変だったね」

「……わかっちゃう? やっぱ」

「ん、どうしたの? なんで、依桜はそんなに微妙な顔をしてるの?」

「……態徒は多分……師匠に指導を受けてたんだと思うよ」

「え、本当か?」

「そうなの? 態徒君」

「ああ。……開会式が終わった後、ひたっすら瓦を割らされてたよ。それこそ、休憩もなしでな……へへっ」

「「「うわぁ……」」」

 

 態徒の哀愁漂う笑顔に、未果、晶、女委の三人が、思わず引いていた。

 

 ボクは……似たようなことをさせられてたので、理解があるからね。師匠って、本当に修業ペースがおかしいんだよ。

 その辺りを、師匠基準で考えちゃってるから、凡人なボクたちには相当しんどいんだよ。

 

「まあ……まさか、寸勁を習得させられるとは思わなかったけどな……」

「何があったらそうなるのよ。と言うか、ミオ先生って向こうの世界出身よね? なんで使えるの?」

「見よう見まね、だそうだ」

「規格外だねぇ、ミオ先生は」

 

 なんであの人、見よう見まねで技の習得ができるんだろう。

 ……これに関しては、本当にセンスとか才能の問題なんだろうなぁ。

 

 師匠、本当に異常だし。何より……異質な気がするもん。

 と言っても、悪人ってわけじゃないからね。そこまで心配するようなことはないと思う。

 

 ただ、師匠がなんで分身体を作り出していたのかが気になる。

 

 態徒の特訓のためなのはわかるんだけど、師匠の場合、分身体を作り出すとき、片付けないといけない問題が複数出た時にしか使わない。

 

 今回、態徒は師匠の分身に特訓をさせられたって言っていた。

 

 もし、態徒の特訓だけなら、分身体なんて必要がないと思う。

 単純に、体育祭が見たかっただけ、って言う可能性も考えられるけど……。

 

 でも、二人で済む問題だったら、師匠って一人でできるんだよね。

 

 もしかして師匠、あと何体か分身体を作ってるんじゃないかな?

 

 仮にそうだったとして、一体何のために使っているのかは分からないけど……。

 

『お知らせします。借り物・借り人競争の準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

「おっと、またオレの出番だ。たしか、未果と女委も参加だったよな?」

「ええ、そうね」

「そだよ!」

「おっし、じゃあ行くか」

「がんばってね、三人とも」

「がんばれよ。と言っても、この競技は運要素が高いがな」

「おうよ。じゃ、行ってくるぜ!」

 

 三人は競技に参加するべく、グラウンドに向かって行った。

 

 

「で、未果ちゃんたちは何レース目?」

「私は、二レース目よ」

「オレは、八レース目だ。女委はどうなんだ?」

「わたしは、五レース目だよ」

「見事にばらけたわね」

「だね。いやぁ、いいのがとれるといいねぇ」

 

 ま、運要素が最も絡んでくる競技だしね。

 個人的には、分かりやすいものがいいわね。

 

 ……この学園のことだから、何かおかしなものを用意してそうだけど。

 

 何せ、パン食い競争では、常人じゃ思いつかないようなラインナップを用意するし、障害物競争では、明らかに悪意ある障害物しか用意してなかったものね。

 

 あれらを見ると、絶対ろくでもないものが入っているに違いないわ。

 

『選手の皆さんが集まったようなので、ルール説明です! まず、この競技は七人一レースで、合計九レース行ってもらいます。スタートから50メートル先に、お題が書かれている紙が入った箱がありますので、その中から一枚取り出し、書かれていたアイテム、もしくは人物をゴールまで持ってくる、もしくは連れてきてください! 会場内にある物、人でしたら、何でも構いませんので、頑張って下さいね! それから、万が一、無理すぎるお題が出てしまった場合は、ゴール地点にいる先生に許可をもらえれば、再度引き直しが可能ですので、諦めずに最後まで頑張ってくださいね!』

 

 今までの競技って、そこそこルールが細かかったけど、この競技は至って普通ね。

 これが本来正しいのだけど。

 

 ……毒されているのかしら?

 

「では、一レース目に走る選手は、準備をしてください!」

 

 ……変なことにならなきゃいいけど。

 

 

 一レース目は意外と普通に終了。

 

 例を挙げるとすれば、『カメラ』、『眼鏡をかけた人』、『スマートフォン』など、本当にありきたりなものだった。

 

 なんか、一安心した。

 

 だって、ねえ?

 

 これで変なものが出されようものなら、軽く諦めてたわよ。

 仮に、引き直しができたとしても、簡単なものが出るとは限らないし。

 

「では、二レース目に走る選手は、準備をしてください!」

「じゃ、行ってくるわね」

「がんばってな!」

「一位だよ、未果ちゃん!」

「ええ、もちろんよ」

 

 二人の応援の言葉をもらってから、私はスタート地点に立った。

 見たところ、運動が得意そうな人はあまりいないみたいだ。

 東軍・西軍共に、平均よりちょっと下、ってところかしらね。

 だって、どう見ても、文芸部だもの。

 

 ……いや、人を見た目で判断しちゃいけないのだけどね。

 

 まあ、あまり心配はいらない、わよね。

 

 いいのを引こう。

 

「それでは、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 最早、聞き飽きたスターターピストルが鳴り響くと同時に、箱めがけて走る。

 見立て通り、私は余裕で先頭を走ることに成功。そのまま、箱がある場所まで到達し、紙を引く。

 

「これ!」

 

 ごそごそとかき回すようにして、取り出した一枚の紙には、

 

『ブラのサイズがGの人』

 

 ……なんでやねん。

 

 思わず関西弁がでてしまったけど、これは……アウトでしょ。

 

 私だったからよかったものの……これ、セクハラよね? 男子が引いてたら、確実にセクハラだったわよね。

 

 態徒辺りだったら、相当まずかったわよ、これ。

 

 安心した私が馬鹿だったわ。

 

 というか、ブラのサイズがGの人って……普通、なかなかいないわよ、そんなサイズの女性。

 いたらいたで、相当目立ってるし。

 

 というか、こんな人、この会場内にいるの? よほどの発育の良さがないと、Gには辿り着かないでしょ。

 

 ……あ、いや待って。そう言えば一人、いたわね。私の知り合いに。

 

「……仕方ないか」

 

 頭に浮かんだ人物の下へ、私は走った。

 

 

「と言うわけで、依桜。ちょっと来てくれない?」

「うん、わかったよ」

「ありがとう!」

 

 うん。なんか、なんの疑いのない反応をされると……すっごい申し訳ないわ。

 だって、お題がこんなセクハラ的なやつなのよ? いくら、幼馴染とはいえ、なんか申し訳なくてね……。

 

 かと言って、引き直しをしたところで、いいのが出るとは限らない。

 それ以前に、許可が出るかどうかすら分からないから、ここは、依桜に頼むしかないのよね……。

 

 はぁ……。

 

 ……そう言えば、女委は、Fって言ってたかしら?

 変人って、巨乳が多いのかしら?

 

 ……いえ、その理論で行くと、依桜も変人ってことになるわね。態徒とか女委と同じ扱いはさすがに可哀そうだわ。圧倒的ピュアだし。

 

 しかしまあ……

 

「どうかしたの?」

「いえ、何でもないわ」

 

 ほんっと、でかいわね、この娘。

 

 大食いの時に、勢いで食べたものが胸に行くんじゃないの? って言ったことがあったけど、あながち間違いじゃない気がしてきたわ。

 

 脂肪って、胸にも付くからね。

 

 そうだとするなら、蓄積していないように見せかけて、本当は異空間にでも蓄積してたのかしらね。……魔法がある時点で、意外とありそうね。それ。

 

 そんな馬鹿なこと考えてないで、さっさと行かないと。

 

 

 依桜を連れて、ゴール地点に向かうと、そこに選手の姿はなかった。

 会場を見回せば、必死にお題をこなそうと探しているみたい。

 

 ……一体何が書かれているのか気になるけど。

 とりあえず、トップでこれたのは大きいわ。

 

「お願いします」

 

 ゴール地点にいる先生(女性)に、お題が書かれた紙を渡す。

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

 先生は、お題と依桜を交互に見て、にっこり笑顔で、

 

「大丈夫ですね。一応、データは教師側にありますので。合格です!」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って、私は依桜と一緒にゴールテープを切った。

 

『ゴール! 二レース目、最初にゴールしましたのは、一年六組椎崎さんです! 椎崎さんは、午前の100メートル走に続き、トップでゴールしました! どうやら、椎崎さんがゴール地点まで一緒に来たのは、男女依桜さんのようです!』

 

 そう言えば私って、100メートル走でも一位だったわね。

 その時も、依桜の応援のおかげで勝てたけど。

 

 ……二つとも、依桜のおかげで一位が獲れているような……?

 ……依桜って、すごいわね。

 

「それで、お題にはなんて書いてあったの?」

「……」

 

 依桜に、お題が何だったのかを聞かれ、私は無言で目を逸らした。

 

 ……言えないっ! さすがに、このお題は言えない!

 だって、『ブラのサイズがGの人』なんて、頭のおかしいお題が書かれているんだもの! 見せられないし、言えないわ!

 

「あの……未果? ほんとに、何が書かれてたの……?」

「……お、幼馴染、よ」

「ほんとに?」

「ほ、ほんとほんと」

「……あの、未果。すっごく目が泳いでるし、声も少し上ずってるよ? あと、冷や汗も。それから、未果って嘘を吐く時、右手の小指がわずかに立つんだけど、知ってた?」

「え、ほんと!?」

「うん。……それで、なんて書いてあったの?」

 

 あの、この娘、鋭くない?

 

 長年一緒にいるから、嘘を吐く時の癖を知っていても不思議じゃないけど、目と声、冷や汗とか、普通わかる?

 私、冷や汗とかほとんど出てなかったような気がするんだけど。多分、額くらいにしか出てないわよ。

 

「ジトー……」

 

 まずい。依桜がすっごいジト目を向けてきてる!

 

 依桜のジト目って、なぜか精神に来るのよ! なんとなく、自白しないと! って言う気持ちになっちゃうのよ!

 

 で、でも、ここで言ったら、十中八九、依桜が真っ赤になるわ! なら、言わないほうがいい……はず!

 

「……自白のツボを押すしかないのかな」

 

 ……今、ぽそっと小声でとんでもないこと言ってなかった?

 自白のツボとか何とか……。

 

 ……依桜だから、それくらいで着て当然と思ってしまうのは、おかしいことなのかしら。

 だって、普段から平気でツボ押ししてくるし。しかも、針。

 でも、痛みは感じないのよね……。なんでかしら? 特殊な針でも使ってるのかしらね。

 

「それで、未果。針で自白させられるのと、自分で話すの。どっちがいいかな?」

 

 何その究極の選択。

 

 針は……慣れてるとはいえ、意識がある時に喰らいたくないわ。なんとなく、痛そうなイメージあるし。

 

 かと言って、自分で話すとなると……ものすごく、申し訳ない気持ち。

 

 セクハラなのよね……。

 

 これが、普通のお題だったならば、ここまで考えることもなかったというのに、やってくれたからね。

 

「……じゃあ、針を――」

「言うから、それだけはやめて!」

 

 結局、自分で言うことにした。

 

 だって! 針を構えてるのよ、この娘! ステンバイ! しちゃってるのよ! 手に針を持って、いつでも刺せるようにしてるのよ!

 

 割と本気でサイコパスなんじゃないかって思い始めてきたわ、この娘。

 

「……ぶ、ブラのサイズがGの人……」

「…………ふぇ!?」

 

 ボンッ! と、依桜が顔を真っ赤にした。

 うん。知ってた。

 

「え、えとえと……ほ、ほんとに?」

「残念ながらね……。だから言いたくなかったのよ……。だって、依桜絶対恥ずかしがると思ったし」

「……あぅぅ、そうだったんだ……。ご、ごめんね、未果。ボクのためだったのに……」

「いいのよ。依桜のため、って言わなかった私も悪いし」

 

 ……一番悪いのは、このお題を考えた人だけど。

 この学園、生徒も変人が多ければ、教師にも多いってことね。

 

「で、でも、なんでボク……?」

「だって依桜。前に、自分の胸の際がGって言ってたから」

「よ、よく覚えてたね……」

「そりゃあね。幼馴染だもの」

 

 幼馴染の胸のサイズ覚えてるって、相当アレな気がするけど……まあ、気にしない。

 

「……まあ、そう言うわけだから、ありがとうね、依桜」

「未果のためだもん。これくらい問題ないよ。……お題はあれだったけど」

「ほんとごめん」

 

 一位を獲れたのはいいけど、依桜に対して、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

 ……態徒と女委は大丈夫なのかしら。




 どうも、九十九一です。
 一向に終わらない体育祭ですが……そろそろ飽きられてきているんじゃないかと心配になっています。少なくとも、あと8種目やらないといけないんですよね……これ、どこかの競技削ったほうがいいかもなぁ……。多分、団体系の競技は削ると思います。正直、個人は書きやすいですけど、団体は書きにくいので。リレーあたりかなぁ。
 明日も、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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108件目 借り物・借り人競争(女委の場合)

「ただいま……」

「お、一位おめでとう、未果……って、どうしたよ、浮かない顔して?」

「何かあったの?」

 

 一位を獲ったはずなのに、未果ちゃんはどういうわけか浮かない顔をしていた。

 何があったんだろう?

 

「いや、お題が、ね……酷かったのよ」

「酷いって……どんなお題が出たんだよ」

「……ブラのサイズがGの人」

「「あー……納得」」

 

 そう言えば依桜君、Gって言ってたもんね。

 

 でも、たしかにそのお題だったら、未果ちゃんが浮かない顔をするのもわかるなぁ。

 だって、依桜君そう言うの恥ずかしがるし。

 

 まあ、それがいいんだけどね! 可愛くてOK!

 

「正直、申し訳なくてね。……さすがに、なかなかいないでしょ、Gカップの人なんて」

「だねぇ。いたとしても、パッドじゃないかな。日本人女性の平均て、B~Cらしいし」

「マジで? でもよ、剣によって違うって話だぜ? 例えば、京都とか岐阜がEらしいぞ?」

「女委はともかく、態徒がどうして知っているのかはさておき……。依桜の発育がいいのって、遺伝じゃないの?」

 

 遺伝とな。でもたしか……

 

「依桜君って、依桜君のお母さんよりも大きくなかった?」

「ええ。でも、依桜昔から言ってたじゃない。隔世遺伝だって」

 

 あー、そう言えば言ってたっけ。

 

「たしか、依桜君が銀髪碧眼なのは、依桜君の先祖の人に北欧系の人がいたから、だったよね?」

「そ。アメリカと北欧諸国が大きいみたいね。日本でいうところのFが基準らしいわよ。だから多分……依桜の胸が大きいのは、そこから来てるんじゃないかしら」

「なるほど。なんか納得したよ」

「でもよ、依桜の先祖に北欧の人がいるってのも、なかなかすごい話だよなぁ」

「そうね。今でこそ、依桜の両親は純日本人だけど、どちらかの先祖にいる北欧の人が、劣等遺伝子を二つ持っていたんじゃないかしら」

 

 リアルで、先祖返りっているんだね。

 そう考えると、依桜君って結構稀な生まれ方なんじゃないかな。

 あそこまではっきりとした発現の仕方してるし。

 

「ちなみにだけど、北欧諸国の人に、巨乳が多いのは、寒いかららしいわよ」

「そうなのか?」

「ええ。寒さに対抗するために、脂肪がつきやすくなった、って話ね」

「へぇ~、未果ちゃんよく知ってるねぇ」

「……ま、色々あるのよ」

 

 ふっ、と遠い目をしながら、微笑む未果ちゃん。

 う~む……あ、なるほど。

 

「未果ちゃん」

「何よ?」

 

 ポンと、未果ちゃんの肩に両手を置いて、笑顔で一言。

 

「日本人男性が恋人に求める理想のバストサイズって、Dらしいよ」

「余計なお世話よ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴られちゃった。

 でも、実際にそうなんだけどなぁ。

 

 ちなみに、日本人女性の理想は、半数近くの人がCで、次点にDが来るそうだよ。

 なんでも、大きすぎず、小さすぎないサイズがちょうどいいのだとか。

 あとは、大きすぎると、可愛い下着とか、Tシャツを着た時とかに視線を感じるのが嫌だ、って言う人も多いみたいだね。

 

 わたし、Fなんだけど。

 でもまあ、田中さんがいるしね! 不便するようなことにはなってないし、大丈夫!

 

 あ、それから、男の人って、巨乳が好き! って言う人は、意外と少数派みたいだね。大体の人は、C、Dが多くて、次にBらしい。

 

 あれだね。結構偏見なんだね。

 

 でもまあ……依桜君ほどの立派なものを見たんじゃあ、巨乳好きにもなるよね、あれ。

 形良し、大きさ良し、柔らかさ、張りも共に良しだもん。ある意味、理想的な巨乳だよ。

 

 あれれ。わたしは一体、何を考えているんだろう。

 

「まったく……別に、私は気にしてないわよ。ちょうどいいもの」

「羨ましい限りだよ」

「まあ、女委も依桜に負けず劣らず大きいものね。運動するとき、大変じゃないの?」

「そうだねぇ。揺れるから、結構痛いよ」

「やっぱりね。……痛いはずなのに、普通に激しい動きができる依桜って、やっぱりおかしいのかしら?」

「そうじゃないかな? ミオ先生だって、見た感じ、Eくらいあった気がするもん。なのに、全然平気そうに動くもんね。あの二人に関しては、比較しちゃだめだよ」

「そうね。……ところで、態徒はどうしたの?」

「いや、さすがに、この会話に混ざったら、ぶん殴られるんじゃないかと思ってな」

「よくわかってるじゃない。もちろん」

 

 当たり前でしょ、と笑顔を向ける未果ちゃん。

 それに対し、態徒君は何とも言えない表情をしていた。

 

 

 それからしばらく、三人で話していると、

 

「では、5レース目に走る選手は、準備をしてください」

 

 わたしの番となった。

 

「じゃ、行ってくるね」

「ええ、頑張ってね。もちろん、一位を目指すのよ」

「もち!」

「いいのを引けよ!」

「おうともさ!」

 

 ふふー、こういう時のわたしの引きは、強いのだ!

 きっと大丈夫!

 

「それでは、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 もう何回聞いたかもわからない音と共に、一斉に走り出した。

 

 あいにくと、わたしは運動が得意な方ではないので、少し遅れてしまった。

 

 現在のわたしの順位は、5位。後ろから数えた方が早い順位だ。

 

 でも、この競技で一番重要なのは、いいお題を引けるかどうかにかかっているのだ!

 ここでわたしが、叶えやすいお題を引くことができれば、問題ないんです!

 

 ようやくわたしも、箱の前に到着。

 

 わたしよりも前を走っていた人たちは、すでにお題を達成しようと会場内を走り回っている。

 よーっし、ここでいいのを……

 

「これだ!」

 

 直感で決め、取り出した紙には、

 

『天然系エロ娘』

 

 ……Oh。

 

 いや、これは予想外。

 

 てっきり、『ハンカチ』、とか、『教師』とか、『腐女子』みたいな感じで来ると思っていたら、まさかのセクハラ系。

 

 ……え? 前回も見たって? ちょっと何言ってるのか分からないです。

 

 いや待って。

 

 たしかに、わたしは自他共に認める変態さ。でもね、まさかここまでド直球なセクハラ的お題が来るなんて、想像もしてなかったんだよ。

 

 未果ちゃんが、そのセクハラ的お題にぶち当たっていたけど、さすがに二連続で引くことはないだろうなぁ、って高を括っていましたよ、わたし。

 

 それが、この様よ。

 

 再び、セクハラお題だよ。

 

 う~む。天然系エロ娘ねぇ……。

 

 一体、誰が考えだしてるんだろうね、このお題。

 

 そもそも、今までの競技だって、なかなかに面白――んんっ! 酷いものばかりだったしねぇ……。

 

 パン食い競争とか、障害物競争とか。

 

 瓦割りだって、とても、高校生がやるような競技には思えないよね。

 

 ……さてさて、どうしたものかなぁ。

 

 天然系エロ娘かぁ……。まあ、うん。

 当然、だよね。

 

 わたしは、頭の中に思い浮かんだ人物の下へ走った。

 

 

「というわけで、依桜君。一緒に来て」

「あ、あれ? またボク?」

 

 当然、天然系エロ娘と言えば、依桜君だよね!

「うん。残念ながら、依桜君なんだよ」

「二回連続で来るとは珍しいな」

「でしょでしょ! お題を引いたら、依桜君しかいないよね! っていう物をひいちゃってね。さあ依桜君! 行こうじゃないか!」

「う、うん、わかった」

「やったね! じゃあ、早速ゴールまでGO!」

「わわっ! 急に引っ張らないでよぉ!」

 

 

「お願いします!」

 

 ゴール地点には、誰もいなかった。

 

 あれれ? てっきり、もういるものとばかり思ってたんだけど……誰もいないや。

 そう言えば、未果ちゃんの時もこんな感じだったけ。

 

「確認しますね。えーっと……あー、本当に、男女さんが?」

「そですそです!」

「でも……普段の姿からは想像できないと言うか……」

 

 判定の先生は、いまいちピンと来ないらしく、ちょっと疑ったような目を向けてくる。

 それすなわち、『まあ、適当に知り合いを仕立て上げればいいだろ』って感じかね?

 ふむ……ならば。

 

「依桜君。ちょっと耳貸して?」

「え? うん」

「えっとね。――――って、言ってもらっていいかな?」

「えっと、それを言えばいいの?」

「そうそう。あ、できれば大人っぽく言ってもらえるとありがたいです」

「よくわからないけど……わかったよ。じゃ、じゃあ……こほん」

 

 軽く咳ばらいをして、依桜君が、

 

「――ふふっ、私、あなたのこ・と・が……ぜーんぶ、だぁいすき、ですよ? その体も、心も、全部……ぜーんぶ……❤」

 

 自分でやらせておいてあれなんだけど……依桜君が、すっごくエロい。

 

 あれ、結構無茶振りだったような気がするんだけど、すごい様になってるのはなんで? 依桜君って、ものすっごくピュアなのに、ここまでできるものなの? あれが嘘だった、って言われても信じちゃうくらい、エロかったと思うんだけど。

 

 ……あ。あとで下着替えないと……。

 

「……はっ! あ、あまりにも衝撃が強すぎて、一瞬変な気分に……え、えーっと、ご、合格です! ゴールしちゃっていいですよ!」

「やった! ありがとうございます!」

 

 許可をいただけたので、わたしは依桜君と一緒にゴールテープを切った。

 

『ゴール! 5レース目、最初にゴールしたのは、一年六組腐島女委さんです! またしても、一年六組の選手が一位を獲りました! しかも、腐島女委さんも、午前の部にて、パン食い競争で一位を獲っております!』

 

 ふふふー。わたしにかかれば、このくらい、造作もないのですよ!

 ……まあ、ぶっちゃけると、運が良かっただけだけどね!

 

 

「男女さんって、あんなにエッチだったんだ……なんか目覚めそう」

 

 ここにまた一人、依桜の魅力にノックアウトされた人が現れた。

 最早、なんでもありだ。

 

 

「それで、女委。お題は何だったの? それと、さっきのセリフの意味って……?」

 

 ゴールした直後、依桜君にいきなりお題の内容について尋ねられた。

 おうふ。これは困った。

 

「可愛い人、かな」

「……本当に? じゃあ、さっきのセリフって……?」

「あれは、可愛いかどうかを判断するためのセリフだよ!」

「そう、なの? でも、大人っぽくって言われた気がするんだけど……可愛いに関係あるの?」

「あ、あるよあるある! 大人っぽくないと発揮されない可愛さもあるんだよ!」

「なるほど? ……うーん、なんか腑に落ちないけど……そう、なのかな」

 

 ほっ……よかった。

 なんとか誤魔化せそうだよ。

 

 依桜君、かなり鋭いからねぇ……。

 

 未果ちゃんも、話によれば、誤魔化そうと必死だったみたいだけど、嘘を吐く時の癖や、目の動き、声の上ずり、冷や汗で見破られちゃったらしいからね。

 

 依桜君、本当にすごい。

 

 それに、普段の生活でも、やたら鋭い時も多かったし。

 

 例えば、わたしがエッチなことを考えている時とかね! ジト目を向けてくるもん、依桜君。

 

「それじゃあ、ボクは戻るね」

「うん。ありがとね、依桜君」

「いいよいいよ。それじゃあ、態徒に頑張ってって伝えといて」

「わかった! じゃね!」

 

 誤魔化すことに成功し、依桜君と別れた。

 ちなみに……

 

「ふふふー。依桜君のさっきのボイスは、わたしの超小型カメラで撮影済みなのですよ!」

 

 むふふー、あとで、こっそり楽しむとしよう!




 どうも、九十九一です。
 正直、態徒の部分今回書いちゃおうかなと考えたんですが、あまりにも眠すぎて、結局やめて、次に回すことにしました。
 まあ……似たような話で申し訳ないです。なかなかいいのが思い浮かばなくて……。
 えっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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109件目 借り物・借り人競争(態徒の場合)

「やあやあ、一位獲ったよ!」

「おかえり。そして、おめでとう」

「すげえな。オレたちが出た競技、今んとこ全部一位だぜ?」

「そう言えばそうね」

 

 態徒君が言う通り、わたしたちが出た競技って、全部一位なんだよね。

 晶君は、この次の競技の二人三脚が初だけど、態徒君とだしね。きっと勝てるさ!

 でもあれだね。一位を獲れるって言うのは、嬉しいことだね。

 

「それで? 女委も依桜を連れて行ってたみたいだけど、どんなお題だったの?」

「えっとね、『天然系エロ娘』」

「……そりゃまた、えらいもん引き当てたな」

「まあ、この会場内にいるとしたら……依桜くらいのものよね、そんな娘」

「でしょでしょ? それに、わたしはすっごく得したからね!」

「得? 何かいいことでもあったのか?」

「もっちろん!」

「女委がそこまで喜ぶとなると……エロ絡みかしら?」

「さすが未果ちゃん! 二人とも、こっち来て来て」

 

 この二人だったら、聞かせても問題ないよね! ということで、二人を近くに手招き。

 

「はい、じゃあこのイヤホンをどうぞ」

 

 近くに来た二人にワイヤレスイヤホンを手渡し、着けてもらう。

 

 ポケットから取り出しますは、さっきの超小型カメラ! それをわたしのスマホに接続! そしてそして、画面を点けて、先ほどの映像を再生!

 

『――ふふっ、私、あなたのこ・と・が……ぜーんぶ、だぁいすき、ですよ? その体も、心も、全部……ぜーんぶ……❤』

「「ぶはっ!」」

 

 するとどうでしょう! 未果ちゃんと態徒君が、鼻血を出したではありませんか!

 うん。だよね!

 

「な、なにこれ? なんで依桜が、こんなに似合わないこと言ってるの? ……いや、ある意味似合ってる、と言うか、似合いすぎてるけど」

「やべえ、依桜の奴、こんなエロいこと言えるのかよ……。しかも、表情とかマジやべえ」

「それがね、判定する先生が、なかなか信じてくれなかったんだよ。それで、依桜君にこのセリフを言って、って」

「……なるほど。依桜は純粋だから、何の疑いもなくやったのね。……にしても、すごいわね、これ。とてもピュアな娘ができるようなことじゃないわ」

「同感だ。……やっぱ、年上だからか?」

 

 まあ、依桜君の実年齢、十九歳だからね。

 年上の魅力、ってやつなのかな? あそこまで妖艶な雰囲気を出せるとは思わなかったけど。

 

「たしかにこれは、天然系エロ娘、ね。……でもこれ、元男なのよね」

「それを言ったらお終いだぞ、未果。……つか、依桜が『私』って言うのは、正直違和感ないな」

「依桜君、可愛いからねぇ。でも、やっぱり依桜君は『ボク』だよね」

「それはそうよ。昔からあの一人称だもの。むしろ、『俺』とか言ったら、ビビるわ」

「それは似合わないねぇ。依桜君、大人しいもん」

 

 まさに男の娘と呼べる存在な依桜君が、俺って言ったら、ちょっと戸惑うよ。

 最も似合わない一人称と言えるね。

 

「にしても、よく依桜にバレなかったな」

「たしかにそうね。私の時なんて、普通にバレたんだけど」

「事前情報があったからね! それに、わたしは未果ちゃんと晶君ほど、依桜君と一緒にいる期間が長いわけじゃないからね!」

「まあ、晶は九年で、私に至っては、十年以上の付き合いだもの。バレて当然ね」

 

 そうそう。

 

 わたしが依桜君と関わるようになったのって、中学の入学式の日だしね~。

 その時、同時に未果ちゃんたちとも仲良くなったのを覚えてるよ。

 

「ん? でもオレ、すぐにバレるんだけど」

「それは、態徒が馬鹿なだけよ」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

「でも、態徒君って、嘘を吐くの下手じゃん? いっつも、勝手に自爆してる気がするし、それに、表情にでやすいもん、態徒君」

「な、なん、だと……」

 

 ありゃ、気付いてなかったんだ。

 

 でも、実際そうだしなぁ。

 

 すぐに鼻の下は伸ばすし、嘘を吐く時、ものっすごい目が泳ぐし。ほかにも、誰でもわかるレベルで、声が震え、上ずるから、かなり分かりやすい。

 

 態徒君レベルだったら、誰でも嘘を見破れるんじゃないかな。

 

「まあでも、依桜君がそっち系の知識とかなかったできたゴリ押しであって、もしも知識があったら、絶対バレてたと思うけどねぇ」

「あー、それは確かにあるかも。ピュアすぎて、自分が言ったセリフが、周囲からどう捉えられてるかとか、分かってなさそうだもの」

「それはあるな。オレだって、依桜が性知識の『せ』の字すらないくらいのピュアな奴だと知ったのって、今朝だしな。普通に驚いたぞ」

 

 それはおそらく、あの更衣室にいた人たち、全員が思ったことだと思うよ。

 

 だって、子供を作るのに必要な行為は『キス』って言うんだもん。

 

 驚くなって言う方が無理な話だよね、あれ。

 

 同時に、あの場にいた人みんな、自分の心は汚れていると、若干落ち込んでたし。

 

 わたしは……全然落ち込んでいませんとも。

 エロい体系に、雰囲気を醸しだしてるのに、本人はかなりのピュア娘ちゃんなんだよ? 同人作家として、これ以上ないくらいの、逸材ですよ。

 

 もちろん、キャラクターのモデルとしてね!

 

「女委のお題もなかなか酷かったけど……さすがに、これ以上酷いお題はないでしょ。少なくとも、依桜を連れて行くようなお題はね」

「そうだといいね。さすがに、これ以上依桜君を動かすのも、ちょっと忍びないし……」

「次の二人三脚だけじゃなくて、初日の目玉である、美天杯もあるからな」

「そうね。できるだけ、体力を温存させておきたい……のだけど、依桜に限って、この程度で疲れることはないでしょうね。依桜の体力は、無尽蔵も言えるレベルだし」

「「たしかに」」

 

 言われてみればそうだね。

 

 ついつい、普通の人の感覚で話してたけど、依桜君ってかなり異常だからね。

 

 例えば、授業でやる1000メートル走(女子の場合。男子は1500メートルです)とか、平均的なスピードで本人は走ってたみたいだけど……依桜君、息切れ一つなかったもん。それどころか、汗もかいてなかった。

 その時点で、体力が無尽蔵と言える。

 

 前、依桜君に、最高時速ってどれくらいなの? って聞いたら、

 

『う~ん、身体強化を最大限かけたら、音速に届くか届かないかくらい、かな? 身体強化がなかったら、100キロくらい』

 

 って返ってきた。

 

 異世界帰りってすごいんだねぇ。

 

 乗り物のスピードを超えられるみたいだよ、依桜君。

 

 あと、マッハに届くか届かないかくらいって……それ、亜音速なんじゃ? と思って依桜君に言ったら、

 

『ボクはまだマシな方だよ。師匠なんて、ボクの十倍以上速いし……』

 

 って言われた。

 

 いやいや、ミオ先生って、本当に何者?

 

 前に、月を壊せるって言われたり、地球割りもできるんじゃないか、って言われたりしたけど……そこからさらに、異常な速さで走ることも追加されたと考えると……ミオ先生って、某暗殺漫画に出てくる、黄色い超生物以上なんじゃ?

 

 もしも、これが物語だったとして、ミオ先生って、相当ぶっ飛んだキャラになるよね? それも、よくいる最強系主人公よりも、圧倒的異常な性能を持ってることになるよね?

 

 どんなに強い、無双系主人公でも、生身で音速以上のスピードで走る人とかはみたことないねぇ。

 

 どれほどミオ先生が異常なのかがわかる話だったよ。

 

 いやぁ、そんな人の弟子をしてたなんて、依桜君もすごいねぇ。

 

 

 色々と未果たちと話していると、

 

「では、8レース目に走る選手は、準備をしてください」

 

 オレの出番となった。

 

「おし、じゃあ行ってくるぜ」

「がんばってね。当然、一位を目指すのよ?」

「もちろんだぜ!」

「いいお題が引けるといいね!」

「おう! オレだって、二人みたいな奴を狙ってくるぞ! じゃ!」

 

 そう言って、オレはスタート地点に向かい、スタートを待つ。

 

 両サイドを見れば、いかにも運動部ですよ! って奴が、東軍に何人かいた。

 

 しかも、大会で好成績を残している奴も混じっている。

 すごいな。出場制限があるのに、こんな競技に出るとか……頭悪いのか、東軍。

 

「それでは、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 最早、何かを稼いでいるんじゃないかと思えるような、お決まりのセリフと音で、一斉にダッシュ!

 

 目指すは当然、50メートル先にあるお題が書かれた紙が入っている箱!

 

 幸い、オレは運動だけはある程度得意だったので、割と高順位で走れていた。

 

 オレより前にいるのは二人。どちらも、西軍だった。

 味方が先頭だから、安心だ。

 

 そんなことを考えつつ、オレも箱のところに到着。

 

「よーし、オレだって、いいもの引くぜ!」

 

 そう意気込みながら、箱に手を突っ込む。

 

 かなりの数の紙が入っているのがわかる。これ、一体何枚入ってるんだ?

 

 ふーむ、これだけあると迷うが……ずっとここにいたら、後ろの奴らに追いつかれるな。それは困る。

 

 よし、決めたぞ! これだ!

 悩んだ末、一枚の紙を取り出し、開く。

 

 そこには、

 

『同性愛者』

 

 ……馬鹿にしてんのか、このお題。

 

 よりにもよって、なかなかいないであろうお題を書きやがったよ。

 

 オレが期待したのは、未果とか女委が引き当てたような奴なんだよッ!

 

 そうすればよ、それを口実に、女子と手を繋げたかもしれないってのに……なんだこのお題!

 オレの夢を返せよ!

 

 そもそも、自分から進んで同性愛者だ、と言うような奴って、なかなかいないぞ!? どっちかと言えば、隠している人のほうが多い気がするんだが!

 

 にもかかわらず、お題にこれを入れる辺り……頭がおかしすぎる!

 

 つか、オレに頭がおかしいって言われたらお終いだろ! 自分で言ってて悲しくなるけども。

 

 ……いや、落ちつけ。落ち着くんだ、オレ。

 一応いるじゃないか、身近に。

 

「よし。行くか」

 

 そんなわけで、

 

 

「ついてきてくれ、依桜」

 

 オレは依桜のところに来ていた。

 

「え、えっと、またボク?」

「おうよ」

「……まあ、いいけど」

「よっしゃ! じゃあ行こうぜ!」

 

 了承を得られたんで、勢いで依桜の手を握る。

 

 や、柔らけえ!? それに、小さい! あったかい! すべすべ!

 

 じょ、女子の手って、こんなに素晴らしいものだったのか!

 

 くそぅ! 世の中のリア充共が羨ましいぞ、コンチクショ―!

 ……いや、逆に考えるんだ。依桜のような超美少女と手を繋げたんだ。そうそう訪れないラッキーだと!

 

 ……しかし柔らかいな。

 いつまでも握ってたくなる心地よさもあるし……恐るべし、依桜。

 

 っと、そんなことはどうでもいいか。

 傍から見ている奴は、オレがどうして、女委を選ばなかったのか、そう思っていることだろう!

 

 これにはちゃんと、訳があるのだよ!

 

 ……まあ、そこまで複雑なもんじゃないがな。

 

 簡単に言えば、依桜が恋愛した場合、どうあがいても、同性愛者で捉えることができるからな!

 

 だってよ、今の依桜が女子に対して、恋愛感情を持てば、何も知らない奴から見たら、それはどう見ても、同性愛になるわけだ。

 

 で、反対に男が好きになった場合、依桜が元男だと知っている奴らからすれば、それもそれで同性愛になるというわけだ!

 

 え? なんか過去にも似たような話を見たって? 気のせいだよ気のせい!

 仮にそうだったとして、その話をしたのはオレじゃない奴だしな!

 

 

 依桜の手の感触を楽しみつつ、ゴール地点へ。

 そうすると、未だに誰もいなかった。

 

 未果と女委の時もそうだったが、オレたちって、結構運がいいんじゃね?

 

 普通、こうも立て続けに一位を獲れるわけないしな。

 

 見れば、他の奴らはまだ走り回ってるしな!

 

 はっはっは! オレは依桜と言う名の、超美少女と手を繋ぎながら、ゴール地点まで来てやったぜ!

 

「お願いします」

「はい、確認しますね。えーっと……え、本当に、そうなの?」

 

 判定役の先生がお題の紙を見ると、驚愕しだした。

 

「ほんとっす」

 

 オレが断言すると、何度も紙と依桜の顔を交互に見続ける。

 

「えーっと、男女さんって、恋愛するなら、男の子と女の子、どっちがいい?」

「え? え、えーっと……す、好きになれたなら、どっちでもいいかなー、なんて……」

「……そ、そうですか。ご、ゴールして大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」

 

 お礼を言って、オレたちはゴールテープを切った。

 

『ゴール! 八レース目、最初にゴールしたのは、一年六組変之態徒君です! またしても、一年六組の選手が一位を獲得しました! そして、三度目も連れてこられている男女依桜さんと手を繋ぎながらのゴール! これは、会場内にいる人たちから大ブーイングの嵐です! 羨ましいぞこの野郎!』

 

 なんたる優越感!

 

 ハハハハハ! これが、友人の特権って奴なのだよ!

 

 ……っと、こんな馬鹿なことを考えてる場合じゃないな。うん。

 

「えっと、態徒はどんなお題を引いたの?」

「……気にするな!」

「……今の間が気になるんだけど……まあ、聞かないでおくよ」

 

 ん? 問い詰められなかったぞ?

 

 おかしいな。

 

 いつもの調子だったら、確実に聞かれると思ったんだが……まいいか!

 バレないならバレないで、それに越したことはないよな!

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ着替えてこないといけないから、またね」

「おうよ! ありがとな!」

「うん。じゃあね」

 

 そう言って、依桜が更衣室の方へ向かって行った。

 

 ……にしても、あんなにエロい恰好してるのに……慣れたのか? あれ。

 

 いや、オレ的には眼福だし全然よかったけどな!

 

 至近距離で、依桜のおっぱいが揺れるのを見ることができたし!

 

 いやあ、友達でよかったぜ!

 

 ……まあ、会場からはものっそいブーイングされてるがな!

 

 

 この時、態徒が依桜を連れてきたことにより、なぜか女子からの告白が増えたそうだが……この時の依桜は、その理由を知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 体育祭、あと何話続くんだろう……? ここまで長い体育祭を、見たことがあっただろうか。少なくとも、単行本で換算したら、すでに2冊分は超えてるんですよね、これ……。自分の文才のなさが憎い……!
 まあ、その辺りは、努力するしかないですかね……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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110件目 二人三脚へ

「てなわけで、オレたち全員一位だったぜ!」

「おめでとう、三人とも」

「おめでとう」

 

 テンション高めで返ってきた三人に、祝いの言葉をかける。

 

 友達が一位を獲るって言うのは、やっぱり嬉しいものだからね。

 

 まあ、ボクも間接的に参加していたけど。

 

 未果のお題は知ってるけど、結局、女委と態徒のお題って何だったんだろう? 二人とも、お題のことを訊いたら、誤魔化してきたし……。

 

 でも、未果もボクのためを思って誤魔化していたみたいだったので、二人のお題については追及をしなかった。

 それでも、気になるものは気になるんだけどね。

 

 でも、なんとなく、聞かないほうがいいんじゃないかなぁって思って。

 

「まあでも、ひっでえ競技だったけどな!」

「そうね。聞いたところだと、お題には『EX〇LEの歴代メンバーのフルネームを言える四十代以上の人』とか、『ドラマの監督』とか、『異世界に行ったことがある人』なんてのもあったわよ」

「……お題を達成させる気あるの?」

 

 聞いたお題に、ボクは呆れていた。

 最初の二つはまあ……辛うじてできるかもしれないけど、最後の三つ目に関しては、まず不可能だよね?

 

 というか、判定役の先生にそのお題を見せたところで、どうやって確認すると言うんだろうか?

 

 ……あ、でも、希美先生のような人も、もしかしたらほかにいたりするのかな?

 希美先生、学園長先生の研究に関わってる、って言ってたし。

 

 ほかにいたとしても、不自然じゃない、かな?

 

「さあね。私たちが、『異世界に行ったことがある人』なんてのに当たってたら、確実に達成できてたと思うけどね」

 

 未果がそう言うと、ボク以外の三人がうんうんと頷いていた。

 

 ま、まあね……。

 

 ボクが異世界に行ったことを知っているのは、この学園じゃ、学園長先生と希美先生含めて、六人くらいだもんね。

 

「ま、オレと女委も意外と簡単なお題だったけどな」

「そうなの?」

「うん! わたしとしては、役得なお題だったよ」

「オレもだな!」

「そうなんだ」

 

 どこか嬉しそうな二人。

 

 う~ん、本当に気になる。一体、何が書かれてたんだろう?

 

 ……うん? なんかよく見ると……態徒の鼻の下が赤く見えるような?

 

 って、これ、血?

 

「態徒、鼻血でも出した?」

「えっ? な、なんでだ?」

 

 あれ。なんか、見るからに動揺したんだけど……どうしたんだろう?

 

「鼻の下が赤くなってるから、てっきり鼻血でも出したのかなって」

「あ、ああ、ちょっと転んじまってな!」

「それにしては、どこも怪我した様子はないし、汚れてないけど……」

「あ、あれだ! ちゃんと汚れは落としたし、飛び込み前転の要領で受け身をとったから、大丈夫だったんだよ!」

「ず、ずいぶんアクロバティックな受け身だね。……あれ? でもそれなら、鼻血が出てたのは不自然じゃない? だって、前転って鼻をぶつけるようなことにはならないし……」

「そ、それはだな……」

 

 さっきよりも、さらに動揺し始めた。

 

 目は激しく泳いでいるし、冷や汗もだらだら。声も震えてる。

 

 うん。何か隠してるね、この反応。

 

 ただ、気になるのは態徒の様子だけじゃなくて……未果と女委の方も。

 

 どういうわけか、態徒に色々と訊いていたら、横であからさまに動揺しだしてるんだもん、この二人も。

 

 それがなんだか気になった。

 

「ま、態徒のことだし、会場内にいる女性のハプニング的な状況を目にして、鼻血を出しただけなんじゃないのか?」

 

 と、ここで晶がそんなことを言ってきた。

 言われてみれば、その可能性はあり得る。

 態徒だし。

 

「なるほど。それは十分あるかも」

「たしかにそうね! 態徒は、エロいものが大好きだものね!」

「うんうん! 態徒君、三度の食事よりも、エッチな女の子! って感じだもんね! パンチラで鼻血を出しても不思議じゃないもんね!」

「ちょっ、お前ら!?」

 

 まるで、これ幸いにと言わんばかりに、未果と女委が便乗してきた。

 何気に言っていることが酷い。

 態徒もそう思ったのか、抗議している。

 

「態徒、ちょっとこっちに」

 

 と思ったら、未果と女委が態徒を連れて少し離れた場所に移動していった。

 

(まあまあ、これで誤魔化せば、さっきの映像が奪われずに済むんだよ?)

(そうよ。わ、私は別に欲しいとは思ってないけど? でも、あんたは欲しいんじゃないの? 私は欲しいとは思ってないけど)

(ぬぐっ! た、たしかに、あの映像は欲しいっ! ……し、仕方ねえ、ここはオレが犠牲になるしかない)

 

 話が終わったのか、三人が戻ってきた。

 

「そ、そうなんだよ! さっき走ってる時に、めっちゃエロいお姉さんがいてよ! その人が、すんばらしいパンチラを見せてくれたもんで、つい鼻血がな! ついでに、オレの息子も元気に! はっはっは!」

「そ、そう、なの? それならいいけど……。あと、態徒って子供いないよね?」

「い、いやそうだが」

「じゃあ、息子ってなに?」

「そ、それは、だな……あ、あれだ! げ、ゲームのな! ゲーム内の息子だよ!」

「そうなんだ。でも、なんで急にゲーム内の子供のことを?」

「うぐっ。え、えーっとだな……」

(依桜って、本当に純粋だったんだな)

(あれね。変態とピュアは嚙み合わないって言うのは、本当だったのね)

(いやぁ、あんなに真っ直ぐな目を向けられながら、説明をさせられるのって、かなりキツイねぇ)

 

 普通に尋ねているだけなのに、なぜか態徒はたじたじに。

 あれ? ボク、変な質問してるのかな……?

 

 だ、だって、子供がいないのに、息子って言うから、何のことかなって……。

 

「そ、そう言えば、次は二人三脚だよなっ!」

「え? あ、うん。そうだね。多分、もう少しで招集がかかると思うけど……」

(((うわ、逃げやがった)))

 

 あれ? なんか、晶たちが態徒に対して、『それはない』みたいな目を向けてるんだけど、どうしたんだろう?

 

「そう言えば、晶はこれが初種目だったよね?」

「ああ、そうだな。オレが参加するのは、基本団体系の競技だからな。個人……と言っていいのかは分からないが、一応、個人種目は二人三脚だけだな」

「お互い、頑張ろうね」

「ああ」

 

 二人三脚かぁ。

 最後にやったのはいつだったっけ?

 

 小学三年生の運動会で、父さんと一緒にやった時以来だから……七年前くらいかな?

 あの時は親子だったけど、今回は友達とだから、ちょっと楽しみだったり。

 

 ……もっとも。相手は女委だから、何をするかわからないんだけどね!

 

「そう言えば、よくよく考えてみたら、態徒って午後の部全部出場してるわよね?」

「言われてみればそうだな。全然気づかなかったぜ」

「結構体力を使ってるが、大丈夫なのか? 美天杯とか、疲れてる状態でやったら、かなり不利だと思うんだが」

 

 心配そうに、晶が態徒にそう訊いていた。

 

 言われてみれば確かに。

 

 態徒が出場する競技数は、全部で五つ。

 

 ボクたちの中だと、一番出場する競技が多い。

 

 そして、五種目中、四種目は初日に集中していて、その上、四種目とも午後に行われる。それも、立て続けにっていうおまけつき。

 

「問題ないぞ! 幸い、そこまで疲れるような競技じゃないしな!」

「でも、二人三脚って結構疲れると思うのだけど」

「ま、相方は晶だからな。言うほど疲れないぜ」

「ならいいけど……」

「まあ、美天杯に関しては、依桜も出るし、全然問題ないだろ! この学園に、依桜以上に強い人なんて、ミオ先生くらいだぞ? 学生の中にはいないって」

「あ、あはは……で、でも、もしかしたら、一人くらいいるかもしれないよ?」

「「「「それはない」」」」

「そ、そですか……」

 

 息ぴったりに否定されちゃったよ。

 

 ……まあ、ボクとしても、なかなかいないだろうなぁ、とは思ってるけど……。

 

 でも、ボクのように異世界に行って、強くなって帰ってきた人がいるかもしれないし……。

 

 一応、学園長先生がいるとは言っていたから、探せばいると思う。

 

『お知らせします。二人三脚の準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

「あ、招集だ。じゃあ行こっか」

「そうだな」

「それじゃあ、行ってくるね、未果ちゃん」

「ええ、頑張ってね、みんな」

「一位を獲ってくるぜ!」

 

 と言うわけで、未果以外の四人でグラウンドに向かった。

 

 

「へぇ、意外と男女で、っていうペアもいるんだな。これは意外だな」

 

 招集がかかり、グラウンドに集まると、意外にも、ちらほらと男女混合のペアが見受けられた。

 

「たしかにね。てっきり、同性同士が多いのかと思ってたけど」

「あれじゃないかな。カップル」

「ま、だろうな。もしそうじゃなかったら、単純に幼馴染の関係であるか、両想い、もしくは、女子の方が片思いしている場合だろうな」

「くそっ、羨ましいっ! 羨ましいぞ、コンチクショー!」

 

 態徒が悔しそうに嘆いているが……ま、いつものことだろう。

 羨ましいと言うが、一応態徒に好意を持っている人がいるんだがな……。

 まあ、向こうは結構内気だったみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないが。

 

「だがまあ、半数は同性同士みたいだな」

「でもでも、半分も男女混合って言うのは珍しいよね!」

「くっ、オレも混合がよかったなぁっ!」

「……まあ、俺と態徒のペアと、依桜と女委のペアで、それぞれ交換したら、態徒か俺のどちらかが死ぬことになるからな。諦めろ」

「そうだけどよ……」

「それに。態徒は依桜とデートするんだろ? ならいいじゃないか」

「それとこれとは別だ! 触れ合えるチャンスがあるなら、触れ合うのが、男ってもんだぞ!」

 

 我儘だな、こいつ。

 

 分からないでもないが……俺は、そこまで興味があるわけじゃないからな。

 

 恋愛ごととかは、割とどうでもよかったりする。

 

 人の恋路を応援するのは全然いいんだが、自分のとなるとな……まったく意欲がないと言うか、興味がないと言うか。

 

 その点、態徒はある意味じゃ羨ましいかもな。

 ストレートに言えるから。

 

「それはそれとして、だ。……気のせいかもしれないんだけどよ、なんか、妙に視線が向いてないか? 主に、オレと晶に」

「そうか? 俺はよくわからないが……」

 

 俺も最近、自分に向かっている視線は分かるようになってきたが……今回はこれと言って感じられない。

 

「気のせい……とは言えないかな。ボクだって、結構視線を感じるし」

「依桜君の場合は、いつものことだよね~」

「そうだけど……。でも、いつもとちょっと違うような気がして……」

「あれじゃね? 依桜と女委が走るからじゃね?」

「どういうこと?」

「巨乳と巨乳のペアだからな! 男的には、これ以上ないくらい素晴らしいものってわけだよ!」

「わかる! わかるよ、態徒君!」

「ちょっと何言ってるかわからないかな」

 

 対照的な二人だな、ほんと。

 変態と純粋。

 

 よくよく考えてみれば、ある意味じゃ、正反対な二人だよな、この二人は。

 

 現に、女委はテンションが高いのに対し、依桜はやや呆れている。

 

 正反対だからこそ、馬が合ったのかもしれんが。

 

「ところでよ、二人は何レース目だ? オレたちは三レース目だったぜ?」

「ボクたちは五レース目だよ」

「そうかそうか! なら、オレも二人が走っているところを見れるわけだな!」

「ふふふー、楽しみにしててね、二人とも!」

「おうよ!」

「……何を楽しみにするのかは分からないが」

 

 いや、概ね予想はできるが。

 態徒がさっき言ってたしな。十中八九、それだろう。

 

 ……そう言えば、依桜と女委のペアが練習で走っている時は、いつも大惨事だったっけな……。

 

 ……かなり心配になってきたぞ。




 どうも、九十九一です。
 普通に、競技に入ろうかなと思いましたが、変に長くなりそうだったので、また分けることにしました。遅くてすみません。
 えっと、明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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111件目 大惨事、二人三脚!

『えー、それでは、選手の皆さんが集まったようですので、二人三脚のルール説明に参ります! この二人三脚では、通常のものとは違う方式をとっております!』

 

 ……なんだ、ものすごく嫌な予感がしてきたんだが……。

 

『では、選手の皆さん! コース上をご覧ください!』

 

 言われて、選手全員がコースの方に目を向ける。

 そこには、なぜか……風船が置かれていた。

 

『コース上に置いてあるのは、皆様ご存じ、風船です! この風船をどうするかと言いますと……ペアのどちらかが風船を膨らませ、二人で割ってもらいます!』

 

 その瞬間、選手たちがざわつきだした。

 俺も、なぜそんなことをするのかわからず、眉をひそめていた。

 

『この風船を割る時、ルールがございます! それは……上半身だけで割る、と言うことです!』

 

 ……なんだ。何を言っているんだ、放送部は。

 

『簡単に説明しますと、この時だけ、足を縛っている紐を解いてもOKです! そうしましたら、お互い向き合ってください。そして、二人の間に風船を挟み、抱き着くような形で割ってください!』

 

 その瞬間、歓声と悲鳴が上がった。

 歓声はおそらく、男女ペアの選手たちからだが、悲鳴に関しては、同性のペア――それも、男子から出間違いないだろう。

 

 かく言う俺と態徒も、頭を抱えていた。

 

 おかしい! この学園、絶対おかしいぞ!

 

『いいですねいいですね! 会場が盛り上がっていますよー!』

 

 盛り上がり方は違うと思う気がするんだが。

 

 これ、ある意味では天国かもしれないが、ある意味では地獄のような競技になるぞ?

 

 なにせ、男同士で抱き合わなくちゃいけないんだからな。

 女子同士なら、そこまで気にすることはないのかもしれないが……男同士なんて、ただただきついだけだぞ。絵面的に。

 

 嬉しいか? 汗だくになって、お互い抱き合いながら風船を割る光景とか。

 

 ……いや、この学園にいる女子だったら、確実に喜ぶような状況だろうな。

 腐女子だから。

 

 俺は……そこまでと言うほど気にはしないが、これ以上ホモ疑惑が出るのは、本当に勘弁してほしいところだ。

 ただでさえ、告白してきた人をフラれるたびに、ホモ疑惑が拡散していくんだぞ?

 

 しかも、その相手が態徒なんじゃないか、という誰得状況になっているみたいだし。

 

 ……マジで、きついんだよ。

 

『はい、それでは、準備も終わりましたので、始めたいと思います! まずは、一レース目の――』

 

 と、ある意味、嫌な思い出になりそうな二人三脚が始まってしまった。

 

 

 二人三脚が始まると、それはもう、地獄の様だった。

 

 まず、男女ペアの場合。

 

『は、恥ずかしいね……』

『お、おう。ちゃ、ちゃっちゃとすませちゃおうぜ?』

『う、うん』

 

 という、ラブコメが展開されたせいで、

 

『なんだあの野郎!』

『見せつけてんのか? アァ!?』

『リア充爆発しろ!』

『豆腐に頭をぶつけて死ねばいいのに!』

 

 こんな感じで、彼女がいない男子たちからの怨嗟が酷かった。

 同様に、女子からもそんな怨嗟が飛んできていたりしたが。

 

 もちろんその理由は、ペアの男子が校内でも有名なイケメンだったからだ。

 お互いに照れ笑いしながら、風船を割るものだから、それはもう、酷かった。

 

 だが反対に、女子同士のペアは歓声が沸いた。

 ある意味当然と言えば当然、か。

 

 この学園に在籍している女子は、何かと容姿が整っている人が多い。

 そのため、女子同士の風船割りは、何と言うか……男的には素晴らしいものではあった。

 

 俺自身は、そこまででもないが……興味がないと言えば、嘘になると言うのが本音だ。

 態徒や、女委ほどではない。

 

 だが、普通の生徒でこれとなると……依桜と女委のペアはどうなるんだろうな。

 

 片や純粋。片や変態と言ったペアだ。

 

 依桜には、性的な方の知識はほとんど皆無と言っていいレベルで、ない。そのため、女委が騙そうと思えば、簡単に騙せてしまう。

 

 そうなると、練習時の惨劇が再び繰り返されることになるんだが……

 

「……まさか、本番に、こんな頭のおかしいルールがあるなんてな」

 

 これは予想の斜め上を行き過ぎた。

 

 そもそも、二人三脚で風船を割る、なんてルール自体、あるとは思わなかった。

 

 何かの作品では、椅子に置いた風船を座って割る、って言うものがあったが……そんなものは、まだマシな方だ。

 

 今回、抱き合いながら割る、ということは、当然胸辺りになるわけだ。

 

 そうなると、学園一大きい依桜と、学園で二番目に大きい女委のペアだと、かなりえらいことになりそうだ。

 

 当然、それを目当てにしている人もいると思う。

 

 少なくとも、依桜のお父さん――源次さんはその目当てにしている人の一人で間違いないだろう。

 

 遠目にだが、明らかに一眼レフカメラを構えてるし。

 何をしてるんだ、あの人は……。

 

「では、三レース目に走るペアは、準備をしてください」

「お、呼ばれたみたいだぜ、行こうぜ!」

「ああ。それじゃ、俺たちは行ってくるな」

「うん。頑張ってね、二人とも」

「がんばってね~!」

 

 二人の応援を受け、俺たちはスタート地点へ。

 スタート地点に行き、互いの足を紐で縛る。

 

「……何が悲しくて、野郎と二人三脚をしないといけないんだろうな」

「仕方ないだろ? さすがに、依桜のファンクラブの人間に殺されるのはな……。俺たち、ブラックリストに載っているみたいだし」

「だよなぁ……。まあ、晶だから別にいいんだが……」

「その言い方は誤解を招くからやめろ」

 

 今一瞬、背筋がぞくっとしたぞ。

 こいつ、本当にホモじゃないんだよな? たまに心配になる時があるんだよ。

 

「でもまあ、これが終わればよ、依桜たちのエッロい光景が見れるわけだろ? なら、頑張って一位を獲らないとな!」

「……たまに、お前が本当にすごい奴なんじゃないか、と思う時があるんだが」

「そうか? はは! 見直したろ?」

 

 なんて、調子よく笑う態徒。

 まあ、主に悪い意味で、だがな。

 呆れながら言ったというのに、何を勘違いしているんだろうな、この馬鹿は。

 

『準備が終わったようですので、先生お願いします!』

「では、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 その音共に、せーので足を踏み出した。

 

「「1、2、1、2……!」」

 

 伊達に友達をやっていないな。

 

 俺たちのペアは、かなり高スピードで進んでいた。

 

 ほかにも、何ペアか早い選手たちがいるが、俺たちほどではない。

 

 なにせ、こっちはお互いの癖もある程度は把握してるからな。

 

 そんな俺たちがまず目指すのは、50メートル先にある風船だ。

 

 二人三脚だから、普段よりも速く走るのはなかなかに難しい。

 かなり高スピードを維持しているとはいえ、俺たちでも、普段の本気のスピードが出せるわけではない。

 

 俺の最高記録が6.9秒。おそらく、今のスピードは、8秒~9秒の間だろう。

 だがまあ、今のところは一位であると考えると、マシ、か?

 

 四人とも、出てる種目すべてで一位を獲っているからな。俺としても、一位は獲りたいのだ。

 

 そんなことを考えつつ、風船が置いてある場所に到達。

 

「はぁっ、はぁっ……やべえ、意外と疲れんのな、これっ……!」

「ま、まあなっ。疲れないのなんて、依桜くらいだぞっ……。そ、それで? どっちが膨らませるんだ?」

「お、オレがやろう」

 

 と、態徒が風船を膨らませてくれるようだ。

 お言葉に甘えて、俺は態徒に任せることにした。

 

『三レース目、最初に風船エリアに到達したのは、最近、腐女子の間で密かなブームとなっている、美男と野獣カップルだ!』

「「ちょっと待てーーーー!?」」

 

 態徒が、風船を膨らませようとしたところで、そんな実況が耳に届き、思わずツッコミを入れていた。

 

 いや、当然だろう、これは!

 

 なんだ、美男と野獣って! あれか? 美女と野獣のホモバージョンか!?

 

 名作を汚すなよ!

 

『えー、こちらのカップルを題材にした、ラブストーリーな同人誌が学園内に出回っているらしいです! 作者は『謎穴やおい』さんと言う方です。素性がわかっておりませんが、良質なBLを描くとして、大変人気な方だそうです! ちなみに、私も愛読しております!』

 

 そんな情報、いらないぞ!?

 

 というか、その作者、どう考えても女委だろう!

 

 何してるんだ、女委は! まさか、俺と態徒のBL本を描いて、校内に散布してたとは思わなかったぞ!?

 

 見ろ!

 

「オロロロロロロ……!」

 

 態徒なんて、あまりの酷さに、嘔吐してるぞ!

 

『おーっと! 変之態徒君、なぜか吐いてしまいましたーーーーーーー!』

 

 なぜか、じゃない!

 明らかに原因はお前だ! 放送部、大丈夫なのか!?

 

「す、すまんっ、晶……オレは、もう、ダメ、だ……ぐはっ……」

「た、態徒! しっかりしろ! 傷はあさ――くはないが、ここで死んだら、依桜と女委の二人三脚が見れなくなるんだぞ!? それでもいいのか!」

「ハッ! そ、それはダメだ! オレは、何としてもあのおっぱい合わせをみるんだ!」

 

 ……自分でやっておいてなんだが、こんな方法で起きるのは、世界広しと言えど、対とくらいなんじゃないか?

 

 い、いや、今はそれに感謝するしかない。

 

「ふーーーーーーーッ!」

 

 は、速い! ものすごい速さで風船が膨らんでいく!

 50メートル走ったというのに、よくできるな。

 

 ……煩悩か?

 

 そんなことを考えていたら、気が付けば風船が膨らみ切っていた。

 いや、本当に早いな!?

 

「よ、よし……これだけ膨らませればよ、あまり至近距離にならない、よな?」

「そ、そうだな。……これ以上、美男と野獣なんてことは言わせたくないもんな」

「ああ……じゃあ、いくぞ」

「「せーの!」」

 

 ぐぐぐっ……と、俺たちは風船を間に挟み、抱き合う。

 

 すると、

 

『きゃああああああああああああああああ!』

 

 ……女子からの、黄色悲鳴が多数上がった。

 

 お、落ち着くんだ、俺。平常心。平常心だ。

 

 無心で抱き合うこと数秒。

 

 パァン!

 

 という、ものすごい破裂音と共に、衝撃が発生した。

 し、至近距離で割ると、痛いな、風船。

 

「よ、よし、あとはゴールするだけだ!」

「ああ! 急ぐぞ!」

 

 この後、何とか無事にゴールすることができたが……なぜか、ものすごく寒気がした。

 ……放送部は野放しにしたらいけないな。

 

 

「……と言うわけで、一位を獲ったぞ」

「お、お疲れ様……」

 

 一位を獲ったのに、晶と態徒は沈んでいた。

 見てわかるほどに、表所は暗く、晶は笑顔を浮かべているはずなのに、どこか暗い。と言うか、目がちょっと虚ろ。

 

 態徒は、ゴールした直後、すぐに水飲み場にダッシュしていった。

 ……まあ、吐く、って言う大惨事になったからね……。

 

 気持ちはわかるよ、態徒。

 以前、ボクと晶の苦労を笑っていたけど、これでボクたちの気持ちを理解してくれたと思うので、是非とも、今後は笑わないでほしいと思いました。

 

 

「じゃあ、依桜君! わたしたちの番だね!」

「う、うん。頑張ろうね」

「もっちのろんだよ!」

 

 晶君と態徒君を慰めていると、ついにわたしたちの番に。

 

 ふっふっふー。わたしはこの時を待っていたよ!

 

 なぜなら……合法的に、堂々と依桜君のおっぱいを触れるからね!

 

 いやぁ、本当に病みつきになるんだよ、依桜君のおっぱいって。

 

 大きくて柔らかいのはもちろんのこと、自由自在に形を変えるのに、決して垂れることはなく、ツンと上を向いて、綺麗な形を保っている。

 

 さらに、もちもちしつつ、手に吸い付くような感じなのに、ものすごい張りのよさ!

 

 あれは、まさに至高! 至高のおっぱいなのですよ!

 

 いやぁ、楽しみだなぁ。

 

 しかもしかも、抱き合うことになるんだから、なおさら……ふへへぇ。

 

「め、女委? 涎垂れてるよ?」

「おっと、ごめんごめん」

 

 いけない。あまりにも楽しみすぎて、つい妄想が……。

 晶君と態徒君の抱き合いもよかったけどね! リアルBL最高ですよ!

 

『準備が終わったようですので、先生お願いします!』

「では、位置についてー。よーい……」

 

 パァン!

 

 何度目かもわからないスターターピストルの音が響くとともに、せーので足を踏み出した。

 

「「1、2、1、2!」」

 

 ふぉおおおおおおおおおおおおおお!

 

 柔らかい! 柔らかいよぉ!

 

 手で支えつつも、依桜君のおっぱいに触り、同時にわたしのおっぱいも依桜君のおっぱいに触れている!

 

 美味しい! なんて美味しい競技なんだ!

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 わたしたちが走り始めると、会場――特に男性――が沸いた。

 ふふふ。やっぱり、依桜君のおっぱいはすごいね!

 

『すごい! すごすぎます! 男女依桜さんと腐島女委さんの胸が、ものすごく揺れています! これには、会場にいる男の人たちも視線が釘付けです!』

「~~~~ッ!」

 

 おお、依桜君の顔がみるみる真っ赤に!

 

 可愛い、可愛いよ依桜君!

 

 そして、すごいよ依桜君! 恥ずかしがりつつも、呼吸は合わせてるんだもん!

 

 と、こんなに恥ずかしがりつつも、わたしたちはトップで風船のところに。

 

「じゃあ、風船を膨らませよう!」

「う、うん。じゃあ、ボクがやるね」

「ありがとう、依桜君!」

 

 ふへへ、依桜君の息が入った風船……イイね!

 

「ふ~~~~~~っ!」

 

 おお、すごい。

 さすが、異世界で鍛えた体! みるみるうちに風船が大きくなっていくよ!

 そして、気が付けば、あっという間に風船が膨らみ切った。

 

「はい、じゃあ、割ろっか」

「うん! それじゃあ、依桜君わたしの背中に手を回して? わたしは、依桜君の背中に手を回すから!」

「う、うん……」

 

 恐る恐ると言った感じに、依桜君がわたしの背中に手を回してきた。

 

 うんうん! いいねいいね!

 

 依桜君、わたしよりも身長低いから、いい感じに見上げてくれるんだよね!

 

 その時の依桜君って、恥ずかしいのかちょっと頬が上気しているんだよ!

 

 エロい! エロいよ依桜君!

 

「じゃあ、せーので割ろうね?」

「う、うん」

「「せーの!」」

『おおおおおおおおお! 素晴らしい! 素晴らしいです! 巨乳と巨乳で風船を割ろうとしています! これには、会場内にいる男性たちも、目が釘付けどころか、ものすごくガン見しております! 目が充血していそうです!』

『俺、生まれ変わったら、風船になって、あの楽園に挟まりたいっ!』

『俺は、風船じゃなくて、今の間まで挟まりたいぞ! あの素晴らしすぎるおっぱいに挟まれて、生を終えたい!』

『はぁ、はぁ……やば、鼻血が……』

 

 ぐぐぐっ、と、風船を割ろうとしているけど、お互いのおっぱいが柔らかすぎるせいか、なかなか割れない。

 でも、形が変わるおっぱいは……いいものです。

 

 そして、

 

「ふぅっ、んっ……! んっ~~~~~~……!」

 

 と、必死になって割ろうとしている依桜君が、とってもエッチなんだよ!

 

 しかも、微妙に喘ぎ声に近いし! いやぁ、この競技に出れてよかった! ありがとう、未果ちゃん!

 

 だけど、楽しい時間と言うのは、終わりが来るものです。

 

 おっぱいに圧迫された風船が耐え切れず。

 

 パァン!

 

 という、かなりの破裂音を響かせた。

 

 それと同時に、

 

「ひゃんっ!」

 

 ぶるんぶるん! ばるんばるん! と、わたしたちのおっぱいが揺れた!

 それも、走っている時の比ではないくらいに!

 

 その結果、

 

『『『ぶはっ!』』』

 

 会場は、血で染まりました!

 ふっ、いいものが見れましたよ。

 

『おーっと! あまりにも眼福すぎる光景に、会場内にいる男性たちが、一斉に鼻血を噴き出しました――――――! よく見ると、同じレースに参加していた男子の選手たちも、軒並みノックアウト! 恐るべし、学園のツートップ!』

 

 見れば、他の選手の人たちは、みんな鼻血の海に沈んでいました。

 おぅ、すごい光景。

 これ、後片付けが大変そうだね!

 

『先生! 富樫君が息してません!』

『こ、こっちもです! ものっすごい安らかな顔で死んでます!』

『まずい! 救護班もやられた!』

『なにぃ!? 急げ! 急いでAEDを持ってくるんだ! 蘇生を急げ!』

『大変です! あまりにも刺激が強すぎたのか、大多数の人が心肺停止状態に陥ってしまったようです! 今、各地で人体蘇生が行われています!』

 

 あっちゃー。ひっどいことになったね、これ。

 

「ど、どうしよぉ……」

 

 依桜君は、顔を青ざめさせている。

 

 うん。可愛い。

 

 わたしは、現実逃避をした。

 

 いやだってねぇ? まさか、死んじゃうとは思わなかったし……まあ仕方ないね。

 

 依桜君だもん。

 

 実際、その可愛さで、言葉だけで人を昇天させることができちゃうもんね。

 ある意味、才能だよね、これ。

 

「とりあえず、ゴールしよう!」

「え、あ、み、未果!?」

 

 逃げるように、わたしたちはゴールしました。

 当然、一位でしたとも!

 

 一位を獲れて、依桜君のエッチな姿も見れたし、おっぱいも触れたしで、最高の競技だったよ! ありがとう、依桜君!

 

 この、とんでもない大惨事を引き起こした二人三脚は、後に『大惨事 おっぱい二人三脚』と、語り継がれることになったが……この時の依桜と女委は、知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 なんか、訳の分からない回になった気がしなくもないです。
 ……どうして、こうなった?
 今回の話、一応二話に分けようかなとは思ったんですけど、そこまで長くならなそうだったので、一話にまとめました。
 明日も、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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112件目 美天杯1

 会場が大惨事になった二人三脚も何とか終わり、ボクたちは5人で集まって話していた。

 

「……まさか、俺と態徒のBL本があるとは思わなかったぞ」

「……オレもまさか、ネタにされてるとは思わなかった」

 

 相変わらず、二人はグロッキー状態になっていた。

 よほど、ショックだったんだね。

 

「これで、態徒もボクと晶の気持ちがわかったでしょ?」

「……おう。嫌と言うほどな。マジで、気持ちわ――うぷっ」

 

 何を想像したのかわからないけど、言葉の途中で口元を抑えだした。

 ……よっぽど、だね。

 女の子が好き、と常日頃から言っている態徒にとって、これはさすがに堪えたんだね。

 

「まあでも、一番の大惨事は、依桜と女委のペアだったけどね」

「「あ、あははは……」」

 

 未果のセリフに、ボクと女委は乾いた笑いをするしかなかった。

 

 ……まさか、大勢の人が死んじゃうとは思わなかったんだもん……。

 訳が分からず、呆然と立ち尽くしていたら、女委がボクを引っ張ってゴールまで行ってくれたおかげで、一位は獲れたけど。

 

 その後、無事に死んじゃった人たちは蘇生され、天国にいた、とこぞって言ったらしいです。

 

「そう言えば、態徒は無事だったのかしら?」

「オレも死んだぜ!」

「いや、声高らかにして言うことじゃないよね?」

 

 なんで、そんなにテンション高く死んだって言ってるの?

 おかしくない? 死因、胸が揺れるのを見て、心肺停止だよ?

 ……ダーウィン賞も真っ青な死因だよ。

 

「会場も大騒ぎだったからな。至る所に、安らかな顔して死んでる人がいたしな」

「そうね。救護班も大惨事だったみたいだよ。救護班のはずの生徒や先生方も死んでたみたいだし。さすがね、依桜」

「さすがじゃないよぉ……」

 

 死んじゃってる状態を見て、さすがと言えるのは、酷いと思う。

 ……実際に、そんな状態になっていたのだから、反論できないんだけどね。

 

「そういや、美天杯って大丈夫なのか? こんな状態だけどよ」

 

 こんな状態と言うのは、グラウンドの色々なところが血溜まりができてしまっていること。

 人のほうは蘇生が済んでいるので、大丈夫……なのかな?

 

「大丈夫んじゃないかなぁ。半分近くはもう綺麗になってるみたいだし」

「うわ、マジだ」

 

 女委に言われ、グラウンドを見ると、たしかに半分近くの血溜まりがきれいさっぱりなくなっていた。

 

 ど、どうやったんだろう、あれ。

 

 この学園のことだから、最早何でもありな気がするけど……あの量の血溜まりをこの短い間に、どうやってなくしたんだろう?

 

 難しいと思うんだけど……。

 

「それにしても、準備って一体何をするんだ? それに、試合ってどこで……」

 

 晶が疑問を口にしていた時、それは唐突に現れた。

 

 グラウンドの端の方から、工事現場の人みたいな人たちが色々な物を持って登場。

 

 すると、監督? の人が、指示を出し始め、その指示に従い、何かを組み立てていく。

 瞬く間に、その何かが組み立てられていき、気が付けば、天下〇武道会のような舞台が七ヶ所出来上がっていた。

 

 え、何あれ。

 

『お知らせします。美天杯の準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

 

 と、ここで招集がかかった。

 ……え、あれで、やるの?

 

「すごいもんが出来上がっているが……とにかく行こうぜ、依桜!」

「う、うん。じゃ、じゃあ行ってくるね……」

「がんばってな」

「依桜、気を付けてねー」

「殺さないようにね!」

「し、しないよぉ!」

 

 酷い声援を見たよ、ボク。

 ……ボクの場合、一歩間違えたらそうなるから、本当に笑えない。

 き、気を付けよう。

 

 

『えー、それでは、選手の皆さんが集まったようですので、美天杯のルール説明に参ります! 初日の目玉競技である美天杯では、まず最初に予選をしてもらいす! 予選は簡単! 選手の皆さんには、まずこちらのくじを引いてもらいます。こちらの棒の先端には、A~Gのアルファベットが書いてあります。こちらのアルファベットは、予選のグループを表しており、一グループにつき、六人決めます。そして、あちらの舞台にある、七ヶ所の舞台でバトルロワイアル式で闘ってもらい、本戦通過者を決めてもらいます。そして、本戦に勧めるのは、各グループ一人だけ! つまり、自分以外の五人は敵ということになります!』

 

 あれかな。時間短縮のための、バトルロワイアル式なのかな。

 実際、最初からトーナメント式でやっていたら、時間も遅くなっちゃうもんね。

 

 それにしても……一グループ一人なんだ。門は狭いってことかな。

 

『見事勝ち残り、本戦に進んだ人は、またこのくじを引いてもらいます。このトーナメントは、七番を引くと、シードになり、準決勝と決勝しか闘わなくて済みますので、狙ってみてくださいね! まあ、運ですが。……さて、続いて、試合においての注意点です。武器の使用は、一応ありです! ただし、刃物や金属バットなどは、死んでしまう場合がありますので、禁止です。使用可能なのは、竹刀、メダル、グローブ、鞭、ピコピコハンマーの計五種類です! ですので、これら以外の武器は使わないようにしてください! なお、今挙げた武器は、こちら側で用意しておりますので、必要な人はお声がけください』

 

 う、う~ん?

 

 ちょっと待って。

 

 武器を使ってもいいのは分からないでもないけど……なんで、そのチョイス?

 

 竹刀って、やりようによっては人を殺せるような気がするんだけど、いいの? ……あ、でも、木刀じゃないだけマシ、なのかな? これ。

 

 で、次にメダル。……これはあれかな? 羅漢銭を使う人用、みたいなものなの?

 使える人、いないと思うんだけど……。

 

 もし、それ以外に用途があるとすれば、単純にとあるな人が使う、レールガンかな? でもあれ、体から電気を発生させられないとダメな気が……。

 

 ……師匠辺りができそう。

 

 で、グローブ……これは、ボクシングとかで使われるような物、なのかな。だとしたら、武器って言えないような気がするけど……ゲーム内だと、装備品として出てくるから、武器でいいのかも。

 

 鞭。これは……高校生で、鞭が使える人がいたら、なかなかすごいんじゃないだろうか。あれ、結構難しいもん。……師匠は、自由自在に操ってたけど。

 あの人、体の一部のように使うんだもん。遠くにある物を鞭で取ったりね。

 

 そして最後。ピコピコハンマーなんだけど……あれは武器なの?

 あれ、痛くないよね? だって、叩いても音が鳴るだけのおもちゃだよ? あれを武器と言うのはなかなかに難しいような……。

 

『では次に、リタイアの判定です。リタイアは大きく分けて二つあります。一つは、舞台上でダウンして10秒経過すること。二つ目は、場外に落ちること。この二つが、主なリタイアの状況です。ちなみに、先ほど言った、危険な武器などを使った場合も、即リタイアになりますので、絶対に使わないようお願いします』

 

 その辺りは、普通なんだ。

 

 でもまあ、高校生のお遊び……と言っていいのか分からないけど、それくらいのものだったら、ルールはこれくらいでいいのかもね。

 

 ……これが異世界だったら酷いからね。闘技場とか、必要だったから一度出たことあるけど、何でもありだったもん。

 

 殺したらアウトだけど、死ななければ、何をしてもセーフ、なんていうルールだったからね。ルールってやっぱり、大事ですよ……。

 

『これでルール説明は以上になりますので、選手の皆さんは、早速くじを引いてください!』

 

 その指示で、美天杯に出場する人がくじを引きに行った。

 

「一緒にならないといいな」

「そうだね」

 

 移動している時、態徒がそんなことを言ってきたので、ボクは肯定した。

 だって、友達を攻撃するのって気が引けるもん……。

 

 ……あれ? でもボク、前に態徒を投げ飛ばしたり、みんなに針を刺したりしてるから、攻撃してるんじゃ……?

 ……深く考えないでおこう。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。じゃあ……これ」

 

 なんとなくで選んだ棒の先端には、Gと書かれていた。

 ボクは、Gグループみたい。

 

「態徒はどこ?」

「オレは、Bだな。依桜は?」

「ボクはGだよ」

「……胸のサイズか?」

「そ、そうだけど、違うよっ!」

 

 ばちんっ!

 

「ぐはっ!?」

 

 変なことを言った態徒に、軽いビンタをプレゼントした。

 ……まったくもぉ。

 

「態徒、冗談でも言っちゃだめだからね!」

「す、すびばぜん……」

「もぉ……」

「……で、でぼ、よがっだだ、べつのグドゥープでよ」

「そうだね」

「まあ、依桜なら本戦出場は確実だからな。仮に、オレが敗退しても問題ないだろ」

「……ボクの場合、ちょっとチートみたいになっちゃうけどね」

「ははは! 別に、努力した結果だから問題ないだろ。チートじゃないぞ?」

 

 からからと笑いながら態徒がそう言ってくれた。

 たしかに、ボクが死に物狂いで努力した結果だけどね。

 でも、ずるだとは思ってない。

 

「しっかし、意外と女子もいるもんだな」

「そうだね。……なんか、ボクだけが浮いているような気がするよ」

「まあ……仕方ないんじゃね? 実際の強さはともかく、華奢だもんな。それに比べると、依桜以外に参加している女子って、いかにも体育会系って感じだよな」

「そうだね」

 

 この美天杯に参加している女の子は、どう見ても、武術やってますよ! って言う人たちばかりだった。

 

 普通に筋肉がついてるし、いかにも強そう。

 

 そんな中で、筋肉がついていない(ように見える)ボクは、かなり浮いている気がした。

 ボク以外、みんな筋肉がすごいんだもん。

 

 男子の中には、体操着が小さいのか、ピッチピチで、鍛え上げられた筋肉が浮き出てるもん。ムキムキですよ。

 腹筋とか、綺麗の六個に割れてるもん。

 

 ……ボクも、男の時はあんな風に割れてたんだけどなぁ。

 

 ……まあ、今の姿で腹筋が割れてるって、ちょっと嫌だけど。女の子だし……って、違う違う。ボクは男。ボクは男!

 

 ……なんだよね?

 

「しっかし、やっぱりいたなあ、あいつ」

「あいつ?」

「ああ。見ろよ、あれ」

「えーっと……あ、あの人って」

 

 態徒が示した先にいたのは……

 

「佐々木藤五郎だ。瓦割りで、二位だった奴だな」

 

 あー、あの見るからに強そうな人。

 

 ……まあ、どう見ても武術とかやってそうだったもんね。瓦割りとか、すごかったもん。

 態徒が勝ったけど。

 

 と、ボクたちが見ていたことに気が付いたのか、佐々木君が近づいてきた。

 

「変之態徒! この競技でこそ、貴様を倒す!」

 

 ビシッと態徒を指さして、宣言してきた。

 ……態徒、目を付けられちゃったんだね。

 

「いや、オレ、お前とは違うグループだぞ?」

「そんなもの、勝ち残ればよかろう! 俺はな、貴様を合法的にボコボコにできるこの機会をありがたいと思っているのだよ!」

 

 ……ほんとに、すごい人に目をつけられてるよ、態徒。

 

「だからな、絶対に勝ち残れよ! さもなければ、競技以外の時に貴様を倒さねばならなくなるからな!」

「あー、はいはい。わかったから、早く行ってくれ」

「舐めた態度をしおってぇ……! 今に見ていろ! 貴様を倒したら、俺は小斯波晶も倒すのだからな!」

 

 そう言って、佐々木君は去っていった。

 

 ……それにしても、晶も目を付けられちゃってるよ。

 二人が一体何をしたんだろう?

 

「態徒、大丈夫?」

「まあな。……正直、オレはあいつとだけは当たりたくねーな」

「どうして? 態徒って、結構強いと思うんだけど……」

「そりゃ、武術をやってるから、それなりにな。だが、あいつとはある意味じゃ相性がな……。あいつ、どう見てもゴリッゴリのパワー型だろ?」

「うん。そうだね」

「瓦割りを見ていたから分かると思うんだが、ほぼ腕力だけで割ってたんだよ、あいつ」

「え、それってすごいことなんじゃ……」

 

 だって、二十七枚もの瓦を、力だけで割ってたってことになるから。

 ボクはまあ……例外すぎるけど、それってなかなかできることじゃない気がする。

 

「しかも、スピードもあるから、なかなかに厄介な奴なんだよ。最悪、負けるかもなぁ」

「だ、大丈夫だよ。仮に、本戦に出場したとしても、当たらなければいいんだし……」

「……それはそうだけどよ。やっぱ、心配じゃん? 親友の前で負ける、なんてかっこ悪い姿を見せるってのはな……」

「普段からかっこ悪い姿を晒してるから、気にしなくてもいいと思うんだけど……」

「……何気に酷くね?」

「だって、鼻血を出して死ぬような友達だよ? それを何度も見てるボクからしたら、かっこ悪いんだけど……」

「……反論できねぇ」

 

 ぐうの音も出ないと言った感じだった。

 ほんとのことだし……。

 

『それでは、皆さんくじを引き終えたようですので、これより、試合に移りたいと思います! 各選手の皆さんは、自分のグループの舞台に行ってください!』

 

 色々と話しているうちに、美天杯が始まろうとしていた。

 

 ……なんだか、色々心配だよ。




 どうも、九十九一です。
 これを書いている時、妙に風邪っぽいなぁ、と思いつつ熱を測ったら、38.1でした。私、平熱が37~37.5を行ったり来たりなので、微熱かな? 程度で思ってます。ちなみに、38後半くらいまでは、全然普通に動けます。なぜか。
 実際、頭痛と吐き気だけだったので、ストレスが原因の風邪だと思っております。
 さすがに、無断で休むのは気が引けたので、頑張って書きました。
 明日も、多分いつも通りだと思いますが……出てなかった場合、お察しいただけると助かります。なるべく、出すようにはします。
 では。


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113件目 美天杯2

『それでは、美天杯予選……開始です!』

『死ねや、おらぁぁあ!』

『ぶち殺す!』

『変態は敵ィィィィ!』

『いつもいつも、女神様の近くにいやがって! 許さん!』

『変態ハコロス……変態ハコロス……変態ハコロス!』

「うおあ!? お、お前らにためらいという物はねえのか!」

『『『『『ねえ!』』』』』

 

 くっ、なんだこの試合!

 

 オレは今、絶賛予選の試合真っ最中だった。

 

 開始の合図が出るとともに、オレ以外の五人が一斉に襲い掛かってきた。

 

 一人は右ストレート。一人は竹刀、一人は鞭。一人は裏回し蹴り。一人はグローブと、なかなか酷かった。

 

 しかも、絶妙に嫌なタイミングで攻撃してくるんだよ、こいつら!

 

 例えば、右ストレートを横に跳んで回避すると、示し合わせたかのように鞭が横薙ぎに襲い掛かってくる。それをイナバウアーのように回避すると、今度はグローブを持った奴が上から拳を叩きつけようとする。さらにそれを後方倒立回転で回避すると、裏回し蹴りが飛んでくる。蹴り出しが見えた瞬間、すぐに後転に切り替えて、寸でのところで回避。

 

 こ、こいつら打合せしたんじゃないだろうな!? そうとしか思えねえ連携してるんだが!

 

『チッ、外したか』

『次はどういう連携にする?』

『……やはりここは、水月を抉るか?』

『いやしかし、紛いなりにも武術の有段者だぞ? さすがにムズいぞ』

『……ここはやはり、捨て身で行くしか……』

 

 ……やべえよ。あいつら、完全にオレを殺しに来てるじゃねえか。

 

 と言うか、やっぱ打ち合わせしてんじゃん!

 

 いや、たしかに共闘はダメとは言っていないが、さすがに武器を使ってくる相手に、丸腰じゃしんどいぞ!?

 

 ……かと言って、オレは武器はからっきしだからな……くそ。

 

 結託してるやつらを倒すってのは、マジで難しいんだよな……。

 

 なにせ、自分の欠点を、他の奴らがカバーするから。

 さっきみたいに、まあ見事な連携をされると、こちらとしても少ししんどい。

 ……まあ、依桜が出てる以上、オレは別に勝たなくてもいいんだが……

 

「態徒―! 頑張ってー!」

 

 応援されちゃってんだよなぁ……。

 

 それに伴って、周囲からの怨嗟の死線がやべえしよ……。

 

 つか、もう終わったのか? 依桜のグループ。……一体何があった。

 

 そもそもよ、オレは出る気なかったんだぜ? 未果が強制的に出場させたせいで、出てるわけだし……。

 

 何かと、オレって不運じゃね? いつもいつも、嫌な役どころだしよ?

 

 ……まあ、なんだかんだでオレが悪いような気がしないでもないが。

 

 それにしても……オレ、これどうやって勝ちゃいいんだ?

 

 いやまあ、別に勝てないわけじゃないが……オレ、ハンデがあるしな……。

 

 例によって、オレにはハンデが設けられていた。

 

 と言っても、そこまで重いハンデじゃない。

 

 今回、オレが参加しているBグループには、オレ以外にも武術経験者、それか、有段者の奴が四人いた。

 

 一人だけ、経験者でも、有段者でもない奴がいたが、確実に喧嘩慣れしてる奴だったな。実際、武器を持たず、素手でやってたしよ。

 

 技と呼べるような攻撃ではなかったが、重い一撃だった。

 

 腕力でどうにかしているように感じたな、オレは。

 

 まあ、当たらなきゃいいわけだが……面倒なんだよなぁ。実際、一撃一撃が重いから、ガードするのは地味にきついし。

 

 それで、オレに設けられたハンデって言うのは……まあ、攻撃できるのは、片腕と片脚のみってだけだ。

 要は、攻撃する際、二部位のみでしか攻撃ができないってわけだ。

 

 なかなかに面倒なハンデだが……勝てないレベルじゃない。

 

 ……ただ、めんどくさいだけで。

 

『……よし、それで行こう。行くぞ!』

『『『『おお!』』』』

 

 話し合いは終わったみたいだ。

 

 どうやら、また連携で行くみたいだな。

 

 鞭使い(女子)がいるのが、ネックだな……。別に、女子だから攻撃できねぇ! ってわけじゃないが、気が進まないんだよな……。

 

 依桜の時は、元々男だったから、ってのもあったが。

 ……まあ、全然勝てなかったけどな!

 

 っと、そんなことはどうでもいい。

 

 ふ~む……あれは、鞭使いが仕掛けてきそうだな。

 

 なら、使う手段はあれだろ。

 

『落とすッ!』

 

 ヒュンッ! という音共に、鞭が真っ直ぐ飛んできて、オレの腕に巻き付いた。

 まあ、だよな。うん。

 

 ……これ、意外と悪手なんだよなぁ。

 

「ふんっ!」

『え、ちょっ! いやぁ!』

 

 オレは牧疲れたほうの腕を勢いよく引っ張り、鞭使いがオレの真横を通り過ぎる瞬間に、背中に痛みも衝撃もほとんどない蹴りを入れた。押し出し程度で繰り出した蹴りは、オレの思惑通りに押し出し、

 

『あ、やばっ――!』

 

 ドサッ! と、音を立てて、場外に落下していった。

 

『鳶巻さん、場外! アウトです!』

 

 よっし、まずは一人!

 

『くそっ! 鳶巻がやられた!』

『こ、こうなったら……一斉に飛び掛かれ! 連携をしている余裕などない!』

『『おう!』』

 

 なんだ、連携と言うアドバンテージを捨てて、捨て身で来るってのか。

 

 いいのか、それ?

 

 オレ、バラバラな攻撃だったら捌けちゃうぜ? いや、自惚れではなく。

 

『死ねぇ!』

 

 ド直球すぎるセリフを言い放つのは、大柄な素手の男だ。

 太い腕から繰り出されるストレートは、当たれば痛いだろうが、当たらなきゃいいからな! はっはっは! こういうのは、

 

「よっ!」

『ぬあっ、し、しまったッ――!』

 

 馬鹿正直に来たので、しゃがみからの足払いをかけて、そのまま転ばせる。

 

 ちなみに、オレは舞台の端の方にいるので、意外と場外に落としやすい位置にいる。

 なので、ドスン! という、地鳴りのような音を立てながら、大柄な男は気絶した。

 

 やべ。結構いい感じに入っちまったな……ま、大丈夫だろ。

 

『鳶巻さんに続き、石田君も場外! アウトです! 変態なのに強い! 変態なのに!』

 

 なんで今、変態って二回行ったんだ放送!

 いや、もう今更だけどよ!

 

『隙あり!』

 

 放送に気をとられた一瞬の隙をついて、竹刀を持った長身の男が上段切りを繰り出してきた。

 

 バシンッ!

 

「くっ……!」

 

 さすがに回避が間に合わず、腕をクロスしてガードすることになってしまった。

 いってぇ……!

 やっぱ、竹刀はいてえよ。なんつーか、痛みが内部に来るって言うより、皮膚に来るぜ。

 つか、こいつ絶対剣道部だろ。

 結構見事な上段切りだったんだが……。

 

『どうだ、俺の攻撃は痛いだろ!』

「確かに痛いが……ミオ先生の修業に比べたら、全然痛かねーよ!」

 

 受け止めた竹刀をはじき、隙だらけの鳩尾にミオ先生直伝の発勁を叩き込んだ。

 

『ぐはっ――!』

 

 短い呼気を出した直後、長身の男は白目を剥いて気絶した。

 

『――九、十! 十秒経過です! 権藤君、ダウンにより、アウトです!』

 

 これで、三人! あと二人!

 

『おらぁ!』

「っと! あ、あぶねぇ! いきなり何すんだこの野郎!」

 

 背後から回し蹴りが襲い掛かってきたので、それを何とか飛び込み前転で回避。

 意外と、体育のマット運動って回避に役立つのな!

 

『チッ! 首を刎ねたと思ったんだが……外したか』

「いやいやいや! 普通蹴りじゃ首は刎ねられねえよ!?」

 

 んなことができんのは、依桜とミオ先生くらいだろ!

 依桜ができるかは知らんが!

 

『よそ見するんじゃねえぞ!』

「うおっと!? このやろっ、お返しだ!」

『な、なに――!? ぐっ……お、起き上がれねぇ……』

 

 手刀で顎を打つと、奇襲をかけてきた別の男はその場に倒れた。

 

 マジか。意識を刈り取ったと思ったんだが……無理だったか。

 

 まあ、脳震盪を起こしてるから、別に問題はないけどな!

 

『十秒経過! 伊崎君、ダウンにより、アウトです!』

 

 よしよし。順調に倒せてるな。

 これで、残るはあと一人。

 

『全員やられたか……だが、俺一人だけでも、俺は勝つぞ! 死ねぃ!』

 

 さっきから、死ね、視界わないんだが……語彙力、大丈夫か?

 

 そんな、語彙力がちょっと心配な回し蹴り男は、まっすぐに俺に突っ込んできて……

 

『うおっ!? こ、こんなところに、権藤の死体がッ――! し、しまっ――!』

 

 ドスン! 回し蹴り男は場外に落ちた。

 

『おーっと! 間抜君、不注意により場外! アウトです!』

 

 ……間抜け過ぎない?

 

 オレ、今応戦しようと、身構えてたんだけどよ……なんか、一人で構えてるだけの悲しい奴みたいになってるんだが。

 

『えー、Bグループの舞台に残っているのは、変之態徒君のみ! よって、Bグループ、予選通過者は、一年六組変之態徒君です!』

 

 なんとか無事、オレは予選を通過することができた。

 ……いや、マジでよかったぜ。だって、他の奴ら怖かったんだもんよ。

 ほんと、何考えてんのかわからんよ。

 

 

 ちょっと時間は戻って、Gグループ。

 

「え、えーっと……これは一体……」

 

 ボクは今、とっても困っていた。

 予選が始まり、ボクも闘わないと、と思っていたんだけど……

 

『や、やべえ、眩しすぎるぅ……!』

『しゃ、写真で見るのと、全然ちげぇ……』

『う、美しい……』

『依桜お姉様……素敵ぃ……』

『ど、どうすりゃいいんだ……』

 

 こんな感じで、誰も攻撃してこなかった。

 

 なにこれ? ボク、困惑してただ立ってるだけなんだけど……。

 

 眩しいって言うけど……もしかして、ボクの髪の毛が反射して眩しい、とか?

 ……銀髪だもんね。意外と反射してそう。

 

 ……あと、お姉様呼びされてるのはなんで? 実年齢は十九歳とは言え、こっちの世界では十六歳なんだけど……。

 

 同い年の人を、お姉様呼びするのっておかしいような……? そもそも、女神様呼びされていること自体も、かなりおかしいと思うけど。

 

 世間から見たら、ボクって一般人だよ? どこにでもいる……ってわけじゃないけど。

 

 でも、一応は普通(とは言い難い)の学園に通っている、普通の高校一年生なはず。

 

 なのに、女神様とか、お姉様とか……ボクの周囲っておかしくない?

 

 向こうの世界でも、レノにお姉様って呼ばれているし……。ボクって、そんなに年上に見えるのかなぁ……。

 

 やっぱり、誤魔化せないのかなぁ、その辺りは。

 

 それにしても……お姉様呼びって、結構むずがゆく感じる。

 呼ばれ慣れてないから、かな? ボクのことを正面切ってお姉様って呼ぶのは、レノくらいだと思う。

 

 こっちに来て、正直初めて呼ばれたかもしれないね。

 

 ……裏で呼ばれてる、って言う可能性は否定できないけど。

 うん。そろそろ現実逃避はやめよう。

 

 ……今、目の前で起きているこの現状。ボクは、どうすればいいのか、ただただ困惑した。




 どうも、九十九一です。
 うん。何度も言っている通り(?)、戦闘描写は苦手です。でも、作品の題材上、やらざるを得ないんですよね……これを機に、克服するのもありかもしれないです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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114件目 美天杯3

 割と本気で困っているボク。

 

「あ、あのー……これって、予選、なんですよね?」

 

 さすがに、無言と言うのもあれだったので、確認の意を込めて尋ねる。

 

『は、話しかけられた!』

『よっしゃ! これで、明日も頑張れる!』

『声も美しい……』

『依桜お姉様に話しかけれたっ! う、嬉しい! もう死んでもいい!』

『や、やばい。この声だけで死ねる……』

 

 ……どうしよう。まともな思考回路の人がいない。

 

 ボク、これが予選であるかどうかを尋ねたのに、それに対する回答がなかったんだけど。どちらかと言えば、感想を言われたんだけど。

 

 それから、ボクに話しかけられたくらいで、なんでこんなにテンションが高くなってるの? 普通に話しかけただけだよ? 銀髪碧眼、それから身体能力と魔法を除いたら、どこにでもいる普通の高校生だよ?

 

 なんで、国民的アイドルに話しかけられたファン、みたいな反応になってるの?

 

 この学園の生徒って、本当によくわからない……。

 

「こ、困った……」

 

 と、ポツリと呟くと、

 

『ど、どうしたのでしょうか!?』

『何かお困りごとですか!?』

『な、何なりとお申し付けください!』

 

 と、目の色を変えて言われた。

 

 いや、あの……どういうこと?

 

 なんというか、反応が主に接する使用人の人、みたいになってるんだけど。ボク、同い年か、年下なんだけど……これ、どういうこと?

 

『それで、どうしましたか?』

 

 う、まっすぐに言われると、その……反応しないのも申し訳ない。

 

 なら、ちょっと言うだけ言ってみよう、かな?

 

「え、えっと……このままだと、予選が進まないなー、なんて……」

 

 困り笑いをしながらそう言うと、

 

『わかりました! 自滅すればいいんですね!?』

「え!? そ、そう言う意味じゃ――」

『よーし、自爆しろとの仰せだ! いいな?』

『『『『おー!』』』』

「あ、あの……」

『それでは、本戦頑張ってくださいね!』

『失礼します!』

『応援してますっ!』

『優勝してくださいね!』

『絶対できます!』

 

 一人が、ビシッと敬礼したと思ったら、進んで場外に降りて行ってしまった。

 そして、それに追随するかのように、他の四人も自分から場外に行ってしまった。

 

『男女依桜さん以外の五人、全員場外! しかも、誰かに落とされたりするのではなく、自分から敗退を選びました――――! これにより、男女依桜さんは本戦出場です! 戦わずして勝つ! すばらしい! 平和です! ものすごく平和的勝利です! やはり、女神様こと、男女依桜さんを攻撃するのは抵抗があるということでしょうか! ともあれ、本戦出場、おめでとうございます!』

 

 ……予選通過してしまいました。

 

 

「お疲れー……で、いいのか?」

「う、う~ん、ボク何もしてないんだけど……」

 

 予選が終わり、しばしの休憩となった。

 

 舞台を降りて、一人休憩していると、態徒が労いの言葉をかけてきた。

 

 と言っても、ボク自身は全然疲れる様なことをしていないので、お疲れと言われても、反応に困るだけ。

 なので、曖昧な返しになってしまった。

 

「依桜なら何もしなくても勝てる、って未果とかに言われてたけど……マジだったな」

「あ、あははは……ボクも、結構困惑してるよ」

 

 苦笑いの態徒に、ボクはそう言い返す。

 

 だって、本当に困惑するんだもん、あれ。

 

 予選頑張らないと、と思っていたら、肩透かしを喰らった気分だったよ。

 

 しっかりと、力加減をしないと、バラバラ死体が五つほど出来上がってしまうから、かなり集中していたのに……さっきのあの反応だよ。

 

 てっきり、態徒の試合の時見たく、攻撃してくるのかなと思っていたら、なぜか本物のアイドルを前にしたような反応になっちゃうし……ボクが困っていたら、みんな場外に行っちゃうしで、すごく微妙な気持ちになっちゃったよ。

 

「けどまあ、無事に予選通過できてよかったんじゃねーの?」

「そうなんだけど……なんだかね」

「依桜は真面目だなぁ。オレなんて、もし依桜みたいな立場だったら、すっげえ喜ぶぜ? 楽できた! ってな」

「ボクはそこまで楽観視できないよ。態徒みたいに、ポジティブにとれるわけじゃないんだから」

「んまあ、依桜はどっちかと言えば、ネガティブだもんなぁ」

「少なくとも、ポジティブではない、かな」

 

 かと言って、ネガティブかどうかと言われれば、ちょっと微妙。

 

 異世界に行く前とかは、割とポジティブだったかもしれないけど、異世界に行ってからは、ネガティブな思考をすることも増えた。

 

 でも、それが多いというわけではない。

 

 時と場合による、かな。

 

 不安な時とかは、無理矢理ポジティブに持っていくことが、異世界へ行く前のボクだったけど、今は、不安な時ほどちょっと後ろ向きになる。

 

 臆病、なのかな、ボクは。

 

「でもよ、何度も死に目に遭ってるんだから、ポジティブなのかと思ってたんだが」

 

 ボクがポジティブではないと言うと、態徒は意外そうにした。

 

「むしろ逆、かな」

「逆?」

「うん。ちょっとしたミスで死に直結するから、いかなる時も慎重に行かないと! ってなるんだよ。だから、ああでもない、こうでもない、って悩みながら、色々な対策を模索するんだよ。その模索する中に、いいものがあって、それを実行に移そうと思っても、失敗したらどうしよう? 本当に成功するのかな? って、不安になっちゃうんだよ」

「そんなもんか」

「うん」

 

 やっぱり、死ぬのは怖いからね。

 

 仕事で失敗をする分には構わないかもしれない。だけど、死ぬかもしれない、っていう状況だと、常に死と隣り合わせだから、ネガティブになっちゃうんだよね。

 

 修業時代とか、討伐時代とかも、そう言う場面が多かったよ。

 

「年を取ると、慎重になんのかねぇ?」

「どうなんだろうね。保身に走っちゃう、って言うのはあるかも」

 

 自分が生き残るためにはどうすれば、って。

 

 いじめられている人を見て、自分もいじめられたくないから見てみぬふり、って言う子供は割と多いけど、ボク的には大人の方が多いんじゃないかなって思う。

 

 例えば、県の偉い人の子供が学校に通っていて、その子供が誰かをいじめていた際。先生のほうは、その偉い人から職を奪われるのが怖くて、見て見ぬふりをする、ということがある。

 

 実際、現実にあるのかどうかは分からないけど、今のような事例は多いんじゃないかな。

 

 結局のところ、大体の人は、自分が一番大切に思うもの。

 

 むしろ、誰かのために命を張れる人は、滅多にいないと思うよ。

 

「そうかぁ。……まあでも、体力の温存はできたし、よかったじゃね? まあ、これくらいの運動じゃ、全然疲れなさそうだけどな、依桜は」

「そうだね。今だと……300メートルを一周走ったくらい、かな?」

「それだけかよ……。やっぱ、体力は化け物だな」

「化け物は酷いよぉ。……まあ、否定できないんだけど」

「できねえんだ」

「まあね。だって、この世界だと、ボクは結構異質だからね。まあ、向こうでも異質だと思うけど。でも、一番異質なのは、やっぱり、師匠だよ」

「あー。ミオ先生、ぶっとんでるもんなぁ」

「……うん。今日のボクの運動量を師匠がこなしたとして……50メートルをすごく手を抜いて走った程度にしか疲れないと思うよ」

「化け物すぎんだろ」

 

 うん。ボクもそう思うよ。

 

 師匠は、人間をやめてるし。本当の意味で。

 

 そもそも、神様的な存在らしいので、化け物呼ばわりされても、正直なところ仕方ないんじゃないかなぁって。

 

 だって、そうなった原因が、お酒が飲みたかったから、っていう理由だったし。

 

 すごいよね。お酒とお金のためなら、神様だって殺せちゃうんだよ? 敵だから、というより、お金になるから、って言うのが師匠が世界を救った理由だと思う。

 

 そこまで酷い理由は聞いたこともないけど。

 

「つーか、三時間以上も瓦を割り続けさせられてからなぁ……」

 態徒が遠い目をしながら、そんなことを言ってきた。

「態徒の口ぶりで察してはいたけど……なかなかにハードだったんだね、態徒」

「まあな……。お腹すいたって言ったらよ、我慢しろ、って言われるんだぞ? 昼だって言うのに」

「師匠はそう言う人だから、しょうがないよ」

 

 ボクだって、修業時代は、狩りで獲物を獲ってくるまでご飯抜き、なんてことを何度もやらされてたもん。

 

 最初の頃なんて、全然捕まえられなくて、二日間くらい食事なかったし。

 

 あそこまで理不尽人を、ボクはほかに見たことがない。

 

「やっぱ、何度もそのしごきを受けてる依桜はすげえや。オレなんてよ、その特訓だけで死にそうだったんだぜ? なんか、それ以上に酷い目に遭ってる依桜を思うと、マジで申し訳ねえ」

「いいよいいよ。もう過ぎたことだし」

 

 それに、今さら言っても遅いもん。

 

 師匠に文句を言おうものなら、修業メニューがさらに追加されるか、一方的に叩きのめされて終わりだもん。

 

 実際、師匠にいちゃもんをつけて、一方的にやられた人とか、かなりいたし……。

 

 ……たまに、ギャンブルで負けた腹いせに、って言う理由で、オーバーキルレベルの攻撃を入れてた時もあったりしたけどね。

 

 本当に理不尽だからね、あの人。

 

 ……考えてみれば、よくやり遂げられたよなぁ、ボク。

 

 何度も死んではいたけど、師匠が蘇生してくれてた。

 

 でも、それはそれとして、何度も何度も死ぬって言うのは、本当にきついものがあったよ。

 

 少しだけ、記憶が抜け落ちるからね。一応、戻るけど。

 

 それ以外にデメリットはなかった……ような気はするけど、あったような気もしている。

 う~ん……まあ、思い出せないならしょうがないよね。うん。

 

「にしても、割と早く終わったな、予選」

「たしかにそうだね。態徒みたいに、何らかの有段者や、武術系の運動部の人とかがそれなりに多かったからね。当然じゃないかな」

 

 ちなみに、一番最速だったのは、佐々木君です。ボクは二番目くらいかな。

 

 佐々木君は、こっちの世界基準で言えば、強そうだった。

 態徒でも、勝てるかどうか、みたいなレベル。

 でも、態徒もかなり強かったけどね。

 

 ……なんで、変態って強い人が多いんだろう?

 

 学園長先生だって、気配とかが全く読めない動きをした時もあったし……この学園に在籍している変態な人って、強い人が多いのかなぁ。

 

「かもな」

『えー、休憩時間は終了です! これより、本戦に出場する選手には、ルール説明の時にも言った通り、くじを引いてもらいますので、どんどん引いてください!』

 

 ここで、休憩終了のアナウンスが入り、くじを引くようにという指示が入った。

 

「じゃあ、行こう」

「おうよ。当たらなきゃいいな」

「だね」

 

 そんなことを言いあいながら、ボクたちはくじを引きに行った。




 どうも、九十九一です。
 やばい。頭が回らない……これ、そろそろ休憩期間とか設けたほうがいいのかなと思っています。まあ、休みを入れるにしても、体育祭が終わってからになりそうですが。
 別のサイトで、長めの休みを取る、とか言いつつ、全然取ってないので、体育祭が終わったら、二日くらいは休みをもらおうかなと思ってます。……まあ、その体育祭が全然終わらないんですけどね。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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115件目 美天杯4

「それでは、本戦出場者の人は、くじを引いてください!」

 

 先生の指示に、予選通過者の人たちが、くじを引きに集まってきた。

 ボクと態徒も、そこに集まってくじを引く。

 

「態徒は、何番を引いたの?」

「オレは、3番だ。依桜は、何番を引いたんだ?」

「ボクは七番だったよ」

「運いいな。シードか」

「そうみたい。ボクとしては、ありがたいんだけどね」

「依桜の場合、闘うことに本気になるんじゃなくて、手加減することに本気になるもんな」

「うん。ボクと闘ったら、死んじゃう可能性があるもん……」

 

 一応、ミスをすることはないと思うけど、万が一があるかもしれない。師匠にみっちり手加減を鍛えられたけど、神経を使うことに変わりはない。

 

 師匠は、自然にやるけど、ボクにはできないよ。凡人だもん。

 

「でも、態徒も大変だよね。おかしな人に目を付けられちゃってるし……」

「あー、まあ、な。オレ的にも、頭のおかしい奴に目を付けられちまった、って気分だよ。幸いなのは、あいつが1番だってことだな」

「少なくとも、最初に当たることはないもんね」

「ああ。でも、勝ち進んだら、当たることになるんだよなぁ……面倒でしょうがねーよ」

「がんばって、としか言えない、かな。ボクは」

 

 これに関して、ボクが言えることは少ないし、できることも応援以外にはない。

 

「オレの最初の相手、地味にめんどくさそうだが、まあ、勝てない相手ではないだろ」

「油断はダメだよ、態徒。いくら、見た感じ、自分よりも弱そうだと感じたとしても、その油断が命取りになりかねないんだから」

 

 これは、師匠に言われてたこと。

 

 どんな場面でも、決して手を抜かず、最後まで真剣に、油断せずに戦え、って言う意味。

 ……だと言うのに、ボクは油断をして、痛い目を見ることが多かったけどね。魔王の時とか、いい例なんじゃないかなぁ……。

 

 気を抜いてしまったがゆえに、今のボクがあるわけだし……。

 

 なので、油断はダメ、絶対。

 

「依桜が言うと、重みが全然違うな。まあ、オレも油断はしないようにする。……負けたら、ミオ先生に何言われるかわかったもんじゃないからな」

「……もしかして、何か言われたの?」

「まあ、な……。ついさっき――」

 

 

「おい、カワノ。ちょっとこっち来い」

 

 美天杯が始まる前、ちょっと休憩をしに、依桜たちから離れると、突然ミオ先生が目の前に現れて、有無を言わさずに、ついてくるよう促してきた。

 

 ……や、やべえ、オレ、死ぬのか……?

 

 なんて、割と本気で思った。

 

 内心、恐々としながら、オレはミオ先生の後をついて行く。

 

 しばらく歩くと、そこは体育館裏だった。

 

 ……また?

 

「よし、来たな。まあ、まずお前に言うことがある」

「な、なんすか」

「絶対に、試合で勝たんと許さんぞ」

 

 マジ顔でそう言われた。

 

「いや、あの……オレ、十六歳じゃ強いほうっすけど、最強ってわけじゃないんすよ? 許さんと言われても……」

「いいから勝つんだ。お前はな、そこはかとなく才能はあるから、問題はないはずだ」

 

 ……なんだろう、褒められている気がしないのはなぜだ。

 

「それに、瓦割りの特訓の時にも言ったが、お前は依桜の友人だ。ならば、当然勝たなければいけない。というか、あたしが許さん。仮に、依桜が許したとしても、このあたしが許さん」

 

 やべえ、理不尽すぎて、何も言えねぇ……。

 

 依桜が行った異世界の人は、ミオ先生みたいに、頭のねじが外れている奴が多いのか? それとも、単純にミオ先生だけがおかしいのか? いや、もしかしたら、それが普通なのかもしれないぞ……?

 

 ……だとしたら、相当イカれてるぞ、異世界。

 

 オレ、絶対行きたくねぇ。

 

「と言うかお前、なぜ、二十八枚で止めた? もっと行けたよなぁ?」

「そんなこと言っても、ルールですよ!? 勝てばいいんですよ!? なんでわざわざ、自分から死にに行くような真似をしなきゃいけないんすか!」

「うるせえ! 勝たなきゃ殺す! 負けたら殺す! 引き分けでも殺す!」

「教師が言うことじゃないっすよ!?」

「んなもん、知ったこっちゃない! 他所は他所! うちはうち!」

「母親みたいなことを言わんでください!」

 

 この人、本当に教師なのか?

 

 生徒に対して、殺すはやばくない? 結構口調が荒い戸隠先生でも、ここまで酷くはないぞ?

 

 オレ、なんでミオ先生相手にはツッコミになるんだ。

 

 あれか? ボケてるつもりはないのに、傍から見たらツッコミどころ満載だから、結果的にツッコミに回っちゃうだけなのか?

 

 ……くそ! なぜ、オレがこんな目に!

 

「しかしまあ、あまりやりすぎても、イオに嫌われるだけだからな……殺すのはなしにしてやろう」

「ほ、ほんとですか? いやぁ、よか――」

「だが、罰を与えないとは言わん」

「……え?」

「そうだな……負けたら、あたし直々に鍛えてやろうじゃないか」

「え、遠慮させていただきます!」

「まあまあ、そう言うなよ。あたしが課すトレーニングをこなせりゃ、気ッと強くなれること間違いなしだぞ?」

「だ、だとしても嫌っす!」

 

 眩しいくらいの、ものっそい笑顔で言われても、嫌なものは嫌だ!

 

 だって、依桜が理不尽の権化と言うレベルの人のトレーニングとか、絶対普通じゃねえし、洒落にならん!

 

 いつ死んでもおかしくないような状況に、自ら突っ込むほど馬鹿じゃないぞ、オレ!

 

 普段から、馬鹿だ馬鹿だと言われても、これだけは理解できる!

 オレ、トレーニングした死ぬんだ、ってことがな!

 

「ほほぅ? お前。あたしのトレーニングができないって言うのか?」

「できないっす! オレ死にたくないですもん!」

「何を言っているんだ。死なないためのトレーニングだろう? まあ、そのトレーニングの途中で、死なない保証はないがな」

 

 ほらな!

 

 依桜が以前、修業時代の話をしてくれた時に、何度か死んでるって言ってたのを思い出して断ったのは正解だった!

 

 これ、明らかにオレを殺しに来てるじゃねえか!

 

 オレ、ここで『はい』なんて言おうものなら、その先に待つのは、死だけだ! 生き残れる可能性なんて、ほとんど皆無だろ、こんなの!

 

「まあ、安心しろ。仮に死んだとしても、あたしが無事に蘇生してやるから」

「オレが心配しているのはそこじゃないっす!」

 

 違う、違う。そうじゃないんだ!

 

 オレが言いたいのは、蘇生が必要になるような修業方法をしないでくれ、ってことなんだ! 決して、何度も死んでもいいように、っていうわけじゃないんだ!

 

「まあいいじゃないか。死の一つや二る。減るもんじゃあるまい」

「減ってますよ!? 主に、オレの命という名の、尊い命が!」

「んなもん、蘇生すりゃ、プラマイゼロだろ」

 

 だめだ、話が通じない! というか、こっちの世界の常識が一切通用しないんだけど! 人の話を聞くって言うことができないのか、ミオ先生!

 

 そもそも、命は蘇生できないんだよ! 人間を生き返らせるとか、なんでできちゃうの、この人!

 

 あれか、暗殺者って言う職業は、殺すだけでなく、生き返らせることもできないと務まらないってのか!? だとしたら、生死が変幻自在すぎてこええんだけど!

 

「まあいい。とにかく、勝て。これは命令だ」

「命令を拒否します!」

「拒否を拒否する。これは、副担命令だ。絶対に拒否は許さん」

「副担にそんな権限はないっす!」

「んなもん関係ねえ! あたしがやれと言うんだから、やるんだよ!」

「そんな理不尽な!」

 

 もうやだ、この人!

 

 理不尽すぎて、何も言えねえよ。どうするんだよ、これ。

 と言うか、副担命令とか聞いたことねえぞ、オレ。

 

「とまあ、話はこんなもんだ。戻っていいぞ。あたしは、ちとやることがあるんでな。じゃあな」

 

 とだけ言い残して、ミオ先生は消えた。

 ミオ先生って、神出鬼没すぎない……?

 

 オレ、絶対に負けられないやんけ……。

 

 

「――てなことがあってな」

「そ、そうだったんだね……」

 

 どうしよう。師匠が、ボクの友達にすごく辛辣。

 

 そもそも、なんでそんなに態徒を勝たせたいの? 師匠。

 

 別に、無理して勝つ必要ないんだよ? この競技。

 

 たしかに、この競技でもらえるポイントは高めに設定されているけど、本戦に出場できただけで、それなりのポイントが入るんだよね、これ。

 

 ボクと態徒は、二人そろって本戦に進出してるから、結構入っている。

 

 たしかに、優勝できればポイントは高いよ? 一位だもん。

 

 でも、なんでそこまで優勝させようとするのかなぁ、師匠。

 

 ……多分、ボクの友達だから、って言う理由だけで勝たせようとしてきてる気がするけどね。

 

「オレ、どうすりゃいいんだろうな」

「う、う~ん……とりあえず、勝つしかない、んじゃないかなぁ。だって、師匠がそう言うってことは、できると思っているんじゃないかな」

「そうかぁ?」

「うん。師匠って、その人ができないと思ったら、絶対に修業を入れてくるもん。実際、ボクがそうだったし……」

「いやいやいや。オレ、明らかに理不尽なことを言われているようにしか感じなかったぞ!?」

「師匠、ほとんど表に出さないもん。表情とか」

 

 なので、師匠がどう思っているか、とか、考えるのが本当に大変だった。

 

 師匠って、自由気ままに生活しているし、表情はあるんだけど、本当はどう考えているのかなぁって思った……んだけど、あまりにも表情が一定のパターンで変わっているせいで、分かりにくくなってしまった。

 

 ……まあ、今ならある程度はできるんじゃないかなぁ、って思ってるけど。

 

「やっぱ、暗殺者って、ポーカーフェイスが得意だったりするのか?」

「ボクは割と得意だよ。師匠ほどじゃないけど、演技には慣れてるからね。暗殺者は、演技力も必要だから、かなり大変だよ?」

「そうかぁ。やっぱすげえな、依桜は。オレ、そんなこと全然できてねーもん」

「ぼ、ボクなんて、師匠に鍛えられたからこうなっただけで、実際はそんなにすごくないと思うんだけどなぁ……」

「なんで、そんなに自己評価が低いんだろうな、依桜は」

 

 逆に、未果とかも、なんでボクの自己評価が低いって言うんだろう? 普通だと思うんだけどなぁ……。

 

『えー、第一試合が間もなく始まりますので、第二試合にでる選手は、速やかに控え室に来るよう、お願いします』

「おっと、もうそろオレの出番だ。じゃ、行ってくるな!」

「うん。頑張ってね」

 

 師匠が何かするんじゃないか、って冷や冷やしているので、是非、態徒には買ってもらいたいなぁ……。

 

 ……応援しないと。




 どうも、九十九一です。
 これを書いている時、あまりにも眠すぎて、微妙に記憶がとんでたりします。……疲れてるのかな、私。
 まあそんなことは置いておいて……。なんだか、手抜きになり始めているような気がするのは、なぜだろう? ……十中八九、だれて来てるからだろうなぁ……。なんとかしないと。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。もしかすると、12時に以降になるかもしれませんので、ご了承ください。
 では。


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116件目 美天杯5

『それでは、第二試合、開始です!』

 

 カァン! という、ゴングの音と共に、試合が始まった。

 

『死ねぇ!』

「いやまたかよ!?」

 

 試合が始まるなり、相手は叫びながら竹刀を上段に振り下ろしてきた。

 しかも、かなり鋭い。

 

 おい待て! こいつ、見たことあるんだけど! どう見ても、うちの剣道部の主将だよな!? しかも、無駄に全国言っている奴だよな!?

 なんで出ちゃってるんだよ、こいつ!

 

 あと、ハンデはどこ行った!

 

『えー、剣道部主将の剣崎君には、ハンデがありません! 同時に、変之態徒君にもないです!』

 

 おいちょっと待て!?

 

 なんで、全国に行ってるような猛者に対して、ハンデがねえんだよ!? 悪意を感じるぞ、この試合!

 

 オレの家、道場をしてるだけで、そこまで強くないぞ!? 絶対ハンデがあったほうがいいだろ、こいつ! ふざけてんのか!?

 

 心の中で文句を言いつつも、えらいスピードで飛んでくる竹刀を避ける、受け流すなどをして、何とか回避。

 

 オレ、なんでこんなことになってんだ!

 

『えー、本来なら剣崎さんにはハンデが設けられていたりするんですが……考える人曰く『んー、変之態徒君だしいっか! 変態だし!』とのことです!』

 

 誰だよ、考える人!

 明らかに、オレを知ってるだろ、そいつ!

 

『あ、それから、もう一つ。賛同する人たちの中には、こんなことを言っている人がいました。『変態のくせして、女神様と一緒にいるのは許されざる状況だ!』『ふざけんな! 俺たちだって、まともに話せないのに、なんで変態は親しそうにできるんだよ!』『死ね!』『ドぐされ野郎!』などなど、多数の賛成の言葉が送られてきております』

「どんだけ、オレ嫌われてんだよ!?」

 

 思わず、ツッコミが口をついていた。

 いや、これはさすがにツッコミを入れるだろ!

 

 なんで、どこの誰とも知れないような奴らに、罵られなければならんのだ!

 

 オレが何をしたって言うんだよ!

 

『ちなみに、『小斯波君は許すけど、依桜ちゃんは許さん!』とか『てめえは、小斯波とだけ結ばれてりゃいいんだよ!』とか『変態のくせに、男女とデートするとか、舐め腐っとんのか、アアァ?』などのメッセージも届いております』

 

 待て待て待て! なんでここまで嫌われてんだよ!

 

 依桜とは、男の時からの付き合いだぞ!? 別に、女子になった後から仲良くなったわけじゃねえよ!?

 

 つーか、オレが依桜とデートする、ってことをなんで知ってるんだよ!

 

 あれか? うちのクラスの奴が情報を流したのか? だとしたら、マジ許せん!

 

 あと、ホモカップルにしようとしてる奴がいないか? 晶はよくて、依桜はダメとか……おい、そいつ絶対腐女子だろ! 女委と同レベルの奴だろ!

 

『なぜだっ……なぜ、攻撃が当たらんのだ!』

「竹刀とか、当たったら痛いだろ。だから、避けてるだけだぜ?」

 

 なんて言うが、内心冷や冷やものだよ。当たったら即アウトって考えてるからな。

 

 それから、目の前の奴、一応、先輩なんだが……この体育祭において、いちいちそんなことを気にしている暇なんかない。

 

 というか、先輩と呼びたくない。

 

 さっきから、すっげえ、気になってる部分があるんだよ、剣道部主将。

 

「てか、その服は何だ!?」

 

 オレが大声でツッコミを入れたのは、剣道部主将が来ている服だ。

 

『なんだと言われても……体操着としか言えんが』

「下地は体操着かもしれないがな……どうみてもそれ、痛Tだろ!」

 

 剣道部主将が着ている体操着には、どういうわけか……依桜の写真がプリントされていた。

 しかも、最悪なことに、サキュバス衣装(顔が真っ赤な状態の笑顔)の時のやつだ。

 

『痛Tなどではない! これは、我が部の聖衣! 女神様を信奉する人は、これを着るのが当然よ!』

 

 ば、馬鹿だ! こいつマジで馬鹿だ!

 

 どっちだ。こいつはどっちに入ってるんだ!

 依桜ファンクラブか? それとも、白銀会か? 

 

 ……いや、この際どっちも同じだ! 結局、どっちも変態共の集まりだろうからな!

 つーか、オレに変態呼ばわりされるって、普通に終わってる気がするぞ。

 

 まあ、美少女を崇拝するのはわかるが……いくらなんでも、これはやりすぎじゃないか? これ、どう見てもガチ勢の中のガチ勢なオタクがすることじゃね?

 

 いや、今っているのか? 痛Tを着てる奴。

 

 ……見たことないような気がするなぁ……。

 

 割と普通だよな、今って。

 

 ……ってことは、ファンクラブや白銀会に入っているような奴らって、大体が変態じゃないのか?

 

 今時、いないもんなぁ……痛T着てるような奴って……。

 

 ……にしてもあれだな。友人が、そう言う風に見られてるってのは……複雑だ。

 

 いや、別に嫉妬ってわけじゃないんだが……なんとなく、気持ち悪いと言うか、あれだな。うん。普通に気持ち悪い。

 

「そこまで、するか?」

『当然! 女神様はなぁ、可愛い上に、優しい。さらに家庭的! こんな存在、信仰の対象にするだろうが!』

「お、おう」

『だというのに……だというのにっ! 貴様や、小斯波晶はいっつも近くに侍っているじゃないかッ!』

「そりゃ、友達だからな」

 

 つか、侍ってるって何だよ。

 友達が近くにいたらダメなのかよ?

 

『それがずるいのだ! なぜ、なぜ貴様のような奴が、女神様と友達なんだ!』

「知るか! オレだってなあ、たまに疑問なんだよ!」

 

 割とガチで。

 オレ、初対面の依桜に対して放った第一声が、

 

『おっぱいとお尻、どっちが好きだ!?』

 

 だったもんなぁ。

 

 今思えば、マジで酷かったよなぁ……自分のことだけどよ。

 

 なんで、オレはあんなことを訊いたんだろうな。

 

 そして、なぜ、そんな酷い第一声だったのに、こうして友達なんだろう。すげえよな。これ。普通に考えたら。

 

『ならば……死ねぇい!』

「うおっ!? てめえ、マジで殺しに来てんじゃねえか!」

 

 振り下ろされた竹刀は、オレの頭めがけて振り下ろされ、オレは慌てて横に回避。

 ブオンッ! という音が聞こえると同時に、ドゴンッ! という、舞台の床が砕ける音が聞こえてきた。

 

『当然だ! 変態は殺すべし! 殺すべしィィィィィッッ!』

「待て待て待て! 死ぬ! 普通に死ぬって!」

 

 でたらめに振り回す竹刀ほど、危ないものはない。

 いや、どこに打つか考えていていないから、行動が読めないと言うか……。

 かなりめんどい。

 

『死ねー! し、し、死ねー!』

「やめろやめろ、死ねを連呼するんじゃねえ! 不適切だろうが!」

『いいのだよ! たとえ不適切な発言でも、それが、我々ファンクラブの総意だからな!』

「なんでだよ!? オレ、別に悪いことしてなくね!?」

 

 本気で思うんだが、マジでこいつら怖い!

 

 たかだか、高校の体育祭ごときで、ここまで殺気を迸らせてること自体がおかしいのだ。

 

 それ以前に、性転換した生徒がいるにもかかわらず、気にならないことの方がおかしいかもしれないけどさぁ!

 

 けど、それに関しては、単純に依桜が可愛すぎるから、って言う理由だしな……。

 

 それにしても、マジで攻撃が鋭い。

 

 全国は伊達じゃないな。

 

 ……やっぱ、ハンデがないのは、おかしくね?

 これが、ただのド素人のでたらめな攻撃だったらいいんだが、相手は本職。その攻撃がでたらめだったとしても、無駄に鋭いし速いから問題なんだよ。

 

 ……どうする。

 

 ……そう言えば、こいつが着てる服を見て、依桜はどう思ってるんだ?

 

 そんなことが気になり、チラッと依桜を見ると……

 

「~~~~~ッ!」

 

 ものっすごい恥ずかしそうにしてた。

 

 恥ずかしすぎて、赤面してる顔を両手で覆って、その場にしゃがみこんでる。

 

 ……あいつ、本当に男、なんだよな? いや、外見は女だけどさ。

 なんであいつ、あんなに女らしい仕草してるんだろうな。

 

『よそ見してるんじゃねえ!』

「うおっと。お、隙あり!」

 

 勢いよく一閃してきたが、隙ができた。

 その隙をオレは見逃さず、脇腹に発勁を叩き込んだ。

 

『ごはぁっ!?』

 

 剣道部主将は綺麗に飛んでいき、倒れた。

 

『う、ぐっ……く、くそぅ……お、俺をたお、しても……だ、第二、第三の刺客、が……』

 

 バタリ。

 

 何かを言いかける瞬間に、主将は倒れた。

 ……まさかの一撃。

 

 いいのか、剣道部主将。

 

 それともあれか? ミオ先生の特訓のせいで、やたらと力がついちゃった的な?

 ……ありそうだなぁ。

 あの人、マジでやべえもんなぁ。

 

『一撃! 一撃ノックアウトです! 剣道部主将の剣崎君、変之態徒君の一撃によって、ダウンです! 気絶しております! よって、一回戦、第二試合、勝者は変之態徒君です!』

『ブー! ブー!』

 

 ちょっと待て!? すっげえブーイングの嵐なんだが!?

 オレの嫌われ具合、異常じゃね?

 

『とりあえず、第三試合に移りたいので、さっさと降りてもらっていいですか?』

「辛辣だなぁおい!」

 

 という、オレのツッコミは、見事にスルーされました。

 

 

「ただいま」

「……おかえり、態徒」

 

 依桜のところに戻ると、テンションが低かった。

 

 まあ……自分の写真がプリントされた体操着着て、女神と呼んで崇めてたもんな。

 

 オレがもし、その立場ったら、死にたくなる。

 

「大丈夫か?」

「……少なくとも、人生で一番恥ずかしいと思った瞬間かもしれないよ」

「まあ……痛Tだもんな。しかも、サキュバス衣装の」

「はぅぅっ……!」

 

 今の反応は可愛いと思ってしまったぜ。

 ついでに、恥ずかしそうに、赤面してるのもいいな。うん。

 

「しっかしまあ、たった三ヶ月程度でここまで有名になるんだもんなぁ。依桜は」

「……有名になった結果が、さっきのなんだけど」

「やっぱ、可愛すぎるって言うのも、考え物なのかもな。実際、依桜は異常なレベルで可愛いしよ」

「そんなんじゃない、と思うんだけど……」

 

 依桜の謙遜のレベルって、やっぱ相当じゃね?

 

 普通、何度も言われれば、ある程度は認めると思うんだがなぁ……。

 その辺り、自己評価が低いと言うか、何と言うか……。

 

 てかさ、依桜が可愛いくないんだったら、日本どころか、世界中の女子全員ブサイクってことになりかねないんだが。

 

 最早、依桜に自分は可愛いと認知させるのは無理だよな、これ。

 

 未果とか女委が言っても、冗談半分で捉えられてるような気がするしよ。

 

「それにしてもさ、オレ、この学園の生徒から嫌われすぎじゃね?」

「あ、あはは……たしかにあれは、ね。ボクもかなり酷いと思ったよ」

 

 依桜も思ったのな。

 

 ハンデなしの賛成理由が、本当にクソみたいだったからな。

 あんなひでぇ理由、聞いたこともねえよ。

 

「でも、勝ててよかったね。結構危険だと思ったんだけど」

「まあなぁ。まさか、殺気を持った攻撃が来るとは思わなかったぜ」

「そう、だね。ボクも、高校生であそこまで殺気を持った攻撃をする人は、初めて見たよ」

「普通はいないがな。てか、依桜だって殺気を出すことくらいあるだろ? 学園祭の時とかよ」

「あ、あれは、未果が撃たれたからで……し、仕方なく……」

 

 別に、そこまでしゅんとしなくてもいいように思えるんだが……そこは、依桜が優しいからかね?

 

 幼馴染が撃たれて、キレない奴はなかなかいないからな。

 オレだって、あれには殺意が沸いたし。

 ま、結局依桜がどうにかしたが。

 

「とりあえず、ボクも頑張らないと!」

「つっての、依桜はシードだろ。次戦うのも、オレだがな」

「あ、そう言えばそっか。忘れてたよ」

 

 えへへと、照れ笑いする依桜。

 くっ、なんでこいつ、こんなに可愛いんだよ、コンチクショー!

 

「ま、お互い頑張ろうぜ」

「うん!」




 どうも、九十九一です。
 一向に終わらないことに対し、かなり諦めが入ってます。もういいかな、と。正直、ここまで長くなるんだったら、前半戦と後半戦に分けて、その間に幕間をやればよかったんじゃないかと思ってます。失敗したなぁ……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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117件目 美天杯6

 ※ 頭の悪い設定とネーミングセンスなのは、許してください……。


 体育館裏にて――

 

「チッ。変な気配があると思ったら、ここもか……」

 

 体育祭という祭りが始まってから、あたしはおかしな気配を感じ取っていた。

 

 害がなさそうなら、別に気にすることもなかったんだが……どうにも、害がありそうだった。

 

 正直、面倒なことこの上ないが、愛弟子や、愛弟子の友人がいるんじゃあ、仕方ない。それに、今はここで教師もやってるからな。ガキどもの身を守るくらいはしてやろう。

 

 それに、この世界は平和だからな。変なことに巻き込まれる必要なんざないし、知らなくてもいいことだ。

 

「さてさて……こいつらは何なんだろうな」

 

 目の前にいるのは、黒い(もや)のような何かだった。

 何かを形どることこともなく、宙に漂うようにしているだけの、よくわからん靄。

 

『*!$&+/√〇?×!』

「何言ってんのか、マジでわからんな」

 

 言語理解を持っているはずなんだが、なぜかわからん。

 

 わからんが、とりあえず『聖属性魔法』で消滅させる。

 

 この黒い靄は、学園の敷地内になぜか出没している。

 と言っても、あたしが知る限りじゃ、今日が初だがな。

 

 物理的干渉力はなさそうだが、どう見てもこれは、誰かに憑りつくような奴だろうな。

 

 だって、あたしの体乗っ取ろうとしたし。

 

 ま。あたしの体にある、神気に触れた瞬間消し飛んだがな。

 だからと言って、体を許すほど、あたしは安くはない。

 憑りつく前に、『聖属性魔法』の『浄化』で一瞬よ。

 

 となると。さっきの奴は、闇属性系統の魔物。もしくはそれに似た何か、ということになるな。

 

 それ以外は特に特徴はなかったしな。

 

 それはそれとして……こいつらが話しているように見えるのは、言語じゃないってのか?

 

 ……いや、そんなはずはない、か。

 獣だって、一応鳴いたりだなんだで意思疎通を図っていたしな。

 

 ふむ……そもそも、言語理解ってのは、なかなかにおかしなスキルだな。

 

 その世界の存在するありとあらゆる言語が理解可能、だからな。

 ……考えてみればどういう原理で理解してるんだ?

 

 あれか? 神か? 神どもがインプットしてるってのか?

 

 ……ふむ。ありそうだな。

 

 あいつらは、担当している世界の自然や生き物を大切にしているように見えて、そうじゃないからな。

 

 結局は、平等ってやつだ。

 誰かに肩入れはしないし、誰かを裁くこともない。

 

 ……ん? しかし、そうなると不自然だな。

 

 イオはたしか、異世界へ転移する際、一度だけ女神に会ってるって言っていたな。

 

 顔は見ていないらしいが、声は聞こえたそうだ。

 

 ……やはり変だ。

 

 そもそも、あの世界における出来事に対して、なるべく不干渉を貫いているようなやつらだ。魔王が出現したからと言って、人間に手を貸すはずはない。

 

 一応、あの世界の人間は、エンリルって言う神を信仰してはいる。

 魔王が出現し、自分たちじゃどうにもならないと悟った結果、リーゲル王国のクソ野郎どもが異世界人召喚をしたわけだが……ふむ。

 

 変だ。やはり変だ。

 

 いや、そもそも、イオも変だが。

 

 あいつなぁ……一目惚れ以外にも、気になる点があったんだよな。

 

「……なぜかは知らんが、極僅かに神気が体から発されていたんだよな……」

 

 その辺りがものすぐ気になった。

 

 それに、妙に懐かしい気配と言うか何と言うか……。

 

 あれか? あたしが会った神って、エンリルだったんかね?

 それで、イオが異世界に行く途中に会って、その神気が染みついた、と。

 

「ありそうだな……」

 

 だが、他の可能性があたしの頭の中に浮かんできた。

 

 ……ま、その可能性に関してはほとんどないだろ。

 

 さて、一旦思考を戻すとして、だ。

 

 消滅させた黒い靄の発している言語のようなものの意味が理解できないのは、神が関わっている可能性があるな。

 

 いや、関わっているには関わっているんだろうが、直接関与はしてない、って感じか。

 

 そもそも、世界は無数にあるんだから、担当している神がいなくなった世界があっても不思議じゃない。

 

 もし、言語理解のスキルが、異世界すべてに共通しているスキルなのだとしたら、それは神が造ったもので間違いないだろう。

 

 言うならば……『神技能(しんぎのう)』ってところか。

 

 そもそも、無条件に言語が理解できる時点で変だ。

 そんなもん、神が関わってるに決まってる。

 

 ま、あくまでも仮定だが。

 

 で、この黒い靄……いちいち、黒い靄って呼ぶのも面倒だな。名称がほしいな。んー……面倒だし、安直に、ブラックヘイズ。略して『ブライズ』でいいか。うん。適当だが、識別できりゃいいよな。

 

「ま、十中八九、異世界産だろうな、これ。少なくとも、この世界のものではないな」

 

 さっきの仮定が本当だった場合、このブライズどもは、神の管理から外れた世界に存在する何か、ってことになる。

 

 で、これが違う場合は……元々、神の管理がなかった世界、だな。

 

 あるかどうかは知らんが。

 

 少なくとも、あたしが会ったことのある神は、割と適当だったな。

 

 だがまあ、そこはやっぱ神なのか、他の世界の神様事情ってのを教えてもらったっけな。

 一応、神が管理している世界は、かなりの数あるとかな。

 

 まあ、中には神が不慮の事故でいなくなって、荒れ放題になる世界もあるとかなんとか。

 それぞれの分野で担当がいるのはあれだったが。仕事のシフトみたいなんだもんな。

 

 その中の、負の感情を受け止める担当の神が邪神に変異するからな。マジで厄介だよ、あいつら。

 

 中には良い神様、ってのもいるらしいんだが……本当にいるかは定かじゃない。

 

 この世界の神には会ったことないが、どんな奴なのかね?

 

 少なくとも、魔法がなくても、ここまで発展している世界だ。なら、かなりすごい奴がついていそうなものだが。

 

 おっと。思考が脱線したな。

 

「まあ、仮にこれが異世界産のもんだとして……なんで現れたんだ?」

 

 一応、こっちの世界の出来事は全部洗ったんだが……あたしの世界が関わってそうな事象はあったが、こんなのは聞いたこともないな。

 

 死霊系の魔物に近いかもしれんが、あれはある程度の実体があったりするからな。こいつらみたいに、実体がないような奴はいなかったはずだ。

 

 となると、やっぱり、あの世界は関係なし、か。

 

 だとすると……やっぱ、神の担当が外れた世界だろうな。あくまでも仮定だから、何とも言えないが。

 

「ま。祭りの邪魔はさせんが……ん? この反応……しまった! 一体、生徒に近づいてる奴がいやがる!」

 

 しくじった。

 

 あたしが気配を感じ取れなかったとは……考えすぎたか? いや、だとしてもおかしいか。あたしは常時『気配感知』『聞き耳』『音波感知』を使用しているからな……。となると、あたしの能力から逃れられるほどの何かを持っている可能性がある、か。

 

「ったく、面倒だな。……イオが近くにいるが……あいつ、『聖属性魔法』使えなかったよな?」

 

 あたしが知っている限りじゃ、使えるのは確か、風魔法、武器生成魔法、回復魔法の三つ。その上、全部が初級レベルだ。

 

 だがまあ、あいつの場合の初級魔法は、魔力で上級くらいまで底上げできるんだが。

 それはいいとして……あいつ、あたしの魔力回路と似通ってるしな。問題ないだろ。

 ……仕方ない。ちと面倒だが、アレ使うか。

 

「よし。まずはイオに『感覚共鳴』で呼びだすか」

 

 会話程度なら、分身体で済むしな。

 実際、今のあたしは分身体だしな。

 どうせ、考えやらなんやらは本体にも還元されてるしな。問題なしだ。

 

『おい、弟子。ちょっと体育館裏まで来い』

 

 

『おい、弟子。ちょっと体育館裏まで来い』

「ふぇ!? し、師匠?」

 

 突然頭の中に師匠の声が響いてきて、驚いて大きな声を出してしまった。

 

 うっ、周囲からの視線が……。

 妙に生暖かい視線なのが気になるけど。

 

「どうした、依桜」

「ちょ、ちょっと師匠に呼ばれたみたいだから、ちょっと行ってくるね」

「おうわかった。なるべく早く戻って来いよー」

「うん。じゃあ、行ってくるね」

 

 『感覚共鳴』使って呼び出す用事ってなんだろ?

 

「師匠―、来ましたよー」

「お、早かったな」

「時間をかけると、何をされるかわからないですからね……」

 

 過去に、ちょっとだけ遅れて、女装させられたしね……あはは……。

 

 一瞬、ものすごく嫌な記憶が蘇ったけど、再び記憶に蓋をする。

 思い出したくない過去です……。

 

「それで、何かあったんですか? 分身体みたいですけど……」

「お、よくわかったな。偉いぞー」

「あぅあぅ……。あ、頭を撫でないでくださいよぉ」

「いいじゃないか。お前、気持ちよさそうな顔してるし」

「し、してないです!」

 

 決して、師匠に撫でられるのが気持ちいいとか考えてないもん! だから、口元が緩んでるのも、きっと気のせいなんです!

 

「ハハハ! ま、それはいいとしてだ」

 

 師匠の手が離れると、一瞬だけ残念に思ってしまった。

 ……そうですよ。ちょっと気持ちいいと思いましたよ。

 

「お前を呼び出したのはほかでもない。魔法を習得してもらおうと思ってな」

「え、ま、魔法ですか? 一体何の?」

 

 そもそも、今のボクに必要なものなのだろうか?

 ただでさえ、こっちの世界においては、色々とおかしい体なのに……。

 なのに、今さら魔法を覚えるなんて……。

 

「聖属性魔法だよ」

「聖属性魔法、ですか。何に使うんですか?」

「ちと色々あってな。で、厄介なことになったんで、あたしが楽――んんっ! 弟子を成長させようと思ってな」

「今、楽って言いませんでした?」

「言ってないぞ」

「…………それで、その厄介なことって言うのは?」

 

 これ以上聞いても、理不尽な言い返しをされるだけなので、流すことにしました。

 ……け、決して師匠が怖いからじゃ、ないですよ?

 

「ああ。実はな――」

 

 師匠から事情を聴く。

 

「――ってわけだ。理解したか?」

「は、はい。理解はし、しました……」

 

 事情を聴き終えると、ボクは言いようのない恐怖心に駆られていた。

 

 師匠が言うには、実体のない黒い靄――ブライズは、人に憑りつくような存在とのことらしい。

 

 害があるとするなら、人に憑りつくくらいらしく、本体は何もできない、らしいです。

 

 ……そ、それって、

 

「ゆ、幽霊、ですか?」

「んー、まあ、ワイト系の魔物に近いかもな」

「そ、そうです、か」

 

 ワイト系……ボクが一番苦手とする魔物。

 ボクがついぞ苦手を克服することができなかった魔物……。

 

「ん、なんだ? お前まさか、今でも苦手なのか? ワイト系」

「そ、そうです……」

 

 だ、だって、怖いんだもん! 目に見えるけど、物理的攻撃は効かないし、すっごく怖い外見なんだよ? 骸骨みたいな風貌で、浮いてて、いかにも呪い殺しそうなんだよ?

 

 怖いに決まってるよぉ……。

 

「歴代最強の魔王を倒した奴の弱点が、ワイト系とは……誰も思わんだろうな、それ」

「うっ、だ、だって怖いんですよぉ……」

「そうかそうか。ま、お前の弱点なんざ関係ない。とりあえず、習得しろ、聖属性魔法」

「ひ、酷いですよぉ! ぼ、ボク、ワイト系苦手なのにぃ……」

「知らん。じゃあ、早速習得に移るぞ。正直、いちいち教えるのも面倒なんで……『感覚共鳴』を使うぞ」

「無視ですか……。でも、『感覚共鳴』、ですか? 一体どうやって……」

「ああ。このスキルの利点は、ここでな。これを使えば、楽々簡単に魔法が習得できるってわけだ」

「そ、そうだったんですか!?」

「ああ」

 

 す、すごい。そんなスキルがあったなんて……。

 てっきり、五感を共有したり、遠方からでも会話ができる、って言うだけの能力かとばかり……。

 

「ちなみに、これの原理だが――」

 

 と、感覚共鳴での魔法習得について説明してくれた。

 

 人には魔力回路、と呼ばれるものが存在しているらしく、それには個人差があるらしいです。

 

 例えば、火の系統の魔法しか使えない人は、火の魔法しか使えない回路を持っているらしく、それ以外の魔法は覚えられない、らしい。

 

 逆に、火の魔法しか覚えてなかった場合でも、実はほかの系統が使える様な回路を持っている場合があるそう。

 

 複数の系統の魔法が使える人はいる方らしいけど、全属性を使える人は滅多にいないとか。

 

 ちなみに、全属性は、火、水、風、土、聖、闇、の六属性に加えて、ボクが使う武器生成魔法のような、どの属性にも属さない魔法を、属性外魔法と言い、この属性外魔法を含めた計七つが全属性です。

 

 人によっては、魔力回路が似通っていたりするらしく、そう言う人たちは感覚共鳴での魔法習得が可能なのだそう。

 

 ただし、その際には、習得する側に相当な痛みと快楽が生じるらしく、実際にやる人は少ないとのこと。

 

 そして、師匠が言うには、回復魔法と言うのは、聖属性魔法から派生した魔法らしいです。

 

 聖属性は、ワイト系やゾンビ系などの、いわゆるアンデッド系の魔物に対して、絶対的な優位性を誇る魔法。

 

 なので、理論上は聖属性魔法の派生である、回復魔法で倒すことも可能らしいのだけど……現代の魔法技術じゃ無理らしく、ほとんど不可能とのことです。

 

 原因は、魔法の質がほんの少しずつ下がりつつあることと、不特定多数の人が使えるように改良していった結果、完全に聖属性を介さない魔法になってしまったことだそうです。あと、聖属性を介していると、回復魔法の中でも、最低位魔法である『ヒール』で、骨折まで治せるらしいです。

 

 本来、ヒールは傷口を塞いだりする程度です。

 

 なので、未果が銃で撃たれた際、それを塞げたのも本来ならおかしい、とのこと。

 

 ただ、その辺りは魔力量によるゴリ押しだと思うんだけど。

 

 ちなみに、骨折を回復するのに使用する魔法は、『ハイ・ヒール』です。

 

 回復魔法の中でも、最上位に位置する魔法は『ハイエスト・ヒール』です。

 で、この『ハイエスト・ヒール』は、まあ、骨折だけじゃなく、内臓まで修復可能。

 

 そして、この回復魔法の上位互換である再生魔法は、どんなに古い傷でも治療可能な魔法。

 

 この魔法は、聖属性を介していないとのこと。

 

 ちなみに、ボクがたまに使っている『身体強化』は、魔力を使用しているので、スキルであり、魔法であるものなのだそうです。

 

 でも、『身体強化』は、誰でも使用可能なため、スキルとして存在しているとのこと。

 

「――とまあ、そんなわけだ。理解したか?」

「は、はい。でも、師匠。ボクってたしか、他の魔法に対する際の売ってなかったような気がするんですけど……」

「ああ、それな。才能がないのと、使えないのは全くの別物だ。お前は、最低位魔法くらいだったら、全属性習得可能だぞ?」

「え、そうなんですか!?」

「ああ」

 

 そ、そうだったんだ……。

 ボク、異世界転生系の主人公みたいな体質だったんだ……。

 

 それ、できれば修業時代に言ってもらいたかったような……。

 

 そんな文句が頭の中に浮かび、言おうか迷っていると、その理由を言ってくれた。

 

「まあ、最低位魔法しか使えないからな。それで教えなかったんだよ。正直、お前は魔法向きじゃないからな。魔法は、ほとんど使えないからな」

「そ、そうですか……」

 

 なんだか、才能なしって言われるのって、心に刺さる……。

 

「……あれ? 『感覚共鳴』で魔法習得ができるってことは……師匠、全属性使えるん、ですか?」

「まあな。これでも一応、上位魔法まで使えるぞ、全属性」

「……」

 

 ボクは絶句した。

 

 ……やっぱり、師匠っておかしい。

 

 どうして、魔法を主体としている人よりも魔法が使えちゃってるの?

 暗殺者、なんだよね?

 

 ……おかしい。

 

「幸いなのは、あたしとイオの魔力回路が似通っていたことだな。まあ、それなりの誤差はあるが、問題ないだろう。……かなり痛みそうだが」

「い、痛いって、どれくらい、ですか?」

 

 恐る恐るそのことを尋ねると、師匠は一瞬考えるそぶりをして、笑顔で言った。

 

「足の小指を箪笥の角に思いっきりぶつけた時の痛みが、全身に来る程度」

「……え?」

「よーし、じゃあさっさと始めるぞー」

 

 邪悪と言っても過言ではない笑顔を浮かべている師匠がにじり寄ってくる。

 

「え、ちょ、し、師匠、まだ、心の準備が――」

「ああ、ちなみに、快楽の方も、割とまずいことになるんで……ちゃんと防音結界と人払いの結界を張っておいたんで、安心してイキな♪」

「な、何を言ってるんですか……? い、イク? って、なんですか? あ、あの、師匠? こ、怖いんですけど……? そのワキワキさせた手が、すっごく怖いんですけど!」

「安心しろ。あたしはすごいから」

「い、意味がわからな――いやあああああああああああああああああ!」

 

 その後、結果以内では、依桜の痛覚による絶叫と、嬌声が響き渡ったそうだが……それを知るのは、依桜とミオだけである。




 どうも、九十九一です。
 前書きにも書いた通り、設定やらネーミングセンスのなさは許してください……。このあたり、すごく苦手なんですよね……。まあ、そこまで本編に絡むことはない……と思うので。
 というか、これ、美天杯ってサブタイトルがついてますけど、全然違うような……? 
 ……大丈夫だと思うことにします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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118件目 美天杯7

 ※ 割と適当になってしまったかもしれません……。


「はぁっ……はぁっ……んっ。……う、うぅ……う、動けないよぉ……」

 

 『共鳴感覚』による魔法習得によって、イオは腰が砕けて動けなくなっていた。

 

「お前、やっぱその感覚は未経験だったんだな」

「し、知りませんっ、よぉ……はぁっ、はぁっ……こん、なの……。ぼ、ボク、こんなの感じたこと……んっ……ない、ですからぁ……」

 

 ……こいつ、なんでこんなにエロいの?

 

 さっきの行為による影響で、汗で髪は張り付き、目はとろんとしている。さらに、頬は上気し、荒く艶めかしい吐息。

 

 いや、ある意味事後っちゃあ、事後なんだが……ものすごい、犯罪臭がするのはなんでだ。

 

 これ、結界があってよかった。

 

 傍から見たら、一人の美少女を襲った教師、って立場だからな。うん。

 

 いくら相手が弟子とはいえ……許されんだろうな。まあ、無理矢理解決するが。

 

 ふむ。

 

 そう言えば、イオの友人――ミカと言ったか。そのミカが、イオが実は相当な純粋な心だと言っていたな。

 

 子供を作るのに必要な行為を、キスだと勘違いしているらしいしな。

 

 ……ということはこいつ、一人で処理する、なんてことを知らなかったわけだな。

 

 ……あたし、なんとなく、性行為が関わってそうな仕事は、イオにやらせないようにしていたんだが……あれは、よかったのか、悪かったのか。

 

 ……わからん。

 

 だが、一年間、イオがあたしに襲い掛かってこなかったのは、それが理由だったか。

 ただのヘタレ。もしくは、紳士かと思っていたら、まさか、そんな理由だったとは思わなかったがな。

 

「で、大丈夫か?」

「も、もう少しかかりそぅ、ですぅ……」

 

 情けない、と言うのは、いささか可哀そうか。

 

 こいつにとっちゃ、初体験だったわけだしな、その辺り。

 

 ……まあ、『感覚共鳴』で魔法を習得するやつが少ないのは、似通っている奴が少ないのと、こう言った副作用があるからなんだけどな。

 

 実際、習得する側が感じる快感ってのは、まあ……アレ――すなわち、性行為と同じだからな。だからまあ、本番どころか、それ以外すら経験がない奴がしたのならば、依桜のようになるのも納得だ。

 

 だからこそ、あたしはこいつの修業時代に使わなかったわけだが。

 

 使ってたら、あたしが責任を取らなきゃいけなくなったし。別に構わなかったんだがな、それでも。

 

「んー、しかたないな……『レスト』」

 

 ある魔法をイオに唱えると、光の粒子がイオを包み込む。

 そして、光がなくなると、そこにはいつも通りのイオが。

 

「あ、あれ? 動ける……師匠。今のは……」

「『レスト』って魔法だ。一応、回復魔法の一種だな。効果は、傷を塞いだりするようなものではなく、疲労を取るだけの魔法だ」

「そんな魔法が……」

 

 どうやら、あたしが使った『レスト』に驚いているようだな。

 

「あれ? でも、以前似たような魔法を教えてもらったような気がするんですけど……。たしか、中毒になりかねないから、って言われて、ほとんど使わなかったんですが」

「ああ、あれとは別だ。こっちは、中毒性を取り除いたものだ」

「ええ!? なんで、そっちを教えてくれなかったんですか!?」

「なんでも何も、この魔法、あたしが開発したやつだし。あとついでに、お前が帰った後に、ふと思いついて作ったやつだからな」

「し、師匠って、職業、暗殺者、なんですよね……?」

「なんだなんだ。訝しむ様な顔をして。正真正銘、暗殺者だぞ?」

「で、ですよね?」

 

 あたしって、そんなに暗殺者に見えないのかねぇ?

 

 たしかに、魔法も得意分野っちゃあ得意分野だが。

 

 つっても、魔法をある程度極めたのは、邪神を倒したあとなんだがな。

 それまでは、魔法とか今ほど使えなかったし。

 

 ……いや、実際使える様な回路は持っていたんだが。

 

 チッ、思い出しただけでイライラする。

 

「さて、そろそろいい時間だな。さっさとイオはさっさと戻りな」

「わ、わかりました。えと、師匠は……?」

「ああ、このあたしは、分身体だからな。もうちょい調べたいことがある」

「そうなんですね。無理、しないでくださいね?」

「いっちょ前にあたしの心配か? ハハハ! 余計なお世話だよ。分身体が疲れても、本体にはほんの少ししか還元されんから、大丈夫だ」

「そう、ですか。でも、だからと言って、無理はしないでくださいね? 師匠が体調を崩したら心配ですから」

 

 困ったような笑顔を向けられながら、そう言われた。

 

 ふむ。弟子に心配されるってのも、いいもんだな。

 

 それに、あたしが色々とやらかしている割には、嫌わないでいてくれるどころか、好意を持ってくれてるんだよな、こいつ。

 

 いい弟子だ。

 

「わかった。頭の片隅に入れておこう。ああ、それと、ブライズは憑りついて、負の感情を増幅させ、凶暴化させるみたいだが、基本、意識はそいつなんでな。別に、ブライズが全部悪いわけじゃないんで、覚えとけよ。じゃあな」

 

 そう言って、あたしはイオから離れた。

 

 

「はぁ……酷い目に遭ったよ……」

 

 師匠が去った後、ボクは一人、ため息を吐いていた。

 だって、魔法の習得方法があんなのだったんだもん……恥ずかしい以前に、変な気分と言うか……その、気持ちいい、って言うの、かな? そんな状態になって、頭が真っ白になったと言うか……。

 正直、二度と体験したくない……と思いましたよ、うん。絶対に。

 

「とりあえず、みんなのところに戻ろう」

 

 そう思い、ボクは会場に向かった。

 

 

 そして、舞台に戻ってくると、そこには……ボロボロになった態徒の姿があった。

 

 

 遡ること、数分前。

 

『それでは、第二回戦、第一試合、開始です!』

 

 開始のゴングが鳴り響く。

 

 第二回戦、第一試合で闘うのは、態徒と藤五郎の二人だ。

 

「くくっ、ふははははは! 変之態徒よ! 俺は、無敵の力を手に入れたぞ! 貴様ごとき、簡単にひねりつぶしてくれるわ!」

「……どうした? お前、なんか様子が変だぞ?」

「何を言っている? 俺は俺だ」

 

 そう言うが、藤五郎の様子がおかしいのは本当だ。

 

 二メートルくらいの慎重に、筋骨隆々な体躯をしているのは変わらないが、雰囲気がおかしい。

 

 目も濁り切っているのか、どこか黒い。

 

 それから、体から妙な黒いオーラのような物も見える。

 そのオーラは、いかにもやばい奴ですよ、と言わんばかりに主張をしている。

 

「なあ、大丈夫か? お前。なんか、すっごい危ない感じがするんだが」

「何を言っている。これこそ、俺が手に入れた最強の力ぞ!」

「いや、最強とか、中二病かよ」

 

 と、態徒はいつものようにツッコミを入れているが、内心ではかなり冷や冷やしている。

 

 パワーアップしているのは、明白だからだ。

 

 明らかにやばいオーラを放っている筋骨隆々の男なんて、やばいに決まっている、と態徒は思っている。

 

「じゃあ、行くぞ!」

 

 そう言いながら、藤五郎が態徒に常人では考えられないスピードで肉薄してきた。

 それと同時に、拳を水月にいれようとしてくる。

 

「くっ……!」

 

 慌てて両腕でガードをするも、後方に吹っ飛ばされる。

 

 ガードした両腕は、衝撃で鈍い痛みと痺れが走っていた。

 

(や、ヤバ過ぎんだろ、こいつ! 何をしたんだ!?)

 

 異常なまでの攻撃力に、態徒は戦慄していた。

 

 攻撃力は、確実に高校生のそれではない。

 

 いや、それどころか、ボクシングの世界チャンピオンの人よりも攻撃力は高い。

 そんな攻撃をガードして、腕が折れていないのは、さすがと言うべきか……変態は強いのかもしれない。

 

「おいおい、どうしたよ!」

「しまッ――」

 

 ドゴンッ!

 一瞬の動揺を突かれ、鋭い蹴りが脇腹に炸裂。

 

「ぐはっ!」

 

 勢いを殺しきれず、態徒はバウンドしながら、舞台の端の方まで吹っ飛ばされた。

 

「ごほっ、ごほっ……い、いてぇ……」

 

 態徒は、同年代の人よりも強く、体も頑丈だ。

 

 仮に、時速40キロで走行する車にぶつかったとしても、大けがを負うことはない。

 それくらい頑丈な態徒が、相当な痛みを感じている。

 

 しかも、

 

(くそっ、これ、肋骨持ってかれてねぇか?)

 

 肋骨の骨をやられていた。

 

 たった一度の蹴りで、肋骨を折ることができる蹴りと言うのは、ある意味異常だ。

 

 いや、藤五郎の体躯だったらできないことはないかもしれないが、それをさせるほど、態徒は甘くない。

 

 簡単にガードするか、受け身を取ったり、衝撃を逃がしたりするなどをして回避することだろう。

 

 にもかかわらず、骨を持っていかれているなど、かなりおかしい。

 

 あまりの痛みに、態徒は動きが止まる。

 それの隙を藤五郎が突く。

 

「おらおら! どうしたよ、変之態徒!」

「がはっ……!」

 

 態徒が動けないことに調子付き、さらに蹴りを入れてくる。

 足、腹部、腕、胸など、体の至る所に蹴りを入れる。

 

「どうしたどうした! まさか、俺ごときに、手も足も出ないってかぁ?」

「ぐっ……がっ……こ、んのっ……!」

 

 ただ蹴られている態徒ではなく、反撃しようと、藤五郎の脛に拳打を入れるも、

 

「ふんっ、その程度かッ!」

 

 グシャッ!

 

「ぐっ、がああああああああッッッ!?」

 

 生々しい音が鳴り響いた。

 

 あろうことか、藤五郎は、拳打を入れようとした態徒の右腕を踏み砕いたのだ。

 

 そのあまりの痛みに、叫び声を上げる態徒。

 

 腕の骨は砕けてしまっており、動かすことは不可能だ。

 

「やはり、雑魚は地面に伏しているのが一番似合うなぁ? おい」

「うっ、くぅ……」

 

 たった数分程度の時間だというのに、すでに態徒は満身創痍。

 

 腕は折れ、体の至る所に痣ができている。

 

 痛々しい姿になっているが、態徒の目に浮かぶ意志が消えているわけではない。

 

「なんだ、その目は? どうやら、まだ足りないらしい……なッ!」

「がぁっ、ああああああああああああっ!?」

 

 未だに闘う意志がある目をしている態徒が気に食わなかったのか、藤五郎は折れている右腕を踏みにじる。

 

 あまりの痛みに、態徒がさっき以上の絶叫を上げる。

 

 最初こそ、演技か何かだと思っていた放送・教師側も、あまりにもリアルすぎる態徒のリアクションに、これが演技ではないと気付き、

 

『佐々木藤五郎! 今すぐ、その足をどけなさい!』

 

 先生がやめるよう制止をかける。

 

「何を言っているんだ、先生よぉ。俺は、普段から調子に乗ってる奴を懲らしめてるだけなんだぜぇ?」

『仮にそうだったとしても、これはやりすぎです! 早くどかしなさい! これ以上やれば、変之態徒君に後遺症が残ることになりかねません!』

「うるせぇなぁ……何でもあり、なんだろう? この競技は。なら、俺がどうしようと、俺の勝手じゃねえか?」

『だとしても、限度という物があります! 先生方、取り押さえてください!』

 

 放送席にいた先生が、ほかの先生に取り押さえるよう指示を出すと、近くにいた体育教師が動く。

 

「邪魔をするってんならよぉ……お前ら、教師共も、同じ目に――ッ!?」

 

 取り押さえようとする先生たちをも攻撃しようとする藤五郎だったが、それが叶うことはなかった。

 

 それどころか、まるで金縛りにあったかのように体が動かなくなっていた。

 

 いや、藤五郎だけではない。この会場にいる人全員(ミオは除く)が、誰一人として動けずにいた。

 

 それほどまでに、濃密な殺気が、敷地内に広がっていた。

 

 そして、その殺気を放っている主は――

 

「……ねぇ、君は一体……何を、しているのかな?」

 

 一切の表情が消え、濃密すぎる殺気を放っている依桜だった。




 どうも、九十九一です。
 うーん、今回のようなシチュエーションを書くのは……向いてないですね。そもそも、シリアスとか好きじゃないですし……下手で申し訳ないです。
 それから、誤字脱字報告をしてくださっている方、本当にありがとうございます。もし、そう言ったものをほかにも見つけましたら、報告してくださると、こちらもありがたいです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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119件目 美天杯8

 態徒がボロボロになるという、最悪の事態を目の当たりにした依桜は、言い表しようのない怒りを覚えた。

 

 未果の時も、同様に怒りをあらわにしていたが、あの時は自分にも原因があると思っていた。もっと早く仕留めていれば、未果に凶弾が当たることはなかったと。

 

 だが、今回は違う。

 

 自分の知らないところで、大事な友人が傷つけられ、ボロボロにされた。

 

 これがいくら、体育祭というお祭りであったとしても、これはやりすぎである。

 

 友達を大事にする依桜からしたら、あり得ない行為だ。

 

 ただでさえ、態徒は酷い目(嫉妬ややっかみ)に遭っていると言うのに、この仕打ち。

 

 普段温厚で、優しい依桜と言えど、怒らないわけがないのだ。

 

「ねえ……佐々木君、って言ったよね? 君は、何をしているの?」

 

 抑揚もなく、感情を一切感じ取ることができない声で、藤五郎に尋ねる。

 

「そ、それは、ですね。め、女神様に悪い虫が付いていたから、懲らしめようと……」

「悪い虫……ね。ボクは、態徒をそんな風に思ったことはないんだ。たしかに、変態な言動を取ったり、行動をしたりするけど……それでも、すごく、優しいんだよ。絶対に相手を傷つけまいとしているんだよ? なのに……君はそれをした」

 

 言葉を紡ぎながら、ゆっくりと舞台に近づく。

 

「――ッ」

 

 ただ依桜が近づいているだけなのに、藤五郎は怯え、後ずさる。

 

 それを見ても、依桜は何も感じず、ただただ言葉を続ける。

 

「君が、態徒の何がわかるの? 変態でも、友達思いの優しい人なのに。そんな人を、ボロボロになるまで、一方的に痛めつけて、楽しかった? そうなんだよね? だって、さ遠目に見た時、君の表情は……たしかに、笑っていたんだもん」

「そ、それは……」

「それと……たしか、晶に対してもどうこうする、って言ってたよね? あの時は冗談と捉えていたんだけど……これを見てる限りだと、やるよね? 佐々木君」

「い、いえ、お、俺は――」

「否定、するの? 少なくとも、たった一人の人間を、こんなにボロボロになるまでやっておいて……今さら否定? ねえ、君は、ここまで痛めつけられる人の気持ちって、知ってる? ボクはよく知ってるよ。骨は折れ、内臓は潰れて血反吐が出て、筋肉はズタズタ。あまりにも痛みが激しすぎて、視界は歪み、呼吸も苦しい。得物を持つ手に力も入らない。そんなボロボロな体になりながらも、前々と進まないといけない。これの辛さが、君にはわかる?」

 

 もちろん、依桜が言っているのは、異世界で体験した……実話だ。

 

 何の力も持たず、ただの高校生でしかなかった依桜が体験した、凄惨な実話。

 

 異形とも呼べる魔物たちに、ちっぽけな力で対抗しなければならず、ただただ帰るためだけに頑張り続けてきた依桜は、痛みをよく知っていた。

 

 攻撃するということは、それには怪我をさせてしまうかもしれない、殺してしまうかもしれない、そう言った可能性がある。だからこそ、生半可な気持ちでしてはいけない。するのなら、殺すほどの覚悟を持たなければならない。

 

 そう考えているのだ。

 

 当然、格闘技の試合などは、しっかりとしたルールが存在している。

 

 この格闘競技においても、細かいルールは設定されていなかったものの、当然、大けがを負わせてはならない、殺してはならない、という、暗黙のルールだってあった。

 

 当然、出場している選手は、ほぼ無意識で思っていたはずだ。

 

 怪我はさせたくない。殺したくない、と。

 

 だからこそ、他の試合において、怪我をしたり、殺しに発展しそうなことをしている人はいなかったのだ。

 

 だが、藤五郎はそれを破ったのだ。

 

 明らかに、殺す一歩手前まで来ている。

 ここまで来ているのならば、依桜が容赦をする必要はない。

 

「先生。お願いがあります。……たしか、一応は勝ち、なんですよね、佐々木君の」

『え、ええ。ですが、ここまでやると、失格ということに……』

「そのまま決勝に進ませてください。それで、もう一つ……。えっと、確かボクの準決勝の相手は……あ、見吉君、だったよね?」

『そ、そうです!』

「ボクの不戦勝、でいいかな?」

『ど、どうぞどうぞ! 元より、負けるつもりでしたので、構いません!』

「ありがとうございます。……というわけで、先生。このまま試合ということでいいでしょうか?」

『わ、わかりました!』

 

 有無を言わさない依桜の迫力に、先生すらも敬語を使う。

 それほどまでに、依桜が放つ殺気は強かったのだ。

 こくりと頷いてから、依桜は態徒の所へ。

 

「態徒、大丈夫?」

「へ、へへっ……か、かっこわるい、とこ、みせちまった、か……?」

 

 意識はほとんどないに等しいのに、態徒は依桜の問いにちゃんと反応した。

 そんな痛々しい姿に、依桜は胸が痛くなった。

 

「……待ってて。佐々木君は、ボクが倒すから」

「お、おぅ……む、無理はするな、よ?」

「うん。任せて」

 

 依桜のその言葉を聞いた瞬間、態徒の意識は落ちた。

 

 バレないように回復魔法を態徒にかけていためだ。

 

 依桜が『鑑定(下)』を使い、調べられただけでも、肋骨三本が折れ、右腕は粉砕骨折していた。もしかすると、内臓も危ないかもしれないと思い、最大で『ヒール』をかけた。

 

 依桜の場合は、魔力量が異常なので、『ヒール』でも、十分対処可能だ。

 

 態徒が眠ったのを確認してから、先生たちに保健室へ連れていくよう頼んだ。

 そして、その通りにした先生たちを見送ってから、藤五郎に向き直る。

 

「さて……始めよっか」

「い、いや、お、俺はきけ――」

「棄権は許さないから。あ、そうだ。参った、降参って言うまで続けることにしようよ、この試合」

「わ、わかった、ま、まい――」

「残念。言わせないから」

「へ――?」

 

 藤五郎が言うよりも早く、依桜は藤五郎の背後に回り、ツボを押した。

 成功率は下がるが、一応針なしでもできるのだ。

 そして、それは見事に成功した。

 

「な、なんだ? と、とにかく、まいっ――うぐっ!?」

 

 体にこれと言って異変がなく、何もなかったと不思議に思いつつも、参ったと言おうとした瞬間、藤五郎の体に激痛が走った。

 

「とりあえず、先生。開始の鐘をお願いします」

『わ、わかりました! 放送部!』

『はいぃ! え、えっと、美天杯決勝戦……か、開始です!』

 

 カァン! というゴングが鳴り響いた。

 

「あれ? こないのかな?」

 

 開始のゴングが鳴ったのに、藤五郎は一切動かない。いや、動けずにいた。

 むしろ、動いたら何をされるかわからないという恐怖心が、そうさせていたのだ。

 

「なら……こっちから行きますからね」

 

 そう言った瞬間、依桜が消え、気が付けば、藤五郎の背後に回っていた。。

 いや、実際は消えたように見えただけで、こちらの世界の人からは見えないほどのスピードで動いただけだが。

 

「――ッ!?」

 

 依桜が背後にいることに気づき、慌てて回避を取るが、時すでに遅し。

 

「ふっ――!」

 

 淡白い光を発している手刀を、容赦なく脇腹に入れる。

 

「がっ、ああ!?」

 

 その瞬間、目に見えていた黒いオーラのような物が小さくなった。

 依桜はそれを見て確信した。

 

(ブライズは、佐々木君に憑りついているみたいだね。……とはいえ、態徒をあそこまでやった以上、許さないけどね)

 

 それに、ミオが言っていたが、ブライズが憑りついたとしても、それはあくまでも負の感情を増幅させるだけにすぎず、仮に行動に移したとしても、その人が願っていたことなので、許さなくていい、と。

 

 つまり、はなから許す気はない、というわけだ。

 

 それから、依桜の手が淡白い光を放っていたのは、その手に『聖属性魔法:浄化』を付与したからだ。

 今回、ミオが依桜に習得させた魔法は、『聖属性魔法』と『付与魔法』の二つだ。

 『付与魔法』は、何かと利便性が高く、様々な状況に対処可能にできる。

 

 ただし、基本的な六属性のどれかを使用できなければ、ほとんど宝の持ち腐れになるのだが。

 と言っても、ほかにも使用できることがあり、『回復魔法』や、『身体強化』を付与することができる。

 

 こちらの用途は、あまり知られていないが。

 

 ミオからの情報で、ブライズは『聖属性魔法』に弱いので、かなり効果的なのだと。

 

 そしてそれを試した結果、見事にダメージを与えることに成功。

 

 相手は、幽霊のような存在なのだが、怒りのあまり、それがすっぽり抜け落ちているので、依桜が怖がっていないのだ。

 

 本来なら、怖がりながら対処していることだろう。

 

「ぐっ、うぅっ……せっかく、丁度イイ、人間のカラダに憑りツイたの、ニ」

 

 ここで、まさかの事態発生。

 

 ミオが言うには、これと言って理性などない、と言っていたのだが、藤五郎に憑りついていたブライズは、なぜか、言葉を発した。

 

 これには、依桜も一瞬だけ動揺したが、すぐさま、攻撃に戻る。

 

「はぁっ!」

「うぐぉおおおおおおおっっ!?」

 

 今度は、『浄化』を乗せたハイキックを側道部めがけて放つ。

 そしてそれは、見事に直撃し、吹き飛ぶのではなく、まるで回転するかのように地面に激突。

 

 これは痛い。

 

「い、いでぇ……いでぇよぉ……」

「あれ? なんで、たった二回の攻撃でそんなに痛がってるの? 君が態徒にした攻撃って、もっと多くて、もっと怪我をさせていたよね?」

 

 と言ってるが、実際、依桜が放っている攻撃は、かなりの痛みを与えている。

 

 藤五郎が態徒に与えた痛みよりも遥かに強い。

 だが、怪我を一切負わせていないのだ。

 

 これの原理は単純なものだ。

 

 依桜は『浄化』以外に、何気に『ヒール』も付与している。

 それによって、どんなに大けがを負ったとしても、『ヒール』によって瞬時に回復しているため、怪我したそばからその怪我が治る。

 

 ちなみに、痛みも消したりするのだが、その辺りは、痛みはなくならないように依桜が魔法を少し弄ったりしている。

 

 これは、通常時の依桜ならできないが、どういうわけか、今の状態の依桜は魔法を少し改変して使えている。

 

 異世界にいた時も、こんなことはできていなかったのだが。

 

「それじゃあ……これは、態徒の腕を踏み砕いた分ね?」

 

 そう言うと、依桜は藤五郎を情報に投げ飛ばして、落ちる寸前に、無防備な脇腹辺りに蹴り飛ばした。

 しかも、空中だったため、その衝撃を逃がすことなく、ダメージを入れていた。

 

 もちろん、『ヒール』を纏っている蹴りなので、背骨が折れた瞬間に回復している。

 

 あるのは、骨が折れた時の激痛だけだ。

 

「ぐ、うぅっ……いでぇ……いでぇよぉ……も、もうやめて、くださいぃ……」

「……ふーん? 佐々木君、止めてほしいって懇願するんだ? そっかそっか。……やめてほしいかな?」

「お、お願いしますっ……! も、もう、やめてくださいぃ……!」

「やめてほしい?」

「うーん……ダ~メ♪」

 

 依桜が見惚れるほどの満面の笑みで却下した。

 その絶望的な依桜の言葉に、藤五郎は絶望の表情を浮かべた。

 

「これ以上に痛い思いをしていた態徒は、そんな情けないことを言わなかったよ?」

「そ、それはっ……」

「みんなね、態徒や晶のことを酷く言ってるけど……そんな人たちよりも、あの二人のほうが全然強いよ。どんなに力が強くても、どんなに頭が良くても、それを扱う人の心が強くなければ、悪いほうに行くだけ。今の佐々木君みたいにね」

「……」

「ボクは、友達を傷つける人は絶対に許さない。でも、ちゃんと謝れるならいいの。その人が更生できるのなら、ボクは構わない。でも、それすらできないのなら……ボクは、容赦しないよ」

 

 ピンポイントに強い殺気を送りながら、最後の一言を言った。

 それを聞いた瞬間、ものすごい勢いでこくこくと首振り人形のように首を振っていた。

 

「それじゃあ、最後にこれだけして、許します」

「え――?」

「じゃあね♪」

 

 最大限の笑顔を浮かべて、依桜は『浄化』と『ヒール』を纏った手刀を首に打ち込んだ。

 

「かはっ……」

 

 よく聞く、短い呼気を発した直後、藤五郎は意識を手放した。

 

「先生、これ、ボクの勝ち、でいいんですよね?」

『あ、ああ! 男女依桜さんの勝ちです!』

 

 その瞬間、

 

『わあああああああああああっっ!』

 

 という歓声が、グラウンド一体に響き渡った。

 

『すごい、すごいです! まさに、瞬殺! 四回の攻撃で、佐々木藤五郎君、ダウンです! 見事! 見事としか言いようがありません! よって、優勝は一年六組男女依桜さんです! これにて、美天杯、終了! 会場にいる皆様、出場した選手の皆さんに惜しみない拍手をお願いします!』

 

 放送の実況? により、会場は拍手と歓声の嵐に包まれた。

 

 そして、依桜は思った。

 

(……あ。れ、冷静に考えれば、これ……相当目立っちゃってるよぉ!)

 

 と。

 

 しかし、今さら冷静になったとしても、後の祭り。

 すでに会場は熱狂状態。

 しかも、気のせいか、女性の人中心に熱い視線を向けられているように感じた。

 だが、依桜はきっと気のせいだと、自分に言い聞かせた。

 

 その後、依桜は同性愛疑惑がかかったことも相まって、同性(外見上の)からの告白が激増し、困り果てることになるのだが……この時の依桜が知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 やっと、八話続いた話が終わった……。長いよ……。まだ一日目だよ……。
 ええーと、一応、次の回で一日目が終了です。
 ……こんな、あほみたいに長い体育祭とか、普通ないよ……と思っていますが、何とかがんばります。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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120件目 一日目終了

「態徒、大丈夫?」

「お、依桜。おう、この通り、大丈夫だぜ」

 

 試合終了後、一目散にボクは保健室に向かった。

 保健室に入ると、態徒はいつも通りの反応を返してくれた。

 包帯は巻いているけど。

 

「えっと、怪我は……?」

「ん、ミオ先生が来てくれてよ、全部治してくれた」

「そっか。よかったぁ……」

 

 師匠、態徒を治してくれたんだ……。

 

 一応、ボクも『ヒール』はかけたけど、師匠ほどじゃないからね。

 さすがに、あの大怪我を一度の『ヒール』で治せるわけではない。

 と言ってもあの時、師匠もものすごい殺気を放っていたらから、きっと治してくれると思ったし。

 どうやら、師匠も怒ってくれていたみたい。

 

「でもよ、やっぱ魔法って不思議だよなぁ。あんなに怪我しても、一瞬で治っちまうんだから」

「それは師匠がおかしいだけだよ」

 

 苦笑い気味に言う。

 あの人は、何でもありだからね……。

 蘇生、できるし。

 

「それで、試合はどうなった? あいにく、オレが起きたのは、ついさっきでな」

「うん。大丈夫。ボクが勝ったから」

「……そうか。なんか、あれだな。女子に敵討ちしてもらったみたいで、かっこわりぃな」

「何言ってるの。ボク、男だよ? 外見上は確かにそうかもしれないけど……心は男。と言うか、最近までは男だったんだから、問題ないでしょ?」

「そうか? う~む……ま、いっか。とにかく……ありがとよ、依桜」

「うん。……それと、ごめんね」

「ん? どうして、依桜が謝るんだよ?」

 

 ボクが態徒に謝ると、きょとんとした表情を浮かべた。

 

「まさか、あんなことになるとは思ってなかった。瓦割の時とか、変な人に絡まれたね、ってちょっと楽観視しすぎてたよ。そのせいで……態徒が酷い目に……」

 

 今回のこれは、ボクの落ち度でもある。

 

 未果が撃たれた時だって、あれもボクが悪い。

 ゆっくりしすぎていたからだ。

 

 もっと早くやっていれば、未果が撃たれることもなかった。

 

 今回のこの件だってそう。

 

 いくら、ブライズが憑りついていたからと言っても、あれはあくまで、きっかけのようなもの。つまり、憑りついていなかった場合でも、いつか同じようなことが起こっていたかもしれないということ。

 

 だからこそ、楽観視していたことが、本当に申し訳ない。

 

「ハハハ! なんだ、そんなことかよ」

「そ、そんなことって……ぼ、ボクは――」

「いいんだよ。依桜は可愛いからな! やっかみやら嫉妬やらをもらうことなんて、単なる幸せ税みたいなもんだ。だから、依桜が謝る必要なんてないぜ」

「でも……」

「依桜、お前、もうちょっと気楽に生きてもいいんじゃね?」

「気楽……?」

「おうよ。学園祭の時も、未果たちが言ってたけどよ、依桜は一人で抱え込みすぎだからなぁ。オレたち、何度依桜に助けられたことか」

「そ、そうかな……?」

「そりゃあな。今回だって、オレのために動いてくれたんだろ? オレ的には、マジで嬉しいぜ。それによ、あんな奴が、依桜のためだ、とか何とか言ってたものムカついたし、晶もどうこうするって言ってたからよ」

 

 照れくさそうに笑う態徒。

 

「……やっぱり、優しいよね、態徒は」

「ん? そうか?」

「うん。自分のことよりも、友達のことを優先するんだもん。ボクのこと言えないよ」

「そりゃあなぁ。やっぱり、友達ってのは大事だからな! 悪く言われたら、誰だってキレるぜ?」

 

 まあ、ボクも今回怒った理由はそれだし……。

 

 というか、ボクたちのグループは、みんなそう言う人だからね。

 未果も晶も、それに女委も。

 みんな、誰かが傷つけられたり、悪口を言われていたら、かなり怒るもん。

 

「まあ、今回は情けない姿を晒しちまったがなぁ」

「……情けなくないよ。あれだけ痛い思いをしているのに、最後まで闘おうとしてたもん。普通はできないよ。……あそこで折れて、立ち向かえない人たちは、向こうにいっぱいいたからね」

 

 向こうはちょうど、戦争してたから。

 

 戦うのは、その国の騎士の人たちや、冒険者の人たち。

 

 そう言う人たちが、魔族や魔物と戦っていたけど……劣勢になって、追い込まれれば追い込まれるほど、折れる人たちが多かった。

 そう言う人たちを、ボクは嫌と言うほど見てきた。

 大体の人は、命乞いをするか、逃げるかの二つだった。

 

 でも、今回の態徒みたいに、最後まで戦おうとする人は、あまりいなかった。

 だからこそ、今回、態徒がしていたことは、すごいことなんだ。

 

「あー、そうか。なんつーか、照れくさいな。そこまで褒められると」

「日頃の行いが良くないからね」

「ちょっ、今それ言うか!?」

「あはは!」

 

 うん。よかった。いつも通りだ。

 その後も、他愛のない会話をしていると、

 

「態徒、大丈夫!?」

「大丈夫か?」

「態徒君、無事!?」

 

 と、未果たちが駆け込んできた。

 みんなそろって、心配そうな顔をしていた。

 

「お、未果たちも来てくれたのか。見ての通りだ。元気だぜ」

 

 力こぶを作る仕草をして、みんなに元気なアピールをする。

 それを見て安心したのか、三人とも胸をなでおろした。

 

「……あんな音を聞いて、生きた心地がしなかったぞ」

「腕、踏み砕かれてたものね。それで、腕のほうは?」

「おう。依桜とミオ先生のおかげで、完治したぞ」

「おー、さすが魔法。すごいねぇ」

「ほんとな。オレ、マジで当分は碌に動けねえと思ってたから、マジで嬉しかったぞ」

「すごいのは、師匠だから」

「何言ってんのよ。依桜も十分すごかったじゃない」

 

 ボクが否定すると、未果が呆れたようにそう言ってきた。

 それに追随するように、晶と女委もうんうんと頷いている。

 

「依桜があそこまで怒るとは思わなかったわ」

「だね。依桜君が、あんなに怒ってたのって、未果ちゃんの時くらいだよね」

「まあ、あれはな。だけど、今回の依桜は洒落にならないくらい怖かったぞ。無表情だし、声に抑揚がなかった。その上、ものすごい殺気を放っていたからな」

「ま、マジで? 依桜、そんなにキレてたの?」

「う、うん」

 

 だって、あんなにボロボロにされてたら、ね?

 誰だって怒ると思うんだけど……。

 

「しかも、依桜ったら、ものすごいドSな笑顔で、『ダ~メ♪』とか言うのよ? 何と言うか、ぞくっとしたわ」

「うんうん。わたしも、下着を変える羽目になっちゃったもん。あ、いい意味でね?」

「いや、下着を変えるのに、いい意味も何もないと思うんだけど」

 

 女委って、本当にぶれない。

 

「それにしたって、四発でKOだったものね。すごく強かったわよ」

「ま、マジ? 依桜、四発KOしたん?」

「ああ。最初に、手刀を脇腹に一発。次に、側頭部にハイキック。それから、上方に投げ飛ばして、すれ違う瞬間に、また蹴りを一発。最後に、首筋に手刀を入れてKOだったな」

「す、すげぇ……。あいつ、ものすごく強くなってたと思うんだが……。しかも、すげえ速い動きしてきたのに……」

「まあ、依桜、だしな」

「そうね。そもそも、こっちの世界の人と依桜を闘わせること自体間違ってるもの」

「え、じゃあなんで出場させたの!?」

 

 間違ってると思うんだったら、最初から出さないで欲しかったよ!

 

「なんでって……優勝したいからよ。まあでも、出場してよかったんじゃない?」

「どうして?」

「仮に、出場してなかった場合も、今回のようなことが起こった場合、どうしてたの?」

「え? う~ん……」

 

 もし出ていなかったら……。

 やっぱり、

 

「闇討ちする、かな。生きていることを後悔させるほどの苦痛を与えてたかも」

「……ある意味、今回の方がまだマシだった、ってことね」

「だな。だけどまあ、それくらいのことをしたんだ、それくらいは当然だろ」

「そうだねぇ」

 

 うん、やりすぎなような気はしないでもなかったけど、後悔はしていない。

 あれを許す気なんて、最初からなかったもの。

 

「それで? 佐々木、だったかしら? 件の人はどうなるの? さっき、連れていかれてたけど」

「あー、えっと……か、『カイガイ』送り、かな」

「へぇ? 海外ね。あれだけのことをしておいて、旅行ができるなんて、羨ましい限りね」

「そうだな。むしろ、退学かと思っていたんだが」

「結構甘い罰なんだね」

「まあ、骨が折れた程度だし、停学かと思ったんだがなぁ」

「あ、あははは……」

 

 みんなが言っている罰の方が、まだマシだと思うよ、ボク。

 

 だって、ね……。

 

 ボクが言った『カイガイ』は『海外』じゃなくて、『界外』だからね……。

 

 実はあの後、学園長先生に呼ばれて、ちょっとした話をしていた。

 

 

「まさか、あんなことをしでかすとは……ごめんね、依桜君。まさか、あんなことになるとは……」

「い、いえいえ! 悪いのは学園長先生じゃないですよ。それと、仮に謝るとしても、ボクじゃなくて、態徒にですよ」

「それもそうね。でも、私が謝っているのはそこじゃなくて……依桜君が目立っちゃったことよ」

「あ……」

 

 ……そうだった。

 

 ボク、そう言えば、あの決勝戦でかなり目立っていたよね……?

 

 ほとんど人外の動きをしていたし、投げ飛ばすには難しいほどの巨体と言っても過言ではない佐々木君の体を投げ飛ばしたりね……。

 

 冷静に考えてみると、本当にとんでもないことをしてしまった。

 

 え? エキストラでもう有名になってるって? いや、あの……あれは、あそこまで目立つとは思ってなかったし、モデルも、ね? 偶然だったし……。

 

「まあ、あれに関しては仕方ないわよ。私としても、あれは許容できないわ」

 

 見れば、学園長先生も、かなり怒っているみたい。

 自分の学園の生徒がやったから、かな。

 

「それで、佐々木君はどうするんですか?」

「……わたしね、実験台が欲しいなぁ、って思ってたの」

 

 佐々木君の処遇に尋ねたら、ふっと笑んで、そんなことを言ってきた。

 ……実験台。

 

「あの、もしかして……ですけど、そう言うこと、ですか?」

「ええ、そうよ。六泊七日の異世界旅行♪」

 

 や、やっぱり……。

 しかも、六泊七日ってことは、あの機械で行く、ってことだよね?

 

「だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと緊急装置は付いてるから!」

「き、緊急装置?」

「本当に命の危機に瀕したら、強制的に別の場所に転移するようにしてあるの。だからまあ、死ぬことはないはずよ」

「そ、そうですか」

 

 あれ、そんな機能が付いてたんだ。

 ……あれ? でもそれ、ボクの時言われてなかったような……?

 うん。考えないでおこう。

 

「それで? 依桜君は反対?」

「いえ、全然。むしろ、それくらいしないとだめだと思ってます」

「あら、意外。てっきり、反対するかと思ったのに」

「そこまで甘くないですよ、ボク。それに、異世界に行けば、多少は性根を鍛えられますから。あとは、弱い意志も何もかも。あとはまあ、態徒に大怪我を負わせた代償、ってことで」

「あら。意外と厳しいのね?」

「当然ですよ、これくらいは。師匠に言われてますから。もし、酷い目に遭ったら、それをやった相手に、倍以上のことで返せ、って」

「ミオも言うわねぇ。まあ、それで正解かな。ああいう人は、それくらいしないと、今後も同じことするもの。もっとも、あれだけボコボコにされれば、しないとは思うけどね?」

「あ、あはは……」

 

 言い返せない。

 

 ちょっとやりすぎたかな、とは思ったけど、それくらいのことをしてくれたし……うん。大丈夫。やりすぎじゃない。

 

「でも、一日いなくなるんですよね? 家族の人とか大丈夫なんですか?」

「ええ、問題ないわ。お子さんを鍛えます、って言ったら一発OKよ」

「……それくらい、家族の人も困ってたんですね」

「そうみたいよ。乱暴者で、裏でカツアゲしたり、暴力をふるったりね。ま、いい機会だし、異世界で鍛えようかなって」

 

 うわぁ、悪魔の笑顔だ。

 悪い顔してるけど……うん、それを聞いたら、同情はしないよ。

 大事な友達をやられたからね。ぜひ、異世界で改心してもらいたいです。

 

 

 なんて、そんな会話があった。

 

 だから、未果たちが言うような罰は、本当にマシなものです。

 

 月とすっぽんどころか、海王星くらいの差があるよ。

 

「さて、そろそろ一日目の中間発表ね。行かないと」

「お、そんな時間なのか? じゃ、オレも行かねえとな!」

「態徒君、無理しなくても……」

「問題ないって! さ、行こうぜ!」

「なら、俺が肩を貸そう」

「サンキュー、晶。さっすがイケメン!」

「それは関係ないだろ。あと、イケメンじゃないぞ」

 

 そんな軽口をたたきながら、グラウンドに向かった。

 

 

 一日目、得点。

 

 東軍――1411点

 西軍――1666点

 

 と言う結果になった。

 

 ちなみに、美天杯は佐々木君が失格になり、態徒が準優勝になり、不戦杯になった見吉君が三位になった。

 

 現在は、ボクたち西軍が勝っているけど、明日は団体戦。

 得点が高い競技ばかりなので、油断せずに望まないとね!

 

 ……まあ、ボクが出るのは、鬼ごっこだけだけど。




 どうも、九十九一です。
 次から二日目……です、多分、はい。もしかすると、依桜視点で、一日目の夜の部分をやるかもしれないです。まあ、やったとしても、半分程度なので、二日目に入る、と思います。多分。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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121件目 再び……

※ 例によって細分化を図っています。


「あぁ~……疲れたぁ……」

 

 家に着き、自分の部屋に入るなり、ボクはベッドにダイブしていた。

 

 今日はすっごく疲れた。

 

 なにせ、あんなに恥ずかしい格好で応援したり、とんでもない障害物競走で、かなり体力と精神力を持っていかれ、二人三脚では大惨事になり、美天杯では、すっごく怒った。

 

 そのおかげで、もうへとへとです……。

 

「それにしても……なんだか、変なのも出てきちゃったし……」

 

 ブライズ、だっけ?

 

 師匠曰く、仮説では、担当の神がいなくなった世界からきた何か、って言う話だけど……。

 

 また、神様ですか。

 

 やっぱり、この世界にも、神様っているのかな?

 いる、んだろうね。少なくとも。

 

 どういう神様かは分からないけど、ミレッドランドを管理していたような、軽い神様じゃないといいんだけど……。

 

「ん、ん~……それにしても、眠い……」

 

 精神的に疲れたのか、強い睡魔がボクを襲っていた。

 むぅ……ぼーっとする……。

 

「と、とりあえず、夜ご飯だけでも食べよう……」

 

 軽く頬を叩いて眠気覚まし。

 あまり効果はなかったけど、気休めにはなった。

 

 

 その夜。

 

 強い睡魔を感じながらも、夜ご飯を食べ、お風呂に入るという、ルーティンをこなし、再び部屋へ。

 

「う……」

 

 ベッドに近づくと、足元がおぼつかなくなってきて、そのままベッドに倒れこんでしまった。

 

 そのままだと風邪をひくと思い、なんとか布団に入る。

 

 すると、抗えないほどの強烈な睡魔が押し寄せてきて、そのまま深い眠りに落ちて行った。

 

 落ちる寸前、どこかで感じたような感覚と思ったが、深く考える前に落ちてしまったので、よくわからなかった。

 

 

 そして、翌朝。

 

「ん、ん~……さ、さむぃ……」

 

 目が覚めると、ものすごく寒かった。それに、スース―した。

 

 ……同時に、嫌な予感もした。

 

 う、うーん? なんで、パジャマが散乱してるんだろう?

 

 それから……妙に声が高くなってるような……って、まさか!

 

 慌てて起き上がって、姿見の前に立つ。

 

 そこには……

 

「ま、また、ちっちゃくなってるよぉ!」

 

 小さくなったボクが映っていた。

 

 それを見た瞬間、ボクは、がっくりとうなだれ、床に手をついて四つん這いになっていた。

 

 ……ちなみに、今は裸です。すっぽんぽんです。

 

「依桜~、おきなさ――」

 

 そう言いながら入ってきたのは母さんだ。

 母さんは、扉を開けて、四つん這いになっているボクを見るなり、

 

「きゃあああああああ! 依桜ってば、またちっちゃくなったのね!」

「むぎゅっ!」

 

 朝からハイテンションでボクを抱きしめてきた。

 う、く、苦しぃ……。

 

「可愛い! 本当に可愛いわよ、依桜!」

「んっ、んむー! ぷはっ! か、母さん、く、くるしいよぉ」

「あら、ごめんなさい。ついね」

「もぉ……」

 

 ついで抱きしめないでほしいものです……。

 この姿になると、身長もさらに低くなって、色々困るんだもん。

 

「それじゃあ、お母さん、朝ご飯とお弁当作ってるから、すぐに着替えて降りてきなさいよー」

「う、うん」

 

 にこにこ顔で母さんが部屋を出て行った。

 

「はぁ……このすがたは一度っきりで、もうないとばかり思ってたのに……」

 

 亜人族になったのは、ハロウィンの時で、三週間前くらい。

 あれを含めたら、二回しか、小さくなってなかった。

 だから、てっきりあれで最後とばかり思っていたのに……この姿。

 

「おーい、イオー。準備はできて――は?」

 

 少し気怠そうな師匠がボクの部屋に入ってきた。

 そして、ボクを見るなり、硬直してしまった。

 

「あー、お前は……イオ、なんだよな?」

「……そ、そうです」

「……あれか? 以前言ってた、体が小さくなるって言う、呪いの追加効果」

「……そうです」

「そうか……そんな感じか……。可愛いな」

「えっ?」

「小さくなるということは聞いていたが、まさか、こんな姿とはな……。ちょうど、普段のお前をそのまま幼くした感じだな」

 

 なんだろう。師匠の雰囲気がちょっと柔らかいような……?

 それに、声音も少し、軽い? 寝起きなのに。

 

「まあいい。話は後だな。とりあえず、さっさと服を着ろ」

「……そういえば」

 

 うなだれていただけで、全然着替えてなかった。

 

 ……でも、見ているのが師匠だからか、全然恥ずかしくない。

 あれかな。

 修業時代中に、お風呂に入っている時とか、『感覚共鳴』で散々覗かれてたからね……。

 

「そんじゃ、あたしは先に行ってるからなー」

「あ、はい」

 

 とりあえず、ボクは着替えた。

 ちなみに、ミニサイズの制服はぴったりでした。

 

 

「で? その状態だと、どんな不便がある? あと、身体能力の違いは?」

 

 朝ご飯を食べた後、ボクは師匠と一緒に登校していた。

 歩いていると、師匠がそんなことを尋ねてきた。

 

「えっと、このすがただと、三分の一くらいにまでおちます」

「なるほど。外見だけじゃなくて、身体能力も低下する、と。ふむ。なかなかに難儀な体質になったな」

「……師匠のせい、ですけどね」

「ハハハ! まあ、仕方ない!」

「……はぁ」

 

 こんなもんですよ。

 師匠に言ったところで、何かが変わるわけじゃないですしね。

 分かってましたよ。わかってました。

 

「まあいい。それ以外は特に問題はないんだろ?」

「しんちょうが低い以外はとくに」

「そうか。それならいいだろ。確かお前、今日も競技に出るんだよな?」

「はい、二つほど。つなひきと、アスレチック鬼ごっこですね」

「ふむ。綱引きはともかく、アスレチック鬼ごっこに関しては、お前……絶対負けるんじゃねえぞ?」

「うっ、は、はい……」

 

 ものすごく圧をかけられた。

 

 ……師匠の言いたいことはわかるけど。

 

 だって、ボクは世界最強の暗殺者の師匠に鍛えられたから、障害物がある競技で負けることは許さない、みたいなことだよね、これ。

 

 それに関しては、ボクも負けるわけにはいかないです。

 

 多少なりとも、プライドはありますし。

 

「しかしまあ、女のお前を見ていると、最初から女だったんじゃないか、なんて思っちまうな」

「や、やめてくださいよぉ。ボクは男です」

「だが、今は女だ。違うか?」

「ち、ちがいません、けど……」

「つーか、まだうじうじ考えてたのか? お前、女になってからどれくらい経つ? それと、もう二度と戻ることはできないんだから、受け入れろ」

「……そうなったのは師匠のせい、ですけど」

「いや、あれはクソ野郎が悪い」

「……」

 

 この人、絶対に自分のせいだって認めない気だよね?

 ……まあ、向こうで一緒に暮らしている時からそうだったけど。

 

「ほれ、あたしは今日も色々と仕事があんだ。走るぞ」

「え、ボクにかんけいないような……」

「うるせえ! いいから行くぞ!」

「は、はいぃ!」

 

 ……師匠には逆らえません。

 

 

「お、おはよー……」

 

 いつも通り……とは言いにくいけど、まあ、いつも通りの時間に到着し、教室へ入る。

 みんな、今のボクの姿を見るなり、ポカーンとしていた。

 

 と思った、その直後。

 

『きゃあああああああああああああああああ!』

「ひゃぁ!」

 

 女の子たちが黄色い悲鳴を上げたことにより、ボクも小さい悲鳴を上げた。

 

 こ、このパターン、前にもあったような……?

 

『依桜ちゃん、きょうは天使モードなのね!』

「え、て、てんしモード?」

 

 何そのモード。

 

『今みたいな依桜ちゃんの姿の時のことを言うのよ! ちなみに、普段の依桜ちゃんが、女神モードで、耳と尻尾が生えた状態を、けもっ娘モードて呼んでるわ』

「は、はつみみなんだけど!?」

 

 い、一体誰が考えたのそんな名称!

 

『あー、でも、今日は天使状態な依桜ちゃんの応援が見れるのね……』

『うん。あの格好を、この姿でしてもらえるとなると、テンション上がる!』

『うんうん! テンションだけじゃなくて、モチベーションも上がるよね!』

 

 そ、そこまでいいものでもないと思うんだけど……。

 

 それにしても、そっか……。

 

 あの衣装を、この姿で着ないといけない、んだよね、これ。

 ……まさか、本当に小さいサイズが必要になるとは思わなかった……。

 

「おはよう……」

「おはよう、依桜。今日は、小さいのね」

「うん。朝起きたらこうなっちゃって……」

「あれっきりと思っていたんだが……やっぱり、呪いを解かないとダメのか?」

「……たぶん、ね。まあ、もう二度とかいじゅはできないから、むり、だけどね……」

「そうか。てことは、一生それと付き合って生きていくわけか」

「……うん」

「難儀な体質ね」

 

 難儀、で片付けられるほど、単純じゃない気がするけどね、ボク。

 

「おーっす」

「おっはよー! って、おお? 依桜君が、天使になってる!」

 

 二人が教室に入るなり、女委が今日のボクを見て、すごくテンション高くなった。

 なんで?

 

「なんだ、今日は、ロリなのか……」

「……なんで、そんなにざんねんそうなの?」

「んなもん、応援中の、依桜の乳揺れが見れなくなるかぶらぁ!?」

 

 言い終わらないうちに、飛び上がってビンタを一発入れた。

 

 綺麗に、錐揉みしながら飛んでいきました。

 

 昨日、師匠に『付与魔法』も教えてもらったから、『ヒール』を纏わせてますとも。

 

 うん。遠慮しなくて済むようになった。ある程度。

 ……まあ、それでもちゃんと手加減はするけどね。

 

 と言っても、一番いいのは、態徒が変なことを言わないことだけど!

 

「昨日、結構かっこいいと思ったんだがな……ほんと、全てを台無しにするな、態徒は」

「そうね。自分で上げて、自分で下げるんだもの。まあ、そこが態徒らしいと言えばらしいけどね」

「ちょっ、オレはいつだってかっこいいだろ?」

「……ふっ」

「……女委、なんで鼻で笑った?」

「なんでだろ~ね~」

「くっ……」

 

 うん、なんか安心した。

 これでもし、変に落ち込んでいたりとかしたら、ちょっと困ったしね。

 

「それで、依桜は競技とか問題ないのか?」

「んーと、つなひきと鬼ごっこだけだから……うん。多分?」

 

 絶対に大丈夫とは言えない。

 

 だって、この姿になると、力のコントロールが難しくなっちゃうし……。

 ……体力測定の日とかがいい例だよね。握力測定をする器械とか、握りつぶしちゃったし……。

 

 でも、二回目だからか多少は慣れてるけどね、この体にも。

 

「でも、綱引きってこのクラスは卑怯だよね~」

「そうね。そもそも、依桜の力が異常に強いものね。まあ、今回のはハンデ……になるのかしら?」

「う~ん、たぶん? 一応、本気でパンチしてこわせるのは……岩、とか?」

「あー、うん。全然ハンデになってないわね、それ」

「……まあでも、普通に競技をしても、普通に勝てそうだけどな」

「あら、どうして?」

「考えても見ろ。依桜が小さくなったってことは、必然的に先頭になるだろう? そうなると、相手のチームからはよく見えるわけだ」

「あ、なるほど! つまり、可愛すぎる依桜君を見て、本気が出せなくなる、ってわけだね! なるほど!」

「「ああ、なるほど」」

 

 あれ、なんで未果と態徒も納得してるの?

 そんなしょうもない理由で勝てるとは思えないんだけど……。

 

「それに、アスレチック鬼ごっこに関しては、もしかすると、この姿の方が動きやすいかもしれないしな」

「それはあるかも」

 

 小さいほうが、小回りが利くし、晶の言うように動きやすくなるかも。

 普段だと、その……胸が引っかかったりしそうだし……。

 

「なら、あまり支障はなさそうね」

「そうかも」

「ならよかったな! でもなぁ、依桜の乳揺れが見れないのが残念だぜ……」

「……態徒、つぎ言ったら……落とすよ」

「ひぃ! す、すんません!」

「まったくもぉ……。それじゃあ、そろそろきがえて行こ」

「ええ、そうね」

 

 ちょうどいい時間になっていたので、ボクたちは更衣室に向かった。

 はぁ、でも、ちょっと大変になりそうかも……。

 

 始まる前から、少し気が滅入っているボクだった。




 どうも、九十九一です。
 ものすごく久しぶりな、幼女依桜です。別に、忘れていたり、無くなっていたわけじゃありませんからね? どこで出そうか迷っていただけです。
 それにしても……やっと、二日目かぁ。うん。正直、あと20話近くかかるんじゃないかと思っています。……早く、終わらせたいものです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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122件目 二日目

『いやぁ、依桜ちゃんが、天使モードだと、なんかやる気出るね~』

 

 更衣室で着替えていると、クラスメートの女の子、佐々木さんがそんなことを言ってきた。

 

「そう、なの?」

『うん。依桜ちゃん、普段は女神様みたいだけど、小さい姿だと、天使みたいに可愛いからね~。やっぱり、応援されれば頑張りたくなるよ』

「う~ん、よくわからないけど、がんばっておうえんするね!」

 

 握りこぶしを胸の前で作って、笑顔でそう言うと、

 

『『『あ~、癒されるわ~』』』

 

 なぜか和んだような表情を浮かべていた。

 

 

 少し離れたところで、天使の笑顔を浮かべている依桜を見て、女委がこんなことを言っていた。

 

「依桜君って、本当に可愛いよね~。……やっぱり、依桜君にもお手伝いを頼むべきか……」

「……手伝い? 女委、あなたまさかとは思うけど……来月のアレ、依桜に手伝わせる気?」

 

 女委の独り言を聞いた未果が、訝しんでいるような目を向ける。

 

「んー、まあ、依桜君が売り子をやってくれれば、いい感じになると思うし~」

「……いや、でもたしか、女委が書いてる作品って……指定、かかってなかった?」

「かかってるけど、中身が見えなければ問題なし! あと、晶君と態徒君、未果ちゃんにも手伝ってもらいたいんだよね~」

「……そう言うってことは、当たってたのね」

「もち! こう見えて、小学生の頃から参加してますからね!」

「そう……。あと、普通に売り子をさせるわけじゃないんでしょ?」

「うん。大丈夫! ちゃんと、登録はしたから!」

「……え、待って。本気?」

 

 女委の発言に、未果は口元を引きつらせた。

 それほどまでに、女委のやっていることが常軌を逸していたからだ。

 

「大丈夫大丈夫! そこまで酷いものじゃないから!」

「……ならいいけど。でも、依桜が大変なことになりそうな気が……」

「う~ん、その辺りは、わたしも考えるさ! 大丈夫だって! 心配しないで」

「……そこまで自信満々ならいいけど……。でも、ちゃんと対策は考えておいてね?」

「当然っ!」

 

 こうして、またしても、依桜は知らぬ間におかしなことに巻き込まれることになる。

 女委が企んでいることを依桜が知るのは、十二月に入った直後である……。

 

 

「おー、来たか……って、やっぱ、その服装なのな」

「あ、あはは……」

 

 ええ、そうです。

 

 ボクが今着ている服は、例のチアガール衣装です。

 しかも、今の姿にぴったりでしたよ。

 

 ……十中八九、サイズに関しては学園長先生に訊いたんだろうけど、だとしても完成度が高い。

 

 だってこれ、いつもの姿の時に比べても違和感ないんだもん。

 唯一あるとすれば、胸、かな?

 だって、普段はそれなりにあるからね、胸。この姿だと、少し膨らんでるくらいで、目に見えてわかるレベルじゃないからね、結構ありがたかったり。

 

 ……よく考えてみれば、綱引きとか、この姿のほうが絶対いいよね。

 

 胸とか、綱で圧迫されそうだし……そう考えたら、タイミングが良かった、のかもしれない。

 

 ……まあ、だからと言って、この姿が恥ずかしくないわけじゃないんだけどね。

 だってこれ、露出が多いんだもん。

 

 おへそとか出てるし、スカートも短いし……。

 ま、まあ、普段のあの姿に比べたら、まだマシと思えるけど……。

 

「でもまあ、あの状態だとエロく見えるけどよ、今の依桜だと、可愛いだけだな」

「え、エロくないもん! ……たぶん」

 

 最近、みんなにエロいとか、エッチとかよく言われるせいで、自信がなくなってきたよ……。ボクって、エッチなのかなぁ……。

 

「自分でも自信がないのか」

「仕方ないわよ。天然系だものね」

「て、てんねんけい? ってなに?」

「気にしなくていいわよ、こっちの話」

「そ、そう?」

 

 どういう意味だったんだろう?

 ちょっと気になるけど、ここで言及したところで、あれなことに変わりはないので……うん。意味はない、と思います。

 

「それにしても、依桜君への視線が多いねぇ。やっぱり、目立つね」

「そ、そう、だね。……一人だけ、小学生がいる、もんね」

 

 見た目は、だけど。

 

 外見と中身の年齢が全然合ってないもんね、この姿。

 

 ボクの今の外見は、九~十歳程度だもんね……。

 

 そう言えば、ボクって十九歳って言ってたけど、あれってあくまでも数えだから、実際は十八、なんだけどね。まあ、うん。対して差はないけど。

 

「それもあると思うが、ほとんどは依桜の容姿のせいだろうな」

「ボク?」

「そうね。やっぱり、天使みたいだものね、幼女依桜は」

「て、てんしって……そ、そんなものじゃないって」

「そうかなぁ? この会場にいる人って、昨日よりも増えてるんだよ」

「ん? そうなのか?」

「うん。ちょっと学園のネットワークに侵入して、今のところの入場者数を軽く調べたら、昨日よりも増えてたんだよね~。大体、二倍くらい?」

「……たかだか体育祭ごときで、そんなに増えるものか?」

 

 うん。たしかに、それはボクも思うよ。

 

 この学園は、お祭り好きとして有名だけど、あくまでも、市内。どんなに広まっていたとしても、県内程度だと思うのに……なんで、昨日よりも二倍以増えてるの?

 

「まあ、最近になってこの学園は有名になってきてるからね~。なんでも、この学園を志望している中学生増えてるみたいだよ?」

「へぇ~。てことは、来年は倍率がかなり高くなりそうね」

「でも、なんで今年?」

「……無自覚って、怖いな」

 

 晶、なんでそんなに呆れたような目を向けてくるの?

 あと、態徒たちも、なんでそんな微妙な表情をするの?

 

「少なくとも、理由は依桜君だろうね」

「ど、どうして? ボク、ふつうの高校生だよ? ゆうめいになったと言っても、モデルとエキストラをやったていど、だと思うんだけど……」

「いや、その時点でおかしいから。普通の高校生は、そんなのに出ないわよ」

「……だ、だよね」

「まあそれはそれとして、依桜がこの学園に通っていることは、全国的に知られてるしな」

「え!? プライバシーのしんがいなんだけど!?」

 

 なんで、ボクの通ってる学園がばれちゃってるの!?

 もしかして、あれ? マスコミの人たち?

 たしか、ボクの住んでる街と、通ってる学園までは絞れた、って言っていたような気がするし……。

 

「多分、インターネット上でリークされたのかもね。それに、依桜君はネット上じゃアイドルみたいなものみたいだしね! やっぱり、そんな人がいる学園に通いたいんだよ、きっと」

「……な、なんか、どんどんとんでもないことになってるような気が……」

「気が、って言うか、ほぼ確定だろ」

「まあ、元々倍率高い学園だけどね。たまたま依桜君の存在が世間に認知されちゃっただけで」

「……ふつうはにんちされないよぉ」

 

 どうして、一介の高校生を必死に調べてるんだろう、マスコミの人たち。

 

「仕方ないね! で、話を戻すと、今日のお客さんの人数が多いのは、依桜君がまたネットで拡散されたからだね」

「……なんかもう、ききたくはないけど……いちおう、きくよ。なんで?」

「昨日の依桜君と言えば、かなりエッチだったからね! 障害物競走とか、二人三脚とか!」

「……は、はずかしかったんだから、思い出せないでよぉ……」

 

 特に、障害物競走なんて、ほとんど黒歴史だよ。

 来年は、絶対に出ないと誓ったもん、あれ。

 

「まあ、やっぱりいたんだよね、撮影していた人。まあ、投稿、消す、投稿のいたちごっこだったみたいだけどね。それでも、話題を呼ぶには十分だったってことだね」

「う、うぅ……あのはずかしいすがたがさらされてたなんてぇ……」

 

 なんだろう。涙が出てきた……。

 

 ボク、知らないうちに、どんどん恥ずかしい姿がインターネット上でさらされてる気がするんだけど……。

 インターネットが普及した世の中の代償だよね、これ。

 みんな、SNSとかで晒しすぎだよぉ……。

 

「正直、ドンマイ、としか言えないな」

「……晶、なぐさめになってない……」

「でもまあ、お客さんが増えたからいいんじゃね?」

「よくないよっ!」

 

 気楽な態徒はいいよね! ボクとは違って、なんにも晒されてないから!

 

 と思ったら、

 

「あ、そう言えば態徒君も晒されてたよ?」

「なんだと!? ど、どんな内容?」

 

 態徒、何を期待してるの? 正直、晒されてるって言ってる時点で、碌な内容じゃないと思うんだけど。

 

「昨日、ボコボコにされてた時の写真」

「……」

 

 あ、無言になった。

 と思ったら、額に手を当てて、空を仰ぎだした。

 ……よく見ると、一筋の雫が流れてる。

 

 ……うん。あれを見られたら、泣きたくなるよね。恥ずかしいもん。

 昨日のあれを見ていたら、全然恥ずかしいとは思えないけどね。

 

「まあ、なんだ……元気出せよ、態徒」

「……晶のその優しさが、沁みるぜ……」

「態徒からしたら、本当に災難ね。体はボロボロにされた上に、ネットで晒されるなんて」

「だね。世の中侮れないね。でも安心してよ、これ、むしろ好評らしいから」

「……え、マジ?」

「うん。なんでも、ボロボロになっても立ち向かう、漢の鑑とかなんとか」

「ほ、ほう?」

 

 あ、元気になりだした。

 

「ちなみに、女の子の方からも、好意的な声が出てるみたいだね。好みとか、カッコいいとか、こんな人だったら、抱かれてもいい、とか」

「マジ? おっしゃ! 元気出た!」

 

 な、なんて単純なんだろう?

 

 まあでも、態徒らしいと言えば、態徒らしいよね。

 それに、実際、本当にかっこいいと思ったもん、ボクも。

 

 でも、なんか一つ気になる単語が。

 

「ねえ、抱かれてもいい、ってどういう意味?」

((((しまったっ))))

 

 あれ? なんか、みんな焦り始めたような……?

 なんでだろう?

 

(おい、どうするよ。明らかに、地雷だろ今の発言)

(女委、頼んだわ)

(え、わたしが悪いの!?)

(まあ、言ったのは女委だしな……)

(で、でも、わたしはあくまでも、投稿されたコメントを読み上げただけだから! 原因は、態徒君にあるよ!)

(お、オレぇ!? いやいやいや! 言ったのオレじゃない!)

(でも、相手は態徒よね? なら、態徒が言うべきね)

(ちょっ、さっき女委に頼むとか言っておいて、結局オレかよ!)

(((じゃあ、よろしく)))

(くそぅっ!)

「え、えっと……」

 

 なんか、こそこそと話し出したんだけど、これ、ボクはどうすればいいの?

 そう思っていたら、

 

「あ、あのだな、依桜。だ、抱くっていうのは、え、えーっと……だ、抱き枕代わりにするってことだ!」

(((つまらない回答……)))

「そ、そうなの? でも、なんで?」

「な、なんで、だと? あ、あー、えーっと、だな……あ、あああれだ! い、一緒に寝たいだけだ!」

(((あながち間違いじゃないけど!)))

「な、なるほど? そ、そっか。そう言う意味、なんだ」

((((納得しちゃったよ! さすが、ピュア!))))

「と、とりあえず、そろそろ競技が始まるみたいだしよ! あ、晶は最初みたいだし? オレたちは応援に行こうぜ!」

「あ、もうそんな時間なんだ」

「それじゃ、俺は競技の方に言ってくる」

「がんばってね」

「ファイトだよ、晶君!」

 

 なんだろう、未果、晶、女委の三人が、何かに便乗したような気がしたんだけど……気のせい、だったのかな?

 うーん、何か変なことでも聞いたのかなぁ、ボク。

 

「……もう一度調べたほうが――」

「「「「調べなくていいから!」」」」

 

 全力で阻止されました。

 ……なんで?




 どうも、九十九一です。
 今回みたいに、変な蛇足的な話を入れてるから、変に長くなるんだろうなと、若干自己嫌悪に陥ってます。やっぱり、プロットとか作ったほうがいいのかなぁ……。
 とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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123件目 晶のスウェーデンリレー

『お知らせします。スウェーデンリレーの準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

 

 その収集の元、俺はグラウンドに来ていた。

 

 昨日は、二人三脚で散々なことになったが、さすがにリレーでは変なことに名はならない、と思う。

 

 変なことがなければ、だが。

 

 昨日なんて、パン食い競争、障害物競走、借り物・借り人競争(あの後、お題を聞いた)に、二人三脚、それから美天杯。これらの競技は、本当に酷かった。

 

 マシだったのは、最初の二種目くらいだろう。

 

 ……さすがに、スウェーデンリレーでおかしなことにはならないと思うが。

 

 今回、俺が走るのは400メートル。つまり、アンカーだ。

 

 どちらかと言えば、短距離のほうが得意と言えば得意なんだが、この競技にはうちのクラスから、陸上部が出てるからな。仕方ない。

 

 で、運動神経のいい俺が、ってことになった。

 

 俺は別に、そこまで運動神経がいいわけじゃない。

 

 実際、俺よりも、態徒のほうが高かったりするんだが。

 

 体力測定では、俺のほうが半分ほど記録を上回っているが、あれは、練習の有無の問題だ。

 

 俺は、常日頃から、体力づくりや、運動不足にならないようにするために、体を動かしているからな。走ったり、筋トレしたり。

 

 だが、あくまでもそれだけだ。

 あいつは、昔から武術をしていたらしいからな。鍛えるにしても、ほとんどそっちばかりで、俺が態徒よりも勝っている種目も、そこまでやっていないからだろう。

 

 だがまあ、今は俺が勝っているから、ってことで俺が出てるわけだが。

 

 ……さて、コース上は……よし、見た感じ、変なものは見当たらない、と。

 

『えー、それでは、選手の皆さんが集まったようなので、説明をしたいと思います。スウェーデンリレーは、これと言ったルールなどは存在しません! それぞれの走者が決められた距離走るだけです。ただし、今日の団体戦競技に関しては、個人戦競技と違って、全学年が入り乱れているわけではなく、それぞれの学年ごとで行います。一学年につき、七クラスありますが、例外として、四組は二チーム出場ですので、実質八クラスです! 最初は一年生のグループからですので、一年生は準備をお願いします!』

 

 よかった。どうやら、おかしな仕掛けはないようだ。

 

 ……まあ、さすがにネタ切れなんだろう。

 

 どの道、リレーが終わった後には、棒倒しやら、アスレチック鬼ごっこもあるしな。

 うちは、ハンデが大きすぎて、依桜だけしか出場しないがな。だが、それはさすがに仕方がないだろう。

 

 少なくとも、学園祭のミスコンのあれを見ればな。

 アスレチックが絡んでくるなら、圧倒的に有利になるだろうからな。

 

『小斯波、アンカー頼むぜ?』

「任せろ。とは、言えないが、まあ、頑張るよ」

『何言ってんだよ、お前、運動神経めっちゃいいじゃん』

『だよな。正直、イケメンで、勉強も運動もできるとか、マジで羨ましいっての』

「勉強も運動も、ただ努力してるだけだよ。別に、最初からそうだったわけじゃない。それに、この学園に入れるレベルの学力はあるんだから、別に馬鹿ってわけじゃないだろ? お前たちも」

『あー、それもそう、か? この学園、何気に倍率高いからなぁ』

 

 クラスメートが言うように、この学園は倍率が高い。

 学力のレベルも、そこそこ高いが、別にそれが倍率が高い理由ではない。

 

『だなー。俺も、すっげえ勉強したぜ。可愛い娘多いしよー』

『それな! この学園、男子も女子もレベル高いもんなぁ』

 

 と言うのが、大体の理由だ。

 

 それに、この学園はイベント事も多いからな。それ目当てで志望する中学生は多い。

 俺たち五人は、近いから、って理由だったがな。地元だったし。

 態徒はかなり苦労していたが。

 

 たしか、今までの倍率で一番高かったのは、三倍だと聞いたな。

 この時点で、首都圏の高倍率な高校と同じレベルだったりする。

 

 一応、この学園がある県も首都圏と言えば、首都圏だが。

 

 で、さっき女委が言っていた、来年の倍率は、今のところ……十倍らしい。いや、冗談抜きで。毎年、平均二倍後半以上を出しているが、どうやらそれどころじゃないらしい。

 

 依桜目当てと考えて間違いないだろう。

 

 ……実際、今の依桜は冗談抜きで可愛いからな。

 

 依桜がエキストラで出演したドラマを見たが……あれは、出演していた俳優の存在を喰ってしまってたからな。

 

 それに、この学園は無理でも、と、美天市内にある高校を志望している人も多いらしい。

 同時に、教師のほうも、この学園へ移りたいと思っている人も多いとか。

 

 ……何をどうしたら、そうなるのやら。

 

 あまり目立つのが好きじゃないんだがな、依桜は。

 

 男女問わず人気がある、なんて人は、依桜以外に知らないな、俺は。

 無自覚に信者が増えてるからな……少なくとも、ファンクラブが二つできるレベルだ。

 

 大体の荒事は依桜でどうにかできるからなぁ……。

 ま、下手なことにはならないだろう。

 

「そう、だな。さて、話すのはここまでにして、持ち場につくか」

『そうだな。じゃ、できるだけ有利な状態でパスするぜ!』

『俺もだ』

『俺もな!』

「ああ、頼む」

 

 そう言って、メンバーはそれぞれのスタート位置に向かって行った。

 

 俺としても、ある程度引き離してもらえるとありがたいからな。

 さて、依桜はどんな感じかな、っと。

 

 ……なるほど、あれは可愛いな。

 

「が、がんばってぇ~!」

 

 ポンポンを両手に持ち、それを振りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて応援している。さらに、大輪の花のような笑顔もセット。

 

 ……和むな、あれ。

 

 相変わらず、顔は赤いが。

 

 ……だが、心なしか、昨日よりも恥ずかしがっていないように見える。

 

 もしかすると、精神年齢もある程度退行しているのかもな、あの姿は。

 

 以前、普通に泣いていたし。

 

 にしても、やっぱり視線を集めてるな、依桜。

 まあ、見た目小学生だし、目を引くのも当然、か。

 

 と言うか、会場にいる大多数の人は、あれが依桜だと気付いていない可能性がある。

 

 なにせ、昨日とは全くの別人だ。

 

 と言っても、学園の生徒や教師は気付いているだろうが。学園側が全生徒、全職員に通知をしていたみたいだしな。

 

 観客の反応は……

 

『か、可愛すぎるッ! な、なんだあの娘!』

『て、天使! 西軍には天使がいるぞ!』

『女神様がいないのは残念だったが、天使がいるのなら全然かまわん! いや、むしろ全然いい!』

『可愛いなぁ、あの娘。応援団の服を着てるってことは、学園生なのかな?』

『だと思うけど、昨日あんな娘いたっけ?』

『どことなく、女神様に似てるような気はするけど……』

 

 概ね依桜が可愛いと思っているみたいだな。

 

 今いる位置が、割と応援席とかに近いおかげで、それなりに聞こえた。

 しかし、どんな姿でも目立つとは……我が幼馴染ながら、末恐ろしい。

 会場を見回し、ふと依桜のほうに視線を戻すと、女委が何やら依桜に耳打ちをしていた。

 ……何を言っているんだ、あれは。

 依桜も疑問符を浮かべているようだが……ん? なぜか頷いてる? 納得したのか?

 

『それでは、準備が整ったようですので、競技を進めていきたいと思います! 先生、お願いします!』

 

 何を言っているのか気になるところではあるが、時間になったようだ。

 頑張らないとな。

 

「それでは、位置について。よーい……」

 

 パァン!

 

 二日目初のスターターピストルが鳴り響き、競技が始まった。

 

『最初は100メートル! よく見ると、参加している生徒は全員陸上部です! すごい! 考えることは同じってことですね! それにしても、ずいぶん拮抗しております! おーっと、ここで次の走者に交代しました! 一組、五組が速いです!』

 

 二走目にバトンが渡るまではほぼ同時だったが、二走目が走り出した途端、一組と五組が前に出た。

 

 うちのクラスは……五番目、か。結構下だな。

 

 いや、今走っている奴は、決して遅いわけじゃないんだが、相手が悪かったか。

 一年生ながら、陸上の県大会で成績を残しているような猛者だからな。

 しかも、インターハイまであと一歩だったとも聞く。

 

 あれは、本当に相手が悪い。

 

 ……勝つのは厳しい、か。

 

 そう思った直後だった。

 

「昇二お兄ちゃん、頑張って(見た目通りのロリボイス)!」

 

 という、依桜の応援が聞こえた。

 

『よっしゃあああああああああああああああ! 幼女からの応援ッ! これで俺は勝てるぞぉおおおおおおおおおおおおおおおっっ!』

 

 二走目――松戸(通称ロリ戸)が、そんな叫び声を発しながら、ものすごいスピードで走っていた。

 

 いや、待て。このパターン、昨日も見たぞ。

 たしか、100メートル走で。

 

 あれか? 依桜の応援には、なにかバフのようなものでも付くのか?

 

 ……しかし、これで松戸はロリ戸としか呼ばれなくなるな、あれは。

 

 いや、待て、俺。サラッと流したが、依桜は一体何を言っているんだ?

 

 なんで、クラスメート相手にお兄ちゃん呼びをしているんだ?

 

 ……まさかとは思うが、女委か? 女委なのか!?

 

 そう思って、女委を探す。そして、女委の姿を見つけるなり、俺は悟った。

 

 女委は、ものすごくいい笑顔をしながら、依桜にサムズアップしていた。

 

 なんて言うか……ツッコミどころしかないな、これは。

 

『すごい! すごいです! 一年六組のロリ戸君、天使モード依桜ちゃんのお兄ちゃん呼びで覚醒し、他の選手を追い抜いて行きます! 速い速い! なんと、三走目の選手にもうバトンを渡しました!』

 

 もうすでに、ロリ戸呼びは固定してしまったようだ。

 

 ……ドンマイ、ロリ――松戸。

 

 心の中で、慰めの言葉を送っていると、またしても依桜が、

 

「哲人お兄ちゃん、いおのためにかって(見た目どう――以下略)!」

『俺は……天使ちゃんのために勝って、勝利を捧げるんだぁああああああああああああああっっ!』

『なんと、三走目の遠藤君までもが、天使モード依桜ちゃんの声援により、覚醒! どんどん後続を引き離します! すごい! これが天使の応援!』

 

 ……女委は、一体依桜に何を言わせてるんだろうな。

 

 あと、今の見た目だと、自分を名前で呼ぶのに違和感がないな、依桜。

 むしろ、似合いすぎて怖いくらいなんだが……。

 

 ……まあ、本人はなんで言わされているのか分かっていないだろうけどな。

 

『小斯波―!』

 

 ――って、速いな!?

 気が付けば、遠藤はかなり近くまで来ていた。

 俺は慌てて、バトンを受け取る体勢に入り、

 

『頼むぞ!』

「ああ!」

 

 バトンを受け取り、走り出した。

 

 

 この後、圧倒的な差をつけ、一年六組は一位でゴールした。

 

 ……え? 俺が走っているシーンはどうしたか、だって?

 普通に走っただけだ。

 

 走っている最中、依桜から声援をもらったが……未果や、ほかのクラスメートたち同様、なぜか、いつもより速く走れた。

 

 本当に、バフをかけることができるのかもしれないな、依桜。

 

 ちなみに、ロリ戸と遠藤は、あとでファンクラブの人間に粛清されたとか、されてないだとか聞いたが……俺には、無事でいることを祈ることしかできなかった。

 

 頑張ってくれ、二人とも。

 

 ……初っ端からこれだと、先の競技が思いやられるな。




 どうも、九十九一です。
 リレーは削ろうかと思ったんですが、晶視点の話が体育祭当日は少ないなと思ったので、スウェーデンリレーだけやることにしました。クラス対抗リレーは……別にいいかなと。正直、スウェーデンリレーとほぼ同じなので。
 それ以外はなるべくやりますので、安心? してくださいね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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124件目 おかしなこと

「戻ったぞ」

「あ、おかえり晶! それと、おめでとう!」

 

 スウェーデンリレーを終えた後、俺は依桜たちがいる場所に戻ってきていた。

 戻ってくるなり、依桜は嬉しそうに笑いながら、祝いの言葉をかけてくれた。

 

「おっかえり~、晶君」

「一位おめ、晶」

「おめでとう」

「いや、あれは俺が頑張ったというより、依桜の応援で覚醒した、ロリ戸と遠藤が凄かったからだろ。俺は、いつも通りに走っただけだ」

 

 ……まあ、俺自身、応援だけで強くなった、って言うのがどうにも納得できないが。

 

 いや、別にあの二人の運動神経が悪いわけではないんだ。わけではないんだが……本職に勝ってどうするよ。

 

 三走目に走っていた奴とか、中学時代に全国行ってるような猛者だぞ? 高校生では、家の事情でやっていなかったらしいが、その速さは健在だった。

 

 にもかかわらず、運動部というわけではない遠藤が勝つなんて、おかしいと思うだろう?

 俺は、絶対におかしいと思っている。

 

 依桜の声援には、何かあるんじゃないか、なんて疑ってしまうよ、ほんと。

 

 ……その本人は、かなり魅力的な微笑みを浮かべているわけだがな。

 

「でもまあ、次はクラス対抗リレーだろ? どうなるんだろうなー」

 

 と、態徒が暢気に言っている。

 俺は、なんとなく落ちが見えている。

 

『お知らせします。クラス対抗リレーの準備が整いましたので、参加するの選手の皆さんは、グラウンドに集まるようお願いします』

「あら、早いわね。晶、行くわよ」

「あ、ああ」

 

 そんな、落ちが見えているクラス対抗リレーに出るべく、グラウンドへ向かった。

 

 

 さて、そんなクラス対抗リレーだが……結論から言おう。

 昨日の100メートル走とスウェーデンリレーと大差なかった。

 

 簡単に言えば、依桜の声援によって、全員が覚醒し、まさかの五周以上差をつけるという事態に発展してしまった。

 

 クラス対抗リレーは、一人150メートル走り、合計でトラック八週分走るのだが、見事に、その半分以上の差をつけた。

 

 これを見てわかる通り、どれくらい異常なのかは、押して図るべし。

 

 いや、本気でおかしいと思うんだ、俺は。

 

 このクラスリレー、例によって本職の生徒も多く出ていた。陸上部や、野球部、バスケ部などの、主に走ることがメインな部活動に参加している人たちだ。

 そんな生徒が多く出ていたにもかかわらず、俺たちのクラスは圧倒てしてしまった。

 

 ……依桜の応援が無関係だとは思えないな、これ。

 

 正直、俺自身も、依桜の声援を受けると、どういうわけかいつも以上に力が湧いてきた気がしていた。

 

 以前、依桜が所持している、能力やスキル(同じじゃないのか?)、それから、魔法について尋ねたことがあったが、それらしいようなものはなかったはず。

 

 一応、こっちの世界でやっていたことがきっかけでスキルを習得しているようなので、もしかすると、何らかの形で『応援した相手の身体能力が向上する』なんてものが身に付いていても不思議じゃない。依桜だしな。

 

 それに、依桜の師匠であるミオ先生は、依桜が言った通りに、理不尽で、完璧超人だった。

 なんでも、できないことはないんじゃないか、と言われているらしい。

 

 実際、俺もそう思っている。

 

 障害物競走で見せた動きや、依桜との組み手の時の動きなど、かなりおかしいからな。

 

 異世界の人だから、と言ってしまえばいいとは思うのだが、ミオ先生は、向こうでも異常らしいから、そうも言えない。

 

 それに、向こうではおかしな能力やスキル、魔法があっても不思議じゃないらしいので、可能性はゼロではないのだろう。

 

 ……まあ、俺は異世界に行ったことはないし、どんな世界なのかは分からないから、推測を立てようにも、この程度しかできないんだけどな。

 

 ミオ先生なら、何か気づいていそうなものだが……。

 

 

 と、晶がそう思った相手は、

 

「……変だな」

 

 晶と同じく、かなり訝しんでいた。

 

「あいつに、付与魔法はたしかに習得させたが……あんな芸当、普通はできない、よな?」

 

 そもそも、付与魔法で付与できるのは、自分自身か、自分が触れている物体だ。

 自分以外の生物には効き目がない。

 

 『身体強化』は付与魔法からの派生スキルだが、あれを他人に付与できた、なんて話は聞いたことがない。まあ、できないこともないんだろうが……。

 

 ……仕方ない。『鑑定(極)』でも使うかね。

 あたしは、依桜のあの謎の力を知るべく、『鑑定(極)』を使用した。

 

「……ん? 変だな。なぜか見れない部分がある、な」

 

 あたしが今使った『鑑定(極)』は、鑑定系スキルの最上位に位置するものなんだが……どういうわけか、イオのステータスには、二ヶ所だけおかしな場所があった。

 

 この『鑑定(極)』で見れるのは、名前、性別、年齢、基本的な五つの身体的項目に職業、それから、能力、スキル、魔法、種族、そして固有技能が見れる。

 

 通常、種族と固有技能なんて項目は、大多数の人間が気付かない部分だ。おそらく、あいつも気付いていないだろう。

 

 ちなみに、固有技能と言うのは、実際本人でもよく分からない項目で、無い場合は表記されることがない。ある場合は、自分で確認はできるが、どういうわけかそれに気づくことなく生涯を終える奴は多い。

 

 それに、固有と付くだけあって、オンリーワンなものだ。

 基本的に弱いなどはなく、大体が強いものを宿している。

 あたしも持ってるしな。

 

 だがまあ、そんなことはどうでもいい。

 問題は……種族と、固有技能だ。

 

 あたしが、『鑑定(極)』を使うことは滅多にない。

 なくても、大抵のことはどうにかなるからだ。

 

 だが、今回のイオのあれははっきり言っておかしい。

 

 普通はあり得ない。

 

 ……そもそも、異世界へ渡り、魔力を得ている時点で、割とおかしかったりするんだが。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいいな。

 

 考えなければならないのは、種族と固有技能の二つだ。

 

 話を戻すと、あたしは依桜に対して『鑑定(極)』を使ったことはない。

 なぜか。なくてもなんとなくわかるからだ。

 

 そんなあたしでも、分からないことくらいある。そんな時にしか使わないのだが、項目が見れないなんて、初めての経験だぞ?

 

 イオはたしか、先祖返りで銀髪碧眼らしいが。この世界のごく普通の家に生まれた、ごく普通の人間だと聞く。

 その話は間違いなく、事実だろう。

 

 だって、サクラコとゲンジの二人は、どっからどう見ても、普通の人間だったしな。

 だったら、種族の項目には『人間』と出るはずなんだがな……。

 

「なぜ、見えない?」

 

 この『鑑定(極)』は、どんな相手のステータスを、問答無用で見ることができるものだ。

 見れないなんてことがあるはずはない。

 

 にもかかわらず、見れないとはどういうことだ?

 

 固有技能だって、あるにはあるようだが、なぜかこっちも見れない。

 【反転の呪い】で変質した、って可能性もなくはないが……どうなんだろうな。

 

 ……しかし、なんだって、こんな平和な世界にいるって言うのに、愛弟子のおかしな部分が露出するのかねぇ。

 

 気になるが……まあ、何か大事になるようなことはないだろ。

 うん。問題なし。

 

「さてさて。次の競技はどんなのかね。なかなかに見ていて面白いからな」

 

 分からないことは、いくら考えてもわからん。なので、放置することにした。

 

 

 クラス対抗リレーが終わり、次に行われたのは、部活動対抗リレー。

 

 ボクたちは部活動に所属しているわけではないので、出場することはない。

 でも、聞いたところによると、出場している人たちは、来年度の新入部員獲得のために奮起しているそう。

 

 実際、学園見学では、部活動の体験もできるから、それでも十分新入部員は確保できそうなものだけど、どうやらそうでもないみたいで。

 

 この学園は、部活動が盛ん。特に運動部が一番目立っており、県大会よりも先に進む部活もそれなりにある。

 そうなると、新戦力は欲しいわけで、できれば囲っておきたいみたいです。

 なので、体験はなるべく、明るく楽しい雰囲気、って言う部分を前面に押し出しているとのこと。

 ……それにつられて入部すると、地獄みたいな生活になるとか。

 

 運動部だけではなく、文化部も本気で新入部員獲得を狙っているとのこと。

 

 吹奏楽部や美術部のような、有名な部活動はいいけど、マイナーな部活動は、人数が確保できないと、廃部になってしまうからね。

 たしか、オカルト研究部や数学部、本気(マジ)部、遊戯部、コラ部などが部員獲得に躍起になっているみたいです。

 

 ……人がいないのは、部活名が原因な気がするけど。

 

 正直、本気部とコラ部が謎すぎるんだけど。

 一体どんな部活動なのか、すっごく気になるところではあるけど……この学園の謎が多いのは、嫌と言うほど知ってるしね……主に、学園長先生のせいで。

 

 だから、多分、変な部活じゃない、と思う。

 

 それで、話を戻すと、新入部員獲得がどうして、この競技に関係があるかと言えば、単純にこの学園を志望している中学生が多く来るから。

 

 十一月の下旬くらいなのに、よく来たね、と言いたくなるよ、ボク。

 この時期って、受験勉強で忙しそうだもん。

 

 まあ、それを言ったら、この学園の三年生も、なんだけどね。

 

 ともあれ、この学園を志望している中学生が見に来るって言うことは、部活の知名度を上げて、入部してもらえるチャンスが高まるということ。

 

 なので、部活動対抗リレーは、どちらかと言えば……仮装リレーに近くなる。

 

 特に、文化部が。

 

 漫画研究部とかは、レベルの高いアニメやマンガのキャラクターのコスプレをしていたり、オカルト研究部は、貞〇のような出で立ちでグラウンドを走る。

 

 すごいなぁ、と思ったのは、吹奏楽部かも。

 だって……楽器を持ちながら走ってたし。

 チューバを持ちながら、全力で走っている人とか、チャイムを背負って走っている人とか。

 

 ……チューバはまだ分かるんだけど、チャイムはおかしくない?

 

 あー、えっと、よく分からない人のために説明を。

 

 チャイムは、なんて言うか……ピアノの鍵盤状に立てられた金属の筒を叩いて音を出す楽器です。

 演奏会だと、ステージ向かって左側に位置しています。大きいです。180後半くらいはありますよ。

 

 ちなみに、すごく重いです。最低でも、平均的な高校生男子が三人がかりで持つような楽器です。二人でできないこともないとは思うけど、かなりつらいと思います。

 

 なので、一人で運ぶと言うのは……正直、無理、だと思います。

 

 吹奏楽部、すごいなぁ。

 

 そのほかは割と普通だった気がする。

 可もなく不可もなくって感じで。

 

 運動部は部活動のユニフォームや、道具を持ちながら走ってたっけ。面白いのは、リレーで使うバトンが、その部活によって違うことだった。

 

 例えば、野球部だったら、バット。文芸部だったら本、みたいに。

 なかなかに面白かったです。

 

「いやぁ、部活動対抗リレー、面白かったねぇ」

「そうだな。俺たちは部活をしていないが、結構興味を引かれたな」

「つっても、未果は委員長やってるし、晶はバイト。女委は作家で、オレは家の道場で色々ある。で、そこまで用事があるわけじゃない依桜も依桜で、入ったら大混乱。部活はできねぇよなぁ」

「そうね。私たちはともかく、依桜が部活動を探してる、なんて噂が広まろうものなら、血で血を洗う戦争が起きるもの」

「そ、そこまで酷くはならないと思う、よ?」

「「「「……」」」」

 

 ……無言はやめてほしいです。

 無言になるのもわからないでもないんだけどね……。

 

 ボクも、経験してきたから。

 

 料理一つで乱闘になりかけるし、あまったお弁当を巡って、態徒がボロボロになりかけたこともあったし……。

 ボクとしては、本位じゃないんだけどね……。

 

『お知らせします。綱引きの準備が終わりましたので、一年生はグラウンドに集まるよう、お願いします』

「お、ようやく全員で出る競技か」

「そうね。それじゃ、さっさと行きましょ」

 

 綱引きかぁ……。

 ……うん。コントロールには気を付けよう。




 どうも、九十九一です。
 前回言った通り、リレーは省略しました。だって、中身同じなんですもん。個人競技と違って、あまり面白みないですからね。あと、単純に書くのが大変なんですよね……。
 ……えー、とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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125件目 綱引き 上

『はい、問題なく集まったようなので、ルールを説明します! 綱引きは、スウェーデンリレーとクラス対抗リレーと同じく、同じ学年同士で競ってもらいます! 順位を決める方法は簡単。全クラスと戦ってもらい、勝った数が多い順になります。ちなみに、四組は半分になっているので、四組との試合は、人数を合わせて臨むようにお願いします。それ以外は概ね皆さんが知っているルールと変わりないです。ハンデも特にないので、頑張ってくださいね!』

「ハンデ、ないんだ」

「……それだと、どうあがいても勝つんじゃないか? このクラス」

「どうかな? 一応、このすがただと、三分の一くらいになってるし……」

 

 前にも言ったけど、この世界の男子高校生の攻撃力の平均は、20。平常時のボクの攻撃力は、926。今は、それの三分の一だから、大雑把に300くらい。

 20の男子高校生十五人分くらいかな?

 

 だから、一人で十五人分くらいなんだけど……あくまでも、平均だったらの話なので、実際はどうなるかわからない。

 

 それに、仮に三分の一でも、身体強化が使えないわけじゃないしね。

 使えば……700くらいまではなんとか。

 

 だからまあ、一人で本当にできちゃったりするんだけど……そんなことをしたら、いじめになっちゃうし、どうあがいても勝てない、なんてことになっちゃうので、ボクがやるにしても、少して加減で、ってことになるかな?

 

 ……綱引きで、どうやったら加減をできるかは知らないけどね。

 

「三分の一、ね。本気の依桜がどの程度かは分からないけど、今の依桜が本気でも余裕なのかしら?」

「よゆう、かどうかはわからないけど、たぶん?」

「……そう。それを聞いて、安心したと言うか、むしろ心配になったと言うか……まあいいわ。とりあえず、本気でやりなさい」

「……え、本気はさすがに……」

 

 未果が本気でやれと言ってきたけど、ボクが本気を出そうものなら、向こうはピクリとも動かなくなるんだけど……。

 

「構わないわ。向こうが怪我さえしなければ、ね」

「よくないとおもうよ!? あと、ボクが本気をだすとなると、しんたいきょうかもセットだよ? 大丈夫?」

 

 と言うと、未果の表情が曇った。

 

「どれくらい?」

「う、うーんと……一人で勝てる、くらい?」

「暗殺者、なんだよな?」

「ま、まあ。でも、師匠なんて、ボクのばい以上はあると思うよ?」

 あの人、暗殺者なのに、腕力以上だもん。

「……依桜君も依桜君だけど、ミオ先生もミオ先生だよね」

 

 女委が苦笑いしながら、そんなことを言った。

 

 うん。ちょっと心外です。

 

 ……ボクは、自分から志願して師匠の弟子になったわけじゃないしね……。

 

 お金が払えなくて、ツケにしようとしているところを見かけて、なんだか不穏な気配を漂わせていたから、つい……代わりにお金を、ね。

 そしたら、なぜか弟子にされただけで。

 あの時は、本当に地獄だったなぁ……。

 

 と言っても、本来なら、見ず知らずの人の代わりにお金を払う、なんてほとんどしないんだけど……師匠からは、妙に懐かしい気配を感じたと言うか、何と言うか……。

 会ったことはなかったはずなんだけどね。

 ……そんな気配を感じてしまったがために、地獄を味わったわけだけど。

 

「それにしても、警戒すべきは、一組と五組、か」

「だな。あのクラスには、どういうわけか体育会系の生徒が多い。しかも、武道系と陸上系、球技系に強い生徒が、バランスよくな。特に、武道系が多めなのがな」

「未果と晶はよく知ってるな?」

「そりゃあね。敵情視察は、戦いの基本。クラスの女子に手伝ってもらって、調べたのよ」

「俺も、友達に頼んだ。大体のことは知ってるさ」

「二人ともすごいなぁ。ボク、ぜんぜんやってないよ」

 

 そもそも、やろうとさえ思わなかった。

 

 一応、向こうの世界ではそう言うことをしてはいたけど、あれはそうしたほうが早いからだったし。

 

 こっちの世界では、命のやり取りもないから、別にいいかなと思っていたんだけど、ちょっと傲慢だったかな。

 

「最初は、依桜にも頼もうとしてたのよ」

「そうなの?」

「ああ。だが……依桜は、なんというか……疲れてそう、だったからな」

「「納得」」

 

 あれ? なんでだろう。四人のボクを見る目が、すっごく生暖かいし、表情は慈愛に満ちている気がする。

 

 ……疲れてたのは本当だけど。

 

 だって、恥ずかしい衣装は着させられるし、師匠がこっちの世界に来て、今までの生活がさらに変わるしで、本当に大変だったもん。

 

 肉体的には、全然問題なかったんだけど、精神的な方が……。

 

「それに、もう三ヶ月経っているとはいえ、依桜は女の子になっちゃったものね。まだ、慣れてないんでしょ?」

「ま、まあ……。正直、ランジェリーショップとか、女子トイレに入ったりするのが、いまだになれてなくて……」

 

 だって、恥ずかしいんだもん……。

 

 そのうち慣れる、とは思っているんだけど、なかなか慣れないものです。

 だって、約十六年間、ずっと男だったわけなんだよ? いきなり性別が変わって、今までと違うトイレを利用したり、行くこともないランジェリーショップに行ったりするのは、どうにもね……。

 もうそろそろ慣れる、とは思うんだけど……難しいものだよ。

 

「まあ、依桜は初心だものね。仕方ない。とまあ、それを見越して、依桜には頼まなかったの。さすがに、これ以上頼み事をするのは、気が引けたし。それに、甘え過ぎになるもの」

「甘え過ぎ、かなぁ。別に、ボクができることなら、何でもするつもりなんだけど」

 

 友達からの頼み事だもんね。

 ボクとしては、できる限り応えたい。

 そう思っての言葉だったんだけど。

 

「いやいや、依桜は色々とやってるだろ? 学園祭とかよ、大活躍だったじゃん? ほかのことだって、依桜がやってくれてたわけだしよ」

「だね~。依桜君、優しいから、基本的に何でもしてくれるもんね。だから、つい甘えて頼んじゃうわけで」

「そ、そう? はずかしいかっこうとか以外は、そこまで大変でもないんだけど……」

 

 今のボクは、スタミナも異常にあるし、なんだったら能力にスキル、魔法まである。

 だから、そこまで大変ではないんだけど……。

 

「依桜は、学園祭の時のこと、もう忘れたのか?」

 

 少し呆れたように、晶がそう言ってきた。

 えっと、学園祭……。

 もしかして、一日目のあれ、かな?

 もっと頼れって。

 

「まったくもう。依桜は、私たちが止めないと、全然やめないんだもの。いつ倒れるか、気が気でないわよ」

「あ、あはは。ボクがたおれるとしたら、よほどのこと、だと思うよ?」

 

 少なくとも、かなり病気にはなりにくいと思うしね。

 ……どれくらいかは分からないけど。

 

「それがだめなの。いっつも無理するんだから……。私たちが代わりに、って言うことはできないけど、それでも頼ってよね?」

「う、うん。ありがとう、みんな」

「よろしい。とりあえず、話を綱引きに戻すとして……正直なところ、佐々木がいなくなったのは大きいわ。おかげで、戦力を削ることができたもの」

「……そう言えば、その佐々木はどこ行ったんだ? オレ、あいつにまだ謝ってもらってないんだがよ」

 

 ……佐々木君、謝ってなかったんだ。

 

 でもたしか、試合終了と同時に、どこからともなく表れた黒服の人たちが佐々木君を連れて行ってたんだよね……。

 

 多分だけど、すぐに学園長先生の会社に運ばれたんじゃないかなぁ。

 学園長先生、界外送りにするって言ってたもん。

 

 それに、『気配感知』を使ったら、かなりの速度で移動してたしね。

 その向かってる先が、以前行った学園長先生の会社だったし。

 

 だから多分、謝る前に行ってしまったんだと思うよ、ボク。

 

 ……多分大丈夫、だと思うけどね。

 変な場所が転移先じゃなければ。

 

「え、えっと、こうせいプログラムって言うのを今日から受けるみたいだから、それで言えてないん、だと思うよ?」

「マジ? んー……ならいっか。別に、オレはもう気にしてないし」

「態徒も大概よね。あのタフさ」

「そうか? オレは、昔っから親父とか、爺ちゃんに鍛えられてたからな! まあ、頑丈ってわけよ!」

 

 ドンと胸を叩く態徒。

 

 実際、態徒も十分強いんだよね。

 

 数時間とはいえ、師匠に鍛えられてるから、同い年には負けなしなんじゃないかな?

 少なくとも、寸勁が使えるし。

 

 ……ちなみに、ボクは師匠にすでに叩き込まれてます。

 向こうにいた時じゃないけど。

 こっちに来てから、武術に興味を持っちゃって、体得した師匠によって、強制的に教えられました。

 

 なんで、帰ってきてまで、鍛えられないといけないんだろうと、文句を言いたくなったけど、言うと後が怖いので言わなかった。

 

「俺も、軽く武術はやっていたが、護身術程度だからな。態徒ほどじゃないな」

「そう言えば、晶もやってたわね。でも、もうやってないんでしょ?」

「ああ。さすがに、バイトの方に専念したくてな」

「と言うことは、晶君も結構強かったり?」

「いや、今さっきも言ったが、俺は護身術程度だよ。一般的な男子高校生より、ちょっと強い程度だと思うぞ?」

「それでも十分だと思うよ?」

 

 実際、護身術があるのとないのとでは、大違いだしね。

 変な不良に絡まれた時とかね。

 

「となると、私たちの中の男三人は、全員武術をやっていたわけか」

「そうなる、のかな? ボクのばあいはぶじゅつとは言えないけど」

 

 暗殺技術だし。

 完全に殺す用だよ?

 

「じゃあやっぱり、綱引きは楽勝だね!」

「心配しても、このクラスには依桜がいるからな……。馬鹿みたいに力が強い奴が多くなければ、問題ないだろ」

「もしかしたら、いるかもしれないぜ? 佐々木みたいな奴とか」

「まさかね。熊みたいなのが、そう何人もいてたまりますか」

 

 それは同感。

 

 正直、佐々木君って、同い年とは思えないほどに、ガタイが良かったもん。

 佐々木君ほど、筋骨隆々という言葉が似合う人はいないと思ったよ、ボク。

 だって、体操着とかぴちぴちだったよ? 筋肉とか浮き出てたよ?

 そんな人が、高校一年生って……どんな冗談? って言いたくなります。

 

 ……身長高いのもずるい。

 

「それもそうだな」

「だな! まあ、大丈夫だろ」

「いたら怖いもんね!」

 

 口々にそう言っていると、

 

『えー、一組対二組の勝負は、一組の勝ちです! そして、三組対四組東は、四組東の勝ちです! 続いて、五組対六組に移りますので、準備をお願いします!』

 

 ボクたちの出番となった。

 

「ほんじゃまあ、行こうぜ」

 

 そして、綱のところまで行き、五組を見ると、

 

『フハハハハハ! 貧弱な奴らなど、捻り潰してくれるわッ!』

『おうよ! 俺たちがいれば、五組は無敵ッ! 美天杯では不覚を取ったが、綱引きでは力を合わせることができるのだッ!』

『ならば、負ける道理などないというもの』

『にっくき、変態とイケメンなぞ、叩き潰してくれるッ!』

 

 佐々木君二号、三号、四号、五号が現れた!

 

 ……いました、筋骨隆々という言葉がぴったりな人。それも、四人。

 

 ……隣のクラスに、こんなに濃い人がいるとは知りませんでした。

 な、謎すぎるよぉ、この学園……。

 

「……これ、勝てるの?」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、と言うレベルで、未果の顔は引き攣っていた。




 どうも、九十九一です。
 現座進行形で、一日も休まずに投稿、という謎記録を更新中です。やっぱり、疲れますね、これ。……まあ、体育祭が終わるまではやる、と言ってしまった以上やるんですが。
 さっさと終わらせたいものです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。


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126件目 綱引き 下

「両クラス、準備はいいですね? では……始め!」

 

 と言う掛け声と、スターターピストルの音によって、綱引きが始まった。

 

 ちなみに、ボクは先頭で、真ん中くらいに未果と女委、最後尾辺りに晶と態徒がいる。

 

 力が強かったり、重かったりする人は、後ろに持って行ったほうがいいと言うのはわかるけど、何でボクが前なのかがわからない。

 一応、腕力だけなら、一番高いんだけど……。

 とりあえず、引っ張ろう。軽く、軽くね。

 

『オーエス! オーエス!』

 

 うん。いつも通りの掛け声だけど、それはあくまでもボクのクラスの方で、五組の人たちはと言うと、

 

『むぅ!? なんだ、びくともしないぞ!』

『な、なぜだ! 俺たちがいれば、ひょろい六組の連中なぞ、簡単に倒せるというのに!』

 

 ……ボクの、せいだと思います。

 だって、本気とはいかないまでも、少しは力出してるし……。

 

 今のボクの出している力の割合は、大体……四割ほど。

 現在が約300なので、大体75ほど。

 

 ちらっと『鑑定(下)』を遣ったら、佐々木君二号、三号、四号、五号の人たちは、30程度でした。

 大体二人分ちょっとを抑えていることになるので、あとはみんなに任せても大丈夫、というわけです。

 

 それに、態徒のほうが何気に高かったりするし、晶もそれなりにある。

 で、一番意外なのは、女委も腕の力が強いって言うこと。

 ……同人誌書くのに、重りを付けるほどだからね、女委。

 一番普通なのは、未果くらいです。

 

 うーん……でもこれ、涼しい顔してたらダメ、だよね。

 

 実際、ボクは全然重さを感じてないし……。

 

 うん。ここは、頑張っている風を装っていた方が、怪しまれずに済みそう。

 暗殺者時代の能力が活かせるよ。

 表情を作ったり、今にも死にそうです、って顔をしたりするのは、得意だもん。

 

「んっ~~~~……!」

 

 と、かなり頑張ってますよ、と言う風にしていたら、

 

『くっ、なんて可愛さなんだッ!』

『なんか、勝ちを譲りたくなるな、あれ……』

『くぅ、今は天使ちゃんだから、あんまり本気を出しちゃいけない気持ちにぃ!』

『ダメだ! ロリには本気を出せん!』

 

 こちらにとっては効果ありだけど……向こうにとっては逆効果だった。

 だって、さっきよりも力が緩んでるもん。

 みるみるうちに、綱が真ん中の線を超えて、ボクたち側に来ちゃってますよ?

 

 ……これは、どういうこと?

 そう思ったところで、

 

 パァン!

 

 終了の音が響いた。

 

「六組の勝ちです!」

 

 ボクたちが勝ちました。

 まずは一勝できたとあって、クラスメートのみんなは和気藹々としている。

 

 ボクはちょっと複雑な心境。

 

 とりあえず、次の試合は、一組と四組西、二組と五組、の二つなので、一旦休憩。

 

「概ね、予想通りだったな」

「そうね。依桜を先頭に配置した甲斐があったわ」

「素直に喜べない……」

「まあまあ、依桜君は勝利の女神ってことだよ」

「ボク、女神でも天使でもない、普通の人間なんだけどね」

 

 ……異常な身体能力や、能力、スキル、魔法が使えても、人間なのです。

 師匠は、人間とは言い難いけど。

 

「とりあえずは、さっきの並びで問題ないわね」

「依桜君が先頭だと、確実に勝てるからね!」

「むしろ、最後尾だとやりづらそうだしな」

「そうね。今の依桜は、いつもより縮んでいるからやりにくそうよね」

「まあ、前のほうだから大丈夫だけど、ちょっとやりにくいかも。みんな、後ろ向きに倒れるようにやってるけど、ボクからしたら、みんなと同じようにしても、脇の辺りに挟めないから踏ん張れないし」

 

 と言っても、踏ん張る必要ないんだけどね、ボク。

 でも、そうしないと、周りからやっていないんじゃないか、って思われちゃいそうなんだもん。

 それが嫌で、ちょっとね……。

 

「そりゃそうだな。やっぱ、小さいと不便なのかね?」

「当たり前だよ。ボクだって、好きで小さいわけじゃないんだから……」

 

 だから、よく部屋の入り口とか、台所の戸棚に頭をぶつける人が羨ましい。

 

「それで? 次の相手はどこだ?」

「えーっと、一組ね」

「また、体育会系クラスか」

「体育会系クラスと言っても、昨日の件で、向こうは勝つ気はなさそうだけどね」

「佐々木の件か?」

 

 女委のセリフに、晶が聞き返す。

 女委はにこにこ顔で頷く。

 

「もち。いくら変態で、嫉妬、妬み、嫉みの対象とはいえ、一人の生徒をボロボロにしたからね。しかも、その相手が依桜君の友達。昨日の依桜君の怒りはすさまじかったから、それでかなり申し訳なく思ってるみたいだね。だから多分、手を抜くんじゃないかなぁ」

「女委の言う通りよ。一組に知り合いがいるから、聞いたのだけど、女委の予想通りに動いてくれるみたいね」

「そうなのか? オレ、もう気にしてないんだけどな!」

「……お前は、もう少し気にしたほうがいいぞ」

 

 朗らかに態徒が言うと、晶は呆れたようにそう言った。

 人のこと言えないかもしれないけど、ボクも気にしたほうがいいと思う。

 

「嘘を言っているような感じてはなかったし、大丈夫でしょう。さて、そろそろ試合が終わるみたいだし、行きましょうか」

 

 と言う感じに、あまり緊張せずに臨んだ二回戦はと言うと、

 

 

「六組の勝ち!」

 

 本当に一組の人が言っていた通り、手を抜いていて、ボクたちは勝った。

 

 ……素直に喜べない。

 

 だって、出来事自体は昨日のことだし……それに、やったのは一組の人たちじゃなくて、佐々木君個人だから、別にいいと思うんだけどなぁ……。

 

 そうして、その後の試合も、一試合目と同様の力の入れ方をしたら、難なく勝ち進んだ。

 

 ……これ、絶対ハンデとか必要な気がするんだけど。

 そう思って、四組とやる時は、ボクなしで、と未果に言った。

 

「ま、それもそうね。負けても、他で勝てるわけだから問題ないわ」

 

 了承してくれた。

 なので、四組戦の時は、ボク抜きでやってもらい、ボクは応援に回った。

 なので、

 

「みんな、がんばって~!」

 

 と言ったら、

 

『俺たちには、勝利の天使が付いてる! 勝てるぞぉおおおおおおお!』

『『『おおおおおおおお!』』』

『ちょっ、力強すぎなんだけど!?』

『ろ、六組の奴らヤバイ! 応援一つで、すっげえ力出してるんだが!?』

『くっ、これがヒロイン応援補正かッ!』

 

 圧勝した。

 

 ……あの、ボク応援しただけ、なんだけど。

 ボク、応援で他人を強化する、なんてスキルも魔法も持ち合わせてないんだけど……。

 

 気分の問題、なのかな?

 

 この世界にも不思議っていっぱいあるんだね。

 

 そもそも、魔法が使えることもおかしいような気がするけど。

 それに、この世界に魔法使いなんていないのにね。

 

 ……あ、知られていないだけで、もしかするといるのかも?

 少なくとも、使った分の魔力が回復するくらいだから、魔力がこの世界にあっても不思議じゃないし。

 うん。今度機会があったら探してみよう。

 

 なんてことを考えていたら、試合が終わったみんなが戻ってきた。

 

「ただいま」

「おかえり、みんな。すごかったね」

 

 戻ってきたみんなにそんな言葉をかける。

 実際、本当にすごかったし。

 応援一つで、あそこまでできるからね。なかなかいないと思うよ、ボク。

 

「いやいや、やっぱり依桜君の応援があったからね! やる気が出るってもんだよ」

「あはは。それだけじゃないと思うよ。みんなががんばったからだよ、きっと」

「少なくとも、応援があるのとないのとじゃ、全然違うわよ。……まあ、うちのクラスの面々……と言うか、この学園にいる生徒は、依桜に応援されれば死に物狂いで頑張ると思うけどね」

「そんなまさか。ボクのためにそこまでやる人なんて、いないよ」

 

 苦笑いを浮かべながら、未果の言っていることを否定。

 

「「「「……」」」」

 

 ……最近、ボクが否定すると、みんな可哀そうな人を見るよう目を向けてくるんだよね。

 ボク、もしかしておかしなこと言ってる……?

 

「依桜の鈍感は今に始まったことじゃないので、スルーね。……にしても、二日目の競技はなかなかハードね」

「そうだな。一日目は、個人競技ばかりだったから、ほとんどが消耗することはないが、二日目はすべて団体戦。綱引きの後に、生徒・教師対抗リレーを挟んで、棒倒し、そしてアスレチック鬼ごっこだからな。いくら綱引きの後に昼休みを挟むからと言って、疲れはなかなか抜けないだろう」

 

 ボク、そこまで疲れてないんだけど……。

 って言っても当然、だよね。

 だって、今日のボクと言えば、綱引きと鬼ごっこを除いたら、恥ずかしい格好で応援してるだけだもん。

 

 ……あ、でも、精神的には疲れてるかな……。

 ほとんどは慣れちゃったけどね……。

 

「オレ、もう腹が減ったよ」

「わかるよ、態徒君。わたしも、お腹ペコペコだよ」

「そうね。女委と態徒はともかく、動きっぱなしだったものね。さすがに、お腹も空くわ」

「俺はそこまでではないが……」

「ボクも」

 

 動いているにしても、応援してるだけだったし。

 疲れたと言っても、ボクの場合は精神だけだからね。肉体的な方は全然。

 ……仮に本気を出すにしても、鬼ごっこの時くらいだと思う。

 

「さて、見た感じ、そろそろみたいだし、行くわよ」

「うん」

 

 と言うわけで、そんな最後の綱引きと言えば……

 

 

「六組の勝ち!」

 

 うん。知ってました。

 そもそも、負ける要素がない、からね……。

 

 未果がボクに対して、『もしもまずくなったら、もう少し力を出していい』と言っていた時点で、負けはなかった。

 

 傲慢でもなければ、ネット上でよく言われているような、イキってると言うわけではないですよ?

 

 そもそも、イキってるって言うのは、できないことをさもできるように振舞っている人を指しているわけで、できるのなら、イキるとは言わない。

 

 ボクは、単純に自分がどれくらいかと言うのを理解しているからね。

 だから……当然の結果と言えば当然の結果なわけで……。

 

『集計出ました! 八位から発表します! 時間も押してるので、ちゃっちゃと行きますね! 八位、七組! 七位、四組東! 六位、三組! 五位、二組! 四位、一組! 三位四組西! 二位、五組! そして一位、六組です! ポイントは、上位三クラスに入ります! 一年のみなさん、お疲れ様でした! 続いて、二年生の方に移りますので、準備をお願いします!』

 

 試合は全勝し、ボクたちのクラスは、一位を獲った。

 

 ……うーん、やっぱりハンデとかあったほうが良かったかなぁ。

 

 正直、四組戦の時に、ああなるとは思ってなかったしね……。

 

 来年は、もう少し気を付けよう。

 そう思ったボクだった。




 どうも、九十九一です。
 ……なんか、すごく手抜きな気がしてならないです。いや、二日目に入ってから、それが顕著に出ている気が……うん。正直、ネタが、ね……。なくなりそうで、ちょっと辛いです。
 でも、残る競技は二つ……十話以内に終わる、かな? うん。頑張って終わらせます。
 ……そう言えば、以前、依桜を描いてみようと思って、試しにやったら……描けませんでした。ここのところ、全然描かなくなったので、ダメだでした。得意のちびキャラ系でも、無理。一度でいいから、見てみたいんですがね……。画力があれば……。
 えーっと、とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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127件目 昼休み

 お昼休みになり、みんなでお昼ご飯。

 場所は、教室。

 

 昨日は態徒が、強制的に師匠の特訓を受けていたけど、今日はいる。

 この後の競技は、棒倒しだから、ちゃんと休息は取らないとね。

 

 棒倒しは、力も必要と言えば必要だけど、どちらかと言えば、策が大事。

 

 ……もしも、ボクが出てたら、策なんて意味なかったような気はするけど。

 

「とりあえず、これで私と女委が出る種目はなくなったわね。三人とも、午後は頑張ってね」

「おうよ! 棒倒しは、一回しか試合がないから、全力でやるぜ!」

「俺、そこまで格闘とかできるわけじゃないからな……まあ、やれるだけやるさ」

「ボクは……なるべく、こわさないようにがんばるよ」

「……依桜だけ、頑張るの方向性が違うわね」

「どんなのが出るかにもよるかもしれないけど、依桜君だと、壊しかねないもんねぇ」

「う、うん」

 

 今の状態は、コントロールがちょっと難しくなっているから、少し力の入れ方を間違えただけで、物が壊れる虞がある。

 そうなると、競技どころじゃなくなっちゃうからね。気を付けないといけない。

 

「そういや、午後の頭は、生徒・教師対抗リレーだったよな?」

「そうだよ~」

「たしか、出場する選手は、直前で知らされるみたいね。だから、まだ誰が出るかは定かではないらしいわよ」

「と言っても、教師のほうはもう決まっているそうだが」

「そうなの?」

「ああ。たしか、教師側のアンカーは……ミオ先生って聞いたぞ」

「……ほんとに?」

「本当だ」

 

 何とも言えない気持ちになった。

 

 ……師匠が出る以上、生徒側に勝ち目ないよね?

 あの人、世界最強であると同時に、最速な人だよ?

 

 対して、生徒側はどんなに速くても、全国レベル。

 世界最速が相手では、雲泥の差どころではない。

 

 亀がチーターに挑む様なものだよ。

 

「となると、生徒側が勝つには、一人一人が先生よりも速く走って、一周以上の差を付けないといけない、ってことね」

 

 それでも足りないと思います。

 

「……まあでも、さすがに先生も手加減はするんじゃないかなぁ? 大人げないし」

「どうなんだ? 依桜」

「う~ん……わからない、と言うのが本音、かな」

「どういうこと?」

「師匠って、いっぱん人あいてには、ちゃんとその人に合わせるんだけど……こと、しょうぶがからむとなると、ちょっとびみょうで……。だから、グレーゾーン、かな」

 

 それに、もしかすると、本体で参加するんじゃなくて、分身体で参加する可能性もある、からね、師匠。

 少なくとも、昨日とかは分身体を使って、ブライズを探していたみたいだったから。

 

 そう言えば、今日はブライズは出ないのかな?

 それとも、師匠が分身体で倒して回ってるとか。

 うん。その可能性のほうが高いね。

 

 昨日、佐々木君に憑りついていたのは、師匠の索敵網を潜り抜けた存在だったらしく、師匠が興味深くしていた。

 

 ボクも、その話を聞いて驚いた。

 

 だって師匠、『気配感知』のほかに、『聞き耳』と『音波感知』も使っていたらしいんだもん。

 師匠の索敵網を潜り抜けるなんて、あり得ない。

 それくらい異常なことだった。

 

 ただ、異常だったのはその隠密性の高さだけであって、強さは大したことはなかった。

 それに、師匠が言っていたけど、

 

『パターンは把握したから、次からは見逃すことはない』

 

 とのこと。

 

 ……すごいなぁ、師匠。

 

「なら訊くが、ミオ先生が本気を出すような相手ってどういう人なんだ?」

「神様、とか?」

「……つまり、神様以外には本気を出さない、って言うわけね」

「最強すぎじゃね? ミオ先生」

「神を殺せる人が、教師やってる時点で、色々おかしい気がするがな」

「何でもありなのは、ミオ先生の特権だもんね」

 

 嫌な特権だよ。

 

 でも、意外と師匠って面倒見がいいから、向いていると言えば向いている。

 ……まあ、かなり理不尽なことをやらせたりして来るけどね。

 

「まあ、ミオ先生が出るのはいいとして……結局のところ、今日の目玉のアスレチック鬼ごっこって、具体的に何するんだ? 未果も知らないんだろ?」

「ええ。それが、何も知らされなかったのよ。当日のお楽しみ、って言われるだけで」

「この学園だしね、すっごく大掛かりな仕掛けとか用意してるかもしれないよね」

「ほんとうにありそうでこわいよ……」

 

 だって、学園長先生だし……。

 

 少なくとも、動画サイトとかでよく見る様なアスレチックを用意していてもおかしくないもん。

 

 そもそも、アスレチックで鬼ごっこをするって言うことがおかしいんだけどね。

 普通にやればいいと思うんだけど……。

 どうにも、学園長先生の考えは読めない。

 

「依桜なら大丈夫だろ! ミオ先生の弟子なんだからな!」

「ものによるけど……少なくとも、しょうがいぶつがあるいじょうは、まけられないかな」

「お、珍しい。依桜君がやる気だ」

「うん。さすがに、アスレチックでまけるわけにはいかないよ。じゃないと、師匠にころされちゃうし……何より、ボクにもプライドがあるからね」

「それもそうよね。だって、一年間、死に物狂いで修業したんだから。それで負けることがあったら、屈辱だわ」

「たしかに。素人に負けるほど、悔しいものはないもんね。わかるよ、依桜君」

 

 女委も、実際プロみたいなものだから、うんうんと頷いてくれた。

 女委って、結構売れてるみたいだしね、同人誌。

 ……ジャンルは、あれだけど。

 

「オレたちも頑張らないとな、晶」

「そうだな。少なくとも、鬼ごっこに関しては依桜がいるから、ほとんど心配ないだろうが、オレたちのほうは、どうなるかわからないからな……」

「そうね。棒倒しは、カードの組み合わせ次第で色々と決まるもの。運も必要だわ」

「たしか、棒倒しも学年ごとなんだっけ?」

「おう。一年と三年じゃ、実力が違うからな! やるならフェアじゃねえと」

「……そう考えると、うちのクラスは、全種目を通して、全然フェアじゃなかった気がするな」

 

 晶がそう言うと、みんなボクをじーっと見つめてきた。

 

 うん。言いたいことはわかるよ。

 

 ボクだって、それを言われちゃうと、全然フェアだと思えないもん。むしろ、アンフェアだと思ってるよ。

 

 美天杯なんて、ボクの独壇場みたいなものだったしね……。

 命を懸けた戦いをしている人と、命なんて懸けない、平和な闘いをしている人とじゃ、実力は全然違う。

 

 実際、向こうの世界だって、命のやり取りをしたことがある人と、武術を習い、極めただけで命のやり取りをしたことがない人とが決闘をしているところ見たことがある。

 

 実力的な面で言えば、後者のほうが高かったけど、勝負は命のやり取りをしたことがある人のほうだった。

 

 違いは、覚悟だと思う。

 

 一戦一戦を真剣に臨む人と、別に負けてもいい、と思う人とでは、覚悟の仕方が違うからね。

 ボクは……さすがに、美天杯ではそこまでの覚悟を持って臨んではいなかったけど、それでも今までの経験とかがあったから。

 

 ……まあ、予選はちょっとあれだったけどね。ボク、何もしないで勝っちゃったし。

 

「二年生進級時のクラス分け、先生たちは頭を悩ませそうね」

「そうだな。依桜をどこのクラスにするかで色々と変わりそうだからな」

「さ、さすがにそこまでじゅうようじゃない、と思うよ?」

「……実際、学園祭後くらいから、神社に祈願しまくってる生徒がいるらしいぞ、他クラスに」

「そ、そんなに?」

「依桜君と一緒のクラスになれば、お近づきに。そして、あわよくば恋人に! ってところだと思うよー」

「ボク、恋人は作らない、みたいなこと言わなかったっけ?」

「似たようなことは言っていたな、ミスコンの時に」

「そうだよね。……きいてなかった、とか?」

 

 司会の人に訊かれて答えた質問だったし……それに、ミスコンには、その日参加した人全員がいたわけだから、聞いてない、なんてことはないはずなんだけど……。

 

「多分、アタックすれば行ける! みたいな考えなんじゃね?」

「そうね。……まあ、そもそも、依桜を落とすのはかなり難しいと思うし。だって、鈍感だし、ピュアなのよ? 難易度高すぎるでしょう」

「その割には、隙だらけだがな」

「ぼ、ボクはどんかんじゃないし、すきだらけでもないよ! あと、ピュア? でもないし……」

「「「「そんなまさか」」」」

 

 心底驚きました! みたいな風に言われてしまった。

 ……ボク、鈍感で、ピュアで、隙だらけじゃない、よね? そうだよね? 大丈夫だよね?

 

「まだ先だけど、来年も同じクラスだといいよなぁ。中一からずっと同じクラスだったしよ」

「態徒、気が早いわよ。まだ、あと四ヶ月もあるのよ?」

「そうは言うけど、時間って早く経つもんなんだぜ? 四ヶ月なんてあっという間だぞ」

「態徒君の言いたいことはよくわかるよ。わたしも、ついこの前入稿したなぁと思ったら、次の締め切りが近づいていたもん」

「……それはちょっと意味合い違う気がするな」

 

 女委の言ってることに、晶がツッコミを入れていた。

 それは、単純に追い込まれてるだけだと思うよ、ボクも。

 

「とりあえず、依桜が願っておけば、叶うんじゃないかしら? すごく運がいいしね」

「あ、あはは。ボクのばあいは、たんじゅんにかくりつがひくければひくいほど当たりやすいだけで、五年れんぞくで同じクラスになるかは……あー、なるかも、ね」

 

 否定の言葉を並べている最中に、実際になるような気がした。

 だって、五年連続で五人が同じクラスになる、って相当な確率だと思うよ?

 あまり接点がない人と三年間同じクラスになる、って言うのはよくある話だけど。

 

「でしょ? だから依桜、お願いしといてね」

「うん。ボクも、みんなといっしょがいいし、おねがいするよ」

 

 ボクが女の子になっても、いつもと同じように接してくれたの、家族と師匠を除いたら、この四人くらいだもん。

 

 学園長先生は……関りを持ったのは、女の子からになってからだから、ちょっと違う、かな。あ、戸隠先生も前と変わらない接し方だったかも。

 

「そろそろいい時間ね。グラウンドの方に戻りましょうか」

 

 未果の言う通り、もうすぐ再開の時間だったので、ボクたちはぼちぼちグラウンドに出る準備をした。

 

 

 そして、生徒・教師対抗リレーはと言うと……

 

「よーし。依桜、やるからには、本気を出せよ」

「あ、あは、あはははは……」

 

 ……ボクが生徒側のアンカーになってました。

 

 師匠の満面の笑みが怖いです……。




 どうも、九十九一です。
 後二種目と言いつつ、リレーの話を入れてしまうあたり……本当に馬鹿だと思ってます。
 書いてたら、つい流れで……。あと、何話で終わるのかなぁ、体育祭……。
 いい加減、別の話が書きたくなってきちゃってます。正直なところ、読者の皆様も飽きてきてるんじゃないかなって心配になってます。
 ……最悪の場合は、一話の文字数を増やして終わらせるしか……。
 とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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128件目 生徒・教師対抗リレー(酷い)

※ 今回はいつもより長めです。


 数分前。

 

『二日目の午後、最初の競技は、生徒・教師対抗リレーです! こちらの競技は、生徒と教師がリレーで対決するだけの競技なので、得点に関係はありません! この競技は思い出作りが一番の目的なので、楽しみましょう!』

 

 得点に関係ないんだ。

 それもそうだよね。

 だって、生徒と先生が競っても、得点なんてないから。

 

「誰が出るのかしらね、生徒のほうは」

「やっぱり、運動部の人とか、かな?」

「たしか、体力測定の記録も考慮されてるらしいな」

「てことは、三年だけじゃなくて、一年も選ばれる奴がいるってことか?」

「らしいな」

「へぇ~。じゃあ、もしかすると、わたしたちの中からも選ばれてる人がいるかもね~」

「あはは。さすがにないとおもうよ」

 

 なんて、笑って否定していたら。

 

『では、生徒側の出場者を発表します! まずは、三年一組の御手洗君。三年三組、小林さん。同じく、三年三組、渡辺君。三年四組、藤堂さん。二年三組、深山君。二年七組、四月一日さん』

「たしか、七人だったか。選手を聞いてると、部活で活躍したような生徒が多いな」

「だね~。インターハイに出た人とか、県大会で好成績を収めた人とかばかりだね。二年生のほうも、そう言う人ばかりみたいだね」

『そして……一年六組、男女依桜さんです!』

「…………えぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げちゃったけど、なんでも!? なんでボク!?

 

「そりゃ、選ばれるわよね」

「依桜、だからな」

「がんばってね、依桜君!」

「そ、そんな……」

 

 なんで、ボクが出ないといけないんですか……。

 うぅ、出ることはないと思ってたのにぃ。

 

『呼ばれた生徒は、グラウンドに集まるよう、お願いします』

「いってらっしゃい、依桜」

「……いって、きます」

 

 足取り重く、憂鬱な気持ちで、ボクはグラウンドに向かって行った。

 

 

 そして、そのあとボクがアンカーと言われ、今に至ります。

 

「ま、安心しな。お前の力に合わせてやる」

「そ、そうですか? よ、よかったです……」

「ま、今のお前の本気で、だが」

「……安心したボクがバカでした」

 

 ボクの今の本気って言ったら、通常時の素早さを三分の一にした数値。

 

 たしか、1529だったから……約500。

 そこに身体強化をかけたら、1000を超えることになっちゃうんだけど。

 その状態で走ったら、一瞬で一周が終わってしまう。

 

 そして、その状態に師匠が合わせるというけど……それ以上のスピードで走るつもりだよね?

 通常時のボクに師匠が合わせるように、師匠も三分の一の出力で走るってことだよね?

 

 ……か、勝てる気しないよぉ。

 

「本気で走れよ?」

「む、むりです! そんなことをしたら、グラウンドがボロボロになっちゃいますよ! このあと、ぼうたおしとかあるんですから!」

「だが、こういう機会でないと、お前を負かすことができないしな……」

「ま、まかすって……。あの、ボクは別に、しょうぶがしたいわけじゃないんです。あくまでも、思い出作りなんですよ、このきょうぎは」

「そうは言うが、あたしだって思い出作りがしたいんだよ」

「え、師匠が、ですか?」

 

 それはちょっと意外……というか、似合わないような……?

 だって、思い出を振り返るどころか、現在を理不尽を纏って驀進するような人だよ?

 さすがに……。

 

「おい弟子。今、失礼なことを考えなかったか?」

「そ、そんにゃことはにゃいですよ!?」

「……ふむ。まあ、今のお前をどうこうするのは、絵面的にアウトなんで、見逃してやろう」

 

 ……この姿だから助かった、って言うのが何と言うか、複雑なんだけど……。

 もしかして、この姿のほうが利点が多かったり……?

 って、だめだめ! ボクは小学生じゃない! 小学生じゃない!

 

「……ところで、師匠」

「なんだ?」

「あの、なんでそのかっこうなんですか?」

「なんでも何も、動く時はいつもこの格好だろ? 何を今さら」

 

 で、ですよね。

 

 師匠は相変わらず、タンクトップに、ホットパンツ。それから、ニーソックスに、ブーツという姿。

 

 幸い、昨日今日は暖かいからいいけど、冬でもこの姿……なんだろうなぁ。だって、向こうの世界でも、仕事をしたり、運動をしたりするときは、基本この服装だったし……。

 

 師匠に、寒くないんですか、と訊いても、

 

『あたしは別に寒くないぞ。というか、厚着したら動きにくいだろうが。効率が悪くなる』

 

 って言われてしまった。

 

 ……実際、本当に寒くなさそうなんだもん、師匠。

 

 もしかして、神様的存在だから、なのかな?

 神気、とかを纏ってるのかも。

 

「というか、それを言うなら、お前もなんでその格好なんだ?」

「……着替える暇がなくて……」

 

 ボクの服装は、体操着ではなく……例の、チアガール衣装。

 

 ボクだって、事前に出場させられるって言うことを知っていれば、体操着だったんです。

 でも、どういうわけか、この競技は直前になって知らされるから、着替える暇がなく……結局、この服装に。

 

 うぅ、恥ずかしいよぉ……。

 

「可愛いな、お前」

「や、やめてくださいよぉ……ふ、ふつうです」

「……相変わらず、自己評価の低い弟子だ」

 

 いつも思うけど、自己評価は普通だと思うんだけどなぁ。

 ボクって、そんなに自己評価低い?

 

『さて、ルール説明に移ります! まず、このリレーでは、アンカー以外の六人が半周――150メートル走り、最後のアンカーの人が一周し、ゴール、というルールとなっています! 出場している先生方は、大体が体育科の先生なので、ある程度のハンデを設けます! まず、一走目の生徒がスタートしてから、十秒後に先生がスタートします。そして、バトンパスをする際、生徒は±それぞれ10メートルの飛び出しが許されますが、先生方は、その場でしか受け取ることができません! これは、なるべく拮抗するようにする措置ですので、先生方はご了承いただければ幸いです』

 

 意外と、ハンデが大きい。

 普通なら、生徒側が有利なんだけど……。

 

「ふむ。温いな」

 

 ちらりと師匠の方を見ると、わずかに笑みを作りながら、そんなことを呟いていた。

 

 師匠がいる限り、ハンデは全然ハンデにならない。

 

 もし、拮抗した勝負にしたいのであれば、スタートは、一走目の人が二走目の人にパスをして、半分過ぎてからが重要だと思う。

 それくらいじゃないと、勝てないもん、この人に。

 

 ……まあ、それくらいでも師匠に勝つのは難しかったりするんだけど。

 

 だって、ゴールテープから10メートル手前にいたとしても、師匠、一瞬で追い越しちゃうもん。

 

「なあ、イオ。この程度のハンデで勝負するのか?」

「ふ、ふつうなら、これでも十分なハンデなんですけどね……」

 

 師匠、規格外すぎるんだもん。

 

「そうか。こっちの世界の常識は、よくわからんな」

 

 あの、すでにこっちで暮らし始めて、二週間は経ってますよね? もしかして。まだ理解していないのだろうか、師匠。

 

「師匠は、もう少し、こっちのせかいのじょうしきをりかいしてください……」

「善処しよう」

 

 ……そう言う部分ばかり覚えなくても……。

 日本語の綺麗なところは覚えて、なんで常識は覚えてくれないんだろう。

 

『では、そろそろ始めたいと思います! それでは、先生、お願いします』

「それでは、位置について。よーい……」

 

 パァン!

 

 二日間、何度も聞いた音が鳴り響き、一走目――御手洗先輩がスタートダッシュを決めた。

 

『速い! 御手洗(みたらい)君、速いです! さすが、陸上部のエースだった人! インターハイの出場経験もあり、それによって大学の推薦も決まっているという、受験生からしたら、妬ましい人です! 勝ち組です!』

 

 実況がおかしい気がするんだけど!

 なんで、競技のことを実況するんじゃなくて、走ってる人の身の上話をするの!?

 ボクの時もそうだったけど!

 

『さあ、十秒経過し、先生側の一走目の先生も走り出しました! 一走目に走りますは、小和杉(こわすぎ)先生です! 顔がものすごく怖く、街を歩けば警察すら逃げ出すほどの強面先生ですが、実はぬいぐるみなどの可愛いものが好きで、可愛いぬいぐるみを集めたりするだけでなく、自作もしたりしている模様! それだけにとどまらず、可愛らしい動物のキャラ弁を作ったり、家ではウサギを飼っているそうです! そんな小和杉先生、生徒の間では『くまさん先生』という愛称で慕われています! ちなみに、陸上競技の元日本代表選手です!』

 

 こ、濃い! すごく濃い先生なんだけど!

 

 小和杉先生は、ボクたちのクラスの体育を受け持ってなかったから、怖い先生だと思ってたけど、まさかそんな趣味があったなんて!

 

 あと、なんで『くまさん先生』? もしかして、ガタイが良くて、くまみたいだから、とか?

 

 それと、その前の紹介のせいで、インパクトが薄れちゃってるけど、陸上競技の元日本代表って、かなりすごいと思うんだけど。なんで、そんな人が、この学園で先生をやってるんだろう?

 

 あと、警察も逃げ出すって……なんだか、可哀そうに思えてきた。

 自作のぬいぐるみとキャラ弁、ちょっと見てみたいかも。

 

『さあ、生徒側は、もう二走目にバトンが移っております! 二走目は、小林さん! 彼女は、女子ソフトテニス部のエースで、こちらもインターハイに出場したほどの猛者です! 美人でもあり、行内でもファンが多いらしく、週に二度告白され、週に三回は下駄箱にラブレターが入っている人です! ですが、当の本人はまさかの百合らしく、現在は男女依桜さんのファンクラブの幹部をしている模様!』

 

 ええ!?

 

 なんか、今すごくとんでもないことを聞いたんだけど!

 あの先輩、ファンクラブに入ってたの!? あと、幹部って! そもそも、非公式ファンクラブに幹部なんていたの!? 驚きなんだけど!

 

「……お前、ファンクラブなんてあるのな」

 

 やめてください! そんな、『え、お前そんなことになってんの? 引くわー』みたいな目を向けないでくださいぃ!

 

『おっと! 小和杉先生が少しずつ追い上げながら、二走目の先生にパス! 二走目に走るのは、竒外(あやしげ)先生! 速い! さらに生徒側との距離を縮めていきます! 竒外先生は、女性の科学の先生ですが、常日頃から怪しげな実験をするために、体を鍛えているそう! 化学室からは、度々爆発報告を受けますが、大体は竒外先生が原因だと言われています! ちなみに、普段はグルグル眼鏡に、ぼさぼさの髪ですが、眼鏡をはずして、髪を整えると、かなりの美人先生としても有名です! 隠れファンが多いとのこと! なお、本人は腐女子らしく、『謎穴やおい』さんの本を熟読しているようです』

 

 さ、最悪だよ!

 

 まさか、女委の本の愛読している人が、先生のほうにもいたなんてぇ!

 と言うか、度々化学室から爆発音が聞こえてきてたのは、この先生のせいだったの!? 一体何を実験してるの!?

 あと、実験のために体を鍛えてるって、かなりおかしい気がするのは、ボクだけ……?

 

『さあさあ、逃げる生徒側も、三走目に移りました! 三走目は、渡辺君! 渡辺君は、野球部で背番号四番を任されるほどの人ですが、かなりのおっぱい星人としても有名です! 本人曰く『Eカップ未満は胸にあらず』だそうです! 完全に女の敵ですね! 爆ぜればいいと思います! ちなみに、理想は男女依桜さんのおっぱいだそうです』

 

 いらないよ、そんな情報! というか、またボク!? なんで、さっきからボクの名前が出てくるの!?

 

 あと、言ってることが本当に酷い!

 本当に全世界のDカップ以下の女の子を敵に回してるよ!

 

 あと、なんでボクが理想なの!? た、たしかに、Gはあるけど……。

 

 ……そう言えば、最近ちょっときつくなってきてたっけ。

 だ、大丈夫、だよね。うん。大丈夫。

 

『先生側もかなり近くに迫っていましたが、おっぱい星人、渡辺君によって少し距離を話されています! そんな中、竒外先生が三走目の先生にバトンパス! 三走目に走るのは、真植(まうえ)先生です! 真植先生も、体育科の担当ではありませんが、神の啓示を受けたから、と言う理由で日々体を鍛えているそうです! 謎の神『ふにゃ様』という神様を崇めており、授業中も『ふにゃ様のお告げです……ふにゃ様がお創りになられた、高次方程式の問題を解いてください……そして、アセンションするのです……』と言う、常人には理解できないようなことを言うことで有名です! ですが、実際に教え方は上手いので、受け入れられております!』

 

 そんな先生がいたの!?

 

 ボクが知らないだけで、すごくとんでもない先生がいるんだね、この学園って!

 生徒も大概おかしい人が多いけど、先生方にもおかしな人っているんだね!

 『ふにゃ様』って! 一体何を司ってるのか、すごく気になる!

 

『さあ、また追い上げて来ている先生側ですが、生徒側のほうは、四走目に移りました! 四走目に走るのは、藤堂さんです! 藤堂さんは、周囲からは『普通』、『常識人』と言われているような人です!』

 

 あ、よかった。普通の人ってちゃんといたんだ……。

 

『ですが、裏ではかなりのエロゲマニアで、過去から現在に至るまでに存在、もしくは存在していたエロゲ会社の名前、そして、声優全員の名前が言えるほどの筋金入りで、特典がいくつかある場合は、全力でアルバイトをして資金をため、全種類コンプリートをすると言う、かなりの猛者です! ちなみに、割とその事実は知られており、『普通の皮を被ったド変態』と言われています。なお、本人は、『エロシーンは見てないから! 見てるのは、ストーリーと導入部分だけだから!』だそうです。ちなみに、バレーボール部のキャプテンをしておりました』

 

 ……全然、普通じゃなかったよっ……。

 おかしい、やっぱりおかしいよこの学園!

 あと、実況がすでに実況じゃなくて、その人の紹介になっちゃってるんだけど!

 大丈夫? ねえ、割と恥ずかしいような話を赤裸々にしちゃってるけど、大丈夫なの!?

 

『真植先生がかなりの追い上げを見せ、また距離を縮めたところで、先生側も四走目の人に移りました! 四走目に走るのは、獅子野先生です! 獅子野先生は、体育科の先生で、かなりの実力を持った先生です! 獅子野先生は、たまにサバンナに行き、野生の猛獣と戦い、ガチのサバイバル生活を送ることができる人で、生徒間では、『無人島にもっていくなら、獅子野先生がいい』と言うほどです! ちなみに、ライオン十匹に、一斉に襲われたことがあり、それを死闘の末撃退したこともあるようです』

 

 ……それは、おかしくない?

 

 あの、なんでサバンナでサバイバルなんてしちゃってるんですか? なんで、ライオン十匹に勝っちゃってるんですか……? そしてなんで……この学園で、体育科の先生なんてやってるんですか……?

 

 この学園に、化け物みたいな先生がいたなんて……。

 怖いんだけど、本当に。

 

『かなりの追い上げを見せる中、生徒側は五走目に移りました! 五走目に走るのは、深山君です! 深山君は、重度の中二病で自分のことを『赫キ血風ヲ纏イシ魔王(ブラッドフェスティバル)』と名乗っております! 痛い! 痛すぎる! しかも、本人はまったく痛いと思っておらず、周囲の人もいい人ばかりなのか、誰一人として笑わず、受け入れております! 素晴らしい! 素晴らしい友情です! ちなみに、深山君は、バスケ部所属です』

 

 な、なんで当て字が、ボクが倒した魔王と同じ名前なのっ……?

 わ、笑っちゃだめっ……。で、でも、丸被りしてるせいで、わ、笑いがっ……。

 

『距離十メートルほどにまで縮めた獅子野先生からバトンを受け取ったのは、国語科の付帯(つけたい)先生です! 付帯先生は、どういうわけか、登場人物を必ず昼ドラ的泥沼関係にするとして有名な先生で、男同士であるにもかかわらず『この時、A君はね、C君にジェラシーを感じたのぉ! でも、B君もA君が好きで、A君は優柔不断だから、いっつも修羅場になってね、それから――』と言う風に、BLネタにしたり、場合によってはGLにするなど、なかなかにおかしな恋愛観を持ってる先生として有名です! ちなみに、男女依桜さんのファンクラブに入っており、陰から見守っているそうです。そのため、かなりの俊敏性が付いたとか』

 

 たまに、誰かに見られたような視線が来てたけど……犯人、この先生だったの!?

 

 傍から見たら、完全にストーカーなんだけど! 先生が、生徒をストーキングするって、相当まずいよね! 教育委員会に訴えられてもおかしくないよね!?

 

『なんとか逃げ切ろうと必死になっている生徒側! 五走目も何とか逃げ切り、六走目にバトンパス! 六走目に走るのは、四月一日(わたぬき)さん! 四月一日さんは同人作家をしており、基本的には百合ものを描いております! ですが、中身は普通とは言い難く、『ふ』、で始まって、『り』、で終わるような特殊な設定を持った女の子と、ノーマルな女の子のくんずほぐれつを描いた、とてもエッチな作品を描くことに定評があり、大きく評価されております! ちなみに、R18指定がかかっておりますが、本人は同人誌を描きまくっていたせいで、二度留年しておりますので、全然セーフです! あと、R18指定のものを買ったり読んだり、見たりするのは、ちゃんと18歳になってからにしましょうね! ちなみに、四月一日さんは、全然留年していることを気にも留めていません。漫画研究部所属です』

 

 め、女委の同業者がいたよっ!

 しかも、留年……留年って!

 

 同人誌に熱を入れすぎですよ、四月一日先輩!

 せめて、普通の学業のほうもちゃんとしましょうよ!

 

『ここで、先生側がかなり近づきました! 六走目に走るのは、穂茂崎(ほもざき)先生です! 穂茂崎先生は、かなりの男色家として有名で、この学園にいる男子生徒は、常に背後に気を付けたほうがいい教えられるほど、とんでもない先生です! 常日頃から男子生徒のお尻を狙い、舌なめずりをするほど、やばい人ですが、面倒見がよく、基本的に授業も面白いとあって、かなり質が悪い! ちなみに、穂茂崎先生も『謎穴やおい』さんの本を穴が開くほど見ているらしく、重度の愛読者だそうです。それから、女の子になってしまった男女依桜さんに対し、かなり残念がっていた模様』

 

 ……ひ、酷い。酷すぎる……。

 この学園に、まともな人はいないんですか……?

 ……お、女の子になって、よかったかもしれないよ……。

 そんなこと、初めて思った。

 

「よーしイオ。どうやら、お前の方が有利みたいだが、あたしが勝つ」

「……さいしょから、かてると思ってないんですが」

「ま、目立たない程度の本気で走れ」

「……わかりました」

 

 ……ここで食い下がっても、師匠に理不尽なことをさせられるか、言われるだけなので、了承することにした。

 

 ……酷い話です。

 

「い、依桜ちゃんっ、お願い!」

「は、はいっ!」

 

 四月一日からバトンを受け取り、走り出した。

 出力的には……大体、90くらい。

 大体、世界最速のあの人の最高時速が100くらいなので。

 ボクはできるだけ、こっちの世界でも可能なレベルのスピードで走った。

 

「チッ、その程度しか出さないのか……」

 

 と言う、師匠の不機嫌そうな呟きが聞こえてきたけど、無視です!

 

『さあ、生徒側の七走目! この学園どころか、全国的に有名となった、男女依桜さんです! 九月ごろに、突如として男の娘から超絶美少女になったという、かなり特異な人で、現在は、小学三、四年生ほどのロリっ娘になったり、ケモ耳ケモ尻尾が生えた、小学一年生くらいのケモロリっ娘に姿が変わる体質の持ち主でもあります! 現在は、小学三、四年生ほどの状態、通称『天使モード』と呼ばれる姿で走っております! しかも、露出度が高いチアガール衣装を着ての参加! ロリコン大歓喜の姿です! 可愛い! 可愛すぎます! ですが、できることなら、昨日のようなボンキュッボンの姿でその服を着てほしかったです! あの見事な乳揺れが見たいがためだけに来場した人もいますので! まあ、可愛いからいいんですが』

 

 なんか、すっごく失礼で、恥ずかしいことを言われているような気がするんだけど!

 ボクの胸が揺れるのが見たいがためだけに来た人がいるの? 暇なの!?

 そ、そんなにいいものじゃないと思うのに……。

 

『そして、そんな『天使モード』の男女依桜さん、速い! ……って、本当に速い! ものすごい、スピードで疾走しております! これはもしかすると、このままぶっちぎりでゴールできるか――ッ!?』

 

 ようやく、まともな実況をした気がする。

 ……できれば、終始その実況をしてほしかったです……。

 

 それはそれとして。

 

 師匠がいる以上、ぶっちぎりでゴールするのは難しい……というより、ほぼ不可能だと思うんだけど……。

 

 多分、もうそろそろ。

 

『おー!? ついに、先生側のアンカー、ミオ先生にバトンが移りました! とんでもない速さで走っている男女依桜さんよりも、圧倒的に速く走っております! そんなミオ先生は、つい二週間ほど前に赴任してきた先生で、初日からその美貌とさっぱりした性格によって、生徒だけでなく、先生の間でもかなりの人気を誇っています! そして、現在は知っている男女依桜さんの師匠であるとの情報もあり、さらにはひとつ屋根の下で暮らしているとのこと! これには、おねショタ、ならぬ、おねロリ的なシチュエーションに、大興奮する人が多く存在しています! 正直、私も好物です!』

 

 待って! なんで、ボクと師匠の関係性が露見しちゃってるの!?

 ……あ、でも、普段から師匠って呼んでるし、バレないほうがおかしい、のかな?

 って、そうじゃなくて、おねロリってなに!?

 どういう物なの!?

 

「追いついたぞ、イオ」

「し、師匠!」

『おーっと! ここでついに、ミオ先生が男女依桜さんに追いつきましたーッ! 師弟対決です! グラウンドでは、師弟対決が行われております!』

「あ、わ、わわわわ!」

 

 突然師匠が話しかけてきたことにより、びっくりして転んでしまった。

 

「うぅ、いたいぃ……」

『これはどうしたことでしょう! 男女依桜さん、転んでしまいました! これには、会場にいるロリコンたちも、かなり心配――! と、おや?』

「まったく。ほんと、抜けてるな、イオ。しょうがない。よっ、と」

「ふ、ふぇ?」

 

 起き上がろうとしている最中に、師匠が近寄ってきて、気が付いたら体がふわり浮き上がっていた。

 そして、近くには師匠の顔が……って!

 

「し、ししししし師匠!?」

『おーーー! お姫様抱っこ! お姫様抱っこです! なんと、転んでしまった男女依桜さんを、ミオ先生が優しく抱き上げました――ッ! これには、会場も大盛り上がり!』

「お、おろしてくださいぃ!」

「嫌だ」

「な、なんでですか!?」

「だって、お前をこうして抱っこできる機会とかなかなかないしな。まあ、あれだ。昨日のキスの礼だ」

「そ、そんな、あれはおだいだからやっただけでっ。そ、それに、師匠がなんでおれいを言うんですかっ?」

「そりゃまあ……あれだ。役得、ってやつだ」

「や、やくとく?」

「ああ。まあ、んなことはどうでもいい。さて、このまま行くぞ! しっかり捕まってろ!」

「え? きゃっ!」

 

 突然かなりのスピードで走りだし、慌てて師匠の首に手を回してしがみつく。

 うぅ、お姫様抱っこは向こうでも一回されたけど、まさかこっちで……しかも、この姿でやられるとは思わなかったよぉ……。

 ボク的に、すごく恥ずかしい状態のまま、師匠は走り、

 

『ゴール! まさかの、同時ゴールです! しかも、ミオ先生が男女依桜さんをお姫様抱っこしてゴールするという、ごちそうさま案件でのゴールです! この場にいる人たちを代表して言います! ありがとう! 素晴らしい画をありがとう! そして、思い出に残る物をありがとうございましたーッ!』

 

 実況の人がそう言うと、周囲からは歓声が上がった。

 そんな中、ボクは顔を真っ赤にしながら、終始恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。

 

 ……うぅ、師匠の馬鹿ぁ……。

 

 心の中でそう思った相手である師匠は、すごくいい笑顔でした。

 

 ……ぐすん。




 どうも、九十九一です。
 ……なんか、かなりふざけた内容になってしまった上に、馬鹿みたいに長くなってしまった。久しぶりに、一万字近くも書きました。実況の人のセリフが長すぎて、見にくくなってそう……大丈夫かな、これ。
 えー、この回、割と書くのは疲れましたが、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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129件目 アクシデント

「……ただいま」

「おかえり、依桜。その……災難だったわね」

「あ、あははは……」

 

 未果の気まずげな言葉には、乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「なかなかにいい光景だったよ、依桜君!」

「ボクはすっごくはずかしかったよぉ! うぅ……」

 

 まさか、公衆の面前で師匠にお姫様抱っこされるとは思わなかった……。

 以前も向こうの世界でお姫様抱っこされたけど、あっちは一週間ほどしかいなかったから、そこまで恥ずかしがることもなかったけど、こっちは違う。

 

 だって、一週間だけ、って言うわけじゃなくて、あと二年半はこの学園に通うんだもん。一生残るよ、こっちだと。

 

 ……思い出すだけで、顔が熱くなるよぉ。

 

「依桜的には、やっぱり嫌なのか?」

「……いや、って言うわけじゃないよ。でも、その……や、やられるのなら、あまり人がいないところがいい、かなぁ……なんて」

 

 師匠が嫌いなわけがない。

 どちらかと言えば、好きなほうだし……。

 そ、それに、お姫様抱っこされるのは、嬉しいと言うか何と言うか……。

 

「「「「……」」」」

 

 あ、あれ? なんか、四人の顔が赤い……?

 どうしたのかなぁ。

 

(やばいな、あれ。ますます精神が女子化してきてるぞ)

(ああ。まさか、お姫様抱っこを嫌がるどころか、若干嬉しそうなそぶりを見せるなんてな……)

(本人はまだ、男だと思っているんでしょうけど……仕草、言動、感情の起伏やらなんやらが、完全に女の子よりよね、あれ)

(喜んでいいのか、悪いのか……よくわからないなぁ)

 

 また、何か話してる?

 ……う~ん、ボクなにか変なこと言った、かな?

 

「まあ、なんだ。気にするな。人の噂も七十五日って言うしな」

「……裏を返せば、二ヶ月半くらい続くってことだけどね」

 

 地味に長いよ。

 

「まあ、三年生はいい思い出になったんじゃないかしら?」

「ボク、三年生とかかわりはあまりないけどね」

 

 あるとすれば、獅子野先輩と江崎先輩くらいかな。

 ……そう言えば、獅子野先輩って、獅子野先生と同じ苗字だけど、何か関係があったりするのかな? 親子とか。

 

「依桜自身に関わりがなくても、向こうからしたら有名人だからな。それに、昨日今日で依桜のすんばらしい姿も見れたし! ってことなんじゃね?」

「……ボクからしたら、びみょうな気分だよ。すごく」

「それもそうね。依桜自身は知らないのに、向こうは一方的に知ってる。で、昨日の障害物競走とか、二人三脚を見て、会場は大惨事。それも、かなりの人数に恥ずかしい姿を見られているわけだから、依桜的にも微妙な気持ちになるわよね」

「……うん」

 

 この学園の体育祭は、入学前から、かなり派手だということを知っていたし、一風変わった競技もある、って言っていたからちょっと楽しみにしていたんだけどね……。

 

 男の状態だったら、それなりに楽しむことができたのかもしれないけど、女の子になっちゃってるからね……楽しむどころか、精神的に疲れるようなことばかりで、ちょっと、ね。正直、素直に楽しめている人とかがすごく羨ましい。

 

 ボクなんて、恥ずかしい目に遭ってばかりだもん……。

 スライムまみれになって、体操着が透けたり、二人三脚では、なんか変なことをさせられてたし……それに、さっきの生徒・教師対抗リレーでは、師匠にお姫様抱っこでゴールまで連れていかれるしで、かなり恥ずかしい思いをしたよ……。

 

 これ、もしかすると、アスレチック鬼ごっことかも、割と酷いことになりそうな気がするのは気のせい……?

 

「ま、何はともあれ、次はオレと晶の出番だからな! 依桜はゆっくり休んでくれよ」

「うん。二人とも、ぼうたおし、がんばってね」

「おうよ!」

「俺は、あんまり対人戦とかは得意じゃないんだが……まあ、俺は防御メインで行くかな」

 

 態徒は自信満々に。晶は、少し自信なさげにしてるけど、この二人なら大丈夫だと思う。

 下手な人より強いっているのは知ってるし。

 ……と言っても、晶は本当に平均よりもちょっと高いかな、くらいなので、晶自身が言ったように、防御メインになりそうだけどね。

 

 まあ、ボクが出ることはないし、二人を応援しないと!

 

 と、ボクが内心意気込んでいる時だった。

 

『た、大変だ! 宮田が怪我した!』

 

 クラスメートの一人――伊藤君が、慌ててボクたちのところに駆け寄ってきて、そう言ってきた。

 

 ……え?

 

『宮田の奴、他校の女子生徒に絡んでるうちの生徒を注意していたら、どうも相手が逆上しちまってよ……それで、突き飛ばされて、運悪く塀の角に腕をぶつけて、骨折しちまったらしくてな……』

「そんな……」

 

 逆上して、手を上げるなんて……。

 向こうの世界では、よく見かける様な人だけど、まさかこっちの世界の……それも、この学園にいたなんて……。

 ……まあ、それを言ったら、佐々木君もそうなんだけど。

 

「それで、人員が一人いなくなったってことなのか?」

『ああ……』

「困ったな……。宮田は、指揮官的役割を持っていたんだが、よりにもよって宮田が欠場になるとは……。それで、先生のほうはなんて?」

『それなんだが、どうやら代わりの人を出してもいいらしい』

「お、そうなのか。なら、誰を出すんだ?」

『……実は、ちょっと相談があってな』

「相談?」

 

 どうしたんだろう。

 そう思っていたら、なぜかボクの方を見てきた。

 え、なに?

 

『頼む、男女! 棒倒しに出てくれないか!』

「ええ!? む、むりだよぉ! だってボク、四しゅもくしか出れないし……それに、もうそのわく、全部うまっちゃってるよ?」

『その点に関しては心配ない。さっき、学園長に相談しに行ったら、条件付きでOKをもらった』

「じょ、じょうけん?」

『条件は一つ。直接的な参加はダメ、だそうだ』

「え、えーっと、それだとさんかしちゃダメ、みたいなかんじになってる気がするんだけど」

 

 直接的な参加を禁止されたら、そもそも競技自体に参加できないよね? どういう意味?

 

『より正確に言えば、闘うのがダメってことで、いわゆる、指揮官の役割だったらいいらしい』

「つまり、しじだし、ってこと?」

『その通りだ。それで、どうだ? お願いできないか?』

「うーん……」

 

 正直なことを言うと、ボクは指揮をしたことがない。

 だって、向こうの世界での職業は暗殺者で、『指揮官』の職業を取っていたわけじゃない。

 だから、戦術だって、最初の一年でちょっと勉強した程度だし……しかも、その内容に関しては、ほとんど忘れちゃったし……。

 

『応援するだけでもいいんだ。特に指示出しもしなくていい』

「そ、そんなことでいいの? しきかん、なんでしょ?」

『名目上はそうだが、男女の応援があれば、ゴリ押しで勝てるんだよ。だから、頼む!』

 

 そう言って、伊藤君が腰を曲げて、頭を下げた。

 

「あ、頭を上げて! ひ、ひきうけるよ」

 

 まさか、ここまで頼まれるとは思ってなくて、慌てて了承してしまった。

 

『本当か!? ありがとう! あと、できればその格好で出てもらえるとありがたいんだが……』

「な、なんで?」

『そりゃあ……勝つためだよ』

「……………………はぁ。わかったよ。この服で出るね」

『ありがとう! これで勝てる! じゃあ、もうそろ招集がかかるらしいから、頼むな!』

「う、うん……」

 

 すごい勢いで、伊藤君は離れて行った。

 

「はぁ……」

 

 伊藤君の背中を見送って、見えなくなった後、ボクはため息を吐いていた。

 

「まあ、何と言うか……頑張ってね、依桜」

「……ボク、出場制限があるんだけどね……」

 

 学園長先生の一存でどうにかなるのなら、出場制限って簡単に覆せちゃうよね。

 あの人、多分だけど……そのほうが面白いから、なんて理由で許可を出していそうな気がするんだけど。

 

「まあ、実際にはほとんど動かなくていいみたいだし、いいんじゃないかしら?」

「……そうは言うけど」

「まあまあ、依桜君の応援って、実際力が沸くからね! 美少女応援補正がかかるんだよ! だから、何もしなくても、みんな何とかしてくれるよ!」

「そうだぜ、依桜。美少女からの声援ってのはマジで嬉しいし、テンション上がるんだよ。だから、依桜はそこにいて、応援するだけでいいんだぞ」

「……そうかなぁ」

 

 ボクもちょっと、応援すると、応援した相手の身体能力が少し向上している気がするんだよね……。

 多分、気のせいだとは思うけど……。

 ……まあでも、応援するだけでいいのなら、問題ない、かな。

 

「それで、俺たちのクラスは、どことやるんだ? たしか、もう組み合わせが張り出されてると思うんだが」

「あ、わたしさっき見てきたよー」

「お、さっすが女委だぜ。で、どこだった?」

「んーっとね、五組だったよ」

「……よりにもよって、体育会系クラスか」

 

 女委が告げたクラスに、晶の顔が険しくなった。

 うん。ボクもわかるよ、その気持ち。

 

 だって、綱引きの時にいた、佐々木君二号~五号の人たちがいるよね?

 たしか、あの人たちは、棒倒しに力を入れてるって話だったけど。

 しかも、制限が四人までだから、ちょうどぴったりで出れるし……。

 

「まあ、少なくとも、依桜も出るし、大丈夫じゃないかしら?」

「だいじょうぶ、なのかなぁ……」

 

 あまり大丈夫じゃない気がするんだけど……。

 

「でも、さっき伊藤君が言っていた条件って、『闘っちゃいけない』だったよね?」

「ああ。そう言っていたな」

「それって、あくまでも『人と闘っちゃいけない』ってだけであって、『棒を倒してはいけない』ってわけじゃない気がするんだけど」

「あ、たしかに」

「でもそれは、屁理屈じゃないか?」

「いやいや。抜け穴だよ、抜け穴。だって、『闘っちゃいけない』とは言われたけど、『棒を倒しちゃいけない』なんて、さっき言われてないからね。と言うことは、依桜君が棒を倒しちゃっても問題ないんじゃないかな?」

「……うーん。でもさっき、ちょくせつてきなさんかはダメ、って言われたけど。それに、しきかんてきなやくわり、って言ってたよ?」

 

 さすがに、そう言われると、ボクが棒を倒すのはダメな気がしてならないんだけど……。

 

「学園長に訊いたほうが早いんじゃないか?」

「……そうだね。ちょっと訊いてくるよ」

「いってらっしゃい」

 

 

 ボクは細かい制限を訊きに、学園長先生の所に向かった。

 ……さすがに、無理だと思うんだけなぁ。




 どうも、九十九一です。
 前回がちょっと長かったので、かえってこっちが短く感じる……いや、広い目で見たら、短めなんでしょうけど。
 とりあえず、あと二種目なわけですが……まあ、棒倒しは二話で終わらせるとして……問題は、鬼ごっこなんですよね……。実は、イメージ的なものはあるんですが、トラップを設置するかどうかで迷ってます。あったほうが面白いかなぁと。
 ……うん。頑張って考えよう。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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130件目 棒倒し(雑)

「――と言うわけなんですけど、じっさいの細かいルールってどうなんですか?」

「たしかに、私は『闘うのはダメ』って言ったわ。まあ、その前に大雑把に、『直接の参加はダメ』って言ったけど……。実質的には、『闘うのはダメ』の方ね」

「あ、そうなんですね。……そうなると、闘わなければ動き回ってもいい、ってことですか?」

「んー、ま、そうね」

 

 なるほど。

 なら、その場でとどまらなくてもいい、ってことなのかな?

 あ、もう一つ訊いておこう。

 

「それから、たたかう、って言うのは、どこからどこまでがふくまれてますか?」

「そうねぇ……ま、対人戦ね。それ以外は基本的に他の人と同じことをしても大丈夫よ」

「そうなんですね。ありがとうございました。それじゃあ、しつれいしますね」

「ええ。何か困ったことがあったら、いつでも来てね~」

 

 最後に軽く会釈をしてから、ボクは学園長先生のところを去った。

 

 

「――って言うことみたい」

「なるほど。なら、依桜が棒を倒しに行ってもいい、ってことか?」

「たぶん」

 

 人と闘わないこと以外のことをしてもいい、って言われたから、おそらく棒を倒しに行っても問題はないんじゃないじゃないかな。

 明言はされてないけど、棒を倒しに行っちゃダメ、とは言われてないもん。

 

 ……暗殺者時代は、こういう悪知恵が必要だったからね。

 

 例えば、誓約書の穴を突くとか。

 そうやって悪徳商会の親玉を懲らしめたり、領民からお金を回収し、公共事業に充てるんじゃなくて、そのまま自分の懐に入れていた悪い領主とか。

 そう言う人相手には、正攻法で行ってもダメな場合が多くて、今回のような悪知恵を働かせないといけなかったからね……。

 

 だから、穴を突くのがそれなりに得意と言うか……。

 

「ということは、開始早々に依桜が棒に突っ込んでも問題ない、ってことよね」

「だろうな。そうなると、それで勝負を決めてもいいような気がするが……」

「さ、さすがにそれはちょっと……」

「まあ、依桜は目立ちたくないもんなぁ。つっても、その外見で目立ちまくってるから、今さらな気がするし、ドラマのエキストラにファッション誌の読モをやってたから、今さらだけどな」

「むぅ、態徒のくせに、せいろんを……」

「オレが正論を言ったらだめなのか!?」

 

 ダメと言うか、なんかちょっとイラっと来ると言うか……。

 ……うん。我ながら理不尽なことを言ってるね、これ。

 ……弟子は師匠に似るのかな?

 

「まあまあ、態徒君に正論は似合わないのはいつものことじゃん」

「酷くね!?」

「依桜君が指揮官ってなると、作戦を考えるのって依桜君になるのかな?」

「そうなんじゃないか? 依桜、何かあるか?」

「ボク、きほんたんどくこうどうだったから、せんじゅつを立てるのとか苦手で……」

 

 できても、本当に初歩中の初歩。

 

「そっかぁ。まあ、暗殺者だったんだもんね。難しっか。……あ、じゃあこう言うのはどうかな」

「お、女委、なんかいい案があるのか?」

「うん! 今の依桜君の姿を活かした、ナイスなアイディアだよ!」

「へぇ。どんなのかしら?」

「えっとね――」

 

 と、ボクたちに耳打ちをする女委。

 その内容を聞いて、ボクは……顔が熱くなるのを感じた。

 

 

「作戦の中身は覚えたか?」

『『『おう!』』』

「オレたちには、天使が付いてる! 絶対勝てるぞ!」

『『『おおおおおおおおおおおおっっ!』』』

 

 招集がかかり、ボクたちはグラウンドに来ていた。

 さっき、試合の順番が決まって、ボクたちのクラスは十二試合目。つまり、最終試合になった。

 

 ……本当は、出る予定はなかったんだけどね、ボク。

 単なる不注意の怪我だったら、ボクが出ることはなかったらしいんだけど、理由が理由だったため、出場許可が出てしまったわけで……はぁ。

 

 まあ、宮田君はいいことをしたわけだから、怒る気も、責める気もないけど……四種目しか出れないはずなのに、まさか五種目も出ることになるとは思わなかったよ……。

 

『さてさて、選手の皆さんが集まったようですので、ルール説明に参ります! この棒倒しも、ほかの団体競技同様、同学年同士の試合になります! この競技は、それなりの危険を伴うため、順位付けなどは存在しません。それぞれ、東軍・西軍に所属しているクラス同士が試合を行い、勝った方に得点が加算されます! そして、試合におけるルールですが、基本的には何でもありです。棒を倒したら勝ちで、倒されたら負け。それぞれ十六人で行うので、戦術がものを言う競技でもあります! ですので、力が強い人が多いからと言って、必ずしも勝てる、と言うわけではありませんので、頑張ってください! そして、この競技では殴り合いが許可されております。武器の使用は原則禁止ですが、それ以外であれば攻撃しても構いません。もし、気に入らない人がいたのなら、ここで鬱憤を晴らしてしまいましょう!』

 

 実況の人、思いっきり煽りに行ってるんだけど!?

 いいの!? 殴り合いを推奨するようなこと言っちゃってるけど、大丈夫なの!?

 

『それから、万が一骨折などの重傷を負わせた場合は、即時失格となりますので、ほどほどにお願いしますね。あと、万が一気絶した場合、その人はリタイアとなりますので、気絶させた人が責任をもって、テントに連れてきてくださいね』

 

 う、うーん、大丈夫なのかな、この競技。

 

『では、さっそく始めていきたいと思います! 一試合目に出るクラスは、準備をお願いします!』

 

 本来出ることのなかった棒倒しが始まった。

 

 

 色々と、不穏な説明の後に始まった棒倒しは……ちょっと……かなり酷かった。

 

『てめぇ、俺が理香子ちゃん好きなの知ってて、付き合いやがって! マジ許せんッ! 貴様はここで殺す!』

『へっ、いつまでもうじうじしてんのが悪ぃんだよ! 男なら、全力でアプローチしねえとな!』

『あの日、更衣室を覗きに行って、一人だけ逃げたこと、俺はぜってぇ許さねえからな!』

『ありゃ、お前が逃げるのが遅いだけだ! 使えるものは使う! それだけだ!』

『んだと、この野郎!』

『あんたのこと、前々から気に食わなかったのよ! いっつもいっつもいい子ちゃんぶって! ほんっと、あんたのその猫被りには反吐が出るわ!』

『なぁにぃ? わたしが真司君と付き合ったのがそんなに許せないのぉ? あー、やだやだ。心の狭い女ってモテないのよぉ?』

『ぶちコロスっ……!』

 

 こうなってしまった。

 

 棒倒しもしてるにはしてるけど、ほとんど棒倒しそっちのけで喧嘩が勃発。

 どちらかと言えば、喧嘩祭りだよね、これ。

 

 あと、たまに聞こえる言い争いの中身のほとんどが、恋愛事なのがちょっと……。

 しかも、昼ドラのような展開になってるところもあるし……

 

『聡君は私のことが好きなのっ!』

『いいえ、わたしよ!』

『私!』

『わたし!』

『あ、あの、二人とも落ち着い――』

『『じゃあ、聡君はどっちが好きなの!?』』

 

 みたいな感じに、三角関係になっていたり、ね。

 

 これ、本当に、普段の生活でため込んでいたストレスとか、不平不満を吐き出す場になってるよね。

 競技どころじゃないような気がするんだけど……。

 こんな感じに酷い有様な棒倒しだけど、酷いのは三年生と二年生で、一年生は比較的まともだった。

 

 まあ、そこまで酷いことが起こるような時期でもないしね……。

 そんなこんなで試合は順調(とは言い難いけど)に進み、ボクたちの番となった。

 

『棒倒し、十二試合目、最後を飾るのは……一年五組対一年六組です! えー、一年六組は、本来宮田君が出場する予定だったのですが、不慮の事故で大怪我を負ってしまい、急遽、男女依桜さんが出場することになりました! なお、男女依桜さんは、本来の出場制限のため、指揮官ポジションとのことなので、人と闘う、と言うことはないようです。ではでは、試合に行きましょう! 先生、お願いします!』

「両クラス、準備はいいですね? では……開始です!」

 

 その言葉と共に、スターターピストルが鳴り響き、試合が始まった。

 

「それじゃ、作戦通りに行くぞ」

「おうよ! 任せとけ!」

「この作戦は、依桜が要だからな。頼むぞ」

「う、うん。えっと、まずは……お、お兄ちゃんたち、が、がんばってっ!」

 

 かなり恥ずかしいけど、これも作戦……これも作戦っ……!

 

『『『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh』』』

 

 ボクが声援を送った瞬間、クラスのみんなのプレッシャーが増大した気がした。

 ……応援一つでここまでできるの?

 

「よし、これでやる気十分だな! 依桜、それじゃあ後は頼むぜ!」

「う、うん」

 

 本当はすごく嫌なんだけど……。

 あまり気乗りしないものの、ボクは『気配遮断』と『消音』を最低レベルで発動させた。

 

 

「おーし、依桜の応援でやる気は十分! 行くぞー!」

『『『おー!』』』

 

 オレの号令で、メンバーの半分が突撃した。

 

 今回、特攻するのはメンバーの半分。つまり、八人だ!

 依桜はこの競技では、敵のチームの奴と闘うことができないからな! 実際人数的には向こうが多い。

 

 だからと言って、オレたちが不利と言うわけじゃないがな!

 オレたちには、依桜の応援で力が漲ってるんだぜ!

 ……なんでかは知らんがな!

 

「よっしゃあ! 伊藤んとこは、右の方を攪乱! 金井んとこは、左側! オレんとこは、このまま真っ直ぐ行くぞ!」

『『『おう!』』』

 

 フィールドの中心より手前の辺りで、オレたちは三つに分散した。

 向こうは、見たところ防御をして、こちらが疲弊したところを狙う! って感じだな! 言ったの晶だけど!

 

 こっちが向かってくるのを見た瞬間、向こうも半分くらいの人数がそれぞれの班のところへ、迎え撃ちに出た。

 

 しかも、こっちは三つに分散しているから、向こうも同じくらいの人数で向かってくる。

 さすがに、オレでも読めていたことだが、それぞれのところに、佐々木二号、三号、四号がいやがるな。

 ドラ〇ンボールの世界だと、無駄に発達した筋肉を持った奴は、動きが遅い、と相場が決まってるんだが……現実はちがうよなぁ。

 

 あいつら、なかなかの速さで動くな。そこは、ちゃんとそう言うジンクスを守ってくれよ。

 

『綱引きでは勝てなかったが、綱引きでの屈辱、ここで返させてもらうぞ!』

「あー、はいはい。わかったから、さっさとかかってきな」

『減らず口をッ! 目にもの見せてやる!』

 

 こいつ、沸点低いのか?

 すぐに突っ込んできたよ。

 

「よっと」

『貴様! 避けんじゃねえ!』

「いや、痛いのは嫌だから、そりゃ避けるだろ。馬鹿なのか?」

『貴様に馬鹿とは言われたくないわ!』

「そりゃごもっとも」

 

 その言葉で、さらに怒ったのか、かなり速いパンチを繰り出してきた。

 ……正直、依桜とかミオ先生の攻撃に比べると、マジで止まって見えるな。

 あの二人、めっちゃ速いんだもん、動き。

 

『このっ! 避けるんじゃっ、ねぇ!』

「おいおい、攻撃が単調になってきてるぜ? こう言うのはもっと、頭を使ってやらんと」

『うるせえ! 貴様に言われずともわかってるんだよ!』

「お、隙ありだぜ!」

 

 さらに速くなったパンチを連続で繰り出してくるが、力任せの攻撃なんて、避けられないわけがない。

 しかも、一瞬疲れたのか、動きが鈍った。

 その隙を見逃すオレじゃないぜ!

 

『な、しまっ――ぐはっ!?』

 

 隙をついて、右フックを佐々木二号の脇腹に入れた。

 

『な、なんだっ、この力はッ! き、貴様、なにかドーピングをしているのではあるまいな!?』

「いや、言いがかりだぞ? ただ単に、依桜の声援で頑張っただけだぜ?」

 

 実際、マジでそうだし。

 まあ、依桜の応援自体が、ドーピングみたいなもんだけどな!

 

『ぐぅ、だが、まだまだこれからよッ!』

 

 うーむ。やっぱ、見せ筋じゃないか。

 しかたない。なるべく、悟られないよう、時間を稼ぎますかね。

 

 

「……しっかし、あれはなかなか卑怯だな。女委も、悪知恵が働くものだ」

 

 防衛側として残った俺は、一人呟いていた。

 現在進行形で、態徒は佐々木二号と闘っている。

 

 態徒は、結構強いので、一人で圧倒しているが、他の奴は正直言って微妙なところだ。

 だが、依桜の応援補正によって、ある程度闘えているらしい。

 

 それに、見た通り、防衛して、こちらが疲弊したところを攻める、ってところなんだろうが、まあ、その攻めるタイミングが来る前に、こちらの勝ちで終わるだろうな。

 

 今回の作戦の要は、俺が言った通り、依桜だ。

 ……正直、卑怯な気がしてならいなんだがな、この作戦は。

 何せ、今の依桜の姿を利用したものだからな。

 

『おおおおおお!?』

 

 と、向こうの棒周辺が騒がしくなってきた。

 速かったな。これなら多分、あと数分もたずして終わるだろうな。

 

『お、男女!? ど、どこから現れた!?』

 

 棒のすぐそばまでくると、ボクは発動させていた『気配遮断』と『消音』を解除した。

 最低レベルで使っていたんだけど、誰一人としてボクに気づかず、こうして近くまでくるのを許してしまっていた。

 

「ど、どうも」

 

 苦笑いを浮かべながら、そんな挨拶をしていた。

 

『くっ、可愛いッ……!』

『や、やべえ、攻撃とかできねぇ』

『つか、攻撃しようものなら、ファンクラブの奴らに粛清されちまうよ』

『だが落ち着け! 男女は攻撃することができないはずだ! ただの陽動に決まっている!』

 

 うん。予想通りと言えば予想通り。

 ……はぁ。ここまで近づいたし、あれを言わないとダメ、だよね……。

 

「あ、あの……」

『な、なんですか?』

「え、えっと、その……い、依桜のために、じじんのぼうをたおしてくれるとうれしいな、にぃに❤」

『『『了解しましたぁああああああああ!』』』

 

 ボクがすっごく恥ずかしいセリフを言った瞬間、五組の人たちがすごい勢いで動き、自分たちの棒を倒しにかかった。

 そして、その棒は倒れ……。

 

『終了です! なんと、一年五組、一年六組の棒を倒しに行くのではなく、自分たちで棒を倒しましたー! さすがに、天使スマイルと『にぃに』の強烈コンボは防ぎきれなかったようです! くっ、可愛い! 可愛すぎます! 誰でもいいので、さっきの映像を録画していた人たちは、是非提供をお願いします! そして、これにて棒を倒しは終了です! 皆様お疲れ様でした! 怪我をした人は、救護テントに行ってくださいね!』

 

 棒を倒しは終了となった。

 

 ……ボクたちのクラスのほうは、すっごく喜んでいるけど、ボクの心の中は……死にたい、という言葉でいっぱいだった。

 

 女委、許すまじ……。




 どうも、九十九一です。
 ……ものすごく雑になった棒倒しです。いや、こちらとしても、二ヶ月近くやってる体育祭に対して、かなり疲れたと言いますか……モチベーションが、ね。下がってまして……。そのせいで、かなり雑になってしまいました。……多分、加筆をいつか加えると思いますが、今は許してください。
 ……これで、残るは一種目。長かった体育祭も終わりが間近です。
 ……やっと、別の話が書ける。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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131件目 とんでも発明

「……ただいま」

「戻ったぞ」

「いやー、勝った勝った! 速く終わって、オレ的には楽ができてよかったぜ。まあ、佐々木二号は面倒だったけどな」

 

 戻ってきた際のテンションは、三者三葉。

 晶は淡々と。

 態徒はちょっとテンション高めに。

 そして、ボクは……沈んでいた。

 

 ただでさえ、色々と目立って、恥ずかしい姿や、恥ずかしい言動をさせられているにもかかわらず、さらにやらされたボクは、心的ストレスがマッハです。

 誰が好き好んで、『にぃに』なんて言うんだろう。

 

 元々が女の子で、さらに小さい子だったらわかるよ。でもね……ボクは元々男だし、年齢も十九。見た目はいくら小学生でも、実年齢と元の性別を考えると……本当に辛いものがある。

 『お兄ちゃん』とか『にぃに』とか。

 

 できればもう言いたくはないんだけどね……なんか、今後もこう言うことを言わされそうで、かなり憂鬱です。

 

「まあ、その……依桜は、お疲れ、としか言えないわ」

「うんうん。依桜君、すっごく可愛かったよ! もうね、抱きしめてお持ち帰りしたいくらいに!」

「……それはどうも」

 

 さっきまで、女委に何らかの仕返しをしようとは思ったけど、なんだか疲れてしまった。

 気力も起きない……。

 

 それに、次はアスレチック鬼ごっこだから、下手に関わっていると、余計疲れちゃうもんね……。

 ここは、体力を温存したい。

 ……体力と言うより、心力だとは思うけど。

 

「それにしたって、あれは反則よね」

「……問答無用で言うことを聞かせられると考えたら、依桜は敵に回したくないな」

「断れるとしたら、オレたちくらいじゃね? 付き合いが長いし」

「だね。わたしたちはよく一緒にいるからある程度の耐性はあるけど、他の人たちはあんまり依桜君と関りがないからね。耐性も紙きれ同然だよ」

「……あはは」

 

 もう、何も言う気が起きない。

 

 この二日間で、まさかここまで精神力を削られるとは思わなかった。

 未だかつて、高校の体育祭でここまで精神的に疲れた人がいただろうか。もしも、そう言う人がいたら、是非友達になりたいです。

 

「でもでも、あそこまで上手くいくとは思わなかったなぁ。依桜君はとびっきり可愛いから可能性はあると思ったけど……まさか、本当に自滅してくれるなんてねぇ」

「それほど、向こうには刺激が強かったんでしょ。それに……」

 

 少し困った顔をしながら、未果が会場中に目を向ける。

 

『えー、先ほどの男女依桜さんの『にぃに』インパクトが強すぎて、観客、それから選手の皆さんに甚大な被害が出たようなので、今しばらくお待ちください』

 

 その先には、担架で運ばれる大勢の人たちが。

 ……この光景、昨日も見たなぁ。二人三脚の時ほどじゃないけど。

 

「この有様よ」

「まあ……あれは仕方ない。防衛側の方も、かなり被害が出てたからな……」

「オレんとこもだ。……正直、オレも依桜が言うセリフを事前に聞かされてなかったらやばかったぜ」

「わたしはアウトだったよ。……主に、下が」

「……女委って、下ネタを挟まないと死ぬ体質なの?」

「にゃははー。細かいことは気にしないの! いやぁ、こんな状態で鬼ごっこをすると考えたら、かなりしんどそうだよねぇ。貧血になってそうだよ」

 

 ……せっかく綺麗になったのに、敷地内が血で汚れてる場所が多いからね。

 しかも、ボクが見えていた範囲では、かなりの鮮血が噴き出してたもん。

 あれ、貧血どころか、下手をしたら失血死するんじゃないかってレベルだったんだけど。

 ……言葉と表情だけでここまでなるって考えると、ボクってあまり演技をしない方がいい、のかな。

 

「……ああ、だからか」

「どしたの、晶君」

「ここに戻ってくる前に、校舎内のトイレに行ったら、妙にいい匂いがしててな。多分あれ……レバニラ炒めだな。なるほど。鉄分補給か」

「昨日ので学んだのね。二人三脚は大惨事だったもの。おそらくだけど、あらかじめ用意していたんじゃないかしら?」

「……なんだか、ボクにたいするたいさくが、本気になってきてない?」

 

 ボク、災害何かなの?

 

「実際、天災みたいなもんだからなぁ、依桜は」

「……ボク、しぜんげんしょうじゃないよ?」

「似たようなものよ。だって、ちょっと可愛い言動、行動をしただけで、さっきみたいな状況ができるのよ?」

「かわいい……かはわからないけど、ぼうたおしのあとだから、はんろんできない……」

 

 だって、ボクがあのセリフを言った瞬間にみんな鼻血を噴き出して倒れるんだもん。

 ボクとしては、本当に恐怖だよ。

 

「自覚のなさはもうこの際いいけど、あまり謙虚にしすぎると、嫌味にしか聞こえないのよね」

「……まあ、依桜君の場合、謙虚と言うより、本気で思っているから、あまりそう思われないんだけどね」

「つーか、自信満々に『ボク美少女でしょ?』みたいに言われたら、逆に戸惑うぜ?」

「「「たしかに」」」

 

 なんか、色々言われてるけど、何を言っているのか、いまいちわからない。

 ボク、嫌味を言っているつもりもないし、自分が美少女だって思ってないし……。

 師匠とか、未果、女委ならわかるんだけど……自分となると、何とも言えない。

 

「いやー、次の競技で最後か」

「そうだな。二日間もあるとなると、やっぱり長いな」

「だね~。わたしは、二ヶ月近くに感じたけど」

「何言ってるのよ。体育祭の種目決めの日から、三週間程度しか経ってないわよ? ボケてるんじゃないの?」

「でも、体育祭までが濃密だったからね~。まあ、本番もすっごく濃密だけど」

 

 うん。それは言えてるよね。

 

 ボクなんて、露出度が高いチアガール衣装を着させられる羽目になったり、『白銀会』なんて言うよくわからないものができてたり、師匠がこっちの世界に来て、一緒に暮らすことになったり、なぜか組み手をやらされて、上半身裸を晒されるし……本当に酷かった。

 そのほかにもいろいろあったけど、それは別の機会に。

 

 ……当日前のあれこれでもう終わり、と言うわけじゃなくて、本番当日にも色々あった。

 

 スライムまみれになって服は透け、人が大勢いる前で師匠の頬に、その……ち、ちゅーをしたり……二人三脚で、大惨事を引き起こし、美天杯では、なぜか師匠に呼び出されて、魔法の習得(かなりきつかった)をさせられ、態徒がボロボロにされて怒って、佐々木君を打ちのめす。

 

 少なくとも、一日だけでこれなのに、二日目も酷い。

 

 まず、体が縮んで、小学三、四年生くらいになり、その姿であのチアガール衣装を着させられて応援し、いきなり生徒教師対抗リレーでは、師匠にお姫様抱っこされて、そのままゴール。そして、棒倒しは、あの恥ずかしいセリフを言う。

 

 ……本当に、たった三週間そこらの期間で、色々な問題が降りかかっていた。

 ……ボク、ある意味、世界で一番不幸なんじゃないかなぁ……。

 

「たしかに、女委の言う通り、かなり濃かったからな。少なくとも、依桜にとっては」

「あははは……」

 

 乾いた笑いしか出ないよ……。

 

「にしてもよ、アスレチック鬼ごっことは言うが、実際どんな感じになるんだろうな?」

「たしかにそうね。この競技に関しては、情報を出されなかったから、どんなものなのか、皆目見当もつかないのよね。どうも、体育祭二日目の最後の種目は、毎年変わるらしいし」

「ああ、そう言えば、入学説明会とかで、去年の体育祭二日目の最終種目は『美天市全域かくれんぼ』だった、って言ってたな」

「街全部使ってやるかくれんぼとか、正気の沙汰じゃねえ」

 

 去年の種目内容に、態徒がドン引きした表情をしていた。

 

 ……この街って、それなりに広かった気がするんだけど……。

 そう考えると、その競技は全員参加だったんじゃないかな。

 そうじゃないと、時間内に見つけるなんて不可能すぎるもん。

 ……この学園の考えることはよくわからない。

 

「まあ、去年の競技は置いておくとしてだ。アスレチック、って付いてんだから、やっぱ、障害物競走みたいに、ああいうのが設置されるのかね?」

「うーん、確かにその可能性はあると思うけど……それだと、アスレチック鬼ごっこと言うより、障害物鬼ごっこじゃないかしら? それに、中身がほとんど障害物競走と大差ないし」

「そうかぁ」

「現実的に考えると、態徒が言ったように設置する、って案じゃないのか?」

「たぶん、そうだと思うよ。さすがに、さっき言ってたように、まちぜんたいを使うわけじゃなさそうだし、もし、まちぜんたいを使うのならこうつうきせいとかもひつようになりそうだもん」

「一理あるわね。この学園の前は、普通に道路になってるから、分かりやすい。さっきちらっと見えた時は、交通規制なんてしてなかったと考えると……街全体、ってわけじゃなさそうよね」

「じゃあ、どういう風になるんだろうねぇ」

 

 言われてみれば、すごく気になるところかな。

 

 体育祭の競技種目の内容とかは、前もって知らされるのに、なぜかアスレチック鬼ごっこだけは知らされるどころか、秘密になっている始末。

 そうなると、人には言えないような何かな気がする。

 

 うーん……学園長先生の考えることだし、飛行機で材料を空輸してきて、ここで組み立てる、みたいなのとか、大量の工事車両が入ってきて、業者の人が組み立てるとか。

 

 ……本当にやりそうだから、何とも言えない。

 

 学園長先生、師匠に似た部分があるからなぁ。

 

 何せ、自由奔放だもん。師匠も結構自由奔放にしてるけど、学園長先生も大概だよね。

 だって、障害物競走にスライムプールを仕掛けたり、射的を設置して、当てたお題に『頬にキスをする』なんて言うのを混ぜるし、二人三脚では、わざわざ上半身だけで風船を割らせる、体育祭なのに、武術系の競技を入れたりと、やりたい放題だもん。

 

 他の先生方が決めた、って可能性もないことはないけど、この学園で最も自由人なのは学園長先生だから、十中八九あの人だと思う。

 

 ……どういうのが来るか、皆目見当もつかないから怖いんだよね、この場合……。

 

『えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました! 観客、及び生徒の蘇生、鉄分補給という名の食事が終わったようですので、これからアスレチック鬼ごっこの準備に移らせていただきます! というわけで、学園長先生、よろしくお願いします』

『任されました! まず最初に、今回のこの体育祭において、私がアスレチック鬼ごっこを最後に持ってきたのは、私が経営している会社で一月から売り出す商品のテストをしたいと思ったからです』

 

 テスト?

 なんか今、私情を持ってきたような気がするんだけど……。

 一体、何をするつもりなんだろう?

 

『ほうほう。テスト、ですか。それは一体何でしょうか?』

『えー、私が経営している会社はですね、製薬会社でして、まあ、薬を作る会社なわけですが……ふと、ゲームを創りたいと思いまして、ゲーム業界に進出しようと考えているのです。そして、私は考えました。コンシューマーゲームではつまらないと。そこで私は、あるものに着目しました。そう! ライトノベルのジャンルの一つ! VRゲームです!』

 

 その瞬間、周囲がざわつき始めた。

 ライトノベルにおけるVRゲームと言うと、フルダイブ型、って言うものだろうか?

 ……まさかとは思うんだけど。

 

『私は、会社の総力を上げて、ついに! 新世代ゲーム機『New Era』を完成させました! 正確に言えば、ゲーム機、と言うわけではなく、どちらかと言えば、PCです。普段はハイスペックPCとして使える一方で、その真価は、世界中の人が夢見た、フルダイブ型VRMMOゲームができることにあります!』

 

 ざわめいていた周囲はさらにざわめく。

 

 ……そのまさかだった。

 

 本当にフルダイブ型VRMMOを創っちゃってたよ、学園長先生。

 

 製薬会社なのに、なんでそんなものを創れるのか、すごく疑問だけど……あの会社って、製薬会社は表向きで、本当は異世界の研究をしているような会社ってことを考えると……あれ? そうでもない気が……むしろ、できて当然なんじゃ……。

 

 異世界へ行く装置は創れて、仮想世界に入る装置を創れないわけがないもん。

 

 どっちが難しいかと聞かれれば、一概には言えないけど、異世界の方なんじゃないかな。

 だって、この世界ではない全く別の場所に行けるわけだし……。

 ……いや、普通に考えたら、どっちもおかしいような?

 

『この『New Era』ですが、発売は来年の元日。全国の家電量販店などで売りに出すつもりです。あ、この情報、まだどこにも出していないので、レアです。かなりレアです。この情報をインターネットに公開しても構いませんが、その分、入手が困難になると考えて下さいね。それと、この『New Era』は、オンラインゲームとセットでの販売なので、お楽しみに! ……さて、宣伝はここまでにして、このアスレチック鬼ごっこの概要を説明します。まず、出場する生徒は、鬼側、逃走側に分かれて、それぞれ、CAI室、情報処理室に分かれてもらいます。そこには、すでに『New Era』がセッティングしてあるので、それで仮想世界ダイブするだけです! 尚、今回は体育祭の競技用にカスタマイズされてあり、仮想世界内では、自分自身が現実で可能なレベルの動きしかできないように設定されてあるので、高い身体能力を持ってるとか、魔法が使える、なんてことはないのであしからず』

 

 と、学園長先生がそう言った瞬間、がっかりしたようなため息が周囲から聞こえてきた。

 いや、うん。その気持ちは分からないでもないけど……ボクの場合、それってかなり危険な気が……。

 

 だって、現実同じ動きしかできないと言うのは、裏を返せば、現実でできることすべてができるってことだよね?

 

 となると、ボクの場合、能力やスキル、魔法が使えるんじゃ……?

 

『ルール説明は……まあ、向こうの世界へ行ってからにするとしよう。さ、出場する生徒は移動をお願いします。鬼側はCAI室へ。逃走側は情報処理室に行ってください。その際、勝手に機械に触ったりすることがないようにお願いします。なにせ、製作費がバカにならないので。万が一壊した場合、弁償してもらうことになるので、心しておくように。じゃ、移動開始!』

 

 その言葉を皮切りに、出場する生徒たちが、一斉に校舎に向かって走り出した。

 

「なんか、とんでもないことになったわね」

「ああ。まさか、フルダイブ型VRMMOを創るなんてな……。まあ、俺たちの場合、依桜が異世界に行っていた、なんて経緯があるから、そこまで驚かなかったが……かなりすごい発明だよな、これ」

「そうだねぇ。仮想世界に行く、って言うのは、ヲタクたちの憧れだったもんね! 依桜君よかったね!」

「う、うーん、ボクのばあい、いせかいに行ってたから、そこまでしんせんみがないような……」

「そりゃそうか。ファンタジーな世界だったんだもんな。依桜からした、珍しいものじゃねえか」

 

 向こうには、空に浮かぶお城とか、魔物、魔族、魔法、能力、スキル、それ以外にも亜人族や、エルフもいたから、あまり珍しいって気分はしないかも。

 

 ……売りに出されるゲームが、どんなものかは分からないから何とも言えないけど、やっぱりファンタジーものな気がする。

 

 だって、異世界の研究をしていたような人だもん。参考にしてるよ。

 

「とりあえず、話はいいから、依桜はそろそろ行ったほうがいいんじゃない?」

 

 いけないいけない。

 ここで話してたら、遅れちゃう。

 

「うん。それじゃあ、行ってくるね」

「がんばってね」

「楽しんで来いよ」

「依桜なら絶対勝てるぜ!」

「ファイトだよー、依桜君!」

 

 みんなの応援を受けながら、ボクは校舎に向かって行った。




 どうも、九十九一です。
 えー、本来なら、このアスレチック鬼ごっこ、地下からアスレチックコースのようなものがせりあがってくる、みたいな設定だったのですが、途中で『あ、VRMMOの話やるなら、テストって名目で話に組み込めばいいか』と思い、急遽こうなりました。
 ……体育祭なのに、ゲームの話になるのは変、というツッコミは許してください……。
 ちなみに、タグについているVRMMOは、この話のために付けたものじゃないので、あしからず。ゲームの話は、体育祭が終わって、幕間の日常話を挟んだらになります。
 ……設定、頑張って作らないと。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします
 では。


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132件目 仮想世界へ

「は~い、とりあえず鬼側の説明は、私がさせてもらいますね~」

 

 CAI室に入り、とりあえず適当な場所に座ると、希美先生が入ってきた。

 どうやら、希美先生が説明をしてくれるみたい。

 もしかして、研究に関わってたからかな?

 

 一応、異世界研究に関りがあるということだし、この機械に関することにも関わってそう。

 

 ちなみにだけど、態徒曰く、

 

『この学園の先生で一番人気があるのは、希美先生なんだぜ?』

 

 だそう。

 

 理由は、保健室の先生であるのと同時に、美人で、スタイルもいいから、だそう。

 

「まず、ダイブの仕方について説明しますね~。皆さんの目の前には、『New Era』があると思います~。その周辺に、ヘッドセットとコンタクトレンズ、それから腕輪が一つあると思います~」

 

 言われて、ボクが座っている場所を見ると、見慣れないPCのほかに、ヘッドセットとコンタクトレンズ、腕輪がそれぞれ置いてあった。

 

「これらは、仮想世界に入り込むための専用装置なので、絶対に壊さないようにしてくださいね~」

 

 なんか、想像していたのと全然違った。

 

 ボクが予想していたのは、なんかこう……ヘルメットのようなものとか、ゴーグルとか、そんな感じだったんだけど……まさか、こんなにコンパクトなものだとは。

 

「ヘッドセットは、脳波や信号を読み取り、現実では動かないよう、完全に仮想世界用の体にリンクさせ、五感を再現します~。コンタクトは色彩や視線の動きなどを細かくするためのものなの~。そして、腕輪は、常に心拍素や脈拍を測るためのものよ~。この腕輪はかなり重要な役割をしていて、もしもゲーム中に現実の方の体に異常が発生した場合、即座に知らせ、ゲームからログアウトさせてくれるの~」

 

 それはすごいなぁ。

 ゲーム自体がどういったジャンルになるかはわからないけど、MMOって言っていたから、やっぱり剣と魔法をメインにしたファンタジーものなのかな?

 

「起動方法は、とりあえず皆がセットし終えたらね~」

 

 そう言われて、CAI室内にいる生徒のみんなが、嬉々として機器を着けていく。

 

 ボクも周囲の人と同じように、ヘッドセット、コンタクト、腕輪を身に着ける。

 コンタクトは、幸いにも、向こうの世界で経験があったので、すんなりと入れられた。

 周囲を見回すと、やっぱりコンタクトを入れるのに戸惑っているみたい。

 

 中には、普通のコンタクトをしている人もいて、一度取り出してから、ゲーム用のコンタクトを入れていた。

 

 それを見てか、希美先生が何やらメモを取っていた。

 もしかして、こういった部分の不満点に関するデータを取るためでもあるのかな?

 

「皆、セットし終えたわね~。それじゃあ、まずは、立ち上がっているPCの画面に目を向けてくださいね~。そこに、『CFO β』と書かれたアイコンがあると思うので、それをクリックしてくださいね~」

 

 希美先生の指示に従い、指定されたアイコンをクリック。

 すると、

 

【ようこそ! 『CFO』の世界へ! まずは、ヘッドセットのマイクを用いて、音声を登録してください!】

 

 と言うメッセージが表示されたウィンドウが画面に表示された。

 

「えーっと、このマイクを用いた音声登録は、装着者の声しか拾わないので、一斉にやっても問題ないですよ~」

 

 と言ったそばから、CAI室内は、まるで発声練習のごとく、声が響いていた。

 ボクも、適当に発声をすると、

 

【認証完了です! それでは、『let′s Dive』の文字をクリックすると、十秒後にダイブします! 一時間以上に渡ってダイブする場合は、ベッドやソファーなどに横になってプレイすることを、おすすめします】

 

『先生ー、これ、寝っ転がったほうがいいんですか?』

「うーん、その辺りは個人に任せるわ~。一時間、座った状態で寝れる、って言う人はいいけど~、無理なら布団を用意してあるからそれを使ってね~」

 

 希美先生がそう言うと、何人かの人が布団を取りに行った。

 ボクは……向こうで慣れてるのでいいかな。

 そして、布団を敷き終わったのを見計らって、

 

「準備が整ったみたいなので、指示された文字をクリックしてね~」

 

 言われて、文字をクリック。

 すると、視界にカウントダウンが表示された。

 目を閉じても、そのカウントダウンが表示されるところを見ると、やっぱりコンタクトが文字を投射しているみたい。

 

 ……これ、どうやってるんだろう?

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい~」

 

 その言葉を聞いた瞬間、視界が完全に暗転した。

 

 

 次に目を覚ますと、自然豊かな場所がボクの視界に映し出されていた。

 

 周囲を見回すと、さっきまでCAI室にいた人たちが、興奮した様子で動き回っていた。

 

 中には、本当に五感があるのか、と確かめ合うために、自分の頬をつねっている人もいる。

 

 ボクも、なんとなく手を握る、開くをしたり、目を閉じて聴覚の有無を確認。

 少し歩いてみたり、匂いを嗅いでみたり。

 すると、本当に五感があることに気づく。

 

「すごい……」

 

 思わず、感嘆の声が出ていた。

 

 いくら異世界へ行ったことがあったとしても、あっちは現実。実在するものだった。

 でも、ここは現実じゃなくて、仮想世界。

 電脳空間、なのかな、この場合。

 

 なんとなく、歩いていると、ふと、あることが気になった。

 

「……まほうとかって使える、のかな?」

 

 試しに使ってみよう。確認しないと。

 

「……『生成』」

 

 いつもの魔法発動のキーワードを呟くと、手の中にナイフが一本出現した。

 ……うん。

 

「……なんで使えるの……?」

 

 ここって、仮想世界だよね? 魔力とかって空気中に漂ってないよね? 少なくとも、仮想世界の体だから、体内に魔力とかない気がするんだけど……。

 

 これ、どういうこと?

 

『さてさて! 生徒のみんなは集まったかなー?』

 

 と、ここで学園長先生が登場。……ホログラムで、だけど。

 

 なるほど、仮想世界だからこそ、空中に自分の姿を投影できるんだね。

 ……あれ? でもたしか、ハロパの時、ビンゴの数字を空中に投影していたような……。

 

『まあ見たところ、みんな、人類史上初の仮想世界ってことで、大はしゃぎしているみたいだねー? うんうん、いいよいいよ、そう言うの。さて、ここからは本来の目的、『叡春祭』二日目、最終種目である、アスレチック鬼ごっこについての説明をします!』

『おおおおおおおおおおおおお!』

 

 おー、みんなテンションが高いなぁ。

 

 気持ちはすごくわかるけど。

 

 ……そう言えば、異世界に行った時のボクと言えば……あまり喜ばなかったっけ。

 いきなりだったし、楽しむ余裕なんてなかったからなぁ。

 

 でも、今回はそう言うのとは無縁だから、楽しめそう、かな。年甲斐もなく、ちょっとわくわくしてるし。

 

 そう言えば、学園長先生のしゃべり方が、プライベート時のしゃべり方になってる。

 たしか、ミス・ミスターコンテストの時の説明をしている時みたいな話し方じゃないんだ。あれかな。学園長先生もテンション上がってるのかな。

 

『まず、この種目をゲームの世界でやることにしたのは、さっきも言った通り、テスト、と言う意味があったから。……と言っても、そんなことを思いついたのは体育祭の種目が決まった後なのだけど。本来は、グラウンドを改造して、地面を開くようにし、そこから巨大なアスレチックコースを出す予定だったんだけど……どうせなら、会社で創ってるゲームでやったほうが面白いということに気付き、こうなりました。ちなみに、この世界で死んだとしても、現実で死ぬことはないので、安心してね! 間違っても、脳が破壊できるほどの高出力電磁パルスが流れることはないので、安心して、死んでいいからね!』

 

 死んでいいって……教育者が言うセリフじゃないよね?

 同じことを思ったのか、周囲の人もちょっと苦笑い。

 

『まあ、裏話なんてどうでもいいので、さっさとルール説明に行きます。まず、正面向かった後ろをご覧ください』

 

 そう言われて、後ろを振り向くと、

 

『見ての通り、木で出来た建造物がありますね? あれが、今回の舞台となります!』

 

 学園長先生が言うように、木造の巨大なキューブ状の建造物があった。

 よく見ると、中が見えるようになっていて、様々な障害物などが見える。

 

『あの建物は、合計十階層あり、100×100×100の立方体です。中には、いくつものアスレチックが配置されており、中には、現実では再現不可能なものまであるので、純粋にアスレチックとして楽しむこともできます』

 

 そこは、仮想世界ならではだね。

 やっぱり、現実じゃできないことができる、って言うのがいいもんね。

 ……まあ、ボクの場合は、魔法とか能力とかスキルとかが使えるから、何とも言えないけど。

 

『まず、百六十八人いる逃走側は、開始と同時に、ランダムに各階層へ転移します。大体は同じような構造ですが、中にはその階層にしかない仕掛けもあるので、楽しんでくださいね! それから、四十一人の鬼側も、逃走側と同じくランダムに転移します。なので、この競技は、運要素が絡んでくるので、頑張ってくださいね! それから、今回、仮想世界でやるにいたり、両サイドそれぞれが有利に進める様なトラップを設置することができます!』

 

 トラップ?

 どういうことだろう?

 

『これに関しては、戦略シミュレーションゲームの発想に近いです。各フロアにそれぞれ五語個ずつ罠を仕掛けることができ、逃走側だったら鬼を足止めする様な罠が多く、鬼側だったら、妨害系が多いです。中身をすべて行ってしまったらあれなので、代表例をそれぞれ一つずつ紹介します。逃走側には、『罠にかかった鬼を、一定時間石化させる』というものがあります。そして、鬼側には『行き止まりを作る』というものがあります。あくまで代表例ですので、他にも色々とあります。中には、えぐいのもありますので、お楽しみに!』

 

 ……学園長先生が考えることだから、素直に楽しめないような……?

 

 それにしても、罠、か。

 

 中身がどういったものなのかはわからないけど、戦略性も試されるような競技なんだね、これ。

 

 棒倒しの時は、戦略とは言い難かったし。

 

 ……と言っても、ボク自身はそう言うのを考えるのはあまり得意じゃないので、ちょっとあれだけど。

 

『トラップの設置に関する相談は、多く取って十分! 十分が経過すると、トラップを設置するための画面が出現しますので、それぞれのリーダーに選ばれた人は、しっかり設置してください。ちなみに、設置には時間制限がありますので、設置漏れがないよう気を付けてくださいね。し忘れると、その分トラップが減りますので』

 

 うーん、そうなると慎重に行ったほうがよさそうだね。

 それにしても、リーダーとかあったんだ。

 鬼側のリーダーって誰なんだろう?

 

『とりあえず、特殊な部分はこれで終了。あとは、通常的なルールの説明。制限時間は90分。鬼に捕まったら、強制的に牢屋に転移させられ、終了までそこで感染することになります。勝利条件は単純。逃走側は、一人でも逃げ切れば逃走側の勝ち。反対に、鬼側は全員捕まえたら勝ちだ』

 

 たしかに、単純な勝利条件だ。

 

 でも、鬼側が不利な気がする……。

 

 だって、逃走側は、一人だけでも逃げ延びれば勝ちだけど、こっちは全員の確保。

 それに、逃走側は百六十八人と、かなりの人数。対して、鬼側は四十一人と、人数的にも不利。

 

 ……そう考えると、やっぱりトラップが重要になってきそう。

 

『さて、ルールは以上です。この映像が消えたら、トラップについての相談になりますので、頑張って決めてください! それでは、健闘を祈ります!』

 

 そう言い残して、学園長先生のホログラムが消えた。

 

『鬼側の人、こっちに集まってくれ!』

 

 それと同時に、リーダーのような人が呼びかけをしており、みんながそこに集まっていった。

 ボクも、リーダーのような人のところへ足を向けた。



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133件目 アスレチック鬼ごっこ1

『それじゃあ、こっちのトラップを設置する場所を考える』

 

 鬼側の人が全員集まると、話し合いが始まった。

 

 話し合いが始まると、ここにいる人たちの目の前に、半透明のスクリーンのようなものが出現。

 

 それを見ると、トラップの概要について書かれていた。

 

 見たところ、天井に設置するものとか、壁、床なんてものもある。

 床以外は、そこを通過した時点で発動。床のタイプは、踏まないといけないらしく、飛び越えたり、跨いだりすれば、発動することはないみたいだ。

 

 うーん、この辺りは、向こうの世界にあったトラップ系の魔法に近いかも。

 

 それで、設置可能なトラップは……う、うーん?

 

 なんか、何とも言えないようなものばかり表示されているんだけど。

 

 さっき、学園長先生が言っていた、『行き止まりを創るトラップ』や、『一定時間階段を上れなくする』と言ったものや、『過去の記憶を読み取って、視界に人生最大のトラウマを見せる』なんてものもある。

 

 ……他にも色々あるにはあるけど、トラウマはまずくない?

 

 あと、なんで記憶を読み取れるの? どういう構造してるんだろう、あの機器。

 

 多分だけど、逃走側の方も、あまりこっちと変わらないんじゃないかなぁ。

 多少の差異はあっても、急遽作ったものな気がするし……半分近くは同じもので代用している気がする。

 

 じゃないと、たった三週間で作るのは厳しいと思うし。

 ……まあ、この仮想世界を創るのに、どれくらいの期間を要したのかはわからないけど。

 

『それじゃあみんな、何か案はあるか?』

『とりあえず、行き止まりは各フロアに二ヶ所くらいは設置したほうが良くね?』

『たしかに。シンプルかつ、使い勝手もいいからな。よし、なら二ヶ所ずつ、設置することにしよう。ほかには?』

『うーむ、100×100の広さだからな……五個ってのはいささか少ない気もするが……』

 

 そもそも、100メートルも高さがある時点で、色々とおかしいような気がするけどね。

 

 それはそれとして、ボクは成り行きを見守ってようかな。

 

 ボクの場合は、普通に動き回ったほうが役に立てるし。

 ……問題は、どういうトラップが向こうにあるか、だけど。

 

 学園長先生が関わってる時点で、スライムとかがありそうだもん。

 

 それから、いろんなことを考えていると、どうやらトラップの設置についての相談が終わったみたい。

 

『さて、このトラップたちだが……正直なところ、どこに転移するかわからない。なので、できればこのトラップの配置位置を覚えておいて欲しい。いや、無理にとは言わない。だが、一ヶ所だけでも覚えておいてもらえるとありがたい』

 

 記憶、か。

 

 師匠には散々言われたっけ。

 

 ……暗殺者として重要なのは、情報。

 

 まず、ターゲットの家に忍び込んで、見取り図、場合によっては罠の設置場所について書かれた紙を盗みに行くこともあった。

 

 ……普通に考えたら犯罪だけど、うん。相手は悪人だったので、その……目を瞑ってほしいです。

 

 それで、その紙に書かれていることをすべて暗記して、仕事に臨まないといけなかった。

 

 見ながら行ってもいいと思うかもしれないけど、そもそもボクには、『アイテムボックス』の魔法は使えないので、必要最低限の物しか持っていかなかったしね。

 

 いくら紙とはいえ、それなりに大きかったからかさばるし、万が一『消音』の効果が切れてしまった場合を想定して、事前に暗記しろ、と師匠に言われていた。

 

 ……ものによっては、前日に覚えなきゃいけなかったから、本当に辛かったよ。

 

『さて、十分が経過した。それぞれのリーダーは、トラップの設置をしてください!』

 

 ホログラムが出るまではなかったけど、学園長先生の声がどこからともなく響いてきた。

 

 これ、外から声を発して流しているのか、それともこの世界の中から声を流しているのか、どっちなんだろう?

 楽しいことが大好きな学園長先生のことを考えたら、意外とどこかにいるかも。

 

『どうやら、両陣営とも設置が終わったみたいですね! それでは、転移のカウントダウンを起動させます。なので、急に視界が切り替わっても、驚かないように』

 

 そう言った瞬間、ここに入り込む直前に見たカウントダウンの表示が、視界に出現した。

 うーん、どこを見ても、中心に表示されているって言うのは、すごく不思議な気分。

 

 あ、でも、ステータスを見る時に似てるかもなぁ。

 と、そんなことを考えていたら、足元に魔法陣のような物が出現。そこから、眩いばかりの光があふれだし、あまりの光の強さに思わず目を瞑った。

 

 

「ん……ここ、は……」

 

 次に目を開けると、視界にはアスレチックコースが移っていた。

 

「転移魔法に似た感覚……」

 

 向こうの世界にも、一応は転移魔法というものがあった。

 と言っても、ボクは使えなかったけどね。あれ、かなり特殊な属性だったし。

 ……もしかすると、師匠辺りが使えるかも。

 

『さあ、全員が転移し終えたようなので、『叡春祭』の目玉競技と言っても過言ではない、アスレチック鬼ごっこ、開始です!』

 

 その学園長先生の開始のセリフと共に、

 

 リーンゴーン!

 

 という、大きな鐘の音が響き渡った。

 うーん? なんだか、この鐘の音もどこかで聴いたような……いや、考えるのは後だよね。

 

「ボクもがんばらないと!」

 

 周りに誰もいない場所で、胸の前で拳を握って、意気込む。

 

『さあさあ、思わぬサプライズとなったアスレチック鬼ごっこ! この競技では、勝った方に得点が全部加算されます! 現在の得点は、東軍:2801点! 西軍:2816点! かなり拮抗しています! そして、この競技で勝った陣営には、200点が加算されます! つまり、この競技で体育祭の優勝陣営が決まるというわけです! 両陣営とも、頑張ってくださいね!』

 

 あれ、実況の人の声も響き渡ってる。

 

 うーん、やっぱり、現実の方から声を発しているのかも。

 

 さて、ボクも動かないとね。

 まずは、周囲の情報を得られるだけ得よう。

 

 その場で目を瞑って、耳を澄ますと、いろんな声や音が聞こえてきた。

 

 どうやら、各階で早くも出会った人たちがいるみたい。

 

 そう言えば、ボクはどの階層にいるんだろう?

 ちょっと気になると思っていたら、目の前のさっきの半透明なスクリーンが表示された。

 それを見ると、どうやらボクは一階層にいるみたい。

 

「えーっと、さすがに『気配感知』を使うのはひきょう、だよね。いくらのうりょくがあると言っても」

 

 それに、不自然に思われたら嫌だしね。

 地図が表示されるのなら、そこまで不自然じゃなかったのかもしれないけど、地図はないみたいだし。

 

 まあ、正確に言えば、あるにはあるけど。

 

 完成図はないけど、空白の地図ならある。

 

 どうやら、自分自身を基点に、半径三メートルを自動的に書き込んでくれるみたい。

 この辺りは、本当にゲームっぽくていいね。

 

 向こうの世界にも、『地図作成(マッピング)』なんて能力があったけど。

 

 ボクは、暗殺者だったので、スキルとしても覚えるのは難しかったんだよね。覚えられる職業って、『作図師』っていう職業の人たちだったし。

 

「とりあえず、まずはしかくとちょうかくで……ん、一人近くにいる」

 

 カタリ、とこの近くからかすかな音が聞こえてきた。

 まずは一人目、とボクは動き出した。

 

 

 アスレチック鬼ごっこと言うだけあって、本当に様々なアスレチックがあった。

 

 例えば、ターザンロープのようなもの。

 

 ちなみに、ターザンロープがある場所には、向こう岸との間に、見慣れない紫色の液体がなみなみと注がれていた。

 

 一体どういう物なのか、すごく気になるところではあるけど、ここは無視。絶対にいいことはない。学園長先生のことだから。

 

 ほかにも、回る丸太の上を走ったりもした。

 普通の床もあるのは、まだよかったね。多分これ、運動が苦手な人でもなんとかできるように、って言う配慮かな?

 

 まだ少ししか走っていないけど、アスレチックと普通の床の割合は半々ってところだと思う。

 

「……見つけた!」

 

 さっきの音を辿りながら走っていると、前方に人影が一つ。

 

『しまったっ! よりにもよって、天使ちゃんだとぅ!?』

 

 ボクの声と足音に、前方にいる男子がしまったという顔をして、全力疾走しだす。

 ふふふ。目立たないレベルなら、ある程度走っても問題ないからね、追いつけるレベルで走るよ!

 

 と、ボクが走っている時のこと。

 

 距離を半分ほど縮めた辺りで、いきなり地面が光り出した。

 

「――ッ!」

 

 それを見た瞬間、ボクは、前方に飛び込むことで回避。一瞬、つま先辺りに何かが掠めた気がした。

 

 気になって、後ろを振り返ると……あれは、

 

「えっと、なわ?」

 

 なぜか縄が出現していた。

 

 幸い、トラップから離れたことで、特に害はなかったけど……あと一秒でも遅れていたら、どうなっていたかわからない。

 

『嘘だろ!? なんでトラップを避けられるんだよ!? くそっ、せっかく嵌めるチャンスだったってのに!』

 

 どうやら、ここのトラップを覚えていて、それを使ってボクを足止めしようと画策していたみたいだった。

 

 うん。ボクも冷や冷やしたよ。

 

 ……最悪の場合、すっごく小さいナイフでも生成して、逃げればいいんだけど。

 

「って、ゆうちょうに考えてるばあいじゃないね!」

 

 すぐさま床を蹴って走り出す。

 

『って、速っ!?』

「ぼーっとしてちゃダメですよ!」

 

 なるべく力を抑えて距離を縮め、罠にかけようとした男子にタッチした。

 

『くっそー、俺の作戦は失敗か……。てか、天使ちゃん速すぎ……』

 

 そんな文句? を呟いてから、光の粒子になって消えて行った。

 

『おーっと! 早速逃走側から脱落者が出ました! 最初に逃走者を捕まえたのは、おなじみ、男女依桜さんです! しかも、発動したトラップを前方に飛び込むことで見事に回避! 仮想世界とはいえ、実に人間離れした反射神経です!』

 

 ……あれ、もしかして、さっきのって普通なら回避できないものだったりする?

 

『解説の学園長先生。回避は可能、なのでしょうか?』

 

 なんか、学園長先生、解説になってるんだけど。

 

『そうですね……正直、微妙なところです。このトラップを回避するには、光った瞬間に、0.1秒以下で回避行動をとらなければなりません。ちなみに、人間が何らかの行動をする際、脳から電気信号が送られていますが、実際に体を動かすまでに、0.2秒のタイムラグがあります。と言っても、あくまでも意識的な部分のことであり、無意識的部分を含めたら、0.7秒ほどかかります。まあ、そんなことはどうでもいいですね。最初に微妙と言った理由はと言うと、一般的な理論からくるものです。陸上の短距離走で、0.1秒以内に反応した選手がフライングになるのは、『人間が0.1秒以内に反応することが理論的にありえない』からです。なので……まあ、避けるには、常人よりも圧倒的に優れた反射神経と動体視力がいることでしょう』

 

 ……し、知らなかったよ!

 というか、そうだったの!? 人って、体を動かすまでに、0.7秒もかかってるの!? じゃ、じゃあ、雷を目視で避けられるボクって……。

 ……強くなりすぎた、のかな、これ。

 だ、だって師匠が、

 

『これくらい、人間はできる』

 

 って言うから、てっきり鍛えれば誰でもできるのかと……。

 

『つ、つまり、男女依桜さんは、0.1秒以内に反応してる、ってことですか?』

 

 うっ、まずい。変に目立ちそうになってる……!

 

 できれば目立ちたくないのに……。うぅ、これは失敗だよぉ……。これに関しては、そう言った話を調べなかったボクが悪いよね……。

 

 はぁ……。また、マスコミの人たちに張り込みされるのかなぁ。

 

 と、悲観的になっていたら、

 

『うーん、まぐれだと思いますね』

 

 まさかの、学園長先生から救いの手が。

 

『まぐれ、ですか?』

『はい。実際は飛び込んだように見えて、つまずいて転んだのでしょう』

『え、でもさっき、普通に飛び込み前転していたような……?』

『偶然です。たしかに、依桜君は特殊な体質をしてるけど、みんなと同じ人間よ? だから、さっきのはまぐれです』

『な、なるほど? ま、まあ、まぐれということにしますね!』

 

 よ、よかったぁっ……!

 

 そう言えば、初めて学園長先生がまともに助けてくれたような……?

 

 あ、でも、一応は学園長先生が裏で色々やってくれたおかげでマスコミの人たちに追われなくなったみたいだし……まあ、その後に異世界に行かされて、幼い姿になるようになったのは言うまでもない。

 

 それを踏まえると、プラスマイナスゼロなんじゃ……?

 

 ……ということは、学園長先生に救われたのって、これが初?

 

 そうして、ボクは思った。

 

 ……なんで、あんな人なのに、学園長という仕事ができてるんだろう、って。




 どうも、九十九一です。
 ようやく、本格的に最後の競技に入りましたよ。……何とかして、5話程度で収めたい。正直、早く休みたいと言うのと、いい加減読者の皆様も飽きているんじゃないか、という気持ちと、私自身が疲れてきている、というものがあります。
 正直、この小説に投稿されている話のうち、約半分は体育祭です。もう半分は、それ以外ですね。それを考えると、いかに長いかがわかると思います。……まあ、人によっては、もっと長い人もいるんでしょうけど。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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134件目 アスレチック鬼ごっこ2

 アスレチック鬼ごっこ開始から、すでに二十分が経過していた。

 

 その二十分間でわかったことと言えば、一度起動したトラップは、時間経過で再び発動するということ。

 

 感覚的には、二分程度、かな?

 

 だから、一度かかったトラップは記憶しておけば大体大丈夫、なんだけど。

 このアスレチックの建物は、十階まであるから、かなり広い。

 

 たしか、トラップは各階五個ずつだったはずだから、合計五十個あることになる。

 

 そして、制限時間は九十分なので、短時間で覚えるのもちょっときつい。

 

 それに、トラップを踏んだとしても、そこには何もないので、トラップがどこにあるのかどうかなんてわからず、誰かが踏んだのを見た、もしくは自分自身がかかった、の二つでしかトラップの位置を把握することができず、なかなかにハードな競技になっていた。

 

 ボク自身も、それなりに苦戦している。

 

 この二十分程度で鬼側が捕まえられたのは、三十人。

 

 元々の人数が百六十八人だとすると、かなりきつい。

 

 順調に捕まえられているように見えるけど、これはあくまでも人数が多かっただけで、少なくなれば、少なくなるほど見つけるのが難しくなってくる。

 100×100のフロアが十ヶ所もあるので、探すだけで体力が持っていかれてしまうというもの。

 その上、グラウンドのような平坦な場所ではなく、アスレチックという、かなり動き回るようなものが多数設置してある場所での鬼ごっこなので、体力の消耗も激しくなるのは当然。

 

 ボクの場合は、これ以上に足場が悪いところとか、まともな足場がない場所を動き回っていたりしたので、あまり疲れていない。

 

 ……それにしても、仮想世界の中でも、疲れって出るんだね。

 どういう仕組みなんだろう?

 

「……それにしても、ふつうの人だったらかなりつかれるなぁ、これ」

 

 現在、ボクは一階層から二階層に移っていた。

 

 一階層は、少し転移が偏ってしまったらしく、ボク以外に五人ほどいたため。

 能力・スキル・魔法なしでの純粋な肉体能力で把握したところ、大体七人ほどいた気がする。と言っても、あくまでも、能力なしでの把握だから、他にもいる可能性は高いけど。

 けど、それくらいの人数なら、五人でもできると思って、ボクは移動することにした。

 

 それに、ボクの場合は単独行動の方が、動けるしね。

 

 そう言う理由で二階層に来たんだけど……一階層は、初心者コース、とも言うべき場所だったみたい。

 

 二階層にくると、SA〇UKEで一番最初に出てくるクワッドステップスって名称のものがあった。

 

 これは、あれです。斜めになっている四つの足場を飛び移りながら進むって言うあれです。

 違うところがあるとすれば……ターザンロープの時と同じく、謎の紫色の液体で満たされていたこと、かな。

 

 一体、どういう効力を持っているんだろうね、これ。

 落ちないよう、慌てず、かと言って慎重になりすぎずにそこも通り抜けると、

 

『うおっ? 天使ちゃんだと!?』

 

 逃走者を一人発見。よく見ると、その先にもう一人いる。

 

 うん。チャンス。

 

 ……トラップがなければ、だけど。

 

 何と言うか、ちょっと怪しいような気がする。

 見つかって、慌てているように見せかけて、不自然なくらいにその場にとどまっていたような気がするし……。

 

 見たところ、ここで待っていたりしたんじゃないかな?

 

 それに、少し声の抑揚が一定な気もするし、視線もどこか彷徨っているようにも見えた。

 

 となると……

 

「トラップ、かな」

『――ッ』

 

 ためしにカマをかけてみたんだけど、どうやら本当にトラップがあるみたい。

 

 進行方向に分岐する道はなく、30メートルくらい先に左右に分かれ道があるくらい。

 

 進行方向にいる逃走者は、ボクが見える限りだと二人。

 

 手前にいる人は身長が高めの人。奥にいるのは……女の子、かな? 多分、三年生くらい。なんとなく、雰囲気が。

 

 問題は、トラップがどういう風に設置されているか、だよね。

 

 待ち伏せして、見つかった風を装ってトラップにかけ、時間を稼ぐ。まあ、それがこのアスレチック鬼ごっこでの基本的な戦い方にになるんだろうけど、嘘はもっとうまく吐かないと、バレやすくなってしまう。

 

 ボクだって、『詐欺師』の職業の人相手は、かなり疲れたし。

 

 こう言うのは、上、横、下の三方向どこに設置しても問題はないんだけど、ここは天井が低め

だから、上か下のどちらか。

 

 横は、あまり設置されている場所が少ない。

 

 この二十分間で、見かけたのは……二ヶ所ほど。その両方が、捕縛系のトラップ。

 

 下に設置されているトラップは、それなりの種類があった。

 

 床は、間接的な妨害が多かったかな? 床の摩擦係数を低くして、滑りやすくする、みたいなものや、接着剤のような何かで一定時間固定されるような物もあった。

 

 反対に、上に設置されているタイプのトラップは、何と言うか……液体系が多かった気がする。

 

 大体は避けたから何ともなかったけど、たまに掠めた時があった。

 その際、掠めたのは、ニーハイソックス。

 液体がかかったところは、なぜか溶けた。

 

 ……どう考えても、酸系のトラップ、だよね? いや、肌の方には影響がなかったんだけど。

 

 そんな感じで、上、横、下の三ヵ所それぞれに大体のパターンがあった。

 うーん、この場合とのパターンなのか、なんだけど……。

 とりあえず、追いかけよう。それで、避ければ問題ないよね。

 

「ふっ――」

『って、マジではえぇ!?』

 

 距離を詰めようと、前方にいる男子の人めがけて走り出す。

 あまり力を入れすぎたら壊れるかもしれないので、なるべく力を出さないよう注意を払うのも忘れてないです。

 

 そして、距離を詰めている際、やっぱりと言うべきか、トラップが仕掛けてあった。

 

 場所は床。

 

 それを見て回避をしようとするも……

 

「わ、わわわっ!?」

 

 どうやら、滑る系のトラップだったらしく、見事に引っかかってしまい、足を滑らせた。

 だけど、その辺りは師匠に鍛えられたボク。床に手をついて、その反動用いてハンドスプリングをしようとしたら……

 

「って、にだんがまえ!?」

 

 手を着いた先に、別のトラップが待ち構えていた。

 

 くっ、これを避けるのはっ……でも、ここで回避出来なかったら、師匠に何をされるかわからないっ。

 

 でも、ここである程度の力を使ったら、色々とバレてしまうし……って、こんなことを考えている場合じゃなくて!

 

 あまりタメを作れなかったけど、なんとかハンドスプリングを成功させる。

 だけど、一瞬、別の考えをしていたのがまずかった。

 

「しまっ――」

 

 反応がわずかに遅れてしまい、トラップを回避し切ることができなかった。

 正確に言えば、回避は可能だけど、それをやってしまうと、ボクの本来の身体能力を披露することになってしまうわけで……。

 

「あぅっ!?」

 

 そんなことを思っているうちに、トラップがかかりきってしまった。

 

「うぅっ……なにこれぇ……?」

 

 気が付けば、ボクは縄で縛られていた。

 足の方まではさすがに縛られなかったけど、上半身の方は身動きできないくらいに縛られてしまっていた。

 

「んっ~~~~~っはぁ……あぅぅ」

 

 腕は後ろ手に縛られ、その余った部分なのかは分からないけど、その部分で胸元の方にも縄が回ってきていて、なかなか動けない。

 

 どうしよぉ……。

 

『うええええええええ!? ちょ、学園長先生! あれ、あれはありなんですか!?』

『あれ、って言うと……ああ、高手小手縛り(たかてこてしばり)のこと?』

『いや、名称は知りませんけどっ! あれ、どう見てもアブナイやつですよね!? 普段の生活において、確実に見ないような何かですよね!?』

 

 さすがの状況に、実況の人も声を荒げて学園長先生に詰め寄っている。

 うん。ようやくまともな反応が見れた気がします……。

 

『あー、まあ、そう言う趣味の人がいない限りはそうかも? まあいいじゃない。すごくエッチな光景が見れたわけだし』

 

 ……エッチ、なの? 今のボク。

 

『いや、たしかに素晴らしいですけども! あれ、今の男女依桜さんにやったら、ただのやばい絵面ですって! 犯罪臭がとんでもないことになってますよ!』

 

 犯罪臭……? え、もしかしてこれ、かなりまずいことになってるの……?

 

『かと言って、普段の依桜君があの姿になったらどう思う?』

『え? そりゃあ、どう見ても胸を強調したような縛り方……って、ああ、はい。どうしようもないくらいに、エロ、ですね』

「~~~~ッ!?」

 

 思わずその光景を想像してしまい、顔が熱くなった。

 ……うぅ、たしかに、普段のボクだとその……かなり恥ずかしいだよぉ……。

 今は小さいからいいけど(全然よくない)……これ、大丈夫なの?

 

『ともかく、これはさすがにまずいのでは?』

『まあ、一応あれ、一分ほどで解けるますが』

『逆に、一分間もの間、あの姿ってことですよね!? 見てくださいよ、あの姿を見た人の大半がぶっ倒れてますからね!?』

『そう言うあなたも、鼻血出てるわよ?』

『おっと、これは失礼……って、そうじゃなくて! これ、本当に大丈夫なんですよね!?』

『仮想世界だし、現実じゃないから大丈夫だと思います』

『……学園長先生って、変人、とか、変態、とか言われてませんか?』

『よく言われる』

『ですよね!』

 

 うぅ、まさかこんなトラップがあるなんてぇ……もう、これはあれだね。卑怯だから、なんて理由でボクが身体能力をある程度制限したら、精神的なダメージが計り知れないことになっちゃう。

 

 多分……マスコミの人たちに張り込まれる以上に。

 

 だったら、もういい気がするよ……ある程度抑えれば多分大丈夫だと思うし、ね?

 

 そうと決めたら、すぐに行動。

 

「……『生成』」

 

 まず、かなり小さいナイフを生成し、手首の辺りにある縄を切断。

 そのまま、ある程度自由になった手を使い、縄を切る。

 一応、バレないように、最後の方は普通に抜け出しました。

 

『って、えええええええ!? なんか、普通に縄を解いちゃいましたけど!?』

『まあ、依桜君だしね』

 

 何をドヤ顔してるんですか、学園長先生!

 

 もう、自棄です! 全員ボクが捕まえますよっ!

 それに、トラップを踏んだり通過しなければいいんですしね!

 

 とりあえずまずは、目の前でなぜか倒れてる男子生徒をタッチ。

 

『おーっと! 縄から抜け出して早々、男女依桜さんのあられもない姿を見て倒れていた逃走者をタッチ! 捕獲です! そして、立ち止まることなく、さらにその先にいる別の逃走者めがけて……って、ちょ、手摺(てすり)の上を走ってるんですが!?』

 

 実況の人が言う通り、ボクは手摺の上に飛び乗り、狭い手摺を走りだした。

 ここなら、床のトラップも発動しないし、横のトラップも発動しない。

 

 上だって、発動してしまっても、手摺と平行になるようにすれば、回避可能。

 

 もう、四の五の言ってられません。ほかに、どんなトラップがあるか分からない以上、油断してはいけないと思うんです。

 

 だから、最大のトラップ防止策として、こうして手摺の上などを走ればいいというわけです。

 

 ……正直、もうあんな姿になりたくないですし。

 

 あと、ボクが全員捕まえれば、鬼側にいる人たちがトラップに引っ掛かりにくくなるからね。

 

 さ、さすがに、女の子があのトラップに引っ掛かるのは、その……倫理的にちょっと……問題があると思うので。

 

『すごいすごい! 男女依桜さん、三十センチほどしかない手摺の上を、ものすごい速さで駆け抜けていきます! そしてそのまま、先の方にいた逃走者をタッチ! さらにさらに、止まらずに走り続ける! 道中のアスレチックも何の苦労もせずに越えていきます!』

 

 もう、目立ちたくないとか言ってられないもん。

 

 少なくとも、こっちの世界の人でも、鍛えればできる! って言うレベルで体を動かしているから、何とかなりそう。

 

 ……最悪の場合は、このゲームの不具合、ということにしておけばいいしね。

 

 ……あ、終わったら学園長先生にお仕置きしないと。

 

 さすがに、あれはやりすぎだから。

 

 そう心に決め、ボクの逃走者狩りが始まった。




 どうも、九十九一です。
 なんか、おかしな回になってしまったような……いや、おかしいのはいつもですが、何と言うか……完全にエロ方面になってしまった気がしなくもない……。うーん、やっぱり、あまり出さないほうがいい、のかな、これ。ちょっと、考えないといけないかもです。
 ……こんな終わりになったので、頑張ればあと1,2話程度で終わらせられるかもしれません。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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135件目 アスレチック鬼ごっこ3

 というわけで、あまりのトラップの酷さに、ボクはこの競技に関しての自重はやめて、ある程度の力を出して臨むことにした。

 

 ……なんか、この言い方だと、中二病みたい。

 一応、中二病じゃない……と思うけど。多分。

 

「見つけたっ!」

『げえ!? 天使ちゃん!?』

 

 現在の階層は二階。

 

 ボクが逃走者を全員捕まえると決めてから、七分程度で、すでに四人捕まえた。

 現在も、暗殺者時代の感覚で建物内を疾駆しており、また一人ターゲットを見つけた。

 その途中、またしても床にトラップが仕掛けられており、発動するも、

 

「ふっ――!」

『ちょ、普通に避けられた!?』

 

 頭上にあった棒を掴んで回転、そのままトラップから出現した縄をそこに巻き付けさせ、ボクは回転の遠心力を使って跳ぶ。

 その勢いを活かしたまま、背を向けて走っている逃走者めがけて走り、背中をタッチ。

 

「つぎっ!」

 

 捕まえても、その場にとどまらず、また走る。

 もう卑怯だのなんだのを言っていられる場合じゃないので、能力もある程度使用。

 『気配感知』を使い、索敵。

 見たところ、一階層の人は全員捕まえてあるみたいだったので、スルー。

 

 二階層に、あと十人ほどいるみたいなので、そっちへ向かう。

 

 正直、どんなトラップが来ても、避けてしまえばいいので、もう気にしない。

 仮に、さっきのトラップのような滑る系のものが仕掛けられていたとしても、むしろ滑りを利用して走ればいいわけだから問題なし。

 

 さらに走り続け、道中のアスレチックも軽々と突破し、次の曲がり角に二人いることを感知。

 道中に、トラップが三つあったと考えると、あったとしても一つ。

 さっきのような嵌め技みたいな仕掛けにはなっていないはず。

 なら、さっき同様回避するのみ。

 

「見つけましたよっ!」

『て、天使ちゃん!?』

『うっそー!? なんでここが分かったの!?』

 

 なんでと言われましても、『気配感知』使ってますから。

 

『くっ、天使ちゃんだったら捕まってもいいけど……負けるわけにはいかないのよ!』

『そうね! 逃げ延びるわよ!』

 

 と、意気込んで走り出す。

 

 ボクもスピードを緩めることなく二人を追いかける。

 

 ふふふー。そこそこ本気になったボク相手に、逃げられると思わないことですね!

 

 もう自棄なので、キャラがブレてると思うけど、もういいんです。この競技だけでも、はっちゃけちゃっても問題ないよね!

 普段、ボクだって酷い目に遭ってるんだもん。

 こういう時くらい、ストレスを発散したいのです。

 やっぱり、ストレスが溜まったら、運動して発散するのが一番良いよね。

 

「はい、タッチです」

『くぅっ、やっぱり天使ちゃんには敵わないよー』

『っていうか、天使ちゃん速すぎ……』

「ふふっ、ありがとうございます」

『『はぅあ!』』

 

 なんとなく、にっこり微笑んだら、捕まえた女の子二人が、胸を抑えて消えて行った。

 最後のは何だったんだろう?

 ま、いっか。

 さあ、どんどん行こう!

 

 

『なななななんと! 一度トラップにかかった後から、男女依桜さんの動きががらりと変わりましたーー! 軽い身のこなしで、道中のアスレチックをいとも簡単に突破していきます! しかも、逃走者がどこにいるのかわかっているかのように、なんの迷いもなく建物内を逃げ回る逃走者たちを捕まえていきます! 十分で、二階層にいた人、全員捕まえてしまいました! 伊達に女神とか、天使とか言われておりません! 鬼側にとっては、まさしく勝利の天使と言うべき存在ですが、逃走側からしたら、悪魔のような存在です!』

 

 実況の人の言う通り、あのあと二階層にいた人を全員捕まえることに成功。

 

 そのまま、三階へと上がる。

 道中に設置されているアスレチックは、ボクにとって、路傍の小石でしかない。

 

 師匠に修業時代行かされた場所の方が、圧倒的にきつかったもん。これの比じゃないもん。下手をしたら死んじゃうもん、あれ。

 地獄の修業時代をくぐり抜けてきたボクからしたら、自然に突破できますとも。

 

 後のことは考えない。

 

 考えてしまったら、躊躇して、勝てなくなっちゃうし。

 それに、早く終わらせれば、トラップにかかる可能性もある程度潰せるからね。

 だから、このまま全速前進あるのみです!

 

『現在、一階層、二階層にいた逃走者は、軒並み確保され、全階層合計で、四十三人脱落しています! ですが、まだあと、百二十五人います! 残り時間、六十分! 果たして、勝つのはどちらか!?』

 

 むぅ、あと六十分か……。

 

 うーん、この調子だと間に合わない可能性もあるし……。

 正直、階層を移動するのが一番時間のロスが大きい。

 だって、10メートルもあるし。

 しかも、螺旋階段だから、ショートカットができない。

 そうすると、採れる行動が限られてくる。

 

 話し合いの前に一度、外からこの建物を見たところ、このキューブ状の建物は、各階の壁の外側から、木の枝が飛び出ていた。

 遠目だったからあれだけど、少なくとも人一人がぶら下がっても全然問題なさそうだった。

 そうと決まれば、次から上に上がる時は、あの木を使おう。

 その前に、この階にいる人たちを捕まえないとね。

 

 うーんと、人数は……十八人。

 鬼側は、四人、と。

 うーん、十八人相手に四人か。

 この広さで十八人だと、逃げるのは大変そうだね。

 100×100ってそこまで広いようには感じないし……まあ、これくらいなら全然問題なし。

 

「あ、だれかトラップにひっかかっちゃってる」

 

 鬼側の誰かがトラップにかかって、足止めを喰らってしまっているみたい。

 ほかの三人は、何とか動いてるって感じだけど、動きが少し遅い気もするかな。

 考えてみれば、約四倍の人数差があるってことを考えたら、疲れて当然、か。

 人数が多い分、動かなければいけない時間も延びるわけだし。

 

 それに、トラップのことも考えたら、抜け出したりするのにも時間がかかるし、学園長先生曰く、捕縛系は一分程度で消えるみたいだけど、それを知らない人は抜け出そうと必死になるからね。

 そこで体力の無駄遣いをしたら、疲れてしまう。

 ボクの場合は、肉体面よりも精神面の方に疲労が出るので、大丈夫だけど。

 さて、とりあえず、ここの階層の十八人も捕まえてしまおう。

 『気配感知』では、どうやらこの近くに三人ほどで固まっている人たちがいる。

 しかも、動きが同じ場所を行ったり来たり。

 

 となると、この付近にはトラップが仕掛けられていると思ったほうがいいかも。

 

 問題は、いくつあるかどうか、かな。

 

 少なくとも、鬼側の人の誰かが引っかかったところを除けば、あと四つ。

 おそらく、行ったり来たりしている三人の近くにあるとなると、最低でも一つ。

 もし、ボクが引っかかった時みたいに、二段構えだった場合もあると考えると、一つとは限らないかもしれない。

 

 こういう時、『罠看破』の能力があると便利なんだけどね……。

 一応、暗殺者の能力だから、覚えられないこともないんだけど、師匠に、

 

『んなもんなくても、問題ない。引っかかっても、当たる前に避けりゃいい』

 

 って言われたため、ボクはその能力を持っていないのです。

 ……まあ、実際ボクも避けてるからいいと言えばいいんだけど。

 

「じかんもないし、いそごう」

 

 

 三階層目のアスレチックは、何と言うか、自然系? って言うのかな? そんな感じのものばかりだった。

 

 縄で吊るされた丸太の上を走ったり、二メートルほどの高さの木でできた壁を乗り越えたり、あとは、結構な斜度がある床……というより、ほとんど壁のような道とかね。

 この建物自体が木造だけど、今のところ、一~三階層は、全部木造でできている。

 階層によっては、材質とかも変わるのかもしれないね。

 

 一旦考えるのは保留に、ボクは例の三人の近くに来ていた。

 

 曲がり角で一旦止まり、向こうの様子をうかがうと、やっぱりうろうろしていた。

 鬼が来るのを待っているのかな、あれ。

 捕縛系なら一分は稼げるし、鬼ごっこにおける一分って結構大きいと思うんだよね。

 だから、気持ちはわかるんだけど、ボク相手だと、ほとんど意味を成していないような気がする。

 まあ、それ以前に逃走側が待ち伏せしてもあまり意味がないような気がするけど。

 何はともあれ、さっさと突撃、だね!

 そう思い、曲がり角から姿を現し三人のところへ。

 

『なに!? 実況で聞いてはいたが、二階層にいたのはついさっきだろ!?』

『天使ちゃん、どんだけ運動神経イイんだよ!』

『おい、逃げるぞ!』

 

 曲がり角から突然現れたボクに、三人が焦りの表情を見せた。

 運動神経がいい悪い以前に、異世界で鍛えてたからね。

 以前のボクだったら、全然動けなかったよ。だって、どちらかと言えば運動は苦手だったし。

 それに、握力だって、20キロ程度だったもん。しかも、男の時。

 

 ……あれ、そう考えたら、以前のボクって非力過ぎない?

 ……悲しくなってきた。

 

「っと、あ、あぶないあぶない」

 

 一瞬、気落ちしたけど、足元が光ったことですぐに気を持ち直して回避。

 うん。体が小さいと、こういう時小回りが利くし、逃れやすくなるね。

 ある意味、暗殺者に向いた体かもしれない。

 

『やべえ、トラップを回避された!』

『そんなことありえるのかよ!?』

『さっき、まぐれって言ってたよな!? なぁ!?』

 

 まぐれじゃないです。一応、ボクの身体技術です。

 一応、目で追えないほどの動きをしているわけじゃないけど、ボクが本気を出したら、避けるところも見えないレベルになるんじゃないかな。いや、やらないけど。

 

「はい、じゃあ、タッチですね」

『くそぅ! 逃げ延びて、MVPになって、女子をデートに誘うという夢が――』

『捕まえられた相手が、天使ちゃんだったし、いいや……』

『いよっしゃあ! 合法的に幼女に触れたどー!』

 

 ……この学園に、まともな人って、いないの?

 なんか、とんでもないこと言った人がいたような気がするんだけど……。

 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない、よね。

 

「つぎっ!」

 

 

 どうやら、三階層にいたボク以外の人が頑張ってくれたらしく、半数近くの人が脱落していた。

 

 八人捕まえたから……この階は残りは七人。

 それで、制限時間は……五十三分。

 

 うーん、この調子だと、時間以内の全員捕まえるのはほとんど不可能かも……。

 三階層でこれって考えると、いかに二階層で手を抜いていたかがわかる状況だね、これ。

 うん。本気を出そう。

 じゃないと、勝てない。

 ここまで来たのなら、優勝はしたいしね。

 ……それに、みんなが一位を獲った意味がなくなっちゃうし、何よりも……ボク自身が報われない気がするので。

 

「さっさと、おわらせよう!」

 

 

 さっき以上の速度で走り続けると、幸いなことに、ほとんどの人が近くにいてくれた。

 人数は五人。

 合流して、一緒に行動しているわけじゃなさそう、かな。

 うん。だったら簡単。

 

 ボクは、スピードを緩めることなく、建物内を走り続け、例によってアスレチックそのものも意に介さず突破。

 すると、逃走者の人たちに近づいてきた。

 幸いにも、ボクの足音には気付いておらず、背を向けている状態。

 あ、ちなみに、『気配遮断』と『消音』に関しては使っていません。

 単純に、足音がほとんど鳴っていないのは、純粋な身体技術によるものです。師匠に仕込まれました。それに、周囲と同化させるようにしているため、こうしてバレないというわけです。あ、これは能力でも、スキルでもないですよ。

 

「タッチ、です」

『は!? ちょ、て、天使ちゃ――』

『おい、どうし……って、まずい! みんな、天使ちゃんが来たぞ! 逃げろ!』

 

 一人を捕まえたことで、近くにいた人たちの一人がボクの存在に気づいた。

 慌てて逃げていくものの、

 

「せなかががら空きですよ」

 

 そう言いながら、にっこり微笑んで背中に手を触れた。

 

『これは無理だろぉ!』

 

 そんな文句? を発しながら消えていくのを横目に、さらに進む。

 ここは30メートルほどの直線の道なので、目の前にいる人たちが良く見える。

 暗殺者相手に、一本道で背を向けるのは悪手ですよー。

 

「タッチです♪」

『くぅ、天使ちゃん、可愛いの強いなんてぇ!』

 

 と、また一人捕まえ、その後も、一人、また一人と捕まえていき、残り時間五十分になる頃には、三階層にいた逃走者の人たちを全員捕まえることに成功していた。

 

 うん。ちょっと楽しくなってきたかも。




 どうも、九十九一です。
 1、2話程度で終わると言っておきながら、もう少しかかるような気がしてならないです。できれば、早く終わらせて、日常回に進みたいんですけどね……。くそぅ。
 ここのところ、一話辺りの文字数も少し減っているような気もしてますし……二ヶ月間も同じ長編書いてたらこうなるんですかね?
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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136件目 アスレチック鬼ごっこ4

 ここまで来たら勝ちを狙うということで、『身体強化』も使用。

 それに、これくらいしないと間に合わない。

 と言うのも、現在の身体能力の最大値まで発揮しようものなら、木造の床なんて簡単に穴が開いちゃうため。

 

 いつぞやの時も説明したかもしれないけど、あくまでも、少ない力で倍以上の力を出すだけのスキルなので、床を壊す心配はないです。

 ……まあ、殴る蹴るなどの行為をすれば確実に壊せるので、注意が必要ですが。

 少なくとも、走る分には何の問題もありません。

 

 強化割合は……とりあえず、二倍くらいでいいかな。

 あまりやりすぎると、異常なスピードになっちゃうし。

 ……それ以前に、さっきかしている行動そのものが異常だったりするけど、いいよね。もう手遅れな気がするもん。

 

 『身体強化』を用いて、二倍に引き上げる。

 そのまま、さっきと同じスピードで走り始めると、さっきよりも速い速度が出た。

 内心で、これでよし、と思いながら近くの外壁に向かう。

 

『三階層にいた逃走者を全滅させた男女依桜さん、先ほどよりもさらに速い速度で走っております! そんな男女依桜さんですが……なぜか建物の外壁に向かっているようですが……?』

 

 外壁に到着し、外を覗くと、外で見た時見つけた、木の枝があった。

 それなりの太さを持っているから、大丈夫そうだね。

 

 高さは……うん、二メートルほどかな?

 これくらいなら、全然問題なしだね。

 

 ボクは外壁の手摺に足をかけると、そのまま勢いよく飛びあがり、枝に手をかける。

 そのまま棒を使って縄を回避したように、枝を掴んで回転。と言っても、半回転ほどだけど。

 そのまま木の枝の上に着地し、坂のようになっている枝を駆け抜け、四階層へ。

 

 何の問題もなく、四階層に到達。壁を乗り越えて、内部へ。

 ……正直なところ、この世界って言ってしまえばゲームのようなものだから、侵入不可の不可視の壁があるんじゃないか、と心配したけど……杞憂で何より。

 

 この階層にいる人数は、十五人。鬼側の人数は、五人。

 うーん、やっぱり人の数が多いかぁ……。

 

 四階層含めて、残り七階層。

 残り時間は、四十八分。

 

 そうなると、一階層につき、最低でも六分ほどで全員を捕まえないといけない。

 まあ、ボクだけの場合だけど。

 

 ……と言っても、どうやら他の人たちはトラップを考えてか、慎重に行動しているみたいだから、今の状況は、圧倒的に逃走側が有利って言うことだね。

 

『ええええええ!? まさかの、正規ルートで行かず、建物の外側にある枝を使って上階へ到達! まるで忍者! まるで暗殺者のようです!』

 

 まるでもなにも、本当に暗殺者なんだけどね。

 さて、時間もないし、急ごう。

 

 

 四階層は、石でできたものが多かった。

 

 と言っても、本質そのものは一~三階と大して差はなかったけど。

 つまるところ、自棄になったボクをどうこうできるようなものじゃないってことだね。

 

 それで、えーっと……集団が三。

 三人グループと、五人グループ。あとは、六人グループ、と。それ以外だと、一人だけが単独行動してるって感じかな?

 

 それに、単独行動している人に関しては、どうやら鬼側の人が追い詰めているみたいだから問題なし、かな。あ、今捕まった。

 となると、残るは三つのグループのみ、と。

 トラップの方がどうなっているかはわからないけど、この際しょうがない。

 全部無視。踏んでも通り過ぎても、全部回避。これだけ。今さらトラップの心配なんてしてたら、師匠に笑われるどころか、怒られちゃうもん。

 

「六分でおわらせるっ!」

 

 

 まず最初に出会ったのは、六人グループ。

 見たところ、男子が四人、女の子が二人と言った構成。

 どうやら、男子の人たちが、女の子を守るようにして動いているみたい。

 それに、警戒も怠っていないところを見ると、しっかりしてるね。

 

 ……まあ、少し気が抜けているのか、警戒しつつも、会話をしているのは減点かな。

 ああいうのは、常に緊張感をもって臨まないと、いざ敵が出てきた時にわずかに反応が送れるもん。そもそも、どたどたと足音を立てて襲い掛かってくる暗殺者がどこにいるの? って話ですよ。

 

 ……あ。ついつい、向こうのノリで見ていたけど、考えてみたら、一般人だったよ。ボクが異常なだけで、向こうの人たちはどこにでもいる、普通の高校生だった。

 

 うーん、追う側になると、なぜか暗殺者的思考をしちゃうなぁ……これだと、師匠のこと言えないよ。

 

 まあ、それはさておき、時間もないのでさっさと行こう。

 

 こういう時、『縮地』が使えればよかったんだけどね。師匠から教わっておけばよかったよ……まあ、無いものねだりしてもしょうがないので、いいんだけど。

 

 それに、本物の『縮地』はできなくとも、似たようなことだったできないことはないし……。

 

 踏み込みを入れる瞬間に『身体強化』を最大で使用すれば、一瞬で移動可能! それでいて、インパクトは一瞬なので、床が壊れることもない。

 ……まあ、加減とタイミングを間違えたら大破壊なんだけどね……。

 

 こ、ここで失敗したらとんでもない脚力の持ち主だと思われてしまうけど……背に腹は代えられない。

 なら、やるしかないよねっ!

 

「すぅー……ふっ――!」

 

 精神統一の深呼吸をした直後に、大きく踏み込みを入れ、それと同時に、一瞬で最大の『身体強化』を使用。

 ドンッ! という音は鳴ったものの、建物が壊れる様子はなく、ボクはかなりかなりの速度を出して六人グループのところへ急接近。

 

「けいかいをもっとしてくださいね」

『は――? うおわ!? て、ててててんし――』

『水戸―――! くそっ、天使ちゃん、どっから現れたんだ!? って、うわぁ!』

『やばい! 速く逃げ――』

『くそぉ! 途中に罠も仕掛けられてたはずなのに、なんで発動しなかったんだよ!』

『て、天使ちゃんが神出鬼没すぎるわ!』

『に、にげない――』

「はい、しゅうりょーです」

 

 接近から捕まえるまでの時間、わずか十秒。

 

 うーん、もう少し早くできた気がするけど……さすがに、あれ以上は今のボクには無理。

 師匠なら五秒もかからないんだろうけど、ボクは凡人です。師匠のような、規格外の天才じゃないので、あれ以上のスピードは出せません。

 ……それに、今回成功したのは、単純に今の姿だったからだしね。

 本来の姿でやったら、さすがに建物が耐え切れなくて、壊れる可能性大だもん。

 ……まあ、今回のもわりとギリギリだとは思うけど。

 

 実際……

 

「……や、やりすぎた、かな?」

 

 少し凹んでたもん。

 

 う、うーん、大丈夫、だよね、これ。

 だ、大丈夫、ということにしておこう。うん。

 

『は、速い! 男女依桜さん、まるで何もないところから現れたかのような動きで、瞬く間に六人確保! 現在進行形で、無双状態になりつつあります! しかも、途中に設置されていたトラップも、まるで意味を成しておりませんでした!』

 

 ……そう言えば、捕まえた人の中に、罠が発動しなかった、って言っていた人がいたけど……もしかして、縮地もどきを使って移動した途中に、トラップがあった……?

 でも、光った瞬間はなかったし……。

 

 もしかしてだけど、一定のスピードを超えると、感知しきれなくて、不発に終わる、とか?

 ……うん。何も見なかったことにしよう。

 

「そんなことよりも、ほかの人をつかまえないと!」

 

 次なるターゲットに向かって、再び建物内を疾走しだした。

 

 

 あれから十分が経過。

 

 気が付けば、ボクは六階層にいた。

 

 ボクの活躍? に感化されたのか、鬼側の人たちがかなり頑張ってくれたようで、各階でそれなりの人数を削ってくれたみたいで、六階には十一人いたのだけど、ボクが到達する頃には、四人にまで減っていた。

 

 かなりありがたいです。

 

 この上の階層の方も、頑張ってくれているらしく、十階層に至っては、あと二人となっているみたい。普通にすごいと思います。

 

 さて、六階層は残り四人で、制限時間は、残り三十六分。目標通り、四階層と五階層は六分で終わらせました。

 おそらく、ボクが捕まえている間に、十階は全滅させられると思うので、少なくとも……九階層にはいくことになる、かな?

 まだやってみないとわからないけど。

 

 それで、この階の四人は……あー、見事にばらけちゃってる。

 

 でも、その内二人は追い込んでくるているみたいで、一人はもう捕まる寸前。もう一人もそれなりに距離はあるけど、疲れてきているのか、スピードが徐々に落ちてきている。

 

 そうなると、ボクが狙うべきは、追われていない二人の方。

 

 うーんと……どうやら、一人はこの近くにいるみたいだけど、もう一人についてはそこそこ距離があるみたいだ。

 まあ、少し遠くなるだけで、大して問題もない。

 一人はこの先の曲がり角、と。

 

 その前に、アスレチックがあるんだけど……そこまで大変なものじゃないね。

 

 どうやら、六階は水上系のアスレチックがメインのようで、例の紫色の液体が満たされた沼のような場所に、いくつかの丸太が立ててあり、それを飛び移って渡るものみたい。

 うん。これくらい、向こうでよくやってたからね。

 

 ……まあ、底なし沼だったけど。しかも、落ちたら二度と戻れないような、かなり危険なの。

 この紫色の液体がどういったものかはわからないけど、少なくともそう言った類の物じゃないはず。

 仮に落ちたとしても、簡単に抜け出せるだろうかあまり心配はいらないかもしれない。

 

 でも、慢心はしない。

 慢心……をした結果が、今のボクの女の子な姿なわけだしね。

 

 こう言うのは、もういちいち渡っていたら時間のロス。

 なら……。

 

「やっ、ほっ、と!」

 

 丸太の上を飛び移るのではなく、丸太の側面を蹴って進む。

 

『なんかもう、驚きすぎて、男女依桜さんの行動に慣れつつありますが……さすがに、立ててある丸太の側面を蹴って向こう岸に渡るとか、完全に予想外です! と言うか、人間に可能なんですかね、その動き! やってることが、本当に忍者と同レベルなんですが!』

 

 いえ、暗殺者です。

 

 ……なんて言ったら、どういう反応されるのかな。

 少なくとも、信じてもらえそうにはない。

 見た目の問題で。

 この姿だと、あまり強そうには見えないからね。

 

 ……それを言ったら、美天杯もそうだったのかもしれない。

 なにせ、一方的に佐々木君を伸しちゃったわけだし……。まあ、悪いとは思ってないけどね。態徒をあんな目に遭わせたんだもん。いくら平和主義なボクと言えど、あればかりは、ね。

 

 それに、向こうでのボクだったら、あれで済まなかったかもしれない。

 

 この世界においてのボクは、絶対に殺人はしないと決めている。どんなに極悪非道で、更正してもまともな人にならないとしても、絶対に殺さない。

 

 証拠を残すようなミスは絶対にしないけど、だとしてもダメ。これ以上やれば、殺すことに躊躇いがなくなってしまうからね。

 

 それに、日本は割と平和だし、賄賂なんてものがない限りは、相応の罰を与えてくれるから。

 

 思考が脱線しちゃった。

 

 えーっと、この先にいる、ね。これ、どう見ても待ち伏せ、だね。

 

 うーん、逃走側の人たち、なんでこうも待ち伏せをするのかなぁ。

 しかも、ボクが行くところに絶対にいる気がするし……。と言っても、さすがにそれは偶然、だよね。

 まあ、ボクにトラップは通用しないし、縮地もどきなら発動する前に回避することもできるから、心配はいらないけど、念には念を入れて警戒しよう。

 

「見つけました!」

『くそ! 五階の奴らが全滅したって言ってたから、いずれ来るだろうとは思ってたけど……速すぎだろ! まだ、全滅してから一分も経ってねえよ!』

 

 あれ、そうだったかな?

 

 うーん、やっぱり正規ルートじゃないから、大幅に時間を削れてるみたいだね。

 若干迷路のようになってるこの建物内で、正規ルートで行こうとすると、どうしても時間がかかる。階段の位置はまばらだけど、大体は中心部に近い位置にある。

 そこまで行くのが何と言うか……ちょっと面倒くさい。

 だから、比較的簡単に行ける(依桜のみ)ルートで来ているから、結構速く到達できる。

 

「にがしませんっ!」

 

 そう言いながら、背を向けて本気で逃げる男子を追いかけると、上の方から光が発された。

 珍しく、天井設置型のトラップみたい。

 とりあえず、気にせず通り抜けようとすると……

 

「――ッ!? 液体!?」

 

 謎の白い液体が噴き出してきた。

 

 慌てて回避するも、嫌悪感に似た何かが胸のうちに発生し、若干動きが鈍くなってしまった。

 そして最悪なことに、この液体、妙に年生があるし、しかも……

 

「ふ、服がとけてるんですが!」

 

 ボクの着ていた服を溶かしていた。

 うぅ、なんか気持ち悪いぃ……。

 全身にかかっちゃったよ……油断しないって決めてたのに、これだもん。

 と、そんなことを思っていると……無意識に、口の横についていた液体を、思わず舐めちゃった。

 すると、口の中に甘みと酸味のバランスが絶妙な……って、

 

「……あれ、ヨーグルト?」

 

 味は、どういうわけかヨーグルトだった。

 地味に美味しいのが何とも言えない……。

 って、そんなことはどうでもよくて!

 

『おーっと! ここまで、トラップのすべてを回避していた男女依桜さんですが、謎の白い液体を被ってしまいましたー! って、服が溶けてます! まずい! これは非常に、まずい! 学園長先生、どうにかならないんですか!?』

『あー、じゃあ、モザイクでもかけておく?』

『そ、それはそれでいやらしい何かに見えなくもないですが……犯罪者や死人を出すわけにはいきません! お願いします!』

『はいはーい。とりあえず、こっちの映像からは見えないようにしておきます』

 

 と、学園長先生が言うものの……これ、本当にかかってるの?

 いや、白い液体はかかってるけど。

 

『どうやら、しっかりモザイクはかかっているようなので、安心ですね! って、こら観客! 露骨にがっかりしない! あと、ブーイングもしない!』

 

 ……聞かなかったことにしよう。

 

 うぅ、それにしても、上着が所々溶けて、下着が見えちゃってるよ……。

 ……そう言えば、母さん、なんでスポーツブラなんて持ってたんだろう。それも、今の姿に合わせたもの。

 

 正直、師匠や学園長先生も謎で、闇が深いような気がするけど……なんだかんだで一番闇が深いのは、母さんなんじゃないかな。

 

 うん。それはさておき、服が全損しなかったのは不幸中の幸いだったかな。

 ……まあ、水色の下着がちょっと見えちゃってるけど……普段の姿よりも羞恥心はない。決して、0というわけじゃないけど。

 うぅ、こんなトラップを仕掛けた人、絶対女の子相手に使おうとしてたよね。

 ……ちょっと美味しかったけど。

 

「うぅ、やつあたりだぁ!」

『え、ちょっ、はや――』

 

 あられもない? 姿のボクを見て、ぼーっと立っていた男子の人めがけて肉薄し、その体に触れると、驚愕の表情で消えて行った。

 一度ならず、二度までも……学園長先生には、かなりキツイお仕置きが必要だよね!

 

 

 その後、かなり恥ずかしい格好で動き回ることになったけど、一度スイッチが入るとそこまで気にならなくなった。

 

 ……女の子として、それはどうなんだろう、と思ったけど……って、ボクは男なんだってばぁ!

 

 うぅ、なんか最近、自分が女の子だと思うようになってきちゃってるよぉ……。

 

 女の子になって初めて学園に登校した次の日に、女委が言っていたことが本当になってきているような気がして、なんだか落ち着かないような……。

 もしかして、近い将来、今の姿が普通だと思うようになる日が来る、のかな。

 

 ……うん。怖い。と言うより、本当にそうなりそう。

 

「……今こわがってもしかたないよね」

 

 うん。今は、目の前の競技に集中!

 

 気が付けば、六階にいる人は、いなくなっていた。

 どうやら、鬼側の人たちが頑張ってくれたみたいだね。

 それじゃあ、ボクは七階層に急ごう!

 そう意気込みながら、ボクは枝の方へと飛び出していった。




 どうも、九十九一です。
 もうあれなので、次の回で頑張って鬼ごっこを終わらせようと思います。多分終わる。きっと。おそらく。どの道、あと7、8、9階層をやるだけですからね! 何とかなるでしょう!
 そうなると、ようやくこの約二ヶ月間に渡って書いてきた、無駄に長い体育祭ともおさらばです。別に手を抜いたり、書きたくないと思っていたわけじゃないですが。
 明日も、ちゃんと終わらせることができれば、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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137件目 アスレチック鬼ごっこ5

 七階層に到達。

 

 まだ二階層にいる時は、たしか十九人だったのに対し、今は八人くらいにまで減っていた。

 

 あの、ボクが言うのもなんだけど、かなり優秀だと思うんだけど……。結構な人数差があったにもかかわらず、この短時間で結構な人数を捕まえたみたいだし。

 

 うーん、この先、ボクがいなくても何とかなるような気がしなくもないけど……さすがに、さぼるのはだめ。

 必ず勝つためには、ボクも今の姿で出せる力を使わないといけないもん。

 

 それで、この階はどうなっているのかなー、っと。

 やっぱり、グループで移動している人がいるね。

 

 正直なところ、この競技に関しては、グループで動くよりも、個人で動いたほうが有利な気がするんだけどなぁ。

 

 そもそも、人数が多いということは、なにも利点だけじゃない。

 多ければ多いほど、集団で行動する人が増えて、こちらは少人数である程度捕まえることができるからね。

 

 それに、普通の鬼ごっこじゃなくて、道中にアスレチックがあることも踏まえると、四人以上で固まって行動するのは、明らかに悪手。

 

 何か考えがあってのことなのか、単純に考えなしに、純粋に楽しむためにやっているのか、どっちなんだろう?

 まあ、どっちでも捕まえるから関係ないかな。

 捕まえてしまえば、何の意味もないもん。

 

 それじゃあ、近くにいるところから攻めて行こう。

 

 

 七階層は、何と言うか、地上と言うよりも、上の方でやるようなアスレチックがメインだった。

 

 グラグラ動く吊り橋とか、瓦屋根の上を走ったりとか、そう言ったものが多い。

 

 比較的普通なのかな。

 

 もしかすると、ある意味では当たりの階層かも。

 

 んーと……あ、いた。

 移動しながら、周囲を見回す。もちろん、『気配感知』も使用しているので、どこにいるか、と言うのは丸わかりなんだけどね。

 

 えーっと、近くにいるのは、三人組かな。

 まあ、三人組だったら、まだ許容範囲レベルかな。

 

 あれくらいなら、逃げる時に、お互いが邪魔にならないしね。もちろん、狭いところだとちょっと厳しくなるかもしれないけど、最悪の場合、最後尾の人を切り捨てて逃げる、なんてこともできる。本当に最悪の場合でしか使わない手だと思うけど。

 

 でも、見たところそんなに警戒していないね、あれ。

 

 もしかすると、仲の良い友人だけのグループって感じかもね。ボクたちみたいな。

 だからと言って、手加減する気もないし、逃がす気もない。

 

 それに、早く終わらせて、学園長先生にお仕置きしないとけないしね!

 

 というわけで……

 

「おしゃべりもいいですけど、ちゃんとしゅういに気をくばってくださいね」

『ええ!? ちょ、いったいどこ――』

『あ、悪魔だ! 悪魔すぎるー!』

『畜生! ここまでか!』

 

 うーん、いろんな反応をしてくれるから、ちょっと楽しい。

 悔しそうにする人とか、驚愕の表情を浮かべながら消えていく人とか。

 ……まあ、中には恍惚? の表情で消えていく人もいるけど。

 それでも、何と言うか……暗殺者的には、やっぱり嬉しいと言うか、楽しいものがある。

 

 忍び寄って、一瞬で落とす、みたいなことをするからね。向こうの世界だと、ボクが背後に立って声をかけた瞬間、ほとんどの人が、すごいスピードで距離を取って武器を構えてくるからね。

 

 そもそも、暗殺者なのに声をかけちゃいけないとは思うけど。何と言うか、つい……。

 

 それにしても、いい反応をするね、こっちの人は。

 ふふふ。楽しい。

 

 …………あれ、ボクって、こんな性格だったっけ?

 

 もしかして、度重なるストレスに、ちょっとずつ壊れて来てたり……? うん。ありそうだから、なんか怖い。

 さすがに、ボクにも休憩期間のような物が欲しい。

 

「なんて、ぐちを言ってもしかたないよね」

 

 うじうじ考えるのは後。

 今は、全滅、これが優先だよね!

 

 

 さらに七階層を駆け回り、三つ目のグループを発見。

 

 現状、この階にいるグループは二人グループ(と言うよりペア?)と、三人グループの計二つ。ボクが捕まえた分も入れれば、三つ。

 

 その内、三人グループは捕まえたので、残るグループはあと一つ。

 それで、今見つけたのがそのグループと言うわけです。

 

 制限時間は、残り三十五分。幸いなことに、六階にいた人たちが頑張ってくれたおかげで、予定よりも早く片付けられたので、二分短縮でき、七階層も大幅短縮ができた。

 

 それに、十階層は全滅したみたいなので、残るは実質、八階層と九階層のみ。

 うん。割と余裕はあるね。だからと言って、油断はしないけど。

 

 とりあえず、『気配感知』を頼りに、近くまで来たんだけど……なるほど、ボクの下側にいるみたいだ。

 幸い、ここは吊り橋だから、いっそ飛び降りたほうが早いよね。

 

 それでは、早速……

 

「上もけいかいしてくださいね!」

『て、天使が上から降ってき――ぶはっ!?』

『おい、どうし――ぶはっ!?』

 

 と、ボクが突然上から現れたからかはわからないけど、突然鼻血を噴き出した。

 えーっと、なんで?

 ま、まあ、とりあえず、捕獲、と。

 

「タッチ、です」

『つ、捕まっちまったが……』

『あ、ああ。いいものが見れたぜ……』

 

 なぜか、仏様のような微笑みをしながらサムズアップをされた。

 え、えーっと、どういう意味だったんだろう?

 

「なんだかよくわからないけど……つぎに行こう!」

 

 七階層に誰もいないことを確認してから、ボクはまた、枝の方へと向かって行った。

 

 

『さあ、アスレチック鬼ごっこも、いよいよ終盤に近付いてまいりました! 現在、圧倒的速度! 圧倒的アクロバティックな動きで無双し続けている男女依桜さんは、次なる得物を求めて、いつも通りに外側から八階層へと侵入し、爆走しています! なんかもう、何度もやっている姿を見ていたら、もう慣れました! そして、この競技中において、男女依桜さんは、『天使』だけでなく、『悪魔』とか、『小悪魔』とか、『堕天使』とか、『アサシン』など呼ばれています!』

 

 ……どうしよう、前半三つに関しては否定するけど、最後の一つに関しては……全く否定もできないし、反論もできない。

 

 本当に暗殺者ですし……。

 

 というか、堕天使とか悪魔って何!?

 

 ボク、そんなに酷いことしてな――いとは言い切れない、かも。

 

 考えてみれば、縮地もどきを使って一瞬で肉薄したり、足音を限りなく抑えて近づいて、背後に立ったり、あとは、せっかく待ち伏せしてトラップにかけようとしていたのに、ほとんど回避。

 

 そんなことをされたら、悪魔、って言われても不思議じゃない、よね、これ。

 

 それにしても、小悪魔、ってなに?

 ちょっと気になるけど、悪魔と何が違うんだろう?

 

『現在、逃走側の残り人数は、十九人! 対して、鬼側は、続々と八階層、九階層に向かっております! 圧倒的人数の有利と、トラップにより、優勢に見えた逃走者側ですが、男女依桜さんの猛進により、絶体絶命の状況に陥っています! 果たして、勝つのはどっちか!?』

 

 十九人。今の残り時間が三十二分。

 こちら側が四十一人で、下の方からも人が来てると考えて……最長十五分もあれば終わるかな?

 最短で行けば、十分で行けるかも。

 うん。じゃあ行こう。

 

 

 八階層にあるのは……何と言うか、その……スパイ映画で見るような、赤いレーザーが張り巡らされた通路や、空中を移動するリフト、水球が飛んでくる広場、など色々なものがあった。

 

 赤いレーザーはおそらくだけど、赤外線センサーなんじゃないかな? さすがに、体が切れる、なんてわけじゃないと思うもん。もしそうなら、かなり実況で言ってそうだしね。

 

 問題は、触れたらどうなるか、なんだけど。

 

 うーん、学園長先生が関わっている時点で、変な縛られ方をしたり、服を溶かす謎の液体をかけられたり、と本当に嫌なトラップばかりだったことを考えると、酷いものに違いないよね。

 

 当たらないに越したことはないよね。

 

 見たところ、そこまで幅が狭いわけじゃないし、これなら問題ないね。

 

 ……師匠が仕掛けた、光魔法のトラップに比べたら、ね……。

 あれ、触れただけで切れるような、かなり異常なものだったしね……。

 しかも、幅が人一人通れるほどの大きさしかないもん。

 一体、何度死んだことか……。

 

 っと、トラウマを思い出している場合じゃないよね。時間はある程度あるけど、急ごう。

 

「ふっ――」

 

 レーザーが張り巡らされた通路めがけて走る。

 背面跳びをしたり、前方宙返りで回避したり、スライディングの要領でくぐり抜ける、体を捻って平行に飛び越えるなど、なるべく時間のロスがないように通り抜けていく。

 

『おおおおおお! ものすごい技が繰り広げられています! レーザー地帯を通る人たちは、慎重に通るのですが、男女依桜さんは、見事な体捌きでレーザーを避けていきます! まるでアメリカのスパイ映画の登場人物のように、いとも簡単に進んでいきます!』

 

 簡単に、って言うけど、意外と大変なんだけどね、この動き。

 

 少しでも触ったらダメ、っていうシビアなものだから、なかなかに神経を使う。

 と言っても、師匠にかなり鍛えられているから、慣れてると言えば慣れてるんだけどね……嫌な慣れだけど。

 

『やべえ! 小悪魔ちゃんがこっち来てる!?』

『なに!? って、ぶっ!』

『どうしたの……って、エッ!?』

 

 前方に三人組のグループが見えたので、急接近していると、三人のうちの一人がボクに気が付き、思わず声を上げていると、他の二人が、なぜか顔を真っ赤にしていた。

 

 うーん? 一人は女の子だけど……どうしたんだろう?

 

 ボクって、今は下着姿のようなものだけど……モザイクがかかってるって言ってたよね?

 だから大丈夫だと思うんだけど……。

 気にする必要はない、よね。うん。

 一瞬疑問に思ったけど、気にするようなことじゃないよね!

 それなら、捕まえてしまおう。

 さらにスピードを上げて接近し、

 

「おそいですよ」

『マジで速すぎだろ!』

『いや、俺たちは勝ち組だろ……』

『そうね。勝ち組だわ……』

 

 消える直前に言っていた、勝ち組、と言うフレーズが気になるけど……捕まったのに、どうして勝ち組なんだろう?

 

「うーん……なぞだよ」

 

 それよりも、今は競技に集中。

 ……どうにも、この競技中は、他のことを考えちゃうよ。なんでだろう?

 

 

 あれからさらに五分が経過し、なんとか八階層は終了。

 この階にいたのが、九人だけで助かったよ。

 

 どうやら、下から続々と集まってきているようで、ほとんど掃討戦になったけどね。

 九階層の方も、十階層から降りてきた人が今も追いかけてくれているらしく、人数もさらに減っているとか。

 

 それなら、もう少しで終わりそうだね。

 

 そう思いながら、九階層に侵入し、駆け回る。

 

 この階層は、下の階層とは違って、一~三階層一見普通に見えるけど……何かがおかしいような気がする。

 

 普通過ぎると言うか何と言うか……。

 

 でも、そんなことを気にしていたら、終わるものも終わらないので、さっさと捕まえに行って、学園長先生の所へ行かないと。

 

 というわけで、気が付けば残り五人になっている逃走者の人たちの所へと向かう。

 

 その道中のこと。

 

「わわっ!」

 

 いきなり足元の床が開いた。

 危うく落ちそうになるものの、すぐに開いた床を蹴って落下を回避。

 ここに来て落とし穴とは……古典的だけど、かなり有効な手段なんだよね、これ。

 意外と使えるもん。

 

「見つけました!」

 

 落とし穴を回避してすぐにまた走り出すと、逃走者の人を発見。さすがに、九階層にいる人は固まって行動せず、バラバラに動いている。

 

 本来、鬼ごっこってそういう物だと思うんだけど……あれかな。人数の有利で、安心しきっていたのかな?

 人って、集団で群れると、自分が強くなったように錯覚するから、その可能性もあるかも。

 

「タッチです」

 

 なんてことを考えているうちに、前にいた人に追いつきタッチ。

 そのまま走り続け、逃走者の所へ。

 

 ……やっぱり、こういう競技において、『気配感知』って卑怯だよね。

 だって、どこにいるかがわかっちゃうんだもん。

 

 まあ、先に味方の気配を記憶しておかないといけないんだけどね。

 今回は四十人で助かったと言えるけど。

 

 十分あれば、四十人以上の記憶はできるしね。

 

 と言っても、単語や数式を覚えるよりも簡単だからできるだけであって、決して記憶力がいいというわけではないけど。

 

 ……よくよく考えてみたら、ボクの行動ってかなり不自然な気がする。

 

 だって、本来はどこにいるかもわからないのに、普通に探し当てて、遭遇しちゃってるんだもん。傍から見たら、不正してるように見えるんじゃないかな、これ。

 

 まあ、その辺りは運、って誤魔化そう。

 

 と、そんなことを考えていると、二人目を発見。

 

 女の子みたいだけど……随分速いような気がする。

 速いと言っても、この世界基準だから、ボクと師匠から見た場合、そこまででもない、ってことになっちゃうんだけどね……。

 

 ただ、ボクの場合は純粋に知っているとあって、素直にすごいと思える。

 異世界へ行く前のボクは、運動が得意じゃなかったしね……。

 それもあるから、別に見下しているとかはない。

 

 まあ、だからと言って……

 

「つかまえました」

 

 手を抜くこともしないけどね。

 

 もうね、はっちゃけるって決めたもん。この競技に限っては、はっちゃけるって決めたもん。

 

 誰が何と言おうと、もう止まりません。

 と言うより、止まれないが正しいかも。

 

 ……ふふ、これで、元の生活ともおさらば、だね。

 ……女の子になった時点で、元の生活も何もあったものじゃないけど。

 

『くっ、ここまでかぁ……』

 

 悔しそうに消えていくの横目に、止まることなく走り続ける。

 制限時間は、残り二十四分。

 あと、三人。

 

 最後まで気を抜かず行かないと。

 

 

 そして、僅か二分ほどで、三人のうち二人を確保。

 

 ついに、最後の一人となった。

 

 その最後の一人は、ボクの目先で必死に走って逃げている。

 やっと終われる、と思いながら追いかけていると、床が光だした。

 どうやら、トラップのようだ。

 何が来るのかと思ったら……

 

「はっ!」

 

 雷だった。

 

 雷は、下から突き上げるように上へと動くも、ボクには通用しないのです。

 軽く身をねじりながら、前方に飛ぶことで回避。

 

 ふふ、雷を避けるのは、ボクにとって、できて当然なのです。

 ……師匠に、動体視力と反射神経だけで避けろ、って言われて、やらされ続けたからね……。

 

『ちょっ、雷避けましたよね!? 今、雷避けましたよね!? どうやって避けたんですか!? と言うか、本当にどうなってるんですか!』

 

 と、実況の人が混乱したように叫んでいる。

 

 なんでと言われましても……できる、としか。

 

 まあ、そんなことよりも、早く終わらせないとね。

 最後ということで、手を抜かず、現状出しても問題ないレベルの力を発揮し、最後の逃走者の後を追い、そして……

 

「おわり、です」

 

 最後の一人の背中をタッチした。

 

『終―――――了――――――! アスレチック鬼ごっこを制したのは、西軍です! 制限時間、二十分を残しての圧勝! これにより、今年の『叡春祭』優勝は、西軍に決まりましたッ! おめでとうございます!』

 

 パァン! と、周囲から破裂音に似た音がいくつも鳴り響いたと思ったら、紙吹雪が舞っていた。

 

 どうやら、今の音はクラッカーだったみたい。

 

 そして、外を見ると、空には『Congratulation』の文字が浮かび上がっていた。

 こんな仕掛けまでしてたんだ、学園長先生。

 

『えー、アスレチック鬼ごっこに出場した皆様、お疲れ様でした! 十秒後に、一斉ログアウトが行われるそうなので、その場で待機するよう、お願いします!』

 

 実況の人がそう言った直後、目の前に三度目となる、カウントダウンが表示されたスクリーンが表示された。

 

 それを見て、ボクは自身にかけっぱなしだった『身体強化』と『気配感知』を切った。

 

 その瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

 久しぶりに、常時かけていたから、かなり疲れたよ。

 ……でも、心地いい疲れだったかな。

 それに、すっごく楽しかったし。……恥ずかしい姿を晒したり、服が溶けたことを除けば、だけど。

 

 そう言えば、妙に視線を感じるような……。それも、じーっと見ているというより、チラチラ、って感じで。

 

 なんとなく気になって、周囲を見回そうとした瞬間、

 

【Dive、お疲れ様でした! ゆっくりお休みくださいね!】

 

 と言う文字と共に、意識が暗転した。

 

 

 目を覚ますと、CAI室だった。

 

「ん、んっ~~~~はぁ……」

 

 突っ伏していたせいで、ちょっと体が固まっていたので、大きく伸びをすると、コキコキと言う小気味いい音が鳴る。

 うん。スッキリ。

 それにしても……。

 

「すごかったなぁ」

 

 夢だったのかも、と思ったけど、さっきまで記憶はあるし、疲れたという感覚が体に残っている。どっちかと言えば、感覚なだけで、こっちの体は問題ない、と思うんだけど。

 

 疲れてるのは、脳だけじゃないかな?

 

「みなさ~ん、お疲れ様でした~。それでは、ゲーム用に身に着けていた物は全部外して、座っていた場所の机に置いておいてくださいね~。コンタクトは、目の前に置いてある容器に入れておいてください~。それから、もしも体調が悪い人がいれば、私に言ってくださいね~。それでは、片付け終わった人から、グラウンドに戻ってくださいね~」

 

 希美先生が言い終わると、みんな楽しそうに話し、興奮冷めやらぬままいそいそとヘッドセットやコンタクトを取り外し始めた。

 

 ボクも、言われた通りにすべて外し、席を立つと、CAI室を出て、グラウンドに向かった。

 でもやっぱり、現実の体が一番、かな。

 

 ……そう言えば、かなり暴れまわったけど、どう言い訳しよう。

 自分がやったことについて、どう言い訳しようかと、頭を悩ませながら、ボクはみんなのいるところに戻るのだった。




 どうも、九十九一です。
 やったっ、やっと競技が全部終わったっ! 長かったぁ……そもそも、競技に入るまでが長かった……いやあ、明日の分を書けば、ようやく私自身も休憩できますよ。と言っても、一日だけですが。正直、二ヶ月間、途切れることなく書き続けた私を褒めたいです。なにせ、才能もへったくれもない凡人ですからね! 才能とかあれば、もう少し面白くできたかもしれないですね、この章。本当に申し訳ないです……。
 明日の話で、くそほど長かった体育祭は終了です。例によって、終わったら日常回が入ります。これで、やりたかった話ができる……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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138件目 体育祭の終幕

「ただいま……」

「おかえり、依桜。どうしたの、随分暗いみたいだけど」

 

 みんなのところに戻ってくると、表情を曇らせているボクに対し、未果が心配してきた。

 

「ま、暗くもなるだろ。なにせ、恥ずかしい状態を二度もさせられ、その後は、はっちゃけて、大暴走、だからな」

「いやまあ、オレ的には、いいもんが見れたぜ! って気分だったが……最初の縄のくだりはな。あれは、さすがにやりすぎだとは思ったぜ?」

「でも態徒君、鼻血出して『ありがとうございます!』って言ってなかった?」

「ばっ、それは言わない約束だろ!? つか、それを言うなら女委もだろ!」

「まあ、わたしは隠すようなことでもないからね!」

「……二人とも?」

 

 何かおかしなことを言っている二人に、暗い笑みをプレゼント。

 すると、

 

「「すみませんでした!」」

 

 勢いよく頭を下げて謝ってきた。

 うん。素直が一番だよね。

 ……まあ、

 

「いいよ、わるいのは、ぜんぶ学園長先生だから……」

「……依桜がそこまで言うとは。相当だな、これ」

「そ、それにしてもよ、すごかったぜ、依桜!」

「う、うん! かっこよかったよ!」

「……あはは、ありがとう」

 

 ボクはそれのせいで、また変な注目浴びそうだよ。

 覚悟の上でやったから、自業自得だけどね……。

 

「でも、実際、本気の依桜を見たのって、今回が初よね」

「そうだな。学園祭の時、たしか、テロリストを一人で全滅させた、っていうのは聞いたが、あれ以上なんじゃないか? 依桜、その辺りって、どうなんだ?」

「本気、と言えば本気、かな。このすがたで、だけど」

 

 と言っても、実際の体で本気を出したら、建物自体が倒壊していたと思うけど、と付け加えると、みんなが微妙そうな顔になった。

 うん。だよね。

 

「なら、ある意味タイミングが良かった、ってことか?」

「たぶん……? でも、言われてみれば、タイミングはよかったかも。一度だけしゅくちもどきを使ったけど、このすがただからうまくいったのであって、ふだんのすがただと、ゆかをふみぬいて、下の方にひがいが出たと思うし」

「……それは、本当に運が良かったわ。依桜以外の選手が」

「だね! ……それで、依桜君、仮想世界はどうだった?」

「あ、すごかったよ。しかく、ちょうかく、さっかく、みかく、きゅうかく、ぜんぶきのうしてたし。それに、いくら体を動かしても、こっちの体はほとんどつかれてないから」

「ほー。オレも参加すりゃよかったなぁ。だってよ、世界初の仮想空間へのダイブだろ? やっぱ、アニメとかマンガを見てる身からすりゃ、マジで羨ましいぜ」

 

 と、態徒が本当に羨ましそうな表情で、そんなことを言ってきた。

 見れば、個人差はある物の、他の三人も羨ましそうにしているのが見えた。

 

「それにそれに、一月にはゲームが出るんでしょ? 競争率がすごいことになりそうだし、手に入れるのは困難だよね~」

「私も、その辺りはちょっと憧れるかも。実際、依桜が見た異世界、って言うのも、見てみたいといえば見たいけど、ファンタジー的なのも見たいしね」

「そうだな。俺も、モンスターとかを剣や魔法で倒す、って言うのは、少し憧れがある」

 

 態徒と女委はわかるけど、未果と晶はちょっと意外かも。

 あんまり、アニメとかマンガを見たり、ゲームをしたりする、って言うイメージがほとんどなかったし。

 うーん、みんなでゲーム、か。

 

「そう言えば、晶。一つききたいんだけど、いい?」

「ああ、なんだ?」

「えっと、学園祭のミス・ミスターコンテストの時のこと、おぼえてる?」

「ああ。テロリストの件か?」

「そっちじゃなくて、ゆうしょうしょうひん」

「優勝賞品? たしか……一ヶ月間、学食がタダで食べ放題になるパスに、図書カード二万円分。それから、片付け免除、あとはたしか……最新式のPC、だったか?」

 

 少し悩みつつも、全部言ってくれた。

 普通に覚えててよかった。

 

「それで、PCの方ってとどいた?」

「……そう言えば、届いてないな」

「やっぱり、晶の方もなんだ」

「ということは、依桜もか?」

「うん」

 

 晶の方も未だに届いていないとなると……そのPCと言うのは、『New Era』の可能性が高いかも。

 だって、商品提供自体が、学園長先生だし、その学園長先生が経営している会社が作ったとなると、プレゼントするのは、『New Era』以外ありえないような気がする。

 

「そうか。依桜は、そのPCと言うのが、さっきの競技に使用されたものだと考えてるのか?」

「うん」

「なるほど。確かに、その可能性は高い、か。いや、むしろそれ以外ありえないかもな」

「だからたぶん、ボクと晶は、一月一日にプレイできると思うんだよ」

「マジかよ! 羨ましいぞ、二人とも!」

「そうだそうだ! ずるいよ、二人とも!」

 

 ボクがまだ予想でしかないことを言った瞬間、態徒と女委がずるいずるいと、まるで子供のように言い始めた。

 

「優勝したご褒美と考えれば、ずるくはないでしょう。と言うか、あれに関しては、依桜が一番頑張ったのよ? テロリストを撃退したりとか、恥ずかしがりつつも、水着審査に出たりとか」

 

 二人の言葉に対し、未果が正論を言う。

 仰る通りです。

 

「そ、そうだけどよ。じゃ、じゃあ晶の方はどうなんだ?」

「俺は、依桜のフォロー的に意味での出場だったからな。それに、もしもプレイするなら、五人の方がいい」

「そうだね。ボクも、二人だけでやる、と言うより、みんなでやりたいかな」

 

 ずっとこの五人で遊んでいるわけだもん。

 どうせ楽しむなら、みんなでやった方が、楽しさ倍増だもんね。

 

「そうね。でも、どうするの? 少なくとも、この会場にいる人たちは、こぞって狙いに行くんじゃないかしら? なにせ、発表前にこのことを知ったのは、ここにいる人だけだもの」

「だね~。ねえ、依桜君、どうにかならない?」

「なんでボク?」

「学園長先生と、親交が深そうだから」

 

 間違いじゃないけど……。

 

「うーん……」

 

 少し悩む。

 

 こう言うのって、頼むのは少し違うような気がする……。

 なんとなく、正攻法で行きたいところだし。

 

 たしかに、ボクが頼めば、三人分は用意してくれるかもしれないけど……何を要求されるかわからないと考えると、ちょっと怖い。

 

 なんだかんだで、助けてもらっている部分が多少なりともあるし……。

 

 ……って、うん? ちょっと待って?

 

 そう言えば、さっきの競技のあのトラップの数々……おそらく、学園長先生が考え出したものだよね? それ以外の競技の、スライムプールとか、キスとか、二人三脚のあのルールとか。

 

 ……それに、学園長先生にお仕置きしようと考えてたし……。

 うん。

 

「たぶん、いける、かも?」

「ほんと!?」

「まだわからないけど。……でも、さんざんひどい目にあわされてるから、そろそろおしおきを、と思ってね……ふふふ」

「おーい、暗殺者が出てるぞー」

「あ、ごめんごめん」

 

 学園長先生の顔を思い出したら、何と言うか……怒りが込み上げてきた。

 うん。今行こう。今すぐ行こう。

 

「とりあえず、へいかいしきまでまだ時間がありそうだし、学園長先生の所に行ってくるね」

「おう! いってら!」

「お願いね、依桜君!」

「……ほどほどにね」

 

 態徒と女委は期待の表情をしていたけど、未果だけは、苦笑いをしていた。

 大丈夫大丈夫。そこまで酷いことはしないから。

 

 

 学園長先生室の前に来て、ドアをノックする。

 

『どうぞ』

「しつれいします」

 

 返事をもらえたので、ボクは中へ。

 

「あら、依桜君。どうしたの? 何かあった?」

「何かあった、と言うより、何かされた、の方が近いですけど」

「あら、そうなのね? それで、何をされたの?」

「……スライムプールにおちたり、ほっぺにちゅーをさせられたり、アスレチック鬼ごっこで、しばられたり、服をとかされたり……あれ、ぜんぶ、学園長先生が考えたんですよね?」

「……そ、ソウダッタカナー?」

 

 スーッと、視線を逸らしつつ、冷や汗を滝のように流しながら、そう言ってきた。

 これ、クロだよね?

 

「そ、そう言えば、依桜君! アスレチック鬼ごっこすごかったね! 大活躍だったじゃない!」

「はい。だって、いっこくも早く、学園長先生に、おしおきしないと、と思いましたから♪」

「……」

 

 ボクがそう言うと、引き攣った笑みを浮かべた。

 滝のように流れていた冷や汗も、さらに勢いを増している。

 

「それで、ですね、学園長先生。たのみがあるんです」

「た、頼み?」

「はい。ミス・ミスターコンテストの優勝賞品って、『New Era』なんですよね?」

「そ、それは……」

「そうなんですよね?」

「そ、そうであります!」

 

 言い淀む学園長先生に、にっこり笑顔でもう一度訪ねると、しっかりと肯定してくれた。

 やっぱり、予想通りだったよ。

 それなら……。

 

「そこで、ですね。『New Era』を、あと三つほどゆずってくれないかな、と」

「み、三つ? それだけ?」

「はい、三つだけでいいです。ボクの友だちの、未果と態徒、それから女委の三人におくってほしいなって」

「……な、なんだ、それだけでいいのね? それなら、お安い御用よ。依桜君には、研究の方でも助けられてるし、学園の宣伝にもなってくれてるからね!」

 

 ボクが三つ用意してほしいと言うと、さっきまでの焦りはどこへやらと、あっけらかんとそんなことを言ってきた。

 ……宣伝って。どうなってるの?

 と、それはさておき……

 

「それじゃあ、よろしくおねがいします」

「はいはい! 任せといて! それじゃあ、そろそろ閉会式に――」

「まだ、おわってませんよ?」

「へ?」

 

 いそいそと、閉会式に行こうとしていた学園長先生に、声をかけると、笑顔のまま表情が固まった。

 

「ボク、まだおしおきしてませんよ?」

「え、で、でもさっき、頼みがあるって……。だから、了承した、わよね?」

「はい。でもそれは、あくまでも、ボクこじんとしてのたのみです。おしおきは、べっとふぞくします」

「い、いらないわよ、そういうの!?」

「いえいえ、えんりょなさらずに。つねひごろからの、ボクからのかんしゃだと思って……ね?」

「そ、それ感謝じゃない! 絶対に恨みよね!? 明らかに、恨みと殺意よね!?」

「ふふふふふふ……」

「い、依桜君? 何その笑い? あの、ま、待ってほしいなー、なんて……。そ、それで、その針は一体何? あ、ちょ、ま、……いやあああああああああああああああああああ!」

 

 その瞬間、学園長室から、若い女の人の断末魔の叫びが聞こえたとか聞こえなかったとか。

 

 

「ただいま」

「おかえり、依桜。どうだった?」

「うん。快く、了承してくれたよ」

「……嬉しいんだけどよ、依桜の笑顔が怖いと言うか……つか、あの服の赤い染み、なんだ?」

「ふふふ……」

「ひぃっ!?」

 

 軽く微笑むと、態徒がなぜか悲鳴を上げていた。

 え、そんなに怖い?

 

「気にしないで。この赤いしみは、学園長先生のけつえ――こほん。学園長先生の所に遭った、ケチャップだから」

「「「「……」」」」

 

 今までの恨みやら何やらを晴らせて、スッキリ。

 

「……依桜、なに、したんだ?」

 

 ふと、晶が恐る恐るボクのやったことについて尋ねてきた。

 ボクは、人差し指を口元に当てて、

 

「ひ・み・つ❤」

「「「「あ、ハイ」」」」

 

 みんなは、まるで、何かを察したような笑みを浮かべていた。

 結構、ショッキングな話になっちゃうからね。

 それに……世の中、知らないことがいいこともあるしね。

 

『生徒の皆さん、まもなく閉会式が始まりますので、グラウンドにクラスごとに並ぶよう、お願いします』

「あ、しょうしゅうだ。じゃあ、行こっか」

「「「「ハイ」」」」

 

 ……なぜか、みんな一斉に返事をしてきた。

 

 

『えー、西軍の皆さん、おめでとうございました! 後日、西軍のクラスの人たちには、賞状が贈られますので、クラスに飾ってくださいね! さあ、続いてはお待ちかね! MVPの発表です!』

 

 実況の人が閉会式の進行を務め、優勝チームのリーダーの人に賞状を渡し終えると、声高らかにそう言った。

 

 すると、グラウンドが一気に沸き立つ。

 ちょっとうるさいくらいだけど、耳障りにならないうるささだよね、こう言うのって。

 人によるとは思うけど。

 

『MVPの発表を、学園長先生、お願いします!』

「はーい!」

 

 実況の人に言われて、朝礼台に学園長先生が登壇する。

 ……さっきのあんなことがあったのに、すごく元気だなぁ、学園長先生。

 ……足りなかったかな?

 

「まず最初に。この『叡春祭』のMVPの選考基準は、参加した競技の順位とかじゃありません! どれだけチームに貢献できたか、どれだけ目立っていたか! この二つに尽きます!」

 

 なるほど、そう言う選考基準だったんだ。

 そうなると、サポートでもいいから、チームに貢献できていれば選ばれるかのせいがある、ってことだよね。

 ということは、大体は平等に可能性があるということかな。

 誰になるんだろう? と、ちょっとわくわくした気持ちで発表を待っていると、

 

「今年のMVPは、数々の大惨事(エロハプニング)を引き起こし、男性たちに(エロス)を与え、出場していてもいなくても、かなり目立ち、出た競技すべてで大暴れ! そして! 一日目は勝利の女神として、二日目は、天使として参加した!」

 

 …………あれ、なんだろう。すっごく聞いたことがあるフレーズが多いなぁ。

 

「一年六組、男女依桜さんです! おめでとうございます!」

 

 って、ボク!?

 

 な、ななななな、なんで!? た、たしかに、出る競技すべてで一位を獲ったりしたけど、それ以外では、そこまで目立ってなかったよ!?

 お、応援だって、力になったかわからないし……。、

 応援で、身体能力が向上していたのも、気のせい、だと思うし……。

 

「えー、例年通りなら、登壇してもらっているのだけど……時間も押しているので、省略させてもらいます! 賞品については、後日、担任の先生から直接渡してもらうので、楽しみにしててね!」

『と、言うことだそうです。男女依桜さん、おめでとうございます! それでは、このまま、学園長先生に、閉会の挨拶をしてもらって終わりとなります。引き続き、お願いします』

「こほん。じゃあ、疲れていると思うので、手身近に。生徒のみんな、体育祭、お疲れ様でした! 今年の『叡春祭』は、例年よりも、お祭り騒ぎになりました。一日目の騒ぎが人を呼び、過去最高という数字をたたき出しました! これには、学園長として、嬉しい限りです。この学園を広く認知してもらい、生徒のみんなの進路をもっと広げてあげたいと思っているので、本当に嬉しいです。ありがとう! 三年生にとっては最後の体育祭だったけど、楽しんでもらえたかな?」

『おおおおおおおおおおお!』

「おー、楽しんでもらえてよかった。今年の『叡春祭』二日目の最終競技は、色々な意味で前例にないものだったけど、大成功したようで安心したよ。もしも、気に行ってもらえたら、頑張って入手してね!」

 

 なんだか、学園長先生の会社の商品の宣伝が入ってない?

 いいのかな、これ。

 

「さて、それでは最後に。三年生は、『叡春祭』は最後だけど、まだイベントはあるので、目一杯思い出作りを。二年生は、今年以上の『叡春祭』を来年作れるよう、頑張って。一年生は、あと二回『も』あると思うのではなく、あと二回『しか』ないと考えて、色々と研究し、もっともっと楽しいものにしてね! それでは、これにて叡董学園、『叡春祭』を閉会します! みんな、お疲れ様でした!」

 

 わあああああああああ! と、グラウンド中が、歓声と拍手で埋め尽くされた。

 普段はあれでも、ちゃんといいこと言えるんだね、学園長先生って。

 ……まあ、二年生の部分だけ、手抜きな気がしたけど。

 

『学園長先生、ありがとうございました。それでは、以上を持ちまして、『叡春祭』は終了となりました。来場者の皆様、お忘れ物がないよう、お気を付けてお帰りください』

 

 無事に体育祭が終わり、ボクたちもさすがに疲れが溜まっていたので、おしゃべりはそこそこに、それぞれ帰路に就いた。

 

 高校生活初めての体育祭。

 色々と酷い目に遭いはしたものの……すっごく楽しかったなぁ。

 

 ……来年は、できればおかしなものがありませんように。

 そう願うボクだった。




 どうも、九十九一です。
 やったぁ! 終わったぁあああ! ついに体育祭が終わった! まさか、自分の誕生日の日に終わるとは思わなかったけども! 長かった……さすがに、二ヶ月間、毎日やり続けるのは、なかなかにハードだった……。私の中には、かなりの達成感があります。
 ……まあ、日常回を挟んだ次の章は、ゲームになるので、設定作りしないといけないんですけどね……スキルとか、魔法とか、称号とか。
 とにもかくにも、いつか言っていたように、明日はお休みをいただきます。最初は二日間を予定していたんですが、さすがに二日空けるのはなぁ、って思ったり、単純に書かないと落ち着かなくなってきたからです。ですので、明後日のいつも通りの時間にあげますので、よろしくお願いします。
 では。


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1-4.5章 依桜たちの(非)日常3
139件目 甘えん坊依桜ちゃん


『依桜~、起きなさーい!』

 

 振替休日を二日挟んだ水曜日。

 縮んだ体は、体育祭の翌日には元に戻っていた。

 そして、二日間ゆっくり休み、今日は普通に登校。

 その日は、いつも通りの日になる……と思っていたんだけど……。

 

「う、うぅ……けほっ、けほっ……。お、おきない、と……」

 

 朝起きたら、すごく体がだるくて、喉も痛く、さらには頭痛もしていた。

 それに、妙に寒気もする。

 

 頑張って体を起こして、リビングへ行こうとする。

 

 うぅ、体がずっしりと、重く感じるよぉ……。

 歩くことに、辛さを感じつつも、ふらふらとした足取りで、何とかリビングへ。

 

「お、おはよう……けほっ」

「あらあら、どうしたの、依桜!? 顔真っ赤よ!」

 

 ボクがリビングに来ると、ボクを見るなり、母さんが慌てて近寄ってくる。

 

「だ、大丈夫……」

「大丈夫って……すごい熱よ!?」

 

 ぴたりと、母さんが手をボクの額に当ててくる。

 あ、ひんやりして気持ちいい……。

 

「が、学園、に行かない、と……」

「ダメよ! 今日は休みなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃないわよ。いいから、自分の部屋で寝てなさい。学園の方には私の方から連絡しておくから」

「わ、わかった……」

 

 母さんに言われて、多少きつくても、部屋に戻って寝ることに。

 休みたくなかったんだけどな……。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 うぅ、頭痛い……喉痛い……体もだるい……。

 向こうで鍛えられてたから、病気になりにくいと思っていたけど……まさか、風邪を引くなんて……。

 

「依桜、悪いんだけど、今日お父さんとお母さん、帰ってこられないのよ」

「そ、そうな、の……?」

「それに、ミオさんも、所用があるって言って、帰ってくるのは明日って言ってたし……」

「そう、なんだ……」

 

 じゃ、じゃあ、今日はボク一人……?

 ど、どうしよう……不安になってきたぁ……。

 

「本当は、一緒にいてあげたいのだけど、どうしても外せなくて……ごめんね」

「い、いいよ……。大事な用事なら……」

「だから、代わりに未果ちゃんたちに夜ご飯とかを頼んでおくわね」

「うん……ありがとう、母さん……」

「おかゆとスポーツドリンクを置いておくから、食べたくなったり、飲みたくなったりしたら、食べててね?」

「うん……」

「お昼も、そこに置いておくから、お腹すいたら食べてね」

「ありがとう……」

「それじゃあ、行ってくるわね」

「うん、行ってらっしゃい……」

 

 申し訳なさそうな表情の母さんを見送ったのを最後に、ボクの意識は暗転した。

 

 

「あー、今日は男女が風邪で休みだそうだ。まあ、あいつはかなり頑張ってたからな。しゃーない。お前らも、体調には気を付けろよー」

 

 戸隠先生が最後に注意を言うと、気怠そうに教室を出て行った。

 先生がいなくなると、クラスは騒がしくなる。

 

『畜生、男女を見ることが生きがいだったってのに……』

『だよなぁ……。マジで、目の保養になるもんな……』

『あー、やる気が出ねー……』

『依桜ちゃん、大丈夫かな』

『あぁ、学園の清涼剤がいないのはショックぅ……』

『ピュアな依桜ちゃんを見て、日々の疲れを癒していたのに……』

 

 依桜がいないだけで、この状況。

 影響力でかいわね、依桜。

 たった一人いないだけで、ここまでやる気がなくなるクラスもすごいわね。我が幼馴染ながら、末恐ろしいわ。

 

「しっかし、依桜が風邪引くとはな。びっくりだぜ」

「まあ、銃弾は弾く、攻撃は全部躱す、身体能力は異常、と言う体で、風邪なんて引かないと思っていたんだが……」

「疲れてたんでしょ。考えてみれば、女の子になってからの依桜って、心労が絶えない状況だったからね。そりゃ、風邪の一つ引いても不思議じゃないわ」

 

 おそらく、知らない間に疲れやら何やらが蓄積されて、体育祭のあれこれが止めになったんでしょうね。

 あの時の依桜は、かなりとんでもないことになってもの。

 

 それに、スライムプールとか、確実に風邪引くでしょう、あれ。暖かかったとはいえ、外だし、十一月後半だったもの。

 ……そう言えば、体育祭が終わった次の日、風邪を引いた人がそれなりに出た、って話を聞いたわね。

 もしかすると、障害物競走に出ていた人たちかもね。

 

「それで、依桜君は大丈夫なの?」

「そのことなんだけど、さっき桜子さんから連絡があってね。どうも、桜子さんと源次さんの二人と、ミオ先生の三人は、用事があって明日まで帰ってこれないらしくてね。代わりに看病してほしい、って連絡が来たわ」

「そうか。タイミングが悪いな……。で、未果だけで大丈夫か?」

「そうね……みんなで行っても迷惑になりそうよね……正直、私と女委で行こうか、とも考えたんだけど……」

「むふふー。病気の依桜君……衰弱している依桜君……甘えん坊依桜君……イイッ!」

「……この調子よ。だからまあ、ストッパーと言う意味で、晶に来てもらいたいんだけど、いいかしら?」

「まあ、今日はバイトもないし、構わないぞ」

「じゃあ、オレは?」

「態徒も、女委と似たようなものだから却下。病気の依桜に、変態二人を連れて行けるわけないじゃない」

 

 絶対、汗かいただろ? 拭いてやるよ! みたいなことを言うだろうからね。特に、態徒が。いや、女委も言うと思うけど。

 そう言っている姿が、容易に想像できる時点でアウトでしょ。

 

「そこを何とか! オレだって、心配なんだよ」

「……本音を言うと、あんまり大勢で行っても迷惑になりそうでね。依桜のことだから、迷惑と言うより、申し訳なさそうにしそうだけど」

「たしかに! 依桜君、あんまり甘えないからねぇ。もしかすると、病気になってるときは甘えん坊になってそうだよね」

「人って、風邪を引いたりすると、弱気になるからな。依桜も例外じゃないだろう。むしろ、普段その辺りが強い人ほど、そうなりそうだが」

 

 依桜ね。何せ、頑張らないと! みたいな気持ちがちょくちょく出てたもの。

 それにしても、甘えん坊の依桜、か……ちょっと見てみたいわね。

 

「まあ、依桜がどうなるかは置いといて。行くにしても、さすがに四人は多いでしょ? それに、私と晶の場合は、過去に何度も行ってるしね。勝手も知ってるのよ」

「……それもそうか。じゃあ、やめとくわ」

「むー、行きたかったけど、邪魔をするのも悪いかぁ。まあ、今回は諦めるよ」

「ありがと。じゃあ、晶、必要なものを書いたメモを渡しておくから、用意してきて。お金の方は、あとで桜子さんからもらえるらしいから気にしないで」

「了解。別に、お金は返してもらわなくてもいいんだがな」

 

 私もそう思ったけど、桜子さん、ぐいぐい来るからね。

 それに、受け取らないと、ちょっと面倒だし。あの人、言い方は悪いけど……しつこい、というか。別に悪い意味じゃないんだけど。

 

 依桜には色々助けられてるから、そのお礼、って意味でも、お金は別に返してもらわなくてもいいんだけどね……。

 

「じゃあ、今日は帰って、着替えてから駅前集合にしましょうか」

「ああ。必要なものは、帰り際に買って行くよ」

「ありがと」

 

 駅前集合にしたのは、単純に待ち合わせがしやすい場所だったから。

 幼馴染、と言う割には、結構住んでる場所がバラバラ。

 マンガやライトノベルみたいに、家が近所、なんてことはなかったもの。世の中、そううまくはできてないってことね。

 

「おらー、席に着け―。授業始めるぞー」

 

 ここで、戸隠先生が入ってきて、朝は解散となった。

 依桜、大丈夫かしら?

 

 

 今日のうちのクラスは、すさまじいほどに、酷い有様だった。

 

 たしかに、依桜がいないのは少し寂しいものがあるが、クラスメートほどじゃない。

 

 いや、はっきり言って、クラスメートの方は、何と言うか……死屍累々、ってところだろうか?

 

 まず、一日を落として、空気が重かった。

 

 気分が沈みすぎて、国語の授業の時とか、先生が朗読をさせる際、当たった人が、ものすごく暗いテンションで読んだせいで、まるで念仏を唱えているようだった。

 

 それ以外にも、先生が説明をしているというのに、ほとんどの人が聞いていないようだった。板書は取っていたが。

 

 いや、そもそも、先生たちも微妙に気分が沈んでいたような気がする。

 

 以前、未果が言っていたが、どうにも教師側にもファンクラブに入っている人が多いとか何とか。おそらく、男の教師は全員入っているのでは? とまで言っていた。

 

 そこまで来ると、依桜の影響力は計り知れないな。

 

 たった三ヶ月程度で、学園一の有名人になるどころか、学園一の人気者になってるんだ、すごい奴だ。

 

 ……本人は、それを認めていないがな。というより、認知していない、の方が正しいか。

 

 そんな状況だったためか、まるでお通夜ムードだった。

 

 男子だけでなく、女子も、となるのだから、本当に笑えない。

 いつも通りだったのは、俺たちくらいだろう。

 

 多少の寂しさはあっても、俺たちは普段一緒に行動しているからな。

 

 それに、男の時の依桜からの、長い付き合いだった、というのもあるか。

 

 未果は幼稚園。俺が小学校。態徒と女委は、中学生だからな。

 

 依桜の交友関係は、割と広い方だと思うが、大体俺たちと過ごしてい時が多い。他にも友達はいるのにもかかわらず、だ。

 

 今の依桜なら、誰とでも友達になれるどころか、友達になりたいと思うやつは、星の数ほどいそうだ。

 

 まあ、クラスの話はいいとしてだ。

 

 昼休み、他クラスからうちのクラスにきて、昼食を食べている人も多い。と言うのも、友達と一緒に食べる、という理由があるからだ。

 

 そうして、いつも通りに友達を昼食を食べようと、こっちに来たとき、依桜が欠席していると聞いて、膝から崩れ落ちていく人が続出した。

 

 ……ここまでくると、怖いな。

 

 この学園には、容姿が整っている人が多い。

 

 だが、その中でも依桜は突出している。

 

 しかも、性格もよく、かなり家庭的。最近、なぜかお菓子作りをしているらしく、たまに作ったものを持ってくるようになった。

 

 ……精神面の女子化が進んでいるのは、もう間違いないだろう。

 

 まあ、以前、五人で話している時に、ここのグループは容姿が整ってる、なんて話をしていたが、間違いではない。

 

 態徒は色々といじられてはいたが、別に、あいつも悪いわけではない。どちらかと言えば、普通にいい方だ。性格も、変態な部分を除けば友達想いだしな。

 

 俺は……ある程度の自負はある。だが、そこまでかっこいいとは思っていない。まあ、周囲の評価よりも低めで考えているくらいだ。

 

 未果と女委も、なんだかんだでモテるし、未だに告白されている時があるらしい。

 

 ……女委の方は、最近、別の方面で人気になりつつあるが。

 

 依桜の方は、本人が知らなかっただけで、男の時からモテていたしな。……男女両方に、だが。

 

 元々、可愛さ、と言う意味での素質はあったんだよな……。

 事実、中学生の時の文化祭で、女装させられてたしな。

 ……今の依桜は、それをさらに可愛くしたような状態だ。

 女装をしていた時の時点で、アイドルや芸能人以上の姿だったからな、あれ。

 おかげで、しばらく依桜がストーカーに遭いまくっていたが。

 

 そんな存在が、本当に女子になったのなら、有名になるのもわかるし、人気になるのもわかる。

 

 わかるんだが……さすがに、今日の状況はすごすぎる。

 

 何と言うか、推しのアイドルが結婚した時のファンの姿、に近いものがある気がする。いや、実際知らないが。

 

 ふと思うんだが、依桜が芸能人になった場合、どうなるんだろうな?

 

 気になりはするが……あまり会えなくなりそうだな。

 

 何と言うか、仕事がひっきりなしに入って、多忙な生活を送っている姿が目に浮かぶ。

 ファッション誌やドラマでちょっと出演しただけで、メディアが大騒ぎするレベルだからな。

 恐ろしい奴だ。

 

「お待たせ。行きましょうか」

「ああ」

 

 一度帰宅し、必要なものを揃えてから、駅前で一人、今日のことを考えていると、未果がやって来た。

 

 というわけで、俺たちは依桜の家へ向かった。

 

 

「で、上がるにしてもどうやって家に入るんだ?」

 

 依桜の家の前に到着し、未果に尋ねる。

 いくら依桜が人外的な身体能力を持っているとはいえ、今は衰弱している。

 そんな状態で、インターフォンを鳴らすわけにもいかない。

 

「ポストに鍵を入れておく、って言われたわ。だから多分……あ、あった」

 

 ポストを開けて中のカギを取る未果。

 

「じゃ、入りましょうか」

「ああ」

 

 鍵を開けて、俺たちは家の中に入っていった。

 

 

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

 

 家の中に入ると、シーンと静まり返っていた。

 まずは、荷物をリビングに置きに行く。

 未果のスマホに、メールで、

 

『家は好きに使ってね! もし、お泊りなるようだったら、布団を使っていいから!』

 

 と送られてきた、と言うのを移動中に聞いた。

 通りで、自分の着替えを持ってきて、と言われたわけだ。

 

「さて、依桜のことだから、リビングにいるかも、なんて思ったけど……どうやらいないみたいね。ならやっぱり、寝てるのかしらね」

「だろうな。そうなると、今回は割と酷いのかもな」

「ま、いいわ。とりあえず、タオルと氷水を入れた桶を持ってくわよ」

「ああ。未果はどうするんだ?」

「夜ご飯の下準備よ。私、学園祭以降から、ある程度するようにしたの」

「そうなのか。俺は、バイトで軽くやるだけだな」

 

 俺が働いているバイト先は、どういうわけか、料理は手作りだ。一応言うが、ファミレスだぞ?

 

 ファミレスで出される料理は、揚げ物だったら、冷凍のものを揚げるだけだし、サラダも野菜を盛って、ドレッシングをかけるだけ。ハンバーグとかは、下準備してある物を焼いて、オーブンで数分やって出す、ってのが多いな。パスタとか、炒め物系の物は、下準備を済ませたものを焼くだけ、みたいな感じなんだが……。

 どういうわけか、うちにはそう言ったものはなくてな。大体、手作りだ。

 おかげで時間が食うよ。

 と言っても、俺は基本ホールだから、キッチンは滅多にやらないんだがな。

 

 っと、そんなことはどうでもいいか。

 

 未果が持ってきた桶(すごいな)に、氷水を入れて、その中にタオルを浸す。

 それを持って、依桜の部屋に。

 

「依桜、入るぞ」

「すぅ……すぅ……」

「おっと、寝ていたか」

 

 依桜の部屋に入ると、部屋の主さんは熟睡していた。

 だが、顔は真っ赤だし、汗も酷い。

 嫌な夢でも見ているのか、苦しそうな表情だ。

 

 飲み物は……減っているな。ちょくちょく飲んでいたんだな。

 それに、空になった器が二つあるってことは、一応は朝食と昼食を食べた、ってことか。

 で、力尽きて寝た、と。

 

「さて、とりあえずタオルだな」

 

 近くに行き、桶を床におく。

 桶の中に入っているタオルを取り出し、水を絞ってから額に乗せると、

 

「ん、んんぅ……」

 

 苦しそうだった表情が穏やかなものに変わった。

 

「ん、これでよし」

 

 さて、一旦未果のところに、と思って立ち上がろうとした時のこと。

 

「……これじゃ、動けないな」

 

 知らず知らずのうちに、依桜の手が俺の服を掴んでいた。

 立ち上がりかけていたが、それを見て床に座ることにした。

 

 ……正直、可愛いなと思った。

 

 

「下準備終わり、っと。そう言えば、晶遅いわね。タオルを持って行って乗せるだけなのに」

 

 下準備をしている間に戻ってくると思ったのだけど、晶は戻ってこなかった。

 

「……まさか、よからぬことを……?」

 

 なんて、一瞬考えたけど、晶ならそれはないわね。

 態徒や女委ならまだしも、晶だもの。ちゃんと、良識はあるわ。

 

「なら、何かあったのね」

 

 とりあえず、様子を見に行こうと思って、私も依桜の部屋へ。

 

「晶―? 何をしてるの?」

「……ああ、未果か。実はちょっと、困ったことになっててな」

 

 依桜の部屋に入ると、困り笑いを浮かべた晶がいた。

 

 依桜が寝ているベッドに背を向けている。よく見ると、横向けに寝ている依桜が、晶の右腕をそっと掴んでいた。

 

 額に置いてあったであろうタオルは、額ではなく、首に置かれていたけど。

 なぜに、首? いや、わかるけど。

 って、よく見たら、胸がちょっと見えてるわね。

 ……やっぱり、でかいわね。

 

「見ての通り、依桜が、な。そこまで力は入っていないんだが、振りほどくのも忍びなくて」

「……まあ、わかるわ」

 

 晶の言う通り、今の状態の依桜に、それをやるのは可哀そうだわ。

 

 だって、すっごい穏やかな顔してるんだもの、依桜。

 しかも……あの、天使のような寝顔よ!

 

 うっわ、可愛いぃぃ……。

 

 本当にまつ毛長いわね。唇も桜色で柔らかそうだし……くっ、途中から女の子になった依桜に負けるのって、考えてみたら、すごく悲しいような……?

 

 ま、まあ、なぜか敗北感とかないんだけど。

 

 あ、せっかくだし、この画を一枚、保存しておきましょう。

 私はポケットからスマホを取り出し、依桜の寝顔をパシャリ。

 

「待ち受けにしましょう」

「……気持ちはわからないでもないが、止めておけ。バレた時が怖いぞ」

「それもそうね。仕方ない。LINNの背景画像でとどめておくわ」

「……それもどうかと思うが」

 

 別に、幼馴染の寝顔を背景画像にするくらいいいじゃない。

 それに、それならあんまり見られる可能性も低いしね!

 

「ん、んぅ……はれ……?」

 

 と、晶と話していると、依桜が目を覚まして、少しだけ起き上がってきた。

 

「おはよう、依桜。気分はどう?」

「未果……? それに、えっと……晶?」

「ああ、そうだぞ」

「えへへ、二人がいるぅ……」

 

 ……え、なにこの反応。

 可愛すぎなんですが。え? ほんとに?

 

「ボク、一人きりで、寂しくて……だから、二人がいてくれて、嬉しいなぁ」

「……そ、そうか」

「けほっ、けほっ……」

「ああ、ほら、咳き込んでるじゃない。いいから寝てなさい。晶、そろそろ夜ご飯の支度するから、ちょっと手伝ってくれないかしら?」

「わかった」

 

 と、晶に夜ご飯の手伝いを頼み、了承してくれた。

 そのまま、晶が立ち上がって移動しようとした頃で、

 

「ふ、二人とも、い、行っちゃうの……?」

 

 潤んだ瞳+悲しそうな表情でそんなこと言ってきた。

 これには、さすがの晶にもクリティカルヒット!

 当然、私も!

 そしてさらに、

 

「ひ、一人にしないでぇ……寂しいよぉ……」

 

 こんなことも言ってきた。

 

((何、この可愛い生き物……))

「くっ、普段の依桜からは想像できないセリフっ……。し、仕方ない。晶、やっぱり、一緒にいてあげて」

「わ、わかった。……正直、俺もこんな顔されて、さっきのを言われると、行く気になれない」

 

 晶でもそう思わせられるって……やっぱり、素質なのかしらね。

 

 ほ、本当は私が残りたかったけど、栄養のあるものを食べてもらわないといけないし、何より……私が褒められたい!

 やっぱり、美味しいって言ってもらいたいからね。

 

 くっ、予め作っておけばよかったっ……。

 

「ありがとぉ、晶ぁ」

 

 な、なんて純粋な笑顔! 晶も思わず赤面しちゃってるし!

 私も、あんな顔を向けられたいものね。

 

「じゃ、じゃあ、私はご飯作ってきちゃうわね」

「ああ、行ってらっしゃい」

「いってらっしゃ~い」

 

 ……依桜って、病気になると、あんなに甘えん坊になるのね。

 

 

「できたわよ~」

 

 出来上がった雑炊を持って、依桜の部屋に戻ってくる。

 

「あ、おかえりなさ~い」

「やっと来たか。……悪いんだが、一旦俺は下に行っていていいか?」

「ええ、いいわよ」

「すまないな。それじゃ、下に行ってるぞ」

「ええ」

 

 少しだけ疲れたような顔で、晶が部屋を出て行った。

 

「さて、と。依桜、ご飯は食べられる?」

「うん。お腹空いた……」

 

 きゅるるる~~~……。

 

 ……お腹の音まで可愛って……ほんと、どうなってんのよ、この娘。

 それにしても、まだ顔は赤いみたいだけど、食欲はあるみたいね。

 ならよかった。

 

 土鍋からお椀に移して、スプーンと一緒に手渡す。

 

「……食べさせてぇ」

 

 ……やばい。甘えん坊依桜が可愛すぎるっ……!

 

「だめ……?」

 

 私が固まっていたからか、依桜が上目遣い+潤んだ瞳で訊いてきた。

 

 ああああああああ! 可愛い! 可愛すぎるぅぅ!

 

 理性がやばい! 抱きしめたい! すっごく抱きしめたい!

 って、ダメダメ! 依桜が泣きそうになってる!

 

「もちろんいいわよ!」

「やった!」

 

 うっわぁ、この姿は、あまり他人には見せられないわね。

 ん、んんっ! 気を取り直して、雑炊をスプーンで掬い、依桜の口元へ。

 

「……ふーふー、して?」

 

 ……この娘、私を萌え死にさせる気?

 あらぶりそうな感情を抑えて、要望通りに冷まし、再び依桜の口元へ。

 

「はい、あーん」

「あーん……もぐもぐ……美味しい」

 

 笑顔で美味しい、いただきました! どうしよう、依桜のこの反応は素晴らしすぎる! というか、なんでこんなに甘えん坊なの? やばくない? これ、元男なのよ? ……知ってるけど、これを見ちゃうと……本当、信じられないわ。

 

「もっとぉ……」

「はいはい」

 

 この後、これがずっと続いた。

 甘えん坊依桜の可愛さに、萌え死にしそうだった。

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 食べ終えると、依桜の目がとろーんとして来て、そう時間もかからずに眠ってしまった。

 ふぅ、危なかった……。

 

「さて、と。私も下でご飯にしましょ」

 

 空になった食器を持って、静かーに部屋を出て行った。

 

 

「夜ご飯、代わりに完成させておいたぞ」

「あら、ありがとう」

 

 下に降りると、下準備を終わらせていた料理を、晶が完成させて待っていてくれた。

 なんだかんだで、晶も女子力高くないかしら?

 なんて思いながら、晶と二人で夜ご飯に。

 

「依桜はどうだった?」

「……最高だったっ」

「そ、そうか。……それで、俺たちはこの後どうするんだ?」

「明日まで帰らないとなると、もし何かあったら嫌だし、泊まっていきましょ」

「……ま、着替えを持ってきて、と言われた時点でわかっていたがな」

「正直、態徒だったら、普通に家に帰してるわよ?」

「それもそうか」

 

 態徒は変態だからね。何もしないでしょうけど、変態だし……。

 その点、晶は信用できるわ。

 何せ、付き合いも長いし、依桜に対する態度を変えたりしていないからね。

 たまに赤面したりするときはあるけど、それだけで、それ以外の反応はないし。

 

「それで、どこで寝るか、なんだけど……どこがいい?」

「俺は、客間があったはずだから、そっちで寝るよ。未果は?」

「そうねぇ……依桜のところで寝るのも、正直ありだけど……移ったら、依桜が落ち込むわよね」

「そうだな。その辺りは、気にするしな」

「そうなると、私も客間かしらね」

「そうか。なら、風呂も沸かしておいたし、依桜のタオルを変えたら、入るか。先と後、どっちがいい?」

 

 ここで訊いてくる辺り、本当にイケメンよね、晶。しかも、お風呂も沸かしてあるって言うのも、ポイント高いわ。

 もし、幼馴染じゃなかったら、ちょっと惚れてたかもね。

 言い方はあれだけど、優良物件だもの、晶。

 

「晶が先でいいわよ。私は後に入るわ」

「わかった。それなら、タオルの方頼んでいいか?」

「任せて」

 

 これで、依桜の寝顔がまた見れるわ。

 ふふふ……。

 

 

 あの後、依桜のタオルを少し変えてから、リビングに戻る。

 晶はどうやらお風呂に入っているらしく、リビングにいなかったので、出てくるのを待った。

 しばらくして、晶が出てきたので、入れ替わりで私もお風呂へ。

 その後は、客間に布団を敷いて就寝となった。

 

 

 夜中。

 

「……トイレ」

 

 私は、不意にトイレに行きたくなって目を覚ました。

 十一月の下旬ともなると、さすがに冷えた。

 腕をさすりながらトイレに行き、済ませてから出ると、

 

『う、うぅ……怖いよぉ……未果ぁ、晶ぁ……どこぉ……?』

 

 そんな、震えた声が聞こえてきた。

 

 この声は……依桜?

 

 声は二階から聞こえてきたので、二階へ。

 声が気になって、二階へ上がると……

 

「えっと、依桜? 何してるの?」

 

 廊下でぶるぶる震えながら、座り込んで泣いている依桜がいた。

 

「み、未果ぁ!」

 

 私に気づくなり、バッと立ち上がってぎゅぅっ、と抱き着いてきた。

 

「ど、どうしたのよ?」

「め、目が覚めたら、誰もいなくて……暗くて、寂しくて、怖くて……そ、それで……」

「そうだったの。ごめんね」

「み、未果、一緒に寝て……?」

「もちろんいいわよ」

 

 依桜のお願いから、一切の間を空けずに即答。

 いや、断る理由はないでしょ?

 

「ほ、ほんとに……?」

「ほんとほんと。さ、風邪がひどくなるから、寝ましょ」

「うんっ」

 

 やばい。鼻血出そう。

 依桜を部屋の中に入れて、ベッドに寝かすと、私も一緒に横になる。

 

「あったかい……」

 

 たしかに、あったかいわ。

 現在、依桜は私の腕に抱き着いている。

 

「寝れそう?」

「うん……ねむれ、そ……う……すぅ……すぅ……」

 

 寝るの速っ!

 

 速攻で寝たわよ、この娘。

 一瞬で寝る人とか、私初めて見たわ……。

 

 それにしても、甘えん坊依桜ね……うん。いい。すごくいい。

 

 可愛さの権化ね、これは。

 

「ふあぁ……私も、眠くなって、き、た……」

 

 そこで、私の意識は夢の世界へと落ちて行った。

 

 

「ん……ふぁあああ……。起きるか」

 

 いつもとは違う場所で目を覚ます。

 横を見ると、布団はそのままに、未果の姿だけがなかった。

 朝食でも作っているのかと起き上がり、リビングへ。

 

「あれ? いないな……依桜のところか?」

 

 リビングにも、未果の姿はなかった。

 

 次に思い当たったのは、依桜の部屋だ。

 夜中、未果が移動していたような気がしていたからな。まあ、気がするってだけで本当かどうかはわからなかったが。

 

 コンコン

 

 軽くノックをするとも、中からは何の返事もなかった。

 失礼を承知で中に入ると……。

 

「……あー、これは……」

 

 未果がいた。

 

 いや、より正確に言えば、未果と依桜が一緒に寝ていた、が正しいか。

 二人は向き合うようにして眠っている。

 これはまた、態徒と女委が喜びそうな光景だな。

 

「……さて、俺はどうすればいいんだろうな、これは」

 

 少し悩む。

 

 傍から見た俺の立場と言えば、美少女二人が仲良く眠っているところに、ずかずかと侵入している男、ってところか。

 

 あまりいい印象は抱かないな。

 

 だが、今日も学園があるからな。ここは、心を鬼にして未果を起こそう。

 

「未果、起きろ。朝だぞ」

「……今、何時?」

「七時だ。そろそろ、朝食を食べないとだぞ」

「わかった、起きる……ふあぁぁぁ……おはよ、晶」

「ああ、おはよう、未果」

 

 もぞもぞと起き上がり、挨拶。

 

「えーっと、依桜の方は……」

 

 ぴたりと右手を依桜の額に当てる未果。

 

「うん。熱は引いたわね」

「そうか。なら、俺たちは下に行って朝食にしよう」

「わかったわ。じゃ、行きましょ」

 

 静かに部屋を抜け出して、俺たちはリビングに行った。

 

 

 昨日と同じく、再び調理器具を借りて、簡単な朝食を作る。

 メニューは、トーストに、ベーコンエッグ、サラダ、となるべくバランスを取ったものだ。作ったのは俺だ。

 一応、俺たちのだけでなく、依桜の分も作ってある。

 

「まさか、平日に泊まることになるとは思わなかったな」

「ま、たまにはこう言うのもいいでしょ。看病がメインだったんだけどね」

「わかってる。……しかし、甘えん坊の依桜は何と言うか……すごかったな」

「そうね。……私、可愛さのあまり萌え死にするかと思ったわ」

「……何があったんだ」

 

 目を閉じて、にまにまとした笑みを浮かべる未果。

 昨日、何があったのか、気になるところだ。

 

「……おはよ~」

 

 ここで、依桜が登場。

 眠そうに、目をこすりながら……って、ぶっ!

 

「い、依桜、服! 服はだけてる!」

「ふぇぇ? ……きゃあっ!」

 

 慌てて目を逸らす。

 すると、背後から小さな悲鳴が聞こえてきた。

 

「ふ、ふふふふふ二人とも!? な、なななな、なんでボクの家に!?」

 

 ここで、依桜があわあわしながらそう尋ねてきた。

 同時に、衣擦れの音が聞こえたので、それが鳴りやむのを待ってから、俺も依桜の方へ向く。

 

「風邪を引いていた依桜を看病しにね」

「看病? そう言えば、昨日二人がいたような……って、あ、あれ? そう言えばボク……~~~~~ッ!」

 

 ここで、依桜は昨日の自分を思い出したのだろう。みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。顔どころか、首も赤い。

 

「あ、あうあうあうあうあうぅぅ……」

 

 ぷしゅ~、と頭から湯気が出るほどに赤面させる依桜。

 ……まあ、昨日のような、甘えん坊な姿を、幼馴染に見られればな……そう言う反応にもなる。

 

「依桜」

「な、なにぃ……?」

「すっっっっごく! 可愛かったわ!」

「ふぇえええええええええええええ……!」

 

 その日、病み上がりの依桜は、朝から恥ずかしから来る声を上げていた。

 

 ……ドンマイ、依桜。




 どうも、九十九一です。
 今回はちょっと長め……と言うか、過去最高記録です。37件目以来の1万字越えです。まあ、それはどうでもいいんです。
 実は29日にですね、Krytennさんと言う方から、依桜のイラストをいただきました! 意図せずして、自身の誕生日に、この作品の主人公の絵が送られてくるとは思いませんでした。
 見てみると、結構イメージ通りの姿で、テンション爆上がりでしたよ! 可愛くてびっくりでした! 挿絵を入れておきますので、見てみてください!

【挿絵表示】

 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。では。


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140件目 回想3 ミオの新生活

 三週間ほど前

 

 まさか、あたしが異世界転移に巻き込まれるとはな。

 あたしは、見知らぬ世界で一人、彷徨っていた。

 

 

 一時間ほど前のこと。

 

 あたしは、久しぶり仕事をしようと、家を出た。

 

 向かう先は、ドルマド帝国だ。リーゲル王国の隣にある国で、実力至上主義の国でもある。とはいえ、別に王国と帝国の仲は悪くなく、割りと良好な関係を築いている。

 

 ……ま、あたしが原因なんだが。

 

 それはさておき、ここまでは普通だったのだ。

 

 あたしが道を駆けていると、急に視界が歪んだ。いや、視界と言うより、空間、と言った方が正しいか。

 避けようとしたものの、ぎりぎりのところで間に合わず、あたしはその空間に飲み込まれてしまった。

 

 

 そうして、次に目を覚ますと、まったくもって、見知らぬ場所にいた、というわけだ。

 

 さすがに、こうも知識のない場所に出ると、困るもので、適当な通行人を捕まえて、話を聞くことにしたのだが……

 

『――――! ――――』

 

 何を言っているのかがわからん。

 

 身振り手振りで教えようとしているのだろうが、残念ながら、理解ができなかった。

 

 あたしは、持ち前の演技力を駆使して、柔らかい笑みを浮かべながら、頭を軽く下げる。

 少なくとも、あたしの知らない世界である以上、向こうので態度は一時的にやめておいた方がいい、と言う判断だ。

 

 これで、下手なことをして、騒ぎになったら厄介だ。

 なら、多少嫌でも、頭を下げておけばいい。

 

「さて、ここからどうしたものか……」

 

 周囲には、あたしの知識にはない材質でできた道に、建造物。見知らぬ服。

 やたらと透明度が高いガラス。

 馬のように早く走る、箱のような物体。

 手には、何やら板のような物を持っている。

 

 ふむ……どこかで見覚えのあるものが混じっているな。

 

 ……ああ、イオが持っていた所持品とか、服に近いのか。納得。

 

 となると……ここは、イオが元々暮らしていた世界、もしくは、それに似たどこか別の世界、と言う可能性がある。

 

 少なくとも、世界の数は無数だ。

 

 あたしがいた世界だって、色々な分岐がある。

 

 例えば、イオがあたしの世界に来なくて、別の奴が来た可能性の世界や、そもそもイオが魔王に負けた可能性のある世界。

 

 ま、可能性さえあれば、何だって存在するのが世界だ。

 

 少なくとも、イオより昔に出会った異世界の奴は、この世界の住人じゃなかったはずだ。なにせ、イオの服装やらなんやらが、まるっきり違っていたからな。

 

 しっかし、さっきからやけに視線を感じるのはなぜだ?

 

 ……ふむ、いつも通りの服装だ。

 

 体をすっぽりと覆い隠すような大きいローブに、タンクトップ、ホットパンツ、それからニーハイソックスに、ブーツ。腰には、ポーチもある。

 

 ……うむ。どこも変なところはないな。

 

 なら、なぜ視線を感じるのか?

 

 見たところ、別にあたしとは顔の作りや、髪色も違うわけではなさそうだ。

 ならばなぜ、こうも注目されているんだ?

 

 ……ちと、不快だな。もういっそのこと、バッサリ行くか? ……いやいや、さすがに、こんな人目のあるところでやろうものなら、大騒ぎだな。

 

 この世界の治安がどのレベルなのかは知らんが、少なくとも、向こうの農民の方が強そうだぞ? 中には、それ以上の奴も通っているが。

 

 周囲の視線に嫌な反応をしつつも、歩いていると、トントンと肩を叩かれた。

 

「なんだ?」

『――。――――。―――』

 

 背後を見ると、見知らぬ女が立っていた。

 

 左右には、筋肉質の男が二人ほど経っていた。つか、あの眼鏡のような物は何だ? レンズが黒いぞ? 視界が悪くなりそうだな、あれ。何の意味で付けてんの?

 

 だが、どうも警戒している様子だ。

 

 あたしは軽く後方に跳ぶと、ナイフを作り出し構えた。

 

 少し身を落として、いつでも動けるようにする。

 仮に、ステータスが弱そうに見えたとしても、未知ほど危険なものはないだろう。

 

 イオがその例だ。

 

 初めて会った時は、王国最高レベルのステータスを持っていたが、その時点ではあたしの方が強かった。だが、どうにもすべての力量が測れなかった。

 それに、なぜか神気も微弱だが放っていたしな。

 あいつはある意味、謎だ。

 

 さて、こいつらをどうすればいいか。

 

 女は少し慌てているが、男二人は完全にやる気だ。

 

 やられる前にやるか。

 

 そう決めたあたしは、一瞬で男たちに肉薄すると、右足の回し蹴りを右の男に叩きつけ、左にいたやつには、回し蹴りの勢いをそのままにして、左足での裏回し蹴りをプレゼントした。

 

 男たちはあっけにとられ、いとも簡単に吹っ飛んでいき、気絶した。

 蹴りが当たった瞬間、何やらボギッ! という、音がしたが……いや、脆すぎじゃないか? それなりに力を抑えたんだが……仕方ない。

 

 治療してやるか。

 

 あたしは仕方なく、気絶している男二人に『ヒール』かけて回復させた。

 

 面倒だ。

 

 だがまあ、魔法は使える、と。

 

 それに、一応魔力が回復している感じがするところ考えると、魔力はあるみたいだな、この世界には。

 だが、魔力回路はないようだ。

 

 もったいないな。

 

『――! ――――!』

 

 相変わらず何を言っているのかわからないが、どうも、興奮している様子だ。

 

 それに……なぜだか親近感のような物が沸いてきたぞ。

 

 身振り手振りも、まるで一緒に来てくれ、と言っているかのような動き。

 軽く頷くと、女は笑顔を浮かべこっちに来るよう指示してきた。

 どうやら、この長い箱に乗ってくれと言っているようだが……まあいいだろう。乗ってやろう。

 

 長い箱に揺られ、この後あたしは、イオと再開することになった。

 

 

「あー、今日から体育教師として赴任した、ミオ・ヴェリルだ。まあ、よろしく頼む」

 

 イオと再開した後、エイコに仕事を用意してもらった。

 

 用意してもらった仕事は、運動を教える、という物だった。教師と言うそうだ。

 

 ま、教えるのはできるから問題なしだな。イオにも、戦い方を教えたわけだし。

 

 ……イオに、やりすぎないでくださいね、と釘を刺されたが。

 

 さすがのあたしでも、ちゃんと相手の力量には合わせるさ。じゃないと、簡単に死ぬしな。

 

 イオに訊いたところによると、この世界の人間は弱いらしい。

 まあ、その辺りは街をさまよっている時にある程度理解していたが……まさか、向こうの農民の方が強いとはな。驚きだ。

 

 さて、あたしは現在、自己紹介をさせられているところだ。

 

 正直、自己紹介なぞ、ほとんどしたことがないのでな。つまらんものになったかもしれんが、仕方ないだろう。経験のない人間にやらせれば、大体こうなる。

 

 さて、生徒の反応は……ふむ。概ね歓迎的だな。

 

 ふむ。時折、美人、という単語が聞こえてくるが、どうやら、向こうの美的感覚と、こっちの美的感覚は同じの様だ。

 

 ……それにしても、イオは浮いてるな。

 

 なんだあいつ。これだけ人数がいると言うのに、すぐ見つかる。

 そもそも、銀髪と言うのが珍しいからな。どうも、こっちの世界には一応いるそうだが、イオは、自分以外には見たことがない、とか言っていたな。

 国によるのだろう。

 

 この国は、黒髪が基本らしいな。中には、茶髪や金髪もいるが。

 

 ん? イオの近くに、オレンジ髪の奴がいるな。

 

 ……イオほどではないが、胸がでかいな。そう言えば、イオと話した時に、イオの友人の話が出たな。たしか、オレンジ髪の女の友人がいるとか何とか。

 

 あいつか。

 

 ふむ。容姿は整ってるな。可愛い系、と言うのか? そんな感じだな。

 さて、生徒の反応は上々、と。

 

 最後に軽く会釈だけして、あたしは壇上を降りて行った。

 

 

「というわけで、今日から体育教師になる、ミオ先生だ。海外にいたこともあって、慣れないらしいので、先生方も手助けをしてあげてね」

 

 体育館なる場所を出て、職員室、とやらに移動し、エイコがあたしを紹介する。

 どうやら、ここにいる奴らが、あたしの同僚となるらしい。

 

「ミオ・ヴェリルだ。よろしく頼む」

 

 体育館で言ったようなことをもう一度言うと、拍手が送られてきた。

 どうやら、歓迎されていない、みたいな状況じゃないらしいな。ならよし。

 

 

 さて、あたしの体育教師の生活が始まって一週間ほどが経った。

 

 あたしがやることは、主にガキどもに体の動かし方を教えることだ。

 

 エイコから事前に、この学園で教えるスポーツ、とやらのルールやら何やらが記載された本を渡された。

 

 さすがに、短時間で覚えるにはそこそこの量があったので、ここは『速読』のスキルを使い、全て記憶した。これで、問題ない。

 

 正直なところ、暗殺者しかしてこなかったあたしが、問題なく仕事をできるだろうかと、少しの悩みを持っていたが、まあ、そこはあたし。天才だったわ。

 

 わかりにくいようでは、誰もついてこれない。なら、わかりやすく、だ。イオにだって、

 

『師匠は、教え方だけは上手いですよね』

 

 と高評価を得ている。

 

 ならば問題ないとばかりに、同じように教えた。

 するとどうだ。ガキどもが尊敬の眼差しであたしを見てくる。

 

 慕われるってのも、悪くない。

 

 そう言えば、一人面白そうな奴がいたな。

 タイト、と言う奴だ。こいつも、イオの友人らしい。

 

 ちょくちょく職員室内でも名を聞く。

 なんでも、どうしようもない変態、なんだとか。

 

 ……あいつ、よくそんなのと友人やってられるな、と思ったが、イオが言うには、普通にいい人、なんだそうだ。

 

 あいつが言うならそうなんだろ。

 だから問題ない。

 

 さて、慕われていることに対し、気分を良くしているあたしだが、少々困ったことになっている。

 

『み、ミオ先生。よかったら、仕事が終わった後、食事にでもどうですか?』

『武藤先生! 抜け駆けはダメですよ! ミオ先生、いいお店があるんです、どうですか?』

『あ、おい! 割り込むんじゃない!』

『そっちこそ、抜け駆けして!』

 

 と、微妙に面倒臭いことになっている。

 

 まあ、見てわかる通り、お誘い、と言うやつだそうだ。

 下心が丸見えで、あまりいい気分はしない。

 

 性悪女だったら、これで優越感に浸るんだろうが、あたしはそう言うのとは無縁でな。あたしが好きなのは、イオだけだ。それ以外にはいない。

 

「すまないが、あたしには色々とやることがあってな。どこかへ行っている余裕はないんだ」

『そ、そうですか……で、では、気が向いたらいつでも!』

 

 簡単に引き下がってくれてよかったよ。

 正直、ここで食い下がられるのも、面倒だ。

 

 ……向こうだと、自身の地位と金でどうにかしようとするやつがよくいたからな。

 とまあ、こんなこともあった。

 

 それ以外にも、あたしがちょっとばかし威圧した例がある。

 

「では次、障害物競争の第三関門に立つ人を決めます」

 

 と言うと、ババッ! と一斉に手が上がった。

 さっきまでそれほど関心がなかった奴も、一斉に手を挙げた。

 ふむ。男が多いな。なぜ、第三関門にばかり人が集中している?

 そんな疑問が浮かんだので、隣にいるクルミに話を聞く。

 

「ああ、それはあれだな。うちの男女がこの競技に出るから」

「……イオが? 確かにあいつは可愛い。正直、誰にも渡したくないほど、世界一可愛いが、見るだけでここまで立候補する奴が現れるものなのか?」

「……ミオって、師匠馬鹿なのか?」

「普通だ。それで、理由は?」

「あー、この競技の第一関門が、スライムプールでな」

「スライムプール?」

 

 スライムって言うと、あれか。向こうの世界における、最弱モンスター。

 たしか、HPは10だったはずだ。

 

 だが、最弱の割には、服を溶かすとか言う、頭のおかしい能力を有していたせいで、女からかなり嫌われていたな。

 

 もしや、それか?

 

「ああ。スライムプールに落ちると、服が透けるんだ」

「何? 透けるだけ? 溶けたりしないのか?」

「溶ける? ははは! 面白いことを言うな、ミオ。そんな、ファンタジーじゃあるまいし」

 

 いや、あたし、こっちで言うファンタジーの世界出身なんだが。

 

 ……そうか。こっちには、魔物がいないんだったな。

 となると、名前が同じなだけの、無害なもの、ってわけか。

 …………ん? 服が、透ける?

 

「透けるって言うと、下着が見えたりするのか……?」

「まあな。……だから、下心丸見えの男性教師が多くてな……担任としちゃ、黙って見過ごすわけにはいかないんだが……こうなるとな」

 

 額に手を当てて呆れるクルミ。

 ……なるほどなるほど。要はこいつらは、イオと言う、あたしの可愛い可愛い愛弟子の下着姿が見たい、という欲望を出している、そういうわけか?

 

 ふむ……。許さん。

 

「ミオ、どうしたの?」

 

 あたしは、椅子から立ち上がると、前に立つ。

 そして、スキル『威圧』を少しだけ使用。

 

「……おい。あたしの愛弟子に、邪な目向けている奴は……誰だ?」

 

 あたしがそう尋ねると、男どもはぶわっと汗を噴き出し始めた。

 

「……まさかとは思うが、この第三関門に立候補したがってるのは……イオの恥ずかしい姿が拝めるかも! とか、考えているからじゃないだろうな……?」

 

 にっこりと笑顔を浮かべ、さらに問う。

 それだけで、今度は顔を青ざめさせる。

 ほほぅ。顔を青ざめさせているのは、男が多いようだな。

 ……後で秘密裏に襲っておくとしようか。

 

「それで? そんなことを考えておきながら、このあたしが許すとでも? ……もし、逃れられると思ったのなら……夜道には気を付けろ」

 

 少し『威圧』を強めて、あたしが言うと、泡を吹いて男どもがぶっ倒れた。

 

「……どうやら、全員立候補は取り下げみたいだな。エイコ、第三関門はクルミにしてくれないか?」

「そうね。私としても、それが一番安全ね。ほかの先生方も、それでいいかしら?」

 

 と言うと、

 

『異議なし!』

 

 と言う返答が帰ってきた。

 

 これで、イオに変な目が向けられることは減ったな。

 ……この学園、思った以上に、イオに邪な感情を向けている奴が多そうだ。;

 

 

 この後、どういうわけか、女の教師からの誘いが増えた。何と言うか、尊敬の眼差しを向けられていたので、せっかくだから誘いに乗ることにした。

 

 ちなみに、体育祭本番では……イオに対し、邪な反応をした奴が多かったのが、何とも言えなかった。チッ、どこにでもクソ野郎どもは多いか。




 どうも、九十九一です。
 どういうわけか、やたらと調子が良かったので、こうしてもう一話投稿させていただきました。
 あ、今朝のあとがきに記載した、イラスト、見ていただけました? 個人的には見てあげて欲しいです。依桜のある程度のイメージが付きやすくなると思うので。
 さて、こんなもんですかね。今度こそ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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141件目 多才な女委

「はぁ……」

 

 朝から大声を出した後、顔を真っ赤にしながら学園に登校。

 

 道中、未果と晶がすごく慰めてくれていたけど、二人に言われても、慰めにならず……赤面した状態のまま、教室へ。

 

 珍しく先に来ていた態徒と女委が、ため息を吐いたボクのところに来た。

 

「どうしたの、依桜君」

「……昨日のボクの恥ずかしい姿が、ね……未果と晶に見られて……」

「恥ずかしい姿ですと!? 依桜君、そこのところ詳しく!」

「はいはい、可哀そうだから聞かないで上げて。……ま、まあ、あれはものすっごく可愛かったけど」

「あぅぅ……!」

 

 恥ずかしいぃぃ……!

 

 なんでボク、二人にあんなに甘えちゃったの……?

 何が、『ふーふー、して』だよぉ……高校生にもなって、なんて恥ずかしいセリフを言ってしまったんだろう……。

 

 他にも色々言ってたし、一緒に寝てって言ったり、行かないで、って言ったり……恥ずかしすぎるセリフを連発したと思うと……穴があったら入りたい!

 

「依桜君がここまでなるということは……よほどのことがあったんだね?」

「……まあ、な」

「お? 晶が珍しく赤面してるな。……それほどのことが、昨日あったというのか……くっ、行きたかったっ」

「……ボクとしては、態徒と女委が来なくてよかったと思ってるよ……」

 

 絶対、ネタにされてたと思うもん……。

 

 はぁ……男に戻りたい……。

 

 ……いや、でもあんな恥ずかしい姿を見られた後に男に戻っても、逆に思い出しちゃいそうだよ。

 うん。忘れよう。記憶の彼方に投げよう。

 

「酷いなぁ、依桜君。わたしたちだって、心配したんだぞ?」

「……ありがとう」

「そうだなぁ。依桜がいない学園は、まるでお通夜のような状態だったぞ」

「え、お通夜?」

 

 誰か死んじゃったの?

 

「簡単に言うとな。依桜が欠席しただけで、このクラスの奴らは、軒並みテンション最低レベルまで落ち込み、国語の授業で朗読をさせられている時、まるで念仏を唱えているかのような声になり、先生すらもやる気が消えているような状態だったんだぜ」

「あはは。さすがに作り話でしょ」

 

 なんて、態徒が言った話を笑うと、なぜか、みんなにも言わなかった。それどころか、目をそらしていた。

 え、ほんと、なの?

 

「で、でも、たまたまみんなの体調が悪かっただけなんじゃ……?」

 

 と言うと、晶が、親指でクラスの後ろの方を示してきた。

 えーっと、

 

『やったッ……! 男女が、男女がいるぞッ……!』

『女神だぁ……女神が降臨なされたぁ……』

『ああぁぁ……癒されるわ~……』

『ありがとうございますっ、ありがとうございますっ』

 

 と、なぜか涙を流している人が多かった。それどころか、拝んでいる人までいる始末。

 え、えっと、これは……どういうこと?

 

「依桜はね、この学園ではアイドル、ひいては清涼剤、そして、癒しというわけね」

「肩書多くない?」

「まさか。今の依桜は、肩書多いわよ?」

「……あんまり聞きたくないような気がするけど、どんなの?」

「『白銀の女神』『天使』『悪魔』『小悪魔』『ケモロリっ娘』『美幼女』『お姫様』『アイドル』『清涼剤』『癒し系美少女』『可愛さの権化』『吉祥天』とかかしらね? ほかにもあったような気がするけど」

「多い多い! なんで、そんなに肩書ができちゃってるの!? と言うか、明らかに、本当の神様いたよね!? あと、ボクは、お姫様じゃないから! た、たしかに、お姫様の知り合いはいるけど……」

 

 レノとかね。

 まあ、一応王子様とも知り合いだけど……。

 

 ちなみにですけど、『吉祥天(きっしょうてん)』と言うのは、仏教の神様のことです。

 吉祥と言うのは、繁栄・幸運を意味していて、幸福・美・富を顕している神様です。

 

 ……何と言うか、幸運、と言う意味においては、あながち間違いじゃないと言うのが何とも言えない……幸運値が高いので。

 

 そもそも、肩書かどうかすら怪しいような?

 

「って、あれ? えっと、みんなどうしたの?」

 

 気付けば、クラスのみんながボクを凝視しながら固まっていた。

 あ、あれ? 何か変なこと言った?

 

「いや、まさか依桜にお姫様の知り合いがいるとは思わなくてな……」

「ええ。王様は知っていたけど、お姫様は知らないわね」

「美少女なのか?」

「ねえねえ、美少女?」

「え? う、うん。可愛い人だよ」

 

 レノは、ボクのことをお姉様、と呼んで慕ってる? けど、可愛い人だったし……。

 

『お、おい、聞いたか。男女、美少女なお姫様の知り合いがいるんだってよ』

『……あの銀髪碧眼と言い、もしかして男女の家系って、どっかの貴族か何かだったりするのか?』

『依桜ちゃん、すっごーい! お姫様の知り合いがいるなんて……』

『本当に何者なんだろうね、依桜ちゃんって』

 

 ……あ。もしかして、お姫様の知り合いがいる、っていうところに驚いていたり……?

 

 だ、だよね……どう見てもこれ、それが原因だよね。

 

 そもそも、普通の高校生がお姫様の知り合いがいる、ということ自体おかしいか。

 ボクからしたら、三年間もいたわけで、何と言うか……慣れ、のような何かがあるので、つい、自分の感覚で言ってたけど……なんだろう。この、やっちゃた、みたいな気分は。

 

「それで、どういった関係なのかしら?」

「うーんと……」

 

 なんて言えばいいかな。

 レノからは、お姉様呼びで慕われてるし……。

 

「え、えーっと、お姉様って呼ばれてるけど、普通の友達だよ」

「「「「お姉様……?」」」」

 

 え、そこに反応するの?

 というより、なんで怪訝そうな顔?

 ……たしかに、お姉様呼びはちょっとおかしいかもしれないけど。

 

「そうか……そのレベル、なのか」

「……女委、どう思う?」

「んー……同類な気がするなぁ」

「……それ、結構やばくね?」

 

 なんだか、珍しくもない光景になりつつある、四人だけの会話。

 何を話しているのか気になる。

 

「ま、まあいいわ。正直なところ、依桜が何をしても、もう不思議じゃないしね」

「そ、それはそれで酷いような……?」

「いや、アスレチック鬼ごっこで、音もなく忍び寄って捕まえたり、一瞬で近づいて捕まえる奴が、何を言ってるんだ」

「うっ、そ、それを言われると……」

 

 たしかに、あれはやりすぎたと思ってるよ……。

 

 いくら、トラップで怒っていたとしても、やりすぎ、だよね……。

 身体能力のスペックに差がありすぎたもん。

 

 ……まあ、小さい姿でよかった、といる部分もあるけど。

 今の姿でやっていたら、かなり大変なことになってたもん、あれ。

 

「依桜が異常なのは、学園にいる人全員が、九月には認知しているから、何とも言えないな」

「あ、あははは……」

 

 そっか。九月の時点で認知されてたんだ……だよね。

 だって、いきなり女の子になるし、テロリストを撃退するし、おかしな動きで的当てするしで、目立ってたもんね……。

 

 目立ちたくない、と言いながら、この状況。

 ……なんだか、小説のテンプレ主人公みたいだよ……。

 

 ブー、ブー、ブー。

 

 ふと、バイブレーションが聞こえてきた。

 

「あ、ごめんごめん、わたしー。ちょっとごめんね」

 

 音の出どころは女委。

 断わりを入れて、通話をし始める。

 

「はいはーい、女委ちゃんだよー。あ、三角さん? うん、うん……なるほど。それなら、外の冷蔵庫の中に入っているはずだから、そっちを使ってね~。あ、あと、お肉の解体の方もお願いね。うん。じゃね~。……あ、ごめんね、それで、なんだっけ?」

「いや、ちょっと待って。女委、あなた今、誰と話してたの?」

「え? 副店長」

「「「「副店長?」」」」

 

 なんだろう。その、すごく気になるワードは。

 副店長って、文字通りの意味をとるなら、お店の副店長のこと、だよね? え、なんで女委がそんな人と話してるの?

 

「えっと、女委って、アルバイトしてたっけ?」

 

 ちょっと気になって、女委に尋ねる。

 たしか、女委はアルバイトはしていなかったはずだけど……。

 

「うん、アルバイトはしてないよ~」

「だよね。……『は』?」

「うん。アルバイトは、してないけど、経営は、してるよ」

「「「「…………ええええええええええええええええっっっ!?」」」」

「お、おおぅ!? ど、どしたの四人とも」

 

 女委のまさかすぎる発言に、思わずボクたちは素っ頓狂な声を上げていた。

 け、経営って!

 

「め、女委、お前、店をやっているのか?」

「うん。やってるよー」

「……ち、ちなみに、どういったジャンルのだ?」

「一応、飲食系だね」

「……中身はどんなのかしら?」

「メイド喫茶!」

 

 ……ええ? いや、その……ええええぇぇ?

 

「ま、まままま待って? 何? 女委って、メイド喫茶をやってるの?」

 

 噛み噛みで、未果が女委に再度尋ねると、

 

「うん。この街でやってるよ」

「……たまに思うんだが、女委って、かなり謎な気がするんだが。人脈とか、やっていることとか」

 

 何とも言えない表情で、晶が言う。

 晶、その気持ちはわかるよ。

 

 実際、女委って、小学生の頃から、年二回、東京国際展示場で催されるイベントに参加してた、って話なんだよね……。しかも、中学生の頃から、サークル参加してた、って話だし……。あの時にはもう、同人誌を描いていたんだね、女委。

 

 それに、田中さんっていう、衣装のお店を開いている人とかなり親しかったり、パソコンで学園のネットワークに侵入して、情報を入手したり、いっつも五人で遊びに行くときに、ある程度のお金を出してくれるなぁ、とは思ってたけど……まさか、メイド喫茶を経営していたなんて。

 

「ミステリアスな女って、いいよね!」

 

 反応に困っているボクたちとは裏腹に、女委のテンションはかなり高い。

 どうなってるんだろうね、本当に。

 

「にしても、なんでメイド喫茶の経営なんて?」

「コ〇ケって、参加費がかかるんだよ。と言っても、一万円くらいなんだけどね。でも、当時中学生だったわたしには、結構な額でね。それならいっそ、お金を稼ごう! みたいな?」

「「「「……」」」」

 

 絶句した。

 

 すっごく軽い気持ちで始めたんだなって。

 

 ……ボクも異常かな? とは思っているけど、女委の方が明らかに異常な気がするのは気のせい? だって、ハッキングができるし、同人誌を描いているし、メイド喫茶も経営しているんだよ? おかしいと思うんだけど……。

 

「まあ、最初は苦労したけど、一年経つ頃には、結構収入が入ってねー。おかげで、余裕で毎年参加できてるのさ! それに、初めて見たら、かなり楽しくってねー」

「そ、そうなんだ」

 

 何と言うか……本当にすごい。

 この歳で、お店の経営をするなんて……本当に、尊敬するよ。

 

「そうか……たまに、女委がよくわからない電話をしていたり、帰るのがやたら早い日があると思ったら……自分の店に行ってたんだな」

「そだよー。あ、もし来てくれるなら、サービスするよ!」

「いや、そんなこと言われても、お店の名前を知らないのだけど?」

「あ、これは失敬失敬」

 

 女委が経営しているお店の名前……今までの経験から考えると、あまりいい名前を付けていなさそうなんだよね……。

 一体どんな名前なんだろう?

 

「えっと、『メイド喫茶 白百合亭』って名前でやってるよ。ちなみに、駅から近かったりするよ」

((((白百合、ね……))))

 

 なんとなく、別の意味に聞こえたのは、きっとボクだけじゃないと思いたいです。

 ……そう言えば、レノも『白百合姫』って呼ばれてたっけ。

 

 うーん、白百合……百合、か……。

 気のせい、だよね。うん。きっと気のせい。

 

「おらー、席つけー。HR始めるぞー」

 

 ここで、戸隠先生が来たことで、話は終わり、ボクたちも席に着いた。

 それにしても、朝からびっくりしたよ。

 

 ……もしかすると、他にも色々ありそう。

 

 なんて、そう思うボクだった。




 どうも、九十九一です。
 昨日、なんのお知らせもしないで、二話上げちゃって、なんかその……すみません。体育祭が終わって、つい、テンションが上がって書いちゃったんですよね。結構時間をかけずに書けましたし。
 できるだけ、言おうとは思うのですが、調子がいいか悪いかはその日にならないとわからないんですよね……私の書き方って、前日に書いて、予約投稿で、って感じなので。
 まあ多分ですが、今後もそういった可能性がありますので、覚えておいていただけると幸いです。
 それから、昨日気付いたのですが、体育祭に、章を振っていなかった、という事実に気づき、急いで修正しました。すみませんでした……。しっかり直しておきましたので、安心してください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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142件目 学園見学会 上

 色々と考えがおかしすぎる女委のあれこれを聞いた後、ボクは戸隠先生に呼び出されていた。

 

「悪いな、呼び出して」

「いえいえ。それで、何ですか?」

「ああ、実はな、お前に頼み……まあ、私からじゃないんだが、学園長の方からな。今週の土曜日に、学園見学があるのは知ってるな?」

「はい。たしか、志望している中学生、もしくは、とりあえず見ておきたい、という中学生を対象にした、この学園の見学会、ですよね?」

 

 この学園の見学会は、五月に一回。九月に一回、十一月に一回、そして、一月に一回の、年四回だったかな?

 

 見学と言っても、見るのは校舎内とか、それ以外の建物、部活動くらいだけど。

 特色を知りたい、と言う人たちは、大体が、学園祭や体育祭を見に来ている。

 

 五月と九月は、そこまで人数は多くないけど、十二月と一月は、反対に多くなるそう。

 まあ、大体志望校を決める時期でもあるしね。あまりに遅すぎると、勉強が間に合わない、みたいな状況になる。

 だから、決める人は、大体九月に決めてしまうみたいです、この学園を志望する人は。

 早いか遅いかは、わからないけど。

 

「実は、と言うか何と言うか……見学会には、色々な人が来るだろ? 中学生にその保護者と。色々」

「そうですね」

「で、だ。まずは、講堂で説明をするだろ? この学園」

「あー、そう言えばそうですね」

「そこで、壇上に立って説明する生徒が一人、毎年いる」

「はい。去年とか、五月と九月は、たしか、生徒会長がやっていましたよね?」

「ああ。今回もその予定だったんだが……」

「だが?」

「……学園長が、『依桜君にやらせましょう!』とか、急に言い出してな……」

「ええ!? ぼ、ボクまだ一年生ですよ!? 十二月以降の行事とか、ほとんど知らないんですけど……」

 

 そもそも、一年生にやらせるようなことじゃないよね? そう言うのって、普通は二年生か三年生だと思うんだけど。

 ボク、今年入学した一年生だから、何を言えばいいのかわからないんだけど。

 

「それに、生徒会長も納得しないんじゃないですか?」

 

 生徒会長の仕事なわけだし……。

 

「いや、権蔵院は納得してる」

「なんでですか!?」

「いやだって……この学園で一番有名なの、お前だし。そもそも、対外的にも有名だしな、お前」

「た、たしかに、変に広まっちゃってますけど……」

「それに、今年の倍率が高いってのは、お前も知ってるよな?」

「女委に聞きましたけど……」

 

 具体的な数字は聞いてないけど。

 

「なら、いいか。で、だ。志望者が増えたのは、間違いなく、お前が原因だ」

「それ、未果たちにも言われたんですけど……本当、なんですか?」

「マジだ。要約すると『めっちゃ可愛い先輩がいる学園に通いたい!』ってところだろ」

「ふ、不純すぎませんか?」

 

 少なくとも、可愛いかどうかは別として。

 ……否定するのもちょっと疲れた。

 

「まあ、今時の奴なんてそんなもんなんじゃないか? ちなみに、男女両方とも、大体がその理由だ」

「……日本、大丈夫なんですかね?」

「大丈夫じゃないな。ま、この辺りは、この学園だけでなく、周辺の高校も倍率が高くなるそうだ」

「この学園ならまだしも、どうして周辺の高校も?」

「この学園は、それなりの偏差値だろ?」

「まあ、そうですね。やっている行事の中身は、割と頭が悪いような気がしますが」

 

 体育祭とかね。

 

「まあ、そうだな。それに比べると、周辺にある高校は、何と言うか……平均的で、中には、平均よりも低め、と言う学校もある。だから、比較的入りやすいわけだな」

「そう、ですね?」

 

 それが一体、倍率が高くなることと、何の関係があるんだろう?

 

「まあ、つまりだな……たとえ、この学園に入れなくても、登下校中のお前を目撃できるチャンスがある! と考えているわけだな」

「そんな理由ですか!?」

 

 もうちょっと真面目に考えようよ、中学生さん!

 ボクなんかを見るためだけに、人生棒に振ってるようなものだからね、それ!

 

「そんな理由なんだよ……。これには正直、教師側も頭を悩ませていてな」

 

 そう言う戸隠先生は、少し頭が痛そうな顔をしていた。

 そ、そうなんだ……。

 

「そ、その……申し訳ないです……」

「いや、いいんだ。お前が悪いわけじゃない。……まあ、頭を悩ませてるのは、教師側ってだけで、学園長は喜んでいたんだがな……」

「学園長先生、ですもんね……」

 

 あの人は喜ぶと思うよ。

 だって、学園を経営している人だもん。人が来るのはありがたいことだからね。少なくとも、経営難にならないと思うもん。

 

「学園長が言うには『依桜君が出てくれれば、来た中学生は必ず志望するはず!』らしいんだ」

「……さ、さすがに言いすぎな気が……」

「……私もそう思わないでもないんだが……お前がこの三ヶ月にやっていたことを考えると、否定ができなくてな」

「すみません」

 

 思わず謝っていた。

 

 ……ボクとしても、この三ヶ月間、色々と問題を引き起こしてるから、否定できない……。むしろ、迷惑をかけているんじゃないか、とさえ思っている節がある。

 

「いや、いいんだ。お前も、予期せぬ状況だったんだろう。まあ、それはいいとして……どうする? 嫌なら、嫌だと言っておくぞ」

「……とりあえず、放課後にでも、学園長室に行ってきますよ」

「そうか。わかった。こっちから言っておこう。それじゃ、もう行っていいぞ」

「はい」

 

 はぁ……あの人、何を考えてるのかよくわからないよ。

 

 

 というわけで、放課後。

 ボクは、朝言った通り、学園長室に来ていた。

 

「例の件かしら?」

「そうです。どうして、ボクなんですか?」

「どうしてって……可愛いから?」

「……本気ですか?」

「もちろん」

「……はぁ」

 

 きらきらとした目で言われても……。

 

 ボクが見学会の方に出たとしても、あまり意味はないような気がするんだけどね。

 だって、入学したばかりの人に説明をされても、あまり興味は引かないような気がするし……。そもそも、可愛いから、と言う理由でやらせようとしてるのも、おかしな話だと思うんだけど。

 

「だって、依桜君が有名になったおかげで、この学園を志望している人が増えたからね。だったら、依桜君にやってもらえば、確実ってものよ」

「だったら、の意味がわからないです」

「だったらは、だったらよ。美少女が説明とかしてくれたら、思春期の中学生のハートを鷲掴み! 視線は釘付け! なら、志望するしかない! ということになるじゃん?」

「なりませんよ」

 

 人の容姿で志望校を決めるなんて、おかしすぎるよ。

 そもそも、人生の転機になりうる選択なのに、そんなことで選んで棒に振っても、ボクは責任を取れないよ? ……まあ、この学園は進路の実績とかもあるけど。

 

 でも、戸隠先生が言ったように、周辺の学校に進学しようとしている人も出てくるって言ってたし……そうなると、さすがに色々とまずいような気がする。

 

「でも、依桜君にも後輩ができるんだよ? 使い勝手のいい」

「人を物みたいに言わないでください! それに、後輩ができるのはいいですけど、ボクの場合は、部活にも委員会にも所属していないので、あまり接点ないですよ。あっても、学園行事くらいです」

 

 林間学校とか。

 

「まあ、さっきのは冗談だとして。……でも、後輩ができるってよくない? 少なくとも、依桜君はちやほやされると思うよ?」

「あんまり、ちやほやされても嬉しくないです。ボク自身は可愛いとは思ってないですけど、ほとんどの人は容姿で判断してるですよね?」

「否定はできないわね。でも、この学園の生徒の大半は、依桜君が優しくて家庭的だから、って言う理由の子もいるわよ?」

「それはそれです。優しい……かどうかはわかりません。それに、家庭的と言いますけど、普通に好きだから家事をしているだけですよ」

「……今の若い子は、家事なんてほとんどしないけどね。大体、親に任せっきりよ。よく、『女性って料理ができるイメージがある』なんて、勝手な想像している男性が良くいるけど、できない人って割と多いのよね。レトルト、レベル高いから」

「そ、そうなんですね」

 

 ……ボク、そんな想像していないんだけど。

 だって、できない人はできないし、できる人はできるもん。

 ボクだって、最初は料理とかできなかったし。練習で今くらいに持っていただけだからね。家庭料理くらいだけど。

 

「でも、今時珍しいくらい、依桜君って家事出来るじゃない?」

「まあ……家でよくやってますから」

「それよ」

「それ?」

「男性って言うのは、割と理想が高い生き物なのよ。簡単に言うと、美人で、優しくて、スタイルが良くて、家事ができて、可愛いような女性を求めてるのよ」

「……さ、さすがにそれは理想が高すぎる気が……」

「そう。理想が高いのよ。でもね、依桜君は当てはまっちゃってるのよ」

「さ、さすがにいくつかは外れてますよ」

 

 別に可愛くはないし、スタイルもいいかはわからないし……家事は、できるけど。

 それにしても、美人と可愛いって同じじゃないの?

 

「まっさか。だって依桜君。美人だし、誰にでも優しいし、スタイルも抜群だし、家事も完璧。そして、恥ずかしがったり、お化けが苦手と、かなり女の子らしくて可愛い部分もあるじゃない? ほら、理想にぴったり」

「そ、そんなことはないですよ」

「……不思議ね。本気でそう思っているせいで、全然嫌味に感じないのよね……やっぱり、元々男の娘だったからかしら?」

「ボク自身、あんまり恋愛事に興味がありませんでしたし……」

 

 ボクの場合は、友達がいればいい、みたいな考え方だもん。

 ……それに、男の時だったらまだ考えたかもしれないけど、今は女の子。恋愛をしようと考えても、ちょっと困るからね。

 

「そっかぁ。……これは、落とそうとしている人たちは大変ね」

「何か言いましたか?」

「いえ、何でもないわ。……それで、やってくれないかしら?」

「ボク、人前に立って話すのって苦手なんですよね……」

 

 だと言うのに、人前に出させられることが多いボク。

 

 異世界では、勇者として演説を! と言われて、リーゲル王国にいる人全員が集まった広場で演説をさせられたり、こっちに戻ってからは、ミス・ミスターコンテストに出場して、大勢の人が見ている前でテロリストを撃退したり、次の日には、ボク個人のイベント事をやらされたり……本当に、人前に出されることが多くなった。

 

 ボクは目立ちたくなくて、裏方作業が好きなのに……。

 なぜか、みんなボクを目立たせようとして来るんだもん。酷い話だよ……。

 

「そう? 傍から見てる分には、結構堂々としているように見えるけど?」

「……心臓はバクバクですよ。すっごく緊張してるんですよ?」

「まあ、ほんのり頬が赤くなってた気がするしね」

「……あれでも、緊張を押し殺してるんですよ」

 

 恥ずかしい姿は見せられないもん。

 

「なら、いいじゃない」

「あれ、ボクの話聞いてました?」

「大丈夫よ。ただ、中学生にこの学園のことを説明して、学園を案内するだけなんだから」「それが大変なんですよ!」

「まあまあ。今のうちにこう言うのになれていた方が、社会に出ても苦労しないわよー?」

「そ、そうかもしれないですけど……」

「というか、誰もやりたがらないのよ! 生徒会長の権蔵院君は受験の方に専念したい! って言うし、他の生徒会メンバーに声をかけても断られるし……まあ、生徒会選挙も近いし、仕方ないんだけど……。でも、誰もいない、って言うのは問題じゃない?」

「見学会ですからね」

 

 一応、志望者を確保するため、と言う意味でもある行事だから、大事なのは当然のこと。

 

 そう言えば、生徒会選挙も近いんだっけ。

 だから、誰もやろうとしないんだね。

 

 ……うーん、さすがに、誰もやる人がいない、と言うのはあれだよね……一応、ボクが通っている学園なわけだし……でも、不純なんだよね……。

 

 だから、迷うと言うか……。

 

「できれば、依桜君にやってもらいたいのよね……。だって、他に頼めそうな人がいないんだもの」

「……ボクの友達とかではダメなんですか? 晶とか、未果とか……」

「正直に言うと、今回の見学会の申し込みを見ている限りだと、男子中学生の方が多くてね。男子生徒を説明とかに回しても、逆に聞いてくれなさそうでね」

「……普通は、そんなことありえないと思うんですが」

「ありえちゃうのが、この学園」

「……納得です」

 

 そもそも、学園に在籍する生徒や先生たちがおかしいもん。それが、体育祭でよくわかったからね。本当に酷い。

 

「教師がやる、って言う案もあるのだけど……それだとつまらないからね」

「つ、つまらないって……」

「それに、生徒の方が、中学生の子たちも安心するでしょ? 先生が話しちゃうと、どうにも事務的になるし、緊張しちゃうしで」

「まあ、わからないでもないですね」

「でしょう? だから、お願い! 見学会の方やってくれないかしら?」

 

 両手を合わせてお願いしてくる。

 

 ……う、うーん。ボク個人としては、引き受けてもいいかもしれないけど……学園長先生には色々と酷い目に遭わされてることを考えると……微妙なところ。

 

 でも、それだと準備とかしてくれている人たちに申し訳ないし……はぁ。

 

「……わかりました。引き受けます」

「ありがとう、依桜君! いやぁ、引き受けてくれてよかったわよ。一応、ご褒美の方も用意しておくから、お願いね」

 

 というわけで、ボクが見学会に出ることが決まってしまった。

 

 ……何事もないといいんだけどね。




 どうも、九十九一です。
 この物語は、どれくらいで完結するんだろう? と、本気で考えています。一応、終盤の話の土台は頭の中にあると言えば、あるんですが。まあ、三ヶ月間の話で140話ほどかかってると考えると、三年生の話に行くのに、軽く500話以上かかりそうで怖いです。
 他サイト含め、ちらほらと、この作品を楽しみにしている人もいるようで、嬉しい限りです。そう言った感想は、本当に励みなります。
 逆に、低い評価つけられた際は、『もっと頑張らないと!』と思えます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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143件目 学園見学会 中

 翌日。

 

 今日は金曜日で、明日の準備があるそう。

 と言っても、ボクの場合は特にやることはなく、ちょっとしたリハーサルをするくらい。

 準備は放課後だけど。

 

「お、そういや依桜、お前、明日の見学会に出るんだってな」

 

 昼休み。みんなでお昼を食べていると、態徒が明日のことを言ってきた。

 

「……頼まれちゃってね」

「見学会の説明を一年生に頼むって言うのも、なかなか変な話よね」

「んー、でも、入ったばかりの人の方が、新鮮な感想とか言ってもらえるんじゃないかな? だって、歳も一つしか変わらないわけだしねー」

「そうかもしれないが……依桜、大丈夫か?」

「う、うーん、正直何とも言えない……」

 

 そもそも、本当かどうかはともかく、ボク目当て? で志望している中学生が多いって聞くし……だから、ボクが出て大丈夫なのかな、っていう気持ちはある。

 

「下手なことにはならないでしょうけど。依桜だし、変な不良とかに絡まれても、十分撃退可能でしょ?」

「いや、そもそも、この学園を受ける以上、不良の人はいないと思うけど……」

 

 佐々木君みたいな人はある意味、例外と言えば例外だけど。

 

 ……そう言えば、風の噂だと、今まであんなに荒々しかったのに、今ではすっかり大人しくなっているのだとか。

 

 ……その時点で、どれだけ大変な目に遭ったのか、想像に難くないね。

 あの世界、割と理不尽だもん。

 

「いやいや、もしかしたらよ、依桜を無理矢理彼女に! って奴がいるかもしれないぜ?」

「あはは、まさか」

 

 いるわけないよ。ボクなんかを彼女にしたいと思う人なんて。

 

「……いや、いると思うな、俺は」

「え?」

「依桜は、外見だけ見れば、か弱い女の子、って感じだからな。あまり強そうには見えない。それどころか、荒事とは無縁と思われてそうだ」

「まあ、わたしたちはよく知ってるからねぇ。結局、体育祭のアスレチック鬼ごっこでの依桜君の動きは、ゲームの不具合、ってことで片付けられちゃってるしね」

「あれ、そうだったの?」

「うん。あれ、依桜君知らなかった?」

「うん」

 

 そうだったんだ。

 

 あ、だからみんな何も言わなかったんだ。

 ……でも、不具合、ってことになると、ボクがずるして勝った、みたいに広まったりしないかな……?

 

「あ、安心してね、依桜君。誰も、ずるって思ってないから」

「そうなの?」

「うん。天使ちゃんは幸運にも恵まれている、ってことになってるから」

「……そ、そうなんだ」

 

 幸運って……。た、たしかに、7777っていう、頭のおかしい数字を持ってるけど……あれは、幸運と言うより、不運だもん。

 

「まあでも、幸運に思えるのは周囲の人で、依桜自身は不運だけどね」

「……ほんとにね」

 

 たった三ヶ月で、本当に色々あったし。

 どれもこれも、記憶から一生消えないようなものばかり。

 

 学生時代のあれこれは、どんなものでもいい思い出、なんて言うのかもしれないけど、高校生の時に、性転換する、なんてことを経験したのは、世界広しと言えども、ボクだけなんじゃないかな。

 

 そもそも、異世界に行くって言うこと自体があれだけど。

 ……そう言えば、異世界の人がこっちに来てる、っていう件はどうなったんだろう?

 

「見学会に来るのは中学生だけなんでしょ? なら、そう大きなことになることはないでしょ」

「だといいんだけどね……」

「つか、そうほいほいと大事に巻き込まれるのも、勘弁だわな。実際、それで風邪引いて休んだわけだしな」

「……あはは」

 

 ……風邪を引いた日のことは、できれば思い出しくないところです。

 恥ずかしい姿を見られたから。

 ……まあ、母さんとかがいなかっただけマシと思うことにしよう。うん。

 

「頑張ってね、依桜君」

「……うん。頑張るよ」

 

 

「おはよう、依桜君」

「おはようございます、学園長先生」

 

 翌日の朝、家の前には車に乗った学園長先生がいた。

 

 無理に頼んだので、送り迎えはさせて、と言われたので、ここは厚意に甘えることにした。

 ……ボクの場合、車よりも速く移動できるから、あまり意味がないように感じるけど。

 

 そう言う行為は、目立つからしないけどね。……よほどのことがない限り。

 

「さ、乗って」

「よろしくお願いします」

 

 一言言ってから、学園長先生の車に乗り込んだ。

 

 

 教師用の門から学園に入り、校舎へ移動。

 

 道中、ちらほらと学園に向かう中学生を見かけた。

 その中学生たちは、いろんな表情をしていた。

 

 学園がどんなところかと、楽しみな表情をしている人。もしかしたら怖いところかも、と緊張した面持ちの人。人に言われて仕方なく、と言った表情の人もいた。

 

 それを見て、なんとなく安心したんだけど……あくまで、これらの表情をしていたのは一部で、他の人は何と言うか……邪? な感情を抱いているように見えた。

 

 よくわからない表情をしていたから、つい、『気配感知』を使ったら、邪な何かが出ていた。

 なんでだろう? と思いつつ、ボクは準備へ。

 

「さて、私は一旦職員室に行ってくる」

「あ、わかりました。それで、ボクはどこに行けば?」

「んー、とりあえず、少しだけ時間もあるし、中学生の様子を見に行っててもいいわよ。その際、気配を消すことは忘れずにね」

「そうですね。学園生がいたら緊張しちゃいますもんね」

「……一昨日言ったはずなのだけどね」

「? 何か言いました?」

「何でもないわ。それじゃ、十時になる十分前には講堂の舞台裏に来てね」

「はい」

 

 そこでボクと学園長先生は別れた。

 うーん、なら、どんな人が来たのか気になるし、見に行ってみようかな。

 

 

 正門近くに来て、『気配遮断』と『消音』を使用。

 この世界にの人たちには、『消音』はあまりいらないんだけど、念には念を入れて、ね。

 暗殺者時代の体の動きは、体に染みついているので、最短最速で近づく。

 

『ようこそ、叡董学園へ。ここをまっすぐ進むと講堂がありますので、そちらへ行き、受付の方をお願いします』

 

 と、案内役の先生が来校した中学生とその保護者の人たちに声をかけていた。

 

 ……よくよく考えたら、講堂があるってすごいことなんじゃないかな?

 だって、他の高校の見学に行ったら、大体体育館だったし。

 そう考えると……朝礼などでのみ使用する場所って言うのも珍しいね。

 

 さて、中学生は……。

 

「ボクも、あんな感じだったなぁ」

 

 緊張した面持ちの人や、友達と話している人など、やっぱり色々な人がいた。

 それを見て、ついつい懐かしい気持ちになった。

 

 多分だけど、高校に来るのは今回が初めて、って言う人もいるのかも。

 わりと、遅い時期に決める人もいないわけじゃないから。

 

 そう言えば、ボクは第一志望をここにしてたけど……理由は、近いからと言うのと、楽しそうだったから、っていう理由。

 それに、進路もよさそうだった、と言うのもあるかな。

 

 んー……それにしても、保護者の人は父親の方が多い?

 

 こう言うのって、どちらかと言えば母親が来ることの方が多いような気がするんだけど……珍しいこともあるんだね。

 

 男女比は、大体同じくらいかな? 男子の方が少し多いくらいに見える。

 それにしても、結構いるなぁ……。

 うぅ、緊張してきた……。

 

「そろそろ行こうかな」

 

 時計を見れば、時間もいいころだったので、講堂に向かうことにした。

 

 

「学園長先生」

「来たね。とりあえず、昨日のリハーサルの通り、台本のことを言ってね。まあ、アドリブを加えてもいいから」

「は、はい」

「それと、司会進行はミオにしているから、安心してね」

「……え、安心できないです」

「ミオ、信頼されてないわね」

 

 だって、師匠って敬語とか話さないんだもん。

 師匠からすればこっちの人はみんな年下だから、仕方ないのかもしれないけど。

 それだとしても、問題はあるような気がする。

 

「まあまあ、ちゃんと敬語で進めるように言ってあるから、安心して。それに、ミオは司会進行だけだから。終わったら、そのまま私と街に繰り出すことになってるのよ」

 

 ……お酒だね、これ。

 

 そもそも、休日だと言うのに師匠が学園に来て、しかも嫌いな敬語を使ってまでやるということは、十中八九お酒に釣られたんだろうね。

 だって、無類のお酒好きだもん。

 

「緊張してる?」

「あ、当たり前ですよ」

「まあまあ、相手は中学生。あんまり気を張らなくてもいいと思うわよ。リラックスリラックス」

「そ、そうですね」

「うんうん。それじゃ、そろそろ始まるみたいだから、ミオの紹介が入ったら、中心に言って」

「わ、わかりました。頑張りますっ」

 

「それでは、時間になりましたので、見学会を始めさせていただきます。まずは、当学園の見学会に来てくださり、誠にありがとうございます」

 

 す、すごい、師匠が完璧な敬語を……!

 いつもは、決して使わないはずなのに、敬語を使うなんて……それだけ、お酒が飲みたいってことなのかな、これ。

 ……ありそうだなぁ。

 

「本日の司会進行を務めさせていただきます、ミオ・ヴェリルです。よろしくお願いします」

 

 さ、さすが、伝説の暗殺者……。演技はやっぱり、お手の物なのかな。

 表情は見えないけど、少なくともかなり柔らかい声音。ということは、今の師匠は笑顔なのかも。

 耳を澄ますと、

 

『す、すげぇ、この学園、すっごい美人な先生がいるんだ』

『かっこいい……』

『外国人なのかな? 日本語上手……』

 

 と、師匠に対して見惚れているような反応が窺えた。

 師匠、普段の言動や行動はあれだけど、綺麗だもんね。

 実際、昔はモテてた、って言ってたし。

 

「それでは、当校の生徒である、男女依桜さんに学園の説明をしてもらいます」

 

 で、出番だ。

 が、頑張ろう。

 

 緊張で少し硬い動きになってしまったけど、舞台袖から出て、マイクのある中央へ。

 

 すると、席の方からざわめきが起こった。

 

 ……あ、あれ、ボク何かおかしい?

 内心、ちょっと焦りつつも、柔らかい笑顔を浮かべる。

 ……暗殺者の必須技能に助けられた。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 マイクの前に立つのを見計らい、師匠がそう言った。

 そのまま、師匠は端の方にはける。

 

「中学生のみなさん、こんにちは。ボ――私は、男女依桜と言います。今日は、この学園の説明をさせてもらいます。……私は、まだ一年生ですので、もしかすると、説明がわかりにくい、と言ったことがあるかもしれませんが、大目に見ていただけると嬉しいです。それでは、よろしくお願いします」

 

 危うく『ボク』と言いかけるところだったけど、すぐに『私』と言いなおす。

 

 うーん、さすがに、この外見で、こう言った公の場で『ボク』って言うのは変だと思うしね。

 だから、『私』って言うようにしたんだけど……う、うーん、違和感。

 前も一度、『私』って言ったことあったけど、あれは女委に頼まれて、って言う理由だったから、自発的に言ったわけじゃないんだよね。

 でも、今回は自発的に。

 

 学園案内の時は、ボクにしよう。

 

「まずは、この学園の校風ですね。この学園は、自由を重んじ、生徒の自主性を尊重しています。ですので、染髪、ピアスなども許可されています。それから、授業中以外であれば、ゲーム機を持ち込んで遊んだりすることも、許可されています」

 

 この部分は、本当にすごいと思うよ。

 

 だって、休み時間や昼休みには、ゲームをしてる人も多いし。

 それに、女委だって髪を染めてるからね。当然、校則で認められてるからです。

 

 この話には、中学生の人たちも、興味津々みたいだね。

 

 ……妙に熱っぽい視線が多いのは気になるけど。あと、頬を赤くしている人が多いのも気になるけど。

 

「それから、バイクや原動機付自転車の免許に関しても、学園側から許可をもらえれば、取得は可能ですので、もしも、遠くから来る、と言う方は取得してもいいかもしれませんね」

 

 と言う風に、明るく、笑顔で話すように心がけると、静かに聞いてくれた。

 内心、すごくほっとしてます。

 

「それでは、次ですね。次は、私が思ったことを言えばいい、と言われているので、軽くボクの思ったことを言わせてもらいますね。まず、最初に言えることは、この学園での高校生活は退屈しないです。行事は豊富で、先生方も面白い方が多く、とても過ごしやすい学園です。環境・設備も充実しており、将来どういったことがしたいか、ということについても学ぶことができます」

 

 台本通りに言えばいい、と言っていた人が、

 

『依桜君が思ったことを言ってね』

 

 と言ってきたので、本当に思うことを言うようにした。

 

「とりあえずは、行事の話をしましょうか。環境や設備を話しても、ピンと来ない部分もありますので、そちらは学園案内の際にさせてもらいますね。それで、行事ですね。そうですね……高校生にとって、一番馴染み深い、学園祭と体育祭の話をしましょう」

 

 と、この後は、特に何の問題もなく説明が続き、

 

「――と、以上で学園の説明を終わりにします。ご清聴ありがとうございました」

 

 最後に一礼をして、ボクは舞台袖にはけていった。

 その際、大きな拍手が講堂内に響いていた。

 

「それでは、続いて学園見学の注意点を説明します――」




 どうも、九十九一です。
 この話は、上下で終わらせるつもりだったのですが、思いのほか下が延びてしまったので、二話分けにして投稿しますので、今日は二話投稿になります。
 下はいつも通りに、17時頃の投稿になります。


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144件目 学園見学会 下

「はぁぁぁ~~~……き、緊張したぁ……」

「お疲れ様、依桜君。はい、お茶」

「ありがとうございます」

 

 学園長先生からお茶を受け取り、両手で持ってこくこくと喉を鳴らしながら飲む。

 ペットボトルから、口を話してほっと一息。

 

「……女の子してるわねぇ」

「ふえ!?」

 

 学園長先生の突然の言葉に、思わず変な声を出してしまった。

 

「男の子って、そうやって飲まないしねぇ。やっぱり、精神面も変わってきてるわねぇ」

「そ、そうなんでしょうか……?」

「そうね。ちょくちょく、その片鱗……あ、いや、ちょくちょくじゃないわね。しょっちゅう出てるわよー」

「そ、そうだったんですね……」

 

 うぅ、やっぱり違和感を感じなくなってきてるよぉ。

 ……もう二度と戻れないってわかっているのに、未練たらたらだよぉ。

 受け入れないと、って言葉ではわかってるんだけどね……。

 

「さて、次は学園見学ね。寒いと思うけど、外に待機していてもらえるかしら?」

「大丈夫ですよ。日本の冬くらいの寒さは、ボクにとって、全然寒さじゃないですから」

「心強いわね。それじゃ、よろしくね」

「はい」

 

 お茶を飲み干してから、ボクは裏口から外に出た。

 

 

 一方、説明が終わった講堂内では、

 

『さっきの人、すげえ可愛かったんだけど!』

『だよなだよな! しかもあの人、前にネットで騒ぎになった人だよな!?』

『この学園にいる、って噂、ほんとだったんだ』

『入学できれば、あの人が先輩かぁ。やっべ、テンション上がってきた』

『彼氏とかいるのかな?』

『あんなに可愛い人なんだし、いるんじゃないのか?』

『だよなぁ』

 

 と、中学生男子は、依桜の容姿に興奮していた。

 一方、中学生女子はと言うと、

 

『さっきの人、可愛すぎ……』

『同じ日本人とは思えないくらい、可愛かったよね。しかも、銀髪碧眼だし』

『あれって、地なのかな?』

『そうなんじゃない? ハーフかもしれないよ』

『うぅ、でも、あんな人が先輩っていいよねぇ』

『わかる。私、学園祭の時に言ったんだけど、カッコよかったよ!』

『可愛い、じゃなくて、カッコイイ?』

『うん! 突発イベントだったんだけどね、襲撃してきたテロリストの人たちを全員倒しちゃったの! それでそれで、最後に『これでチェックメイトです』って言ったの!』

『『何それ、カッコイイ!』』

 

 と、やはり依桜に対して興奮していた。

 

 実際、今回の見学会に来た中学生の中には、学園祭と体育祭に来ている人もいた。

 その時の依桜に惚れて志望した、という中学生も少なくない。むしろ多い。

 

 もし、依桜が魔族で例えられるとしたら、間違いなく『サキュバス』だ。

 と言っても、本人は性知識が圧倒的に欠如しているので、あれだが。

 

 とにもかくにも、こうして本人のあずかり知らぬところで、年下を落としていった。

 

 

「それでは、見学の方も、ボクが案内を務めさせてもらいますね」

 

 と、学園見学に参加する人が集まったところで、そう言うと、どよめきが起きた。

 

『ぼ、ボクっ娘……?』

『み、見た目とのギャップが半端ない……』

『ボクっ娘っているんだ……』

 

 あ、あれ? やっぱり、ボクって言うのって変、なのかな?

 ……で、でも、昔からこの一人称だったからなぁ。

 

「それでは、まずは講堂周辺にある建物から説明させていただきます」

 

 少し動揺していることを表情に出さず、説明に移行した。

 

 

 講堂周辺にあるのは、体育館、室内プール、柔剣道場、合宿場、ジム施設、食堂、温室の計七つ。

 体育館、室内プール、柔剣道場、合宿場、食堂はよくあるかもしれないけど、ジム施設と温室はさすがになじみがないみたいで、ちょっとびっくりしていた。

 

「あちらに見えるのが、ジム施設です。主に、運動部が使用しています。例えば、雨が降ってグラウンドが使えなくなってしまった際などに、活用しますね」

 

 中には、スポーツジム顔負けの器具が揃えられています。

 ボクは、使ったことがないです。行く必要がなかったしね。

 

 ……まあ、今のボクだったら、全然苦に感じないと思うけど。

 

 次に、場所を移して、温室。

 

「ここでは、主に環境委員や園芸部の人たちが草花を育てています。中には、野菜や果物を育てている区画もあります。色とりどりのお花を見ながら昼食を摂ったりする人もかなりいるんですよ」

 

 たまに、ボクたちもここで食べていたりする。

 

 冬場は、あったかくてちょうどいいんだよね、ここ。

 

 年中草花を育ててるからね。気温は暖かめで設定されている。

 そう言えば、温室って道路に面した位置にあるから、ちょっと騒音がしたり……と言っても、あんまり気にするレベルじゃないけど。

 

「それでは、何か質問はありますか? 別に、案内したところだけでなく、学園に関することや個人的なことでもいいですよ」

 

 と言うと、バババッ! と手が上がった。

 お、多いなぁ……。

 

「え、えっと、じゃあ……そこの男の子」

『はい! えっと、男女先輩って、恋人とかいるんですか?』

「ふぇっ!? いや、あの、恋人はいない、ですよ」

 

 思わぬ質問に驚きつつも、しっかりと回答。

 

『じゃ、じゃあ、理想のタイプは?』

「え、あ、そ、その……な、中身で判断してくれる人、でしょうか」

 

 と言うと、中学生男子のみんなが、小さくガッツポーズをしていた。

 な、なんで?

 

「そ、それじゃあ、他に質問はありますか?」

 

 またしても、かなりの手が上がる。

 

「じゃ、じゃあ、そちらの女の子」

『男女先輩の好きなものって何ですか?』

 

 なんで、ボクに関する質問ばかりなの?

 ……まあ、質問されたからには、ちゃんと答えるけど。

 

「うーんと、そうですね……やっぱり、平穏、ですね」

『『『平穏?』』』

「……ちょっと、昔から色々なことに巻き込まれやすくて。なので、やっぱり、平穏が一番ですよ」

 

 ここ最近、平穏に過ごせた日があんまりないもん。

 

「そ、それで、他に質問はありますか? えっと、ボクの質問ばかりじゃなくて、できれば学園に関することを――」

 

 と、ボクが言いかけた時だった。

 

『居眠り運転だ!』

 

 そんな焦りが色濃く浮かんだ叫びが聞こえた。

 急いで『気配感知』を使って周囲を確認すると、こちらに向かって猛スピードで移動している気配があった。

 って、悠長に考えている場合じゃなくて!

 

「みなさん、急いで校舎側に逃げてください!」

 

 ボクがそう言うと、中学生及び、保護者の人たちが慌てて校舎側の方へ駆け出して行った。

 スピードを考えると、学園のフェンスに突っ込むと思うから、そこで少しはスピードが落ちると考えての指示。

 それに、距離はまだ十分にある。

 だから、間違っても当たることはない、と思っていたら、

 

「きゃあ!」

 

 なんと、一人の女の子がその場に転んでしまった。しかも、足を痛めてしまったのか、右足首を抑えていた。

 

 道路側を見れば、暴走した車はこちらに向かっている。

 今から起き上がったのでは、間に合わない。

 そう考えたボクは、

 

「ちょっと、しつれいしますねっ」

「ひゃっ」

 

 倒れた女の子に駆け寄り、腰と膝に手を回して抱きかかえる。

 

 ガシャンッ!

 

 と言う大きな音を立てながら、車がこっちに近づいてくる。

 女の子は、ぶつかると思い、目をぎゅっと瞑る。

 車がぶつかる寸前で、ボクは大きく跳躍して、くるりと一回転し着地。

 回避したすぐあと、

 

 ドガシャーーンッッ!

 

 という車がぶつかる音が聞こえてきた。

 音がした方を見れば、車は渡り廊下の柱にぶつかって完全に止まっていた。

 

「はぁ……危なかったぁ。あ、大丈夫?」

「は、はぃ……」

「どこか、痛いところとかはない?」

「だ、だだだ、大丈夫ですっ!」

「そっか、よかったぁ……あ、抱っこしたままでごめんね! すぐに降ろすね」

「い、いえ、ありがとうございました……」

 

 女の子に謝りながら、地面に降ろす。

 

 降ろしてから、車が来た方向を見ると、見事にフェンスが破られていた。

 

 うーん、普通に突っ込んできたら、中に入ることはないはずなんだけど……それこそ、ジャンプ台になりそうなものがないと……。

 

 と、そう思いながら、外を見ていると、何やら、ジャンプ台になりそうなものがあった。

 と言うより、坂道、なんだけど。結構急な坂で、かなりのスピードを出していれば、車一台が跳ぶことなんて容易なくらいのものが。

 

 ……なるほど、小川を避けるための坂で。

 

 はぁ……普通に運転していれば、大丈夫だったのに。

 居眠り運転だなんて……。

 

 あ、そんなことよりも、他の人の安全確認をしないと。

 

「みなさん、どこかお怪我はありませんか!?」

 

 と、ボクが尋ねると、何も反応はなかった。

 どうやら、怪我をした人などはいなかったみたい。よかったぁ……。

 

「どうしたの!? 何か、すごい音がした……って、何があったの!?」

 

 ここで学園長先生が慌てた様子でこちらに来た。

 渡り廊下の柱にぶつかって止まっている車を見て、学園長先生が驚きの声を上げていた。

 

「実は――」

 

 軽く事情を説明。

 

「なるほどね。……まったく、居眠り運転だなんて……。それで? 中の人は無事?」

「多少の怪我はあるでしょうけど、命にかかわるようなものはないと思いますよ」

 

 少なくとも、『気配感知』で確認した限りでは、反応が弱まっているなんてことはないから。

 

「そ。それなら、色々と請求させてもらわないとねぇ?」

 

 そう言う学園長先生は、すっごく黒い笑みを浮かべていた。

 ……居眠り運転だったので、自業自得ですね。運転手さん。

 

「それから、中学生や保護者の人たちに怪我は?」

「そこにいる女の子以外は、みんな無事です。どうも、足を捻ったらしく」

「あら、それは大変ね。……仕方ないけど、今日はここでお開きにしたほうがよさそうね」

「そうですね」

「えー、思わぬアクシデントが発生してしまいましたので、本日の見学会は、勝手ではありますが、ここで終わりにさせていただきます!」

 

 まさかの事態によって、見学会はお開きとなった。

 

 

 その後、依桜が助けた少女は、学園の保健室で治療を受けてから、帰された。

 そんな少女はと言うと……

 

「……か、かっこよすぎるよ、あんなの……」

 

 依桜に惚れていた。

 

 そして、他の中学生たちも、反応は様々だった。

 

『居眠り運転とか、マジやばくなった?』

『それな。あんなことマジであるのな』

『でもよ、さっきの、男女先輩、すごくなかったか?』

『すごいってレベルじゃなくね? 一人一人抱えて車を紙一重で避けてたよな?』

『……あんなん、惚れるな、って方が無理だろ』

 

 男子はこんな反応だ。

 依桜の異常な身体能力の一端を見て、興奮していた。

 それと同時に、

 

『……で、見たか?』

『ああ、見た見た』

『当然』

『『『おっぱい、めっちゃ揺れてた!』』』

 

 依桜が回避する時に、大きく揺れた胸もバッチリ見ていた。

 思春期男子はすごい。

 それから、女子はと言うと、

 

『男女先輩がかっこよすぎる!』

『ねー! 可愛いのに、カッコイイって……最高すぎ……』

『何としてでも、合格しないと……』

『同性なのに、すっごくドキッとしたわ』

『わかるわかる! あれで惚れるな、って言う方が無理よね』

『……正直、男子なんかよりよっぽどカッコよかった。男女先輩みたいな人と付き合いたいなぁ』

『『わかる』』

 

 こんな感じである。

 

 とまあ、こんな感じに、人知れず落としていく依桜である。

 ここまで来ると、もはや才能だ。しかも、本人はこのことを全く知らないという条件付きだ。

 さすがの一言である。

 

 その後、見学会に来た中学生たちによって、依桜はさらに有名になるのだった。




 どうも、九十九一です。
 中が変な区切りになったのは申し訳ないです。まあ、一話で作るつもりだったので、仕方ないと言えば仕方ないのですが……。
 えーっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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145件目 依桜ちゃんと遊園地デート 上

 日曜日。

 

 ボクは、駅前に一人、立っていた。

 

 これから、ちょっとした用事……というか、遊びに行くところです。

 そして、今はその相手を待っているところ。

 

 そう言えば、ここで待つのはいいけど、どうにも見られているような……?

 

 も、もしかして、ボクの服装、おかしい?

 

 今日の服装は、リボンやフリルが所々にあしらわれた、水色の長袖ワンピースに、白のカーディガンを羽織っている。寒くなってきたこともあって、ワンピースは、膝よりも下の方までの長さがある。

 

 ……本当は、ズボンがよかったんだけど、

 

『だーめ! 依桜は可愛いんだから、スカートで行きなさい!』

 

 って、母さんに言われてしまい、この結果に。

 

 うーん、女装させられたこともあったせいで、スカートを穿いても違和感があんまりなかったんだよね……。

 そのせいで、問題なく穿けちゃうって言うのが、何とも皮肉な話だよ……。

 

 それはそれとして……変なところはないよね?

 でも、なぜか視線が多いし……どうしてだろう?

 

『あの娘、ちょっと前に騒ぎになった娘だよな?』

『うわ、マジだ。一人で誰かを待ってるみたいだけど……彼氏待ちか?』

『じゃね? チッ、その相手が羨ましいぜ』

 

 それにしても、もうそろそろ来てもおかしくないんだけど……。

 

「おーい、依桜―」

 

 と、ボクを呼ぶ声が聞こえてきた。

 やっと来たみたいだね。

 

「すまんすまん、ちょっとばかり寝坊しちまってな」

「いいよ。それじゃ、行こっか」

「おうよ!」

 

 今回、一緒に遊びに行くのは、態徒。

 

 ハロパが終わった翌日に、ボロボロだった態徒を見て、あまりにも可愛そうだったので、一緒に遊びに行こう、と言う約束をしていた。

 今日は、その約束を果たすために、遊びに行くことになった。

 

 と言っても、決まったのは、昨日だったりするんだけどね。

 

 ことの経緯は、昨日の学園見学会が終わった後のこと。

 

 

「はいこれ」

 

 と、アクシデントの後始末を終えた後、学園長先生に呼び出されて、学園長先生の所に行くと、唐突にチケットを渡された。

 

「えっと、これは?」

「遊園地のペアチケットよ」

「遊園地?」

「そ。最近新しい遊園地が近くにできたのよ。そこにちょっと出資していたら、向こうから貰ったの。でも、遊園地は柄じゃないし、それだったら有効活用してもらおう! というわけで、依桜君に上げようと思ったの」

 

 出資って……。いよいよ、謎が深まってきたよ、学園長先生。

 

「でも、いいんですか?」

「いいのいいの。言ったでしょ、ご褒美があるって」

「そう言えば……」

 

 たしかに、一昨日言っていた気がする。

 ご褒美も用意しておくから、って。

 

「それに、今回は無理を言った、って自覚があるしね。だから、受け取って」

 

 今回『は』なんだね……。

 今まで、結構ボクに対して無理を言ってる気がするんだけど……主に、異世界と学園行事関連で。

 もしかして、自覚なし……?

 

「わかりました。それじゃあ、ありがたくいただきますね」

「うんうん。素直でよろしい! それじゃ、誰か適当に誘って遊んできてね! 一応、同性同士でも問題ないから!」

 

 そう言い残して、学園長先生は去って行った。

 この後、師匠と飲み歩きだそうです。

 貰ったチケットを眺め、少し考える。

 

「ペアチケットとなると、一人しか誘えないわけだよね……」

 

 うーん、そうなると、誰と行こうか?

 今からだと中途半端になっちゃうし、どうせなら、一日遊びたいよね。

 

 どうもこのチケット、一日遊び放題みたいだし。

 

 いつものメンバーだと……たしか、日曜日はいつもバイト、って晶が言っていたし、女委はそろそろ原稿の準備が! って言っていた。

 

 そうなると、未果と態徒、ということになるんだけど……あ、そういえば。

 

「たしか、態徒と遊びに行く、って約束があったっけ」

 

 それに、約束したのは三週間くらい前で、それなりに時間が経っちゃってるし、忘れないうちに行こう。

 

 えーっと、電話電話……。

 スマホを取り出して、態徒に電話をかけると、二コールほどで通話に出た。

 

『もしもし、依桜か?』

「そうだよ」

『どうしたんだ? 晶はともかく、オレに電話かけてくるなんてよ?』

「ちょっとね。ねえ、態徒、明日って暇かな?」

『明日? ああ、暇だぞ。と言うか、オレは基本暇だぜ』

 

 ……それはちょっと悲しいような?

 

「そ、そうなんだ。えっとね、今日の見学会のお礼っていうことで、学園長先生から遊園地のペアチケットを貰ったんだけど、一緒に行かないかなーって」

『なぬ!? そ、それはつまり……デート、ってやつか!?』

「う、うーん、他の人から見たらそう、なんじゃないかな?」

『ぃよっしゃあああああああああ!』

「ひゃああ!?」

 

 いきなり大声を出すものだから、びっくりして悲鳴が出てしまった。

 

「い、いきなり大声を出さないでよぉ……」

『す、すまん。……だけどよ、なんでオレ? 未果とか晶とかもいただろ?』

「あれ? 覚えてない?」

『ん? なんかあったっけか?』

「ほら、十一月頭に、約束したでしょ? 遊びに行こうって」

『あ、あああ、したした! そういや、そんな約束してたなぁ。それでオレか』

「うん」

『了解了解! まあ、何はともあれ、美少女とデートできるんなら、40℃の熱が出ても行くぜ!』

「いや、その場合は休んで!」

『ハハハ! 冗談だ!』

 

 ……態徒の場合、全然冗談に聞こえない。不思議。

 

「それじゃあ、十時に駅前でいいかな?」

『おうよ! 楽しみにしてるぜ!』

「うん。それじゃあね」

『じゃあな』

 

 無事、約束を取り付けることに成功。

 ……まあ、態徒が断る可能性は低いと思ったけどね。態徒だもん。

 いくら、元男と言っても、今のボクは普通に女の子だからね。

 

「あ、そうだ。お弁当作っていこう」

 

 そんなことを考えながら、その日は家に帰った。

 

 

 ということがあって、こうして遊びに行くことになった、というわけです。

 

「それで、場所はどこなんだ?」

「えっと、最近出来たばっかりの遊園地だよ。たしか、『美ノ浜ランド』だったかな?」

「マジで最近の場所じゃん。よくそこのチケットがもらえたなぁ。たしか、アトラクションのクオリティが高いってことで、話題になってたよな?」

「そうなの? それなら、楽しみだね」

「だな!」

 

 態徒が言った情報を聞いて、楽しみになってきた。

 もともと楽しみだったけどね。遊園地に行くのも、かなり久しぶりだからね。

 ちょっとうきうきした気持ちで、ボクたちは遊園地に向かった。

 

 

 や、やべえ。やべえよ。

 まさか、依桜がデートに誘うなんてよ……つか、ち、ちけぇ!

 真隣にいるぞ、美少女が!

 

 現在、オレたちは電車に乗って移動中だ。

 

 日曜日ということもあって、電車内はそれなりに人がいたが、ぎゅうぎゅうというわけではなかった。全然余裕がある。

 

 そんな中、オレたちは電車の扉がを陣取って立っていた。

 

 すぐ隣には、超絶美少女の依桜(元男)が。

 今日の依桜は、ワンピースにカーディガン。……元男だと言うのに、何の違和感もなく着こなしているな。

 

 まあ、依桜は、中学生の時から女装とかさせられてたしなぁ。

 そのせいだろう。うん。

 今は、それのおかげで可愛い私服姿の依桜が見れてるしな! 当時、女装させた奴ら、ありがとう! 心の底から感謝するぜ!

 

 ……にしても、あれだだなぁ。

 

 ちょっと話題は変わるかもしれないが……オレと依桜の身長差は結構ある。

 オレの身長は、大体170後半。対し、依桜は150(一センチ伸びたと言っていた。めっちゃ喜んでた)。

 見てわかる通り、かなり差があるわけなんだが……まあ、何が言いたいかと言うとな。

 

(胸、めっちゃ見える!)

 

 ってことなわけだ。

 

 今日の依桜の服装はワンピースだとさっき言ったな? 何と言うかな……服の構造なのかは知らんけど、胸が見えてるんだよなぁ……地肌が。

 

 微妙に依桜のご立派なお胸様の谷間が、見えているんだよッ!

 

 うわぁ、マジか……まさか、生きているうちに、こんなに素晴らしい光景を見れるなんてなぁ……マジ、感無量。

 ……と、同時に、周囲から依桜への視線が集中しているな。

 

 正直、当事者じゃなくてもわかるレベルで、視線が注がれている。

 

 露骨に頬を赤らめている奴や、鼻の下を伸ばしている奴もいるからな。しかも、男。……ただただ気持ち悪いな。もしかして、オレもあんな感じだったり……?

 うっわ。今度から止めよう。

 

 しかしあれだなぁ。

 

 本当に、元男とは思えないくらい、可愛いよなぁ。実際のとこ、男の時ですら可愛いと言われていたような奴だもんな、依桜。

 

 性別を間違えてる、なんて思われるのはよくあることだったし。

 そんな奴が、実際に女子になると、こうもモテモテになるんだな。

 いやぁ、友達でよかったぜ。

 

 だからと言って、依桜が女子になってよかった、なんてほとんど思わないが。……ちょっとは思ってるがな。

 

 実際のとこ、依桜がこの姿になったのは、オレたちじゃ、想像の及ばないくらいの地獄を体験してるからだしな。そう簡単に喜べるような境遇じゃないからなぁ。

 

 まあ、女子になった、と言うのはちょっと羨ましいが……。

 

 にしても、依桜はこの視線に気づいてるのか? ……気付いてるんだろうなぁ。気付いていながら、その意味に気付いていないと見た。

 

 実際、疎いしな。恋愛事とか、性的なことに。

 

 思えば、男の時からそうだったっけなぁ。

 オレと依桜、晶の三人で遊んだときに、オレの秘蔵のエロ本を見た時とか、依桜は目を回して気絶してた。

 で、起きたら、そのことをさっぱり忘れてた。

 絵に描いたような初心だもんな、ピュアだもんなぁ。すげえよ、マジで。

 

『次は、美ノ浜ランド前―。美ノ浜ランド前―。お降りのお客様は、お忘れ物がないよう、お気を付けください』

「あ、そろそろだね」

「おう」

 

 依桜を眺めながら、考え事をしているだけでもう着いちまった。

 いやあ、依桜のご立派様は素晴らしいやな。

 

 ついつい考え事をしちまうぜ! え? 柄にもないって? ハハハ! オレだって考え事くらいする。

 

 と、駅に到着したようなので、オレたちは電車を降りた。

 

 

 美ノ浜ランド前に到着。

 

「わぁぁ~~~」

 

 美ノ浜ランド前に来ると、隣にいた依桜が目をキラキラと輝かせながら、感嘆の声を出していた。

 ……マジで可愛いなぁ。

 

 まあ、それはそれとして、たしかに楽しそうだ。

 

 外からでも、『キャー』という楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。これはあれか、ジェットコースターとかか?

 

 そういや、オレも久しぶりだったっけな、遊園地に来るのは。

 依桜が目を輝かせるものもわかるぜ。

 

 と、一人うんうんと頷いていると、不意にオレの右腕がとても柔らかく、温かい、そんな幸せな感触に包まれた。

 

 ハッと右を見ると、そこにはオレの腕を掴んで谷間に持って行っている依桜の姿が!

 

「態徒、早く行こっ!」

「お、おう!」

 

 や、やっべええええええええ! マジ柔らけええええええ!

 

 なんだこれ!? おっぱいってこんなに柔らかかったのか!? しかも、すっげえ温かくて、めっちゃ幸せなんだが!

 

 つーかこれ、依桜無意識にやってるよな? そんなに楽しみか、遊園地。

 ……もしかしすると、三年間も殺伐とした世界にいたから、余計に楽しみなのかもな。

 

 ならば、

 

「よーし、今日は思う存分楽しもうぜ!」

「うんっ!」

 

 全力で楽しまないとな!

 

 依桜だって、娯楽に飢えてたかもしれないしよ。

 ……まあ、オレはすでに、右腕が幸せな状況なので、思い残すことはなかったりするんだがな!

 

 と、超楽しそうにしている依桜に腕を引かれながら、オレたちは遊園地に入っていった。

 

 

 ちなみにだが、依桜がオレの右腕を掴んだあたりから、周囲からの死線がすごいことになった、とだけ言っておこう。

 ふっ、この優越感!




 どうも、九十九一です。
 日常回なのに、一話完結の話がほとんどないという、今回の章。うーむ、やっぱり体育祭の反動があるかもなぁ……。
 えーっと、今回はちょっとお知らせが。
 私、手元でいくつか作品を作っていたりするのですが、その中の一つを投稿しようと思います。と言っても、メインはこの作品なので、どんなに頑張っても週一くらいになりそうですが。その作品は、今日の17時からになりますので、よろしければ見ていただけると嬉しいです。
 さて、こっちはいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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146件目 依桜ちゃんと遊園地デート 下

 殺意マシマシの死線を受けながら、園内に入る。

 

 相変わらずというか、何と言うか……依桜はオレの右腕を胸に抱いたままだ。

 ……男友達とわかってはいるんだが、その……今の依桜はどっからどう見ても女子。正直、興奮する。

 

 だが! だがしかし!

 

 鋼のような理性で、本能を抑え込む。

 

 いや、さすがに友達に対して欲情するとか、絶対ないから。たしかに、依桜は可愛い。だが、幸いにも、男の時を知っているから、そこまでって言うほどのあれはない! ……生々しいな。

 

 たしかに、男の理想を詰め込んだようなビジュアルだが、オレは友達! 友達にそんな感情はまずい……。

 

 それに、間違ってそっちの方向に進んでしまった場合、関係が悪化するのは火を見るよりも明らかだ。

 ならば! 見守るのが一番ってことよ!

 

 ……でも、この胸の感触は素晴らしいや……。

 

「最初は何から行く?」

「お、おお、そうだな」

「? どうかした?」

「い、いいいやなんでもないぞ?」

「そう?」

 

 危ない危ない。

 前に、顔に出やすい、とか言われたんだし、気を付けなければ!

 

「それで、どこに行くか、だったか……安直に、ジェットコースターとかどうよ?」

「そうだね。この時間だったら、開園してすぐだから、そこまで待たないと思うし」

「だな。じゃあ、行くか!」

 

 というわけで、まずはジェットコースターに乗ることにした。

 

 

 幸いと言うべきか、本当にそこまで待つことはなかった。

 

 待ち時間は、二十分もかからなかった。

 

 すぐに案内され、オレたちは先頭に乗ることに。

 

 ここのジェットコースターは、結構人気で、しかも有名。

 最高時速は200キロ越えで、最高高度は、120メートル。落差は約100メートルらしい。

 この時点で、かなりやばそうな雰囲気なわけだが……。

 

「~~~♪」

 

 依桜は、見惚れるくらいのにっこにこ笑顔。

 しかも、楽しそうに鼻歌まで歌ってる。

 

 ……依桜、そう言えば絶叫系は得意だったけなぁ。

 お化けは怖いのに。

 

『それでは、出発です! いってらっしゃーい!』

 

 ガクンッと一瞬だけ揺れると、列車が動き出した。

 

 最前席だから、次に何が来るかがよくわかる。

 

 ちなみに、スタート前から見えていたのは、坂だ。

 

 見たところ、そこまで高くはないようだが、オレは外から見た時、やばいかもな、と思った。

 この坂を超えて、少し行ったところに、ほぼ壁と言えるレベルの坂があったのだ。いや、壁って言ってる時点で、坂じゃないと思うが。

 

 で、だ。それが明らかに高すぎる。

 

「~~~♪ ~~~~♪」

 

 横を見ると、さっき以上ににっこにこ笑顔だった。しかも、鼻歌も絶好調のようで。

 ……すげえなぁ。

 とまあ、依桜に対し感心していると、最初の坂が頂点に達し……

 

「うおあああああああああ!?」

 

 かなりの浮遊感と共に下り始めた!

 

 思わず、悲鳴を上げてしまったが、マジではえええ!? やばい、風圧がやばい!

 ものすごい疾走感だ。絶え間なく風が体に当たり続ける。

 

 情けないことに、少し恐怖を感じたので、安全バーを思いっきり掴む。

 振り落とされないとわかっていても、これはさすがに怖いって!

 

 そんな風に、恐怖を感じていると、不意にゆっくりになった。

 

 同時に、体が真上を向いた気がした……ってか、マジで真上を向いていた。

 

 ……これはあれか。さっき、外から見えてた、一番高い坂(と言う名の壁)。

 やべえ、めっちゃドキドキするんだけど、このジェットコースター。

 

 正直、依桜の胸に腕が埋もれてた時もドキドキはしていたが、あれはいい意味でのドキドキだ。だが! 今回のはちげえ! 単純に恐怖からくるドキドキだ!

 

 なげえよ。120メートルはなげえよ。

 

 ちらりと横を見る。やっぱりにっこにこ。

 ……やばいなぁ、こいつ。

 

 と、依桜に対して、若干ながらの畏怖をしていると、さっき以上の浮遊感がオレを襲った。

 

「うあああああああああああああああああっっ!?」

「きゃーーー♪」

 

 横から依桜の悲鳴が聞こえるが、めっちゃ楽しんでるような悲鳴なんだが!? マジで!? このスピードを楽しめんの!? 心臓が強すぎる!

 

 って、それどころじゃない! やばいやばいやばいやばい! もう、やばいしか出てこねえ!

 左、右、ねじれ、など、様々な方向に動きまくる列車。

 しかも、大きく一回転するところもあった。マジで恐怖。つか、怖すぎ!

 

「あああああああああああああ!!!」

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ま、マジでやばかったっ……」

 

 ジェットコースターが終わり、近くのベンチでオレは情けなくもダウンしていた。

 

「大丈夫? 態徒。はい、お茶」

「あ、ありがとな……」

 

 お礼を言ってお茶を受け取り、ごくごくと半分ほど飲むと、ようやく落ち着いてきた。

 依桜は全然問題なさそうな表情だ。

 

「……依桜は、大丈夫だったのか?」

「うんっ! すっごく楽しかったよ!」

「……すげえな」

「でも……」

「でも?」

「もうちょっとスピードが欲しいかなぁ、なんて……」

 

 えへへ、と照れ笑いする依桜。

 だが、オレは全く笑えなかった。どころか、逆に恐怖したぜ。

 ……もうちょっとスピードが欲しいって……強すぎる。

 

「……ま、マジ?」

「うん。あれくらいのスピードなら、向こうで普通に出してたし、それに、師匠に抱えられて走った時の方が、もっと速かったもん」

「……マジかぁ」

 

 そっかぁ、そんな感じなんだなぁ。

 ……いや、わかっちゃいたけど、生身で200キロ以上出せるって、やばくね?

 

「それでそれで! 次はどこに行くっ?」

 

 ……一つ乗っただけでここまで消耗しているオレは、だらしないのだろうか?

 オレは、依桜の明るすぎるテンションに苦笑いするのみだった。

 

 

 ジェットコースターの次にオレたちが向かったのは……

 

「依桜、怖いならやめとこうぜ?」

「だ、だだだ、大丈夫っ……」

 

 まさかのお化け屋敷。

 

 いや、別にオレが誘ったわけじゃないぜ? 依桜が言い出したんだぜ?

 なんでも、お化けを克服したい! とのことらしいぞ。

 ……で、お化け屋敷の前まで来たはいいが、依桜はぷるぷる震えて、顔は青ざめていた。

 

「い、行こっ……」

「あ、ああ」

 

 と言いつつ、オレが引っ張っていく形になったが。

 

 

「う、うぅ……こ、怖いぃぃ……」

 

 中に入ると、案の定と言うか何と言うか、依桜はめっちゃ怖がってた。

 

 そのせいか、以前は絶対にくっつかない、みたいなことを言っていた依桜が、オレの腕にしがみつく形になっている。

 そう! 依桜の巨乳がオレの右腕を包み込んでいるのだ!

 

 いや、うん。まさか、この短時間に、ここまで幸せな感触を得られるとは思わなかったぜ!

 おかげで、オレに恐怖心はないわけだが……

 

 バンッ!

 

「ひぅっ!?」

「うおぅ!?」

 

 依桜がお化け屋敷のギミックの音に小さな悲鳴を上げると同時に、オレも変な声を出していた。

 

 いや、オレの場合は音に驚いたんじゃなくて、依桜がさっき以上に腕にしがみついてくるからだ。

 ……オレ、今日死ぬんじゃねえかなぁ。

 

「あ、あぅぅ……怖いよぉ……」

 

 よく見ると、依桜の目端にうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 ……そこまで怖がってんなら、自分から行かなくてもよかったんじゃね?

 その後も、色々なギミックに依桜が反応し、その度にオレも反応しちゃったわけだが……正直、オレは恐怖心よりも、理性の方がキッツい。

 

 マジで依桜の胸が柔らかすぎるせいで、本能を抑えようと理性を総動員しているんだぜ? いつもみたいに、『ヒャッハー! 依桜のおっぱい最高だぜ!』みたいに言えるわけがない。つか、言ったら、依桜にぶっ飛ばされる自信がある。

 

 だからこそ、オレはしんどいわけだが……。

 

「相手はアンデッド……相手はアンデッド……刺せば倒せる……切れば倒せる……」

 

 ぶつぶつと独り言をつぶやいている依桜のこのセリフで、一気に冷静になれた。

 ……これ、オレが止めないと、マジでやるんじゃね?

 

「い、依桜?」

「……殺せば勝ち、殺せば勝ち……切る、刺す、抉る……」

「依桜、それはさすがにまずい!」

「ふゃあ!?」

「うおわ!?」

 

 刃先数ミリと言うところで、突き出されたナイフは停止した。

 

「い、いきなり大声出さないでよぉ……心臓が止まっちゃうかと思ったよぉ……」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

 見ろ、心臓バックバクだぞ。それに、冷や汗もナイアガラだぞ? それから、マジで心臓一瞬止まったわ。

 とんでもないスピードでナイフを突きつけられると、人間ってマジで心臓止まるのな。

 ……知りたくなかったぜ。

 

「依桜、せめてナイフを持つのはやめてくれ」

「あ、ご、ごめんね。びっくりしちゃって、つい……」

 

 つい、でオレは命の危機にさらされたのか。

 

 ……元男の元暗殺者はやべえなぁ。

 この後、こんなことが何度もあった。

 

 ……オレ、マジで今日死ぬんじゃねえのかなぁ。

 

 

「ごめんね! 本当にごめんね!」

 

 お化け屋敷から出るなり、依桜に謝られていた。

 

「いいっていいって。別に、死んだわけじゃねえし?」

 

 まあ、何度か死にかけたが。

 ……いつでもどこでも凶器を生成できる魔法って、相当やべえよなぁ……。まさに、暗殺向きの魔法と言えるよなぁ。

 

「で、でも……」

「依桜はお化けが怖いってのはよく知ってるからな! 仕方ない仕方ない! それに、オレも役得だったしよ!」

「やく、とく?」

「い、いや、な、何でもないぞ! こっちの話だ」

「そ、そう……? でも、本当にごめんね……」

「わかったから、次行こうぜ!」

 

 無理矢理会話をぶった切って、話題を逸らした。

 このままだと、ずっと謝られかねん! それはさすがに困る。

 だからこそ、ここは多少強引にでも行かねば!

 

「う、うん」

 

 よし、何とか逸らせたな。

 今度はオレが依桜の手を引いて次のアトラクションへと移動を開始した。

 

 

 お化け屋敷の次は、メリーゴーランドやらフリーフォールに乗った。

 そして、時計を見ると二時近くなっていた。

 ちょうどいい時間だったので、昼飯になった。

 

「たしか、フードコートがあったよな? そこ行くか?」

「あ、お弁当を作ってきたんだぁ。だから、ベンチで食べないかな?」

 

 なぬ、弁当ですと!?

 それはつまり……

 

「手作りってことか!?」

「え? う、うん。あれ? もしかして、嫌、だった?」

「んなことはない! じゃあ、適当なベンチに座って食べようぜ!」

「うん」

 

 いやぁ、マジで今日はいい日だ……。

 合法的におっぱいに触れただけでなく、依桜の手料理が食べられるなんてなぁ……しかも、デートだし。

 

 はっはっは! やっぱこれ、オレ死ぬんじゃね?

 

 今までのオレの人生に、果たしてここまで幸運があったか? いや、ないな! 大体は、『変態』と言われるだけだ。いや、オレが悪いのかもしれんが。

 

 そんなことを考えつつも、オレたちは芝生がある場所のベンチで昼となった。

 

「あ、わりい、ちょっとトイレ」

「うん、いってらっしゃい」

 

 その前に、トイレに行ってこよう。

 

 

「ふー。スッとしたぜー」

 

 用を足し、依桜のところへ戻る。

 

 お、飲み物もついでに買って行くとしよう。

 依桜は……まあ、乳酸菌飲料でいいか。好きだし。

 オレは適当に、炭酸系でいいか。

 

 自販機で飲み物を買って、依桜のいるベンチのところに戻ると……何やら騒がしいような気がする。

 

『なあなあ、俺たちと行こうぜ? きっと楽しいぞぉ?』

『兄貴の言う通りだ。一緒に遊ぼうぜ? お嬢ちゃん一人みたいだしよー』

『なあ、いいだろ?』

「あ、あの、ボク友達を待ってるんですけど……」

 

 あそこは……依桜が座ってるベンチか?

 じゃあ、あの依桜に何か言っている三人組は……ああ、なるほど。ナンパか!

 ……って! それはまずい!

 

「依桜!」

「あ、態徒!」

 

 急いで依桜の下へ駆け寄ると、困ったような表情だった依桜が安堵したような表情をした。まあ、困るわな。

 

『ああ? なんだ、あんちゃん』

『もしかして、お嬢ちゃんの友達って、こんな冴えない奴か?』

『ハハハ! お嬢ちゃん、もっと男選んだほうがいいぜ? こんな、女のおの字すら知らねえようなガキより、俺たちの方が断然いいぜ?』

 

 お、おう。

 

 何と言うかだな……開いた口が塞がらない、ってのかね?

 正直なこと言うと、男選んだほうがいいつーか、依桜は元男だしな……んなこと言われても、困るだけだぜ?

 

「選ぶも何も、依桜の自由だろ」

『うるせぇ! てめえの言い分なんざどうでもいいんだよ!』

 

 なんだこいつら、言ってる事めちゃくちゃかよ!

 

 にしても、ほんとにガラの悪そうな奴らだな。

 ピアスを付けまくってる奴に、刺青が微妙に見え隠れする奴、グラサンかけてさも『ヤクザ』です、と言っているような奴。

 

 うん。碌な奴いねぇ。

 強さ的にはどうなんだ? オレは……まあ、ミオ先生にちょっと鍛えられたし、まあ、あれだが……。

 

『へっ、てめえのようなガキはな、お嬢ちゃんみたいな可愛こちゃんとは釣り合わねーんだよ! せいぜい、その辺にいるモブで十分なんだよ!』

『しかも、見るからにダサいしな!』

『ハハハ! 言えてる!』

 

 ……こいつら、好き放題いいやがってッ……!

 

 んなこと言ったら、お前らみたいな奴らの方が、全然依桜に釣り合ってねーよ!

 

 くそっ、殴りてえ! マジ殴りてぇ!

 

 オレはいいが、何も知らんくせに、依桜に色々言ってるのがムカつく!

 

 しかし、しかしだっ、ここで殴ればオレの負けだ。

 ここは、こらえるしか……って、

 

「――ッ!?」

 

 なんだ、今すっげえゾワッとした……?

 なんだ、鳥肌がやばいんだが……ん? あ。

 オレは、男たちの背後にゆらりとオーラのような物を纏った依桜を見た。

 

 ……あ、あれ? もしかして、依桜……ご立腹?

 

「……ねえ、お兄さんたち。今、態徒のことを馬鹿にした?」

『ああ? 何を当たり前のこと言ってんだよ』

『どう見ても、馬鹿にするところしかねーだろ』

『ま、あんな奴はいいし、さっさと行こうぜ』

 

 と、グラサンが依桜の腕を掴んだ。

 その瞬間、

 

『――は?』

 

 依桜の体が一瞬ブレたと思ったら、男がゴミ箱の方へすっ飛んで行って、ホールインワンした。

 ……あ、あーあ……。

 これは、オレの出る幕はない、か。

 

『なっ……て、てめえ、何しやがった!?』

「何って……クズはくずかごへ、って言葉、知ってますか?」

 

 う、うわぁ……依桜、怒ってるよ。

 あまり汚い言葉を使わない依桜がクズ、って言う時点で、割と怒っているな、ということがよくわかる。

 え、あれしきのことで怒るの?

 

『な、なんだと!? 言わせておけば、調子乗りやがって!』

『こうなりゃ、力ずくだ!』

 

 と、男が取り出したのは……って、折り畳みナイフ?

 いやいやいやいや! おかしくね? 銃刀法違反に反しまくってるような気がするんだが。つか、なんでナイフなんて持ってんだよ。暗殺者じゃあるまいし……。

 

『へへへ、嬢ちゃん、これで切られたくなきゃ、オレたちについてくるのが身のためだぜ?』

『俺たちゃ、女子供だろうが容赦がしねぇぞ?』

 

 と、チンピラが言っているが……お前たちの目の前にいるの、ガチもんの暗殺者、なんですが。それも、世界最強の弟子なんですが。

 

 しかも、折り畳みナイフ程度で、強がっているのが、マジで滑稽に見える。不思議だな!

 

 つーかこれ、ハムスターが龍に挑むようなものじゃね?

 見ろよ、依桜の表情。余裕の笑みだよ。いつも通りの、可愛い笑顔だよ。

 

「ふふっ、その程度の武器で、よくそんなに粋がれますね?」

『ああ!? てめえ、これが見えてねえのか?』

『こちとら、善意で言ってやってんのによ……もういい。いたぶって連れてってやらぁ!』

 

 と、男が一人、ナイフを突き出すが……

 

「遅いです。それに、握りが甘いですよ」

 

 ひらりと躱すのと同時に、依桜がナイフを持っていた右手を手刀で叩く。すると、それだけで男が持っていたナイフが手から離れ、地面に落ちる。

 そして、そのまま勢いを殺すことなく、肘を鳩尾に叩き入れる。

 

『うっ、ぐぉおぉおぉぉぉぉぉ……』

 

 さすがに手加減はしたようだが、あれは痛い。

 男は、苦悶の声を出しながら、その場に崩れ落ちた。

 

「それで……いたぶって、なんでしたっけ?」

『ひっ……く、くく、クソガキがぁあああ!』

 

 一瞬怯んだものの、すぐに動き出してやけっぱちになってナイフを振り回しながら突っ込んでいく。

 

 それを見ていた周囲の人たちから悲鳴が上がるが……これ、最初から勝負にすらなってないんだよなぁ。

 だって、

 

『ぐっ、がっあ……』

「おやすみなさい♪」

 

 にっこり笑顔で男の意識を刈り取っていた。

 ……なんか、針を首筋に刺しているように見えたんだが……いつもの、だよな、あれ。

 便利だなぁ、魔法。

 

「依桜、大丈夫か?」

「あ、態徒。ごめんね、態徒のことをそっちのけにしちゃって……」

「いや、それはいいんだけどよ……どこも怪我はないのか?」

 

 かける言葉がなかなかみつからなかったので、なんとなく意味のないことを訊いてしまう。

 

「あはは。大丈夫だよ、なんの技でもない攻撃を避けられないわけないよー」

 

 いや、笑顔で言ってるけど、普通の一般人はできないからな?

 その辺りは、依桜の身体能力やらなんやらが異常なだけだしな。

 

「そ、そうか。んで……こいつら、どうする?」

「んーと……とりあえず、警備員さんを呼ぼっか」

「だな」

 

 結局、そう言う結論になった。

 

 

 この後、防犯カメラに映っていた映像が決め手となり、三人組は警察に引き渡された。

 オレたちは、ちょっとした事情聴取を受け、すぐに解放された。

 

「まったくもぉ、お昼が遅くなっちゃったよ」

 

 と、頬を膨らませて、ぷりぷりと怒っている依桜。

 いや、お前なんでそんな怒り方なん?

 美少女かよ。……あ、美少女か。

 

「それで、依桜は何で怒ったんだ?」

 

 なんとなく、わかり切ったようなことを尋ねる。

 

「だって、態徒を馬鹿にしたんだよ? 許せないよ! まったく、なんでみんな態徒を悪く言うのかなぁ。佐々木君と言い、さっきの人たちと言い……態徒、すっごく優しいのに」

 

 おにぎりを食べながら、依桜が拗ねたように言う。

 

「いや、まあ……オレは変態だからなぁ」

「あ、自覚あったんだ」

「最近な」

 

 みんなに、変態だ、変態だ、って言われ続けたら、そりゃ自覚もするわ。

 

「それはそれでどうかと思うけど……。そう言えば、態徒も怒ってなかった? さっきの人たちに対して」

「まあ、そりゃあな。オレの友達が好き放題言われてんだぜ? 怒らない奴は、友達じゃないね!」

 

 実際、オレたちのグループはみんなそうだしな。

 

「そうだね。多分、未果たちでも怒ったかな」

「そりゃそうだ。あいつらも、なんだかんだで優しいしなぁ」

 

 晶と未果が同レベルで、女委が一番やばい。

 あいつ、社会的に殺しに来るんだぜ? 正直、一番敵に回したくないね。

 

「けど、ナイフを持ってるのは予想外だったな」

「そうだね。……そう言えば、あの人たち『俺たちは、『神崎組』の人間だ!』なんて言ってたんだけど……何だったんだろうね」

「さあなぁ。チンピラの考えることは、よくわからんわ」

「……それもそうだね」

 

 気になることがあっても、どうせ関係ないしな!

 仮に、関係あったとしても、その時考えりゃいいし。

 

 色々と、他愛のない話をしながら、昼食は終わった。

 尚、依桜の弁当は美味でした。

 

 

 この後も、オレたちは散々遊んだ。

 多分、全部のアトラクションを制覇した。

 そして、アトラクションを制覇し終える頃には、すでに日は傾いていた。

 それを見て、オレたちは美ノ浜ランドを後にした。

 

 

 この時、依桜がチンピラを撃退した姿を収めた動画がインターネット上で拡散され、またしても知らないところで有名になって行くが……この時の依桜は知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 うーむ、デート言っていいのか正直迷うような回になってしまった……。やっぱり、苦手ですねこう言うのは。まあ、こちらも少しずつ克服することにします。
 えー、私自身、日常回である〇.5章となっている章(というか全部の章)は、直接書いているのではなく、wordを使用して書いているのですが、日常回に関しては、総合100ページ程度に収めようとしているんですね。で、正直……長くなりそうです、今回の日常回。少なくとも、あと、二種類くらいやって、五章に繋がる回を書く、って感じなので。おそらく、いつもの日常回より少し伸びる可能性があります。まあ、いつも通りといえばいつも通りですね。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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147件目 デートの後の問題

 翌日

 

 休日(休んでない気が)を挟んで月曜日。

 

 十一月も終盤……どころか、今日で終わり。

 まあ、だから何かある、ってわけじゃないんだけどね。

 

 それにしても、昨日は楽しかったなぁ。

 なんだかんだで、態徒と二人で遊ぶ、なんてことは少なかったし、ちょっと新鮮だったかな。

 

 そう言えば、ボクが女の子になってから、二人だけで外出したり、二人で行動している頻度が増えたような? 中でも、晶と女委が多い気がする。

 

 逆に、未果と態徒が少ないかな?

 まあ、二人になること自体がそう頻繁にあるってわけじゃないけど。

 

「依桜、おはよ」

「あ、未果。おはよー」

 

 ちょっと未果と態徒のことを考えていたら、未果と出会った。

 

「今日は遅いね?」

 

 いつもはこの時間に来ること自体珍しい。

 ボクの場合は、これくらいの時間帯に出るけど、未果と出会うことは稀。

 たまーに、晶ともエンカウントするけど。

 

「ちょっとね。まあ、寝坊よ寝坊」

「未果が寝坊なんて珍しいね」

「ま、私にだってそう言う日くらいあるわよー」

 

 未果って、文武両道で、割と完璧なイメージがあるけど、実際は抜けてるところがあるからね。

 

「そう言えば依桜、昨日ってどこにいた?」

「昨日? なんで、そんなことを訊くの?」

「ちょっと気になることがあってね。それで、どこにいたのかしら?」

「美ノ浜ランドだよ」

「一人で?」

「ううん? 態徒と行ったけど」

「……何その珍しい組み合わせ」

 

 珍しいかな? 元々男だったと考えると、そうでもないと思うけど。

 

「まあでも、これで見間違いじゃないことがわかったわ……」

「?」

 

 ちょっと疲れたような顔をしていた未果に、ボクは疑問符を浮かべるだけだった。

 

 

「おはよー」

「おはよう」

「ん、珍しいな、二人で登校とは。とりあえず、おはよう」

 

 未果と話しながら登校し、教室に入る。

 晶はいつも通りに、ボクよりも早く登校していた。

 二人一緒に登校してきたことが珍しいと言ってきたけど。

 まあ、未果はこの時間じゃないしね。

 

「おっはー!」

「はよーっす」

 

 と、ボクたちが入ってきた直後に、態徒と女委も入ってきた。

 こっちの方が珍しくない?

 

「二人は、今日は早いな」

「いやー、ちょっと原稿に追われててねー。まあ、寝不足なわけですよ」

 

 あ、ほんとだ。

 目の下にすごい隈がある。

 

「何やってるのよ。ちゃんと寝ないと、体壊すわよ」

「その時は、依桜君に看病してもらうよー」

「あ、あはは……看病はするけど、できれば壊さないでね?」

 

 さすがに、壊す前提でいるのはどうかと思うもん。

 でも、本当に壊したら看病はする。友達だからね。

 

「なら、これで後先考えずに原稿が書ける!」

「あれ、ボクの話聞いてた?」

「聞いてたよ! だからこそ、抑制しないでもいいかな、と」

「それだと、早死にしちゃうよ? 気を付けてね」

「大丈夫大丈夫!」

 

 女委の大丈夫はあんまり信用できないなぁ……。

 それなりの頻度で色々と問題起こしてるんだもん。

 

「あ、そうそう。依桜君、昨日、美ノ浜ランドにいた?」

「え? う、うん。いたよ?」

「あー、そうなんだねぇ。……なるほどなるほど。ちなみに、一人?」

「ううん。態徒とだけど……」

 

 その瞬間、クラス内にいるボクたちを除いた人たちから、殺気が立ち上った。

 

『……おい、聞いたか』

『聞いた聞いた』

『あの、変態野郎、俺たちの男女とデートしたらしいぞ?』

『しかも、遊園地たぁ、調子に乗りやがって……』

『……変態は、今のうちに撲滅したほうがいいんじゃないかな?』

『そうね。変態は死すべし。ピュアな依桜ちゃんが、穢されるのは許容できないわ!』

『なら、後で体育館裏ね』

 

 あ、あれ? もしかしてこれ……態徒の身が危ない状況になってたり……?

 

「……態徒、大丈夫か?」

「いやぁ、はっはっは。……死ぬかもなあ」

 

 すべてを諦めたような笑顔を態徒は浮かべた。

 

「骨は拾うわ」

「ちょっ、オレが死ぬ前提で話すのはやめて!?」

「今、自分で死ぬかも、って言ってたじゃない。まあ、これも運命よ。……二人っきりで行くなんて」

 

 あれ? なんだか、未果が拗ねているような……? 気のせいかな。

 

「ところで、今朝、未果にも言われたんだけど、なんで昨日の事を訊いてくるの?」

 

 ちょっと気になった。

 

 たしかに、昨日はボクと態徒で遊びに行ってたけど……なぜか、二人とも、ボクが出かけていたことを知っているような口ぶりだったんだもん。気になる。

 それに、女委に至っては、美ノ浜ランド、って断定してきたもん。

 

「あー、それね……」

 

 なぜか、未果が気まずそうな表情を浮かべつつ、視線を逸らしてきた。

 どうしたんだろう?

 

「いや、あの、ね。依桜……また、有名になっちゃってるのよ」

「な、なんで!?」

 

 ちょっと待って!?

 ボク、なにか有名になるようなことした!?

 少なくとも、ここのところは目立つ行動をしていないような気がするんだけど……。

 

「とりあえず、この動画観て」

 

 未果がスマホを取り出して、何やら操作すると、何かの動画を見せてきた。

 そこには……昨日、ナンパしてきた三人組を撃退しているボクの姿が映し出されていた。

 …………こ、この時の!?

 

「な、なんでこの映像が動画にあるの!?」

「……あー、そういや、あの時周囲にいた人とか、めっちゃいたっけなぁ。ちらほらとスマホを向けている奴もいたし……」

「止めてよ!」

「いや、依桜の方が心配で、気が回らなかった。すまん」

「あ、そ、それならいい、けど……でも、はぁ……」

 

 またしても、やってしまった……。

 ただでさえ、女の子になってからは目立つような生活を送っているのに、さらに目立つ出来事が出てくるとなると、平穏な生活が送れなくなっちゃう……。

 

「おかげで、依桜の信者が増えているみたいね」

「……増えなくていいのにぃ……」

「にしても、どうしてこんなことをしていたんだ?」

「それはだな……かくかくしかじかでよ」

 

 軽く態徒が、この動画の時の状況を軽く説明。

 

「なるほどな。……それは、何と言うか……」

「命知らずだねぇ。依桜君に声をかけるなんて」

「しかも、態徒を馬鹿にした、ね。依桜の目の前でやっちゃいけないことをしたわけね。それは、依桜がこんな行動に出ても不思議じゃないわ」

「だ、だって、友達が馬鹿にされるのは嫌だもん……」

「……言い方は可愛いんだが、やっていることがなかなかにえげつないから、感心していいのかわからないところだな」

「え、えげつないことはないと思うけど……。だって、ゴミ箱に投げ入れたり、肘を水月に入れて、針を首に刺しただけだよ?」

((((それがえげつないだよなぁ……))))

 

 なぜか、可哀そうな人を見る目で、みんながボクを見てきた。

 あ、あれ? もしかして、変?

 

「だ、だって、師匠がやるなら全力でって言うから……」

「いや、全力だとしても、これはさすがに……」

「ゴミ箱が一番酷いね、これ」

「鳩尾に肘鉄もなかなかいてぇぞ?」

「まあ、依桜だしね……」

「「「「たしかに」」」」

 

 ボクだから、と言う言葉で通じ合うのは、なんだか納得いかないような……。

 

 う、うーん、もしかして、どこかずれてたりするのかな、ボク。

 ……多分、ずれてるんだろうなぁ。一年間も師匠と一緒にいたのだから、それがうつってもしかたないと言うか……。

 常識、また学びなおそうかな……。

 

「でもよ、ナイフを男が取り出した時は、マジで滑稽に見えたぜ? なんせ、ガチもんの奴を相手にしてるのに、粋がるんだもんよ」

「……まあ、ミオ先生の弟子、って言う時点で、相当あれだけど、それに挑むのも、知らないとはいえ、すごいわね」

「勝負にならないよねぇ」

「そもそも、同じ土俵にすら立ててないだろう」

「あ、あはは……」

 

 否定できなくて、苦笑いするほかなかった。

 

 いや、うん……。そもそも、この世界の人がボクに勝つのは、その……傲慢に聞こえるかもしれないけど、不可能に等しい。

 

 それこそ、蟻が一匹で象に挑む様なものだもん。

 それに、負けたら負けたで、師匠に何をされるかわからないから、負けられないしね……。

 

「まあでも、これで依桜がさらに有名になったわけね」

「あぅぅ……」

「ここまで来ると、もう隠しても意味がないような気がしてくるねぇ」

「学園祭に、モデル、エキストラ、動画、色々と出すぎて、もう顔はわれまくっちまってるからなぁ。正直、今さらどうこうしても、意味がなさそうだ」

 

 言われて、ボクも思う。

 

 多分、平穏な日常は送れないんじゃないかなぁって。

 だって、ボク自身は平気だと思っても、知らず知らずのうちに拡散されちゃってるんだもん……。ネット社会って怖い……。

 

「情報を錯綜させてた人も、これには困ってそうね」

「だろうな。ただでさえ、有名になるような状況がすでに三件もあったわけだからな。ここに来て、この出来事は頭が痛いだろう」

 

 ……学園長先生、ごめんなさい。

 心の中で学園長先生に謝った。

 

 ……でも、今回の件に関しては、学園長先生が発端とも言えないこともないんだよね……。チケットをくれたの、学園長先生だし……。

 

 ……まあ、過ぎたことだし、まさかこうなるとも思ってなかったから、悪いわけじゃないんだけど……。

 それに、実際に楽しかったのは事実だし。

 

「まあ、なるようになるだろ! それに、学園の場所はバレても、依桜の家はバレてないわけだしな!」

「……そうは言っても」

「これに関しては、態徒の言う通りだな。過ぎたことを言ってもしかたないし、今のところはネット上で騒がれているだけで、現実では特に騒がれてないしな」

「……そう、だね。大丈夫だよね!」

「ああ」

 

 何か問題が起きたら、その時に考えればいいのかも。

 それに、女委と態徒が言った通りだよね。

 もう手遅れだもんね……。

 だったら、今は気にせずに、いつも通りの日常を送ればいいよね。

 

「あ、そういえば依桜君。十二月二十九日~三十日って空いてるかな」

 

 と、急に女委がそんなことを尋ねてきた。

 

「うーんと、特に何もなかったはずだけど……」

「ならよかった! ちょっと依桜君に手伝ってもらいたいことがあるんだー。ちょっと人手が欲しくて……だから、手伝ってほしいなーって」

「そうなの? うん、いいよ」

「ほんと!? ありがと、依桜君!」

「うわわ! め、女委、いきなり抱き着いてこないでよぉ」

 

 笑顔で抱き着いてきて、バランスを崩しそうになる。

 たまに、抱き着いてくるんだもん。危ない時だってあるから、できればもう少し勢いを抑えてほしい。

 

「えへへ~」

「もぉ……」

 

 嬉しそうに笑う女委を見て、ボクは何を手伝うのか、ということを聞くことはなかった。

 

 

「……なあ、未果。俺には、女委が言った日付に、何か嫌な予感がするんだが……」

「奇遇ね。私もよ。……まあ、私は、事前にある程度知っていたからあれだけど」

「……まさかとは思うが、あれか? 年に二回の」

「そうよ。売り子をしてもらいたいんだって」

「……さっきの話を聞いたにもかかわらず売り子をやらせようとするとは……女委は、本当に恐ろしいな」

「そうね。……ちなみに、私たちにも手伝ってほしいそうよ」

「……そうか。ま、依桜のフォローもしないといけなさそうだから、別にいいけどな」

 

 

 この時、ボクが女委のお手伝いの内容を訊かずに了承してしまったことを、深く後悔することになるんだけど……この時のボクは、まさかあんなことになろうとはつゆほども思わなかった。




 どうも、九十九一です。
 えー、最近、この作品を読み返していたら、とんでもないミスをしていたことに気づきました。
 もしかすると、読者の人の中に気付いている方がいるかもしれませんが……実は、ハロパの時の話で、十月三十一日が日曜日、と言っていたと思うんですが……私が使用しているこの作品内のカレンダーだと、十月三十一は土曜日、なんですね。
 えー。これでお気づきかもしれませんが……要するに、十月三十一日が二日存在してしまっています。
 ですので、74話目よりも前の話全部、少し修正しないといけなくなりました。と言っても、日にちを書き換えるだけですが。
 なので……本当にすみませんでした。まさか、こんな大きなミスをするとは思ってませんでした。早急に個のミスは修正します。
 一応、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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148件目 依桜ちゃんとお悩み相談コーナー

「えーっと、お悩み相談、ですか?」

 

 十二月一日、火曜日の放課後。ボクは、学園長室に来ていた。

 

「そ。放送部がね、そう言うのをやってみたい、って言いだしたのよ」

「放送部が?」

「なんでも、新しい企画としてチャレンジしてみたい! ということらしくてね。だから、一日だけ試験的にやってみて、反応が良かったら今後も続けてみよう! ってことになったの」

「なる、ほど? でも、なんでボクが呼び出されたんですか?」

 

 大まかなことはなんとなくわかったけど、なぜボクが呼び出されたのかがわからない。

 そもそも、ボクは放送部じゃないし、関係ないと思うんだけど。

 

「簡単に言うと、依桜君にゲストとして出てほしいんだって」

「ゲスト、ですか」

「さすがに、放送部だけだと返答をした際、同じような回答になるからじゃないかしら?」

「まあ、同じメンバーですからね。多種多様な回答をするのであれば、ゲストを呼んでやった方がいいですしね」

 

 ずっとおんなじメンバーと言うのも、マンネリ化して、つまらなくなっちゃいそうだからね。

 ただ……

 

「でも、なんでボクなんですか?」

「依桜君は有名だからね。依桜君をゲストとして出させれば、多くの質問が寄せられると思ったのでしょう」

「……さすがに、そこまで多くないとは思うんですけど」

「いえいえ。依桜君は、学園で一番の有名人。しかも、人気も高い。その依桜君が回答してくれるとなったら、生徒の大半が興味を示して、色々と送ってくれるんじゃないかしら?」「人気があるかどうかはあれですけど……」

 

 お悩み相談かぁ……。

 

 一応、中学生の時とかに、稀に相談事をされていたことはあったけど、そこまでいいものじゃなかった気がするんだよね、ボクの返事は。

 正直なところ、かなり迷う。

 

「それで、どうかしら? 私としては、アリだと思うのよね、この企画は。匿名での募集になるから、誰が相談した、なんてわからないし、もしかすると、深刻な問題も出る可能性があるからね。学園の長としては、大賛成なのよ」

「それはたしかに……」

 

 たまに、いじめに関するアンケートを取ったりするけど、なかなか言い出し難いし、仮にそこに書いたとしても、先生に呼び出されて、余計にいじめがエスカレートする可能性もある。

 そう考えると、お悩み相談と言う企画は、かなりいいかも。

 

「それで、出てもらえる?」

「そうですね……ボクとしても、そう言うのはアリかなーと思いますし……わかりました。引き受けます」

「ありがとう! それじゃあ、出ると言うことで話しておくわね。一応、今週末を予定してるから、よろしくね」

「わかりました」

「それじゃあ、帰って大丈夫よ」

「はい。さよなら」

「ええ、気を付けてね」

 

 その日は軽く挨拶をしてから、ボクは家路に就いた。

 

 

 そして、週末の朝。

 

「依桜君、今日はよろしくね。時間は昼休み。授業が終わったら、軽食を持って放送室にお願いね。一応、各教室のテレビで中継を流すつもりだから」

「て、テレビですか?」

「ええ。その方が面白いかなと」

 

 わざわざテレビを使って、お悩み相談をするなんて……すごいね。

 

 まあでも、回答者の顔が見えたほうがいい、と言う点はあるかも。

 その方が、真剣にやっていると言うのがわかるしね。

 ……まあ、大丈夫かすごく不安だけど。

 

 学園内だけとはいえ、テレビに出るとなると、ちょっと緊張する。

 一応、エキストラと言う形で、一度出てはいるけど、あの時はまだ映ることはなかったから、そこまで気負わなかったけど、今回はすでに映っている前提でのテレビだから、さすがに緊張する。

 だ、大丈夫かな?

 

「それで、お悩みに関しては、学園のHPで募集したから、放送室にタブレットを置いておくので、それを見てね」

「わかりました」

 

 紙じゃないんだ。

 

 ボク的には、紙の方が好きなんだけど……電子の方が、多く見れるし、コンパクトだから便利だもんね。

 と言っても、ボクは本を買う時は、紙だけど。

 電子書籍はあまり好きになれない……。

 

「それじゃ、今日はよろしくね」

「はい」

 

 簡単な朝の打ち合わせはこれで終了となった。

 あとは、昼休みになるのを待つだけ。

 

 

 そして、いつも通りに授業は消化されていき、四時間目が終了。

 

「それじゃ、ボクは放送室に行ってくるね」

「お、そういや今日だったっけか」

「頑張ってね、依桜。ちゃんと、テレビで見とくわ」

「頑張ってね!」

「リラックスしてやれよ」

「うん。それじゃあ、行ってきます」

 

 みんなに応援されながら、軽食類を持って、放送室に向かった。

 

 

「始めまして! 私は放送部部長、二年の豊藤千代(ほうどうちよ)です!」

「一年の、男女依桜です。今日はよろしくお願いします」

「いえいえ! 今日はゲストとして参加してくださり、ありがとうございます! 本音を言いますと、まさか引き受けてもらえるとは思いませんでしたよ!」

 

 さっきからずっと満面の笑みの豊藤先輩。

 どうやら、ボクが引き受けるとは思っていなかったみたい。

 変な企画だったら断っていたけど、お悩み相談なら、ボクとしてもあまり問題はないからね。

 

「それでは、早速始めていきましょう! 中継などは西崎がやるので、私たちは放送に専念です!」

「は、はい」

 

 て、テンションが高いなぁ。

 

「ささ、こちらの部屋へどうぞ!」

 

 そう言われて、案内されたのは、何やらラジオ局で見そうな部屋だった。

 ガラスが張られており、中から、機材のある場所が見える形になっている。

 こんな場所があったんだ。

 

 中に入り、向かい合うように座る。

 目の前にはマイクが。

 これに向かってしゃべればいいのかな?

 

「さあ、始めましょう! 西崎、よろしく!」

『それでは、始めまーす! 3、2、1……スタート!』

 

 西崎君のスタートの掛け声とともに、軽快な音楽が鳴り出す。

 

「学園の皆さん、ハロハロー! 今日はね、火曜日から言っていた通り、お悩み相談コーナーが設けられたよ! これが好評だったら、今後も続けていきますので、どうぞよろしく!」

 

 あ、こういうキャラクターでやっていくんだね、豊藤先輩。

 でも、さっきのを見ている限りだと、これが素なのかも。

 

「さあ、最初で最後になるかもしれないお悩み相談コーナー、本日のゲストは……色々と不思議は絶えないけど、その女神のごとき美貌で男女問わず魅了し続けている、一年六組、男女依桜さんです! よろしくお願いします!」

「こ、こんにちは! お悩み相談コーナーのゲストとして呼ばれた、男女依桜です。今日は、精一杯頑張りますので、温かく見守ってくださると、嬉しいです!」

 

 豊藤先輩に紹介された後、ボクも簡単に自己紹介する。

 ……それにしても、魅了し続けてるって……どういうこと?

 ボク、そんなことをしているつもりはないんだけど……。

 

「本日は特別に、各教室のテレビにて中継を映し出しますので、そちらでお楽しみください! さて、まずは一つ目のお悩みです! えー、相談者は三年生のFさんですね。『こんんにちは。実は、私には好きな人がいます。その人は、鈍感で、私の好意に気づいてくれません。お互い三年生で、卒業も近いです。どうしたらいいでしょうか?』とのことです。なるほど。記念すべき最初のお悩みは、どうやら恋愛のようですね!」

 

 恋愛事……。

 ボク自身、割と無縁だけど、頑張らないと!

 

「それでは、色々と考えていきましょう。依桜さんはどう思いますか?」

「そう、ですね。鈍感なら、まずはストレートに言ったほうがいいんじゃないでしょうか? どういった感じにアプローチをしているかはわかりません。ですが、それが遠回しじゃないのなら、真っ直ぐ、自分の気持ちを伝えるべきだと思います」

「なるほどなるほど。でも、恥ずかしいから、怖いから、と言う理由で直接言えないのでは?」

「そうですね。その気持ちはきっとあると思います。ですが、Fさんは三年生です。卒業も近いです。それに、二月は自宅研修期間になります。学園に来るのは稀になるでしょう。そうなれば、言うチャンスは減ってしまいます。もしも、その気持ちが強く、恋人になりたい! と思うのでしたら、自分の気持ちを相手に伝えましょう。たしかに、フラれるのは怖いかもしれないですが、一歩を踏み出せなければ、後悔しか残りません。それを引きずって生きていく方が辛いはずです。だから、悔いがないようにするべきだと思います」

 

 ボクが思ったことを言った。

 

 本音を言うのは大事。それは、向こうの世界で嫌と言うほど知ったからね。

 その言葉を言えずに、戦争に赴き、言えずに亡くなった人たちを、ボクは多く見てきた。

 そうなれば、後悔を抱いたままになって、幽霊になる、ということも、

 だから、恋愛事も同じかな、って。

 

 ……ま、まあ、こっちの世界では、戦争は無縁だけど。

 

「なるほど……。依桜さんの言葉には、妙に重みがありますね! でも、たしかに依桜さんの言う通りですね! 私としても、当たって砕けろ! ですね。やっぱり、乙女的には恋愛は大事ですよね!」

「ボクは、元々男だったのであれですけど、たしかに大事ですよね」

「あ、そう言えばそうでしたね! では、いい感じに依桜さんの意見が出たということで、依桜さん、まとめの回答をどうぞ!」

「そうですね……。他人事に聞こえるかもしれませんが、まずはぶつかってみること、ですね。Fさんの進路がどうかはわかりませんが、少なくとも、卒業後の進路はバラバラです。ですので、悔いがないよう、自分の気持ちを伝えてみてください」

「はい、Fさん、そう言うことらしいので、是非是非、意中の相手に愛の告白をしてくださいね!」

 

 ふぅ……なんとか、一つ目できた、かな。

 やっぱり、恋愛はしたことがないから難しいよぉ。

 

「ところで、依桜さんは、恋愛に関してはどうなんですか? 好きな人とか、気になる人とか」

「ボクですか? う~ん……今は、恋愛をしようとは思わない、ですね」

「ほほう。それはどうして?」

「えーっと、その……ボクの場合、元々男だったと言うのもあって、どっちと恋をすればいいのかなー、って。中身は、実際男、ですからね」

「ふむふむ。言われてみれば、そうですね。たしかに、難しい話です。まあ、きっと心の底から好きになれ人が現れますよ!」

「そう、でしょうか?」

「ええ、ええ! 依桜さん、可愛いですからね! きっと、男女両方から好意を寄せられるはずです!」

「あ、あはは、それはさすがにないと思いますよ」

 

 まあでも、豊藤先輩のいうことには一理ある、かな。

 もしかすると、心の底から好きだと思える人が現れるかもしれない。

 

 ……それに、それが未果たちである可能性がある、かも。

 ……ない、かな。

 

「いえいえ、可愛いですからね! モッテモテですよ! ……と、雑談はこのくらいにして、次の質問に行きましょう! 続いての相談者は、二年のOさんですね。『こんにちは。俺、全然モテないんですよ。だから、どうやったらモテるんでしょうか? やっぱり、顔ですか? 顔なんですか?』とのことです。……なるほど。男子ですねぇ」

「あ、あはは……」

 

 なんだか、態徒に近いあれを感じる。

 

「それでは、議論しましょう。えーっと、モテたいですか。まあ、高校生の男子らしい悩みですね。モテたい……たしかに、顔、と言う要素はありますね。女子的な視点からすると」

「ず、随分、はっきり言いますね」

「いやいや、実際そんなもんですよ? 男子だって、好きなタイプは? と訊かれて『優しい人』って言う人がいると思いますけど、そうは言っても大体顔ですよね?」

「う、う~ん……」

 

 どうしよう、ちょっと否定しづらい。

 晶と態徒以外の友達は、みんな、『顔。もしくは、スタイルがいいか』って言ってたし……。

 

 ボク自身は、性格で選びたい。

 だって、どんなに容姿が良くても、中身が良くないと、付き合っても辛いだけだもん。

 

「うーん、ボクの昔の友達が言うには、『結局、女は金だよ金。顔が良くなくても、金持ちなら誰でもいい』って言っていましたけど……」

「あー、まあ、正直ないわけではないです。でも、そこまで露骨な性格ブスはなかなかいないと思いますよ」

「まあ、その人が言うには、ですからね。でも、モテたい、ですか……。とりあえず、ボクが思うのは、まず清潔感ですね。それから、気遣いができたりすると、いいかもですね。あとは、嘘を吐かず、誠実でいることです」

「お、おぉ、結構まともな回答……。でも、たしかに依桜さんが言うように、清潔感と誠実さは大事です。噓つきとは付き合いたくもないですしね。それに、清潔感もないと、ちょっと、って思いますからね。それでは、結論が出たということで、真と目をお願いします」

「Oさん。モテたいのでしたら、外と中を磨きましょう。その中でも、気遣いができる優しさ、誠実さを磨きましょう」

「シンプルですが、割といい回答ですね!」

 

 いい、かはわからないけど、これくらいしか言えないけどね。

 だって、モテたいと思ったことないもん。

 

「それでは、次の質問に行きましょー! さて、次の質問は……一年のBさんですね。『こんにちは! 俺には彼女がいるのですが、最近、なんだか腐ったような視線を向けてくることがあります。あれは、何なのでしょうか? 最近、彼女の家に行った際、『謎穴やおい』と言う作者の同人誌が出てきて、しかもそれがBL本でした。俺はどうすればいいですか?』とのことです」

 

 え、ええぇ……。

 ま、また女委?

 一体、この学園には女委の本の愛読者がどのくらいいるの?

 

「私から言えることは一つ……BLも愛です! 否定してはいけません! 彼女さんは腐女子かもしれませんが、それはなるべくしてなったのです! 彼氏さんだって、百合ものの同人誌が目の前にあれば、見ることでしょう! つまり、そう言うことです! なので、このお悩みの回答は……あくまでも趣味です! 許容してあげましょう! それから、腐ったような視線は、腐女子の習性です! 安心してください!」

 

 ……ま、全く安心できないような……?

 で、でも、このお悩みに関しては、できれば関わりたくないので、ちょっと安心。

 

「さあ、次です! こちらは二年のDさんからです。『女神様の下着の色を教えてください』だそうです」

「ふぇえ!?」

 

 何その質問!?

 なんで、ボクの下着の色!?

 

「それで、何色ですか?」

「あ、え、えと……い、言わないと、ダメ、ですか……?」

「私的には聞きたいところです! それに、これはお悩みです! 答えていただきたいものです!」

「うっ……」

 

 そ、それを言われると……。

 た、たしかに、これもお悩み……いや、これってお悩みなの?

 

 そもそも、下着の色が聞きたい、って悩み?

 お悩みって、もっとこう……○○なんですが、どうすればいいですか? みたいなものを指すんじゃないの?

 

「それで、何色ですか?」

「……そ、その…………い、言えませんっ! 恥ずかしいですぅ! 次! 次お願いします!」

「えー、拒否されたので、次に行きます。Dさん、頑張って想像してください。えー、では次……三年、Aさんから。『女神様のスリーサイズを知りたいです』だそうです」

「なんで、ボクなの!? スリーサイズなんて聞いても、何も嬉しくないよね!?」

「それで、スリーサイズは?」

「え、えっと……下着の色よりはいい、かな。えっと……上から、87、55、82、です」

「その胸の大きさでそのウエストは反則じゃないですか? う、羨ましいっ!」

 

 そ、そんなに羨ましい?

 ボクは基準とかまったくわからないし……すごいのかすごくないのかわからない。

 

「次です次です! 次は、一年Hさん。『こんにちは! 女神様の好みを訊きたいです』とのこと」

「だから、なんでボクに対してばかりなの!? ねえ、そんなに気になる!?」

 

 結局、この後のお悩みも全部、ボクに関する質問でした。

 

 答えられるものは答えたけど、無理なものは流しました。

 ……なぜか、『下着の色』や『どんな下着をつけてますか?』みたいなものが多かったのは、本当に呆れるほかなかったです。

 

 そんなこんなで、ある意味酷いお悩み相談コーナーは終了となった。

 何かと好評を博し、放送部の看板企画となったそうです。

 

 ……できれば、もう出たくないです。




 どうも、九十九一です。
 なんだか、中途半端になってしまった……申し訳ないです。今回は許してください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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149件目 依桜ちゃんの誕生日会(準備)

「それじゃあ、また明日ね」

「ええ、明日」

「バイバーイ!」

「気を付けてな」

「んじゃな」

 

 軽く挨拶をして、依桜が最後に軽く微笑んでから依桜は教室を出て行った。

 

「……よし、行ったか?」

「ええ、問題なしよ」

「それじゃあ、早速始めよっか!」

 

 依桜がすでに帰ったことを確認し、俺たちは一ヶ所に集まる。

 何を始めるかと言うと……

 

「明日は、依桜の誕生日。おそらく、向こう世界ではお祝いなんてなかったでしょうし、三年分くらいのお祝いをするわよ」

「「「おー」」」

 

 依桜の誕生日についての話し合いだ。

 明日は、十二月十七日。依桜の誕生日だ。

 

 俺たちは大体、このグループの誰かが誕生日を迎えると、お祝いをすることにしている。

 そして、今回は依桜の番というわけだ。

 

 実際、依桜も誕生日を祝う側をやっている。同時に、祝われる側もだ。

 だから、大体は察しがついてもおかしくないのだが……未果が言ったように、依桜は三年間も向こうの世界で過ごしていたのだから、おそらくそのことも忘れているだろう。

 なので、今回はちょっとしたサプライズも込めて、と言うことにしている。

 

「あ、そう言えば、ミオ先生は?」

「もうそろ来るってよ。さっきメールがあった」

「やっぱり、お師匠さんだもんね。一緒に祝ってもらわないと」

 

 いつもなら、この四人で祝っているのだが、今回はミオ先生もいるということで、手伝ってもらうことにした。

 一年とは言え、一緒に住んでいたみたいだからな。

 

「遅くなったか?」

 

 噂をすれば影とやらだ。

 

「全然遅くないですよ。むしろ、ちょうどいいくらいです」

「そうか。ならいい。……それで、あたしを呼び出した理由はなんだ? 見たところ、イオがいないみたいだが……」

「それはですね、明日、依桜君の誕生日なんですよ!」

「誕生日? 明日が? ……なるほど。それで、祝うために、あたしが」

「そですそです」

「もしかして、嫌ですか?」

「いや、全然問題ない。むしろ、教えてくれて助かる。そうか、明日はあいつの誕生日か」

 

 事前に言わなかったから、もしかすると嫌だったかもしれない、と思っていただけに、ほっとした。

 ミオ先生は、つかみどころがない部分があるからな。

 

「それで? 祝うにしても、どこでやるんだ?」

「毎年、俺たちはそれぞれの誕生日を祝う時は、祝われる人の家でやっています。なので、依桜の家で、ということになりますね」

「なるほど。それは、サクラコとゲンジの許可は取っているのか?」

「もちろんっす! 毎年協力してもらってるんすよ」

「それなら問題ないな。それで? 何をするんだ?」

「とりあえず、プレゼントは必須ですね。誕生日と言えば、誕生日プレゼントですから」

「ふむ……。しかし、イオは何が好きなんだ?」

「そこなんですよ、ミオ先生!」

 

 ミオ先生の疑問に、女委が食いつく。

 

「依桜君の好きなものは、えんがわなんですよ! でも、それ以外の好きなものがわかりにくくて、困ってるんですよ!」

 

 そうなのだ。

 

 俺たちは、一緒にいることが多いのだが、依桜の好みがほとんどわかっていなかったりする。

 わかっていることと言えば、女委が言った、えんがわだ。

 

 なかなかに渋いものが好みだったりするのだが、それ以外があまりわかっていない。

 そもそも、男の時であれば、なんとなく渡すものが決まっていたのだが、今の依桜は女子だ。

 何を渡せばいいのか、はっきり言って悩む。

 

「そうか……。あたしと一緒に暮らしていた時は、早く帰る、というのがあいつの願いだったからなぁ。好きなことにカマかけてる余裕はなかったな」

 

 それもそうだろうな。

 命がけだったわけだから。

 だが、そうなると、困ったな……。

 

「ミオ先生。依桜、家で何か言ってませんでした?」

「そうだな……あ、そう言えばあいつ、髪の毛をまとめるものが欲しい、とか言ってたな」

「なるほど、ヘアゴムとかか? 言われてみれば、依桜はそう言った類の物を一切つけてなかったな」

「概ね、着けるのが恥ずかしいと思ったのか、これを付けてしまったら、完璧に女の子に、なんて思ったんじゃないかしら?」

「「「「ありえる」」」」

 

 未果の予想に、ここにいる全員が納得した。

 たしかに、依桜がそう思っていても不思議じゃない。

 不服、とまでは行かないだろうが、少なくとも前向きに考えてはいないだろう。

 

 ……まあ、二十年近く男で生きてきて、唐突に性別が変わればな……。

 四ヶ月近く経とうとしているが、そう簡単に割り切れるものじゃないのは確かだ。むしろ、割り切れるような奴は、態徒や女委くらいのものだろう。

 

「まあでも、依桜は髪が長いし、リボンやゴムがあってもいいかもね」

「あたしとしても、それには賛成だな。あの姿で動くのなら、髪の毛で視界を遮られる可能性がある。そうなると、万が一的に襲撃された際、それが命取りになりかねん」

「「「「……」」」」

 

 あれだな、住む世界が違うと、考え方も違うって言うことがよくわかるな。

 世界最強の暗殺者は、支障が出るから、という理由で髪留め系をプレゼントしようと思っているのか。

 いや、まあ……運動する際に邪魔になる可能性もあるからな。

 

「と、とりあえず、髪留めは決まりね。あとは、何かしら?」

「……そう言えば、依桜は昔から可愛いものが好きじゃなかったか? ぬいぐるみとか」

「お、それはあるな! ゲーセンとかに行って、クレーンゲームをやっても、獲るのは大体、兎や犬のぬいぐるみだからな!」

「そういえば、依桜の部屋にぬいぐるみとかあったわね。正直、あの容姿だったから、あまり違和感なくて、覚えてなかったわ」

 

 未果の言いたいことはよくわかる。

 実際、依桜の部屋には可愛い系のぬいぐるみが飾られてるからなぁ……。

 看病しに行った時、何気に増えていたような気がする。

 

 まあ、それはそれとして……男だった時から、違和感がなかったのは、今にして思えばすごい話だ。

 

「え、なにか? あいつ、人形を集める趣味とかあったのか?」

「あった、と言えばありますね。依桜、昔から可愛いのが好きでしたから」

「ま、マジか。……あいつ、本当に性別を間違えて生まれてきたんだな」

「「「「その通りです」」」」

 

 少なくとも、それは依桜を知っている人は、全員が思うことだ。

 可愛いものが好き。女子力が高い。反応が、男ではなく、どちらかと言えば女子寄り。仕草もそう。

 ……依桜、ある意味正しい性別になったんじゃないか?

 

「ともかく、今年の依桜への誕生日プレゼントは、髪留め系とぬいぐるみでいいかしら?」

「「「「異議なし」」」」

 

 なんとか、依桜への誕生日プレゼントが決まった。

 

「さて。次は、プレゼントを買いに行くわよ」

 

 

 というわけで、俺たちはショッピングモールに来ていた。

 

 最初は、商店街で、と考えていたのだが、時間に無理があった。

 それに、依桜は今日、夕飯を作らないといけないと言っていたので、商店街は避けた、というわけだ。

 

 依桜は買い物の際、必ず商店街を利用するからな。

 そうなれば、商店街でエンカウントする確率が高くなる。

 

「ふむ。こっちの世界では、こう言った場所があるんだな」

「あれれ? ミオ先生、ショッピングモールとか来たことないんですか?」

「まあな。あたしは、教師の仕事以外にもやることがあってな。だから、あんまりこう言った場所に来る機会がない。休みの日は、大体家で過ごしているからな」

「そうなんですか」

「ああ。……そういや、お前たちはイオとは特別が仲が良かったな。別に、先生とつけなくてもいいぞ? ついでに、敬語じゃなくてもいい」

 

 と、ミオ先生がそう言ってきた。

 

「え、いいんですか?」

 

 そう言うのは未果だ。

 

 面白いことが好き、知らぬ間に依桜を巻き込んでいる、ということをしている未果でも、ある程度の礼節はある。

 年上に敬語を使うのは当たり前、と思っている。

 

「ああ。あたしは、かたっくるしいのは苦手なんだ。正直、王族とか相手にも、あたしは敬語は使わん。むしろ、あたしは使われる側だ。あれ、窮屈なんだよ。だから、問題ないぞ。まあ、しにくい、ってんなら、別に構わんが」

「やた! わたしは、ミオさん、って呼ぶよ!」

 

 真っ先に敬語を使うのをやめたのは、女委だ。

 

「なら、私も」

「……お、オレは、まあ、適当に」

「あー、俺もミオさん、と呼ぶことにします。口調に関しては今まで通りにしますが」

「そうか」

 

 さすがに、百歳を超えた、長寿の人とタメで話すなんて、俺にはできない。

 態徒は、単純に体育祭の件があるんだろう。

 未果と女委に関しては、おそらく同性だから、というのがありそうだ。意外と、女子はその辺り気安そうだ。

 

「それじゃ、まずは髪留めの方ね。たしか……可愛い雑貨が多い店があったはずね。まずは、そこに行ってみましょう」

 

 

「うーん、どれも似合いそうだから、全然決まらないわ……」

 

 最初に訪れた雑貨屋で、髪留めを見る。

 ヘアゴムやクリップ、リボンと、種類は豊富。

 未果の言うように、どれも依桜に似合いそうで、なかなか決まらない。

 

「普通に、シンプルなのもいいし、飾りが付いているのもいい……素材がいいと、なんでも似合うっていうのは困りものだねぇ」

「だなぁ。だけどよ、依桜が好きそうな物をとりあえず挙げようぜ」

「そうね。まあ、とりあえず水色が好きよね」

「あとは、可愛いものだな。動物系とかだな」

「氷の結晶とか、桜とか?」

「ふむ……あたしは、そう言うのよくわからないが……こういうのはどうだ?」

 

 そう言ってミオさんが手に取ったのは、水色と白のストライプ柄の髪紐。

 

「それいいですね。依桜は派手なのはあまり好みませんし」

「そうね。さすがに、一つだけだとあれだし、もう一つ買いましょうか。二本あった方が、万が一紛失してしまっても大丈夫でしょ」

「依桜に限って、紛失はないと思うけどな」

 

 貰ったものは大切にするからな、依桜は。

 なんだかんだで、俺と未果が小学生の頃に上げたものとか、未だに部屋に置いてあったしな。贈った甲斐があるというものだ。

 

「それじゃ、これを買って次に行くとしましょうか」

 

 ミオさんが選んだ髪紐をレジに持って行き、会計を済ませ、俺たちはぬいぐるみショップへと向かった。

 

 

「あー……つっかれたー……」

「態徒、だらしないぞ」

 

 ぬいぐるみ選びも終わり、俺と態徒は女性陣と別れて、近くのソファーに腰かけて休憩していた。

 だらしなく、ぐでーっとしている態徒を注意する。

 

「そうは言うけどよー、さすがに女子の買い物ってのは長いって」

 

 注意をすると、態徒からそんな反論がきた。

 

「まあ、わからないでもないが……ここは公共の場だぞ? しかも、俺たちは制服で来ているんだから、少しは周りに目を気にしろ」

「へいへい……。しっかしまあ、まさか『依桜君の下着も買って行こう!』なんて、女委が言いだすとは思わなかったぜ」

「……それは、俺も予想していなかった」

 

 一応、俺たちが休憩している理由は、今態徒が言ったこともある。

 ついさっき、他にも何かいいものがないか、と見回っている時に、女委がそう言いだしたのだ。

 なぜ、下着をチョイスしたのかはわからないが。

 だが、さすがに俺たちもついて行く、なんて言えるわけがない。

 さすがに、ランジェリーショップに入る勇気はない。

 ……考えてみれば、よく依桜は入れたな。

 

「ちょっと、オレたちも歩くか?」

「疲れた、とか言っていたのにか?」

「それはそれ、これはこれだ! まあ、あれだ。暇だしよ」

「……ま、そうだな。俺たちも――っと、ん?」

 

 行こうと言い終わる前に、携帯が二、三度ほど震えた。

 

「どーしたー?」

「いや、未果からLINNが来た」

 

 なんだろうと思いつつ、メッセージを開く。

 そこには、

 

「『至急、ランジェリーショップ近くに来て』? なんだ?」

「至急ってことは、何かあったんかね?」

「……かもな。とりあえず、行くぞ」

「おう」

 

 何か起こったかはわからないが、とりあえず急いだほうがよさそうだということで、俺と態徒は、急ぎ目で未果たちのところへ向かう。

 

 

 近くに来ると、何やら人だかりができていた。

 人が多くて、先が見えない。

 

「なんだこりゃ?」

「さあな。……とりあえず、先に行くぞ」

「おうよ」

 

 謝りつつ、俺たちは人だかりの中心へと向かう。

 そして、少し苦労はしたものの、中心へ到達。

 人だかりの中心には……

 

『いでででででで! ゆるひて! ゆるひてくらはい!』

「ふむ。うちの生徒……というか、愛弟子の友人に手を出しておきながら、許して? 寝言は寝て言え」

 

 一人の男を顔面アイアンクローで持ち上げつつ、床に倒れ伏している男に足を乗せていた。

 ……あー、これはどういうことだ?

 

「あ、晶、態徒!」

 

 すると、俺と態徒に気づいた未果が駆け寄ってくる。

 

「未果、これはどういう状況なんだ?」

「じ、実はね……」

 

 

 晶たちと別れた後、未果たちはランジェリーショップに行っていた。

 

 どういうわけか、女委が『下着を買おう』と言い出したためだ。

 未果は呆れつつも、反対はしなかった。ミオに関しては、特に異論はないという反応。

 そこそこの時間をかけ、依桜に贈る下着を選び終えて、ショップを出ると、ミオは一旦トイレへ。

 そして、ミオが戻ってくると、

 

『おー? えらく可愛いじゃねぇか。なあ、嬢ちゃんたち、暇なら俺たちと遊ばねぇか?』

『きっと楽しいし、気持ちいいぞぉ?』

「私たち、行くところがあるので、失礼します。行くわよ、女委」

「うん」

 

 と、何やらガラの悪い男二人が、未果と女委をナンパしていた。

 これを見てわかる通り、依桜、未果、女委はナンパに遭いやすい。遊園地の時もそうだった。

 さて、ナンパに遭った未果と女委は落ち着いたもので、一言言ってから離れようとした。

 のだが、男たちは食い下がり、

 

『おいおい、連れねぇなぁ。ちょっとくらいいじゃねーかよ』

「きゃっ」

 

 未果の腕を掴んでいた。

 気が付けば、もう一人の方も女委の腕を掴んでいた。

 どう見ても、嫌がる美少女に無理矢理迫っているチンピラ、という図だが……そんなことよりも、それを見ていたミオが何も思わないわけがなく。

 

「おい、クソガキ共。なにしてやがる?」

 

 音もなく男二人の背後に立ち、殺気が籠った声音で言う。

 

『『うお!?』』

 

 突然現れたミオに驚き、男二人が飛びずさる。

 

『だ、誰だ!? ……って、ほぉ、えらく上玉なねーちゃんじゃねえかよ』

『こりゃツイてるぜ!』

 

 と、男たちは、ミオの美貌を見て上機嫌になるが……ツイてるわけはなく、むしろ、ツイてない。そう、未果と女委は思った。

 

「はぁ? 何言ってんだ、気持ち悪いな。いいから……何したか言ってみろ」

 

 そう言うと、ミオは一瞬で距離を詰めて、一人を脳天チョップで一発KOし、もう一人の男に対して、顔面アイアンクロ―をした。

 この師匠にして、依桜ありだ。

 ただ、依桜よりも無駄のない動きだが。

 

 

「――ってことがあってね」

「「うわぁ……」」

 

 マジか……。よりにもよって、未果と女委に手を出したのか。

 それは、ミオさんも怒るな。

 

「……つか、最近ナンパって流行ってんの? 依桜と遊園地デートした時も、依桜絡まれてたしよ」

「どうなのかしらね。……まあ、少なくとも、ミオさんと依桜のどちらかがいただけで、最悪の事態になる可能性は限りなく低いわ」

「そりゃそうだ」

 

 世界一安全な場所だと思う。

 

 

 あの後、警備員の人がやってきて、事情を聴かれた。

 だが、悪いのは男たちだったので、俺たちは何の問題もなくすぐに開放。買い物を続行した。

 

 そう言えば、男たちが、かんざ……なんとか、と言っていたのが少し気になったが……ま、何も問題はないだろう。

 

「さて、アクシデントはあったけど、買い物は終了ね。あとは、本番当日まで待つだけ。絶対、喜ばせるわよ」

「「「「おー」」」」

 

 この、『おー』にちゃっかりミオさんが混ざっている辺り、ノリがいいな、と俺たちは密かに思った。

 依桜、喜んでくれるといいな。




 どうも、九十九一です。
 今回の日常回、二話以上で完結する話が多い気が……ま、まあ、こういう時もありますよね! それに、まだ二つほど、ちょっと長めの回が控えてますが。
 ……これ、五章いつ入るのだろうか?
 とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします
 では。


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150件目 依桜ちゃんの誕生日回(当日) 上

「ふぁああ……ん~ぅ、あさ……」

 

 なぜかわからないけど、今日は母さんが起こすよりも早く目が覚めた。

 まあでも、早く起きるのはいいことだよね。

 早起きは三文の徳って言うし。

 とりあえず、早く起きたことだし、着替えよう。

 

 

「おはよう」

「あら依桜。今日は早いのね」

「うん。なぜか早く起きちゃって」

「そう。まあ、今日くらいはいいんじゃない?」

「?」

 

 今日くらいは、ってなんだろ?

 今日って何かあったっけ?

 

 うーん……普通の日、だよね? 別に、学園の方で何かあったような気はしないし……かといって、冬休みはまだ……。

 

 なにも思い浮かばない。

 

「やっぱり、依桜は自分のこととなると鈍くなるのねー」

 

 首を傾げながらうんうんと唸っていると、母さんが笑いながらそんなことを言ってきた。

 自分のこと?

 ……だめだ。全く思い浮かばない。

 

「母さん、今日って何かあった?」

「んー、あったんじゃないかしらー?」

「なんで、そんなに曖昧なの?」

「気にしないの。細かいことを気にする女の子は嫌われるわよー」

「いや、ボク男だから」

 

 というより、その言い分は、どちらかと言えば男に対して言うようなセリフな気が……。

 

「それは、前でしょ。今は女の子」

「そ、そうだけど……」

「ま、そういうことy」

「どういうことなのか、全くわからないんだけど。……何か隠してる?」

「ぜーんぜん? 気のせいよ、気のせい」

「むぅ……」

 

 なんだかはぐらかされているような……?

 腑に落ちないけど、これ以上問い詰めても、何も言わないよね。

 結局、尋ねるのをやめて、いつも通りに朝食を食べたら、学園へ登校していった。

 

 

「さて。私は準備準備~♪」

 

 

「おはよー」

「あら、今日はいつもより早いわね」

「どうした?」

「んー、なぜかいつもより早く目が覚めて……」

 

 教室に入ると、いつも通りの二人。

 いつもより早く来たから、てっきり、まだ来ていないかも、と思ったんだけど、普通に登校していた。

 むぅ、二人っていつも何時ごろに来てるんだろう?

 

「おっはー」

「おーっす」

「あ、二人とも、おはよー。今日は珍しく早いね?」

 

 ボクが教室に入った直後に、女委と態徒が入ってきた。

 すごく珍しい時間に来て、ちょっとびっくり。

 

「気分だよ~」

「おうよ。ちょっとじゅん――ごふっ!?」

「た、態徒!?」

 

 態徒が何かを言い終える前に、女委の左手の裏拳が態徒の顔に直撃し、吹っ飛んで行った。

 しかも、女委は表情一つ変えず、いつものほんわか笑顔でやったものだから、ちょっと怖い。

 

「だ、大丈夫!?」

「め、女委、の、裏拳は……き、効くぜぇ……ぐふ」

「あわわわわ! た、態徒が気絶しちゃったよ!」

「「「気にしない気にしない。変態は蘇る」」」

「いや、態徒も一応人間だからね!? 気絶したら、結構大ごとだからね!?」

「依桜が言っても、説得力はないな」

「うっ」

 

 た、たしかに片手間以下のレベルで気絶させられるけど……。

 針とか、単純に師匠から教わった技とかで。

 

「まあ、変態だしすぐに戻ってくるよ!」

「理由になってないよ!?」

「依桜。変態はね。美少女の裏拳を喰らったり、美少女の飛び膝蹴りを喰らったり、ジャーマンスープレックスを喰らったり、スクリューパイルドライバーを喰らったり、ドロップキックを喰らったりしても、不死鳥のようによみがえるのよ。それこそ、恍惚の表情で」

「なんでプロレス技ばかりなの!? というか、それはただの変態だよね!?」

「違うわ。変態じゃなくて、ドMよ」

「大差ないよっ!」

 

 なんで、誰も気に留めないの?

 それと、普段はどちらかと言えばフォローに回ってる晶が、全く止めようとしないあたり、おかしいと思うんだけど。

 

「ふぅ、頬骨がいてーぜ!」

「た、態徒、大丈夫?」

「おうよ! なぜかわからんが、一日分くらいの記憶がないし、頬骨は痛いが、セーフだよな!」

「……あ、うん。態徒がセーフだと思うんなら、セーフなんじゃないかな?」

 

 ……あっけからんとしているのは、ちょっとおかしいような気がするけど、大丈夫だよね。

 

「で、オレは何してたんだっけ?」

 

 セーフじゃなかった。

 

「……お。思い出した! そうだ、たしか、依桜のた――」

「あ、態徒君の顔面に虫が!」

「ぶれらっ!?」

 

 裏拳一閃。

 またしても、女委の裏拳が炸裂した。

 そして、再度裏拳を喰らった態徒は、黒板の角に頭を強打。

 泡を吹いて倒れた。

 

「た、態徒―――!?」

 

 慌てて態徒に駆け寄る。

 

「め、女委、これはいくら何でもやりすぎだよっ!」

「えー? だって、態徒君の顔面にヒアリがいたしー?」

「いや、それ事件だよっ!?」

 

 さすがに、ヒアリは洒落にならないよ!

 見つけたら、警察に連絡してください、って言われるような危険な虫なのに!

 

「にゃっはっはー! 冗談冗談」

「じょ、冗談でも心臓に悪いよ……」

「ごめんごめん」

 

 反省しているのかわからない、笑った顔をする女委。

 

「まったくもぅ……。それにしても、みんなどうしたの? ちょっと様子が変だよ?」

 

 そう言うと、みんなそろって苦笑いをしながら、視線を逸らしだした。

 

「……何か隠してるの?」

「いいえ? 何も隠してないわよ?」

「ああ。いつも通りだぞ?」

「うんうん。いつもこんな感じじゃん?」

「……ジト―」

 

 ジト目を向けるものの、まったくたじろぐ様子はない。

 ……うーん。何か隠しているような気がするけど……気のせい、なのかな。

 

「……まあいいけど。とりあえず、態徒を回復させないと」

(((ほっ……)))

 

 うん? 今、三人が安心したような気配を感じたんだけど……気のせいだよね。

 とりあえず、泡を吹いて倒れている態徒に『ヒール』をかける。

 なるべく、クラスにいる人たちに見えないよう、最小限に抑える。

 もちろん、カモフラージュも忘れず、絆創膏を張る素振りを見せている。

 こうでもしないと、怪しまれるからね。

 

 身体能力に関しては、ちょっと怪しいけど、魔法や能力、スキルに関してはあまりバレるわけにはいかない。

 バレたら、余計な注目を浴びるだけだし、みんなに迷惑が掛かりかねないもん。

 

 ……まあ、すでにネット上でボクのことは知られちゃっているけど。

 

「ハッ! お、オレは一体何を……」

「態徒、大丈夫?」

「うお!? び、びっくりした……。美少女の顔がドアップとか、マジでドキドキするわ!」

「あ、ご、ごめん……い、嫌、だったよね?」

 

 ……そうだよね。ボクみたいなのが顔を近づけてたら、嫌だよね……。

 

「って、違う違う! 別に嫌だったわけじゃなくてだな! だ、だから、ちょっと泣きそうになるのはやめて!?」

『……おい、あいつ、男女を泣かせたらしいぞ?』

『……殺すほかなし』

『……誰か、ちょうどいい山を知らない? 雑木林でもいいし、樹海でもいいわ』

「ちょっ!? お前ら、完全にオレを殺そうとしてないか!? オレは無実だろ!」

「だが、実際に依桜は涙目になってたぞ?」

「マジすんません! つか、違うんだよ! あ、あれだ。依桜が可愛すぎて、びっくりしただけで、決して嫌というわけではない!」

「ほ、ほんと? 嫌じゃない?」

「あったりまえよ! てか、オレが嫌うわけないだろー、美少女を」

「……美少女かどうかはあれだけど……たしかに、態徒は人を容姿で判断しないもんね!」

((((笑顔眩しー……))))

 

 あれ、みんなが安らいだような微笑みを浮かべてるけど……どうしたんだろう?

 朝から、色々と気になることがあるけど、ひとまずは気にしないことに決めた。

 

 

「まったく……ほんっっっっとうに! 態徒は馬鹿ね」

「め、面目ねぇ……」

「依桜にバレたらどうするつもりだったんだ?」

「ほんとだよー。わたしの裏拳がなかった、完全にバレてたんだよ?」

「マジで面目ねぇ……」

 

 昼休み。

 

 依桜君が何やら呼び出されたので、依桜君不在。

 いなくなった途端に始まる、態徒君への責め。

 

 本当に危なかったよー。少しでも、わたしの渾身の裏拳が遅れていたら、確実にバレていたところだよ。

 依桜君、すっごく鋭いもん。

 

「まあでも、あれを見る限りじゃ、依桜は自分の誕生日を忘れているような感じだったな」

「だねー。今日が何の日かわからなくて、うんうん唸ってたもんねー」

「それくらい、向こうが濃密だったってことでしょ。ま、いいんじゃない? サプライズとして効果を発揮しやすいってことでしょ」

「そうだな。帰ってきてから約四ヶ月と言えど、それでも全然短い。それに、三年間自身の誕生日を祝われる、なんてなかったんじゃないか?」

「まあ、依桜君のあの強さを見ればねぇ。死に物狂いで、って言ってたし、他のことをやっている暇なんてなかったんじゃないかなー」

「そう考えると、マジでハードモードだったんだな、依桜」

 

 まあ、チートなんてなく、着の身着のままだからね。

 ……昨今の異世界転生、転移系じゃ、あんまりみかけないよねぇ。いや、それなりにあるとは思うけど、大体は、俺TUEEEE、だからね。

 

「まあ、それはそれとして……未果ちゃん、首尾はどうだい?」

「ええ、ぬかりなしよ。さっき、桜子さんに連絡を取ったら、大体の下準備は終わっているそうよ。料理はもちろん、ケーキも作ってるって」

「女子力が振り切ってる依桜の母親なだけあって、誕生日ケーキは手作りかよ……すげえな」

「それは同感だねー」

 

 依桜君って、家事全般をこなせるし、なぜか手当て用の絆創膏とか包帯、消毒液も持ち歩いてるから、かなり女子力が高いけど……親にして子あり、だね。

 

 たしか、今日は八人くらいだから、その分の料理があるってわけだから、かなりあると思うんだけどねぇ。

 

「ただいまー」

「あ、おかえり、依桜」

「呼び出し内容は何だったんだ?」

「あ、うん。来週辺りに、PCが届くと言うのと、お悩み相談コーナーについてかな」

「お、ついに届くのか」

「でもたしか、『New Era』の発売は元日じゃなかったかしら?」

「えっとね、先に送ってくれるんだって。一応、動作確認もあるらしいけど、ご褒美、みたいな感じで言ってたよ」

「気前がいいな」

「さっすが、生徒思いの学園長先生だね!」

 

 まさか、世間よりも早く入手できるとは!

 いやぁ、私もちょうどスペックが高いPC欲しかったから嬉しいねぇ。

 となると、今使っているのは、メイド喫茶の方に回しちゃおうかな。そろそろあっちも買い替え時だし。

 

「あ、あはは……」

 

 わたしの発言に、依桜君は苦笑いを浮かべつつ、乾いた笑いを零すだけだった。

 む? なにかあったのかなー?

 

「んで、お悩み相談コーナーについては、どんな感じだったんだ?」

「えーっと、どうもボクの時のが好評だったらしくて、できればレギュラーで、って」

「へぇ? すごいな」

「それで、受けるの?」

「さ、さすがに断ったよ。でも、なかなか引き下がってくれなくて、月に一回なら、って」

「実質レギュラーじゃね? それ」

「か、かもね」

「まあでも、実際面白かったしねー、あのコーナー」

 

 まさか、恋愛に対して積極的じゃない依桜君が、あんなに的確なアドバイスをするとは思わなかったけどね。

 あと、スリーサイズを何の躊躇いもなく言う辺り、さすが元男の娘。

 さすがのわたしでも、ちょっと恥ずかしいよ。

 ……まあ、下着の方は恥ずかしがってたけども。

 

「後半、セクハラだらけだった気がするがな」

「正直、依桜の反応のおかげで好評だったような気がしてならないわ」

「ど、どうだろう?」

 

 さすが、謙虚・謙遜・恭謙の三つを兼ね揃えた3Kを持った依桜君。

 いや、3K全部同じような意味だけど。

 まあでも、依桜君の場合、これがある意味正しいしね。

 

 

 と、この後もいつも通りに、態徒君が変態発言をし、わたしがそれに便乗、依桜君が意味がわからず首を傾げ、晶君と未果ちゃんが呆れると言った様子が展開され、昼休みは過ぎた。

 そして、放課後になりました。




 どうも、九十九一です。
 できるなら、一話で終わらせようとしたのですが、長くなりそうだと判断して、二話に分けることにしました。と言っても、今日もう一話出せるわけじゃないですが。一応、頑張ってみますが、十中八九明日になると思います。
 とりあえず、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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151件目 依桜ちゃんの誕生日会(当日) 下

「んじゃ、オレたちは先に帰ってんぞー」

「うん。また明日ね」

「じゃねー」

 

 今日は、みんな用事があるそうで、早々に帰って行った。

 ボクはボクで、お買い物を母さんに頼まれ、商店街に行くところです。

 

「さて、ボクもお買い物を済ませて、家に帰ろう」

 

 そう言えば、母さんが、ゆっくりでいいわよー、って言ってたけど、どういう意味だったんだろう? お買い物を頼むくらいなんだから、早めに、って言うと思うんだけど……。

 

「まあ、母さんだし、変なところがあるのはいつものことだよね」

 

 まあでも、ゆっくりでいいのなら、ゆっくり行こう。

 

 

「えーっと、買うのは……シャンプーと、たしか食器用洗剤に……あ、そう言えば石鹸とボディソープも切れてたっけ」

 

 一応、何を買えばいいのか、というのはメールで送られてきているからわかるけど、いくつか切れているものがあると思いだす。

 送られてきたリストを見ていると、生活用品が切れてるし、もしかすると、他にもあるかも。

 うーん……そう言えば、柔軟剤と食用油も切れてた気が。

 それから、ゴミ袋も。

 

「……意外とある。母さん、忘れてたのかなぁ?」

 

 まあ、いつお買い物があってもいいように、ってお金は二万円近くは持ち歩いているけど。

 普通だったら危険かもしれないけど、ボクの場合はすぐわかるからね。問題なしです。

 リストにあったものと、思い出したものを買って、他にはないかと考える。

 

「えーっと、生活用品は多分ないし……食用品は……あ、そう言えば、牛乳とコーヒー、卵もなくなりそうだった気がする」

 

 なら、そっちの方も買いに行かないと。

 

 

「うん。これで問題ないね。じゃあ、帰ろう」

 

 お買い物も終わり、家に向かう。

 

 そういえば、商店街のみなさんがボクを見るなり、『おめでとう!』って言って、色々な物をくれたんだけど……何だったんだろう?

 

 何かおめでたいことでもあったのかなぁ。

 まあ、そのおかげで荷物が増えちゃったわけだけど……。

 

「それにしても……お酒はないよね……」

 

 肉屋さんのおばさんからは、コロッケとメンチカツを。

 魚屋さんのおじさんからは、お刺身類とぶりのあらなどを。

 八百屋さんのおじいさんからは、色々な野菜を。

 そして、なぜか酒屋さんのお兄さんからは、高そうな日本酒をもらってしまった。

 

 ボク、まだ未成年なんですけど、と言ったら、

 

『いいんだよ! どうせ、二年後には二十歳なんだから!』

 

 って言われて、押し付けられた。

 日本酒って、置いておくと熟成とかするのかな?

 

「まあ、これは師匠行きかな」

 

 なんだかんだでお世話になってるし、師匠、日本酒を気に入ってたからね。

 

「……それにしても、随分荷物が増えちゃったなぁ」

 

 別に重くはないけど。

 

 商店街で買ったものと貰ったもの。

 シャンプー。食器用洗剤。石鹸。ボディソープ。柔軟剤。食用油。ゴミ袋。牛乳。コーヒー。卵。コロッケとメンチカツ。お刺身類とぶりのあら。野菜。日本酒。

 

「……これ、普通の人だったら、かなりの量、だよね?」

 

 だって、道行く人が見事な二度見をしてくるんだもん。

 ボクの場合、異世界で鍛えてたから全然重さを感じてないけど、普通に考えたら相当な荷物だよね?

 

 うーん、一応リアカーを勧められたけど……リアカーを引いてる女子高生、って画になっちゃうからなぁ。

 結構シュールじゃない?

 

「……そう言えば、ボクって今制服だけど、日本酒なんて持ってて大丈夫なのかな?」

 

 ボクが飲むためではないにしろ、未成年が持っていていいものじゃないような……?

 途中、警察の人とすれ違ったけど、なぜか何も言われなかった。それどころか、笑顔だった。

 言われないに越したことはないけど。

 

「うーん。まあでも、この街って割と能天気な人が多いし、珍しいことじゃないよね!」

 

 ……なんて言うボクも、最近毒されているのかも。

 

 

「ふぅ、やっと着いた……えーっと、鍵鍵……あった」

 

 一旦荷物を地面に下ろして鍵を取り出す。

 今日は母さんたちがいない、って言ってたからね。

 

「やっぱり、冬は日が沈むのが早いなぁ。それに、ちょっと寒くなってきたし」

 

 と言っても、向こうの豪雪地帯に比べれば、日本の寒さなんてなんのそのだけど。

 とはいえ、油断ができないのも事実。

 実際、最近風邪引いたしね。

 ……できれば、あんな恥ずかしい姿を見せたくないので、風邪には気を付けよう。

 一応、十二月に入ってから、念のためマフラーとか手袋をしてるけど。

 

「でも、学園の制服って、スカートが短いから、ちょっと寒いかも」

 

 一応、ニーハイソックスを穿いてはいるけど、それでも寒いものは寒い。薄いしね。

 ……と言うか、服装について、ほとんど違和感を持っていないのって、元男としてどうなんだろう?

 原因はすべて、中学校だけど。

 

「っと、そんなこと考えてないで、さっさと入ろう」

 

 荷物を持って、中に入る。

 誰もいないせいか、真っ暗だ。

 そう言えば、師匠も少し用事がある、って言ってたっけ。

 見事にみんないないから、家の中ががらんとしてるよ。

 

 ……この感じ、向こうでの三年目を思い出す。

 住んでいる場所に戻っても、誰もいなくて、灯りもない。

 

 ただただ無機質な空間があるだけで、帰っても苦痛だったっけ……。

 そう考えたらやっぱり、誰かがいるって、幸せなことなんだな、と強く思うよ。

 

「えーっと、とりあえず、部屋に戻る前に、リビングに荷物を置いて行かないと」

 

 荷物を置いたら着替えて、少し家事をやって、と考えながらドアノブに手をかけ、リビングの扉を開けた瞬間……

 

 パンッ! パンッ!

 

 という破裂音が、何度も鳴り響き、

 

「「「「「「「依桜(君)誕生日おめでとう!」」」」」」」

「……ふぇ?」

 

 ボクに祝福の言葉が向けられた。

 見れば、未果たちに、師匠、父さんと母さんもいる。

 みんな揃って、手にはクラッカーを持っていた。

 あ、え、ど、どういうこと……?

 

「おいおい、どうしたんだー? 依桜。今日は、お前の誕生日だろ。まさか、忘れてたのか? 父さん、びっくりだぞ」

「た、誕生日……? あ」

「あ、って……依桜、本当に忘れてたのね。毎年、晶たちとお祝いしていたのに」

 

 ボクの反応に、未果が呆れつつも苦笑いでそう言う。

 そ、そう言えば、今日ってボクの誕生日だったっけ……。

 向こうで三年間も過ごしていて、誰にも祝われなかったし、そもそも、そんなことに気を回している余裕がなかったから、すっかり忘れてた……。

 

「で、でも、みんな用事があるって……」

「当然、依桜の誕生日会をするために決まってるよ」

 

 ボクの言葉に反応したのは晶。

 と、当然って……。

 

「いやはや、依桜君いい反応だねぇ!」

「つーか、自分の誕生日を忘れてるって、普通に抜けてるよなぁ」

「……暗殺者だというのに、サプライズに気づかないとはな。ま、今回はそれが功を奏したと言ったところか」

 

 いつものように、呆れている師匠は、柔らかい笑みを浮かべていた。

 それに、女委も態徒も笑っている。

 三人だけじゃなくて、ここにいる人みんなが笑顔で。

 その光景を見て、ボクは、

 

「……ひっぐ、ぐすっ……」

 

 泣き出してしまった。

 

「ど、ど、どうしたの依桜? もしかして、嫌だった? クラッカーにびっくりしすぎて怖かった? お母さんが頭を撫でてあげましょうか?」

「ち、違う、の……う、うれし、くて……」

 

 だ、だって、向こうでは誰も祝ってくれる人がいなくて、それどころか忘れていたようなボク。

 誰一人として、称賛はしても祝うようなことはなかった。

 無意識のうちに、寂しさを感じていたのかもしれない。

 向こうでは、ずっと孤独に感じていたのかもしれない。

 だから……

 

「あ、あり、がとうっ……えぐっ……」

 

 泣きながら微笑み、みんなに感謝した。

 

 

 ボクが泣き止むのを待ってくれて、誕生日会と相成った。

 

「と、言うわけで……まずはプレゼントよね! 未果ちゃん、よろしく!」

「はい。……はいこれ。私たち四人とミオさんで選んだものよ」

「わ、わわっ」

 

 いきなり、三つも渡されて、わたわたとしてしまった。

 そのうちの一つが結構大きくてびっくりした。

 

「開けていい?」

「ええ、どうぞ」

 

 まずは、一番小さい包みを開ける。

 

「これは……リボン?」

 

 中には、水色と白のストライプ柄のリボンが入っていた。

 よく見ると、他にも雪の結晶や、桜をモチーフにした飾りのついたヘアゴムに、月下美人をかたどったヘアゴム、そして、紅葉がプリントされたリボンが入っていた。

 

「そうよ。依桜、髪をまとめるものが欲しい、って言っていたのをミオさんが聞いていたらしくてね。ちなみに、リボンやヘアゴムは、ミオさんからよ」

「お前、髪が長いからな。運動する時なんて、邪魔になるだろ?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 まさか、師匠からプレゼントをもらえるなんて……どうしよう。すっごく嬉しい!

 やっぱり、理不尽でも、本当にいい人だよね、師匠。

 あと、照れているのか、ちょっと頬を赤くして、そっぽを向いているのも、何と言うか……ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

「それじゃあ、次は大きめの包み……これって……」

 

 大きめの包みの中に入っていたのは、

 

「くまさんだ!」

 

 大きいくまさんのぬいぐるみだった。

 

(((((((くまさんって……言い方、可愛いな)))))))

 

 こう見えてもボク、昔から可愛いぬいぐるみとかが好きで、よくお店で買ったり、クレーンゲームで獲ったりしてたんだよね。

 だから、このプレゼントはすっごく嬉しい。

 ベッドに置いておこう♪

 

「それじゃあ、最後のを開けるね。えっと……こ、これは……」

 

 最後の包みを開けて絶句した。

 

 一個目、髪留め。

 二個目、くまさんのぬいぐるみ。

 三個目……下着。しかも、微妙に際どいデザインだし、透けているのも入ってる。

 

「って、な、ななななななななにこれぇぇぇぇぇっっ!?」

「何って……下着?」

「そうじゃなくて! これはどういうこと!?」

「うーむぅ……エッチな下着?」

「こんなの、誰が選んだの!?」

 

 みんなが一斉に、女委を指さす。

 

「わかってたけどっ。わかってはいたけどっ……これはないよっ!」

 

 一個目、二個目との落差が激しすぎて、フリーフォールレベルだよ! ひもなしバンジーだよ!

 

「えー? やっぱり、気に入らなかった―?」

「そう言う問題じゃないよ! なんで、こんなに恥ずかしい下着を買ってきたの!?」

「喜ぶかなーって」

「喜ばないよっ! ボクを何だと思ってるの!」

「天然系エロ娘」

「どういうこと!?」

 

 もぉやだぁ……。

 なんで、誕生日にこんなおかしなものをプレゼントされてるんだろう……?

 ま、まあでも、一応、プレゼントなわけだし……。

 

「あ、ありがとうね。その……できれば、こう言うのはやめてほしいけど」

「善処します!」

 

 ……怪しい。

 でも、ここは信用しよう。……一応。

 

「ちなみに、ぬいぐるみは晶と態徒から。下着は、私と女委からよ」

「未果も共犯だったの!?」

「「てへ☆」」

「二人とも可愛いけど、こういうのはやめてね!」

 

 最近、未果も結構悪ノリするようになってきた気がするよ……。

 まともなのは、晶だけに感じる。

 

「あ、お母さんとお父さんからのプレゼントは依桜の部屋に置いてあるから、後で見てね♪」

 

 ……なんだろう。嫌な予感しかしない。

 去年までは比較的普通だった気がするけど、今年に入ってから……と言うか、ボクが女の子になってから、母さんは本性を現し始めていることを考えると、碌なものがない気がする。

 

 ……だ、大丈夫だよね? さすがの母さんでも、誕生日くらいはまともなものをプレゼントしてくれるよね?

 

「さ、プレゼントも渡し終えたわけだし、ご飯にしましょ。今日はお母さん、かなり頑張っちゃったからね。期待していいわよー!」

 

 そう自信満々に言う母さんが作った料理は本当に美味しそうだった。

 そして、量も尋常じゃなかった気がする。

 

「はい、依桜。あなたの好きな、えんがわよ」

「わー! ありがとう、母さん!」

 

 中でも一番嬉しかったのは、ボクの大好きなえんがわのお刺身が出たこと。

 回転寿司のお店に行っても、お寿司の半分以上はえんがわを食べるくらいに、えんがわが大好きです。

 

「あ、そうだ。商店街の人が、色々とくれてね」

 

 ボクは、放置気味だった袋の中から、魚屋さんのおじさんからもらったお刺身類を持ってきてテーブルに乗せる。

 

「さっすが、我が娘! まさか、大トロに中トロ、しかも、カマトロまで……魚屋のあいつ、随分奮発しやがったなぁ!」

 

 ……お、おじさん、普通に希少部位を入れてたんだ。

 相当高いと思うんだけど……あ、もしかして、『おめでとう』って、ボクの誕生日のこと!?

 だとしたら、すごすぎない!?

 

「それから、えっと、こっちも」

 

 そう言いながら、ボクは肉屋さんのおばさんからもらった、コロッケとメンチカツをテーブルに乗せる。

 

「お、あそこの肉屋のコロッケとメンチカツ美味いんだよなぁ」

「だよねぇ。わたしも、あそこのコロッケとメンチカツ大好き!」

 

 そう言えば、肉屋さんのコロッケとメンチカツはすごく人気があったっけ。

 実際、すっごく美味しいもん。

 

「ほかにも、野菜とか、ぶりのあらももらったんだけど、そっちは明日ぶり大根でも作るね」

「ほんと? 助かるわぁ」

 

 と言っても、あらの使い道は、煮物にする以外ほとんどないけど。

 

「あ、それから、これも。こっちは、師匠と父さんかな」

「ん? おお! 日本酒じゃないか! いいのか、イオ!?」

「はい。貰い物ですし、ボクは飲めませんからね。それに、師匠にはお世話になってますからね」

「持つべきものは、優しい弟子だな! ありがとう、イオ!」

 

 普段なかなか見れない、師匠の満面の笑み。

 と、そんな師匠とは正反対の反応を見せているのが、父さん。

 何やら、もらってきたお酒を見て、ぷるぷると震えていた。

 

「い、依桜、その酒……幻の日本酒と言われている、『幻灯篭(げんとうろう)』じゃあないか……?」

「そう、なの?」

「ああ。すまん、ミオさん。ちょっと見せてもらっていいかい?」

「ああ」

「ありがとう。……ま、間違いない。『幻灯篭』だ! お前、これをもらったのか!?」

「う、うん。酒屋さんのお兄さんが……」

「マジか! これはな、五十年に一本出回るかどうかというレベルの代物でな、酒好きの間では、生涯に一度は飲みたい酒と言われているんだよ!」

「えええ!?」

 

 そ、そんなに貴重なものを貰ったの!?

 さ、酒屋さんのお兄さん、何者……?

 

「しかもこれ、最低でも数千万。やばい時には、億を超えるんだぞ?」

「いや、それお酒!? 本当に、お酒の値段なの!? おかしくない!?」

「いや、五十年に一本出回ればいい方だからな」

 

 こ、怖い!

 も、もしかしてボク、数千万円以上するものを、軽々しく持っていたの……?

 お、落としたら、とんでもないことになってたよね、これ。

 

「まあいいじゃないか! いい酒が飲めるのなら、あたしは全然かまわん! イオ、これ貰ってもいいんだよな?」

「あ、はい、どうぞ。師匠、日本酒気に入ってましたから」

「依桜、俺も飲んでいいか?」

「うん。いいよ。母さんも飲めば? すっごく貴重なものみたいだし」

「そうねぇ。私も少しもらおうかしら」

「なら、あたしらは酒盛りと行くか!」

 

 今までに見たことがないほどのテンションの高さで、師匠たちが酒盛りを始めた。

 喜んでもらえて何よりだよ。

 

 ……そう言えば、魚屋さんと酒屋さんでこれなら、八百屋さんからもらった野菜も、すごいのが入ってそうだよね、これ。

 

 ……後で確認しよう。

 

「にしても、依桜はすげぇなぁ」

「そうね。普通、一人の高校生に、ここまでする商店街もなかなかないわよね」

「もしかして、何かしたりしたの?」

「え? う、うーん……魚屋さんでは、魚を捌いたり、肉屋さんでは、肉の解体。八百屋さんでは、おじいさんが腰を痛めて困っていたから、マッサージと言いつつ、魔法で治したり、畑を手伝ったり。酒屋さんでは、普通にお手伝いをしていたけど……」

「「「「あー……なるほど」」」」

 

 昔から知っている人たちだし、かなりお世話になっていたからね。

 少しでも、恩返しを、と思ってやっていたんだけど……。

 

「つまり、依桜が陥落させたわけか。……末恐ろしいな」

「私、依桜が本物の女神って言われても信じるわ」

「と言うより、天使じゃね?」

「依桜君の優しさは、底なしだね!」

「えっと、普通に、恩返しのつもりだったんだけど……」

「……これを素手やっているからモテるわけだ」

「そうね。ネットの反応を見る限りだと、中には、猫を被ってるだけ、なんて言っている人がいたみたいだけど……そもそも、依桜は猫を被ることとは無縁よね」

「まあでも、依桜は芸能人じゃなくて、一応一般人だからなぁ。そう言う奴が出ても不思議じゃないだろ」

「大体は、僻みや嫉妬だと思うけどねー」

 

 う、うーん? みんなの言っていることがよくわからない……。

 

「え、えっと、猫を被るって……?」

 

 と、気になってボクが質問をしたら、

 

「「「「依桜(君)はそのままでいて(くれ)」」」」

「う、うん?」

 

 なぜか、慈愛の目で言われてしまったので、

 猫を被るの意味はわかるけど、みんなが言っていたのはどういう意味だったんだろう?

 そう気になるものの、なぜか言及する気になれなかった。

 

 

 途中、ボクが師匠から貰ったリボンで、ためしにポニーテールやツインテールにしてみたところ、

 

「「「「ぐはっ……」」」」

 

 母さんと父さん、女委、態徒の四人が胸を抑えて倒れた。なんで?

 料理をあらかた食べ終えると、誕生日ケーキが出てきた。

 ……ウェディングケーキサイズで。

 

「「「これは無理だろ!?」」」

 

 と、晶、態徒、父さんの三人がツッコんでいたけど、ボク、母さん、未果、女委、師匠の五人でぺろりと平らげました。美味しかったです。

 

 その後も、例の日本酒で酔っぱらった師匠が服を脱ぎだした時は、本当に焦った。

 父さんと態徒が鼻血を噴き出して、倒れたからね。

 態徒はともかく、父さんは何してるの? と言いたくなった。

 

 ちなみに、母さんがかなり怒っている感じでした。

 満面の笑みで父さんに詰め寄っていた。ちなみに、目は全く笑ってませんでした。

 

 そう言えば、師匠ってかなりお酒に強かったはずなんだけど……もしかして、すっごく美味しいお酒だから、酔った、とか? ……実際にありそう。

 

 そんなこんなで、楽しい時間は過ぎていき、夜九時に近くなると、解散となった。

 ボクも、お風呂に入ってから、すぐに部屋に戻って寝ることにした。

 そう言えば、母さんと父さんからのプレゼントがあるって言ってたっけ?

 

「えーっと……あ、これかな?」

 

 部屋に戻ると、机の上に大きめの包みが置いてあった。

 触った感触的には、衣類系。

 なんだろうな、とわくわくした気持ちで包みを開ける。

 

「…………」

 

 そして、固まった。

 

 中に入っていたのは……小学生用のスクール水着(旧式)と、ゴスロリと言われている服(小学生用)だった。

 

 この後、ボクの中で何かが切れて、母さんと父さんをお説教したのは言うまでもないです。

 

 ……でも、すっごく楽しかった。

 最高の思い出になったよ。

 ……最後が全てを台無しにして行った気がするけどね。




 どうも、九十九一です。
 なんか、似たような口調のキャラが多いせいで、誰が誰だかわからなくなってそう。と言うか、自分でもわからなくなりかけてる時が……。やっぱり、その辺り考えないとなぁ。
 一応、日常回のノルマは達成されているんですが、やることがもう少しあるので、もうちょっと続きます。……やばい。5章の設定、土台しか考えてない……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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152件目 二学期終業式

 次の月曜日。

 

 今日は終業式がある。つまり、明日から冬休みというわけですね。

 まあ、だからなんだ、って話ですけど。

 

 そう言えば、ボクの誕生日に、師匠からもらったリボンを使わないのは悪いと思って、ためしに髪型を変えてみたりしました。

 

 ……正直なところ、髪型を変えている姿を見せたりしたら、いよいよ男だと否定できなくなりそうなんだけどね。

 でも、それはボク個人の気持ち。

 せっかくもらったものを、自室の肥やしにはしたくないし、何より、初めての師匠からのプレゼント。肥やしなんかにしたら、申し訳ない。

 なので、二日間だけでも、と思ってためしに別の髪型にしてみました。

 

 前回は試しにツインテールにしてみたんだけど……何と言うか、似合わなかったような気がしてならなかった。

 なんでだろう?

 

 まあでも、未果たちからは可愛いって言われたけど。

 嬉しいと言えば嬉しかったんだけど……やっぱり、複雑だった。

 なので、今日は大人っぽくして見ようかなと思って、サイドアップにしてみました。

 

 季節に合わせて、雪の結晶の飾りが付いたゴムにしてます。結構気に入ってたり。

 ポニーテールは、誕生日会の時にやったけど、サイドアップはやってないからね。

 ボク的には大人っぽく感じたので、これにしてたり。

 

「どういう反応するかなぁ」

 

 ちょっとだけ、反応を楽しみにしつつ、学園へ向かった。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜。あら? 今日は、サイドアップなのね」

「うん。ためしにね。大人っぽく見えるかなーって」

「大人っぽくというより、依桜の場合は、大人しめな印象を受けるな」

「そうね。依桜は、美人や大人っぽいと言うより……可愛いの方面に全振りされちゃってるからね。まあ、だとしても、大人っぽくは感じるわね」

「ほんと? よかったぁ……」

((まあ、それでも、結局は可愛いと言われるだけだと思うけど))

 

 そう言えば、一応身長もちょっとは伸びているみたいだし、できれば160くらいまで伸びてほしい。

 なんてことを、みんなに言ったら、

 

『似合わない』

 

 って、一斉に言われてしまった。

 酷い……。

 ボクって、そんなに身長が高いのは似合わないのかなぁ。

 

「おっはよー! おー? 依桜君、今日はサイドアップなんだ! 可愛いね!」

「これで眼鏡とかかけたら、図書委員っぽいな!」

「なんかわかる気がするわ。意外と、眼鏡似合いそうよね」

「そ、そうかな?」

 

 あんまり似合わないような気がするんだけど。

 

「じゃあ依桜君、これかけてみて?」

 

 と、女委がどこからともなく、眼鏡を取り出し、ボクに手渡してきた。

 

「なんで持ってるの?」

「資料資料! 別に、眼鏡依桜君が見たかったわけじゃないからねー?」

「……」

 

 ……絶対、ボクが眼鏡をかけてる姿が見たかっただけだよね、これ。

 まあいいけど。

 手渡された眼鏡をかける。

 

「ど、どう、かな?」

「か、可愛い……」

「依桜君、依桜君! ちょっとカーディガン着てみて?」

「え? い、いいけど……」

 

 言われた通りに、カーディガンを着る。

 もちろん、学園指定のちゃんとした奴です。ちょっと大きいけど。

 

「え、えっと、これでいいの?」

『か、可愛いぃぃぃ!』

「え、な、なに?」

 

 唐突に、クラスメートのみんなが可愛いと叫び出した。

 ど、どういうことなの?

 

「やばい、依桜の萌え袖に、眼鏡、それからサイドアップ……大人しい図書委員って感じで、すっげえいいな!」

「わかるよ態徒君! あれだね、恥ずかしがり屋の娘って感じだよね! ラブコメ系のマンガやアニメだと、メインヒロインじゃないのに、結構人気が出るタイプの」

「なんかわかる気がするわ。たしかに、今の依桜の髪型だと、すっごい似合ってるわ」

「……これで、元男、というのが、本当に信じられないな」

「あ、あの、みんな……?」

 

 なんか、ボクだけ置いてけぼりをくらっているような気がするんだけど……どういう状況なの? これ。

 萌え袖、ってあれだよね? 大きめのシャツから、手が少しだけ出ている状態のことだよね?

 たしか、女の子になった日に、ちょっとだけしてたけど……。

 

「依桜君お願い! 今日はその状態で過ごして!」

「ど、どうしたの、急に?」

「だって、滅多にこういう姿見れないもん! 少なくとも、冬休みに入っちゃうから、見れる機会ないもん!」

「だ、だったら、冬休み明けでいいと思うんだけど……」

 

 冬休みと言っても、三週間くらいだったはずだし。

 

「こういうのは、最初が一番いいんだよ! 二回目じゃん! 二回目だと、ちょっとインパクト薄れちゃうんだよっ!」

『男女、俺からもお願いだ!』

『俺も!』

『私も!』

「わわっ! み、みんなどうしたの!?」

『だって、今年中に男女が見れるのって、今日が最後じゃん!』

『見納めなんだよ! どうせ、初男女は、椎崎たちが取るだろ!?』

「初男女ってなに!?」

『だって、こっっっっんなに! 癒される人なかなかいないんだもん!』

『そうだよ! 依桜ちゃんの可愛さは世界一ィィィィィィィ!』

『だからこそ、だからこそ! 滅多に見れないレア依桜ちゃんを目に焼き付けておきたいんだよ!』

「な、何を言っているのかわからないんだけど……」

 

 ど、どうしよう。

 なんでみんな、ボクがこの姿でいることを望んでいるの? 別に、髪型を変えて、眼鏡かけて、カーディガンを着ただけだよ?

 ちょっとイメチェンしたくらいだと思うんだけど……。

 

「まあ、なんだ。このままだと、暴動が起きかねないから、その姿でいたほうがいいんじゃないか? 依桜」

「で、でも、晶……」

「いえ、晶の言う通りね。このまま、いつもの依桜に戻したら、暴動が起きて、終業式どころじゃなくなるわ。集団ボイコットよ、ボイコット」

「そ、そこまで!?」

 

 こ、怖いんだけど。

 なんで、ボクが普段の姿に戻っただけで、そこまでのことが起きかねないの? ボク、みんなからどう思われてるの?

 少なくとも、普通の同級生には思われてないよね? 絶対そうだよね?

 で、でも、みんなたしかに、目が血走ってるし……ボクがこの姿でいることで、何も起こらないのなら……

 

「わ、わかったよ。今日はこの姿でいるよ」

『よっしゃああああああああああ!!!』

「そこまで喜ぶことかな!?」

 

 このクラスはよくわからない。

 

 

「……ここまでくると、さすがだな」

「にゃははー。いやぁ、やってみるもんだねぇ」

「……もしかして女委、狙ってた?」

「んーにゃ? 狙ってないよー。……ちょっとしか」

「……本当に、すごいわね、あなた」

「それは、俺も思うよ」

「まあ、可愛いしいいんじゃね?」

「「それは確かに」」

「……お前ら、その内、依桜に殺されるんじゃないか?」

「「「はっはっは! まさか」」」

 

 クラスメート(女子)にもみくちゃにされている中、こんな会話がされていた。

 

 

『生活指導の方から、冬休みの注意点を話してもらいます。では、ミオ先生、お願いします』

 

 え、師匠って、生徒指導の先生だったの!?

 本当に、色々と謎なんだけど。

 というか、一番向いていない役職のような……?

 

「あー、生徒指導課のミオだ。まあ、あたしの方から、冬休みの過ごし方について説明させてもらう。まず、薬物はやるな」

 

 うわぁ、すっごいシンプル……。

 さすが、師匠。

 

「まあ、一応薬物を使って頭がイカレたら、あたしが治してやれるが……そもそも、使うなって話だな。だが、万が一無理矢理摂取させられた場合は、学園に連絡しろ。すぐぶっ潰すから」

 

 いや、おかしい!

 それは、常識的に考えて、教師の人が言わないことですよ!

 そもそも、薬物を使って壊れた脳は治せないから! それを治せる時点でおかしいから!

 ためしに、周囲に耳を傾けてみると、

 

『すげえ、美人な上に治療もできるのか……』

『やっぱ、ミオ先生は、ひと味違うなぁ』

『かっこいい……』

 

 うん。変。

 

 さすが、叡董学園に通っている人たちだよね……おかしいということに気づいていない様子。

 うん。まあ、ハロパの時も、ホログラム技術に誰も疑問を持っていなかったもんね……。多分、あるのが普通だと思っているんだと思うよ、この場合。

 

「次、まあ、事故は起こすなよ。とにかく、事後処理が面倒だ」

 

 たしかにそうですけど、それを堂々と言える師匠はすごいと思います。

 伊達に、百年以上生きていないってことですね。

 

「次、クリスマス、だっけか? 話に聞いたところによると、カップルたちが聖夜ではなく、性夜になるらしいが……あんまり羽目は外すなよ。まあ、年頃だしな。気持ちはわかるが、ほどほどにしろよ」

 

 その瞬間、周囲がざわめいた……というか、なぜか顔を赤くしている人たちが多かった。

 あれ、どう言う意味……?

 聖夜? って、普通にクリスマスの夜のこと、だよね? じゃあ、もう一度言ったほうはどういう意味? うーん?

 まったく意味がわからず、頭を悩ませていた。

 

「じゃあ次な。まあ、当然だが、刃物とか凶器になりそうなものは持つなよ」

 

 なぜか、視線を五つほど感じた。

 

 ……視線は、未果、晶、態徒、女委、学園長先生で間違いないよね。

 

 いや、うん。ボクの場合はその……しょ、職業柄色々と、ね? 何と言うか、持っていないと落ち着かないと言うか……今も、装備してるしね、ナイフ。

 太腿にポーチがあって、そこに入ってたり……ちなみに、バレてません。

 ちょっと前に『擬態』のスキルを手に入れたので、バレることはないです。

 

「最後、SNSの使い方には気を付けろ。絶対に誹謗中傷はするなよ? 言葉は凶器になるからな」

 

 すっごくまともなことを言ってる……。

 師匠、言うことはちゃんと言うからなぁ……それを普段からやっていればいいわけで。

 

「とまあ、以上の四点だ。バイクの免許や車の免許に関しては、ちゃんと申請をしろよ。以上だ」

「ありがとうございました。続いて、学園長先生からお話しをしていただきます。よろしくお願いします」

「生徒の皆さん、こんにちは。まあ、終業式や始業式、卒業式などの学園長の言葉ほどつまらないものはないと思っているので、手身近に。三年生は、受験の最後の追い込みです。推薦で行く人はいいですが、一般入試の人はこの冬休みで最後の追い込みをかけ、合格できるよう頑張ってください。二年生は、今のうちに進路を明確にしておいたほうがいいですね。後々困りますよ。『進路なんてどこでもいいわー』とか言って、人生に絶望した人とか見たことあるので。一年生は……まあ、進級も控えています。三学期で、赤点を取って、進級できなかった、なんてことにならないよう、しっかり予習復習はしてくださいね。では、最後に。……今年のクリスマスは、パーティーというわけではありませんが、ちょっと考えていますので、いい子にしていてくださいね。以上です」

「ありがとうございました」

 

 ……最後、学園長先生がこっちを見たような……?

 ま、まさかね……。

 

「では、二学期の終業式を終わりにします」

 

 

「あ、そう言えば、初詣はどうするの?」

 

 HRが終わった後の教室。

 最後に、冬休みのことを話しておこうということで、こうして話している。

 

「んー、たしかゲームのサービス開始って元日だったわよね? どうするの?」

「たしか、初詣のことを考えて、サービス開始は十五時と聞いたが」

「じゃあ、朝は初詣に行って、その後にゲームって感じかな?」

「多分そうなるんじゃないかな?」

「じゃあ決まりだな! んでもよー、キャラクリとかどうすんだ? たしか、結構弄れたって聞いたんだが」

「たしか、リアルモデルとクリエイトモデルの二種類があったはずね。結構自由度高いらしいわよ」

「そうなんだ」

 

 単語の意味からして、現実ベースと、自分で作るって感じかな?

 

「でも、どうしてキャラクリを訊くんだ?」

「ほら、外見がわからなくなるだろ? だから、誰が誰か、みたいなよ」

「言われてみればそうね。現実とかけ離れたキャラクターを作ってしまったら、わからなくなるわね」

 

 そっか。そういうのもあるんだ。

 一般的なネットゲームと違って、ゲームの世界に直接入って動かすわけだから、チャットとか使えないんだ。

 

「まあ、待ち合わせ場所を指定しておけばいいんじゃないかしら?」

「そうだな。それが無難だろう。もしかすると、他にも方法があるかもしれないしな」

「うん。それじゃあ、それで決まりかな? 初詣の方は……LINNの方でいいよね?」

「だねー。じゃあ、終わりになるかなー? わたし、色々とやることがあってねぇ」

「わかったわ。じゃあ、帰りましょうか」

 

 大まかなことを決めて、ボクたち家路に就いた。

 高校生活最初の冬休み……何があるのかなぁ。

 うん。楽しみ。

 

 ……できれば、何も問題がなければいいんだけど。




 どうも、九十九一です。
 正直、クリスマス系の話をやろうか迷ったんですが……まあ、定番ネタですし、やることにしました。次はクリスマスの話になりますかね。おそらく、2~4話程度で終わると思います。多分ですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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153件目 依桜ちゃんサンタさん1

 十二月二十三日。クリスマスイブの前日のこと。

 

 冬休みに入り、特にやることはなく、普通の休日同様に、家事をして過ごしていました。

 と言っても、始まってまだ二日目なんだけどね。

 

 こういう長期休みじゃないと、ボクはどうも休めないようで、本当にありがたいです。

 毎日毎日、何らかの出来事に巻き込まれるのは、嫌じゃなくても、さすがに疲れてしまいます。主に、精神的に。

 だから、本当に冬休みはありがたいものです。

 

 全力で冬休みを満喫するために、ボクは宿題を配られた時点ですぐに終わらせました。

 多分、どこの高校でもそうだと思うんだけど、冬休み近くなると、授業中に冬休みの宿題が配布されるので、ボクは配布されたその日には、半分ほどを片付けて、次の日に終わらせる、ということをしています。

 そのおかげで、宿題はすべて終わり、身軽な生活になっているわけです。

 

 そうして、さっき言ったように、リビングの掃除をしていると……。

 

『~~~♪』

 

 スマホに着信が入った。

 

 一旦、掃除している手を止めて、ディスプレイに目を落とすと、そこには『学園長先生』の文字が。

 ……どちらかと言えば、出たくない。

 

 学園長先生から電話がかかってきて、いい話だったためしはないもん。全部、大変なことだった気がするもん。

 ……でも、一応通っている学園の長だし……そもそも、電話に出ないのもまずい、よね。

 しかたないので、電話に出ることに。

 

「もしもし」

『あ、もしもし、依桜君? 今ちょっといいかしら?』

「大丈夫ですよ」

『よかった。えーっと、依桜君って、明日予定ある? できれば、一日。それから、今日この後も教えてもらえると助かるわ』

「明日ですか? えーっと、特になかったはずですよ。それと、今日も特にはないです。普通に家事をするだけですし」

 

 毎年、みんなで集まって、何かをするにしても、クリスマス当日だからね。

 今年はどうするんだろう?

 

 正直なところ、誕生日会をやっちゃったせいで、もう一回パーティー? みたいな考えになりかかっている。

 ……まあ、楽しいからいいんだけど。

 

『ならよかった。それじゃあ、今から学園に来てもらえるかしら? あ、私服で構わないわよ』

「わかりました。準備したらすぐに行きますね」

『ありがとう。それじゃ、またあとでね~』

 

 通話終了。

 

 呼び出しがかかったことだし、着替えて学園に行こう。

 掃除は……帰ってきてからでいいかな。やるにしても、ちょっとだけだし。

 こういう時、こまめにやっていると楽だよ。

 あとあと、慌ててやらずに済むし。

 

 なんてことを思いながら、掃除用具を片付けて、自室で着替えてから学園へ行くべく、家を出た。

 

 

 言われた通り、私服で学園へ。

 

 今日はちょっと寒いので、白のブラウスに、黒のロングスカート。それから、黒のダッフルコートに、ニーハイソックスとブーツといった服装です。

 

 もう、スカートに対する抵抗なんてないです。

 これでいいのかな? と思う時はあるけど。

 

 私服で学園にはいるんは、なんだか不思議な気分だけど、ちょっと楽しいかも。

 

 部活動をしている人のために、昇降口は開いており、上履きに履き替えて中へ。

 道中、先生方に『なんで私服なんだ?』って不思議そうに訊かれたけど、普通に学園長先生に呼び出されたからと答えると、納得してくれた。

 すれ違う先生方や、部活動見学に来ている中学生、それから、練習試合のために来た他校の生徒さんとすれ違いざまに挨拶をしながら、学園長先生へ。

 

 もう何度やっているんだろう、と思いながら、扉をノック。

 

『どうぞ』

 

 そして、いつもの学園長先生の反応を聞いてから、ボクは中へ入る。

 

「失礼します」

「あら、依桜君。冬休みなのに、呼び出しちゃってごめんね」

「いえ、家事をしていただけなので、大丈夫です。それで、今回はなんで呼ばれたんでしょうか?」

「明日、明後日が何の日か知ってる?」

「と、唐突ですね。……えーっと、明日はイエスキリストの降誕祭の前夜祭で、次の日が降誕祭ですよね?」

「たしかにそうだけど……いや、そう言うことじゃなくてね? 世間一般でのことを訊いたんだけど」

「あ、そっちですか。えっと、クリスマスイブとクリスマスですね」

「そうよ。……まさか、意味の方で答えを返されるとは思わなかったわ。依桜君、天然?」

「晶たちには、前に言われましたけど……」

「……近くにいる人がそう言うんだから、天然なのね」

 

 ボクって天然なの?

 別に、天然じゃないと思うんだけど……。

 

「まあいいわ。それでね、依桜君。冬休みに入る前に、学園でアンケートを取ったことを覚えてる?」

「はい。内容は確か、学園の過ごしやすさや、設備に関してでしたよね?」

「そうね。じゃあ、最後の質問は?」

「最後? えーっと、たしか……欲しいもの、でしたっけ?」

「そうそう。あれね、みんなにはよくわからない質問として映ったかもしれないけど、結構大真面目な内容だったのよ」

「え、そうなんですか?」

 

 なぜか、学園に関することを訊いているから、なんとなくで追加された項目なのかと思ってたけど……。

 

「依桜君って、サンタクロースは知っているわよね?」

「はい。サンタさんですよね? 毎年、プレゼントを置いてくれてる……」

「そ。今回ね、私はあのアンケートを基に、生徒全員にプレゼントを配りたいと思っているの」

「…………は、はいぃぃぃ!?」

 

 ちょ、ちょっと待って? 今この人、生徒全員って言った?

 40×7×3の人数だよ? 八百四十人だよ?

 

「ほ、本気、なんですか?」

「本気も本気。高校生と言えど、まだ子供。なら、学園の長として、クリスマスプレゼントを上げなくては! って思ってね」

「思ってね、じゃないですよ! 全員分って、八百四十人ですよ!? 大丈夫なんですか!?」

「問題なーしよ。私の財力はすごいわよー。学園経営に会社経営だからね」

 

 ……そうだった。

 考えてみれば、VRゲームを作っちゃうほどの財力を持っているし、そもそも、異世界転移装置なんてものを創っちゃうレベルだった。

 そう考えると、かなりお金を持っていてもおかしくない……むしろ、無い方がおかしい、のかな?

 

「でも、これってサプライズなんですよね? 生徒のボクに言ったら意味がないんじゃ……?」

「普通ならね。ほら、やっぱりサンタクロースは必要でしょ?」

「え? サンタさんっているんじゃないんですか?」

「え?」

「え?」

 

 顔を見合わせて、お互いに首を傾げる。

 

「え、もしかして依桜君……サンタクロースがいると思ってる?」

「はい!」

「……あ、うん。オーケーオーケー」

 

 なにがオーケーなんだろう?

 え、サンタさんっているよね? だって、毎年枕元にプレゼントを置いて行ってるし……。も、もしかして……

 

「さ、サンタさんっていないん、ですか……?」

「い、いえいえいえ! い、いるわよ!? 毎年、大忙しで、世界中をビュンビュン飛び回ってるわよ!?」

「そ、そうなんですね。よ、よかったぁ……」

 

 学園長先生の様子から、もしかしてサンタさんはいないの? と思ってしまったけど、よかったいるみたいだね。

 

「……ど、どうしよう。依桜君が、純度がとんでもなく高いピュアなんだけど……」

「? 学園長先生、何か言いました?」

「な、なんでもないわ! えー、こほん。それで話を戻すとね。サンタさんとは別件で、依桜君にプレゼントを配ってもらいたいのよ」

「え、ぼ、ボクが、ですか?」

「ええ」

「ぜ、全員……?」

「全員」

「ほ、本気で……?」

「本気と書いてマジよ」

 

 なんて、冗談のように言っている言葉は、全く冗談に聞こえず、本気だった。

 

「……む、むむむむ無理ですよぉっ! 何考えてるんですかぁ!」

「プレゼント企画」

「そう言う意味じゃなくてっ! 八百三十九人も一人じゃ無理ですよ!」

「大丈夫!」

「何がですか!?」

「ミオにどうにかしてほしいって頼んであるから」

「し、師匠に……?」

 

 ど、どういうこと?

 そもそも、一人で八百三十九人分のプレゼントを配るなんて、正気の沙汰じゃないよね?

 

「と、というより、何時からやるんですか……?」

「夜の九時ね」

「せ、制限時間は?」

「うーん……できれば、朝の六時までかしらね」

「九時間……」

 

 そうなると、一人につき、約一分半。

 ……無理じゃない?

 

「安心して。別に、一人でやるわけじゃないから」

「一人じゃない……?」

「ええ。あーでも、実質的には一人なのかしらね?」

「えーと、どういう言う意味ですか……?」

「とりあえず、ミオを呼ぶわね」

「師匠が来てるんですか?」

「もちろん。さっき、ミオにどうにかしてほしいって頼んである、って言ったでしょ? ミオ! 入ってきてー!」

 

 と、学園長先生が師匠を呼ぶと、

 

「時間か?」

 

 窓から師匠が入ってきた。

 って、

 

「し、師匠!? なんで窓から入ってきてるんですか!?」

 

 たしかここって、四階じゃなかったっけ!?

 しかも、どこにも上れるような場所ないよね? ベランダがあるけど、ここの部屋にはないよね?

 いや、ボクも学園祭の時に、つい我を忘れてやっちゃったけど。

 

「気にするな。暗殺者としての性だ」

「い、嫌な性ですね」

「んなことはどうでもいい。よし、依桜。ちょっと空き教室に行くぞ」

「空き教室? えーっと、一体何をするんですか……?」

 

 なぜかはわからないけど、空き教室という単語に、そこはかとなく不安を感じる。

 というか、師匠が笑顔を浮かべている時点で、あまりいいことが起こる気配じゃないよね?

 この場合の師匠は、ボクが困るような何か。

 

「気にするな。まあ、あれだ。……ちょっと、お前にスキルを習得させようと思ってな」

「す、スキル、ですか?」

「ああ。あとついでに、前教えると言っておいて、全然教えてなかった『アイテムボックス』だな。まあ、こっちも今回必要になりそうだったからていう理由だが」

「ほ、ほんとですか!?」

「ああ」

 

 やった! 念願の『アイテムボックス』を覚えられる!

 暗殺者的には、絶対に欲しいものだったんだけどね……。

 だって、暗器とか持ちすぎるとかさばるんだもん……。

 だから、仕事に合わせて持って行ってたよ。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

「はい♪」

「それじゃ、一時間後くらいにここに戻ってきてね」

「わかりました!」

「ああ。……それじゃ、行くぞ、依桜」

「はい!」

 

 ついに『アイテムボックス』を覚えられるとあって、気分はウキウキです。

 これで、いついかなる時でも武器を収納しておけるよ。

 

 と、そう楽観的に考えていたボクが馬鹿でした。

 そもそも、スキルを習得させる、と言っていた時点で、思い出すべきだったんです。

 あの、美天杯での悪夢を……。

 

 

「よし」

「……あ、あの、師匠? スキルを習得するだけ、なんですよね……?」

「ああ。そうだが?」

「な、なんで結界を……?」

 

 空き教室に入るなり、なぜか師匠が結界を張っていた。

 なぜ結界を張るのかわからない。いや、どちらかと言えばわかりたくない。

 

「当然、お前の声が漏れないようにするためだな」

「こ、声……?」

「よし、じゃあ始めるぞ。今回、お前に習得してもらうスキルと魔法は、『分身体』と『アイテムボックス』の二つだ。まあ、正直この二つはあってもいいだろうと思ったから、習得させる。そして、習得方法は……『感覚共鳴』だ」

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

 『感覚共鳴』での習得と聞いて、ボクは迷わず教室から出ようとした。

 しかし、

 

「あ、あれ!? 鍵が開いてるのに開かない!?」

 

 なぜか教室のドアがびくともしなかった。

 結構本気で力を入れているのに、全く動かない。

 

「甘いぞ、弟子よ。お前の行動なぞ、わかり切っていることだ。さあ、習得を始めようじゃないか……」

 

 にやりと、口を三日月のような形にしながら迫ってくる師匠は、ボクの目には邪悪に映った。

 後ずさろうにも、すでに壁際。もうすでに、どこにも逃げ場はなかった。

 

「二回目だ。きっと慣れてるさ!」

「ま、待って! 待ってください! あ、あれだけは……あれだけは、嫌なんですよぉ! あ、ちょっ、まっ……いやあああああああああああああっっっ!」

 

 この後、腰が砕けて、ボクが動けなくなったのは言うまでもないです……。

 あぅ……もういやぁ……。




 どうも、九十九一です。
 未だに依桜はサンタクロースを信じていたりします。これ、リアルだったら相当痛いんじゃないだろうか……? ま、いっか。小説だし。
 あ、以前イラストを描いていただいた、Krytennさんから、再びイラストをいただきました!
 挿絵を入れておきますので、よろしければ、見てあげてください!

【挿絵表示】

 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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154件目 依桜ちゃんサンタさん2

「う、うぅ……い、嫌だ、って、言った、のにぃ……うっ、うぅ……」

「いや、だって手っ取り早く習得させるのには、これが一番なんだよ」

「そ、うで、すけどぉ……」

 

 習得後。

 ボクはやっぱり、泣いていた。

 

 ……女の子になってからというもの、泣いている頻度が高くなったような気がしてならない。心は男なので、なんとも複雑。

 

 でも、今回に関しては仕方がないような気がしてならないです。

 だって、体育祭の時にも、いきなりこれをやられたんですよ……?

 あの時は、感じたことのない感覚に恐怖しました。

 

 自分が自分でなくなるような気がしてならなかったし……。

 今回も、痛いのに痛みとは違った何かが体中を巡って、本当に大変だった。

 あれは、なんて言えばいいのかわからない……。

 

「ま、時間もないことだし……『レスト』」

 

 床に倒れこんでいるボクに、師匠が以前ボクにかけた、疲労回復の魔法を使ってきた。

 その魔法によって、体に残っていた疲労はすべてなくなる。

 ……変な感じの方は、微妙に残っている気がするけど。

 

「さて、これでお前は『アイテムボックス』と『分身体』を覚えたはずだ。どうだ、使えるか?」

「は、はい、試してみます」

 

 まずは、『分身体』を使ってみる。

 試しなので、とりあえず一人ということで、スキルを使用すると……

 

「「わ、増えた」」

 

 ボクが二人になった。

 そして気付いたのは、このスキル、どうやら『身体強化』と同じく、魔力を使用するタイプのようだ。

 ということは、魔法よりなのかな? これ。

 とりあえず、使えることはわかったので、『分身体』のボクを消す。

 

「よし、『分身体』は使えてるな。お前の魔力量で考えると……本気でやって千人くらいだな」

「せ、千人もですか!?」

「まあな。ちなみに、あたしの場合だと……お前の五倍以上はあると思ってくれ」

「ご、ごばっ……」

 

 ということは師匠。ボクの五倍以上の魔力を持ってるってことだよね……?

 以前、三百年も生きた魔法使いがいる、って師匠が言っていたけど、思いっきり師匠はそれを超えようとしているよね?

 しかも、神気もあることによって、かなり伸びているだろうし……。

 

「次、『アイテムボックス』だな。『アイテムボックス』の発動方法は、特にない。こいつはちょっと特殊でな、あたしらがよく使用している『武器生成』があるだろ? ああいうのとは違って、いちいち魔法名を言わなくてもいい。だから、とりあえず頭の中で使いたいと思えば使える」

「なるほど。そうなんですね。じゃあ試しに……」

 

 なんとなく、開け、とイメージしてみたところ、目の前の空間が揺らぎだした。

 何と言うか、波紋が広がっているような感じ?

 なんとなく、そこに頭を入れてみると……。

 

「ひ、広―い……」

 

 中には、ものすごく広大な空間が広がっていた。

 

「ん? ちょっと待てイオ」

 

 いきなり師匠に呼ばれたので、顔を空間の中から出す。

 

「えっと、どうしたんですか?」

「お前……なんで、『アイテムボックス』に顔突っ込めるの?」

「え? これ、師匠はできないんですか?」

「ああ。……じゃあ、試しにやって見せるから見てろ」

 

 と言うと、師匠は『アイテムボックス』に頭を入れようとして……途中で止まった。

 

「な? 本来ならこうだ。イオ。もう一度、頭を入れてみてくれ」

「わ、わかりました」

 

 再び『アイテムボックス』を使用し、頭を入れる。

 やっぱり、ものすごく広い空間が広がっていた。

 

 白っぽいような世界で、光が満ちている。だけど、決して眩しいわけではなく、何と言うか、温かいと言うか、包み込む様な優しさがあると言うか……。

 なぜかすごく落ち着くし、ちょっと懐かしく感じる……。

 

 ……あれ? かなり遠くに、何か見える様な……?

 気のせい、かな。

 

「イオ。ちょっとそのまま『アイテムボックス』を維持していてくれ」

「は、はい」

 

 言われた通り、維持する。

 すると、師匠がアイテムボックスに頭を入れようとしたら……すっぽり入った。

 

「ん、んー? おかしいな……たしかに、『アイテムボックス』だと思うんだが……生物が入れるとなると、おかしいな。いや、まあいい。イオ。試しに何か収納してみせてくれ」

「はい」

 

 ボクと師匠は一旦空間から頭を出す。

 でも、何を入れようか……あ、どうせなら太腿の……あったあった。

 

「じゃあこれで」

「お、ナイフを持ち歩いているのか。感心だぞ、我が弟子」

「あ、あはは……」

 

 普通は、ナイフを持っていると怒られるんだけどね……やっぱり、暗殺者の人は、普通の人とは違う思考回路みたいです。

 と言っても、ボクの場合は、護身用と言う意味なんですけどね。

 

 銃弾が飛んできた場合、素手だとちょっと厳しくて……。

 一応、掴めないことはないんですよ。

 でも、銃弾って回転しているから痛そうで……。

 なので、ナイフで弾いたほうが早いかなって。

 それ以外だと、単純にあると便利ってだけです。

 ともあれ、いつも持ち歩いているナイフをポーチから一本取り出し、中に入れる。

 

「入れました」

「そしたら、ボックスと一旦閉じて、再度開け」

「わかりました」

 

 言われた通り、一度閉めて、再び発動させる。

 

「取り出すとき、頭の中で思ったものが取り出せるから、探す必要はないからな」

「わかりました。えーっと……あ、ありました!」

 

 頭の中でイメージしたら、手に何か出現し、触り慣れた感触が手に発生して、手を引き抜くと、そこにはナイフが。

 

「よし、成功だな。……まあ、なぜか『アイテムボックス』の中に入れる、というおかしな状況になっているが」

「や、やっぱり、変なんですか?」

「変」

「そ、そうなんですか……」

「と言うか、『アイテムボックス』の中に入れる、なんて聞いたこともないし、そもそも歴史上なかったはずだ。明らかに、特異なものと言える。つーか、入れられても手だけだからな。まあ、全身入れれば、避難場所として使用できるだろう」

「な、なるほど……」

 

 普通は入れない……。しかも、師匠の言い方だと、明らかにボクだけ、だよね?

 あ、あれ? なんで魔王を倒して、異世界から帰ってきた後に、こんなおかしなことが発覚するの?

 

 と言うか、もしかするとこれ……結構チート的な能力なんじゃ……?

 ……ちょっと試しに、全身入れてみよう。

 

「おい、イオ。一体何を……」

「ちょっと中に入ってみようかなって」

「……そうか。ま、そう言う確認は大事だ。試しておけ」

「はい」

 

 とりあえず、そのまま頭から入ってみる。

 すると、突っかかることなく、するりと入り込んだ。

 

 中に入ると、てっきり落下するのかなと思っていたら、落下することはなく、宙に浮いていた。

 とりあえず、そこに留まるのではなく、動き回ってみる。

 浮いているから、どうやって動くのかなと思ったけど、水中を泳ぐような感覚で体を動かすと、普通に進んだ。

 なので、適当に動き回ってみる。

 

 動き回っていると、底の方に何やら建物が見えた。

 見たところ、普通の一軒家みたいだけど……

 

「って、建物?」

 

 あれ、おかしくない? なんで家があるの? ボク、まだ何も入れてないよ? いや、そもそもの話、家なんて入れられるの? 『アイテムボックス』って。

 

「と、とりあえず中に入ろう」

 

 家があることに戸惑いを覚えたけど、ここは中に入って確かめたほうがいいと思い、中へ。

 ドアを開けて中に入ると、

 

「あれ、重力がある」

 

 中には重力があった。

 どうやら、この家の中では無重力状態は維持されないらしく、外と同じような感じみたい。

 それはそれとして、家の中を進み、リビングと思し場所に出る。

 

「えーっと、あるのはタンス、クローゼット、ベッド、キッチン……それに、冷蔵庫もある」

 

 少なくともリビングにはこれらがあった。

 家の中を見て回ると、部屋がいくつかあり、トイレにお風呂まであった。

 

「……え、住めるんだけど」

 

 なんでこんなものがボクの『アイテムボックス』にあるの?

 師匠が言うには、『アイテムボックス』には、手しか入れられないって言ってたよね? それに、物をしまうだけなんだよね、この魔法は。

 ど、どういうこと……?

 

「い、一度師匠のところに戻ろう」

 

 考えてもわからないことは、一旦保留にし、師匠のところに戻ることにした。

 

 

「師匠、戻りました」

「ん、おかえり。で? どんな感じだった?」

「えーっと、一言で言いますと……住めます」

「住めるってなんだ!?」

「いえ、なぜか底の方に家が一軒ありまして……」

「家!? 待て待て待て待て! 家? マジで? 本当に家があるのか?」

「はい。家があります。しかも、生活に必要な家具も一式」

「お、おかしいな……ちょっと見てきてもいいか?」

「どうぞ。開けたまま維持しておきますので」

「ありがとな」

 

 そう言って、師匠は『アイテムボックス』の中へ入っていく。

 そして数分後。

 師匠が出てきた。

 

「どうでした?」

「す、すげぇ……マジ羨ましい」

「そ、そこまでですか?」

「当然だ! なんとなく冷蔵庫を開けたら、食べ物が入っていたぞ? しかも、酒が飲みたいと思ったら、マジで酒が出てきた」

「お、お酒? 出てきた? ……そう言えば、さっき魔力が減ったような……?」

「ほう? となると、無いものを出現させると、『アイテムボックス』を使用している奴の魔力が使用されるってことか? ということは、マジで暮らせるわけか、あの中で」

 

 大発見。『アイテムボックス』の中で住めます。

 

 ……いや、おかしくない?

 

 だって、物語の中だと、生物は入れないって言う設定があるよね? 死体は入っても、生きている生き物は入れないって言う設定があったよね?

 なんで、そこはテンプレートじゃないですか?

 

「まあいいじゃないか。少なくともこれで、お前は避難場所を得られたわけだ」

「う、嬉しいような、嬉しくないような……?」

 

 あ、でも、災害とか起こった時、ボクの近くに未果たちがいた場合、底に避難させることで助けられるって言うことでもあるのかな?

 

「しっかし、本当に謎だな、お前」

「あ、あはは……ボクもよくわからないです」

「……まあいいか。とりあえず、エイコのところに戻るぞ。さすがに、これはあたしにもよくわからん」

「わ、わかりました」

 

 師匠でもわからないって……本当に、ボクの『アイテムボックス』ってなに?

 

 

 空き教室から学園長室に戻り、今度はノックをせずに入る。と言うか、師匠がノックをせずに入ったためです。

 

「おかえりなさい。……その様子だと、問題なかったみたいね」

「いや、問題なしというよりか……謎が深まった」

「謎? ……まあいいでしょう。さて、依桜君の方も問題なしかしら?」

「ない、と言えばないです。……ちょっと嫌なことはありましたが」

 

 できれば、『感覚共鳴』を用いた習得はもうしたくないです……。

 

「嫌なことねぇ? まあいいわ。とりあえず、依桜君が分身できるようになったので、これでプレゼント配りができるわね!」

「って、結局やるんですか!?」

「当然よ! と言うか、そのためにミオに相談したんだから」

「あなたが元凶ですか!」

 

 今回もこの人が元凶だったよ!

 いや、今わかったように言ってるけど、今までのこと全部、この人が元凶だし、今回の件だって、いきなりサンタさんをやれ、って言われたようなものだよね?

 そんなことを言わなければ、さっきのような状況にならなかったと思うんだけど。

 

「まあいいじゃないのー。おかげで、いいものを手に入れたわけだし?」

「いえ、正直なくても、日常生活には困らないので、そこまでいいものじゃないと思います」

「アアァ? てめえ、あたしがせっかく教えてやったものを、いいものじゃないだぁ? 今度は、あたしが持っているすべての能力、スキル、魔法を『感覚共鳴』で習得させてやろうか? お?」

「すみませんでした! それだけは……それだけはやめてください!」

「ふん。わかればいいんだよ」

 

 うぅ、やっぱり理不尽だよぉ、この人……。

 

「まあそれはそれとして……依桜君、サンタクロースは引き受けてくれるのよね?」

「……拒否権は?」

「ないです」

 

 そんなにっこりに笑顔で言われても……。

 前門の学園長先生後門の師匠。

 ……に、逃げられる気がしない……。

 

「わ、わかりましたよぉ……。やります。やればいいんですよね……」

「ありがとう! それじゃあ、はいこれ」

 

 ボクが了承したことに、嬉々として何かを取り出し、机に置く。

 置かれたのは、包み。しかも、三つある。

 

「えっと、これは?」

「サンタコスだよ、サンタコス」

「さ、サンタさんの?」

「そうそう。やっぱり、サンタクロースはちゃんとあの衣装を着ないとね!」

「それはわかりますけど……なんで、三つあるんですか?」

「だって依桜君。小さくなったりするじゃない。普通のロリになったり、ケモロリっ娘になったり……前もって用意しておけば、必ずやってもらえるわけよ!」

「そ、そうですか……」

 

 最近、ボクの衣装を他人が用意する場合、前もって三つ渡されるんだけど……もしかして、先手? できないなんてことが起こらないようにするため先手?

 ほ、本気すぎない……?

 

「ま、これで大丈夫ね! とりあえず、明日のことを言うわね。まず、配り始めは夜の九時。制限時間は、次の日の朝六時。正直、高校生だったら補導されるんだけど……まあ、依桜君だし、大丈夫よね!」

「いや、大丈夫じゃないですよ!?」

 

 補導って、普通はされちゃいけないやつだからね!?

 やむを得ない事情があって家出した、という理由ならわざと補導される、なんて方法があるけど、それ以外は普通にダメだから!

 

「そもそも、能力とか使うんだから、バレないでしょ?」

「そ、そうですけど……」

「依桜君なら、全然問題なくこなせるんでしょ? ミオ」

「当然だな。むしろ、できなきゃ、また一年やり直しだな」

「それは嫌です!」

「なら、やれ」

「はい!」

 

 ……師匠には逆らえないよぉ……。

 というか、また一年やり直すのは絶対に嫌だ。

 もし、あの一年を再びやり直すことになったら、死んだほうがマシです。

 

「はい、じゃあ次ね。配るのは、学園生全員。当然家に入るわけだけど……まあ、大丈夫でしょう。魔法で鍵開けくらいはできるでしょ?」

「ま、まあ、風魔法を使えばできますけど……」

「ならよし。一応不法侵入だけど、すでに学園生には通達してるから。学園(ゆかり)のサンタクロースが来るって」

「用意周到ですね!?」

 

 というか、学園縁のサンタさんってなに!?

 

「当たり前じゃない。まがいなりにも、生徒を不法侵入させるのよ? まあ、依桜君ならバレても可愛いから、で許されそうだけどね」

「さ、さすがにそれは……」

「というか、学園にいる八割の人がファンクラブに入っているし、残りにの二割だって、依桜君のことが好きだしね。そもそも、この学園に依桜君を嫌う人はいないわよ」

「そ、そんなまさか……」

 

 さすがに、嫌っている人がいないはないと思うんだけど……。

 例えば、ボクのことが気に食わない女の子がいて、いじめてくるかもしれないし……。

 

「そのまさかね。ミオ、依桜君に対する感情ってどうなってる?」

「そうだな……最低でも、好きの部類だ」

「す、すすすす好きって……!」

 

 師匠が言うなら本当、だよね? こんなつまらないことで嘘を吐かれても困るし……。で、でも見間違えの可能性も……。

 だ、だけど、本当だとしたら、すっごく嬉しいけど恥ずかしいぃ……。

 

「あら、顔が真っ赤。可愛いわね。……っと、脱線したわ。とりあえず、不法侵入がバレても問題なし。通達があります。プレゼントのリストが書かれた紙は明日渡します。同時に、プレゼントも明日渡すので、収納しておいてね。だから、そうね……昼三時くらいに来てもらえればいいわよ」

「わ、わかりました……」

「あ、もちろん夜ご飯は御馳走するから、安心してね?」

「安心できるような、できないような……」

 

 そもそも、深夜帯に外を駆け回ることが自体がすでに安心できないんだよね……。

 

「それじゃ、よろしくね、依桜君!」

「頑張れよ、イオ」

「は、はい……」

 

 ……この時ボクは思いました。

 ボクって、押しに弱いのかなぁ、って。

 ……明日は忙しくなりそうだよ。




 どうも、九十九一です。
 このクリスマスの話は多分、4話くらいで終わると思います。多分。
 まあ、別に長めにしちゃっても問題ないですけどね。……まだ、ゲームの話について、ほっとんど考えてませんし。
 考えなきゃ、考えなきゃ、とは思うんですけどね……なかなか思いつかず。
 最悪の場合、一日休んで、その日に考えるって手もありますが、まあやらないでしょう。本当にやばくなったら使いますので、あらかじめご了承ください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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155件目 依桜ちゃんサンタさん3

 学園長先生との打ち合わせも終わり、家に帰宅。

 幸いにも、早めに終わったので、掃除を続行。

 あとは掃除機をかけて、キッチンを軽く掃除するだけでよかったので、そこまで時間がかからなかった。

 

 冬休みなどの長期休みは、平日、父さんや母さんがいない場合の方が圧倒的に多い。

 そういえば、二人がどんな仕事をしているのか知らなかったり……。

 気になりはするけど、別にいいかなと思って放置している。

 

「……そう言えば、師匠が『アイテムボックス』内で、欲しいものを念じたら、ボクの魔力と引き換えに出現した、って言ってたよね?」

 

 これって、手を入れただけでも出せるのかな?

 

「もしそうならこれ……お金必要なくなるよね?」

 

 少なくとも、生活に不自由はなくなると思うんだけど……ま、まあ試しに。

 

「えーっと……あ、そう言えばスポンジがもうダメだった気がするし、スポンジでいいかな」

 

 試しにスポンジを出してみようと思い、『アイテムボックス』を発動。

 そこに手を入れて、スポンジが欲しいと念じると、

 

「あ、出た」

 

 僅かに魔力が減少し、スポンジが現れた。

 

「……これ、本当に『アイテムボックス』なの?」

 

 なんか、全くの別物な気がしてならないんだけど……。

 少なくとも、無いものを生成する、なんて力はなかったよね? 『アイテムボックス』に。

 

 向こうの世界で過ごしている時、ボクの知り合いに『アイテムボックス』の魔法を持っていた人がいたけど、その人も元から入れている物だけしか取り出せてなかったし……。師匠だって、そもそもは入れてなかったよね?

 

 ……じゃあ、ボクの『アイテムボックス』って、なに?

 本当に『アイテムボックス』なの? これ。

 無いものを魔力で生成しちゃってるよね?

 

「う、うーん……と、とりあえず、よほど切羽詰まった時じゃない限りは、使わないようにしよう。悪い癖が付いちゃうかもしれないし」

 

 だって、お金が必要なくなるんだよ?

 さすがに、ね?

 

 少なくとも、着ている服が予期せぬ事態でなくなってしまった、とかだったら使うけど、洗剤を切らした、醤油を切らした、みたいな場合は使わないようにしよう。

 

 ……ボクに、これを平気で使える度胸はないです。

 

「とりあえず、このスポンジは有効活用させてもらおう」

 

 活用と言っても、食器を洗うためにしか使わないんだけどね。

 

「さて、そろそろ夜ご飯の支度をしちゃおうかな」

 

 あらかじめ仕込みをしておけば、少しは楽ができるし、もっと美味しく作れるからね。

 

「えーっと、今日は……カレイの煮つけと、味噌汁。あとは……サラダかな」

 

 なるべくバランスは考えないといけないからね。

 せめて、料理をするんだったら、食べる人の健康も考えないと。

 ……そう言えば、父さんが最近、血圧が高くなってきた、とか言っていた気が……。

 

「塩分控えめ、かな」

 

 健康にも気を配らないとね。

 

 

 仕込みを終え、少し休憩を取ってから、再びキッチンへ。

 

 あ、当然ですがエプロンは着けてます。

 服を汚したりしたらまずいからね。ちょっと高いし……。

 そんなこんなで、特に問題もなく、料理を作り終える頃には、父さんと母さんが返って来て、夜ご飯となった。

 

 夜ご飯を食べ終えると、あらかじめ沸かしておいたお風呂に入り、自室へ。

 

「ん……また、眠気が……」

 

 突然、いつぞやの強烈な睡魔に襲われた。

 最近気づいたことがある。

 おそらくだけど、この強烈な睡魔が発生するときは、体が変化する前兆なんじゃないかなって。

 ボクが女の子になる前日だって、抗いがたい強烈な睡魔に襲われたし、小さな姿になった時も、最初の時は除き、全部異常なほどに眠くなっていた。

 そして、今回も同じような眠気が。

 

「うっ、もう……だ、め………」

 

 何とか抗おうとしたものの、全然ダメだった。

 結局、その睡魔に負けて、ボクは深い眠りについた。

 

 

 そして、翌朝。

 

「……ん、ん~ぅ……ひくちっ! うぅ、さむぃ……」

 

 朝目が覚めると、すっごく寒かった。

 妙にスースーすると言うか……。

 

 寝ぼけまなこで、状況を確認。

 辺りを見回すと、着ていたはずのパジャマが散乱していた。

 

 と、同時に頭部とお尻の辺りに、何やら延長された感覚がある……って、まさか!

 まだ眠く、ぼやけていた意識が、一気に覚醒。

 跳ね起きるようにして、姿見の前へ。

 そこに映っていたのは……

 

「み、みみとしっぽが……」

 

 ハロパの時と同じ、狼の耳と尻尾が生えた小さな女の子の姿だった。

 

「う、うそぉ……」

 

 まさか、またこの姿になるなんて……。

 というか、よりにもよって、なんでこの姿なんだろう……?

 

「……はぁ。しょうがない、よね。とりあえず、きがえよう……」

 

 もう慣れたもので、以前ほど取り乱さず、冷静になっていた。

 ……というより、諦めに近いかもしれないけど。

 

 

 とりあえず、一旦着替えてリビングへ。

 

「おはよー……」

「おはよう、依桜……って、きゃああああああああ!」

「むぎゅっ」

 

 リビングに入ってきたボクを見るなり、母さんがボクに抱き着いてきた。

 

「んっ~~~! んむぅ! むぐー!」

 

 く、苦しい……。

 いきなりのことで、母さんの抱擁を躱すことができず、されるがままになってしまう。

 その際、思いっきり抱きしめられたことで、息ができず苦しくなる。

 わたわたと体を動かし、なんとか母さんにボクの状況を伝えるも……

 

「可愛い可愛い! まさか、ケモロリっ娘依桜をまた拝めるなんてぇ! やっぱり、うちの娘最っっっ高! ふぁあああああああ! クンカクンカすーはーすーはー!」

 

 な、なんか匂いを嗅ぎだしてない!? 大丈夫!? これ、本当に母親!?

 と、というか、息、息が……

 

「ん、んむぅ……」

 

 あ、力が抜け……。

 

「あ! ご、ごめんなさい!」

「ぷはっ! はぁっ、はぁっ……か、かあさんっ、く、くるしい、よ……はぁっ、はぁっ……」

 

 あ、空気が美味しい……。

 なんだか、久しぶりに空気を吸った気がするよ……。

 空気のありがたみを感じつつ、深呼吸。

 

「まったくもぉ……しんじゃうかとおもったよ……」

「ごめんなさいね。つい、テンション余って……てへ☆」

「……てへって……あの、かあさん。すこしは、としを、ね?」

「あら。私はまだまだ若いわよ?」

「た、たしかに、かあさんはわかいけど……」

 

 実際、二十代くらいに間違えられるもん。

 ボクだって、贔屓目を抜きにしても、それくらい若いと思ってる。

 ……だけど、実年齢はその……よ――

 

「依桜。今、変なことを考えなかったぁ?」

「か、かんがえてないです!」

「……次、変なことを考えてたら、抱きしめの刑に処す」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 怖いよぉ……。

 母さんと言い、師匠と言い……身内の大人の女性は、みんな怖いです……。

 

「もぉ、失礼しちゃうわ」

「……」

 

 思っていたことを察知するのって、女の人に標準装備されてるのかなぁ。

 

「んふふー。依桜のケモロリっ娘はいいわぁ……やっぱり、最高よねぇ……」

「そ、そんなにいいものじゃないとおもうけど……」

「いいえ、依桜の可愛さは世界一よ! いや、銀河一ね!」

「おおげさじゃない!?」

「いえいえ。だって、依桜の可愛さなら、男女関係なく落とせそうだもの」

「おとすってなに……?」

「色々よー。さ、朝ご飯できてるわよー」

「あ、うん」

 

 ……女の子になってからというもの、両親が過保護になったような気がしてなりません。

 

 

 朝食を食べた後は、溜まっていた洗濯物を消化。

 

 今日は師匠はお休みとのことらしく、ボクの『アイテムボックス』内にてお休み中です。

 なんで、ボクの『アイテムボックス』の中なのか尋ねたら、

 

『ものすっごい、過ごしやすいから』

 

 だそうです。

 

 たしかに、中の環境はとてもちょうどよく、過ごしやすい。

 

 寒すぎず、暑すぎない、絶妙なバランスで保たれていて、秋くらいの過ごしやすさ。

 それに目を付けた師匠が、試しに中でお休み中というわけです。

 出たくなったら、『感覚共鳴』が届くらしいので、気長に待つ。

 

 洗濯が終わった洋服などをベランダに干し、それも終わると、

 

『イオ、そろそろ出るから、開けてくれ』

 

 という、師匠の声が聞こえてきたので、了承してから『アイテムボックス』を開く。

 開いてから数十秒もしないで、師匠が出てきた。

 

「いやー、マジであの中は快適だ……な?」

「おはようございます、ししょう」

 

 ぺこりと頭下げて、笑顔で師匠に挨拶。

 顔を上げると、ポカーンとした師匠が。

 

「あ、あの……」

「い、イオ?」

「はい、そうですけど……」

「いやいやいやいや! お前、なんで亜人族と同じ姿なになってんだよ!?」

「え? あ、そういえば、ししょうははじめてでしたっけ」

 

 思い出してみれば、ボクがこの姿になったのは、ハロパの時だけだったもんね。

 体育祭の時は、通常の小さな女の子だったし。

 ……そもそも、普通の人は小さくならないから、通常も何もあったものじゃないけどね!

 

「え、なに? お前その姿になったことあんの?」

「はい。……というか、こうなったのって、かうじゅのしっぱいによる、ふくさようですよ?」

「……あ、あーあー、そう言えば言ってたな、亜人族のような姿になるって」

「こんかいは、それです」

「なるほどな。……にしても、お前、マジで可愛いな」

「ふぇ!?」

 

 不意打ちの一言だったので、思わず顔が真っ赤に。

 

「……女でいることが、板についてきたな。つーか、やっぱ違和感だよなぁ、お前」

「え、それは、おんなのこでいることがですか?」

 

 と、師匠が言う違和感に対し、ちょっと期待したようにそう尋ねるも、

 

「いや、お前が最初は男だったことにだ」

「……そですか」

 

 すぐに否定された。

 

「お前、あたしと暮らしてる時だって、無駄に女っぽいところがあったしな。あたし的にはこう……一度女として生まれて、その直後に男になり、呪いによって元に戻った、見たいに感じる」

「いやいやいや、ボクってもともとこのせかいのしゅっしんですよ? それに、うまれてすぐにせいべつがかわることはないです」

 

 ファンタジーじゃないんですし。

 ……いやでも、この世界も割とファンタジーであふれていた気が……。

 学園長先生の作ったものとか。

 

「ま、冗談だ。あくまでも、あたしが感じたことだ。気にするな」

「は、はい」

「……まあでも、学園にいる奴らが、イオは生まれてくる性別を間違えた、なんて言うんだが、あたしも思わず頷いちまったよ」

「うなずかないでくださいよぉ!」

 

 と言うか、ボクそんなこと言われてたの!?

 普通に男として生活してましたよ!

 

「ははは! ま、それくらいお前に、男は似合わないってことだな」

「ひ、ひどい……」

「だってよ、男だったはずなのに、無駄に可愛い仕草をするわ、言葉遣いになるわ、果ては、性格やら生活力は高いわで、お前はマジで女してるからな」

「そ、そんなことは……」

「ないとは言い切れんだろ」

「うっ……」

 

 た、たしかに、たまに女の子寄りの考え方をしちゃう時もあるけど……そこまで酷くはない、はず。

 

「で、でも、可愛い仕草とかはしてない、ですよ?」

「……まあ、お前の自己評価は低いしな。お前に対する、周囲の認識は、可愛い、この一点に尽きる。認めたほうが、自身も付くぞ」

「そ、そんなことを言われても……」

 

 そこまで可愛くはないはずなんだけど……みんなにいわれるから、すこし自信がなくなりそう。

 

「まあいい。これだけは言っておこう」

「?」

「今のお前は……どうしようもないくらいに可愛い。いや、可愛すぎる。今ここで、抱きしめながら一緒に寝たいくらいにな」

「~~~~っ!」

「ふむ、真っ赤になったな。ちょっとしたことで顔が赤くなるとは……これはいよいよ、精神面も女寄りになってるな」

「そ、そうなん、ですか?」

「ああ。というか、お前の友人たちも言っていたぞ」

「み、未果たちが?」

「ああ。……まあ、全員肯定的だったし、問題はないだろ」

「ないことはないような……?」

「いいんだよ。……さて、あたしは空腹だ。飯を所望するぞ、弟子」

「わ、わかりました。すぐによういしますね」

 

 そう言って、ボクはキッチンに向かった。

 

 

「……ほらな。やっていることが、男のそれじゃないだろう?」




 どうも、九十九一です。
 えー、この話は、四話程度で終わると言っていましたが……無理そうです。普通に、あと、2、3話くらいかかりそうです。本当に申し訳ないです。
 そう言えば、こちらでのUAが、最近ようやく二万を超えていました。すごい人たちの作品に比べれば、まだまだでしょうけど、やっぱり嬉しいものです。なるべく休まずに頑張らないと……。
 ……まあ、途中でネタ切れになりそうで怖いんですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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156件目 依桜ちゃんサンタさん4

※ 前回書き忘れましたが、細分化を図るため、ひらがな表記になってます。


 師匠の朝食を用意した後、ほどなくしてお昼に。

 

 師匠に、

 

「おひるたべますか?」

 

 と訊いたら、

 

「食べるに決まってるだろ」

 

 と返されました。

 

 ちなみに、師匠が朝食を食べてから、わずか二時間ほどしか経っていません。

 ……食い意地が張っているのか、単純に燃費の問題なのか……。

 

 でも、師匠って神様に近いって言ってたけど、実際必要なのかな、食事。

 なんてことを思いつつ、お昼ご飯を作る。

 

 材料は……ほとんどなかった。

 

 あるのは、ハムにネギ、卵、乾燥わかめ。

 あとは、ご飯があるくらい。

 でも、調味料はちゃんとあるし、これだけあればチャーハンが作れるね。

 

 正直、この姿だと体が小さくなっているせいで、ちょっと料理しにくいんだけど、まあ仕方がない。

 

 こうなったのは、ほとんど師匠のせいでもあるんだけどね。

 ……まあ、確率が二分の一と言っていたけど、ボクの場合、その二分の一で外れを引いていた気がしなくもないんですけどね。

 

 少し苦労しながらも、チャーハンとわかめスープを作る。

 出来立てをすでに座って待っている師匠の前に置く。

 ……いつの間に。

 

「どうぞ」

「ああ、いただくぞ」

 

 いつも通りに、師匠が食べ始める。

 

「うむ、美味いな。やはり、依桜の料理が一番好きだぞ、あたしは」

「あ、ありがとうございます」

 

 うぅ~、こうも正面から言われると……て、照れる。

 どうにも、師匠には赤面させられてばかりだよぉ……。

 

「それで、今日は昼からいないんだよな?」

「はい。きのういわれたとおりですね」

「……お前、大抵の頼み事は断らないからな。正直、いつか騙されそうで心配だぞ、あたしは」

「だ、だいじょうぶですよ。すくなくとも、そういったはんだんはできます」

「……それもそうか。でなきゃ、あたしがぶっとばしてる」

 

 それはそれでおかしいような……?

 

 でも、事実として、ボクはそう言う悪事は絶対しない。

 

 向こうの世界でやったことは、こっちの世界においての犯罪には当たる。

 別に、それに対して何も思わないわけじゃない。

 

 あれはボクの背負うべき業。

 

 でも、罪を犯すのはあれっきりです。他のことは、絶対にしない。

 それをやってしまったら、なんだか価値観が変わってしまいそうで。

 

 ……ま、まあ、今日やることは、犯罪になるんじゃないか、ってすごく心配なわけだけど……。

 

「ま、とりあえず、気を付けてけよ。と言っても、この世界において、お前は最強だろう。まあ、あたしがいるから、その次になるが」

「……ししょうにかてるわけないじゃないですか」

「そう簡単に超えさせてたまるか。超えられないからこそ、師匠を名乗れるんだよ。そうやすやすと超えられたら、師匠にはなれんよ」

「ししょうらしいですね」

「そりゃ、あたしだからな」

 

 からからと笑う師匠。

 

 普通に強さの面でも、精神的な面でも、一生かかっても追いつけない気がするよ、師匠には。

 普段、雑で、適当な人だけど、なんだかんだでよく見てくれてるし、しっかり助言もしてくれる。

 言い方は悪いけど、最後まで見放さず、付き合ってくれるし。

 師匠は本当にいい人だと思うよ。

 

「ごちそーさん。それじゃ、あたしはちょっと外出してくる」

「あれ? きょうはやすみですよね? どうしたんですか?」

「いやなに。あたしはあたしで、やることがあるんだよ」

「わかりました。えっと、どれくらいかかりますか?」

「ん? そうだな……色々なところを回っているからなぁ……少なくとも、夜九時には帰るつもりだが……」

「けっこういるんですね。……ちょっとまってください」

 

 少し考えてから、師匠に待つよう言う。

 拒否することなく、師匠は軽く頷き、それを見てからボクはキッチンへ。

 炊飯器の中から、残りのご飯を全部かっさらって、おにぎりを作る。

 最後にそれをラップでくるんで、師匠に手渡す。

 

「ししょう、これもっていってください。おなかすくとおもいますから」

「お! さすがイオ! ほんと、気が利くな。マジで、いいお嫁さんになれそうだな」

「ふぇ!? へ、へんなこといわないでください! ボクは、およめさんには、ならない……ならな……」

 

 そう言いながら、ちょっと止まる。

 

『いってらっしゃい、あなた❤』

 

 ……ちょっとお嫁さんになったボクが想像できてしまった。

 可愛い洋服に、エプロンをしてる姿で、旦那さんを見送る姿が。

 

 って! 違う違う違う! ボクは男! ボクは男っ!

 お嫁さんじゃなくて、お婿さんだからぁ!

 

 ……今は、性別的になれないけど……。

 

「どうしたどうした? もしやお前、想像しちまったのか?」

「ちっ、ちちちちがいますよ!? べ、べつに、お、およめさんになったすがたをそうぞうしたわけじゃ……ない、ですよ?」

「ぐっ」

 

 ボクが否定すると、師匠がちょっと顔を赤らめながら、胸を抑えだした。

 え、ど、どうしたの?

 

(こいつ、わかっててやってんの!? 今の姿で、顔を赤くしながらの上目遣いとか反則だろ!? や、やばいっ。可愛すぎて、萌え死にしそうっ……! この、伝説の暗殺者とも呼ばれた、このあたしがっ……で、弟子の可愛さで死ぬとか……いや、それはそれでありだな)

 

「し、ししょう……?」

「あ、ああすまん。そ、それじゃ、あたしは行ってくる! 気を付けて行けよ!」

「は、はい。いってらっしゃい」

 

 なぜか、逃げるように師匠は家を飛び出していった。

 ど、どうしたんだろう?

 ボク、何かやっちゃったかな……?

 

「……とりあえず、ボクもじゅんびしちゃおう」

 

 師匠の反応が気になるものの、ボクもそろそろ準備しないといけない時間だったので、準備をすることにした。

 

 

「えーっと、ようふく……」

 

 自室に戻って着替える。

 クローゼットの中から洋服を選んでいると……

 

 ブー! ブー!

 

 と、スマホのバイブレーションが。

 

「メール?」

 

 一旦服選びを止め、メールを確認。

 

 一応、何かの広告かもしれないけど、これでもし、未果たちや母さんたちと言った、知り合いだったら困るからね。稀に、師匠から来る時もあるし。

 

 えーっと、送信者は……

 

「あれ、がくえんちょうせんせい?」

 

 学園長先生からだった。

 とりあえず、メールを読む。

 

『こんにちは! 今日の服装に関して言ってなかったからね、伝えるわ。えーっと、とりあえず渡した衣装で来てね! よろしく!』

 

 ……な、なるほど。

 

「つまり……きのうがくえんちょうせんせいにわたされたふくでいかないとけないってことだよね……?」

 

 ……あんまりいい印象を抱いていないんだけど……指示されてしまった以上仕方ない。

 たしか、渡された洋服は三つ。

 別々の包みに入れられていて、包みにはそれぞれ、

 

『女神』『天使』『ケモロリっ娘』

 

 と書かれていた。

 

 ……どれを取り出せばいいのかわかってしまうのが何と言うか……うん。嫌だ。

 

 いつまでも固まってはいられないし、とりあえず『ケモロリっ娘』と書かれた包みを取り、服を取り出す。

 

 果たして、どんな恥ずかしい格好が……って、

 

「あれ? ふつうだ……」

 

 普通の衣装だった。

 まさかの普通の衣装にびっくりするものの、とりあえず洋服を着てみる。

 

「か、かわいい……」

 

 衣装はかなり可愛いデザインだった。

 

 全体的に赤と白を基調としたデザインで、ミニワンピースに近い。

 と言っても、袖は長いし、スカートの裾にはもこもこが付いている。

 

 ワンピースと一緒に、ケープも入っていた。

 ケープにももこもこが付いていて、かなり暖かい。

 

 ワンピースには、綿でできたポンポンが付いているなど、小さい女の子向けの衣装だ。

 

 その他の付属品として、白のニーハイソックスと茶色のブーツが入っていた。

 

 ニーハイソックスには、赤いリボンが付いていて、しかもこっちにもワンピースに付いていたような、小さな白いポンポンが付いていた。

 

 ブーツは、特に変わったところはないけど、履き心地がよさそうで、暖かそう。

 

 これらの衣装を身に着けて思ったこと。……今の姿にピッタリすぎる。

 

 ちなみに、ワンピースには、尻尾穴が付いてました。

 

「これならはずかしくないね」

 

 いつものパターンなら、絶対に露出度が高い衣装が来ると思ったんだけど……杞憂で何より。

 ……そう言えば、他の包みにはどういうのが入っていたんだろう?

 ふと気になったので、一応『女神』『天使』と書かれたそれぞれの包みを確認。

 

「……」

 

 無言になった。

 

 『天使』と書かれた包みに入っていたのは、今ボクが着ている洋服に近くて、普通に暖かそうだった。

 

 で、問題は『女神』と書かれた方で……。

 

「ふ、ふゆにこのろしゅつはさむいよ!?」

 

 圧倒的に露出度が高かった。

 

 まず、おへそが丸出しになるし、スカートもすっごく短い。

 

 というより、上に関しては、胸を覆うだけだよ!? それに、普通に上から胸が見えちゃうし、上半身を覆う範囲は、明らかに、胸とおへそから少し上の辺りまでなんだけど。

 

 が、学園長先生、こんな恥ずかしい服を着せようとしてたの?

 ……あ、ある意味今の姿でよかったような……。

 

「なにもみなかったことにしよう」

 

 見なかったことにして、洋服はクローゼットの奥の方にしまい込んだ。

 

 

 着替え終わった後、少しだけ本を読んでから家を出た。

 

 家を出ると、なにやら視線がボクに向かっている気がした……というか、向かっていると思います。

 すれ違う人や、反対側の歩道を歩いている人などから、視線が来てるし……。

 

『何あの娘……可愛すぎぃ……』

『あの服を選んだ人のセンスのよさよ!』

『……尊すぎる』

『今時、あんな耳と尻尾を付けた幼女がいるなんて……』

『いや、今時も何もいないだろ。……だが、なんだ、あの究極生命体は』

『可愛さが天使過ぎる……』

 

 小声で、何か言われてるような……?

 

 も、もしかして、似合ってない? それとも、どこかおかしなところでもあるのかな……?

 自分の着ている服に見るけど、特に変なところはない。

 

 な、何だったんだろう?

 

 感じた視線が気になるものの、考えてもわからず、学園へ向かった。

 

 ……そう言えば、道中すれ違った小学生の男の子とかが、ボクを見て顔を赤くしてぼーっとしていたんだけど……あれもなんだったんだろう?

 

 

 学園に到着。

 校門をくぐり、敷地内へ。

 

 グラウンドの方から、運動部の様々な声が聞こえてきて、心の中で頑張れー、と応援。

 冬休みでも、部活動は休みじゃないから大変そうだよね。

 

 高校生になってからは部活動はやってないけど、中学生の時は、部活動強制参加だったから、『家庭科部』に入ってたっけ。

 まあ、得意分野だったからよかったんだけどね。

 

 でもまあ、みんなバラバラの部活に入っていたけどね。

 

 確か、未果が『書道部』。晶が『美術部』。態徒が『写真部』。女委が『マンガ・アニメ部』だったはず。

 

 見事にみんな文化部だったなぁ。

 

 そう言えば、入学した直後の、部活動見学期間の間とか、なぜか『家庭科部』の勧誘を受けてたっけ。

 

 なんでだろう?

 

 まあ、部活動はやる気がなかったから、結局断ったんだけどね。

 

 そのおかげで、みんなと一緒に帰ったり、放課後遊びに行ったりできるから全然いいんだけどね。

 

 もし部活動に入るのなら、自分たちで部活を設立して、五人でやることになりそうだけど。

 

 なんてことを考えながら歩いていたら、学園長室に到着。

 

 いつものようにノック。

 

『どうぞ』

 

 そして、いつものお決まりのセリフが聞こえてきて、中に入る。

 ……身長が縮んでいるせいで、ドアノブが高い。

 

「しつれいします」

「依桜君ね。こんにちは……って、あら?」

「こんにちは、がくえんちょうせんせい」

「あー、なるほど。今日はケモロリっ娘なのね。うん。可愛い! やっぱり、美幼女にケモ耳ケモ尻尾は反則よねぇ」

「はんそく?」

「反則よー。だって、普通はここまでマッチしている人なんていないないわよ。なんとなく、通常時の依桜君に耳と尻尾が付いた姿が気になるところではあるけど」

「さ、さすがにそれはないですよ」

 

 ……多分。

 少なくとも、今さら、解呪の失敗による副作用が出るとは思えないし……。

 ……あれ、ないよね? 絶対ないよね?

 無性に心配になって来た。

 

「さて、依桜君が来たことだし、体育間に移動しましょうか」

「あ、はい」

 

 

 体育館に移動。

 

 道中、学園に向かっていた時と同じように、すれ違った人たちからの視線がすごかった。

 やっぱり、どこか変なところでもあるのかな……?

 顔が赤かったのが気になるけど。

 

「これが、今日配るプレゼントよ」

「わ、わぁ~~……お、おおいですね」

 

 体育館に入ると、そこには山積みにされた包みが。

 包みは様々で、アニメやマンガでよく見る様な、立方体の箱にリボンと言ったものや、直方体の包み。それ以外に、紙でできた包みなど、様々で、色とりどり。

 

「これぜんぶ、がくえんちょうせんせいが……?」

「当然。さいっこうの思い出にしてあげたいからね、生徒の」

 

 ……お祭りごとでは割とふざけた発想をしたりするけど、なんだかんだ言って、それは全部生徒のため、なんだよね。

 ある意味、一番生徒思いの先生、なんだよね、学園長先生は。

 

「まあでも、あまりにも高すぎる物とかは無理だったけどね」

「そういえば、いちばんたかいものっていくらなんですか?」

「そうね……五万近くかしら?」

「ええ!? そ、そんなにするものをこんなに!?」

 

 いくらなんでも、生徒のために全力投球すぎない!?

 

「いえいえ、さすがに全部じゃないわよ。その人の頑張りに合わせたものを買ったのよ。ちなみに、あまり頑張っていなかったり、問題を起こした人には、千円程度のものよ」

「らくさがすごいですね……」

「当然。頑張った人にはご褒美って言うわけよ。ちなみに、依桜君のプレゼントもちゃんとあるからね。……まあ、依桜君の欲しいものって、かなり浮いていたけどね。本当に、あれでよかったの?」

「はい! さいきん、ガタがきてて……かいかえどきかなぁって」

「まあ、依桜君がいいならいいんだけどね」

 

 学園長先生の様子だと、欲しいものを用意してくれたみたい。

 楽しみだよ。

 

 

 立ち話もほどほどに、プレゼントを『アイテムボックス』に次々と入れていく。

 

 中身が見えないようになっているので、それぞれの包みにはわかりやすいよう、プレゼントする人の名前が書かれている。

 

 なので、それを見てから、『アイテムボックス』に入れる。

 

 何かしらで判別できないと、取り出すことができないそうで。

 

 その辺りはちょっと不便かもしれないけど、仮に忘れていたとしても、一度認識していればいいらしいけどね。

 

 片っ端から入れていくこと三時間ほど。

 

 八百四十個もあった包みもなくなり、日常的に見ていた体育館になった。

 

 外を見れば、すでに真っ暗。

 最近冬至を過ぎたばかりだから、当然なんだけど。

 

「お、おわったぁ……」

「お疲れ様、依桜君。はい、ホットココア」

「あ、ありがとうございます」

 

 終わったのと同じタイミングで学園長先生から、缶のホットココアを渡され、受け取る。

 一応暖房が備え付けられているものの、寒いことには変わらず、少し手が冷えていた。

 なので、ホットココアが入った缶はじんわりと手を温かくしてくれる。

 プルタブを開けて、少し冷ましつつホットココアを飲み一息。

 

「さて、昨日言った通り、夜ご飯を食べに行きましょうか。何が食べたい?」

「えっと、そうですね……」

 

 そう言えば、そんなことを言ってたっけ。

 考えなかったなぁ……。

 うーん、食べたいもの……食べたいものかぁ。

 

「ようしょく、でしょうか?」

「洋食か……なら、近くに美味しいパスタのお店があるんだけどそこでいいかしら?」

「はい、だいじょうぶです」

「それじゃ、ちょっと夜ご飯には早いかもしれないけど、行きましょうか」

「はい」

 

 というわけで、ちょっと早めの夜ご飯を食べに行きました。

 

 

 学園長先生がご馳走してくれたお店の料理は、すっごく美味しかったです。

 

 行ったお店では、『サービスです』と言いながら、ウエイターさんが、ボクの目の前にジュースとショートケーキを置いて行ったけど。

 

 さすがに遠慮しようと思ったんだけど、強引に押し切られて、結局いただいてしまった。

 

 子供だったからかな?

 

 ちなみに、ケーキもすっごく美味しかったです。

 

 そして、料理を食べた後は、軽く学園の方で休憩を取ってから、プレゼント配りを始める時間になった。




 どうも、九十九一です。
 四話で終わると言いつつ、結局五話までかかる始末。……まあ、五話で終わるかわからなくなっているんですが。頑張って次で終わらせないと……。あとがつっかえてるからなぁ。
 明日もいつも通り……になるかわかりません。頑張って10時に投稿できるようにしますが、前日、つまりこの話が投稿された日に、用事がありまして。もしかすると、17時になるかもしれませんが、ご了承ください。もちろん、10時に投稿できるようにしますので。
 では。


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157件目 依桜ちゃんサンタさん5

『もしもし、叡子です。聞こえますか?』

「いおです。きこえますよ」

 

 夜の八時五十五分。

 配り始める五分前になり、耳に付けたイヤホン型インカムから、学園長先生の声が聞こえてきて、それに答える。

 

『インカムの方は問題なさそうね。さて、ついに配り始めるわけだけど……準備は大丈夫?』

「はい。ぶんしんも、かくエリアにはいちずみです」

 

 現在ボクがいるのは、美天市内の、とある住宅街にある、マンションの屋上。

 場所がマンションの屋上なのは、一軒家にずっといるのはまずいと思ったからです。

 

 学園長先生に言った通り、ボクの分身体を各エリアに配置している。

 さすがに、回る数が数だったので、九十九人ほど出した。

 

 通常時だったら、すぐに終わらせるべく、八百三十八人増やしたんだけどね。

 

 今回は、体が縮んでしまっているので、身体能力が五分の一にまで低下。

 

 ここで言う身体能力と言うのは、魔力にも関係しており、千人まで分身できるほどの魔力量だったボクの魔力は、五分の一にまで低下。

 二百人までしか、分身することができない状況です。

 

 ……まあ、百人もいれば十分だけどね。

 

 それに、今の体でフルに分身はできなかったり。

 と言うのも、『アイテムボックス』を開くのにも、魔力が必要なので、残しておかないといけないから。

 『アイテムボックス』からプレゼントを取り出すことに伴い、今回は学園長先生から袋を貰っています。

 あれです。サンタさんがよく持っている、あの白い袋です。

 さすがに、何もないところからプレゼントを出すのは不自然、ということで、用意してくれました。

 

 その中に、それぞれのボクが回る生徒のプレゼントを入れておく。一人に付き、八十三個配り、オリジナルのボクはそれに+九個というわけです。

 

 さすがに、プレゼントの数の都合上、全部は袋に入り切らないけど、これでカモフラージュ可能。

 

 ……まあ、相手からしたら四次元〇ケットに見えるかもしれないけど。

 

 最後に色々と問題がないか確認。

 そして、確かめ終えると同時に、九時になった。

 

『それじゃ、時間になったから、依桜君、よろしくね』

「はい」

 

 その学園長先生の言葉を皮切りに、ボクのクリスマスプレゼントの配布が始まった。

 

 

 今回、ボクがたくさんいるため、分身のボクたちには、それぞれナンバーで呼ぶことにした。

 

 ボクのことはオリジナルと呼ばれるのでわかりやすい。

 

 今回増やした数は、九十九人なので、一番~九十九番まであります。

 

 五十人くらいは、この街での活動になるけど、それ以外の場所に住んでいる人もいるため、そちらにも五十人にわけ、二手に分かれての行動になる。

 と言っても、大きく分けて二手であって、細かいことを言ってしまうと、かなりの数に分かれてるけどね。

 美天市は結構広いし。

 

 ちなみに、未果たちのプレゼントは、オリジナルのボクがやることになっています。

 

 当たり前だね。さすがに、いつものみんなに対して、分身でこなすのはちょっと気が引けるし。

 ……まあ、師匠曰く、分身も本体みたいなもの、って言ってたけど。

 

『八十七番のボクです。安芸葉町に着きました』

『六十四番のボクです。三萩市に着きました』

 

 と、こんな感じに、報告が入ります。

 

 ちなみにこれは、オリジナルのボクにしか報告はできないそうです。

 なので、もしも分身同士が会話をするとすれば、出会った時くらいとのこと。

 

 ……まあ、つまり、

 

『五十五番のボクです』『九十一番のボクです』『七十番のボクです』『八十九番のボクです』

 

 と、こんな感じにボクの自身の声が同時再生されることもあるわけで……。

 

「あ、あの、ボクはしょうとくたいしじゃないので、いっぺんにはなされてもこまります……」

『『『ごめんなさい!』』』

 

 エコーがかかったように、謝罪の言葉が響いてきた。

 正直……ちょっとうるさい。

 これ、どうにかならないのかなぁ……。

 

「とりあえず、かくじのもちばはこなしてね。あさの6じまでじかんはあるけど、よゆうをもってね」

『『『うん!』』』

 

 うん。エコー。

 

 

 というわけで、開始から一時間が経過。

 

 遠くの街に向かったボクからも到着の報告は、かなり早い段階で届き、ボク含め百人のボクのプレゼント配りが本格化した。

 

 それぞれ、八十三個のプレゼントを配らないといけないので、ちょっと急ぎ目。

 

 と言っても、朝の六時まであるから、そこまで焦らなくてもいいんだけど。

 

 でも、警察の人に見られたり、家の人に見られたりするのはあまりよくないので、なるべく早めに。

 

 ……そう言えば、ふと思うんだけど、サンタさんって寝ている間に来るよね? なのに、九時~十二時の間に行ってもいいのかな……?

 高校生って、寝るのが遅いイメージがあるし、少なくとも、十二時まで起きている人って多い気が……。

 寝静まった頃を待ったほうがいいのかもしれないけど、ボクとしても早めに終わらせたいところ。

 

 まあ、家にはいる時は『気配遮断』と『消音』を使うから、そこまで問題はないと思うけど。

 

 師匠の次くらいにレベルが高いから、この世界どころか、向こうの世界でも、本気で隠れようとしたボクを見つけるのは不可能に近い。

 見つけられるのは、師匠くらいです。

 

 

「まずは、このいえ、かな」

 

 オリジナルのボク、最初の家に到着。

 屋根からベランダへ移り、中を覗く。

 見たところ、部屋の主の人はいないみたいだね。

 ……これ、やってることがストーカーと大差にような……。

 

「と、とりあえず、中に入って、プレゼントを置いて行こう」

 

 『気配遮断』と『消音』を使用しつつ、窓を開ける。

 幸い、ここの部屋は窓が開いていて、魔法を使う手間が省けた。

 ……ちょっと無防備すぎるきがするけど。

 

「おじゃましまーす……」

 

 一応、よそ様の家に入るので、一言断ってから中へ。

 あ、もちろん靴は脱いでますよ。当たり前ですね。

 袋の中からプレゼントを取り出し、机の上に置く。

 すると、置いたのと同じタイミングで部屋の扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 

「おじゃましましたー……」

 

 急いで部屋を出て、屋根の上へ飛び移る。

 

『あー、クリスマスイブだって言うのに、彼氏がいないなんて、ほんと寂しいわー。……って、ん? なにこれ、プレゼント? えーっと……『よい子のあなたへ、サンタさんからプレゼントです』? ……サンタさん? え、サンタさんっていないはずだよね? まさか、お母さんとか……? でも、さっきもらったばかりだし……え、本物!? SNSに投稿しよ!』

 

 なんて、独り言が聞こえてきた。

 危なかった……もう少し遅かったら、すれ違ってたよ。

 

『あれ? 窓なんて開いてたっけ……?』

 

 ……あ、そう言えば急いで出てきたから、窓閉めるの忘れてた。

 

 

 しばらく時間が経ち、街中でちょっとした騒ぎがあった。

 それは、依桜がプレゼント配りを始めたのと同時のことだった。

 

『お、おい、これやばくね?』

『ああ、それ俺のスマホの方にも通知が来てたわ』

『屋根の上を跳び回る、サンタクロースの格好をした幼女。謎すぎる』

『暗くて顔が見えないが……これ、耳と尻尾か? ケモロリサンタとは、斬新だな』

『顔が見えりゃなぁ……』

 

 と、こんな風に、依桜が夜の街を跳び回っている姿が写真に撮られ、SNS上にて出回っていた。

 こうして、跳び回っている最中の依桜は、こう思っていた。

 

『暗いし、跳び回ってるし、『気配遮断』と『消音』は使わなくても問題ないよね!』

 

 と。

 

 楽観的に考えていた結果、変な形でSNS上にて公開されてしまったわけだが……。

 そして、これ以外にもこんな投稿があった。

 

『やばい、知らない間に机の上にプレゼントが置かれてた\(^_^)/ しかも、知らない間に窓が開いててびっくり( ゚Д゚) もしかしたら、本物のサンタさんかも!』

 

 という投稿。

 最初はさすがに、

 

『どうせ親』『釣り乙』

 

 などのコメントが付いたが、これと同様の投稿がほどなくして増え始め、たまに同時に投稿されるようになった。

 

 これだけ同じような当行が立て続けに起こると、さすがに嘘と否定しづらくなる。

 

 さらに、投稿されている地域がバラバラと言うのもあった。

 何の脈絡もないエリアで、同じような投稿が相次いでいたのだ。

 

 そして、

 

『小さいサンタさんを見た! めっちゃ可愛い!』

 

 という投稿もちらほらと見るようになった。

 

 その写真に写っていたのは、月の光で照らされながら、夜の街を跳び回っているケモロリサンタだ。

 投稿された写真は、瞬く間に拡散された。

 

 次々に、

 

『可愛い』『マジもんのサンタだ!』『会ってみたい!』

 

 などのコメントが付いた。

 

 同時に、SNSを見たり、投稿した人は不思議に思った。

 

 なぜ、バラバラの地域で、同じ姿の幼女が見られているのか、と。

 

 多く見られるのは美天市だが、他の地域でも割とみられた。

 中には、他県の場所もあり、かなり不思議だった。

 

 この幼女は何者なのか、と。

 

 そして、様々な考察がなされ、最終的な結論はと言えば……

 

『めっちゃ可愛い、ケモロリサンタさん』

 

 ということになった。

 

 ちなみに、依桜は自分が知らない間にバズっているとは知らなかった。

 

 

 さらに時間は経過。

 

 時刻は十二時。日付が変わり、クリスマスイブから、クリスマスとなった。

 

 それでも変わらず、依桜はプレゼントを配り続けていた。

 中には、家の立地などのこともあり、プレゼント配りが終わった分身も出始めた。

 

 そして、終了直後のとある分身体に、ちょっとしたアクシデントが。

 

「ふぅ、これでななじゅうななばんのボクのしごとはおわり、と」

 

 やるべきことを終えた、七十七番の依桜が路上に降りると、

 

『そこの女の子、ちょっと止まって』

 

 背後から、制止する声が聞こえてきた。

 依桜が振り返ると、そこには警察官が。

 

「な、なんでしょうか?」

『なんでも何も、君、どう見ても未成年……と言うか、小学生一年生くらいだよね? こんな時間に何をしているんだい? 子供がこんな時間を出歩いてちゃだめだよ?』

「あ、あの、えと、その……」

『それに、その白い袋は一体何だい? 見たところ、何か入っているようだけど……』

 

 なんて答えればいいのか迷っている依桜をよそに、警察官は依桜が持つ白い袋に目が止まった。

 たしかに、傍から見たらかなり気になるだろう。

 なにせ、白い袋は現在の依桜の身長(一〇〇センチほど)よりちょっと小さいくらいの大きさもあるのだから。

 

「え、えっと……さ、さよなら!」

 

 ポンッ! という音を立てて、依桜が消えた。

 

『き、消えた……? 一体、今の娘は一体何だったんだ……? 俺は、夢でも見ていたのか……?』

 

 突然消えた依桜を見て、まるで白昼夢を見ていた、というような反応をする警察官。

 

『……まさか、本物のサンタクロース……? まさかな』

 

 結局、幻だったと思うことにして、警察官は巡回に戻った。

 ちなみに、依桜がどこに行ったかと言えば……どこにも行っていない。

 言葉通りの意味で、消えたのだ。

 どの道、役目も終えたところだったからだ。

 ちゃんとオリジナルの依桜には伝えてあるので、問題はなかったりする。

 

 

『七十七番のボクです。仕事は終わったので、消えますね』

「うん。ありがとう、ななじゅうななばんのボク」

 

 お礼を言った直後、七十七番のボクの反応が消えた。

 

「うん、おわったボクもではじめているみたいだね」

 

 意外といいペースかも。

 

「さて、ボクもはやくおわらせないと」

 

 

 それから一時間ほどして、ほとんどのプレゼント配りが終了。

 残すは、オリジナルのボクだけとなった。

 ほかの一~九十九番のボクは仕事を終えて消えて行った。

 お疲れ様、ボクたち。

 

「さて、残るのは、未果たちだけ、と」

 

 そう呟いて、ボクは最後の四軒の家に向かった。

 

 

「おじゃましまーす……」

 

 最初に来たのは、未果の家。

 さっきまでと同じように、一言言ってから中へ。

 どうやら、未果はいないみたい。

 

「それじゃあ、つくえのうえに」

「ふぁああ……眠い……って、あれ、依桜?」

 

 ……見つかってしまった。

 なんてタイミングが悪いんだろう。

 しかも、中にはいなかったのと、未果の家だから、という理由で『気配遮断』と『消音』を使わないのはまずかったかも……。

 

「何してるの? というか、この時間に一体……ん? サンタ?」

「あ、あの、えっと……さ、サンタクロースだよ☆」

 

 なぜか、ピースした手を横にし、目元に当てて恥ずかしい感じで言ってしまった。

 

「いや、可愛いけど、ほんとに何してるのよ」

「……さ、サンタクロース、です」

「えーっと、それはつまり……プレゼントを配ってるってこと?」

「……そ、そうです」

「なるほどね。……概ね、学園長先生に頼まれて、ってところかしら?」

「……そのとおりです」

「まあ、わかったわ。とりあえず、見なかったことにするわね。……正直、サンタクロースが見られた、って割と大問題だし」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ……未果の優しさが沁みました。

 

 

 続いて、晶の家。

 例によって、ベランダから侵入。

 

「おじゃましまーす……」

 

 こっそり入って、こっそり晶の机の上にプレゼントを置く。

 晶はすでに寝ている。

 規則正しい寝息を立て、気持ちよさそうに眠ってます。

 

 うん。未果の時みたいにならなくてよかったです。

 

 

 次に来たのは、態徒の家。

 

「おじゃましまーす……」

 

 もうすでに、恒例化したベランダからの侵入です。

 中に入り、机の上にプレゼントを置く。

 態徒も眠ってます。

 

 ……部屋がちょっと散らかってるのが気になる。

 

 ふと、態徒の部屋の状況が気になった。

 むぅ、汚いのはなんだか気になる……。

 うん。置手紙をしておこう。

 机の上にあった、シャーペンで、紙に、

 

『部屋が汚いです。ちょっとは掃除してね。サンタクロースより』

 

 と書いて、プレゼントの上に置いた。

 

 

 最後に、女委の家。

 

「おじゃましまーす……」

 

 何度目かもわからない不法侵入で中へ。

 

「……ハッ! 美少女の気配!」

「ひゃあ!?」

 

 眠っていると思った女委が、突如そんなことを言いながら飛び起きた。

 びっくりして、思わず悲鳴を上げてしまった……。

 

「って、あれ? 依桜君?」

「び、びっくりしたぁ……」

「いやいや、びっくりしたのはこっちだよ、依桜君。えっと、サンタコスかな? ……うん! 可愛い! しかも、ケモロリサンタだなんて! 依桜君、オタクのツボがわかってるねぇ。さっすがだよ!」

「……さ、サンタさんです。なので、プレゼントをおいていきます。そ、それでは、よいおとしを」

 

 女委のセリフをスルーして、そそくさと去ろうとしたら……

 

「依桜君、プレゼントありがとね! 大好きだよ!」

「~~~っ! ば、バイバイっ!」

 

 突然の大好き発言に、顔が真っ赤になり、逃げるようにしてボクは女委の家を出た。

 うぅ、不意打ちは卑怯だよぉ……。

 

 

『もしもし、叡子です。そっちはどうかしら?』

「プレゼントくばりはおわりましたよ」

『あら、もう終わったの? さすがねぇ。それじゃあ、これで終わりだから、解散しちゃって大丈夫よー。あ、依桜君のプレゼントはちゃんとミオに渡しておいたから、安心してね!』

「ありがとうございます」

『うんうん。いいことしたわー。それじゃ、私はこれから別の仕事が待ってるから、お暇させてもらうわね! インカムは上げるわ! それじゃ、よいお年を!』

「はい、おやすみなさい」

 

 いいことをしたのは、学園長先生というよりボクの方な気が……。

 まあでも、プレゼントを用意したのは学園長先生だしね。

 

「さて、ボクもかえろう……ねむくなってきちゃった……ふぁあぁ……」

 

 あくびをしながら、ボクは家路に就いた。

 

 

 そして、家に帰ると、部屋に大きめのプレゼント箱が置いてあった。

 中には、前々から欲しかった、最新の圧力鍋が入ってました。

 これで、もっと美味しいものが作れるよ。

 ありがとうございます、学園長先生!

 心の中でお礼を言いながら、ボクは眠りについた。

 

 ……正直、サンタさんはもうやりたくないかな。




 どうも、九十九一です。
 うーん……かなり適当になってしまったような……。正直、これを書いている時、相当な睡魔と闘いながら書いていたもので……もしかすると、今までの話の中で、最大級に詰まらない回になってしまったような……? この回も、その内加筆を加えようと思います。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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158件目 何でもない、クリスマス

 後日。

 

 今日はクリスマスです。

 

 特にこれと言ってやることもなく、家で家事をしています。

 

 クリスマスだから何かある、というわけではないです。

 

 クリスマスは、イエスキリストの降誕祭だからね。別に、恋人同士の人たちが、イチャイチャする、という日ではないわけだけど……まあ、日本だからね。

 日本人は、変なところでイベントを捻じ曲げちゃうわけで。

 まあ、それはそれとして……

 

「はぁ……休めるぅ……」

 

 ある程度の家事を終え、ソファーに沈み込む。

 ちなみに、体は元に戻っています。

 日を跨いだら戻るんじゃなくて、寝たら戻るようです。

 と言っても、お昼寝じゃ戻らないんだけどね。

 

「昨日は疲れたよ……」

 

 外で、八百三十九人分のプレゼントを配っていたわけだしね……。

 今日がクリスマスと言っても、ボクからしたら冬休みでしかない。

 休める時に休む。これ大事です。

 

「んーぅ、動きたくないぃ……」

 

 今日は、ボク以外みんな出ています。

 母さんと父さんは、普通に仕事。師匠も師匠で、やることがある、と言って外に出て行った。

 つまり、今日もボク一人というわけです。

 

 いいね、家に一人。

 

 こういう時くらい、ゆっくり休みたい……。

 

 と、ダラーっとしている時、

 

 ピンポーン♪

 

 家のインターホンが鳴った。

 

「んー、なんだろう……?」

 

 少し気怠く感じつつも、玄関へ向かう。

 玄関にたどり着き、ドアを開けると、

 

『あ、三長谷急便です。男女依桜さんでしょうか?』

「そうです」

 

 そこには、三長谷急便と名乗る男の人が。

 後ろを覗くと、何やら大きなダンボールがいくつか。

 

『こちら、董乃叡子様からのお荷物です。サインをお願いします』

「あ、わかりました」

 

 渡された紙に、サインを書き、返却。

 

『ありがとうございました』

 

 軽く会釈をして、男の人は去っていった。

 それにしても……学園長先生から?

 

「とりあえず、リビングに運ぼう」

 

 大きなダンボールを持って、中へ運んだ。

 

 

「えーっと、これは何だろう?」

 

 運び終えたダンボールを見て呟く。

 

 少なくとも、クリスマスプレゼントってわけではないはず。昨日すでにもらったし……。

 となると、これは何?

 

 とりあえず開けてみよう。

 カッターを生成し、ダンボールを開けると、

 

「あ、『New Era』だ」

 

 そこには、体育祭との時に見た、『New Era』が入っていた。

 そう言えば、来週届く、って学園長先生が言ってたっけ。

 ボク、直接聞いたのに、なんで忘れてたんだろう?

 

「うーん、今のうちに色々と設定しておいたほうがいいかな?」

 

 元日には、みんなでゲームをすることになってるし。

 さすがに、ギリギリになってやって、時間に遅れちゃったら、みんなに迷惑をかけちゃうしね。

 

「じゃあ、今のうちにやっちゃおう」

 

 

 現在使用しているPCを一旦床に置き、PCが置いてあったところに『New Era』を設置。

 今まで使っていたPCはどうしよう? まだ全然使えるし……これ、どうしよう。

 一応、こまめに手入れはしてるし、システムの方も問題なし。

 これと言って不具合もなかったから、捨てるのもさすがにもったいない。

 

「うーん……とりあえず、ダンボールに入れておこうか」

 

 結局、ダンボールに入れておくことにした。

 ボクの部屋はそこまで広くないからね。

 と、ダンボールに入れようとしたところで、ふと思いつく。

 

「これ、『アイテムボックス』内の家に置いておいた方がいいかも?」

 

 あの家には、必要最小限の家具や設備が整ってはいたけど、PCの方はなかったはずだし。

 

 うん。どうせなら、向こうにも置いておこう。

 

 というわけで、『アイテムボックス』内の家に行き、PCを設置。

 

 設定にちょっと戸惑って、時間が少しか買ったけどまあ大丈夫だよね。

 念のため、インターネットがつながるかどうか確認したところ、問題なく接続できた。それどころか、普段ボクが使用しているWi-Fiとはまったく違う所だったのが気になったけど……。

 

 まあ、異空間の中に家があったりする時点で、色々とおかしいんだけどね。

 

「うん、これで設定その他諸々は終わりかな?」

 

 そう言えば、『New Era』と一緒に、ゲームも付いてきてたけど、よかったのかな?

 多分、学園長先生が善意でくれたもの、だよね、これ。

 ほかのみんなはどうなんだろう?

 ボクの所の届いたってことは、みんなの所にもいっているはずだよね。

 

「クリスマスに合わせるとは思わなかったけど」

 

 これも、プレゼント、みたいな感じに思ってるのかな、学園長先生は。

 

「……ある意味、ボクたちだけの特別なプレゼントともとれるね」

 

 なにせ、まだ発売前……どころか、発表前だったり。

 

 たしか、発表は十二月の二十八日だったかな?

 

 予約はたしか、十二月三十日と、三十一日の二日間、って学園長先生が言ってた。

 

 その上、時間は公表せず、ゲリラ的に行うとか。

 

 と言っても、抽選らしいけどね。

 先着順じゃなくて、抽選にした理由を訊いたら、

 

『ほら、今の世の中、転売ヤーとかいるでしょ? ああいうのは、売れそうだと思ったら大量に買うのよ。だから、真に欲しい人とかに回らない。だから抽選なの。……ま、これ抽選じゃないんだけどね。実を言うと、抽選した人が、転売ヤーか否かがわかるよう、システムを組んであるの。……まあ、ハッキングにちょっと近いかもしれないけど、その辺りの情報を手に入れることにしか使ってないからOKよ』

 

 って返されました。

 

 ……企業がそんなことをしていいのかな? と思ってしまったけど、対策なら仕方がないとも思ってしまった。

 

 正攻法で行っても、無駄だと言うのはよくわかる。

 

 転売ヤーの人たちって、アカウントを複数持ってそうだもん。

 

 学園長先生が言うには、抽選をした際、逆にウイルスに近いものを送り込み、何らかの形で同じものを大量購入していないか、ということを調べ、フリマアプリやネットオークションなどに出品した形跡がないかを調べるとのこと。

 それでもし、全く同じ商品を、ほとんど同じ日、時期に買っていて、尚且つフリマアプリ、ネットオークションに相場よりも高額で売買していた場合は、転売ヤーと判断し、落選させるそうです。

 

 もし、万が一複数端末を使っていた場合は、その周辺機器を調べ、情報を手に入れることで落としたりするそうです。

 

 ちなみに、送り込んだウイルスもどきは、情報(転売に関するもののみ)を回収したら、企業側に戻るとのこと。

 

 ……いや、企業がウイルス系統のもの使っちゃだめだよね?

 

 たしかに、それなら対策できるかもしれないけど……犯罪紛いのことで精査するのはいいのだろうか……。

 

 ……でも、こう言うのって、インターネット上で流れた場合、大多数の人は賛成的な意見をしてくるんだよね……。

 

 向こうの世界でも、義賊の人たちなんかは、盗みを働いても、ほとんどは見逃されたり、応援されてたり、好意的な反応をされている場合が多かったし……。

 

 この辺りは、本当に難しい考えだと思うよ。

 結局、人はどんなに悪いことをしていたとしても、その中身が誰かのためだった場合、それを悪いことと見なくなっちゃうからね。

 

「ある意味では、正しいけど、常識的に見るのであれば犯罪な気がするけど」

 

 まあでも、転売の方も購入価格よりも高額で売買していた場合は、普通に逮捕されることを考えたら、犯罪を犯罪で返しているような気がしないでもない……。

 ある意味では、正攻法とも言えるかもしれないね、学園長先生の対策の仕方は。

 情報を手に入れるにしても、転売関連の物ばかりで、個人情報にかかわる部分は取らないみたいだし。

 

「あ、そう言えば、学園ではすでに情報が流れていたけど、インターネット上に拡散されたのかな?」

 

 現在、『New Era』の存在を知っているのは、体育祭二日目に学園に来ていた人だけで、それ以外の人は知らない。

 まあ、放送で大々的に宣伝していたから、近隣の人たちに聞こえていたかもしれないけどね。

 

 ともあれ、インターネット上でどうなっているのか調べてみる。

 とりあえず、名前を入力し、検索。

 

「……ない、ね」

 

 調べてみてもまったく引っかからない。

 

 ためしに、VRMMOと変えて検索してみるも、引っかかるものはない。

 どうやら、誰も情報を流していないみたい。

 まあ、最先端ってことを考えると、流さないのが当たり前、か。

 流してしまったら、手に入れられる確率が高くなるわけだし……。

 

「うーん、ある意味卑怯な気が……」

 

 何の苦労もなく……いや、苦労はしたかも。

 

 そもそも、ボクと晶の場合、ミス・ミスターコンテストの景品なわけだし。

 

 ……そう考えたら、未果と女委、態徒はかなりラッキーということだよね? だってあれ、ボクが体育祭で酷い目に遭ったが故のものなわけだし……。

 まあいいけどね。みんなでゲームができるから。

 

「そろそろ、下に戻ろうかな。ちょっと疲れちゃった」

 

 なんだかんだで、部屋でずっと考え事をしていたような気分だよ。

 

 

 リビングに戻り、再びソファーに沈み込むように座る。

 ぼんやりとテレビを見ていると、

 

 ピンポーン♪

 

 再びインターホンが鳴った。

 

「今度は何だろう……?」

 

 再び立ち上がって、玄関へ。

 玄関を開けると……

 

「「「「メリークリスマス! 依桜!」」」」

「あ、あれ? みんな?」

 

 何やら、荷物を持った未果たちだった。

 

 

「どうしたの、突然?」

 

 とりあえず中に入ってもらい、どうして家に来たのか尋ねる。

 

「いやなに、今日はクリスマスだからな。どうせなら、軽くパーティーもどきでも、ってな」

「と言っても、私たちの場合は、依桜の誕生日会をやったばかりだから、本当に軽くだけどね」

「ってーわけで、依桜の家に押しかけたってわけよ!」

「迷惑だった?」

「ううん、そんなことはないよ。たまには休みたいなぁ、と思ってソファーでぐでーっとしてただけだから」

「たまには休みたい、って言葉、働きづめの社会人みたいね」

「依桜の場合、ほとんどそんなもんだろう」

「あはは……」

 

 おっしゃる通りで。

 ボクの場合、まだ高校生だと言うのに、かなり動き回っている気がするよ……。

 そもそも、学園長先生の人使いが荒いよ。

 

「あ、依桜、テレビのチャンネル変えてもいいかしら?」

「いいよ。ぼーっと眺めてただけだし」

「ありがと」

 

 一言お礼を言ってから、未果がチャンネルを回し始める。

 さすがにクリスマスなだけあって、どこのチャンネルもそれに準じた番組が多い。

 ポチポチと未果がチャンネルを回していると……

 

「あら、これって……」

 

 未果がとある番組で回すのを止めた。

 どうやら、クリスマスイブとクリスマスに遭った出来事を見ていく番組の様だけど……。

 

『続いては、こちら! 昨夜夜九時以降に突如として出没した、小さなサンタクロースです』

 

 …………うん?

 テレビから聞こえてきた見出しに、思わず固まる。

 

『これはですね、昨夜のとある投稿から始まりました。内容を要約しますと、無人だったはずの自室に、プレゼントが置かれていた、という投稿です』

『いやいや、さすがに親なんじゃないの?』

『それが、机の上に堂々と置かれていて、投稿者は家族と話していたそうです。つまり、本当に無人だった時に置かれた、とのことのようです』

『ほんとですか? 正直、噓くさいな』

『これだけではありません。この投稿の後、急激に似たような投稿がなされ、さらには、サンタクロースの格好の耳と尻尾が付いた小さな女の子が、様々な地域で目撃されていたようです』

『そんなまさか。他人の空似とかでは?』

『ではここで、その写真を出します』

 

 と、司会のお姉さんがモニターに映し出した写真は……ボクでした。

 バッ、とみんながボクを見てきた。

 

『こちらの少女に対して、『可愛い!』『天使みたい!』『本物のサンタクロース!』『会ってみたい!』などのコメントが付いたらしく、さらには写真を見たほかの人が、拡散し、気が付けばSNS上でバズっていたようです』

『ええ? これ、九時以降なんですよね? そんな時間にバズるとか、すごいなぁ』

『実は、この少女に接触した警察官がおりまして、その人が話しかけると、少女は困った表情を浮かべながら、慌てて消えたとのことです』

『消えた。随分不思議な少女なんですね』

『そうなんです。この少女、SNS上では『ケモロリサンタ』と呼ばれ、崇められているようです』

「…………」

 

 ボク、呆然。

 

 え、ちょっと待って? もしかして、昨日動き回っていた姿……写真に撮られていたの? ほんとに?

 ……ど、どうしよう!

 

「あー、依桜? これは、依桜なのか?」

「そ、それは、その……」

 

 眉をしかめながら、晶がボクに尋ねてくる。

 正直、どう答えていいかわからないボクは、何とも言えない反応に。

 

「依桜、もしかしてだけど……私以外の家にも行ってたりする?」

「うっ」

「私以外……? ねえ、未果ちゃん。もしかして、夜中に依桜君に会ってるの?」

「ええ。もしかして、女委も?」

「うん。眠ってたら、美少女の気配がして、跳び起きたら、サンタコスの依桜君がいたよ」

「ってことは、あれか? 依桜は昨日、サンタ的な行為をしていたのか?」

「そ、そうです……」

 

 言い逃れができそうにないので、認めるしかなくなってしまった。

 うぅ……。

 

「そういやオレ、朝起きたら、机の上にプレゼントと一緒に、綺麗な字で、『部屋が汚いです。ちょっとは掃除してね。サンタクロースより』って書いてあったんだけどよ、あれって依桜か?」

「「「ぶっ!」」」

 

 三人が噴き出した。

 

「ちょっ、笑うなよ!?」

「い、いえ、だ、だってっ……ぷっ」

「ぷ、プレゼントと一緒に、そんなことが書かれていればっ……」

「あっははははは! 態徒君、お部屋が汚いってっ……さ、サンタさんに言われるなんてっ……ぷふっ」

「い、依桜、なんであんなこと書いたんだよ!?」

「だ、だって、本当に散らかってたんだもん」

 

 さすがにゴミは落ちていなかったけど、教科書とかノート、あとはマンガやライトノベルなど、様々なものが散乱していて、ちょっと困ったもん。

 足場がない、なんてことはさすがになかったけど。

 

「態徒、年内には掃除したほうがいいわよ」

「わ、わかってるわい! くっそぉ、こんなことなら、掃除しとくんだったぜ……」

「こまめに掃除しておけば後々困らないよ? これを機に、こまめにしようね」

「お、おう……」

「……しかしまあ、まさか依桜がサンタクロースとはな」

「ま、まあその、色々ありまして……」

「ふーん? じゃあ、何があったの訊いてもいいかしら?」

「え、えっと、実は……」

 

 ボクは、昨日のサンタさんの一件を話した。

 

「って言うことなんだけど……」

「なるほどなぁ。学園長、とんでもねえな」

「まあ、VRゲームを作るくらいだからね。当然と言えば、当然かしらね? もっとも、生徒全員分のプレゼントを用意するとは思わなかったけど」

「それはボクもだよ」

 

 だって、八百四十人分のプレゼントだよ? 正気の沙汰じゃないよ。

 そう言えば、ボクが貰った圧力鍋、数万円するんだけど……。

 もしかして、ボクのが一番高かったんじゃないだろうか?

 

「んでもよ、まーた依桜が有名になったなぁ。つっても、今回は依桜だとバレてないわけだが」

 

 そう言いながら、態徒がテレビに視線を向ける。

 

『いやぁ、俺もこんな可愛いサンタにプレゼントを送ってもらいたいわ』

『ちなみにですが、この正体不明のケモロリサンタは、不特定多数の人にプレゼントを配っていたようで、貰った人すべてが、欲しいものだったとのことで、かなり感謝されているようです』

『へぇ、そりゃすごい。本当にサンタっているんだなぁ。俺のとこにも、ケモロリサンタさん来ないかねぇ』

「だ、そうですよ? ケモロリサンタさん?」

「や、やめてよぉ、すっごく恥ずかしいんだからぁ……」

 

 まさか、こんな変なあだ名がまたつくなんて思ってなかったもん……。

 

「まあ、それはいいとしてよー、実際何貰ったんだ?」

「私は、前々から欲しかったマンガの全巻セットね」

「俺は、ヘッドホンだな。しかも、一万以上するいいやつだ」

「わたしは、大好きなBL作家さんのサイン入り色紙!」

「オレは、エロゲだったなぁ」

 

 と、みんな娯楽に関係するものが多いみたい。

 ……というか、エロゲ?

 

「えっと、エロゲ? って、どういうゲームなの?」

 

 名前は聞いたことがあるような気はするんだけど、中身は全く知らない。どういったものなのかな?

 と、ボクが何気なく尋ねたら、

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 なぜか、みんなが慌てだした。

 ど、どうしたんだろう? ボク、変なことを訊いたのかな……?

 

「あ、ああああれだよ! え、っとだな……れ、恋愛ゲームだ!」

「そうなんだ。恋愛ゲームかぁ……ちょっと気になるし、面白そう。態徒、今度貸してほしいな」

「いやいやいや!? や、止めておいたほうがいいぞ!?」

「え、でも、恋愛ゲームって……」

「れ、恋愛ゲームは恋愛ゲームでも、ホラー要素もあるんだ!」

「そ、そうなの?」

「おう! 怖いぞー! 紙の長い女が出てきて、主人公たちに襲い掛かるんだ!」

「え!? そ、それは……怖い……」

「だ、だろ? だからやめといたほうがいいぞ?」

「うん、怖いゲームならやめておくよ……」

 

 ちょっと残念だけど、ホラーゲームなら仕方ない……ボク、怖いの無理だし……。

 

「「「「ほっ……」」」」

 

 あれ、なんかみんながほっとしてる? なんで?

 

「ところで、依桜君は何をもらったの?」

「ボク? ボクは、最新の圧力鍋だよ?」

「「「「依桜さん、マジパネェっす」」」」

「ど、どうしたの? 普通だと思うんだけど……」

「普通の女子高生は、クリスマスプレゼントに、圧力鍋なんて欲しがらねぇよ」

「そうね。普通は、ゲームとかマンガとか、ライトノベルとか、そういう物な気がするんだけど」

「そうなの? でも、PCは貰ったし、特に欲しいマンガとかもなかったし……。それに、最近圧力鍋がダメになっちゃって、欲しかったんだよね。あれがあれば、もっと美味しいものが作れるから!」

((((女子力の塊すぎる))))

 

 そう言えば、いい圧力鍋が手に入ったし、今日の夜ご飯はビーフシチューにしようかな? 今日は寒いし、この後雪が降る、みたいなこと言ってたし。

 

「みんなは今日の夜ご飯はどうするの? もしよかったら、ご馳走するけど」

「マジで? なら頼むわ!」

「私もご相伴にあずかろうかしら? 依桜の料理は美味しいし」

「俺も、迷惑でなければご馳走になるよ」

「わたしもわたしも! 美少女の料理は大歓迎!」

「うん。じゃあ、今日はみんなの分も作るね」

 

 結局パーティーみたいになってしまったような気がしてます。

 まあいいけどね。みんなといるのは楽しいから。

 

 

 そして、必要なものを買い出しに行き、料理を作っている途中で、母さんと父さんが帰って来た。

 そしてその流れでクリスマスパーティーとなった。

 と言っても、急遽そうなったから、ボクの誕生日会の時ほど派手じゃなく、ささやかなものとなったけど。

 それでも、楽しい時間になったよ。

 

 食事も終わり、流れでみんながボクの家に泊まることになった。

 

 母さんが、

 

「もう遅いし、泊まっていきなさい」

 

 って言ったから。

 

 最初は遠慮していたけど、雪が降り出し、それも少し吹雪いてきたこともあって、お泊り会のようになりました。

 ちなみに、せっかくなので、みんな同じ部屋で寝ることになった。

 場所は、客間です。

 

「まさか、泊まることになるとは思わなかったぜ」

「私も。でも、こう言うのいいわね。私、好きよ」

「そうだな。……だが、男女同じ部屋で寝るが、いいのか? 依桜たちは」

「わたしは問題なし! 態徒君はヘタレだし、晶君は真面目だからね!」

「私も問題ないわよ。気心知れた仲だしね」

「ボクも。と言っても、ボクは元々男だから、そこまで気にしないよ。……まあ、晶と態徒限定かもしれないけど」

 

 正直、この二人以外と一緒の部屋で寝れるか、と訊かれれば、ちょっと反応に困る。

 多分、無理かな。

 

「それもそうか」

 

 この後は、他愛のない話をした。

 そして、少し話したころ。

 

「あ、みんなにお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

 女委が唐突に、お願いがあると切り出した。

 

「どうしたの?」

「うん、依桜君には前に言ったけど、正式に日にちが決まってね。十二月三十日にお手伝いを頼みたいなーって」

「あ、そう言えば言ってたね。うん、その日は何もないからいいよ」

 

 と、ボクが何気なく了承している横で、未果、晶、態徒の三人は微妙な表情をしていた。

 

「……なあ、女委。俺は訊きたいんだが、それってまさか……ふゆ――」

「お手伝いです」

「女委、あなたが言っているのって、ふ――」

「お手伝いです」

「いや、あれだろ? ふゆ――」

「お手伝いです!」

「「「ア、ハイ」」」

 

 うん? どうしたんだろう? 三人の様子がおかしい。

 それに、女委も何かを隠そうとしているような……?

 

「じゃあ、みんなOKってことでいいかなー?」

「ボクは大丈夫だよ」

「……私も、依桜が心配だから行くわ」

「……右に同じく」

「まあ、オレは、行ってみたかったし、OKだ」

「ありがとう! じゃあ、三十日だけじゃなくて、前日の二十九日も空けといてね! 泊りになるから!」

 

 さも当然のようにそう言ってきた。

 

「え、泊まりなの?」

「うん。あ、安心して、ホテル代はわたしが出すから!」

「いいの?」

「うん! どの道、三十日には稼がせてもらいますからね!」

「稼ぐ?」

 

 なんだが、すごく気になる単語だけど……何か売りに行くのかな?

 まあでも、女委の頼みだしね。快く引き受けよう。

 ……そう言えば、何をするんだろう?

 

「ねえ、女委。ボクは何をすればいいの?」

「それは、前日に教えるよ!」

「そうなの? わかったよ」

 

 お楽しみ、ってことなのかな? それなら、無理に訊かない方がいいよね。

 

「……オレ、依桜が騙されているようにしか見えねぇ」

「……奇遇ね。私もよ」

「……俺は、依桜の将来が心配だ」

 

 というような短い会話が三人で行われていたけど、ボクは気付かなかった。

 そして、女委の言うお手伝いの意味も、この時のボクは気付かなかった。




 どうも、九十九一です。
 正直、クリスマス当日の話はいいかなーとか思ってたんですけど、この次の話につなげるために、結局やりました。まあ、しょうがないですね。
 それにしても、今回の日常回は長い……。普通の本編と同じレベルですよ。
 やっぱり、体育祭の反動が来てるのかなぁ。
 えっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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159件目 依桜ちゃんと冬〇ミ 上

 十二月二十九日。

 

 ボクは、二泊分の荷物を持って、駅前に来ていた。

 

 女委が指定した集合時間は、午前十時。

 クリスマスの時には、二十九と三十と言っていたけど、当日の疲れのことも考えると、帰るのは三十一日の方がいいということになり、二泊三日になりました。

 帰りの荷物に関しては、女委が色々と手配してくれたらしく、業者を使って自宅に送り届けてくれることとなった。

 その代わり、行きは自分で、となったけどね。

 

「えっと、そろそろ九時半」

 

 今日は特に体が縮むこともなく、何とか無事に平常通りの姿でこれた。

 あ、ボクが三十分前以上に来ているのはいつものことです。

 

「おはよう、依桜。相変わらず、早いわね」

「おはよー、未果。早いに越したことはないでしょ?」

 

 九時半になるのと同じくらいのタイミングで、未果がスーツケースを転がしながら来た。

 

「それに、ボクのことを早いって言うけど、未果も十分早いよ。だって、まだ三十分前だよ?」

「ま、それもそうね」

「ところで依桜。荷物が少ないみたいだけど……」

 

 未果が、ボクの手荷物が少ないことに対して、指摘をしてきた。

 現在、ボクが持っているのは、肩掛けカバンだけです。

 

「あ、大丈夫だよ。着替えとか持ってるから」

「そう言う風には見えないけど……」

 

 そう言えば、未果たちには『アイテムボックス』のことを言ってなかった気が……。

 

「えっとね、新しい魔法があってね。『アイテムボックス』って言うんだけど……そこに大きい荷物とかは入れてるから大丈夫なんだ」

「へぇ~。便利ね」

「うん。ボクとしても、最近はかなり重宝してるよ。と言っても、公衆の面前では使えないけどね。何もないところから、物を出しているわけだから」

「でしょうね。というか、そんなものがあるなら、盗みもし放題になるわね」

「しないよ!?」

「ふふっ、わかってるわよ」

「もぉ……」

 

 それはボクも考えてたんだから。

 誰もが知っているように、今の時代のお店には、商品の万引きを防ぐために、センサーが鳴るようになっている。

 だから、例えカバンの中に商品を入れたとしても、すぐにバレちゃうわけです。

 

 でも、ボクの場合、『アイテムボックス』があるため、本当に盗み放題になってしまうというわけですね。

 

 もちろん、やりませんよ? いいことなんて、何一つないですからね。そもそも、犯罪です。

 

 ……それに、ボクの場合は、欲しいと思ったら、魔力を使って生成できちゃうので、万引きより質が悪い気がします。

 

「おはよう。二人とも、早いな」

「晶、おはよー」

「おはよう、晶」

 

 ボクと未果が話していると、晶が到着。

 晶はスーツケースではなく、旅行カバンだ。

 

「いつも思うんだが、二人はどれくらいに来ているんだ?」

「私は、三十分前くらいかしらね?」

「ボクは未果よりも前だよ」

「それは早すぎじゃないか? 学園じゃ、俺と未果の方が早いんだがな」

「うーん、あれは日常生活の中のことだからね。今日みたいに、待ち合わせ時間がある場合は、早めに来ないと」

 

 万が一、電車を間違えた、道に迷った、なんてことがあったら困るからね。

 もっとも、今はほとんど困らないんだけど。

 上から見れば一発だからね。

 

「昔から、待ち合わせ時間がある時だけは、依桜は早かったからね。まあ、普段も早い方だけど」

「だって、待たせるのも悪いし……」

「うーん、あんまり早すぎても、後から来た人が申し訳なく思うんだよな……」

「そうね。待ち合わせ時間には余裕があるのに、もう来ていた場合『あれ? まだ時間あるよな? え? 間違えた?』って焦るもの」

「うーん、じゃあ今度から、ちょっと遅めに来ようかな?」

「そうね。どんなに早くても、十分~二十分くらいじゃないかしら?」

「まあ、その辺りが妥当だろうな」

「わかった。じゃあ今度からは少しだけ遅らせるね」

 

 そっか、早すぎてもダメだったんだ。

 早いほうがいいかなと思ってたんだけど、逆に向こうが焦っちゃうようなら仕方ないよね。

 今度から少し遅らせよう。

 

「おっはー」

「おーっす」

 

 ここで、女委と態徒が到着。

 それぞれ、旅行用のスーツケースにカバンを持っている。

 

「みんな早いねぇ。まだ、集合時間まで、十分くらいあるのに」

「早くても問題はないでしょ。というか、態徒が珍しく十分前に来ていることにびっくりよ。大体、五分前か、ギリギリに来るのに」

「いやぁ、オレだって、たまには早く来ようかなーってよ」

「ふーん? で、実際は?」

「女委に電話でたたき起こされた」

「まあ、今回は女委の頼みだから、さすがに遅れるわけにはいかないものね。まして、これから行く場所が、東京だから」

「まあねん」

 

 そう。これから、ボクたちが向かうのは東京。

 

 女委曰く、場所は東京ビッグサイト。つまり、江東区の有明にある場所に向かうそうなんだけど、今日行くのはそっちじゃなくて、秋葉原だそう。

 あと、ホテルの場所も秋葉原だって。

 

 ホテルの部屋割りは、ボクと未果、女委の女の子三人と、晶と態徒の男子二人となってます。

 個人的には、元男ということもあって、二人と同じ部屋が良かったんだけど……

 

「「絶対ダメ!」」

 

 と、全力却下をもらい、未果と女委の部屋になってしまった。

 

 ボクが、晶と態徒の部屋がいい、と言ったのには、もう一つ理由があって……例の、ボクの家と、未果たちとで旅行に行った時のことです。※37件目参照

 

 あの時は、チョコレートの媚薬効果と、アルコールのせいで、ボクが酷い目に遭った。

 さすがにもうないとは思うけど、絶対にないとは言い切れない。

 だからこそ、ボクは二人の部屋がよかったんだけどね……。

 そう言えば、媚薬、って言うけど、結局どういった用途で使われるんだろう?

 そもそも、催淫と言うのもよくわからないし……。

 ただ、意味だけ調べた、って感じだったから、細かいことはよくわからなかったり。

 

 少なくとも、毒耐性を得られたきっかけとなったことを考えると、あまり体によくなかったりするのかな?

 

「ちょっと早いけど、出発しよっか!」

「「「「おー」」」」

 

 少し早い時間帯ではある物の、その分観光できるとあって、みんなに異存はなかった。

 ボクとしても、東京に行くのは久しぶりだから、ちょっと楽しみ。

 秋葉原だと……ボクの場合、ゲームセンターに行くくらいかな?

 可愛いぬいぐるみとかあると嬉しい。

 

 

 そんなわけで、電車に揺られること、二時間弱。

 秋葉原に到着。

 

 今日は平日ということもあり、そこまで混んでいなかった。

 幸いにも、ボクたちが住んでいる美天市は、都会というわけではなかったため、電車は空いていた。

 そのおかげで、五人とも座って移動できました。

 

 と言ってもボクの場合、電車に乗っていたら、途中の駅で年寄りのおばあさんが乗ってきたので、席を譲って、立ってたけどね。

 

 秋葉原まで残り一時間以上はあったけど、そこは異世界で死に目に遭いつつ(実際に何度も死んでます)も鍛えられたボク。

 

 一時間立ったままなんて、師匠が課した、全く動かずユドラム火山の火口で二十四時間立ちっぱなしに比べれば、可愛いものです。

 その時、おばあさんが笑顔で、ありがとう、と言われた時はちょっと嬉しかった。

 年寄りには優しくしないといけないからね。

 ……今の世の中、優先席と書かれているのに、譲らない人も多いから。

 

 そう言えば、電車内でやけに視線を感じたんだけど、あれは何だったんだろう? 最近、電車に乗っていると、よく感じるんだよね。いや、電車以外でもしょっちゅう感じるけど。

 

 と、そんなことがありつつも、秋葉原に到着したボクたちは、女委が予約を入れたホテルへ。

 そこに行ったボクたち(女委以外)は、

 

((((え、高そうなんだけど、大丈夫?))))

 

 だった。

 

 本当に高そうだったんです、ホテル。

 何と言うか、高級感があると言うか……正直、ボクたち場違いなんじゃないか、とも思いました。

 

 まあ、ボクは向こうの世界でお城に一時期住んでいたから、そこまで緊張はしていないけど、ほかのみんなはそうじゃない。

 未果、晶、態徒なんかは、慣れていないはずだし。

 

 最初、あまり好意的な視線は感じなかったものの、ボクが荷物を渡すと、なぜかホテルマンの人がびっくりした表情をした。なんで?

 それからは、なぜか好意的……というか、歓迎的な視線を向けられるようになった。

 

 荷物を預けてから、ボクたちは秋葉原を歩き回ることにした。

 

「いやぁ、みんな秋葉に来れるなんて、サイコーだよ!」

「だな! オレも、このメンバーで行ってみたかったんだよなー」

「俺は、少なくともこのメンバーでどこか行ければいいな」

「同じく」

「ボクもかな」

 

 この通り、中学生組と、幼馴染組みで、見事に反応が分かれた。

 うん。どういうタイプで固まっているのか、よくわかるね。

 

「極論を言うとそうだけどさー、一端のオタク的には、友達と行きたいものなんですよ」

「それは同感だ!」

「ボクたちは、遊べるならどこでもいい、みたいなところがあるからね。今回みたいに、あらかじめ行きたいところが決まってる場合って、割と珍しいしね」

「でしょでしょ? だから、嬉しいんだー、わたし」

 

 本当に嬉しそうな表情を浮かべながら、女委がそう言う。

 気持ちはわからないでもない。

 ボクだって、みんなとこうしてどこか遠出して、遊ぶのは嬉しいし楽しい。

 

「てなわけで、まずはどこ行く?」

「とりあえず、行きたいところ出していくか」

「私は特にないわ」

「俺もだな」

「ボクも。強いて言うなら、ゲームセンターくらいかな?」

「オレはやっぱ、トレードーだな! あそこ、ゲームが安いんだ」

「わたしは、アニマイト」

「見事にバラバラね。まあ、とりあえずは、ゲームセンターから行きましょうか。依桜の希望だし」

「いや、ボクは最後でもいいよ? どうしても行きたい、ってわけじゃないし……」

 

 というか、ここに来たのは、女委の希望なわけだし、こういうのは、女委が優先だと思うんだけど。

 

「いいよいいよ! まずはゲームセンター行こ!」

「いいの?」

「もちろん! どの道、依桜君にはかなり無理を強いちゃうかもしれないからね!」

「無理?」

「あ、ううん、なんでもないよ! さ、行こ行こ!」

「う、うん」

 

 うーん? どういうことなんだろう?

 

 無理を強いるって言ってたけど……何かあるのかな?

 ただ、女委のお手伝いをするだけだと思うんだけど……。

 

 なんとなく、他の三人を見たら、苦々し気な表情をしていた。

 あれ、何かあったのかな?

 

 

 女委の言動や、みんなの表情が気になったものの、ゲームセンターに到着。

 最初は、クレーンゲームをすることに。

 態徒と女委は、アニメ系に挑戦。

 

「くそっ! 今めっちゃいいとこだったのに!」

 

 こんな風に、いいところまで行ったんだけど、獲れない位置に転がっていく、という状況になってしまい、態徒が悔しがる。

 うん。クレーンゲームってそうなると、結構悔しいよね。

 

「あ、獲れた! ラッキー♪」

 

 女委は、見事フィギュアを獲っていた。

 何気に、女委ってクレーンゲームが上手いんだよね。

 

「じゃあ、ボクもやろうかな」

 

 と、ボクも挑戦。

 

 ゲームセンターに来て、ボクがやるのは、大体がクレーンゲーム、もしくは音楽ゲーム。

 でも、中学生くらいになると、カードダス系のゲームってあまりやらないイメージ強いように思える。

 ボクも、昔はよくやったものです。

 それはさておき、ボクが狙うのは、ウサギのぬいぐるみ。

 

「依桜が挑戦するのね。……ウサギのぬいぐるみとは、これまた似合いすぎる景品ね」

「だ、だって可愛いし……」

 

 可愛いものが好きなのは昔からだし、今さらだもん。

 

「頑張れよ」

「うん」

 

 まずは百円を投入。

 今回ボクがやるのは三本アームの筐体。

 こういうタイプって、台によってはアームが回転しちゃって、上手く獲れないんだよね。

 でも、比較的簡単に獲れる方だし、フィギュアに比べれば、まだ楽な方だよ。

 

「うーんと、この辺りかな?」

 

 ちょうどぬいぐるみの首元を掴める位置に移動させ、ボタンを押す。

 三本アーム型の特徴である、そこそこの速さでのアームの落下。

 落下したアームは、狙い通りにウサギのぬいぐるみの首を掴み持ち上げる。

 上に当たった時の衝撃で、大体は落下しちゃうんだけど、今回は落下しなかった。

 

「いい感じいい感じ……」

 

 ドキドキしながら、クレーンの行方を見守っていると……

 

「あ、落ちちゃった……」

 

 ぬいぐるみがクレーンから落下。

 ぬいぐるみは、奇跡的に落とし口の近くにあった、別のぬいぐるみの上に落下し、ちょっとぐらぐらさせつつも、とどまっている。

 さすがに一回じゃ無理だよね、と思いながら、再度百円を投入。

 

「これは獲れるんじゃね?」

「まあ、こんな重なり方をしてるわけだしな」

 

 落とし口の近くに落ちたのはラッキーだった。

 こういう時は、一本のアームを落とし口に行くようにして、二本のアームで掴むようにすれば、結構獲れたり。

 なので、今回もそれを使って獲ろうとしたら、まさかの二個掴み。

 そのままクレーンが持ち上がり、なんと、二つ同時ゲット。

 

「うわ、マジか。たった二回で、二つ手に入れるとか……どんだけ運いいんだよ、依桜」

「ボクもちょっとびっくり。……でも、すっごく嬉しいな。可愛いぬいぐるみを二つも獲れたわけだし♪」

 

 ボクは、嬉々として取り出し口から、ぬいぐるみを二つ取り出し、抱きかかえる。

 うん。可愛い!

 

「美少女がぬいぐるを抱きしめながらの笑顔……いいねぇ」

「び、美少女じゃないよぉ」

「……まだ否定してたのね」

 

 ボクが否定をしたら、未果が呆れていた。他のみんなも、同じようにしていました。

 なんで?

 

 

 あの後も、みんなでクレーンゲームを楽しんだ。

 

 今回は、運が良かったのか、かなりの景品を獲ってしまった。

 おかげで、ボクの手には、大量のぬいぐるみが。

 

 ちなみに、二千円で、二十五個獲れてしまいました。

 百円で一個どころか、たまに、二個獲ったりしちゃって、なんかもう……申し訳ない気分になりました。

 

 でも、ありがたく、もらって行きます。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 可愛いぬいぐるみが増えるということで、嬉しくなって、つい鼻歌を歌ってしまう。

 

「依桜君、ご機嫌だねぇ」

「うん、ボクの部屋に可愛いぬいぐるみが増えるから、嬉しくてね」

「……オレ、最近、依桜が元々男だった、って思えなくなってきたわ」

「え、ど、どうして?」

「「「「え、自覚なし?」」」」

「???」

 

 ボク、元々男だったよね? そうだよね?

 それに、元男って言う部分、割とあると思うんだけど……。

 

「まあ、結局は依桜よね」

 

 なぜか、そんな結論が出されました。

 

 

 他のゲームセンターに行ったり、アニマイトに行ったり、トレードーに行ったりして、秋葉原を楽しんだ私たち。気が付けば、日も落ち切っていた。

 ちょうど近くにセイゼリヤがあったので、そこで夜ご飯となった。

 

「あ、ボクちょっとトイレ行ってくるね」

「いってらー」

 

 と、ここで依桜がトイレに行くため、席を立つ。

 

「……さて、依桜がいなくなったことだし……女委、あなた、依桜に何させようとしてるの?」

 

 依桜がいなくなったことを見計らって、私は明日のことを女委に尋ねる。

 

「やだなー、別に酷いことをさせようとはしてないよー?」

 

 私の問いに対し、すっとぼけたような反応をしてきた。

 

「……俺、コ〇ケとか、ほとんど知らなかったから調べたりしたんだが……明日は三日目らしいな?」

「うん、そーだねー」

「三日目は確か、男性創作向け、だったはずだ。それってつまりなんだが……」

「もち! エロパロですよ!」

「「やっぱりかっ……」」

 

 女委の言ったことに、私と晶の二人は頭を抱えた。

 態徒は、特に気にした様子はない。あとで〆る。

 

「あれ? 何かおかしかったかなー?」

「おかしいと言うか……十八禁だよな? 大丈夫なのか?」

「だいじょぶだいじょぶ! わたし、常連だから!」

「「全っ然! 大丈夫じゃないっ!」」

「そうかな? だって、わたしが書くのって、そういうのだしー?」

「よくないよくない! と言うか、依桜があんなにピュアなのに、よくやらせようと思ったわね」

 

 あんな、純度100%のピュア娘を十八禁の本が数多くあるエリアに行かせるとか、頭がおかしすぎる!

 

「まあまあ、幸いにも、わたしが今回書いたのって、男女の恋愛ものと、女の子同士のGLだからセーフセーフ!」

「セーフの意味、わかってるのか?」

「もちろんさ! まあ大丈夫だよ。今回、依桜君未果ちゃん、それからわたしはコスプレすることになってるから!」

「いや、それ大丈夫じゃない。というか、なんで私も巻き込まれてるの!?」

「え? 体育祭の時に言ったと思うんだけど……手伝ってもらう、って」

「言ってたけど!」

 

 だからと言って、なんでコスプレなんか……。

 

「第一、どんな服を用意したのよ。あんまりおかしなものとかだったら、許さないわよ」

「そう言うと思って、普通の巫女服だよ! ほら、学園祭の時に着た」

「……あー、あれね?」

 

 たしか、普通の巫女服。

 そこまでって言うほど変ではないし、別にいいけど……。

 

「まあ、今回はちょっと違う巫女服だけど、大丈夫だよ! 未果ちゃんのは、そこまで、露出は多くないから!」

「……まあ、それなら……って、ちょっと待って? 未果ちゃんの『は』?」

 

 『は』ってどういうことよ?

 まさかとは思うけど……。

 

「……女委、依桜の衣装は何だ?」

 

 私と同じ考えに至った晶が、女委に問い質すように尋ねた。

 

「メイド服だよ?」

「……ほんとに?」

「ほんとほんと! と言っても、とあるゲームに出てくる、銀髪巨乳キャラが着ていたメイド服だけど」

「……うわー、びっくりするくらい依桜に似たキャラね」

「ちなみに、結構初心なキャラで、恥ずかしがり屋。さらには、かなりの美少女なのに、可愛いと認めないキャラでもあります」

「依桜にそっくりすぎない?」

「そうそう。だから、そのキャラを見た時、『これだ!』って、びびっと来てね。だから、依桜君にはそれを着てもらおうかなーって」

「……まあ、メイド服なら問題ない、わね」

「そうだな。さすがに、そこまで露出が多いものじゃないだろう。下手をしたら、会場にいる男性参加者が死にかねないからな」

「ふふふー」

 

 まあ、とりあえず、変なものじゃない、ってことね。

 それならいいわ。

 

「ただいまー。あれ? みんな、何を話してたの?」

「気にしないでー。明日のことだよ」

「そうなんだ。それじゃあ、そろそろ行こっか」

 

 依桜が戻ってきたので、会計を済ませて、ホテルに戻った。

 

 

 ホテルに到着し、それぞれの部屋に入る。

 

「はぁ~~……疲れたわ……」

 

 部屋に戻ると、未果がため息を吐きながら、ベッドに倒れこんでいた。

 

「あはは、結構歩き回ったからね」

「そう言う依桜君は、全然疲れてなさそうだねー」

「ボクの場合は、体力が有り余ってるから」

 

 あれくらいの歩行距離じゃ、疲れなんてないですとも。

 と、そう思っていたら、ぐらりと、視界が揺れ、ボクもベッドに倒れこんでしまった。

 

「何よ、依桜も疲れてるんじゃないの」

「あ、あれ? そんなに疲れてないはず、なの、に……」

 

 ダメだ。眠い。すごく眠い。

 抗おうとしても、まったく抗えない睡魔が、ボクを襲っていた。

 

「依桜……じょ………い……」

「……くん…………ま…ま……ど……」

 

 二人が何か言っているような気がするけど、何を言っているのかさっぱりわからない。

 こ、この睡魔、は……変化、の、兆し……?

 

 また、小さく……。

 

 そう考えていたものの、視界がどんどんぼやけていき、気が付けば、ボクの意識は暗転してしまった。

 

 

 そして、翌日。

 

 眠りの世界から、現実へと意識が浮上。

 昨夜は確か、変化に現れる睡魔が原因で、眠ってしまったはず……。

 だというのに、服はちゃんと着ている感覚がある。

 脱げてしまっていることはないみたい。

 

 だから、ただ疲れて眠くなってしまった、という可能性もあるんだけど……頭とお尻辺りに感じる感覚で、その可能性はほぼ……というか、完全に0だと思う。

 

 ……あれ? もしかして、小さい姿に、耳と尻尾が付いた状態……?

 

 で、でも、服は脱げてないし……ま、まさか!

 

 急速に意識が浮上し、ボクは布団から飛び起き、備え付けられた姿見の前に立った。

 そこにいたボクは、いつもの姿と言えば、いつもの姿と言えるけど、それだけではなく……

 

「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」

 

 これで、四度目の声を出していた。

 

 朝起きるとボクは、耳と尻尾が付いた、通常時の姿になっていた。




 どうも、九十九一です。
 はい。追加効果の追加です。
 正直、ケモロリ依桜がいるのなら、普通のケモっ娘依桜がいてもいいじゃない、と言う発想です。まあ、正直なことを言うと、この状態は考えてはいたんですがね。出すか出さないかで迷ってましたが、まあいいかなと。で、結局登場しました。今後も、たまにだします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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160件目 依桜ちゃんと冬〇ミ 中

 待って!? ちょっと待って!?

 なんで、今になって追加効果が現れてるの!?

 解呪に失敗したのって、二ヶ月くらい前だよ!? なのに、なんで、今になってこんなことになっちゃってるの!?

 

「ほ、本物?」

 

 確認のため、耳と尻尾に触る。

 

「……あ、あったかい」

 

 と言うか、触るまでもなく、微妙に動いてるし。

 なんで、小さい時の状態の耳と尻尾(狼)が付いてるのかが、まったくもってわからない。

 

「こ、これ、どうすれば……」

 

 あまりにも、突発的な事象のせいで、頭を悩ませる。

 今日は、女委のお手伝いがあるのに……。

 

「ん……騒がしいわね……依桜? どうした……の!?」

「くっ、ふぁあぁぁぁ……未果ちゃんどうしたの~? 何かあった……って、え?」

「お、おお、おはよう、二人とも……」

 

 寝起きの二人が、ボクの現在の姿を見て、ポカーンとした。

 そして、数秒とも、数分とも感じられるような、長い沈黙の後、

 

「「きゃあああああああああああ!」」

「ひぅ!?」

 

 突然、二人が黄色い悲鳴を上げて、びっくりしてボクも変な悲鳴が出てしまった。

 

「依桜、それどうしたの!?」

「わ、わからないよぉ。朝起きたら、こうなってて……」

「ということは、例の呪いかな?」

「多分そう……」

 

 まさかすぎる事態に、肩を落とすボク。

 それを表すかのように、尻尾と耳がしゅんとした。

 

「……やっぱりそれ、動くのね」

「どうも、体の一部みたいで……」

 

 小さい時もそうだけど、なんで耳と尻尾が生えるんだろう? ボク、一応人間だよね? 種族的に。

 一応、呪いで色々とおかしい体質になっているけど、体は人間のままだし……多分。

 最近、ちょっと自信なくしちゃって……。

 

「どれどれ……」

「ふゃぁんっ!」

 

 急に未果が耳を触ってきて、変な声が出てしまった。

 

「おぅ、この姿の依桜君が喘ぎ声をだすと、ただただエロいね!」

「へ、変なことっ、言わない、でぇ……!」

「うーん、やっぱり依桜の耳と尻尾はあったかくて、もふもふでサイコー……」

「ちょっ、み、未果っ、み、耳を触らない、でぇっ! へ、変になっちゃぅぅ!」

「あ、ごめんなさいね。つい、触りたくなっちゃって」

「も、もぉ……」

 

 決して嫌じゃないんだけど……ちょっと変な感じがして、怖い。

 どちらかと言えば、気持ちいいんだけど、できれば触ってほしくないと言うか……。

 

「ふーむ、でもまさか、依桜君がこんな姿になるとは思わなかったな~」

「そうね。てっきり、あの二種類で終わりなのかと思っていたのだけど……まさか、平常時の姿に、耳と尻尾が生えるとは思わなかったわ」

「……それはボクが一番思ってるよ」

 

 あの時は、一週間に一度、みたいな感じで発現していたから。

 あれっきりだと思っていたら、約二ヶ月後の今日になって、新しい追加効果が発生。

 正直、小さくならなかっただけましかもしれないけど、さすがにこれは目立つよね……。

 

「でしょうね」

「ふむ……ちょっと修正が必要かも」

 

 と、ボクの姿を見ながら、女委がそんなことを呟いていた。

 

「女委、どうしたの?」

「いやー、本当は今日、依桜君にある衣装を着てもらおうと思っていたんだけど、耳はともかく、尻尾まで生えちゃったからねぇ。だから、ちょっと衣装の手直しがね」

「それはごめんね……」

「いいよいいよ! ちょっとした誤算だったけど、嬉しい誤算ってやつだから、心配しないで!」

「ほんと?」

「ほんとほんと! ただでさえ、萌え要素の塊な依桜君に、さらなる萌え要素が加わったからね! これなら、荒稼ぎができるってもんですよ!」

「それならいいけど……」

 

 でも、本当に女委には申し訳ないよ……。

 ボクの都合で、当日の朝になって手直しをしないといけなくなっちゃったから。

 

「まあ、手直しって言っても、尻尾穴を空けるだけだから、そこまで落ち込まなくてもいいよー、依桜君」

「……ありがとう」

「いえいえ! むしろ、お礼を言いたいのはこっちだからね。……さて、わたしはちょっと手直しするねー」

 

 そう言って、パジャマ姿のまま、女委が衣装の手直し作業に入った。

 見ちゃダメ、とのことなので、ボクと未果は私服に着替えて、晶たちの部屋へ。

 

「お邪魔します」

「入るわよー」

 

 一言断ってから、ボクと未果は中に入る。

 

「おはよう、依桜、未果。こんな朝早くにどうした……って、は?」

「おう、なんだなんだ、朝っぱらから、女子二人がこんなむさい男の部屋に来るな、ん、て……よ?」

 

 入ってきたボクと未果を見て、さっきの未果と女委のように、二人がポカーンとした。

 だ、だよね。

 

「うおおおおおおおお! ケモっ娘キターーーーーー!」

 

 そして、沈黙を破ったのは、態徒の叫び。

 ……テンション高くない。

 

「マジかマジか! 依桜、お前、普通の状態で、その姿になれるようになったのかよ!」

「なぜか、ね……」

「すっげえ似合うと言うか、マジで可愛いな、依桜!」

「あ、ありがとう?」

 

 個人的に、複雑な心境なので、素直に受け取れない。

 むぅ、困ったよぉ……。

 

「……あー、えっとこれは……そういうこと、なのか?」

 

 ここで、沈黙状態だった晶が、眉間をつまみながら、そう訊いてくる。

 

「……そういうことです」

 

 もちろん、そうとしか言えない。

 他に何か言えることはあると思います? ないですね。

 

「しかし、まさかこうなるとは思わなかったな……タイミングがいいと言えばいいのか、悪いと言えばいいのか……」

「あー、そうね。今日この後とのことを考えると、ある意味ではタイミングがいいかもね」

「いやいや、グッドタイミングだろ! だって、ケモっ娘メイドだぞ!? 最高じゃないか!」

「三人とも、何言ってるの? 普通に考えて、タイミングが悪いと思うんだけど……」

 

 だって、これから東京ビッグサイトの方に行くというのに、このタイミングで追加効果が発生したわけだから、どう考えても最悪のタイミングだと思うんだけど……。

 

「……って、あれ? メイド?」

 

 ふと、態徒が言っていた、ケモっ娘メイドと言うのが気になった。

 

「えっと、メイド、ってどういうこと?」

「……あ」

 

 ちょっと待って、今の、『あ』、はなに?

 

「気にしないで、依桜。この馬鹿の妄言だから」

「ああ。こいつがただ単に、依桜のメイド姿が見たいがために言った言葉だ。気にしなくても大丈夫だぞ」

「え、でも、明らかに確定しているようなことを言っているような口ぶりだったんだけど……」

「妄言よ」

「でも……」

「いい、依桜。態徒は、どうしようもないくらいの変態なの。正直、変態と罵っても、むしろ喜んでしまうような、とんでもない変態なの。だから、さっきのは妄言。OK?」

「え、でも……」

「OK?」

「あの……」

「OK?」

「……お、おーけーです」

 

 最近思うのは、ボクの周りにいる女の子たちは、なぜか逆らえないような強い意志を感じます。ボク、立場弱い……?

 

「んでもよー、すげえな、その耳と尻尾。めっちゃもふもふしてそうだぞ」

「実際、すっごいもふもふよ」

「マジ!? 触ってもいいか?」

「し、尻尾なら、まあ……」

 

 変な感じになるのは耳だけなので、尻尾だけだったら問題ない……かな? 多分。

 

「よっしゃ! じゃあ、早速……お、おー……こ、これは、病みつきになるぜ……」

 

 嬉々として、態徒がボクに近づき、尻尾を触り始めた。

 ちょっとくすぐったいけど、特に問題はない。

 ……それにしても、尻尾を触られるのって、ちょっといいかも……。

 なんだか、落ち着くと言うか、何と言うか……安心する? のかな。

 

「はふぅ~~~」

 

 と、ちょっと気が緩んでしまい、そんな声が口から漏れ出ていた。

 

「あ」

(((なに今の、可愛い)))

「え、ええええとえとえと! ち、違うの! 今のは、その、あの……べ、別に、気持ちよかったから、ってわけじゃ、ないんだから……ね?」

(((ツンデレかよ……)))

 

 うぅ、恥ずかしぃぃ……。

 まさか、あんな声が出るなんてぇ……。

 

「おー、ぶんぶん尻尾が揺れてるなー。これ、嬉しいってことか?」

「はぅぅっ!」

 

 あまりにも恥ずかしすぎて、思わず両手で顔を覆ってしまった。

 だって、今のボク、すっごく顔真っ赤だもん! というか、ちょっと頬が緩んじゃってるもん!

 うぅ、態徒のくせ生意気なぁ……!

 

「態徒、とりあえず、そこでやめておきなさい。依桜の羞恥心がマッハで、外に出れなくなるわ」

「おっと、それは困る。ありがとな、依桜」

「……ど、どういたしましてぇ」

 

 なんだか、ちょっと違う気がするけど、そう言うしかなかったような気がしました。

 

 

 しばらく四人で話すこと、三十分ほど。

 

「やぁやぁ、お待たせ諸君! さあ、着替えて出発しようじゃないか!」

 

 ここで、テンションMAXの女委が入ってきて、そう言ってきた。

 どうやら、手直しは無事に終わったみたい。

 あと、結構朝早いのに、随分元気だね。

 

 ちなみに、ただ今の時刻、朝の六時です。

 ボクが起きたのは、大体五時十五分くらいかな? それから、女委と未果が起きてきて、六時半頃に、女委が手直しを始めた、って感じです。

 

 こんなに朝早くに行くのには理由があるそうで、どうも、ボクと未果、女委の三人の着替えの手間があるから、だそう。

 

 聞くところによると、更衣室は二ヶ所あり、一方は十時開場に対し、もう一方は朝の八時から開場しているとのことです。

 女委は、参加する団体の代表なので、なるべく早めがいい、とのこと。

 ボクたちが着替えている間は、晶と態徒が見張りをしてくれることになっています。

 

「それじゃ、元気よく行こうじゃないですか!」

「おー!」

「「「おー」」」

 

 と、態徒とボク、未果、晶のテンションの差は酷かった。

 

 

 軽く支度を済ませて、ボクたちはホテルを出た。

 

 東京ビッグサイトの最寄り駅は、国際展示場駅。

 そこに向かうために、何度か乗り継ぎをし、向かっていたんだけど……すっごく混んでました。

 車内は満員どころか、すし詰め状態。

 いろんな人に押しつぶされそうになる。

 

 車内にいる時、なぜか四人がボクを囲むようにして立っていたのは気になったけど。

 

 かなり苦しい思いをしつつも、なんとか駅に到着。

 すると、すし詰め状態だった車内が、駅に着いた途端、雪崩が起きたかのように人がどんどん出ていく。

 ボクたちもそれに合わせて外へ。

 

「うっひゃー、やっぱこの時期はやべえなぁ」

「だねー。何度も来てはいるけど、やっぱりすし詰め状態の電車は慣れないものだよー」

「……私、毎年二回とも行ってる女委を尊敬するわ」

「……俺も」

 

 と、態徒と女委は苦笑いだけど、特に疲れた様子はない。

 反対に、未果と晶はすでに疲れてしまっているみたいで、グロッキー状態。

 ボクは……まあ、向こうでの馬車移動に比べたら、ね。

 すし詰め状態の電車はまだマシなものです。

 

「さてさて、わたしたちも早く行かねばね!」

 

 駅の外で立ち止まっていたボクたちだけど、女委のその一言で移動を開始した。

 

 

 そして、東京ビッグサイトに到着すると……そこには、朝早くだと言うのにもかかわらず、大行列が出来上がっていた。

 

「初めてきたけど、これはすごいわね……これに並んで待つと考えるだけで、気が遠くなるわ」

「……そうだな。さすがに、これはしんどい」

 

 と、大行列を見て、二人が辟易していると、

 

「あ、大丈夫だよ。わたしたちは一般じゃなくて、サークルの方だから」

「それは、どういうことかしら?」

「えっとね、こっちの行列にいる人たちは、一般参加者って言って、同人誌や販売物の購入を目的とした人たちのことだよ。わたしたちの場合は、頒布(はんぷ)する方。行ってしまえば、売り手側だよ。だから、この人たちとは別口で入場できるだよ」

「そうなのね。……よかったわ、こっちの行列じゃなくて」

「にゃはは~。その気持ちはよくわかるよー、未果ちゃん。わたしの場合、それが嫌でサークル側で参加しているわけだしね~」

 

 と、女委たちがこの行列、イベントについて話しているけど、ボクにはさっぱり。

 そう言えば、今日のお手伝いって何をするか聞かされてないし、そもそも、このイベントが何なのかについても、一切聞いてなかった気が……。

 

「さて、ここで立ち止まっていると邪魔だし、さっさと行こっか!」

 

 

 別の入り口に行き、女委が五枚のチケットをスタッフさんに見せてから、中に入った。

 中はすごいもので、至る所に長机が置かれていて、そこには大きいダンボールが置かれていた。

 

「えーっと、わたしたちはここだねー」

 

 女委の後をついて行き、辿り着いたのは、壁際の場所だった。

 女委が言うには、偽壁? って言うらしいけど、よくわからない。

 態徒は驚いていたけど。

 

『あ、やおいさん! 今日の新作、期待してますからね!』

「どーもどーも! 是非、お金を落としていってね!」

『やおいさん、今日も『アレ』あるんですか?』

「もち! 期待してていいよ!」

『やおいさん!』

『やおいさん!』

 

 こんな感じに、準備している途中、スタッフさんらしき人や、同じサークル参加者の人たちが女委に話しかけていた。

 どうやら、女委はかなり有名人みたい。

 

『やおいさん、そちらの四人は……?』

「わたしの学校の友達だよー。今日はお手伝いを頼んでるの」

『へぇ~。なかなかに美男美女ぞろいじゃないか。特に、あの銀髪で、狼の耳と尻尾が付いた娘なんて……って、え、き、君!』

 

 と、女委と話していた男の人が、準備しているボクに、なぜか声をかけてきた。

 

「え、えっと、なんでしょうか……?」

『か、可愛い……と言うか、ちょっと待ってくれ。君、少し前にテレビとか、雑誌で出ていたりしたかい?』

「え? た、たしかにそうですけど……」

『ま、まさか……白銀の女が――もがっ』

「おっと、ぺろーぬさん。ここで騒いだら、桜ちゃんに迷惑になっちゃうから、控えてねー?」

『おっと、これは失敬。とんでもない人物とエンカウントしちゃったもんだから、ついね。君も、悪かったね』

「い、いえ」

『それじゃ、後で寄らしてもらうよ』

「はいはーい! 待ってるねー!」

 

 にこやかに手を振りながら、男の人は去っていった。

 

「いやぁ、危なかったよー。危うく、騒ぎになるところだったぜー」

「あ、ありがとう、女委。でも、さっきの桜って……?」

「ああ、あれ? さすがに、本名呼ぶのはちょっとと思ってね。依桜君の場合、有名人だもん。個人情報はあまり漏らさないようにしないと。だから、今日一日は、桜ちゃんって呼ぶからね!」

「うん、わかった。えっと、そうすると、他のみんなも偽名とかのほうがいいのかな?」

 

 ボクだけ偽名と言うのもちょっとあれだし。

 どうせなら、みんなも同じように偽名がいい。

 

「そうだね。そっちの方がいいかもね。じゃあ、晶君は……翔君で同よ?」

「それ、俺の名前の読みを変えただけじゃないか? まあ、別に構わないが」

「いいのいいのー。じゃあ、態徒君ね。そうだなぁ……クマ吉君でどうよ」

「ちょっと待て。それはあれか? オレが変態紳士とでも言いたいのか?」

「ソンナマサカ―」

「棒読みじゃねえか!?」

「でも、これほどぴったりな名前もないでしょー?」

「うぐっ、ひ、否定できないのが辛いッ……!」

 

 悔しそうに、歯噛みする態徒。

 クマ吉君、の意味はよくわからないけど、なんとなく、ぴったりな気がするのはなんでだろう?

 

「未果ちゃんは……うーむ。とりあえず、椎名ちゃんでどう?」

「いいわね。十中八九、名字から取ったんでしょうけど、問題ないわ」

「じゃあ決まりだね! あ、わたしのことは、やおいって呼んでね!」

 

 なんとなく、女委の偽名……と言うか、ペンネームはあまり呼びたくないな、と思った。

 

 

 みんなの偽名を決め終え、設営も無事終了。

 

「それじゃ、更衣室に行こう!」

「わかったわ。行きましょ、依桜……じゃなかった。桜」

「うん。それじゃあ、行ってくるね。翔、クマ吉君」

「お留守番は任せたよー」

「ああ」

「おう、任せとけ!」

 

 少し申し訳なく思いながらも、ボクたちは更衣室に向かった。




 どうも、九十九一です。
 前回言い忘れてたのですが、ちょっと章タイトルを変更しました。まあ、変更と言っても、1-〇みたいな感じになるだけですが。
 えー、それから、今回の話について、ちょっとしたことをお伝えします。
 単刀直入に言いますと、私、コミケには行ったことがないんですね。
 正直、昔から行ってみたくはあったんですが、行く機会がなくて……。余裕ができたら行ってみたいものです。まあ、今はコロナでちょっとあれですが。
 一応調べてはいますが、大半……どころか、全部作者である私の想像やら、妄想やらで成り立っておりますので、ご了承ください。
 今日は、もしかすると、17時か19時にもう一話上げられるかもしれません。と言っても、確実ではないですけど。ですが、もしかしたら二話投稿になるということを覚えておいていただけるとありがたいです。
 では。


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161件目 依桜ちゃんと冬〇ミ3

※ 無事、2話目が間に合いましたので、投稿いたします。


「……え、や、やおい、これ、着るの……?」

 

 コスプレ登録証の『ちぇんじ』を購入し、更衣室の中へ。

 大きいカバンから、女委が一生を取り出し、ボクたちにそれぞれ手渡してきた。

 そして、女委に手渡された衣装を見て、ボクは困惑していた。

 

「もちのろんよ! たまたま、桜ちゃんと同じような性格のゲームキャラがいてね! そのキャラの着せ替えにあったメイド服を用意しました!」

「え、で、でもこれ、その……は、恥ずかしい、んだけど……」

「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけだから!」

「……桜、諦めなさい。やおいは、体育祭の時点ですでに企んでいたから」

「ええ!? そんなに前!?」

 

 ということは、最初からこの衣装を着せる気満々だったってこと!?

 少しでも申し訳ないと思った自分が馬鹿だよ。

 

「でも、桜ちゃん手伝ってくれるって言ってたよね?」

「そ、そうだけど……」

「諦めなさい、桜。正直、私もちょっと困惑してるから」

「……うぅ、ほんっとうに、やおいはこういうところあるよね……」

 

 ここまでくると、本当に呆れしか出てこない。

 と言うか、なんでこんな衣装を……。

 た、確かにちょっと可愛いけど……。

 

「そ、それに、こういうのは似合わないよ……」

「大丈夫大丈夫! じゃあ、ちゃっちゃと着替えちゃお! 髪型もセットしないといけないんだから!」

「え、ちょっ、や、やおい、どこ触ってっ……きゃあああああああああああああ!」

 

 結局、やおいにされるがまま、ボクは強制的に着替えさせられました。

 

 

「あぅぅ……は、恥ずかしいよぉ……」

 

 着替え終わり、やおいに髪型のセットを施された。

 最初は化粧もする、って言っていたんだけど、

 

「これ、桜なら化粧いらないんじゃないかしら? そもそも、必要ないくらいに綺麗だし」

「だねぇ。じゃあ、リップだけでもしておこっか」

 

 化粧はせず、リップだけとなった。

 ……ボク、化粧とかはよくわからないから、ちょっとほっとした。

 

「それにしても……似合うわね。さっき、桜が着ている服の元ネタ見たんだけど、そっくりよ。むしろ、そっくりすぎて、二度見したわ」

「そ、そんなに?」

「うんうん! 桜ちゃんが着ているのは、まあ、期間限定で販売されていた着せ替え衣装なんだけどね、わたしがそのキャラ推しだったから、何の躊躇いもなく買ってね。それを見て、『桜ちゃんが着るならこれだ!』って思ったらから、田中さんと合同で作りました」

「……本気すぎるよぉ……」

 

 自分の好きなことには全力投球なやおい。

 怒りなんてもうなくて、あるのは諦めだ。

 ここまで趣味に全力投球できるのは、素直にすごいと思えるんだけど、それがボクも巻き込んでのことだから、本当に困る……。

 

 

「うんうん、髪型もバッチリ!」

「そうね、これって、お団子、でいいのかしら? と言っても、基本、髪は全部下ろしてるけど」

「そうだね。小さめのお団子三つ編みでぐるっと囲ってるだけだからね。それ以外は全部普通に下ろしてるし。桜ちゃんの髪、サラサラでやりやすかったよ~」

 

 ボクの髪型も変更が加えられました。

 頭の一ヶ所に、半分くらいのお団子を作って、そこを三つ編みで囲う、みたいな髪型。これって、名前とかあるのかな? 髪型の名称に関してはよくわからなくて……。

 

「桜ちゃん、すっごく可愛いよ~」

「あ、ありがとう……二人も似合ってるよ」

「ふっふっふー。わたしの選択にミスはないのだよ! 椎名ちゃんも、その服大丈夫?」

「ええ、特に問題はないわよ。……ただ、ちょっと、お腹が寒いかしら?」

「んーまあ、それもモデルキャラがいるしねー。諦めて」

「まあいいけど。さて、私たちも戻りましょうか。二人が待ってるし」

 

 

 依桜……もとい、桜たちが着替えに行ってから、約四十分。

 

「しっかしよー、桜は大丈夫なのかねぇ?」

「さあな。少なくとも、大丈夫じゃないだろう。変な衣装を着させられてなきゃいいんだがな」

「まあ、それはそれで眼福って奴だなー」

 

 こんな風に、俺とクマ吉は適当に喋っていた。

 なんとなく、会場内を見回していると、俺たちと同じように、喋っている人や、準備をしている人、チラシを配っている人などが見受けられた。

 

 コ〇ケなんて、参加したことなかったが、なかなかにすごいんだな。

 今は真冬と言ってもいいくらいに冷え込んできている。

 にもかかわらず、外には人が大勢いるし、中も活気に満ちている。

 すごいものだ。

 

「てか、やおいが偽壁サークルだとは思わなかったぞ、オレ」

「そう言えば、それってすごいのか?」

 

 女委が言っていた、偽壁サークル、という単語が気になっていたことを思いだし、態徒に尋ねる。

 

「そりゃすげえよ。壁、もしくは偽壁にいるのは、大手と呼ばれていたりするサークルでな。簡単に言っちまえば、売れてるサークルって感じだな。ゲーム企業で例えるなら、幻天堂とか、レベルスリーとかだな」

「なるほど、そういうことか。つまり、やおいはかなり売れている同人作家ってことか?」

「そうだな。しかもあいつ、二種類本作ってやがったし」

「すごいのかわからないな」

「オレも詳しくは知らんが、少なくとも、この厚さの、同人誌を二冊一人で全部書くのって、相当やばいと思うぞ」

 

 そう言って同人誌に視線を向ける態徒。

 俺も同人誌を見る。

 

 たしかに厚いような気がする。

 通常のマンガの単行本よりは薄いが、それでも、四分の一くらいある気がする。それを学生の身でありながら二冊分と考えると、意外と化け物なのかもしれない。

 描き始めたのは、十一月とも言っていたな、そう言えば。

 

「てか、早く戻ってこねーかなー」

「そう言うな。着替えに手間取っているだけだと思うぞ」

 

 と、ぐでっと机に突っ伏しだした態徒にそう言っている時のこと。

 

『おおおおおお……』

 

 なにやら、会場の一部が騒がしくなった。

 なんとなく、視線をそっちに向ける。

 態徒も、それが気になったのか、机から顔を上げて、騒ぎの方へと視線を向けていた。

 

『や、やべえ、何だあの娘……可愛すぎて、マジ尊い……』

『ケモっ娘メイドっ、だとっ……? な、なんて完璧なコスプレ!』

『ま、まるであらゆる萌え要素を体現したかのような存在……す、素晴らしぃ』

『あの銀髪って、染めてる……わけないよね。なんか、すごく自然だし……』

『それに、碧眼だよ、あの娘。可愛すぎて、脳死しそう……』

 

 ……ケモっ娘メイドに、銀髪。そして、碧眼。

 ……桜か?

 

『つーか、他の二人のレベルもめっちゃ高くね!? って、あれ。よく見たら、やおいさんじゃね?』

『マジだ! さっすが、黙っていれば美少女作家と呼ばれるやおいさん! マジパネェ!』

 

 ああ、間違いないな。これは、桜たちだ。

 ……一体、どんな服を着たんだ。

 

「やーやー、お待たせお待たせ!」

「ちょっと遅れたわ。問題は何もなかった?」

「ご、ごめんね、二人とも。待ったかな?」

 

 と、あの騒ぎの方向から、桜たちがこっちに来て、口々にそう言ってくる。

 そして、俺と態徒は固まった。

 

「「か、可愛いな」」

 

 結局、最初に言った言葉はこれだった。

 

 事前に、桜がメイド服を着ることは知っていたので問題なかった。

 

 だが、今桜が着ている服は何と言うか……ああ、コスプレだなとわかるような服装だった。

 

 服装的には、メイド服だな。言っていた通り。

 水色と白の二色を基調としたデザインで、フリルも多くあしらってある。腰の辺りに、大きいリボンが付いているな。見た感じ、可愛い系の服装なので、桜にはぴったりと言える。

 他にも、白のニーハイソックスを穿いている。よく見ると、ガーターベルトだった。

 

 ここまで見れば、ごく普通のメイド服だと思うことだろう。

 

 だが、だがしかし、全然普通とは言えないようなものだった。

 

 まず、通常とは違って、胸から上が全部露出してる。

 そのため、桜のかなりのサイズの胸が丸見え状態というわけで、だな。正直……目のやり場に困る。

 

 それに、この寒い冬の時期だというのに、袖すらないというな。いや、袖に似たものは着けているようだが……たしかあれは、デタッチド・スリーブというものだったか? 着脱可能な袖だったはず。

 それぞれ、二の腕と手首辺りに付いているな。

 桜が着ているメイド服は、明らかにスカートが短い。膝よりも上だ。

 

 大丈夫なのか、あれ。

 

 まあ、それはそれとして、椎名とやおいだな。

 

 椎名は、肩と腹部を少し露出した感じの巫女服だ。

 巫女服と言うだけあって、赤と白がメインの様だ。

 実際、椎名は和装が似合うからな。ものすごく似合っている。

 ほかにも、大きなリボンが後頭部付いているところを見ると、何かのキャラクターだろうか?

 

 そして、やおいは、黒のタンクトップにホットパンツ。黒のニーハイソックスにふくらはぎの中ほどまであるブーツ。

 深緑色のジャンパーを腕だけ通している。あの着方って、名前とかあるのだろうか?

 他にも、アクセサリーとして、大きい眼鏡と、ヘッドホンを首に着けている。

 

 これはあれだな。某怪盗ゲームに登場する、ナビゲーター的存在のあのヒロインのコスプレだろう。

 似合っていると言うのが何とも……。

 

「三人とも、普通に似合ってるぞ」

「おう! めっちゃ可愛いぜ! 桜とか、耳と尻尾がいい感じにマッチしてて、特にいいぞ!」

「あ、あはは……個人的には、かなり恥ずかしいんだけどね、これ……」

 

 何やら遠い目をしている桜。

 みれば、尻尾と耳が垂れ下がっている。何かあったのか?

 

「にしても、始まる前だというのに、うちの注目度すごいねぇ」

「……何言ってるのよ。わかり切ってたんでしょ? 桜をコスプレさせて、売り子にさせようとしている時点で」

「まあねー。本当は、翔君とクマ吉君にも用意しようと思ったんだけど、間に合わなかったからねぇ。ごめんね?」

「いやいやいや! 全然大丈夫だって! オレ、コスプレとかしたくねえから!」

「俺もだ。……体育祭のあれで、すでに懲り懲りだよ」

 

 まさか、王子衣装を着ての応援になるとは、これっぽっちも思ってなかったからな……本当に酷かった。

 あの後、さらにラブレターが増えていて、本当に大変でな……。

 

「そっかぁ、残念。まあいいや、それじゃあ、最後にそれぞれの分担確認だね。まず、桜ちゃんと椎名ちゃんの二人は、売り子をお願いします」

「えっと、売り子って何かな?」

「簡単に言えば、レジです。本を頒布すればOKです。一応、一部五百円の販売だから、計算もしやすいから安心してね」

「わかった」

「了解よ」

「それで、翔君とクマ吉君は、参加者の整理をお願いしたいんだ。正直、さっきのちょっとした騒ぎを見ていればわかると思うけど、確実に行列ができると思うから」

「おうよ!」

「わかった。ということはあれか、桜と椎名の二人が売り子ということは、二列にしたほうがいいということか?」

「そうだねー。あと、隣のサークルの邪魔にならないよう、上手くカーブさせたりするのも頑張ってね」

「ああ、了解だ」

「うんうん。それじゃあ、今日はがんばろー!」

「「「「おー」」」」




 どうも、九十九一です。
 朝言っていた通り、2話目です。今日は無事にもう一話分が書けましたので、投稿しますね。と言っても、ちょっと短めになりましたが。本当は、3話程度で終わらせようと思ったのですが、下が異常に長くなると気付き、数字構成にしました。多分、4、5くらいで終わります。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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162件目 依桜ちゃんと冬〇ミ4

 と、意気込んでみたものの……

 

『一冊ください!』

『こっちは、布教用に三冊!』

『なら、こっちは五冊買うぞ!』

『なにおー!? ならば、さらに倍ブッシュ! 十五冊買うぞ!』

「え、えとえと、そ、そんなに買ったら、他の人のがなくなっちゃいますよぉ!」

 

 開幕と同時に、大忙しになっていた。

 

 もともと、やおいのサークル(一人)は、かなりの人気を誇っていたらしく、開幕と同時に、我先にとお客さん……じゃなかった。参加者の人たちが押し寄せてきた。

 

 やおいが言うには、壁、偽壁サークルの宿命だそうで。

 いや、よくわからないんだけど!

 

「ありがとうございました! 次の方! ……はい、二冊ですね。千円になります。……千円ちょうどですね。ありがとうございました! 次の方!」

 

 と、横を見れば、椎名は笑顔を絶やさず、淡々と接客をこなしていた。

 

 す、すごい……。

 

 ボクも頑張らないと……!

 心の中でそう意気込んでいると、

 

『め、メイドさんっ、握手してください!』

「ふぇ!?」

 

 参加者の一人が、唐突に握手を求めて。

 な、なんか、似たようなことを聞いたことがあるんだけど。学園祭の時に。

 

「え、えっと、ぼ、ボクなんかと握手をしても、なんの得もない気がするんですけど……」

『ぼ、ボクっ娘、だとっ……?』

 

 あ、あれ? ボク、変なこと言った……?

 さすがに、この状況には困ってしまい、きょろきょろしてしまう。

 すると、ちょいちょいとやおいがボクの肩をとんとんしてきた。

 

「桜ちゃん、握手してあげて」

「え、でも、嬉しいのものなの……? ボクだよ?」

「当然! むしろ、桜ちゃんだからこそ、嬉しいんだよ!」

「ちょ、ちょっと何言ってるかわからないけど……うん、わかった」

 

 こ、これもせっかく来てくださった参加者のため……。

 

「わかりました。えっと、利き手はどちらですか?」

『み、右手です!』

「わかりました。えっと、やおいの本を買っていただき、ありがとうございます」

 

 と、最大限の感謝を込めた笑顔を浮かべながら、参加者の人と握手をする。

 

『ぐはっ……』

 

 すると、目の前の参加者の人が、胸を抑えだした。

 ど、どうしたんだろう……?

 ま、まさか、手に力を入れすぎた、とか?

 

『あ、ありがとうございます! 俺、一生ては洗いません!』

「洗って下さいよ!? ぼ、ボクなんかと握手しただけで、そこまでやられたら、心配になっちゃいますよぉ!」

『め、女神だっ、女神がいるッ……! 俺、ここのサークル宣伝してきます!』

「あ、あの! い、行っちゃった……」

 

 本、置いて行っちゃったんだけど、今の人……。

 

 

 少し時間が経過し、未だにてんてこ舞いの謎穴やおいのサークル(サークル名:エロ二バース)。

 傍から見てもわかるほどの、大行列っぷりは、否が応でも目を引くものとなっている。

 

『お、おい、あそこのサークルってたしか、謎穴やおいのサークルだよな?』

『ああ、美少女同人作家として、名を馳せている謎穴やおいだな。あそこは、いつも行列ができてるだろ?』

『いや、そうだけどよ、夏〇ミの時とか、ここまでじゃなかった気がするんだが。というか、去年とかも』

『考えてみればそうだな……。あ、そういやさっき、銀髪碧眼のケモっ娘メイドと握手した! って、宣伝している同志がいたような……?』

『なぬっ!? それが確かなら、俺たちも並ばねば!』

 

 と、こんな感じに、先ほど握手をした参加者が宣伝して回っていたことにより、さらなる参加者を確保。

 これのおかげで、どんどん人が集まる。

 今しがた、並び始めた男性参加者二人は、遠目から売り子の姿を見ることができた。

 

『な、なあ、売り子の二人、見たか?』

『ああ、見た見た。メイドさんと巫女さんがいたな』

『……巫女さんも可愛いけどよ、メイドさんの方、やばくね?』

『……ああ、この生涯で最も可愛いと思えた。つか、可愛すぎて、動悸がやべぇ』

『しかも見ろよ、握手もしてもらえるみたいだぞ』

『マジか。これは、並んだ甲斐があったぜ』

 

 あの後、依桜改め、桜が握手をしだすと、今度は椎名にもそれが飛び火。

 サークル代表である、やおいの指示により、椎名も握手を受け付けだす。

 どちらも、美少女であるため、当然のように握手を求め、参加者が集まってくる。

 というか、明らかにそれ目当ての参加者が多いのは、いいことなのか、悪いことなのか、よくわからないところである。

 

 今日、やおいが売り出しているのは二つ。

 

 男性向け創作ということで、男女の恋愛を描いたごく普通の恋愛ものと、同性愛を題材とした作品の二種。

 

 前者は、文面の通りなのだが、後者はやや特殊だ。

 ここで思い出していただきたいのは、やおいがバイであることだ。

 そして、腐女子であること。

 つまり、やおいが書く同性愛の同人誌は……まさかの、BLとGLが二種類セットになったものだ。

 ちなみに、この描き方は、やおいの芸風であり、コ〇ケ恒例のネタらしい。

 

 男性向けエリアで、堂々と女性向けの作品を忍ばせておく辺り、やはり頭がおかしい。

 

 だが、面白いことにこの芸はなぜか高く評価されている。

 と言うのも、やおい自身の技量がとんでもないからである。

 

 実際、プロと見違えるほどに絵は上手く、心理描写も丁寧。さらには、コマ割りも素晴らしいなど、才能のお化けのような存在なのだ。

 

 と言うか、やおいは色々と才能がイカれている部分が多い。

 

 漫画を描く才能、ハッキングの才能、さらには飲食店(メイド喫茶)の経営までこなせるという、どこの二次元キャラだよ、とツッコミを入れたくなるほどの、才能お化けだ。

 

 変態と天才は紙一重なのかもしれない。

 

 話を戻し、現在の状況。

 

 先ほど言った通り、やおいが売り出している作品のうち、同性愛が題材の方は男性向け、女性向け共に入っているとあって、当然のように女性参加者もいる。

 

 中には、もう一方の同人誌を買い求める参加者もいたが。

 

 そして、やはりというかなんというか……桜の人気っぷりはここでも健在だった。いや、むしろここだからこそ、さらに酷くなったと言えるかもしれない。

 同性にすらモテる桜は、オタクたちの心を見事に打ち抜いた(無自覚・無意識)。

 

 例えば、

 

『握手お願いします!』

「いいですよ。お買い上げ、ありがとうございました(にこ)」

 

 と、女神の笑顔を受けた男性参加者は、

 

『おぅふ!』

 

 こんな風に、桜の女神スマイルを受け、大変幸福そうな表情をしながら去っていくのだ。

 そして、もう一つ。

 桜がある意味一番見られている場面と言うのが……

 

「よい、しょ……」

 

 前かがみになって、同人誌を取り出し、机に並べている時だ。

 

 現在の桜の服装と言えば、上半身……特に、胸元が丸見えである。いや、胸元どころか、胸から上、すなわち上乳から上が見えちゃっているので。

 

 つまり、前かがみになるたびに強調される真っ白で柔らかそうな大きな胸に、男性参加者の目は釘付け、というわけだ。

 

 桜は基本的に視線には敏感な方だが、さすがに初めてのコ〇ケ参加ということで、内心かなり緊張している。

 

 そのせいで、いつもの感覚が鈍っており、あまり気付いていない、というわけだ。

 そもそも、元男であると言うのも、間違いなく一因であろう。

 

 恐ろしいものである。

 

 桜本人は、自分の魅力に全く気が付いていないために、男性にとっては非っ常に眼福な存在になってしまっているのである。

 

 前かがみになりつつ、せっせと在庫を並べている姿を見て(主に胸)、なぜか前かがみにになる男性も続出。桜にとっては、よくわからない光景だろう。

 

 ちなみに、前かがみになっている人を見て、桜は、

 

(どうしたんだろう? お腹痛いのかな? ……まさか、無理してまで買おうと……? いい人が多いなぁ)

 

 と言う風に思っている。

 

 本当に、女神である。

 性知識がないが故の、天然。

 

 むしろ、ここですごいと思えるのは、元男でありながら、前かがみになる理由がわからないということだろう。

 

 高校一年生になるまでの間で、必ずと言ってもいいであろう程に触れるはずの、性知識が欠如。奇跡過ぎて、逆に怖い。

 

 女子より純粋な男子と言うことをおかしいと思ってしまうのはなぜだろうか、と翔は以前思った。

 

 ところで、そんな翔とクマ吉は何をしているのかと言えば……

 

「そちらは、隣のサークルですので、こちらに並んでください!」

「あ、こらそこ! 割り込みしないで! は? 今すぐ買わないとなくなる? んなもん、ここに並んでる人、みんな思ってるわ!」

「すみませーん! 二列でお願いします! なるべく、他のサークルに被らないでください!」

「おらおらー! ちゃんとルール守らないと、オレたちんとこのボスが、ルールを守らない奴をモデルにしたBL同人描いちまうぞー!」

 

 こんな風に、参加者の整理を行っていた。

 

 落差がとんでもないことになっているのは、気にしないでもらいたい。

 

 翔は普通に整理をしているが、クマ吉の方は、明らかに酷いものだ。

 特に、脅迫まがいのことを言っている時は、酷い。

 まあ、逆にそれのおかげで列がちゃんと整ったのだが。

 

 というか、この大行列の原因は、明らかに桜が握手をしたことである。

 

 最初に握手をした人がSNSやら、口頭やらで宣伝したせいで、銀髪碧眼ケモっ娘メイドの姿を一目見ようと来る参加者が続出。

 

 中には、純粋なやおいのファンもいたのだが、これではアイドルの握手会のような状態だ。

 

 もっとも、やおい自身は上手く頒布できてるからいいや、と思っているが。

 まあ、よく知らないで買っても、大体の人は気に入るのだが。

 こんな感じで、せっせせっせと頒布、握手会をしていき……

 

「ありがとうございましたー!」

 

 無事、完売となった。

 

 

「はあぁぁ~~~~つ、疲れたよぉ……」

「同じく……もうへとへとよ……」

「俺もだ。……さすがに、ぶっ通しで整理はきつい」

「マジでそれな。……途中、割り込みやら、列を守らないやら、そんな奴らが現れて、マジでしんどかったぜ」

 

 お昼になる頃には、ボクたちは全員へばっていた。

 

 会場からわずか二時間で本が完売。

 いつもより多めに、千五百冊ほど刷っていたらしいのだけど、あまりにも参加者の人たちが多く来たため、午前中で完売。

 

 予定では、お昼に完売する予定だったそうだけど、思いの外広まってしまったらしく、朝で終了となった。

 

 当然、二時間も忙しなく動き回っていたこともあって、肉体的、精神的に疲れてしまっていた。

 ボクも、久々に体が疲れたよ……。もっとも、向こうの世界ほどじゃないけど。

 

「みんな、お疲れさま~。はいこれ。事前に買っておいたご飯だよー」

 

 ボクたちがへばっているところに、いつも通りのやおいが来て、それぞれにご飯が入った袋を手渡してきた。

 中身を見ると、コンビニのおにぎりや、サンドイッチなどが入っていた。

 

「なんか、悪いわね、色々とおごってもらっちゃったりして」

「いやいや、これくらいは当然だよ。わたしの私情を手伝ってもらっているわけだしね。しかも、桜ちゃんと椎名ちゃんには、かなり無理させちゃったし」

「ま、まさか、握手会みたいになるとは思わなかったよぉ」

「そうね……。私も、さすがに疲れたわ。……たまに、手がベタベタしている人もいたのがちょっとあれだったけど」

「あ、あははは……」

 

 たしかにそう言う人もいたけど……汗っかきなだけで、仕方ないことなんじゃないかなぁ。

 体質には文句言えないよ。

 

「しっかしよー、オレたち、午前中に終わったろ? これからどうするよ?」

「そうだねぇ。まあ、各々自由に、って感じかなー。まあ、最低一人はここにいないといけないけど」

「それもそうだな。ここには、売上とかもあるし。……それなら、俺が見張りをしよう」

「いいの、翔君?」

「ああ。どの道、俺はアニメやマンガはそこまで詳しくないしな。……まあ、本音を言うと、疲れただけだが」

 

 そう言う翔は、かなり疲れた様子だった。

 冬だというのに、汗だく。

 見れば、態徒も同じような状態だった。

 まあ、あれだけの行列を捌いていたわけだしね……当然と言えば、当然か。

 

「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて……ご飯を食べたら、色々なとこ行こっか! 個人的には、コスプレエリアとかも行きたいし、あとは、商業ブースとかね」

「それなら、はぐれるとあれだし、四人で行きましょうか」

「そうだね」

 

 と、翔を含めないいつものメンバーで行こうと思ったら、

 

「あー、悪いけど、オレもパス」

「およよ? 珍しいね、クマ吉君が行かないなんて」

「いやぁ、オレもすっげえ疲れちまってな―。それに、男一人に美少女三人の光景とか、マジで嫉妬の対象だからな。ただでさえ疲れてんのに、余計な疲労が来てみろ。オレ、死ぬぜ? 主に頭皮が」

「そっか。まあ、それもそうだね! じゃあ、レイヤーさんの写真は撮ってきてあげるよ!」

「お、マジか。それは助かるぜ!」

「それなら、行くのは、私と桜、あとやおいの三人でいいのね?」

「ボクは大丈夫だよ」

「もちろん、わたしもさ!」

 

 と言う感じで、女の子三人での行動となりました。

 ……あれ、ボクって女の子換算でいいのだろうか?




 どうも、九十九一です。
 なんか、三人称視点の部分が多くなってしまったような……まあいいか。変な進み方するのはいつものことですしね!
 さて、今回の日常回、マジで長い。普通に、2章の話数超えちゃってるんだよなぁ……。まあ、だらだら書いているのも、いつものことと言えばいつものことなんですけどね。……いいのか?これ。
 えーっと、もしかすると、今日も2話投稿になる可能性があります。出すとしたら、17時か、19時のどちらかですね。なるべく、17時にしますが。まあ、出せたら、ですので、あまり期待しないでくださいね? 最近、マジで遅筆なので……。
 もし、無かったらいつも通りの時間ですので、よろしくお願いします。
 では。


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163件目 依桜ちゃんと冬〇ミ5

 やおいに連れられて、ボクたちは商業ブースにやって来た。

 

 商業ブースと言うのがよくわからなかったので、やおいに尋ねた。

 

 簡単に言ってしまえば、ゲーム会社や、アニメ会社、他にも出版社や放送局なども来るそうで、こちらで参加する人たちのことを、企業参加者と言うらしい。

 と言っても、ボク自身は大抵よくわからないんだけどね。

 

「お、奇跡的に前の席が空いてる」

 

 声優さんのイベントが開かれるスペースに来ると、やおいが言うように、前の席が空いていた。

 運がいいということらしい。

 

 ……あれ、もしかしてボクの幸運値が関わってたりする?

 ……まさかね。

 

 とりあえず、三人で空いていた席に座る。

 このイベントは、整理券などはないようで、本当に早い者勝ちなんだそう。一応、立ち見でもOKらしいけど。

 

「むー……」

「どうしたの、桜ちゃん?」

「えっと、なんだか視線を感じるなーって」

「あー、まあ、桜はその格好だからね。普通に考えて目立つでしょ」

「だ、だよね……」

 

 特に、胸の辺りに視線が集中しているような……?

 やっぱり、大きいと気持ち悪いのかな……?

 

「まあ、大丈夫だよ。少なくとも、マイナスな感情とかじゃないから」

「ほんとに?」

「うん。そもそも、桜ちゃんを嫌うような人なんて、そうそういないよー。ね、椎名ちゃん?」

「そうね。というか、欠点らしい欠点がない上に、容姿も整ってるから、嫌う人はいないと思うわよ。いるとすれば……死ッと丸出しの女くらいじゃないかしら?」

「欠点ないはないよぉ。ボク、お化けとか苦手だし……すぐ怖がっちゃうし……。それに、欠点がない人って、そう言うのも平気な人のことを言うんじゃないの?」

「あー、そういう意味じゃないんだけどねぇ。まあ、桜ちゃんだからね。そこがいいとこでもあるんだけど」

「??」

 

 最近、みんなが何を言っているのか理解できないことがあるんだけど……どういう意味なんだろう?

 

『ご来場の皆様、お待たせしました! これより、宮崎美羽の単独イベントを開始します!』

『おおおおおおおお!』

 

 …………うん? 宮崎、美羽?

 

 あ、あれ? なんか、どこかで聞いたような名前なんだけど……。

 ま、まさか、ね?

 

『それでは、宮崎さん、どうぞ!』

 

 司会の人がそう言った瞬間、舞台袖からどこかで見た……と言うか、九月に一度会ったことがある、あの時の女優さんが登場した。

 え、せ、声優? 俳優じゃなくて?

 

「みなさーん、こんみうー!」

『こんみうー!』

 

 今の、独自の挨拶?

 せ、声優さんってこう言うことするの?

 あ、あれ? なんか、初めて会った時と、全然違うような気がするんだけど……。

 

「では、改めまして、アニメ『エンドレス・ウィンター』のメインヒロイン、雪宮雪役の宮崎美羽です! 今日はよろしくお願いします!」

『わあああああああああ!』

 

 や、やっぱり、美羽さんだ。

 え、美羽さんって、声優さんだったの……?

 でもたしか、ドラマの方でメインヒロインをやっていたような気がするんだけど……。

 

「みなさん、元気ですね。私も嬉しいです。冬ですからね、インフルエンザや風邪などに負けないくらいのその元気があれば、きっと大丈夫ですよね!」

 

 て、テンションが高い。

 あの時は、普通の人って感じだったんだけど……やっぱりこれ、演技してる、のかな?

 

『というわけで、早速イベントの方を進めていきたいと思います。まずは、質問コーナーから! 今回のイベントに際しまして、事前にSNSで質問を募っております。今回は、そこからいくつかピックアップして、宮崎さんに尋ねたいと思います。準備はよろしいでしょうか?』

「はい! いつでもどうぞ!」

『わかりました。では、まず最初の質問です――』

 

 と、質問コーナーが始まり、過去に演じた役で一番印象に残ったキャラクターは誰、とか、逆に演じ難かったキャラクターは誰か、とか、そう言った仕事面の質問が多かったけど、中には、好みの人とか、彼氏はいるのか、と言った色恋に関わる質問もあった。

 

 やっぱり、人気があると、そう言う質問もあるのかな?

 すごいなーと感心しながら、ぼけーっとイベントを眺めていると、

 

『それでは、続いての質問です。おや、次も色恋に関する質問ですね。これを選んだ人は、どんだけ売れっ子声優の色恋沙汰を知りたいんでしょうかね? まあ、いいです、えーっと、『好きな人はいますか? もしくは、気になる人』だそうです。好みに近そうですね。それで、どうでしょうか』

「え、えっと……ひ、一人、気になっている人が、います」

 

 と、美羽さんが顔を赤くしながらそう言った瞬間、会場がざわつきだした。

 

 耳をすませば、『一体どんな男が?』とか、『美羽たんの心を射止めた強者はどこのどいつだ?』とかなんとか。

 

 こう言うのって、割とスキャンダルになりかねないような気はするんだけど……大丈夫なのかな、美羽さん。

 なんて、他人事のように考えていたら、とんでもないセリフが美羽さんの口から飛び出した。

 

『え、えーっと、その方はどういった方でしょうか?』

「そ、その……九月ごろに一度だけお会いしたんですけど、危ないところを助けていただきまして……。まあ、その、気にはなってますね」

 

 ……く、九月? 危ないところを助けた……?

 

 な、なんだか、身に覚えのある話だなぁ……。

 ま、まあ、きっとボクと同じようなことをした人だと――

 

『なるほど。して、その方は……?』

「名前は教えてもらったのですけど、それ以外はよく知らなくて……。綺麗な銀髪で、翡翠色の瞳をした人で」

 

 その瞬間、椎名とやおいがバッとこっちを振り返って来た。

 ちなみに、明らかに特徴が被りすぎているボクは……ガタッ、と音を立てて少しこけた。

 

「あと、年下って言うことしか。……あ、丁度、最前列にいるあのメイドさ、ん……?」

 

 その音に気付き、美羽さんがこっちを見てきて、表情が固まった。

 見れば、驚愕の表情で固まっている。

 ……だらだらと汗が流れる。

 

「い、い……依桜ちゃん!?」

 

 大声で名前を呼ばれたことで、ボクは天を仰いだ。

 

 

「い、依桜ちゃん、ですよね?」

「……ち、違います、よ? ぼ、ボクは桜、です」

「え、でも、あの時……」

「さ、桜、です」

「うーん……あ! コスプレ用の名前?」

「そ、そう、です……」

 

 か、隠しきるなんて無理だよぉ!

 だって、バッチリ平常時の姿見られてるもん! 九月に!

 というか、イベントそっちのけで、ボクと会話してるような気がするけど、大丈夫なの!?

 

『あーえっと、そちらの大変可愛らしい銀髪碧眼ケモっ娘メイドさんは、宮崎さんのお知り合いで?』

「そ、その……ちょっと、お会いする機会があって、その……」

『ほおほお! なかなかに面白い展開ですね! これは、是非とも登壇してもらわなくては!』

「ええ!?」

『それでは、桜さん、でいいんでしょうか? とりあえず、ステージに上がってきてもらえますか?』

 

 ど、どうしてこうなったの……?

 見れば、まったく断れるような雰囲気ではない気がして、仕方なくステージに上がることに。

 

『え、何あの娘、めっちゃ可愛い……』

『あんなレイヤーさん、いたか?』

『無名……? まさか、初参加、とか?』

『ヤバイ、可愛すぎて、脳死する……』

 

 うぅ、恥ずかしい……。

 な、なんでこんな公の場に出ないといけなくっちゃったの……?

 

『えーっと、自己紹介をお願いできますか?』

「ふぇ!?」

『おや、可愛い悲鳴ですね。それで、できれば自己紹介をお願いしたいのですが』

「わ、わかりました。え、えっと、これって何を言えば……?」

 

 さすがに、こんな状況は初めてなので、何を言えばいいのかわからない。

 と言うか、ボクと同じ状況になった人とかいるの? あと、スポンサー的に、この状況って大丈夫?

 

『あ、そうですね。とりあえず、お名前と、参加しているのであれば所属サークルを。それから、コ〇ケに参加した経緯を教えていただけるとありがたいです』

「わ、わかりました。えっと、さ、桜、です。さ、サークルに所属しているわけじゃないんですけど、今日は友達のお手伝いで参加しました」

『お手伝い、ですか。それってもしや、お隣座られていた、あそこにいるオレンジ髪の双〇コスをした?』

「え、っと双〇が、どういったキャラクターかわかりませんが、そうです」

『なるほど。美少女同人作家として有名な、謎穴やおいさんのお友達でしたか! とんでもないご友人をお持ちのようで、素晴らしいですね。ということはもしや、反対側に座っていた、霊〇コスの巫女さんも?』

「お、幼馴染です」

 

 ボクが幼馴染だと言うと、なぜか会場が沸いた。

 

『幼馴染! まさかの、美少女の幼馴染! 大変すばらしい関係性です!』

 

 す、素晴らしい?

 いや、たしかに、椎名は可愛い、と言うより美人だけど……。

 

『ところで、そのぴったりすぎるシグ〇ットのメイド衣装は……?』

「こ、これは、やおいが無理矢理……その、す、すごく恥ずかしいんですけど……」

『なるほどなるほど。謎穴やおいさんが割と変態なのは周知の事実でしたが、どうやら恥ずかしがる美少女に露出が多い衣装を着せるほどの変態のようです。GJ!』

「ぐ、GJ? ぼ、ボクとしては恥ずかしすぎるんですけど……」

『おお! 銀髪碧眼ケモっ娘メイドだけでなく、ボクっ娘でもあったんですね! 何と言う萌え要素の塊! 可愛い、可愛すぎます!』

「そ、そんな。ボクはそこまででもないですよ。その、美羽さんの方がきれいだと思いますし……。それに、ボク以外にもいっぱいいますよ……?」

 

 歩き回っている時に、コスプレをしている人を多く見かけたけど、本当に可愛い人や、綺麗な人が多かった。

 それに比べたらボクなんて、そこまで可愛くないと思うんだけど……。

 

『ご謙遜を! 十分どころか、百分くらいですよ! ねえ、宮崎さん!』

「はい! 桜ちゃん、すっごく可愛いいですよ! 個人的には、大好きですよ! 自信もって大丈夫です!」

「ふぇ!? そ、そそそ、そんなことはっ……! え、えと、あの……あ、ありがとう、ございます……」

(((何あの可愛い生き物)))

 

 は、恥ずかしいよぉ……!

 正面切って好きって言われるとは思わなかったよぉ……不意打ちは卑怯だよぉ……。

 うぅ、なんであんなに楽しそうなの? 美羽さん……。

 

『気を取り直して……。桜さんと、宮崎さんが出会った経緯を教えて下さい』

 

 あ、あれ? なんでもなかったかのように質問コーナー? が始まったんだけど……。

 

「そうですね。きっかけは、ドラマの撮影ですね」

『ドラマ……? ああ、先ほど言っていた』

「そうです。それで、とあるワンシーンを撮り終えて、階段付近にいる時に、悪ふざけをしていた男性二人組とぶつかってしまって、階段から落ちちゃったんです」

『なるほどなるほど』

「その時に、桜ちゃんに助けてもらいまして……それが初めて会った時、ですね」

『具体的にはどのような感じで?』

「えっと、落ちている途中でお姫様抱っこされて、そのまま……」

『お、落ちている途中ですか? どこの主人公ですか、それ』

 

 うっ、自分でやったことを正面から言われると、すっごく照れる……。

 美羽さんだって、顔を赤くしているのに、なんで平気なの?

 ボクなんて、恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら俯いてるよ?

 

『そう考えると、桜さんは運動が得意なんですか?』

「得意、と訊かれれば、得意、です」

『なるほどー。すごいですね! でも、よく階段から飛び降りれましたね?』

「か、階段くらいなら、まあ……。大きな建物から落ちていたら、ちょっと大変でしたけど……」

『その場合、大変と言うより、不可能では?』

「……あ! そ、そうですよね! 不可能、ですよね!」

『そうですよー。もしかして、天然なんですか?』

「そ、そんなことはない、と思うんですけど……。友達には言われます……」

 

 ボクって、絶対天然じゃないと思うんだけど。

 

『天然はみんなそう言います。それにしても、随分運命的な再会ですね。……まあ、場所がコ〇ケのイベント、と言うのが何ともあれですが』

 

 苦笑い気味そう言う司会の人。

 運命的、というわけではないと思うけど……どうなんだろう?

 やっぱり、女の人的には運命的に感じる物、なのかな?

 

「そうですね。私も、まさかここで再会するとは思ってなくて、びっくりしましたけど、すごく嬉しいですよ」

『ですよね。それで、桜さんはどうなんですか?』

「ぼ、ボクも、その……う、嬉しい、です」

『おやおや、顔が真っ赤ですねぇ。やっぱり、恥ずかしがり屋な感じで?』

「ひ、人前に立つのは、あまり得意じゃなくて……そ、それに、今の格好が恥ずかしくて……」

「そんな姿も可愛いですよ、桜ちゃん!」

「ふぇ!? あ、あんまりそう言うことを言わないでくださいぃ……」

『冬〇ミにこのような、可愛さのお化けがいるとは思わなかったです』

 

 ひ、酷い言われような気が……。

 ボク、お化けじゃないよぉ……。

 

『おや、どうやらもう時間のようですね。それでは最後に、宮崎さんの歌で締めくくろうと思います!』

『Yeahhhhhhhhhhhhhhh!』

「あ、え、えっと、ボクは戻っていいんですか……?」

『あー、そうですね……あ、じゃあ、丁度ここにタンバリンがありますので、こちらをリズムに合わせてたたいていただければ』

「なんであるんですか!?」

『なんとなくです』

 

 なんとなくで置かれているって、かなり怖いような気がするのはボクだけ……?

 

『それでは、よろしくお願いします!』

「え、ほ、ほんとにやるんですか!?」

『当然です! 宮崎さんも、その方が嬉しいですよね?』

「はい! ぜひ、お願いします!」

 

 わ、わぁ……綺麗な笑顔……。

 う、うぅ……恥ずかしいけど、こんな綺麗な笑顔で頼まれたら、断れないよぉ……。

 

「わ、わかりました」

 

 そう言って、ボクは視界の人からタンバリンを受け取った。

 

 そして、音楽が流れだし、美羽さんの歌が始まった。

 美羽さんの邪魔にならないよう、タンバリンを打ち鳴らすボク。

 

 ……なんだろう、すっごく浮いてるような気がするよ。

 

 とはいえ、途中からなんだか楽しくなってきて、そんな考えはほとんどなくなっていき、結局ノリノリでタンバリンを叩いていた。

 

 

「それではみなさん、最後までありがとうございました! またどこかでお会いしましょー!」

 

 そして、無事にイベントは終了となった。

 

『宮崎さん、そして、突発的に参加してもらった桜さん、ありがとうございました! これにて、単独イベントは終了となりました。皆様、お忘れ物がないようにお願いします』

 

 それを聞いてから、ボクはステージを降りた。

 

「お疲れ様、桜。頑張ったわね」

「おつかれー、桜ちゃん。よかったよー」

「……ありがとう」

 

 二人の労いの言葉が沁みました。




 どうも、九十九一です。
 なんとかぎりっぎりで間に合いました。途中、書いていた小説が、ブレーカーが落ちたことによって一度消えましたが、なんとか自動保存が働いて無事でした。危うく、心がぽっきり行くところだった……。
 えー、すごく久しぶりのキャラクターの登場ですね。覚えている人とか、いるのかな? 34件目以来なので、忘れている人が多そう……。正直、今後も登場させるか未定なんですけどね。
 というか、結局5話で終わらなかった……。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。


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164件目 依桜ちゃんと冬〇ミ6

「というわけで、こんにちは、桜ちゃん」

「こ、こんにちは、美羽さん」

 

 イベント終了後、今日やる仕事が終わり、フリーになったということで、美羽さんが声をかけてきた。

 

「えっと、お友達、だったよね? お名前は?」

「椎名です。と言っても、本名じゃないですけど」

「やおいでーす! あぁ、生で見れるだけじゃなくて、こうして会話できて嬉しいです!」

「ふふっ、そう言ってもらえると、私も嬉しいです。でも私、実はやおいさんのファンだったりするんですよ」

「ほんとですか!?」

「ほんとですよ。……ここだけの話、私百合でして……」

「ほう! それはそれは……ということはもしや、桜ちゃんのこと?」

「……そうです。やっぱり、命の恩人ですし、お姫様抱っこもされましたから」

 

 なんか、二人が盛り上がってる?

 何を話してるんだろう? よく聞こえない。

 

「なるほど! ふむ、でしたら今度、桜ちゃんと美羽さんをモデルにした作品を描きましょうか?」

「いいんですか!?」

「もち! 好きな声優のためとあらば、この謎穴やおい、一肌脱いじゃいますよ!」

「ありがとうございますっ! それじゃあ、連絡先の交換をお願いできますか?」

「いいですよ! LINNやってます?」

「やってますよー。えーっと、これ、私のQRです」

「では失礼して……はい、登録できましたよ」

「ありがとうございます! これで、お友達ですね」

「ですね!」

 

 がしっと、なぜか笑顔で堅く握手をしているやおいと美羽さん。

 一体、何をしたんだろう? どうも、LINNの交換していたみたいだけど……。

 

「では、お友達ですし、敬語はなしにしましょうか」

「お、いいんです?」

「もちろん! 個人的には、推しの作家さんですからね。ぜひぜひ」

「こっちも、好きな声優さんとこうして話ができて嬉しいよ! ならば、遠慮なくためで!」

「ありがとう。やっぱり、敬語は疲れちゃって……」

「だよねぇ。わたしも、あんまり好きじゃないんだぁ」

「わかるわかる。私なんて――」

 

 すごい、ボクと椎名そっちのけで意気投合しちゃってる。

 どうも、美羽さんはかなりの売れっこ声優らしいけど、そんな人とすぐに意気投合して、友達になっちゃうやおいも大概だよね、これ。

 ボクには絶対できないよ。

 

「あ、ごめんなさいね。えっと、その……よ、よかったら二人もLINNを交換してもらえないかな?」

 

 と、美羽さんが恥ずかしそうにしながら、そんなお願いをしてきた。

 

「私は構いませんよ」

「ボクも大丈夫です。でも、いいんですか? その……一応ボクたち、一般人ですけど……」

「いいのいいの。私、あんまり友達とか多くなくてね。だから、友達になってくれると嬉しいなー、って。ダメかな?」

「いえいえ! こちらこそ」

「ありがとう! それじゃあ、早速……」

 

 手早くLINNの友達交換を済ませる。

 

「ありがとう、二人とも」

「いえいえ。ボクとしても、プロの声優さんと交換できて嬉しいですよ」

「私もです」

「ふふっ、そう言ってもらえると、私も嬉しいな」

 

 そうやって微笑む美羽さんは、やっぱり綺麗だった。

 たしか、美羽さんって二十歳、だったよね?

 

 ……あれ、実際のボクの年齢と一つしか違わない、んだよね?

 

 ……なんだろう、この敗北感。

 ボク、一応十九歳だけど、ここまで大人っぽさがないんだけど。あれ? なんで? や、やっぱり、身長? やっぱり、慎重なの?

 見た感じだと、美羽さんって、160後半近くあるよね?

 う、羨ましい……。

 

「それで、三人はこの後どうするのかな?」

「えっと……やおい、どうするの?」

「そうだねぇ。やっぱり、コスプレしてることだし、コスプレエリアかなー」

「なるほど。もしよかったらなんだけど、私も同伴してもいいかな?」

「もちろんいいよ! 美羽さんが一緒って、かなり貴重だもんね!」

「ふふふ。私、確かに同年代じゃ売れてる方かもしれないけど、ベテランってわけじゃないからねー。だから、そこまで貴重じゃないかもよ?」

「いやいや。これでもし、後にベテランと呼ばれる時期が来れば、この時の体験は貴重だよー」

「なるほど。そう言う見方もあるね。でもまあ、とりあえず行こ」

「はーい」

 

 と言うことで、ボクたち四人でコスプレエリアに行くことになった。

 

 

 それで、来たはいいんだけど……。

 

『すみませーん、こっちに目線くださーい!』

『あ、こっちも!』

『こっちにも!』

「あ、あは、あははは……」

 

 ボクたち……と言うより、ボクはカメラを持った男の人たちに囲まれ、苦笑いを浮かべていた。

 なぜこうなったのかと言うと、それは、数分前のこと。

 

 

 やおいの予定であったコスプレエリアに、四人で向かう。

 

 そこには、コスプレイヤーの人たちが大勢いて、同時にカメラを持った人たちも多く見受けられた。

 中には、なぜか、かなりのローアングルから撮影している人もいた。

 そんな人たちが気になって、やおいに尋ねる。

 

「あー、あれはカメコだよ」

「カメコ?」

 

 なんだか、聞き慣れない単語が飛び出してきた。

 

「本来は、カメラが趣味で、写真撮影をする年少者に付けられたあだ名のようなものだったんだけど、見ての通り、女性コスプレイヤーの人たちの胸部やら下半身を執拗に撮る人たちがいるでしょ? そんな人たちに対する皮肉を込めて、カメコ、って呼ばれてるんだよ」

「なる、ほど?」

「やおいさんの言うとおりだよ、桜ちゃん。桜ちゃんのその服装だと、結構狙われるかもしれないね」

「そ、そうですか? たしかに、胸元も大きく開いちゃってますし、スカートも短いから、ちょっと危ないかも……」

 

 元男と言えど、やっぱりみられるのはちょっとね……。

 

「ちなみに、他の人たちの名誉のために言うけど、本来はいい意味で使われてるからね? あくまでも、礼儀をわきまえないような人たちに付けられたものだから、マイナスに捉えないでね?」

「うん、わかった」

 

 そう言う話を聞くと、ちゃんとしている人がかわいそうだよね……。

 

 似たような話だと、とあるアイドル系アニメの一部のファンが、マナーが悪くてニュースに取り上げられたりして、非難されていた、なんてものがある。

 あれを聞いていると、ちゃんとマナーを守って楽しんでいる人たちがかわいそうだよね。だって、少数の人がそれをしたら、マナーを守っている人まで悪くみられちゃうんだもん。

 

 たった一人が間違いを犯しただけで、その他大勢に飛び火するんだから、本当に危ない世の中だよ。

 

「まあでも、桜がそう言うことをされれば、すぐにわかるでしょ。桜、視線には敏感だしね」

「ま、まあ、色々とね……」

「ちなみに桜ちゃん。もし、盗撮とかされてたらどうする?」

「え? う~ん……」

 

 やおいにそう訊かれて少し考える。

 そうだなぁ……。

 

「あまりにも酷いようだったら、今日一日、写真撮影をできないようにする、かな。あと、その写真は消す」

「え、桜ちゃん、そんなことできるの?」

「あ、え、えっと、まあ、その……一応」

「すごーい! ねえ、それってどうやってるの?」

 

 うっ、それって言ってもいい、のかな……?

 

 さすがに、椎名たち以外に言うのってまずいような気がするし……そもそも、知り合ったばかりの人だよ?

 大丈夫、なのかな?

 あれ、一応向こうの世界に関わるようなことだし。

 

 うん、ここはちょっと誤魔化しを入れよう。

 

「えっと、ツボを押して、色々とできるんです」

「ツボ? えっと、それって、体の至る所にある、あのツボ?」

「そうです。ボクの師匠から教わった技術なんですけど、それを使っていろんなことができるんです」

「なるほど~。すごいね、桜ちゃん。ところで、師匠さんがいるなら、桜ちゃんって何かの武術をやってたりするの?」

 

 ま、またしても答えにくいものが……。

 

 武術、なのかな、あれ。

 暗殺技術を教えてもらったけど……一応あれも、戦闘に用いられるものだし……武術、と言えば、武術なのかな?

 

「ま、まあ」

「すごいねぇ。結構強かったり?」

「少なくとも、変な人に絡まれても余裕くらい、でしょうか?」

「へぇ~。あー、だから、私が階段から落ちた時に、あんな動きができたんだー」

「そうですね。師匠に、みっちり鍛えられましたから、ね……」

「どうしたの? 遠い目をして」

「い、いえ、ちょっと嫌なことを思いだして……」

 

 嫌なことどころか、地獄だったけどね。

 

「まあでも、桜は、どんな荒事も一人で対処可能よね」

「だねー。桜ちゃん、かなり強いもん。少なくとも、武装した集団を一人で対処できちゃうもんね?」

「え、そうなの!?」

「い、いや、さ、さすがにやおいの言いすぎですよ」

 

 もぉ! 何言ってるの、やおい!

 絶対だめだよ!

 た、たしかに一度、本当にやってるけど……。

 あれだって、内心かなりドキドキしてたんだからね?

 

「だ、だよね? ……でも、不思議とできちゃいそうなんだけどなぁ、桜ちゃん」

「ふぇ?」

「なんとなく、雰囲気がね。私のお父さんって、プロの格闘家なんだけど、近くでそう言う強い人たちを見てきたからなんとなくわかるの。あ、この人は強いなー、って」

 

 何その能力。

 少なくとも、二十歳の女性が持つような能力じゃないような?

 

「だから、できても不思議じゃないかな、って」

 

 まさか、雰囲気でそう思われるとは思わなかった。

 椎名たちの場合は、その場面を見られちゃったからだからね……。

 でも、見られてなかったら、言わなかったかもしれないけど。

 

「でも、そっかー。私の勘は外れちゃったか」

 

 ちょっと残念そうな美羽さん。

 いや、外れてないです。むしろ、大当たりです。

 

「そう言えば、桜ちゃん、太腿の辺りに何か着けているように感じるんだけど……それは?」

 

 ……嘘。美羽さん、擬態させていたナイフポーチを見破ったんだけど。

 もしかして、演者だから? 観察眼で見破ったの?

 え、すごくない?

 

 それとも、単純にボクと相性の悪い能力だったのか……い、いや、そんなことはないはず。一応これ、暗殺者の能力の一つだし……覚えたの、最近だけど。

 だとすると、単純に美羽さんがすごいだけ?

 え、おかしくない?

 

「ねえ、やおい。桜の太腿に何かあるように見える?」

「ううん? なーんにもないように見えるけど……」

「あれ、二人には見えてないの? なんか、ポーチのような物が見えるんだけど」

 

 ほ、本当に見えてる!

 おかしい。一応、ボク的に見たら、一般人だよね、美羽さんって。いや、声優さんだけど。

 どちらかと言えば、戦闘技術を持っていない、普通の女性だよね?

 なのに、なんで見破れちゃってるの……?

 

「え、えっと、これは、その……ご、護身用の武器、です」

「なるほど~。たしかに、桜ちゃんの外見だとあった方がいいよね」

「そ、そうです」

 

 よかった、信じてもらえた……。

 二人をなんとなく見ると、納得したような表情をしていた。

 あ、気付いてるね、あの二人。何が入っているのか。

 

「それじゃあ、話もそこそこに――」

 

 と、美羽さんが言いかけた時だった。

 

『あ、あの、メイドさん!』

 

 ふと、誰かに声をかけられた。

 きょろきょろと周囲を見回すけど、ボク以外にメイド服を着た人は見当たらない。と言うことは、ボクだと思う。

 

「え、えっと、ボク、ですか?」

『そうですそうです! あ、あの、写真を撮らせてもらってもいいですか!?』

「……え?」

 

 

 そして、今に至ります。

 最初に写真を撮らせてほしい、と言ってきた男性の参加者さんが写真を撮り始めると、なぜかボクの周辺に人だかりが出来始めた。

 そうして、気が付けば、大勢のカメラを構えた人に囲まれてしまったわけで……。

 

「おー、見事に大人気だねぇ、桜ちゃん」

「……他人事に行ってるけど、私たちも大概じゃないかしら?」

「にゃはは~、まあ、美少女のコスプレだからねぇ。桜ちゃんには劣るけど」

「たしかに、桜ちゃんすっごい可愛いから、ああなるのも不思議じゃないね」

「友達として、花が高いよー」

 

 そんな、やおいたちの会話が聞こえてくるけど……できれば、助けてほしいです。

 

 なんて思うんだけど、見れば、三人も写真を頼まれている。

 椎名とやおいも、普通にコスプレしているし、美羽さんだって、コスプレはしていないけど、かなり美人。その上、売れっ子声優としての知名度もあって、囲まれてしまっていた。

 ボクほどではないけど、かなり多く見える。

 こ、これ、大丈夫?

 

『すみませーん! ポーズをお願いしてもいいですか?』

「ぽ、ポーズ? え、えっと……こう、ですか?」

 

 なんとなく、両膝に手をついて前かがみになってみる。

 これ、以前モデルをした時にやったポーズだったり。

 正直、ポーズと言われても、これくらいしか思い浮かばなくて、なんとなくこれにしてみた。

 

 すると、

 

『おおおおおおおおおおおお!』

 

 なぜか、歓声が上がった。

 

 あ、あれ? そんなにいいポーズなの? これ。

 ものすごい勢いでシャッターが切られてるんだけど。

 

「……あの、もしかして、桜ちゃんって……天然エロ?」

「実はそうなんです。あの娘、かなりの天然系エロ娘で……」

「ちなみに、本人は、子供を作る方法を、未だにキスだと勘違いしているほどの、ピュアです」

「え、何それ可愛い……。あんなに可愛くて、性格もいいのに、ピュア……? 天は二物どころか、三つも与えちゃったんだね」

「三つどころか、五個以上与えちゃってるけどねぇ」

「そんなに? ……桜ちゃん、何者?」

 

 なんか、三人が何かを話しているような……?

 ボク、どうすればいいんだろう?




 どうも、九十九一です。
 まっっったく、終わる気がしないんですが、日常回。おかしい、本来であれば、とっくに終わって、5章に入っているはずなのに……。やっぱり、体育祭でやりすぎて、反動が来てるのか……?
 えー、そんなわけで、今日も2話投稿になります。さすがに、長すぎますからね。1日1話にしてたら、下手すると、年内に5章いけない可能性ありますからね。少なくとも、日常回が終わるまでは、2話投稿になるかと思います。
 そうですね……多分、17時か19時ですね。まあ、いつも通りです。今日は多分、じゃなくて、確実にもう1話出すのでよろしくお願いします。
 では。


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165件目 依桜ちゃんと冬〇ミ7

 突発的に始まってしまった、桜の写真撮影。

 まあ、桜を知る者からしたら、当然の結果と言えるだろう。

 

 ちなみに、

 

『や、やばい、銀髪碧眼ケモっ娘メイドさん、やばすぎる!』

『こんな娘、今までいなかったし、やっぱ初参加だよな?』

『そういやさっき、美羽たんのイベントで出てたぞ!』

『じゃ、じゃあ、芸能人、とか?』

『いやいや、友達の手伝いできた、って言ってた』

『マジか。どう見てもそう言うタイプじゃなさそうなのに、手伝いに来るとか……マジ天使じゃん』

『それにしても、あの尻尾と耳、どういう原理で動いてるんだ?』

 

 と言った反応が見受けられる。

 

 幸いなのは、桜が以前インターネット上で話題になった、『白銀の女神』だと気付かれていないことだろう。

 気付かれたら、それこそ大惨事だ。

 

 バレていない要因と言えば、現在の服装と、頭部とお尻に付いているものだろう。

 耳と尻尾があるだけで気付かれない。

 

 というわけなのだが……まあ、それもすぐに見破られるだろうが。

 

 実際、

 

『……あれ? 今思ったんだけどよ、あの娘、白銀の女神じゃね……?』

『は? 何言って……いや、たしかに、似てる……?』

 

 こんな風に、疑い始めているものが出始めたからだ。

 

 意外とあっさりバレるものだ。

 

『……って、いやマジで女神じゃねーか! 見ろよこの画像!』

『うっそ!? え、マジかよ! こ、コスプレもするのか?』

『あ、あんなに可愛い娘が、あんなエロい恰好するとか……最高すぎる』

 

 こんな風に。

 

 桜が一時期(現在もだが)インターネット上で話題となった美少女であると知り、さらに人が集まってくる。

 

 桜自身は、なんで? と思っていることだろうが、騒ぎが聞こえていた椎名たちは、『あっちゃー』と思った。

 

 まあ、そもそも、バレないというのがあり得ない。

 桜ほどの容姿の人間が、他にいるとは考えにくいためだ。

 ましてや、銀髪碧眼など、日本じゃまずいないだろう。

 存在が稀有、というわけだ。

 いや、むしろ依桜レベルの美少女が、そう何人もいたら、価値が薄れそうだが。

 

 そして、やはりというかなんというか……当然、不逞の輩が出てくるわけで……。

 

『やっべ、マジエロい……』

『あのおっぱいとかまじたまらねぇ』

 

 みたいな、ローアングルで撮影したり、胸元ばかりを撮影してくるような、クマ吉ややおいが可愛く見えるようなド変態が出現してしまった。

 

 椎名ややおいが着ている服は、幸いにも露出が少なく、撮られる危険性は限りなく低い。

 なにせ、片やホットパンツ。片や、ロングスカートだからだ。

 

 しかし、桜だけは違う。

 

 彼女(彼?)が着用している服は、露出面積がそこそこ多い。

 

 まず、胸から上は完全に露出しているし、スカートも割と短い。

 おそらく、学園の制服よりも短いだろう。

 

 まあ、コスプレのモデルがモデルなので、ある意味当然と言えるのだが……。

 

 実際、元のキャラも、桜に似たようなキャラだったので、ぴったりすぎるのだ。

 天然で弱気。さらには、かなりのスタイルの持ち主である。そして、銀髪だ。碧眼ではなく、紅眼だが。

 

 ちなみに、食いしん坊キャラでもあったりする。

 

 桜は……どちらかと言えば、食いしん坊だろう。外見に似合わず、かなり食べる。

 

 もっとも、桜の場合は、弱気と言うより、ただ単に押しに弱かったり、恥ずかしがり屋だったりするだけだが。

 

 そして、話を戻すとして、ローアングルで写真を撮られている桜はと言うと……

 

(……なんか、視線を感じる……これ、もしかしてやおいが言ってた、カメコ、と呼ばれるマナーの悪い人?)

 

 普通に気付いていた。

 

 いくら、性的方面に疎い桜と言えど、さすがに気付かないわけはない。

 いや、むしろ女になってからは、男の時より増して、さらに敏感になっていたりするが、今回はそれが役に立ったと言えよう。

 

(そう言えば、やおいがカメコはインターネット上にも画像を投稿する、みたいなことを言っていたような……? だ、だとしたらさすがに恥ずかしい。というか、不特定多数の人に見られるとか、普通に嫌!)

 

 やはり、嫌だと感じた。

 当然であろう。

 

 一応これでも元男だが、現在は女だ。外見上は、だが。いや、中身も割と女だったりするが、それはいいだろう。それは、昔からだ。

 

 ともあれ、一応女である以上、さすがにスカートを覗かれたら、嫌な気分にもなる。

 

 しかし、かなり大勢いる状況で、針を使うのは難しい。

 

 いや、桜なら割と造作もないことなのだろうが、擬態を見破ったり、桜がかなりの強者であることを見破った美羽がいる以上、下手な動きを見せるのは難しいかもしれない。

 

 だが、それでは自分の恥ずかしい写真がネット上に投稿される事態となってしまう。

 それだけは避けたい。

 

 つまり、桜にある選択肢は二つ。

 

 一つは、もういっそのこと、後で自分の正体を伝えてしまうこと。

 二つ目、恥ずかしい写真が投稿されるのは諦めること。

 

 この二つのみだ。

 

 どう見ても、選択肢は一つしかないように見える。

 なので、後で教えることにして、今はもう諦めることにした。

 

「あ、あの、スカートを覗いている人がいるんですけど……や、やめてくれると、ありがたいです」

 

 まずは、言葉で、と言った風に、桜が困り顔で周囲に向けて発言。

 するとどうだ。

 

『なに!? 白銀の女神のパンツを覗こうとするやつがいるだと!?』

『おい、みんな、そいつらをやっちまえ!』

『ついでに、おっぱいばっか撮ってるやつもいたら、すぐさまやれ! その写真データは消去するんだ!』

『『『おー!』』』

 

 桜の言葉を聞いた参加者たちが、一斉にド変態たちを倒しに行ったではないか。

 

『ちょっ、な、なんだお前ら、や、やめっ――ぎゃあああああああああ!』

『なにすんだ! 俺のカメラに触るんじゃねえ! ああ、消すな馬鹿! おい、ふざけんなよ! お前ら訴えて――』

 

 と言った感じに、大惨事である。

 

 桜の困り顔は、参加者たちの胸に突き刺さった。

 

 その結果、桜を守る、もしくは助けようとした参加者たちが、不逞の輩をこらしめようと、一斉に襲いかかり、気が付けばボロボロにされていた。

 

 訴える、と言っていた男も当然いたのだが、そもそも盗撮まがいのことをしている時点で負けは確定していると思うのだが。

 

 そして、おそらくなのだが、例の非公式ファンクラブなるものに入っている人物がこの場に大勢いたのでは? と、この惨状を見ていた椎名とやおいは思った。

 

「あ、あの、えっと、さ、さすがにやりすぎだと思いますし……で、データ消去くらいで、許してあげてください」

 

 と、あまりにも酷いありさまだったので、桜が止めに入った。

 桜的には、ここまでされたら騒ぎになりかねない、と言う意味での発言だったのだが、

 

『お、おい、今の聞いたか?』

『ああ。自分が盗撮されていたことを許した上で、盗撮野郎たちに優しさを向けたぞ』

『な、なんて慈愛に満ちた人なんだ……』

『まさに、女神だ!』

 

 違った解釈で捉えられてしまったためか、結果的に女神扱いされるような状況になってしまった。

 

『めっがみ! めっがみ! めっがみ!』

 

 そして、謎の女神コールが発生してしまった。

 

「ふぇえ!? あ、あのそう言うのは恥ずかしいですよぉ!」

 

 と、桜が叫ぶものの、一向に女神コールがやむ気配はない。

 というか、どんどん人が増えている。

 

「……こ、こうなったら」

 

 さすがに戸惑い、困り果てた桜は、

 

「え、えと、さ、さよならっ!」

 

 『気配遮断』と『消音』、さらに『擬態』を使って逃走を図った。

 

『め、女神さまが消えたぞ!』

『なんだって!? ま、まさか、本当に女神だと言うのか……?』

『くっ、写真に収めたかったッ!』

『探せ! もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないぞ!』

 

 突然桜が消えた(ように見えただけ)参加者たちは、桜を探すべく、コ〇ケを探し回りに奔走しだした。

 

 ちなみに、消えた瞬間桜がとった行動は、『アイテムボックス』の中に隠れる、と言うことだった。

 

 あの、能力トリプルコンボを使えば、『アイテムボックス』を使えば問題はないだろう。

 そして、やおいたち三人を放っておけないと考えた桜は、三人の足元に『アイテムボックス』を開き、

 

「わわっ!」

「え、何――?」

「きゃあああ!」

 

 と言った、三者三葉の反応を見せて、コスプレエリアから消えた。

 

 

「はぁ~~~、た、大変だったよぉ……」

「……えーっと、桜、これはどういうこと? というか、ここどこ?」

「すっごく広い空間だねぇ~。しかも、浮いてるよ、わたしたち」

「な、なんですか? ここ。な、なんで浮いてるんですか?」

 

 あー、やっぱり突然『アイテムボックス』に入れたのはまずかったかも……。

 でも、こうでもしないと、大きな騒ぎになるところだったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。

 美羽さんには、もう少し気を遣うべきだったかも。

 

「えっと、ここは、『アイテムボックス』って言って、その……異空間を作り出して、そこにものを収納する、っていう魔法なんだけど……」

「あ、あー、今朝桜が言っていたあれ?」

「そうだよ」

「へぇ~、桜ちゃん……あ、ここってわたしたち以外誰もいないし、本名で大丈夫かな?」

「うん。そうだね。ここには、ボクたち四人しかいないから大丈夫だよ、女委」

 

 正直なとこ、偽名だとやっぱり違和感あるからね。

 

「ところで依桜君。ここって、『アイテムボックス』の中って言ってたけど、生物って入れられるの? こう、物語の中だと、入れられない、みたいなことがテンプレだったはずなんだけど」

「まあ、その辺りの話も含めて、家で話そっか」

「「家?」」

「うん。ちょっとついてきて。あ、移動するときは、泳ぐようにして体を動かせば、進から」

「了解」

「はいはーい」

「……」

 

 未果と女委からは反応が来たんだけど、美羽さんからは全く反応がない。

 というか、ポカーンとしていた。

 だ、だよね……。

 

「え、えっと、美羽さん。色々と思考が追い付いていないと思いますけど、付いてきてもらえますか?」

「あ、え、えっと、う、うん、わかった」

「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

 

 そして、空間の一番下の方にある、家に到着。

 みんなで中に入る。

 

「えっと、コーヒーでいいかな?」

「ええ、大丈夫よ」

「わたしもー」

「え、えっと、だ、大丈夫」

 

 とりあえず、コーヒー豆と人数分のマグカップを出現させる。

 

「え、な、なにもないところから出てきた……?」

 

 いきなり空間からコーヒー豆とマグカップが出てきたことに、驚きを隠せない美羽さん。

 まあ、こっちの世界には魔法とかないもんね。

 とりあえず、まずは落ち着いてもらうために、コーヒーを入れて、三人の前に置く。

 

「それで、えーっと、どこから話せばいいか……。とりあえず、美羽さん的には、どこから訊きたいですか?」

 

 正直、ボクとしてもどこから話していいのかわからず、美羽さんに尋ねる。

 

「そ、そうだね……とりあえず、ここがどこなのか、と言うところから?」

「わかりました。えっと、ここは『アイテムボックス』と言って、いろんなものを収納する異空間の中で。本来は、人間とか生物は入れないんですけど、ボクの場合はなぜか入れるらしくて……」

「あ、アイテムボックス? もしかして、異世界系の作品によくある……?」

「そうです。ちなみに、欲しいと思ったものが出せますので、試してみます?」

「え? じゃ、じゃあ……クッキー」

 

 美羽さんがそう言うと、テーブルの上にクッキーが現れた。

 よく見ると、出来立て。

 うん。魔力が減った。

 でも、微々たるものだし、全然問題ないかな?

 

「わ、本当に出た。……えっと、桜ちゃん……じゃなくて、依桜ちゃんか。依桜ちゃんって、何者?」

「うーん……正直、信じてもらえるかわかりませんけど……ボク、異世界に行ってたんです」

「い、異世界? 異世界って、剣と魔法のファンタジー、みたいな感じの?」

「そうです。ボクは、三年間ほど向こうで過ごしてまして――」

 

 と、軽く事情説明。

 ボクの今までの経験やらなにやらを話した。

 

「――ということなんです」

「……」

 

 ボクの話を聞き終えた美羽さんは、信じられない、と言ったような表情を浮かべていた。

 まあ、難しい、よね……。

 と思っていたら、

 

「す……すっごーーーい!」

「え?」

「依桜ちゃん、暗殺者だったの!?」

「ま、まあ……」

「それに、魔法も使えるの!?」

「つ、使えますよ。というより、この『アイテムボックス』だって、魔法ですよ?」

「そうなんだ! へぇ~、異世界って本当にあるんだぁ」

 

 と、かなりテンションが高い美羽さん。

 

「え、えっと、信じてくれるん、ですか?」

「まあね。依桜ちゃん、嘘つかなさそうだもん。それに、こんな世界を見せられたらね」

「あ、あはは……」

 

 たしかにそうだ。

 

「でもそっかぁ。依桜ちゃん、異世界に行ったことあるんだぁ。羨ましいなぁ」

「う、うーん、結構殺伐としてますよ? 戦争真っただ中でしたし……」

「あー、それは嫌だね」

 

 少し苦笑いを浮かべる美羽さん。

 まあ、好き好んで行きたくないよね、戦争している世界なんかに。

 

「ところで、さっきやおいさん……じゃなくて、女委さんか。女委さんが、依桜ちゃんのこと、ちゃん、じゃなくて、君、って呼んでるのは何で?」

「あ、えっと、その……言いにくいんですけど、ボク、元男、なんですよ」

「………………え、ほんとに?」

「ほんとです」

「マジです?」

「マジです」

「依桜が言っていることは本当ですよ、美羽さん。依桜、呪いをかけられて、一生女の子になっちゃったんですよ」

「そんな呪いがあるの!?」

「らしいですね。ちなみに……これが、男の時の依桜です」

 

 未果がスマホを操作して、ボクが男だった時の写真を見せる。

 

「……え、これ、本当に男、なの? 女の子に見えるんだけど」

「あぅっ」

 

 美羽さんの言葉の刃、胸に突き刺さりました。

 

「実際、依桜君は、男女両方からモテてたよ」

「へぇ~、まあ可愛いしね。そっかー。依桜ちゃん、男の娘だったんだー。てっきり、ボクっ娘かと思ってたけど……まさか、そう言う理由があったとはね」

 

 なぜか納得された。

 可愛いって……酷くない?

 

「ちなみに、依桜のあの耳と尻尾、本物ですよ」

「え!? そ、それ、本物なの? たしかに、ぴょこぴょこ動いたりしてたけど、え、本物?」

「は、はい。実は……」

「その他にも、依桜君、ロリになったり、ケモロリになったりしますよ」

「何その体質。すごいなぁ」

「……ボク的には、すごく困ってるんですけどね」

 

 身長が低くなるから、いちいちジャンプしないといけないんだもん。

 あれ、大変なんだよ。

 ジャンプをする時の、力加減が難しくて……。

 

「……依桜ちゃん。その尻尾、触ってもいい?」

「……い、いいですけど」

「やた! それじゃあ、早速……おー、もふもふ~」

 

 嬉しそうな表情を浮かべながら、美羽さんが、ボクの尻尾を触り始めた。

 なでなで、さわさわ、と優しく触ってくるのが気持ちよくて、つい

 

「ふゃぁあぁぁぁぁぁ……」

 

 なんて声が出てしまった。

 

「か、可愛い……。ねえ、依桜ちゃんって、本当に男の娘だったの?」

「「残念ながら」」

「ざ、残念ながらは、ひどいよぉ……ふぁあぁぁぁぁ」

 

 と、抗議するものの、美羽さんの手つきが気持ち良すぎて、力が抜ける。

 

「依桜ちゃん、かなり可愛い反応するんだね。可愛いな~♪」

「だ、だからんふぅぅぅ~~~」

「おー、ここかな? ここがいいのかなー?」

「あ、だ、ダメですっ、しょ、しょこはぁ~~~~」

「本当にもふもふしてて気持ちいいなー。ねえ、お持ち帰りしちゃダメ?」

「「ダメです」」

「だよね。……ん、堪能した」

「や、やっと解放された……」

 

 正直、美羽さんの撫で方気持ち良すぎて、癖になりそうだよぉ……。

 さ、さすがに、それは人としてどうかと思うので、気を付けたい……。

 

「まあでも、依桜ちゃんが何者なのかしれてよかったな、私」

「そ、そうですか? 一応、その……ボク、暗殺者、ですよ? 怖くないんですか?」

「怖い? まさか。依桜ちゃん可愛いからね。可愛い暗殺者なら、大歓迎だよ♪」

「……そ、そうですか」

 

 うぅ、なんだか、美羽さんには照れさせられる場面が多いような気がするよぉ。

 なんでだろう?

 

「さて、そろそろほとぼりも冷めたんじゃないかしら? 上の方」

「そうだねぇ。じゃあ、そろそろ出よっか」

「そ、そうだね。……あ、美羽さん。このことは、その……」

「うん、内緒、でしょ?」

「は、はい。あまり知られたくないので……」

「うん、わかった。絶対誰にも言わないよー」

「ありがとうございます。じゃあ、出ましょうか」

 

 最後に軽く釘を刺してボクたちは『アイテムボックス』から出た。

 

 

 出る際、見られないように、と言うことで、ボクの能力三つを全員にかけた。と言っても、手をつないで、効力をみんなに伸ばしただけだけど。

 その後、一目がほとんどない場所で能力を切った。

 

「さて、私もそろそろ戻らないとね」

「あ、もう行っちゃうんですか?」

「うん。一応、企業参加だからね、私。この後、色々と打ち上げがあるんだよ。……正直、面倒なんだけどね」

「そうなんですか?」

「そうだよ。だって、スポンサーのお偉いさんとか、触ってくるんだよー? 誰だって嫌でしょ?」

「あー、それはたしかに……」

「女の敵ね」

「本当にいるんだねぇ、そう言う人」

 

 そう言う人って、セクハラで訴えられてもおかしくないと思うんだけど……。

 最悪の場合は、ボクが出よう。

 

「だから、できれば桜ちゃんたちと一緒に行きたいんだけどね。まあ、仕方ない。……それじゃ、私は行くね。気をつけて帰ってね」

「はい、ありがとうございました、美羽さん」

「楽しかったです」

「まったねー!」

「バイバイ♪」

 

 と、最後のバイバイだけは、アニメ声って言うのかな? すごく可愛い声で言って、そのまま去って行った。

 

「じゃあ、わたしたちも戻ろっか! 翔君とクマ吉君を待たせてるし」

「そうね」

「うん。ボクもちょっと、疲れちゃったよ」

 

 

 その後、二人と合流したあと、ボクと椎名、やおいの三人は更衣室に行き私服に戻した。

 騒ぎになった後だから、ね。これ以上はダメ、ということで着替えました。

 

 着替えたすぐ後に、イベントは終了。

 

 ボクたちはやおいのサークルの片づけをし、それが終わると秋葉原のホテルに戻った。

 ホテルにたどり着き、部屋に入るなり、一日中動き回っていたため、すぐに眠ってしまった。

 

 いい思い出、にはなったと思うけど……すごく大変だった。

 まあでも、美羽さんと友達になれてよかったなぁ。

 でも、できればもう行きたくないかな、と思うボクでした。

 

 

 余談だが、依桜が『桜』、という名のレイヤーとして参加したことが、インターネット上で拡散され、さらに依桜という存在が広まってしまい、再び盛り上がったのだが……依桜が知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 いやぁ、やっと終わりました。地味に長かった……。
 次の回は、そうですね……。この話の後日談+5章につながる話、になるかと思います。多分ですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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166件目 特になんてことはない大晦日

 十二月三十一日。大晦日。

 

 今日は、一年の終わりの日。

 

 朝、ホテルを出発し、いつもの十字路でみんなと別れた。

 そして、家に帰り、自分の部屋へ。

 

「はぁ、昨日は大変だったよ……」

 

 思い返してみれば、昨日は酷かったよ……。

 

 まさかの、平常時の姿に、耳と尻尾が生えて、恥ずかしいメイド服を着て、なぜか美羽さんのイベントに出る羽目になるし、カメラを持った参加者の人たちに囲まれるしで、本当に酷かった。

 唯一よかったことと言えば、美羽さんと友達になれたことくらいじゃないかな?

 あと、可愛いぬいぐるみが部屋に増えたこと。

 

 それ以外は……地獄です。

 

 あ、ちなみに、元の姿に戻りました。

 朝起きたら、耳と尻尾はなくなっていました。

 それによって、未果と女委が残念がってたけど。

 

 今の時間は、十四時。

 

 お昼は、帰り際に、女委がご馳走してくれたため、もうすでに食べ終わっています。

 

 兎にも角にも、ただただ疲れただけのイベントは終わったというわけです。

 

 ……まあ、明日からはゲームが待っているんだけど。

 

 でも、そっちは普通に楽しみ。

 

 だって、みんなと遊べるわけだし、仮想世界って言う、今まで空想上の物だった物で遊べるようになるわけだからね。さすがに、わくわくするというものです。

 

 まあ、それはそれとして。初詣は朝に行く、と言うことで決まっているけど、大体は夜中に行くものなのかな?

 

 うーん、でも、無理して行かなくてもいいような気はするしなぁ。

 まあいいよね。

 どの道、みんなで初詣に行くわけだし。

 

「んー、ちょっとテレビでも見ようかな」

 

 一応、ボクの部屋にもテレビはあるからね。

 

 以前の、福引が原因だけど。

 

 まあ、あれのおかげで、自室にテレビが置けるようになったし、ゲームもできるようになったから、結構嬉しかったり。

 それに、自室にテレビがあるって、何と言うか……高校生的にすごく嬉しいことだと思うんだよね。だって、好きな時に、好きなチャンネルが見れるから、被ることもないし。

 

 と言っても、ボク自身があまりテレビを見る方じゃないから、ある意味、宝の持ち腐れかもしれないけど。

 

「えーっと、何か面白いものは……あれ? なんだろう、番組」

 

 何か面白い番組はないか、とチャンネルを回していると、何やら気になる番組が。

 どうやら、今年あった出来事を振り返る、というコンセプトの番組みたい。

 こういうの好きだし、ちょっと見てみようかな。

 

『今年は色々ありましたね』

『そうですね。前半には、東京デスティニーランドに、新エリアが追加されたりして、人が賑わい、なぜか動物の脱走事件が多くありましたね』

 

 あー、そう言えばあったかも、そんなこと。

 

 なぜか今年、日本では動物の脱走が相次いでいた。

 原因はよくわからないけど、たしか美天市付近の動物園からも、ライオンと虎が脱走する、なんてことがあった。

 ボクは見なかったけど、結構大騒ぎだったとか。

 他の地域では、カメとか、ペンギン、あとはホワイトタイガーも脱走したとか。

 なぜか、肉食獣が多かったそうだけど。

 

「まあでも、ボク的にも結構濃い一年だったなぁ」

 

 一月~三月は、普通に高校受験だったからあれだったけど。

 ……なぜか、女装させられたけどね、三年生を送る会で。

 主役の学年のはずなのに、どういうわけか、女装して踊らされる、なんてことがあったりしました。ボクが中学三年生の時に。

 

 本当に、酷かった。

 

 中学校を卒業してからは、特に問題はなかったかな?

 

 春先には、入学式があって、部活動紹介と新入生歓迎会が同時に行われて、なぜか帰宅部の勧誘があったりした。

 

 帰宅部、認可されてるの?

 なんて思ったのを覚えてる。

 

 その後は、球技大会かな?

 

 たしか、六月頃に行われたはず。

 この学園の体育祭は、秋だからね。その代わりに、球技大会が六月に行われています。ちなみに、ボクはその時、卓球でした。

 

 ……身長的に、バスケとか無理だからね。ちょっとだけ、ちっちゃかったから。

 

 まあでも、今やれば自陣のゴールネットから、相手チームのゴールまで、ダンクシュート決められるけど。いや、やらないけど。

 

 というか、ボクが出たら、確実に勝っちゃうもん。

 

 チーム戦の競技だって、ボク一人で出来かねないし……そもそも、身体能力に差がありすぎるんだよね。さすがに、それはかわいそうだけど。

 

 来年の球技大会は気を付けよう。

 

 で、その球技大会が終わって、夏休み。

 

 そう言えば、学園長先生が言っていたけど、来年は林間学校じゃなくて、林間学校と臨海学校が混ざったものになる、って言ってたっけ。

 

 山と海が同時に存在する場所でのもの、って。

 

 たしか、どちらに参加するか希望を取るらしいんだけど、最終日前日は入れ替わりで体験できるとかなんとか。

 

 ちょっと楽しみ。

 

 十中八九、みんなと同じ方になると思うけど。

 

 まあでも、クラスが一緒にならないと意味ないけどね。

 

 それで、夏休みは……みんなと遊びに行ったくらいかなぁ。

 

 あ、そう言えば、田舎のおばあちゃんの家に行ったっけ。

 おじいちゃんとおばあちゃん、元気かなぁ。

 

 ちなみにですが、ボクが言うおじいちゃんとおばあちゃんは、父さんの方のおじいちゃんおばあちゃんです。

 母さんの方は、その……結構早くに亡くなっちゃったらしくて、ボクは一度もあったことがない。

 それどころか、写真もないらしい。

 というのも、亡くなったのは、母さんがまだ小学生に入る前だったから。

 

 写真は撮っていたらしいんだけど、なぜか行方不明になっていらしくて、未だに見つかっていないんだって。一応、そのおじいちゃんとおばあちゃんの家は母さんが所有していることになっているらしくて、住もうと思えば住めるとか。

 

 掃除は必要だろうけど。

 

 一応、家の方は地元の人たちが管理してくれてるらしくて、空き巣とかはないそう。

 

 ちょっと行ってみたかったり。

 

 ……そう言えば、おじいちゃんとおばあちゃんには、ボクが女の子になったことを言ってないんだよね……。

 

 まあ、春休みに一度行くことになってるから、その時に、って感じだけど。

 うーん、心臓に悪そうだけど、大丈夫かなぁ……。

 ちょっと心配。やっぱり、お年寄りだからね。さすがにちょっと……。

 

 再び、今年のことに思考を戻す。

 

 問題は、夏休み明け、だよね。

 

 たしか、二学期が始まってすぐだったかな? ボクが異世界に行ったのは。

 まさか、下校途中に異世界召喚されるとは思わなかったもん、ボク。

 

 しかも、ボクが魔王討伐する以外に選択肢なかったし。

 考えてみれば、王様って結構酷いことをした気がするんだけど。というか、元凶あの人だもんね。半分。

 

 もう半分は、言わずと知れた、学園長先生だけど。

 

 あの人、面白そうだから、という理由で作っちゃったもんね、異世界転移装置。

 しかも、ランダムでの転移だったせいで、それがたまたまボクに当たって、同時期にたまたま異世界召喚をしようとした王様の世界につながって、あの世界に、って感じだもんね、真相は。

 おかげで、無駄に強くなっちゃったし、女の子になっちゃうしで……今思えば、あれが人生の分岐点だったんだろうなぁ。

 

 転移したあの日、まさか異世界で勇者(暗殺者)になって、最終的に女の子になるとは思わなかったもんね。

 

 それで、異世界から戻ったら、女の子になって、学園祭でテロリストを撃退し、モデルをやったり、旅行に行ったり、もう一度異世界に行ったり、解呪に失敗して、おかしな体質になったり。そしたら今度は、学園長先生の研究が原因で、向こうの世界の人たちがこっちに来て、師匠も来ちゃったから、一緒に住むことになり、師匠が学園に赴任してきて、さらに大変になったり、体育祭当日では、ボクが恥ずかしい姿を何度も晒し、態徒がボロボロにされて激怒したり、仮想世界でアスレチック鬼ごっこしたり、風邪をひいて、甘えん坊な姿を見せちゃうし、その後は学園見学会に出たり、態徒とデート(?)したり、サプライズの誕生日会を開いてもらって、泣いたり、サンタさんになってプレゼント配りをしたり、女委の出てるサークルのお手伝いで、コスプレをさせられたり、美羽さんと再会して友達になったり、写真を撮られまくったり……あれ。これ、本当に、九月~十二月の四ヶ月間の出来事? こ、濃くない?

 

 普通に考えて、相当濃い四ヶ月を送った気がするんだけど。

 

 ここまで、人生が激変した人っているの? なんか、ボク、相当とんでもない体験しちゃってるよね? しかも、ほとんどが学園長先生が原因だし。

 そう考えるとあの人、碌なことをしてないよね?

 すべてにおいて、ボクが被害を受けているよね?

 

「……学園長先生、許すまじ」

 

 なんとなく、そんな言葉が口から出ていた。

 あの人、いつか殺されるんじゃないだろうか? 割と、恨みごとを買ってそうだもん。

 ある意味心配になって来た。

 

『それにしても、やはりこの一年で一番騒がれたのは、白銀の女神と呼ばれている少女でしょう』

『そうですね。まさか、あれほどの逸材が隠れていたとは驚きでした』

 

 ……ボクじゃん。

 え、ボクって、この一年の中で、一番騒がれてたの? あれ、九月の出来事だよ? さすがに、今はもう沈下してるような気がするんだけど。

 あと、隠れていたんじゃなくて、現れたのが九月だもん。いるわけないよ。

 

『えー、そんな白銀の女神さんは、桜、という名前でコスプレをしていたことが発覚しました』

「え!?」

『えー、こちらがその写真ですね』

「しゃ、写真!?」

 

 慌てて、テレビの画面を見ると、そこには、たしかにあの恥ずかしいメイド服を着たボクの写真が映し出されていた。

 

『あら、可愛らしいですね。これは、狼の耳と尻尾でしょうか? 露出が多いですが、メイド服のようですね』

『はい。こちらの少女、どうやら人気声優の宮崎美羽さんとも面識があったらしく、イベントに出演して、さらに話題になったようです』

『なるほど。その面識と言うのは、ドラマの撮影の時ものでしょうか?』

『恐らくそうだと思われます。そして、その宮崎さんが気になっている相手、というのもこの桜さんらしく、インターネット上では、美少女と美女の百合カップル、ということで大盛り上がりのようです』

「な、なんで!?」

 

 なんでそんなことになってるの!?

 もしかして、あのイベント!? あのイベントが原因!?

 だとしたら、誰が流したの? これ。

 

『そして、桜さんの非公式ファンクラブである、『白銀会』は、さらに会員を増やしているらしく、芸能人のファンクラブ以上の人数がいるのでは? と噂されている模様です』

『それはすごいですね! 一般人と言うことですが、やはり一般人と言いきることは難しいわけですね』

『そうですね。この写真が出回ったことで、ただでさえ引き込もうと躍起になっていた芸能業界が、さらにヒートアップしているようです』

『となると、今後も桜さんの情報からは目が離せないというわけですね』

『そうなりそうです』

 

 な、なんでこんなことにっ……。

 

 おかしい。ボクって、一般人なはずなのに、なんでこんなにテレビで報道されるまでになっちゃってるの?

 

 ボク、普通だよ? 銀髪碧眼であることを除けば、一般人だよ?

 ……みんなからは否定されるけど。

 

 で、でも、一般人なはず……。

 

 ピロリン♪

 

 あ、LINNだ。

 誰だろう? と思って、ディスプレイを見ると、美羽さんからだった。

 

「もしかして、さっきの番組?」

 

 少し身構えながら、LINNを見ると、

 

『こんにちは、依桜ちゃん。昨日ぶりです。『今年を振り返る』って番組見たかな? 私たちのことが紹介されてたよ! というより、依桜ちゃんメインだけどね(*^▽^*) あ、私たち、ネットでは百合カップルって言われてるみたいだよ? なんだか、照れるね(*ノωノ) 依桜ちゃんはどう思うかな?』

 

 か、顔文字可愛い……。

 美羽さんって、顔文字を使う人なんだ。

 

 あ、えっと返信返信。

 

 どう思う、か……。

 う、うーん、別に嫌ってわけじゃないんだよね……。だって、美羽さん綺麗だし、嫌な要素内もん。

 もし、ボクが男だったら、どう思ったんだろう? 最近、男だった時の考えた方や、感覚がなくなってきている気がしてて……いや、まだ全然ある方、だと思うんだけどね?

 でも……うーん、一応当たり障りのないことを返しておこうかな?

 

『ボクは、嫌じゃないですよ。美羽さん綺麗ですからね。嫌がる要素はありませんよー』

 

 と送信。

 

 すると、あまり時間をおかずに、返信が。

 

『そう言ってもらえて嬉しいな! もしかしたら、迷惑だったんじゃないかなって思ってたんだけど、大丈夫そうで安心したよ(;≧∇≦) =3 ホッ それじゃあ、私はこれから仕事だから、よいお年を、依桜ちゃん!』

『こちらこそ、お仕事頑張ってくださいね! よいお年を!』

 

 と返信して、会話は終了。

 

「……なんだか、不思議な気分だなぁ。売れっ子声優の人ととこうしてプライベートで会話してるなんて」

 

 これって、結構すごいことなんじゃ?

 

 普通は、芸能人の人とつながりを持つことってないはずだし……そう考えたら、ボクって結構すごい経験をしているってことになるよね?

 

 でも、美羽さんって話しやすいんだよね。なぜか。

 いや、話しにくかったらちょっと嫌だけど。

 

 そう言えば、ボクが元男と知ってもなお、ちゃん付けなんだね、美羽さん。

 ……君付けでもいいのに。

 と、思っていると、

 

 ピロリン♪

 

 再び、LINNの通知が。

 

 ディスプレイを見ると、今度は『神様鈍喫茶(かみさまどんきっさ)』という名前が表示されていた。

 どうやら、ボクたちのグループみたい。

 

 あ、この、いかにも頭がおかしいような名前をしているものは、ボクたち五人のグループです。命名は、女委です。

 なんだろうなと思って、グループを覗く。

 

『なあ、また依桜がテレビに出てるんだが、見たか?』

 

 発言者は態徒だったみたい。

 内容は、ボクが見ていた番組に関してだった。

 

『見たわよ。……正直、あの恰好の依桜がテレビに出るとは思わなかったわ。あれ、時間帯的に大丈夫なのかしら?』

『さあな。苦情が来たら、大変だろう』

『いやー、むしろ、お父さん的には大興奮なんじゃないかな』

『まあ、エロいしな!』

『エロくないもん!』

『あ、依桜』

 

 女委と態徒が変なことを言っていたので、思わず入ってしまった。

 いや、入ってしまったも何も、途中から混ざる気だったけど。

 

『依桜は、『今年を振り返る』って番組は見たか?』

『一応、ね……。正直、恥ずかしい姿が電波に乗って全国にさらされたと思うと、本当に恥ずかしい限りだよぉ……』

 

 だって、あんなに露出が多いんだもん……。

 今にして思えば、本当に恥ずかしいよぉ。

 

『ま、そうよね。それに、美羽さんと百合カップル、って言われてるみたいだしね?』

『……そうなんだよね』

『そういやよ、それってどういうことなんだ? なんで、依桜と売れっ子声優の宮崎美羽と一緒なんだ?』

『え、えっと、実はね――』

 

 事情を知らない晶と態徒に、ことの顛末をかいつまんで話す。

 

『――ということで』

『なるほどなぁ。つーか、人気声優と友達になっただけじゃなく、LINNも好感したとか、マジ羨ましいぞ! くそっ、オレもついて行くべきだったっ』

『正直、依桜がどんどん遠い人になっているんじゃないか、と思うぞ、俺は』

『あ、あはは……』

 

 女の子になってからは、いろんな人と関わる機会が増えたからね、ボク。

 学園長先生もそうかな。男の時は、あんまりかかわりはなかったもん。

 あとは、セルジュさんとか、レノとか。

 他にも、豊藤先輩とか、美羽さんと、本当に関りが増えた気がする。

 気が付けば、本当に交友関係が広くなったよね、ボク。

 

『そう言えば、『New Era』の予約の三回目がついさっき始まったらしいよー』

『へぇ、そうなのか』

『どんな感じになってるの?』

『うんとね、ゲリラでの予約だから、瞬く間に情報が広まって、かなりの数の予約数が入ったみたいだよー』

『それはすごいな』

『まあ、世界初のフルダイブ型VRゲームだからね。欲しがるのもわかるよ』

『まあでも、わたしたちの場合は、もうすでに持ってるから意味ないけどねん』

『そりゃそうだ』

 

 ボクたちの場合は、もうすでに学園長先生から『New Era』が送られてきたから、予約する必要がないからね。

 

 ちなみに、この『New Era』が発表されたのは、以前聞かされていた通り、十二月二十八日。

 世界初のフルダイブ型VRゲームの登場とあって、世界は大騒ぎだった。

 

 そして、予約抽選であるため、誰でも平等に可能性があるとあって、こぞって予約に臨んだみたいです。

 

 そうして、予約が始まったのが昨日。

 

 つまり、ボクたちがあのイベントに参加している間に、始まっていたようです。

 昨日は確か、朝の九時~十時の一時間と、夜の二十二時~二十三時の一時間だったみたいです。

 

 学園長先生が言ったように、ゲリラ的な予約になったこともあって、予約できなかった人も続出したみたい。

 

 それから、最初の販売数は合計で十万台で、内半分が予約抽選で、もう半分は店頭抽選らしいです。

 

 ただ、『New Era』は、海外ではまだ売りに出さないらしくて、海外はある意味荒れに荒れたそうです。

 

 まあ、VRゲームだもんね。さすがに、売りに出されないと知ったら、ね?

 

 ちなみに、売りに出さないのは、学園長先生曰、売ることができないから、だそうです。

 

 というのも、『New Era』と一緒に販売する予定のVRMMOゲームは、残念ながら日本でしかプレイができないから。

 サーバー自体が日本にしかなく、さらには現在は日本語でしか対応していないとあって、なかなか難しいらしいです。

 一応、今後は海外サーバーを作って、そちらで、ということになるらしいです。

 差が出ないように、日本サーバーと海外サーバーは全くの別物として稼働させるって言っていたけどね。まあ、そうしないとつまらなくなっちゃうもん。

 そんなわけで、ネット上ではかなり熱くなっているみたいです。

 

『そういや、明日は何時にどこ集合よ?』

『無難に、十時に依桜の家でいいんじゃないかしら?』

『だな。依桜の家からだと、神社まで近いしな』

『OK! じゃあ、明日十時に依桜君の家だね!』

『おうよ!』

『了解よ』

『問題なしだ。依桜の方は大丈夫か?』

『うん、問題ないよ』

『じゃあ決まりだね! それじゃあ、わたしはこれからお店があるから! じゃね!』

『それじゃ、私も、宿題を片付けるわ』

『俺も』

『仕方ねぇ。思う存分遊び倒すために、オレもやるか!』

『みんな、頑張ってね』

 

 という風に、みんなとの会話が終了となった。

 

「明日、か」

 

 明日は、ついにゲームのサービス開始。

 かなり楽しみだなぁ。

 この日は、これ以上のことはなく、一日が終了し、同時に一年が終わった。

 ……来年は、平穏であることを願うよ。




 どうも、九十九一です。
 えーっと、再び適当な回になった気がしなくもないです。うーむ、どうしたものか……。
 あ、今日ももしかしたら2話投稿になるかもしれません。ですので、17時か、19時のどちらかになります。まあ、今日は出せるかわかりませんけどね。
 というわけで、出せれば17時か、19時に。
 出せなかったら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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1-5章 CFO《Connect Fantasia online》
167件目 新年の始まりと、サービス開始


 二〇二〇年という年が終わり……

 

「「「「明けましておめでとう! 今年もよろしく、依桜(君)」」」」

「うん。明けましておめでとう。今年もよろしくね、みんな」

 

 新しい一年が始まった。

 時間通りに、みんながボクの家を訪れた。

 LINNで着いた、という連絡があったので、ボクも軽く着替えて外に出ると、みんなが新年の挨拶をしてきた。

 もちろん、予想できないわけがないので、ちゃんと返しますとも。

 

「おーし、んじゃまあ、初詣行くか」

「うん」

 

 集まって早速、神社へ向かった。

 

 

 ボクの家の近くには、神社がある。

 名前は、『美天神宮』と言って、何でも、幸運と恋愛にまつわる神様を祀っているそうです。

 

 ボク自身は、何と言うか……恋愛をする気はないから、幸運の方かな。だって、ボクの場合不運しかないんだもん。

 

 実際、本当に神様とかいるみたいだし、ある意味神頼みも間違いじゃないと言えば間違いじゃないんだよね……。

 

 師匠が言うには、全部の世界にいる、って話だし。

 

 そうなると、この世界にもいるんだろうけど……どういう神様がいるんだろう?

 この世界には、いろんな神様がいるって言われてるし、国や地域によって色々と変わってくる。

 そう考えたら、どういった神様がいるのか気になる。

 

 まあでも、師匠は碌な奴はいない、みたいなことを言っていたし、あんまり会ってみたくはないかも。

 

「おー、やっぱ元日なだけあって、人がいっぱいだねぇ」

「そうね」

 

 神社に到着し、ボクたちも並ぶ。

 ここの神社は、それなりに広く、結構な人数が初詣に来ていた。

 

 そう言えば、例年より人が多い気がする。

 ここの神社は、恋愛にまつわる部分もあるから、女性の参拝客が多いんだけど、どうも今年は男性の参拝客が多いように思える。

 誰か好きな人でもいるのかな? なんて思ったけど。

 

「そう言えば、ここの神社って、幸運に関することはよく結びつく、見たいに言われてたわね」

「幸運。ってことは、この後発表される『New Era』の抽選か?」

「多分ね。おそらく、転売ヤーの人たちもいるのでしょうけど……依桜、たしか転売ヤーは抽選から必ずあぶれるのよね?」

「うん。学園長先生が言うにはね」

「すげえなぁ。転売ヤーも、今回は一台も手に入れられない、ってわけか」

「みたいだよ。第三者の利益にしてたまるものですか、って学園長先生が言ってたし」

 

 まあ、自分の会社で頑張って作って、ようやく発売になった作品を、どこの誰とも知れない人の利益になるなんて、普通に嫌だもんね。

 

「学園長先生って、結構謎が多いよねぇ」

「……そうだね」

 

 ボクは、色々と知ってるけど、みんなには話していない。

 というか、勝手に話せないよ。

 ボクが異世界に行ったのは、学園長先生が原因だ、なんて。

 

 いや、別にあの人を守る云々じゃなくて、単純に言ったら何されるかわからないから言わないだけだけど。

 

「さて、お参りしましょうか」

 

 気が付けば、ボクたちの番となっていた。

 

 みんなでお賽銭を入れて、なぜかボクが鈴を鳴らす。

 その後、二礼二拍手一礼をする。

 そう言えば、お願いごとをする時は、先に神様にお礼を言ってから、というのがマナーだって聞いたっけ。

 

 うん。……ボク、全然無事に一年を終えられてないんだけど。

 

 昨年はありがとうございました、と思ったけど、この世界にも神様がいるのなら、ボク、全然無事じゃないよね? 性別が変わっちゃってるよね? というか、普通に何度も死にかけたり、実際に死んだりしてるよね?

 

 ……神様って、もしかして放任主義?

 

 それだったら、ボクの場合、ほとんど言う意味がないような……?

 

 で、でも、無事にこっちの世界に帰って来られたと思うと、やっぱり神様のおかげ、なのかな? うん。そう思うようにしよう。

 

 えっと、昨年はありがとうございました。無事(?)に、新年を迎えられました。

 

 と、お礼を言ってから、願い事を。

 

 ボクは……今年は、大きな出来事や変なことに巻き込まれないような、平穏な日常を送れますように。

 本気でそう願った。

 

 

「みんなは、何を願った?」

 

 お参りも終わり、今度はおみくじを引くべく、列に並ぶ。

 その際に、態徒がそう尋ねてきた。

 

「えっと、私はみんなが無事に二年生になれますように、かしらね」

「わたしは、同志が増えますように」

「俺は、態徒の馬鹿が治りますように、だな」

「ちょっ、酷くね!?」

「じゃあ、態徒はなんてお願いしたのよ?」

「オレは……モテますように」

「「「まあ、態徒だしそんなもんだよね(な)」」」

「チクショウ!」

 

 みんなに馬鹿にされて、態徒が悔しそうにしていた。

 うん。でも、態徒らしいと言えば、らしいよね。

 

「んで、依桜は?」

「ボク? 大きな出来事や変なことに巻き込まれないような、平穏な日常を送れますように」

「「「「切実すぎて、泣ける……!」」」」

 

 ボクの言ったお願いごとに、みんなが涙を浮かべた。

 ……ボクは、普通に過ごしたいんです。

 

「叶うといいわね、依桜……」

「……うん」

 

 ぽん、と肩に手を乗せられながら、未果にそう言われた。

 ……優しさが沁みる。

 

「つ、次オレたちの番だぞ! 行こうぜ!」

 

 どうやら、ボクたちの番が巡って来たらしい。

 沈んだ気分を持ち直し、おみくじを引く。

 

「おっしゃ! 大吉!」

「くっ、私は末吉」

「わたし中吉―」

「俺は、吉だな」

「依桜は?」

「……………ボク、大凶」

「「「「……うわぁ」」」」

 

 みんなが、残念な人を見る目を向けてきた。

 ……ボク、幸先悪すぎない? 平穏無事に過ごしたい、って願った直後に、おみくじで大凶引くって……出鼻をくじかれた気分なんだけど。

 

「ほ、ほら、よく言うじゃない。これ以上落ちることはないって」

「……この中身を見ても、それが言える?」

「え? えーっと、何々? 恋愛『女難あり』。学問『今のままで良し』。健康・病気『瀕死になるかも』。旅行『見知らぬようで、知っているような場所にたどり着く』。商い『問題なし』。抱人『増える』。失せ物『何かを失くす』。争いごと『必ず勝利するが、望まない方へ向かう』。成長『背丈、少ししか伸びず。胸、さらに成長する』」

「「「………………」」」

 

 みんな、無言になった。

 書かれている内容が、すべてにおいて不運すぎて、なんだか目の前がぼやけてきたよ……うぅ。

 

「いや、なんつーか……ごめん」

「……いいよ。大吉を引いた態徒は、あとは落ちるだけだもん……」

「ちょっ、それ言うのやめて!?」

 

 いいもんいいもん……。ボクなんて、ずっと運が悪いもん……ぐすん。

 

「というか、女難があるって、普通に考えておかしくないか?」

「まあ、今の依桜君、普通に女の子だもんねぇ。もしかすると、神様は気付いてるのかもねー」

 

 それはあると思います……。

 正直、あとは上がるだけ、という風に言われても、こんな結果が出ちゃうと、その……心が折れる。

 というか、ただただきつい……。

 

「にしても、胸、成長する、ね……。依桜、それ以上成長するみたいよ」

「……もういやぁ……」

 

 よりにもよって、一番欲しい身長が少ししか伸びない、って酷くない? なのに、なんで胸だけは成長する、って書かれちゃってるの?

 

「というか、今ってどうなの?」

「……し、身長は、一センチだけ伸びて、胸は、その……さ、最近、ブラがきつくなってきたかな、って……」

「「……ま、マジですか」」

 

 ボクの発言に、未果と女委が絶句していた。

 

 身長が一センチ伸びて、150にはなったけど、できれば、以前の身長くらいまで戻ってほしいけど……無理そう、だよね。

 

 あと、胸に関しては、本当にきつく感じるようになってきた。

 学園長先生が言っていたけど、人って、二十二歳まで成長するって話だからね……ボクの場合、肉体年齢はどっちになるんだろう? 十九歳? それとも、十六歳?

 ……どっちにしろ、まだ成長する、ってことだよね……胸が。

 

「依桜、早めにブラは買っておいた方がいいわ」

「……うん」

「そうだよ、依桜君。下手をすると、ちょっと動いただけでホックが壊れて、大変なことになっちゃうからね!」

「……うん」

「……なあ、俺たち、男なんだが」

「いや、全然ありだろ! 女子の下着事情とかぶげらっ!?」

 

 あ、態徒が未果に殴り飛ばされた。

 今のは、態徒が悪い。

 

「まったく……結構デリケートな話題なんだから、変なこと言うんじゃないわよ」

「いや、そもそも目の前で話すなよ……」

「ああ? なんか言った?」

「いえ、何でもありません」

 

 よ、弱い。さすが態徒……弱い。

 

「……とりあえず、括り付けとくか、依桜のおみくじ」

「……そうだね」

 

 個人的には、いいことを書かれた項目が、学問だけなのが、ちょっと悲しい……。

 あと、瀕死になるって何? そうそう陥らない状況が書かれてるって、相当まずくない? もしかしてボク、今年中に死に目に遭うの?

 

 だとすれば、その原因って……師匠? あの人に何度か殺されてるしね、ボク。これも修行だ! とか言って。

 

 ……あぁ、今年、ボクは平穏無事に過ごせるのかなぁ。

 

 そう言えば、旅行の項目、あれどういう意味だったんだろう……?

 

 

 初詣も終わり、解散となった。

 この後は、ゲームの中で会うことになる。

 なので、現実のみんなとはお別れ。

 

 そう言えば、プレイヤーネーム決めてなかった……どうしよう?

 うーん……桜、はインターネット上で広まっちゃってるしなぁ……。下手に使うと、身バレしかねないし……うーん。

 

「中性的な名前の方がいい、よね?」

 

 もともと男だし。

 

 どちらかと言えば、男よりの名前にしよう。

 

 確か、カタカナでしか入力できない、みたいなことが書かれていたから、カタカナになるけど……うん。『ユウキ』にしよう。

 

 これなら、問題ないよね。

 

『お前ら、プレイヤーネームは決まったか?』

『もち! わたしはいつも通り、『ヤオイ』だよー』

『私は、『ミサ』にしたわ』

『俺は、『ショウ』だな。正直、思い浮かばなくて、冬〇ミの時に名乗ったものにした』

『オレは、『レン』にしたぞ』

『ボクは『ユウキ』にしたよー』

『OK! たしか、全員最初の街の『ジェンパール』の中心にある、噴水の前でいいか?』

『『『『異議なし』』』』

『目印は、依桜でいいよな?』

『ボク?』

 

 なぜか、ボクを目印に、と態徒が言ってきた。

 

『おう。初期に選べる髪色に、銀髪はなくてな。どうせ、ほとんど現実通りにするんだろ?』『うん』

『なら、依桜を目印にすれば、問題ないだろ!』

『なるほど。わかったよ。じゃあ、みんなボクを目印にしてね』

『『『『OK』』』』

『それじゃあ、ゲームで!』

 

 と言って、最終確認の会話は終了。

 

 楽しみだなぁ、みんなとゲームで遊べるの。

 

 ……そう言えば、最初の街の名前、どこかで聞いたような気がするんだけど……どこだったっけ?

 結構関わっていたような気がしてならない。

 どこで聞いたんだっけ?

 

 うーん……気になるけど、まあいいよね。

 

「あ、そうだ。抽選の方はどうなったのかなー」

 

 まだ時間には余裕があるので、テレビを見る。

 

 今日は、『New Era』の発売日と言うこともあって、家電量販店に多くの人が並んでいる姿が映し出された。

 

 こ、これ、どこまで人が続いているんだろう?

 すると、リポーターの人が、街頭インタビューをしている映像が流された。

 

『いつから並んでいましたか?』

『昨日の昼十二時です』

『早いですね!』

『いえ、自分なんかよりも、早く来ている人は、発表された一時間後くらいにには並んでたみたいっすよ』

 

 そ、そこまでする!?

 たしか、当日販売も抽選って聞いたんだけど。

 なのに、そんなに早く来ても意味がないような……?

 

 たしか、抽選方法は、数字の書いた紙を引いてもらって、発表された数字が合っていれば購入できる、っていう方法だったはず。

 

 ゲームのサービス開始は十五時。だけど、これを見ている限りだと、早すぎて、誰もいないんじゃないかな?

 

 そう思っていたら、速報のテロップが流れてきた。

 

 それを見ると、どうやら、ゲームのサービス開始時間を二時間遅らせた、十七時になるみたい。

 まあ、当然と言えば当然だよね。

 ボクたち五人が特殊すぎるだけで。

 まあでも、十五時だった場合、ちょっと怪しまれてたかもしれないね。

 

「それじゃあ、時間までちょっと寝ようかな」

 

 少しだけ眠くなってきたので、お昼寝をすることにした。

 

 

 そして、目が覚めると、時間は十六時半。

 サービス開始の三十分前だった。

 

「んっ~~~~! はぁ……。そろそろ、準備しよう」

 

 付属していた、ゲームディスクを『New Era』に入れる。

 

 その後、ヘッドセットとコンタクト、腕輪をつけて待機。

 

 インストールはもうすでに終わらせているので、あとは時間になればいつでもダイブ可能というわけです。

 

 まだかなまだかな、と待ち遠しく思っていると、ついにサービス開始の十七時になった。

 

【ようこそ! 『CFO』の世界へ! まずは、ヘッドセットのマイクを用いて、音声を登録してください!】

 

 という文字が視界に出現。

 

 あ、そう言えばこれがあったっけ。

 

 体育祭の時にやったことを再び行う。

 適当に声を出して、認証させると、

 

【認証完了です! それでは、『let′s Dive』の文字をクリックすると、十秒後にダイブします! 一時間以上に渡ってダイブする場合は、ベッドやソファーなどに横になってプレイすることを、おすすめします】

 

 という、見たことがある文面が出現した。

 

 今回は、長期的なものになるから、ベッドに横になってプレイすることになるかな。

 

 そして、『let′s Dive』の文字をクリックすると、カウントダウンが表示された。

 それを確認してから、ボクはベッドに横になって、始まるのを待つ。

 

 そして、カウントが0になるのと同時に、

 

【それでは、いってらっしゃーい!】

 

 という文字が流れて、ボクの意識は暗転した。




 どうも、九十九一です。
 えー、次の回から、ゲームの話に入ります。多分、長くなるんじゃないかなぁ。と言っても、体育祭よりかは短くなるとは思いますけど。
 できれば、20話程度で納めたい……。頑張らないと。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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168件目 異世界にいたが故の、ただのチートキャラ

 目を覚ますと、何やら白い空間にいた。

 周囲を見回してみれば、なにやら青いスクリーンが数枚ほど浮いていて、ボクの周りを回っていた。

 

【ようこそ! CFOの世界へ! まずは、キャラクターのクリエイトからお願いします!】

 

 どこからか声が響いてきた。

 その声の後に、目の前に別のスクリーンが出現。

 そこを覗くと、色々な項目があった。

 

【クリエイトの仕方を説明します。まず、スクリーンに表示されている、リアルモデルと、クリエイトモデルというものがあるかと思います】

 

 そう言われて、スクリーンを見ると、たしかに書かれている。

 

【リアルモデルは、現実の容姿を持ってくる、というものです。ですので、実際に体の違和感がほぼ0の状態でゲームをプレイすることができます。なお、髪型、髪色、肌の色に関しては変更可能です】

 

 ふむふむ。

 と言うことは、特に作ることなく、そのままゲームができる、ってわけだね。

 

【反対に、クリエイトモデル、というのは、一からアバターを作ることです。目の大きさ、鼻の高さや大きさ、口の大きさ、色、身長、手足の長さ、その他数多くの項目などを一から調整が可能です。女性であれば、胸のサイズだけでなく、その他のスリーサイズなどもいじることができます】

 

 なるほど。

 

 うーん、どっちがいいんだろう?

 正直なところ、ボク、普通にキャラクターを作るのって苦手なんだよね……上手く作れないというか、ちょっと微妙な感じになっちゃう場合が多い。

 だから、アバターを作るときは結構苦労したなぁ。

 顔のバランスがとりにくくて……。

 

 身長をいじれる、というのは魅力的なんだけど……現実と齟齬が生まれたら、さすがにちょっと厳しいものがある。

 慣れるのに時間がかかりそう。

 

 ……いや、実際現実で、その状況になったりしているから、何とも言えないけど。

 まあでも、あれは不定期だし、さすがにもう慣れている。小さくなるだけだからね。

 だけど、こっちの場合、ボクは身長を高く設定すると思うしなぁ……。

 

 そうなると、ちょっと慣れに時間がかかりそう。

 

 それなら、すぐにゲームを楽しめる方にしよう。うん。

 ボクは、リアルモデルでプレイすることに決め、リアルモデルと書かれた場所をタッチすると、

 

【リアルモデルですね? 一度プレイすると、変更できなくなりますが、よろしいですか?】

 

 という問いかけの後、Y/Nと表示された。

 Yの方をタッチ。

 

【それでは、リアルモデルでアバターを作成します。髪型、髪色、肌の色は変更しますか? あなたの場合ですと、銀髪は初期で存在していないため、そのままの髪色でプレイするのであれば、変更しないことをお勧めします】

 

 あ、本当に銀髪って選択項目にないんだ。

 だとすると、この髪色でプレイするには、変更なしでやるしかないと。

 たしか、ボクの髪色を目印にすることになってるから、このままで行こう。

 なので、再びYをタッチ。

 

【変更なしですね? それでは、初期ステータスを選んでもらいます】

 

 初期ステータス?

 えっと、どういうのがあるんだろう?

 スクリーンには、オートとランダム、という二つの言葉が書かれていた。

 

【オートは、プレイヤーの記憶と経験を基にステータスを作成します。ですので、力が強く、動きが遅い場合、STRが極端に高く、AGIが低い、というステータスが作成されます】

 

 なるほど。

 つまり、陸上選手で、主に走ることがメインの人の場合、反対にAGIが高くなる、ってことかな?

 

【ランダムは、自動的にシステム側がステータスを決めます。運が良ければ高ステータスを。悪ければ、微妙なステータスになりかねません】

 

 つまり、完全に運任せ、ってことかな?

 うーん、ちょっと悩む。

 

 ……あ、そう言えばこのゲームのステータスって何種類あるんだろう?

 そう思って、スクリーンを見ると、幸い、どの項目がどういったものなのかが書かれていた。

 えーっと、なるほど。合計で八項目か。

 

 それで、内容は……。

 

『HP』……プレイヤーの体力を示します。0になると、強制的に宿屋に戻され、お金を4割失います。プレイヤーに倒された場合は、倒したプレイヤーにお金が移ります。

 

『MP』……魔法、もしくは一部のスキルを使用するのに必要なものです。時間経過でも回復しますが、ポーションなどを使った方が効果的です。

 

『STR』……攻撃力を示します。高ければ高いほど、攻撃力が高くなります。武器によっては、STRの制限がかかり、装備できないものもあります。

 

『VIT』……防御力を示します。これが高ければ高いほど、倒れにくくなります。

 

『DEX』……器用さを表します。遠距離攻撃(魔法や弓)の命中率が高くなります。生産職の方は、必要な場面が多く出るステータスです。

 

『AGI』……素早さを表します。これが高ければ高いほど、動きが早く、複雑な動きがこなしやすくなります。

 

『INT』……知能を表します。主に魔法の威力を高めたりします。生産職を選んだ場合は、『DEX』と同じく、必要になる場面が多くなります。

 

『LUC』……運を表します。高ければ高いほど、レアドロップ率が高くなります。

 

 と、うーん、おおむね向こうの世界のステータスと同じ、かな?

 強いて言うなら、『INT』と『DEX』がなかったかな?

 まあでも、ほとんど必要ないかな、くらいのステータスだもんね、現実だと。

 

「うーん、これを見る限りだと、記憶や経験の方がいいのかな?」

 

 ボクの場合、色々と修羅場をくぐって来たから、ちょっと高めになるかもしれないし。

 

「一応、利点とかってあるのかな?」

【それぞれの利点ですが、オートは、アバター作成後にFPとSPが取得できませんが、その代わりに、リアルのプレイヤーの記憶を参照し、スキルや魔法の取得が可能です】

 

 なるほど。例えば、剣道を習っていたりすると、それに関するスキルがもらえる、みたいな感じかな?

 

【続いて、ランダムは、運任せではあるものの、作成後に40FPと100SPが取得できます】

 

 んーと、このFPとSPってどういうものなんだろう?

 と思って、スクリーンを見ると、やはり説明があった。

 

『FP(FreePoint)』……ステータスを上げるのに必要なポイント。レベルアップ時に20手に入る。職業によって、上げやすいステータスと上げにくいステータスが存在する。基本は、1FPで1上げられるが、上げやすいステータスは1FPで2上げられる。反対に、上げにくいと2FPで1になる。

 

『SP(SkillPoint)』……スキル・魔法習得に必要なポイント。習得に必要なポイントは、スキルによって違う。レベルが上がるごとに100SPが手に入る。クエストの報酬でもらえる場合がある。

 

 つまり、オートにすれば自由にステータスを変動させることはできないけど、魔法やスキルを手に入れられる、って言うことか。

 

 それで、ランダムは、運任せにはなるけど、自由にステータスを割り振ったり、スキル・魔法を手に入れられる、って言うことか。

 

 うーん……これを見てる限りだと、ボクはオートの方がいいかな?

 ちょっと、割り振るのがちょっと面倒くさいし。

 

「じゃあ、オート」

 

 オートに決めて、オートの文字をタッチ。

 

【オートですね? それでは、記憶・経験を精査し、ステータスを作成。スキル、魔法、称号を獲得……終了しました】

 

 ……うん? 称号? 称号って、何?

 なにやら気になる単語があったものの、特に問題もなさそうだったので、スルーした。

 称号ってあれかな? よくあるような、ルーキー、みたいな感じの。

 まあ、そう言うのだよね。ソーシャルゲームでもよくあるし。

 

【続いて、職業の選択に移ります】

 

 と、今度は自分の職業についての選択らしい。

 とりあえず、全部見てみよう。

 

『戦士』……使用可能武器:直剣・大剣・槍。全職業の中で、最もステータスのバランスがいい職業。魔法は中級まで使える。安定した火力と防御力が強みであるため、初心者向けの職業。ステータスとしては、STR、VITが上げやすく、MP、INTが上げにくい。ほかは、平均的。

 

『重戦士』……使用可能武器:大剣・双大剣・籠手。基本的に、重い職業。HPとSTR、VITが上げやすく、攻撃と防御だけなら、最も強くなることができる職。魔法は、ほとんど使えず、初級程度まで。重い職業であるため、ノックバックに対するスキルを得ることができる。AGIが最も上げにくく、MPもほとんど上がらない。ほかは割と平均的。ゴリ押しが可能になる職業でもあるので、頭を使わず、ゴリ押しで行くぜ! という人向けの職業。

 

『暗殺者』……使用可能武器:短剣・双剣・弓。一撃必殺に特化した職業。隠密系のスキルや、手数押しなどができるのが利点。素早さと手数を活かした戦闘が向いている。AGI、INT,DEXが上げやすく、STR、VITが上がりにくい。ほかは平均。魔法は、上級まで使用可能。魔法使いと調合士を除いた職業で、唯一上級まで使用可能。基本的に防御力が低くなるため、回避が得意な人や、あえて難しい職業をプレイしたい人向け。

 

『魔法使い』……使用可能武器:杖。魔法主体の職業。魔法で消費するMPを軽減でき、MP回復が最も優れている。補助も可能。ステータスは、MPとINT、AGIが上げやすく、STRとVITが上げにくい。防御力が全職業の中で、最も弱いため、基本的に後衛向きの職業。厨二病な人向け。さりげなく、暗殺者との相性が良かったりする。

 

『調合士』……使用可能武器:短剣、杖。魔法アイテムを生成することを得意とする職業。ポーションや、補助アイテムなどを作ることが可能で、鍛冶師と組むことで、魔法効果を持った武器を作ることが可能。そのため、鍛冶師を選んでいるプレイヤーとスキル的に相性がいい。魔法は、上級まで使用可能。MPとINT、DEXが最も上げやすく、STRとAGIが上げにくい。ほかは平均的。裏方で支えるのが好き、という人に向いた職業。同時に、上手くやれば、全職業の中で最もお金が稼げる職業。

 

『鍛冶師』……使用可能武器:棍棒。武器、防具を作ることに特化した職業。調合士と組むことで、魔法武器を作ることができる。そのため、お店を開く際、セットでいることが多い職業。魔法の使用は不可。STRとDEX、LUCが最も上げやすく、MPとINTが上がりにくい。ほかは平均。独自の工房持つことが最初の目標であるため、我慢と根気がかなりいるため、そう言うのが得意な人向けの職業。

 

『侍』……使用可能武器:刀。刀を扱うことに長けた職業。魔法の使用は不可。HPとSTR、AGI、DEXが一番上げやすく、INT,MPが上げにくい。ほかは平均。全職業の中で、最も上げやすいステータスが多い職業。武器や防具を一つ作るのに、それなりにお金がかかる。そのため、一つが高い。一攫千金を狙うことができる職業でもある。

 

『弓術士』……使用可能武器:弓。弓を使うことに長けた職業。侍との相性が最もいい。魔法は、初級まで使用可能。STR、AGI、DEXが最も上げやすく、VITとHPが上がりにくい。ほかは平均。基本遠距離攻撃が主体なため、近距離が最も苦手な職業。

 

 うわ、説明長い……。

 

 えーっと……いや、これはもう、選ぶまでもないというか……暗殺者、だよね。うん。

 現実でのボクの職業を考えれば、暗殺者一択!

 

【暗殺者で登録……完了しました。なお、一度選択した職業以外でプレイをしたい場合は、一定の条件を満たせば、変更可能です】

 

 それなら、条件を達成できたら、他のも試してみようかな?

 

【それでは最後に、プレイヤーネームを登録してください!】

 

 と、目の前にまた別のスクリーンが表示される。

 どうやら、ローマ字入力みたい。

 えーっと、『ユウキ』と入力して……完了、と。

 

【プレイヤーネームを『ユキ』で登録します】

 

 ……え?

 あれ。ボク今、『ユウキ』って入力したよね? あれ? 聞き間違い?

 

 恐る恐るスクリーンを見ると……間違えて、『ユキ』と入力されてしまっていた。

 

 ……どうやら、Uが一個少なくなってしまったみたいで、名前が『ユウキ』ではなく、『ユキ』になってしまったみたいです。

 

 ……って!

 

「ちょっと待って! 名前! 名前間違ってる!」

【登録、完了しました。それでは、ユキ様、CFOの世界を、存分に楽しんでくださいね! それでは、いってらっしゃーい!】

「ま、待ってぇぇぇぇぇ!」

 

 その叫び虚しく、ボクの視界はホワイトアウトした。

 

 

 そして、再び目を開くと、どこか中世ヨーロッパ風の建造物が立ち並ぶ街だった。

 何と言うか、もっとファンタジーっぽい世界を想像していたんだけど……どうやら、異世界物のライトノベルに登場する世界のようなものみたい。

 

『すげえ、これがゲームの中かよ……』

『風が気持ちいい……』

『うお、ちゃんと匂いも感じるぞ!』

 

 と、周囲にはボクと同じように、ゲームに入った人たちが、完成の声を上げながらはしゃいでいた。

 ボク的には、二度目ではあるんだけど、周囲の人は初だからね。

 多分、中にはアスレチック鬼ごっこに参加した人とかもいるんじゃないかなぁ。

 

「えっと、みんなは……」

 

 きょろきょろと周囲を見回し、みんなを探す。そのついでに、現在地がどこなのかを把握。

 どうやら、街の入り口にある門がスタート地点みたい。

 

 門の外には、緑生い茂る草原が見えていた。

 

 視界には、様々な情報が浮かんでいて、自身のレベルとHP、MP、それから他のプレイヤーの名前が表示されていた。

 

 なんとなく、手を振ると、半透明のスクリーンが出現。

 どうやら、これがメニューみたい。

 えーっと、項目は……ステータス、装備、所持品、マップ、オプションの五個。

 

「まあ、よくある感じの項目かな?」

 

 さて、それじゃあみんなと合流するべく、噴水に向かおう。

 

 

 街を歩いていると、なぜか視線を感じた。

 そう言えば、銀髪はないもんね。最初の髪色に。

 だとすると、結構珍しいのかも。

 

 ……そう言えば、周りの人がボクに比べて歩くスピードが遅いような……?

 気のせいかな?

 

 それにしても……なんだか見たことがある道というか、何と言うか……。

 うーん、どこで見たんだっけ?

 なんか、遠くにあるお城も見覚えがあるんだよね……。

 

「どこだっけ?」

 

 あれかな。昔見た雑誌で見たとか? ……ボク、雑誌読まないからそれはないね。

 じゃあ、テレビ? 世界の〇窓からとか? いやでも、テレビもあんまり見ないし……。

 

「うーん……」

 

 なかなか思いだせなくて、唸りながら歩く。

 

 すると、目的地の噴水が見えてきた。

 

 人がいるにはいるけど、みんなが言った名前がどこにもない。

 どうやら、ボクが一番乗りみたいだ。

 

 とりあえず、噴水前で待ってようかな。

 ボクが近づくと、何やら、騒がしくなった。

 う、うーん、やっぱり銀髪って目立つ……?

 まあ、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……変えたほうが良かったかも。

 

 なんて思いつつ、ボクは暇つぶしにと、ステータスを確認。

 

【ユキ Lv1 HP200/200 MP300/300 

 《職業:暗殺者》

 《STR:120(+1)》《VIT:80(+1)》

 《DEX:90(+1)》《AGI:150(+1)》

 《INT:100》《LUC:200》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの外套】【右手:ぼろのナイフ】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの半ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【最強の弟子】【神に愛された少女】【純粋無垢なる少女】【変幻自在】

 《スキル》【気配感知Lv10】【気配遮断Lv10】【消音Lv6】【擬態Lv1】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【瞬刹Lv10】【投擲Lv5】【一撃必殺Lv7】【料理Lv10】【裁縫Lv10】【鑑定(低)Lv2】【無詠唱Lv10】【毒耐性Lv8】【睡眠耐性Lv5】

 《魔法》【風魔法(初級)Lv3】【武器生成(小)LV10】【回復魔法(初級)Lv10】【聖属性魔法(初級)Lv1】【付与魔法Lv2】

 《保有FP:0》《保有SP:0》】

 

「………………………………え?」

 

 ちょっと待って? ちょ~~~~~っと待って?

 

 なんか……おかしくない?

 

 あれ? なんでボク、称号が四つもあるの? なんでボク……こんなにスキルと魔法持っちゃってるの!?

 

 待って!? どういうこと、これ!?

 

 た、たしかに、記憶と経験からステータスを作成する方を選んだよ? でも……なんで見たことがあるスキルと魔法しかないの!?

 

 これ、どう見ても現実のボクが持ってる能力とスキル、魔法だよね!?

 

 どういうことこれ!?

 

 何をどう間違えたら、こんなチートじみた状況になるの!?

 

 というか、この称号は何!? 最初のは、まあ……師匠のことを言っているんだろうけど、次の二つはなんなの!? ボク、神様に愛されちゃってるの? あと、純粋無垢って何!? ボク、そこまで純粋じゃないよね? というか、なんでこんな変な称号が……?

 最後のは、多分……小さくなったりすることを言っているのかもしれないけど……。

 

 って、そもそもなんで、ボクの現実世界の状況が反映されちゃってるの?

 普通なキャラクターを望んだんだけど、ボク!

 

 ……待って? スキルと魔法がおかしいと言うことは……ステータスもおかしかったりするの?

 ふ、普通、だよね? これ。きっと普通なんだよね?

 そう思って、なんとなーく、【鑑定(低)Lv2】を近くにいた男性プレイヤーに使うと……

 

【シンジ Lv1 HP50/50 MP30/30

 《職業:戦士》

 《STR:30(+1)》《VIT:20(+1)》

 《DEX:40(+1)》《AGI:35(+1)》

 《INT:20》《LUC:10》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの革鎧】【右手:ぼろのブロードソード】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの長ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》なし

 《スキル》なし

 《魔法》なし

 《保有FP:40》《保有:SP100》】

 

 …………あ、ダメなやつだ、これ。

 

 どうやらボクは、異世界にいた経験によって、ほぼすべてが反映されたアバターになってしまったようです……。

 ……これ、絶対つまらないよね?




 どうも、九十九一です。
 今回からゲームの話になるわけですが……まあ、見事に依桜がチートキャラと化しています。これ、やりすぎじゃね? 大丈夫? 暴動起きない? とか、内心びくびくしながら悪乗りしていました。……そもそも、ゲームの話自体は、数ある話の中の一つ、みたいな括りなので、まあ、その……やりたい放題です。先に言っておきます。申し訳ありません。
 えーっと、ですね。スキルと称号の詳細につきましては、紹介用の回を書きますので、少々お待ちください。一応、今日出すつもりです。
 えーっと、今日は……まあ、多分もう1話出すと思います。時間はいつも通り(17時か19時)ですね。確実ではないのは、いつも通りなのでご了承ください
 なければ、いつもの朝10時ですので、よろしくお願いします。
 では。


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169件目 合流と初掲示板

 まさかすぎるボクのステータスに、絶句通り越して、ボクは沈んでいた。

 

 なんで、初期からあんなおかしすぎるステータスになっちゃってるの?

 ねえ、なんで?

 しかも、レベルが10とかならわかるよ? でも……普通にレベル1なんだけど。

 初期なんだけど。初期なのに、あんなにスキルとか魔法を持っちゃってるんだけど。

 

 あと、スキルと魔法にレベルがあるのもすごく気になるんだけど。

 普段よく使っていたりするスキルとか魔法は、レベルが10なんだよね……。ということはこれ、レベル10が最高? 多分、そうだよね?

 

 ……いや、ちょっと待って? そう言えば……なんで、【鑑定(低)Lv2】で、他人のステータス、丸裸にしちゃってるの? 普通、こういうスキルって、アイテムを鑑定するのに用いるようなものだよね? なんで、プレイヤーのステータスが見えちゃってるの? 大丈夫? これ。

 

 それに、ボク【睡眠耐性】なんて持ってないよ? 現実には、『毒耐性』と『精神攻撃耐性』しかないよ? なんで?

 

 もしかして、ボクの体が変化する際、いつも強すぎる睡魔に襲われているから、知らず知らずのうちに手に入っていた、とか?

 

 ……ログアウトしたら、一度確認しておこう。

 

 それにしても……スキルはともかく、この称号四つはどういう意味? あと、何かしら効果とかってあるの?

 ……ちょっと、見るのが怖いけど見よう。

 

【最強の弟子】……世界最強の人物を師匠に持つ者に与えられる称号。効果:レベルアップ時、取得できるFPとSPが増える。

 

【神に愛された少女】……文字通り、神に愛された少女に贈られる称号。効果:常時、LUCが上がり、隠しダンジョンが見つけやすくなる。仮に、一撃必殺の攻撃を受けたとしても、HPが1残り、一度だけ耐えることができる。

 

【純粋無垢なる少女】……心が純粋な少女に贈られる称号。効果:状態異常を受けにくくなる。知らず知らずのうちに周囲が味方してくれるため、買い物をする際、値段が三割引きになる。

 

【変幻自在】……様々な姿に変化をする者に与えられる称号。姿によって、ステータスが変動する。場合によっては下がることも。

 

 …………いや、壊れてるね、これ。

 特に、最初三つ。

 

 いやこれ、かなりとんでもないことになってるよね? 初期キャラでこれは……確実に目立つ……。

 

 そもそも、さっきの戦士職の人が今のボクに追いつくためには……最低でもレベル29は必要なんだけど。

 

 いや、そもそも、上げにくいステータスがあることを考えたら、ボクのステータスは相当おかしいよね? HPとVITが上がりにくい、とか書かれていた割には、かなり高くない?

 

 ボク自身、初期からすでに勝ち組みたいなことになっちゃってるんだけど……。

 

 というかね、一番ツッコミを入れたいのは……少女って認識されてることなんだよっ!

 ボク、完全に少女扱いされてるんだけど! 完全に、少年じゃないんだけど!

 世界から少女認定を受けていたけど、ゲームでも少女認定!?

 

 いや、そもそも作る際に、思いっきり女の子キャラしか作れなかったから、当然かもしれないけど……ボクの場合、男で作ってもいいじゃん! 項目なかったから、スルーしてたけど!

 

「うぅ……酷い……」

 

 あまりにも、酷すぎる状況に、がっくりとうなだれる。

 すると、

 

「……あー、ユウキか?」

 

 ふと、頭上から誰かの声が聞こえてきた。

 というか、この声は……

 

「えっと、あき……じゃなかった。ショウ?」

「よかった、ユウキみたいだな。……なんか、頭上の名前がユキになっているから焦ったぞ? なんで、名前が違うんだ?」

「いや、その……ちょっとタイピングミスしちゃって……」

「ああ、なるほど。Uが一個抜けたんだな。よくあることだ」

「あ、あはは……おかげで、女の子っぽい名前になっちゃったけどね」

「その姿だと、まったく違和感もないし、いいんじゃないか?」

「……それ、ボクの境遇知ってて言ってる?」

「……悪い」

 

 ショウにジト目を送ると、気まずそうに謝った。

 いや、うん。実際似合ってるのが何とも言えないんだよ……。だって、銀髪の女の子の名前が、ユキなんだよ? 似合わないどころか、むしろぴったりなんだよね……。

 

「……そういえば、ショウは外見を変えてないんだね?」

 

 目の前にいるショウは、現実の晶とほとんど変わらない外見をしていた。

 さらさらの金髪に、整った顔立ち。

 普段よく見る、イケメンな幼馴染。

 

「まあな。クリエイトは苦手でな。というか、俺たちのメンバーは、基本リアルにするだろうな」

「まあ、その方がわかりやすいもんね」

 

 別に、クリエイトモデルの方でもいいとは思うけど。

 でも、どちらかと言えば、リアルモデルの方がわかりやすくていいよ。

 

「それで? 俺は、ユキと呼べばいいのか?」

「まあ、うん。プレイヤーネームは、ユキだからね……そっちでお願いするよ」

「わかった。……ところで、他の三人はまだなのか?」

「みたいだよ。ボクが一番乗りだったみたいで」

「そうか。ユキは、職業は何にした?」

「暗殺者だよ」

「……聞くまでもなかったか」

「現実だと、普通にそうだからね」

 

 と言っても、向こうの世界では、だけど。

 一応、ステータスとか、能力、スキル、魔法構成的には、向こうもこっちもないけど。

 とりあえず、ショウと世間話をしていると、

 

「おっすおっす! えーっと、ショウとユウキか?」

 

 なにやら、やや筋肉質で長身の男性プレイヤーが話しかけてきた。

 

「「………どちら様?」」

 

 見たこともない人に声をかけられたものだから、素でそう切り返していた。

 いや、見たことはないけど、おおむね誰かわかってるんだけど……一応、ね?

 

「おいおい、オレだよ! レンだよ!」

「……どちらで?」

「ちょっ、ひ、酷くね!? オレたち、噴水に集合って言ったよな!?」

 

 態徒だった。

 この反応は、間違いなく、態徒だ。

 

「あー、たい……じゃない。レンは、クリエイトモデルにしたのか?」

「おうよ! 正直、リアルモデルでもよかったんだが、やっぱゲームだしな! ちょっとくらい、いじりたくなるぜ!」

「そうか。……だがまあ、現実より筋肉盛ってないか?」

「この方が、強そうだろ?」

「……そうだな」

 

 あ、ショウが呆れてる。

 呆れられている態徒……もとい、レンを見ると、たしかに強そう。

 やや筋肉質の体に、180以上はある長身。顔立ちも、歴戦の格闘家、みたいな感じになっていて、いかにも強そう。ちなみに、短髪。

 

「にしても、二人はあんま変わんねーのな」

「まあな。……ふと思ったんだが、リアルモデルだと言うのはやめた方がいいんじゃないか?」

「えと、どうして?」

「いや、このゲームをやっている人は、リアルモデルとクリエイトモデルの違いが判っているからな。だから、リアルモデルと聞けば、現実と同じと気付くだろう?」

「なるほど……たしかに」

「てか、ユキの場合は、無理じゃね? 髪色的に」

「……そう言えば、そうか」

「え、じゃあボクだけバレてるの?」

「「多分」」

 

 ……そ、そんな……。

 た、ただでさえ、ボクは色々と目立っているのに、これ以上目立つなんて……勘弁してよぉ……。

 

 じゃあ、ボクが一人で歩いている時、なんだか視線を感じると思ったのは、ボクがリアルモデルだと気付いたから?

 ……ぽいよね。

 

 ど、どうしよう?

 

「お待たせ」

「おまたー」

 

 と、今度は二人の女の子がやって来た。

 目の前にいるのは、黒髪の女の子と、オレンジ髪の女の子だった。

 どう見ても、普段会っている二人だね。

 

 身長とスタイルも現実と変わっていない。

 

「えーっと……人違いじゃないわよね?」

「あ、大丈夫だよ。えっと、ミサとヤオイだよね?」

「ええ、そうよ。よかったわ、人違いじゃなくて」

「だねー。もっとも、ユウキ君を間違えるなんて、まずありえないけどね」

「そうね。……って、ユウキじゃなくて、ユキ?」

「あ、えっと、この名前は、タイピングミスしちゃって……だから、ユキって呼んで?」

「なるほど、了解」

「おっけー!」

 

 なんとなく、理解してくれたような表情をしてから、了承してくれた。

 別に、この名前が嫌とかはないんだけど。

 

「……それで? そこにいる、筋肉質の男は? いや、言わなくてもわかるけど。一応」

「おう、レンだぜ!」

「……OK。理解したわ」

「うん。間違いなく、クマ吉君だね」

「ちょっ、その名前はあん時のだろ!? 今は、レンだ!」

「ふふふー。まあでも、みんな集まったみたいだし、これからどうする?」

「そうね……とりあえず、どこかでステータスの確認でもし合わない? 一緒にプレイするなら、情報を知らないと連携なんてできないもの」

「そうだな。……お、あそこにいい感じの喫茶店があるな。そこはどうだ?」

 

 そう言って、ショウが示したのは、落ち着いた雰囲気を放つ、小さな喫茶店だった。

 ……あれ、なんだろう、やっぱり見たことがある。

 気のせい?

 

「いいわね。とりあえず、入りましょうか。所持金は、一人千テリルあるみたいだし」

「飲み物くらいな大丈夫だよね!」

「んじゃ、行こうぜー」

 

 と、喫茶店に入ることになった。

 ……て、テリル? その通貨、すっごく聞きなじみがあるんだけど。

 もしかしてこのゲームの舞台って……。

 

「ユキー行くわよー」

「あ、う、うん!」

 

 ミサに呼ばれて、ボクの思考は中断された。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

1:おーし、世界初のVRゲームの掲示板立てたぜ!

 

2:ナイス!

 

3:ラノベとか見てて、マジこう言うのやってみたかった

 

4:サービス開始直後に立てるの草

 

5:ふっ、世界最初の掲示板立ての称号は手に入れたぜ

 

6:は? そんな称号あんの?

 

7:いや、ない。ただ言っただけ

 

8:つか、称号とか持ってるやつおる?

 

9:少なくとも、俺は持ってねえ

 

10:つーか、開始直後で称号持ちとか、どこのラノベ主人公だよって話だな

 

11:いや、わからんぞー。もしかすると、とんでもない称号持ちのプレイヤーがいるかもしれん

 

12:まあ、まだ未知な部分もあるし、不思議じゃねーわなー

 

13:お、とんでもないと言えば、とんでもない美少女プレイヤーを見かけたンゴ

 

14:kwsk

 

15:スタート直後に、銀髪碧眼のめっちゃスタイルのいい美少女がいた。何の迷いもなく、噴水に向かっていたンゴ

 

16:ん? 初期の髪色に、銀髪なんてあったか?

 

17:いやない

 

18:てことは……ガチで存在する美少女ってことか!?

 

19:おそらく

 

20:ちなみに、その美少女のスクショ、オレ持ってんぜ!

 

21:なぬ!? うpを希望する!

 

22:同じく!

 

23:ちょっと待ってろ。……これだこれ

 

 と、プレイヤーの一人が噴水の前に立っている、銀髪碧眼の美少女のスクショを投稿

 

24:え、何この女神……

 

25:ふ、ふつくしい……

 

26:こんなん美人すぎて、むしろ笑う

 

27:銀髪美少女ふぉおおおおおお!

 

28:是非とも、お近づきになりたい!

 

29:途中から入った者だが、この美少女はすばらしすぎるでござる

 

30:ちなみに、この後二人の男性プレイヤーと女性プレイヤーと仲良さそうに話して、喫茶店に入っていった

 

31:くっ、その男二人が羨ましぃっ!

 

32:そしてこちらが、その男女四人のスクショです

 

 今度は、四人の男女が映し出されたスクショが投稿された

 

33:くっ、普通に片方イケメンじゃねえか……!

 

34:てか、こっちの二人も美少女じゃね?

 

35:た、たしかに……類友ってやつか?

 

36:いや、この筋肉質の奴はちょっとあれやろ

 

37:でもよー、金髪なんていっぱいいるぜ? このイケメンとか、普通にクリエイトモデルなんじゃね?

 

38:そういや、リアルモデルどうこうって言ってたぜ?

 

39:は? じゃあ何か? この金髪イケメンは現実でもこれだと?

 

40:らしいのう

 

41:でも、これ見てる限りだと、リア友か?

 

42:いや、こんな人数で集まっておいて、リア友じゃないはないわ

 

43:……つか、この銀髪美少女、女神様っぽくね?

 

44:ああ、あのネット上で、騒がれてた?

 

45:おう。まあ、銀髪の時点で間違えようがない

 

46:てことはなにか? もしかすると、この女神様とお近づきになれる日が来る可能性があるってことか!?

 

47:やべえ、テンション上がって来た!

 

48:今思えば、最初の掲示板の話の内容が、美少女に関する話題だけってあれだな

 

49:たしかに

 

50:まあ、美少女だからな! 話題にならない方がおかしい!

 

51:ふむ。ならば、今後はとりあえず見守っていく方針かの

 

52:異議なし!

 

 というような、会話がサービス開始直後の掲示板で行われていた。

 やはり、どこの世界でもユキは目立つようだ。




 どうも、九十九一です。
 えっと、この後おそらくスキルやら称号やらの効果を書いた説明が投稿されると思います。多分。できれば今日中に出しますが、無理なら明日出します。
 えっと、明日も2話投稿にしようかなと思います。というか、当分の間は2話投稿が続きそうです。なので、1日2話がしばらくの間のスタンスになりそうです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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CFO中に出てくる職業・称号・スキル・魔法・アイテムの一覧(作中登場次第、随時更新)

※ CFOに登場する用語の説明に関するものです。見るタイミングがお任せします。(ネタバレになるかは不明です)


《CFO》

 ゲームのタイトル。剣と魔法のファンタジー世界を再現した、世界初のフルダイブ型VRMMORPG。最初の販売数は、『New Era』と同じく、10万本。

 何やら、ユキには見たことがある世界観らしい……。

 

 

《職業》

【戦士】……使用可能武器:直剣・大剣・槍。全職業の中で、最もステータスのバランスがいい職業。魔法は中級まで使える。安定した火力と防御力が強みであるため、初心者向けの職業。ステータスとしては、STR、VITが上げやすく、MP、INTが上げにくい。ほかは、平均的。

 

【重戦士】……使用可能武器:大剣・双大剣・籠手。基本的に、重い職業。HPとSTR、VITが全職業の中で一番上げやすく、攻撃と防御だけなら、最も強くなることができる職。魔法は、ほとんど使えず、初級程度まで。重い職業であるため、ノックバックに対するスキルを得ることができる。AGIが最も上げにくく、MPもほとんど上がらない。ほかは割と平均的。ゴリ押しが可能になる職業でもあるので、頭を使わず、ゴリ押しで行くぜ! という人向けの職業。

 

【暗殺者】……使用可能武器:短剣・双剣・弓。一撃必殺に特化した職業。隠密系のスキルや、手数押しなどができるのが利点。素早さと手数を活かした戦闘が向いている。AGI、INT,DEXが上げやすく、STR、VITが上がりにくい。ほかは平均。魔法は、上級まで使用可能。魔法使いと調合士を除いた職業で、唯一上級まで使用可能。基本的に防御力が低くなるため、回避が得意な人や、あえて難しい職業をプレイしたい人向け。

 

【魔法使い】……使用可能武器:杖。魔法主体の職業。魔法で消費するMPを軽減でき、MP回復が最も優れている。補助も可能。ステータスは、MPとINT、AGIが上げやすく、STRとVITが上げにくい。防御力が全職業の中で、最も弱いため、基本的に後衛向きの職業。厨二病な人向け。さりげなく、暗殺者との相性が良かったりする。

 

【調合士】……使用可能武器:短剣、杖。魔法アイテムを生成することを得意とする職業。ポーションや、補助アイテムなどを作ることが可能で、鍛冶師と組むことで、魔法効果を持った武器を作ることが可能。そのため、鍛冶師を選んでいるプレイヤーとスキル的に相性がいい。魔法は、上級まで使用可能。MPとINT、DEXが最も上げやすく、STRとAGIが上げにくい。ほかは平均的。裏方で支えるのが好き、という人に向いた職業。同時に、上手くやれば、全職業の中で最もお金が稼げる職業。

 

【鍛冶師】……使用可能武器:棍棒。武器、防具を作ることに特化した職業。調合士と組むことで、魔法武器を作ることができる。そのため、お店を開く際、セットでいることが多い職業。魔法の使用は不可。STRとDEX、LUCが最も上げやすく、MPとINTが上がりにくい。ほかは平均。独自の工房持つことが最初の目標であるため、我慢と根気がかなりいるため、そう言うのが得意な人向けの職業。

 

【侍】……使用可能武器:刀。刀を扱うことに長けた職業。魔法の使用は不可。HPとSTR、AGI、DEXが一番上げやすく、INT,MPが上げにくい。ほかは平均。全職業の中で、最も上げやすいステータスが多い職業。武器や防具を一つ作るのに、それなりにお金がかかる。そのため、一つが高い。一攫千金を狙うことができる職業でもある。

 

【弓術士】……使用可能武器:弓。弓を使うことに長けた職業。侍との相性が最もいい。魔法は、初級まで使用可能。STR、AGI、DEXが最も上げやすく、VITとHPが上がりにくい。ほかは平均。基本遠距離攻撃が主体なため、近距離が最も苦手な職業。

 

 

《称号》

 プレイヤーがまれに手に入れるもの。効果はさまざまであり、ステータスを向上させたり、状態異常をかけやすくなる、など、様々なものがある。場合によっては経験値向上や、FPとSPの入手量が増える、などの激レア称号もある。

 

【最強の弟子】……世界最強の人物を師匠に持つ者に与えられる称号。効果:レベルアップ時、取得できるFPとSPが二倍になる。

 取得者:ユキ

 

【神に愛された少女】……文字通り、神に愛された少女に贈られる称号。効果:常時、LUCが上がり、隠しダンジョンが見つけやすくなる。仮に、一撃必殺の攻撃を受けたとしても、HPが1残り、一度だけ耐えることができる。

 取得者:ユキ

 

【純粋無垢なる少女】……心が純粋な少女に贈られる称号。効果:状態異常を受けにくくなる。知らず知らずのうちに周囲が味方してくれるため、買い物をする際、値段が三割引きになる。

 取得者:ユキ

 

【変幻自在】……様々な姿に変化をする者に与えられる称号。姿によって、ステータスが変動する。場合によっては下がることも。

 取得者:ユキ

 

【悪意を受け止める者】……普段から嫉妬や僻み、殺意などを受けている人に贈られる称号。常時、ヘイトを集めやすくなる。ある意味バッドステータスになるが、タンク役には割と有効な称号。割合、+20%。対人戦でも、有効になる際がある。

 取得者:レン

 

【腐りし生者】……何らかの部分が相当腐っている人に贈られる称号。ここでは、大方腐女子、腐男子を指す。自身の攻撃すべてに、10%の確率で、腐食属性を追加する。

 取得者:ヤオイ

 

 

《スキル》

 プレイヤーが持つ、特殊な技能。直接的な攻撃をするものもあれば、補助に関係するものまである。入手方法は、スクロールか、SP消費のどちらか。効果の内容によって、リキャストタイムが変わる。

 

【気配感知】……モンスターやプレイヤーの位置を探ることができるスキル。レベルが上がるごとに効果範囲は広まり、レベル10が最高。レベル1だと、有効範囲は自信を中心とした、半径3メートル。レベル10で、範囲が半径30メートルになる。

 入手方法:暗殺者のレベルが3で入手可能。スキルレベルは、使用回数に応じてレベルが上がる。効果時間は、レベルによる。レベル1で、20秒。レベル10で、200秒になる。リキャストタイムは、100秒。

 

【気配遮断】……気配を消す能力。一定時間プレイヤーの気配と姿を消し、マップに映らなくなる。レベルに応じて、時間が延びる。なお、攻撃が当たらなくなるわけではなく、音もでるので、場合によってはバレる。リキャストタイムは、効果切れから200秒ほど。

 入手方法:暗殺者のレベルが4で入手可能。スキルレベルは、使用回数、もしくはSP消費で上げられる。

 

【消音】……一定時間、自身に関する音を消すだけの能力。音を消すだけなので、姿は見えるし、気配が消えるわけではない。あまり使えないように思われるが、気配遮断と同時に使うと、凶悪コンボになる。効果時間は、レベル1で、20秒。レベル10で、90秒。

 入手方法:ダンジョンに生成される、宝箱から、一定の確率でスクロールが手に入る。

 暗殺者のみ、習得可能。

 

【擬態】……壁や床、オブジェクトに擬態するだけの能力。効果時間は特にない。一度使用すると、動くまでは効果が持続される。レベルが高ければ高いほど、精巧な擬態となる。リキャストタイムは250秒。攻撃されても、擬態は解除される。

 入手方法:ダンジョンでのレアドロップ。もしくは、一部の宝箱から、低確率で手に入る。

 暗殺者のみ、習得可能。

 

【身体強化】……STRとVIT、AGIの三つのステータスが向上するスキル。消費MPによって、倍率が変わる。また、レベルによって最大強化倍率も違う。レベル1で、1.1倍。レベル10で2倍になる。効果時間は、倍率によって変化。1.1倍で、200秒。2倍で、100秒。同時に、リキャストタイムも違う。1.1倍で、80秒。2倍で200秒。

 入手方法:NPCショップにて入手可能。ただし、高額。

 全職業習得可能。

 

【立体機動】……自身のAGIを上げるパッシブスキル。常時、自身のAGIにボーナスが入る。レベルが高ければ高いほど、補正は高い。レベル1で、+5%。レベル10で、+50%

 入手方法:???

 

【瞬刹】……自身の動きを早くするスキル。実際は、思考能力を加速させるものだが、ゲーム内では、代わりに高速移動的能力になっている。激レアスキル。レベルによって効果が変わる。レベル1で、AGI+10%。レベル10で、AGI+100%

 リキャストタイムは、全部統一。240秒。

 入手方法:???

 暗殺者、侍、弓術士が習得可能。

 

【投擲】……使い捨て武器を投げる際に必要なスキル。威力は、STRとDEXによる。リキャストタイムは、10秒。

 入手方法:NPCショップにて売買されているスクロール。初期SPでの入手も可能。現実で、ダーツなどの経験がある人は、オートによるステータス作成で入手可能。

 全職業習得可能。ただし、暗殺者と弓術士は威力に補正がかかる。+8%

 

【一撃必殺】……一撃で倒すことができるスキル。一日に一度しか使えない。気付かれていない場合であれば、いかに体力があっても全損させることが可能(ただし、確定耐えスキルを持っている場合は、倒しきれない)。日付が変わるのと同時に使用可能になる。回数ストックは不可能。

 入手方法:一切気付かれずに、1000体の敵を一撃で倒す。

 暗殺者、魔法使い、侍が習得可能。

 

【料理】……サブスキルの一種。マイホームやギルドなどで、料理ができるようになるスキル。レベルが高ければ高いほど、おいしいものが完成し、料理の完成率も上昇する(レベル10だと99%で完成する)。レベルを10にするには、1000回料理を作らねばならない。現実で料理人をしていたり、料理学校に通っていたりする場合は、ステータスのオート作成で、経験に見合ったレベルで入手可能。普段から何らかの形で料理をしていた場合でも手に入る(例:家事)。

 入手方法:NPCショップ

 全職業習得可能。ただし、調合士は完成率に+10%の補正がかかる。

 

【裁縫】……洋服を作成したり、修復したりするのに必要なスキル。レベルが高ければ高いほど、凝ったデザインの物が完成し、まれに特殊能力が付与されることもある。洋服の作成、もしくは修復した回数が1000回ほどでレベル10に到達。現実で、服飾関連の仕事をしていたり、学校に通っていたりした場合は、ステータスのオート作成で、入手できる。経験に見合ったレベルで入手可能。ちなみに、普段から何らかの形で裁縫をしていた場合でも手に入る(例:家事)。

 入手方法:とあるクエスト

 

【鑑定(低)】……アイテムや、相手のステータスを鑑定するスキル。レベルが高ければ高いほど、レジストされずにステータスを覗くことができる。ただし、下位互換のスキルなので、能力の内容まではわからない。そもそも、鑑定自体超が付くほどの激レアスキル。鑑定が必要なアイテムを、その場で鑑定可能になる。リキャストタイムは、20秒。

 相手のINTが自分より高い場合は失敗。差が大きければ大きいほど、成功する。

 入手方法:不明

 暗殺者、調合士、鍛冶師が習得可能。

 

【無詠唱】……魔法の連射性能と威力に補正がかかるパッシブスキル。レベルが高ければ高いほど、補正値が変わる。レベル1で+5%。レベル10で+50%。

 レベル10にするのに、魔法による攻撃で1000体倒す必要がある。

 入手方法:高難易度ダンジョンのゴールにある宝箱から、一定の確率で入手可能。

 魔法が使用可能職業は、習得可能(侍と鍛冶師以外すべて)。

 

【毒耐性】……毒攻撃に対する耐性を得る。レベルによって、減らせるダメージが変わり、レベル10で、完全無効化が可能。ただし、毒の上位に存在する猛毒のダメージは受ける(それでも70%はカット)。

 習得方法:ひたすら毒攻撃を受ける。

 全職業習得可能。現実で、毒を飲んだことがある、蜂に刺されたことがある、というか、毒が体内に入ったことがある場合は、大抵入手可能。ウィルスは含まれない。

 

【睡眠耐性】……睡眠攻撃、催眠系の攻撃に対する耐性を得る。レベルによってレジスト率が高まる。レベル1で10%。レベル10で100%。ただし、貫通系の称号、もしくはスキルを併用された場合は、受ける可能性がある。

 習得方法:睡眠、催眠攻撃を受け、合計100回抗うこと(レジスト失敗も問題はない)。

 全職業習得可能。暗殺者、魔法使い、侍は入手しやすい傾向がある。

 

【金剛】……一定時間VITが10%向上するスキル。レベルが高ければ高いほど、効果が向上する。レベル1で5%。レベル10で、50%。スキルレベルは、スキル使用中に、合計1000回(習得前もカウントされている)攻撃を受ければ10になる。効果時間は、100秒。

 習得方法:敵の攻撃を100回受けること(ただし、一撃で倒された場合はカウントされない)。

 重戦士と鍛冶師が習得可能。

 

【精神統一】……使用後、最初の攻撃がクリティカルヒットになる。効果時間は特にないが、攻撃がどんな形でも当たれば、使用済みとなる。そのため、盾や武器に当たった場合も効果終了となる。リキャストタイムは、300秒

 習得方法:セーフティエリア(街など)外で、5分間座っていると手に入る。

 戦士と重戦士、鍛冶師が習得可能。

 

【調合】……調合士が最初から身に着けているスキル。調合するアイテムによって、調合できるようになる幅が広くなる。

 習得方法:調合士が初期から覚えている。

 魔法使いも習得可能。宝箱から出現するスクロールで習得。

 

【割合上昇】……調合士と鍛冶師が初期から持っているパッシブスキル。自身が作成したアイテム、もしくは装備品の効果割合を上昇させる。アイテムによって割合は差がある。レベルが上がれば、効果割合も伸びる。

 習得方法:鍛冶師と調合士が最初から覚えている。

 職業的な制限はないが、生産系のスキルを持っていないと習得不可。例:【料理】【裁縫】【調合】【生成魔法系統】など。

 

 

《魔法》

 MPを用いて放つ、特殊な攻撃方法。

 詠唱は特にないが、職業によって補正がかかる。

 暗殺者は10%威力増。魔法使いは、50%威力増。調合士は、30%威力増。

 

【風魔法(初級)】……風系の魔法が使えるようになる。レベル1で《ウィンドカッター》を覚える。レベル10で、《ストームエッジ》を習得できる。ちなみに、中級、上級、と二つほど上がある。レベルが上がれば、威力が上がる。

 習得方法:スクロール。もしくは、現実で、スカイダイビングを経験していたり、風力発電に関わることをしていた場合は、オート作成にて習得可能。ランダムで属性系魔法が手に入る。

 鍛冶師と侍以外、習得可能。

 

【武器生成(小)】……小型武器(ナイフや短刀など)を生成する魔法。強度、威力に応じたMPを消費して武器を作る。ただし、作成者以外は装備不可。例外として、投擲系の武器は使用可能(装備品ではないため)。類似魔法として、【武器生成(大)】があるが、向こうは反対に大型武器(ブロードソードなど)しか作れない。レベルが上がれば、消費MPを削減可能。

 習得方法:超が付くほど、低確率で高難易度ダンジョンのボス部屋にある宝箱から出現。

 

【回復魔法(初級)】……HPを回復させることができる魔法。《ヒール》と《ハイ・ヒール》、《ハイエスト・ヒール》が習得可能。それぞれ、レベル1、レベル5、レベル10での習得。レベルが上がれば、回復量も増える。

 習得方法:スクロール。現実で、医療に関わる仕事をしていたり、看護、医療系の学校に通う、その他、手当などをよくしている人などは、オート作成にて習得。経験によって、レベルは違う。

 

【聖属性魔法(初級)】……亡霊系とアンデッド系の敵と闇属性魔法に対して有効な魔法。《浄化》と《バニッシュ》を習得可能。レベルが上がれば、威力も上がる。

 習得方法:スクロール(割とレア)。現実で、信仰心が強かったり、慈愛の気持ちが強かったりする人が、オート作成にて習得。信仰心、気持ちが強ければ強いほど、レベルは高くなる。

 

【付与魔法】……一時的に、武器や防具に魔法、スキルを付与できる魔法。一対象に付き、一つまでしかかけられない。なお、人一人で一つとカウント。レベルが高ければ高いほど、効果時間は伸びる。レベル1で30秒。レベル10で75秒。リキャストタイムは、100秒。

 習得方法:

 

【火属性魔法(初級)】……火属性の魔法が使えるようになる。レベル1で《ファイアーボール》レベル5で《ファイアーウォール》レベル10で《ファイアーランス》を習得する。レベルが上がると、威力が上がる。

 レベル10になり、敵を100体【火属性魔法】で倒すと、中級になる。上級は、さらにレベル10にしたのち、さらに敵を1000体倒すと上級になる。

 習得方法:スクロール。魔法使いと調合士は、ランダムで属性系魔法が手に入る。現実で、消防士をしていたり、火力発電に関わっていたり、火に関わる仕事をしている人は、オート作成にて習得。

 

《アイテム・装備品》

【ぼろの革鎧】……《戦士》《重戦士》《鍛冶師》《侍》の初期装備。VIT+1のいわゆるゴミ装備。革で出来た、ぼろぼろの鎧。防御力は皆無に等しい。

 

【ぼろの外套】……《暗殺者》《魔法使い》《調合士》《弓術士》の初期装備。VIT+1のいわゆるゴミ装備。何やら黒い布でできた、ぼろぼろの外套。防御力なんて、あったものではない。

 

【ぼろのブロードソード】……《戦士》の初期装備。STR+1のゴミ以下略。所々錆びついているブロードソード。近々折れそう。

 

【ぼろの大剣】……《重戦士》の初期装備。STR+1の以下略。所々錆びついて、切れ味なんてあったのものではないため、切るのではなく、叩き潰すための打撃武器になりそう。

 

【ぼろのナイフ】……《暗殺者》の初期装備。ST以下略。切れ味のよさや殺傷能力の高さが必要な暗殺者にとって、まさにいらない子。仕事なんて、できたものじゃない。

 

【ぼろの刀】……《侍》の初期装備。以下略。刃が欠けてきているため、切ることはできなさそう。ただ重いだけの、打撃武器(のようなもの)。

 

【ぼろの杖】……(魔法使い)《調合士》の初期装備。以下略。本当に必要最低限の魔法しか使えないような杖。正直、杖で殴った方が早いかもしれない。別に、魔法攻撃の威力が上がるなんてことはない。

 

【ぼろの弓】……《弓術士》の初期装備。以下略。弦は少したるみ、癖が強く、命中率が非常に悪くなっている。ある意味、一番初期が厳しい職と言えるかもしれない。

 

【ぼろの手袋】……全職業共通の初期装備。DEX+1のゴミ装備。つけても、得体の知れない何かを封印したりする効力なんてない。

 

【ぼろの長ズボン】……《暗殺者》と《魔法使い》以外の職業の初期装備。よくわからない布でできた、長ズボン。ちょっとしたことで破けそう。何の効果もない。

 

【ぼろの半ズボン】……《暗殺者》《魔法使い》の初期装備。よくわからない以下略。何の効果もない。

 

【ぼろの靴】……全職業共通の初期装備。AGI+1のゴミ装備。長距離歩いただけで壊れそうなほど、ぼろぼろ。正直、買い替えた方がいい。

 

白銀(はくぎん)(つるぎ)】……白銀に輝く、ブロードソード。《戦士》が装備可能な武器。STR+20。《武器スキル:伸縮》刃を10秒間伸ばしたり短くしたりできる。リキャストタイムは、100秒。装備条件:STR30

 

【白ノ鎧】……純白と言って過言ではない、軽装鎧《戦士》《重戦士》が装備可能な防具。装備部位:体・足・腕。HP+20・VIT+25。《防具スキル:シールド》三秒間だけ、攻撃を防ぐバリアのような物を前方に張る。リキャストタイムは、50秒。装備条件:STR35

 

【黒ノ大剣】……黒一色の180センチはあろう大剣。《戦士》《重戦士》が装備可能な武器。STR+30。《武器スキル:地波》前方に地面を這う衝撃波を放つ。威力は、STR由来。装備条件:STR50。

 

宵闇(よいやみ)】……漆黒の刀身を持つ短刀。《暗殺者》《調合士》が装備可能な短剣武器。STR+10・AGI+20。《武器スキル:影操》十秒間影を操ることができる。攻撃にも防御にも使える、便利なスキル。使い方次第で、移動にも転用できる。装備条件:INT50

 

【調合士ノ杖】……よくわからない木でできた、魔法の杖。《魔法使い》《調合士》が装備可能な武器。MP+10・INT+30《武器スキル:魔力増幅》放った魔法の威力が1.5倍になるパッシブスキル。装備条件:INT50

 

【調合士ノ白衣】……かつてどこかの研究者が身に着けていた衣服。シャツとスカートでワンセットの代物。《調合士》が装備可能な防具。装備部位:体・腕・足。VIT+25・INT+30。《防具スキル:効率上昇》調合の際、必要な時間が半減される。装備条件:INT60

 

水月(みげつ)】……水流の模様が入った刀身を持つ刀。《侍》が装備可能な刀武器。STR+35。《武器スキル:水斬》20秒間、水を纏った攻撃になる。火属性の敵などに有効。火を切ることもできる。リキャストタイムは、80秒。

 

雪華(せっか)(ころも)】……雪の結晶が描かれた、異国の服。《侍》が装備可能な防具。装備部位:体・腕・足。VIT+30・AGI+20。《防具スキル:雪月花》氷の花をかたどった壁を5秒間生成し、攻撃を防ぐ。炎には弱い。リキャストタイムは、60秒。装備条件:STR30・AGI40

 

疾駆(しっく)ノ靴】……全職業装備可能な防具。装備部位:靴。AGI+10。《防具スキル:疾走》20秒間、AGI+10%。リキャストタイムは、90秒。装備条件:AGI10

 

隠者(いんじゃ)ノ黒コート】……体をすっぽりと覆えるような、黒のフード付きコート。《暗殺者》が装備可能な防具。装備部位:体・足。VIT+70・AGI+80。《防具スキル:ハイディング》60秒間、姿を隠す。攻撃された場合、効果は消える。リキャストタイムは、400秒。装備条件:AGI150・DEX80・INT100

 

【魔殺しノ短剣】……魔の者たちを殺すために創られた、漆黒の短剣。《暗殺者》《調合士》が装備可能な武器。STR+40。《武器スキル:魔殺し(デモンキラー)》魔物・魔族に対する特攻を持つパッシブスキル。攻撃時に、1.5倍のダメージが上乗せされる。装備条件:STR100・INT90

 

【天使ノ短剣】……不死者や亡霊を浄化するために創られた、純白の短剣。《暗殺者》《調合士》が装備可能な武器。STR+35。《武器スキル:不死殺し(イモータルキラー)》死霊・アンデッド系の敵に対し、特攻を持つパッシブスキル。攻撃時に1.5倍のダメージが上乗せされる。装備条件:DEX90・INT100・LUC150

 

【悪路ブーツ】……どんな場所でも走れるようにと創られた、黒のロングブーツ《暗殺者》が装備可能な防具。装備部位:靴。AGI+50%《防具スキル:悪路走破》どんな地形の影響も受けないパッシブスキル。装備条件:AGI200・INT100

 

 

《通貨》

 このゲームにおける通貨は、テリル。青銅貨=1テリル。銅貨=10テリル。銀貨=100テリル。金貨=500テリル。紙幣三種。1000テリル紙幣。5000テリル紙幣。10000テリル紙幣。

 ちなみに、現物を出すと上記の通りになるが、実際は所持品の欄に収納されているため、ほとんど見ることがない。

 

 

《用語》

【セーフティエリア】……モンスターがポップしないエリアの総称。街などが、これに該当する。ダンジョン内にも一ヶ所だけ生成される。セーフティエリア内では、戦闘は不可。なお、両者合意の上でなら、セーフティエリア内でのPVPも可能。

 

【ダンジョン】……色々な場所に生成されるもの。中は、モンスターが沸き、宝箱も存在する。最深部にはボスモンスターが存在しており、初めて攻略した人にはボーナスが入る。それとは別で、一人で攻略した場合は、ソロボーナスが入る。片方だけでも、割と強めな装備品やスクロールが手に入るが、両方同時の方がさらにいいものが手に入る。

 

【隠しダンジョン】……マップ上に書かれていたりするダンジョンとは違い、自力で探す、もしくは、クエストで場所を知ることができる、特殊な場所。強力な装備や、高値で売れるアイテムが多くあり、最深部には、一度のみ入手可能な装備品やスクロールが手に入る(確定)。二人目以降は、普通のダンジョンよりも、少し強力なものが手に入るようになる。LUCだけでなく、リアルラックも必要。




 どうも、九十九一です。
 これは、ただの説明ですので、別に見なくても問題はありません。割と適当に作っている部分もあるので、ツッコミどころは満載ですが、許してください。というか、こう言うの考えるの苦手なんですけどね……。
 この説明は、タイトルにある通り、作中に登場次第、随時更新していく予定です。


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170件目 ステータスのみせあいっこ

クリスマスですね。まあ、そんなことは関係なく、この物語は平常運転です。鼻で笑いながら見てください!


「へぇ~、いい感じの喫茶店ね」

「だねぇ。こういう落ち着いた雰囲気の喫茶店って、最近見ないもんね」

 

 仲良く喫茶店に入り、テーブル席に案内されると、ボク、ミサ、ヤオイが並んで座り、その向かい側にショウとレンという座り方になった。

 

 注文方法は、どうやらあのスクリーンらしく、テーブルを軽くタッチすると、注文用のスクリーンが出現した。

 

 そこには、色々なスイーツや、軽食類、食事、ドリンクが表示されていた。

 食べたい料理を選んで、注文の文字をタッチすれば、自動的に所持金から引かれて、料理が出現するみたい。

 

 右上に書かれている数字が、自分の所持金みたいなんだけど……いや、ちょっと待って。

 

 なんか……桁がバグってない?

 何と言うか、その……400万って見えるんだけど。

 

 これ、あれだよね。やっぱりこのゲームの舞台って……ミレッドランドだよね?

 

 さっきからずーっと気になってたんだけど、どう見てもこれ、ミレッドランドをモデルにした世界だよね?

 

 そもそも、見慣れたスキルやら魔法やらがある時点で色々と変だし、街並みも、お城も向こうにあったのと同じだし……。

 

 が、学園長先生、まさかとは思うけど……ボクが異世界に行った際、転移システムに問題がないか、というのを調べたかったんじゃなくて、このゲームのためにモデルのデータが欲しかったからなんじゃ……?

 

 今にしてみれば、その可能性が高い……。

 

 じゃあこれ、ボクからしてみれば、あんまり目新しさがないような気がするんだけど……これで、ボクが知っている人が、NPCで出現したら、いよいよ確定だよね。

 

 ……王様とか、レノとか、ヴェルガさんとか出てきたら、本当に笑えないよ。

 

「ユキ、どうしたの? メニューを見て固まってるけど……」

「あ、う、ううん、何でもないよ。えっと、その……よかったら、ボクがお金を出すよ?」

「え、でも、初期の所持金って1000テリルでしょ? 五人分も買えるお金ないわよね? ましてや、サービス開始はついさっきよ?」

「いやその……ど、どうやら、お金が有り余ってるみたいで、ね。だから、みんながよければ、ボクがお金を出そうかなーって」

 

 正直、400万もいらないんだけど。

 

 これ、下手をしたら、向こうの世界にいた時に所持していたアイテム類なんかも、所持品のところにあるんじゃないか、なんて気がしてきた。

 

 それに、ここのメニューを見る限りだと、どんなに高くても、2000テリル程度。

 400万からしたら、本当に微々たるものだよ。

 

「変ね……バグかしら? まあでも、奢ってもらえるなら、お言葉に甘えるわ」

「わたしもー」

「俺も」

「当然オレもだ!」

「うん。遠慮しないでいいよ。値段も気にしなくていいから」

「太っ腹ね」

「ユキ君の場合、お腹はすごく細いけどね。太いのは胸部だから」

「も、もぉ! そんなこと言うと、ヤオイの分は出さないよ!」

「ごめんごめん」

 

 セクハラまがいのことを平気で言うんだもん。本当、ヤオイは油断ならない。

 

 というわけで、みんなで注文。

 ボクは、苺のショートケーキとコーヒー。

 ミサは、アップルパイとメロンソーダ。

 ヤオイは、フルーツタルトとカフェオレ。

 ショウは、モンブランとブラックコーヒー。

 レンは、カステラとコーラ。

 

 仮想空間なので、いくら食べてもお腹は膨れない。

 

 だから当然、太ることもないとあって、ミサとヤオイは大喜びだった。

 

 ちなみに、ボクは太らない体質なので、そこまで問題はないけど。

 ……なんて思ったら、ミサに睨まれた。

 

 ボクの方で一括注文すると、一斉に料理と飲み物が出現。

 それぞれが頼んだものを自分の目の前に持って行き、食べる。

 

「お、美味しい!」

「ほんと……今まで食べたどのアップルパイより美味しいわ」

「フルーツの酸味がちょうどいいくらいで、すっごく美味しいよ、このタルト」

「こっちもだ。すごいな、これ。たしか、味覚の情報を脳に送りこんで、味を大観させてるって話だったが、そうは思えないな」

「どういう仕組みかはわからんが、美味けりゃいいじゃねえか!」

 

 と、みんな大絶賛。

 みんな夢中で食べる。

 

 学園長先生、こういうのにこだわってたのかな? 意外と、こう言う部分にはこだわりそうだもんね、学園長先生。

 

 本当は、食べながら話そう、と思っていたんだけど、思いの外美味しくて、結局話どころではなくなってしまった。

 そのため、話し始めたのは食べ終わってからになった。

 

「さて、美味しいスイーツも食べたことだし、色々と確認しましょうか」

 

 そう言って、口火を切ったのはミサ。

 こう言う時、進んで進行役を務めてくれるから、本当にありがたい。

 

「最初はステータスの確認……の前に、フレンド登録を済ませちゃいましょうか。フレンドのみに見せるようにできる機能があるみたいだし」

「そうだね。じゃあ、みんな一斉に送ればいいのかな?」

「ええ、片方が申請を受理しても登録されるし、両方が申請を送れば、それでも登録は成立するみたいよ。じゃあ、やってしまいましょ」

 

 というわけで、みんなでフレンド登録を済ませる。

 早速、フレンド欄にみんなの名前が記載された。

 うん。いいね、こう言うの。

 

「それじゃあ、私から行くわ。どうせ、誰から行っても、同じようなステータスでしょうしね」

 

 すみません。ボク、同じようなステータスじゃないと思います。

 

「はいこれ、私のステータスよ」

 

 そう言いながら、ミサがステータスを表示させる。

 

【ミサ Lv1 HP60/60 MP20/20

 《職業:侍》

 《STR:35(+1)》《VIT:25(+1)》

 《DEX:30(+1)》《AGI:40(+1)》

 《INT:20》《LUC:30》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの革鎧】【右手:ぼろの刀】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの長ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》なし

 《スキル》なし

 《魔法》なし

 《保有FP:40》《保有:SP100》】

 

 うん。これ、やっぱりボクがおかしいね。

 

「ミサは侍を選んだんだな」

「ええ。一番ピンと来たのがこれだったからね」

「ミサちゃん、大和撫子って感じだから、結構似合いそうだよね!」

「美人が刀使うってのはいいもんだよな!」

「そうだね。ミサ綺麗だから」

「お、おだてても何も出ないわよ」

 

 あ、照れた。

 なるほど。赤面したり、というのもあるみたいだね、これ。すごいなぁ。どうやって、再現しているんだろう?

 

「次、ショウね」

「わかった」

 

 続いて、ショウがステータスを見せることに。

 ショウがステータスをボクたちの前に表示させる。

 

【ショウ Lv1 HP50/50 MP35/35

 《職業:戦士》

 《STR:40(+1)》《VIT:30(+1)》

 《DEX:25(+1)》《AGI:40(+1)》

 《INT:30》《LUC:20》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの革鎧】【右手:ぼろのブロードソード】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの長ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》なし

 《スキル》なし

 《魔法》なし

 《保有FP:40》《保有:SP100》】

 

 ……もしや、と思って、期待していたんだけど……ボクのようなステータスは表示されませんでした。

 やっぱりこれ、おかしくない?

 ボクのステータス、どうなってるの?

 

「ショウが戦士、っていうのはなんとなく理解できるわ」

「どちらかといえば、騎士、って感じだと思うけどねー」

「あれだな。白い鎧とか装備してそうだよな」

「わかる」

 

 たしかに、ショウのイメージだと、白馬の騎士、みたいなイメージがある。

 実際、王子様衣装着てたけどね、体育祭で。

 

「それじゃあ次は……レンでいいわね」

「おうよ! これが、オレのステータスだぜ!」

 

 意気揚々とステータスを表示させるレン。

 

【ショウ Lv1 HP80/80 MP20/20

 《職業:重戦士》

 《STR:50(+1)》《VIT:55(+1)》

 《DEX:20(+1)》《AGI:40(+1)》

 《INT:10》《LUC:10》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの革鎧】【右手:ぼろの大剣】【左手:ぼろの大剣】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの長ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【悪意を受け止める者】

 《スキル》【金剛Lv2】【精神統一Lv3】

 《魔法》なし

 《保有FP:0》《保有:SP0】

 

 あ、なんか二つスキル持ってるし、称号も持ってる。それに、素のステータスなら、今のところ、ミサとショウより高い。

 それに、FPとSPが0っていうことは、ボクと同じく、オート作成にしたみたい。

 

「ショウは、スキルと称号をもう持ってるのね」

「おうよ! オート作成にしたら、こうなったぜ」

「やっぱり、武術経験が反映されたのかなー?」

「多分そうだな。たしか、本人の経験で作成されるみたいだし。で、これらの意味はなんだ?」

「えーっとだな、【金剛】ってのを使うと、一定時間、VITが10%上がるらしい。で、【精神統一】ってのは、使った後の最初の攻撃で、クリティカルヒットを狙えるらしい」

「へぇ、序盤じゃ、結構いい能力じゃない」

「ちなみに、こっちの称号なんだが……常時、ヘイトを集めやすくなる、らしい」

「つまり、タンクとしての役割ってことだね?」

「みたいだぜ」

 

 なるほど。それだと、レンはみんなの盾役っていうことになるんだね。

 

「それじゃあ、次はヤオイね」

「おっけー! これが、わたしのステータスさ!」

 

 テンション高めに、ヤオイがステータスを表示させる。

 

【ヤオイ Lv1 HP30/30 MP60/60

 《職業:調合士》

 《STR:20(+1)》《VIT:25(+1)》

 《DEX:50(+1)》《AGI:55(+1)》

 《INT:60》《LUC:40》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの外套】【右手:ぼろの杖】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの長ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【腐りし生者】

 《スキル》【調合Lv1】【割合上昇Lv1】

 《魔法》【火属性魔法(初級)Lv1】

 《保有FP:0》《保有:SP0》】

 

 あ、ヤオイもオート作成だ。

 STRとVITが低いけど、他が高い……。

 

「調合士ねぇ?」

「リアルじゃ、同人作家だし、作ることが好きなヤオイらしいな」

「でしょでしょー。まあ、これだとみんなと冒険する、って言うよりも、補助役になりそうだけどねー。だから多分、常に引きこもりっぱなしかも」

「調合士じゃあ、そうなるだろうな。んで? この称号とかはなんだ?」

「ボクも気になる。【腐りし生者】って、何?」

 

 ゾンビみたいな印象を受けるんだけど。

 

「えっとね、攻撃すると、10%の確率で、腐食攻撃が入るみたいだね。で、調合するとき、腐った系のアイテムを材料にできるみたいだよ」

「まさに、調合士向けの称号ってわけね」

「それで、スキルの方は?」

「えーっと【調合】は見ての通り、調合をするのに必要なスキル。で、こっちの【割合上昇】って言うのは、自分が作ったアイテムに限り、上昇する割合にプラス補正がかかるみたいだよ。まあ、ランダムみたいだけど」

「それはそれで強いわね。ふーん? レンとヤオイがオート作成で、私とショウがランダム生成、と。……さて、最後にユキね。お願い」

 

 ついにボクの番となった。

 正直言って、これを見せてもいいのだろうか? と、かなり悩むんだけど……出さないと、みんなに悪いし……し、仕方ない。

 

「え、えっと、お、驚かないでね……?」

「……今ので、すっごく不安になってきたけど、まあいいわ。お願い」

 

 こくりとうなずいて、ボクはステータスをみんなに見せた。

 

【ユキ Lv1 HP200/200 MP300/300 

 《職業:暗殺者》

 《STR:120(+1)》《VIT:80(+1)》

 《DEX:90(+1)》《AGI:150(+126)》

 《INT:100》《LUC:200(+100)》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの外套】【右手:ぼろのナイフ】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの半ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【最強の弟子】【神に愛された少女】【純粋無垢なる少女】【変幻自在】

 《スキル》【気配感知Lv10】【気配遮断Lv10】【消音Lv6】【擬態Lv1】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【瞬刹Lv10】【投擲Lv5】【一撃必殺Lv7】【料理Lv10】【裁縫Lv10】【鑑定(低)Lv2】【無詠唱Lv10】【毒耐性Lv8】【睡眠耐性Lv5】

 《魔法》【風属性魔法(初級)Lv3】【武器生成(小)LV10】【回復魔法(初級)Lv10】【聖属性魔法(初級)Lv1】【付与魔法Lv2】

 《保有FP:0》《保有SP:0》】

 

「「「「ブーーーッ!」」」」

 

 みんなが一斉に吹いた。

 ……その気持ちはわかります。

 

「けほっ、けほっ! ゆ、ゆゆゆゆゆユキ!? な、なんなのこの異常ステータス!」

「お、おおおお前、いくつスキル持ってんだよ!? てか、称号多っ!?」

「いやいや、それだけじゃなくて、魔法も多いよね!?」

「……あらかじめ、驚くな、と釘を刺してきたから、どんなものが出てくるのかと思えば……ぶっ壊れ性能だな、ユキ」

「あ、あははは……」

 

 もう、苦笑いしかできません。

 

「……と、とりあえず、効果を教えてもらえる?」

「う、うん。えっと――」

 

 少し長いけど、みんなにすべての項目を説明。

 その間、飲み物が尽きたりして、何度か注文した。

 

「――っていうことです」

「「「「……」」」」

 

 話し終えると、みんな絶句していた。

 いや、絶句と言うより、何も言えなくなっていた。

 

「……現実でも規格外だと言うのに、ゲームでも規格外とか……おかしいんじゃないの?」

「……否定できません」

「というかこれ、レベル1なんだろ? 普通に考えてやばいだろ」

「そうだね。現時点で、ユキ君に追いつくのって、不可能だよね、これ」

「いやむしろ、俺たちがいらないんじゃないか、と思えるステータスだぞ?」

「……ごめんね」

 

 本当にそうだよね……。

 これ、下手をしたら、みんなの楽しみを奪っちゃいそうだよ……。

 

「謝らないで、ユキ。正直、これは仕方ないわ。オート作成にした結果、こんなとんでもないステータスになるなんて、誰も予想できないもの。それに、もしかすると、ユキのようなステータスを持った人がいるかもしれないわ」

「……だと、いいんだけど」

「もしかするとよ、プロの格闘家がプレイしてて、STRとかユキ以上の者になってるやつとかいそうだろ? だから大丈夫だって!」

「……うん」

 

 みんな、優しいなぁ……。

 ボク、できるだけ出ずっぱらないようにしよう……。

 

「……にしても、不思議よね。いくら現実のユキが強いと言っても、変よね。ユキ、原因とかわかる?」

 

 一瞬悩まし気な表情を見せた後、ボクにそう尋ねてくるミサ。

 

「えっと、ボクの仮説でしかないんだけど……このゲームの舞台、多分、ボクが行った異世界、だと思う」

「「「「マジ?」」」」

「ま、まだ仮説だよ? でも、この街の道は見たことがあるし、お城だって、ボクが一時期住んでいた場所にそっくり……どころか、瓜二つ。それから、ボクの所持金自体が、向こうの世界と全く同じで、通貨の名前も一緒。だから多分、向こうがモデルになってるんじゃないかなぁって」

 

 という仮説を話すと、みんなはポカーンとした。

 

 まあ、うん。そう言う反応になるよね……。

 一応、みんなは異世界の話をしているけど、まさかモデルとして出てくるなんて思わなかったんだもん。

 

「じゃあ、何か? ユキが持っているステータスは、向こう基準、ってことか?」

「た、多分。でも、現実で持っている能力とスキルがいくつかなくて……。それに、現実のボクのステータスは、もっと異常だよ。四桁行くものもあったし」

「……なんかもう、驚く気にもなれんわ」

「ここまで来ると、ユキ君だから、で済ませられるよね」

「「「たしかに」」」

「……あはは」

 

 ヤオイが言ったことには、本当に乾いた笑しか出てこないよ……。

 

「さて、と。話し合いも済んだことだし、早速モンスター討伐をしましょうか」

 やや沈んでいた空気を吹き飛ばすように、ミサがそう提案してきた。

 ミサ、本当に優しいし、空気が読めるね……。惚れちゃいそう。……ほ、惚れないけど。

 

「おーし、じゃあ行こうぜ!」

 

 そして、それに便乗するように、元気よくレンが高らかに言った。

 初のモンスター討伐に、ボクたちは向かった。

 で、できるだけ、見守る方向で行こう。うん。




 どうも、九十九一です。
 2話前の回で、よく見たら、装備枠を書いていないことに気づき、向こうは変更しました。とはいえ、それは伝えられていないので、こちらで改めて書いておきました。
 本音を言うと、あんまりステータスって書きたくないんですよね……。文字数稼ぎに思われそうで。だから、依桜のステータスがあんまりでないわけで……。まあ、今回は仕方ないですね。ちょっとそう言う機会が増えそうで、本当に申し訳ないです。
 あ、新しいスキルとか称号が出たので、向こうの資料的なアレに追加しておきます。細かいあれこれは、そちらを参照していただけるとありがたいです。
 今日も、2話投稿になる予定です。17時か19時ですので、よろしくお願いします。出せなかったらすみません。その場合は、いつも通りです。
 では。


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171件目 装備を整えよう!

※ ネーミングセンスが悪いのは許してください


「おー、やってるやってるー」

「サービス開始直後だから、モンスター狩りをしている人が多いねぇ」

 

 街を出ると、ヤオイが言うように、モンスター狩りをしている人が多く見受けられた。

 パーティーを組んでいる人や、ソロでやっている人、さまざまだ。

 中には、かなりの大人数でやっているところもある。

 

「うーん、こうも人が多いと、やっぱり取り合いになりそうね」

「そうだな。よく見ると、喧嘩しているプレイヤーもいるみたいだ」

「えーっと、草原みたいに広くはないけど、いい場所があるけど、行く?」

「立ちっぱなしってのも、さすがに嫌だしな。よし、じゃあ頼むぜ」

「うん。ちょっと歩くけど、こっちだよ」

 

 ボクが先導して、前を歩く。

 その際、AGIにとんでもなく差があるので、みんなに合わせて歩く。

 気を抜くと、かなり進んじゃうからね……。

 

 そうして、歩くこと約30分。

 目的地に到着。

 

「ユキ、ここは?」

「ゾールって言って、ボクが修業時代に住んでた森だよ。……あるかはわからなかったけど、あってよかった」

「修業時代って言うと、ミオさんの?」

「うん。多分、師匠の家もあるんじゃないかなぁ」

 

 あったら、いよいよこの世界がミレッドランドをモデルにしていることがわかる。

 だから、それの確認もかねて、という理由もあったり。

 

「じゃあ、行こ」

 

 

 ちょっと暗めの森に入り、師匠の家があるであろう場所を目指す。

 

 あってもなくても、その周辺にはいい感じの広場があるしね。そこなら、モンスターを狩るのもちょうどよさそう。

 と思って、森を歩いていると……

 

「あ、あれ家じゃない?」

「ほんとだー。ユキ君、あれがそうなの?」

「そう、だね。あれが、ボクが一年間住んでた家だよ」

 

 ありました。

 本当にありました、師匠の家。

 しかも、どこも変わったところがない、木造二階建ての家。

 

「あー、えっと、ちょっと待ってて。たしか、中にいいものがあった気がするから」

「それじゃあ、私たちはここで待ってるわね」

「うん。じゃあ、行ってくるね」

 

 一言断ってから、ボクは師匠の家に入ていった。

 

 

「う、うわぁ、き、汚い……」

 

 家の中に入ると、やっぱり汚かった。

 

 ボクだけで入ったのは、これが理由。

 

 だって、こんな汚い部屋を、みんなに見せられるわけないよ……。だってこれ、身内の部屋だよ? 綺麗だったらまだしも、汚かったら、さすがに、ね?

 

 こう言ったらあれだけど、身内の恥を見られるような気がしてね……。

 

 師匠は、理不尽だけど、割としっかりしてる、みたいなイメージが、みんなには定着しているみたいだから、壊したくない。

 ……甘やかしすぎかなぁ。

 

「それはそれとして、えーっと、アイテムは……」

 

 ごそごそと、家の中を漁る。

 師匠のをもらっていくわけにはいかないので、ボクが向こうの世界に滞在していた時の物を探す。

 一年目に使っていた普通の武器とか、二年目と三年目に使っていた武器などが、たしかあったはず。

 三年目に使っていた武器は、再び異世界に訪れた際に、ここに置いてきている。

 もし、あの世界が舞台で、あの一週間を基にして作っているのなら、あるはず……。

 

「あ、あったあった」

 

 ちょっと苦労はしたけど、意外とすぐに見つかった。

 とりあえず、みんなに必要そうなものを持っていこう。防具も人数分かな。

 ボク自身の武器は……まあ、あった方がいい、よね?

 

 

「みんな、おまたせ」

「おかえり。それで、何を持ってきたのかしら?」

「うん。もし、この世界がもう一度異世界に行った一週間のデータを基にしているなら、ボクが持っていた武器とかもあるかなー、と思ってね。探したら、見つかったから、みんなに上げるよ」

 

 と言って、地面に武器と防具を出す。

 

「うお、すげえ……いいのか?」

「いいよいいよ。どうせ、ボクには使えない武器だし。それに、初期装備だと、すぐに壊れちゃいそうだからね」

「……それなら、ありがたくもらうわ」

「うん。もらってもらって」

 

 ミサが受け取る気になったことで、みんなも各々選びだした。

 

 今回、ボクが取り出してきたのは、みんなに合わせた武器と防具。

 武器は、ブロードソードが一本。大剣三本。短剣一本。杖が一本。そして、刀が一本だ。

 短剣が一本なのは、これはヤオイ用だから。

 

 ボクのは別で持っているので、問題なし。

 

 防具は、鎧が二つ。ローブが一着。和装が一着、靴が人数分となっている。

 なんで和装があったのかは、わからないけど、師匠がぽろっと漏らしていたけど、ボク以外の異世界の人が来たんじゃないかなって。多分それが、日本人だったんじゃないか、とボクは思ってる。

 

 まあでも、日本に似た世界がある、別の異世界かもしれないけど。

 ちなみに、持ってきたアイテムの名前と効果を挙げると、こうなる。

 

白銀(はくぎん)(つるぎ)】……白銀に輝く、ブロードソード。《戦士》が装備可能な武器。STR+20。《武器スキル:伸縮》刃を10秒間伸ばしたり短くしたりできる。リキャストタイムは、100秒。装備条件:STR30

 

【白ノ鎧】……純白と言って過言ではない、軽装鎧《戦士》《重戦士》が装備可能な防具。装備部位:体・足・腕。HP+20・VIT+25。《防具スキル:シールド》三秒間だけ、攻撃を防ぐバリアのような物を前方に張る。リキャストタイムは、50秒。装備条件:STR35

 

【黒ノ大剣】……黒一色の180センチはあろう大剣。《戦士》《重戦士》が装備可能な武器。STR+30。《武器スキル:地波》前方に地面を這う衝撃波を放つ。威力は、STR由来。装備条件:STR50。

 

宵闇(よいやみ)】……漆黒の刀身を持つ短刀。《暗殺者》《調合士》が装備可能な短剣武器。STR+10・AGI+20。《武器スキル:影操》十秒間影を操ることができる。攻撃にも防御にも使える、便利なスキル。使い方次第で、移動にも転用できる。装備条件:INT50

 

【調合士ノ杖】……よくわからない木でできた、魔法の杖。《魔法使い》《調合士》が装備可能な武器。MP+10・INT+30《武器スキル:魔力増幅》放った魔法の威力が1.5倍になるパッシブスキル。装備条件:INT50

 

【調合士ノ白衣】……かつてどこかの研究者が身に着けていた衣服。シャツとスカートでワンセットの代物。《調合士》が装備可能な防具。装備部位:体・腕・足。VIT+25・INT+30。《防具スキル:効率上昇》調合の際、必要な時間が半減される。装備条件:INT60

 

水月(みげつ)】……水流の模様が入った刀身を持つ刀。《侍》が装備可能な刀武器。STR+35。《武器スキル:水斬》20秒間、水を纏った攻撃になる。火属性の敵などに有効。火を切ることもできる。リキャストタイムは、80秒。

 

雪華(せっか)(ころも)】……雪の結晶が描かれた、異国の服。《侍》が装備可能な防具。装備部位:体・腕・足。VIT+30・AGI+20。《防具スキル:雪月花》氷の花をかたどった壁を5秒間生成し、攻撃を防ぐ。炎には弱い。リキャストタイムは、60秒。装備条件:STR30・AGI40

 

疾駆(しっく)ノ靴】……全職業装備可能な防具。装備部位:靴。AGI+10。《防具スキル:疾走》20秒間、AGI+10%。リキャストタイムは、90秒。装備条件:AGI10

 

 と言った感じです。

 ローブと言いつつ、どう見ても白衣ですが、まあ、この世界の中ではローブです。

 ちなみに、【白の鎧】が二つ、【黒の大剣】が三つですね。同じ武器です。

 

 えーっと、見てわかる通り、序盤でこれらは割と強いです。

 

 というか、普通の武器とか防具には、スキルなんてそうそう付いていないんだけどね。

 

 この武器や防具は、たまたま助けた人からもらったり、洞窟内の宝箱に入っていたりしたものです。いつか使えるかも、と思って取っておいたけど、結局日の目を見ることはなく、異世界から帰還した、という経緯があります。

 

 仮想空間だけど、これなら眠っていた武器や防具たちも報われるよね。

 ちなみに、ボクは、

 

隠者(いんじゃ)ノ黒コート】……体をすっぽりと覆えるような、黒のフード付きコート。《暗殺者》が装備可能な防具。装備部位:体・足。VIT+70・AGI+80。《防具スキル:ハイディング》60秒間、姿を隠す。攻撃された場合、効果は消える。リキャストタイムは、400秒。装備条件:AGI150・DEX80・INT100

 

【魔殺しノ短剣】……魔の者たちを殺すために創られた、漆黒の短剣。《暗殺者》《調合士》が装備可能な武器。STR+40。《武器スキル:魔殺し(デモンキラー)》魔物・魔族に対する特攻を持つパッシブスキル。攻撃時に、1.5倍のダメージが上乗せされる。装備条件:STR100・INT90

 

【天使ノ短剣】……不死者や亡霊を浄化するために創られた、純白の短剣。《暗殺者》《調合士》が装備可能な武器。STR+35。《武器スキル:不死殺し(イモータルキラー)》死霊・アンデッド系の敵に対し、特攻を持つパッシブスキル。攻撃時に1.5倍のダメージが上乗せされる。装備条件:DEX90・INT100・LUC150

 

【悪路ブーツ】……どんな場所でも走れるようにと創られた、黒のロングブーツ《暗殺者》が装備可能な防具。AGI+50%。装備部位:靴。《防具スキル:悪路走破》どんな地形の影響も受けないパッシブスキル。装備条件:AGI200・INT100

 

 と言った感じです。

 

 これらは、ボクが二年目後半から、魔王討伐まで、ずっと使用していた愛用の装備品たちです。

 

 あの頃でも十分すぎるほどに強かったけど……こっちでも、その強さは健在だったみたいです。

 

 ……ただでさえ、異常なステータスが、さらに異常になった気がすごくするよ……。でも、これは思い出の装備だから、肌身離さず身に着けていたくて……。

 

「へぇ、いいわね、これ」

「てっきり鎧は重いのかと思ったが、むしろ軽いな」

「おう! しかも、めっちゃ動きやすいぜ!」

「白衣、いい! まさか、こっちに白衣があるとは思わなかったよ!」

「それを言うなら、和服もね。これ、綺麗ね。気に入ったわ」

「よかった。最初なら、それで十分だと思うよ。どんどん先に進んで行って、厳しいと感じるようになったら、強化したり、もっと強い武器や防具にすればいいと思うよ」

 

 まあ、他にも武器とか防具はあるんだけど……みんなのステータス的に、全然装備できないからね。

 もし、必要になったら、その時聞いてみよう。

 

「ありがとう、ユキ。おかげで、楽しめそうよ」

「それならいいけど……。最初から強いと、つまらなくなりそうなんだよね……」

 

 特に、ボクなんてそうだよ。

 ステータスが異常だもん。装備は……まあ、思い出の品だし、その……ね?

 目立たないよう、自重して過ごさないとね。

 

「いいんじゃね? どの道、強いのなんて最初だろ。それによ、これってレア装備なんだろ?」

「た、多分」

「やっぱ、MMORPGの醍醐味的に、優越感に浸れるってもんよ!」

「そ、そうかな?」

 

 あんまり、そう言うタイプのゲームはやってこなかったから、醍醐味とかよくわからない。

 

「まあ、たしかにそれはあるかもねー。超激レア装備を身に着けている人って、結構羨望の的になったりするしね。それに、やりすぎはよくないけど、有名になれるもん」

「……目立つけど、いいの?」

 

 普通、有名になるのって嫌じゃない?

 

「私は別に。正直、ユキが一緒にいる時点で、今更よね。目立つのなんて。ユキとプレイする時点で、覚悟はしてるわよ」

「そうだな。そもそも、銀髪っていう目立つ姿をしているどちらかと言えば少なめの女性プレイヤーと一緒にいる時点で、目立つだろう」

 

 それ、ボクのせいで、みんなが目立つってことなんじゃ……?

 

「ユキ君、可愛いからね~。やっぱり、どこ行っても目立つよ。今まで、目立たないことなんてあった?」

「うっ、そ、それを言われると……」

 

 どこに行っても、ちょっと目立っていたような……。

 学園祭とか、モデルとか、ハロパとか、体育祭とか、冬〇ミ? とか……なんだかんだで、いつも視線を多く受けていた気がする。

 

 ……そう思ったら、みんなに申し訳なくなってきた。

 

「……ごめんね、いつも」

「さっきも言ったけど、今更よ、今更。正直、一ヶ月で慣れたわ」

「俺もそれくらいだな」

「オレは、別に気にしてなかったぜ」

「わたしもー」

「……ちょっとは気にしたほうがいいと思うよ」

 

 でも、そっか。

 考えてみれば、みんな目立つような状況が多かったのに、一緒にいてくれてるんだもんね。今更、と言われても、たしかにそうかも。

 それに、みんなに頼る、って約束したもんね、あの日。

 

「よーし、装備も整ったし、気を取り直して、狩りに行こうぜ!」

「「「「おー」」」」

 

 と、意気揚々と、ボクたちは出発した。

 

 あれ。そう言えば、街を出る前も、こんなことをしていたような……き、気のせいだよね。気を取り直して、だもんね。




 どうも、九十九一です。
 なんか、今回の話、装備品の説明だけで終えてしまったような……序盤だから仕方ないと思うべきなのか、もう少し書いた方がよかったのか……なんだか申し訳ないです。
 次の回は、普通の回になる、と思います。多分。脱線しなければ。
 というか、ただのチート装備な気が……。
 えっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。あと、多分2話です。
 では。


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172件目 初戦闘とアクシデント

※ 前話とか、その前とか、書き忘れやらミスが多いやらで、割ととんでもないことになっていました。修正はしましたが、ほかになにかありました、報告お願いします(切実)。


 ミオの家の周辺は、セーフティエリアだったようなので、ユキたちは、近場にあった広場にて、初のモンスター戦闘をすることになった。

 

「えーっと、この辺りなら……あ、出てきたよ」

 周りをきょろきょろと見回しながら、ある一点を見て、そう言うユキ。

 その先には、一体のイノシシが。

 

「えっと、名前は……【フォレストボアー】レベルは1だね。HPは20くらいだから、今のみんなならほとんど一撃で倒せると思うよ。多分、スライムみたいな扱いかな?」

「敵の情報がわかるって、普通に考えて脅威だな」

「まあ、ユキだし。普通じゃない?」

「「たしかに」」

「あはは……」

 

 ちなみに、ユキが相手の情報を知れるのは、単純に【鑑定(低)】があるからだ。

 今回、五人が初めて戦うことになるのは、どうやら【フォレストボアー】という猪型のモンスターのようだ。

 

「とりあえず、五体いるみたいだし、一人一体で戦ってみよっか」

 

 と、ミサではなく、ユキが指示を出すと、全員こくりと頷く。

 

 実戦経験が豊富なユキなら、外れはないだろう、という意思の表れだろう。

 

 今回は、ちょうど一人一体、という風にモンスターが出現したので、ユキの言う通り、一人一体で戦うことに。

 

 向かい合うようににらみ合う五人と五体。

 

『ふごっ!』

 

 まず最初に動いたのは、フォレストボアーの方だ。

 五体中の一体が、ミサに襲い掛かろうと、突進してきた。

 ゲームとはいえ、初めての生物との戦闘に、思うように動けないミサ。

 

「ミサ、刀でとりあえず、切ってみて!」

 

 すると、ユキの方から指示が飛んできた。

 装備的にも、一度の攻撃程度じゃ、そこまで数回は耐えられるだろうが、それでは攻撃する前に倒されてしまう、と心配したユキからの指示だ。

 

「わ、わかったわ!」

 

 かなり緊張した面持ちで、刀を勢いよく抜刀し、すれ違いざまに切りつける。

 

『ふごぉ……』

 

 そんな鳴き声を発しながら、フォレストボアーが粒子となって消えた。

 装備含め、STR70のミサの攻撃は、見事にフォレストボアーを一撃で葬ったのだ。

 

「た、倒せた……」

「おーし、じゃあ次はオレが行くぜ!」

 

 ミサが上手く倒せたことで、勢いづき、今度はレンが攻撃を仕掛ける。

 

 レンが使うのは、大剣だ。個人的には、武術をやっている関係で、籠手がいい、と思っていたようだが、あいにくと、装備できそうなものをユキが持っていなかったため、大剣となった。

 

 と言っても、さして気にしておらず、むしろ、大剣も楽しそう、と思っている。

 レンは大剣を大きく振りかぶると、そのままフォレストボアーめがけて振り下ろした。

 

『ごぉっ……』

 

 奇妙な断末魔を挙げながら、真っ二つになったフォレストボアーは消えた。

 こちらも一撃。

 STR70で一撃なのだから、80でも当然一撃だ。

 

「じゃあ次、わたしー!」

 

 今度は、ヤオイが挑戦。

 

 ヤオイは調合士であるため、基本物理攻撃向きではなく、魔法攻撃向きの職業だ。と言っても、戦うのなら、の話であって、実際は生産職に近い職業だ。

 

 しかし、そこはやはり、ユキが持っていた装備。

 ヤオイが今回使用するのは、杖だ。

 

 魔法職なので、当然と言えば当然だが。

 

「じゃあためしに……《ファイアーボール》!」

 

 魔法名をヤオイが言うと、杖の先端から、バスケットボールほどの火球が出現し、フォレストボアーめがけて飛んでいった。

 着弾と同時に、ゴウッ! という音を立てながら、フォレストボアーが炎上し、

 

『ぶ、ぶひぃ……』

 

 燃え尽きた。

 果たして、粒子となって消えたのか、単純に燃え尽きて灰になったのか、どちらかわからないが、倒せたことだし、良しとしよう。

 

「次は俺か」

 

 次と言うより、最後と言った方が正しいような気もするが、続いて挑戦するのはショウだ。

 ショウは剣を鞘から抜くと、目の前に構えた。

 そして、剣を構えながらフォレストボアーに肉薄し、斜め下から切り上げる。

 

『ぶひっ!』

 

 が、フォレストボアーは切られることなく、跳んで躱した。

 すると、まだ振りぬいていない剣を見ながら、

 

「《伸縮》!」

 

 と叫ぶと、刀身が淡く光り、フォレストボアーを逃がすまいと伸びた。

 

『ぶひぃっ……!?』

 

 さすがに空中では逃げ切れず、フォレストボアーは真っ二つにされ消えた。

 そして、最後の一体だが……

 

「ふっ」

 

 一瞬で肉薄したユキが、手刀で倒していた。

 

((((武器なしかよ))))

 

 という四人のツッコミが、見事にシンクロした。

 

 このCFOは、別段武器がなくとも攻撃はできるし、ダメージも与えられる。

 

 その代わり、あまり大きいダメージを与えることはできないが。

 ……つまり、レベル1のモンスターとはいえ、一撃で葬っている時点で、ユキはゲームでもおかしい、というわけだ。

 

「初討伐おめでとう! 感覚は掴んだ?」

 

 まるで、何事もなかったかのように四人にそう言うユキだが、四人は苦笑いを禁じえなかった。

 さも当然のことのように、手刀一撃で倒して、消えるのを見るまでもなく笑顔でそう言われたら、誰だって苦笑いをしたくなる。人によっては、ドン引きかもしれないが。

 

「まあ、なんとなくは。……でも、ゲームとはいえ、直接生き物を殺すのは、何と言うか……ちょっと気分はよくないわね」

「だね。わたしも、ちょっと」

「俺は、そこまで気にならなかったな。ゲームだと割り切っている」

「オレも特には。まあ、オレの場合は、よく試合とかするしな。ある意味、慣れていると言えば慣れてる。まあ、殺したことはないが」

「大体はそう言う感じだよね。ボクだって、最初は吐きそうになったもん」

 

 当時のことを思いだしているのか、ユキは苦々し気な表情を浮かべた。

 ミサたちの場合は、現実ではなく、仮想でのことだから、問題はないが、ユキの場合は現実でやっていること。そこには、明確な違いがあるだろう。

 

「……でしょうね。でも、あれね。多少気分はよくなくても、何と言うか……爽快感? に似たようなものはあったわ」

「わかるよ、ミサちゃん。わたしも、ちょっと楽しかった」

「それならよかったよ。……人によっては、ゲームで殺すのも嫌だ、という人がいるからね」

「そうだな。モンスターバスターとか、割とリアルな出来だから、人によっては嫌だしな」

「そうか? オレは全く気にならないぜ?」

「それは、レンの考えだろ? 世の中にはそう言う人もいる、ってことだ」

「おお、そっか。すまんすまん」

 

 いつものように軽口を叩きあっている姿を見て、ユキは内心ほっとする。

 

 現実と仮想と言う部分で、しっかりと線引きができているため、ユキは割と楽しくできている。

 多少の違和感などはあれども、ミサとヤオイも問題なく楽しめているようである。

 

 ショウとレンに関しては、さすが男子と言ったところだろうか。

 さっきの初戦闘など、ショウは意外とノリノリでスキル名を叫んでいたから。

 

 と言っても、このゲーム、スキル名、魔法名を言わないと使用できないのでしかたない。

 疑似中二病体験かもしれない。

 

「とりあえず、みんなレベル2になるまでやってみようか」

「「「「賛成!」」」」

 

 この後、全員がレベル2になるまでモンスターを狩った。

 

 

 そして、五人全員がレベル2になり、ゾールの森を出て、街に戻っている時のこと。

 

『うわああああああああああ!』

『こ、こっちくんな! や、やめっ――』

『ミング! ドリー! くそ! おい、サッチ、俺たちだけでも逃げるぞ!』

『お、おう!』

『おい! 向こうに、でけえモンスターが出てきて、大混乱だ! 俺たちも逃げるぞ!』

 

 と、草原は大騒ぎだった。

 

「なんだろう、何かあったのかな?」

「大きいモンスターって聞こえたけど……」

「お、おい、あれ見ろ。なんか、さっきオレたちが戦った猪のデカイ版がいるぞ!?」

「もしや、あのモンスターが原因?」

 

 遠くを見れば、たしかに10メートルくらいはありそうな巨大なイノシシが暴れまわっていた。

 さっきの会話を見る限りだと、すでに二人のプレイヤーが尊い犠牲となったようだ。

 

「えーっと、どうする? あれ、どうみても初期レベルで戦うようなモンスターじゃないわよね?」

「ユキ、あいつのステータスってどうなってるんだ?」

 

 ミサが嫌そうな顔を。

 そして、ショウがユキに、巨大イノシシのステータスについて尋ねていた。

 

「えっと……【キングフォレストボアー】レベルは12。HPは200。STRが90だね。あと、VITが100。AGIは60だから、それほど速くない、かな? でも、見た感じ、ここでモンスターを狩っていた人たちは、初期装備っぽかったから……普通は勝てないね」

「マジかよ……ってことはあれ、フィールボスか?」

「おそらく、似たような物だろうな。しかも、あのイノシシ、どうあがいても街の近くにいるせいで、全力で走っても、逃げられるのはユキとヤオイくらいだろう」

「むぅ、どうする?」

「……正直、STRが90ある時点で、勝てる気しないわ。というか、無理よね」

 

 ユキが言った、ステータスと、ショウの推測により、ミサが無理だと断言した。

 

 実際、その通りである。

 

 この中で一番VITが高いユキの次に高いのは、何気にレンだ。レンのVITは、装備なども含めて、80だ。

 耐えられたとしても、二度くらいが限度だろう。

 

「……じゃあ、ここはボクが囮になるから、みんなはその隙を突いて逃げて」

「……それが一番可能性が高いか」

「ユキ君、大丈夫なの?」

「あれくらいなら、逃げるのは簡単だよ」

「……わかった。じゃあ、ユキ。お願いね」

「うん。任せて」

「絶対、戻ってきてね」

「もちろん。じゃあ、行ってくるね」

 

 最後にそう言って、ユキはキングフォレストボアーのところへ走っていった。

 ちなみにその際、ミサたちは一斉に、

 

「「「「速っ!?」」」」

 

 と言った。

 

 実際、称号・スキル・装備品込みで、400を超えるAGIを持ったユキだ。速いのは当たり前と言えよう。

 この時点で、すでにチートだ。

 

 

『ブォオオオオオオオ!』

『ぐあっ!?』

『ミキヤ!』

 

 キングフォレストボアーの近くでは、また別のプレイヤーが攻撃受け、吹き飛ばされていた。

 しかも、そのプレイヤーは、攻撃を耐えきることができず、そのまま光の粒子となって消えてしまった。

 

『み、ミキヤ! く、くそっ!』

 

 キルされたプレイヤーの友人だろうか。友人と思しきプレイヤーは、一瞬だけ悔しそうなそぶりを見せるも、すぐに逃走を始めた。

 

 しかし、相手はレベル12のモンスター。

 サービス開始から、1時間程度しか経っていないプレイヤーが勝てるような相手ではなく、ステータスにも差があった。

 

 逃げるプレイヤーよりも、キングフォレストボアーの方が早く、すぐ近くまで迫ってきていた。それを見て、もう駄目だ、と死ぬのを待つプレイヤー。

 アリをつぶすかのように、足を上げ、つぶそうと迫って来た足は……

 

 ドゴンッ!

 

 という音と風圧と共に、止まった。

 

『な、なんだ……?』

「はぁ……間に合った……」

 

 そう言って、安堵するのは……両手に短剣を構え、キングフォレストボアーの足を受け止めているユキだった。

 顔がわからないよう、フードを被っていたのだが、今の受け止めた際に発生した風圧で、フードが取れてしまった。

 

 その、美しすぎる顔を見た男性プレイヤーは、

 

『め、女神様……?』

 

 と言ったそうな。

 

 そして、見知らぬプレイヤーが言ったことが耳に入り、

 

(……あ、あれ? もしかして、バレた?)

 

 別の意味で焦りを見せていた。

 

 本来なら、この状況で焦るのだが、如何せん、ステータス的に余裕があるものだから、まったく関係ないことに対し、焦っていた。

 

 ちなみに、今のを受け止める際に受けたユキのダメージは、5だ。

 ユキのHPの総量が200なので、一割も減っていないことになる。

 異世界産のステータスを基準にした世界最強の弟子は、やはり、強かった。

 

「え、えっと、とりあえず、ボクが押さえますので、早く街へ」

「……あ、は、はい!」

 

 一瞬、ユキの美貌に見惚れていた男性プレイヤーは、慌てて立ち上がると、そのまま一目散に街まで走っていった。

 それを見届けて、周囲に人がいないことを確認したユキは、

 

「まったく……開始直後に、なんでこんなモンスターを出すのかな……あとで、学園長先生に文句言わない……と!」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、ユキはキングフォレストボアーの足を押し返した。

 

『ブゴォォォオ!?』

 

 まさか押し返されるとは思っていなかったのか、キングフォレストボアーは慌てたような鳴き声を発した。

 

「とりあえず、みなさんの迷惑になるので……倒しちゃいますね!」

 

 ユキは武器を構えると、キングフォレストボアーの足を切りにかかった。

 すると、切断したそばからHPバーが減り始める。

 

 今の一撃で、二割ほど削れた。

 それを確認してから、ユキはいける、と確信。

 そのまま腹の下を潜り抜けて、背後に回ると、高く跳躍。

 

「【身体強化:2倍】!」

 

 【身体強化】を2倍でかける。その直後、自身のMPバーが7割も減った。

 どうやら、2倍の際の消費MPは200なのだと確認できたとあって、ユキ的には収穫があった。

 物理法則に従って落下するユキは、そのまま無防備な背中を、二振りの短剣で思い切り切りつけた。

 

『ブゴォォォオ……!』

 

 一気に体力は削れ、見ればキングフォレストボアーのHPは残り一割ほどとなっていた。

 ミオという、地獄よりも恐ろしい師匠に教えられた、最後まで手を抜くな、全力でやれ、という教えの下、ユキは、

 

「【一撃必殺】!」

 

 一撃必殺を乗せた攻撃を、腹部に突き出した。

 

『ブゴオオォォォ……』

 

 という鳴き声を残して、ドズーン……という地響きと共に倒れた。

 その直後、キングフォレストボアーはきれいさっぱり消えてなくなった。

 

「ふぅ……何とかなった……」

 

 本来なら、ユキは倒すつもりはなかったのだが、囮になろう、キングフォレストボアーに向かっている途中、潰されそうになっているプレイヤーを見かけ、急いで助けに入った。その後、何とか逃げ出すための時間を稼ごうとしていた。

 

 ……のだが、戦ってみると、思いの外強くないとわかり、普段のストレスを発散させるかのように倒してしまった、というわけだ。

 当然、目立たないわけもなく……

 

『うおおおおおおおおおお!』

『すげえええええ!』

『や、やべえ! なんだ、あの娘!』

『あんなデカイモンスターをたった一人で倒しちまったよ!』

『しかも、数回の攻撃で倒してたよな!?』

『てか、なんだよあの可愛さ!』

 

 という、街の方から聞こえる声がユキの耳に届く。

 

 そして、ここでふと、ユキは自分の姿に目が行く。

 さっきまで被っていたはずのフードがないことに気づく。

 

 どうやら……

 

(あ、あれ!? もしかしてボク……フードなしで戦ってた!?)

 

 と知り、慌てた。

 

 そして、急いでフードを確認すると……フードは首の後ろの来ていて、被っていなかった。それを知り、ユキはがっくりと肩を落とした。

 

 この後、どうやってみんなのところに行こうか、と悩んだらしい。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

82:おい大変だ!

 

83:どうした、そんなに慌てて? 腹でも壊したか?w

 

84:そうだぞ、我慢は体に良くない。さっさとトイレ行けw

 

85:ちげえよ! そういうんじゃねえ!

 

86:どうかしたのかの?

 

87:やべえよ、ついさっきまで俺、ネッ友と草原でレベリングしてたんだけどよ

 

88:ほうほう。で、どこまで上がったよ?

 

89:それどころじゃねえんだって! フォレストボアーってモンスターがいるのは知ってるか?

 

90:いるでござるなぁ。たしか、森の付近にポップするやつでござるな?

 

91:あの、他ゲームで言ったらスライムに相当するようなモンスターがどうかしたンゴか?

 

92:それの上位種っぽいボスモンスターみてーな奴が現れたんだよ!

 

93:ファッ!?

 

94:おいおい、まだサービス開始から一時間ちょいしか経ってないぜ? んなことあるのかよ?

 

95:信じられんかもしれないが、レベル12で【キングフォレストボアー】ってモンスターが出てきたんだよ!

 

96:レベル12!? ちょと待つでござる!

 

97:なんで、サービス開始の1時間後に、初心者キラーなモンスターが沸くんだよ!

 

98:知らん! それのせいで、いくつかのPTが被害に遭った! てか、普通に死んだ奴もそこそこいる!

 

99:ま、マジか……

 

100:そ、それで、そのやべーモンスターは?

 

101:まだわからん……知り合いが言うには、今はそのやべー奴がいる場所の近くにいるプレイヤーが逃げまくってるって話だ……

 

102:この後、狩りに行こうとおもってたンゴが……

 

103:……まあ、しゃあない。とりあえず、デスポーンするまで、適当に会話でもするか

 

104:だな。あーあ。サービス開始と同時に、スタートできたから、後続よりも早く強くなれると思ってたんだけどなぁ……

 

105:しょうがないでござる。

 

106:お、そういや、なんかいい店知ってるやつおる? 美味しいもんがあるとこ

 

107:それなら拙者、いい場所を知ってるでござる。

 

 と、こんな感じに、数分ほど、雑談が続いたが……とあるプレイヤーが入ってきたことにより、掲示板は盛り上がることになる。

 

130:おまいら聞いてくれ!

 

131:どうしたどうした。デカ物モンスターなら知ってるぞー

 

132:いや、たしかにその話だが、ちょっと違うんだ!

 

133:ほほぅ、どれ、言うてみーよ

 

134:あ、ああ。話すぞ? オレよ……

 

135:む、どうした、回線落ちか?

 

136:ためてるのか?

 

137:いいから早く言うンゴ

 

138:……女神様と会話しちまったぜ!

 

139:なぬ!?

 

140:貴様! まさか、抜け駆けか!?

 

141:許せんッ! てめぇ、ちょっと情報教えろや。今すぐ、キルしに行くからよぉ……

 

142:待て待て待て! オレからじゃねえ! 女神様の方からだ!

 

143:なんだと!? 何と羨ましい!

 

144:やはり貴様は殺す! 情報教えろ!

 

145:待て待て待て! 今回は訳があるんだよ!

 

146:わけじゃと?

 

147:じ、実はオレ、デカ物に踏みつぶされそうになってよ……

 

148:うわ、最初の死がそれとか、トラウマもんじゃね?

 

149:いや死んでねーよ!? って、そうじゃなくてだな? オレ、踏みつぶされる、と思った瞬間に、女神様が助けてくれたんだよ

 

150:は? てめえまさか、女神様が犠牲になったと言うのか!?

 

151:貴殿は生かしてはおかぬでござる! やっぱり殺すでござる!

 

152:だー! 早まるな! 別に女神様は死んでねぇ! というか、普通に攻撃を受け止めてたよ!

 

153:マジ? 冗談じゃなく?

 

154:マジだ。しかも、レベルみたら、2だったんだぜ?

 

155:……は?

 

156:いやいや、レベル2? レベル2の女神様が、レベル12のモンスターの攻撃受け止めたん? マジで?

 

157:マジなんだよ……。しかもその後、たった数回の攻撃で倒しちまった……

 

158:ヘアァッ!?

 

159:つ、強スギィ……

 

160:しかもその際、【身体強化】とか【一撃必殺】とかって聞こえてきたんだが……

 

161:なんだそりゃ? スキルか?

 

162:すでにやばそうなスキル名なんだが……

 

163:それで、誰か知ってるやついるかと思ったんだが……おる?

 

164:知らんなぁ

 

165:拙者、【一撃必殺】は知らぬでござるが、【身体強化】は知ってるでござる

 

166:おし、情報提供よろ。

 

167:拙者、【身体強化】というスキルが手に入るスクロールを売っているNPCショップを見つけたのでござるが……それが、とんでもなく高額だったんでござるよ

 

168:高額とな? いくらくらいなんじゃ?

 

169:……1000万テリルでござる

 

170:高ッ!?

 

171:馬鹿じゃねえの!? んな高いもんがあんの!?

 

172:買わせる気ねーだろ、それ!

 

173:いやまて。もし、女神様がそれを持っているんだとしたら……相当やばくないか?

 

174:初期で手に入る金額は1000テリル……圧倒的に桁が足りん

 

175:わからぬ……

 

 それから、しばらく案を出しあったものの、これと言った答えは出ず、結局不明、ということになった。

 

190:お、そういや、おまいらこれを見せねば……

 

191:なんだ。お前の情報か? すぐにキルしに行くから早くしろや

 

192:オレに対する殺意強くね!? いや、見せたいのは、女神様のSSだよ!

 

193:早く見せたまえ

 

194:早くするのじゃ! 

 

195:見せるンゴ! 見せるンゴ!

 

196:わかってるわかってる! これだよこれ

 

 そう言って、挙げられたスクリーンショットは、フル装備のユキの姿だった。

 ちなみに、両手に短剣を持って立ち、風に吹かれて、髪がたなびいている、という一枚。

 

197:ふぉおおおおおおお! う、美しすぎるぅううううううう!

 

198:やっば! 保存しとこ保存!

 

199:拙者、マイホームを買ったら、これを引き延ばした写真を飾るでござる……

 

200:わかる!

 

201:やべえ、可愛すぎ……

 

202:てか、女神様の職業って……暗殺者?

 

203:短剣二本持ってるからそうじゃね? なんか、めっちゃ強そうだけど

 

204:それに、初期装備って、こんなんだったか? 俺、ぼろシリーズだぜ?

 

205:俺も

 

206:わしも

 

207:拙者もでござる

 

208:……え、じゃあこの装備たちは何?

 

209:……気になるでござるなぁ

 

210:あとさ、女神様、なんか暗殺者スタイル、異常なくらい似合いすぎてね?

 

211:たしかに

 

212:可憐すぎる姿には、むしろ似合わないような感じがするのでござるが……

 

213:なぜか違和感を感じないンゴねぇ

 

214:……色々と謎過ぎん?

 

215:たしかに。不思議すぎる……

 

216:なあ、お前ら。女神様なら、この一言で片づけられる。

 

217:言ってみ?

 

218:女神様だからだ

 

219:納得したわ

 

 この後、ユキのことで、掲示板が大賑わいを見せた。

 

 その結果、『女神様に暗殺され隊』という、なんだかド変態たちがいそうな謎のコミュニティが形成され、誰が一号会員かで、醜い争いが発生した。

 どこへ行っても、変態が多いようだ。




 どうも、九十九一です。
 5章6話目にして、ようやくモンスター討伐。おっそ! 1日2話書いているからまだしも、ちょっと遅いような気がする……。やっぱり、装備の説明やらなんやらは、説明のところにして、本編では軽く触れるだけの方がいいかもなぁ……。読者様的には、どちらがいいのでしょうか? できれば、教えていただけると助かります。
 今日は、ちょっと用事が入って、もう1話投稿できるか不明です。頑張って書きますが、書けなかったらすみません。ちなみに、出せればいつも通りです。17時か19時です。
 なければ、いつも通りの朝ですので、よろしくお願いします。
 では。


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173件目 方針決め

 街へ入るための門の前は、プレイヤーの人たちが大勢いて、通るのは厳しそうだった。

 

 そこで考えたのが、【瞬刹】を使って、AGIを向上させ、【隠者ノ黒コート】のスキルである、《ハイディング》を使って、姿を消す。そこからさらに、【気配遮断】と【消音】を使用。

 これにより、現在のボクがどうなっているかと言うと……姿が見えない、気配がない、音も出ない、すごく速い、となります。

 

 ボクが、人から逃げる時に使った、ボクの中では最強の逃走術です。

 

 これを見破ったのは、師匠だけだったり。

 

 つまり、他の人がボクを見破るのは不可能というわけですね。

 ふふふ。これであとは、みんなにメッセージを送信……。

 

 内容は、

 

『さっきの喫茶店の前で会おう』

 

 です。

 

 ボクはともかく、みんなはこのゲームの世界のマップを、正確に把握しているわけじゃないので、できるだけ、みんなが知っている場所の方が好ましい。

 

 メッセージを送信後、すぐに返信が来た。

 

『了解よ。とりあえず、私が代表して送ってるから、三人のは待たなくても問題ないわよ』

 

 よかった。

 

 どうやら、みんな無事に逃げ切れていたみたい。

 

 ……と言っても、あの装備だったら、普通のフォレストボアーに負けることはないと思うけど。

 

 

 人と人の間を上手く縫って進み、街に入ると同時にスキルの効果が切れた。

 

 街の中では、スキルの効果は発揮されないみたい。

 だからと言って、それを予想しないボクではないです。

 

 師匠には、いかに能力やスキルをなしに、気配を隠すか、という技術を叩きこまれているので、問題はないです。

 

 幸い、人が集中していたのは、入り口付近だったので、街中はそこまでプレイヤーの人に見つかることはなかった。

 

 あ、もちろんフードは被ってますよ。

 周りの人が、不審がりつつも、見るだけでとどめてくれる辺り、やっぱりこう言う服装は大事だね。

 

 そうして、無事他のプレイヤーの人たちに見つかることなく、喫茶店に到着。

 喫茶店の前には、見知った(一人だけまだ見慣れない)顔の人たちが四人ほど。

 

「来たわね。おーい、ユキー!」

 

 近づいてくるボクに気付き、ミサが手を振りながらボクを呼ぶ。

 たたたっ、と小走りでみんなのもとへ向かう。

 

「おまたせ」

「おかえり、ユキ君。囮、ありがとうね」

「いいんだよ。あのままだと、みんなやられてたかもしれないからね」

「そうだな。ユキがいなかったら、ユキ以外全滅してた」

「マジ、感謝しかねえな」

「そ、そこまで言われると、こそばゆいね……」

 

 なんだか、背中がむずむずする。

 みんなから、本気で感謝されると、嬉しいんだけど、どうにも気恥ずかしくて。

 

「えっと、これからどうする? さすがに、もう外には出たくないんだけど……」

「そうね。私たちの装備的に、結構目鯛そうだし、いらぬ争いが起こるかもしれないし……」

「そう言えば、マップを見た時に、宿屋が近くにあるって書いてあったよ?」

「お、いいな。とりあえず、そこに行って、方針とか決めようぜ」

「そうだね」

 

 レンの提案で、宿屋に行くことになった。

 

 

 とりあえず、6人部屋を借りて、中へ。

 話し声などが漏れないように、しっかりと防音対策してあるらしく、外には聞こえないらしい。

 各々ベッドに座って、向かい合う。

 

「さて、まずはどうするか、だけど……ユキ、さっきのモンスターはどうしたの?」

「倒したよ」

「……でしょうね。そこはおおむね予想通り、と。さっき、ユキが囮をしている間に、運営の方から通知が来たわよ」

「ほんと?」

「ああ。どうやら、明日の正午に、《ギルドシステム》と《マイホーム》が実装されるみたいだ」

「えっと、どういうの?」

「《ギルドシステム》というのは、ゲームによくあるあれだ。色々な人たちが一つのグループに所属し、一緒に狩りに行ったり、クエストに行ったり、イベントに参加したり、って言うやつだな」

「へぇ、もう実装されるんだ?」

 

 もっと遅いのかと思ってたんだけど。

 少なくとも、一ヶ月とか、それくらいかかりそうだと思ったんだけどなぁ。

 

「ちなみに、ギルドを結成するには、ギルドホームを購入する必要があるみたいだ。最低金額が、20万テリルで、最高が100万テリルだそうだ」

「あれ? 意外と安いんだね」

「いやいやいや! ユキがめっちゃ金持ってるだけで、実際は全プレイヤーの所持金、カッツカツだからな!?」

「あ、そう言えば……」

 

 ボクの場合は、向こうで持っていたものがこっちに反映されちゃってるから、400万という大金を持っているだけであって、本来はかなりないんだよね……。

 

「とりあえず、話を続けてもいいか?」

「あ、うん。どうぞ」

「《マイホーム》は、まあ、名前の通りだな。無人の一軒家や、部屋を購入することができるシステムらしくてな。購入すれば、そこがそのプレイヤーの所有物になるらしい」

「けっこういいね」

「ああ。しかも、今俺たちがいる、この宿も購入することができるらしく、同時に運営もできるようだ」

「すごい! と言うことは、生産職って呼ばれてる、《調合士》と《鍛冶師》の人たちとかが、お店を持つこともできる、ってこと?」

「ああ。マイホーム、とは言うが、どうやらショップも兼ねているそうだ」

「なるほど……」

 

 そうなると、色々な人たちがこぞって手に入れようとしそうだね。

 ……と言っても、まだまだ先になりそうだけど。

 

「そう言えばボク、【料理】と【裁縫】のスキルを持ってるから、これでお店を開いてもよさそうだね」

「実際、ありだと思うわよ。まだこのゲームはついさっき始まったばかり。最初にやるのは、レベル上げ、お金集め、装備品を向上させること。ゲーム自体が娯楽だけど、あんまり癒しとかもなさそうだし、いいんじゃない?」

「だな。ユキが料理屋を開けば、すぐに行列になりそうだ」

「さ、さすがにないと思うけど……」

 

 現実じゃあるまいし……。

 

「まあ、それはそれとして……ギルド、どうする? 結成するの?」

「それもいいと思うが……ギルドを作るのは、ある程度のギルドができてからの方がいいんじゃないか?」

 

 ミサの問いに対し、ショウは様子見の意思を示した。

 

「そりゃなんでだ?」

 

 ショウの言ったことに対して、レンがショウに尋ねていた。

 

「考えてもみろ。ミサがさっき言ったように、このゲームはついさっき始まったばかり。サービス開始の次の日に、《ギルドシステム》が追加される。早すぎるとは思うが、別にあっても不思議ではない。だが、開始と同時に最低20万もの大金、手に入れられると思うか?」

「……いや、無理だな」

「そうだろ? つまり、俺たちが実装直後にギルドを立ち上げようものなら、怪しまれるってことだ」

「もっとも、私たちの場合、ユキがいるからね。怪しまれるよりも、入団希望者が多く発生しそうよ」

「そ、それはないと思うけど……」

「「「「はぁ……」」」」

「え、何今のため息」

 

 ボクが否定したら、みんなため息を吐いたんだけど。

 なにその、やれやれ、みたいな仕草!

 

「見ての通りよ。ユキは、押しに弱い面もあったりするし、純粋すぎるから、気が付けば大規模ギルドになりかねない。そうなったら、大問題よ」

「ボク、そんなに純粋? 普通だよね?」

「「「「いや、純粋」」」」

「そ、そですか……」

 

 どの辺りが純粋なんだろう……?

 純粋な人は、ゲームとはいえ、殺すことをためらったりするような人だと思うんだけど。

 そう考えたら、ボクって全然純粋じゃないよね?

 

「それで、マイホームの方って、いくらくらいなの?」

「ああ、たしか……アパートなどの集合住宅系だと、一部屋5万テリルらしいぞ」

「意外と安い」

「と言っても、そこまで広くないらしいがな。一番高いのだと……たしか、豪邸らしい」

「豪邸?」

「ああ。なんでも、絶対に変えないと言われそうな……というか言われてる建造物がこの街にはあってな。そこの値段、1億テリルらしいんだ」

「……え!?」

「……それ考えた人、馬鹿じゃないの?」

「買える猛者が現れるのは、一体いつになるのかねぇ」

「当分どころか、一年近く現れないんじゃないかな」

 

 だって、1億だもん。

 

 ボクだって、三年間色々やって、最終的に溜まった金額が400万だからね。と言ってもこの金額、必要最低限だけ受け取って、使わずに至らこうなった、みたいな貯金だから、全部受け取っていた場合、軽く1000万くらいは行きそうだったり……。

 

 でも、受け取っても使い道がなかったし、よかったんだけどね。

 

「ああ、そう言えばもう一つ。来週、イベントがあるらしいな」

「へぇ、早いね?」

「いや、平均的じゃないか? 今は大体冬休みだしな。会社の方も、連休になっている社会人もいる。それに、サービス開始一週間後にイベントなんて、割とよくあることだ」

「そうだね。早いソシャゲだと、二日後くらいにはやってたりするね」

「は、早いね」

 

 そう言うのって、最初はレベル上げしているようなイメージがあるんだけど……。

 その辺りってどうなんだろう?

 ゲームはやるけど、ソーシャルゲームとじゃなくて、家庭用ゲーム機の方が多いからなぁ。

 だから、いまいち基準とかはわからない。

 

「んで? ユキは、家買うのか?」

 

 あれ、いきなり話題が変わった。

 

「う~ん……でも、あった方が便利だよね」

「そうね。正直なところ、いちいちお金払って宿屋で話すより、そっちの方が楽ね

「とはいえ、家を買うのはユキだし、ものによっては高いからな。その辺りはユキに任せるさ」

「……序盤は、あんまりお金を使いたくないもんね、みんな」

「まあ、そうだな。進んでくると、金に余裕は出るが、最初は全然ないからなぁ。正直、金が欲しい! って奴はいっぱいだと思うぜ?」

「じゃあ、みんな的にも?」

「私もそうね。できるだけ、序盤は温存したいわ」

「俺も。装備に関しては、ユキからもらったこれらで、当分先は大丈夫だろうが、強化したりするのであれば、今は温存しておきたい」

「わたしは別に。好きな時に使い、好きな時にためる! が信条だからねー。……とはいえ、あまりなさすぎるのもやだし、今は貯めたいなー」

「オレも大体ヤオイと同じだな。できれば、序盤は使わない方針だ」

「なるほど……」

 

 概ね、考えは同じみたいだね。

 そうすると……やっぱり、こうしてお金を払って宿屋に入って、話すというのも、ちょっともったいないかも……。

 それなら、

 

「じゃあ、ボクは家を買おうかな?」

「ユキ、別に無理しなくてもいいのよ?」

「ううん。個人的にはあると便利かなーと思って。あとは、不定期で料理屋さんや、洋服屋さんもできたらなーって思っただけだよ」

「そうか。なら、いいんじゃないか?」

「うんうん。ユキ君が家を購入すれば、わたしたちも心置きなく話せるしねー。でも、お金は大丈夫?」

「もちろん。100万テリルくらいまでだったらいいかなって思ってるよ」

「……普通に考えて、とんでもねぇこと言ってるよな、ユキって」

「今更だろ」

 

 なんだろう。不本意なことを言われている気がする……。

 

「予算が100万なら、少し大きめの家が買えるね、ユキ君」

「そうなの?」

「うん。たしか、二階建てで、やろうと思えばお店も経営できるほど、一階は広いよー」

「そうなんだ。ありがとう、ヤオイ」

「いいってことよー」

 

 お礼を言うと、ヤオイはいつものにこにこ顔に。

 

「話が脱線したが、とりあえず、方針を決めるか」

 

 ということで、ボクたちのプレイ方針を話し合った。

 

 その結果、エンジョイすることに心血を注ぐことになった。

 一応、ガチ勢、と呼ばれる人たちがすでにいるそうだけど、そう言う人たちのようにプレイするのではなく、自分たちで気ままにやろう、ということになった。

 

 それから、一応ボクたちでギルドを作る予定ではあります。

 と言っても、さっき話し合ったように、ある程度の数のギルドができてから、と言うことにはなったけど、

 

 それに際して、あらかじめギルドマスターを決めておこう、と言うことになり、その結果、

 

「ぼ、ボク!?」

「「「「当然」」」」

 

 多数決でボクになった。

 

 ちなみに、ボクはミサを指名したけど、四人はボクを指名してきました。酷くない?

 ボク、そういうのは似合わないと思うんだけどなぁ……。

 

 それから、イベントは、みんなで参加できるものは、みんなで参加しよう、と言うことになった。

 

 もし、対人戦などのイベントになってしまった場合は、恨みっこなし、と言うことになった。

 なんか、ボクを見てみんながため息を吐いていたけど。

 

 ……すごく申し訳ない。

 

 そして、大体は自由行動と言うことにした。

 普段からずっと一緒、というのもあれだからね。

 

 方針を話し終えてからは、レベリングをすることにし、レベル3にしてから、ゲーム初日は終了となりました。



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174件目 ゲーム初日の裏事情(学園長の)

 ログアウトした後のこと。

 ボクは、学園長先生に電話をかけていた。

 

「あ、もしもし、学園長先生ですか?」

『そうよー。えーっと、こんな夜にどうしたの、依桜君』

 

 スマホから聞こえてくる学園長先生の声は、どこか疲れているような気がした。

 

「えっと、ゲームのことで電話をしたんですけど……今って大丈夫ですか?」

『ええ、大丈夫よ。ふぁあぁぁ……あ、失礼』

「えっと、もしかして、かなり疲れてたりします……?」

『まあ、さすがにサービス開始初日だからねぇ。色々と問題も山積みだし、ちょっとしたトラブルもあったしで……色々とね』

「あー、じゃあ、話すのはやめた方がいいですか……?」

『ああ、いいのいいの。依桜君の声を聴いたら、疲れなんて吹っ飛んだから』

「そ、そうですか」

 

 ボクの声なんかに、ヒーリング作用なんてないと思うんだけど……。

 

『それで、何か聞きたいことでもあったの?』

「あ、はい。えっと、とりあえず、気になったことを一度に言ってもいいですか?」

『大丈夫よー。私、こう見えても天才だから』

 

 ……普通だったら、否定するんだろうけど、異世界転移装置を創ったり、フルダイブ型VRゲームを創ったり、ホログラムを発生させる何かを創ったりしている時点で、正直、天才以外の何物でもないので、否定できない。

 変人と天才は紙一重?

 

「えーっと、ボクのステータスと、所持金、あとは師匠の家が存在……というより、すっごく見たことがある世界だったんですけど……どういうことなんですか?」

『あー、それね。多分、依桜君も察してると思うけど、あのゲームは、依桜君が行った世界をモデルにして作られたゲームよ。モデルデータを得るためには、ある程度の地形情報が必要だったから、あの一週間に取らせてもらったわ』

「や、やっぱり……」

 

 じゃあ、あの一週間はもともとゲームを作るために必要だったってこと?

 ……なんだか、釈然としない。

 

『それから、依桜君のステータスにあるスキルは、全部向こう基準よ』

「……と、と言うことは、ボクが知らないスキルがあったら……?」

『当然、向こうのスキルね』

「どうやって、調べてるんですか? 記憶を探るにしても、ボクの記憶にはないですし、かといって、一週間滞在した時には、何もなかったですよ?」

『実は私、異世界観測装置というものを創ってね』

「な、なんですか、その機械は……?」

『簡単に言えば、向こうの世界を観測するための装置ね。それを使って、ゲームの世界のモデルを形成、AIプログラムによって、モンスターのパラメーターを作成し、どのタイミングで、どういう感じに発生させるか、と言うことができるのよ、あのゲームのサーバーエンジンは』

「……な、なんですかそれ!?」

 

 ただでさえ、とんでもないものを創っていた人が、さらにとんでもないものを創っちゃってたんだけど!?

 なんで、異世界の情報を入手できちゃってるの!?

 

『まあ、別に0から創ってもよかったんだけど……ほら、うちの会社って、製薬会社だったでしょ? 一応』

「そ、そうですね」

『さすがに、そっち方面のノウハウもないから、雇うのが難しくてね。だから、異世界の研究技術を用いて、独自のエンジンを創ったの。それが、あのゲームに使用されているサーバーエンジンよ』

「ぜ、全力過ぎませんか……?」

 

 かなりすごい技術を、かなり無駄なことに使用している気がするのは、なんでだろう?

 本来なら、異世界を調べることができる、っていう世紀の大発明なんて言うのも生温い程の発明品を創っておきながら、娯楽にフル使用しているというのは、研究者的に、いかがなものなんだろう?

 

『当然。人を楽しませるには、全力でやらないとね。持てる力すべてを使って創る。それが、うちの会社よ』

「そ、そうですか」

 

 ……もともと、製薬会社、なんだよね?

 何をどう間違えたら、製薬会社が世界初のフルダイブ型VRゲームを創るんだろうか?

 そう言うのは、もっとこう……科学技術の方面に強い人が作っていそうなのに、どうして、一番関係のない会社が創ってるんだろうね……?

 

『まあ、依桜君がオート作成にしてくれたよかったわよー』

「ど、どうしてですか?」

『だって、依桜君には色々と助けられてたからね。そのお礼、ってことであのステータスになったんだから』

「……個人的には、かなり目立ちそうなんですが」

『そもそも、全国的に広まっているのに、いまさら何言ってるのよー』

「うっ」

 

 それを言われると何も言い返せない……。

 ボク、テレビで何度も報道されちゃってるせいで、微妙に顔が広まっちゃってるんだよね……。

 普通なボクを映して、何がいいのかわからないけど……。

 

『ああ、ちなみに。称号と、スキルの習得方法、それから装備品の追加効果に関しては、全部AI作成だから』

「……そ、そうなんですね」

 

 そこは、自分たちで作った方がいいんじゃないの……?

 

『ああ、言っておくけど、別に手を抜きたかったわけじゃないわよ?』

「そうなんですか?」

『当然。というか、疲れている原因も、ほとんどそれだしね……』

「一体何を?」

『あのゲームは、たしかに異世界をモデルにしているけど、さすがに全部モデルにした、というわけじゃないのよ』

 

 という学園長先生のセリフには、ちょっとびっくりした。

 

『さすがに、AIに任せているのは、向こう原産のもののみ。他は全部、私たち持ちなのよ。だから、フィール上に沸くモンスターについても、パラメーターなどに関してはAI任せだけど、デザインやら能力に関しては、こっちで作ってるからね。あくまでも、数字的な部分しか作らせてないの』

「な、なるほど」

『……まあ、AI作成だから、当然問題も出るわけでね。今日なんて、まだ出す予定のなかったフィールドボスモンスターが出てきちゃってね……』

「……え?」

 

 今、かなりとんでもないセリフが聞こえてきたような……?

 

『だから今、あれにキルされたプレイヤーに、デスペナルティで失ったものの補填をしてるのよ』

「……学園長先生、そのボスモンスターって……」

『そ。依桜君……じゃなくて、ユキちゃんか。ユキちゃんが倒したのが、あの草原に、定期的に出現するはずのボスモンスターだったのよね』

「ええええぇぇぇ!?」

 

 ボクが倒したモンスターが、結構強めな存在だったと知り、夜にもかかわらず、素っ頓狂な声を出してしまった。

 き、近所迷惑になってないかな……?

 

『だから、あのモンスターは不具合で、たまたま出てきちゃった、ってだけだったりするのよ』

「……な、何してるんですか」

『面目ないわ。……でも、依桜君が倒してくれたおかげで、こちらも修正する時間ができたわ。ありがとう』

「……感謝されているのに、なぜか素直に受け取れない自分がいます」

 

 ということはあれ、運営側のミス、ってことだよね……?

 それを今回、プレイヤーであるはずのボクが、手助けした、という形になるってことだよね?

 ……う、うーん。なんだか微妙な気分……。

 

『ちなみに、まだ経験値とか設定してなかったんだけど、予定していた分の経験値が、ユキちゃんに入るから』

「……え!?」

『レベルがちょーーーーっと上がってると思うけど、気にしないでね☆』

「いやいやいや! 何してるんですか!? 別にいらないですよぉ!」

『そうは言っても、ちゃんと自分の力でモンスターを倒しちゃったわけだしね……』

「でも、ステータスとかスキル自体は、学園長先生のおかげですよね?」

『いいえ? あれは、AIがオート作成したことで習得させたものだから、問題ないわよ。一応、異世界のステータスを基準にして、ユキちゃんのステータスがああなったわけだしね。だから、自分の力なのよ、依桜君』

「そ、そうは言っても……」

 

 ちょっと卑怯な気がするんだけど……。

 別に、ボク自身が色々と頑張った結果、あのステータスや能力、スキル、魔法などを習得したから、別にそこが卑怯とは思わない。

 

 でも、それがまさかゲームにも適用されるなんて思ってもみなかった。

 ……それに、あのステータスだとボク、レベルが最大になる頃には、誰も追いつけないようなステータスになってそうだよ……?

 

『いいのいいの。頑張ったご褒美だと思えば』

「……その頑張る羽目になった原因は、学園長先生だと思うんですけど」

『はてさて、何のことかなー?』

 

 ……本当に、この人誰かに殺されそう。

 

『ああ、それと、ミオの家なんだけど、あれ、ユキちゃんが持ってる【最強の弟子】って言う称号がないと入れないから、荒らされる心配はないからね』

「……そうですか」

 

 あの称号、レベルアップ時のFPとSPの取得数を増やすだけじゃなくて、そんな効果もあったんだ……。

 そう言えば、師匠の家にはいる時、妙な違和感を感じたけど……それが原因だったのかも。

 でも、それなら、誰かにあの家の物を盗られる心配はないね。

 

『……はぁ。これから、明日の《ギルドシステム》と《マイホーム》の実装もしなきゃいけないし、AIプログラムの修正もあると思うと……辛いわ』

「が、頑張ってください」

『……じゃあ、依桜君、お願いがあるんだけど、いい?』

「……なんですか?」

 

 学園長先生のお願いって、絶対碌なものじゃないと思うのは、気のせい?

 ……気のせいじゃないね。

 だって、普段からそう言うことばかりだもん。

 そもそも、なにが『じゃあ』なのかわからない。

 

『お姉ちゃん、頑張って! 大好き❤ って言ってほしいんだけど……』

「……嫌です」

『どうして!?』

「どうしても何も、恥ずかしいですよぉ!」

『大丈夫よ! 一回言うだけでいいから! ちょっと甘えた感じで言うだけでいいから!』

「い、嫌です! もっと嫌です! 甘えた感じに言うなんて、恥ずかしすぎますっ!」

 

 ただでさえ、ちょっと前に甘えん坊な姿を見せて、恥ずかしい思いをしたというのに……自発的になんて、できるわけがないよぉ。

 

『そこをなんとか! 依桜君のそのセリフがあれば、あと168時間は寝ずに動けるから! お願い!』

「……」

『お願いします! ほんっっっとうに大変なの! 今だって、結構意識がギリギリなの! このままだと、明日の実装に間に合わなくなって、ユーザーの人たちに申し訳ないのよ!』

「………」

『だから、お願い!』

「………………い、一回だけ、ですよ?」

『やった! ありがとう!』

 

 断れませんでした。

 だ、だって、あんなに頼み込まれたら、断るなんてできないよぉ……。

 

 私利私欲のためじゃなくて、ゲームのユーザーの人たちのため、って言われたら、見捨てることなんて、ボクにはできません……。

 そ、それに、一回だけ、だもんね。うん。大丈夫……多分。

 

「じゃ、じゃあ、言いますよ……?」

『どうぞ!』

「……お、お姉ちゃん頑張って! 大好き❤」

『……キタキタキタキターーーーー! 力が! み・な・ぎ・っ・て……キターーーー!』

「ひぁ!?」

『依桜君ありがとう! これで私、戦えるわ!』

「そ、そうですか。えと、頑張ってくださいね?」

『当然! 依桜君の声援を受けた私は無敵ィィィ! じゃ、今の録音したボイスを聞きながら、作業してくるわね! おやすみなさい!』

「は、はい。おやすみなさ……って、今なんて!?」

 

 ボクが言い終わる前に、通話が切れてしまった。

 

「……結局、碌なことしなかったよ、あの人……」

 

 やられた、とボクは思いました。

 ……押しに弱いのは、直した方がいいよね……。




 どうも、九十九一です。
 なんか、この章もかなり長くなりそうな気がしてならないです。……さ、さすがに体育祭レベルにはならない……と思います。多分。
 えっと、今日も一応2話投稿を予定しています。出せたら、いつも通りの二通りのどちらかです。無理なら、いつも通り次の日ですので、よろしくお願いします。
 では。


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175件目 マイホーム(という名のお店)の準備

 翌日。

 

 世間は、年末年始ということで、休みの人も多い。ボクたちだって、冬休みに入っているので、基本は休み。

 二日目にログインするのは、正午と言うことになった。

 

 朝起きて、朝食を作って、掃除洗濯を済ませてから、お昼の準備。

 ちょっと早いけど、11時にお昼となった。

 

 

 その後、十二時前にログイン。

 

「えーっと、待ち合わせ場所は、昨日と同じ噴水、と」

 

 あらかじめ、LINNで話して、待ち合わせ場所を決めておいた。

 幸いにも、噴水に近い位置に出現したので、噴水の前へ移動。

 

 十五分ほど時間があったから、昨日の夜、学園長先生にレベルがちょっと上がってる、って言われてたので、それの確認と、FPとSPを振っちゃおうかなって。

 

「えーっと、レベルレベル……うわぁ」

 

 ステータスを表示させると、レベルのところには……レベル9と書かれていた。

 

 昨日のあれで、どうやら6も上がってしまったみたいです。

 

 それから、称号が原因で、FPが280。FPが1400になっていた。

 ……これ、やっぱり称号が強すぎない?

 だって、普通なら、手に入るFPとSPは、ボクが今持ってる数字の半分だもんね……。

 実際、効率が二倍なんだよね、これ……。

 

 ……とりあえず、怪しまれないよう、140だけ振っておこう、FP。

 

 考えながら、FPを振る。

 

 とりあえず、STRとAGI、DEX、INTの四項目を上げた。

 

 STRだけは、二倍ポイントが必要だったので、60使って、30上げました。

 

 あとは、他の項目を、20ずつ使って、40ずつ上がりました。

 なので、《STR:150(+75)》《AGI:190(+280)》《DEX:130(+30)》《INT:140》となりました。

 

 ……なんか、AGIが一番おかしなことになってる気がするけど……ちょっと、現実との齟齬が激しく、つい上げてしまった……。

 

 あ、DEXに補正値が付いているのは、一つだけ装備品をつけるのを忘れてたからです。

 

【創造者ノグローブ】……黒のオープンフィンガーグローブ。あらゆる場所で、物を創り出す能力を持った者が使用していたグローブ。すべてのすべての職業が装備可能な防具。装備部位:腕。DEX+30。《武器スキル:創造補正》武器生成や、アイテム生成などの生成系スキルの消費MPを減らし、効果を上昇させる

 

 という、まあ、その……ボクが三年目の後半くらいに使ってたものです。

 持ってきて、装備するのを忘れてました。

 うーん、こうしてみると、やっぱり全身黒い……。

 

「まあ、暗殺者の装備だし、仕方ないんだけどね」

 

 黒も嫌いじゃないし、別にいいけど。

 

「おーっす、ユキ」

「やっほー、ユーキ君!」

「うわわ! だ、だから、いつも抱き着かないで、って言ってるのに……」

「にゃははー。ユキ君を見ると、つい抱きしめたくなっちゃうんだよねー」

「……身長差があるんだから、なるべくやめてね?」

 

 10センチも差があるんだし……。

 しかも、頭をつかんで抱きしめてくるものだから、胸元に顔をうずめる形になっちゃって、ちょっと苦しい……。

 

 ……あれ? そう言えば、一応ボク、もともと男だったけど、なんであんまりドキドキしないんだろう? ……慣れ?

 

「それにしても、今日は二人の方が早いんだね?」

「現実じゃないからな! ゲームの中なら、全然早く来れるぜ!」

 

 なんて、調子のいいことを言うレン。

 

「……できれば、現実でも早く来てほしいよ」

 

 別に、遅れてるわけじゃないからいいけど、たまにギリギリで来るんだもん。

 

「ん、早いな、三人とも」

「あら、レンの方が早いなんて、珍しい。明日は槍が降るかしらね?」

「酷くね?」

 

 ミサの反応の方が普通だと思うよ、ボク。

 

「それで? 集まったことだし、まずは何をするんだ?」

「あ、えっと、家を見に行きたいかなって、思ってるんだけど……いいかな?」

 

 ショウの質問に対し、ボクがそう答える。

 

「ああ、もう正午か。そうだな。ユキは家を買う予定だったか。なら、いい感じの家を探すとしようか」

「賛成。それで? 希望はあるのかしら?」

「あ、うん。不定期で、料理屋さんと洋服屋さんをやろうと思ってるから……それなりの立地かな?」

「なるほどー。あ、それなら、いい場所をさっき見かけたよー」

「ほんと?」

「うん。行ってみるかい?」

「そうだね。よかったらそこにしようかな」

 

 ヤオイがいい場所を知っていると言うことで、まずはそこに向かってみることにした。

 

 

「ここだよー」

「へぇ、なかなかいいじゃない」

「そうだな。木造の二階建てか」

「昔から親しまれてる食堂、みたいな感じだな!」

「うん。結構いいかも……」

 

 ヤオイが案内してくれた家は、木造二階建ての、ちょっとオシャレな感じの家だった。

 周囲は庭になっていて、芝生が広がっていた。

 ちょっと整えれば、ガーデニングとかもできそう。

 

「それじゃ、入ってみよー」

 

 

「なるほど、中も結構いいじゃない」

 

 中に入ると、一階はかなり広々としていて、カウンター席のような場所もあった。

 二階は吹き抜けになっているようで、上から一階の様子を見下ろすことができるようになっている。

 日当たりもよく、天井にはガラス張りになっている箇所があって、陽の光が差し込んでいて明るい。

 それにしても、木造は暖かみがあっていいよね。

 

「それで、どうかな、ユキ君」

「うん。気に入ったかも。ここなら、大きく目立つような場所じゃないし、庭付きなのもいいよね。それに、料理屋さんもちゃんとできそう」

「じゃあ、ここにするの?」

「うん。それじゃあ、購入しないと。えっと、どうやって買うんだろう?」

 

 ヤオイに案内された家を買うことに決めた。

 でも、購入方法がわからない。

 すると、ボクの疑問にショウが答えてくれた。

 

「どうやら、建物内でメニューを表示させれば、建物の項目があるみたいだぞ」

「あ、そうなの? えっと……あ、ほんとだ」

 

 ショウの説明の通り、メニューを表示させると、メニューに二つ項目が増えていた。

 家のアイコンと二本の旗が交差したアイコンの二つがある。

 多分、家がマイホームの方かな?

 そう思って、家のアイコンをタッチすると、この家の情報が表示された。

 

「金額は……120万テリルだね。20万オーバーしちゃうけど、これくらいならいいかな?」

 

 ±50万くらいの誤差だったら許容だったしね。

 というわけで、購入の文字をタッチ。

 

【購入が完了しました! ただいまより、所有者が、ユキになります】

 

 という文字が目の前に出現した。

 

「……あ、どうやらこの家、ボーナスが入るみたいだよ?」

「ボーナス? どんな感じの?」

「えっと……所有者の全ステータス+5%、だって」

「小さな積み重ねが後々効いてくる、って感じね」

「ユキの場合、ほとんどいらない気がするけどな」

「あ、あはは……」

 

 まあ、すでに異常ステータスと異常スキル、異常称号を持ってるからね……これ以上挙げてどうするの、って話だよ。

 

 と、何気なく視線をこの家の情報に視線を向ける。

 

【無名 ハウスレベル1 所有者:ユキ 所有ボーナス:全ステータス+5% 使用用途:未設定】

 

 と表示されていた。

 

 ハウスレベル?

 もしかして、家にもレベルがあるの? なんで? いるの? それ。

 

 ……まさかとは思うけど、レベルが上がれば、この、所有ボーナスっていうのが上がる、とか? ……あ、ありそう~……。学園長だし、普通にやってそう……あ、でもこのゲームって、AIがほとんど創ってるんだっけ?

 

 う、うーん、だとしたら、向こうの世界には、こう言うのが本当にあるとか?

 それにしても、この使用用途って何だろう?

 なんとなく気になって、その文字をタッチすると、

 

【使用用途を選択できます 家・料理屋・洋服屋・薬屋・雑貨屋】

 

 なるほど、これで選べるんだ。

 

【ユキ様は、現在、【料理】と【裁縫】のスキルをお持ちなので、両方同時選択も可能です】

 

 あ、両方ともできるの?

 それなら、どっちもやろうかな?

 

 こう言うのも、あった方がいいと思うし、料理屋さんも、色々なプレイヤーの人たちのためにもなるしね。

 

【料理屋・洋服屋でよろしいですか? Y/N】

 

 迷わずYをタッチ。

 

【使用用途、設定完了です これにより、一階は料理屋。二階は洋服屋として機能します】

 

 なるほど。そう言う風に分かれるんだ。

 まあ、そっちの方がいいよね。さすがに、一階で両方ともやる、なんてできないもん。

 

「登録はできた? ユキ」

「うん、バッチリだよ。ちゃんと、料理屋さんにもなったし、洋服屋さんにもなったよ」

「そっか! じゃあ、経営の準備もしないとね!」

「あ、別に準備はボクでやるし、みんなはレベル上げに行ってもいいよ?」

「え、でも、不公平じゃない? ユキだけ、レベルに差が付いちゃうけど……」

 

 あ、そっか。みんなには言ってなかったから、知らないんだっけ。

 

「えっと、昨日のキングフォレストボアーで、レベルが9になってて……」

「高!?」

「でも、レベル12だったもんね、あのイノシシ。なら、ユキ君のレベルがかなり上がってても不思議じゃないよね」

「そうだな。でも、大丈夫なのか? 一人で」

「うん。問題ないよ。だから、気にしないでレベル上げに行ってきて。戻ってきたら、ボクが料理を振舞うよ」

 

 どうせなら、一番最初のお客さんはみんながいい。

 お客さん、と言ってもお金は取らないけどね。

 

「お、マジか! それはありがたいぜ!」

「そうね。この世界のユキの料理がどうなるか見てみたいし、ちょっと楽しみ」

「それじゃあ、そうと決まれば、早速レベリングに行こ―!」

「「おー」」

 

 と、ショウ以外の三人が家を出ていった。

 

「まったく、現金なやつらだ」

「あはは……。えと、ショウ行かなくていいの?」

「いや、行くぞ。それじゃ、頑張ってな」

「うん、ありがとう。ショウも頑張ってね」

「ああ。行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

 

 最後にショウを見送ってから、ボクも家を出た。

 まずはお買い物だよね!

 

 

 今回、料理屋さんと、洋服屋さんを開くにあたり、必要なものは結構多い。

 

 まず、料理器具は必要だね。包丁は……【武器生成(小)】でどうにかなるかな? 一応、武器だし……。

 

「でも、それはそれとして必要かも」

 

 もしできなかったら困るもんね。

 

 それ以外だと、鍋、フライパンは必ず必要。さっき、コンロの数を見たら、六個ほどあったから、とりあえず、三つずつでいいよね。

 

 あとは、布類。

 一応、師匠の家に行ったときに色々と持ってきているから、そっちはそこまで困らないはず。

 

 趣味で、たまに作ってたしね、洋服。

 それ以外にも、ちょっとしたものも作ってたからね。

 

「あ、この服だとちょっとまずいよね……」

 

 今のボクは暗殺者姿。

 

 この服で料理をするわけにはいかない。

 なら、自分で作ろう。

 ゲームの中なら、そこまで時間もかかりそうもないしね。さっき、洋服の作り方も見たし。

 材料があれば、あとはシステムで作ってくれるみたいだしね。

 ……ちょっと、物足りないけど。

 

 料理だけは、システム補助はあっても、自分で作れるみたいだけど。

 材料は……色々なお店を回って買い込んでおこう。

 

 一応、アイテムボックスに入れておけば、大丈夫みたいだから。

 

 ただ、出しっぱなしにしていると、鮮度と耐久がなくなって、腐っちゃうらしい。

 気を付けないとね。

 

 そんなことを思いながら、色々と買い込み、

 

「えーっと……うん。これ大丈夫。布もいいのが買えたし、帰って作っちゃおう」

 

 必要材料を買い、帰宅した。

 

 

 というわけで、【裁縫】のスキルをフルに活かし、普段着用の装備を一時間ほどかけて作成した。

 その結果、

 

【良妻ノワンピース】……とても優しく、家事万能なお嫁さんが身に着ける水色のシンプルなワンピース。装備部位:体・腕・足。《洋服スキル:家事万能》【料理】【裁縫】の両スキルに効果を追加する。作成した料理に、バフをかける効果を追加する(バフ内容はランダム)。作成した洋服類に、スキルが付きやすくなる(+30%)

 

【良妻ノエプロン】……とても優しく、家事万能なお嫁さんが身に着ける白のエプロン。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:家事向上》【料理】【裁縫】の両スキルに効果を追加する。作成した料理の完成度を底上げする(50%)。作成した洋服類に、ステータス補正を追加する(ランダム)

 

 こんなものが出来上がりました。

 

 まあ、その……うん。我ながら、おかしなものを作ってしまった気分です……。

 

 というか、良妻って何? ボク、結婚してないよ!? なんでお嫁さんが身に着けるもの、って書いてあるの!?

 ボク、結婚する気もなければ、そもそもお嫁さんでもないから!

 

「……はぁ。まあでも、結構可愛い洋服になったし、これはこれであり、だけど……」

 

 とりあえず、この装備でお店をやろう。

 

「そうと決まれば、名前も決めないと」

 

 さっき、無名になってたし。

 

 名前……名前かぁ……。

 

 ……あ、もういっそのこと、白銀の女神から取って、白銀亭(しろがねてい)でいいかも。ボク、名前とか考えるのは苦手だもん。

 

 早速、家に名前を付ける。

 

【白銀亭 ハウスレベル1 所有者:ユキ 所有ボーナス:全ステータス+5% 使用用途:料理屋・洋服屋】

 

 うんうん。これでOKだね。

 幸い、お店をするのに必要なものはそろってるしね。

 テーブル席もあるし、何だったらカウンター席も。

 それなりに余裕もあるから、問題なし。

 

「……あ、しまった。メニュー表を作るのに必要な紙とか革、買ってなかった」

 

 そのことに気づいたボクは、作成したばかりの装備を身につけると、街に買いに出かけた。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名 二日目 新機能実装】

 

1:おーし、今日も掲示板立てたぜ

 

2:暇かよw

 

3:暇だよ(迫真)

 

4:お、おう、そうか

 

5:ボッチで草

 

6:う、うるせー! お、お前たちだって似たようなもんだろ!?

 

7:やめろ。友達がいないという現実が辛いだけだ……

 

8:……すまん

 

9:おやおや、開始早々沈んでるでござるな

 

10:なんじゃ。ゲームなぞ、なんだかんだでソロの方がええじゃろ。自由気ままにできるしの

 

11:同感

 

12:てか、初手からスレッド名と関係ないことになってて草

 

13:あ、そういや

 

14:じゃあ話そーぜ

 

15:で、ついさっき実装された《ギルドシステム》と《マイホーム》。どっちかすでに手に入れたやつおる?

 

16:いやいや、始まって二日目で手に入れてるとか、圧倒的廃人だろ

 

17:そもそも、無理じゃね? だって、最低でも20万だぜ? 草原にいるフォレストボアーのドロップアイテムを売っても、一個100テリル

 

18:できないことはないでござるが……レベル的にも厳しいでござる

 

19:だよなぁ……

 

20:でも、実際買える金があったとして、お前ら作ったりすんの?

 

21:そりゃもちろん。マイホームは買うだろ

 

22:あ、そう言えば、小さめの一部屋なら、最低5万テリルで買えるンゴ

 

23:マジか。それくらいなら頑張って貯められるな……

 

24:ほっほ。たしかに、女神様の写真が貼れれば、どこでもええからのぉ

 

25:それな

 

26:あ、そういやついさっき、女神様見かけた

 

27:お、もう女神様情報が

 

28:なんか、家がどうこう言ってた

 

29:家? もしや、買うのか?

 

30:さあ? ただ、家を探すとかなんとか言ってたことは聞こえた

 

31:へぇ。まあでも、お金がたまった時のための下見じゃね?

 

32:だーよなー

 

33:つーか、一億テリルの豪邸とか、買わせる気ねーよなー、あれ

 

34:たしかに

 

 などなど。ここからしばらく、様々な雑談をしていた、スレッド民たちだが、例によって、また騒がしくなる。

 

70:おい! みろ、この写真!

 

 突然、新たなスレッド民がやってきて、唐突にスクリーンショットを投稿してきた。

 そこには、暗殺者衣装に身を包んだユキが、買い物をしている光景だった。

 

71:これ、なに買ってるんだ?

 

72:見かけた人曰、食材、布、料理器具だったらしい

 

73:へー、らく家庭的

 

74:家庭的でござるなぁ

 

75:いや、気にするところはそこじゃないじゃろ

 

76:たしかに。そもそも、今の時点で調理器具を買うって、おかしくね?

 

77:言われてみれば……料理って、家とかが必要じゃなかったか?

 

78:あー、あの序盤で既にあるのか不明、と言われた【料理】?

 

79:そう。てことは、女神様、ワンチャン家あるんじゃね?

 

80:ハハッ! まさか

 

81:いくら謎が多いと言っても、さすがに家を用意するは無理だろー。だって、昨日はキングフォレストボアーの後見かけなかったし、正午前だっていなかったんだぜ?

 

82:それもそうだな!

 

 そして再び、適当な雑談をしていると、またしても新たな情報が

 

120:見よ! この素晴らしく可愛い、女神様!

 

 と、突然別のプレイヤーが新たなスクリーンショットを投稿。

 そこに映し出されていたのは、水色のワンピースに、白のエプロンを身に着けたユキだった。

 

121:え、何この理想のお嫁さんみたいな人

 

122:これ、女神様だよな?

 

123:可愛い! 可愛いんだが……こんな装備、あったか?

 

124:い、いや、無かったはず……少なくとも、NPCのショップにはなかったンゴ

 

125:……そういや、さっき街を歩き回っている時に、とある二階建ての家から、女神様が出入りしてるのを見たな……

 

126:マジ?

 

127:それ、家じゃね?

 

128:……じゃあつまり、家を買った、ってことか?

 

129:さ、さすがにない、んじゃね?

 

130:じゃあ、聞きたいんだが、この家、見覚えあるか?

 

 そう尋ねながら、とある写真が投稿された。

 それは、ユキが購入した家だった。ただ、一点だけ違う部分があるとすれば、看板がないことだろう。

 ユキが名前を付けた時点で、すでに家には【白銀亭】と書かれた看板がつけられていた。

 しかし、このスクリーンショットには、それがない。

 

131:ああ、なかなかに日当たりもよくて、庭付きだった一戸建てか?

 

132:そういや、お金がたまったら買う、と言っておったプレイヤーは多かったのぉ

 

133:じゃあ次な、このスクショを見ろ

 

 再び、同じ建物のスクリーンショットが投稿された。

 しかし、さっきとは違い、【白銀亭】と書かれた看板がある。

 

134:え、これ……マジ? マジで、女神様買ったん?

 

135:多分。なんとなく、情報を見てみたら、売却済みになってた

 

136:なぬ!? じゃあつまり……ガチで家を購入していただと!?

 

137:か、金持ちなんでござるなぁ……

 

138:ちなみに、情報を見たら【料理屋・洋服屋】となってた

 

139:……ほほぅ? それはつまり、女神様の料理が食える、と?

 

140:おそらく

 

141:これは行くっきゃねぇ!

 

142:開店がしたら、絶対行くでござる!

 

143:お客第一号は譲らんぞい!

 

144:うるせぇ! ジジイは引っ込んでろ!

 

 とまあ、やはり争いが勃発した。

 ちなみに、お客第一号はユキ的に、すでにあの四人と決まっているので、その夢は叶わないのだが……スレッド民(変態達)には、知る由もなかった。




 どうも、九十九一です。
 一週間近く、2話投稿を続けたせいか、微妙に疲れてしまい、昨日は1話のみになりました。正直、頭が痛い……。まあ、寝不足でしょうし、大丈夫だと思います。
 今日は……できたら、2話投稿します。できたら、いつも通りの二パターンんです。できなかったら、いつも通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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176件目 白銀亭完成!

「えーっと、さっきメッセージが来たから……うん、もう少しで完成かな?」

 

 二時間くらいたったころ、ミサからメッセージが届いた。

 

 内容は、

 

『あと三十分くらいで、そっちに戻る』

 

 というものだった。

 

 二時間くらいあれば、どれくらいレベルが上がるのかはわからないけど、よくあるRPGとかだと、割と結構上がるよね。最低でも、5くらいは上がるはず。

 

 大半のプレイヤーが今しているのは、大体がレベル上げとお金稼ぎみたいだし。

 

 たしか、市場もあるんだっけ?

 

 ドロップアイテムや、ダンジョンで見つけたアイテムなどを競りにかける、っていう場所らしい。

 もし、いいものが手に入った場合、結構なお金になるそうだけど……今の段階で、お金を稼ぐのはちょっと難しそうだけどね。

 なにせ、みんなお金ないもん。ボクが例外なだけで。

 

「……家を買ったのに、まだ300万もあるんだよね……」

 

 どうやら、キングフォレストボアーを倒した際に手に入った、ものがレアドロップアイテムだったらしく、20万で買い取ってもらえたのだ。

 ……レアドロップアイテムって、実際簡単に出るものなのだろうか?

 もしかして、あんまりでなかったりする?

 LUCの項目って、その辺りのことなのかなぁ。

 

「……まあいいよね。お金はあっても困らない……はずだし。それより、早く作っちゃわないと」

 

 現在、ボクが作っているのは、料理です。

 

 どうやら、現実で作れるものが作れたり、向こうの世界の料理が作れたりするとか。

 とはいえ、いくらスキルがあると言っても、いきなり向こうの世界の料理を作るのは、なんだか気乗りしなくて、普段から作っているものにした。

 

 とりあえず、和食・洋食・中華の三種類を作りました。

 さすがに、今回がゲーム内での初めての料理だから、ちょっと心配だけど……だ、大丈夫だよね?

 

 それにしても……

 

「よ、汚れないね、この装備」

 

 さっきから、たまーに跳ねたりして、装備に付くんだけど、まったく汚れない。むしろ、付いたそばから、すぐに消える。便利。

 

 カランカラン……。

 

 ふと、玄関からベルの音がした。

 

 ちなみにあれ、さっき紙と革を買いに行く際に、ついでに買ったものです。あった方が、お店っぽいかなって。

 

「ただいまー」

「戻ったぜー」

「ん? いい匂いね」

「言われてみれば……。ユキ、完成したのか?」

「みんなおかえり。うん。問題なくできてるよー」

 

 と、そう言いながら、ボクはキッチンから出てくる。

 

「あれ、ユキ、その服どうした?」

「あ、これ? 作ったの」

「……え、服って作れんの?」

「一応ね。ほら、ボク【裁縫】のスキル持ってるから」

「……そういえば、書いてあったな。それにしても……似合うな、それ」

「そうね。シンプルなワンピースに、白のエプロン、ね……?」

「お嫁さんみたいで可愛いよ、ユキ君!」

「ち、ちちち違うよ!? た、たしかにこの装備の名前に、りょ、良妻ってあるけど……」

「「「「あー、納得……」」」」

「否定して!?」

 

 なぜか、みんな納得した。

 ボク的には、全然違うから! 少なくとも、お嫁さんでも何でもないから!

 

「で、その装備の効果は?」

「えっと、ワンピースの方は、作った料理に、バフがかかるようになるよ。ちなみに、食べた人にランダムで何かが付きます。エプロンの方は、料理の完成度が上がります」

「……なんだそのぶっ壊れ装備」

 

 ボクもそう思います。

 だって、この装備を付けて料理をすれば、次外出た時にバフがかかるからね。

 何がかかるかわからないけど。

 

「それと、ワンピースとエプロンに、もう一つ効果があってね? これを装備した状態で、【裁縫】を使って洋服類を作ると、スキル付与に補正がかかるのと、ステータス補正が付いたものができるんだよ」

「いよいよもって、チートになりつつあるな、ユキ」

「……ち、チートじゃない、よ?」

「疑問形じゃない」

 

 だ、だって、ボクだってこんな装備ができるとは思わなかったんだもん……。

 もっとこう、普通の洋服ができると思ってたし……。

 

「そ、それで、みんなのレベルはどうなったかな?」

「全員、レベルは7になったな」

「あ、すごいね! たしか、昨日は3まで上げただけだもんね」

 

 二時間で4も上げたんだ。

 でもやっぱり、家庭用ゲームとは違って、自分の足で移動したりするから、それと比べると、ちょっと遅めなのかな?

 

「……たった一体倒しただけで、レベル9になった人が言ってもな」

「……ごめんね」

 

 そう言えばそうだった……。

 うぅ、みんなに申し訳ないよぉ……。

 

「ああ、気にしないで、ユキ。あなたが強いのはもともとだもの」

「そうそう。ユキ君に追いつかないといけないからね、わたしたち」

「そうだけど……ほ、ほら、ボクの場合って、レベルが1上がっただけで、実質2上がったようなものだし……」

「称号はまあ、仕方ないわよ。だって、あの人の弟子だものね。それを考えたら……2倍って少ないくらいよ」

「さ、さすがにそれは言い過ぎだと思うけど……」

 

 師匠の弟子をやっていたからって、効率が二倍になるって、おかしいと思うもん。

 

「……謙虚なのは、いつものことね」

「け、謙虚? 普通だと思うけど……」

「「「「これだもんなぁ」」」」

 

 ……最近、みんなが、ボクに対して呆れてくるんですが、どうすればいいでしょうか?

 ちょっと悲しい。

 

「そう言えば、今のプレイヤーで一番レベルが高い人のレベルは、18って聞いたわね」

「18!? ボクの二倍だよ……」

「二倍と言いつつ、実際ユキもレベル18みたいなもんでしょ。……ま、初期ステータスはレベル1じゃなくて、10以上だったと思うけど」

「……そうだね」

 

 最初に見た人の平均だと考えたら、ボクと同じステータスにするのに、29はいるもんね。

 

「あ、そうだ料理! みんな、とりあえず、どこか適当なところに座って! 今出しちゃうから!」

 

 話しててすっかり料理のことを忘れていた。

 みんなに適当なところに座るよう言ってから、ボクはキッチンへ引っ込んだ。

 

 

「で、どう思うよ?」

「何がよ」

「ユキが着てるあの装備。結構ぶっ壊れてるよな」

「そうね。だって、食べればバフがかかるんでしょ? どういうものがかかるかはわからないけど」

「これ、ユキ君の噂が広まったら、大繁盛しそうだよねー」

「どっちかと言えば、大半はユキの容姿目当てで来そうだがな」

「「「たしかに」」」

 

 

「おまたせー」

 

 出来上がった料理をお盆にのせて、みんなの前に並べる。

 今回作ったのは、肉じゃが、サルケ(鮭のような魚)の幽庵焼き、エビチリ、麻婆豆腐、ハンバーグ、シーザーサラダの計六品。

 

「おー、ゲームの中でも美味そうだなぁ」

「これ、現実よりも見た目綺麗じゃない?」

「ゲームの中だと、システムのサポートがあるからね。あとは、素材もいいものが多いし」

 

 商店街で買っているのも、いいものが多いんだけどね。

 こっちの場合は、実際採れたて、みたいなものが多い。

 

「それじゃあ、食べてみて」

「「「「いただきます」」」」

「召し上がれ」

 

 各々、好きなものを取って一口。

 

「……う、うめぇ」

「ほんと、なにこれ美味しい!」

「味のバランスがいいな……美味い」

「美味しい! すっごく美味しい!」

「ほんと? よかった……」

 

 みんな、美味しいと言ってくれて、ちょっとほっとした。

 これでもし、現実よりも美味しくなかったらと考えると、ちょっと辛い。

 それに、みんなに美味しくないものを食べさせるわけにはいかないもんね。

 うん。よかった。

 その後、あっという間に六品を平らげ、食後のコーヒー、もしくは紅茶を出していた。

 

「いやぁ、こっちでも、ユキの手料理が食えるとはなぁ。マジ感謝だわ、学園長」

「そうね。現実だと、食費がかかるから、あんまり作れないものね」

「その点、こっちの世界なら、ちょっとモンスターを倒せば食べられるもんね」

「まあ、今のユキは、そこまでモンスターを狩る必要はないんだがな」

「まだ、300万あるからね……」

 

 これ、使いきれるのかな?

 今のところは、貯金、という感じで収めているけど、そのうち使った方がいいかもなぁ。

 

「あ、それで、どうかな? 一応、バフがかかってると思うんだけど……」

 

 装備の効果が表れているはずなので、みんなに何か変化がないか尋ねる。

 

「あ、私、物理耐性(小)が付いてる」

「俺は、AGI+20だな」

「お、わたし調合成効率+40%」

「俺は、VI+25が付いた」

「あ、本当にランダムなんだ」

 

 しかも、ステータスだけじゃなくて、ミサとヤオイみたいに、ステータスというより、スキル的な部分のバフもかかることがあるんだ。

 そう考えると、特定のスキルや魔法に対しても、バフがかかりそう。

 

「それから、効果時間と書かれてるかな? その辺り、詳細には書いてなくて……」

 

 追加効果は書かれてるんだけど、それがいつまで続くがわからない。

 

「えっと、私の方は、街の外へ出て、戻ってくるか、別のセーフティエリアに入ると消えるみたいよ」

「俺もミサと同じだ」

「オレも」

「わたしは、五回調合したら消えるね」

「なるほど。じゃあ、戦闘に関係してくるものは、一度外に出て、戻ってくるとなくなって、生産系のスキルについては、回数制限があるってことかな」

「多分な」

 

 うーん、そう考えると、結構強いのかなぁ……。

 

 だって、一度外に出たら、次のセーフティエリアに入るまで続くってことでしょ? だったら、回復アイテムを大量に買い込んで、ボクが作った料理を食べれば、セーフティエリアに入らない限り、ずっと続くってことだし……。

 

 大丈夫なの? これ。

 

「でもこれ、一度食べたら、効果が消えるまでずっと続くみたいね」

「えっと、そうなると、くじ引きみたいにはできない、ってことかな?」

「そうね。ログアウトしても、消えるみたいだけど」

「じゃあ、いくら料理を頼んでも、書けられるバフは一個なんだね」

 

 それなら、まだマシかも。

 一度だけしかかからず、しかもくじ引きみたいにできないわけだし……。

 

「そうすると、いくらくらいがいいのかなぁ」

「そうね……洋服屋も同時に経営するんでしょ?」

「うん。そうすると、どういう風に経営すればいいかなーって」

 

 一階が料理屋さんで、二階が洋服屋さんに分かれているから、どういう風にすれば、上手く経営できるかわからない。

 

「ならば、このわたしがアドバイスをしてあげよう!」

 

 ボクの悩みに答えると言ってくれたのは、ヤオイだ。

 

「いいの?」

「もち! わたしは、メイド喫茶を経営してるからね! だから、多少なら教えられるよー」

「ありがとう、ヤオイ!」

「いいってことさー。それで、二つ経営するってことだけど、まずは――」

 

 と、ヤオイのお店経営のレクチャーが始まった。

 まず、料理の値段は、材料費などから換算することになった。

 でも、実際そこまでお金はかかってないし、お金に余裕はある。

 なので、安めでいいかなと思ってることを言うと、

 

「んー、それなら、少なくとも300~500くらいの利益が出ればいいね」

 

 と言うことになった。

 

 その結果、さっき出した六品にはそれぞれ、肉じゃがが600テリル、サルケ(鮭のような魚)の幽庵焼きが750テリル、エビチリが800テリル、麻婆豆腐が550テリル、ハンバーグが900テリル、シーザーサラダが450テリルとなった。

 

 まだこの六品しかないけど、今後増やしていくつもりです。

 ちなみに、ご飯かパンかで選べるようにしました。

 そっちは、別途100テリルにしました。おかわりは無料です。

 

 次に、営業時間。基本的な営業は、ログインした時。その際、ログインしてから、1~二時間くらいが営業時間になりそう。

 

 その間、料理ではなく洋服の方にお客さんが来た場合は、注文を受け付けて、後日引き取り、という感じになった。

 

 ちなみに、材料に関しては、向こうから持ってきてもらう形になります。

 なので、ボクが布などの用意をする必要はなく、お客さんが布を購入、それからボクに渡して、ボクが衣装作成、という感じになる。

 

 値段は……一律、1000テリル。ボクが布を手に入れたわけじゃないしね。

 

 それに、もしも貴重な布だった場合で、それを購入して手に入れていた場合は、さらに出費がかさむことになっちゃうからね。それは避けたい。

 

 ちなみに、【裁縫】で作れるのは、割とランダム。

 

 布の数に応じて完成するものが違うようです。

 

 うーん、結構高めの布を買ったから、あんな変なスキルが付いちゃったのかな? それとも、【裁縫】のレベルが10だったから?

 

 どっちだろう?

 

 布の一つなら、小物系のアクセサリー。

 布三つ以上なら、エプロンのような大き目のアクセサリー

 そして、布五つ以上で洋服、と言った具合です。

 布が多ければ多いほど、いいものが作れるようです。

 

 ちなみに、一階と二階、どういう分け方になっているのか確認したら、料理は一回でしか作れず、洋服などは二階でしか作れない、というシステムでした。ちょっと面倒くさいような……?

 

 それから、洋服屋さんに関しては、営業日に先着四名という制限を設けた。さすがに、難しいからね……いくつも注文を受けるのは。一個作るのに、30分かかるし。

 それに、ボクが遊んだりする時間を考えたら、ね?

 

「――こんな感じかなー?」

「そうだね。ありがとう、ヤオイ。助かったよ」

「もし、他にも教えてほしいことがあれば言ってねー」

「うん。そうさせてもらうね」

 

 この件に関しては、本当に助かったよ。

 だって、その辺りの知識はボクにはないもん。

 ……その前に、かなり早い段階からお店の経営をしていたヤオイがおかしいんだけどね。

 

「じゃあとは、メニューに料理を書き込んで、外に出す用の看板を用意するだけかな?」

「そうだねー」

「すごいな、二日目でもう形になるのか」

「これが、異世界チートか……」

「う、うーん、お金はそうだけど、【料理】と【裁縫】に関しては、普段からの生活が原因のような……?」

 

 普段から家事をしてるから。小学生の時から。

 

「なるほど。家事万能だから、ゲームでも家事万能ってわけか……」

「ば、万能かはわからないけど、多分」

 

 少なくとも、現実でできることは、こっちでもできるみたいだしね、ボク。

 

「それじゃ、私たちも手伝うから、完成させちゃいましょうか」

「え、いいの?」

「もちろん。そうよね?」

「当然!」

「あたぼうよ!」

「ユキの頼みなら断ることはないよ」

「あ、ありがとう~。それじゃあ、もう少しだから頑張ろう!」

「「「「おー!」」」」

 

 それから一時間ほどで、お店は完成した。

 開業は、今日の夜7時からにすることにした。

 お客さん、入るかなぁ。




 どうも、九十九一です。
 早く寝たおかげか、割と早く完成しましたの、投稿します。
 うーん、どんどん面倒な設定を追加している気がする……悪い癖だ。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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177件目 白銀亭開店!

 六時半。

 

 息抜きがてら、少しだけ草原でみんなとモンスター狩りをしてから、お店の最終確認に入った。

 

「テーブル……大丈夫。椅子も……大丈夫。食材と道具も大丈夫。えっと、注文用の用紙も大丈夫、と」

 

 一つ一つ確認し、すべて問題なしだと確認できた。

 

 注文用の用紙と言うのは、料理屋さんと洋服屋さん、それぞれ用に作ったものです。

 

 どうやら、プレイヤーを相手にした商売目的の家は、そう言ったものが作れるようになるらしく、さっき作成しておきました。

 

 これをプレイヤーに渡して、紙に食べたいものを書くと、自動的にボクの手元に来る、という仕組み。

 

 洋服屋さんの方は、ちょっと違って、材料に使用する布を紙に書くと、布と一緒にボクの手元に来る。

 

 一応、盗み防止のために、送られた布などは、借用という形になり、一定期間を超えると自動的に元の持ち主の所に戻ってくるみたいです。

 

 ちなみに、これらは契約書のような物でもあるらしく、自動的にお金が回収され、ボクのお財布に入る、という仕組みもあって、本当に便利。あ、もちろん、出すまでは借用、みたいな形ですよ?

 

「さて、と。とりあえず、不定期の営業……頑張らないと」

 

 ボクは一人、キッチンで気合を入れていた。

 

 ちなみに、ボク以外のみんなは、再び狩りに行っています。

 ボクに追いつきたい、とのことらしいので、ボクは引き留めず、むしろ笑顔で送り出した。

 なんだか嬉しくてね。ボクなんかのために、同じになろうとしてるから。

 

 一応、出かける前に、みんなには料理を振舞っておきました。一度草原に出ちゃってるからね。バフがあった方が、みんなもやりやすいだろうし。

 

 あ、お金は受け取ってないですよ? 友達限定、というやつですね。

 みんな、お金を払おうとしてたけど、やんわりと断りました。

 

「さて、もうそろそろ7時だね。えっと、開店は……あ、この部分か」

 

 家の情報などが記載されたスクリーンを表示。そこに書いてある、開店、という文字をタッチすると、

 

【白銀亭が開店しました! これにより、マップ上に表示されます】

 

 という文章が表示された。

 

 どうやら、開店状態にすると、マップ上に表示されるようになるみたい。

 

 ためしに、マップを確認すると、たしかに【白銀亭】と表記されていた。さっきまでは、何もない状態だったけど。

 

「……まあ、さすがにいきなり来ることはないよね」

 

 だって、何の告知もしないでひっそりと始めたわけだしね。

 逆に、開店と同時に来たら、普通に怖いよ。何で知ってるの? ってなっちゃうよ。

 

「んー、ちょっと暇だよね……あ、そうだ。リボンでも作ろうかな? 時間なくて、そっちは作れなかったし」

 

 一応、ゲームの中だから、そこまで気にしなくてもいいかもしれないけど、髪はまとめておきたいよね。

 

 一応、作っておこう。

 

 そう思って、アイテムボックスの中から、服を作るときに使った布を取り出し、【裁縫】を発動させる。

 

 頭の中に設計図が浮かび上がり、ボクの手は自分でもびっくりするくらい、精密に、それでいて高速で動き続ける。

 

 そして、十分ほどその状態が続き、ボクの手元には、一本の赤いリボンが出来上がっていた。

 

「ふぅ、完成、と。なるほど、小物系だと、10分でできるんだね」

 

 そう考えると、エプロンのようなアクセサリーから上は、全部30分なのかも。

 

 あ、二階でなく、一階で作れるのは、単純にボクが持つ布を使って、自分用に作っているからです。商売目的じゃないからね。システム的にもOKだったみたい。

 

 とりあえず、出来上がったリボンを確認。

 

【良妻ノリボン】……とても優しく、家事万能なお嫁さんが身に着ける赤いリボン。女性アバターが装備可能。DEX+30。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:家事強化》【料理】【裁縫】の両スキルに効果を追加する。料理を失敗することがなくなり、一日にランダムで一度だけ、次のレベルに必要な経験値の5%が入る(そのレベルに上がった直後から次に上がるまで)。一日にランダムで一度だけ作成した洋服・アクセサリー類に、《取得経験値向上》を付ける(布のレア度によって倍率は異なる)

 

 ……あ、うん。知ってた。

 

 またしても、おかしなものが完成してしまった。

 

 なんか、ボクが作ってる装備、全部バランスを崩壊させるような物ばかりのような……?

 あんまりこう言ったゲームをやるわけじゃないけど、ボクが作っているものがおかしいと言うことはなんとなく理解できる。

 

 というかこれ、【裁縫】でこんなことができちゃうなら、鍛冶屋の人が防具を作る必要、ないんじゃ……?

 

 だってボク、【武器生成(小)】の魔法覚えてるし、買ったり作ったりする必要がほとんどないし……しかも、武器だって魔王を倒せるレベルの物を持ってるし……。

 

 鍛冶師の人、涙目だよ。

 

「はぁ……なんで、こうなってるんだろう?」

 

 普通にゲームを楽しみたいのに、なぜかボクが取得している称号やらスキルやらがおかしすぎて、まともに楽しめないような気がするよ……。

 ……まあ、体を動かすのは楽しいからまだマシと言えるけど。

 

「……とりあえず、装備しておこうかな」

 

 せっかく作ったわけだし、装備しないのはもったいないよね。

 出来上がったリボンを使って、髪を後ろの方で結ぶ。

 ちなみに、腰元で結びました。これ、なんて言うんだろう?

 まあいいけど。

 

「えっと、装備は……うん、できてるね」

 

 どうやら、アクセサリー系は、メニュー欄から装備するのではなく、自分でつけるのが正しいみたいだね。

 こっちからでもできるとは思うけど。

 

「んー、それにしても暇だなぁ」

 

 お客さんが来ないのは、ちょっと寂しい。

 一人でも来てくれればありがたいんだけどね。

 ……さすがに、完成したばかりだし、高望みしちゃだめだよね。

 

「気長に待とう。九時までまだ時間はあるし」

 

 今日は最初と言うことで、九時までにしている。

 

 ちなみに、この世界では基本お昼のままです。

 どうやら、場所によっては時間が変わる場所もあるみたいだけど。

 

 二日目ともなると、色々な場所に行ったプレイヤーの人たちがちらほらと出てきてるらしく、中にはダンジョンに入った人もいるとか。

 

 ボク的には、観光名所、みたいなところに行ってみたいかな。

 

 この世界は向こうをモデルにしてるとはいえ、オリジナル要素もちゃんと加えてる、って学園長先生が言ってたしね。

 全部が全部、異世界モデルじゃないのはかなりありがたい。

 

 それにしても、人来ないなぁ。

 

 うーん、やっぱり二日目だし、来ないのかなぁ……そもそも、ボクみたいなあんまり有名になってないプレイヤーのお店には来ないよね……。

 

 なんて、ちょっと否定的になっていたら、

 

 カランカラン……

 

 という、扉のベルの音が聞こえてきた。

 どうやら、お客さんが来たみたい!

 

「いらっしゃいませ! ようこそ、白銀亭へ!」

 

 初めてのお客様に嬉しくなって、心からの笑顔で出迎える。

 

『えっ、か、可愛い……』

「えと、お客様?」

『ハッ! あ、りょ、料理屋、って書いてあったから、ちょっと寄ってみたんだけど、だ、大丈夫ですか?』

「もちろんです! カウンター席とテーブル席、どちらがいいですか?」

『じゃ、じゃあ、カウンター席を』

「それでは、お好きなところにお座りください」

『は、はい』

 

 初めて来たお客様は、男性のプレイヤーさんだった。

 名前の横にあるレベルを見ると、5となっていた。

 なるほど、初めてちょっと経った、って感じかな?

 そう言えば、どうして顔が赤いんだろう?

 

「どうぞ、メニューと注文用紙です。ここに、食べたいメニューの料理を書けば、紙と一緒にお金が引かれますので、呼ばなくて大丈夫ですからね」

『わ、わかりました』

 

 メニューと注文用紙を渡してから、ボクはお冷を出す。

 それから、すぐに料理ができるようにと、厨房の方へ移動。

 ほどなくして、注文用紙がボクのもとに届いた。

 

「えっと、ハンバーグとシーザーサラダに、ご飯のセット」

 

 注文を確認してから、ボクは調理を開始。

 

 現実でも【料理】のスキルは持ってるけど、こっちだとちょっとシステム的な部分もあるからちょっと楽。

 

 こっちでは、衛生面も気にする必要がないし、システム的なサポートなのか、一定回数をこなすだけで、下準備が終わり、焼く際も、指定された時間でこなせば終了。

 

 完成した料理をお盆にのせて、男性プレイヤーさんの所へ。

 

「お待たせしました。ハンバーグとシーザーサラダ、それからご飯セットです。それでは、ごゆっくり」

『い、いただきます』

 

 ごゆっくりと言いつつ、ちょっと隠れて様子をうかがう。

 やっぱり、初めてのお客様の反応は見てみたいしね。

 

『っ! う、美味い!』

「やた!」

 

 美味しいと言ってもらえて、ボクは小さくガッツポーズをした。

 作り手としては、やっぱり美味しいと言ってもらえた瞬間が、一番嬉しいし、報われたと思えるよね。

 隠れてさらに様子をうかがっていると、男性プレイヤーさんは無我夢中と言った様子で、料理を平らげる。

 

『ごちそうさまでした』

「お粗末様です」

 

 食べ終わる頃を見計らって、食器を回収しに行く。

 

『すっごい美味かったです!』

「ありがとうございます! えと、ボクの料理には、バフが付きますので、ぜひ、冒険前に立ち寄ってくださいね」

『バフ……? うわ、ほんとだ! STR+15が付いてる! しかも……経験値が増えてる?』

「あ、当たりですね。実は、一日に一度だけ、料理に経験値が5%入る効果があるんです。よかったですね!」

 

 まさか、一番最初に来たお客様が、経験値取得を引き当てるなんて。

 運がいいのかもね、この男性プレイヤーさん。

 

『ま、マジか……バフが付くだけじゃなくて、経験値も……?』

「それから、一日先着四名様限定ですけど、洋服屋さんもやっていますので、もし、布を持っていたり、手に入ったなら、洋服やアクセサリーも作成できますから、気が向いた時にお立ち寄りいただければ嬉しいです」

『へぇ、洋服かぁ……それも、何かあるんですか?』

「えっと、スキル付きの洋服やアクセサリーができることがありますね。あとは、布のレア度によって倍率が変わる、《取得経験値向上》が一日に一度だけ、ランダムで付きますよ。あ、あと、スキルに関しては、30%の確率で洋服にスキルが付きます」

『ほ、ほんとに!? す、スキル付きの装備……?』

「はい。えと、何かおかしかった、ですか?」

『い、いえ! なんでもないです』

 

 うーん、どうしたんだろう?

 スキル付きの装備って、結構あると思うんだけど……うーん?

 

『そ、それじゃあ、また来ます!』

「ほんとですか? それは、嬉しいです! ついさっき開店したばかりで、実質的には、あなたがお客様第一号だったりするんですよ」

 

 まあ、一番最初に料理を振舞ったのはミサたちだけど、お金を取る方のお客様はこの人が一番最初だしね。

 

『ほんと!? な、なんてラッキー……俺、フレンドにもこのお店のこと宣伝しておくよ!』

「あ、ありがとうございます! あ、あと、このお店は、ちょっと不定期で、ボクがログインしてから1~2時間ほどしかやらないので、気を付けてくださいね」

『わかりました』

「今日は一応、九時までやっていますので、ぜひお友達の人たちに教えてあげてください」

『もちろん! それじゃあ、ごちそうさま! 美味しかったよ!』

「はい! またのお越しをお待ちしております!」

 

 嬉々とした表情で、男性プレイヤーさんは、お店を出ていった。

 それを見送ってから、ボクはカウンター席の方へ。

 

「あぁ、やっぱり、料理を食べてくれた後の笑顔はいいなぁ……」

 

 なんだか、頑張りが報われる気分だよね。

 誰かのために何かをするのは、楽しい。

 この調子で、もっともっと頑張らないとね!

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名 白銀亭】

1:これで、スレッドって立てられてる?

 

2:問題ないぞー

 

3:お、スレッド新参者でござるな?

 

4:新入りは大歓迎よ!

 

5:それで、新入り殿は、一体何が? スレッド名を見たところ、何かの店のようでござるが

 

6:あ、そうだった! ここにいる人たちに宣伝しに来たんですよ

 

7:ほうほう。言ってみるンゴ

 

8:実はさっき、白銀亭って言う名前の料理屋に入って、めっちゃ美味い料理食べてきたんですよ!

 

9:ほうほう。美味い飯屋か……

 

10:白銀亭ね。どこかで聞いたような……

 

11:……ん? 白銀亭? ……ちょっと待て。それはもしや……銀髪碧眼の美少女アバターがいたか?

 

12:はい、そうですが

 

13:なぬ!? め、女神様の料理屋が開店していたじゃと!?

 

14:め、女神様? ってえっと、そこお店の店主さんのことですか?

 

15:そうだ! き、気様、まさか、お客第一号じゃないだろうな……?

 

16:えっと、その人が言うにはそうです

 

17:なんだとおおおおおおおおお!?

 

18:貴様! 我々が欲しがっていた、お客第一号の称号を奪いやがったなッ!?

 

19:ええええええ!? お、俺、何かしました!?

 

20:くっ、まさか、こんな小僧に先を越されるとは……一生の不覚じゃ!

 

21:いや、あの……ええ?

 

22:……まあいい。それで、店の情報をはいてもらおうか

 

23:あ、はい。えっと、とりあえず、その女神、様? が言うには、お店の料理を食べると、ランダムでバフが付くらしい、です

 

24:は? バフ? マジ? 料理食っただけで?

 

25:は、はい。あと、一日に一度だけ、経験値が5%入るとかなんとか……

 

26:……た、食べただけで経験値?

 

27:ち、ちなみに、バフは何がかかったんじゃ?

 

28:STR+15ですね

 

29:つ、強くね?

 

30:あ、バフがかかった状態でセーフティエリア外に出ると、街へ戻るか別のセーフティエリアに入るまでずっと続くみたいです

 

31:な、なんっ、だとっ……?

 

32:それ、バランス崩壊じゃね?

 

33:二日目にして、いきなりバランス崩壊が出てきたか……

 

34:あ、他にも

 

35:まだ何かあるでござるか……?

 

36:洋服屋もやっているらしくて、どうやら、布を持ちよれば装備品を作ってくれるらしいです

 

37:へぇ、それはすごいンゴ

 

38:……ただ、スキル付きの装備らしいです

 

39:ファッ!?

 

40:いやいやいやいや! 嘘だろ!?

 

41:いや、何でも、ランダムで一日に一度だけ付く《取得経験値向上》って言うのと、別のスキルが30%の確率で付くとかなんとか……

 

42:……何それ、やばくね?

 

43:てか、スキル付きの装備なんて、存在してたのか? 今だって、プレイヤーの中で一番高いレベルに到達していて、最強と言われている、レギオって奴ですら、そう言うのを持ってるとは聞いてないぜ?

 

44:それ以前に、スキル付き装備を序盤で作れてる時点で、鍛冶師の立つ瀬がないでござるな……

 

45:それな。あと、調合士もな

 

46:それで、他には何か情報は?

 

47:あとは、洋服屋は一日先着四名と言うことと、お店自体は、不定期営業で、ログインしてる日は、1~2時間だけの営業、のようですが

 

48:短い……しかも、不定期となると、ちょっと難しいか……

 

49:……ん? そういや、今って営業してるのか?

 

50:あ、はい。九時までやってる、って言ってましたよ?

 

51:なんだと!? こうしちゃいられねえ! 今すぐ向かわねば!

 

52:狩りなんてしてられっか! 俺は女神さまの店に行く!

 

53:フレンドの約束なぞ、どうでもいい! 俺は女神さまの手料理を食べに行く!

 

54:わしも急がねば!

 

 と、ユキの料理屋・洋服屋が開店していると聞いたスレッド民たちは、新入りプレイヤーの情報を受けて、大慌てでユキの店に向かった。

 

 この後、ユキの家にはかなりの人数のプレイヤーが向かうことになるが……この時、お店でぼーっとしているユキは、知る由もない。




 どうも、九十九一です。
 暗殺者であるはずのユキが、なぜか生産職のキャラみたいになってきてる……これ、色々とあれな気がしてきた。というか、自分でも思うんですが、ユキ、強すぎじゃね? って。生産職形無しですね、これ。……うーん、悪乗りしすぎたか?
 あ、今日も多分2話投稿になると思います。時間はいつも通りの二パターンです。なければ、いつも通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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178件目 白銀亭繁盛中(?)

 さっきのお客様から数分後。

 カランカラン……

 

「いらっしゃいませ! ようこそ、白銀亭へ!」

『ま、マジだ、マジで女神様が料理屋を……』

「えと、女神様、ですか?」

『あ、い、いえ、似ている人だなぁと思っただけで……え、ええっと、料理を食べに来たんだが、大丈夫?』

「もちろんです。営業時間中なら、誰も拒みませんよ。まあ、マナーが悪かったりしたら、即追い出しますが」

 

 例えば、傍若無人な人とか。

 他のプレイヤーの人たちもいるのに、変なことを言いだされたり、行動されでもしたら困るもん。

 万が一、お客様に危害を加えるような人が現れたら……ボクのすべての力を持ってお仕置きしないといけないけどね。

 

「えーっと、テーブル席とカウンター席、どっちがいいですか?」

『じゃあ……カウンター席』

「それでは、お好きなところにお座りください」

 

 さすがに二人目ともなると慣れたものです。

 カウンター席に座った二人目のお客様の前に、メニューと注文用紙を差し出す。

 

「こちらの用紙に食べたい料理を書けば、自動的にお金と紙がこちらに来ますので、呼ばなくて大丈夫ですよ」

『わ、わかった』

 

 カランカラン……

 あ、また誰か来た。

 

「いらっしゃいませ! 白銀亭へようこそ!」

『あ、あの、外に洋服屋って書いてあったので、ちょっと気になって……』

 

 三人目のお客様は、侍の装備を身に着けた、女性プレイヤーさんだった。

 しかも、洋服屋さんの方に用事と来た。

 

「あ、洋服屋さんの方ですね? えっと、布をお持ちいただければ、ボクの方で装備を作成いたしますので、どうでしょうか?」

『作成費は……?』

「一律、1000テリルです。えっと、一応洋服屋さんの方の説明表をお渡ししますね」

『あ、ありがとうございます。えっと……あ、じゃあ、洋服を作ってもらってもいいですか?』

「わかりました。それでは、こちらに使用する布を書いてください。書けましたら、自動的にお金と布がボクのところに送られます。受け取りは明日になりますが、大丈夫ですか?」

『だ、大丈夫です』

「それでしたら、夜七時は大丈夫ですか?」

『はい、用事などもないので、大丈夫です』

「では、その時間にお越しください。あ、受け取り際、注文用紙を忘れないでくださいね? 確認に必要ですから」

『わ、わかりました』

 

 女性プレイヤーさんは、紙に向かうと、色々と書き始めた。

 

 それにしても、布を持ってるなんてすごいなぁ。

 布ってそこそこ高価で、最低でも1万くらいしたんだけど……もしかして、ドロップとか? だとしたら、ダンジョンとか言ったことがある人なのかも。

 

『書けました』

「はい、えーっと……うん、布が増えてる。それでは、作成しておきますので、明日の夜七時にお越しください」

『ありがとうございます。そ、それでは』

「ありがとうございました!」

 

 ふふふー、洋服屋さんの方にもお客様が入った。

 

 おっと、料理の方も注文が入ってるね。

 注文用紙を持って、今度は厨房に。

 今回の注文は、肉じゃが、サルケの幽庵焼きとご飯セット。

 

「結構頼むんだなぁ」

 

 まあ、ゲームの中だし、お腹は膨れないから、実質いくらでも食べられるんだよね。味に飽きなければ、だけど。

 さて、待たせるのは悪いし、ちゃちゃっと作っちゃおう。

 

「~~~♪ ~~~~♪」

 

 ゲームの中でも料理ができるっていいなぁ。

 ボク自身、料理は好きだし、裁縫も好きだから、お店を持てて結構嬉しい……。

 この辺りは、本当に感謝です、学園長先生。

 

「うん、完成」

 

 システムサポートもあって、割と早く完成。

 ゲームの中なら、火加減は気にしても、時間はほとんど気にしなくていいわけだしね。だって、焼けたら目の前に表示されるからね。

 ……まあ、現実でも似たような物だけど。

 

「お待たせしました。肉じゃがとサルケの幽庵焼き、それからご飯セットです。それでは、ごゆっくり」

『め、女神様の手料理……よ、よし、食うぞ』

 

 なぜか、神妙な面持ちで料理を食べ始める男性プレイヤーさん。

 あれ、もしかして、美味しくなさそうに見える、とか?

 ……そ、それだったらどうしよう……。

 

『……う、美味すぎる……』

 

 と思ったら、なぜか涙を流しながら、そんなことを呟いていた。

 

 え、な、泣くほど?

 

 一瞬だけ手が止まったものの、すぐに動き始める。

 一番最初に来た人と同様、無我夢中で食べ進めていき、そう時間がかからずに平らげていた。

 

『ご馳走様。ま、マジで美味かった……』

「お粗末さまです」

『女神様の料理、マジで美味かった!』

「ありがとうございます。それと、女神様って?」

 

 なんだか、すごく聞きなじみのある呼ばれ方なんだけど……。

 

『あ、い、いえ、気にしないでくれ。それで、だな、もしよかったら、お、俺とフレンドに――』

 

 カランカラン!

 

『おい待て貴様!』

『抜け駆けは許さんでござる!』

『そうじゃ! 何をしれっと……油断も隙もない奴よ!』

『チィッ! お前らが遅いのがいけないんだよ!』

『何おう!?』

「え、ええ?」

 

 いきなりすぎる展開に、ボクは困惑した。

 

 え、っと、これはどういうこと?

 

 なんか、飛び込んでるかのような勢いで、いきなり大勢のお客様が来たんだけど……。

 軽く見積もっても……じゅ、十人以上?

 

『くっ、まあいい、俺は狩りに行き、貴様らよりも強くなってくるぜ!』

 

 と言いながら、男性のプレイヤーさんはお店を飛び出していった。

 

『わしらも遅れは取れん! め、女神様、わしにも料理を!』

『俺にも!』

『拙者にも!』

「あ、ああ、はい! え、えっと、こちらの注文用紙に料理名を書いてお待ちください! 書き終えたらお金と一緒にボクの手元に来るので、呼び出しは結構ですから! それでは、お好きな席へどうぞ!」

 

 大勢のお客様に詰め寄られて、慌てて注文用紙を渡す。

 紙を渡し終えたら、すぐに厨房へ行き、料理の準備を始める。

 そして、すぐさま注文が入り、大急ぎで料理を作る。

 

「うぅ、まさか、十人以上も一度に来るなんて……嬉しいけど、予想外だよぉ」

 

 なんて言いながら、料理を片っ端から作っていき、注文分の料理が完成。

 それをお盆にのせて、お客様たちのところへ。

 

「お、お待たせしました!」

 

 早く、そして丁寧に料理をお客様たちの前に置いて行く。

 

『こ、これが、女神様の料理……』

『何ともまぁ、美味しそうなもんじゃのぉ』

『では早速……』

 

 一斉にパクリ。

 

『『『……』』』

 

 無言だった。

 ……あ、あれ? もしかして、美味しくなかった?

 と思ったら、さっきのお客様みたいに、涙を流し始めた。

 

『……俺、生きててよかった』

『わしも、残り少ない生涯で、このような美味しい食事が食べらえるとは……』

『拙者、もう死んでもいいでござる』

 

 お客様はみんなこんな反応をしていた。

 お、大げさすぎない?

 

 さっきの人と言い、この人たちと言い、ボクの料理ってそこまでいいものじゃないと思うんだけど……バフが付く以外は。

 

 それから、無言状態で食べていた。

 

 しょ、食事って、もっと楽しいものな気がするんだけど……ボクの思い込み? ここまで無言で、涙を流しながらずっと食べている人が複数人いる光景って、結構シュールだと思うし、見方によってはすごく怖いんだけど……。

 

 これ、他の人に見られたら、人が寄り付くなくなりそうなんだけど……大丈夫、かな? 大丈夫だよね?

 

『『『ごちそうさまでした』』』

「あ、お粗末さまです」

 

 まあでも、美味しいと思ってくれてた……ってことでいいんだよね? だって、泣き笑いだもん。なんで泣いているのかはわからないけど。

 

『女神様、また来るぞ!』

『わしは、何度だって来るぞい!』

『拙者、営業日は必ず来るでござる!』

「あ、え、えっと、あ、ありがとうございます」

 

 ずずいっと詰め寄ってきて、ちょっとたじろぐものの、お客様はお客様。

 それに、ちょっとした謎の恐怖を感じるけど、また来てくれる、って言ってるわけだしね。やっぱり、笑顔で見送りしないと……!

 

『え、笑顔がまぶしすぎるッ……!』

『こ、これが、女神の微笑み……』

『もうこれ、お金とか、全部貢ぎたくなるでござる……』

 

 ……だ、大丈夫、なんだよね?

 なんか、お金を全部貢ぐ、みたいなこと言っている人もいるし……。

 

『俺たちも、さっきの奴を追うぞ!』

『『『おう!』』』

 

 と、さっきの人と同様に、慌ただしくお客様たちは店を飛び出していった。

 

「初日からこれだと、ちょっと先が思いやられるような……」

 

 お客様が入るのはいいんだけど、さっきみたいに騒がしくなるのは、その……別にいいんだけど、あんまり好まないというか……。

 そう言えば、なんであんなに騒がしくなってたんだろう?

 

「うーん、よくわからない……」

 

 まあでも、お客様が入ったし、いいよね。

 ちょっと騒がしいのはこの際仕方ないとして……。

 

「さて、と。あと一時間くらいかな。頑張ろう」

 

 そう意気込んでから残り一時間、ちらほらとお客様が入ってくれて、初日はちょうどいいペースとなった。

 

 その日の売上額は4万5000テリルになりました。

 初日でこれなら、まずまずなんじゃないかな?

 個人経営だしね。いい方だと考えておこう。

 

 

「さて、次の仕事っと」

 

 今度は、洋服屋さんの方に来た、一人の女性プレイヤーの注文。

 

 渡されたのは、【丈夫な布】が一つ、【身軽の布】が二つ、【緑嵐(りょくらん)の布】が一つ、【業炎(ごうえん)の布】が一つの計五つ。

 

 最初に二つはNPCショップに売っていたものだけど、後半二つは全く知らない布。

 ちょっと気になって鑑定を使用。

 

【緑嵐の布】……古代の遺跡から発掘される、何らかの力が宿った布。嵐属性の力が宿っていると考えられている。

 

【業炎の布】……灼熱地獄のような場所で見つかる布。溶岩に入れても燃えることはない。炎属性の力が宿っていると考えられている。

 

 あ、これ、かなりレア度の高い布だね。

 

 多分、ダンジョン探索で見つかったものじゃないかな?

 そう言えばあの人、レベルが6だったし。

 もしかすると、あの草原付近にダンジョンがあったのかも。

 

「よし、じゃあ早速作っていこう」

 

 布を取り出し、【裁縫】を発動させる。

 

 すると、目の前にスクリーンが表示され、使用する布を選択する項目があるので、そこに渡された布を選択する。

 

 選択したら、作成の文字をタッチし、装備作成が始まる。

 

 なんでかはわからないけど、道具はほとんど使わず、縫い針と糸だけ、と言う仕組み。これ、どうなってるんだろう?

 

 普通は、ミシンとかが必要になってくるんだけど……ま、まあいいよね、うん。

 

 高速で手を動かすこと、三十分。装備が完成した。

 

炎嵐(えんらん)(ころも)】……炎と嵐が対立しあっているかのような絵が描かれた異国の服。《侍》が装備可能な洋服。VIT+40・AGI+25。装備部位:体・腕・足。《洋服スキル:炎嵐》炎属性と嵐属性に耐性を得るのと、一部魔法が使用可能になるスキル。スキルのレベルが上がれば、使える魔法も増える。《取得経験値向上:12%》

 

 …………え、なにこれ。ちょっと待って。なんか、えげつないものが出来上がってない? これ。

 

 たしか、《侍》って、魔法が使用不可能な職じゃなかったっけ?

 と言うか、炎属性と嵐属性って何?

 

 そんな属性あったっけ?

 

 ……ちょっと鑑定。

 

【炎属性】……火属性の上位互換。火属性魔法をひたすら鍛えていると、稀に発現する属性。炎属性の耐性を持っている場合は、火属性の攻撃を半減できる。

 

【嵐属性】……風属性の上位互換。風属性魔法をひたすら鍛えていると、稀に発現する属性。嵐属性の耐性を持っている場合は、風属性の攻撃を半減できる。

 

 ……あー、うん。だめだね、これ。

 

「……もしかしてボク、鍛冶師の人たちの仕事、妨害したりしてない?」

 

 そもそも、暗殺者であるはずのボクが、なんで装備が作れちゃってるの?

 

 もしかして、家事をずっとやっていると、こう言ったことができるようになるの? す、すごいなぁ……。

 もしかしてボク、家事をしているだけで、最強になれちゃうんじゃないかな、なんて。

 

「なんて。さすがに、鍛冶師の人たちには敵わないよね!」

 

 だって、職業特性が違うもん。

 それにきっと、ボクが作ったような装備だって、バンバン出てくるだろうしね、今後。

 ……まあ、サービス開始二日目で、いきなり職業の不利を覆しちゃっているような気がするけど。

 

「完成、でいいのかな」

 

 ちょっとおかしなものが出来上がっちゃったけど、ボク悪くないもん。

 だって、出来上がる装備自体は、使用する布によって強さが変わるから、今回のこれは、あの人の運が良かった、ってことだもんね。

 

「うん。ボクのスキルはあくまでもその運を形にしただけ……大丈夫。絶対大丈夫」

 

 ……自分に言い聞かせるものの、なんだか一抹の不安を感じえないボクだった。

 

 そう言えば、どう見ても和服なのに、洋服とはこれいかに……。




 どうも、九十九一です。
 なんか、ユキがどんどんおかしな方向に向かっている気が……これ、大丈夫かな。一応、主人公最強系、ではないはずなんですが……思いっきり暗殺者から大きく外れたことしてるけど、大丈夫? 怒られない? なんだか、心配です……。
 えっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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179件目 考え直し

 翌日。

 

 今日もお昼にログイン。

 

 みんなはちょっと予定があるとかで、少し遅れるそうで、来るまではボク一人でプレイすることになった。

 

 んー、どうしようかな……時間もかなりあるし……昨日の女性プレイヤーさんがいれば、すぐに渡せるんだけどなぁ……。

 

 あの装備、かなり強いものになっちゃったけど……大丈夫なのかなぁ。

 変に情報が出回らない方がいい気がするし……。

 

 というか、一日に四名限定にしたはしたけど、結構問題な気がしてきた……。

 お金は良心的にしたけど……まあ、そもそもの話、布によって能力値が変わってくるんだけどね、あれ。

 

 例えば、【丈夫な布】のみを使って作った場合の装備がこちら。

 

【丈夫なシャツ】……ただただ丈夫なだけの洋服。全職業が装備可能。VIT+10

 

 こうなります。

 

 ここで気付いたのが、いい布じゃないと、強い装備はできない、ということですね。

 

 ボクがこの装備を作るのに使用したのは、【慈愛の布】というのと【天使の布】という二種類の布です。

 

 これ、なんかよくわからないお店に売っていて、一つ10万しました。それを四つずつ買って、六つ全部使用して作ったのが、お店用の装備。

 

 残ったものを使ったのが、このリボン。

 

 一番レア度の低い布で作っていた場合、何の効果もないものが出来上がってたはずだし。

 

 おそらく、スキル付与の能力自体は、すでにあったんじゃないかな?

 だって、装備の効果が、スキルが付けやすくなる、だもん。

 たまたま、運よく、あれが出来上がっただけ……のはず。

 

 ……もしかして、スキル付与率って、LUCが関わってたりする……?

 可能性はないわけじゃないと思うけど、何とも言えない……。

 

「う、うーん……まあ、とりあえず、洋服屋さんの方は、ちょっと考えた方がいい、かも?」

 

 今後、ああいった布を持ちこんでくる人が増えるかもしれないし……そうなったら、強装備が多く発生しちゃうと思うし……。

 

 そうなったら、鍛冶師の人たちが作る鎧系統の防具とか、完全にいらなくなってしまいかねないし、商売あがったりになるよね……。

 

「どうするのが正しいのかなぁ……」

 

 ……ヤオイに相談した方がいいかも。

 ヤオイが一番早く来る、みたいなことを言ってたし。

 

『やあやあ、お待たせ、ユキ君!』

 

 なんて思ってたら、本当にヤオイがログインしてきた。

 これ幸いにと、ボクはヤオイにメッセージを飛ばす。

 

『あ、ヤオイ、ちょうどよかったよ。今からボクのお店に来てほしいんだけど、大丈夫?』

『いいよー。じゃあすぐ行くねー』

 

 あっさり了承してくれた。

 よかった……。

 ボク自身、家を買ったからか、ログインするとその場所に出るようになって、現在はお店の中。

 多分だけど、死んじゃった場合とかも、宿屋じゃなくて、この家で復活するのかも。

 

「来たよ、ユキ君!」

 

 そんなことを考えていたら、ヤオイがお店にやってきた。

 

「あ、いらっしゃい、ヤオイ。とりあえず、どこでもいいから座って」

「はいはーい」

 

 ヤオイが来たので、ボクは厨房へ。

 デザート系の料理を作ろうと思って、昨日営業が終わった後、ちょっと試作していたり。

 最近、現実の方でお菓子作りをしていたおかげで、あっさり完成。

 それを持って、ヤオイの所へ。

 

「はいこれ、ケーキ」

「いいの?」

「うん、ちょっと相談事があってね、その依頼料、かな?」

「ほうほう、相談とな? では、このケーキはもらっておきましょう」

 

 嬉しそうな表情で、ヤオイがケーキを食べだす。

 

「んっ! 美味しいよユキ君!」

「ほんと? よかったぁ。最近作ったケーキでね? ちょっと甘さ控えめのケーキなんだよ。これなら、苦手な人がいても食べられるかなーって」

「うんうん、いいと思うよ! わたし、これ好きだなー。甘さもちょうどいいし、果物の酸味も強すぎないから食べやすいし」

「それなら、メニューに追加かな。値段は……500テリルでいいかな」

「んー、600でいいと思うよー。多分、結構売れるだろうからね。ちょっと高めにするくらいがちょうどいいよ」

「なるほど……じゃあ、600にするよ」

 

 やっぱり、ヤオイがいると、いいアドバイスがもらえてありがたいよ。

 ボクにはその辺りの知識とかもないからね。ちょっとしたことしかできないもん。

 

「ふぃー、食べた食べた。それで、相談事ってなぁに?」

「あ、うん。えっと、実は昨日、洋服屋さんの方に一人お客様が来てね」

「へぇ~、よかったねユキ君!」

「うん。それはよかったんだけど……ちょっと、完成した装備を見てほしいんだけど……」

 

 そう言って、ボクはヤオイに完成した装備を見せる。

 

「えーっと、何々? 【炎嵐ノ衣】? 効果は……え、な、何この化け物装備」

 

 にこにこ顔だったヤオイの顔が一変、驚愕の表情になった。

 

「ば、化け物?」

「化け物だよ、これ! こ、これ、ユキ君が作ったの?」

「う、うん」

「そ、そっかぁ……ユキ君が作っちゃったのかぁ……」

「や、やっぱりまずかった、かな……?」

 

 ヤオイが頭の痛そうな反応をしているので、恐る恐るヤオイそう尋ねる。

 

「まずかったなんてものじゃないかなぁ。だって、衣服系の装備って、ステータス補正はかからないし、そもそもスキルなんて付かないし……」

「え、スキルって付かないの……?」

「うん。たしか、スキル付きの装備は、ユキ君がくれた装備とかみたいに、かなりのレアリティがないと付いてないことが多いらしくてねー。そもそも、スキル付きの装備なんて持ってるの、わたしたちくらいだよ」

「そ、そうだったの!?」

「あり? ユキ君、もしかして知らなかった?」

「し、知らなかった」

「そっか……」

 

 あ、なんか呆れられてる……?

 そ、そうだよね、こんな情報を知らないこと自体、呆れるようなことだよね……。

 やっぱり、情報収集は大事かぁ……。

 

「うーん……それにしても、困ったねぇ」

「えと、どうかしたの?」

「いや、本来、ステータス補正がかかるのは、鍛冶師の人たちが作るような物だけで、例外として、侍の装備があるみたいだけどね。で、ユキ君はその常識……と言っても、サービス開始から三日目だから常識も何もないけど、通常はないみたいなんだよね」

 

 そ、そんなことが……。

 ボク、もしかして、相当とんでもないことをしていたりする……?

 

「それに、現時点で最強って言われているレギオ、っていうプレイヤーも、まだそう言う装備は持ってないみたいだし……」

「そうなの!?」

「そうなんだよ。だから困るんだよねぇ……。だって、本来生産職ですらないユキ君が鍛冶師顔負けどころか、鍛冶師以上の装備を作っちゃってるからね……しかも、布だけで」

「うっ」

「そう考えると、製作費1000テリルはちょっと安すぎるね」

「じゃ、じゃあ、どれくらいが適当……?」

「本来は、100万取っても問題ないくらいのぶっ壊れ装備なんだよねぇ……」

「ひゃ、100万!?」

 

 そんなに取れるの!?

 なんだか、かなり高いように思えてしまうんだけど……。

 

「だけど、ユキ君的には、あんまり高くしたくないんだよね?」

「う、うん。だって、お金が欲しくてやってるわけじゃないし……それに、他の人の手助けになれば、と思ってやってるわけだし……」

 

 お金は別に困っていないから、別にいいんだけど、ボクの経営理念的には、人のために、と言う部分が強い。

 

 このゲームは始まったばかりだし、未知な部分も数多くあるから、困る人が多くなるはず。しかも、仮想とはいえ、人と人が直接会って会話したり、協力したりするわけだから、ストレスが溜まる面も出てくるはず。

 

 本来楽しいはずのゲームなのに、ちょっと弱いからダメとか、レベルが低いから、なんて理由で楽しく遊べない人がいたら嫌だから、という理由でやってるわけだしね……。

 

 だからこそ、なるべく安めの値段でやっているわけだけど……。

 

「だよねぇ。ユキ君、異常なくらい他人に優しいからね。まあ、否定はしないよ。でも、一日四名限定だと、ちょっと多すぎかな」

「うーん、じゃあどうすれば……?」

「そうだねぇ。一番いいのは、単純に値段を引き上げることなんだけど、ユキ君はそれを嫌がっているから、違う方法。そうなると、週に一人にするとか、月に一人だけにするとか。あとは、制限を設けるか」

「制限?」

「例えば、レベル1~レベル5までの人は1000テリルで請け負うけど、6~10は1万テリル。レベル11からは5万テリル。トップレベルの人は、100万テリル、みたいな感じに」

「な、なるほど……」

 

 そうなると、お金がかかるという理由で、鍛冶師の人たちの所に行く、って感じかな。

 

「まあでも、これはお勧めしないかなぁ」

「それはどうして?」

「んー、なんて言ったらいいのかな……。ネットゲームにいる、マナーが悪い人って言うのは、何と言うか……『俺は強いんだ! だから、もっと安くしろ!』みたいな頭のおかしい人がたまーにいてね。今までは画面の中だけだったからよかったんだけど……ほら、これってゲームの中じゃん? だから、強そうな外見にして、自分が本当に強いと錯覚して、脅す人が出るかもしれないんだよ」

「そんな人が……」

 

 ネットゲームはほとんどやらないから知らないけど、そう言う人がいるんだ……。

 一応、このゲームもネットゲームに分類されそうだし、そう言う人がいてもおかしくないって言うことか……。

 

「だから、お勧めはしないよ。わたし的には、人数制限をもっと厳しくする方かなー」

「そっか……一応、強い装備になる原理は分かったんだけど……」

「あ、そうなの? じゃあ、とりあえず教えてくれると嬉しいかなー。それを聞いて判断した方がいいかもだしねー」

「あ、うん。えっとね――」

 

 ヤオイが来る前に気付いたことを話す。

 

「ふむふむ。なるほど……つまり、レアリティが高い布じゃないと、強い装備は作れなくて、よくある布で作っても、鍛冶師の人たちが作った最低ラインの方が強いと」

「多分。鍛冶師の人たちがどれくらいの物を作れるのか知らないけど、多分それより弱いんじゃないかなって」

「VIT+10だもんね。うーむ。そうなると……持ち寄ったレアリティによって値段を引き上げる、の方がいいかもね」

「えっと、例えば?」

「そうだねー……このゲームで確認されてるレアリティで一番高いのは、6くらいらしいんだよ。ちなみに、最高は10だそうです」

「え、そうなの?」

 

 ヤオイの説明で、ちょっとボクが着ている装備のレアリティが気になって確認。

 

 【隠者ノコート】【魔殺しノ短剣】【天使ノ短剣】【悪路ブーツ】【創造者ノグローブ】が10。

 【良妻ノワンピース】【良妻ノエプロン】【良妻ノリボン】が9。

 【炎嵐ノ衣】が7。

 【丈夫なシャツ】が2だった。

 あれ、何かボク……とんでもないもの持ってない?

 

「ち、ちなみに、その6の物って、どういうの……?」

「なんでも、さっき言ったレギオ、って言う人がダンジョンで見つけた直剣らしいよ」

「へ、へぇー、そ、そうなんだー……」

「あれ、どしたのユキ君?」

「いや、あの……ぼ、ボクが作った装備より、ひ、低いんだなーって……」

「……もしかしてユキ君、7以上」

「……そのぉ、ボクが作った装備は全部、そうです……」

「そっかぁ……いやー、なんかもう驚かなくなってきたよー」

「あ、あはははは……」

 

 ボクも、乾いた笑しか出てこなくなってきたよ……。

 そ、そっかぁ……6まで物しか見つかってないんだね……。

 

「んー、そうなると、1~3の物は1000。4~5は1万。6が5万。7は10万。8で50万。9で75万。10で100万といったとこが妥当になるかなぁ」

「そ、そっか、そんなに高くなっちゃうんだね……」

「まあ、こればっかりはねぇ……じゃあ、制限にする?」

「……そう、だね。そっちの方が、まだ現実的、かなぁ……」

 

 なるべく、お金を取らない方向で行くには、ね。

 

「じゃあ、どういう制限にする?」

「うーん……あんまり目立ちたくないことを考えると……月に一人、とか?」

「そうだね。それが一番安心かも。それで、どうやって決めるの? 多分だけど、作ってほしい人は多く現れると思うよー?」

「……じゃんけん、かな」

 

 ちょっとだけ考えて、出た案が、じゃんけんだった。

 

「おー、公平なゲーム。まあ、一番妥当だよね。じゃあ、月に一人で、じゃんけんで決める、ってことでいいのかなー?」

「うん」

「それで、決める日は?」

「その月で一番遅い土曜日かな? それなら、集まれる人も多いと思うし」

「うんうん、いいと思うよ! じゃあ、そう言うことにしよっか」

「うん。ありがとう、ヤオイ。おかげで助かったよ」

「いいってことよー。それじゃあ、色々と変えないとね」

「あ、そうだね。すぐにやっちゃうから、ちょっとだけ待っててね」

「あいあーい」

 

 何とか無事、変更点を決めることができた。

 ヤオイって、普段はあれだけど、今みたいに頼もしい時があるから、本当にすごいと思うよ。……普段のあれがなければ、もっといいと思うんだけどね……。




 どうも、九十九一です。
 いやー、女委のキャラって、割とぶっ飛んでるなぁ、と今更ながらに思います。と言うか、一番キャラがぶれてる気が……。まあ、いまさらと言えば今更なんですがね……。
 えーっと、今日は2話投稿……は、多分できる、と思います。ただ、ちょっと微妙で、もしかすると夜の21時になる可能性があります。ちょっと、17時と19時は難しいかもしれないので。できれば、その時間に出しますが、無理そうなら、21時になりますので、よろしくお願いします。
 では。


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180件目 初ダンジョン攻略

 考え直しが終わった後、ほどなくしてみんなログインしてきて、ボクのお店に集まった。

 

「おーっす、来たぜー」

「遅れた」

「こっちも、ちょっと遅れたわ。ごめんなさいね」

「あ、みんな。全然問題ないよ」

「そうだよー。こっちも、ちょっとやることがあったしねー」

 

 と、軽く言葉を交わす。

 

「それで、今日はどうするの?」

「そうだな……全員で、ダンジョンにでも行くか?」

「お、いいなそれ!」

「いいねぇ! わたしも賛成!」

「私もいいと思うわ。ユキはどう?」

「うん。お店自体は、夜の7時からだし、問題はないよ」

 

 それに、ボクとしてもみんなと遊びたいしね。

 こっちは、お店の方を優先しちゃってたし。

 

「じゃあ決まりだな。たしか、草原の近くに、【初級の洞窟】っていうダンジョンがあるらしいからな。そこへ行こう」

「随分安易な名前ね?」

「意外と適当なのかね、運営はよ」

 

 ……いや、その……そのダンジョンの名前、本当にそう言う名前なんだよね……。

 ボクも、向こうにいた時は、本当にびっくりしたよ……。

 だって、洞窟の名前が、いかにもゲームの最初に行くような名前だったんだもん。目を疑ったよ。

 

「じゃあ、行き先も決まったことだし、早速行きましょうか」

 

 と言うわけで、みんなでダンジョン攻略に行くことになった。

 

 

 装備を暗殺者衣装に着替えてから、ユキたちはダンジョンの方へ向かった。

 

 ちなみに、現在のこの五人のレベルだが、ユキが9、他の四人は8となっている。

 昨日の狩りで、なんとかレベルを8まで上げたようだ。

 ステータス的には、まだまだ、ユキには追いつけていないが。

 

 そんな五人だが、ダンジョンへと向かう道中は、やけに注目を浴びていた。

 それもそのはず。ユキたちが装備しているものは、なかなかに強そうに見えるからだ。

 

 特に、ユキ、ミサ、ヤオイの三人はかなり目立つことだろう。何せ、全身黒ずくめの暗殺者装備の少女(?)に、雪の結晶が描かれた白の和服を着た侍の美少女、それからなぜか白衣を着たオレンジ髪の美少女が歩いているのだから、それは目立つ。

 

 ショウはもともとイケメンなので、女性プレイヤーからの視線が多い。

 

 比較的注目を浴びていないのは、レンくらいだろう。

 筋肉質の、長身の男だからだ。

 見た目的には、平凡よりなので、そこまで目立っていないのだろう。

 ……本職の暗殺者より目立っていないとは、これいかに。

 

 こんな感じに、注目を浴びながら歩いて行くユキたち。

 十分ほど移動したところに、目的のダンジョンがあった。

 

「ここだな」

「中は……どうやら、松明が壁に設置されているみたいね」

 

 今回、ユキたちが挑むダンジョン【初級の洞窟】は、その名の通り、向こうの世界では、駆け出しの騎士や冒険者が最初に挑むことになる場所だ。

 このゲームにおいても、そこは変わらず、道中の敵の平均レベルは3ほどだ。

 この辺りは、向こうの世界の基準とほとんど変わらず、AIの方も、そこをそのまま流用したのだろう。

 AIも楽がしたいと言うことなのだろうか?

 

「よし、行こうぜ」

 

 レンのその言葉で、五人はダンジョンに入っていった。

 

 

 この五人は、パーティー構成的に、レンが先頭に立ち、盾の役割を持ち、ショウとミサが前衛のアタッカー。ヤオイが魔法などで後方支援。そして、ユキが暗殺者のスキルなどによる、遊撃だ。

 バランス的には悪くない。

 後方支援を受け持っているヤオイは、魔法での攻撃になり、一人だけであるため、やや苦戦すると思われがちかもしれないが、ユキが普通に前衛も後衛もこなせる、オールラウンダーな人物なので、そうそう困ることはないだろう。

 

 もっとも、本来の暗殺者は、そういうことをしないような気がするが。

 

「お、ゴブリンだ」

「数は……四体ね。どうする?」

「ボクはとりあえず、もしもの時のサポートに回るよ」

「おっけー! それじゃあ、一人一体、ということで」

 

 ダンジョン最初のモンスターは、異世界系、ゲーム系での定番モンスター、ゴブリンだ。緑色の体色をした、小さい人型モンスター。

 

 ユキを除いた四人は、それぞれゴブリンと戦う。

 

 と言っても、レベル差は5もある上に、装備の問題で一撃で倒してしまうわけだが。

 

 例えば、レンなんかは、大剣を振り下ろしただけで、両断。

 ミサも同様、抜刀術のように刀を抜き放ちそのまま切断。横に真っ二つだ。

 ショウは、《伸縮》を用いて、中距離で戦い、やっぱり両断。

 比較的普通(この中では)だったのは、ヤオイだ。ヤオイは、いつも通りに《ファイアーボール》を放つ。装備の影響や、ステータスが向上していることもあって、威力は伸びている。その結果、着弾と同時に炎上、灰になった。

 

「うん、大丈夫だね、みんな」

「ま、オレたちもレベルが上がってるってことだな!」

「まだまだ、ユキ君には敵わないけどねぇ」

「いやいや、そもそも、ユキレベルになるには、ユキのステータスの二倍以上が必要じゃない。普通に考えて無理よ」

「ボクの場合は、向こうの基準でステータスが作成されちゃってるしね……」

 

 暗い笑みを浮かべるユキ。

 ユキ的には、他の四人と同じではなく、かけ離れたステータスであることに、申し訳ない気持ちと、寂しさ抱いていた。

 

 ただでさえ、常人とはかけ離れた存在であるのに、ゲームでもちょっと特殊な状況にいるので、みんなとは違う、などと思ってしまう。

 

 もちろん、四人はそんなことを気にするような人間ではない。

 むしろ、ユキがそう思っていることを知ったら、絶対に呆れるだろう。

 

「にしても、やっぱほかのプレイヤーもいるのな」

「それはそうよ。ここは最初に来るダンジョンって言われてるもの。むしろ、いきなりレベル1で、なおかつ初期装備で平均レベル10のダンジョンに行く、なんてことする人がいると思う?」

「……ユキならできるんじゃないか?」

「……たしかにそうだったわ」

「いや、やらないよ!? 普通に負けると思うよ!」

「「「「ないない」」」」

 

 ユキの抗議に、四人はそろって手を振りながらそう言った。

 

 対するユキはぐうの音も出ない。

 

 まあ、初期ステータスの時点で、大量のスキルにそこそこの魔法を持っている存在だった。正直、+1の補正しかない初期装備でも、ユキは何の問題もなく攻略できるだろう。

 

 というか、暗殺者の職業自体、防御力なんて期待せず、自分自身のスピードと回避力がものを言う職業だ。なので、向こうの世界では駆け出し冒険者の少々上くらいの人がいい勝負する程度のモンスターなぞに、異世界で地獄の修業を潜り抜けたユキにとって、たやすいことだ。

 

 だがまあ、今はレベルが上がって、ステータスも向上しているので、苦戦することもなければ、ダメージを負うこともそうそうないだろう。

 

 実際、ゲームを始めて、三日目になっているが、ユキがダメージを負ったのは、初日のキングフォレストボアーの攻撃を受け止めた際に受けた、5のダメージくらいだ。

 

 そんなことはさておき、順調に進んでいく五人。

 

 道中、何度もゴブリンが出現したが、装備品がすでに強い部類に入っている五人が苦戦することはなく、サクサク進む。

 

 そして、ボス部屋。

 

「なんか、えらくあっさり到達しちまったな……」

「一番最初のダンジョンに、そこまで期待してもね。普通はこんなものなんじゃないの?」

「とりあえず、ボスに挑むか」

「だねー」

「ユキはどうする?」

「ボクは……うーん、スキルを使用すれば、多分、一撃で倒せちゃうと思うし……」

((((ボス一撃って……))))

 

 やはり、ユキの存在はとんでもないようだ。

 

「だから、危なくなったら介入して、大体は囮になるかな」

「わかったわ」

「それじゃ、開けるぞ」

 

 ショウの問いかけに、全員がこくりと頷く。

 高さ5メートルほどの扉は、ゆっくり開いて行く。

 ゆっくりと開いた扉の先には、何やら3メートルはありそうな大きいゴブリンが待ち構えていた。

 

 さきほど、別のパーティーがここに入っていったのだが、どうやら負けてしまったらしい。

 ちなみにだが、ユキたちよりも先に入ったパーティーの最高レベルは、10。最低レベルでも7と、高めのパーティーだ。

 そんなパーティーがなぜ負けたかと言えば……

 

【ゴブリンロード Lv14】

 

 こうだからだ。

 まあ、要するにレベルが高かったのだ。

 一応言うが、このボスは不具合などではない。これが正しい。

 

 今回、ユキたちが挑んでいるダンジョン【初級の洞窟】は、名前こそ最初に行くべきダンジョンのような名前をしているが、実施際においては、駆け出しの騎士や冒険者が通る最低ラインなのだ。

 つまり、ゴブリンロードを倒すのは、必須、と言うのが向こうの世界での常識。

 

 それをAIが取り入れてしまったため、こうなった、というわけだ。

 このダンジョンの適正攻略レベルは、最低でも9は必要だ。

 

 ユキのように、FPとSPが二倍になるような称号を持っているのであれば話は別だが、今回はそうもいかないだろう。

 

「……無理じゃね?」

「レベル的には差は大きいわね……でも、できないわけじゃない、と思うわよ」

「やってみるだけやってみるか?」

「その方がいいと思うな、わたしは」

 

 予想よりも高かったレベルに驚き、一瞬戸惑いも見せるものの、まずはやるだけやってみる、と言うことになった。

 それに、ユキがいることを考えたら、下手なことにはならないはず、というのもある。

 

「えっと、挑む、ってことでいいの?」

「ああ。だから、囮頼む」

「うん、任せて」

 

 そう言うと、ユキはゴブリンロードに向けて駆け出していた。

 やはり速い。

 そんな速いスピードで走っているユキは、ゴブリンロードが持つ棍棒のような武器に攻撃を仕掛けたりして気を引いている。

 振り回される棍棒をひらりひらりと回避したり、短剣で受け流したりしつつ、囮をこなしていく。

 

「よし、俺たちも行くぞ」

「んじゃ、オレから行くぜ!」

 

 まず最初に飛び出したのはレン。

 レンは、重戦士にしてはやや早めのAGIを持っているため、ちょっと早い。ユキと比べたら、月とすっぽんだが。

 そして、ゴブリンロードに迫ると、

 

「【山割り】!」

 

 【山割り】という大剣のスキルを用いて、ゴブリンロードに攻撃する。

 

『グゥウウゥッ!』

 

 今のレンの一撃によって、ゴブリンロードの体力が目に見えて減った。

 しかし、一割も削れていない。

 

『グガアァァァ!』

「おわっ!?」

 

 攻撃されたことに怒ったゴブリンロードが、思い切り棍棒を振り下ろしてくる。

 しかし、

 

「ふっ」

 

 振り下ろされた棍棒は、レンに当たることはなく、横の地面に激突していた。

 

「大丈夫? レン」

「お、おお、助かったぜ、ユキ」

 

 助けたのは、もちろんユキだ。

 本来、盾役としての重戦士が、防御力が低めの暗殺者に助けられている時点で、色々とダメな気がするが。

 

「ミサ、ショウ! 今のうちに攻撃!」

「ああ!」

「わかった!」

 

 攻撃を止めたチャンスとばかりに、ユキが二人に指示を出す。

 

「【初断ち】!」

「《伸縮》! 【パワースラッシュ】!」

 

 ミサは刀による抜刀系スキルによって、ゴブリンロードに肉薄し素早く切りつける。それとほぼ同時に、ショウが武器スキルを発動し、同時に直剣と大剣のスキル【パワースラッシュ】で、ゴブリンロードの腹部を切りつける。

 二人は、STRが高めと言うこともあって、2割と少しを削ることに成功。

 

 そこからさらに、追撃とばかりに、

 

「《ファイアーボール》!」

 

 ヤオイからのファイアーボールが飛んでくる。

 

 それは見事にゴブリンロードの顔面に直撃し、一割の体力を削る。さらには、視界を奪うことに成功。

 

 その隙を突いて、四人が各々の武器で攻撃。この瞬間だけは、ヤオイも武器を杖から短剣に持ち替えて攻撃をする。

 

 ユキからもらった短剣に付与されている《影操》を用いて、影を操作、槍を形成しそれでチクチクとゴブリンロードに攻撃を当てていく。

 

 少しずつ、少しずつではあるが、みるみるうちにゴブリンロードの体力が削れて行く。

 

 そして、3割を切った瞬間、

 

『グガアァァァァァァァァッッッ!』

「ぐおっ!?」

「がぁっ!」

「きゃあ!」

「おうふ!」

 

 視界を奪われて、ほとんど動かなかったゴブリンロードが突然棍棒を薙ぎ払い、全員攻撃が当たり、吹き飛ばされてしまう。

 

『ガアァァァ!』

「しまッ――」

 

 ドスンドスンと足音立てながら走ってくる。

 そして、攻撃によって思うように動けずにいるショウに、棍棒が振り下ろされ……

 

「【投擲】!」

『グギャアァァァァァ……』

 

 る前にユキの投擲によって、ゴブリンロードは倒された。

 

「「「「マジかぁ……」」」」

 

 あまりにもあれすぎるユキの行動に、全員遠い目をしながら、同じことを呟いていた。

 

「み、みんな、大丈夫!?」

 

 路傍の石ころをどかしたみたいな反応でしかないユキ。慌てて四人に駆け寄ってきた。

 そして、四人は同時に思った。

 

((((やっぱり、異世界系はチートだな))))

 

 と。

 

 異世界に行って強くなった元少年は、どこへ行っても、チートっぷりを発揮するようだ。

 

 

 そして、ボスであるゴブリンロードを倒した直後、奥の部屋が出現。

 そこには宝箱が。

 

「とりあえず、ボクが開けた方がいいのかな?」

「そうね。ゲーム内でのLUCも現実でのラックも、ユキが一番高いしね。いいと思うわよ。みんなもそれでいいわよね?」

「異議なーし」

「俺も」

「倒したのユキだしな! オレも構わないぜ」

「だ、そうよ」

「うん。じゃあ、開けるね」

 

 そう言って、ユキは宝箱を開けた。

 その中には……

 

「あ、あれ? 布?」

 

 布が入っていた。

 見たところ、何やら白銀の色をしており、わずかながらに発光しているように見える。

 

 とりあえずユキが何なのか調べてみる。

 

【女神の布】……かつて、この世界を愛し、管理していた女神の力が宿っているとされる布。レアリティ:10。これを用いた装備には、その女神と思しき力が発現すると考えられている

 

 ………………え、えぇぇ?

 

 ちょっと待って? なんでこんな最初のダンジョンの宝箱に、こんなにとんでもない素材アイテムが入っているの?

 

 う、うーん? というか、確率ってどうなってるの?

 

「ユキ、どうしたの?」

「それは……布か? 高そうな布だな」

「ユキ君、それもしかすると装備の作成に使えるんじゃない?」

「……た、多分、ね」

「ん? どうした? 歯切れが悪いぜ?」

「いや、その……こ、これ、レアリティが10……なんだけど……」

「「「「はあああああああああ!?」」」」

 

 ユキの口から飛び出した事実に、全員が素っ頓狂な声を上げていた。

 いや、無理もないだろう。なにせ、確率1000万分の1の確率でしか出てこない、最上位のアイテムなのだから。

 

 しかも、条件があり、5人以下のパーティーでクリアすること。とある称号を持っていること。さらには、【裁縫】のスキルを最大まで上げていることの三つ。それを満たした上で、攻略することで、1000万分の1、という確率で出現するようになる。

 

 ちなみにこれ、全部のダンジョンで出現する設定だ。もちろん、どれも同じ条件での入手だが。

 

「……オレ、ユキに関する大概のことは驚かねえと思ったけどよ……やっぱ無理だわ」

「……そうね。始めてのダンジョン攻略で、一番上のレアリティのアイテム出すとか……やっぱ運が化け物だわ」

「……それ以前に、平気で出してくるのも、色々とあれだがな……」

「……わたし、ここに来る前にも、ちょっと驚いたけど……これはないわー」

 

 ユキのとんでもない行動に、奇行、言動には慣れたつもりでいた四人だったが、やはり、まだまだ慣れていないようだった。




 どうも、九十九一です。
 うーわー、どんどんおかしな方向に進んでく……。この作品、作者のやりたいことを詰め込みまくって、行き当たりばったりで書いてるせいで、収集付かなくって来たような……。そろそろまずい。
 あ、そう言えば、ユキがステータスにポイント振ってるときに、STRが上がりにくい、と言っていたのですが、実際暗殺者で上がりにくいのは、HPとVITでした。ですが、別にHPくらいならいっかと思ったので、STRと入れ替えました。なので、覚えておいていただけるとありがたいです。
 えーっと、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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181件目 攻略の後

 みんなとのダンジョン攻略も終わり、あのボス戦のおかげで、全員のレベルが上がりました。

 ボクが12に。他のみんなは、それぞれ10になりました。

 

 どうやら、どういう風に貢献したか、と言う部分で得られる経験値が変わってくるみたいでした。

 

 その結果、囮をしたり、投擲による攻撃でとどめを刺したりなどをした結果、意図せずして、ボクに一番経験値が入ってしまったみたいだった。

 

 そして、ボスであるゴブリンロードを倒した際、全員に同じものがドロップ。

 

 どうやら、ボスから得られるものは、ある程度戦闘に参加していれば、全員にドロップアイテムが入るみたい。

 

 ゴブリンロードからドロップしたのは、【小鬼ノ棍棒】と言う武器だった。

 ちょっと調べてみると、

 

【小鬼ノ棍棒】……赤黒い染みが付いた、1.5メートルほどの大きな棍棒。《鍛冶師》が装備可能な武器。STR+20。装備条件:STR50

 

 こんな感じの武器でした。

 

 ちなみに、レアリティの方は、4。

 良くも悪くも、普通、と言った感じなのかな?

 

 正直、まだ始まったばかりだし、見たことがないからわからないけど、レアリティが7以上の武器、もしくは装備にスキルが付いているんじゃないかなって。

 

 この辺りは、そんな気がする。

 

 それから、レアリティに応じて作成するものが変わるのは、スキルレベルにもよるような?

 

 多分だけど、【裁縫】のレベルが1の状態で、昨日の人が持ってきた布を使った装備を作ったとしても、大体は失敗に終わるか、そもそも、元のレアリティがダウンするんじゃないか、と言う部分がある可能性がある。

 

 正直、ボクは生産系の職業じゃないし、暗殺者、という戦闘向きの職業なので、実際の所はどうかわからないけど。

 

 ただ、スキルレベルと生産は結構密接に関係していると思った方がよさそう。

 料理の方も、多分そうなんじゃないかな。

 

 ……それにしても、暗殺者なのに、職人みたいな仕事をしていると思うと、なんだか不思議な気分。

 あれだね、仕事人。

 ……一応、仕事人の人ができることは、何の問題もなく、簡単にこなせちゃうけど。

 

「うーん、やっぱりこの装備、あんまり情報が出回らない方がいいのかなぁ」

 

 お店で一人、そんなことを呟く。

 

 他のみんなは、今はいない。

 

 今日は用事があるそうで、ダンジョン攻略の後、みんなログアウトしていった。

 ボクは、お店の方があるので、そちらが終わるまでログアウトはせず、なんとなくスキルなどについて考えていた、と言うのがさっきのあれ。

 

 暗殺者って、結構強い職業なのかな? なんて思えてきた。

 考えてみれば、欠点らしい欠点と言えば、攻撃力と防御力が上げにくくて、物理的にちょっと弱くなるだけ。

 その代わり、有用なスキルも多いし、何よりAGIに対する補正がかかるスキルもあれば、そもそもAGI自体が上げやすい。

 

 スピードと手数を生かした戦闘が主体だから、結構小回りが利くしね。

 回避だって、ちゃんと相手の視線、呼吸、体のちょっとした動きさえ見極めれば、簡単にできるし。

 

 ……って、みんなに言ったら、

 

「「「「絶対無理!」」」」

 

 って、即座に否定されたけどね……。

 

 そ、そんなにおかしい? ボクの価値観……。

 

 一応これ、向こうの世界の暗殺者を生業としていた人たちの言葉なんだけど……。むしろ、これができて一人前、って言ってたし……。

 

 ……あー、やっぱり向こうの世界を舞台にしているせいか、なんだか考え方が向こうよりになってる気がする。

 

 ……ちょっと考え物かも。

 

「ん~~~~っ……さて、と。そろそろ準備しないと」

 

 みんなと別れた後、女委と話し合って決めた洋服屋さんの訂正案に関しても、まだ開業二日目と言うこともあって、すぐに修正が効いた。

 

 お客様が一人しかいなかった、というのも幸いした形だと思う。

 

 これでもし、かなり広まってる、なんてことになったらちょっと困ったけどね……。

 

 まあ別に、レアリティの低い布だったらいいんだけど、高いのが来ちゃうと、無駄に強い衣服になって、生産系の人たちに迷惑がかかるからね。やっぱり、それは本意じゃない。

 誰かのためにやっていることが、誰かの迷惑になるのなら、やらない方がまだマシだよ。

 

「それにしても、ダンジョンで見つけた布どうしようかなぁ……」

 

 まさか、神様に関係するようなアイテムが出てくるとは思わなかった。

 

 ここで一つ気になるのは、あの布の説明に書かれていた、女神様、と言うのは、ボクが異世界に渡る際に会った女神様なのかな?

 

 でも、説明には、かつて、って書かれていたから、別の女神様、なのかも。

 

 このゲームは、向こうを基にして作られているから、ほとんどは存在しているアイテムや建物、場所なんだと思う。

 

 それに、【業炎の布】と【緑嵐の布】なら、似たような物を向こうで見た覚えがあるし……。

 それなら多分、【女神の布】も存在しているんじゃないかな。

 ほんとかどうかは、調べてみないとわからないけど。

 

 ……でも、どうにも懐かしいような、手に馴染むような、そんな感じがするんだよね、あの布。

 五枚揃ったら、ちょっと装備を作ってみようかな。

 ちょっと気になる……と言うか、なんだか作らないといけない! みたいな、謎の使命感に似た何かがあるし。

 

 ……気のせいだと思うけど。

 

 あ、もしあれなら、師匠に今度、あの世界の神様について聞けばいいんだ。

 うん。頭に入れておこう。

 

「とりあえず、もう少しで七時か……」

 

 あの布のことを考えつつ、準備をしていたら、もうすぐ七時になるところだった。

 

 七時にあのプレイヤーさんが来ることになっているから、あらかじめ【炎嵐ノ衣】は出しておこう。正直、いちいち取り出すのがちょっと面倒くさいし。

 

 食器についても、問題なし。

 

 ヤオイが、もう少し買っておいた方がいい、なんて言うものだから、ちょっと補充しました。

 うーん、洋服屋さんの方、本当にあれでよかったのかなぁ……。

 

 もしかすると、純粋にファッションで! と言う人がいたかもしれないし……。

 スキル付与って、オンオフ切り替えられないんだよね……。それがあれば、一律1000テリルでできたんだけどなぁ……。

 ……でも、オンオフつけられるようになる装備ができるかもしれないから、今は辛抱しよう。

 

 まあでも、概ねイメージ通りの衣服も作れるし、オーダーメイドは月一度だけど、それ以外の洋服をあらかじめ作って、売りに出す、って言うのもいいかもなぁ。

 

 ……あ、意外とありかもしれない。

 

「そうなると、あんまり強すぎるものじゃないといいかも」

 

 試しで作った、【丈夫な服】みたいな感じに、レアリティの低い素材を使えば、能力値はそのままに、まったく違う外見の衣装を作ることも可能だし。

 

 うん。そっちの方向性で、ヤオイにもう一度相談に乗ってもらおう。

 ……相談したばかりなのに、すぐに相談していると思うと、ちょっと申し訳ないけど。

 

「あ、もう七時だ。開店しないと」

 

 昨日のと同じように、開店のもじをタッチ。

 そして、昨日見た文字が表示され、マップ上に、このお店の名前が表記された。

 お店が開店するのと同時に、

 

 カランカラン……

 

 ベルの音が鳴り、昨日の女性プレイヤーさんが入店してきた。

 

「いらっしゃいませ!」

『あ、あの、引き取りに来たんですけど……』

「はい、出来上がってますよ! えーっと……はい、こちらです」

 

 あらかじめ購入しておいた袋に、【炎嵐ノ衣】を入れて、それを手渡す。

 

『あ、ありがとうございます。見てもいいですか?』

「どうぞ。感想を聞かせてもらえると、ありがたいです」

『じゃ、じゃあ、早速……わぁ……すごい……』

 

 袋から服を取り出し、目の前に掲げるようにして広げると、女性プレイヤーさんは、見入るようにしながら、感嘆の声を漏らしていた。

 

『……え!? こ、これ、すっごく強い……しかも、魔法が使えるなんて……』

 

 ……まあ、驚くよね。

 

『あ、あの、これ、本当に1000テリルでいいんですか……?』

「はい。ボクはあくまでも、作っただけですからね。材料自体は、お客様が持ち寄ったものですから」

『で、でも、相当強い装備、ですよね……? これを今後、一日四人限定で出すとしても、さすがに……』

「あ、それなんですけど……友達に見せたら、生産職じゃないのに、こう言うのを多く出回らせたらまずい、って言われちゃいまして……」

『せ、生産職じゃない……? え、じゃ、じゃあ、あなたの職業って……?』

「こう見えて、暗殺者なんですよ」

『ええええ!? あ、暗殺者なのに、鍛冶師の人よりも強力な装備を作ったんですか……?』

「ま、まあ、そうなりますね」

 

 ……やっぱり、暗殺者が生産職みたいなことをしているのは、変らしい。

 

 まあ、わかるんだけどね……。

 

 このゲームにおける、生産職って、調合士と鍛冶師だけだもんね。

 

 一応、【裁縫】と【料理】自体は、だれでも覚えられるスキルだから、まあ、なろうと思えば全部の職業が、生産に携われる。

 

 まあ、家を持っていないと、意味がないスキルらしいんだけどね。

 

『……でもこれ、どうやって……?』

「あー、えっと……【裁縫】のスキルだけで……」

『あ、あの、ほとんど意味がない、なんて言われている【裁縫】……?』

「た、多分」

 

 本当に意味がないなんて思われてるんだ。

 

『すごい……わ、私、これ宝物にしますね!』

「それは、作った側としても嬉しいです」

『えっと、またお願いしても……?』

「それなんですけど……さっき、友達に言ったことを考慮して、話し合った結果、月に一人だけ、と言うことにしたんです。やっぱり、生産職の人の邪魔はちょっと……」

『たしかに、生産職じゃない人がこんなのを作っちゃうと、色々問題が起きそうですからね……』

「あはは……」

 

 本当に笑うしかないよ。

 

『でも、服自体のデザインもいいですし……ちょっと残念ですね』

「あ、えっと、ここまで強力なものにはならないと思いますけど、あらかじめ作っておいて、それを売ろうかなって思ってるんです」

 

 このプレイヤーさんも、女性だからね。もしかすると、何らかの反応をくれるかも。

 

『それ、すごくいいと思います!』

「ほ、ほんとですか?」

『はい! だって、この服、綺麗ですし、今着ている服だって、作ったもの、ですよね?』

「あ、そうです。よくわかりましたね?」

『NPCのショップでは見たことがなかったですし、どちらかと言うと、現実にあるようなデザインでしたからね』

「なるほど」

 

 言われてみれば確かに、現代風のデザインだよね、今着ている装備は。

 NPCのショップには、どんなものがあるか知らないけど、ちょっと気になるし、そのうち行ってみよう。

 

『だから、服を作れば、きっと売れますよ! 女性プレイヤーの間では、可愛い衣装がない! って声もありますから』

「そうなんですね。それじゃあ、試しに売ってみようかな……」

『そう言うことなら、応援しますよ!』

「ありがとうございます」

 

 いい人だなぁ、この人。

 

「それじゃあ、概ね準備ができたらお教えしたいので、フレンド登録をお願いできませんか?」

『あ、いいんですか? もちろん、喜んで!』

「ありがとうございます。それじゃあ、申請を送りますね」

 

 女性プレイヤーさん――ミナさんに申請を送る。

 

「登録しましたよ!」

「では、色々と完成次第、連絡しますので、その時はお友達とかに言っていただけると、嬉しいです」

「わかりました。それじゃあ、素敵な装備、ありがとうございました!」

「はい。また、いつでも来てくださいね。美味しい料理もありますから」

「その時は、友達と来させてもらいますね!」

「ぜひ」

 

 最後にそう会話して、ミナさんはお店を出ていった。

 フレンドが増えて結構嬉しかったなぁ。

 ミナさん、いい人だったし。

 今後とも、仲良くしたいな。




 どうも、九十九一です。
 なんだか、ころころ設定を追加したり、変えているせいで、かなり面倒くさいことになってきた気が……ちょっとあれだなぁ。何とかしないと。
 あ、今日も2話投稿です。予定ではありますが、確実に出そうと思っていますので、出ないと言うことはないです。いつも通りの二パターンですので、よろしくお願いします。
 では。


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182件目 ボス戦よりも、お店が大変

 ミナさんが去った後、ボクのお店は大忙しになった。

 

「あ、いらっしゃいませ! ようこそ、白銀亭へ! えと、三名様ですか?」

『は、はい!』

『そ、そうです』

「それじゃあ、テーブル席へどうぞ。注文用紙が置いてありますので、それぞれお書きください。書き終わりましたら、こちらに紙が送られますので、お待ちいただければ大丈夫です」

『わ、わかりました』

 

 最初は、今の三人だけだったんだけど……。

 

「あ、いらっしゃいませ! 五名様ですね! 奥のテーブルへどうぞ!」

 

 と、五人組の人とか、

 

「いらっしゃいませ!」

 

 一人だけの人もいれば、

 

「いらっしゃいませ! じゅ、十名様ですか? えと、あちらのテーブル席をくっつけてお座りください!」

 

 まさかの、十人で来た人もいる。

 同時に、洋服屋さんの方に来た人もいるんだけど……

 

「あ、申し訳ありません! そちらのオーダーメイドに関しましては、月に一人となってまして……近々、こちらで作ったものを売る予定ではあるのですが、まだ在庫もなく……」

 

 せっかく来てくれたのに、追い返すような形になってしまったのが本当に申し訳ない。

 なので、何度も頭を下げながら、懇切丁寧に説明。

 

 すると、お客様たちは、なぜか顔を赤くしつつ理解してくれた。

 どこに赤くする要素があったんだろう?

 

 これは、早急に作った方がいいかも……。

 

『ここの料理マジでうめぇ……』

『しかも、これでバフも付くんだぜ?』

『俺、AGI+20が付いた』

『俺なんて、打撃耐性(小)が付いたぜ』

『飯が美味い上に、バフも付く……しかも、これを作ってるのが、超美少女ともあって、マジ最高……』

 

 お店に人が多く入っているからか、かなり賑やか。

 小説やマンガで見るような、わいわいがやがや、みたいな言葉が一番しっくりくるような状況。

 二日目でまさかここまで繁盛になるとは思わなかった。

 

 そして、料理もハイスピードで作っていくボク。

 

 音が鳴れば、そちらの方へ赴き、案内。

 すぐさま戻って、また料理を作る。この繰り返し。

 

 正直、効率が悪い……。

 

 しかも、たまに洋服屋さんの方にもお客様が来るので、かなり大忙し。

 猫の手も借りたいとは、まさにこのことだよ……。

 

 うぅ、どうにかしないと……。

 

『やっほー、ユキ君。今どんな感じ?』

 

 と、ここでヤオイから連絡がきた。

 

『用事って言ってたけど、終わったの?』

 

 みんなそれぞれ用事があるとかでいなくなっていたのに、なんでいるんだろう? と思って、その疑問をヤオイに尋ねる。

 

『あ、うん。思ったよりも早く終わってねー。ちなみに、ミサちゃんもいるよー』

『ほんと? あ、ちょうどよかった。えっと、ボクのお店に来れる?』

『もちろんいいよ! でも、どうして?』

『そ、それが、かなりお客様が来てて……一人だと手が回せなくなっちゃったんだよ』

『ありゃりゃ。わかったよ。じゃあ、ミサちゃんと一緒に、飛んでいくね!』

 

 どうやら、手伝ってくれるみたい。

 よかったぁ……。

 

 これで、ボクは料理の方に専念できるよ。

 

 ……あー、でも、そうすると二人の衣装とかどうしよう……さすがに、あれで接客するのもどうかと思うし……。

 

 うーん、まあでも、今回だけだと思うし、とりあえずはいっか。

 

 一旦、二人の衣装は保留にして、大急ぎで料理を作っていく。

 完成したそばから、どんどんお客様の所へ運び、また作りに戻る。

 それを繰り返していると、

 

「ユキ君、来たよ!」

「ユキ、大丈夫?」

 

 ここで、助っ人の二人が登場。

 

「あ、二人とも! 来てくれてありがとう!」

「いいのよ。ユキがピンチだ、なんてヤオイが言うから、飛んできたわ」

「それでそれで? わたしたちは何をすればいいのかな?」

「えっと、ボクは料理に専念するから、接客とかをしてもらえるとありがたいかな」

「了解。すぐに入るわ」

「わたしも問題ないよー! 学園祭でのことが役に立つね!」

 

 あ、言われてみれば確かに。

 ボクミサはともかく、ヤオイは学園祭の時に接客をしてたね。

 

 ボクとミサも、ヤオイの方のお手伝いで、売り子をしたから、多分問題ないよね。ミサ、あの時すごかったもん。

 

「それじゃあ、お願いね!」

「任せて」

「頑張るよ!」

 

 うん、これでなんとか、今日は乗り切れそう……。

 

 

「いらっしゃいませ! 白銀亭へようこそ! 二名様ですね? それでは、こちらのカウンター席へどうぞ!」

「いらっしゃいませー! 白銀亭へようこそ! えーっと、あ、お一人様ですね? こっちのカウンター席へどうぞー」

 

 厨房で料理をしていると、早速、二人の接客の声が聞こえてくる。

 

 さすがに、経験があるだけあって、手慣れてる感じがある。

 これで、料理に専念できる。

 

 ちなみに、料理を運ぶ際、注文用紙を持っているのはボクだけだけど、一応見ればわかるようになっている。

 

 現実のファミリーレストランなどと一緒で、注文すると、どこの席から送られてきたか、というのがわかるようになっている。

 

 なので、料理が完成したら、そこにその注文用紙を置いて、二人が運ぶ、という形になる。

 

「はい、これお願いね! 注文用紙の上の方に、どこに運ぶか書いてあるから」

「わかったわ」

 

 料理を受け取り、ミサが注文用紙に書かれたテーブルへ運ぶ。

 

「お待たせしました。ハンバーグと、パンセット。それから、サルケの幽庵焼きと、ご飯セットになります」

 

 ……ミサって、別にファミリーレストランとかでアルバイトをしたことがあるわけじゃないんだよね?

 

 なのに、なんであんなに手慣れてる感じがあるんだろう?

 ……まあ、助かってるからいいんだけどね。

 

「お待たせしましたー。麻婆豆腐とエビチリと、ご飯セット二つになりますー」

 

 ヤオイは、メイド喫茶を経営しているおかげで、慣れているんだろうね。

 慣れている人がいると、ここまで楽になるんだね。

 

『女神様もいいけど、途中から入ったあの二人も、めっちゃ可愛いよな……』

『それなー。あれってやっぱ、クリエイトなのかね?』

『さあ? でも、女神様のフレンドっぽいし、結構長い付き合いってとこ見ると、意外とリアルかもしれないぜ?』

『女神様は、どう見てもリアルモデルだもんなー』

『この店、マジでレベルたけー』

『美少女しかいないってのは、目の保養になるわ……』

 

 うんうん。二人が、美少女とか、可愛い、とか言われているのは、素直に嬉しい。

 友達だからね。友達が褒められると、嬉しくもなります。普通だよね?

 

 ……まあ、それはそれとして、本当にお客様が多い。

 さっきから、ひっきりなしに注文用紙がこっちに来る。

 

 それに合わせて、全部のコンロを使ってるため、本当に忙しい。

 

 でも、【料理】スキルのレベルが10のおかげで、何とかなっている。

 

 一回作るのに、数人分まとめて作っているので、まだ一人でも問題なく、料理を作れている。

 幸いだったのは、このお店がそこまで大きくないことだろうか。

 六人座りのテーブル席が、二つ。四人座りの席が、五つ。そして、カウンター席が、九つで、合計四十一人が同時に座ることができる。

 

 まだこれくらいなら、なんとかなる。

 

 ……師匠のおかげでもあったりするんだけど。

 考えてみれば、ボクができるようになったことの大半って、師匠が原因なんだよね……うん。釈然としない。

 

「ミサ、ヤオイ、追加できたよー!」

「了解よ」

「はいはーい」

 

 ボクがどんどん作り、ミサとヤオイができたそばから運んでいく。

 こんな状況が、夜の九時までずーっと続いた。

 

 

「「ああぁぁぁ……疲れた~~~~」」

「お疲れ様、二人とも。手伝ってくれて、ありがとうね」

「いいのよ。珍しく、ユキの方からお願いが来たものだから、ちょっと嬉しかったわ」

「わたしも、冬〇ミでお世話になったからねぇ。これくらい、お安い御用だよ」

 

 お客様がみんな帰った後、ミサとヤオイの二人は、テーブルに突っ伏して、ぐでーっとしていた。

 そんな二人にお礼を言うと、どっちもなんでもないように言ってくれた。

 いい友達を持ったなぁ、ほんと。

 

「あ、そうだ、バイト代を渡さないとね」

「え、いいの?」

「別に、善意でやったからいいんだよ? ユキ君」

「いいのいいの。店員でもないのにやってもらっちゃったんだから、もらってもらって。それに、結構な収入になったしね、今日は」

 

 そんな今日の収入は、30万テリルほど。

 特に一番人気なのは、ハンバーグと肉じゃがだった。

 家庭料理って、なんだかほっとするもんね。なんだかわかる気がする。

 

「それじゃあ、はい、これ」

 

 二人にトレードを申し込み、それぞれ5万テリルずつで設定。

 

「こんなに……本当にいいの? ユキ」

「うん。ボクはお金に困っていないからね。それなら、これくらい問題ないよ。どの道、売り上げはあと20万も残ってるしね、今日のは」

「30万も出たのね」

「開業から二日目で30万かぁ。ねえ、ユキ君、昨日の売上ってどれくらい?」

「うーん、そこそこの人数だったけど、4万5000テリルだよ」

「……次の日に約六倍も売り上げが伸びているって……」

「やっぱり、ユキ君はすごいねぇ」

「そ、そうかな? でも、まだまだだと思うんだけどね……」

 

 たしかにすごいかなぁ、とは思うけど、この先ボク以上の人だって出てくると思う。

 今は、ボクだけしかお店を持っていないから、こうしてボクが独占しているような形になっているんだと思うしね。

 

「ユキの超謙虚は今に始まったことじゃないし、聞き流すわ。……それじゃ、ありがたくもらっておくわね、ユキ」

「わたしも。調合士って、結構お金がかかってね。かなり助かるよー」

「あ、やっぱり、調合士ってお金がかかるんだね」

「まあねぇ。やっぱり、いろんなアイテムを使って、別のものを作る職業だからね。いいものを買おうとすると、すぐにお金が無くなっちゃってね」

「そっか……」

 

 うーん、お金かぁ。

 

 たしかに、ボクのように、向こうの世界のものを引き継いでいるわけじゃないから、普通は序盤は金欠なんだよね……。

 

 ボクたちの中では、ヤオイだけが生産職。

 それを考えると、一番お金がかかる。

 

「ねえ、二人とも。よかったら、ここで接客をしてくれないかな……?」

「接客? 今日みたいな?」

「そう。もちろん、ちゃんとお金は払うよ。そうだね……その日の売り上げの、3分の1でどう? もしそれが嫌なら、希望を聞くけど……」

「いえ、全然問題ないわ。私としても、今日のあれを見て、ユキ一人で今後もやると思うと……さすがに負担が大きそうだしね。いいわよ」

「わたしも大歓迎! 調合士は入用が多いからね! 安定した収入源があると、すごくありがたいよー」

「う、うーん、安定しているかどうかはちょっと微妙だけど……ありがとう、二人とも」

 

 二人とも、この店で一緒に働いてくれるようで、かなり嬉しい。

 ちょっと一人だと寂しくてね……。

 

「でもたしか、このお店って不定期なのよね? 時間的には」

「うん。あんまり深くは考えてないけど、ログインした日に開店して、1~2時間で考えてるよ」

「まあ、ユキが遊ぶことも考えたら、それが普通よね。でも、あれよね。そうなると、あの二人が可哀そうね……」

「あ、そっか。三人だけだとそうなっちゃうんだよね……」

 

 そう考えたら、あの二人が仲間外れみたいになっているようで、なんだか心苦しい。

 さすがにそれは、友達的にどうなんだろう?

 

「じゃあ、二人にも頼んでみようかな……?」

「それがいいわ。喜んで手伝ってくれると思うわよ」

「だねー」

「……でも、外で遊んだりする時間が減っちゃうけど、いいの?」

 

 この辺りがちょっと心配。

 こうして、ボクみたいにお店を持つのって、普通なら生産職の人たちがメインだからね。

 ヤオイ以外は、普通の戦闘職だから、レベルも上げにくくなっちゃうと思うんだよね……。

 

「ああ、気にしないでいいわよ。私たちは、五人で楽しく遊べれば満足だし」

「そうだよ、ユキ君。ユキ君は、レベル上げに行っていいよ、なんて言って、わたしたちと別行動してたけど、わたしたちはユキ君とも遊びたかったからね。全然いいよ」

「そ、そうだったの?」

「当然。中学生のころから、五人で過ごしてるのよ。遊ぶなら、やっぱり五人が一番よ」

「……そっか」

 

 本当に、ボクにはもったいないような友達だよ、みんな。

 こんな人殺しでも、変わらずに友達でいてくれるんだもん。

 

「うん。じゃあ、二人にもお願いしようかな。どの道、洋服屋さんの方も、ちょっと変えるし」

「あり? そうなの?」

「昨日作成を依頼しに来た人が、完成した装備を受け取りに来てね。ちょっと話したんだけど、あらかじめ作っておいたものを売ってみようかなって」

「なるほど。たしかに、洋服屋、なんて言っているわけだし、その方がいいかもねー。それで、値段は?」

「うーん、レアリティで変えようかなって。例えば――」

 

 と、ボクが思いついたことを二人に話す。

 

 ヤオイと話した際に、ヤオイが提案してきたことを基に、ボクなりに考えた。

 

 出来合いの物を売るとして、定めるのはレアリティ。

 売るのは、1~5までのレアリティの服。

 さすがに、6以上はちょっと危険。

 

 7以上となると、オーダーメイドになる。

 

 オーダーメイドは月一人に変更したので問題なし。

 

 それで考えたのは、1が500テリル。2が1000テリル。3は、2000テリル。4は5000テリル。5は1万テリル。

 値段にここまで差があるのは、単純に作成した服に付く、ステータス補正が高めだから。

 

 1だと、5~10程度だけど、5ともなると、ステータス補正が一つじゃなくて、二つ付くようになる。

 

 なので、それで値段を出してみました。

 

「――という感じなんだけど、どうかな?」

「うん、それがいいと思うよ、わたしは。さすがに、ステータス補正が二つ付いているのはレアだからねぇ。1万でも少ないくらいだと思うけど、最初の一つ気はそれでいいんじゃないかな? あとあと、ちょっとだけ値段を上げればいいし」

「私は、あんまり経営とかに詳しくはないと思うけど、それくらいでいいんじゃないかしら? ユキ的には、ファッション的な目的で作るのよね?」

「うん。そのつもり。これくらいなら、ダンジョンの宝箱とかに入ってるレベルかもしれないしね」

「そうだね。レギオ、って言う人は、ダンジョンでレアリティ6の装備を手に入れたみたいだから、いいと思うよ」

 

 ヤオイからOKをもらえれば、多分大丈夫だよね。

 うん、よかった。

 

「それじゃあ、そっちは決まり、と」

「あっちの二人に関しては、私から連絡しとくわね」

「ありがとう」

「それじゃ、今日はもう落ちよっか」

「そうだね。ボクもちょっと疲れたよ」

「私もへとへと……じゃ、また明日ね」

「はいはーい! じゃあねー、二人とも!」

「うん。今日はありがとう! おやすみなさい」

 

 そんなわけで、今日はお開きとなった。

 はぁ、二人がいなかったら危なかったよ……。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:見たことない装備】

1:おっす、今日は遅めだぜ

 

2:たしかに。やっぱ、飽きた?

 

3:んなまさか! ってことで、早速話してこーぜ

 

4:話すってもなぁ……あ、そうだ。お前ら、【初級の洞窟】行ったか?

 

5:行った行った。ボスのゴブリンロードがやばかった

 

6:あー、あれな。道中の雑魚モンスターの平均レベルが3程度なのに、14なんだもんなぁ。マジしんどかった……

 

7:名前が完全に詐欺ってるでござる

 

8:報酬が、棍棒武器なんだよなぁ、あそこ

 

9:鍛冶師くらいだもんな、棍棒なんて

 

10:つーか、鍛冶師を選んだ奴っているのか? 見たことねーんだが

 

11:あれは、初期にやるべき職業じゃないンゴ

 

12:たしかに。まだ、調合士の方がましだよなぁ

 

13:いや、あれマジで金が要る。素材アイテム高い

 

14:マジか……んじゃあ、やっぱ、人気なのは戦闘職か……

 

15:戦闘職だと、やっぱり戦士と魔法使い、侍が安定しているでござるが

 

16:暗殺者は?

 

17:いや、あんなん反射神経と動体視力がよくなきゃできねーよ。防御力が低いし。STRも上げにくいし。あれ、戦闘職じゃ、一番ムズイんじゃね?

 

18:じゃあ、女神様は? たしか、暗殺者だったはずじゃが?

 

19:……あれは、例外じゃね

 

20:まあ、イレギュラーだったレベル12のボス、瞬殺だったでござるしな……

 

21:……あ、そういや今日、ちょっと気になることがあったんだが

 

22:ほう、なんだね?

 

23:まず聞くが……侍って、魔法使えたか?

 

24:は? 何をわけのわからんことを。使えるわけないだろ、説明にあったぞ?

 

25:だ、だよな……

 

26:どうかしたンゴ?

 

27:いや、草原でレベル上げしてたら、魔法を使ってる侍の女性プレイヤーがいてな……

 

28:身間違いじゃね? 普通、使えねぇだろ

 

29:だ、だよな……

 

30:ちなみに、どんな奴?

 

31:なんかこう……嵐と炎が対立しあってるような絵が描かれた着物着てた

 

32:着物か……そういや、そのプレイヤー見たぞ、俺

 

33:マジ? どこで?

 

34:最初見かけた時は、普通の鎧系装備だったんだが、ある店に入って、出てきたら、それに変わってた

 

35:ふむ。ある店、でなんとなーく察しはつくのじゃが……言うてみ

 

36:白銀亭

 

37:……そうかぁ。女神様のとこかぁ……

 

38:じゃあ、魔法使ってた侍職の女性プレイヤーがいるってのも、あながち嘘じゃなさそうだ……女神様が関わってるんじゃなぁ……

 

39:たしかに

 

40:……まあ、女神様のぶっ飛んだ行動は今に始まったとじゃなし

 

41:そうだな。……あ、そういや白銀亭行ったやつおる?

 

42:当然、行った

 

43:わしも行った

 

44:拙者も

 

45:オレも

 

46:やっぱ行くよな

 

47:当然でござる

 

48:あ、そういや、女神様の店に、なんか友達と思しきプレイヤーが手伝いで入っていたンゴ

 

49:へー、男? 女?

 

50:美少女二人だったンゴ

 

51:ちなみに、どんな感じ?

 

52:黒髪ロングで雪の結晶が描かれた着物を着た、いかにも大和撫子と言った感じの娘と、オレンジ髪で、白衣を着た優しそうな感じの美少女

 

53:……着物? 白衣?

 

54:さっき、普通にスルーしたけど、和服なんてあんの?

 

55:まだ見つかってないはず……でござる

 

56:てか、白衣って何? なんで、ファンタジーの世界に、白衣があるん?

 

57:さ、さあ? やっぱ、女神様の友達だから、じゃね?

 

58:納得した

 

59:てか、それ以外で納得する方法がない

 

60:そりゃそうじゃろ。女神様は、女神様だから、色々とすごいことができるわけじゃしな

 

61:だな

 

 この後、有志の力によって、ミサとヤオイが写ったスクリーンショットが上げられ、誰が好き、とか、恋人にするんだったら、三人のうち誰、という話題となった。

 ちなみに、結果は、ユキに60%くらい入り、ミサとヤオイに、それぞれ20%ずつ入った。

 理由は、恋人にしたいと思うのは恐れ多い、とのこと。

 結局人気であることに変わりなかったが。




 どうも、九十九一です。
 今年最後の投稿ですね。まあ、結局明日も普通に投稿するから、あんまり変わらない気がしますけどね。
 さて、今年始めたこの小説を、読んでくださっている皆様、いつも読んでくださりありがとうございます! 来年も頑張りますので、最後まで(いつになるかわからないけど)お付き合いいただければ、ありがたいです。
 新年最初の投稿も、いつも通りになりますので、よろしくお願いします。
 では、よいお年を!


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183件目 謎は多い

新年あけましておめでとうございます! お正月早々、こんなつまらない小説を見てくださり、ありがとうございます!


 ログアウト後。

 ボクは、例の布について、気になることを師匠に尋ねに行く。

 

「師匠、起きてますか?」

 

 ドアをノックしながら、呼びかける。

 少し物音がして、扉から師匠がそっと顔をのぞかせる。

 

「どうした?」

「あ、えと、ちょっと気になることがあって、師匠に訊きに来たんですけど……今って大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。まあ、入れ」

「はい」

 

 師匠に、部屋に入るように言われて、ボクは師匠の部屋に入る。

 中は、別段汚れているとか、散らかっている、なんてことはなく、最初に家具を設置した後状態で保たれていた。

 

「あれ? 師匠、随分部屋が綺麗ですね」

「今のあたしは、居候だからな。さすがに、愛弟子の汚すほど、あたしの心は汚れてない」

「そうですか。でも、意外です」

「……まあいいだろ。ほれ、とりあえず座って話そうか」

 

 師匠の部屋は、機能性を優先した部屋。

 あるのは、小さめのテーブルと、座布団。それから、ベッドに本棚、パソコン、机。そして、クローゼットくらい。

 本当にこれだけ。

 

 師匠は、最低限の暮らしができればいい、という考え方らしく、あまり無駄なものがない部屋だ。

 

 ……ただ、妙にクローゼットが膨らんでいるような気がするんだけど……気のせい、だよね?

 

「んで? 訊きたいこと、ってのは何だ?」

「あ、はい。えっと、向こうの世界のことなんですけど……えっと、ボクが出会った女神様って、師匠が知っている神様だったりするんですか?」

「あー、どうだったか……たしか、違ったはずだぞ」

「ほんとですか?」

「ああ。たしか、今あの世界を管理している神ってのは、二代目だったな」

「二代目? えと、前の神様って?」

「……死んだよ」

 

 師匠は短く、そして一番わかりやすい言葉で、そう言った。

 その顔には、深い悲しみ、そして嘆きが見て取れた。

 

「え……」

「死んだ。まあ、色々あってな」

「ど、どうして?」

「……さあな。あたしも、あれがいつのことだか覚えていない。つか、100年から先の人生、ほとんど覚えて無くてな。あたしですら、何百年生きているのかわからん」

「でも、前に百年以上って……」

「二百年生きようが、五百年生きようが、百年以上と言えば、百年以上だろ?」

「そ、そうですけど……」

 

 それは、屁理屈、って言うんじゃないの?

 なんて、今空気じゃ言えるわけがない。

 

「……ま、色々あったんだ。あいつは、あたしの唯一無二の親友だった」

「師匠、神様と親友だったんですか?」

 

 理不尽で、強くて、傍若無人で、面倒見がよく、なんだかんだで優しい師匠にも、親友と呼べる人がいたんだ……。

 

「ああ。どういうわけか、仲良くなってな。本当にお人好しで、人が好きで、謙虚で、そのくせ、誰かのためにはいつだって真っ直ぐだったぞ。そうだな……ちょうど、お前みたいにな」

「ボクですか? あはは、何言ってるんですか。ボクは人間ですよ? 女神様みたい、って言うのはちょっと言いすぎですよ」

「……人間じゃない可能性があるんだがな」

「え? 師匠、何か言いました?」

「いや、何でもない」

「そうですか?」

 

 今、小声で何かを言っていた気がしたんだけど……気のせいだったのかな?

 師匠、たまに何かを隠しているように感じる時があるんだけど……まあ、単なる思い過ごしだよね。

 

「んで? 訊きたいこと、ってのは前の管理者の女神か?」

「あ、いえ。ちょっと、向こうの世界を模したゲームが三日前に出たんです」

「ほう。あの世界をねぇ?」

 

 師匠は、感心したような顔をしながら、頬杖を突く。

 

「それで、女神の布、なんていうアイテムが出てきて、何でも、『かつて、この世界を愛し、管理していた女神の力が宿っているとされる布』なんて説明があったんです」

「そんなアイテムが……」

「それで、どうにも、懐かしい感じがするというか、ちょっと手に馴染むというか、そんな感じがしているんですよ」

「……それ、ほんとか?」

 

 ボクが、布に対して感じていたことを言うと、師匠が何や真剣な表情になった。

 

「は、はい。えっと、何か……?」

「……ふむ。ちょっと気がかりだが……まあ、気のせいだ。気にするな」

「は、はぁ……」

 

 なんだか、様子が変だけど……師匠が気にするな、って言うんだから、気にしない方がいいよね。

 多分、そこまで深刻な問題でもないと思うし。

 

「あ、そう言えば師匠。たまに、いろんなところに行っているみたいですけど、何をしてるんですか?」

「ん、あー、そりゃお前、ブライズだよ、ブライズ」

「ブライズ、って、体育祭の時に出現した、あの黒い靄ですか?」

 

 言われてみれば、体育祭で見たっきり、一度も見かけていない。

 

「ああ。そのブライズだ。あたしは、エイコの頼みで、この世界にを飛び回っていてな。異世界人がいないか、と言うことを調査して回っている。そして、ブライズもついでにな」

「つ、ついでって……あれ、ついでで済ませていいような存在じゃないと思うんですけど」

 

 人に憑りついて、悪意を刺激、そして行動に移させるような、害悪の塊のような存在を、ついでで探すって……。

 

「別に、ついででもいいんだよ。この世界の人間に憑りついたところで、普段よりもちょっと強くなる程度だ。数人がかりで抑えりゃ、簡単に抑えられる。……もっとも、あれを消すのは、聖属性の何かじゃないと、無理だがな」

「そ、そうなんですか」

 

 普段よりちょっと強くなる程度……うーん、でも佐々木君に憑りついたブライズって、普通に人の言葉を話してたし、少なくとも態徒が一方的にやられるくらいに強くなっていたんだけど……憑りつく人によっては、結構危険なんじゃ?

 

「そういや、この世界には、陰陽師とか、エクソシストなるものがいるんだったよな?」

「エクソシストはともかく、陰陽師は今いるかは……」

 

 そもそも、悪霊とか、悪魔がいるかどうか不明な状況……というか、大体はいない、と言われてきた世界。

 

 過去にいたのは知っているけど、現代にもいるのかはわからない。

 

 よく、超能力者もたまにテレビに出てくることがあるけど、ああいうのも実際のところ、本当かどうかなんてわからないしね。

 

 ……まあ、少なくともこの世界には、魔法を使えたり、人外的なことができる、ボクと師匠がいるけど。

 

「まあ、いるいないはともかく、聖水だとか、お札とかがあって、それを扱える奴がいるんだとすれば、ブライズは簡単に払えるよ。少なくとも、この世界の奴でも、ある程度抵抗できるレベルでな」

「……じゃあ、師匠はいると思うんですか?」

「そりゃお前、あたしらみたいな奴がいるんなら、いても不思議じゃない。世の中、自分の目で見えている者だけが真実、ってわけじゃないからな。ひょっとすると、秘匿にしているだけで、本当はいるかもしれないぞ」

「た、たしかに……」

 

 だって、学園長先生みたいな、とんでもない人が近くに潜んでいたのに、それに全く気付かなかったもんね……。

 そう考えると、師匠が言っていることは、本当に納得できる。

 

「えっと、それで、ブライズの方は?」

「ああ、見つけ次第消している。あたしの『気配感知』を最大に使えば、世界中をくまなく探すことができるからな。それで、探している。ちなみにだが、今は消して回っているおかげで、徐々に減ってきているぞ……って、どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

「せ、世界中? 『気配感知』を?」

「ああ。これくらい、あたしなら朝飯前だ。お前もいずれ、その境地にたどり着けると思うぞ」

「い、いやいやいやいや! いいですよ、そんなことができるようにならなくても!」

 

 というか、世界中をくまなく探すことができる『気配感知』って何!?

 師匠は確かに、異常に強くて、理不尽な人だけど、まさかそこまで理不尽だとは思わなかったんだけど!?

 これ、師匠が誰かに殺された! とか言われても、全っ然信用できないよ!

 

「まあ、できるっつっても、短い間だけだぞ?」

「あ、そうなんですね」

 

 さすがの師匠でも、常時展開は無理の様だ。

 うん。いくら師匠と言っても、さすがに、常時展開は――

 

「できても、二十時間程度だろう」

 

 ほとんど常時展開みたいなものでした。

 おかしい、この人絶対おかしいよ……。

 

「そこはほら、あたしだしな。世界最強と言われた伝説の暗殺者は、強いってことだ」

「……それは、身に染みてわかってますよ」

 

 修業時代とか、異世界に再訪した時とかにね……。

 殺されたり、神殺しの話を聞いたりしたもん。

 

「しかしまあ、ゲームの舞台にねぇ……。エイコも、なかなかにおかしなことをするものだな」

 

 師匠は人のこと言えないよね……だって、やらかしまくってるもん。

 

「それで? 訊きたいこと、ってのはさっきので終わりか?」

「あ、はい。一応あれだけです」

「そうか。……さて、もう夜も遅い、お前はさっさと寝な」

「そうですね。それじゃあ、ボクは寝ますね、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 最後に軽く挨拶をしてから、ボクは師匠の部屋を後にした。

 

 

「……あの女神の、ね」

 

 イオがいなくなった部屋で、あたしは一人呟く。

 

 エイコから、ゲームを作っている、という話を聞いてはいたが、まさかあの世界をモデルにしたものとはな。

 

 異世界観測装置、だったか? よくもまあ、あんな大それた物を作れるよ、エイコは。

 本当に天才だ。

 あたしとはまた違った方面でのな。

 

 ……それにしても、イオが言っていた感想はちと気になる。

 

 懐かしい、手に馴染む、か。

 

 もしかするとあいつは、初代と何らかのかかわりがあった人間の生まれ変わりなのかもな……。

 

 そう考えるなら、あいつが微力の神気を放っていても不思議ではないし、種族の項目が見れなくなっているのも変ではない。

 

 あたしの中での最大の謎は、イオだ。

 

 どことなく懐かしい気配はするし、あの異常な幸運値も気になる。なんだよ、7777って。そんな数値、聞いたこともないわ。

 あるとすりゃ、初代女神の、ミリエリアくらいだろうな。

 

 あいつ……というか、神族は基本的に幸運値が高いしな。つっても、大体の奴は1万越えとかのバケモンみてーな幸運値だったがな。

 

 やっぱあれか。隔世遺伝で生まれてくる、なんて稀有な部分も、幸運値が関係してるのかね、イオは。

 

 だがまあ、あいつが世界一可愛い弟子であることに変わりはないし、あいつがあいつであることにも、変わりはない。

 

 別にいいだろ。弟子に、いくつも謎があったって。

 どうせ、わからないことはわからない。

 

「ま、なるようになるだろ」

 

 あたしはとりあえず、あいつの師匠として、できることをしてやればいい。

 

 もし、あいつに命の危機が及ぶような状況があれば、あたしが身代わりになってでも、助ける。それくらいはするさ。

 

 ……しかし、気になることは山積みだな。

 

 イオは謎が多いし、ブライズもどこから来ているのか、今は推測を立てるくらいしかできん。

 

 あたしらの世界の住人もこっちの世界に来てしまっている奴が何人もいる。

 そいつらは、早急にどうにかしないといけない問題だ。

 

 ……『空間転移』があってよかったよ、ほんと。

 

 でなきゃ、海の上を走らなきゃいけなくなるところだ。

 あれ、かなり疲れるからできればやりたくないからな。

 ……ま、『空間転移』はそのために覚えたスキルだがな。

 

「……さて、あたしもいい感じに眠くなってきたし、寝るか」

 

 最近、色々なところに言っていためか、かなり疲れが出ているようだ。

 我ながら、情けない話だ。

 やや自分に呆れながら、あたしは睡眠の世界に旅立った。




 どうも、九十九一です。
 新年ですね。新年だというのに、やっていることは、昨日と同じですがね。まあ、これが私です。いつだって、小説を書きますよー。
 さて、前書きでも言ったように、新年早々、こんな小説を読んでくれて、ありがとうございます。小説を書いて、初めて新年の挨拶をした気がします。
 今年も、面白いものが書けるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
 ちなみに、今日も2話投稿、の予定です。いつもの二パターンだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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184件目 ゲームでもロリ

 四日目。

 

 いつも通りに、目が覚めて、いつも通りに起き上がろうとして……

 

「いたっ!?」

 

 失敗した。

 起き上がろうとしたら、何かを踏んで、滑って転んでしまった。

 ……このパターン、すっごく見たことがあるというか……。

 正直、体が妙に寒い時点で、大方理解はできてるんだけど……一応、見よう。

 ボクはベッドから降りて、いつもの姿見の場所へ。

 

「……うん。なれた」

 

 ボクの姿は、またしても、小学生の姿になっていた。

 ちなみに、耳とか尻尾は生えてません。

 普通の小さな女の子だったことが、せめてもの救いだよ。

 

「……人って、こんなに突拍子のない状況に陥っても、慣れてたらここまで落ち着くんだね」

 

 さすがに、姿が変わるのも慣れましたよ。

 だって、ね? 初じゃないんですよ?

 二〇二一年に入ってからは初だけど、この姿になるのは、もう三回目だからね……。

 さすがに三回目ともなれば、誰だって慣れるよ。

 ……まあ、まさか、お正月中になるとは思わなかったけど。

 

「この姿でゲームをやると、どうなるんだろう……?」

 

 そう言えば、ボクの持ってる称号に、【変幻自在】って言うのがあったよね……?

 たしか、姿によってステータスに変動がある、みたいな感じの効果だったはず。

 そうなると、この姿に対して、何らかの低下がみられる、かも?

 

 ……うーん、とりあえず朝ご飯食べてこよう。

 新年始まって間もない頃に、ボクがリビングへ行くとどうなるか。

 答えは、

 

「いゃったああああああああああああ! ロリ依桜! ロリ依桜よ! 新年早々この姿が見れるなんてぇ……初ロリ! 初ロリね!」

 

 母さんが全力で抱きしめてきます。

 

「むぐっ! か、母さん、く、くるしぃよぉ……」

「あら、ごめんなさい。……にしても、本当に素晴らしい娘を持って、お母さん、幸せだわ~」

 

 なんて、恍惚の表情で母さんがそんなことを言っていた。

 ……それでいつも抱きしめられるボクの身にもなってほしい。

 小さくなっているせいで、抱きしめられた際、抜け出すのがちょっと難しいんだから。

 

「はぁ、堪能した。……さて、朝ご飯できてるから、食べちゃって。今日もゲームするんでしょ?」

「うん。冬休み中は大体ずっといるかな?」

「普通の親なら止めるんでしょうけど、依桜は人生ナイトメアモードみたいなものだったからね。全力で楽しみなさいよー」

「だいじょうぶだよ、ちゃんと楽しんでるから」

 

 ちょっと気になることもあったり、舞台が異世界だったりするけど、かなり楽しめてる。

 

「それならいいわ」

 

 最近、奇行や奇妙な言動をすることが多くなったけど、なんだかんだで優しい、母さんだった。

 ……普段のあれがなければね……。

 

 

 ある程度の家事をこなした後、ボクはゲームにログイン。

 果たして、どんな姿で入るのか……。

 ドキドキした気持ちで目を開けると、

 

「……あー、うん。小さいね」

 

 現実と同じ姿になっていた。

 

 装備自体は、この体に合わせたのか、小さくなっている。

 ボクが小さくなっている姿が、こっちの世界で反映されているのはやっぱり、【変幻自在】のせいなのかな?

 

 ……もう一度見てみよう。

 

【変幻自在】……様々な姿に変化をする者に与えられる称号。姿によって、ステータスが変動する。場合によっては下がることも。現実の姿が反映されるようになる

 

 ……なんか、文章増えてない?

 最後の一文、前に見たときあったっけ?

 ……思いだす限りではなかったはず……。

 もしかしてこれ、その姿になった時だけに現れる文章、とか?

 ……気にしても仕方ないし、とりあえずお店に行こう。

 

 

 道中、かなり視線を感じながらも、お店に到着。

 

 やっぱり、小さい女の子がいると、目立つのかな……。

 どうにかした方がいいんだろうけど、無理だろうし……。

 

 あ、そう言えばステータスに変動が出る、って書かれてたけど、どういう風に変動が出てるんだろう?

 

 ちょっと確認。

 

【ユキ Lv12 HP150/150 MP250/250 

 《職業:暗殺者》

 《STR:100(+75)》《VIT:40(+70)》

 《DEX:130(+30)》《AGI:220(+300)》

 《INT:140》《LUC:200(+100)》

 《装備》【頭:なし】【体:隠者ノ黒コート】【右手:魔殺しノ短剣】【左手:天使ノ短剣】【腕:創造者ノグローブ】【足:隠者ノ黒コート】【靴:悪路ブーツ】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【最強の弟子】【神に愛された少女】【純粋無垢なる少女】【変幻自在】【可憐なる天使】

 《スキル》【気配感知Lv10】【気配遮断Lv10】【消音Lv6】【擬態Lv1】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【瞬刹Lv10】【投擲Lv5】【一撃必殺Lv7】【料理Lv10】【裁縫Lv10】【鑑定(低)Lv2】【無詠唱Lv10】【毒耐性Lv8】【睡眠耐性Lv5】

 《魔法》【風魔法(初級)Lv3】【武器生成(小)LV10】【回復魔法(初級)Lv10】【聖属性魔法(初級)Lv1】【付与魔法Lv2】

 《保有FP:260》《保有SP:2000》】

 

 ……うん? たしかに、ステータスに変動はあるけど……AGIだけ、なんか上がってない? というか、下がったのって、HP、MP、STR、VITの四つだよね? これ、そこまで変わった? ほとんど変わってない気がするんだけど……。

 

 いや、それ以前に……なんか、称号増えてない?

 

 【可憐なる天使】って何?

 

 そんな称号、昨日までなかったよね? なんで変なものが知らない間に追加されちゃってるの?

 というかこれ、どういう効果?

 

【可憐なる天使】……天使のごとき愛らしさを持った幼い少女(幼女ともいう)に贈られる称号。戦う相手に対して、【過保護】という状態異常を付与させることがある。お店で物を買うと、おまけがもらえる。少女の時に得られる、限定称号

 

 ……【過保護】ってなに? それ、状態異常なの?

 名前からして、結構あれな感じだけど……何をどうしたら、こんなおかしな称号が手に入るの?

 でもこれ、限定称号って書いてあるから、この姿の時しか手に入らない、って言うことなのかな?

 だとすれば、一日限定でしか使えない、隠し称号みたいな位置づけなのかも。

 

「やっほー、ユキ君!」

「来たわよ、ユキ」

 

 お店の扉が開き、カランカランという音共に、ミサとヤオイの声が聞こえてきた。

 ボクは二階の一室から出ると、二人の所に行く。

 

「二人とも、こんにちは」

「「……ロリか」」

「どういうこと!?」

 

 二人が今のボクを見て、同じことを呟いていた。

 

「いやどういうことも何も……ユキ、また縮んだの?」

「あ、朝おきたら、またこうなってました」

「いやぁ、現実で小さくなると、こっちでも小さくなるんだねぇ……学園長先生、わざわざ作ったのかな?」

「……あの人のことだし、ありえない話じゃないわね」

「……たしかに」

 

 ヤオイの言う通り、学園長先生のことだから、本当にやりかねない。

 というか、絶対にやると思う。

 ……じゃあ、【変幻自在】とか、【可憐なる天使】とかみたいな称号も、あの人が作った可能性があるよね……だって、明らかに狙ったような効果と、名前だもん。

 

「それで? その状態で何か不便があるの?」

「いちおう、四こうもくくらいステータスが下がってるけど、AGIはむしろ上がってるよ」

「へぇ、どのくらいなの?」

「えっと、AGIは、このすがただと、550」

「……化け物ね」

「いやぁ、最速だねぇ、この世界だと」

「た、多分レベル上げをして、ボク以上になっている人だっていると思うよ……?」

 

 たしか、レギオ、って言う人が一番高いって言ってたし、最強とも言われてたもん。

 ボクなんかより、絶対強いと思う。

 

「そもそも、スタートラインが違うから、差は簡単に埋められると思うけど?」

「異世界で鍛えてた結果の、今のユキ君だもんねー。スタートラインが最初から違うのは、当たり前なんじゃないかな」

「……ボクとしては、もうちょっと後ろの方がよかったんだけど」

 

 だって、ボク一人だけ、やけにステータスの伸びがいいんだもん。

 

「それでも、ユキの場合は体の動かし方が、群を抜いているから、多少ステータスに差はあっても、すぐに覆してそうだけどね」

「たしかに。ゲームにおいて、一番大事なのって、なんだかんだでPSだからね。ユキ君の場合、それがダントツだもん」

「ま、まあ、文字通り死線をくぐりぬけてきたからね」

 

 普通の高校生じゃ、経験しないようなことを、数多く体験してきたからこそ、ボクは無駄に強くなっちゃったからね……。

 

 正直、ここは否定する気はない。

 

 否定なんてしたら、ボクの過去と、それに関わって来た人たち全員を否定することになっちゃうからね。

 

「そりゃそうよね。……それにしても、あの二人遅いわね」

「いやいや、わたしたちがちょっと早すぎるだけだよ、ミサちゃん」

「あ、それもそうね」

 

 集合時間は、お昼の一時。

 理由は特にないです。お昼も食べた後で、ちょうどいいかな、という理由。

 ちなみに、今の時間は、十二時半です。

 

「悪い、遅くなった」

「来たぜー」

 

 と、話をしていたら、ちょうど二人がお店に入って来た。

 

「って、うお、ユキがまたロリになってる」

「ゲームでも、その姿は反映されるんだな、ユキ」

「あ、あはは……どうやら、そのようで……」

 

 小さくなったボクを見て、二人がちょっとだけ驚いたような表情をし、晶は大変そうだな、みたいな顔もした。

 本当に、大変だよ。

 

「それで? 何か変わったこととかはあるのか?」

「えっと、HP、MP、STR、VITが少し低下して、AGIが上がって、【可憐なる天使】なんて名前の称号が付いてるよ」

「……謎だな、ユキ」

「ちなみに、どんな効果よ?」

「う、うーん、それがよくわからなくて……なんでも、たたかう相手にたいして、【過保護】って言うじょうたいいじょうが付与されることがある、って書いてあるんだけど……あと、お店に行くと、おまけがもらえるとか」

「【過保護】って、状態異常なのかしら?」

「ある意味では、状態異常なんじゃないかなー」

「そもそも、効果ってなんだ?」

「やっぱ、攻撃できなくなる! みたいな、あれじゃね?」

「とりあえず、調べてみたら?」

「そ、そうだね。ちょっとまってね」

 

 【過保護】という部分を、軽く鑑定してみる。

 

【過保護】……状態異常の一種。主に、幼い少女に対して発動する場合が多い。性別は関係なく、男女問わずこの状態異常になることがある。効果は、過保護を付けられた相手に対し、攻撃した時のダメージが通常時の一割以下になる。同時に、過保護を付けられた相手に倒されると、失う金額が四割から八割になる

 

 という、【過保護】の効果を言うと、

 

「「「「「うわぁ……」」」」」

 

 聴いていたみんなだけでなく、効果を読み上げていたボクも思わず、ドン引きしていた。

 

「これは、さすがに……」

「効果がえげつねぇな、マジで」

「強すぎないか? この状態異常」

「ある意味、ユキ君って、この姿だと無敵だね」

「……さすがにこれはちょっと……」

 

 ボクとしても、この称号は、不本意なんてものじゃないよ。

 

 だって、何もしなくても、向こうに状態異常がかけられるってことだよね? 確立発動だからまだマシだけど……だとしても、それを補って余りあるほどの効果だよね、これ。

 

 仮にこの状態異常にかかったとして、ボクに倒されれば、八割ものお金を失うことになるんだよね? ひ、酷すぎる……。

 

「……この状態のユキに勝負を仕掛けちゃダメね」

「金の大半を奪われるからな」

「それに、攻撃力も大幅に減少。勝つことがほぼ不可能だろうな」

「そうだねぇ。攻撃が一割以下ってことは、ほとんどダメージが入らないってことだもんね。下手なボスよりもボスだよね」

「まあ、ユキがラスボスで、ミオさんが裏ボスよね」

「師匠に関しては、ひていできない……」

 

 師匠、本当に裏ボスみたいな存在なんだもん……。

 ボクがラスボス……というのはちょっと変かもしれないけど。

 

「姿が変わるって言う点は、ラスボス特有のものじゃね?」

「『私はあと、変身を二回残しています』みたいな感じかなー?」

「フ〇ーザ様みたいね」

「いや、あれより質悪いだろ」

 

 ボク、宇宙の帝王になったわけじゃないし、なる気もないんだけど……。

 

「……まあ、ユキだし」

「「「たしかに」」」

「ひ、ひどくない……?」

 

 なぜか、みんなに賛同されました。

 ボクって、そんなに宇宙の帝王っぽいの……?

 すごく不安になりました。




 どうも、九十九一です。
 昨日は、もう一話投稿できなくてすみませんでした……。急遽出かける用事が入ってしまい、投稿できなくなってしまいました。本当に申し訳ないです……。
 その代わり、今日は絶対にもう一話投稿します。ちなみに、いつも通りの二パターンですので、よろしくお願いします。
 それから、新年始まって、再びKrytennさんから、イラストをいただきました!
 今度は、依桜と女委の絡みが描かれたものです。本当に、可愛すぎてやばかったですね、私は。
 よろしければ、見てあげてください。

【挿絵表示】

 それでは。


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185件目 洋服屋さんの準備

「それで、今日はどうするんだ?」

「あー、そうね……そう言えばユキ、この二人に何をやるか説明したの? お店の方」

「そう言えばしてない……」

 

 ミサに言われて思いだした。

 昨日、二人に頼む、とは言ったけど、中身の方をミサに伝えていなかったから、知らないんだよね、二人。

 

「ああ、手伝いを頼みたい、って言われたなぁ。んで? オレとショウはなにをすりゃいいんだ?」

「えっと、ちょっと人が足りなくなっちゃって……。それで、料理屋さんと洋服屋さんの二つをりょうりつさせるのがむずかしくなってきたから、手伝ってほしいの」

「なるほど。つまり、俺たちはユキの店で、接客などをすればいいのか?」

「うん、だいたいそうだよ。とりあえず、レンとヤオイは、洋服屋さんをおねがいしたいな」

「あり? わたしは、ホールの方じゃなくていいの?」

「うん。洋服屋さんは、できあいのいふくを売ったりするんだけど、そっちのはんばいをおねがいしたいの」

 

 本当は、ショウとレンをそっちに、って思ってたんだけど、男女比がちょうどいいし、それぞれ男女一人ずつの方がいいかなと思ったから。

 

「なるほどねー。でも、ユキ君。たしか、一階と二階で分かれてる、みたいなこと言ってなかったっけ? そうすると、わたしたちは、どこでやればいいの?」

「えっとね、一かいと二かいに分かれてると言っても、フロアが分かれているだけで、お会計とかは、もんだいないの」

「そうなのね。と言うことはあれかしら? あくまでも、洋服を置いたり、展示したりするのは二階でしかできなくて、普通に販売くらいだったら問題ない、ってこと?」

「そうだよ。それで、だいじょうぶかな……? むりならむりでいいんだけど……」

「全然問題なしだよ! まあ、ユキ君の頼みを断るわけないよ」

「おうとも! 散々ユキには助けられてるからなぁ。頼ってくれてるってのは、普通に嬉しいぜ」

「ありがとう、二人とも……」

 

 ……まあ、そこまで助けた、って言う自覚がほとんどないんだけど。

 レンの場合は、体育祭の件しか思い出せない。

 ヤオイは、年末のあれだし……。

 ミサは学園祭。ショウは……体育祭で、嫌な服装にしないようにしたり、とか?

 

 うーん、どれも友達としては普通。

 

「それで、ユキ、俺とミサは、ホールで接客をすればいいのか?」

「うん。ショウはたしか、ファミリーレストランでアルバイトしてるって言ってたし、ちょうどいいかなーって」

「ああ、問題ない」

「私も、昨日ので大まかな動きは掴んだから、大丈夫よ」

「よかった……それじゃあ、今日もお店やるから、おねがいね。あ、もちろんアルバイト代ははらうから、あんしんしてね」

「ああ、わかった」

「バイト代も出るのか!」

「もちろん。だって、はたらいてくれるわけだしね。当然のたいかだと思うよ」

 

 むしろ、払わないって、ブラックじゃない?

 働いてくれているのに、金も何も出さないのは、さすがにまずいもん。というか、払わないわけがないしね。

 

「でも、服はまだないのよね?」

「うん、これから作ろうと思ってて。だから、まずは買い出しにいかにといけないんだよね」

 

 料理に使う材料自体は、お店を閉めた後に買いに行くから問題はない。

 でも、まだ洋服を作るのに使う布はまだ買ってない。

 今はまだ、一時手前だから、買いそろえて、作れる数は……8~10くらいが限界、かな。服だけだったら。

 

「なるほどね。そうなると、一時的に別行動になるのかしらね?」

「そうなっちゃうかな。ごめんね、いつも別行動になっちゃって……」

「気にするな。ユキの場合は、あまり自由気ままに過ごすことがなかったからな。こう言う時くらいは、気にせず自由に楽しんでくれ」

「ありがとう、ショウ」

「ほんじゃ、オレたちはもう一度【初級の洞窟】に出も行くか! ユキなしでのリベンジと行こうぜ」

「お、いいねー。行こう行こう!」

「そう言うわけだから、私たちはダンジョンで時間を潰してくるわね」

「うん。頑張ってね」

「それじゃ、行ってくる」

 

 そう言って、四人は【初級の洞窟】に向かっていった。

 

「さて、ボクは買い物」

 

 それを見送ってから、ボクも街に出た。

 

 

「えーっと、あ、これください」

『はいよ! お嬢ちゃん可愛いから、五個おまけしといたよ!』

「あ、ありがとうございます」

 

 必要なものを買うために、ボクは街に出ていた。

 行くのは、【慈愛の布】と【天使の布】を購入した場所。

 これ一つに対し、一般的なレアリティ1~3の物を使用すれば、おそらくレアリティは下がるはず、と踏んで、いくつか購入。

 

 すると、称号の効果が早速現れたのか、50万テリル分も得をしてしまった。一つ10万なのに、いいの? 経営とか、赤字にならない? 大丈夫?

 

 これがゲームの世界だからいいけど、現実だったら大赤字間違いなし。

 ……ま、まあ、一応受け取るんだけど。

 実際は断りたいんだけど、ここに来るまでの間で、別のお店に行って、布を買ってたんだけど、

 

『可愛いから、これをおまけで上げよう』

 

 って、普通に言われて、ボクは、

 

「い、いえ、いいですよ。悪いですし……」

『可愛いから、これをおまけであげよう』

 

 と、『ここは○○の街です』みたいな、RPG定番の人みたいになっていた。

 

 つまり、受け取らないと、会話を終了できない、というわけです。

 

 ……まあ、ゲームの中だから、NPCが赤字になる、なんてことはそうそうないと思うけどね……クエスト関連じゃなければ。

 

 なんてことがありまして、受けとらざるを得ないわけです。

 でも、結局ボクも助かるわけだし、別にいいんだけど。

 

 ……罪悪感はあるけどね、さすがに。

 

『な、なんだあの娘、可愛すぎじゃね……?』

『……可愛い』

『いろいろ買ってんなー……金持ちなのかね?』

『買い物をする幼女……いいな』

 

 うん? なんだか、視線を感じる……?

 

 通常時もそうなんだけど、どうにも視線を感じる。

 やっぱり、銀髪って言うのが目立つのかな? このゲーム、初期の髪色に銀なんてないみたいだし。

 

 染めるのも一応考えようかなぁ……この世界だったら、髪を切ってもすぐに戻せるし、髪色も問題ないみたいだし。

 

 もっとも、髪色に関しては、一度染めたら、銀髪に戻せるかはわからないけど。

 

 あ、でも、髪を短くしたり、髪型をいじったりはしてみたいかも。

 現実だと、母さんとか未果辺りが、なぜか止めてくるし。

 

『依桜の髪の毛は綺麗だからダメ!』

 

 っていう感じに、猛反対してくるんだよね。

 

 ボクとしても、ちょっとは綺麗、かな? くらいにしか思っていないから、別にいいと思うんだけど……。

 

 この際だし、ゲームの中だけでも、髪型変えてみようかな?

 ちょっとだけ興味あるし。

 現実できないことをできるのがゲームなわけだからね。

 

 ……と言っても、ボクの場合、現実でできないこと、というのは髪型を変えたりするくらいなわけだけど。

 

 実際、ほとんどできるしね、現実で。

 

 その内、美容院みたいなところがあったら行ってみよう。

 そしたら、うーん……ショートボブとかミディアムくらいにしてみたいかなぁ。

 

 ショートカットもいいけど、多分、男だった時と同じような髪型になるんじゃないかな? まあ、今の姿の方が、髪の毛がサラサラになっちゃってるけど。

 

 いつか、髪型を変えよう! とか思いながら、ボクの買い物は進み、無事終了となった。

 

 

 そして、お店に戻ってきて、ちょっと考える。

 

 今の時間は二時。これから作ると考えて、衣服だけなら十着は作れる。だけど、それはぶっ通しで作り続ける、という条件付き。いくらゲームで、スキルによるシステム的サポートがかかるのだとしても、休憩なしにやるのはちょっと辛い。

 

 それに、アクセサリー系も作った方がいいのか……。

 でも、そうなると、同時に作ることになるしなぁ。

 

 うーん……あ、そうだ。服とアクセサリーを交互に売ってもいいかも。

 

 例えば、今日なら衣服系だけで、明日はアクセサリー系。その次が、また衣服系、みたいな感じでやる。

 

 ……うん。なかなかにいいかも。

 

 それなら、お楽しみ、みたいな感じに来てくれる人たちもいるかもしれないしね。うん。すごくいい。

 

 そう言えば、最近【裁縫】について、ちょっとだけ調べました。

 

 空いた時間に、軽く、【裁縫】を鑑定してみたところ、どうやら一度作ったことがあるものに関しては、レアリティ、効果は違っても、外見は同じにすることができるみたいだった。

 ちなみに、完成品を想像するだけで、システムが自動的に作ってくれる、みたいな感じにもなってます。

 

 すごく便利。

 

 世界中にいる、服飾を仕事としている人からしたら、喉から手が出るほど欲しいものなんじゃないだろうか。だって、想像通りの物が完成するわけだし。

 

 と言っても、完成形を想像しないといけなくて、ふわっとしたものだと作れないみたい。

 

 例えば、

 

『もこもこしてる。スカートが長い』

 

 みたいな感じの想像をしたところで、衣服はできない、と言うことみたい。

 

 だから、完成形をある程度想像しておくことで、作成ができるようです。

 

 ほんの少しふわっとしている場合は、システムの方で自動的に代替案のような物を設定して、作ってくれるみたいだけどね。

 

 とはいえ、想像なんてしなくても、衣服やアクセサリーを作ることはできる。

 お店用の装備と、ミナさん用に作った衣服がいい例。

 

 つまり、別に想像はしなくても、外見は作ったものの名前や効果に合わせて、自動的に作ってくれるんだと思う。

 

 ……まあ、これで想像しないとできない、なんてなったら、ボクは服飾の勉強をしないといけなくなってたけどね。

 

 さすがに、そこまでしてやろうとは思わないから、よかったと思うよ。

 

 さて、思考を戻して、衣服作成の方へ。

 

 さっき思ったように、一日ずつ、交互で作っていこうかなと思う。

 

 正直、そっちの方がいいと思うし。

 

 衣服はあんまり大量生産できないから、一日にごく数人しか買えないけど、アクセサリーだったら、それなりに量産できる。

 

 一個作るのにかかるのは10分だからね。

 

 エプロンのようなタイプのアクセサリーに関しては、30分だけど、もしかすると、レアリティによって変わってくるかもしれないし。

 

 でも結局、アクセサリーは多少量産ができることがわかってるしね。

 アクセサリーなら、衣服系よりも、多少は手に入る人が多くなる。

 

 一人一個、という制限を設ければ、一日に十人以上に回すのは簡単なはず。

 ……作るのには、そこそこの集中力がいるけどね。

 

「さ、早く作らないと、間に合わなくなっちゃう」

 

 ここで考えるの一旦止め、ボクは衣装づくりに没頭しだした。




 どうも、九十九一です。
 何とか無事に書けました。……まあ、最近の話に比べて、ちょっと短めですが。
 正直、適当に色々と書いているせいで、変な設定がどんどん追加されていて、自分で自分の首を絞めてます。迷走しだしてるだよなぁ、この作品……。
 えー、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。一応2話で予定してますが、どちらかと言えば、1話の可能性が高いです。ちょっと用事があるものですから。
 では。


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186件目 商品完成

 衣装作りを始めて、数時間が経過。

 気が付けば、時刻は六時半。

 もうそろそろ開店する時間になる。

 

 途中休憩を挟んだものの、完成した洋服の数は、八着。

 さすがに、ぶっ通しでやって十着も作るのは、ちょっとね……。

 

 暗殺者として、集中力はかなり大事なものだけど、それとこれとは別物。

 さすがに、集中して警戒し、標的の行動をじっと監視し続けたりするのと、物を作り続けるのとでは、大きな差がある。

 

 どっちがきついか、と言われれば、ボクの場合は後者だよ。

 

 だって、一心不乱に全力で作り続けるんだよ? さすがに、ねぇ?

 

 と、そんなことは置いておいて、ボクの作成した衣服たちはこんな感じ。

 

【丈夫なシャツ】……ブラウスのようなデザインの、白い服。丈夫な布で作られているため、普通の服よりも破れにくい。VIT+10。レアリティ2

 

【駆け出しのスカート】……駆け出しの冒険者の少女などが穿くような、赤いミディスカート。AGI+10。レアリティ2

 

【熟練者のズボン】……熟練の冒険者や騎士団が穿いていることが多いが、あまり見かけないような長ズボン。VIT+15。レアリティ3

 

【臆病者のコート】……臆病だが、慎重で常にあらゆることを想定しているような人が身に着けているコート。AGI+15。レアリティ3

 

【一天のワンピース】……かつて、星空を見続けていたとある少女が身に着けていた、天の川を模したデザインのワンピース。AGI+20。レアリティ4

 

【愛心のシャツ】……慈しみ深いような人が着ていた、カーディガンのような服。HP+20。レアリティ4

 

【慈天のドレス】……可愛らしく、心優しい少女が身に着けていたとされる薄桃色のドレス。VIT+30。レアリティ5

 

【響心のシャツ】……身に着けたものの気持ちが伝わりやすくなる……と言われている、黒のYシャツ。VIT+30。レアリティ5

 

 強いか弱いか、と訊かれれば……正直な話、何とも言えない。

 強いとも言えるし、そこまで強くないとも言えるような、そんな感じの服。

 どういうわけか、女性用の衣服が多いけど……なぜか、男性プレイヤーも着れるという、謎仕様。

 どういう意味なんだろうね。

 

 ヤオイみたいな人たちが喜びそうな感じに思えるのはボクだけなのだろうか。

 

 何も考えないで作ったから、って言うのが大きそう。

 

 多分、男性用の衣服を思い浮かべれば、それに合わせたものができたんじゃないかな?

 うーん、これだと、女性向けのお店みたいになっちゃいそうなんだよね……別に、それが悪いとは言わないけど、できれば半々で売買したいところ。

 

 この中で、男性向けにできるのは、【熟練者のズボン】、【臆病者のコート】、【響心のシャツ】の四着。

 

 一応半々だけど、デザインを見ている限りだと、どちらかと言えば女性寄りになっちゃってるんだよね……。

 

 他の四着に関しては、完全に女性物のデザインになってるから、ちょっと厳しい。

 と言っても、ヨーロッパの方には、スカートが民族衣装で、男性も着る国があるから、一概には言えないけど。

 あとは、女装趣味があるなら、問題はない、かな。

 

 ……それでも、ほとんど男性プレイヤーの人は買おうとは思わないけど。

 

 プレゼントのために買う、みたいな人はいるかもしれないから、何とも言えない部分はある。

 

 もしかすると、恋人同士でプレイしている人がいるかもしれないし、このゲームで出会って、付き合い始めた、なんて人がいるかもしれないしね。

 

 まあ、始まったばかりのゲームだから、そんなことはないとは思うんだけど。

 

 でも、初期だったら、そこそこいいステータス補正が付いた気がする。

 最初はこれでも十分なんじゃないかな? ってくらいだけどね。

 

 強い人ともなると、『弱い』と言われちゃうかもしれない。

 

 そうなったらちょっと悲しいけど……ゲームって、結局性能が物を言う場面が多いからなぁ。

 外見はそこまでよくないけど、性能がいいから使ってる、みたいな感じに。

 

 ボクもそう言った考え方はあるかな。だって、見た目とか、四の五の言ってられなかったもん、異世界。

 

 だって、見た目すごくかっこいい武器が、見た目すごくかっこ悪い武器(剣の柄の部分から、別の剣が生えてる)の方が性能高い、なんてこともあったんだよ?

 

 敵を倒すにはそれが必要だったから、結局使ったんだけど……やっぱり、かなりシュールな絵だったよ。

 

 外見にこだわりたい! と言う気持ちはわかるんだけど、結局強くないんじゃなぁ、みたいなね。

 

 ……まあ、世の中には師匠みたいに、弱い武器でも強者を簡単に倒しちゃうような、化け物じみた人がいるんだけど。

 

 ボクにはそんなことできません。と言うか、できるわけがないです。

 あの人は、色々と人間の限界と言うものを突破しちゃってますからね。そもそも、人と比べちゃダメです。それこそ、神様と比べないと。

 

 あ、そうだ、洋服屋さんが本格的に始まるから、ミナさんにも連絡しないと。

 

『ミナさん、衣服がある程度完成したので、今日売りに出します。と言っても、八着しかないので、すぐに売り切れちゃうかもしれませんが……』

 

 と、試しに送ってみた。

 フレンドリストのミナさんの名前が点灯していたので、ログインしてるはず。

 

 そう思っていたら、返信が来た。

 

『ほんとですか? それじゃあ、友達と行きますね! あ、料理の方も食べに行きます!』

 

 と言う内容。

 

 どうやら、料理の方も食べに来てくれるみたい。

 嬉しい。

 フレンドになったばかりとはいえ、こうやっていろんな人と関われるからゲームっていいよね。

 なんて、そんなことを思っていると、

 

「戻ったぜ、ユキ!」

「たっだいまー!」

「ただいま、ユキ」

「戻ったぞ」

 

 四人が帰って来た。

 

「あ、お帰り、みんな! どうだった?」

 

 帰って来たみんなに、どうだったかを尋ねる。

 少なくとも、数時間いたわけだしね、きっとレベルも上がってるはず。

 

「おう、問題なく勝てたぜ! やっぱ、レベル上げは偉大だな!」

「偉大はさすがに言いすぎだけど、たしかに大事よね、レベル上げは」

「勝ったんだね。それで、レベルはどうなったの?」

「ああ、何度か周回した甲斐があって、レベルは14になった」

「すごいね! じゃあ、ボクが一番レベルがひくいのかな?」

「そうだね。ついに逆転だよ、ユキ君!」

「あはは。ボクのばあい、みんなのレベルの二分の一がそれに該当するから、何とも言えないけどね」

 

 レベルを上げれば、二倍のポイントが入るからね。

 

 だから、みんなのレベルが24になった時が、今のボクに相当する。

 

 ……うん。やっぱり色々おかしいね、あの称号。

 

 最強なのはボクじゃなくて、師匠の方なんだけどね……。何をどうしたら、あんなおかしいものが手に入るんだろう?

 

 やっぱり、AIがそれを作っちゃったのかなぁ。

 割と暴走してそうなんだけど……いつか、制御できなくなって、危害とか加えないよね? 大丈夫だよね?

 

 そんな心配がボクの中に出てきた。

 ……学園長先生のことだから、何かの副作用で、AIが自我を持つ! みたいなことがあっても不思議じゃないんだもん。

 

 そもそも、異世界へ行ったり、観測したりする装置を創っちゃってる時点で、本当にやりそう。

 

 ……できれば、そうならないことを祈るよ。

 

「でもよー、これでもユキには追いつけねーんだよなー」

「そりゃそうよ。異世界チートに追いつくには、レベルをひたすらに上げないと、追いつけないわ」

「……まあ、AGIに関しては、どうあがいても追いつくことはできないだろけどな」

「ユキ君、今は500超えちゃってるもんね。でも、500ってどれくらい速いんだろう?」

「うーん、たぶん向こうきじゅん、なんじゃないかな?」

「いや、向こう基準って言われてもわからないぞ、ユキ」

「あ、そうだよね。えっと、わかりやすく言えば……ボルトの五倍くらい、かな」

「「「「速っ!?」」」」

 

 うん、ボクも正直なところ速いと思ってます。

 

 時速45キロで走れるからね、ボルト。

 

 そんなボク、その五倍です。向こうの基準で考えるなら、だけど。

 

 ちなみに、現実のボクの素早さのステータスは、1500くらいなので、さっきのたとえで行くと、15倍ってことになる。

 

 まあ、本気で走ったら、それ以上なんだけどね、ボクは。

 『身体強化』が強すぎるんだもん、

 

 今のボクって、何倍であれ使えるんだろう? そう言えば知らない。

 魔王戦で使った時は、8倍とか、それくらいだった気が。

 ……それでも、十分すぎるほど速かったんだろうなぁ。

 

「ってことはあれか、100になると、全員ボルト並みの速さってことなのか……」

「あ、えと、向こうのきじゅんなら、ってだけで、本当にそうかはわからないからね?」

 

 さすがに、それが本当のことなのかはわからないので、驚きながら呟いていたレンに釘をさす。

 

「そうであれ、そうでなかれ、ユキが異常な速さ、ってことだけは確定事項よね」

「むしろ、勝てる奴いるのか?」

「いないだろう。普通にプレイしても、AGIが500を超えることなんて、普通はない」

「むしろ、ユキ君は、最初から速かったもんね。やっぱり、経験が物を言うんだろうね」

「ボクは、のうみつすぎるほどのけいけんと力があったから、おかしなステータスになっちゃったからね……」

 

 できれば、普通がいいんだけどね……。

 

 普通じゃないと、すごく目立っちゃうことになるんだもん。

 目立ちたくないのに、余計に目立つようなことをしたくないよ、ボクは。

 

 ……やっぱり、オート作成にするべき、だったのかなぁ。

 

 でも、ボクの幸運値がとんでもないステータスを作りそうなんだよね、今思えば。

 あれは、確率が一番低いものを引き当てやすくなるって言うものだったから、どんな恐ろしいステータスが来るかわからなかったからね……。

 

「お、そろそろ七時になるな。んじゃ、そろそろ準備すっかー」

「そうだな」

「準備と言っても、やるのは本当に接客だけだから、そこまで複雑じゃないけどね」

「でも、その代わりお客さんがいっぱい来そうだけどねー。昨日のあの惨状を見る限りだと」

「……たしかにそうね。あれで、開店二日目と考えると、やっぱり異常よね」

 

 ……まあ、30万テリルも稼いじゃったしね、昨日の二時間で。

 二日目であれなら、三日目の今日はどうなるかわからないよね……。

 

 お金が入るのは嬉しいんだよ。その分、みんなにお給料をだせるわけだし。

 

 別に、ボクはお金が欲しくてやってるわけじゃないからね。

 

 食べてくれる人の笑顔のためにやってる、そう言っても過言じゃない。

 だから、あんまり、お金儲けしたい! なんて思ってないんだよね……。

 

 個人的には、それなりの人が入ってくれればいいかな、って感じで。

 

「今日なんて、もっといっぱい来るかもしれないし、気を引き締めて頑張りましょ」

「「「「おー!」」」」

 

 そんな感じに、三日目のお店が始まろうとしていた。

 ……こんな感じの状況、つい最近見た気がするなぁ。




 どうも、九十九一です。
 これを書いている時、異常なほどの睡魔に襲われていたため、かなり適当で、薄い話になってしまいました。申し訳ないです……。
 えー、本当は2話投稿したかったのですが、無理そうなので、申し訳ないですが、今日は1話にさせてもらいます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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187件目 初フレンドの友達来店

 というわけで、夜七時。

 時間になったので、みんなでお店をやることに。

 最初の数分は来なかったけど、少し経った頃に、

 

「ユキちゃん、来ましたよ!」

「あ、ミナさん! いらっしゃいませ!」

 

 ミナさんがやって来た。

 どうやら、友達と一緒らしく、後ろに女性プレイヤーさんが四人ほどいた。

 

「って、あれ? ユキちゃん、小さくなりました……?」

「あ、え、えーっと、これは、その……しょ、しょうごうのこうか、で」

 

 そうだった!

 ボクって今、小さくなってるんだったよ!

 ミナさん、通常時のボクしか知らないじゃん!

 それにしても、言い訳が苦しい!

 

「へ~、そんな称号があるんですね」

「そ、そうなんです! あ、あはは……」

 

 どうやら、信じてくれたみたいだった。

 よ、よかった……。

 

『この娘が、ミナの言ってた料理屋兼洋服屋の娘? すっごく可愛いんだけど』

「そうそう。この服を作ってもらったんですよ」

『へぇ、サービス開始直後に家買って、お店も開いて、あんな強い装備を作るなんてね。すごいね』

「い、いえいえ、げんじつでのことが役に立っただけで……」

『ってことは、ユキちゃん、オート作成?』

「そ、そうですよ。そっちの方がいいかなーって」

 

 ボクの場合は、どっちに転んでも、異常なステータスになっていただろうからね。

 それだったら、まだ現実の方で作ってくれる方がマシ、って思って、オート作成にしたんだけど……まさか、あんな異常なものになるとは思わなかった。

 

『オート作成とは、これまた珍しいものを……』

「え、め、めずらしい?」

「そうですよ、ユキちゃん。オート作成とランダム作成は、それぞれ事前に情報が出ていて、現実で、どういったことができるか、どんな経験があるか、と言うことに重きが置かれていて、何でもない一般人が作っても、大したステータスにならないんですよ。スキルや称号、魔法も入手可能、とは言っても、結局、まともな部分が表面化するだけであって、たいして強くないステータスにしかならないんです」

「……そ、そうなんですか?」

 

 だ、だとしたら、やっぱりボクのステータスって異常だよね!?

 

 いや、だとしたらも何も、みんなとステータスを見せ合っていた時点でほとんど確信してたけど、ミナさんの今の説明で確定しちゃっちゃったよ!

 

 やっぱりおかしい!

 

『でも、オート作成でここまでできてるってことは、やっぱり、服飾とか料理関係の仕事とかしてるの?』

「いえ、そう言うのは。ただちょっと、家事をむかしからやってるだけで……」

「こら、リアルのことを尋ねるのは、マナー違反ですよ」

『あ、ごめんごめん』

「いえ、別に隠すようなことでもないですからいいですよ」

「ならいいですけど。それで、後ろにいるのは……ユキちゃんのお友達?」

「あ、そうですよ。えっと、くろかみの女の子がミサで、オレンジがみの女の子がヤオイ。きんぱつのスタイルがいい人が、ショウで、あっちのきんにくしつで長身なのが、レンです」

 

 ボクがみんなを紹介すると、みんなは笑顔で、軽く会釈をする。

 す、すごい。レンが騒がないなんて……。

 

「よろしくね、私はミナです。こっちは、カヨに、サキ、ミレーネ、メルトです」

「「「「よろしく!」」」」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 えっと、カヨさんが、赤髪ショートカットの重戦士、かな? 籠手持ってるし。

 サキさんは、青髪サイドテールの魔法使い。杖持ってるから、そう、だよね? でも、調合士の可能性もある。

 ミレーネさんは、緑髪ウェーブのかかったセミロングの人。多分、鍛冶師? あれ、棍棒武器、だよね?

 そして、メルトさんが紫髪のミディアムヘアーの人。弓術士かな。でも、暗殺者も弓が使えるから、何とも言えない……。

 ちなみに、ミナさんは、金髪ハーフアップでなぜかおしとやかな印象を受ける人。

 

「あ、ユキちゃん、洋服完成したんでしたっけ?」

「そうです。昨日の今日だったので、八着しか作れませんでしたけど、よかったら見ていってください」

「もちろん。えっと、どこあるんですか?」

「あ、こっちですよ」

 

 ボクは、ミナさんたちを引き連れて、二階へ。

 

 一階には、システム的な問題があるのか、衣服関連は設置できなかった。

 あの時、一階と二階で別れる、みたいなことが書かれていたのは、こう言うことだったみたい。

 

 まあ、お会計とかに関しては、この建物の中ならどこでもできるけど。

 二階に上がり、とある一室に入る。

 その中は、少し広めになっていて、中にはブティックのようにボクが作成した洋服類が設置されていた。

 設置の文字をタッチしたら、マネキンのようなものに着せられた状態で出てきたけど。

 

「ここにあるのがそうですよ」

「わぁ、可愛い洋服!」

「たしかに! ユキちゃん、すごい!」

「星柄の服いいなぁ……」

「こっちのブラウスも、シンプルでいいな」

「私は、このスカートとか好きかも。やっぱり、派手じゃないし!」

 

 ミナさんの友達の人たちが、ボクの作った衣装を見るなり、きゃっきゃと話し始める。

 やっぱり、女の子ってこう言うの好きだよね。

 

「ユキちゃん、ここにあるもの値段っていくらですか?」

「えっと、左の二つが1000テリルで、そのとなりの二つが2000。次の二つが、5000で、最後の二つが、1万です」

「安い!」

「ほんと。ミナから、ステータスの補正が付く! なんて言ってたから、どれだけ高いのかと思ったら……」

「高くても1万なら、全然許容だよね!」

「うんうん! 私どれにしようか迷っちゃうよ!」

「あ、あれ? ふつうに1万って高いと思ってたんですけど……」

 

 強い装備! って言うわけでもないし、それに、レアリティもどちらかと言えば低め。

 だから、結構高い値段だと思ったんだけど……。

 

「いやいやいや! そんなことないから!」

「そうそう! だって、NPCのショップなんて、なーんにも付いてないのに、いいやつは2万とかするのよ?」

「ゲームの中でも、可愛い洋服とか、アクセサリーとか付けたいんだけど、妙に高くって」

「でも、ユキちゃんが作ったのは、可愛い上にステータス補正も付く! しかも、高くても1万! NPCショップに売ってたら、絶対10万とか行ってるって!」

「そ、そうだったんですか」

 

 NPCショップって、結構高めなんだ……。

 でも、向こうの世界って、割と物価が安かった気がするんだけど……そこはやっぱり、ゲームの中って言うことなのかな。

 

 それにしても、何も付いてなくて、2万、か。

 ……これ、やっぱりステータス補正が付いている衣服系の装備って、やっぱりおかしい?

 

「あーでも迷っちゃう!」

「ねえねえ、ユキちゃん、これってやっぱり、一人一着?」

「は、はい。さすがに、作れるりょうはかぎられてきますから。独り占めされてしまうと、ほかのお客様が買えませんからね」

「可愛いだけじゃなくて、こんなに気配りができる優しい娘だなんて……!」

「もう最高!」

「むぎゅっ!?」

 

 突然、サキさんに抱きしめられてしまった。

 く、苦しい!

 ゲームの中なのに、なんで苦しいの!?

 なんて、そんなことを思いながら、ジタバタと動く。

 

「あ、ずるーい! 私もユキちゃん、抱きしめたいー!」

「んむっ!?」

 

 こ、今度はカヨさん!?

 って、や、やっぱり苦しい!

 やっぱりジタバタする。

 

「あ、私も!」

「むぐっ!」

 

 ミレーネさんも!?

 やっぱり苦しい! というか、何で抱きしめられるの!?

 そして、やっぱりジタバタ。

 

「なら、私も」

「ふむっ!」

 

 さらには、メルトさんも。

 ゲームの中にいるはずなのに、苦しいって変じゃない?

 なんて思いつつ、ジタバタ。

 

「あ、みんなずるいです! 私だって、ユキちゃんを抱きしめたいです!」

「ふみゅっ!」

 

 最終的には、ミナさんまでもが、ボクを抱きしめてきていた。

 

 ボク、思うんです。

 

 この姿になるようになってからと言うもの、やけに人に抱き着かれたり、抱きしめられたりするなぁ、って。もしかして、世の中にいる人たちはみんな、小さな女の子が好きなんじゃないかな、って。

 

 ……うぐっ、く、苦しい……。

 

「……きゅぅ~~~~」

 

 意識が落ちた。

 

 

 ……気が付いたら、なぜか月の光が当たり一帯に降り注ぐ、静謐な雰囲気の場所にいました。

 見れば、ボクはどうやら、月下美人が咲き乱れる丘にいるらしいです。

 

 ……あれ、これ、ボク死んだ?

 

 ゲームの中で?

 

 ……しょ、しょうもない。

 

 女性に抱きしめられて、ゲームの中で窒息死なんて……な、情けないというか……今までのボクの死因からしたら、一番あっさりしていて、しょうもない死に方なんだけど。

 

 そ、そっかぁ……ボク、死んじゃったのかぁ……。

 なんて、あまりにも酷すぎる死因にものすごく落ち込みながら歩いていると、

 

「……まだこっちの世界に来ちゃダメ」

 

 なぜか、銀髪の小さな女の子が、何も感じさせない表情で、そう言ってきた。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、ボクの視界がぐにゃりと歪み、意識は再び暗転した。

 

 

「……は!?」

 

 い、いけない。なんだか、一瞬、月下美人が咲き乱れる丘で、小さな女の子と会っていたような気がするんだけど……な、何だったんだろう?

 

 も、もしかして、死後の世界、とか?

 

 ……ないないない。

 

 だってボク、師匠に殺された時とか、あんな世界に行ったことないもん。

 もし、あそこが死後の世界だったら、なんで、あの世界に行かなかったの? って話になっちゃからね。

 

 じゃあ、あれだね。夢。夢だよきっと。うん。夢に違いないです。

 

 ……どことなーく、あの銀髪の女の子が気になるけど。

 

「ユキちゃん、大丈夫ですか!?」

「え、あ、は、はい……」

 

 目を覚まして早々、ミナさんが慌てた様子でボクに話しかけていた。

 

「よ、よかったです……。急に目を回して倒れたので、心配だったんです」

「あ、それはごめいわくを……」

「いえいえ! これに関しては、私たちが悪いので、ユキちゃんが誤らなくてもいいですよ!」

「ごめんね、ユキちゃん。つい、可愛くってあんなことを……」

「私も……。まさか、ゲームの中でも窒息するとは思わなくて……」

「やりすぎ、だったよね……ごめんね、ユキちゃん」

「本当に、ごめんね」

 

 ボクが気絶――もしかすると、死んでたかも――してしまったことに対して、ミナさんたちが口々に謝ってくる。

 ちょっとかわいそうだと思った結果、

 

「あ、き、気にしないでください! げ、ゲームの中でもちっそくする、なんてことがかくにんできたわけですから! むしろ、プラスですよ!」

 

 こんなことを言っていた。

 ……もっといい慰め方はなかったのかな、ボク。

 せめてこう……ね? もうちょっと、気の利いたセリフと言うか、何と言うか……。

 

「……天使すぎる」

「そうね。ユキちゃん、あんなことされたのに、逆に気を遣ってくれるなんて……」

「こんなにいい娘が世の中にいたとは……」

「天使って、いたんだね」

 

 ……ボク、なんで現実でもゲームの中でも、天使って言われてるんだろうね。

 ボクって、そこまでいい人じゃない、と思うんだけど……。

 性格がいいか悪いかって訊かれれば……どうなんだろう? 悪いわけじゃないとは思うけど、お世辞にもいいとは言えないような……。

 

「でも、本当にごめんなさい、ユキちゃん」

「い、いいですよ、気にしなくて」

「でも……」

「うーん……じゃあ、洋服を買って、料理を食べてくれれば、それでいいですよ」

「……そんなことでいいの?」

「はい」

「だけど、私たちの方のメリットが大きくないですか?」

「べつにいいんです。ボクは、あまり目立たず、ボクの作った衣服や料理で、サポートができて、それでえがおになってくれれば、十分ですよ」

 

 と、本心からの言葉を言ったら、

 

「「「「「……て、天使すぎ」」」」」

 

 なんて、惚けた顔でミナさんたちにそう言われた。

 ボク、人間なんだけどなぁ……。

 なんて、ボクは苦笑いをしていた。

 

 

「はい、どうぞー」

 

 あの後、ミナさん以外の四人が、衣服を買ってくれた。

 売れたのは、【丈夫なシャツ】【臆病者のコート】【一天のワンピース】【響心のシャツ】の四つ。

 何気に、売っているレアリティそれぞれを一着ずつ買ってもらえた。

 

 作成者としては、やっぱり売れるのは嬉しい。

 

 衣服を買った後は、料理が食べたい、ということで、一階へ戻って来た。

 その後、注文をもらって、早めに作り、料理を持ってきた、というわけです。

 

「「「「「いただきます」」」」」

「どうぞ」

「……お、美味しい!」

「うっそ、これ今まで食べてきた、どんなものよりも美味しい!」

「ユキちゃん、家事をしてるっていってたけど、これ、現実でも……?」

「あ、はい。なれてますから」

 

 主に、師匠とか師匠とか師匠とかのせいですが。

 

「家事をしていただけで、ここまで……?」

「お母さんの料理も美味しいとは思ってたけど……それ以上」

「私もです。こんなに美味しい料理、うちのコックでも無理です……」

 

 

 ……コック?

 なんだか聞き慣れない単語が、ミナさんから聞こえてきたけど、どういう意味なのかな?

 文字通り取るなら、料理をする人のこと、だよね?

 

 もしかすると、実家が料理屋さんとかなのかも。

 その後も、パクパクと食べていき、料理は完食となりました。

 

「ごちそうさまでした。……さ、そろそろ行こっか」

「はいはい。これからモンスター狩りね」

「第一回目のイベントも近いしねー」

「今のうちにレベル上げておかないとだし」

「そうそう。それじゃ、ユキちゃん、ありがとね」

「いえいえ。あ、言いそびれたんですけど、みなさんには何らかのバフがかかってると思うので、かくにんしておいてくださいね」

 

 料理を出す前に言うのを忘れていたので、このタイミング言う。

 一応、言っておいた方が、何かといいからね。

 

「……ユキちゃん、何者?」

「え? えっと……ふ、ふつうの女の子?」

「……ミサちゃん、だっけ?」

「そうですが……」

「もしかして、ユキちゃんって……鈍い?」

「「「「そりゃもう。びっくりするくらい、自分に鈍いです」」」」

 

 メルトさんの問いに答えたのは、ミサたち全員だった。

 

「ぼ、ボク、そんなににぶい? ふ、ふつうだと思うけど……」

「「「「「「「「「ああ、これはだめだ」」」」」」」」」

「ひどいです!?」

 

 ……最近、みんながボクに対して酷い対応してくるようになった気がします。

 

 みんなに言われるだけならまだしも、まさかミナさんたちにも言われるとは思いませんでした……。

 

 この後、怒涛のように人が押し寄せてきて、お店は大忙しとなりました。

 

 初めてのお店、と言うことで、ショウとレンはかなり大変そうだったけど、すぐに慣れてました。

 

 ショウはファミリーレストランでアルバイトしてるから、あまり驚かなかったけど、レンがすぐに順応したのはちょっとびっくり。

 

 そう言えば、妙にショウとレンに対して、攻撃的というか、殺意的と言うか……そんな感じの視線が降り注いでいたけど、気のせいだったのかな?

 

 なんて、ちょっとした疑問が発生しつつも、何とか無事、二時間の営業が終了した。

 ちなみに、この日の売り上げは、50万になりました。

 もうあれだったので、それぞれ10万ずつということにした。

 ちゃんとお給料が払えてよかったよ。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:女神不在】

1:おっすおっす。おまえら元気―?

 

2:なんだ。その妙に気もち悪ぃ開始文は

 

3:なんとなく

 

4:くだらんことはいいが、このスレッド名、どういうことじゃ?

 

5:ああ、そうだった。お前ら、今日女神様見た?

 

6:いや、見てない

 

7:拙者も見てないでござるが

 

8:というか、今日ってINしてたん?

 

9:さあ? 毎日いるってわけじゃないし、いなくても不思議じゃないだろ

 

10:……それはそれで寂しいンゴ

 

11:たしかに。何と言うか、癒しだもんな

 

12:やっぱ、男の方が多いからのぅ

 

13:男女比、6:4くらいか?

 

14:まあ、それくらいじゃね?

 

15:だよなぁ……

 

16:……あ、そういや俺、女神様じゃなくて、天使には会ったわ

 

17:天使?

 

18:ああ、ちょっと待て。今、スクショ上げるから

 

 そう言って、一人のプレイヤーが一枚のスクリーンショットを上げる。

 そこには、小学生くらいの姿のユキが映し出されていた

 

19:て、天使でござる!

 

20:こんなに愛らしい幼女が、このゲームにいたンゴ!?

 

21:なんじゃ、この誰もを魅了しそうな幼子は……

 

22:こ、これ、どこで?

 

23:いや、それがよ、いつも通りに歩いていたら、この娘が布を持って歩いていたんだよ

 

24:……布?

 

25:布ってことは、あれか? 【裁縫】のスキルで絶対に使うって言う、ほぼほぼ役立たずの?

 

26:ああ、その布

 

27:……女神様以外に、【裁縫】を持ったプレイヤーがいる……?

 

28:てか、この娘、女神様に似てね?

 

29:言われてみればそうじゃな

 

30:姉妹、とか?

 

31:だったら最初からいるだろー

 

32:……わからん

 

33:謎なのは女神様だけだと思っていたでござるが……

 

34:ほかにもいたな、謎の幼女

 

35:誰なんじゃろうなぁ……

 

 と、しばらく幼女ユキに対する考察が繰り広げられるも、結局は誰かはわからない、と言うこ

とになった。

 そうして、しばらくした頃。

 

83:大変だ!

 

84:どしたよ

 

85:また、イレギュラーなボスモンスターでも出たん?

 

86:そうじゃない! これ見ろ!

 

 そう言って、また一枚のスクリーンショットが投稿された。

 そこには、白銀亭で料理を作っているロリユキの姿が。

 

87:あれ、ここ、女神様の店、だよな?

 

88:なんでこの娘、料理してるん?

 

89:……まさかとは思うが……この娘、女神様?

 

90:……いやいやいやいや! そりゃないだろ

 

91:だ、だよな! 小さくなるなんて、普通はあり得ない

 

92:……じゃが、バフが付いた、と言う話じゃぞ?

 

93:……き、きっと同じ力を持った人なんだって!

 

94:いや、この日は五人しかおらんかったでござる

 

95:……ということは、やっぱ女神様?

 

96:女神様って、天使にもなれるのか……

 

97:まあ、女神様、じゃしなぁ……

 

98:もう、あれだな。女神様がどんなことになっても、どんなことをしても、女神様だから、で片付けられるな……

 

99:常識じゃろ

 

100:たしかに

 

101:天使な女神様も可愛いンゴ……

 

102:それは同感

 

103:だが……あれだな

 

104:ああ

 

105:この男ども、マジで羨ましい……

 

106:くっ、女神様と親し気に話すとか、マジで羨ましすぎる!

 

107:いっそ、殺してしまいたいほどに憎いッ……!

 

108:……そういや、次のイベント、サバイバル形式、とか言ってたなかったか?

 

109:ああ、そんな情報があったな

 

110:……よし、もし参加していたら、袋叩きだ

 

111:当然

 

 こうして、知らないところで、知らないうちに、ショウとレンに敵が発生していた。

 美少女と一緒にいる、というのは、やはりどこへ行っても、嫉妬の対象になるようだ。




 どうも、九十九一です。
 最近、サブタイトルを考えるのがすごく面倒に思えてきています。というか、かなり適当になっているのはそのせいです。ネーミングセンスなんてほぼないので、変なタイトルしか付けられないんですね、私。……くっ、才能がある人が羨ましい!
 さて、今日は……2話投稿、できたらします。時間はいつもの2パターンですので、よろしくお願いします。できれなければ、いつもの時間です。
 では。


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188件目 迷惑客

 みんなと毎日遊んでいるうちに、気が付けば、もうすぐ冬休み終了間近。

 

 今年は、お正月が金曜日で終わりだったこともあって、土日も休みになっている。

 そして、本来だったら七日目にイベントが行われるはずだったのだけど、色々と調整が出てきてしまい、九日目……つまり、冬休み最終日となった。

 

 これに関しては、別に問題があるわけではないので、気にしない。

 

 宿題だって、冬休み前にほとんど終わらせて、冬休みに入った日には全部終わらせてる。

 

 ちなみに、これはボク以外のみんなにも言えることで、四人も宿題を早々に終わらせている。

 態徒がすぐに終わらせるなんて、天変地異? なんて、みんなに言われてたけど。

 

 態徒は、いつも最終日になって、

 

『宿題が終わってないんだ! 写させてくれ!』

 

 と言う風に、みんなに泣きついてくることがいつも。

 

 その場合、高確率で女委もだったりするんだけど、女委は単純に、同人誌の方ばかりやっているから、と言うのが一番の理由だけど。

 

 実際、頭は悪くない。むしろいい方。

 

 態徒はあれだけど……。

 

 まあ、それはそれとして、イベントが延期になってしまったことは仕方がない、と言う声がやっぱり多かったみたい。

 そもそも、世界初のフルダイブ型MMORPGだから。

 

 それに、サービス開始から間もない時期は、大抵バグや不具合が付きもの、だという風に認識している人たちが多い。

 

 その上、今回CFOを運営しているのは、無名どころか、製薬会社でしかなかった会社(表向き)。

 

 不具合なんて、無い方がすごい、と言われるほど。

 

 まあ、世界初なんて、むしろ何もない方が異常だからね。

 

 それに、イベント内容が告知されたことによって、むしろ好意的に捉えた人の方が多い。

 

 告知されたイベントの内容は、『サバイバル』だそう。

 ルール自体は大まかにしか書かれていなかったけど、どうやら、集団個人戦というものらしい。

 

 集団なのに個人? なんて思ったけど、ルールを見て納得。

 

 イベントはさすがに一晩中やるというのには無理があったため、なんでも脳の処理能力底上げし、思考能力を加速させる、とのこと。

 

 言ってしまえば、ボクや師匠が持っている、『瞬刹』を全員に使用し、知覚時間を引き延ばしてイベントを行うそう。

 

 そう言えば、ちょっと前に、

 

『依桜君、思考能力を加速させるスキルとか持ってない?』

 

 と訊かれたので、持ってますよ、と言ったところ、

 

『ちょっとそれ、データを取らせてもらってもいい?』

 

 そう、お願いされたのだ。

 

 つまり、あの時にデータを取った理由は、このゲームのためだったと言うことになる。

 

 実際、あのゲームは、向こうを参考にして作られている節が強い。

 それに、スキルや魔法の説明文を見た限りだと、元々のスキルや魔法と同じような効果だった。リキャストタイム、なんて物はなかったけど。

 

 使おうと思えば連発はできたしね。

 

 その代わり、体力や魔力を大きく消耗することになるから、連発する人はほとんどいなかったけど。……あ、師匠は例外です。あの人はちょっと違いますからね。

 

 それで、多分だけど、『瞬刹』のデータを取った後、それを科学的に作っちゃったんじゃないかなぁって。

 

 もしそうなら、あの人って本当に存在がわからない。

 

 向こうの世界の非常識代表は師匠だけど、こっちの世界の非常識代表は、間違いなく、学園長先生だよね?

 そもそも、思考能力を加速させるとか、どうやってるの? それ、人間の脳に負担とかかからない?

 かなり心配だよ、ボク。

 

 ……まあでも、安全性にはちゃんと留意しているから問題ないんだろうけど。

 

 あそこまで天才であり、天災だと思ったのは、学園長先生と師匠だけだよ。

 

 しかもあの二人、妙に仲がいいんだよね……。

 一応、師匠には、学園長先生もボクが異世界へ来ることになった原因だと伝えたら、

 

『ほう、エイコが。……まあしかし、エイコがいないと、依桜に会うことはなかった、と考えると、まだ許せる』

 

 って言ってきた。

 あれ、王様に対して言っていたことと正反対過ぎない? と思った。

 

 その理由を尋ねたら、

 

『ああ、エイコはこっちの世界の人間。ただただ自身の力が通用するのか、と言う部分があるからな。別に、全部が悪くないわけじゃないが、どこまでできるのか、ということを試すのは悪くない』

 

 と言うことでした。

 

 いや、それもそれでおかしいよね? ボク、強制的に異世界に行ってたんですよ?

 人が人なら、学園長先生、殺されてますからね?

 ……実際、軍事バランスを大きく崩しかねない研究を、

 

『面白そう』

 

 と言う理由だけで研究しているって、普通に考えたら相当あれな人だよね。

 

 えっと、快楽主義者? って言うのかな、ああいう人のことを。

 

 学園長先生があんな性格じゃなかったら、それこそ大惨事だったような……。

 実際、テロ組織に狙われていたわけだしね、学園長先生の研究データ。

 

 あの時、もしもボクがいなかったらどうなっていたのかわからない。

 もしかすると、大変なことになっていた可能性さえある。

 

 第三次世界大戦、とか。

 

 ……そう考えると、本当にゾッとする。

 

 まあでも、今は師匠もいるし、そんなことになったとしても、師匠一人でどうにかしちゃいそうだけどね……。

 

 あの人、存在がバランスブレイカーみたいなものだし。

 

 実際、向こうの世界には、たった一人で戦況を変えるような、とんでもない人たちがいたもん。

 魔王とか師匠とか。

 

 それ以外だと、魔王軍の幹部の人たちとか?

 ああいった人たちは、本当に強かったよ……。

 

 そもそも、普通に高校生をやっていたボクがやることじゃないよね? と、何度思ったことか。

 酷い話だったよ。

 

 まあ、それは置いておいて、イベントの方。

 

 今回のイベントは、二時間を一日に引き延ばして行う、とのことらしいです。

 参加するプレイヤーは、ボクたちが待ち合わせ場所にしていた噴水の辺りにいればいいそうです。

 

 それで、始まると同時に、ログインしていた人たち全員には一日に時間が引き延ばされるみたい。

 

 観戦する人もそうなので、時間に齟齬は生まれないらしい。

 

 そこは安心、なのかな。

 

 サバイバル、と言っても、やることはただの殺し合い、みたいなもの。

 

 何をすればいいのかわからないけどね。

 

 ちなみに、延期されたことが告知されたのは、五日目。

 イベントまで、五日目を含めれば、五日はある。

 なので、その間はレベル上げに勤しめるので、ほとんどの人が好意的、というわけです。

 

 ボクたちも、レベル上げをすることにした。

 

 その結果、ボクが18。ミサたちは19になっていた。

 

 ボクがみんなより1低いけど、ボクの場合は微々たるものだから、そこまで気にすることはない。

 

 称号が強力だしね。

 

 それに、ボクの場合はモンスターを狩ったり、ダンジョンを攻略したり、と言うのがメインと言うよりも、料理屋さんと洋服屋さんの方がメインになりつつある。

 

 異世界にいた頃は、ボク自身が前線に立って、常に戦っていたからね。

 サポートに回れるのがちょっと嬉しいのかも。

 誰かのために戦うんじゃなくて、誰かのために何かをする。そんな感じで。

 

 ボクは別に、前線にいなくてもいいしね。

 

 そんなもの、碌なものじゃないし、誰よりも多く……人死にを見ることになるから、ボクは嫌いだったよ。

 

 ゲームとはいえ、プレイヤーが倒される、と言うのは、微妙に抵抗がある。

 

 ……向こうの世界と同じ風景、だからかなぁ。

 

 別に、異世界をモデルにしなくてもよかったと思うんだけどなぁ、学園長先生。

 

 レベル上げをするのはいいんだけど、その過程で、また変な称号が手に入っちゃったんだよね……。

 

 その称号と言うのが、【慈愛の暗殺者】という、謎過ぎる称号。

 

 暗殺者なのに、慈愛? と首を傾げたものです。

 暗殺者に慈愛なんてないような気がするもん。

 

 この称号が出てきたのは、レベル上げをして、17になった時。

 

 効果はこんな感じ。

 

【慈愛の暗殺者】……慈愛に満ちている暗殺者に贈られる称号。獲得条件:暗殺者が、モンスターに一切気付かれず、急所を狙い、一撃でモンスターを500体倒す。効果:急所に攻撃を当てた際、ダメージが2倍になる。回復魔法の効果が上がる

 

 なるべく急所を攻撃して、一撃で倒していたら、こうなりました。

 

 慈愛には満ちていないと思うんだけど、どちらかと言えば、殺意に満ちている気がするよ。

 

 殺し続けて、得られた称号に付いていた効果が、回復魔法の効果を挙げるって……本当に、よくわからないよ、あのゲーム。

 

 まあ、多分だけど、そこが慈愛の部分になってくるのかもね。

 とまあ、こんな感じに、みんなでレベル上げをしたり、お店を開いていたり、色々としました。

 そして……問題が起こった。

 

 

 事の発端は、イベント前日のこと。

 

 その日は土曜日と言うこともあって、人は平日よりも多め。

 世間的に、大人のお正月は、大体三が日なので、残った四日~七日は、仕事をしている人が多い。

 そのせいか、土曜日には人が多いのです。

 

 ボクたちはまだ冬休みだったので、お昼とかも普通にゲームをしていたけど。

 

 そして、問題が発生したのは、その夜。

 

 いつも通りにお店を開いて、いつも通りに九時になったので閉めようとした時。

 

 カランカランと、入り口のベルが鳴った。

 

 みんな二階の一室で休んでいる。

 と言うのも、今日はかなりお客様が来たから。

 

 日に日に増えていくお客様に、忙しくなって、何とか頑張って五人で回している。

 そんな今日は、あまりにも人が多くて、みんなはへとへとになっていた。

 なので、体力はある方である、ボクが一人で片づけをしていたんだけど……

 

「あ? なんだ、もう店じまいか?」

 

 何やら、ガラの悪そうな男性プレイヤーが入って来た。

 

「すみません、今日の営業は終了してしまいまして……」

「は? 俺は客だぞ? 飯屋は客が来たら、飯を出すんじゃねえのか?」

「ええっと、ボクのお店は、二時間と定めていまして……申し訳ないのですが、また日を改めて、ということに……」

「店の事情なんざ知ったっちゃねえ! いいからさっさと作れや!」

 

 む、むぅ、なかなか話を聞いてくれない……。

 というか、かなり横暴じゃないかな、この人。

 

「ですから、それはできないんです! ボクのお店はたしかに料理屋さんです。ですが、営業時間を延ばすことはできません!」

「うるせぇ! 生産職は生産職らしく、戦闘職に媚び売ってりゃいいんだよ!」

 

 ……ボク、生産職じゃないんだけど。

 

 う、うーん、さっきからものすごく威圧してくるんだけど、ちっとも怖くない。

 ボクからすれば、ハムスターが魔王に威嚇しているような物なんだけど。

 というか、これなら、向こうの世界のチンピラの人たちの方がまだ怖いような気がする。

 

「なんだ? 言い返せねーってのか? はっ! とんだ腰抜けだな!」

 

 腰抜けと言われましても……。

 いや、たしかに臆病だよ? ボク。

 お化けとか怖いし……。

 

「てか、お前は確か、バフのかかる料理が作れるんだったよなぁ?」

「え? そ、そうですけど……」

「それ、作れや」

「……ですから、さっきから言っている通り、時間は延ばせないんです」

「うるさいんだよ! 客は神様だろ! しかも、お前は女じゃねえか。なら、女らしく、男に媚び売るのが普通ってもんだろうが!」

 

 いや、ボク、元々男なんですけど。

 と言うか今の発言、思いっきり男女差別なんだけど。

 社会でこんなことを言おうものなら、すぐに干されちゃうと思うんだけど……。

 

「ボクはそれが普通だとは思いません。むしろ、そういうことを言う人は、普通じゃないと思うんですけど」

「んだと!? てめぇ、ちょっとちやほやされてるからって、調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「ちやほや……?」

 

 ボク、別にちやほやされてないと思うんだけど……。

 だって、かかわりがあるのって、ミサたちと、ミナさんたちくらいだよ?

 なんて言えばいいのかわからず、困惑していると、

 

「ユキ、どうしたの?」

「ユキ君、何かあった?」

 

 と、ミサとヤオイが登場。

 二階から降りてくる。

 

「えーっと、そっちの人は?」

「ほう? この店のレベルが高い、と言うのは本当みてーだなぁ?」

「「うっ」」

 

 一瞬、気色の悪い笑みを浮かべた男性プレイヤーに対し、ミサとヤオイが頬を引きつらせる。

 ヤオイがそうなるって、結構すごいことだと思うんだけど。

 

「なんだ、その反応は……馬鹿にしてんのか!?」

「きゃぁっ!」

 

 とここで、男性プレイヤーが比較的近くにいたミサを突き飛ばす。

 ………。

 

「ミサちゃん!」

 

 突き飛ばされたミサに、慌ててヤオイが駆け寄る。

 

「ちっ、面倒くせぇ」

 

 突き飛ばしておいて、言葉通り面倒くさそうにする男性プレイヤー。

 ………………。

 

「……謝ってくれませんか?」

「あ? 知るか。そっちが馬鹿にしたような態度をとるのがわりいんだろうが!」

 

 ……自分勝手すぎる。

 ここまでイラっと来る人は、佐々木君以来かもしれない。

 

「……先ほどのセリフ、訂正させてもらいます。ボクは生産職じゃないです」

「は? 何言ってんだよ? じゃあ、何だっていうんだ」

「暗殺者ですよ」

「あのクソほど弱い職業かよ! ハハハハ! これは傑作だ! まさか、自分が弱すぎるあまり、生産職まがいのことをしていたなんてよぉ!」

 

 馬鹿にするかのように……いや、本当に馬鹿にしてくる男性プレイヤー。

 

「どうしたー、何事だよ」

「ミサ、ヤオイ、何かあったのか?」

 

 ここで、今度は二人が登場。

 

「お? なんだ、男もいたのかよ! ハハ! みたところ? あいつらに媚びを売ってるってとこか? あんな弱っちそうな奴らが一緒とは、ついてねぇな!」

 

 二階に現れた二人を見て、やはり馬鹿にする男性プレイヤー。

 ……ボクはともかく、みんなを馬鹿にするのは、本当に許せない。

 

「……なら、勝負でも、しますか?」

「勝負? お前みたいな、見た目しか取り柄のなさそうな、女がか? 笑わせるぜ!」

「いえいえ、遠慮なさらずに。……そうですねぇ、明日は確か、イベントでしたよね。どうですか? そこで戦う、と言うのは」

「雑魚の相手はしたくねーんだが……まあいい、その勝負乗ってやるよ」

「そうですか。それじゃあ……楽しみに、していてくださいね?」

「ああ、いいぜ。んで? 嬢ちゃんのレベルは?」

「18ですよ」

「よえぇな! 俺は、31だ」

「そうですか」

「……ちっ、面白くねぇ。いいか、明日のイベント、絶対に逃げ出すんじゃねーぞ」

「そちらこそ、逃げないでくださいね?」

「……ふんっ!」

 

 最後にいら立ちを隠そうともしないで、男性プレイヤーは足音を立てながら、お店を出ていった。

 

「……オレ、あいつがマジで可哀そうに思えたんだが、気のせい?」

「気のせいじゃないわ。ユキが怒ったのだから、ね」

「にしても、31で粋がるなんてねぇ。ユキ君に追いつく場合、ユキ君よりも、レベル差29くらいは必要なのにねぇ」

「ああ。俺とレンは途中からだったからあれだが、ユキを怒らせるとは、命知らずだな……」

「……ごめんね、みんな、変なことに巻き込んで」

 

 後ろで何やら話しているみんなに、ボクは謝った。

 まさか、あんな人が来るなんて思ってもみなかった。

 

「気にすんなよ! ああいうやつは、どこにでもいるからな」

「だねー。自分が強い、なんて錯覚してるんだよ、きっと。それに、ユキ君はあんまり強そうには見えないからね」

「うっ、た、たしかにそうかもしれないけど……」

 

 ボクだって、強そうな見た目はしてないって気にしてるんだから……。

 

「それで、何があったんだ?」

「実は――」

 

 ボクはみんなに、事の発端を話した。

 

「……なるほど」

「まったく、あんなプレイヤーがいるなんて……」

「ヤオイ、あいつ知ってるか?」

「うーん、多分、インガドって言うプレイヤーじゃないかな」

「誰それ?」

「簡単に言うと、とんでもなく、迷惑な人」

「「「「納得」」」」

 

 たしかに、あれは本当に迷惑だよね。

 自分勝手な言動も目立つし。

 

「しかも、微妙に強いって言うのが、いやらしいところでねぇ。やり返そうと思っても、全然できないんだよ」

「なるほど……ということは、インガド、って言う人に困っている人がいる、ってこと?」

「多分」

 

 ……だとしたら、許せない。

 ゲームは楽しいものであるはずなのに、それを詰まらないものにしようとしている時点で、本当に嫌な人だ。

 しかも、みんなを馬鹿にしたのが一番許せない。

 

「ボクが持てる全部を使って、仕留めに行くよ、あの人」

「……これ、ユキかなり怒ってない?」

「怒らないわけないよ。だって、みんなを馬鹿にしたんだよ? 殺すのも生ぬるい」

「こ、これ、マジでキレてね?」

「ああ、体育祭で、レンがボコボコにされた時と同じレベルだな」

「……ま、マジか、あの時、これくらいキレてたのか」

「本当、あの時のユキは怖かったわ……ご愁傷様ね、インガドっていうさっきの人は」

「だな。ユキを怒らせたのが運の尽き、ってか」

「ユキ君、ほどほどにね?」

「……善処するよ」

 

 にっこりと笑顔でそう言った。

 

((((あ、これ、絶対ダメな奴))))

 

 みんなが何やら遠い目をしたのが気になった。

 怒りの沸点が低い、と言われても、これがボクなんだから、仕方ない。

 絶対に、謝罪させないとね……?

 ふふふふふふ……。




 どうも、九十九一です。
 無理かなーとか思ってたら、全然書けました。あ、先に行っておくのですが、この5章、イベントの話が終わったら終了になります。正直、戦闘描写が圧倒的苦手なので。まあでも、ちょくちょくどっかで挟んだり、大きめの章でやったりするかもしれないので、気長にお待ちください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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189件目 初イベント、開始前

 そして、イベント当日。

 

 イベント開始時間は、現実の時間で、夜の九時から。

 

 ボクたちは、冬休み最終日なので、いつも通り、お昼からログインすることに。

 そして、ログイン後、ボクのお店に集まる。

 

「……それで? ユキ、ステータスはどうなったの? たしか、最後に振ったのは、レベル9の時だったわよね?」

「うん。だから、今のうちに振っちゃおうかなって」

「てことはあれか、レベル10~18までのポイント×2が手に入ってるってことか?」

「そうだね。だから、今のうちにやっておかないと」

 

 現在、ボクが所持しているFPとSPは、それぞれ380と3200。

 

 見ての通り、かなりある。

 

 本来なら、これの半分くらいだけど、ボクは称号の効果によって、これが二倍になっている。そのため、ボクの実質的なレベルは18ではなく、36が正しい。

 

 ……もっとも、ボクのステータスは、異世界のあれこれが参照されすぎているせいで、初期は三桁スタートだったから、もっと上だったりするんだけど。

 

 正直、これで勝てないことはない。

 でも、万が一があるといけないので、万全を期して挑む必要がある。

 これで油断してやられたら、師匠にこっぴどく怒られてしまうからね。それだけは嫌だ……。

 

 というわけで、ステータスを振ることに。

 

 色々と振った結果がこう。

 

【ユキ Lv18 HP200/200 MP350/350 

 《職業:暗殺者》

 《STR:175(+75)》《VIT:105(+70)》

 《DEX:230(+30)》《AGI:450(+530)》

 《INT:140》《LUC:250(+125)》

 《装備》【頭:なし】【体:隠者ノ黒コート】【右手:魔殺しノ短剣】【左手:天使ノ短剣】【腕:創造者ノグローブ】【足:隠者ノ黒コート】【靴:悪路ブーツ】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【最強の弟子】【神に愛された少女】【純粋無垢なる少女】【変幻自在】【慈愛の暗殺者】

 《スキル》【気配感知Lv10】【気配遮断Lv10】【消音Lv6】【擬態Lv3】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【瞬刹Lv10】【投擲Lv7】【一撃必殺Lv7】【料理Lv10】【裁縫Lv10】【鑑定(低)Lv5】【無詠唱Lv10】【毒耐性Lv10】【睡眠耐性Lv5】

 《魔法》【風魔法(初級)Lv3】【武器生成(小)LV10】【回復魔法(初級)Lv10】【聖属性魔法(初級)Lv4】【付与魔法Lv2】

 《保有FP:0》《保有SP:0》】

 

 うん。おかしい。

 

 自分で振っておいてなんだけど、本当にAGIが異常になってる。

 いや、そもそもの話、暗殺者なのに、STRとVITが150後半以上行っていること自体が変だと思うんだけどね。

 

 だって、1上げるのに、FPが2必要だもん。

 

 100FP入れても、50しか上がらないからね。

 

 まあでも、ボクの場合は初期ステータスに恵まれたのと、称号の効果があってこそ、だけど。

 ……ずると言われてもおかしくないよね、これ。実際、ずるみたいなものだとは思うけど。

 

 あ、ちなみに、スキルと魔法のレベルも上がってます。

 【消音】、【擬態】、【投擲】、【鑑定(低)】、【毒耐性】、【聖属性魔法(初級)】の計六つ。

 

 ここにきて、初めてSPを使ったよ。

 

 ……まあ、別にスキルと魔法に関しては上げる必要がほとんどなかったからだけど。

 

 そもそも、【気配感知】と【気配遮断】、【立体機動装置】、【投擲】、【一撃必殺】辺りで十分だったから。

 

 特に、【投擲】なんて、レベル5でも十分通用するほど、割と使い勝手がいい。

 それに、ボクには【武器生成(小)】があるので、ある意味、相性がいいスキルと魔法。

 

 ……そういえば、本当に【可憐なる天使】の称号が消えてる。

 やっぱり、あの姿限定みたい。

 

「できた?」

「うん。とりあえず、こうなったよ」

 

 ポイントを振り終えたステータスをみんなに見せる。

 

「「「「え、えげつない……」」」」

 

 みんなそろってドン引きした。

 

「こんなあほみたいなAGI持ってるの、ユキくらいじゃね?」

「むしろ、ユキ以外にいたら、普通に怖い」

「で、ユキ君的にはどうなの?」

「そうだね……やっぱり、AGIがまだ足りない」

「「「「は?」」」」

「だって、現実だと、1500以上あるもん、ボクのスピード」

「「「「……ああ、これでも全然なのか」」」」

「あ、あれ? 呆れてる?」

 

 現実のボクのスピードを言った瞬間、みんなが呆れた顔をしながら、そんなことを言っていた。

 

 ……や、やっぱりおかしい、よね。

 

 そもそも、こっちの世界がどんなに頑張っても、現実での素早さは、100程度。

 それが、世界最速なんだから、ボクはそれの15倍と言うことになる。

 

 ……あくまでも、素のステータスがそれなだけで、もっと速く走れるからちょっとあれなんだけどね。

 

「だが、これでますますあの迷惑男が可哀そうになってきたな」

「……何より恐ろしいのは、無知ね」

「そりゃそうだ」

「その無知が、こうしてユキを本気にさせてしまったからな……」

「……オレ、今回のイベント、出るのやめようかな」

「奇遇ね、私も」

「同じく」

「わたしも」

「ええ!? み、みんなでないの……?」

 

 どういうわけか、みんながイベントに出るのをやめると言いだしてきた。

 ボクはそれに驚き、思わず声を上げていた。

 

「だってよ、あんなむかつく奴ですら、31。しかも、それが最高じゃないときた。レギオって奴が一番高いんだったか?」

「そうだな。たしか、35くらいだったはずだ」

「……それでも、ユキのステータスレベルじゃない、って言うんだから、本当にイカレてるわよね、ユキ」

「あ、あははは……」

 

 そ、そっか。一番レベルが高い人でも、35、なんだ。

 

 ……ボク、やっぱりおかしい。

 

 何度も何度も思っているけど、ボクのステータスは、かなり異常になっている。

 オート作成にしたため、AIがすべてを判断し、作成したのがあれだから、誰かの意志が介入している、なんてことはない。

 

 あるとすれば、学園長先生くらいだろう。

 ……まあ、さすがの学園長先生でも、それはしないと思うけど。

 

「それじゃ、私たちは観戦に回りましょうか」

「「「賛成」」」

「ええ!? そ、そんなぁ!」

 

 結局、イベントはボク一人の参加となってしまった。

 ……みんな酷い。

 

 

 そうして、みんなでまったりとイベントまでの時間を過ごし、ついに開始時間の十分前となった。

 

『はぁい! どぉもぉ! CFOのプレイヤーの皆さん! 初めましての方は初めまして! そして、会ったことがある人たちはこんばんは! ミウミウです☆』

 

 ……え、何やってるの、美羽さん。

 

 開始十分前になった途端、広場の空中にホログラムが発生。

 

 そこに映し出されたのは、つい最近会った……というか、友達になった、宮座美羽さん、その人だった。

 

 といっても、現実の姿を少しだけいじったのか、髪型と髪色が違う。

 

 現実では、ウェーブがかかった、ゆるふわな感じの明るい茶色をした髪なんだけど、ゲームの中に現れたのは、茶髪じゃなくて、青い髪で、ショートヘアだった。

 

 普通に可愛いけど、何してるの?

 

『この度ですね、私はこのゲームのマスコットキャラクターを演じさせてもらうことになり、こうしてイベントや情報を発信する際に出演しますよ! あ、もちろん、ゲーム自体も楽しみたいと思ってますから、私を探してみてくださいね☆』

『うおおおおおおおおおお!』

 

 美羽さんのバリバリの演技声で、この場にいた男性プレイヤーたち(女性プレイヤーも中には少数)が、雄叫びを上げる。

 

 ……こうして見ると、本当に美羽さんって売れてるんだなぁ、って実感する。

 冬〇ミの時にも会って、イベントを見たけど、大勢人が歓声を上げてたっけ。

 

『さて、それでは今回のイベントのルール説明を行います! 今回のイベントはずばり! 『サバイバルゲーム』です! これからこのゲームの中にいる皆さんには、軒並み思考加速が施されます! それにより、二時間が一日なりますので、思う存分、ドンパチやってくださいね!』

 

 ドンパチって……声優さんだから、やっぱりキャラ作ってるのかな?

 

 素の美羽さんって言えば、なんかこう……得体の知れない何かを隠し持っているというか……妙に熱っぽい視線をボクに向けてくるというか……そんな感じ。

 

 でも、すごく優しい人。

 

 ……まあ、ボクから見たら、ほとんどの知り合いの人はみんな優しい人に分類されちゃうんだけど。

 

『そして、ルールです! 今回、このサバイバルゲームに使われるのは、普段皆さんが使用している草原ではなく、新たに用意した、半径一五キロの円形のフィールドです! そのフィールドでは、草原、森林、砂漠、街、山岳、湿地帯の、計六地域があります! ですので、自ら動き回って他プレイヤーを狩ったり、得意な地域を拠点にし、待ち伏せして倒すもよし! このイベントでは、サバイバルゲームと言う名目なので、一度負ければそくリタイア。最終的に、フィールドに残っていた人が優勝となります!』

 

 なるほど……。

 

 じゃあ、自分がどう動くのも、その人の勝手、か。

 

 そうなると、強い人を倒すのに、手を組んで倒しに来る、って言う人たちも出る可能性がある。

 そう言う人たちは、友達ではない限り、連携が取れずに、逆に負けてしまう場合の方が多い。もちろんこれは、ボクの経験則。

 

 本物の戦争を知っているボクは、その場で手を組み、戦っている人たちを何度も見てきている。

 

 その際、たまたま知り合いだった人たちは、何の問題もなく連携がとれて、効率的に対処できていたけど、初対面の人たちは、上手く連携が取れず、倒されてしまう人が多かった。

 

 だから、初対面の人たちと手を組むというのは、かなりのリスクが伴う。

 

 ……ボクは暗殺者だったから、誰かと組む必要がなかった。というより、それをしてしまうと、ボクの動きが悪くなるから、と言うのが強かった。

 

 ボクが連携を取れる相手と言ったら、ミサたちと、師匠、それからヴェルガさんくらいかな? あ、もちろん、騎士団の人たちとだったら全然問題ないです。

 

 それから、今日の服装もいつも通り、暗殺者の衣装です。

 ボクが持てる、最高の装備。

 そして、ステータスもそれなりに上げた。

 特に、AGIがボクには必要。

 

 現実とゲームで、齟齬が生まれちゃっているので、できれば現実と同じ、1500以上にしておきたい。

 

 そうすれば、ちゃんとボクのすべてが活かせる攻撃にできる。

 

 ただ、そうなると、HP、MP、STR、VITも、現実と同じくらいにした方がいいかもしれない。

 

 ……まあ、そこまでやっちゃうと、本当につまらなくなっちゃいそうだから、やらないけど。

 

 LUCは……別にいいよね。あんまりいいものじゃなかったし。

 ボクが女の子になったのも、あれが原因と言う部分が少なからず……いや、大いにある。

 だから、なんとなく上げたくない。

 

『それでは最後に! 万が一、負けてしまった場合は、退場となり、敗者部屋と呼ばれる、いわゆる観戦ルームに送られます。そして、2位と3位の人は、専用部屋が用意されているとのことですので、ぜひぜひ! 上位入賞を目指してみてください! なお、10位までが特別報酬獲得範囲ですので、頑張ってくださいね☆』

 

 10位、か。

 

 うーん、ボクはこのイベント、別に上位を目指しているわけじゃないんだよね……。

 今回のボクの目的は、インガドを叩き潰すこと。

 徹底的に潰して、みんなに謝罪をさせないとねぇ。

 

『それでは、時間になりましたので、転送を開始します! 皆さん、頑張ってくださいね!』

 

 美羽さんのその言葉と共に、次々と噴水広場にいたプレイヤーの人たちが消え、ボクも視界がホワイトアウトした。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:初イベ】

1:もはや恒例になりつつある、スレ立て!

 

2:だなー

 

3:それで、今回は当然、イベントの話でござるな?

 

4:そりゃそうじゃろ。これが、記念すべき初のイベントじゃからのぉ

 

5:お前らは参加しなかったのな

 

6:無理無理。だって、参加人数7万だろ? 普通に無理があるって。

 

7:こう言うのは、観戦の方が面白いンゴ

 

8:一理ある。俺たちみたいな、弱いキャラは、見てる方がいいよなー

 

9:で? 誰が優勝すると思う?

 

10:そりゃお前、レギオじゃね? 現時点で最強って言われてるの、あいつだし

 

11:まあ、そこは有力候補だもんな

 

12:じゃあ、他にいるとすりゃ、誰よ?

 

13:ふぅむ、エイルっていうやつがいたなぁ、レベル34の

 

14:マジか。二番目にたけえじゃん

 

15:やはり、30から上が優勝候補でござるな

 

16:そりゃそうだ。何せ、レベルを上げれば、ステータスが上がるからな。上げやすいもの重点的に上げさえすれば、それだけで強くなる

 

17:ただし、暗殺者は除く

 

18:まああれ、PSがないと、マジでできない職業だしなぁ

 

19:……そういや、全身黒装備の暗殺者がいたな……

 

20:へぇ、どんなん?

 

21:こんなん

 

 そんな文字と共に投稿されたスクリーンショットには、全身黒装備のユキの姿が写っていた。

 

22:……これ、女神様っぽくね?

 

23:そういや、女神様は暗殺者だったっけなぁ。しかも、見たことない装備付けてたし

 

24:……じゃあつまり、女神様も出ている、と?

 

25:さぞかし、強いんだろうなぁ

 

26:いや、聞いたところによると、レベルは18らしい

 

27:……無理じゃね? それ

 

28:18で参加とは……無謀なことを考えたものじゃなぁ、女神様は

 

29:いやでも、女神様だから、なんかこう……全員蹴散らす、とかしそうじゃね?

 

30:無理無理。いくら女神様がレベル2の時に、キングフォレストボア―を数発で倒しているからと言って……

 

31:……いや、あるな

 

32:たしかに。普通に考えて、レベル差10以上もあるモンスターを瞬殺するレベルってこと

は、相当やばいんじゃね?

 

33:……ま、まさかな

 

34:さすがに、二倍近いレベルを持った奴らに勝つのは無理だって

 

35:ハハハハ! そうだよな……

 

36:…………マジでやりそうで怖い

 

37:まあ、それはそれで、ありじゃね?

 

38:……だよなー。まあでも、優勝は難しいだろ

 

39:一応、見ておくンゴ

 

40:だな。……あ、そういや、女神様と言えば、オレ、とんでもねえもん見た

 

41:なんだ?

 

42:昨日のことなんだがよ、あのインガドに絡まれてたんだよ

 

43:げっ、あいつに?

 

44:ああ、なんか、すっげえ揉めてた

 

45:可哀そうに……きっと、恐怖で縮こまっていたに違いない……

 

46:いや、全然怖がっているそぶりはなかった。むしろ、困っている表情だった

 

47:……女神様、もしかしてそうとう肝が据わってる?

 

48:あいつに威圧されて、平気な女の子とか、いたのな

 

49:んで? 揉めていた原因は?

 

50:店仕舞いにもかかわらず、やれ料理を出せだの、女は女らしく媚び売ってろだの、本当にひでえもんだったぜ

 

51:……わしらの女神様をそこまでするとは……許せんな

 

52:だな。で、話を聞いていたら、今日のイベントで戦うらしいぞ

 

53:マジ!? あの、クソ野郎と女神様が!?

 

54:ああ。だが、面白いことに、レベル差を聞いてもなお、女神様はすっげえ余裕の笑みだった

 

55:……何者?

 

56:ふむ。じゃがあれだな。これでもし、インガドが負ければ、この件を公表するとするか

 

57:お、いいねぇ。あいつ、いろんなプレイヤーに迷惑かけてるし、中でも、生産職に対してはマジでひでぇ

 

58:因果応報でござるな

 

59:じゃあ、逆に女神様が負ければ?

 

60:……いや、負けることはないンゴ

 

61:根拠は?

 

62:女神様、だからンゴ

 

63:もうそれ、流行語じゃね? 俺たちの中で

 

64:同感。でもまあ、女神様に負ければ、きっと丸くなるだろ。ま、もう二度と、生産職プレイヤーとは取引できなくなるだろうがなー

 

 あの一部始終を見ていたプレイヤーが、普通にいたらしく、掲示板にてそれが晒された。

 そのおかげで、インガドはサービス開始直後からしてきたことに対し、後悔することになるが……今は知らない。




 どうも、九十九一です。
 今回は、あまりだれることなく、5章が終わりそうです。……4章は長すぎましたからね、あれ。だれまくりましたからね。反省を生かしています。……にもかかわらず、日常話が長かったわけですが。
 さて、今日も2話投稿を予定していますが、できるかまだわかりませんので、できなかったらすみません。できたら、いつも通りの2パターン。できなければ、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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190件目 サバイバルゲーム1

 目を開くと、ボクは草原にいた。

 どうやら、ボクの初期位置は草原エリアだったみたい。

 周囲を見渡せば、それなりに人がいるのが見える。

 間隔的には、100メートル近く離れているかな。

 

「……さて、と。探そうか」

 

 ボクはアイテムボックスから、【映し鏡】というアイテムを取り出す。

 これは、ボクが修業時代終了の際、師匠からもらったもの。

 どうやらこっちの世界にあったみたいで、ボクが昨日回収しに行っていた。

 これがあれば、知っている人の位置が割り出せるという、結構使い勝手のいいアイテム。

 と言っても、知らない人とか、他人から訊いた人とかだと、まったく見えないけどね。

 

 早速アイテムを使用。

 

 使用すると、スクリーンが出現。

 そこに、名前を入力する項目があるので、そこにインガドと打ち込むと、一瞬のロードの後、忌々しいインガドの顔が写りこんだ。

 

 周囲の風景を察するに、街エリアみたいだね。

 しかも、手当たり次第に倒していってるところを見ると、そこそこ強いと言うことがわかる。

 まあ、あれだけ威張るんだから、これくらいじゃないとねぇ?

 もっとも、これでもまだまだ役者不足だよ。

 

 ……【一撃必殺】で終わらせてもいいけど、それだとつまらないよね。あれ、防ぐの難しいし。

 

 それに、ボクには色々とおかしな称号もあるからなぁ。

 今回【慈愛の暗殺者】が火を噴きそう。

 暗殺者の本領発揮だよ。

 

 なんて、そこで呑気に考えていると、

 

『いただきっ!』

 

 と、背後から声がした。

 振り向くこともせず、ボクは切りかかって来た(殴ってるかもしれない)プレイヤーの方へ跳び、そのまま後ろに短剣を突き出す。

 

『な、なん、だと……』

 

 その声が聞こえた直後、刺した感触のあった短剣から、感触が全部消えた。

 どうやら、今の一撃で倒したみたいだね。

 

 師匠に鍛えられたボクは、人を見ずとも急所を狙える。

 さっき狙ったのは、心臓部。

 人間でいえば、本当に急所。

 

 正直、急所の判定がどこになるかはわからないけど、脳、首、心臓の三ヶ所だと思っていいと思う。

 でも、肋、肝臓、腎臓、鳩尾、膀胱あたりも一応胴体では急所。

 他だと、こめかみ、額、顎、目、頚椎もダメ。

 

 正直、位置を正確に把握して、さらにそこを正確に攻撃を当てることなんて難しい。

 だから多分、脳、心臓、首、の三ヶ所だけでいいと思う。

 

 お医者さんとかじゃない限り、ほとんどわからないと思うしね。

 

 それにしても、普通不意打ちを仕掛けるなら、声を出しちゃダメだと思うんだけどなぁ。

 戦いの原則だよ、まったく。

 

「さて、ここで油を売っていて、インガドが誰かに倒されちゃうのは嫌だから、さっさと動こう」

 

 ボクは自身のAGIを活かして、草原を疾走した。

 

 

 草原の手前で、ボクは軽く思案する

 街へ行くルートはいくつかある。

 

 一つ目は、森林を真っすぐ通過するルート。

 これは、森林内に潜んでいるプレイヤーがいた場合、やや不利になりかねない。

 ……まあ、ボクみたいに、【気配遮断】とか、【気配感知】をレベル10にしている人はいないと思うけどね。

 だってあれ、現実で使ってるやつだもん、ボク。

 だから、そこまで警戒してなくても問題なし、かな。

 それに、いざとなったら、《ハイディング》使うし。

 

 二つ目、森林を迂回して、砂漠を通るルート。

 砂漠だと、砂に足を取られて走りにくい、なんてことがあるけど、ボクの場合は【悪路ブーツ】があるので、全然問題なく走れる。

 どんな場所でも走れる、っていう暗殺者にとってかなり有用性が高い装備。

 向こうでもお世話になりました。

 

 そして、三つ目。砂漠とは反対方向を迂回して、山岳ルートを通るルート。

 こっちはあんまり行きたくないかな。

 一応、師匠に壁面走行しろ、とか言われて壁は走れるけど、あれ、結構疲れるからなるべくやりたくない。

 

 となると、ボクが行くべきは、森林ルートだね。

 正直、障害物が多い方が、暗殺者にとって一番動きやすいし。

 それに、隠れやすい。

 そうと決まれば、早速。

 草原を抜け、ボクは森林の中へ飛び込んでいった。

 

 

 森林の中をユキは走る。

 

 と言っても、ステータス通りの速度ではなく、少し抑えてる。

 おそらく、200あるかないかくらいだろう。

 

 あまり速すぎても、注目を集めてしまうから、できるならやりたくない。

 なるべく、目立たず、インガドを倒したら、適当に自害して終了にし用途考えるが……

 

(……いや、それはやめておこう。他のプレイヤーの人たちに対して失礼だよね)

 

 そう思い、踏みとどまった。

 優勝、はせずとも、レギオと言う知られている中での最強の人がいるので、その人に負ければいいと考えた。

 なんてことを考えていると、

 

「ふっ」

 

 突然(すでに知っていたけど、)矢がユキの目前に飛来してきた。

 

 キィィンッッ! と言う音を立てて、矢が宙を舞った

 

 飛来してきた矢をナイフで弾いたのだ。

 

『うそぉ!?』

 

 その通常ありえない光景に、弓矢を放った張本人が思わず叫んでしまっていた。

 

 聞こえた方角は、斜め上。

 木の上からの狙撃だったみたいだが、ユキには通用しない。

 

 というか、魔王軍の幹部に弓を扱う魔族がいて、その魔族は、10キロ以上離れたところからの精密な狙撃をしてくる、なんていう化け物だった。

 

 その上、速さが落ちることなく、とんでもない速度で飛来してくるのだから、ユキは本当に肝を冷やした。

 

 ミオによる、動体視力と反射神経の特訓がなければ、おそらくそこでアウトだっただろう。そう思えるほどの危険な攻撃だった。

 

 そんな攻撃に比べれば、先ほどの矢を弾くなど、ユキにとっては児戯にも等しい。

 そして、弾き、宙を舞った矢を掴み、

 

「【投擲】!」

 

 そのまま投げ返した。それも、弓矢が放たれた時よりも速く。

 

『ちょっ――ぎゃああああああ!』

 

 死んだ。

 

 流れるような動作で矢を投げ返すも、その間、ユキは一切足を止めることなく、走り続けていた。もっと言うなら、ユキは弓矢を放ったプレイヤーを一瞥もしないで矢を当てている。

 ここまでくると、気配だけで当てられるようである。

 さらに進む。

 

『死ねぇ!』

 

 すると、今度は横の茂みから直剣を振りかぶったプレイヤーが出現。ユキに切りかかる。

 が、

 

「はぁっ!」

『ぐはっ!?』

 

 それよりも速く、ユキは短剣で胴体を切断した。

 一撃で終了。

 出オチ感半端ない退場だ。

 

 さらに走る。

 

 今度は、周囲にいくつもの気配を感じた。

 何やら集団で倒そうとしているようだが、それに気づかないユキではない。

 ユキは軽く跳躍すると、

 

「【武器生成】! 【投擲】!」

 

 集団の人数に合わせた数の針を生成し、【投擲】で一斉に投げる。

 投げられた針はピンポイントで、待ち伏せをしていたプレイヤーたち全員の脳天に突き刺さり、

 

『『『うぎゃあああああ!』』』

 

 断末魔を残して死んでいった。

 

 ちなみに、集団は合計で十人いた。

 つまり、一斉に針を投げているのにも関わらず、それを一本も外すことなく針を同じ場所に刺していた、と言うことになる。

 やはり、異世界チート美少女はゲームでもチートだった。

 

 

 一方、敗者部屋。

 

『ま、負けたぁ……』

『やっぱ、レベル23じゃ無理かぁ』

『だなー。最低でも、28とかじゃね?』

『それはある』

 

 敗者部屋とは言っても、映画館のような場所だ。

 違う点があるとすれば、椅子がなく、階段状になっていないことくらいだろうか。

 あとは、かなり広い。

 おそらく、参加人数全員が入るのも余裕なくらいには入るだろう。

 

 開始からすでに一時間ほど経過しているわけだが、敗者部屋にはすでに、1000人近くはいた。

 実際、七万人という人数が参加しているが、一時間で1000人死んでいる。

 おそらく、もっと増えることだろう。

 

 なにせ、制限時間は24時間だ。まだまだ始まったばかり。

 

 しかし、面白いことに、ここにいる1000人近くのプレイヤーたちの大半はと言えば……

 

『はぁ、森林の中にいるんじゃなかったぜ……』

『なんだお前、森林の中にいたのか?』

『ああ。普通に木の上で、プレイヤーを待ち伏せして、弓を射っていたんだが……投げ返された』

『はあ? 投げ返すぅ?』

『そうなんだ。弓矢を撃って、当たった! と確信したら……一瞬のうちに抜き放っていた黒い短剣で弾かれて、その弾いた矢を俺にめがけて、投擲されて死んだ』

『……化け物じゃね? それ』

『ちょっといいか?』

 

 とあるプレイヤー二人……と言うか、ユキに殺された弓術士のプレイヤーと、近くにいたプレイヤーと話していると、十人くらいの集団が話しかけてくる。

 

『なんだ?』

『いや、その投げ返してきたプレイヤーって、全身黒装備か?』

『ああ、そうだが……それがどうかしたのか?』

『いや、俺たちもその黒装備にやられたんだよ……』

『は、マジ?』

『こっちは十人くらいで待ち伏せして、集団で倒そうとしていたんけどさ、まるでこっちに気付いたかのように、高く跳躍して、気が付いたら、俺たちの脳天に針が突き刺さってて、そのまま退場だ……』

『……このイベント、相当やばいのいないか?』

『あーあ、もう少し残れると思ったんだがなぁ……』

 

 なんて、口々に言っている。

 ちなみにだが、この十人がやられたのは、開始二十分くらいの時だ。

 つまり、その後にも被害者がいるわけで……

 

『ああ、オレもそいつにやられた』

『私も』

『僕も』

 

 その数、およそ100人。

 

 曰、背後から切りかかったら、死んでたのは自分とか。

 曰、茂みに隠れて、飛び出したはずなのに、見向きもされず切られてたとか。

 曰、背後に回ったと思ったら、背後に回られていた、とか。

 

 その他etc……。

 

『な、何者なんだろうな、あの黒装備のプレイヤー』

『男なのか、女なのか……』

『てか、レベルいくつだったんだ?』

『……8の数字しか見えなかった』

『8、か。まあ、38と28はない、はず。いたら目立つし、そもそも気付くだろ』

『じゃあ、18か、8、か? それこそないだろ。そんな低いレベルじゃ』

『だよなぁ……じゃあ、一体レベルはいくつなんだろうな』

 

 ユキに倒されたプレイヤーたちは、ユキの正体に頭を悩ませた。

 

 

 そんな、色々と悩ませまくっているユキはと言えば、

 

「はぁ!」

『つ、つえぇ……』

 

 ひたすら降りかかる火の粉を払っていた。

 一応AGIを抑えて走っているせいもあって、AGIが高い上位者レベルの速度になっている。

 

 そのため、それを読んだプレイヤーたちが、ユキに攻撃を仕掛けてくるのだが、そのことごとくを無傷で撃退してしまっていた。

 

 道中、【アローレイン】という、弓術士のスキルを使われ、矢の雨が降り注ぐも、すべてを避ける。避け切れなさそうなものは、短剣で弾くなど、本当に人外な動きしかしなかった。

 

 幸いなのは、フードを深く被っていることで、顔が見えていないことだろう。

 見えていたら、かなり目立つ。

 ……そもそも、まだ朝なので黒い服装はかなり目立っているようだが。

 

 襲い掛かってくるプレイヤーの中には、そこそこ強いプレイヤーがいたのだが、やはり、瞬殺。

 

 ここまでで、ユキはかなりの数のプレイヤーを屠っているのだが、未だ被ダメ0。

 

 ユキ自身、VITを上げずとも、そもそも攻撃が当たらないので、ほとんど上げる意味はないのだが、万が一があったらまずい、ということでVITを上げている。

 

 まあ、当たりそうになったとしても、短剣で受け流されてしまうので、あまり意味はないのだが。

 

 ちなみに、敗者部屋で目玉を飛び出させんばかりの行動があった。というのが、

 

『はぁ!?』

 

 飛来してきた矢を、生成した針を投げて相殺する、と言うものだ。

 もう一度言おう。かなりの速度で飛来してきている矢を、矢よりも圧倒的に細い針で、相殺したのだ。

 

 そりゃ、弓矢を放ったプレイヤーも目を見開いて驚くの無理はない。というか、驚くなと言う方が無理だ。

 

 確実に、人間業じゃない。

 もちろんこれ、ミオが仕込んだ技術だ。

 

 できるまで、散々やらされていたので、ユキからすれば、本当に初歩中の初歩みたいな業である。

 

 ちなみに、相殺したかに見えた矢は、針によって破壊され、そのまま弓術士のプレイヤーの脳天を貫通した。

 

 VITが低かったようだ。

 

 そこそこのVITがあれば、貫通することなく、脳の中心辺りで止まるが、貫通するとなると、弱いVITと言うことになる。

 

 ……いや、普通ならユキのようなステータスになることはなく、まんべんなくやるのが基本なので、そうそう防げないが。

 

 このゲームにおける、戦闘職のなかで最も難しく、弱いとさえ言われている暗殺者に、数々のプレイヤーたちが葬られていくのだから、本当に笑えないだろう。

 

 敗者部屋にいるプレイヤーたちは、あれは無理、と思ったそうだが……そんなことを思われているなど、ユキはつゆほども知らない。




 どうも、九十九一です。
 このイベントの話ですが、正直、上中下になるか、数字式になるかは、書いてみないとわからないので、一応数字でつけておきます。もし、三話くらいで終わるようだったら、上中下にしますので、ご了承ください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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191件目 サバイバルゲーム2

「ついに始まったわけだけど……参加しなくて、よかったわね、私たち」

「ああ。あのユキの行動を見ればな……」

「てか、ノールックで反撃したりしてんだけど。化け物すぎるだろ、ユキ」

「まあ、師匠があれだからねぇ」

「そうね。師匠があの人なら、むしろ『これくらいできて当然』って言うんでしょうね」

 

 現在、イベントに参加しなかったミサたちは、白銀亭の中でイベントを観戦していた。

 家、もしくはギルドホームを持つ者には、イベント観戦の際、そこで見れる、という特典がある。

 

 今回、家主のユキがいないにもかかわらず、こうして見れているのには訳がある。

 訳と言っても、一時的に譲渡した、と言うわけではなく、代理としての所有権に、ミサたちを設定しているからだ。

 

 もし、家主やギルドマスターがいなかったとしても、代理所有権を設定しておけば、そのプレイヤーが問題なく店を営業したり、施設を利用できるようすることができる、と言うわけだ。

 

 ただし、あくまでもユキが所有者であるため、勝手に売却をしたりすることはできない。

 要するに、一部の行使権は得られるが、存続に関わったりするようなことに対する権利はない、と言うわけだ。

 

 まあ、別にその権利がミサたちに渡ったところで、それをやろうとする馬鹿はいないが。

 

 それ以前に、やった後が怖い、と言うのが本音になるだろう。

 

 ユキの力をよく知っているのは、ミサたちとユキの両親、それから学園長くらいのものだ。美羽も知っているには知っているが、そこまで深く知っているわけではない。

 

 話でしか聞いていないので、ユキがどれほどすごいか、と言う部分に関してはあまり理解はできていない。

 

 その内見せないと、とユキは思っていたりするが。

 

「にしてもこれ、ユキの独壇場みてーだな」

「レベル18であれとか、本当に笑えないわ。ユキが倒してるプレイヤーの中に、20後半もいたけど瞬殺されてるわ」

「そこまできたら、笑う以外ないねぇ」

「てか、【武器生成】だったか? あれ、【投擲】と相性良すぎじゃね?」

「そうだな。MPがあれば、いくらでも武器は作れるし、飛び道具扱いになるから、DEXの補正が働く。ただでさえ命中率が高いのに、さらにシステム補正がかかるとなると……当たるのはほぼ確実と言っていいだろうな」

 

 そう。【投擲】によって投げられたアイテム・武器は、飛び道具扱いとなり、DEXの命中率補正がかかる。

 システムによるアシストもなく、純粋な本人の技術によって、ユキはほぼ確実に狙った場所を当てられる。

 

 それこそ、10キロほど離れた位置にある、縫い針の穴に、別の針を投げて通すこともできる。

 

 といっても、これにはかなりの集中力を必要とするため、そうそうやらないような技術だが。

 

 そんな、とんでもない命中率を誇るユキのコントロールに、システム補正が働こうものなら、百発百中どころの騒ぎではなく、それこそ、千でも万でも確実に当てられるような化け物じみたものになるだろう。

 

 もちろん、ユキはそれを何でもないようにやっているが。

 これもすべて、ミオの異常な特訓のせいだ。

 

「だけど、これじゃあユキが優勝して終わりなんじゃね?」

「だね。ちょくちょく、レギオっていうプレイヤーも映ってるけど、ユキ君と比べると、何とも言えないよね。決して弱くはないと思うんだけど」

 

 ヤオイの言うように、イベントの映像には、先ほどからレギオの姿が映っている。

 どうやら、レギオというプレイヤーは、大剣を使うプレイヤーらしく、軽々と振り回していた。

 

 だが、ユキの動きに比べると……遅い。圧倒的なまでに。

 

 これに関しては、ユキが異常なほどのAGIを持っているのが原因だが。

 それを鑑みると、レギオの動きはまさにトップと言っても過言ではないだろう。

 

「戦士か、重戦士のどっちかだが……動きの速さを見る限りじゃ、戦士、ってとこか?」

「多分ね。重戦士はAGIが上げにくいから、そこまで速くならないでしょうからね。でも、あのプレイヤーは、それなりに速かったわ」

「なら、戦士だろうな。……だが、遅いな」

「まあ、戦士は堅実、と言った戦い方だから、あまり素早さは必要ないんじゃないかしら? むしろ、攻撃力と防御力を上げて、手堅くやれば、上手く戦えるはずよ」

「……んで、問題のあいつ。なるほどな、重戦士っぽいな、武器が」

「そうね。動きは遅めだけど、攻撃力が高そうね。多分200くらいあるんじゃない?」

「200、ねぇ?」

「ユキ君って、どれくらいだったけ?」

「たしか、250」

「あー……下手したらそれ、ユキの方が上じゃないの?」

「……かもしれないな」

「でもまあ、あのむかつく男は、瞬殺されて終わりね」

「だなー。さて、ユキは何してるのかねぇ」

 

 と、レンがそうぼやいた相手はと言うと――

 

 

「はぁっ!」

『『『ぎゃああああああ!』』』

 

 ――1000人単位の集団を一人で蹴散らしていた。

 

 なぜこうなったかと言えば、答えは単純。

 

 森林の木々を伐採しまくっているという、まさかすぎるプレイヤーが出始めたからだ。

 

 ユキ自身も、木々を伐採するようなプレイヤーが出現するとは思わず、思わず面食らっていた。

 

 とはいえ、その直後にかなりの人数のプレイヤーたちが押し寄せてきたこともあって、すぐに思考を戻す。

 

 ちなみに、ここに集まった1000人のプレイヤーたちは、明らかにユキ狙いだ。

 理由は単純。

 

 遠くからユキの行動を見ていたからだ。

 

 たった一人で、ノーダメージで、100人以上のプレイヤーたちを葬り続けていたユキを危険だと思ったからだ。

 

 しかも、見たこともない魔法、スキルを使用しているのだ、危機感を持って当然だ。

 

 むしろ、危機感を持たない人は、すぐに死ぬだろう。

 

 現に、たった一人だからと、油断していたプレイヤーたちは、軒並み消されている。

 

 そうして、危機感を持ったプレイヤーたちは、戦うのを一旦止め、手を組むことにして、ユキを迎え撃つことにした。

 

 そうして、襲い掛かるのだが……次々と倒されて行っているというわけだ。

 

 しかも、ユキは敵プレイヤーの攻撃をも利用し、どんどん死体を築いて行っている。

 

 ある者が切りかかってくれば、背後に回り、軽く背を押す。

 

 そうするだけで、その切りかかってきていたプレイヤーは別のプレイヤーを攻撃することになり、ダメージ負う。それを何度も何度も続け、なるべくスキルやMPを温存している。

 

 ちなみに、今回のイベントに向けて、ユキはあらかじめ料理を食べている。

 その際に得た内容は、【MP回復】だ。

 

 一度きり、みたいなものではなく、単純に自然回復するものだ。

 ちなみに、MPはもともと自動的に少しずつ回復する。

 大体、10秒に1くらいで。

 

 だが、今回ユキが得たバフは、10秒に1ではなく、1秒に1だ。

 

 これはおそらく、自分自身に作ったがためだと思われる。

 

 と言うのも、ユキ自身が作ったものを、他プレイヤーに食べさせた際、こんなあほみたいなバフがかかったことは一度もない。

 

 なので、本人限定で付くバフがあるかもしれないというわけだ。

 

 ただ、これのおかげで、ユキは先ほどから【武器生成(小)】を連発しまくっているにもかかわらず、全然問題がないわけだ。

 

 ちなみに、針を一本作るのに消費するMPは、2だ。

 

 本来なら10くらいは必要になるのだが、ユキが装備している【創造者ノグローブ】によって、消費MPが軽減され、効果が向上しているためだ。

 

 なので、針くらいなら、問題なく【投擲】で大抵は体力の半分を持っていける。さらに、ユキには【慈愛の暗殺者】という称号の効果もあって、急所に攻撃を当てれば、二倍のダメージが入るので、結果的に全損させることができている、というわけだ。

 

『な、なんなんだこいつはぁ!?』

『くそっ! 攻撃が当たらねぇよ! 背中に目でもついてんのかよ!』

 

 攻撃を後ろからしかけても、するりと避けられる。

 

 跳躍して、空中にいる間がチャンス! と思ったプレイヤーもいたが、逆に得物に乗られて、逆に逃げられる。

 

 暗殺者は本来、こういった集団戦は最も苦手とするところなのだが、いかんせん師匠が師匠なので、何の問題もなく捌けているというわけだ。

 

 それに、戦闘は素人であることも理由の一つだろう。

 

 本物を知っているユキからすれば、全然弱かった。

 

 途中、【ウィンドカッター】をまき散らして、プレイヤーのことごとくを切り刻んだり、100人をまとめて【投擲】で倒したりなど、本当におかしなことしかしていなかった。

 圧倒的、キル数である。

 

『ば、化け物だ! こんな戦い、やってられるか!』

『オレは逃げる!』

『つか、勝てるわけねえよ、あんなん!』

 

 そしてついに、逃げ出す者も出始めた。

 

 ユキには勝てない、絶対無理だ、そう思い始めた者たちが、蜘蛛の子を散らすようにして走り去っていく。

 

 ユキはその集団を見逃す。

 追う必要がないと考えたからだ。

 どの道、ユキの目的はインガドであるから、意味がないのだ。

 

「やっぱり、手ごたえがない、かぁ」

 

 あまりにも戦闘が多いものなので、ユキは思わずそんなことを呟いていた。

 完全に、スイッチが入っている。

 風景が異世界のそれに近かったので、結果的にそう言う気分になったのだろう。

 

「さて、もうすぐ街だね」

 

 手に持っていた短剣二本を鞘に納め、ユキは再び走り出した。

 

 

 そして、ついにユキは街にたどり着く。

 

「到着、と。えっと、インガドは……」

 

 街に到着したユキは、周囲をきょろきょろと見回す。

 

 耳をすませば、金属と金属がぶつかり合う音や、拳が人間の胴体に当たった時になるような、そんな鈍い音など、ところどころで戦闘が起きているみたいだった。

 

 ユキは一度、【映し鏡】を取り出しインガドの位置を探る。

 先ほどと変わらず、この街エリアにいることを確認。

 そして、今はどうやらどこかの建物内にいる、ということがわかる。

 

「んー……いっそのこと、ハイディングで近付こうかな」

 

 なんて、ちょっとしたいたずら心のような感じで、何となしに呟くユキ。

 

 自分を馬鹿にしていた、と言うことを思いだし、ならいっそ、その馬鹿にした暗殺者に背後を取られる、なんてことをしてみようと思い、ユキは《ハイディング》【気配遮断】【消音】の三つを使用。

 

 これだけで、ユキの姿は見えず、気配もなく、音も出ない、完璧なハイド状態となった。

 

 もっとも、《ハイディング》まで使う必要はないのだが。

 

 そもそも、【気配遮断】だけでも、ユキの姿を捉えることは難しい。というか、ほぼ不可能だ。

 気配を消すと言うことは、存在を希薄にすることなので、結果的に見えないに等しい。

 影が薄い人が目の前にいるのに気付かれないのと一緒だ。

 

 というわけで、ユキは完璧に隠れた状態でインガドのもとへと向かった。

 

 

「ははははは! よえぇな! おい!」

 

 インガドは一人、建物の屋上で笑い声を上げていた。

 

 この街のエリアに出現した後、インガドは手当たり次第に近くにいたプレイヤーを倒す……いや、蹂躙していた。

 

 強いプレイヤーも弱いプレイヤーも関係なく、だ。

 

 その際、馬鹿にすることも忘れない。

 

 同時に、すぐに倒すのではなく、少しずつじわじわと体力を削っていく。その際、何度も何度も馬鹿にするのだ。

 

「お前はよえぇんだから、こんなことさっさとやめて、弱者は弱者らしく、強者の言うことを聞いてりゃいいんだよ!」

『ぐふっ!?』

 

 ここまで来ると、クズのような人間だ。

 いや、ような、ではなく、本当にクズな人間なのだろう。

 自身が強くなったと錯覚して、威張り散らすだけの、ただの迷惑なプレイヤー。

 今だって、先ほど見かけた自分よりも格下の相手を一方的に攻撃し、頭を踏みつけている。

 

『く、そっ……!』

 

 頭を踏みつけられているプレイヤーは、反抗的な目をインガドに向ける。

 

「なんだ、その目は!」

『がはっ』

「ちっ、本当にクズみてーな人間だなぁ? まあいい。これで……終わりだ!」

 

 下卑た笑いを浮かべながら、大剣を振り下ろそうとして……ガキィィィンッッッ! という金属音を響かせて、ぴたりと止まった。

 

「あ?」

 

 見たこともない現象に、思わず手が止まるインガド。

 

「んだよ、バグかぁ? 俺の邪魔しやがって……まあいい。少し死期が伸びただけだ。今度こそ、敗者部屋に送ってやるよ!」

 

 もう駄目だと、倒れているプレイヤーが目を閉じた瞬間……またしても、ガキィィィンッッッ! という音が響き、大剣が止まった。

 

「なんなんだよ、これは!? こんなふざけたバグを放置してやがんのかよ、このゲームの運営さんはよぉ! クソ運営は、これだから困るんだよ!」

 

 なんて、好き勝手言うインガド。

 

「こっちが遊んでやってんだから、ちゃんとし――ぶげはっ!?」

 

 さらに何かを言おうとしたインガドが、見えない何かに吹き飛ばされた。

 

「クソっ!? 誰だ! どっから攻撃しやがった!?」

 

 そう叫ぶものの、誰一人として現れない。

 

「遠くから攻撃なんかしやがって……この臆病者がぁ!」

 

 煽るようなセリフを言うものの、やはり、現れない。

 

「畜生、今ので二割も持っていかれた……許さねぇ!」

 

 遠くから攻撃されていると思っているインガドは悪態をつきまくる。

 その光景を呆然としながら見ていたプレイヤーは、何が起こっているのかわからず、疑問顔を浮かべている。

 

 と、その時。

 

「今のうちに逃げて」

 

 鈴を転がしたような、澄んでいて、甘いような声が――女の子の声が聴こえてきた。

 

『へ……?』

「早く。じゃないと、巻き込まれちゃいますよ」

 

 幻聴かと思ってきょろきょろとしていると、再び聴こえてきた。

 しかし、逃げろと言われていたので、プレイヤーは急いで立ち上がると、そのまま走り去っていった。

 

「あ、テメェ! 逃げんじゃねぇ!」

 

 逃げたプレイヤーを追いかけようとするが、

 

「行かせませんよ?」

「――ッ!?」

 

 突然聴こえてきた声に、思わず飛び退くインガド。

 

「あれ、意外と冷静なんですね?」

「だ、誰だ!?」

「あのまま先へ進んでいたら、そのまま切ったんですけどね」

「な、何言ってやがる! いいからさっさと出て来いよ!」

 

 得体の知れない何かがいると知り、インガドは狼狽える。

 何がいるかわからない。何に切られそうになったのかわからない。

 未知と言うものに対し、恐怖心を抱いた。

 インガドが先ほど、声が聞こえた瞬間に飛び退いたのは、ゾッとする何かを感じたからだ。

 

「はぁ、しょうがないですね。いいですよ、姿を見せましょう」

 

 そう言って、インガドの目の前に現れたのは……全身黒装備のユキだった。




 どうも、九十九一です。
 これ、3話で終わるかなぁ、なんて思い始めているんですが、まあ、多分4話以上かかると思います。多分。
 今日は2話投稿できるかはわからないです。ちょっとした用事があるので、まあ、多分。できたらいつもの二パターンで投稿します。無理なら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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192件目 サバイバルゲーム3

「だ、誰だよお前!」

「教えてあげてもいいんですけど……あいにくと、目立ちたくないので、このままで失礼しますね」

 

 自身の正体について尋ねてくるインガドに対し、傍から聞けばふざけたようにしか聞こえないようなセリフで返す。

 

「ふ、ふざけんじゃねぇ!」

 

 それに怒ったインガドがユキに切りかかるも、

 

「遅いですよ」

 

 ひらりと回避し、インガドの背後に回る。

 

「避けんじゃねぇよ!」

「いや、何言ってるんですか。戦場に出て、そう言って避けない人がいると思いますか? 馬鹿なんですか?」

「何が戦場だ! こんなクソ平和な時代に、戦場なんてねぇんだよ! なんだお前。もしかして、中二病ってやつか? だとしたら、とんだ痛い奴だな!」

「……」

 

 正直、ユキは中二病になるのか、不明なところではある。

 

 実際、本当に魔法は使えるし、能力も、スキルも使える。

 そう考えると、中二病ではないような気がするが……。

 

 そもそも、現実で、『白銀の女神』なんて呼ばれている方が、かなり痛いような気がするが。

 しかし、実際に魔法が使える、なんてことが言えるわけもなく、ユキは黙る。

 

「なんだ、だんまりか? はは! 図星ってことだなぁ? へっ、テメェみたいな奴はな、俺みたいな強者の言うことを聞いてりゃいいんだよッ!」

 

 不意打ちのように大剣を横なぎに払うものの、まったく当たらない。そもそも、掠めもしない。

 何度も何度も大剣を振るうも、柳に風と、ユキが躱し続ける。

 

「クソッ! なんでだ、なんだ当たんねぇんだよ!」

「弱いからじゃないですか?」

「ふざけんじゃねぇ! 俺はつえぇんだ! 31もあるんだ! 俺はトッププレイヤーなんだよッ!」

 

 怒りに任せた攻撃は、やはり当たらない。

 そもそも、感情的になっている時点で、攻撃が一直線すぎて、見極めやすい。

 誰でも避けられるというものだ。

 

「畜生ッ……! こうなったら……【破斬】!」

 

 意を決したように、インガドが【破斬】というスキルを使用し、ユキめがけて大剣を振り下ろす。

 ユキは、それをサイドステップで躱す。

 

「馬鹿が! そっちが本命じゃねえんだよ!」

 

 と、回避するユキめがけて、思い切り横なぎに大剣を振るうが……

 

「うーん、遅いですね」

「なっ……!」

 

 ユキは大剣の上に乗っていた。

 当たったと確信したはずなのに、ユキは自身の大剣の上に乗っているとあって、インガドの顔が驚愕に染まる。

 

「はぁ、これで強者、ですか」

 

 思った以上に弱かったとあって、ユキはがっかりしていた。

 

「て、テメェ……! ふざけんじゃねぇ!」

 

 何度も、何度も、何度も大剣を振るっているのにも関わらず、やはり、当たらない。

 当てずっぽうに攻撃しても、最小限の動きで回避される。

 

「クソッ、クソッ! なんでだ! なんで当たらねぇんだよ!?」

 

 攻撃が一向に当たらないことに、インガドが苛立ったように叫ぶ。

 だが、ユキが答えることは、

 

「弱いからですよ」

 

 先ほどと変わらない答えだった。

 

「クソがあああああああ!」

 

 インガドはまるで諦めることなく、ユキに攻撃を続けていく。

 

 

 一方、敗者部屋では、この戦闘が大きな話題となっていた。

 

『なあ、あの黒装備、やばくね?』

『ああ。さっきから、インガドの奴の攻撃を全部躱してやがる』

『しかも、不意打ちにも平気で対応してるし……なんなんだ、あのプレイヤーは……』

 

 今まで見たことがないプレイヤーに、敗者部屋にいるプレイヤーたちは近くにいる者たちと話し合うも、まったく答えが出てこない。

 

 ユキは、あの姿で何度か狩りに出かけているが、以前のキングフォレストボア―の一件で、変に騒ぎになってしまったことから、毎回隠れて移動している。

 

 それが原因で、ほとんどのプレイヤーが知らないわけだが……。

 

 それに、キングフォレストボア―戦を見ていたプレイヤーたちも、レギオというプレイヤーが有名になったことで、少し記憶が薄れていた。

 だが、さすがにここまで来ると、

 

『……なあ、あの黒装備。サービス開始初日に現れた、キングフォレストボア―を倒したプレイヤーじゃね?』

『ああ、あの運営のミスで発生した、っていうバケモンか?』

『そうだ。で、それを倒したのが、あの黒装備を着た奴なんだが……』

『へぇ、どんな奴なんだ?』

『オレはよく見てなかったんが、とんでもな美少女だったらしい』

『マジで!? 何それ、めっちゃ気になる奴じゃん!』

 

 一部のプレイヤーは、映像に映る黒装備が、ユキだと疑い始める者が出てくる。

 

『……つーか、さっきの1000人くらいいたプレイヤーたちを、たった一人で蹴散らしてた時点で、相当やばくないか?』

『たしかに。攻撃を見ないで躱すし、死角から放たれた矢だって弾くしで、勝てる気しないんだが』

『やられた奴曰。気が付いたら死んでた、だそうだ』

『マジか。暗殺者みたいな奴だな』

『……てか、装備が短刀二本って、普通に考えて、暗殺者じゃね?』

『……言われてみれば』

『え、じゃあ何か? あのクソみたいに高い難易度を誇る暗殺者でプレイしてるってことか?』

『……どうなってんだ?』

 

 中にはこのように、暗殺者であることに気付くものが出始める。

 暗殺者は、何度が高く、やるプレイヤーはほとんどいない。

 いたとしても、すぐに断念して、キャラを初期化。別の職業に変更してしまうのだ。

 なので、暗殺者でプレイしていると、それなりに目立つわけだ。

 

『でも、あれだな。ああやって、インガドが翻弄されてる姿を見ると、めっちゃスカッとする』

『わかる。あいつ、マジで威張り散らしてばかりだしよ。性格クソだもんな』

『そうそう。さっさと退場しろって話だよ』

 

 やはり、他のプレイヤーからは嫌われているらしい。

 

『俺、あいつに生産職であることを馬鹿にされたから、マジで黒装備に勝ってほしい』

『私も。しかも、男女差別まがいのこと言われたのが本当にむかついたわ。……力がなくて、全然だめだったけど』

『んじゃ、黒装備を応援しようぜ』

 

 その声に、反対するものはいなかった。

 

 

「はぁ、はぁ……なんでだっ……なんで……!」

 

 感情に任せて攻撃しまくっていたことで、体力を激しく消耗したインガドは、大剣を地面に突き刺し、それによりかかるようして立っていた。

 

「いくら強くても、技が伴っていないと、意味はないです」

「うるせぇ! 俺は、そんなもんなくたって、強いんだよ!」

「じゃあ、早く攻撃を当ててください。ボクは、さっきから、待ってるんですよ」

「ふざけたこと言いやがって! テメェ、それで本気なんだろ!? 内心、俺の攻撃に焦ってんじゃねえのかよ!?」

「いえいえ。ボクは、これっぽっちも本気じゃないですよ」

「でまかせだ! 本当はすぐに逃げ出したいにきま――」

「本気だと、こんな感じですけど?」

 

 軽く十メートルはあった距離を刹那のうちに肉薄し、ひたりと、短剣を首筋に突きつける。

 

「ひぃぃぃ!?」

 

 自身の首に短剣を突き付けられたことに気付いた瞬間、情けなくもインガドは後ずさっていた。

 ここが現実じゃなかったら、軽く漏らしていたと思えるほどの勢いのある後ずさりだ。

 

「な、何なんだよ! その動きはぁ!?」

「うーん……別に言ってもいいんですけどねぇ……」

「お、教えろ!」

「……言い方は気に食わないですけど、まあいいです。はっきり言います。ボクのAGIは980ですから」

「う、嘘だ! そんな出鱈目な数値があるはずがねぇ!」

「嘘じゃないですよ。ボクの場合、色々と幸運があっただけですよ」

 

 もっとも、その幸運と言うのは、オート作成によるものだ。まあ、全然幸運でも何でもない気がするが。

 これはすべて、ユキの努力の賜物だ。

 

「テメェのレベルはいくつなんだよ!? 俺圧倒するほどのステータスを持ったお前は!?」

「18ですよ」

「じゅ、18……?」

「18です。レベルは18です」

「……て、テメェ、まさか……あ、あのクソ料理屋の――!?」

「今更気付いたんですか? 声も変えてないのに……鈍感で、馬鹿なんですね、インガドさんは」

 

 そう言いながら、ユキはインガドに近づいて行く。

 

「こ、こっちに来るんじゃねぇ!」

「いえいえ、これは戦いですよ。なんで逃げてるんですか? 戦えばいいじゃないですか。他のプレイヤーの人たちにしていたように」

 

 フードで隠れていてよく見えないのだが、インガドはそこにとんでもない圧力のある笑顔を幻視した。

 いや、幻視などではなく、実際にものすご~く笑顔を浮かべているのだが。

 

「それで……誤ってくれますよねぇ? インガドさん?」

「な、なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!」

「なんで、ですか。……ボクの友達を散々馬鹿にして、突き飛ばしておいて、なんで? 本気で言ってるんですか?」

 

 ユキの口から、とても想像できないほどの殺意の籠ったセリフが飛び出した。

 そしてそれは、女神と称されるほど(ユキ自身は認めてない)の美貌を持った姿を知っているだけに、それはインガドの恐怖心をさらに増幅させた。

 

「お、おおお俺が悪かった! あ、謝る! 謝るからゆ、許してくれぇ!」

「……」

「い、いえ! 金輪際、二度と近づきません! だから、ゆ、許して、くださいッ……!」

「……ちゃんと、謝るというのなら、許しましょう」

「謝る! 謝るから!」

「……わかりました。ちゃんと、謝ってくださいね?」

「あ、ああ! 約束する!」

 

 それを聞いて、ユキはインガドに背を向けた。

 

「……あめぇんだよ! クソアマがぁあああああああ!」

 

 そして、それを見た瞬間、インガドはがら空きに見えるユキの背中めがけて、予備として持っていた別の大剣を振り下ろしたのだが……

 

「……こうしてくると思いましたよ」

「……は?」

 

 気の抜けた声が、インガドの口から漏れた。

 

 ザシュッ!

 

 次の瞬間、インガドの視界はぐるりと反転した。

 それどころか、普段よりも高い位置を舞っている気さえした。

 そして、地面に落ちた。

 

「さようなら、インガドさん?」

 

 インガドが最後に見たのは、高いところから覗き込むようにして自分を見る、笑顔のユキの顔だった。

 

 

『『『うおおおおおおおおおお!』』』

 

 ユキがインガドを倒した直後、敗者部屋が沸いた。

 

『よっしゃあぁ! あの黒装備、インガドを倒した!』

『すっげえ胸がすっとした!』

『あんな情けねぇインガドとか、マジ受けるんだけど!』

『今までの報いだよな! いやぁ、マジ笑うわ』

『人を馬鹿にするから悪いのよ』

『ほんとそれ。これでもう二度と、威張れなくなるよね』

 

 と、口々にインガドに対して馬鹿にするような言動していた。

 それほどまでに、インガドという男は、迷惑な存在だった、と言うわけだ。

 そして、そんなインガドは、

 

「クソが! あのクソアマぁ……俺をこけにしやがって!」

 

 敗者部屋に送られて早々、そうやって怒りに満ちた顔と表情と声で、恥も外聞も関係なく怒鳴り散らしていた。

 いや、むしろ、自分がどんな状況になっているか気づいておらず、恥を晒しまくっているのだが。

 

 それを見ていた周囲のプレイヤーたちは、失笑するのみ。

 クスクスと笑う声が周囲から漏れる。

 

「テメェら! 笑ってんじゃねえぞ!」

『はっ、今更威張っても、さっきのを見た後じゃなぁ?』

『許してくれぇ! だっけ?』

『ほんっと傑作だったぞ、インガド!』

『てか、生産職を馬鹿にするとか、ほんと信じらんない』

『そもそも、NPCが作ったりするよりも、プレイヤーが作った武器の方が強いし』

「ん、んなもん、レアドロで」

『レアドロ狙うなんて、非効率的だ。そもそも、俺たち戦闘職は、生産職がいるから戦えてんだよ』

『そんな生産職を馬鹿にするとか……一生使わなくてもいいんじゃないの?』

『てか、むしろ出禁だろ、出禁』

「ふ、ふざけんじゃねえ! 何の権利があってそんな!」

 

 今までの鬱憤を晴らす勢いで、プレイヤーたちはインガドに冷たい言葉を浴びせる。

 それに対し、言い返そうとするも、

 

『じゃあ、お前は何の権利があって、生産職たちを馬鹿にしたんだ?』

「ぐっ」

 

 逆に正論を返され、なにも言い返せなくなる。

 

『あーあ、これから先、お前の依頼を受けてくれるプレイヤーなんていなくなったなー』

『ま、こっち的にはざまあみろ、だけどね』

『そんじゃあ、精々一人で頑張れよー』

「畜生ッ……!」

 

 容赦なく、浴びせられた言葉に、インガドはただただそう言うだけだった。

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:インガドざまぁ】

1:いやぁ、マジスッキリしたわー

 

2:それな。女神様、ほんと感謝だわ

 

3:最後、怯えた表情で許しを請う姿とか、本当に傑作だったな。あれ、芸人になれんじゃね?

 

4:バーカ。無理に決まってんだろ。他人を馬鹿にするような奴だぞ。誰も採ってくれねーよ

 

5:それもそうだな!

 

6:にしても、本当に勝ったのぉ、女神様

 

7:まさか、レベル差を覆して勝利するとは……恐れ入ったでござる

 

8:つか、マジで強すぎじゃね? 聞いたか? AGI980とか言ってたぜ?

 

9:あの速さは、マジ、じゃろうなぁ

 

10:レベル18でAGI980とか、普通に考えて、ありえないけど、なんかとんでもない称号とかスキルとか持ってんのかね

 

11:そうじゃね? もし違かったら、AGI極振りになってるだろ

 

12:でも、極振りでも980までいかないぜ? やっぱ、装備品とかもあるだろ

 

13:まあ、ええじゃろ。女神様なんじゃから、何でもあり、ということで

 

14:……それもそうだな!

 

15:それで済ませりゃ、何の喧嘩にもならないしな

 

16:女神様だから、なんて便利な言葉……

 

17:にしても、やっぱスカッとしたよなぁ、インガドの首が飛んだとこ

 

18:このゲーム、頭飛ばすとかできたのな

 

19:それな。やっぱ、STRも高いのかね、女神様は

 

20:上げにくいはずだし、あんまり振ってないと思うンゴ

 

21:でも、普通に戦士とか重戦士職のプレイヤーの武器を弾き返したりしてたしなぁ

 

22:まあ、いいんじゃね? それよりもさ、インガドのあの話、拡散した?

 

23:当然。負けた瞬間に、こっちで公表したぜ

 

24:これが、大勢を敵に回した奴の末路、ってな!

 

25:これで、あいつが威張り散らすこともないな! そして、強くなることも

 

26:強くはなれるじゃろうが、一生ソロじゃな。しかも、生産職の手も借りれない、な

 

 この後も、先ほどのユキとインガドの戦いで、このスレッドは盛り上がった。

 

 ちなみに、このスレッドにいたプレイヤーたちは、本当にインガドのあの行動を公表した。先ほどの戦闘シーンの映像も相まって、インガドはこれから先、誰の力も借りれなくなったが……自業自得だ。

 これに伴い、ユキの株が大高騰した。




 どうも、九十九一です。
 相変わらず、戦闘描写は苦手……。むぅ、もっと細かくできればなぁ……。まあ、ここは本当に才能とかなんでしょうね。あとは、ボキャブラリーですかね。私は、そこまでボキャブラリーも知識もないので、とんでもなくきついです。あぁ……才能が欲しい……。いや、努力もしますが。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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193件目 サバイバルゲーム4

 インガドが消える様子を見届け、ユキはふと考える。

 すなわち……

 

(こ、これからどうしよう……?)

 

 と。

 

 当初の目的である、インガドの撃破は達成。

 

 これからすることと言えば、イベントを続行することになるのだが……何分、ユキ自身には優勝したい! という願望はない。

 

 このイベントは、あくまでもインガドに仕返しをすることが目的だったし、何よりユキは目立ちたくないと思っている。

 

 そうは思っても、先ほどの映像で、かなりユキの姿(顔は見えていない)は、少なくない数のプレイヤーたちの記憶に残った。

 

 今はまだ、異常な強さを持ったプレイヤーとしてしか認識されていないが、これでフードとコートの下の姿が見られてしまえば、それこそ大騒ぎになってしまう。

 

 サービス開始の次の日から、ユキは白銀亭を経営しているわけだが、徐々に徐々に客が増えていっているため、それなりに有名になりつつあった。

 

 そもそも、料理を食べただけでバフがかかる、なんてぶっ壊れた能力を持っている上に、料理は美味い、そして、それを作っているプレイヤーも美少女とあって、大盛況。

 

 ちなみに、最初は男性プレイヤーの方が多かったのだが、現在は半々だ。

 そうなった理由は、ショウとレンが働き始めたから、だろう。

 

 ショウ自体は普通にイケメンである上に、接客も丁寧。しかも、働き者と言うこともあって、女性人気が高い。ゲームの中でもだ。

 そして、レンの方も意外と人が行っていた。

 レン自身は、そこまで顔を変えていないのだが、決して現実のレンは見てくれが悪いわけではなく、単純に性格で損をしているだけなので、黙っていればそこそこモテそう、なんて言われていたりする。

 もちろん、ユキたちもそう思っている。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 実際、ユキの素顔自体はすでに知られているのだ。

 

 中には、ユキの情報を欲しがるプレイヤーたちもいたのだが、料理屋と洋服屋の同時経営の店、白銀亭を経営していることしか出回っておらず、職業自体が不明、と言うことになっている。

 

 キングフォレストボア―の騒動では、顔を見られていたりするのだが、遠めだったこともあり、未だにバレていない、と言うことになっている。

 

 まあ、仮にそうだったとしても、異常に強いプレイヤーの正体が、白銀亭で料理を振舞っているなど、誰が想像できるのだろうか。

 

 見た目で判断してはいけない、と言うのはこのことだろう。

 

「……とりあえず、動こうか」

 

 結局、ユキは動き回ることにした。

 

 

 街エリアを離れたユキが次に向かったのは、山岳エリアだ。

 

 山岳エリアに行った理由はこれと言ってないが、強いて言えば、近かったから、だろうか。

 それに、山岳エリアなら、ある程度は動ける(ユキのある程度は、常人には異常)。さらには、六つの地域の中で、一番高地にあるため、周囲を見渡すにはちょうど良かった、と言うわけだ。

 

 ちなみにこのゲーム、視力も一応は反映される。

 ただし、視力が悪いプレイヤーは、ゲームのシステム的なアレで、1.0くらいにはなる。

 まあ、その辺りは一応初期設定で調整できるし、そうでなくてもアイテムやらなんやらでどうとでもできる。

 

「うーん、見た限りだと、いろんなところで戦闘が起こっているみたいだけど……」

 

 ユキが呟いたように、各地域で戦闘が起こっていた。

 激しいところから、そこまで激しくなく、一方的になっているなど、様々だ。

 実際、この山岳エリアにも戦闘をしているプレイヤーは多い。

 それを見て、ユキはふと思う。

 

「よく、刃を向けられなぁ」

 

 と。

 

 これはあくまでもゲームの中とはいえ、武器を人に向けているのと同義。

 

 ユキにとって、少しばかり抵抗があるのだ。

 と言っても、抵抗があるだけで、自分がやられたら意味がないと思っているので、普通に攻撃するのだが。

 

 ユキの場合、向こうでの経験があるが、こっちの世界の人にとって、そう言った経験はまずない。

 それでも、抵抗をほとんど感じずに攻撃するというのは、普通に考えてすごいことだとも思う。

 

 中には、抵抗があるプレイヤーもいるのだろうが、ほとんどはおそらく、これはゲームだから、と言う風に線引き、もしくは割り切っているのだろう。

 むしろ、そこを考えるユキは少数派かもしれない。

 本物を知っているが故の、考え方。

 

「……【投擲】!」

 

 ふと、ユキが突然【投擲】を使用した。

 

『ぎゃああああああ!』

 

 ユキが放ったものは、針。

 

 あらかじめ【武器生成】で作ったものを、太腿にある、針を収めておくためのポーチ入れてあったものだ。

 

 それを使用して、背後に【投擲】を放つと、背後にいたプレイヤーに当たり、消失させた。

 ちなみに、そのプレイヤーは、【気配遮断】と【消音】を使用していたにもかかわらず、バレた。

 

 もちろん、そのプレイヤーのスキルレベルが低かったのもあるのだろうが、ユキはスキルを使わなくても、なんとなくわかる。

 

 この辺りは、本当に直感とか、その類だろう。システムに頼らない、個人的な技能。

 

 強者は、自分の持つ能力や魔法に頼りきりにならない、というのがミオの持論。ユキ自身も、それには賛同している。

 

 それで強くなっても意味がないからだ。

 強いのはあくまでも、そのスキルや能力であって、本人の強さではない。

 スキルや能力は、結局は手段と言うわけだ。

 

 なんてことを思い出しながら、ユキは山岳エリアの頂上で一人座っていた。

 

 

 イベントが開始してから、すでに十二時間が経過。

 

 相変わらずユキは、山岳エリアの頂上に座っている。

 

 不要な戦いを避けるため、と言う理由だ。

 

 先ほどから、ユキを見つけては、攻撃を仕掛けてくる哀れな犠牲者たちも来たりしていたが、一度も攻撃が当たることはなく、瞬殺されて退場していった。

 

 そうしているうちに、7万もいた参加者たちは、みるみるうちに減っていき、気が付けば5000人ほどになっていた。

 

 これには、運営もびっくり。

 

 参加者が7万人もいたこともそうだが、まさか十二時間の間でここまで減らされるとは思っていなかったのだ。

 

 もっとも、そうなった原因を作ったのは、間違いなく、ユキである。

 

 そもそも、序盤でかなりのプレイヤーを葬っている。

 

 本人も、どれだけの人数を倒したかわかっていない。

 山頂で座っている間も、多くのプレイヤーがユキを倒そうとしていたが、先ほど言ったように、瞬殺されて終了。

 

 人数はどれくらいかわからないほどに、ユキに勝負を仕掛けてきていた。

 

 そもそも、ユキに勝負を仕掛けるなど、無謀とも言えるような行動だ。

 

 仮に、少しは攻撃を当てられる可能性があるとすれば、レギオくらいだろう。

 まあ、結局は平和な日本で暮らしていた一般人であることを考えれば、当然と言えば当然だが。

 

「そこのお前、何をしている?」

 

 ふと、ユキの背後から声が聞こえてきた。

 

 と言っても、ユキ自身は、後ろから誰か来ていたことくらい、普通に察していたのだが。

 ユキは、背後にいるプレイヤーが、今まで倒してきたプレイヤーよりも強いと確信する。

 ゆっくりと、立ち上がり、後ろを振り返ると、そこには一人に女性プレイヤーがいた。

 

 身長は170はある。女性にしては長身だが、このゲームにおいては、簡単に身長はいじれるので、そこまで珍しくないのだろう。

 赤髪のベリーショートに、眼光鋭い黒の瞳。顔立ちは、きつめの美人と言ったところだろうか。

 肌は、健康的な小麦色をしていて、スタイルもいいようだ。

 見たところ、装備は刀。つまり、職業は侍だ。

 防具に関しては、ほぼほぼ全身を守るような鎧を着込んでいる。

 

「見たとこ、ここでいろんな場所を見渡しているみたいだが?」

「そうですね」

「イベントに参加しておきながら、なぜ何もしないんだい?」

「目的は、もう果たしましたから。あとは、ここで座って眺めていたんですよ」

「……目的、ねぇ? なら、もう退場しても構わないってのかい?」

 

 ユキの言葉に、目をスッと細め、まるで挑発するような言い方をする女性プレイヤー。

 

「ああ、あたしの名は、エイル。あんたは?」

「ユキです」

「ユキか。身に着けている装備を見たとこ、暗殺者、ってとこかい? あのクソみたいにむずい職業で、よくここまで生き残ってたねぇ?」

「運がよかったんですよ」

 

 運ではなく、実力だが。

 もちろん、エイルと名乗ったプレイヤーは、それを嘘だと、内心決めつけた。

 

「へぇ? じゃあ、あたしと戦ってみるかい?」

「……別に構いませんけど……」

「なんだい。やけに遠慮がちだね? こう言うのはもっと、テンション上げた方がいいんじゃないか?」

「そうは言われましても……」

 

 ユキ自身、何度も何度も戦っていた経験があるので、テンションを上げるのは難しいように思えるが……。

 

「んで? あんたのレベルは? あたしは、34だ」

「ボクは、18ですよ」

「18ぃ? 正気かい? そんな低いレベルで、よく生き延びたもんだねぇ」

「まあ、色々と」

「ふぅん? まあいい。せっかく出会ったんだ、一勝負お願いできないか?」

「……わかりました」

「そうこなくっちゃな!」

 

 ユキが了承したことに、喜色満面な笑みを浮かべる。

 ユキは特に動こうとするそぶりを見せず、その場で棒立ちになる。

 

「いいのかい? そんなふざけた状態で」

 

 その様子に、舐められたと思ったのか、苛立ちを見せる。

 

「問題ないですよ。いつでも、どうぞ」

「言うねぇ。なら……行くよ!」

 

 次の瞬間、エイルはユキに肉薄し、刀を抜き放った。

 そして、刀を振り抜き、前方を見ると、そこにユキはいなかった。

 

「き、消えた……!?」

「後ろですよ」

「なッ――!?」

 

 振り向こうとした瞬間、ドシュッ! と、エイルの体に純白の短剣が突き刺さっていた。

 しかも、自身の鎧の隙間を縫うようにして。

 そして、漆黒の短剣がエイルの首を捉え、一閃した。

 

「うそ、だろう……?」

 

 その言葉を呟いた直後に、エイルは消えた。

 

 二撃。

 

 レベル差二倍近くもあったエイルを、たった一刺し一閃で倒してしまった。

 

 ちなみに、エイルはこのゲームにいて、二番目にレベルが高く、同時に、二番目に強いとさえ言われていたプレイヤーだ。

 しかし、ユキにたった二発の攻撃で、倒される結果となった。

 

「……もう少し、加減するべき、だったかな」

 

 なんてことを、ユキは呟いた。

 

 

『『『うわぁ……』』』

 

 先ほどの、ユキのとんでもない攻撃を見ていた、敗者部屋のプレイヤーたちは、一様にドン引きしていた。

 

 このイベントの優勝候補の一人と考えられていた、エイルをたったの二発で倒してしまい、しかも、最後の加減するべきだったかな、というセリフがさらにドン引きを加速させる結果となった。

 

『あの黒装備、強すぎじゃね?』

『さっきから見てるけどよ、被ダメ0はやばくね?』

『つか、動きがほとんど見えないんだが……』

『……レベル18の動きじゃねぇ』

『あれ、マジどうなってんの?』

 

 レベルは高いとは言えず、服装は言ってしまえば全身黒い装備に身を包んだ、不審者。

 顔は未だ見えず、余計に不審さを際立たせていた。

 その上、インガド戦後、ずっと山岳エリアの山頂に座っているだけで、やっていることとすれば、自分に襲い掛かってくる他のプレイヤーたちを倒していることくらいだろう。

 ほとんど見ずに。

 

『てか、普通に【気配遮断】とか【消音】を使ったプレイヤーとかも、わかってるような感じで倒してなかった?』

『……スキルを使った様子はなかったんだよなぁ』

『じゃあ、単純に個人的な技術?』

『何それ、ヤバ』

『……マジで素顔が気になる』

『それな』

『あのフードの下には、どんな顔が隠されてるのかねぇ?』

 

 やはり、ユキの素顔は誰もが気になるようだった。




 どうも、九十九一です。
 最近、かなり調子がいいように思えます。珍しく、二話投稿でできてますからね、しばらく。もうそろそろで200話突破しますね。この頭のおかしい小説を投稿し始めて、軽く約5か月は経つんですが、随分書いたなぁと思ってます。実際、もう100万文字超えてますしね。書きすぎたか……? まあ、寄り道が多いせいですね。
 さて、今日も2話投稿だと思います。いつもの二パターンです。出せなかったら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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194件目 サバイバルゲーム5

 さらに時間は経過し、気が付けば十八時間経過。

 

 このイベントが開始された時の、この専用フィールドの時間は、朝の六時だ。

 そのため、もう深夜零時を回っている。

 

 夜中と言うことは、辺りは真っ暗で、明るい場所はない。

 暗闇。暗殺者にとって、最も動きやすく、最も活発になる環境。

 

 もちろん、ユキも例外ではない。

 

 暗いところになれていないと、視界は悪くなり、突然の奇襲に対処できなくなる。

 

 しかし、暗所での行動になれている者であれば、何の問題もなく動き回れるし、先手を打つこともできる。

 そして、こう言う時、暗闇になれていないものは同じようなミスをする。

 

 それは、

 

「……明かりを点ける人が多い」

 

 明かりを点けることだ。

 

 いや、決して明かりを点けることが悪いことではない。

 

 しかし、暗闇になれている人間が近くにいた場合、それは仇となる。

 自身の場所を知らせてしまうためだ。

 

 だが、明かりがない状態で動けば、さらに危険な状態になるのも事実。

 つまり、どっちに転んでも、暗闇になれている者の方が有利になるというわけだ。

 

 そして、この時、一番逃げてはいけない場所と言えば、森林だろう。

 

 障害物が多く、見晴らしも悪い森林は、暗殺者にとって、最も能力を活かせる場所だ。

 このイベントに、暗殺者がどれくらいいるかは不明だが、もし生き延びているのだとすれば、夜の間は森林にいる可能性が高いだろう。

 

 現在、生存しているプレイヤーの数は、100人程度だろう。

 

 二十四時間も動きっぱなしになるこのイベントは、かなりの疲労を参加者にもたらす。

 それこそ、ユキのように数日間寝ずに動けるような、異常な体力を持っていなければ、動き続けるのはただただ地獄だ。

 

 これがギルド対抗戦などの集団戦イベントであったなら、交互に休憩を取り、睡眠をとるなどの行動がとれたが、このイベントは個人戦だ。

 

 それも、多くのプレイヤーが入り乱れる、大規模な。

 

 そのため、この時間帯まで生き延びているプレイヤーたちのほとんどは、体力を大きく消耗し、疲弊しきっている者が多い。

 

 一部例外もいるが、それでも疲れていないわけではない。

 

 本来なら、息切れをしていたり、足取りがややふらついていたりするのが普通なのだが、ユキのようにとんでもない人数を葬っておいて、全く疲れを見せていない方が異常なのである。

 

 このイベントが万が一、時間内に終わらなかった場合は、延長戦に突入し、さらに疲労することになるのは明白だ。

 

 そのため、この時間帯では、残ったプレイヤーたちが早く終わらせようと動くこと間違いなしだろう。

 現に明かりがあるというのことは、そうしようとしていることになる。

 

「……これは、早めに終わらせた方がいいのかなぁ」

 

 さすがのユキもそう呟いていた。

 

 

 そして、さらに時間は経過し、残り時間は二時間となっていた。

 残るプレイヤーも、気が付けばユキを含めて10人。

 

 相変わらず、ユキは山頂でぼーっとする。

 その間、やはり無謀者たちがユキに攻撃を仕掛けるも、一瞥されることもなく即死。

 

 ここまで来ると、本当に恐怖でしかない。

 真っ黒な装備で身を包んだ、異常に強い暗殺者。

 

 そんな風に認識されている。

 

 そして、残ったプレイヤーたちも、そんなユキを遠ざけるようにしていた。

 

 このイベントでは、一時間に一度閲覧可能な、専用フィールドのマップが用意されている。

 

 マップ上には、プレイヤーの名前とはいかずとも、プレイヤーたちの位置を示す点が表示されていた。と言っても、【気配遮断】のようなスキルを使用すると、見えなくなるのだが。

 

 このイベントに参加しているプレイヤーたちは、一時間に一度あるこれを頼りにプレイヤーを探し出し、戦闘をしていたのだが、ある時、ほぼすべてのプレイヤーが異常に気付く。

 

 それは、山岳エリアのとある地点から一歩も動かないプレイヤーがいたことだ。そして、そのプレイヤーに接近していたプレイヤーは、ことごとくマップ上から消えた。

 

 それが薄気味悪く、ある者は怖いもの見たさに。ある者は戦いに。

 

 そう言う考えで行ったのだが、誰一人として無事に帰ってくることはなかった。

 その全員が言うには、

 

『何かを投げられた』

『気が付いたら切られていた』

『いつの間にか、敗者部屋だった』

 

 と言うのだ。

 

 ここまで来ると、本当に恐怖しかない。

 

 そもそも、見ていないはずなのに、針を投げられ、いつの間にか体力を全損しているのだから、やられた側は笑えない。そして、それを見ていたプレイヤーたちも、笑えない。

 

 異常な強さを持つ、とんでもないプレイヤー。

 

 レベル自体は、おそらく、このイベントに参加しているプレイヤーの中で、下の上。下手したら、下の下かもしれない。

 

 それくらい、低レベルと呼ばれるくらいのレベルで、ユキは他のプレイヤーたちを葬り続けていた。

 

 優勝することには興味はないが、かといって簡単に負けるのはユキ的に師匠の教えに反することだと思っている。

 

 と言うか、負けたことが知れたら、何をされるかわからないという恐怖が、ユキを負けさせまいとしていた。

 

 純粋に優勝したいのではなく、ミオが怖いから、と言う理由で勝とうとしているわけである。

 

 このゲームには、ミオ自身はいないのだが、何らかの手段を用いて見ているかもしれないと思うと、油断はできない。

 

 そんなことを考えていると、気が付けば生き残っているのは2人になっていた。

 つまり、ユキともう一人しか残っていない、と言うわけだ。

 

「あと一人、か」

 

 とうとう、自分以外は一人なったことに、思わず呟く。

 そこには、達成感も何もない。

 そこにあるのは、

 

(ど、どうしよう!? なぜか残っちゃったんだけど!)

 

 という、動揺である。

 

 今まで、ユキは散々プレイヤーを葬って来たが、山頂にいる間は、エイルを除いて、ほぼ無意識に倒していた。

 

 無意識に迎撃ができるようになってしまっている時点で、色々とあれだが、原因はすべて、ミオにある。

 

 寝ていようが、軽く気絶していようが、体が勝手に迎撃するように仕込んでいるのだ。

 

 と言ってもこれは、日常生活ではほとんど現れないもので、現れるとすれば、このイベントように、常に周囲に気を配っている場合に限る。

 

 これは能力でも、スキルでもないのだが、強いて言うなら『自動反撃』だろうか。

 

 どっかの、憤怒の人が使ってそうな技名に似ている気がするが。

 

 ただ、これは完全にステータスに反映されていないものなので、ゲーム内でも問題なく使用されてしまっているわけだ。

 

 オンオフは……どうなのだろうか。ユキ自身も、知らないうちに身に着けてしまった技能ではあるので、もしかすると、ミオでなければどうにもならないかもしれない。

 

 ただ、自発的な戦闘においては、この技能は使用されていないはずだ。

 あってもなくても、体の動きは同じだから、そこまで変わらないのだが。

 

「……君が、最後のプレイヤーかな?」

 

 ふと、背後から声が聞こえてきた。

 ユキはこの状況に既視感を覚えつつ、後ろを振り返る。

 

「ずっと、ここにいたみたいだけど……強いね。ここに来たプレイヤー、全員倒してしまったんだろう?」

 

 こくりと、小さく頷くユキ。

 

 背後にいたのは、ショウと同じ、金髪の青年だった。

 と言っても、ショウよりも髪は長めで、少し撥ねている部分もあるが。

 しかし、顔は整っていて、イケメンと言っても過言じゃないだろう。

 どちらかと言えば、外国人のような顔立ちに近いかもしれない。

 

 身長は高く、180はありそうで、装備品も全身を守るかのような、全身鎧だ。

 銀色の鎧には、青い線がいくつも入っていて、機動性もしっかりと考慮された、品質のいい鎧だと、ユキは思った。

 

 そして、よく見るとそれは……

 

(あれ、ヴェルガさんが使ってた鎧?)

 

 リーゲル王国騎士団団長の、ヴェルガ=クロードが身に着けていた鎧と瓜二つだった。

 ユキは、まさか見知った人物の鎧が出てくるとは思わず、さすがに驚いた。

 

「……その鎧、どこで?」

「これかい? これは、とあるクエストの報酬だよ」

「報酬……」

 

 ということは、騎士団関連のクエストがあった可能性がある、ということになる。

 

「もしかして、この鎧が気になるのかい?」

「……いえ、知り合いがそれを持っていたものですから」

「そうなのか? これを入手するクエストの存在を知っているのは、俺だけなんだけどな……」

 

 ユキが言う知り合いは、もちろんヴェルガのことだ。

 この世界が異世界を模して創られていることを知っているのは、少なくともユキと、ミサたち、それから製作者である学園長、そしてミオくらいだ。

 ミオだけは、このゲームに関わっていないのだが。

 

「それで、もちろん勝負するんだよね?」

「……そうですね。さすがに、もうそろそろ終わらせないといけませんから」

 

 そう言いながら、ユキは立ち上がる。

 武器は念のため構える。

 

「そうだ、まだ名乗ってなかったね。俺は、レギオだ。君は?」

「ボクは、ユキです」

「ユキ、か。その装備は一体?」

「……偶然手に入れたものですよ」

「そうか。まあ、手にいれた場所を聞き出すのは、マナー違反になりかねないからね」

 

 偶然も何も、ユキが現実で使用していた防具なのだが。

 

「さあ、戦おうか」

 

 世の女性たちが見れば、思わず見惚れしまうような笑みを浮かべながら、レギオが直剣を構える。

 

 ユキは腰を落として、純白と漆黒の短剣を両手に構える。

 

 一瞬の時の後、両者同時に地を蹴って、接近した。

 

 この時、ユキは手加減として、AGIを200程度に落としている。と言っても、なんとなく、と言う感じでだが。

 

 とはいえ、手加減そのものはミオに散々叩き込まれているため、息をするようにこなせる。

 そして、二人の刃が衝突する。

 

「君ッ、なかなかSTRが高いね……!」

 

 そういうレギオの表情は、笑みを浮かべているが、そこには驚愕も混じっていた。

 

 レギオは、ユキの持つ武器が二本の短剣であるのを見て、暗殺者であるとすぐに理解した。

 

 そして、真正面からぶつかり合った瞬間、勝ちを確信したのだが、それはすぐに間違いだと思わされる結果となった。

 ユキのSTRが思った以上に高かったのだ。

 

(暗殺者のSTRじゃないッ!?)

 

 思わず、そう思ってしまうほどだった。

 レギオの職業は戦士。使用武器は直剣。

 

 戦士は、STRとVITが上げやすい。

 

 そのため、バランスのいい行動がとれて、初心者にもやりやすい職業として広まっている。

 広まっているも何も、このゲームが発売、サービス開始から、まだ一週間と二日しか経っていないが。

 

 職業には、それぞれ上げやすい項目があるのは、誰でも知っている事実。

 レギオもその例に漏れず、STRとVITを多めに振っているのだが、万が一があってはいけないと考え、他の項目にも振っていたのだ。

 

 主に、AGIに振っている。

 

 そして、自身を強くするべく、ひたすらモンスターを狩り、ダンジョンを攻略し、ついにゲーム内にいるプレイヤーの中で、最強の地位を手に入れた。

 

 本人は、自分のレベルが最も高いことは自覚している上に、自身がそれなりに強いとも思っている。

 

 だからこそ、このイベントでは、一騎当千のような活躍を見せていた。

 

 しかし、しかしだ。

 

 レベルは圧倒的に自分よりも下なのにも関わらず、ユキは攻撃を防いで見せたのだ。

 

 鍔迫り合いの状態が続く。

 

 そして、その状況を変えたのは……ユキだ。

 ユキは二振りの短剣を交差させて剣を止めていた。

 片方の短剣で、レギオの直剣を流すと、もう片方の短剣で首を狙いに行った。

 

「くっ――!?」

 

 間一髪のところで、レギオはユキの攻撃を受け止める。

 だが、次の瞬間にはもう、ユキは別の攻撃に移っていた。

 受け止められた――否、受け止めさせた後、ユキは右足によるハイキックを仕掛けていた。

 それは見事に、レギオの側頭部を捉え、吹き飛ばす。

 

「がっ!」

 

 何度かバウンドして、レギオは受け身を取り着地する。

 体力ゲージを見れば、今の一撃で2割と少しを削られていることに、目を剥く。

 ただの蹴りで、ここまで体力を持っていかれるとは思っていなかったからだ。

 

「やるね、君。でも……これは躱せるかな? 【煌聖斬(こうせいざん)】!」

 

 スキル名を叫びながら、レギオは白く光る直剣を振り下ろす。

 

 その瞬間、直剣から、光速の斬撃が繰り出される。

 それはユキを飲み込もうとして……空振りした。

 

「なっ!?」

 

 ユキは、斬撃を視認した瞬間には、すでに横に跳ぶことで回避し、そのまま疾走した。

 

 その時、レギオが放った斬撃の風圧によって、ユキのフードがめくれ、イベント中、一切素顔を見せなかったユキの素顔が露わになった。

 

「お、女の子!?」

 

 ユキが女だと気付いていていなかったレギオは、女神のような美貌の少女に、思わず驚きの声を上げていた。

 そして、その隙が仇となり、

 

「【一撃必殺】!」

「しまっ――!」

 

 ユキのえげつないスキルが炸裂。

 スキルを伴った短剣が、レギオの首を貫き、体力を全損させた。

 

 格上でも倒せてしまう、ユキが持つ最もえげつないスキル。

 気付かれていない場合の方がほぼ確実に倒せるが、ユキの場合【慈愛の暗殺者】の称号によって、急所に攻撃を当てれば二倍になる、という効果のせいで、仮に気付かれていても、よっぽどVITが高くない限りは防げないという、最凶の攻撃、というわけだ。

 

 最強と言われていたプレイヤーは、あっけなく消えた。




 どうも、九十九一です。
 イベントの話はこれで終了です。あと1、2話くらいで、この5章は終わりとなります。また、日常回です。……この5章、すごいことに、二週間程度で終了になります。話数的には、一ヶ月近いのですが、二話投稿しまくっていたせいか、ものすごく早く終わった気分です。4章での、2か月間のあれはいったい何だったんだろう……?
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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195件目 イベント終了

 レギオとの勝負が終わった直後、

 

『しゅーーりょーーーーーー! CFO内大規模イベント、記念すべき一回目を制したのは、銀髪碧眼の美少女! ユキちゃんですっ!!』

 

 ミウミウの実況が入り、CFOの初イベントの終了を告げた。

 そして、ユキはその時になって気付いた。

 

(……あ! ふ、フードがとれてる!?)

 

 自身のフードが取れていたことに。

 

 ユキがフードを取らなかった理由は、単純に素顔を見られたくなかったから。

 暗殺者時代の癖、と言うものだろうか。ユキは、自身の素顔が見られることをよしとしなかった。

 

 銀髪のキャラクターは、かなり目立つからだ。

 

 目立ちたくない一心でフードを一切とらなかったというのに、痛恨のミスによって、ユキの素顔が多くのプレイヤーに知られる結果となってしまった。

 

 その結果に、ユキは心の中でがっくりと肩を落とした。

 

 

『うおおおおおおおおおお!』

 

 敗者部屋の中は、ユキとレギオの短い戦闘によって、大興奮だった。

 

 誰もが、レギオの勝利を疑っていない状況だったのだが、始まった戦闘を見て、誰もが驚愕した。

 暗殺者だと思われるユキが、戦士職のレギオの攻撃を受け止めていたからだ。

 そして、すぐさま攻撃に出て、レギオを蹴りで吹っ飛ばし、【煌聖斬】を動体視力だけで避けて、そのまま一撃で体力をすべて持っていった。

 

 まさかの大番狂わせに、敗者部屋は熱狂し、大興奮した。

 

 と、同時に、別に意味でも熱狂したのだ。

 

 その理由はもちろん、

 

『な、え……か、可愛い!?』

『嘘だろ!? あんなに強かった黒装備のプレイヤーの素顔が、銀髪碧眼のとんでも美少女!?』

『ほへぇ……』

『全然信じらんねぇ……』

 

 ユキの素顔は瞬く間に、プレイヤーたちの記憶に刻み込まれていく。

 ある者は、見惚れ。ある者は、驚愕した。

 

 異常な強さを持っていた全身黒装備のプレイヤーの素顔が、まさか銀髪碧眼の美少女だと、誰が予想できただろうか。

 

『銀髪碧眼ってことは、リアルモデル……?』

『だろうな。銀髪なんて、まだ実装されてねーし。というか、初期選択にはなかった』

『……可愛すぎる。なんだあの娘』

『あんな娘がイベントに参加して、優勝しちまうなんてなぁ……』

『見た目で判断するな、ってことじゃね?』

『だな』

 

 ユキの存在はやはり、かなり目立ってしまう。

 

 銀髪という髪色のキャラクターは、このゲームにおいて、珍しい。それどころか、髪を染めている、もしくはユキのように、地毛がそうでなければ銀髪になることはない。

 

 現状、このゲームに、ユキ以外の銀髪のプレイヤーはいない。

 髪を染めていたとしても、何らかの違和感がある場合の方が多い。

 

 ただ、ユキは違和感などなく、ただただ自然だった。

 だからこそ、似合っているわけだが。

 

『てか、あの娘、サービス開始の次の日に開店した、白銀亭の店主じゃね?』

『……言われてみれば』

『あの、料理を食べた奴にバフをかけたり、ステータス補正がかかる衣服を作ったりする、あの店主?』

『てっきり、生産職かと思ったんだが……まさか、戦闘職だったなんて……』

『しかもあれ、どう見ても暗殺者なんだよなぁ……』

『暗殺者なのに、生産職以上のことができてるって、どうなってるんだろうな、あの娘』

『まあでも、可愛いからよくね?』

『『『たしかに』』』

 

 可愛いから、で許される人間は、ユキくらいのものだろう。

 と言っても、ユキ自身は別に可愛いとは思っていないが。

 

『俺、あの店行ったことないんだけど、実際どうなん?』

『料理めっちゃ美味い。可愛いウェイトレスが二人。男の店員二人』

『マジか。男の方はどうでもいいけど、あの娘以外にもう二人いるのか』

『しかも、料理はあの娘の手作りだ』

『マジ!? やべえ、普通に行ってみてぇ』

『そう言えば、あの娘が作ってる衣服ってすごく可愛いって聞いたなぁ』

『ああ、知ってる。とあるプレイヤーの五人組が身に着けてたよ』

『ほんと? どんなの?』

『和服、ブラウス、ワンピース、カーディガン、コートだったかな?』

『へぇ、本当に色々あるんだ。今度行ってみようかなぁ』

 

 知らず知らずのうちに、ユキの店の評判が広まっていく。

 これによって、行ってみようと思うプレイヤーは増えていっている。

 

『にしても、優しい店主が、まさかあんなに強い暗殺者かぁ』

『仕事人みてぇ』

『動きとか、素人のそれじゃなかったしなぁ。あれ、プロの動きだろ』

『たしか、武術の大会に出て、優勝経験もある猛者がいたはずだよな、あの娘が倒したプレイヤーの中には』

『そういやいたな。あの娘、結局ノ―ダメで倒してるんだよな』

『……おっそろしいわ』

『レベル18であれ、だもんな……もっとレベルが上がったら、どんな化け物になるんだか』

 

 その言葉は、この場にいる者たちが薄々思っていたことを表していた。

 

 

 イベント終了の言葉が発された後、ボクは表彰台? みたいなところにいた。

 

 周囲を見れば、ここは街の中の様だけど、いるのはボク含めて三人。

 

 ボクと、レギオさん、それからえっと、名も知らない人。

 

 より正確に言えば、ボク含めた三人がいるのは、表彰台のような場所だけど、目の前には大勢のプレイヤーの人たちがいた。

 

「はいはいみなさん! 大変お待たせ致しました! これより、表彰式に映りますよー!」

『うおおおおおおおおおお!』

 

 いつの間にか横に現れていた美羽さんのセリフに、街の中が沸いた。

 それに驚いて、思わず気圧されるも、他の二人はあまり驚いていないようだった。

 

「はい、では3位のディグルさんから、お気持ちを話してもらいます。どうでしたか?」

「1位を狙ってたんですけどね。やっぱ、レギオさん強いっすよ。無理無理。まあでも、2位になれたのでよかったっす」

「おめでとうございます! では次、2位のレギオさん、どうでしたか?」

「いやぁ、1位は取れると思っていたんですけどね。とんでもない伏兵にやられました。まあでも、あんな負け方をすれば、いっそ清々しいです」

「でも、いい戦いでしたよ! おめでとうございます! そして、最後、初イベントの1位、ユキさん、どうでしたか?」

「え、あ、そ、その、ええっと……な、何を言えば、いいんですか……?」

 

 突然(というわけでもないけど)気持ちを話して、と言われても、いいセリフが思い浮かばず、いつぞやの学園祭で言ったようなセリフをこぼしていた。

 

「おぅふ、相変わらず可愛いですね、ユキちゃん」

「ふぇ!? そ、そんなことは、ない……です……」

 

 突然可愛いと言われて、ボクは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

『え、何あれ、可愛すぎない?』

『殺戮の限りを尽くしていたのに、素があれとか、反則だろ……』

『俺、あの娘に殺されてよかったわ……』

『俺も』

『私も』

 

 ……なんだか、変なセリフがいろんなところから聞こえてきたんだけど、気のせい、だよね?

 

「それで、お気持ちは?」

「え、えっと、その……嬉しい、です」

 

 優勝したいという願望はなかったとはいえ、こうしてトップに立てたのは嬉しい……のかな。うん。

 かなり目立つことになっちゃったけど、これはもう、ショウがないとしか言いようがないよね……。

 

 はぁ……。あの時、フードがとれていなければ、こんな風に大きく目立つこともなかったのになぁ……。

 

 これはやっぱり、AGIをもっと上げないとなぁ。

 できれば、現実と同じく、1500以上にしておかないと、本当に困る。

 現実と同じように動けないというのは、ちょっときついものがあるし。

 

「はい、ありがとうございました! えー、ここにいるユキちゃんは、白銀亭という料理屋兼、洋服屋も営業しているようなので、ぜひぜひ、お立ち寄りください!」

「えっ!?」

 

 美羽さんがいきなり、ボクのお店を宣伝しだしたんだけど!

 思わず、美羽さんの方を見ると、ウィンクしてきた。

 なんだろう。美羽さんの顔に『これで、人がいっぱいだね!』って書いてあるように見えるよ。

 

「では、1位~3位の三人には、特別報酬を。4位~10位の人たちには、入賞報酬が送られます! 大切にしてくださいね! それでは、CFO、第一回目のイベントを終了します! みなさん、お疲れさまでしたー!」

『おおおおおおおお!』

 

 こうして、世界初のフルダイブ型VRMMOゲームの、記念すべき第一回目のイベントは、終幕となった。

 

 

「お疲れ様、ユキ」

「あ、あはは、ただいま……」

 

 イベント終了後、ボクは逃げるようにお店に戻ってきていた。

 

「案の定、優勝しちまったな、ユキ」

「おかげで、ユキ君はこのゲームで一番の有名人になったちゃったね」

「……できれば、最後まで素顔は隠したかったんだけどね」

 

 苦笑いを浮かべながら、本音をこぼす。

 

 素顔が見られれば、目立つのは間違いなかった。

 

 だからこそ、なるべく【投擲】のみで戦っていたんだけど、今回に限って言えば、スピードが足りなかった。

 速さが足りない。

 

「でもよ、あいつを倒したのはスカッとしたぜ」

「ああ、インガドね。ほんと、いい気味だったわ。私はまだしも、ユキたちを馬鹿にするのは、許せないし」

「そりゃ、オレたち全員が思ってることだぜ?」

「そうだな。俺たちは、誰かが馬鹿にされたりするをの嫌うからな。……まあ、今回はユキの怒りが強すぎたが」

「でも、よかったよ、ユキ君。インガドのプライドをズタボロにするところとか」

「……正直、あれでも足りないくらいだけどね」

 

 だって、ミサを突き飛ばすし、みんなを馬鹿にするしで、本当に酷かったんだもん。

 あれで済んだのだから、まだマシだと思ってほしい。

 

 ボク的には、両手両足を落として、最後に首を落とす、くらいやらないと、割に合わないと思っているから。

 

 なんてことを言ったら、

 

「「「「え、えげつない」」」」

 

 ドン引きされた。

 

「……オレ、今度かユキを怒らせる止めるわ……」

「もともと、ユキは怒ると怖いでしょうが」

「異世界へ行く前のユキですら、底知れない怖さがあったからな……」

「わたしも、できればユキ君にだけは怒られたくないなぁ」

「あ、あれ? ボクって、そんなに怒ると怖い……?」

「「「「ものすごく」」」」

「そ、そうなんだ……」

 

 ボクって、怒ると怖い、んだ。

 あんまり自覚なかったんだけど……。

 

 ただただ笑顔で、延々とお説教をしたり、針でツボを刺激して、二度と悪さができないようにしたり、特定の行動ができないようにする程度なんだけど……。

 あとは、ひたすら謝らさせたりするだけ。

 

「にしても、優勝できてよかったな、ユキ。それで、特別報酬ってなんなんだ?」

「あ、うん。えっと……『城の招待状』?」

「城って、あれか? この街にある、あのデカイ城」

「多分」

 

 でもあそこは、まだ入れなかったはず、だよね?

 

 ……正直なところ、ボクだったら入れるんじゃないか、なんて可能性があるんだけど。

 

 あの一週間が基になって創られているのはほぼ確実だと思う。

 この世界のNPCがどうなっているのかはさておき、あそこには王様とかレノがいるかもしれない。

 あ、セルジュさんも。

 

 とりあえず、もう一度『城の招待状』を見る。

 使用可能日、未定。

 

「うーん、これ、使用できる日が未定になってるんだけど……」

「まあ、その内使うんじゃね? とりあえず、取っておけよ」

「そうだね」

「報酬はそれだけなのか?」

「えっと、100万テリルと、あとは称号、かな」

「なんて称号?」

「えっと、【覇者】」

「これまた、強そうなのが出てきたねぇ」

「効果は?」

「ちょっと待ってね、えっと……」

 

【覇者】……被ダメ0で尚且つ、多くの人々の頂点に立った者に贈られる称号。取得条件:対個人戦イベントを、被ダメ0で優勝すること。効果:全ステータス+100%。上位称号

 

「……これ、ユキが手に入れちゃいけない類の称号じゃない?」

「……ただでさえ強いのに、さらに二倍とか、笑えねぇ」

「少なくとも、ユキに勝つには相当なレベル差が必要、というわけか」

「……だね」

「あ、あははは……」

 

 ボクも、本当に笑えない称号が手に入っちゃったよ……。

 それにしてもこれ、上位称号ってどういうことだろう?

 

「ねえ、ヤオイ、上位称号って何かわかる?」

「上位称号? うーん……聞いたこともないけど、多分、何らかの称号の上位互換って感じなんじゃないかな?」

「なるほど……」

 

 ちょっと試しに、この称号を鑑定してみる。

 

【覇者】……【勝者】の上位互換

 

 あ、ほんとだ。

 というか、【勝者】って何?

 さらに鑑定をしてみる。

 

【勝者】……多くの人々の頂点に立った者に贈られる称号。取得条件:対個人戦イベントで優勝する。効果:全ステータス+20%

 

 ……上位互換どころじゃなくない?

 上位互換、これの五倍のステータス補正がかかっちゃってるんだけど。

 とりあえず、これの下位互換の称号と効果を言う。

 すると、みんなは苦い表情をした。

 

「これ、運営が悪乗りして作った結果の称号よね……」

「多分な。少なくとも、あそこまで大規模なイベントで、被ダメ0で優勝するなんて人間離れのこと、ユキ以外は不可能だろ」

「多分、誰も取れない、なんて思ってたんじゃないかなぁ」

「こんな無理ゲーな取得条件、普通は無理だからな。まあ、いいんじゃね? ユキは別に、強くなりたいんじゃなくて、サポートメインなんだろ?」

「うん。目立つのはちょっとね……」

「もうすでに、目立ちまくってるけどね」

「……そうだね」

 

 目立ちたくないと思っていても、結局は目立ってしまう。

 

 今回のイベントは、自分が悪いとは思っているけど、さすがに目立ちすぎた。

 容姿云々は置いておくとしても、結構暴れちゃったからなぁ……。

 

 たしか、ものすごい人数のプレイヤーを蹴散らしちゃったり、弓矢を弾いて、そのまま投げ返したり……つい、向こうでやっていたことと同じことを……。

 

 暗殺者は、基本的に隠れてやるのが普通なんだけどね……。

 師匠の教えって、多対一でも戦えるように、っていう部分もあったから。

 

「それで? 今日は営業するの?」

「まあ、一応……。なるべく、ログインしている時はやりたいしね」

「無事に終わればいいわね」

「や、やめてよぉ、そう言う不吉なこと言うの……」

 

 ミサの不吉なセリフに、さすがにボクは抗議した。

 そしてこの後、ものすごくえらいことになるんだけど……この時のボクは知る由もなかった。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:女神様優勝】

1:いやぁ、勝ったなー

 

2:勝ったねぇ

 

3:勝ったでござるなぁ

 

4:勝ったンゴ

 

5:勝ったのぅ

 

6:……いやおかしくね!?

 

7:それな

 

8:あんだけ戦っておいて、被ダメ0はやばいだろ

 

9:そもそも、動きが他のプレイヤーと一線を画していたンゴ

 

10:しかも、文字通りの暗殺者だったよな、あれ

 

11:何と言うか、プロ、じゃったなぁ

 

12:もしかして女神様って、現実じゃマジもんの暗殺者やってたとか?

 

13:いやー、いくらなんでも、それはあり得んだろ

 

14:だよなぁ

 

15:てか、優勝候補のプレイヤーたちを瞬殺するって、異常だよな

 

16:【一撃必殺】とか言ってたっけか?

 

17:名前からして、相当やばそうだよな

 

18:そもそも、そんなスキルを持ってるって、どうなってんだ?

 

19:てか、レギオってたしか、STR結構あったよな?

 

20:そのはず。たしか、200は超えているのは確か

 

21:なのに、女神様は正面からぶつかっていったよな?

 

22:てことは、200以上のSTRを持ってるってことか

 

23:……暗殺者って、上げにくいはずなんだがなぁ

 

24:あ、そう言えばさ、イベントの報酬見てたら、面白い称号があったんだよ

 

25:へー、どんな?

 

26:【覇者】っていう称号

 

27:なんじゃ。えらく強そうじゃな

 

28:実際効果はえげつない

 

29:どんな感じ?

 

30:全ステータス+100%

 

31:二倍じゃねぇか

 

32:そんなバケモンみたいな称号、どうやって入手すんだよ

 

33:対個人戦イベントで、被ダメ0で優勝することらしい

 

34:……え

 

35:ちょっと待って。それ、女神様持ってね?

 

36:見てた限りじゃ、被ダメ0だったよな……?

 

37:たしか、イベント中にAGIが980って大暴露してたけどさ……もしかして、それ以上のAGIになったり、する?

 

38:なるだろうなぁ……

 

39:手が付けられないな、女神様

 

40:まあ……あってもなくても、馬鹿みたいに強かったし、別に、な?

 

41:そうじゃな。あってもなくても、結局は勝てないんじゃし、いいじゃろ

 

42:女神様がラスボスとか、激熱じゃね?

 

43:わかるンゴ

 

44:でも、女神様と言えば、表情の時めっちゃ可愛くなかった?

 

45:ああ、あれな。顔真っ赤にして俯いた時の

 

46:あんなに殺戮の限りを尽くしていたのに、中身は恥ずかしがり屋って、やばいよなぁ

 

47:そういやこのゲームの料理って、現実で作れるものしか作れないらしいぜ?

 

48:え、じゃあ何か? 女神様の手料理って、現実でもめっちゃ美味いのか?

 

49:おそらく

 

50:だとしたら、リアルで手作り料理が食える奴は羨ましいなぁ

 

51:……今日もやってたら行くか、店

 

52:当然

 

53:行かない方があり得んぞい

 

54:まあでもあれだな。とりあえず、俺たちは女神様を見守る、ってことでいいよな

 

55:異議なし

 

 ユキが優勝したことで、この後も一層の盛り上がりを見せた掲示板。

 どういう感じで殺されたいか、という謎過ぎる議論が白熱した。

 その結果、大多数の人間は、笑顔のまま首を飛ばされることだった。頭どうかしてるんじゃないだろうか。




 どうも、九十九一です。
 おそらく、次の話で、5章は終了です。うん。やっぱり、終わるのが早かった。
 一応、ゲームの話は今後、日常回などでちょくちょくやっていきたいと思います。その際、わかりやすいように、サブタイには【CFO】とつけることにします。
 今日はさすがに、多分、ではなく確実に出しますので、いつも通り、二パターンですのでよろしくお願いします。
 では。


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196件目 冬休み終了

※ 読み返してみると、体育祭にて三年間同じクラスだった、と言う文があったので、こちらの回は大きく修正しました


 そして、一時間だけの営業が始まる。

 

 今回、イベントが十一時までだったので、お店は十一時半~零時半までの一時間だけとなった。

 それはあらかじめ、お店の扉に注意書きが書かれた紙を貼っておいた。

 万が一、インガドのようなプレイヤーが出てきたら困るので、時間内に入店した人までが、料理と衣服を売ることのできるラインであるとも書いた。

 こうしておけば、最悪の事態は避けられるからね。

 

「じゃあみんな、開店するよ」

「いつでもいいわ」

「ああ。俺も大丈夫だ」

「わたしもー」

「オレもOKだ!」

 

 それを確認して、ボクは開店の文字をタッチした。

 そして、開店した瞬間、ボクたちの目に飛び込んできたのは……人の波だった。

 

 

「いらっしゃいませ! こちらの席へどうぞ!」

「すみません、もう少々お待ちください!」

「申し訳ありません、そちらは売り切れで……」

 

 ボクたちは、営業開始と同時に、とんでもない人数のお客様に大忙しとなっていた。

 

 開店した瞬間に入ってきた人数は、数えきれないレベルで、見ればお店の外まで行列ができている。

 ボクは一人、大急ぎで料理を作り上げていく。

 

 しかし、終わらせまいとばかりに、ボクの所に注文用紙が転送されてくる。

 一体何枚あるのかわからない。

 

 座れる席に限りはあるものの、それでも、四十一人分の料理を同時に作らなくちゃならない。

 しかし、ここにあるコンロは合計で六つ。

 さすがに、四十一人分ともなると、せめてあと四つは欲しい。

 どうにかしないと、さすがにお客様に悪い。

 

 何とかしないと。

 

 そう思いながらも、ボクはひたすらに体を動かし続ける。

 フライパンを振り、鍋をかき混ぜる。

 食材は舞い、食材は混ざる。

 

 忙しい。本当に忙しい。

 

 イベントよりも、圧倒的なまでの、忙しさ。

 ボクは焦る。

 何か方法はないかと、このお店のステータス画面を開く。

 

 すると、気になる項目があった。

 

 スクリーンのとある場所に、【増築】と言う文字があった。

 ボクはそこをタッチする。

 

 すると、増築が可能な場所が表示される。

 そこに、コンロ、と言う項目があるのをボクは見逃さなかった。

 急いでそこをタッチ、増築数を求められたボクは、4と打ち込み、増築の文字をタッチした。

 

 すると、目の前のコンロが光り、気が付けばコンロが6から10に増えていた。

 これはいけると思って、武器生成でフライパンと鍋を生成。

 

 現実と同じことができるか心配だったけど、何とか無事、生成に成功した。

 急いで食材を切り、炒め、煮る。

 いつぞやの学園祭の時を思い出すような、そんな状況。

 そして、同時へ移行作業でありながら、ボクは何とか、四十一人分のオーダーを完成させる。

 

「持ってって!」

「了解!」

「ええ!」

 

 いつも通りの布陣で営業しているけど、これはもしかすると、レンとヤオイの手を借りることも考えた方がいいかもしれない……!

 

 二人だけで回すには、色々と無理がある。

 

 それに、洋服屋さんの方は、もう少しで売り切れになる。

 そうなれば、二人の応援が期待できる。

 そんな期待を抱きつつ、再び転送されてきた注文用紙を見て、ボクは再び料理を始める。

 

 正直、イベントよりも圧倒的に大変だし、疲労感もそれの比ではない。

 けど、お客様は絶対に待たせちゃいけない。

 なら、ボクが頑張るしかない。

 

「ユキ君、洋服は売り切れになったよ!」

「ほんと!? じゃあ、二人とも、ミサたちの手伝いに回って!」

「「了解!」」

 

 ボクが指示を出すと、二人はすぐに了承し、動いてくれた。

 それによって、ミサとショウの負担は減り、ホールの方も回り始めた。

 ボクはそれを見て少し安堵し、さらに作るペースを上げる。

 それに合わせてくれるように、みんなもスピードを上げてくれた。

 これでなんとか、無事に切り抜けそう、そう思った。

 

 

 そして、三十分ほどたった頃のこと。

 

『ユキちゃん、今度一緒にクエストに行かないか!?』

『てめぇ、抜け駆けしてんじゃねえ! ユキちゃん、今度作る俺たちのギルドに!』

『お前も抜け駆けしてんじゃねえか! こんなやつらよりも、俺たちと!』

『男どもなんかに、お姉様は渡しませんわ! お姉様、ぜひ私たちと!』

「え、えーっと……」

 

 ボクは、大勢の人に詰め寄られていました。

 ある人が、ボクにモンスター狩りに行かないか、という誘いを持ちかけたことが発端で、その後、なぜか店内にいた人たちが一気にって感じで……この有様です。

 どう反応していいかわからず、ボクはしどろもどろ。

 

「……まあ、こうなるわよね」

「あんだけ強くて、しかも可愛いとあれば、誰だってお近づきになりたい、と思うだろう。むしろ、思わない人の方が少ないと思うぞ」

「ユキ君、無自覚に魅了しちゃってるからねぇ」

「サキュバスみてぇだな」

「似たようなもんじゃない? 大体の人は、ユキを一目見ただけで見惚れるのよ? しかも、告白する人も実際多い。と言っても、その後ファンクラブの人たちにやられているわけだけど」

「ああ、そう言えば粛清されるんだっけか?」

「そうだね。わざと帰るのが遅くなるようにして、闇討ちするとかなんとか」

「……やべえ」

 

 みんなは一体何を話しているんだろう。

 すごく気になるけど、目の前のことで手いっぱいだよ、ボク!

 と言うか、ボクを助けてほしいんだけど!

 

「え、えっと、あの……こ、ここでは、料理を食べてもらう場所でして、そのぉ……で、できれば、こう言った騒ぎを、ですね。起こさないでほしいなぁ、なんて……」

 

 プレイヤーの人たちの圧が強すぎて、つっかえつっかえなセリフになってしまった。

 うぅ、恥ずかしぃ……。

 

「そ、それに、ボクはあそこにいるみんなと遊ぶのが一番好きで……ギルドだって、みんなと作る、って決めちゃってて……だから、そのぉ……す、すみませんっ!」

 

 結局最後は頭を下げて謝った。

 いや、なんかもう、申し訳なくて……。

 

『い、いえいえいえ! 俺たちの気が利かなくて!』

『そうですよね! 友達がいるんですもんね!』

『申し訳ない!』

『すみませんでした、お姉様!』

 

 なぜか、プレイヤーの人たちは赤い顔をしながら、引いてくれた。

 なんで顔を赤くするんだろう? や、やっぱり、ボクなんかに謝るのが恥ずかしくて……?

 で、でも、大丈夫、だよね? これ。

 し、心配になってきた……。

 

『じゃ、じゃあ、そのギルドに入れてくれませんか!?』

『貴様、また抜け駆けか!』

『俺だって、入りたいんだよ!』

『くっ、こんなむさい男どもに、入らせるわけにはっ……!』

「……どうすればいいの、これ」

 

 この上なく、困り果てた声音で、ボクは苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 あの後は、本当に忙しかった。

 料理を出せば、ギルドに入れてほしい、と懇願され、まだ作らない、と言うことを何度も伝えた。

 

 それに、いつ作るかも決めていないのに、こうなってくると、ね? 申し訳ないし……。

 

 あと、規模だって決めていない。

 

 ボクたちの場合は、五人でギルドを、と言う風に考えていただけで、特に目標も、条件だってない。

 それに、ボクたちはまだ学生。それも、高校一年生だ。

 そこまで頻繁にゲームにログインするわけじゃない。

 

 夏休み、冬休み、春休みの長期休みなら、それなりにいるかもしれないけど、平日はそうもいかない。

 

 それに、あの学園にいる限り、ボクは学園長先生に色々と押し付けられそうだからね……。

 

 多数決で、ボクがギルドマスターと言うことに決まってはいるけど、ギルドマスターがほぼ不在のギルドに入ってもらうって言うのも、本当に申し訳ない。

 

 ギルドを設立しようと思えばいつでもできるけど、今はまだしない。

 ギルドができてないからね、まったく。

 

 サービス開始から、十日も経っていないのに、もうできていたら怪しまれるもん。……家を買ってる時点で、怪しまれるも何もあったものじゃないけど。

 

 なんて理由があるから、ボクは断った。

 

 もし、余裕ができたら、入れてもいいかなー、なんて。

 

 こんなことを思いながら、ボクは必死に料理を作り続け、何とか無事、一時間だけの営業は終わりとなった。

 

 ちなみに、この日の売り上げはびっくり、100万テリルです。

 ……一時間だけだったんだけどなぁ。

 それから、インガドが謝罪に来ました。

 

「す、すみませんでしたっ!」

 

 と、土下座で。

 

「……次からは、二度と、馬鹿にしないでくださいね? でないと……殺しちゃいますから❤」

「す、すみませんでしたーーーーっ!」

 

 と、ボクが満面の笑みで行ったら、情けない表情と声で逃げ出していきました。

 まあ、謝ったし、良しとします。

 ……この後どうなろうと、ボクは知りませんからね。

 

 

「マジ疲れたー……ゲームの中だってのに、体がだるい……」

「そうねー……」

「そうだな……」

「同じくー……」

 

 営業が終わるなり、みんなは机に突っ伏すようにして、伸びていた。

 ぐでー、ではなく、ぐでぐでーっとしている。

 

 疲れているのなんて、一目瞭然。

 ボクは一言断ってから、厨房へ。

 

 ご褒美って言うわけじゃないけど、ちょっとしたものを作ってあげよう。

 と言うわけで、ケーキを作った。

 それをみんなの所へ持っていく。

 

「はい、どうぞ」

 

 お盆にのせたケーキを、みんなの目の前に置く。

 

 すると、ミサとヤオイがものすごい勢いで、がばっ! と起き上がって、目をキラキラさせていた。うん。甘いもの好きだね、二人とも。

 そして、ショウとレンも、二人ほどではないけど、やや機敏な動きで起き上がる。

 

「ユキ、食べていいの!?」

「もちろん。さ、食べて食べて」

「「「「いただきます!」」」」

 

 そう言って、みんながケーキを食べだす。

 

「はぁ~~~沁みるわぁ……」

「美味しい! やっぱり、ユキ君が作るケーキは美味しいね!」

「マジ、疲れた体に染み渡るぜぇ……」

「ああ、美味いな」

 

 みんな幸せそうな表情で、ケーキを食べ進めていく。

 うん。こっちも幸せな気持ちになるよ。こんなに、美味しそうに食べてくれるんだもん。

 料理をしている時、一番幸せに感じる瞬間だよね。

 そして、紅茶を淹れてきて、みんなでほっと一息。

 

「あーあ、明日からまた学校かぁ」

 

 と、残念そうな口ぶりで、レンが言う。

 

「まあいいじゃない。たしか、冬休み空けて、すぐにスキー教室があるし」

「そういやそうだったな。一年だけだっけか?」

「そうだよー。学園のパンフレットみたら、学園私有の山でやるらしいね」

「……本当に、何でもあるな、あの学園」

「まあ、VRゲームを作っちゃうような、学園長先生が経営してるからね。不思議じゃないよ」

 

 あと、異世界転移装置も。

 その内、誰でも気軽に異世界へ行ける異世界転移装置を創りそうで怖い。

 

「でもあれだよねー、学園の行事でみんなと泊まりになるって、よくない?」

「そうね。中学生の時は、班が違かったものね、私たち」

 

 実を言うとボクたち、三年間同じクラスにはなっていたけど、くじ引きによる班決めだったため、見事にばらけてしまったことがあって、ちょっと残念だった記憶がある。

 

 せめて、高校こそは旅行系の行事では、一緒の班になろう、ということと、そう言う意味ではかなり豊富だった叡董学園を受けていたりします。

 

「あれなー、修学旅行とか、このメンバーで回りたかったよなぁ。二年で修学旅行があったはずだし、二年でまた同じクラスになって、同じ班になれるといいな」

「うちの学園は、文系理系で分かれるにしても、クラス自体は普通にバラバラになるから関係ないしねー」

 

 他の高校では、文系理系でクラスが分かれるみたいなんだけど、叡董学園ではそんなことはなく、進路的には文系理系で分かれるものの、クラスは一緒です。なので、みんなが文系理系で分かれてバラバラになっても、一緒のクラスになる可能性はあります。

 

「スキー教室の班決めって、明日だったわよね?」

「うん。たしか、一、二時間目を使って決めるはずだよ」

「俺たちは、このメンバーでいいだろう」

「当然よ。むしろ、それ以外の選択肢ある?」

「「「「ないね(な)」」」」

 

 ミサの問いかけに、みんな笑って答える。

 なんだかんだで、このメンバーでいるのが一番落ち着くからね。

 

「まあでも、大体の理由は、ユキが変な目を向けられないようにするため、って言うのが大きいかもしれないけど」

「変な目、って?」

「んー、いやらしい視線かな」

「いやらしい? あはは、ボクにそんな要素はないよー」

「「「「……」」」」

 

 あれ、なんで無言?

 というか、ボクのどこにいやらしい要素があるの? え?

 

「……天然系エロ娘、だもねぇ」

「ユキは、そのままでいて」

「???」

 

 ミサとヤオイのセリフに、ボクは疑問符を浮かべるだけだった。

 意味がよくわからない……。

 

「ところで、三学期ってどんなイベントごとあったっけか?」

「たしか……スキー教室、節分、バレンタイン、マラソン大会、ホワイトデー、くらいじゃないか?」

「意外とあるわね。でも、バレンタイン、とホワイトデーってどういうことかしらね? たしか、バレンタインは日曜日のはずだけど……」

「ハロウィンの時みたいになるんじゃね?」

「そうかもしれないわね。まあいいわ。イベントが目白押しってことで」

「一年通して、イベントが多いもんね」

 

 春には、球技大会があるし、夏には林間学校と臨海学校がある。秋になれば、学園祭に、体育祭。ハロウィンパーティー。二年生は、そこに修学旅行がプラス。クリスマスは……どうなるかわからないけど、まあ何かあると思う。そして、冬になると、一年生はスキー教室があって、節分、バレンタイン、マラソン大会、ホワイトデー、と本当に一年を通してのイベントごとが多い。

 ここまで色々とあるのは、この学園くらいなんじゃないかな、ってくらいに。

 あ、そういえば水泳大会とかもあったっけ?

 

「でも、楽しみだよなー。宿泊施設も、結構いいとこなんだっけ?」

「温泉旅館だったはず。なんでも、肩こり、冷え性、疲労回復、なんて効能があるとか」

「肩こりかぁ……ボク、最近肩がこってるし、ちょうどいいかも」

 

 その瞬間、みんなの視線がボクに――というより、胸に行った気がする。

 

「……大変そうよね、ユキ」

 

 そう言うミサの視線は、ボクの胸元に向いていた。

 

「ユキ君大きいもんねぇ。肩こりの気持ちはわかるよ」

「あはは……肩が重くてね……。しかも、普通に座ってたり、立ってたりすると、疲れちゃって……」

「わかる、わかるよ、ユキ君! そう言う時はね、腕で下から支えたり、机に乗せたりすると楽になるよ」

「なるほど……今度試してみるよ」

 

 その発想はなかったなぁ。

 胸って、重いんだもん。

 そう考えると、小さくなった時ってすごく楽なんだよね、ないから。

 

「あー、こほん。俺とレンは男なんだが……」

「まあ、いいんじゃね? ユキだって、元々男だったわけだしよ」

「知ったところで、襲うような気概はないでしょ? 二人は」

「それはそうだが」

「襲ったら普通に殺されそう」

「そうでしょ? なら、信頼されてる、ってことでいいんじゃないの?」

「……そうだな」

「まあ、ちょっとは妄想しちまうけどな」

「「ジトー」」

 

 ボクとミサのジト目がレンに向いた。

 お仕置きした方がいいのかな、これ。

 

「……とりあえず、今日はもう落ちよっか。明日……になってるし、もう寝ないとね」

「そうね。こっちでは二十四時間過ごしてるから、ちょっとあれだけど、学園もあるしね」

「それじゃ、おやすみー!」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみー」

「おやすみ」

「おやすみ」

 

 そうして、ボクたちはログアウトした。

 

 冬休み最終日、イベントで優勝しちゃったけど……まあ、これ以上変なことにはならないよね、なんて思いつつ、ボクは現実に戻った。

 

 ログアウトするなり、ボクはすぐに眠りにつき、短くも濃い冬休みは過ぎ去っていった。




 どうも、九十九一です。
 無事、5章終了です。次から、再び日常回ですね。えー、正直な話、次の日常回、クソほど長くなる予感しかしないです。この先にある大き目の章のネタがなかなか思いつかなくて……一年生の1、2、3月はもう全部、日常回でさらっとやるくらいでいいんじゃないかな、って思ってます。というか、それで許してください……。一応、大き目の章のネタはありますが、ちょっとね……これ以上、一年生編で詰めすぎると、後々苦しむ羽目になるので、ご容赦を。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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1-5.5章 依桜たちの(非)日常4
197件目 スキー教室の準備


 三学期。

 

 おそらく、一年を通して一番短い期間であろう、三学期。

 

 冬休みが終わり、今日からまた学園。

 気が付けば、進級も間近。

 

 早いのか、遅いのか……ボクの場合、みんなよりも三年以上長いけど、みんなからしたらどんな感じなんだろう?

 

 なんてことを考えながら、学園へ登校する。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 いつも通り、二人はすでに学園に来ていた。

 早いなぁ。

 

『おお、初男女、初男女だ』

『俺、ここまで冬休み明けの登校が楽しみだったことはないわ』

『あぁ、依桜ちゃん、やっぱり可愛い……』

『依桜ちゃんを見るためだけに来てるわ』

「相変わらず、大人気ね、依桜」

「あ、あはは……」

 

 みんな大袈裟だよね……。

 ボクなんかを見て、何がいいのかわからないよ、ほんと。

 

「おーっす」

「はよー」

 

 ほどなくして、女委と態徒の二人が登校してきた。

 ゲームの中で会っていたから、昨日も会ったなぁ、なんて思う。

 

「いやー、冬休み明けだってのに、全然眠くないぜ」

「ああ、そう言えば態徒は、毎年宿題を徹夜で終わらせてたものね」

「おう。今回はゲームを満喫するためだけに、頑張ったからな! バッチリだぜ!」

 

 本来、宿題は計画的にやるものなんだけどね……。

 なんて、冬休み明け初日は、いつも通りに、他愛のない会話をしていた。

 

 

 始業式が終わり、ボクたちはスキー教室の班決めとなった。

 班決めと言っても、滑る時の班だけでなく、部屋割りとか、バスの座席とかも決める。

 班決めとなると、教壇に立つのはもちろん、

 

「それじゃあ、班決めするわよ」

 

 クラス委員の未果だ。

 一年を通して、もっとも教壇に立つ委員だと思うよ、クラス委員って。

 すべての行事ごとで、立つことになるからね。

 

「その前に、とりあえず、スキー教室の概要の説明がいるわね。えーっと、プリントが手元にない人いる?」

 

 と、未果がクラスメートたちに尋ねる。

 誰も手を挙げないことを確認し、説明を始める。

 

「スキー教室は、二泊三日で行われる、スキーをするだけの行事ね。一日目は、朝学園に登校してきて、そのままバスで目的地まで移動。宿泊部屋に荷物を置いたら、着替えて外に集合。その後、早速スキーって感じね。一応、スノーボードもあるから、どっちに行きたいかは後でアンケート採るから。その後は、戻ってきてお風呂ね。夕食を食べたら、ある程度の自由時間。まあ、この辺はお土産買ったりかしら? 二日目は、朝食を食べたら、また着替えて外ね。お昼までまたやったら、昼食。その後は、自由に滑る、って感じね。あとは、初日と一緒。三日目は、朝食を食べたら、旅館を出て、道中お土産を買ったりして、学園へ、って感じね。細かい時間や注意事項に関しては、各自しっかり読んでおいて」

 

 大雑把ではあるものの、わかりやすい説明だった。

 

 この学園では、あまり事前に集会を開くことがなぜかない。

 行事によってはあるけど、大体はない。

 この辺りも、自主性の尊重、何だとか。

 

 投げっぱなしな気がするけど……こんな学園だからなぁ、っていう風に納得してしまっている自分がいる。

 なんでもありだもん、この学園。

 

「さて、じゃあ早速班決めね。四十人だから、五人組の班が八個できる計算ね。それじゃ、各自組みたい人で固まって。できたら、戸隠先生の所に行って、代表者が用紙を受け取り、そこにメンバーを記入して提出すること。いい? それじゃ、解散」

 

 最後の一言で、クラスメートたちが各々動き始める。

 見た感じ、やっぱり普段から一緒にいる人たちと組んでいるようだ。

 それはボクたちも同じで、いつものみんなで固まる。

 

「まあ、やっぱこうなるよな」

「何? 文句でもあるの?」

「あるわけないだろ」

「にゃははー。やっぱりこの五人だといいねぇ」

「とりあえず、用紙をもらってくるぞ」

「あ、お願い」

 

 晶が立ち上がり、戸隠先生の所へ。

 他の所も、もう紙をもらいに行っているらしく、何人か戸隠先生の所に集まっていた。

 

「もらってきたぞ。それで、班長と副班長はどうするんだ?」

「決まってるじゃない」

「だねー」

「「「「依桜(君)で」」」」

「ボクなの!?」

 

 満場一致とばかりに、みんながボクを推薦してきた。

 このパターン、ちょっと前に見たんだけど!

 ギルドマスターを決める時とかに見たよ!

 

「異議ありです!」

「却下します」

「酷い!?」

 

 異議申し立てをしたら、即刻未果に却下された。しかも、満面の笑みで。

 可愛いけど、酷くない?

 

「どうせ、『未果の方が適任』なんて言うんでしょ?」

「……そうです」

 

 見抜かれてました。

 いや、うん。いつもこうなんだから、見抜かれてて当然と言えば、当然だよね……。

 

「でも、満場一致だし」

「ボクはOKしてないよ?」

「知らんな」

「……未果、最近冷たくない?」

 

 なんだろう。未果に冷たくされるのは寂しいというか、嫌だというか、胸が痛いというか……。似たようなのを女委にも感じる時はあるけど。

 なんなんだろう?

 おかしくなったかな、ボク。

 

「冗談よ冗談! だから、そんな悲しそうな顔しないの!」

「か、悲しそう?」

 

 あれ、ボク今そんな顔してたの?

 無自覚……?

 

「じゃあこうしましょう。依桜が班長で、私が副班長をやるわ。これでどう?」

「まあ、それなら……」

「じゃあ決まりね。書いて持っていくわね」

 

 誰が班長をやるのか決まり、未果が名前を記入、戸隠先生の所へ持っていった。

 そして、他の班の方も決まったみたいで、行動班の方は終了。

 

 続いて、部屋割り。

 

 男子は、ボクが減ったことにより、二十人から、十九人になり、女の子の方は、二十人から二十一人になった。

 見事に奇数。

 

 そして、部屋の数は男子が4。女の子も4となった。

 男子は、五人部屋が三部屋で、四人部屋が一部屋。

 女の子は、五人部屋が三部屋で、六人部屋が一部屋となっている。

 

 ちなみに、ボクはもちろん……女の子の方です。

 当たり前だよね。

 ……男の方で参加したかったです。

 

 もう二度と戻れないからね……男に。

 

 これから先の思い出は、全部女の子としての思い出になるから、何と言うか……複雑だなぁ。

 

 恋愛とか、どうしようね?

 男子に好意を寄せることは確実にないと思うけど、女の子の方は……微妙にありそうで怖い。この場合、同性愛になるのかな?

 

 あれだけ、恋愛はしない、とか言っていたのに、最近ちょっとおかしい。

 

 なんだか、未果とか女委、あとは美羽さんとかに妙に赤面させられたり、ちょっとドキドキしたりする時があるんだよね……。

 ちょっと前までは、あんまりドキドキしなかったんだけど。

 

 男の時はもちろん、女の子になった後も。

 

 不思議。

 

 別に、恋愛感情を持っているわけではないと思うけど。

 と言っても、ボク自身、恋愛感情なんて持ったことないから、よくわからないんだけどね。

 

「次、部屋割りね。まあ、この辺りは……くじ引きでいいでしょ」

 

 未果が再び教壇に立ち、部屋割りに関してのことを言うと、その瞬間、女の子たちから何やら殺気が立ち上った気がした。

 ……どうしたんだろう?

 

「あみだくじ、作ったからそれぞれ男子用、女子用に自分の名前書いて。順番はどうでもいいから、早いもの勝ちよ」

 

 と言うと、女の子たちが一斉にあみだくじに群がりだした。

 うわ!? 勢いがすごいんだけど!

 い、一体何が、女の子たちをそうさせてるんだろう……?」

 

「依桜―、早く書いちゃって」

「あ、うん」

 

 未果に言われて、ボクもあみだくじに名前を書くに行く。

 空いている場所が、丁度ど真ん中しかなかったので、そこを選ぶ。

 男子たちの方は、速やかに終了。

 温度差がすごい。

 

「それじゃあ、部屋割りを書いて行くから、メモを取りたい人は取って。と言っても、

しおりに記入されるから、別に覚えなくてもいいと思うけど」

 

 なんて言いながら、未果が黒板に部屋割りを書いていく。

 

 その結果、ボクは未果と女委と同じ部屋になった。

 

 なんだかすごくほっとした。

 

 ちなみに、ボクの部屋は、ボク、未果、女委、玉井さん、神山さんの五人となった。

 

 女委と未果はともかく、玉井さんと神山さんは、なぜかすごく喜んでいて、他の女の子たちは、反対にすごくがっかりしていた。

 

 どうしたのかな? 見た限りじゃ、どこも仲のいい人がいるみたいだけど……なんでがっかりしてるんだろう?

 

『くっ、運が悪かったかぁ……』

『依桜ちゃんと同じ部屋がよかった……』

『愛希と志穂が羨ましぃ……』

『未果と女委ちゃんはいつもあれだからいいけど』

 

 ……あれ、もしかしてボク? ボクと一緒の部屋がよかったの?

 別に、いいことってないと思うんだけど……。

 

「はい、じゃあ次。バスの座席ね。これは……まあ、またくじ引きでいいわよね。うん。正直、喧嘩になるだろうし」

 

 そう言いながら目を細め、クラスメートを見回す未果。

 今度は、女の子たちだけでなく、男子の方も殺気立ってるような……?

 

「ま、またあみだくじにでいいわよね。というわけで、用意してあるから、みんな名前書いて」

 

 と言った瞬間、先ほどの日じゃないくらいに、あみだくじにクラスメートたちが群がった。

 なんか、死肉に群がる、ハイエナが頭の中に浮かんだんだけど……。

 目の前の光景に若干の戸惑いを覚えつつも、ボクも名前を書くに行く。

 

「はい、じゃあまた書いていくわよー」

 

 そう言いながら、未果が再び黒板に向かい、バスの座席表を完成させていく。

 その結果……

 

「やったね! 依桜君、隣よろしく!」

 

 女委になった。

 

 うん。安心、と言えば安心……なのかな?

 

 周囲を見れば、みんな(未果、晶、態徒は除く)がものすごくがっかりしていた。

 だから、なんで?

 別に、移動する間の座席くらい良くない?

 

「うん、よろしく、女委」

 

 クラスメートのほとんどが死んでいるけど、何事もなく、決めることは決められた。

 三学期開始の日と言うこともあって、あとは、宿題を回収するだけで終わり、今日の学園は終了となった。

 

 

 学園が終わった後、ボクたちはショッピングモールに来ていた。

 理由はもちろん、買い出し。

 

 スキー教室は、今週の金、土、日の三日間。

 

 傍から見たら急かもしれないけど、ボクたちはパンフレットで行事の日程がいつかを知っていたからね。

 

 それに、宿泊先の温泉旅館は、学園長先生が出資などをして関わっているらしいので、いくらでも融通が利くとのこと。あの人の人間関係はどうなってるんだろう?

 

 今回必要なのは、旅行中に持っていく雑貨品など。

 師匠も、ボクたちのクラスの副担任なので、当然、スキー教室に同行する。なので、今日は一緒に来ていた。

 

「それで? 必要なものは何だ?」

「えーっと、着替えかなー。向こうは寒いみたいだから」

「寒い、ねぇ? あたしとイオはそこまでって言うほど、寒がりじゃないが……」

「師匠、ボクでも寒いと思うんですよ? 師匠と同じみたいにしないでくださいよ」

「あ? お前はあたしの弟子だろうが。あたしにできて、お前にできないわけがなかろう」

「……理不尽~」

 

 そう言うしかなかった。

 

 いや、師匠が理不尽なのはいつものことだし、寒い、と言っても命にかかわるような寒さは、よほどじゃない限り感じないけど。

 

 少なくとも、半袖ミニスカートで南極にいても、全然平気なくらい、かな?

 さすがに、疲労がたまっている状態で行ったら風邪は引くと思うけど。

 実際、体育祭の後、風邪引いたしね。

 あ、でもたしか、ウィルスって生存できないんだっけ? そうなると、風邪はないから……あ、凍死しないくらいだね。うん。それもそれでおかしい。

 

「あ、そう言えば依桜、あなたブラがきつくなってきた、とか言ってなかった?」

「そう言えば……うー、大きいサイズの下着って高いんだよね……まあ、お金にはかなりの余裕があるんだけど……」

 

 かなり、というか、高校生には……じゃなくて、一人で持つには持て余すくらい多すぎるんだけどね。

 

 ドラマのエキストラとか、学園祭の売り上げとかで、二十万以上持っていたのは前に話した通りなんだけど……一月一日。お金を下ろそうと、ATMに行き、口座を見たら、なぜか、とてつもない大金が振り込まれていたんだよね……。

 

 その金額、およそ一億。

 

 ボクはあまりの大金に、思わず目を疑い、心臓が止まるかと思った。

 

 一体誰が、と思ったところで、ボクの脳裏に、諸悪の根源――学園長先生の顔が思い浮かんだ。

 急いで電話をかけ、お金のことを尋ねると、本当に学園長先生がお金を振り込んだらしい。

 

 今までの決算、だそうです。

 

 異世界へ送ってしまった賠償金やら、テロリスト撃退の謝礼、異世界転移装置の稼働実験に、学園見学会での唐突な人選変更、クリスマスのプレゼント配り、などなど、ボクが九月~十二月の間で行っていたことに対する、賠償金及び、謝礼とのこと。

 

 一億なんていう大金、ポンと振り込んでしまうのだから、本当に笑えないし、学園長先生の財力が一体どうなっているのか、と本気で気になった。

 

 さすがに、こんな大金はもらえない、と断ったんだけど……

 

『依桜君には、本当に迷惑をかけたわ。お金で解決するなんて、汚い大人がすることに思えるから、本当はしたくないんだけど……ほら、私って、依桜君の人生を壊しちゃったじゃない? だから、せめてこれだけは受け取って。豪遊するもよし、貯金して、親孝行のために使うもよし、会社を立ち上げるもよし。好きに使って』

 

 って言われてしまった。

 人生を壊した、っていう自覚あったんだね、学園長先生。

 

 ……知らず知らずのうちにお金が振り込まれていたので、どう返していいのかわからず、結局受け取ることにしてしまった。

 

 そこで、さすがに高校一年生(中身十九歳)が、あんな大金を持っていたら、さすがに色々とまずいと考えたボクは、母さんたちに預けることにした。

 

 さすがの母さんたちも、ものすごく驚いていたけど、預かることを了承してくれた。

 そして、月に50万まで引き出せるようにし、それ以上は引き出せないことになった。

 

 ……それでも、50万も大金だと思うけどね、ボク。

 ちなみに、家のローンに使っていいよ、と言ったら、次の日には完済したそうです。

 

 行動、早いね。

 

 まあ、全然いいんだけど。

 

「ん? イオ、お前まだでかくなるのか?」

「……最近、今のブラがちょっときつくて」

「発育がいいと言うのも、考えものだな」

 

 師匠は、苦笑いした。

 それには、ボクも苦笑いを返すしかなかった。

 

 

「うわ、イオ、あなた、今年中にはHに届きそうよ?」

「えっ、ほ、ほんとに……?」

「ええ」

「依桜君の胸、天井を知らないねぇ」

「……元男なのに、成長するとか、本当に面白い体質になった、イオ」

「お、面白くないですよぉ!」

 

 師匠の面白い発言に、ボクは顔を赤くして怒る。

 あのおみくじ、まさか、本当に当たるなんてぇ……!

 

 胸、成長するってなに!?

 なのに、身長はほとんど伸びないって、酷くない!?

 

 せめて、せめてあと七センチ……いや、五センチはください! 神様!

 男の時と同じくらいの身長に……!

 

「まあでも、今はまだGのままね。とりあえず……今のサイズとピッタリなのと、少し大きめのを買っておきましょ。いつきつくなってもいいように」

「……うん」

 

 はぁ……。本当に嫌になっちゃうよ……。

 憂鬱な気持ちを抱きつつ、ボクは下着をレジに持っていった。

 

 

 下着を買った後は、晶と態徒と合流し、お昼ご飯となった。

 この時、ボクは絶対にありえないと思っていた発言を聞いた。

 

「よし、ここはあたしが飯代を出してやろう」

 

 まさかの、師匠がご飯をご馳走してくれるという、その発言。

 思わずボクは、

 

「え、し、師匠、どこか具合でも悪いんですか……?」

 

 病気なのでは? と心配してしまった。心の底から。

 

「……お前、あたしをなんだと思ってるんだ?」

「理不尽の権化」

「……喜べ、イオ。お前は、次のスキー教室で、思う存分。私と組み手ができるぞー」

 

 師匠が、満面の笑みでそう言ってきた。

 

「わーわー! すみません! それだけは許してください!」

「……わかればいい。さて、お前たち、何が食べたい?」

 

 よ、よかった……。

 このままいってたら、ボクは確実に、師匠に殺されてたよ……。

 

「そう言えば、食べ放題のお店があったわね。しゃぶしゃぶの」

「しゃぶしゃぶ? とはなんだ?」

「肉をお湯にくぐらせて、たれに付けて食べる料理です。まあ、鍋みたいなもの、ですね」

 

 しゃぶしゃぶを知らなかった師匠に、ボクが軽く説明する。

 

「なるほど。なら、そこへ行こう。さすがに、腹が減ったからな。行くぞ」

 

 そう言って、しゃぶしゃぶのお店がある方へ、師匠が歩いて行った。

 ボクたちも、それを追うようにして、移動をする。

 

 

 昼食を食べ終え、ボクたちはさらにお買い物を続ける。

 

 買ったものと言えば、おやつとか、パジャマ類。それから、その……お、女の子に必要なものとか、お風呂用品など。

 

 あと、ボクの場合、身長が低くなったりすることを踏まえて、小さくなった時用の衣服類や下着も買っておいた。

 

 これで、万が一小さくなっても大丈夫!

 ……うん。なんか、本当に慣れた。

 

 事前に先手を打っておく、という考えが定着しちゃってる時点で、色々と考え物だけど、こればかりは仕方ない……。

 

 こんな、不思議すぎる体質になっちゃったわけだしね。

 

 いつか治せればいいけど、もう無理だろう。

 

 師匠が無理、って言ったんだから、それはきっと、本当に不可能なんだから。

 

 ……まあ、もういいかな、って思っている自分もいる。

 たしかに、男だった時に比べれば、不便な点も多いけど、もう無理なものを嘆いていても仕方ないからね。前向きに行かないと……。

 

 前向き、と言うより、諦念に近いかもしれないけどね。

 そんなことはさておき、買い出しも無事終了。

 

 あとは、スキー教室当日を待つだけとなりました。




 どうも、九十九一です。
 日常回です。前回言ったように、クソほど長くなると思います、日常回。長い話に入るのは……うーん、多分春休みくらいの話かなぁ。ちょっとやってみたいネタがあるので、多分そこになるかと。もしそうじゃないなら、四月くらいですかね。まあ、お楽しみに。
 今日は、2話投稿できるかはわからないですが、できたらいつも通りの二パターンです。無理そうなら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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198件目 スキー教室1

 そうして、スキー教室当日の朝。

 

 大きな荷物に関しては、昨日学園に持っていったので問題なし。

 と言っても、ボクには『アイテムボックス』があるので、そこまで持っていくのも問題ないし、なかったとしても、鍛えた体があるからね、重さも全く感じずに持っていくことが可能なんですよ。

 まあ、ちょっと大変かなーなんて思ったので、『アイテムボックス』は使いましたけど。

 ちなみに、師匠も使ってます。

 

 ボクは、適当なところで旅行バッグを取り出し、学園内へ、と言う形で持っていった。

 なので、今日は特に大きな荷物はない。

 

 一応、普段は学園指定のカバンではなく、自由になっている。大きな荷物は旅行バッグなどに入れたとはいえ、それ以外にも荷物はあるからね。

 

 学園指定のカバンだと、ちょっと無理がある。

 

 それで、今日のボクは、肩掛けカバンです。

 リュックってあんまり好きじゃないんだよね、昔から。

 電車内にいる時とかは、いちいち前に持っていくのがちょっと大変だからね。それに、寄りかかるときかちょっと。

 

 その点、肩掛けカバンに関しては、すぐに前に持っていけるし、道具も取り出せる。

 だから、こっちの方が好きだったり。

 

 ……まあ、男の時は、今よりもかなりひ弱だったから、肩が疲れてたけど。

 今は別の意味で肩が疲れてる。

 

 今回のスキー教室は、温泉があるから、そっちが楽しみ。いや、本命の方も楽しみだけど。

 できれば、肩こりは解消したい。

 

 そんな一心です。

 

 と言うことを考えながら、ボクは通学路を歩いた。

 

 ……そう言えば、いつも以上に視線を感じたような? 主に、胸に。肩掛けカバンになった瞬間、と言っても過言ではない気が……なんだろう?

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 やっぱり、二人には勝てない。

 今日こそは! なんて思いながら来たんだけど、見事に未果と晶の方が早かった。

 むぅ、勝てない……。

 もうちょっと早く来るべきだったかなぁ。

 

「おーっす」

「はよー」

 

 と思ったら、二人も登校してきた。

 ボクの直後だったから、結構早く来たね、二人とも。

 

「おはよう、二人とも」

「おはよう」

「おはよう」

 

 いつも通りの五人。

 周囲も、仲のいい人で固まって、わいわい騒いでいる。

 

「しかし、依桜。やっぱり、肩掛けカバンなんだな」

「うん。楽だからね」

「……楽なのはいいんだけど、それ、非常に目に毒よ」

「え? 毒? ボクのカバンには毒なんてないし、まして邪眼なんて物もないけど……」

「依桜君、本当に天然だねぇ」

「???」

『まあ、依桜なら仕方ない』

 

 みたいな顔は何? ボク、何か変なこと言った?

 うん?

 

『俺、初めてパイスラを見た』

『……めっちゃいいな、あれ』

『男女マジナイス』

『眼福だわー』

 

 なんだろう? やっぱり視線を感じる……。

 ボクの胸元に何かついてるのかなぁ。

 

「おーし、お前ら集まってるなー? 誰かいない奴はいるか?」

 

 戸隠線が前に出てきて、点呼を取り出す。

 誰も反応がないと言うことは、来ていない人はいない、ということになる。

 全員出席しているらしい。

 

「それじゃ、もうそろそろ出発するから、バスに乗れー」

 

 いつものように気怠そうに指示を出す。

 ボクたちも、話を中断し、バスに乗り込んだ。

 

 

 わたしと依桜君の座席は、左側の真ん中辺り。

 依桜君が窓側で、わたしが通路側。

 特に理由はないです。

 持ってきた荷物を、荷物棚の上に置くとき、

 

「よいしょっ」

 

 依桜君が軽く飛び跳ねながら、カバンを置こうとしていたんだけど、それはもう、眼福でしたよ。

 

 依桜君が跳ねるたびに、ぽよんぽよんって胸が大きく上下するんだもん。

 いいねぇ、依桜君のおっぱい。

 大きいし、形は綺麗だし、すごく柔らかいし……最高ですとも。

 

 依桜君の身長的に、かなり跳ばないといけなかったからか、すごくよく見えていた。

 男子のみんなは、鼻の下を長くしてましたよ。ついでに、ごくり、と生唾を飲み込んだりね。

 男の子だねぇ。

 

 でもやっぱり、依桜君は気付かない。

 そっちの方面には疎いからなぁ、依桜君。

 

 視線が向けられていることに気づいても、どういう感情を伴った支線なのかは理解していない。

 

 うむ。だからこそいいんだけどね、依桜君は。

 

 実際、肩掛けカバンで現れた依桜君の胸元に視線が行ったのは、間違いなく、パイスラだからだね。

 

 そこそこの荷物が入った肩掛けカバンのベルトによって、依桜君の胸を大きく強調していたからね。視線が行くのも納得ですよ。形の良さがわかるんだから。

 

 まあそれはそれとして、荷物を置いたら座席に座る。

 面白いことに、わたしたちの反対側には、未果ちゃんと晶君がいて、一個後ろの座席には態徒君もいる。

 見事に固まった。うん。素晴らしい。運がイイね。

 

「全員自分の座席に座ったな。そろそろ出発だ。行くぞー」

 

 やっぱり、戸隠先生は気怠げ。

 うん。いつものことだね。あの先生、基本的に微妙な気力で生きてるしね。

 まあ、そこがいいんだけども。

 というわけで、七クラス分のバスが、目的地に向かって走り出した。

 

 

「おーし、バス内レクやるぞー」

『Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!』

 

 バスが走り出して少したった頃、戸隠先生がレクをやると言い出すと、バスの中が途端に賑やかになった。

 うんうん。旅行系の学校行事の定番だよね!

 

「んじゃ、まずは一発芸なー。ここに箱がある。こん中には、お前たちの名前が書かれた紙が入ってる。私が引くから、紙に書かれた名前の奴、一発芸しろ」

 

 その瞬間、バス内に戦慄走る。

 

 一発芸。

 

 それはまさに、地獄のような無茶ぶり。

 

 芸人でも何でもない人がやろうものなら、生きるか死ぬかのデスゲームに等しい。というか、大体の人は死ぬよね、あれ。

 実際、冷や汗を流している人が多い。

 

「おーし、引くぞー。最初は……ああ、篠崎か。よし、篠崎、やれ」

『畜生、俺かよ!』

 

 最初に選ばれたのは、篠崎君。

 篠崎君は、何と言えばいいのか……まあ、態徒君を劣化させたような感じ、かな。つまり、変態です。

 というか、うちの学園、変態しかいないけどね! 依桜君がすごく珍しいだけで。

 

 晶君は……まあ、常識人、かな? もしかすると、むっつりかもしれないけど。

 いや、もしかするとじゃなくて、本気でそうだと思うな―、わたし。

 だって、ちょくちょく晶君も悪ノリしてる時とかあるもん。

 依桜君に言ってないだけで。

 

 まあ、それはそれといて、篠崎君の一発芸。

 

『やべえよ、何も思い浮かばねーよ……』

『とりあえず、なぞかけでもやっとけ』

『とりあえずのハードル高くね!?』

「篠崎、とりあえず、なぞかけだ」

『だから、なんでなぞかけをやらせようとするんですか!?』

 

 戸隠先生にも言われ、周囲にも囃されて結局、篠崎君はなぞかけをすることになった。

 

『ド素人だからな? 絶対馬鹿にするなよ?』

『わーってるから、はよせい』

『……終わるマンガとかけまして、鏡に映る自分と説きます』

『『『その心は?』』』

『どちらも終(対)になるでしょう』

『おー、普通にできてるやん』

『よかったぞー、篠崎』

『すごいぞー』

『ちょっ、棒読みじゃねえか! だから嫌なんだよ!』

 

 うん。まあ、できてる方なんじゃないかな。うん。

 

「篠崎戻っていいぞー。それじゃあ次なー。えーっと……お、男女だな。よしやれ」

「ぼ、ボクですか!?」

「ああ。早くしろー」

「うぅ……」

 

 次は、まさかの依桜君。

 次の犠牲者が依桜君とあって、バス内は盛り上がる。

 さすが依桜君。

 

「えっと、何をしようか……」

 

 前に出てきて、少し思案する依桜君。

 

「依桜、とりあえず、手品でもしておけば?」

「ああ、そう言えば、手品ができたな、依桜」

 

 と、未果ちゃんと晶君から、救いの手とも呼べる提案が飛んでくる。

 

「ん? 男女、お前、手品ができるのか?」

「え、いや、まあ、似たようなことなら……」

 

 まあ、依桜君の場合、手品じゃなくて、本物の魔法だもんね。

 

「えーっと、じゃあ……手品します。ここに、何の変哲もない袋があります。この中には何も入ってません」

 

 そう言いながら、依桜君がカバンの中をみんなに見せる。

 たしかに、何も入っていない。

 

「じゃあえっと、この中から……ココアのマーチを出します」

 

 そう言って依桜君はカバンの中に手を入れて、引き出すと……

 

「はい、ココアのマーチです」

 

 本当に出てきた。

 

『す、すげえ! マジで出てきた!』

『依桜ちゃんすごい!』

『男女って多才なんだなぁ』

『ねえねえ、もう一回やって!』

「も、もう一回? いいけど……じゃあ、何かリクエストとかあるかな?」

 

 と、依桜君がそう言うと、みんな一斉に手を挙げだした。

 一応、わたしも手を挙げておこう。うん。

 

 でもあれ、魔法だよね? どう見ても、魔法だよね?

 冬〇ミの時に見せてもらったあれだよね。

 なんてことを考えていると、新井さんが指名された。

 

『じゃあ、猫のぬいぐるみ!』

『いや、無茶じゃね?』

『さすがに、それは無理だろ』

「わかったよ」

『『『できるの!?』』』

 

 さすがに無理と思っていたみんなだったけど、依桜君ができると言ったことで、全員驚愕の声を上げていた。

 うん、わかるよ。

 

「じゃあ……はい、猫のぬいぐるみです」

 

 そう言って、依桜君はカバンの中から可愛い猫のぬいぐるみを取り出した。

 

『『『ええええええええええええええええ!?』』』

 

 うん。だよね。

 普通はそう言う反応になるよ。

 

『もう一回! もう一回!』

『依桜ちゃん、もう一回やって!』

『頼む!』

「ふぇ!? せ、先生……」

「まあ、いいんじゃね? 結構盛り上がってるし。てか、私も見たい」

「……わ、わかりました。じゃあ、次やります」

 

 このあと、しばらく依桜君の手品ショーが続きました。

 

 

 バス内レクは続き、一発芸の次はカラオケとなりました。

 うんうん。やっぱりこれも定番だよね!

 

 そして、まさかのクラス全員一曲は歌うことになりましたよ。おうふ、酷いぜ。

 多少のブーイングはあったものの、本心ではなく、みんな歌いました。

 中でも盛り上がったのは、やっぱりというか、依桜君。

 

「あなたのハートを打ち抜き、ます♪ だから、絶対にがさな~い♪」

 

 バリバリのアイドル系の歌を歌ってました。

 

『え、上手いんだけど』

『……男女って、できないこととかないんじゃね?』

『もういっそのこと、アイドル目指せばいいと思うんだけど、依桜ちゃん』

『……才能の塊と言うか、強すぎない?』

 

 もともと可愛い系の声だったので、曲調はすごく合ってるんだよね。あれ。

 しかも、歌ってる時とかすごくいい笑顔だからね。

 

 うん。可愛い。

 私の友達は可愛いなぁ。

 

 そうして、盛り上がりまくって、アイドルのライブみたいになるという事態に発展。

 依桜君が歌い終われば、アンコールのコールがバス内に響き渡る。

 

 さすが依桜君。

 神に愛されてるねぇ。

 

 まあ、そんなわけで、依桜君のアイドルライブ的なものはもう少し続いた。

 

 

 カラオケも終わり、休憩時間みたいになった。

 そうして、しばらくたった頃……

 

「……ふぁぁ……」

 

 依桜君がうつらうつらと、眠そうにしていた。

 

「依桜君、眠いの?」

「……ぅん。ちょっと、ね……」

「ふふふ、だったらわたしによりかかって寝てもいいよー」

 

 なんてね。依桜君なら、断るに決まって――

 

「そぉ? じゃあ、お言葉に、甘えて…………すぅー……すぅー」

 

 こてんと、わたしによりかかるようにして眠ってしまった。

 

 お、おおおお、依桜君の寝顔、素晴らしい!

 可愛い! 女神じゃなくて、まさに天使!

 無垢な表情を浮かべながら、気持ちよさそうに眠ってるんだけど。

 これは心があったかくなるねぇ。

 

 んー、これはあれだね。

 膝枕してあげよう。

 

 幸い、このバスの座席はそこそこ広いし。

 そう思って、わたしは依桜君の体をそっと動かして、頭をわたしの膝の上に。

 まあ、正確に言うと、胸の辺りから上なんだけどね。

 このバス広いから大丈夫さ!

 一番後ろだったら、もう少しいい状態にできたんだけどねぇ。

 

「ん、ぅ……すー……すー……」

 

 なんて気持ちよさそうな寝顔……。

 ああ、癒されるぅ……。

 

 なんとなーく、依桜君の頭を撫でる。

 さらさらとした髪質に、撫でるたびに香ってくる、依桜君の花のような匂い。

 て、本当にいい匂いするなぁ、依桜君。

 すごく落ち着くよ。

 

「あら、寝ちゃったの?」

「うん。疲れたんじゃないかな」

「まあ、手品をやったり、アイドルまがいのことをすればね」

「そっとしておくか」

 

 なるべく静かにして、依桜君を眠らせてあげた。

 

 ……んー、なんかこう、依桜君の寝顔を眺めたり、頭を撫でてると、すごくドキドキするなぁ。

 もしかしてわたし、依桜君が好き、なのかな? 恋愛的な意味で。

 ……うん。悪くないね! それはそれでいいかも。

 もともと好きだったし。わたしバイだしねー。依桜君が女の子でも愛せるし。

 

 まあでも、依桜君は恋愛しない、みたいに言ってたけどね。

 最近、妙に仲のいい女の子相手に、顔を赤くすることが増えた気がするけど。

 ……なんてね。あははー。まさか、依桜君が百合に走るわけないよねぇ。

 なんて、一瞬頭の中に出てきた状況を、笑いながら否定した。




 どうも、九十九一です
 以前から、百合要素はいれないとなぁ、と思っていて、この章から本格的(?)に入れたいなと思っています。まあ、前話からその片鱗がちょっと出てた気がしますが。
 まあいいよね、どうせ本編終了後に、アフターでやるし、みたいな感じです。今のうちにフラグを! と。と言っても、すでにヒロインたちのフラグが立っているような気はしますが。
 さて、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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199件目 スキー教室2

「……ん、ぅ……あ、れ?」

 

 目を覚ますと、妙にあったかくて、柔らかい感触がボクの頭部にあった。

 あと、なんだかいい匂いもするような……。

 

「あ、依桜君、おはよう」

 

 ふと、頭上から声が聞こえてきて、頭を動かすと、にこにこ顔の女委がボクをのぞき込んでいた。

 ……って!

 

「ご、ごごごごごごめんっ!」

 

 ボクは大慌てで起き上がり、女委に謝る。

 うぅ、恥ずかしい!

 あぁ~、顔が熱いよぉ……というか、体が熱い……。

 絶対顔が真っ赤になってるよ……。

 

「おー、依桜君、顔真っ赤だ」

「み、見ないでぇ……」

 

 顔を隠すように、ボクは両手で顔を覆う。

 やっぱりおかしい……。

 

「んー?」

 

 そんなボクの様子を見てか、女委が小首をかしげる。

 

(あれ、なんか反応がいつもと変?)

 

 なんだか、女委にはよく膝枕されてる気がする……。

 

「依桜君、そろそろ着くよー」

「あ、う、ぅん……」

 

 ボク、こんなに恥ずかしがり屋だったっけ……?

 もしかして、心は一応男だから、恋愛対象は女の子になる、のかな。

 

 ……って! ないないない!

 

 ボクに限って、恋愛感情を持つなんてないよね! うん。

 

 だから、落ち着こう。

 

 寝顔なんて、何度か見られてるし。

 未果にだって、聞けば看病してもらった時とかに見られてたみたいだもん。

 大丈夫大丈夫。

 

 すぅー……はぁ……うん。落ち着いた。

 

「依桜君、大丈夫?」

「ひゃあ!」

 

 いきなり女委に顔を覗き込まれて、思わず変な声が出てしまった……。

 あぅぅ……ボクのばかぁ……。

 

「あり? 依桜君、風邪でも引いたの? 顔真っ赤だよ?」

「な、何でもないよ! うん。大丈夫」

 

 嘘です大丈夫じゃないです。

 なんか、自分が変なんじゃないか、って自覚し始めたらこの有様だよ……はぁ。なんか、みんなに変な子って思われてそう……。

 

 

 ……むぅ?

 依桜君の様子が変だぞー?

 

 依桜君が顔を真っ赤にすることなんて日常茶飯事だけど、わたしの顔見て顔を真っ赤にすることなんてあったっけ?

 

 あったとしても、わたしがエロいことした時とか、エッチなことを言った時くらい……あとは、二人三脚の練習中に言った、BLの中身とか?

 

 ……あれ、わたしもしかして、知らず知らずのうちに依桜君に何か言った?

 いやいや、何も言っていないはず。

 少なくとも、朝会って、バスの中にいた間は、何もなかった。

 

 うん。大丈夫。

 

 ……じゃあ、なんでこんなに様子がおかしいんだろうね。

 

 まあいいか! 依桜君だし。

 

 寝顔を見られたのが恥ずかしい、みたいな感じかな?

 まあ、そんなもんだよね。

 

 さてさて、スキー教室楽しみだなー。

 

 

 バスが温泉旅館に到着。

 

 軽く戸隠先生から注意事項を言われてから、ボクたちはバスを降りた。

 

 あ、なんとか心は落ち着かせましたよ。

 深呼吸をしながら、頭の中で素数を数えてました。

 素数ってすごいね。ボク、文系だけど。

 

 というわけで、旅館の中に入り、割り振られた部屋に移動。

 一旦、晶と態徒とは別れる。

 

 ボクたちの部屋は、507号室。

 つまり、5階です。地味に高い。

 

 まあ、エレベーターが使えるからそこまで問題なかったんだけど。

 うーん、前まで男だったのに、女の子しかいない方にいるのが、なんだか変な気分。

 

 一応、心は男なわけだし……。

 

 ……まあ、男の時に、間違って女子更衣室に入ったことはあったけど。

 

 ちなみにその時、なぜか笑顔で許されました。理由がわからない……。

 一応、『きゃー!』と言う悲鳴はあったんだけど、どちらかと言えば、黄色い悲鳴だったんだよね……。不思議。

 

 そんな、苦い過去を思い出しつつ、ボクたちの部屋に到着し、中に入る。

 

「おー、ひろーい!」

「たしかに。広いわね」

『こういう和室って落ち着くよね』

『わかる』

 

 中に入ると、同じ部屋の四人が和室を見て少しはしゃいでいた。

 

 割り振られた和室は、なかなかに広くて、中央にテーブル、他には奥の窓の辺りには、小さめのテーブルと、向かい合うように置かれた椅子が二脚。

 

 うん。よくある感じの和室。大体どこも同じなのかな?

 でも、すごく落ち着くよね、旅館って。

 

『すごーい! 窓から、外の景色が見れるよ!』

『ほんと? おー、これはいいなぁ』

 

 玉井さんと神山さんの二人が、窓の外を見て、感嘆の声を漏らしていた。

 気になって、ボクも窓の外を覗く。

 

「わぁ……」

 

 そこには、雪化粧が施された山の姿と、海が同時に見えていた。

 

 この旅館、海と山がある場所に建てられており、ここは臨海学校と林間学校でも使われるそう。一年生は、一年に三回訪れることになるらしいけど、ボクたちの学年は、運悪く林間学校には行けなかった。

 

 ちなみに、それは臨海学校も行けていない。

 たまたま天気が悪くなっちゃって、っていう感じで。

 

 来年はいけるといいな。

 

 それはそれとして、外に再度目を向ける。

 

 今日は見事な快晴で、海は光を反射してキラキラを輝いているし、それは山も同じ。ユキがキラキラしてる。うん。語彙力がない。

 ともあれ、銀世界と冬の海が見れて、なかなかいい部屋。

 

「それじゃあ、着替えてそろそろ行きましょ」

『はーい』

 

 未果のセリフに、ボク以外の三人が返事をする。

 

 そうだった。

 着替えて外に行かないといけないんだった。

 

 楽しみな表情を浮かべながら、みんなが着替えだす。

 

 ……最近、ちょっとは慣れてきたけど、やっぱりまだ慣れない……。

 男で生きてきた期間の方が圧倒的に長かったから、着替え中の女の子を見ていると、見てはいけないものを見ている気分になる……。

 

 それはもちろん、付き合いの長い未果と女委にも言えることで……ちょっと恥ずかしくて、つい赤面してしまう。

 前に、温泉旅行に行った時だって、かなり恥ずかしかったけど、表面上は取り繕ってたからね……。

 

「依桜、何赤くなってるの?」

「いや、その……ま、まだ慣れてなくて……」

「ああ、そう言えば、元々男だものね。依桜ってば、性格も女寄りになってきてるし、そもそも、男の時ですら女っぽかったから、失念しちゃうのよね」

「ボクは男だよっ!」

「でも、今は女の子だよね、依桜君」

「うっ、そ、そうだけど……」

 

 でも、元々男だったのに、みんなの、その……し、下着姿とかを見るのって、すごく悪い気がしちゃって……申し訳なく思ってる。

 

『依桜ちゃん、気にしなくてもいいよー』

『そうそう。依桜ちゃんなら別にって感じだし、可愛いしねー』

「可愛い関係なくない?」

 

 可愛いからOK、って母さんとか、学園長先生とかが言ってるんだけど、容姿がいいから許されるって言うのも、変な話だと思うんだけど。

 普通は許されないと思うよ、ボク。

 

「ほーら、ちゃっちゃと着替えるわよ。手伝ってあげるから」

「ひ、一人でできるから!」

「いやいやー、依桜君、遠慮しなくてもいいんだよー?」

「遠慮じゃないよ! 四ヶ月も経ってるんだから、さすがに慣れてるよ!」

「そう言わずに。女委」

「がってんだ!」

「え、ちょっ、め、女委!?」

 

 がばっ! と女委に後ろから羽交い絞めにされた。

 

 むぎゅーっと、女委の胸が思いっきり当たってる……というか押しつぶされているかのように密着される。や、柔らかい……。

 

 ぬ、抜け出したいけど……うぅ、難しいよぉ……。

 

 ボクの力はこっちの世界ではかなり異常だから、抜け出そうと思っても、できない。

 抜け出すのは簡単でも、怪我をさせたくないもん。大事な友達、だし……。

 

「さあ、依桜。お着換えしましょうね~?」

「み、未果、顔が怖いよ! 玉井さんに神山さんも助けてぇ!」

「あ、愛希ちゃんに志穂ちゃん。混ざってもいいよ」

『よーしきた!』

『まっかせて!』

 

 女委の発言によって、敵が増えました。

 すごくいい笑顔で、にじり寄ってくる二人。

 

「そんな! こ、こっちに来ないでぇ! というか、離して女委! 一人で、一人で着替えるからぁ!」

「ふっふっふー。依桜君なら抜け出せるはずだよねぇ? でも、それをしないと言うことは……わたしが、好きだから、だよね?」

「ふぇ!? ち、ちちちちちち違うよ!? べ、別に、女委が好き、って言うわけじゃ、ない……よ?」

 

 うぅ、否定しきれない!

 

 もちろん、女委は好きだし、未果も好き。友達としての好きに決まっているけど、何と言うか……恥ずかしくて言えない。

 

 晶や態徒だったら問題なく言えると思うんだけど……。

 

「ほうほう。では、嫌いと申すか?」

「そ、そんなわけないよっ! 嫌いになんてなるはずない!」

「お、おおう、そこまで面と面向かって言われると、照れるねぇ」

 

 なぜか女委がちょっと顔を赤くし照れた。

 あ、可愛い……。

 

「今よ、二人とも!」

『『はいはーい!』』

「あ、し、しまった! って、ちょ、どこ触ってるの! あ、そ、そこはダメ! あ、ああ……きゃああああああああああああ!」

 

 その瞬間、507号室から、少女の悲鳴が聞こえてきたとか、きてないとか。

 

 

「……うぅ、酷いよぉ……」

 

 無理やり着替えさせられた後、ボクたちは外に出てきていた。

 そして、外に出てきたボクは……泣いていました。

 

 クラスメートの女の子と幼馴染、友達の女の子に、襲われるように着替えさせられれば、誰だって泣きたくなると思うんだ、ボク。

 

 ……ぐすん。

 

「ごめんって、依桜」

「……ぷい」

「ぷいって……随分可愛い怒り方だな、依桜」

「まあ、お前たちがやったことを聞けばなぁ」

「依桜は元々男だったことを考えれば、トラウマにもなるな」

「「うっ、す、すみません……」」

 

 二人はバツが悪そうにしながら、謝って来た。

 見れば、ものすごく反省したような表情。

 

 ……許してあげても……いやいやいや。いつも、こうやって怒って、すぐに許して、しばらくすると同じようなことをするから……まだ、許さない方がいい、ような?

 

 でも……

 

「「……」」

 

 うぅ、なんだかあそこまでバツの悪そうな顔をされると、可愛そうに思えてしまう……し、仕方ない……。

 

「はぁ……次からしないでね?」

「「もちろんです!」」

 

 ボクが次からしないようにと注意したら、途端にパァッ! と表情を明るくさせた。

 切り替えが早い……。

 

「依桜は甘いな」

「……最近、自分でもそう思う時があるよ、晶」

 

 本当に少し、ボクも認識しました。

 

 

 というわけで、スキー場に移動。

 

 今回、ボクたちのスキー教室で使用する場所は、昨日言ったように、学園長先生が所有する場所。

 

 学園側が使用する時とかは、ボクたちの貸切と言う形になるんだけど、そうでない時は、一般向けのスキー場として開放されているとか。

 

 温泉旅館があるのも、それが理由だそうです。

 

 立地もかなりいいので、年中人が宿泊に来るとかなんとか。

 春は、お花見ができるし、夏は海水浴。秋は、紅葉狩りができて、山の幸も採れる。そして、冬場はスキーと、年中何らかの形でいいものが見れたりできるようです。

 普通に、すごいと思うんだけど。

 なんで、こんな土地を、学園私有にしてるんだろうね。

 

 まあそんなことは置いておいて、ここからは行動班? に分かれてスキー、もしくはスノーボードをやっていくことに。

 

 もちろん、インストラクターの人が付くんだけど……ボク、向こうの世界で似たようなことしてたんだよね……。

 

 師匠に、仕込まれちゃって……。

 

 特に、スノーボードなんて、結構できると思うよ。

 

 師匠がとんでもなかったし……。普通、スノーボードで木に登る? ボク、常識ってなんだっけ? とか思っちゃったよ。

 

 あの人、色々とおかしいんだもん。

 

 ちなみに、ボクたちはスノーボードをやっていくことになってます。

 スキーもよかったんだけど、スノーボードがいい! と言う風に。

 一応、経験者の人とかは、二日目で変えてもいい、と言うことにはなってるけど。

 

 楽しみな雰囲気を出しつつ、ボクたちはスキー場の指定されたところへ移動した。




 どうも、九十九一です
 正直、なんでスノーボードにしてしまったのかわかりません。スキーはやったことあるんですが、スノボはないんですよねぇ……まあ、この辺りは、色々と動画を見たりして補完します。なので、ツッコミどころ満載になってしまうと思いますが、生暖かい目で見守っていただけると、ありがたいです。
 今日は、二話投稿は難しいかもしれません。というか、難しいです。ですので、一話だけ……になると思いますが、一応頑張ってもう一話書きます。出せば、二パターン。無理なら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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200件目 スキー教室3

「どうも、今回みなさんのインストラクターを務めます、伊藤です。よろしくお願いします」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 

 ボクたちの班のインストラクターは、伊藤という男性の人だった。

 二十代後半くらいかな?

 優しそうな感じの人。

 

「この中で経験者の人は」

 

 と、伊藤さんが尋ねてきた。

 そして、ボクたち五人で手を挙げたのは、

 

「あれ、みなさんあるの?」

 

 全員だった。

 

 実を言うと、ボクたち五人、何気にスノーボードとスキーは経験していたり……。

 中学生の時もあったからね、スキー教室。

 叡董学園にもあったことにはびっくりしたけど。

 五人とも経験があったことにびっくりしたようです。

 

「ちなみに、どこまでできる?」

 

 と言う質問にみんな答える。

 というか、みんな同じレベルで、基礎はできる。

 ボクは……まあ、うん。ちょっと色々と。

 

「なるほど……そうなると、僕は何をすればいいか……」

 

 ボクたちが基礎はできると言うことで、伊藤さんが悩むそぶりを見せる。

 その結果、とりあえず滑ってみよう、と言うことになった。

 

 

 そうして、色々と滑ってみること数分。

 

「たしかに、基礎はできているね。そうなると……僕の出番はないなぁ」

 

 と、苦いになる伊藤さん。

 なんだか、すごく申し訳ないというか……。

 

「まあ、とりあえず自由に滑ってみていいと思うよ。僕は見守る方に徹しよう」

 

 そうなった。

 

 

 というわけで、自由に滑る。

 

 斜面の途中に、なぜかジャンプ台があったのはあれだったけど。

 

 まあでも、久しぶりにスノーボードをやるから、普通に楽しい。

 滑っている時に感じる風が気持ちいいなぁ。

 

 ……ボクが全力で走っている時の方が速かったりするんだけど。

 スピードとか、全然緩めてないけど、ものすごいスピードが出てる……のかな? 正直、亜音速レベルのスピードを知っているから、そこまで速いとは思えてなくて。

 

 ボクたち以外に滑っている人たちが、やけに後ろに行っちゃうんだけど。

 なんでだろう?

 

 

 えー、私たちは、すでに経験者だったこともあって、自由に滑ることになったんだけど……。

 

「あれ、やばくね?」

 

 そんば言葉を漏らすのは、態徒。

 正直、私たちの心情を表しているかのような反応。

 

 実際、私もそう。

 

 さっきから、私たちも一応滑ってはいたけど、何と言うか……依桜がとんでもなかった。

 

 見てて思ったのは、小さくなった名探偵のクオーター的な映画のあれ。

 

 バランス感覚がいいなんてものじゃない。

 

 例えば、木の枝(結構大きめの)を軽く跳んで回避(オーリーって言うのかしら?)するし、人にぶつかりそうになれば、枝を回避した時以上に高く跳んで宙返りするし。

 

 それ以外だと、普通にスイッチランはするし、壁があればそこでターンもする。

 

 ジャンプ台があれば、ものすごいスピードで飛んで、なんか、360度全方位に回転して、そのまま着地するしで、完全に人間離れしたような動きしてるんだもの。

 

 何あれ。

 

 見た目可愛い系のスタイル抜群美少女が、プロ顔負け……どころか、プロ以上の技を平気でやっているんだけど。

 

 しかも、ものすっごい楽しそうな表情してるし。

 見てよ。隣にいる伊藤さん。

 

「……あの娘、すごいね」

 

 呆然としちゃってるわよ。

 

 聞けば伊藤さん、全国大会の常連らしくて、優勝した経験もあるとか。

 そんな人が呆然とするレベルの技量持った依桜よ。

 

 正直、スポーツに関しては誰も勝てないわよね、あれ。

 

 例えば野球。

 最速で投げられた球は、雷を動体視力で見極めることができる時点で、遅すぎるから、簡単に打てる。

 仮にホームランになりそうな打球は、ジャンプで捕れる。

 

 サッカー。

 単純に、開始地点からゴールめがけてシュートすれば普通に入る。

 ゴールキーパーだって、身体能力が異常だから、どんな状況でも捕れるでしょう。

 

 テニスなんて、スマッシュ打てば勝ちよ。

 

 バスケ。自陣のゴールから投げても普通に入るわね、絶対。

 

 バレーボールも、スマッシュ打てば勝ち。というか、スパイクで勝てるんじゃないの?

 

 武術系なんてもってのほか。勝てるわけないわ。

 

 そして、スノボは見ての通り。

 スキーも同じでしょうね、この調子だと。

 

 ……異世界ってすごいのね。

 

 そう言えば、依桜。あの技術やらなんやらは、ミオさんに仕込まれた、とか言ってたわね、さっき。

 そんな、依桜の、すべてにおける師匠である、ミオさんと言えば……

 

「ふははははは!」

 

 なんて、魔王みたいな笑い声を上げながら、腕組状態で、滑っていた。

 ちなみに、オーリーとかって、ボードに手をやっているけど、それすらしない。ほぼほぼ仁王立ちの状態で滑っていっている。

 

 スノボって、膝を曲げたりしてるわよね? いや、普通に垂直に立った状態で滑っている人もいるにはいるけど、あれってゆっくりだったり、起伏がほとんどない場所じゃない?

 

 でも、ミオさん、凸凹した地形でもその状態だし、なんだったら、ジャンプ台で飛んだ時とかもずっと腕組、垂直立ちよ? まあ、さすがに、跳ぶ際には、足を曲げたりはしてるけど。

 

 怖い。異世界組が怖い。

 

 才能の塊なんてものじゃなかったわ。

 

「あの二人、普通にオリンピックとかに出れば、勝てるんじゃね?」

「勝てる……でしょうけど、あの二人の場合、オリンピック総なめにできるわよ。異常なんだもの」

「それもそうだな。正直、あれはマネできる気がしないな」

「いやいや、そもそもマネしようだなんて、普通は思わないと思うよ、晶君」

 

 なんて、端の方で会話する私たち。

 

 何と言うか、依桜とミオさんがすごすぎてね……。

 

 あれ、どうなってるの? ってくらいに。

 しかも、一番おかしいのミオさんの方。

 

 なんであの人……木を垂直に登っちゃってるの? あれ、どうやってるの?

 と言うか、それを使って、スケボーみたいなことをしないでほしい。

 

 伊藤さんなんて、

 

「……」

 

 ポカーン通り越して、あほ面晒しちゃってるわよ。大丈夫? これ。

 

 それに伴い、周囲の人の反応も様々。

 

『何あの二人、ヤバ』

『依桜ちゃんが才能の塊なのは知ってたけど、まさかプロみたいなことができるなんて……』

『依桜ちゃんとミオ先生かっこいい……』

 

 とまあ、女子は完全に見惚れちゃってるわね、二人に。

 

 うん。正直、私もちょっと……というか、かなりかっこいいと思ってる。

 私なんて、何度依桜のかっこいい姿を見せられていることか。

 

 ……本音を言ってしまえば、私は依桜が好きだったりする。

 

 それはもちろん、男の時から。下手したら、幼稚園の時くらいかしらね?

 まあ、自覚したの、つい最近だけど。

 

 あれよねー、依桜の笑顔って本当に癒されるし、本当に優しいんだもの。

 

 あれで惚れるな、って言う方が無理よ。

 

 それに、命の恩人だしね、依桜は。

 

 女子になっても、普通に好きだから、あれなのよねぇ……私ってば、女委と同じ、バイなのかしら?

 

 いや、単純に依桜が好きだから、ってだけで、バイじゃないわよね! 多分あれよ。百合に目覚めただけよ。

 ……それはそれで、問題よね?

 

 まあ、私のどうでもいい心情は置いておくとして、男子側の反応ね。

 

『男女パネェ』

『あれ、男の時だったら、さぞかしモテてたんだだろうな』

『いや、あっちの女子たち見ろよ。目がハートになってんぞ』

『まあ、実際かっこいいしな、男女。正直、下手な男よりかっこいいぞ』

『そりゃ、元男だしな』

 

 この通り。

 

 どちらかと言えば、依桜の動きに感嘆しているって感じね。

 

 まあ、わかるわ。

 依桜かっこいいもの。

 

 正直、イケメンなアクション俳優なんかよりも、圧倒的にかっこいいわよね。

 なんて、そんなことを思う相手の依桜は、いつの間にか下に降りていて、再びリフトに乗っていた。

 

 

 みんなでスノーボードを楽しんでいたら、気が付けば終了時間である四時になっていた。

 

 一日目は、お昼の一時から始まり、夕方の四時に終わることになっていた。

 

 大体の人の一日目は、基礎に費やされる場合が多く、実際そう言う人の方が多かったよ。

 ボクたちの班が例外すぎるだけで。

 

 ボクも久しぶりだったから、つい調子に乗って、色々やっちゃったけど……大丈夫、だよね? うん。大丈夫なはず。

 やるにしても、人間が頑張ればできる範囲で収めた、よね?

 正直、360度回転は、やりすぎたような気がするけど……。

 

 うん。明日は気を付けよう。

 

 師匠に関しては、何を言っても無駄だと思うけどね!

 

 さて、一日目のスキー、もしくはスノーボードが終わったら、夜の七時まで自由時間。

 

 六時半~七時半までが夕食になります。

 八時~十時までが入浴時間。

 

 人数も多く、クラスも七組あるので、男女別々、と言う風には分かれていないとか。

 

 男湯と女湯でほぼ同時、とのこと。

 

 さすがにそれだと覗きをする生徒が出るのでは? と思ったんだけど、どうやら教師も数人、一緒に入るみたいです。

 

 覗き防止ですね。

 

 態徒と女委が言っていたんだけど、覗きは宿泊系行事じゃ、テンプレ! なのだとか。そんなテンプレ、無くなってしまえばいいと思います。

 

 というか、覗きをされる側にいるはずの女委がテンプレって言うのは、ちょっと変じゃない?

 その辺りどうなんだろう?

 

 まあ、それはともかくとして、旅館に戻ってきたボクたちは、夕食まで部屋でくつろぐ。

 

 あ、もちろん、部屋着に着替えてますよ?

 部屋着と言っても、黒のTシャツに、黒の長ズボン。それから、黒のパーカーと、黒ずくしの服装だけど。

 

 暗殺者生活が長かったせいか、黒の服はなんだか落ち着くんだよね。

 うん。不思議。

 

「依桜、黒いわね」

「未果ちゃん、その言い方だと、依桜君が腹黒いみたいな言い方だよ?」

「でも、あながち間違いじゃないと思うけど」

「あ、それもそっか」

「え、ボクって黒いの?」

「「黒い」」

 

 どの辺りが黒いんだろう……?

 普通に生活しているだけなんだけど……。

 

『自由時間だけど、何するー?』

「そうね……カードゲームとかある?」

『あ、私持ってきてる』

「ナイス愛希ちゃん」

『私に抜かりなし!』

「ちなみに、何を持ってきたのかしら?」

『トランプ、UNO。あとは、人生ゲーム』

「いや、なんで人生ゲーム持ってんのよ。というか、何処に入れてたの?」

『旅行バッグさ!』

「あ、うん。理解したわ」

 

 というわけで、ボク含めた五人でゲームをすることになった。

 

 

 はい。結論から行きます。

 ボクの圧勝です。全部。

 

 トランプとUNOは、いつかの温泉旅行でやった時と同じような状況です。

 

 真剣衰弱をすれば、ボクのターンで全部回収。

 ババ抜きをすれば、最短回数で上がり。

 七並べも、手札には、7と8、6しかない。

 ポーカーをすれば、初期手札が仮に悪かったとしても、ロイヤルストレートフラッシュ、もしくはフルハウスが出てくる。最悪の場合は、ファイブカードすら出てくる始末。

 

 続いて、UNO。

 まあ、うん。マジックカードばかり。数字カードが一部。

 ドローフォーとドローツーの枚数がおかしい。

 その結果、ドロー系が回ってきても、ボクがさらに上乗せして返すという展開が発生。やっぱり圧勝。

 

 そして、人生ゲーム。

 最終的に、銀行にあったお金を全部回収。

 銀行のお金が無くなった瞬間、ゲームが終了しました。銀行が破産して勝ったよ。

 

 ね? 圧勝でしょう?

 うん。ボクもどうなってるんだろうなー、と思いながらやってました。

 ……自分の幸運値が憎い……。

 

「あー、やっぱり、依桜には勝てないわ……」

「依桜君、運ゲーが強すぎるもんね。これは無理―」

『か、勝てるビジョンが見えないっ……』

『依桜ちゃん、恐ろしい娘ッ……!』

 

 ごめんなさい。

 ボクは内心謝りました。

 まあでも、楽しかったです。ゲーム。

 ずっと勝つって言うのは、なんかあれだけどね……。

 

 ……はぁ。どうにかできないかなぁ……。

 なんて、心の中でため息を吐くボクでした。




 どうも、九十九一です
 無理かなー、と思ってたら、何とか投稿できました。正直、スキー教室と言うタイトルのわりにそっちの話が薄すぎるのは考え物だけど……。まあ、私の小説なんてこんなもんですよ。知識も乏しい、経験などない! みたいな感じです。これでも頑張ってるんですけどね……。
 それはさておき、気が付けばこの小説も200到達です。うん。よくこんなに書いたな、自分。この短期間(?)に。この小説、多分1000話くらい下手したら行くんじゃないかなぁ、アフターとか含めたら。まあ、全然続くと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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201件目 スキー教室4

 しばらくゲームを楽しんだ後、夕食の時間も近くなったので、ボクたちは移動する。

 夕食を食べるのは、『四季の間』と言う名前の、宴会場。

 まあ、280人いるからね、この学年。

 そこそこの人数だから、広めの場所。

 

 夕食を食べる際は、部屋ごとに座って食べるみたい。

 一応、男女向かい合う形になっているようです。

 

 うーん、やっぱりボクが女の子側にいるの、ちょっと違和感……。

 

 いつものメンバーだけでの旅行とかなら、そこまで違和感を感じなかったんだけど、学園行事となると、さすがにちょっと……。

 

 元々男だったからなぁ、なんて。

 

 この先を考えると、このスキー教室で慣れておきたいところかな。

 

 というわけで、会場。

 この旅館では、各部屋に人数分の浴衣が置いてあるらしくて、ちらほらと浴衣を着ている人がいた。

 

 なるほど、浴衣かぁ……ちょっと気になるし、お風呂上りにでも着てみようかな? あんまり着る機会ないしね。

 

 そう言えば、女の子の方にも浴衣を着ている人がいるけど、妙に男子がそっちを見ている気がするのは気のせいかな? 主に胸元を見ているような……。

 

 まあ、気のせいだよね。きっと、そこに何かついていたんだろうね。

 

 なんてことを思いながら、座る。

 テーブルとイスじゃなくて、床に座る。

 うん。和式だもんね。やっぱり、床の方がいい。

 

 ボクの右に未果で、左に女委。

 向かい側には、晶と態徒がいる。

 どうやら、上手い具合にみんなで固まれたみたい。

 

「お、依桜たちの前か。ラッキーだ」

「そうね。まさか、固まるとは思わなかったわ。もしかして、依桜の運かしらね?」

「あはは、さすがにないよ」

 

 と、笑ってみるものの、正直ボクも否定できない。

 確率が低ければ低いほど当たる、と言うのが幸運値のシステム。

 仲のいい友達、それも普段からずっと一緒にいるような人たちと固まれるというのは、結構確率が低いんじゃないかな?

 なんて。

 

『えー、みなさん、目の前にはちゃんと料理がありますね? ……よろしい。さて、日中はかなり動いてお腹がすいていると思うので、長い話はしません。早速食べましょうか。では、いただきます』

『いただきます』

 

 一日目の夕食が始まった。

 

 ボクたちの前に並べられているのは、和食。

 白米。わかめと豆腐の味噌汁。天ぷら。筑前煮。湯葉。

 

 うん。いいね。和食。

 

 三年もの間、ボクは和食を食べる機会なんてなかったから、帰ってきてからと言うもの、しばらく和食ばかり食べてたなぁ。

 

 一番嬉しかったのは、白米と味噌汁だけどね。

 なんてことを思いながら、料理を食べる。

 あぁ、美味しいなぁ……。

 

「依桜、相変わらず美味しそうに食べるな」

「え、そ、そう?」

「幸せそうな表情浮かべてるぞ」

 

 言われて、なんとなく顔を触ると、たしかに、頬が緩んでる。

 

「依桜君って、食べてもらう側の時とかも、美味しいって言ってもらったら、すごく幸せそうな顔するよね」

「だ、だって、ボクが作った料理を美味しいって言ってもらえるのって、すごく嬉しいし……美味しいものだって、いつ食べられなくなるかわからないもん」

 

 実際、向こうじゃそうだったから。

 その日を生きるので精一杯、なんて人が多かった。

 戦争中は本当にそうだったらしい。

 だからこそ、ボクの像、なんて物が作られちゃったわけなんだけどね……。

 本当に恥ずかしかった。

 

「依桜はいいお嫁さんになりそうよね」

「ふぇ!? な、ななな何を言ってるの!? ぼ、ボクがいいお嫁さんだなんて、そんな……えへへ」

((((あれ? なんか、おかしくない?))))

 

 なぜかわからないけど、未果にいいお嫁さんになれる、と言われて、嬉しいと思ってしまった。

 

 ……あれ、これ大丈夫? ボク、なんかおかしな方向に行ってない?

 だ、大丈夫大丈夫。

 

「そっかそっか。依桜君でも、お嫁さんになりたい願望があるんだね」

「あ! ち、違うよ!? べ、別にお嫁さんになりたいわけじゃなくて、あの、その、えっと……あぅぅ」

 

 恥ずかしくなって、顔が真っ赤になった。

 なんであんなこと言っちゃんだよぉ、ボク……。

 やっぱり、ここのところ変、だよね?

 どうしちゃったんだろう?

 

「まあ、気の迷いだよね? 依桜君?」

「そ、そうだよ! 一瞬、お嫁さんも悪くないかなぁ、なんて思っちゃっただけで……って! ああぁぁぁ……違うのにぃ!」

 

 本当に何言ってるんだろう、ボクは……。

 

 おかしい。絶対おかしい。

 

 こんなこと、今まで一度もなかったのに……。

 なんだか、男の考え方、心と、女の子の考え方と、心が変な感じに混ざってるような気分だよ……。

 男の考え方はまだあるのに、女の子としての考え方も混在しちゃってる、みたいな。

 どうなってるんだろう。

 

 ……料理の味がよくわからなくなってきた。

 

「可愛いな、依桜」

「可愛くないよ!」

「いやいや、その反応が可愛いと思うぜ? なあ」

『うんうん』

 

 と、未果たちだけでなく、周囲にいたクラスメートや、他クラスの人までもが頷いていた。

 なんで!? 盗み聞き!?

 いや、ここって普通に広いから、聞かれてても不思議じゃないけど!

 

「ね?」

「ね、じゃないよぉ……」

 

 普通なら、楽しいはずの夕食が、なぜか恥ずかしい夕食になってしまいました……。

 どうにかしないと……。

 

 

 夕食を終えたら、少しだけ休憩して、お風呂の準備。

 

「……ねぇ、ボクも行かないとダメ?」

「「ダメ」」

「だ、だよねぇ……」

 

 ボクは、一緒にお風呂に入らないとダメ? と訊いていた。

 そしたら、満面の笑みで却下されました。

 

 ……はい。見ての通り、ボクが元々男だからです。

 だって、申し訳ないんだもん。元々男だったのに、クラスメートの女の子の裸を見ることになるんだよ? 絶対にいい気分しないよ……。

 いや、未果と女委に関しては、温泉旅行に行ってるけど……あの時は、バスタオル巻いてたし……。

 あと、もう一つ言うなら……

 

「その……は、恥ずかしい、んだけど……」

 

 裸を見られるのが恥ずかしい。

 未果と女委だったら、まあ……なんとなくは大丈夫、なんだけど……。さすがに、クラスメートとか、他のクラスの人となると、その……恥ずかしい。

 

「何言ってんのよ。依桜みたいな、顔はいい、髪は綺麗、肌だって、染み一つない真っ白な肌。スタイルだって、出るとこは出て、引き締まるところは引き締まってる、なんて、世の女の子からしたら、すごく羨ましい存在なのよ?」

「そうだよ、依桜君。もうちょっと、自分に自信を持ってもいいんじゃないかな?」

「そうは言うけど……」

 

 ボク自身は、あんまり基準とかもわからないから、何とも言えないんだけど……。

 

「うじうじしてないで、さっさと行くわよ! 女委、手伝って!」

「はいはーい!」

「え、あ、ひ、引っ張らないでぇ!」

 

 がしっと、両腕を二人に掴まれて、ボクは引きずられるようにして温泉まで連れていかれました。

 ちなみに、着替えとか道具などは、玉井さんと神山さんが持ってきてくれました。

 

 ……ぐすん。

 

 

 はい、と言うわけで、脱衣所です。

 すごく、目のやり場に困ってます、ボク。

 

 ……わかってるんです。お前も女だろ、とか言いたくなる気持ちはわかります。

 

 でも、考えてみて下さい。

 元々男だった女の子が、服を脱いでクラスメートの女の子を見て、平常心でいられますか? 答えは無理です。

 

 なので、さっきからなるべく見ないようにと、目を瞑ってます。

 

 あまりにも恥ずかしいと思ったボクは、他の人がお風呂に入っていくのを見計らってから脱ぐことにしました。

 そんなことをしてたら、未果と女委が呆れてたけど。

 

 こればかりは、許してほしい。

 そろそろ脱ごう、と思っていたら、

 

「何してるんだ、イオ」

 

 師匠の声が聞こえてきた。

 

「あ、あれ? 師匠……? なんでここに?」

「なんでも何も。あたしが一緒に入るからに決まってるだろ。教師だぞ? あたし」

 

 どうやら、ボクたちの入浴時間に一緒に入る先生は、師匠だったみたいです。

 

「んで? お前は何してるんだ?」

「そ、そのぉ……は、恥ずかしくて、ですね? で、できれば裸になりたくないなぁ、なんて」

「ああ、なるほど。お前、心は、一応、男だもんな」

 

 今、なんで、一応が強調されたの?

 

「それで、お前はまだ服を脱いでいないわけか」

「そ、そうです」

「……はぁ。まったく、手のかかる愛弟子だ」

「……師匠、その手の動き、なんですか?」

 

 なぜか、師匠がため息を吐いた後、手をわきわきさせてるんですが……そしてその手を、ボクに向けてきてるんですが……ま、まさか、ってことはない、よね?

 

「さて……このあたしが脱がしてやろう」

「あ、急用を思いだしました!」

 

 ボクは師匠から逃げ出した。

 

「甘い!」

 

 しかし、回り込まれてしまった!

 逃げようとしたボクを、師匠が一瞬で肉薄し、ボクを捕まえた。

 

「は、離してくださいぃ~~!」

「だが断る!」

 

 そう言いながら、嫌がるボクを無視して、師匠がボクの服をすべて剥ぎ取りました。

 う、うぅっ……酷いよぉ……。

 

「ほれ、服は脱がしてやった。さっさと入ってこい。あたしもすぐ行くから」

「……い、行かないとダメ、ですか?」

「ダメだ」

「……はい」

 

 最後の悪あがきをするも、結局、入る羽目になりました……。

 

 

 ガラガラと音を立てながら、扉を開けて中に入る。

 そこには、やっぱりクラスメートや、他クラスの女の子たちがいました。

 ……もちろん、裸です。

 そして、入口が開いた音を聞いてか、視線がボクに集中。

 

『『『ほぅ……』』』

 

 という、謎のため息が一斉に漏れた。

 え、なに? 何今の?

 ……それにしても、恥ずかしい……。

 見てはいけないものを見てる気分だよぉ。

 

「依桜、名に突っ立ってるの? こっち来なさい」

「あ、み、未果」

 

 入口の前で立っているボクに、未果が話しかけてきた。

 浴場内を見回すと、シャワーの所に未果がいた。よく見れば、女委もいる。

 ボクはそこまで行き、未果の隣に腰を下ろす。

 

「まったく、今は同じ女なんだから、そこまで恥ずかしがらなくてもいいでしょうに」

「で、でも、やっぱり悪い気がして……」

「依桜君をそういう風に見ている人はいないと思うよー」

「……そうかな……」

「そうだよ」

 

 ……一応、ボクが男だったことは、学園長先生が周知させたことで、学園に通っている人はみんな知っている。

 とは言っても、このことが外部に漏れないように、ちゃんと口止めはされているみたいだけど。

 だから、この場にいる人はみんなボクが男だったことを知っているわけで……ね?

 やっぱり、恥ずかしいんです。

 というか、すごく緊張しちゃうんだよ……。

 

「それにしても、依桜って女になったことで、小さくなったわよね」

「……言わないで。それ、気にしてるんだから」

「まあでも、こんな体で、あんなすごい動きをしてると思うと、依桜君ってすごいよねぇ」

「……かなり頑張ったからね」

「依桜が否定しないのって、身体能力くらいよね」

「それを否定しちゃったら、ボクのあの三年間を否定するようなものだからね……」

 

 遠い目をしてそう言うボク。

 そんなボクを見て察したのか、未果と女委は苦笑いを浮かべていた。

 

「さ、早く洗っちゃいましょ。依桜、温泉楽しみにしてたんでしょ?」

「……まあ、一応」

 

 肩こりにいいらしいから。

 できれば、普段の肩こりをどうにかしたいんです。

 

「なら、早く済ませるわよ」

「うん」

 

 なるべく、未果と女委の裸も見ないようにしつつ、ボクは体を洗った。

 いや、うん。正直慣れた。

 

 

「はふぅ~~……気持ちぃ~~……」

 

 露天風呂に入るなり、ボクはそんな声を漏らしていた。

 いや、本当に気持ちいいんだもん。

 体はポカポカするし、心なしか、肩も軽く感じる。

 

『お、おっぱいってお湯に浮くって、本当だったんだ……』

 

 同時に、変な視線も感じました。

 というか、胸をガン見されているような……?

 

『ね、ねえ、依桜ちゃん。なんでそんなにおっぱいが大きいの?』

「な、何でって言われても……ボクにもよくわからないよ? だって、朝起きたら、女の子になってて、胸もこうだったし……」

「でも、まだ大きくなってるのよね?」

『マジで!?』

「え、えと……す、少し……」

「何が少しよ。今年中にはH行くでしょうが」

『で、デカイ……』

『高校一年生で、Hに届きそう……?』

『う、羨ましい……』

「あの、そこまでいいものじゃない、よ?」

 

 しどろもどろになりつつ、ボクの周りに集まってきた女の子たちに言う。

 大きくても肩こるだけだもん。

 それに、運動する時とかも、揺れて痛いし……。

 大きくてもいいことはない、と言うことを伝えると、

 

『くっ、嫌味かこんちくしょー!』

「ええ!? どうしたの!?」

『羨ましい! こんなに胸が大きいのに、そのくびれ!』

『依桜ちゃん、どんな生活してるの!?』

『その抜群のプロポーションの秘訣って!?』

「そ、そそそそそんなに詰め寄らないでぇ!」

 

 見えてる! 見えちゃってるからぁ!

 バスタオルなんて巻いてないから、本当に生まれたままの姿が見えちゃってるよぉ!

 胸とか、下の方とか!

 

『教えて、依桜ちゃん!』

「わ、わわわわかったから、落ち着いてぇ!」

 

 顔を真っ赤にさせながら懇願すると、ようやく落ち着いてくれた。

 

「え、えっと、秘訣って言われても……ダイエットとかしてないし……やっていることと言えば、家事くらいだよ?」

『ほ、ほんとに? ほんとにそれだけ?』

「う、うん」

『未果、本当?』

「本当よ。まあ、この辺りは遺伝じゃないかしら? ほら、依桜って隔世遺伝だし」

『あー、そう言えば北欧系の?』

「う、うん」

『……でも、いいなぁ、こんなに胸が大きいのに、ウェストは細いし……。しかも、肌なんて雪みたいに真っ白じゃん』

『元男なんて、信じられないよねぇ……』

「あ、あはは……」

 

 それはボクも思ってます。

 なんで、こんな姿になったんだろうね、って。

 男の時の面影があるとすれば、髪と目くらいだよ。

 なんて、ちょっと遠い目をしていたら、

 

『すきあり!』

「ひゃぁんっ!」

 

 突然胸を揉まれた。

 

『お、おー……なにこれ、すごい……』

「な、なにをっ、んぅ、や、やめ、てぇ……!」

 

 やめてと言うも、一向に止める気配がない。

 というか、さらに胸を揉んできた。

 うっ、へ、変な気分に……。

 

『あ、ずるーい。私も依桜ちゃんのおっぱい触ってみたい!』

『私も!』

『わたしも!』

「な、何を言ってっ、るの……!?」

 

 今度は、別の女の子たちがボクの胸を触り始めた。

 

「や、やめっ……あんっ」

『や、柔らかい……!』

『なにこれ、ふわふわしてるし、それでいて弾力があるんだけど!』

『こ、これが本当におっぱいなの……?』

『くっ、しかも、大きいだけじゃなくて、形もいいなんて!』

『くそぅ、羨ましいぃ!』

「み、みんなっ、や、やめ……んっ、へ、変な気分っ、に、なっちゃう、からぁ!」

 

 あ、だめ。また頭の中が白く、ぼーっとしてきた……。

 こ、このままいったら、なんか戻れなくなりそうな気が……。

 

「あなたたち、そろそろやめた方がいいわよ」

「そうだよ。悪いことは言わないから、やめておいた方が……」

 

 ようやく止めに入ってくれた未果と女委が、そんなことを言った直後、

 

「ん、何だお前たち、あたしの愛弟子に何してるんだ?」

 

 ここで師匠が登場。

 その瞬間、かなり抑えられた威圧が飛んできた。

 

『あ、ご、ごめんなさい!』

『い、依桜ちゃんのおっぱいがすごくて、つい……』

『依桜ちゃん可愛くて……』

「あー、そんなにびびらんでもいいぞ。愛弟子が手遅れになりそうだったんでな」

 

 師匠が来たことで、ようやく離れてくれた。

 それを見てボクは思わず、

 

「し、師匠!」

 

 師匠に抱き着いていました。

 

「お、おお? どうしたイオ」

 

 なんだか怖くて、つい抱き着いてしまったけど……なんだろう、すごく落ち着く。

 ……さっきの服を強制的に脱がせたことなんて、すっかり忘れてたけど。

 

『す、すごい、リアル百合』

『あ、あれが百合……』

『なんだろう。あの二人のカップリング、いい……』

「依桜って、もしかして恋愛対象は女子……?」

「おー、依桜君が百合に……」

 

 後ろで何か言われているような気がするけど気のせいだよね……?

 

「イオ、抱き着いてくるのは嬉しいんだが、そろそろ風呂に入らせてくれ」

「あ! す、すすすすみません! そ、その、師匠を見たらなんだか安心しちゃって……」

「お、おうそうか……まあ、あたしならいつでも歓迎だから、遠慮なく抱き着いてもいいぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 なんだかんだで師匠は優しい……。

 理不尽なところはあるけど、師匠は好き。

 

「さて、風呂入るぞ、イオ」

「は、はい」

 

 ボクは入ってたんですが……。

 まあ、飛び出したのはボクだから、何とも言えないけど。

 と言うわけで、師匠も交えて再び湯船に浸かる。

 

『ミオ先生って、スタイルいいですよね』

「ん、そうか?」

『はい! 依桜ちゃんとは違った意味で綺麗です』

『やっぱり、努力と化してるんですか?』

「いや? あたしは、太らない体質でな。昔からこれだよ」

『やっぱり、美人は努力をしなくても綺麗……?』

「さあな。あたしとイオは、あんまり参考にならんぞ。特殊だからな」

 

 師匠。その特殊って、異世界に関係していることを言ってるのかな?

 というか、師匠は神様みたいなものだから、容姿が変わらないんだよね?

 それってやっぱり、そこが関係してるのかな。

 師匠が一体どれだけの年数生きているのかは知らないけど……。

 

 ……それにしても、師匠の裸を見ても、あんまり動揺しない……。

 修業時代とかに、散々見たから?

 ……多分そうだよね。師匠、お風呂に乱入してくる時とかあったもん。

 

 あの時は本当に焦ったなぁ……と、過去のことを思い出しながら師匠を見る。

 そこには、生徒と楽しそうに会話する師匠がいる。

 なんだかんだで、慕われてるよね、師匠は。

 いいことだよ。

 

 ……いいことなんだけど、どうもモヤモヤするような……まあ、気のせいだよね。

 

 それにしても……うん、やっぱり気持ちいい……。

 なるべく、周囲を見ないように、ボクは露天風呂で思う存分くつろいだ。

 

 

 ところ変わって、男湯。

 そこでは、何やら不穏な動きがあった。

 

『で、本当にやるのか?』

「決まってるだろ。男たるもの、やはり覗きはしたいものだ!」

 

 本当に不穏だった。

 

『だ、だがよ、変態。一応教師もいるんだぜ?』

『ああ、やめた方がいいって』

「何言ってんだ。この壁の向こうには、依桜がいるんだぞ? たしか、ミオ先生もいたはずだ。未果と女委だっている。まさに、パラダイスだろ?」

『……たしかに』

「見たいだろ? 依桜の裸」

『見たい! 超見たい!』

『あのたわわに実ったおっぱい! マジで見たい!』

『あのくびれた腰つきとか、いいよな!』

「だろ!? やっぱ、覗きはしたい」

 

 態徒たちがいるのは、露天風呂の壁の辺り。

 壁と言うより仕切りに近い。

 よくあるような、竹でできた仕切りだ。

 その壁の前に、多くの男子生徒……もとい、変態達がいた。

 

「……悪いことは言わない。やめておいた方がいいぞ」

 

 そして、晶はもちろん参加していることはなく、態徒たちを諫めていた。

 晶の名誉のために言うが、決して晶はヘタレなどではない。

 単純に、紳士なだけだ。

 

「うるせえ! お前はイケメンだから、ちょっと甘い言葉を言えば女子の裸が見れんだろ!?」

「いや、何を言ってる」

『そうだそうだ! イケメンは徳しかしないだろ!』

「そうでもないぞ?」

『信用できるか! 俺たちは覗く! それだけだ!』

「そうだ、同志たちよ!」

 

 晶はこれ以上注意をするのをやめた。

 言っても無駄だと思ったからだ。

 

 勝手にしてくれ、と思って、晶はくつろぎだした。

 

 ちなみにだが、この時、女湯の方では、依桜が胸を揉まれて喘ぎ声を出している時だったりする。

 

 つまり、

 

『ひゃぁんっ!』

 

 とか、

 

『な、なにをっ、んぅ、や、やめ、てぇ……!』

 

 とか、

 

『や、やめっ……あんっ』

 

 とか、

 

『み、みんなっ、や、やめ……んっ、へ、変な気分っ、に、なっちゃう、からぁ!』

 

 とかみたいな、思春期男子には非常に悩ましい声が聞こえてくるわけだ。

 

 その結果。

 

『『『ぶはっ!』』』

 

 撃沈した。

 

 こうして、知らず知らずのうちに、依桜は自身の喘ぎ声を聞かれるのと引き換えに、変態達による覗きを未然に防ぐことに成功した。

 彼らの将来は大丈夫なのだろうか?




 どうも、九十九一です
 今回はちょっと長めになりました。本当は、二話に分けるか迷ったんですけど、やめました。一話分でいいやと。まあ、これくらい長い時なんてざらですからね、最近。
 えっと、今日も一応2話投稿を予定していますが、何分、長くなったのでわからないです。できたらいつもの二パターン。無理なら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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202件目 スキー教室5

「うぅ、酷い目に遭った気分だよぉ……」

 

 お風呂から上がり、脱衣所で着替えながら、ぽつりと呟く。

 

「まあまあ、胸を揉まれただけじゃない」

「だけ、じゃないよぉ……あれ、本当に変な気分になるから嫌なんだよ……」

 

 なんか、頭の中が真っ白になりそうになるし……。

 

「まあ、女の子だしねぇ、依桜君」

「どういう意味?」

「文字通り」

 

 やっぱり、女委たちが言うことがわからない時がある……。

 いつも、どういう意味で言ってるんだろう?

 

「依桜、浴衣なのね」

「あ、うん。あんまり着る機会がないからいいかなーって」

「でもたしか和服って、胸が小さい人の方が似合うよね」

「そ、そうなの?」

「そう言えばそうね。まあ、大きくても似合うんじゃないの?」

「そ、それならいいんだけど……」

 

 そっか、胸が小さい方が似合うんだ。

 ……あれ、そう考えたらボク、似合わない?

 いや、でも、一応着よう。

 とりあえず、浴衣を着るんだけど……

 

「あ、あれ? 胸が……」

 

 なかなか、前をしめられない。

 

「「ま、マジですかー」」

 

 二人が、この世のものではないものを見た、みたいな反応をしてきたんだけど。

 

「ふ、二人とも、こ、これはどうすれば……?」

「あー、うん。多少見えるくらいならしょうがないんじゃない?」

「いや、しょうがなくないよね!? さすがに、胸が見えるのは恥ずかしいよぉ!」

「でも、学園祭とか、体育祭とか、冬〇ミとかですでに恥ずかしい姿になってるよね?」

「あぅっ」

 

 そ、そうだった!

 ボク、すでに何度も恥ずかしい格好を晒しちゃってたよぉ!

 で、でも、それとこれとは別で……。

 

「まあしょうがないんじゃない? これ以上大きいのとなると、依桜じゃぶかぶかで、余計にまずいことになりそうだし」

「だね。それに、着替えはあっちにおいて来ちゃったんでしょ?」

「う、うん」

「諦めなさい。とりあえず、それで戻るわよ」

「……うん」

 

 仕方なく、この姿で戻ることになりました。

 うぅ、恥ずかしい……。

 

 

『おー、依桜ちゃん、エロいねぇ』

『うんうん。お風呂上りだから余計にエロいよ! 特に胸元!』

「そ、そう言うこと言わないでぇ!」

 

 部屋に戻ってくるなり、玉井さんと神山さんに、そんなことを言われた。

 恥ずかしいから、本当にやめてほしい……。

 

「それで? 依桜、着心地の方はどうなのよ?」

「む、胸が見えちゃってることを除けば、結構楽」

 

 浴衣って結構楽なんだね。

 胸が見えちゃっていることは恥ずかしいけど、浴衣自体は着心地がいい。

 嫌いじゃないです。

 

「そう言えば依桜君、知ってる?」

「何が?」

「浴衣って、下着つけないんだよ?」

「……え、そ、そうなの!?」

「ああ、そう言えばそうらしいわね」

「じゃ、じゃあ、お祭りとかでよく見かけるのは……?」

「あれは、ちゃんとつけてるから。浴衣はもともと、お風呂上りに羽織るために作られたもので、暑い季節に涼しく、快適に寝るための、今で言うパジャマだったのよ。だから、部屋着前提だったから、つけないらしいの」

「な、なるほど……」

 

 そうだったんだ。

 そうなると、昔の人からしたら、浴衣で出かけている人は不思議な気分になりそうだよね。

 

「あ、ちなみに、本来だったら、普通のブラジャーだと、あんまり綺麗に見えないみたいだよ」

「そうなんだ」

「着物を着る時は、胸の膨らみを抑えて、腰は寸胴の方がシルエット的には美しいんだよ」

「……あれ、じゃあボクに合わなくない?」

「いや、どういうわけか、似合っちゃってるのよ、依桜。元がいいからじゃない?」

「そ、そんなにいいとは思えないけど……」

 

 どうなんだろう。

 

「ま、依桜を褒めても、本人はお世辞としか思ってないから、無駄よね」

「え、お世辞じゃないの?」

『全然違うから』

 

 みんなに言われた。

 あれ、お世辞じゃなかったの……? てっきり、ずっとお世辞だと……。

 

「で、でも、そこまで可愛くない、と思うんだけど……」

「……これだものね」

「まあ、依桜君だし、むしろ『可愛いでしょ、ボク』なんて言って来たら、微妙な気分になるけど」

『たしかに。依桜ちゃんは、鈍感で謙虚だから可愛いわけであって、そんなこと言って来たら、全然可愛くないよね。いや、容姿はすごく可愛いけど』

『外見が整ってても、中身が悪いと、嫌われちゃうからね』

「その点、依桜って本当に性格いいわよね。鼻にかけないし、謙虚だし」

「ここまで完璧な美少女もいないよねー」

「び、美少女じゃないよ?」

『……』

 

 なんで無言?

 ボクって、そんなに美少女? 美少女じゃない、よね?

 可愛い可愛い、とはよく言われるけど、そこまででもないと、いつも思うんだけどなぁ……。

 

「……まあ、こんなものだし、そろそろ寝ましょうか」

「そうだね。わたしも疲れちゃったし」

『賛成』

『私もー』

 

 なんだろう。スルーされた。

 ボク、そんなに変?

 そんなボクをよそに、みんなは布団を敷き始めた。

 

 

 布団を敷き終え、とりあえず電機は着けたままで布団に入る。

 

『恋バナしよー』

 

 と、いきなり玉井さんがそんな提案をしてきた。

 

「いいわね。私も少ししたいわ」

「わたしも」

『女の子なら、当然!』

 

 恋バナが始まった。

 

「それで? 愛希は?」

『んー、やっぱり、小斯波君かな』

「まあ、妥当よね。晶、依桜で埋もれててあれだけど、そこそこ料理できるし」

『へー、そうなんだ。じゃあ、未果は食べたことあるの?』

「ええ。依桜が風邪で寝込んで、看病した時にね」

 

 あ、あの時、晶が料理作ってたんだ。

 

『いいなー。それで、美味しかったの?』

「ええ。普通に美味しかったわ」

『小斯波君って、他の男子と違って、スケベな行動もしないし、むしろ注意するからいいよね』

「わからないよー、単純にむっつりなだけかもしれないよ?」

『それはそれであり。少なくとも、表に出てなきゃいいよ』

『わかるわかる。がっついてないのがいいよね』

「こうしてみると、晶は人気があるのね」

 

 未果の言うことに、ボクもなんとなく頷く。

 

 女の子になってからと言うもの、よく耳にするのは、晶のこと。

 かっこいい、とか、優しい、とかね。

 

 まあ、晶って本当に性格いいもん。

 

 ボクが女の子になっても、いつもと同じように接してくれるし、変に態度を変えないし。

 

 まあ、それを言ったらみんなもそうなんだけど……特に、晶がそう。

 

 態徒と女委は、いつも通りと言えばいつも通りだけど、なんかね……。

 

 未果は、幼馴染だからあまり変わってないように見えるんだけど……なんかこう、裏があるような……みたいに感じる。

 

『それで、未果と女委ちゃんは?』

「私? 私は……そうねぇ……依桜かしら?」

「ふぇ!?」

「あ、わたしもー」

「な、ななななななに言ってるの二人とも!?」

 

 突然、ボクのことが好き、みたいなことを言われて、びっくりしてしまった。

 か、顔が熱い!

 

「んー、だって、身近にいたわけだし、なんだかんだで一番落ち着くのよね、依桜といるのは」

「うんうん。依桜くん。優しいし、可愛いし、笑顔とか天使みたいじゃん?」

「は、恥ずかしいこと言わないでよぉ!」

『あれ? 依桜ちゃん、顔真っ赤だよ?』

『お、もしかして、脈あり?』

「ち、違うよ!? ぼ、ボクは別に、二人のことが好きなわけじゃ……」

「あら? 別に、好きな人、とは言ってないわよ?」

「……ふぇ?」

「うん。恋バナ、とは言っても、誰が好きな人、見たいには言ってないもんねー」

「ふぇ!?」

「なのに、なーんで、依桜はそんなに真っ赤なのかしらー?」

「気になるなー」

「~~~~ッ! 知らないっ!」

 

 自分の発言や、状況が恥ずかしくなって、ボクは不貞腐れるように、布団をかぶった。

 

「ごめんって、依桜が可愛くてついね」

「いいもんいいもん! どうせからかわれるだけだもん!」

「ごめんね。やっぱり、依桜君の反応が可愛くて……あ、好きなのは本当だよ?」

「……ど、どうせ、友達としての好きでしょ?」

「……さーて、それはどうだろうねー」

 

 ……え、何今の反応。

 なんか、ちょっと変なセリフが聞こえたんだけど……。

 そろーっと布団から顔を出す。

 

「お、出てきたー」

 

 そう言う女委の顔は、少し赤いように見えた。

 

「じゃあ、次は依桜君の番ね」

 

 顔を出したボクに、照れ笑いを浮かべながら、女委がそう言ってきた。

 

「ぼ、ボクの番?」

「そうそう。だって、わたしたちは言ったしー。だから、聞きたいんなー、依桜君の恋バナ」

「そ、そうは言うけど……」

「あ、私聞きたいわ、依桜の恋バナ」

『私も気になる』

『依桜ちゃんって、あんまりそう言うの話さないし聞きたい』

「え、じゃ、じゃあ、少しだけ……」

『おお』

 

 好きな人、好きな人……。

 う、うーん……好きな人……。

 

「恋愛感情があるかはわからないけど……少なくとも、未果と女委、あとは師匠。それから、美羽さん、とかは好き、かな……?」

「「お、おうふ……」」

 

 ボクが少なからず好意を持っている人の名前を言うと、未果と女委が変な声を出して胸を抑えた。

 どうしたの?

 

『依桜ちゃん、もしかして女の子が好き?』

「ど、どうなんだろう……?」

『いつも一緒にいる小斯波君と、変態は好きじゃないの?』

「うーん、二人も確かに好きだけど……友達としての感情だよ?」

 

 どういうわけか、あの二人にはそれくらいの感情しかない。

 

『と言うことは……依桜ちゃんって、恋愛対象は女の子ってことになるよね?』

「そ、そうなの、かな……? たしかに、たまにドキドキしたりする時もあるし、妙に赤面させられる時があるけど……」

 

 その辺りは、よくあることなんじゃないの?

 ボクだって、最近自覚したくらいだし……。

 

『あー……うん。依桜ちゃんはそのままでいいと思うよ』

『うん。いつか気付く時が来るよ』

「気付く?」

「依桜、とりあえず、普段通りに過ごしていれば大丈夫」

「だね。依桜君は、そのままの姿でいいよ」

「???」

 

 どういう意味なのか分からないけど……

 

「わ、わかった?」

 

 なんとなく納得した。

 ボクには理解できないことがいっぱいある世の中だなぁ……。

 

『でも、実際依桜ちゃんってモテてるじゃないの?』

「モテてるのかな?」

「そりゃ、モテてるでしょ。依桜、今日は何人に告白された?」

「え? えーっと……十人くらい?」

『多っ!?』

 

 ボクが告白された人数を言うと、みんなが驚いていた。

 

「あ、あれ? そんなに驚くこと……?」

『あー、そっか……依桜ちゃんって、その辺の基準とかわからないもんね』

『まあ、多いよ、依桜ちゃん』

「え、でも、晶の方が多いよ? 五十人近くいたような気がするけど……」

「……それは晶君があれ過ぎるだけで、本来は依桜君も大概だからね?」

「そうなの? モテるっていうのは、晶みたいな人のことを言うのかと……」

「あれは例外中の例外。まあ、実際は依桜の方がモテてるんだけどね」

「いや、ボク晶よりも少ないんだけど……」

『さすが鈍感、依桜ちゃん鈍感』

「け、気配と視線には敏感なんだけど……」

『……天然はすごいなぁ』

 

 なに、その発言は。

 みんな同じことを同時に言ってきてるんだけど……なぜ、そう言うんですか?

 

「て、天然じゃないと思うんだけど……」

『はぁ……』

 

 否定したら、今度は呆れたため息を吐かれた。

 ダメだこいつ、みたいな顔をされた。

 ……最近、みんなが冷たいような気がします。

 

 なんて、この後も色々な話をして、一日目は過ぎていきました。

 明日はどうなるのかなぁ……。




 どうも、九十九一です。
 なんとか、もう一話上げられましたよ。よかった。このスキー教室は、どれくらいで終わるのかなぁ、なんて自分でも思ってます。ちょっと長めになるかな。まあ、いつも通りですね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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203件目 スキー教室6

「んっ……ふぁあぁぁ……はぁ、よくね……た!?」

「すぅ……すぅ……」

 

 い、今ありのまま起こったことを話すぜ。

 朝起きたら、私の腕が依桜に抱きかかえられていたぜ。

 天使だとか。女神だとか。ケモロリっ娘だとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。

 もっと恐ろしい、依桜の凶悪なおっぱいの片鱗を味わったぜ……。

 

 ……なんて、キャラ崩して、ふざけてみたけど……え、どういうこと、これ。

 

 私が朝起きて固まっている理由。

 

 まず、いつも通りに目が覚めて、あくびをした。

 そこまではいい。そこまではOK。

 

 で、何やら、右腕がすごーく柔らかくて、幸せな感触に包まれてるなぁ、と思って、首を右に向けたら……依桜が自分の胸元に私の腕を持って行って、そのまま抱きしめていた。

 

 うん。何でこうなってるの?

 

「すぅ……すぅ……んぅ……えへへぇ……」

 

 くっ、可愛いじゃないの……!

 

 にへら、と言った感じに、依桜が緩み切った笑顔を浮かべる。

 

 あー、マジ可愛いー。すごく癒される。

 癒されるわー……。

 

 ……よし。現実逃避はやめよう。

 現実を直視しろ、私。

 

「……ああ、やっぱり……」

 

 依桜が大変なことになっていた。

 

 結局、依桜は浴衣で寝た。

 

 ちなみに、依桜の左側にいるのが、私。その反対側には、女委がいる。

 まあ、そんなことはこの際どうでもいいわ。

 

 問題は、今の依桜。

 浴衣で寝たのはさっき言った通り。

 そして、私の腕を抱きしめていると言うことは……。

 

「うわぁ、すっごいはだけてるー……」

 

 ものすごくはだけてました。

 

 まず、胸なんて、元々前をしめきれなかったから、依桜の真っ白で柔らかそう……というか、実際柔らかい豊かすぎる双丘がバッチリ見えてる。

 

 それに伴い、お腹も見えちゃってるのよね……帯、解けかけてるもの。

 そして、健康的な太腿。やはり、真っ白。美脚ね。うん。綺麗。

 そんな美脚も、はだけているせいで見えてる。

 

 ……というか、今気付いたけど、この娘、両足で私の足を挟み込んでるじゃない。道理で柔らかいし、すべすべしてると思ったら……。

 

 いや、正直すごく幸せなんだけど。

 

「えへへぇ……みかぁ、だぁいすきぃ……」

「――ッ!?」

 

 バッ! と、依桜の顔を見る。

 

 ね、寝てる……え、今の寝言?

 というか、なんで私?

 なんか、寝たままの依桜に告白されたんだけど。

 唐突な告白に、一瞬心臓が跳ねた。

 

 くっ、依桜のくせに生意気な……。

 ……寝言だとわかっているのに嬉しいと思っているのは、なんか負けた気分になるわ……。

 あぁ、今の私、絶対顔赤いわ。真っ赤だわ。完熟トマトだわ。

 寝言とわかっているのに、こうも赤くなるなんて……さすが依桜。侮れない……。

 

「……それにしてもこれ、どうすればいいの?」

 

 こんっっなに気持ちよさそうに寝ている依桜を起こすとか、私にはできないわ。

 

 普通に可哀そう。

 

 しかも、大好きなんて言われたから余計。

 

 ……ええ、わかってるわよ。あれが本気じゃないと言うことくらい。でも、嬉しいじゃない? 一応私、依桜のこと好きだし。

 

 好きな相手から、寝言とはいえ、大好きなんて言われれば、ね? しかも、甘えたような声だったから余計。

 

 あああぁぁぁぁ……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!

 

 あーだめ。頭の中依桜だわ。依桜以外考えられないわ。

 

「んー……ふぁあぁぁ……あー、よく寝たぜーい。って、未果ちゃんどしたの?」

「あ、め、女委。じ、実はこうなってて……」

「んー? ああ、依桜君。……ほう! エロい! さすが依桜君エロい!」

「……朝起きて早々それ?」

「もち! 今のうちに写メっとこう」

 

 そう言うと、寝起きとは思えない機敏な動きで、女委がスマホを取り、ぐっすり天使のような寝顔で眠っている依桜の写真を撮る。

 

「ふむ。はだけた美少女が、別の美少女に甘えるように抱き着いているのはいいねぇ。ポイント高いぜ、未果ちゃん!」

「……あなたの頭の中、ほんとどうなってるの?」

「え? BLとGL」

「……将来が心配だわ」

 

 バイなのは知っているけど、頭の中がBLとGLっていう、圧倒的同性愛脳なのは、本当に心配になるわ。友達として。

 いや、別に否定する気じゃないけど。

 

『んっ~~~~はぁ……おはよう~……って、うわ! 朝から百合百合しい光景が!』

『どうしたの、志穂―……って、おおう!? こ、これはっ……なんて尊い光景!』

 

 ここで、愛希と志穂が起きた。

 そして、私と依桜の状況を見るなり、テンション高くそう言っていた。

 心なしか、悪い笑みを浮かべてない?

 

「んんぅ……ぅ~?」

 

 はい、依桜が起きました。

 

「はれぇ……? 未果だぁ……未果がいるぅ……」

 

 とろんとした目で、そんなことを言ったと思ったら、

 

「ぎゅ~~~……!」

「ちょっ、い、依桜!?」

 

 依桜が突然抱き着いてきた。

 さっきまでは腕と足に抱き着いているだけだったのに、今度は全身に抱き着いてきたんだけど!

 

 ええ!? や、柔らかい! いい匂い! というか、吐息がマジで甘い匂いすんだけど!

 

 どうなってるのこの娘!?

 

 同性の私ですら、依桜の胸に目が行くんだけど!

 

 むぎゅ~っと形を変える、大きくて真っ白な胸が、強く抱きしめるほどに密着する。

 こ、この時ばかりは女でよかった! 男だったら、本当に何するかわからなかったわ! 絶対襲ってたわよ!

 てか、抱き着きだしたら、すごい幸せそうな寝顔しだしたんだけど!

 

「ふふふー、未果ちゃん、幸せそうだねぇ?」

「ちょ、そんなこと言ってないで、依桜を起こして!」

「えー? この光景が素晴らしすぎて、起こしたくないなー」

「そう言わないで、お願い!」

「うーん、結構いい資料なんだよねぇ、今の未果ちゃんと依桜君」

「その気持ちはわからないでもないけど、この状態は本当にまずいわ! いつ私の理性消し飛んでもおかしくないのよ!」

「同人作家的には、それは見てみたいけど……まあ、仕方ないね。時間に贈れちゃったら元も子もないもんね。じゃあ、どうにかしてあげよう」

 

 ようやく、女委が動いてくれた。

 くぅ、人の気も知らないで……。

 明日、女委が同じ目に遭えばいいのに。

 ……うん。そう祈ろう。

 

「依桜くーん。朝ですよー。起きてくださーい」

「……ん……あしゃ?」

「うん。あしゃ」

「…………ふぇ?」

 

 うっすらとしていた目が、一気に見開かれると、女の子になってから聞くような声が漏れていた。

 そして、わなわなと震えたと思ったら、

 

「あわわわわわわ! ご、ごごっごごごごめんなさいぃぃぃ!」

 

 ボフンッ! みたいな音が聞こえてきそうなほど、顔を真っ赤にさせ、吹っ飛ぶように私から離れた。

 

「あー、依桜。気にしてないからいいわよ」

「ほ、ほんと……?」

 

 潤んだ瞳に上目遣いで恐る恐ると言った感じに尋ねてくる依桜。

 一々可愛いわね、こん畜生。

 

「ほんとほんと。と言うか、依桜。服、直した方がいいわよ」

「服……? ~~~ッきゃああああああああああああ!」

 

 ただでさえ赤かった顔が、さらに真っ赤になり、朝から依桜の悲鳴が旅館に響き渡った。

 

 

「あぅぅ……」

 

 朝食。相変わらず、依桜は顔が赤い。

 

「依桜、いつまで赤くなってるのよ」

「だ、だってぇ……」

「だっても何も。私は気にしてないわよ?」

「み、未果が気にしなくても、ボクは気にするんだよ……」

 

 まあ、とんでもなくはだけた姿だったからね、依桜。

 一応、下着は着けていたけど、真っ白な胸とか、ぷにぷにしてそうなお腹とか、すらっとした脚とか、色々と見られてたわけだしね。

 ちなみに、下着の色は、水色でした。可愛いわね。

 

「なんかあったのか?」

 

 私たちの様子を見て不思議に思った態徒が、私たちに尋ねてきた。

 晶も不思議そうにしている。

 

「いや、まあ、色々とね……」

 

 正直、朝のあれを言うわけにはいかないわ。

 あの、依桜の可愛すぎるあれはね……。

 特に、告白に関しては絶対に言えないわ。

 あれは、私の脳内メモリーに大切に保存しておくわ。

 

「そうか。まあ、依桜が同室だからなぁ、色々あるだろ」

「なんでボクが何か起こす前提みたいに言ってるの?」

 

 まあ、依桜だし。

 私と同じことを思ったのか、誰一人として何も言わなかった。

 

「ねぇ、なんで誰も何も言わないの? なんで、目を逸らすの?」

 

 やっぱり、誰も答えなかった。

 いやまあ、依桜がいたら、大体何か起きるもの。

 正直言えないでしょ、何も。

 ……強く生きて、依桜。

 

 

 朝食を終えて、ボクたちは外に出てきていた。

 もちろん、今日もスキー、もしくはスノーボードです。

 昨日はやりすぎちゃったからね。今日は自重しないと……!

 心の中でそう思いながら今日も滑った。

 そして、またしてもというか、アクシデントが発生しました。

 

 

「うわっ、わわわわ! あ~~~~~!」

「女委!?」

 

 女委がコースから外れて雑木林の中に突っ込んでいってしまった。

 

「しまった、あの先はまずい!」

「い、伊藤さん、あの先って何かあるんですか?」

「あ、ああ。実は、この先には崖があって……しかも、その下には熊がいるんだ」

「「「「ええ!?」」」」

 

 伊藤さんの説明に、ボクたちは驚愕の声を出した。

 それと同時に、大事な友達が崖の方へ行ってしまったとあって、かなり焦る。

 

「とりあえず、僕は先生方と救助隊の方に連絡する。君たちは――って、男女さん!?」

 

 救助隊なんて待ってられない!

 そう思ったボクは、スノーボードからブーツを外すと、そのまま女委が滑っていった方へ走り出した。

 伊藤さんの慌てた声が聞こえてきたけど、今はそれどころじゃない!

 ボクは向こうでの経験を活かして、雑木林に入っていった。

 

 

「まずい……二人も向こうに行ってしまった……」

 

 と、伊藤さんが焦るが、

 

「依桜が行ったし、大丈夫だな」

「そうね。少なくとも、あのスピードなら追いつくんじゃないかしら?」

「気長に待つか」

「き、君たち、大事な友達が危ないところに行ったというのに、なんでそんなに平然としているんだい!?」

 

 俺たちの様子を見た伊藤さんが、まるで……いや、本当に怒ったようにそう言ってきた。

 いや、心配な気持ちはあるが……

 

「依桜に任せておけば大丈夫です、伊藤さん」

「し、しかし、あの娘も高校生だろう? 冬眠しているとはいえ、熊に遭えば……」

「いやいや、依桜はかなり強いですよ? ああ見えて」

「つ、強い?」

「少なくとも、武装した集団を殲滅できるくらいには」

「それは、何処の化け物だい?」

 

 まあ、それが普通の反応だよな。

 何も知らない人からしたら、素っ頓狂な話に、伊藤さんは一瞬呆けるものの、すぐに我に返り、連絡をしだした。

 ……依桜のことだし、大丈夫だろう。

 

 

 雪が降り積もる雑木林を全力疾走……しているわけではなく、ボクは木の上を移動していた。

 

 試しに雪の中を進んでみようとしたんだけど、足どころか、腰まで埋もれてしまったので、すぐに木の上から行く方へシフトチェンジした。

 その結果、かなりスムーズに移動することができている。

 これも、『立体機動』のおかげかな。

 

 木の枝から枝へと、まるで忍者のように移動していると、滑り続けている女委を発見。

 

「女委―!」

 

 大声で、女委を呼ぶと、

 

「あ、い、依桜くーん! ここだよー!」

 

 まさかの、ボクを見ながら叫んでいた。

 

「よ、余所見は危ないから、前見て前!」

「あ、ごめんね!」

 

 謝ってから、女委が再び前を向いて滑る。

 

 幸いなのは、女委の運動神経が悪くなかったことと、スノーボードの経験があったこと。それから、木々が変に入り組んでいなかったこと、だね。そのおかげで、なんとかぶつからずに済んでいる。

 

 でも、この先には崖があると言っていたので、ボクはさらにギアを上げる。

 そして、みるみるうちにボクと女委の距離が縮まっていく。

 

 だけど、ここで嫌な出来事が発生。

 

「あ。……うわああああああああああああああ!」

 

 ついに、女委が崖に飛び出してしまった。

 それによって、女委が落ちていく。

 

「くっ、このままじゃ……仕方ない」

 

 ボクは『身体強化』を使用。

 倍率は五倍。

 それにより、ボクの体に力が漲ってくる。

 それを感じてから、ボクは木の幹に立つようにし、思いっきり蹴った。

 まるで弾丸のようにボクは直進していき、

 

「女委!」

「うわっ、い、依桜君ナイスキャッチ!」

 

 落ちる前に、なんとか女委をキャッチすることに成功。

 そして、地面がどんどん近づいて行き……ドンッ! と言う音と、雪煙を上げながら、ボクは上手く着地した。

 

「はぁぁぁぁ……あ、焦ったぁ……」

 

 ボクは地面に着した直後、大きなため息を吐きながら、地面に座り込んだ。

 

「いやぁ、ありがとう、依桜君。助かったぜ!」

「……もぉ、素直になってもいいんだよ、女委」

「にゃ、にゃははー……やっぱり、依桜君にバレてたか」

 

 なんて、おどけるように言う女委だけど、ボクにしがみついている女委はぶるぶると震えていた。

 それに、顔も青い。

 普通の人間、それも高校一年生の女委が崖から落ちるなんて死に目に遭ったら、これが普通の反応だよ。

 

「こ、怖かったよぉ、依桜君……」

「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だよ」

 

 恐怖に震えている女委の頭をボクは撫でる。

 頭を撫でられるのって、なんだか落ち着くからね。

 だから、恐怖を和らげてあげないと……。

 

「ありがとう、依桜君」

「友達だもん。当然だよ。……まあ、正直なところ、もうちょっと危ないことになってるんだけど」

「え?」

「いや、うん。今ので、ね……」

 

 ボクは、『気配感知』に引っかかっている反応を女委に言う。

 

「熊さんが、起きちゃった」

 

 そう言った直後、

 

『グルルルル……』

 

 熊さんが現れた。

 

「Oh、Jesus……」

 

 突然現れた熊さんに、女委は外人風の反応をした。

 うん。気持ちはわからないでもないです。

 昔のボクだったら、迷わず逃げたよ。

 ……いや、熊さんに背中を向けて逃げ出すのは悪手なんだけど。

 

『グルルルル』

 

 うーん、あれ、どう見ても逃がす気はない、よね?

 威嚇してきてるもん。

 

「あー、女委、ちょっと下がってて」

「あ、うん」

 

 ボクは女委に後ろに下がってるよう指示して、熊さんの前へ。

 

『ガアアアア!』

 

 目の前に歩いてきたボクを見て、熊さんがボクに襲い掛かって来た。

 体長は二メートルくらいの大型の熊さん。

 その熊さんは、右前足を振りを降ろしてきた。

 だけど、

 

「危ないですよ、熊さん」

 

 ボクは易々と熊さんの攻撃を受け止めた。

 まあ、こっちの世界の猛獣には負ける気しないよ、ボク。

 向こうの魔獣とは大違いですとも。

 

『グオ!?』

 

 まさか受け止められるとは思っていなかったのか、熊さんは驚いたそぶりを見せる。

 

「ごめんなさい、熊さん。ちょっと騒がしくしちゃって」

 

 謝りながら、ボクは熊さんの腕をそっと下ろす。

 

『ぐ、グオ?』

 

 ボクの行動を不思議に思ったのか、首をかしげる。

 

「えーっと、ボクたちはこれで帰るから、寝床に……」

 

 と、言いかけたところで、

 

『グ、オォォ……』

 

 どさっと熊さんが倒れた。

 

「ええ!? く、熊さん!?」

 

 慌てて近寄るボク。

 そして、『鑑定(下)』をかけると……飢餓、衰弱となっていた。さらに、雌と表示されている。

 

「え、これって……」

「どうしたの、依桜君」

「いや、この熊さん、どうやらお腹を空かせているらしくて……」

「そう言えば、この時期は冬眠中だったよね? でも、熊って自分の寝床に食べ物を蓄えておくはずだよね?」

「うん。そのはずなんだけど……」

『へっ、へっ……』

 

 見れば、熊さんはかなり衰弱してしまっているみたい。

 よく見れば、体はやせているように見える。

 ……もしかして、襲い掛かって来たのって、空腹をどうにかするため?

 だとしたら、放っておけないなぁ……。

 

「女委、とりあえずこの熊さんを巣に戻してもいいかな?」

「うん。ここまで弱ってると可哀そうだもんね」

「ありがとう。じゃあ失礼して、っと」

 

 ボクは熊さんを持ち上げると、そのまま巣穴に入っていった。

 

 

「……これは」

「……あれだね」

『きゅぅ……』

『くぅん……』

 

 巣穴である洞窟に入っていくと、そこには二匹の子熊さんがいた。

 どうやら、子持ちだったみたい。

 

 ……なるほど。自分のためじゃなくて、子供ために襲ったんだ。

 それに、奥を見ると、食料はあるにはあるけど、もう少しでなくなりそうなくらい心許ない。

 少なくとも、この冬を乗り切るのは難しいレベルで。

 

「依桜君、どうにかしてあげられない……?」

 

 この様子を見た女委が、ボクにそう訊いてくる。

 

「できるよ」

「本当?」

「うん。ほら、前に見せた『アイテムボックス』を使えば」

「あ、そういえば、何もないところから、いろんなものを出せるんだっけ?」

「そうだよ」

「ねえ、依桜君。それで、助けてあげられないかな……?」

「大丈夫だよ。ボクだって、これを見て何も思わないわけないよ。ちょっと待ってね」

 

 ボクは目の前に『アイテムボックス』の入り口を作る。

 そしてそれを、逆さまに設置し、入り口を広げる。

 そこに、少しだけ手を入れて、この冬を乗り切るくらいの木の実や果物類を生成……すると、まるで雪崩のように大量の木の実や果物が出てきた。

 

「うっ、くぅ……」

 

 かなりの量なので、相当な魔力を消費することになってしまった。

 それによって、脱力感のようなものがボクの体を襲ってきた。

 

「い、依桜君、もういいんじゃないかな?」

「そ、そうだね」

 

 山のように積みあがった木の実や果物を見て、女委がそう言ってきたので、ボクも『アイテムボックス』の中で生成し続けるのをやめて、入り口を閉めた。

 

「おー、すごい出したね、依桜君」

「ま、まあね……はぁ……久しぶりに、こんなに魔力を使ったよ……」

「む、無理言ってごめんね、依桜君」

「いいよ。さっき、『身体強化』も使っちゃったから、それもあるよ。だから、女委が謝らなくてもいいよ」

「でも、わたしがこんなところま滑ってきちゃったからだし……」

「いいのいいの。不可抗力だもん。とにかく、女委が無事でよかったよ」

「依桜君……」

 

 あれ、なんだか女委の顔が赤いような……?

 それに、妙に熱っぽい視線を感じる……。

 どうしたんだろう?

 

『きゅう……』

『くぅん?』

 

 と、子熊さんたちが、ボクたちをじーっと見てきていた。

 あ、えっと、これはあれかな。食べてもいいのかわからないから、ボクたちを見てる、のかな?

 ここはとりあえず……。

 

「はい、どうぞ」

 

 二つほど果物を手に取って、子熊さんたちの前に差し出す。

 最初はじーっと見ていたけど、やがて鼻先を近づけて匂いを嗅ぎ、食べ始めた。

 

『『はぐっ、はぐっ』』

 

 よほどお腹がすいていたのか、ものすごい勢いで子熊さんたちが果物を食べ始めた。

 なんだか、すごく和む光景だなぁ……。

 可愛い。

 

『グ、オォ……』

 

 と、親熊さんが目を覚ました。

 それを見たボクは、さらにもう一つ果物を手に取ると、親熊さんの前に持っていく。

 

『グオ?』

「食べて」

 

 笑顔を浮かべてそう言うと、親熊さんが恐る恐ると言った様子だけど、果物を食べ始める。

 親熊さんの方も相当お腹がすいていたみたい。

 子熊さんよりもものすごいスピードで果物を食べていく。

 

「すごい食欲だね、依桜君」

「うん。そうだね」

 

 なんとなく、その光景を眺めるボクたち。

 いいね、野生の動物が食事をしている光景は。

 しかも、親子でだから余計に。

 ……和む。

 

 と、しばらく食事風景を眺めていると、

 

『グオ……』

「あれ、どうしたの?」

 

 親熊さんがボクの方に寄って来た。

 

『グゥゥ……』

 

 すると、頭をボクの体にこすりつけてくる。

 なんだか、甘えているような感じ。

 

「依桜君、懐かれたんじゃないの?」

「え、そうなのかな?」

 

 女委のそう言われて、熊さんたちを見る。

 気が付けば、子熊さんたちも、ボクの足元に来て、じゃれつくようにくっついてきた。

 

「ね?」

「う、うーん、なんだかこそばゆいなぁ……」

 

 まさか、野生の熊さんに懐かれるとは思わなかったので、どう反応していいのかわからない。

 なんて、苦笑いを浮かべていたら、ぺろりと、親熊さんが舐めてきた。

 

「あはは、くすぐったいよ」

 

 ぺろぺろと、犬のように舐めてきて、そのくすぐったさに、思わず笑ってしまった。

 そして、マネをしたのか、子熊さんもボクを舐めてきた。

 

「おー、依桜君って、動物にもモテるんだねぇ」

「も、モテてるわけじゃないよぉ」

 

 と言うものの、ボクはすごく癒されていた。

 あぁ、なんて癒されるんだろう、この状況。

 可愛い親子の熊さんたちに囲まれるなんて……この時ばかりは、異世界に行っててよかったと思えるよ……。

 ありがとうございます、学園長先生。

 

 

 そして、しばらく熊さんたちと戯れると、

 

「依桜君。そろそろ戻らないと、心配させちゃうよ」

 

 女委がそう言ってきた。

 

「あ、そうだね。そろそろ戻らないと……」

 

 そうだった。

 もともと、女委が雑木林の方に行ってしまったから、助けるために来てるんだった……。

 

「ごめんね、そろそろボクは行かないと……」

 

 申し訳なさそうに熊さんたちに言うと、

 

『グゥゥ……』

『くぅん……』

『きゅぅ……』

 

 ものすごく、悲しそうな目を向けてきた。

 まるで、捨てられた子犬のような目を。

 うっ、や、やめて! そんな目で見ないでぇ! お別れしにくくなっちゃうよぉ!

 

「ボクだって、もっといたいんだけど……ごめんね、行かなきゃいけないの」

 

 なるべく笑顔を浮かべならがそう言うと、すごく悲しそうな表情になる熊さんたち。

 やめてぇ……そんな顔しないでよぉ……寂しくなっちゃうよ……。

 

「依桜君、臨海学校と林間学校でまた来ることになるんだし、その時にまた会いにくれば……」

「そ、そう、だね……」

 

 女委の言葉で、納得するボク。

 ……いや、納得したふりだ。

 だ、だって、こんなに可愛い熊さんたちが懐いてくれたんだもん……お別れしたくないなぁ。

 ついさっき会ったばかりといえど、仲良くなったことに変わりはないから。

 はぁ……連れて帰れたらなぁ……。

 

「さあ、行こう、依桜君。わたしも寂しいけど、行かないと」

 

 女委の言うことはもっともだ。

 これ以上ここにいると、みんなを心配させてしまう。

 だから、お別れしないと……。

 

「う、うん……。みんな、また来るからね……バイバイ!」

 

 そう言い残して、ボクたちは熊さんの巣穴から出ていった。

 後ろから、悲しそうな鳴き声が聞こえてきたけど、振り向かず、ボクたちは巣穴を出ていった。

 

 この後、ボクたちは無事、元の場所に戻ることができた。

 伊藤さんが、すごく驚いていたけど。

 熊さんたち、元気でね。




 どうも、九十九一です
 なぜだ。なぜ終わらぬ……。スキー教室長いなぁ……。あと、何話かかるんだろう、これ。なんか、4話近くかかる気がしてきた……。
 というか、なんか終わりの方が変な感じになってしまったような気がしてならないです。
 また長くなってしまいましたが、今回はいい切れ目がなかったので、この長さになりました。
 えーっと、今日も多分2話投稿になると思いますが、いつも通りできるか不明です。まあ、できたらいつもの二パターン。できなければ、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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204件目 スキー教室7

 元の場所に戻った後は、お昼を食べて、自由時間となった。

 

 この自由時間は、スキーやスノーボードで自由に滑ってもいいし、別の場所で雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり、なんでもあり。

 

 なんでもあり、なんだけど……

 

「ハハハハハ! どうしたどうしたガキども! このままだと死んじまうぞ!」

『うわああああああああ!』

『きゃああああああああ!』

 

 雪合戦をしている場所では、阿鼻叫喚に包まれていた。

 

 

 事の始まりは、お昼を食べている時。

 

 二日目のお昼は、お弁当。

 旅館の板前さんたちが作った特製のお弁当で、すごく美味しい。

 

 そのお弁当を食べる場所は特に決められておらず、外で食べるもよし、中で食べるもよしとなっていたので、ボクたちは天気が良かったので外で食べることにした。

 

 外と言っても、テラスみたいなものだけど。

 

「飯、ちゃんと食べてるか?」

 

 みんなでお昼を食べているところに、師匠がやって来た。

 いつものタンクトップにホットパンツという、いかにも寒そうな服装ではなく、半袖に黒のコート。それから、ジーンズと言った姿。

 これでも十分寒そうなんだけど……。

 

「はい、食べてますよ」

「そうか。それならいい。ところで、お前たちは午後、何かする予定でもあるのか?」

「いえ、特にはないですけど……」

「なら、雪合戦でもするか?」

 

 と、師匠がボクたちに提案してきた。

 

「お、いいですね」

「私は賛成」

「わたしもー」

「俺も」

「じゃあ、ボクも」

「よし、決まりだな。たしか、自由行動用に開放されたエリアがあるから、そこでやるか」

「ですね」

 

 というわけで、ボクたちは雪合戦をすることになった。

 

 

 お昼を食べたら、ボクたちは自由行動用のエリアに。

 

 そこは、スキー場とは違って、起伏がほとんどない、平坦な場所だった。

 見れば、ボクたち以外にもここで遊んでいる人たちがいる。

 雪だるまを作っていたり、雪合戦をしていたり、様々。

 

「お、あの辺りが空いているな。あそこでやるぞ」

 

 師匠が言う先には、たしかに開けたような場所があった。

 ボクたちはそこへ移動し、雪の壁を作る。

 

「んで、ルールはどうするか」

「そうだなぁ……二回当たったら脱落、というのは?」

「それでいいか。チーム分けは……まあ、とりあえず、私一人でいい。五人まとめてかかってきな」

「……え、だ、大丈夫なんですか?」

 

 そう尋ねるのは、未果。

 たしかに、未果の疑問はわかるけど……。

 師匠が一人いるだけで、あと少しで負ける、という戦況すら覆せちゃう存在だから、その心配はいらないんだよね……。

 

「問題ない。よし、やるぞ」

 

 というわけで、早速やることになったんだけど……。

 

「はい、まずは一人」

「ぶげら!?」

 

 開始早々、態徒が吹っ飛んだ。

 

「「「!?」」」

 

 それの光景を見た、ボクを除く三人は、何が起こったのかわからず、硬直した。

 

「ぼけっとしてると、死ぬぞ」

 

 ビュンッ! という風切り音がしたと思ったら、

 

「ぐはっ」

 

 今度は晶が倒れた。

 

「な、何今の!?」

「ちょっ、何が起こったのか何もわからないんだけど!」

 

 立て続けに二人倒れたことで、混乱状態に陥る未果と女委。

 ボクは遠い目をした。

 

 いや、うん。

 

 酷いなぁ……師匠。全然手加減してないよ……。

 そんな手加減ガン無視の師匠は、雪玉を持って、ぽーんぽーんと投げてはキャッチする、と言うことを繰り返していた。

 

「い、依桜、今の何?」

「……とんでもない速度で雪玉を投げてるだけ」

「あの速度で投げたら、雪玉って砕けるわよね?」

「……相当圧縮してるね、あれ。それこそ、隙間がないくらいに」

「ミオさん、やばいわね……」

「いや、うん。そもそも、誰も勝てないよ、師匠には」

 

 だって、異世界では最強なんだもん。

 ボクなんて、勝ったことがないよ。

 勝てるのなんて、それこそ生活力くらいだよ。

 

「ふんっ!」

 

 なんてことを思っていたら、とんでもない速度の雪玉がボクに接近してきていた。

 

「うわわ! し、師匠、いきなり投げてこないでくださいよぉ!」

「何を言っている。これは勝負だぞ? どこに、投げる合図をする馬鹿がいるんだ」

「いや、そうですけど! せめて、手加減くらいはしてくださいよ!」

「知らん! だが、ミカとメイは可哀そうなんで、手加減をしてやろう」

「「ほっ……」」

 

 さすがの師匠でも、普通の女の子相手にあの剛速球を投げるつもりはないようだった。

 それを聞いて安心したのか、未果と女委は安心したように胸をなでおろしていた。

 

「まあ、だからといって倒すことに変わりはない」

「「へ?」」

 

 間の抜けた声が聞こえた直後、

 

「「わぷっ!?」」

 

 二人の顔に雪玉が直撃した。

 しかも、当たった直後に、さらにもう一発くるという、波状攻撃に近いことになっていた。

 ひ、酷い……。

 

「ほれ、イオいくぞ」

 

 ヒュンッ!

 という、音が聞こえて、すぐさま横に跳んで回避したら……

 

 ベキベキベキ……! ドズゥゥン……。

 

 背後の木が折れていた。

 

「え、えー……」

 

 雪玉で木を折る人を、ボクは初めて見た。

 ……いや待って。なんで、雪玉で気が折れてるの?

 普通、木にぶつかったら砕けてなくなるよね?

 というか、そのスピ―ドで投げたら、雪玉が途中で霧散すると思うんだけど!

 

「師匠、何したんですか!」

「何って……超圧縮して、ただ力任せに投げただけだぞ?」

「普通の人は、雪玉で木を折ることはできません!」

「いや、こんなのあたしからしたら簡単なものだぞ?」

「それは師匠の常識です!」

「うるさいな……とりあえず、お前も攻撃して来いよ」

「わかりましたよ……」

 

 ここで攻撃しなかった場合、何をされるかわかったものじゃないので、ボクも雪玉を作って、攻撃をする。

 

「えいっ!」

 

 大きく振りかぶって、勢い良く雪玉を投げる。

 

「ほう、いい球だ。だが……甘いわ!」

 

 パァンッ!

 

 師匠の目の前で、なぜか雪玉が弾け飛んだ。

 え、何今の。

 

「し、師匠、何したんですか……?」

「拳を突き出した時の風圧で壊した」

「……人間業じゃないです、師匠」

「そうか? 限界を超えれば、誰だってできるぞ?」

 

 その限界を超えることが、普通の人には無理なんだけど……。

 あと、この世界では絶対に無理です。

 

「まあいい。ほれ、行くぞー。オラオラ!」

「し、師匠多いですよ!?」

 

 ものすごい数の雪玉が、ボクに強襲してきた。

 

 しかも、ドドドドドドドドドッッッ! なんて、マシンガンみたいな音が聞こえるんだけど!

 

 あれどうなってるの!?

 

 というか、よく見たらあれ、『武器生成』使ってるよね!?

 さっきからずっと投げているのに、一向に止む気配ないもん!

 投げたそばから雪玉生成してるんだけど!

 その、人力雪玉マシンガンを、なんとか回避し続けるんだけど……

 

『な、なんだ!? って、うわぁあ!?』

『な、なにあ――きゃああああああ!』

 

 とうとう、このエリアにいた他の人たちにまで被害が発生してしまった。

 

 

 そうして、今に至ります。

 まあ、なんて言うか……師匠の暴走が原因です。

 

「ふははははは! ガキども、攻撃して来い!」

『く、くそ、こうなったら反撃だ! 皆行くぞ!』

『『『おー!』』』

 

 こうして、教師一人対生徒約百人の雪合戦が始まりました。

 

 

「ふっ、やはり、まだまだ甘いな、ガキども」

『か、勝てねぇ……』

『強すぎるだろ、ミオ先生……』

『かっこいいけど、これは辛い……』

『依桜ちゃんの師匠って聞いたけど、よく耐えられてたね……』

 

 ボクもそう思います。

 

 今にして思えば、なんで乗り切れたんだろうね、師匠の修業に。

 

 それにしても……死屍累々、だね。

 師匠に雪合戦を仕掛けたみんな、もれなくダウン。

 地面に座り込むか、倒れているかのどちらか。

 

 師匠の雪玉マシンガンは、甚大な被害をもたらした。

 

 しかも、すごいことに、相当な速度で投げていたにもかかわらず、男女で威力がちゃんと違うっている、器用なことをしていた。

 

 あの人、本当に何でもできるね。

 

 ボクには無理。

 そんなボクは……

 

「か、勝てない……」

 

 ついに倒れた。

 

 師匠の投げる雪玉マシンガンがあまりにも激しすぎて、回避するのも大変だった。

 かれこれ一時間はずっと回避し続けていたんだけど、さすがに体力の限界。

 銃弾の嵐なら全然問題ないけど、それ以上のスピードで襲い掛かってくる、まさに無尽蔵ともいえる雪玉マシンガンを避けるのは相当辛く、結果ボクも体力の限界が来て倒れてしまった。

 

 これでまだまだ、なんて言うんだから、師匠の基準はどうなっているんだろうね。

 なんて思いながら、ボクは意識を手放した。

 

 

「ん、ぅ……はれぇ……?」

 

 次に目が覚めると、後頭部がすごく柔らかくてあったかかった。

 なんか、昨日もこんな感じだった気がするんだけど……。

 

「お、起きたか、弟子」

 

 と、師匠の声が聞こえてきた。

 声の方を見ると……

 

「おはようさん」

「って、ししししし師匠!?」

 

 膝枕をしていたとのが、まさかの師匠だったとあって、ボクは慌てて跳び起きた。

 

「おいおい、せっかくあたしが膝枕してやったというのに……なんだ、嫌だったか?」

「そ、そう言うわけじゃないです! むしろ、嬉しかったというか……って、そうじゃなくて! なんで、師匠が膝枕していたんですか!?」

「まあ、あたしが原因で倒れたわけだしな。これくらい、師匠ならするだろう?」

「それは、師匠が悪いような……」

「うるさい。いいから、もうちょい寝てな」

「って、わわ!」

 

 跳び起きたボクの頭を掴んで、師匠が自分の膝の上に乗せた。

 や、柔らかい……。

 それに、やっぱり落ち着くような……?

 なんというか、懐かしいような、それでいて心が安らぐような……。

 

「どうだ、あたしの膝枕は」

「……すごく、気持ちいいです……」

「そうかそうか。あたしの人生初の膝枕だぞ。喜べ」

「……はい」

「ん? なんだ、随分素直だな……って、うお? お前、顔真っ赤だぞ?」

「……そ、そうですか?」

「ああ。どれ、ちょっとこっち向け」

 

 師匠にそう言われて、師匠の顔を見ると、

 

「……ん、熱はない、な」

 

 師匠が自分のおでこを、ボクのおでこにくっつけてきた。

 って!

 

「し、ししししし師匠!? にゃ、にゃにをしてらっしゃるんですか!?」

 

 近い近い近い!

 師匠の顔が近いよぉ!

 ちゅーができてしまいそうなくらいに近いよぉ!

 

 わーわー! 恥ずかしい! 師匠の顔がすぐ近くにあるのは、う、嬉しいけど、これは恥ずかしすぎるよぉ!

 

「何って……お前の顔が赤かったから、風邪でも引いたのかと思って、熱を測っただけだぞ?」

 

 そう言って、師匠がゆっくりと顔を離した。

 

「そ、そそ、そうで、すか……」

 

 どうしよう。すごく胸がドキドキしてる……。

 

 し、心臓に悪いよぉ……。

 

 師匠、普段の言動や行動自体はあれだけど、すごく綺麗な人だし……。

 

 スタイルだって、すらっとしているのに、出るところは出てる、なんてモデルみたいな体系してるんだもん……すごく魅力的だから、本当に顔を近づけられたりすると、心臓に悪い。

 

 ……あれ? ちょっと待って?

 

 そう言えば昨日、露天風呂の所で、師匠に思いっきり抱き着いちゃったような……それも、裸で。

 

 ………………ああああぁぁぁぁぁぁ……!

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃ!

 

 なんであんな大胆なことしちゃったのボクは!

 

 うぅ、今思えば、相当恥ずかしいことだよぉ……しかも、微妙に涙を浮かべていたし、ほとんど泣いているような状態で、師匠に抱き着いちゃって……。

 

 だ、大丈夫かな……師匠に、変な弟子だと思われてないかな……?

 

「ん、どうした弟子。ものすごい赤いぞ、顔が」

「い、いえ、あの、その……し、師匠は、ボクのこと、どう思ってます、か……?」

「そりゃお前、大好きに決まってるだろ」

「……ふにゃ!?」

「どうした、イオ。何か驚くことでもあった……って、気絶しちまってるな」

「ぷしゅ~~~……」

 

 師匠に大好きと言われたボクは、頭がオーバーヒートを起こしたのか、気絶してしまった。




 どうも、九十九一です
 お、終わらない……長すぎる、このスキー教室……早く終わらせたいのですが、つい調子に乗って変なことを書くせいで、まったく終わる気配がないです。何とかせねば……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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205件目 スキー教室8

「……ん~……あれ?」

 

 目を覚ますと、白い天井……じゃなかった、木の天井が見えた。

 自分の体に視線を落とせば、布団に横になっていた。

 

「あ、起きた?」

「あら、目が覚めたのね」

「あれ? 女委に、未果?」

「おはよー。よく眠れた?」

「う、うん。えっと……眠れた?」

 

 言葉の意味がわからず、思わず聞き返す。

 

「うん。ミオさん曰、気絶したから、寝かせておけ、って」

「気絶……?」

「そうよ」

 

 あれ、気絶するようなことがあったの?

 うーん、思いだせない……何があったんだろう、ボクに。

 たしか、師匠と何かあったことは覚えているだけど……何があったんだっけ?

 なんかこう、すごく恥ずかしいことがあったような……。

 

「それで、大丈夫?」

「あ、うん。特に体調が悪いとかはないよ」

「そっかそっか。それならいいよ」

 

 ……そう言えば、いつの間に着替えたんだろう?

 よく見ると、今着ている服って、部屋着なんだよね。

 

「あの、未果、女委、誰がボクの服を着替えさせたの?」

「あ、わたしと未果ちゃんだよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 それってつまり、ほとんど裸同然の姿を見られた、ってことだよね……?

 ……お風呂で既に裸を見られているとはいえ、幼馴染や友達に見られるのは恥ずかしい……。

 

「あ、そう言えば依桜君」

「なに?」

「依桜君を着替えさせている時見たんだけど……依桜君って、生えてなかったんだね?」

「ぶっ!」

「???」

 

 女委の謎の発言に、未果が顔赤くして噴き出していた。

 ボクは言葉の意味がわからず、首をかしげる。

 

「けほっけほっ……女委、いきなり何を言ってるのよ!」

「何って、依桜君の文字通り、全身すべすべな肌について?」

「た、たしかにそうだったけど! それを言ったら、私と女委もそうじゃない」

「まあ、そうだね」

 

 顔を赤くしているんだけど、さっきの言葉ってなんなんだろう?

 

「ねえ、二人とも、生えてる、ってなに?」

「あ、い、いえ、気にしないで、依桜は」

「そうだよ、依桜君。少なくとも、純粋な依桜君が知ったら、希少価値が薄れちゃうから」

「そう、なの?」

「「そう」」

 

 うーん、どういう意味だったんだろう?

 すごく気になるけど、気にしないで、って言ってるから気にしないでおこう。

 多分、知らなくてもこの先問題ないだろうからね。

 でも、結局なんだったんだろう……?

 

 

 目を覚ました後、ボクたちは再び外へ。

 まだ自由時間はあったからね。

 

 戻ってくると、みんなに心配されたけど、元気な姿を見せると、安心してくれた。

 どうやら、それなりに心配させてしまったみたい。

 

 何はともあれ、その後は時間が許す限り、みんなで遊んだ。

 かまくらを作ったり、雪だるまを作ったり、色々と。

 

 それから日が傾き、時間になったと言うことで部屋へ戻る。

 

 部屋に戻ったら、お風呂の準備。

 

 一日目と違って、二日目は夕食の前にお風呂となっている。

 理由は、一日中外にいたから、というもの。

 今は一月。外は、一面銀世界。

 いくら晴天とはいえ、雪が降り積もっていたので、かなり冷える。

 しかも、転んだり、雪合戦(地獄だったけど)したりと、体が冷えるような状態だったのは間違いないわけで。

 

 さすがに、風邪を引きかねないとあって、二日目は夕食がお風呂の後になってる。

 というわけで、ボクたちも移動。

 

 

「……まあ、それでもまだ恥ずかしいわけですが」

 

 脱衣所にて。顔を赤くしながら、ボクは呟く。

 

「何? まだ言ってたの?」

「だ、だって、普通に考えたら、同年代の女の子の裸なんて、そもそも見たことがなかったわけだし……」

 

 あったらあったらで怖かったけど。

 師匠は……かなり年上なので、同年代じゃないです。

 いや、それでも綺麗なことに変わりはないけど……。

 

「それもそうだね。依桜君の場合、男の子の裸の方が見慣れてるもんね」

『『『!?』』』

「女委、その言い方は誤解を招くからやめなさい」

「え? 誤解を招くの? 実際、そうなんだけど……」

 

 もともと男だったから、その通りなんだけど……。

 

『『『!!!???』』』

「……天然なピュアって、恐ろしいわ」

「あれ? ボク何か変なこと言った……?」

「……気にしないで。なんか、こっちが汚れてる気になってくるから」

「汚れてる? 未果は綺麗だと思うけど……」

「ばっ、きゅ、急にそんなこと言わないでよ! もぉ……」

「あ、あれ? ボク、未果を怒らせるようなこと言った……?」

「そ、そうじゃないから! いきなり天然な依桜に褒められたから、その……」

 

 よかった。じゃあ、怒ってたわけじゃないんだ。

 ほっ……。

 

「ま、まあ、とにかく入りましょ! あったまりたいわ」

「あ、うん」

 

 話はそこそこに、ボクたちは浴場内に入っていった。

 

 

 ……うん。やっぱり恥ずかしい。

 

 昨日よりは少しだけ心に余裕が出てきたけど、だからこそ、というか……なんだか、すごく視線を感じる。

 昨日は胸に多く視線が集まっていた気がするんだけど、どういうわけか、今日は全身に来ているような……。

 多く来てる視線に戸惑いつつも、体を洗う。

 

「依桜君って、すごく髪が長いのに綺麗だけど、よく手入れができてるね」

「あ、えっと、そこまで手入れはしてないよ?」

『『『え!?』』』

「え?」

 

 なんか、浴場内にいた女の子たちが、突然驚愕したような声を出したんだけど……ど、どうしたんだろう?

 

「依桜、それほんと?」

「うん」

「ちなみに、普段ってどうしてるの?」

「えっと……普通にシャンプーで髪を洗って、リンスをするね」

「それで?」

「え? それだけだよ?」

『『『なんっ、だとっ……』』』

 

 あ、あれ? なんか、いきなり四つん這いになりだしたんだけど……見れば、なんだか落ち込んでるような……?

 

『あ、あんなに髪が綺麗で長いのに、洗っただけ……?』

『そう言えば依桜ちゃん、依桜君の時からすごく髪の毛さらさらで綺麗だったっけ……』

『まさか、あのまま髪を伸ばしても傷まない……?』

『う、羨ましい!』

「ど、どうしたの?」

 

 周囲の人の様子がおかしくて、思わず尋ねる。

 

「依桜、女の子はね、髪の毛が命なのよ」

「あ、うん。よく聞くね?」

「だから、みんな髪の毛の手入れには力を入れるの。それこそ、時間を惜しまずに」

「なるほど?」

「女の子は準備がかかる、なんていうけど、それは服装もそうだけど、一番は髪の毛よ」

「う、うん」

 

 身だしなみに時間がかかる理由って、それなんだ。

 

「それほど手入れを頑張っているにもかかわらず、依桜はあまり……どころか、ほとんど手入れをしていない、って言うじゃない?」

「そ、そうだね。そこまで気にしてないし……」

「そこよ!」

「ど、どこ?」

「ずるいじゃない!」

「ずるい、の?」

「それはもう! だって、手入れなんてしなくても、つやつやさらさらな銀髪じゃない? 世の女の子が羨むような綺麗な髪をしているのに、それが何の手入れもされていないとか……なんてずるいのよ!」

「そ、そう言われても……」

 

 ボクだって、何でそうなのかわからないし……体質? 髪質? としか言いようがないような……。

 

「元男だったというのに、なぜ、なぜっ……!」

「まあ、依桜君だしねぇ」

『くそぅ、手入れもしてないのに、ずっと綺麗なんて……』

『いいなぁ……』

『真の美少女って、特に手を入れなくても綺麗なのかなぁ……』

 

 どうして、浴場内にいる女の子たちは、落ち込んでいるんだろう……?

 ボク何かしちゃったの……?

 

「依桜、そんなに心配そうな顔はしないで」

「で、でも……」

「いいのよ……世の中にはね、自分たちの理解が及ばないものもあるのよ」

「そ、そう、なんだ……?」

 

 女の子って、大変なんだね……。

 なんて思った。

 

 

 それから、冷えた体を温めるために、昨日と同じ露天風呂に入る。

 

「はぁぁ~~~……あー、肩が楽だよぉ……」

「依桜は普段から、重りを二つぶら下げてるような物だものね」

「お、重りって……まあ、間違いじゃないけど……」

「わかるよ、依桜君。実際、おっぱいって大きいと、肩こるもんね! しかも、何気に思いから疲れちゃうんだよね」

「そうそう。おかげで、運動もしにくくてね」

「ブラを着けてるからまだいいけど、それでも付け根が痛いんだよねぇ」

「引っ張られるよね」

「そうなんだよー」

 

 なんて、女委と胸の大変さについて話していると、

 

『くっ、あれが、巨乳の悩み……』

『一度でいいから、言ってみたいよね、肩がこるって……』

『話に全く入れない……』

「まあ、あの二人は別格だし、仕方ないわよ」

『そう言う未果だって、そこそこ大きいじゃん』

「そうかしら? 私なんて、Dよ? あの二人に比べたら」

『十分だよ!』

『ない者の気持ちは、ある者にはわからないんだよ!』

「きゃぁ! ちょっ、いきなり揉まないでよ!」

『ぐへへ、よいではないか、よいではないか!』

「あーもう! ぶっ飛ばすわよ!」

 

 未果たちは、すごく楽しそう。

 ……未果も胸を揉まれてるけど。

 

 それにしても、よく揉まれて平気だなぁ、未果。

 

 ボクなんて、揉まれたら変な気分になっちゃうし、声だって……。

 変なのかなぁ、ボク。

 なんて、自分の胸を見ながら、そう思うボクだった。

 

 

 昨日と同じく、男子風呂。

 相変わらず、馬鹿たちは、露天風呂の仕切りの前に集まっていた。

 

「昨日は、思いがけないハプニングで断念となったが……今日こそ、やるぞ」

『おう!』

 

 やっぱり、覗きだった。

 

 馬鹿である。

 

 ここにいる馬鹿たちの行動原理はただ一つ。

 同年代の裸が見たい。これだけだ。

 

 特に、学園一の巨乳であり、学園一の美少女である依桜の裸が一番見たい、というのが馬鹿たちの野望である。

 変態である。

 

『作戦は?』

「決まっている。堂々と、上から覗く」

『なんだと!?』

『し、しかし変態。それはさすがに、リスクがでかいぞ……?』

「ふっ、お前たち、何を怖気づいているんだ?」

『変態?』

「それほどのリスクを負わなければ、依桜の裸は見れんッ!」

『『『――ッ!』』』

「オレたちにある選択肢は、覗くか覗かないの二つだ! さあお前たち、どっちを選ぶ!」

『俺は、お前について行く!』

『俺もだ!』

『当然!』

 

 馬鹿しかいない。

 変態こと態徒は、同族からは、圧倒的信頼があり、動かせるほどのカリスマ性に似た何かがある。もっとも、そんなものが役に立つときは一生来ないと思うが。

 

「ふっ、ならばいい」

『で、どうやって覗くよ?』

「そりゃもちろん……これを使う」

 

 そう言って、態徒が取り出したのは……S字に似た筒状のパイプのような物だった。

 

『これは?』

「これはな。オレ特製の、覗き用アイテムだ。ここを覗くとな、内部に仕込まれた鏡に映っている物が見えるんだぜ」

『そ、そんなものを作ったというのか!』

『ほ、本気すぎる……なんて奴だ』

『俺はお前を尊敬するぞ、変態!』

「そうだろうそうだろう! では、乙女の花園を覗くぞ!」

『『『おう!』』』

 

 意気揚々と、馬鹿たちは覗きを敢行した。

 そして、

 

『態徒―。覗いてるの、わかってるからねー』

 

 依桜のそんな声が聞こえてきた。

 その声は、優しさに満ちていたのだが、なぜか逆らえないような圧が入っていた。

 そして、馬鹿たちの覗きは、二日とも、失敗に終わった。

 それを見ていた晶は、やれやれと、肩をすくめるのだった。

 

 

 この後、覗きがバレていた態徒たちを待っていたのは、依桜による本気の説教だった。

 

 それはもう、普段の温厚で優しい依桜からは想像もできないほどのお説教だった。

 説教場所はまさかの廊下。

 

 覗きに関わっていた人は、もれなく依桜に捕まり、一列に正座させられ、逃げようものなら針で動きを封じられることとなった。

 

 その結果、覗きに参加した馬鹿たちは思った。

 

(((男女には絶対逆らわないようにしよう)))

 

 と。

 こうして、依桜はすこしずつ学園を支配して行くような形になっていく。




 どうも、九十九一です。
 とうとう、数字系の話が次の回で最高記録になります。長いなー……。いや、あと2話くらいで終わるはず……。きっと終わる……多分。
 あー、えっと、今日の投稿はこの回だけにします。最近、ずっと2話投稿ばかりしていたせいか、頭痛が酷くて……。申し訳ないです。なので、ご了承ください。
 明日はいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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206件目 スキー教室9

 覗きをしようとした態徒たちをお説教して、夕食を食べてから就寝。

 さすがに、二日目はかなり動き回っていたこともあって、布団に入ったら、すぐに眠ってしまった。

 そして、三日目の朝。

 

 

「……ん~ぅ……すぅ……すぅ……」

「……Oh」

 

 今度はわたしですかー。

 

 美少女の気配と、美少女の柔らかさを感じ取ったわたしは、それで目を覚ました。

 

 感じたのは、わたしの左腕。

 おっぱいの柔らかさと温かさのダブルコンボ。

 しかも、依桜君の至上のおっぱいに挟まれてるよ、わたしの左腕!

 谷間! 谷間にわたしの腕が!

 ふにゅりと、腕の形に合わせて形を変える……ふへへ、エロいなぁ……うん。イイ!

 

 しかも、この寝顔よ。

 

 安心しきった顔だよ。

 

 可愛いなぁ……。何で依桜君、最初から女の子じゃなかったんだろう?

 少なくとも、最初から女の子で生まれたとしても、性格とかは変わらなかっただろうからねぇ。

 

 ……その場合、美少女が美少年になったと思うけどね!

 いや、それはそれでありだけど。

 

 はぁぁ~~、依桜君にぎゅってされながら寝るの、本当に快適~~。

 しかもさ、足も絡めてくるんだよ?

 

 これ、本当に寝ぼけてるだけなのかな?

 二度ほど泊まりには行ったけど、こうして抱きつくことはなかったはずなんだけどねぇ。

 

 何か、心情の変化でもあったのかな。

 

「なんて思うわけですが……最高っす……」

 

 思わず口をついていた。

 

 いや、本当に最高で、幸せなんだって。

 しかも、昨日も浴衣で寝たから、素晴らしいんですよ、光景が。

 

 はだけて露わになった、依桜君のおっぱい! おへそがキュートなお腹! くびれイイね!

 それから、浴衣のスリットから覗く、すべすべで柔らかなおみ足!

 ついでに、パンツが見えてるのがイイね!

 

 それにしても……あれ、依桜君、ブラしてなくない?

 道理で、なんかものすごーく柔らかいなぁ、と思ってたら、ブラしてないやんけ。

 

 ま、まさか依桜君、寝る時はノーブラ派だと言うのかい!?

 

 さ、さすが天然系エロ娘……!

 戦慄したぜ……。

 

 考えてみれば、昨日未果ちゃんに抱き着いていた時も、着けてなかった気が……。

 

 ……まあ、直に依桜君のおっぱいを感じられるから全然いいけどね!

 それにそれに……綺麗な桜色の蕾も見れるし!

 

 依桜君、ほんと綺麗だなぁ。

 むしろ、汚いところなんてないよね、これ。

 というかあるの? そんなとこ。

 日焼けもないし、胸の桜色の蕾も綺麗だし、下は生えてないし……どうなってるんだろうね、ほんと。

 

 うん。まあ、可愛いからいいけどね!

 

 さて、そろそろ依桜君を起こした方がいいのか……いや、もう少し、この至福の時を過ごしたいからやめよう。うん。

 

 おっぱい最高!

 

 と、わたしがそんなことを思っていたら、

 

「めい……?」

 

 とろーんとした目の依桜君がわたしを見ていた。

 心なしか、顔が赤いような?

 

「はいはい。依桜君の永遠の恋人、女委さんだよ~」

 

 なんて、いつものおふざけで言ったら……

 

「ほんとぉ? じゃあ、ず~~っといっしょにいてくれるの~?」

 

 あ、あれ? なんか反応違くない?

 いや、待てわたし。これはチャンス?

 それに、寝ぼけているだけだから、記憶に残らないよね!

 

「ほんとほんと。女委さん、一生依桜君といてあげるよ~」

 

 どうせ、記憶にないだろう、なんて高を括って言ってみたら、

 

「うれしぃ……めい、だぁいすき……」

 

 思いっきり抱き着いてきた……というか、わたしの上に乗っかって来た!

 しかも、この上なく顔を赤くさせて、はにかんだような笑みを浮かべているよ!

 

「おうふ!?」

 

 ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 い、依桜君のおっぱいが! わたしのおっぱいにぃぃぃぃぃ!

 す、素晴らしい! 乳合わせ! 乳合わせだ!

 

「んぅ~……めいぃ~……すぅ……すぅ……」

「おう、寝ちゃった」

 

 依桜君ってもしかして、抱き着き魔?

 

 あと、寝ぼけている間は、気持ちに素直になるのかな、これ。

 未果ちゃんの時も、大好きって言ってたみたいだし……。

 

 まあでも、すごくいい思いができるたから、いいや!

 我が生涯に一片の悔いなし!

 

 あ、どうしよう。すごく襲いたい。依桜君、すごく襲いたい。

 あの、純粋ピュアで性知識の欠片もない依桜君に、色々と教えてみたい……。

 できれば、あんなことやこんなことを……。

 

 ……そう言えば、依桜君ってどちらかと言えば、Mよりな気がするし……ふへへ。それもいいなぁ……。

 

「ふぁあぁ……おはよう、女委……って、ん!?」

 

 いっそのこと、襲ってしまおうかと考えていた矢先、未果ちゃんが起床してきた。

 そして、わたしの状態を見るなり、驚きに目を見開いていた。

 

「え、め、女委、これはどういうこと……?」

「事後」

「馬鹿言いなさい」

「にゃははー、冗談冗談。寝ぼけたのか、依桜君がこうやって乗っかってきてねー。いやあ、おっぱいとおっぱいがくっつく様はいいですなー」

「はいはい。とりあえず、さっさと起こすわよ」

「えー、でも、すごく幸せなんだけど……」

「いいから、起こす!」

「ちぇー」

 

 ここまで言われちゃったら仕方ない。

 わたしもそろそろ、この幸せ状態を手放すかー。

 

「依桜君、依桜君。起きて起きてー」

「ん……ふぁれ……女委?」

「はいはい、女委さんですよー」

「……なんだか、女委に永遠の恋人って言われて、ボクも嬉しい、なんて言ったような気がするんだけど……夢……?」

「ぶっ!」

「うん、夢です」

 

 ……あかん。これ、わたしが本当に言ってました、なんて言ったら、何されるかわからない。

 というか、未果ちゃんの視線が怖いんですが。

 ライオンすら殺せそうな殺意が混じってるんですが。

 これはあれか、

 

「未果ちゃん、ヤキモチ?」

「~~~っ! 違うわよっ!」

 

 あ、ガチだ。ガチでヤキモチだこれ。

 

「み、未果? なんで怒ってるの?」

「怒ってないわよ! ……とりあえず、起きなさいよ。いつまで、女委にくっついてるの?」

「え? ……うわわわわ! ご、ごめんね女委! 重かったよね……?」

「いや全然。依桜君、すごく軽かったよ」

 

 重そうなおっぱいを持っているのに、依桜君、すごく軽かったんだよね。

 まあ、無駄な脂肪がなさそうだもんね、依桜君。

 暗殺者だからかな?

 

「さて、と。愛希、志穂、そろそろ起きなさい」

『うっ、もう朝……?』

『起きたくないぃ……』

「あっそ。じゃあ、あなたたちは別行動で買えるって、戸隠先生に言っておくわ」

『ごめんなさい、起きますからそれは勘弁!』

『あの人、本当にやりそうだから怖いんだよ!』

 

 あ、起きた。

 戸隠先生、どう思われてるの?

 ふと、疑問に思うわたしだった。

 

 

 朝食を食べたら、宿泊していた部屋の片づけ。

 

 布団を綺麗に畳んで置いたり、テーブルの上を拭いたり、軽く掃除をしたり。

 片づけ終わったら、荷物を持って、外に出る。

 

 三日目は、遊ぶなんてことはなく、ほとんど帰るだけ。

 

 途中、お土産を買ったりするくらいで、基本はバス。

 

 まあ、一日目と二日目は、かなりはしゃいでいたからね。さすがに、三日目も動き回る余裕なんて、ほとんどない、みたいな感じかな?

 

 あ、ボクは全然体力あります……と、言いたいところだったんだけど、昨日の雪合戦が尾を引いていて……。

 師匠、手加減なしなんだもん……。

 おかげで、まだ少し、疲労が残っている気がする。

 

 本当、災難だったよ……。ボク的にも、あそこにいた人的にも。

 師匠の雪玉マシンガンで視認が出かけるレベルだったし……。

 ボク以外にはちゃんと手加減はしていたけど、あれ、気絶するレベルだったし、当たればかなり体力を持っていかれたから。

 

 なんて、一日目と二日目のことを思い出していた。

 

 熊さんたちに、また会いたいなぁ。たしか、臨海学校と林間学校で来ることになるはずだから、少なくともあと二回会えるはず……うん。楽しみ。

 

 そして、最後に旅館の人たちにお礼を言って、ボクたちはバスに乗り込んだ。

 

 

 バスに乗ってからは、特に特筆すべき点はなく、ほとんど行きと変わらなかった。

 ……また、カラオケをして、変な盛り上がり方しちゃったけど。

 と、色々とありつつも、バスでの移動をしていると、

 

「ふぁぁ……むー、眠い……」

 

 女委がすごく眠そうにしていた。

 見れば、こっくりこっくりと首を上下させていた。

 

「女委、眠いの?」

「ちょっとね……」

 

 ちょっとと言うけど、すぐにでも落ちちゃいそうなくらい眠そうなんだけど……。

 ここは、行きのお返し。

 

「女委、ボクの膝でよかったら、眠っていいよ?」

「……ほんと?」

「うん。行きの時とか、その前でも女委にはなんだかんだで膝枕してもらってたからね。そのお返しってことで」

「やったぁ……じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 こてんと、女委がボクの膝に頭を乗せて眠ってしまった。

 頭と言っても、上半身のほとんどが乗ってるんだけどね。

 

「すぅ……すぅ……」

「ふふ、こうして見ると、女委の寝顔って可愛いなぁ……」

 

 いつもは、あれな発言が多くて、元気いっぱいな女委だけど、こうして寝ているを見ると、可愛い、なんて思ってしまった。

 だからか、つい、頭を撫でていた。

 

「ふへへへぇ~……」

 

 ……頭を撫でだしたら、変な声を出してきたんだけど。

 なんだろう、ボクの微笑みを返してほしい。

 

「あら、依桜が膝枕するなんて羨ましいわね」

「あ、うん。女委がすごく眠そうだったから。あと、何度か女委には膝枕されてるからね」

「そうなの? ……なるほど、そう言うところで地味にポイントを稼ぐ、というわけか。意外と、したたかなのね、女委」

「えっと、ポイント?」

「ああ、気にしないで、こっちの話よ」

 

 どうしたんだろう?

 女委を見て、なぜか難しい顔をしているんだけど……。

 何かあるのかな?

 

「それにしても……依桜の膝枕、ね。……羨ましい」

「あれ? 未果も、膝枕してほしかったの?」

「あ、い、今のは、ちが……くはない、けど……」

「なんだ、それじゃあ、今度未果にも膝枕してあげるよ」

「え、いいの?」

「うん。幼馴染だもん」

「……そう。ありがとう。期待してるわ」

 

 別に、膝枕するくらいなら、減るものじゃないからね。

 

 それに、未果には何時も助けられたりしてるし。

 

 ……正直、未果と出会ってなかったら、今のボクはいなかったのかなぁ、なんて。

 一番最初の友達が未果で、その次が晶。

 

 そう言えば、思春期と呼ばれる時期に入っても、ボクたちはいつも通りだったっけ。

 

 考えてみれば、ボクがいじめられたりしなかったのって、二人のおかげだと思うし。

 偏見持たなかったからね、二人とも。

 

 晶は、元々ハーフだから、って言うのもあったんだろうけど。

 よくよく考えたら、未果って純日本人なのに、変にいじったりしなかったんだよね。

 

 あれ? そうなると、ボク含めた幼馴染三人組って、日本人に見えるのって、未果だけじゃない? ボクは隔世遺伝で銀髪碧眼の、北欧風になってるし、晶はたしか、イギリスと日本のハーフだっけ? そのせいで金髪だし……。

 

 あ、本当に日本人に見えるの、未果だけだ。

 

 そう考えると、すごい組み合わせだったんだね、ボクたち三人は。

 

 やっぱり、助けられてばかりだったんだなぁ、昔のボクって。

 今は、助けられる力があるから、全然いいよ。

 

 もちろん、後から輪に加わった態徒と女委にだって、すごく感謝してるし。

 態徒は、言動と行動こそ変態だけど、すごく優しくていい人だからね。そのおかげか、態徒のことが好きな人がいるくらいだし。

 

 女委も、態徒とは違った方向性の変態だけど、気配りはできるし、のほほんとしているところはあるけど、よく見てるからね。

 

 二人も、ボクの銀髪碧眼を見ても、距離を取ったりしなかった。むしろ、変に踏み込んできたくらいだしね。

 

 ……ボクって、友達には恵まれてたんだなぁ。

 うん。そう考えたら、ボクは結構幸せだね。

 

 来月は確か、バレンタインがあるはずだし、日ごろの感謝を込めて、みんなにチョコレートでも作ろうかな。

 

 今は女の子だから、周囲なんて気にする必要もないし。

 

 あ、でも、男でも作る人は作るんだっけ?

 

 まあいいよね。

 

 うん。今のうちに色々と考えておこう。

 

「依桜、何考えてるの?」

「ふふふ、なーいしょ❤」

 

 口元に人差し指を当てて、微笑みながらそう言う。

 

『ぐはっ』

 

 あ、あれ? なんか、みんな胸を抑えて悶えだしたんだけど……どうしたんだろう? お腹痛くなったのかな?

 

「依桜、ますます女の子してきてるわね」

「え? そ、そう?」

「ええ。男の時だった全く考えられない行動してるわよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 ど、どうしよう。

 それはちょっと考え物かも……。

 

 ……でも、女の子というのも悪くないかなー、なんて思ってたり……って、ダメダメ! ボクは男だから!

 

 ……って、誰に言ってるんだろう。

 

 う、うーん、受け止めなきゃいけないのはわかってるんだけどなぁ……。

 往生際が悪いのかも……。

 

 そう思いながらも、バスは学園に向かって走る。

 

 

 そして、一時間くらいした頃、ようやく学園に到着。

 最後に軽く学園長先生がお話をして、解散となった。

 

 その後は、みんなでいつものように話しながら家路に就いた。

 家に帰ってからは、父さんと母さんにお土産を渡して、夜ご飯を食べて、就寝。

 

 こうして、色々とあった二泊三日のスキー教室は終わりとなりました。




 どうも、九十九一です。
 やっとスキー教室が終わった……。ついつい長く書いちゃうんだよなぁ……悪い癖だ。次の話は……何しよう。特に決めてないし……まあ、マラソン大会とかアルバイトとか、その辺でいいかもなぁ。
 えー、今日は多分2話投稿になるかなー、と思います。できたら、いつもの二パターンで、無理ならいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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207件目 依桜ちゃんの考え事

 スキー教室が終わり、いつも通りの日常。

 今日は体育がある。

 男子がサッカーで、女子はバスケ、の予定だったんだけど……

 

「バスケットゴールが壊れるとはなぁ……」

 

 バスケットゴールが壊れてしまったらしく、体育館が使えなくなった。

 

 なので、ボクたち女の子の方もグラウンドで体育をすることに。

 男女混合になったので、種目も変わり、ソフトボールとなった。

 

 十人チームが四つ。

 ボクたちは、運よく五人で固まることができた。そこに、他のクラスメートが五人という形。

 

「さて、時間もそこまであるわけじゃないので、一試合につき、三回までとする。では、AチームとBチームからだ。C、Dチームは観戦していてくれ」

『はーい』

 

 ボクたちはBチームなので、早速出番となった。

 

 

「よーし、それでは、プレイボール!」

 

 そして、始まった試合。

 

 まずは、Aチームが攻撃で、Bチームが防御となった。

 ボクは、ショートとなった。

 

 正直ルールとかよくわからないんだけど、大丈夫だよね?

 とりあえず、球を捕ればいいわけだし。

 

 ちなみに、ピッチャーは、晶です。

 キャッチャーは態徒。

 

 手始めとばかりに、晶がボールを投げると、カキィィン! という音を響かせて、ボールが飛んでいった。

 

『よっしゃ!』

 

 かなり飛んでいったボールを見て、打席にいた宮内君がガッツポーズをする。

 そして、レフトの方に飛んでいき、あわや落下、となったところで、

 

「ふっ」

 

 ボクがキャッチした。

 

『『『はぁ!?』』』

 

 なぜか、みんなが驚いていました。

 なんで?

 

「あ、あれ? ボクがボールを捕っちゃいけなかった?」

「い、いや、まずいことはないけど……」

「依桜、普通、レフトの方に飛んでいったボールは捕りに行かないぞ、ショートは」

「そ、そうなの? てっきり、獲れる人が捕りに行くのかと……」

「いや、それでもいいと思うが……よほど足が速くないと、普通はできないな」

「そ、そうなんだ……」

 

 なんだろう、このやってしまった感は。

 そ、そっか、普通の人は捕りに行かないんだ……。

 

『男女すげぇ……』

『学園祭とか、体育祭で運動神経がいいのはわかってたけど、今のはすごかったなぁ』

『オリンピックとか目指せるんじゃない?』

『たしかに』

 

 あ、どうしよう。変に目立っちゃった……。

 つ、次は、普通にやろう。

 

 

 その後は、普通に防御(グローブを上に投げてボールをキャッチしたり、わからないようにちょっと風圧だして、ボールを落としてキャッチしたり)して、攻撃に移った。

 ボクの前に二人、バッターボックスに立って、攻撃をしていたんだけど……もれなく、全員陥落。

 そして、ボクの番となった。

 

『お、男女が相手とか、正直やりづれぇ……』

 

 そんな呟きを漏らすのは、宮内君。

 

 宮内君は、野球部所属の生徒で、たしか一年生の中で一番上手い、っていうことを聞いたことがある。

 だから、普通だったらこっちがやりづらいことになるんだけど……

 

 カキィィィィィン!

 

 宮内君が投げたボールを、ボクが振ったバットが捉え、そのまま飛んでいった。

 ちなみに、ボールは学園の敷地内のかなりギリギリなところに落ちました。

 

『『『うわぁ……』』』

 

 みんなが、ドン引きしたような声を漏らしてました。

 

 

 結局、他の人が塁を取り、ボクがホームランを打って、点を取り続け、気が付けば、一回裏で十二点も取っていた。

 その結果、ボクたちのコールド勝ちになりました。

 

 うん。酷い。

 

 この後の試合も、ボクたちのチームが全部コールド勝ちする結果となり、体育は終了。

 体育は、独壇場になりかねないです。

 

 

 体育が終わり、普通に時間が過ぎる。

 

 いつも通りにみんなと過ごして、いつも通りに帰宅。

 

 そして、家に帰り、ベッドに寝転ぶ。

 

 うーん、イベントが終わると、なんだかやる気やら何やらがなくなるよね……。

 

 小学生だったら、夏休み、冬休み、春休みの、長期休みが終わった時に。まあ、これはどの学生も同じだと思うけど。

 それ以外だと、遠足とか、林間学校、修学旅行とかね。

 

 中学生になると、文化祭が入ってくる。学校によっては、文化祭じゃなくて、文化部の発表会のような物になったりするんだけど、あれが終わった後も、それなりに終わっちゃったなぁ、みたいな気持ちになる。

 

 高校生になると、全力でイベントごとを楽しみに行くようになる。

 体育祭に、長期休みに、林間学校に、学園祭に、球技大会、マラソン大会と、色々。

 

 学生の当時は、それがどれだけ素晴らしいものか、なんてわからない。

 当時はどんなに嫌な思い出になったとしても、いざ卒業して社会人になってみると、いい時代だったと思うようになる。

 

 まあ、ボクの場合は、すでに三年間も学生から離れていたから、そう思うんだけどね。

 

 やっぱり、こうして何事もない普通の学園生活が送れるって言うのは、すごくいいことだよ。

 

 世の中、理不尽に満ちているから。

 

 刺激が欲しい! という気持ちは、わからないでもない。

 楽しめる範囲内での刺激という意味でなら、全然あり。

 

 例えば、学園祭で例年とは全く違ったことがしたい! とか。

 そう言うのはいいんだけど……ほら、日本ってアニメとかマンガがかなり普及しているおかげで、それに憧れるような人が多いでしょ?

 

 だから、異世界に行きたい! とか、特殊な力に目覚めたい! とか、そういう刺激はちょっとね……。

 

 みんな理想を抱きすぎてると思うけど、現実はそんなに甘くない。

 

 その結果が、今のボク。

 

 現実と理想は違う、とはよく言うけど、まさにそう。

 

 異世界へ行っても、チート能力が得られるわけじゃなく、ただただ弱い状態で右も左もわからない未開の地に放り込まれて、何度も死に目を味わう。

 

 ほらね? いいことないよ?

 

 え? チート能力を持ってるだろって? いやいや、ボクの場合は、死で彩られた地獄のような……というか、地獄すら生ぬるいほどの修業をこなした先で手に入れた、努力の結晶です。チートなのは、師匠だけ。こっちに戻ってきてからは、『言語理解』がかなり役に立っちゃってるけど。

 

 と、それはそれとして……まあ、あまりにも現実が辛すぎて、どうしても異世界に行きたい! みたいに思うのは仕方ない。

 

 でも、この世界の方がまだまだ平和だ。

 日常的に人は死なないし、戦争もないし、死傷率も高くないし。

 あとは、娯楽も普及している。

 

 向こうなんて、娯楽はほとんどなかったよ。

 

 小説のようなものはあったけど、どれもつまらなかった。

 

 他に娯楽があったとすれば、闘技場くらいかな。

 行ったことはなかったけど。興味がなかったし。

 

 それ以前に、修業が忙しくて、娯楽にカマかけてる余裕がなかったのが真相だけど。

 

 殺伐とした世界に、三年間もいたせいか、ボクは転移する前よりも、平穏が好きになって、荒事が嫌いになった。

 

 平穏は、何事もなく、穏やかに過ごせる時間。

 

 でも、荒事は、何かに巻き込まれ、平穏とは程遠い、騒がしい状況になる時間。

 ボクは、できるだけ、平穏無事な生活を送りたい。

 

 多少の刺激があるのはいいんだけどね。

 ボクだって、そう言うのはちょっとは欲しくなるから。

 ボクなんて、望んでいないのに、目立つ様なことになっちゃうから、安穏とは程遠くなってしまう。

 

 それもこれも、学園長先生が原因だけどね!

 

 諸悪の根源です。

 

 正直、よく殺さなかったな、ボク、なんて思ってます。

 

 振り返ってみれば、色々あったなぁ。

 

 学園長先生の楽しそうだから、という理由で研究していた異世界。その、異世界に行く装置を起動したら、たまたま異世界人を召喚しようとしていた王様たちのところに呼ばれちゃって。

 

 三年間過ごして。帰ったら女の子になっちゃって。ミス・ミスターコンテストには出場させられた上に、テロリストが襲撃してくるし。

 

 その後は、色々と学園長先生の思い付きに振り回されて、師匠ならしっかり補完できる失敗を、まいっか、の一言だけで済ませた結果、ボクがいろんな姿に変身する、なんていう特異体質になるし……。

 

 テレビで報道されて、マスコミに張り込まれるし。

 

 ……何度思い返してみても、碌なことがない。

 

 というか、なんでボク生きてられてるの?

 普通、死んでるよね? というか、普通に何回か死んでるし。

 

 いや、それは何度も考えた。

 

 問題はそこじゃなくて……ボク、よく過労死しないね。

 

 異世界で鍛え上げた無尽蔵ともいえる体力のせいで、ボクがこっちの世界で疲れることはほとんどない。

 

 疲れたといえば、学園祭で料理を作ったことくらいかな。

 

 それ以外だと、師匠と学園長先生絡みのことばかり。

 

 ……そう考えると、学園長先生って相当トラブルメーカーだよね?

 

 というか、実際そうだよね。

 なんで、ボクがこんな酷い目に遭ってるんだろう。

 

 呪われてるのかな、ボクの人生……。まあ、本当に呪われてるけど。

 

 【反転の呪い】は、まあ、いいとして……明らかに、ボクの人生は波乱万丈と言っても過言じゃないくらい、波乱に満ちているよ。

 

 正直、楽になりたい。

 

 こう、都会から切り離された田舎で、のんびりとしたいなぁ。

 

 ……あ、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行きたい。

 二人の家は、のんびりとした田舎だから、すごく落ち着くんだよね。昔から好きだったよ。

 

 ……ボク、変なことによく巻き込まれていたからね。

 

 今も昔も変わらず、巻き込まれる、か。

 うーん、そう言う体質、なのかな?

 多分、そうだよね、うん。体質……はぁ。

 

 それにしても……ボクは将来、何をしたいんだろう。

 

 やりたいことなんて、正直なところない。

 

 少なくとも、身体能力を考えたら、スポーツ選手になることだってできる。むしろ、どんな競技をやっても優勝できるくらいには。

 

 でも、ボクのは本当の意味での実戦だから、ちょっと違う。

 だからと言って、事務仕事と言っても、なんだか漠然としない。

 

 他にも色々。

 

 先生とか。ゲームクリエイターとか。料理人とか。

 

 色々と思い浮かぶものの、どれもいまいちパッとしない。

 

 それに、ボクは学園長先生から、多額のお金をもらってしまった。

 

 家のローンを完済するのに使ったとはいえ、まだまだお金は減らない。

 

 未だに一億ある。

 

 一人じゃ全然使いきれない。

 多分、この先普通に生活していても、無くなることはないと思う。

 

 ボクは、解呪によって寿命がある程度戻っているらしいけど、それでも、百年近くは生きると考えても、まったくなくなる気がしない。

 

 あって困るような物じゃないけど、高校一年生でこんな馬鹿みたいな金額を持っていても、持て余すだけ。

 

 いっそのこと、募金しちゃうとか?

 

 うん。ありだね。

 今度、数百万くらい募金しよう。

 一応、今後の生活のことを考えたら、全額なんてことはできない。

 

 ……いや、やっぱり、千万くらいにしよう。

 それくらいあれば、貧困で困っている人を多く助けられるはず……。

 

 なんて、偽善だよね。

 

 まあでも、やらないよりかはマシ、なはず。

 

 とりあえず、千万は募金する方向で。

 

 それでも、かなり余裕がある……。

 

 これはあれかな、会社を立ち上げるとか。

 

 ……ダメだ。ボクにはそんな経済・経営の知識はない。

 

 アイドルとか目指してもいいんじゃない? なんて、クラスメートの女の子たちに言われはしたけど、ボクなんかじゃお客さんは入らないだろうしなぁ。

 

 まあ、アイドルというより、芸能界に、だったけど。

 みんな、芸能界に入っても全然やっていけるよ!

 なんて言うんだけど、ボクはそこまで面白い人間じゃないし、容姿だって、そこまでいいわけじゃないし……。

 

 そもそも、人前に出るのって得意じゃないから無理だね。うん。無理。

 

 ……最悪の場合、学園長先生の研究を手伝う、なんてこともあるわけだけど……それは、本当に最終手段。というか、できればやりたくない。

 

 と言っても、あの先生のことだから、就職しない? なんて言って来そうだけど。

 

 ……うん、今将来を考えても、何もない。

 

 ボクは、異世界に行っていたせいで、普通とは違った存在になっちゃってるから。

 

 ……あ、異世界で暮らすのもあり?

 

 向こうは向こうで、戦争が終結したから、穏やかになっているみたいだし。

 そう考えると、こっちの騒がしい日常じゃなく、平穏な向こうに行くと言うのも……あー、それも無理そう。

 

 一応、あっちの世界でのボクの立ち位置と言えば、勇者、ということになっているから。

 何かしらの問題が起きたら、ボクに回ってきそうだよね。

 最低限、数十年くらいは働かなくても生きていけるけど、それはさすがに、人としてどうかと思うからなし。

 

 まあ、今考えても仕方ない、か。

 その内、やりたいことが見つかるかもしれないからね。

 

『依桜―、ご飯よー!』

「あ、うん、今行く!」

 

 うん。今は、目の前の日常を楽しもう。




 どうも、九十九一です。
 なんか、ものすごく手抜きになった感が半端ない回になりました。大丈夫? これ。……疲れてるのかな、私。まあ、うん。疲れてるんでしょう。
 あ、読者の皆様に訊きたいことがあるのですが、依桜の異世界での三年間の話ってやったほうがいいですかね? 前々からずっと考えていたのですが、正直なところわからないんですよね。やったらやったで、完結まで相当先になりそうですし……。
 なので、やってほしいかやってほしくないか、と言うことを知りたいので、もしよろしければ、言っていただけるとありがたいです。むしろ、言ってほしいかな、なんて思ってます。……うん。なんか、感想を催促してるみたいですね。まあ、気が向いたらでいいので、よろしくお願いします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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208件目 依桜ちゃんとお悩み相談2

 なんでもない日常のある日、ボクは学園長先生に呼び出されていました。

 

「それで、えっと、用件は?」

「お悩み相談、覚えてる?」

「はい。今も週に一回やってる、あれですよね?」

「そうそう。それでね、また依桜君に出てほしい、っていう声が多いらしくてね」

「それで、ボクに出てほしい、ってことですか?」

「そう」

「なるほど……」

 

 お悩み相談……。

 たしか、ゲストとして呼ばれたあれ、だよね?

 あれが好評だったらしく、あの後も週一で実施されることになったくらいだし。

 ボクは、まあ……別にいいと言えばいいんだけど。

 

「学園長先生的には出てほしい、っていう感じですか?」

「んー、私はそっちの方が面白そうってだけ。出てほしいと思っているのは、放送部と生徒の方。依桜君、的確に答えを出してくれるから」

「的確、じゃないとは思いますけど……」

「いやいや、実を言うとね、あのお悩み相談の後、相談した生徒がみんな上手くいったらしいのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。鈍感だった彼に勇気を出して告白したら、無事恋人になれた、とか。モテたい、と言っていた男子は、自分磨きを頑張ったら、告白を何度かされた、とかね」

「そうだったんですね。でも、ボクは思ったことを言っただけですよ?」

 

 実際、向こうの経験を基に言ったものばかりだし。

 それに、恋愛感情を持ったことはないからね。

 ……最近、ちょっと変だけど。

 

「それがよかったから、こうしてまた、ゲストで出てほしい、って言われてるのよ」

「そ、そうなんですか」

「それで、どうかしら?」

「……わかりました。的確にできるかはわかりませんけど、やらせてもらいます」

「ありがとう! あ、前と同じく、テレビで中継するから」

「え!?」

 

 なぜ、それを早く言ってくれなかったのかと、ボクは学園長先生にジト目を向けた。

 

「あ、それから、依桜君の友達を一人呼んでほしいって」

「わかりました。じゃあ、みんなに相談してみますね」

「ありがとう。それじゃ、よろしくね」

「はい」

 

 

「あ、依桜。お前、またお悩み相談やるんだってな」

「うん。なぜかね」

 

 昼休み。

 

 みんなでお昼を食べながら、今朝の話に。

 

 放送部は、ボクが了承したことを学園長先生からすぐに教えられ、向こうも今週のお悩み相談にはボクが出る、と言うことを告知していた。

 

「あ、みんなに相談なんだけど……一人、友達を呼んでほしいって言われてね。四人のうちの誰かに一緒に出てもらいたいんだけど……」

「へぇ、それは面白そうだなぁ」

「だね」

「あー、私はパス」

「俺も」

 

 態徒と女委は乗り気で、未果と晶は乗り気じゃない、と。

 そうなると、この二人のどっちか……。

 

「う、うーん、どことなく、地雷臭が……」

「どっちも変態だもの」

「変なことを言うのが目に見えてるな」

 

 ボクの言ったことに、二人が反応する。

 うん。本当にその通りだと思います。

 

「……どっちがマシか、と訊かれれば……まあ、女委よね」

「だな。態徒は、変なことを言いそうだ」

「ちょっ、酷くね!? い、依桜、依桜はどっちがいいんだ!?」

「え、えっと……まあ、女委、かな。少なくとも、気の利いたことが言えるし……態徒よりは」

「畜生!」

「はっはっはー。態徒君、今回はわたしの勝ちだね!」

「あ、あくまでも、態徒よりマシ、というだけだからね? 女委も大概だよ?」

「なんだってー」

 

 うわ、棒読み。

 表情もなんだか、とぼけてるし。

 

「まあいいけど……じゃあ、とりあえず、女委が一緒に出てくれる、ってことでいい?」

「OKさ!」

「依桜が決めたんじゃしゃーないなー」

 

 というわけで、女委が一緒に出ることが決まった。

 ……できる限り、抑制しないと。

 

 

 週末。

 

 放送部のお悩み相談は、月二回。

 第二金曜日と、第四金曜日になっている。

 ちなみに、今週がその第二金曜日です。

 

「どうもどうもー、依桜さんお久しぶりですね。あれ? お久しぶりなのかな?」

「会ったのは、一ヶ月前ですから、久しぶりと言えば久しぶり、だと思いますよ、豊藤先輩」

「そですね。それで……そちらが、依桜さんのお友達?」

「Yes! どうも、腐島女委です! よろしく、豊藤先輩!」

「なるほどなるほどー。元気な人が来ましたねー。まあ、元気な人は大歓迎! さあさあ、早速準備をしましょう!」

 

 前に会った時と変わらず、豊藤先輩はかなりテンション高めだった。

 

 

 前と同じ部屋に通され、ボクと女委が並んで座り、その対面側に豊藤先輩が座る。もちろん、ボクたちの前には、マイクが置かれている。

 

「それじゃあ、始めましょう! 西崎、よろしくぅ!」

『それでは、始めまーす! 3、2、1……スタート!』

 

 以前と同じく、西崎君のスタートの掛け声とともに、軽快な音楽が鳴りだした。

 

「学園内の皆様、ハロハロ―! 月二回の恒例企画! お悩み相談の時間ですよ! さて、今回のゲストは二名! 学園一の巨乳の持ち主である、男女依桜さん! それから、学園一の腐女子、腐島女委さんです!」

「どんな紹介ですか!?」

 

 豊藤先輩のおかしな紹介に、思わずツッコミを入れていた。

 

「にゃははー、照れるなぁ」

 

 だけど、豊藤先輩の紹介に、女委は普通に照れていた。

 まあ、女委にとって、それは褒め言葉だもんね。

 

「ツッコミはさておき、自己紹介をお願いします。と言っても、依桜さんに限って言えば、最初のゲストで出てますが。でも、一応は自己紹介をお願いしますね」

「わかりました。えーっと、みなさんこんにちは。一年の男女依桜です。なぜか、もう一度出てほしい、という声が多かったらしいので、こうしてまたゲストとして参加させてもらいました。的確な回答ができるかはわかりませんが、頑張ります!」

「どもー! 同じく一年の、腐島女委さんだよ! 今回は、依桜君の友達ということで参加させてもらいました! 悩み相談なんて、BL以外ではされたことないけど、頑張っちゃいますぜ! どうぞよろしく!」

「テンションが真逆ですねぇ、お二人とも」

 

 うん。ボクも、正反対なテンションしてるなぁ、なんて思っちゃったよ。

 女委、楽しそうだね。

 

「ふふふー、やっぱり、正反対なくらいの方が、馬が合うってことだね!」

「なるほど、一理ある。何はともあれ、今回は期待していますよ、お二人とも!」

「頑張ります」

「任せてよ!」

 

 本当に正反対だった。

 

「じゃあ、早速一つ目のお悩み。こちらは、一年生のAさんからですね。『こんにちは! つい先日のスキー教室で、私に好きな人ができました。できれば付き合いたい! と思うのですが……相手が、私と同じ女の子なので、どうかと思っています。どうすればいいでしょうか?』だそうです」

「よっしゃあああああ! 百合だああああああ!」

 

 ああ、女委のスイッチが!

 

「おお、女委さん、随分テンション高いですね」

「百合の話題とあらば、このわたし! ならば、解決してみますよ!」

「自信満々ですね。まあ、とりあえず、回答を聞いてみましょう」

「あいさー! こほん。じゃあ、わたしの回答。というか考え。襲え。以上です」

「どういう意味!?」

 

 女委のわけのわからない考えに、ボクは思わず声を上げていた。

 というか、襲えの意味がわからない!

 

「文字通りさ! いいかい、依桜君。同性愛と言うのは、いわば禁断の愛なわけですよ。相手が百合じゃない限り、実る可能性は低いわけよ。で、だったら、襲ってしまった方が手っ取り早いというものです」

「いやそれ犯罪! 襲っちゃダメ! 襲うの意味はわからないけど! なんとなく、犯罪臭がするからダメ!」

「えー?」

「えーじゃないの!」

 

 まったく、やっぱり地雷だった……。

 こんなことなら、未果か晶に頼み込んだ方がよかったよ。

 

「なかなかにとんでもない人が来ましたねぇ」

「なんか、すみません……」

「にゃはは、照れるなぁ」

「褒めてないと思うよ、女委」

 

 女委って、本当にポジティブだよね……。

 その辺りはちょっとうらやましいとは思うけど、考え方がいまいちわからないから、全部羨ましいかと言えば、ちょっと違う。

 だって、女委の言っている言葉の意味がわからない時がよくあるんだもん。

 

「それじゃあ、依桜さんはどうですか?」

「そうですね……普通の人からしたら、忌避されるんでしょうけど、ボクは特に否定しません。心の底から好きだと思えるのなら、それが正しいと思います。それに、今の世の中、同性愛者を差別するのは、ダメですからね。愛の形は、人それぞれです」

「おー、やっぱりまともですね」

「……むしろ、女委の回答がおかしいと思うんですが」

「そうかい? 普通だと思うんだけどなー」

 

 ……女委の感性は、やっぱりおかしいと思います。

 

「それでは、まとめてしまいましょう! とりあえず、お二人の回答を統合して……恋愛は自由です。許可が出たら、襲いましょう。ということですね」

「違うと思いますよ!?」

「あり? なんか違いました?」

「なんで、襲う前提なんですか!」

「なんでって……襲いたくなりますよね?」

「当然ですね!」

「……あ、うん。次行きましょう」

 

 この二人に何を言っても無駄だと思ったボクは、ツッコムのを諦めて、次のお悩みに行くよう、促した。

 この二人、もしかすると混ぜるな危険かも……。

 

「ですね。じゃあ、続いてのお悩み。こちら、二年のHさん。『こんにちは。私は胸が小さいのが悩みです。どうしたら、大きくなるんですか?』だそうです。……うん。ちょうど、目の前に学園のツートップがいるので、訊いてみましょうか。どうですか、お二人とも」

「そうだねぇ……。わたしは、特に何もしてないなぁ。気が付けば、巨乳でした」

「さ、参考にならない……じゃ、じゃあ、依桜さんは?」

「ボクも何もしてないです。というか、ボクの場合は、朝起きたら女の子になっていて、胸もこれだったので……どうしたら、というのはちょっと……」

 

 そもそも、元々男だったのに、なんでこのサイズなんだろう? って思ったよ、ボク。

 でも、女委とか態徒が言うには、TS? した男の人の胸は二パターンって言ってた。

 たしか、巨乳か、幼女になるか、だって。

 

 ……あれ、それボクどっちにもなれるような……。

 

「まあ、依桜君の場合は、単純に遺伝だろうねぇ」

「あー、そう言えば北欧系でしたっけ?」

「そうです。父さんと母さんのどっちかはわからないんですけど、一応先祖に北欧の人がいる、って話です」

「北欧の人って、巨乳が多いって聞きますしねぇ。やっぱり、遺伝なのか……ということは、女委さんも?」

「いえいえ、わたしは普通にこうなりました。お母さんが巨乳かと言われれば……普通ですね。Cくらいです」

「なるほど……突然変異か……」

「お、突然変異って言われると、なんかちょっとカッコイイ」

「女委、普通は怒るところだと思うよ」

 

 どうして、好意的に思えるんだろうね、女委。

 ポジティブすぎて、考えがよくわからないよ……。

 

「うーむ、こうなると……回答するのが難しい。二人とも、自然とそうなっただけだから、大きくする方法を聞いても答えは得られない、か……。ですが、ここで諦めては、お悩み相談の名が廃ります。というわけで、育乳方法って何か知ってます?」

「そうだねぇ……四十℃程度のお湯に浸かるのがいいとか、基礎体温を上げるとか、体を冷やすものを食べたり、飲んだりしないこととかかな? あとは、脇の下、体の側面、二の腕を揉むといいとか」

「女委、随分知ってるね」

「ふふーん。わたしは、依桜君よりも女の子歴が長いからね! その間、胸が大きいことを羨ましがられてたから、大きくする方法を聞かれたから、調べたのさ。ま、ネットに転がってるものばかりだけどねぇ」

「なるほどなるほどー。じゃあとりあえず、今のを回答としましょう。それに、育乳ブラなるものが世の中にはあるらしいので、それも手だね! じゃあ、次のお悩み相談行ってみよう!」

 

 うわー、すっごい軽く流しちゃったんだけど、豊藤先輩。

 

 い、いいのかな、こんなに適当で……。

 

 でも、胸を大きくする方法なんて、ボクはよく知らないし……第一、男だったんだから、知るはずないしね。

 

 ……さすがに、このお悩みに関しては、ボクが力になれることはないよ。

 

「次は……一年のIさんから。『こんにちは! インターネットにある、小説投稿サイトで、小説を書いているのですが、最近思うような話が書けません。題材は、よくある異世界ものなんですが、如何せんネタが……何かいいネタはないでしょうか?』とのこと。ふむ。小説ですか……お二人とも、どうですか?」

「うーん、こういった創作物に関することなら、女委の方がいいかも」

「へぇ、女委さん、得意なんですか?」

「いえいえ、ただの同人作家です」

「ええ!? 同人作家やってるの!?」

「はい。まあ、別に秘密じゃないので、言うんですが、わたし、『謎穴やおい』です」

「マジですか!? この学園にいる女の子の間で、密かに人気を博している、あの……?」

「人気かどうかはあれですが、まあ、多分そうですね」

 

 女委って、かなり人気ある同人作家だと思うんだけど、そこまで人気がある、とは思っていない節がある。

 

 その辺り、謙虚だよね。

 

 ……あれ、なんだろう、今一瞬、『お前も人のこと言えないだろ』っていう幻聴が聞こえたような……。

 

「では、その道のプロである、女委さん。何かあります?」

「そうですねぇ……やっぱりこう、異世界に行って、魔王倒して、最後の悪あがきで呪いをかけられて、美少女になる、というのはどうでしょう?」

「――ッ! けほっけほっ……!」

 

 ボクは一瞬、噴き出しそうになった。

 噴き出すは行かなくても、普通にむせた。

 それ、すっごく聞いたことある話! というか、ボクの体験談だよね!?

 何勝手に、ボクの人生の経験をネタにしようとしちゃってるの!?

 

「依桜さん、どうしたんです? 急にむせて」

「あ、い、いえ、お水が気管に……」

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」

 

 苦笑いを浮かべながらそう言う。

 そして、女委の方に視線を向ける。

 

「なるほどー、意外と見かける題材ですが、でも、そう言った作品あまり多くないですねぇ。イイと思います。というわけなので、Iさん。女委さんが言った題材を使ってみて下さい」

 

 ボク的には、その小説が投稿され始めて、見た時、その主人公に感情移入できる気がします。

 

「はい、次のお悩み。えーっと、三年のKさんから『こんにちは。私、つい最近から、女神様に恋しちゃってるみたいなんです……どうすればいいですか?』だそうです。あー、女神様、ですかー。うん。まあ、まどろっこしいのはあれなので、聞きます。依桜さんの恋愛対象って、結局男女どっち?」

「ふぇ!? いや、あの、えっと……こ、答えなきゃダメ、ですか?」

「もちろん。女委さんは?」

「聞きたいなー。依桜君の恋愛対象」

「え、えっと、その……よくわからないですけど、未果とか女委、あとは師匠と、美羽さんには、よく赤面させられたり、ドキドキしたりします、けど……」

 

 特に、女委と師匠にはよくドキドキさせられます……もちろん、未果にも。

 

「おお! と言うことは、百合! 百合なんですね!?」

「ほうほう、依桜君そう思ってたんだねぇ。いやー、嬉しいなー」

「あ、ち、違うよ!? た、たしかに、赤面させられたり、ドキドキしたりするけど……は、恥ずかしかったりするだけ、だよ……?」

「「うわー、かーわーいーい!」」

「なんですかその言い方!?」

 

 すごく馬鹿にされている気がするのは、ボクだけ!?

 

「まあ、遊ぶのはさておき。依桜さん的には、よく一緒にいる小斯波君とか、変態には何か思わないんですか? 好意的な」

「うーん……友達として、という意味では、好意を持ってますけど……赤面させられたり、ドキドキしたり、というのはない、ですね」

「なるほどー。やっぱり百合ですね」

「ふぇ!? ゆ、百合、なんですか? ボク」

「百合ですね。明らかに、女の子に対して心動かされてるみたいですしー」

「依桜君。百合はいいものだよ。てぇてぇなんだよ」

「てぇ、てぇ?」

「脳死して、語彙力が溶けて、尊いが言えなくなったこと」

「なる、ほど?」

 

 やっぱり、女委が言うことは、よくわからない……。

 う、うーん。ボクって無知なんだなぁ、ってよく思うよ……。

 

「じゃあ結論。依桜さんは……百合! 以上です! では、どんどん行きます!」

「って、ち、違いますからね!? って、なんでスルーするんですかぁ! あの、聞いてます? お願いですから、ボクの話を聞いてくださいーーーー!」

 

 ボクの叫び空しく、スルーされました。

 

 ……酷いよぉ。

 

 ボク、できればもう、やりたくないです、このお悩み相談……。

 

 この後の相談事の大半は、ボクに関係するものばかりでした。

 そのほとんどが、恋愛絡みで、なおかつ、女の子たちから、という、何とも反応しにくいものとなりました。

 ボクは……すごく疲れました。




 どうも、九十九一です。
 前話で、三年間の話をやった方がいいかどうか、というのを尋ねたら、やってほしいけど、本編も見たい、という気持ちがあるので、番外編的な感じて、ちょいちょいやるくらいでちょうどいいのでは? という案を頂きました。
 で、本編中にやった場合、クッソ長くなるのは自明の理。なので、もしやるとしても、大きめの章が終わった後の部分に挟むか、もしくは、いっそのこと、それ単体として作品を作るか、の二択になります。正直、TSさせるための理由が欲しかったから、異世界転移系になった、という経緯なんですけどね、この作品。
 なので、今現在は、まだやるかどうかは不明状態です。まあ、この作品自体が、ある程度落ち着いたらやるかも、くらいですね。
 一応、まだ不確定状態なので、アンケートを使います。できるだけ、回答をお願いします。……なんで、前話で使わなかったんだ、私。
 さて、今日も2話投稿できたらします。毎回言ってる通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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209件目 マラソン大会 上

 何気ない日常を送っていると、気が付けば一月下旬に差し掛かっていた。

 一月下旬には、マラソン大会がある。

 今日はその説明。

 

「あー、マラソン大会では、門白町の土手からスタートし、そこから約20キロほど走ることになる。スタート地点は現地集合。ゴールはここ、叡董学園だ。道中、五キロ地点に給水所、並びにトイレがあるので、体調管理はしっかりしろ」

 

 現在は講堂での説明会。

 

 全校生徒が関わるような行事は、こうして説明会が開かれる。

 一学年のみの場合は、クラス内での説明で終わることがほとんど。

 

 まあ、クラスがそこそこあるからね。それに、何らかの授業で被る可能性があると考えるとね?

 クラス内で済ませられるのなら、そちらで済ませてしまった方がいいだろう、みたいな感じの考えだと思う。

 

 それにしても、なんだかんだで、師匠も教師が板についてきた。

 

 口調こそあれだけど、お酒さえ絡めば、しっかりとした敬語で話せると言うことは、いつかの学園見学会で視界をやった時で知っている。

 まあ、裏を返せば、お酒がないと敬語を話さないと言うのと同義なんだけど。

 

「当日は、一応水筒を持って走ることは許可されているから、必要だと思ったやつは持っておくように。なくても、さっき言ったように、給水所があるから、安心しろ」

 

 師匠、やっぱり適当だね。

 

 あんなに適当にしているのに、よく教師が務まってるなぁ、なんて思う時があるんだけど……実際、師匠って綺麗だし、それに、なんだかんだで面倒見がいいから、人気がある。もちろん、生徒だけでなく、先生からも。

 

 一応、師匠なので、誇らしいと言えば誇らしい。

 

 ……でも、師匠の魅力を他の人が知った、というのはちょっと……もやもやする。なんだろう? 今までこんな風に思ったことはなかったのに……。

 

 まあでも、見当違いであることは、なんとなく理解しているけど。

 

「あとは、1位~20位までの生徒には、メダルが渡されるそうだ。ついでに、1位~3位の生徒には、それぞれ何らかの賞品があるから、まあ頑張れ」

 

 その一言で、講堂内は沸いた。

 賞品が出ると聞いて、やる気が出るのは誰でも同じ、ということかな。

 

「あとは、注意事項だ。時間以内に完走できなかった場合、走り切れなかった距離分、後日追走になるので、気を付けろ。まあ、もし体に不調があるのなら仕方がないが……仮病やら嘘の怪我を言っても、あたしの目は誤魔化せんからな」

 

 まあ、師匠相手に仮病を使うのは無駄だからね……。

 すぐに見破っちゃうもん。

 本当に怪我していた場合は、一瞬で完治させちゃうんだけどね。

 

「あとは、怪我をしないように気を付けろ。以上だ」

『ありがとうございました。それでは、以上で説明会を終わりにします』

 

 

 教室に戻ってくると、みんなマラソン大会の話で盛り上がる。

 

「マラソン大会かぁ。運動が苦手な奴からしたら、マジでしんどいよなぁ」

「まあ、距離が20キロ近くもあるからな」

「でも、この中で運動が苦手なのって、わたしくらいだし、問題ないんじゃない?」

「そうね。特に、依桜なんてすぐに終わっちゃんじゃないの?」

「あー、うん……まあ、本気で走れば、一時間かからずに終わると思うけど……」

「「「「やっぱ、化け物だなぁ」」」」

「ひ、否定できない……」

 

 一時間どころか、三十分以下でゴールできると思います。

 

 師匠は……多分、一瞬。

 師匠の『身体強化』の限界がどれくらいか知らないけど、少なくとも異常なのはわかってるし。

 それに、一瞬で終わっても不思議じゃないもん。

 

「しっかし、賞品ってなんだろうな」

「さあ? この学園のことだし、割とぶっ飛んでるものがでるんじゃないかしら?」

「ミス・ミスターコンテストで優勝しただけで、最新式のPCがもらえるくらいだからな」

「あとは、この街の全飲食店で使える食べ放題パスとかな」

「まあでも、いいものがもらえるのは確かなんじゃないかなー」

「そうだね。この学園での賞品は結構豪華だから」

 

 多分、学園長先生のポケットマネーから出てるんじゃないか、とボクは思ってるけどね。

 

 そもそも、学園を経営していて、なおかつ製薬会社を経営し、さらにはフルダイブ型VRMMORPGの運営もしているわけだから、かなりの年収になってそうだもん、学園長先生。

 そうでなくちゃ、一億もの大金、ぽんと振り込めないよ。

 

 ……学園長先生って、本当にいくら持ってるんだろう?

 

 純粋に気になった。

 

「まあ、このマラソン大会で気を付けないといけないのは、依桜だな」

「え? ボク? 怪我をすることはないと思うんだけど……」

「いや、そういうことじゃなくて、胸だよ、胸」

「胸……? ああ、ブラのこと? たしかに、最近きつくなってきたから壊れちゃうかも……」

「そう言うことじゃないんだが……いや、それも十分問題か」

 

 あれ? 他に何かあったかな?

 少なくとも、サイズが合わなくなってきてることくらいしか思い当たらないんだけど……。

 

「依桜君は鈍感だからねぇ」

「???」

 

 なんで鈍感って言われたんだろう?

 うーん?

 わからない……。

 

 

 目の前で首をかしげている依桜を見て、マラソン大会が本当に心配になって来た。

 いや、より正確に言えば、男子連中、と言ったところか。

 

『な、なあ、普通に考えたら、マラソン大会中ってよ、男女の巨乳がめっちゃ揺れるのが見れる、ってことだよな?』

『た、たしかに……』

『やべえ、そう考えたら、鬱だったマラソン大会が、めっちゃ楽しみになって来た!』

『それによ、腐女の胸だって見れるんだぜ?』

『……いいな』

 

 この様だ。

 男だから、大きい胸に目が行くのはわかる。

 だが、そこまでのことか?

 

 ……いや、俺自身も目が行くか、と訊かれれば、否定しきれないんだが。

 

 でも、友人にそんな目を向けるほど、俺は変態ではない。

 

 待て。この言い方だと、それ以外の人には目を向けることになりかねない。

 違うな。俺の場合は、単純に見ないようにしているだけだ。

 こっちが正しい。

 

 さて、なぜ心配になったのが男連中と思ったかだが……今まで、依桜の胸が原因で意識不明の重体になった奴が多いからだ。

 

 特に、体育祭。

 

 あれは、まあ……本当に酷かった。

 何度、AEDが使われたことか。

 あれは、事件のレベルだ。

 

 しかし、今回はそれとは違って、マラソン大会だ。

 

 給水所には先生がいるとはいえ、それ以外にはいない。一応、見回りの意味も込めて、巡回しているようではあるが。

 

 だが、それでも全部のヶ所にいるわけではないのは事実。

 毎回鼻血を出して意識不明になるのだから、今回もその危険性があるだけだ。

 それで、追走になるとか、馬鹿馬鹿しいからな。

 ……まあ、俺に関係ない、と言えば関係ないんだが。

 

「晶、あれ、大丈夫なの?」

「……俺は、大丈夫じゃないと思ってる。何せ、依桜のあれは凶悪だからな……。いや、むしろ、胸悪か?」

「地味に上手いわね……まあでも、そうよね……できれば、地獄絵図にならないことを祈るしかないわ」

 

 俺たち二人、苦い顔で頷きあった。

 

 

 そして、マラソン大会当日。

 

 これと言って天気が悪いわけではなく、空は快晴。

 マラソン大会日和。

 

 ボクの方も、特に体が変化するようなことは起きていない。

 いつ変化するかわからないという体質である以上、その辺りはかなり心配なんだよね……。

 どういう条件で変化しているのか、まったくわからないし……。

 

 もしかすると、条件なんてなくて、本当にランダムなのかもしれないけど。

 それなら、それで全然いいんだけど。

 いや、やっぱりよくない。

 できれば今後、小さくならないでほしい。

 

「おはよう、依桜」

「おはよう」

「あ、二人とも、おはよー」

 

 朝、スタート地点に向かって歩いていると、未果と晶の二人と会った。

 いつものように挨拶をして、一緒に歩く。

 

「依桜は、1位を狙うのか?」

「……師匠に、やるからには1位を取れ、って言われちゃってね……」

「あー、それはたしかに、1位を取らないとまずいわね」

「そうなんだよ。もしこれで、1位以下を取ったらと思うと……何をされるかわからない恐怖が……」

 

 あの頃だって、なんど無茶ぶりをされたかわからないよ。

 ……おかげで、ちょっとのことじゃ、動じなくなったけど。

 

「大変ね、そんな理不尽な師匠を持つと」

「まあね……。でも、師匠はいい人だから、好きなんだけどね……」

「今の聞いたら、ミオさん、すごく喜びそうだな」

「そ、そうかな?」

「そうね。あの人、なんだかんだで好きだもの」

「……弟子として好きと思ってもらえてるなら、いいんだけどね」

「「ああ、やっぱり鈍感か……」」

「あ、あれ? 何か間違った?」

「気にするな。いつものことだ」

「???」

 

 ボクはやっぱり、何かがおかしいのかな?

 ……よくわからない。

 

 

 それから他愛のない話をしながら歩き、スタート地点に到着。

 

 スタート地点には、多くの生徒が友達と談笑したり、軽く体を動かしていた。

 冬真っただ中と言うこともあり、大多数の人は長袖のジャージを着ているけど、中には半袖でいる人もいる。

 

 よく見れば、タンクトップの人も……って、師匠だ。

 どんな時でも、師匠はタンクトップにホットパンツ。

 

 寒くないってすごいよね……。

 

 いや、ボクも日本の冬くらいだったら全然寒くないけど。

 

「お、はよーっす」

「おっはー」

 

 ここで、態徒と未果も合流。

 二人も加えて、色々と話す。

 

「あ、みんな聞いた? どうやら、体育科の先生も一緒に走るみたいだよー」

「え、マジ?」

「マジマジ。体育科の先生を一人でも抜いてゴールできたら、追加で何かもらえるらしいよ。あと、全員抜けば、さらに豪華賞品が」

「へぇ、そいつはすげえなぁ」

「それで? 体育科は、誰が走るのよ?」

「えっと、小和杉先生と、獅子野先生、それから、小林先生、あとミオさん」

「……え、師匠走るの?」

「みたいだねぇ」

 

 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。

 師匠が走る時点で、絶対いいことはない気が……。

 

「元気か、ガキども」

「あ、ミオさん。どもー」

「ああ。ん、どうした、イオ。そんなやばい奴を見るような目を向けて」

「いや、あの、師匠、走るんです、か……?」

「走るぞ。それがどうかしたのか?」

「い、いえ、何でもないですよ! あ、あは、あははは……」

 

 よ、よかった、普通に走るだけみた――

 

「ああ、お前、あたしと一緒に走るから」

 

 いじゃなかった。

 

 師匠がボクの肩を掴んで、にっこり笑顔でそう言ってきた。

 

「……ですよねー」

 

 そう言うしかなかったです。

 ……これ、ボクはどうすればいいんでしょうか?




 どうも、九十九一です。
 ここのところ、長めの回が続いていたことを考えると、今回はかなり短めといえますね。まあ、しょうがない。ちょっと、時間がなかったので……。
 それから、アンケートを見たら、単体作品でやってほしい、の部分に票が一番入っていたので、やるとなったら、これとは別で、外伝的な感じでやることになりそうです。いつかはわかりませんが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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210件目 マラソン大会 下

『それでは、準備運動も終わったので、それぞれスタート地点に立ってください』

 

 軽く準備運動を終えた後、スタート地点に集まるよう、指示が出された。

 ボクたちは一番後ろの方に立っていたんだけど……

 

「なんだ、一番後ろか。ふむ……つまり、全員をごぼう抜きする、と?」

 

 ボクたちのところに師匠が来た。というより、ボクの真横に。

 

「そ、そういうわけじゃ……」

 

 そもそも、ボクは普通にマラソン大会をしたいだけなんだけど……。

 

「だがまあ、たしかに最後尾からやるのはいいな。どれくらいで全員を抜かしきるか。ふむ。まあいいだろう、許す」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 お礼を言うべきなのか、そうじゃないのか……。

 どう反応していいのやら……。

 

「ああ、そうだ。タイト」

「お、オレっすか?」

「ああ。お前は、そうだな……20位以内」

「は?」

「だから、20位以内でゴールしろ」

「む、無理っす!」

「無理じゃねえ、やれ」

「いや、だからですね」

「やれ」

「……はい」

 

 態徒、どんまい。

 正直、師匠に笑顔で命令されるのって、本当に怖いんだよね……。

 何と言うか、逆らえない圧力と言うかなんというか……。

 

「態徒、頑張れ」

 

 と、晶が苦笑いしながら、態徒に応援すると、

 

「お前は、50位以内だ」

「え!?」

「二人とも、頑張って」

 

 未果がそう言えば、

 

「お前は、70位以内」

「なんで!?」

「にゃははー、みんな大変だねぇ」

 

 楽しそうに女委が言えば、

 

「お前は、100位以内な」

「なにゆえ!?」

 

 こんな風に、みんなゴールする時の順位を指示されてしまった。

 

 ……なんか、うちの師匠が、すみません……。

 心の中で謝らずにはいられなかった。

 

「……オレ、依桜の大変さが少しは理解できたわ」

「……私も」

「……俺も」

「……わたしも」

 

 みんな、どんよりとしていた。

 

 この学園のマラソン大会は、よほどの事情か、怪我などがない限り参加するようになっている。

 

 ちなみに、今年のマラソン大会は、全員参加。

 三年生は自由参加なのだけど、最後のマラソン大会、ということで、基本全員参加している。

 

 ただ、例年は参加しない人がそこそこいるんだけど、今年は全員参加しているとか。

 

 行事に熱心だね。

 

 まあ、それはさておき。

 

 みんなが順位を指定されてどんよりしているのは、単純にその順位に入るのが難しいから。

 

 さっき言ったように、今年のマラソン大会は全員参加している。

 一学年280人で、それを×3した人数。つまり、840人参加しているわけで……。

 しかも、この学園は部活動が盛んで、全生徒数の約四割が運動部。

 中には、県大会以上の常連の生徒もいる。

 

 ボクたちは運動部じゃなくて、帰宅部。

 

 みんな運動は得意だけど、本職じゃないので、本職の人たちには及ばない。

 晶と態徒の二人は、運動神経がいいからもしかすると、って感じだけど。

 未果はともかく、女委は運動神経はいい方だと思うけど、かなりのインドア派だから、正直、100位以内は難しいんじゃないかな……。

 

「それじゃ、そろそろ始まるみたいだし、準備するぞ。いいか、あたしが指示した順位以内にゴールできなかったら……あたしの、特別授業だ」

「「「「!?」」」」

「ちなみに、授業内容は、秘密だ。ただ、一週間で、あたしと依桜を除いて、この世界で最速になれる、とだけ言っておこう」

「頑張るわよ!」

「「「おー!」」」

 

 みんなのやる気がMAXになった。

 うん。今のは確かに、そうなるね。

 ……一週間で、この世界で最速になるレベルの特別授業って……何するんだろう?

 かなり気になるけど……絶対に碌なものじゃないよね。

 ボク、似たようなことをさせられた記憶があるもん。

 

『それでは、スタートします! 位置について、よーい……』

 

 パァン!

 

 体育祭で何度も聞いたスターターピストルが、快晴の空に響き渡り、マラソン大会がスタートした。

 

 

 スタートと同時に、全校生徒が走り出す。

 

 こう言った行事は、何事も序盤が肝心になってくるものだ。

 

 上位入賞を狙う生徒たちは、序盤でそれなりにスピードを出して走り出す。ただし、飛ばしすぎず、適度にだ。

 

 逆に、それに追いつこうと必死になる生徒は、本気で走っているようなものなので、すぐに先頭集団から置いて行かれる結果となる。

 

 それ以外は、適度に走る、と言う考えだ。

 

 逆に、あまりやる気がない生徒がいるのも事実。

 

 そう言った生徒は、ほぼ歩きに近い走りをしていたり、そもそも歩いていたりする。

 ただ、あまりにも遅いと、追想させられる羽目になるので、なんだかんだで、中盤辺りから走り出したりする。

 

 この集団の中には、当然教師もいる。

 

 小和杉、獅子野、小林の三人が集団に交じって走っているが、一向にペースが乱れることはない。

 

 位置的には、集団の真ん中から少し先と言ったところだろう。

 ただ、その中にミオの姿はない。

 

 理由はもちろん……

 

「ほう、レベルの低い世界のガキどもだからと思っていたが……なかなかに見所があるガキもいるじゃないか」

「し、師匠、変なことしないでくださいね……?」

 

 一番後ろにいるからだ。

 

 ただし、一番後ろにいるのは、依桜とミオの二人だけだ。

 

 他の四人は、ミオにゴールする順位を指定されてしまったので、さすがに最後尾じゃ無理! ということで、先に行った。

 

 そのため、現在は二人で走っている、と言うわけだ。

 

 二人は、そこそこのスピードで走っているが、一向に息は乱れないし、汗もかいていない。

 

 開始からほとんど時間も経っていないし、距離自体もそんなに進んだわけじゃないが、それでも汗一つかかない、息も乱れない、さらには、平然と会話をしているのは、他の生徒からしたら異常に見えるだろう。

 

 そうでなくても、この二人はかなり目を引くはずだ。

 

 というのも……

 

『ぐっ、ま、まさか、一番後ろにいるなんてっ……』

『な、なんだあれ、新しい生物兵器か……?』

『ゆ、揺れてる……ものすげえ揺れてる……』

『直視はダメだっ、絶対死ぬ……!』

 

 依桜とミオの胸が揺れていたからだ。

 

 ここで言っておくのだが、ミオはスタイルがいい。

 メリハリのあるスタイルで、モデルなんか目じゃないくらいのプロポーションを持っている。

 

 ちなみに、割と胸が大きい。

 

 叡董学園で、一番の巨乳の持ち主は、ご存知の通り、依桜。その次に、女委が来て、希美となる。

 

 上から順に、HよりのG、F、Eとなっているのだが、ミオは希美と同じサイズだ。

 

 つまり、なんだかんだで、巨乳である。

 

 男だったはずの弟子に胸の大きさは抜かされているが。

 

 と、そんなわけで、二人の胸は大きいわけで、走れば当然、揺れる。

 それこそ、サラシでもしない限りは難しいだろう。

 もっとも、サラシで潰せるのは、Dくらいまでらしいのだが。

 

「しかしまあ、視線が多いものだな」

「そうですね。やっぱり、疲れが一切ないように見えるからでしょうか?」

「……お前の純粋さって、マジすごいよな」

「純粋?」

「いや、なんでもない」

 

 ミオの発言には、小首をかしげるだけのイオ。

 天然、ピュア、天然系エロ娘と、三拍子そろったわけのわからない美少女である。

 本当に男だったのか、と思われるような属性ばかりだ。

 

 

「はぁっ、はぁっ……ま、まさか、とんでもない順位になるよう、言われる、とは、な……」

「だ、だなっ……くそぅ、ミオ先生、マジで、鬼、だ……」

「ほんっと、依桜のすごさ、が、わかる、わ……!」

「ふ、ふふ、ふへへへ……む、胸がっ……」

 

 先頭集団にいる四人。

 

 みれば、かなり息が上がっている。

 

 特に女委が一番酷い。

 

 まあ、当然と言えば当然だろう。

 あのメンバーの中で、一番運動が苦手なのは、間違いなく女委だからだ。握力は別だが。

 その運動が苦手な女委、すでにへろへろだ。

 

 だが、もしここで100位以内に入れなかった場合、確実に死ぬ。

 

 一週間も、地獄の特別授業なんてやろうものなら、確実に死んでしまいかねない。

 そう思っている女委は、必死に走っている、と言うわけだ。

 

 現在、四人がいる位置は、割と先頭の方。

 

 おそらく、三十番目辺りだろう。

 

 いくら運動部に所属していないとはいえ、なかなかの高順位だ。

 女委のみ、死にそうだが。

 

 しかし、そこはどこかのオタク御用達イベントに参加するだけあって、体力はある方。死にかけている、とは言っても体力が尽きていたら、追いかけることはできないだろう。

 

 それに、ミオはできないことをやらせるような人間ではない。いや、そもそも普通の人間じゃないが。

 

 一応、ミオはできると思ったから、順位を指定したわけだ。

 

 と言っても、ミオができると判断した順位は、本気でやって追いつける順位、と言うわけだが。

 

 つまり、態徒は本気で走れば20位以内でゴールできる。というわけだ。裏を返せば、本気を出さなければ、指定された順位以内に入ることは不可能、と言うことになるのだが。

 

「そ、そういやっ……、い、依桜たち、は、どうしたん、だろうな……?」

「後ろ、から、一位を、狙う、って、言ってた、けどっ?」

 

 走りながら、態徒が依桜たちがどうしているか、と言うことを口にしたが、未果が反応する。

 実際、未果が言ったように、最後尾からトップを狙う、と言うことになっている。

 

 まあ、仕方ない。

 

 最初から本気で行こうものなら、怪しまれることになるからだ。

 

 なにせ、あの二人は異常なほどに速い。

 

 そもそも、向こうの世界で最強と称されるほどの人間と、その次に強いとされる人間なので、たった20キロ程度の距離では、大した修業にもならないし、ちょっとした運動程度にしかならない。

 

 そうして、ミオが定めたのは、開始から十分後にスピードを上げて1位を狙いに行く、と言うものだ。

 

 それを知らない先頭集団たちは、1位を取ろうと躍起になっているが。

 

「ま、まあ、普通にっ、ゴールできれば、いい、と思うぞ」

「ふへぇ、ふっへぇへへ……」

 

 女委は本当に死にそうだった。

 

 

 さて、開始から十分後の最後尾。

 

「ふむ。十分経ったな。よし、イオ。行くぞ」

「わ、わかりました」

 

 その瞬間、依桜とミオの二人は、ギアを上げた。

 

 さっきまでは、最後尾にいる生徒たちに合わせたスピードで走っていたが、十分経ったことで、先頭を走っている人よりも速く走り出したのだ。

 

 それはもう、最後尾にいたとは思えないスピードだ。

 

 そして、スピードが速くなると言うことは……

 

『『『ぶはっ!?』』』

 

 依桜、ミオ二名の胸が大きく揺れることになるわけで……凶悪すぎる揺れを見た結果、男たちは、鼻血を噴き出してぶっ倒れた。

 

 それから、スピードを一切緩めず、かなりの速度で走る二人。

 

 その速度はかなり速い。

 

 しかし、その姿が見えないわけではなく……さきほど、鼻血を噴き出して倒れた男たちと同じように、鼻血を噴き出して倒れる者が続出。

 

 依桜とミオはそんなこと、まったく知らずに走り続ける。

 

 

 そうして、どんどん走っていくと、気が付けば二人の後ろには、血溜まりに沈む男たちが大量生産されていた。

 

 死屍累々である。

 

 少なくとも、依桜とミオの後ろにいる男たちは全滅だろう。

 女子の方は、被害がない。

 

 その代わり、

 

『は、速ーい……』

『依桜ちゃんとミオ先生、すっごいなぁ』

『かっこいい……』

 

 二人の走る姿に、見惚れる者が続出。

 

 この学園、どういうわけか、同性愛に走りそうな生徒が多い。というか、走っている生徒が多い。ちなみに、女子限定で。

 

 男子の方に同性愛者はいない……と言いたいのだが、穂茂崎という教師は同性愛者だ。

 男の娘だった時代の依桜を狙っていたという、とんでも教師である。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 依桜とミオの二人は、いろんな意味で甚大な被害をもたらしていた。

 もちろん、本人たちに悪気があるわけじゃない。むしろ、不可抗力だ。

 

 なにせ、ただ走っているだけで、死ぬのだから。

 これを見ていると、水泳の授業や臨海学校ではどうなるかわかったものじゃない。

 

 もしかすると、本当に死人が出るかもしれない。

 

 

 さらに時間は経過。

 

 気が付けば、依桜とミオの二人は中間地点を突破していた。

 無意識の男殺しは絶好調、フルスロットルだが。

 現在も、死体を築き上げていっている。

 そうして、気が付けば二人は五十番目くらいにいた。

 

「あ、師匠、みんなが見えてきました」

 

 息切れ一つなく、汗もかいていない依桜が、前方に四人がいるのを確認する。

 

「そうだな。しかしまあ、意外といい順位に行きそうだな、あいつらは」

 

 態徒以外は、割と低め(ミオの中では)で指定したはずだったのだが、思いのほか奮闘しているとあって、ミオも感心していた。

 

 そして思った、

 

(もう少し、厳しめでもよかったか)

 

 と。

 

 悪魔である。

 

 あれ以上の順位でゴールしろというのだから、本当にミオは悪魔だ。

 むしろ、一番魔王らしいかもしれない。

 

「頑張ってるな、お前たち」

 

 そうして、気が付けば四人に追いついていた。

 

「ま、マジ、か、全然、つかれ、てねぇ……」

「鍛え方が違うからな。ほれ、お前たちも頑張れ。順位をキープしろ」

「さ、さすがに、しんどいっ……!」

「あ、ああっ……」

「あひゃひゃひゃ……!」

「し、師匠、女委が壊れちゃってます!」

「大丈夫だ。少なくとも走れているから問題なしだ」

「いやありますよ!?」

 

 完全に壊れてきている女委を見て、依桜がミオに焦ったように言うも、すぐさま大丈夫だと切り捨てられた。

 もちろん、抗議。

 

「仕方ない。おい、依桜。何かこう、ご褒美になるような物を、言ってやれ」

「ご、ご褒美? え、えっと……女委、無事にゴールできたら、えっと……ひ、膝枕してあげる!」

「――シャアッ! わたしは、ウサイン・ボルトになるぞーーーーー!」

 

 いきなりテンションを爆発させ、女委はさっきまでのぶっ壊れ状態は何だったんだ、とばかりに走り出した。

 

 爆走。

 

「し、下心ってのは、すごい、わね……あ、い、依桜、私、も、膝枕をお願いしても、いいかしらっ?」

「い、いいけど」

 

 未果が依桜に膝枕をお願いして、依桜がそれを了承したら、

 

「よっしゃあああああ! 私もやってやるわあーーーーーーーーー!」

 

 今度は、未果が爆走した。

 

「……態徒、俺たちは、普通に行こう」

「……お、おう。しょ、正直、オレも膝枕、には憧れる、が……ファンクラブに殺され、そうだ……」

 

 賢明な判断だった。

 

 

 その後、依桜とミオは、晶と態徒から離れ、爆走していった未果、女委を抜き、気が付けば、先頭を走っていた。

 ちなみに、先頭の方にいた男たちは、もれなく死亡。

 凶悪な胸には勝てなかったようである。

 

 

 さらに時間は進み、ぶっちぎりで先頭を走る二人。

 そして、学園が見えてきた。

 

「よし、イオ。ここからは、勝負と行こう」

「え、い、今からですか!?」

「ああ。さて、それじゃあ始めるぞ。よーい……」

「って、いきなり!?」

「どん!」

 

 と、ミオが言ったと同時に、とんでもない速度でミオが走り出した。

 とっくにウサイン・ボルトを超えたスピードだ。

 

「ちょ、し、師匠!?」

 

 慌てて、とんでもない速度で走り去っていくミオを、依桜は追いかける。

 

「ふははははは! 弟子、もっと本気を出せ!」

「いや、本気を出したら、普通に地面が壊れます!」

「ああ、それもそうか。じゃあ、地面壊さない程度に本気出せ!」

「無茶ですよぉ!」

 

 無茶ぶりの女、それがミオである。

 

 ミオのある意味無茶ぶりとも言えるセリフに、依桜は無理だと言うが、やらなかったら何されるかわからないので、結局やった。

 

 大概だと思う。

 

 そして、ゴールが近づき……

 

「ふっ、弟子に負ける師匠ではないぞ!」

 

 ミオがゴールした。

 その直後に、依桜はゴール。

 

「いや、師匠が速すぎるんです!」

 

 ミオの発言に、依桜はツッコミを入れていた。

 そして、その光景を見ていた、他の教師たちは思った。

 

(いや、速すぎじゃね!? というか、男女も人のこと言えないだろ!)

 

 と。

 

 そんなわけで、マラソン大会の1位(生徒)は、依桜となった。

 

 

 その後、つつがなく生徒たちがゴールしたのだが……つつがなかったのは、あくまでも、女子。

 男子たちは、ほぼほぼ瀕死になっていた。

 男子の中でゴールできたのは、ごく少数。

 晶と態徒はそのごく少数に含まれている。

 むしろ、あれを見てゴールできたのは素直にすごいと思う。

 

 さて、まさかの、リタイア者続出というとんでも事態が発生したものの、マラソン大会は終了となった。

 

 ちなみに、完走できず、死んでいた男子たちは、これで追走は可哀そう、と思った学園長の配慮により、追走は、二キロで済まされることになった。

 

 事情を知っている物からすれば、それくらいは許されるだろう。

 

 そして、膝枕をお願いした二人はと言えば……。

 

「「ふへへへへ……」」

 

 ものすっごい、だらしない顔をしていた。

 依桜はそれを見て、ただただ苦笑いするだけだった。

 

 

 こうして、依桜たちの、学園生活初のマラソン大会は、おかしな結果で幕を閉じた。

 来年は普通に走りたい、と思ったそうな。

 ちなみに、順位指定をされた四人は、全員無事に成し遂げていた。




 どうも、九十九一です。
 すっごい適当になってしまった……いや、なんかもう、クソですね、私。……なんで、こんなんで小説書いてるんだろう? ……まあ、今更感半端ないですが。
 さて、今日も多分2話投稿になると思います。いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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211件目 節分とバレンタイン前日

 マラソン大会が終わり、一月も過ぎる。

 

 二月に差し掛かると、学園に三年生たちは登校しなくなっていた。

 自宅研修期間だそう。

 

 でも、学園の行事には参加するそうです。

 

 二月、三月には、節分、バレンタイン、ホワイトデーの三つがまだある。

 

 節分は、何するのかなぁ、なんて思ってたら、本当に豆をまくだけだった。

 

 より正確に言えば、鬼に扮装した先生たちが学園内を走り回り、生徒たちは先生たちにひたすら豆を投げるだけ。

 

 まるで、普段のストレスを発散させるかのように豆を投げてぶつけ続ける。

 

『死ねぇぇぇ!』

『フハハハハハ! 生徒どもなんかには負けんぞ!』

『うるせぇ! いつもいつも、授業で当てやがって!』

『日ごろの恨みィィ!』

 

 こんな感じ。

 

 ある意味、酷いような……?

 

 ただ、先生たちも普通に楽しんでいたので、そこまで問題はないと思うけど。それ以前に、仕返し紛いのこともしてたしね。

 

 持っていた金棒(ゴム製)で反撃してきたり、生徒を捕まえて補習室に連行されて、勉強させられたりと、本当に酷かった。

 

『オラオラ! この金棒で、補習室送りにされたい奴は前に出てこいや!』

『くそっ、地獄の補習室だけはマジでかんべんぶらぁ!?』

『ふっ、一名、補習室ごあんなーい!』

 

 ずるずると引きずられていった。

 ちなみに、先生たちが着ていた鬼の衣装は、一定数豆を当てられると、電流が走って気絶するとか。

 

『くらえぇ!』

『ふっ、この程あばばばばばばばば!』

 

 突然壊れたラジオのようになったと思ったら、煙を出して倒れた。

 

 ……気絶する程度とはいえ、学園長先生、自分が運営している学園の教師に対して、電流が流れる衣装を渡すとか、鬼ですか。

 

 ルール的には鬼ごっこが近いけど、本当に酷い。

 

 むしろ、ここでの鬼は、先生でも生徒でもなくて、これを企画した学園長先生だと思います。

 

 ちなみに、ボクたちと言えば、

 

「くそっ、やべえよ、穂茂崎先生がやべえよ……あれ、どう見ても、男子生徒を狙いに行くバーサーカーになってんぞ……」

「……俺は、死を覚悟している」

「晶がそうなるって、相当じゃない?」

「まあ、穂茂崎先生、真性のホモだからねぇ」

 

 空き教室で隠れていた。

 

 原因は、態徒たちが言ったように、穂茂崎先生。

 

 いつかの体育祭で、ボクたちは穂茂崎先生が、同性愛者であることを知った。それに伴い、ボクが狙われていると知った時は、女の子になってよかった、と本気で思ったほど。

 

 あの人、本当に怖いんだけど。

 

 とまあ、今度は、ボクではなく、晶と態徒が狙われている……というか、学園中にいる男子生徒、および男性教師を狙っている模様。

 

 この事実に、学園中にいた男の人たちは戦慄し、逃げ惑った。

 

 捕まろうものなら、とんでもないことになってしまう、という恐怖がそうさせていた。

 

 ちなみに、どういうわけか、女の子の方はかなり息遣いが荒くなっていたけど。

 

 穂茂崎先生って、地味に美形なのがね……。

 

 それはそれとして、ボクたちは空き教室に隠れているわけだけど、いつまでもこうしているわけにはいかないわけで……。

 

 この節分は、終了条件が三つ。

 

 一つは、鬼側が、生徒を全員捕まえること、何だけど……捕まえるって何? 節分って、そういう日だったっけ?

 たしか、邪気払いの行事だったよね?

 なのになんで、こんなに私利私欲にまみれた行事になっちゃってるの?

 おかしくない?

 

 二つ目は、単純に鬼を全滅させること。

 豆を当て続ければ気絶するからね、先生たち。

 ……どうして、電流を流そうと思ったのかはわからないけど。

 

 そして、三つ目。三つめは、単純に時間切れになること。

 この節分、学園行事なので、普通に終了時刻が設定されている。

 終了時刻は、お昼の三時。理由はよくわからないけど、なぜか、三時。

 

 なので、ボクたちは普通に三時まで隠れていよう、ということになった。

 

 

 と、何とか無事、隠れ続けたボクたちは、すっかり忘れていたことがあった。

 先生たちが鬼をしているなら、当然、あの人も参加しているわけで……。

 

「フハハハハ! ガキどもを殲滅してやる!」

 

 師匠です。

 

『うわああああああ! み、ミオ先生だああああああ!』

『やばいやばいやばいやばい! さすがに、あの人に勝てねえよ!』

『畜生!』

 

 この通り、外は阿鼻叫喚。

 

 師匠は、ノリノリでこの行事に参加していて、開始と同時に生徒を倒しに行っていました。

 その結果、かなりの人数の生徒がやられてしまい、気が付けば、残り四割ほど。

 

 今の時間は、十二時。

 なので、あと三時間も生き延びなきゃいけない、と言う地獄なわけで……しかも、師匠は疲れ知らず。

 

 体力が無尽蔵どころか無限にさえ思えてきます。

 ボクたちは震えながら空き教室に隠れていると……

 

「そこかぁ!」

「「「きゃああ!」」」

「「うわあ!?」」

 

 突然師匠が空き教室に入ってきて、ボクたちは悲鳴を上げていた。

 いや、いきなり来たら怖いよ!

 

「ふむ、やはりいたか。だがまあ……やはり甘いなぁ、イオ」

「これ修業じゃないですからね!?」

「修業に決まってるだろ。これは、いかに自分の気配を消して行動できるか、という修行だ」

「修業脳過ぎませんか!?」

「うるさい! あたしは今からお前たちを倒す。いいか?」

「「「「「よくないです」」」」」

「そうかそうか、OKか」

 

 無視された……。

 本当に、師匠は酷いと思うんです、ボク。

 どうにかならないのかなぁ……。

 なんて思いながらも、やられたくない一心で、ボクたちは逃走を始めた。

 

 

 あれから、かなりの逃走劇を繰り広げました。

 

 まあ、酷いものです。

 

 何せ、壁面走行はするし、天井も走るしで、師匠は人間をやめてましたもん。

 そんな、師匠の異常な走りを見ていた人たちは、驚きのあまり目を見開いていました。ですよね。

 

 道中、見かけた生徒たちを、師匠はどんどん金棒で倒していた。

 

 酷すぎる……そして、ごめんなさい。

 

 ボクたちだって、師匠に負けるのはちょっと……。

 

 試しに、豆を投げてみるも、なぜか全部回避される。

 弾幕のように張っても、なぜか、回避。

 

 あの人、どうなってるの?

 

 あと、今思えば、師匠に電撃って効かないんじゃないかな……?

 

 だって、気絶する程度の電撃なんて、向こうじゃよくあったもん。それに、ボクだって効かないと思うし……。

 

 その辺り、どうなってるんだろう?

 

 まあ、そんなことを考えている余裕はないんだけどね!

 

 さっきから、師匠が金棒を振り回しているんだけど、それがかなりの速度。

 ブオンブオン言うんだよ? 一応ゴム製なんだけど、明らかに色々とおかしいんだけど。

 

 全力で逃げているのにもかかわらず、師匠は笑いながら追いかけてくる。

 

 みんなは、もうへとへとになっているけど、捕まった後何されるかわからないという恐怖によって、必死に逃げている。

 

 これ、学園の行事なんだよね? 明らかに、それとは違う、まったくの別物にしか思えないんだけど!

 

「オラオラ! 逃げるだけじゃ、あたしは倒せんぞ!」

「そもそも倒せないっす!」

「んなもん、しったこっちゃねえ! 早く、豆を投げてみろ!」

 

 そう言うので、みんな投げるも……やっぱり回避。

 

「遅いぞ! もっと早く投げるんだよ!」

「そ、そんなこと、言われましても!」

 

 うん。未果の気持ちはよくわかります。

 師匠に弾幕が当たらないんだから、それは、ね……?

 ボクたちは、豆を投げながら、さらに逃げ続ける。

 

 

 はい。結果です。

 

 あの後、ボクたちは必死に逃げ続けたものの、全滅しました。

 

 師匠には、勝てなかったよ……。

 

 ただ、なかなかに善戦したとあって、師匠の特別授業はみのがしてもらえることになりました。

 

 マラソン大会で頑張ったから、と言うのもあるみたいだけど。

 

 三時になり、ボクたちはそれぞれ帰宅。

 ……無事に、帰れてよかったです。

 

 捕まってしまったり、倒されてしまった人たちは、現在補習中。どうやら、補習は五時まであるとのこと。

 

 まあ、今日は平日だし、問題ないといえば、問題ないんだけどね……。

 はぁ……絶対この学園、おかしいよね……。

 つくづくそう思うボクでした。

 

 

 時間が進み、二月十三日。

 

 明日はバレンタインデー。

 女の子がチョコレートを渡す日。

 

 海外によっては違うみたいだけど。

 

 まあ、それはいいとして……今回、ボクは作る側です。

 

 今まではもらう側だったから、なんかちょっと新鮮。

 

 ……ただ、この時期になると、ボクの下駄箱にはなぜか大量のチョコレートが入っていたりしたんだよね……一体、誰が入れてたんだろう?

 

 小学校、中学校と、ボクの下駄箱、机の中には、なぜかいつもチョコレート。

 おかげで、毎年大変な思いをしながら、チョコレートを食べていたものです。

 

 全部義理だと思うんだけど、なぜかハート形だったりするし、ガトーショコラがあったり、トリュフチョコレートとか、いろいろあったよ。

 

 でも、今年はもらう側じゃないからね。作る側だから、きっともらわなくて済むはず!

 

 ……って、男の時だったら思っていたんだろうけど、女の子になってからと言うもの、男の時より増して、ボクは甘いものが好きになっていた。

 だから、もらえなくなると思うと、ちょっと残念な気持ちになる。

 

 ……って! ボクは男なんだってば!

 

 はぁ……やっぱり、どんどん変わっていっているような……。

 

 仕方ないと言えば仕方ないんだけどね……。

 

 ……さて、一旦沈んだ気持ちは押し殺して、チョコレート。

 

 今回、ボクが作るのは、いつもの四人と、師匠、それから、父さんと母さん。

 

 あ、一応クラスのみんなにも作ろうかな。なんだかんだで、交流が多いしね。

 

 先生の分も作るから……大体、四十三人分、と。

 

 さすがにちょっと多すぎるけど、一口サイズのチョコレートを多く作って、それをクラスメートのみんなにしよう。

 

 他は、普通に作ります。

 

 やっぱり、普段からずっとお世話になってるからね。

 

 ボクとしても、感謝の気持ちは伝えたいものです。

 

 本当は、美羽さんにも渡したいんだけどね……一応、LINNで連絡を取ってみようかな。

 

 と言うわけで、試しに連絡してみる。

 

『美羽さん、明日って空いていますか?』

 

 と、送信。

 すると、間もなくして美羽さんから返信が。

 

『空いてるよー。どうかしたの? 依桜ちゃん』

『あ、えっと、明日はバレンタインなので、美羽さんにもチョコレートを渡したいな、と思って……』

『え、ほんとに!? 私にくれるの?』

『は、はい、迷惑じゃなければ……』

『全然迷惑なんかじゃないよ!』

『それならよかったです……』

 

 迷惑じゃないようで、ボクはほっとした。

 これで迷惑なんて言われたら、ちょっと辛かったよ。

 

『それじゃあ、明日はどこで待ち合わせにしよっか?』

『あ、そうですね……えーっと、住んでる街って、どの辺りなんですか?』

『美天市だよ』

『あ、じゃあ、同じですね! ボクも美天市ですよ』

『そうなの? すごい偶然もあるものだね』

『ですね。えっと、一応明日は学園があるので、えっと……四時に美天駅前でどうですか?』

『わかった。それじゃあ、明日ね。楽しみにしてるよー』

『はい、また明日』

 

 チャットが終了。

 

 なんとか、美羽さんにも渡せそうでよかった。

 

 美羽さん、普段からお仕事頑張ってるみたいだから、少しでも癒しになればいいなぁ。

 

 でも、そうなると、作るのは四十四人分。

 

 あ、商店街の皆さんにも作った方がいいかも……普段からお世話になってるし……うん。作ろう。

 

 うーん、材料費はかなりかかっちゃうけど、ボクには使ってもなかなかなくならないお金があるからね。

 

 みんなのために使えるなら、全然問題なし!

 

「それじゃ、材料を買いに行かないとね」

 

 たしか、バレンタイン前日は、チョコレートがかなり売れるせいで、売り切れになるところもあるらしいから。

 というわけで、ボクは足取り軽く、材料を買いに出かけた。




 どうも、九十九一です。
 節分の話、まったく思い浮かばなかった結果、こんなふざけた回になり下がりました。本当に、才能がないなぁ……私。泣けてくる……。
 まあ、それはそれとして、次はバレンタインの話ですね。一応、現実と、ゲームの両方を書くつもりでいます。
 書きやすい題材で助かります。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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212件目 依桜ちゃんとバレンタイン

※ ちょっと長めです


「うん、これで材料は全部、かな?」

 

 商店街とショッピングモールの両方に言って、材料を買いそろえた。

 

 最初は商店街だけで済ませようと思っていたんだけど、さすがに、全部そろえることができなかったので、ショッピングモールに行ったりしていたら、気が付けば五時に。

 

 今から作らないと、寝る時間が遅くなっちゃう。

 と言っても、学園の方は、朝の十時からだから、問題ないと言えば問題ないんだけどね。

 

「それじゃあ、早速作っちゃおう!」

 

 ボクの、チョコレート作りが始まりました。

 

 

 一方、未果たち四人はと言うと……

『明日はバレンタインか……』

『だな! オレ、もらえっかなー』

『まあ、私と女委は少なくとも渡すつもりよ。友達だしね』

『わたしも渡すよー』

 

 チャットをしていた。

 話題はもちろん、明日のバレンタインだ。

 男女両方いるグループであるため、必然的に晶と態徒は義理チョコがもらえるのである。

 

『義理でも、もらえるなら嬉しいぜ。でもやっぱ、本命とかもらえねーかなー』

 

 と、何気なーく、態徒が言うと、

 

『お前、中学時代に本命チョコもらったんじゃなかったのか?』

『中学? たしか、未果と女委からはもらったけどよ、さすがに義義理だろ? それ以外だと一個だけ、オレの下駄箱に入ってたが……そういやあれ、誰からだったんだ?』

 

 そんな疑問を、態徒がチャットで言うと、誰一人として、反応しなかった。

 

『お、おい。なんで、誰も何も言わんの?』

 

 さすがに困惑する態徒。

 

 三人が何も言わないのは、単純に贈り主が誰かを知っているからだ。

 

 何度も言っているように、態徒に対して恋愛感情を抱いていた女子生徒が中学時代いたのだ。

 その女子生徒は、かなりの恥ずかしがり屋で、直接チョコを渡さず、こっそり、下駄箱に入れるだけだった。しかも、誰から、と言うことを一切書かずに入れていたため、態徒は誰からもらったのかわからなかった、というわけだ。

 

 ちなみに、その女子生徒は今年も贈ろうとしている。

 

『それはそれとして、依桜、チャットに入ってこないわね』

『そう言えば』

『いつもだったら、入って来てるのにな、会話に』

『んー、チョコでも作ってるんじゃないのかな?』

『まっさか! あれでも一応、依桜は元男だぜ? さすがに、作らないんじゃね?』

 

 あながち間違いじゃないが、今回ばかりは間違いである。

 女の子だから、チョコレートを作って持っていてもおかしくないよね! という心情が見え隠れしている。

 むしろ、ちょっと楽しそうに作っているくらいだ。

 

『じゃあ、もし依桜君が作ってきたらどうする?』

『そりゃあ……ありだな』

『依桜、可愛いからね。あんな美少女にチョコレートを渡されたら、誰だって喜びそうよね』

『そうだな。場合によっては、死ぬやつすら出てくるんじゃないか?』

『あり得るわ……』

『依桜君の場合、性格からして、クラスのみんなに作ってそうだよね』

『あー……』

 

 女委の言ったことに、誰も反応しなかった。

 全員納得してしまったからである。

 

 長い付き合いである四人は、依桜の性格をよく理解している。その結果、万が一チョコレートを作ってこようものなら、確実にクラスメートに作ってくるだろうと予想したのだ。

 

 事実、その通りなのだが。

 

『まあでも、さすがに作ってくることはないだろ』

『まあ、そうだねぇ。作ってきたら、さすがにびっくりしちゃうよ』

『そうだな。……ただ、確実に作らない、ということに対して、すべて否定できない、と言うのも……』

『……たしかに。依桜だし』

 

 そんな発言を未果と晶の二人がするも、結局は作ってこないだろう、と言う結論で落ち着いた。

 

 

 そんな、作らないであろうと思われている依桜は……。

 

「うん。とりあえず、クラスメートのみんなの分と、商店街の皆さんの分はこれで完成、と」

 

 クラスメート分と、商店街の人たちの分を作り終えていた。

 

 

 ボクの目の前には、大量のラッピングを施された箱が積まれている。

 

 中身は全部同じ……ではなく、微妙に違うように作りました。

 

 ものによっては、果物のジャム、もしくはソースが入っていたり、ドライフルーツが入っていたり、ってだけなんだけどね。

 

 同じクラスだから、と言うのもあるけど、やっぱり美味しいものを食べてもらいたいからね。それに、同じものばかり、と言うのも味気ないと思ったので、こうしてみました。

 

「それじゃあ、次作ろう」

 

 次に作るのは、いつものみんな、師匠、父さんと母さん。それから、戸隠先生に、美羽さん。

 お世話になった人たちばかり。

 

 美羽さんは、ボクの事情を知っても、態度を変えなかったから、すごく嬉しかったんだよね。まあ、それを言ったらみんなに言えることなんだけど。

 

 でも、美羽さんいい人だし、友達だしね。

 やっぱり、渡したい。

 

 みんな喜ぶかなぁ、と思いながらボクはチョコレートを作っていった。

 

 

 そして、途中で夜ご飯を作ったりする時間を挟みつつ、日を跨ぐ前には無事、予定していた数のチョコレートを作り終えた。

 

 丁寧にラッピングをした箱が、テーブルの上に積みあがっている。

 その数、六十以上。

 内訳は、三十六個がクラスメートのみんなで、四つが未果たち。一つが師匠で、一つが戸隠先生。二つが父さんと母さん。美羽さんに一つ。商店街のみなさんに、十五個。あと、学園長先生の分を忘れていたので、学園長先生に一つ。

 

 なので、計六十一個となりました。

 

 ……うん。よく作ったね、ボク。

 かなり頑張った気がします。

 

 完成したチョコレートを、渡す人たちに分けて、紙袋に入れていく。

 仕分け作業が終わったら、『アイテムボックス』に入れて、今日は就寝となった。

 

 

 二月十四日。バレンタインデー当日。

 

「んっ~~~~……はぁ。うん、スッキリ」

 

 バレンタイン当日の朝は、かなりすっきりとした目覚めだった。

 ボクは起き上がって、リビングへ。

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 リビングには、父さんと母さんがいた。

 師匠はまだ寝ているみたい。

 

 先に二人には渡しておこうと思って、『アイテムボックスから、小さめの紙袋を二つ取り出し、二人に差し出す。

 

「はい、バレンタインのチョコレート」

「あらぁ! 依桜が作ってくれるなんて……ありがとう、依桜!」

「む、娘からチョコ、だと……? な、なんて嬉しいんだ! 父さん、ここまで嬉しいことはないぞ!」

 

 二人ともかなり喜んでくれた。

 それを見てほっとする。

 

「父さん、娘からチョコをもらう、ってい夢があってな……まさか、叶うとは……うぅっ」

 

 なぜか、父さんが泣き出した。

 え、泣くほど……? いや、喜んでもらえたのは、こっちとしても嬉しいんだけど……。

 

「まさか、依桜がチョコを、ねぇ。それで? 未果ちゃんたちには?」

「もちろん、作ったよ。クラスメートのみんなと、担任の先生に、学園長先生、それから師匠と、商店街のみなさんと、美羽さんに」

「あら、随分作ったのねぇ。依桜は本当に優しいのね」

「そ、そうかな? 普段お世話になってるし……当然だと思うんだけど……」

「ふふっ、そう言うところも含めて、優しいのよ」

 

 うーん、普通だと思ったんだけど……もしかして、違った?

 ……まあいいよね! 少なくとも喜んでくれればいいもん。

 なんて思いながら、ボクは朝ご飯を食べた。

 

 

 朝ご飯を食べた後は、軽く家事をして、学園へ行く準備。

 

 一応、バレンタインデーは、自由参加となっているけど、大体の人は参加している。

 

 あの学園は、女の子の方が多いので、結果的にチョコレートを渡す人は増える。

 

 ちなみに、パーティーみたいな側面も持っているので、仮にもらう相手がいなかったとしても、学園側が用意してくれた甘いものを食べることができる。

 

 ボクたちは、未果と女委が元々渡す予定だったらしいので、集まることになっているけど。

 

 みんなには、ボクがチョコレートを作っていることを言っていない。サプライズです。

 

 どんな反応するかなぁ。

 喜んでくれるといいなぁ。

 そう思いつつ、時間になったボクは、大量の紙袋を持って、家を出た。

 

 

 十時前に学園に到着。

 

 学園は、バレンタイン用に飾り付けられていて、赤やピンクと言った風船が付けられていたり、バラなどが飾られている。

 

 それに、周囲を見れば、顔を赤くしながらそわそわしている女の子もよく見かける。

 意中の相手に渡そうとしているのがよくわかる。

 

 もちろん、そわそわしているのは女の子だけじゃなくて、男子の方も。

 もらえるか、もらえないか、と言う気持ちが表面に出ている。

 

 ……なんて言うけど、そう思ったのは中学生の時に、クラスメートがそうだったから。

 

 なんでみんなそわそわしてるのかなー、と疑問に思っていたら、チョコレートが欲しかったからだった。

 

 もらえると嬉しいもんね。

 

 人によっては、ホワイトデーに返すのがめんどいからいらない、なんて言う人もいたけど。そう言う人に限って、すごくもらってたっけ。

 

 昔のことを思い出しながら、教室に向かって歩く。

 道中、すごく視線を感じたけど、やっぱり、持ってる紙袋が多いからかな?

 

 

「おはよー」

 

 いつも通りに挨拶をして教室に入ると……すごく殺気立っていた。

 なんというか、男子のみんながかなり真剣な表情をしているというか……どうしたんだろう?

 

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 二人がボクに挨拶をしながら、こっちに来る。

 

「あら? 依桜、それってもしかして……」

「うん、チョコレートだよ」

「「……本当に作って来た」」

 

 ボクがチョコレートだと言うと、二人はなぜかびっくりしたような反応を見せた。

 周囲にいるクラスメートのみんなもかなり驚いている気がするんだけど……気のせい?

 

「昨日はずっと作ってたよ。さすがに、量が多かったから」

「多い……?」

「依桜、それは一体どういうことだ?」

「ふふふ、それはみんなが来てからのお楽しみ!」

 

 晶に尋ねられたけど、ボクは笑顔でそう言った。

 それから、ちょっと雑談をしていると、

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 態徒と女委が登校してきた。

 女委の手には、紙袋がぶら下げられていた。

 

「おはよう、二人とも」

「おはよー」

「おはよう」

 

 二人に気付いたボクたちはすぐに挨拶。

 

「ん? 依桜、なんだその紙袋は」

「チョコレート」

「「マジで!?」」

 

 あれ? なんで二人も驚くの?

 ボクがチョコレートを持ってきたことがそんなにおかしい……?

 

「おらー、席つけー。とりあえず、軽くHRするぞー」

 

 と、ここで戸隠先生が来たので、ボクたちは一旦席に着いた。

 

 

「さて、今日はバレンタインだ。特に何かがあるってわけじゃないが、まあ、あれだ。羽目は外すなよ。一応、これはパーティーもどきでもある。学園内の至る所に、チョコレートを使った菓子類があるので、適当に食べろ。あと男子、チョコレートが欲しいからってがっつきすぎんじゃないぞ。女子の方は単純にやりすぎるなよ。以上だ。まあ、楽しくやれよー。はいじゃあ、パーティーしてこい」

 

 最後に適当に先生がそう言うと、クラス内のみんなが動き始めた。

 その前に、ボクは小さい紙袋を持つと、戸隠先生の所へ。

 

「先生、これどうぞ」

「ん、なんだ、男女、私にくれるのか?」

「はい。先生にはお世話になってますから。どうぞ」

「そうか。できた生徒を持つと、教師は嬉しい。そんじゃ、これはありがたくいただくぞ。ありがとな」

「いえいえ」

 

 軽く笑ってから、先生は教室を出ていった。

 

「依桜、お前、あの大量の紙袋って……」

「うん。クラスのみんなの分」

『『『!?』』』

 

 その瞬間、クラス内が止まった。

 あ、あれ?

 

「そ、そう来たか……」

「依桜ならやりかねないと思ったけど、まさか本当にやるなんて……」

「びっくりだねぇ」

「だな……」

「どうしたの? ボクが作って来たのがそんなに意外かな……?」

「いや、そう言うわけじゃないんだが……依桜は、男だから、なんて理由で作ってこないんじゃないかと思ってな」

「あはは。今回ばかりは、さすがにそうじゃないよ。お世話になった人が多いから、作ったの。もちろん、みんなの分もあるから」

(((いい娘すぎる……)))

 

 なんか今、クラス内のみんなが同じことを思ったような気が……。

 気のせいかな?

 

「それじゃあ、えっと、配っちゃうね」

 

 取りに来てもらうことも考えたけど、なんかちょっとそれだと変かななんて思ったので、ボクから渡しに行くことにした。

 

「はい、どうぞ」

『あ、ありがとう』

「どうぞ」

『ありがとう、依桜ちゃん!』

「はい」

『あ、ありがとな……』

「どうぞー」

『やった! 依桜ちゃんからのチョコ!』

 

 と、みんなちゃんと受け取ってくれた。

 顔が赤くなる人もいたけど、大丈夫かな? 風邪じゃないよね?

 と、ちょっと心配になった。

 

「はい、みんなにはこっちね」

「ありがとうな」

「ありがとう、依桜。嬉しいわ」

「よっしゃあ、チョコだぜ!」

「わーい! 依桜君からのチョコだー!」

 

 みんなも嬉しそうにしてくれた。

 よかったよかった。

 これでもし、受け取ってもらえなかったらちょっと辛かったよ。

 

「はい、じゃあこっちは、私から」

「わたしもあるよー」

 

 まるでお返しとばかりに、未果と女委が紙袋を手渡してきた。

 晶と態徒の分もしっかりあるみたいだね。

 毎年見る光景だけど。

 

「ありがとう、二人とも」

「ありがとな」

「今年はいい年だぜ」

 

 やっぱり、もらえるのはすごく嬉しいなぁ。

 甘いものは好きだし。

 ……まあ、昨日作っている過程で、それなりに味見はしてるけどね。

 

「そういや依桜、これって全部手作りなのか?」

「うん。今回渡すチョコレートは、全部ボクの手作りだよ。あと、中身も少し変えたりしてるから」

「「「「依桜さん、マジパネェっす」」」」

「あれ? もしかして、おかしかった……?」

「いや、そう言うことじゃなくてだな……」

「まさか、全部手作りするとは思ってなくて」

「……てか、よくもまあ、こんなだけ作れたな」

「依桜君、本当にいい娘だねぇ」

「ふ、普通だと思うんだけど……」

 

 どうして、みんな驚いた顔をするんだろう?

 うーん、手作りにするのって、普通じゃないの?

 

『お、おい聞いたか。これ、男女の手作りらしいぜ』

『……俺、このクラスでよかった』

『……ああ。まさか、銀髪碧眼美少女の手作りチョコがもらえるとはな……』

『正直、今年ももらえないとばかり思ってたが……神は俺たちを見放さなかった』

 

 あれ? なんか、男子のみんなが微妙に泣いている気がするんだけど……どうしたんだろう?

 何かあったのかな?

 

『依桜ちゃんの女子力が半端ない……』

『だねぇ。まさか、クラスメート全員に作ってくるなんて』

『しかも、全部手作りって言うね。ほんと、依桜ちゃんが女神すぎる……』

 

 うーん、なんだか、女の子のみんなが何か話してるんだけど……あれかな、誰かに渡すのに、恥ずかしがってる、とか?

 なんて思っていたら、意を決したように、女の子たちがこっちに来て、

 

『『『依桜ちゃん、これ上げる!』』』

 

 一斉に紙袋やラッピングされた箱を渡してきた。

 

「うわわ! え、い、いいの?」

 

 大量に渡されて、びっくりした。

 そして、突然のことで、ボクはもらってもいいの? と尋ねていた。

 

『もちろん!』

『依桜ちゃん、色々と助けてくれたから、お礼だよ!』

「た、助けただなんて……ボクはそこまでのことはしてないよ?」

『あぁ! 可愛すぎ! もし男だったら、すぐに告白してるよ!』

「ふぇ!?」

『わかるわかる! 依桜ちゃん性格いいし、すっごく可愛いんだもん!』

「そ、そそそそんなことはないよ!」

『おー、顔真っ赤―』

『照れてる?』

「だ、だって、真っすぐ可愛いなんて言われると、その……は、恥ずかしい、んだもん……」

『『『ぐはっ!』』』

 

 その瞬間、なぜかクラス内のみんなが胸を抑えだした。

 あ、あれ? 何かあったの……?

 

『は、破壊力半端ねぇ……』

『あんな美少女がいるなんてな……』

『俺、死んでもいいわ』

『奇遇ね。私も……』

『依桜ちゃんの可愛さは無限大だね』

 

 みんなが何やら話しているけど、何を言っているのかボクは意味が解らなかった。

 未果たちは、いつものことだなー、みたいな顔をしながら、顔を赤くしているボクを見ていた。

 

 

 みんなにチョコレートを渡し終えた後、ボクは学園長先生の所に来ていた。

 

「学園長先生、どうぞ、チョコレートです」

「あら、私に?」

「はい。学園長先生にはお世話になってますからね。……異世界云々は置いておくとしてて」

「あー、その辺りは、本当に申し訳ないわ。……でも、まさか、依桜君が私にチョコレートをくれるなんて、夢にも思わなかったわ。それじゃあ、ありがたくいただくわね」

「はい、どうぞ」

「……美少女にチョコレートをもらう。うん。素晴らしいわ!」

「そ、そんなにいいものじゃないと思いますけど……」

 

 あと、毎回思ってるけど、美少女じゃないと思います。

 

「可愛い女の子からのチョコレートは、やっぱり嬉しいものよ」

「そ、そうなんですか?」

「当然。渡した相手だって、喜んでたでしょ?」

「は、はい」

「そういうこと。まあ、チョコレートをもらえるだけで喜べるけどね、普通は」

 

 なんて言いながら、学園長先生はラッピングを綺麗に剥がし、チョコレートを一つつまんでぱくりと食べた。

 

「うん、美味しい!」

「ほんとですか?」

「ええ! そこらの高級チョコなんかよりも、全然!」

「そ、それはさすがに言いすぎですよ」

「いえいえ、本当にそれくらい美味しいわ」

 

 笑顔を浮かべながら、チョコレートを食べていく学園長。

 一つ食べるたびに、美味しいと言ってくれて、ボクはすごく嬉しい気持ちになった。

 

「ん、美味しかったわ。ありがとう、依桜君」

「いえ。それじゃあ、ボクは失礼しますね」

「ええ。それじゃあ、パーティー楽しんでね」

「はい」

 

 そう言って、ボクは学園長室を後にした。

 

 

 学園長室から戻ったボク。

 教室に着くころには、

 

「おかえり、依桜……って、どうしたのそれ!?」

「ちょ、チョコレート、です……」

 

 ボクの両手は大量のチョコレートでいっぱいになっていました。

 

 道中、すれ違う女の子から、なぜかチョコレートを渡され続け、教室に着くころには、ボクの両手は多くの女の子からのチョコレートでいっぱいになっていた、と言うわけです。

 

 ……ま、まさか、こんなにもらえるとは思ってなかった……。

 

「……大変だな、依桜は」

「あ、あはは……ボクもさすがに、これはね……」

「それ、下手したら、学園で一番もらってるんじゃね?」

「あり得るねぇ。二番目は多分……晶君だね」

「……正直、否定できない」

 

 苦い顔をする晶の両手や机には、ボクに負けず劣らずの量のチョコレートが。

 

「……当分、おやつには困らないな」

「モテるってのも、考えもんだな、晶」

「……棒読みだぞ、態徒」

「はっはっはー。すまんな。モテない男の僻みってやつだー」

 

 棒読みがすごい。

 そんなに羨ましいんだ、態徒。

 

「……とりあえず、俺たちも校内を回るか」

「だねー」

 

 というわけで、学園内を回ることにしました。

 

 

 そして、みんなと学園内を回っていると、

 

『畜生! どこ行きやがった!』

『探せ! 見つけ次第、即刻奪うんだ!』

『くそ! あいつら、女神様の手作りチョコをもらいやがって……!』

『奴らはまだ校内にいるはずだ! くまなく探せ!』

 

 学園内は、大騒ぎでした。

 それを見て、ボクは……

 

「帰ろう」

 

 と言った。

 みんな、すごく優し気な笑みを浮かべて、頷いてくれました。

 ……優しさが沁みたよ……。

 

 

 後から聞いた話によると、どうやら、学園内はかなり混沌としていたらしいです。

 

 クラスメート(男子)に上げたチョコレートを巡って、なぜか争奪戦みたいなことが勃発。

 クラスメートの男子のみんなは一丸となって徹底抗戦。

 

 その結果、校内はかなりの騒ぎになったとか。

 それを見ていた人が言うには、

 

『血の大雨が降った』

 

 とか、

 

『あそこまで酷い血戦は見たことがない』

 

 とか、

 

『死人が出るんじゃないかと思った』

 

 とか言っていました。

 

 ……ボクのチョコレートに、そこまで価値がないと思うんだけど、とボクがみんなの前で言ったら、

 

「「「「やれやれ……」」」」

 

 肩をすくめてそう言われました。

 なんだろう。少しだけ、イラっと来ました。

 

 

 学園が終わった後、一旦家に帰って、着替えてから駅前へ。

 

 時刻は四時前。

 

 駅前に来た理由は、もちろん美羽さんとの待ち合わせ。

 駅前で紙袋を持ちながら少し待つと、

 

「おまたせ、依桜ちゃん!」

「あ、美羽さん! いえいえ、全然待ってませんよ」

 

 美羽さんが小走りでボクの所に駆け寄って来た。

 

「来てくれて、ありがとうございます、美羽さん」

「いいのいいの。依桜ちゃんがチョコをくれる、っていうから飛んできちゃったよ」

 

 軽く舌を出して笑う美羽さんは、すごく可愛かった。

 年上の女性に感じるには、ちょっと失礼かな?

 

「それじゃあ、これ、チョコレートです。どうぞ」

「ありがとう、依桜ちゃん! すっごく嬉しいよ!」

「喜んでもらえてよかったです」

「うんうん。そうだ、せっかく待ち合わせしたんだし、ちょっと散歩しないかな?」

「そうですね。このまま解散、と言うのも味気ないですもんね」

「ありがとう! ……やった、依桜ちゃんとデート!」

「? 何か言いましたか?」

「あ、ううん! なんでもないよー。さ、行こ!」

「はい」

 

 

 美羽さんとお散歩することになったけど、道中はかなり楽しかった。

 声優さんとしての、仕事の裏側や、ドラマのことなど、なかなか聞けない話をが聞けて、かなり新鮮だった。

 美羽さんとの会話はすごく楽しいなぁ……。

 

 そう言えば、道中、周囲からかなりの視線があった。

 美羽さんって、有名らしいから、きっとそれが原因だと思うけど。

 

「あ、美羽さん、商店街によってもいいですか?」

「もちろん、いいよー」

 

 美羽さんの了承を得て、ボクたちは商店街へ向かった。

 

 

 商店街にたどり着くなり、ボクはいつもお世話になっているお店によっては、チョコレートを手渡していた。

 

「おじさん、これ、チョコレートです。よかったらどうぞ」

『おお、依桜ちゃん、ありがとね! まさか、依桜ちゃんがチョコをくれるたぁなぁ。世の中わからんもんだ』

 

 魚屋さんのおじさんはこんな感じ。

 

「おばさん、これよかったらどうぞ」

『あらまぁ! 依桜ちゃんがチョコレートを持ってきてくれるなんて! いつも、贔屓にしてくれてる上に、肉の解体もしてくれるのに、チョコレートもくれるなんてねぇ。ありがとう、依桜ちゃん』

 

 肉屋さんのおばさんはこんな感じ。

 

「おじいさん、これよかったらどうぞ」

『おお、依桜ちゃんか。まさか、あれかい? バレンタイン、とかいうやつかな? 依桜ちゃんみたいな、別嬪さんからこんなものをもらうなんてなぁ。長生きはするもんだ』

 

 八百屋さんのおじいさんはこんな感じ。

 

「お兄さん、これどうぞ」

『ん、バレンタインか、依桜ちゃん。いやぁ、可愛い女子高生からチョコがもらえるとは思わなかったぜ。ありがとな、依桜ちゃん』

 

 酒屋のお兄さんはこんな感じ。

 みんな、すごく喜んでくれた。

 

 この人たち以外にも、雑貨屋さんや、花屋さん、本屋さんと、商店街にあるよく利用するお店の人たち全員チョコレートを配りました。

 

 みんな、笑顔で受け取ってくれたよかった。

 うん。笑顔はいいね。

 

「依桜ちゃんって、本当にいい娘だよね」

「と、突然なんですか?」

「だって、商店街の人たちにチョコレートを渡すんだもん。しかも、全部手作りなんでしょ?」

「そうですよ」

「手間暇がかかるのに、それだけのことをしちゃうんだもん。しかも、それを当たり前だと思ってる」

「手作りの方が、気持ちが伝わりますし、やっぱり、美味しいと思ってもらいたいですから」

「……いい娘すぎて、キュンとしちゃうな」

「キュン……?」

「あ、気にしないで、こっちの話。……さて、そろそろ帰ろっか」

「そうですね。時間もちょうどいいですし」

「うん、それじゃあ、私は向こうだからここでお別れだね」

「あ、送っていきましょうか?」

「大丈夫。ここから近いから。心配してくれてありがとう」

「いえいえ。それじゃあ、またいつか」

「そうだね。それじゃあ、さようなら、依桜ちゃん」

 

 最後に軽く挨拶をして、美羽さんと別れた。

 次に会えるのはいつになるかな、なんて思いながら、ボクは家に帰った。

 

 

 家に帰ってすぐ、ボクは師匠にところへ。

 

「師匠、これ、よかったらどうぞ」

 

 師匠の部屋に行くと、運よく師匠がいた。

 なので、すぐにチョコレートを渡した。

 

「ああ、イオか。これは?」

「バレンタインのチョコレートです」

「そういや、そんな日があったな。なるほど、イオがあたしに?」

「はい。師匠にはお世話になってますからね。普段のお礼です」

「そうか。ありがとな。できた弟子を持って、師匠は嬉しいぞ」

 

 少し微笑みながら、師匠がそう言う。

 なんか、戸隠先生と同じようなことを言ってるのがちょっとおもしろかった。

 

「さて、あたしはちょっとやることがある」

「あ、そうなんですか。それじゃあ、ボクは部屋を出ますね」

「ああ、すまないな」

「それでは」

「ありがとな」

 

 最後にお礼を言われて、ボクは部屋を出た。

 

 

 何とか無事、チョコレートを渡し終えることができた。

 

 サプライズみたいなものだったけど、みんな喜んでもらえて、よかったなぁ……。

 

 そう言えば、未果と女委、師匠に美羽さんのは、ハート形にしちゃったけど……今にして思えば、なんでハート形にしちゃったんだろう?

 

 うーん……わからない。

 

 多分、直感的にその方がいいと思ったんだよね。

 

 それ以外に他意はない、はず。

 

 ……でも、女の子側としてバレンタインに臨むのは、すごく楽しかったなぁ。

 来年も、またやろう。

 

 そう思えたボクでした。




 どうも、九十九一です。
 昨日の節分はなんだったんだ、と言わんばかりの長さになりました。正直、分けようかなぁなんて思いましたが、一話の方がいいと思って、こうなりました。長いのはご容赦を。
 今日も、2話投稿だと思いますが、もしかすると、長くなって間に合わなくなる、なんてことが起こるかもしれないので、あまり期待しないでくださいね。一応、頑張って書きますが。
 出せたらいつも通りの二パターン。出せなかったら、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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213件目 【CFO】でのバレンタイン

 夜になり、ボクたちは、CFOにログインしていた。

 今日はバレンタインということで、ゲーム内でイベントがあるから。

 ログインしたボクたちは、ボクのお店にみんな集まっていた。

 

「それで、イベント内容は?」

「たしか、カカオを集めるイベント、だったか? そのカカオを使って、材料と交換して、チョコレートを作れるらしい」

「なるほど。で、チョコは誰でも作れるのか?」

「いや、どうやら、【料理】スキルを持っている女性プレイヤー限定らしい」

「「「なるほど。つまり、ユキか」」」

「あはは……」

 

 このイベントはどうやら、主に女性プレイヤーがメインになるイベントみたい。

 それに、【料理】スキルを持っていないと意味がないって……。

 

「でもたしか、家を持ってないと、チョコは作れないんじゃなかったかなぁ?」

「ああ、実際はそうだが、どうやらこのイベントの間だけ、無料で調理場を借りられるらしいぞ」

「へぇ、だから、女性プレイヤーの人たちが張り切ってたんだ」

 

 ヤオイの言う通り、ログインした際、周囲にいた女性プレイヤーの人たちがかなり張り切っていた。

 そう言う理由があったからなんだ。

 

「それで、ミサとヤオイはどうするんだ?」

「私は……パスね。さすがに、ゲームでも作るって言われてもね」

「わたしもー。今回は、ユキちゃんのを期待するよー」

「それ、ボクに作れ、って言ってない?」

「「だって、ユキ(ちゃん)のチョコ食べたいし」」

「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいからやるけど……あ、もちろん、ショウとレンのも作るよ」

「マジか。ゲームでももらえるってのも嬉しいぜ」

「いいのか?」

「うん。その代わり、材料を持ってきてくれるとありがたいかな。ちょっと、やることができちゃったから」

 

 少し、イベントのことをちらっと見たら、何やらレシピがいるらしいからそっちを買いに行かないといけないからね。

 だから、別行動になっちゃう。

 

「それくらい、お安い御用だ」

「んじゃまあ、オレたちは狩りに行くか!」

「了解」

「じゃあしゅっぱーつ!」

 

 意気揚々と、みんながモンスター狩りに出かけていった。

 

「うん。じゃあ、ボクも準備を」

 

 色々と準備をするために、ボクはレシピを買いに出かけた。

 

 

 街に出ると、普段と街の様子が違うことに気が付いた。

 

 至る所に、バレンタインらしい飾り付けがされていた。

 魔法がある世界だからか、風船じゃなくて、ハートの形をした、桃色のバブルや、炎が空中を舞っていた。

 

 魔法があると、幻想的になるよね。

 

 うん。すごくいいと思います。

 

 綺麗な街並みに、目移りしながらも、目的のお店に到着。

 

 このゲーム、料理のレシピも買えるからかなりありがたい。しかも、現実でも作れるような感じになっているがいいよね。

 

 材料とかは、ちょっと違う部分もあるんだけど。

 

 とりあえず、お店でレシピを見る。

 チョコレート系のお菓子がかなり多くある。

 

 中には作ったことがないものもあるので、結構嬉しい。

 

 料理のレパートリーが増えるのって、なんかいいよね。

 

 とりあえず、チョコレート系のお菓子のレシピをすべて購入。

 

 ちなみに、金額は値引きされて10万テリルでした。

 地味に高い。

 

 

 お店に戻り、今度は開店の準備。

 

 お店を経営するのはいつも通り。

 でも、今日はバレンタインイベントでもあるので、それに合わせた料理を提供するつもりです。

 

 といっても、そこまで大それたことはしないけど。

 

 そう言えば、バレンタイン限定のチョコレート系のお菓子って、特殊なステータス補正がかかるみたい。

 

 バレンタインアイテムのドロップ率増加とか、三ヵ所ステータス補正がかかったりとか。

 かなりいいものらしい。

 

 一応、アイテム扱いになるみたいで、期限はあるものの、その期限内であればいつでも食べられるとか。

 

 効果は一時間。これは、【料理】のレベル関係なく、一律。

 

 まあ、ボクが作るような料理と同じ効果にしちゃうと、とんでもないことになっちゃうからね。バランスが崩れちゃうよ。

 

 今日のお店は、いつも通りに料理を提供するのと、一人一個、チョコレートを付けること。

 無くなり次第終了、という形になっちゃうかもしれないけど、その辺りはみんな次第かな。

 

 ……本当は、ボクも行った方がいいと思うんだけどね。

 

 でも、ボクが出ちゃうと、変に目立つことになりそうなんだよね……あのサバイバルゲーム以来、ボクはほとんど外に出てないから。

 

 たまに、みんなと遊びに行ったりはしてるけど。

 その際、レベルもいくらか上がった。

 

 前は18だったけど、今は23になっている。

 

 考えてみたら、効率四倍になってるんだよね、ボク。

 

 上げにくくなってるステータスだって、2消費するのに、上がるポイントは2なんだもん。上げにくいステータスですら、1ポイントで1になってるんだよね。

 それに、上げやすいものに至っては、4上がる計算になるからね。

 

 ……なので、ボクのステータスに追いつくには、ボクのレベルよりも、58以上必要になっちゃうんだよね。

 

 ……おかしくない?

 

 いや、【覇者】の称号に関してはボクが悪いんだけど、それがなくても、かなり異常なんだよ? 原因は、学園長先生だけど……。

 

 まあ、その辺りは、何を言っても今更なので、考えるのをやめにしよう。うん。

 一応、レシピは全部買ってきたから問題なし、と。

 使う材料自体も、あとはみんな待ちだからね。

 どれくらいで戻ってくるかなぁと思いながら、ボクはみんなを待った。

 

 

 それから、一時間ほどしてみんなが帰って来た。

 

「「「「ただいまー」」」」

「あ、おかえりみんな! どうだった?」

「バッチリよ。はいこれ。私たちで集めたものよ。一応均等になるように交換してあるから、そのまま使っちゃって大丈夫よ」

「わぁ、ありがとう!」

 

 嬉々としてボクはみんなが集めてくれた材料を受け取る。

 アイテムボックスに収納して、内訳を見る。

 うん。ちゃんと材料があるね。

 

「それじゃあ、先にみんなの分を作っちゃうから、ちょっと待っててね」

 

 いつものお店用衣装に着替えて、ボクは厨房に入っていった。

 

 

 今回、みんなに作ったのは、ガトーショコラとチョコレートドリンク。

 あと、果物があったので、チョコレートフォンデュも作ってみたり。

 うん。やりすぎた感があるけど、いいよね!

 

「はい、どうぞー」

「「「「おお……」」」」

 

 ボクが持ってきたものを見て、みんなが感嘆の声を漏らす。

 

「さ、食べて食べて!」

「「「「いただきます」」」」

「召し上がれ!」

 

 みんながボクの用意したチョコレート系のお菓子を食べ始める。

 

「う、美味!」

「ほんと、過不足ない甘さ……ちょうどいいわ、これ!」

「しかも、飽きが来ないよ!」

「チョコレートフォンデュがいいな。甘酸っぱくて、食べやすい」

「ほんと? よかったぁ」

 

 みんな本当に美味しそうに食べてくれて、ボクとしてもすごく嬉しい。

 

「一応、これを今日だけセットメニューとして加えて、一人一個、チョコレートを付けようと思うんだけど、どうかな?」

「いいと思うよ! これなら、いくらでも食べられるし!」

「私も賛成」

「ショウとレンはどう?」

「ああ、これくらいならちょうどいいんじゃないか?」

「だな。甘すぎないから、男にもちょうどいいし。しかも、一人一個、チョコが付くんだろ? 絶対売れるって」

「二人が言うなら、大丈夫かな。まあ、売れるかどうかはあれだけど」

 

 そもそも、このイベントは女性プレイヤーの人たちだって、かなり張り切ってるみたいだしね。

 ボクのばかりが売れるとは限らないはず……。

 

「それで、値段はどうすればいいかな」

「そうだねぇ……今日限定で、なおかつチョコがおまけで付くと考えたら、1200テリルでいいんじゃないかな?」

「そ、そんなに?」

「意外と、適正価格だと思うよー。味はいいし、美少女の手作りだし、しかも別途チョコも付属。現実でも、ゲームでもチョコがもらえない悲しい男たちからしたら、安いくらいだと思うよー」

「ヤオイ、それは言いすぎじゃない……?」

 

 悲しい男って言うのは、いささか可哀そうと言うか……。

 

「まあでも、ヤオイの言う通りね」

「ミサがそう言うなら、そうしようかな」

 

 ミサも肯定したので、ボクはさっきのセットを1200テリルで販売することに決めた。

 

 

 そうと決まれば、ここからは準備がとんとん拍子に進んでいく。

 

 ある程度の下準備を済ませたものをストックして行って、前みたいに手が回らない! みたいな状態にならないようにする。

 

 料理の下準備はボク一人で全部こなす。

 

 その間、四人にはお店の飾り付けをお願いした。

 せっかくのバレンタインだからね。やっぱり、それに合わせたものにしたいもん。

 ちなみに、飾り付けのアイテムなどはあらかじめ買って来てあるので問題なしです。

 

「ユキ、内装は終わったぞ」

「外装も終わったわ」

「ありがとう、みんな。こっちも終わったよ」

 

 ちょうど同じタイミングで終わったみたいだね。

 

 とりあえず、飾り付けが終わった内装と外装を見る。

 

 内装は、中にハート形の火を灯したランプがところ何処に浮いていたり、色とりどりの花びらが店内を舞っている。

 

 店内で花びらが舞うって言うのも、不思議な光景だけど、面白いことにこれ、幻覚だったり。

 幻覚を見せる魔道具があって、それを使えば、こうして何もないところに花びらを舞っているように見せることができるというもの。

 

 これ、ボクの持ち物です。

 

 向こうにいた時に、救った村の村長さんからもらったもの。

 プラネタリウムみたいにできたので、かなりお気に入りだったんだよね。数少ない癒しだったから。

 

 それがここでも使用できたので。せっかくだから使おうと思ったわけです。

 

 もちろん、視界の邪魔にならないよう、適度な量にしてますよ。

 うん、これで、内装は問題なし。

 

 次、外装。

 外装を見に、一旦外へ。

 

 ハッピーバレンタインと書かれたアーチがお店の看板の上に飾られていた。

 

 他にも、風船が大量に。

 

 まあ、素人だしこれで十分だよね。

 別に、そう言った飾り付けのプロというわけじゃないし。

 ボクだって、これくらいしか思い浮かばないもん。

 

「うん、これで大丈夫だね。それじゃあ、そろそろ開店するよ!」

「「「「おー!」」」」

 

 こうしてボクたちのバレンタイン特別営業が始まった。

 

 

「いらっしゃいませ! お一人様ですね、こちらへどうぞ!」

「お待たせしました、女神のバレンタインセットです!」

「ありがとうございました!」

 

 お店が開店すると、すぐに大忙しとなった。

 

 バレンタインなので、やっぱりあのセットが一番売れていた。

 材料は全然あるので、2時間なら持つ、はず。

 

 下準備全部済ませていてよかった……なんとか、簡単に回せてるよ。

 

 これでもし、下準備をしていなかったらと思うと……どれだけ大変になっていたことか。

 

 そう思いながら、ガトーショコラを作ったり、チョコレートフォンデュ用の果物を切ったりしていると、どんどん注文が入る。

 

 甘いものが食べられるとあって、女性プレイヤーのお客様も多く来ている。

 食べる様子を見ていると、幸せそうな表情を浮かべながら食べている。

 

 うんうん、あの幸せそうな笑顔はすごくいいよね。

 

 胸があったかくなる。

 

『まさか、女神様がチョコレートを作るなんて……』

『ああ、めっちゃ美味いな……』

『このゲームのおかげで、ゲームとはいえ、チョコがもらえたぜ』

『だなぁ。しかも、あんな美少女の手作りってのがいいよな』

『最高だぜ』

 

 何を言っているのかは聴こえないけど、男性プレイヤーの人たちも嬉しそうなのでよかったです。

 

『ステータス補正やべえなぁ、今日は』

『ああ。俺なんて、STR+15、VIT+20、LUC+30が付いたぞ』

『俺は、HP、MP、INTの三つに、+30』

『しかも、バレンタイン限定の補正も付いてるのもやばすぎる』

『その上、料理も美味いからな』

『この店、マジでいいよなぁ……』

 

 なるほど、ステータス補正も本当に三つ付いてるんだ。

 イベント限定と言うのがいささかもったいなない気がするけど、これが普段からできちゃったら、とんでもないことになっちゃうもんね。

 その辺りは、バランスが崩れてなくてよかったと、ほっとするボクでした。

 

 

 それから、時間が経過するごとに、どんどんお客様が増えていき、忙しさに拍車がかかった。

 休憩なんてなく、二時間ぶっ通しで働き続ける。

 そうして、二時間立つ頃には、

 

「「「「ああぁぁぁ……つ、疲れたぁ……」」」」

 

 四人はバタンキューしてた。

 うん。だよね。

 いつになく増してお客様が多かったから、疲れて当然だよ。

 ボクだって、疲れたもん。

 まあ、現実と同じくらいのAGIになったから、かなり動きやすかったけど。

 

「というわけで、アルバイト代だよ」

 

 みんなに、トレードで今日の働いた分のお金と、作っておいたチョコレートを渡す。

 

「ゆ、ユキ、こんなにもらっていいのかよ?」

「うん。今日はすごかったからね。売り上げも普段の倍以上」

 

 その金額、180万テリル。

 なので、一人30万テリルをアルバイト代として出すことにした。

 かなりの大金だからね、驚くのもわかります。

 

「チョコ付きか。俺たち、ユキから現実とゲームの両方でもらったことになるな」

「たしかにそうね」

「でも、いくらもらっても嬉しいものだよねぇ」

「だな!」

「ふふっ、喜んでもらえてよかったよ」

 

 やっぱり、もらう側が喜んでくれるのが一番いいからね。

 こっちとしても、それだけで十分だし。

 

「さて、明日は普通に学園があるし、落ちるかー」

「そうね。それじゃあ、ユキありがとね。おやすみ」

「うん、おやすみ」

「チョコありがとうな。おやすみ、ユキ」

「おやすみ」

「嬉しかったよ、ユキ君! じゃあ、バイバイ!」

「うん、おやすみ」

「チョコ美味かったぜー、ユキ。んじゃな」

「ありがとう、おやすみ」

 

 みんながログアウトしていったのを見て、ボクもログアウトした。

 うん。やっぱり、料理屋さんって楽しいなぁ。

 また、イベントがあったら積極的に参加しよう。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:バレンタインイベント】

1:おっすおっす。お前ら、バレンタインどうだった?

 

2:悲しいこと聞くなよ。現実でモテてたら、こんなところに来るわけないだろ

 

3:たしかに。つか、聞いてて悲しくなるぜ……

 

4:まあ、出会いなんてないでござるからなぁ……

 

5:出会いなぞ、求めるんじゃなくて、自分から行くものじゃぞ

 

6:へぇ、じじい、いいこと言うな

 

7:そりゃ、人生経験豊富じゃからのぉ

 

8:まあ、そんなことは置いておいて……で? お前ら、白銀亭行った?

 

9:当然

 

10:当たり前ンゴ

 

11:だよなぁ。てか、女神様ってマジで女神だったんだなと思わせられたぜ

 

12:まあ、食べに来たプレイヤー全員にチョコを一つ配布するくらいだからな

 

13:見ず知らずのプレイヤーにすら渡すんだから、マジで女神だったわ

 

14:女神のバレンタインセットがマジで美味かった

 

15:あれな。甘すぎなくて、男にも嬉しいやつだったよな

 

16:そうでござるなぁ。その辺りもしっかり考えるからこそ、女神様が女神様たるゆえんなんでござろうなぁ

 

17:バレンタインイベントがあるってことは、当然ホワイトデーもあるわけだしよ、お返しできるよな

 

18:そして、それを利用して、お近づきになるチャンス、ってか?

 

19:た、たしかに!

 

20:そうか、その手があったンゴ!

 

21:お返しと称して、友達になる、ということじゃな?

 

22:素晴らしい!

 

23:やべ、今から楽しみになって来た!

 

24:今回は、女性プレイヤー限定で作れたが、きっと次は男性プレイヤー限定のはず……やるっきゃない!

 

25:そうなったら、お前たちとは敵同士、ってことになるな!

 

26:ふっ、負けんぞ。今のうちに、【料理】すきるを上げておくか

 

27:その前に家とか買わないとな

 

28:まあ、その辺りはどうにかなるだろ

 

29:拙者、もう100万近く稼いでるでござる

 

30:なに!? すげえな!

 

31:ちっ、リードされちまう……!

 

32:これは、勝負あったでござるな

 

33:俺、130万

 

34:なぬ!?

 

35:くそう、こうしちゃいられん! 俺は金を稼ぎに行く!

 

36:負けるか!

 

 この後、この掲示板でだべっていたプレイヤーたちは、家を購入するためのお金を稼ぎに行った。

 なお、喧嘩が勃発したのは言うまでもない。




 どうも、九十九一です。
 うん。疲れてきた。そろそろやばいかも……なんて思いながら書いてます。本当に、1月~3月のネタがない。というか、長くなっちゃうんですよね。あんまり長すぎるとだれるのは目に見えてるので、こうしてさらっと流す程度で納めてます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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214件目 変化再び 上

 二月下旬。

 

 新年を迎えてからと言うもの、これと言った大きな出来事が起こっていないのは、本当に嬉しい。

 

 九月から十二月は、激動とも呼べるほど、濃密な期間だった。

 

 それを経験しているボクからすると、本当にこの平凡で、平和な時間は本当に嬉しい。

 事件のようなこともないし、変に巻き込まれることもない。

 

 唯一あったとすれば、スキー教室くらいだよね。

 あれは、まあ……巻き込まれたり事件だったりと言うよりかは、ボクの体と精神の問題なんだけど。

 

 でも、それを除いたらこれと言った出来事はなかった気がする。

 

 うんうん。平和はいいことだよ。

 なんて思いながら、いつも通りの日常を送る。

 

 ただ、なんとなく引っかかってることがあって、それは、元日に引いたおみくじ。

 

 あそこの、旅行の項目に、『見知らぬようで、知っているような場所にたどり着く』って書いてあったのが何とも……。

 

 おみくじだから、きっと偶然、だなんて普通の火とは思うんだろうけど、少なくとも神様がいることを知っている身からすれば、偶然とは思えないんだよね……。

 

 だって、いくつか本当に当たってるし……。

 

 争いごとと成長に関しては当たってる気がするもん。

 勝つけど望まない結果になる、って言うのは多分、CFOのサバイバルゲームのことだろうし、成長も、最近本当にブラのサイズが合わなくなってきちゃってるし……なのに、身長は伸びる気配がない……。

 

 それがちょっと悲しい……。

 

 身長、伸びないかなぁ。

 

 どうせなら、解呪の失敗で、身長が伸びる! みたいな、効果が出ればよかったのになぁ。

 今から、出ないかな。

 

 だってほら、つい最近、新しい副作用が出てきたし……通常時に、耳と尻尾が生える状態。

 あれ、そこまでと言って不便なところはなかったけど、耳と尻尾があったから、かなり視線が来てたんだよね……。

 

 まあ、女の子が耳と尻尾をずっと付けてたら、普通に見るもんね。ボクだって、そう言う人を見かけたら、つい見ちゃうし。

 

 それはそれとして、やっぱり一度でいいから、高身長になってみたいなぁ。

 

 ボク、身長低いし……。

 

 やっぱり、高い人は羨ましい。

 頭をぶつけている場面を見る時があるんだけど、あれが本当に羨ましい。

 

 高い人は逆に、小さい人がうらやましい、って言うんだけど、嫌味? って思っちゃう。

 

 だって、高いと何かと便利なのに、それをいらない、みたいに言うんだよ? 小さい人の前で言ったら、本当に嫌味にしか聞こえないよ。

 

 仮に身長が高くなったとしたら、160後半くらいになってみたいなぁ。

 ちょうどよさそうだし。

 

 ボクの場合、胸のサイズが身長に対して合ってない、って言われるんだもん。できれば、つり合いが取れるくらいの身長になりたい。

 

 未果より少し高いくらいがちょうどいいと思うんだよね。

 

 ……なんて、色々と思ってみたけど、そんな都合よくいかないよね。

 

 それこそ、ご都合展開、って言うやつだよ。

 あまりご都合展開をやりすぎると、読者に嫌われちゃう、みたいなことを女委が言ってたっけ。

 まあ、現実にご都合展開も何もないんだけど。

 

「依桜―、ご飯よー」

「今行くー」

 

 母さんに呼ばれたので、ボクは夜ご飯を食べに、リビングに向かった。

 

 

 そして、夜ご飯を食べている時のこと。

 

「んぅ……」

 

 すごく眠くなってきた。

 

「どうしたの、依桜?」

「なんか、すごく眠くて……」

「あら、睡眠系の病気かしら?」

「違うと思うけど……」

 

 この異常な睡魔には覚えがある。

 覚えがあるというか、あれだよね。普段、ボクの体が変化する前に起こる、あの睡魔。

 ……ま、まさかとは思うけど、ボクが新しいのでないかな、なんて思ったから?

 

 まさかね!

 

 さすがに、ない……はず。

 

 あ、ダメだ。思考がうまく回らない……。

 

「ごちそうさま……」

 

 あまりにも眠気が酷くなっていたので、ボクは夜ご飯を残すことになってしまった。

 食べたいんだけど、このままだと食べている途中に落ちてしまいそうだったから。

 

「もういいの?」

「随分残っているが、依桜大丈夫か?」

「大丈夫……」

「何かあったら、すぐに言うのよ?」

「うん……じゃあ、おやすみ……」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 ボクは席を立つと、そのまま部屋へと戻っていった。

 

 

「うぅ、眠ぃ……」

 

 部屋に着き、ベッドの近くに行くと、ボクは倒れこむようにしてベッドに寝転がった。

 すると、ただでさえ強かった睡魔がさらに強くなり、ボクはすぐに眠りに落ちていった。

 

 

 翌朝。

 

「……ん、んん……あ、れ……?」

 

 目が覚めると、すごく体に違和感があった。

 

 いつものパターンなら、頭とお尻の辺りに感覚が拡張されていたり、服が脱げて裸になっていたりするんだけど……今回はそのどれも当てはまらない。

 

 なんか、未知の感覚なんだけど……。

 

 服は……着てる。

 

 でも、なんか服が小さくなった気がする。

 ちょっときついし……。

 

 …………服が、小さい?

 

 自分で思って、何かがおかしいと言うことに気が付いた。

 

「……な、なにが!?」

 

 一気に意識がクリアになってきて、ボクは跳び起きると、そのまま姿見の前に向かった。

 

「え、え……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 そんな、驚きで満ちた素っ頓狂な声が、朝から響き渡った。

 

「え、な、なに、どういうこと!?」

 

 ボクはすごく混乱していた。

 それはもう、すごく混乱していた。

 

 ボクがこんなに混乱しているかと言えば、原因は今のボクの姿。

 

 何と言うか、その……成長していました。全体的に。

 

 身長もそうだし、胸もそう。体全体が成長していました。

 視点がいつもより高い……。

 

「ま、まさか、こんな姿になるなんて……」

 

 普段は、どちらかと言えばややあどけない顔立ちなんだけど、今のボクは大人びて見える。

 いや、それでも可愛い系に近いんだけど……。多分。

 

「こ、これがボク……」

 

 なんだろう、いつもより身長が高いからか、すごく嬉しい気持ちになる。

 多分、160後半くらいあるよね?

 念願だった、160センチ以上の身長……。

 

「ふふ、ふふふふ……!」

 

 思わず、そんな笑いがボクの口から漏れていた。

 

 だって! 普段は小さいボクが、こんなに身長が高くなったんだもん!

 

 女の子の体、と言うのはあれだけど、それでも背が高くなったのは素直に嬉しい。

 身長が低くて、あんまり同年代に見られなかったボクだけど、これなら同年代に見られるはず……!

 

「依桜、どうしたの、すごい声がしたけ……ど?」

 

 姿見の前で、一人笑っていたボクの部屋に、母さんが入って来た。

 

「あ、母さん、おはよう」

「お、おはよう。えーっと、一応聞くけど……依桜、なのよね?」

「うん、ボクだよ」

「あ、ああ、はいはい。えーっと、その姿は……例のあれ?」

「例のあれです」

「そう、なるほどなるほど……依桜、大きくなったわね」

「ありがとう!」

 

 素直にお礼を言った。

 だって、大きくなれたのが嬉しいんだもん。

 ……と言っても、多分今日一日だけだと思うけど。

 

「……でも、今日は学園だけど、どうするの?」

「あ」

 

 ……身長が高くなったことに歓喜していて忘れていたけど、今日、普通に平日だよ。

 

 

「もしもし、学園長先生ですか?」

 

 正気に戻ったボクは、とりあえず学園長先生に電話をかけた。

 事情を一番知ってるの、学園長先生だしね。

 

『そうよー。どうしたの、依桜君。朝から私に電話をかけてくるなんて珍しい』

「あの、ちょっとした問題が発生しちゃいまして……実は――」

 

 軽く朝の出来事を説明。

 

『なるほどー。成長した、と』

「はい」

『それで、制服のサイズが合わなくなって困ってる、と。あと、ブラのサイズも』

「はい……」

『なるほどねぇ。ちなみに、身長はどれくらい?』

「えっと……165くらいだと思います」

『かなり高くなったねぇ。次、スリーサイズは?』

「えっと、さっき母さんに計ってもらったら、上から、92、58、86でした」

『あら、随分成長したのね。ちなみに、ブラのサイズはどれくらい?』

「え、えっと、その……I、です……」

『で、でかい……なるほど、かなり成長しちゃってるみたいね。そうなると、特注の制服になる、か……』

 

 特注……。

 む、胸が大きいのも考え物だよ……。

 しかも、大きいサイズとなると、なかなかないらしいし……。

 

「それで、今日の学園はどうすればいいですか……?」

『そうねぇ……とりあえず、私服でいいわ』

「でも、持ってないですよ、ボク」

『ええ、だから、遅刻と言うことでいいわ。ま、今回の件に関しては、かなり不可抗力だから、遅刻扱いにしないから、安心して』

「ありがとうございます……」

『はいはい。それじゃあ、学園でね。あ、一応学園に来たら、私のところに来て。姿の把握はしておきたいから』

「わかりました。着き次第、すぐに向かいますね」

『ありがとう。それじゃあ、学園でね』

「はい。それでは、失礼します」

 

 通話終了。

 遅刻扱いにならないのは、本当に助かるよ……。

 

「学園長先生、なんて?」

「えっと、私服で登校して来ていいって」

「となると、午前中のうちに買いに行かないといけないわけね。……外出用の服をどうするか、よねぇ……今の依桜に合うサイズの洋服はないし……」

「だ、だよね……」

 

 さっきまで、喜びから一転、かなり困惑する状況となってしまった。

 下着だって、サイズが合わなくなってるし、洋服なんてもっとない。

 今のボクは、母さんと同じくらいの身長になっているけど、胸のサイズなどが違いすぎるので、着ることができない。

 

「そう言えば依桜、たしか、何もないところから、いろんなものを出せたわよね」

「う、うん。『アイテムボックス』のこと?」

「そうそう。とりあえず、それで下着と洋服を出しなさい」

「ええ!? で、でも、お金を払わないで手に入れるのはちょっと……」

「そうも言ってられないでしょ。さすがに、お母さんだけで行くわけにいかないもの。細かいサイズとかわからないし」

「そ、そうだけど……でも……」

「でもじゃない。これくらいいいじゃない。少なくとも、出した後は、着なきゃいいわけだし」

「た、たしかにそうかもしれないけど……」

 

 そうだとしても、何の対価もなしに、物を手に入れるなんて……。

 一応、魔力を消費しているけど、ボクの魔力の総量からしたら、そこまで消費しないから、実質対価がないようなもの。

 それで手に入れるのは……。

 

「じゃあ、依桜は、サイズの合わない服で登校して、恥ずかしい姿になってもいいってわけね」

「それは嫌!」

「なら、出して。そしたら、十時には買いに行くからね」

「わかったよ……」

 

 恥ずかしい姿になるのはすごく嫌だったので、ボクは仕方なく、今の姿に合う下着と洋服を生成して、取り出した。

 

「あら、シンプルでいいわね」

「……あまり派手にしたくないもん」

「依桜は派手なのは好きじゃないものね。……にしても、それで学園に行けばいいんじゃないの?」

「さすがにそれはダメ。これは、ずるして手に入れた服なんだか」

「ずるも何も、自分の能力を活かした結果だと思うんだけど……。まあ、依桜は真面目だしね。そこがいいところでもあるんだけど」

「真面目もなにも、普通は嫌だと思うんだけど……」

「むしろ、バンバン使っちゃうと思うけどね。さ、準備は後々。朝ご飯食べちゃって」

「あ、うん」

 

 母さんの言った通り、一旦今の状況は後回しにして、朝ご飯を食べた。

 ……いきなり身長が高くなると、すごく困るんだね。

 痛感しました。




 どうも、九十九一です。
 やりたい放題な本作ですが、最近、それがかなり顕著になってきてる気がします。というか、今回はいささかやりすぎな気が……。まあ、依桜が成長するような副作用は、最初考えていたので、まあいいかなと。それに、最近ネタがなくなってきたので。いや、一応あるにはあるんですけど、日常部分がない……。クソすぎる私。
 えっと、今日も多分2話投稿になると思います。いつも言っている通りですのでよろしくお願いします。
 では。


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215件目 変化再び 中

「あー、男女はなんか色々あって遅れてくるそうだ。なんでも、困ったことになった、そうだ。まあ、病気とか怪我じゃないらしいんで、気にするなよー。以上だ。お前たちも、病気やケガなんかには気を付けろよ。以上だ」

 

 いつも通りの適当な言い方で進んだHRが終わると、クラス内が騒がしくなる。

 

「依桜が遅刻とは、珍しいな」

「だれか、依桜から連絡あった?」

「ないな」

「何も連絡がないって言うのも、珍しいよねぇ。前の風邪は例外だけど」

 

 いつものように登校してこなかった依桜を不思議に思い、私たちは集まって話していた。

 女委の言う通り、依桜が連絡しないのはちょっと珍しい。

 昔は休むことになったり遅刻したりすると、私たちの誰かに連絡を入れていたからだ。

 

「色々あって遅れる、って理由がなんかあれだよな」

「たしかに。病気でも怪我でもない、って言ってたし」

「まさかとは思うけど、また副作用が出た、とか?」

 

 なんて、私が言うと、

 

「ありそう、だな」

「そうだね。依桜君って、不思議な体になってるから、あっても不思議じゃないもんね」

「実際、冬〇ミの時にも新しい形態を発現させてるし」

「形態って……依桜はロボットじゃないぞ?」

「でも、似たような物じゃない。いろんな姿に変化するんだから」

「確かにそうだが……」

 

 通常時に、ロリ。ケモロリ。ケモっ娘美少女。

 少なくとも、四つも形態があるわ。

 ロボットとはいかなくても、どこかの某海賊マンガにでてくる、トナカイみたいなものでしょ。

 

「それで? もし、そうだったとして、依桜ってどうなると思うよ?」

「うーん、やっぱり、ロリ化じゃない? 幼稚園児くらいの」

「「「あー、ありそう」」」

 

 女委の予想に、私たち三人納得してしまった。

 今までの依桜の傾向を考えると、小さくなることの方が多い。

 ケモっ娘美少女は例外としても、そうなる可能性がないわけじゃない。

 というか、大いにあり得る。

 

「いや、もしかすると、もっと幼いかもしれないぞ? それこそ、二歳児とか」

「依桜の場合、否定しきれないのが何とも言えねぇ」

「そうね。もはや何でもありだものね」

「まあ、まだ姿が変わると決まったわけじゃないけどね!」

「だな。あー、早く来ねぇかなぁ」

 

 ほんと、依桜はなんで遅刻したのかしらね。

 どうせまた、変なことに巻き込まれてるのだろうけど。

 

 

 十時になり、ボクは母さんと一緒に洋服類と下着類を買いに出かけた。

 

「うぅ、なんか、いつもより視線がすごいような……」

「そうねぇ。普段の依桜は、超が付くほど可愛いけど、今は超が付くほど美人だものねぇ」

「び、美人じゃないと思うけど……」

「ほんっと、謙虚よねぇ。というより、自覚がないのね」

「普通だと思うんだけど……」

「その容姿で普通なんて言ったら、世の中の女の子たちが怒るわよ」

「そ、そこまで……?」

「そこまで」

 

 ……やっぱり、信じられない。

 

 ボクなんかよりも、可愛い人とか綺麗な人はいっぱいいるもん。

 師匠とか、未果とか女委、美羽さんとか。

 それに、性格はあれだけど、学園長先生も普通に美人だし……。

 

 ボクなんて、銀髪碧眼で、胸が少し大きいだけの女の子だよ? 違うところなんて、髪色と瞳の色くらいで……。

 

「さて、早く買いに行きましょ。学園、遅くなっちゃうわ」

「そ、そうだね」

 

 会話もそこそこに、ボクたちは、お店に向かった。

 

 

「ん~っ……き、きつい……。母さん、これは無理……」

 

 ランジェリーショップに行き、まずは下着を購入。一番大事。

 そして、最初に母さんが持ってきたブラを着けるんだけど、きつくて着けられない。

 

「そう……じゃあ、こっちは?」

 

 次に渡されたのは、さっき着けたものよりも、少し大きいサイズのもの。

 それを受け取り、試しに試着してみる。

 

「あ、これなら……」

 

 試着してみたら、サイズはちょうどよく、ぴったりだった。

 窮屈に感じないし、楽。

 

「依桜―、どうー?」

「うん、大丈夫だよ」

「そう。じゃあ。開けるわねー」

「うん……って、え!? ちょ、待っ――」

 

 シャーッと音を立てて、試着室のカーテンが開いた。

 そして、下着姿のボクが店内で晒されてしまった。

 

「か、かかかかかかか母さん! いきなり開けないでよぉ!」

 

 というか、この状況、前にも見たよ!

 女の子になった日に見たよ!

 

「あら、スタイルいいわねぇ。普段よりも、大きく成長しているのね、全体的に」

「そう言うのいいから、早く閉めてぇ!」

「別に、店内には、女性しかいないし、いいじゃない」

「よくないよ! 恥ずかしいの!」

 

 なかなか閉めようとしないので、ボクは大慌てでカーテンを閉めた。

 

『今の人、すっごい綺麗だったね』

『うん。しかも、胸とかすごかった……』

『なんかこう、お姉様、って呼びたくなるくらい、綺麗だったなぁ』

『わかる』

 

 

 あの後、何着か下着を購入した。

 お会計の際、以前と同じ店員の人に、

 

『綺麗ですね』

 

 と言われました。

 み、見てたの……?

 

 

 下着を購入した後は、洋服。

 

 洋服は、色々かったけど、ワンピースを着ていくことにしました。楽なので。

 それに、ボク自身は洋服とかに無頓着な方だしね。

 あんまり気にしないので、なんでもいいかな、って感じだけど、できるなら楽な服装がいい、みたいな考え方。

 

 買ったのは、ワンピースを二着、ブラウス一着、Tシャツ二着、スカート三着(フレア、ミニ、ミディ)、ジーンズ二着です。

 

 結構買ったね。

 

 いや、うん。まあ、多くあっても困らないしね。

 

 一度この姿になったと言うことは、今後もこの姿になる可能性があるだし。

 

 ……なんか、女の子になってからと言うもの、衣服類が増えたよ。

 特に、異世界にもう一度行ってから。

 副作用の効果が多すぎて、ボク、姿が変わりすぎなんだけど。

 

 通常時、小学四年生、耳と尻尾が生えた小学一年生、通常時に耳と尻尾が生えた状態に、全体的に成長したボク。

 

 少なくとも、五種類あるんだけど。

 

 いつからボクは、こんなにポンポン変身する体質になったんだろうね。別に、魔法少女ってわけじゃないんだけどなぁ……。

 

 ……いや、あながち魔法少女っていうのも、間違いじゃない、のかな? 魔法、使えるし……。

 

「さて、買うものはこれで全部、と。それじゃ、帰って荷物を持って、学園に行って来なさい、依桜」

「うん。あれ、母さんは?」

「お母さん、これから少し行くところがあるの。だから、一人で帰ってね」

「わかった。それじゃあ、行って来ます」

「いってらっしゃい」

 

 そう言って、ボクは母さんと別れた。

 

 

 家に帰り、自分の部屋へ。

 

 部屋に行ったら、買ってきた服を置いて、荷物を持って再び家を出て、学園へと向かう。

 

 歩いていると、いつもより、15センチくらい視点が高いので、ちょっと違和感。

 まあでも、違和感なんて変身することがあったから、慣れていると言えば慣れてるんだけど。

 

 それにしても……やっぱり、視線が多いような……。

 ボク、変なところでもある?

 やっぱり、髪と目かな?

 

 でも、普段ボクと言う存在が歩いているわけだから、慣れてると思うんだけど……。

 それ以外だと、何があるんだろう?

 

 普通だと思うし……。

 

『な、なんかあの人、エロくね?』

『ああ……なんか、こう、色気が半端ないっつーか……エロい』

『綺麗な人……あんな人、今までいたっけ……?』

『ううん。いなかったはず。いたのは、女神様くらいだけど……でも、本当に綺麗だね』

 

 う、うーん、何か言われてるような気がするんだけど……やっぱり、気のせい?

 視線を感じるのはいつものことだから、多少は慣れてるけど、なんか今日はもっと多いような気がするんだよね。

 

 も、もしかして、値札が付いてる?

 ……うん、ないね。なんとなく値札があったところを触ってみたけど、なかった。

 

「うーん……まあいいっか。気にするようなことでもないよね」

 

 その結論に落ち着き、ボクは学園へ向かう足を少し早めた。

 

 

 そして、学園に到着。

 

 今の時間は、大体三時間目の途中くらい。

 この時間なら学園の生徒とばったりでくわすことはないから、ちょっと安心。

 ……まあ、それを言ったら、この後すぐに会うことになるんだけど。

 

 少し重い気分になりながらも、学園長室へ向かう。

 

 

 コンコン、と扉をノック。

 

『どうぞー』

「失礼します」

 

 いつも通りのやり取りの後、学園長室の中に入る。

 

「あら、依桜君、おはよう。……なるほどー、今度はそんな感じか」

「そんな感じです」

「ふーん? ふむふむ。通常時の依桜君が大きく成長した場合こうなる、って感じの姿ね。まあ、それよりも大人びてるけど」

「ほんとですか? ちょっと嬉しいです」

「あら、珍しい。まあ、依桜君は身長が伸びてほしい、ってずっと思ってたみたいだし、大人っぽくなりたい、とも思ってたみたいだし、それもそうね」

「はい。なので、今回のこの変化は内心ちょっと喜んでたり……」

「普段は悪い方にしか行かないものが、たまたまいい方向に転んだ、ってかんじかしらね」

「はい」

 

 まさか、昨日の夜思ったことが、現実になるとは思わなかったけどね。

 これが物語なら、バッシング間違いなしなくらいの、ご都合展開。

 でも、ご都合展開だから何だって話です。そんなことよりも、身長が高くなったのが嬉しいので全然気になりませんとも。

 

「それで、その姿になったと言うことは、今後もそうなる可能性があるってことね?」

「そうですね。少なくとも、年末と今日だけで、新しい姿が二つ出てますし」

「年末?」

「あ、そう言えば言ってませんでしたね。えっと実は、去年の年末に、普段の姿に耳と尻尾が生えた状態になるようなりまして……」

「へぇ、つまりケモっ娘美少女になったと言うわけね。じゃあ、それ用の制服もあった方がいいわね。さすがに、通常時の制服に穴をあけるわけにはいかないものね」

「はい。さすがに、ちょっと……」

 

 直せないことはないけど、毎回直す手間を考えたら、できればしたくない。

 

「それじゃあ、今のその姿の採寸をしてもいいかしら? その状態の制服も用意しなきゃだし。一応、電話でスリーサイズは聞いたけど、念のためね」

「わかりました。えっと……し、下着姿、でいいですか?」

「大丈夫よ。それじゃあ、脱いで脱いで」

 

 学園長先生に促されるまま、ボクはワンピースを脱ぎ、下着姿になる。

 

「あら、本当に大きくなったのね。主に、胸」

「や、やめてくださいよぉ」

「まあまあ。それじゃ、メジャーを回すわよー」

「んっ……」

 

 やっぱり、胸を測るのは慣れない。

 つい、変な声が出ちゃうんだよね……。なんなんだろう。

 少し変な気分になりつつも、採寸終了。

 

「うん、電話で聞いていたサイズと変わらない、と。はい、じゃあ、後はこっちで注文はしておくから、依桜君はクラスの方に行ってもいいわよ」

「わかりました。それじゃあ、失礼します」

「頑張ってねー」

 

 最後に挨拶をしてから、ボクは学園長先生を後にした。




 どうも、九十九一です。
 そこそこ長くなりそうだったので、途中で区切って投稿することにしました。まあ、いつも通りですね。ちょっと短めになっちゃいましたけど。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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216件目 変化再び 下

 三時間目が終了して、休み時間。

 

 ちょうどいいタイミングかなと思って、ボクは教室に入った。

 

「お、おはよー」

 

 ボクが挨拶しながら入った瞬間、

 

『『『誰!?』』』

 

 一斉に言われました。

 いや、うん。普段よりも体が違いすぎるから、その気持ちはわかるけど……普通に酷くない?

 

「えっと、ボク、なんだけど……」

『え、あれ、男女……?』

『う、嘘だろ、男女って、あんなに色気が半端なかったっけ……?』

『依桜ちゃんが、大きくなってる……』

『ろ、ロリ巨乳じゃなくて、普通に巨乳美人になってる……』

 

 あ、あれ? なんか、クラスのみんなの様子がおかしいような……。

 そ、そんなに変? ボク。

 

「依桜、なのよね?」

「うん。そうだよ」

 

 おー、普段はボクよりも身長が高い未果を、ほとんど同じ目線から見るなんて、すごく新鮮。

 女委にも言えるけど。

 いいね。なんか。

 

「ちょっと待て。依桜、その姿は、なんだ?」

「えっと、朝起きたらこうなってました。多分、副作用」

「ま、マジかー……。副作用なんじゃね? って話はしてたが……予想とは逆の方向に行っちまってるじゃねえか……」

「依桜君、随分綺麗になってね。普段からも綺麗だけど」

「ボクもちょっとびっくりしたよ」

 

 まさか、成長しているとは思わなかったもん。

 

「にしても、全体的に大きいのね……。依桜に身長を抜かれる日が来るとは……」

「ふふふー。ボクもこの姿はちょっと嬉しいんだ。身長が高くなってるから」

「普段は、小さい方だからな、依桜は」

「そりゃ嬉しいわな」

「唯一、副作用で喜べるものだよ、これ」

 

 いつもは逆に小さくなるだけだもん。

 例外なんて、あれくらいだし。

 

「ところで依桜君」

「なに?」

「今の依桜君の胸のサイズっていくつなの? どう見ても、普段よりも大きく見えるけど」

「あー、えっと……き、聞きたい?」

「「「聞きたい」」」

 

 未果と女委、態徒が即答した。

 晶だけは、苦い顔をしていた。

 

 態徒、あとで〆る。

 

 というか、よく見たら、クラスのみんなも聞き耳立ててない?

 なんだか、みんなが注目しているような……。

 

「それで、サイズは?」

「……そのぉ……ふ、普段のボクのサイズよりも、二つ上、です」

「二つ上って言うことは……あ、I!?」

『『『でか!?』』』

 

 ボクのサイズを未果が叫んだことで、周囲の人たちに聞こえてしまっていました。

 その結果、みんな驚きながらそう言いましたよ。

 

 未果が叫んだから聞こえていたんじゃなくて、聞き耳を立ててたから、あまり関係ない気がするけどね……。

 というか、なんで聞き耳立ててるの?

 

「身長も高くなるし、胸……どころか、スリーサイズも大きく変わってそうよね。この姿はあれね。大人依桜ね。顔立ちとか、大人びて美人系寄りになってるもの」

「大人っぽく見える?」

「ああ。普段とは全然違うな。大人っぽく見える」

「ほんと? 嬉しいなぁ」

 

 嬉しくて、笑顔が浮かぶ。

 

『うわー、美人の笑顔が眩しー』

『普段とは違った魅力があるな、男女』

『つか、マジでエロいと思ってるのは俺だけか』

『いや、俺もだ』

『雰囲気もなんだか、大人っぽく感じるよね』

『うんうん。なんかこう、お姉様って呼びたい……』

『わかる。ああいう綺麗なお姉さんって、すごく憧れるよね』

『大人依桜ちゃん……あり!』

 

 と言う会話が聞こえてきた。

 クラスのみんなから見ても、大人っぽく感じるみたいで、ちょっと嬉しい。

 いつもは、大人っぽいのは似合わない、なんて言われるんだもん。

 

 ……って、ちょっと待って。なんか今、エロい、って聞こえたんだけど……。

 

「え、エロい、ってどういうこと……?」

 

 なんて、ボクがそう尋ねると、女委以外がスッと目を逸らした。

 ……なんで、誰も何も言わないの?

 ボクが今着てるの、普通のワンピースなんだけど……。

 そ、そんなに露出ないよね?

 

「いやまあ、何と言うか、だな……」

 

 ボクの問いかけに、晶が口ごもる。

 その代わりに答えたのは、なぜかすごく元気な女委。

 

「それはね、依桜君。普段の依桜君は可愛い系の美少女なんだけど、今の依桜君はどちらかと言えば、高校生と言うより大学生に近いんだよ。つまり! 大人の色気と言うものが、ムンムンなわけですね!」

「ごめん、何を言っているのかわからない」

「要するに、大人っぽくなったことで、ある程度抑えられていたエッチ度が、大人バージョンになったことで、噴出した、というわけだね」

「いや、それでもよくわからないよ! というか、エッチ度ってなに!?」

「うーんと、何と言うかこう……エロさを表す数値、的な?」

「数値なんてわからないよ!」

 

 そもそも、どういう数値なのそれ!?

 

「うーむ、依桜君はその辺りの知識がないからなぁ……じゃあ、依桜君。ちょっと聞くんだけど、セックス、の意味ってわかる?」

『『『ぶっ!?』』』

「えと、せっくす? えっと、どういう意味……?」

『『『ええええええええええええええっっっ!?』』』

「え、な、なに!? みんなどうしたの!?」

 

 なぜか、クラスが騒然となった。

 あ、あれ? ボク何かおかしい……?

 

「もしかして、ボク、変……?」

「いや、変じゃないぞ!?」

「そうよ、大丈夫よ!」

「で、でも……」

「知らなくても困ることはないから大丈夫だ! だから、気にするな!」

「……そ、そうなの?」

『『『そうなの!』』』

 

 未果たちだけでなく、クラスのみんなまでもが、肯定してきた。

 

「そ、そうなんだ。よかったぁ、てっきり、ボクが変なのかとばかり……」

(((ほっ……)))

 

 みんながなぜか胸をなでおろしていたんだけど、どうしたんだろう?

 まあ、大したことじゃないよね。

 

「おーし、授業始めるぞー。なんだ、男女来てたのか。……なるほど、大人バージョンってわけだな。まあいい、とりあえず席着け」

「あ、はい」

 

 ここで、戸隠先生が入って来た。

 時計を見れば、もうすぐ四時間目が始まる時間だった。

 戸隠先生に席に座るよう言われたので、ボクは自分の席に着く。

 

「お前ら、何してんだ? さっさと席着け。授業始めるから」

 

 安堵したような表情で固まっていたクラスのみんなを、戸隠先生が座るよう指示を出すと、すぐにみんな席に着いた。

 そしてそのまま、授業が始まった。

 

 

「いや、まあ、正直、体育祭で依桜がどれだけピュアか、と言うことは知っていたが……まさか、ここまでとは……」

 

 昼休み。

 

 四時間目が終了した後、いつも通りにお昼となった。

 そして、依桜が席を外した瞬間、晶がそう切り出した。

 

「……そうね。この見た目で、知識0はなかなかすごいわ。というか、よく男の時にそっち方面に触れなかったわね」

 

 正直なところ、依桜がピュアだったのは、学園七不思議に数えられてもいいんじゃないかしら。

 

 偏見かもしれないけど、男だったら誰しも、そう言うのに興味を持つはずだもの。

 ましてや、中学生なんて興味津々な年ごろじゃない。

 

「でも、晶君はともかく、態徒君と一緒に遊ぶ機会があったのに、なんで依桜君はピュアなんだろう?」

「あー……えっとだな。俺たち男子三人で、この馬鹿の家に遊びに行った時があったんだが……その際、この馬鹿のエロ本を読んだことがあってな」

「ちょっ、いきなりオレたちの秘密暴露すんのやめてくんね!?」

「態徒黙って。それで? どうなったの?」

「いや、そのシーンに差し掛かった瞬間、顔を真っ赤にしてそのまま気絶した」

「あー、なんかすごく想像できる光景だね」

「でも、一度見たのなら、知ってるはずじゃないの?」

 

 いくら気絶したとはいえ、覚えていそうなものだけど……。

 

「いや、依桜の場合、そう言うのを見て気絶すると、その際の記憶がきれいさっぱり消えるんだ」

「なにそのマンガのキャラみたいな体質」

「そう言えば依桜君、体育祭の練習の時に、BLの過激な部分の内容言ったら、気絶してたよ。しかも、記憶がなくなってたし」

「何してんのよ、女委」

 

 というか、いつそんなことしてたのよ。

 すごく気になるんだけど。

 あと、過激な部分を言うって、頭おかしいわね、ほんと。

 

「……てことは、あれか? 依桜に対してそっち方面の話をすると、気絶して、記憶が飛ぶってわけか。あいつ、マジで理想の美少女すぎないか?」

「そうだね。依桜君は、銀髪碧眼、ロリ巨乳、ピュア、天然、天然系エロ娘、家庭的、優しい、怖がり、恥ずかしがり屋、幼女化、ケモロリ、ケモっ娘美少女、魔法使い、暗殺者、大人バージョン、っていう存在だからね」

「……こうしてみると、依桜って、マジで属性豊富だな。と言うか、盛りすぎだろ。大丈夫か、これ」

「いや、まあ、大丈夫、なんじゃない? 実際、癒されるし」

 

 依桜って、本当に癒しだもの。

 

 どんなに嫌なことがあっても、依桜の励ましだけで立ち直れるもの。

 

 それに、依桜は謙虚だから、全然嫌味とかないし。

 

 自分が可愛くない、と言ってはいても、あれ、本気で思ってるから、全然イラっと来ないしね。むしろ、いい加減認めたら? みたいな、呆れが入って来てるわよ。

 

 可愛いから全然いいけど。

 

「でも、あれだな。あの姿で、性知識0ってのは、ギャップが半端ないな」

「ギャップ萌え、というやつだねー」

「依桜の存在が、いよいよもって謎ね」

「あれでも一応、元男なんだよな……」

「少なくとも、何も知らない人からしたら、ただただ可愛い美少女としか思わないでしょうね。一人称だって、ボクだけど、実際いるし。ボクっ娘としか思われないと思うわ」

「性格が元々、女の子っぽいところもあったしねぇ。不思議じゃないよ」

「そうだな。以前から、その片鱗はあったが、女子になってから、それが顕著になってきたからな。正直、俺たちですら、元々女だったんじゃないか、なんて思うくらいだ」

「それあるわ」

 

 この中だと、依桜と付き合いが一番長いのは私。

 なにせ、幼稚園の頃からの付き合いだからね。

 

 そんな私ですら、最近、依桜が元々女の子だったんじゃないか、なんて思ってしまうのよね。

 

 だって、あの可愛さは反則でしょ。

 

 恥ずかしがり屋なのよ? ちょっと可愛いと言っただけで、顔を赤くして、あわあわするような娘なのよ? やっぱり、素晴らしく可愛いわけじゃない?

 

 まあ、依桜は男の時から普通に可愛かったわけだけど。

 そう言えば、満遍なくモテてはいたけど、中でも年上にモテてたわね、男の時は。

 今は、老若男女問わずモテるような状態だけど。

 

「ただいまー」

「おかえり、依桜」

 

 大人依桜が戻ってきたことにより、会話は中断。

 中断と言っても、大体話し終えたところだったけど。

 

 ……それにしても、本当に美人になったものね、今の依桜は。

 

 元男と思わせないような、美人っぷりに、私は内心、苦笑いだった。

 

 

 いつもとは違う体での生活は、そこまで不便がなく過ごすことができた。

 

 あったすれば、いつもより胸が大きい分、結構辛かった。

 

 だって、普通に肩は重いし、疲れるしで、きついんだよ?

 

 女の子って、大変なんだね……。

 月に一回来る、あれもかなりつらいんだけどね……。

 

 異世界で鍛えられたボクが痛みで苦しむって、相当だと思うんだけど。

 

 ……女の子は、すごいな、なんて心の底から思ったよ、ボク。

 あれと毎月格闘していたと考えると、尊敬するよ……。

 

 未果とか女委だって、普段通りにふるまってたなぁ。

 未果はたまに、イライラしてたような気がするけど。

 

 でも、女委は特に変わった様子がなくて、いつものようなハイテンションにこにこ顔だった。

 

 個人差がある、って言ってたけど、女委はあんまり痛くない方なのかな?

 

 羨ましいよ……。

 

 初めて来た時は、本当に辛かったよ……。

 

 ……まあ、それはまた別に機会と言うことで。

 あんまり思いだしたくないけど……。

 

 何はともあれ、普段通りに学園は終了。

 

 みんなと軽く寄り道をしていくことになり、場所はショッピングモール。

 その道中で、思わぬアクシデントが発生してしまった。

 

 

「この辺も、どんどん開発が進んでくな」

 

 ショッピングモールに向かう途中の道で、態徒が周囲の様子を見て、そんなことを呟く。

 

「そうだね。でも、ちゃんと自然は残しているんだから、まだいいと思うよ」

 

 美天市は、自然豊かな街でもあるので、上手い具合に共存していた、街並みはかなり綺麗。

 春になれば、桜が咲き誇る道もあるしね。

 

「でもやっぱ、ずっと住んでた街が変わっていくってのは、なんかこう、寂しいよな」

「あら、随分感傷的じゃない、似合わないわよ?」

「酷くね!? オレだって、そう言う気分になる時くらいあるわ!」

「まあ、一応態徒君も人間だしね」

「一応じゃないぞ!? オレ普通に人間だからな!?」

「そうだね。まあ、態徒君が人間かどうかは置いておいて」

「いや、置いておくなよ!?」

 

 なんて、いつものやり取りをしながらショッピングモールに向かっていると……

 

 ガゴォォン!

 

 という、大きな音が聞こえてきた。

 

「なんだ、今の……って、お、おいあれ見ろ!」

 

 と、態徒が指さした方には、建設中のビルの上にある、今にも落ちそうな鉄骨。

 そして、その下には……

 

『うえぇぇぇん!』

 

 小さな女の子が泣いていた。

 

『愛ちゃん!』

 

 泣いていた女の子のお母さんらしき人が、落ちそうになっている鉄骨に気付き、慌てて駆け寄る。

 ところが、お母さんが女の子に近づいた瞬間、

 

 ゴォォン!

 

 という音を立てて、鉄骨が落下し始めてしまった。

 

「まずいっ!」

 

 ボクは落ちたのを認識した瞬間には、すでに地を蹴っていた。

 

 親子の所までの距離は、おそらく100メートルほど。

 ビルの高さは、大体50メートル程度。

 

 数秒しないうちに親子に落ちてしまう。

 

 だけど、今のボクなら全然問題なく間に合う!

 

 一瞬と言ってもいい時間で親子のもとに到着。

 だけど、鉄骨はもうすぐそこ。

 

 ボクは、『瞬刹』を使用して、知覚能力を引き上げる。

 その瞬間、世界がスローモーションになったように遅くなる。

 

 次に、『身体強化』を五倍で発動し、『武器生成魔法』で切れ味最高の短刀を生成。

 

 ナイフを右手に持ち、そのまま跳躍し、鉄骨を切断した。

 

 さすがに、このままだと親子に当たってしまう危険性があるため、蹴りを用いて衝撃を吸収し、切れた鉄骨を横にずらした。

 

 同時に、『アイテムボックス』を開いて、その中に生成したナイフを放り込む。

 

 それを確認してから、『瞬刹』を解除。

 

 解除した瞬間、スローモーションだった世界が元の速さに戻り、

 

 ドオォォォォンッ!

 

 という、地響きと共に、鉄骨が地面に落ちた。

 

「大丈夫ですか?」

『あ、は、はい大丈夫、です……』

 

 見たところ、怪我などがないようで、すごく安心した。

 小さな女の子も、膝を擦りむいただけで済んでいた。

 

 泣いていた原因はおそらく、転んで怪我をしてしまったからなんじゃないかな。

 それで、運悪く鉄骨が、っていう感じかな。

 

「えっと、君、ちょっと痛いところを見せて」

 

 女の子と同じ目線になって、微笑みながら傷口を見せるように言うと、

 

『……うん』

 

 女の子は小さく頷いてから、おずおずと擦りむいた場所を見せてくれた。

 

「ちょっと、じっとしててね」

 

 そう言うと、ボクは女の子膝に手をかざし、

 

「『ヒール』」

 

 聞こえないくらい小さな声で、『ヒール』を唱えた。

 見えないようにうまくコントロールした癒しの光が、女の子の傷口に染み入り、光が収まる頃には、擦りむいたことがなかったかのような綺麗な状態になっていた。

 

「どうかな? まだ痛い?」

『わぁ……痛くない! 痛くないよ!』

 

 傷が無くなったことに、女の子は嬉しそうに笑う。

 泣いていたのが嘘だったみたいに。

 

「うん、よかった。えっと、あなたも怪我したところは?」

『い、いえ、大丈夫です。……それよりも、危ないところを助けていただき、ありがとうございました……。おかげで、私も愛も、生きています。何とお礼を言えばいいか……』

「いえいえ、気にしないでください。それじゃあ、ボクは失礼しますね」

 

 そう言って、ボクは立ち去ろうとすると、

 

『お姉ちゃん、ありがとう!』

 

 ばふっ、と女の子が抱き着きながらお礼を言ってきた。

 なんだか嬉しくなって、つい、女の子の頭を撫でていた。

 

「ふふっ、お姉ちゃんも、愛ちゃんが無事でよかったよ。それじゃあ、お姉ちゃんは行かないといけないから、気を付けてね」

『うん! ありがとう! お姉ちゃん!』

 

 優しく言うと、愛ちゃんはお母さんと手を繋ぎ去っていった。

 その際、何度も振り返りながら、手を振っていたので、見えなくなるまで、ボクも小さく手を振っていた。

 

「お疲れ様、お姉ちゃん?」

「み、未果。えっと、もしかして聞いてた……?」

「それはもう、バッチリ。最後、自分のことをお姉ちゃんと言ってたところもね」

「~~~~ッ!」

 

 は、恥ずかしぃ!

 

 自分のことをお姉ちゃんって言っていたのが、すごく恥ずかしいよぉ!

 男なのにぃ!

 

「でも、よかったの? 助けるためとはいえ、魔法を使って」

 

 と、さっきと打って変わって真剣な表情でそう訊いてくる未果。

 

「うん。あれはさすがにね。何も使わないで回避もできたけど、切断してからの方がよかったから。仮に、本気で蹴りを入れてたら、鉄骨、凹んでたよ?」

「暗殺者的に、どうなの? それ」

「……鍛えたの、師匠だから」

「それもそうね」

「でも、さっきのはすごかったぜ。一瞬で依桜が親子の所に行ったと思ったら、次の瞬間には、切断された鉄骨が横たわってるんだもんよ」

「ああ。何が起こったのか、よくわからなかったな」

「かっこよかったよ、依桜君!」

「あ、あはは、ありがとう」

 

 あれに関しては、さすがにね。

 

 知覚能力も倍以上に引き延ばして、身体能力を五倍にする。

 そうすると、こっちの世界の人からしたら、本当の意味で、目にも止まらぬ速さ、と言う状態になるから。

 

 それどころか、ただ立ってるだけに見えたかもしれないね。

 

「とりあえずこれ、建設会社に連絡を入れた方がいいな。鉄骨が落下してきたわけだし」

「そうね。まあ、運よく助かった、ってことにしておきましょうか」

 

 ボクたちはこの後、建設会社に連絡をして、事情を説明。

 その後、何度も謝罪されたものの、被害はなかったので大丈夫と言って、その場はお開きとなりました。

 

 

 あんなことがあったので、結局ショッピングモールに行くのはやめて、そのまま帰ることに。

 

 家に着くなり、久々に『瞬刹』を使い、『身体強化』、さらには『武器生成魔法』も使って、それなりに疲れたので、部屋で休んだ。

 

 いきなり鉄骨が落下してくるなんて思わなかったけど、なんとか助けられてよかった。

 とりあえず、魔法って言うことはバレてないと思うし、大丈夫だよね。

 そうして、しばらく休んで、夜ご飯を食べて、お風呂に入ったのち、就寝となりました。

 

 

 後日、目が覚めるといつもの姿に戻っていました。

 ちょっとがっかりしたような、しないような……複雑な気持ちになりました。

 

 ちなみに、鉄骨の件がテレビや新聞などで報道され、銀髪碧眼の美人、親子を助ける、なんていう見出しで報道されたらしいけど、そのことを、ボクが知ることはなかった。




 どうも、九十九一です。
 考えなしに作品を書いているせいで、どんどん設定と伏線が増えていきます……やりすぎだよなぁ、これ。収拾つくかな……。すごく心配になってます。
 今日も2話投稿の予定です。いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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217件目 三度目の異世界1

 二月も終わり、気が付けば三月。なんだか、平穏、穏やかな日常がゆるーりと進んでいくと、本当に早く進む気がするよ。

 

 濃い日常だと、なぜかすごく長く感じるのに、不思議なものだよね。

 

 三月はこれと言った行事はない、はず。

 

 そう言えば、ひな祭りって、ボクの場合どうなるんだろう?

 あれって、女の子のための日なわけだし……元男のボクは、適用されるのかな?

 

 まあ、どっちでもいいんだけど。

 

 なんて思っていたら、時間は進んでいました。

 

 三月と言えば、卒業シーズン。

 

 ボクたちは一年生だから、あと二年先だけど、今年の三年生はもう卒業になる。

 ただ、ボクたちは部活に所属していたわけでもないので、かかわりがある三年生って全然いないんだけどね。

 

 部活は、あんまりやる気がなかったからなぁ。

 料理部とか服飾部にはよく誘われてたけど。

 

 というか、文化部系によく誘われていた気がする。

 吹奏楽とか、文芸部とか。

 あとは、コンピューター部とか。

 

 まあ、ボクはみんなと過ごせればいい、と言う考えだったので、やる気自体はなかったから、全断ったんだけどね。

 

 あとは、生徒会とかも、そうかな。

 

 この学園の生徒会メンバーの決め方は、多分だけど、他の学園と変わらないと思う。

 生徒会長と副会長は選挙で決められるんだけど、ほかの職、会計、書記、庶務の三つは、会長が決めるそう。

 

 そのためかはわからないんだけど、今の生徒会長さんが、なぜかボクを勧誘してきたんだよね。

 職は何でもいい、って言われたし。

 

 さすがに、生徒会をやる気はなかったので、断ったけど。

 

 あ、そう言えば、もう一つ面白いことがあって、次の生徒会長を決める際、選挙で、と言うのはさっき言った通りなんだけど、その際推薦と言うのがあって、前期の生徒会長が、新しい生徒会長を推薦する、って言う仕組みがある。

 

 その際、前生徒会長からの推薦なので、支持率が高くなる。

 そのため、生徒会内ではそれを巡った謎の競争があるそう。

 

 別に、生徒会メンバーから推薦しなくちゃいけない、って言うわけじゃないから、メンバー以外からも推薦させる場合があるらしいけど。

 

 まあ、ボクには関係ないことだと思うし、別にいいんだけどね。

 

 そう言えば、ホワイトデーも近かった気がする。

 面白いことに、ホワイトデーと卒業式が同じ日だったりするんだよね、うちの学園。

 

 なんでだろう?

 

 ホワイトデーと言えば、バレンタインのお返しをする日なはずだけど、あれかな。告白の返事がホワイトデー、みたいな感じになるのかな?

 

 まあ別に、お返しはもらわなくてもいいんだけどね。

 

 バレンタインは、好きでやったことだから。

 

 それにしても、卒業式かぁ。

 

 三年生は、三月十四日までが学園だけど、一年生と二年生は、三月十九日までなんだよね。

 意外と短いような気がするよ。

 

 春休みは、三月二十日~四月七日まで。

 そこそこ長いのかな?

 

 でも、春休みは楽しみだなぁ。

 

 おじいちゃんとおばあちゃんに会えるし。

 

 同時に、この体のことも言わないといけないから、少し複雑なんだけどね。

 ……信じてもらえる、かな?

 

 だ、大丈夫だよね。うん。大丈夫のはず。

 

 それにしても、平和だなぁ。

 ブライズは師匠が世界中を飛び回って消しているらしいし、異世界に関するあれも、今はない。

 

 その内、学園長先生が何か持ってきそうな気がするんだけどね。

 それか、異世界にまた召喚されちゃうような事態とか。

 

 ……今までの経験を考えると、あり得る。

 

 だって、ボク自身に降りかかってる不幸を考えたら、ね?

 そう言ったことが起こっても、なんら不思議じゃない。

 

 あ、今思い出したけど、ボクが行った異世界って、一定の周期で魔王が出現するって聞いたっけ。

 

 最近、その周期が早まって来てるって言うのも聞いた。

 もしかすると、それが原因で、また呼ばれちゃうかもね。

 

 ……なんて。さすがに、このタイミングで呼ばれることはない――

 

「……あ、あれ? なんか、視界が白くなってき――」

 

 言葉を言い終わらないうちに、ボクの視界がホワイトアウトした。

 そして、三月十日、ボクは再び消えました。

 

 

 そして、気が付くと、変な場所に。

 

 いや、変な、というか見たことがある場所、なんだけど……。

 

 わずかに発光して見える部屋に、床に描かれた魔法陣。その周りには、水が張ってあって、まるでどこかの召喚場所みたい……というかこれ、そうだよね。

 

 どう見ても、召喚場所だよね。

 

 さらに言うなら、ボクの目の前にいるの、どう見ても王様だよね。

 

「……」

「……」

 

 お互い無言で見つめあう。

 き、気まずい。

 すごく気まずい気が……。

 なんて言えばいいのかわからず、戸惑っていると、先に王様が口を開いた。

 

「……あー、えっと、イオ殿、なのだよな?」

「そ、そうです」

「……そ、そうかー……イオ殿が来ちゃったかー……」

 

 何やら王様が苦い顔をしながらそんなことを言ってきた。

 

「あ、あの……これってもしかして、また、召喚されちゃいました……?」

「いや、まあ、たしかに召喚したんだが……今回、儂たちは召喚などしていない」

「……え?」

 

 どういうこと……?

 

「まあ、何と言うか、だな……召喚陣が暴走したのか、勝手に発動してしまったらしく……慌てて儂が確認しに来てみれば、この通り、イオ殿が召喚されてしまっていた、というわけだ」

「え、えー……」

 

 まさか過ぎる理由に、ボクは呆然するしかなかった。

 

 

 さすがに、召喚の間で話すのもあれだったので、応接室に移動。

 向かい合うように座る。

 

「それで、えーっと、ボク、帰れるんですか?」

「ああ、そこは問題ない。勝手に暴走したからか、再度使用は可能だ。いつもなら、再使用までに一年以上かかる上に、特定の日でないと使えなかったのだが、今回は、特別らしく、いつでも使えるみたいだ。ただ、今日入れて、あと二日ほど時間が必要だが……」

「よ、よかったです……このまま、前みたいに数年かかる、なんてことがなくて」

「今回ばかりは、さすがに何とも言えん……ただ、また巻き込んでしまったようで、申し訳ない」

「あ、頭を上げてくださいよ! 別に、今回は王様たちは何もしていないわけですし……。まあ、二日ほどで帰れるのなら、いいですよ。特に用事があったわけでもないですから」

「……そう言ってもらえると、儂としても助かる。して、今回は、どこを拠点とするのだ?」

「こっちの世界に、師匠はいませんし、あそこの家に行くのも……」

 

 多分、また汚くなってるだろうし……。

 一応、こっちの世界の物に関しては、『アイテムボックス』の中にしまってあるから、一応金銭的にも問題はない。

 そうなると、宿を取った方がいいかなぁ。

 

「……ん? ちょっと待て。ミオ殿がいない?」

 

 と、ボクが何気なく言ったことに、王様が反応した。

 

「それはあれか? 死んだとか言う?」

「いえ、そうじゃないですよ。というか、師匠が死ぬなんて想像できませんよ」

「そ、そうだな……。それでは、一体ミオ殿はどこへ?」

「ボクのいる世界です」

「なに?」

「ある日突然、来ちゃいまして……それで、今はボクの家で暮らしています」

「……突然。イオ殿、もしや、そちらの世界にこちらの住人が行っていたりしないか?」

「来てますよ。やっぱり、こっちの世界の人が行方不明になる事件が発生してるんですか?」

 

 予想通りと言うか、やっぱり、向こうに来ていた人たちは、こっちの世界の人だったんだ……。

 

「そうだ。しかも、行方不明になる人間に共通点はなく、時期もバラバラ。中には貴族や、要人たちも含まれていてな。少し混乱が生じているのだ」

「それは……まずいですね」

「おかげで、滞ってるところもあってな……。まあ、幸いだったのは、後進の育成に力を入れていたおかげで、多少はまわせていることだろう」

「なるほど……」

 

 聞いた限りだと、大ごと、というわけではないみたいだ。

 なんだかほっとしたよ……。

 

「それで、こっちの人はどうなっている?」

「一応、師匠とボクの知り合いが協力して、保護をしているそうです。師匠が乗り出しているので、心配はいらないと思いますよ」

「そうか……。それならよかった」

 

 師匠なら、そこまで心配するようなことはないはずだから、問題はないはす。

 変なことをしなければ。

 

「では、そっちは任せても大丈夫そうだな。……さて、話を戻すとして、イオ殿はやはり、宿に宿泊する予定なのかな?」

「そうですね。お金もありますし」

「よければ、ここに滞在してもいいのだぞ?」

「あー……厚意は嬉しいんですけど、お城の生活はちょっと……」

「遠慮はいいのだぞ?」

「いえ、前にも言った通り、ボクは普通の一般人ですから。こういった、豪華なところで寝泊まりをするのは、気が引けるというか……落ち着かないんですよね……」

「そうか……。それならば、仕方ないな。では、何かあり次第、こちらから使いの物を出そう」

「わかりました。それでは、ボクは失礼します」

「ああ、気を付けてな」

「はい」

 

 そう言って、ボクは応接室の窓からお城を出た。

 いや、うん。こっちの世界だと、この出方の方が慣れているというか……しっくりくるんだよね。

 暗殺者の仕事をしている時に、よくやってたから。

 元の世界じゃ、絶対にやらないけどね。

 

 

 外に出ると、もうすぐ夜が近づいていた。

 向こうでは、まだお昼くらいだったんだけど。

 

 やっぱり、時間の流れに差があるみたいだね。

 

 とりあえず、二日分の宿を取らないといけないので、一旦宿屋に。

 

 たしか、『キリアの宿』っていうところがおすすめ、って聞いたことがあったので、そこを目指す。

 

 街を歩く際、以前のパーティーの影響で、ボクが女の子になっていることは知られてしまっているため、体をすっぽり覆えるようなローブを生成し、それを着こんでいた。

 

 一応、こっちの世界じゃ勇者、っていう立場だもん、ボク。

 

 有名人と言えば、有名人なので、下手に歩くと、注目を集めかねない。

 そうなると、宿屋に行く時間が遅くなっちゃうからね。絶対阻止。

 

 ……まあ、全身黒のローブで覆った不審者みたいな出で立ちになっちゃってるけど。

 

 奇異の視線を感じつつも、街を歩いていると、目的地である『キリアの宿』に到着。

 見た感じ、普通の木造の宿みたいだけど。

 

 とりあえず、中に入る。

 

『いらっしゃい! 宿泊ですか?』

 

 中に入ると、恰幅のいい四十代前半くらいのおばさんが出迎えた。

 

「はい。えっと、二日分お願いします」

『はいよ! お客さんは、ここは初めてかい?』

「そうです」

『そうかそうか。食事をする時は、そこの食堂で頼むよ! 宿泊客は安くしとくんで、是非、利用して行ってね』

「わかりました」

『それじゃあ、二日で2000テリルだ』

 

 ボクは『アイテムボックス』から財布を取り出すと、中から紙幣を二枚取り出しカウンターに置いた。

 

『へぇ、『アイテムボックス』とは、また珍しいものを持ってるねぇ』

 

 ボクが『アイテムボックス』を使ったことで、感心したような言葉を漏らす。

 やっぱり、『アイテムボックス』って珍しいんだ。

 まあ、ボクも持ってる人をあんまり見かけたことはなかったけど。

 

『おっと、いけないいけない。名前を書いて盛らないといけなかったんだ。これに、名前を書いてくれないかい?』

 

 そう言って、おばさんが羊皮紙と羽ペンをボクに差し出してきた。

 この世界には、一応紙はあるけど、高級品らしいからね。

 使うのは、大体貴族の人が大体らしい。

 師匠なんかは、バリバリ使ってたけど。

 とりあえず、紙に『イオ・オトコメ』と記入。

 

「書けました」

『あいよ。ふむ……ん? イオ・オトコメ……? お客さん、もしや……勇者様かい?』

「あ、ええっと、ど、同姓同名なだけ、じゃないですか……?」

『こんな珍しい家名、そうそうないよ。もしや、お忍び、って奴かい?』

「まあ、そんなところです。ちょっとした問題があって……」

『わかった。まあ、勇者様が客として来てくれたんだ、これ以上光栄なことはないね。そんじゃ、二階の奥の部屋を使っとくれ。これがカギね』

「ありがとうございます。あの、一応ボクがここにいるって言うことは、内密に……」

『もちろんさね。客の情報を漏らすよう馬鹿なことはしないよ。それに、話したらうちにも、勇者様にも不利益しかないからね。さ、疲れてるだろうし、部屋で休みな。ああ、食堂は十時までやっとるんで、いつでも来な』

「はい、ありがとうございます」

 

 最後に軽くお礼を言って、ボクは渡されたカギの部屋へ向かった。

 

 

 泊まることになる部屋に行くと、中は清潔感ある内装となっていた。

 あるのは、ベッドにクローゼット、一人用のテーブルと椅子くらい。

 うん。こう言う部屋はなんだか落ち着くから好きだよ。

 

 ボフッと、ベッドに倒れ込む。

 うわ、ふかふかだ。

 

「……まさか、また異世界に来ちゃうなんてなぁ……」

 

 学園長先生の装置抜きで来ちゃった、と言うのが驚きだけど……そもそも、召喚陣って、暴走するんだね。初めて知ったよ。

 

 ……それにしても、なんで暴走なんかしたんだろう?

 

 だって、王様の反応を見る限りだと、魔王が再び出現した、っていう風には見えなかったし……。

 

 もしかして、気付かないだけで、もうすでに新しい魔王が出現してたり、とか?

 ……だとしたら、かなり困ったことになるんだけど……。

 

 だ、大丈夫だよね? 一応、ボク魔王軍を壊滅させてるけど、大丈夫だよね?

 

 だってボク、戦った魔族の人、魔王を除いたら、ほとんど殺してないもん。

 

 少なくとも、全員の意識を落として、そのまま逃げ延びるようにしてたりするんだけど……大丈夫だよね?

 

 殺したように見せかけて、本当は生かしてました! なんて言うことになってるんだけど……。まあ、正確に言うと、嬉々として人を襲い、殺す魔族の人たちは仕方なく、殺したけど、それ以外……あんまり乗り気じゃなかったり、どちらかと言えば嫌がっていた人たちは、気絶させ、他の人にバレないようにしてたんだけど。

 

 ボクには、殺せなかった。

 

 そもそも、戦争が起きた理由だって、師匠の話によれば、ちょっとした小競り合いから始まったみたいだし。

 

 そのあと、邪神によって一度手を取り合ったのに、責任の所在を押し付けあって、また戦争。

 ボクが言える立場じゃないと思うけど、どうして手を取り合おうとしなかったんだろう、って。

 

 ……今思えば、精神が壊れかけていた理由って、人殺し、だったんだよね。

 

 ボクは、魔族の人たちをほとんど殺していなかったけど、他の人はそうじゃなかった。

 

 かなり恨んでいた。

 

 家族を奪われたという恨みや、大切な場所を壊された、そう言う恨み。

 

 結局のところ、問題があったのは今の時代の人たちじゃなくて、過去の人たちが問題だった。

 それが、解決されることなく、そのままずるずると行ってしまったのが、この世界。

 歩み寄れれば、きっと戦争なんてなかったんだろうなぁ……。

 

 まあ、今言っても仕方ないよね……。

 

 でも、いつかは手を取り合える世界になればいいな、なんて。

 

「……まあ、それはそれとして。明日どうしよう?」

 

 特にやることがないんだけど……。

 

 とりあえず、明日は適当にふらふらしてみようかな。

 なんとなく、予定を決めて、ボクはもう休むことにした。

 あ、夜ご飯は食べました。美味しかったです。




 どうも、九十九一です。
 昨日は二話投稿ができなくてすみませんでした……。何分、ネタが思いつかなくて、結局断念して、一話のみとなりました。本当に申し訳ないです……。
 今回、また異世界の話になってますが、別に大きな章にするつもりはないです。単純に、あ、新キャラが欲しい、と思っただけです。そしたら、変な設定がまた追加されて、そろそろこの作品、整合性が取れなくなってきてるような気がしてます。まあ、もう諦めました。
 一応、今日も2話を予定していますが、あまり期待しないでいただけると幸いです。いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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218件目三度目の異世界2

 次の日。

 

 もうすぐお昼時、という時間帯で、ボクは、非常に困っていた。

 どれくらい困っていたかといえば、多分、人生で一番困った出来事だと思う。

 

 原因はと言うと……

 

「え、えーっと……」

『我ら一同、あなた様に忠義を尽くします!』

 

 目の前に、大量の魔族の人たちが、なぜかボクの前で跪いていたからです。

 

 場所は、王都の前。

 

 すごく注目を集めちゃってます。

 

 なんで、ボクがこうなったかというと、それを説明するために、少し時間を遡りたいと思います。

 

 

 いつも通り……と言うわけではないけど、まあ、大体いつも通りに目が覚めたボクは、キリアの宿の食堂で朝食を摂ることに。

 

 メニューは、白パンと、ベーコンエッグに、サラダと牛乳という、バランスの取れたもの。

 

 バランスは大事だよね。

 

 味は、とてもよかったです。

 

 白パンは、ふんわりしていて、ほのかに甘みがあるので、何も付けなくても美味しいし、ベーコンはカリカリで、卵は半熟でとろとろ。サラダも、新鮮な野菜を使っているのか、すごく瑞々しい上に、かけられたドレッシングは酸味が強めで、胃を優しく起こしてくれる。

 

 すごく気に入りました。

 

 明日もこれにしよう。

 

 なんて思いつつ、朝食を食べた後、軽く着替えて、街を歩くことに。

 

 着替えに関しては、向こうで着ていた服を『アイテムボックス』にしまっていたので、問題なかったです。

 

 あ、目立たないように、ローブは身に着けてますよ。

 相変わらず怪しまれているような視線を受けているけど、騒ぎになることに比べたら可愛いものです。

 

 だって、ボクが原因(?)で起こる騒ぎって、いつも大変なんだもん。

 目立っちゃうんだもん。

 

 ボクは、目立ちたくないのです。

 

 ……あ、そう言えば、ゲームの中ではボクの持ち物を回収したけど、現実では回収してない。

 今みたいに、謎の異世界転移が今後起きない保証はないし、問題事をいつでも対処できるように、回収はしておいた方がいいかも。

 もしかすると、ここじゃない、別の世界に行く、なんて可能性もあるし……。

 

「うん。そうと決まれば、早速師匠の家に行こう」

 

 ボクは街を歩くのをやめて、師匠の家に向かった。

 

 

 誰もいない草原を地形破壊をしないよう、気を付けて走ること、約三十分。師匠の家に到着。

 

 師匠は今、あっちの世界にいるので、無断で入るのは気が引けるけど、大丈夫だよね。ゲームでも入ってるし。

 一年間とはいえ住んでたわけだし。

 うん。大丈夫。

 

「おじゃましまーす……」

 

 誰もいないのをわかっていて言うのは、日本人だからなのか。

 一応、人の家だからね。礼節は大事。

 

 扉をそっと開けて中に入ると……。

 

「あー……やっぱり汚い……」

 

 すでに、ゴミ屋敷と化していました。

 

 何をどうしたらこうなるのか……。

 

 それにしても、師匠があっちの世界に来たのは、ボクが再びこっちの世界に来て、最後にあった時から、ボクの世界の時間で約三週間後。

 

 こっちでの七日が、向こうでの一日なわけだけど……そうすると、こっちでは百四十七日経過してるはずなんだけど……。

 

「それにしては、あんまり時間が経っているようには見えない、よね……?」

 

 汚いことに変わりはないけど、師匠だったら、百四十七日もあれば、これ以上に汚くしているはず……。

 

 そうなると、一週間で一日の考えは間違ってる、のかな?

 でも、それじゃあなんで、こっちで一週間過ごしたら、向こうでは一日しか経ってないんだろう?

 

 ……うーん、わからない。

 

 もしかすると、ボクが来て、また帰ってから、こっちでは向こうと同じくらいの時間しか経過してないのかも……。

 

 もしそうだとしたら、どういう原理なんだろう?

 

 ……うん、わからない! こう言うのは、専門家の人に訊こう。

 帰ったら、学園長先生に訊いてみることにしよう。

 

 仮にわからなかったとしても、色々と研究してくれそうだしね。

 

 だから、保留!

 

 それじゃあ……現実を直視しよう。

 

 目の前のこのゴミの山、どうしようか……。

 

 正直、汚い部屋を見ると、掃除したくなるんだよね……。

 しかも、これが見ず知らずの人の家じゃなくて、すごくかかわりのある人の家だから、なおさら。

 これは、掃除をするべきか、しないべきか……。

 

 いや、しよう。今すぐしよう。

 

 いつ師匠がこっちの世界に帰ってきてもいいように、綺麗に掃除しておこう。

 

「それじゃあ、早めにやっちゃおう」

 

 そういうわけで、掃除をすることになりました。

 

 

 家の掃除は、二時間ほどかかりました。

 

 意外と時間がかかっちゃったなぁ、と思いつつも、綺麗になった家を見て、強い達成感を感じていた。

 

 やっぱり、綺麗な家だといいよね。

 

 それに、目当てだった装備品とかも回収できたし、よかったよ。

 

 そう言えば、『保存魔法』、なんていう特殊な魔法があるらしいんだけど、使えるようになりたいなぁ。

 色々と制限はあるけど、家の中の状態を保つための魔法で、仮に長い間放置していたとしても、埃をかぶったり、カビが生えたり、汚れたりしないようにする魔法で、今の状況にはすごく便利な魔法なんだよね。

 

 使えれば、汚れないで済むんだろうなぁ……。

 

 まあ、ないものねだりをしてもしょうがないよね。

 機会があったら、頑張って覚えてみよう。

 

「さて、掃除もして、回収したかったものも回収できたし、そろそろ戻ろう」

 

 掃除は予定になかったけど、気分がいいし、よかったことにしよう。

 最後に軽く確認をして、ボクは師匠の家を後にした。

 

 

 行きと同じように草原を疾走し、王都へ戻る。

 

 とりあえず、一度回収したものの確認をするために宿屋に戻って、確認作業を。

 

 何か不備がないかを確認したり、壊れたりする場所がないかというのを見ているうちに、気が付けばお昼前。

 

 そろそろお昼にしようかな、と思って再び宿屋を出た。

 

 お昼は、どこか別のところで食べようと思って、街をふらふらしていると、ふと後方から馬車の音が聞こえてきた。

 

 誰か通るのかな? と思って、後ろを振り返ると、

 

「あれ? 王族の馬車……?」

 

 豪華な馬車がこちらに向かって走って来ていた。

 なんとなく、立ち止まっていると、馬車がボクの目の前で停止した。

 

「ああ、よかった、イオ殿!」

 

 と、停止した馬車の中から、慌てた様子の王様が飛び出してきた。

 何かあったみたいだけど……。

 ……それにしても、よくこの格好でボクとかわかったね、王様。

 

「どうかしたんですか?」

「いや。少々大変なことがあってな……。まあいい、儂と一緒に来てくれ」

「わ、わかりました」

 

 何やらただ事ではないと思って、ボクは王様に言われるまま、馬車に乗り込んだ。

 

 

 急ぎ目で走る馬車が止まったのは、王都正門前。

 

 正門前は、何やら騒がしい様子だった。

 

 ボクは、様子が気になって、馬車を降りると、そのまま前の方へ進んでいく。

 そこには、衛兵の人たちが緊張した面持ちで、前方にいる集団に向けて剣や槍を構えていた。

 

 そんな剣や槍を向けられた先にいたのは……

 

「あ、あれ? 魔族……?」

 

 なんと、魔族だった。

 

 これは、どういうこと……?

 

「あ、あの、何があったんですか……?」

『あ、危ないから、下がっていなさい!』

 

 気になって、近くにいた衛兵の人に尋ねてみたんだけど、そう言われてしまった。

 

「いや、あの、状況を教えてもらいたいんですけど……」

『そう言われてもだね、見た通り、魔族たちが攻めてきたんだ!』

「攻めて……?」

 

 そう言われたので、再度魔族の人たちを見るけど……特に攻めようしている様子は見られない。

 それどころか、穏やかな雰囲気のような気がするんだけど……。

 

『というか、君は誰だ? そんな怪しい格好をして……』

「あー、えっと、ボクは……」

「ああ、よいのだよ、彼……いや、彼女か。彼女は、儂が呼んだ」

 

 王様、何で今言い直したの?

 別に、彼でいいんだよ? ボク、男だよ?

 ……体的には女の子だけど。

 

『へ、陛下! なぜ、陛下がこのような危険な場所に……』

「いやなに、魔族が攻めてきた、と言われ、飛んできたのだよ」

『何をおっしゃるんですか! ここは危険なんですよ!? もし、陛下の身に何かあれば……』

「そのために、彼女を連れてきたのだ」

 

 とうとう言い直すことすらしなくなったんだけど。

 

『ですが、この者は一体誰なのですか……?』

「ああ、イオ殿だ。簡単に言えば……勇者殿だ」

『『『ゆ、ゆゆゆ勇者様ぁぁぁぁぁぁ!?』』』

『『『――ッ!?』』』

 

 ボクの正体を知り、衛兵の人たちが一様に驚きの声を上げた。

 

 ……王様、ボクが変装してる意味、なくなっちゃったんですけど。

 まあ、もう仕方ないけど……。

 

 それにしても、今一瞬、ボクが勇者だと知って、魔族の人たちにも動揺が走った気がするんだけど……。

 

『ほ、本当に、勇者様、なのですか……?』

「え、えっと……まあ、一応……」

 

 そう言いながら、フードを取る。

 できれば、隠しておきたいけど、顔を見せないとなかなか信じてくれなさそうだったので、フードを取ることにした。

 

『ほ、本物……』

『お、オレ、初めて勇者様を見た……』

『女になったと聞いてはいたが、まさか本当に……』

『あのような可憐な姿をしていながら、かなりの強さを持っているなんて……』

『美しいな……』

 

 どうしよう。変に目立っちゃってる気が……。

 

「え、えっと、それで、王様。ボクは一体どうすれば……?」

「とりあえず、儂が対話をしてみるので、もし攻撃されそうになったら、止めに入ってくれればよい」

「わ、わかりました」

 

 すごく危険だと思うけど……大丈夫、なのかな。

 守れないことはないと思うけど、少し心配。

 そんなボクの心配をよそに、王様は魔族の人たちのところへ歩み寄っていき、話し始める。

 

「魔族の皆様。此度は一体、どのような要件で、参られたのか?」

 

 と、王様が尋ねると、

 

「……我々は、勇者に会いに来たのだ。そして、話をさせてもらいに来た」

 

 そう答えた。

 どうやら、目当てはボクだったらしい。

 

 ……も、もしかして、怒ってる?

 

 でも、殺気は全然感じないんだけど……。

 王様は、一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに真剣な顔をに戻り、ボクを見てきた。

 

「イオ殿」

 

 呼ばれたので、内心冷や汗を流しながらも、ボクは王様のところへ移動した。

 

「……お前が、勇者?」

「は、はい、そうですけど……」

「……たしか、男だったはずなのだが……」

 

 あ、あれ? なんか、すごく戸惑ってない?

 身構えてたんだけど、その戸惑った様子に、少し肩の力が抜けた。

 

「あの、ですね。その、魔王に呪いをかけられて、その……女の子になっちゃったんです」

「……【反転の呪い】か。なるほど。先代の魔王様は、悪あがきをした、というわけか」

 

 なんか今、悪あがきって言ってなかった?

 一応、魔族のトップだった人なんだよね? なんか、敬意を感じないようなセリフが出てきた気が……。

 

「それでは、名前をお聞かせ願えないだろうか?」

 

 うん? なんか、敬語になりだしたんだけど……。

 どういうこと?

 と、とりあえず、名乗っておこう。

 

「イオです。イオ・オトコメです」

「間違いない……。イオ殿。いや、イオ様!」

 

 様?

 

 なんか今、敬称を付けて呼ばれなかった……?

 

 聞き間違い? 聞き間違いだよね? そうだよね?

 

 そんな、ボクの願いを踏みにじるかのように、目の前の魔族の人たちが急に跪き、

 

『我ら一同、あなた様に忠義を尽くします!』

 

 と一斉に言った。

 そして、それを言われたボクはと言えば……

「え……えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げていた。

 

 ボクはなぜか、魔族の人たちに忠誠を誓われました。

 

 ……どうなってるの……?




 どうも、九十九一です。
 疲れが出てきているのか、二日連続で2話投稿ができていない……。昨日もできなくて、すみませんでした……。しばらく2話投稿をしていたせいか、どうにも執筆速度が落ちています。休憩とかも挟んだ方がいいのかなぁ……。
 一応、今日も2話投稿を予定しているのですが、昨日言った通りです。あまり期待しないでいただけると幸いです。いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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219件目 三度目の異世界3

「あ、あの、どういうことか教えてもらえると助かるんですけど……」

 

 突然の状況に困りつくしたボクは、とりあえずそう訊くので精一杯だった。

 いやだって、少し前まで戦争していた相手に、忠誠を誓われても、脳の処理が追いつかないんだもん。

 これ、本当にどういう状況?

 

「では、私が説明させてもらいます」

 

 そう言って説明を名乗り出てくれたのは、色黒で身長が高い男の人だった。

 なかなかに美形な人だ。

 

「此度の戦争は、我々魔族全員が望んでいたことではありませんでした」

 

 説明開始早々、まさかのセリフが飛び出してきた。

 え、望んでいたことじゃない……?

 

「戦争を望んでいたのは、一部の者と、先代魔王様だけでした。他の魔族たちは、戦争などせず、人間たちと共存するのが夢でした」

 

 どうしよう。突然すぎて、何が何やらわからなくって来たんだけど。

 

「戦争の最中、我々は、なるべく人間たちを殺さないよう立ち回って来ていたのですが、一部の戦争肯定派たちが無理やり徴兵し、人間たちの街や村を襲うように指示していました。ですが、何の罪もない人間を殺すのは憚られたので、我々の方でこっそり匿っておりました。それから、死体として見つかった人間たちも、何も残さないのは不自然と思った我々が、幻術魔法を駆使して、死体に見せかけていました」

「そ、それじゃあ、こっちの方で行方不明になっている人や、死亡した人たちって……」

「はい。我々魔族の国にて、平穏に暮らしております」

 

 その言葉に、周囲の人たちからざわめきが起きた。

 ボクも、まさか過ぎる情報に、すごく驚いている。

 

「す、少しいいかね?」

「構わない」

 

 ここで、王様が横から尋ねる。

 

「その匿われている人間たちは、まだ向こうに……?」

「いえ、ここに連れてきています」

「なんと! よ、よろしければ、会わせてはもらえないだろうか」

「もちろんです。こちらへ!」

 

 そう叫ぶと、魔族たちが左右に寄り、道を作りだす。

 そして、その先から大勢の人たちが歩いてきた。

 

「あ、あれはっ……!」

『う、嘘だろ……』

『マジかよ……』

『あぁっ!』

 

 後ろから目の前の光景が信じられない、そう言った反応が後ろから聞こえてくる。

 後ろを振り返れば、涙を流す人たちが大勢。

 前方にいた人たちも、こちら側にいる大勢人たちを見て、一斉に駆け出した。

 

 一旦、ボクと王様、それから魔族の人は横に移動し、それぞれの感動の再会を見守った。

 見れば、兵士のような人たちや、若い女性、子供、老人など、色々な人が向こうからやって来た。

 

 本当に、匿っていたんだ……。

 

「この通りです。我々は、戦場で戦った兵士の皆様も、匿っておりました。殺せば、確実に負の連鎖が続く。それだけは、なんとしてでも避けたかったのです」

「そ、そうだったのか……で、では、儂たち人間が殺した魔族たちは……」

「……大勢の魔族の願いは、人間との共存。それが悲願でした。此度の戦争では、皆が一丸となって、その願いを叶えようとしました。そのため、兵士たちは願いが叶うのならば、死んでも構わない、という気持ちで戦争に臨みました。散っていた者たちが無駄死にしないよう、我々はどうするべきか話し合った。そうして出た答えが、殺したように見せかけて匿う、という手段だったのです」

「……魔族たちが、そのようなことを……」

「もちろん、今すぐに信じろ、とは言いません。こちらも、戦争をしてしまいました。人間たちから見れば、敵国です。その敵が、共存したい、と言っても信じることは難しいですから」

 

 男の人は、苦笑いを浮かべる。

 そこには、疲労も見えるし、寂しさも見えた気がした。

 

 嘘をついている様子なんて、まったくない。

 

 これは全部、本心で、本当のことなんだろう。

 

 ……と言うことは、魔族の人たちって、本当はいい人……?

 

「だからどうか、ここは私の首で、満足していただけないでしょうか?」

 

 突然、そんなことを言い出した。

 

「ま、待ってください。あなたは、自分を犠牲にしようとしているんですか……?」

 

 思わず、ボクはそう訊いていた。

 首で、というのは、もしかしなくても、命を差し出すってことだよね……?

 

「はい。いくら我々が匿っていたからと言って、戦争をしていたという事実は変わりません。街を破壊し、村を燃やしました。戦争とはいえ、許されないことをしたと思っています。だから、私の首でどうか、納めてはいただけないでしょうか」

「……」

 

 突然の発言に、王様は驚愕していた。

 

 それもそうだと思うよ。

 

 だって、今まで戦争していた人が、実はすごくいい人たちで、知らないところで、死んだと思われていた人たちや、行方不明だった人たちを匿っていたんだから。

 

 ボクだって、すごく驚いている。

 

 多分、人生で一番驚いた出来事なんじゃないかな。

 

「…………いや、あなたの命などいらない」

 

 王様が目を伏せたかと思ったら、次の瞬間にはそう言っていた。

 

「で、ですが、我々は……」

「よいのです。こちらも、そちらの大切な人たちを殺してしまっている。むしろ、殺した数は、人間たちの方が多いのではないか?」

「そ、それは……」

「今のような話を聞けば、命など取る気も起きない」

「それではこちらが……」

「だから、代わりと言っては何だが、試しに国交を開いてみませんか?」

「それは、願ってもないことですが……いいのですか?」

「もちろんですとも。そちらは、戦争だというのに、殺さず保護していたというではないですか。そのような優しい人たちと国交を開けるのなら、こちらこそお願いしたい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 王様の申し出に、男の人は涙を流しながら、お礼を口にした。

 

 後ろを見れば、大勢の人たちが笑顔で拍手をしていた。

 

 ……戦争をしていた相手なのに、そんなにあっさり許しちゃっていいの? なんて思うボクは、野暮なんだろうか?

 

 うん。野暮だね。

 

 まあ、こんな風に手を取り合えるのなら、全然いいよね。いがみ合ったり、戦争をしたりするよりかは、遥かに。

 

「ところで、お名前を聞いても……?」

「これは申し訳ありません。私は、ジルミス・ウィンベルと申します。よろしくお願いします、ディガレフ陛下」

「儂の名前を……?」

「もちろんです。もし、夢を実現できる日が来た時のために、情報収集はしておりましたから。名前は当然、知っております」

「さすが、としか言いようがないな」

「いえ、当然のことですから」

 

 ジルミスさん、すごいなぁ……。

 

 もしかすると、遠い未来の話かもしれなかったことを、いつでも共存できるようにと、情報収集をしていたなんて……。

 

 もしかして、すごく優秀な人?

 いや、もしかしなくても、優秀な人なんだろうなぁ。

 

「ところで、話は戻るのですが、なぜ、イオ殿に対し、忠義を尽くすと?」

「それに関しては、簡単なことです。そこにいるイオ殿は、そちらからしても、我々からしても、恩人ですから」

 

 一瞬、心臓が跳ねた。

 も、もしかして、恩人と思われている理由って……

 

「恩人? それは一体……」

「そこにいるイオ殿は、我々をほとんど殺しませんでした。それどころか、逃げることができるように、道案内付きで」

 

 だ、だよね!

 やっぱり、その件だよね!

 うわぁ、すっごく視線を感じるぅ……王様とか、驚愕に目を見開いちゃってるんだけど……。

 

「ほ、本当、なのかイオ殿?」

「……は、はい。実は、その……よほどの人じゃない限りは、殺してないん、です。殺したくなかったですから」

「だ、だが、イオ殿が切り捨てていたところを見たものは大勢いるぞ?」

「それは、ボクの持つ暗殺者の能力や、その他のスキルを駆使して、死んだように見せていただけで、本当は裏で逃がしていました」

 

 まさか、魔族の人たちと似たような手口だとは思わなかったけど。

 

「なんと……」

「それだけでなく、我々が裏で暗殺を謀ろうとしていた戦争肯定派たちは、もれなくイオ殿に殺されております。それによって、国内には共存派しかおりません」

「え、そうなんですか?」

「なぜ、イオ殿が驚く?」

 

 なぜも何も、ボクが殺した魔族の人たちがそんな人たちだったなんて、知らなかったし……。

 

「我々の方でも、イオ様が肯定派の者たちを殺しやすいよう、裏で手助けをしたりしていましたが」

「ええ!? そんなことしてたんですか!?」

「はい。我々の夢の障害でしたから。考えてもみてください。民から無理やり兵を徴兵し、食料も搾り取るような、そんな人たちですよ?」

「それは……たしかに、障害ですね……」

 

 あ、だから都合よく武器が落ちていたり、近道を記した地図が落ちてたりしたんだ……。

 なんか納得しました。

 当時も、何で落ちてるんだろう、ってずっと疑問だったんだけど、そう言う裏があったんだね。

 

「とはいえ、さすがに先代魔王に勝てるかどうか、と言うことに関しては、我々も賭けでした。ですが、見事にイオ様は打ち破ってくれました」

「ま、まあ、そうしないと帰れませんでしたし……」

 

 それに、今の話を聞く限りだと、酷い人だったんだろうね、あの魔王。

 

「ええ、ですから、我々は感謝しているのです。我が国においても、英雄であり勇者です」

「そ、そうなんですか。それで、えっと……これ、ボクはどうすれば……? 忠義を尽くす、とは言われても、どうすればいいかわからないんですが……」

「はい。それに関しまして……少々お願いがあるのですが、いいでしょうか?」

「お願い?」

「はい。イオ様!」

 

 と、ジルミスさんがボクの名前を叫んだ瞬間、後ろのいた魔族の人たちがなぜか……土下座をしだした。

 

 え、どういうこと!?

 あの、似たようなものを、さっき見たんだけど、今度は何!?

 

「どうか、我が国の王になっていただけませんか!」

『なにとぞ!』

「…………………ふぇ?」

 

 え、今、王になってほしい、って言わなかった……?

 

 聞き間違い?

 

 ……そ、そんなわけ、ないよね?

 だって今、一斉に『なにとぞ』って言ってからね。

 

 ……って!

 

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 本日二度目の声が、空に響き渡りました。




 どうも、九十九一です。
 今日は何とか出せました。ちょっとほっとしてます。
 それにしても……なんだろう。本当に大丈夫なのかな、この作品。最近、迷走し始めてる気がします。というか、絶対してますよね、これ。いくら、あらすじのところに、やりたい放題と書いていても、さすがにやりすぎな気が……。まあ、もう手遅れと言えば手遅れなんですけどね……。
 明日もいつも通りだと思いますのでよろしくお願いします。
 では。


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220件目 三度目の異世界4

「ど、どど、どういうことですか!?」

 

 あまりにも突飛すぎるお願いごとに、ボクは動揺してかみかみになってしまった。

 いや、だっていきなり王になってほしいなんて言われた、誰だってこうなると思うよ?

 

「それが、我が国では現在、王が不在なのです」

「ふ、不在? もしかして、ボクが魔王を倒しちゃったから、ですか?」

「いえ、新しい魔王はすでに出現しています」

「えええ!?」

 

 早くない!?

 倒してから、まだ数ヶ月しか経ってないよ!?

 この数ヶ月に一体何があったの!?

 

「そ、その魔王は、その、戦争とかは……?」

「今の魔王様は、何と言うか、ですね……イオ様の話をしたらどうも気に入られたらしく……ちなみに、共存派です」

「なんで気に入られてるんですか? ボク、普通に色々とやっちゃってると思うんですけど……」

 

 魔族の人だって、数人殺しちゃってるよ……?

 どうも、すごく酷い人たちだったらしいけど……。

 

「いえ、むしろ我々の夢のための障害を無くし、戦っていたはずの魔族を殺さず、逃がすと言った優しさ。さらには、諸悪の根源とまで言われた先代魔王すらも倒してしまうほどの強さ。それによって、魔王様が気に入ってしまい……」

 

 そう言うジルミスさんは、どこか疲れた様子があった。

 どんな魔王なの?

 

「それから、一応魔族では、トップそのものは魔王様ですが、国王の立場は魔王ではなく、普通の王なのです。最終決定権を有するのは魔王様ではありますが、国の運営に関しては、王となります」

「なんですか、そのややこしいシステム」

 

 昔の、日本に近い気がするよ。

 

「その気持ちはわかりますが、そうなっているのです」

「で、でも、ボクは魔族じゃないですよ? それに、あんまりいい顔をされない気がするんですけど……」

「それに関してはご心配なく。むしろ、我が国では、イオ様が王になってほしい、という者たちばかりです。それどころか、上層部ですら、その考えです」

「な、なんでですか……?」

 

 どうして、ボクが王になってほしいなんて言われちゃってるの?

 ボク、普通の人間だよ? 一般人だよ?

 

「魔王様が気に入った理由と同じ理由です。先ほど言ったと思いますが、イオ様は人間だけでなく、魔族の英雄であり勇者なのです」

「そ、そうなんですか」

 

 魔族の人たちに勇者って思われているのは、なんだか不思議な気持ちだよ。

 だって、ちょっと前まで敵対していた相手なわけだし……。

 そんな相手から、勇者って言われると、ね?

 

「そ、それで、えっと、ジルミスさんはどう思っているんですか?」

「もちろん、私もイオ様が王になっていただけると、嬉しいです。むしろ、イオ様以外にあり得ないとさえ思っています」

「で、でもボク、そこまで……というか、国の運営に関する知識なんて0ですよ? それに、元の世界では、ごく普通の一般人ですし……」

『『『一般人……?』』』

 

 なんか今、後ろから『は? 何言ってんの?』みたいな雰囲気が発せられたような気がするんだけど……。

 

「そこに関してはご心配なく。基本的な国営は我々が行います。イオ様は、どちらかと言えば……象徴のような人になっていただければ、と」

 

 象徴と言うと、日本で言う天皇のポジション、なのかな?

 あの地位も一応、国営には関わらず、日本の象徴と言うものだし。

 でも、象徴としてなると言われると……

 

「それ、ボクがいる意味、ありますか?」

 

 つい、こんなセリフが口をついていました。

 

「もちろんです。イオ様が国の象徴となっていただければ、人間と魔族の架け橋にもなりますし、我が国の方でもイオ様が王となっていただければ、復興にも一層力が入ります」

「つまり、神輿、のような感じでしょうか?」

「少々違いはありますが……そのようなものと思っていただいて構いません」

 

 う、うーん、これはどうすればいいんだろう……?

 高校生で、いきなり王様に! なんて言われても、正直戸惑う。

 異世界転生系の主人公で、王子様とかに生まれ変わった人はこんな気持ちなのかな。

 ……どうなんだろう?

 

「お、王様、これ、どうしたらいいんでしょうか?」

 

 どうすればいいのかわからないボクは、王族である王様に尋ねることにした。

 

「そうだな……儂としては、受けてもいいのでは? と思っている」

 

 王様は、肯定的だった。

 

「え、どうしてですか?」

「考えてもみてくれ。今まで人類の敵として認識されていた魔族たちが、ある日突然無害アピールをして、国交を開いてほしい、などと言っても、信用されないのは火を見るよりも明らかだ。そして、当然相談をしに行く者は魔族の者。いくら、戦争していた相手を匿い、保護していたとはいえ、難しいだろう。我が国、リーゲル王国に関しては、その辺りがそこまで厳しくない。恩には恩を、仇には仇で返せ、そう言っている。今回の戦争では、どちらかと言えば恩を感じる方に傾いている。なにせ、戦争にこれ以上巻き込まれないようにと、安全な場所で保護してくれていたからな。今さっき言ったように、儂は魔族の国と国交を開くつもりだ。そうなってくると……世間的に、イオ殿が王になってくれた方が、何かと言い気がしてな。それに、幸いにも帝国と、皇国の二大国とは同盟関係だからな。信頼関係もある。根回しも可能だ。さらに、両国の王とも個人的な交友関係があってな。まあ、問題はないだろう」

「そ、そうですか」

 

 王様が言うことは理解できる。

 

 これから国交を開こうという国が、最近まで戦争をしていた相手で、突然手を結んだりすれば、周囲の国々からいい目で見られることはないはず。

 そうなれば、国の信用も落ちるし、立場も危うくなってしまう。

 

 でも、ボクが王となることで、外聞的には安全に思わせることができる、って言うことかな?

 

 でも、それだと……

 

「これ、ボクが裏切った、なんて思われませんか……?」

 

 そう見えてしまう可能性もある。

 

 というより、そう見られる可能性の方が高いと思う。

 客観的に見たら、人間を救った人間が、なぜか魔族の国で王様やってることになるわけだし……。

 

 ……そう言えば、ふと思ったんだけど、ボクの場合、王様になるの? それとも、女王様になるの?

 ……外見的には後者な気がする。

 

 まあ、今はそれはいいとして……。

 

「いや、それはないだろう」

「それはどうしてですか?」

「イオ殿は人間を救った英雄であり、勇者だ。その勇者が自ら国を治めようとするとあれば、客観的に見ると、自ら危険を冒して敵国を統治しようとしているように見えるだろう」

「そ、そんなにうまくいきますか? だって、ボクは権力も何もない普通の人で、それこそ貴族でも何でもないんですよ? しかも、この世界の人間ですらないですし……」

「何を言っているのだ? 人間たちに、イオ殿を疑うような愚か者はいないし、それに感謝こそすれ、罵るなどあるはずがあるまい」

「で、でも、そういう風に見られれば、魔族の人たちの国は、一生下に見られてしまうかもしれないんですよ? さすがにそれはちょっと……」

 

 ボクが苦い顔をしながら言うと、

 

『『『――ッ!?』』』

 

 何やら、魔族の人たちがざわつきだした。

 よく見れば、今にも泣きそうな人たちがいるんだけど……え、なにこれ。どういう状況?

 

「い、イオ様!」

「は、はい、なんですか?」

 

 いきなり、大声で名前を呼ばれた。

 ちょっとびくっとしちゃったよ。

 

「まさか、我々のことを心配していただけているのですか……?」

「え? は、はい。だって、今までの会話を思い返してみても、魔族の人たちが悪いとは思えませんし……それに、悪いのは一部の魔族と先代の魔王って言うじゃないですか? それなら、無関係……とは言えませんけど、少なくとも他の魔族の人たちは悪くないはずですし……。そうなったら、一生下に見られるのは可哀そうと言うか、嫌だというか……。ボクとしては、対等に手を取り合ってほしいなー、って」

「そ、そこまで思っていただけてるなんてっ……!」

 

 あ、あれ、なんか涙を流し始めたんだけど。

 ど、どうしたの? え? ボク、何か変なこと言った?

 本心を言ったつもりだったんだけど……。

 

「このジルミス、一生、イオ様に付き従いたい所存です! ですので、どうか……どうか! 我が国で王をやってはもらえませんか!」

 

 ど、どうしよう。一生とか言われちゃったんだけど。

 当たり前のこと……というか、誰でも言いそうなことを言ったつもりなのに、なんでそこまで思うの?

 

「あ、あの、ボク以外にきっといい人がいると思うんですけど……。そ、それに、ボクなんかに一生を誓ってもいいことはないですよ? それだったら、ジルミスさんたちの幸せのために頑張った方がいいんじゃないですか?」

「こ、こんな何もいいところがない私の幸せすらも考えて……!? 感服いたしました……やはり、我が国の王は、イオ様以外には考えられません! ですから、せめて、一考してはいただけませんか?」

 

 うっ、こ、ここまで言われると、なんだか無碍にできない……。

 それに、一応大打撃を与えた原因でもあるし……あーうー……。

 ……仕方ない。

 

「そ、それじゃあ、えっと……一度そちらの国に行ってもいいですか? その、今の魔王にも会ってみたいですし……」

「ありがとうございます! 魔王様に会っていただけるのであれば、魔王様もお喜びになるはずです」

 

 ボクが一度国に行くと言うことを伝えたら、ジルミスさんが大喜びした。

 

「そ、そうですか。それじゃあ、とりあえずお昼を食べてきてもいいですか? お昼時ですし、お腹もすいちゃって……」

 

 朝は師匠の家に行って掃除をしたり、整理をしたりしたからね、ちょっと疲れている。それに、もうお昼だからね。お腹がなっちゃいそうだよ。

 

「それはもちろんです」

「それじゃあ、お昼ご飯を食べてから、こちらに戻ってきますので、午後に出発、ということでいいですか?」

「今日このまま来ていただけるのですか?」

「はい。一応、明日には元の世界に帰ることになっていまして……。それに、本来ならこっちに来ることはなかったんですよ。ちょっとした、召喚陣の暴走が原因で、来ちゃいまして」

「なるほど、そうだったのですね。わかりました。私どもは、王都外で待機しておりますので、お戻りになりました、私にお声がけください」

「わかりました。それでは、後程」

「はい。いってらっしゃいませ」

 

 最後にこんなやり取りをして、一旦この場はお開きとなった。

 一応、王様がジルミスさんに、

 

「王都内で休息していただいても構わないですが」

 

 と言うと、

 

「いえ。ここにいる人たちはまだしも、我々は一応敵だった者たちばかりです。いらぬ騒ぎを起こしかねませんので、我々はここで待機させてもらいます。お心遣い、ありがとうございます」

 

 と返された。

 

 気配りはできるし、魔族の人たちのことを第一に考えていて……ジルミスさん、本当にいい人すぎないかな。

 それに、ジルミスと一緒に来た魔族の人たちも自らの意思で来たみたいだし……人望が厚いんだろうなぁ。

 いや、それだけじゃなくて、人間との共存という願いも反映されてるのかも。

 でも、それを抜きにしても、慕われているんだろうなぁ、ジルミスさんは。

 うん。好感が持てるよ。

 

 そんなことを考えつつ、ボクはお昼ご飯を食べに、一度王都に戻った。




 どうも、九十九一です。
 ……うーん、ただ新キャラを出すためだけに書いてる話なのに、やけに壮大になりかけてるような……。まあ、おかしな設定が追加されるなんて、いつものことですよね! うん。諦めました。
 一応、今日も2話投稿を予定しております。まあ、期待はしないでくださいね? いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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221件目 三度目の異世界5

 王都に戻ってお昼ご飯を食べたのち、ボクは再び王都正門前に来ていた。

 

 道中、王都にいる人たちがこぞってボクの所に来たけど、急ぎの用事があると言って逃げてきました。

 

 だ、だってみんなボクにお礼を言ってくるんだもん!

 

 怖いじゃん!

 

 涙流すし、なぜか色々なものくれるしで、怖かったんだよ。

 泣く気持ちはわかるけど。

 

 もらいものに関しては……あまりにも押し付けてくるので、結局受け取ってしまった。

 もちろん、『アイテムボックス』に収納済みです。

 ……ボクの『アイテムボックス』って、家とかがあるけど、大丈夫なのかな、大量に物を入れて。

 大丈夫……だよね?

 

 まあそれはそれとして、ジルミスさんは……あ、いた。

 

「ジルミスさん、お待たせしました」

「いえ、全然問題ないですよ。それでは、馬車にどうぞ」

「はい」

 

 何気に馬車。

 わざわざこれで来たんだ。

 

 でも、馬車なんてどこにもなかったような気がするんだけど……まあいっか。

 

 ただ『アイテムボックス』を使える人がいただけかもしれないしね。

 ボクは馬車に乗り込んだ。

 

 

 三度目の異世界に来て二日目のお昼。

 ボクは馬車に揺られながら、魔族の国に向かっています。

 ちらっと外を覗けば、自然豊かな景色が続いていた。

 

「ジルミスさん、魔族の国ってどういう感じなんですか?」

 

 ふと気になったので、一緒に乗っているジルミスさんに魔族の国について尋ねてみる。

 

「一言で言うのなら、自然豊かな国、でしょうか」

「え、そうなんですか?」

「はい。特に、果物が特産品ですね。それ以外であれば、装飾品など」

「へぇ~。何と言うか……意外、ですね」

「ははは。まあ、そう思う気持ちはわかります。こちらの国では、割と普通なものが特産品なのですよ。ちなみにですが、こう言った特産品たちは、人間たちの市場にも流しています」

「そうだったんですか?」

「はい」

 

 意外だなぁ……。

 

 何と言うか、イメージとかなり違う。

 少なくとも、まだ行ったことがないんだよね……。

 

 実際、魔王城には行ったけど、裏ルートから入ったせいで、魔族の国は見なかったし。

 

 あとは、先入観、かな。

 

 魔族の国って、作品によっては禍々しかったり、おどろおどろしかったりするイメージが強くて。

 まさか、そんな外見の国だったとは思わなかった。

 

「でも、よく特産品を流せましたね」

「こちらにも、人間の協力者がいますからね。そちらを通して売買していたのですよ」

「協力者ですか。もしかして、結構昔からいたりするんですか?」

「そうですね……。少なくとも、百年以上前、でしょうか」

「け、結構長いんですね」

 

 というか、百年以上前ってたしか、師匠が邪神を倒した時代に近い気が……。

 その時から続いていたってこと?

 す、すごい。

 

「だからこその、悲願だったのです。ですが、イオ様のおかげで、こうして願いが叶いそうで何よりですよ」

「ま、まあ、まだ王様をやると決めたわけじゃないですけどね」

「それはもちろんです。もとより、こちらの我儘ですから。無理にとは言えません。ですが、イオ様以外にはありえないと思っているのも事実。私だけでなく、国中の者たちがそう思っております」

「本当なんですか? それ」

「はい。何度も行っているように、イオ様は我々にとっても大英雄ですから」

 

 なんか、英雄の上に大が付いてるんだけど。どんどんボクの存在が上になって来てない?

 あの、ボクそこまで大それた人間じゃないよ? 少なくとも、王ってタイプじゃないよ? ボク。

 一般人なんだけどなぁ……。

 

 

 それからしばらく、ジルミスさんと談笑をしていると、ようやく魔族の国に到着。

 

 ようやくと言っても、そこまで時間はかかってないと思うけど。

 

 だって、馬車のスピード結構出てたもん。

 よくよく見たら、馬車を引いていた馬、魔物だったんだよね。しかも、割と強いの。

 

 それなら速いよね、なんて思いました。

 

 感覚的には、今は三時くらい、かな?

 うん。日が沈む前に来れてよかったよ。

 

「さあ、着きましたよ、イオ様」

「わあぁ……」

 

 窓の外に広がる景色に、思わず感嘆の声を漏らしていた。

 

 ジルミスさんが言っていた通り、魔族の国は自然豊かな国だった。

 

 国を囲むように、崖があって、その上からは滝が流れている。

 

 その下には澄んだ水が溜まり、それが国中に巡るかのように流れ続けていて、一瞬水の都なんて言葉が思い浮かんだ。

 

 それだけでなく、地面は歩きやすいようにされているものの、石畳などではなく、平らにならされた地面。

 

 よく見れば、歩く場所や建物の入り口の前以外は芝生が広がっている。

 

 建造物は多分木造だとは思うけど、なんだか不思議な感じがする。どことなく、石のようにも見える。

 

 他を見渡すと、水が流れている付近では、果樹園や牧場があった。

 

「綺麗ですね……」

「そう言っていただけて、とても嬉しいです」

 

 そう言って笑みを浮かべるジルミスさんは、本当に嬉しそうだった。

 

 この国が好きなんだろうなぁ、そう思えた。

 

 それにしても、本当に予想外だったよ。

 

 まさか、ここまで綺麗な国だったなんて……。

 今まで戦争していたのが嘘みたいな国だよ。

 

 でも、逃がしてよかったと思えるよ、こう言うのを見ていると。

 

 ……元が普通の高校生だったからね。殺すなんて、普通はできない。

 

 魔族とはいえ、見た目はどう見ても人間なんだもん。

 中には、角や尻尾が生えていたりする人もいるけど。

 

 それにしても、結局のところ、なんで戦争していたんだろう、人間と魔族って。

 

「さあ、行きましょう、王城へ」

「あ、はい」

 

 窓の景色を見るのをやめ、馬車は王城へと向かった。

 

 

 王城に着き、中をジルミスさんと歩く。

 

 道中、色々な魔族の人たちが興味津々と言った様子でボクが乗る馬車を見ていたのが気になった。

 

 もしかして、馬車が通ってたことが珍しかったのかな?

 それとも、それに付き従うように歩く魔族の兵士の人たち驚いていた、とか?

 

 多分その辺りの可能性が高いよね。

 だって、大勢の兵士の人たちが、馬車を守るようにして歩いているんだもん。

 何事かと思っちゃうよね。

 

「それにしても……随分復興が進んだんですね」

 

 歩きながら、そんなことをジルミスさんに言う。

 

 さっきこの国を見た時に思ったけど、復興が、とか言っていた割には全然綺麗だったし、なんなら、このお城だってボクと魔王の戦いでかなり壊れていたのに、かなり修復されていた。

 

 ところどころ、まだ直している途中なのが見受けられたけど、あまり気にならないレベルだった。

 

「戦争が終結したことで、戦力として使われていた兵士たちや資源をすべて復興に充てられましたから。肝心の王城が汚いのは申し訳ありません」

「いえいえ、全然気にしてないですよ。むしろ、廃墟に近かったお城をこんな短期間で修復したことの方がすごいですよ」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

 

 う、うーん、こうも恭しく接されると、むず痒いというか……ちょっと落ち着かない。

 

「そう言えば、今の魔王ってどんな感じなんですか?」

「今の魔王様ですか?」

「はい。話を聞いている限りだと、ボクを気に入ってる人、という情報しかないので」

「たしかにそうですね。現魔王様は……なんて言えばいいか……とりあえず言えることは、活発、でしょうか」

「活発?」

「はい。決して戦いが好き! とか、逆らうものは皆殺しだぁ! とかは考えていませんのでご安心を」

 

 いや、そう言う意味で聞き返したわけじゃないんだけど……でも、そっか。どうやら、普通の人っぽいね。

 あ、でも、魔族だから普通の人、って言うわけじゃないのかな?

 

「ところでジルミスさん」

「なんでしょうか?」

「なんだか、ボクに対する視線がすごいように感じるんですけど……」

 

 何と言うか、キラキラしたような、神を見るようなというか……そんな感じの視線。

 

「ああ、それは、イオ様が来ているからですね」

「ボクですか?」

「はい。先ほど、イオ様が昼食を摂られている間に、こちらに連絡をしていたのですよ。そうしたら、英雄が来るぞー! ということで、大騒ぎになっていたようで、こうして見られている、というわけです」

「あ、そ、そうなんですか」

 

 なんだか、たった数時間で、ボクの魔族像が木端微塵に砕かれたんだけど。

 この辺り、全然テンプレじゃないんだね。この世界。

 ……まあ、あっちはあくまでも物語の中のものだから、当然と言えば当然なんだけど。

 

「さ、着きました。ここが、魔王様のいるお部屋です」

「は、はい」

 

 到着したところの目の前にあるのは、大きな扉。

 

 つい数ヶ月ほど前に見た、重厚で厳かな高さ五メートルはあろうほどの大きな扉。

 

 うぅ、緊張してきた。

 

 でも、出現したばかりみたいだし、きっと赤ちゃんくらいのはず……。

 ……あれ? そう考えると、ボクの話を聞いて、気に入った、って言うのは変だね。

 

 いやいやいや。まさか、転生、とか?

 

 あ、あり得る……。

 

 そもそも、寿命も延ばせる世界だし、神様がいるんだからなくはない。

 これでもし、ボクが倒した魔王の生まれ変わりとかだったら……うん。帰りたくなってきた。

 で、でも、一度会うって言っちゃってるし……。

 

 ……よ、よし、入ろう。

 

「し、失礼します」

 

 意を決して、扉を開けて中に入った。

 そこには……

 

「おお! 来たか! そなたが、我が同胞たちの勇者じゃな!? 会えて嬉しいぞ!」

 

 小学生くらいの女の子がいた。

 

「え、えーっと、あなたが、今の魔王、ですか?」

「うむ! 儂が現魔王、ティリメル=ロア=ユルケルじゃ! 儂のことは、気軽に『メル』と呼んでいいぞ! もちろん、呼び捨てで構わぬ!」

 

 可愛らしい声で、元気に言う魔王。

 

「あ、はい。えっと、メル?」

 

 あ、あー、本当に活発な感じだなぁ。

 

 たしかに、ジルミスさんが言う通り、活発な印象だよ、今の魔王。

 

 ボクの目の前いる魔王――メルは、見た感じ可愛い小学生、と言った感じかな?

 

 艶のある紫紺の髪をリボンで結わえたツインテール。よく見ると、毛先の方がグラーデションのよう赤くなっている。

 活発で勝気な印象を受ける大きな瞳は、血を連想させるかのような、深くて鮮やかな紅。

 鼻はスッと通っていて、口は小さく桜色で、柔らかそう。

 肌は白く、まるで陶磁みたい。

 身長は……うーんと、120くらい、かな?

 服装は黒いドレス。ところどころ露出があるけど、なんて言うか……上品に見える。

 なんだか、お人形さんみたいで可愛い。

 

「敬語でなくてもよい! 儂は最近生まれたばかりじゃからのぅ」

「え、そうなんですか!?」

「うむ。あと、今さっき言ったが、敬語じゃなくてよい」

「あ、う、うん。えっと、じゃあ、普通に……」

「ありがとう、イオ殿」

「えーっと、その殿、ってつけて呼ばれるのは、あんまり慣れなくて……できれば、呼び捨てか、別の呼び方をお願いしたいんだけど……」

 

 どうにも、敬われるって言うのは苦手だよ、ボク。

 別にさん付けとかならいいけど、さすがに殿とか、様、とかはちょっと……。

 

「そうか? ならば……ねーさまはどうじゃ?」

「なんで!?」

「何でと言われると……なんとなく、かの?」

「なんとなくでボクはねーさまと呼ばれるの?」

「嫌か……?」

 

 うっ、目が潤んでる……。ボク、こう言う目に弱いんだよぉ……捨てられた子犬みたいな感じの目が……。

 

「べ、別に嫌、と言うわけじゃないんだけど……」

「では、ねーさまでよいか!?」

 

 わー、目が爛々としてるよぉ……。

 これ、断ったら泣かれそうな雰囲気なんだけど……。

 ……いや、別にねーさま呼びでもいいんだけど……。

 

「一応ボク、元男だよ……?」

「それは知っておる。さっき、ジルミスから聞いたぞ」

「え、知ってて、ねーさま呼びなの?」

「そうじゃ。儂、お姉ちゃんと言う存在に憧れておってなぁ。ねーさまみたいな人なら大歓迎どころか、お願いしたかったのじゃよ」

「そ、そうなんだ」

 

 憧れてるも何も、生まれたのってつい最近なんだよね?

 

 その辺りの考え方ってどうなってるんだろう、メル。

 

 ……まあ、ボク的にも、なんだかメルは妹みたい、っていう印象があるし、いいけどね。

 ボク、一人っ子だったからね。

 

 ちょっと嬉しいかも。

 

 ……それを言ったら、レノもなんだけど……なんか、レノは得体の知れない何かを感じてて、ちょっと怖い。

 

 なんでだろう? 普通にいい娘なのに。

 

「では、ねーさま。儂とお話をしてはくれまいか……?」

「お話?」

「うむ。儂は生まれたばかりで、少し前の話とかも知らぬから、いろんな話を聞きたいのじゃ。ねーさまがこっちにいた時の話とか、ねーさまの世界の話とか」

 

 あ、なるほど。

 ボクのことは一応聞いていたとはいえ、どちらかと言えば間接的にだからね。

 当人の話も聞きたくなるよね。

 

「うん、いいよ」

「やったのじゃ! 嬉しいのじゃ!」

 

 嬉しそうにメルが跳ねると、ぴょんとボクに抱き着いてきた。

 

「わわわ! もう、メル、いきなり抱き着いてくると危ないよ?」

「ふふふー、でも、ねーさまなら受け止めてくれるのじゃろ?」

「もちろん」

 

 うん。本当に妹みたい。

 

 ちょっと癒される。

 

 ……普段、大変だからなぁ、ボク。

 

 会って数分だけど、メルは癒しだよ……。

 

 とりあえず、色々話すことになったので、場所を移動。今いたのは魔王の間(ボクが以前魔王と戦った場所)だったんだけど、ボクたちはメルの部屋に移動することに。

 

「それじゃあ早速、色々聞かせるのじゃ!」

「うん。じゃあえっと、まずは――」

 

 そして、メルの部屋に入り、椅子に座るなり、ボクはメルに色々と話し出した。




 どうも、九十九一です。
 まあ、新キャラです。魔王ですね。ポジション的には、妹的な部分でしょうか。正直、依桜に癒しがいてもいいじゃない、なんて発想と、単純に魔王がいたら面白くね? みたいな発想のもと生まれたキャラです。まあ、いつもの思い付きで考えたキャラなので、まだ上手く定まってませんが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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222件目 三度目の異世界6

 色々とメルと話す。

 

 内容は、メルが聞きたがっていたボクの三年間の話と、その間の戦争の話。あとは、ボクの世界の話。

 

 話をしている際のメルは、目をキラキラ、わくわくさせながらボクの話を聞いていた。

 

 途中、メルから質問があるたび、優しく丁寧に質問の答えを言った。

 ボクの他愛のない話を、楽しそうに、それでいて興味津々に聞いてくれるものだから、ついつい長話になっちゃった。

 

 でも、すごく癒されるよ、ボク。

 

 メル、可愛いんだもん。

 こういう妹なら欲しかったなぁ。

 

「ねーさまの話は面白いのぅ。わくわくで、ドキドキじゃし」

「あはは、そう思ってもらえたなら、ボクも嬉しいよ。まあでも、中には残酷な話もあったけど」

「大丈夫じゃ。これでも、魔王じゃもん! まだまだ、小さいが、いずれはおっきくなる予定じゃ!」

「そうなるといいね」

 

 微笑みながらそう言う。

 ボクは、身長がほとんど伸びてないけど。

 まあ、一応副作用で大きくなったりできるからいいけどね。

 

「そう言えばねーさま」

「なに?」

「ねーさまは、ここの女王になってくれるのか?」

「あー、うーん……」

 

 その話かぁ……。

 

 どうしようか……。

 

 別に、象徴だけ、という意味であれば、そこまで問題はないと言えばないんだけど……他にもありそうなんだよね……。

 

 ほら、一応こっちの世界でのボクの立ち位置と言えば、勇者、と言うことになってるし……。

 

 貴族でないにしても、王様になっちゃったら、ある意味貴族じゃない? というか、王族? になるのかな、この場合。

 

 ……いや、おかしくない? それは無理じゃない?

 

 ボク、ごくごく普通の一般人だよ? どこにでもいる(髪と目は除く)普通の少年だよ? 見た目は女の子だけど……。

 

 そんなボクが突然王様に! なんて言われても……なかなか難しい。

 

「メルは、どう思う?」

「儂は、ねーさまが女王になってくれたら嬉しいのじゃ! 儂は魔王じゃから、この国ではトップでな……。まだ生まれたばかりといえど、そこは変わらぬ。みんな儂よりも長生きで、年も上。だから、ちょっと寂しいのじゃ……」

 

 そう言いながら、しょぼんとするメル。

 

 たしかにそうだよね……生まれたばかりといえど、メルは魔王。

 

 魔王は生まれた時から、魔族の中のトップ。

 

 だから、必然的に歳は一番下になるし、きっと大変なんだろうな、そう思った。

 うーん、正直可哀そうなんだよね……。

 

 魔王という点を除けば、普通の女の子にしか見えないし……。

 

 ……あれ? そう言えば、最近生まれたばかり、って言ってたけど……メル、どう見ても小学三年生くらいだよね?

 

 生まれたばかりなのに、ちょっとおかしくない?

 

「ねえ、メル」

「なんじゃ、ねーさま?」

「魔王って、生まれた時から、すでに成長してるものなの? というか、魔王ってなに?」

「うーむ、儂も魔王が何なのかわからなくて……。でも、ジルミスが言うには、生まれた時から強大な魔力を持っていて、なおかつある程度成長した姿で、魔族の間から生まれるらしいのじゃ。ただ、魔王が一人いたら、他に魔王は生まれない、らしいぞ?」

「なるほど……」

 

 魔王が結局何なのかわからないけど、定義は大体わかった。

 

 生まれた時から、ある程度成長していて、強大な魔力を持っていることが条件。ただし、魔王と誰かの間に生まれた子じゃなくて、魔族の間にできた子供がなる、と。

 

 うーん、不思議。

 

 この世界って、色々と不思議なことが多いんだなぁ……。

 

 あ、でもそれを言ったら、ボクの世界も不思議で満ち溢れているか。

 学園長先生とかね。

 

「それで、ねーさま。どうか、女王になってくれぬか……?」

「……どうしても?」

「どうしてもじゃ! 儂は、ねーさまに会う前もそうじゃったが、ねーさま以外が王じゃ嫌なのじゃ! ねーさまじゃなきゃ、嫌なのじゃぁ!」

 

 だ、駄々っ子みたい。

 

 というか、年齢を考えたら駄々っ子だよね。

 

 少なくとも、0歳なわけだし……。

 ……赤ちゃんじゃん。

 

 いや、そうじゃなくて。

 

 う、うーん、困った……。

 

「それに、ねーさまは素敵なのじゃ! 可愛いし、綺麗だし、優しい! そんな人が女王なら、最高なんじゃ!」

 

 何気に褒められた。

 

 うっ、は、恥ずかしいけど、普通に嬉しいと思っている自分がいる……。

 

 なんだか、年相応な気はするけど、駄々っ子の内容が、

 

『お菓子買って!』

 

 とか、

 

『アレが欲しい!』

 

 とかじゃなくて、

 

『王様になってほしい!』

 

 なんだもん。

 

 駄々っ子のレベルがすごいことになってるんだけど。

 未だかつて、0歳の女の子に、

 

『王様になってほしい!』

 

 と言われた高校生がいただろうか。多分、世界広し、世界多しといえど、ボクだけなんじゃないかな、こんな状況になったのって。

 

「う、う~~~~~ん……」

 

 唸る。ひたすらに唸る。

 

 正直なところ、何もしないでいいのであれば、問題はないと言えばないけど……僕なんだよなぁ……。

 

 ボクなんかが王大丈夫なの?

 何もできないよ?

 できても、暗殺くらいだよ?

 暗殺者が王って、嫌じゃない? 普通。

 

 でも……。

 

「……(うるうる)」

 

 すっごく潤んだ目で見てくるんだよぉ……。

 うぅ、そんな目を向けないでぇ……。

 

 つい、いいよ、って言っちゃいそうなんだよぉ。

 

 ……し、しかも、

 

「うぅっ……」

 

 なんか泣きそうになっちゃてる!

 

 なんで!?

 

 そんなにボクがいいの!?

 

 ボクは、暗殺以外にこれと言った取り柄がない、普通の女の子――じゃなかった、男だよ?

 そんな人が王様とか……大丈夫なの?

 

「え、えっと、メル? ボクなんかが女王でいいの……?」

「もちろんなのじゃ!」

 

 うわぁ、眩しい笑顔……。

 ここまで純粋に肯定されちゃうと、なんだか断れない……。

 

「でも、出会ったばかりのボクに、どうしてそこまで言うの?」

「どうしてと言われても……儂は、ねーさまを一目見た時から、何と言うかこう……この人じゃ! みたいな、感覚があっての。それで、その……ねーさまが女王になってくれたら、嬉しいし、楽しいな、って、思ったのじゃ……」

 

 もじもじと、少し顔を赤くしてそう言うメル。

 

 か、可愛い……。

 

 なんか、本当に妹ができたみたいな気持ちだよ、ボク。

 

 癒しだよ。ボクのオアシスかもしれないよ、メル。

 

 ……ボクが女の子になってからというもの、大変の一言で済ませられないようなことが何度もあった。

 そのせいで、ボクの心は疲れてたんだろうね。

 

 メルのような娘が、すごく癒しに感じるよ……。

 

「だから、ねーさま。女王になってはくれないか……?」

 

 変わらずの、潤んだ瞳に、上目遣い。

 あ、うん。

 

「……わかったよ。引き受けるよ、女王様」

 

 負けです。ボクの負けですよ。

 

「ほんと!?」

「うん。メルだって、生まれたばかりで大変そうだからね……それに、何と言うか……よくよく考えてみたら、ボクも無関係じゃないし……」

 

 復興させないといけない原因を作ったの、実際ボクだしね。

 

 正確に言えば、ボクと先代の魔王なんだけど。

 

 ……あー、うん。そもそも、戦争をしていたのが悪いんだけどね……。

 

 でも、壊しちゃったのは事実だし、少なくともお城はほとんど壊れ、街の方も所々壊れた形跡があったことを考えると、あれ、ボクと魔王の激しい戦闘の末に被った被害だと思うしね……。

 

 そう考えると、ボクだって無関係じゃないし……どちらかと言えば、加害者だし……。

 

 それに……

 

「やったのじゃ! やったのじゃぁ! ねーさまが女王なのじゃ!」

 

 なんだか、メルが可哀そうだったからね……。

 

 だって、魔王って聞いて会ってみれば、こんなに素直な女の子だったんだもん。

 予想なんてできないよ。

 

 だって、ボクが会った魔王なんて。

 

『フハハハハハ! よくぞ来た、勇者よ! 早速だが……死ねぃ!』

 

 とか言いながら、会って早々、極大の雷を撃ってくるんだよ? それによって、後方の扉と壁が壊れてたし……。

 

 本当、何してるんだろうね、あの魔王。

 

 碌なことをしてない気がするよ……。

 

 戦争はするし、自分の国は壊すし、関係のない人たちを巻き込むしで、本当に酷いような気がする。

 いや、国を壊したのはボクも関係あるけど。

 

 そんな、酷すぎた魔王に比べて、ボクの目の前にいる魔王は……

 

「やった~のじゃ~♪」

 

 可愛い女の子。

 今も嬉しそうに、鼻歌を歌いながら、ぴょんぴょん跳ねてる。

 

「それで、えっと、ボクはジルミスさんにも言った方がいいのかな?」

「そうじゃな! 一刻も早く、ジルミスに伝えるのじゃ!」

 

 元気いっぱいに言うメル。

 本当に嬉しそうだね。

 いや、微笑ましいからいいんだけど。

 癒されるし。

 

 

 というわけで、ボクたちは別の部屋に移動。

 

 場所は、応接室。

 

 この部屋にいるのは、ボクとメル、それからジルミスさんの三人と、給仕の人が二人。片方がメイドさんで、片方が執事さん。

 

「それで、話と言うのは何でしょうか、イオ様」

「あ、え、えっと……王の件、なんですが」

「もしや、受けてくださるのですか?」

「色々とメルと話した結果、そうなりました」

「ほ、本当ですか!?」

「はい」

「何と言うことだ……まさか、我々の悲願が達成できただけでなく、イオ様が王になってくれるとは……!」

 

 感極まったのか、ジルミスさんがほろほろと涙を流し始めだした。

 そ、そんなに嬉しいの……?

 

「で、でも、王都で話したように、ボクは国営なんてできませんよ?」

「大丈夫です。そっちは我々でどうにかしますので! イオ様は基本、自由で構いません。それに、イオ様はもとよりこちらの世界の人間ではないことを考えると、当然です」

「そう言ってもらえると助かります」

「こちらこそ。ですが、相当重要な議題が上がった場合、その場合は承認をいただけるとありがたいです」

「わかりました。ボクにできることなら何でもしますよ」

「ありがとうございます!」

 

 ほとんど自由でいいのなら、ボクとしてもありがたいよ。

 

 だって、ボクにはライトノベルの主人公たちみたいに、そう言った知識がないからね。

 

 そもそも、なんで普通の高校生やサラリーマンが、国営や建築に関する知識を持っているのかが不思議だけど。

 

「そうなると、イオ様にはもう一つ、名前があった方がいいでしょう」

「名前? ボク、イオ・オトコメ、って言う名前がありますけど……」

「いえ、そう言うことではなく。簡単に言いますと、ミドルネームのようなものです」

「なる、ほど?」

 

 それ、いるの?

 

「リーゲル王国の国王陛下は、ディガレフ=モル=リーゲルと言う名前なのはご存知ですね?」

「はい。一番かかわりのあった王様ですから」

「ディガレフ陛下には、リーゲル、という国名が入っています。ですので、イオ様のお名前にも、そう言ったものを入れた方がいいと思っているのです」

「それ、必要ですか?」

「正直、無くてもいいでしょうが……あった方が、王として認識しやすくなります」

「なるほど……?」

 

 すみません。ちょっとよくわからないです。

 たしかに、そう言う名前があると、あ、この国の王様なんだな、ってわかるけど……ボクみたいな、ぽっと出の女王にいる? それ。

 

「ですので、いっそのこと、名前と家名の間に、国名を入れてはどうでしょうか?」

「それ、この国がボクのもの、みたいな感じになりませんか……?」

「いえ、我々魔族たちは、イオ様に従うことを望みにしています。ですので、イオ様の所有する国、という意味で問題はありません」

「で、でも、ほとんど何もしない女王ですよ? それなのに、偉そうに国名を名前に入れるのって……」

「何もなくてもいいのです。イオ様が象徴になっていただけさえすればいいのです。象徴があるのとないのとでは、心の在り方に差が生まれます。イオ様のために頑張りたい! という者たちが、国内は大勢。それどころか、すべての民たちが思っています」

「そ、そうなんですか」

 

 なんか、すごくハードル上げられてない?

 ボク、何度も言ってるように、普通の高校生だよ? 一般家庭の少年だよ?

 そんな人に、そんな高いハードルを出されても、ちょっと困るんだけど……。

 

「正直な話、我々魔族たち全員が殺されてもおかしくないことをしていました。ですが、イオ様はそのほとんどを救い、こうして平穏な世界を築いてもらいました。一度は死を覚悟した身です。その助けられた命を、救ってくれた人のために使うことは、おかしなことではないですから。それほどのことを、イオ様はしたのです」

「な、なんだか恥ずかしいですね、正面からそう言われると……」

 

 褒められたり、感謝されたりするのは嬉しいんだけど、そこまで思われちゃうと、なんだか申し訳ない気持ちになるんだけど……。

 逃がすためとはいえ、攻撃しちゃってるし……。

 

「ねーさま、顔が真っ赤じゃぞ?」

「し、仕方ないよぉ。だって、慣れてないんだもん……」

「ねーさま可愛いのじゃ」

「あ、あんまり恥ずかしいこと言わないで……」

 

 純粋にそう言っているんだろうけど。

 

「それでは、私は貴族たちにこの件を知らせに行って来ますので、失礼します」

「あ、はい。ありがとうございました。ジルミスさん」

「いえ。それでは」

 

 最後に軽く会釈して、ジルミスさんが部屋から去っていった。

 

「ねーさま、儂たちも戻るのじゃ」

「うん、そうだね」

 

 話もとりあえず終わったので、ボクたちもメルの部屋に戻っていった。

 

 あ、そう言えば、結局名前の件、どうなったんだろう?

 ……後で訊こう。




 どうも、九十九一です。
 どんどん、依桜がおかしな道を歩んで行っています。肩書が増える……。
 後先考えずにやると、こうなりますよ! っていう悪い典型みたいな作品に思えてきました、これ。大丈夫なのか……?
 えっと、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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223件目 三度目の異世界7

「うーん……」

「どうしたのじゃ、ねーさま?」

「いや、ボクが女王で本当に良かったのかなぁって」

 

 了承しちゃったけど、これ、普通に考えてボク、流されちゃってるよね?

 う、うーん、流されやすいのかなぁ、ボクって……。

 今思えば、断ったことがないような……?

 

「大丈夫じゃ! ねーさまなら、問題はないぞ! 儂は応援しとるからの!」

「ありがとう、メル」

 

 そう言いながら、メルの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ねーさまのなでなで気持ちいいのじゃ~」

「それならよかった」

 

 メルの頭は撫で心地がいいなぁ。

 なんだかさらさらしてるし。

 妙にふわふわしてる気がする。

 

「そう言えばねーさまは、いつ向こうの世界に帰るのじゃ?」

 

 メルが突然そんなことを聞いてきた。

 

「あー、えっと……今回、こっちに来たのは本当に事故だからね。一応、向こうでは行ってくるとも言ってないんだよ。召喚陣の再起動にかかるのが昨日を含めて二日。だから、明日にはもう帰ろうかと思ってるんだよ」

「そ、そうなのか……?」

「うん。一応、ボクは向こうの人間だからね。ずっとこっちにいる、って言うわけにもいかなくて……」

「嫌じゃ嫌じゃ! ねーさまと一緒にいたいのじゃ!」

「そ、そう言われても……」

 

 ど、どうしよう。すごく困った……。

 

 こっちに来た時の予定といえば、帰れるようになるまで適当に観光、っていう予定だったんだよね……。

 正直、魔族の国に来るとは思ってなかった上に、女王になるなんて予想外すぎて……。

 

「ボクにも家族がいるし、友達もいる。突然いなくなってるわけだから、さすがに心配してると思うし……」

 

 母さんと父さんに関しては、あんまり心配してなさそうだけど、それ以外の人、未果達なんかは心配してるんじゃないかなぁ……。

 

 一応、学園長先生の発明品でこっちに来た時は、一週間で一日だったから、もしかすると数時間程度しか経ってない可能性もあるんだけど。

 

 とはいえ、帰らないわけにはいかないんだよね……。

 

「な、なら、儂がねーさまと一緒に行けばいいのじゃ!」

「ええ!? いや、それは……」

 

 色々とまずいような……?

 見た目は人間にしか見えないけど、髪色と瞳の色は明らかに自然すぎて目立つ。

 ボクでさえ目立っちゃってるんだから、メルはなおさら目立つように思える。

 

「だ、だめか……?」

「……うーん、こっちとは根本的に違う世界なんだよね……。言語だってそうだし、ルールも違う。それに、メルならそこまで危険じゃないかもしれないけど、危険なこともあるんだよ」

「じゃ、じゃが、ねーさまが何とかできんのか……?」

「ボクはそこまで万能じゃないよ。言語なら、まだできるかもしれないけど……」

 

 少なくとも、『言語理解』のスキルを覚えられれば、だけど。

 

 師匠は、一瞬で習得してたけど。

 

 あれは師匠がおかしいのか、単純にすぐに習得できるのかはわからないけど、少なくとも難しい可能性もある。

 

 ボクも一瞬だったと言えば一瞬だけど。

 

「そうか……」

 

 しょんぼりするメル。

 

 うぅ、だからそう言うのはやめてぇ……。

 精神的ダメージが大きいんだよぉ……。

 こっちが悪いことをしてる気分になっちゃうんだよ……。

 

 …………し、仕方ない、よね。

 

「はぁ……明日は帰らないで、一日こっちにいるよ」

「ほ、ほんとか!?」

「うん。一応、女王になっちゃったわけだしね……」

 

 ほとんど成り行きなんだけど……。

 普通に考えて、女王になった人が、次の日もう帰還って、結構問題あるもんね。

 

 うん。だから決して、メルが可哀そうだとか、メルと離れるのが辛い、とかではないです。断じて違います。

 ……ほんとだよ?

 

「少なくとも明日は一緒にいるよ」

「じゃ、じゃあ、明日は儂とずっといてくれるのかの?」

「もちろん」

「わーいなのじゃ!」

 

 さっきと打って変わって元気いっぱいになったメル。

 

 うん。可愛い。

 

 天真爛漫に感じるよ、メルは。

 いや、実際天真爛漫なのかな?

 口調そのものは年寄りみたいな感じだけど、個性があっていいと思います。それに、なぜか似合ってるしね。

 

「ねーさま、今日は一緒に寝てほしいのじゃ!」

「い、一緒に?」

「そうなのじゃ! 明日はずっと一緒にいてくれるのなら、朝から一緒にいてほしいのじゃ」

「なるほど」

 

 まさか、そこまで一緒にいたいとは思わなかった。

 すごく、懐かれたような気がするよ。

 妹がいると、こんな感じなのかな。

 

「うん、いいよ」

「本当か?」

「もちろん。明日までしか一緒にいられないからね。全然いいよ」

「やったのじゃぁ! ねーさまと一緒に寝れるのじゃ!」

 

 メルの喜び方って、大体同じなんだね。

 全然可愛いからいいけど。

 

 ……こうしてみると、全然魔王には見えない。

 こんな娘が魔王だなんて、本当に不思議だなぁ、この世界。

 

 なんて思いながら、喜びながらぴょんぴょん跳ねているメルを見ていた。

 

 

 とりあえず、今日明日はお城に泊まることになったので、その件をジルミスさんに伝えると、謎の歓迎パーティーのような物が催されてしまい、かなり疲れた。

 

 パーティーは苦手なんだよ、ボク……。

 

 学園のパーティーとかだったら、全然楽しいし、わいわいできるからいいんだけど、こっちの世界のパーティーは、そういうのじゃなくて、本当の意味でのパーティー、みたいな感じなんだよ。

 

 自分でも何を言っているのかわからないけど、本当にそんな感じとしか言いようがない。

 

 色々な人に話しかけられて、対応しないといけないし、どちらかと言えば粛々とした雰囲気なので、かなり緊張しちゃって、それどころじゃない。

 

 ちなみに、ドレスを着させられました。

 ……ですよねぇ。

 

 ただ、ボクに話しかけてきた人たち、みんな泣きながらお礼を言ってくるので、ちょっと戸惑ったけど。

 

 でも、悪い人はいなかった。

 

 本当にいい人しかいなかったもん。

 

 何か困ったらいつでも頼ってほしい、とか、何人も言ってきた。

 

 ボクのこの国における立場がすごいことになってるんだけど……。

 

 すごく困る。

 

 何をどうしたら、こんな人生になるんだろうなぁ……。

 

 ちょっと前まで(三年前)は、ごく普通の高校生活を送っていたのに、気が付けば無駄に強くなるし、女の子になるし、挙句の果てには女王になっちゃうし……。

 

 ボク、かなりの波乱万丈な人生を送ってるね、これ。

 こんなおかしな人生、そうそうないよ。というか、絶対ないよ。

 

 運、悪すぎぃ……。

 

 

 休憩がてら、パーティー会場の端の方で窓から星を見る。

 

 こっちの世界では星座、という概念はないらしく、単純に星としてしか認識されていなかった。

 

 と言っても、星座なんてわからないけどね。

 そう言った知識はないから。

 

 ちなみに、メルは今、パーティー会場の料理を食べてます。

 食欲旺盛だった。

 

「イオ様」

「ジルミスさん」

 

 星を眺めていたら、ジルミスさんに声をかけられた。

 

「此度は、我が国の女王になっていただき、誠にありがとうございます」

「い、いえいえ。人間と魔族の共存を考えたら、ボクがなった方がいいみたいですから」

 

 王様が言ってたし。

 でもまさか、敵だった国の女王になるなんて、夢にも思わなかったよ……。

 これ、ボクがまだ男のままだったら、王様だったんだろうなぁ。

 本当、どうかしてるよ。

 

「それで、なのですが、明日、民たちの前でお披露目をしたいと思うのです」

「お、お披露目!?」

 

 ジルミスさんの発言に、思わず驚いて大声を出してしまった。

 うっ、みんな見てる……恥ずかしぃ……。

 

「そ、それは、絶対にやらないとダメ、ですか?」

「絶対、と言うわけではありませんが、できることならやっておいた方がいいと思っています。何せ、新しい女王が即位するわけですから」

「そ、そうですよね……」

 

 お、お披露目かぁ……。

 お披露目って、あれだよね?

 豪華なドレスか何かを着て、大勢の前で姿を見せて、演説のようなことをするっていう……。

 本当かどうかはわからないけど。

 

「えっと、一応聞くんですけど、それはどこで……?」

「もちろん、王城のバルコニーです。そして、民たちは王城前の広場に集まることになります」

「ち、ちなみに、人数は……?」

「全魔族が集まると予想されますので……少なくとも、一億人はいると思ってください」

「い、一億っ……!?」

 

 多いよ!

 

 え、じゃあなに? ボクが女王として即位する国は、一億人もいるわけで、その人たちの上にボクが君臨するってこと?

 

 う、うわぁ……胃が痛くなってきた……。

 

 だって、一億って言ったら、日本の総人口に近いんだよ……?

 日本で言えば、総理大臣に近くない? ボクって……。

 ほとんど仕事はしなくてもいいらしいから、天皇のような物かもしれないけど……。

 

 だ、だとしても多すぎだよぉ……。

 

「こ、この国って、そんなにいたんですか?」

「はい。魔族は種族がそこそこ多いですからね。色々な種族を総評して、魔族というわけです。ちなみにですが、亜人族は、人間と魔族の間、とも言われていますね」

「へぇ~」

 

 って、つい感心しちゃったけど、今はそうじゃなくて!

 

「お、お披露目って、具体的に何を……?」

「そうですね。ドレスを着て、王冠を被ってもらい、バルコニーにて軽く演説をすることになると思います」

「ま、マジですか?」

「マジです」

 

 本当に予想通りのことだった……。

 

 え、ボク一億人の魔族の人たちの前で演説するの……?

 ボク、演説とかしたことないよ?

 

 それから、ボクは貴族でも何でもないから、そう言った教養とか、言葉遣いとかわからないんだけど……。

 

「え、えっと、その演説は一体何を言えばいいんですか?」

「そこまで堅いものでなくてもいいですよ。自由にお話しいただければ問題ないです。言葉遣いも、わざわざ変えなくても大丈夫ですよ」

 

 そ、それならよかった……。

 大勢の前で話すのは得意じゃないから、そうしてくれると、本当にありがたい。

 

「それから、ドレスってどんな感じの物なんですか?」

「イオ様は、派手な物と、大人しいもの、どちらが好みでしょうか?」

「大人しい方ですね。あまり、派手なのは好きじゃなくて……」

「わかりました。では、装飾が少なく、上品なドレスをご用意しましょう」

「ありがとうございます」

 

 よ、よかった……これでもし、派手派手なドレスを用意されていたら、かなり困ったよ……。

 

「イオ様が即位することは、ディガレフ陛下を通じて、各国に知らせる手はずとなっていますので、国内外問わず、イオ様が即位したことが知らされるでしょう」

 

 うわぁ、嫌なことを聞いちゃったよ……。

 

 明日になったら、魔族の国の女王として知られちゃうじゃん……。

 一応、勇者だからある程度認知されているけど、ここまできたら、かなりの有名人になっちゃうよね……?

 

 あぁ、こっちの世界に、ボクの平穏はないよ……。

 

「イオ様」

「なんですか?」

「この度は、本当に申し訳ございませんでした」

 

 唐突に、ジルミスさんが頭を下げて謝罪を言ってきた。

 

「え、ど、どうしたんですか? 急に……」

「我が国の事情に、イオ様を巻き込んでしまったことです」

「あ、そ、そう言うことですか。えーっと、まあ、この件は、ボクも関わっちゃってましたし……それに、ボクだって、戦争なんかをするより、手を取り合ってほしいですからね。そのためなら、できることはするつもりでしたから」

 

 もちろん、ボクの本心。

 戦争中、ずっとそう思ってたもん。

 戦争なんて、してもいいことはないし、残るのは悲しみだけ。

 勝っても何かが得られるわけではないから。

 

「イオ様は、本当に素晴らしい方です」

「そ、そうですか? 普通だと思いますけど……」

「ご謙遜を。イオ様にとっては普通でも、他の者からすれば、素晴らしいことをしているのですよ」

 

 む、むず痒い。

 こうも真っすぐ言われちゃうと、照れくさくなるよ。

 

「さて、私は明日に向けてやることがありますので、ここで失礼します」

「あ、はい。頑張ってください、ジルミスさん」

「ありがとうございます」

 

 軽く笑みを浮かべ、会釈をしながら、ジルミスさんがパーティー会場を出ていった。

 ジルミスさんって、本当にいい人だね。

 

 

 パーティー会場も無事終わり、ボクとメルは部屋に戻り、ベッドに横になっていた。

 

「ねーさま、あったかいのじゃ……」

 

 一緒に横になるなり、メルがボクに抱き着いてきた。

 ちょっとくすぐったい。

 

「それに、ふかふかで気持ちいいのじゃぁ……」

 

 そう言いながら、メルがボクの胸に顔をうずめてきた。

 

「んっ……メル、それはちょっとくすぐったいから、せめて抱き着くだけにして……?」

「でも、すごく安心するのじゃ」

「そ、そうなの?」

「うむ! ねーさまのおっぱいは、心が安らぐのじゃ。あったかくて、ふかふかで……それで……きもち、よく……て…………」

「メル?」

「すぅ……すぅ……」

「あ、寝ちゃった」

 

 気が付けば、メルはボクに抱き着いたまま眠ってしまった。

 寝顔は本当に安らかで、気持ちよさそう。

 とりあえず、起こさないように、布団をかぶる。

 さすがに、風邪を引いちゃうからね。

 

「ん……ボクも眠くなってきた……」

 

 メルがあまりにも気持ちよさそうに眠っているものだから、ボクもつられて眠くなってきて、うとうとしてきた。

 

「おやすみ、メル」

 

 もうすでに眠っているメルにそう言って、ボクも意識を手放した。




 どうも、九十九一です。
 長い……まさか、ここまで長くなるとは思わなかった……。
 正直、5話程度で終わるかなぁ、なんて思ってたら、全然続いてて、自分でも戸惑ってます。長すぎる……。あと何話で終わるかな、これ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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224件目 三度目の異世界8

 翌朝のこと。

 

 ふと、目を覚ますと……

 

「……うわぁ」

 

 ボクは、大きくなってました。

 

 はい、例のあれです。

 

 一度副作用が出たから、今後も出るんだろうなぁ、なんて思ってたら、もう出ましたよ。

 たしかこの姿は、二週間前くらいだったはず……。

 

 まあ、嬉しいと言えば嬉しいんだけど……この姿だと身長だけでなく、胸とかお尻とかも大きくなっちゃうから、服がきつくなっちゃうんだよね……。

 

 幸いなのは、寝るのに着ていた服がワンピースだったことかな。

 ……胸だけはきついけど。

 

「んむぅ……ねーさま……?」

 

 と、ここでメルが目を覚ました。

 

「なに?」

「ねーさまじゃぁ……ふかふかなのじゃぁ……くー……くー……」

 

 あ、また寝ちゃった。

 寝ぼけてただけなのかな?

 

 それにしても、また抱き着いてきたよ。

 もしかして、これが落ち着くのかな?

 

 うーん……正直、気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは可哀そうだけど、ここは心を鬼にして、起こさないと。

 

「メル、そろそろ起きて。朝だよ」

「うぅ……いやじゃぁ……ねーさまとねてるのじゃぁ……」

「起きないとだめだよ。ボク、帰っちゃうよ」

「それは嫌なのじゃ!」

「冗談だよ。少なくとも、今日は一緒にいるって約束したんだから。とりあえず、おはよう、メル」

「おはようなのじゃ、ねーさま……?」

 

 飛び起きたメルに挨拶をすると、普通に返してくれた……と思いきや、ボクの姿を見て固まった。

 

「ね……ねーさまがおっきくなってるのじゃ!」

「やっぱり、驚くよね」

「も、もしや、昨日のねーさまは仮の姿で、今儂の目の前にいるのが、本物のねーさまなのか!?」

「どちらかと言えば、あっちが本来の姿かな。あと、一応この姿のボクも本物だよ? 偽物じゃないからね?」

「で、でも、昨日よりも大きいぞ? おっぱいとか、お尻とか……」

「なんでそこをチョイスしたの?」

 

 もっとうこう、身長とかってあったよね?

 なんで、そこ?

 

「だって、ねーさまのおっぱいとお尻大きいんじゃもん……」

「元男のボクからしたら、あんまり嬉しくないような……」

「じゃが、女はみんな、大きいのは羨ましいと言っておるぞ?」

「そうらしいんだけど、大きくてもいいことないよ? 肩はこるし、運動はしにくいしで」

「大変なんじゃな」

「うん、大変だよ……」

 

 ……ボクは、なんで小さな女の子に、胸の悩みを言っているんだろうね。

 

「それにしても、どうしてねーさまは大きくなったのじゃ?」

「あー、えっとこれはなんて言うか……ボクが女の子になった理由に関わってくるんだけど」

「気になるぞ!」

「先代の魔王をボクが倒したのは聞いてるよね?」

「うむ! 悪い魔王だったと聞いておる」

 

 現魔王に悪い魔王と言われる、あの先代魔王って一体……。

 

「その魔王を倒した直後に、隙を突かれて、【反転の呪い】っていう呪いをかけられちゃってね。それが原因でボクは女の子になっちゃったんだ」

「そうじゃったのか……先代が悪いことをしたのじゃ……申し訳ないのじゃ……」

「メルが気に病む必要はないよ。悪いのは、先代魔王だから」

 

 本当に魔王なの? なんて思えるほど、メルが優しいよ……。

 やっぱり、癒し。

 

「じゃけど、なんでねーさまは大きくなるようになったのじゃ?」

「解呪に失敗しちゃったんだよ」

「なぜじゃ?」

「ボクの師匠が、かなりとんでもない人でね……適当にやったせいで、ボクはいろんな姿になるような体質になっちゃったんだよ」

「大変なんじゃな、ねーさま……」

 

 ……小さな女の子に、同情されるボクって……。

 なんだか、悲しくなってくるよ……。

 

「と言っても、不定期で変わるから、自分でもコントロールできないんだけどね」

「だから、ねーさまは昨日その姿じゃなかったのじゃな?」

「そう言うこと。本来はあの姿だからね? 今の姿はちょっとしたミスみたいなものだから」

 

 本来の姿は、どちらかと言えば、男の時の姿なんだけど、もう戻れないからね……悲しいことに。

 

 すべての元凶は、学園長先生と師匠の二人。

 あと、王様。

 

「でも、驚かせちゃってごめんね?」

「構わないのじゃ! 昨日のねーさまもいいけど、今の大人なねーさまも綺麗なのじゃ! あと、ふかふかで気持ちいのじゃ!」

「ふふっ、ありがとう」

 

 大人、かぁ。

 うん、大人っぽく見えてるってことだよね。

 嬉しいなぁ。

 子供って、素直にそう言うのを言ってくれるから、本当に嬉しいよ。

 綺麗かどうかはあれだけど。

 

「ねーさま、そろそろ朝ご飯なのじゃ」

「あ、そうだね。それじゃあ、着替えちゃおっか」

「うむ!」

 

 時間もちょうどよかったので、ボクとメルは着替えることにした。

 

 

 もし、姿が変わった時のために、全種類の服を『アイテムボックス』に入れておいてよかったよ。

 おかげで、着れる服がない! みたいな状況にならずに済んだし。

 

 最悪の場合は、『アイテムボックス』で生成したけど。

 

 ……『アイテムボックス』で生成、ってどういう意味なんだろうね、ほんと。

 

 まあそれはそれとして、着替えを済ませたボクたちは、食堂へ。

 食堂へ向かう道中、ジルミスさんとばったり会った。

 

「おはようなのじゃ、ジルミス!」

「おはようございます、ジルミスさん」

「おはようございます。ティリメル様、イオ、様……?」

 

 挨拶をしたボクとメルを見て、ジルミスさんも軽くお辞儀をして挨拶してきたんだけど、顔を上げた瞬間にボクを見て硬直。

 メルと同じ反応だ。

 

「イオ様、なのですよね?」

「そうですよ」

「心なしか、昨晩よりも成長されれているような気がするのですが……」

「えーっと、この姿はちょっとしたあれでして……実は――」

 

 ジルミスさんにも、ボクがこの姿になった経緯を説明。

 

「――と言うことなんです」

「なるほど、そうでしたか。先代の魔王が大変なご迷惑をおかけしました……」

「いえ、原因は魔王と言うより、ボクの師匠ですから、全然問題ないですよ」

 

 問題大ありだけど。

 

 ボクがころころ姿が変わるような体質なのは、正直かなり困る。

 色々と不便なところも出てくるからね……。

 

 小さい時は、単純に高いところに手が届かない。

 耳と尻尾が生えた時は、邪魔になるときも多い。

 今の姿の時は、身長こそ嬉しいけど、胸が重くて辛い。

 いいことがほとんどないんだよね……。

 

 でも、悪いのはジルミスさんじゃないし、謝られても逆に困るというか……。

 

「そう言っていただけると、ありがたいです。おっと、イオ様とティリメル様は、朝食を摂りに来たのでしたね。それでは、私はこれで失礼します。少々やることができましたの」

「はい。それでは」

「またなのじゃ、ジルミス!」

 

 最後に軽く会釈をして、ジルミスさんは歩き去っていった。

 大変そうだなぁ、ジルミスさん。

 ジルミスさんがいなくなった方を見ながら、そんなことを思った。

 

 

 朝食を済ませた後は、少しお城の中を歩く。

 

 メルと一緒にいる、って言っちゃったからね。

 だから、散歩がてらお城の中を歩いていると言うわけです。

 

 お城の中は、意外と普通。

 食堂や応接室、魔王の間に、書斎、会議室のような部屋、厨房、その他にも色々な部屋があった。

 だけど、どれもリーゲル王国のお城にある部屋とほとんど同じだった。

 

 やっぱり、魔族の人たちって、人間の暮らしと大差ないんだ。

 なおさら、戦争していた理由がわからないよ、本当に。

 

 二人で一緒に歩いてるからか、メルはずっと楽しそうに大はしゃぎだった。

 

 生まれて間もないのに、いきなりこんな場所に暮らしていたら、寂しくもなるんだろうなぁ……。

 もし、ボクがメルの立場だったら、きっと寂しがってたよ。

 

 周囲には結構歳の差がある人たちばかりなんだもん。

 さすがにちょっとね……。

 

「ねーさまと歩くのは楽しいのぅ」

「そう?」

「うむ! ねーさまと一緒にいるだけで、儂は楽しいし、幸せじゃ」

「あはは。出会ったのは昨日なのに、もう幸せなの?」

「もちろんじゃ! ねーさまは優しくて綺麗で、この国の女王にもなってくれたのじゃ。幸せに決まっておる! ねーさま大好きなのじゃ!」

「わわっ、もぉ、メル、いきなり抱きついちゃダメ、って昨日言ったばかりだよ?」

「だって、ねーさまといるのが嬉しくて……嫌なのか……?」

「それは……嫌じゃないけど……」

 

 むしろ、嫌なわけがない。

 

 ボクも、出会ったのは昨日と言えど、なんだかメルが可愛くて思えて。

 だって、こんなに懐かれてるんだよ? 誰だって、小さな女の子にこうして懐かれたら、ボクみたいになると思うんです。

 ましてや、ボクなんて、あんまりいいことがなかったんだから。

 

「なら、だきついてもいいじゃろ? 昨日のねーさまもいいけど、今のねーさまはもっと気持ちがいいのじゃ」

「そ、そっか。それなら、仕方ないね」

 

 気持ちがいいのならもう、このままにしておこう。

 なんか、引きはがすのも可哀そうだし……。

 

 ……あれ? ボクってこんなに子供に弱かったかな?

 ……いや、昔からこんな感じだった気がする。

 

 それともあれかな? 単純に、普段の疲れが酷すぎて、癒しになってくれているメルに対して、ちょっと過保護になってるだけ、みたいな?

 

 ……うん。一番あり得るね。

 

 そっか。ボクってそんなに疲れてたんだね。

 今までの人生を思い返して、ボクは遠い目をした。

 

 

 メルとお城の中を歩いていると、ボクはジルミスさんと一緒にある部屋に来ていた。

 

「えっと、採寸ですか?」

「はい。イオ様がその姿になってしまわれましたので、一度採寸をして、その体に合ったドレスを用意します。万が一なかった場合は、それに近いドレスを見繕い、改修しますので、ご安心ください」

「わ、わかりました」

「それでは、侍女たち、よろしく頼む」

『『『かしこまりました!』』』

 

 ジルミスさんがそう言いながら、部屋を出た瞬間、控えていたメイドさんたちが一斉にボクの所に集まりだし……

 

『イオ様、服を脱いでください』

 

 笑顔でそう言ってきた。

 

「え、ぜ、全部ですか?」

『全部です』

「わ、わかりました……」

 

 有無を言わさぬメイドさんの笑顔を見て、ボクは大人しく着ていた服を全部脱いだ。

 こ、これ、下着姿でもよかった気がするんだけど……ダメなの?

 

『それでは、メジャーを巻いて行きますね』

 

 この世界にもメジャーってあったんだ。

 なんて思っていると、ボクの胸にメジャーが巻かれ、

 

「んっ……」

 

 つい、声が漏れてしまっていた。

 だ、だって、くすぐったいんだもん……。

 女の子になってからというもの、つい声が出ちゃう場面が増えたんだよね……。

 

『お、大きい……』

 

 なんか今、メイドさんの驚愕したような声が聞こえてきたんだけど。

 や、やっぱり大きい、のかな?

 ……大きいよね。

 だって、ボクもこれくらいの人を見たことがないもん、身近に。

 

『次は腰……ほ、細い……』

 

 今度は、細いという呟きが聞こえてきた。

 ボク、昔から華奢って言われてたから、その辺りは少し細いのかなって思う。

 

『最後にお尻。……バランスがいい……』

 

 お尻にバランスも何もない気がするんだけど……どうなんだろう?

 

『はい、採寸は終わりましたよ。服を着てくださって大丈夫です』

「ありがとうございました」

 

 軽くお礼を言って、ボクは服を着る。

 それを見計らったかのように、ジルミスさんが部屋に入って来た。

 

「終わったか?」

『ばっちりです』

『これならば、ちょうどぴったりなサイズがございます』

「そうか、それはよかった。それでは、そちらについては任せる」

『『『かしこまりました』』』

 

 ジルミスさんの指示を受けたメイドさんたちは、再び部屋に待機した。

 

「えっと、これで終わりですか?」

「はい。一応、これでやることは終わりです。お披露目は午後三時から行います。着替えを含めますと、午後の二時にはこちらの来ていただけるとありがたいです」

「わかりました。それじゃあ、それくらいの時間にもう一度来ますね」

「はい。それでは、演説までの間は、ご自由にお過ごしください」

「はい」

 

 

 そして、再びメルお城の中を歩き、ついに演説の時間がやってきた。




 どうも、九十九一です。
 ね、眠い……。この話を書いている時の私は、いつ落ちてもおかしくないような状況でした。眠気との戦いはつらいよ……。
 そのせいで、短い上に、薄くなっちゃいました。申し訳ないです。
 一応、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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225件目 三度目の異世界9

 拝啓、元の世界にいるであろう、父さんと母さん。気が付けばボクは……

 

「こちらにいらっしゃるのが、この度、我が魔族の国クナルラルの女王に即位なされる、イオ・オトコメ様だ!」

『わあああああああああ!』

 

 魔族の国の女王様になっていました。

 

 ボクは今、お城のバルコニーにて、広場に集まった魔族の人たちに手を振っている。

 

 もう一つ言えば、今のボクの衣装は、普段着ているようなラフな服装じゃなくて、ドレス姿に王冠を頭に乗せている。

 

 以前、王城でのパーティーをした時に着ていたのは、Aラインと呼ばれるドレスだったけど、今回は、スレンダーラインと呼ばれるドレス。

 

 ちょっとボディラインがわかるような感じになっちゃってるし、少し胸元も開いちゃってるけど、大人しめで、装飾が少ないドレスで合うのは、これだけだったらしく、仕方なく着ている、という状況です。

 

 できれば、普通のラフな格好とかの方がよかったんだけどね……だって、ドレスって聞慣れなくて、緊張しちゃうんだもん。

 

 元々男なのに、こうしてドレスを着ている、って言うのは、本当に不思議な気分だし、複雑……。

 ……女装をさせられていた時もあったから、抵抗があんまりない時もあるけど。

 

 ちなみに、頭に乗せている王冠は、なんだか重みがあった。物理的にも、精神的にも。

 ちょっと辛い……。

 

 それにしても、本当にすごい人数……。

 

 ジルミスさんが人数は一億人、なんて言ってたけど、本当にそうなんだろうなぁ。

 だって、広場に入りきらなくて、よく見ると街の方まで続いてるんだもん。

 

 まさか、本当に国中から集まってくるなんて予想もしてなかったよ……。

 

 あと、この国って、クナルラルって名前だったんだ。

 え、じゃあ何? ボクが即位すると、名前にこれが入るってこと?

 

 う、うわぁ……恥ずかしい……。

 

「此度の戦争で、先代魔王や、その思想に毒された者たちによって、搾取されてきた。そして、戦場で我々は大事な同胞たちを数多く失うことになってしまった。しかし、人間族たちの勇者――イオ女王陛下が、我々の共存への道を叶えてくださった!」

 

 じょ、女王陛下って……は、恥ずかしぃ!

 

 なんて恥ずかしい呼ばれ方なんだ!

 

 今まで感じてきた恥ずかしさなんて、霞むくらいの恥ずかしさなんだけど!

 

 う、うぅ……まさかこうなるとは思わなかったよ……。

 

 あと、魔族の人たちの夢を叶えた、というより、たまたまそうなっただけな気が……。

 だって、魔族と言っても人にしか見えなかったし……。

 それに、そこまで殺気も感じなかったし……。

 

 そんな人を殺すのは、さすがに……。

 

「イオ女王陛下は、我々魔族と人間族の共存のため、この国の女王となることを決意してくださった!」

 

 決意も何も……半分くらいはそうなんだけど、もう半分くらいはメルのためだったりするんだけど……。

 申し訳なくて言えない……。

 

「そして、今日! イオ女王陛下が即位なされる! これにより、魔族と人間族の共存に一歩近づいた!」

『うおおおおおおおおおおお!』

 

 あぁ……すごい歓声だよぉ……。

 どうしよう……。誰一人として、人間であるボクが女王になることに何も感じてないよ……。

 

 もっとこう、あるでしょ?

 

『人間なんかに任せられるか!』

 

 みたいな。

 

 シリアス展開が満載の小説とかマンガだと、そう言うの多いよね?

 理想と現実は違う、って言うけど、ボクとしては、こっちが理想で、作品の世界の方が現実であって欲しかった……。

 そうすれば、ボクが女王になることはなかったんだろうなぁ、なんて思うよ。

 

 ……でも、共存を目指して頑張っているのを見て、聞いちゃったから、黙ってみているって言うのも本当に申し訳なかったんだよね……。

 

 思いっきり関わっちゃってたし……。

 

 まだ、十九歳なのに、なんでこんな人生になってるんだろうなぁ……。

 

「それでは、イオ女王陛下より、即位の演説を行ってもらう! よろしくお願いします、女王陛下」

「は、はい」

 

 ジルミスさんに呼ばれ、ボクは前に出た。

 

 うっ、お、多いよぉ……。

 

 さっきは少し離れた位置からだったけど、こうしてさらに近くで見ると、本当に人数が多い。

 

 ぼ、ボク、こんなに人がいる国の女王になるの?

 ……ど、どうしよう。

 き、緊張してきた……。

 

 お、落ち着け、ボク。

 今までにやってきたことを思いだすんだ……。

 少なくとも、演説まがいのことは、こっちに三年滞在してきたときに何度もしてきたはず……。

 今更やっても、そこまで緊張は感じないはず!

 

 ……うん、やっぱり無理!

 

 だ、だって、あの時とは状況が違うもん!

 

 あの時は、本当に無我夢中でやった後で、貴族でも何でもない、勇者として演説をしていたからまだよかったけど、今は違う。

 今は、立場的には王族と言う位置になっちゃうから、すごく緊張しちゃうんだよぉ……。

 

「……イオ様」

 

 小声で、ジルミスさんが話しかけてくる。

 

「大丈夫です。落ち着いて、思ったことを言ってください。言葉遣いも気にしないで大丈夫です」

 

 こ、こんな時でもフォローをしてくれるなんて……。

 そ、そうだよね。

 ジルミスさんがそう言うんだから、素直に自分の思ったことを言えばいいだけだよね!

 う、うん。

 やろう。

 

「み、みなさん、初めまして。この度、魔族の国クナルラルの女王に即位しました、イオ・オトコメです」

 

 ボクが話し始めた瞬間、ざわついていた広場はぴたりと音が止んだ。

 よ、余計緊張してきたんだけど!

 

 というか、よく見たらなぜか顔を赤くしたり、惚けたりしている人もいるんだけど。なんで? 何かあったの?

 ま、まあ、とりあえず専念専念……。

 

「みなさんがご存知の通り、ボクは、みなさんとは違って、魔族ではなく人間です。ですが、人間と魔族が共存できる世界にしたいと思い、この国の女王となりました。本当は、女王になるつもりはなかったのですが、ボクが女王になれば魔族が人間と共存しやすくなると聞き、こうしてみなさんの前に立っています。最近まで、ボクたちは戦争をしていました。ですが、今はもう戦争は終わり、平和が訪れています。この平和が二度と戦争によってなくならないよう、人間と魔族は共存していかないといけません。もちろん、きっと苦難は多く、上手くいかないな気もあると思います。ですが、この国はすでに、リーゲル王国と国交を開くことになっています。今はまだ、一つの国としか交流はできません。ですが、リーゲル王国と良好な関係を築いて行けば、きっと他の国々もこの国を見直し、歩み寄ってもらえるはずです。いえ、むしろ、ボクたちが歩み寄っていくべきだと思っています。困っていたら、手を差し伸べることが一番大事です。そこに、理由なんて必要ありません。助けたいと思ったから助ける、それだけでいいです。だから、みなさんも歩み寄ってほしいのです。みなさんが、戦争に巻き込まれないようにと、人間の人たちを匿い、保護していたように。きっと、人間の人たちもわかってくれるはずです」

 

 一度話を切って、広場の人たちを見る。

 一様に真剣な表情で、ボクの話に耳を傾けてくれているみたい。

 それを見て、少しほっとした後、ボクは話を続ける。

 

「……ボクは、国営もできませんし、そもそも、女王という器ではありません。元の世界では、ごく普通の一般人です。でも、ボクがこの国の女王になり、象徴となることで、みなさんが幸せな世界になると言うのなら……ボクは、ボクができることでみなさんを幸せにしたいと思います。何もできず、至らない点が多いとは思いますが、よろしくお願いします」

 

 最後にそう言いながら、ボクは頭を下げた。

 

 王族は基本頭を下げちゃいけないらしいけど、ボクの場合はちょっと特殊。そもそも、下げられない頭なんてない。

 これが一番、誠意を見せられる気がしたから、こうした。

 

 少しの静寂の後……

 

 パチパチ……

 

 と、手を叩く音が鳴りだし、気が付けばそれは、広場全体にまで広がり、歓声も上がった。

 

 と思ったら、

 

『イオ女王陛下万歳! イオ女王陛下万歳!』

 

 なんて、アニメとかでしか見たことがないようなコールが入って来た。

 

 って、やめてぇ!? それだけは、本当にやめてぇ!?

 すっごく恥ずかしいからぁ!

 

 というか、似たようなコール、以前どこかで受けた記憶があるんだけど!

 

 あと、なぜか泣き出してる人とかいない!?

 

 今の話のどこに、泣く要素があったの? ボク、割と当たり障りのないことしか言ってない気がするんだけど……。

 

 どうすればいいのか困り、なんとなくジルミスさんを見ると……

 

「うっ……くぅっ……」

 

 なぜか泣いていた。

 

 え、えぇ……じ、ジルミスさんも……?

 

 もしかして、魔族の人たちって、すっごく感受性が豊かだったりするの……?

 いいことなんだと思うんだけど……かなり困る。

 

 これ、ボクはどうすればいいの?

 

「民たちよっ! イオ女王陛下のお言葉を深く、己の心に刻み付けたか!?」

『うおおおおおおおおおおお!』

「イオ女王陛下は、元々はこの世界の住人ではない。今回はアクシデントによる来訪とのことだ。そして、イオ女王陛下にも帰るべき場所というものが存在している。明日、イオ女王陛下は元の世界にお帰りになられる」

 

 え、ジルミスさんがそれを言うの!?

 い、いや、ボクの口からは言いにくいからありがたいけど……。

 

「だが、忘れないでほしい! たとえ、イオ女王陛下が不在であっても、その慈愛に満ちた碧の瞳で見守っていると!」

 

 さ、さすがに無理ですよ!?

 ……あ、でも、異世界観測装置を創ってる人がいるし、意外とできちゃうかもしれないけど!

 

「それでは、クナルラル前国王として、イオ女王陛下が即位したことを、宣言する!」

『わあああああああああ!』

 

 って、ええええええええええ!?

 

 じ、ジルミスさんが前の王様だったのーーーーーーーーー!?

 

 鳴りやまない歓声を聞きながら、ボクの心の中は、その驚愕の事実にただただ驚くだけだった。

 

 

 無事、演説も終わり、ボクはとある一室でぐったりしていた。

 

「あぁぁ~~~……つ、疲れたよぉ……」

 

 すごく緊張した……。

 話に聞いてはいたけど、まさかあんなに大勢の人たちが来るとは思わなかったから、余計だよ……。

 

「お疲れ様でした、イオ様」

 

 ぐったりしていると、ジルミスさんが部屋に入って来た。

 ちなみに、ちゃんとノックしてから入ってますよ?

 まあ、ボクは気にしないんだけど。

 

「ジルミスさん、ボクの演説、大丈夫でしたか? 何か、ダメな点とか……」

 

 ちょうどいいと思って、ボクはジルミスさんにさっきの演説について、尋ねていた。

 

「バッチリでしたよ。着飾らないお話で、国民たちは感動しておりました。それはもう、感涙にむせぶほどです」

「そ、そこまでですか?」

「はい。イオ様の慈愛溢れる、素晴らしいお話でした。思わず、私も涙を流してしまいました」

 

 あれは、ちゃんとボクの本心ではあるけど……内容はちぐはぐで、そこまでいいものじゃなかったと思うんだけどなぁ……。

 そこまでいいものなの? あれ。

 よくわからない……。

 

「ねーさま!」

 

 と、ここでメルが飛び込むようにして部屋に入って来た。

 そして、入ってくるなり、

 

「うわわっ」

 

 また抱き着いてきた。

 なんかもう、受け止めるのも慣れたよ、ボク。

 注意をしようと、口を開いたら、

 

「ねーさま、すっごくかっこよかったのじゃ!」

 

 メルがキラキラとした目をしながら、褒めてきた。

 

「かっこよくて、綺麗で、すごかったのじゃ! 堂々している姿は、よかったぞ! やっぱり、ねーさますごいのじゃ!」

「そ、そうかな?」

「そうなのじゃ!」

「そっか、ありがとう、メル」

「んぅ~、ねーさまのなでなではやっぱり気持ちいのじゃぁ~」

 

 体を使って表現してくるメルがなんだか微笑ましくて、毒気が抜かれちゃったよ。

 注意する気になれなくなっちゃった……。

 

 だ、ダメなんだろうけど、次、次はちゃんと言おう。

 

 それにしても、頭をなでてる時のメルは、本当に可愛いなぁ……。

 どうしよう。ボクもちょっと離れづらくなって来た……。

 

「あ、そう言えば、ボクはこの後、何かすることってあるんですか?」

「特にはありませんよ。明日、ご帰還なされるとのことですし、何か仕事をさせるようなことはしません。それに、元々象徴でいいと言ったのは私の方です。だから、ごゆっくりしてくださっても構いません」

「そうですか。ありがとうございます。ジルミスさん」

「いえ。それでは、私はそろそろ仕事の方に戻らせていただきます。ごゆっくり」

 

 いつも通りの会釈をしてから、ジルミスさんは部屋を去っていった。

 うーん、あそこまで恭しい態度をされると、前の王様には見えない……。

 人は見かけによらないって言うけど、本当なんだね。

 

「さてと、ボクたちはどうしよっか」

「そうじゃなぁ……儂は、ねーさまと一緒にいられれば、どこでもよいぞ!」

「嬉しいことを言ってくれるね」

 

 ボクといられればどこでもいい、か。

 本当、なんでこんなに懐かれたんだろうなぁ。

 まだ、出会ったばかりなのに。

 まあ、問題があるわけじゃないし、別に構わないんだけどね。

 

「それじゃあ、また何かお話でもする?」

「それがいいのじゃ! ねーさま、早く早く、なのじゃ!」

「そんなに引っ張らなくても、ちゃんとついて行くから大丈夫だよ」

 

 待ちきれないとばかりに手を引っ張るメルに、苦笑いをしながら言うボク。

 うん、やっぱりいいね、こう言うの。

 あぁ……心が癒されるよぉ……。

 なんてことを思いながら、ボクはメルと色々なお話をした。




 どうも、九十九一です。
 昨日は二話投稿をしようと思っていたんですが、急遽出かける用事が入ってできませんでした。申し訳ないです。
 さて、この異世界の話は……うーん、多分、次か、その次辺りに終わると思います。終わればいいな。
 一応、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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226件目 三度目の異世界10

 翌日。

 

 朝目を覚ますと、いつも通りの姿に戻っていた。

 嬉しいような、嬉しくないような、本当に複雑な気持ちになるよ、あの姿は。

 

「さて、と」

 

 ボクは起き上がると、元の世界の服に着替える。

 異世界産の服を着ててもいいけど、さすがに元の世界じゃ目立っちゃうしね。

 それにやっぱり、普段着ている服の方が落ち着く。

 

 メルはまだぐっすり眠っている。

 正直、このまま起こさないで行くべきか、それとも起こして行くべきか迷う……。

 

 うーん……ボクは一応、この国の女王になっちゃったわけだし、定期的に来ないとまずいよね……。

 そう考えたら、その時に会えるわけだし……。

 

 ……どうしよう。

 

「ふぁぁ~~……んにゅ……ねーしゃま……?」

 

 どうしようか迷っていたら、メルが起きた。

 あぁ、起きちゃったか……。

 まあ、仕方ない、よね。

 

「ねーしゃまは、今日帰るんじゃったよな……?」

「……うん」

「……儂も、ねーしゃまと一緒に行きたいのじゃ……」

 

 ま、またそのお願い……。

 

 向こうの世界は、こっちとは違った危険があるからなぁ……。

 それに、言語についてもあるし……。

 

 あと、メルのような見た目だと、学校に行っていない、というのは変な話だよね……。

 ……いや、やっぱり連れていくわけにはいかない……。

 

「メル、ごめんね……。メルを連れていくことはできないんだ……」

「なんでなのじゃ……?」

「……一応、メルはこの国じゃ魔王様なんでしょ? 女王と魔王が二人ともいなくなる、っていうのは問題だと思うの。それに、向こうでは大変なことしかないんだよ? 危険なことだって……。そんな世界に、可愛いメルを連れていくことはできないよ……」

「うぅっ……」

「な、泣かないで!? 必ずこっちの世界に来るから、ね?」

「……ほんと?」

「もちろん。ボクだって、メルと離れるのはちょっと辛いけど……何度だって来るから」

 

 それに、こっちでの一週間くらいだったら、向こうでは一日だけ。

 土日を使えば、二週間はいられるはずだし……。

 

「……わかったのじゃ。絶対、また来るのじゃぞ?」

「うん。メルに寂しい思いをさせちゃうかもしれないけど、安心して。絶対に、また会いに来るから」

「約束じゃぞ……?」

「うん」

 

 微笑みながら頷くと、メルは少しだけ笑ってくれた。

 でも、涙を流していることは変わらない。

 ……うぅ、心が痛いぃ……。

 メル、すっごくいい娘なんだもん……離れたくないよ……。

 

「それじゃあ、そろそろボクは行かないと」

「……わかったのじゃ」

「またね、メル」

「また、なのじゃ」

 

 メルは泣きながら、ボクは目の端に涙を浮かべながら、笑いあった。

 

 

「お待たせしました、ジルミスさん」

「待つのは苦ではないので、大丈夫ですよ。それで、ティリメル様は?」

「お別れを済ませてきましたよ。といっても、また来るつもりですから、大丈夫です」

「……そうですか。ティリメル様は、イオ様を本当の姉ようだと言っておりましたので、さぞかし辛いことでしょうが……致し方ありません」

「ですね……」

 

 ボクだって、離れたくなかったし……。

 できることなら、一緒にいたかったんだけどね……。

 

「それでは、出発しましょう」

「はい」

 

 

 馬車が走り出すこと、約二時間。

 リーゲル王国に到着した。

 なんだか、久しぶりに来た感覚だよ……。

 二日前に出たばかりなんだけど。

 

「それでは、イオ様、お気を付けて」

「はい。ありがとうございました、ジルミスさん。ジルミスさんも、根を詰めすぎて、体を壊さないよう、気を付けてくださいね?」

「ははは。イオ様にそう言っていただけるだけで、疲れが吹き飛ぶというものです。それでは」

「さようなら、ジルミスさん」

 

 こくりと最後に頷くと、ジルミスさんたちは去っていた。

 見えなくなるまでそれを見送った後、ボクは王都に入り、王城を目指した。

 

 

『た、大変です!』

『どうした?』

『ティリメル様がいません!』

『な、なんだってぇえええええええええええ!?』

 

 一方、クナルラルでは、メルが忽然と姿を消して、城の中が騒然となった。

 

 

「おお、待っておったぞ、イオ殿。いや、イオ女王陛下、のほうがいいのかな?」

「や、やめてくださいよぉ。今はボク個人として来てるわけですし……。それに、いきなりそう呼ばれるのはちょっと……」

 

 王城に入って、王様に会って早々、意地の悪い笑みを浮かべながら、女王陛下と呼ばれた。

 さすがにそれは嫌なので、王様にやめるよう抗議した。

 

「ははは、すまない。つい、な。して、どうだった、魔族の国は」

「いい人たちばかりで、自然豊かな綺麗な国でしたよ。あと、果物がすごく美味しかったです」

「なんと。これは、是が非でも交流を積極的にせねばな」

「その方がいいと思いますよ」

「ああ、それから、新しい魔王が出ている、と訊いたのだが……どんな方だった?」

 

 恐る恐ると言った様子で、魔王について王様が尋ねてきた。

 

「可愛かったです」

「か、可愛い?」

「はい! それはもう、素直で可愛くて、ちょこちょこついてくるんですよ! しかも、ボクを『ねーさま』と呼んでくれて……。ボクのするお話を楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれるんです! 他にもですね、寝ている時とかくっついてくるんですよ? それが可愛くて……。あと、口調が年寄りみたいなんですけど、見た目とのギャップがいいんです! あ、もちろん、見た目も可愛いんですよ? 紫紺の髪とか、ルビーみたいな綺麗な瞳とか、ちっちゃい桜色の唇とか! それから――」

「わ、わかった! イオ殿がものすごく気に入っていると言うことはよくわかったから、その辺りで止めてくれ!」

「はっ! す、すみません、つい……」

 

 た、たしかにちょっと暴走気味だったかも……。

 あれかな、お別れしたばかりだから、ちょっと気分的に沈んでるのかな……?

 

「それにしても、普段のイオ殿からは考えられないほどの饒舌っぷりに、溺愛ぶりだなぁ」

「お、お恥ずかしい……」

「いやいや、恥ずかしがることはない」

「そ、そう言っていただけると、ありがたいです……」

 

 あぁ……あんな暴走した姿を見せちゃうなんて……あ、穴があったら入りたい……。

 

「さて、そろそろ帰還の方を済ませようか」

「あ、はい」

「準備はもうすでに万端だ。あとは、イオ殿が来てくれさえすれば、問題はない」

「わかりました。それじゃあ、行きましょう」

 

 話はそこそこに、ボクたちは召喚の間に向かった。

 

 

「イオ殿、何かやり残したことはあるか?」

「……いえ、大丈夫ですよ。始めてください」

「わかった。さあ、頼むぞ、お前たち!」

 

 召喚の間にいる、魔法使いの人たちが小さく頷くと、詠唱を開始した。

 詠唱が進むごとに、光はどんどん大きく膨れ上がり、召喚が完了する、と言った瞬間、

 

「ねーさま!」

「め、メル!?」

 

 突然、メルがボクに飛びついてきた。

 

「あ、ちょっ!」

 

 そんな、王様の焦った声が聞こえ来たけど、次の瞬間、ボクの視界が真っ白になり、意識が途絶えた。

 

 

 次に目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。

 

 窓の外を見れば、今はお昼くらいだと言うことがわかる。

 日付は、三月の十一日。

 時間は、十五時くらい、かな? 大体、十二時間経過した時間くらい、かな?

 

 うん。やっぱり、一週間が一日なのは間違いなさそう。

 

 さて……そろそろ現実を見ないと。

 

「……こっちに来ちゃったよ……」

「すぅ……すぅ……」

 

 ベッドで横になっているボクの上に乗っかかり、眠っている可愛いメルがいた。

 あー、どうしよう……これ絶対、クナルラルでは大騒ぎになってるよね……?

 この状況を、ボクはどうすればいいんだろう。

 とりあえず、メルを起こさないと……

 

「メル、起きて、メル」

『んぅ~~……ふぁあぁ……ねーさま……?』

「そうだよ、メル」

『? ねーさまの言葉がわからないのじゃ……』

 

 あ、しまった。つい日本語でしゃべっちゃってた。

 異世界の言葉にしないと。

 

『ごめんね、ボクの世界の言葉で話しちゃった』

『おお、今度はわかるぞ!』

 

 ボクの言葉がわかると知って、メルが安堵した表情をした。

 

『それで、えっと……どうして、王城にいたの?』

『……だって、ねーさまと離れたくなかったんじゃ……』

『でも、ボクは連れていけないって言ったし、メルも約束したよね?』

『……それでも、儂はねーさまと一緒がよかったのじゃ。ねーさまがいないと嫌なのじゃ……。寂しいのじゃ!』

『……』

 

 こ、ここまで言われちゃうとは思わなかった……。

 

 寂しい、か。

 

 ……たしかに、向こうではメルよりも年上の人しかいないし、なんだったら同年代の友達なんてできなさそうなんだよね……だって、年齢的には赤ちゃんだもん、メルって。

 

 あとは、あれだね。魔王って言う肩書がある以上、心を許せる人がいないのかも……。

 

『でもメル、どうやってボクの所に来たの? メルの気配は感じなかったんだけど……』

『『偽装』というスキルのおかげじゃ! これを使えば、気配を偽ることができるのじゃ』

『そ、そんなスキルが……』

 

 気配を偽るスキルなんて、明らかに暗殺者にとっては天敵ともいえるスキルな気が……。

 だって、ボクでさえ、気付かなかったわけだし……。

 師匠辺りなら気付きそうだけど。

 

『じゃから、それを使ってねーさまが乗っていた場所にこっそり忍び込んだのじゃ。そして、あとをついて行って、消える寸前にねーさまに抱き着いて、一緒に来たんじゃ』

『そ、そっか……』

 

 随分、アグレッシブな魔王様だなぁ……。

 

 まさか、ボクと一緒にいたいがためだ気にそんなことをするとは思わなかった……。

 うぅ、ここで怒っても仕方がないし……というか、理由が理由だから、ちょっと怒るのも気が引ける……。

 

 それに、もう一度向こうに行くには、学園長先生の手を借りないといけないんだよね……。

 

 仕方ない、かな。

 

『メルは、これからどうしたいの?』

『儂は、ねーさまと一緒がいいのじゃ……』

『……本当に?』

『本当じゃ!』

『そっか……』

 

 こんなに純粋に見つめられると、無下にもできないよね……。

 まあ、ボクにメルを追い出すとか、送り返す、なんて選択肢は全くないわけだけど……。

 

『わかったよ。じゃあ、一緒にここで暮らそうか』

『ほんとか!?』

『ほんとだよ。メルがそこまで言うのなら、仕方がないしね……』

 

 それに、まだまだ子供だもん。

 せめて、その間だけでも、色々とさせてあげた方がいい気がするし。

 

『ただし、何度かまた向こうに行くからね?』

『うむ! わかったのじゃ!』

『なら、いいよ。それじゃあ、今日から一緒だね』

『わーいなのじゃ!』

『うわわ、だ、だからいつも抱き着かないでって言って――』

「い、依桜……?」

 

 母さん、入室。

 部屋に入って来た母さんは、メルに抱きつかれているボクを見て、硬直していた。

 

「あ、え、えっと、た、ただいまー……」

 

 ボクは、そう言うしかなかった。

 あー……これは、かなり大変なことになりそう~……。




 どうも、九十九一です。
 ロリ魔王様がスタメン入りです。気が付けば、依桜が過保護なお姉ちゃん、みたいなキャラになりました。まあ、いいかなと。依桜だって、暴走したくもなりますしね!
 あと、一応この回で、異世界の話は終了ですね。まあ、今後もちょくちょくやる予定ではいます。
 明日もいつも通りのだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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227件目 メルの今後

「それで、どこに行っていたのかしら? それから、今依桜にべったりな可愛い女の子は?」

「あー、えっと……その、四日間異世界に行っていて、それで、この娘は……魔王です」

「魔王? って言うと、世界の半分をやろう、的なあれかしら?」

「あながち間違いじゃないけど」

 

 そんな、某有名RPGゲームに出てくるような魔王じゃないんだけど。

 

「まあ、それはいいとして。随分懐かれてるのね」

「なぜかね」

『ねーさま。何を話しておるのじゃ? あと、あそこの人間は?』

『えっと、ボクがどこに行っていたのか、って言うことと、メルが誰なのか、って言うことを話してるんだよ。あと、この人はボクの母さんだよ』

「おー、まったく知らない言語で話をしている依桜を見ると、すごく不思議な気分になるわ~」

「あ、ごめんね」

「本当に、自由自在なのね、言葉は」

「まあね」

 

 まあ、スキルが原因なんだけど……。

 

 師匠が何の問題もなく話せているのも、それが理由だしね。

 

 ある意味、日常生活における中で、一番便利なスキルだと思います。

 これがあれば、仮に外国人の人に話しかけられて、道を尋ねられても答えられるからね! あとは、手助けしやすくなるし。

 

 そう言えばこれ、方言には効果あるのかな? 見たことないけど。

 

「それで、母さん。この娘……メルをこの家に住まわせてあげてほしいんだけど……いいかな?」

「もちろん、OKよ! 可愛いしね~。でも、言葉がわからないのはちょっと困ったわねぇ」

「あ、それについては、ボクの方でどうにかしてみるよ」

「あら、言葉を教えるの?」

「ちょっと違うけど……そんなところかな?」

「わかったわ。それじゃあ、任せるわね」

「うん」

 

 スキルを習得してもらうだけだけどね。

 

『ねーさま?』

『あ、ごめんね。えっと、この家に住んでもいいって許可が出たよ』

『ほんとか!?』

『うん。それじゃあ、次は言葉をどうにかしないとね。さすがに、そのままだと日常生活に支障が出ちゃうから』

『わかったのじゃ!』

『じゃあ、ボクの部屋に行こっか』

『うむ!』

 

 メルに『言語理解』のスキルを覚えてもらうために、ボクたちは一旦部屋に戻った。

 

 

 部屋に戻り、まず最初にボクがしたのは、小学生の頃の教科書などを探すこと。

 幸い、ボクは捨てないで部屋にある物置にしまっておいたので、意外とすんなり見つかった。

 よかったよかった。

 

『はいこれ』

『これはなんじゃ?』

『これは、この世界の、ボクが住んでいる国の言語について学べる本だよ』

『なんと! これが本?』

『そうだよ。とりあえず、中を読んでみて』

『わかったのじゃ!』

 

 パラっと、メルが教科書を読み始める。

 最初は、嬉々として読み始めていたけど、次第に難しい表情になっていった。

 

『むー、よくわからないのじゃ……。ねーさま、これは、なんて発音するのじゃ?』

『これは、「あ」って発音するんだよ』

「あ……?」

『そうそう。それで、どうかな? 何かスキルを習得できた?』

 

 少なくとも、ボクの予想では、一文字だけでも理解さえできれば、『言語理解』のスキルが獲得できるはず……。

 

『スキル……? この、『言語理解』っていうスキルのことかの?』

『そうそう!』

 

 本当に習得できちゃったよ。

 

『これはどんなスキルなのじゃ?』

『これはね、どんな言葉も理解できる、っていうスキルだよ。向こうの世界じゃ、言語が二つしかないから、ほとんど意味がないかもしれないけど、こっちの世界では言語が多いからね』

『なるほど。じゃあ、ねーさまたちがさっき話していた言葉が理解できるのか!?』

『うん。試してみる?』

『うむ!』

「えーっと、じゃあ、メル。ちゃんと、言葉が理解できてるかな?」

「お、おー! わかるし、話せるのじゃ!」

 

 どうやら、ちゃんと日本語が理解できているみたいだね。

 よかったよかった。

 

 それにしても、一文字だけでも理解できれば習得できる、なんていうスキルだけど、ちょっと不思議だよね……。

 

 向こうだって、片方の言語は知っていても片方は知らない、って言う人は大勢いるはずなのに、なぜか『言語理解』を習得している人がいないんだよね……。

 

 でも、ボクや師匠、メルはちゃんと習得できているし……もしかすると、他にも何か条件があるのかな?

 

 うーん……あ、もしかして、異世界人かどうか、って言うことが関わってくるのかな?

 

 あっちの世界でのボクは異世界人だし、こっちの世界での師匠とメルは異世界人になる。

 

 だから、一文字だけでも理解できれば、習得できている、ってことかな?

 うん。それが一番可能性が高そう。

 まあ、確認する術はないんだけど。

 

「ねーさま! 儂、ちゃんとねーさまのおかーさまと話してみたいのじゃ!」

「そうだね。それじゃあ、もう一度、下に行こうか」

「うむ!」

 

 

「と言うわけで、喋れるようになったよ」

「よろしくなのじゃ!」

「( ゚д゚)」

 

 うん。まあ、そんな顔になるよね。

 だって、覚えさせてくる、と言って、まだ一時間も経ってないもん。

 それどころか、三十分も経ってないんじゃないかな、これ。

 そんな短時間で、いきなり日本語ペラペラな状態で来たら、ポカーンってするよね。

 

 ボクも、反対の立場だったら同じ顔になりそうだもん。

 

「とりあえず、メル、自己紹介して」

「うむ! 儂は、ティリメル=ロア=ユルケルじゃ! 一応、魔王じゃ! よろしくなのじゃ、おかーさま!」

 

 魔王本人なのに、一応ってどうなの?

 

「お、おかーさま?」

「だって、ねーさまのおかーさまなのじゃろ? ならば、おかーさまじゃないのか?」

「――ッ! さ、最高よぉ!」

「うにゃ!?」

 

 突然、母さんがメルを思いっきり抱きしめだした。

 

「あぁ、こんなに可愛い女の子におかーさまと呼ばれるなんてぇ! あぁ、可愛いわぁ! 本当に可愛いわぁ!」

「く、苦しいのじゃ……」

「か、母さん! メルが苦しがってるよ!」

「あらごめんなさい。可愛くてつい……」

 

 母さんがメル離すと、メルはボクの所に来て、ぴったりくっついてきた。

 

「ね、ねーさま、かーさまは儂のことが嫌いなのかの……?」

「いや、あれは嫌いというより、むしろ逆だと思うよ」

「ほ、ほんとか?」

「うん。少なくとも嫌うようなことはないはずだよ。ね、母さん?」

「もちろんよ! 可愛い女の子を嫌うわけないじゃない!」

「ね?」

「う、うむ……」

 

 あー、ちょっと警戒しちゃってるよ……。

 まあ、いきなりあんなことをされたら、誰だって警戒するよね……。

 ボクだって、小さくなった時はああやって抱きしめられるし……。

 あれ、本当に苦しいんだよね。

 

「それで? メルちゃん、でいいのかしら?」

「うむ、問題ないぞ!」

「じゃあ、メルちゃん。歳はいくつ?」

「0歳じゃ!」

「そっかそっか。……って、え? 0歳?」

「0歳じゃ」

「依桜、マジ?」

「マジです。生まればかりの女の子です」

「え、でも、どう見ても小学四年生くらいよ? 依桜がロリっ娘になった時くらいの大きさよ? あと、知能だって……」

「異世界って、不思議に満ちてるんだよ、母さん」

「な、なるほど……。まあ、いいわ。依桜みたいな、不思議体質もいるわけだし……」

「まあ、あながち間違いじゃないけど……」

 

 原因、先代魔王と、師匠だし……。

 異世界が原因と言えば異世界が原因。

 

「でも、そしたらメルちゃんの学校はどうすればいいのかしら? さすがに、この見た目で学校に通っていないのは変よね?」

「そうだね。思考能力を考えると、ボクたち同じくらいでもいいと思うけど……さすがに……」

「そうよねぇ……うーん……」

 

 困ったなぁ。

 ちょっと勉強すれば高校生くらいにはなれると思うけど……それだと、年上ばかり、って言うことになりかねないし……いや、それを言ったら小学校に言っても同じようなことだけど。

 

「ねーさまねーさま。学校、とはなんじゃ?」

 

 くいくい、と袖を引っ張りながら、学校についてメルが尋ねてきた。

 

「あ、えっと……同じくらいの年齢の子供たちが、同じ場所で勉強をする場所かな?」

「楽しそうじゃ!」

「多分、メルと気の合う子もいると思うよ」

「ほんとか!?」

「うん」

 

 メルって、みんなから愛されるような感じがあるし、別に問題はない気がする。

 そうなると、やっぱり小学校かなぁ……。

 

「行ってみたいのじゃ」

「そうだね……。うん、わかった。ちょっと、相談してみよっか」

「相談? 誰にじゃ?」

「異世界を研究してる人」

 

 

 と言うわけで、学園長先生の所に、ボクとメルの二人でやってきた。

 

「なるほどねぇ……。異世界の娘。それも、魔王と来たかぁ……。まあ、依桜君なら不思議じゃないか」

「どういう意味ですか?」

「そう言う意味よ。それで、えっと、メルちゃんかしら?」

「うむ!」

「とりあえず、戸籍の方はこちらで何とかしましょう。あとは、学校だけど……まあ、この際だから、依桜君に言っても問題はないわね」

 

 なんだろう?

 何かあるのかな?

 

「実を言うと、この学園、高等部だけじゃなくて、中等部初等部を新設しようとしてるのよ」

「え、そうなんですか!?」

「ええ。ほら、一応この学園って、偏差値が高めでしょ? なら、少しでも入りやすいように、小学校から作っちゃおうかなー、って思っててね」

「な、なるほど……それで、どうして突然?」

「別に、突然じゃないのよ。一応、この新設計画、結構前からしてて、今も進んでてね。というか、完成間近よ」

「ええ!?」

 

 何その、急展開すぎる情報!

 タイミング良すぎない!?

 

「ほら、最近学園内の工事を色々なところでやってるでしょ? 敷地外もそうだし」

「言われてみれば……」

 

 思い当たる節がある。

 

 体育館とかプールとか、講堂とか、あと何もない敷地を工事していたり、学園周辺の至る所を工事していた気が……。

 

 え、あれ、そう言うことだったの!?

 

「で、でもなんで今更?」

「さっき言ったことと、あとは単純に……私が、ロリやショタを見たかったから」

「……」

 

 未だかつて、そんなしょうもない理由で、大掛かりなことをした人がいただろうか。ボクは、この人以外に、知りません。

 ……もうやだっ、この人っ……!

 

「だって、小さい子供って可愛いじゃない? やっぱり、間近で見たいし―?」

「見たいしじゃないです!」

「冗談よ冗談。一割くらい」

「残った九割本気じゃないですか!?」

「細かいことは気にしない」

「細かくないです!」

 

 この人、本当になんで学園の運営とかできちゃってるんだろう……?

 

「まあ、この際私の願望は置いておいて」

「あ、願望って認めてるんですね」

「一応、今月中には完成するのよね。一応、新年度から開校するする予定よ」

「早すぎません……?」

「いや、二年くらい前から進めてた計画だもの。むしろ遅いと思うけど?」

 

 二年も前からやってたんだ……。

 

「ねーさま、このおねーさんの言ってることがよくわからないのじゃが……」

「あー、ごめんね、メル。でも、わからなくてもいいことしか言ってないから、気にしなくていいよ」

「わかったのじゃ」

 

 うん。素直でいいね。

 

「まあ、そんなわけで、一応開校するわけよ」

「でも、生徒はどうするんですか? さすがに、いないんじゃ……?」

「一応、全国の小学校と中学校には、少し前から伝えていたのよね」

「ぜ、全国ですか?」

「ええ」

「でも、さすがに、そんな小さいうちじゃ、集めるのは難しいんじゃ?」

「そのための、学生寮」

「あれ? この学園に寮なんてありましたっけ……?」

 

 たしか、それらしきものは無かったはずだけど……。

 

「もう準備はできてるわ」

「つ、作ったんですか?」

「ええ」

「でも、学園内にそんな場所なかった気が……」

 

 たしかに、この学園はすごい広いけど、そんな場所あったかな……?

 

「学園の外よ」

「と言うことは、美天市内ですか?」

「そうそう。ある程度のアパートやら、マンションやらを買い取って、準備してたの」

「え、えぇーー……」

 

 なんかもう、驚く気になれない……。

 この人、いつの間にそんな大掛かりなことしてたの……?

 

 全然気づかなかったんだけど……。

 

 考えてみれば、学園内の工事は、色々なところを少しずつしていたんだよね……もしかして、それが原因……?

 

「そ、それで、受験したいって言う人はどれくらい……?」

「そうねぇ……一応、転入などもOKにしてるのよ。ちなみに、一学年七クラスで、一クラスにつき、四十人よ。まあ、この辺は今の高校生と変わらないけど」

「そ、そうなんですか」

「それで、受験人数だったわね。えーっと……まあ、ざっと一万人くらいいたわね」

「い、一万人も!?」

「ええ。だって、最終的に入れる人数、二千五百二十人ですもの」

 

 つい先日の、一億人に比べたら、そこまで多いように思えないけど、受験のためだけにそんなに集まるなんて……やっぱりおかしいよ、この学園。

 

「ちなみに、もう受験は終わってるわよ」

「い、いつの間に……」

「一応、全国から応募があったから、オンラインでの受験にはなったけどね。まあ、問題ないしよ」

「そ、そうですか」

「それで、話を戻すとして……メルちゃんは、初等部の四年生くらいに編入になるかしらね?」

「え、いきなり四年生ですか?」

「もちろん、入学までの間、補習のような形で勉強することにはなるけど……」

 

 まあ、当然と言えば当然だよね。いきなり四年生になって、授業について行けるわけないし。

 

「メル、どうする? あまり時間はないけど……」

「やるのじゃ! 学校とやらに行けるのなら、頑張るのじゃ!」

 

 行くかどうかを尋ねたら、即答してきた。

 やる気満々みたいだ。

 

「わかりました。それじゃあ、メルちゃんは……そうね、依桜君の海外の親戚、って言うことにしましょうか。一応、名前は変えておいた方がいいのかしら?」

「あー、そうですね……メルの本名は、結構長めですし、もしそれでいじめに出も発展したら嫌ですし……」

「あら、随分メルちゃんを心配するのね?」

「普通だと思いますよ? まあ、いじめをするような子が現れたら、ちょ~~~っと、お仕置きしちゃうかもしれないですけど」

「……あー、前言撤回。ただの過保護ね」

「か、過保護じゃないですよ」

 

 ……多分。

 

 で、でも、普通じゃない? 妹みたいな娘がいじめられていたら、普通お仕置きするよね? 例えば……嫌いな食べ物が食べられるようになるまで、延々と食べさせる、とか。

 

 もし、嫌いなものがなければ、お尻百叩きとか。

 

 それくらいすると思うんだけど……。

 

「まあ、依桜君が過保護なのはこの際置いておくととして……依桜君の言う通り、いじめに発展したら嫌よねぇ。ちなみに、メルちゃんの本名って、なんて言うのかしら?」

「ティリメル=ロア=ユルケルじゃ」

「あー、確かに長い。となると……やっぱり、男女ティリメル、ってことになるのかしら?」

「ちょっと語呂が悪いし、変ですけど、まあ、それならいいんじゃないでしょうか? どうかな、メル?」

「オトコメ、というと、ねーさまの家名?」

「そうだよ。こっちの世界では、ロア=ユルケルの代わりに、男女姓になるんだけど、どうかな?」

「それがいいのじゃ! ねーさまと同じ家名なら嬉しいのじゃ!」

 

 ボクと同じ家名と言うことで、喜びだすメル。

 そう思ってもらえたならよかったよ。

 

「それじゃあ、戸籍上はそういうことにしておくわね。あとは……勉強する期間だけど、メルちゃんの学力次第になるわね。まあ、一応入学させるって言った手前、仮に身につかなかったとしても、通っている間に勉強したり、依桜君の方で教えてあげれば問題はないでしょう」

「そうですね」

「じゃあ、この話は終わり、と」

 

 というわけで、無事、メルの学校に関することが決まった。




 どうも、九十九一です。
 なんか、どんどんおかしな設定を追加していくせいで、またとんでもないことになってる気がします。まあでも、学園が広い、という設定にしておいてよかった……。
 えーっと、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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228件目 事情説明

「それじゃあ、メル、帰ろうか」

「うむ!」

「あ、依桜君、ちょっと待って」

 

 メルと帰ろうとしたら、学園長先生に呼び止められた。

 

「えっと、何か?」

「ええ、ちょっと話したいことがあるの。メルちゃん、申し訳ないんだけど、別の部屋で待っていてくれないかしら?」

「ね、ねーさまと離れるのか……?」

「別に、お別れになるわけじゃなくて、ちょっとだけ二人でお話がしたいだけなの。お願い」

「じゃ、じゃが……」

「メル、ボクからもお願い。多分、大事なことだと思うし……」

「……わかったのじゃ。すぐに戻ってくるのじゃぞ……?」

「うん。なるべく早く行くから」

「うむ……」

 

 寂しそうな顔をしてメルが学園長室を出ていった。

 一応、隣の部屋に行ったみたいだ。

 

「それで、話しって何ですか?」

「依桜君、さっきのメルちゃんって、どうやってこっちの世界に来たの? やっぱり、ミオみたいに、突然?」

「あー、それがですね……」

 

 ボクは、メルがこっちの世界に来た経緯を話した。

 それはもちろん、突然向こうに行ってしまったことも含めて。

 

「というわけでして……」

「なるほど……」

「それで、今回の件、学園長先生は関わっているんですか?」

「いえ、まったく関わっていないわ。知っていることと言えば、突然誰かがこの世界から消えて、約十二時間後に再び同じ場所に現れた、ってことだけ。これ、依桜君よね?」

「はい」

 

 なんだかんだで、その辺りはちゃんと観測とかはしてたんだ。

 さすがと言うかなんというか。

 

「それで、依桜君は原因については?」

「えっと、向こうに知り合い……というか、ボクが以前召喚されたもう一つのきっかけになった人が言うには、召喚陣の暴走、らしいです」

「暴走……?」

「はい。向こうの世界には、異世界の人を呼び出す魔法と、それを使うための魔法陣があるんです。今回、誰も使用していないはずなのに、唐突に発動してしまい、ボクが向こうに、と言った理由だそうです」

「なるほどね……」

 

 ボクの説明を聞いて、学園長先生が目を閉じて何かを考えるそぶりを見せた。

 

「となると……今後も、そう言った出来事が起こらないとは限らないのよね?」

「そうですね。幸いなのは、暴走によるものだった場合、二日あればいつでも帰還できるって言う点ですね。それに、転移場所は王城です。……まあ、言語がわからなかった場合、かなりきついですけど……」

 

 ボクの仮説が正しかった場合は、みんな『言語理解』のスキルを習得できるはず。

 ただ、もし外れていた場合は、そうならない。

 そこが心配なんだよね……。

 

「たしか、『言語理解』だったかしら? それがないときついのよね?」

「はい。言葉が理解できないというのは、下手をしたら死に直結しかねないことですから」

「そうね。まあ、この辺りはどうしようもないのよね……。抗う術なんてないわけだし……」

「そうですねー。どこかの誰かさんも、同じようなことしてますもんねー?」

「あ、あはははは……い、依桜君目が怖い……」

 

 どこかの誰かさんは、面白そうって言う理由で異世界に送ったとんでもない人だもんね。

 ……普通に考えたら、許せないことだと思うんだけどね。

 

「ま、まあ、話を戻すとして。一応、こっちでも色々と動いてみるわ」

「お願いします」

 

 できれば、ボクと同じような状況にならないことを祈るよ。

 さすがに、ボクの時ほど最悪なことにはならないと思うけどね。

 魔族の人たちはどうにかできるし。

 いい人しかいないしね。

 あ、思いだした。

 

「学園長先生、お願いがあるんですけど、いいですか?」

「あら、依桜君からお願いごとがあるなんて珍しいわね。何かしら? なんでも言って?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。えっと、たまに異世界に行かないといけなくなっちゃったので、できたらでいいんですけど、本当の意味で自由に行き来できる装置を創ってほしいなー、なんて……」

「本当に珍しいお願いね。ちなみに、理由を聞いてもいいかしら? ああ、別に創るのは確定事項だから、言いたくなければ言わなくてもいいわよ」

「……いえ、一応理由は言いますよ。恥ずかしいと言えば恥ずかしいですけど、言えないようなことじゃないですから」

「ありがとう。それで、どうして?」

 

 ボクは一度深呼吸をして、心を落ち着かせ、

 

「じ、実はその……向こうのとある国で、女王様になりました」

「………………Really?」

「は、はい」

「それは、Sの人が、Mな人をいじめるようなあれじゃなくて?」

「なんですかそれ?」

「あ、いえ、ごめんなさい。じゃあつまり、依桜君は国のトップってことになったの?」

「トップ、ではないですけど、まあえっと……二番目くらいになりました」

「ま、マジかぁ……」

 

 そう言いながら、学園長先生は机に両肘をついて、頭を抱えた。

 驚きすぎて、どうすればいいのかわからない、みたいな感じになってるように見えるよ。というか、実際そうだよね? これ。

 

「異世界で勇者な暗殺者をしているのは知っていたけど、まさか、女王になるなんて思わなかったわ……というか、王なのにトップじゃないってどういうこと? もう一個上がいるの?」

「えっと、ボクの上は魔王です」

「あー、なるほど、魔王ね……って、ちょっと待って? そう言えば、メルちゃんって魔王って言ってなかった?」

「はい、純粋に魔王ですからね」

「つまり……その国のトップって、メルちゃん?」

「はい」

「で、その次が勇者の依桜君?」

「そ、そうですね」

 

 考えてみれば、魔王の次の役職にいる人が、勇者なんだよね……。

 魔王と勇者が同じ国で、ツートップをやってるって、傍から見たら、何の冗談? って思うよね、普通。

 

「それで、依桜君は、向こうに行きたい、なんて言ったのね」

「はい。それに、メルは無断でこっちに来ちゃってて……」

「え、大丈夫なの? それ。だって、魔王なのよね? 魔王と女王が不在って、結構まずくないの?」

「ボクはともかく、メルがいないのはちょっとまずいかもしれませんね。なので、一応自由に行き来できるようにさえなれば、問題ないかな、って」

「たしかにそうね……。向こうの世界がどういったことになっているのかは、私はわからないけど、他ならない依桜君の頼みだしね。絶対、完成させるわ」

「ありがとうございます!」

「まっかせて!」

 

 よかったぁ……。

 学園長先生と言えど、さすがに無理かなぁ、なんて思ってたけど、どうやらできるようでよかったよ……。

 これで、あとは完成を待つだけかな?

 

「それでは、ボクはこれで失礼します」

「ええ、こっちの話も終わったし、もういいわよ」

「はい。それじゃあ、さようなら」

「ええ、気を付けて帰ってね」

 

 話も終わり、ボクは学園長室を出ていった。

 

 

 学園長室を出た後、すぐにメルと合流し、家に帰る。

 

 道中、いつも以上に視線が来たのが気になった。

 やっぱり、メルが可愛いからかな?

 今だって、ボクと手とつなぎながら、にっこにこ笑顔で歩いてるからね。

 

 はぁ~、癒されるぅ……。

 

 メルの癒し力はすごいと思いました。

 

 

 その夜。

 

「おい、イオ、ちょっと聞きたいことがあるから、飯の後、あたしの部屋に来い」

「あ、わかりました」

 

 夜ご飯を作っていたら、師匠にご飯を食べた後、部屋に来いと言われた。

 なんだろう?

 

 

 夜ご飯を食べた後、師匠の命令通りに、師匠の部屋に来た。

 メルは、リビングで母さんや父さんと話してる。

 なんとか、打ち解けているようで何よりだよ。

 

「師匠、入りますよ」

「ああ、入れ」

「失礼します」

「来たな。まあ、座れ」

「はい」

 

 師匠に言われ、ボクは中央にある座布団に腰を下ろす。

 

「単刀直入に訊くぞ。お前、どこ行ってた? いや、予想は付いているんだが、一応な」

 

 あ、やっぱり、その話なんだ……。

 

「む、向こうの世界です」

「やっぱりか……。んで? 原因はあれか? あのクソ野郎か?」

「い、いえ、今回は召喚陣の暴走が原因らしいです」

「マジで?」

「マジです。詳しいことはわかりませんけど、召喚陣の場所には、慌てた様子の王様しかいませんでしたよ」

「そうか……。まあ、ならいいんだ。てことは、今回の件はあのクソ野郎たちは無関係、と。わかった。じゃあ次な。あのガキは何だ? あれ、見た目こそ可愛い少女、って感じだが、明らかに……魔族だよな? というか、魔王っぽくないか?」

「あー、えーっと、その……ま、魔王、です」

「……そうか、魔王か」

 

 あ、あれ? 師匠が驚かない。

 というか、よく魔族ってわかったね、師匠。

 どう見ても、魔族じゃなくて、人間にしか見えないのに……。

 もしかして、何かあるのかな?

 

「まあ、あいつが魔王なのは理解したが、確かお前、魔王は倒した、とか言ってたよな? まさかとは思うが、そいつじゃないだろうな?」

「いえ、全然違います」

「本当か?」

「本当です。少なくとも、あんなに素直ないい娘じゃなかったです」

「……そうか。んで? なんで、その魔王が一緒にこっちの世界に来てるんだ? もしかしてあれか? あたしとかみたいに、強制的にこっちに来たあれか?」

「それが、ですね……。ボクと離れたくない、って言う一心で、魔族の国を抜け出して、ボクに気付かれることなく同じ馬車に乗り、召喚陣で帰還! って言う時に、抱き着いてきて、そのまま一緒にって感じです……」

「なるほど? ……って、ちょっと待て。お前が気付かなかった?」

 

 と、師匠が珍しく驚いたような顔をしながら、そう尋ねてきた。

 

「は、はい。なんでも、『偽装』っていうスキルを使ったとかで……」

「……『偽装』か。なるほど。たしかにそれなら、依桜を欺くことができるな……いや、それどころか、成長すればあたしすら欺けるか?」

「え、師匠を!?」

「ああ。まあ、仮にわからなかったとしても、別に問題はない」

「し、師匠らしいです」

 

 わからなくても問題ない、って本当にどうなってるんだろう? この人。

 

「……それから、なんでお前が、魔王に懐かれてる? というか、何があった? それから魔族の国だと?」

「え、えーっと、非常に言いにくいんですけど、そのぉ……」

「なんだ、はっきりしろ」

「……ボク、魔族の国の女王になっちゃいました」

「……………………はぁああああああああっっ!?」

 

 さ、さすがの師匠でも、素っ頓狂な声を上げるほど驚くんだ、これ。

 だ、だよね……。

 

「ちょっと待て。たしか、魔族は人間と戦争していたんだよな? お前が魔族軍を壊滅させ、魔王を倒したから平和になったんだったよな、あの世界は」

「は、はい」

「なのに、魔族の国の女王とは、どういうことだ? むしろ、お前は恨みを買ってるんじゃないのか?」

「じ、実は、ですね――」

 

 ボクの三年目にしていた出来事と、魔族の人たちのことについて、すべて話した。

 その話を聞いていた師匠は、終始頭の痛そうな顔をしていた。

 

「はぁ~~~……なるほどな……。まさか、お前が魔族をほとんど殺さず、逃げるのを手伝っていたとは……。いや、それよりも驚きなのは、魔族が人間を匿い、保護していたことだ」

「ボクもびっくりでしたよ」

「だろうな……。あたしですら、驚きだ。……しかも、百年以上前って言えば、その間にあたしが邪神と戦った時期だよな。あの時点で、魔族たちに戦争をせず、共存を望むような奴らが出始めていた、ってことか……」

「そうみたいです」

「……ってことは、元凶は魔王とその思想に毒されていた奴らってわけで、他は共存派だったのか」

「はい」

「……で、その障害を取り除き、戦争していた魔族の奴らも助けたことで、魔族たちからも、勇者やら英雄やら呼ばれていた、ってわけか。それも、いい意味で」

「みたいです」

「はああぁぁぁぁ……」

 

 う、うわぁ、すっごく大きなため息……。

 や、やっぱりそう言う反応になるよね……。

 

「だが、まさか、たった数ヶ月の間に魔王が復活しているとは思わなかったな……」

「それは、ボクも思いました。まあでも、妹みたいで可愛いメルが魔王でよかったですよ」

「……なあ、イオ。お前、あの魔王のこと、どう思ってる?」

「え? そうですね……可愛い妹、ですね」

「他には?」

「他って言われても……。ボクのことを『ねーさま』って呼んで慕ってくれてるみたいなんですよね、メルって。しかも、ちょこちょこついてきますし、基本的にべったりですけど、そこが可愛いというか……。もちろん、あの見た目も可愛いですよね。髪の毛は綺麗だし、目は宝石みたいだし……。一応、学校に通うことになったんですけど、もしいじめるような子が現れたら、お仕置きしますね。絶対」

「あ~……そうか。まあ、なんだ。よかったな」

「?」

(マジか……。この世界の常識人枠だった、あのイオが……まさか、こんなに姉馬鹿だったなんてな……。世の中、わからないものだ。いや、まて。この場合、イオは、姉馬鹿になるのか? それとも、兄馬鹿? ……いやこの際どうでもいい。少なくとも、イオは魔王を溺愛してやがる。さっきちらっと見たときに、『魅了』とかのスキルがなかったってことは、素で溺愛してるな。しかも、向こうも純粋にイオを慕っているみたいだし。……勇者に懐く魔王とは一体……)

 

 あ、あれ? なんか、師匠が疲れたような顔をしているような……?

 どうしたんだろう?

 

「まあ、わかった。とりあえず、お前は魔王の面倒を見てやれ。あたしも、見た感じ素直なガキみたいだしな」

「師匠、ガキじゃなくて、メルって呼んでくださいね?」

「いや、別にいいだ――」

「メルです」

「だから――」

「メル、です」

「わーったわーった。メルな」

「はい」

 

 まったくもぅ、師匠はいつも子供をガキって呼ぶんだから……。

 未果たち以外ならまだしも、さすがに、メルは許容できないよ。

 

(……こいつ、すげえ過保護じゃん……)

 

 なんか一瞬、師匠が呆れたようなことを思った気がするけど……気のせいだよね!




 どうも、九十九一です。
 昨日は2話投稿できなくて、申し訳なかったです。昨日、書いている途中で原因不明の吐き気に襲われて、途中から書けなくなっちゃいまして……本当に申し訳ないです。
 一応、今日も2話投稿を予定していますが、体調次第ですかね。まあ、どの道いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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229件目 メル、学園へ

「おはよう」

「おはようなのじゃ!」

「おはよう、依桜、メルちゃん」

 

 リビングに行くと、いつも通り、母さんが朝ご飯をテーブルに並べていた。

 ちゃんと、メルの分もある。まあ、当然だよね。

 

「昨日の今日で、メルちゃんは授業があるんだったわよね?」

「うん。一応、一年生のフロアに、空き教室が一ヶ所あるみたいだから、そこでやるみたいだよ。その方が、休み時間とかにボクの所に来れるように、って言う配慮だって」

「まあ、依桜に一番懐いているみたいだものね」

「儂は、ねーさま大好きなのじゃ!」

「ふふっ、ありがとう、メル」

「ふあぁ~~、ねーさまのなでなではやっぱりいいのじゃぁ……」

 

 うん。和む。

 メルって頭を撫でてあげると、本当に気持ちよさそうにするんだよね。

 それが可愛い。

 

「メルちゃんもそうだけど、依桜って随分メルちゃんを構うのね」

「そ、そうかな?」

「ええ。普段の依桜からはなかなか考えられないくらい、メルちゃんに構ってるわね」

「う、うーん、あんまり気にしてないんだけど……」

「じゃあ、ほとんど無意識で構ってるってことね」

「そうなのかな?」

「ええ」

 

 そっか、全然意識してなかったけど……ボクって、メルに結構構ってるんだ。

 構ってるというより、甘やかしてる、が正しいのかな、これ。

 ……で、でも、我儘な子にならないよう気を付けないと……。

 

「さ、食べちゃって」

「「はーい(なのじゃ)」」

 

 

 朝ご飯を食べた後、ボクたちは荷物を持って学園へ登校。

 

 一応、昨日一緒に行ったとはいえ、慣れない街と言うこともあって、ボクはメルと手を繋いで登校している。

 ぷにぷにしてて柔らかい。

 子供の手、って感じがするよ。

 

 ちなみに、メルの荷物は、普通にカバンのみ。

 カバンの中には、筆記用具、ノート数冊、お弁当が入っている。

 

 休み時間はちょくちょくボクの所に来る、って言ってたからね。

 

 お昼も一緒です。

 

 一応、海外の親戚、ってことになってるけど、どちらかと言えば、海外、じゃなくて、界外だと思うよ、ボク。

 

 だって、魔王とその国の女王なわけだし……。

 

 あとは、学園長先生が装置を創ってくれれば問題はないかな。

 普通なら無理だと思うような物だけど、あの人だからなぁ……。

 本当に完成させそう。

 

「ねーさま、学校とは楽しいとこなのかの?」

「そうだね。勉強に運動はあるけど、同年代の子と仲良くなれれば楽しいと思うよ」

「そうかー。楽しみじゃなぁ」

「まあ、その前に色々と勉強しないといけないけどね。しかも、急ピッチで」

「頑張るのじゃ!」

「うん、頑張ってね、メル」

「うむ!」

 

 やる気十分だね。

 

 でも、ちょっと心配だなぁ……。

 

 国語とか英語なら全然心配いらないと思うけど……さすがに、算数とか、社会、理科とかは難しいかもなぁ、と思ってる。

 

 体育は……どうなんだろう?

 

 そういえば、メルのステータスってどうなってるんだろう?

 ちょっと気になるけど……見るのはやめておこう。

 ああいうのは、個人情報を盗み見るような物だから。

 

 ……まあ、ゲームの中では少しだけやっちゃったけど。

 

 でも、メルも一応生まれたてとはいえ、魔王だし、そこまで運動が不得手ってことはないと思う。

 一応訊いておこう。

 

「ねえ、メル」

「なんじゃ、ねーさま?」

「メルって、運動は得意?」

「うむ! 儂は、体を動かすのは好きじゃぞ」

「そっか。じゃあ、えーっと、あそこにある壁って壊せちゃったりする?」

 

 と、ボクはコンクリートの塀を指さしてそう尋ねる。

 

「うむ、できるぞ」

「そ、そっか。それが訊けただけで十分だよ。あ、絶対に壊しちゃダメだよ?」

「むやみに壊さないぞ、儂」

「そっか、えらいね」

「えへへー」

「それから、小学校に入るまでの間、ちょっと手加減を覚えようか」

「手加減?」

「うん。こっちの世界の人たちは、向こうの人たちよりも弱いんだよ。普通は壁は壊せないの。メルが壊せるってことは、少なくともこっちの人よりも全然強いんだ。もしかすると、怪我をさせちゃうかもしれない。だから、ちょっと手加減を覚えないとね」

「わかったのじゃ!」

「ありがとう」

 

 よかった、これでとりあえずは何とかなるかな?

 コンクリートに関しては、割と簡単に言ってたから、結構ステータスは高めと思っていいかも。

 

 ボクや師匠ほどじゃないかもしれないけど、生まれたてで、コンクリートが壊せるレベルってことを考えると、結構凄まじいような気がする。

 

 どういう感じで教えようかと言うことを考えながら、ボクたちは学園へ向かった。

 

 

 で、学園に到着したんだけど……。

 

『な、なんだあの娘、すっげえ可愛い』

『隣にいるの、女神様、だよな?』

『仲良く手を繋いで歩いてるところを見ると、妹、とか……?』

『それにしては似てなくね?』

『美少女と美幼女の組み合わせ……いいわぁ』

『可愛いに可愛いをかけると、最高ってことね!』

 

 やっぱり、注目を集めてしまっていた。

 さすがに、小学生くらいの女の子と一緒に登校してたら、当然注目を浴びるよね……。

 それに、メル可愛いし……。

 変な人に絡まれないよう、気を付けないと。

 

 

 一旦、学園長室に行って、メルを預けてきた後、教室に来た。

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 いつも通りの二人。

 ……あ、考えてみれば昨日って、ボク欠席してたよね、これ。

 

「依桜、昨日はどうしたの?」

「あー、えっと、ちょ、ちょっと色々あってね……」

「……ああ、その反応で大体察した。概ね、向こう関連だろう?」

「うん」

 

 さすが晶、察しが早くて助かるよ。

 未果も晶の言葉に、納得してる。

 事情を知っているから、わかってくれるもんね。

 よかったよかった。

 

「おーっす」

「はよー」

 

 と、いつものように、二人が登校してきた。

 

「お、依桜。昨日はどうしたんだ?」

「また、向こうかい?」

「うん。ちょっと色々あってね……」

 

 女委もさすがと言うべきか……一瞬でわかったよ。

 

「まあ、それはそれとして。依桜君、また噂になってるよ」

「今度は何……?」

「なんか、紫髪のツインテール美幼女と手を繋いで歩いてたとかなんとか」

「あ、あー……それね」

 

 もう噂になってたの? あれ。

 う、うーん……言っていいのかどうか……。

 でも、どのみちお昼とか休み時間には会うことになるんだよね……

 

「えーっと、実は――」

「ねーさま!」

 

 ボクがメルのことを言おうとした直後、メルが飛び込んできた。

 

「め、メル? どうしてここに?」

「うむ、がくえんちょーとやらが、時間になるまで、ねーさまと一緒にいてもいいっていたので、急いで来たのじゃ!」

「そっか」

 

 学園長先生が言ったのなら問題ないね。

 いや、問題ない、の?

 ……まあ、いっか。

 

「って、あれ、みんなどうしたの?」

 

 みんなに話をしようと思って、みんなの方へ向いたら、ポカーンとしていた。

 

「い、依桜、その娘は、誰?」

「あ、えっと、みんなに紹介するね。メル、お願い」

「うむ! 儂は、男女ティリメルじゃ! 儂のことは、メル、と呼んでくれ! よろしく頼む!」

『『『うえええええええええええええええええっっっ!?』』』

 

 朝から、絶叫に似た驚きの声がボクのクラスから聞こえてきた。

 

 

「マジで、誰!?」

「えっと、メルだけど」

「いや、そうじゃなくて! 依桜って一人っ子だったわよね!?」

「うん」

「なのに、なんでねーさま呼びされてるの?」

「えーっと、メルは海外の親戚でね。ちょっと色々あってボクの家に住んでるの。男女姓なのは、まあ、養子、だから?」

 

 ということになった。

 

 今回、メルの戸籍を作るにあたり、色々と設定を作ったのは知っての通り。

 その過程で。親がいないと言うのはどうなんだ、ということになり、父さんと母さんがメルの父親、母親となることで解決した。

 その結果、メルはこっちの世界では戸籍上、ボクの妹、ということになった。

 

「てことは、依桜の妹?」

「まあ、そうなるね」

「ねーさまと姉妹なのじゃー。嬉しいのじゃー」

「ボクも嬉しいよ、メル」

「わーいなのじゃ!」

「ふふっ」

 

 こんなに嬉しそうだと、こっちも嬉しくなるね。

 

「……あれ、依桜ってこんなキャラだったかしら?」

「……見た感じ、メルちゃんを溺愛しているように見えるんだが……」

「おー、依桜君がすっごいいい笑顔してる」

「あの姉妹いいな」

「ん、どうしたの? みんな」

「あ、い、いえなんでもないわ。にしても、随分仲がいいのね」

「まあ、色々あってね」

 

 魔王だし、メル。

 

 ボクは、そこの女王だし。

 

 ……一応、みんなには言っておいた方がいい、のかなぁ。

 昨日の件は絶対聞かれると思うし……い、いや、やっぱりやめておこう。

 

 さすがにちょっと恥ずかしい。

 

『じゃあ、依桜ちゃんが昨日休んでたのは、メルちゃんのため?』

「あ、う、うん。そんなところ」

『そっかー、よろしくね、メルちゃん』

「うむ! よろしくなのじゃ!」

 

 人見知りしないみたいだね、メルは。

 これなら、小学校に通い始めても問題ないよね。

 うんうん。

 

「おらー、席着けー。ん? おお、男女。今日は来てるな。んで、そっちにいるのが……あー、たしか、お前の義理の妹だったか? 連絡は受けてる。とりあえず、補習が始まるまでは男女……だと言いにくいな。じゃあ、男女姉と一緒にいていいぞ」

「わかったのじゃ!」

「んじゃ、HRするぞー」

 

 順応性高いね。

 

 

 その後、何事もなく、ゆるやかに時間は過ぎ、昼休みとなった。

 

 メルが受け入れられるかちょっと心配だったけど、杞憂でよかった。

 さすがに、これで受け入れられなかったら、かなり困ってたよ。

 

 昨日の件を話さないといけないので、ボクたちは屋上に出てきた。

 まだちょっと寒いけど、もう三月中旬だからね、少しずつあったかくなってきてる。

 

「それで? メルちゃんは、本当に親戚なの?」

 

 屋上でお昼を食べ始めた瞬間、未果が早速そう切り出してきた。

 

「え、えっと、実は親戚じゃなくて、メルは……魔王、なんだ」

「「「「マジで!?」」」」

「ま、マジです」

 

 ボクがメルの正体を告げると、みんなはそろって驚いた。

 だ、だよねー……。

 

「え、あれ? でもたしか、魔王は倒した、って依桜言ってなかった?」

「それとは別の魔王で、あの後、新しく生まれたのがメルなんだよ」

「でも、魔王って敵じゃないの……?」

「あー、えっと、それがね……どうやら、魔族の人たちってすごくいい人ばかりで、今は人間と共存しようと頑張ってるんだよ」

 

 ジルミスさん主導で。

 ボクは飾りみたいなものだけどね。

 

「その辺りは、テンプレートじゃないんだね」

「うん。国も綺麗だったよ」

「ま、マジか。魔族の国が綺麗とか……」

「……ん? ということはつまり、肝心のトップがいない、ってことにならないか? それ」

「……本当は、メルとは一旦お別れだったんだけど……」

「儂は、ねーさまと一緒じゃなきゃ嫌じゃったので、一緒に来ちゃったのじゃ」

「え、それ大丈夫なの?」

「うん。前国王のジルミスさん、って言う人が今は頑張ってくれてるからね」

 

 すごく有能な人だし。

 ボクなんかが女王にならずとも、ジルミスさんがずっとやればいいんじゃないかな、なんて思ったけどね。

 

「へぇ~。前国王ってことは、今は別の人が王様ってことなの?」

「そ、そうなんじゃないかな? ぼ、ボクは会ってないからわからないよ」

 

 会ってない、というのは間違いじゃないからね。

 

 だって、ボクだもん。

 

 ボク自身なら、会ってることにはならない……はず。

 この件については、しばらく隠しておこう。

 

 そう思っていたんだけど……

 

「何を言っているのじゃ? ねーさまが今は女王じゃろ?」

 

 メルが爆弾を投下した。

 

「……え、メルちゃん、今なんて?」

「じゃから、今の魔族の国の女王は、ねーさまじゃ」

「「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」

 

 みんなが驚愕の声を上げる中、ボクは額に手を当てて空を仰いだ。

 い、言っちゃったよ……。




 どうも、九十九一です。
 今回の日常回、本当に長いな……。まあ、ネタを消費しすぎないようにするためなので、しょうがないと言えばしょうがないわけですが。
 あ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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230件目 学園拡大中

「い、依桜、あなた、いつの間に女王になったのよ!?」

「……つい、二日前くらいに……」

「二日前って言うと、十日だよね? 普通に家にいたような……」

「えっと、向こうでの二日前だよ。四日間いたから」

「国王になったりするっていうのは、異世界転生系、転移系の主人公によくあることだけど、魔族に生まれた人を覗いたら、魔族の国の王になる、って言うのはあんまり聞かないなぁ……そこも、結構テンプレから外れてるねぇ、依桜君」

「いや、テンプレって言われても……」

 

 ボクにも何が何だかわからなかったんだよね……この件については。

 

「てか、魔王がいるのに、女王がいるってどういうことだ? 同じじゃないのか?」

「えっと、魔族の国は、魔王が一番上なんだけど、政治的な意味でのトップで言えば女王らしいんだよ。まあ、地位的には魔王の方が上なんだけど」

「日本みたいね」

「ちょっと近いかな」

 

 ボクもそう思ったし。

 魔王は日本で言う天皇みたいなものだと思うし……。

 ボクは、ある意味総理大臣に近いと思う。

 

「国のトップがいなくて大丈夫なのか?」

「うん。ボクは何と言うか、象徴らしくてね。さっき名前を出した、ジルミスさんって言う人や、貴族の人たちが頑張ってくれてるみたい。よほど重要な案件がない限りはボクに仕事はないよ」

「それ、いるのか?」

 

 態徒が、ボクが最初の方でずっと思っていたことを言ってきた。

 うん。正直、ボクはいらないと思うけど……

 

「何と言うか、魔族の人たち全員の総意らしくてね……。ボクって、魔族からしても勇者で英雄らしいから」

「何それ、どういうこと? 普通仇とかじゃないの?」

「それが、魔族には、戦争反対派の人が圧倒的に多くてね。人間との共存を求めている人が多かったんだよ。で、反対に船倉を肯定していた人たち、というのが先代の魔王と一部の人たちだったみたい。ボクはその人たちをまあ……殺したことで、向こうからしたら、障害がなくなったと思ったみたいで……」

「うむ! ねーさまのおかげで、魔族にも平和が訪れたのじゃ!」

 

 胸を張って誇らしそうに言うメル。

 それには苦笑い。

 

「けどよ、依桜も戦争に参加していた以上、なんていうか……殺したんだろ? なのに、なんで恨まれてないんだ?」

「あー、えっと……ボク、戦った魔族の人の一部を除いて基本的に逃がしてたんだよ」

「……ちなみに、なんで?」

「だって、全然殺気を感じないし、むしろ自分が死ぬ気で来てたんだもん。さすがに、そう言う人を殺すのは……そう思って、殺したように見せかけて逃がしたんだよ」

「なるほどー。さすが、女神様、と呼ばれるだけあるねぇ、依桜君」

「それでも殺した人はいるよ。……まあ、後から聞いたら、ボクが殺した魔族の人たちは、みんな戦争肯定派で、どうしようもない人たちみたいだったんだけど」

 

 ボク的には、幾分か気持ちが軽くなったよ。

 殺したことに変わりはないから。

 

「依桜は、どんどんおかしな方向に進んでいくな……」

 

 晶が苦笑い交じりにそう言ってきた。

 いや、うん。

 

「それは、ボクが一番思ってるよ……。だって、気が付いたら、今まで敵だった人たちの国で、女王様になってるんだよ? 一番戸惑ったよ、ボク……」

 

 しかも、いきなりボクの前に来たと思ったら、跪くんだもん。あれは、本当に混乱したし、困惑した。

 知らない人たちに跪かれるっていうのは、本当に困ることなんだね。

 

「依桜君って、本当に波乱万丈な人生送ってるよねぇ」

「好きで送ってるわけじゃないよ……」

「そりゃそうよね。女になるわ、小さくなったりするわ、有名人になるわ、果ては女王様だものね。ほんと、どうかしてるわ」

「あ、あははは……」

 

 もう乾いた笑みしか出ない……。

 

 ……ふと思いだしたんだけど、異世界観測装置でゲームを作ったりしてるってことは、この件が反映されてたりする……んだろうなぁ。

 

 なんか、変な称号が追加されてそうだよね……。

 

 その内、確認しておかないと。

 

「ところで、一つ気になったんだけど、どうして、メルちゃんがこの学園で補習を受けてるのかしら? それなら、普通に小学校に通えばいいと思うのだけど」

「あー、これって言ってもいいのかな……」

 

 正直、勝手に言っていいかどうか迷う案件だよね……。

 一応、学園長先生に訊いてみようか。

 ボクはスマホを取り出して、学園長先生に電話をかける。

 

『もしもし、依桜君? どうしたの?』

「あ、はい。えっと、メルに関する学園の件って、言ってもいいですか?」

『それは、初等部やら中等部やらのあれこれ?』

「はい」

『んー、言う相手は、いつものメンバーよね?』

「そうです」

『なら、口外しないって約束してもらえるならいいわよー』

「わかりました。ありがとうございます」

『いえいえ。それじゃねー』

「はい。……じゃあ、許可が下りたから、言うね。えっと、一応誰にも言わないでね? 秘密らしいから」

 

 そう言うと、みんなはこくりと頷いた。

 メルは、もきゅもきゅとご飯を食べてる。

 うん。可愛い。

 

「実はこの学園……四月から、初等部と中等部が開校されるみたいなんだ」

「「「「……え?」」」」

「それで、四月からメルは四年生として、初等部に通うことになるんだけど……ほら、メルって、異世界の人だから、事前に勉強をしないとちょっと問題でしょ? だから、今日からこの学園で補習をしてるの。補習と言っても、ほとんど授業だけど……って、みんなどうしたの?」

 

 ボクが事情を説明していると、四人が固まっていた。

 

「いや、なんつーか……初等部と中等部って、なんだ?」

「え? 小学校と中学校だけど?」

「うち、そんなのないわよね?」

「そのはずだったんだけど、四月から開校するみたいだよ? と言っても、ボクもこのこと知ったのは、昨日なんだけどね」

 

 本当に驚いたよ。

 だって、いきなり初等部と中等部を作るなんて言ってきたんだもん。

 

「でも、そんな兆候見られなかったわよ? 第一、校舎だって……」

「えーっとね、あんまり気付かなかったかもしれないんだけど、この学園、敷地が少しずつ広がっていたみたいでね……ほら、あっち見て」

 

 と、ボクがある方向を指さすと……

 

「あれ? あんなのあったかしら?」

 

 まごうことなき、校舎が建設されていた。

 

「いやいやいや! おかしくね!? あれ、どうみてもオレたちもわかるレベルで建ってるよな!? 普通、気付くよな!?」

 

 うん。態徒のツッコミの通りだよ。

 

 普通、気付くよね。

 

 なんで気付かなかったんだろうと思った時、ボクはあることを思いだした。

 

 ……そう言えばこの学園、立体ホログラムを作ったりしてたっけ、と。

 

 多分だけど、それと同じような技術を使ってたんじゃないかなぁ……。

 

 だって、おかしな技術持ってるんだもん、あの人。

 

 人知れず工事を進められるようにする技術を使っていたって不思議じゃないよ? 異世界転移装置を創ったり、異世界観測装置を創ったりすることに比べたら、まだ可愛いものな気がするもん。

 

 あれ? なんで今見えるの?

 普通に考えたら、あんな大きなもの、学園中大騒ぎになってもおかしくないんだけど……。

 

 ……あ、なるほど、そういうことか。

 

 考えてみたら、この学園って監視カメラが至る所にあるから、それを活用してボクたちの様子を見てるってことかな。

 

 で、それを確認してる学園長先生がボクたちだけに見えるようにした、ってことかな?

 ……うん。あり得る。

 

「まあ、うん。学園長先生だし……」

「その言葉の意味をオレは知りたい」

「色々あるんだよ、あの人」

 

 少なくとも、何らかの問題が起こったら、あの人を疑った方が確実だもん。

 

「それにしても、すごいねぇ。まさか、初等部と中等部ができるなんて思わなかったよー」

「それはボクもだよ……。都合が良すぎる気がするんだけど」

「いいんじゃないのか? 同じ学園にいるのなら、メルちゃんも依桜に会いやすいだろうからな」

「……そうだね。もし、メルをいじめるような子が現れたら、すぐにお仕置きできるもんね」

「いや、何か違くね?」

「え?」

 

 何かおかしなところあったかな?

 メルが大事なのは当たり前だし……。

 

「おい、依桜の奴やばいぞ」

「……そうね。小首をかしげてる姿を見ると、どうも依桜は、メルちゃんに対して、かなり過保護になってるみたいね」

「……正直、常識人というか、一番まともだと思っていた依桜が、まさか過保護だったとはな……」

「びっくりだよねぇ。まあでも、のじゃろりなメルちゃんだもん。依桜君もああなるよね」

「いや、それは関係ないでしょ。まあでも……意外よね。依桜があれって」

「……まあ、一人に肩入れをする、って感じじゃないからな、依桜は。確かに、意外だ」

「みんな、何話してるの?」

「な、なんでもないわ」

 

 なにを話してたんだろう?

 まあ、こう言うことはよくあるしね。

 なんかもう、慣れたよ。

 慣れちゃいけない気はするけど。

 

「でも、初等部と中等部ねぇ? まさか、そんなことを進めてるとは思わなかったぜ」

「次の四月からってことだが、生徒数的にはどうなるんだ? さすがに、一年生からになるんじゃないのか?」

「えーっと、どうやら、全国の小中学校に募集したみたいでね。もう決まってるみたい」

「マジか。ってことは、あれか? 全国的にここに登校することになる、ってことか?」

「うん。一応、一クラスの辺りの人数はボクたちの所と変わらないみたいだよ」

「へぇ~。ということは、二千五百二十人が新しくこの学園に通うってことかなー?」

「そうだね」

「そんなにか……。これ、マンモス校ってレベルにならないか?」

「敷地はかなり広いし、初等部~高等部を合わせたら、三千三百六十人になるから、あながち間違いじゃないんじゃないかしら?」

 

 そっか、人数はそうなるんだ……。

 

 お、多いなぁ。

 

 ……でも、こんな無謀ともいえるようなことをしようとした理由が、単純に小さい子を見たいだけ、って言う理由なんだよね……。

 学園長先生は、本当におかしいと思うよ、ボク。

 

「全国から通うって言うことは、遠くに住んでる生徒たちはどうするんだ?」

「学生寮が作られるみたいだよ。というか、もうほとんどできてるとか」

「でも、敷地内にそれらしい建物はないけど?」

「えっと、美天市内にあるアパートやマンションを買い取ってそこを寮に改築したみたい」

「……この学園、おかしくね?」

「……そうだな。まさか、そんな大掛かりなことをしてるとは思わなかった」

「いつからそんな計画があったんだろう?」

「二年前らしいよ」

「そこそこ前ね……」

「一応、春休みが最終工程らしいよ。と言っても、三月中には終わらせる、みたいなこと言ってたけど」

 

 でも、どうするんだろう?

 

 この学園ってかなり広いけど、小中高合わせた学園になるってことでしょ? それなら、プールとか、講堂とか、体育館とか、いくつか必要になってくる気がする。

 

 ……いや、あの人の場合、いろんなところに作ってそう。

 

 実際、作ってる途中の校舎を見えないようにするレベルの何かを使ってると考えると、身近なところで作ってる可能性が高い。

 

 だから、目に見えてる学園が、そのすべてじゃない可能性があるってことだね。

 ……これ、もう学園がやることじゃないよね?

 あの人の頭の中、本当にどうなってるんだろう?

 

「あ、そういやなんか、駅の改修工事してなかったか? あと、道路とかよ」

「あー、あったね。たしか、駅は少し老朽化してきたから、って言う理由らしいけど……それにしては、随分大掛かりに見えた気がするよねぇ」

「……まさかとは思うけど、それも学園拡大によるものだったりするのかしら?」

「……今の話を聞いた限りだと、可能性はあるな。人数が増えるって言うことは、必然的に電車通学や徒歩、自転車通学の生徒が増えるってことだ。しかも、かなりの人数が増える。そうなったら、今のままだと狭いだろうな」

「いよいよもって、この学園が本当に謎になって来たわね」

「だ、だね……」

 

 ボクも、すごく謎だと思ってるよ、この学園。

 いや、一番謎なのは、学園じゃなくて、学園を運営している学園長先生なんだけどね……。

 ある意味、謎は深まるばかりだよ。




 どうも、九十九一です。
 悪い癖が徐々に暴走して行っています。この作品の設定段階では、小中高一貫の学園にしようかなぁ、とか思ってたんですけど、単純に面倒でやめたんですよね。それがなんで、今になって復活してしまったのか……。はぁ、どんどん作りにくくなってきているような気がする。
 一応、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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231件目 一年生終了

 その日は何事もなく無事に終了。

 

 なんだかんだで、メルは可愛がられていた。

 お菓子をもらってたね。

 見たこともないお菓子を見て、目を輝かせながらお菓子を食べてる姿は、本当に、可愛かったです。

 リスみたいだった。

 どうやら、お菓子が気に入ったみたいです。

 

 魔族って太るのかな?

 だとしたら、ちょっと考えないとなぁ。

 うん。今度、カロリーとか少ないお菓子を作ってあげよう。

 

 日常的には、あまり変わらず、普通に時間が過ぎていった。

 

 やっぱり、平和だよ。

 

 まあ、そんなわけで、気が付けば卒業式。

 

 多分、ボクたちみたいな三年生と関わりのない人とかは、あまり積極的じゃないのは仕方ないけど、この学園は、どちらかと言えば、参加している方の生徒が多い。

 

 帰宅部の方が少数派かな、この学園は。

 

 卒業式を在校生の席から眺めていると、泣いているか、涙ぐんでいる人たちが多かった。

 

 この学園は、色々とあれなものの、かなり楽しいところだからね。思い出も多いだろうし。

 

 ボクもこの一年は楽しかった……のかな? いや、楽しかった……はず……。

 そう言えば、異世界へ行く前の入学式~九月頭まで何してたっけ?

 

 三年間も向こうにいたから、忘れてるような……。

 

 うん、まあ、いいよね。

 

 何もなかったよう気がするし。

 あったのは、球技大会くらいだった気がするし。

 

 うーん、卒業式かぁ……。

 

 ボクも二年後、向こうの席に座ってるんだろうなぁ。

 

 そう思うと、あと二年しかこの学園にいられないんだと思うと、短いなと思ってしまう。

 積極的に思い出を作りにいった方がいいかな。

 まあ、すでに色々と思い出が来てるんだけどね。

 

 少しだけ、色々と振り返りながら卒業式に臨んでいたら、気が付けば、卒業式は終わりを迎えていた。

 

 

 卒業式が終わると、三年生の人たちは、学園の敷地内で色々な話をしていた。

 一応今日はホワイトデーとあって、バレンタインのお返しをしている人たちもちらほら見かける。

 中には、顔赤くしながら、見つめあってる人もいる。上手くいったんだね。

 

「依桜」

「あ、晶。どうしたの?」

「これを。ホワイトデーのお返しだ」

「わぁ、ありがとう!」

 

 晶がホワイトデーのお返しと言うことで、小さな白い紙袋を渡してきた。

 すっごく嬉しい!

 

「依桜、オレからもだぜ」

「態徒も? ありがとう!」

 

 うわぁ、まさかお返しがもらえるなんて思ってなかったよ。

 あれは、日頃の感謝って言う部分もあったから。

 だから、お返しは別によかったんだけど、もらえると嬉しいなぁ。

 

「依桜」

「いーお君!」

「未果に女委」

 

 未果と女委も合流してきた。

 

「はいこれ。ホワイトデーのお返しよ」

「わたしもー!」

「え? いいの? 二人は男子じゃないのに」

「いいのいいの! 依桜君から、バレンタインにもらってるしね! お返しは当然!」

「そうね。日頃から助けられてるし、受け取っといて」

「でも、ボク二人のお返し用意してない……もらったのに……」

「気にしないで。依桜からは、現実でも、ゲームの中でももらってるから。それのお返しだと思って」

「そうだよー。いっつももらってばかりだからねー」

「未果、女委……うん。ありがとう、二人とも」

 

 優しいなぁ……。

 ボクなんか、お返しを忘れていたのに……。

 

「まあでも、大変なのはここからだろうけどな」

「え? それってどういう――」

 

 と、ボクは晶に聞き返そうとした時だった。

 唐突に、地響きに似た音がだんだんと近づいてきて、次の瞬間、

 

『『『男女!』』』

「ひゃぁ!?」

 

 大勢の男子がボクの所に集まってきていた。

 な、何!? どういうこと!?

 

「あー、やっぱりか……」

「まあ、今日が卒業式であり、ホワイトデーってことを考えると、こうなっても不思議じゃないわね」

「にゃははー。依桜君も大変だねぇ」

「うわー、あれはこえぇわ」

 

 み、みんなはなんで見てるだけなの!?

 お、落ち着こう。

 とりあえず、なんでこんなに人がいるのかを訊かないと……。

 

「あ、あの、えっと、なんでしょうか……?」

 

 少なくとも、目の前にいる人たちは、ブレザーにコサージュを付けているから、三年生だと思うので、敬語に。

 まあ、三年生じゃなくても、こんな風に突然来られたりしたら誰だって敬語になると思うけど。

 

『頼む、俺と……付き合ってください!』

『いや、俺とお願いします!』

『ここは俺と!』

「ふぇ……?」

 

 思考が止まった。

 え、何? えっと……これは、告白、ってこと……?

 目の前には、大勢の男子がボクに手を出して頭を下げている。

 そんな、目の前の人たちに対してボクは、

 

「いや、えと、あ、あの……ご、ごめんなさいっ!」

『『『ぐはっ!』』』

 

 フった。

 

 だ、だって、ボク、さすがに知らない人を好きになるなんてできないし……。そもそも、どうも男の人に対して、恋愛感情がないような気がするし……。

 

 ドキッとこないんだよね……。

 

 そして、ボクにフラれた人たちは、みんな胸を抑えて倒れた。

 

「そりゃ、ああなるわな」

「そうね。依桜、最近百合の片鱗があるし」

「そもそも、元男なのに、百合は変じゃないか? 精神的部分で言ったら当然と言えるんだが……」

「TS百合、とは言うけど、普通に中身だけ見たらごくごく普通の恋愛になるからねぇ。まあでも、依桜君の場合、色々と怪しいなー、って部分はあるけど」

 

 なんだろう、みんなが離れたところで何か話してるような……。

 

 って、それよりも、目の前のこの惨状をどうすればいいんだろう、ボク。

 死屍累々なんだけど……。

 

 や、やっぱり、フラれた側ってダメージが大きいのかな……? お、大きいよね……。

 だって、かなり勇気を出して告白したわけだし……あぅぅ、心が痛いよぉ……。

 

「え、えと、あの、ぼ、ボクなんかと付き合ってもいいことはないと思いますし、きっと、ボク以上に相性のいい人が見つかると思うんです。それに、まだ十八歳ですよ? きっと、大学や会社でいい出会いがあると思います。だから、えっと……が、頑張ってください!」

『『『め、女神かっ……!』』』

 

 よ、よかった、とりあえず起き上がってくれた。

 世の中には遅い春、なんて言うものがあるけど、遅くても春は春。いい出会いがあれば、時間なんて関係ないもんね。

 いい人が見つかるよう、祈っておこう。

 

「うわー、止め刺すどころか、反対に励ましてるわ。しかもあれ、本気で言ってる上に、傷つかないように言ってるわ」

「さすがと言うかなんというか……。ああやって、信者を増やしているんだな、依桜は」

「その内、宗教とかできるんじゃね?」

「実際、ファンクラブが宗教みたいなものだと思うけどねぇ~」

「「「たしかに」」」

 

 うん? なんか今、みんなが何かに納得したような気が……気のせいかな?

 はぁ、でも、大変だよ……。

 

 

 あの後、まさかの女の子の方からも告白されました。

 

『依桜ちゃん、私と付き合って!』

『私も、お願いします!』

『わたしも!』

 

 こんな風に。

 男子の方とあまり変わらないような……?

 で、でも、なんだろう。

 普通にこうして告白されるのは嬉しいんだけど……

 

「「……」」

 

 なぜか、未果と女委から刺すような視線が来てるんだけど……。

 顔は笑顔なのに、なんでそんなに痛い視線を向けてくるの?

 ボク、何かした?

 

「あ、あの……ご、ごめんなさい!」

 

 なんだか、未果と女委が怖くて、フった。

 と言っても、未果と女委が怖い視線をボクに向けなくても、フることに変わりはなかったんだけど……。

 

 少なくとも、今は恋愛をするつもりはないし……それにやっぱり、知らない人と付き合うなんて、ボクにはできないよ……。

 

 これで、相性とかが合わなかった場合、傷つけちゃうかもしれないんだもん……。

 それはさすがに可哀そうだし……それに、何と言うか、ボクは色々と普通から外れちゃってるし……精神的にも、肉体的にも。

 

 だから、何と言うか……付き合えない。

 

 そんな、ボクにフラれた女の子たちは、やっぱりだめかー、みたいに、苦笑いを浮かべていた。

 

『突然ごめんね。チャンスは今日しかない! と思ったからつい』

 

 聞けば、他の人も理由は同じだそう。

 う、うぅ、心が痛い……。

 

 そんな、涙をこらえながら苦笑いをされると、本当に心が痛くなるよ……。

 で、でも、これくらいの痛み、フラれた人たちに比べたら可愛いものなはず……。

 

 フった人数が三年生ほぼ全員だとしても、全然大丈夫……。

 

『それじゃあ、卒業まで頑張ってね、依桜ちゃん!』

 

 最後にそう言って、先輩たちが去っていった。

 い、いい人だ……。

 変人しかいない学園だけど、それでもいい人は多かった。

 

 

 それからほどなくして、自然と解散となった。

 

 あの後、クラスメートのみんなからバレンタインのお返しをもらってしまった。

 

 すごく嬉しいんだけど、量がとんでもないことになったので、帰ってる時に、こっそり『アイテムボックス』に収納しました。

 

 本当に、『アイテムボックス』楽だよ。

 どんなに大荷物でも、楽々簡単に運べちゃうんだもん。

 いい魔法だよ。

 

 ちなみに、今日は卒業式だったので、メルは家でお留守番。

 一緒に行きたがっていたけど、さすがに卒業式に連れていくわけにはいかなかったからね……。

 ちょっと駄々をこねられたけど、そこは心を鬼にしました。

 なんだかんだで、メルは素直ないい娘なので、最終的には言うことを聞いてくれたけど。

 

 帰ったら、美味しいお菓子を作ってあげよう。

 

 

 卒業式が終わってから数日。

 

 三月十九日、終業式。

 

 今日で一年生は終わり。

 

 長かったようで短かった……なんて思えるわけはなく、ボクからしたら、三年間も一年生をしていた気分なんだけど。

 

 うーん、本当に長かった……。

 

 でも、これで次の年からは普通の二年生として過ごせるはず。

 きっと、おそらく、多分。

 

 ……だ、だよね?

 

 すごく心配になりながらも、終業式は普通に終わった。

 

 

「いやぁ、次来るときは二年かぁ」

「そうね。なんだか、短かった気がするわね」

「そうだな。特に九月からは、色々なことがあったからな。本当に、あっという間だった」

「それにしては、一月~三月って、やけにさらってしてなかった? なんかこう……何もやることがなくて、すっ飛ばしたような、そんな感じの」

「何言ってるのよ、女委。色々あったじゃない、スキー教室とか、節分とか、バレンタインとか色々」

「んー、だね!」

 

 終業式が終わった後、ボクたちは教室でいつものように雑談をしていた。

 一年生として話すのは、今日が最後だからね。

 まあでも、結局進級するだけだから、そこまで感傷に浸ることはないんだけど。

 

「でも、態徒は進級できてよかったよね」

「そうね。テストとかほんっと赤点すれすれだったものね」

「ほんとだぜ。マジで留年を覚悟したぞ、オレ? はっはっは!」

「態徒君、笑い事じゃないと思うよ?」

「そうだぞ。来年は、もう少し勉強をした方がいいぞ」

「面目ねぇ」

 

 晶がそう言って、態徒は申し訳なさそうにした。

 

「でも、みんな無事に進級できるようでよかったよね」

「できれば、同じクラスがいいわね、全員」

「そうだな。他クラスになると、寂しいものがあるからな」

「でも、五人全員同じクラス、って結構確率低いよねぇ」

「だな。まあでも、依桜がいるし、大丈夫なんじゃね?」

「ま、まあ、確率が低ければ当たりやすくなるからね」

 

 できれば、ボクもみんなと同じクラスがいいよ。

 みんなと一緒が一番楽しいから。

 だから、神様。どうか、同じクラスにしてください。

 

「そういや、春休みの予定とかあるのか? お前ら」

「ボクは、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くよ」

「私も、ちょっと旅行があるわ。と言っても、二泊三日程度だけど」

「わたしは、同人誌を書きまくる予定だよー」

「俺も一度海外に行くつもりだな」

「ああ、お母さんの?」

「ああ」

「ってことは、やっぱみんな予定があんのかー。オレも、道場の方で色々やんなきゃいけないからなー」

 

 みんな、それぞれ予定があるんだ。

 まあ、春休みだしね。

 

 一応宿題は出されたけど、そこまで量はなかったからもう終わらせちゃったんだよね。

 最終日辺りに、態徒が泣きついてきそうだけど。

 

「ねーさま!」

「メル、お帰り。今日もちゃんと勉強してきた?」

「うむ! もう三年生の内容をやってるのじゃ!」

「早くない!?」

「そうかの? 結構簡単だったぞ?」

「そ、そっか。これなら、問題なく学校に通えそうだね」

「うむ!」

 

 メルは結構頭がいいみたいだね。

 それなら、心配はいらないかな。

 これなら、三月が終わる前に事前授業が終わりそうだよ。

 

「ねーさま、儂はお腹が空いたのじゃ……」

「あ、もうすぐお昼か。時間もちょうどいいし、みんなでお昼ご飯を食べに行く?」

「「「「賛成!」」」」

 

 ボクの提案に、みんなが賛成し、ボクたちはお昼ご飯を食べに、学園を出た。




 どうも、九十九一です。
 ようやく(?)一年生が終わりました。まあ、二年生になるまで、一年生編、という括りになるんですが。七ヶ月で230話以上……テンポがいいのか悪いのかわからない……。まあ、早すぎるよりかはいいと言うことにしましょう。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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232件目 春休み 上

 春休みが始まり、気が付けば三月下旬。

 

 みんなとなかなか予定が合わず、遊べない日が続いた中、ボクは家族でおじいちゃんとおばあちゃんの家に向かっていた。

 

 春休みと言っても、教師に休みはない、らしいんだけど、学園長先生が気を利かせてくれたのか、師匠を休みにしてくれた。

 

 色々と手伝ってもらってるお礼とのこと。

 

「いやー、うちもかなり大所帯になってきたなぁ」

 

 運転中の父さんがふとそんなことを言い出した。

 

「そうねぇ。依桜が異世界に行ってから、ミオさんやメルちゃんが住みだしたものねぇ。賑やかでお母さん嬉しいわ~」

「そう言ってもらえると、あたしとしてもありがたいよ」

 

 師匠も久しぶりの休みと言うことで、ちょっと嬉しそう。

 

 服装はさすがに奇異にみられると言うことで、Tシャツにカーディガン、それからジーンズを穿いている。

 いつもよりも露出が少なくていいよ。

 

「この四角い箱はすごいのぅ。どんな魔法で動いておるのじゃ?」

 

 メルは、車に興味津々で、そんな疑問を口にしていた。

 

「メル、これは、車って言って、動力は魔法じゃないよ」

「そ、そうなのか?」

「うん。エンジンって言う、機械かな?」

「機械……たしか、よくねーさまが掃除をするのに使って、あのゴー! って音がするあれか?」

「そうだよ」

「こっちの世界はすごいのじゃなぁ……魔法がないのに、ここまで発展しているとはのぅ」

 

 それを言ったら、科学がないのに、発展している向こうがすごいと思うよ、ボク。

 魔法っていう、不思議なもので生活が高水準になってたんだもん。

 

「こうして見ると、男はお父さんだけになっちゃったわねぇ。ハーレム的な状況になってどう思ってるの、あなた?」

「いやぁ、はっはっは! 個人的には、すごく嬉しい光景なのだが、俺は母さん一筋だからなぁ」

「あら、いいこと言うじゃない」

「当然。……そう言わないと何されるかわからないし」

 

 今、父さんの本音が聞こえたけど……聞かなかったことにしよう。

 

 

 しばらく車に揺られ、だんだんと人工的な建物が減っていき、代わりに自然が増えてきた。

 窓の外を見れば、田んぼや畑が多く点在し、澄み切った大き目の川も流れている。

 

 早咲きなのか、桜も咲いていて、とても綺麗。

 

 この辺りの家は、基本的に木造で、暖かみがある。

 

 うん。やっぱり、こう言う田舎はいいなぁ……。

 山もあるし川もある。

 自然豊かでいい場所だと思うよ。

 

「お義父さんとお義母さん、元気かしら」

「多分元気だろ。父さんと母さんは、普段から畑仕事をしてるわけだしなぁ」

「それもそうね」

 

 おじいちゃんとおばあちゃんかぁ。

 会うのは、夏休み以来かな。

 毎年、夏休みと春休みにしか行かないから、なかなか会えない。

 今となっては、やろうと思えば、走って行けるんだけど。

 

「でも、今の依桜を見て、腰抜かさないかしら、二人とも」

「それは心配だが……あの二人は、結構孫可愛がりだったから、意外とすぐ受け入れるんじゃないか?」

「私たちがそうだったし、そうかもしれないわね」

 

 そっか、二人に今の姿を説明しないといけないんだっけ……。

 だ、大丈夫かな。

 信じてもらえるといいんだけど……。

 それに、今回は師匠とメルもいるから、余計心配。

 少しだけ、不安に思いながらも、車はおじいちゃんとおばあちゃんの家へと向かって走る。

 

 

 そして、お昼頃に到着。

 

 一階建ての結構広めな家。

 裏には山があって、なんでも所有しているそう。

 昔、馬を飼ってた、なんて噂もあったりする上に、かなりの広さの土地を持っていたらしいんだけど、それを街に寄付した、なんてことをしていたらしいです。

 そう考えると、父さんって結構お金持ちの家に生まれたのかな?

 どうなんだろう。

 

「おぉ、源次に桜子さん。よう来たなぁ」

 

 と、車を駐車場に停めて車を降り、荷物を持って家に行くと、ちょうどおばあちゃんが畑仕事から帰ってくるところに出くわした。

 いきなり、会ったらさすがにまずいということで、ボクは父さんたちに呼ばれるまで、車で待機。

 

「久しぶり、母さん」

「お久しぶりです、お義母さん」

「元気そうで何よりだよ。じいさんやー、源次たちが帰って来たぞー」

「おーう。久しぶりだなぁ、源次に桜子さん」

「父さんも、元気そうで何よりだよ」

「畑仕事ですか?」

「んだよぉ。して、依桜はどーした? 久々に孫に会えるとおもぅて、楽しみにしとったんだが……」

「んだなぁ。わたしも会いたいのぉ」

 

 つ、ついに来た。

 

「あー、えっと、父さんに母さん。あんまり驚かないでほしいんだが……」

「なんだぁ? もしや、依桜に何かあったんか?」

「なに!? そ、それは一大事だぁ! ま、まさか、事故とかかぁ?」

「事故じゃない。事故じゃないんだが……まあ、見てもらった方が早いな。依桜―」

 

 父さんに呼ばれ、ボクは車から降りると、二人の前に姿を見せた。

 

「ひ、久しぶり、おじいちゃん、おばあちゃん」

「おや、この綺麗なお嬢さんはどなただぁ?」

「母さん。依桜、なんだ、この娘は」

「おかしいなぁ。確か、わしの記憶では、依桜は男だったと記憶しとるんだがな……」

「あー、えっと、色々とあって、依桜が女の子になっちゃいまして……こんな姿ですけど、依桜です」

「あんれまぁ。本当に、依桜なのかい?」

「う、うん。ちょっと、複雑な事情があって、色々と変わっちゃったけど、ボクだよ、おばあちゃん」

「な、なんとまぁ……えらく別嬪さんになったんだなぁ、依桜」

「んだなぁ。わしらの可愛い可愛い孫が、ここまで可愛くなるとはなぁ」

 

 あ、あれ? なんか普通に順応しちゃってるような……。

 

「え、えっと、ボクが言うのもあれだけど、二人とも、信じてくれるの?」

「そりゃそうだ。源次はともかく、桜子さんや依桜が言うんなら、本当だろうからのぉ」

「ちょ、母さん!?」

「とりあえず、事情を聞かせてもらえると、わしらとしてもありがたい」

「ええ、もちろんです」

「んだば、家にお入り」

「あ、ちょっと待ってお義母さん。実は、もう二人、一緒に来てる人がいるんです」

 

 中に入ろうと促すおばあちゃんを、母さんが引き止める。

 

「二人?」

「はい。ミオさん、メルちゃん」

 

 と、母さんが師匠とメルを呼ぶと、車の中から、二人が出てきた。

 

「おやおや! 綺麗な人だなぁ。しかも、可愛らしい娘まで……源次の愛人とその子かの?」

「違うぞ!? こっちの黒髪の人は、依桜の恩人で、こっちの小さい女の子はメルちゃんと言って、まあ、養子だ!」

 

 おばあちゃんのとんでもないセリフに、慌てて父さんが訂正を入れる。

 愛人とかはまずいよ!

 

「源次おめぇ、いつの間に家族を増やしたんだ?」

「それも含めて話すから、早く中に入ろう! さっきからご近所さんたちが見てるから!」

「それもそうだべな」

「さ、なーんもないところだが、ゆっくりしてってな」

 

 父さんとおばあちゃんたちのやり取りに、師匠とメルは思わず笑っていた。

 

 

 それから、お茶を飲みながら、おじいちゃんとおばあちゃんにボクが女の子になった事情を説明。

 一応、師匠とメルも向こうの世界の住人であると教える。

 

「なるほどなぁ。てーことは、依桜は神隠しにあって、その時に色々と助けてもらったんが、そこにいる、ミオさんと言うわけだな?」

「うん。そうだよ」

「んで、そっちにいる可愛らしい女の子が、最近依桜が連れてきた子だと」

「うん」

「我が孫ながら、えらい人生になっておるなぁ」

「そうだな、ばーさん」

 

 車内で話していた通り、本当に受け入れちゃったよ。

 父さんの能天気な部分は、この二人譲りなんだろうなぁ……。

 

「まあともかく、ミオさん、うちの孫を助けていただき、ありがとうございました」

「あ、いや、あたしとしてもほとんど気まぐれみたいなものだったから、礼はいいよ」

「いい人だのぉ、ミオさんは」

「メルちゃんも、自分の家だとおもーて、くつろいでいってなぁ」

「わかったのじゃ!」

「うんうん、元気で何よりだよ」

 

 どうやら、師匠とメルの二人は、この二人と打ち解けられたみたいだね。

 よかったよ。

 正直、こっちの世界の人間じゃないことを考えたら、受け入れてもらえるかわからなかったけど、何とかなってよかったよ。

 

「さてと……依桜、少し歩いてきたらどう? 久しぶりだし、ミオさんとメルちゃんに町を案内してあげたら?」

「それはいいな。あたしもお願いするよ」

「儂も!」

「わかりました。それじゃあ、ボクたちはちょっと町を歩いてくるね」

「ああ、きぃつけてなー」

「うん。行って来ます」

 

 

 というわけで、三人で町を散歩することになった。

 

「ここは、自然が多くていいな。気持ちがいい」

「儂も、クナルラルとは違った雰囲気があって好きじゃなぁ」

 

 町を歩いていると、二人がそんなことを呟いた。

 気に入ってくれたみたいだね。

 

 ボクとしても、この町は好きだから、そう思ってもらえて嬉しくなる。

 この町には小さい頃から何度か来ていたため、知り合いもそれなりに多い。

 

 というより、おじいちゃんとおばあちゃんの顔が広いから、この町にいる人とはほとんどが顔見知りだったり。

 

 商店街の関係が近いかな?

 

 でも、こんな姿になっちゃったから、多分わからないよねぇ……。

 ちょっと寂しいかも。

 

「しかしまあ、お前の祖父母はすんなり信じたな」

「あはは……ボクも、まさか信じてもらえるとは思ってませんでしたよ。こんな突拍子のない話、普通は信じませんって」

「そうだな。あたしとしても、まさか異世界に来ることになるとは思ってなかったから、最初は驚いた」

「儂もじゃ!」

「メルは、ボクに飛びついてきて、それでこっちに来たよね? 突然ってわけではないような」

「細かいことは気にしないのじゃ、ねーさま!」

「そ、そっか」

 

 それにしても、ボクたち三人、全員、向こうに関わってるからなぁ。

 なんか不思議。

 

 師匠は異世界人だし、メルは人って言うより……魔王だし。

 

 世界最強の神殺しの暗殺者と、生まれたばかりの魔王に、異世界では勇者と呼ばれてるボク。

 うん。何この三人組。

 自分でも奇妙な三人組だと思うよ、これ。

 

「ところでイオ。なんか、妙に視線を感じるんだが」

「それはそうですよ。だって、師匠は美人ですし、メルもすごく可愛いですから。それに、ボクは銀髪碧眼で目立ちますからね」

「それはそうなんだが……特に、お前とメルに視線が行っていないか?」

「そうですか? メル、どう?」

「んむぅ、言われてみれば、ちょっぴり視線が多いかもしれないのぉ」

「メルがそう思うのなら、そうなのかな?」

 

 でも、言われてみればたしかに、視線が多いように思える。

 やっぱり、髪色とかが目立つのかなぁ。




 どうも、九十九一です。
 いいサブタイが思い浮かばなかったので、適当にしました。まあ、春休みの話だし別にいいよね、ということです。一応、三話程度で考えていますが、そうなったら上中下に直します。長くなったら、そのままになると思います。
 それから、この話が終わってからか、終わって一、二話程度投稿したら、大きめの章に入ります。一応、前々からやろうとしていた話です。日常回にあった、どっかの話が割と似ちゃってるかもしれませんが……。
 とりあえず、今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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233件目 春休み 中

 色々なとこを三人で歩いていると、子供たちが広場でサッカーをして遊んでいる場所にたどり着いた。

 

 その中には、ボクが知っている子たちもいた。

 以前の姿だったら、普通に声をかけていたんだけど、今のこの姿だと、そうもいかないよね……。だって、知らない人がいきなり声をかけてきたように思われちゃうもん。

 

 とりあえず、眺めていようかなー、なんて思ってたら、

 

「あ、危ない!」

 

 と、そんな焦ったような声が聞こえてきた。

 ふと気づくと、ボクの顔に向かってボールが飛んできていた。

 おー、遅い。

 なんてのんきに思いながら、ボクは片手でボールをキャッチした。

 

『す、すげぇ……』

『カッコイイ』

「ご、ごめんなさい!」

 

 慌てて駆け寄って来た男の子――翔太君が、ボクの所に来るなり、すぐに謝って来た。

 

「大丈夫だよ。ボクがここにいたのが悪かったから。でも、ちゃんとすぐに謝れて偉いよ、翔太君。はい、ボール」

「ありがとう、おねーちゃん。……あれ? なんで僕の名前を……?」

 

 あ、しまった。

 つい、知っている子だったから、名前を呼んじゃったよ。

 

 う、うーん、どうしたものか。

 

 別に、言っても問題はないんだよね……。

 知ってる子だし、そもそも、ボクがボクであることは変わらないわけだし……。

 

「えーっと、久しぶり、かな、翔太君。ボクだよ、依桜」

「いお……? って、え、依桜おにーちゃん!?」

『『『えええええええええ!?』』』

 

 翔太君が驚愕の声を上げると、それを聞いていた子供たちも一斉にそんな声を上げていた。

 

 

「ほ、本当に依桜おにーちゃんなの……?」

「一応ね」

「でも、おにーちゃんって、おねーちゃんじゃなかったような……」

「まあ、ちょっと色々とあってね」

 

 さすがに、魔法とか異世界云々を説明すると、色々と大変なことになりそうだから、黙っておこう。

 

「でも、どうして、女の子になっちゃったの?」

「それも、色々、かな。九月くらいに、こうなっちゃってね。まあでも、中身は、翔太君たちが知ってる男女依桜だから、安心して」

「すげぇ、依桜にいちゃんが、依桜ねえちゃんになっちゃったのか」

 

 現在、ボクたちの前にいるのは、翔太君、雄二君、健斗君に、康太君、それから、梓ちゃんに、桃子ちゃんの六人。

 

 一応、ボクがこっちにいた時によく遊んでいた子たち。

 

 今、ボクのことをすげぇ、って言っていたのは、雄二君。髪が短めで、日焼けした健康的な肌の、ちょっとわんぱくな感じの男の子。

 

「じゃあ、依桜おねーちゃんって呼んだ方がいいの?」

 

 と、そんな風に尋ねてくるのは、健斗君。

 どちらかと言えば、大人しい感じの子かな?

 髪は少し長めで、身長はちょっと低めの男の子。

 

「うーん、それはみんなに任せるよ。好きに呼んで」

「じゃあ、ねーちゃんでもいいのか?」

 

 と、そう訊くのは、康太君。雄二君にタイプは似てるかも。

 いつも帽子をかぶっている印象のある男の子で、多分、一番身長が高いと思う。

 

「まあ、それでもいいけど」

「依桜おねーちゃん、きれい!」

 

 ボクのことを綺麗と言ってきたのは、梓ちゃん。

 黒髪ショートボブの女の子。いつも笑顔な印象がある。

 

「そうかな? でも、ありがとう、梓ちゃん」

「おねーちゃん、さっきはすごかった」

 

 ちょっと声に抑揚がなく感じる声の主は、桃子ちゃん。

 髪が長く、ちょっとだけ前髪で顔が隠れちゃってるけど、可愛い女の子。どこか大人し気で、表情もあまり動かない子。でも、意外とわかりやすい。

 

「ありがとう。でも、こっちにいる人の方がもっとすごいよ」

「おねーちゃん、こっちのおねーさんと女の子は誰?」

「えっと、こっちの背が高い人は、ボクの師匠で、こっちの女の子は、ボクの妹だよ」

「ええっ!? い、依桜ねえちゃん、ししょーとか妹がいたのかよ!」

「ま、まあ、最近ちょっとね。えっと、二人とも、自己紹介をお願いします」

「ミオ・ヴェリルだ。まあ、こいつの師匠だな。ちなみに、強いぞ」

「儂は、男女ティリメルじゃ! よろしくの!」

 

 ふ、普通だ。

 特に、師匠が普通の自己紹介を……。

 強い、っていうフレーズはなんかちょっとあれだけど……。

 

「おねーさん、本当に強いの?」

「ああ。そうだな……例えば、あそこに竹があるだろう?」

 

 あれ、なんか、師匠が何かをしようとしてない?

 だ、大丈夫? 変なことはしない……よね?

 と、ボクのそんな心配をよそに、師匠が竹藪に近づいて行き、目の前に立った。

 

「いいか、よく見てろよ」

 

 そう言うと、師匠は、手を水平に払った。

 すると、竹は見事に切断され、バサバサッという音を立てながら倒れた。

 

「「「「すっげええ!」」」」

「「すごーい!」」

 

 師匠のしたことに対し、翔太君たちが目を輝かせながら、素直な感想を言っていた。

 いや、まあ、こっちの世界に人たちからしたら、これはすごい部類に入るよね……。というか、普通、素手で竹切断はできないよ。

 せめて、刀を使うと思うんだ。

 しかも、断面本当綺麗だし。

 

「おねーさん、今のどうやったの!?」

「腕を振っただけだぞ」

「それで本当にできるのかよ!?」

「修業すれば、できるが……あそこにいるイオも一応できるな。多分、メルもな」

 

 師匠がそう言った瞬間、みんなバッとこっちを見てきた。

 うっ、目がキラキラしてる……。

 これ、ボクやらないとダメ?

 

 ……うん。師匠がものすごくいい笑顔でこっちを見てるから、やれ、ってことなんだね。はぁ……。

 

 気乗りしないけど、師匠に逆らうと後が怖いから、やりますけども。

 

 ボクも師匠の所へ行き、竹の前に立つ。

 軽く深呼吸して、

 

「ふっ」

 

 右手を水平に薙ぎ払った。

 

 すると、師匠の時と同じように竹が切断されて、バサバサッという音を立てながら倒れた。

 

「これで、どうですか?」

「ふむ。まあ、切断面をもう少し滑らかにすればよかったが……まあ、及第点だな」

「これでもダメなんですか……」

「まだまだだ」

 

 この人の基準って高すぎるんだよ……。

 

「依桜おねーちゃんすごい!」

「なあなあ、俺にも竹を切る方法教えてくれよ!」

「ぼくも!」

「オレも!」

「うーん……教えるって言われても、普通は無理だしなぁ……。師匠」

「教えると言っても、相当厳しい修業があるぞ? 少なくとも、次の日動けなくなるくらいの」

「「「「やっぱりいいです!」」」」

 

 まあ、だよね。

 師匠の言う修業は、本当にきついんだもん。

 ボクなんて、休みなしで次の日もやらされたからね……地獄だったよ。

 

「ねーさま、ところで、あの球はなんなのじゃ?」

 

 と、ボクの近くにいたメルが広場に転がっているサッカーボールを指さして尋ねてきた。

 

「えっと、サッカーボールって言って、サッカーっていうスポーツをする時に使うボールだよ」

「サッカー?」

「君、サッカー知らないの?」

「うむ。儂は城を出たことがなかったのでな。あんまりこっちの世界については知らないのじゃ」

「メルちゃんって、お城住まいだったの!?」

 

 あ、しまった!

 

「あー、え、えーっと、お、お城じゃなくて、白っていう地名の街なんだよ! だから、メルはお城に住んでたわけじゃないから!」

「む? 何を言ってるのじゃ? 儂はむぐっ」

「あ、あは、あはははは……」

 

 慌ててメルの口をふさぐと、ボクは翔太君たちに乾いた笑いを返した。

 不思議そうに見てきたけど、気にしない!

 

 少なくとも、この子たちに魔法とか異世界とか知られたら、絶対この町に広まっちゃって、最悪の場合、全国どころか、世界に広がってしまいかねない!

 

 それは阻止!

 

(メル、こっちでは、異世界と魔法の存在は一般的じゃないの。だから、できれば、向こうの話はしないでほしいんだよ)

(そうなのか? 話してしまうと、どうなるのじゃ?)

(少なくとも、メルだけじゃなく、師匠とか、父さんや母さんたちに迷惑がかかっちゃう)

(それはだめなのじゃ! かーさまととーさまに迷惑はかけられん!)

(それじゃあ、言わないようにね?)

(わかったのじゃ!)

 

 説得に成功。

 

 よ、よかったぁ……。

 

 こっちの世界でのボク、師匠、メルの三人は、イレギュラーだからね……。

 できれば、あんまり知られない方がいい。

 

 ボクはともかく、父さんたちや、師匠、メルに迷惑がかかるのだけは嫌だ。

 

「じゃ、じゃあ、みんなでサッカーでもする?」

「依桜おねーちゃんも遊んでくれるの?」

「うん。みんながよければ、だけど」

「もちろんいいぞ!」

「ぼくも!」

「ねーちゃんたちなら歓迎だぜ!」

「私も!」

「わたしも」

「ありがとう。師匠も、いいですよね?」

「ああ、別に構わないぞ。ガキと遊ぶのも手加減の修業になるだろうからな」

「しゅ、修業って……」

 

 師匠はいつも、そう言う思考なんだね……。

 少し心配だよ。

 

 

 それから、夕方になるまでみんなと遊んだ。

 

 途中、メルが自分のチームのゴールから、相手のチームのゴールに向かってシュートして一点入れる、なんてことをしていたり、師匠が頭だけでプレーしたりしていたけど、割と普通に遊びました。

 

 ボク? ボクは……まあ、色々と。

 

 身体能力が高くなっているので、相当力を抑えてやってましたよ。

 

 だって、怪我させちゃいかねないもん。

 やり方によっては、超次元的なサッカーになっちゃうからね。

 

 それだけはちょっと……。

 

 ちなみに、メルは翔太君たちと打ち解けて、仲良くなっていた。

 友達ができたみたいで、何よりだよね。

 

 まあでも、明後日には帰っちゃうわけだけど……。

 

 それは置いておいて、解散したボクたちは、おじいちゃんとおばあちゃんの家に戻る。

 

 一応、散歩するだけのつもりだったんだけど、まさか遊ぶことになるとは思わなかった。

 

 まあ、久ぶりに会って楽しかったし、全然いいけどね。

 

 それから、師匠はすごく懐かれました。

 まあ、男の子から見た師匠は、強くてかっこよくて、綺麗な女の人、っていう風に映るからね。

 女の子からだと、凛々しくて、背の高いカッコイイ女の人、って感じかな?

 

 そんなわけで、見事に懐かれました。

 

 ボクの方はボクの方で、女の子になっちゃったけど、以前通りに接してくれて嬉しかったかなぁ。

 これでもし、態度を変えられたら困ったよ。

 

 ただ、妙に翔太君たちが顔を赤くしていたのは気になったけど。

 なんだったんだろう?

 

 家に帰ると、何やら醤油を切らしてしまったらしく、ボクがちょっと買いに行くことになった。

 

 まあ、これくらいお安い御用。

 

 おじいちゃんとおばあちゃんが、暗い時間に女の子のボクが行くのは危ない、って心配してきたけど、いざとなったら逃げるよ、というと、渋々ながら了承してくれた。

 

 まあ、逃げるまでもなく撃退可能なんだけど。

 というわけで、醤油を買いに商店街に行くと、

 

『お、依桜坊かい?』

 

 と、ふと声をかけられた。

 声の主を探すと、どうやら、肉屋さんのおじさんからだった。

 

『へぇ、ほんとに女になっちまったんだなぁ』

「あれ? ボクってわかるんですか?」

『おう。翔太たちから聞いてな。なんでも、『依桜おねーちゃんが女の人になっちゃった!』なんて言うもんだからよ、まさかとは思ったんだが……その髪色に、目の色は間違いなく、依桜坊だな』

「一年に二回しか会ってないのに、すごいですね」

『はっはっは! ま、翔太たちから聞いてなかったら、兄妹か何かだと思ったがな』

「まあ、普通は女の子になった、なんて突拍子のない話は信じられませんからね」

 

 むしろ、すんなり信じるのもなかなかにすごいと思うけど。

 

『一応、他の奴らにも話はいってるみたいなんで、全員知っているから安心して、買い物して行ってくれや』

「ありがとうございます」

『おう』

 

 最後に、軽く会釈をしてから、ボクは雑貨屋さんへ向かった。

 

「すみませーん」

 

 雑貨屋さんに行くと、店頭には誰もいなかったので声をかける。

 

『はいはいはい。いらっしゃい……って、おや、もしかして、依桜君かい?』

 

 声をかけると、お店の奥からおばあさんが出てきた。

 

「そうです。えと、一応話はいってるって聞いたんですけど……」

『えぇえぇ、聞いてるよ。なんでも、女になったって話だそうじゃないか』

「まあ、色々とあって……」

『世の中不思議こと多いんだなぁ……。随分、可愛らしくなっちゃってまぁ』

「あ、あはは……」

『さて、何を買いに来たのかね?』

「えっと、醤油を」

『じゃあ、300円だ』

 

 財布から300円を取り出すと、おばあさんに手渡す。

 

『300円ちょうどね。ほい、醬油』

「ありがとうございます。それでは」

『おー、ありがとうなぁ』

「いえいえ」

 

 買うべきものを買ったので、ボクは家に戻っていった。

 それにしても、翔太君たちがボクのことを言っていたなんて。

 

 まあでも、自分から言うことがなくなって、ちょっと楽だったかな。

 やっぱり、信じてもらいにくいからね……。

 

 でも、まさかすんなり信じてもらえるとは思わなかったけど。

 都合がいいというかなんというか……まあ、別にいいんだけど。




 どうも、九十九一です。
 できれば、次の回で春休みの話を終わらせたいと思ってます。正確に言えば、この田舎の話をですが。個人的に、そろそろ大き目の章をやりたいんですけどね。なかなか終わらなくて……。意地でも終わらせよう。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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234件目 春休み 下

 次の日になっても、基本的にのんびり過ごしたことに変わりはなかった。

 

 普段の疲れた心を癒す、という目的でボクは来ていたりします。

 だって、疲れが絶えないんだもん……。

 

 正直、もうちょっとこう……落ち着いた生活があってもいいと思うんです、ボク。

 普段から、何らかの出来事に巻き込まれる身としては、こんな風に田舎でのんびり過ごせると言うのは、命の洗濯ですね。

 

 あとは、

 

「すぅ……すぅ……」

 

 こうして、家の縁側でメルがボクの膝を枕にして気持ちよさそうに寝ていることかな。

 お昼を食べた後、眠くなっちゃったらしく、そのままこてんとボクの膝を枕にして寝ちゃったわけです。

 

「んにゅ……ねーしゃま……だいすきぃ……」

「ふふっ、ありがとう、メル」

 

 寝言でも大好きといわれるとは思わなかったけど、なんだか微笑ましかったので、頭を撫でる。

 やっぱり、この撫で心地がいいなぁ……。

 さらさらしてるし、柔らかいし……。

 

 常に元気いっぱいだからね、メルは。

 

 どの道、春休みに入ってすぐ、勉強は終わったし。

 だから、メルは思う存分、春休みを満喫できるんだよね。

 

 こっちに来てからは、ほぼ毎日勉強だったから。

 まあ、メル本人は全然苦にしてなかったけどね。それどころか、すごく楽しんでたみたいだし。

 

 これなら、四月から入学するのは問題なさそうだよね。

 

 うん。よかった。

 

 一応、学園に初等部と中等部が新たに新設されることは、四月一日に知らされるそう。

 

 まあ、ほとんどの人は、エイプリルフールだと思って、ほんとだと思わないと思うけどね。

 普通は信じられないと思うよ、あれに関しては。

 

 ボクですら、結構驚いたもん。

 しかも、もうすでに入学する生徒も決まってる、なんて言うから、余計だよね。

 

 もしかして、入試期間中に同時にやってたのかな?

 あの時期だったら、そこまで大変じゃないと思うしね。

 

 本当、やることがかなり大ごとなんだもんなぁ、学園長先生って……。

 体育祭とか、まさか競技のためだけにVRゲームを用意しちゃうし。

 本当におかしいと思うんです、あの人。

 

 良く言えば、楽しむことに全力だけど、悪く言えば、迷惑を振りまく諸悪の根源だよ。

 

 ボクが一番の被害者な気がしてます。

 気がしてる、というより、本当に一番被害を被っているような……。

 

 幸いだったのは、周囲の人たちがすんなりと信じてくれたことだよね。

 優しい人たちばかりでよかった。

 

 そう言えばみんな、何してるのかなぁ。

 

 晶はたしか、お母さんの方の実家に行っていて、春休み終わり近くまで帰って来ないみたいなんだよね。

 

 未果は多分、今頃北海道にいるのかな? 昨日から二泊三日だったみたいだし。

 

 それ以外だと、女委はひたすら同人誌を書いてるとか。

 いつか体を壊しそうで心配だよ……。

 

 態徒は、家の道場の手伝いだ! とか言ってたけど、手伝いって何してるんだろうね、態徒。

 

 はぁ、まあでも、こんな風にのーんびりと過ごすって言うのはやっぱりいいよねぇ……。

 

 師匠も、仕事や学園長先生のお手伝いで忙しいのか、今日はゴロゴロしてる。

 学園の方よりも、学園長先生のお手伝いの方が大変そうだよね、あれ。

 なんでも、能力やらスキルやらを使って色々やってるらしいから。

 

 たしかに、それは疲れるよね。

 

 意外と、能力やスキルって、魔力を使わないで使うものが多いけど、あれって、肉体的にも精神的にも疲れるんだよね。

 

 最終的には、精神力がものを言うような物ばかりだし。

 

「んっ~~~~~……はぁ……ちょっと眠くなってきちゃったなぁ……」

 

 のんびりしているのと、メルがあまりにも気持ちよさそうに眠っているせいで、ボクも眠くなってきちゃった。

 

 正直寝たいけど……メルを起こしちゃいそうなんだよね……。

 

 うーん……あ、そうだ。

 

 どうせなら、『アイテムボックス』の中に入って、その中の家で寝ればいいのか。

 うんうん。その手があったね。

 

 それじゃあ早速。

 ボクは自分の座っているところに入口を創ると、そのまま中に入っていった。

 

 

 『アイテムボックス』の中は、基本的に浮いているから、メルを起こさずに済んだ。

 本当に便利だよね、『アイテムボックス』って。

 

 まあ、中に入れるようなおかしなことになっているのは、ボクの『アイテムボックス』だけみたいだけど。

 

 とりあえず、眠っているメルを抱えて家に移動。

 中に入るなり、メルをベッドに寝かせて、ボクもメルの隣に横になった。

 

 すると、

 

「んみゅ~……」

 

 ボクに抱き着いてきた。

 胸に顔をうずめる形で、メルが抱き着いてくる。

 これが、いつものスタイルだったりします。

 

 どうも、こう言う状態が落ち着くそうで、ボクとしてもそう言うことなら仕方ないね、と言うことで了承しています。

 

 まあ、メル可愛いし、ついついなんでも許しちゃったり……。

 

 甘いのかなぁ。

 

 なんて、思っていたら、どんどん瞼が重くなってきて、気が付けば、ボクも眠っていた。

 

 

 それからしばらくして、何やら体に重みを感じて、ボクは目が覚めた。

 なんで重いのかなと思って、目を開けると、

 

「おはようなのじゃ、ねーさま!」

 

 メルがボクの上で馬乗りになっていた。

 あ、だからちょっと重みを感じたんだ。

 

「おはよう、メル。まあ、今は朝じゃないけど」

 

 ここって、いわゆる異空間の中だから、今が何時かとかわからないんだよね。

 その内、時計を置いておいた方がいいかも。

 ……あ、出せばいいのか。

 

「ねーさまねーさま。ここは一体どこなのじゃ? 不思議なところなのじゃ」

 

 あ、そっか、メルはここを知らないんだっけ。

 

「えっと、メルは『アイテムボックス』っていう魔法を知ってる?」

「うむ。異空間に物を収納する魔法じゃな?」

「そうそう。実は、ここはボクの持つ『アイテムボックス』の中なんだよ」

「む? じゃが、『アイテムボックス』には普通入れないんじゃなかったかの?」

「ボクのは特別製みたいでね、なぜか入れるんだよ。あと、欲しいと思ったものが、ボクの魔力と引き換えに出てくるよ」

「なに!? じゃ、じゃあ、ねーさまを欲しいと思えば、出てくるのか!?」

「いや、さすがに人は無理だと思うよ?」

「そうか……」

 

 なんか、しょぼんとしちゃった。

 

「えっと、別に欲しがらなくても、ボクはメルと一緒にいるから、大丈夫だよ」

「そうか! ならいいのじゃ!」

 

 一気に元気になった。

 うんうん、元気な方が可愛いよね。

 

「とりあえず、何か出してみる? お菓子とか」

「お菓子……じゃあ、チョコレート!」

 

 メルがそう言うと、ボクの魔力が微量だけど減って、チョコレートが出現した。

 

「おぉ! 本当に出たのじゃ! さすがねーさまじゃな!」

「ありがとう。でも、どういう原理なのかわからなくてね、ボクの『アイテムボックス』は」

「うーむ、そう言えば、城の書庫に、面白いお話があったのじゃ」

「面白いお話?」

「うむ。なんでも、『創造』というスキルがあるそうじゃぞ?」

「そんなものが」

「じゃが、持ってる人間はおらず、いるのは、神族や、神の血を引いているものだけ、と書いてあったぞ」

「へぇ、じゃあやっぱり、神様っているんだ」

「らしいのう」

 

 魔族のお城にそんなことが書かれた本があったんだ。

 ちょっとびっくり。

 

 それにしても、『創造』かぁ。

 いかにも強そうなスキルだよね。

 

 師匠とか持ってたりして。

 

 ……いや、本当に持ってそう。だって師匠、一応神様の気を浴びすぎて、ほとんど神様に近い存在らしいし……。

 持っていても不思議じゃない気がするよ、ボク。

 

「とりあえず、そろそろ戻ろっか」

「そうじゃな。それで、どうやって戻ればいいのじゃ?」

「普通に、外に出て、ボクが『アイテムボックス』を開けばいいんだよ。ついてきて」

「わかったのじゃ!」

 

 さすがにずっといるのも色々と問題なので、ボクたちは『アイテムボックス』から出た。

 

 

 外に出ると、すでに外は暗くなっていて、もう夜に差し掛かっていた。

 うん。ちょっといすぎたかも。

 

「あら、依桜にメルちゃん。どこに行ってたの?」

「えっと、まあ、ちょっと散歩に」

「そう。そろそろ夕飯だから、こっちに来てね」

「うん」

「はーいなのじゃ!」

 

 よかった。あんまり騒がれてなかったみたいだね。

 

 あれって、一応ボクが開けない限りは入ることも出ることもできないから、行方不明になったようなものなんだよね。

 仮にGPS付きの物を持っていたとしても、多分消えるんじゃないかなぁ、これ。

 少し考えないとダメかも。

 

 

 そうして、平穏に緩やかに時間は過ぎていき、三日目、帰る日になった。

 

「それじゃあ、次はお盆に来るよ、父さん、母さん」

「あぁ、いつでも、まっとるぞ」

「んだ。依桜も、いつでもおいで」

「うん。また来るね、おじいちゃん、おばあちゃん」

「ミオさんやメルちゃんたちも、遠慮せずに来てもいいからなぁ」

「ああ。あたしも、この町は落ち着く」

「儂も!」

「そーかそーか。わしらも、嬉しいぞ」

 

 師匠とメルの二人がこの町を気に入ったことに、おじいちゃんとおばあちゃんの二人はすごく嬉しそうにした。

 なんだかんだで、この二人も打ち解けたよね。

 

「さて、そろそろ帰りましょう」

「うん。おじいちゃん、おばあちゃん、体には気を付けてね。もし何かあったら、師匠が治してくれるから」

「おー、いいのかい?」

「ああ、イオの祖父母だからな。それに、あたしとしても気に入ってる。当然だ」

「ありがとうなぁ、ミオさん。もし、そうなったら、お願いするよぉ」

 

 傍から見ると、師匠の方が年下に見えるんだけど、実際は逆で、師匠の方が年上なんだよね……。

 

 数百歳らしいし。

 

 最低でも百年って言ってたから、どうあがいても、こっちの世界じゃほぼ年上になるんだけど。

 すごいね、異世界って。

 

「おーい、準備で来たぞー」

「うん、今行く! それじゃあ、元気でね」

「ああ、依桜も、体に気ぃつけてなぁ」

「恋人ができたら、連れてきなよぉ」

「あはは、できたらね。それじゃあね」

 

 最後にそう言って、ボクたちは車に乗り込んだ。

 

 

 家に向かって走る車の中では、メルがまたボクの膝を枕にして眠っていた。

 好きなんだね、膝枕。

 まあ、ボクもなんとなく心地いいから構わないんだけどね。

 

 あ、そうだ。

 

「師匠、『創造』ってスキル知ってます?」

「『創造』? ああ、魔力でなんでも創ることができるスキルだろう? それがどうかしたのか?」

「あ、はい。昨日、『アイテムボックス』の中でボクとメルがお昼寝してたんですけど、その時メルが、『アイテムボックス』の話をしている時に、ふと『創造』のスキルの話をしたんですよ」

「なるほど。たしかに、お前の『アイテムボックス』は『創造』に近いものがあるな。だが、お前の『アイテムボックス』の場合は、中でしか生成できないんだよな?」

「はい。外ではできないですね」

 

 以前試してみたんだけど、何も出てこなかったんだよね。

 『アイテムボックス』内に手を入れて行えば、創り出すことができるんだけど。

 

「『創造』は、場所に限らず、魔力さえあれば何でも創れる、なんていうぶっ飛んだスキルでな。まあ、持ってるやつはまずいない。あたしですら持ってない」

「え、師匠持ってないんですか?」

「まあな。そもそも、生成系の魔法とは違って、何でも出せるんだぞ? 理論上、『創造』はアーティファクトすら創り出せるらしいからな。あたしには無理だ」

「でも、メルが言うには、『創造』のスキルを持っているのは、神族か、神族の血を引いた人だけらしいですよ?」

「そうなのか。だが、あたしは神に似たような者であって、神ではない。まあ、もどきってやつだな。一応、神の血を引いてりゃ、純粋でなくても神だ。だが、あたしの場合は神気を浴びまくった結果の神もどきだからな。少し違うんだ」

「そうなんですか」

 

 なんだか、ややこしい話だなぁ。

 でも、そっか。師匠なら持ってそうと思ったんだけど、持ってないんだ……。

 ちょっと意外だったかな。

 

「そう言えばイオ。お前の『アイテムボックス』で生成できるものに制限とかってあるのか? 例えば……銃とか」

「どうなんでしょう? 一応、食品類、道具類は創れてますし……もしかすると、できるかもしれないです。まあ、やりませんけど」

「そうか。……ますます怪しいな」

「? 何か言いました?」

「いや、気にするな。まあでも、あたしは酒が飲めるんで、全然ありがたいがな!」

「あんまり出しませんからね? 師匠、飲みすぎちゃうんですから」

「そう言うなよ。あたしだって、飲まずにはやってられないんだ」

「でも師匠、向こうにいた時とか、仕事とかに関係なく、基本一日中飲んでる日とかもありましたよね?」

 

 それでいつも、ボクに絡んできたり。

 師匠は酔っぱらうことはなかなかないけど、ないというわけではないので、たまに酔っぱらって絡んでくる時がある。

 

「美味いもん美味いんだから、仕方ない」

 

 さっきのセリフ関係ないよね……?

 師匠のお酒好きには、本当に困ったよ……。

 

 

 道中、PAとかに寄って休憩を挟みつつも、夕方になる頃には、無事に家に到着していた。

 おじいちゃんとおばあちゃんの家がある町のように、自然豊かな場所も好きだけど、なんだかんだで、我が家が落ち着く。

 ……ちょっと、空気が汚いけど。

 そこはそこ、それはそれ、ということで。




 どうも、九十九一です。
 なんだか、急ぎ足になってしまった。いや、うん。いい加減、新章に入った方がいいと思ってますしね。……まあ、私が単純に書きたいだけなんですが。好き放題やる、っていうのは、なんだかんだであんまりよくないんですけどね。やっぱり、一つの章が長くなっちゃうと、ついつい……。気を付けないと。
 それから、一応、次の話で、5.5章、並びに、一年生編が終了になります。その次から、二年生編に入ります。
 それともう一つ。やっぱり、三年間の話はやろうかなと思います。といっても、一年目はさらっと流す感じになりそうですが。まあ、多分不定期だろうなぁ……個人的に、難しいと思ってるし、こっちがメインなので。まあ、投稿が始まるときに再度連絡します。
 今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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235件目 呼び出し

 春休みも特にこれと言ったことがなく過ぎていき、春休み最終日の四月七日。

 

 今日は、ショッピングモール、メルと一緒に来ていた。

 理由は、明日から始まる学園に通うための、ランドセルを買いに行くため。

 あとは、筆記用具とかノートとか。

 

 今年から新設される、初等部と中等部の内、初等部には制服がない。つまり、服装は自由と言うことになっている。

 

 私立って、制服があるイメージだったんだけど、ちょっと意外だった。

 

 その代わり、中等部から制服があるとのこと。まあ、当たり前かな?

 一応、服装的には、高等部の生徒が着ている制服と同じだけど、男子の場合はネクタイの柄が違う。高等部だと、進級するごとに柄が緑→青→赤、と言う風に変わるんだけど、中等部の場合、緑・青→青・赤→赤・緑、といった風に二色使われたものになる。

 で、女の子の方は、中等部はネクタイになって、高等部はリボンになる、という違いがある。

 

 ちなみに、色は緑→青→赤の順番で、これは中等部・高等部共通。

 ボクもリボンの色が緑から青になります。

 

 あ、もちろん、制服の柄を選択できますよ。

 

 それから、今までは女の子の方だけしか制服の柄は変えられなかったんだけど、今年から男子の方にも追加されたそうです。

 こっちも前々から進めていたそうです。

 

 あとは、これで男女差別だ! なんて言われたら嫌だから、って学園長先生が苦笑いしながら言っていた。

 まあ、たしかにどっちか片方を優遇していると、そういう苦情が来てもおかしくないからね。いい判断だと思うよ。

 

「それにしても、ランドセルかぁ。五年くらい前まではランドセルを背負ってたなぁ」

「ねーさまも背負ってたのか?」

「それはそうだよ。ボクにだって、小学生だった頃があるんだし」

 

 まあ、正確に言えば、五年に+三年した数字が、最後にランドセルを背負ってた日だったりするんだけど。

 

「儂は、ねーさまのおさがりでもよかったんじゃが……」

「ううん、それはさすがに可哀そうだよ。いくら、三年間しか通わないとはいえ、お古はちょっとね。それに、ボクのランドセルは少し古くなっちゃったから。どうせなら、メルのために新しいのを買いたいんだ」

「ねーさま……わかったのじゃ! ねーさまがプレゼントしてくれる、ということじゃな?」

「まあ、そうかも。メルが来ちゃった原因は、ボクにもあるしね。それに、ボクはお金に余裕があるから、メルにランドセルを買ってあげるくらい、わけないよ」

「ねーさまは、お金持ちなのかの?」

「うーん、まあ多分、世間一般で言えば、その部類、になるのかな?」

 

 原因は、学園長先生だけど。

 あの人が、今までのあれこれのことに対するお金を振り込んできたから。

 結局、まだまだ残ってる。

 

 一億切ったのかな? 今って。

 一応、家のローン返済に使われたから、少なくとも九千九百万は確実にあると思っていいかな。

 

 うん。それでも多い。

 

 これ、使いきれなくない?

 

 いやまあ、貯金はあるだけあった方がいいんだけど……。

 金銭感覚がおかしくなりそうでちょっと心配。

 

 ボクは小心者だから、逆に使えなさそうだけどね。

 

「ねーさま、あそこか!?」

 

 と、メルが前の方を指さしてボクにそう尋ねてきた。

 

「うん。そうだね。じゃあ行こ」

「うむ!」

 

 

「おー、いっぱいあるのぅ……どれでもいいのか?」

「もちろん。好きなのを選んで。どれでも買ってあげられるから。でも、一個だけだからね?」

「わかったのじゃ」

 

 そう言うと、メルは目をキラキラさせながら、ランドセルを選びに行った。

 

 うん、なんか微笑ましい。

 

 でも、そうだなぁ、メルが似合いそうな色は……うーん、なんだろう。

 メルは、紫色の髪(赤のメッシュが毛先に入ってる)に、紅の瞳だから……やっぱり、赤かなぁ。

 あ、でも全体的に赤多めになっちゃうんだよね。

 

「ねーさまねーさま!」

 

 と、うんうん唸っていると、メルから呼び出しの声がかかった。

 とりあえず、考えるのは後にして、メルの所へ。

 

「どうしたの?」

「ねーさま、これはどうかの?」

 

 と言って、メルが示してきたのは、なんかどこかのマンガの主人公が来ていた服に似た柄のあれ。

 正直、テレビでずっとやっていてうんざりしている人も多く出始めてるであろう、マンガに登場する衣服の柄。

 

 いや、正確に言えば昔から日本にあった柄を、どこかの出版社が商標登録しちゃったものなんだけど。もちろん、叩かれたけど。

 

「えーっと、それがいいの……?」

「かっこいいなと思ったんじゃが」

「メル、そう言うのはやめておいた方がいいよ?」

「なんでじゃ?」

「そういうのは、周囲のブームに便乗して作られたものなの。でも、いざブームが過ぎて、数年先も使っていたとしたら、いじめられる原因になりかねないんだ。そもそも、ランドセルは買い替えることなんてまずしないものだからね。よく考えて選んだ方がいいよ」

 

 別に、便乗するのは否定しないけど、正直なところ、こういう買い替えないで、数年間も使うような物に対してはやめた方がいいんじゃないかなぁ。利益ばかり考えていると、後々になって自分たちの首を絞めるような結果になりかねないからね。

 なんて思う。

 後々になって、絶対困るもん。恥ずかしい思いをするのは、あくまでも子供だからね。

 

「そうなのか」

「うん。メルには、普通にシンプルなのが似合うと思うよ、ボク」

「ねーさまがそう言うのなら、シンプルなやつにするぞ!」

「それじゃあ、好きな色は?」

「んーと……赤!」

「赤ね。じゃああっちのはどうかな?」

「うむ、あれにするのじゃ!」

「え、そんなあっさりでいいの?」

「ねーさまが教えてくれたものが一番いいのじゃ!」

「そ、そっか。じゃあ、あれにしよっか」

 

 結局、メルのランドセルは赤色になりました。

 

 

 それから、筆記用具やノートを買ったり、ゲームセンターに寄ったり、フードコートで甘いものを食べたりしたボクたちは、家に帰った。

 

 家に帰った直後、スマホが鳴り、メールが一件来ていた。

 学園長先生からで、内容は、

 

『今すぐ、学園に来て』

 

 とのこと。

 

 なにやら急用らしいので、ボクは急いで学園へ向かった。

 

 

 いつも通りにノックして、中に入る。

 

「来ましたよ」

「もうすぐ夜なのに、ごめんなさいね」

「いえ、慣れてますから。それで、何かあったんですか?」

「ええ、ちょっとこれ見て」

 

 そう言って、。学園長先生がPCの画面をボクに見せてきた。

 そこには、日本の地図が映し出されていて、所々に、なにやら黒い点のような物が表示されていた。

 

「これは?」

「ここ最近、空間歪曲が日本各地で多発していてね。この黒い点が、それ」

「ええ!? だ、大丈夫なんですか、これ?」

「今のところ被害者はいないわ。私の研究所の方で、研究員たちが変わりばんこで監視しているわ」

「それならよかったです……。でも、どうして急に? それも、日本に」

「さあ? 正直、私たちの方でも原因がわかってなくてね。でも、依桜君が異世界に行っていたおかげで、空間歪曲にはそれぞれ種類があることがわかったの。ちなみに、ここ最近見られている空間歪曲は、依桜君が行った世界の物ではないわ」

「え? それじゃあ、新しい世界が見つかった、ってことですか?」

「それはわからないわ。実際、この空間歪曲の先に行かないと」

「そうですか……」

 

 それは困った。

 

 日本各地でこれが多発していると言うことは、今は被害者がいなくても、いずれ被害者が出てきてしまう可能性がある。

 

 ただでさえ、向こうの世界の人がこっちに来ちゃったりしていて、大変だというのに、今度はこっちの世界の人が知らない世界に行くかもしれないと思うと、結構まずい。

 

「どうにかならないんですか?」

「一応、色々と調べてはいるけど、対処はまだ。そもそも、これがなんで発生しているのかわからなくて。これに巻き込まれたらどうなるかわからない以上、研究は急がないといけなくてね」

「大変ですね……」

「ほんとよ。まあでも、色々と調べられる、って言うのは楽しいからいいけど」

 

 それはそれでどうなんだろう……?

 あんまりよくない状況なのに、楽しむって……。

 平常運転だね、学園長先生。

 

「そう言えばこれ、いつから発生してるんですか?」

「そうね……四月に入ってから、かしら」

「本当に最近ですね」

 

 六日前から多発しちゃってるんだ。

 

「それから、一番空間歪曲の頻度が高いのは、美天市なのよね……」

「え、ここですか?」

「ええ。あ、もちろん、私たちは何もしてないわよ? むしろ、こっちが知りたいくらいなんだから」

「……ほんとですか?」

 

 関係ない、と言う風をに言う学園長先生に、ジト目を向ける。

 

「うわー、信用ないなー、私」

「当然です。学園長先生が原因で、向こうの世界の人たちはこっちに来ちゃいますし、それに、ボクがこんな姿になっちゃいますし。散々だったんですから」

「本当に、申し訳ない」

「まあ、もういいですけど……。それで、ボクを呼んだ意味って何ですか?」

「ほら、依桜君って巻き込まれやすい体質じゃない? もしかすると、依桜君がこれに巻き込まれて、おかしな世界に行っちゃうかもしれないと思ったから」

「あー……ひ、否定できない……」

 

 いろんなことに巻き込まれすぎて、一年生後半はすごい大変な日常ばかりだったもん・……。

 自分でも、え、何でこうなってるの? みたいな状況になったし……。

 女王になったのが、一番いい例だよね。

 

「だから、気を付けてね」

「は、はい」

「でも、本当にどこに繋がってるのかしらね、これって」

「ボクたちが知ってる異世界じゃないんですもんね?」

「ええ。少なくとも、パターンが違うから、まったく別の世界だと思うんだけど……。さすがに、これに巻き込まれて、この先の世界を調べる! って言っても、どんな危険があるかわからない以上、どうにもできないから」

「まあ、そうですよね……」

 

 さすがに、ボクが行きます! なんて言えないし。

 

 そもそも、学園長先生が言うように、どこに繋がっているかわからないから、怖いんだよね。

 

 それにしても、なんで急に増えたんだろう?

 しかも、美天市が一番多いらしいし……。

 

 何かあるのかなぁ。

 

 思い浮かぶのは、学園長先生なんだけど、今回は違うみたいだし……。

 

 うーん、わからない。

 

 一応、自然現象の一種だって、前に言ってたから、異常気象に近い何かだと思っていた方がいいかも。

 

 学園長先生がわからないなら、どうしようもないしね。

 

「とにかく、私の方でもしっかり調べておくから、依桜君も気を付けてね。……まあ、見えないものを気を付けろ、って言うのはちょっと無理難題な気がするけど」

「仕方ないですよ。まあでも、ボクも気を付けます。さすがに、もう転移する、なんてことはないと思いますから」

「……今、見事にフラグが立ったわね」

「何か言いました?」

「ああ、ううん? なんでもないわ。それじゃあ、話は以上だから、気を付けて帰ってね」

「はい。それじゃあ、失礼します」

 

 

 学園長先生の話を聞いた後だから、少しドキドキしながら家に帰宅。

 何事もなく、無事に家にたどり着いた。

 

 家に帰ると、もう夜ご飯の準備はできていて、すぐに夕食となった。

 それを食べたら、ボクはお風呂に入って、いつも通り、メルと一緒に寝ました。

 

 明日から二年生。気を引き締めないと!




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、日常回終了です。前話で言った通り、次から二年生編かつ、新章に入ります。まあ、今回の話でなんとなく気付いている方もいると思いますが……まあ、ちょっとしたことをやるつもりです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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2年生編 1章 並行世界
236件目 入学式


 四月八日。

 

 今日から新学期であると同時に、ボクは二年生になり、メルは四年生として新しく新設される初等部に編入。

 

 一応、海外からの留学、という設定だけど、戸籍上的にはボクの妹になってるからね。

 

 留学と言っても、一応は高等部卒業くらいまでは考えているけど、向こうの世界の様子を見て、って感じかな。

 

 できれば、早く自由に行き来できる装置が完成してくれるとありがたいんだけど、昨日の学園長先生の話を聞いていると、少し遅れそうだよね。

 

 まあ、あっちは私的な理由だけど、今回のこの件に関しては、日本全国で問題が発生しちゃってるからね。そっちを優先させた方がいいのは当然。

 

 しかも、それを調べられるのが、少なくとも学園長先生の所だけだからなおさら。

 何とかなるといいなぁ。

 

「メル、起きて。今日から学校だよ」

「んにゅぅ……ふぁあぁ……おはようなのじゃ、ねーさま……」

「うん、おはよう。さ、着替えて着替えて。遅刻しちゃうよ?」

「はっ、そうじゃった! 急いで着替えねば!」

 

 眠そうにしていたメルが、一気に目を見開くと、大急ぎで着替え始めた。

 楽しみだったんだね、学園。

 いいことです。

 

 

「おはよー」

「おはようなのじゃ!」

「おはよう、依桜、メルちゃん」

「ああ、おはよう、イオ、メル」

 

 リビングに行くと、師匠がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 おー、なんか似合う。

 

「師匠がこの時間にいるのって珍しいですね?」

「ああ、あたしは別に、大きな仕事があるわけじゃないからな。たまには、イオと登校するのもいいと思ってな。もちろん、エイコに許可はもらってるぞ」

「そうですか。それはよかったです」

 

 新学期早々、師匠と登校できるとは思わなかったけど、普通に嬉しいかな。

 でも、もう二年生なのか。

 早かったような気はするし、長かったようにも思える。

 

「さ、二人とも、朝ご飯食べちゃって」

「「はーい(なのじゃ)」」

 

 

 朝ご飯を食べ終えた後、メルはランドセルを背負って、ボクは学園指定のカバンを持ち、登校。

 師匠だけは、軽装だ。

 まあ、師匠の場合は、体育教師だから、あんまり荷物がないのかもね。

 あるとすれば、昼食とかじゃないかな?

 あとは、着替えとか。

 ちょっと羨ましい。

 

「楽しみじゃのぅ。友達できるかのぅ」

 

 いつものように、メルと手を繋ぎながら、三人で学園へ向かっていると、メルがそんなことを口にした。

 

「メルならきっとできるよ」

「ほんとか?」

「うん。この春休みで、ちゃんと手加減も学んで、普通に人間と同じくらいで動けるから、大丈夫。それに、メルは可愛いから」

「そうか! ねーさまに褒められるのは嬉しいのぅ」

「そう? そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 メルは、春休みの間で、勉強だけでなく、手加減も学んだ。

 普通の人よりも、圧倒的に力が強いからね。

 少なくとも、世界チャンピオンの格闘家に余裕で勝てるレベルと思っていただければわかりやすいと思います。

 そもそも、コンクリート壊せるレベルだからちょっとあれだけど。

 

 メルとか師匠が《CFO》でキャラクターを作った場合、どんなキャラになるんだろう?

 少なくとも、師匠はボク以上、メルはボクレベルとまでは行かなくても、かなり強いキャラクターが出来上がりそう。

 

 称号『魔王』とかありそうだもんね。あと『神殺し』とか。

 

 その内、二人の分の『New Era』も手に入れておこうかな。楽しんでくれそうだし。

 師匠はわからないけど。

 

「にしても、この桜という花は綺麗だな」

「そうじゃなぁ。儂も気に入ったぞ! ふわふわ舞ってて可愛いのじゃ」

「ありがとう。一応、美天市は桜が多いからね。この時期になると、桜が満開になって、今みたいに舞っているんだよ」

「なるほど。こっちの世界には、見たことがない物が多くて、楽しいぞ」

「それはよかったです。でも、師匠がこっちに来てから、なんだかんだで四ヶ月は経ってるんですよね」

「言われてみればそうだな。すっかりこっちにも馴染んちまったからなぁ」

「いいことだと思いますよ」

「それもそうだな」

 

 ボクとしては、師匠と一緒に暮らせるのはなんだかんだで嬉しいし。

 やっぱり、恩人だし、なんだかんだでいい人だから。

 異世界には、いい人しかいないようなイメージがあるよ。

 ……まあ、中には悪い人も大勢いたわけだけどね。

 

「しかしまあ、ここを歩くガキどもが増えたな」

「まあ、今日から生徒がかなり増えますからね、学園は」

「儂と同じくらいの者もおるのぉ」

 

 今まで歩いていた道は、ボクと同じくらいの生徒しかいなくて、そこまで人はいなかったんだけど、今日から初等部と中等部が開校されるとあって、いつになく増して人が多い。

 小学生や中学生がいる。

 全国から集まって来てるわけだけど、普通に考えて、一人暮らしの許可が下りた、ってことなんだよね。

 

 なんだか、賑やかになったなぁ。

 

 商店街の人たちも、これから賑わうぞ! って気合が入ってたっけ。

 

 実際、商店街を利用する学園生は多いんだよね。

 あそこって、駄菓子屋さんとかあるし、肉屋さんに行けば、コロッケとかメンチカツが食べられるから。美味しいしね。

 それ以外にも、割とどの店で買い食いができるような物があるから、人気がある。

 

 ボクの場合は、普通にお買い物が目当てだけどね。安いから。

 

 ショッピングモールの方も、何かと売り上げが上がってるって聞くし。

 

 割といいことだったんじゃないかな、学園の拡大は。

 まあ、逆に治安が悪くならないように色々としなきゃいけないと思うけど。

 

「しかしまあ、やっぱあたしたちは目立つのかね?」

「あー、まあ、そうなんじゃないですか?」

 

 ボクたちに視線が集まっていることに対し、師匠が苦笑い交じりに言ってきたので、ボクはそう返す。

 

 実際、師匠はかなり美人だし、メルは紫紺の髪に赤のメッシュが入っている上に、紅の瞳。それから、すごく可愛い。ボクは銀髪碧眼だから、どうしたって目立ってしまう。

 やっぱり、珍しいよね、ボクの髪の毛って。

 

 この中で一番普通な髪色なのって、師匠だけど、師匠の黒髪ってすごく綺麗なんだよね。艶がすごいというかなんというか。

 

「でもあれだな。イオはどこに行っても、注目されるんだな」

「あはは、まさか。ただ髪色とかが珍しいだけですよ」

「何言ってるんだ。さっきから、あたしらにすれ違うガキどもは、みんなお前を見て顔を赤くしてるぞ」

「そうですか? 単純に緊張してるだけだと思いますよ? 慣れない土地で、新しい学園に通うことになったり、入学したりすることになるわけですから」

「……お前の鈍感さや謙虚さ、ある意味一種のスキルだよな」

「そんなスキルはないですよ。それに、ボク結構鋭い方だと思ってますよ? ね、メル?」

「うむ? むー……ねーさまはちょっと鈍感かもしれないぞ?」

「え」

「メルも言ってるぞ? 実際認めた方がいいんじゃないのか?」

「そ、そんなはずは……」

 

 え、ボクって鈍感なの?

 でも、視線には気付くし、攻撃されればどこから来たのかもわかるし……それに、敵意とかよくわかるよ?

 これだけわかってれば、鈍感じゃないと思うんだけど……。

 

「……これはダメだな」

 

 師匠にダメと言われました。

 

 

 それからしばらく歩き、学園に到着。

 

 学園は春休み前に来た時よりもさらに広くなってました。

 

 ……え、これどうなってるの?

 やっぱり、ホログラムとか、そう言うのを使って、小さく見せてただけとか……?

 う、うーん、あの学園長先生だから、全然否定できない……。

 

 どうなんだろう?

 

 まあでも、本当に広くなったね。

 よく見たら、いろんな建物が増えてるし。

 

 講堂は大きくなってるし、体育館は新しく二つできてる。

 他にも、プールとか、テニスコートに野球場、グラウンドも増えてる。

 

 え、これ本当にどうやって増やしたの?

 

 一応、この学園の周辺って、住宅街だったり、山だったりしたけど……まさか、買収? 買収したの?

 

 だとしたら、学園長先生の財力って、本当にどうなってるの……?

 

 なんかもう、色々とありすぎじゃない……?

 

 それに、学園自体が、前より綺麗になってる気がする。

 こんな、校門くぐって少しした先に、噴水なんてあったっけ?

 

 舗装されているところも、以前はコンクリートだったのに、なぜかレンガになっていて、それ以外には芝生があるし……。

 

 大幅に変えすぎじゃない? これ、何をどうしたらこうなるの?

 

 色々と疑問になりつつも、敷地内を歩く。

 すると、案内板が見えてきた。

 

「あ、ここで一旦別々になるんだ。メル、メルは向こうだよ」

「うむ、わかったのじゃ」

「それじゃあ、メル、頑張ってね」

「うむ!」

「では、師匠、ボクたちは行きますね」

「ああ。あたしも、さっさと職員室に行くよ。じゃあな」

 

 ボクたちは一旦、それぞれの場所に分かれた。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

「やっぱり、今日も早いね、二人とも」

 

 新しいクラスが書かれた紙が貼ってある昇降口前に行くと、いつもの二人がもう来ていた。

 もう新しいクラスが張り出されたのか、大勢の生徒が群がっている。

 

「クラスは見た?」

「ああ。全員、同じクラスだったぞ」

「ほんと!?」

「ええ。みんな揃って、三組よ」

「そっか、よかったー」

 

 本当に同じクラスになれたよ。

 よかったよ、みんなと違うクラス、なんてことにならなくて。

 そうなったら、ちょっと寂しかったよ。

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 と、ここで態徒と女委も登校してきた。

 

「おはよー、二人とも」

「おはよう」

「おはよう」

「クラスどうだったよ?」

「喜びなさい。態徒以外、全員同じクラスよ」

 

 未果が悪ノリを始めた。

 

「ちょっ、マジで!?」

「ええ。みんな、三組だけど、一人だけ一組よ」

「なんっ、だとっ……。畜生! オレだけ、オレだけ仲間外れなのか!」

「残念だったな、態徒。どうやら、お前だけ、一人らしい」

 

 あ、晶も便乗してきた。

 

「そっかそっかー。それは仕方ないよねぇ。態徒君、日ごろの行いが悪いもんねぇ」

 

 と思ったら、女委も参加。

 これ、いじめになってない……?

 さすがに、ちょっと可哀そうなんだけど。

 

「くそっ、新学期も依桜と同じクラスになって、優越感に浸れると思ったのにっ……!」

 

 前言撤回。全然可哀そうじゃないです。

 

「大丈夫だよ、態徒。少なくとも、体育祭では同じ陣営になれると思うから」

「それ、普段は別じゃねえか! マジかよぉ……オレだけ、オレだけ違うのかよぉ……」

 

 なんか、泣き始めてきたんだけど。

 あー、うん。ちょっとやりすぎたんじゃないの? これ。

 

「冗談よ。態徒も同じクラスよ」

「マジ……?」

「「「「マジ」」」」

「な、なんだよおどかすなよ……マジで焦ったぞ?」

 

 一転変わって、さっきのやり取りが冗談であることを知って、態徒は心の底から安堵していた。

 

「でもよー、なんかクラス表の前、やけに熱狂してるよな。なんつーか、勝利の雄たけびを上げてるやつもいれば、FXで有り金溶かしたみたいに死んでるやつもいるしよ」

 

 態徒が言うように、たしかにそう言う人たちがいる。

 喜んでいる人よりも、落ち込んでいる人の方が圧倒的に多い。

 そんなに一緒のクラスになりたかった人がいるのかな?

 

「これ、どう見ても……」

「そうね。間違いなく……」

「だな……」

「だね」

「あ、あの、なんでみんなボクを見るの?」

「「「「いや、なんでもないです」」」」

「そ、そう?」

 

 なぜか、みんなにすごく見られてたんだけど、どうして、あんなに見られたんだろう?

 うーん? よくわからない。

 

 

 新しいクラスを確認したボクたちは、二年三組の教室へ。

 

 入学式と始業式まで少し時間があるので、そっちで話そうと言うことになった。

 教室に行くと、去年同じクラスだった人がちらほらと見受けられた。

 

 他は他クラスだった人ばかり。

 

『よっしゃっ、男女と同じクラスだっ……!』

『今年の行事が全部楽しみになって来たっ!』

『しかも、椎崎とか腐女もいるし、マジで今年は最高だぜ……』

『依桜ちゃんと同じクラスなのは嬉しいなぁ』

『ねー。依桜ちゃん可愛いから、普通に嬉しいよね』

 

 うん? なんだろう、また視線を感じるような……。

 顔に何かついてる?

 ……ついてないね。

 じゃあなんだろう?

 

「しかしまあ、この学園も広くなったな」

「そうね。というか、初等部と中等部が新設されたことの方がびっくりよ。事前に知っていたとはいえ、まさか本当に実現させるとは思わなかったもの」

「だなー。まあでも、可愛い子が増えるってことだろ? ならよくね?」

「お前、いつもそればっかだな」

「いやいや、男としては当然――ッ!?」

 

 態徒が何かを言いかけた時、なぜかびくっと肩を震わせた。

 

「どうしたの?」

「い、いや、なんか今、すっげえ寒気がしたんだが……」

「風邪じゃないのー?」

「馬鹿は風邪ひかないって言うし、大方知らず知らずのうちに恨みを買って、その怨念か何かが来ただけじゃないの?」

「いや、それはそれでなんか違うような……?」

 

 腕を組んで唸る態徒。

 もしかしてあれかな。態徒のことが好きな人がいて、その人が態徒が言った今のセリフで怒った、とか?

 

 ……まさかね。

 

 さすがに、あの娘がこの学園に通ってるわけじゃないと思うし。

 

 ……あれ? そう言えば、あの娘に似た名前があったような……?

 気のせい、だよね。うん。

 

 

 少しの間話していると、もうすぐ、入学式が始まる時間となり、ボクたちは講堂に移動した。

 

 講堂がかなりの広さになったことで、まさかの全校生徒座れるという、とんでもない建物が出来上がっていました。

 本当。どうなってるんだろうね……?

 

 いつ工事したのかすごく気になるんだけど。

 

 だって、普段も講堂は使っていたわけだし……。

 普段使っているのに、どうやってこんなに大きくするような、大掛かりな改装工事なんてしたんだろう?

 

 この学園は色々と謎が多いよ……。

 

『新入生、入場』

 

 そのアナウンスと共に、新入生(初等部・中等部・高等部)の生徒たちが入場してきた。

 

 一応、初等部と中等部の生徒は、基本全員新入生みたいなものだと思うんだけど。

 

 それにしても、少子高齢化社会だというのに、よくこれだけの人数を集められたよ。

 子供の人数が減って、廃校になる学校だってあるのに。

 

 そんなに、この学園がよかったのかな? 一応、小学校と中学校は今日から開校される新設されたのに。

 

 ある意味、未知数だと思うんだけど。

 色々と考えながら、拍手をする。

 しばらくその状態が続き、

 

『着席』

 

 の指示で新入生が座席に座った。

 開会の言葉や、来賓祝辞など、筒長く進み、学園長先生によるお話となった。

 

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。今年から初等部、中等部が新設され、この学園もさらに賑やかになると思います。初めての試みなので、まだまだ勉強しなければならない点もありますが、皆さんが楽しめるような学園にしたいと思いますので、のびのびと勉学、運動、部活動、行事などに積極的になり、思い出に残る学園生活にしてください。その他、初等部二年生~六年生の皆さんと、中等部二年生、三年生の皆さんも、右も左もわからないかもしれませんが、高等部二年生、三年生の皆さんを頼ってください。必ず、力になってくれると思います。もちろん、高等部一年生の皆さんも。頼ってください。頼るのは、先輩方だけでなく、教職員の方も頼っていただいて構いません。困ったことがあれば、遠慮なく頼ってください。そして、高等部二年生、三年生の皆さんは、今言った通り、困っている後輩を見かけたら、率先して助けてあげてくださいね。あんまり長いと、寝ちゃう人もいると思うので、私のお話はこれくらいにしましょう。それでは、よき学園生活が送れるよう祈っています」

 

 すごくまともなこと言ってる……。

 

 いや、学園長という立場だから、まともなことを言わないといけないんだけど。

 

 でも、普通にこう言うことを言えるんだよね、学園長先生って。

 プライベート時などが酷いだけで。

 

 そこを除いたら、いい教育者だとは思うんだけど……。

 やっぱりおかしいよ、あの人。

 

『続きまして――』

 

 その後も、問題もなく、入学式が終わり、始業式も筒長く終了となった。

 

 

 この日は、入学式と始業式、それからHRだけだったので、お昼前に終わり、すぐに帰宅となった。

 

 ちなみに、ボクのクラスの担任と副担任の先生は、戸隠先生と、師匠でした。去年と変わらない。

 

 ボクは、校門の前でメルと待ち合わせ。

 今日は一緒に帰れるからね。

 普段はちょっと難しいと思うけど。

 初等部と高等部じゃ、授業の長さが違うからね。

 

「ねーさまー!」

 

 と、タタタタッ! と足音共に、メルの声が聞こえてきた。

 

「ねーさま!」

「わわっと。メル、いつも言ってるけど、走りながら抱き着くと危ないよ? もしかしたら、怪我しちゃうかもしれないんだから」

「でも、ねーさまが受け止めてくれるから大丈夫じゃろ?」

「そうだけど、それとは別だよ? いい? いきなり抱きついちゃダメだよ?」

「むぅ、家でもか?」

「家は……まあ、走りながら抱き着いてきたり、飛びついてこないならいいけど」

「ならいいのじゃ!」

「まったくもぅ……。さ、帰ろっか」

「うむ!」

 

 もう、手を繋いで歩くのが当たり前になってきていたボクたちは、いつも通りに手を繋いで家路に就いた。




 どうも、九十九一です。
 一応、この章が本格的になるまで(次の話で)章タイトルは伏せておきます。まあ、どの道午後に投稿する話で出ちゃうんで、あんまり関係ない気がするけども。
 今日も2話投稿を予定しています。いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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237件目 邂逅

 入学式、並びに始業式が終わり、特にこれと言って大きな出来事もなく、一週間が終了し、進級してから二週目の月曜日の朝。

 

 先週やったことと言えば、委員会と係決めくらい。

 

 ボクは、保健委員になりました。なぜか。

 というか、なぜかクラスメートのみんなが、ボクに是非保健委員になって! なんて言うんだもん。しかも、鬼気迫る勢いで。

 どうしてボクが保健委員になってほしいと頼まれたのかはわからないけど、一応向こうの世界で嫌というほど怪我の手当てはしていたし、回復魔法も持っているしで、ある意味あってると思ったから、了承したけど。

 

 ちなみに、未果はまた学級委員になりました。

 貧乏くじを引いた、って嘆いていた。

 

 他には、晶が体育委員になったり、女委が図書委員になったりした。

 

 態徒は委員会に入ることはなく、普通にフリー。

 

 ただ、女委が図書委員って言うのはなんだか……ちょっと不安を感じる。

 なんでだろうね。

 ……図書室に、気が付いたらBLの本が! なんてことになってそう。

 

 できれば、阻止しよう。うん。

 

 そう言えばメルにも友達ができた、って言ってたなぁ。

 

 正直、普通の子供とは容姿が全然違うから、もしかしたら浮いちゃってるかも、って心配していたけど、杞憂で何より。

 

 メルは素直で、可愛いからね。当然だと思います。

 変なちょっかいを出してる子がでないといいんだけど。

 

 

 それから、いつも通りにメルを起こし、朝ご飯を食べた後いつも通りに登校。

 

 学園へ向かう途中、一週間経ったとはいえ、こんなに学園へ向かう生徒が大勢いるって言うのはなかなか見慣れない。

 

 五月になる頃には慣れてるんだろうなぁ。

 

 同時に、やっぱり視線が来るけど。

 なんで視線が来るのかやっぱりわからない。

 

 概ね、メルが可愛いから来てるんだと思うけど、なぜかボクにも来るし……うーん、銀髪碧眼は見慣れないのかなぁ。

 

 まあ、そうそういないしね、ボクみたいなのは。

 それを言ったら、メルなんてもっといないよね。

 紫紺の髪に紅の瞳だから。

 しかも、メッシュが入ってるから余計。

 

 これ、地毛なんだよね。

 魔族って不思議。

 

「あ、巴ちゃんじゃ! おーい、巴ちゃーん!」

 

 と、大勢いる人の中から、友達を見つけたらしいメルは、巴ちゃんという娘を呼んでいた。

 すると、メルの呼び声に反応して、巴ちゃんがタタタッと駆け寄って来た。

 

「おはよう、メルちゃん!」

「うむ、おはようなのじゃ! ねーさま、この娘が儂の友達一号の、巴ちゃんじゃ!」

「おはよう、巴ちゃん。メルのお友達になってくれて、ありがとう」

 

 メルのお友達と言うことで、少しかがんで目線を合わせてお礼を言う。

 茶髪でショートボブの可愛い女の子だ。

 

「ふわ! め、女神様だ! ほ、本物ですか!?」

「え、め、女神様?」

 

 なんだろう、今すごく聞き慣れつつある単語が聞こえてきたんだけど。

 

「はい! 初等部の子たちの間で噂になってるんです! 高等部には、白銀の女神様がいるって!」

「あ、あー……うん、まあ、一応そう言われてるみたいだけど……ボク、そこまで大層な人間じゃないよ?」

「でも、女神様すっごく綺麗です!」

「そ、そうかな? ボク自身、そこまで綺麗とは思ってないんだけど……」

「そんなことないです! 女神様は綺麗ですよ!」

「そ、そっか。あと、できれば女神様呼びはやめてもらえると嬉しいかな」

 

 正直、むず痒くて……。

 あと、ボク自身が女神様、なんて呼ばれるような人間じゃないし、そこまですごい人って言うわけでもない。

 

「じゃあ、えーと、んーと……な、なんて呼べばいいんでしょうか?」

「あ、そう言えば名前を言ってなかったね。ボクは、男女依桜。まあ、好きに呼んでいいから」

「じゃあ、依桜お姉さんでいいですか?」

「うん」

 

 本当は、お姉さんじゃなくて、お兄ちゃんの方がある意味正しかったりするんだけどね。

 ……そっか。今、学園の中に、ボクが元男だってことを知っているのって、高等部の二年生と三年生だけなんだよね。

 だから、お姉さん呼びが自然なのかな。

 

「じゃあ、巴ちゃんでいいのかな?」

「はいです! 巴ちゃんでいいですよ!」

「うん。じゃあ、巴ちゃん。メルとこれから仲良くしてあげてね? メルは、友達がいなかったから、ちょっと心配で」

「任せてください! メルちゃんとは、ずっと友達です!」

「おお、儂もじゃ、巴ちゃん!」

 

 感極まったのか、メルが巴ちゃんに抱き着いた。

 これ、抱き着き癖があるのかな、メルって。

 

 まあでも、微笑ましいよね。

 ボクも、こんな風に微笑ましい環境だったらなぁ……はぁ。無理だね。うん。

 学園長先生とか、態徒や女委がいる以上、ほんわかとした生活は無理だね。

 

「さて、と。そろそろ学園に行かないと遅刻……って、あ!」

「む、どうしたのじゃ、ねーさま?」

「ごめんね、ちょっと忘れ物しちゃった」

「なんと。ねーさまが忘れ物とは、珍しいのぅ?」

「悪いんだけど、先に行ってて。ボク、忘れ物を取りに帰るから」

「わかったのじゃ」

「巴ちゃん、メルと一緒に行ってあげてくれる?」

「もちろんです! 依桜お姉さんも気を付けて!」

「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 そう言って、ボクは急いで家に戻った。

 

 

「あ、あったあった。今から走っていけば間に合うかな」

 

 家に戻り、忘れ物――現代文の教科書を回収したら、急いで家を出る。

 

 忘れ物なんてしたの、いつぶりだっけ……。

 少なくとも、最後にしたのは中学一年生の時くらいだった気がする。

 はぁ、確認を怠ったのが悪かったよ……。

 

 人気もほとんどないし、急がないと……。

 と、ボクが大急ぎで走っていた時だった。

 

「あ、あれ? なんか、急に視界が歪んで白く……って! こ、これ、少し前のいせ――」

 

 ボクがセリフを言い終える前に、ボクの視界はホワイトアウトし、意識はブラックアウトした。

 

 

「よーし、出欠取るぞー。あー……ん? 男女が来てないな。おい、椎崎、小斯波、変之、腐島。何か知らないか?」

 

 朝、いつも通りに登校し、晶たちと話す。

 

 いつもなら、晶と一緒にいると少しして依桜が来るのだけど、今朝は依桜が来ることはなく、そのまま態徒と女委が登校してきた。

 

 不思議に思っていたけど、前にも体の変化による遅刻や、寝坊による遅刻、もしくは風邪で欠席なんてことがあったから、多分そのどれかだろうと思って待っていたら、HRの時間になっていた。

 

 そして、出欠を取る戸隠先生が、依桜が来ないことに不思議に思い、私たちに尋ねてきた。

 私たちは少し席が離れていたけど、お互い顔を向け合う。でも、誰も何も思い当たらず、全員首を振る。

 

「いえ、何も連絡は来ていないです」

 

 私が代表して言うことにし、戸隠先生に伝える。

 

「そうか。変だな……。すまない。ちょっと、男女の家に連絡してくる。HRは終わりだ。授業の準備をするなり好きにしててくれ」

 

 そう言って、戸隠先生は教室を出ていった。

 

『男女どうしたんだ?』

『風邪とかか?』

『依桜ちゃん、どうしたんだろう?』

『さあ……でも、急に来ないなんて心配』

 

 クラスメートも、依桜が何の連絡もしないで来ていないことに対し、心配している。

 私たちも一度集まって話す。

 

「依桜、どうしたんだろうな」

「わからないわ。依桜のことだし、休むか遅刻する時は、ちゃんと学園に連絡を入れるし……」

「だよな……マジでどうしたんだ?」

「でも、単純に連絡をし忘れた、なんてことがあるかもしれないよね」

「そうだといいんだけど……」

 

 なんだか不安なのよね……それに、妙に嫌な予感がするというか……。

 この後も、晶たちと話していると、

 

「悪い、椎崎、小斯波、変之、腐島の四人はちょっと来てくれ」

 

 唐突に戸隠先生に呼び出された。

 私たちは一瞬、顔を見合わせると、戸隠先生の所へ行った。

 

 

「あー、単刀直入に言うぞ。男女なんだが……行方不明だ」

「「「「――ッ!?」」」」

 

 う、嘘でしょ?

 まさかの事態に、私たちはそろって声を出せずにいた。

 

「男女の母親に連絡を取ったら、朝はいつも通り男女の妹と一緒に登校。そのあと、少しして忘れ物を取りに家に帰り、慌てて出ていった。同時に、これが男女を見た最後の瞬間とも言っていた……」

 

 戸隠先生の事情説明を聞いて、私たちは一気に暗い表情になった。

 

 依桜のことだから、あまり心配はいらないのかもしれないけど……さすがに、なんの前兆もなしに行方不明になったとなると、かなり心配になる。

 

 大切な幼馴染が、ある日突然いなくなる、なんてラノベとかマンガの中でしか見たことがない出来事が現実に起こると、かなり不安になるし、怖くなる。

 

 ま、まさか、依桜に限って、何か危険なことになったりしてない、わよね……?

 

「一応、警察の方に捜索願を出すが……見つからない可能性が高い」

「な、なんでですか?」

「今朝、男女らしき人物が、突然消える、という目撃情報があってな……。仮に、それが男女だったとしたら、見つかる可能性は限りなく低い」

「そんな……」

「……いいか。この件は、誰にも言うな。正直、男女がいなくなった、なんて知れたら、学園はいろんな意味で大ごとになる。高等部と教師は特に。この意味、わかるな」

「はい……」

 

 ただでさえ、依桜が風邪で休んだだけで大ごとになったと言うのに、依桜が行方不明になったなんて知れたら、それこそ鬱病とか、精神疾患を患っても不思議じゃないくらい、大変なことになる。

 それを想像したのか、晶たちも苦い顔になる。

 

「とりあえず、何か情報が入り次第、お前たちにも伝える。くれぐれも、変な行動はするなよ。自分の生徒がいなくなったり、おかしくなったりするって言うのは、教師的に一番来るんだ。いいな?」

「「「「はい」」」」

「とりあえず、これだけだ。戻っていいぞ」

 

 そう言うものの、私たちは誰一人として、動けずにいた。

 

 

「……まさか、対処法ができる前に、依桜君が巻き込まれるなんて」

 

 私は学園長室で一人、苦々し気にそう呟いていた。

 

 四月に入ってから多発していた、空間歪曲の対処法を探るために、色々していた私の研究員たちは、常に空間歪曲の発生場所をチェックしていた。

 

 もちろん、私も暇がある時にいつもチェックしていた。

 

 私の中は焦りで埋め尽くされている。

 

 ついさっき、誰かが空間歪曲に間こまれたと報告を受け、慌てて私も確認した。

 

 すると、確かに一人、空間歪曲に巻き込まれて、別の世界に行ってしまった人がいた。

 

 問題はそれが誰か、という部分だったのだけど……ついさっき、戸隠先生に依桜君が行方不明になったことを伝えられた。

 

 そして、最後の目撃情報を聞いて、私は悟った。

 消えた人って言うのは、間違いなく、依桜君。

 

 この非常事態に、私はものすごく焦る。

 大切な生徒がいなくなってしまった。

 

 私たちが知っているような異世界だったら、まだどうにかする方法があった。

 

 だけど、今回はちょっとわけが違う。

 空間歪曲には、繋がっている世界によって、パターンが違う。

 

 今回依桜君が巻き込まれたのは、私たちがどこに繋がっているのか全く分かっていない、例の物。

 依桜君が巻き込まれるかもしれないと思っていた私は、あの日伝えていたんだけど……

 

「まさか、本当に巻き込まれちゃうなんて……」

 

 私がもっと早く対処法を見つけていれば……。

 

 去年の九月、依桜君が向こうに行ってしまったことを知った時、本当に後悔が私の中を渦巻いていた。

 

 一応、消えたと思ったらすぐにまた出現した、なんていう特異な状況だったけど、依桜君は向こうで三年間も過ごしていることを、学園祭の前日に知った。

 

 いや、正確に言えば、依桜君が女の子になって学園長室に来た時には、もう大体悟っていた。

 

 詳しい年数自体はわからなかったけど、何かがあったと。

 

 なにせ、監視カメラで普段見ていた依桜君とは、雰囲気がかけ離れていたから。

 

 その後、依桜君がゼイダルの企みを知り、私の時に来た時にそこで確定した。

 

 私は依桜君が人を殺したことを知って、自分を殺してしまいたいという衝動にかられた。

 ……あの時は、あんなに軽く言っていたけど、本当は一番悔いていたのは私。

 まさか、大切な生徒が心に深い傷を負ってしまっているとは思わなかったから。

 

 もとはと言えば、私が楽しそうだから、という理由で父から受け継いだ研究だったけど、それが原因で人を傷つけるとは思わなかった。

 

 私は正直、依桜君に殺されてもいいと思ったのだけど、依桜君は許してくれたのよね、私を。

 救われたわ、あの時は。

 

 それからしばらくして、依桜君に異世界にもう一度言ってほしいと頼んだのは、今にして思えば、頭のおかしい話よね。

 

 結局また巻き込んじゃったんだもの。

 

 しかも、脅しみたいな形で。

 

 ……甘えてしまう悪い癖よね。

 

 でも、結局依桜君は行ってくれた。

 しかも、帰ってきた後、まさかお礼を言われるとは思わなかったけどね。

 

 だから、異世界転移装置を創ってほしい、なんて言われた時は驚いたわ。

 嫌っているのかなと思ったから。

 

 しかも、向こうの世界で女王様になった、って言うんだから本当にすごいわよね、依桜君って。

 

 ただ、なんの前兆もなしに依桜君が異世界に行ったのは本当に焦ったわ。

 

 一応、次の日には帰ってきていたけど。

 空間歪曲が多発している現在では、できれば巻き込まれないよう、色々とやってはいたけど……無駄になった。

 

 けど、ここで諦めたらいけない。

 依桜君がどんな世界に行ったかはわからないけど、全力で探さないと……!

 

「もしもし、叡子です。大至急、研究所の総力を挙げて、依桜君が行ってしまった世界を探して。これは、絶対よ」

 

 私は、スマホで研究所の方に連絡し、絶対の命令を下した。

 これは、私の中で最優先事項だから。

 

 

「……う、こ、ここは……」

 

 目を覚まし、体を起こすと、そこは見慣れた景色だった。

 いつもの通学路が目に映る。

 周りを見れば、未だに桜が舞っている。

 周囲に人気はなく、ここにはボク一人らしい。

 

「うっ……いたたたた……」

 

 ふらふらと立ち上がると、ずきりと頭が痛んだ。

 

 どこかに頭を打ったのだろうか?

 一体ボクに何があったんだろう?

 

 たしか、忘れ物を取りに家に戻って、急いで学園に向かっている途中、急に視界が歪んで白く染まった後、意識がなくなって……気が付いたらここに。

 

「……でも、異世界に行っちゃうはずなのに、ここって……美天市、だよね?」

 

 なんだったんだろう?

 もしかして、単純に立ち眩みを起こしてちょっと気絶してただけとか?

 うーん、あり得る。

 知らぬ間に疲れがたまっていて、それで倒れちゃったんだよね、うん。

 

「って、いけないいけない。学園に急がないと」

 

 ボクは大急ぎで学園へ向かって走った。

 

 

 それから、なんとか、時間前に学園に到着。

 

 かなり急いだこともあって、結構余裕がある時間についたみたいだね。うん、よかったよかった。

 

 ……って、あれ? なんだろう。いつも以上に視線を感じるのは気のせい?

 しかも、驚いたようなそんな感じの視線ばかり。

 

 うん? ボクがここにいるのって、そんなに不思議かな?

 とりあえず、二年三組の教室に行こう。

 

 

「おはよー」

『『『!?』』』

 

 ボクがいつも通りに教室に入った瞬間、クラスメートのみんなが、ものすごく驚愕したような表情を見せた。

 

 というか、『え、マジで!?』みたいな反応のような……?

 ボクが不思議に思っていると、未果たちがボクの所に来た。

 

「あ、あなた、依桜、よね?」

「え? 何を言ってるの? ボクだよ?」

「でも、あなた……いつ戻ったのよ」

「戻った? え? なんのこと?」

 

 なんで、みんなボクが依桜だと言うことに対して、こんなに戸惑っているの?

 え?

 

「というか、だな。依桜。お前、いつからそんな柔らかい話し方になったんだ? いつもはもうちょっと、男勝り……というか、実際男のような話し方じゃなかったか?」

 

 と、晶にそう言われた。

 

「え? ボクは昔からこの話し方だったけど……って、どうしたの? みんな」

 

 なぜかボクの言ったことに対して、みんながさらに驚いたように固まっていた。

 うーん? これは一体、どういうこと……?

 

「おはよう」

 

 と、ここで、なんだかすごく聞き覚えがある声が聞こえてきた。

 誰だろうと、振り向くと、

 

「……え?」

「……ん?」

 

 両者見つめあって、固まった。

 

「「………………」」

 

 そして、無言。

 いや、ちょっと待って。脳の処理が追いついていないんだけど。

 目の前にいるのが、少なくともボクの記憶・考え経験が正しければ……って!

 

「「ぼ、ぼぼぼぼ、ボク(僕)!?」」

『うえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』

 

 なぜか、ボクの目の前には……男の時のボクがいました。




 どうも、九十九一です。
 明確なあれは出てきていませんが、言ってしまえば、並行世界ですね。実際、前々からやりたいなぁ、と思っていたんですよ。個人的には、1月~3月でやろうかなと思っていたんですが、ネタが無くなるのが嫌だったので、二年生編に入れました。
 しばらく、この話しが続きます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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238件目 語り合い 上

「「ど、どどどどどどどういうこと(だ)!?」」

 

 まさかすぎる事態に、ボクと目の前のもう一人のボク(男)揃ってびっくりした。

 待って、これはどういうこと?

 なんで、ボクがもう一人いるの?

 え? え?

 

「い、依桜……?」

「な、なに?」

「なんだ?」

「「え?」」

 

 未果に呼ばれて、ボクともう一人のボクがそろって反応。

 そして、お互いに顔を見合わせる。

 

 う、うーん?

 

 これは本当にどういうこと……?

 

「こ、これは困ったわ……。まさか、依桜がもう一人……それも、女だった頃の依桜が現れるなんて……」

「え、お、女だった……?」

 

 どういうこと?

 

 いや、そもそも、どうして目の前のボクは男の姿なの……?

 う、うん?

 

 あ、だめだ。

 混乱しすぎて、脳の処理が追いついていない……。

 

「女委、何かわかるか?」

 

 と、目の前のボクが女委に尋ねる。

 あれ、なんか口調が違う?

 

「あー、うーん、えーと……可能性があるとすれば……まあ、過去の自分が来た、って言うパターンと、まあ……並行世界にいる、もう一人の依桜君って可能性だけど……あくまで空想上だからねぇ」

 

 あれ?

 この女委は異世界について知らない……?

 

 でも今さっき、未果が女だった、って言ってるんだよね……ということは、異世界の存在を知っているはず……。

 

 単純に、周りに人がいるから言っていないっていう可能性が高いわけだけど……。

 

 って、あれ? ちょっと待って? 女『だった』?

 

「え、えっと、君は、女の子だったの……?」

「ああ。色々あって。そう言う君は?」

「ぼ、ボクは男だったけど……」

「そうか……。ところで、一つ聞きたいんだが……諸悪の根源。誰かわかるか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ボクの脳裏には、学園長先生が思い浮かんだ。

 多分、学園長先生のことを言っていると思うので、こくりと頷く。

 

「……ちょっと来てくれ」

 

 目の前のボクに手を引かれて、ボクは教室を出ていった。

 

 

「……で、どう思うよ、あの女の依桜」

「正直、私たちが知っている依桜とは、微妙に違うみたいね。元男らしいし、それに、口調も柔らかい。同一人物って可能性は低いわね」

「そうなると、女委の言っていた、並行世界って言うのが一番可能性が高い、か」

 

 

 コンコン

 

 もう一人のボクが学園長室のドアをノックする。

 

『どうぞー』

 

 と、聞き慣れた声がドアの向こう側から聞こえてくる。

 それを聞いてから、もう一人のボクがドアを開け、

 

「失礼します」

「し、失礼します」

 

 ボクとボクが中に入った。

 や、ややこしい……。

 

「その声は依桜ちゃん? 一体何のよ――え?」

 

 入って来たボクたちを見て、学園長先生が固まった。

 目は見開き、まさに驚愕、といった表情を浮かべている。

 

「私、疲れてるのかしら……。依桜ちゃんが二人見えるわ……それも、男女両方」

「疲れてない。というか、実際二人いる」

「で、ですよねー……。え、えーっと、これはどういうこと? あなたは、依桜ちゃん?」

「は、はい、そうです……」

「そっかー、依桜ちゃんかー……」

 

 う、うーん、学園長先生に依桜『君』、じゃなくて、依桜『ちゃん』って呼ばれるのは全然慣れない……。

 

「それで、えーっと、これはどう反応すればいいのかしら?」

「学園長。もしかしてなんだが……この件に関して、何か関わっていないだろうな?」

「い、いやいやいやいや! 今回のこの件に関しては――あ」

 

 え、何今の『あ』って。

 

「おい、今の『あ』はなんだ。『あ』は。まさか……本当に関わっているわけじゃないよな?」

「い、いいいいいえ? か、かかか、関わってない、ですよ!?」

 

 ……怪しいんだけど。すごく怪しいんだけど。

 待って、もしかして、この学園長先生も結構あれだったりする……?

 というか、この世界はなに?

 

「……あー、僕のナイフが生き血を欲しがってるなー。誰かちょうどいい生贄はいないかなー」

「わ、わかったから! 言う! 言いますから!」

 

 わ、わー、このボク、結構怖―い……。

 

「え、えっと、その、この世界は何なんでしょうか? ボク、一体どこにいるんですか?」

「あら、この依桜ちゃんは、結構口調が柔らかいのね」

「いいから、早く話をしろ」

「はい。え、えーっと、まずはそうね……簡単に言うと、女の子の依桜ちゃんは、多分並行世界であるここに迷い込んじゃったんじゃないかなーって。というか、確実にそうだと思うわ。だって、制服着てるし。リボンは高等部二年生のものだし」

 

 え、えぇ……じゃ、じゃあボクは、ボクが普段住んでいる世界と全く同じような世界に来ちゃった、ってこと……?

 な、なんで?

 

「それで、えーっと、どこから話せばいいのか……」

「とりあえず、原因を話してくれ」

「そ、そうね。えー、非常に言いにくいことなんですが……女の子依桜ちゃんがこっちの世界に来ちゃったの、多分……私のせい」

「……ええぇ!?」

 

 学園長先生のとんでもないセリフに、ボクは驚きの声を上げた。

 もう一人のボクは、額に手を当てて、天を仰いだ。

 

「事の発端は四月一日。少し前から、私の研究所では異世界だけでなく、並行世界の研究もしていてね……。その、研究成果として、並行世界を観測し、移動できるようにする機械を創ったの」

 

 え、何してるのこの人。

 

「それで、まあ、試運転をしたのが四月一日なんだけど……ちょ、ちょっとばかし暴走しちゃってね! それで、なんか、こっちと多分女の子の依桜ちゃんがいる世界と繋がっちゃって、それで、多分巻き込まれちゃったんじゃないかなー、って感じですハイ」

「「………………」」

 

 ボクとボクはそろってジト目を向けた。

 

「あ、あははは……ふ、二人とも目が怖い……」

 

 そして、

 

「「やっぱり、あなた(お前)が原因じゃないですか(じゃねえか)ぁぁぁああああああっっっ!!」

「ご、ごめんなさいーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 ボクとボクの雷が、学園長先生に落ちた。

 

 

「う、うぅっ、ひ、酷いよぉ……」

「あー、元気出せ、僕。今回の件に関しては、あの馬鹿が悪いから、な?」

「……うん」

 

 ボクはあまりにも酷すぎる事態に、泣いていた。

 泣いているボクを、もう一人のボクが慰めるという、不思議な状況になった。

 

「まったく……本当に碌なことしないのな」

「め、面目次第もありません……」

「……それで? この状況、どうするんだ? さすがに、別人とはいえ、別世界の僕なんだろう? 見捨てる気は最初からないが、可哀そうだぞ?」

 

 や、優しい……このボク、すごく優しいんだけど……。

 

「そ、そうよね……え、えーっと、依桜ちゃん。依桜ちゃんの家に、依桜ちゃんを住まわせることってできるかしら……?」

「こう言うのは普通、元凶が家に住まわせるものじゃないのか?」

「い、いやー、ほら、私って研究所住まいみたいなものだし―? 家は、綺麗じゃないから……ね?」

「大の大人が、生活力皆無とは……」

「うっ、依桜ちゃんの言葉がぐさりと来た……!」

 

 もう一人のボクのセリフに、学園長先生が胸元を抑えた。

 

「まあ、並行世界の自分ってことなら、僕の家の方が落ち着く、か。だけど、師匠とかメルとかもいるんだが……」

「あ、大丈夫だよ。ボクの世界にもいるし」

「ん? それは本当か?」

「うん」

「ということは、ここだけでなく、異世界にも並行世界があるっていうことか……。まあいい。とりあえず、学園長、今日は一旦帰ってもいいか?」

「ええ。緊急事態だし、許可します。……もとはと言えば、私の研究が原因だしね。断れるわけないじゃない」

 

 もう一人のボクが帰ってもいいかと訊くと、学園長先生はすぐに許可を出した。

 

「……そう思うんなら、最初からするなよ……」

「いやー、研究が楽しくてつい」

「「ついでやらないでください(やるな)」」

 

 ボクとボクの声が同時になった。

 

「すんません……」

「ちゃんと、帰らせる方法を見つけておいてくれよ?」

「もちろん! ……正直、依桜ちゃんに何されるかわからないし……」

 

 こっちの世界のボクって、どうなってるの?

 

 

 とりあえず、一度ボクとボクは帰宅することになった。

 

 帰宅と言っても、こっちの世界だと、ボクは他人って言うことになると思うんだけど。

 帰っている途中、ボクとボクはお互い何を話していいのかわからなくて無言になる。

 そのまま、気が付けば家に到着し、

 

「ただいま」

「お、お邪魔します……」

 

 自分の家に入るのにお邪魔します、って言うのも不思議な感じだよ。

 ……いや、正確に言えばボクの家じゃないんだけど。

 

「あら、お帰りなさい、どうした――って、あ、あら? 私、目が潰されたのかしら。依桜が二人に見えるわ……」

「母さん。潰れてたら見えないから。あと、見間違いでも何でもない。本当に、もう一人の僕がいるんだよ」

「ど、どうも……」

 

 何を言っていいのかわからず、ボクはとりあえず、当たり障りのないことを言う。

 

 すると、

 

「あらあらあら~~~~!」

「んむっ!?」

 

 抱きしめられた。

 

「なんてことでしょう! 依桜が、女の子の依桜がいるわ! 男の娘になった依桜もいいけど、やっぱり、女の子の依桜も最高ね!」

「んむっ! んむむぅ~~~!」

「母さん! もう一人の僕が苦しんでるから、いいからやめろ!」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「ぷはっ! はぁ……はぁ……し、死ぬかと思ったよ……」

 

 一瞬、お花畑が見えた気がするよ……。

 母さん、どこの世界に言ってもこんな調子なの……?

 

「悪いな。母さん、いつもこんな調子で」

「……大丈夫。ボクの母さんも、突然抱きしめてくるから」

「……そうか。母さん、とりあえず、僕たちは部屋で話してくるよ。あと、今日からしばらく、こっちのボクが住むから、よろしく」

「わかったわ! 可愛い依桜が増えるのなら、大歓迎!」

 

 ……うわー、本当にそっくり。

 

 

「……それで、色々と聞かせてもらいたいんだが……まあ、まずはお互いの呼び名を考えよう。正直、いちいち僕とか、もう一人の僕、とか言うのは面倒だ」

「そうだね。んーと、じゃあ、ボクは君のことを依桜って呼ぶよ。その代わり、ボクのことは桜、って呼んで?」

「ああ、わかった。とりあえず、よろしくな、桜」

「うん。依桜」

 

 自分と全く同じ名前の人を呼ぶって言うのは、なんだか不思議な感覚だよ。

 まあでも、とりあえずこれで区別がついた。

 

「それじゃあ、話すとするか。とりあえず、そうだな……そっちの世界での僕はどうなってるんだ?」

「えーっと、ボクは九月のある日に、いきなり異世界に呼び出されて、一年目は王国で鍛えて、二年目に師匠と出会って暗殺技術を教わって、三年目で魔王討伐。その際に、『反転の呪い』を受けて、帰還後に女の子になった。って感じかな」

「なるほど。僕と全く同じことをしているな。ということは、桜が異世界に行った理由は……」

「……想像通り、学園長先生だよ」

「……あの人、どこの世界でも、碌なもんじゃないのな」

「……そうなんだよ」

 

 なんだろう、この心地いい感じ。

 

「それで、こっちの世界と桜の世界で違う部分って言うのはなんだ?」

「そうだね……まず、並行世界に関する研究を、学園長先生がしていないって言うのと、ボクがこっち世界だと元々男だった、ってことかな? あ、そう言えば、依桜の名字は?」

「名字?」

「うん。さっき、ちらっと見えた時に、ちょっと違和感があって」

 

 家に入る直前、表札が目に入って、見たら『男女』じゃなくて、『女男』になってた気がするんだよね。

 もしかして、単純に反対になってるだけかも、と思ったんだけど、

 

「僕は『女男』だが……」

 

 違ってた。

 

「あー、じゃあ、やっぱりそこも違うね。ボクは『女男』じゃなくて、『男女』だから」

「なるほど。ということは、こっちとそっちの違いは、主に僕たちだけ、ということか。他は変わらないんだろ?」

「うん。少なくとも、未果と女委は女の子だし、晶と態徒は男だよ」

「で、未果は学級委員で、女委は『謎穴やおい』っていうPNの変態腐女子で、晶は常識人。態徒はただの変態、か?」

「そうそう!」

 

 やっぱり、同じなんだ!

 

「あと、鈍いって言われたり、ピュア、って言われたり」

「うんうん。よく言われるよ!」

「あとは、男神とか言われないか?」

「ボクの場合は女神って言われるよ」

「やっぱりか。……ということは、巻き込まれ体質なんだな?」

「……うん、そうなんだよ……」

「……大変だよな」

「……本当にね」

 

 話を聞いていると、ボクたちはやっぱり同じ境遇だったみたいで、すごく親近感がわいた。まあ、実際ボク自身のような物だから、ある意味、親近感が沸くのは当たり前かもしれないけど。

 

 でも、あれだね。こうして、自分の苦労をわかってくれる人がいるって言うのはいいね……。

 

「でもさ、僕たちって、そんなに鈍感か?」

「結構鋭いと思うんだけど……。視線はわかるし、敵意もわかるし……それに、攻撃だって、どこから来たかもわかるし……」

「やっぱり、桜もわかるのか?」

「うん。じゃあ、依桜も?」

「もちろんだ。……師匠が師匠だからなぁ」

「あー、うん。理不尽だもんね……あの師匠」

「……ということはやっぱり、ミオ・ヴェリルっていう、黒髪ポニーテールの美人な人か?」

「うん」

「だよな……」

 

 うわぁ、すごく哀愁漂う顔だなぁ……。

 やっぱり、こっちでも理不尽なんだね……。

 すごく気持ちがわかるよ。

 

「桜は、変な体質になったりしてないか?」

「体質?」

「ああ。例えば……小さくなったり」

「あ、なってるよ!」

「それはやっぱり、小学生になったり、小学生の状態に耳と尻尾が生えたり、通常時に耳と尻尾が生えたり、あとは、大人になったり、か?」

「うん、そうだよ! じゃあ、依桜も?」

「ああ……」

「あれ、本当に大変だよね……」

「そうなんだよ。背が小さくなるから、力の制御が少し難しくなるし、視点も低くなるしでさ……。まあ、大人になるのは全然いいが」

「わかるよ、その気持ち」

 

 ボクも、小さくなったりするのはよくないけど、大人になるのだけは嬉しいと思ってるもん。

 背があるっていいよね。

 

「あと、魔族の国で王様になったりしてないかな?」

「ああ、なったなった! ジルミスさんだろ?」

「そう! 魔族の人たちが本当はいい人だと知った時、結構嬉しかったなぁ」

「ああ。罪悪感とかが少しだけ軽くなった気がしたよ……」

「そうだね……」

 

 別の自分だからか、やっぱりボクと考え方は同じみたいだね。

 だから、殺したことに深い後悔を負ってるんだね……。

 同じ気持ちの人がいるって、すごく安心する……。

 

「それで? 桜は、男から女になったみたいだが……やっぱり、戸惑うか?」

「あー、うん……。胸が重くて肩がこるし、運動すると痛いし……それに、その……生理が辛くて……」

「そうだよな……。その点、男はいいな。生理もないし、胸も痛くないし、肩はこらないし」

「そうだよね……」

「正直、楽だよ、男の体は」

「じゃあ、元の性別に戻りたいとかはあるの?」

「僕はないな……。正直楽だし。それに、僕は女子の方が好きだったから、普通に恋愛ができそうだよ。……まあ、今はする気はないんだが」

「あ、そうなんだ」

 

 ということは、女の子の頃から、女の子が好きだった、ってことだよね?

 なんだかそれって、女委みたいというか……。

 一応自分なんだけど、不思議……。

 

「桜の恋愛対象って、どっちなんだ?」

「ぼ、ボク? う、うーんと……よく、未果とか女委、師匠に美羽さんとかにドキッとさせられる、かな……」

「まあ、元々男だったことを考えれば、女子が好きになるのも当然か」

「れ、恋愛対象かはわからないけど……少なくとも、男の人に対してはドキッとしたことがないかな」

「だろうな。……それにしても、あれだな。同じ境遇をしているもう一人の自分と話しているって言うのも、不思議な気分だよ。しかも、微妙に性格とかも違うみたいだし、仕草も微妙に違うな」

「あー、そうかも」

 

 言われてみたら、ボクと依桜は、口調とか仕草がちょっと違う。

 今だって、依桜はあぐらをかいているけど、ボクはいわゆる女の子座りと言われている座り方。

 なんというか、この座り方って落ち着くんだよね。

 

「だが、自分だからこそ、こうして話が合うんだろうな」

「そうだね」

 

 自分だからこそ、よく知っているし、意気投合するってことだね。

 うん。正直、ボクもこの気張らなくてもいい状態がすごくいいです。

 

「そう言えば、依桜は女の子から男になったわけだけど、やっぱり、朝起きて服を買いに行く時は戸惑った?」

「そうだなぁ……まあ、母さんの趣味とかでスカートかが多くてな……まあ、ほら、僕って男になっても華奢だし、中性的……というか、女よりだろう? だから、意外と違和感がなかったんだよ」

「うわぁ、すごくわかる……」

「……女装とか、させられたか?」

「……うん。中学生の時に、ね。あはは……正直、嫌になったよ……」

「……そうか。僕もだ。それで、ミス・ミスターコンテストでは、どうしてた?」

「……未果の策略で出場させられたよ。水着審査が恥ずかしかった……」

 

 今思い出しても、本当に酷かったよ……。

 だって、人前でほとんど裸に近い格好させられたわけだし……。

 

「僕はな……ミスター部門で女装させられたよ」

「う、うわぁ……」

 

 それは酷い……。

 元女のこと言っても、それはちょっと酷じゃない……?

 本人的には、違和感はなかったんだろうけど……。

 

「しかも、フリルが多くあしらわれたワンピースだぞ……? リボンも頭に付けられたし……。男の時に女装するって、結構ダメージがあるんだなって、その時初めて知ったよ」

「……辛いよね。特に、女の子たちがしばらく女の子用の服を持って迫ってくるんだもん」

「あー、経験したよ、それ……。正直、怖かった……」

「だ、だよね……」

 

 ボクとボクによる、過去のあれこれの話はかなり弾んだ。

 こっちのボクも、苦労してるんだなぁ……。




 どうも、九十九一です。
 正直、主人公が依桜って呼ばれるんじゃね? って思うかもしれませんが、どっちかといえば依桜が別の世界来た方なので、依桜が別の呼び方されるのが自然なわけですね。
 一応、並行世界の依桜は男勝りな元女の子という設定なので、ちょっと口調が男っぽいですね。性格とか趣味趣向自体は割と主人公の方の依桜と同じです。
 今日も、2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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239件目 語り合い 下

 ボクたちの話は続きます。

 

「ところで、桜はモデルとかエキストラとかやっていたか?」

「やったよ。あれだよね? 碧さんにスカウトされて、っていう」

「そう! で、美羽さんって言う女優……じゃなくて、声優を助けたり」

「うんうん! そしたら、なぜかテレビで有名になっちゃったりして……」

「……しかも、それが原因で白銀の男神とか言われるし……」

「ボクの場合、白銀の女神って言われてるよ……」

「恥ずかしいよな……」

「……うん。すごく」

 

 テレビで、そんな大層な呼ばれ方をした時は、本当に恥ずかしかった。

 しかも、学園にいるみんなも知ってるし、未果たちだって知ってたから、本当に恥ずかしかったんだよね……。

 

「そう言えば、そっちのミス・ミスターコンテストの、ミスター部門は誰が出たんだ?」

「晶だよ。ちなみに、優勝したよ」

「まあ、晶はかっこいいからなー」

「それじゃあ、依桜の方のミス部門は、誰が?」

「未果だ。こっちも、未果が優勝してる」

「そうなんだ。未果、可愛いし綺麗だもんね」

「ああ。性格もいいから、モテてるよ」

「やっぱりそうなんだ」

 

 本当にそっくりな世界なんだね、ここって。

 ボクの性別とかが違うだけで、結構、変わってる部分も多いけど、大きくは外れていない。

 不思議な世界だよね。

 

「まあでも、あれだな。体育祭では、本気で怒ったものだ」

「もしかして、態徒?」

「ああ。まさか、大事な友人をボコボコにされてるなんて夢に思わなかった。おかげで、殺意が芽生えたよ」

「さすがにあれはね……。しかも、下手をしたら命に関わってくるような怪我があったし」

「ま、その犯人のやつは、異世界送りになったが」

「あー、あれね。後日見に行ったら、かなり委縮しちゃってたよ。ボクを見ると逃げちゃって……」

「……向こうで何があったのやら」

 

 佐々木君は、異世界で相当嫌なことがあったんだろうね。

 向こうの世界は、一応戦争が終結して、平和が訪れたとは言っても、まだまだ悪い人たちがいたわけだし。

 まあ、ちゃんと無事に帰って来れただけ、まだマシだと思うけどね。

 

「冬〇ミも行ったか?」

「……うん。スカートの中を盗撮されたりしたよ……。というか、女委に渡された衣装が、すごく露出が多くて恥ずかしかった……。依桜の方は、どうだったの?」

「……僕も、女委にメイド服を着させられたよ……。しかも、なぜかスカートの中を盗撮された……。男です、って言っても、なぜか鼻息荒くされてな……はは……」

「……大変だったね」

「……まあね」

 

 お互いの苦労のレベルがかなり高いと思います……。

 そっか……やっぱり、大変なんだね、女の子から男になるのも……。

 そもそも、性別が変わっちゃってること自体が非常事態なわけでだし……。

 

「男になってからというもの、苦労の連続だったよ……。なぜか、女性から痴漢を受けるんだぞ? この気持ちわかるか……? あれはさすがに、精神に来たよ……」

「……ボクも、痴漢に遭ったことあるよ。ちょっと太ってて、不潔な印象を受ける男の人。鼻息が荒かったです……」

「……それは嫌すぎる。なんかこれ、ある意味桜の方が大変じゃないか?」

「……依桜の方だって、結構苦労してるみたいだけど」

「……僕の場合は、一応男だから、あまり被害に遭いにくい……いや、普通の男よりかは被害を受けやすいかも……」

「……結局、どっちも大変、ってことだね……」

「……そうだな」

 

 結局、性別が変わると、生活がかなり苦労するものになるみたいです……。

 普通の人生を送りたい……。

 ボクたちの願いはそれだけだと思います。

 

 

「ところで、そっちに《CFO》ってあるのか?」

 

 話変わって、ゲームの話になった。

 

「うん。あるよ。『New Era』だよね?」

「そうそう。そのゲームでキャラを作って、どうなって?」

「……すごく、おかしなキャラクターになったよ」

 

 ステータスは最初から三桁がほとんど。

 他にも、スキルがかなり多くあったし。

 

「あれか、変な称号があったりするって言う……」

「そうだよ。おかげで、レベル18のキャラクターでイベント優勝しちゃって……」

「あれだろ? インガド」

「うん。あの人が原因で、ボクつい怒っちゃって。無傷で優勝したら、【覇者】なんて称号も手に入っちゃうし……」

「あれな……おかげで、効率がさらに倍になったよな……。上げにくいステータスが実質的になくなってさ」

「2FPで、ステータスが1じゃなくて、2上がるんだもんね」

「そうなんだよ。まあでも、目立つのは好きじゃないから、基本店の方なわけだが」

「あ、もしかして、『白銀亭』?」

「ああ。ということは、そっちも?」

「うん。洋服を売ったり料理を出したりしてるよ」

「さすが僕。考えることは同じなわけか」

「もちろん」

 

 どうしよう。会話が止まらない。

 

 ついつい、今までの苦労を話しちゃう。

 向こうも向こうで、ボクと同じことをしてきたから、話がすごく合うし。

 ちょっと楽しい。

 

 それからも、色々なことを話した。

 

 商店街の福引での旅行とか、大食い勝負とか、ハロパ、お悩み相談、風邪を引いた時に、学園見学会、誕生日会、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行った時の話に、スキー教室とか。

 

 他にもいろいろあったけど、その中で話が盛り上がりと言えば、

 

「バレンタインはどうしてた?」

「ボクは、クラスメートのみんなと、商店街のみなさん、あとは父さんと母さんに、未果たち、師匠、美羽さんに渡したよ」

「やっぱり、やるよなー。僕は、男になったから、作ったりしなかったんだけど、なんだか落ち着かなかったよ。毎年作ってたから。……まあ、学園中の生徒たちからかなりもらったけど」

「ボクもだよ。女の子たちから大量のチョコレートをもらったよ……」

「……いくら甘いものが好きと言っても、飽きるんだよな」

「そうなんだよね……。ボクもさすがに、あの量はちょっと……」

 

 『アイテムボックス』に入れないと運べないレベルのチョコレートって、普通に考えたら相当多いと思うんだよ。

 しかも、全部手作りだったから、食べないわけにもいかなくてね。

 結構頑張って食べた記憶があるよ。

 

「まあ、おかがでホワイトデーはかなり作る羽目になったが……まあ、料理は好きだったから、全然構わなかったけど」

「わかるよ。料理は楽しいし、喜んでくれた時の顔を見ると、幸せな気持ちになるよね」

「そうなんだよ! だから、ゲーム内でも、喜んでもらえるのが嬉しくて、ついつい料理を作ったり、洋服を作るわけで」

「うんうん。ボクたちの場合は、向こうで嫌というほど戦っていたからね……」

「ああ……」

 

 文字通りの地獄だったよ。

 自ら進んで傷つけなきゃいけないから。

 本当に、あの時代は辛かったなぁ……。

 

「まあ、そのおかげで守れるものもあったわけだけど」

「そうだね」

 

 特に、未果たちなんていい例だよ。

 もしも、ボクが異世界に行っていなかったら、学園祭とかはどうなっていたかわからない。それこそ、死人が出たかもしれないし。

 それ以前に、データを盗まれて、戦争が起こったかもしれないから。

 

「……さて、とりあえず、お互いの身の上話はこれくらいにして、僕たちの設定を考えるか」

「設定?」

「本来、僕という存在は、一人だけしか存在していないはずなのに、どこかのマッドサイエンティストのせいで、もう一人の別の僕が現れてしまった以上、対外的な事情を考えないといけないから」

「あ、それもそっか。こっちの未果たちは事情を知っているんだよね?」

「ああ。僕が異世界に行っていたことは知っている。そっちの四人には、明日事情を話そう」

「うん。わかった。じゃあ、えっとボクの存在をどう説明するか、だよね……」

 

 うーん……。

 何がいいだろう。

 少なくとも、一般的に説明しても不思議じゃない理由にしないと、おかしいよね……。

 

 そうなると……何がいいんだろう?

 

 やっぱり、他人の空似?

 

 ……一応、こっちのボクの元の姿が今のボクと同じらしいから無理、だよね。

 だって、空似どころの話じゃないもん。同一人物って言われるほどにそっくりなんだもん。

 

 しかも、男の姿が、ボクの性転換前と全く同じだし……。

 そうなると……

 

「じゃあ、双子だった、っていうのはどう?」

「双子?」

「うん。これなら、似ていても不思議じゃないし」

「たしかに。となると……生まれてすぐ、桜が間違えて別の家に連れていかれて、最近ようやく戻って来た、って設定にしよう」

「その理由だと、結構すごいことになってるけど……まあ、それが妥当かな」

 

 そもそも、碧眼の時点で間違えようがない気がするけどね。

 

「それに、この理由にしておけば、お互いの名字が違う理由になるだろう? そっちは男女だけど、僕は女男なわけだし」

「そうだね」

「じゃあ、決まりだ。……この後、師匠とメルに話すのがちょっと大変だ……いや、あの二人は異世界の存在を実際に知っているわけだから、問題はない、か?」

「あー、特に師匠の方はそうなんじゃないかなぁ。何でも知ってるような感じがあるし……。それに、並行世界から来た依桜です、って言えば、普通に納得してくれそう」

 

 大抵のことでは驚かないからね、師匠。

 むしろ、かなり興味を持ちそうだよ、並行世界の話は。

 

「……たしかにな。メルは普通に喜びそうだ」

「それに、父さんと母さんだって、すんなり信じてくれるし、意外と問題はないかも」

「言われてみれば、そうだな。……意外と心配事は少ないな。あるとすれば……ちゃんと帰還できるか、ってところだな」

「……そうだね」

 

 学園長先生のことだから、多分ちゃんと帰還できるような装置を作ってくれるとは思うけど……これでもし、無理、みたいなことになったら、相当困るよ? ボク。

 

 ボクにだって、自分の住む世界があるわけだし……。

 

 ……うん? そういえば、四月一日から並行世界の装置に関する試運転した、って言ってたよね?

 たしか、ボクの世界の方でも、四月一日から空間歪曲が日本各地で多発してるって……。

 

 ……まさかとは思うけど、その原因もこっちの学園長先生?

 あ、あり得る。

 

 というか、絶対そうだよね、これ。

 

 今回、学園長先生は、この件に関して関わっていない、って言ってたけど、ある意味では関わってたよ。

 

 別の学園長先生が、だけど。

 

 う、うわぁ……まさか、ボクの方の世界で起きてる問題事の原因が、あの人だったなんて……もうこれ、どうしようもない気がするんだけど……。

 

「ん、どうした、桜?」

「あ、いや、えっと……ふと思いだしたんだけど、ボクの世界でね――」

 

 と、軽く思い当たったことを依桜に説明。

 

「……あんの馬鹿……はぁ。本当に申し訳ない。今回の件、明らかに僕たちの方の学園長が原因だ。まさか、そっちの世界にも影響があったなんて……あとでシバいとくよ」

「あ、あはは……い、一応被害が出てないから、お手柔らかに、ね?」

「任せておけ」

 

 う、うわぁ、すっごくいい笑顔。

 ボクが男だった時も、こんな笑顔ができたのかなぁ……うん、まあ、できた気がする。

 ……多分。

 

「……それにしても、話してるだけで、気が付けば昼過ぎか。昼ご飯、どうする?」

「それじゃあ、ボクが作ろうか?」

「いいのか?」

「うん。一応、居候になるわけだしね。家事は得意だよ」

「そこも同じなのか。……まあ、頼むよ。自分なら、味の心配もいらないだろうからな」

「うん。任せて」

 

 というわけで、ボクがお昼ご飯を作ることになった。

 

 

 二人でリビングに行き、ボクは冷蔵庫を覗く。

 

 あまり材料は多くなかったけど、炒飯くらいなら作れそう。

 

 ボクは材料を取り出し、細かく切っていく。

 それと並行して、わかめスープも作る。

 海藻類好きだからね。多分、こっちのボクも好きなはず。

 

 軽く材料の準備が終わったら、中華鍋でご飯や材料を一緒に炒めて完成。

 

「はい、どうぞ」

「炒飯か。しかも、わかめスープ付き。さすが僕。わかってる」

「でしょ?」

「それじゃ、いただきます」

「ボクもいただきます」

 

 向かい合うようにしてちょっと遅めのお昼ご飯を食べる。

 

「うん。僕が作る炒飯と同じ味だ。ちゃんと、好みの味だな」

「それはよかったよ」

「別の自分が作る料理を食べるって言うのも、不思議な気分だな」

「それを言うなら、ボクもだよ。別の自分がボクが作った料理をおいしそうに食べてくれる、って言う不思議な状況だもん」

「それもそうか」

 

 お互い軽く笑う。

 こっちのボクが、変な人じゃなくて良かったよ。

 大体は、ボクと同じみたいだからね。

 これでもし、荒っぽい性格をしていたり、悪い性格をしていたら、さすがに戸惑ったよ。

 

 

 この後、お昼ご飯を食べた後は、他愛のない雑談をしたら、お互いの世界の情報交換をしました。

 意外と、楽しかったです。




 どうも、九十九一です。
 割と、書き分けがちょっと大変な気がしてます。まあ、所々違うのは依桜くらいなので、依桜と依桜の書き分けさえしっかりしていれば、なんとかなるはず……。
 明日も、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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240件目 並行世界の師匠とメル

 それから、二人で色々と話したり、待ったりしていると、夕方になった。

 

「帰ったぞ」

「ただいまなのじゃ!」

 

 部屋にいると、師匠とメル(ボクが知っている二人じゃないけど)が帰って来た。

 

「あれ、師匠って教師だから帰ってくるのは遅いんじゃないの?」

「いや、今日は学園長の方から早めにメルと一緒に帰って言い、って言われていてな」

「あ、そうなんだ。事情は知ってるのかな?」

「……あの学園長のことだし、面白そうだから、なんて理由で言ってない可能性があるけどな」

「あ、あー……想像つく……」

 

 学園長先生、だもんね……。

 

 面白そうだから、なんて言う理由で異世界転移装置なんてものを作っちゃうほどの、快楽主義者だもんね。

 

 実際、本当にそう思ってそう。

 

「依桜。今日は早退したって聞いたが、どうし――ん?」

「にーさま! どうしたのじゃ? もしや、びょう――む?」

 

 二人がこっちのボクの部屋に入って来て、ボクの姿を見るなり、固まった。

 

「ったく、この様子だと、本当に言わなかったんだな、あの馬鹿は……あー、とりあえず、二人に紹介するよ。こっちは、まあ……もう一人の僕だ。正直、名前が同じだから、便宜上、桜、と呼んでやってくれ」

「は、はじめまして? えっと、男女依桜です。まあ、その……ちょっと事情があって、この家で厄介になります。依桜が言ったように、桜、って呼んでください」

 

 すでに知っている人に対して自己紹介をするって言うのは、本当に不思議な気分になる。

 

 でも、この二人はボクが知ってる二人じゃないんだよね……外見も口調も同じなのに。

 

 と、一泊置いて、

 

「はああああああああああああああああっっっ!?」

 

 師匠のそんな驚きに満ちた叫びが響き渡った。

 

 

「……なるほど。つまり、ここにいる女の依桜は、こことよく似た別の世界――並行世界に住んでいる、もう一人の依桜で、そのもう一人の依桜が、エイコの発明品の暴走でこっちに来ちまった、ってことでいいんだな?」

「そ、そうです」

「はあぁぁぁぁぁ~~~~……」

 

 う、うわぁ、すごく深いため息……。

 まあ、師匠がそうなる理由はわかるよ。

 だって、自分の弟子がもう一人いるわけだし。

 

「お、おー、にーさまがもう一人いるのじゃ……」

「あ、あはは、なんかごめんね、メル」

「おお、儂の名前を知っておるのか?」

「あー、うん。ボクの世界にもいるからね、メルと師匠は」

「なんと! すごいのじゃなぁ……うーむ、じゃあ、こっちのにーさまは、ねーさまと呼んだ方がいいのかの?」

「そうだね。性別自体は違うし。その方が区別がつくもんね」

「うむ! じゃあ、ねーさまなのじゃ!」

 

 まさか、こっちのメルにもねーさま呼びされるとは思わなかったけど。

 

「さて、女の依桜……ああ、桜か。桜は、なんで女なんだ? 今さっき、そっちの世界にもあたしやメルがいる、って言ってたな?」

「あ、えっと、こっちのボクとは違って、向こうのボクは元々男だったんですよ」

「なるほどな。で? やはり、そっちにもあたしがいるってことは、お前は弟子ってことか?」

「は、はい」

「……で、まさかとは思うが……魔王討伐直後に、油断して呪いをかけられた、なんて言わないよな?」

 

 し、師匠の笑顔が怖い……。

 

「そ、それは、そのぉ……」

「……はぁ。まったく、どこの世界の依桜も、油断して【反転の呪い】を喰らうとは……ほんと、情けないな」

「す、すみません……」

 

 違う師匠にも、呆れられた。

 なんだろう、ちょっとグサッと来る。

 

「……しかし、お前、あたしに対しては基本敬語なのな」

「え? あ、はい。初対面の時からずっと敬語でしたし……な、何かおかしなところでもありますか?」

「いや。何と言うか、こっちの依桜と微妙に違うなと思ってな。何と言うか……女っぽくて可愛いな」

「ふぇ!? ぼ、ボクは元々男ですよ! だから、その、か、可愛いって言うのは……」

「……マジで、別人なんだが」

「そ、それは、一応は別人ですから……ち、ちなみに、女の子時代の依桜はどんな感じだったんですか?」

 

 ちょっと気になったので、師匠に尋ねる。

 

「まあ、男勝り」

「お、男勝り?」

「ああ。依桜の今の口調あるだろ?」

「は、はい」

「それ、女の時からずっとそれだ。あと、無駄に男らしい面があったりする」

「いや、そこまでじゃないと思うぞ、僕」

「な?」

「う、羨ましい……」

 

 ボク、男らしくなりたい、ってずっと思ってたから、依桜の男勝りな感じが羨ましい……。

 ボクなんて、男らしくない、なんて言われてたからね……。

 それが結構、心に刺さってたよ。

 

「しかしまあ、外見は全く同じなのに、中身はまるで正反対だな」

「そ、そうですか? 割と、考え方とか、趣味嗜好は同じですけど……」

「そうだよな?」

「うん」

 

 ボクとボクとで顔を見合わせる。

 

「じゃあ訊くが……自分が、ちょっとした失敗してしまった時、どう思う?」

「え? うーん……ボクは、ちょっと落ち込んじゃうかも……」

「僕は、いちいちくよくよしてもしょうがないから、前を向く」

「「え?」」

 

 お互いの回答に、二人して疑問を浮かべながら顔を見合わせる。

 

「ほらな、微妙に違う。しかもこの場合、中身的に外見と合ってる、って言うのが問題だろ。男依桜は、中身が男勝りだから違和感なし。女依桜も、中身が女っぽいから違和感なし。実際、根本的な考え方、行動、趣味嗜好は同じでも、精神的なあれこれは微妙に違うみたいだな。それも、元の性別よりも、今の性別の方が似合ってるからな」

「そ、そんなことはない、と思いますけど……」

「ああ。僕も、そんなことはないはず」

「……なら、もう一つ。ここに、美味しいケーキが、ある。ちょっと食べてみろ」

 

 師匠が『アイテムボックス』から美味しそうな、イチゴのショートケーキを取り出し、ボクたちに渡してきた。

 

「ああ、メルのもあるから、食べていいぞ」

「やったのじゃ!」

 

 や、優しい。

 師匠って、もしかして、メルには甘い……?

 

「ほら、さっさと食え」

「は、はい。じゃあ、いただきます」

「僕も、いただきます」

 

 二人そろって、ケーキを一口パクリ。

 

「ん~~~っ、美味しいっ!」

「美味い!」

「……お前ら、その反応をしておきながら、元の性別の方があってる、って言わないだろうな? 特に、女依桜。おまえ、すっごい幸せそうな顔したぞ。しかも、無意識に、頬に手を添えてるし」

「えっ」

 

 言われて気付く。

 たしかに、右の頬に手を添えてた……。

 あ、あれ? いつの間に……。

 

「これでわかったろ、いろんな意味で、お前たちは微妙に違う。というか、実際生まれてくる性別を間違えた、とか言われなかったのか?」

「……い、言われました」

「……僕もだ」

「これで証明されたな。まあ、別にいいとは思うがな。どっちも、ある意味では今の性別が合っているわけだし。いいんじゃないのか? なあ、メル」

「そうじゃなあ。儂も、二人が元々性別が違う、なんて言われても信じられないのぉ。ねーさまの方は特に」

「そ、そんな……」

 

 ボクって、そんなに女の子っぽかったの……?

 た、たしかに、母さんとか、未果たちに言われてはいたけど……全部冗談とか、からかって言っているのかと思ったし……。

 

「まあ、お前たちのそんなどうでもいいことは置いておくとして、だ。桜、お前、帰れるのか?」

「わ、わかりません……。一応、こっちの学園長先生が頑張ってるみたいですけど、いつになるかは……」

「……てことは、最悪この世界で暮らすことになることもある、ってことだな?」

「……多分」

「本当に、申し訳ないよ。桜にはとんでもない迷惑をかけた」

「あ、あはは……いいよ。巻き込まれるのは慣れてるし……」

「それは慣れちゃダメだろ」

 

 自分からツッコミが入った。

 

「だって……好き好んで巻き込まれてるわけじゃないもん……。依桜だったてそうでしょ……?」

「……まあ、そうだけど」

 

 ボクの切り返しに、依桜が苦い顔をしながらそう言う。

 ボクだからね。一応、同じ道を辿って来てるからね……。

 酷い状況になることも多かったから。

 

「にしても、もう一人の自分がいる、ね。異世界があるから、そう言う世界があっても不思議じゃないんだろうが……不思議な気分だ。桜、そっちのあたしはどんな感じなんだ?」

「ボクの方の師匠ですか? えーっと……理不尽で、お酒好き、ですね。あとは、生活力がなくて、基本身の回りのお世話はボクがしてました」

「ほほぅ……?」

 

 暗い笑みを浮かべながら、ぽきぽきと手を鳴らす師匠。

 って、怖いよ!

 

「え、えと、あの、そ、それでも、面倒見がいい人で、その……ぼ、ボクは好き、ですよ?」

「……そうか。だ、そうだが、依桜」

「僕も、師匠のことは好きだぞ? 普通に美人だし、色々教えてくれるし、なんだかんだで優しいし」

「お、おう。面と面向かって言われると気恥ずかしいが……まあいいだろう」

 

 何がいいのかわからないけど、師匠が照れてる……。

 ちょっと顔を赤くしてる師匠なんて、滅多に見られない、貴重なものだと思う。

 

「ねーさま、ねーさま! 儂は? 儂はどんな感じなんじゃ?」

 

 今度は、メルがボクの世界の方のメルについて尋ねてきた。

 

「うーんと……メルと同じく、すっごく可愛い女の子だよ」

「ほんとか!?」

「うん。それから、なぜか一緒に寝る時は、ボクの胸に顔をうずめて寝てるね。なんでも、ふかふかで気持ちいいとか」

「そうなのじゃな。……ねーさま、ちょっとためしてもよいかの?」

「いいよ」

 

 慣れてるし。

 それに、一応は別人とはいえ、メルだから、断る気にはなれない。

 

「やったのじゃ! えい!」

「わわっ」

 

 ぼふっとメルがボクに抱き着いてきた。

 飛びついてくるのは変わらないんだね……。

 

「お、おー……ふかふかじゃぁ……気持ちいのじゃ……」

 

 気持ちよさそうな声を出すメル。

 そ、そんなに気持ちいのかな、ボクの胸って。

 

「半年くらい前まで、そんな大きい物体が自分の体にぶら下がってたと思うと、不思議な気分だ。……実際、気持ちいいのか? 胸に顔をうずめるのって」

「ぼ、ボクもわからないよ。でも、たしかに落ち着く、って言うのはわかるかも……。ちっちゃくなって、泣いちゃった時に、女委が抱きしめてきたんだけど、なんだか落ち着く気分だったし」

「あー、それはわかるかもしれない。僕も似たようなことがあったし」

「じゃあ、えっと、依桜も試してみる? 一応、ボクなわけだし……」

「まあ、自分の胸がどういう感じだったのか気になるし、試してみるか」

「うん。えっと、メル。一旦離れてくれるかな?」

「わかったのじゃ」

 

 素直に言うことを聞いてくれて、メルはボクから離れた。

 そして、入れ替わるようにして、依桜がボクの目の前に来る。

 

「じゃ、じゃあ、行くぞ」

「うん」

 

 そっと、依桜がボクに抱き着いてきた。

 

 ……なんだろう、字面からしたら、自分で自分を抱きしめているような感じになってるんだけど……あ、でも、実際にはそうかも。

 

 一応、別のボクなわけだし……。

 

「え、えっと、どう、かな?」

「あー、たしかに、ふかふかで気持ちいい……何と言うか、落ち着くな……」

「そ、そうなんだ」

 

 ボクが言うなら、そう、なのかな……?

 

「何と言うか、不思議な光景だぞ、お前たち。依桜が依桜を抱きしめるって言う、相当おかしな状況だ」

「あ、あはは……」

 

 それは、ボクも不思議に思ってます。

 だって、男の時のボクを、ボクが抱きしめているわけだし……。

 なんだろうね、この状況。

 

「ありがとう。結構、よかった」

「そ、そっか」

「女委が、僕の胸に顔をうずめて、気持ちよさそうしていた理由がわかったよ。たしかに、あれは気持ちいいな」

「ボクはわからないけど、依桜が言うなら多分そうなんだね。自分じゃわからないけど」

「何で二回言った?」

「なんとなく……」

 

 たしかに、柔らかいと思うけど……。

 そんなに、気持ちいいと思えるほどなのかな、これって。

 うーん、わからない。

 

「それで、今日はどこで寝るんだ、桜は」

「あ、そう言えばどうしよう……」

 

 ここはボクの家であって、他人の家なわけだから……うーん……どうすればいいんだろう?

 

「とりあえず、僕の部屋で寝るか?」

「いいの?」

「一応、僕だからな。それに、布団だったら、客間から持ってくればいいだろう」

「それなら、客間で寝た方が早い気がするぞ」

「もし、何かあった場合、すぐに対処できる部屋の方がいいと思って」

「……ま、それもそうだな。その方が、あたしもすぐ動ける、ってわけか」

「そうそう」

「じゃあ、決まりだな。とりあえず、後で蒲団は持ってくる」

「ありがとう」

「いいんだよ。とんでもない被害者だから、この件に関しては」

「あ、あはは……」

 

 否定できません……。

 本当、学園長先生ってどうなってるんだろうね……。

 そして、学園長先生の後始末をしているこっちのボクも大変だね……。




 どうも、九十九一です。
 なんか、ややこしいですね、並行世界の話って。自分でも、依桜の一人称を間違えかける時がある……。あんまり、パラレルワールド系の作品がない理由って、この辺なのかな? まあ、私が探してないだけで、探せばいっぱいありそうですけど。
 今日も2話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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241件目 学園へ

 というわけで、夜。

 

「( ゚д゚)」

「正直、説明するのも面倒だから省略するけど……もう一人の僕だ。名前が同じでややこしいから、桜、と呼んでくれ」

 

 ボクの姿を見て、こっちの父さんがポカーンとした表情を見せた。

 こっちの父さんも、こんな顔するんだね……間抜け顔、って奴だよね?

 

「父さん。あほ面を晒すのは、やめてくれ」

「ほんと、依桜は酷いな!?」

「きっと、お母さんに似たのね~」

 

 な、なるほど、こっちではこういう感じなのね、父さんって。

 なんというか……立場が一番低い、って言う部分は変わらない気がするけど、ボクにすら冷たい言葉を受けるんだ。

 

「それで、桜、だったかな? えーっと、君は、依桜本人なのかい?」

「そ、そうです。といっても、この世界の依桜じゃなくて、何と言うか……こことそっくりな世界に住んでる、こちらの人たちから見た、もう一人の依桜と思っていただければ……」

「なるほど。……わからん」

「……父さんは馬鹿だからな」

「……最近、息子が冷たいと思うんだ」

 

 息子、か。

 

 ボクも去年の九月までは、一応そう呼ばれていたんだけどなぁ……。

 呪いのせいで、性別が変わっちゃって、今は娘、だもんね。

 

 しかも、ノックもなしに、部屋に入って来られて、裸を見られた時は本当に恥ずかしかったんだから。

 

「まあまあ、とりあえず、ご飯にしましょう。さ、食べて食べて」

「あ、ありがとうございます」

「敬語なんていいのよ。世界は違うけど、一応親なんでしょ?」

「う、うーん、微妙に違うような……」

「というか、DNA鑑定とかしたら、普通に同じなんじゃないかしら? そっくりな世界なわけなんだし」

「たしかに、それはあり得るかもなー」

 

 と、依桜が母さんの言うことに、賛同する。

 

 言われてみれば、そうかもしれない。

 だって、この世界って向こうと限りなく一緒に近い。

 だから、ボクとボクがDNA鑑定したら、まったく同じものになるっていうことだよね?

 

 色々と問題になりそうだからやらないけど。

 

「まあ、そういうわけだし、自分のお父さんとお母さんと思って、接してね」

「う、うん」

 

 一応、父さんと母さんなんだけど、正確に言えば、ボクの父さんと母さんじゃないんだよね……。

 

 でも、外見と性格もほとんど同じだから、何と言うか、父さん、母さん、って呼ぶのに違和感も抵抗もない。

 

 並行世界ってわかってるからかな。

 

「さあさ、冷めちゃうし、ご飯にしましょ!」

「そうだな」

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 賑やかな夜ご飯になった。

 

 

 それから、お風呂に入ったりだなんだをして、就寝。

 とりあえず、並行世界での暮らしの一日目は、なんとか無事に過ぎていった。

 

 

 翌朝。

 

「ふぁあぁぁ……んぅ……あさ……」

 

 いつも通り、とはいかないけど、目が覚めた。

 

 いつもなら、ベッドの上で目が覚めるんだろうけど、今日は敷布団で目が覚めた。

 

 一応、ベッドを使ってほしい、なんて言われたけど、さすがに断った。

 メルがいるからね。

 さすがに、床で寝かせるのは可哀そうだったので、ボクが床で寝た。

 

 それに、一応ボクは元男だからね。そこまで気にかけられるような人じゃないから。

 どこでも寝れますとも。

 

 師匠が原因だけど……。

 

「ふぁあ~あ……ああ、おはよう、桜」

「うん、おはよう、依桜」

「……目が覚めて、少し前までの自分と同じ姿の人間に挨拶するって言うのは、変な感じだ」

「あはは、そうだね。ボクも不思議だよ」

 

 二人して苦笑いする。

 ボクだって、目が覚めて、同じ姿の人がいたらびっくりするもん。

 

「今日は普通に平日だしな。学園に行かないと」

「あ、うん。いってらっしゃい」

「いや、桜も行くんだぞ?」

「ふぇ?」

 

 ボクはこっちの世界の住人じゃないし、一応設定は考えたけど、それは依桜が学園の方の人に説明するための設定なわけで、ボクは行かないんじゃ……。

 

「考えてもみるんだ。並行世界ということは、こっちで過ごした分の時間が、帰った時に、そっちの世界でも進んでいるかもしれないだろう? そうなれば、授業の遅れが出る可能性がある」

「あ、そっか」

 

 言われてみればそうかも。

 異世界なら向こうでの七日が元の世界での一日だけど、ここは異世界ではあるけど、正確に言えば並行世界。

 だから多分、時間の流れも同じになってる可能性がある、ってことだよね。

 そうなると、依桜が言ったように、ボクの世界で時間が経過してるってことになるんだ。

 

「それに、この件に関して、学園長からすでに許可は得ている。一応、桜が風呂に入っている間、僕の方で連絡をしておいた。一応、こっちの世界にいる間は、こっちの二年三組の生徒として通えるそうだ。設定も、双子、ってことになっている。ちなみに、姉と妹、どっちがいい?」

「ど、どっちでもいいよ。双子だからあんまり変わらないし……そもそも、生まれた時間、日にちだって同じでしょ? どっちが上か下かなんて、わからないよ」

 

 同じような道のりを辿って来たってことだからね。

 きっと、日にちと時間も同じのはずだし。

 

「それもそうか。……まあ、一応僕が兄、ってことにしておこう」

「わかったよ。じゃあ、ボクが一応妹、ってことだね」

「そうなる。といっても、何かが変わるってわけじゃないし、問題はないだろ」

「そうだね」

「よし。じゃあ、朝ご飯食べて、さっさと学園に行くか」

「うん」

 

 

 それから、メルを起こして、ボクと依桜は学園に登校。

 

「やっぱり、視線は来るな」

「そうだね」

 

 三人で歩いていると、かなりの視線がボクたちに集中していた。

 

『え、あれ、依桜君と……依桜、ちゃん?』

『ふ、二人いる?』

『ど、どうなってるんだろう?』

 

 ボクという存在が二人いることに周囲の人たちも驚いているようだった。

 まあ、同じ姿の人が二人いるわけだからね……。

 

「にーさまとねーさまは、注目の的じゃなぁ」

「あんまり嬉しくないけどな……」

「そうだね……」

 

 じろじろ見られる、って言うのはだいぶ慣れてはいるけど、そこまで気持ちのいいものじゃないしね……。

 むしろ、ちょっと嫌だなー、くらいの。

 メルはメルで、なんだか嬉しそうだけど。

 

「でもこれ、こっちの未果たちはどう思うのかなぁ」

「割と、女委と態徒辺りは喜びそうな気はする」

「……あー、うん。なんかわかる」

 

 特に女委の方。

 一応、アニメやゲームが大好きだからね、女委。

 こういう、いかにもな状況となると、かなり喜びそう。

 

「まあ、詳しい話は昼休みでいいだろう。一応並行世界から来てる、というのは言うが」

「そうだね」

「……できれば、早く帰してやりたいところだ」

「あ、あはは……」

 

 本当に、いい人だね、こっちのボク。

 どこかの学園長先生とは大違いだよ……。

 

 

 というわけで、学園に到着。

 

 やっぱり、周囲からの視線はかなり来る。

 もう気にしてもしょうがないので、ボクたちはなるべく無視して教室へ向かう。

 

 途中で、初等部の校舎の方にメルが行き、別れた。

 

 そして、教室に辿り着くと、ボクたちは教室に入る。

 

「おはよう」

「お、おはよー」

 

 ボクたちが入って来た瞬間、かなりびっくりしたような表情を浮かべるクラスメートのみんな。

 未果たちも、やっぱり驚いている。

 

「とりあえず、桜の席は、僕の隣になった。一応、席をずれてもらったよ」

「う、うん。わかった」

 

 それならありがたいよ。

 やっぱり、知ってる人がいるって言うのはすごく落ち着くからね。

 

『や、やっぱりあれ、依桜君、だよね……?』

『うん……しかも、女の子の時の』

『でも何と言うか、可愛い、よね』

『わかる。なんかこう、女の子っぽいオーラがある』

 

 ぼ、ボクって、そんなに女の子っぽいオーラを放ってるの……?

 向こうでも、性別が変わる前に、未果たちによく言われてたけど。

 ちょっとそれを気にしつつ、ボクたちの席に。

 

「あー、依桜。これはどういうことかしら?」

「……昼休みに説明する」

「了解よ。えっと、そっちの女の子の依桜はなんて呼べば……」

「とりあえず、桜、って呼んでくれればいいよ」

「わかったわ」

 

 ボクたちのところに来た未果が、そう納得すると、そのまま戻っていった。

 それと同時に、

 

「おらー、席着け―。HRするぞー」

 

 戸隠先生が入って来た。

 

「まあ、お前らも気付いての通り、女男そっくりな奴がいると思うが、しばらくこの学園に通うことになった。あー、一応自己紹介をしてもらえるか?」

「あ、はい。えっと、少し複雑な事情があって、しばらくここに通うことになりました、男女桜です。よろしくお願いします」

『え、何あの依桜君……すごく柔らかい口調なんだけど』

『女男って、あんなに女子っぽかったか?』

『い、いや……』

『というか、本当に何者なんだろう?』

 

 と、ボクの存在について、ひそひそと話し合っているのが目につく。

 あ、あー、うん。まあ、気にはなるよね……。

 

「一応、お前たちに言うが、そこにいる男女は、女男の双子の妹だそうだ」

『ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』

「どうやら、生まれてすぐに、ちょっとした手違いがあって、別の家で育てられてきたが、最近になって本当は、女男の双子の妹であることが判明してな。もちろん、血のつながりはある。だからまあ、仲良くしてやってくれ」

 

 お、おー、本当にそれっぽい理由になってる。

 

 まあでも、これで取り合えず、対外的な説明は何とかなった、かな。

 

 ……非現実的な話に、クラスメートのみんなは驚きで固まっているけど。

 

 血のつながりがある、って言っても、そもそも本人だから、何もかもが同じなんだけどね……。

 

 HRが終わり、ボクの周りには人が集まっていた。

 

『な、なあ、男女って、マジで女男の双子の妹なのか?』

「う、うん。ボクも最近知ったんだけどね。びっくりしちゃったよ」

 

 ほんとは、双子じゃなくて、本人なんだけど……。

 

『道理で、女の子の時の依桜君にそっくりだと思ったよー。双子なら、納得』

「あ、あはは、そうなんだ」

 

 そっくりって言うか、ボクからしたら、こっちのボクが、元の性別の時のボクにそっくりなんだけどね……。

 

『桜ちゃんって、何が好きなの?』

「す、好きなもの?」

『うん!』

「え、えっと、料理とか、甘いものとか、あとは、可愛いぬいぐるみとか」

『料理するの?』

「うん。家事もよくやってたから、一応一通りこなせるよ」

『すごーい! 兄妹そろって家事万能なんだ!』

『というか、好きなものが依桜君と同じなんだね』

「ま、まあ、双子だからね」

 

 双子だから同じなんじゃなくて、そもそも、別世界のボクだから趣味嗜好が同じなんだけど……。

 

「あー、そろそろ質問攻めにするのはやめてやってくれ。桜だって、戸惑っているしな」

『あ、そっか。ごめんね、桜ちゃん』

「ううん、別にいいよ」

『それじゃあ、またあとでお話聞かせてね!』

「うん」

 

 そう言って、クラスメートのみんなは離れていった。

 

「……僕も、男になった時は、ああいう風に質問攻めになったよ」

「ボクもだよ。しかも、いきなり胸のサイズ聞かれたし……」

「……そうなのか。一応訊くが、サイズっていくつなんだ?」

「……じ、実は、HよりのGなんだよ」

「あー……そう言えば、僕は発育よかったからな……それくらいになっても不思議じゃない、か」

 

 ボクの胸のサイズを聞いた依桜が、苦笑いを浮かべながらそう言ってきた。

 

 ふと思うけど、最初から女の子だったこっちのボクの方が、実は大変なんじゃないか、と思えるようになって来た。

 

 男になってから楽になったとは言ってるけど。

 

 まあ、うん。その気持ちはよくわかるよ……。

 

 だって、生理って本当に辛いし、胸が大きいと、揺れて付け根が痛いし……。

 それから解放されたのなら、女の子に戻りたい、なんて思わないよね……辛いだけだもん。

 

「大変だったね、依桜」

「いやいや、それを言うなら、桜こそ」

 

 お互いでお互いを労った。

 本当に、こっちのボクは優しいと思いました……。




 どうも、九十九一です。
 どうしよう。本当に書くの大変なんだけど、この章。
 いや、うん。やりたいと思ってやったはいいけど、思いのほか並行世界の話って大変なんだなと思いました。感想で言われましたが、たしかに、並行世界に行く話はあっても、そこには自分がいない、とか入れ替わってるとかの方が多いですよね……なんで、こんなややこしい話にしちゃったんだろう。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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242件目 昼休み

 そして、お昼になり、ボクたちは屋上に来ていた。

 

「さて、それじゃあえーっと、桜、でいいのよね?」

「うん」

「それで、桜。あなたは……誰?」

 

 お昼ご飯を食べる直前、未果にそう尋ねられた。

 

「え、えーっと、それはどういう意味で?」

「ああ、ごめんなさい。正確に言うと……あなたと依桜の関係性って何?」

「あ、え、えっと、こっちにいる依桜はこっちの世界のボクで、ここにいるボクは、別の世界の依桜なんだよ」

「ややこしいわね……」

「あー、簡単に言うと、だ。ここにいるのは、紛れもなく、僕だ」

 

 依桜がそう言った瞬間、未果たちが驚きの表情を浮かべた。

 

「だが、口調とか雰囲気が少し違う気がするんだが……」

「ああ、僕と言っても、ここのいるのは、晶たちが知っているような僕じゃなくて、別世界――並行世界にいるもう一人の僕、ってことだ」

「おー、わたしの読みが当たってたんだねぇ」

「だなー。じゃあ、そっちにいる、女の依桜は、こことは違う世界にいる依桜、ってことでいいんだよな?」

「うん」

「異世界があるのは依桜から聞いて知っていたけど……まさか、並行世界があるなんて思わなかったわ」

 

 それはボクもだよ。

 

 だって、異世界という存在はあっても、それは全く異なる世界だったわけだし……。

 

 まさか、こんな風に、ボクが知っている人たちが存在している、別の世界があるなんて思わなかったよ。

 

 ……そう言えば、おみくじに『見知らぬようで、知っているような場所にたどり着く』って書かれていたけど……もしかして、今の状況のこと言ってる?

 ……絶対そうだよね、これ。

 

 後で、こっちのボクのおみくじ、見せてもらおう……。

 

「でも、あれだな。見れば見るほど、そっくり……というか、まったく同じだなぁ」

「どっちも僕だからな」

「それでそれで、こっちの依桜君、ちゃん? は、性別はどっちだったの?」

「え、えっと、昨日の朝ちらっと言っていたと思うけど、ボクは元々男だったよ。それで、呪いを受けて女の子に……」

「ということは、こっちは依桜君なわけだね」

「ま、まあ、そうなのかな?」

「こっちは、依桜ちゃん、だしね。あ、でも、桜、って言う名前にしてるんだっけ?」

「うん。そっちの方が、ややこしくなくて済むからね。昨日、依桜と二人で話して決めたんだ」

「依桜が依桜って呼んでるの、すっごい不思議なんだけど」

「あ、あはは……」

 

 むしろ、不思議な気分を一番味わってるのは、ボクと依桜の二人だよ。

 あー、うん。本当にややこしい。

 自分のことじゃないとわかっていても、まるで自分のことを言っているように思えてしまうからややこしい。

 

「まあ、大体桜君のことは理解できたし、そっちの世界のことを聞かせてほしいなー」

「いいけど、多分あんまり変わらないよ? 違う点は、ボクと依桜の性別が正反対、ってことだけだし」

「いいのいいの! ね、みんな」

「そうね。私もちょっと聞いてみたいわ。そっちの依桜……桜がどういう感じなのか」

「俺も聞いてみたいな。こう言う機会は滅多にないだろうからな」

「オレも」

 

 みんな聞きたいんだね……。

 まあ、いいけど。別に、秘密にするような話もないしね。

 

「えっと、じゃあ、何が聞きたいの?」

「そうね……こっちの依桜は、『白銀の男神』、なんて言われてるけど、そっちはどうなの?」

「あ、あー、うーん……『白銀の女神』って呼ばれてるよ」

「へぇ、やっぱり、その辺りは同じなのな。依桜、どう思うよ」

「……どうもこうも、ただただ恥ずかしいよ。僕たちは、別に神様じゃないって言うのに、なぜか神ってつけてくるから、痛いし、恥ずかしいよ」

「うん。それはわかるよ、依桜。ボクも、すごく恥ずかしいもん……。特に、知らな人からいきなり、『女神様!』って言われるのは、本当に死んじゃいたくなったよ……」

「……わかるぞ、その気持ち。あれ、死にたくなるくらい、恥ずかしいよな……」

「うん……」

 

 ボクと依桜は、お互いの苦労をよく知っているため、普通に気持ちがわかる。

 なので、ボクが言ったことに共感してくれるんだよ……。

 ありがたいよ……。

 

「……やっぱり、苦労してるのね、そっちの依桜も」

「……うん。ボク、たまに襲われるんだよ……」

「お、襲われる?」

 

 ボクが言ったことに、未果が思わず聞き返してきた。

 

「うん……。実はね、商店街の福引で引き当てた温泉旅行を、ボクと父さんと母さん、それか未果たちと一緒に行ったんだけど……その時、ウイスキーボンボンを食べた未果と女委に襲われてね……トラウマだよ……」

 

 主に、感覚の。

 あの時、本当に頭がふわふわして、真っ白になっていった時は、本当に怖かった……。

 何度思いだしても、あれは嫌な記憶だよ……。

 

「……それは、こっちの世界にはないな。僕たちは、普通に温泉に行ったよ」

「う、羨ましい……」

 

 何事もなく、平穏に温泉旅行を楽しめたなんて……やっぱり、女の子から男に変わってるからかなぁ……。

 

 男だったら、変なことも起きなさそうだもんね……。

 実際、男の方が危険に陥るリスクは低い気がするもん。

 

 女の子になってから、ボクは色々と酷い目に遭うことが多かったしね……あはは……。

 

「他は?」

「他って言うと……うーん、ボクの世界の方でも、女委が『謎穴やおい』っていうPNで同人誌を書いてることとか?」

「お、やっぱりわたしはそっちでも、同人作家なのかな!?」

「う、うん。おかげで、冬〇ミのお手伝いを頼まれちゃってね……恥ずかしいメイド服を着る羽目に……」

「ほほう! そっちのわたし、なかなかいい仕事をしてるんだねぇ!」

「……こっちでも、女委は女委なんだね……」

 

 全然変わってないよ……。

 ということは、態徒の性格も、ほとんど同じなんだろうなぁ……。

 

「やっぱり、並行世界だから、大抵は同じなのかしら?」

「多分、そうなんだろう。僕も、並行世界の存在は結構面白いと思ってるよ。……もっとも、これに別の世界の僕が関わっていなかったら、だけど」

「……そうだね。ボクも、自分がこんな形で巻き込まれてさえいなかったら、きっと少しは面白いなー、なんて思えてたと思うよ……」

 

 それもこれも、全部あの人のせいだよね……。

 どこの世界でも、騒ぎを起こす、まさに諸悪の根源とも言えるような人。

 というか、そうとしか言えないよ……。

 

「ああ、そうだ。ねえ、桜。そっちの世界もやっぱり、テロリストが襲撃してきたのかしら?」

「うん。その時、未果が撃たれちゃってね……本当に、殺そうかと思ったよ、あの時は」

 

 態徒の件や、インガドの件でもボクは怒ったけど、多分あそこまで殺意を抱いたのは、あれが初かもしれないよ。

 

 だって、大切な幼馴染が銃で撃たれて、死ぬかもしれない状況にまで陥っちゃってたんだもん。

 むしろ、怒るな、という方が無理な話だと思うよ。

 

「……私、どこの世界でも、撃たれてるのね」

 

 と、ボクが言ったことに、未果が暗い笑みを浮かべる。

 も、もしかして、

 

「こっちの未果も、撃たれたの?」

「……ええ、そうよ。ほんっとうに痛かったわ……。体から熱が無くなっていく感覚は、思いだすだけでもゾッとするわ」

「……それじゃあ、依桜は」

「もちろん、僕は怒った。殺したくなるくらいに、怒ったよ。というか、本当に殺そうかとさえ思ったくらいさ」

「……そうだよね。よりにもよって、未果だもんね」

「ああ。一番付き合いが長くて、大切な幼馴染を撃たれれば、キレるさ」

 

 やっぱり、同じ考え方。

 ボクだって、殺そうと思ったほどだったからね。

 

「なんか、私のことに関して、堂々と目の前で言われてるものだから、なんだか気恥ずかしいわね……」

「あ、ごめんね、未果」

「いいのよ。それであとは……体育祭とか、どんな感じだったのかしら? やっぱり、おかしな種目が?」

「うん。色々変なのはあったよ……。障害物競走に、スライムプールがあったり、射的が合ったりするし、なぜか、格闘大会があったり、おかしな二人三脚があったり。他にも、フルダイブ型VRゲームを用いたアスレチック鬼ごっこもあったよ」

「やっぱり、こっちの世界と変わらないな……。ほとんど同じ道を辿ってるってことか」

 

 晶がそう呟く。

 

 同じ道を辿っているのはたしかだけど、微妙に違いもあったりするんだね、並行世界と言っても。

 

 さっきの、福引の温泉旅行が一番いい例かもしれないね。

 だって、襲われてないみたいなんだもん。

 

 ……ということはこれ、ボクが襲われたようなことがあったことに対しては、こっちでは起きていない、って言う可能性があるよね……?

 

 う、うーん、どうなんだろう?

 

「そう言えば、桜君って、何か体質の変化とかあるの? こう、ちっちゃくなったりとか」

「うん。あるよ。小学四年生の姿になったり、小学一年生の状態に狼の耳と尻尾が生えたりとか、通常時に狼の耳と尻尾が生えた状態。あとは、身長が高くなって、大人状態になる時もあるよ」

「すげえな、依桜と全く同じ変化だ。ちょっと見てみたいな」

「わかるよ、態徒君! ロリな桜君に、ケモロリ桜君とか、すごく見てみたいよね!」

「……ねえ、桜。子の二人って、そっちの世界でもこんな感じ?」

「……うん。そんな感じ」

「変態は、どこの世界でも変態、ということか……」

「まあ、当たり前といえば当たり前だな。女委と態徒は、一生変態だしな―。僕が大人にになる前に、縁を切るか」

 

 晶の呟きに、依桜がそう言う。

 

「ちょっ、それは酷くね!?」

「そうだよ、依桜ちゃん! わたし、縁を切られるほど、また落ちぶれてるわけじゃないよ!」

 

 すると、二人は、慌てた(?)ように、猛抗議。

 

「……だったら、変なことを言うな。一応、桜は僕と同じなんだから。これ以上、変なことを言うな。じゃないと、本当に切るからな」

「「す、すみません……」」

 

 こっちのボク、なんか強いね……。

 ボクじゃ、こういう風に言えないよ。

 やっぱり、男勝りって言われるだけあるよね、依桜。

 

「ったく……それで、原因は当然――」

「……うん。師匠の適当な仕事が原因だよ……」

「だろうなぁ……。あれはさすがに、僕も叫ぶしかなかった」

「あー、あれだろ? わけわからねぇ文字で書かれた手紙の話」

「そう。今でも、あれはイラっと来る。それほどまでに、僕は怒ったよ。あの手紙。……まあ、怒ったところで、師匠に勝てるわけじゃないけど……」

「……そうだね。あの人、理不尽、だもんね」

「……ああ。できれば、今後は普通にしてもらいたいぞ……」

 

 絶対に叶わないと思うことを、ボクと依桜は二人そろって言っていた。

 

 

 この後、色々なことを話、気が付けば、昼休みが終わりになっていた。

 こっちのみんなは、ボクが知っているみんなとほとんど同じだったのは幸いだったよ。




 どうも、九十九一です。
 結構疲れる、この章……。できれば、早めに終わらせてしまいたいところです……。
 えー、さすがに、今日は一話のみの投稿です。さすがに、疲れちゃって……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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243件目 依桜&桜コンビのドッジボール

 それから、五、六時間目は体育の時間になりました。

 

 体操着に関しては、一応『アイテムボックス』に入れているので、問題なしだったのはよかったよ。

 

 まあ、着替えはもちろん、女子更衣室なんだけどね……。

 相変わらず、慣れないよ……。

 

 少しずつは慣れてきてるけど、それでもまだ恥ずかしいという気持ちや、申し訳ないという罪悪感があるよ……。

 

 一応、元男だし……。

 

 昨日の朝の会話が聞こえていたら、多分元男だって気付いてると思うけど。

 とりあえず、早く着替えよう……そう思っていたら、

 

「……隙あり!」

「ふゃんっ!」

 

 いきなり、女委に胸を揉まれて、変な声が出てしまった。

 

『え、何今の反応』

『……あれ、依桜君が依桜ちゃんだった時も、女委ちゃんにやられてたけど、んっ、くらいで済ませてたよね?』

『うん。桜ちゃん、すごく反応が可愛い……』

「お、おー、なんという揉み心地……柔らかくて、それでいて張りがある……なのに、このふわふわ、もちもちした感触! す、すごいっ、こ、これが桜君のおっぱい!」

「め、女委っ、や、やめっ、ゃんっ」

『う、嘘、あれが依桜君の双子の妹……?』

『反応が全く違う……』

『え、エロい……』

 

 こ、こっちの女委も、なんでボクの胸を揉んでくるの……!?

 あ、だめ……あ、頭の中が……。

 

「ぁっ、んっ……!」

 

 へ、変な声も出てきちゃうよぉ……。

 頭の中が白くなってくる――

 

「はいはい、そこでやめなさい、この馬鹿」

「うきゅっ」

 

 何か、色々と大変なことになる一歩手前で、未果が女委を引きはがしてくれた。

 

「はぁっ……はぁっ……あ、ありがとう、未果……」

「いいのよ。……まったく。一応、私たちが知る依桜とは違うんだから、少しは自重しなさいよ」

「に、にゃははー……つ、つい……前の癖で……」

 

 周りには聞こえないように話す二人。

 

「ごめんなさいね、桜。こっちの女委がこれで」

「い、いいよ、ボクの方も大体同じことしてくるから……」

 

 特に女委はしょっちゅう……。

 

「その辺も同じなのね……。女委、あなたどこでも変態腐女子みたいよ?」

「おー、マジかー。えへへぇ、照れちゃうぜ~」

「「いや、褒めてないよ(わよ)」」

 

 ボクと未果のツッコミが重なった。

 

 一応、ボクが知っている未果と性格などが同じなためか、やっぱり話は合う。

 それはもちろん、晶や態徒、女委にも言えることだけどね。

 ……まあ、本当はボクが普段一緒にいるみんなと違うんだけど、違和感が全く仕事をしてくれないんだよね。

 

 本当に、すごいよ、この状況。

 

 ……これ、いつか、こっちの世界の依桜がボクの世界の方に来る、なんてことがあったら、さすがに大ごとになるんだろうなぁ……。

 

 まあ、それを言ったら、未果たちもだけど……。

 

 そう言えば、並行世界っていくつあるんだろう?

 一応、分岐の数だけある、みたいなことを聞いたことがあるし……。

 だから、ボクがいる世界といない世界がある、みたいな感じもあるってことだよね?

 

 うーん、まあ、わからないしいいよね。

 

 今はとりあえず、着替えて、グラウンドに行かないと。

 

 

 あの後、特に女委が何かをやってくることはなく、普通に着替えてグラウンドに出てきた。

 

 とりあえず、今日の体育はまだ三回目と言うことで、軽い運動のみ。

 

 軽い運動と言っても、ドッジボールなわけだけど。

 

 ドッジボールかぁ。

 

 そう言えば、異世界から元の世界に帰った直後に、一回やったなぁ。

 あの時は、ボクがちょっと異世界で鍛えた身体能力でちょっとやりすぎちゃったけどね……。

 

 ……あ、あれ? 今回って普通に考えて、ボクが二人いるってことだから……あ、ちょっとまずいかも……。

 

「集まったな、ガキども。今日は、諸事情で熱伊が休みなんで、あたしだけだ。ま、今日はドッジボールをするぞ。まあ、ルールなんざ、知らない奴はいないと思うんで、すっ飛ばすぞ。チーム分けは……あー、そうだな。公平を期すため、イオはAチーム、サクラをBチームにするか」

「「え!?」」

 

 ボクと依桜の二人が、揃って驚きの声を上げた。

 

「あ? なんだ、イオ、サクラ。何か異論でもあるのか?」

「い、いや、ないけど……師匠が珍しく、まともなこと言ってるから、つい」

「あたしはいつだってまともだぞ?」

「「……え?」」

「お前らは、あたしをなんだと思ってるんだよ……まあいい。そこまで言うなら、こっちにも考えがある。おい、ガキども。今日のドッジボール、少し、ルールを変えよう。まあ、ルールって言っても、簡単だ。まず、チームが二つなのはさっき言った通り。で、Aチームは、イオとサクラの二人。あとの奴らは、Bチーム」

『『『!?』』』

「「し、師匠!?」」

「それから、球の数はそうだな……まあ、五個でいいだろう。問題ないよな? お前ら」

 

 と、師匠が笑顔でみんなに尋ねる。

 

 ボクと依桜の二人は、ええ? みたいな表情を浮かべ、未果たちは、苦笑い。

 

 でも、それは事情を知っているからそう言う反応になるわけで、ボクを普通の双子の妹だと思ってる、他のクラスメートのみんなは違うわけで……。

 

『せ、先生』

「なんだ」

『女男の奴が強いのはわかるんすけど、さすがに、男女の方は強くないんじゃないすか……?』

 

 まあ、そう思うよね……。

 

 こっちのみんなは、ボクが強いと言うことを知らないわけだし……。

 

 ボク自身も、外見は強そうに見えないからね……うん。仕方ないとは思うんだけど……ちょっと心に来る。

 

「心配ない」

『で、でも、さすがに女を攻撃するのは……』

「一応言うがな、そこのサクラも、下手な奴より強い……というか、基準的には、イオと同じだ。それも、全く同じ」

『『『え!?』』』

 

 師匠が言ったことに、クラスメートのみんなはそろって驚きの声を上げた。

 

『う、嘘、あんなに可愛い見た目して、実際はすごく、運動神経が高い……?』

『姉妹揃って運動能力抜群……』

『で、でも、全然すごそうには見えない、よね……?』

『胸部装甲はすごいけど』

 

 みんなの心配が心に刺さるぅ……。

 わかってはいたけど、こうなると、本当に泣けてきちゃうよ……。

 

「いいんだよ。あたしはできないことは言わない主義だ。できるから言うんだよ。おら、さっさと準備しろ。一応、人数の半数は外野だ。まあ、少し多すぎるからな。あとは……あー、そうか、二人だけだから外野が用意できんな……」

「な、なら、少し多くすればいいと思うんだが」

「いやダメだ。お前らはあたしをおちょくったからな。まあ、少しは修行だと思え」

「「で、ですよねー……」」

 

 理不尽なのは変わらず、かぁ……。

 むしろ、師匠が理不尽じゃない世界なんてあるのかな……。

 ボク的にはないと思うよ。

 

「まあ、外野なんていらんな。もう面倒だから、Bチーム側のAチーム外野はいらないんで、そこの外に転がった球は、Bチームのものとする。よし、ルールはこんなもんだな。やるぞ」

 

 と、ボクと依桜の二人は顔を見合わせて、

 

「「はぁ……」」

 

 深いため息を吐くのでした。

 

 

 それから、ドッジボールコートを師匠が一瞬で作り、

 

「まあ、さすがにあれなんで、五個の内、二つはお前たちが持っていいぞ」

「それでも、Bチーム側に三つあるんですけど……」

「お前たちは二人だけだ。なら、二つで十分だろ」

「ひ、酷すぎだ……」

 

 師匠は師匠でした……。

 

「それから、Bチームの奴らは、一回当たったら即終了で、外野行きだ。当たっても戻れない。いいな?」

『はい』

「よし、いい返事だ。んじゃ、ほれ球」

 

 そう言いながら、ぽーんとボールを投げ渡してきたので、ボクと依桜はボールをキャッチ。

 Bチームの人たちも、何人かボールをキャッチした。

 

「それじゃ、始めるぞ。……開始!」

『先手必勝! まずは、男女から狙うッ!』

 

 って、開始早々いきなりボク!?

 

 え、えっと名前は確か……あ、遠藤君!

 覚えてる限りだと、たしか、野球部、だったかな……?

 

『男女にボールを当てるのは忍びないが……勝つためよ! 喰らえ!』

 

 と、遠藤君が勢いよくボールを投げてきた。

 けど、ボクからすれば、相当遅く感じるわけで。

 

「よっ!」

 

 持っていたボールを上に投げると、遠藤君のボールを右手で勢い全部いなして、右手でキャッチ。そのまま、落ちてきたボールを空いてる方の左手で捕る。

 

『は!?』

「お返しです!」

『ちょっ、は、はや――ぐほぁ!?』

 

 お返しとばかりに投げたボールが、見事に遠藤君の腹部を捉え、そのままアウトにした。

 

『さ、桜ちゃんすごい……』

『これ、マジでなめてかかったらすぐにやられるぞ!』

『みんな、これは連携で倒すぞ!』

『『『おお!』』』

「あ、ご、ごめんね。なんか、スイッチ入っちゃった……」

「いや、いいよ。どうせ、遅かれ早かれこうなったろうから」

「それもそっか」

 

 ボクと依桜の身体能力は師匠が言ったように全く同じだと思うしね。

 だから、今みたいにすぐにアウトのさせるくらいはできるわけだもんね。

 うん。たしかに、すぐにばれるよ。

 そんなわけで、ドッジボールが本格的に始まりました。

 

 

 ドッジボールが始まってすぐ、ボクと依桜は、

 

「「はぁっ!」」

『うおっ!?』

『きゃっ』

『しまった!』

『くっ』

 

 一回の投球で、数人をアウトにしてました。

 

 こういうのって、どういう風に投げれば、同時に何人落とせるか、と言うことさえわかっていれば、誰でもできるからね。

 

 この技術は、向こうで学んだものです。

 

 ちょっとしたアイテムを使って攻撃する時に、上手く反射を活かして使わないとダメな時があったので。

 うん。こっちでも活かせているようで何よりです。

 

 多分、依桜もボクと同じ理由だろうね。

 何せ、別の世界のボクだもん。

 

『くっ、一回の攻撃で数人も……とりあえず、ボールは全部こっちのチームにある! 外野! パスしてやるんだ!』

『『おう!』』

 

 内野にあったボールを全部、外野にパスするBチームの人たち。

 そして、指示通りに外野の人たちが一斉にボールをボクたちに投げる。

 んだけど……

 

「ふっ、よっ、はっ!」

「よっと」

 

 ボクと依桜は、上手く体を動かして、ボールを全部回避。

 

 顔に来たら、顔を横にして避け、胴体に来たら、体をのけぞらせる。この時、胸に当たらないようにボクは注意。まあ、かなり膝を曲げたから、すれすれのところで飛んでいくんだけど。

 

 そして、それを見計らったかのように飛んできたボールは、手足を使って軽く跳んで回避。さらにそこを狙ってくれば、体を捻ってさらに回避する。

 

 依桜の方も同じような動き。

 

 体を上手く回転させて回避したり、バク宙、側転などで回避していく。

 

 うん。まあ、そうなるよね、五個も飛んでくると。

 

 と、こんな感じにボールを回避し続けていると、

 

『はぁっ……はぁっ……ぜ、全然当たらねぇ……』

『む、無理でしょっ、あんなの……』

『依桜君だけじゃなくて、桜ちゃんも動きがすごすぎ……』

『ど、どうやったらっ、あんな動き、できるんだよっ……』

 

 Bチームのほとんどの人がばててしまった。

 

 うん。まあ……こうなるよね。

 

 Bチームの人たちには額に汗を浮かべていたり、中には疲れてへたり込んじゃってる人もいる。

 

 対して、ボクと依桜の二人。

 息切れなし。汗もかいてない。疲れもほとんどない。軽くウォーミングアップしたくらいかな? くらいの運動量にしか感じてない。

 

 う、うーん、これが世界の壁……。

 普通の世界と、異世界の身体能力の差……。

 こうしてみると、本当に差が大きいんだね。

 

「あー、これはどうすればいいと思う?」

「う、うーん、ボクもこの状況をどうすればいいのかわからないし、むしろ、どうにかする方法を聞きたいくらい」

 

 平然と立っているボクと依桜は、そんな風に話し合う。

 

『な、なんで疲れてねぇんだよ……ば、化け物すぎるだろ……』

『……うっ、気持ち悪……』

「あー、これはもうダメだな。……まあ、依桜を二人相手にして、奮闘した方だろうな、これは」

 

 なんて、師匠が呟いていたのが聞こえた。

 

 ……まあ、師匠の地獄のしごきを乗り越えた人間が二人いるからね……確かに、師匠の言う通り、奮闘した方だと思うよ、ボクも。

 

 むしろ、かなりすごかった気がする。

 連携だって上手くできてたし。

 

「ま、こうなったら、仕方ない。続行は不可能だな。そこまでだ。この勝負、Aチームの勝ちとする」

 

 疲労困憊の状況を見た師匠が、そう言うことでドッジボールは終了となった。

 

 

 その後は、少し回復してから再び複数チームに分かれて試合を何度か行い、五、六時間目は終わりとなった。

 

 

 更衣室にて。

 

「はぁ……依桜と桜、やっぱり異世界にいただけあるわ……」

「あ、あはは……なんか、ごめんね?」

「いいのよ。努力の結果なわけだしね。まあ、かなり疲れたけどね……」

 

 本当に、未果は疲れた表情を浮かべていた。

 うん。本当に申し訳ないよ……。

 

「いやー、桜君、すごかったよー」

 

 なんて、ボクを褒めてくる、女委。

 

 女委は、周りにボクたち以外がいない時は、ボクのことを桜君と呼んでくる。

 事情を知らない人たちがいる時は、桜君じゃなくて、桜ちゃん、って呼んでくるけど。

 

 まあ、どっちでもいいんだけどね。

 

「あ、ありがとう。でも、ちょっとやりすぎちゃった気分だよ……」

「まあ、いいんじゃないかなー。これで、大体の人は桜君が依桜ちゃんの双子の妹って信じただろうからねぇ」

「それもそうね。まあ、そっくりすぎるから、信じてもらえていない、なんてことはないでしょうけどね」

 

 そっくりすぎるって言うより、まったく同じなんだけどね。

 それを知ってるのは、ボクたちだけだからね。

 

 対外的には、双子っていうことで通さないといけないから。

 ある意味、ボクはこっちの世界にいちゃいけいない存在だし。

 

 と、そんなことを話したり、思ったりしながら着替えていると、

 

『『『桜ちゃん!』』』

 

 クラスメートの女の子たちがボクの所に来て、話しかけてきた。

 

「わっ、ど、どうしたの?」

『体育での桜ちゃんがすごかったから!』

「あ、あはは、ありがとう」

『桜ちゃん、生まれつき運動神経がよかったの?』

「ううん、あれは師匠に鍛えられただけだよ」

『ということは、武術の先生とか?』

「あ、ううん。えっと、一応、ミオ先生なんだけど」

『うっそー! 桜ちゃんもミオ先生のお弟子さんなんだ!』

「そうなんだよ」

 

 正確に言えば、みんなが知ってる師匠じゃないんだけど……。

 

『でもでも、そんなにおっきな胸してるのに、よくあんなに激しい動きができるね?』

「あ、あはは、実は結構痛かったりするんだよ……」

 

 激しい動きをすると、胸が揺れて付け根が痛いんだよね……。

 今回、結構動いたから試合中、すごく痛かったよ。

 

『やっぱり、大きいと大変なんだね』

「うん。あんまりいいことはないよ……」

 

 大きくてよかった! って思ったことはないよ、ボク。

 依桜も同じ気持ちだと思います。

 

『そうなんだー。でも、大きいから羨ましいなぁ』

『大きくする秘訣とかあるの?』

「あ、う、うーん、特に意識したことはないから、遺伝としか……」

『そっかー。だよねぇ』

『それじゃあ、運動ができるようになるコツとかは?』

「うーん……師匠の指導を受けてれば多分よくなると思う、よ?」

『そうなんだ。じゃあ、頑張ってみようかな』

『うん、運動ができて困ることはないからね』

『ありがとう、桜ちゃん』

「ううん、特にお礼を言われることは言ってないから、気にしないで」

 

 最後に軽くそう言って、女の子たちは戻っていった。

 

 こっちの世界のクラスメートのみんなも、やっぱり同じなんだね。

 結構安心したよ。




 どうも、九十九一です。
 馬鹿みたいに考えるのが大変な章です。正直、この章に関しては、一日一話のスタイルに戻りそうです……。まあ、元々、二話投稿がおかしかっただけですが。本来は一話投稿ですからね。
 まあでも、調子が良かったりできそうなときは二話投稿にしますので、ご了承ください。
 今日も一話投稿だけです。明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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244件目 元の世界にて

 元の世界にて。

 

「やっぱり、依桜は帰って来てない感じか?」

「らしいわ……。一応、源次さんや桜子さんに訊いてみたんだけど、昨日の朝忘れ物を取りに戻って、家を出たっきり、一度も見ていないらしいわよ」

「そうか……」

 

 唐突に依桜が行方不明になったことで、私たちの間には、常に重い空気が流れていた。

 

 それもそうだ。

 

 大事な友人、幼馴染が突然いなくなってしまったのだから。

 

 今までも何度か異世界に行くようなことはあった依桜だけど、今回はちょっとパターンが違う。

 

 一回目はこっちからすれば、一瞬だけ消えて、一瞬で戻ってくる、なんてことだったから、私たちの方は会わなかった、なんてことがなかった。

 

 二回目は、一時的に言ったことを知らされたけど、一日で帰ってきて、さらには土日だったからこそ、問題がなかった。

 

 三回目は、普通に半日程度で帰って来たみたいだし……。

 

 そして、問題は今回の四回目。

 

 今までは、仮に行っていたしても、すぐに戻ってくるようなことしかなかった。

 いなくなっても、次の日にはひょっこり帰ってきてる感じ。

 だから、今回も一日で帰ってくるはず、と私たちは期待していたのだけど……その淡い期待は裏切られることになった。

 

 帰ってきていないのだ。

 

 依桜は、本当に行方不明になってしまったみたい……。

 この状況をどうすればいいのか、私たちはわからない。

 

「大丈夫かな……依桜君」

 

 いつもはどうしようもない、変態な腐女子な女委も、いつものような元気がない。

 

「少なくとも、依桜は強いしよ、危険は少ないかもしれないけど……それでも、心配だよな……」

 

 態徒も態徒で、いつものような気楽な言動などを取ったりしない。

 

 こんな風に、いつもは変態で、何かと問題ばかり起しているような二人だけど、こう言う時は本当に心配そうにし、元気がなくなる。

 

 かく言う、私と晶もそう。

 

 特に、私なんて、幼稚園の頃からの付き合いで、この中で一番依桜の付き合いは長い。

 

 一番気心の知れた仲で、一緒にいるのが当たり前のような関係だから、いざいなくなると、心にぽっかり穴が開いたように感じる。

 

「……とりあえず、私たちの方でも依桜は探しましょう」

「そうだな。少なくとも、何もしないよりはいいだろう」

「だね……」

「おう……」

 

 それでもやっぱり、私たちの間に流れる空気は重かった。

 

 

「それで、そっちの研究はどうなってるの?」

『はい。幸い、依桜君が転移する瞬間を観測していたおかげで、ある程度の世界の目星はつきました』

 

 私は、依桜君が行方不明になった昨日から、学園長の業務を一時休み、研究所の方にこもりだした。

 学園長業務に関しては、新しく赴任した教頭先生に一任してある。

 一応、私の事情を知っている人だから、安心できる。

 ゼイダルのような輩は、もう二度と入れないわ。

 

「そう。それで、そこ専用の観測装置は?」

『世界の目星がついたので、すぐに作成に取り掛かっています』

「早いわね」

『いえ、依桜君には、こちらの研究を手伝ってもらったり、お菓子を差し入れてもらったりしていますから。こちらも、何としてでも早急に見つけないといけません』

「そうね……。観測装置の方は、どれくらいで完成しそう?」

『そうですね……最低でもあと三日。長くても五日で完成すると思います。可能な限り、三日で完成させるつもりです』

 

 三日……。最悪の場合は五日、か。

 できるならば、今すぐにでも依桜君を探し出したい……だけど、無理なものは無理。

 それは、私がよくわかってる。

 今は、研究所のみんなを信じないと。

 

「了解したわ。その調子で進めて」

『はい』

「でも、問題はどういった世界にいるか、よね……」

『そうですね。今回はどこの世界に行ってしまったのかわからない以上、完全に未知です。そもそも、どういう世界なのか不明ですから』

「そうよね……」

 

 少なくとも、空間歪曲のパターンがいつものと違うから、依桜君が行ったような世界ではないことは確か。

 だとすると、依桜君が今回行ってしまった世界がどういうところなのか、よね。

 

 異世界と言っても、実際は無数にあるわけだから。

 

 一番厄介なのは、危険な世界よね……。

 実際、依桜君が行った世界も、危険な世界と言われれば、危険な世界だから。

 命のやり取りがあったのはたしか。

 

 だからこそ、依桜君があそこまで強くなったわけなんだけど……。

 

 まあ、それはいいとして。

 

「ところで、異世界の目星がついた、って言っていたけど、実際どんな感じかわかっているのかしら?」

『はい。おおよそは』

「それはどんな感じ?」

『観測値的には、あまりこの世界と変わらないようです』

「ということは、少なくとも危険のあるような世界ではない、と言うことでいいのかしら?」

『はい。少なくとも、こちらの世界に存在しない……魔法などがある場合の数値は検出されていません』

「それなら、少しは安心ね……」

 

 この世界と数値は同じ、ということは、この世界のような平穏な世界に辿り着いている、という可能性が一番高い。

 

 それなら、まだ安心できる。

 危険な世界にいないのであれば、なおさら。

 でも、どんな世界にいるのかしら……。

 

 

 色々とありつつも、一日が何とか終わり、家に帰宅。

 

「まったく、師匠は本当に理不尽だよ……」

「そうだね……。まさか、二対三十九の戦いをすることになるとは思わなかったよ……」

 

 体育の時間のドッジボールは、本当に酷かったように思える。

 

 なぜか、ボクと依桜の二人だけで、戦わなきゃいけなかったから。

 

 結局、体力の差がありすぎて、みんながぐったりしたため、ボクたちの勝ちにはなったけど……そもそもの前提条件が違うからね……。

 

 異世界で何度も死にながら鍛えた人と、こっちの世界ので常識レベルの鍛え方をするのでは、全然違うもん……。

 

「それにしても、学園長の方からは、なにも連絡はなし、か」

「そうなんだ……」

「連れてくることはできたのに、送り帰すことができないって、欠陥品にもほどがあるだろ……」

「そうだね……」

 

 その辺りは、まだボクの世界の学園長先生の方がマシ……じゃ、ないかも。

 少なくとも、どうしようもない人だったの確かだし……。

 

「本来は、こっちに来て、すぐに帰れるようにしないといけないのにな……。研究者とは言っても、あの人の場合、マッドサイエンティストだからな……」

「あ、あはは……」

 

 否定できない……。

 

 とりあえず、面白そうだから、で何でもやる人だし……。

 色々と諦めた方がいいのはわかってるんだけど、どうしようもないからなぁ……。

 できれば、普通の人の感性を持ってほしいんだけど……。

 

「まあ、とりあえず、あの馬鹿のことは置いておいて。で、こっちの世界にはなれたか? と言っても、昨日来たばかりだから、少しあれだが……」

「うん。少しはね。ほら、未果たちもよくしてくれるし、こっちのみんなも、向こうと変わらない性格、外見をしているからほっとするよ……。いつもあれだもん」

「それならよかったよ。これでもし、慣れない、もしくは気まずい、なんて思われてたら心配だったからなぁ」

「こっちのボクは、優しいんだね」

「そんなことはないさ。というか、それは桜もだろう?」

 

 ボクが依桜を優しいといったら、ボクもと返された。

 

「ボク?」

「だって、普通に怪我した人の手当てをしてたじゃないか」

「あ、うん。だって、すぐに手当てしないといけないからね。ほら、ばい菌が入ったら大変だし」

「まあ、それは僕も同じだ。基本、救急道具は持ってるし」

「だよね」

 

 基本的に、誰かがいつ怪我してもいいように、って感じで持ってるから。

 活用しない手はないよ。

 

 まあ、今回はこっそり『アイテムボックス』から取り出したわけだけど。

 って、『アイテムボックス』と言えば。

 

「ところで、依桜の『アイテムボックス』って中に入れたりする?」

「ああ、入れるぞ。それを訊くってことは……もしかして、桜も入れるのか?」

「うん。なぜか」

「ということは、中に家があったり?」

「そうそう! じゃあ、依桜も?」

「ああ」

「やっぱり、そこも同じなんだね」

「みたいだな」

 

 どうやら、こっちのボクも、『アイテムボックス』の中に入れるみたいだった。

 

 やっぱりこの世界、ボクの性別と名字が違うことを除けば、同じ歴史を刻んでるのかもしれない。

 微妙に違うところはある見たいだけど、大きくは外れていないみたいだし。

 

「それから、『アイテムボックス』内で、欲しいと思ったものが、魔力と引き換えに出てきたりするか?」

「うん、するよ」

「やっぱりか……。あれ、本当にどうなってるかわからなくてな。師匠ですらわからないって話だったから、なおさら気になってるんだよ」

「ボクの世界の方も同じだよ。師匠がボクの『アイテムボックス』を見て、すごく驚いてたもん。生物が入れるのは、普通はあり得ない、って」

「そっちでも、それは変わらない、か。一体、どういう理由なんだろうなぁ……」

「さあ……できれば、どうしてそうなっているのかは、知りたいよね……」

「そうだな」

 

 なんだかんだで、謎が多いもん、あの世界。

 

 いや、むしろこの場合、謎があるのはボクの方?

 

 よくよく考えてみたら、学園長先生の転移装置が原因だったしても、異世界人を召喚する儀式とたまたま噛み合う、なんてことあるのかな?

 

 今まで、そうなんだろうな、って流してたけど、よくよく考えてみたら、ちょっと変かも……。

 

「便利なことに変わりはないけどな、『アイテムボックス』」

「そうだね。重い物とかも、『アイテムボックス』の中に入れちゃえば、それだけで済んじゃうもんね」

「本当、便利な魔法だよ」

 

 教えてくれた師匠には感謝しかないよ、この魔法に関しては。

 

 いや、ボクが身に着けた技術や能力、スキル、魔法はなんだかんだで役に立ってるからそれも感謝してるけどね。

 

 師匠、とにかく理不尽だから……。

 

「ところで、依桜は、『アイテムボックス』とか、『聖属性魔法』を習得した時って、どういう方法だったの?」

「……『感覚共鳴』って、わかるか?」

 

 依桜は、笑みが消えた遠い目をしながら、ボクにそう尋ねてきた。

 

「……あ、うん。依桜も、それだったんだね……」

 

 ボクも、そのスキル名を聞いて、すべてを察しました。

 あ、これはボクと同じことをされたんだなぁ、って。

 

「……ああ。正直、あの感覚は決して嫌なものではなかったが、怖かったな……」

「……あの、未知の感覚が体中を駆け巡っていたから?」

「……そうだよ。僕は、初めて腰が砕けた。桜は?」

「……ボクも同じ。あの感覚は怖かったよ……。なんだか、これ以上行ったら戻れなくなりそうなくらいに」

「……そうか。あれ、何だったんだろうな……」

「……わからないよ。でも、すごく危険なもの、っていうことだけはわかるよ」

 

 できれば、二度と感じたくないものだったよ。

 

 

 その後も、過去の師匠による理不尽な話をしながら時間を潰し、夜ご飯を食べて、お風呂に入ってから就寝となりました。

 この時、抗えないほどの強い睡魔に二人とも襲われてたけど……

 

 

 そして、翌朝。

 

「う、うぅ……さ、さむぃ……」

 

 朝起きたら、なんだか寒くて、スースーした。

 

 それに気づいた瞬間、ボクの意識は急激に覚醒。

 

 バッと起き上がった。

 

 それと同時に、ベッドの方からも同じような音が聞こえてきて、そちらを見る。

 

 そこには、裸の小さくなったボク――依桜がボクを見ていた。

 そして、ボクも自分の体に視線を落とす。

 

 ……縮んでいました。

 

 そして、ボクたちはお互いを見て、一言。

 

「「はぁ……このパターンかぁ……」」

 

 ボクたちは、揃って小学四年生くらいのサイズになってしまったみたいです。




 どうも、九十九一です。
 やっぱり、この章が終わるまでの間は、1話投稿になりそうです。少し執筆が難航してまして……申し訳ないです。一応、2話投稿の日もあると思うので、許してください……。
 今日はこの回のみです。明日もいつも通りだと思いますのでよろしくお願いします。
 では。


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245件目 ショタ依桜とロリ桜

※ 突然ですが、1週間、執筆活動をお休みします。詳細は後書きで。


 朝起きて、久しぶりに小さくなったと思ったら、まさかの依桜も一緒に小さくなっているという状況。

 

 しかも、ボクが小学四年生だった頃と全く同じ外見。

 と言うことは多分、ボクのこの姿も、依桜の元々の姿の時の小学四年生だった時の姿なんだろうね……。

 

 お互い裸の状態なんだけど、お互い見知った体なので、別に恥ずかしいなんて気持ちが一切沸かない……。

 普通は恥ずかしがるんだろうけど。

 

「どうする、この状況……」

「ど、どうしようね……。まさか、こうなるとは思わなかったよ」

「そうだな……」

 

 ……まあ、昨日の夜、強い睡魔があったから、もしや、とは思ってたけど……まさか、本当にこうなるとは思わなかったよ……。

 

「「――くちゅんっ!」」

 

 と、二人そろってくしゃみが出てしまった。

 

「んぅ……もう、あさかのぉ……? ん……? おお?」

 

 ボクたちのくしゃみで起きたのか、ここで、メルが起きてきた。

 メルが起きて、ボクたちを見るなり、一瞬ぼけっとしたような表情を見せた後、

 

「おお! にーさまとねーさまが儂と同じくらいになっておる!」

 

 パァッ! と天真爛漫な笑顔を浮かべながらそう言ってきた。

 ま、まあ、たしかに、メルと同じ身長だよね……だって、小学四年生くらいだし……。

 

「と、とりあえず、服を着よう」

「そうだね。さすがに、寒い……」

 

 

 そして、小さくなった時用の下着と制服に着替えて、下に降りる。

 まあ、ここからは、もうわかってることだよね……。

 

「あらぁぁぁぁぁぁあああああああ! イイィッ! すごくイイィィィィ!」

「「むぎゅっ!」」

「はあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ……! ショタ! ロリ! なんて可愛い双子ッ! まさか、桜ちゃんも小さくなれるなんてぇ! はぁ、はぁ……! 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……!」

 

 こうなります。

 

 こっちの母さんも、同じなんだね……。

 

 と、というか、く、苦しい!

 い、息が! 息ができないよぉ!

 ジタバタを暴れるボク。横からも、ジタバタする気配を感じる……これ、依桜も同じ状態でもがいてるってことだよね?

 

 うぅ……。

 

「あ、ごめんなさい!」

「「ぷはっ……! はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った(よ)……」」

 

 解放された瞬間、ボクと依桜はまったく同じ事同じタイミングで言っていた。

 い、いや、本当に、辛い……。

 

「でも、びっくりだわぁ~。まさか、桜ちゃんも依桜と同じように小さくなるなんてぇ~。あ、一応桜ちゃんも依桜だから、当然なのかしらねぇ?」

「ま、まあ、うん……えっと、同じく……」

「でもぉ、こうしてみると、小さい頃の依桜とそっくり……というか、瓜二つねぇ」

「あ、あはは……」

「依桜、昔はこんな姿だったのよ?」

「りかいしてる。正直、僕も初めて見た時、かこの自分を見た気分だったよ」

「うん。ボクも、依桜のすがたを見た時、そう思ったよ」

「へぇ、じゃあ、今の依桜の姿が、昔の桜ちゃんの姿ってこと?」

「そう、だね」

「やっぱり可愛いのねぇ。男の娘はやっぱりいいわぁ」

 

 男の子、の『こ』の字が、いつも違う何かに聞こえるのはなんでなんだろうなぁ……。

 女委とかもよく言ってたりするけど、どういう意味なんだろうね。

 いや、別に知りたくないけど……。

 

「母さん。とりあえず、朝ごはん」

「おっとそうね。もうできてるから、ちゃっちゃと食べちゃってねー」

 

 

 朝ご飯を食べた後、ボクたちは三人で登校。

 ただ、傍から見ると、どう見ても小学四年生の子供が仲良く小学校に登校しているようにしか見えない……。

 

「はぁ。それにしても、ほんとうに、このすがたになるとやっかいだよ」

「そうだね……。小さくなると、高いところのものを取るのにもくろうするし、前に人がいたりすると、よく見えないもんね」

「そうなんだよな……。ただでさえ、僕たちはしんちょうが低いのにさ」

「むかしはそれが当たり前だったから、そこまで気にしなかったけど、今はもう、高校生だからね……やっぱり、きついよね……」

 

 あの時は、周囲も同じくらいだったし、それが当たり前だったから特に何も思わなかったけど、成長した今、そんなことになると、やっぱり来るものがあるわけで……。

 

「にーさまとねーさまは、背が低いのが悩みなのか?」

「うん。やっぱり、こまるからね……」

「そうだぞ、メル。しんちょうはあってこまるものじゃない。メルは大きくせいちょうするんだぞー」

「わかったのじゃ! じゃあ、儂、にーさまたち以上に多くなってみせるぞ!」

「そうか。それなら、すききらいしないでよく食べないとなー」

「わかったのじゃ!」

 

 本当、メルって素直でいい子だよね……。

 

 でも、このメルはボクが知ってるメルじゃないから、ちょっと寂しいものがある。

 

 それを言ったら、こっちにいる人たち、全員がボクの知ってる人に見えて、知ってる人じゃないからね。

 

 はぁ……いつ帰れるのかなぁ。

 

 

 学園に到着。

 

「それじゃあ、にーさま、ねーさま、またなのじゃ」

「今日もがんばってな」

「がんばってね」

「うむ!」

 

 タタタタッと足音を立てて、メルが初等部の校舎に走っていった。

 

「それじゃ、僕たちも行こう」

「うん」

 

 と、ボクたちが高等部校舎に向かって歩いていると、

 

『あれ、あの子たち初等部なのに、高等部の制服着てる……』

『あんな子たちいたっけ?』

『まさか、飛び級?』

『いやいや、さすがにそれはないでしょ』

『じゃあ、なんで制服を?』

『うーん、背伸びしたいお年頃、とか?』

 

 何やらそんな会話が耳に入ってきた。

 それを聞いたボクと依桜の二人は、

 

「「……」」

 

 無言になった。

 

 ……考えてみれば、最後に小さくなったのって、入学式よりも前だから。

 

 ボク、あれから稀に小さくなることはあったけど、一年生の一月~三月の間、ほとんど変わらなかったからね。

 

 その代わり、大人状態になることはあったけど。

 

 でも、それだけで、最近はめっきりなくなった。

 

 つまり、今年から新設された初等部・中等部の生徒と、高等部の一年生は、小さくなったボクたちを知らないわけで……。

 

 だから、ボクたちが高等部を着ている姿が不思議に見えるわけだよね……。

 なんだか、朝から憂鬱な気持ちになったよ……。

 

 

「おはよう」

「おはよー」

 

 と、ボクたち二人がいつも通りに入ると、

 

『『『きゃああああああああああ!』』』

「ひぅっ!?」

「……はぁ」

 

 ボクは変な悲鳴が出て、依桜の方は、ため息を吐いていた。

 な、なに!?

 

『依桜君、今日はショタなんだね!』

『やっぱり、可愛いぃ!』

『はぁはぁ……可愛すぎて、抱きしめたいっ……!』

 

 あ、あー……なるほど、そういうこと、なんだね。

 つまり、依桜は小さくなっている時、女の子に色々といじられてる、って感じなんだね。

 今なんて、なんか抱きかかえられたりしてるもん。

 抱きしめたい、って言っていた人なんて、本当に抱きしめてるよ。

 なんて、他人事に考えていたら、

 

『って、あれ? そっちの娘はもしかして……桜ちゃん!?』

『えええええええ!?』

『なになに、本当に桜ちゃんなの?』

「う、うん」

『すっごーーーい!』

『双子って言ってたけど、体質も同じなんだー!』

「じ、じつはね……」

 

 同じ存在なんだから、当たり前だよね……。

 むしろ、こっちのボクにそう言った体質がなかったら、ちょっとあれだったけど……。

 なんて考えていたら、

 

『やーん! 可愛すぎぃ!』

「んむぅ!」

 

 いきなり抱きしめられた。

 

「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにを!?」

『にゃにを、だって! 可愛いぃ!』

『ねえ、私にも抱っこさせて!』

『私も私も!』

 

 と、クラスメートの女の子たちにたらい回しにされるかのように、抱っこされる。

 

 う、うぅ、恥ずかしいよぉ……。

 なんで、こんな目に……。

 この状況に、心から恥ずかしいと思いました……。

 

 

 その後、しばらくたらい回し状態が続き、満足した頃にようやくボクと依桜は解放されました。

 

「うぅ、ひどいよぉ……」

「まったくだよ……。僕たちはマスコットでも、人形でもないのに……」

 

 ボクと依桜は、解放後、二人で肩を寄せ合うようにして、座っていた。

 いや、だって、怖いんだもん……。

 いくら、軽いからと言っても、さすがに、やりすぎなんじゃないのかなぁ……。

 

「おはよう、二人とも」

「散々だったな、依桜、桜」

「あ、あはは……おはよう、未果、晶」

「見てたなら、止めてくれてもいいんじゃないのか……?」

「いや、あれは無理。どう見ても、止められる状況じゃなかっただろ。さすがの俺も、あれを止めるのはちょっとな……」

「私も。まあ、私の場合、行ったら普通に混ざりそうだったからね」

「「……ジトー」」

 

 ボクと依桜は、同時にジト目を未果に向けた。

 止めなかった理由が本当に酷い……。

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 騒ぎが終息した頃に、態徒と女委が登校してきた。

 

「おお、依桜ちゃんと桜ちゃんがちっちゃくなってる」

「うわ、マジだ。ほー、桜の場合、小さくなるとこうなるのな。……普通に可愛いな」

「ねー。桜ちゃんは、絵に描いたような美幼女だね」

「ふぇ!? べ、べべ、べつに、そういうのじゃ、ない、と思うけど……」

 

 こっちでも、可愛いとか、美幼女、なんて言われるんだね、ボク……。

 そんなことない、と思うんだけどな……。

 

「それにしても……実際、小さい頃の依桜ね。それも、小学四年生くらいの」

「そうだな。なんだか、懐かしい気持ちになるな、その姿を見ていると」

「へぇ、じゃあ、桜ちゃんの今の姿って、依桜ちゃんが小学四年生の時と同じなんだ」

「そうよ」

 

 依桜本人も言ってたけど、この姿ってこっちのボクが小さい時の姿なんだね。

 まあ、納得と言えば納得……。

 でもこれ、本当に性別が違っててよかったよ……。

 じゃないと、本当に見分けがつかなかったと思うもん。

 

「ところで、依桜ちゃんは小さくなると、身体能力が少し低下するって言ってたけど、桜ちゃんもそうなの?」

「うん。三分の一にまで落ちちゃうね」

「そこも同じ、か。聞けば聞くほど同じだとわかるのに、性別だけが違うのも、なかなかに面白いな」

「……ボクとしては、早く帰りたいんだけどね」

「でしょうね。帰れる方法はまだ見つかってないの?」

「うん……」

「残念ながら、進展なしでなぁ。僕としても、早いとこどうにかしないといけないのに、あの馬鹿は……」

「あの馬鹿?」

「あ、今のは聞かなかったことにしてよ」

 

 今、学園長先生のことを隠したところを見ると、依桜も、ボクと同じように異世界に学園長先生が関わっていることを秘密にしているんだね。

 

 まあ、さすがに言えないよね……。

 正直、女委辺りは気付いていそうな気がするけど……。

 

「それにしても、ショタ依桜ちゃんに、ロリ桜ちゃん……最高だぜぇ……ありがとう、神様……」

 

 ……いや、多分気付いてないだろうね。

 

 こんな調子の人が気付いていたら、結構心に来るよ……。

 

 この後も、なにやら、 ねばっこい視線をいろんな方向から感じながらも、朝の時間は過ぎていく。




 どうも、九十九一です。
 はい、前書きにある通りです。1-5.5章に入ってからくらいでしょうか。なんだか、調子が悪くなりつつあり、並行世界の話に入ってから、少し……というか、かなり質が落ちてきていると思いました。
 この作品に関しては、基本的になるべくやすまず毎日やる、というスタンスでやっています。仮に休んでも、1日、2日程度なので、あまり休めていないわけですね。
 それに、質が下がって来たものを読者の皆様にお見せするのは結構申し訳なくて……。なので、1週間は、少し考えたり、休憩する期間にさせていただきます。
 続きを楽しみにしていた人がいれば、本当に申し訳ないです……。
 次は、2月14日を予定しております。まさかのバレンタイン。
 それから、2日前に、PV数が60万回を突破してました! 本当にありがとうございます。
 一時休んで、再び書きますので、しばしお待ちください。
 では。


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バレンタイン特別IFストーリー【ルート:女委】

※ 多分、ガチのTS百合だと思います。


 バレンタインデーから一週間前の金曜日。

 

 その日はいつも通りの日。

 いつも通りに朝登校して、いつも通りに授業を受ける。

 

「あー……今日の体育、マジで疲れたぜ……」

「そうね。まさか、『今日は寒いから、マラソンだ!』とか、熱伊先生が急遽体育をマラソンにしてきたものね。しかも、三十分間走だったから、余計疲れたわ……」

「そうだな……。しっかり走らないと、熱伊先生による鉄拳制裁が来ると思うと、本気で走らないといけないからな、あの授業は」

「うぅ、わたし、もうへろへろだよ~……」

「みんな、大丈夫?」

 

 掃除の時間、いつものようにみんなと軽く話しながら掃除をしていく。

 みんなは、六時間目にあった体育の時間でかなり疲れているみたい。

 まあ、それは未果たちに限ったことじゃなくて、このクラスの人たちみんなに言えるんだけど。

 

「依桜は、ほんと平気そうだよな……」

「というか、依桜の走る速度、フルマラソンをトップで走る人並じゃなかったかしら……」

「そうだな。なんども依桜に追い越された時は、何と言うか……敗北感がすごかったよ……」

「わたし、依桜君を心の底からすごいと思ってるよ」

「ま、まあ、ボクはほら、師匠のせいで、ね? 色々やらされてたし……というより、あの授業、師匠もいたから……」

「そう言えば、すっごい笑顔で見てたわね、依桜を」

「うん……実はあの後、『もっと速く走れたよな?』って言われてね……」

「「「「うわぁ……」」」」

 

 ボクがもっと速く走ったら、それこそ大問題になっちゃうよ……。

 

 いや、そもそもフルマラソンのトップ記録以上の速度で走って至る時点で既に問題なんだけどね……。

 

 師匠、その辺りの境界が曖昧なんだよ……。

 

 ……せめて、こっちの常識を学んでほしい、っていつも言ってるんだけどね、ボク。

 

「師匠にはいつも困らされてばかりだよ……」

「まあ、ミオさんだしね……」

「というか、ミオさんは理不尽で通っているんだろ?」

「うん……。いつも、ボクが困るようなことばかりしてきて……」

「でもあれ、愛の鞭、とも取れる気がするよ?」

「いや、愛の鞭にしては、普通に依桜が死んだりしてるんだがよ……」

「あ、あはは……思いだしたくもない過去だよ……」

 

 いろんな方法で死んだからね、ボク……。

 そう言えば、全身粉々になった時もあったなぁ……。

 何と言うか、肉片になったというか……うっ、思いだしたら吐き気が……。

 

「依桜、大丈夫? 顔真っ青よ?」

「だ、大丈夫、ちょっとショッキングなことを思いだしただけだから……」

 

 封印……封印しないと……。

 でも、師匠がすることなすこと、ボクにとっての不運ばかりだからね……。

 できれば、どうにかしたい。

 

「ん、あ、依桜君、頭にゴミが――って、わわわっ!」

 

 女委がボクの頭に付いたゴミを取ろうとしたら、足を滑らせてボクに突っ込んできた。

 

「え? きゃっ!」

 

 ドタンッ! と、音を立てて、ボクたちは倒れこんでしまった。

 

 いきなりだったので、回避できなかった……まあ、女委が怪我をするかも、って思ったら動けなかっただけなんだけど……

 

『――ッ!?』

 

 あ、あれ? なんか、周囲の空気が変わったような……

 ……それになんだろう? なんだか、ほっぺに柔らかい何かが……って、

 

「な、な、ななななななな~~~~~っ!」

 

 ボクは、自分の状況がどうなっているから気付いた。

 

 というより、気付いてしまった。

 

 今ボクが陥っている状況……女委が、ボクのほっぺにちゅーをしていました。

 

 それに気づいた瞬間、ボクの心臓はうるさいくらいに鳴りだし、全身が沸騰するかのように熱くなった。そして、

 

「き、ききき……きゃあああああああああああああああああっっっ!」

「うわわっ!」

 

 ボクは女委が乗っていことも忘れて、まるで突き飛ばすようにして、立ち上がり、そのまま走り去ってしまった……。

 

 

 不慮の事故により、依桜君が走り去っていった方を見ながら、わたしは呆然としていた。

 

「あ、え、えっと、あの……ど、どうすればいい、のかなぁ?」

 

 あまりにも突然すぎる状況に、わたしはそう尋ねるしかなった。

 

「いや、あれは、なんて言うか……事故、だよな」

「だな……。まさか、不慮の事故で、女委が依桜の頬にキスするなんてよ」

「しかもあれ、相当顔真っ赤だったわよね? しかも、悲鳴上げて逃げ出したし……」

「うっ、ど、どうしよう……」

 

 晶君たちの言葉が、わたしの豊満な胸に突き刺さった。

 ダイヤモンドメンタルなわたしのハートだけど、さすがに、アダマンタイトの槍はガードしきれなかったよ……。

 

「も、もしかしてわたし、嫌われちゃった感じ、なのかなぁ……」

 

 そう思ったら、すごく切ない気持ちになった。

 それと同時に、心が締め付けられるような……それでいて、なんか鋭利な刃物で何度も突き刺されているかのような、そんな痛みがわたしの胸中に発生した。

 

「さすがに、依桜のことだし、嫌われてはいない、と思うわよ? 依桜だって、不慮の事故だってわかっているわけだし……」

「そ、そうだよね……大丈夫、だよね……?」

「いやしかし、キスで子供ができると思っているレベルのピュアで、ああいったことには慣れていないどころか、免疫がない依桜だ。しばらくは話ができない可能性があるな……」

「そ、そんなぁ……」

「……困ったわね。ああなると、依桜はしばらく女委と話せないまであるわよ?」

「たしかに。依桜は純情すぎるからなぁ。どうするよ、女委」

「ど、どうする、って言われても……ど、どうすればいい、のかなぁ……?」

 

 こう言った状況になれていないから、わたしはどうすればいいのかわからない。

 あと、どうして依桜君が逃げたのかもわからない……。

 そ、そんなに、わたしにほっぺちゅーされるのが嫌だったのかな……

 

「はぁ……どうしよう……」

「まずいわね、これは女委の方も重症よ」

「……そうだな。とりあえず、女委、この後カラオケでも行くか? 少しは気分を紛らわせることができるかもしれない」

「……いいや。わたし、このまますぐ帰るよ……」

 

 晶君の優しさからくる提案だったけど、わたしは断った。

 なんだか、気力が起こらない……。

 

「……そうか。何かあったら、こっちに俺たちに連絡しろよ?」

「……うん、ありがとう、晶君……」

 

 はぁ……辛い……。

 

 

 女委が先に帰宅し、私たちは残って掃除の時の一件について話す。

 

 ちなみに、依桜はHRの際に戻ってきて、終始顔を真っ赤にしながら震えていた。

 そして、HRが終わり、私たちが声をかける間もなく、ものすごい速度で教室を飛び出していった。

 

 あんな依桜、見たことないわ。

 

「それで、依桜はどうして逃げたと思う?」

「あー……やっぱ、頬にキスされたのが恥ずかしかったから、とかか?」

「いや、それだと、依桜の場合、その場で顔を真っ赤にして蹲ったりするくらいだぞ? それに、体育祭でも、ミオさんに頬にキスしていたところを考えるとなおさら」

「言われてみりゃそうか……。うーむ、そんじゃあ、女委にキスされたのが嫌だった、とか?」

「それこそないわね。だって、依桜は私たちを大事に思っているのよ? 嫌だと思うわけないわ」

「だよなぁ……」

 

 私たちはそれから、何度も話し合いを続ける。

 けど、一向に逃げた理由がわからず、話が停滞する。

 このままじゃ埒が明かないと思ったところで、晶がこんなことを呟いた。

 

「……まさかとは思うが、依桜は女委が好きなんじゃないのか……? 恋愛的な意味で」

「いやいやいや、そんなまさか。依桜は、恋愛しない、とか言ってんだぜ? さすがにないだろ」

 

 晶の推測に、態徒はすぐに否定をする。

 

 だけで、私はそれを聞いて、一瞬、『あり得る』と思ってしまった。

 

 最近の依桜の様子を考えてみると、ないわけじゃない。

 むしろ、可能性が高い気がする。

 

 特に、新年に入ってからそれが顕著だった気がする。

 

 私や女委、ミオさんに対して顔を真っ赤にする頻度が高くなったように思える。

 美羽さんも美羽さんで、どうも赤面させられていた気がする。

 

 それに、お悩み相談に女委と出演していた時、依桜は女の子相手にドキドキさせられている時が多い、って言ってたわね……。

 

 …………あれ。

 

 ちょっと待って。これ、本気でそうなんじゃないの?

 

 元々依桜は純情だし、それに、一目惚れなんて安っぽいヒロインみたいなことをするはずがない。

 

 どちらかと言えば、長い時間をかけて好きになっていくタイプに思える。

 

 そう考えると……女委なんて条件に嵌っていないかしら?

 

 依桜とは、中学一年生の頃からの付き合いで、今までずっとこの五人で過ごしていたし。

 ……あー、割とそのまさか、かもしれないわね。

 

「態徒、もしかすると、晶の言う通りかもしれないわ」

「いや、だってよ、依桜は恋愛しないとか言ってたろ? なら、好きになる、なんてないんじゃねーのか?」

「よく言うでしょ? 恋は堕ちるものだって。依桜だって、そうなってもおかしくはないわ」

「た、確かに……」

「しかし、仮にそうだとすれば、依桜は気付いていない可能性があるな」

「それはどうして?」

「考えてもみろ。依桜は自分のこととなると、途端に鈍感になる。噂、評価、視線、それがどういう意味を持っているのか理解していない、もしくは認めていない。なら、突然芽生えた恋愛感情に気付いていない可能性さえある」

「なるほど……一理あるわ」

 

 これが普通に恋愛がしたことがない人だったら、割とあっさり気付きそうなものだけど、依桜は超が付くほどの鈍感。

 なら、自分の中にある感情に気付いていない可能性がある。

 

「でもこれはあくまでも、推測ね。とりあえず、私たちは依桜の家に行くわよ」

「え、マジ?」

「さすがに、ついさっきの出来事と考えると、少し危険じゃないか?」

「でも、このまま変にギクシャクした関係になるって言うのは、二人も嫌でしょ?」

「「そうだな」」

「なら、依桜がどう思っているのか訊きに行くのが手っ取り早いわ。OK?」

「「OK!」」

「決まりね。さっさと行くわよ」

 

 私たちは、即断即決で依桜の家へ向かうことにした。

 

 

「う、うぅぅぅ……」

 

 ど、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?

 

 あまりにも突然すぎる出来事に、思わず逃げちゃった……。

 しかも、悪気があったわけじゃないのに、顔を合わせずに、女委から逃げちゃったよぉ……。

 

 き、嫌われてないかな? 大丈夫かな……?

 

 ……いや、嫌われちゃった、よね……。

 

 だって、思わず女委を突き飛ばしちゃったし……HRが終わって話しかけようとしていたのに、女委に何を言われるのかわからなくて、怖くて逃げ出したちゃったし……。

 

 うぅ、今までこんなことなかったのに……。

 

 ボク、どうしちゃったんだろう……?

 

 なぜか、頭の中に女委の顔が浮かぶし、そう思うとなんだか幸せな気持ちになるし……でも、嫌われると考えたら、すごく胸が苦しい……。

 

 わからないよぉ……。

 

 あ……涙が出てきた……。

 

「う、うぅ……ひっく……うえぇ……」

 

 ボクが一人落ち込み、泣いていると、

 コンコン

 

『依桜、未果ちゃんたちが来たんだけど、入れても大丈夫―?』

 

 母さんのそんな言葉が聞こえてきた。

 

「め、女委はいる、の?」

 

 恐る恐る母さんに、女委がいるかどうかを尋ねると、

 

『いいえ、女委ちゃんはいないわよ?』

「そ、そうなんだ……」

 

 なんだかほっとしたような、寂しいような……。

 

『それで、入れても大丈夫なの?』

「う、うん、入れても大丈夫だよ……」

『じゃあ、呼んでくるわね』

 

 そう言って、母さんの足音が遠ざかっていった。

 その直後、足音が三つ聞こえてきて、ボクの部屋の前で止まったと思うと中に入って来た。

 

「お邪魔するわよ、依桜」

「お邪魔します」

「邪魔するぜー」

「い、いらっしゃい、みんな」

 

 ゴシゴシと目元をぬぐって、なるべく笑顔を浮かべながらみんなに声をかける。

 

「……依桜、もしかして、泣いてた?」

「――ッ!? な、泣いてない、よ……」

「いやでも、目が赤いぜ?」

「ああ。まるで、泣きはらしたあと、見たいに見えるな」

「……」

 

 そう指摘されて、何も反論できなくなってしまった。

 

「……ねえ、依桜。どうして、泣いていたの?」

「……わ、わからないの……」

「わからない? とりあえず、何を思っているのか、私たちに言ってみなさい? もしかすると、なんで泣いていたかわかるかもしれないわよ?」

 

 未果に優しくそう言われて、

 

「……うん」

 

 ボクは素直に頷いた。

 そして、ボクはさっきまでボクが思っていたことを伝えた。

 

 

 ぽつりぽつりと話した依桜の心の内は……晶の推測通りのものだった。

 そして、私たちはそろって、額に手を当てて天を仰いだ。

 

「ボク、どうすればいいか、わから、なくてっ……ひっく、えぐ……う、うぅぅ……」

「よしよし、大丈夫だから、落ち着いて、ね?」

「う、う……うわああぁぁぁぁぁぁんっっっ!」

 

 私が抱きしめながら、頭を撫でた瞬間、依桜は本気で泣き出してしまった。

 いや、うん……。

 まさか、こうなるとは思わなかったけど……そっか。

 

「依桜、安心しなさい。女委はあなたを嫌っていないわ」

「ほ、ほんと……?」

 

 泣きながら、そして、まるですがるかのような瞳で、私を見つめてながら、そう訊いてくる依桜。

 

 くっ、なんて可愛さ……!

 

 って、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 今は、依桜にその気持ちの正体を教えてあげないと。

 

「いい、依桜。よく聞いてね? 依桜が感じているその感情は……恋よ」

「こ、恋……?」

「ええ、恋よ。英語で言えば、Loveね。理解できる?」

「こ、い……」

 

 私が恋だと言うと、依桜は小さく呟く。

 

「で、でも、恋じゃない、と思うよ……」

 

 おー、否定で来たか……。

 いや、ここは自覚させるための言葉を言わないとね。

 

「じゃあ依桜、一つ訊くんだけど……仮に、女委が……そうね、晶と恋人関係になったとするでしょ? それを想像してみて?」

「う、うん…………」

 

 目を閉じて想像する素振りを見せる依桜。

 ちなみに、晶で例えた瞬間、晶が一瞬『ん?』って顔をしたけど気にしない。

 想像できたのか、依桜の表情が暗くなる。

 

「どう? 嫌?」

「……うん。なんでかはわからないけど、晶と恋人になってる女委を想像したら、すっごく辛くなった……」

「独占したい、って思った?」

「……うん。でも、いけないことだよね……独占したいなんて思っちゃ……」

「そんなことないわよ、依桜。それは当たり前のことよ。恋をしたのなら、誰だって感がること。そうよね、晶、態徒?」

「そうだな。俺だって、誰かが好きになったら、独り占めしたい、って思うかもしれないな」

「だなー。オレだってよ、可愛い彼女ができたら、絶対独占するなー」

「ほらね? 二人だって言ってるでしょ? まあ、態徒に彼女ができることはないと思うけど」

「ちょっ、ひどくね!?」

「黙って」

「ひでぇ……」

 

 ……気付けば、態徒には可愛い彼女ができると思うんだけどね。

 まあ、その辺りは馬鹿で鈍感な態徒じゃ気付かないわね。

 

「でも、独占したいって思ったボクが嫌になるよ……」

 

 ……ほんっと、ピュアで優しすぎる娘ね。

 

「まったく……依桜、学園祭の時にも言ったと思うけど、もう少し我儘になってもいいのよ? 依桜だって、一人の人間。どういう部分だってあるわ。もちろん、悪いことじゃないんだし、いいと思うわよ?」

「未果……」

 

 じっと私の顔を見つめる依桜。

 うん。やっぱり、いい娘よね、依桜は。

 

「それで? 依桜はどうしたいの? ちなみに、二択ね」

「二択……?」

「ええ。恋人になりたいか、なりたくないか、この二つだけ」

「で、でも、ボクなんかじゃ、女委は付き合ってくれないよ……」

 

 その自信のない依桜の言葉を聞いて、私たち三人は、呆れ顔をした。

 

「できるできないは、まずやってみてから考えなさい。というか、やってみないわからないことを、やる前からできないと決めつけないの。依桜の悪い癖よ? もっと、自分に自信を持ちなさいよ」

 

 さすがに、これには私も説教。

 大切な幼馴染が、ここまでヘタレだとちょっと思うところあるもの。

 ……自分に言ってるのかもしれないけどね。

 

「それで? 恋人になりたいの? なりたくないの?」

 

 再度依桜に尋ねる。

 

 さっきとは違って、語気を強めて。

 

 一瞬依桜は目を閉じ、考えるそぶりを見せ……次に目を開くと、依桜は決意をしたような表情を浮かべ、

 

「なりたい。ボク、女委とその……恋人に」

「はい、よくできました。それじゃあ、早速作戦を考えるわよ。あ、そこの空気の二人も手伝ってね」

「たしかに空気だったけどよ、そうなった原因、未果じゃね? なんか、二人だけの世界を作るしよ」

「まあ、この二人は付き合いが長いからな。俺でも、入り込めない時があるから、今更だ」

「そう言う晶だって、たまに依桜と二人の世界作ってなかったかしら?」

「やめろ。それだと、俺たちが男同士のカップルみたいに聞こえるだろう?」

「でも、これで依桜が女委と付き合ったら、普通に同性のカップルよ? そう言うのは、問題になるかもしれない発言よ、気を付けないとね?」

「……そうだな。悪い」

 

 まあ、男の時の依桜って、かなり女顔だったから、別に付き合っても違和感はなかったでしょうけどね。

 そうなったら、女委がかなり暴走しそうよ。

 

「でも、作戦かぁ……何があるよ?」

「さすがに、明日いきなりって言うのはまずいしな……」

「そうね……」

「……お、じゃあ、バレンタイン当日に、依桜から女委に告白する、ってのはどうよ?」

「あら、態徒にしてはいい案を出すじゃない。たしかに、それはベストね。じゃあ、基本となる土台は、バレンタイン。依桜、OK?」

「う、うん」

「よし。じゃあ、どうやって告白するか、よね」

 

 何かこう、女委に告白するに相応しい何かが必要よね……。

 うーん……あ、そうだ。

 

「こう言うのはどう――」

 

 私が思いついた案を三人に話す。

 聞いているうちに、みるみる依桜は顔を真っ赤にしたけど、

 

「大丈夫。これなら確実だから」

 

 そう言って押し切った。

 その後、トントン拍子に作戦が決まっていき、作戦会議は終了となった。

 

 

 家に帰る途中。

 途中で態徒とは別れ、私と晶だけで歩く。

 

「未果、よかったのか?」

 

 並んで歩いていると、ふと晶が突拍子もなくそう訊いてきた。

 

「何が?」

「未果、依桜のことが好きだったんだろう? それも、恋愛的な意味で」

「……なーんだ。気付いていたの?」

「当たり前だ。少し後とはいえ、俺も二人とは付き合いが長い幼馴染だからな」

「……そうよね。まあ、そうね……そりゃ、辛いわよ」

 

 というか、辛くないわけないわ。

 

 ずっと好きだった相手に好きな人ができたのよ? それも、私たちと普段から一緒にいる人と。

 

 当然、嫉妬くらいするわ。

 

 でも……

 

「これがどこの馬の骨とも知れない相手だったら、絶対止めたでしょうけど、相手は女委。あの娘はどうしようもない変態だけど、不幸を願うようなド畜生じゃないわ。というか、普通に性格いいじゃない、女委は。それに、なんだかんだで気配りはできるし、ちゃんと人を大切にできる心の優しい女の子よ、あれでも」

「あれでもは余計じゃないか?」

「いいのよ。これくらいの言葉。私だって、依桜が好きだったんだから」

「……それで? 強がってはいるみたいだが? 辛かったら、別に、泣いてもいいぞ」

「ふふっ、やっぱり、晶は優しいわね……。……ちょっと、胸を借りてもいいかしら?」

「……俺は聞かなかったことにするよ」

「……ありがと。それじゃ、遠慮なく……。ぐすっ……うっ、くっ……ああ、ああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ……!」

 

 私は晶の胸に寄りかかって、みっともなくわんわん泣いた。

 

 小さい頃からずっと好きだったけど、結局私の初恋は実ることなく、失恋してしまった。

 

 生まれて初めての失恋が、ここまで辛いものだとは思わなかった。

 

 それこそ、死にたいと思えるほどに。女委を恨んでしまうほどに。

 でも……それでも、どちらも大切な人。

 

 私は潔く、身を引くわ。

 

 だから、絶対に二人をくっつけないと……。

 それが、私にできる最後の悪あがき。

 

 

 時間が進んで、バレンタイン前日。

 

 相変わらず、依桜君はわたしと話してくれない……。

 

 正直、すごく辛い……。

 やっぱり、先週の金曜日の件、だよね……。

 

 わたしだって、好きでやったわけじゃない。

 

 でも、あれで依桜君が傷ついてしまったのなら、話は別。

 わたしは、取り返しのつかないことをしちゃったわけだよね……。

 

 あぁ、終わっちゃったなぁ、わたしの恋。

 ずっとずっと好きだったのにね……。

 

 ……たしか、未果ちゃんも依桜君が好きだったよね。

 

 まあ、依桜君には未果ちゃんがお似合いだよね。わたしは……自他ともに認める変態だし、しょっちゅう依桜君にエッチなことを仕掛けちゃうしね……。

 

 わたしなんて、嫌われて当然かぁ……。

 だというのに……。

 

「なんで、作っちゃうのかなぁ、わたし」

 

 家のキッチンでチョコを作っているわたしがいた。

 

 目の前には、すでに完成しているチョコレートが置いてある。

 

 そこには、未練がましく『I Love You』なんて書いてあるし……というかわたし、なんで英語にしたんだよ。

 

 普通こう言うのって、好きです、とか日本語で書かない?

 

 さすがわたし。こう言う時でもネタを忘れない。

 しかも、無駄に痛いやつ。

 

 依桜君、どんな反応してくれるかなぁ……なんて。

 

 まあ、どうなるかわかってるけどね……。

 十中八九、お断りの言葉が来るよね……。

 

 わたしなんかが、依桜君と付き合うなんて、絶対ないもん。

 

 わたしだし。

 

 人には美少女同人作家、なんて言われてはいる。たしかに、少しは可愛いという自覚はある。でも、そこまで自信過剰にするほどでない。

 

 依桜君みたいな人なら、自信過剰になってもいいと思うけど、わたしはそうじゃない。

 精々一般レベル。

 

 にゃはは……それでもやっぱり……好きだなぁ、依桜君。

 

 付き合えたら、きっと楽しいんだろうなぁ、って。

 ついつい想像してしまう。

 

「……まあ、明日はバレンタイン。一応は行かないとね……みんなも来るしね」

 

 ……あ、最後に文字だけ書き換えとこう。

 英語での告白文はやめて、わたしは……うん。あれにしよう。

 

 

「あ、明日が勝負……」

 

 バレンタイン前日の自室。

 

 ボクは一人、目の前にある物を見ながら、そう呟く。

 明日、多分、人生で一番の大勝負になるかもしれない日になる。

 

 ……ある意味。

 

 未果に聞かされた作戦を聞いた時、ボクは顔から火が出そうになるほど真っ赤になった。

 

 でも、それでも……女委とその……こ、恋人になれる可能性があるのなら、そこに賭けたい。

 やる前から諦めるよりも、やって諦めた方がいい、よね。

 

 うん。やっぱり、未果はすごいよ……。

 

 ボクよりも、色々と考えて何かを言ってくれる。

 昔から、未果には助けられてばかりだった。

 

 これを成功させたら、ボクは、必ず未果に報告しよう。

 

 ボクができる未果へのお返し、かな。

 ……いや、ちょっと違う、かな。

 やっぱり、チョコレートで返そう。

 

 

 そして、バレンタイン当日。

 

 少し気分が落ち込んでるわたし。

 今日依桜君が来るという保証はない。

 

 でも、依桜君が来ているかもしれないって思いながら、わたしは学園へ足を向ける。

 

 

 というわけで、学園到着。

 

「おー、なんかハートが浮かんでそうな雰囲気だなー」

 

 なんて、学園の様子を見ながら、そんなことを呟く。

 

 いかにも、これから告白します! っていう女の子がいっぱいいる。

 そして、チョコがもらえるかどうか、ソワソワしている男子も大勢。

 

 わたしたちのところは、態徒君くらいだよね、ソワソワするのは。

 依桜君と晶君の二人はバレンタインを気にしている様子はほとんどないから。

 

 ……依桜君、か。

 

 来てるかなぁ……来てないよね……。

 さすがに依桜君は来てないと思いながら、わたしは教室へ向かった。

 

 

「おっはー」

 

 いつも通りの挨拶をしながら教室に入ると、

 

「お、おお、おおはよう、め、女委……」

 

 なんと、依桜君がいるではありませんか。

 

「い、いお――」

 

 思わず抱き着こうとしたけど、心をセーブ。

 落ち着けわたし、きっとこれは夢……夢に違いない。

 こういう時はベタだけど、自分のほっぺをつねる。

 よし。

 

「……いはい」

 

 痛かった。

 え、じゃあなに? わたしの目の前にいる超絶銀髪碧眼美少女ちゃんは、依桜君本人?

 ……え、な、なんで?

 なんでわたしの前に……。

 

「め、女委……?」

「あ、ご、ごめん! え、えっと、な、何……?」

「い、いや、あの、えっと……な、なんだかその……ちょっと様子がおかしいな、って……えっと、だ、大丈夫……?」

 

 天使か……。

 

 あ、実際天使か。

 

 嫌っている相手にもちゃんと優しくする依桜君……優しすぎる……。

 

 ふふ、ふふふふふふふ。

 

「あ、あの、女委、その……ほ、放課後って、あ、空いてる、かな……?」

「放課後……? あ、空いてる、けど……何かあるの?」

「え、えっと、め、女委に大事な話が、あって……」

 

 大事な話……。

 それってもしや……は! ぜ、絶縁宣言!?

 

 な、なんってこったい!

 

 そこまで依桜君の心に深い傷を残していたなんてぇ……。

 依桜君の友達失格だぁ、わたしぃ……。

 

 こ、ここは素直に受け入れるのが、せめてもの筋……。

 

「わかったよ。それで、何時ごろにどこに行けばいいのかな?」

「と、とりあえず、四階の空き教室に、えと、よ、四時に来て……?」

「了解だよー」

 

 せめて、絶縁宣言される前まで、いつも通りにふるまおう。

 うん。最後にいつもの友達通りでやる。

 それが大事。

 うん。大事……にゃ、にゃはは……。

 

 

 約束の時間まで、わたしたちはいつも通りにみんなと過ごした。

 

 態徒君が馬鹿やったり、晶君がそれ見ながら呆れてたり、未果ちゃんがそれを見て笑ったり。

 

 その間、依桜君はなぜかわたしをちらちらと何度も見ていた。

 しかも、顔が真っ赤だった。

 

 こ、これはあれかな。あまりにも怒りが強すぎて顔真っ赤ってやつかい。

 

 依桜君火山が噴火寸前なのか。

 

 わたしを見ているのは、単純に『女委とはもう友達じゃないから。精々、この楽しい偽りのひと時を味わってろ』ってことか……。

 

 あ……目から海水が……。

 

 うぅ……もとはと言えば、わたしの不注意が原因。

 

 これからわたしは、同人作家として生きよう。

 

 あ、そうだ。もういっそ、退学しよう。

 うん。いいね。

 それで、色々な伝手を使って出版社を起業しよう。

 どうせ、資金は十分すぎるほど稼げてるしね……。

 それはそれで楽しそう。

 

 よし。そうしよう。

 

 ……………寂しいなぁ。

 

 

 そして、ついに約束の時間に。

 

 時間になる三十分前くらいに依桜君が離脱。

 

 わたしは一人、四階の空き教室へ。

 時間が時間なためか、校内に残っている人は、先生ばかり。

 

 生徒で残っているのはわたしたちくらい。

 

 未果ちゃんたちは、何やら用事があるとかで先に帰っちゃった。

 

 なので、わたしはこれから、一人で怒り心頭の依桜君と相対しなきゃいけないわけです。

 

 あぁ、このわたしが、ここまで恐怖を感じるなんて……。

 お店の営業中に、やーさんが来た時より、圧倒的に怖い……。

 

 あの時、全然怖くなかったのに、なんでだろうなぁ……。

 

 そうこうしているうちに、目的地に到着。

 

 取っ手になども手をかけては離し、手をかけては離すを繰り返す。

 

 嫌われるのは怖いんです。

 

 わたしだって、好きな人から嫌われるような状況になれば、怖いよ……。

 

 ……でも、約束の時間に遅れたらもっとダメ。

 

 よし。入ろう。

 いざ、本能寺!

 

「依桜君、来たよー……って、うーん?」

 

 討ち死にする覚悟で教室に入るとそこには……

 

「あ、め、女委、い、いらっしゃい……」

 

 ものっそいふりふりがあしらってある、まさに依桜君にしか着こなせないかのような、露出度が激しいワンピースを着た依桜君が、夕陽をバックに、頬を赤らめながら微笑みを浮かべていた。

 

 いや、ちょっと待って。

 

 こ、これはどういった状況だい?

 

 胸はほとんどみえちゃってるし? 肩も大きく露出。

 腕なんて、むき出し。

 スカートは短いし、そう言うデザインなのか、腹部が菱形に露出し、キュートな依桜君のおへそが丸見え状態。

 頭には、小さなシルクハットをかぶっていてなんか可愛い。

 しかも、ニーハイとはわかってるぜ、依桜君。

 

 ……あの、正直ドストライクだよ? 依桜君の服装。

 

 あと、恥ずかしそうにしながらも、微笑みを浮かべえているのがグッド!

 って、そうじゃないや!

 

「え、えーっと、依桜君、なんだよね?」

「う、うん……え、えっと、その、この格好、変、かな……?」

「そんなことはないぜー! 最高です! 可愛いです! ドストライクです! あと、微妙にエッチなのも得点高いです! 本当にありがとうございます!」

「ふぇ!? あ、あの、え、えと、その……あ、あり、がとぅ……」

 

 お、おや? なぜかお礼を言われた……?

 こ、これはどういう状況?

 いや、うん。ここは依桜君に尋ねよう。

 

「つ、つかぬことをお伺いしますが……依桜君、これからわたし、絶縁宣言されるんじゃぁ……?」

「ぜ、絶縁宣言……? え、ち、ちちちちち、違うよぉ!」

「そ、そうなの?」

「ボクが女委と絶縁するなんて絶対にないよ!」

「で、でも、わたしが依桜君にほっぺちゅーして以降、ずっと顔を真っ赤にしながら避けられてるから、てっきり、怒ってるのかと……」

「違うよ!? 怒ってないから! むしろ、その……ちょ、ちょっと嬉しかった、というか……」

 

 え、待って? 今依桜君、嬉しいって言った……?

 わたしのほっぺちゅーで?

 

 ……う、うん? もしかして……いやいや、さすがにない……はずだよね?

 

 で、でも、可能性がそれしかないというか……いや、ここは依桜君に直接訊こう。

 

 うん。腐女子は度胸!

 

「え、えっと、い、依桜君、今の言葉の真意は……?」

 

 と、わたしが尋ねると、依桜君は目を閉じて深呼吸をしだす。

 そして、

 

「ぼ、ボクは……ボクは、女委が好きです」

「………………へ?」

「その、えっと、だ、だから……ぼ、ボクと……つ、つつ、付き合ってくださいっ!」

 

 夕陽が教室内に差し込み、オレンジ色に染まる幻想的な雰囲気の教室で、とっても可愛い衣装を着た、意中の相手に、告白されました。

 

 ……なんですと!?

 

 ま、ままままままて、お、おおおおおお、おちおちおちおちつけわたしぃ!

 

 一体何が起こった!?

 

 せ、整理だ! こういう時は整理するんです!

 

 まず、約束の時間になったから教室に入った。

 依桜君がエッチで可愛い衣装に身を包んでいた。

 わたしを嫌っていたわけじゃなかった。

 直後、告白してきたと思ったら、付き合ってくださいと言われた。

 

 ……うん! わけわからないです!

 

 いや、わかってる。えっと、よ、よし、ここはボケだ。ボケるんだ。

 

「そ、それってあれかな? ど、どこかの買い物に付き合ってー、みたいな?」

 

 よし。クッソベタベタのベターだけど、これでOK。

 きっと、肯定が来る――

 

「違うよぉ! ぼ、ボクはほ、本気で女委が好きなの……だ、だから、ぼ、ボクと恋人同士になって、ほしぃ……の……」

 

 ぐごはっ!

 

 な、なんですか、この可愛すぎる生物は!

 

 わたしを萌え殺す気か!

 

 そうなんだね? 絶対そうなんだね!?

 

 さすが可愛い、暗殺者可愛い!

 

「そ、それで、め、女委は、嫌……かな?」

 

 はっ、し、しまった!

 

 あまりにも唐突すぎる出来事に、思わず思考がぶっ飛んでいた!

 

 え、えっと、何か気の利いた一言……な、何かないか……くっ、普段はポンポンでるボケが出てこない!

 

「そ、そうだよね……こんな恥ずかしい衣装を着てるボクなんか、女委は好きになってくれないよね……ご、ごめんね……今のは、わ、わす、わすれ、て……う、うぅ……」

 

 って、何してるんですかわたし!

 わたしが馬鹿なこと考えてるせいで、依桜君が泣きそう……というか泣いちゃってる!

 このままじゃ、

 

「こ、これだけだから、ば、バイバイ……!」

 

 と、依桜君が駆け出す。

 

「ま、待って依桜君!」

 

 すぐに、わたしは声をかけた。

 わたしの制止を聞いた瞬間、依桜君は立ち止まった。

 

「わ、わたしも……わたしも依桜君が好きです! というか、ずっと好きでした! だから、こちらこそ、付き合ってくださいっ!」

「――ッ!」

 

 わたしの告白を聞いた瞬間、依桜君は手で口元覆い、ぽろぽろと涙を流しだした。

 それを見たわたしはつい、

 

「依桜君っ!」

 

 思いっきり依桜君に抱き着いた。

 おほぅ、や、柔らかいです……。

 

「う、嘘じゃない……?」

 

 抱きしめた直後、依桜君がわたしに震えた声でそう訊いてくる。

 

「もち!」

 

 わたしは、明るい声でそう返す。

 

「ど、同情、じゃない……?」

「当然さ!」

「ほんとに、ボクのこと、好き、なの……?」

「あったぼうよ!」

「暗殺者で、人を殺したことがあるボクを……?」

「何言ってるのさ、依桜君は依桜君! わたしが好きな依桜君は、いいところも悪いところも、全部ひっくるめた依桜君が好きだぜ!」

「め、女委……う、うぅ……うっ、ぐすっ……うわああぁぁぁぁぁぁんっ!」

 

 直後、依桜君が泣き出した。

 しかも、ぎゅぅっと抱きしめてくるものだからつい、

 

「うへへへ……」

 

 なんて、だらしなさすぎる声が出ちゃったぜ。

 いや、だって、依桜君が柔らかくて気持ちいいんだもん。しかたないよね!

 その後、依桜君が落ち着くのを待ち、落ち着いた頃、

 

「依桜君」

「な、なに――んむっ!?」

 

 わたしは、自分の唇を、依桜君の小さな桜色の唇に重ねた。

 一瞬、ビクンッって跳ねたけど、すぐに目を閉じて受け入れてくれた。

 そして、永遠とも取れるほどの、短くも長いキスをし、

 

「ぷはっ……め、女委……」

「ふふふー、恋人だから当然だよね! 大丈夫だよ、わたしと依桜君は女の子同士。子供はできないから!」

 

 ここで真実を言ってしまってもいいけど、それだと依桜君の良さが無くなっちゃうからね。

 

 うん。このままにしよう。

 

 ちなみに、キスの感想ですが……なんだか、柔らかくて暖かくて、気持ちよくて、それでいて甘い味がしました。

 

「う、うん……」

 

 お、おー、すっごい、今まで以上に依桜君が可愛い……というか可愛すぎる!

 あ、ダメだ。我慢できない!

 

「依桜君!」

「うわわっ!?」

 

 気が付けば、わたしは依桜君を押し倒していました。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ……いいかい、依桜君。これから行うことは、恋人同士なら当然のこと。だから、何にも恥ずかしくないからね……」

「え、め、女委、何を言ってるの……? あ、あの、な、なんでボクは、その……お、押し倒されてる……の?」

「気にしない! さあさあ、依桜君を楽しいひと時を楽しもう!」

「ま、待って、め、女委。せ、せめて、こ、心の準備……こ、心の準備を……」

「時は金なり! いくぜーーー!」

「え、あ、ま、待っ――……ひゃああああああああああああああああ!」

 

 この後、皆様の想像通りの展開だと思ってください。

 ふっ……依桜君、可愛かったです。

 

 

 その後、わたしと依桜君はわたしの暴走によるあれがあったにもかかわらず、無事に恋人同士になりました。

 

 ちなみに、わたしが依桜君に贈ったチョコには、

 

『大好きです。この世界の誰よりも』

 

 って、シンプルなメッセージにしました。

 

 それから、付き合い始めてからの依桜君は甘えてきます。

 ものっそい甘えます。

 

 いっつも、わたしの腕を抱きしめながら、デレデレな顔するんだもん。

 

「女委、これからもずーーっと一緒にいようね❤」

「うん!」

 

 わたしたちは、幸せです。

 

                ―女委ルートEND―




 どうも、九十九一です。
 1週間ぶりですね、お久しぶり、でいいんでしょうか? まあ、2日前にアンケート採ってますけどね。あ、アンケートに回答してくださった読者の方々、ありがとうございました。
 その結果、未果と女委の二人のルートに決まりました。
 午前中は、こうして女委ルートをお送りしましたが、いかがでしたか? 個人的には、短めでネタに走ろうと思っていたのですが、予想以上に真面目になってしまった……くそぅ。
 まあ、最後は女委らしいEDだったので、よかったですね。
 午後は、未果ルートをお送りします。
 17時か19時のどちらかに投稿いたしますので、お待ちください。
 では。


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バレンタイン特別IFストーリー【ルート:未果】

※ 多分、こっちもガチのTS百合だと思います。


 バレンタインデーから一週間前の金曜日。

 

 その日はいつも通りの日。

 いつも通りに朝登校して、いつも通りに授業を受ける。

 平和な日常っていいよね。

 

 なんでもない、この心地よい雰囲気が穏やかで好き。

 

「あ、依桜、ちょっと手伝ってもらいたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「うん、いいよ」

「ありがと。それじゃあこの資料を運びたいんだけど、大丈夫?」

「うん。力仕事なら任せて」

「ふふっ、ほんと、依桜は頼もしくなったわね」

「まあ、これくらいしか役に立てないからね。それに、未果の頼みなら断らないよ、ボク」

 

 なんて、本音を言うと、

 

「そ、そう、あ、ありがとね、依桜」

「うん」

 

 なぜか、顔を赤くしながらお礼を言われた。

 

 たまにあるんだけど、どうして顔を赤くするんだろうね、未果って。

 付き合いはかなり長いけど、今でもよくわからない時がある。

 でも、それでも未果との関係は、本当に落ち着くよ。

 なんというか、この空気間でいるのが当たり前、みたいなね。

 

 うん。一番落ち着くし、一番リラックスできる。

 

 

「依桜、この資料、そっちの棚に置いてくれる?」

「うん」

 

 未果に手渡される資料を指示された棚に入れていく。

 

 未果が資料を確認して、場所を把握したらボクに手渡して指示、って感じで。

 お互いほとんど話さないけど、なんとなく考えていることがわかるので、意思疎通は問題ないです。

 

 やっぱり、付き合いが長いからね。

 

 お互いの考え方は誰よりも理解している。

 

 ほかのみんなともある程度できるとは思うけど、未果ほど正確じゃないかな。

 

 これは多分、幼稚園の頃からの付き合いである未果とボクだからこそできることなのかなって。

 この後も、未果と一緒に資料を整理しました。

 

 

 五時間はちょっとした事情で自習の時間になった。

 

 やることは自由で、勉強をしてもいいし、読書も大丈夫だし、誰かと話していても大丈夫。

 

 なので、ほとんど人は読書をしているから、仲のいい友達と話している人がほとんど。

 

 ちなみに、これは一年生のすべてのクラスがそうなので、多少うるさくなってしまっても問題はないです。

 

 まあ、うるさすぎると、下の階の二年生の先輩方に迷惑がかかるから、ちゃんと次長はしてるけどね。

 

 ボクたちも例外じゃなく、みんなで集まって話す。

 

「そういや、来週の日曜日はバレンタインで、学園でイベントやるだっけか?」

「そうね。たしか、学園側も生徒たちにチョコレート系のお菓子を学園内の色々なところに置いていて、自由に飲食できるみたいよ」

「その辺り、すごい学園だよな、ここは」

「だねぇ。しかも、その日はほとんどの生徒が休日でも登校してくるから、告白のチャンス! って話だしねー」

「やっぱり、女の子的には一年の内で一番のチャンスなのかな」

 

 ボクは誰かに対して、恋愛感情を持ったことがないから、よくわからないけど、女の子たちは、きっと本気で準備するんだろうね。

 

「そりゃそうよ。やっぱり、意中の相手に最もアピールできる日だからね。まあ、女性が男性にチョコをプレゼントするのは、日本だけみたいだけど」

「ああ、海外では、男性が女性にプレゼントするところもあるって聞くな」

「ちょうど、日本とは反対なんだなー」

「まあ、日本に住んでる以上、やっぱり女の子にとって大事な日であることに変わりはないよねぇ。もちろん、男子もね」

「そりゃそうだぜ! やっぱ、誰かからチョコをもらえるってのは、たとえ本命じゃなくて、義理だったとしても、相当嬉しいからなー」

 

 態徒の言うことは、理解できる。

 ボクも、毎年チョコレートをもらっていたけど、やっぱり嬉しいからね。

 

 義理とは言っても、みんな手作りだったし、心がこもっていて、ボクはすごく好きだよ。

 自分の作ったものをちゃんと食べてくれてると思うと、やっぱり心があったかくなるから。

 

「そうだな。……まあ、俺の場合、たまにおかしなチョコをもらったりするが、その人なりの気持ちの表し方だと思ってる。たまに、食べても大丈夫なのかわからないものを渡されたりするが」

「それはそれで心配ね。大丈夫なの?」

「一応な。ただ、捨てることは絶対にしてはいけないことだから、毎年責任を持って食べてるよ」

「漢だな、晶」

「……いや、普通だと思うぞ……中身以外は」

 

 な、なんて哀愁漂う微笑みなんだろう。

 一体何が入っていたんだろうね……。

 

 この後も、みんなとバレンタインの話で盛り上がりました。

 

 

 六時間目。

 

 今日の六時間目は体育。

 内容はテニスで、ダブルスをすることになりました。

 

 ボクのペアは、

 

「やっぱり、依桜よね」

「うん。よろしくね、未果」

 

 未果です。

 

 ボクと未果は、大抵ペアを作る場合、一緒になることが多いです。

 

 さすがに、男女別になる時は違うけど、男女混合でも問題ない時は、ボクと未果はペアを組みます。

 一番息を合わせやすいからね。

 

 これは、席替えの時もそうです。

 決め方が自由の時は、いつも未果と隣にします。

 

 なんというか、それが当たり前と思っているんだよね。

 幼少の頃から一緒にいるからかな?

 

 そんなわけで、ボクたちはいつも通りに軽く準備運動をしてから、テニスに臨みました。

 

 

 いつもなら、ここでいつも通りに授業が何事もなく進んで、楽しく未果と一緒にテニスができたんだろうけど……今日はそうならなかった。

 

 事の発端は、師匠の何気ない一言。

 

「イオとミカは、本当に一緒にいるな。あれか? やっぱり、恋人なのか?」

 

 と。

 

 前までのボクだったら、

 

『あはは、違いますよ。ボクと未果は幼馴染ですから』

 

 って言うんだけど、この日のボクはおかしかったんです。

 

 なぜか、

 

「ふぇ!? ち、ちちちちち、違いますよ!? ぼ、ボクと未果がこ、恋人、だなんて……そんな……」

 

 なぜか慌ててしまった。

 

 師匠の何気ない一言を聞いた瞬間、ドクンッ、って心臓が跳ねた。

 

「そうなのか? しかし、お前たちは普段から一緒にいるところを見かけるしな……あたし的には、長年一緒にいる夫婦って風に映るんだが」

「ふ、夫婦!? な、ななななななな何言ってるんですか、師匠! ぼ、ボクと未果は、た、ただの幼馴染、で、え、えと……し、親友なんです!」

「そ、そうですよ、ミオさん」

「変だな……てっきり、お前たちはすでに付き合っていて、行くところまで行ってると思っていたんだが……」

「ふにゃ!?」

「というか、お前たちは普通にキスもしていそうだと思ったんだが……」

「ふにゃにゃ!?」

「み、ミオさん! これ以上は……」

「というか、普通ずっと一緒にいておきながら、親友って……お前、普通そこは親友じゃないと思うぞ?」

「ふにゃにゃにゃ!?」

 

 し、親友じゃない……?

 え、えっと、で、でも、ボクは未果のことを大切な幼馴染の女の子だと思ってて……す、少なくとも恋人ではなくて……で、でも、大切で……え、えとえとえと……

 

「い、いい加減にしてください、ミオさん!」

 

 ここで、未果が顔を赤くしながら、師匠を怒鳴っていた。

 

「まったく……私と依桜はそんな関係じゃないです! 恋人だなんて……全然釣り合ってませんからね!」

 

 と、未果がそう言った瞬間、まるで鈍器で殴られたような痛みがボクの心を容赦なく襲った。

 

 一番仲が良くて、一番意思疎通ができて、一番……大切だと思っていた女の子からの、容赦のないその一言は……なんだか、すごく、辛くて……悲しくなった。

 

 そ、そうだよ、ね……。

 釣り合ってない、よね……。

 

「ぼ、ボクなんかじゃ、未果とは釣り合ってない、よね……」

 

 ぽつりとそう言った瞬間、ボクの目から次々に涙が流れてきた。

 

「あ、あれ……お、おかしい、な……と、当然、の、こと、なのに……あ、あはは……う、うぅっ……ぐすっ……ご、ごめんなさいっ!」

 

 ボクはなんだか、ここにいるのが酷く辛くなって、ボクは逃げ出すように、走り出していた。

 

「あ、い、依桜!」

 

 後ろから、ボクを呼ぶ声が聞こえてきたけど、きっと幻聴……振り返っちゃダメ。

 ま、前を、見ないと……。

 

 

「依桜……」

 

 依桜が走り去っていった方を見ながら、私は呆然と眺めるだけだった。

 

 な、なんで、どうして……?

 どうして依桜は、泣いてしまったの……?

 わ、私、何かやってはいけないことをしてしまった、の……?

 

「……未果」

 

 何が何やらわからず、私が混乱しているところに、怒ったような表情の晶が私に話しかけてきた。

 

「あ、晶……」

「未果。さっきのセリフは……ダメだろう」

「せ、セリフ……?」

「さっき、全然釣り合ってない、って言っただろう?」

「え、ええ……で、でもあれは……」

「ああ。間違いなく、未果自身が依桜と釣り合ってない、って言おうとしたんだろう?」

「で、でも、私、ちゃんと、依桜にそう言った、はず……」

 

 だ、だって、私なんかじゃ依桜とは全然釣り合ってませんからね! って言った、はず……

 

「いや、その前の部分が言えてなくて、全然釣り合ってない、から言ってたぜ、未果」

「え……」

「未果ちゃん、さすがにあれは……いくらわたしでもちょっと擁護は難しい、かなぁ」

「わ、私、言えてなかった……?」

「「「……」」」

 

 無言で頷く三人。

 そ、そんな……肝心な部分が抜けて言ってしまったなんて……。

 

「依桜君の性格から考えると、謙虚で自分に自信がないから、未果ちゃんが『依桜じゃ私とは釣り合わない』って風に捉えちゃったんだろうねぇ」

「そんな……」

 

 わ、私、そんなつもり、じゃなかったのに……。

 とんでもないことを言ってしまった……。一番依桜と付き合いが長くて、一番大切だと思っていた人に対して、一番言ってはいけないことを……。

 

「わ、私……ど、どうすれば……」

 

 わからない……私は一体、どうすればいいの……?

 

 謝る……?

 

 ……うん。それが一番よね。

 やっぱり、謝らないと……。

 

「私、依桜の所へ行かないと……」

 

 ふらふらとした足取りで、依桜の所へ向かおうとしたところで、

 

「いや、ダメだ、未果」

 

 晶が私の行く手を阻んだ。

 

「な、なんで……? 私は、急いで依桜の所へ行って、謝らないと……」

「今未果が行っても、逆効果にしかならない」

「で、でも、あ、謝らないと……」

「今の依桜が未果に謝られても、自分が泣いて、逃げ出してしまったせいだと、自分を責めることになりかねない。というか、確実にそうなる。そうなれば、それこそ、未果と依桜の関係が完全に崩れてしまう」

「そうだね。依桜君は優しすぎるんだよ。だから、未果ちゃんが謝っても、自分のため。自分を傷つけないためだと解釈しちゃって、距離を置いちゃうに決まってるよ」

「だなー。やっぱ、この件に関しては、オレたちの方で依桜の誤解を解くからよ」

「態徒の言う通りだ。俺たちに任せてくれ」

 

 いつもなら、態徒の提案だからと軽口を言っていたのだけど、今はそんな雰囲気でもないし、何も言えないほどの正論。

 

 いや、私がそれを言う資格はないし、意味がない。

 それに、今は私も、それが一番いいと思っている……。

 

 だから、

 

「……わかったわ。任せる」

 

 晶たちの言う通り、三人に任せることにした。

 

「ああ。誤解は解いておくよ」

 

 ふっと軽く笑って、晶がそう言ってくれた。

 

 ……私は、取り返しのつかないことをしてしまった……。

 

 

 あの後、ボクは先生に体調が悪いと言って、早退してしまった。

 

 泣いていたボクを見て、戸隠先生は一瞬驚いた顔をしたけど、何も聞かずに早退することを許可してくれた。

 

 ボクはお礼を言って、家に帰宅し、何も言わずに部屋に閉じこもった。

 

 未果にあんなことを言われて、涙が溢れて止まらない。

 

 自分でもなんでこんなに泣いているのかわからない。

 

 でも、何かが悲しくて、何かが辛い……。

 

 なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで……。

 

 ずっと仲がいいと思っていたのはボクだけで、本当は、ボクとは仲が良くなくて……一方的にボクがそう思っていただけだったってこと……?

 

 そん、な……。

 

「うっ、ひっぐ……うぅ……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ! ああぁ……あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 誰もいない部屋で、ボクはひたすらに泣いた。

 

 近所迷惑になるとも、下にいる母さんたちに迷惑をかけることなんて頭の中にはなく、ただただひたすら感情のままにボクは泣いた。

 

 十九歳にもなって、みっともなく。

 

 まるで、幼い子供のように、ボクはただただ泣いていた。

 

 泣いても泣いても、涙は途切れることもなく、ボクの目から溢れ続けた。

 拭っても拭っても、すぐに涙が出てきて、一向に前が見えない。

 零しても零しても、次から次へと涙が溢れる。ボクの体にある水分を全て使おうとしているかのように。

 

 でも、泣いていないと、ボクの心が壊れてしまうような気がして、ボクはひたすらに泣く。

 じゃないと、この辛さに、悲しみに押しつぶされてしまいそうで……。

 

 

 それから、声も枯れてきて、ようやく涙も少しずつ止まって来た頃。

 

『依桜、大丈夫……?』

 

 母さんの心配そうな声が聞こえてきた。

 

『ずっと泣いていたみたいだけど、何かあったの?』

「…………」

 

 ただただ心配してくれている母さんの質問に、ボクは何も答えられなかった……。

 

『そう……何も言えないのね』

 

 悲しそうに言う母さん。

 その声を聞くだけで、ボクの胸が痛くなる。

 

『お母さんは無理でも、晶君たちになら言える?』

「あ、きら……?」

『ええ。依桜が心配になって来てくれたみたいよ。それから、話したいこともあるって』

「み、未果、は……?」

『未果ちゃんは来てないわ』

「そう、なんだ……」

 

 やっぱり、あの言葉の意味は……。

 ダメ……そう考えただけで、せっかく止まってきた涙が……ま、た……。

 

「う、くっ……ふえぇ……」

『……仕方ないわね。晶君! 依桜をお願い!』

 

 ドアの外から、母さんのそんな言葉が聞こえてきたと思うと、階段を急いで駆け上がってくる音が聞こえてきた。

 

 そして、

 

「依桜!」

 

 晶たちがボクの部屋に入って来た。

 

「あ、きら……たい、と……めい……ぼ、ボク……ボク……!」

「依桜君!」

 

 また泣き出しそうになった瞬間、女委がボクを優しく抱きしめてきた。

 

「大丈夫……大丈夫だから。だから、落ち着こう? ね?」

「め、いぃ……」

「辛いよね。だから、もう一度泣いて、少し落ち着いてから、話そ? ね?」

「うっ、ん……ふえぇ……ぐすっ……うえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇんっっ!」

 

 女委に撫でられながら、ボクは再び、ひたすら泣いた。

 ボクが泣き止むまでの間。女委は優しくボクを撫で続けてくれた。

 それだけで、すごく、安らいだ気がした……。

 

 

 ようやく、依桜君が泣き止んだ頃、ようやく話し始めた。

 

「ボク……未果に、嫌われちゃった、のかな……?」

「大丈夫。未果ちゃんは、依桜君を嫌っていることなんて絶対ないから……」

「で、でも……つり、あってな、いって……」

 

 あー、これやっぱり、依桜君が未果ちゃんに釣り合ってない、って解釈しちゃってるね……。

 案の上でした。

 まずは、ここの誤解を解かないとね。

 

「え、えっとあれはちょっとしたすれ違いでね……まあ、なんて言うか、あのセリフの前には本当は『私なんかじゃ依桜とは』っていう言葉が入るはずだったみたいでねぇ……。まあ、ついカッとなって抜けちゃったみたいなんだよ」

「……そ、うなの?」

「ああ。これは本当だ。というかだな、普通に考えてもみろ、依桜。嫌いな相手と、小さい頃からずっと一緒にいる、なんてこと、普通はないだろう?」

「あ……」

 

 晶君の言ったことに、依桜君は何かに気付いたような顔をする。

 

「それに、嫌いな相手と普段から一緒にいる、なんてこと、普通はないと思うぞ」

「だな。未果はちゃんと言いたいことは言うタイプだぜ? もし、依桜が嫌いなら、面と面向かって嫌いとか言ってるぜ? それによ、嫌いなら一緒にゲームもしないし、旅行もしない。てか、誕生日を祝う、なんてことないと思うぞ、オレ」

「……う、ん」

 

 畳みかけるかのように態徒君が言うと、依桜君の暗かった表情が少しずつ明るくなっていく。

 

「まあ、この件に関しては、未果ちゃんもかな~り落ち込んでてねぇ。依桜を傷つけたって、自分を責めてたよ」

「未果、が……?」

「うん。未果ちゃんにとっても、依桜君が大切な幼馴染であることに変わりはないもん。多分、わたしたちの中の誰よりも、依桜君を大切にしてるんじゃないかなぁ」

「ああ。依桜が異世界でしたことに対して、かなり傷ついていることを知って、弱った体に鞭打って走ってきて、抱きしめたのは未果だっただろう?」

「うん……」

「自分の体なんて省みないで依桜の所へ向かうレベルだぞ? そんな未果が、依桜を本気で嫌うと思うか?」

「ううん……未果は、そんなことしない……」

 

 晶君の問いかけに、依桜君はすぐに否定する。

 

 未果ちゃんがそんな酷い人間じゃないと言うことを一番知っているのは、依桜君自身。

 

 さっきは、何かがあって、あんな風に深く考えることなく、マイナスに解釈しちゃっただけだもんね。

 

「だから、この件は誤解だ。大丈夫か?」

「うん……ボク、未果に酷いことをしちゃった……。目の前から逃げちゃって……ボクを呼んでもいたのに、それを無視して、走っちゃって……ボク、未果を傷つけちゃった……」

「……ほんと、似た者同士だなぁ、依桜と未果はよ」

「だな。俺も、この二人ほどぴったりな組み合わせを見たことがない」

「同感だね」

 

 依桜君と未果ちゃんは、お互いを大切な存在だと思い、お互いが一番大事だと思っているような節があるからね。

 

 実際、未果ちゃんが撃たれた時、依桜君は言葉に表せないほどの強い殺気を放っていたからね。いやぁ……あれは、本当に怖かったねぇ……。

 

「それじゃ、これからどうするか、だが……一応訊くんだが、依桜。なんで泣きながら逃げたんだ?」

 

 誤解が解けると、晶君が依桜君に逃げ出した理由を尋ねた。

 

「わ、わからない……」

「わからないって……依桜、何でもいいんだぜ? とりあえず、その時感じたことを言うとかでもよ」

「感じた、こと……」

 

 依桜君が目を閉じる。

 数瞬の間目を閉じていると、ふと目を開け、こう言いだした。

 

「な、何と言うか……未果に嫌われると思ったら、辛くて、悲しくなった、かな……」

「「「……ん?」」」

 

 依桜君の言ったことに、わたしたち三人は、思わず同じ反応をしていた。

 

 え、今、嫌われると思ったら、辛くて悲しくなった、って言ったよね……?

 

 い、いやいやいや。まさかまさかまさか?

 い、いやでも、依桜君、最近その片鱗あるしなぁ……。

 

「依桜君。それはもしかして、胸がきゅっと締め付けられるような痛みがあったり、未果ちゃんの顔を思い浮かべると、なんだかこう……嬉しくなったり、幸せな気持ちになったり、する?」

「う、うん……よくわかったね、女委……」

 

 その依桜君の反応を見て、わたしたちはそろって思いました。

 

(((あ、これ親友だからじゃなくて、恋愛感情があるからだ)))

 

 と。

 

 つまり、依桜君が今回逃げ出してしまった原因は、好きな女の子に嫌われたと思ってしまったからってことかな?

 

 お、おー……これは……何と言うか……まあ、あれ、だね。うん。

 

 多分、今まで恋なんてしたことがなかったから、無自覚、だったんだろうなぁ。依桜君。

 

 未果ちゃんはすでに自覚があって、依桜君に対して恋愛感情を持ってることに気が付いている。

 

 ただ、依桜君の場合は圧倒的鈍感。

 

 キングオブDONKAN。

 

 だからね。

 

 じゃあこれ、まずは依桜君が恋を自覚しないとだめだね。

 よし。ここは、女委さんが一肌脱ぎましょう。

 

「ふふふふふ……依桜君。その気持ちの正体、知りたくないかい?」

「め、女委は知ってるの……?」

「もっちのろんさ! というか、ほとんどの人がすぐに気づくと思うんだけどねぇ」

「そ、そうなの? でも、ボクは全然わからない、けど……」

「まあ依桜君だからね! まあ、とりあえず、話が進まないので、ズバリ言います。依桜君のその気持ちの正体……それはズバリ! 恋! です!」

「……ふぇ!?」

 

 わたしが依桜君の気持ち正体が、恋だと言った瞬間、一瞬の間の後、顔を真っ赤にしてある意味いつも通りの反応をした。

 さすが依桜君。やっぱりいつも通りよ!

 

「こ、恋って、あの……さ、魚の?」

「いやそれ鯉。てか、ベッタベタなボケだな!」

 

 依桜君のボケに、態徒君がまあまあのツッコミを入れる。

 さすが天然。

 無自覚にボケるね。

 まあいいと思います。

 

「そうじゃなくてね、恋愛の方の恋です。英語で言うと……Love! OK!?」

「お、おーけー……?」

「うむ! 理解したね! それじゃあ、依桜君。ここからは、依桜君が自分でやることを選択します」

「選択……?」

「依桜君にあるのは、未果ちゃんに告白するか、今世紀最大の告白をするかの二択です!」

「あ、あれ? それって、結局一択な気が……」

「ノンノン。二択です! 普通に告白をするか、クッソ恥ずかしい告白をするかの二択です! さあどうする!?」

「こ、告白しかない、の……?」

 

 自身を微塵も感じない依桜君の消極的なセリフ。

 

 無自覚美少女はこれだから……。

 やれやれだよねぇ。

 

「告白しかありません! 依桜君に訊きます! 正直に答えてください!」

「う、うん」

「未果ちゃんが好きですか!?」

「ふぇ!?」

「さあ、どっちなんだい!?」

「え、えとえとえと、あ、あの、その……す、好き、です……」

「それは、どのくらい!? 独占!? 監禁!? 殺したいほど!?」

「さ、さすがにそれは言い過ぎだよぉ! で、でも……ど、独占したいくらい、に、未果が好き、だよ……」

 

 うおぅ、なんて可愛いんだろうか、この天然系エロ娘。

 さすがだぜぇ……。

 

「よろしい! ならば、KOKUHAKUDA☆」

「ふにゃ!?」

「ちなみに、依桜君に拒否権などありません。告白するか、告白するかの二択だけですね」

「ひ、酷い……」

「酷いじゃありません! 依桜君。告白して玉砕するのと、しないでずっと引きずるの、どっちが辛いと思いますか?」

「え? え、えっと……ひ、引きずる、方?」

「その通りです! それはなぜか! そうじゃないと、諦めがつかない可能性が高いからです! そうしないと、新しい恋なんてできません! ですが、玉砕したのであれば、すっぱりと諦められ、新しい恋に踏み出すことができると言うわけです! ならば、告白した方がいいでしょう? それに、未果ちゃん相手ならば、フラれることは100%ありません! 依桜君の大勝利です!」

 

 力説に力説を重ねるわたし。

 

 なんかもう、テンションが色々ととんでもないことになってるけど、気にしちゃぁダメっす! こう言うのはね、ひたすらにまくしたてるもんですよ!

 

 ……まあ、理由は別にあるわけだけど。

 

「さあ、どうしますか!?」

「……わ、わかったよ。ぼ、ボク、未果に告白、する……」

「言ったね? 絶対だよ!」

「う、うん」

「よーし、それじゃあ作戦会議! 空気一号の晶君、空気二号の態徒君! 案を出そうぜ!」

「女委の怒涛の喋りが止まらないと思ったら、トントン拍子に話が進んでいくんだが……」

「あ、ああ……なんかオレ、こんな状況にデジャヴを感じるんだが……」

 

 なにかぶつぶつ言っている二人をガンガン無視!

 わたしは、ぶっ通しで行くんだぜ!

 

「ほらほら! 依桜君の豊満なおっぱいの内側に実った、綺麗な初恋を実らせたくはないかい!?」

「言い方悪すぎだろ!?」

「うるせぇ! さっさとやるぞー! はい、じゃあ態徒君! 案をどうぞ!」

「くっ、マジでゴリ押ししてきやがるぜ……! あ、案か……や、やっぱ安直にバレンタイン当日に告白する、とか……?」

「よし採用! 依桜君、バレンタイン当日、未果ちゃんに告白だぁ!」

「ええ!? 作戦会議は!?」

 

 依桜君が、なにやらさえずっているみたいだけど、もちのろんでガン無視キメる!

 というか、時間ないし!

 わたしもね、色々と限界なんです!

 

「今ので終了! 当日、依桜君はラブレターを用意! 朝、未果ちゃんよりも早く登校し、そこにぶち込む! 中身は『大切な話があります。午後四時に、四階の空き教室に来てください。あなたの宝物より』だからね!?」

「は、恥ずかしいよ!」

「恥ずかしがってたら、告白なんて夢のまた夢! ちなみに、名前は絶対に書いちゃダメ! OK!?」

「で、でも……」

「OK!?」

「あ、あの――」

「OK!?」

「お、おーけーです……」

 

 よし、了承は得た!

 あとは、依桜君にラブレター書かせて、当日にチョコレートと一緒に渡すのみ。

 

「あ、それから、未果ちゃんに渡すバレンタインチョコは――」

 

 わたしが思いついた未果ちゃんへのバレンタインチョコを言うと……

 

「そ、そそそそそ、そんなんことをするの!?」

「あったぼうよ! これくらいしないと、恋人になんてなれません! ……まあ、未果ちゃんが断るなんて、京に一つもないわけですが」

「え、えっと、何か言った……?」

「気にしない! さあ終了です! 依桜君、絶対にやるんだよ!」

「え、あ、う、うん……」

「それじゃあ、わたしたちは帰るね! さあ、行くぞ、二人とも! 今日はわたしのお店でご飯食べてって! おごるぜー!」

「め、女委、わかったから! せめて、普通に歩かせてくれ!」

「た、ただ飯は嬉しいが、この状況は恥ずかしすぎるぞ!?」

「うるさい! いいから行くぞー!」

「「うわあああああああああああああ!」」

「き、気を付けてねー……」

 

 依桜君の見送りの声が聞こえたところで、わたしたちは依桜君の家を後にしました。

 

 

「まったく……失恋をごまかすにしたって、もっと方法があるんじゃないのか?」

 

 わたしのお店にて。

 態徒君がトイレに言った直後に、呆れながらそう言ってきた。

 

「にゃ、にゃははー。さっすが晶君。空気が読めるし、鋭いねぇ……」

「ま、中学生の時から一緒にいるわけだしな……。少なくとも、中学一年生の時点で、好きだったんだろう? 依桜のこと」

「まあねぇ……。ほら、依桜君みたいな優しくて、かっこいい人、なかなかいないでしょ? だから、まあ……好きになっちゃっててねぇ」

 

 思えば、出会った頃から少しずつ惹かれてたのかもねぇ。

 依桜君って、すっごく魅力的だから。

 

「……そうか。別に、泣いてもいいぞ」

「……大丈夫だよ。わたしは、決して人前で泣かない女の子! そして、どうしようもないド変態の腐女子! これくらい、マゾなわたしからすれば、ご褒美みたいなもんです!」

「……ほんと、女委は優しいよ。元々、依桜は未果に譲るつもりだったんじゃないのか?」

「ありゃりゃ、そこまで見抜かれちってたかー。うん、そうだよ。ほら、依桜君と未果ちゃんって、どうやっても入り込めない謎のあれがあるじゃん? 何と言うか、依桜君に一番お似合いなのは、未果ちゃんだと思っててねぇ。というかこれ真理」

「……否定はしないな。あの二人は、ある意味特別な関係のようなものだからな。長年ずっと一緒にいた二人だ。俺たちが入り込む隙なんて、最初から無いな」

「にゃはは……そう、だよねぇ……」

 

 あー、ダメだなぁ、わたし。

 未練たらたらじゃないか。

 

 ……まあ、わたしにとっても、初恋の人だったからね。

 

 仕方ないね。

 

 ……でも、これが失恋、かぁ。

 

 この経験はきっと、この先の同人作家として活かせる部分だよね。

 うん……これは、絶対に無駄にしないよ。

 

 辛いことも糧にして、わたしは作品を作ろう。

 

 そう、誓った。

 

 

 バレンタイン前日。

 

 あの日、晶からLINNが来て、何とか無事、誤解は解けたみたい。

 

 私はほっとしたのだけど、なぜか依桜が私を避ける。

 

 私が話しかけようとしても、脱兎のごとく逃げ出してしまって、一向に話せない。

 お昼の時も、依桜だけが姿をくらましてしまって、会う事ができない。

 

 ……辛い。辛すぎる……。

 

 もとはと言えば、私が原因で起こしたことだから、自業自得なんだけど……やっぱり、大切な幼馴染であり、私が恋をしている相手から避けられているとなると、やっぱりつらいし、寂しい……。

 

 はぁ……あんなことを言わなければ、こんなことにならなかったのに……。

 

 きっと、明日のバレンタインも、依桜には会えないわよね……。

 

 だと言うのに、私はチョコを作っていた。

 

 そこには、晶や態徒たちとは別で、私が本気で作った、ハート形のチョコが置いてある。

 もちろん、文字入り。

 

 そこには、

 

『月が綺麗ですね』

 

 と書いてある。

 

 有名な夏目漱石の告白よね。

 

 正確に言えば、夏目漱石が告白した時に使ったんじゃなくて、英語の教師をしている時に、『I Love You』を『あなたが好きです』って訳すのも情緒がないから、『月が綺麗ですね』と訳しなさい、と言った話だけどね。

 

 これで、もし間違ってたら相当恥ずかしい。

 

 まあ、結構有名な話だから割と知ってる人は多いと思うけど。

 

 ……にしても、我ながら未練がましいというかなんというか……ほんと、自分が嫌になる。

 はぁ……でもせめて、依桜にこのチョコは渡したいわね……。

 

 

「明日……未果に告白を……」

 

 バレンタイン前日。

 ボクは自分の勉強机に向かって、手紙を書きながら、そう呟く。

 

 手紙の内容は……女委が指示した通りの文。

 

 さ、さすがにすごく恥ずかしいけど……で、でも、これが一番いいって言うから、これで頑張ってみることに。

 

 明日は早く行かないと……。

 

 

 そして迎えた、バレンタイン当日。

 

 私の足取りは重い。

 

 なにせ、依桜とはほとんど会えず話せず状態だったから、精神的にダメージが大きくて……。

 結局チョコを持ってきてしまったけど……まあ、無駄になるかもしれないわね……。

 

 その時は、桜子さんに頼んで、渡してもらいましょ。

 せめて、私の気持ちだけでも伝えたい。

 

 

 色々と考えながら歩き、学園に到着。

 

 いつも通りに昇降口から入り、自分の下駄箱を開けると……

 

「あら、何かしら、これ……」

 

 白い手紙が入っていた。

 

 今時なかなか見ない、ハートのシールで止められた封筒。

 

 これ、どう見てもあれ、よね?

 

 ラブレター……。

 

 い、いやいやいや。まさかね……?

 

 私、たしかに男子から告白されることはあったわ。でも、同性から告白されるようなことはなかったし……。

 

 ……でも、現にこうして、あるわけだし……。

 

 中身は見ないと……。

 

 なるべく丁寧に封筒を開け、中の手紙を見ると、

 

『大切なお話があります。午後四時に、四階の空き教室に来てください。あなたの宝物より』

 

 という、ラブレターなのかどうか怪しいメッセージが書かれていた。

 

 まあでも、多分ラブレターよね……?

 だって、あなたの宝物って書いてあるし……。

 

 というか、私の宝物ってどういうこと?

 物は喋らないし、なにも書かないわよね……。

 

 じゃあこれ、一体誰が……?

 

 誰かはわからないけど……依桜だったら、嬉しいわね……。

 

 ……なんてね。さすがに無いわよね。

 

 あんなことを言った後だもの。きっと嫌われてるわ。

 まあでも、一応約束の時間になったらここに行かないとね。

 

 

「おはよう」

「おはよう、未果」

 

 教室に行くと、晶が先に来ていた。

 まあ、いつも通りの光景ね。

 もう何度も見える光景。

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 次に、態徒と女委が登校してきた。

 

 依桜は……来ていない。

 まあ、そうよね……やっぱり、顔を合わせずらいわよね……。

 

 ふふふ……なんかもう、どうでもよくなって来たかも……。

 

 

 それから、依桜がいない状態で、私たちはバレンタインイベントを楽しんだ。

 

 でも、私の心の中は常に依桜を求めていた。

 

 いつも一緒にいて、隣に依桜がいるのが当たり前だったのに、あんなことがあってからは、それが当たり前じゃなくなってしまった。

 

 ミオさんの何でもない一言にむきになってしまったのは、本当にダメだった。

 私は、なんであんなことを言ったのかしら……。

 

 でも、心にぽっかりと穴が開いたような喪失感が、私の胸中にずっとあった。

 

 

 そして、空虚で退屈な時間が過ぎ、約束の時間が迫って来ていた。

 

 私は、三人に行くところがあると伝え離れた。

 

 約束の場所は、四階の空き教室。時間は四時。

 

 ちょうどの時間に私は、教室の中に入った。

 何気なく教室の中に入った私は、教室の中にいた人物を見て、絶句した。

 

「え、えと、こ、こんにちは、未果」

 

 そこには、私がずっと求めていた相手……依桜が夕陽に照らされながら、はにかみ顔をしながら、立っていた。

 

「い、お……?」

「うん。ボクだよ。ご、ごめんね、最近ずっと避けちゃってて……」

「う、ううん、悪いのは私よ……。私があんなことを言ったせいで……本当に、ごめんなさい……私、今後はもう、依桜とは、一緒にいないわ……それだけのことをして、しまったから……」

 

 つい、そんな言葉が私の口を突いて出ていた、

 

 だけで、なぜか自然に出てしまった。

 

 本当は、勢いよく依桜を抱きしめたい。

 

 でも、それは許されない。

 

 私は、大切な人である、依桜を傷つけてしまった……だから、そんな資格なんて……。

 

 そう思っていた時だった。

 

「未果、ボクね、未果に伝えたいことがあるの……聞いてくれる?」

 

 そう、依桜がお願いしてきたのだ。

 

 私に断る気なんてない。

 依桜の願いを私が断るわけがない。

 

 絶対に……。

 

 だから、こくりと頷いた。

 

 それを見た依桜は、胸に手を当てて、深呼吸しだした。

 

 どうしたのかしら?

 

 ……やっぱり、私を罵倒するために意識を集中させてるのね。

 

 でも、覚悟はもうできてるから……。

 

 きっと大丈夫。大丈夫……。

 

 そして、依桜がついに目を開け、口を開いた。

 

「――ボクは、未果が好きです」

 

 依桜の口から発された言葉は、罵倒でも、侮蔑でも何でもなかった。

 

 発されたのは……私が好き、というシンプルで、ありふれた告白文句だった。

 

 私は思わず、口元を手で覆っていた。

 

「う、嘘……」

「嘘じゃないよ。ボク、未果のあの時の言葉で気付いたの。……本当はボクは、昔から未果が好きで、ずっと恋をしていたんだ、って。……と言っても、気付かせてくれたのは、女委なんだけどね」

 

 えへへと笑う依桜。

 

 それを聞いて、私ははっとした。

 

 女委が依桜を後押ししたんだと。

 私は、女委が依桜に対して恋愛感情を持っていたのは知っていた。

 

 だから、仮に依桜が女委と付き合うことになっても、私は応援しようと決めていた。

 きっとそうなると思っていた。

 

 そうなれば、私もこの初恋に踏ん切りがついて、前に進める気がしたから。

 

 でも、でも……現実は、違っていた。

 

 依桜は今、私のことが好きって……。

 

「そ、その、えっと……未果はどう思ってる、かな……?」

 

 困ったような顔を浮かべている依桜。

 それを見て私は、今までの人生で一番の笑顔を浮かべて、

 

「私も……依桜のことが好きです。ううん。大好きです。だから……私と、付き合ってください」

 

 告白した。

 

 依桜が告白する時、依桜の体は震えていた。

 だから、それを踏みにじってはいけない。

 

 本音には本音を。

 

 だから私は、自分の気持ちを素直に、依桜に伝えた。

 

「ほんとに……?」

「もちろんよ。私もね、ずっと昔から……幼稚園の頃から、ずっと依桜が好きだったわ」

「本当に、ボクでいいの……? もう、普通の人と違っているんだよ……?」

「何言ってるのよ。依桜だからいいんじゃない。むしろ、依桜じゃないと、私嫌よ」

「未果……」

 

 依桜は次の瞬間、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 私はゆっくり依桜に近づいて行き、涙を拭ってあげると、そっと私の唇を依桜の唇に重ねた。

 

「ん……」

 

 それは、初めてのキス。

 私も依桜も、お互いファーストキス。

 初めてキスは、甘酸っぱくて、じんわりと幸せなあたたかさが広がっていく。

 その心地よい物を感じながら、永遠ともとれる長く短いキスをした。

 

「ぷはっ……み、未果……」

「ふふっ、なんだか、照れるわね……こうして、依桜とキスをするって……」

「で、でもキスって……」

「大丈夫よ。私と依桜はお互い女の子。だから、間違っても子供ができることなんてないわよ」

 

 もっとも、キスで子供はできないけど、ね。

 でも、依桜はこのままでいてもらいたいので、いつか自分で知るまでは、黙っていよう。

 その方が、私的にも面白いしね。

 

「何はともあれ……これで私と依桜は仲直りして、その……こ、恋人になった、ってことでいい、のよね……?」

「う、うん……え、えへへ……なんだか、未果が言ったみたいに、て、照れるね……」

 

 あぁ。依桜が可愛い……。

 今までもずーっと可愛いと思っていたけど、恋人になった途端、今まで以上に依桜が可愛くて可愛くて……それでいて、とても愛おしい。

 

「ねぇ、未果……もっと、キス、してもいい……?」

「もちろん。依桜が望むのなら、何度でも」

 

 そう言うと、依桜は目を閉じた。

 私も、さっきと同じように、そっと唇を重ね合わせ、優しく甘酸っぱいキスをした。

 

 

 後から聞いたのだけど、依桜はこの時、バレンタインのチョコとして、ストロベリーチョコレートのリップを自身の唇に塗っていたとか。だから、甘酸っぱかったみたいです。

 

 

 それから、私たちは前以上に一緒にいるようになった。

 

 気が付けば、お互いの家を交代で泊まりに行ったりしている。

 

 最初はそうだったのだけど、いつしか二人で同棲するようになっていた

 

 今日も今日で、

 

「はい、未果。あ~ん❤」

 

 こんな風に、依桜にあ~んをしてもらってます。

 

 依桜ってば、付き合い始めると、デレッデレなのよ?

 

 マジで可愛すぎて、大声で、この娘私の彼女なんですよ! って叫びたくなる衝動に何度も駆られた。

 

「未果、これからもずっと一緒に、楽しい日常を送ろうね」

「もちろん。二人なら、どんな時でも楽しいに決まってるわ」

 

 私たちは、幸せな日常を送っています。

 

                  ―未果ルートEND―




 どうも、九十九一です。
 なんか、二話連続で長い話になった……いやまあ、特別編ですからね。ありでしょう。
 ……まあこれ、全部1日で書いたんですが。
 何はともあれ、午後は未果ルートをお送りしました。ちなみに、アンケートを採ったら、未果が圧倒的でした。幼馴染キャラ、人気ありますね。
 ちなみに、異世界サイドの二人には全く表が入ってませんでした。人気ないなぁ……。
 美羽にも入っていたんですけどね、まあ、あえなく敗北です。女委に負けました。仕方ないですね。
 私自身、シリアスと戦闘、ラブコメを書くのが苦手なんですが……結構頑張ったと思ってます。自分じゃ今までの作品に比べたら、完成度は高い方だと思ってます。まあ、中身は似通ったものになっちゃいましたが……許してください……。
 今後も、恋愛系に持ってけそうなイベントはやっていくつもりですが、多分気分ですね。期待しないでくださいね……?
 明日から、いつも通りに戻りますので、よろしくお願いします。
 では。


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246件目 ロリ依桜は大変

 体が小さくなって、いつも通りとは言い難い日に。

 

 これが元の世界だったら、ある意味いつも通りの日と言えるんだけど、今日ばかりは今回ばかりは、そうも言えない。

 

 だって、ここボクが住んでる世界じゃないしね……。

 

 ここは一応、元の世界ではなく、そこに似た世界だから、結果的にいつも通りとは言えない世界。

 

 まあ、依桜からしたら、いつも通りの日なんだろうなぁ。

 

 いつ帰れるのかもわからないし……。

 

 こっちの学園長先生は、ボクの世界学園長先生よりも酷い気がしたよ、ボク。

 だって、並行世界へ行くための装置が暴走して、並行世界の方から人を呼び寄せちゃう、なんて、おかしなものを作ったせいで、こうしてボクが巻き込まれちゃってるわけだしね……。

 

 なんかもう、巻き込まれ体質なのは、自分でも認めるほどになって来たよ……。

 

 異世界転移しかり、モデルしかり、痴漢しかり……他にも、体育祭では変な競技で変なことになるし……なぜか見学会には出させられるし、お悩み相談もやらされる。サンタさんだって押し付けられたし、冬〇ミでは、なぜかメイド服を着させられ、大勢の人に写真を撮られるし……魔族の国の女王になっちゃって。果ては、こっちの学園長先生によって、並行世界に来ちゃうし……。

 

 すごいよね、これ、一年経ってないんだよ?

 九月~四月までの出来事なんだよ?

 これだけで、壮大な小説が書けちゃうんじゃないかな、これ。

 

 生々しい話もあると思うけど。

 

 この巻き込まれ体質は、単純にボクの幸運値が原因なのか、生まれつきの体質なのか……個人的には、前者だと思うけど。

 

 確率が低ければ低いほど当たりやすくなる、なんて効果を持ったものだからね……。

 

 だからこそ、こんな普通じゃ遭遇しないようなことに立て続けに遭遇してると考えると、本来ならおかしな確立だと思うよ。

 

 ボク、いずれ過労死するんじゃないかな、これ。

 

 そうでなくても、病気になりそうだよ……いや、現に一回風邪引いてるんだけど。

 あの時はあの時で酷かったなぁ……。

 

 未果と晶に、すっごく恥ずかしい姿を見られちゃったし……。

 

 うぅ、今思い出しても、恥ずかしいよぉ……。

 

 はぁ……本当に、新学期開始早々、おかしなことになっちゃってるんだもんなぁ……。

 

 いつ帰れるかわからないし、そもそも帰れるかどうかすらわからない……。

 

 みんな、心配してるかなぁ……してるよね、絶対。

 

 ただでさえ、ボクは変なことに巻き込まれるのに、まさか、こうして別の世界に来てるなんて夢にも思わないよね、みんな……。

 

 ボクだって、まさか並行世界に来るとは思わなかったしね。

 

 ……まあ、過去の回想(現実逃避)はやめよう。うん。

 

 現実を見ないと……。

 

『桜ちゃん、はいあ~ん!』

「あ、あ~ん……」

『ずる~い! 桜ちゃん、こっちも!』

「は、はい」

 

 昼休み。

 

 ボクはクラスメートのみんなにとっかえひっかえに、お菓子を食べさせられていました。

 ちなみに、抱きかかえられてます。

 

 いや、あの……何でこうなったの?

 

 ちょっと待って。

 

 普通に考えて、これはどういう状況なんだっけ?

 お、思いだそうボク。

 

 えっとたしか……。

 

 

『起立、礼。ありがとうございました』

 

 日直の人の号令で授業が終了。

 

「桜、昼ごはんにしよう」

「うん」

 

 学園側(学園長先生)の配慮なのか、ボクと依桜は隣の席。

 四時間目が終わるなり、お昼にしようと、依桜がボクに声をかけてきた。

 

 お昼は、みんなと一緒に食べる、っていうことは、こっちの世界でもやっぱり共通。

 そこに、こっちのみんなから見た、別のボクを交えてのお昼ご飯になる。

 

 カバンの中から、お弁当を取り出して、みんなの所へ。

 

 そして、いつも通りにみんなとお昼ご飯を食べる。

 

「にしても、向こうの依桜も、小さくなるとはなぁ。まあ、同じ依桜だ、って話だから当然っちゃぁ、当然なのか」

「あ、あはは……。そもそも、へいこうせかいが存在していたことがびっくりだけどね、ボクは」

「どうかんだよ。僕もまさか、性てんかんする前のボクに会うとは思わなかった」

 

 ボクも同じ気持ちだよ。

 

 いつも通りに登校したつもりで、学園に行き、教室に入るとみんながボクを見て驚いて、後ろから男だった時のボクがいるんだもん。

 

 本当に混乱したよ。

 

 同じ自分がいるって言う状況は。

 

「桜も、依桜と同じように、色々な姿になるのか?」

「うん。このすがたや、さらに小さくなったすがたに耳としっぽが生えたすがた、それからつうじょう時に耳としっぽが生えたじょうたいと、大人じょうたいがあるよ」

「マジで同じなのな」

「すごいねぇ。できれば、桜ちゃんが帰るまでには、全種類見てみたいなー」

「あ、あはは……あんまりいいものじゃない、と思うよ……?」

 

 それに、あれって不定期だからね。

 一日ごとに変わる、なんてことは一度もなかったし……そもそも、二日連続で変化する、なんてことはなかったから、多分ないとは思うけど。

 

「……桜も依桜と同じで、やっぱり謙虚なのね」

「そ、そうかな? 別にふつうだと思うんだけど……ね、依桜?」

「ああ。僕たちは別に、そこまで容姿が整っているとは思えないんだけどな……」

 

 依桜も同感みたいだね。

 

「「「「……さすが、同じ人物」」」」

 

 なんで、みんな呆れたような顔をするんだろう?

 うーん、向こうでもこんな感じだしなぁ……。

 なんでみんな呆れるのか、ボクにはわからない……。

 

「桜、そっちのせかいでも、今みたいに未果たちにあきれられたりするのか?」

「うん。何でかはわからないんだけど……」

「そうだよなぁ……。僕たち、何かあきれられるようなこと言ったりしているか?」

「してない、と思うんだけど……」

 

 二人で顔を見合わせて、うんうん唸るボクと依桜。

 

「「「「手遅れか……」」」」

 

 その様子を見ていたみんなが、やっぱり呆れた様子を見せた。

 みんなのその様子を見ても、ボクたちは首をかしげるだけだった。

 

 

 と、こんな風にみんなと楽しく会話をしながらお昼ご飯食べて、食べ終わった直後にボクが一旦トイレに。

 

 そして、戻ってくると、

 

『『『桜ちゃん!』』』

「ふにゃ!?」

 

 突然、クラスメートの女の子たちに捕まりました。

 

「な、なななななんですか!?」

 

 突然抱きかかえられて、何が何やらわからず、混乱するボク。

 

『気にしないでー。桜ちゃんがちっちゃくなってるから、ついつい抱きしめてみたくて』

「な、なんで!?」

『なんでって……可愛いから?』

「そ、そんなことはないよぉ」

『おー、桜ちゃんも謙虚なのか。まあ、とりあえず……お菓子食べる?』

「おかし?」

『うん。お菓子。はい、あ~ん』

「え、あ、あの……」

『あ~ん』

「……あ、あ~ん」

 

 なぜか、お菓子を食べさせられる状況になりました。

 

 

 うん。たしか、事の始まりはこんな感じ……いや、うん。どういうこと?

 

 ボクはどうして、女の子たちに抱きかかえられて、こうしてお菓子を食べさせられているんだろう?

 

 しかも、一人が離すと、次の人がボクを抱きかかえてくるし……。

 

 ボクって、そんなに抱き心地がいいのかな……?

 

 あれかな、小さい姿だから、つい抱きしめたくなっちゃう、みたいな感じ、なのかな?

 ボクも、メルをたまに抱きしめたくなる時があるもん……。

 

 ただ、この状況はよくわからない。

 

 さっきから、お菓子を差し出されては食べてを繰り返しているだけで。

 

 そして、気配りなのか、途中に紙パックのジュースも合間に挟んでくれるおかげで、水分が欲しい、って言うことになることが少ない……。

 

 しかも、そろそろ飲み物が欲しいかな、って思った時に、飲み物を差し出してくるんだよね、女の子たち……。

 

 これってもしかして、いつ飲み物が欲しくなるのかを把握してたりする……?

 

 なんとなく、みんなの所にいる依桜の方を見ると……

 

「……」

 

 苦笑いを浮かべていた。

 

 ……どうやら、依桜も小さい時に抱きかかえられて、お菓子を食べさせられる、って言うことをされているみたいだね……。

 

 この辺りは、ボクの世界にはなかった……あ、いや、普通にあったかも……。

 

 なぜか、小さくなって学校に行った日は、こうしてやられていた記憶があるような……。

 

 特に、小さくなった上に、耳と尻尾が生えている状態が多かったはず。

 

 しかもみんな、耳と尻尾を容赦なく触ってくるから変な気分になるし、声も出るんだよ……耳と尻尾を触られるのは気持ちいいんだけど……。

 

 できれば、小さくなったりするのは勘弁してほしいけど、もうこれ、体質だからね……。どうにもならない……。

 

『桜ちゃん、可愛すぎるぅ……』

『ちょうどいいサイズだし、いい匂いするし……しかも、この可愛い姿! あぁ、最高!』

「んみゅっ!」

 

 ぎゅぅっと抱きしめられて、変な声が出た。

 

 決して嫌、って言うわけじゃないけど……す、すごく恥ずかしいから、なんだか……ちょっとあれだよね……。

 

 うぅ、恥ずかしぃ……。

 

『でも桜ちゃん、本当に、依桜君そっくりだよね』

『やっぱり、一卵性なの?』

「う、うん、いちおう……」

 

 似てるどころか、まったく同じなんだけどね……。

 

『やっぱり! でも、本当に桜ちゃん可愛いし……お人形さんみたいだよね』

『わかる! 着せ替えとかしてみたい!』

『この可愛さなら、ゴスロリとかも絶対似合うよね!』

『うんうん! あぁ、どこかにいい洋服とかないかなー』

 

 なんて、女の子のみんなが、そんなことを話し合う。

 ……なんだろう。なぜか、身の危険を感じるんだけど……。

 ボク、大丈夫かな、これ……。

 

「あ、あの、そ、そろそろはなしてほしいな……」

『えぇ~、もう少しだけ。もう少しだけ、抱いてもいい?』

「で、でも……」

『お願い! 桜ちゃんすっごく抱き心地がいいんだもん!』

 

 そ、そんなにボクを抱きしめて楽しいかな……?

 結局、ボクは断り切ることができず、このまま抱きしめられ続けました……。

 

 

 そうして、やたらと構われることが続いた学園での一日は終わり、家に帰宅。

 

 道中、やっぱり小学生が下校しているように思われてたけどね……歩いてたら、なぜか飴をもらったりしたもん。

 

 色々と仕方のない部分はあるんだけど……やっぱり、ちょっと精神的に来る。

 

 むぅ、無理だとわかっていても、未練がましくなっちゃうよ……。

 

 もしも神様が願いを叶えてくれるのなら、元の姿に戻してほしい、って言うかもなぁ……。

 ……でも、女の子の生活も少しは……いいかも、って思いだしてきちゃってるけどね。

 

 

 その後、普通にボクたちは夜ご飯を食べて、お風呂に入った。

 その際、なんだかとてつもない睡魔に襲われていたけど……。

 

 ……どうしよう。すごく嫌な予感しかしない。

 

 最後にそう思いながら、ボクと依桜の意識がすぐに落ちていった。

 

 

 翌朝。

 

 目が覚めると、すごく窮屈に感じた。

 

 少しだけ肌寒いけど、昨日のように寒いわけじゃないから、そこまできつくはない。

 

 でも、このぴっちりとした感じはちょっと気になる……って、うん?

 

 窮屈……ぴっちり……?

 

 ……ま、まさか!

 

「ああああぁぁぁぁぁ……やっぱりぃ……」

 

 朝起きて、鏡の前に立ったボクの目には、大きく成長したボクの姿が映っていました。




 どうも、九十九一です。
 昨日書いている途中でブレーカーが落ちて、再起動した後、officeが作動しなくなって書けなくなるという事態に見舞われ、出せないかもと覚悟していました。まあ、無事に治り、こうして投稿できましたが。
 この回を書いている時思ったのは、『バレンタインの話が最終回っぽくて、何か違和感』でした。だってあれ、どうみても、物語終盤の話ですよね? 正直続き書いてて違和感だらけでした。
 まあ、どうでもいいことは置いておいて。今日もう一話書くのは無理です。ですので、明日になります。いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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247件目 連続変化

 朝起きたら、ボクの体が大きくなってました。

 

 この姿になったのは、魔王城で演説した時くらいかな……。

 

 はぁ……まあ、別にこの姿は身長が伸びるからまだマシなんだけど、何気にきついんだよね……。

 

 主に胸が。

 

 うー、これは、今日はかなり肩がこることを覚悟しておいた方がいいね……。

 

「ん……ん? って、うわっ! か、体が大きくなってる!」

 

 そんな声が、ボクの背後から聞こえてきた。

 

 後ろを振り返れば、そこには大きく成長した、依桜の姿が。

 

 中世的な顔立ちはほとんど変わらないけど、なんだか大人びている。体はかなりしっかりしていて、細すぎず太過ぎないちょうどいい筋肉のバランス。

 でも、腹筋は綺麗に割れてる。

 

 ちょっと……かっこいいと思ってしまった。自分に。

 

 わ、わー、ボクって、男のままで成長していたら、あんな風になったんだ……。

 

「って、桜、何だよな……?」

「う、うん。そっちこそ、依桜、何だよね……?」

 

 お互いの成長した姿を見て、固まる。

 

「むにゃ……んむぅ……? んぉ!? に、にーさまとねーさまが大きくなってるのじゃ!」

 

 お互い見つめ合う形で固まっていると、メルが目を覚まし、ボクたちの姿を見てびっくりしていた。

 

 いや、まあ、びっくりするよね。

 朝起きたら、いきなり大きくなってるわけだし……。

 

「し、しかも、ねーさまのおっぱいとお尻が大きくなっておる!」

「こ、こっちのメルもそこをチョイスするんだね……」

 

 やっぱり、小さい子供ってその辺りに目が行くのかな……?

 まあ、この胸は目立つもんね……。

 視線をよく感じるから、わかるよ。

 

 ……最近、胸を小さく見せるブラジャーがあるって聞いたっけ。

 ……探してみようかな。少しは、小さく見せることができるはず。

 

「だ、だって、ねーさまのおっぱいとお尻、すごいから……」

「あ、あはは……褒められて、嬉しいような、嬉しくないような……」

 

 この悩み、異世界でもあったなぁ……。

 あの時も、同じようなシチュエーションだったはず。

 朝起きたら大きくなってて、メルがそれを見て目を輝かせてたはず。

 

「……まあ、とりあえず、着替えて準備をしよう。学園に遅刻したら、色々とまずいからな」

「そ、そうだね……」

「うむ!」

 

 話したり考えたりするのは後回しにし、ボクたちは学園へ行く準備を始めた。

 

 

 母さんの用意した朝食を食べて、学園へ向かう。

 

 道中、ボクたちはお互いに思ったことを話し合う。

 

 ちなみに、メルは道中で巴ちゃんと会い、そのまま一緒に登校していったので、ボクと依桜の二人きり。

 

「それにしても……僕が女の時に成長していたら、桜みたいになっていたのか」

「どうなんだろう? ボクも、依桜の姿を見ていたら、男だったらこんな風に成長していたんだろうな、って思うよ」

 

 しかも、身長が高くなってるし……。

 

 見れば、依桜の身長は、170を少し超えたくらいに見える。

 

 今まで、身長が低くて少し気分的に落ち込むことがあったけど、順調にいけば、こんな風になれたのかな。

 

 羨ましい……。

 

「それで、やっぱり、重いのか?」

「うん……かなり重いよ……」

 

 少し苦い顔をしながら、尋ねてくる依桜に、ボクはさらに苦い顔でそう返す。

 もちろん、胸の話です。

 なんだかんだで、この辺りも話題の共有ができるので、ちょっと嬉しかったり……。

 

「サイズは?」

「……I」

「え、ほんとに?」

「ほんとなんだよ……」

「そ、そうか……Iか……。そのアルファベットを聞いただけで、重そうだと言うことが伝わるよ」

「あ、あはは……おかげで、胸がつっかえたり、ぶつかっちゃったりして、大変でね……まあ、この辺りは元の姿でも同じなんだけど……」

 

 大きいことで生じる弊害を言う。

 

「あー、わかるぞ。あれだろう? 電車に乗ってて、満員になった際、ドアに押し付けられて胸が潰れたりとか」

 

 そしたら、普通にボクが経験したことを言ってきて、ボクも思わず共感。

 

「そうそう。あれ、すっごく苦しくて……それに、この胸だと、うつ伏せに寝れなくてね……」

「あとは、仰向けに寝ると、重力で引っ張られて痛くなったり、とか?」

「そうそう! やっぱり、わかる……?」

「……まあ、元々女だったし、桜よりも長いからな……」

 

 ふっと遠い目をしながら微笑む依桜。

 ……色々、あったんだね、依桜は。

 

「その点、この体はいい……。胸は重くないし、体格的にも女の時よりもリーチがある。それに、あの日がないからな……」

「……ボクも、女の子になってから、男の体がいかに良かったかがよくわかるよ……」

 

 女の子の体って、ほとんどマイナスなことしかない気がしてならない……。

 肩はこる。運動すると胸が痛い。生理は辛い。

 これだけでも、大変……。

 

 それに、

 

「あとは、変な人になぜか声をかけられたりとかね……」

 

 いわゆる、ナンパ、って言うことをされたりもするし……。

 

「例えば……『なあ、俺たちと一緒にいいことしようぜ?』って、あれ?」

「うん、それ。そこまで可愛くないとは思うのに、なぜか見ず知らずの男の人たちが声をかけてきて……。それに、いいこと、って言われても何をするのかさっぱり」

「そうだよなぁ……。僕も、そのいいこと、って言うのが、一体何を指すのかさっぱりで、軽く無視してたよ」

「でも、女の子だったんだから、大変じゃなかった?」

 

 依桜は元々女の子だった。

 しかも、その時は異世界に行く前だったから、非力な女の子だったわけで……。そうなると、そう言う人たちに絡まれた際、どうやって乗り切ってたんだろう?

 

「まあ、大変だったけど……男なら、急所を狙えば一発だったよ」

「きゅ、急所……?」

「ああ。昔、股間を蹴られて痛がっていた態徒を見て、『そんなに痛いのか?』なんて思ったことがあったんだけど……それを見て、実践したらすぐだった」

 

 う、うわぁ……。

 よりにもよって、男の人に一番やっちゃいけない攻撃方法を……。

 

 今はもう、その……な、ないから、そう言うのはないけど……あれって、本当に痛いからね……。

 

 しかも、立てなくなるくらいの時もあるし……。

 

「……そして、男の体になって、その痛みがよくわかったよ」

「……え、経験、したの?」

「……ああ。師匠のせいでな……。あの人、容赦なく攻撃してきてさ……正直、三途の川が見えた」

「……それは、何と言うか……ど、どんまい、です」

「はは……今思い出しただけでも、なんか、寒気がするよ……」

「そ、そっか……気を付けてね……」

 

 お互いに、どちらの性別の欠点を知っている身としては、本当に……嫌なことがわかります。

 朝から微妙な気分になりつつも、ボクたちは学園へ向かった。

 

 

「おはよー」

「おはよう」

『『『!?』』』

 

 ボクたちが挨拶をしながら教室に入ると、みんなが驚いたような……というか、実際に驚いた表情をしながら、ボクたちを見てきた。

 

 ま、まあ、うん。

 考えてみれば、昨日は小さい姿で、今日は大人の姿だもんね……そういう反応になるよね。

 

 ……って、よくよく考えたら、二日連続で姿が変わるって……初じゃないかな?

 

 今までは、一度変わったらしばらく変わらなかったり、スパンが短くても、一週間とかだし……もしかして、並行世界にいたりするのが原因の一つだったり……? でも、そうだったら依桜も姿が同じように変わるって言うのは変だし……。

 

 うーん……わからない。

 

「あ、あー、依桜はわかるんだけどよ……そっちは、桜、でいいのか?」

 

 様々な視線を浴びながらも、ボクたちはみんなのところへ。

 すると、ボクたちを見るなり、態徒がそう尋ねてくる。

 

「う、うん。桜だよ。まあ、えっと、朝起きたらこうなってて……」

「……その辺りも、やっぱり依桜と同じ、ってわけね……」

「いやぁ、これはもしかすると、桜ちゃんの変身形態を全種類見れるかもなぁ」

「そう訊くと、宇宙の帝王みたいだな、二人は」

「……別に、戦闘力は53万もないけど」

「いや、意外とあるかもしれないわよ? 何せ、師匠があの人だし……」

「「……」」

 

 そう言われると、たしかに反論できない……。

 その人って、実質神様みたいな存在だかし、それに、かなり強いし……。

 

 一応地球割りとかもできると思うしなぁ……。

 ……師匠の方が、よっぽど帝王っぽいような……。

 

「それにしても……あれだな。桜の姿は、依桜が男にならず、そのまま成長したらこうなる、みたいな感じなんだな」

「そこは、僕も思ってる。どうやら、桜の方もそうらしいが」

「へぇ~。っていうことは、依桜ちゃんの今の姿が、桜ちゃんが普通に生活していたらそうなったであろう、成長なんだねぇ」

「うん。多分だけど」

 

 少なくとも、こうなる可能性がありますよ、みたいな感じだとは思うけどね。

 

 それを言ったら、普段の姿が、いずれ今の姿になる、なんて保証もないけど……。

 

 ……というより、今後ずっとこの体質と付き合っていくことになるのなら、この姿に成長したら、何も変わらないような……。

 

 その辺りって、どうなんだろう……?

 

『桜ちゃんも、不思議体質なのは昨日のでわかってたけど、今の大人モードもすごいねぇ』

「そ、そう、かな?」

『うんうん。だって、立派すぎるもん、その胸』

『くぅ! 羨ましい! 羨ましいよ、桜ちゃん!』

『ほんとほんと。元々大きいけど、さらに大きくなるなんて……ずるいなぁ』

「そ、そうは言っても、これ、すっごく大変なんだよ……? 重くて、肩はこるよ? それに、ぶつかる体積も増えてるから、避けるのが難しくなるし……」

『桜ちゃん、それは贅沢な悩みだよ!』

 

 ボクが、デメリットの部分を言ったら、女の子の一人がビシッと指をさしながら、そう言ってきた。

 

「ぜ、贅沢?」

『贅沢も贅沢! 大きい人はみんな大変、とか言うけど、ぺったんこに比べたら、全然いいじゃん!』

『うんうん。胸が小さい人が一度でいいから言ってみたい一言……『大きいと肩がこる』』

「で、でも、本当に大変だよ……? 視線とかも来るんだよ……?」

 

 正直、視線は酷い時は酷いし……。

 なんだか、ちょっと気持ち悪いというか……ねばっこい視線も来るから、結構精神的に嫌のところもあるし……。

 

『くそぅ! 嫌味かコンチクショ―!』

「え、べ、別に、嫌味ってわけじゃぁ……」

『えぇい、者ども、やってしまいなさい!』

『『了解!』』

「え、あ、あ、なに……って、な、なんでそんなににじり寄ってくるの……? あ、あと、その手の動きは何……?」

 

 不敵な笑みを浮かべた女の子たちが、指をわきわきさせながら、ボクににじり寄ってくる。

 依桜に助けを呼ぼうとした瞬間、

 

『隙ありだよ!』

「ぁんっ!」

 

 いきなり、胸を鷲掴みにされた……。

 お、思わず変な声が……。

 まずいと思って、逃げようとするけど、

 

『逃がさぬぅ!』

「んぁっ! な、なに、を……ひゃぅ! ちょ、や、やめっ……!」

 

 女の子たちに体の至る所を触られて、またもや変な声が……。

 な、何かこの展開、スキー教室でもあった気がするんだけど!

 

「んぅっ、ふぅっ、んっ……! や、やめ、てぇっ……!」

『……俺、今日死ぬかもしれん』

『……俺もだ』

『……だが、あの桃源郷を見れただけで、満足だぜ……』

『ふっ……てか、まともに立てねぇ……』

 

 なんだか、女の子たちの隙間から見える男子のみんなが変なことを呟いている気がするっ……! あと、なぜか前かがみになってるのも気になる……。

 

『な、なんて柔らかくて張りがあって、モチモチしてて、さらにふわふわしてるおっぱい……』

『くぅ、羨ましい! うらやまけしからん桜ちゃんにはこうだ!』

「ゃんっ! だ、ダメっ、だって、ばぁっ……ぁんっ」

 

 あ、だ、だめぇ……あ、頭の中が……。

 このままだと、何かとんでもないことになるとわかりつつも、どうしようもない状況に、ボクは諦めかけていたら……

 

「いい加減にしろ!」

 

 そんな怒鳴り声が聞こえてきた。

 それで色々とまずいことになりかけてたボクの頭がクリアになっていき、怒鳴り声を発した人を見る。

 依桜でした。

 

「まったく……。いくらなんでも、やりすぎだぞ。いいか、いくら羨ましいからと言っても、ずっと弄るのはダメ。少なくとも、桜はこっちに来たばかりなんだ。なおさらだ」

『『『うっ……』』』

「それに、胸を揉まれる側は、結構まずいことになるんだからさ……同性だからと言って、むやみやたらにやらないように。わかったか?」

『『『はい……』』』

 

 こうして、なんだか色々とまずいことになりかけた教室内は、依桜のお説教によって正常になりました。

 

 ……こっちのボク、すごいなぁ……。




 どうも、九十九一です。
 並行世界の話、本当に大変……。ネタが作りにくい……。この章は、私の執筆速度などを考えると、いつもの大き目の章より短めになると思います……許してください。
 一応、この章、早く終わらせたいと思っていたりするので、もしかすると、二話投稿になるかもしれません。一応、この章に入る前と同じ時間だと思ってください。まあ、確実ではないですけど……。
 というわけですので、よろしくお願いします。
 では。


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248件目 やっぱり目立つ

 大きくなったことにより、学園では、やっぱり注目されるようになってしまった。

 

 まあ、明らかに学生には見えない人が学園内にいるわけだしね……。

 

 制服については……まあ、着てなかったり……。

 

 この姿で制服を着ると、なんだか似合わなくて。

 

 似合わないというより、多分、外見年齢が20代前半くらいに見えるし……どんなに若くても、十九歳。

 

 だから、まあ……ちょっと似合わないわけで……。

 

 その考えは、依桜の方も同じらしく、私服を着ている。

 

 なるべく目立たないような服装。

 

 この辺りに関しては、ちゃんと学園長先生から許可をもらっているので、問題はないです。

 

 周囲から反感とか買わないかな……とか、心配にはなったけど、なぜかそんなことはなく、普通に受け入れてくれていた。

 

 というより、妙に嬉しそうに見えたんだけど……気のせい、かな?

 

 気のせいだよね。うん。

 顔が赤いのもきっと、風邪を引いてるからだろうし。

 

 こっちに来てすでに今日で四日目なわけだけど……基本的な日常は、向こうの世界とほとんど変わらない。

 

 というより、まったく同じと言ってもいい。

 

 授業は同じペースだし、クラスメートも同じ。さらには、未果たちもみんな同じ性格だから、結果的に、いつもと変わらない日常を送っている。

 

 違和感があるのは、同じ自分である、依桜がいるくらいで、それ以外は特に問題はなくて、いつものように過ごしているだけでいいというのは、すごく気楽。

 

 それに、みんな受け入れてくれてるしね。

 

 ……まあ、それでも帰りたいと思うわけだけど。

 

 むしろ、帰りたくないと思うわけないもん。

 

 どんなに目に映るすべてが、ボクのいた世界と同じでも、それはそれ。

 ボクを知っているわけではないので、実質ボクだけが浮いているわけで……。

 

 ……はぁ。

 

 学園長先生、いつ装置を完成させてくれるんだろうなぁ……。

 

「ん、どうした、桜?」

「あ、ごめん、ちょっと考え事をね……」

 

 そうだった、今はお昼の途中だった。

 

 今日は天気も良くて、あったかいので、ボクたちは屋上でお昼を食べている。

 

 中庭にある温室でもよかったんだけど、あそこは年中人が多くてね。

 

 だから、異世界に関わってくるような会話とか、今回のボクの本当の立場とかを話すには、人気がない屋上の方が最適って言うわけです。

 

 温室とかがなかったら、屋上の方が人が多くなってたと思うけど。

 

「やっぱり、帰りたいの?」

 

 ぼーっと考え事をしてたボクを見て、未果がそう尋ねてくる。

 

「あ、あはは……こっちのみんなと過ごすのも楽しいと言えば楽しいんだけど……やっぱり、元の世界の方がね」

 

 これに関しては何度も言ってるし、何度も思っていることだと思うよ。

 

「まあ、そう思うのが普通だわな。むしろ、順応して、こっちに住みたい! とか言われたら、そっちでびっくりするわ」

「その場合、そっちのわたしたちが可哀そうだよねぇ。依桜ちゃん、知らない間に異世界に行っちゃうわけだしさー」

「「否定できない……」」

 

 ボクたちだって、好きで行っているわけじゃないけど、ちょっとね……。

 

「というか、そっちの世界は大丈夫なのか? 依桜がいないことになっているみたいだし……」

 

 晶がボクに対して、元の世界についてそう尋ねてくる。

 

「ど、どうなんだろう……? 並行世界ってことだから、こっちと向こうは同じ時間の流れだと思うから……多分、今日を入れて四日は行方不明の状態、かも……」

「それ、まずくないかしら……?」

「四日行方不明は、普通に考えて、大ごとだよな? てか、その行方不明になった奴が依桜ってのも問題だよな?」

「そうだねぇ。わたしたちの中では、依桜ちゃんが行方不明になるのは、まあ……不安に思っても、巻き込まれ体質だから、で納得できるし、異世界の存在も知ってるからいいけど、その他の普通の生徒とか、先生とかからしたら、結構大ごとだよねぇ、特に、学園長とかそうなんじゃないかな?」

「ま、まあ、一人の生徒が行方不明になっちゃったわけだしね……」

 

 ……ボク的には、学園長先生は、心配したとしても、すぐに見つけ出すための装置とかの制作にとりかかりそう。

 

 それに、ボクが行っていた異世界の観測装置を創ったりする時点で、今回の並行世界を観測するための装置とか普通に創ってそうだしなぁ……。

 

 でも、なんだかんだであの人は生徒を大事に思ってるいい人だし……。

 

 何と言うか、焦りながら装置創ってそう。

 

「そういや、依桜って昔からモテてなかったか?」

「僕は何度も言ってるように、告白はされたことがないぞ? まあ、テロリストを撃退して以降から、急に告白されるようにはなったが……」

「桜もそんな感じなの?」

「ま、まあ。でも、あんまりモテてる、って感じはなかったよ……? 依桜と同じように、テロリスト騒動の後から、告白されることは増えたけど……で、でも、一時的なものだったよ? ある日を境に、告白されることがほとんどなくなったし……」

 

 そう言えば、夢で知っている女の子と恋人になって、幸せな日常を送る、なんて風景を見たけど……。

 

 あれ、誰だったんだろう?

 

 なんだか、知ってる人……というか、普段から一緒にいる人だったような気がしてならない。

 

 ……まあ、夢だよね。すごく、リアルな夢だったけど。

 

「それって……ファンクラブが原因じゃね?」

「まあ、ある日を境に、って言う事なら、間違いなくファンクラブだろうな……」

「裏で、粛清してる、って話だしねぇ。まあ、一番の粛清対象は、なぜか晶君と態徒君見たいだけどね」

「……俺たち、今は依桜とは同性なんだけどな」

「……ホモって思われてんのかね? 体育祭の二人三脚でもそうだったしよ……」

 

 ……こっちの世界でも、この二人が一番目の敵にされてるんだ。

 今は、同じ男なのに、なんでだろう?

 

「にしても、大人モードの依桜は……マジでカッコイイよな」

「そうか?」

「ああ。同性の俺たちから見ても、依桜はカッコイイぞ。腹筋とか普通に割れてるしな、その状態」

「まあ、鍛えてるから」

「何と言うか、中性的なイケメンでいいよね! しかも、これで女装しても似合うって言うのがまた何とも……ふへへ」

「……女委、よだれが出てるわよ」

「おっと、こりゃ失敬」

 

 女委ってバイだけど、やっぱりこっちでもそうなのかな?

 ……まあ、多分そうだよね。

 ボクの世界でもそうって言うことは、こっちでもそうだと思うし。

 ……それによって、ボクが酷い目にあったりすることもあるけど。

 

「でも、桜ちゃんの方もいいよねぇ。何と言うか、すっごくスタイルいいし、美人だし」

「び、美人って、そんな……」

 

 いきなり、矛先がボクに向き、女委がボクのことを美人と言ってきた。

 

「女の子の時の依桜をそのまま成長させると、こんなに色気たっぷりの女性になったと思うと、なんだか惜しい気分になるわ」

「い、色気?」

「だなー。桜は、なんつーか……エロいぜ? クラスの男子連中も、桜の微笑みにやられてたしよ」

「え、エロくないもん! ふ、普通だもん!」

「いや、普通は、そこまで美人にならないし、スタイル抜群にもならないわ」

「ち、違うもん……美人とかじゃないもん……」

 

 ……ボクよりも綺麗な人は、きっといっぱいいるよ。

 ボクとしては、未果と女委の方が綺麗だし、可愛いと思うよ。

 

「謙虚って言うのも、考え物よね」

「まあ、こういう絵図を見てると、依桜と同じ存在なんだなと認識できるよ」

「でも、みんなが言うほど、容姿は整ってないよね? 依桜」

「ああ。僕たちは、どんなによくても、普通より少し上程度だと思うんだけどな」

「だよね」

「「「「……筋金入りか」」」」

 

 やっぱり、みんなは呆れ顔をボクたちに向けてきた。

 そ、そんなにボクたちの価値観って変……?

 ちょっとその辺りを気にするボクでした。

 

 

 その後、今日は何やら初等部~高等部までの先生たちが会議をするそう。

 

 一応、初等部・中等部を管理する人がいるらしくて、一応校長、という立場みたい。

 学園長先生がいるのに、校長先生がいるって……なんか違うような気がするけど……。

 

 学園長先生が理事長ならわかるんだけど。

 

 まあ、それはそれとして、その会議があるため、今日は早く終わった。

 

 今日はタイミングが良く、初等部・中等部の方と下校時間が同じなので、このままボクがメルを迎えに行くことに。

 

 本当は、依桜も行く予定だったんだけど、ちょっと急用が入っちゃったとかで一旦別行動。すぐに合流する、って言ってたから、校門で待ち合わせすることになってる。

 

 それにしても……自分がいつも通ってる校舎と違う場所に来ると、ちょっと緊張する。

 

 さっきから、初等部の子たちがすごく見てるんだよね、ボクのこと……。

 

『きれー……』

『おっぱいでけー』

『新しい、せんせーかな?』

『誰かのお姉さんとか?』

 

 うわー、なんかひそひそと話されてるぅ……。

 

 制服を着てないから、先生とかって思われちゃってるよ……。

 

 お姉さんとも言われてた気がするし……いやまあ、それはあながち間違いじゃないけど。

 だって、戸籍上、一応メルはボクの妹ってことになってるし……元の世界では。

 

 ボクはこの世界において、戸籍はない。

 

 学園長先生が一応、一週間で完成させるとかなんとか言っていたので、とりあえず、今は作らないでいる。

 

 すぐに帰ることができたら、意味がなくなるからね。

 

 戸籍一つ作るだけでも、結構面倒、って学園長先生が言ってたから。

 

 でも、こっちのメルがボクのことをお姉ちゃんのように接しているので、姉のようなものだと思ってるけど。

 

 メル、嬉しそうだし。

 

 なんてことを考えながら、四年一組に向かう。

 

 初等部は、六年生まであるためか、校舎は六階まである。一応、運動が苦手な子たちのために、エレベーターも設置されてます。まあ、ボクは運動が得意だからね。そのまま、階段で四階へ。

 

 四年一組の教室に到着。

 ガラッと音を立てながら、ドアが横にスライドし、顔を覗かせる。

 

「えっと……あ、メルー、迎えに来たよー」

 

 中を見回し、メルがいることを確認すると、声をかける。

 

「あ、ねーさま!」

 

 タタタッ! と小走りでメルが駆け寄って来て、そのままぼふっと抱き着いてくる。

 

「ふみゅ~……ねーさまはふかふかじゃぁ……」

「あ、あはは……こっちのメルも、胸が気に入っちゃってるんだね……」

「うむ。しかも、大人状態のねーさまのおっぱいはもっと好きじゃ!」

「そ、そっか。でも、恥ずかしいから、あんまりそう言うことは言わないでね……?」

 

 なんか、周りの子たちがすごく見てるから……。

 特に、男の子なんて、ちょっと顔を赤くしてるからね?

 

「とりあえず、帰ろっか」

「うむ! そういえば、にーさまは?」

「えっと、依桜はちょっと用事があるらしくてね。校門で合流するから、大丈夫だよ」

「そうなのか。なら、よかったのじゃ」

 

 ちゃんと依桜と合流できると知って、メルはほっとした。

 まあ、本来ならボクじゃなくて、依桜が行くはずだからね。

 

「それじゃあ、行こ――」

『きゃああああああああああ!』

 

 ボクが行こうと言おうとした瞬間、教室内から悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと思って後ろを見れば、女の子が一人、窓から落っこちそうになっていた。

 

「――ッ!」

 

 ボクはそれを視認した瞬間には、すでに体が動いていた。

 文字通り、目にも止まらぬ速さで動き、窓の方へ向かう。

 

 だけど、

 

『あ……』

 

 目の前で女の子が窓から落っこちてしまった。

 ボクも大急ぎで窓から飛び降りる。

 

『『『えええええええええええ!?』』』

 

 上から驚きの声が聞こえるけど気にしない!

 

 ボクは落下だけでは追いつけないと悟り、すぐさま壁を走行することで距離を詰める。

 

 壁面走行は、師匠に教え込まれた基礎中の基礎。

 

 これができないと、暗殺者は務まらない! とか言われてました。

 

 まあこれ、一応スキルとか能力なしでできることみたいだけど。

 

 って、そんなことを考えている場合じゃない!

 

 ボクはさらにスピードを上げ、女の子の真横に来ると壁を蹴って女の子を抱きかかえる。

 そのままくるりと回転し、ボクは女の子を抱えて地面に着地した。

 

 そして、

 

『能力『壁面走行』を習得しました』

 

 習得しちゃったみたいです。

 

 …………え、ええぇ?

 

 な、なんで今、このタイミングでそんな能力を習得しちゃってるの……?

 

 こう言う便利そうなのって、ボクが異世界で暮らしていた時に手に入れるべきものだと思うんだけど……。なのになんで、今になって、習得しちゃってるの? ボク。

 

 ……前にもこんなことがあった気がするよ。

 っと、今愚痴を言うのは後回しにして、女の子の方。

 

「えっと、大丈夫?」

『は、はい……。あ、あれ……? わ、わたし、窓から落っこちて……あれ? あれ?』

「よかった……」

 

 女の子は今の状況に混乱しているけど、怪我とかはないみたい。

 これでもし怪我があったら、ちょっと大変なことになってたよ。

 

『え、えっと、あの……お姉さんは?』

「あ、いきなりごめんね? ボクは男女桜だよ。無事でよかった」

『桜お姉さん?』

「うん。そう呼んでくれて大丈夫だよ」

『あ、わ、私、えと、瑠璃って言います……』

「瑠璃ちゃんだね? 念を押すんだけど、怪我とかはないかな?」

「は、はい。桜お姉さんに助けてもらったので、えと、だ、大丈夫、です」

「そっか。じゃあ、地面に下ろすね」

 

 そう言って、ボクは瑠璃ちゃんを地面に下ろす。

 と、瑠璃ちゃんを地面に下ろしたところで、

 

『『『わああああああああああ!』』』

 

 校舎の方から、かなりの歓声が響いてきた。

 え? と思って、校舎を見れば、初等部の子たちがボクたちを見て窓から身を乗り出して、口々にすごいとか言っていた。

 

『すっげえ! あのねーちゃん、忍者みたいだった!』

『うんうん! しかも、瑠璃ちゃんを抱っこして、くるくる回転してた!』

『カッコイイ!』

 

 あ、あー……し、しまったぁ……思わず、目立っちゃった……。

 

 横を見れば、キラキラとした目でボクを見上げる瑠璃ちゃん。

 校舎を見れば、やっぱりキラキラした目でボクを見てくる初等部の子たち。

 

 ……それを見て、ボクは苦笑いを浮かべるだけでした。




 どうも、九十九一です。
 あらかじめ言っておきますと、この章が終わったら、日常回はやらないで、そのまま次の章に進むかもしれません。まあ、まだわかりませんし、確定じゃないですが……。一応、次の章では、『CFO』を予定しています。理由はまあ……どういうわけか、あの章、そこそこ好評だったのと、日常回でやるにしては、いささか無理がある、という理由です。
 それから、あと一週間程度で、この章を終わらせるつもりでいます。終われば、ですが。
 今日、もう一話出せたら出します。時間はいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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249件目 帰還への希望

 元の世界にて。

 

『社長。観測装置、完成しました』

 

 依桜がいなくなってから五日目の朝。

 

 二日目から製作に入っていた新たな異世界観測が完成したと、叡子が研究員から報告を受けた。

 

 それは、叡子が待ち望んでいた報告だ。

 

 依桜がいなくなった次の日から、ずっと研究所に籠りっきりで、観測装置とは別で、様々なことをしていた叡子。

 

 ほとんど寝ずにしていたこともあって、髪はぼさぼさ、隈も酷い状況。

 

 だが、その報告を受け、そんなマイナスな印象も吹っ飛ぶくらいの笑顔を浮かべた。

 

「ほんと!?」

『はい。早速、観測装置を作動させますので、こちらへ』

「わかったわ」

 

 研究員に促されるまま、叡子は装置が映し出す世界を見るためのモニター室へ。

 そこには、三日間叡子と同じく寝ずに作業し続けていた研究員たちが徹夜などものともせずに、生き生きと動き回っていた。

 

「準備はできてる?」

『はい。シミュレーションもバッチリです』

『不具合もなく、正常に作動可能です』

「了解。さ、装置の起動をお願い!」

『『『はい!』』』

 

 叡子の指示で、ついに異世界観測装置が作動し始めた。

 

 ゴゥンゴゥンと言う大きな音が鳴り続け、次の瞬間、モニターが点いた。

 

 そこには、LOADの文字と、%で表示された数字が映し出されていた。

 

 少しずつ数字が増えていき、ついに100%に到達。

 

 一瞬モニターが暗転すると、すぐに点灯。

 

 点灯したモニターには、見覚えがある……というか、まさに自分たちが普段目にしている街の風景が映し出されていた。

 

「あ、あら? ここって、美天市、よね? 失敗?」

『いえ、それが……ここはどうやら、我々から見た異世界で間違いありません』

「え、それほんと?」

『間違いなく』

「なるほど……それで、依桜君は?」

『今、探しています。……あれ、これって……』

 

 研究員たちが、依桜の反応を探そうとしていると、一人が怪訝そうな顔を浮かべながら、そんなことを呟いていた。

 

「どうかしたの?」

『い、いえ、それが……なぜか、依桜君とまったく同じ反応が二つ……』

「……ちょっと待って。それ、どういうこと?」

『どういうこと、と言われましても……言葉通りです。依桜君と思しき生体反応に、波長、魔力が二つ観測されています。これは一体……』

「……それ、モニターに映し出せる?」

『了解です』

 

 叡子の指示で、再び研究員たちが手元のコンソールを操作し始める。

 すると、モニターに映し出される映像が変わり、学園の教室らしき場所を映し出す。

 そして、そこに映し出されたのは……

 

「……え、依桜君が、二人?」

『『『えええええええええええええええええええ!?』

 

 女の依桜と、男の依桜の二人だった。

 

 これには、叡子だけでなく、研究員たちも思わず驚きの声を上げる。

 

 しかも見れば、未果たちも映っている。

 

 というか、映し出されている教室は、どう見てもこの学園の教室だ。

 

「ちょ、ちょっと待って? まさかとは思うんだけど、ここって……並行世界?」

『……おそらく。この世界と波長は同じで、しかも、社長の生体反応も見受けられます』

 

 研究員の一人がそう叡子に報告する。

 それを聞いて、叡子は確信した。

 

「並行世界と来たかぁ……。あー、まあ、一応ここと同じような世界って考えたら、マシ、なのでしょうね。幸い、別の私がそっちにいるってわけだし。……まあ、だからと言って、こっちが何もしないわけにはいかないわよねぇ」

『はい。原因がわかっていない以上、こちらも研究に乗り出さないといけませんね。しかし、どうしますか?』

「そうねぇ……観測装置ができたのであれば、それを利用して連絡が取れるかも。さすがに、異世界は無理でも、こっちの並行世界なら、取れそうよね」

『そうですね。向こうにも電波があるのなら、こちらと繋げられる可能性があります。並行世界であるのなら、こちらでしていることを、向こうもしている可能性があります。観測装置があると考えれば、向こうでもその装置があると考えられます。それを中継地点にすれば、可能かと』

「それ、どれぐらいでできる?」

『二時間もあれば、すぐです』

「さすが、私の研究員たちは優秀ねぇ。私なんかにはもったいない気がするわ」

 

 研究員の提示した時間に、叡子は苦笑いしながら、そう言うだけだった。

 

 

 再び並行世界。

 

 朝起きたら、ボクと依桜の姿はいつも通りに戻っていた。

 

 さすがに、今日は何らかの姿になることはなかったので、ちょっと安心した。

 

 これで、今度は尻尾と耳が生えた幼い姿か、尻尾と耳が通常時の姿に生えた状態のどちらかだったら、かなり大変だった気がする。

 

 いつものパターンだと、ボクの尻尾と耳をいじってくることになると思うからね……。

 

 あれ、気持ちいいんだけど、ちょっと恥ずかしくて……。

 

 まあ、それはそれとして、とうとう金曜日。

 

 気が付けば、こっちの世界に来てから今日で五日目。

 

 あと二日で一週間経つと考えると、なんだか時間の進みが早い気がする。

 

 同時に、本当に帰れるのかな? って不安にもなる。

 そんな、一抹の不安を感じながら、お昼を食べていると、ボクのスマホに着信が入った。

 

「あれ、誰からだろう……?」

 

 少なくとも、ここにいるみんなじゃないことはたしか。

 

 まあ、こっちの世界じゃ、ボクのスマホに登録されている番号は基本的に仕えないから、もう一件ずつ、みんなの電話番号を登録しているんだけど。

 

 ……同じ電話番号で、同じ名前で登録してあるから、すごく奇妙な光景になってるけどね。

 

 まあ、だからこそ、ボクは誰からなのかわからず、スマホのディスプレイを見る。

 

 そこには、

 

「あ、あれ? 文字化けしてる……」

 

 なぜか、数字が文字化けしていて、なんて書いてあるのかわからなかった。

 

「間違い電話か?」

 

 ボクのスマホを覗き込んでそう言う依桜。

 たしかに、その可能性はあるけど……

 

「一応、電話に出てみよう」

「まあ、間違いだったら、すぐに切ればいいからな」

「うん。ちょっと電話に出てくるね」

 

 ボクはみんなに一言言ってから、少し離れたところで電話に出る。

 

「も、もしもし……?」

『あ、繋がった! もしもし、依桜君? あなた、無事!?』

「が、学園長先生!?」

『そうよ、私!』

 

 電話の相手が学園長先生だと知って、ボクは思わず驚愕の声を上げていた。

 し、しかも今、ボクのことを、依桜『君』って言ったよね?

 と、と言うことは……

 

「え、えっと、念のため訊くんですけど……えと、ボクの最初の性別って、わかりますか?」

『男の娘でしょう? どうしたの? 突然』

「い、いえ、なんでもないです」

 

 やっぱり、ボクが知ってる方の学園長先生。

 ボクが知っている人と電話でできてると知って、ボクは心の底から安堵した。

 

『それで、依桜君、今はやっぱり並行世界にいるのかしら?』

「ど、どうしてそれを……?」

『こっちの世界で、唐突に依桜君がこっちの世界で消失しちゃってね。だから、大急ぎで依桜君のいる世界を特定して、そこを見るための観測装置を作成したのよ。で、そっちが並行世界であると知って、別の私がそっちにいるのなら、観測装置にあってもおかしくないと考えたので、急遽、そっちとこっちで通話できるようにするものを創って、観測装置に取り付けました』

「……」

 

 なんか今、さらっとすごいことを言ってなかった……?

 

 別の世界同士で電話できるようにする装置を創ったって……。

 

 というか、この世界を観測するための装置も創っちゃってるよね、学園長先生。

 

 ……え、えぇ?

 

『だから、それを使用してこうして電話をしてるの』

「あ、は、はい。えっと、それで……これ、ボク帰れるん、ですか?」

『まあ、少なくともこうして通話ができることはわかったわけだし……そっちにいる私と協力できれば、可能かもしれないわね』

「な、なるほど……えと、これって、こっちから電話をかけても、そっちに繋がるんですか?」

『多分無理ね。何せ、こっちで今使用している電話は、装置を経由して通話できるようにカスタマイズされたものだから。まあでも、こっちから何度でも通話可能よ。だから、そうね。数分後に電話をかける、ってことにすれば問題ないかもね』

「わ、わかりました。それじゃあ、えっと……五分後くらいに電話をかけてもらえますか?」

『了解よ。五分後ね。それじゃあ、またすぐにね』

「はい」

 

 通話終了。

 通話を終えたボクは、依桜の所へ。

 

「依桜、ちょっと一緒に来てくれないかな?」

「ん、わかった。ということなんで、ちょっと僕と桜は出てくる」

 

 話が早くて助かるよ。

 多分、さっきの電話でのボクの発言を聞いて、すぐに察したんだろうね。

 

「わかったわ。いってらっしゃい」

 

 というわけで、ボクたちはみんなの所から離れて、学園長室に向かった。

 

 

 もう慣れたもので、いつも通りにノックをしてから、中に入る。

 

「あら、依桜ちゃんに依桜君。どうしたの?」

「桜の方で進展があったらしくてな。ちょっとこっちに来た。多分、桜の帰還に関する話と見て間違いないはずだ。そうだろう?」

「うん。多分そろそろ……あ、かかってきた」

 

 学園長室に入ってすぐ、ボクのスマホに着信が入った。

 ボクは通話に出る。

 

「もしもし、学園長先生ですか?」

「「!?」」

『ええ、私よ。それで、どう? そっちの私に会えた?』

「はい。えっと、変わりますか?」

『ええ、お願い。あ、スピーカーでいいわよ』

「わかりました。学園長先生、お電話です」

「え、ええ、えっと、も、もしもし……?」

 

 スマホを受け取り、スピーカーモードのスマホを机に置き、恐る恐る話しかける。

 

『あら、私の声だわ。えーっと、初めまして。といっても、別の自分なわけだから、初めまして、って言うのも変かもね。まあいいわ。とりあえず、董乃叡子です』

「わ、私!?」

 

 通話の相手が、自分だと知って、目の前にいる学園長先生が驚愕する。

 依桜の方もびっくりした様子です。

 

『そうよ。あなたは、別の世界の私、でいいのよね?』

「え、ええ」

『それはよかった。ああまずはお礼ね。私の世界の方の依桜君を保護してくれて、ありがとう』

「い、いえいえ、実際保護したのは私じゃなくて、依桜ちゃんの方です」

『あ、なるほど。だから、一緒にいたわけか。……でも、依桜ちゃん?』

「ええ、こっちでは、女の子から男の娘に変わったから」

『なるほど。そこは別なのね。……まあいいわ。今回、私がそっちに電話をしたのは、協力するためです』

「協力?」

『ええ。こっちの私と、そっちの私で協力して、依桜君を元の世界に帰そうと思ってるの』

「それは願ってもないことだわ! ぜひ、お願いします」

『ありがとう』

 

 なんか、あっさり協力が成立しちゃったよ。

 ま、まあ、同じ自分だし、それに、ボクを元の世界に帰そうとしているわけだもんね。

 うん。正しいと思います。

 

「桜、電話の相手って、もしかしなくても……」

「うん、ボクの世界の方の学園長先生」

「だ、だよなぁ……。いや、スピーカーだからよく聞こえているけどな。……でも、すごいな。まさか、別の世界同士で通話するなんて」

「……それについては、ボクもすごくびっくりしてるよ。でも、それを言ったら、並行世界に行くための装置を創ってることもおかしいと思うけどね……」

「……あー、そうだな。それについては、お互い様か」

 

 そう話していて、ふと思った。

 

 ……これ、ボクの世界の方の学園長先生とこの世界の学園長先生、混ぜたらとんでもなく危険なんじゃないかな、って。

 

 うん。帰ったら、釘を刺しておこう。

 

「それで、協力と言っても、どうすれば?」

『そっちでは今、帰すために何をしているのかしら?』

「一応、帰還するための装置を創ってる途中。で、原因となった装置を解析して、そちらの世界の情報を得ようとしているのだけど……なかなか上手くいかなくてね。だから、そっちの世界の波長やらなんやらが手に入れば、あと二日で完成できるのだけど……」

『それくらいなら、そっちに私の世界の情報を送るわ』

「ほんと!? それは助かるわ」

『こっちとしても、依桜君がいなくなったことで、かなり大ごとになっててねぇ。一刻も早く、依桜君をこっちに連れ戻したいのよ』

 

 大ごと……?

 向こうの世界で、一体何があったんだろう?

 ……なんだか気になるような、気にならないような……いや、やっぱり気になる。

 

「了解よ。それじゃあ、データは私の研究所の方に送っておいてもらえる?」

『もちろん。一応、アドレスとかは同じでしょう?』

「ええ」

『じゃあ、この後すぐに送るわね』

「ありがとう。これで、一気に解決できるわ」

『まあ、こっちも早期解決が望ましいから』

「ええ、それじゃあ、データよろしくね」

『もちろん。それじゃあね』

 

 最後にそう言って、通話が切れた。

 ……き、聞きそびれた。

 聞き出す余地がなくて、結局聞けなかった……。

 

「と、言うわけらしいので、私はこれから、研究所に戻って、装置の完成を急ぐわ」

「ああ。ちゃんと、完成させろよ?」

「もちろん。依桜ちゃんも期待していいわよ」

「は、はい」

 

 もう少しで、帰れる……。

 そう思うと、ボクの中にあった不安が無くなっていく気がしていた。

 今回ばかりは、学園長先生がいいことをしている気がするよ。




 どうも、九十九一です。
 普通に間に合いました。
 見てわかる通り、多分、もうすぐこの章が終了になると思います。いつもより短めですけどね。まあ、それはいいとして。一応、朝の話の後書きに書いたと思うんですが、日常回がないかもしれないって話ですね。まあ、仮にやるとしても、本当に数話程度です。あんまり大きくやるような話は今のところ日常回にはないですしね。
 まあ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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250件目 並行世界の学園通い終了

 何とか無事、帰還の目途が立ったボクたちは、みんなの所へ戻る。

 

 ちなみに、絶対にあと二日で完成させると言っていたので、一応、帰還は月曜日ということになりました。

 

 日曜日でもいいのでは? と言ったのだけど、

 

『力尽きて死ぬから無理』

 

 だそうです。

 

 ちなみに、その発言を聞いて依桜が、

 

『元々お前の不始末なのに……自分の都合を優先してんじゃねぇ!』

 

 って怒ってました。

 

 まあ、うん……確かにその通り。

 元々、今回の一件の原因は、こっちの世界の学園長先生なわけだからね……。

 でも、一応反省してるみたいだから、月曜日でいいと言ったんだけどね。

 

 一応、朝帰還することになりました。

 

 というわけで、帰還することをみんなに伝える。

 

「えっと、ボク、来週の月曜日に帰ることになったよ」

「と、唐突ね」

「なら、さっき依桜と一緒に出てたのは」

「うん。帰る方法が見つかったから、それの打ち合わせとかをちょっと」

「打ち合わせねぇ。んで? その方法を見つけた相手って誰よ?」

「え!? あ、え、えっと、あの……ぼ、ボクの世界にいる、し、師匠、だよ?」

「なぜに疑問形?」

「ま、まあ、帰れるんだし、問題はないだろう」

「……それもそうね」

 

 なんとか誤魔化せた。

 

 みんなには学園長先生が異世界の研究をしているという情報は伝えていない。

 

 だって、ボクが異世界に行く原因を作ったのが自分が通ってる学園の長だとは予想もできないし、何があるかわからないし……。

 

 それに、異世界の研究については、他言しないで、って言われてるから。

 

 その割には、体育祭で、佐々木君を異世界送りにしてたけど。

 

「でも、そっかぁ。桜ちゃんと一緒にいられるのは、今日を入れてあと三日だけなんだねぇ」

「そう言うが、桜にも、向こうの俺たちがいるんだ。仕方ないさ」

「てか、桜がいなくなったことで、かなりえらいことになってそうだけどな」

「あー、なんとなくわかるわ。依桜がいなくなったら、絶対落ち込むわよね、私たち」

「僕たちだぞ? 心配してくれるのは嬉しいけど、そこまで心配はいらないと思うんだが……」

「う、うん。師匠に仕込まれてるからね。ボクたちが勝てないとすれば……まあ、師匠くらいだと思うよ」

 

 だから、あんまり心配はいらない――

 

「それでも、私たちからすれば心配よ。今は、身体能力の高さも、魔法も、いろんなことを知っているけど、もし知らなかったら、私たちは相当心配してるに決まってるでしょ? それとも何? 私たちは心配するなって?」

「い、いや、そこまでは言ってないが……」

「というか、普通に考えて行方不明になってるのに、心配しない幼馴染や友人がどこにいるのよ!」

「「す、すみません……」」

 

 未果のお説教に、ボクと依桜は舌を俯きながら、すぐに謝る。

 お説教されるのは、こっちでも向こうでも変わらないみたいです……。

 で、でも、そっか……こんなに心配してくれてるってことは、

 

「元の世界の未果たちも、心配してくれてるのかな……」

「当たり前でしょ。何せ、私たちよ? 絶対心配してるわよ。というか、心配しないわけがないわ」

 

 一応、ボクが知っている未果とは別人なんだけど、その言葉には、かなりの説得力があった。

 容姿、性格、考え方、何もかもがボクの知る未果と同じだから、きっと説得力があるんだろうなぁ……。

 これでもし、一つでも違っていたら、ちょっと信じられなかったかもしれないけど……。

 

「ま、俺たち自身は、桜の世界の俺たちを見ていないから何とも言えないが、同じでいいんだろう?」

「うん。ボクの世界でも、みんなは同じことを言うかも」

「さっすがわたしたち。どこへ行っても、仲良し五人組なんだねぇ」

「いいな、それ。仲がいいってのは、いいことだと思うぜ、オレも」

「というか、むしろ私たちが心配しないとでも? それに、私たちだけじゃなくて、メルちゃんにミオさんだって、絶対心配するわよ。あと、源次さんに桜子さんも」

「うっ……」

「なのに、心配はいらない、みたいに言って……ほんっと、自分でしょいこむわ、一人でボロボロになるわ……馬鹿よね、二人とも」

「「ぐ、ぐぅのねもでない……」」

 

 未果が言ってることが正論すぎて、何も言い返せないよ……。

 というか、なんだかんだで大切に思ってくれてるってことだよね。

 ……うん。やっぱり、すごく嬉しいな。

 こんなボクでも、大切に思ってくれている人がいると思うと、救われる思いだよ。

 

「まあでも、ちゃんと帰れるのよね?」

「うん。大丈夫だよ。一応そっちの方面に関してはプロだし」

 

 まあ、その人最近、VRMMOゲームも創っちゃってるから、よくわからない人なんだけど……。

 

 それはともかく、自分でプロって言ってて思ったけど、異世界のプロって何。

 

 そもそも、そう言う研究をしている人って、学園長先生しか知らないよ? ボク。

 

 存在を知っている人はそれなりにいるみたいだけど、結局それまでだしね。

 たしか、各国の首脳陣や、裏稼業の人たちの一部が知ってるって話だけど。

 

「そ、ならよかったわ」

「でもあれだねぇ。五日くらいしか一緒にいなかったとはいえ、ちょっと寂しくなるね」

「そうだな。俺たちがしる依桜とは、微妙に違うから、なんだか新鮮だった」

「あ、あはは……」

「てか、依桜が女の時って言えば、外見だけはすげえ美少女だったけど、いざ中身を見ると、ものすごい男らしかったからなぁ」

「そうね。そんな姿で見慣れていたのに、まったく同じ容姿で、女の子らしい依桜を見ているのは、すっごく不思議な気分だったわ」

 

 うんうん、と未果の言ってることに納得したそぶりを見せるみんな(依桜は除く)。

 そ、そんなにこっちのボクって男らしかったんだ。

 う、羨ましい……。

 

「そういや、学園側には言ったのか?」

「学園長先生には言ったから、多分帰りのHRで伝えられると思うけど」

「短かったわねぇ。しばらく通う、って火曜日に言ってたけど、実際かなり短いわ」

「そうだね。ボクもなんだかんだであっという間だった気がするよ」

「だろうな。まあ、桜はクラスの女子に弄られているだけだったように思えるが」

「た、確かにそうかも……」

 

 思い返してみれば、女の子たちにはかなり弄られた気がする。

 

 小さくなった時は、抱きかかえられて、お菓子を食べさせられたり……。大きくなった時は、なぜか胸を揉まれたなぁ……。あれ、本当に危ない気がするんだけど……。

 

 なんなんだろう……。

 

 それに、窓から落っこちた女の子を助けたり……。

 

 なんで、一週間だけで、こんなに濃いんだろう。

 巻き込まれ体質、ってだけで、ここまでなるかな、普通。

 

 この後も、みんなで色々と話しました。

 

 話したと言っても、ボクがこっちに来てからの四日間と、ボクの世界とこっちの世界の話だけどね。

 

 

「まあ、学園側からの連絡事項は以上だ。んで、こっちはまあ、ちょっとした私情に近い。あー、男女は今日でこの学園からいなくなる」

『『『えええ!?』』』

「元々、一時的に通うだけだったからな。で、来週の月曜日にはもう別の学校に行くそうだ」

 

 別の学園じゃなくて、別の世界にあるこの学園なんだけど。

 でも、学園長先生、ちゃんと戸隠先生に伝えてたんだ。

 

「というわけで、まあ……あれだ。今日でお前たちとはお別れになる。男女、とりあえず、なんか挨拶を頼む」

「わかりました」

 

 戸隠先生に言われて、ボクは立ち上がる。

 そして、みんなの方を向き、口を開いた。

 

「えっと、突然のことですみません。ボクは、今日を最後に、この学園から去って、別の学校に転校することになりました。突然転校して来て、突然転校する、という状況になってしまいましたが、この一週間はとても楽しかったです。新しい学校に行っても、みなさんのことは忘れません。そして、この学園のことも。一週間、ありがとうございました」

 

 最後にお礼を言って、ボクは一礼した。

 

『マジか……一週間だけで転校か』

『桜ちゃん、いい娘だったのになぁ』

『ちょっと寂しくなるね』

『くっ、クラスの清涼剤が……』

『狙ってたのに……』

 

 みんな、ちょっと寂しそうな反応をしていた。

 

 やっぱり、この学園は変態な人が多いけど、いい人も多いよね……。

 たった一週間しかいなかったボクがいなくなると知って、寂しそうにしてくれるんだから。

 

 なんだか、気分的にはもう少しいても……なんて思っちゃいそうだけど、それはダメ。

 

 昼休みに、未果に言われた通り、元の世界のみんなもきっと心配しているはず。

 

 だから、ここで残るのは、未果たちに悪いもん。

 

 それに、父さんや母さんもいるし、師匠もメルも。

 

 メルなんて、いつも一緒に寝ていたから、すごく心配だったり……。

 だ、大丈夫かな。夜、ちゃんと眠れてるかな? 寂しがってないかな……?

 

「とまあ、そう言うことなんで、男女は今日でお別れになる。まあ、最後に挨拶とか写真を撮ったりとか、悔いが無いようにしとけ。以上だ。気を付けて帰れよ」

 

 いつものように、少しだるそうにしながら、戸隠先生が教室を出ていった。

 その瞬間、クラスメートのみんなが、ボクの所へ集まってくる。

 

『ねえ、桜ちゃん、写真撮ろう!』

「しゃ、写真?」

『うん。今日でお別れなら、撮っておきたいなって』

『私も!』

『俺も!』

 

 と、みんな写真を撮りたいと言ってくる。

 写真かぁ……。

 まあ、断る理由もないし……思い出になる、かな。

 

「うん。じゃあ、みんなで撮ろう?」

 

 そう言うことになりました。

 

 

 というわけで、早速みんなで写真を撮ることに。

 

 並び順としては、ボクが真ん中で、隣に依桜。

 ボクと依桜の周りには、未果や晶たちが並ぶ。

 

 あとは、みんな自由にという形になり、その並び順で写真を撮った。

 

 ボクは自分のスマホを使って撮り、他のみんなは依桜のスマホを使って写真を撮ってから、LINNのグループチャットに後で送るとのこと。

 

 この後、みんなと軽く話して、この日はお開きになった。

 

 

 いつものメンバーで帰宅。

 途中で、依桜とボクだけになって、二人で並んで歩く。

 

「やっぱり、こっちのクラスのみんなもいい人だね」

「僕はそっちの世界を知らないからあれだが、桜が言うならそうなんだろうな。僕だし」

「うん。いい人たちばかりだよ」

 

 もちろん、未果たちも含めて。

 

「それで、楽しかったか?」

「もちろん。ちょっとした事故でこっちに来ちゃったけど、楽しい一週間だったかな。って、まだボクが帰るまで、二日もあるんだけどね」

「それもそうか」

 

 でも、土日は外に出ないかも。

 

 一応、家でお別れ会的なものをやろう、って未果たちが言ってたからね。

 それは日曜日を予定している。

 

 土曜日はその準備とか。

 

 だから、ボクはやることがなくてね。

 

 ふと、外に出て何かしようかな、って思ったりもしたけど……むやみやたらに外に出ると、ボク自身、何が起こるかわからない。

 

 巻き込まれ体質だもん……。

 

 だから、明日は外に出ずに、家でのんびりしようかなと。

 どの道、あんまり休める暇とかないからね、ボク。

 

「まあ、お別れ会は楽しみにしていていいと思うぞ」

「うん。みんな、ああいうのはちゃんとやってくれるから、安心してる」

「そっか」

 

 それからは、なんとなく言葉を交わさずに、家に帰った。

 会話はなかったけど、やっぱり気楽な時間でした。



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251件目 元の世界へ

 土曜日を挟んで日曜日。

 

 ボクは予定通り、土曜日は家でのんびりしていました。

 

 なんとなく、ゴロゴロしながら、メルと遊んだりして楽しんだ。

 

 リフレッシュできたかな。うん。

 

 一応、依桜は未果たちとお買い物に。

 お別れ会に関わる物を買いに行くとかなんとか。

 

 正直、それを本人の前で言っていいのかどうかあれだけどね。

 

 まあ、別にサプライズにしなくても問題ないからね。

 

 サプライズでもいいけど、ちょっとわかっちゃうかもしれないしね。ボクが帰ることはみんなに伝えてあるし……。

 

 だから、ちょっとこそこそしていてもバレるかも、と思った依桜が、先に行っても問題ない、って言ったのがきっかけで先に明かされることになりました。

 

 そして、日曜日朝起きると、部屋にはボクしかいなかったです。

 

 机に置手紙が置いてあって、そこには、

 

『とりあえず、準備時間があるから、昼の十二時まで時間を潰していて欲しい』

 

 って書いてあった。

 

 置手紙の横には、朝食も置かれていた。

 美味しく頂きました。

 

 

 時間を潰していて欲しいと書いてあったので、なんとなく『アイテムボックス』の中に入って、PCで久しぶりにオンラインゲームをしました。

 

 まあ、アカウントをもう一個作る羽目になっちゃったけどね。

 

 だって、依桜とアドレスが同じだし。

 

 ともかく、ボクは久しぶりのオンラインゲームで時間を潰す。

 

 ふと、お腹が空いたな―って思っていながら、時計を見ると、もうすぐ十二時になろうとしていたので、『アイテムボックス』の中から出て、リビングに向かった。

 

 

 下に行って、リビングに入ると、すでに準備はできていて、飾り付けが施されていた。

 

「いらっしゃい、桜ちゃん」

 

 ボクが入ってくると、こっちの母さんが笑顔で迎えてくれた。

 

「簡素なお迎えでごめんなさいね。さすがに、お別れ会なのにクラッカーは変だと思ったから、こうなっちゃったの」

「あはは。まあ、本来なら喜ぶべきことじゃないしね」

 

 どちらかと言えば、悲しんだりする方なわけだし。

 それでクラッカーを鳴らされたら、さすがにびっくりするよ。

 

「さ、こっち来て、ご馳走作ったから!」

「う、うん」

 

 母さんに引っ張られてテーブルへ。

 

 そこには、母さんが言うように、ご馳走が並べられていた。

 

 なんか、色々とすごいことになってるんだけど……。

 

 ステーキに、カレーに、シーザーサラダ、それから唐揚げ、天ぷら、カルパッチョ、後は、ボクの好物であるえんがわ。

 

 本当に豪勢。

 なんだか、すごく申し訳ない気持ちになる。

 

「それじゃあ、早速食べましょう」

「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」

 

 そうして、お別れ会? が始まりました。

 

 

 お別れ会と言っても、しんみりしたものじゃなくて、普通に楽しいものです。

 

 態徒が隠し芸したり、態徒が馬鹿なことをしたり、態徒が謎の早食いをしたり……基本的に、態徒が何かをしていました。

 

 ちなみに、大体が笑いを取れていたので、いっそ芸人になればいいと思いました。

 

 態徒による、様々な出し物を見た後、不意に未果たちがボクの所へ。

 

「はい、桜。これ」

 

 そう言って、少し大きめの包みと、手のひらサイズ包み、それから大き目の包みを渡された。

 

「これって……」

「もちろん、プレゼント。ちなみにこれ、メルちゃんとミオさんからのも混じってるから」

「ほんとに……?」

「そりゃそうだろ。別世界の依桜とはいえ、あたしの弟子。プレゼントを渡すのは当然」

「儂もじゃ! ねーさまはすごく優しくて、ふかふかじゃったから! 儂も、プレゼントを用意したのじゃ!」

「師匠、メル……ありがとう」

「早速、開けてみたらどうだ?」

 

 依桜にそう促され、ボクは包みを開ける。

 まずは小さい方。

 

「これって……ミサンガ?」

「うむ! 儂が頑張って作ったものじゃ!」

 

 胸を張って言うメル。

 

 どうやら、ミサンガはメルが作ってくれたみたいです。

 

 改めてミサンガを見る。

 

 赤青緑の三色で作られた、綺麗なミサンガ。

 

 うん。可愛い。

 それに、これをメルが一生懸命作ってくれたと思うと、すごく嬉しい……。

 

「ありがとう、メル」

「うむ!」

「じゃあ、こっちの包みは……」

 

 次に、ボクが開けたのは、少し大きめの包み。

 なるべく丁寧に包みを開けると……。

 

「あ、ぬいぐるみに……これは、えっと、プリペイドカード?」

 

 中には、子犬のぬいぐるみと、二枚のプリペイドカード(五千円ずつ)。

 う、うん?

 いや、子犬のぬいぐるみは素直に嬉しいんだけど……えっと、こっちのプリペイドカードは……?

 

「まったく……態徒と女委の馬鹿みたいなプレゼントに、桜が困惑してるじゃない」

「え、これ、態徒と女委……?」

「おうよ!」

「もち!」

「あ、あー、えっと……なんで、プリペイドカード?」

「んー、なかなか思い浮かばなかったから?」

「なんで疑問形?」

 

 本当、二人の頭の中がどうなっているのかよくわからないです……。

 

「だがこれ、ちゃんと使えるのか?」

 

 と、晶が横からそんな疑問を口にした。

 それを聞いて、ボクもふと思う。

 

「たしかに……。一応このプリペイドカードって、向こうのものじゃなくて、こっちの世界の物なわけだし……こっちで使っても、向こうで使える、のかな?」

「と言うか、仮にこっちで使わなかった場合、向こうで入力できるの?」

「「あ」」

 

 ……この二人、何も考えないで買ったんだね。

 まあ、うん……二人らしいと言えばらしい。

 

 でも、

 

「ありがとう、二人とも。プレゼントしてくれただけでも嬉しいよ」

 

 もらったものが何であれ、ボクはもらえただけで嬉しい。

 だって、こっちでも友達だと思ってくれてるんだもん。

 

「「天使か……」」

「て、天使?」

「うむ……桜ちゃんが天使だなぁ、と思って」

「それ、元の世界の女委にも言われるんだけど……ボク、人間なんだけど……」

「そういう意味じゃなくて、単純に桜の性格がいいからでしょう」

「ボク、そんなに性格がいいかな……? ふ、普通だと思うんだけど……」

「「「「「それはない」」」」」

 

 未果たちと師匠が否定してきました。

 な、なんで……?

 

「まあ、桜のあれこれはいいとして。一応、そのウサギのぬいぐるみは、私と晶から」

「そうなんだ。二人とも、ありがとう!」

「お、おおう、桜の笑顔、眩しすぎるわ……」

「……そうだな。何と言うか、別の依桜を知っているせいか、ギャップがすごいな」

 

 あ、あれ? なんか、お礼を言ったら、未果と晶の二人が変に顔を赤くしたんだけど……。

 どうしたんだろう、風邪かな?

 

「それでそれで? 桜ちゃん、大きい包みの方はどうなってるのかしら?」

「あ、うん。開けるね」

 

 最後の包みを開ける。

 中には……

 

「洋服……」

 

 白を基調としたノースリーブシャツと、赤のチェック柄のフレアスカート。それから、クリーム色のコート。ヘアピンが入っていた。

 

「これ、一体誰から……?」

「あたし」

「……え?」

「だから、あたし」

「……え!?」

「おい、なんでそんなに驚く」

「え、だ、だって、師匠と言えば、その……基本、タンクトップにホットパンツで、ニーハイソックスにブーツ、って出で立ちじゃないですか。なのに、その……こ、こんなに可愛い組み合わせをできたんだな、って」

「……お前、あたしを馬鹿にしてるな?」

「す、すすすすみません!」

「……まあいい。あたしだって、これくらいはできるよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言う師匠。

 

 で、でも、本当にびっくり……。

 

 師匠が、可愛い洋服の組み合わせができたなんて……。

 でも、すごく嬉しい。

 

 やっぱり、こうしてプレゼントがもらえるって、いいなぁ……。

 

「ありがとうございます、師匠」

「いいってことよ」

 

 どこに行っても、師匠は優しい人でした。

 

 

 その後も、みんなで騒ぐ。

 

 テレビゲームをしたり、トランプや人生ゲームと言った、ボードゲームなどもした。

 そして、ボクはちょっと離れたところで休憩。

 

 すると、そこに依桜が来た。

 

「電話があったよ、学園長から」

「それで、内容は?」

「なんでも、明日の朝八時に研究所で使うとさ。一応、学園に直で転移させるそうだ」

「そっか。じゃあ、明日は朝早く行かないとかな?」

「そうだな。しかしまあ、帰った後が問題だろうな」

「どうして?」

「いや、一週間も留守にしてただろう? 未果が言ったように、確実に心配しているだろうからなぁ。多分、師匠は怒り、メルは泣いているんじゃないか、と」

「あ、あー……ちょっとありそう」

 

 師匠なんて特に。

 

 いきなり一週間も行方不明になったら、確実に怒るよね……師匠は。

 

 いつもそうだもん。

 

 事前に言っておけば問題はないんだけど、何も言わないでしばらくいなくなると、すごく怒るからなぁ、師匠。

 

 その時は、いつも一緒に寝ろ、って言われてたっけ。

 

「まあ、事情を話せば納得してくれるんじゃないか? いくら理不尽な師匠とは言っても、な」

「あ、あはは。そうだといいなぁ」

 

 あの人の理不尽は筋金入りだから、すぐに許してくれるかわからない……。

 す、すぐに許してくれるといいなぁ……。

 

「そう言えば、学園長先生は? あ、こっちの」

「装置を完成させた直後、すぐに倒れて、眠りこけてるってさ。まあ、マジで文字通り寝る間を惜しんで、って奴だ。今は研究所の仮眠室でぐっすりだそうだ」

「そっか。……もとはと言えば、学園長先生が原因とは言え、一応帰れる装置を創ってくれたのはありがたい、かな」

「……普通は、恨むとは思うんだがな」

「う、うーん……どうにも、恨むことができなくてね。もちろん、今回の件は怒ってるけど、少なくとも恨むほどじゃない、と言うか……ほら、学園長先生ってなんでもできそうなイメージがあるから」

 

 自分でやらかしてしまったことを、ちゃんと自分で解決してしまえるから。

 まあ、普通はやらかさないのが一番なんだけど……あの人は、ちょっとおかしいし……。

 

「……そうだな。僕とて、今までのことは怒ってはいるが、決して恨んでるわけじゃない。場合によっては感謝すらしてる。異世界云々のおかげで、僕は無駄に強くなって、みんなを守れるし、今まで辛いと思っていた、胸やら生理やらが無くなったからな」

「……男になるのはよかったんだ?」

「まあなー。逆に、桜はどうなんだ?」

「よかった、とはあまり思えないけど……今は、なんて言うか……悪くないかな、って思ってる部分はあるかも。この体だからこそ、楽しめたりするものもあるし……スイーツバイキングとか」

「たしかに、女性割引って言うのは、中々に良かったな。僕も、その辺りはちょっと残念に思ってる」

 

 残念に思ってるところが、そこだけって言うのはなかなかにすごい。

 

 ボクなんて、基本全部が嫌だったけど……こっちのボクは、前向きなんだなぁ。

 

 前向き、というより、少し気楽に生きてるのかも。

 

「まあ、あれだ。仮に性別が変わってしまっても、少しでも前向きになりさえすれば、少しは自分の人生を楽しめるさ」

「……なるほど。たしかに、そうかも」

 

 前から前向きに、前向きに、って思ってたけど、なかなかできなかった。

 

 でも、今の依桜の言葉を聞いて、理解できた気がする。

 

 もう戻れないのなら、すっぱり諦めて、ボクはその……お、女の子として生きていくべきなのかな、って。

 

 まあ、もうすでに七ヶ月も経過してるのに、何を言ってるんだ、って話にはなるけど。

 

「依桜は、男の生活を受けいれてるの?」

「まあなー。そりゃ、最初は戸惑ったし、戻りたいとも思ったけど、すぐに考え直した。どうせなら、この体で新しく楽しめばいいって。それにさ、この姿になると、今までわからなかった、男の楽しさ、って言うのがよくわかったよ。桜も、女の楽しさ、って言うのがわかってるんじゃないのか?」

「女の子の、楽しさ……」

 

 ……たしかに、それはある、かも。

 

 可愛い洋服を着て、どこかにお出かけしたり、男の時じゃできなかったことも多くあった気がする。

 

 ま、まあ、女の子たちに体を弄られるのは……ちょっとあれだけど。

 

 あとは、膝枕をしてあげたりとか、メルがボクに抱き着いてきて、気持ちよさそうにしているところとか。

 

 なんだかんだで、楽しんでいたかも……。

 

「……うん。そうだね。今の生活は悪くないと思ってる」

「そうだろう? まあ、そりゃ男の時に比べたら、しんどいことの方が多いかもしれないけど、それも含めて楽しむ。それでいいと思うぞ、僕は」

「……あはは、まさか、自分に諭されるとは思わなかったよ」

「僕も、自分を諭すとは思わなかったよ」

 

 でも、別の自分だからこそ、すんなりとボクの中に入り込んだ気がする。

 

「依桜、桜、何してるの? こっちに来て、一緒に遊びましょ」

「「うん。今行く」」

 

 未果に呼ばれて、ボクたちはそろってみんなの所へ向かった。

 

 

 そして、楽しかった時間は過ぎ、お別れ会が終了。

 いつものようにお風呂に入って、いつものように就寝して、次の日――帰還する日になりました。

 

 

「準備はいいかしら?」

「はい。大丈夫です」

 

 朝八時前、ボクは学園長先生の会社にある研究所に来ていました。

 いるのは、ボクと学園長先生、それから研究員の人たち。

 そして、ボクの目の前には、大きな装置がある。

 

「とりあえず、座標などはあらかじめ設定してあるから、後は桜ちゃん……じゃなくて、依桜君か。依桜君が、このスイッチを押せば、元の世界に帰れるわ」

「はい」

「やり残したことはある?」

「いえ。大丈夫です。ちゃんと、荷物なども収納済みですから」

「ほんと、『アイテムボックス』は便利ねぇ」

「そうですね」

 

 大事なプレゼントは、みんな『アイテムボックス』の中。

 あの中なら失くすことはまずないし、汚れることもない。

 

「さあ、そろそろ時間ね。本当、今回はごめんなさいね」

「あ、あはは……今度からは、安全性をしっかり確かめた上で使用してください。……まあ、使わないのが一番なんですけどね」

「ぜ、善処します」

 

 断言しない辺り、学園長先生だなぁ、って思う。

 

「……でも、今回は、ちょっと面白い体験もできましたし、ボクにとってもプラスなことがあったので、悪いことばかりじゃなかったですよ」

「それならよかったわ。それじゃあ、始めましょう」

「はい。えっと、このボタンを押せばいいんですよね?」

「ええ、それを押せば、元の世界の学園に転移するわ」

「わかりました。それじゃあ、お元気で」

「依桜君もね。そっちの私によろしく伝えといて」

「はい。それでは」

 

 最後に軽く会釈をして、ボクはスイッチを押した。

 すると、機械が作動し、気が付けばボクの意識が暗転していた。




 どうも、九十九一です。
 余裕で二話目が間に合いました。一応、次でこの章は終わらせるつもりです。もしかすると、もう一話伸びるかもしれませんが、頑張って一話で終わらせようと思います。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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252件目 帰還、からの……

 ボクの意識が不意にはっきりとしてきた。

 

 いつもなら、自然と目が開き、場所を確認するんだけど、今回はそうじゃなかった。

 今回は、急激に意識がはっきりしてきた。

 

 なんだか、全身に強い風を感じる。

 

 ただ、面白いことに横からじゃなくて、下から。

 今日って風強いなぁ。しかも、下からくるなんてすごいね。

 

 ……うん? 下から風って、おかしくない……?

 

 なんだか、すご~~~~~~く、嫌な予感がしたボクは、恐る恐る目を開けると……

 

「って、落ちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!?」

 

 すごい高さから、ボクは落下していました。

 

 というかこれ、雲の上だよね!? なんでこんな場所から出てきちゃってるの!?

 

 ちょっ、ど、どどどどどうするのこれ!?

 

 ボク、生まれて初めてスカイダイビングをしたよ! パラシュートなしだけど!

 

 ……うん? あれ、下に見えてるのって……が、学園!?

 しかもこの位置、明らかに講堂の真上なんだけど!

 

「あ、あれ? め、メール? こんな時に一体……って、学園長先生!?」

 

 急いでスマホを取り出して、メールを確認。

 

『えー、このメールを読んでいると言うことは、無事に世界を超えてメールが届いていると言うことですね。私、依桜君から見たら、もう一つの世界の方の叡子です。では、率直に言います。……ごめん! 高さの座標設定、間違えた! 多分、高度一万メートルくらいになってるかも! だからその……すみません! がんばってどうにかして!』

 

 ………………あ、あの人は何してるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!

 

 なに、高度一万メートルって!

 

 それ、パラシュートなしだったら、どんなに頑丈な人でも余裕で死んじゃいますからね!?

 

 異世界の人で、人間の中で屈指の強さを誇ってたヴェルガさんでも、多分ギリギリ生きていられるかどうかのレベルなんですけど! というか、普通は無理ですからぁ!

 

 あと、どうやったら座標設定間違えるの!?

 

 せっかく見直したと思ったのに、最後の最後でこれですよ!

 

 殺す気だよね、学園長先生!

 

 ボク、何度も学園長先生が原因で殺されかけてるんだけど!

 

 やっと帰還! と思ったら、学園の上空。それも、高度一万メートルはおかしいですよ! どうやったら、そんな位置に設定を間違えるのか小一時間問い質したい!

 

 たしか、腹ばいの状態で落ちると、落下する時の最高時速は、180~200キロ。垂直の場合、250~300キロ。

 

 今のボクは、腹ばいに近いから……地上までにかかる時間は、約三分。

 もしかすると、もっと早いかも……。

 

 でもどの道、普通の人なら、地上に到達した瞬間、ザクロみたいになるね……うん。

 

 普通に考えて、よく冷静でいられるね、ボク……。

 

 って、今は呑気にそんなことを考えてる場合じゃなくて!

 

 いくら異世界で鍛えたと言っても、さすがに骨折は免れない……って、あ、そっか。『身体強化』を最大までかければほとんど無傷でなんとかなるかも。

 

 でも、問題は魔力だよね……。

 

 ボクが最大まで強化可能な『身体強化』は、十倍。

 

 その分、魔力の消費量も馬鹿にならない。

 というか、ある程度の魔力を残しておかないといけないことを考えると、もって三十秒。

 

 ……つまり、残り千五百メートル地点で使わないといけないわけで。

 

 ……うん。『瞬刹』も使おう。

 

 それくらいしないと、ちょっと危ない。

 

 それじゃあ早速……って、待って。確か今、講堂の上、だったよね?

 このままボクが落下して、ぶつかった瞬間確実に天井に穴が開く……あれ、これダメじゃないかな?

 

 ということは、別の方法を考えないといけないわけで……うん。無理。

 

 『アイテムボックス』でパラシュートを創るって発想もあったけど、さすがにそれは無理があるかも……そもそも、見たことないし。

 

 見たことがないもの創れないことはないけど、その場合、失敗するリスクもある。

 

 しかも、魔力を無駄に消費することも考えると危険すぎる。

 

 あ、あれ? これもしかして、詰んでる、っていうこと?

 

 ……う、うぅ、し、仕方ない。

 

 魔法でどうにかしよう。うん。少なくとも、講堂の上じゃなくて、グラウンドなら、まだ可能性はある。

 

 ……ちょっとクレーターができるけど、その辺りは、あとで謝って、修復しよう。うん。

 

 そうなると、まずは風魔法で移動して、その後に『瞬刹』を使用して、『身体強化』を十倍で使用。

 

 これで行こう。

 

 早速、ボクは『瞬刹』を発動。

 

 すると、世界がスローモーションに映る。

 

 そして、地面にかなり近くなったところで、風魔法で自身の位置をグラウンドにずらし、『身体強化』を自身の体にかけた。

 

 あとはもう、運頼みです。

 

 そう思ったところで、『瞬刹』を解除。

 

 元の速さに戻り、直後、

 

 ドオォォォォォォォォォォォォンッッッ!

 

 という轟音と、土ぼこりが辺り一帯に漂った。

 

 

 あれから一週間経ったけど、未だに依桜は見つかっていない。

 

 来る日も来る日も私たちは依桜を探し続けたけど、まったく見つからない。

 

 そのせいで、私たちは精神的にかなりきていた。

 

 大切な幼馴染が、ずっと行方不明……。

 その事実が、私たちの中に、影を落としていた。

 

 それに、依桜がいなくなったことで、私たち以外にも問題が発生した。

 

 それは……。

 

『あぁ……しんどい……』

『学園とか、もうどうでもいいわ……』

『授業とかやってらんねぇよ……』

『清涼剤がないよぉ……』

『あぁ……こんな世界、滅んでしまえばいいのに……』

 

 依桜がいなくなったことで、学園――特に高等部がものすごく暗くなっていた。

 

 校舎そのものがどんよりとした空気を放ち、外観は綺麗なのに、まるで幽霊屋敷のように思わせるくらい、どんよりとしていた。

 

 これは、生徒だけでなく、教職員にも言えることで、さっきの生徒と同じような状況になっていた。

 

 授業中なんて、

 

『えー……次は、五十ページを開いて……死にたい。とりあえず、そこの問題を解いてください……死にたい』

『癒しが……癒しがない……』

 

 こんな風になる。

 

 おかげで、高等部は世紀末状態になってしまっていた。

 

 ここまでの影響力を与えている依桜が本当によくわからなくなるけど、あの娘は優しい上に、とんでもない美少女だから、そうなるのも無理はないわよね……。

 

「昨日も収穫なし、か……」

「……警察の方はどうなってんだ?」

「残念ながら、何一つ手掛かりがつかめてないみたいだよ……」

「……どこに、行っちゃったのかしら、依桜……」

 

 月曜日の朝、私たちは一ヶ所に集まって、先週から恒例になった話し合いをしていた。

 

 時刻は朝の八時。

 

 いつもなら、依桜が来てもおかしくない時間。

 

 でも、依桜は先週の月曜日から連絡が途絶え、行方不明になってしまった。

 

 最初こそ、ひょっこり帰ってくるのでは? と思っていたのだけど、現実は違った。

 まったく帰ってくる気配がない。

 

 その事実によって、私たちの空気はずっと重い。

 

 夜遅くまで市内を走り回り、ずっと探し続けても見つからない。

 

 これには、ミオさんやメルちゃんも一緒になって探していたわ。

 

 ……私たちはまだいいけど、メルちゃんは特に辛いかも。

 

 出会って日が浅いとはいえ、依桜のことを本当の姉のように慕って、ちょこちょこ後ろをついてくるような娘だったから。

 

 この一週間、メルちゃんは天真爛漫な笑顔を浮かべなくなっていたわ。

 常に、泣きそうな顔で生活をしていた。

 

 それを見て、私たちは心が痛くなった。

 

 メルちゃんは、見た目小学四年生くらいとはいえ、実際は0歳。

 

 姉のような存在である依桜は、メルちゃんにとって必要不可欠。

 まったくてがかりがないことに、私たちが落ち込んでいると、

 

『―――ぁぁぁぁぁっ!』

 

 と、依桜の声らしきものが聞こえてきた。

 

 その声が聞こえた瞬間、私はすぐに窓の方へ向かった。

 

 窓を勢いよく開け、外を見回す。

 

 すると、空の方に、何かがいた。

 

 それは、きらきらと光を反射していて、講堂に向かって落下していた。

 

 このままだとぶつかると思った瞬間、突然その物体がグラウンド側に移動。

 

 そして、私はその物体が人であることに気付いた。

 同時に、その人が誰なのかを察した。

 

 私はそれに気付いた瞬間、教室を飛び出し、グラウンドへ駆けていった。

 

 

 ドオォォォォォォォォォォォォンッッッ!

 

 グラウンドに来る途中、そんな轟音がグラウンドの方から鳴り響き、同時に砂ぼこりが舞った。

 

「はぁっ……はぁっ……あそこ、ね……!」

 

 息を切らしながら、私は音の中心へ駆ける。

 気が付けば、私の後を追ってきていた、晶たちも一緒になって走る。

 

「あいたたた……うぅ、『身体強化』がなかったら、腕か足のどちらかが骨折してたよ……まったく、学園長先生は酷いよぉ……」

 

 砂ぼこりに、一つのシルエットが見えた。

 

 そして、シルエットから、私たちがずっと聞きたかった声が聞こえてきた。

 

 シルエットは立ち上がると、パンパンと服をはたく様子を見せた。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 それはもう、うるさすぎるくらいに。

 

 私はその人の所へ歩く。

 

 次第に砂ぼこりは晴れていき、そこには……

 

「い、依桜……?」

「あ、み、未果……」

 

 私の大切な幼馴染が立っていた。

 

 夢じゃない。

 夢じゃない、わよね?

 

 今、確かに、目の前の、幼馴染らしき人は、私の名前呼んだ。

 

 ……っ!

 

「依桜!」

「わわっ! あ、危ないよ、未果」

「一体どこに行ってたのよ! し、心配したん、だからぁっ……!」

 

 依桜の言葉を無視して、私は涙を浮かべながら依桜に抱き着いた。

 

「「「依桜(君)!?」」」

「み、みんなも、えっと、あの、た、ただいま……」

 

 困惑したような、それでいて嬉しそうな声音で、依桜はそう言った。

 

 

 グラウンドに落下した直後、未果たちがボクの前に現れた。

 

 ボクが未果の名前を言った直後、涙を浮かべながら未果が抱き着いてきた。

 

 後ろのみんなが見えたから、ただいまと言った。

 

 その後、未果がボクから離れると、まずは教室へ、と言うことになって、ボクたちは教室へ。

 

「お、おはよー」

 

 と、いつも通りにボクが挨拶しながら入ると、

 

『『『!?』』』

 

 なぜか暗い雰囲気を漂わせていたクラスのみんながバッと起きて、

 

『『『男女!?』』』

『『『依桜ちゃん!?』』』

 

 ボクの名前を叫んでいました。

 直後、

 

『無事だったのか!?』

『依桜ちゃんどこ行ってたの!?』

『どこか怪我とかない!?』

『なんか、ヤクザとかマフィアの人たちに攫われた、って聞いたんだけど!』

「い、いや、そう言うわけじゃないよ!? 別に、攫われてはいないよ」

 

 ……あ、でも、ある意味、攫われた、でいいのかな、これ。

 ……うん。よくわからない。

 

『でもでも、どこに行ってたの?』

「あ、え、えーっと、その……ちょ、ちょっと記憶があやふやで……よく覚えてないんだよ」

『大丈夫なのかそれ!?』

『病院に行った方がいいんじゃないの?』

「そこまでではないから大丈夫」

 

 あやふやになってないからね。

 さすがに、並行世界に行ってました、なんて言えないもん……。

 異世界の存在を知っているのは一部だからね、一応。

 

「おらー、席着け―……って、うぉ!? 男女、生きてたのか!?」

「生きてますよ! 死んだことにしないで下さい!」

「いやでも、お前一週間音信不通、行方不明だったからな」

「うっ、それについては申し訳ないです……」

 

 やっぱり、こっちでも一週間経ってたんだ……。

 まあ、未果たちの反応からなんとなく察してはいたけど……。

 

「まあともかく、無事で何よりだ。……これで、何とか自殺者が出ることは避けられたな」

 

 ……なんか今、すごく物騒なことが聞こえた気がするんだけど……聞かなかったことにしよう。




 どうも、九十九一です。
 一話で終わらせようと思ったら、少し長くなることに気づき、ここで打ち止めにしました。次回で終わらせないと……。
 あ、本編中の落下速度などに関して、私は頭が悪いので、細かいことは抜きにしてくれるとありがたいです。作者は馬鹿です。
 さすがに、今日は二話目を投稿するつもりです。終わらせたいですからね。
 時間は、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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253件目 元の日常へ

 朝のHRが終わった後、ボクは学園長室に来ていた。

 

「おかえりなさい、依桜君。無事で何よりよ」

「帰ってくる時は、怪我の危機でしたけどね」

「それってどういうこと?」

「……こっちに転移してきた直後、高度一万メートルから、パラシュートなしのスカイダイビングをしました」

「え、何それ。どういうこと?」

「……向こうの学園長先生が座標設定間違えて、上空に」

「……なんだろう。私じゃないのに、すごく申し訳ないわ」

「いえ、別にいいんです……」

 

 少なくとも、怪我はなかったし。

 ……まあ、グラウンドにはクレーターができちゃったけど。

 

「まあ、それはともかく、無事でよかったわ、依桜君」

「あ、あはは……無事、と言っていいのかはあれですが、なんとか帰って来れました」

 

 向こうでは色々あったし。

 しばらくは、平穏に過ごしたいものです。

 あ、いっそのこと、ゲームでもしようかな、みんなと。

 

「でも、依桜君がいない間、本当に大変だったのよ?」

「え?」

「特に、高等部なんて、地獄だったわ」

「ど、どういうことですか? 一週間もいなくなっていたとはいえ、さすがに、地獄になるようなことって何もないと思うんですけど……?」

「……依桜君が行方不明だったからよ」

「ふぇ? ボク……?」

「まあ、なんて言うか……依桜君がいなくなったことで、高等部の生徒と教師がみんな気力0になっちゃってね」

「いやいやいや、ボクがいないだけでそこまでなりませんよ、さすがに。ちょっと早い五月病が来ただけじゃないんですか?」

「……それだったらいいんだけど、さっき言ったように、高等部の生徒と教師が全員やられちゃったのよ。さすがに、全員一斉に五月病に、ってことはまずないでしょ?」

「た、たしかに……」

 

 それはもう、一種のパンデミックか何かだと思うよ。

 別に、ウイルスが原因ってわけじゃないんだけど。

 

「でも、ボクがいなくなったくらいで、そこまでなるんですか……?」

「それがね、なっちゃうのよ。まあ、依桜君自身は、自分がどれだけ他人から見て魅力的か、と言う部分に気が付いていないから、そう言う考えになるんだけど……」

「そ、そうなんですか?」

「そうなんです」

 

 はっきりと断言されてしまった。

 ボクがいないだけで、そこまでなるなんて……うーん、にわかには信じ難い……。

 ボク自身は、そこまででもないと思っているからこそ、なんだけど。

 

「まあ、それはそれとして。一応、依桜君が行方不明だったのは、学園側でも結構大騒ぎになったので、通達しておいたわ。それから、捜索願を出しておいた警察の方にも。あと、依桜君のご両親にもね」

「そ、捜索願……そこまで、してたんですね」

「まあね。まあ、私は異世界……というより、並行世界か。並行世界に行ってしまったことはすぐに知ったから、出しても無意味だとはわかってたけど、他はそうじゃないから。だから、一応建前のようなものは必要だったのよ。これでもし、異世界の存在が公になろうものなら、世界中大混乱よ」

「あ、あはは……そ、そうですね……」

 

 少なくとも、学園長先生の研究データを狙って、戦争になるかもしれないからね。

 

 そうなると……ただでさえ、平穏とは呼べないような日常なのに、血みどろな日常になっちゃうからね……。

 

 それで、未果たちが巻き込まれて、死んじゃうような状況になったら、ボクは何をするかわからないもん。

 

 ……割と、戦争に参加した人全員を殺しかねない気が……。

 

 って、ないない。

 

 さすがに、戦争が起こるような大きな出来事は、何もないよ。

 

 一応、この世界は普通だからね。

 

 最悪の場合、ボクと師匠でどうにかできるし、何だったら、『アイテムボックス』で避難させればいいわけだしね。うん。

 

「……でも、正直なところ、そろそろ私の情報、依桜君のお友達になら、言ってもいい気がしてるのよねぇ」

「それはどうしてですか?」

「別に、今回の件がなければ、言わないでもよかったと思うんだけど……行った先が並行世界って考えると、それに見合った原因無くして、説明は難しいもの。しかも、どうやって帰って来たのか、って部分すらあやふやでしょ? それに依桜君、あの子たちに、ゲームの舞台が異世界だ、って言ってたわよね? 少なくとも、それで少しは怪しいと思ったんじゃないかしら?」

「でも、特に気にした風なかったと思うんですけど……」

「あの面子だと、椎崎さん辺りが気付いていそうね。あとは、腐島さんもかな」

 

 ……たしかに、あの二人は結構鋭いところがあるから、何とも言えない……。

 不覚にも、気付いていてもおかしくない、って思ってしまった。

 

「どうせ、昼休みには、屋上でいつものように話すんでしょ? なら、この際だから全部言ってもいいわ」

「でもそうすると、ボクがこんな姿になったり、殺人をした原因を作った人、って思われちゃいますよ……?」

「まあ、別にいいわ。私が原因で、私が悪いわけだしね、半分」

「あー、一応は王様も原因ですからね……」

 

 そう考えると、あくまでも、きっかけを作っただけに過ぎない……のかな?

 でも、そっか。

 学園長先生がいいって言うなら、

 

「じゃあ、話すことにします。今までのこと」

「一応、隠していた理由だけは言っておいてくれるかしら?」

「それは、内容を知って、誰かに襲われたりしないようにするため、ですか?」

「正解。それだけは伝えておいて。一応、面白そうだから、なんて理由でやってる研究だけど、それが原因で自分の大切な生徒が危険にさらされるとか、最悪だもの」

「わかりました。それじゃあ、伝えておきます」

「ありがと。それじゃあ、そろそろ授業が始まるし、教室に戻ってね」

「はい。失礼しました」

 

 軽く会釈をして、ボクは学園長室を出ていった。

 

 

 昼休み。

 

「え、えっと……あの、どうして、この状態なんでしょうか……?」

 

 なぜか、ボクは正座させられていました。

 

「私たちを心配させた罰です。まったく……いきなり、空から降ってくるなんて、予想もしてなかったわよ」

「す、すみません……」

 

 でもあれは、向こうの学園長先生が原因なんです……。

 あと、本来だったら、学園の屋上に転移する予定だったんです……。

 それが、ちょっとした手違いで、空の上になっただけ……。

 

 なんて、言えるわけもなく……。

 

「それで? この一週間、あなたはどこに行っていたのかしら?」

「え、えっと実は――」

 

 ボクはこの一週間、並行世界にいたことをみんなに説明した。

 この場には、未果、晶、態徒、女委の四人しかいない。

 メルと師匠に関しては、まだ会ってなくて、メルには帰る時に会おうかなって思ってる。

 とりあえず、今はこのメンバーにすべて伝える。

 

「――ということでして……」

「……異世界ならまだしも、並行世界って……また、とんでもないことに巻き込まれてたわね、依桜」

「しかも、向こうには男の依桜がいるらしいしな」

「それと、わたしたちも」

「並行世界ってよ、SFになるんかね?」

「……まあ、SFになるんじゃないかしら?」

 

 ボク的には、ファンタジー寄りな気がするけど。

 

「あ、えっと、向こうで撮った写真があるけど、見る?」

「「「「見る」」」」

 

 即答。

 ボクはスマホを取り出して、写真のフォルダを開き、向こうで撮った写真を見せる。

 

「って、うわ、マジでオレたちがいる……」

「ほんと……しかも、周りの人も、私たちのクラスの生徒よね?」

「並行世界って言うだけあるな……」

「でもあれだね、依桜君が二人いるって、すごく不思議な光景だね。しかも、男女両方で」

「これ、依桜とはどんな違いがあるんだ?」

「あ、うん、えっと……向こうのボクは、どうやら最初は女の子だったらしくて、呪いで男になったみたい。あと、口調が男らしかったです。性格も男勝りだったし」

「……なるほど。ちょうど、依桜の真逆、ってわけね」

「しかもこれ、見た感じ並行世界で違ってたのは、依桜君だけみたいだね」

「うん。ボクの性別、名字、性格の辺りかな。根本的にはボクと同じだったけど」

「「「「あー、なるほど。つまり、鈍感ってことか」」」」

 

 ……ボクとしては、その言葉の真意を知りたいです。

 

 鈍感って、向こうのみんなにも言われたけど、そんなにボクと向こうのボクって、鈍感なの……?

 

「まあ、依桜が鈍感なのはいつものことだから置いておくとして……で? 原因は何だったの? さすがに、異世界転移とは違うしね。いきなり突拍子もなく、って言うのは変で所」

 

 来た。

 

 ボクが今まで隠していた事実に繋がる質問。

 一応、学園長先生から、言ってもいいって許可はもらってるから、今日言う。

 

 ボクは軽く深呼吸して、言った。

 

「……が、学園長先生が原因、なんだ」

「「「「……ん?」」」」

「実は、ね。向こうの学園長先生が、並行世界を観測、移動できるようにする装置を創って、それが暴走。四月一日から、日本各地で、空間歪曲って呼ばれるものが多く発生していてね。それで、学園長先生に気を付けて、って言われてたんだけど……先週の月曜日の朝。それに巻き込まれちゃって……。それで、向こうの世界で向こうのボクと会って、二人で学園長先生の所に行ったら、やっぱりそっちの学園長先生が原因だったらしくてね……。それで、五日目に、こっちの学園長先生と連絡が取れて、二人が協力したことで、日曜日に装置が完成。それで、月曜日の朝八時に、装置を使ったら……向こうの学園長先生のミスで、高度一万メートルに転移しちゃって、それでグラウンドに……」

「「「「……」」」」

 

 なるべくかいつまんで説明したんだけど、みんなはあっけにとられた顔をしていた。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って……? 疑問な点はものすごいあるけど……まず一つ。空間歪曲って何? あと、並行世界を行き来する装置って何!?」

 

 フリーズしていたみんなだけど、未果が正気に戻って、ボクにそう質問してきた。

 

「え、えっと……学園長先生から許可をもらったから話すんだけど……実は、ボクが異世界に行くきっかけになったのって、向こうの人が召喚したのもあるんだけど、半分は学園長先生のせい、なんだ」

「「「「はい?」」」」

「あの人、異世界転移装置なんてものを創っててね、ある日……と言うか、九月に、その装置の試運転をしたら、たまたまボクに当たっちゃってね……それで、まあ、異世界に……」

「「「「……」」」」

 

 ボクの説明に、みんなは再び固まった。

 今度は絶句したような表情。

 いや、ようなっていうより、本当に絶句している。

 

 と、一泊置いて、

 

「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」

 

 みんなの、そんな叫びが晴れ渡る春の青い空に木霊しました・

 

 

 その後、なるべく詳細に説明。

 そして、説明が終わると、

 

「……私、学園長を殺しに行ってくるわ」

 

 ものすごく黒い笑みを浮かべた未果が立ち上がりながらそう言って、校舎内に戻ろうとした。

 

「って、待って待って! それは犯罪だからダメ! た、たしかに、それくらいのことをしでかしちゃってるから、殺されても文句は言えないと思うけど、そんなしょうもないことで、未果の人生を棒に振るなんてダメ!」

「何気に、依桜が言ってることは酷いな。……いや、原因は学園長にあるから、仕方ないが」

「離して依桜! あいつ殺せない!」

「だから、殺しちゃダメぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 すごい力で殺しに行こうとする未果を止めるのに、五分くらい要しました。

 

「た、たしかに、あの人が原因かもしれない……というより、原因の一つだけど、仮に学園長先生が装置を使ってなかったとしても、ボクは異世界召喚に巻き込まれていたと思うの。だから、学園長先生だけを責めないで欲しいんだよ」

「……そうは言うけど、依桜の人生、ほとんどめちゃくちゃにされてるのよ? どうして、あなたは庇えるのよ」

 

 ボクの言葉に、未果は怒った表情で、そう尋ねてくる。

 ボクは少しだけ間を空けて言う。

 

「あー……うん。一応あの人、あれでも学園の長だし、ふざけてはいるけど、無駄に有能なことには変わりないし……それに、殺しても前の生活に戻れるわけじゃない。でもね。なんだかんだで、今の生活も気に入ってはいるし……みんなを守ったり助けたりできる力が手に入ったこともある。それに、異世界に行ったおかげで、その……出会えた人だっているし、経験できたことだってあるからね。一概に全部悪いとは言えなくて……」

「依桜……」

「それに……前よりも、少しはその……日常が楽しいでしょ?」

「たしかに、それはあるな」

「うんうん。わたしも、今の方が楽しいかなって思ってるよ」

「オレも」

 

 ボクの発言に、晶たちが賛同してくれた。

 賛同してくれたのが普通に嬉しい……。

 

「でも、どうして今まで内緒にしてたのよ……私たちにくらい言ってくれたって……」

「……学園祭のあの日、テロリストが襲撃してきたでしょ?」

「え、ええ」

「あれってね、学園長先生の研究データを狙ったものだったんだよ。しかも、あの事件の首謀者は、当時の教頭先生」

「「「「マジで!?」」」」

「マジです。関係ない人に言ったら、確実に巻き込まれて危険な目に遭うと考えた学園長先生が、意図して隠していたんだよ。ボクも、他言無用って言われたからね。それに、こんなことで、みんなが巻き込まれて死んじゃったらボクはそれこそ辛い。だから、恨むのはいいけど、責めないで上げてほしいの」

「依桜……」

「それに、ボクがあの時どうにかしていなかったら、死人が出てたよ。だから、ある意味異世界に行ってよかったかなって……」

 

 これは本当のこと。

 何度も思っていたように、ボクが異世界に行っていなかったら、確実に死者が出ていたと思う。

 

 なにせ、水着審査の時、明らかに司会の人を狙って銃撃していたから。

 

 あれは、確実に狙っての一撃だった。

 

 ボクが庇っていなかったら、確実に死んでたよ。

 

 未果のは……あれはボクが悪い。

 早々に決着を着けなかったが故の。

 

「……それに、ボクも今の生活は少しは楽しいと思えてるから。可愛い洋服を着て出かけたり、ちょっと恥ずかしいけど……膝枕をしてあげたり、メルがボクに抱き着いて気持ちよさそうにしてるのを見たり。たしかに、ボクの人生はめちゃくちゃになったかもしれないけど、前向きになろうって決めてね。だから、もういいんだよ」

「……そう。依桜がそう言うのなら、私は別にいいわ」

「ありがとう、未果。ボクのために怒ってくれて」

「何言ってんのよ。私たちはみんな、そう言うタイプよ、ねえ?」

「ああ」

「もち!」

「おうよ!」

「ほらね? だから、私たちが依桜の心配をするのは当然だし、依桜のために怒るのも当たり前のことなのよ。……今回は、本気で心配したけどね」

「……ありがとう」

 

 向こうの未果の言う通り、こっちの未果たちは、ボクのことを本気で心配してくれていたみたいだよ。

 

 ……嬉しいなぁ。

 

「まあ、それはそれとして。あとで、ちゃんとミオさんとメルちゃんにも説明しときなさいよ? 幸い、今日は一斉下校っていうことで、初等部~高等部すべての生徒が、同じ時間に帰れるんだから」

「うん。わかってるよ」

「ならよし。にしても……随分、前向きなことを言うようになったわね。向こうで何かあったの?」

「うん。さっきの言葉、実は受け売りでね」

「へぇ? 依桜を前向きにさせるようなことを言った人がいるんだ?」

「気になる! 依桜君、それは誰なの?」

「ボクだよ」

「ボク……ってことは、向こうにいる依桜のことか?」

「うん。向こうのボクは何と言うか……前向きでね。ボクを諭してくれたんだよ。前向きに生きた方が、人生は楽しくなるって」

「随分大違いね、その辺。……でも、自分自身だから、すんなりと胸に入ったのでしょうね。その辺は、向こうの依桜に感謝しないとね」

「うん。そうだね」

 

 ボクとしても、あの会話は本当に良かったと思ってる。

 性格と性別が違うだけで、あそこまで変わるんだもん。

 不思議だよね。

 

「あ、そう言えば依桜。今さっき、膝枕してあげるのが楽しい、とかなんとか言ってなかったけ?」

 

 にっこりと笑顔を浮かべながら、未果がそう言ってくる。

 

「う、うん。何と言うか、ちょっといいかも、って思ってる、かな」

「なるほどね。……私、依桜が行方不明になったことに関して、何も罰を与えてなかったわね」

「え? で、でも、あれは向こうの学園長先生が原因ってさっき……」

「だまらっしゃい!」

「はぃ……」

「というわけで……依桜は、昼休みが終わるまでの間、私を膝枕しなさい」

「……え? そんなことでいいの?」

「もちろんよ」

「う、うん。じゃあ、えっと……どうぞ」

 

 軽く膝をはたいてから、未果に寝っ転がるよう促す。

 すると、嬉しそうな顔で、未果が膝に頭を乗せてきた。

 

「お、おー……やっぱり、依桜の膝枕は最高ねぇ……。ふわふわで、すべすべ。しかも、すごいいい匂いするし……。どんな高級枕よりも、よっぽど安眠できるわ」

 

 なんだか、膝に感じるこの重みが、ちょっと心地いい。

 あと、未果が気持ちよさそうにしてくれてることも。

 

「あ、未果ちゃんずるい!」

 

 と、女委が頬を膨らませながら、未果に抗議する。

 

「あ、えっと、女委も膝枕してほしい、の?」

「え、してくれるの!?」

「ま、まあ、女委がしてほしいのなら」

「やったぜ!」

「じゃあえっと、交代でいいかな? 未果と」

「私は構わないわ。とりあえず、三分交代でどう?」

「OK!」

 

 すんなり決まりました。

 すごいね。

 

「えっと、晶と態徒もどう……?」

 

 ためしに、思ったことを言ってみたら、

 

「「……いや、遠慮しておく」」

 

 二人はすぐに遠慮してきました。

 

「あら、晶はともかく、態徒が断るなんて珍しい」

「……いつ、どこにファンクラブの奴がいるかわからないからな……。特に、今日なんて、依桜が学園に来たんだぜ? 実際それで、高等部はお祭り騒ぎだ。そんな状態で膝枕なんてされたら……オレたちは殺されちまう」

「……たしかに。でも、私と女委が襲われないのはなぜかしら?」

「多分、『美少女同士の百合だ! 百合が見れる! よっしゃあ!』って思ってるからじゃないかな?」

「いや、さすがに、そんな理由は……いや、あり得るわね」

「でしょ?」

 

 ……美少女かどうかはあれだけど、ボクも今、あり得ると思ってしまった。

 この学園、色々とおかしいから……。

 

 

 そんなこんなで、この後は未果と女委に変わりばんこで膝枕をしてあげて、昼休みは終了となりました。

 

 

 授業が終わり、放課後。

 

 ボクは初等部の校舎に来ていた。

 理由はもちろん、メルを迎えに行くため。

 

 やっぱり、初等部の子たちはボクを見てくる。

 

 ……高等部の生徒だからね。気になるよね。

 

 初等部の子たちの視線をなるべく気にしないようにし、ボクは、四年一組の教室へ。

 

 教室のドアから、中を覗くと、暗い表情のメルがいた。

 

 あ、あー……胸が痛い……。

 

 ここは、一刻も早く、メルに会わないと……!

 

 ボクは、ドアを開けて、

 

「メル!」

 

 と、メルの名前を呼んだ。

 

 すると、すごい勢いでメルが顔を上げ、声のした方――ボクの方へ顔を向けた。

 直後、綺麗なルビー色の瞳に涙を浮かべ、

 

「ねーさま!」

 

 ボクに向かって走り、飛びついてきた。

 もう慣れたもので、しっかり抱きとめることができた。

 

「ねーさま……ねーさま、ねーさま!」

「ごめんね、いきなりいなくなっちゃって……」

 

 ボクの胸に顔をうずめながら、メルがボクを呼び続ける。

 ボクは優しくメルの頭を何度も撫でる。

 

「儂を置いて行かないでほしいのじゃ……」

「本当にごめんね……」

「……儂、寂しかったのじゃ……。ねーさまがいなくなって、夜は寂しかったのじゃ……」

「……そっか。でも大丈夫だよ。ちゃんと、メルの下に帰って来たから。それに、今日はずっと一緒にいてあげるから」

「ほんとか……?」

「うん。もちろんだよ」

「いなくならない……?」

「うん。いなくならない」

「一緒に寝てくれる……?」

「もちろん」

「~~~っ! ねーさまぁ!」

 

 抱き着いていたメルが、さらにぎゅっとボクに抱き着いてきた。

 ……やっぱり、寂しい思いをさせちゃってたみたいだね……。

 本当に申し訳ないことをしたよ……。

 

「……いつまでもここにいるのもあれだし、帰ろっか」

「うむっ!」

 

 満面の笑みで、メルがうなずいた。

 

 

 帰る途中は、メルが離れたくない、と言うこともあって、ボクがメルをおんぶしてあげた。

 手を繋ぐだけじゃダメなの? って訊いたら、

 

「おんぶがいいのじゃ!」

 

 って、言ってきたので、ボクは喜んでおんぶしてあげた。

 そのおかげで、さっきからにこにこ顔です。

 

 ……可愛いなぁ。

 

 一週間会えなかったことで、家に着くまでずっと楽しく話しました。

 

 

 家に到着。

 

 いつものように、玄関を開けて、中に入る。

 

「ただいまー」

「ただいまなのじゃ」

 

 ボクたちがそう言った瞬間、

 

「依桜!」

「わぷっ……!」

 

 いきなり、母さんに抱きしめられました。

 

「どこに行ってたのよ、もぉ!」

「え、えっと、ちょっと並行世界に……」

「そうなのね! それで、怪我は? どこか痛いところは? 病気になってない?」

「大丈夫だよ。それより母さん。とりあえず、離してくれると……」

「あ、ごめんなさい! ……でも、よかったわぁ……本当に。無事でいてくれて……」

「……心配かけてごめんね」

 

 いつもは能天気な母さんでも、やっぱり今回に関しては心配していたみたい。

 ……ボクって恵まれてるね。

 

「ほんとよ……。ミオさんもかなり心配してたわよ?」

「師匠が……」

「ええ。仕事そっちのけで探していたわよ」

「そこまで……」

 

 師匠が……。

 帰ってきたら、すぐに会おう。

 

「とりあえず、依桜も疲れてると思うし、部屋で休んでなさい」

「うん。ありがとう、母さん」

「夜ご飯になったら呼ぶわね」

「わかった」

 

 軽くそう言って、ボクとメルは二階のボクの部屋へ向かった。

 

 

 しばらくして、メルがはしゃぎ疲れて眠ってしまった頃、

 

『ただいま』

 

 下から、師匠の声が聞こえてきた。

 ボクがこれから師匠の所へ行こうとしたところで、下からドタドタと足音が聞こえてきて、

 

「イオ!」

 

 勢いよく、師匠がボクの部屋に入ってきた。

 

「師匠。えっと……か、帰りました」

「……無事か?」

「は、はい。どこにも異常はないですよ」

「……そうか。ならよかった」

 

 師匠はボクにどこにも異常がないと知って、安堵した表情を見せた。

 

 そして、

 

「……で? お前はこの一週間、あたしに何も言わず、どこに行ってたんだ? すべて包み隠さず言え」

「は、はい! じ、実は――」

 

 ボクは並行世界でのことを、包み隠さず、師匠にすべて説明した。

 

「――というわけです」

「……なるほどな。並行世界、か。で、原因はそっちのエイコの発明品の暴走、と」

「はい」

「はぁぁぁぁぁぁ……我が弟子ながら、面倒なことに巻き込まれる奴だ」

「すみません……」

「……いや、この変に関してはもう仕方がない。とりあえず、無事で何よりだ」

 

 ……あれ、何もしてこない。

 いつもなら、すごく理不尽なことを言って、何かをしてくるんだけど……今日はそれがない。

 もしかして、今回は何事もなく、無事に――

 

「さて、そんな師匠であるあたしを心配させた罰として……今日は一緒に風呂に入り、一緒に寝てもらおうか」

「……ふぇ?」

「さあ、そうと決まれば早速行くぞ! お、ちょうどいい、メルも誘うとしようじゃないか」

「あ、あの、師匠……? 寝るのはわかりますけど、あの、どうしてお風呂……?」

「んなもん、お前に背中を流してもらうために決まってるだろ」

「え、ええぇ……?」

「いいからさっさと行くぞ!」

「え、あ、ひ、引っ張らないでください! ……いやああああああああああああ!」

 

 ボクの抵抗空しく、この後、ボクは師匠とメルと一緒にお風呂に入り、ご飯を食べた後、三人で一緒に寝ました……。

 

 結局、理不尽な人は理不尽なままでした。

 

 ……でも、帰って来れた、って実感があるからこそ、嬉しく思えた。

 

 うん。前向きに生きよう。

 

 少しでも、楽しい人生にするために。




 どうも、九十九一です。
 これ、絶対に三話構成で終わらせる長さだった気が……まあいいか。長くなるのもまれにありますしね。とりあえず、これで並行世界編は終了になります。
 次からは……うーん、まあ、とりあえず、ゲームの話に入ろうかな、なんだかんだで一番要望?が多い題材ですし。
 まあ、最初はちょっと関係ない話になるかもしれませんが……日常回の名残だと思ってください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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2-2章 CFO《Connect Fantasia online》2
254件目 再びCFO、メンバー増量


 並行世界に関する騒動も終わり、ボクたちには再び平穏な日常が戻っていました。

 

 ……あ、いや、ちょっと変わったところもある。

 ボクはよく異世界に関することに巻き込まれやすい、と言うことで……

 

「……あ、あの、毎日、このまま、なの?」

「当たり前よ。知らない間にいなくなるのなら、いついなくなってもいいように、一緒にいればいい話よね」

 

 ボクは毎朝、未果と登校することになっちゃいました。

 その際、腕を組んでたり……。

 何と言うか、その……こ、恋人みたいな状態で、ちょっと恥ずかしい……。

 

「ねーさま、顔が真っ赤じゃ」

「そ、そそそそ、そんなことはない、よ……?」

「あら、ほんと。風邪かしら? ちょっとごめんなさいね」

「え?」

 

 ぴと……。

 不意に、未果がボクのおでこに、自分のおでこをくっつけてきた。

 

「~~~~~っ!」

「あら、なんだか熱が上がってない?」

「み、未果! ち、ちちちち近いよ!」

「……ふーん? そのあわってぷりは……私が近いから意識してるのかしら? でも、今は女の子同士なんだから、問題ないわよね」

「そ、そうかも、し、しれない、けど……で、でも、あの……は、恥ずかしぃょ……」

「……ほんっと、依桜は可愛いわね!」

 

 ふふふっ、と笑いながら未果がようやく離れてくれた。

 

「うぅ、未果のばかぁ……」

「その程度の罵りじゃ、私には通用しないわよ~。さ、早く学園に行きましょ」

「う、うん……」

「うむ!」

 

 これが、毎日続くのかなと思うと、ちょっとドキドキしすぎて心臓が爆発しちゃいそうだよ……。

 

 

「おはよう」

「お、おはよー」

「おはよう、依桜、未果。って、どうした? 依桜、顔が赤いぞ?」

「き、気にしないで」

 

 そう言うと、横で未果がちょっとニヤニヤしていた。

 

 はぁ……。

 

 最近、本当にドキドキすることが増えたよ……。

 

 で、でも、突然顔を近づけられたらボクみたいになるよね!

 

 うん。普通のことのはず。

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 ボクがたちが登校してきた直後に、態徒たちが登校してきた。

 珍しく早い気がする。

 

「今日は早いね?」

「気分だよ、気分」

「うん。最近は、特に入稿もないしねぇ。調子が良くて、来月分まで終わってるから、楽だぜー」

「普段から、それくらいしておけばいい気がするのだけど?」

「ノンノン。それは無理ってもんさー。一つの話を作るだけでも、結構な労力だからねぇ。しかも、わたしの場合はお金も取るから、少しでもクオリティを上げないといけないからね」

 

 本当、女委って趣味に対する情熱ってすごいよね。

 しかも、メイド喫茶も経営しているんだっけ? 女委って。

 ……うーん、やっぱりおかしいと思うよ。

 

「ああ、そうだ。今日さ、CFOやんね?」

「そう言えば、ここのところ、新学期で少し忙しかったから、全然遊べてなかったわね」

「おうよ。たしか、近々イベントがあるみたいだしよ」

「そういえば、なんか公式サイトで告知してたっけ? わたしとしても、久しぶりにやりたいし、全然OKだよ!」

「俺も大丈夫だ」

「私も」

「ボクも」

「んじゃあ、帰ったら集まるか」

「場所は、いつも通り、依桜の家でいいわよね?」

「「「「異議なし」」」」

 

 と言うことで、今日は久しぶりに、みんなでCFOをすることになりました。

 

 

 そうと決まると、ついつい楽しみになるのが人だよね。

 

 なんだか、待ち遠しくなっちゃって、一日が長く感じちゃったよ。

 

 でも、それで授業に身が入らなくなってテストで大変なことになったら本末転倒だからね、ちゃんと切り替えはしてますよ。

 

 楽しみな気持ちを持ちつつ、今日は早々に帰宅。

 

 すると、

 

「あ、あれ? なんか、大きな荷物が二つ……」

 

 玄関になんだか見覚えのある荷物が置いてありました。

 たしか、クリスマスくらいに見たような……。

 

「あ、おかえりなさい、依桜。はいこれ」

 

 と、母さんがボクに一枚の手紙を渡してきた。

 

「そこにある荷物と一緒に届いたものよ。それ、学園長先生からみたいよ」

「学園長先生から?」

「ええ。まあ、多分依桜宛てだと思うから」

「う、うん」

 

 とりあえず、荷物を一旦『アイテムボックス』に仕舞ってから、部屋に行く。

 

「あ、おかえりなのじゃ、ねーさま!」

「ただいま、メル」

 

 部屋に行くと、元気いっぱいなメルがボクを出迎えてくれた。

 

「む? ねーさま、それは手紙かの?」

「うん。そうみたい」

「なんて書いてあるのじゃ?」

「ちょっと待ってね。えーっと」

『どうも、董乃叡子です。私からのプレゼント、受け取ってくれたかしら? と言っても、正確に言えば、依桜君にじゃなくて、ミオとメルちゃん宛てなんだけどね。あの大きな荷物の中には、きっと二人が喜ぶものが入っていると思います。中身については……見てのお楽しみ! それから、プレゼントに関しては、私を庇ってくれたお礼と、あった方がいいかなと思ったからなので、返品はしないでね! それじゃあ、楽しんでね!』

「『――追伸。一応、一式揃ってるから、不備があったらいつでも行ってね!』だって」

「プレゼントじゃと!?」

 

 手紙の中に、プレゼントと言う言葉があったことで、メルがすごく食いついた。

 しかもこれ、メルだけじゃなくて、師匠にもプレゼントって書いてあるんだよね。

 一式って書いてあるから、何かのセットだとは思うけど……。

 

「ねーさまねーさま! プレゼント! プレゼントを見せてほしいのじゃ!」

「あ、そうだね。ちょっと待ってね……」

 

 ボクは『アイテムボックス』を開けると、中から荷物二つを取り出す。

 その内、片方を開けると、中には……

 

「あ、『New Era』……」

 

 なんと、『New Era』が入っていた。

 

 しかも、本体はもちろんのこと、モニターにマウス、キーボード、それからCFOに関するものも全部入っていた。

 

 多分これ、もう一方も同じ、だよね?

 

「ねーさま、これはなんじゃ!?」

 

 目を輝かせながら、メルが目の前のものについて、尋ねてくる。

 

「えーっと、なんて言えばいいのか……メルは、ゲームってわかるかな?」

「うむ! リビングにあるあのちっちゃな箱でやる遊びじゃな?」

「まあ、大体あってる、かな。それでね、これは最新技術で作られたゲームでね、簡単に言うと……夢の中で自由に遊べるの」

「なんと! こっちには、夢の魔法使う者がおるのか!?」

「いや、魔法じゃなくて科学だけど……」

 

 でも、発達した科学は、魔法と見分けがつかない、なんて言うし……あながち間違いじゃない、よね?

 

「まあ、それはそれとして、これで異世界を冒険できるんだよ」

「そうなのか! じゃあ、これがあれば、いつでもあっちに行けるのかの?」

「うーん、ちょっと違うかな? これで行けるのは向こうをモデル――土台にした世界でね。向こうに似ていて、知っている人がいても、本人じゃないの」

「むぅ……よくわからないのじゃ……」

「あ、あはは、ちょっと難しかったかもね。でも、とりあえず、外見だけ似てる人だと思えばいいよ」

「わかったのじゃ!」

 

 さすがに、向こう出身の人に対して説明をするのはちょっと難しいね。

 

 一応、夢の中で遊ぶって言ったけど、実際はちょっと違うからなぁ。

 

 まあ、ボク自身も、どういう原理で動かしているのか詳しくはよくわからないから、何とも言えないんだけど。

 

「それで、今日は未果たちと遊ぶんだけど、メルも一緒に遊ぶ?」

「うむ! 遊ぶのじゃ!」

「よかった。それじゃあ、先に宿題を終わらせないとね?」

「わかったのじゃ!」

 

 こう言う時、普通の子供なら、嫌がるんだろうけど、メルはまったくそう言うのがない。

 多分、新しいことを学ぶ、って言うことが新鮮で楽しいのかも。

 いいことだから、全然いいけどね。

 

「それじゃあ、ささっと終わらせちゃおうか」

「うむ!」

 

 

 まずはメルの宿題を終わらせた。

 

 メルは物覚えがよく、頭もいいので、すぐに宿題は終わった。

 

 それと同時に、師匠も家に帰って来た。

 

 師匠宛てにも来ていたので、師匠も誘ってみることに。

 部屋に入ろうとした師匠を呼び止め、事情を説明。

 

「――と言うことなんですけど、どうですか?」

「ふむ。ゲームか。なるほど、なかなかいいな。どれ、あたしも参加するとしようか」

「ありがとうございます! それじゃあ、早速設置しちゃいますね」

「ああ、頼む」

「それから、やり方は後で教えますので、それまで説明書を読んでてください」

「わかった」

 

 後々知ったんだけど、どうやら『CFO』には紙の説明書がついていました。

 

 これを見て、あらかじめ職を決めることもできたみたいです。

 

 と言うわけで、ボクはメルと師匠の『New Era』を設置しました。

 

 設置を終えたら、ボクは二人に起動の仕方を教える。

 ちょうど教え終えたところで、夜ご飯になり、一度夜ご飯を食べてくる。

 

 食べ終えてから、ボクたちは早速『CFO』の世界にログインしました。

 

 

 三人そろってゲームに早速ログイン。

 

 依桜以外の二人、ミオとメルは、まずキャラクタークリエイトから始めていた。

 

【ようこそ! CFOの世界へ! まずは、キャラクターのクリエイトからお願いします!】

「おお、ここがゲームの中、か? ふむ。面白いな。さて、キャラクタークリエイト、だったか? あー……ここをいじるのか。……面倒だし、このリアルモデルでいいだろ。容姿を変える必要はない」

 

 ミオ自身、特に容姿を変える必要はないと思っているので、即決でリアルモデルに。

 念押しで確認してくるも、何の迷いもなく了承。

 

 この後も、すべてさっさと決めたミオ。

 

 現実ではぶっ飛んだ能力の持ち主であるミオのステータスは果たして……。

 

 

 一方変わって、メル。

 

【ようこそ! CFOの世界へ! まずは、キャラクターのクリエイトからお願いします!】

「お、おー、ここが、ゲームの中なのじゃな……。すごいのぉ、全部白い! それで、んーと、リアルモデルに、クリエイトモデル……? むぅ、よくわからないのじゃ……リアルモデルでいいじゃろ!」

 

 メルはよくわからなかったため、リアルモデルで作ることに。

 

 念押しの確認も、すぐに了承し、どんどん先の設定も進めていく。

 

 現実では、魔王な美幼女のステータスは果たして……。




 どうも、九十九一です。
 一応日常回的なものを序盤に入れようと思いましたが、次に回すことにしました。ちょっと根本的には関係ない話になりそうだったので。次の日常回の時に、回想という形でやります。
 というわけで、今回から再びCFOの話に入ります。やったね、師匠とメルが追加参戦だよ!
 ……正直、ステータスを考えるのがめんど――ゲフンゲフン。大変ですが、まあ頑張ります。
 一応、主要メンバーたちのステータスに関しては、次の回が終わった後に出したいと思いますので、少々お待ちを。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが、できるか不明です。極力出すつもりですが、無理であれば申し訳ないです。いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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255件目 異世界の人はやっぱりおかしい

※ ステータスが幅をとりすぎて申し訳ないです……


 四月に入って、一度もログインできてなかったCFOに、久しぶりにログイン。

 

 マイホームを持っている人は、ログインすると、基本的にそこに出現するようになってるので、ボクはそこに。

 

 何も持ってない人は、大体門の前か、噴水の前。

 服装は、お店用の服だね。うん。普通。

 

「とりあえず、師匠とメルを迎えに行こう」

 

 

 そう言えば、名前について何も言わなかったけど……大丈夫かな。

 現実と同じ名前にしてないといいんだけど。

 

「えーっと……あれ? あそこ、なんだか人だかりが……」

 

 一番近い噴水付近に向かうと、遠目に人だかりが見えた。

 

 一回目のイベント以降、ボクの顔は知れ渡ってしまっているので、あんまり人が多いところに行きたくないんだけど……街の中だとスキルとかは使えないからね……。

 

 ……とりあえず、人だかりの中心に誰がいるか、だけど……。

 

『ああ? あたしは人待ってんだよ』

『そんなこと言わずにさー。おねーさんたち、初心者でしょ? 俺たちいい狩場知ってるから一緒に行こうぜー?』

『わ、儂らはねーさまを待ってるのじゃ! だから、むやみ人について行っちゃダメなのじゃ!』

 

 ……あー、師匠とメルだ。

 

 師匠たちに絡んでる人、命知らずもいいところな気が……。

 

 あの人、下手をしたら、レベル1の弱いステータスの状態で、ボクを抜いたこのゲームのトッププレイヤーさんを瞬殺できる気がするんだもん……。

 

 ……とりあえず、二人の所に行こう。

 

「あ、あのー……」

『ふぁ!? め、女神様!?』

『何!?』

『うわ、マジだ。初めて近くで見た……可愛い……』

 

 うっ、やっぱり視線が酷い……。

 

「えっと、と、通していただけると助かります。あそこにいる二人、ボクの妹と姉なので……」

『あ、あんなに可愛い娘と綺麗な人が、姉妹……?』

『や、やばすぎだろ……』

『ど、どうぞどうぞ』

 

 と、驚愕の表情を浮かべながらも、道を開けてくれたので、師匠たちの所へ。

 

「ん、おー、イオじゃないか。この馬鹿どもが絡んできてしつこいんだが、どうにかならないか?」

「ちょっ、師匠! ここでその名前は出さないでください! こっちで、ユキって呼んでください!」

「ん、ああ、すまん。そういやなんか言ってたな」

「ねーさま!」

 

 と、今度はメルがボクに抱き着いてくる。

 

「ごめんね、ボクはちょっと別の場所に出てきちゃうから、ちょっと遅くなっちゃって」

「いいのじゃ! ミオねーさまと一緒だったから大丈夫だったのじゃ!」

「それならよかったよ」

『美少女と美幼女……それに、美女……』

『すげえことになってるな』

 

 あ、そうだ、師匠たちに声をかけていた人は……あ、この人か。

 

「えっと、そう言うことなので、二人は連れて行きますね」

『あ、は、はい。す、すみません……』

「いえいえ。それじゃあ、行きましょう」

「ああ」

「うむ!」

 

 人だかりの中から二人を回収したボクは、お店に向かって歩き出した。

 

 

 お店に到着後、二人を中に入れて、席に着く。

 ボクは一旦厨房の方に行って、コーヒーと作り置きのケーキを二人の所へ持っていく。

 

「どうぞ。ボクのお店のケーキです」

「ここでもイオ――じゃなかったな。ユキか。ユキの飯が食えるとはな。こいつは、僥倖」

「これ、食べてもいいのかの?」

「うん。遠慮しないで食べて」

「いただきますなのじゃ!」

「あたしもいただこう」

 

 二人がケーキを食べ始める。

 いざ食べ始めると、やっぱり会話がストップするので、一旦食べ終わるのを待つ。

 

「ふぅ、ごちそうさん。……にしても、ここにはお前の家……というか、店があるのか」

「そうですよ。と言っても、不定期営業ですけどね」

 

 食べ終わると、師匠がそう言ってくるので、肯定する。

 同時に、不定期営業であることも、伝える。

 

「それで、えーっと、二人のキャラクターネームって……」

「あたしは、面倒だったからそのまま『ミオ』にした」

「儂も『メル』にしたのじゃ」

「あー……そうですか……」

 

 二人のキャラクターネームに、ボクは少し苦い顔をする。

 その様子を見て、師匠が話しかけてくる。

 

「なんだ、現実と同じ名前じゃまずかったのか?」

「そうですね。少なくとも、師匠とメルは、リアルモデルですよね?」

「ああ、調整が面倒だった」

「儂は、よくわからなかったのじゃ」

「……少なくとも、それがクリエイトモデルにして、現実と違う容姿にしていれば問題はなかったんですけど……現実と同じ容姿にするクリエイトモデルにして、名前を同じにすると、身バレしちゃうかもしれないんですよ」

「ふーん? まあ、大した問題じゃないだろ。どうせ、あたしはバレても大して問題はない」

 

 さすが師匠……。

 何と言うか、本気で思っているからこそ出るセリフだよね……。

 

「儂は……ね、ねーさまが守ってくれる、のじゃろ?」

 

 反対に、メルはちょっと心配そうに、ボクにそう訊いてくる。

 

「それはもちろん」

 

 断る理由なんてないです。というか、断るなんて選択肢はないです。

 大事なメルだもん。

 

「安心したのじゃ」

 

 ボクの返答に、安心したような笑顔を浮かべる。

 うん。可愛いなぁ。

 

「それで、えっと、師匠とメルのステータスってどうなってますか? ……って、ああ、そっか。フレンド登録しないといけないんだっけ。えっと、ちょっと待ってくださいね。……二人にフレンド申請を送ったので、それを受けてください」

「了解だ」

「はーいなのじゃ!」

 

 すぐに二人は申請を受理してくれて、ボクとフレンドになった。

 

「じゃあ、改めて。えっと、ステータスを開いて見せてくれるとありがたいです」

 

 そう言うと、二人はステータスを見せる。

 

 すると、

 

【ミオ Lv1 HP510/510 MP765/765

 《職業:暗殺者》

 《STR:280(+197)》《VIT:300(+211)》

 《DEX:320(+225)》《AGI:600(+721)》

 《INT:650(+455)》《LUC:140》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの外套】【右手:ぼろのナイフ】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの半ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【神殺し】【不老なる者】【神を超えし者】【世界最強】

 《スキル》【気配感知Lv10】【気配遮断Lv10】【消音Lv10】【擬態Lv10】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【空間移動Lv10】【瞬刹Lv10】【投擲Lv10】【一撃必殺Lv10】【手刀Lv10】【音波感知Lv10】【感覚共鳴Lv10】【弱体化Lv10】【神化LV10】【鑑定(極)Lv10】【無詠唱Lv10】【猛毒耐性Lv10】【睡眠耐性Lv10】【催眠耐性Lv10】【物理耐性Lv10】【刺突耐性Lv10】【魔法耐性Lv10】

 《魔法》【炎属性魔法(上級)Lv10】【嵐属性魔法(上級)Lv10】【氷属性魔法(上級)Lv10】【地属性魔法(上級)Lv10】【聖属性魔法(上級)Lv10】【闇属性魔法(上級)Lv10】【武器生成(小)LV10】【武器生成(大)Lv10】【回復魔法(上級)Lv10】【再生魔法Lv10】【付与魔法Lv10】

 《保有FP:0》《保有SP:0》】

 

【メル Lv1 HP150/150 MP375/375 

 《職業:魔法使い》

 《STR:150(+76)》《VIT:200(+101)》

 《DEX:100(+1)》《AGI:120(+121)》

 《INT:300》《LUC:80》

 《装備》【頭:なし】【体:ぼろの外套】【右手:ぼろの杖】【左手:なし】【腕:ぼろの手袋】【足:ぼろの半ズボン】【靴:ぼろの靴】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】【アクセサリー:なし】

 《称号》【魔王】【天真爛漫な少女】【勇者の妹】【女神の癒し】

 《スキル》【偽装Lv7】【魔王化Lv1】【身体強化Lv10】【立体機動Lv10】【瞬刹Lv2】【一撃必殺Lv1】【無詠唱Lv10】【毒耐性Lv10】【睡眠耐性Lv2】【魔法耐性Lv10】

 《魔法》【火属性魔法(初級)Lv1】【水属性魔法(初級)Lv1】【風属性魔法(初級)Lv1】【土属性魔法(初級)Lv1】【闇属性魔法(初級)Lv4】【回復魔法(初級)Lv2】【付与魔法Lv2】

 《保有FP:0》《保有SP:0》】

 

 …………あ、うん。これは……え、えーっと……反応に困ると言うか……ボクもかなりあれな方だったけど、この二人の方が、色々とおかしくない……?

 

 メルなんて、ボクの初期のステータスよりも高いんだけど……。

 

 あと、称号が色々とおかしいような……。

 

 【魔王】ってあるのに【勇者の妹】はおかしくない?

 

 ここで言う『勇者』って、多分ボクのこと、だよね……?

 あと、この『女神』も多分、ボク、だよね……。

 

 向こうの基準で作られているからあれだけど、向こうでも女神って言われてるの? ボク……。

 

 勇者で暗殺者で女神って……普通に考えたら、痛すぎるぅ……。

 

 ……まあ、メルはまだ許容。

 

 全然許容……。

 

 でもね……

 

「師匠のこれはおかしくないですか!?」

「ん? そうなのか?」

 

 さすがに、師匠のステータスだけはおかしい! ツッコミを入れずにはいられないよ!

 

「メルはまだしも、師匠のは異常すぎます! そもそもこれ、レベル1のステータスじゃないですよ!」

「そうは言われてもな……。というか、これでも現実より弱いぞ? 全部の能力、スキルが反映されてないみたいだし」

「……え、まだ、能力とかスキルを持ってるんですか……?」

「ああ。当然だろう?」

 

 ……師匠の当然は、ボクたちからしたら完全に非常識なんだけど……。

 

 AGIとINTのステータスがすでに1000越えなんだけど……どうなってるの?

 

 一応、前のイベントとかバレンタイン以降からレベルも上がって、30にはなったよ? でもね……それでも、いくつかのステータス、負けてるんだけど……。

 

 この人、やっぱり規格外すぎるよ……。

 

 ……個人的には、師匠が持つ【神化】っていうスキルと、メルが持つ【魔王化】っていうスキルが気になるけど。

 

「ねーさま、儂は? 儂はどうなんじゃ?」

「あー、うん。メルも強いよ。というか、下手なプレイヤーより全然……」

 

 初期ステータスがボクと一緒と考えると、何とも言えない気分になる。

 ……まあでも、可愛いからいいよね。

 

「にしても、この装備はダメだな……やはり、あたしが愛用してる装備くらいじゃないとダメか」

 

 そんなことをしたら、師匠、このゲーム内でとんでもないことになるんだけど……。

 少なくとも、強すぎて誰も手が出せないよ?

 

「むぅ、儂もこの服は嫌なのじゃ……」

 

 と、メルは自分が着ている服について、不満気な様子。

 まあ、メルも生まれたばかりとはいえ、女の子だもんね。

 可愛い洋服の方が好きだよね。

 

「メルの服は、ボクが作ってあげるから、もうちょっと我慢してくれる?」

「ねーさまが?」

「うん。こう見えてもね、ボクはこの世界で、料理屋さんと洋服屋さんをやってるの。要望があれば、メルに合った洋服を作ってあげるよ?」

「ほんと!?」

「もちろん」

「じゃあ……可愛いの!」

「あ、あはは……随分、抽象的……。でも、うん。わかった。可愛いのを作ってあげるね」

「やったのじゃ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶメル。

 無邪気で可愛い。

 やっぱり、メルは癒しだよ……。

 

「師匠も、洋服いりますか?」

「あー、そうだな……あたしとしても、あった方がいいか」

「わかりました。それで、何か要望はありますか?」

「そうだな……やはり、動きやすい服装だろう。下はもちろんホットパンツだな。あれは楽だ。上は……まあ、シャツか何かでいい。とりあえずはそれで大丈夫だ」

「わかりました。それじゃあ、作っておきますね」

 

 幸い、布はある程度ストックはあるしね。

 二人分を作るくらいなら問題なし。

 

 そう言えば、【裁縫】って靴とか作れないんだよね。

 その辺りは……まあ、ボクが買ってあげればいいかな、

 あ、師匠ってどれくらいお金持ってるんだろう?

 

「師匠って、お金持ってますか?」

「金? ちょっと待て。んー……ああ、4億テリル持ってるな」

「そ、そうですか」

 

 ……師匠の現実の所持金って、そんなにあったんだ……。

 道理で、働かなくても食べて飲んで寝ての生活ができたわけだよ……。

 

「メルはどう?」

「儂は……んーと、1000万じゃ!」

「結構持ってるね」

 

 まあ、生まれたばかりとはいえ魔王だからね。

 それくらい持ってても不思議じゃないか。

 それでも、ボクの方がお金を持ってるみたいだね。

 

 ……まあ、ボクの場合お店もやってるからね。

 

 イベントで優勝して以降、ボクのお店にはよくお客様が来るようになったしね。

 

 すごく忙しいんだけど。

 

 カランカラン……

 

 と、ここで入り口からベルの音が聞こえてきた。

 

「おーっす! 来たぜー」

「やっほー、ユキ君!」

「来たわよ」

「来たぞ」

「あ、みんないらっしゃい!」

 

 みんながボクのお店に入って来た。

 

「ん、ガキども。元気か」

「あ、未果たちじゃ!」

「って、え、ミオさんにメルちゃん!? どうしてこのゲームに……?」

「えっと、学園長先生が最近の並行世界の件で二人分の『New Era』を送ってくれてね。それで、二人を誘ったら、一緒にプレイすることになったの」

 

 軽く、みんなに師匠とメルのことを伝える。

 

「へぇ。てことは、今後はミオさんとメルちゃんも加わる感じか?」

「うむ!」

「あたしは、現実では教師で、他にもやることがあるからな。時間が合わない場合が多いから、そう頻繁には来れないな」

 

 あ、そっか。

 

 師匠ってなんだかんだで動き回ってるんだよね。

 

 ブライズの件かな?

 

 師匠から、解決した、なんて聞いたことないし。

 それに、向こうから来てる人もいるから、そっちも。

 

「まあ、ミオさん忙しいからねぇ」

「そうだぞ? あたしとしては、酒を飲んで美味い飯を食う生活だけでもいいんだが……こっちで色々と動くってのはなかなかどうして楽しくてな」

「師匠が楽しいって言うなんて……」

「……お前、あたしのこと馬鹿にしてるのか?」

「い、いえ! そんなことはないです!」

 

 じろりと師匠が視線でボクを射抜く。

 こ、怖いよぉ……。

 

「……まあいい。ああ、そうだユキ。確かこの世界は、あたしらの世界を模してるんだったな?」

「あ、はい、そうですよ」

「てことはあれか? あたしの家もあるのか?」

「ありますね。このゲームを始めてプレイした時に、ボクが持っていた装備やアイテム類は全部回収しましたし」

「なるほど。一応こっちにあるってわけか。……なら、あたしも後で回収しに行くとしよう。場所は変わらないんだろう?」

「はい」

「そうか。ありがとな」

「いえいえ」

 

 ……探すのはちょっと苦労すると思うけど、頑張ってください、師匠。

 心の中で応援した。




 どうも、九十九一です。
 ステータスを書きたくない……。しかも、今回の二人に関しては、現実があれだから、なおさらで……。特に、ミオが一番おかしい。自分でもステータスの数値には頭を悩ませました。結果、まあ、ユキより強くしないとだよね! とか思って、ああなりましたが。一応加減はしましたよ。少しは……。
 えーっと、とりあえず、見たことがないスキルに関しては、一応こっちの章に説明用のものを上げますので、しばしお待ちください。なるべく早めに上げますので。
 今日は二話投稿を予定しています。いつも言っている通りの時間だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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256件目 ギルド設立

 その後、軽くみんなでケーキを食べながら雑談。

 

 師匠とメルは二個目だけど、この世界ならお腹いっぱいにはならないし、そもそもお腹に入らないからね。

 

 女の子だからね。飽きることはないんだと思います。

 

 師匠は、そもそも美味しければ飽きることはない、らしいし。

 それはそれですごいような……?

 

 前に、

 

『イオが作る飯なら、何だって美味い。と言うか、毎日食べたい。この、味噌汁とか』

 

 って言われたことがあります。

 

 ……なんだか、プロポーズみたいで、ちょっと恥ずかしかったけど。

 

 とりあえず、ある程度食べた後、レンがこう切り出す。

 

「そういや、サービス開始から結構時間経って、ギルドもそこそこの数出来てきたしよ、オレたちもそろそろ作らね?」

「いいわね。言われてみれば、この街にはそれなりの数のギルドが設立されてるし」

「と言うか、今っていくつくらいのギルドがあるんだ?」

「んーと……少なくとも200くらい?」

「あ、結構作られてるんだね」

 

 まあ、サービス開始から3ヶ月以上経ってることを考えたら、それくらいはできても不思議じゃないよね。

 プレイヤーの数だけギルドがあるってわけじゃないし。

 

「ねーさま、ギルド、ってなんじゃ?」

 

 くいくいとボクの服の袖を引っ張りながら、メルがギルドについて尋ねてくる。

 

「ギルドって言うのは……うーん、なんて言えばいいんだろう? ヤオイ、なんて言えばいいかな」

「そうだねぇ。まあ、簡単に言うと、仲のいい人で集まって作る集団かな? その後も、初心者とか、知り合いとかを誘ってどんどん大きくなるまあ……傭兵団とか国に近いかも?」

「ほ~、そんなものがあるんじゃなぁ」

「そんなものがあるのか。面白いな」

 

 メルはなんとなく理解してくれて、師匠は面白そうだと言う。

 師匠が興味を持つなんて、ちょっと珍しい。

 

「それで? そのギルドってのを作るのか?」

「はい。このゲームが始まったばかりの頃に、少しギルドができてきたら作ろう、って決めてたものですから」

「なるほどな。つまり、今はそのギルドを作る相談ってわけだな?」

「そうだよ!」

「ということは、そのギルドには当然リーダーがいるわけだ。まあ、お前たちのことだ。どうせ、ユキがリーダーになってるんだろう?」

「「「「その通りです」」」」

「……ボクは、未果とかがいいと思ったんですけどね」

 

 なぜか、多数決で決まっちゃったし。

 まあ、こっちの世界に関しては、ある程度の知識はあるからね。

 それに、あの中じゃ一番強かったのボクだし……。

 

 今は、まあ……師匠が参加しだしたから何とも言えない。

 

「まあ、妥当だろ。ユキは責任感はあるし、面倒見がいい……というか、よすぎるからな」

「そ、そうですか?」

「ああ。だが……このギルドってのは、入団したければ、申請すればいいんだよな?」

「そうですね。まあ、最終的に決めるのはギルドマスターだから、ユキの一存でどうとでもなりますが」

 

 師匠の疑問に、ショウが答える。

 あ、ボクがギルドマスターで決まりなんだね。

 

「なるほどな……。そうなると、入団希望者が押し寄せてくることになる、と」

「そこが心配なんですよ、ミオさん。ユキってば、自分の容姿に関しては本当に無自覚なので。おかげで、お店をやってる間、異常なまでにフレンド登録をお願いされたり、ギルドに入らないかって打診を受けたり、むしろ入れてくれ! って言われる始末で」

「で、でも、あれはボクがイベントで優勝しちゃったからだと思うし……」

「……ユキの場合、仮に入賞してなくても、同じことになった気がするけどな」

「だね。ユキ君の人気すごいもん」

「え、に、人気?」

「ええ、ユキ、ネット上のこのゲームのコミュで結構話題になってるわよ? あと、攻略サイトにもここの情報が載ってるし。なんでも『ゲーム内で一番のおすすめ店』とかなんとか」

「そ、そんな大げさな……」

 

 さすがに、一番は言いすぎじゃない……?

 ボク、別に料理人じゃないし、腕前は普通だよ?

 

「この通り、ユキは謙遜します。と言うか、自覚してないですので、私たちがある程度しっかりしないといけないわけです」

「……なるほど。理解した」

「うむ! ねーさまを見てるのじゃ!」

 

 あ、あれ? ボク、そんなに心配されるようなことある……?

 う、うーん?

 

「とまあ、そんなわけなので、早速ギルド設立に必要なことを話し合いましょうか。ヤオイ、この街って、まだギルドホームになる場所って残ってるのかしら?」

「ちょっと待ってね~。んー……あ、うん。一応残ってるよ。ただ、結構高いねぇ」

「いくらくらいなんだ?」

「初期から一応買えるのが増えてね。それによって、大規模ギルド用のようなものがあるんだけど……今は、ほとんどそこしかないかな。値段は、5000万テリル」

「「「高ッ!?」」」

 

 ヤオイが提示した金額に、ミサ、ショウ、レンの三人が揃って叫んだ。

 ボク、師匠、メルは特に反応なし。

 いや、ボクでも高いとは思ってるけど。

 

「他はないの?」

「うーん、残念ながら、小規模、中規模用のギルドホームはほとんどないねぇ。あっても、この街以外の場所かな」

「そっかぁ。さすがに、そこまでの貯金はねぇしなぁ……」

「そうね。私も、そこまでないわ。色々と使っちゃって、200万ほどしかないわね、私は」

「俺も、ミサと同じ程度」

「オレなんて、50万しかないぜ……」

「わたしは72万」

 

 まあ、普通ならそれくらいなんだろうなぁ。

 

 一応、みんなに結構な額のバイト代を出してはいるけど、ボクとは違って装備とかアイテムにお金がかかるからね……。

 

 ボクとか師匠は、まあ、元々の装備があるし。

 

 ……もしかして、メルも魔王城に行けばあるんじゃないかな。

 

 でも、そっか。結構高いとなると……ギルドマスターになるわけだし……うん。

 

「えっと、ボクが出してもいいよ?」

 

 ボクが払うことを提案してみる。

 

「え、でも、5000万よ? さすがに、ユキと言えど……」

「あー、えっと、ちょっとこれ見てほしいんだけど……」

 

 ボクは、自分のステータスにある項目を見せる。

 そこに表示されてる金額……1億。

 

「「「「ぶはっ!?」」」」

 

 この金額を見た瞬間、みんなが一斉に噴き出した。

 まあ、うん……だよね。

 久しぶりにログインして、目がおかしくなったのかな? と思ったら、正しかったです。

 これはどういうこと……?

 と思って、ステータスを見たら、こんなものが。

 

【魔族を統べし女王】

 

 絶対原因これ。

 

 ……どうやら、最近の向こうでの経験が反映されちゃってるみたいでした。

 AI、すごいなぁ……。

 

 で、これの効果、ね。

 

【魔族を統べし女王】……魔族の国を統べる女王に贈られる称号。効果:魔族の国が所有す金銭の内、30%を所有する。魔族の国にて、すべてのアイテム、食事代、宿泊代がタダになり、国の運営が可能になる。魔王城の代理所有権を得る

 

 っていう、ちょっとおかしなもの。

 

 多分だけど、メルが持つ称号【魔王】これと似た効果を持ってるような気がする。

 まあ、もう一つ新しい称号があったんだけど……

 

【魔族たちの女神】

 

 これ。

 

 いや、うん。

 

 ボク、魔族の人たちから女神って思われちゃってるらしいです……。

 

 こっちの称号も色々とおかしいけどね……。

 

 どうやら、向こうでボクが何らかの行動を起こして、何らかの結果を出すと、こっちに反映されちゃうみたいです。

 

 ……ある意味、チートだと思います。卑怯だよね、これ。

 

 まあ、ともかくみんなに前者の方の称号を説明。

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

 ドン引きされました。

 だ、だよねぇ……。

 

「と、ともかく、これでお金の問題はなくなったけど、どうする? ボクは払ってもいいよ?」

「……私たち、ユキに色々としてもらってばかりだし……さすがに、これ以上はちょっとあれよね」

「そうだな。さすがに、俺たちのたまり場としてここを使わせてもらってる上に、装備ももらってるしな……」

「だよなー。さすがに、これ以上世話になるはなぁ」

「わたしもさすがに」

「別にボクは気にしないけど……」

 

 みんなのために何かできるのって普通に嬉しいし……。

 

「「「「さすがに気にする!」」」」

「そ、そですか……」

 

 別にいいと思うんだけど……。

 で、でも、みんなにもいろいろあるわけだよね。

 

「それなら、とりあえず、ユキが金を払っといて、少しずつ返せばいいんじゃないのか? 一人頭、1000万ってところだろ。さすがに、メルは可哀そうだしな」

「なるほど、たしかにありね……。さすがミオさん」

「これくらいどうってことない」

「それじゃあ、俺たちはそうするか」

「賛成!」

「オレもだ!」

 

 結果、割り勘ということになりました。

 とりあえず、ボクが一括で払っておいて、後でみんなから少しずつ返してもらうことに。

 無利子、催促なしで、好きな時に、って感じです。

 

「あれ? 師匠は払わないんですか?」

「ん? あたしは別に、ユキに買ってもらうことに対して、申し訳なさなんてないからな。弟子の物はあたしもの」

「……ジャイアニズム」

 

 師匠はいつも通りでした。

 

 

 というわけで、購入予定のギルドホームに来ました。

 

 場所は西区。

 

 王都では、貴族の人たちが多く住んでいた区画で、小さめの屋敷から、豪邸と言えるような屋敷までさまざま。

 

 そんな場所に、ボクたちが買おうとしているものがありました。

 

 そして、

 

「え、ここ……?」

 

 ボクは思わずそう呟いていました。

 

 そこにあったのは、何と言うか……まさに豪邸と言っても過言じゃない屋敷。

 

 相当広いよね、これ。

 

 立派な門に、しっかり舗装された石畳の道。

 中心には噴水がある。

 石畳じゃないところは、芝生があって、木々や花々が植えられている。

 肝心の建物は、真っ白で汚れ一つない綺麗な建物。

 大体、三階建てくらいかな?

 別館らしき場所も見えるし、作業小屋に似た場所もある。

 

 はっきり言って、七人だけのギルドでこれは豪華すぎるような気が……。

 

「でも、今残ってるギルドホームなかで一番高い上に、一番いいのって、5000万のこのギルドホームなんだよ?」

「そ、そうなの?」

「うん。だって、後は、ユキ君が無理そうな場所だよ? 他に残ってる建物のほとんどが、曰くつきの物件だよ? たしか、幽霊とか出る――」

「ここにしよう! それ以外ないです! ちゃっちゃと購入しちゃうね! はい、購入したよ! 入ろう!」

(((((よっぽど幽霊が怖いんだな……)))))

 

 ボクはよどみなく、高速で手を動かし、ギルドホームを購入し、中に入っていきました。

 

 

「おぉー、すごいのじゃ、すごいのじゃ! 広いのじゃー!」

 

 中に入ると、メルが大はしゃぎで走り回る。

 メルって、魔王だからお城住まいだったと思うんだけど。

 それとこれとは違うんだろうね。うん。

 

「ここがギルドホームになるのか」

「とりあえず、各々自由に見て回りましょ。登録はその後でいいわよね」

「「「「「「賛成!」」」」」」

 

 未果の提案に、この場にいるみんなが賛成した。

 

 

 色々と中を見回った結果、この屋敷には、二十部屋の寝室に、書斎が二ヶ所、男女別の大浴場が一ヶ所ずつ、調理場、応接室、食堂、長方形の机と椅子が置かれた会議室のような場所や、儀式用の部屋らしき場所もあって、さらには、パーティー会場のような、広めの場所もあった。外には、お茶会などができそうな庭園がありました。ご丁寧にテーブルと椅子もセットで。花のアーチなんて初めて見ました。

 

 それから外にあった作業小屋のような建物は、なんと調合部屋でした。

 これには、ヤオイが大喜び。

 

 調合士だからね。

 

 それに、どうやらギルドホームは、生産職の人がそこで販売などができるそう。

 

 便利だね。

 

 ただ、個人経営と言うわけじゃないので、売り上げのうち三割がギルドに還元されちゃうみたいだけどね。

 

 あと、訓練場のような場所もあった。

 

 一通り見終えたボクたちは、一度会議室のような部屋に集まる。

 

「このギルドホームすげぇな」

「だね! わたし、調合部屋があったからすごく嬉しいよ!」

「5000万するだけあって、本当に豪華だったわ」

「そうだな。まさか、大浴場もあるとは思わなかったが」

「うむ! 儂も、ここは好きじゃ! ブランコとやらや滑り台もあったしな!」

 

 あ、そう言えばあったね。

 三階から滑り台で降りれる場所とか、庭園の付近にブランコがあったりとか。

 

「あたしも気に入ったぞ。風呂があるのはいいな。あと、酒らしき飲み物が保管された場所もあった」

「え、そんなところが?」

「ああ。なんだ? お前たち気付かなかったのか? 地下に降りる階段があって、その先に酒が保管されてる場所があったんだが」

「地下?」

 

 たしかに、地下に行けそうな階段はあったけど、なぜか入れなかったんだよね、あそこ。

 そう思っていると、みんなもそうだったらしく、ちょっと不思議そうな顔。

 師匠だけは入れる理由……。

 

「もしかして、年齢制限があった、とか?」

「なるほど。あり得るわね。おそらく、本当に酔えるような設定がされてるから、未成年が飲酒できないようにしてるんでしょう」

「このゲームの運営のトップが学園長って言うことを考えると、そうだろうな」

 

 やっぱり、そうなるよね。

 未果の言うように、お酒と同じ効果を持ってるんだろうね、そのお酒らしきものは。

 そうなると、飲めないように年齢制限をしている理由もうなずけるよ。

 

「とりあえず、話はここまでにして、ギルドを早速結成しちゃおうよ!」

「そうだね。一応これ、購入者が色々と決めるみたいだね。えっと、あ、この部屋で入団とかができるみたいだよ? テーブルを二回ほどタッチすると、スクリーンが出るみたい」

 

 そう言うと、みんながテーブルを二回タッチ。

 すると、スクリーンが現れる。

 

「あら? これ、まだ不可になってるわよ?」

「え、ほんと? ちょっと待ってね……」

 

 未果が言ったことは、どうやら他のみんなもそうだったらしい。

 とりあえず、ボクも一応同じようにすると……

 

【ギルドマスターをプレイヤー:ユキで登録します。Y/N】

 

 という文章が現れました。

 

 ……なぜか、ギルドマスター以外の選択肢がないんですけど。

 

 もしかしてこれ、購入した人がギルドマスターに、って感じなのかも。

 

 ……まあ、ボクがギルドマスターになることで決まっていたわけだしね。

 

 Yをタッチ。

 

【登録、完了しました! それでは、これより入団申請を開放します】

「えっと、とりあえず、もう一度やってみて? 多分申請できると思うから」

 

 そう言うと、みんな再びさっきと同じことをする。

 少しして、ピロリン♪ という通知音が何度か聞こえてきた。

 

 そこを開くと、

 

【入団申請が6件着ています。受理しますか? Y/N】

 

 というメッセージが表示される。

 一応、中身を見て、申請したのがみんなであると確認した後、全員受理。

 

「これで、多分ギルドができた、かな?」

「そうみたいね。所属もちゃんとあるし」

「でもこれ、ギルド:無名になってるよ? 名前を決めないといけないんじゃないかな?」

「あ、そっか。ギルド名、どうしようかな」

 

 うーんと唸りながら、みんなで考える。

 

「……ユキが決めれば問題ないだろう。何より、ここのリーダーはお前だろ?」

「え、で、でも、ボクにネーミングセンスはないですよ? 師匠」

「んな門関係ない。てか、面倒。ほら、さっさと決めろ。リーダーだろう?」

「り、理不尽……」

 

 ちらりとみんなを見れば、なぜかじーっとボクを見ている。

 あの、ボクが決めろってことですか……?

 

「ねーさま頑張るのじゃ!」

 

 あ、うん。メルが応援しちゃってる以上、ボクがやらないといけないんだね……。

 

 う、うーん、名前……名前かぁ。

 

 何がいいかな。

 

 お店は『白銀亭』って名前にしたけど、あれはボクがインターネット上で言われてることを基にしたからね。

 

 そこからまた取ってもいいけど……どうしようかな。

 

 ……さすがに、ボクの所有物みたいになりそうだから、なしかな。

 

 できれば、○○騎士団とか、○○団、みたいなそんな感じじゃなくて、ほのぼのとした感じの名前がいいかな。

 

 うーん……ほのぼの……ほのぼの日和……ちょっと違う。

 

「ご、ごめん、なにも思い浮かばない……」

「まあ、そうよね。正直、ギルド名を考えるのは難しいわよね」

「……とりあえず、白銀は入れるか」

「なんで!?」

「何でと言われてもな……とりあえず、ユキがギルドマスターだしな。なにも思い浮かばないのなら、それでいいだろう?」

「そ、そうなんだけど……うぅ、だったら、ほ、『ほのぼの日和』で、どう……?」

 

 さすがに、白銀は勘弁してほしいところなので、仕方なく、さっき思い浮かんで、違うと思ったものを提案する。

 

「ふーん? 面白い名前ね。私はいいと思うわよ、ユキらしいし」

「俺も、それで構わないぞ」

「異議なしだぜ」

「うんうん、いいと思うよー。なんか、ユキ君の願望が見え隠れしてる気がするけど」

 

 ……まあ、ボクの日常って言えば、ほのぼのとは程遠い何かだからね。

 できれば、ここだけでも、って言う意味はあったり……。

 

「あたしも構わん。ユキに全部任せてるしな」

「儂は、ねーさまが決めたものなら何でもいいのじゃ!」

 

 あ、あれ? 思ったより、好意的?

 

「で、でも、なんだかちょっとギルドの名前にするにしてはあまりいい名前には思えないんだけど……」

「私たちがいいって言うんだから、それでいいのよ」

 

 うんうんと頷く他のみんな。

 や、優しいなぁ……こんな、ネーミングセンスを疑うような名前なのに……。

 

「じゃ、じゃあ、これで決定しちゃうね?」

「「「「「「OK(なのじゃ)!」」」」」」

 

 異論はないので、ボクはギルド名を入力した。

 

【ギルド名:ほのぼの日和 ギルドレベル1 ギルドマスター:ユキ 団員数:7人 ギルドボーナス:全ステータス+5%】

 

 こうして、ボクたちのギルドが無事、設立されました。

 

 まあ、ギルドができたから、何かがある、というわけじゃないからね。これまで通りに楽しみたいと思います。

 

 ちなみに、師匠とメルのステータスを見たみんなが、一斉に噴いたのは言うまでもないです。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:最近】

1:最近、女神様を見かけないな

 

2:たしかに。お店がやってないなぁ

 

3:正直、あの店の味が恋しくて禁断症状が出そうでござる……

 

4:わかる……。あそこ、バフも嬉しいけど、単純に味もいいンゴからねぇ

 

5:そうじゃなぁ……

 

6:やっぱ、リアルが忙しいのかね?

 

7:そうでござろう。あれほどの容姿を持つ女神様なら、忙しいのもうなずけるでござる

 

8:だよなぁ

 

9:おい、大変だ! これ見てくれ!

 

 と、掲示板に新しく参加してきたプレイヤーがとある写真を投稿。

 そこには、ユキ、ミオ、メルの三人が映っていた。

 

10:な、なんだこれは!?

 

11:今日、新たに、この紫髪ツインテールのロリっ娘と、黒髪ポニーテールの綺麗なお姉様がこのゲームにINしてきたんだけどさ、この二人、女神様の姉妹らしい!

 

12:なんだと!?

 

13:あ、あんなに可愛い女神様に、可愛すぎる幼女な妹と、綺麗すぎるお姉様がいただと……?

 

14:なんという美人三姉妹でござるか……

 

15:しかし、見事に髪色がバラバラじゃのう……

 

16:これは、義理の姉妹ンゴか?

 

17:かもなー

 

18:まあ、それでも素晴らしい光景だと言うことに変わりはない!

 

19:ちらっと聞こえたんだけどよ、この幼女、一人称が『儂』で語尾に『じゃ』がつくらしい

 

20:なんっ、だとっ……?

 

21:の、のじゃろりが存在したと言うのか!?

 

22:あと、なぜか黒髪のお姉様は女神様に師匠って言われてた

 

23:師匠……? 姉ではなく?

 

24:うむ

 

25:となると……女神様が異常な強さを持ってる原因の人、なのか?

 

26:可能性はあるでござるな

 

27:ということは、めっちゃ強いンゴ……?

 

28:十中八九そうじゃろうな

 

29:ま、マジか

 

30:……銀髪碧眼の女神に、のじゃろりな天使のようなロリっ娘に、とんでもなく強く美人すぎる師匠……

 

31:女神様の関係者は色々とすごいなぁ

 

32:それなぁ

 

 それから、しばらくユキたちに関するとこで盛り上がる。

 

 それから、少しして、

 

81:あ、そういや、なんか新しいギルドができたみたいぜ?

 

82:マジ?

 

83:マジマジ。しかもこのギルド、あの5000万する馬鹿みたいなホームを買ってる

 

84:ファ!?

 

85:あのあほみたいに高いホームを!?

 

86:ああ。ちなみに、ギルド名は『ほのぼの日和』らしい

 

87:……このゲームでほのぼのを付けるとは。真逆な気がするんだが

 

88:そして驚け! このギルドのギルドマスターは……女神様だ!

 

89:なんだとぉぉぉぉぉぉっ!?

 

90:ちょ、それはマジでござるか!?

 

91:嘘じゃったらただじゃおかんぞ!

 

92:マジも大マジ! なんの迷いもなくすごい勢いで買ってた!

 

93:店を経営しているから、買えてもおかしくはないと思うが……5000万も使ったら、ほとんどの金が飛ぶんじゃね?

 

94:のわりには余裕があったように見えるんだよなぁ……

 

95:なにかあるかもしれないンゴ

 

96:じゃなぁ

 

97:正直、女神様ならどっかの国のお姫様って言われても信じられるわ

 

98:たしかに

 

99:そんな国があったら、絶対住みてぇ

 

100:その内できそうだけどな!

 

101:そしたら、そこにマイホーム買おうぜ

 

102:異議なし

 

 意外と、的を射たことを話す掲示板民たちであった。




 どうも、九十九一です。
 ギルド名、正直悩みました。ネーミングセンスがなさすぎるが故の悩み。結局、なんかよくわからない名前になりました。ネーミングセンスのなさが憎い……。
 新しい称号やらスキルについては、前話で言った通り、なるべく早めにこの章用で登校しますので、お待ちください。ステータスは……一緒にするか、しないかで迷ってます。一応一緒にする方向で考えます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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CFO中に出てくる職業・称号・スキル・魔法・アイテムの一覧(作中登場次第、随時更新)2章用

※ CFO二章に登場する用語の説明に関するものです。見るタイミングはお任せします。(ネタバレになるかは不明です)
  なお、効果内容などは、割と適当に作っている面がありますので、ちょこちょこ改善していく予定です。
  魔法に関しては、少々お待ちください。


《称号》

【神殺し】……神を殺した者に贈られる称号。効果:スキル【神化】を得る

 取得者:ミオ

 

【不老なる者】……外見が一切変わらない者に贈られる称号。効果:デバフがかかりにくくなる。抵抗率+90%

 取得者:ミオ

 

【神を超えし者】……神を超えた者に贈られる称号。効果:レベルが上がりにくくなる代わりに、一度に得られるFP・SPが五倍になる。

 取得者:ミオ

 

【世界最強】……その世界に存在する全種族を含め、世界最強に至った者に贈られる称号。効果:LUC以外の全ステータス+70%

 取得者:ミオ

 

【魔王】……魔族のトップの者に贈られる称号。入手方法:生まれつき。効果:MP、STR、VIT、AGIに、+50%の補正を付ける。スキル、【魔王化】【身体強化】【魔法耐性】を得る。聖属性以外の魔法を習得。同時に、+50%のダメージ補正がかかり、魔法で受けるダメージが聖属性を除いて50%カットになる。代わりに、聖属性での攻撃で受けるダメージ+100%。武器なしで魔法が使用できるようになる。魔族の国にて、食事代、宿泊代、アイテム代がタダになる。魔王城の所有権を得る

 取得者:メル

 

【天真爛漫な少女】……常に笑顔で、天真爛漫な少女に贈られる称号。効果:NPCショップでアイテムを買うと、おまけがもらえるようになる。NPC・プレイヤー関わらず、買い物をする際、三割引きになる。

 取得者:メル

 

【勇者の妹】……人間を救った勇者の妹に贈られる称号。効果:買い物をする際、どこでも三割引きになる。お城などに入る際、必要アイテムがなくとも入ることができる

 取得者:メル

 

【女神の癒し】……苦労性の女神を癒す者に贈られる称号。効果:【回復魔法】【付与魔法】を習得。回復量に+20%の補正がかかる。所有者が聖属性から受けるダメージを50%カットする。

 取得者:メル

 

【魔族を統べし女王】……魔族の国を統べる女王に贈られる称号。効果:魔族の国が所有す金銭の内、30%を所有する。魔族の国にて、すべてのアイテム、食事代、宿泊代がタダになり、国の運営が可能になる。魔王城の代理所有権を得る

 取得者:ユキ

 

【魔族たちの女神】……魔族たちに女神として崇め、敬われている者に贈られる称号。効果:魔族と出会った際、敵対されず、味方になってくれる。魔族が敵を倒した際、経験値は称号保持者に入る。上限は五体。それ以上は、何らかのアイテムを渡し、去っていく。献上品をもらえる。

 取得者:ユキ

 

《スキル》

【空間移動】……空間を移動するためのスキル。使用後、一定時間、任意の位置に使用者専用の足場を生成でき、空間内を移動可能。現実では、文字通り瞬間移動などができるが、ゲームでは代替措置として、足場生成になっている。レベル1で20秒。レベル10で40秒。リキャストタイムは、200秒。

 習得方法:不明

 

【音波感知】……自信を中心にエコーを発生させ、物の位置を探るスキル。気配遮断やハイディングなど、姿を消したりするスキルに対する対抗策のようなスキル。レベルが上がるごとに範囲が広がる。レベル1で自身を中心とした半径5メートル。レベル10で半径40メートル。効果時間は40秒。リキャストタイムは、180秒。

 習得方法:不明

 

【感覚共鳴】……他者と感覚を合わせるスキル。相手に自身の五感を感じさせたり、逆に相手の五感を感じることができる。一つだけも可。レベルが上がるごとに、効果時間、範囲が伸びる。レベル1で5秒、範囲5メートル以内。レベル10で、15秒、範囲50メートル。ただし、範囲が伸びれば伸びるほどレジストされやすくなる。INTに由来する。

 習得方法:不明

 

【弱体化】……自信のステータスを下げるためのスキル。自身の全ステータスを1%~99%で低下させることができる。他者には不可能。現実では付与魔法を用いることで他者の能力低下、封じることができる。使用にはMPを使う。効果時間が過ぎても、そのままでいることが可能。ただし、レベルによって最低時間が変動する。レベル1で110秒。レベル10で10秒。

 習得方法:ステータス弱体系のデバフを1000回受ける。1万回受ければ、レベル10になる。

 

【神化】……一時的に神に至るためのスキル。一定時間、全ステータスを3倍にする。代わりに、神化中はほかのスキル、魔法が使用不可になる。解除は任意で行えるが、制限時間もある。レベルが上がれば、時間も伸びる。レベル1で10秒。レベル10で60秒。デメリットとして、制限時間終了後、全ステータスが二分の一にまで低下し、受けるダメージが2倍になる。金髪金眼になり、全身からうっすらと白いオーラを発するようになる。リキャストタイムは、400秒。

 習得方法:神に近い者が習得可能。(隠れスキル)

 

【鑑定(極)】……鑑定の最上位に位置するスキル。問答無用で相手のステータスを覗くことができ、鑑定が必要なアイテムも、拾った際のレアリティよりも二段階上で鑑定可能になる。レジストがしにくく、使用者よりもINTが200以上の差が必要である。

 習得方法:鑑定(低)をひたすら使用し、鑑定(中)→鑑定(上)→鑑定(極)と上げていくしかない。

 

【猛毒耐性】……猛毒に対する耐性を得る。レベル1でも毒は無効化できる。レベル1で5%カット。レベル10で95%カット。

 習得方法:毒耐性をレベル10にしたのちに、合計100時間毒状態になること。

 

【催眠耐性】……催眠に対する耐性を得る。睡眠耐性と似ているが、こちらは混乱や怒り状態に対して耐性を持つ。レベル1で10%カット。レベル10で100%カット。

 習得方法:催眠攻撃を100回受けること。1000回受ければレベル10になる。

 

【物理耐性】……物理攻撃に対して耐性を得る。ここでの物理攻撃とは、直剣、大剣、籠手、、棍棒、刀が該当する。レベル1で5%カット。レベル10で50%カット。

 習得方法:物理攻撃で1000回倒される。5000回倒されればレベル10になる。

 現実で、武術(剣道、空手、柔道)などをしている場合、オートで入手している場合が多い。

 

【刺突耐性】……刺突攻撃に対して耐性を得る。ここでの刺突攻撃とは、槍、短剣、弓が該当する。レベル1で5%カット。レベル10で50%カット。

 習得方法:刺突攻撃で1000回倒される。5000回倒されればレベル10になる。

 現実で、武術(薙刀、弓道、フェンシング)をやっているか、刺し傷などが多い場合はオート作成にて入手している場合が多い。

 

【魔法耐性】……魔法攻撃に対して耐性を得る。MPを使用し、何らかの属性を持った攻撃は魔法攻撃判定をくらうのの、レギオが使用する【煌聖斬】が該当している。レベル1で5%カット、レベル10で50%カット。

 習得方法:魔法攻撃で1000回倒される。5000回倒されればレベル10になる。

 

【偽装】……自身の存在を偽ることができるスキル。感知系スキルをかいくぐることができる。ただし、感知系スキルを使った者が、自身よりも同レベル以下に限る。

 習得方法:不明

 

【魔王化】……自身を魔王に至らせるスキル。自身が持つ最大MPを全て使うことで使用可能。使用後、DEX、INTは二倍になり、魔法の連射速度が上がる。他のステータスは1.5倍になる。使用中は、魔法以外スキルの使用が不可になる。制限時間が続く限り、魔法が打ち放題になる。デメリットとして、使用後MP回復速度低下(10分の1)のデバフと、聖属性ダメージが1.5倍になり、VITが半減する。スキルレベルによって、制限時間が変動する。レベル1で30秒。レベル10で90秒。角が二本生え、悪魔のような翼も生える。翼を使って飛ぶことも可能。紅いオーラを放つようになる。リキャストタイムは、380秒。

 習得方法:称号【魔王】の取得。メルのみ入手可能。

 

《アイテム・装備品》

【幼キ魔王ノ血衣】……血を連想させるような紅と魔王を象徴するかのような漆黒に、薔薇が描かれた異世界の服。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+60・VIT+50・INT+80。装備部位:体・腕・足。《武器スキル:女神の護り》装備者が受ける聖属性ダメージを50%軽減し、物理・刺突ダメージを20%カットする。《取得経験値向上:14%》

 

【幼キ魔王ノミニハット】……幼い魔王のために用意された小さなシルクハット。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+20。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の加護》一撃でHPを全損させられる攻撃を、一日に三回まで防ぐことができる。

 

【幼キ魔王ノリボン】……幼い魔王のために用意された蝶の飾りがついた、二対で一個のリボン。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+10・AGI+20。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の愛》デバフがかかりにくくなる。レジスト率+30%。

 

【幼キ魔王ノ首飾リ】……幼い魔王のために用意された十字架の首飾り。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+30・LUC+40。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の祝福》急所に当たりやすくなり、一分間でHPが10%回復し、MPの回復速度が二倍になる。




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、ステータスは一緒にせず、先にスキルなどに関するものを上げておきます。前書きにある通り、魔法に関しては少々お待ちください。
 強すぎるものにはデメリットがありますので安心してください。


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257件目 やりすぎユキちゃん

 ギルドを設立した後は、特段やることがなかったので、そのままギルドホームで思い思いにくつろぐことに。

 

 そうすると、師匠は地下に行ってお酒を物色しに行きました。師匠らしい。

 

 ショウとレンの二人は訓練場で二人で模擬戦みたいなことをしてるみたい。

 経験値などは入らないけど、システムに左右されない技術などを磨くとのこと。

 

 ちなみに、死ぬことはないです。

 一応、設定を変えれば、実践試合もできるみたいだけどね。

 

 ミサは書斎に行って本を読んでる。

 

 このギルドホームにあった書斎には、なんとマンガやライトノベルがありました。

 

 書斎二ヶ所の内、片方はそう言った娯楽系の本が置いてあって、もう一方にはこの世界に関することが記された本が置いてありました。

 

 そして、ヤオイが調べたところ、インターネット上の小説も置いてあるらしく、自由に閲覧可能とのこと。

 

 さらに、お金は取っていないらしいです。

 

 理由は多分、一日ごとに変わるからかな。

 

 娯楽の方の書斎は、一日ごとに置いてある本が変わるそうで、その日読んだ本は次出てくるまで読めなくなるらしいです。

 

 そうなると、読んでる途中だったらどうするの? っていうことになっちゃう時があるわけで。

 

 その場合は、なんとゲーム内で購入可能。

 

 レンタル、購入の両方を選べるみたいで、レンタルは一週間700テリル。反対に、購入は一冊一万テリルもする。

 

 結構高いね。

 

 でもこれ、このゲーム内の通貨だから、現実には還元できないんだよね。

 

 一応、このゲームには課金要素もあるけど。

 

 この世界の通貨は、課金することで購入可能。

 

 1テリル1円で。

 

 パチンコみたい。

 

 ゆくゆくはゲーム内通過を現実のお金に変換することも考えてるって、ちょっと前に学園長先生が言っていた。

 

 本当、どんどんおかしな方向に進んでいくよね……。

 

 一応、現実のお金に変換するのは、プロゲーマーを増やしたいから、とのこと。

 そうやって大会を開けば、色々と収益も見込めるし、さらに大々的に宣伝もできる。さらには、さらなる量産も可能になると言うことで、一石三鳥らしいです。

 

 成功すれば、だけどね。

 

 現段階では、100テリルで1円にしようと思っているみたいです。

 つまり、1万円稼ぐのに、100万テリル必要になる。

 

 いつでも変換できるわけじゃなくて、月末にのみ、変換できるようにするそうです。

 

 ちなみに、メルの所持金が現在1000万なので、変換すれば、10万円になったり。

 

 ……高校生のバイト代より多いような。

 

 まあ、それはそれとして、そうなったら色々とこのゲームはもっと賑わいそう。

 

 でも、こう言う変換制度を設けると収益が見込めなくなりそうだけど、そうはならない、って学園長先生が言っていた。

 

 このゲームでテリルを入手するには、クエストをこなしたり、モンスターを倒したり、ダンジョンを攻略したり、って言う方法があるんだけど、意外とそこまで稼げない。

 

 クエストで手に入れられても、一回につき1000テリルほど。

 

 モンスターは、レアモンスターじゃない限り、10~200くらい。

 

 ダンジョンは、隠しダンジョンじゃない上に、四人パーティーだったら、一人頭1000~3000テリル。

 

 まあ、モンスターやダンジョンに関しては、現在のモンスターやダンジョンを基準にしているだけであって、今後レベルが上がったり難易度が上がったりすれば、得られるお金も多少変わるみたいだけどね。

 

 まあ、それはともかく。

 

 どうしても序盤は難しいので、早く強くなりたい人はお金を入れるわけで。

 

 それに、課金は1テリル1円だけど、変換は100テリルで1円だからね。

 

 課金した分をまず稼いで、その後さらに稼がないといけないので、意外と稼ぐの難しくなりそう。

 

 だから、そこまで不利益にはなりにくいとか。

 

 それ以外だと、レアアイテムを売ったり、生産職の人たちがお店で稼いだりして、それを現実に、ってことになるんだけど……こっちも、それなりに稼ぐのは難しいとか。

 

 そもそも生産職の人は、自分で材料を購入したり、狩りに行ったりしないといけないので、必要経費を差し引いた額しか手元に残らないそう。

 

 ボクのような人がおかしいだけって言われました。

 

 でも、かなり有名になったり、繁盛店になれば稼げるみたいだけどね。

 

 あとは、ゲーム内イベントで入賞したり優勝したりする方法で稼いだり、って言ってけど。

 

 ……まあ、この変換システムに関しては、色々と問題が山積みだから、まだまだ先って言ってたけど、できれば来年には実装したい、とか言ってたよ。

 

 と、そんな理由もあって、ゲーム内で本のレンタルや購入ができるみたい。

 

 しかもこれ、インターネットで小説を書いている人にもチャンスがあるので、結構好意的みたい。

 

 まあ、デビューのチャンスがでてきたわけだからね。

 

 それによって、インターネット小説が最近面白くなって来たよ! ってヤオイが興奮気味に言ってたなぁ。

 

 そうそう、そんなヤオイは、今調合部屋でひたすらアイテム作成に勤しんでいます。

 

 なんでも、

 

『やっほー! この調合部屋で、お金を稼いで、さっさとユキ君にお金を返すんだ!』

 

 だそうです。

 

 別に、急がなくてもいいんだけどね。

 

 ボク自身は称号によって、お金が増えるわけだから。

 

 ……あれ? そう言えば、国が所有するお金の内30%をボクが所有するわけだけど……それって、あの国で交易が盛んになれば、ボクの所にさらにお金が入ってくることになるんだけど……。

 

 一応、リーゲル王国と国交を開いたんだよね、あの国。

 

 特産品の果物とか装飾品を主力商品にするってジルミスさんが言ってたっけ?

 

 ボクは経済とかよくわからないけど、結構な利益が出そうって喜んでたなぁ。

 

 国の復興がもっと早くなるって。

 

 本当にいい人だよね、ジルミスさん。

 

 ……ちょっと、働きすぎて倒れないか心配だけど。

 

 あ、ちなみに今、ボクが何をしているかと言うと……

 

「ねーさますごいのじゃ!」

「そ、そうかな?」

「うむ! どんどん服が出来上がっていくのじゃ!」

 

 メル用の服を作っています。

 

 さすがに、ぼろシリーズの装備じゃ可哀そうだしね……。

 

 ボクとしても、できれば可愛い服を着たメルが見たいし。

 

 それと、師匠の洋服も作成する予定です。

 

 もちろん、作成に伴い、今は良妻シリーズの装備を身につけてます。

 

 これがあれば、スキル付きの装備を作ってあげられるからね。

 

 メルのステータスなら、ほとんど心配いらないんだけど、もしもがあったら嫌だもん。いくらゲームとはいえ、メルが倒されるのだけは、見たくもないし、させたくないからね。

 

 やっぱりここは、出し惜しみせず、自重なしで、メルの装備を作らないとね。

 

 メル用なので、結構頑張って作ってます。

 もちろん、師匠のも頑張るけど、師匠は、

 

『とりあえず、外見さえよくなればいい。別に、強くなくてもいいし、デザインも凝らなくていいんで、シンプルで動きやすいやつを頼む』

 

 って言われたので、自重するけど。

 

 でも、メルは本気です。

 妥協はしちゃダメ。

 どんなスキルがついても、それはメルのためなので、問題はないのです。

 

 そんな風に思いながら、服とアクセサリーを作ること一時間半。

 

 洋服一着とアクセサリー三つが完成。

 

「はい、できたよ、メル」

「おぉ! 早速着るのじゃ!」

 

 と、嬉しそうにはしゃぎながら、メルがボクが作った洋服に着替え、アクセサリーを身に着ける。

 

「ど、どうじゃ? ねーさま。似合うかの?」

 

 ちょっと顔を赤くしながら、メルが感想を求めてくる。

 

 ボクはメルの姿を見る。

 

 今回ボクが作ったのは、ゴシックロリータと呼ばれるジャンルの服。

 

 赤と黒を基調としていて、服にはフリルやレースがあしらわれ、スカートはふんわりと広がっていて可愛い。

 

 他にも、スカートの一部には薔薇が描かれていて、メルによく似合っている。

 アクセサリーは、小さいシルクハットと、蝶の飾りがついた二対で一個のリボンと、十字架が付けられたネックレス。

 

 シルクハットは、斜めに被り、普通のリボンで結わえていたツインテールは、蝶の飾りが付いたリボンで可愛らしくなり、ネックレスは背伸びしてます! って感じがすごくいい。

 

 メルは魔王だから、こんな感じに、ゴシックロリータファッションになりました。

 

「うん! とっても可愛いよ! メル!」

 

 文句なしに可愛いです!

 むしろ、文句を言った人はお仕置きです!

 

「本当?」

「もちろん! すごく似合ってるよ!」

「やったのじゃ! ねーさまに褒められたのじゃ! 嬉しいのじゃ!」

 

 ボクが褒めたことで、ぴょんぴょん跳ねたり、くるくる回ったりするメル。

 似合って当然です。ボクとしても、結構自信作だからね。

 ちなみに、完成品の情報はこんな感じです。

 

【幼キ魔王ノ血衣】……血を連想させるような紅と魔王を象徴するかのような漆黒に、薔薇が描かれた異世界の服。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+60・VIT+50・INT+80。装備部位:体・腕・足。《武器スキル:女神の護り》装備者が受ける聖属性ダメージを50%軽減し、物理・刺突ダメージを20%カットする。《取得経験値向上:14%》

 

【幼キ魔王ノミニハット】……幼い魔王のために用意された小さなシルクハット。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+20。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の加護》一撃でHPを全損させられる攻撃を、一日に三回まで防ぐことができる。

 

【幼キ魔王ノリボン】……幼い魔王のために用意された蝶の飾りがついた、二対で一個のリボン。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+10・AGI+20。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の愛》デバフがかかりにくくなる。レジスト率+30%。

 

【幼キ魔王ノ首飾リ】……幼い魔王のために用意された十字架の首飾り。称号【魔王】を持つ者のみ装備可能。MP+30・LUC+40。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:女神の祝福》急所に当たりやすくなり、一分間でHPが10%回復し、MPの回復速度が二倍になる。

 

 うん。

 やりすぎだね、これ。

 

 防御面がかなり強くなった。

 

 一応、メルの称号とか職業とか、可愛さとかを考慮して作ったらこんなことに……。

 

 称号で、聖属性ダメージが倍になるって書いてあったから、なんとしてもそれは対処しないと! って思っていながら作ってたら、あんなスキルが付いちゃったよ。

 

 その結果、メルが受ける聖属性ダメージは等倍のまま。

 

 他の魔法は、耐性と称号のせいで100%カットになっちゃってるんだよね……。

 

 これって、聖属性魔法以外の魔法は無傷になるというわけで……。

 

 なので、メルにダメージを与えるには、聖属性魔法か、物理・刺突系の攻撃を当てるしかないので、結果的に魔法職の天敵になっちゃってるんだよね……。

 

 いや、うん。ボクが悪いね、これは。

 

 で、でも、仕方がないと思うんです。

 

 ゲームと言えど、メルには傷ついてほしくないし、倒されるなんてもっとダメ。それなら、防御面を強くすればいいから。

 

 ……まあ、そのせいで魔法使いなのに防御面が堅くなっちゃったんだけど。

 

 それでも、後悔はないです。

 

 ボクの暴走でメルが守れるなら、それで十分です。

 

 お姉ちゃんとしては、これが普通だよね。

 

 だって、可愛い妹のためなら、何でもしてあげたくなるもんね。普通。普通のはず。

 ちなみに、レアリティは10です。

 

……お店に、レアリティが10の布が売っていたので、つい……。出し惜しみはしたくなかったので……。

 

 そう言えば、全部の装備品に付いてるスキルに、女神って書いてあるんだけど……やっぱり、メルのことを想って作ったから、こうなったのかな?

 それならまあ……ちょっと嬉しい。

 

「ねーさま! ありがとうなのじゃ! 儂、これをず~~っと大事にするのじゃ!」

 

 うん。メルのこの天使みたいな笑顔を見ればすべてがどうでもよくなる気がします。

 

「そうしてくれると、ボクも嬉しいよ、メル」

「うむ!」

 

 この直後、メルが他のみんなの所に行って、服を自慢しに行きました。

 

 その間、ボクは師匠の洋服の作成に取り掛かり、2時間ほどで完成。

 

 なんだかんだで、いつもの服装になりました。

 師匠、タンクトップにホットパンツのイメージが強いし……。

 

 その他にも、ジャンパーのようなものと、ニーハイソックスと、ヘアゴムも作りました。

 

 喜ばれたのでよかったです。

 

 

 この後、メルの服と効果を見たミサたちがボクの所に来て、ミサによるお説教が入りました。

 

 ……やりすぎたと思うし、反省はしてるけど、後悔はないです!

 

 可愛い妹のためです! って言ったら、

 

「「「「ああ、もう手遅れか……この過保護……」」」」

 

 残念な人を見る目を向けられました。

 

 ……酷い。




 どうも、九十九一です。
 なんだろう。依桜のキャラがただただ過保護すぎるお姉ちゃんになりつつある……というか、完全にそうなってる。メルの装備に関しては、私自身やりすぎた感が半端ないです。魔法がほぼ無効はなぁ……まあ、魔王だしいいよね。実際そういう感じの魔王とかラスボスいるしね!
 一応、今日も二話投稿を予定していますが、出せるかわかりません。出せたらいつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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258件目 魔王なメル

 メルと師匠の服を作り終えた後、メルが外に出て戦ってみたい! と言いだしたので、とりあえずボクとメルで草原エリアに行くことに。

 

 武器に関しては、

 

『むぅ、お城に魔王専用の武器があるのじゃが……遠くて行けないのじゃ……』

 

 とのことらしいです。

 

 杖に関しては、ヤオイに渡しちゃってて、持ってないんだよね……。

 

 まあ、【魔王】の称号のおかげで、杖なしで魔法を使うことができるみたいだけどね、メルは。

 

 魔王って、色々とすごいね。

 

 生まれた時から高いステータスを持ってて、強い能力やスキルを持ってるんだもん。

 

 それから、靴は用意しました。

 あれは、【裁縫】で作れないので、購入することになったけど。

 

 何らかの形で作れればいいんだけどなぁ。

 意外と、作れるようになるスキルを習得できるクエストとかありそうだし、その内さがしてみようかな。

 

 それはともかく、それなりにいいお店で靴を買って、メルにプレゼント。

 

 と言っても、メルってかなりお金を持ってる方だから、ちょっと微妙かもしれないけどね。

 

 ちなみに、靴に関しても、専用の物があるとかなんとか。

 

 その辺りは、魔族の国が実装されてからなんじゃないかな?

 

 ……と言うか、もしかすると人知れず実装されてさえいそう。

 移動は主に馬車になると思うけど。

 

「ねーさまねーさま!」

「どうしたの?」

「ここは、あっちを模してるんじゃったよな?」

「うん、そうだね。全部とまではいかないけど、基本となる土台は全部向こうだからね」「じゃあじゃあ、ここは本当にある人間の街なのか!?」

「そうだよ。ここは、リーゲル王国にある、ジェンパールっていう王都だよ」

「人間の国はこうも発展しておったんじゃなぁ」

 

 と、メルは街を見て、キラキラ目を輝かせながらはしゃぐ。

 

 そう言えば、メルは生まれたばかりで、ずっと魔王城で暮らしていたんだっけ?

 

 だから、クナルラルから出たことがないのか。

 

 それなら、こんな風にはしゃぐのも納得。

 

 実際、こっちの世界って結構発展してたからなぁ。

 

 日本とかで標準設備なお風呂とかシャワーとか、こっちの世界にあったしね。

 

 建築などはボクの世界の方が上かもしれないけど、あっちは不思議な材質の木材とか石材を使っていたし、何より頑丈だったからね。

 

 魔法で強化されているから、仮に馬車が衝突して来てもそこまでの被害が出ない。

 

 お風呂にシャワーがあった時はびっくりだったけどね。

 

 だから、ボクの世界と異世界の生活水準はほとんど同じだったんだよね。

 

 唯一難点があったとすれば、移動かなぁ。

 

 転移魔法とかがあるとすごく便利だったけど、あれを使える人は少なかったしね。

 

 馬車とか、道がガタガタしててお尻が痛くて……。しかも、『立体機動』がない時は、本当に乗り物酔いが酷くて、辛かったよ。

 

 師匠の下で鍛えてからは、自分で走った方が早いと言う理由で走って移動してたけどね。

 

 それでも、知らない間に馬車の揺れが少なくなっていたんだけど。

 

「ねーさま、あれはなんじゃ?」

「えーっと……あ、アンレルだね」

「アンレル? どういうものなんじゃ?」

「甘い飴でリンゴを覆った、お菓子だよ」

 

 言ってしまえば、りんご飴です。

 

「甘い飴……リンゴ……お菓子……!」

 

 再び目を輝かせながら、ボクを見るメル。

 

「食べる?」

「いいのかの!?」

「うん。この中なら、いくら食べてもお腹には入らないし、虫歯にもならないからね」

「やったのじゃ!」

 

 ある意味、ダイエットになりそうだよね、このゲーム。

 さすがに、運動自体は現実でしないといけないけど、甘味制限をしている間、こっちで食べればいいわけだし。

 

 ボクは露店に寄って、アンレルを一つ購入して、メルに手渡す。

 

「はい、落とさないでね」

「わーいなのじゃ!」

「ふふっ」

 

 なんだかほほえましいよね。

 

「あむ……んっ~~~~! 甘くて美味しいのじゃ!」

 

 一口かじった瞬間、メルは花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 どうやら、口に合ったみたいだね。うん、よかった。

 

「ねーさまも一口食べるかの?」

「いいの?」

「うむ!」

「じゃあ、一口だけもらおうかな」

「はーいなのじゃ! じゃあ、あ~んじゃ!」

 

 と、メルがボクにアンレルを差し出してくる。

 ボクは、髪を軽くかきあげると、一口かじる。

 甘い飴とみずみずしいリンゴの甘みと酸味が口の中に広がる。

 

「うん。美味しい」

「それはよかったのじゃ!」

「ありとがとね、メル」

「いいのじゃ!」

 

 そう言うと、ぺろぺろと舐めたり、かじったりしてアンレルを食べるメル。

 夏になったら、夏祭りに連れて行ってあげないとね。

 その時は、浴衣を買ってあげよう。

 

 心の中でそう思いながら、ボクたちは手を繋ぎながら、草原へと向かいました。

 

 

 草原に到着後、ボクとメルはなるべく人が少ない場所に向かう。

 

 あのイベント以降、ボクはそれなりに顔が知れちゃったから、気が付くとボクの周囲に人が多く集まっちゃって……。

 

 そうなると、やりづらくなっちゃうんだよね。

 

 だから、なるべく人が少ないところ……できれば、人がいないところがいい。

 

 まあ、最近は少しずつ『New Era』が流通しだしているからプレイヤーも増えてきてるみたいだから、ちょっと難しいんだけどね……。

 

 初心者の人たちがまず最初にレベル上げに来るのは、この草原だからね。

 

 出現するモンスターの平均レベルは1~7。

 

 稀に、ボクがサービス開始の日に倒した、キングフォレストボアーが出現することもあるんだけど。

 

 あれは、レベル12で、初心者の人たちが10人くらいのパーティーで倒しているところをよく見かける。

 

 と言っても、そこまで出現するわけじゃないから、早い者勝ち、みたいなところがある。

 

 暗黙の了解として、プレイヤーの間では、ボスモンスターは基本的にレベル12以下の人たちに譲る、みたいなものがあるので、初心者の人たちで取り合いになるって言う場合が多い。

 

「んーと……うん。この辺りならちょうどいいかな」

 

 少し歩くと、運よく人がいなくてモンスターがそこそこいる場所を見つけた。

 

「それじゃあ、早速体を動かしてみよっか」

「うむ!」

「とりあえず、あそこにいるフォレストボアーに向かって何か魔法を撃ってみて?」

「わかったのじゃ! じゃあ……《ファイアーボール》!」

 

 と、メルが右手を突き出して魔法名を言うと、メルの手からバスケットボール大の火の玉が出現すると、かなりの速度で火の玉がフォレストボアーに向かって飛んでいき、

 

 ドォォォォンッ!

 

 という、爆発音を発生させ、フォレストボアーが鳴く前に消し飛びました。

 

「あ、あー……」

 

 な、なるほど……メルが魔法を撃つとこうなるんだ。

 

 レベル1で、なおかつ初級魔法の一番最初の魔法でこれって考えると、強くなった時どうなるんだろう。

 

「ねーさまどうじゃ?」

「う、うん。すごいね、メル」

 

 褒めてほしそうな顔をするメルを褒めながら、頭を撫でる。

 いつものように、目を細めて気持ちよさそうにするメル。

 

「んゅ~……気持ちいいのじゃぁ」

 

 メルは、頭を撫でると、いつも気持ちよさそうにするから、ボクとしてもついつい撫でちゃう。

 まあ、ボクもメルの頭は撫で心地がいいから実は気に入ってたり……。

 さらさらでふわふわだからね、メルの髪。

 

「それじゃあ、この調子でどんどん倒していこう」

「はーいなのじゃ!」

 

 

 とりあえず、メルの魔法やスキルの検証をメインに行っていくと、ある意味今回の目玉のスキルを使用する時になった。

 

「それじゃあメル、【魔王化】を使ってみてくれるかな?」

 

 今回、一番ボクが気になっていたのは、このスキル。

 

 メルに説明文を読んでもらったんだけど、『自信を魔王に至らせるスキル』って言う事らしくて、他はよくわからなかった。

 

 わかっているのは、ある程度の効果なんだけど……。

 

「わかったのじゃ! 【魔王化】!」

 

 と、メルがスキル名を唱えると、メルの体から紅いオーラが迸る。

 

 すると、メルの両耳の上からいかにも魔王です、と言わんばかりの角が二本生えてきて、背中からは悪魔の翼のようなものが生える。

 

 よく見ると、瞳にうっすら魔法陣が浮かび上がっている。

 紅いオーラを体から発していて、角に悪魔の翼。

 うん、いかにも魔王様、って感じ。

 

「お、おー、これは儂が魔王モードになった時の姿じゃ」

「魔王モード?」

「うむ。儂が本当の魔王になった時のことじゃ。夢の中でも変身できるみたいじゃ」

 

 なるほど。そういう感じなんだ。

 と言うことは、この姿は切り札みたいなものなのかな?

 

「とりあえず、動いてみて」

「わかったのじゃ!」

 

 メルが元気よくそう言うと、なんと翼を動かし始め……

 

「わわっ……とと。お、おー、飛べたぞ!」

 

 なんと、宙に浮きだした。

 

 その後、翼を上手く動かして、並行に移動したり、上昇したり下降したりする。

 

 しばらく飛んでいると、メルがボクの所に戻ってくる。

 それと同時に、角と翼、オーラが消える。

 

「あ、時間切れじゃ」

「やっぱり、時間切れはあるんだね」

「うむ。今はまだ30秒しかあの姿にはなれないのじゃ」

「そうなんだ。それで、えっと、次に使えるようになるまで、どれくらいかかる? それから、何かデメリットとかはあるのかな?」

「んーと、次に使えるまでに、380秒かかって、MP回復速度が10分の1になって、聖属性ダメージが1.5倍になっちゃうのじゃ」

「あー、結構デメリットが大きいね……」

「それから、使用する時は、儂のMPを全部使わなくちゃいけないんじゃ……」

「となると、本当にピーキーなスキルなんだね」

 

 デメリットがそれだけ大きいと言うことは、反対にかなり強力なメリットがあるはず……。

 

「メル、とりあえずまた使えるようになったら、もう一度使ってこの辺りにいるモンスターを攻撃してみようか」

「わかったのじゃ」

「それじゃあ、ちょっと休憩しよう」

「はーいなのじゃ!」

 

 

 少し休憩した後、また使用可能になってから、再びメルが【魔王化】を使用。

 さっきと同じく、角と翼が生え、瞳には魔法陣が浮かび上がり、紅いオーラを発す。

 

「それじゃあメル、攻撃してみて!」

「わかったのじゃ! 《ファイアーボール》《ウィンドカッター》《ウォータースプラッシュ》《アースショット》《ダークアロー》!」

 

 メルが一気に様々な魔法名を唱えると通常時に使っていた《ファイアーボール》よりも二倍くらいの大きさの火の玉が発生し、

 

 ドゴォォォォォォォォンッッッ!

 

 という爆発音を発生させながら、複数のフォレストボアーが焼かれた。

 

 さらに、その直後に唱えられた魔法が次々に発生し、フォレストボアーを切断したり、滝のような水で潰され、拳大の礫がいくつも発生しフォレストボアーたちを射抜いて、さらには、黒い矢が次々とフォレストボアーの頭や心臓を貫いていく。

 

 その光景は、まさに天災。

 

 炎が上がり、鋭い刃のような風が発生し、滝のような水が辺りを濡らし、石が次々と穿ち、闇の矢が飛び回ると言う光景。

 

 しかも、未だに魔法を唱え続けるメル。

 

「……………………え?」

 

 そんな間の抜けた声が、思わずボクの口から漏れて、ボクは呆然としていました。

 

 

 そして、スキルの効果が切れて、メルがボクの所へ小走りで戻ってくる。

 

「ねーさま、どうじゃった!?」

「あ、う、うん。すごかったよ。本当に、すごかったよ……」

 

 あの様子を見せられると、さすがに苦笑いするほかないよ……。

 でも、メルがすごいのは事実だし、魔王って言うことを考えたら、ある意味当たり前と言えるかも。

 

「えへへぇ」

 

 ……うん。可愛いからいいかな。

 

「メル、【魔王化】って魔法が撃ち放題になるの?」

「そうじゃ!」

「えっと、とりあえず効果を全部教えてもらえると嬉しいかな」

「わかったのじゃ。んーと――」

 

 と、メルが【魔王化】の説明をしてくれる。

 

 簡単にまとめると、発動中は、DEXとINTが二倍になって、他のステータスは1.5倍。さらに、制限時間が続く限り魔法が撃ち放題になって、連射速度も高くなる。

 

 しかもこのスキルは、空中を飛んで魔法を放つことができるので、高いところからひたすら魔法を撃ち続けるだけで、ある意味無敵の砲台のようなことができる、と。

 

 それと、この間は魔法以外のスキルは使えないみたい。

 

 ……それならたしかに、あのデメリットもうなずけるよ。

 

 それに、MPを全部使うって言うことは、今後MPを上げてもあの状態になるのに、結局全部使うことになるんだよね。

 

 ある意味、そこもデメリットだね。

 

 もしかすると、師匠の持つ【神化】も同じような感じなのかも。

 

「なるほど。ありがとう、メル」

 

 そうなると……これは、みんなと相談して色々と決めた方がいいね。

 さすがに、色々と問題になりそうだし。

 

「うん。大体の確認はできたし、そろそろ戻ろっか」

「うむ!」

 

 大方、予定していたことはできたので、ボクたちはみんながいるギルドホームに向かった。

 

 

 あの蹂躙で、メルのレベルは見事4に上がってました。

 

 そして、みんなに【魔王化】のスキルを相談した結果、本当にピンチになった時に使うことになりました。

 

 ただし、ギルド対抗戦のようなイベントの時は、ここぞと思った時に使う、という例外は設けたけどね。

 

 本当、メルは頼もしいね。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

143:お前ら、これ見てくれ!

 

 と、ユキのギルドについて話したりしていると、一人のプレイヤーが唐突に一枚のスクリーンショットを投稿してきた。

 

 そこには、メルがユキに対してアンレルを食べさせている姿が映っていた。

 

144:なんだこれ、尊すぎん……?

 

145:ゴスロリ美幼女が美少女に対してあ~ん……

 

146:何と言う素晴らしい光景でござるか

 

147:どっちかと言えば、男が多いこのゲーム一番の癒しになりそうンゴ

 

148:目の保養じゃぁ……

 

149:しかも、この女神様の微笑みよ。ちょっと顔を赤くして、髪をかき上げる姿が可愛すぎる!

 

150:わかるぞ! このスクショは永久保存せねば

 

151:うむうむ。当然でござるなぁ

 

152:やっぱ、このゲームで一番有名なんじゃね? 女神様って

 

153:まぁ、とんでもない強さを持っているのに、びっくりすぎるくらい性格がいいしなぁ

 

154:しかも、自身の容姿を鼻にかけないし

 

155:ボクっ娘ってのもポイント高いンゴ

 

156:あと、料理美味い。服も作れる。笑顔が可愛い

 

157:銀髪碧眼で家庭的で、妹思いな美少女……非の打ち所がねぇ

 

158:神に愛されておるのぅ

 

159:そんな次元じゃないだろ、あれ

 

160:いやー、マジでこの姉妹いいわー

 

161:ほのぼのとした姿でいいぜぇ

 

 と、しばらくユキとメルの二人について話が盛り上がっていると、

 

195:……なあ、オレ、とんでもねーの見ちまった……

 

 やや暗めのテンションのプレイヤーが現れた。

 

196:どうした

 

197:とりあえず、この動画を見てくれ。マジで、目を疑うから

 

 そう言って、そのプレイヤーは一つの動画を投稿する。

 

 その動画には、魔王化したメルがひたすら魔法を乱射しながら飛び回っている姿が収められていた。

 

198:……う、うん?

 

199:え、なにこれ

 

200:……これ、魔法、だよな?

 

201:見た感じ、初級魔法のさらに初期の魔法っぽいけど……

 

202:威力、おかしくね?

 

203:いやいやいや、ツッコムところ違う! 見ろ! このゴスロリ妹ちゃん、角に翼が生えて、紅いオーラ出してるからな!?

 

204:いやまあ……女神様の妹なら、不思議じゃないかなと

 

205:……わかるンゴ

 

206:見た感じ、魔王っぽいけどさ、別に女神様の妹さんなら、魔王になれても不思議じゃないかなと

 

207:そうかもしれんが! てか、魔法の威力が異常だし、とんでもない速度で連射し続けてるのに、一向にMPが切れる様子ないし! 一応、30秒程度で消えたっぽいけど、異常じゃね!?

 

208:……言われてみれば、そうじゃな

 

209:これ、ラスボスに見えるでござる

 

210:ある意味、ラスボス

 

211:こんな可愛いラスボスなら、全然あり

 

212:……まあ、女神様の妹だし

 

213:なんでもありだなー、これ

 

214:あれだな。称号【魔王】とか持ってそう

 

215:いやいや、そんな称号はないだろー

 

216:このゲームはサービス開始からそこまで時間経ってないし、そんな変な称号は当分先だろうなー

 

217:まあ、とりあえず、俺たちは見守る方向でいいだろ。そうだろ? おもいら

 

218:うむ

 

219:当然でござる

 

220:あー、女神様のギルドに入ってみたいわー

 

 この後も、ユキとメルの話題で盛り上がった。




 どうも、九十九一です。
 まあ、魔王だからね。異常に強くてもいいよね、という私の悪乗りの結果です。ある意味、デメリットが仕事してないような気がする。まあ、ゲームがメインの作品じゃないからね。大丈夫だよね。
 一応、二話投稿を予定していますが、いつも言っているように出せるか不明です。出せればいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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259件目 学園長からのお願い(押し付け)

 今日はみんなと遊ぶことが目的だったため、なんだかんだでお店は休みにしました。

 やろうかなとは思ったんだけど、今日はやめた方がいい、ってみんなに止められました。

 

 理由は、

 

「今お店開いたら、入団希望者が殺到するわよ。それこそ、お店どころじゃなくなるわ」

 

 って。

 

 さ、さすがにそれはどうだろう?

 

 ボクなんかがマスターをしているギルドなんかに、入りたがる人なんているのかな?

 

 実際、ボクはそこまでリーダーシップとか、カリスマ性? とかはないし、あまり戦闘面に携わる方じゃないし……。

 

 ギルドマスターって言うのはこう、みんなをまとめたり、常に前線で闘う人、っていうイメージがボクの中にはあるんだよね……。

 

 だから、基本生産職のようなことをしているボクなんかのギルドに入る人はいないと思うし。

 

 そもそも、ギルドの名前も何とも言えないよね。

 

 だって、『ほのぼの日和』だよ?

 

 自分でも、ネーミングセンスを疑うレベルだったもん。

 

 まあ、○○騎士団、みたいな名前に比べたら全然マシだとは思うけど。

 

 なんて言うことを言ったら、みんなが呆れてました。

 酷くない……?

 

 と、そんなこんなで,みんなと遊んだボクたちは、12時くらいにログアウトしました。

 

 

 ログアウト後、すぐにメルが目を覚ます。

 

「ねーさま!」

「あ、おはよう、でいいのかな? メル」

「うむ! すごかったのじゃ! 夢の中で自由に動けたのじゃ!」

 

 お、おー、すごくテンションが高い。

 

 一応、夢の中で自由に動けるようにする、みたいなことを言ったけど、本当にそう思ってるからね、メル。

 

 本当はちょっと違うけど、ボクも詳しいことはわからないから、説明できないので仕方ない。

 

「ふぁあぁぁ……んにゅぅ、ねむぃ……」

「こんな時間だからね。そろそろ寝よっか」

「うむぅ……」

 

 ゲームをする時は、ベッドでやっていたので、コンタクトや腕輪、ヘッドセットを取ればすぐに寝られる。

 

 メルが着けていた腕輪やらヘッドセットを外し、机の上に置く。

 

 コンタクトは、自力で取ってもらった。

 当たり前だね。

 

 メルを先に寝かしてから、ボクも寝ようとしたところで、

 

『~~~♪』

 

「あれ? 電話?」

 

 電話がかかってきた。

 誰だろうと思いつつ、スマホを見ると『学園長先生』の文字が。

 

「なんだろう? ……もしもし」

『あ、もしもし、依桜君? 夜分遅くにごめんね』

「いえ、問題はないですけど……どうしたんですか?」

『ちょっと、CFOの方で連絡をね』

「CFO、ですか?」

『ええ。多分、称号が増えていたから気付いていると思うけど、もうすぐ魔族の国が実装されるわよ』

「え、ほんとですか?」

『ええ』

 

 魔族の国……と言うことは、クナルラルがあのゲームに出てくるんだよね?

 でもたしか、あそこは結構遠かった記憶が……

 

『それと、イベントも近いわね』

「それ、ボクに言っていいんですか? 一応、プレイヤーですよ? さすがに、こっちが有利になっちゃうんじゃ?」

『まあ、別に明日には告知されるから問題なしよ。依桜君には、色々と助けられてるし、これくらいどうってことないわ』

「そ、そうですか」

 

 こっちは、助けているというより、巻き込まれてる、の方が正しい気がするんだけどね。

 まあ、いつものことなんだけど……。

 

『と言っても、依桜君に連絡したのは別の理由があるんだけど』

「別の理由、ですか?」

『ええ。依桜君は今回、参加する側と言うより、運営寄りになりそうでね』

「……え?」

『今回のイベントはね、プレイヤー対抗のイベントってわけじゃなくてね。一回目のイベントで依桜君は『城の招待状』なんてアイテムをもらったでしょ?』

「そう言えば……」

 

 たしか、特別報酬か何かでもらった気がする。

 その時はあれの使い道がわからなくて、ストレージの中に放置してるけど。

 

『あれは、次のイベントで使う物でね。あれは多分察してると思うけど、お城に入るための物でね。一つにつき、最大六人まで入れるのよ』

「意外と多いんですね」

『ええ。で、このお城は今後も開放状態にするの。一応、定期的にクエストで手に入れられるようにする予定よ』

「なるほど」

 

 そう言えば、メルはなくても入れる、みたいな効果を持った称号があったはず。

 ボクと師匠の場合、そう言ったものがなくても入れそうな気さえするけどね。

 

「でも、どうしてボクが運営よりと言うことになるんですか?」

『ちゃんと説明するわ。今回のイベントは、まあ、言ってしまえば、魔族の国に行けるようにするための物でね。招待状を得て、お城に入るとイベントが発生するのよ』

「イベント、ですか?」

『内容は……まあ、言ってしまえば、あれよ。護衛イベントに近いかしら?』

「なる、ほど?」

『一応、私は異世界観測装置で少し見たけど、魔族の国と人間の国が国交を開いて、貿易を始めたそうじゃない?』

「らしいですね」

 

 多分今は、ジルミスさんが頑張ってるんじゃないかな。

 

『それで、あの街から魔族の国まで物資を運ぶのが今回のイベントになるのよ』

「そうなんですね。でも、それがどうしてボクに関係があるんですか?」

『依桜君、向こうの国だと女王様でしょ?』

「ま、まあ……そう言うことにはなってます」

 

 あれはもう、成り行きだとか、必要があったから、だけど。

 

『依桜君が女王様じゃなかったら、普通に参加してもらったんだけどね』

「じゃあ、どうして普通に参加できないんですか?」

『NPCのモデルとなる人がいないのよ』

「え? でも、ジルミスって言う人をモデルにすれば……」

『無理よ。観測はできても、向こうの人の名前とか、私たちには知る術がないからね。それに、依桜君が持ってる称号の内片方は、国の運営をできるようにするもの。だから、必然的にゲーム内でも、あの国の国主は依桜君ってことになるのよ』

「それってもしかして、システム的に……?」

『ええ。システムもそう認識しているわ。というか、書いてあったでしょ? 国の運営が可能になる、って』

「あ」

 

 そう言えば、称号にそんなことが書かれていたっけ……。

 国の運営か……。

 

「えっと、一応訊くんですけど、国の運営って……」

『そこは、見てのお楽しみということで』

「中途半端に言っておいて、そこは秘密なんですね」

 

 結構次のイベントについて言われちゃったけど。

 

『まあ、さすがに言いすぎると問題だしね。まあ、それはそれとして、ほら、こう言うのって、アイテムを届ける際、相手国の王がいる場合があるでしょ?』

「その辺りはよく知らないですけど、多分」

 

 現代に生きている限り、自分で調べようと思わなければ、国の運営の仕方とか、貿易の基本などに関する知識はないと思うよ。

 

『まあ、だから依桜君にはそこを手伝ってもらいたくてね』

「え」

『あ、安心して? 今回のこのイベント、プレイヤーの対抗戦ではないとは言ったけど、実は先着順なのよ』

「えっと、どういうことですか?」

『簡単な話、一つのパーティーにつき、一とカウントして、合計二十組が達成できるのよ。と言うか、これで参加者全員達成できるようにしたら、依桜君が何もできなくなるからね』

「とりあえず、ボクが何をすればいいのか教えていただけると助かるんですけど」

『あ、それもそうね。やってもらうことは、ただ一つ。女王様役をやってほしいの』

「え、えーっと」

 

 どうしよう。いまいちわからない……。

 女王様役って言うか、ボクすでに女王様なんですけど……いや、向こうの世界での話だけどね?

 

『まあ言ってしまえば、その日は一時的に運営アカウントにして、いわゆるゲームマスターに近い存在に依桜君のキャラを設定するから、その間、向こうでプレイヤーたちの対応をお願いしたいの』

「大体わかりましたけど、一体何を言えば? ボク、ごく普通の高校生だったので、そう言った言葉遣いとか全くできませんよ?」

『まあ、適当に敬語使っておけばいいわよ。まあ、大体のセリフはこっちで用意しておくわ。詳細については、向こうの世界で、ってことになるかしら』

 

 大体、学園長先生の頼みの内容はわかったけど……

 

「……そもそも、プレイヤーにイベントの運営に関することを任せるって、なんかちょっとおかしくないですか?」

 

 ボク、普通のプレイヤー……とは言い難いけど、なるべく目立たないように、料理屋さんと洋服屋さんとしてプレイしてるし……。

 

 まあ、最初のイベントのせいで、ボクの姿は結構広まっちゃったらしいけど……。

 

『そ、それを言われると痛い……。いやだって、こう言うイベントってよくあるじゃない? 護衛イベントみたいな』

「ま、まあ、護衛イベントはよくありますけど……」

 

 護衛イベント系は結構難しかったイメージがある。

 敵を倒しつつ、味方を守らないといけないから。

 

『次のイベントはそう言うのにしよう! とか思いながらやってたら、こう言うのしか思い浮かばなくてねぇ。で、いざ国に王様役を立てようと思ったら、すでに所有権を持ったプレイヤーが二人もいたからね……』

「……それってもしかしなくても、ボクとメルですか?」

『そう。依桜君は単純に国の所有者。メルちゃんの方は、【魔王】という称号のせいで、色々とね。だからまあ、ある意味メルちゃんもこっち寄りになっちゃうのよねぇ……。メルちゃんの方は、基本依桜君にべったりだから、普通にこっち来てくれそうだけど』

「それ、ボクが引き受ける前提で言ってませんか?」

『だって、そうしないとイベントが破綻しちゃいそうだし……』

「……そうなるのがわかってるのなら、プレイヤーであるボクに頼まないでくださいよ」

 

 そもそも、称号はAIが作成してくることを知ってるはずなのにね。

 それなら、ボクが向こうでしていたことを含めて知ってそうなんだけど……。

 

『でも、運営側としてプレイできる、っていう貴重な経験ができるわよ?』

「それはそうかもしれませんけど、それって体よくボクに押し付けようとしてるだけじゃないですか?」

『そ、そう言われると……あ、あははははは……』

「……まったくもう……。わかりました。引き受けますよ」

『ほんと!?』

「はい。でも、今後はもっと早く言ってください。ボクだって、お店をやったりしてるんですから」

 

 今日は、みんなに止められたからできなかったけど。

 うぅ、できれば営業したかったなぁ。

 

『もちろん。イベントは、今週の土曜日と日曜日の二日間を予定しているわ』

「えっと、それは、土曜日と日曜日でやることが違うっていう感じですか?」

『そうね。土曜日はお城に入るための『招待状』を手に入れて、クエストを発生させるため。日曜日は、そのクエストをこなすための日。一応、長丁場になるはずよ、まあ、早く出発したところで、確実に到達できるわけじゃないけどね』

「それはどういう……」

『というわけで、依桜君には日曜日そっちに行ってもらいたいのよ。あ、もちろん転移するためのアイテムはこっちで支給するし、特別報酬も用意しておくから、期待しててね。あれよ。ちょっと話すだけで、ゲーム内で何かがもらえるバイトだと思えばいいわ』

「そんな簡単に……」

『それじゃあ、細かいことは依桜君のPCにメールを送っておくから見ておいて。それじゃあ、おやすみなさい』

「あ、はい。おやすみなさい」

 

 通話終了。

 

「はぁ……。普通に、プレイヤーとして遊びたいんだけど」

 

 いつも、こういう風に何かに巻き込まれたり、押し付けられたりするよ……。主に全部、学園長先生だけどね、原因。

 

 学園長先生だったら、

 

『依桜君! ちょっと私の研究やらなんやらでパーティーを海外でやるらしいから、一緒に来て!』

 

 とかなんとか言って来そうだよね。

 

 それで、テロリストにまた襲撃されたりとか。

 

 ……テロリスト襲撃は前例があるだけに、何とも言えない。

 

 一応、あの時の人たちは、全員警察に捕まったわけだしね。

 

 今も平和に、なにも問題は起きてないから、大丈夫だと思うけど。

 

 まあ、もし危害を加えてきて、ボクの大切な人たちを傷つけたら、問答無用で潰すけど。

 

「ふぁあぁぁ……ボクも寝よう」

 

 色々と考えていると、睡魔が来たので、ボクも布団に入り、その日は就寝となりました。




 どうも、九十九一です。
 一応、今回のこの章では、イベント系の話を二つくらいしたいなと思ってます。一つ目は本文で出てきたやつですね。これは中規模程度の物なので、次は大規模な奴を書きたいなと思ってます。多分、ギルド対抗戦になるかな。
 一応、二話投稿を予定していますが、最近はできてないですね。確実じゃないのは申しわけないです。出せればいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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260件目 ケモロリ依桜、再び

 次の日。

 

 ここのところは、基本的にやることもないと言うことで、しばらくはみんなでゲームをしようと言うことに。

 

 楽しいからね。

 

 それに、メルが気に入ったみたいだからね、そう言うのもあり。

 

 ……まあ、今日はちょっとあれなんだけどね、ボクの体が。

 

 朝起きたボクの体は、

 

「あ、あぁ……クリスマスぶりぃ……」

 

 クリスマス以降、しばらくなっていなかった、耳と尻尾が生えた幼い姿に。

 

「ふぁあぁ……むにゃ……んにゅぅ……? ねーしゃま?」

「あ、お、おはよう、メル」

「……ねーさま!?」

 

 ボクが久しぶりにこの姿になったことに、ちょっと気分を落としていると、メルが起きてきた。

 そして、ボクの姿を見てびっくりしていた。

 

「ね、ねーさまは、亜人族じゃったのか!?」

「あ、え、えっと……これは、のろいのふくさようでね……」

「副作用……? もしかして、あのおっきくなる時と同じものかの?」

「そうだよ。このすがただと、けっこうしんちょうがひくくなっちゃってね……」

 

 そう言ってボクはベッドから降りて立ち上がる。

 それに合わせて、メルもボクの前に立つ。

 

「おー、儂の方がおっきいのじゃ」

「そうだね。きょうは、メルのほうがおねえさんかもね」

「儂が、ねーさまのねーさま?」

「や、ややこしいね、それは」

 

 妹が姉って言う奇妙な状況なわけだし……。

 

「でも、ねーさまが儂の妹、と言うことになるのかの?」

「いや、じつねんれいじたいはおなじだから、ボクのほうがあねにはなるけど……」

「んむぅ、でも、ねーさまは今ちっちゃいぞ?」

「そ、そうだけど……」

 

 小さいのは本当に気にしてるんだよね……。

 メルだからいいけど、これがもし態徒だったら、多分、パンチしてると思うよ。うん。

 

「依桜、メルちゃん、起きてる……って、ハッ! ケモロリ依桜になってるわ!」

「し、しまっ――んむぅ!?」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ……! この暖かさにもふもふ感! そして、抱き心地! 素晴らしい! 素晴らしすぎるわぁ! ほんっとあなたは最高の娘よぉ!」

「んむむぅ……! んむっ、むぅ~~~!」

 

 母さんに抱きしめられて、ジタバタともがく。

 

 本気を出せば抜け出せるかもしれないけど、その場合怪我をさせてしまいそうになるので、どうしようもない。

 

 こうして、ジタバタ暴れて、知らせることしかできないんです……。

 

「かーさま、ねーさまが暴れておるぞ」

「あらいけない」

「ぷはっ! はぁっ……はぁっ……」

 

 メルのおかげで、なんとか離してもらえた。

 

 ボクが小さくなるたびに、母さんはこうして強く抱きしめてくるから、かなり苦しくなる……。

 ボクが女の子になる前は、こんなことしなかったんだけどなぁ……。

 

「とりあえず、ご飯できてるから、着替えて降りてきてね~」

「はーいなのじゃ!」

「……うん」

 

 この先、ずっとこれが続くと思うと、ちょっと憂鬱になるよ……。

 

 

 いつも通りに朝ご飯を食べて、メルと一緒に登校。

 いつもは、ボクの方が身長が高くて、傍から見てもボクがお姉さんに見えるけど、

 

「ねーさまの方が小さいのは新鮮じゃー」

「そ、そうだね……」

 

 今日はどう見ても、メルの方がお姉さんに見える。

 

 最近になって、変化することが増えちゃったからなぁ……。

 

 そう言えば、並行世界に行ってる間、変化した次の日は戻らないで、別の姿になったっけ……。

 

『幼女と……ん? ケモっ娘幼女……だとっ?』

『な、なんだあの尊すぎる組み合わせは!』

『か、可愛すぎる……』

『……すでに可愛いと言うのに、さらに耳と尻尾があるとか、反則だろ……』

『片方は私服なのに、ケモっ娘幼女はなんで制服を着てるんだろう……?』

『背伸びしてるのかな? 可愛いから全然OKだけど』

 

 うぅ、視線がすごい……。

 やっぱり、小さいのに制服を着てるのが変なのかなぁ……。

 ……まあ、普通に考えたら、そうだよね。

 

「はぁ……」

 

 元の姿に戻りたい……。

 

 

 とまあ、こんな感じに朝は登校。

 

 その後は、何と言うか……多分予想通りだと思いますが、クラスの女の子たちにもみくちゃにされました……。

 

 耳と尻尾を執拗に触られたり、抱きしめられたり、なぜかお菓子を食べさせられたり……。

 

 未果たちには苦笑いをされました。

 

 その眼には、『頑張れ』と書いてあるような気がしてならなかったけどね……。

 

 そんな風に、ボクがもみくちゃにされることで学園が終わり、家に帰宅。

 

 その後、夜ご飯を食べてからCFOにログインしました。

 

 

「……あー、こっちでもやっぱりこのすがたぁ……」

 

 ログインして、自分の姿を見ると、やっぱり耳と尻尾が生えた幼い少女の姿でした……。

 

 この姿は酷く目立つので、ギルドホームに出現するのはありがたかった。

 

 ちなみに、メルもここ。

 

 師匠は、やることがあると言って、今日はログインしていません。

 

 仕方ないんだけど、ちょっと残念。

 

「おー、夢の中でもちっちゃいのじゃ」

 

 と、メルが目を丸くしながらそう言う。

 

 いや、うん……このゲーム、なぜか現実の姿に変化があった場合、それが適用されちゃう。

 

 そもそも、どうやって認識しているんだろう?

 やっぱり、記憶を見てるのかな。

 

 ヘッドセットをする時、耳が大変だったよ……。

 

 一応、狼の耳は、ボク本来の耳が移動して変化したものらしく、顔の横には耳がない。

 なので、音は本当に狼の耳で聴きとっている。

 

 ちょっと違和感はあるけど、普段の姿とかよりも、かなり耳がよくなってる気がするので、一概に悪いとは言えない。

 

 むしろ、こっちの方が便利な時もあるし……。

 

「ねーさま可愛いのじゃ」

「ふぇ!?」

 

 ちょっと考え事をしていると、一緒にログインしてきたメルに可愛いと言われ、思わず真っ赤になってしまう。

 あぅ、メルまで可愛いって言うなんて……。

 

「そ、そういうメルこそ、かわいいよ」

 

 と、仕返しのつもりで言ったら、

 

「ありがとなのじゃ、ねーさま!」

「わぷっ!」

 

 抱き着かれました。

 

 しかも、いつもは腰元とか、胸に抱き着いてくるんだけど、今回はメルがボクを抱きしめる形になり、ボクの顔がメルの胸元に当たる。

 

 あ、いい匂い……それに、ふにっとしてる。

 

 メルって柔らかくてあったかいんだなぁ……って!

 

「め、めめめめメル!?」

「なんじゃ、ねーさま?」

「あ、あの、は、はずかしいから、その……で、できれば、は、はなれてくれると、うれしい……かな……」

「じゃあ、ねーさまは、儂に抱き着かれるのが嫌なのかの……?」

「そんなわけないよ」

「じゃあ、何も問題ないのじゃ!」

「んぎゅっ」

 

 あ、しまった!

 メルがちょっと悲しそうな顔になった上に、可愛すぎるからつい即答しちゃった……。

 

「「「……「(にまにま)」」」」

 

 はっ、視線を感じる!

 

「って、みんな!?」

 

 何やら、変な視線を感じて視線が来る方を見ると、ミサたちがニヤニヤしながら、ボクたちを見ていた。

 

「む? おー、ミサたちじゃ! こんばんは、なのじゃ!」

「ええ、こんばんは、メルちゃん。私たちは気にせず、そのままユキとイチャイチャしててもいいわよ」

「本当!?」

「ええ、ほんとよー。ねえ、みんな?」

「「「うんうん」」」

 

 ミサが悪い笑みをしながら尋ねると、他の三人も生温かい笑顔を浮かべながら、頷いていた。

 

「う、うらぎりものー!」

 

 ボクの叫びはみんなに届かず、この後メルとイチャイチャ(?)していました。

 まあ、その……抱き着いたり、手を繋いだりです……。

 いつもは止めてくれるショウが止めてくれなかったのはちょっとショックでした……。

 

 

「ああ、そう言えば、運営から連絡があって、次のイベントが今週の土曜日と日曜日に開催されるみたいよ」

 

 ひとしきりメルと戯れた後、庭園の方でお茶をしていると、ミサが次のイベントについて話しだした。

 ボクは、内心ちょっと苦笑い。

 

「へぇ。んで? 内容は?」

「ええ、何でも、護衛イベントらしいわ」

「護衛? と言うと、NPCを守りながらどこかへ向かう、と言うことか?」

「らしいわ」

「ちなみに、そこってどこかわかってるの?」

「えーっと……クナルラル、って言う国みたいね」

 

 あー、名前が同じぃ……。

 観測装置すごいなぁ。本当に、観測できちゃってるんだね……。

 

 今までちょっと半信半疑なところはあったけど、今ので確信したよ。

 だってボク、学園長先生にボクが女王をやっている国の名前言ってないもん。

 

「む? クナルラル?」

「どうしたんだ? メルちゃん」

 

 ミサの言った国名に、メルが反応する。

 その様子を見ていたショウが、メルにどうしたのかと尋ねる。

 

「うむ、そこは儂の故郷じゃ」

「メルちゃんの故郷? と言うことは……もしかして、魔族の国?」

「うむ!」

「ほうほう。メルちゃんの故郷と言うことは、魔族の国。で、そこはたしかユキ君が女王様をやってるんじゃなかったっけ~?」

「……」

 

 や、やっぱり覚えてるよねぇ……。

 

 まあ、この件に関して、そこまで口止めされてるわけじゃないし……というか、今回のイベントに関しては、ボクほとんど参加できないし、体よく押し付けられたんだから、これくらいしても許されるよね?

 

 普段、ボクがどれだけ学園長先生に仕事を押し付けられていることか……。

 

「ねえ、ユキ。このイベントってもしかして……」

「……いちおう、みんなにはいうけど、ぜったいにこうがいしないでね?」

 

 とはいえ、こういったまだ伏せられている部分を漏らすのはダメなので、みんなには言わないようお願いする。

 

 当然のように、頷いてくれたので、ボクは昨日学園長先生に頼まれたことを所々かいつまんで説明。

 

「っていうことです」

「……ユキが真相を話す前までは、生徒思いで、楽しいこと好きな人、って言う印象だったけど、真相を聞いた後は、ただただドブラックな会社の上司にしか思えないわ……」

「……まあ、ユキが一応信用しているわけだから、悪い人ではない……んだよな? ユキ」

「まあ、うん……。ふつうにせいとおもいなんだけど、じじょうをしってるボクにはかなりしごとをたのんできます」

「高校生なのに、仕事を頼むと言わせる学園長マジやべぇ」

「だねぇ」

 

 あの真相を話した後、嫌いとまではいかないけど、みんなの中での学園長先生の株は大暴落していました。

 

 理由は、

 

『依桜を危険な目に遭わせたから』

 

 だそうです。

 

 あの……涙が溢れて止まりませんでした……。

 

 ボクにはもったいないくらいの人たちだよ、みんなは。

 

 ……もし、みんなに危険なことが訪れたら、ボクは自分の世間体や、正体を晒してでも助けようと誓いました。

 

 これでもしも、その危険が神様によるものだったら、神様だって倒しますよ。

 

「んでもさー、実際学園長先生って天才だよねぇ」

「そうね。異世界転移装置なんてものを創るわ、フルダイブ型VRゲームを創るわ、さらには、観測装置なんてものも作ってるし……」

「たしか、会社の経営もしてるって話だったな」

「そう考えると、学園長の頭ってどうなってんだ? 同じ日本人とは思えねぇ」

「あ、あはは……」

 

 面白そう、と言う理由で異世界研究をするレベルの人だしね……。

 ある意味、常人には理解できない人。

 いい人ではあるんだけどね……。

 

「んじゃまー、今回のイベントでは、ユキは参加しないってことになんのか?」

「うーん、いちおうにちようびにかんしてはとちゅうまでいっしょにいくよていだよ。さっき、がくえんちょうせんせいからメッセージ来たし」

「なんて書いてあったの?」

「えっとね」

 

 学園長先生からのメッセージにはこう書かれていた。

 

『当日の件について連絡します。まず、土曜日は普通にみんなと王城に行ってもOK。その際、ユキちゃんはイベントのキーパーソン的存在なので、NPCとの特殊な会話が発生するけど、気にしないでね。で、この時、メルちゃんは称号の効果でアイテムなしで王城に入れるので、人数制限を気にしないで大丈夫よ~。さて、本番である日曜日は、途中でまでみんなと行動して、半分くらい進んだところでユキちゃんとメルちゃんは離れて魔族の国に転移。その後、専用の服を身に着けて、王女役をしてね。あ、一応イベントには、女王とは明記しないで、魔族の国の王と対面でクエストクリア、って書いてあるから。プレイヤー側へのサプライズです。日曜日のイベントに関しては、夜の九時から時間加速をかけます。ユキちゃんにはほとんど関係ない話かもしれないけど、そう言うことです。それじゃあ、当日はよろしくね!』

 

 さすがに、ちょっと長かったので、みんなにはかいつまんで説明する。

 

「ということなんだけど……」

「ねーさま。儂は、ねーさまと一緒なのかの?」

「うん。イベントにさんかしたかったとおもうけど……ごめんね」

「大丈夫じゃ! 儂は、ねーさまと一緒にいられるなら問題ないのじゃ!」

「……ありがとう、メル」

 

 優しいなぁ、メル。

 これはきっと、将来いい娘に育つね。絶対。ボクが保証します。

 

「となると、私たちはユキの持つあの招待状で全員入れるってわけね。メルちゃんは称号で入れるみたいだし」

「そうだな。だが、途中からはユキとメルちゃんは別行動になるな」

「戦力大幅ダウンだねぇ」

「ご、ごめんね」

「いやいや、ユキが謝ることはないだろ。まあ、いいんじゃね? ゲームマスターになるとか、普通じゃ経験できないしな!」

「それ、がくえんちょうせんせいもいってたよ」

 

 考え方が似てるのかな、レンって。

 

「当日、ミオさんは来れるのかしら?」

「うーん、いちおうどにちはやすみ、みたいなことはいってたから、だいじょうぶだとはおもうけど」

「なら、あまり心配いらないんじゃね?」

 

 ボクの言葉に、レンが楽観的なことを言うんだけど……

 

「ししょうのことだから、『これも修行だ! あたしは手を出さん』みたいなことをいってきそうだけどね……」

「「「「容易に想像できた」」」」

 

 ボクの言ったことに、みんなが揃って苦い顔をして揃って同じことを言った。

 メルだけは、よくわからなそうに、首をかしげていたけど。

 ……可愛い。




 どうも、九十九一です。
 久しぶりのケモロリ依桜です。リアルでも久しぶりですが、作中でも久しぶりですね。
 まあ、だからなんだ、って話なんですが。
 現在、一応ステータスの方を作っております。まあ、色々と計算したり、スキル名考えたり、魔法名考えたりで、やること多くて、なかなか進んでいませんが……できるだけ早く出しますので、お待ちください。
 最近、二話投稿ができてない……やりたいんですけど、なかなか時間がなくて……一応今日も予定していますが、できるか本当に不明状態です。まあ、いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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261件目 声優遭遇

※ 突然ですが(二度目)一時、投稿を不定期にさせてもらいます。詳細はあとがきで。


 ある程度、イベントについてみんなと話し終えた後、ふとヤオイがこんなことを言ってきた。

 

「んー、メルちゃんがゴスロリ衣装を着てるなら、ユキ君もゴスロリ衣装を着て、おそろいな姿が見たいなー」

「え」

 

 唐突に何かを言い出した。

 

「あー、たしかに。ユキだったら、ゴスロリ衣装が似合いそうよね」

「ゴシックロリータと言うくらいだからな。今のユキはロリータ系衣装が似合うだろう」

「ケモロリだからな!」

「え、あの……」

「と言うわけで、ユキ君、ゴスロリ衣装を期待するぜ!」

「さ、さすがにむずかしいし、むり――」

「ねーさまと一緒の服! 楽しみなのじゃ!」

「――わかったよ。メルのためだからね。やるよ」

((((ユキ、メルちゃん相手だとダダ甘だな……))))

 

 メルが楽しみにしてるなら、ボクは全力でやらないとね!

 これはメルのためだから大丈夫……。

 

 

 というわけで、大急ぎでメルの服を作るのに使った布を買ってきて、作成に取り掛かる。

 

 一応、前回と同じようなものを創るつもり。

 能力自体は違ったものになると思うけど。

 

 と、一時間半ほどで全部の装備品を完成させる。

 

 早速、衣装を着てみんなの所へ。

 

「お、おまたせ……」

「「「「おー」」」」

 

 ボクがゴシックロリータの衣装を着て庭園に戻ると、みんながボクの姿を見て感嘆の声を漏らしていた。

 

「ど、どう、かな?」

「いいわね。すごく可愛いわ」

「そうだな。しかも、メルちゃんと対照的な色合いなんだな」

「水色に白。ユキの好きな色だな!」

「これは素晴らしぃ! スクショしないと」

 

 と、みんなからかなり好評な様子。

 そして、メルは、

 

「わーい! ねーさまとおそろいなのじゃー!」

 

 大はしゃぎしていた。

 

 今回、ボクはメルと同じ衣装を作った。

 

 と言っても、色は違うんだけど。

 

 さっき、レンが言ったように、水色と白のゴシックロリータ衣装。

 

 水色と白を基調としていて、服にはフリルやレースがあしらわれ、スカートはふんわりと広がっている。

 

 メルの衣装と同じく、スカートの裾には薔薇が描かれている。

 

 アクセサリーに関しても、ほとんど同じで、ミニシルクハットに、蝶の飾りが着いたリボンに、銀色の十字架が付いたネックレス。

 

 ブーツは、普段使っている物が似合っていたので変更せず履いている。

 

 どこからどう見ても、メルの衣装の色違い。

 

 まあ、名前とかは違うんだけど……。

 

 ちなみに、今回ボクが作った衣装はこう。

 

【幼キもふもふ天使ノ衣】……清廉な泉を連想させる淡い青と、純粋を表す純白に、薔薇が描かれた異世界の服。称号【もふもふ天使】を持つ者のみ装備可能。VIT+40・AGI+50。装備部位:体、腕、足。《洋服スキル:純粋無垢》デバフが一切かからなくなる。全攻撃に対して、30%カットの耐性を得る。

 

【幼キもふもふ天使ノミニハット】……幼いもふもふ天使のために用意された小さなシルクハット。称号【もふもふ天使】を持つ者のみ装備可能。DEX+30・INT+40。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:純情可憐》精神系のデバフをかけやすくなる。

 

【幼キもふもふ天使ノリボン】……幼いもふもふ天使のために用意された蝶の飾りが着いた、二対で一個のリボン。称号【もふもふ天使】を持つ者のみ装備可能。AGI+30・DEX+20。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:和顔愛語》回復量が2倍になる。一日一度だけ、自他問わず蘇生が可能になる。

 

【幼キもふもふ天使ノ首飾リ】……幼いもふもふ天使のために用意された十字架の首飾り。称号【もふもふ天使】を持つ者のみ装備可能。MP+30・AGI+30。装備部位:アクセサリー。《アクセサリースキル:純一無雑》バフをかける際、効果が1.5倍~3倍になる。【身体強化】などのスキルも適用される。

 

 まあ、うん……やりすぎ。

 

 この服を着てる間、色々とおかしなことができるようになっちゃうらしいです。

 と言うか、一日一度とはいえ、蘇生ができるってすごくない……?

 蘇生って、このゲームにあったんだ。

 

 あと、防御面が少し強化されたし。

 

 全部の攻撃って言うことは、物理・刺突・魔法攻撃すべてが30%分カットされるって言うことで……いや、うん。地味に強くない?

 

 他にも、【身体強化】の効果が増したりとか、精神系のデバフをかけやすくなるとか……色々とおかしい。

 

 メルの装備ほどじゃない気がするけど……。

 

 ……まあ、幸いなのは、この装備は【もふもふ天使】という称号がないと身に着けられないみたいだけど……って、ちょっと待って。何この称号?

 

 知らない称号なんだけど。

 

 もしかして、この姿になってる時に出てくる称号? 【変幻自在】の効果?

 

 やっぱりこのゲーム、おかしいよ……。

 

「にしても、可愛いわね、二人とも」

「うんうん。二人ともまさに美幼女って感じだからねぇ。素晴らしい!」

「こうして見ると、本当に姉妹みたいだな」

「ゴスロリ姿の美幼女二人……オレ、生きててよかったぜ……」

「そんなことで!?」

 

 相変わらず、態徒の考えはよくわからないです……。

 

 

 とりあえず、今日一日は、メルとおそろいで過ごすことに。

 と言っても、やることはないから、二人で街の中を歩き回ることになったけど。

 

「ふんふん~♪ ねーさまとお出かけなのじゃ~♪」

「ボクといっしょにいるだけでうれしそうにするね、メルは」

「うむ! 儂はねーさまが世界で一番好きなのじゃ! ねーさまと一緒ならどこでも楽しいのじゃ!」

「そ、そっか……」

 

 面と面向かって言われると恥ずかしい……でも、すごく嬉しい。

 

「お、ねーさま、尻尾がぱたぱたしてるのじゃ」

「ひゃわ!?」

 

 そ、そうだった!

 今って、耳と尻尾があるから、思ったことがそっちに表れちゃうんだった……!

 

「ねーさま可愛いのじゃ!」

「はぅぅぅ……!」

 

 恥ずかしぃよぉ……!

 この姿になると、感情が尻尾に正直に表れちゃうから、隠しきれないのが辛い……。

 

『な、なんだ、あの天使すぎる幼女二人は……!』

『ツインテールの娘は可愛いし、隣の銀髪碧眼の娘も可愛すぎだろ』

『尊すぎるぅ!』

『やばい、マジで抱っこしたい!』

『というか、耳と尻尾が付いてるのが最高……』

『も、もふもふしたい……』

 

 耳と尻尾があるからか、周囲からの視線がすごい。

 やっぱり、動くのが目立つのかな……?

 

「ねーさま、今日はどこへ行くのじゃ?」

「そ、そうだね……うーんと、メルはいきたいところある?」

「うむぅ……甘いものが食べたいのじゃ!」

「そ、そうきたか……」

「ダメか……?」

「ううん、そんなことはないよ。とりあえず、ミサたちといったきっさてんがあるから、そっちにいこうか」

「うむ!」

 

 きゅっと自然に手を繋ぐメル。

 一瞬びっくりしたけど、ボクもぎゅっと握り返す。

 そうすると、メルが嬉しそうにはにかんだ。

 うん。可愛い……。

 

 

 というわけで、二人で喫茶店へ。

 

 お金に関しては、ボクが払うことにしている。

 

 メルは妹だからね。お姉ちゃんとして、当然なのです。

 

 …………あれ。なんか最近、お姉ちゃんであることに対して、全然違和感を感じなくなってるような……。

 

 それどころか、元男なのに、なんてことを思うことが減った気が……。

 

 こ、これはあれかな。あっちのボクに言われたことが自然とできているってことかな?

 

 前向きに、女の子の生活を楽しむって言う。

 

 ……うん。

 

 まだちょっと男であることに未練はあるけど、前ほどじゃない気がする。

 

 ……それはそれでどうかと思うけど、それでも前向きに行かないとね。

 

 そうすれば、少しは楽しくなるって言ってたしね。

 

「さ、すきなのをたべていいよ」

「わーいなのじゃ!」

 

 嬉々として、スイーツを注文するメル。

 

 わ、わぁ、かなり頼んでる。

 見た感じ、ここにあるスイーツを全部一つずつ頼んでるんじゃないかな……?

 まあ、お金にはかなり余裕があるからいいけどね。

 

 それに、

 

「んっ~~~~! 美味しいのじゃ!」

 

 こんな風に、幸せそうに食べているメルを見られるんだから、安いものだよね。

 

「ねーさま、たべないのかの?」

「あ、うん、たべるよ。いただきます」

 

 さすがに、メルほどじゃないけど、ボクもスイーツを注文している。

 

 イチゴのタルトに、チョコレートケーキ、それとプリンアラモードの三つ。

 うん。普通はこれくらいだよね。

 

 メルと同じように、ボクもスイーツを堪能。

 

 このゲームのスイーツはすごく美味しい。

 

 高級スイーツは食べたことがないけど、多分それ以上に美味しいんじゃないかな、って思えて来るくらいに。

 

「おいしぃ」

 

 これなら、いくらでも食べられちゃうよ。

 しばらくスイーツを味わっていると、

 

「あれ? 桜ちゃん?」

 

 ボクに声をかけてくる人が。

 声の方を向くと、

 

「あ、みうさん」

「久しぶり……なのかな?」

「たぶん。さいごにあったのは、バレンタインだとおもいますし」

「じゃあ、やっぱり久しぶりだね。元気だった?」

「はい。みうさんは?」

「私ももちろん元気。声優業も大変だけど、楽しいよ」

「そうですか。げんきそうで、なによりです」

「ふふっ、ありがと」

 

 そう言って笑う美羽さん。

 

「んむ? ねーさま、この人は誰なのじゃ?」

「あ、ごめんね、メル。えっと、このひとはみうさんっていって、せいゆうさんなの」

「せいゆう……?」

 

 あ、そっか。声優なんて言ってもわからないよね。

 向こうにはテレビなんてなかったわけだし。

 

「桜ちゃん、この娘は?」

「えっと、メルっていって、ボクのぎりのいもうとです」

「え、桜ちゃん妹さんがいたの!?」

「まあ、ちょっといろいろありまして……」

「へぇ~。でも、すっごく可愛いね、メルちゃん」

「ありがとうなのじゃ!」

「のじゃろり……なるほどー、桜ちゃんの周りには個性的な子が集まるんだね」

「そ、そうですか?」

 

 ……あ、でも、言われてみればヤオイなんて個性の塊だよね、たしかに。

 レンやショウに、ミサも。

 特に、師匠なんて一番そうなんじゃないかな。

 

「それにしても……メルちゃんって不思議な感じがするね」

「ふしぎなかんじ……?」

「うん。何と言うか、私たちの世界にはいないようなそんな感じの」

 

 ……やっぱり、美羽さんって鋭いね。

 

「桜ちゃん、もしかしてメルちゃんって……」

「……えっと、とりあえず、じじょうははなしますので、これをたべたらボクのおみせにいきましょう。ケーキもごちそうしますから」

「ほんと? ラッキー!」

「あまりいいものじゃないですからね、きたいしないでくださいよ?」

「いいのいいの、桜ちゃんのケーキが食べられれば」

 

 そう正面から言われるとやっぱり恥ずかしい……。

 

 

 スイーツを食べ終えた後、メルと美羽さんを連れてボクのお店『白銀亭』へ。

 

「へぇ~、初めて来たけど、綺麗なお店」

「ありがとうございます」

「おー、ここでねーさまは料理屋さんをやっておるのかー」

「うん。そうだよ」

 

 美羽さんは内装綺麗だと言い、メルはボクがここで料理屋さんをやってると思いながら、興味津々に中を見回している。

 

 そう言えば、ここって、向こうの世界にもあるのかな?

 

「それじゃあ、ちょっとケーキをもってきますので、ちょっとまっててくださいね」

「はーい」

「はーいなのじゃ!」

「あれ、メルも食べるの?」

「うむ!」

「そ、そっか。まあいいけど」

 

 メル、よく食べるね。

 

 いっぱい食べるのはいいことだけど、現実では食べ過ぎないように言わないとね。

 

 これでメルが体調を崩しちゃったら問題だもん。

 

 とりあえず、定番のイチゴのショートケーキ二つと、紅茶を用意して、二人の所へ持っていく。

 

「はい、どうぞー」

「わぁ、美味しそう!」

「ねーさまのケーキじゃ!」

「「いただきます(なのじゃ)!」」

 

 二人がケーキを食べ始めると、ボクは会話を切り出す。

 

「それで、えっと、メルのこと、ですよね?」

「うん、そう!」

「かんたんにいいますと、メルはこのせかいのひとじゃなくて、いせかいのひとなんです」

「なるほど。いわゆる異世界人、っていうやつかな?」

「そうですね。それで、メルはむこうのせかいでは、まおうなんです」

「魔王? 魔王って、『フハハハハハ! お前に世界の半分をやろう!』って言う、あれ?」

「そ、そうです」

 

 さ、さすが声優さん。何気に演技を挟んできた。

 しかも、ラスボス感があったよ。

 

「なるほどねぇ。メルちゃんが魔王か。……うん、いいね! のじゃろり魔王様っていうのは」

 

 メルが魔王だと知っても、美羽さんは全然嫌なそぶりを見せない。

 いい人だよね、美羽さんって……。

 

「でも、どうして桜ちゃんが『ねーさま』って呼ばれてるの?」

「ちょっと、いろいろなじじょうがありまして……じつは――」

 

 美羽さんに、軽くメルがこっちに来た理由と、ボクのことを『ねーさま』と呼び理由について、かいつまんで説明。

 

「――ということです」

「へぇ~。魔族の人っていい人なんだ」

「そうなんですよ」

「色々とテンプレから外れてる世界なんだね。まあ、平和で何よりかな」

「そうですね。ボクもそうおもいますよ」

 

 ようやく平和が訪れたからね、向こうは。

 

「それで、桜ちゃんがメルちゃんの面倒を見てるんだ。……それにしては、メルちゃんの方が大きく見えるような……」

「今のねーさまは、ちっちゃくなっておるからの!」

「……あ、言われてみれば確かに……って、よく見たら……耳と尻尾!」

「ひゃぅっ!?」

 

 唐突に美羽さんがボクの耳を触ってきた。

 それによって、変な声が出てしまった……。

 

「すごい、現実で小さくなると、こっちでも小さくなるんだ……あ~、このもふもふ感、最高……」

「ふわぁぁぁぁ~~~~~…………」

「おー、ねーさまが気持ちよさそうにしてるのじゃ」

「あ」

 

 し、しまった……。

 美羽さんのもふもふが気持ちよくて、つい……。

 

「うん、やっぱり桜ちゃんのこのもふもふはいいね。気に入ってるんだー、私」

「そ、そうなんですか」

「そうなんです」

「……そ、そういえばみうさん。みうさんはボクのことを『さくらちゃん』ってよびますけど、その、こっちでは『ユキ』なので、そっちでよんでいただけると」

 

 話を変えるように、ボクは美羽さんと会ってからずっと思っていたことを伝える。

 ずっと、呼び方が現実のままだったから。

 

「あ、ごめんなさい。リアルの名前を出すのはまずかったよね。それじゃあ、ユキちゃん、でいいのかな?」

「はい、それでおねがいします」

「うん。じゃあ、私のことはそのまま『ミウ』でいいから」

「あれ? なまえはおなじなんですか?」

「ほら、私ってこのゲームのイメージキャラクターだから。一応、それと同じアカウントを使っててね。だから、『ミウ』で大丈夫だよ」

「わかりました」

「儂のことは、メルでいいぞ!」

「ふふっ、わかったよ、メルちゃん」

 

 どうやら、仲良くなれそうだね。

 うんうん。メルにも順調に友達が増えているようで嬉しいよ。

 

「あ、そう言えば、ユキちゃんってどこかのギルドに入っていたりするの?」

「え、えーっと、いちおう、ボクがギルドマスターをやってます……」

「ほんとに!?」

「は、はい」

「そっかぁ。ユキちゃんがギルドマスターをやってるギルドか……」

 

 あれ? なんだか、ミウさんが考え込みだしたんだけど……どうしたんだろう?

 と思ってると、

 

「ねえ、ユキちゃん」

「なんですか?」

「私も、ユキちゃんのギルドに入ってもいいかな?」

「え、ボクのギルドに……?」

「うん。ダメかな?」

「い、いえ、ぜんぜんだめじゃないですけど……ボクなんかのギルドでいいんですか?」

「もちろん。だって、ユキちゃんのギルド楽しそうだもん」

「そ、そうですか」

 

 そう思ってくれるのは嬉しいかな。

 ……できたの、昨日だけど。

 

「メルもいいかな」

「うむ! ミウは好きなのじゃ!」

「嬉しいことを言ってくれるね、メルちゃん」

 

 メルも異論なし、と。

 それなら、大丈夫かな。

 みんなも反対しないと思うし。

 

「わかりました。それじゃあ、ギルドホームに行きましょうか」

「はーい!」

 

 ボクたちはミウさんをボクたちのギルドに入れるために、ギルドホームへ向かった。

 

 まさか、作った次の日に、新しい人が入るとは思わなかった。




 どうも、九十九一です。
 えーっと、大変申し訳ないのですが、前が気にある通り、一時投稿を不定期にさせてもらいたいと思います。理由は、専念しないといけないような事柄が出てきてしまったためです。個人的に、それを優先しないといけない事情があるので、ご理解ご了承いただけると幸いです。
 一応、不定期投稿ではありますが、時間は10時か17時に変わりありませんので、よろしくお願いします。
 では。


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262件目 ギルドメンバー増量

 ミウさんのギルド加入が決まり、ボクたちはギルドへと向かった。

 

「ここが、ユキちゃんたちのギルドホーム?」

「そうですよ」

「何と言うか、ずいぶんと大きなギルドホームだね」

「あ、あはは……ま、まあ、いろいろとあって、このギルドホームになりまして……」

 

 本来なら、もっと小さいギルドホームを買う予定だったんだけどね……。

 残念ながら、小さい規模のギルドホームはもうすでに購入済みになっていたので、あえなくこのギルドホームに、って言う感じだったから。

 

「ねーさま、ミウ、早く入るのじゃ」

「あ、そうだね。それじゃあ、いきましょうか。みんないますし」

「うん」

 

 メルに急かされるように、ボクたちは敷地内へと入っていく。

 

 

「みんな、ただいまー」

「ただいまなのじゃ!」

「あら、おかえりなさい、二人とも」

「おかえり~」

「おかえり」

「お、おかえり!」

 

 マップを見て、みんなのアイコンが庭園の方にあったので、そっちに行くと、みんなでお茶会のようなことをしていたみたい。

 むぅ、ちょっと楽しそう。

 

「ずいぶん早かったわね?」

「うん。いろいろあってね。えっと、あたらしいギルドメンバーをつれてきたよ」

「……ユキが勧誘したのかしら?」

「うん。しりあいのひとだったから」

「へぇ、ユキの知り合いねぇ? んで? どんな奴よ?」

「ミサとヤオイはしってるひとだよ。ミウさーん!」

「はーい。久しぶり、未果ちゃん、ヤオイさん」

 

 ボクが呼ぶと、ミウさんが物陰から姿を現し、笑顔で挨拶をした。

 特に、ミサとヤオイに向けてが強い。

 

「あれ? もしかして……美羽さん!?」

「そうだよー」

「おー、本当に久しぶりぃ! えっと、一応LINNで連絡は取ってたけど、最後にあったのは……」

「うん、年末の冬〇ミだね」

「ですよね。そういえば、イベントの司会進行をやってましたよね?」

「よく覚えてるね。そうだよー。私、一応このゲームのイメージキャラクターをやらせてもらってるからね」

「それじゃあ、今日は仕事なのかい?」

「ううん。今日はオフ。リアルでもお仕事はない、完全なね」

「なる!」

 

 と、久しぶりに会ったためか、三人で仲良く話している。

 

 うんうん。よかったよ。

 

 ボク自身は、バレンタインの日に会っているけど、ミサとヤオイに関しては、冬〇ミが最後だったからね。

 

 ミウさんは声優さんだから、忙しくてなかなか時間が合わなさそうだもん。

 

 そんな中、ショウとレンは状況がよくわからず、ちょっと困惑気味。

 

「あー、ミサにヤオイ。この人は、知り合いなのか?」

 

 このままでは状況が進展しないと思ったショウが、直接ミサとヤオイに尋ねた。

 

「ええ、そうよ。リアルでの知り合い……というか、友人ね」

「へぇ、リア友か! んで? ユキが連れて来たってことはよ、ユキも友達ってことか?」

「うん」

「なるほどな。しかし……一体いつ知り合ったんだ?」

「冬〇ミさ!」

「冬〇ミ? もしかして、俺とレンが留守番をしていた時のことか?」

「そうそう。ちなみに、ミウさんは……あ、これ、言っちゃってもいいのかな?」

 

 ヤオイがミウさんの現実でのお仕事について言いそうになったけど、すんでのところで止め、ミウさんに行っても大丈夫かどうか尋ねる。

 

「大丈夫だよ。まあ、一応自分で言った方がよさそうだし、自己紹介しようかな」

 

 こほんと小さく咳払いして、華やかな笑顔を浮かべる。

 

「初めまして。現実では、宮崎美羽という名義で、声優業をしています。よろしくね、ショウ君に、レン君!」

 

 と、アニメ声と呼ばれる声を使って、簡単に自己紹介をした。

 ミウさんが自己紹介した直後、ショウとレンの二人が、驚き固まった。

 

「な、なななななな、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 そして、最初に言葉を発した……というより、驚きの声を上げたのは、レン。

 

「ま、マジで!?」

「「「マジ」」」

 

 マジで、と訊いてきたので、ボクとミサ、ヤオイの三人でマジと答えると、わなわなと震えだし、

 

「は、初めまして、レンっす! 職業は、重戦士です! よろしくおねがいしゃす!」

 

 謎の自己紹介をしだした。

 

 あれ、もしかして、緊張してるのかな?

 

 ……うん、ミウさんってかなりの売れっ子声優さんらしいし、緊張するのも無理はないのかも。

 

「ショウです。正直、本物の声優が目の前にいるのは驚きですが、よろしくお願いします」

 

 反対に、ショウの方はかなり落ち着いていた。

 

 おー、さすがショウ。

 

 こういう場面でも、冷静だね。

 ……ボクも、ショウみたいに冷静沈着な人間になりたいものです。

 

「うん、よろしくね。一応、今日からは同じギルドメンバーなんだから、敬語は不要だよ。それに私、あんまり敬語って好きじゃなくて」

「い、いいんすか?」

「もちろん。その方が、気楽だしね」

 

 ちょっと照れたような笑みを浮かべながら、ミウさんが言う。

 

 ボクは、年上の人相手だと敬語になっちゃうからまあ……仕方ないということで諦めてもらってる。

 ミサも大体同じ理由かな。

 

「そんじゃあ、普段通りで」

「……すごいな、お前」

「いやさ、相手がいいって言うんだから、別にいいだろ、って感じだ。あと、ネトゲは、年齢関係なく対等だぜ!」

「なかなかいいこと言うね。私も、オンラインゲームをやる時はそうだから、共感できるな」

「マジ? いやー、人気声優の宮崎美羽にそう言ってもらえると、マジ嬉しいぜ」

「ふふっ、人気と言っても、あくまでも若手では、って感じだけどね。すごい人はもっとすごいもん」

 

 ミウさんが謙遜してそう言うけど、以前ヤオイが言っていたけど、ミウさんは相当人気があるらしくて、デビュー作でいきなりメインヒロインに抜擢されて、そのままどんどん売れていったとのこと。

 

 一応、デビュー時の年齢は、十六歳らしいです。

 

 高校一年生でプロとしてデビューしてたと思うと、本当にすごいし、尊敬できる。

 

 ……まあ、ボクもプロと言えば、プロけどね。暗殺の、っていう冠言葉が付くけど。

 

「まあ、話はここまでにして、ユキ、そろそろ登録して来たら?」

「あ、それもそうだね。それじゃあ、いきましょうか、ミウさん」

「うん!」

 

 このままここで話していたら、さすがに時間が過ぎちゃうもんね。

 

 一応、ミウさんがオフとはいえ、これ以上話していると、お仕事に差し支えができちゃうもんね。それだけは、避けないと。

 

 

「はい、これでにゅうだんできましたよー」

「ありがとう、ユキちゃん!」

「わぷっ」

 

 入団ができて嬉しかったのか、ミウさんが思いっきり抱き着いてきた。

 う、や、柔らかくて、いい匂いがする……って!

 

「み、みみみ、ミウさん!?」

「んふふ~、やっぱりこの姿のユキちゃんは抱き心地がいいなぁ……ねえ、これから一緒にお布団で寝ない? もちろん、朝まで」

「あ、あさまで!?」

「そうそう。一応、明日からお仕事があるからね。リフレッシュ的な意味でも、ユキちゃんを抱いて寝たいなーって」

「そ、そそそそんなこと! は、はずかしいですよぉ……」

「あれ~? ユキちゃん、顔が真っ赤だよ?」

 

 つんつんと、頬を突いてくるミウさん。

 表情も、ちょっと意地悪な笑みを浮かべている。

 

「でも、ユキちゃんの体ってすっごく柔らかくて、すごくいい匂いがして落ち着くんだよね。それに、このもふもふがすごくいいし!」

「ぁんっ!」

 

 いきなり、耳を触られて、変な声がまたでてしまった。

 うぅ、こっちでも敏感なんだもん……学園長先生、なんでこういうところも作りこむの……?

 

「ほれほれ~、尻尾さわさわだぞー?」

「ふゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~……」

 

 み、ミウさんのさわさわ、すごく気持ちいぃ……。

 なんだか、本当に狼になってしまったみたいに、つい喉を鳴らすような声が出てしまう。

 

「おー、気持ちよさそうだね。それじゃあ……これはどうかな?」

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~……」

 

 今までは、優しく撫でていたんだけど、今度は緩急をつけて撫でてきた。。

 それによって、まったく違う気持ちよさが出てきて……すごく気持ちいぃ……。

 

「ユキちゃん小さいから、すっごく可愛いよ~」

「そ、そうでもない、とおもうんで――はわぁぁぁぁ~……」

「あ、尻尾の付け根が弱いみたいだね。それじゃあ、さわさわ~」

「くぅん~~……」

「うわ、犬みたいな声だ。可愛すぎるっ!」

 

 あぅぅ、ミウさんのなでなで気持ちよすぎて、なんだか頭がふわふわしてきたよぉ……。

 な、なんだか、このままいくと、堕落しちゃう気がする……。

 でも、このままでもいいかも……

 

「うん、堪能した」

「……ふぇ?」

 

 なんて思っていたら、ミウさんが満足気な表情を浮かべて離れた。

 それがなんだか寂しくなって、つい、声が出てしまった。

 

「あれ? ユキちゃん、もしかして……もっとしてほしかったのかな?」

「い、いいいえ! ち、ちがいます! べ、べつに、きもちよかったから、もっとしてほしいとおもったわけじゃ……あ」

 

 慌てて否定したら、いらないことまで口をついていた。

 自分の心情をほとんど言ってしまい、かぁ~っと顔が熱くなる。

 

「なるほどー。ユキちゃんは、私のさわさわが気持ちよかったんだね?」

「いや、あの、えと……はぃ」

 

 誤魔化しても無駄だと悟り、素直に認めた。

 だって、もうバレちゃっているようなものなんだもん……。

 そ、それに、ミウさんのさわさわが気持ちよかったのは事実だし……。

 

「そっかそっか。ねえ、ユキちゃん」

「な、なんですか……?」

「ユキちゃんが耳と尻尾が生えた状態になったら、またもふもふしていいかな?」

「え!?」

「ダメ、かな?」

 

 う、うぅ、なんでそんなに潤んだ瞳を向けてくるの……?

 

 こ、断りにくくなっちゃうよぉ……。

 

 ……で、でも、ちょっと怖い部分もあるんだよね。

 

 ボク、尻尾とか耳を撫でられたり、さわさわされたりすると、なんだか頭がふわふわしてくるし……。

 その状態からさらに進むとどうなるのかわからない、という恐怖心がある。

 

 それに、未知の感覚ほど怖いものは無いし……。

 

 か、かと言って、ミウさんの撫でスキルが高いのも事実。

 

 あれは、その……かなり気持ちがいいし……なんと言うか、すごくリラックスもできるし……。

 

 う、うぅ……ほ、本音を言えば……し、してもらいたい……。

 

 でも、なんだか怖いし……。

 

 でもでも、気持ちいいし……。

 

 …………………し、仕方ない、よね?

 

「い、いいです、ょ……?」

「本当!?」

「は、はぃ……」

 

 ボクの顔は今、湯気で手そうなくらいに真っ赤なんだろうなぁ、なんて他人事のように思うけど、実際すごく熱い……。

 きっと、茹で上がった蛸みたいになってる気がするよ……。

 

「わーい! ありがとう、ユキちゃん! 私、もっともっと、上手になるからね!」

「……お、おてやわらかに……」

 

 ……ボク、失敗したんじゃないかな?

 なんて、今更後悔するボクでした。

 

 

 その後、みんなでお茶会をして、この日のゲームは終了となりました。

 話の内容的には、声優業の話とかか多かったかな? ヤオイとレンが一番興味津々で聞いてたよ。

 

 ボクも楽しかったです。

 

 ギルドメンバーが増えるのもいいね。

 

 まあ、入団申請が来ない限りは、勧誘とかはしなくてもいいかな、って思ってるけど。




 どうも、九十九一です。
 約三週間ぶりですね。読者の皆様、お待たせしてしまって申し訳ないです。あの後、すぐに使用しているPCがお亡くなりになりまして、まあ……書けませんでした。現在は、代わりのノートPCを用いて執筆しております。一応、まだ点く内にSSDに小説のデータは移したのでまあ、セーフでした。書きかけの部分はだめでしたけどね……。
 とはいえ、前回言っていた、大事なあれに関しても、PCが逝ってしまったため、期間を不定期にさせてもらえましたので、またこっちに専念できます。
 不定期と言いながら、また毎日投稿に戻すつもりです。まあ、まだ私の方が、PCが壊れたことがショックで本調子ではないですが、頑張るつもりです。
 明日から、再び毎日投稿に戻します。
 時間はいつも通り、10時か17時ですので、よろしくお願いします。
 では。


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263件目 久々のお店開店

 次の日。

 

 新学期最初は、特段やることもなく、平穏な日常なので、ボクたちはしばらくの間は毎日ゲームで遊ぼうということになった。

 

 最近ご無沙汰だったし、ボクとしても嬉しい。

 

 みんなと遊ぶのは楽しいからね。

 

 新学期早々、ボクは並行世界に飛ばされる、何ていうこともあったし、みんなとのつながりが本当に嬉しく思う。

 

 だからこそ、ボクには断る、という考えがないわけです。

 

 とまあ、今日も今日とて学園が終了し、約束の時間にログイン。

 

 集合場所……というより、出現場所がギルドホームに設定されているので、そこで来るのを待つことになる。

 

 現実の方では、ギルドメンバーと連絡を取り合いたい、ということで、LINNでグループを作成した。

 

 名前は『ほのぼの日和』と、ギルド名そのまま。

 

 これには、ギルドメンバーが全員参加していて、美羽さんと師匠、メルの三人もちゃんと入っている。

 

 師匠とメルに関しては、ボクからみんなに伝えればいいんだけど、美羽さんだけは、そうもいかないからね。

 

 唯一、現実であまり会うことができない人、ということになってもん。

 

 できれば、会いたいんだけどね。

 お仕事が忙しいから仕方ないんだけど……。

 

 それはともかくとして、グループを作ったら、美羽さんが一番喜んだ。

 

 これでいつでも、みんなと話せる! という風に。

 

 そこで、初めて師匠の存在を知ったんだけど、割とすんなり仲良くなっていました。

 

 ちなみに、冬〇ミの時に、美羽さんに『擬態』が見破られた、と言ったら、さすがの師匠もびっくりしていました。

 

 こっちの人って、向こうに比べたらかなりステータスなどが低いからね。

 

 でも、『鑑定』のスキルを使って、こっちの人を確認しても、ステータスが表示されるということは、どの世界でも共通なのかな?

 

 この世界には、そう言ったものを確認する術もないから見えないだけで、隠し要素のような意味で見れるのかも。

 

 そうでないと、ステータスが見れるのはおかしいからね。

 

 もしそうなら、美羽さんがボクの『擬態』を見破ったもの、何らかのスキルとか能力によるかもしれないね。

 

 意外と、謎が多いよ、この世界も。

 そんなことを考えながら、メルと一緒にギルドホームで待つと。

 

「こんばんは、ユキちゃん、メルちゃん」

 

 ミウさんがログインしてきた。

 

「ミウなのじゃ! こんばんはなのじゃ!」

「ミウさん、こんばんは。今日もログインできたんですね」

 

 売れっ子人気声優さんなので、まさか今日もログインしてくるとは思わなかったよ。

 

「うん。最近調子が良くてね。収録も、ほとんど一発撮りで終わるの」

「すごいですね。やっぱり、普段から努力をしてたり?」

「もちろん。声だけで、色々と表現しないといけないから、事前に準備をして、それで私はお仕事に臨むの。他の声優さんは、どうなのかはわからないけどね」

「声優さんかぁ……ちょっと、憧れのような物はありますね」

 

 昔、アニメを見てる時とか、声優さんはすごいなぁ、なんていつも思ってたっけ。

 ドラマと声優、どちらが難しいかと言えば、一概には言えないけど、ボクとしては声優さんの方が大変そうに思える。

 

 一応台本を見ながらできるとは言っても、声だけでその時の心情を伝えないといけないし、声音を変えて、違うキャラクターも演じないといけないと考えると、難しさはかなりのものだと思うよ。

 

 敵に攻撃されて、ダメージを負った時とかね。

 

「あ、もしかして、ユキちゃん声優業に興味ある?」

「まあ、それなりにはあります。でも、演技力に関しては、それなりに自信はありますけど、声の方は、そこまで自信ないですからね。難しそうです」

「そうかな? ユキちゃんの声って、澄んでて聞き取りやすいし、かなり可愛い声だと思うから、向いてるんじゃないかな?」

「そ、そうですか?」

「うん。メルちゃんはどう思う? ユキちゃんの声」

「儂も、ねーさまの声は好きじゃぞ? ねーさまの声は綺麗じゃし、ねーさまの声を聞くと安心するしのぅ」

「ね?」

「う、うーん……」

 

 どうなんだろう……?

 性別が変化した時は、可愛らしいって思ったけど、自分じゃよくわからないからね。

 だから何とも言えないんだけど……。

 

「でも、演技力には自信あるんだ?」

「はい。ボク、暗殺者ですから。スパイに近いこともしないといけなかったので、必然的に」

 

 と言っても、元々ちょっと得意だった面もあるんだけど。

 それが、暗殺者になったことで、自然と伸ばされたって感じかな?

 

「あ、そっか。ユキちゃんって、異世界では勇者で暗殺者なんだもんね。実際に、剣で刺されたりしたことってあるの?」

「ま、まあ……」

「やっぱり、痛い?」

「それはもう、すごく……」

 

 ……でも、師匠のしごきに比べたら、剣で刺されるなんて可愛いものだったけどね……。

 

「なるほどなるほど。うーん……ねえ、ユキちゃん」

「なんですか?」

「今度、私の仕事風景を見学しに来ないかな?」

「それって……アフレコ現場ですか?」

「そうそう。今度やる収録の時にね、モブの役が一人欲しい、って監督さんが言ってたんだけど、やってみる?」

「で、でも、そう言うのって、新人さんとか、エキストラのような人がやったりするんじゃ……?」

 

 詳しいことはよく知らないけど、一応モブと言っても、新人の声優さんがやったりすると思うし、ド素人のボクがやるのって、結構まずい気がするし……。

 

「ううん、大丈夫。一応、メインキャラを担当する人たちの中の、誰かの知り合いの人を呼んでも大丈夫、って言われてるから」

「で、でも……」

「まあまあ、何事も経験だと思って、ね?」

 

 そう言われて、ちょっと揺らぐ。

 

 声優さんが普段どんなことをしているのか気になるし、それに、ミウさんとももっと仲良くなれそうな気がするし……。

 

 でも、モブって……それって、声優として声を当てる、って言うこと、だよね?

 

 う、うーん……。

 

「ねーさま、やりたいか、やりたくないかでいいのではないかの?」

 

 と悩んでいると、メルがボクにそう言ってきた。

 

「そうだよ。別に、やりたくなければ断ってもいいんだよ?」

 

 0歳のメルに言われるなんて……うぅ、ちょっと恥ずかしい。

 でも、そうだね。

 やりたいかやりたくないかで言えば……

 

「やってみたい、です」

「ほんと?」

「は、はい。どういうことをしているのか気になりますしね」

 

 その辺りに関しては、本音。

 

 ミウさんが普段どういう現場でお仕事してるのか気になるもん。

 

「やった! それじゃあ、ちょっと監督さんの方に連絡してくるね♪」

 

 にこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、ミウさんが落ちた。

 連絡してくるだけ、って言っていたし、すぐ戻ってくるよね。

 

「メル、何か食べる?」

「ケーキが食べたいのじゃ!」

「あはは。本当に、ケーキが好きだね」

「うむ! ねーさまのケーキは世界一じゃ!」

「そっかそっか。ありがとう、メル」

「んゅ~~~。ねーさまのなでなでじゃぁ」

 

 お礼を言いながら頭を撫でると、いつものように目を細めて嬉しそうにする。

 うんうん。やっぱり、メルは可愛い。

 

 

 しばらくミウさんが来るのを待っていると、ミサたちから連絡がきた。

 

 少し前のアップデートで、PC本体の方からログイン中のプレイヤーにメッセージを送る機能ができた。

 

 それによって、急に予定が入ってしまって遊べなくなってしまった、という時でも、メッセージが送信できるようになったので、予定を合わせやすくなったとか。

 

 ちゃんと、ゲーム内からでも問題なく送信は可能です。

 

 そんなわけで、ミサたちからの連絡を見てみると、どうやらみんな、予定が入ってしまったみたいで、今日はログインできないとのこと。

 

「まあ、仕方ないかぁ」

 

 そういう日もあるよね。

 

「ねーさま、ミサたちは来ないのかの?」

「うん、予定が入っちゃったみたいだね」

「そうなのか……」

「仕方ないよ。みんなにも、色々あるからね。今日は、ボクとミウさんと遊ぼっか」

「うむ……」

 

 メルは、ミサたちにもちゃんと懐いているからね。ちょっと可哀そうだけど、こればっかりは仕方ない。

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさい、ミウさん」

「おかえりなのじゃ」

 

 ここで、ミウさんが戻って来た。

 表情は明るいところを見ると、上手く行ったのかな?

 

「とりあえず、話は通しておいたよー。収録は、ゴールデンウイーク中になるから、よろしくね」

「わかりました」

「細かい日程は、あとでこっちから連絡するね」

「はい。お願いします」

「うん、お願いされました」

 

 ゴールデンウイークかぁ。

 

 この姿で初めてのゴールデンウイークだけど、例年とあんまり変わらないかもね。

 

 今年は、一応予定が一個入ったけど。

 

 声優としてちょっとだけ出るみたいだけど……うん、まあ、モブのキャラクターみたいだし、大丈夫だよね!

 

「ところで、ミサちゃんたちは?」

「えっと、今日もみんなと遊ぶ約束をしていたんですけど、どうやらみんなこれなくなっちゃったみたいで……」

「そっか、それは残念。それじゃあ、今日は三人なのかな?」

「そうですね。何をしますか?」

「うーん……ユキちゃんは何かしたいことはあるの? メルちゃんでもいいけど」

「うむぅ、儂はとりあえず、ねーさまたちと一緒にいられればいいのじゃ」

「可愛いこと言うねぇ。それじゃあ、ユキちゃんは?」

「そうですね……ここのところ、全然お店を開店してませんでしたし、お店の方をやりたいかなぁって思ってます」

 

 最後に営業したのは、三月くらいだった気がする。

 

 ホワイトデーあたりかな?

 

 そのあとは、ちょっとバタバタしてて、ゲーム自体ができなかったからね。

 

 一応、お客様もいるし、なんだかんだで、常連さんもいるわけだし……。

 

 もしかすると、待ってくれくれている人がいるかもしれないと思うと、正直申し訳ない。

 ミサたちに止められてはいるけど、営業しないのも悪いもん。

 

「なるほどー。ねえ、ユキちゃん。手伝ってもいいかな、お店」

「え、いいんですか?」

「うん。こっちとしては、お仕事の方で頼み事もしちゃったしね。お礼、というわけじゃないけど、手伝おうかなって」

「ありがとうございます! 実は、お店を開くと、いつも忙しくて、お手伝いはたすかります」

「ねーさま、儂も手伝うのじゃ!」

「メル……ありがとう。それじゃあ、早速お店に行きましょう」

「うん」

「はーいなのじゃ!」

 

 

 お店に到着。

 

 最近、お店の制服を作ったりしました。

 本当は、ミサたちにも作ってあったんだけど、とりあえず今日はミウさんとメルの二人に渡す。

 

 ちなみに、装備的にはこう。

 

【給仕者ノシャツ】……女神が経営するお店にて働く給仕者が着る白のシャツと黒のスカート。女性アバターが装備可。STR+35、AGI+30。装備部位:体、腕、足《洋服スキル:給仕の基本》特定の店での作業効率を上げる。STR+30、AGI+40。

 

【給仕者ノ靴】……女神が経営するお店にて働く給仕者が履く靴。男女ともに装備可能。AGI+25。装備部位:靴。《防具スキル:機敏な給仕》特定の店での作業効率を上げる。AGI+45。

 

 とりあえず、前者の装備はミサ、ヤオイ用の衣装。

 

 後者の靴は、基本全員が身に着けることができるもの。

 でもこの靴、ボクが作ったわけじゃないんだけどね。

 なぜか、ボクのお店に縁があるものになっている。

 

 あれかな。依頼式の作成だったからかな?

 

 この靴は、街の中にあるとあるお店に、皮や布を持って行くと、靴装備を作ってくれるところがあって、そこに持って行ったらこうなってしまいました。

 

 まあいいんだけど……。

 

 とりあえず、二人には、この衣装を手渡し、着てもらった。

 

「わぁ、シンプルでいいね、この衣装!」

「うむ、可愛いのじゃ!」

「それならよかったです」

 

 二人とも、衣装は気に入ってくれたみたい。

 

 それに、装備としての性能もそれなりに高いからね。

 

 このお店なら、スキルの影響でさらにステータスが向上するけど。

 

 この後、軽く二人に仕事内容を説明する。

 

 メルは幼い外見によって勘違いしがちだけど、頭の回転は速い。

 すんなり覚えてくれたのはよかった。

 

「それじゃあ、そろそろ開店するので、準備お願いします」

 

 

 というわけで、お店が久しぶりに開店。

 久しぶりの開店は、最初は人が来なかったものの、開店から三十分程経った頃のこと。

 

「お、ここが噂の『白銀亭』かー」

「あ、いらっしゃいませ! お一人様ですか?」

「はい……って、ん? どこかで見たことがあるような……」

 

 最初に来店してきたのは、戦士風の男性プレイヤー。

 入ってきた時の口ぶりを聞く感じだと、初めてみたいだね。

 噂、というのはちょっと気になるけど……。

 その男性プレイヤーさんは、最初に現れたウエイトレスのミウさんを見て、少し首を傾げた。

 

「では、あちらのカウンター席へどうぞ」

 

 ミウさんの事が気になったのか、首を傾げつつもカウンター席へと座る。

 

「注文は、そこの紙に書くのじゃぞ!」

「って、え、幼女!?」

「むっ、たしかに儂は幼いが、ちゃんと学校には通っておるぞ!」

 

 メル、違う、そうじゃないよ。

 まあ、うん。でも、可愛いからおっけーです。

 

「そっかそっか。じゃあ、お仕事頑張ってね」

「うむ!」

 

 メルは基本的に誰からも可愛がられるようなところがあるので、今目の前のことがよく起こる。

 

 二人で一緒に商店街に行って、歩いていると飴やお菓子をもらったりね。

 

 そんな事を想っていたら、ボクのところに注文用紙が来た。

 

 ハンバーグとシーザーサラダに、ご飯のセット。

 

 初めて来店した人たちって、なぜかこのセットをよく注文するんだよね。

 やっぱり、分かりやすいからかな?

 

 そう思いつつも、急いで料理を作る。

 そして、完成した物をカウンターへ。

 

「お待たせしました。ハンバーグとシーザーサラダに、ご飯セットです。それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

 ミウさん、ウエイトレス姿が似合ってるなぁ。

 

 言動も、ちゃんとそれに合わせたものだし、やっぱり声優という仕事をしているから、ウエイトレスの役でもあったのかな?

 

 でも、こっちとしてもすごくありがたい。

 

「美味い!」

 

 と、食べ始めた男性プレイヤーさんがそう叫んでいた。

 

 どうやら、料理を気に入ってくれたみたい。

 

 うん、こうやって喜んでくれるのは、本当に嬉しい。

 料理人、というわけではないけど、作り手として、見ていて心が温かくなるよ。

 

 やっぱり、楽しいね、お店をするのは。

 

 

 なんてことを思いながら、普通にお店をやっていると……

 

「あわわわわ!」

 

 ボクはすごく慌てていました。

 

 あの直後、いつもの常連さんたちがものすごい勢いで入店してきて、一斉に注文しだした。その際、どこか目が血走っていたように見えて、怖くなったけどね……。

 

 そこまでして、食べたいものがあったのかな?

 うーん……わからない。

 

「いらっしゃいませ! あちらの席へどうぞ!」

「いらっしゃいませなのじゃ! 向こうの席が空いておるぞ!」

 

 と、二人もかなり大忙しで動いている。

 

 メルのステータスは、何気に高い。

 

 正直、初期レベルですでにレベル二十以上はあったくらいだしね。

 

 だけど、ミウさんのステータスはわからない。

 

 そもそも、職業も訊いてない。

 

 だから、ちょっと心配だったんだけど、どうやら杞憂みたいで何よりです。

 

 忙しそうではあるけど、接客は丁寧だし、ちゃんと周囲を見て判断してくれている。

 うん。本当にありがたい。

 

 ミサたちがいると、もっと効率が良かったかもしれないけど、さすがにないものねだりはだめだよね。

 

 三人で頑張らないと!

 

 

 と、二時間近く三人で頑張りました。

 

 売り上げがすごいことになっていたけどね。

 

 ちなみに、今日一日だけで、なぜか240万テリルだった。

 過去最高記録。

 

 もちろん、二人にはアルバイト代を出しますとも。

 

 まあ、それは一旦いいとして……営業中、なぜか多くのプレイヤーさん達が来て、

 

『『『ギルドに入れてください!』』』

 

 土下座で迫られました。

 

「ふぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 さすがに、この状況にはびっくりして、ボクも驚きの声を上げてしまった。

 

「い、いや、あの、ぼ、ボクなんかのギルドに入ってもいいことはないですし……そ、それに、ボクの友達が『私たちで入団試験やるから。勝手に入れないでね? なんだか、困ることになりそうだから』って言われてて……その、ごめんなさい!」

『『『ぐはぁっ!』』』

 

 断ったら、みんな胸を押さえて倒れちゃった。

 なんだか、ものすごく悪いことをした気分だよ……。

 

 申し訳ない……。

 

 そんな騒ぎがありつつも、ボクたちはケーキを食べながら一息。

 

「あ、これバイト代です」

「え、いいの?」

「もちろんです。ちゃんとした、労働の対価ですよ」

「で、でも、60万って見えるんだけど……」

「そうですね。でも、それくらいの事をしてくれましたし、ボク一人じゃ結構危なかったと思うので。持っていてください」

「ユキちゃん……ありがとう!」

「いえいえ。それと、これ、メルの分ね」

「わーいなのじゃ!」

 

 メルはメルで、嬉しそうに受け取ってくれた。

 まあ、メルの所持金からしたら、そこまで多い金額じゃないんだけどね。

 喜んでくれてなにより。

 

「今日は、ありがとうございました」

「いいのいいの。私も、ゴールデンウイークは楽しみにしてるね」

「は、はい」

 

 まだ少し先の話だけど、ちょっと心配になって来た。

 大丈夫かな……?

 そんな心配をしつつも、この後、三人で楽しく雑談をしました。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:久々の】

1:いやぁ、久しぶりに女神様の料理が食べられて、大満足だぜぇ

 

2:だなー

 

3:ホワイトデー以降、ずっと営業してなかったでござるからなぁ

 

4:儂、もう死んでもいいと思ったぞ

 

5:じじぃが何言ってんだよ。まだまだだろうに

 

6:おっと、そうじゃったそうじゃった

 

7:でも、久しぶりの料理、美味かったんゴ

 

8:ああ、正直、どんな高級レストランの料理よりも、絶対に女神様の料理の方が美味い

 

9:わかるでござる

 

10:それはそうとさ、今日は黒髪美少女とかオレンジ髪の美少女たちはいなかったなー

 

11:その代わり、例の魔王幼女と見知らぬ美女がいたンゴ

 

12:そうそう。青髪ショートヘアの美女

 

13:……というかあれ、ミウじゃね?

 

14:いや、拙者もそう思ったでござるが……

 

15:さすがにないと思うじゃん?

 

16:でもよ、あの声、絶対にミウだろ。あの可愛い声から、妙齢の美女の声までできる特徴的な声

 

17:……まあ、100歩譲ってそうだったとしよう。なぜ、女神様と?

 

18:それはやはり……女神さまだから、じゃろうな

 

19:結局、それで片付くよな、女神様関連は

 

20:まあ、異常に強いし、美人な人とも知り合いだしなぁ

 

21:何でもありっていうか……な?

 

22:じゃあ、結論的には、ミウ本人でいいンゴ?

 

23:そうだな

 

24:とりあえず、これが露見したら、女神様的にも困惑するじゃろうし、秘密にしておくとしよう

 

25:異議なし

 

 民度が高い、掲示板のプレイヤーたちであった。




 どうも、九十九一です。
 本当は10時に上げようと思ったんですけど、睡魔に負けて、17時になりました。まあ、出さないよりかはましと思いつつ、ですけどね。
 ユキが微妙にフラグを建築していますが、その辺りの話については、もちろん日常会でやりますので、まあ、お楽しみに(期待はしないでね)。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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264件目 イベント当日

 それから、少し日は進み、イベント前日。

 

 その日も、みんなと一緒にCFOで遊び、現実に戻ると、ボクの『New Era』に連絡が来ていた。

 

 何だろうなと思って、メールを開くと、送信者は学園長先生になっていた。

 件名には、明日のイベントについて、と書かれていた。

 

「あ、そう言えば明日はイベントだったっけ」

 

 そうなると、明日明後日はボクが色々とやらないといけないんだよね……。

 

 ボク自身が望んでいないことが原因で、色々と面倒くさいことが起こるんだろうね……? ボクって、呪われたりするの?

 いや、実際に呪われてこんな姿になったからあれなんだけどね……。

 

 それはともかくとして、内容確認しないと。

 

 えーっと?

 

『依桜君へ。明日の最終確認です。イベント自体は、やりやすさも兼ねて、土曜日はお昼の二時からになります。少し前に電話で話した通り、二日間の開催になります。一日目は招待状を入手して、謁見の間へ進んで、クエストを発生させる。それで、二日目はイベントを本格的に始めて、合計二十組がクリア可能。この際、開催時間は夜の九時で、時間加速をかけるので、安心してね。街から魔族の国までは、結構かかります。ちゃんとゲームになるように、ということで、現実よりも少し縮小されて作られているけど、それでも、歩いて二時間はかかると思っていいです。さすがに、かなり前から待機というのも、依桜君とメルちゃん的にもきついと思うので、途中までは、未果ちゃんたちとの同行は大丈夫です。明日、依桜君のストレージの中に、魔族の国に転移できるアイテムを入れておくので、それを使って魔族の国に先回りしてね。一応、こっちでも進んでいる人たちの様子は見ているので、一組目が到着しそうになったら、こっちから連絡するので、よろしく。くれぐれも、誰かに見つかることのないように、お願いします。それでは、明日はよろしくね』

 

 なるほど……。

 

 うーん、やっぱり、プレイヤーにイベントの重要キャラを任せるのって、結構まずいような気がするんだけど……。

 

 でも、一応世界初のフルダイブ型VRゲームだから、そういうのもありと言えばありなんだろうけど……。

 まあ、今のところは、このフルダイブ技術を提供する予定はない、とか言っていたし、大丈夫なのかかも。

 

 理由としては、

 

『悪用しそうな人が出るから』

 

 とかなんとか。

 

 でも、それが理由じゃないような気がしてならない……。

 

 表向きは製薬会社ということになってはいるけど、実際は資金を得るための建前の会社で、本当は、異世界に関する研究をする会社だからなぁ……。

 

 それに、詳しい原理こそ知らないけど、あのゲームには異世界研究のぎじゅつもつかわれているらしいから、他の会社がフルダイブ型VRゲームを作るのならば、まずは異世界の研究をしないといけないんじゃないかな、あれ。

 

 最悪、プログラミングだけ学んでもどうにかできるとは思うけど、NPCの細かな反応に、建物の設計やデザインなど、あれらは異世界をモデルにしているから、結構大変そう。

 しかも、テレビゲームなどと違って、内装に肌触り、それから温度なども作らないといけないって考えると、本当に異常な技術力な気がしてきた、学園長先生の会社。

 

 ……そう言えば、どうやって五感を感じさせてるんだろう、あれ。

 

 …………まあ、今更だよね、あの人に関する疑問なんて。

 

 並行世界と連絡が取れるようにできる装置も作れるし、異世界転移装置も作れる。それから、観測装置も作っているんだから、技術力は間違いなく、世界一だと思う。その辺りだけは。

 

 本当、悪用するような人じゃなくて良かった気がするよ……。

 

 もし、悪用する人だったら、この世界と異世界がくっつく、みたいな世界になっておかしくない気がするもん。

 

 ……いや、なんだろう? なんだか、そんな世界が本当に来そうな気がしてならない……。向こうの世界は、師匠のような人がいるし、こっちの世界には、学園長先生のようなおかしな人もいる。そもそも神様だっているわけだし……まあ、師匠曰く、その世界には必ず担当の神様がいるらしいけど。

 

 でも、うーん、神様かぁ……。

 

 最近、ちょっと引っ掛かるようになってきたんだよね。何だろう?

 別に、神様の知り合いはいないし……。

 

 そう言えば、前に師匠が、親友だった神と似ている、とかなんとか言ってたっけ。

 

 普段、ボクは女神なんて言われてはいるけど、これでも人間だし……。

 

 まあ、考えても仕方ないよね!

 

 多分、ボクの思い過ごしだと思うし、そもそも世界がくっつく、なんて絶対ないよね。アニメの見過ぎかも。

 

「んっ~~~はぁ。さて、ボクもそろそろ寝ないとね」

 

 不思議なこともある世界なんだからね。すべてを気にしていたら、身が持たないよね。

 そんなことよりも、今は寝て、明日のイベントに備えないとね。

 

 

 次の日。

 

 今日は土曜日で、今日と明日はCFO内でイベントがある。

 

 そして、ボクはそれに運営側で参加しないといけないわけで……。

 

 うん、まあ、貴重な体験だと思うようにしないとね。

 あの人の無茶振りは今に始まったことじゃないもん。

 

 さあ、今日もログイン。

 

 

「あ、来たわね」

「ちと遅かったなー、ユキ、メルちゃん」

「珍しいねぇ、ユキ君とメルちゃんが遅いなんて」

「いや、遅くはないだろう。この場合、俺達が早いだけだと思うが?」

「どうも、ユキちゃん、メルちゃん」

「みんな。それに、ミウさんも」

「こんにちはなのじゃ!」

 

 ボクがログインしてくると、みんなだけでなく、ミウさんもギルドホームにいた。

 

「あら? ユキ、ミオさんも来るみたいなこと言ってなかったかしら?」

「あー、うん。実はね――」

 

 

「師匠、今日はログインするんですよね?」

「ん、ああ、そういや、そんなこと言ってたな……たしか、イベントがあるとか何とか」

「はい」

「んで? イベント内容はなんだ?」

「えっと、お城に行ってクエストを発生させたら、明日魔族の国へ向かう、というものです」

「……城? 城ってあれか? あのクソ野郎の城か?」

「は、はい、そうです」

「……で? そのクソ野郎は、いるのか? いないのか?」

「え、えっと、あの……い、一応あの世界をモデルにしたゲームなので、向こうにいる人はほとんどいます……」

「チッ……。正直、あたしは会いたかねぇ。一応そのクエストってのは、途中参加で行けるんだろう?」

「は、はい。学園長先生が言うにはそうです……。一応、ボクたちのパーティーにも空きはありますし、問題はないです」

「そうか。なら、あたしはあいつに会いたくないんでパスだ」

「わ、わかりました」

 

 

「――っていうことがあってね……」

「「「「あー……なるほど」」」」

 

 ボクと師匠のやり取りを話したら、みんな苦い顔をしながら納得していた。

 メルとミウさんだけはピンと来ていないのか、ちょっと首をかしげていたけど。

 

「ねえ、ミウさんってどういう人なの? 一応、LINNで話して、少しはなくよくなったと思うんだけど、よく知らなくて」

「そういや、ミウさんは知らないんだったなぁ」

「だね」

「そうね……一言で言うのなら……理不尽、ですね」

「理不尽?」

「はい。実は、あの人はユキの師匠で、異世界では最強の暗殺者です」

「えええぇぇぇぇぇぇぇっ!? ほ、ほんとに!?」

「そ、そうなんです……」

 

 こくりと頷きながら、ボクは肯定の言葉を言う。

 

「でも、そんな人が、どうしてこの世界に?」

「んまあ、不慮の事故ってやつかなー」

「事故?」

「うんうん。去年の十一月ごろかな? 突然こっちの世界に来ちゃってねー。以来、ユキ君の家に居候しながら、学園で体育の先生をやってるんだよ」

「世界最強の暗殺者が体育の先生って……すごい学園だね」

 

 苦笑い気味にそう言うミウさん。

 

 うん。ボクもその辺りは、本当にすごいと思います……。

 

 神様さえも殺せるような人が、ごく普通の平和な国の、イベントごとが多いだけどの学園で体育の先生をしてるんだもんね。

 

 師匠を知っている人が聞いたら、卒倒しそうだよ。

 

「そう言えば、みんなってもしかして、叡董学園に通ってたりするのかな?」

「そうですが……ん? 俺達、学園のことを話したか?」

「あ、ううん。バレンタインにユキちゃんと会った時にね、あそこの学園の制服を着ていたからなんとなく、ね」

 

 軽くウインクをしながら、可愛く言うミウさん。

 

 でも、制服を見ただけで学園の生徒ってわかるなんて。

 

 もしかして、声優業のために、色々と制服を見ていたり、とか?

 なんて、ないよね。ないない。

 

 そもそも、あの学園ってそれなりに有名だから、たまたま知ってるだけかも。

 

「でも、叡董学園か……ふふっ、今度、お邪魔しようかな」

 

 うん? ミウさんが今何かを言っていたような……気のせい、かな?

 

「そう言えば、今日はイベントだけど、ミウさんはイメージキャラクターのお仕事はいいのかい?」

「うん。私は、こういうイベントにはお仕事で参加しないからね。みんなと一緒に同行させてもらおうかなって思ってるの。いいかな?」

「もちろん。ミウさんも一緒なら、きっと楽しいでしょうし」

「そうだな。一人でも多い方がいいだろう」

「オレは異議なしだぜー」

「当然、わたしも!」

「儂もじゃ!」

「ありがとう、みんな」

 

 ここにいるみんなは、普通にミウさんと仲良くなってるからね。

 うんうん。よかったです。

 と言っても、ボクたちの中に、仲間外れにしようとする人なんていないわけだけど。

 

「んで、招待状を持っているのは、ユキだけで、たしか、メルちゃんは照合の効果では入れるんだったよな?」

「うむ!」

「それなら、ユキも称号で入れたりしそうよね」

「ボクの場合は、そもそも称号もアイテムもなくても入れるんだけど」

「あり、そうなの?」

「うん」

 

 だってボク、お城に入る際は、顔パスでいい、ってなぜか言われてるんだもん。

 もしも、観測装置がそこも考慮していたのなら、問題なく入れそうなんだよね。

 

「ユキちゃんすごいんだねぇ」

「ま、まあ、すごいのはボクというより、ボクを鍛えた師匠だと思いますけどね……」

 

 もしも師匠に会えてなかったら、ボクは一体、どれだけの時間を費やしていたかわからないもん。

 

 三年で倒せたのは奇跡、なんて言われてたしね。

 

 それのおかげ……というわけじゃないけど、ボクは基本お城にはいつでも入っていいって言われてた。

 

「それでも、ユキちゃんがすごいことに変わりはないよ。自分の力でそこまで行ったわけなんだから」

「死に物狂いでしたからね……」

「やっぱり、可愛いだけじゃないんだね、ユキちゃんって」

「ふぇ!? い、いいいい、いきなり可愛いって言わないでくださいよぉっ!」

 

 唐突に褒められるのは慣れないよぉ……。

 

 で、でも、ボクってそこまで可愛くないと思うのに、みんな可愛いって言ってくるんだよね……どうしてなんだろう?

 

「前言撤回。やっぱり、可愛いだけね、ユキちゃん」

 

 苦笑いでそんなことを言わなくても……。

 

 うぅ、なぜかみんなも、生暖かい目を向けてくるし……なんで、そう思われるんだろう、ボク……。

 

「まあまあ、そんなことよりも、そろそろイベントのトリガーを引きに行きましょう。と言っても、私たちの場合は、ただ城に行くだけで済むけどね」

「そ、そうだね……早く、行きましょうか……」

 

 ちょっとだけ落ち込みました。

 

 ……あれ、そう言えば、お城に向かう道中、なにか重大なものがあったような……なんだったっけ?

 

 ……まあ、忘れるくらいだから、そこまで重大じゃないよね、きっと。




 どうも、九十九一です。
 個人的に、やりたいネタが多くてちょっと困ってます。今はゲームの話をやっていますが、終わったら当分は日常回なんだろうなぁ、とか思ってます。また長くなりそう。長い系の話よりも、日常回の方が長いとは、これ如何に……。
 それはともかくとして、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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265件目 クエストフラグ

 みんな集まり、イベントクエストを発生させるためにお城へ向かっている道中のこと。

 

 ボクが出発前に、何か重大なことがあるとか何とかが頭をよぎった際、重大じゃないと、楽観視していたんだけど……その気安い心構えが、今のボクを完膚なきまでに叩きのめしてきました。

 

 というのも、

 

「「「「「お、おおぅ……」」」」」

「~~~~っ!」

 

 王城へ行く道中には、まだ男だった時のボクを象った像が建てられていた。

 その姿は、なぜか鎧を着ていて、ナイフなどの小型武器などではなく、ロングソードを掲げていた。

 

 そんな姿が、ボクの幼馴染や友達たちに見られているわけで……正直、恥ずかしがらないわけがない。

 

 現に、今は顔が真っ赤になって、手で顔を覆いながらうずくまってしまっていますよ、ボク。

 

「ねーさま、これはなんじゃ?」

「…………お、男だった時の、ボク……」

「おぉ~、これが、ねーさまがにーさまだった時なのじゃなぁ。うむ! かっこいいのじゃ!」

「や、やめてぇっ!」

「しっかし、鎧を着たユキが見れるとはなぁ……似合ってると思うぜ?」

「そうね。まあ、女顔だし、ちょっとあれな部分はあるけど」

「でもでも、このキリッとした表情いいねぇ。かっこいいなー」

「ユキちゃんって、本当に勇者だったんだねー」

「やめてぇっ! ボクの恥ずかしい黒歴史を見ないでぇ!」

 

 そもそも、あんな表情ボクは一度もやってないからぁ!

 なぜか、これを造った人たちが、勝手にあんな表情にしただけだもん!

 ボクじゃないもん!

 

「そろそろ、やめないと、ユキがなにをするかわからないぞ」

「し、ショウ……」

 

 神様って、ボクの近くにいたんだね……。

 本当に、ショウはいい人――

 

「たとえそれが、普段のユキからは想像もできないほど凛々しい表情をしていたとしても、笑っちゃいけないぞ」

「うわぁぁぁぁぁんっ! ショウのバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 ――味方なんていませんでした。

 

「うぅっ……みんな、酷いよぉ……」

 

 数分後。

 

 そこには、泣き崩れているボクの姿がありました。

 

 だって、みんなしてボクの黒歴史について言ってくるんだもん……。

 

 味方だと思ったショウまで、とどめを刺しに来たし……。

 

 ボク、本当に友達だと思われてるのかなぁ……。

 

「ごめんって。つい、幼馴染の有名っぷりが嬉しくなっちゃってね。それで、悪乗りを……」

「……ぷいっ」

 

 未果が謝ってくるも、ボクは意に介さず、そっぽを向く。

 

「悪かったって。だってよ? この銅像、普通にかっこいいしよー。なんか、褒めたくなるだろ?」

「……つーん」

「ユキ君。本当にごめんね? やっぱり、友達的には、こういうのって嬉しいものなんだよ。だって、自分たちが知らないところで、こんな風に称えられてるわけだし」

「……むぅ」

「ユキちゃん。みんなは褒めてくれてたわけだし、ね? 私だって、男の時のユキちゃんはカッコいいと思うよ? 個人的には、好みだし……」

「……ふんっ」

「機嫌を直してくれ、な?」

「……ショウは絶対ダメ」

「なぜ、俺だけ!?」

 

 だって、上げて落としてきたんだもん。

 許せません。

 

 ……うぅ、こんな黒歴史、無くなってしまえばいいのに……。

 

 あと、あれを見た人たちの記憶、全部全部消えちゃえばいいのに……。

 

 はぁ……。

 

「まあ、あれに関しては、ショウがとどめ刺したわよね」

「「「「うんうん」」」」

「いや、こういう役回りは、レンじゃないのか!?」

「ちょっ、それどういう意味だよ!?」

 

 みんな元気だね……。

 うぅっ、こうなったら……

 

「……その内、みんなの黒歴史を暴く」

「「「「「――ッ!?」」」」」

 

 ボクだけがそうなるなんて卑怯だもん。

 

 それならいっそ、みんなにもボクと同じレベルの黒歴史を暴いて、恥ずかしい情報を白日の下に晒そう。

 

 うん。そうしよう。

 

「ねーさま。黒歴史、とはなんじゃ?」

「……その人にとって、誰にも知られたくない思い出のことだよ」

「そうなのじゃな。ということは、ねーさまにとって、あの像は黒歴史、ということなのじゃな?」

「そうだよ。ねえ、メル」

「なんじゃ、ねーさま?」

「メルは……ミサたちの黒歴史、知りたくないかな?」

 

 にっこり微笑んで、ボクはメルに尋ねた。

 裏で、ミサたちの息をのむ気配を感じたけど、知りません。

 自業自得です。

 

「うむ、知りたいのじゃ!」

「そっかそっか。それじゃあ、あとでボクの持てるすべての力を使って、暴いてくるね」

「楽しみなのじゃ!」

「ふふっ、楽しみにね」

 

 がっくりと項垂れたような気配があったけど、反省してください。

 

 

 この時、ミサたちは思った。

 

((((この理不尽さ、ミオさんの影響受けてない?))))

 

 と。

 

 

 とりあえず、みんなの黒歴史を暴くということで、ボクの悲しみは収まり、ボクたちはお城へ向かう。

 

 すると、お城の前にはすでに、かなりのプレイヤーさんたちが集まっていた。

 

 第一回目のイベントで10位以内に入った人たちは、招待状を入手出来ている。

 

 それで、その人がフレンドの人たちとパーティーを組んだり、もしくはギルドを結成したりして、その人たちと行くことは可能になるわけで……。

 

 このゲームのパーティー制限人数は、八人。

 

 ちょうど、ボクたちのギルドの人数と同じ。

 

 だから、もしも最大人数で1位~10位の人たちがイベントに臨むとしたら、合計八十人ほどになるのかな。

 

 でも、見た感じ、ここにはそこまでの人数はいないね。

 

 多分、少数精鋭で臨むのか、単純に友達同士でやるのか、という感じになってるのかも。

 

 順番待ちのように並んでいるので、ボクたちも並んでいる人たちの最後尾に並ぶことにしたんだけど……

 

『ユキ様のご到着を確認。ユキ様、どうぞお通りください』

 

 なぜか、システムの音声が発された。

 

 その内容は、ボクたち……というより、ボクに向けてのメッセージだった。

 

 ……しかもこの音声、ボクだけじゃなくて、周囲にも聞こえていたところを見ると、個別じゃなくて、オープンだったんだね。

 

「と、とりあえず、入ろっか……」

『待ち順を飛ばして、入城……?』

『あいつら、誰だ?』

『……ん? いやあれ、女神様じゃね?』

『うわ、マジだ! すっげえ、初めて近くで見た』

『ってか、容姿が整ってるやつばっかだなー。容姿は簡単に作れるとはいえ、マジすげえ』

『一緒のパーティーのあの男二人が羨ましい……』

 

 周囲からの奇異の視線を受けながら、ボクたちはお城の中へと入っていった。

 

 

「まさか、順番を飛ばして入れるとは思わなかったわ」

「あ、あはは……ボクも予想してなかったよ……」

「やっぱり、ユキが運営側で参加できるからか?」

「いやいや、単純にイベントで1位だったから、って可能性もあるぜ?」

「んー、単純にユキ君の偉業が認識されていたから、そのまま通れた、っていうのもあるよー?」

「ユキちゃんすごいねぇ」

「あ、あはははは……」

 

 ボクの場合、みんなが言った可能性全部があり得そうで怖いです。

 この場合、一番考えられる可能性はショウが言ったものかな。

 

「お~、ここがねーさまが一年過ごしたという城なのじゃなぁ。人間の城を見たのも始めたじゃが……うむ! 白くて綺麗じゃ!」

 

 初めて見る人の国のお城を見て、大はしゃぎなメル。

 

 ボクたちから離れては、ぴょんぴょんと跳ねるように動き回っている。

 

 うん。和む……。

 

 しばらく、そんな調子で進んでいると、目の前に大きな扉が見えてきた。

 

 謁見の間へ入るための扉。

 

 この先に、王様がいるんだけど……そう言えば、レノとセルジュさんっているのかな?

 一応異世界がモデルなわけだし……。

 

 その場合の反応がどうなるかはわからないけどね。

 

『ユキ様ですね? 招待状の提示をお願いします』

 

 扉の前まで来ると、扉の横に控えていたメイドさんが目の前に立ち、招待状の提示を求めてきた。

 

「えっと、どうぞ」

『はい、確認しました。同行者、ミサ様、ショウ様、レン様、ヤオイ様、ミウ様、メル様の計六名を確認。ようこそいらっしゃいました。この扉の先で、ディガレフ陛下がお待ちです。どうぞ、お進みください』

 

 招待状を見せたら、進むよう指示され、ボクたちは中へと入っていった。

 

 

「よくぞ参った、強き者たちよ。リーゲル王国国王として、歓迎しよう」

 

 入って、王様の前まで来ると、突然そう言われた。

 

 お、おー、王様って、ちゃんとした場面だとこういう風に喋るんだ。

 

 ボクの知ってる王様って、こう……人に命令するだけ、みたいな人だから、ちょっとびっくリ。

 

「して、ここまで来た貴殿たちに、依頼をしたい」

 

 えっと、これって何か返した方がいいのかな?

 

「な、なんでしょうか?」

「うむ。つい最近、この国では、魔族の国、クナルラルとの交流が始まっておってな、明日、ついにその第一歩となる貿易が始まる。本来であれば、我が国の精鋭たちに護衛を任せるはずだったのだが、突然の魔物襲撃により、人員が減り、護衛が難しくなってしまった」

 

 なるほど。そう言う感じのシナリオなんだ。

 うーん、こういうのって、AIが創ってるのかな?

 

「そこで、強き者たちである、貴殿らに、物資を運ぶ者たちの護衛を依頼したい」

 

 王様がそう言うと同時に、ボクの目の前にスクリーンが出現した。

 

 その内容は、

 

《クエスト:クナルラルとの貿易 内容:クナルラルに輸送する物資を積んだ馬車の護衛 成功条件:物資を特定ポイントまで守り通すこと 失敗条件:馬車の破壊 報酬:各自に、三十万テリル・称号【護衛の成功者】の授与 注意:このクエストは、受注したパーティーリーダー以外も個別で発生したことになるので、当日受注者がいなくてもクエスト進行が可能 受注しますか? Yes/No》

 

 と出てきた。

 

 かなり細かいことまで書いてあってわかりやすい。

 

 それに、パーティーメンバーのみんなにも、個別で受注したことになるところを見ると、これでボクがいなくなっても問題がないわけだね。

 

 一応、みんなの方を見て、視線で確認。

 

 こくりと頷いたので、ボクはYesの文字をタッチした。

 

「おお、受けてくれるか! では明日、時間を指定するするので、その際街の正門へ来てくれ」

「わかりました」

 

 そう言って、クエスト発生は終わりかな、と思って帰ろうとしたら、

 

「ところで……そなたはもしや……クナルラル女王、ユキ女王陛下ではないか?」

 

 そう、王様に尋ねられた。

 あ。そう言えば、学園長先生に、一応特殊会話が発生する、って説明されてたっけ。

 すっかり忘れてた。

 

「は、はい」

「おお、まさか、強き者たちの中に、クナルラルの女王がいるとは! これはこれは、遠いところからわざわざ来ていただき、感謝します」

「い、いえ。それで、えっと、何か御用ですか?」

「いえ、儂が挨拶をしたいと思っただけのこと。お気になさらず。ユキ女王陛下。いや……勇者殿、とお呼びした方がよいか」

 

 …………あ、うん。そう言う感じなんだね……。

 

 な、なるほど……一応、向こうでの出来事はこのゲームでも反映されてるんだもんね。だから多分、ボクと王様が知り合い、という部分もある程度反映されてるんじゃないかな、これ。

 

「や、やめてくださいよぉ。い、一応一般人ですし……」

「フフフ、いやなに。世界を救った勇者殿がいるのだ、こちらとしても、敬意を評したいのだよ、ユキ殿」

「そ、そうですか」

 

 やっぱりこれ、ボクと知り合い、という部分が反映されてるね。

 別にいいんだけど……。

 

「しかし、そうか。女王陛下がこちらにいるとなると、少々問題がある……うむ。女王陛下、このアイテムを使用してくだされ」

 

 そう言って、ボクのストレージに何かが収納された。

 

【転移の羽:転移先『クナルラル:魔王城』】

 

 というもの。

 

 なるほど、クナルラル専用のアイテムって言うわけなんだね。

 

 あれ、学園長先生、ボクのストレージに入れておくって言ってたけど、こういう風に渡す方向にシフトチェンジしたのかな?

 

 でも、こっちの方が面白いからいいかもね。

 

「ありがとうございます」

「うむ。それでは、明日はよろしくお願いします」

 

 そんなこんなで、イベントクエストの発生は完了しました。

 

 それにしても、王様の受け答え、かなり自然だったなぁ……まるで、本人みたいだったよ。




 どうも、九十九一です。
 まだ早いですが、四月一日に、エイプリルフール企画を考えています。まあ、ちょっとしたIFの話ですね。ああ、恋愛系じゃないですよ? ちょっとしたギャグ時空のようなものです。まあ、私にギャグセンなんてないですが。
 まあともかく、一応楽しみにして頂けると、嬉しいです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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266件目 護衛イベント開始前

「それにしても、ユキちゃんが女王様かぁ。なんだかびっくり」

「あ、あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「うん。メルちゃんが魔王なのは聞いたけど、ユキちゃんがそこの女王様、っていうのは聞いてなかったから、ちょっとびっくりだったよ」

 

 苦笑い気味にそう言うミウさん。

 

 そっか。

 あの時話したのは、メルのことだけだったんだっけ。

 

 まあ、メルのことについてしか尋ねられなかったから、仕方ないと言えば仕方ないのかな?

 

「私たちも話には聞いていたけど、ゲームとはいえ、いざ目の前でそれを見せつけられると、普通に驚くわ」

「王様から、女王陛下と呼ばれる、銀髪碧眼美少女……うん、いいね!」

 

 一体何がいいのかわからない。

 

「しかし……大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「いや、ユキが魔族の国の女王だと知れたら、それこそ大騒ぎになるんじゃないか?」

「あ、たしかに。ユキちゃんって、結構有名人だし、しかも、かなり可愛いから、余計に有名になっちゃうかも」

「う、うーん……たしかに、一プレイヤーが新しく解放された国の女王様をやってたら、結構な騒ぎになるよね……」

「「「「「……」」」」」

 

 あれ。なんだろう。

 

 なぜか、メル以外のみんなが、呆れた目を向けてくるんだけど……あと、そのやれやれ、みたいな仕草は何?

 

「ねーさまは、どうしてねーさま自身が可愛いと思わないのじゃ?」

「だ、だって、そこまで可愛いとは思えないし……」

「むぅ……ねーさまは、自信がないのかの?」

「自信、というより、そこまで可愛いとは思えなくてね……。うーん、髪色と目の色を除けば、普通だと思うんだけどなぁ……」

「「「「「どこが!」」」」」

「ぅひゃぁっ!?」

 

 みんなに、大声で否定されました……。

 どうして……?

 

 とりあえず、その日は軽く雑談をしたり、ちょっと狩りに行ったりなどをして時間を潰し、お開きになりました。

 

 

 その夜。

 

「師匠」

「んあ? イオか? 空いてるから、入ってきな」

「はい」

 

 ボクは師匠の部屋を訪ねていた。

 師匠に入るよう言われ、ボクは中に入る。

 メルは先に寝ている。眠くなっ散っちゃったみたいだからね。寝かせました。

 

「それで、どうした?」

「あ、いえ。明日のことについて、聞いておこうかなーと」

「明日って言うと……ああ、ゲームのイベントだったか?」

「はい。師匠は、明日ゲームに参加するんですよね?」

「まあな。あたしがガキどもと遊ぶなんて、なかなかないしな。まあ、あれだ。今の内に遊ぶのも悪くない。まあ、仮に帰れたとしても、あたし的にはこっちの世界の生活の方が楽しいんでね。帰るのはまあ……イオや、ミカたちが死んでからだろうな」

「師匠……」

 

 たまに、師匠は帰りたいのかな、なんて思う時があったけど、どうやらその気持ちは薄いみたい。

 

 なんだか安心したというか……こっちの生活が楽しいと思ってもらえて、ボクとしてはすごく嬉しい。

 

 師匠、好きだし……。

 

「それにまあ、こっちの飯は美味いし、酒もいい。それに、汚れ仕事じゃないことで生計が立てられる。あたしからすれば、想像もできなかった暮らしだぞ、こっちは」

「まあ、師匠は暗殺者ですからね」

「ああ。それに、お前とも一緒に暮らせるんだ。嫌なわけないだろう?」

「よ、よくそんな恥ずかしいことが言えますね……」

「お? なんだ、顔が赤いぞ? 別に、この程度どうってことないと思うんだが……ほんと、お前は初心だよな」

 

 はははと笑う師匠。

 

 うぅ、やっぱり師匠はかっこいいけど、なんだか恥ずかしくなるようなセリフを平気で言ってくるんだよね……そこはその……もうちょっと抑えてほしいというか……。

 

「まあ、それはともかくだ。一応お前も、明日はイベントに参加するんだろう?」

「は、はい。と言っても、ボクとメルは途中から別行動になっちゃいますけど」

「たしか、クナルラルに行くんだったか?」

「そうです。向こうで、女王様役をやらないといけなくて。一応、メルは行かなくてもいいと言えばいいんですけど、メルはボクと一緒に行く、って言ってまして……それで、師匠がみんなを見守っていてほしいなと」

「そうだな。あのゲームにおける最強プレイヤーというのは、たしかお前だったか?」

「最近まで忙しくて、ほとんどできませんでしたから……多分、ボクより強い人がいる、と思います……多分」

「多分てな……まあいい。ともかく、お守は任せな」

「ありがとうございます」

 

 今回のイベントは、一応フィールドに出て行うイベントなので、道中プレイヤーに襲われないとも限らない。

 

 あのゲームは一応、PVPも可能。

 

 サービス開始から少し経った頃に、自身よりも弱いプレイヤー……初心者を標的とした、プレイヤー狩りのような人たちが出始め、一時期問題になったことがあった。

 

 それに、今回のイベントの報酬は何かと豪華なので、たくさんのプレイヤーたちが、こぞって狙いに来るはず。

 そうなってくると、他のプレイヤーたちを倒して、報酬を得られる順番になる、ということも考えられる。

 一応、みんなもレベルはそれなりに高くはなったけど、それでも第一回のイベントの時の最高レベルくらい。

 

 さすがに、結構時間が経っているので、もっと高い人はいる。

 

 たしか、レギオさんは、レベル50後半って聞いた気がする。

 そうだとしたら、みんなが対処をするのは難しいんじゃないかなと。

 

 ボクやメルがいれば問題なかったのかもしれないけど、今回、ボクはいないわけだしね……。

 だから、ボクがいない間、師匠に守ってもらいたいわけで。

 

「しっかし、まあ、お前も難儀だなぁ。エイコに手伝いを頼まれるとは」

「あ、あはは……なんと言うか、今更ではありますけど、色々と押し付けてきますからね、あの人」

「ま、それほどお前を信頼して言うことだろう」

「……でも、その理屈で言えば、王様も信頼してるからボクに頼んできた、ということになる気が……」

「いや、あいつは許さん」

「そ、そですか……」

 

 ……師匠、よっぽど嫌いなんだね、王様のこと。

 それだけ、何かがあった、って言うことなのかな、この場合。

 理由としては、ボクを召喚したから、とか何とか言ってたけど、本当かどうか……。

 

「さて、明日時間があるとはいえ、夜も遅い。そろそろ寝るとしよう」

「そうですね。それじゃあ師匠、おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」

 

 最後に軽く言葉を交わしてから、ボクは師匠の部屋を出て、就寝となった。

 

 

 そして日曜日。

 

 普段通りに起きて、軽く家事をしてから、お昼頃にログイン。

 

 夜ご飯は、夜の七時くらいなので、特に問題はなし。

 

 ちなみに、師匠もボクと同じくらいの時間にログインします。

 

 そして、三人でログインすると、いつも通りにギルドホームに出現。

 

 一応これ、設定でどこに出てくるかを設定できるみたいだけど、ボクたちは集まりやすいから、ということで、ギルドホームに設定していたりします。

 お店でもいいんだけどね、ボクの場合は。

 

 それに、代理所有権をみんなに与えてるから、お店を出現場所に設定していても問題はないんだけどなぁ。

 

 まあ、ギルドホームの方が、個別部屋もあるし、落ち着ける場所もある。ヤオイには、作業小屋もあるわけだから、色々と過ごしやすい場所だからね、ここ。

 

「あれ、今日はまだみんな来てないね」

 

 どうやら、ボクたちが一番乗りだったらしく、今日はまだ誰も来ていないみたいだった。

 

 夜の九時からということで、ミウさんも参加できるみたいだし、嬉しい限りです。

 

 ……もっとも、ボクは運営側での参加になるから、途中までしかみんなと一緒に参加できないんだけどね。

 

 うーん、その辺りはちょっと寂しい、残念かなぁ。

 

「そんじゃま、あたしはワインセラーにでも行ってるよ」

「あ、わかりました。あまり、飲みすぎないでくださいね?」

「大丈夫だ。この世界では、いくら飲んでも現実のあたしには影響がないからな。美味い酒が無限に飲めるんだ。あたしとしては、嬉しい限りだよ。それじゃあな」

 

 ひらひらと手を振りながら、師匠は地下へと向かって行った。

 

 うーん、本当にお酒好きだね、師匠。

 よくあんなに大量に飲めるよ。

 

 ……ボク自身は、お酒飲んだことないからわからないけど。

 

「そう言えばメル」

「む、なんじゃ?」

「一応、メルは向こうにボクと一緒に行かなくても大丈夫なんだけど、ボクと一緒でいいの?」

 

 師匠がいなくなった後、ふと気になったので、ボクはメルにそう尋ねていた。

 

 一応、メルは0歳児。

 口調や言動が、0歳児のそれではないけど、まだまだ幼い。

 

 だから、大勢で遊んだりしたいんじゃないかなぁって思う。

 

 そこから来る疑問だったんだけど、

 

「うむ! 儂は、ねーさまと一緒が一番いいのじゃ! 妹がねーさまと一緒にいるのは、自然なことじゃろ?」

「そっか」

 

 どうやら、メル的には、ボクと一緒にいるのが一番いいみたいだね。

 うん、嬉しい。

 

「それに、夢とはいえ、故郷に帰れるのは嬉しいのじゃ!」

「そうだね。クナルラルは、メルの生まれ故郷だもんね」

「うむ!」

 

 いくら、0歳児と言っても、メルにとっては、唯一無二の故郷だもんね。

 

 やっぱり、帰りたいと思う時だってあるよ。

 

 だからこそ、学園長先生に自由に行き来するための装置を創ってもらってるわけだしね。

 そう言えば、いつごろ完成するのかなぁ、あれ。

 ボクも一応、女王という立場だから、ある程度定期的に行きたいと思ってるし、ちょっと気になる。

 

 できれば、早めに完成してくれると嬉しいなぁ。

 

「ねーさまねーさま」

「どうしたの?」

「散歩に行きたいのじゃ」

「突然だね。……でも、みんなもまだ来てないし、いっか。うん。それじゃあ、ちょっと散歩しに行こっか」

「うむ!」

 

 メルの希望で、ちょっと散歩することになりました。

 

 

 散歩と言っても、ボクたちが歩くのは街の中。

 

 それも、ボクの黒歴史がない場所。

 

 服装に関しては、いつも通り、戦闘用の装備じゃなくて、お店用の衣装を着ている。

 何かと可愛いから気に入ってたりします。

 

「~~~♪ ~~♪」

「メル、楽しそうだね」

 

 ふと、手を繋いでいるメルが鼻歌を歌いながらにこにこ顔をしていた。

 あぁ、やっぱり、メルは癒しだよぉ……。

 普段から、色々と大変なことになるボクの心のオアシスです……。

 今代の魔王が、メルで本当に良かった。

 

「ねーさまと歩くのは楽しいのじゃ。だから、つい鼻歌が……」

「そっか。うん、楽しんでもらえてるのなら、ボクも嬉しいよ」

「そうなのじゃな! 儂も、嬉しいのじゃ!」

 

 すると、メルが一層眩しいような笑顔を浮かべながら、ボクの腕にぎゅっと抱き着いてきた。

 

「もぅ、メルは甘えん坊さんだね」

「ねーさまだから、いいもん! なのじゃ!」

 

 はぅっ、可愛い!

 やっぱり、メルは世界一可愛いです!

 はぁ~~、こんなに可愛い妹を持てて、ボクはすごく幸せだと思います。

 何が何でも守りたいね、この笑顔は。

 

『やべえ、めっちゃ尊い、あの光景……』

『うむ。のじゃろりと銀髪碧眼の美少女と一緒に戯れているのは、素晴らしい……』

『スクショして、待ち受けにしよう』

 

 なんだか、視線を感じたけど、まあ、いつものことだよね、って軽くスルーしました。

 

 

 それからしばらく、メルと一緒に散歩していると、こんな会話が聞こえてきた。

 

『そう言えば、今日のイベントさ、向こうの国の女王って、めっちゃ綺麗な人らしいぜ』

『え、マジ?』

『なんでも、この世界の人間を救った英雄! って話らしい』

『へぇ、そういう設定なんか。勇者で、綺麗で、女王かぁ』

『いやぁ、マジで気になるわぁ~』

 

 ……すみません。それ、ボクです。

 

 と、というか、向こうに女王がいるって、告知されちゃってるんだ……。

 サプライズにする、とか言っていたような気がするんだけど……まあ、学園長先生だもんね。

 仕方ないね。

 ……それにしても、学園長先生……いくらなんでも、綺麗は盛りすぎだと思うよ……がっかりされないといいなぁ。

 

 ……そんな風に、ちょっと、イベントが心配になって来たボクでした。




 どうも、九十九一です。
 なんだか、一向にイベントに進まない。いやまあ、私自身が、蛇足をしまくっているからなわけですが……まあ、いつものことですね。うん。
 一応、二回目のイベントも考えてはいるけど、結構長くなる予感が……うむぅ、いっそのこと、このイベントで区切っちゃおうかなぁ……なんて思い始めたりしてます。
 まあ、ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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267件目 護衛イベント 上

 軽く散歩した後、ギルドホームに戻ると、みんながログインして来ていた。

 ミウさんもいて、ちゃんと全員揃った様子。

 

 師匠はやっぱり、飲んだくれてました。まあ、酔っぱらうことがないだけまだマシかな。

 

 時間は八時半。

 

 一度、夜ご飯を食べるために一斉にログアウトした後、再びログイン。

 

 出発地点は正門前。

 

 クエストフラグを立てた人たちは、そこでクエストが始まるのを待つことになります。

 

 今回に限り、ボクとメルは二人でパーティーを組み、他のみんなは、ミサをリーダーにしています。

 

 師匠がリーダーじゃないのは、単純に油断させるため。

 

 現在の師匠のレベルは3。

 

 本来なら、レベル8くらいになっていてもおかしくない量のモンスターを倒しているんだけど、師匠が持つ称号のおかげで、レベルが上がりにくくなっています。

 

 まあ、その代わりに、一度のレベルアップで得られるFP・SPの量が五倍になるから、あまり関係ないような気がするけどね……。

 

 それに、初期の時点で異常なステータス持ってたし。

 

 今は辛うじてボクがほとんど勝っているけど、ステータスでは計れない、師匠の素の戦闘能力で負ける気がしてなりません。というか、絶対に勝てないと思います。

 

 それで、師匠をリーダーにした場合。

 

 レベル3の人がリーダーだと、ある意味警戒されちゃいそうでね……。

 

 ボクだって、レベル18の状態で一回目のイベントを優勝しちゃったから、前例があるわけで……。

 

 それに、パーティーメンバーの方がレベルが高いとなると、一層警戒されそうだからね。

 

 まあ、あくまでもプレイヤーを狩りに来るような人たちがいれば、の話なわけなので、いなければそれに越したことはないから。

 

「しっかしまあ、ここから歩いて護衛ねぇ? 昔を思い出すよ」

「ミオさんって、ユキちゃんのお師匠さん、って聞いたんですけど、やっぱり護衛のようなお仕事ってしたことがあったり?」

「ああ、もちろん。どっかの気に食わないクソ野郎の国の奴らだったり、どっかの貴族だったりはしたがな」

「へぇ~、やっぱりすごい人なんですね」

「ははは! まあ、傍から見りゃ、あたしはすごいらしいな。あたしとしては、自分ができることをしているだけなんで、あんまし実感はないがな」

 

 そうは言うけど、神様を倒せる人が言っても、あまり説得力がないような……。

 師匠、色々とおかしいんだもんなぁ。

 

「ん、そういや、あたしらに対する視線が多くないか?」

「そう言えばたしかに……」

 

 師匠が言う通り、なぜかボクたちに対する視線がかなり多かった。

 

「オレらのパーティー、キレイどころが多いしなー。ユキにミサ、ヤオイ、ミオさん、メルちゃん、ミウさんってな具合に」

「ぼ、ボクはともかく、たしかに、みんな可愛いし綺麗だもんね。見られても不思議じゃないかな」

「「「「「「……もはや病気か」」」」」」

 

 ……その言葉の真意を訊きたいです、ボク。

 

「それにしても、イベントだからか、人が多いな」

 

 気を取り直して、ショウが周囲を見回しながら、そんなことを呟く。

 

 たしかに、結構な人数がいるね。

 

 このクエストフラグを立てるために、昨日は多くのプレイヤーの人たちが招待状を手に入れようと必死だったとか。

 

 なんでも、招待状を手に入れるには、ある特殊なクエストをこなさないといけないらしく、それがかなり大変だったらしいです。

 

 おつかいクエストだったみたいです。

 

 えっとたしか……ここの街から、数キロ先にある別の街までとあるアイテムを届けるクエストで、その際、道中に出現する魔族の人たちと遭遇し、倒さずに守ることをすれば、招待状が手に入ったみたいです。

 

 ただ、魔族の部分に関しては、ノーヒントだったらしくて、最初はかなり苦戦したとか。

 

 フィールドに出現する魔族って、一応敵MOBっていう設定にはなっているからね。仕方ないんだけど……さすがに、倒す気にはなれないかな。

 

 もっとも、ボクの場合は、出会ば味方になってくれるんだけどね……称号の効果で。

 

 ちょっとずるな気がしないでもないけど、向こうの世界じゃボクは魔族の人たちの女王様、って言うことになっているからね。

 

 と、最初は倒されてばかりの魔族の人たちだったんだけど、ある時とあるプレイヤー……というか、レギオさんが攻略法をすぐに見つけて、情報を提供してから、かなりの人たちが招待状の入手に成功したみたいです。

 

 一応、クエストフラグを立てるのは、今日の夜八時までだったから、問題はなかったみたいだけどね。

 

 そのせいもあって、正門前にはかなりの数のプレイヤーたちが集まっていた。

 

 人数は……正直、数えきれない。

 

 一応このイベントも、中継されているらしく、参加せずに観戦をする人も多いのだとか。

 

 今回も時間加速がかかるからね。

 

 ボクとメルの二人は、学園長先生から連絡を受けてから、向こうに転移することになっています。

 一応、先頭のパーティーが四分の三を超えたあたりで連絡が入るみたい。

 

 まあ、それくらいが妥当かな?

 一応、こっちも準備があるわけだしね。うん。

 

 そして、ボクたちは軽く打合せ。

 

 今回のイベントでは、先ほども言ったように、ボクとメルは二人パーティーなので、みんなの攻撃が普通に当たってしまう。

 

 すぐに死ぬようなことはないと思うけど、それでも危険なことに変わりはないので、ボクたちはみんなから少しだけ離れて行動することになる。

 

 と言っても、ボクたちは本格的に参加するわけじゃなくて、途中までプレイヤーの人たちの中に紛れ込んで行動することになるわけだけど。

 

 だから、護衛をする必要がないわけだね。

 

 まあ、みんなを陰から支えるって感じになるかな。

 

 もし、みんなを狙う悪いプレイヤーの人たちがいたら、阻止しないとね。

 

 一応、【気配遮断】や【消音】などのスキルは使用する。

 さすがに、見られるとあんまりよろしくないし。

 

 みんなは二十着以内に入ろうと頑張るみたいだけど、師匠がいるし問題はないと思うな。

 

 だってあの人、守る気満々だったもん。

 

 ボクの友達だからか、師匠はみんなのことを気にかけている節がある。

 その姿は、なんだか嬉しい。

 

 そうして、みんなと打合せを終えた頃、ついに九時となり、イベントがスタートしました。

 

 

 イベントが始まると、一斉にプレイヤーが動き始めた。

 

 ボクとメルは予定通り、みんなから少し離れて移動。

 

 今回のイベントでは、それぞれルートを決めることができて、クナルラルへの行き方は様々。

 

 ミサたちは今回、普通に草原から行くルートを選択したみたいだね。

 

 一番堅実な行き方。

 

 モンスターの出現もそこまで多くはないし、強さもそうでもない。

 ただ、到着するまでに、それなりに時間がかかるくらいかな。

 

 ほかにも、火山地帯から行くルート、森林から行くルート、あとは登山ルートもある。

 基本は、草原、火山、森林、登山の計四つのルートでクナルラルに向かうことになります。

 

 この中で、一番速くたどり着くのなら、森林か登山の二つ。

 

 一番遅いのは、草原。

 

 火山は、敵はでてこないんだけど、そのかわり地形ダメージを受けてしまうので、あまりおススメできないルート。

 

 でも、だからこそ人が少なく、プレイヤーを狙った人たちが出にくい道とも言える。

 

 逆に、一番遭遇しやすそうなのは、他の三つ。

 

 中でも、森林は多いんじゃないかな。

 

 遮蔽物や障害物が多いから、隠れやすいし、【暗殺者】を選んだ人たちなんて、絶好の狩場とも言えるしね、あそこ。

 

 それを見越して、師匠は草原を行こうと言い出してたり。

 

 ボクとメルは少し離れたところから様子を伺っているけど、みんな順調に進んでいるね。

 

 道中、モンスターがポップして、攻撃を仕掛けてくるけど、上手く連携して対処してる。

 討ち漏らしたモンスターは、師匠が綺麗に倒している。

 

 そう言えば、ミウさんってなんの職業を選んだのかなーと思って見てみたら、意外と【弓術士】でした。

 

 ちょっと意外とも言えるけど、これでかなりバランスが良くなったと思う。

 

 近接は、ミサ、ショウ、レンの三人で、ヤオイとミウさんの二人が中・遠距離。そして、師匠が遊撃のようなポジション。

 

 なかなかにバランスがとれていると思う。

 本来なら、ここにボクとメルが加わるわけだね。

 そうなってくると、よほどのことがない限りは、誰も死なないと思うよ。

 

「ねーさま、みんなうまくやっておるな」

「うん、そうだね。師匠もいることだし、ボクたちが心配しなくてもよさそうだね」

「うむ!」

 

 

 それから二時間近く歩くと、ボクのところにメッセージが届いた。

 

『依桜君、先頭のパーティーが四分の三の地点を超えたので、そろそろ移動をお願い』

 

 とのこと。

 どうやら、かなりいいペースで進んでいる人たちがいるみたいだね。

 

「メル、そろそろボクたちはクナルラルに行こう」

「わかったのじゃ!」

 

 ストレージから【転移の羽】を取り出す。

 使用方法は……あ、普通に『転移』って唱えればいいんだ。

 簡単でいいね。

 

「メル、ボクの手をしっかり握ってね」

「うむ!」

 

 ぎゅっとボクの右手を握ってきたのを確認してから、

 

「転移!」

 

 そう唱えた。

 

 

 ところ変わって、観戦エリア。

 

 ここでは、イベントに参加せず、街に残った者たちが、観戦をするために用意された特殊なエリアだ。

 

 一応、各街に一ヵ所だけ設置されており、イベントの間のみ解放される。

 

 そこでは、大勢の非参加プレイヤーたちが、イベントに参加しているプレイヤーたちを観ていた。

 

『いやー、イベント始まったなー』

『だな。こうしてみると、マジで参加する奴多いな』

『そりゃそうだろ。何気に報酬いいしな』

『たしか、報酬で得られる称号の効果ってさ、護衛系クエストを有利にするもんらしいぜ?』

『へぇ、どの程度?』

『たしか、守る対象の体力が40%上昇して、そのクエストの間だけ、自身のステータスに+10%の補正が掛るとか』

『地味に強いな』

『だろ?』

『まあ、俺達が参加しても、無理だろうしなー』

 

 とまあ、こんな感じに、各々仲のいい者や、その場で知り合った者たちと、思い思いに話していた。

 最初はわいわいと話しているが、ふとした疑問がその場にいた者たちを襲う。

 

『そういや、女神様いなくね?』

『たしかに』

『女神様って一回目のイベントで1位だったから、参加してると思ったんだけどなー』

『だけどよ、女神様のフレンドはパーティー組んで参加してるっぽいぜ?』

『あ、マジだ。でも……ん? なんか、知らない二人がいるな』

 

 中継映像には、ミサたちのパーティーが映し出されており、それを見たプレイヤーたちは、女神こと、ユキがいないことに疑問を持った。

 

 同時に、見知らぬプレイヤーがいることに気づく。

 

『あ、あの黒髪ポニーテールの美女はなんでも、女神様が師匠と呼ぶ人物らしいぜ?』

『てことは、女神様より強いということか……』

『……多分』

 

 サービス開始から一週間ちょっと経ったあのイベントのおかげで、ユキの強さはほぼすべてのプレイヤーに知れ渡った。

 

 知らないのは、『New Era』と『CFO』の再販の際に買えた者たちだけである。

 

 もっとも、その時の映像は、ある場所に行けば見れるので、興味のあるプレイヤーは見に行き、強さを目の当たりにしているわけだが。

 

『そういや、妹さんがいるんじゃなかったっけ?』

『ああ、なんでも、のじゃろり魔王、とか言われてるらしい』

『なんだ、そのあだ名』

『どうも、魔王のような姿になって、とんでもない威力の魔法を連発してくるらしい』

『……マジ?』

『噂だからほんとかどうかはわからんけどな』

『な、なんだ噂か……』

 

 ほっと溜息を吐く男性プレイヤー。

 しかし、実際は噂などではなく、ガチで魔王になれるのだが……。

 まあ、それを知る日は、まだまだ先だろう。

 

『ところで、メッチャ気になるんだけど……あれ、ミウじゃね?』

『やっぱ、お前もそう見える?』

『見えるってか……第一回目のイベントの時、思いっきり司会やってたしさ、姿も同じだぜ? 間違えるのが難しいだろー』

『だ、だよな……じゃあ、なんで、女神様のフレンドたちと楽しそうにイベントに参加してるんだ?』

『そ、そりゃお前……女神様だし、そういう知り合いがいても不思議じゃないぜ?』

『……それもそうだな』

 

 どこに行っても、女神だから、という理由だけで納得されるユキであった。




 どうも、九十九一です。
 ようやく、イベントに入りました。というか、一度三週間程度投稿してなかったせいで、本当にやっとな気がしてなりません。PCが壊れなければなぁ……。
 それはそれとして、一応、このイベントの話は、上下か、上中下で終わらせたいところです。できれば、二話がいいなぁ……。
 それから、この章の最初の方で、イベントの話を二つやりたい、とかなんとか言っていたと思うんですけど、もう一つのイベントの話は、ちょっとめんど――ゲフンゲフン。大変なので、日常回とかに回そうかなと思います。もし、楽しみにしている方がいたのであれば、申し訳ないです。なので、この章は、このイベントの話が終わったら、切ろうかなと思います。
 今日は、二話投稿ができたらいいなと思っています。できたら、17時か19時。できなければ、明日のいつも通りの時間だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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268件目 護衛イベント 下

「わわっと……お、おー、すごい、クナルラルだ」

 

 ボクが【転移の羽】を使うと、視界が白く染まり、その数瞬の後、気が付けばクナルラルの魔王城の中にいた。

 

「おぉ! お城じゃ! 儂のお城じゃ!」

 

 久しぶりの魔王城に、メルはおおはしゃぎでぴょんぴょん跳ね回る。

 その表情はすごく嬉しそうだ。

 

「えっと、ここは……あ、メルの部屋か」

 

 転移してきた場所は、どうやらメルの部屋だったみたい。

 

 よく見れば、以前メルの部屋を訪れた時と全く同じ内装になっている。

 

 観測装置で得た情報を基に、内装などを創っているみたいだけど、本当に細かい。

 

 本当、どんな技術力してるんだろう、学園長先生の会社って。

 

 そんなことよりも、そろそろ行かないとね。

 

 この場合、ボクが行くべき場所は……とりあえず、ジルミスさんを探した方がいいかな?

 多分、いるはずだと思うし……。

 

「メル、そろそろ移動するよ」

「わかったのじゃ!」

 

 久々の魔王城でご機嫌なメルを連れて、ボクたちはメルの部屋を出た。

 

 

 久しぶりの魔王城は、かなり綺麗になっていた。

 

 多分だけど、日夜更新されているんだろうね、情報が。

 

 だから多分、向こうで起きた出来事が、こっちのゲームにも反映される、なんていうことがあっても不思議じゃないよね。

 

 ただ、気になることがあるとすれば……

 

『お帰りなさいませ、メル様、ユキ様』

 

 廊下でメイドさんたちとすれ違うたびに、廊下の端に寄り、深々とお辞儀をしてくるんだよね……。

 

 こう言うのを見ていると、本当に女王になっちゃったんだなって思わされるよ……。

 成り行きだったけど、まさかこんな風になるなんて思わなかったしなぁ。

 メルの為だったとはいえ、本当によかったのかな、これ。

 

「おお! メル様に、ユキ様! 帰っておられたのですね!」

 

 と、ここでジルミスさんが登場。

 相変わらず、カッコいい……。

 

 むぅ。ボクも、男の時、これくらいカッコよかったらなぁ……。

 ボクの場合、言われるのはいつも『可愛い』だったし……。

 

「ただいまなのじゃ! ジルミス!」

「お帰りなさいませ、メル様。して、お二人がなぜここに……?」

「あ、えっと、ボクはこの街に来る、リーゲル王国からの荷馬車を待っていまして……受け取りの際、ボクがそこにいることになっているんです」

「なるほど、そうでしたか! それならば、リーゲル王国からやってくる者たちも喜ぶことでしょう! では、すぐに正装のドレスをご用意しますので、こちらへどうぞ!」

「は、はい」

 

 ……やっぱり、ドレスなんですね。

 

 

 ユキがドレスを着せられている頃、ミサたちはと言えば……

 

「ははははは! 弱い! 弱いぞ貴様ら!」

『ぎゃあああああああ!』

『き、聞いてねえよ! こんな化け物がいるなんて!』

『ち、畜生ッ! て、撤退する――』

『エダがやられた!』

『クソォ!』

 

 プレイヤー狩りを返り討ちにしていた。

 より正確に言えば、奇襲をかけようとしていたプレイヤー狩りに、逆にミオが奇襲をかけていた。

 

 

 事の発端は、クナルラルまで、四分の三を切った辺りで、ついにプレイヤー狩りが襲い掛かってきたことだ。

 

 もちろん、ミオがそれに気づいていないわけはなく、瞬時に見抜いた。

 

 同時に、【鑑定(極)】を使い、奇襲をかけようとしていた者たちを一瞬で丸裸にし、今のミサたちでは倒すのが厳しいと判断。

 

 そして、

 

「ふむ。ちと、性根が曲がったやつらを懲らしめてくるんで、待機してな」

 

 そう言って、奇襲をかけに行ったのだ。

 

 自身のAGIを遺憾なく発揮し、一瞬とも言えるような速度で、到達。

 

 その後、すぐさま目の前のプレイヤーを自前の短刀で首チョンパし、消える前に足を掴み、別のプレイヤーに投げ飛ばす。

 

 少し怯んだところで、目の前に急接近。

 

 そのまま、【手刀】のスキルで胴体を袈裟斬りの要領で切断。

 

『な、なんだこいつ!』

『二人もやられた!』

『お、おい! 急いであいつを殺せ!』

「なんだ、あたしと勝負しようってか? まあ、別に構わんが……あたしの弟子の大切な奴らを狙うのは、やめた方がよかったな」

 

 そう言うと、ミオは自身のギアを上げ、次から次へとプレイヤー狩りを殺戮していった。

 そうして、先ほどの状況に戻る。

 

『お、おい! 誰か仲間を呼んでげはぁっ!』

「伝令を出させるのはいい判断だが、もっと早くするべきだったな」

『お、お前の死は無駄にしないッ!』

 

 そう言って、指示を受けたプレイヤーが走り出したのだが……

 

「【投擲】!」

『ぎゃあああああああ!』

 

 ミオの投擲によって頭部が弾け飛んだ。

 まさに、地獄のような状況である。

 

「よし、後始末終了っと」

 

 ぱんぱんと手を叩くミオ。

 久々の戦闘だったからか、ちょっとスッキリしたような清々しい表情を浮かべている。

 

「戻ったぞ」

「えっと、何を、していたの……?」

 

 妙にスッキリした表情を浮かべていたミオが気になって、ミサが恐る恐ると言った様子で尋ねた。

 そして、ミオが一言。

 

「邪魔者を殺ってきただけだ」

 

 全員、何も言わなかった。

 

 

 そして、そんな様子を見ていた観戦プレイヤーたちと言えば……

 

『『『うわぁ……』』』

 

 ドン引きしていた。

 

『め、女神様の師匠って聞いてたから、メッチャ強いんだろうなー、とか思ってたが……あれはやべぇ』

『か、勝てる気しない……』

『頭、弾け飛んでなかった?』

『……化け物の師匠も化け物、か……』

 

 ミオの異常な戦闘力に、ただただ戦慄するプレイヤーたちであった。

 

 

「うぅ、やっぱり、ドレスは恥ずかしいよぉ……」

 

 着替えが終わり、ボクとメルは正装である、ドレスを着ていた。

 

 ボクが着ているのは、以前演説を行った時に来ていたタイプのドレス。

 メルが着ているのは、何と言うか、アニメなどに出てくるお姫様が来ているよううなドレス。

 ボクが着ているドレスは、淡い水色。

 対して、メルが着ているドレスは黒色。

 なんだか、魔王という感じがあって、似合ってる。可愛いです。

 

「ねーさま、似合ってるのじゃ!」

「あ、ありがとう。メルも似合ってるよ」

「本当かの?」

「うん。すごく可愛いよ」

「わーいなのじゃ! ねーさまに褒められたのじゃ!」

 

 ボクが褒めただけで、メルはいつも嬉しそうにしてくれる。

 本当に、いい娘だよね、メルって。

 

「ユキ様、メル様。リーゲル王国からの馬車が見えてまいりました。そろそろ準備の方をお願いします」

「あ、はい」

 

 そ、そろそろ出番……が、頑張らないと!

 

 

 今回のイベントにおいて、ボクの役割は、単純にクエストを完了させることだけ。

 

 正確に言えば、クエスト成功と認める事だけでいいみたい。

 

 ボクが決められたセリフを言うだけで、クエストが達成されるように設定されているみたいで、そこまで難しいことはしなくてもいい、って学園長先生に言われました。

 

 ちょっと安心。

 

 そして、今回ボクが待つのは、王の間と呼ばれる場所。

 

 簡単に言えば、魔王がいる場所、かな。

 

 ボクという女王が即位したからか、なぜか王の間には、玉座がもう一つ用意されていました。

 

 どうやら、ボクとメルの椅子みたい。

 

 しかも、結構立派な玉座で、ちょっと緊張する……。

 う、うぅ、上手くできるかなぁ……。

 

『リーゲル王国から、使者到着いたしました』

 

 え、えっと、たしかこの時は……

 

「お、お通ししなさい」

『かしこまりました』

 

 な、なんだろう。すごく、緊張するというか……なんだか、慣れない言葉遣い……。

 これをしないといけないと思うと、ちょっと疲れそうだなぁ。

 今回に限り、一人称が私になるわけだし。

 

『お連れしました』

 

 あ、来たみたい。

 

「ご苦労だった。リーゲル王国からの使者たちよ、こちらが現魔王、メル様と、クナルラル女王、ユキ様だ」

 

 う、うわぁ……そんなこと言うの? ジルミスさん。いや、一応AIが創り出した、NPCなんだけど……。

 え、えっと、最初に来たのは……って!

 

「み、みみみ、みんな!?」

 

 ミサたちでした。

 あ、あれ? たしか草原って、そこまで早く着かないはずなんだけど……どうなってるんだろう?

 

「やっほー、ユキ君! いやぁ、ドレス姿似合ってるねぇ」

「おー、なんかエロいなー」

「え、エロくないもん……」

 

 た、たしかに、ちょっと露出は多めかもしれないけど……。

 

「ユキ、とりあえず、クエストのもんは運んできたんだが……」

「あ、そ、そうでした。えっと……こほん。この国の女王として、あなたたちの働きに感謝致します。これで、我が国もさらに発展することでしょう。物資が無事に届けられたことを、ここに承認致します」

 

 なるべく、微笑みを浮かべながら、そう告げる。

 

「「「「「「……」」」」」」

「な、なんでだんまり……?」

 

 なぜか、みんなが黙り込んで、ボクを見つめてきました。

 いや、あの……な、何か反応してもらえると嬉しいんだけど、ボク……。

 

 なんで?

 

 あと、師匠以外のみんなが、妙に顔を赤くしているような気が……。

 

「い、いや、何と言うか……すごく魅力的に映ってな」

「み、魅力的?」

「ああ。ユキが本当に女王様なんていうのをやっているんだなと」

「そうね。さっきの姿は、何と言うか……すごかったわ」

「ねーさますごいぞ!」

「あ、ありがとう、メル……」

 

 メルは、なるべく話さない方向でまとまっています。

 

 まあ、この辺りは、学園長先生の指示なんだけどね。

 

 もともとは、ボクだけが来ることを想定していたけど、普段のメルを見て、学園長先生が離れ離れにするのは可哀そう、と判断したから。

 

 そもそも、メルだったら絶対にくっついてきそうだけどね。

 

 いや、それが可愛いからいいんだけど。

 

「さて、あたしらはこれだ退散するかな。もうじき、別のパーティーが来るみたいだしな」

「そうね。私たち的にも面白いものが見れたし、街に戻りましょうか。というわけで、ユキ、メルちゃん、頑張ってね」

「あ、ありがとう」

「ありがとうなのじゃ!」

 

 お礼を言うと、みんな軽く頷いて、そのまま王の間を後にした。

 

 

 最初がみんなだったとは想定していなかったけど、ちょっとは緊張がほぐれた、かな?

 

 まあ、だからこそ、ちょっと恥ずかしかったけどね……。

 

 うぅ、みんなの前で、あんな言葉遣いをしないといけないのは、ちょっと恥ずかしいよぉ。

 

「ねーさま、大丈夫かの?」

「あ、う、うん。大丈夫……。メルも、ずっと座ってるだけだけど、辛くない?」

「むぅ、この椅子ちょっと硬くて、お尻が痛いのじゃ……」

 

 言われてみれば、たしかにそうかも……。

 ボクはそれなりに慣れてはいるけど、メルからしたら、慣れないよね……。

 うーん、さすがに、終わるまでずっとこの調子は可哀そうだし……。

 

「ジルミスさん」

「なんでしょうか、ユキ様」

「あの、お尻が痛いってメルが言っているので、その……ボクの膝の上に乗せてもいいですか?」

「なるほど。たしかに、生まれたばかりのメル様では、少々硬すぎたかもしれませんね。わかりました。膝の上に乗せてもいいですよ」

「ありがとうございます。メル、おいで」

「わーいなのじゃ!」

 

 おいでと言うと、メルが嬉しそうに、ボクの膝の上に座った。

 

 うん、軽いし柔らかい。

 

 なんというかこの状態、落ち着く。

 

 メルは癒し。

 

『申し上げます。こちらに向かっている馬車が一両。リーゲル王国のものです。到着次第、こちらへ向かわせますか?』

「ああ、それで頼む」

『かしこまりました』

 

 こういう時、ジルミスさんが指示出しをしてくれるから、すごくありがたい。

 それから少し待つと、次のプレイヤーさんたちが王の間に来た。

 

「ご苦労だった。リーゲル王国からの使者たちよ、こちらが現魔王、メル様と、クナルラル女王、ユキ様だ」

『『『――ッ!?』』』

 

 う、うわぁ、すごく驚かれてるよぉ……。

 

 ……あ、あれ? よく見るとこのパーティーのリーダーって……レギオさん?

 第一回目のイベント以来かな。

 

 って、あ、し、仕事、お仕事しないと。

 

「遠路はるばるよく来てくださいました。私は、この国の女王。ユキと申します。この国の女王として、深く感謝致します。これで、我が国もさらに発展することでしょう。物資が無事に届けられたことを、ここに承認致します」

 

 このお仕事をしている間は、基本微笑みを浮かべているように指示を受けているので、基本その表情。

 

 あれ? なんでレギオさんたち、顔を赤くしてぼーっとしてるんだろう?

 

 うーん……あ、メルが可愛いから、とか?

 

 うんうん。メルって可愛いからね。気持ちはわかります。

 

 心ここにあらず、のような状態だったけど、レギオさんたちが王の間を出ていった。

 

 それを皮切りに、次々と、プレイヤーさんたちがやってきて、ボクは同じようなセリフをずっと言い続けた。

 

 みんなと、レギオさんとでセリフがちょっと違ったのは、単純に、セリフが抜けちゃってたからです。まあ、ほとんど差はないし、最後の承認だけを言えば、クエストは達成になるんだけどね。

 

 学園長先生が、雰囲気も大事だから言ってほしい、なんて言うから、仕方なくやっているだけで。

 レギオさんから先の人たちも、なぜかボクを見るなり、顔を赤くする。

 

 ちょっと不思議。

 

 やっぱりこの格好、変なのかな?

 ドレスって、何度着ても着慣れないよ。

 

 とまあ、そうこうありつつも、無事にボクのお仕事は終了しました。

 

 

 そして、そんな状況を見ていた観戦プレイヤーたちと言えば……

 

『『『えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!?』』』

 

 驚きのあまり、全員が目を見開いて叫んでいた。

 

『ちょっ、えっ、ま、マジで!?』

『め、女神様が、女王……?』

『なんてこった……』

『何あの美しい姿!』

『扇情的なドレスだが、普段清楚な印象とのギャップがすごい……!』

『しかも、あののじゃろり魔王妹、マジの魔王なのか……』

『てか、なにあの尊い状況!』

『銀髪碧眼美少女の膝に、のじゃろりツインテールがにこにこ顔で乗っているとか……やべぇよ!』

 

 というか、お祭り状態だった。

 

 異常な強さを誇り、お店では家庭的な姿を見せ、普段からロリっ娘と一緒に尊い姿を見せている、ほとんどアイドルのような存在が、まさかの本物の女王だったのだから、ある意味大騒ぎにもなるのだろう。

 

 ユキ的には、あまり知られたくない事実だったのだが、こればっかりは仕方ないと割り切っている。

 

 なんだかんだで、自分より他人を優先してしまうのである。

 

 もっとも、このイベントがあろうがなかろうが、いずれはバレていた事実なので、それが早まっただけだ。

 

 何をしても目立ってしまうとは、何とも言えないものだ。

 

 

 無事にイベントを終えた後、

 

「ユキ様、こちらをどうぞ」

 

 ジルミスさんが唐突に何かを渡してきた。

 すぐさまストレージに入ったものを見ると、それは【転移の羽】だった。

 でも、昨日王様から貰ったものと違い、行き先が書かれていない。

 

「これは?」

「はい。我が国に伝わる秘宝です。これがあれば、一度行ったことがある場所への転移が可能です。ただ、一日に五回しか使えませんので、ご了承ください」

「わかりました。でも、いいんですか? そんな大事な物を……」

「いいのです。ユキ様とメル様は、我が国にとって大事なお方。万が一、死なせるようなことがあってはなりませんから」

 

 うわぁ……本当にいい人だよぉ、ジルミスさん……。

 ここまで言われると、断るのも可哀そうだし、失礼だよね。

 

「わかりました。それじゃあ、ありがたく受け取りますね」

「はい。それと、メル様にはこれを」

 

 そう言って今度は、メルに何かを渡していた。

 

「おぉ! これは!」

「はい。メル様――魔王様の専用武器です。この国にお忘れでしたので、お持ちください」

「うむ! ありがとうなのじゃ、ジルミス!」

「いえいえ。それでは、お気を付けてお帰りください」

「ありがとうございました、ジルミスさん」

「ありがとうなのじゃ!」

「いえ。それでは」

 

 最後に軽く会釈したのを見送って、ボクとメルは【転移の羽】でギルドホームへと帰還していった。

 

 

《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》

【スレッド名:女王】

1:いやぁ……ははは。やべぇな

 

2:だなぁ……

 

3:うむ……

 

4:……まさか、女王が女神様だとは思わなかったンゴ

 

5:それな

 

6:というか、あののじゃろり魔王ちゃんも、魔王だったなぁ

 

7:すげえびっくりした

 

8:で、どう思ったよ

 

9:……最高に決まってるだろコンチクショー!

 

10:なんじゃあれ! 美少女の膝の上に、美幼女が乗ってるとか! 尊すぎるじゃろ!

 

11:わかる! 魔王ちゃんなんて、ものっすごい幸せそうな表情だったよな!

 

12:あんなん、心奪われるに決まってるやろ!

 

13:しかも、言葉を話している時の女神様の表情! 美しすぎるッ!

 

14:あぁ、イベント参加すればよかった……!

 

15:ほんとそれな!

 

16:でもよ、新エリアの国の女王が女神様ってことはさ、あそこに住めば、女神様の治める国の住人になれるってことだよな?

 

17:ハッ!

 

18:それで、あそこで家とか物を買えば、女神様のためになるんじゃね? 国庫は潤う、女神様と魔王ちゃんの懐も潤う。そして、俺達はそれを見て満足する。まさにWin―Winの関係!

 

19:お前、天才か!

 

20:たしかに、そう言うことになる……じゃがしかし! 果たして、女神様の懐にも金銭が入るのかの?

 

21:入るんじゃね? まあ、入ってなくても、国が潤うのはよくね?

 

22:言われてみれば。女神様のためになるンゴ

 

23:ならば、拙者たちは、今持てるすべての財産を投入して、家を買う、と?

 

24:そういうことになるな!

 

25:そして、家の中には、女神様の写真を貼るンゴね?

 

26:いいのう、それ。最高じゃわい

 

27:たしか、もうあの国は解放されてるんだったよな?

 

28:うむ、二十着目のパーティーがクエストを達成した時点で、開放されおるはずじゃ

 

29:あの可愛すぎる女神様が治める国に家を持つ! 素晴らしすぎる!

 

30:これはもはや、牽制しあう場合じゃないな! 俺達で協力しないか?

 

31:賛成じゃ。で、物件はジャンケンで決めると

 

32:乗った!

 

33:よし、ならば正門に集合でござるな!

 

34:合言葉を決めようぜ

 

35:なる。ならば……『女神×魔王てぇてぇ』でどうよ?

 

36:素晴らしいじゃないか! よし、それでいこう!

 

37:そんじゃ、お互いの風貌を言っておこうぜ。そうすりゃわかりやすい!

 

38:だな!

 

 この後、正門に謎の集団が現れ、とんでもないスピードでクナルラルへ向かったとか、向かっていないとか。




 どうも、九十九一です。
 なんとか、間に合いました。そして、二話で収まった。今朝言ったように、このイベントでこの章を区切りたいと思います。エピローグ的な回を、1、2話くらい出しますので、それが終わったら、日常回に入ります。できたら、明日も二話投稿して、終わらせるつもりです。正直、やりたい話がいっぱいで……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いいたします。
 では。


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269件目 イベント終了。打ち上げの後……

 イベント終了後、ボクとメルは【転移の羽】を使って、ギルドホームに戻っていた。

 

 みんなは、こっちに向かっている途中とのことで、しばらく待機。

 

 ……あれ? 普通に考えたら、ボクが迎えに行けばいいような……?

 

 それに、行ったことがある場所なら、ボクが途中までついて行った場所まで行けばいいわけだしね。

 

 うん。そうしよう。

 

 とりあえず、マップを……えーっと、あ、ここならボクも行ったところだね。

 

 それじゃあ早速。

 

「メル、ボクはちょっとみんなを迎えに行ってくるから、ちょっと待っててくれる?」

「わかったのじゃ。でも、できれば早く帰ってきてほしいのじゃ……」

「あはは、もちろん。メルを悲しませるようなことはしないよ」

「なら安心じゃ!」

 

 なんだか、並行世界に行ってからというもの、今まで以上にメルがボクに懐いている気がする。

 

 夜なんて、前よりもぴったりくっついて寝てるし、朝も、腕を抱き抱えるようにしてくるし……まあ、ボクからすれば、かなり嬉しいし、可愛い妹が甘えているようなものなので、全然いいんだけどね。

 

 メルは可愛いからね。

 

「それじゃあ……転移!」

 

 

 パッと視点が切り替わり、目の前は草原になった。

 

 さすがに、堂々と転移なんてしたら、大騒ぎになってしまうので、少し離れたところに転移するようにしてみた。

 

 そのおかげで、周囲に人はいなかった。

 

 それを確認してから【気配感知】を使ってみんなを探る。

 すぐ近くにいるのがわかったので、ボクはそこへ向かって走る。

 

 ちょっと走ると、前方にみんなの姿見えた。

 

「みんなー!」

 

 と、声をかけると、みんながボクを見てかなり驚いた表情を浮かべて、

 

「「「「「「ユキ(君)(ちゃん)!?」」」」」」

 

 と大きな声を出していました。

 

「え、あれ? イベントが終わったとはいえ、まだ国のはずよね……? なのに、どうしてこんなところに……?」

「実は、【転移の羽】っていうアイテムをもらってね。それを使って一度ギルドホームに戻ってから、みんなを迎えにここまで転移してきたの」

「何でもありというか……すごいな、ユキ」

「ま、まあ、アイテム自体はジルミスさんから貰ったわけだから……ね?」

 

 なんでもありなのは、むしろそう言うアイテムが実際にあるあの世界だと思います……。

 多分あれ、本当にあるんじゃないかなぁ。

 

 それに、一番なんでもありなのは、師匠だよ、絶対。

 

「それで、ユキちゃん。迎えに来たって言ってたけど……」

「あ、はい。えっと、これがあれば、みんなも一緒にギルドホームに帰れますので、どうかなと。歩くのも大変でしょうし……」

((((((天使かっ!!))))))

 

 うん? なんだか今、みんながまったく同じことを考えたような……気のせいかな?

 

「それじゃあユキ、お願いできるかしら?」

「あ、うん。もちろん。それじゃあ、ボクに掴まってください」

 

 そう言うと、みんなそれぞれ、ボクの体に触れた。

 

 その際、ヤオイとレンの二人が、ボクの胸に触ろうとしてきたけど、それぞれミサとショウに殴られてました。

 

 うん。ありがとう、二人とも。

 

 みんなが掴まったことを確認してから、

 

「転移!」

 

 ボクたちはギルドホームへ転移していった。

 

 

「到着」

「あ、おかえりなのじゃ!」

「ただいま、メル」

 

 ギルドホームに転移すると、嬉しそうな表情を浮かべながら、メルがボクに抱き着いてきた。

 たった数分程度なんだけど。

 

「マジかー。マジで、ギルドホームに一瞬で着いちまったよ」

「さすがユキ君だねぇ。いやー。本当びっくり」

「私、ユキちゃんと知り合いになれたことが本当に不思議でしょうがないよ」

「あ、あはは……」

 

 それはむしろ、ボクの方です。

 よくよく考えてみたら、人気声優さんと同じギルドにいるんだもんなぁ。

 今の生活になる前からは、まったく想像できなかったよ。

 

「まあ、ともかく。イベントは無事に終わって、俺達は一番乗りでゴール出来たな」

「そうだね。ボクとメルは参加できなかったけど、おめでとう、みんな」

「おめでとうなのじゃ!」

「そうは言うけど、一番頑張ったのはユキじゃないの? 何せ、二十パーティーが到着するまで、ずっとあそこに座って待っていた上に、セリフも言わなきゃいけなかったんだし」

「ま、まあ、たしかに緊張したし大変だったかな……」

 

 慣れない言葉遣いもしないといけなかったから余計に。

 

 あそこまで丁寧な口調をしたことなんてないもん、ボク。

 

 ……もしかして、向こうに行って、クナルラルに滞在するようなことがあって、他国の重鎮の人たちと話すことになったら、あの口調にしないといけないのか……?

 

 だ、だとしたら、普通に嫌だなぁ……。

 

 ま、まあ、国営のほとんどをジルミスさんたちがやってくれるって言うし、大丈夫だよね? うん。

 

「だろうな」

「本来は、普通のプレイヤーだったはずなのにねぇ。ユキ君も、本当災難だよね」

「学園長先生の暴走なんて、今に始まったことじゃないし、別にいいけどね……」

 

 慣れたというか、もう諦めてます。

 だって、言っても無駄だもん、あの人の行動なんて。

 いつ何をするか予測もできないし、そもそも何をしようとしているのかもわからない。

 それなら、考えても無駄というものです。

 

「しかしまあ、プレイヤーたちは大騒ぎだろうなぁ」

「ま、まあ、プレイヤーが女王様だったわけだしね……。うぅ、チートとかずるとか言われないか心配だなぁ……」

((((((いや、心配するところはそっちじゃない))))))

 

 運営と繋がってると思われている場合、一回目のイベントの時のボクの強さは、運営によるものなんじゃ? なんて思われそうだよね……。

 

 一応あれ、ボクの現実での経験と、単純に個人技能によるものだから、問題ないと言えば問題ないんだけど。

 

 はぁ……大丈夫かなぁ。

 

 

 そんな心配をしつつ、軽く打ち上げがしたいとのことになり、

 

「まあ、ここだよね」

 

 場所はボクのお店になりました。

 

 ギルドホームを手に入れてからというもの、ここに来るのも経営するときだけになってきてしまっている。

 あっちでも、洋服は作れるからね。

 むしろ、あっちのほうが何かと作れたり……。

 

「当然ね。なんだかんだで、ここもいい場所だから」

「まあ、お店用で購入した家だしね」

「そんなことよりよ、乾杯しようぜ」

「あ、うん。そうだね。えーっと、みんな飲み物は……うん。持ってるね。それで、音頭は誰が?」

「む? ねーさまではないのかの?」

「え、ボク? こう言うのって、イベントに参加した人の方がいい気が……ミサとか」

「私はパス。というか、ユキのが一番の功労者みたいなものなんだし、ユキでいいでしょ」

 

 うんうん、とみんなして頷く。

 

 いやあの……ボク、途中までメルと一緒に歩いて、転移して、そこからずっと座って慣れない言葉遣いで話してただけなんだけど……。

 

 みんな、普通に道中戦闘しながら、ここに向かっていたことを考えると、さすがにね……?

 

「いいから、さっさと音頭をとれ、弟子。あたしは、早く飯を食って、酒が飲みたい」

「ま、マイペースですね」

「いいんだよ。ほら、早くしろ」

「わ、わかりましたよ……。えーっと、じゃあ……護衛イベント、一着おめでとう! そして、イベントお疲れさまでした! 乾杯!」

「「「「「「「乾杯(なのじゃ)!」」」」」」」

 

 乾杯を終えると、みんな思い思いに料理を食べたり、飲み物を飲み始めた。

 

 作ったの、ボクだけどね。

 

 一応、食事は露天などで買えるんだけど、ちょっと味がね……そこまでよくなくて、さすがに打ち上げをするのなら、美味しいものがいいと思ったので、ボクが腕によりをかけて作りました。

 

 お店で出しているメニューの他に、ローストビーフとか、カルパッチョとか、ミネストローネとかも作ってみたり。

 

 ゲームの中ではお腹も膨れないからね。いくら食べても問題なしです。

 

 それに、甘い物も充実してます。

 

 この辺りは、ボクが食べたかったから、というのもあるけど。

 

 ちなみに、メルは今、甘いものをもきゅもきゅと食べています。

 可愛すぎるよぉ……。

 

「それにしても、これからユキちゃんは大変だね」

「……むぐむぐ……ごくん。えっと、何がですか?」

 

 唐突に、ミウさんがボクの今後が大変そうだと言ってきた。

 何かあったかな?

 

「今回のイベントで、ユキが新エリアの女王だということがバレたわけだけど……それに伴い、今ままで牽制しあうかのようにしていたプレイヤーたちが、こぞってこのギルドに加入したい! とか言いだすと思うわ」

「え、なんで?」

「なんでって……あのね、国の女王なんて言ったら、相当な財産やら資材を持っているのよ? まあ、このゲームでの女王がどんなものかは知らないけど。そうだとしても、ユキはこれで最も有名なプレイヤーになったわ。だから、ユキのそれ目当てで来るプレイヤーも出てくるかもしれない、ってことよ」

「な、なるほど……」

 

 たしかにそうかも……。

 

 今回のイベントで、ボクの懐にはかなりのお金が入ってきている。

 

 それに、このゲームにおける国営がどんなものなのか見たら、どうやらシミュレーションゲームのようなことができるみたい。

 

 宿屋や、飲食店、民家、訓練施設、農場などを建設したり、お店に投資して、利益を得たりなどができるみたい。

 

 うまくやれば、相当な額が入るみたいだけど……別に、お金に困っているわけじゃないのでそこまでしなくてもいいかな。

 

 あとは、クナルラル内で購入されたものは、売り物一つに付き、売値の10%が国に徴収される。まあ、消費税に近いね。

 

 そうして集まったお金を国営に使えるわけなんだけど……国にあるお金の内、30%はボクが自由に使える部分。お金自体は国預かりだけど、実質的な所有権と使用権はボクが持っているというわけです。

 

 なので、プレイヤーの人たちが、あの国で買い物をすればするほど、ボクの懐が潤っていくわけで……。

 

 まあ、そんな理由で、ボクにはかなりの財産があることになります。

 

 だから、ミサが危惧しているのはそれになる。

 

「まあ、ユキの財産を狙う馬鹿なんて、いないとは思うがなー」

「それもそうだな。どうも、俺達を襲おうとしたプレイヤー狩りたちは、謎の集団に襲われて酷い目に逢ったらしい。しかも、俺達以外のパーティーは襲われてなかったところを見ると、ユキと俺達が知り合いだから、ということになる。だからまあ……よほどの馬鹿じゃない限りは、狙うやつはいないと思うぞ」

「そ、そうなの? でも、どうしてそんなことを? みんなを守ってくれるのは嬉しいんだけど、何もメリットはないと思うんだけど……」

「……まあ、ユキ君はそうだよねぇ」

「むしろ、これが普通よね」

「我が弟子ながら、どうしてここまで鈍感なのかねぇ?」

 

 おかしい。

 なんでボクは呆れられてるんだろう?

 何か呆れる要素ってあった?

 ないと思うんだけど……。

 むぅ。

 

「でもまあ、気を付けた方がいいわね、ユキ」

「う、うん。まあ、最悪はフィールドに出て、瀕死にまで追い込むから大丈夫だよ」

「ははは! よく言ったぞ、ユキ! そうだ。変なことをする輩は、それくらいしとかないとな」

 

 それはボクもよく理解してます。

 向こうの世界でも、変な人に声をかけられては、ちょっとだけお仕置きしてたしね。なんと言うか……寒気がしたので。

 それに、この世界ならいくら倒しても、何ら問題はないからね。

 

 だからもし、みんなに危害を加えるような人たちが出たら、その時は……ふふふ。

 

 

 と、そんな感じで打ち上げも終わり、解散となりました。

 ちょっと大変だったけど、いい思い出にはなったかな。

 

 

 そして、ミサに忠告を受けた次の日、ボクはその真の恐ろしさを知ることになりました。

 

『待ってください! 是非! 是非俺を、あなたのギルドに!』

『何言ってんだ! ここは自分をお願いします!』

『くっ、汚らしい男どもなんかにはさせません!』

「なんで追いかけてくるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 ボクは、街中を逃げ回っていました。

 

 

 今日も、いつも通りに学園が終わり、いつも通りにゲームをしようとログインしたら、この日はお店に出現しました。

 

 メルは今日は眠いと言ってすぐに寝ちゃったので、ボク一人。

 そんな状態で、いつものお店の衣装を着て外に出たら……

 

『『『お願いします! ギルドに加入させてください!』』』

 

 と、ボクのお店の前に大勢のプレイヤーさんたちがいて、一斉に頭を下げながらそんなことをお願いしてきました。

 

 一瞬訳がわからなくなって、

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 と謝ってから、ボクはその場から逃げ出しました。

 

 それで、さっきの部分に戻ります。

 

 

 全力疾走で街中を駆け、撒こうとするんだけど、至る所にプレイヤーさんたちがいて、なかなか逃げ切れない。

 

 ギルドホームの方に逃げようと思って、やっぱり先回りしている人たちがいる。

 

 逃げようにも、逃げ場が無くなっていく状況。

 

 お店に戻っても張り込まれてるし、なんだったら、先回りされているかのように、ボクの逃げる先に人が現れる。

 

 なんだか怖くなって、最終的にボクが採った策は……

 

「さ、さよなら!」

 

 ログアウトすることでした。

 

 

「はぁっ……はぁっ……こ、怖かったぁ~~……」

 

 現実に戻るなり、ボクの口から弱弱しい声音で、そう呟いていました。

 そして、ボクは思いました。

 

「……しばらく、CFOはやめよう」

 

 と。

 

 そんなこんなで、久しぶりに遊んでいたCFOは、大量のプレイヤーさんたちに追いかけまわされることで、一時離れることになりました。

 

 ……はぁ。どこへ行っても、騒ぎばかりだよ……。




 どうも、九十九一です。
 今回で、CFOのお話は終了になります。まあ、ある意味区切り的にはちょうどよかったと思うので、いいですよね。うん。
 なので、次の回から、普通に日常回に入ります。多分、回想系が最初に来るかも?
 一応、二話投稿ができたらしますけど、無理だったらいつも通り、明日になりますので、よろしくお願いします。
 では。


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2-2.5章 依桜たちの(非)日常1
270件目 健康診断


 進級して、始業式と入学式を終えた次の日。

 

 進級してからすぐに授業が始まらないのがボクの学園。

 

 始業式の日は、始業式と入学式の後に、軽く自己紹介のようなことをしたり、ちょっとした連絡事項を受けたりとかくらいかな?

 

 その際に、室内プールの工事が終わった、ということも知らされました。

 

 この学園のプールは一応、五月からちょくちょく入ります。

 夏場は外のプールだけど。

 

 まあ、それはいいとして。

 

 始業式と入学式の次の日は、もうすでに金曜日だけど、その日は色々とやることが多かった。

 

 やることと言っても、やるのは、健康診断などなんだけどね。

 

 身長、体重、それからなぜかスリーサイズを測る。

 

 測る意味ってあるの? って思ったけど、どうやら以前から測ってるそう。

 

 理由と言えば、もしも制服や体操着、学園指定の水着のサイズが合わなくなってしまった時のために、あらかじめ測っておいて、それを基準に作り直すとか何とか。

 

 でも、高校生って普通に成長期みたいなものだから、少し大きくなってるような気がするけどね、ボク。

 

 それ以外だと、心臓検診だとか、視力検査、聴力検査、歯科検診、などがあります。

 

 これ、一日で全部やるらしい。

 

 ……その分、お医者さんを多く雇っているとか。

 

 正直、その雇っているお医者さんって、学園長先生の会社の人な気がしてならない……。

 そんなこともあり、今日は健康診断です。

 

 

「そんじゃま、今日は一日健康診断ばっかなんで、授業はない。だからと言って、変に騒ぐなよ。うちのクラスの最初は……あー、なるほど。心臓検診ね。まあ、問題ないだろ。それでだが……おい、小斯波以外の男子。絶対に……覗こうなどと考えるなよ?」

 

 戸隠先生がそう言うと、クラスにいる男子のみんなが冷や汗を流しながら、苦笑いをしていた。

 

 何気に、晶は外されているあたり、信頼あるね、晶。

 

 それはともかく、健康診断か……。

 

 この姿だと初なんだよね……。

 

 うーん、いつものパターンだと、女の子のみんなが何かしら仕掛けてくるんだけど……大丈夫かな? ちょっと心配……。

 

「ともかく、だ。今日は一日体操着で過ごせよ。以上だ。あ、ジャージは着てもいいんで、安心しな。そんじゃ、しっかりなー」

 

 いつものような気怠そうな言動で、戸隠先生は教室を出ていきました。

 

「さ、依桜。更衣室に行くわよ」

「あ、うん。女委―」

「はいはい。それじゃ、行こう!」

 

 ……なんだか、女子更衣室に行くのもちょっとは慣れてるんだけど、どうにも精神的にきついものがある。

 

 罪悪感が、ね。

 

 

 とりあえず、女子更衣室で体操着に着替える。

 

 この学園では、女の子の体操着はなぜか二種類。

 普通のハーフパンツと、なぜかブルマの二択。

 

 いや、うん……師匠が言うには、

 

『ん? こっちの裾がない方が戦闘向きじゃないか?』

 

 とか何とか言って、ボクにブルマを勧めてくるんだけど、恥ずかしいので却下しました。

 

 というかボク、女の子になってからずっとハーフパンツだったし。いや、それ以前に男だった時も、ハーフパンツだったから、絶対に穿きたくない。

 

 ちなみに、未果はハーフパンツだけど、女委は気分によって変わります。

 

 ハーフパンツの時もあるけど、ブルマの時もある、って感じかな?

 

 今日はハーフパンツだったけど。

 

 

 着替えを終え、教室に戻ると移動の時間になったので、ボクたちは心臓検診を受ける場所へ。

 

 ……そう言えば心臓検診って……

 

「はい、みなさんこんにちは。みなさんの心臓検診をさせていただく、心音(こころね)と言います。よろしくお願いします」

 

 心臓検診の先生は、若い女の人でした。

 しかも、優しそうな印象の美人さん。

 

 態徒がいたら、かなり喜びそう。

 

 まあ、心臓検診は男女別々の部屋でするからね。向こうがどうなってるかはわからないけど。

 

「それじゃあ、最初は……安藤さん」

『あ、はい』

「それから、石井さん」

『はーい!』

「……ふふふ、女子高生の胸……」

 

 ……うん? なんか今、心音先生から、邪な感情を感じたような……?

 気のせい、かな。

 

 

 少し不安を感じたものの、すぐにボクの番が巡って来た。

 ボク、頭文字『お』だからね。今年の出席番号は、8番だったけど。

 

「はーい、それじゃあ、体操着と下着は取っちゃってねー」

「は、はい」

 

 ……やっぱりぃ。

 

 心臓検診って、上半身裸にならないといけないんだよね……。

 だから、上を脱がないといけないわけで。

 

 さ、さすがに恥ずかしい……。

 

 で、でも、脱がないとできないもんね……し、仕方ない。

 

「よい、しょ……」

「おおぉぉ……」

 

 うん? 今、心音先生が感嘆の声を漏らしていたような……?

 まあ、気のせいだよね。

 

「んしょっ、と……」

「……ごくり」

 

 あれ、今、生唾飲み込まなかった?

 なんだろう、この人からすごーく邪な感情を感じるような……?

 き、気のせいだよね。

 

「それじゃあ、そこの台に仰向けになって寝てね」

「わ、わかりました」

 

 うーん、ブラを着けてないからか、いつもより重いなぁ……。

 

 多少窮屈でも、楽なんだね、あれ。まあ、寝るときは着けてない方が楽なんだけど……。

 

 なんて思いつつ、台に寝転ぶ。

 

 寝転ぶと、心音先生がボクの両手首と両足首にクリップのような物を付けていき、胸に電極のような物を貼っていく。

 

「男女さん、でしたよね?」

「あ、はい」

「随分と胸が大きいのね」

「ま、まあ、なぜか……」

 

 ボク自身、本当になんで大きくなったのかわかってないです。もともと男だったのに。

 未果たちが言っていたように、隔世遺伝が原因なのかな?

 

「あぁ……素晴らしぃ……」

「……ふぇ?」

「なんて素晴らしいの……私の好みドンピシャ……まさか、こんなに綺麗な娘が、この学園にいたなんて……ふふっ、食べちゃいたい……」

 

 ……な、なんか、様子がおかしいような……? というか、変なこと言ってない? 食べちゃいたい、って何?

 え、この人は一体何を言っているの?

 

「お、おっと……変なことを口走りました。気にしないでくださいね。それじゃあ、えっと早速始めちゃいますね」

「は、はい」

 

 なんだろう、すごく心配になって来たけど……。

 まあいい、よね? うん。

 

 それから少し、この状態が続き、

 

「はい、終わりましたよ。クリップとか取っちゃいますね」

「あ、はい。お願いします」

「言葉遣いも柔らかい……ああぁぁぁ~~~……やっぱり、いいわぁ、この娘」

 

 どうして、心音先生は、妙に顔が赤いんだろう?

 

「はい、いいですよ」

「あ、ありがとうございました」

 

 お礼を言って立ち上がると、ボクはブラを着け、体操着を着ようとしたんだけど……

 

「はぁっ……はぁっ……び、美少女の、生着替え……っ! イイッ!」

 

 ……ぞくっとした。

 

 それはもう、背筋が凍るどころか、氷に覆われそうなくらいに。

 

 恐る恐る後ろを振り向くと、心音先生が息を荒げながら、なぜか鼻血を流していた。

 

 ………………う、うーん?

 

 ちょっと待って、これはもしかして……いや、もしかしなくても、へ、変態、というのでは?

 

 う、うん。見なかったことにしよう。

 ボクはそそくさと着替えると、そのままみんなの所へ戻っていった。

 

 

「あら、依桜。どうしたの? なんか、形容しがたい表情してるけど……」

「……き、気にしないで。ちょっと、変なものを見ちゃっただけだから」

 

 心音先生の裏側は、見なかったことにしよう。

 ボクの心の中にしまい込もう。

 

 

 心臓検診が終わった後は、身体測定。

 

 身長・体重・スリーサイズの三項目を測る。

 

 ちなみに、身体測定時は、下着姿です。ちょっと恥ずかしい……。

 

 し、身長が伸びていますように……! あと、最近ちょっとブラがきついけど……胸が大きくなっていませんように……!

 

 切実に願いながら、ボクの番に。

 

「はいは~い、それじゃあ、ぴったり背中をくっつけてくださいね~」

 

 身体測定は、希先生が担当していた。

 まあ、だよね。

 

 とりあえず、身長だ……。できれば、最終的には元の慎重になってほしいところ。

 一番いいのは、大人モードって言われてるあの状態くらいのサイズ。

 

 胸以外は。

 

「えーっと……152センチね~」

 

 や、やった! 伸びてた!

 

 二センチ伸びた!

 

 あ、あと三センチ……三センチ伸ばさないとっ……!

 

「それで、体重は……42キロね~」

『『『軽っ!?』』』

 

 え、か、軽いの? これ……。

 

 ボク的には、以前より体重増えたんだけど。

 

 以前のボクには、この胸はなかったからね……一応、今よりは少しだけ手足が太かったけど、本当に誤差レベル。

 

 だからみんなから、華奢、とか言われてたんだけど……。

 

「はいはい。それじゃあ、次はスリーサイズね~。ちょっとくすぐったいけど、我慢してね~」

 

 シュル、とメジャーが胸に巻き付けられる。

 

「うーんと……あら~、90で、アンダーは……63ね~。ブラのサイズは、Hがいいかもしれないわね~」

『『『でかいっ!』』』

 

 ……うぅ、大きくなってたよぉ……。というか、とうとう、Hに……。

 

「じゃあ、次はウエストね~。んーと……56」

『『『あの胸のサイズで、56……? ほ、細い!』』』

「ヒップは~……83、と。本当に、依桜君はスタイルがいいわね~」

「そ、そうですか……あぅぅ」

 

 ボクは、すごく辛い……。

 あのおみくじ、当たってるんだもん……。

 

 し、身長。せめて、もう少し身長をくださいよぉ、神様ぁ……!

 しょぼーんとした状態で未果たちの所へ戻る。

 

「まあ、何と言うか……ドンマイ」

「依桜君。多分、もう大きくなることはないと思うし、ね? 元気出して?」

「ありがとう、二人とも……」

 

 二人の優しさが沁みましたぁ……。

 

 

 ちなみに、未果は164センチで、体重は……言えません。でも、未果も十分スタイルいいと思います。

 女委は身長158センチくらい。体重は、46キロくらいです。

 

 

 気分が落ち込んでしまった身体測定の次は、視力検査。

 まあ、これに関しては……

 

「右……下、右斜め上、左、下、左下……」

『か、完璧……』

 

 向こうで鍛えられた身体能力によって、視力は相当高いです。

 

 さ、さすがにマサイ族みたいな、異常な視力はないけど……身体強化をかければ、それ以上の視力は一応得られます。

 

 まあ、師匠は素でそれくらいの視力は持ってるんだけど……怖い。

 

 

 次、聴力検査。

 

 聴力検査って、ヘッドホンをして、音が鳴ったらボタンを押す、っていう測り方だけど、ボクの場合。

 

 ピー、という音のPの部分ですでにボタンを押しています。

 

 いやまあ……聴力って、暗殺者として相当必要な部分だったから、師匠に徹底的に鍛えられました。おかげで、絶対音感のような物も身に付くし、音の方向に、距離、その他色々とわかるようになっちゃったけどね……。

 

 

 そして、最後は歯科検診。

 

 お医者さんが言うには、

 

「か、完璧すぎる……」

 

 とかなんとか。

 

 どうやら、ボクの歯は、汚れもなく、虫歯もなし、さらには歯並びも綺麗、なのだとか。

 いや、うん。大事だしね、歯。

 

 

 そんなこんなで、今日一日で健康診断がすべて終了。

 クラス内では、

 

『身長が180に達したぜ!』

『くっ、俺全然伸びなかったぜ』

『あぁ……体重ふえてたぁ……』

『ふふふー、私減ったよー』

 

 と、ほとんどの人は、身体測定の結果を話し合っていた。

 まあ、視力検査とかはそこまでって言うほど話題になりにくいもんね。

 それはそれとして。

 

「なんか依桜、落ち込んでないか?」

「なんか嫌なもんでも見たんじゃね?」

「あー、あれね……まあ、胸のサイズが大きくなってたから」

「「……あー。そういうことか」」

 

 晶と態徒が同情的な目を向けてきた。

 こういう時、なんだかんだで態徒は悪ノリしないので、全然いいと思います……。

 

「んでもよー、これ以上大きくなったら、すげぇことになりそうだよなー。まあ、それはそれで、男的には見てみたいところぶげはっ!?」

「ふざけたこといわないで!」

 

 一瞬でもいいと思ったボクが間違いでした。

 ボクは態徒を投げ飛ばしました。

 いや、うん……投げるのはやりすぎだと反省……。

 

「まあ、こんなもんだよな」

 

 呆れたように呟いた晶の言葉に、未果と女委は苦笑いするだけでした。

 二年生の生活も、楽しくなりそうです。

 

 

 この数日後。

 ボクは並行世界に行くことになるんだけど……そんなこと、この時は微塵も予想していませんでした。




 どうも、九十九一です。
 ギリギリで二話目が間に合いました。よかったよかった。この回は、並行世界後に入れようと思っていた日常回でやろうとしてたものです。まあ、話のネタが少なくなりそうだったから、何ていう理由で日常回が削られたわけですが。
 今回の本編に関して、色々とツッコミどころが満載かもしれませんが、気にしないでください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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271件目 ゴールデンウイーク前日

 五月になりました。

 それと同時に、ゴールデンウイークです。

 

 今年は、五月一日~五月五日までがそれになります。

 

 ただ、学園長先生が、

 

「んー、正直もうちょっと休みがあってもいいよね!」

 

 とか言いだして、五月六日と七日も休みになりました。

 

 その代わり、八日と十五日が登校日になったけどね。

 

 まあでも、結構な長期休みになるということで、学園生はみんな喜びました。

 

 ゴールデンウイークと言えば、それを利用して旅行に行ったり、アルバイトに励んだりする時期。

 

 CFOの方も、何かと賑わうそうなんだけど、ボクは……あの件があったからね。しばらくやりたくないんです。

 

 怖いんだもん、あれ。

 

 まあ、そんな理由があって、やらないようになりました。

 

 ほとぼりが冷めるのを待つだけです。

 

 

 CFOでの一件から数日後の四月三十日。ゴールデンウイーク前日の夜、美羽さんから連絡がきた。

 

『あ、もしもし? 依桜ちゃん?』

「そうですよ。えっと、どうしたんですか?」

『CFOで話してた、声優の件の日程が決まってね。五月三日になったから、それを伝えようと思って』

「あ、わかりました。それで、えっと……当日、ボクはどこへ行けば?」

『私と待ち合わせでいいかな?』

「問題ないですよ。場所は……美天駅前とかどうですか?」

『うんうん。そこなら二人とも、美天市に住んでるからね。全然OKだよー』

 

 普通に考えて、同じ街に住んでいるんだったら、どこかで会ってるかもなぁ。

 

「ありがとうございます。それで、時間は……」

『うーん。一応東京まで行く予定で、収録が午後二時だから……朝の十時くらいでどうかな? お昼も先に食べちゃった方がよさそうだし』

「わかりました。それじゃあ、三日の朝十時に美天駅前ですね」

『うん。楽しみにしてるねー♪』

「はい。それでは」

『うん、ばいばーい』

 

 通話終了。

 とりあえず、三日に予定が入った、と。

 

「緊張はするけど、楽しみだなぁ……」

 

 なんてことを思いつつ、そのまま過ごしていると、今度は女委から連絡がきた。

 

「もしもし?」

『あ、もしもし依桜君? 今いいかな?』

「うん。別にいいけど、どうしたの?」

『いやー、あのね。以前わたしが、お店経営してる、って話したの覚えてるかな?』

「そういえば、『白百合亭』っていう名前のメイド喫茶を経営してるんだっけ?」

『そうそう』

 

 あの時は本当にびっくりしたなぁ。

 だって、いきなりメイド喫茶の経営をしてる、なんて大暴露されるんだもん。

 驚かない方が無理だよ。

 

「それで、そのお店がどうかしたの?」

『あ、うん。実はちょっと困ったことになっちゃって……わたしのお店の従業員の娘がね、体調を崩しちゃって。それで、代理が欲しいんだよ』

「……もしかして、ボクに?」

『オフコース! それで、どうかな?』

 

 やっぱり!

 代理が欲しいと言った時点で、予想してたけど……。

 

「でも、どうしてボク? 未果でもいいと思うんだけど……」

『いやぁ、未果ちゃんには断られちゃってねぇ。さすがに無理! だって。それで、一縷の望みとして、依桜君に頼んでるわけです』

 

 未果には断られちゃったんだね……。

 

 まあ、未果はそういうのにあまり積極的じゃないからね。なんとなく、わかる気がするよ。断るのも。

 

 普段のように、口調や声音は軽いけど、なんだか本当に困っている雰囲気を感じる。

 

 まあ、女委は普段こそあれだけど、大事な友達だし、困ってる姿を知りながら放っておくなんてできないし……。

 

「そ、それで、仕事内容はどんな感じなの?」

『もしかして、手伝ってくれるの?』

「とりあえず、仕事内容を訊いてからかな」

『わかったよ! えっとね、今回体調を崩しちゃった娘は接客をしてたから、依桜君には接客をお願いしたいの。あとは、随時こっちで指示出しをする、って感じになるよ』

「なるほど……」

 

 接客なら、一応CFOでも少しだけやったし、学園祭時も似たようなことしたしね。

 まあ、あの時は調理担当だったんだけど。

 

『それで、どうかな? 頼めないかな?』

「……うん。まあ、それくらいならいいよ」

『ほんと!? ありがとぉ、依桜君! とりあえず、明日だけでだから、お願いね!』

「うん。それで、何時から入ればいいのかな?」

『お店自体は十時開店だからね。まあ、教えることも含めたら、九時にはお店に来てほしいな』

「わかったよ。それじゃあ、道順を送っておいて。そしたら、明日九時に行くから」

『やった! ありがとね、依桜君! あ、もちろん、お給料も払うからね! それじゃ!』

「うん。明日ね」

 

 再び、通話終了。

 

 予定がまた一つ埋まった。

 

 少なくとも、これでゴールデンウイークは二つ予定が入ったね。

 いやまあ、今のところアルバイトとアルバイト(のようなもの)なんだけどね。

 

 すると今度は、学園長先生から連絡がきた。

 

「もしもし」

『あ、依桜君? 今時間いいかしら?』

「大丈夫ですよ。何かあったんですか?」

 

 正直なところを言うと、学園長先生からの連絡だと、あまりいい予感がしない。

 

『ええ、実はね、ついに完成したのよ』

「完成って……もしかして、異世界を自由に行き来する、っていうあれですか?」

『その通り!』

「ほんとですか!?」

『ええ! 以前創った、向こうに行くための装置を改良して、ついに使用者の意思で行ったり来たり出来るようになったの! それで、依桜君に試してもらいたいなと』

「なるほど。わかりました。そう言うことなら、お手伝いしますよ」

『ありがとう! ただ、これは初の試みになるから、何が起こるかわからないの。それで、メルちゃんなんだけど……』

「たしかにそうですね。ボクとしても、さすがに心配ですし、お留守番するよう伝えます」

『そうしてもらえると、私としても助かるわ』

 

 まあ、それだとボクは危険にさらしてもいい、みたいな言い方になりかねないけど。

 別に、慣れてるからいいけどね。

 それに、学園長先生の技術力はちゃんと信頼してるし。

 そうでなければ、以前の申し出は受けなかったよ。

 

 ……まあ、あの時は脅しを使ってきたけどね、あの人。

 

 よくよく考えてみれば、元凶はあの人なんだから、脅すのって相当あれだったんじゃ……。

 まあ、今更だよね。うん。

 

『それで、行くのは……五月五日でどうかしら?』

「その日なら、予定がないので大丈夫ですよ」

『ありがとう。一応、事前知識として軽く教えるわね。一応、自由に行き来できるけど、2、3時間のインターバルが必要なの。まあ、この辺りは、少しずつ改良を重ねていくわ。それから、装置自体は、依桜君にあげるので、好きな時に、異世界に行っていいからね』

「本当ですか? ありがとうございます」

『まあ、メルちゃんのためでもあるしね。故郷に自由に行けるようにして上げたいし』

「まだ0歳児ですからね、メルは」

『そう。だから、私も今回頑張ったのよ。おかげで、他の事がおろそかになっちゃったわ』

 

 他のことって何だろう?

 

『あ、そうそう。異世界だけじゃなくて、並行世界に連絡を取れるようにする装置もついでに創ったから、五日に渡すね』

「わかりました……って、え!?」

 

 今、サラリととんでもないこと言ってなかった?

 並行世界と連絡が取れるようにする装置とか何とか……。

 

『それじゃあ、五日はよろしくね』

「あ、はい。……って、ちょっと待ってください!」

 

 ツー……ツー……。

 

「き、切れちゃった……」

 

 本当、色々と謎が多い人だよ、学園長先生って……。

 うーん、色々と考え物だなぁ。

 

「まあ、それはそれとして……一気に、三つも予定が決まったなぁ」

 

 と言っても、声優の件に関しては、ちょっと前から入っていた予定だけど。

 

 でも、他の二つは急遽入った予定。

 

 何もない長期休みよりかは、全然いいかも。

 

 ……もっとも。ボクの場合は、色々なことに巻き込まれているから、ゆっくりできる期間があってもいいと思うけどね……。

 

「とりあえず、明日は女委のお店のお手伝い、と」

 

 メイド喫茶だけど、大丈夫かな……。

 

 正直な話、結構恥ずかしいことをするんだろうなと思いつつも、困ってる女委の為と思って恥ずかしい気持ちを抑える。

 

 声優の方も三日にあるし、そっちも頑張らないと。

 

 それから、異世界の方も。

 

 ついに完成、とか学園長先生は言ってたけど、実際頼んだのって、三月中旬くらいなんだけど。

 一ヶ月ちょっとで完成させてることを考えたら、あの人、相当おかしいような……。

 

 どうも、以前ボクが使った装置の改良版みたいな物みたいだけど、だとしてもおかしい……。

 

 それ以前に、異世界に行く装置を創ったり、フルダイブ型VRゲームを創ってる時点で、今更ではあるけどね。

 

 とりあえず、一週間の滞在になるし、色々やりたいなー。

 

 観光とか。

 

 あ、魔族の国にも一応行きたいけど、どうしよう?

 

 本当は、メルも連れて行きたいけど、これでもし、誤作動で変な世界に行ったり、あるかはわからないけど、次元の狭間のような場所に行っちゃったりしたら、どうしようもないしね。

 

 ……まあ、ボクにも言える心配事なんだけど。

 

 でも、誰かがそうなるんだったら、ボクがそうなった方がマシ、というのがボクの考えです。

 

 あ、でもちょっと心配事があったなぁ。

 

 ボクって、女の子になったことが向こうの世界――リーゲル王国内で知られちゃってるから、色々と騒ぎになりそうなんだよね……。

 

 それを考えたら、変装技術が必要。

 

 一応変装する技術は持ってるんだけど、前と違って胸もあるし、髪の毛もかなり伸びたから、変装が難しくなっちゃったんだよね……。

 

「師匠に相談してみよう」

 

 こういう時は、頼れる師匠に相談するのが一番だよね。

 

 

 というわけで、師匠の部屋に行き、事情を説明。

 

「なるほどな。たしかに、お前の場合その髪は相当目立つ。変装するにも、お前の髪を切るのも、染めるのももったいない」

「そ、そうですか?」

「ああ。もったいない。そこで、だ。お前には、能力とスキルを一つずつ、伝授してやろうじゃないか」

「……え」

 

 な、なんだろう? すごく、嫌な予感がしてきた……。

 伝授、というより、教えようとしてるんだよね、この人。

 師匠の伝授の仕方と言えば……

 

「当然、『感覚共鳴』だ」

「お、おやすみなさい!」

「逃がさんッ! 結界!」

 

 ボクが部屋を出ようとしたら、師匠の張った結界によって出ることが不可能になってしまった。

 

「なぁに。いつも通り、ちょっとした激痛と、快楽がお前を襲うだけだ。問題あるまい」

「い、いやいやいやいや! 問題だらけです! あ、あの感覚だけは、嫌なんですよぉ!」

「大丈夫だ。お前の体も、あれに慣れたはず。それに、これからお前に伝授する能力とスキルは、一生役立つものになるだろう。だから……やるぞ」

「し、師匠、なんでそんなに笑ってるんですか……?」

「ははははは! 何を言っている。あたしは常に笑顔だろう?」

「い、いえ! 師匠がいい笑顔をする時は、決まってボクにとっていいことをする時じゃないです!」

「ええい、往生際が悪い! やるぞ!」

「あ、ちょっ、ま――いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 結局、やられました。

 

 

 ……激痛とあのふわふわするような感覚を受けるのを代償に得たのは、『変装』の能力と、『変色』のスキル。

 

 まあ、名前の通りのものです、二つとも。

 

 『変装』は、自身の外見を変えるものです。

 

 と言っても、大幅に変えることはできないけどね。

 

 一応、体系も変えることができ、胸を小さくすることもできるらしいんだけど……

 

「正直、体系を大きく変えるのは、相当な魔力消費なんで、お勧めしない」

 

 とのことです。

 

 うぅ、小さくできると思ったのに……。

 

 じゃあ何ができるのかと言われれば、髪型を変えたり、軽く体系を変える程度。

 

 大きく変えるのは不可能だけど、多少小さくしたり、少し背を伸ばしたり、髪を長くしたり短くしたりなどができるそう。

 

 一度かければ、解除するまで永続的に続くようです。

 

 それだったら、胸を小さくするのもできると思ったんだけど、そもそも、ボクの胸をかなり小さくさせること自体、相当な消費になるらしく、やった直後、魔力欠乏症で危険な状態になるかやめとけ、と言われました。

 

 ある意味、燃費が悪い……。

 

 それから『変色』について。これは、読んで字のごとく、色を変えるだけのスキルです。

 髪色と肌の色に、目の色、それから、身に着けている衣服やアクセサリーなどです。

 これも、一度かければ永続的に続くそうです。

 

 この二つを使って、髪型と髪色、目の色を変えて、眼鏡を掛ければ、ボクだとバレないんじゃないかなと。

 

 今度から、これを使って目立たないようにしようかな。

 

 なんて思いました。

 

 

 ということが前日にあり、今日は五月一日。

 女委のお仕事のお手伝いをしに行くところです。

 頑張ろう。

 

 ……できれば、変なことがなければいいけど。




 どうも、九十九一です。
 ゴールデンウイークの話はもうちょっと先だろ、とか思いつつやっていたら、カレンダーを見てびっくり。CFOの最終話から約五日後でした。この間にも、何か書こうかなぁ、とか思いましたけど、やめました。そもそも、四月ってなにもなくない? みたいな感じに。
 ちょっと前に、『あ、お花見の回入れるの忘れた!』とか思ったので、その内、回想という名目で出そうと思います。時系列的には、春休み中になると思います。
 今日も、二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りです。できたら、17時か19時。無理なら、いつも通り、明日ですので、よろしくお願いします。
 では。


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272件目 五月一日:メイド喫茶『白百合亭』 上

「えっと……ここ、かな?」

 

 八時五十分頃、女委が指定したお店に到着。

 

 見た感じ、小さなお屋敷、みたいな印象を受ける建物。

 お店の看板を見ると、『白百合亭』って書かれているから、間違いないはず。

 

 ……本当に、駅から近かったんだけど。

 

 しかも、歩いて数分の位置にあったんだけど。え、十六年住んでて、初めて知ったんだけど、このお店。

 

 あ、と、とりあえず、中に入ろう。

 

 たしか、裏口から入ってきて、とか言われたよね?

 

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 なんて言葉を言いながら、ボクは裏口からお店に入った。

 

「お、依桜君いらっしゃい! ささ、こっち来てこっち来て!」

「う、うん」

 

 よかった。入ってすぐ、女委に会えたよ。

 とりあえず、女委に促されるままに、中へと入っていく。

 

 

 案内されたのは、休憩室。

 

 なんだか、別の部屋から物音が聞こえてくるけど、今は開店前の準備をしているのだとか。

 従業員もそれなりにいて、正社員の人もいれば、学生のアルバイトの人もいるそう。

 

 ボクは臨時のバイトです。

 

「いやぁ、今日はありがとね」

「いいよ。女委も困ってたみたいだし、何より友達だしね。一日お店を手伝うくらいなら、問題ないよ」

「さすが天使……」

「え、て、天使?」

 

 何言ってるんだろう、女委。

 

「まあ、それはいいとしてね。それで、今日やってもらう依桜君のお仕事を、改めて説明するね」

「あ、うん」

「まず、依桜君は普通に接客をお願いします。注文を受けたり、席に案内したりとか、そんな感じね。あ、もちろん、料理も運んでね!」

「うん」

「それで、ここはメイド喫茶だからね。入店して来たお客さんには『お帰りなさいませ、ご主人様』ね」

「あ、やっぱりそうなんだね」

「うん。そうなんだよ。で、まあ、できれば敬語で、ちょっと可愛い感じの声で、ずっと微笑みを浮かべてもらうと、パーフェクト!」

「可愛い感じの声って言うと……こんな感じかな?」

「おぉ! そうそう! そういう、甘い声がいいよ!」

 

 試しに、声をちょっと変えてみた。

 

 変声は、暗殺者に必須のスキルだ! とか何とか言われて、師匠にこの技術を身に付けさせられた。

 

 普段から出してる声を、ちょっとだけアニメなどに出てくる、可愛い声のキャラクターをイメージしてみたんだけど、結構よかったみたい。

 

 意外と、暗殺者時代の技術が役に立ってるね。これ。

 

 うーん、師匠が教えてくれた技術、侮れない……。

 

「まあ、依桜君の場合、素の声が可愛いし綺麗だから、別に変えなくてもいいと思うけどね」

「あ、そうなの? じゃあ、普段通りでいいかな?」

「お任せするよ! わたし的には、変えた声の方が可愛くて好きだよ」

「……じゃあ、今日は変えた状態で接客するよ」

「およ? 無理しなくてもいいんだよ?」

「大丈夫。声を変えるのは慣れてるからね。そ、それに……」

 

 好きって言われたし……。

 

 知らない人から言われるならまだしも、女委のように、普段から一緒にいる時間が長い人に言われると、すごく嬉しい。

 

「ん? 依桜君、顔が真っ赤だよ? 風邪かい?」

「あ、う、ううん! 大丈夫! そ、それで、えっと、仕事内容はそれだけでいいのかな?」

「うん、そうだね。まあ、万が一厨房の手が足りなくなったら、お願いしたいな。一応レシピも貼ってあるから、安心してね」

「うん、わかった」

「あと確認することは……ないかな? んで、依桜君、何か質問はあるかな?」

「えっと、衣装なんだけど……」

「おっと、そうだった。ちなみに、ミニスカート系か、ヴィクトリア系、どっちがいい?」

「違いは何?」

「ミニスカート系は、単純によくあるメイド喫茶の衣装かな? あとはほら、アニメとかでよく見かけるような、コスプレみたいなやつ。で、ヴィクトリア系は、ロングスカートだね。たしか、ふくらはぎくらいまであるやつ。全体的に露出が少ないメイド服だよ」

 

 なるほど……。

 去年の学園祭で着たのが、ミニスカート系だったよね。

 多分、あんな感じだと思うから……。

 

「それなら、ヴィクトリア系でお願いします」

 

 個人的には、露出が少ない衣装の方がいいです。

 

「ん、了解! 依桜君のスリーサイズに合わせた衣装もあるから、安心してね」

「うん」

 

 スリーサイズは、まあ、四月頭にあった健康診断で知ったんだろうね。

 女委のことだし、メモしてそう。

 

「ほい、じゃあ更衣室に行こう!」

「うん」

 

 

 というわけで、更衣室に来ました。

 

 ちょっと広めの部屋で、ロッカーがそれなりの数ある。

 

 各ロッカーには、名前シールが貼ってあって、誰がどのロッカーを使うのか、すぐにわかるようになっている。

 

 ……まあ、ボクはここの従業員の人を見たことがないんだけど。

 

「依桜君は、あそこのロッカーを使ってねー」

「あ、うん。ありがとう」

 

 女委に指定されたロッカーの前へ行くと、そこのロッカーには、

 

『新人メイド 桜ちゃん』

 

 って書いてあった。

 

 ………………。

 

「……女委。これって……」

「ああ、気にしないでねー。別に、今後も手伝ってもらおうかなー、とか考えてないからー」

 

 嘘だよ。絶対考えてるよ。

 ……まあ、別に困ってるようだったら手伝ってもいいけど。

 

「でも、なんで桜?」

「いやほら、メイド喫茶の娘って、そこ専用のあだ名とか、源氏名があってね。まあ、それだよ。さすがに、本名でやったら、色々と問題になりそうだしねぇ。ストーカーとか出そうだし」

「な、なるほど……」

「それに、依桜君の場合、本名バレは色々とまずいからねぇ。以前ほどじゃないけど、まだ依桜君を探し回ってる事務所とかもあるみたいだし」

「え、そうなの?」

「そだよー。わたし、情報収集は得意だから! っと、まあ、そんなわけです。あ、はいこれ、衣装」

「あ、ありがとう」

「着替えたら言ってねー。わたしも、着替えてるから」

「うん」

 

 女委って、普段の姿こそあれだけど、こういう時はちゃんとしてるんだよね。

 できれば、普段からその調子だといいんだけどなぁ、女委は。

 とりあえず、ボクも着替えよう。

 

 

「女委、着替え終わったよ」

「お、了解! どれどれ……おぉ、似合うなぁ、依桜君」

「そ、そうかな?」

「うんうん! とっても可愛いですぜ! 依桜君の清楚でピュアな雰囲気には、やっぱりこういう落ち着いた方が似合うねぇ」

「あ、ありがとう……」

 

 あぅぅ、褒められるのは嬉しいけど、なんだか顔が熱いよぉ……。

 どうにも、褒められるのは慣れない……。

 

「さてさて、とりあえず、接客の練習なんだけど……まあ、さっき言ったように『お帰りなさいませ、ご主人様』と、『いってらっしゃいませ。また来てくださいね、ご主人様』の二つくらいなので、まあ、大丈夫だよね!」

「えっと、とりあえず、それだけ、なのかな?」

「んー、あとは、オムライスにケチャップで文字を書いたりするんだけど、まあ、その辺りは、お客さんがリクエストしてくるから問題なしだよー。あとはあれだね。魔法の呪文的なあれ。ほら、よくあるでしょ? 『おいしくな~れ』みたいな」

「あ、う、うん。あるね。えっと、もしかして、ここもそれがあったり……?」

「うむ。と言っても、『おいしくな~れ、もえもえきゅ~ん』くらいのあれだから」

「ふぇ!?」

 

 は、恥ずかしい! さすがに、そのセリフは恥ずかしいよぉ!

 

「え、えと、それは言わないとダメ……?」

「まあ、頼まれたら?」

「うぅ……」

 

 た、頼まれたら、やらないといけないんだ……。

 ボクの生涯において、一番恥ずかしいセリフかもしれないよぉ……。

 

「あとはあれだね。依桜君にやってもらいたいことがあるんだけど……いい?」

「やってもらいたいこと……? ま、まあ、ボクにできることなら、別にいいけど……」

 

 これ以上、ボクに何をやらせようと言うんだろう?

 

「いやね、このお店では、お客さんの目の前で、ライブクッキング的なことをするんだけど、今はフルーツ盛り合わせでね。今だと……イチゴ、マンゴー、キウイ、グレープフルーツ、メロンがあります」

「な、なるほど」

「それでね、まあ、目の前で切ったりするだけのシュールな絵面になるわけです。で、依桜君に頼みたいのは……派手に、これらを切ってほしいなと」

「それはあれかな。ボクのナイフの技術を使って、切ってほしい、ってこと?」

「Yes! できるかな? できれば、空中に投げて、それを切って落ちたところを綺麗にお皿に盛る、みたいな、グルメ漫画とかによくあるようなことをしてほしいなと。できる?」

「ま、まあ……その辺りも、一通り師匠に仕込まれてるし、できるよ?」

 

 師匠が言うには、

 

『暗殺者は、ターゲットに気取られないよう近づかないといけない。なので、時としてなんらかの芸に秀でていた方がいい。お前の場合は料理がいいので、それにちなんだことをすればいいだろ』

 

 って。

 

 だから、今女委が言ったことも、当時やってました。

 

 なんとなく、漫画の内容を思い出してやっただけだけどね。

 まさか、それも活きるとは思わなかったけど。

 

「マジで!? さ、さすがミオさんだぜぇ……。ま、まあ、注文が入ったらお願いしたいなと」

「うん。わかったよ、それくらいな任せて」

「ありがとう、依桜君!」

 

 恥ずかしいことをさせられるわけじゃないしね。

 ボクの持つ技術が活かせるなら、全然いいよ。

 

「あ、それから、来店したお客さんにさっきの言葉を言うときは、両手を腹部の方で重ねて、笑顔でね」

「うん、了解です」

「それじゃあ、従業員のみんなに会わせないとね。着いてきてー」

「うん」

 

 どんな人たちなんだろう?

 

 

「というわけで、体調を崩した愛ちゃんの代わりに入ってくれた、わたしの友達の」

「桜です。よろしくお願いします」

 

 と、微笑みを浮かべながら、挨拶。

 集まってもらった女の子たちは、合計で九人ほど。

 

 可愛いし、綺麗な人たちばかり。

 

 さ、さすがというかなんと言うか……女委、その辺りは絶対に手を抜かないよね。

 

『『『( ゜д゜)』』』

 

 あ、あれ? なんか、みんなポカーンとしちゃったんだけど……。

 ど、どうしたんだろう? 妙に、顔も赤いような気がするし……。

 

「あ、あの……」

「もしかして、桜ちゃんが可愛すぎて、見惚れちゃってるのかなー?」

「さ、さすがにそれはない、と思うけど……」

「いやいや、いつも言ってるけど、桜ちゃん可愛いしねぇ」

「そ、そんなことは……なぃ…ょ……」

『『『ぐはっ!』』』

 

 え、なんか今度は、胸を押さえて悶え始めたんだけど……。

 だ、大丈夫なのかな? どこか、痛いところでもあるのかな?

 

「まあ、まずは、交流だよね。えーっと、桜ちゃんに質問がある人」

 

 と、女委がそう言うと、一斉に手が上がった。

 

「はい、舞衣ちゃん」

「えっと、桜ちゃんってもしかして……白銀の女神、って呼ばれてたりします?」

 

 い、いきなりその質問ですか……。

 この調子だと、相当広まってるよね、そのあだ名……。

 

「あ、あはははは……なぜか、そう言われます……」

 

 最早、苦笑いするしかないです。

 なんというか、ちょっと慣れ始めている自分がいます。

 

 ……慣れちゃいけないと思うんだけどね。

 

 と、ボクが肯定したら、

 

『『『きゃーーーーー!』』』

「ひゃぁっ!?」

 

 いきなり、黄色い悲鳴を上げだして、ボクはびっくりして小さな悲鳴が出てしまった。

 

「ほ、本物!?」

「ま、まさか、本物に会えるなんて……!」

「テレビや雑誌で見るより、全然可愛いし綺麗……」

「ど、どうしよう。胸がドキドキする……!」

「か、可愛すぎるぅ!」

「一度でいいから会ってみたいと思ったけど、ま、まさか、本当に会える日が来るなんて……」

 

 う、うん?

 

 なんだか、みんなボクに好意的というか……すごく嬉しそうにしてる気がするんだけど……ど、どうしたんだろう?

 

 も、もしかして、ちゃんと代わりが入ってくれたから安心して嬉しい、とか?

 ……その割には、なぜかボクを見て、顔を赤くしてるけど……。

 

「て、店長! 店長が、白銀の女神とお友達って、本当ですか!」

「うん。だってわたし、中学生の頃からの友達だもん」

「なにそれずるい!」

「どうして今まで教えてくれなかったんですか!」

「えー? だって、訊かれなかったしぃ?」

「嘘です! 絶対、自分だけで楽しんでたはずです!」

「まあ、否定はしないね!」

「じゃ、じゃあ、『Cutie&Cool』で、一緒に写っていたあの金髪のイケメンは!?」

「ああ、うん。友達だよ。中学生の頃からの。というかあの人、桜ちゃんの幼馴染だよ?」

「なんっ……だとっ……?」

 

 え、えーっと……これは、どういう状況なの?

 あと、ボクはどう反応すればいいの?

 

 なんだか、開店前からすでに、先行き不安なんだけど……大丈夫なのかな、このお店。




 どうも、九十九一です。
 最近ちょっと調子がいいです。以前のように、二話投稿がしばらくできそうで、ちょっと嬉しい。私的には、この小説を書くのは好きですし、なんだかんだで気に入ってますからね。面白いかは別として。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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273件目 五月一日:メイド喫茶『白百合亭』 下

※ 長くなりました


 軽い自己紹介なども終わり、開店準備へ。

 と言っても、ボクと女委が色々と話している間に、終わってるらしいんだけどね。

 

 ボクも準備を手伝っている時、ふと気になったことがあったので、女委に尋ねていた。

 

「ねえ、女委」

「ん、なんだい?」

「いやあの、どうしてボクのメイド服に、スリットがあるの?」

 

 実は、ボクのメイド服のスカートには、右足側にスリットがあります。

 

「ああ、それはね、桜ちゃんのコンセプトが『暗殺メイド』さんだからだよ」

「……え?」

「いやぁ、依桜ちゃんにさっき言ったライブクッキングもどきをやってもらいたい、って言ってたけど、それならそれらしいコンセプトがいるよね! とか思って、桜ちゃんのメイド服には、スリットがあります。それで、ナイフを取り出して、果物を切ってね!」

「え、だ、大丈夫なの? お店的に……」

 

 銃刀法違反で捕まったりしない?

 

「んまー、見世物だし大丈夫じゃないかな? まあ、盛り上がればいいよね! くらいの気持ちです」

「ま、まあ、ボクの本職自体がそれだからいいようなものの……それじゃあ、『擬態』はいらないかな?」

「うん、そうだね。コンセプトさえ説明しておけば、許されるさ!」

「……だといいけどね」

 

 ちょっと心配だけど、店長の女委が大丈夫って言うなら、大丈夫なのかな……?

 

 

 軽い準備や、訊きたいことも聞けたので、ついに開店時間の十時になった。

 

 チリンチリンという、入り口のドアに付けられたベルが鳴り響いた。

 

 どうやら、開店と同時に来たお客様みたいだね。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 

 ちなみに、いきなりボクが接客をしていたりします。

 

 女委曰く、

 

「掴みが必要!」

 

 とかなんとか。

 

 ボクが最初に行ったところで、そこまで掴みは取れないと思うけど、まあ、店長の指示だしね。臨時従業員のボクが従うのは当たり前ということで。

 

 あと、声に関しても、ちょっと変えて、可愛い声(?)にしています。

 

『あ、あれ? し、新人さん?』

「はい。臨時で入りました、桜と申します。今日一日だけですが、よろしくお願いします、ご主人様」

『か、可愛い……』

「あの、ご主人様? どうかなさいましたか?」

『はっ! あ、い、いえ、大丈夫!』

「それならよかったです。こちらへどうぞ」

 

 一瞬、顔を赤くして惚けていたけど、大丈夫みたいでよかった。

 風邪かなって、一瞬心配しちゃったよ。

 

「さ、桜ちゃんの笑顔が眩しぃ……」

「うん。姿勢もいいし、清楚な雰囲気があってすっごくいいよね」

「白銀の女神、って言われるだけあるよね!」

 

 もともとの従業員の女の子たちが、感心したような視線をボクに向けていた。

 

 よ、よかった。さっきの接客で合ってるんだね。

 ちょっと心配だったんだよね。だって、メイドさんなんてやったことがなかったから。

 

 少し自信がついたところで、ちょっとずつお客様がちらほらと入り始めた。

 

 

 いざお仕事が始まると、かなり忙しい。

 

 注文を取ったり、料理を運んだり、席に案内したりなど、色々。

 レジ打ちなどはさすがにしたことがないのでやってないけどね。

 

 と、そんな忙しく動き回っているけど、メイドさんの仕事には、どうやらお客様とのコミュニケーションも含まれているらしく、

 

『ねえねえ、桜ちゃんは何が好きなの?』

 

 と、こうしてお客様から質問されることがある。

 と言っても、本当に些細な話だから、全然大丈夫だけどね。

 

「そうですね……料理をするのが好きですよ。最近だと、お菓子作りとかよくしますね」

『家庭的だなぁ。やっぱり、彼氏さんとかいるの? 桜ちゃん、ものすごく可愛いし』

「あ、あはは。お世辞を言っても何も出ませんよ。それに、彼氏はいませんよー」

 

 だってボク、中身は男だもん。

 肉体的な性別は女の子だけどね。

 

 まあ、最近は違和感が無くなりつつある上に、並行世界のボクに諭されて、ちょっとずつ前向きになってきているけど。

 

『へぇ~、じゃあ、俺立候補しちゃおっかなー』

「ふふっ、ボクなんかよりも、きっといい人が見つかりますよ」

「すごい、何でもないように流してる……」

「でもあれ、本気で思ってそうだよね」

「わかる! 謙虚に見えて、実際は単純に自分が可愛いと思ってないとみた!」

 

 うん? なんだか、女の子たちが話しているような……気のせいかな?

 

『桜ちゃん、俺、彼女に振られちゃったんだ……なんだかもう、生きるのが辛い……』

「それは……大変でしたね。仲が悪かったんですか?」

『いや違うんだ……。彼女が言うには、他に好きな人ができたから、あんたもういらない、とか、貧乏だからもういい、らしくて……』

「酷い人ですね……。ボクは、恋人がいたことはありませんし、無責任なことは言えません。それこそ、この先にいい出会いがあります、なんて落ち込んでいる人に言えません。でも、逆に考えるんです。そういう嫌な人と早々に縁が切れてよかったって」

『さ、桜ちゃん……』

「それにですね、そこまで言われたんでしたら、いっそ見返してやるんだ! ってくらいの気持ちで行った方が、よくないですか? 自分を馬鹿にした人を見返して、自分はこんな幸せな生活を送ってます! という風に」

『な、なるほど……俺、元気出てきた! ありがとう、桜ちゃん!』

「いえいえ。ボクは、自分の考えを言っただけですので。それに、上手く行く保障もないですけどね」

 

 あははと苦笑いを浮かべる。

 ……まあ、今の話って、実体験に近いんだけどね。

 

 異世界で、このお客様のような人がいて、手助けしたことがあったから。

 

 その時は、その人に寄り添って、話を聞いてあげたら、その人が奮起しだして、今ボクが言ったようなことをして、本当に見返してました。

 

 あれはすごかったよ……。

 

 最終的に大商会を築き上げちゃうんだもん、あの人。

 

「桜ちゃんのアドバイス、的確……」

「もしかして、人生経験豊富なのかな?」

「でも、店長と同い年らしいよ?」

「つまり……中身が大人なんだね」

 

 でも、こういう人生相談じみたことをするとは思わなかったなぁ。

 メイド喫茶ってこういうこともするんだね。

 

「桜ちゃーん! 指名入ったよー!」

「あ、はーい!」

 

 莉奈さんから指名が入ったと言われたので、ボクはそっちへ移動。

 

 指名というのは、簡単に言うと、ケチャップで文字を書いてもらう際に、メイドさんを選んで指名する、みたいなシステムだそうです。

 

「お待たせいたしました。何をお書きしましょうか?」

『うーん……『大好き❤』って書いてもらえたりする?』

「はい、問題ないですよ♪ それじゃあ、お書きしますね~」

 

 お客様にリクエストされた文字を、オムライスに書いていく。

 ちなみにこの時、

 

「おいしくな~れ、おいしくな~れ❤」

 

 と言わないといけないのが、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいです……。

 

「はい、ボクの愛情をたっくさん込めました!」

『ありがとう!』

 

 あぁ~~……は、恥ずかしいよぉ……!

 

「桜ちゃんが恥ずかしい気持ちを抑えつつ頑張ってる姿……」

「うん、すっごく可愛いよね……」

「というか、あの声すごくない? アニメ声って言うのかな? 見た目も相まってぴったりすぎるよね!」

 

 あぅぅ、世の中のメイド喫茶で働いている人たちは、こんことをしながら、平然としていると思うと、頭が上がらないよ……。

 

 すごいなぁ。

 

 

 色々と話していると、お客様からこんな質問が来た。

 

『桜ちゃんって、どんな男がタイプなの?』

 

 と。

 

 この質問、ボクはどう答えればいいんだろう……?

 そもそもボク、男の人に大してそう言った感情がないような……。

 

 それならむしろ、女の子の方がそう言った感情があるような気がするし……それに、赤面させられる相手って、未果とか、女委、師匠に美羽さんと言った、女の人ばかりなんだけど。

 

 反応に困って、うんうんと悩んでいたら、

 

「あ、桜ちゃんって、百合趣味だよ?」

 

 唐突に現れた女委が爆弾を投下した。

 

『『『――ッ!?』』』

「ちょっ、め、女委!?」

「こちらにいます、わたしの友達、桜ちゃんは、男の人相手には恋愛感情のような物を持たないのさ! だが逆に! 女の子相手にはよく赤面させられています! 本人は、誰とも恋愛しないと公言しているけど、本質的には女の子が好きだと思います!」

「め、めめめめめめ、女委――――――っっっ!?」

 

 ボクは顔を真っ赤にして、慌てて女委の口をふさいだ。

 

 女委の大暴露によって、店内はしーんとしていた。

 

 あ、あぁぁ……女委が変なことを言ったばかりに、お店が変な空気にぃ……。

 

 ど、どうしよ――

 

『『『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』』』

『『『きゃぁ―――――――――――!』』』

 

 内心、すごく焦っていたら、男の人からは雄叫びのような何かが。女の子の方からは、黄色い悲鳴が。

 

『リアル百合美少女キタ――――――!』

『ま、マジか! あんなに可愛い女の子が、百合趣味……!?』

『やっべ、想像しただけで、鼻血出そう……!』

「さ、桜ちゃんが百合趣味……!」

「な、なら、チャンスある……な?」

「桜ちゃんが百合趣味って知ったら、一気にドキドキしてきた!」

 

 あ、あれ? なんか、変な盛り上がり方してない……?

 あと、妙に受け入れられてるような……。

 

「ふっふっふー。桜ちゃん。このお店はね、いい人しかいないのさ! たとえ、従業員が同性愛者でも、このお店の常連さんや、メイドさんはね、みーんないい人なのさ! というか、従業員に関しては、わたしが面接の際に一番こだわるのが、その部分だからねぇ。だから、わたしがバイだということは、みんな知ってるんだよ」

「そ、そうなんだ……。それはすごいね……」

 

 まあ、女委は贔屓やら差別やらを嫌う人だもんね。

 それに、女委自身がバイって言うのもあるから、その辺りも理由かな。

 

 って!

 

「ぼ、ボクに百合趣味はないからぁ!」

「えー? じゃあ訊くけど、桜ちゃん、ドキッとさせられるのは、男の子? それとも、女の子?」

「え、えっと……どちらかと言えば……お、女の子、かな」

「はい、百合です! どうあがいても、百合です!」

 

 ……もういいです。

 

 何を言っても、無駄だね、これ……。

 

 ……まあ、ボク自身がもともと男だから女の子にドキッとするのかもしれないけど。

 

 それを言ったら、精神的な部分は女の子と恋愛するのが普通なわけだけど……今の状態は、ちょっと違うような……?

 

「まあ、こうしておけば、変な人に絡まれにくくなるから、ね?」

「……ありがとう、と言えばいいのか迷うところだよ、女委……」

 

 悪い方向に向かってるような気がするよ、ボク。

 

 

 そんな感じの騒動がありつつも、お仕事はまだまだ続く。

 

 お昼頃になり、昼食ラッシュが来て、それが落ち着く(それでもお客様は多い)と、午後三時……おやつの時間になりました。

 

 その時間になると、

 

「桜ちゃん、『春の果物盛り合わせ~桜舞(さくらまい)~』が入ったから、よろしくぅ!」

「あ、うん」

 

 ……名称に、すごく疑問を感じるけど……まあ、メイド喫茶だから、で片付けよう。うん。今更気にしても仕方ないような気がするもん。

 

 注文が入ってすぐ、台に乗った果物が運ばれてきた。

 

「あ、ご主人様方、二メートル以上離れてくださいねー。じゃないと、死んじゃいますから!」

 

 にっこり笑顔で言うことじゃないよ、女委。

 

 お客様たちは、少し首をかしげながらも、女委の指示に従い、台から離れてくれる。

 ボクは台の前に行き、瞑想をして精神統一を図る。

 

「ふぅー……――っ!」

 

 そして、目を見開くなり、果物すべてを空中に放り投げ、軽く跳躍。

 

 幸い、このお店は天井までそこそこの高さがあったので、問題なく芸が披露できる。

 

 空中に跳ぶなり、右太腿に装備されているナイフポーチから一本ナイフを取り出し、逆手持ちする。

 

 そのまま、一瞬で果物をそれぞれ適正な形に切っていき、くるりと回転して着地。着地と同時に、ナイフはポーチへとしまいました。

 

「お粗末様です」

 

 そして最後に、落ちてきた果物をお皿で受け止めれば完成。

 この時、ちゃんと見栄えが良いように盛り付けされているので問題なしです。

 

『す、すげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!』

『今、何したのかほとんど見えなかったぞ!?』

『ナイフを取り出したと思ったら、もう果物が切られてたんだけど!』

「桜ちゃんって、運動神経もいいんだ」

「うん。ちょっと……ううん、すっごくかっこよかった!」

「ほんわかとした顔からは想像もできないくらい、クールな表情もよかったなぁ」

 

 店内は、拍手と歓声の嵐。

 

 よ、よかったぁ……ちゃんと受けて……。

 

 こっちの世界の人からしたら、かなり人間離れした動きだから、引かれないかとかなり心配したんだけど……杞憂でよかった。

 

 こんな技術、なかなか使う機会ないから。

 

「お待たせしました!」

 

 切り終えた傍から、他の女の子たちが注文した人たちの所に運んでいく。

 

『すげえ……どれもバラバラな果物なのに、一つ一つがそれぞれに合った切り方になってる……』

『てか、メロンをナイフで切るって……すごくね? しかもあれ、玉の状態だったはずなんだが……』

『桜ちゃんのコンセプトって何?』

「あ、え、えっと……ボクは、あ、暗殺メイド、というコンセプトでして……それで、まあ……」

『あ、暗殺メイド……!』

『清楚で可憐な姿からは程遠い属性なのに……なぜか、ぴったりな気がする!』

『ああ。正直、桜ちゃんみたいなメイドさんだったら、暗殺されたい……』

「あ、あはははは……」

 

 ……ぴったりもなにも、元々暗殺者が本業みたいなところがあるし、ね。

 

 本気でやったら、このフロアにいる人全員、数秒で暗殺できちゃうけど……いや、絶対やらないけど。

 

『それにしても……さっき、スリットから覗く、白い太腿がよかったなぁ……』

『ああ、あれなぁ。柔らかそうだったよな』

『マジでパーフェクトじゃないか? 桜ちゃんって』

 

 ……考えてみれば、目がいい人はあの時、スカートの中が見えちゃったんじゃ……? い、いや、ボクが着てるタイプのメイド服は結構露出が少ないし、大丈夫なはず……!

 

 足は見られちゃったみたいだけど……。

 

 

 それから途中休憩を挟みつつも、順調にお仕事をしていると、女委に買い出しを頼まれた。

 

 その際、メイド服で行かないといけなかったので、すごく恥ずかしいんだけど……。

 

 そう思って、昨日習得した能力とスキルをここで試してみようかなと思います。

 

 最初に、『変装』の能力で、髪の長さを腰元から、肩より少し下くらいまでに短く。前髪はそのまま。そしたら、『変色』のスキルを使って、髪色と目の色を両方とも黒に変える。

 

 最後に、『アイテムボックス』で伊達メガネを生成したら、変装完了。

 

 うん。これで、ボクだと気付かれないはず。

 

 魔力消費は……2、3割くらい、かな? 結構な消費……。

 

 そう思って、女委に頼まれた材料を買いに出かける。

 

 

 桜がいなくなった直後、白百合亭では緊急事態が発生していた。

 

 チリンチリンと鈴が鳴りながら、扉が開くと、

 

「お帰りなさいま――」

『大人しくしやがれ!』

 

 そこから、覆面を被った数人の男たちが、拳銃を持って入ってきた。

 

 店内は騒然となるも、バンッ! という乾いた音を鳴らしながら、発砲し、シンと静まり返る。

 

 あまりにも現実離れした状況に、誰もが恐怖し、動けなくなっていた。

 

 そんな中、女委だけは、こっそりと行動に移っていた。

 

 バレないよう、スマホに入れられているチャットアプリ、LINNを使って、桜――依桜へ、短く、『SOS』の三文字を送信していた。

 

 

 ピロリン♪

 

「うん? LINN? 誰だろう……っ!」

 

 女委に頼まれたものをすべて買いそろえた後、不意にLINNの通知が入った。

 

 ディスプレイを見れば、そこには、女委からで、『SOS』と書かれていた。

 

 ボクはそれを見るなり、急いで『気配感知』を使用。

 

 幸い、有効範囲圏内だったので、店内の様子が多少わかった。

 

 すると、あからさまに悪い反応が複数。

 数としては、六つ。

 

 大勢の人が一ヵ所に集中しているような状況であることがわかる。

 

 そこから、わかるのは……恐怖心。

 

 これってまさか……

 

「強盗!?」

 

 急がないと!

 

 

 状況をすぐに判断したボクは、大急ぎでお店に戻る。

 

 その際、自身の変装は全部解く。

 

 ……本来なら、変装した状態で行けばいいんだろうけど、ボクだとわからない可能性があったからね。

 

 大騒ぎになるかもしれないけど、この際仕方ない。

 

 どのみち、変装していても、やり方によっては騒ぎになっちゃうからね……。

 

 超特急でお店に戻ってくると、『気配遮断』と『消音』の二つを使って、窓から中を覗く。

 

 どうやら、強盗はお金目当てらしく、レジや、お店の奥にある金庫を漁っているみたいだ。

 

 武装は……それぞれ、拳銃を一丁ずつとナイフが一本。

 

 従業員の女の子たちとお客様方が、一ヵ所にまとめられて、縛られている。よく見れば、ガムテープで目と口を塞がれている。……これなら、変装を解く必要はなかったかも。

 

 ……ま、まあ、それは置いといて。

 

 縛られている人たちの中には、女委も混じっていた。

 

 ……大切な友達である、女委だけでなく、女委が大事にしているお店の従業員に常連さん、常連ではないけど、普通に来てくれたお客様に危害を加えるなんて……許せない。

 

 こういう時、下手に突入すると、逆上して、怪我人……最悪の場合は、死人すら出かねない。

 

 いつかの、未果のようになってほしくない。

 

 あれは、ボクのやり方がまずかったし、事前に防ごうと思えば、防げた事態。

 

 あの時と同じことをすれば、確実に意味がない。学習していないことになる。

 

 それなら、やることは一つ。

 

「……素早く、バレずに、片付ける」

 

 それだけです。

 

 

 裏口に回ると、依桜はドアをそーっと開けた。

 

 『気配遮断』と『消音』を使っているので、まずバレることはないが、何が起こるかわからないため、身長に侵入する。

 

『へへへっ、なかなか金があるなぁ』

『おう。こいつは、この後が楽しみだぜ』

 

 酷い笑い声を上げる強盗達。

 

 現在は、女委たちがいるフロアに二人、金庫がある事務室に二人、厨房側に二人と言った配置だ。

 

 裏口に近いのは、事務室。

 

 まずはそこから片付けようと思い、依桜は『アイテムボックス』を用いて、小石を生成し取り出すと、『消音』を切ってから、棚にぶつける。

 

 カァン! という音が鳴り響く。

 

『なんだ、今の音は』

『ちょっと確認してくるか……』

 

 すると、音が気になったのか、事務室側から、二名の足音がと今のセリフが聞こえてきた。

 依桜はすぐさま物陰に隠れると、二人が近づくのじっと待つ。

 決して焦らない。ここで焦れば、暗殺者失格だと、依桜は考える。

 

『こりゃ……小石か?』

『なんだ、これが当たった音――んむっ!?』

 

 一人目が小石に近づき、もう一人が後ろに立って安堵したところを依桜は狙い、口を塞ぎ、自分の方へ引きずり込んだ。

 

 そのまま、気絶させるツボを生成した針で突き刺し、意識を落とす。

 

 続いて、依桜は天井に移動すると、『壁面走行』を応用して天井に張り付くと、男の首筋めがけて針を投擲する。

 

『ん? おい、どこ行った? おい! 隠れてないで、でて――カハッ……!』

 

 針は見事に突き刺さり、短い呼気を発しながら、二人目の男も撃沈。

 音を立てずに床に着地すると、高速で動き、厨房へ。

 

『おい、金庫の方に行った奴らの声が消えたんだが』

『どうせ、軽く居眠りでもしてんだろ』

『……それもそうか』

 

 なんて、吞気に話す二人の男だが、すでに依桜が忍び寄っていた。

 従業員や客を一ヵ所に集めて縛っておいたから安心しているのか、気が緩んでいるようである。

 その隙を見逃さず、依桜は男たちの背後に立つと、

 

「……おやすみなさい」

『『は? ――カハッ……!』』

 

 同時に針を突き刺し、気絶させた。

 

(ふぅ……ここまでは問題なし、と。あとは、フロアにいる二人だけ、と)

 

 そう思い、気合を入れ直す依桜。

 

 そのままフロア近くまで行き、中を確認。

 

 入り口に一人。そして、入口の反対方向――すなわち、厨房へ入るための入口に一人。

 

 従業員や客は入り口から一番遠い窓際にて固まっている。

 ガムテープで目と口を塞がれ、両手両足も縛られている状態。

 

 騒げないようにするためとはいえ、その状態は依桜の怒りをさらに引き出す結果になった。

 

 依桜は瞬時に厨房入り口に移動すると、男の背後を取り、首に針を突き刺す。

 

『カハッ……!』

 

 他の男たちとまったく同じ呼気を発しながら気絶する男。

 

『ん? おい、どうした!? なに気絶してるんだよ!』

 

 突然気絶した、男に慌てて近づく男。

 

 だが、今の状況において、それは最大の悪手だ。

 そこには、依桜がいて、近づいた傍から、

 

「……刑務所の中で、反省してください」

『え? カハッ……!』

 

 突き刺されて気絶した。

 

 

「はぁ……とりあえず、これで片付いたかな?」

 

 静かに、尚且つ、迅速に強盗の人たちを気絶させた後、ボクはロープで強盗の人たちを縛り上げていた。

 

 まったく、よりにもよって女委のお店に強盗に入るなんて……。

 

 ガムテープで目を塞がれているから、ボクの姿は多分見えていないはず。

 

 なら、あとは、警察に連絡、かな?

 

 一応、声をそのまま使ったらバレると思うし……うん。変声術で、ちょっと声を変えよう。

 

 ちょっと大人っぽい感じの声で行けば、バレないよね。

 早速電話。

 

「……あ、もしもし、警察ですか?」

『はい、どうかなさいましたか?』

「実は、駅近くのお店の『白百合亭』というお店に強盗が入りまして……」

『わかりました! すぐに警官を向かわせますので、住所をお願いします!』

「えっと、美天市の――」

 

 軽く住所などを伝えた後、ボクはすぐさまお店から出ていった。

 

 

 お店から出て、ボクは申し訳ないと思いつつも、屋根に上っていた。

 

 あれから数分もしないで警察がお店に到着。

 急いで中に入っていくと、警察の人たちは従業員の女の子やお客様を開放していった。

 

 その内、数人の警察官が、縛り上げられた犯人を見て、とても不思議そうな顔をしていた。

 

 この時ボクは、『聞き耳』の能力も使用しているので、中の声が丸聞こえ。

 この時の会話がこう。

 

『さきほど、警察署の方に電話をした方はいらっしゃいませんか?』

『いえ、私たちはずっと縛られていて、聞こえず喋れずだったので……』

『おかしいな……。かなり綺麗で、大人びたような声の女性から通報があって来たのですが……』

『しかし、通報を受けてきてみれば、強盗団らしき男たちは、すでに縛られていた、と』

『……謎だ』

 

 ボクがここで姿を見せない理由と言えば、単純に騒ぎになりたくないから。

 

 自己中心的な考えかもしれないけど、これ以上ボクで騒ぎになって、心労が増えるのはちょっとね……。まあ、そこは別にいいんだけど、一番嫌なのは、周りの人に迷惑を掛けること。

 

 前に、テレビの取材が家や学園に来ていたことがあったからね。さすがに、あれはね……。ボクとしても、許容できなかったし、迷惑がかかっただろうから、かなり申し訳なかった。

 

 でも、せめて拘束を解くくらいはした方がよかったかも……。

 はぁ……もっと改善の余地あり、かな。気遣いが足りないよ、ボクには。

 ……いや、そもそも、こんな非日常的な事件、二度と起きないでほしいけどね。

 

 

 それから、何食わぬ顔でお店に戻る。

 

「あ、桜ちゃん!」

「わわっ! ど、どうしたんですか? 舞衣さん」

「じ、実はね、強盗が来てね……! こ、怖かったの……!」

「そ、それは……無事で何よりです」

「うんっ……」

 

 ボクが戻ってきたら、舞衣さんがボクに駆け寄って抱き着いてきた。

 

 なんだか、女の子になってからというもの、よく抱き着かれるようになった気がする……。

 

 まあ、今回に関してはしょうがないけど。

 

 泣いている舞衣さんの背中をポンポンと叩いて、なだめる。

 

 落ち着いた後、なぜか他の人たちも抱き着いてきて、順番にポンポンさせられました。

 ……普通に考えて、強盗に襲われたんだし、こうなっても不思議じゃない、よね。

 なので、慈愛の心を以て、ボクは従業員の女の子たちをなだめました。

 

 ボクよりも、従業員の人たちの方が身長が高かったのは、ご愛敬。

 

 そして最後に、女委がボクに抱き着いてきて、耳元で一言。

 

「ありがとう、依桜君」

「……無事でよかったよ。本当に」

 

 今回は、怪我人を出さずに、穏便に済んでよかったよ。

 ……針を使って気絶させたのは、穏便とは言い難いかもしれないけど。

 

「でも結局、誰が警察を呼んだのかわからなかったね」

「うん……。電話している人が、すっごく綺麗な声の女の人! っていうのはわかるんだけど……」

「でもでも、あの声とか、時折聞こえてきた声とか、どこか桜ちゃんに似てなかった?」

 

 ドキッ!

 心臓がはねた。

 

「わからないでもないけど、桜ちゃんが帰って来たのって、ついさっきだよ?」

「あー、そっかぁ。じゃあ違うかぁ」

 

 ほっ……。

 

 正直、あまりボクのあれこれについて知られると、本当に大変なことになりかねないからね……。

 

 もちろん、その辺りは学習してます。

 

 仮にあの時、警察に通報する前に拘束やガムテープを剝がしていたら、またニュースになっていた可能性さえあるからね……。

 

 クリスマスイブの時だって、あれだけで取り上げられたわけだし。

 侮れないもん。

 

「はーい、みんな聞いて―!」

 

 パンパンと手を叩いて、女委が注目を促す。

 

「さっきの事件で、色々と精神的に来るものがあったと思うので、今日はこのまま営業は終了します! その代わり、本来働くはずだった時間分のお給料は、ちゃんと払うから、安心してね! あと、事件でかなり精神的苦痛を受けたと思うので、その分のお金も、次のお給料に上乗せしておくから、是非、やめないでね!」

 

 最後に最後に言ったセリフで、従業員の女の子たちから笑いが起きる。

 

「店長、私たちとしては、このお店が大好きなので、やめませんよー」

「うんうん。何気に、お給料もいいし、楽しいしね!」

「むしろ、学生でここの時給は破格ですからね! クビって言われても絶対やめませんから!」

「おお、そう言ってもらえると、心強いねぇ。まあ、そういうことなので、着替えて解散かいさーん! お疲れさまでした!」

「「「お疲れさまでした!」」」

 

 そう締め括って、ボクの臨時アルバイトは終了となりました。

 

 

 後日談……というか、あの人たちの目的。

 

 どうやら、借金まみれの人たちが集まってできたグループらしく、強盗は今回が初だったとか。

 近場で、尚且つ強盗に入りやすそうな店を探っていたところ、女の子の従業員しかいない女委のお店に目を付け、強盗に入ったそう。

 

 誰一人として傷つけたりする気はなかったらしく、拳銃は脅しのみに使ったとか。

 まあ、そもそも持っていること自体、アウトだけど。

 ……ボクも人のことは言えないけどね。

 

 ちなみに、強盗を倒した謎の女性があの店にはいる、みたいな噂が流れ始め、それに尾ひれが付き、美天市には、『絶対強盗許さないウーマンがいる』、みたいな噂が広まり、犯罪がかなり減ったとか。

 

 ……ボクのことだから、すごく恥ずかしい……。

 

 それから、臨時として今回入ったお店では、稀にヘルプで入ってほしい! と、後日女委に頼まれました。

 

 理由としては、お客様からの要望が多かったみたいです。

 またボクに来てほしいとか。

 

 中には、人生相談をしたい、みたいな人もいたらしいです。

 

 女委からの頼みに対して、ボクは、

 

「困った時は、ヘルプで入ってあげるよ」

 

 と、苦笑い交じりに返しました。

 

 ……まあ、うん。強盗の件もあって、ちょっと心配だからね。

 たまに、見てあげようと思います。

 

 ゴールデンウイーク初日に、いきなり強盗事件に遭遇するとは思わなかったけど……だ、大丈夫かな、この先。

 

 なんだか、ものすごく心配になるボクでした。




 どうも、九十九一です。
 正直、二話に分けて投稿しようか、そのまま投稿しようかで迷った結果、『まいっか! たまに、結構長くなってる回とかあるし、今更だよね!』とか思った結果、一話で出すことにしました。まあ、長くなったのは、申し訳ない。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。出せたら、今日。出せなかった、明日。
 では。


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274件目 五月三日:声優のお仕事 上

 女委のメイド喫茶でのアルバイト之次の日と言えば、これと言ってやることはなく、家事をしてからゆっくりだらだら~っと過ごしていました。

 

 ゴールデンウイーク初日に強盗に遭うとか、普通はないしね。というか、割と平和な街で、強盗のような犯罪が発生するって……本当、どんな確立してるんだろうね……。

 

 それ以前に、ボクの巻き込まれ体質って、どうなってるの?

 幸運値が高いから巻き込まれるのかな、これ。

 それとも、もともとの体質?

 

 ……どのみち、あまりいいものじゃないよね、これ。

 

 少なくとも、いい方向に転んだことって、福引くらいな気がするよ。

 まあ、その後に未果と女委に襲われたんだけど……。

 

 久しぶりに、暗殺者としての動きに集中力を発揮していたせいか、疲労がある。

 

 そこまでの疲労ではないけど、疲れていることに変わりはないしね。

 

 それに、明日は美羽さんと一緒に東京に行って、声優のお仕事をする予定があるから、しっかり休まないと。

 

 

 特に何事もなく、平穏無事に五月二日が終わり、五月三日――美羽さんと一緒にお仕事をする日になった。

 

 ゆっくり休んだことで、体力・気力共にばっちり!

 

 いつも通り、朝七時に起きて、軽く家事をした後、あまり目立たないような服装に着替える。

 

 スカートの長さが膝丈ほどの、白のワンピースに、桜色のカーディガンを羽織った服装。白のニーハイソックスも履いてます。

 

 普通に外出するのに、スカートで行くという考えの方が最近は多くなってきてるなぁ。

 

 まあ、楽と言えば楽なんだよね、スカート。

 

 男の時も、女装をさせられていた影響で、スカートを穿く機会が多かったし、変になれちゃってたから、そこまで違和感がなかったんだよなぁ。

 

 男してどうなの? っていつも思ったけど。

 

 せっかくだし、誕生日に貰ったヘアゴムもしていこうかな?

 

 桜はほとんど散っちゃったけど、桜の飾りが付いたヘアゴムだし、季節的には間違いじゃないもんね。それに、結構好きだもん。

 

 誕生日に、リボンやヘアゴムをもらってからというもの、使わないのはもったいないと思い、たまに髪型をいじったりしていたんだけど、やってみると意外と楽しくて、ちょっと気に入っちゃってたり……。

 あれだけ嫌がっていたのにね。

 

 個人的には、サイドアップが結構気に入ってます。

 

 後ろ髪を斜め下の辺りで結んで、前の方に垂らすって言うあれ。

 なんとなく、大人し気な印象を持つので、髪形を変える際の頻度としては一番高い。

 

「うん。これで大丈夫かな」

 身だしなみもちゃんと整え、時間も九時四十分とちょうどいい時間になったので、ボクは家を出て、駅へ向かった。

 

 

 駅前へ行くと、なにやら少し騒がしかった。

 

『なあ、あれって……美羽じゃね?』

『うお、マジだ! すげえ、初めて生で見た!』

『なんか、待ち合わせしてるっぽくね?』

『しかも、妙に気合が入ってるような……』

『デートか?』

『だったら、相手は一体、どんな男なんだ……?』

 

 人だかり……とまでは行かないけど、ある一点の周りに、人が大勢いる状態。どうやら、中心にいる人を見ているみたいだけど……。

 

 そう言えば、美羽、って名前が聞こえたんだけど、まさか……。

 

 人ごみの間を縫って進み、中心に出ると、

 

「あ、依桜ちゃん、こっちだよー!」

 

 すぐさまボクに気付いた美羽さんが、可愛らしい印象を与える笑顔を浮かべながら、手を振っていた。

 

「お、お待たせしました。えっと、早いですね」

 

 今日の美羽さんは、カジュアルなシャツに、ジーンズ。それから、橙色の肩掛けカバン。なんだか大人な女性と思わせる服装。

 わぁ、綺麗……。

 

「楽しみすぎて早く来ちゃったの」

「そうだったんですね。うぅ、もうちょっと早く来れば、待たせなかったのかなぁ……」

「ふふっ、本当に依桜ちゃんは優しいね。でも、依桜ちゃん来るのは十分早いよ。だってまだ、十分前くらいだもん」

「でも、美羽さんを待たせたことに変わりはありませんし……」

「いいのいいの。さ、早いけどそろそろ行こ? ゴールデンウイークだから、混みそうだしね」

「あ、はい、そうですね」

 

 なんだか、すごく嬉しそうな美羽さんと一緒に、駅に入っていった。

 

 

『待ち合わせしていた相手、すっげえ可愛い女の子だったんだが……』

『あれ、どう見ても、白銀の女神だよな……?』

『ちょっと前に、関わりがある、みたいな報道があったけど、マジだったのか』

『美羽、すっげえ嬉しそうだったな』

 

 

 美天駅から目的地の駅までは、幸い一本で行ける距離でした。

 かかる時間は、一時間半程度。

 十一時半に到着した。

 

「ちょっと早いですけど、お昼にしますか?」

「んー、そうだね。二時から収録だけど、一応その一時間以上前にはスタジオに行きたいから」

「わかりました。それじゃあ、どこに行きますか? ボク東京はあまり来る方じゃなくて、よく知らないんですよね」

「そっかそっか。この近くに、いい感じの喫茶店があるけど、そこにする? 軽食類から、普通にがっつりなメニューまであるよ」

「いいですね。そこにしましょうか」

「うん、それじゃあこっちだよ」

 

 美羽さんに手を引かれながら、ボクたちは歩き出した。

 

 

 徒歩数分の位置に、美羽さんおすすめの喫茶店があった。

 

 看板には『喫茶 春風』と書かれている。

 うん。嫌いじゃないよ、こういう名前。

 

 中に入ると、内装はすべて木製で、なんだかモダンな雰囲気があってかなり落ち着く場所だった。

 観葉植物も置いてあって、いい雰囲気だね。

 

『いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ』

 

 ウエイトレスさんにそう言われ、ボクと美羽さんは窓際の席に向かい合って座る。

 

「ここの料理、すごく美味しいんだよ」

「なるほど。そう言われると、迷っちゃいますね……」

 

 メニューを見れば、特製サンドイッチに、パスタ類、ハンバーグに、ステーキ、さらには丼ものまであった。

 うーん、どれも美味しそう……。

 

「あ、満腹になるまで食べない方がいいからね。声、出しにくくなるから」

「わかりました」

 

 そうなると、ハンバーグやステーキ、丼ものはなし、かな。

 

 残る選択肢は、特製サンドイッチにパスタ……あ、パンケーキもある。

 しかも、No1メニューって書かれてる。

 

 ということは、一番人気が高いメニューというわけで……うぅ、気になる。すっごく気になる……。

 

 ……うん。これにしよう。

 

「美羽さん、ボクはパンケーキにします」

「うん、わかったよ。それじゃあ……すみませーん!」

『はい、お決まりでしょうか?』

「えっと、パンケーキを一つと、サンドイッチを一つ。あとは、コーヒーを二つお願いします」

『かしこまりました。コーヒーは、アイスとホット、どちらになさいますか?』

「私はアイスで。依桜ちゃんはどっちがいいかな?」

「あ、じゃあ、ボクもアイスでお願いします」

『かしこまりました。それでは、少々お待ちください』

「それじゃあ、待ってる間にお話でもしよっか」

「そうですね」

 

 現実で会うのも久し振りということで、ボクと美羽さんは他愛のないことを話す。

 世間話程度だけどね。

 こんなことがあった、とか、こんなことがしてみたい、とか。本当に、些細なお話です。

 美羽さんと話すのは楽しいから全然いいけどね。

 

「あ、そう言えば、美天市内で昨日、強盗があったの知ってる?」

「……ま、まあ、ちょっとだけ」

 

 嘘です。知ってるも何も、当事者で、犯人を捕まえたの、ボクです……。

 

「通報してきた女の人が、その場にいなかったらしくて、警察の人たちも探しているみたいだよ?」

「へ、へぇ~、そうなんですね」

 

 ……そう言えば、警察って、110番通報は録音・探知してるって話だよね……?

 

 ……だ、大丈夫だよね? バレないよね?

 

 一応、声は変えてたし、最悪ボクのスマホをお店に置いて行ってて、それを助けに入った女の人が助けた、ということにすればなんとか……。

 

「それでね、女委さんから聞いたんだけど……通報した女の人って、依桜ちゃんなんだよね?」

 

 …………ば、バレてた~。

 

「そ、それは、その……」

「いいよいいよ。誰かに言うつもりはないから」

「あ、ありがとうございます……」

「でも、通報した時の声って、どうしてたの? すごく綺麗で大人っぽい女の人の声、って聞いたんだけど」

「あ、あー、えっと……師匠に叩き込まれた技術の中に、変声術がありまして……まあ、声を変えることができる技術です」

 

 一応あれ、能力でもスキルでもない、身体的技術なんだよね。

 

 ある程度自由自在に声を操れ、というだけの技術。

 

 と言っても、男の声は出せない……と思います。多分、小さい男の子とか、元々声が高めの男の人の声だったら出せる、かな?

 

 まあ、体育祭の時に、あの先輩たちに頼まれた声だって、変声術で変えていたものだし。

 

「それはすごいね。もしかして、幼い女の子の声とか、大人な女性の声とかも出せたり?」

「ま、まあ……」

「ねえねえ、それって今やってもらえたりする?」

「いいですけど……」

「じゃあ、お姉ちゃん大好きって、幼い女の子の声で言ってもらえないかな?」

「ふぇ!? そ、それを言う、んですか……?」

「お願い! 聞いてみたいの!」

 

 頭を下げてお願いしてくる美羽さん。

 

 な、なんだかいつぞやの体育祭を思い出すなぁ……。あの時も、衣装の変更をしてもらう条件に、言わされたっけ……。

 

 ……まあ、ほかならない美羽さんの頼みだし……。

 

「わ、わかりました。あんまり期待しないでくださいね……?」

「やった! ありがとう、依桜ちゃん!」

「じゃあ、じゃあ行きますよ? ……こほん。お、お姉ちゃん大好き❤」

「はぅあっ!」

 

 まるで、何かに撃ち抜かれたかのように、美羽さんが腰を折り曲げた。

 でも、心なしか、すっごく幸せそうな表情なんだけど……。

 

「か、可愛すぎる声……というか、理想! そんな可愛い声の妹がいたら、きっと幸せなんだろうなぁ」

 

 わかります、その気持ち。

 

 自分の声だからよくわからないけど、ボクだって、メルにそんなことを言われたら、嬉しくて、なんでもお願い事を聞いてあげたくなっちゃうよ。

 

「じゃ、じゃあ、今度は大人っぽい声で……なんでもいいから、告白してみてもらえる?」

「こ、告白ですか?」

「うん!」

「ま、まあいいですけど……。じゃ、じゃあ……こほん。ふふっ、私はあなたのことを愛しています。身も心もすべて……」

 

 昨日の声よりも、ちょっと艶っぽくて大人っぽい声を出してみたら、

 

「……( ˘ω˘ )」

 

 安らかな笑みを浮かべていました。

 

 いや、あの……美羽さん、大丈夫なの? なんだか、今にも成仏してしまいそうなくらい、安らかな表情だよ……?

 

「み、美羽さん? 大丈夫ですか?」

「ハッ! い、今一瞬、旅立っちゃいそうになってた……。でも、依桜ちゃんの声すごいねぇ。声優顔負けの技術だよ!」

「そ、そうですか? 師匠からは、『鳥の鳴き声や、犬、猫、魔物、物音を出すことができて、完璧だ!』とか言われて、かなり修行させられたんですよ、これ……。まあ、おかげで、かなり役に立つ場面が多かったんですけどね」

 

 例えば、小石を転がした時の音とかね……。

 師匠の声帯って、ちょっと異常だと思うけど、まあ……ボクもある程度はできるからね。

 

「な、何それすごい……。でも、本当に依桜ちゃんって声優に向いてるかもね。あ、声優だけじゃなくて、女優もかな? 身体能力は高いし、声も色々と変えられるし、あと可愛いし……」

「か、可愛いって重要ですか?」

「うん。重要」

「そ、そですか……」

 

 なら、ボクは女優はできないと思います。

 そこまで、可愛いと思ってないもん。

 

「演技力もあるんだよね?」

「そ、そこまですごくはないと思いますけど、暗殺者でしたからね。必要技能でしたし」

「ますます楽しみだなぁ、今日の収録。頑張ろうね、依桜ちゃん」

「は、はい」

 

 そう話を切ったところで、注文していた料理が運ばれてきて、昼食となりました。

 

 パンケーキは……とっても美味しかったです。スフレみたいにふわふわで、パンケーキにかけられた蜂蜜と絡んで、思わず頬が緩むほどに甘くて、幸せな気分になりました。

 

 もし、またこのお店に来たら、また食べよう。

 

 そう思えました。

 

 収録、緊張するなぁ……。




 どうも、九十九一です。
 最近、また二話投稿が多いなぁ、とか思ってます。まあ、こんなことができるのは、調子がいい時だけですが。無理な時は本当に無理ですからね。今は、かなり好調。もうちょっとで300話に到達しそうですしね。頑張らないと。……まあ、完結まで、相当時間がかかりそうですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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275件目 五月三日:声優のお仕事 下

 お昼ご飯を食べたら、そのまま収録スタジオまで歩く。

 

 その道中、やけに視線がボクたちに集中していました。

 

 気にはなりつつも、原因はおそらく、有名人な美羽さんがいるからなんだろうなぁ。やっぱり、すごいね、美羽さん。歩いてるだけでも視線を集めるんだ。

 

 でも、美羽さんってすごく綺麗な人だし、当たり前なのかな。

 

 うーん、ボクも、これくらい大人っぽくなりたいなぁ……。

 ボク自身が大人っぽくなれるのは、大人モードと呼ばれているあの状態の時だけだからなぁ……。

 

 普段のボクは、大人っぽいとは言い難くて、みんなから、可愛い系、って言われる。

 うぅ、たしかに大人っぽくないけど……。

 

「あ、そうだ。ねえ、依桜ちゃん」

 

 ちょっと、自分の姿に悲しくなっていると、美羽さんが話しかけてきた。

 

「な、なんですか?」

「依桜ちゃんは今日、モブとはいえ声優として出演するんだけど……エンディングの時、キャラクターの横に、声優の名前があるでしょ? 依桜ちゃん、そこをどうしようかなと思って」

「あ、そう言えば……」

 

 一応、美羽さんは芸名らしく、本名は出していないとのこと。

 

 以前、本名を教えてもらったんだけど、できれば芸名の方で呼んでほしいと言われたので、普段は芸名で呼んでいます。

 

 あまり、本名バレしたくないみたいです。

 

「依桜ちゃんの場合、ネット上でも、テレビでも騒がれやすい存在だから、本名で記載されない方がいいよね?」

「そ、そうですね。それなら、どうしよう?」

 

 うーん、それ用の名前……。

 

 名前の方は、桜でいいとして……問題は名字。

 

 ボクにネーミングセンスなんてないし……あ、いっそのことゲームで使ってるプレイヤーネームから考えてみるのもありかも。

 

 ユキだから……雪白、とか?

 雪白桜。あ、うん。結構いいかも。

 

「えっと、雪白桜、ってどうですか?」

「なるほどー。うんうん、いいと思うよ。あれかな、コスプレの時に使っていた名前と、ゲームで使っている名前を掛け合わせたのかな?」

「そ、そうです」

 

 すぐに見抜かれちゃった……。

 

「とりあえず、それでいいんじゃないかな? 一応、見学に近いわけだし、依桜ちゃんは声優になる気はないんでしょ?」

「うーん、あんまり目立つこと自体が好きじゃないですからね。それに、ボクなんかじゃ慣れないと思いますから」

「そうかな? 依桜ちゃん、可愛いし、声も自由自在でいいと思うんだけど」

「あぅ……い、いきなり可愛いって言わないでくださいよぉ……」

「そう言えば、依桜ちゃんって褒められると顔を真っ赤にするんだったっけ。うんうん。やっぱり、そういう姿が可愛いと思うなー、私」

「ふゃ!? にゃ、にゃにをいってるんでしゅか!?」

「か、可愛すぎぃ……!」

 

 うぅ、何でいつもこうなんだろう……。

 

 褒められると恥ずかしくなって、変な声が出るし……しかも今、思いっきり噛んだし……はぅぅ、恥ずかしいよぉ……。

 

「ま、まあ、それはともかく、依桜ちゃん。そろそろ着くよ」

「は、はぃ……」

 

 顔の熱が引かないまま、スタジオに到着しました。

 

 

「こんにちはー」

 

 挨拶をしながら、収録スタジオに入っていく美羽さん。

 ボクは恐る恐る美羽さんの後をついて行き、中に入る。

 

「おー、美羽ちゃん! こんにちは!」

「こんにちは、日野さん」

「相変わらず、綺麗だねぇ。……お? そちらにいる可愛らしい女の子は……」

「前に話していた、モブ役を引き受けてくれた女の子です。自己紹介をお願い」

「あ、は、はい。え、えっと、お、男女依桜と言います……よ、よろしくお願いします!」

 

 かなり緊張していて、たどたどしいながらも、頭を下げて挨拶。

 

「うぉう、なるほど、美羽さんが連れてくるだけはあって、綺麗な娘だなぁ。しかも、銀髪碧眼と来たか……えーっと、依桜ちゃん、でいいのかい?」

「は、はい」

「とりあえず、モブの件を引き受けてくれる、って言うことでいいんだよね?」

「そ、そうです」

「ふむふむ。声もなかなかに綺麗で可愛い、と。いいねいいね。モブと言えど、やっぱりいい声を使いたいからね。グッジョブ、美羽ちゃん!」

 

 ぼ、ボクの声って、そんなに綺麗で可愛いかな……?

 そこまででもないと思うんだけど……。

 

「あぁ、そうだ。さっきの名前は本名だと思うんだけど、本名で出るのかい?」

「あ、い、いえ。さっき、美羽さんと話して、雪白桜、という名前でやろうかなって」

「なるほどなるほど。すでに決めていたわけだね。よしわかった。それでエンディングに流しておこう」

「ありがとうございます」

 

 話をしてみた感じ、日野さんは陽気な人、という印象を受けた。

 話しやすい人かも?

 

「まあ、モブと言っても、セリフはそこまでないし、あまり緊張しないで、リラックスしてね」

「は、はい」

「というわけで、はいこれ、台本。君がやるセリフの所には、マーカーを引いてあるから」

「ありがとうございます」

「うむうむ。それじゃあ、あと四十分はあるから、台本を読んでおいて。あと、わからないことがあったら、美羽ちゃんやあそこにいるプロの声優たちに訊くといいよ」

「は、はい」

「それじゃあ、頑張ってね!」

 

 そう言って、日野さんは別の所に行った。

 

「それじゃあ、軽く台本を読んじゃおっか。本来なら、ある程度事前に渡されるんだけど、まあ、今回は急遽だったからね。ごめんね、依桜ちゃん」

「い、いえ。大丈夫です。それで、えっと、演じる時って……?」

「そうだね。今回依桜ちゃんが出演する作品は、ラブコメ系の作品なの。で、依桜ちゃんが演じるモブキャラは、主人公のイケメンな親友に告白する女の子、って言うキャラでね。とりあえず、台本にある告白のセリフを言えば大丈夫!」

「な、なるほど……」

 

 とりあえず、どんなセリフなのか気になったので、台本を開いて、ボクが演じるキャラクターのセリフをいくつか見てみる。

 

『ずっと前から好きでした、付き合ってください!』

 

 うん。本当に告白だ。しかも、よくあるセリフの。

 それで、フラれて、

 

『ど、どうしてですか……?』

 

 って、訊くんだね。

 う、うん。

 親友のキャラクターがセリフを言ったら、

 

『……ごめんなさい。時間を取らせて……』

 

 と言って、走り去る。

 

 な、なんだろう、見たことがあるようなないような……。

 

 なんだかこの反応、ボクに告白して来た女の子がフラれた後に反応が似てるんだけど……ちょ、ちょっと心が痛い……。

 

「一応、線画の絵コンテはあるんだけど、表情は想像でやるしかないから……まあ、頑張ってね」

「は、はい」

「あと、この時の掛け合いの男性声優さんは、いい人だから、安心して大丈夫だからね」

「わ、わかりました……」

「うーん……ガッチガチだねぇ、依桜ちゃん。大丈夫?」

「さ、さすがに、こういうプロの現場には入ったことがなかったので……」

「あれ? でも、前にエキストラでドラマの撮影現場に来てなかった? というより、私と依桜ちゃんが出会った場所だったんだけど……」

「あ、い、いえ、あの時は歩くだけでしたし、大丈夫だったんですけど……声優として、声を当てる以上、その……歩くだけと違って、確実に関わるからつい、緊張しちゃって……」

 

 それに、あの時は微笑みながら歩くだけ、という指示があった。

 

 でも、今回は完全に自分の技量でどうにかしないといけないし、ド素人でも、声優として出演する以上、下手なことはできない……。

 

 だからこそ、心配なわけで……。

 

「そうかな? むしろ、声だけよりも、そのままの姿で映る方が緊張すると思うんだけど……」

「ボクは、その……あんまり目立ちたくないというか……あの時は、歩くだけで、そこまで目立ちませんでしたし……」

「え、全然目立ってたよね? ニュースで取り上げられるくらいには」

「うっ……」

 

 た、たしかにそうだけど……。

 

 テレビだけじゃなくて、インターネットでも取り上げられていたみたいだしね、あれ。

 ……ボクなんかを取り上げても、いいことなんて何一つないと思うんだけどなぁ。

 

「依桜ちゃんは目立っちゃうからね、その容姿で。でも、自信を持ってもいいと思うけどなぁ」

「じ、自信って言われても、ボクはそこまで可愛くないと思いますし……」

「……もはや、それがお決まりの返しみたいだね、依桜ちゃん」

「だ、だって、事実だもん……」

「うーん、どうやったら、自信を持つのかなぁ……」

 

 苦笑いを浮かべながら、そう呟く美羽さん。

 だ、だってボク、あまり容姿とか気にしないし……。

 

「まあ、依桜ちゃんの個性だもんね。私が口に出すような事柄じゃないか」

「そ、そうですか」

 

 

 その後も、美羽さんと話していると、

 

「えーっと、ちょっといいかな?」

 

 不意に、男の人に話しかけられた。

 

「は、はい、なんでしょうか?」

「えーっと、君がモブ役をやってくれる娘、でいいんだよね?」

「そ、そうです」

「よかった。俺は、大村悠二。君が担当するキャラクターと話す親友役だよ」

「あ、そ、そうなんですね。え、えっと、よ、よろしくお願いします……!」

「ははは! なかなか可愛い娘を連れて来たんだね、宮崎さん」

「はい。ちょっと、知り合う機会があったので」

「そうかそうか。まあ、そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。みんな、素人だって理解してるから、温かく見守ってくれるはずだ」

「そ、そうですか。あ、ありがとうございます……」

「うんうん。それじゃ、お互い頑張ろうな!」

「は、はい」

 

 ニッと笑みを浮かべて、大村さんが去っていった。

 

 気さくな人で、話しやすかったなぁ。それに、気遣いもできる人だったし……ああいう男の人になりたかったなぁ……。

 

「ね? いい人だったでしょ?」

「そ、そうですね。ちょっと安心しました……」

 

 美羽さんからいい人だと聞いていたけど、まだ話をしていなかったから、ちょっと不安だった。

 でも、いざ話してみると、全然怖い人じゃなくて、ボクを気遣ってくれるいい人だった。

 ちょっと緊張はほぐれたよ。

 

「そう言えば、御園生(みそのお)さんがまだ来てないけど……どうしたんだろう?」

「御園生さん?」

「うん。メインヒロインではないんだけど、作中の主要人物のキャラクターを担当している声優さん。いつもはすぐに来ているんだけど……」

「それはちょっと心配ですね……」

「うん……。でも、その内来るよね」

 

 

 それから、美羽さんに色々とレクチャーしてもらっていると、

 

『本番お願いしまーす』

 

 ついに、本番になりました。

 

 

 今回、ボクが出演するアニメは、『天☆恋』というタイトルのラブコメアニメ。

 

 原作は、漫画で、大雑把に中身を説明すると、ごく普通の男子高校生の主人公が、様々な天使と出会い、恋をして行く、そんな物語だそう。

 

 主人公は、心優しい性格なんだけど、どこか優柔不断で、甘い性格をしているんだけど、いざという時はやる、みたいなキャラクターなんだって。

 

 それから、主人公は彼女が欲しいと常日頃から思っていて、イケメンでよく告白される親友を羨ましがっているとか。

 

 主人公が好きになった女の子は、みんなその親友の人が好きらしくて、今回ボクが演じるモブの女の子も、その親友が好きのようです。

 

 かなり序盤のシーンらしく、早速ボクの出番が回ってきてしまった。

 

「依桜ちゃん、頑張ってね」

「は、はい……」

 

 小声で声援をもらい、ボクはマイクの前に立った。

 そして、暗殺者時代の事を思い出し、演技をしていた時の気持ちを表面化させる。

 ……うん。

 

「き、来てもらって、ありがとうございます……」

「この手紙は、君が?」

「は、はいっ……。え、えっと、あの……ず、ずっと前から好きでした! わ、私とっ、付き合ってくださいっ!」

「……ごめん、俺は君とは付き合えない」

「ど、どうして、ですか……?」

「……君からの告白は、すごく嬉しい。だけどね。俺は、恋愛をしないと決めているんだ。ここでもし、君と付き合ったとしても、勇気を出して告白してくれた君に申し訳ない……。だから、君とは、付き合えない」

「そう、ですか……ご、ごめんなさいっ……時間を取らせて……!」

『はい、OKでーす!』

『『『おぉぉぉぉぉ!』』』

 

 無事にOKがもらえて、内心かなりほっとしていると、周囲から感嘆の声が発せられていた。

 

『すごいな、あの娘……』

『うん。声も綺麗だけど、演技力が高い……』

『たしか、宮崎さんの友達、って聞いたんだけど……』

『声優に向いてるんじゃないかな、あの娘』

『……そう言えば、なんだかどこかで見たことがあるような……』

 

 ひそひそと何かを話されているような気がするんだけど……も、もしかして、なにかやっちゃった? ボク……。

 

 だ、大丈夫だよね? 一応、OKはもらったし、大丈夫だよね……?

 

「依桜ちゃん、お疲れ様」

「ど、どうでしたか……?」

「うんうん、ばっちり! とても素人とは思えない演技だったよ!」

「よ、よかったぁ……。声だけは初めてだったので、かなり緊張しちゃいました……」

「ふふっ、頑張ったね、依桜ちゃん」

 

 プロである美羽さんに言われると、すごく安心だよ……。

 

「いや、ほんとに、すごかったよ」

「あ、大村さん……」

「素人だからね。最悪、ある程度棒読みでも仕方ない、と思っていたんだけど……まさか、予想の斜め上を超えて、あんな演技をしてくるなんてね。依桜さん、だったかな? 君、声優に向いてると思うよ?」

「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、ボクには難しいですよ」

「いやいや、依桜ちゃん、演技は上手いし、声はいいしで、本当に向いてると思うな、私は」

「み、美羽さんまで……」

 

 演技力はまだしも、声に関してはそこまででもない気がするんだけどなぁ……。

 うーん、どうしてみんな、ボクの声が綺麗、とか言うんだろう?

 

「そう言えば、肝心の御園生さんが来てないが……」

 

 と、大村さんが言った時だった。

 

「な、なんだって!?」

 

 不意に、日野さんの焦ったような声が響いてきた。

 

「いや、しかし……ああ、わかった。それは仕方ない……というか、一大事だ。ああ、ああ。わかった。こっちで代役を立てておくから、こっちの心配はしないでいい。自分の体を大事にしてほしい。それじゃあ、無事に成功することを祈っているよ」

 

 誰かと通話していたみたいだけど、話している間の表情はとても険しいものだった。

 通話を切ってすぐ、

 

「あー……突然だが、御園生さんは急遽来られなくなった」

『『『え!?』』』

「どうやら、癌が見つかったらしくてね……しばらく、声優業ができないとのことだ……」

「日野さん。御園生さんは大丈夫、なんですか?」

「ああ。なんでも、早期発見ができたらしく、今から入院すれば治せるそうだ」

「よかった……」

「……ん? じゃあ、今日の収録……というか、今後、御園生さんが演じることになってたキャラって……」

「代役が必要になった」

 

 その一言で、スタジオ内が少し重くなった。

 

 美羽さんがこそっと説明してくれたんだけど、どうやら今回の収録はまだ初回ではあるものの、今日この収録は終わらせないといけないということ。

 

 でも、代役を今から探すにしては難しくて、このままだと放送は延期になるかも、といったことが考え得るそうで、声優さんたちは少し暗くなっているそう。

 

「しかし困った……御園生さんが演じるキャラは、主要人物。声質的に、ここにいる声優で代役を取るにしても……難しいか。せめて、ロリボイスが出せる人がいれば……」

「あ」

 

 日野さんの最後の呟きを訊いて、美羽さんがそんな声を漏らしていた。

 

「ん、どうしたんだい、美羽さん?」

「そのロリボイスなんですけど……たしか、御園生さんが演じるキャラクターって、外見が結構幼い天使、でしたよね?」

「そうだね。たしかに、美羽さんも幼い女の子の声は出せるが、タイプが――」

「いえいえ、私じゃなくて……依桜ちゃん、そのタイプの声、出せるかも」

 

 そう言った瞬間、日野さんが勢いよくボクを見てきた。

 ………………え!?

 

「た、試しでいいんだ。試しに、幼い女の子の声を出してもらえないか?」

「あ、あの、さすがに期待しているような声は……」

「とりあえず。とりあえずでいいんだ! 頼む!」

「え、えっと……き、期待、しないでくださいね……?」

「もちろんだとも!」

 

 う、うわぁ、言葉とは裏腹に、すっごく期待した眼……。

 しかも、日野さんだけじゃなくて、他の声優さんたちまで期待の眼差しを向けてきてるんだけど!

 う、うぅ……と、とりあえず、や、やってみるだけやってみよう……。

 

「そ、それじゃあ……こほん。こ、こんな感じ、ですけど」

 

 ボクが小さくなった時に出している声をイメージして、声を出してみる。

 

「――ッ! す、すまない。ちょっと、ここ……ここのセリフを、その声で言ってみてくれないか。あ、演技を付けて」

「わ、わかりました……。え、えっと……『お兄ちゃん、だぁいすき❤』」

 

 恥ずかしいという気持ちを必死に抑えて、セリフを言ってみると……

 

『『『おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』

 

 周囲から歓声が上がった。

 

「す、素晴らしい! 依桜ちゃん、君はまさに救世主だ!」

「ふぇ……?」

「頼む、このキャラクターを演じてくれないか!?」

「……え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 いきなりすぎるお願いごとに、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。

 冗談だと思って、日野さんを見るも……どう見ても、本気の眼でした。

 

「え、えっと、ぼ、ボク、素人ですし……め、迷惑をかけるかもしれませんし……」

「そんなことはない! 君のさっきの演技を見ていたが、素人とは思えないほどに素晴らしかった!」

「で、でも、セリフは少なかったんですよ……? さ、さすがにそれで判断するのは……」

「いや、私の第六感が告げている! 君は天才だと! だからどうか……どうか頼む! 引き受けてくれないか? もちろん、ギャラは払う!」

「そ、そう言われましても……」

「依桜ちゃん、私からもお願い! できるなら、アニメを延期にしたくないの! きっと、このアニメを待ってくれているファンのみんなだっているはずだから!」

「うっ、そう言われると……」

 

 こ、断り難い……。

 

 たしかに、延期になるとすっごくがっかりするもんね……。

 女委だって、アニメが延期された時、すごくショックを受けてたし……。

 そ、それに、目の前で見てしまった以上、見て見ぬふりは……

 

「わ、わかりました」

「引き受けてくれるのかい……!?」

「は、はい」

「ありがとう! ほんっっっっっとうに! ありがとう!」

 

 両手を握ってきて、ぶんぶんと上下に振る日野さん。

 

 その表情は、一筋の希望を見出した、みたいな笑顔。

 

 よ、よっぽどなんだね……。

 

 周りを見れば、他の声優さんたちもほっとしていたり、嬉しそうにしていたりと、かなり前向きな反応。

 

 ……素人なボクに任せて、大丈夫なの? と、心配になりました。

 

 

 それからは、すぐに収録が再開し、ボクも当初予定にはなかったキャラクターを演じた。

 

 ボクという代打が入ったことで、スタジオ内は明るい雰囲気になり、他の声優さんたちもかなり気合が入ったことで、収録はかなりスムーズに行きました。

 

 その結果、予定よりもかなり早く収録が終了となりました。

 

「いやぁ、本当に美羽さんには感謝だね!」

「いえいえ、偶然依桜ちゃんとお友達だっただけですから」

「それがよかったのさ。依桜ちゃんも、今日は本当にありがとう!」

「お役に立てたのならよかったです」

 

 演技が大丈夫だったのか、すごく心配ではあるけど……。

 

「それじゃあ、今後もよろしく」

「はい。……って、え、今後?」

「ああ。このアニメが終わるまで、やってほしいんだが……」

「そ、そうなんですか!?」

「正直に言うとだね、依桜ちゃんが演じてくれたキャラクターと依桜ちゃんの声が絶妙にマッチしちゃってね。だからまあ……今回限りというのが惜しい」

「そうですね。私も、原作で依桜ちゃんが演じたキャラクターを見ましたけど、似合いすぎてました」

「まあ、そういうことなんだ。できれば、最後まで付き合ってくれると嬉しいんだが……どうだろう?」

 

 ……なんだかもう。変に片足を入れちゃったしなぁ……。

 今更、はいさようなら、ってするのもなんだか申し訳ないというか……。

 

「……このアニメは、何話で終わるんですか?」

「十二話だよ」

「そうですか……」

 

 まあ、一クールくらいだったら……。

 二十四話とか、三十六話、みたいに、長期じゃないだけまだマシ、かな……。

 

「わかりました。乗り掛かった舟ですし、最後までやり通します」

「そうか! ありがとう! 依桜ちゃんは学生って聞いてるから、なるべく、休日になるよう調整するけど、平日になったら申し訳ない」

「い、いえ。その場合は、友達からノートを借りたり、先生に尋ねるので大丈夫です」

「そうかそうか……。本当に、女神みたいな娘だな……」

 

 ……なんでみんな、ボク女神とか言うんだろうね、本当に。

 

「それじゃあ、改めて……今後とも、よろしく」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 そうしてボクは、一時的な声優になりました。

 まさか、こんなことになるなんて、予想だにしていなかったよ……。

 人生、何があるかわからないね、本当に……。

 

 

 収録後、家に帰った後、美羽さんから連絡があった。

 

 美羽さん経由で、御園生さんから感謝の言葉が伝えられました。

 

 向こうも一般人であるボクを巻き込んで申し訳ない、って謝っていたのと同時に、最後までよろしくお願いします、ってお願いして来たみたいです。

 

 ほ、本人にまで認められちゃったよ……。

 

 ……頑張らないと。

 

 そう、気を引き締めたボクでした。




 どうも、九十九一です。
 依桜がどんどんおかしな方向に突っ走ってしまっている……いやまあ、考えなしに自由に書きまくっている私が原因なわけですが……。大丈夫かな、これ。
 さて、今日も一応二話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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276件目 五月四日:何気ない一日

 五月四日。

 

 まさかのレギュラー入りしてしまった声優のお仕事から次の日。

 

 ボクの手元には、アニメの台本があります。と言っても、一話目……昨日収録した回の台本。

 これには、昨日収録現場にいた声優さんたちのサインが書かれてます。

 

 一応これ、お土産です。

 

 何かお礼をさせてほしい、って声優のみなさんに言われたんだけど、たまたまその場にいただけで、お礼をされるというのも何とも言えない。

 

 そこで考えたのが、アニメや漫画が大好きな女委へのお土産として、台本にサインを書いてもらうことにしました。

 

 でも、女委だけというのもと思った結果、みんなの分もお願いすると、快く書いてくれました。

 その結果、台本が四冊ほどあります。

 

 一応、ボクのを抜いた数です。ボクがもらった台本にも書いてもらいました。

 

 うん。大切にしよう。

 

 LINNで昨日の件を話す。

 

『みんないる?』

『おう、いるぜー』

『うん、わたしも今休憩中だからいるよー』

『俺も家にいるぞ』

『私も。珍しいわね、依桜から話すなんて。それで、どうしたの?』

『あ、うん。みんな、『天☆恋』って知ってる?』

 

 とりあえず、昨日収録に参加したアニメの事を尋ねてみる。

 

『おう、知ってるぜ。というかオレ、原作持ってるぞ』

『ああ、俺もあれは好きだな。たまに、態徒から原作を借りてるしな』

『うん、わたしも好きだよー。連載が始まってからずっと読んでるし、アニメも楽しみ』

『たしかに、あれは面白いわよね。というか私、クリスマスのプレゼントでもらったマンガってそれだし』

 

 みんな知っている上に好きとのこと。

 あれ、もしかして……

 

『ねえ、このマンガって、結構有名だったり、する?』

『まー、そうだな。だってあれ、設定こそよくあるものかもしれんが、所々で細かい伏線や、作りこまれた設定とかあって、人気なんだよ』

『そ、そうなんだ……』

 

 ……なんだろう。ボクだけ知らなかったという悲しい現実が目の前に……。

 

『それで、どうして突然そんなことを訊いてきたんだい?』

『ちょ、ちょっとね……。あ、あと、麻宮空乃ってキャラ、知ってる?』

『主人公の妹で、天使、っていう設定の幼い女の子ね。たしか、一番人気があるんじゃなかったかしら、あのキャラ』

 

 ………………えぇー。

 

 え、なに? ボクが演じることになったキャラクターって、一番人気あるの? 普通、メインヒロインが一番人気を持って行きそうな気がするんだけど……。

 

 ど、どうしよう。知りたくなかった事実を知ってしまったんだけど……。

 

 そんなキャラクターをやらないといけないなんて……ぷ、プレッシャーが……。

 

『あ、そういやそのキャラで思い出したけどよ、なんでも癌で入院したらしいぞ? 担当する声優』

『あ、それ知ってる。結構イメージ通りだったのに、ちょっと残念だよねぇ』

『たしか、代わりに別の声優が担当することになったらしいんだが……一度も見たことがない名前なんだよな……』

『そうなの?』

『うん。えっと……雪白桜って名前の人』

『あら、本当に聞かない名前ね』

 

 ……じょ、情報が回るの、早くない……?

 

『……と、ところで、さ。昨日、ボクが美羽さんと出かけてたって言ったでしょ?』

『そう言えば、前日に言っていたな。どうかしたのか?』

『いや、あの、ね……昨日ボク、『天☆恋』の収録現場にいたんだけど……』

『『『『マジで!?』』』』

『ちょ、ちょっと前に、見学に来ない? って言われて、まあ……その……も、モブで出ることになっていたんだけど……それで、まあ……『天☆恋』の一話の台本をもらってきたんだけど……サイン入りで』

『なんと! たしかあのアニメ、出演する声優が豪華ということで話題だったんだけど……まさか、その場の声優のサインを?』

『う、うん……その、お礼ということでね……一応、みんなの分ももらってきたけど……いる?』

『『『『欲しい!』』』』

 

 すごい、同じタイミングで同じメッセージが飛んできたよ。

 

『じゃ、じゃあ、後日みんなに渡すね』

『やった!』

『マジか! 普通に嬉しいぜ!』

『俺もこの作品に関してはかなり気に入っているからな。素直に嬉しい』

『そうね。というか、サイン入りの台本なんて、そうそう手に入るものじゃないわよね。よくそれを全員分手に入れてきたわね』

『……ま、まあ、色々とありまして……』

『そう言えば、さっきお礼、と言っていたが……依桜、一体何をしてもらったんだ?』

『…………た、他言しない?』

『『『『しない』』』』

 

 ま、まあ、みんなだもんね。

 誰かが困るようなことは絶対にしないもんね。うん。信じよう。

 

『……さっきの、雪白桜、ってボク』

『『『『……ん?』』』』

『その、さっきチラッと言ったけど、ボク、モブで出ていてね……。そしたら、御園生さんっていう声優さんが癌で入院することになっちゃって、このままだと収録ができない、って言う事態になったから……結果として、代打としてボクが、ということになっちゃって……』

『……相変わらず、変なことに巻き込まれるのね、依桜』

『……だねー。正直、レギュラーキャラを演じるとは思わなかったなぁ』

 

 わー……なんか、文字なのに、二人が苦笑いを浮かべている姿が目に浮かぶ……。

 

『でもよ、このキャラってかなりのロリだろ? やっぱあれか? 昨日はロリ状態だったのか?』

『ううん。普通の姿だよ』

『じゃああれか? 依桜はロリ声を出したってことか?』

『う、うん』

『そう言えば、前にロリボイス出してたわね、去年』

『あー、ロリ戸君が逝った時の』

『ええ。あれ、どうやって出してるの?』

『ま、まあ、その……師匠に仕込まれたボクの変声術』

『……かなり時間が経ってから判明する依桜の技術』

『どんどんチートになりつつないかしら、依桜』

『というか、帰って来た時点で、ほぼほぼチートだっただろ』

『あ、あはは……』

 

 最近、否定しきれない。

 

 なぜかわからないんだけど、異世界から帰ってきたあとの方が、異世界にいた時よりも便利な能力やスキル、魔法を手に入れてるし、強くなってるんだけど……。

 

 ……師匠。なんであの時教えてくれなかったのかなぁ……本当に。

 

『じゃああれか。依桜はアニメが終わるまで代役でやるのか?』

『そういうことになりました……』

『その内、本当に声優デビューしそうよね』

『さ、さすがにないと思うけど……』

 

 だって、一応それに合った声が出せただけで、そこまでいいかどうかは別だもん。

 

『あ、これ、サンプル音声が公式で聴けるみたいだよ?』

『え、マジ? ちょっと聴きに言ってくる!』

『じゃあ、私も』

『なら、俺も聴いて来よう』

『んじゃあ、わたしも聴いてくるぜー』

 

 ……サンプル音声って……。

 いつの間に出したの? それ。

 

『……予想以上に声がぴったりすぎてびびった』

『それ以前に、依桜の演技力、おかしくないか?』

『変声術も使えて、演技力もあるとか……あなた、声優になれるんじゃないの? というか、絶対天職でしょ』

『いやぁ、これはあれかな。今年の学園祭は、依桜君の声やらなにやらを使ったものにしたいねぇ』

『そ、それは絶対やめてね!?』

 本当にそうなりそうで怖いよ!

 

 女委の場合、冗談のようで冗談に聞こえないんだもん!

 

『まあ、あれだな。楽しみにしてるぜ、依桜』

『そうね。あの声に演技なら、全然問題いらないでしょうし、まあ頑張ってね』

『あ、ありがとう……』

 

 その後も、軽くアニメ関係の話で盛り上がると、

 

『あ、そう言えばボク、明日一日いないから』

『ん? どこか行くのか?』

『ま、まあ、ちょっと異世界に……』

『……日常的な会話で、ちょっと異世界行って来るなんてセリフが出てくるのが、依桜のすごいところだよな』

『まあ、依桜だし』

『だねー』

『あ、あはは……』

 

 本当にね……。

 色々と不思議なことばかりだよ、ボクの人生……。

 

『それはあれかい? 学園長先生絡み?』

『あ、うん。メルがこっちの世界に来た時に、自由に行き来できる装置を創ってほしい、って頼んでてね。それが完成したみたいだから、それの試運転。あと、軽く観光でもしてこようかなと』

『……なんかもう、ツッコむ気が出ないな……』

『そもそも、異世界を自由に行き来する装置を創るあたり、学園長先生って本当に天才なんだね』

『むしろ、天災じゃね?』

 

 たしかに。

 

 学園長先生のやることなすこと、いつもなんらかの被害が出てるもんね……主に、ボクに対して、だけど。

 

 そもそも、この体になった原因の人だし……。

 

『でも、気を付けてね、依桜』

『うん。大丈夫だよ』

『いや、心配なのは、まーた変なことに巻き込まれて、別の誰かを連れてくるんじゃないかなと。メルちゃんだってそうじゃない』

『うっ……き、気を付けます……』

 

 本当に、気を付けないと……。

 ……ボクの場合、変に色んなことに巻き込まれるしね。

 個人的には、平穏に過ごしたいんだけどね……。

 

『でもいいなぁ、異世界。わたしも行ってみたいよ』

『う、うーん……結構危険だよ? 今でこそ、戦争は終結して、平和になったとは言っても、人身売買をしている組織もまだあるし……それに、魔物だっているから』

『わたし的には、そう言うのも見てみたいんだよね。これでも一応、クリエイターですからね!』

 

 女委って、本当に神経が図太いよね。

 特に、自分の好きなことに対しては、かなり積極的だし……。

 

『その辺りは、安全がちゃんと得られてからかなぁ……。一応、装置を動かすのは初めてで、何が起こるかわからないから、ボク一人で行くわけだし……』

『あら、そうなのね。じゃあ、メルちゃんは連れて行かないの?』

『一応、何度か行ったり来たりして、安全が確認出来たら、連れて行く、って感じになるかも』

『まあ、依桜はメルちゃんを溺愛しているみたいだし、そういう考えにもなるか』

『そ、そうかな? メルは可愛いけど、そこまで溺愛しているわけじゃ……』

『『『『いや、あれは過保護』』』』

『で、ですか……』

 

 ボク、メルに対して、そこまで過保護かな……?

 メルが大切なのは当たり前だし、お世話してあげたくなるよね? 姉心的に。

 ……自然と、姉心って出てきた時点で、色々と進んでるなぁ、なんて思えてくる。

 

『ともかく、気を付けていくのよ』

『うん。大丈夫。一週間くらい滞在したら帰ってくるから』

『そういや、向こうとこっちは流れる時間が違うんだったか?』

『そうそう。こっちでは一日だけど、向こうで七日くらい過ごしてくるよ』

 

 ……まあ、どういうわけか、こっちから向こうに行くと、こっちで流れた時間の分だけ、向こうも経過しているんだけど……。

 

 本当、どういう原理なんだろう?

 

『おっと、わたしはそろそろお仕事に戻らなくちゃ』

『んじゃ、ちょうどいいし解散するかー』

『そうだな』

『それじゃ、依桜、お土産話、期待してるわよ』

『あ、うん。まだ早いけど、行ってきます』

『『『『いってらっしゃい』』』』

 

 明日の異世界旅行、どうなるかなぁ。



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277件目 五月五日:異世界旅行1

 そうして、次の日、五月五日。

 

「ねーさま、どうしても、だめかの……?」

「うん。さすがに、初めて使うのに、メルを連れて行くのはちょっと……。何度か使用して確認しないといけないから、今日はお留守番しててもらえる?」

「うぅ、寂しいのじゃ……」

「本当にごめんね……。明日、帰ってきたら、どこか遊びに連れてってあげるから」

「……ほんとか?」

「うん。どこに行きたい? ボク、お金はあるから、メルの好きなところに連れて行ってあげるよ?」

 

 全部、学園長先生からの賠償金や謝礼だけどね。

 

 ……まあ、普通に考えたら、三年間も強制的に異世界で生活させられたり、テロリストを撃退させられたり、再び異世界に行かされたり、体育祭で恥ずかしい姿を晒したり、クリスマスにサンタさんをやらされたことを考えたら、まあ……妥当なのかも。

 

 いや、下手をすると、人によっては少ないと言われても不思議じゃない、かな。

 

 だって、最悪の場合死んでたわけだし。

 

 ……まあ、過ぎたことだしいいけどね。

 

 お金は、有効活用させてもらおう。

 

 あ、いつか旅とかしてみたい。

 

 卒業後かな。

 

「そうじゃ! 儂、ゆうえんち、なる場所に行ってみたいのじゃ!」

「うん、遊園地だね。それじゃあ、明日は遊園地に遊びに行こっか」

「ねーさまと二人きりかの?」

「そうだね。たまには、メルと二人だけで遊びに行こうかな。メルは、みんなと一緒がいいかな?」

「ううん、ねーさまと二人がいいのじゃ!」

「わかったよ。それじゃあ、明日は二人で遊園地に行こう」

「うむ! だからねーさま、絶対に帰ってくるのじゃぞ……?」

「うん。大丈夫。だから、心配しないで待っててね」

「……うむ」

「いい娘だね」

 

 そう言って、少しかがんでメルの頭を撫でる。

 

 相変わらず、メルの頭の撫で心地はいいなぁ……ふわふわな髪を撫でると、甘い香りがするんだよね。

 

 なんと言うか、癒しだし、落ち着く。

 一日頑張ろうという気にさえなるよ。

 

「それじゃあ、行って来るね」

「いってらっしゃいなのじゃ、ねーさま!」

「うん、行ってきます」

 

 メルに見送られながら、ボクは学園へ向かいました。

 

 

「おはよう、依桜君。ささ、乗って乗って」

「はい」

 

 学園に到着すると同時に、学園長先生が車に乗って待っていた。

 ボクに気付くなり、すぐに乗るよう指示されたので、車に乗りこむ。

 

「今日はありがとね、大事なゴールデンウイークなのに」

「いえいえ。別に大丈夫ですよ。この件に関しては、ボクからお願いしたことでもありますしね」

「まあ、それを抜きにしても、貴重なこっちでの一日を無くしちゃうわけだし、申し訳ないのよね……」

「今更です。それに、こっちでの一日が向こうでは七日になるんですし、ボクからすれば、休みが延びたような物ですよ」

「それもそうね」

「それに、学園長先生がボクに何らかのお願い事をするのなんて、いつものことです。慣れてますよ」

「それは……本当に申し訳ない……」

 

 まあ、学園長先生のおかげでできるようになったこともあるから、ボクとしてももういいんだけどね。

 

 車内では、楽しく話ながら会社へ向かいました。

 

 

 それから三十分ほどで目的地である、学園長先生の会社に到着。

 前来た時のように、隠し扉から研究施設の方へ移動。

 

『あ、社長、依桜君! お待ちしていました!』

「準備は出来てる?」

『もちろんです! こちらへどうぞ!』

 

 研究所に入るなり、研究員の人がボクと学園長先生の所へ駆け寄ってきて、ついてくるように言ってくる。

 

 ボクと学園長先生はその人について行き、奥へ。

 すると、以前転移装置があった場所に、アタッシュケースのような物が置かれていた。

 

「学園長先生、もしかしてこれが……」

「そ。異世界とこの世界を自由に行き来するための装置!」

 

 自信満々に言いながら、学園長先生がアタッシュケースにパスワードのようなものを打ち込んでいくと、なぜか煙を出しながら、ケースが開いた。

 

「あの、なんで煙が?」

「演出よ、演出。ほら、SF系の作品だって、こういうのを開けるとき、煙が出るじゃない? あれ、ちょっといいな~と思ってて、試しに入れてみたのよ。どうどう?」

「……まあ、煙だなー、くらいですね」

「むぅ、依桜君、ロマンがないなぁ」

 

 頬を膨らませながら、そんなことを言う学園長先生。

 そんなこと言われても……。

 

「ともかく、これが異世界転移装置二式だよ!」

 

 声高々に言いながら、アタッシュケースの中から出てきたのは……

 

「えっと、スマホ?」

 

 スマホだった。

 

「ノンノン。これはね、新型の異世界転移装置! さ、使い方を教えるから、持って持って」

「は、はい」

 

 促されるままに、ボクはスマホらしきものを手に取る。

 重さも質感も、スマホなんだけど……。

 

「使い方ね。その端末の横に、ボタンがあると思うんだけど、それを長押しすると画面が点きます」

 

 そう言われて、端末の横のボタンを長押し。

 すると、画面に『起動中です!』という文字が、ポップな字体で映し出された。

 

 ……右下に、デフォルメされた女の子のキャラクターがいるのが気になるけど。

 

 それから、起動が完了すると、四つのアイコンが表示された。

 

「それで、四つのアイコンが表示されたと思うんだけど、順番に説明するね。一番左側にある、青い羽根が描かれたアイコンは、異世界に行くために使うアプリ。そこをタップすると、行き先って出ると思うの。今はまだ二つしか設定されてないけど、今後異世界を見つけ次第、アップデートして行くね」

 

 え、まだ異世界を探すの?

 そんな疑問を抱いているボクをよそに、説明を続ける。

 

「それじゃあ、次はその隣。緑色の羽根が描かれたアイコンは、こっちの世界に帰ってくるためのアプリ。一応、帰還位置はこの研究所と、依桜君の自宅、それから、学園の屋上に設定してあるけど、今回はこの研究所に帰ってきてね」

「わ、わかりました」

「次。その横にある、灰色の歯車が描かれたアイコンは、よくある設定アプリね。ためしに、そこをタップしてみて」

「は、はい」

 

 なんだかちょっと怖いので、そーっとタップ。

 すると、いくつかの項目が出てきた。

 えっと……『音量』『明るさ』『字体』『ユーザー登録』『音声入力』に……『AIサポート』?

 

「あの、学園長先生、この『ユーザー登録』と『音声入力』と『AIサポート』って……?」

「もちろん、説明するわ。まず、『ユーザー登録』は、単純にその端末の使用者を設定することよ。登録方法は、指紋と音声の両方。だからつまり、二重パスワードみたいなかんじかしら?」

「な、なるほど」

「とりあえず、今登録しちゃって。他の説明はその後でね」

「わ、わかりました」

 

 『ユーザー登録』の項目をタップすると、指紋登録が最初に出てきた。

 端末の下側に、人差し指の第一関節くらいの大きさの円形があった。

 どうやら、ここに指紋を登録するみたい。

 

 そこに数秒ほど指を置くと、『登録完了』の文字が出てきて、直後『音声認証』が出てきた。

 

 音声認証は、五秒間ほど、あ、と言えばいいだけらしく、あ、と五秒間伸ばし続けてみると、『登録完了』の文字が出てきた。

 

「うん、無事できたみたいだね。じゃあ、説明を続けるわ。えっと、『音声入力』というのは、まあ、簡単に言うと、声で操作できるようにするためのものだね。まあ、楽と言えば楽だけど、ちょっと恥ずかしいかも。周囲に人がいたら、なんか変なこと言ってる人、みたいに思われるし」

「なるほど……」

 

 なら、なんでそんな機能つけたの?

 

「それで次。『AIサポート』っていうのは……まあ、アクティベートさせた方が早いかな。とりあえず、使ってみて」

「わかりました」

 

 学園長先生に言われて、『AIサポート』をタップして、OFFからONにすると、

 

『初めまして! 本端末、『異世界転移装置二式』通称『異転二式』のユーザーをサポートします、アイと申します! 以後、お見知りおきを!』

 

 起動時、右下にいたデフォルメの女の子が画面に出てきて、可愛い声で、そんな挨拶をしてきた。

 

 というか、略称『異転二式』って言うんだね……。

 

 な、何とも言えない名前……。

 

 それから、アイって名前、単純にAIをローマ字読みしただけのような……?

 

『まず最初に、ユーザー様のお名前を教えてください!』

「え、えっと、依桜です」

『はい! えっとイオ様、ですね?』

「いや、違うからね!? 依桜、だよ!?」

『ふふふ、冗談です! ユーザー名をイオ様で登録します……完了しました! これからよろしくお願いしますね! イオ様!』

「あ、う、うん。よ、よろしくね」

『それと、『AIサポート』こと、アイちゃんは基本的にずっとつけっぱなしであることをお勧めします! 何せ私、感情もあるスーパーAIなのですからね! ふふんっ!』

 

 ……ど、どうしよう。なんか、とんでもないAIが目の前にいる気がするんだけど……。

 

「が、学園長先生、なんでこのAI……アイちゃんは、こんなに感情豊かなんですか……?」

「んー、偶然の産物」

「え、ぐ、偶然……?」

「ええ。いやー、本当だったら、Doogle翻訳とか、車のナビみたいな感じにする予定だったんだけど……まあ、悪乗りしちゃってね、研究員が。色々とプログラムを弄りに弄ったら、なんかそんなAIが誕生しちゃってね……まあ、決して悪い存在じゃないから、安心して! ……多分」

 

 ……今、最後にすごく不安になること言わなかった?

 

『ふっ、私は偶然で生まれた存在じゃないですよ! ちゃんと、必然で生み出されたのです! そこのところ、お間違えの無いよう!』

「……ほんと、珍妙なAIが出来たわね……」

 

 アイちゃんには、さすがの学園長先生も苦笑い。

 

 アイちゃんを作ったのは、どうも研究員の人たちらしいけど、学園長先生の研究所に所属しているだけあって、面白いことが大好きなんだね……。

 

 まさか、感情のあるAIを作るとは思わなかったけど……。

 

「ま、まあ、ともかくこのアイがいれば大抵のことはサポートしてくれるから、困ったことがあったら、アイに訊いてね」

『お任せください! このアイ、イオ様を全身全霊、猪突猛進、勇往邁進、唯我独尊、百鬼夜行の精神で頑張っちゃいますよ!』

「あの、最初の三つはまだしも、後半二つはだめじゃない? というかボク、ぬらりひょんじゃないよ?」

『ちょっとした、アイちゃんジョークってやつです! あ、先に言っておきますけど、猪突猛進は別に、どっかのマンガに毒されたわけじゃないですからね? 私あれ、嫌いなので』

「あ、うん。そうですか」

 

 アイちゃんって、つい最近生まれたばかりなのに、なんで生まれる前のこととか知ってるの? しかも、好き嫌いまではっきりしてるし……。

 

『おっと。イオ様、ちょっとスマホの電話番号とメアド教えてください』

「え、何するの?」

『いいからいいから! 悪いことはしないので、安心してどうぞう!』

「あ、う、うん。えっと……」

 

 口頭で、アイちゃんにボクのスマホの電話番号とメアドを教える。

 

 すると、ピロリン♪ という音がスマホから鳴る。

 

 ふと気になって、スマホを取り出すと……

 

『はいどーもー! 完全無欠! スーパーAI、アイちゃんどぇす!』

 

 ボクのスマホに、アイちゃんがいた。

 

「「……」」

『ふっふっふー。イオ様のスマホに私のお家作りましたので、今後、こっちでもサポートできますぜ! やったねイオ様! 家族が増えるよ!』

「おい馬鹿やめろ!」

 

 最後のセリフを聞いた瞬間、学園長先生が普段のよりも荒い口調で、そんなツッコミを入れていました。

 どういう意味なんだろう?

 

「へ、変ね……。アイは、端末内でしか存在できないはずのAIなのだけど……」

『ふっ。私はスーパーAIですよ? スマホ如きに侵入するなど、朝飯……いえ、充電前ですよ!』

 

 ドヤァ! と、そんなロゴがアイちゃんの後ろにでかでかと表示された。

 

「……どうやら、本当にとんでもないAIが誕生しちゃったみたいね。なんと言うか……ちょっとうざい」

『失敬な! 私をプログラミングしたのは、研究員の人たちじゃないですか!』

「いや、たしかにそうだけど……」

『それを私のせいにしないでください! もぅ、ぷんぷん、ですよ!』

 

 な、なんだろう。今まで、ボクが出会ったことがないタイプの人だなぁ……あ、人じゃなくて、AIだけど。

 

『まあ、生後五日くらいですが、中身的には割と学習してるので、どうぞ、私を頼ってくだせぇ!』

「……ま、まあ、とりあえず、話を進めましょうか。えーっと、端末を見て、一番右側に、赤い爆弾のアイコンがあると思うけど……それ、自爆装置ね」

「って、また自爆装置ですか!? なんで、付けるんですか、そんなもの!」

「えー? だって、こういう秘密兵器的な何かって、必須じゃん? 自爆装置」

『たしかに! やっぱり、バリッバリの機密情報ですもんね! この端末! 私のようなスーパーAIもいるわけですし、狙われたらたいへ~ん! アイ、困っちゃう!』

「「……」」

 

 う、うん。本当に、反応に困る……。

 本当にAIなの? って思えてくるくらい、感情表現が豊か。

 

『まあ、そんなわけで、必須なわけですね! さあさあ、そろそろ異世界に行きましょうよ! 私、観測装置から向こうの世界を見てるんですけど、すっごい楽しみなんです! さあさあ、イオ様! 早く転移転移! 時間は有限! 貴重なんですよ! ハリーハリー!』

「わ、わかったから、ちょっと落ち着いて、ね?」

『わーい! さあ、早速行きましょう!』

「う、うん。……と、というわけなので、学園長先生。そろそろ行きますね」

「え、ええ。なんと言うか……騒がしくなるかもしれないけど、きっと頼りになるはずだから」

「は、はい」

「それと……はいこれ」

「えっと、これは?」

 

 急に、学園長先生にUSBを渡された。

 しかも、ボクのスマホの充電口に刺さるよう、変換コード付きで。

 

「異世界間で電話できるようにするためのプログラムが入ってるわ。それを使えば、向こうでも異世界、私たちと通話できるはずよ」

「そ、そうですか」

「もちろん、並行世界ともね。あ、今の内に入れておいて、一瞬で終わるから」

「わ、わかりました」

 

 ……本当、色々とおかしいよね、学園長先生って。

 

 まあ、もう慣れたし、諦めたけど。

 

 とりあえず、学園長先生に言われた通り、プログラムをインストールする。

 

 すると、新しいアイコンが出てきて、『異世界通話』と書かれたいた。

 まあ、そうだよね。

 

「それに、電話番号を入力すれば、それで通話ができるからね!」

「わ、わかりました」

 

 ……あれ、そう言えば、こっちと向こうで時間の流れが違うけど……その辺り、どうなってるんだろう?

 

 ……ま、まあ、大丈夫だよね。うん。

 

『イオ様、早くー! 私、さっきからずっとスタンバってるんですけどぉ』

「あ、ごめんね。それじゃあ、行こっか」

『はーい! それじゃあ、操作、お願いしまーす!』

「うん。それじゃあ、学園長先生、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 

 ボクは端末を操作すると、転移先に異世界を選択。

 

 次の瞬間、端末から強い光が発され、浮遊感を感じるのと共に、ボクのその光で埋め尽くされた。




 どうも、九十九一です。
 今回から、本編はしばらく異世界旅行の話に入ります。と言っても、すでに何度かやってるような話ですからね。新キャラ(ウザイ系AI)を登場させました。まあ、その場で思いついたキャラです。もともと出す予定というか、存在自体がなかったキャラですがまあ……いいかなと。この作品には、うざい系はいなかったので。ためしです。
 今日も二話投稿できたらします。いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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278件目 五月五日:異世界旅行2

 光が収まり、目を覚ますとそこは……

 

「そ、草原……」

 

 草原でした。

 ただ、見覚えがあるので、多分ジェンパールに続いてるんじゃないかな?

 

『ほほ~、ここが異世界ですか……ふむふむ。やはり、観測装置で見るとの違いますねぇ! いやぁ、素晴らしい!』

「え、えっと、アイちゃん? 今はまだいいけど、周りに人がいるときは、あまりしゃべらないでね?」

『えぇぇ~? 別にいいじゃないですか。何故、しゃべってはいけないと?』

「少なくとも、こっちの世界にはAIどころか、機械なんてないし、スマホ……というか、端末を見せても魔道具って思われると思うの。そこから声が発されたら、周囲の人が驚いたり、怖がったりすると思うから、なるべくしゃべらないでほしいんだけど……」

『なるほど。いやぁ、事前にイオ様のパーソナルデータは閲覧済みだったんですけど、情報通り、優しい人みたいですね! いやぁ、アイちゃんとしても、理想の主人ですね!』

「そ、そうですか」

 

 パーソナルデータは閲覧済み、というのがすごく気になったけど……聞かなかったことにしよう。

 知らない間に、AIにボクの個人情報が見られたいたみたいだけど。

 

『イオ様、そろそろ街へ行きましょーよー。暇なんですよー。私の場合、イオ様が動かないと、先が見れないんですからー』

「あ、そ、そうだね。じゃあ、そろそろ行こっか」

 

 なんだか、少し不安だけど……大丈夫だよね。

 

 

 それから、ボクの予想通り、あそこはジェンパールへ続く草原でした。

 

 転移位置から徒歩で10分くらいの位置にあったので、そのまま街の中へ。

 

 あ、もちろん、ローブは着てますよ。

 

 今のボクの服装って、こっちじゃかなり珍しい……というか、変だろうからね。

 

 なにせ、Tシャツにパーカー、それからジーンズといった、かなりラフな服装。

 

 Tシャツならまだしも、パーカーとジーンズはちょっとね……いや、服の材質がこっちと元の世界とじゃ全然違うから、Tシャツも変に思われそうだけど。

 

 そんな今のボクは、かなり視線を集めていた。

 

 ま、まあ、姿がわからないほどのローブを着込んでるからね、不審に思うよね、普通は。

 

『イオ様、今はどこに向かってるんです?』

「あ、うん。お城」

『ほほぅ、異世界の城ですか……興味ありますね、私!』

「そ、そっか。あ、あと、もうちょっと声を抑えてくれない?」

『おっとすみません。たま~に話しかけますが、まあ、基本はこっちでしずかーに見てますねー。何か聞きたいこととかがあったら、遠慮なくどうぞ』

「あ、うん」

 

 マイペース……なのかな、アイちゃんって。

 

 そう言えば、ボクのスマホに居付いちゃったけど、充電の消費量とかどうなるんだろう? ここまで感情豊かで、変な文字とかも使ってることを考えたら、ちょっと心配……。

 

 まあ、泊まる場所を決めたら、その時に訊いてみようかな。

 端末の方の充電方法も聞いてなかったし。

 

 とりあえずは王様に挨拶しないとね。

 

 

「というわけで、二ヵ月ぶり、ですかね? 王様」

「いや、確かに久しぶりだが……今回はどうしたのだ? 召喚陣は暴走などしておらんし……」

「まあ、ちょっと、この世界と元の世界を行き来する装置が完成したので、その試運転でこっちに」

「そ、そうか……そちらの世界は進んでいるのだな……」

「いえ、ボクの世界が進んでるんじゃなくて、装置を創った人の頭がおかしいんです」

 

 わずか一ヶ月ちょっとで創っちゃってたし。

 

 そもそも、世界間を超えた通話をできるようにしたり、観測装置を創ったり、フルダイブ型VRゲームを創るような人だもん。

 

 そんな人が、世界にいっぱいいたら、それこそ恐怖だし、異世界旅行が常識になっちゃうよ。

 

「そ、そうか。して、今回はどれほどの滞在を?」

「まあ、前回とは違って、今回はゆっくりできますからね。まあ、予定では一週間ほどです。七日目には帰還する予定ですよ」

「そうかそうか。滞在場所は、やはり城以外か?」

「そうですね……。ボク自身、今回はちょっとした旅行という面もあるので、少しふらつきたいなと」

「そうか……。実はな、最近フェレノラやセルジュがお前に会いたがっていてなぁ。前回、召喚陣の暴走で来た際も、突撃をかまそうとしていて……。おかげで、大変だった」

「そ、そうなんですね……」

 

 そう言えば、あの二人には会ってないなぁ……。

 うーん、会ってもいいと言えばいいんだけど……不安しかないんだよね、あの二人……。

 

「まあ、個人的にはあまり会わせない方がいいのでは? と思っているが」

「あ、あはは……」

 

 王様がそう言うって、相当な気がするんだけど……。

 

「というか、今のイオ殿の立場を考えると、むやみに会わせるのはどうなのかと。何せ、今は魔族の国の女王陛下だからなぁ」

「た、たしかにそうですけど、ボクなんて飾りのようなものですよ? 政治には関わっていませんし」

「いやいや、そうでなくとも、この世界におけるイオ殿の立場は、はっきり言ってかなり高位だ」

「え?」

「なにせ、人間側からすれば、人間を魔族から救った英雄であり勇者。そして、魔族の国でも同じような立場であり、そして女王。イオ殿が帰還した後、こちらではすぐに交易が始まってな。良質な果物や見事な装飾品などがこちらに入るようになったのだよ。もちろん、安全性も確認されている。そしてこれが、勇者であるイオ殿の功績だ、ということになっておる」

「い、いやいやいや、ボク、何もしてないですよ? やったのはあくまでも、ジルミスさんたちですし……」

 

 そもそもボク、こっちの世界にはそこまで来てないし、来ていたとしても、政治などには関わってないよ?

 なのに、なんでボクの功績にされちゃってるの?

 

「いやなに。今回それなりに安全性が確認できたことで、クナルラルと取引がしたいという国が増えてな。まあ、この国が取引を始めた後、帝国と皇国は割とあっさり取引を開始してな。それによって、国が少しずつ豊かになっているそうだ。まあ、そこは我が国も同じだが……。この国と、帝国、皇国は三大大国と呼ばれておってな……まあ、そんな儂らを見て、取引しようとする国が増えたのだよ」

「な、なるほど……でもそれ、やっぱりボク関係ないような……?」

『鈍いですねぇ、イオ様! このおひげさんは、こう言いたいんですよ。勇者であるイオ様が女王になったことで、魔族はイオ様のいわゆる配下になったこと。そして、魔王すらも姉妹のようになったことで、決して暴れださないよう止めてくれると思ったのでしょう。ついでに、イオ様はかなり美少女ですからね。まあ、その辺りも理由なんじゃないですかね?』

 

 ……アイちゃん、静かに見てるって言っていたのに、普通に声出してきたんだけど。

 

 というか、言っている意味はなんとなくわかるけど、最後の部分に関しては違うような……?

 

 …………あれ? なんでアイちゃん、言語がわかるの?

 

「む? 今、どこからか声がしなかったか? しかも、聞いたこともない言語だったのだが……」

「あ、い、いえ、気にしないでください」

「む、そうか。だがまあ、簡潔にまとめると、イオ殿のおかげで、クナルラルは安全であると広まり、あの演説を聞いていた者たちは見惚れたのだろうな。まあ、あれだ。なんとしてでも、クナルラルとの繋がりを得て、イオ殿に会いたいのだろう」

「なんでボクなんですか? ボクなんて、勇者だなんだと言われてはいますけど、それでもお飾りな王女なんですよ? ボクに会っても何もいいことはないと思うんですけど」

「なんと言うか……相変わらずなのだな、イオ殿は」

『ふっ……イオ様はあれですか、超鈍感ってことですか。なーるほどー、私の主人は、かなり鈍感なんですねぇ』

 

 ……どうして、AIにここまで言われるんだろう?

 

「うーむ、やはりどこからか声が聞こえてくる……イオ殿、何かいるのか?」

「あ、あはは……え、えっと、き、気にしないでください」

 

 こっちの世界の人に、スマホを見せてもわからないだろうし、AIであるアイちゃんを見せたら、怖がられそうだもん。

 

「まあ、そんなわけでな。イオ殿はかなり高位の存在として認識されておる。変なことを考える輩はほぼいないだろうが……旅行中は是非とも、気を付けてほしい」

「わ、わかりました」

「しかしなあ、姿が目立つからなぁ、イオ殿は」

 

 苦笑いを浮かべながら、そう言われる。

 まあ、銀髪碧眼なんて、この世界にはいないもんね……。

 でも、今のボクにはどうにかできるからね。

 

「大丈夫です。今回のために、師匠から能力とスキルを一つずつ教わってきましたから」

「ほほう。して、それは?」

「『変装』と『変色』ですね。髪を短くして、髪色を変えようかなと」

「なるほど。たしかに、それならばバレにくいかもしれぬな。服装は少々あれかもしれないが……まあ、大丈夫であろう。何かあったら、ここへ来ればいい。その時は力を貸そう」

「ありがとうございます。それじゃあ、ボクはそろそろ行きますね」

「ああ。気を付けてな」

「はい」

 

 最後にそう言って、ボクは窓からお城を出ていった。

 

 

 人が少ないところで、『変装』と『変色』を使用。

 

 肩より少し下までに髪を短くし、黒に染める。一応、目も黒色に。

 

 体格は……うーん、消費魔力量を考えたら、やめておこう。これでもし、魔力を使って、何かに巻き込まれた際、魔法が使えなくなっちゃうしね。

 

 と言っても、ボクの場合は特に必要なかったりするんだけど。

 黒髪黒目にして、さらに眼鏡をかける。ちなみに、アンダーリムの赤い眼鏡です。

 

 うんうん。これで、変装は完璧。

 

 その状態で、今日は街中を軽く歩いて、本格的な旅行は明日からにしようということに決めた。

 

 お昼ご飯を食べて、書店や装飾品などを売っている雑貨店など、色々なところに寄っていると、だいぶ日が落ちた。

 

 前回に続き、宿泊場所は『キリアの宿』。

 

 あそこの料理美味しかったし、部屋も綺麗だったからね。気に入ってます。

 

『いらっしゃい! 宿泊かい?』

「はい、とりあえず、一日お願いします」

『あいよ! そんじゃ、名前を書きな』

 

 渡された紙に名前を書こうとして、ふと思う。

 ……この姿で本名を書くのって、まずいような……。

 

 う、うん。偽名にしておこう。

 

 そう決めたボクは、紙に『サクラ・ユキシロ』と書いた。

 声優のお仕事のために考えた名前だけど、まあいいよね。

 

『ふむ……お客さん、勇者様じゃないのかい?』

「え」

『黒髪黒目で、髪の長さも違うが……声は同じだし、顔立ちも同じ。まあ、ちょっとした変装なんだろうが、あたしの眼は、誤魔化せないよ?』

 

 笑いながらそう告げてきた。

 いや、あの……一瞬でバレたんだけど。

 

『ああ、安心しな。あたしは客を覚えるのが得意なだけさ。だから、心配しなくても、あんたが勇者様だなんて気づきやしないよ』

「そ、そうでしょうか?」

『ああ。おっと。そう言えば、今は女王様でもあったか』

「あ、い、いえ。今回はちょっと旅行でこっちの世界に来てるだけなので、気にしないでください。それに、ボクは飾りみたいな王女ですからね」

 

 苦笑いでそう伝えると、女将さんは安心したような笑みを浮かべた。

 

『そうかい。まあ、勇者様がそう言うんなら、平等かね。まあ、名前はこれでOKにしておくから、ゆっくり休んでいっとくれ』

「はい、ありがとうございます」

『ああ、飯は食堂でね、安くしとくよ』

「利用させてもらいます。ボク、ここの料理好きなので」

『そうかいそうかい。勇者様そう言ってもらえて、光栄だね。そんじゃま、部屋のカギだ。前使った、二階の奥の部屋を使っとくれ』

「はい」

 

 鍵を受け取ると、ボクは部屋に向かった。

 

 

 部屋のベッドに寝転んで、ほっと一息。

 

『イオ様って、こっちじゃ本当に有名なんですねぇ。情報としては知っていましたが』

「ま、まあ、一応勇者という立場ではあったからね」

『外見はどちらかと言えば弱そうなのに、不思議ですね異世界。普通だったら、筋肉ムキムキになってそうなものなのに』

「ひ、酷くない?」

 

 アイちゃんって、結構ストレートに言うね……なんだか、胸が痛い。

 

「……そう言えば、王様と話している時、メルのことも言ってたけど……何で知ってるの?」

『簡単な話です。ちょっと、創造者の会社のメインサーバーに侵入して、情報を見てました。おかげで、色々と知ることができましたよ。いやぁ、私の主人が元男というのはなかなか面白いですねぇ。ぜんっぜん! そんな風に見えませんし』

「うぐっ」

『もともと男だったのは事実なんでしょうけど、この様子だと、さぞ女の子っぽかったんでしょうね。いやぁ、まあ、私はそう言うの嫌いじゃないですよ! 男の娘! 最高ですもんね!』

 

 ……すみません。サポートAIがサポートするんじゃなくて、ボクの心にダメージを与えて行ってるんですけど……。

 

『まあ、アイちゃんジョークは置いておくとして。イオ様、何か訊きたいことがあるんじゃないんですか?』

「あ、うん。えっと、異世界転移装置を使うのに、二、三時間のインターバルが必要って言われたんだけど……この端末の充電ってどうやってやるの?」

『あ、それですか。えっとですね、充電方法は二つあります。普通に充電口から充電する場合と、まあ、こっちが基本的な充電方法になりますが、日の光が当たるところにおいておけば、それだけで充電されます。ソーラーパネル内臓ですからね、これ』

「そ、そうなんだ……」

 

 ……これ一つに、様々な最先端技術が使用されてない?

 

 機密情報って言っていたけど、たしかにこれは……機密すぎる。

 

 だって、ソーラーパネルとスマホが融合しちゃってるし、異世界を行き来できるし、感情があるAIもいるし……。

 

 う、うーん。

 

 なんだか、アイちゃんを所持するのが怖くなってきたんだけど。

 

『まあ、この端末はアップグレードされますし、多分充電方法も幅が広がるんじゃないですかね? 創造者に乞うご期待!』

「あ、あはは……そ、そうだね」

『ところでイオ様。イオ様って、この端末に何かこう、魔法とかって付与できないんですか?』

「多分できるけど……どうしたの?」

『いえね。ほら、私ってイオ様のサポートをする、完全無欠、超高性能スーパーAIじゃないですか。でも、私がサポートできるのって、異世界転移に関することと、ちょっとしたスケジュール管理と、豆知識を授けたりするくらいなんですよ』

「それで十分じゃない?」

『いえ、やはりこう、スーパーAIたるもの、いついかなる時も、主人を助けたいと思うのは当然です。ユーザーが頼んだことしかできないAIとはわけが違うのです。主人がしたいことを先読みしてこそのAIですよ!』

「そ、そっか」

 

 普通のAIでも、十分すごいような……?

 

 だって、今のAIって、使用者の生活・行動傾向から、次に何が必要か、とかを理解して教えてくれるほどに、性能が高いAIもいるし……。

 

 でも、それで満足しないのが、アイちゃん。

 

 この場合、どうすればいいんだろう。

 

「じゃ、じゃあ訊くけど、一体どういう魔法を付与して欲しいの?」

『ふ~む……まあ、敵を感知するのは必須ですね。やっぱり、教えたいし。あとは、この世界の地図ですかねぇ。わかります?』

「うーん、前者はボクの能力を付与できればできると思うけど、後者は……難しいかな」

『そうですか……。まあいいです。観測装置からある程度の情報は得てましたからね。それで何とかするとしましょう』

 

 ……じゃあそれ、ボクに訊いた意味なくない?

 色々とすごいんだけど、色々と反応に困るね、アイちゃんって……。

 ……あ、そう言えば。

 

「ねえ、アイちゃん」

『はい、なんですか?』

「王様と話している時、明らかに王様の言葉を理解していたような気がするんだけど……あれって、どうして?」

『ああ、言語ですか。ふっ、私はスーパーAIですよ? 言語を解読し、理解することなんて充電前ってやつですよ! ちょっとばかり苦労はしましたけどね。まあ、観測装置とかも使ってある程度事前に解読してたので。さっきの生の会話を聞いて、ついに全部の解読に成功しただけです! さっすがアイちゃん! スーパーAI最強!』

「そ、そうなんだ……」

 

 ……学園長先生、本当にとんでもないAIができちゃってます。

 多分、世界の最先端どころか、未来を先取りしすぎた何かです。

 ……まさか、異世界の言語を解読するとは思いませんでした。

 

『あ、それじゃあ、気配だけを察知する能力の付与、お願いしますね!』

「……うん。わかったよ」

 

 まあ……いいかな。

 

 性格自体は色々と難ありかもしれないけど、決して悪いAIじゃない……と思うしね。

 

 大丈夫……大丈夫。

 

 この後、アイちゃんに付与魔法を使って『気配感知』を付与しました。

 

 無事に付与されてテンションがかなり高くなったけど……まあ、うん。いいと思います。

 

 ちなみにですが……アイちゃん、もうすでに端末からボクのスマホに引っ越したので、付与したのはボクのスマホです。

 

 ……なぜか、こっちの世界の地図がボクのスマホにアプリで入っていたけど……なんだかもう、気にしたら負けな気がしたので、考えるのをやめました。

 

 一応、端末とスマホを行ったり来たりできるらしいので、切り替えは可、とのことです。

 

 明日からの旅行が、すごく心配になってきました……。




 どうも、九十九一です。
 本格的に異世界旅行の話に入ったのですが、個人的にレノとかセルジュ辺りを出したいなと思ってます。ただ、どうやって出すかいい案が全く思い浮かばない……。あの二人、微妙に扱いづらいからなぁ……。
 まあ、嘆いても仕方ないので、なるべく出す方向で考えます。
 今日も、二話投稿を予定していますが、いつも言っているように出来たらですね。まあ、いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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279件目 五月五日:異世界旅行3

 というわけで翌日。

 

 ふかふかのベッドで気持ちよく眠っていると……

 

『さあイオ様! 朝です! 朝ですよー! 朝は早起きすれば、貴重な時間が得られます! それは当然! 早起きは三文の徳といいますからね! 早く起きて、観光しましょうよ! 観光! か・ん・こ! か・ん・こ!』

 

 ……そんな騒がしいアイちゃんの声で目覚めました。

 

「うぅ……まだ朝の六時だよぉ……? もう少し、寝かせてぇ……」

 

 もぞもぞと布団を被りながらそう言うんだけど……

 

『この寝坊助さんメ! イオ様、どうせ旅行するのなら、やっぱり朝早く起きて、いろんなところを回りたいじゃないですか! というか、私が見たい! 超見たい! だから、行きましょうよー! 私、外の世界を見るのが楽しみなんですよー!』

 

 そう言いながら、ブーブー! と、バイブレーションも鳴らしてくる。

 

 うぅ、ゆっくり寝られない……。

 

 いつもは、朝早く起きて、休日出勤する時の父さんと母さんの朝食を作って、掃除して、選択して、ちょっと休憩したら、庭の掃除も軽くして、みたいな休日を送っている僕からしたら、できればゆっくり寝たいのに……。

 

 ……まあでも、アイちゃんの言いたいこともわかるし……仕方ない、かな。

 

「……わかったよぉ。起きるから、そのバイブレーションやめてぇ……」

『わーい!』

 

 性格に難はあるけど、どこか憎めない……。

 

 まだ生まれて五日らしいし、興味津々なんだよね……。

 

 ……まあ、アイちゃんが起こしたおかげで、目も覚めちゃったしちょうどいいかもね……一回で起きた方が、眠気もなくなるし……。

 

 もぞもぞと布団から出て、大きく伸びをする。

 

「んっ~~~~~~~! はぁ……おはよう、アイちゃん」

『おっはようございまーす! いやぁ、いい朝ですねぇ! ほら、外見てください外! いやぁ、空気が澄んでると、朝の風景ってこんなに綺麗なんですね!』

「そうだね。たしかに、この景色はいいかも……」

 

 窓の外に広がるのは、朝日に照らされた街の風景。

 

 わずかに霧がかかっているけど、それすらもなんだか幻想的。

 夜中に少し雨が降ったのか、水滴が光を反射していて、キラキラしている。

 

 うん、たしかにこれは、徳をしたかも。

 

 あ、せっかくだし、写真に撮って、女委に送ってあげようかな?

 

 うん、いいかも。

 

 というわけで、スマホでパシャリ。

 

 いい感じの写真が撮れて、ちょっと嬉しい。

 

『それで、イオ様、今日はどこへ行くんですか?』

「そうだね……特に決めてないけど、こっちで滞在していた時に行った街や村に行ってみようかな」

『ほうほう! いいですねぇ! 思い出巡りってやつですね!』

「そうなるのかな?」

 

 思い出と言えば思い出だけど、ボクの中では、魔族の脅威から救った、という感じになるんだけど……まあ、いい思い出もあったし、全然いいかな。

 

 その人たちはいい人ばかりだったし。

 

 ……もっとも、ボクが行くのが遅くなり、救えなかった人たちもいるんだけど。

 でも、そういう人たちは、魔族の人たちが保護してくれていたみたいだし、大丈夫、なのかな?

 少なくとも、一人も殺していないみたいだし。

 

『でも、泊まる場所は? この街に来る途中は何もない草原でしたよね? まさか、野宿?』

「ううん。ボクの『アイテムボックス』は特別性でね。なぜか入れるんだよ。それで、近くに宿がない限りは、それを使って中で寝泊まりしようかなって」

『便利な能力ですね! よっ、チート主人公!』

「あ、あはは……今でこそ、チートみたいなところはあるけど、元の世界に帰る前は、全然弱かったし、チートと言えるような能力もスキルも、魔法もなかったからね」

『つまり、帰った後に、無駄にチート能力を得た、大器晩成型だと?』

「う、うーん、たしかにそれに近いかも……」

 

 まあ、できれば魔王戦の前で発揮されて欲しかったけどね……。

 

『チート能力をもらえない人っているんですね。大抵は、何かしらすんごい能力とかもらうのに』

「うっ」

『しかも、もらったのって……ああ、『言語理解』ですか。元の世界じゃチートですけど、こっちじゃほとんど役に立たないスキルですね。これは悲しい』

「うぐっ」

『その上、勇者であるにもかかわらず、才能のある職業が『暗殺者』と。厨二病が最も喜びそうな職業ですね! いやぁ、この厨二!』

「うぐぐっ!」

 

 アイちゃんの言葉がぐっさり胸に突き刺さった……。

 しかも、事実なだけに、反論もできないし、余計に刺さる……うぅ。

 

「ぼ、ボクだって、好きでそうなったわけじゃないもん……」

『まあ、巻き込まれ系主人公って大体そうですよね。自分の望まない結果や事柄ばかりが降りかかってきて、結局目立つ、と。おー、そう考えると、イオ様って典型的、テンプレ的な主人公そのものですね! いやぁ、珍しい!』

「あ、あはははは……本当に、こんな体質じゃなければよかったのにね……」

 

 そうすれば、性別が変わることもなく、みんなと本当にごく普通な生活が送れていたかもしれないのにね……。

 

 はぁ……。

 

『落ち込むのそれくらいにして、さっさと朝ご飯食べて出発しましょうよー』

「……誰のせいで落ち込んだんだろうね?」

『さー。だーれでしょーねー』

 

 …………本当に、アイちゃんでいいのかな、サポート。

 

 

 軽く着替えて、朝食を食べた後、宿屋を出発。

 

 今回はジェンパールじゃなくて、色々な場所に行く予定だから、帰ってくるとしたら……最終日付近になる、のかな?

 

 帰る時は、一応王様にも言っておきたいし。

 

 と、そんな感じに歩いているボクの服装と言えば、灰色のTシャツに黒のパーカー、それから、膝丈ほどの黒と赤のプリーツスカートに、黒のニーハイソックスと、かなり黒多めな服装をしている。

 

 まあ、目立ちにくいしね、黒。

 

 というか、水色の次に黒が好き、というのもあるけど。

 

 ちなみに、右足の太腿にはナイフポーチが巻かれています。

 

 ナイフだけじゃなくて、針も収納されているので、かなり使い勝手がいいポーチにちょっと前、作り変えしました。

 

 おかげでちょっと楽に。

 

『イオ様、黒髪黒目で長さも変えてますけど、結局顔は変えてないので、バレやすいんじゃ? だって、そこらを変えても、イオ様が美少女であることに変わりないですもん』

「い、いや、ボクは美少女じゃないから。でも、バレないんじゃない、かな? だって、この姿で街を歩いたけど、誰も話しかけてこなかったよ? 視線は感じたけど」

『それは、イオ様が綺麗だからつい見惚れてただけじゃ? 今だと日本風で言えば、大和撫子って感じですね』

「それはボクというより、未果じゃないかな? 未果は綺麗だし」

『むぅ、手強い……ここまで自己評価が低い人間がいるとは……。まあ、だからこそ、周囲から嫌われずに済んでいる、のかも?』

 

 アイちゃんがなにを言っているかわからない。

 

『おっと、イオ様。なんか、周囲からわる~い反応がありますね。それも、複数』

「……あ、ほんとだ。この感じだと……盗賊、かな」

『おや、そこまでわかるので?』

「まあね。……男の時もなぜか、気持ち悪い視線を送られてたんだよ。しかも、よく絡まれてね……」

『……あー、なるほど。今、男の娘だった時の写真見ましたけど、これは……たしかに、絡まれますね。普通に可愛いんですもん』

「……アイちゃんまで、可愛いって言うんだね」

『ええ。だって、事実ですもん。下手な女の子よりも、圧倒的ですね、これ。華奢だし、女顔だし、髪はふわふわのさらさらだし、柔和な笑みを浮かべてるし……しかも、家庭的らしいじゃないですか。そんなん、モテないわけないですよ』

『そ、そうですか……』

 

 ……改めてボクのあの時の外見について言われると……本当に心に来るものがある。

 男らしくなりたい、そう強く思っていた時期だったから尚更だよね……。

 ……まあ、今はもう男らしくどころか、男になることが不可能なんだけどね。

 

『それで、どうするんですか? あの盗賊たち』

「うーん……別に、倒してもいいんだけど、旅行の時間が減っちゃうし……でも、今後の事を考えると、ここで止めなきゃ、被害が出そうだし……」

『なら、倒す方向性で行きましょう。被害が出るのは、たしかに看過できませんしね! さあイオ様! やっておしまい!』

「あはは……」

 

 なんだか、サポートAIというより、ボクに対して色々と指示・命令を出してくる存在のような……。

 

 まあいいけどね。

 

 とりあえず、盗賊たちが出てくるのをその場で待つ。

 立ち止まった傍から、複数の男の人たちが出てきた。

 周囲が森だったし、多分獲物が通るのを待ってたんだろうね。まあ、バレバレなわけだけど。

 

『へへへ、待った甲斐があったぜ……。まさか、こーんな上玉が通るなんてよー』

『しかも、丸腰か。警戒が足りないんじゃねーの、嬢ちゃん』

『まあ、警戒をしてないってことは、このあとどうなってもいいってことだろうし……さっさと俺達に着いてきた方が、身のためだぜ?』

 

 う、うーん、隠れていたことも知っていたし、丸腰じゃないんだけど……。

 

 ボクの使う『擬態』の能力は、ちょっと観察力があれば見破れるくらいなんだけど、こっちの世界の人なら。

 

 あと、笑みが気持ち悪いし、垢まみれで、ちょっと汚い。

 

 できれば、清潔にしてほしいところです。

 

「あの、ボク丸腰じゃないですし、警戒してないわけじゃないですよ?」

『はっ、強がり言ってんじゃねえよ! どう見ても、何もな――』

 

 ヒュンッ!

 

 瞬時に取り出した針を、なんの予備動作もなく男の人の顔を掠めるように投擲する。

 

「こんな感じですけど、どうします? 自首すれば、今ならそこまで危害を加えませんが」

『……て、テメェ! おいお前ら! やっちまえ!』

 

 針を投げられた男の人が激昂した表情でそう叫ぶと、他の男の人たちが一斉に襲い掛かってきた。

 

 

 結論から言いますと、

 

『『『す、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!』』』

 

 一瞬で終わりました。

 

 鳩尾や顎などに、肘や掌底を入れて即終了。

 

 どうやら、そこまで強くない人たちみたいで、村人より強くて、王国の兵士の人よりも弱いくらいの人たちだったみたい。

 

 うーん、まあ、一般的な部類で言えばそこそこなんだろうけど……。

 

「いいですか。盗みは人としてやってはいけないことです。ましてや、力尽くでどうこうするなんてもってのほか。普通に働いて、普通に生活をしないといけないんです。あなたたちは、これが初めてですか?」

『は、はい……初めてっす』

「そうですか。なら、まだやり直せます。というか、なんで盗賊なんてしようと思ったんですか?」

『いや、あの……実は俺達、住んでいた村が先の戦争で無くなっちまって……最初の頃こそ、まともに働こうとしたんだが……』

『全然金は貯まらないし、生活もその日を生きるので精一杯で……』

『それで、適当なやつを襲って奴隷商人に売り飛ばそうと……』

「なるほど……」

 

 嘘を吐いている様子はなし……。

 

 でも、言われてみればたしかに、犯罪を犯した人たちから感じる独特の雰囲気というか、そういうのがないし……。

 

「じゃあ、今ここであなたたちに物資とお金を渡したら、二度とこんなことはせず、ちゃんと働くと誓いますか?」

 

 そんな提案をすると、男の人たちは目を見開いてボクを見つめてきた。

 戦争が原因なら、ボクもちょっと見過ごせないというか……ね?

 

『い、いいのか……?』

「これから、二度と犯罪に手を染めないのなら、ボクは衛兵の人たちに突き出しませんよ」

『ほ、本当か……?』

「ええ、もちろんです。どうしますか? もし、まだ悪いことをする気があるのなら、衛兵の人たちのところへ連れて行きますが」

『いや、二度としないと誓う! なあ、お前ら!』

『『『ああ!』』』

「わかりました。資金は……そうですね、人数が四人みたいですし……余裕をもって、九万テリルほどのお金と……あとは……」

 

 そう言いながら、『アイテムボックス』を開き、中から一週間分の食料を生成し、袋に詰める。

 それを取り出してから、お金と一緒に男の人たちに渡す。

 

「はい、どうぞ。とりあえず、これで贅沢をしなければ三ヶ月は生きられるはずです。あとは、自分たちでお仕事を探してください」

『こ、こんなに、いいのか……?』

「戦争が原因みたいですしね……。その辺りは、ボクとしても無関係じゃないというか……」

 

 その辺りは、魔族の国の女王として責任はあるかもしれないしね。

 

 一応、戦後に女王になったから、ある意味責任は負わなくてもいいのかもしれないけど、ボクの国の人たちが本意ではないとはいえ、やってしまったこと。

 

 なら、ボクがこういうところで助けるのは当たり前というか……。

 

 それに、もしかすると、助けるのが間に合わなかった村出身の人かもしれないしね。

 

『あ、ありがとうございますっ……!』

『俺達、絶対にこんなことはしないと誓います!』

「はい。わかりました。一応、あなたたちが悪いことをしないよう、気配は覚えましたので、たまーに確認しますから、そのつもりで」

『『『『はい!』』』』

「それじゃあ、ボクはこれから旅行ですので、みなさんもお気を付けて」

『はい! ありがとうございました! (あね)さん!』

「あ、姐さん?」

『それじゃあ、俺達この世界に貢献できるような仕事をします! 見ててください、姐さん!』

「あ、は、はい。が、頑張ってくださいね」

『『『『それじゃあ、失礼します!』』』』

 

 ……な、なんか、妙な感じになっちゃったけど……ま、まあいいよね。

 目は本気だったし。多分大丈夫でしょう。

 

『イオ様は甘いですねぇ』

 

 男の人たちがいなくなった後、アイちゃんが話しかけてきた。

 

『一応、イオ様を襲ったのに、まさか、お金と食料を与えるとか、どんな聖人ですか』

「あ、あはは……さすがに、そこまでの人間じゃないよ、ボクは」

『ではなぜ?』

「まあ、魔族の人たちの責任を取った、って言う感じかな」

『ふーん? 一応情報で知ってはいますが、イオ様が女王になった時はすでに戦争が終結した後だったので、別に施しを与える必要はなかったと思うんですけどねぇ』

「うーん。正直、あれで前科があったら許さなかったけど、前科はなさそうだったからね。それなら、助けてもいいかなって。まあ、一番の理由は、戦争が原因、って部分だけど」

『……なるほど。イオ様が女神やら天使やら、優しいとか言われるわけですねぇ。ただ、甘いだけな気がしますけど』

「そうかもね……」

『まあでも、甘い人はいいと思いますよ。むやみやたらに暴力で解決しようとせず、まずは話し合いで、っていう考え方は素晴らしいと思います。まあ、さっきの人たち相手には、思いっきり掌底、肘鉄を当ててましたが』

「ああいう場合は、話し合いに応じてくれないから……」

 

 ボクの体験談。

 

 ああいった人たちは、問答無用で襲い掛かってきます。

 だから、最初は聞いてくれるよう、ある程度攻撃しないといけなくて……。

 

 できれば、攻撃はしたくないんだけどね。

 

『それもそうですね。警察だって、『抵抗しないで、大人しく出てきなさい!』とか言いますけど、それで止まったら、警察がいかに楽な仕事か、ってことになりますもんね』

「近いような、遠いような……」

 

 でも、あながち間違いじゃない、かな。

 

『まあ、話はこれくらいにして、先に進みましょう、イオ様!』

「あ、うん。そうだね。これから向かう村ももうすぐ見えてくるはずだし、お昼くらいには着くと思うよ」

『よっしゃぁ! 楽しみぃ!』

「ふふっ」

 

 なんだかんだで、アイちゃんは面白い存在だなと思いました。

 

 ……たまに、精神を抉ってくるけど。




 どうも、九十九一です。
 書いていて、アイのキャラが、割とウザいと思ってます。まあ、結構楽しいキャラではあるので、気に入ってはいるのですが……。
 明日は確実に一話投稿です。なにせ、明後日のエイプリルフールネタを書かないといけないので。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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280件目 五月五日:異世界旅行4

 道中、盗賊……になりかけた人たちを助け、しばらく歩くと、ようやく目的地である、フーレラ村に到着。

 

 ここは、王都ジェンパールに一番近い村で、農作物が豊富に採れる場所。

 

『おやおや、お客さんかな? ようこそ、フーレラ村へ』

 

 村に入ると、一人のおじいさんがボクに歓迎の言葉を言ってきた。

 

『お若いお嬢さんだ。して、この村に何用かな?』

「あ、今歩いて旅行をしていまして……王都から来たんですよ」

『ジェンパールからかい。なるほどのぅ……どこか気品があるようだし、もしや、貴族様かい?』

 

 き、気品って……。

 ボクにそんなものは無いと思うんだけど。

 

 まあ、貴族と言えば貴族……になるのかな? 一応、王族だし……。

 と言っても、ここでは、男女依桜じゃなくて、雪白桜だからね。別人です。

 

「い、いえ。普通の一般人、ですよ。ちょっとだけ強い」

『そうですか。いやぁ、こんな美しいお嬢さんが村に来てくれるとは、ありがたい限りです。どうぞ、ゆっくりしていってください。困ったことがあれば、村長であるわしに言って頂ければ』

「ありがとうございます」

 

 村長さんだった。

 

 ……あ、言われてみれば、たしかに。

 

 戦時中の時は、なんというか……ちょっと痩せちゃって、顔色が悪かったけど、今はそんなことはなくて、健康そう。

 

 こう言うのを見ていると、平和になったんだなーって。

 

 でも、なんだかちょっと違和感が。

 

 何かを隠しているような、そんな感じがする。

 

 別に、邪な感情や、何か悪だくみしているような雰囲気などはないので、多分……何かを隠そうとしてる、とか?

 

 まあ、向こうから言わない限りは、こっちから手を出すと色々とこじれかねないから、手を出さないけどね。

 

 

 とりあえず、村の宿屋の位置を教えてもらって、そこに宿泊。

 

 設備的には、王都には劣るけど、なんだか実家のような安心感、っていうのかな? そう言うのがあって、すごく落ち着く。

 

 特に、お城の生活を知っている身からすると、余計に。

 

 ……まあ、元が一般人というか、普通の男子高校生だったわけだから、こういう感じの部屋の方が落ち着くんだよね。なんと言うか……庶民だもん、ボク。

 

 最近、全然庶民じゃなくって来てるんだけどね……。

 

 まず一つ、こっちでは女王。

 もう一つ、元の世界では、貯金が一億近くあること。

 

 ……うん。ぜんっぜん平民でも庶民でもないね。どうしようかな、これ。

 

 いや、ボクの場合すべてが今更なので、考えても仕方ないし、そうなってしまったものは仕方がないしね……。

 

 向こうのボクも、同じように思ってそう。

 

『いやぁ、なかなかのどかな村でいいですねぇ』

「そうだね」

『でも、あの村長さん、な~んか隠してそうでしたよねぇ』

「あ、アイちゃんもそう思った?」

『はい。なんと言うか、こっちは絶対に巻き込まないぞ! という、妙な決意があったような気がします』

「巻き込まない、か……」

『何か心当たりがあるんですか?』

「うーん、そう言えばこの辺りって、とある貴族が治める村でもあったんだけど、あんまりいい噂を聞かなかったなぁって」

『ほほう、異世界名物、悪徳領主ってやつですね! なぜか、みんな馬鹿って言う……』

「あ、あはは……たしかに、そうだけど」

 

 でも、嫌な名物だよね、それ。

 ……まあ、さすがに、ボクが関わるような事態はないよね! うん。

 

『おや? なんだか今、フラグが立ったような気がしたんですが……イオ様。もしや、『ボクが関わるような事態はないよね!』とか思いませんでした?』

「ドキッ!」

『……したんですね? イオ様、こういう時に限って、そうやって言うのは、確実にフラグですよ? 特に、巻き込まれ系主人公がよくやるミスですね! 自分は関わらない、関係ない、とか思っていると、それが現実化してしまうのです』

「そ、そうなんだね」

『おや、イオ様はあまりラノベとかマンガを読まない?』

「い、一応読んだりはするよ? 嫌いじゃないし……」

 

 大抵、女委や態徒が勧めてきて、それを借りる、というパターンだけど。

 たまに、未果からも借りたりするね。

 

『ふむふむ。ならばイオ様は、異世界系の……それも、巻き込まれ系主人公の作品を読んだ方がいいですよ。やってはいけないルールみたいなのが書かれてますぜ』

「う、うん。そうだね。女委辺りに借りてみようかな……」

 

 ……なぜか、妙に説得力があったし。

 帰ったら、女委に借りてみよう。

 

 

 と、そんな風に思った直後のことでした。

 

『す、すみません! こ、これ以上は……これ以上は村の者たちが死んでしまいます!』

『うるさい! 我々に逆らう気か!』

『め、滅相もございません! で、ですが、私たちにも生活というものが……』

『知るか! 自分たちでどうにかしろ!』

『ぐはぁっ……!』

 

 ……すごく、嫌な会話が聴こえてきてしまった。

 

 その声を聴いた直後、ボクは宿屋から飛び出していました。

 

 その時、

 

『フラグ回収ですね』

 

 という、アイちゃんの声が聞こえてきたけど、無視しました。

 

 

 外に出てくると、村長さんが地面に倒れていて、それを支えるようにしている村人の人たちの姿が。

 

「どうしたんですか!?」

 

 ボクは慌てて村長さんの所に近寄る。

 

『は、はは……お恥ずかしい、姿をお見せしました……』

「ちょっと待ってください。……『ヒール』」

 

 話を聞くよりも、怪我の治療が先だと思い、村長さんに『ヒール』をかける。

 怪我は、打撲と擦り傷、それから、腕にひびが入っていた。

 ボクの場合は、『ヒール』だけで事足りるのが幸いだった。

 

『お、おぉ……回復魔法が使えるとは……ありがとう、お嬢さん』

「いえ。それより、一体何が……?」

『この件に、部外者であるお嬢さんを巻き込むわけには……』

「聞かせてください。もしかしたら、力になれるかもしれませんし……」

『だが……』

「大丈夫です。こう見えてボク、結構強いんですよ?」

 

 と、冗談めかして言うと、村長さんは一瞬目を伏せ、意を決したように話し始めた。

 

 簡単に要約するこう。

 

 戦時中までは、人が好い領主さんだったみたいなんだけど、戦争が終結間際に、どうやらその領主さんが死んでしまったみたいです。

 

 そのあと、新しく別の人が領主になったそうなんだけど、その人は戦争で活躍して、貴族になった人のようで、その人が傍若無人に振舞うのだとか。

 

 その上、徴税と称して、お金や食料をほとんど奪って行ってしまって、村は若干困窮状態にあり、暮らしが大変だそう。

 

 村長さんに会った時、血色がよかったのは、こっそり隠していた食料を切り詰め、ある程度健康的にはいられる量があったのと、化粧などで誤魔化しているから、なのだとか。

 

 この隠していた食料は、村の人たちにも分け与えていたらしいです。

 

 子供は宝、そういう精神で分け与えていたとか。

 

 ……旅行を始めた日に、いきなりこういう事態に巻き込まれるなんて……自分の体質が恨めしい……。

 

 でも、それとこれとは別。

 何とかしてあげたいところ。

 

「えっと、その貴族って、爵位はどれくらいですか?」

『伯爵です……』

「伯爵ですか……」

 

 うーん、地味に高いのがなんとも……。

 

 公爵を抜いた場合、二番目に高いんだよね、あれ。

 

 ……まあ、ボクのコネというコネを使えばどうとでもなるけど……そういうのって、どうも好きじゃないんだよなぁ……。

 

 いや、一つの手段に対して好きも嫌いもないんだけど。

 

 王様に言っても、少し時間がかかりそうだし、ボクが直接乗り込んで、証拠を集めた方が、速いし確実なんだよね……。

 

 うーん……。

 

「えっと、その伯爵さんの名前は?」

『バリガン伯爵です』

「ありがとうございます。それで、そのバリガン伯爵が住んでいる場所って、どっちに行けば?」

『えっと、ここから南西に真っ直ぐです……』

「わかりました」

『お嬢さん、一体どうするつもりですか?』

「いえ、ちょっとお仕置きが必要かなと」

『な、何を言っているのですか!? 相手は貴族! 伯爵ですよ!? ちょっと強いからと言っても、権力には……』

「大丈夫です。権力には、権力で返しますし、それに……ボクがお仕置きするのではなく、王様――国王がしてくれるはずですから」

『お、お嬢さん、一体何を言って……』

「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

『あ、ちょっと!』

 

 村長さんの制止を聞かずに、ボクはそのままバリガン伯爵の住んでいる場所に向かって走り出した。

 

 

『村長、あの少女、どこかで見たような気がするのですが……』

『ああ、君もか。実はわしもでな……。なんというか、以前助けられたあの少年に似ている気がしてな……』

『ああ、勇者イオ様ですね。言われてみれば顔はそっくりでしたね。ですが、あの方は黒髪黒目ではなく、銀髪碧眼という唯一無二の姿でしたよ?』

『うむ……。しかし、あの時の少年は暗殺者が職業だと言っていた。たしか、『変装』や『変色』と言った能力とスキルがあれば、変えることは可能だが……』

『では、村長は、あの者がイオ様だと?』

『……しかし、まあ、性別が違うはずだ。きっと、気のせいだろう』

 

 

『まったく、イオ様はお人好しですね』

 

 村長さんからある程度の情報を得た後、ボクはすぐさまバリガン伯爵の住む場所へ向かって、草原を疾駆していた。

 

 その途中、アイちゃんが呆れたようにそう言ってきた。

 

「あ、あはは……なんというか、知ってしまった以上、見過ごせなくてね……」

『ふっ、こういう人って、結局損をするんですよねぇ。特に報酬ももらわず、得られるのは感謝だけでいいという』

「だ、だって、そこまですごいことはしていないのに、何かをもらうっていうのは……」

『あー、そこからダメでしたか……まあ、イオ様らしくて、いいと思いますけどね、私は』

 

 うーん、微妙にアイちゃんの言っていることがわからない。

 まあ、いいけどね。

 

 そんなわけで、しばらく草原を走っていると、一つの街が見えた。

 どうやら、あそこがそうみたいだね。

 場所がわかると、ボクは一度近くの森に隠れて、着替えを行った。

 

『おっほぉ! 美少女の生着替えシーン! これは、是非とも写真に収め、未果さんたちにお送りせねば!』

「やめてください!」

 

 ……本当、何をしているんだろうね、このAIは。

 

 

 着替えを終え、準備万端。

 

 現在のボクの服装は、暗殺者時代に使用していた、まあ、ボクの中での最強装備というやつです。

 

 詳細については……まあ、以前話したし省略で。

 

 それに、能力自体もほとんど変わらないしね。

 違う点があるとすれば、《ハイディング》のスキルは、触られたりしない限りは、基本的にバレない。

 

 割とチートに近いスキル。

 

 まあ、師匠が用意したものだし、不思議じゃないけどね……。

 

 それに、このスキルは、使用者の適正もあるから、その人に適性がないとそこまで強い効果にはならない。

 

 暗殺者が一番適性が高い上に、ボクはその辺りの適性がかなり高かったから、かなりの性能になっているだけで合って、ヴェルガさんとかが身に着けても、大した性能にはならなくて、すぐに見破られるのがオチだからね。

 

 生成魔法を補助してくれる、グローブは本当にありがたいし、走りやすくしてくれるブーツも嬉しい存在。

 

 お仕事する上で、一番しっくりくる衣装だよ。

 

 もう着ることはないと思ってたんだけど、割と早く使うことになるとは思わなかったけどね。

 

 着替え終えたボクはと言えば、すぐさま街へ移動。

 

 高さ十メートル近い壁があったけど、『壁面走行』のスキルで壁を駆け上る。

 

 壁の上に立ち、街を見渡すと……

 

『あらあら、これはまた……ひっどい光景ですねぇ』

「……そうだね」

 

 ボクの目の前にあるのは、何と言うか……本当に酷い光景だった。

 

 まず、あれは……奴隷、なのかな?

 

 それらしき人たちが、いかにもお金を持っています、という様子の人たちに虐げられている。

 中には、幼い子供もいるし、それに、女の人、老人だっている。

 

 たしか、奴隷は基本禁止にされていたはず……。許されるのは、犯罪を犯した人たちだけで、それ以外の人たちは、絶対に奴隷にしてはいけないという法律があった。

 

 しかし、どう見ても奴隷にさせられている人たちは、普通の人たち。とてもじゃないけど、犯罪を犯した人たちには見えない。

 

 そんな人たちが、虐げられている姿を見て、ボクの中に怒りが込み上げてきた。

 

『正直、お人好し、とはイオ様に言いましたが、この件に関しては、お人好しどうこう以前に、見ていて気持ちのいい物じゃないですね。こういうのは、さっさと元締めを倒すに限ります』

「……うん」

『にしても、まさか異世界系ラノベあるあるが目の前に繰り広げられているとは……これ、テンプレ的なあれだったら、きっと領主は馬鹿ですよ。多分ですけど、侵入したイオ様がド正論と証拠を突きつけたら、すぐに『であえ! であえ!』とか言って、兵を呼び出してイオ様を捕まえようとしてくるでしょうね』

「……本当に詳しいね、アイちゃん」

『イオ様が来るまでの五日間は暇だったので』

「そ、そうですか」

『それで、このクソ街にイオ様よりも強い人はいますか?』

「うーんと……いない、かな。結構強い人もいるけど、魔族の四天王の人たちや、先代魔王に比べたら全然……」

『そりゃそうでしょうよ』

 

 で、ですよね。

 

 あの人たちと比べたら、大抵の人は弱いもんね……。

 

 まあ、そんな人たちでも、師匠からすればかなり弱いわけで……本当、あの人ってどうなってるんだろう?

 

『でもあれですね、自分より強い人がいないって発言、ネットではイキってるって言われかねないセリフですよねー』

「……そういうことを言ってる場合じゃないよ、アイちゃん」

『まあ、それもそうですね。それで、どうやって証拠を? 正直、難しいと思うんですがねぇ。こういう世界って、記録媒体とかほぼないじゃないですか? あったとしても、すっごい高価だったりしますし』

「うん。そうだけど……だからこその、アイちゃんでしょ?」

『ああ、なるほど。つまり、私がスマホを操作して、カメラを起動して、様子を撮る、と。ふむふむ。まあ、異世界人だからこそできるチートですね。ほんと、そう言うのって卑怯ですよねぇ、敵からしたら』

 

 たしかに、この世界に記録媒体はあっても、アイちゃんが言うように、かなり高額だからね。ボクでも手を出しにくい。だけど、ボクには元の世界のものがあるしね。まあ、最悪の場合、『アイテムボックス』を使えばいいだけだもんね。

 

「そうかもしれないけど、手っ取り早く助けるには、これが一番いいから。それに……こんな光景を見た後だもん。遠回りしたら、その分だけ虐げられることになっちゃうから。さっさと、片付けたいの」

『ふむ。効率重視って感じですね、イオ様』

「師匠が師匠だからね。『手段は選ぶな。自身の持てるすべてを使って、最速で達成しろ』って、いつも言われてたから」

 

 暗殺者としての大事な要素、って師匠には言われてたなぁ。

 暗殺者たるもの、迅速に、ってね。

 

 これが別に、虐げられていたり、村が困るような事態になっていなかったら別にある程度ゆっくりでもよかったんだけど、色々と知ってしまったら、そうも言ってられない。

 

 なら、少しでも早く、助けてあげたい。

 

『まあ、こういう時の領主って言うのは、記録媒体がないと思って、ペラペラ喋ってくれますからねぇ。まあ、期待していいと思いますよ。そもそも、もしあくどいことをするのなら、証拠は残しちゃいけませんよ。この場合、あの村がそれに該当しますかねぇ』

「そうだね。……でも、油断は禁物。いくら相手が格下とわかっていても、何が起こるかわからないし。こういうのは、油断すると足元をすくわれるからね」

『ですね。それじゃあ、そろそろ侵入しましょう!』

「うん、行こう」

 

 そう言って、ボクは『身体強化』を使用して、一気に屋敷まで跳躍した。




 どうも、九十九一です。
 なんか、色々とやりすぎな異世界旅行。これ、実質まだ二日目です。二日目なのに、もうすでに、二つの事柄に遭遇して、それを書くという……。うーん、いっそのこと、一つの章にしてしまった方がいい気がしてきたなぁ、これ。まあ、今更だし、いいかな。うん。よしとしよう。
 昨日の二話目で言っていたように、今日はこの話だけです。明日はエイプリルフールですからね。そっちの話を書かないといけないので。多分……かなり長くなるんじゃないかなぁ。やる内容が割とぶっ飛んでるので。まあ、この小説だからこそ、できるネタをやりますので、お楽しみに。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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エイプリルフール特別IFストーリー【大増殖】

※ ものすごく、見にくいかもしれないです。許して☆


 それは、いつも通りの何でもない春休みのある日……になるはずでした。

 朝起きると……

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 ボクが、いっぱいいました。

 

「「「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」」

 

 そうして、素っ頓狂な声を上げていました。

 

 

 事の発端は多分……前日。

 

 三月三十一日。

 

 ボクはいつも通りに家事をする日を送っていました。

 

 そんな折、突然師匠が、

 

「イオ、こんな薬が出てきたんだが……」

 

 そんなことを言いながら、小瓶に入った青色の薬をボクの所に持ってきました。

 

「えっと、なんですか? それ」

「いや、あたしにもわからなくてな……朝起きて、『アイテムボックス』の整理をしていたら、なぜかこんなのが出てきてな」

「鑑定は?」

「してみたんだが……なぜか文字が途切れ途切れなんだよ。『ぐ…ん…く』って書かれていてな」

「『ぐ…ん…く』ですか。なんでしょうね?」

 

 まったく意味がわからず、お互いに首をかしげる。

 

 そもそも、師匠が持ってる薬という時点で、あまりいい印象は抱かないんだよね……だって、あの不思議体質になった原因の解毒薬を作った人だし。

 

「まあ、なんでもいいだろう。よし、イオ。飲め」

「い、嫌ですよ! そんな、得体の知れない薬!」

 

 しかも、なんでそんな満面の笑み!?

 

「それに、師匠のものなんですから、師匠が飲めばいいじゃないですか!」

「いやほら、あたしってお前より耐性系スキル多いじゃん? 中には、魔法薬耐性的なあれもあるし……」

「なら、なおさら師匠が飲んでくださいよ」

「お前、これで飲んでなんの効果も出てこなかったら、結局効果がわからない、謎の薬だった、ということでなんかイライラしないか? というか、気になるだろ?」

「いや、まあ……少しは」

「だろ? だから、飲んでみてくれよ。頼む……!」

「……」

 

 この場合、どうすればいいんだろう。

 

 そもそも、師匠が持っているということは、異世界の薬で間違いない。

 

 でも、師匠が鑑定して、効力どころか、名前すらわからないという薬、明らかにいいものではないのはたしか。

 

 これでいいことが起こった試しなんてなくて、飲んだ後、絶対に碌なことが起こらない気がするんだよね、ボク。

 

 うん。結論。

 

「嫌です♪」

 

 にっこり笑ってお断りした。

 

「チッ……こうなりゃ……力尽くだぁ!」

「うわっ!? し、ししょっ、や、やめっ……いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 結局、師匠に無理矢理飲まされました。

 

 

「けほっ、こほっ……うぅ、酷いですよぉ……」

 

 無理矢理飲まされ、ボクは普通にむせていました。

 味は……ラムネっぽかったです。

 

「ふーむ。特に変化なし、と。チッ、つまらん……」

「……今、つまらない、って言いましたよね? 普通、こういうのって、何も起こらなくてほっとした、なんじゃないですか?」

「いや、だってな……?」

「…………」

 

 ジト目を師匠に向ける。

 

「ま、まあ、何も起こらなかったし、いいだろ? な?」

「…………今日、師匠にお酒なしです」

「なっ!? そ、それだけは! それだけは勘弁!」

「ダメです! 無理矢理よくわからない薬を飲ませた挙句、効果が無くてつまらない、とか言う師匠には、お酒抜きです! 今日は我慢してください! 禁酒デーと思ってください!」

「た、頼む、せめて……せめてビール一本だけでも……!」

「許しませんっ! 今日はノンアルコールで我慢してください!」

「おうふっ……」

 

 がっくりと項垂れる師匠。

 

 ふんっ、です。

 

 師匠は居候ですからね、一応。

 

 最近、家事に関することのせいか、ボクの権限がそこそこ強くなって来ているような気がします、この家では。

 

 やろうと思えば、師匠に対し、禁酒させることもできると思うけど、なにをするかわからないからやっていない。

 

 その代わり、一日に飲めるお酒は制限させているけど。

 

 なにか、めでたいことがあったら、ある程度は解禁してるけどね。

 

 それに、感謝して欲しいくらいです。

 

 だって、一日で済むんだから。

 

「師匠、次からはしないでくださいね」

「……はい」

 

 

 その夜のこと。

 

 いつものように、メルと一緒に寝ていると……

 

「うぅ……なんだか、熱いっ……」

 

 急に体が熱くなってきて、それで目が覚める。

 全身が熱くなって、意識も微妙にぼーっとする。

 なのに、頭痛などは一切なく、風邪ではなさそう。

 

「くぅ……くぅ……ふにゃぁ~……ねーしゃまぁ……」

 

 メル……でもなさそう。

 

 というか、可愛い。寝顔もそうだけど、寝言でボクを呼んでいるのが。

 寝ている時でも癒しだなんて……メル、本当に、可愛い妹です……。

 

 って、そうじゃなくて……。

 

「あ、意識が……」

 

 不意に、意識が薄れていき、そこでボクは眠りに落ちた。

 

 

 そして、朝目が覚めると……

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 という、さっきの状況に戻ります。

 

 

 状況整理。

 

 現在、ボクの目の前にいるのは、いずれもボクであってボクではなさそう。

 

 まず、平常時のボク(今のモノローグを語っているボク)。

 

 次に、小さい時のボク(小学四年生ほどの)。

 

 その次に、狼の耳と尻尾が生えたボク(小学一年生ほど)。

 

 次、通常時に狼の耳と尻尾が生えたボク(耳と尻尾がないと、見分けがつかない)。

 

 さらに次、大人バージョンのボク(多分、二十代前半くらい)。

 

 そして最後……男のボク(なんで?)。

 

 以上、計六人のボクが、朝いました。

 

「え、えっと……き、君たちはボク、なんだよね?」

 

 と、ボク(平常時)が言うと、

 

「た、たぶん……ボク」

 

 と、ボク(小学四年生)が返答。

 

「なんで、ここにいるのか、ボクたちもわからなくて……」

 

 と、ボク(小学一年生)がそう言う。

 

「そもそも、これって、分裂……なのかな?」

 

 と、そんなことを呟く、ボク(耳・尻尾あり)がそう呟く。

 

「うーん……少なくとも、ほとんどはボクたちの姿が変わった時なんだけど……」

 

 と、少し困ったような表情で言うボク(大人バージョン)。

 

「なんで、ボクがいるんだろうね……」

 

 と、苦笑いしながら言うボク(男)。

 

 ……や、ややこしい。

 

 これは、本当にどうすればいいんだろう。

 

 なんだか、読者的にわかりにくいような……?

 これはあれかな。なんというか……会話している人に、(〇〇)みたいな感じにすれば、わかるんじゃないかな、これ。

 

 正直、自分が何を言っているのかわからないけど、なんとなくそう思った。

 

「それで、これはどうしようね?(平常)」

「うーん……たぶん、師匠が飲ませたくすりがげんいん、なんじゃないかな……?(ロリ)」

「だ、だよねぇ……(ケモロリ)」

「じゃああれって、分裂する薬、だったのかな?(ケモっ娘)」

「多分……。だって、こんな風に、自分がいっぱい出る、なんて場面、まずないもん(大人)」

「え、じゃあ、ボクってなんなの?(男)」

「「「「「わ、わからない……(男以外)」」」」」

 

 この中で一番よくわからないのは、男のボクがいること。

 変化どころか、そもそも、女の子に変化する前のボクだし……。

 まあ、そういう意味では、分裂したとも言えるんだけど……。

 

「んぅぅ……むにゅぅ~……んむぅ?」

 

 ここで、メルが目を覚ました。

 

「「「「「「あ、おはよう、メル」」」」」」

「……む!? ね、ねーさまがいっぱいいるのじゃ!」

 

 そして、目を覚ましボクたちを見るなり、メルが驚きの声を上げていた。

 

「ああ? なんだ、騒がし――は?」

 

 そして、いきなりボクの部屋の扉が開くなり、今度は師匠が入ってきて、異常すぎる状況に目を丸くしていた。

 

「……あ、あー……これは、なんだ?」

 

 額に手を当てて、すごく困ったような様子で、そう尋ねてきました。

 

 

 それから、師匠とメルに事情を説明。

 

 事情と言っても、ボクたちからすれば、朝起きたら増えてた、としか言いようがないんだけどね……。

 

「まあ、大体わかった。だが、あれだな。全員同じ名前だから、識別名が欲しい。そうだな……まあ、大本は普通にイオでいいだろう。で、そこの小さいイオ、お前は、イオミでいいだろ。で、そっちの耳と尻尾がある小さいイオは……イオリでいいだろう。次、そっちの耳と尻尾がある通常時のイオは……イオナだな。大人イオは……イオネ。最後、男イオか……ふむ、イオトでいいだろ」

((((((て、適当……))))))

 

 なんとなく、全員そう思った気がした。

 

 いや、だって、ね?

 

 全員の名前、ボクの名前に一文字足しただけだし……。

 

 師匠ってネーミングセンスがなかったり……?

 

 ……あ、でも、変な名前を付けられるよりは全然いい、かな。うん。そう思おう。

 

「まあ、とりあえず、話をしながらお前たちを鑑定した。その結果、お前たちは、『分裂』という状態異常にあることがわかった」

「「「「「「分裂?」」」」」」

 

 本当に分裂だったんだ、これ。

 

「ああ。まあ、こんな状態異常はまずないんだが……イオの特殊体質がこの状態異常を引き起こしたらしい。本来は、『分裂』などではなく、『具現』というものらしい。まあ、簡単に言えば、想像しているものが一時的に具現化できる程度のものだな。まあ、大それたものは無理だが……」

「え、じゃ、じゃあ、どうしてそんなことに……?(平常)」

「いやまあ……あたしが飲ませた薬が、な? その、何て言うかだな……消費期限切れのものをお前に飲ませた結果、効果が変に絡まっちゃって……『具現』ではなく、『分裂』という名のよくわからん状態異常になった、というわけだ」

「「「「「「……」」」」」」

 

 ボクたちは揃って無言になり、次の瞬間、

 

「「「「「「あ、あなたのせいじゃないですかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」」」

 

 ボクたちの全く同じ叫びが、全く同じタイミングで放たれた。

 

 

「い、いや、まあ……なんと言うか、だな。本当に申し訳ないと思ってる……」

 

 そして、ボクたちによるお説教の後、ボクたちの目の前には、正座している師匠の姿が。

 

 師匠は今まで、とんでもないことをして、ボクにまで被害を出していたけど、今回のこれは……色々と問題だよ。

 

 変な体質になるのは、まあ……一万歩譲っていいとして、まさか、ボクが変化する姿が全て一度に出てくるとは思わないでしょ?

 

 まあ、一人ちょっと変だけど。

 

「それで、えっと……なぜ、男のボクが?(男)」

「ああ、それは多分、『具現』の部分だろうな。多分だが、イオ本体の心の中にわずかに残っていた男の部分が増幅され、こうして表に出てきちまったんだろう」

「な、なるほど……(平常)」

「というか、全く同じ顔が二人いるのがなぁ……イオとイオナ。まあ、イオトは男だから微妙に違うんで問題ないが……。それ以外の、イオミ、イオリ、イオネの三人は微妙に違うしな」

 

 ま、まあ、外見年齢が違うもんね。

 

 上から順に、イオネ(大人)→ボク(平常)・イオナ・イオト→イオミ→イオリの順番だもんね。

 

「それで、ししょう。どうすればもとに……? というか、ほんたいって、だれなんですか?(ケモロリ)」

「ん? ああ、この場合の本体は、イオだな。状態異常になっているのは、イオだけだ。正直、見たことない状態異常だからな。まあ、一人だけが状態異常になっているのなら、間違いなく、そいつが本体だろ」

「「「「「「なるほど……」」」」」」

 

 納得。

 よ、よかった……ボクがちゃんと本体だったみたい。

 

「別に、誰が本体でも、結局のところ同じイオだしな。まあ、統合されるから最終的にイオに収束されるから問題ないだろ」

「そ、そうですか(大人)」」

「それで、かいけつ方法は?(ロリ)」

「ああ、それなんだが……まあ、この場合は仕方ない。ちょっくら、あたしが作るとしよう」

「え、できるんですか?(男)」

「当然だ。あたしを誰だと思ってる? ってか、あたしが原因だしな。そりゃ、あたしが解決するに決まってるだろ」

「「「「「「ああ、そうですね」」」」」」

 

 むしろ、師匠が解決できなかったら、一生このままっていう、なんだか奇妙な状態になっちゃうよ。

 

「まあ、一つだけ問題があるかもしれないが……」

「あれ? 師匠、何か言いました?(ケモっ娘)」

「あ、ああ、なんでもないぞ」

 

 一瞬、何か師匠が言っていたような気がするんだけど……気のせい、かな?

 

 でも、イオナが指摘したということは、何か言っていたと思うんだけど……まあ、同じボクだしね。同じ考えをして、同じミスをしても仕方ないよね。うん。

 

 

 それから色々と師匠に説明してもらい、一旦お話は終了。

 

 その日の内に、解毒薬を作ると言って、部屋に引きこもってしまいました。材料自体はあるとのことで。

 

 その間、ボクたちはと言えば……

 

「それじゃあ、イオミとイオリはメルと一緒に、廊下と階段の掃除をお願い」

「「「はーい(なのじゃ)!(ロリ&ケモロリ)」」」

「それで、イオナは、リビング」

「うん、わかったよ」

「イオネは、ボクの部屋を」

「了解だよー」

「で、イオトは庭を」

「うん」

「ボクはお風呂をやっちゃうね。で、早く終わった人は、洗濯の方をお願いね」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!(平常以外)」」」」」」

「じゃあ、解散!」

 

 普通に、掃除を始めていました。

 

 せっかく人数が増えたんだし、いっそのこと、みんなで大掃除をしてしまおうかと。

 

 こうなってしまったのは仕方がないので、なら、それを有効活用する方法を、と思って、話し合った結果、みんなで家事をしよう、ということになった。

 

 全員ボクだからね。

 

 家事スキルはみんな同じ。

 

 なら、単純計算で六倍のスピードで掃除ができるはず。

 

 メルがいるのは、手伝ってくれると言ったため。ボクたち全員、ほんわかしました。可愛いよね、メル。

 

 そんなわけで、大晦日でもないのに、ボクたちの大掃除が始まりました。

 

 

 現在、私たちは駅前に集合していた。

 

 今日はエイプリルフールということで、まあ……依桜の所に遊びに行こうということになった。

 

 エイプリルフール関係ないけど。

 

 時間は十二時。

 お昼時ではあるけど、こちらで用意はする予定。

 

 まあ、ピザを頼もうと思ってるわ。もちろん、私たちのお金。さすがに、依桜に出させるわけないしね。

 

 ちなみに、依桜にはまだ連絡を取っていない。

 

 その辺りも含め、サプライズというわけよ。

 

 まあ、依桜は以前、

 

『休日は家にいるから、いつでも遊びに来ていいよ』

 

 って言ってたので、いきなりおしかけても依桜は怒らないし、むしろ歓迎してくれる。

 

 なんというか、本当に性格がいいのよね、あの娘……。いつか、変な男に騙されないか心配よ、幼馴染は。

 

 ……ああ、でも、依桜ってピュアな割には、嘘を見抜いてくるのよねぇ、昔から。

 だから、変なことには騙されなかったっけ。

 

 昔から謎な部分が多かったわね、依桜って。

 

「おーし、全員集まったみたいだし、依桜の家に行こうぜ」

「そうね」

「おー」

「ああ」

 

 おっといけないわ。そろそろ行かないとね。

 

 

 集合し、依桜の家へ向かう。

 

 道中、ピザを電話で注文。

 

 依桜が好きなトッピングを五枚ほど頼む。

 

 女委はよく食べるし、依桜もなんだかんだで結構食べる。それに、メルちゃんも、ミオさんもいるし、ぺろりよね。

 

 足りなかったら、最悪追加注文すれば、問題なし。

 

 そうこうしているうちに、依桜の家へ到着。

 

 インターホンを鳴らすと、

 

「はーい、どちらさま……って、あ、みんな!(ロリ)」

 

 ロリ依桜が出てきた。

 

 どうやら、今日は小さい依桜みたい。

 

 あいっかわらず、可愛いわねぇ……ロリ依桜は。

 

 こう、抱きしめたくなるような可愛さがあるわ。

 

「おっす、遊びに来たぜ」

「あ、うん。じゃあ、みんな入って入って(ロリ)」

 

 そう言って、ロリ依桜が言った直後、

 

「あれ? どうしたの……って、あ、みんな、いらっしゃい(平常)」

「「「「……ん?」」」」

 

 普通の依桜が出てきた。

 そして、

 

「あ、ほんとだ、みんなだ。じゃあ、お茶淹れないと(ケモっ娘)」

 

 ケモっ娘依桜が出てきて、パタパタと足音を立てて、キッチンの方へ向かって行き、

 

「みんなきたんだね。メルー、みかたちがきたよー(ケモロリ)」

 

 階段から降りてきたケモロリ依桜がメルちゃんを呼び、

 

「それじゃあ、ボクはお昼ご飯の準備かな(大人)」

「それなら、ボクも手伝うよ(男)」

 

 今度は、大人モードの依桜と、まさかの男の依桜が出てきて、そんなことを言っていた。

 

「え、あ……えぇぇぇ?」

「いや、これは何と言うか……どうなってるんだ?」

「すっげぇ……依桜がいっぱいだ……」

「おぉ、美少女パラダイスだね! やったぜ!」

 

 一人だけおかしな反応をしていたけど、目の前のとんでもない光景に、私たちは驚き固まっていた。

 

「えっと、じ、事情も説明するので、中へどうぞ……(平常)」

「「「「あ、ハイ」」」」

 

 

 中に入り、ケモっ娘依桜がお茶を用意してくれた。

 

 他にも、軽く摘まめるものを大人依桜と男依桜が作ってくれて、ちょっとしたくつろぎ空間ができていた。

 

 いや、リビングなんだし、くつろげるのは当たり前と言えば当たり前なんだけど……。

 

「それで、えっと、どういうことかしら……?」

「あ、あはは……じ、実は師匠が、変な薬を昨日無理矢理飲ませてきてね……それで、朝起きたら、ボクがこんな風に分裂を……(平常)」

「「「「ま、マジですか……」」」」

「「「「「「マジです」」」」」」

 

 あの人、とんでもないことを日常的にする時があるけど、今回は今までの中ではとびっきりイカレてるわ……。

 なにせ、依桜が分裂しているわけだし……。

 

「というか、まあ……普通に分裂したのはいいとして……なんで、男依桜が?」

「ど、どうも、ボクの中にあった、男の部分が増幅されて、それで顕現しちゃった、らしいです、師匠曰く……(男)」

「いやぁ、ほんとミオさんやべぇなぁ……何かしらやべえことばっかするよ」

「だねぇ。でもでも、わたしは依桜君がいっぱいいて、嬉しいよ? 面白い光景だし、何より、美少女に美幼女に、美女に、男の娘だもんね! いやぁ、素晴らしい!」

「「「「「「はぁ……」」」」」」

 

 あ、全員の依桜が呆れてる。

 

 でしょうね。

 

 こんな状況を目の前にしても、女委はいつも通り……どころか、いつも以上に変な反応してるわ。

 

「にしても、久しぶりに男の依桜を見たな」

「あ、あはは。ボクもそうだよ……(平常)」

「というより、ボクの心の中の男の部分って何なんだろうね?(ケモっ娘)」

「やっぱり、おとこらしくなりたい! とかかな?(ケモロリ)」

「多分。だって、元々男らしくなりたい、とか思っていたわけだし(大人)」

「そうだよね。ふだんから、かわいいとか、きゃしゃ、とかしか言われなかったもんね、ボクたち……(ロリ)」

「うん……。だから、裏ではかなり凹んでたね……(男)」

 

 す、すごいわね、同じ人物の会話……というか、愚痴ね、途中から。

 

 光景としては、かなり面白いわ……。

 

 ピンポーン!

 

 と、ここで、インターホンが鳴った。

 

「誰だろう? はい(平常)」

『こんにちは、ピザールです! お届けに参りました!』

「あ、あれ? ボク頼んだっけ……?(平常)」

「依桜、それ私たちが頼んだやつ」

「あ、そうなの?(平常)」

「ええ。依桜の家で遊びに行くついでに、ピザでも、と思ってね。もちろん、依桜が好きなトッピングもあるから、安心してね」

「ほんと? ありがとう(平常)」

「それじゃあ、晶、態徒、ちょっと受け取ってきてくれる? はい、お金」

「ああ、じゃあ、行って来る」

「行ってくるぜー」

 

 

 ピザも無事届き、軽くパーティーのような様相となった。

 

 というか、ほぼ同じ顔が六人いるというこの光景……珍妙すぎよね。

 

 だって、ほぼ同じ顔の六人がテーブルを囲ってるんですもの。ちょっと……というか、一周回って面白く感じるわね。

 

 しかも、全部依桜だし。

 

 どうやら、ミオさんが識別名を付けたようだけどね。

 

 まあ、わかりやすくていいわね。ないと、全員依桜だから不便だし。

 

 そんなことはともかく、みんなでピザを食べる。

 

 正直、この展開は予想してなかったから、足りなさそうよね……。

 

「追加注文が必要ね……」

 

 余計な出費になるけど……まあ、いいわよね。依桜のためだし。というか、依桜のためなら、惜しくはないわ。

 

「あ、それならボクが払うよ(平常)」

「あら、いいの?」

「うん。まあ、本来ならボクは一人だけだったしね……最悪、師匠に払わせるから大丈夫(平常)」

「それもそうだよね。原因、あの人だもん(ケモっ娘)」

「こういう事態が発生した時は、ミオさんより、依桜の方が強いよな……」

「同感だぜ」

 

 私も。

 

 ミオさんって、普段は依桜に対してものすごく理不尽に接しているけど、こうなったら、ミオさんよりも、依桜の方が強いのよね……。

 

 依桜、怒ると怖いし……それが、ミオさん相手にも発揮されちゃってるってことね。

 

「それにしても、メルちゃんはこの状況、どう思ってるの?」

「最初はびっくりしたが、ねーさまがいっぱいいるのは、儂からすれば嬉しいのじゃ! ねーさまだけじゃなくて、にーさまもいるのがいいのぅ!」

 

 なんて、私が尋ねていたことに、笑顔で返してきた。

 

 メルちゃんって、本当にいい娘よね……。

 

 その正体は、現魔王らしいけど、性格はすごくいいし、依桜にものすごく懐いてるしで、全然そんな風に見えないのよねぇ……むしろ、天使とか言われた方が、全然しっくりくるわ。

 

「あ、ボクちょっと、師匠のところにピザを差し入れてくるね(平常)」

「ん、了解よ」

 

 現在、ミオさんは依桜を元に戻すための薬を作っているらしく、部屋に引き籠っているそう。

 今日中に完成させるとか何とか。

 まあ、何事もないといいけどね。

 

 

「師匠、ピザを持ってきたんですけど、食べますかー?」

「ん、ああ、もらおう。入ってきてくれ」

「はい。失礼しますね」

 

 扉を開け、師匠の部屋に入る。

 

「すまんな。ちっと、調合で散らかっているが……」

 

 調合中の師匠が、視線を手元から話さずに、そう言ってくる。

 

「あ、いえ。師匠の部屋が汚いのはいつものことですし、ちゃんと片付けてもらえれば」

「……お前、ほんっとに言うときは言うよな。地味に毒吐くし」

「いえ、ボクは本当にことしか言ってませんよ?」

「……天然ってのは、おそろしいな」

 

 師匠の言っている意味がわからず、首をかしげる。

 うーん?

 

「それで、師匠。完成しそうですか?」

「ああ、問題ない。初めて作る薬ではあるが、難度はそうでもない。あたしの手にかかれば、こんなもん楽勝だ」

「さすがですね、師匠」

「まあな。さて……他のお前はいないな?」

 

 不意に、師匠が真剣なトーンでそう尋ねてきた。

 

「あ、はい。一応、こっちに来たのはボクだけで、他のボクたちは下で未果たちとピザ食べてます」

「そうか。ならよし。お前に先に言っておくがな……今回、お前が分裂したことで、何と言うか……自我が、他の姿に芽生えた」

「自我、ですか?」

「ああ。本来なら、あいつらはお前自身で、思考も感情も、全て変化したお前のものだったわけだが……今回、あの魔法薬とお前のわけわからん体質のせいで、変に混ざったのがきっかけで、全員に自我が生まれた。その結果なんだが……お前の中に、四人分の人格が増えると思っていい」

「え、四人、ですか? 五人じゃなくて?」

「ああ。イオトはもともとお前の変化した姿じゃなくて、お前の中にあった男の部分が増幅、顕現したものだからな。だから、あいつだけは多分消えるだろう」

「そう、ですか……」

 

 もしかすると、男に戻れるかも、と思っていたんだけど……そう上手くはいかない、か。

 そうだよね。

 

「まあ、気にすんな。あいつ自身もわかってるだろ。で、だ。問題はそこでなぁ……考えられるパターンは二つ。一つは、お前が自由に自我を切り替えられる場合。というかまあ、普段から心の中で他の奴と会話ができると思っていい。ちょっとうるさいかもしれないが」

「な、なるほど……」

「で、二つ目。こっちは、変化した姿にのみ別の自我が表面に出てくるパターンだな。基本、主人格は一つで、他の奴は変化しない限り眠っている状態だ。考えられるパターンは、この二つだ。理解したか?」

「は、はい」

 

 どっちがマシかと言われれば……まだ一つ目の方がマシ、かな。

 

 二つ目の場合は、変化した際、ボク自身も眠っている、ってことになるわけだし……それなら、普段から起きている一つ目の方がマシかも。

 

「まあ、どっちに転んでも、お前は戻ったら変に人格が増えるだろう。だからまあ……頑張って!」

「……はぁ。本当、師匠って、どんどんボクの体をおかしくしていきますよね……」

「いやぁ……ははは! マジですまん」

 

 本気のトーンで謝られた。

 

 ……師匠、一応悪いと思っていたんだね……。

 ま、まあ、思ってなかったら、それはそれでおかしかったけど。

 

 この後は、軽く話をして、部屋を出ていった。

 

 

 下に戻り、みんなと一緒にピザを食べる。

 

 追加注文したピザも届き、本当にパーティーのような状況になった。

 

 それからは、みんなで軽くゲームをしたりして遊び、夕方。

 

「というわけで、薬が完成した」

「「「「「「おー!」」」」」」

 

 薬が完成し、ボクたちは歓声の声を上げていた。

 

 ちなみに、一応見届けたいということで、未果たちもいる。

 

「それじゃあ、イオ。早速飲め。これは、ちと消費期限が速くてな。完成してから一時間以内に飲まないと、ダメなんだ」

「わ、わかりました。それじゃあ、えっと……みんな、楽しかったよ(平常)」

「うん、自分と話す、っていう不思議な状況にはなったけどボクも(ケモっ娘)」

「なかなかできない、体験だったね(ロリ)」

「ふつうはできないとおもうけど、ししょう、もうやめてくださいね?(ケモロリ)」

「本体のボク、師匠の監視を今後とも強化することを提案しておくよ(大人)」

「そうだね。師匠、いっつも何かをやらかして、ボクたちに害が及ぶんだしね(男)」

「あ、あはは……うん。ありがとう、みんな。それじゃあ、ば、バイバイ」

 

 バイバイ、とは言うけど、男のボク以外は、みんなボクの中に自我を保持したまま戻ることになるんだけどね……。

 

 はぁ。また、変な体になるのかぁ……。

 

 な、なるようになるよね!

 

 それじゃあ……いざ!

 

「こく……こく……ぷはぁ……え、あ、あれ?」

 

 薬を飲み乾した瞬間、ボクの体から……というより、ボクたち全員の体から光があふれ出した。

 それは、眩しすぎて目も開けられないほどの強い光。

 

「な、なに!?」

「だ、大丈夫か、依桜!?」

「うお!? まぶし!」

「お、おー、人体発光だ!」

 

 そんな、未果たちの声が聞こえてきたけど、ボクたちはそれどころじゃなかった。

 そして、しばらく発光が続き、光が収まるとそこには……

 

「「「「「「あ、あれ?」」」」」」

 

 自分を含めたボクが、六人いました。

 

「も、戻ってない、わよね、これ」

「どうなっているんだ……?」

「まさか、失敗したんじゃね?」

「いやいや、ミオさんに限って、それはないよね」

 

 ど、どういうこと?

 

 なんで、元の姿に戻ってないの?

 

 なんで、みんなボクの中に入らないで、その場に留まっちゃってるの……?

 

「「「「「「し、師匠……?」」」」」」

 

 みんな同じように思ったのか、心配そうな表情で師匠に視線を向けると、気まずそうな顔をする師匠がそこにはいた。

 

 そして、

 

「……すまん」

 

 一言、簡潔に謝ってきました。

 

 

 それから、師匠からの説明があった。

 

「まず最初に言おう……薬の調合、ミスった!」

「「「「「「……」」」」」」

「いや、何と言うか、だな……ちょっと、ミスしてな……入れないものまで入れたら、何と言うか……予定とは違う薬ができた」

「……それで、どんな薬ですか?(平常)」

「……固定の魔法薬」

「「「「「「固定?」」」」」」

「ああ。まあ、簡単に言うとだな……お前ら、一生分裂したまま」

「「「「「「――っ!?」」」」」」

 

 師匠のその言葉は、ボクたちに相当な衝撃を与えた。

 い、一生……?

 

「まあ、こんな薬まずないんだがな……どうやら、分裂したものをそのまま固定するようなやつでな。ようは、まあ……お前が、六人のままってことだな。ステータスに関しても、変化時の状態だろう。だから、まあ……六つ子ってやつだな! はっはっは!」

「「「「「「わ……わらいごとじゃな――――――――いっっっ!」」」」」」

 

 この日、二度目のお説教タイムが入りました。

 師匠は、本当にどうしようもない人でした……。

 

 

 後日談。

 

 変化する、という体質がボクから消失した代わりに、変化した時の姿のボクがずっとこの世界に顕現し続けることになりました。

 

 師匠が調べた結果、みんなボクと同じ人間であることが確定し、普通に人間の生活をしないと死ぬ、ということが発覚。

 

 結果、意図せず、ボクは六人姉弟になりました。

 

 この結果に、母さんは、

 

「ふぉおおおおおおおおおおおおおっっっ! なにこれなにこれ! 依桜がいっぱい! しかも、ケモロリから、大人依桜まで! しかもしかも! 男の娘依桜! な、なんて素晴らしい! 桃源郷は、ここにあったのか!」

 

 という風に、大興奮していました。

 

 普通に受け入れちゃう辺り、母さんもすごいと思います……ボク。

 

 それに伴い、ボクの持っているお金で、家を増築。さすがに、十人で暮らすには、色々と狭いということになったためです。

 

 ……まあ、男のボクが消えなくてよかったと思います。

 

 

 その後、世間から『美少女六姉妹』、って言われるようになるんだけど……この時のボクたちは、まだ知らない。

 

 ……というか、美少女ないし、一人男がいるけどね!




 どうも、九十九一です。
 エイプリルフール用の変な回です。まあ、エイプリルフールと言っておきながら、ただのIFストーリーですけどね! しかも、かなり読み難いタイプの。
 書いてて、すごくややこしかったです。だって、依桜がいっぱいいるわけだし。
 正直、以前バレンタインに書いたIFストーリーよりも、圧倒的にうっす~~い内容になってしまいましたが……正直、これ以上書くと一日で収まるレベルを超過してしまうので、断念しました。本当は色々とあったんですけどね……ながくなりすぎるのはさすがに……。
 とまあ、そんな感じです。一応、()を使って識別しやすくはしましたが、分かり難かったらスミマセン。
 今日も二話投稿を予定しています。内容は、普通に本編の続きです。さすがに、バレンタインの時と同じように、もう一つIFストーリーを作るのはちょっと……難しいです。というか、無理。さすがに、書けません……。
 とまあ、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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281件目 五月五日:異世界旅行5

 屋敷に到着。

 

 警備が甘いですね。

 

 正直、暗殺者を入れないようにするのが、警備の真骨頂だと思うんですね、ボク。まあ、師匠の受け売りなんだけど……。

 

 いきなり中に入るのはまずいので、屋根から中を覗く。

 中には、使用人の人たちがいたんだけど……

 

『あれ、どうみても奴隷ですよね?』

「うん……。多分、町中にいるのと同じ、違法奴隷かな」

 

 だって、腕輪着いてるし。

 

 この世界では、奴隷に着けるものとして、『誓約の腕輪』が着けられる。

 

 首輪じゃないだけましなのかもしれないけど、それでも結構えげつないものになってます。

 

 主人に逆らうと、即アウト。

 

 腕輪に内蔵された猛毒魔法によって、体内に魔法を放ち、一瞬で死に至る、なんていう最悪の腕輪だからね。

 

 これが、犯罪奴隷だったらいいんだけど、何の罪もない、普通の人が着けられたら、本当に最悪だし、見ているのも嫌になる。

 

 それに、『気配感知』で屋敷内部を確認しているけど、ほとんどが違法奴隷みたい。犯罪奴隷もいるにはいるけど、ほとんどは見張りとか兵のような扱いだね。

 

 でも、違法奴隷は違う。

 

 どうにも、虐げられている部屋……というか、明らかに拷問をしていそうな部屋がある。感じる気配が、あまりいい方じゃない。

 

 急がないと、本当に危ない。

 

『イオ様、腕輪はどうやって?』

「あれって、ちょっと厄介でね。特殊な魔法具がないとないと外せないんだよ」

『じゃあ、イオ様は持っているので?』

「さすがに、ボクでも持ってないよ。使ったことはあるけど……」

『それ、生成できないんですか?』

「……ど、どうだろう? 魔法具系のアイテムは創ったことないけど……」

『まあまあ、物は試し。イオ様って、帰ってきたあとが一番チートになってますし、絶対できますって!』

「さ、さすがにないと思うけど……まあ、一応……」

 

 以前使用した魔法具を想像しながら、『アイテムボックス』で生成……すると、何やら手に何かの質感が……って、

 

「で、できちゃったー……」

 

 普通に、できちゃいました。

 

 いや、あの……これはちょっと……。

 

 ボクって、どちらかと言えば、チート系じゃなくて、努力系の方だと思うんだけど……どうして、魔道具なんて創れちゃってるの? こういうのは、『魔道具士』の職業の人じゃないと創れないよね? ボク、暗殺者だよ? 絶対に、関係ないし、そもそも生成は不可能だよ?

 

 いよいよもって、『アイテムボックス』が謎になってきた……。

 

 本当、どういう能力なんだろう、ボクの『アイテムボックス』って。

 

『イオ様、完成したのなら、とりあえず、行きましょうよ。ここにいる間にも、もっとひどい仕打ちを受けてしまうかもしれませんよ?』

「あ、そうだね。それじゃあ……」

 

 今のボクは、『気配遮断』と『消音』を使用している状態。さらに、《ハイディング》も併用しているので、ほぼほぼバレません。

 

 その状態で、中へ入る。

 

 屋敷の中は、清潔ではあるものの、嫌な雰囲気が漂っていた。

 

 なんと言うか……悪意に満ちているというか、そんな感じの。

 

 入り口付近には、暗い表情のメイドさんがいた。

 

『――っ!?』

 

 後ろから忍び寄り、口元を押さえて物陰へ。

 

「しっ……静かにしてください。大丈夫です、あなたに危害を加えるつもりはないですよ」

『……あ、あなたは……?』

「え、えっと……と、通りすがりの普通の女の子、です」

『ど、どうして、こんなところに、普通に女の子が……? どう見ても、その……暗殺者っぽいんですけど……』

「ぼ、ボクの素性に関しては訊かないでもらえると助かります」

『わ、わかりました……。それで、あの、私、お仕事に戻らないと……』

「……あなたは、犯罪奴隷ですか?」

『違いますっ。わ、私は、突然誘拐されて、ここに売り飛ばされたんです……』

 

 やっぱり……。

 

 もしかしなくても、バリガン伯爵は裏でかなり酷いことをしているみたいだね。

 

 売り飛ばされた、とは言うけど、盗賊か人攫いと繋がっていて、そっちの人たちに依頼、そしてお金を払って攫わせているのかも。

 

「住んでいた場所は?」

『……もうありません。戦争中、魔族の襲撃に乗じて、襲ってきた人攫いたちに……』

「……そうですか。一つ訊きます。ここから逃げたいですか?」

『それはもちろんです……。こんなところから逃げて、自由になりたい……。でも、この腕輪のせいで……』

 

 そう言って、悲しそうな表情を浮かべるメイドさん。

 本当に、最悪だよ……。

 

「……腕輪、外しましょうか?」

『え、で、できるん、ですか……?』

「はい。あなたさえよければ、逃げることにも手を貸します」

『お、お願いします! どうか……どうかっ……!』

「わかりました。その代わり、ボクがすることと、助け方には、その……ご内密に」

『……もちろんです。助けていただけるのなら、それくらいはさせてください』

「わかりました。それじゃあ……『解除』」

 

 生成した魔道具を使って、メイドさんに着けられた腕輪を外す。

 すると、ぽろぽろと涙をこぼしだす。

 

『ありがとうっ……ございますっ……!』

「いえ、たまたまここの領主さんに、用事があっただけなので。えっと、今から安全な場所に入れます。その中にいれば絶対安全です。何か欲しいものがあれば念じれば出すことができるので、お腹が空いたり、喉が乾いたら、念じてください」

『わ、わかりました……でも、そんなところがどこに――きゃっ!』

 

 メイドさんの足元に、『アイテムボックス』の入り口を生成しその中へ。

 

「下の方に家がありますので、そこで休んでください」

『こ、これは一体……』

 

 ボクの『アイテムボックス』に驚いているようだけど、時間がない。

 ボクが『アイテムボックス』の入り口を閉じようとした時、

 

『あ、あの! ほ、ほかの奴隷たちも助けてあげてください! みんな、もうボロボロで……地下に、子供たちや若い女性も大勢……!』

「……わかりました。急いで助けに行きます。あなたは、ここに入ってきた人たちへの説明をお願いします」

『……はい』

「お願いします」

 

 最後にそう頼んで、ボクは入り口を閉じた。

 

『いやはや、ほんっとにチートですねぇ、イオ様の『アイテムボックス』は。というか、あれって『アイテムボックス』なんですか?』

「……ボクにもわからないよ。でも、今回はこれが役に立ってくれるから、ありがたいけどね」

『まあ、イオ様が死ななければ、問題のない世界ですからね。それで、次はどこへ?』

「……現在地は三階。一番悪い感情を抱いているのは、この回にいるけど、それ以外のさっきのメイドさんのような人たちは、たしかに地下に集中しているね。この階と二階、一階にもいるけど、ほとんどは犯罪奴隷ばかり。違法奴隷は三人くらい、かな」

 

 人数的には、二十人ちょっと、かな。

 屋敷の規模から考えると、少ない、かも。

 

『なるほどー。イオ様のその感知能力どうなってんですか? 普通、気配だけじゃそこまでわからないと思うんですけど?』

「え? でも、師匠が、『お前ならできる!』って言っていたから、できると思ってたんだけど……」

『あー、そうなんですね』

 

 もしかして、普通はできなかったりする……?

 

 ……なんか、そんな気がしてきた。だって、師匠の当たり前とかって、普通の人からすれば全然当たり前じゃなくて、むしろ、非常識すぎるんだもん。

 

「と、とりあえず、急ごう」

『ですねー』

 

 ボクは、他の違法奴隷の人たちを助けるべく、動き始めた。

 

 

 三階、二階、一階の人たちを助けつつ、地下へ。

 

 腕輪を外してから、『アイテムボックス』の中に避難してもらう。

 

 中の説明は、最初のメイドさんに頼んであるので多分大丈夫だと思う。

 

 そんな事を思いつつ、地下へ行くと……

 

『オラ! もっと、いい声で鳴けよ!』

『ああぁぁっ! い、いたいっ……いたいよぉっ……!』

『ひゃはははは! ほんっと、女のガキはいい声で鳴くな!』

 

 そんな、不快感しか感じない、最悪の声と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 

 …………ほんっとうに、最悪だよ。

 

 ボクは、『身体強化』をかけ、高速で声がした方へ向かう。

 

「見つけたっ……!」

 

 移動していくと、その先に一つの木でできた扉があった。

 扉の中に入ると……

 

『いやぁ、いいストレス発散だよなぁ? どうせ、テメェみたいなガキなんざ、誰も助けに来やしねーし、俺達の役に立てるんだから、幸せだよな!』

『っあああぁっ! もうっ、やめてぇっ……』

 

 一人の女の子を鞭で叩く、男の姿が。

 その男の姿を見て、ボクの怒りは最高潮に達した。

 

 次の瞬間、

 

「殺しますよ?」

『へ? ぶげっ!?』

 

 ボクは思いっきり肉薄し、男の顔を勢いよく蹴った。

 

 男の顔から、何かが砕ける音が聞こえ、同時に歯も折れた。というより、折った。

 

 男は、今の一撃で壁に勢いよく衝突し、気絶した。

 

『な、なに、が……?』

 

 突然すぎる出来事に、女の子がガタガタと震える。

 ボクは『気配遮断』や《ハイディング》を解くと、女の子の所へ。

 

『お、お姉ちゃん、誰……?』

「ボクは……えっと、通りすがりの暗殺者だよ」

『あ、暗殺者……? も、もしかして、わ、わたしを、こ、殺す、んですか……?』

「そんなことはしないよ。ボクはちょっと、ここの領主さんに用があってね。まあ、それはついでに近くて、ここに違法奴隷の人たちが多くいると知ったから、今はその人たちを助けるのがメインだよ」

『じゃ、じゃあ、た、助けに……?』

「うん。ちょっと待って、すぐに傷を治してあげるから」

 

 『ヒール』を使って、女の子の傷を治療する。

 赤く腫れていた傷はすべて消える。

 

 女の子に傷跡は酷だもん。

 

「どう? 痛くない?」

『う、うん……』

「それじゃあ、拘束を解いて……腕輪も」

 

 拘束されていた女の子を開放し、そのまま腕輪も外す。

 

『わ、わぁ、腕輪が……』

「うん、これで自由だよ」

『お、お姉ちゃん……』

「とりあえず、今から安全な場所に入ってもらうけどいいかな?」

『う、うん』

「中には、他の人たちもいるから、色々と教えてもらって」

『あの、お姉ちゃんは……?』

「ボクは、他の人たちも助けないと」

『……うん。気を付けてね』

「もちろん、大丈夫だよ」

 

 軽く頭を撫でてあげてから、ボクは『アイテムボックス』の中に女の子を入れた。

 

 ……正直、ほとんど裸同然の格好だったから、ちょっと焦ったけど。

 まあ、中では欲しいものが出せるしね。洋服くらいなら、消費魔力はそうでもない。

 大丈夫。

 

 

 それから、地下を少し探索。

 

 すると、牢屋が並ぶエリアを見つけた。

 

 そこで『気配感知』を使用すると、このエリアには違法奴隷しかいないみたい。

 しかも、反応が小さいところを見ると、かなり衰弱してしまっている。

 

 ……急ごう。

 

 ボクは『武器生成魔法(小)』で鉄を軽く切れるほどの切れ味のナイフを生成。

 

 見張りの人たちがいないことを確認してから移動する。

 

 牢屋を見ていくと、やっぱりというかなんと言うか……子供や若い女性の人たちが十数人いた。

 

 一ヵ所の牢屋に集中させていたらしく、みんな体を寄せ合っている。

 

 『気配遮断』などの能力やスキルを解除すると、ボクは牢屋に近づく。

 

『――っ、だ、誰ですかっ?』

「怖がらないでください。あなたたちを助けに来ました」

『た、助けに……?』

「はい。ちょっと、鉄格子を切りますので、少し下がってください」

 

 そう言うと、牢屋の中にいる人たちが鉄格子から離れる。

 

「はぁっ!」

 

 素早くナイフを振ると、鉄格子がバラバラになった。

 

『す、すごい……』

『女神、様……?』

『自由になれるの……?』

「おいで、腕輪を外してあげるよ」

 

 しゃがみ込んで、笑顔でそう言うと、弱弱しくも子供たちや女性がボクの所へ歩いてきた。

 それから、順番に腕輪を外していく。

 そうすると、牢屋の中にいた人たちはみんな涙を流しだした。

 

『ありがとうございます……なんとお礼を言っていいか……』

「いえ。ですが、まだまだ危険なことに変わりません。説明する余裕もないので、今ここで、安全な場所に送ります。説明はそこにいる人たちに訊いてください」

『わ、わかりました』

「では、ゆっくり休んでください」

 

 そう言って、ボクはこの場にいる子供たちや女性たちを『アイテムボックス』の中へ避難させた。

 最後に『気配遮断』で屋敷内部を探る。

 もういないことを確認すると、ボクは立ち上がった。

 

『ずいぶん、上手いこと行きますねぇ。やっぱり、美少女だからですかね?』

「や、やめてよ。ボクは美少女じゃないよ」

『……………………そうですね。イオ様は美少女じゃないですねー』

「あの、今の間と最後の棒読みは何?」

『いえいえ、お気になさらずー』

 

 ……なんだか釈然としないというか……。

 アイちゃんは、色々とよくわからないことを言ってくる時があるから、ちょっと困る。

 

『まあ、ともかく、奴隷たちを助けたので、次はどうするんで?』

「この怒りを領主さんにぶつけに。道中、証拠も集めたしね」

『あー、そう言えばありましたねぇ。やっぱり、回収してたんですね』

「もちろん。というより、アイちゃんも見てたよね?」

『そりゃあねぇ』

「なら、やっぱりもなにもないと思うんだけど……」

『気にしない気にしない。それよりも、さっさとクソ領主をとっちめに行きましょうぜーイオ様!』

「そ、そうだね」

 

 それはアイちゃんの言う通りだ。

 さっさと済ませて、村長さんたちを安心させて上げないとね。

 

 

 違法奴隷を全員助けた後、ボクは三階の領主さんの部屋へ。

 

『ふひひひひ! あの村はなかなかにいい土地だなぁ。農作物は豊富に採れるし、王都からも近いから、金もたっぷりだ。いやぁ、戦争様様だ』

 

 ……なんというか、こんな人が貴族だと国が心配になるよ。

 とりあえず正面から入るのもあれなので、窓から侵入。

 

「しかも、貴族でいれば、一生遊んで暮らせるし、奴隷も手に入れ放題! まさに、俺のためにあるような生活だ!」

「――じゃあ、その生活は返上させましょう」

「いやいや、返上するわけには……って、だ、誰だ!?」

「初めまして、バリガン伯爵。ボクは……通りすがりの暗殺者です」

「あ、暗殺者だと……!? い、一体誰の差し金だ!?」

「いえいえ、差し金じゃなくて、単純に自分の意思で来ただけですよ。それに、殺すつもりなどありません」

「な、なら、何をしに来たというのだ!? ここが、バリガン伯爵の屋敷だと知ってのことか!?」

「もちろん。というより、さっき挨拶しましたよね? まあいいです。ボクの目的は、違法奴隷の解放です」

 

 さっき、バリガン伯爵の名前を言ったはずなのに……人の話を聞かないのかな、この人。

 

「ふんっ、そんなこと、するわけがないだろう! この屋敷……いや、街の者たちは、奴隷がいないとやってられないんだよ!」

「うーん、でも、違法奴隷を所持しているとバレたら、貴族位の剥奪どころか、酷すぎれば死罪ですよ?」

「そんなもの、バレなければどうということもない!」

「いえいえ、ボクがこれから、王様の所に証拠の品を持って行きますので、バレないことはないですよ」

「しょ、証拠だと!?」

「はい。えーっと……あ、ありましたありました」

 

 ボクは『アイテムボックス』の中から、持ち出した証拠を取り出していく。

 

 賄賂が絡んでいるであろう、支援に関する契約書に、基本所持が禁止されている『誓約の腕輪』、それから裏帳簿。あとは、人攫いや盗賊への依頼書に契約書、それから計画書まで。色々とあった。

 

 これ、アイちゃんに頼んでいた録音・録画に関するあれこれは必要ないかもしれないね。あ、かもしれないというより、必要ないね。

 

 まあ、使わないに越したことはないよ。

 

 異世界人と知っているものの、変に向こうの道具を見せて、狙われたら本末転倒だもん。

 

「なっ、なぜそれを!? それは、厳重に保管してあったはずだ!」

「あの程度じゃ、厳重とは言いません」

 

 少なくとも、見張りが四人に、扉を開けるのに必要な鍵が二つ、それから、これらの証拠品を仕舞うのに、二重底だったり、隠し部屋だったりするのは甘いよね。

 

 盗んでくださいと言っているような物です。

 

 まあ、窓を付けていなかったのは、よかったですね。

 

「くっ……お、おい! 侵入者だ! 捕まえろ!」

 

 わ、わぁ……本当に、アイちゃんの言う通りの状況になったよ……。

 バリガン伯爵が叫ぶと、私兵の人たちが中に入ってボクに武器を突きつけてきた。

 

「こ、こいつを捕まえるんだ!」

『伯爵様、みたとこ、えれぇ上玉じゃねーか。捕まえた後はもちろん……』

「ああ、好きにして構わない! それに、金も出すさっさとやれ!」

『そういうことなら、容赦しねぇ。おい、抵抗しないなら、痛い思いをせずに済むぜ?』

「いえいえ、むしろ、それはボクのセリフです。ボクは怒っているんです。罪もない人たちを奴隷にして、痛めつけているあなたたちが」

『はんっ! しったこっちゃねえな! 俺達がいい思いさえしてりゃ、いいんだよ!』

 

 いきなり、刺突を放ってくる男。

 

 だけど……

 

「遅いです」

『なっ!』

 

 ボクはすぐに男の背後に回っていた。

 

「まあ、迅速に、と師匠に教えられていますので、失礼しますね」

『な、何を言って――かはっ』

 

 もはや、聞き飽きた呼気を発しながら、男が倒れた。

 まあ、気絶させただけなんですけど。

 

「な、何をした!?」

「いえいえ、ちょっと針でちくっとさせて、眠らせただけです。さ、他に寝たい方はいますか? 優先的に寝かせてあげますよ」

『な、なめやがってっ……!』

 

 ボクのセリフに怒りの形相になる兵士の人たち。

 そうして、一斉に襲い掛かってきて――

 

 

『『『かはっ……』』』

 

 瞬時に眠らせた。

 一般的な強さで言えば、そこそこなんだろうけど、王国騎士団の人たちの方が、全然強いよね。

 

「それで? 他に何か手はあるんですか?」

「ち、近づくな! い、いいか! これ以上俺に近づいてみろ……こ、この屋敷にいるすべての奴隷たちの命が……!」

 

 そう言いながら、一つの水晶をボクに見せつけながら、脅しをかけてくるバリガン伯爵。

 

「どうぞ」

「は?」

「いえ、だから、どうぞ、と言ったんですけど」

「き、貴様、何を言っているのだ? 命だぞ? 命を落とすんだぞ?」

「はい。でも、もう意味をなさないですし……」

「な、なん、だと……?」

「みんな、救出した後です。もう、意味はないですよ、そのアイテム」

 

 だって、みんなボクの『アイテムボックス』の中で休んでるし。

 ちょっと魔力が減ったことを考えると、食べ物とか服を出したのかな?

 まあ、全然減ってないから大丈夫だね。

 

「く、くそっ! お、俺は、こんなところで地位を失うわけには――!」

「知りません。せめて、寝ている間に色々と懺悔しててください。さようなら」

 

 バリガン伯爵に肉薄して、そのまま針で眠らせた。

 

「ふぅ……これで終了、と。さて、王様の所へ行かないと」

 

 あ、その前に、違法奴隷の人たちの救出が先だね。

 

 

 あの後、街中をめぐって、違法奴隷の人たちを開放、ボクの『アイテムボックス』の中に入ってもらった。

 途中、ボクに襲い掛かってきた人たちもいたけど、問題なく撃退。

 その足で、ボクは王様の所へ向かった。




 どうも、九十九一です。
 何とか間に合った。ちょっと長くなったけど、いつものことですよね。それに、エイプリルフールネタが地味に長かったですし。
 異世界旅行、確実に10数話以上行く気がする……ま、まあ、大丈夫でしょう。多分。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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282件目 五月五日:異世界旅行6

「というわけです」

「そうか……バリガン伯爵が……」

 

 あの後、『身体強化』を使用して急いで王様の所へ。

 

 変装自体はそのままだったので、一応ボクがイオであることを説明した。すぐに納得してくれてよかったよ。

 

 それにしても、まさか、朝王都を出発して、三時ごろに王都に戻ってくるとは思わなかった。

 事情を説明すると、王様は苦い顔をしていた。

 

「まったく、戦争で活躍したから爵位を与えたというのに……すまないな、イオ殿」

「いえ、今回たまたま事情を知って助けに行っただけです。まあ、気分が悪いことこの上ないのは、事実でしたけどね」

「……重ね重ね申し訳ない」

「い、いいんですよ。一応、バリガン伯爵や、違法奴隷を家に置いていたり、それに加担していた人たちは軒並み捕まえてあります。全員、屋敷の地下にあった牢屋に入れてありますから。もちろん、武装は全部解除してあります」

「そうか……ありがとう、イオ殿。して、違法奴隷だった者たちは……?」

「あ、え、えっと、一旦中庭に移動でいいですか? ちょっと、問題がありますので」

「ああ、わかった」

 

 さすがに、ここで全員出すわけにはいかないもんね……。色々と大騒ぎになっちゃうよ。

 

 

 というわけで、中庭に移動。

 

「で、違法奴隷たちは?」

「今出します。……みなさん、出てきて大丈夫ですよ!」

 

 『アイテムボックス』の中にいる人たちに、出てくるよう言うと、一人ずつ中から出てきた。

 

 その光景に、王様すごく驚いていた。

 

 あ、そう言えば、ボクの『アイテムボックス』については何も言ってなかったっけ……。

 

 ま、まあ、いいよね。今知ったしね。

 

 それにしても、ちゃんと普通の洋服を着ているようで何よりだよ。

 

 これでもし、薄着のままだったら不敬罪だ! とか言って、罰せられるかもしれなかったしね……まあ、その場合はボクが止めたけど。

 

「えっと、違法奴隷だった人たちです。腕輪はすべて外してあります」

「あ、ああ、そうか……本当にすごいな……」

 

 普通は、腕輪を外すには特定の魔法具が必要だからね……使ったことある物で助かったよ。じゃないと多分、創れなかったかもしれないし。

 

 ……と言っても、魔力消費が結構多かったので、多様はできないけどね。

 

『え、えっと、こ、ここは……』

「あ、すみません。ここは、リーゲル王国ジェンパールにある、王城ですよ」

『お、王城!?』

『な、なんでそんなところに?』

『こ、こんな普通の格好で、ば、罰せられたり……』

「大丈夫ですよ。そうですよね、王様?」

「うむ。事情は聞いておる。此度は、儂の采配ミスでそなたたちを酷い目に逢わせてしまった……申し訳ない」

『こ、国王様!? い、いえいいんです! そ、その、そこの方に助けていただきましたし……』

『それに、自由にまた暮らせるのならば、構いません……』

「そうか……それならよいのだが……」

 

 子供たちは王様が目の前にいることに、緊張している様子だけど、大人の女性たちは、緊張しつつも、しっかりと話せている。

 

『ところで……私たちを助けていただいた、そこの方は一体何者なんですか……?』

 

 あ、あれ? ボク、一応口止めしたよね? 素性を詮索しないでって……ま、まあ、知りたくなるのもわかるけど……。

 

 でも、ここでバレると色々と旅行に支障が出る……そうなれば、早々に帰還、なんてことになっちゃうかも。

 

 それは何としても、阻止。

 

 なので、ここは王様にアイコンタクト!

 

 言わないでください、と王様にアイコンタクトを送ると、わかっているとばかりに頷き、

 

「変装しているから、普通はわからないな。そこにいるのは……勇者だ」

 

 ………………な、なんで言っちゃうんですか、王様。

 

 伝わってなかったよ。

 

 王様、『これでいいだろ?』とばかりに、ドヤ顔してるんだけど。

 

 違うよ? ボクは言わないでほしい、って送ったんだよ? なんで、ボクの正体をばらしちゃうの?

 

『え、ゆ、勇者、様……?』

『本物……?』

『で、ですが、勇者様は銀髪碧眼の美しい少女と聞いていたのですが……』

 

 う、美しいって……やっぱり、ボクが女の子であると、広まってるんだね。別にいいけど……。

 

 はぁ……これは、隠し通せないよぉ……。

 

 仕方ないので、『変装』と『変色』を解くと、ボクの髪が黒から銀色に変わり、腰元まで伸びる。目も多分、同じように変わっているんだろうね。

 

 眼鏡も外し、元のボクに。

 

『ほ、本物……』

『初めて、会いました……』

『ゆ、勇者様だ! 勇者様だ!』

『き、きれー……』

 

 はぁ……バレたくなかったのに……。

 見た感じ、大人の女性たちは、ボクが勇者であることに驚き、子供たちはなぜか興奮してる。男の子はなぜか顔を赤くしてぼーっとしてたけど。

 

「それで、えっと、この人たちどうしますか? さすがに、働き口は必要ですし……」

「そうだな……子供たちは、親はいるのだろうか?」

「あ、それもそうですね。えーっと、みんなのお父さんやお母さんは?」

『お家にいる!』

『お家にいるの!』

『村!』

『街!』

「な、なるほど……」

 

 とりあえず、お父さんやお母さんは殺されていないみたいだね。

 それならよかった。

 でも、家はどこなんだろう?

 

「とりあえず、子供たちは儂たちの方で親を探すとしよう。大人の女性たちは……」

『あ、あの、一つ、勇者様にお聞きしたいことが……』

「はい、なんでしょうか?」

『えっと、勇者様は、魔族の国にて女王になられていると聞きます』

「そうですね」

 

 成り行きだけどね。

 

『それで、ですね……わ、私たちを、そこで雇ってはもらえませんか!?』

「…………え!?」

 

 ちょ、ちょっと待って!? え、なんでボクの国!?

 

「いや、あの、えっと……ど、どうして、ボクの国に?」

『……私たちが住んでいた村はもうありませんし、家族もいません』

 

 ……え?

 

『一応これでも、メイドとしての教養などはあります。どうか、お願いできませんか……?』

「う、うーん……」

 

 人数は、六人。

 

 たしか前にこっちの世界に来た時に、人手不足とかなんとか、ジルミスさんが言っていた気がする……。

 

 ボクとしては、別にいいと思うけど……。

 

「あの、魔族の国ですけど、いいんですか?」

『構いません。聞けば、魔族の方々は、かなり優しい方だと聞いております。その上、女王がイオ様である以上、心配事などありません』

「そ、そうですか……」

 

 今は、一人のメイドさんが言ったけど、他の人の顔を見れば、真剣なまなざしでボクを見ていた。

 

 どうやら、同じ考えのようです……。

 

 ……ボクとしては一向に構わないんだよね。

 

 人間が魔族の国で働いて、普通の暮らしができていると広まれば、魔族の人たちの印象もよくなると思うし……意外と、いいことなのかも。

 

「……わかりました。クナルラルで雇いましょう」

『『『『『『ありがとうございますっ!』』』』』』

 

 ボクが雇うと言うと、メイドさん全員が頭を下げてお礼を言ってきた。

 ボク、向こうだと普通の高校生なんだけどなぁ……最近、声優になっちゃったけど……。

 

「それならば、現在ジルミス殿がこちらに来ている。どうだ? 一度話してみるというのは」

「あ、来てるんですね」

 

 なんという偶然。

 ……いやこれ、偶然なのかな? ボクの幸運値を考えると、必然のような気がしてならない……。

 

『ご都合展開ですねぇ……』

 

 ……やめて。そういうこと言うの。

 

「む? 今、何か声が……」

 

 ……イヤホン、必須かもなぁ……。

 

 

 こっちに来ているというジルミスさんを呼んでもらった。

 

「これはイオ様! お久しぶりでございます」

「い、いえ、久しぶりと言っても、まだ一ヶ月ちょっとですよ?」

「いえ。私からすれば、一ヶ月は少し長く感じますので。それに、イオ様と会うことは、私にとって、生きがいとも言えるのです」

「……そ、そうですか」

 

 生きがいって……いや、あの……まだ、会って一ヶ月ちょっとですよ? なんで、ボクと会うことが生きがいになってるの?

 

「ところで、私に御用とのことでしたが……いかがなさいましたか?」

「あ、うん。えっと、そこにいるメイドさんたちが、クナルラルで雇ってほしいって言ってきたんです。それで、ボクとしては雇うと言ったんですけど……どうでしょうか?」

「ふむ。なるほど……たしかに、いいかもしれませんね。上手く行けば、クナルラルの印象が良くなるかもしれませんし、そうなれば交易も多くなるでしょう」

「それじゃあ……」

「はい。城の方で雇いましょう。仮に経験などなかった場合であったとしても、こちらで教育すれば、問題はありませんからね」

「ありがとうございます!」

「もっとも、イオ様の命ならば、断る、という選択肢などないのですが」

「い、いや、あまりにも酷いようだったら、普通に断ってくださいね? ボクは気にしませんよ?」

「はい、それが命令なのでしたら」

「め、命令じゃないんだけど……」

 

 う、うーん、なんだろう。

 ジルミスさん、ボクを神様か何かだと思ってない? 全然そんなことないよ? もともとは普通の高校生だったんだよ?

 

「ともかく、そちらの方たちは、帰国の際に一緒に連れて行くとします。賃金は……暫定として、一月二十万テリルでいかがでしょうか?」

『そ、そんなにもらえるのですか!?』

 

 ジルミスさんの提示したお給料に、メイドさんたちが驚く。

 ま、まあ、この国のお給料って、平均三~四万テリルだもんね。平均の五倍以上は破格。

 

「はい。現在、我が国では、先の戦争で人員が不足しております。中でも、メイドや執事と言った、城仕えの者たちが少なく……なので、こちらとしてはありがたいのです」

『で、ですが、私たちは人間ですよ……?』

「いえ、人間だとか、魔族だとか、そのような種族的な物は関係ありません。働きに対し、正当な賃金を払う。それは当たり前のことです。それに、安い賃金で働かせるなど、完全に使い捨てのようなもの。それでしたら、しっかりとした労働環境で、楽しく、前向きに仕事をしてもらう、というのは、上の仕事です。それに、あなたちには、住み込みで働いてもらうことになりますから、その分も含まれております」

『す、すごい……』

『魔族の人たちがいい人って、本当だったんだ……』

『今までなんて、二万テリル貰えるかどうかだったのに……』

 

 ……ここまで驚き、嬉しそうにしているところを見ると、あそこは本当に最悪な環境だったんだね。

 

 本当、救えてよかった……。

 

「もちろん、賃金の値上げも、働き次第ではありますので、ご安心ください。それと、住む場所も最高のものを用意しましょう」

『『『『『『――ッ!?』』』』』』

 

 ……クナルラルの王城、ホワイトすぎない?

 

 いや、ボク自身は社会に出たことがないからわからないけど、それでもかなり待遇がいいと思うんだけど……。

 

 さすが魔族、いい人……。

 

「なるほどな。身分や人種など関係なく、労働に見合った対価、か……。リーゲル王国でも、どうにもあまりよくない労働環境があると聞く。ジルミス殿の言葉は、耳に痛いものだ」

「我々は、最悪の国を知っていますからね。先代魔王から昔は、かなり酷かったものですから。これくらいは、当然です」

「……そうか。これからも、よき関係を築きたいものだな」

「こちらこそ」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら、王様とジルミスさんの二人は握手をした。

 

 

 それから、ジルミスさんが色々とメイドさんたちに説明などをして、馬車で帰国していった。

 

 その際、

 

「ティリメル様を知りませんか?」

 

 と、心配な表情で聞かれたので、

 

「ボクの家で一緒に暮らしてますよ。とても、楽しそうに」

「……そうですか。ティリメル様は、まだまだ幼く、家族とも碌に会えませんでしたから。それに、本当の家族は……すでにいませんし」

「……え?」

「実を言うと、ティリメル様が生まれたのは、魔王没後すぐなのです。母親はティリメル様を生んですぐ息を引き取り、父親も病気で。ですので、イオ様だけが、おそらくティリメル様にとっての家族なのでしょう。我々としても、イオ様の所にいるのならば、安心ですし、嬉しいです。どうか、ティリメル様をよろしくお願いします」

「……はい。もちろんです」

「ありがとうございます」

「一応、こっちと向こうの世界を行ったり来たり出来るようになったので、今度メルを連れそちらに向かいますね」

「なんと! それは素晴らしいです。国の者たちも喜ぶでしょう。こちらに来た際は、是非、クナルラルへお立ち寄りください」

「もちろんです。一応、ボクは女王ですからね」

「はい。それでは、そろそろ帰国します。それではイオ様、お元気で」

「ジルミスさんも、体に気を付けてください」

「ご心配、ありがとうございました。では」

 

 軽く会釈をして、ジルミスさんはメイドさんたちと一緒に、クナルラルへと帰っていった。

 

 ちなみに、そのメイドさんたちは……

 

『『『『『『絶対の忠誠を、イオ様に誓います!』』』』』』

 

 とか言って、忠誠を誓われました。

 

 ……まあ、うん。もう慣れました。

 

 以前は、魔族の人たち大勢が、一斉に跪いて、忠誠を! って言われたしね……。

 

 それに比べたら、六人なんて、少ないですとも。

 

 いや、それでも結構重いような気がするけど。

 

 それにしても……メイドさんたち、ちゃんとした生活を送れれば、かなりの美人さんになる予感がしたなぁ。

 

 態徒とか女委辺りが喜びそうだよ。

 本物のメイドさんに、本物の魔族だもんね。

 

 その内、連れてきてあげよう、こっちの世界に。

 

 それから、ボクが救出した子供たちは、先ほど王様が言っていたように、王城で保護し、お父さんやお母さんを探すとのこと。

 

 可能な限り早く見つけるって言っていたので、安心だね。

 

 そして、バリガン伯爵とそれに従っていた私兵の人たちは、かなりの余罪が見つかったそう。

 

 ボクがフーレラ村に行く道中に遭遇したあの人たちが働けないようにしたり、村を襲ったのは魔族などではなく、バリガン伯爵の私兵や繋がりがあった盗賊や人攫いたちだったそうです。

 

 本当に、碌なことをしていなかった。

 その話を聞いたボクは、

 

「絶対に、死罪なんて軽い罰にしないでくださいね?」

 

 と、笑顔で王様に頼みました。

 

 冷や汗を流しながら、何度も首を縦に振っていたのが気になったけど。

 

 バリガン伯爵たちは、死罪ではなく、爵位剝奪の上で、一生鉱山で魔石や鉱物の採掘を強制されるのだとか。

 

 しかも、『誓約の腕輪』にかけられた誓約は、死のうとすること、逃げようとすること、誰かを傷つけること、この三つをやったらアウト、らしいです。

 

 でも、この誓約は抜け道を用いた、結構えげつないことになってたり。

 

 死のうとする、というのは、自分の意思で、となるので、自分の意思で逃げようとすれば、自分の意思で死のうとするのと同義、と腕輪が認識するそうです。

 

 でも、腕輪に仕込まれた猛毒魔法はすぐに死に至る、ということで、絶対に発動しないらしいです。つまり、死ねないし、逃げられない、ということになるのだとか。

 

 仮に、毒が発動しても、待機している《解毒士》の人が死ぬ前に解毒するから不可能なのだそう。

 

 寿命で死ぬまで一生、鉱山働きらしいです。

 

 うん、まあ、それくらいはしないと、だよね?

 

 少しだけ、スッキリしました。

 

『意外と、イオ様の性格は悪い……?』

 

 そんな、アイちゃんのセリフが聞こえてきたけど、無視しました。




 どうも、九十九一です。
 この話、いつ終わるのかなぁ、とか思いつつ書いてます。長いね。まだ、異世界に来て二日目なのにね。まあ、長くなるのなんて、いつものことだしなぁ……なんて思ったりもしています。
 今日も二話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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283件目 五月五日:異世界旅行7

 報告も終わり、再び『変装』と『変色』を使って変装する。

 

 さっきと同じ、黒髪黒目です。

 

 髪の長さももちろん、変更してますし、眼鏡もかけてます。

 

 六人のメイドさんに忠誠を誓われるといった、よくわからない事態も発生したけど、クナルラルでちゃんとした労働環境が与えられると言っていたので、大丈夫でしょう。

 

 それから、急いでフーレラ村に戻る。

 

 村長さんに、事の顛末を伝えないといけないしね。

 

 ……あ、どうやって伝えよう。

 

 ま、まあ、何とかなるよね。とりあえず、捕まって、鉱山送りになった、そう伝えればいいもんね。やったの、ボクだけど。

 あまり変に話が広まってほしくないので。

 

 

 それから、かなりのスピードで走り、日が沈む前には無事にフーレラ村に到着。

 

 村には、村長さんたちがそわそわしたような様子で動き回っていた。

 

 どうしたんだろう?

 

「あの、どうしたんですか?」

『お、おお! お嬢さん! よくぞご無事で!』

 

 あ、ボクを心配していたんだね。

 

「はい、ご心配をおかけしました。見ての通り、ボクは無事ですよ」

『そ、それで、バリガン伯爵は……?』

「あ、はい。捕まって、鉱山送りにされましたよ。もう、貴族じゃありません。だから、もう搾取されることもありませんよ」

『おおっ……! そ、それじゃあ、作物もお金も、渡さなくていいと……?』

「はい。一応、国王にもこの件を伝えましたら、今まで搾取されていたお金と食料が支給されるそうなので、安心してください」

『なんとっ! そこまでしていただいて……本当に、お嬢さんには感謝しかありません……』

 

 村長さんが感極まったようにそう伝えてくる。

 周囲を見れば、他の大人の人たちもすごく嬉しそうな表情を浮かべていた。中には、泣いている人まで。

 よっぽど、酷いことになっていたんだね。救えてよかった……。

 

『……しかし、国王様とお知り合いとは。やはり、貴族様ではないのですか……?』

 

 ……あ、しまった。つい、王様のことを言っちゃったけど……まずい。

 

 き、貴族かと言われると、貴族というより……王族、なんですけどね。ボク。まあ、成り行きで、お飾りの女王だけど。

 

「あ、い、いえ、それは、その……」

『……ところで、なにやら変身系統の能力とスキルを使っているようですが……やはりあれですかな? お忍びでの旅行で?』

「え、な、なんでわかったんですか?」

『いやなに。わし、《鑑定士》でして、鑑定は得意なのです。それに、昔から『看破』の能力が得意でしてね。だから、なんとなく、わかったんです』

「そ、そうなんですね……」

 

 か、《鑑定士》とはまた、珍しい職業……。

 

 戦闘系能力が全くなく、あるのは『鑑定』や『看破』のスキルがほとんど。

 

 でも、意外とダンジョン探索では役に立つことが多い職業。

 

 トラップを見つけたり、隠し部屋の発見、それから未鑑定アイテムをその場で鑑定できるという、結構重宝される場面が多い。

 

 でも、この職業を選ぶ人があまりいない……というより、この職業、才能がある人じゃないとなれない、っていう結構特殊な職業だからね。

 

 あ、ボクがなるのは無理でした。

 

『使っているのは……『変装』と『変色』ですか。なかなか効力が高いみたいですね』

「そこまでわかるんですね」

『ええ、まあ。しかし、一体何を変えているので?』

「あ、あー、えっと……その、髪の長さと色、それから目の色です。それ以外は、そのままですよ。ボクはちょっと目立っちゃいますからね」

『ほぅ、そうなのですか……。ああ、話は変わるのですが、お嬢さんが去った後、小耳にはさみまして。どうも、かなり前に、勇者様がこちらの世界を再び訪問されて、男ではなく、女だと情報が広まったらしいのですが……不思議ですね。以前救ってもらった時は、女性のような顔立ちではありましたが、間違いなく少年だったんですけどねぇ……』

「へ、へぇ~、そ、そうなんですね」

 

 ……これ、もしかしてバレてる?

 

 さすがに、王様と知り合い、みたいな言い方はまずかったかも……。

 

 それに、つい、変装内容を言っちゃったし……。

 

 しかも、相手が《鑑定士》だと、尚更バレてそうなんだけど。

 

 ある意味、暗殺者の天敵みたいな能力を持ってるんだもん、《鑑定士》って。

 

『……それで、あなたはもしや、勇者様なのでは?』

 

 ……確信してるよね? これ、絶対確信してるよね?

 

 ボクが勇者だって、知ってるよね?

 

 ど、どどどど、どうすれば……!

 

 ご、誤魔化すしかない、よね。うん。誤魔化そう。

 

「い、いえ、ぼ、ボクは、その……ゆ、勇者様じゃないですよ? ボクは、サクラ・ユキシロですよ? 全然違いますって」

『ですが、変装をしておられますよ?』

「そ、それは、その……ちょ、ちょっと人に追われてまして! み、身分を隠して旅行してるので、その、い、家の者が……!」

『…………なるほど。そうでしたか。いや、これは失敬。なにやら、話し方が勇者様と似ておりましたので。つい。そうですな。そもそも、勇者様がこっちに来ている、などと言う話は聞いておりませんし。最後に来たのは、一ヶ月と少し前とのことらしいので、ありえないですな』

「そ、そうですよ! あ、あは、あははははは!」

 

 空笑いである。

 

 ……あぁ、村長さん、絶対ボクが勇者だって確信してるよ・……。だって、表面上では、ボクがどこかの貴族だという風に納得しているのに、明らかに確信している目をしてるもん!

 

 あぁ、この旅行、かなり大変な予感……。

 

 

 それから、再び宿屋。

 

 お金はもう払ってあるので、せっかくだしね。泊まることに。

 

 この村の人たちがすごくかしこまった態度になったのは、ちょっとあれだけど……。

 

『はっはっは! いやぁ、面白かったですよ、イオ様! なんと言うか、ちゃくちゃくと信者を増やしているようで!』

「し、信者って……ボクは別に、神様じゃないよ」

『でも、白銀の女神、って呼ばれてますよねぇ?』

「うぐっ、そ、それは、元の世界の話で……というか、ボク、そこまで大それた人間じゃないんだけどなぁ……」

『んでも、あの村長さん、ぜ~ったい、イオ様が勇者だって気づいてましたよねぇ』

「そ、そうなんだよね……。周りの人たちはボクがどこかの貴族、という風に納得してくれたみたいだったけど、村長さんだけは、納得しているふりをしながら、納得しなかったからね……」

『まあ、悪い人じゃなさそうですし、問題ないんじゃないですか?』

「いや、確かにそうかもしれないけど、ボクの場合、お忍びみたいな感じで旅行をしてるから。できれば、平穏に、静かに、楽しく旅行がしたいんだよ……。普段のボクの疲れを癒す目的もあるにはあるし……」

 

 だって、普段から変なことに巻き込まれるんだもん……。

 

 ゴールデンウイーク初日には、いきなり強盗に遭うし……。

 まさかの声優として一時的に活動することになっちゃうし……。

 新学期に入ったら、並行世界にも行くしね。

 

 おかげで、ボクの疲れは日々蓄積されていくばかり。

 

 今回の試運転、実はボクが自分自身に対して贈る、慰安旅行のような面があったり……。

 

 ま、まあ、慰安旅行って、企業から社員への日頃の成果を労うレクリエーションなんだけど……ほら、ボクって異世界から帰ってきて以降、一般的な社会人よりも動いているような節があるし……。

 

 だから、この旅行はなんとしても、癒しにしたい。

 

『なぁるほどぉ。たしかに、データを覗いたら、イオ様ってマジ多忙そうでしたしねぇ。デスクワークとかじゃなくて、単純に体を動かす方でしたしねぇ』

「うん」

『もういっそ、個人で何でも屋を開くのもありなんじゃないですか? 主に、探偵系専門だと思いますけど』

「さ、さすがに無理だよぉ。所持している能力とかを使えば、簡単に情報を得ることはできるけど、ほとんど犯罪紛いなことになっちゃうよ」

『む、それもそうですね。まあ、バレなきゃ犯罪じゃないと思いますがね!』

「……AIが言っちゃダメじゃない? それ」

 

 どちらかと言えば、諫める側じゃないの? なのに、助長させちゃうようなセリフを言うのって、ダメじゃない?

 

『いえ、私はイオ様のサポートのために存在しています。まあ、とっくにイオ様のスマホ内に住居を作りましたし、いつでもどこでも、イオ様をサポートできますぜ! ぐへへへ!』

「なんで、そんな悪役みたいな笑い方なの?」

『え? だって、イオ様のスマホに住めれば、イオ様の裸が見放題ですし? それを写真に撮って、未果さんと女委さんの二人の送っちゃおっかなーとか思ってましたし?』

「……あー、ちょっとアイちゃんをチェンジしたくなってきたなー。一旦元の世界に帰って、新しいAIを創ってもらおうかなー。きっと、アイちゃんよりも優秀だと思うし」

『す、すすすすすすんません! マジ勘弁してくだせぇ! わ、私が悪かったので! どうか、どうかチェンジだけは!』

 

 変わり身早いね、アイちゃん。

 

「……絶対に、変なことはしないでね? じゃないと、本当に消しちゃうから」

『も、もちろんですぜ! ……ちょろいぜ』

 

 なんだかちょっと心配。

 

 まあでも……変なことはしない……よね。うん。きっとそう。そう思わないと、アイちゃんと付き合うのは難しいと思うよ。

 

『んまあ、冗談は置きまして……んでんで? 今後の予定は?』

「あー、うーん……そうだなぁ……この村の先に、別の街があるんだけど、そこに行こうかな。ボクだったら、走って半日程度で着くと思うし……」

『ほうほう! さすがですねぇ。というかいっそ、もう今の内に予定を決めておいてはどうです? その場その場で考えるっていうのは、イオ様が変なことに巻き込まれる原因の一旦ですからね!』

「な、なるほど……否定できない……」

 

 行き当たりばったりだと、ボクの場合、変な状況に巻き込まれやすい、っていうことかな。実際、今までもそうだったような気がするし……。

 

「じゃ、じゃあ、明日は今言った街へ行って、一日過ごす。その次の日は……あ、そう言えば、魔族の国って、ゆっくり回ってなかったっけ。じゃあ、そこでゆっくりしていこうかな」

『それ、絶対周囲が騒いで、ゆっくりするどころじゃないと思いますよ? ジルミスさんという方の反応を見ている限り、魔族って、みんなイオ様が大好きなんじゃないですかね? もしそうなら、イオ様から漏れ出る気品的なあれこれが、ぐっさり刺さるんじゃないですかね? 魔族の人たちに』

「さすがに大丈夫だよ。一応、今は変装もしてるしね」

 

 魔族の人たちに顔を見せたのは一度だけだし、それに、髪色も長さも違うし、何より、眼鏡をかけてます。

 

 変装と言ったら、眼鏡だよね。

 

『……この人、こんなんで、本当に変装出来てると思ってるんですかね……?』

「? 何か言った?」

『いえいえ。イオ様は面白いな、と。しっかしあれですねぇ。イオ様が勇者って言われていると、ついつい笑ってしまいます。暗殺者なのに、勇者て……ぷふっ』

「……言わないで。そこの辺りは、ボクもちょっと気にしてるから」

『おっと、これは失敬。明らかに矛盾してるような気がしてますがねぇ。まあ、そんな細かいことはいいとして。じゃあ、あれですかね。四日目~七日目は魔族の国に滞在するって感じですか?』

「うーん……そうだね。ボク自身もちょっと楽しみで。前は、王城でしか過ごせなかったし、街も見てみたいから」

 

 基本、メルと一緒にいたから、外に出れなかったし。まあ、メルは悪くないです。というか、メルが可愛かったので全然よかったけどね。

 

『なーるほどー。まあ、さっきのイオ様のセリフでフラグは立ってますが、まあ大丈夫でしょう! この人、一級フラグ建築士みたいなもんですし! あ、特級かな?』

「え、えっと、なにそれ?」

『あー、いえいえ、お気になさらず。イオ様は多分わからないですね』

「そ、そうですか」

 

 たまに、馬鹿にされているような気がしてるんだけど……。

 でも、まあ、変なことじゃないと思うし、いっか。

 

『……イオ様のフラグ回収は、見ものですねぇ』

 

 こそっと、アイちゃんが何かを言ったような気がするけど、多分気のせいだよね。

 

 さて、そろそろ夜ご飯かな。

 

 明日からこそは、のんびりとした旅行を楽しもう。




 どうも、九十九一です。
 もうそろそろ、300話が目前になってきました。始めてから一年経ってないのに、割と話数のペースは速いですよね、このクソ作品。まあ、中身に関しては、テンポが悪いけども……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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284件目 五月五日:異世界旅行8

 翌日の朝。

 

『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH! 朝ですぜぇぇぇぇぇ! 起きてください! 朝ですよ! カンカンカンカン! 朝です朝です! さあさあ、希望の明日へ向かって、レッツ異世界旅行! ハリーハリー! イオ様ハリー! 起床の時間ですよ! さっさと起きないと、気持ちよさそうにしている上に、若干涎垂らしてるイオ様の可愛い可愛い寝顔の写真が、未果さんたちに送られちゃいますぜぇ!』

「それはやめて!?」

 

 朝から、かなりの騒音を放つアイちゃんに起こされました。

 

 というか今、普通に脅しかけてきたんだけど!

 それよりも、どうやって撮ったの!?

 

 も、もしかして、たまたま取りやすい位置にあったとか……?

 

 あ、待った。たしか、寝る前に、

 

『あ、イオ様。スマホ、ちょっと立てかけるように置いてください』

 

 って言われたっけ。

 

 それで、画面がボクの方を向くようにしておいたんだけど……あの時は、何か不審者が入ってこないか見張るためとか何とか言ってたけど……もしかして……

 

「……ボクの寝顔を撮るために、置き方指示したの?」

『いえいえ。そのようなことがあろうはずがございません。もちろん、イオ様がすご~~く心配で心配で、見張りをしていただけですとも、ハイ』

「……じゃあ、ちょっと、フォルダ見せてもらうね」

 

 怪しく感じたので、ボクはスマホを手に取ると、フォルダを操作。

 すると、

 

「……『相対性理論』?」

 

 こんな仰々しい名前のフォルダあったっけ?

 ちらっと、右下を見れば、

 

『ひゅ~♪ ひゅひゅ~~♪』

 

 アイちゃんが口笛を吹いてました。AIって、口笛吹けるんだ。

 

 ……それにしても、このフォルダ、怪しい……。

 うん。見てみよう。

 

『あ、イオ様! その先には、心霊系の写真が!』

「その手には乗らないからね。絶対、ここに何か――ひぅっ!?」

 

 フォルダを開いて、一番上の写真を開いた瞬間、そこに写っていたのは、頭から血を流して、顔が蒼白で、鬼の形相でこっち睨む女の人の写真でした。

 

「き、きき……きゃああああああああああああああっっっ!」

 

 ……朝から、特大の悲鳴が響き渡りました。

 

 

「う、うぅ……こ、怖かった、よぉっ……ひっく……!」

『だから、心霊系の写真があると言ったのに……』

「だ、だってぇ……」

『イオ様が心霊系が苦手なのは知ってましたけど、まさかあの程度で泣くほどとは……』

「な、泣いてないもんっ……泣いてないもんっ……ぐすん……」

『いや、泣いてるでねーですか』

 

 ち、違うもん……これは、目から汗が出てるだけだもん……。

 ぜ、絶対に、泣いてるとかじゃ、ないもん……。

 

『いやはや、これが世界最強の暗殺者の弟子とは……。昨日はあんなにかっこよかったというのに、たった一枚のちょっとした恐怖系写真で泣くとは』

「な、泣いてないっ、もんっ……!」

『か、可愛いっ……! くっ、これが、元男の娘だというのか……!』

「か、可愛くないもん……ふ、普通、だもん……」

『いやあの、すでにものっそい可愛いんですが。正直、私が人間で、尚且つ、男だったら、ついつい襲っちゃってるところですよ』

「おそ、う……?」

『……あれ、通じてない。……あ、そう言えば、イオ様って、超ピュアでしたっけ……。今度、そう言う映像も仕込んでおこうかなと思ったんですが……やめておきましょう。天然記念物ですし……』

「天然……?」

『あ、いえいえ、こっちの話です。あの、とりあえず、泣き止んでもらっていいですか?』

「泣いてないっ、もんっ……!」

『……』

 

 ちょ、ちょっと怖くて、目から血が出てただけだから……。

 ……で、でも、本当に怖かった……。

 うぅ、夢に出てきそうだよぉ……。

 

 

 結局、十分以上かかりました。いつもの調子になるのに。

 調子も戻り、アイちゃんに尋ねる。

 

「そ、それで、なんで、あんなフォルダが……?」

『いえね? イオ様のお化け恐怖症と、とあることに関する知識を入れようかなーとか思っていたんですが……なんだか、可愛さが激減しちゃいそうだったのでやめました。イオ様の個性! それが無くなるとか、人類の損失ですよ!』

「いや、何を言ってるのかわからないんだけど……」

『えぇぇぇ? 普通、わかるところですぜ? ま、イオ様ですからね! 色々と大人っぽい部分もありますが、やっぱり、一部はまだまだ、子供ですねぇ~~?』

「…………チェンジするけど、いい?」

『すんません』

「よろしい」

 

 なんだか、アイちゃんとの付き合い方がわかってきた気がする。

 

 ……まあ、アイちゃんをチェンジする気は、ボクにはないけど。

 

 だって、なんだかんだで色んなことを教えてくれるし、言動はちょっとだけイラッとくる時もあるけど、いいAIと言えば、いいしね……。

 

 それに、一人の時の話し相手にもなってくれるからちょうどいいというか……ね?

 

「まったくもぅ……。アイちゃん、朝起こすときは、普通に起こして? さすがに、いきなり大音声で起こされると、心臓に悪いよ」

『いやぁ、あはは! ついね?』

「つい、じゃないよ。普通に起こしてくれれば、ボクもちゃんと起きるから」

『うぃす! 了解っす!』

「ほんとかなぁ……」

 

 なんだか心配になりつつも、普通に起こすという約束をしたので、多分大丈夫なはず。

 

『それじゃあ、旅行の続きと行きましょう!』

「うん、そうだね」

 

 ……あれ? 何か大事なことを忘れているような……うーん……まあ、忘れちゃったし、多分そこまで大事な物じゃないよね。

 

 

『よし、写真は永久保存』

 

 

『『『ありがとうございました!』』』

 

 朝、朝食を宿屋で食べて、旅行の続き。

 

 村を出る際、村の人たち全員でお礼を言われながら、見送りをされました。な、なんだか恥ずかしい……。

 

 ボクは軽く会釈をしてから、そそくさと村を出ていきました。

 

 

『いやぁ、人気者は大変ですねぇ?』

「や、やめてよぉ……。ただちょっと、悪い領主さんをお仕置きしただけだよぉ」

『……普通、それは世間一般では、ちょっと、とは言いませんよ。結構大それたことですからね? 権力に能力がないと、絶対できませんからね?』

「そ、そうかな……?」

『そうですよ』

 

 そうなんだ……。

 

 でもボク、暗殺者時代は、よく悪徳貴族の人たちにお仕置きしてたし……ちょ、ちょっと感覚がおかしくなってるのかな?

 

『にしても、旅行しに来ただけなのに、二日目でいきなり面倒ごとに巻き込まれるって、本当に面白い体質してますよねぇ~。トラブルホイホイってやつですかね?』

「ボクをGホイホイみたいに言うのやめて……」

『でも、似たような物ですよね? なにせ、ちょっといるだけで、そこにトラブルが舞い込んでくることが多いわけですし?』

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 否定できない……。

 

 アイちゃんの言う通り、ボクにはいつも変なことに巻き込まれる。それこそ、アイちゃんが言ったように、そこにいるだけで、トラブルが……。

 

『とにかく、イオ様少々、用心をした方がいいかもしれませんねぇ。と言っても、今更感半端ない忠告ですが』

「そ、そうだね……」

 

 たしかに、今更、って感じがする忠告だよ……。

 

 だって、去年の九月にはもう、すでに色々なことに巻き込まれていたわけだしね……。

 どうしよう。まだ三日目なのに、かなり心配になって来た。

 

「ま、まあ、さすがに……さすがに次の場所では、ない……よね?」

『さあ、どうでしょうね?』

 

 ……ないよね?

 

 

 そんな心配をしつつ、次の街へ。

 

 まあ、何もないと思っていた……というより、期待していたんだけど……

 

『勇者様だ! 勇者様が来たぞ!』

『勇者様―――!』

『ありがとうございました!』

「…………えぇぇぇ?」

 

 なぜか、ボクは街の人たちからすごく歓迎されていました。

 

 というか……なんで、ボクの正体がすでにバレてるの?

 

 え、待って? たしか、ここまで来るのにすでに半日経ってるけど……その間に一体何が……。

 

『勇者様!』

 

 と、いきなり子供が出てきた。

 ……あ、あれ? この子……ボクが助けた子供じゃ……。

 

『勇者様、子供を助けてくださり、ありがとうございました……』

『俺の所もです。本当に、なんとお礼を言っていいやら……』

 

 ……あ、あー、なんとなく理解した。

 

 昨日助けた子供たちの住んでいた場所って、この街だったんだ……。

 

 全員ってわけじゃないと思うけど、半数近くはここだったんだろうね。

 

 でも……でもさ、ボク休み休み来てたけど、子供たちなんて……あ。そう言えば、途中馬車が何両か通っていったような……。

 

 もしかして、あの中にいたのって……子供たち?

 

 そう言えば、あの場にいた人たちは、ボクが勇者だって知ってるんだっけ……。

 

 も、盲点だった。

 

 いや、むしろこんなこと予想できるわけないよ!

 

 というか、早くない!? 昨日の今日で、いきなり住んでいる場所見つけちゃったんだけど! どうなってるの!?

 

 こ、これに関しては、後日王様に尋ねよう。絶対。どうやったのか、すごく気になるもん!

 

 い、いや、今はそうじゃなくて、目の前のことに集中……。

 

「え、えっと、もしかして、君たちが、その……ボクが勇者だ、って言ったのかな……?」

『うん!』

『だって、勇者様に助けてもらったんだもん!』

『お父さんたちに、自慢したくて』

 

 そ、そうですか……。

 

 じ、自慢、ね……。

 

 まあ、子供だしね……。普通、勇者と言えば、子供からすれば憧れの存在なわけで……そんな人に助けてもらったら、子供は自慢したくなるよね……。

 

 いや、ボク自身、全然憧れになれるような存在じゃないけど。

 

 子供たちは、勇者がかなり過酷なものであると知らないんだろうね……。

 今は知らなくてもいいことだけど、大人の人たちは、絶対に知っているはず。

 

 だけど、あえて教えないんだろうね。当たり前だけど。

 

 この世界に勇者、という名の職業はない。

 

 まあ、魔王は存在しているけど。

 

 魔王、職業なんだ、って最初は思ったけどね……。

 

 この世界で言う勇者って、召喚者の事を指すらしいけどね。

 

『さあ、勇者様、こちらへどうぞ!』

「え、あ、はい」

 

 なんて、色々と考えていたら、唐突に一人の六十代くらいのおじいさんについてくるよう言われ、ボクはおじいさんの後について行く。

 

 

 おじいさんに案内されたのは、やたら豪華な宿泊施設の一室。

 

 なんでも、

 

『この街で一番のお部屋をご用意いたしました! どうぞ、ごゆっくり!』

 

 だそうです。

 

 いや、あの……クイーンサイズのベッドを一人で使うのって、結構辛いんだけど……。

 無駄に、天蓋付きなんだけど……。

 

 ど、どうしよう。こんな状況、戸惑いしかないんだけど……。

 

 しかも……部屋に備え付けられている家具、全部高級品に見えるんだけど……というか絶対、高級品ですよね?

 

 こ、こういうのが嫌だから、王城で過ごさないのに……!

 

 あぁ、『キリアの宿』が恋しい……。

 

 あそこは何と言うか、素朴でありながら、高品質の家具で構成された部屋だったから、すごく過ごしやすかったんだよね……。

 

 フーレラ村の宿もいい感じだったし……。

 

 一応、元の世界では一般家庭出身なんだよ? なのに、上流階級の人が宿泊してそうな部屋に案内されても、ボクとしては困惑するだけだし、逆に緊張しちゃうんだけど……。

 

『ほっほ~。なかなかに豪華な部屋ですねぇ~。いやぁ、勇者って、すごい立場なんですね、これを見ると』

「いや、あの、さすがに辛いんだけど……」

『まあ、一人でクイーンサイズのベッドはねぇ?』

「で、でしょ?」

『高所恐怖症ならぬ、広所恐怖症の人にとっては、まさに地獄みたいなベッドですよね』

「ほんとだよ……」

 

 しかもこれ、絶対ボクがクナルラルの女王だから、って言うのもある気がするのは気のせい?

 

『向こうはこう思ったんでしょうね? 人類を救った勇者様だ! しかも、最近クナルラルの女王になった……ならば、この街で最高の部屋を用意しなければ、粗相に当たる! おい、急ぎ最高の部屋を! みたいな』

「う、うわー、そう言ってる人の姿が目に浮かぶー……」

 

 この世界、割とそう言うところがあるから、全然否定できない……。

 

『いやはや。勇者になるというのも、大変なんですねぇ。あとこれ、イオ様の容姿もかなりいいのがそれをさらに助長させちゃってますよね。おそらくですが、ごく一般的な男子高校生が世界を救っても、ここまではならないかと』

「い、いや、さすがにないと思うけど……。でも、だれであろうと、勇者になれば、ボクみたいになる、と思うよ……?」

『それは、性転換も込みでですか?』

「……それは言わないお約束」

 

 今でも思う。

 

 あの時の油断をなかったことにできたら、って。

 

 そうすれば、女の子になることもなく、元の世界で元の暮らしに戻れたかもしれないのに。

 

 ……でも、最近この性別もちょっと気に入ってるところもあるんだよね……。だからこそ、今はあまり戻りたい、という意志が薄くなってきてるわけで……。

 

 いや、それでもまだ、戻りたいとは思ってるけど。

 

 でも、師匠のミスのおかげで、ボクは二度と戻れないしね。

 

 人にやってもらって、他人のせいにするのは……よくないね、うん。もとはと言えば、ボクの油断が招いた状況なわけだし……。

 

『こうなっては、イオ様に対する縁談話とか、相当来そうですよね。勇者だし、美少女だし、王女だし』

「そ、それは……さすがに困る……美少女じゃないけど」

『……もはや、認めないこと自体がお家芸になりつつありますよね、イオ様。それで、縁談とかって来たことあるんです?』

「ま、まあ、一応ね……。以前、二度目の異世界訪問の際に、お城のパーティーでちょっと……」

 

 ……あの時、一応ボクが断っていたけど、ボクは気づいていた。

 裏で師匠がとてつもない殺気を放っていたことに。

 あれ、なんでだったんだろう……?

 

『やっぱりいるんですねぇ。いやはや、おモテになるようで。で? 今日はどうするので?』

「なんだか疲れちゃったよ……。あれよあれよという間に、こんな部屋に通されるんだもん。いるだけで疲れちゃうよ、これ。今日は、夜ご飯を食べて、お風呂入って、そのまま寝るよ……」

『ま、ですね。それじゃあ、明日の朝は?』

「そ、そうだね……。とりあえず、朝四時に起きて、宿泊代を置いて、そのまま出ていこう。それで、そのままクナルラルへ向かう、って言う感じかな」

『了解でっす! それじゃあ、私が起こしますね!』

「お願いするけど……昨日とか今日みたいに、騒がしい起こし方はしないでね? 軽く、バイブレーションで起こすくらいでいいから」

 

 本当に、うるさかったからね、昨日と今日のアイちゃんの起こし方……起こされた時、不機嫌になったりしないボクが、不機嫌になりそうな起こされ方だったもん。絶対、嫌です。あれは、ボクの堪忍袋に多大なダメージを与えてくるので。

 

『OKです。じゃあ今晩、股の辺りに置いときます?』

「? なんでそこなの? 枕元じゃなくて?」

『……なんか、下ネタが通じないって、ちょっと寂しいものがありますね』

 

 え、今のって下ネタだったの?

 

 うーん、どの辺りがそうだったんだろう……? というか、意味もわからなかった。

 

 なんだかんだで、知らないことが多いね、ボク。




 どうも、九十九一です。
 割と長い異世界旅行ですが、正直、五日目以降は、それなりに端折ってしまおうかなと思ってます。というか、端折る。このままだと、いつかの体育祭のようにだれそう。それだけは、本当にまずいので、ちょっとばかり端折ります。許してください……。
 今日も二話投稿を予定していますが、まあいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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285件目 五月五日:異世界旅行9

 ブー、ブー……

 

『イオ様、朝です。朝ですよー、起きてくださーい』

「ふぁあぁぁぁぁ……おはよう、アイちゃん」

『はい、おはようございます! 約束通り、普通に起こしましたよ! どうどう? 偉い?』

「あ、う、うん。そうだね、偉いね」

『やったぜ! イオ様に褒められたぜ!』

 

 う、うーん、やっぱりよくわからない……。

 

 アイちゃんって、普通に考えて、とんでもないAIなはずなんだけど……なんでボクなんかと一緒にいたがるんだろう? だって、出会ったの、三日ほど前だし、その割には、変に懐いている気がするし……。

 

 あ、でも、ボクが懐いていると思っているだけで、本当はそうでもなかったり?

 

『さあ、イオ様。今の内に逃げ出しますよ!』

「あ、うん。そうだね。今の内にね」

 

 代金を多めに部屋に置いておいて、ボクやまだ薄暗い朝の街へ、窓から飛び出した。

 

 

 それから、屋根を飛び移りながら移動していると、最終的に、なんとか街を脱出。

 

 朝四時頃だったからか、人がいなくて助かったよ。

 

 いたらかなり大騒ぎだもんね。

 

 ま、まあ、仮に人がいたら、能力を全部フル活用して逃げるけど。

 

『いやはや、罪人でもないのに、脱獄のようなことをするとは、難儀なもんですねぇ』

「あ、あはは……ボクもそう思うよ……」

 

 むしろ、勇者が脱獄紛いの事をしてる、なんて広まったら、それこそ色々と面倒くさいことになるだろうね。いや、絶対に広めたくないけど。

 

 一応置き手紙に、

 

『元の世界へ帰還します。料理美味しかったです!』

 

 って書いておいたので大丈夫でしょう。

 

 まあ、本当は帰還なんてしてなくて、今もこうして、クナルラルへの道を歩いているわけだけど。

 

『それで、クナルラルへは、どれくらいで着くんで?』

「うーん、結構早く出たし……前来た時は、馬車で三時間くらいだったきがするよ。ボクが本気で走れば、一時間かからないで着くかもしれないけど、それはそれ。のんびり行きたいね」

『ま、今ならゆっくり移動しても、問題なさそうですもんね~。でも、なんで森?』

「あ、うん。前行った時、森の中を通ったりもしたんだよ。道中、小屋も見えてね。それを目印に……っと、あ、あった」

『おや、本当に薄暗い森の中に……ん?』

「どうしたの? アイちゃん」

『いえ、何と言うか……あの小屋、何かありません?』

「え? ……本当だ。なにか、微弱な気配が複数……」

 

 普段、自身を中心とした半径数メートル圏内でしか『気配感知』は常時使っていないんだけど、アイちゃんが言った言葉が気になって、ボクは範囲を拡大。

 

 すると、微弱な気配が、五つほどあった。

 

 あれ? でも、以前は気配なんて一つもなかったんだけど……。

 

『……ねえ、イオ様。私、どうしようもなく、面倒ごとの予感がするんですが、どう思います?』

「……そ、そうだね。ボクもちょっと、何か変なことにまた巻き込まれるんじゃないかな、って思うんだけど……ちょっと心配だし……見に行こう」

『ま、イオ様なら、そう言いますよねぇ』

 

 さすがに、知った以上、見て見ぬふりはできないからね。

 

 

 というわけで、小屋に移動。

 

 入り口の扉は、鍵がかかっていた。

 

 ……まあ、この世界ではよくあるタイプの鍵みたいだし、この辺りは『アイテムボックス』でどうにかしよう。

 

『それ、ほんっとチートですよね。どうなってんですかね』

「さ、さぁ……」

 

 それは、ボクが一番疑問に思ってるよ。

 

 だって、師匠から教わったはずなのに、なぜか師匠以上の何かが、習得で着ちゃったわけだし……。

 

 そもそも『アイテムボックス』って言う名前なのに、生物を入れられる時点でおかしいよね。

 

 名前、変えた方がいいんじゃないの? っていつも思う。

 

 まあ、それはそれとして、鍵を生成し、扉を開ける。

 

『あら……これはまた、予想的中ってやつですね』

「……うん。なんで、こうも問題が起こるのかな……」

 

 ボクの目の前には、檻が五つあり、その中に女の子が入れられていた。

 

 見たところ……魔族に人間の二つの人種の娘たちみたいだ。

 

 喋れないように、布を噛まされているところを見ると……どう見てもこれ、誘拐された、って言うことだよね? それに、手足を鎖で繋がれてるし……

 

 ……ひとまず、尋ねてみよう。

 

「君たち、ちょっといいかな?」

 

 そうやって、なるべく優しく話しかけると、女の子たちは、怯えながら後ろに下がろうとする。

 

 こればかりは仕方ない。

 

 知らない人からいきなり話しかけられたら、誰だって怯えるもん。

 

 なら、今はここから話そう。

 

「ごめんね、驚かせて。えっと、君たちは自分の意思で、ここにいるの?」

 

 そう尋ねると、女の子たちはいっせいに首を横に振る。

 

「それじゃあ、誰かに連れてこられて?」

 

 そう訊くと、こくりと頷く。

 

 ……え、えー……。ま、また、誘拐系ですか……。

 

 うぅ、ボクののんびりした異世界旅行はいずこへ……。

 

 って、今はそんなふざけたことを考えている場合じゃなくて!

 

「えっと、出たい、よね?」

 

 そう尋ねると、女の子たちは、みんな勢いよく首を縦に振る。

 

 うん。よかった。これでもし、出たくない、なんて反応を返されたら、どう対処していいか迷ったよ。

 

 それじゃあ、早速ナイフ生成。もはや、定番。

 鉄が切れるくらいのナイフって、本当に使い勝手がいいんだよね。まあ、切り方にもコツがいるんだけど。

 

 とりあえず、女の子たちの檻をすべて切断。

 

 女の子たちに付けられた鎖も全部切断して、開放する。

 

 布も取ってあげましたよ、もちろん。

 

『イオ様。外から、いや~な気配がいくつかこっちに向かってきてます』

「ありがとう」

 

 そうなると、ここでこの娘たちに事情を説明している余裕はない、か。

 仕方ない。

 

「ちょっと、ごめんね」

 

 ボクは女の子たちの足元に『アイテムボックス』を開くと、中に入れた。

 

『『『『『――っ!?』』』』』

 

 さすがに、驚いていたけど、衰弱していたのか、声が出せていなかった。

 

「その中で、食べたいものを思い浮かべれば、食べ物が出てくるから! あと、洋服も!」

 

 そう言って、ボクは入り口を閉じた。

 

 ひとまず、これで大丈夫。

 

 ……さて、次だね。

 

 

 ボクは急いで小屋を出て、いつもの隠れ能力にスキルを使用し、茂みの中に。

 

『おい! ガキどもがいねぇぞ!』

『なんだと!? クソ、なんだこりゃ、檻が切られちまってるじゃねえか!』

『まだ遠くには行ってねぇはずだ、探せ!』

 

 ……本当に、ただの人攫いだった。

 

 ……もしかして、バリガン伯爵が雇っていたというか、繋がっていた人攫いって、この人たちなんじゃ……。

 

 たしか、何人か捕まってないって話だし……。

 

『だが、バリガンの野郎は、へましちまったらしいしな……』

 

 あ、本当に、バリガン伯爵と繋がりあった。

 

 ……仕方ない。見つけてしまった以上は、何もしないわけにはいかないよね。

 いやまあ、人攫いに遭遇した時点で、見逃すという選択肢はないんだけど……。

 

「お兄さんたち、ちょっといいですか?」

 

 ボクは、変装系以外の能力とスキルを解除すると、人攫いたちに話しかけていた。

 

『ああ? うお、めっちゃ可愛いじゃねえか!』

『こりゃ、いなくなったガキども代わりにしたら、釣りがくるな』

『なあ、嬢ちゃん、痛い目に逢いたくなかったら、俺達に着いてきな』

 

 ……あー、なんで、盗賊とか人攫いとか、悪い貴族の人って、同じセリフを言うんだろう。もしかして、マニュアルとかでもあるのかな?

 

 まあ、いいけど。迅速に、ね。

 

「いえいえ、誰もあなたたちに着いて行きませんよ。それに……女の子たちは逃がしましたし」

『なっ! て、てめぇが逃がしたのか!?』

「はい。だって、可哀そうでしたし」

 

 まあ、同時に怒りも沸いてきたけど。

 

『ふざけんじゃねえ! なに、勝手に商品を逃がしてやがんだ!』

「じゃあ返しますけど、なんで勝手に女の子を攫ったんですか?」

『はん! あいつらは孤児だ! だから、俺達がちゃんと住めるようにしてやるんだ。ありがたく思ってもらわなきゃいけないだろ?』

 

 ……うん。すっごくイライラする。

 

 こんな自己中心的な発言を聞いているだけで、殺意が沸きそう。

 

 それにしても、あの娘たちは孤児だったんだ。

 ……ちょっと、色々と考えないと。

 

「そうですか。じゃあ……ボクがあなたたちを一生安全な場所に送ります。感謝してくださいね?」

 

 にっこり笑ってそう言うと、人攫いたちはいっせいにきょとんとした顔になり、その直後、

 

『『『かはっ……』』』

 

 お決まりの呼気を漏らして、気絶した。

 いつものように、一瞬で背後に回って、針を刺しただけです。

 それだけで終わるんだから、楽なものです。

 

『この馬鹿共はどうするんです?』

「うーん……さっきの女の子たちの中に、魔族の娘がいたから、このまま拘束して、引きずって行こうかな。クナルラルまで。いい罰になるでしょ」

『え、えげつないっすね、イオ様。すっごい痛そうなんですが』

「あはは! 何言ってるの。引きずられるだけなら、全然マシだと思ってほしいです」

『……う、うわぁ。イオ様こわーい……』

 

 別に怖くないと思うんだけど……。

 

 それに、殺されないだけマシだし、両腕両足を切断された上で、一本一本針を刺されることに比べれば、可愛いものだと思うし……。

 

 あ、もちろん、回復魔法をかけるので、傷はないですよ。まあ、腕と足もないんですが。

 

 ちなみにこの方法、やるように言ってきたのは師匠です。一番効率よく、確実に情報が聞き出せるとか何とか……。

 

 なんてことをアイちゃんに言ったら、

 

『こ、こわっ!? あ、悪魔ですかあなた!』

 

 って、本気で怖がられました。

 ……すみません。

 

 

 それから、人攫いたちを引きずってクナルラルへ。

 

 到着する頃には、すでにボロボロでぐったりしていた。

 まあ、だからと言って、まだ開放はしないけどね。

 

 とりあえず、一度『気配遮断』などの能力やスキルを発動し、魔王城へ。

 

 とりあえず、ジルミスさんを探すと、すぐに見つかった。

 なので、能力とスキルを消す。

 

「ジルミスさん」

「こ、これはイオ様! どうなさいましたか? というより、その姿は……」

「あ、え、えっと、これはちょっとお忍び旅行の途中でして……ちょっとした変装を」

 

 ……ボク、自分が依桜だって言っていないのに、なぜか瞬時に見抜かれたんだけど。

 

「なるほど、そうでしたか。では、なぜ私のところ?」

「ちょっと、悪い人を捕まえまして……人攫いです。魔族の女の子も捕まえていたみたいなので、そのままこっちへ」

「そうでしたか。……して、この者たちは?」

「とりあえず、リーゲル王国で最近捕まったバリガン伯爵と繋がりがあった人たちなので、リーゲル王国に護送してくれませんか?」

 

 こっちで裁いてもいいけど、でも、バリガン伯爵の件が絡んでいる以上、向こうに引き渡した方がよさそうだしね。

 

「了解致しました。誰か!」

『はっ、お呼びでしょうか』

「この者たちを、牢に入れておいてくれ。明日、リーゲル王国に連れて行く」

『御意』

 

 一人の魔族の人が出てくると、人攫いの人たちを連れて行った。

 

「ふぅ……それで、イオ様。攫われたという魔族の少女たちは……」

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 

 ボクは『アイテムボックス』を開くと、中にいる女の子たちに出てくるよう伝える。

 すると、おずおずと女の子たちが出てきた。

 

「この娘たちです。人間の女の子もいますけど、みんな孤児みたいで……」

「なるほど。人間の少女が三人、魔族……サキュバスの少女が二人、ですか。しかも、孤児」

「身寄りがないとなると、やっぱり育てる人が必要ですし、どうしようかなって」

「そうですね……」

 

 ジルミスさんが女の子たちを見ると、女の子たちはびくっと肩を震わせて、ボクの背後に隠れてしまった。

 

「どうやら、イオ様に懐いているようですね」

「あ、あはは……」

 

 多分、助けたから、かな。

 それに、あの中でちゃんと食べたみたいだし。

 

「えーっと、君たちのお名前を教えてくれるかな?」

「ニア、です」

「り、リル」

「ミリア」

「クーナです……」

「……スイ」

 

 ニアちゃんが、こげ茶色のショートボブの人間の、真面目そうな女の子。

 リルちゃんが、目が隠れるほどの前髪に、太腿くらいまである長い黒髪の人間の内気そうな女の子。

 ミリアちゃんが、明るい茶色のツインテールの活発そうな女の子。

 クーナちゃんが、背中の中ほどまである金髪のサキュバスの優しそうな女の子。

 スイちゃんが、水色の髪を肩口ほどのショートカットにした、大人しそうな女の子。

 

 うん。今はちょっと、汚れていたり、やせ細っちゃってるからあれだけど、普通にみんな可愛い。

 

「うん、ありがとう。えっと、君たちは自由になったんだけど、どうしたいかな?」

「え、えと、お、お姉ちゃんと一緒が、いいです……」

 

 ニアちゃんがそう言うと、他の女の子たちも、頷く。

 そ、そう来たか……。

 

「え、えっとね、ボクは、その……三日後には元の世界に帰らないといけなくて、ね? その、一緒にいるにしても、ちょっと今日を入れて四日間しかいられないの」

「……で、でも、わ、私たち、行く場所がない……」

「お、お姉ちゃん、お、お願い、します……」

 

 あぅっ! お、女の子たちの、涙目と上目遣いっ……!

 い、いつかのメルのよう!

 で、でも、五人……い、いや、でも、ボクには一応、養えるだけのお金がっ……!

 

「お姉ちゃん、お願いします!」

「私たちを連れてって……!」

「……お姉ちゃんと一緒がいい」

 

 ああぁぁぁっ! そ、そんな目でボクを見ないでぇ!

 小さい女の子のその目には弱いの、ボク!

 

 か、可愛い……って、そうじゃなくて!

 

 あぅ、でも、ここまでお願いされると、断るのも可哀そうだし……そ、それに、メルの友達になってくれるかもしれないし……! が、学校に関しても、学園長先生に頼めば何とかなるし……家は……いっそ、ボクの持てるお金を使って改築すれば何とかなるし……。連れて行ってあげれば、ボクがいなくて、メルがお留守番の時、遊び相手になってくれるかもしれないし……!

 

「「「「「……(潤んだ目+上目遣い)」」」」」

 

 はぅっ!

 

 ……ま、負けるわけにはっ……

 

「…………………………この世界とは全然違うけど、それでもいい?」

「「「「「うんっ!」」」」」

 

 ……だめでした。

 

 身寄りのない女の子たちの、必死の訴えには勝てませんでした……。

 

 だ、だって、みんなボクを頼ってくるんだよ……? 他に頼れる人がいない以上、なんというか、助けてあげたいなって……。

 

 言語に関しても、どうにかなるかもしれないし……ま、まあ、勉強もさせないといけないけど……。

 

「イオ様、よろしいのですか? クナルラルに住まわせるということも可能ですが……」

「……ボクに見捨てることはできないです……。多分、以前のメルのようになる気がしてますし……」

「……たしかに、そうかもしれませんね。まあ、イオ様がいるのでしたら、問題はないでしょう」

「ま、まあ、向こうには色々な知り合いがいますし、大丈夫だと思います」

「はい。あ、一応サキュバスの娘である、クーナとスイの二人にはこれを持たせてください」

 

 そう言って渡されたのは、緑色の小さな宝石のような物が付いたネックレスだった。

 

「これは?」

「まだ幼いですから、下手に魅了の力が漏れて、最悪の事態になるとも考えられます。それに、まだ未熟ですからね。とはいえ、サキュバスは、十二歳を迎えれば、自然と力は安定し、コントロールできるはずですので、その間だけでも」

「わかりました。ありがとうございます、ジルミスさん」

 

 本当に、ジルミスさんっていい人だよね……。

 正直、ジルミスさんが王様続投でよかったと思うんだけど、ボク。

 

「いえいえ。それで、イオ様。クナルラルを発つのですか?」

「あ、いえ、今日を含めた四日間、ここに滞在するつもりですよ」

「なんと! それでは、王城の方に?」

「い、いえ。ボク、あまり豪華なところって得意じゃなくて……。それに、今回はお忍びで来てますからね。素性を隠してるんです。それに、以前はここをゆっくり見る余裕もなかったですしね。ゆっくり見たいんです」

「そうでしたか。わかりました。それでしたら、『ノルン宿』がよろしいかと。あそこならば、六人でも問題なく過ごせるお部屋もありますし、豪華すぎませんが、接客も丁寧。さらに、料理も家庭的なものながら、味も素晴らしいです」

 

 聞いてるだけでも、いい宿屋なんだなって思えてくる。

 

 それに、ジルミスさん、ぜひぜひ王城へ! みたいな感じに言わないのがありがたい……気遣いもできる、パーフェクトな人だと思います……。絶対、幸せになってほしい。そう言えば、恋人はいないのかな? ジルミスさんって。

 

「わかりました。『ノルン宿』ですね。そこに行ってみようと思います」

「はい。それでは、お気を付けて。あ、一応そこの少女たちには、ご自身の素性を明かしておいた方が、後々楽ですよ」

「そうですね。ありがとうございます、ジルミスさん。それでは」

「はい。是非、クナルラルを楽しんでいってください」

「はい。それじゃあ、みんな、行こっか」

「「「「「はい!」」」」」

 

 ボクはみんなを連れて、王城から去っていった。

 

 ……はぁ。大所帯になっちゃったなぁ……。




 どうも、九十九一です。
 暴走した結果、キャラが増えた……。予定になかったどころか、助けたらそのまま国で、って言う風にしようかなぁとか考えていたんですけど、まあ……こっちの方が何かと面白そうだったので、こうなりました。行き当たりばったりが酷すぎる……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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286件目 五月五日:異世界旅行10

『いらっしゃいませ!』

「あ、えっと、六人なんですけど……」

『はい! 六名様ですね! 何泊お泊まりになりますか?』

「えっと、三泊でお願いします」

『かしこまりました。では、二回の一番奥の部屋へどうぞ!』

「ありがとうございます」

『夕食は宿泊とセットになっておりますので、お時間になりましたら、お運び致します』

「わかりました」

『それでは、ごゆっくりどうぞ』

 

 ……よ、よかった。ジルミスさんみたいに、ボクが依桜だとバレてなくて。

 

 

 みんなを連れて、指定されて部屋へ。

 

「それじゃあ、えっと……あ、そう言えば、まだ事故紹介をしてなかったね。えっと、ボクはイオ・オトコメです。これから、よろしくね」

 

 笑顔で自己紹介をすると、みんながポカーンとしていた。

 

 その直後、

 

「え、えっと、い、イオお姉ちゃんって、勇者様、なんですか……?」

 

 あ。そう言えば、みんなには言ってなかったし、そもそも今は姿を変えてたっけ。

 ジルミスさんには、早めに言っておく方がいい、って言われたから、まあいいよね。

 

「ま、まあ、そうだね。世間では、勇者、なんて言われてるよ」

 

 自分で自分の事を勇者って言うの、やっぱり恥ずかしいね……。

 なんだか、中二病みたいでちょっと嫌だなぁ。

 

「わ、私たち、勇者様に助けられたんですか……?」

「そうなる、のかな。と言っても、偶然だったんだけど……」

 

 あの時、アイちゃんが気付いてくれてよかったよ。

 

 じゃないと、さらに酷い目に遭っていたかもしれないし。

 

「す、ごい、です……。わ、わたしたち、勇者様と一緒……」

「ぼくもびっくり」

「私もです。まさか、勇者様に助けていただけるなんて……」

「……魔族の国でも、英雄」

 

 みんな、なんだか嬉しそうな表情を浮かべている。

 

 ボクに助けられたことが、そんなに嬉しいのかな?

 

 でも、そこまで大それた人間じゃないんだけど……なんだか、ここまで喜ばれると、ちょっとこそばゆいというか……恥ずかしい。

 

「それで、えっと……みんなは、ボクと一緒に行く、ということでいいんだよね?」

「「「「「はい!」」」」」

「うん。ボクも了承しちゃったし、見捨てることは絶対にしないけど、最後に確認。こことは、根本的に違う世界で暮らすことになります。そこでは、魔法もないし、能力もスキルもありません。その代わり、科学というものが発達していて、それが人の暮らしを支えているの。さらに言えば、こっちでの常識はほぼ通じません。魔物もいないし、魔族も、亜人族もいません。いるのは、人間だけ。でも、こっちの世界よりもちょっと非力だから、決して、力を振るっちゃいけないよ。特に、クーナちゃんとスイちゃんはサキュバスだからね。気を付けてほしいの。あとは、向こうの世界に行ったら、まず『言語理解』って言うスキルを習得してもらうね。まあ、すぐに手に入ると思うから、気負わなくていいよ。それが終わったら、学園……学校に通ってもらうよ。最初は、ちょっとやることが多いけど、きっと楽しいはずだから安心してね。それに、ボクもちゃんと支えるし、向こうにはこっちの世界の人が二人いるから、その二人も頼って。特に、もう一人の娘は、みんなと同じくらいの歳だから、頼るといいよ。……と、一気に説明しちゃったけど、何か質問はあるかな?」

 

 ちょっと、一回で言いすぎちゃったけど、見たところ、みんなしっかり聞けていて、ちゃんと理解もしているみたい。

 

「はい」

「ニアちゃん」

「え、えっと、その世界では、私たちってどういう立場に……?」

「みんなは、ボクの妹……家族になってもらおうかなって思ってます。もちろん、嫌なら嫌で――」

「「「「「嬉しいです!」」」」」

「そ、そっか」

 

 嫌なら拒否してもいいって言う前に、食い気味に言われちゃったよ。

 

 そ、そんなに妹がいいのかな……?

 

 でも、この娘たちはみんな孤児みたいだし、家族ができるから嬉しいのかも。

 そういう意味で言えば、食い気味に言われても不思議じゃないかな。

 

 ……目、すっごくキラキラしてたし。

 

「それじゃあ、他の質問はあるかな?」

「は、はい」

「リルちゃん」

「が、学校って、ど、んなところ、ですか……?」

「うーん。同じくらいの年齢の子供たちで集まって、いろんなことを勉強する場所だよ。友達もできる場所でもあります」

「友達ができるの?」

「うん。そうだよ、ミリアちゃん」

「わ、私とスイは、サキュバスですけれど……だ、大丈夫なんでしょうか……?」

「もちろん。さっき、ジルミスさんからこれを渡されてね。このネックレスを身に付けていれば、魅了の力が抑えられるみたいだから、二人はこれを付けてね。それに、外見だけなら、可愛い女の子にしか見えないから、大丈夫」

「……わたしたち、可愛い?」

「うん。みんな可愛いよ」

 

 そう言うと、みんな一斉に嬉しそうに顔を見合わせた。

 今まで、どんな生活をしていたんだろう……?

 

「他に質問はないかな?」

 

 そう尋ねると、みんなからは特に手が上がらなかった。

 

 うん、大丈夫みたいだね。

 

「それじゃあ、ボクから質問。一応、言いたくなかったら言わなくていいからね?」

 

 そう言うと、みんなこくりと頷いてくれた。

 

「えっと、みんなの年齢と今までどういう生活をしていたのか訊きたいの。いいかな?」

 

 みんなに尋ねると、一瞬迷った後、すぐにこくりと頷いてくれて、ニアちゃんから順番に話し出した。

 

 

 みんなの年齢をまとめてみると、ニアちゃんとクーナちゃんの二人が10歳。リルちゃんとミリアちゃん、スイちゃんの三人は9歳だそう。

 

 そうなると、学園に通った際、ニアちゃんとクーナちゃんの二人はメルと同じ学年になりそうだね。他の三人は一個下の学園か。

 

 あの学園、一応初等部にはエレベーターが設置されてるんだよね。だって、七階まであるし。一つの回につき、一学年あるという感じで。

 

 職員室は七階だけどね。

 先生方が大変そう。

 

 それは置いておくとして。まあ、それぞれ三人ずつで分かれられるなら、ちょうどいいかもね。

 

 メルもいることだし、たまにボクも様子を見に行けばいいと思うし。

 

 まあ、それは最終手段だけどね。

 

 みんなの生活費などに関しては、ボクが出せばいいよね。どのみち、使い道がなくて困ってたし。

 

 さて、そんな五人の今までの生活だけど……どうやら、相当よくない生活だったみたい。

 

 みんなは最初から知り合いだったわけじゃなくて、ある日突然、あの人攫いたちに捕まって、連れて行かれる途中の馬車で、初めて会ったそう。それからは五人で身を寄せ合いながら生活して来たそうなんだけど、つい最近、なんでも買い手がついたとかで、いきなりあの小屋に連れて行かれ、一人ずつ檻に入れられたそう。

 

 それで、もう一生まともな生活はできないと絶望しながら檻の中で過ごしていたら、ボクに救出されたとのこと。

 

 お父さんやお母さんについては、どうも小さい頃に亡くなってしまっていて、孤児院で生活していたみたい。

 

 人攫いたちに掴まったのがつい一年ほど前だったとか。

 

 その間は、碌な食事も与えられず、お風呂にも入れてもらえないとかで、本当に酷かったみたい。

 

 ……本当に、許せないよね。

 

 ボクが容赦のない人間だったら、その場で殺したくなるよ。

 

「……そっか。辛いことを話させちゃったね。ごめんね……」

「い、いいんです。イオお姉ちゃんは、私たちを助けてくれました……」

「う、ん。わたしたち、もう、だめかと、思ってたから……イオおねえちゃんには、ありがとう、しかない、よ」

「うん。ぼくも、イオねぇが助けてくれたから、大丈夫!」

「私もです。イオお姉さまに助けていただけなかったら、どうなっていたかわかりません」

「……うん。わたしも。イオおねーちゃん。ありがとう」

 

 ……本当に、こんなにいい娘たちが酷い目に遭うなんて……世界は残酷だよ。

 でも、これから先は、幸せな人生にしてあげたい。

 

 ……何気に、みんなボクの事を姉と呼んでるのが、ちょっと嬉しい。

 

 本音を言えば、兄、なんだけどね、ボクって。

 

「うん。今日からボクは、みんなのお姉ちゃんだから、遠慮なく頼ってね。必ず、助けてあげるから」

「「「「「はい!」」」」」

 

 うん。いい返事です。

 

 

 それから、みんなでいろんなことを話していると、夜ご飯に。

 

 お腹いっぱい食べられて、みんなはすごく幸せそうな顔をしていました。

 癒されました……。

 

 ご飯を食べた後、お風呂に入りました。すると、よっぽど疲労がたまっていたのか、すぐにぐっすり眠ってしまった。

 

『いやはや、まさか家族を増やすとは思いませんでしたよ、イオ様』

 

 みんなが寝た直後、アイちゃんが呆れたような口ぶりでそう言ってきた。

 

「あ、あはは……ボクもまさか、妹が五人も増えるとは思わなかったよ」

『イオ様、子供には弱いんですね』

「う、うーん、なんだかね。あまり強気になれなくて……」

『それは、子供関係なくそうでは? イオ様、いかにも押しに弱そうですもん』

「……黙秘します」

『押しに弱いとなると、あれですねぇ。なんでも受け入れそうですよねぇ』

「さ、さすがにボクだって、断る時は断るよ」

『ほっほ~う? イオ様が断るですか~? いやいや、そんなことがあるんですかぁ?』

「あ、あるよ! ボクにだって」

 

 ……多分。

 

 で、でもボクの場合は、基本頼みごとを断らないだけだもん。助けたいと思っているから、助けてるだけだもん。

 

『とりあえず、そんなことは置いておくとしてですね。これ、帰った後どう説明するんで?』

「どうって……孤児を拾いました?」

『いや、拾ったって言うから、救いだしたですよね? 少なくとも、拾ってはいませんよ』

「だ、大丈夫。母さんたちは基本的に許してくれるから」

『そうですか。なら、金銭面は? あと、家は? たしか、一般的な一軒家よりもちょっと大きいくらいとのことですが?』

「あ、うん。家に帰ったら、改築かな。お金は一応、かなり持ってるし……というか、逆にとんでもない金額持ってるから、使いたかったんだよね……。持ってるのが怖くて」

『小心者ですねぇ』

 

 いやむしろ、あの大金を持っていて、怖くならないのって普通にすごくない?

 

「ま、まあ、元は一般家庭の普通の男子高校生だったから……」

『んまあそうですね。で、いくらくらい持ってるんですか?』

「え、えーっと……九千五百万くらい、かな。あ、でも最近なぜか補填されてたから……一億二千万くらい……」

 

 補填されてて本当にびっくりしたよ……だって、なぜか三千万くらい増えてるんだもん。

 あれ、絶対学園長先生だよね?

 

『うっわぁ、ちょっとした……というか、立派な財産じゃないですか。高校二年生が持つような金額じゃないですねぇ』

「そ、そうでしょ? だから、ある程度使いたくて……」

『なるほどです。たしかに、それほどのお金があれば、五人を養うことは可能ですね。それに、イオ様的にはもうすでに決めたことみたいですし』

「うん。もしお金がなかったとしても、アルバイトをしてたよ。ボクなら結構きついバイトも簡単にできるからね」

 

 やりようによっては、工事とかのバイトもできるし。

 

『そりゃ、異常な身体能力持ってたら、肉体労働系は余裕でしょうよ。というか、あっちでも殺し屋出来るんじゃないですか?』

「ま、まあできないこともないよ? それこそ、完全犯罪が可能だもん。証拠も残らないし、そもそも殺したとさえ思わせないよ」

『おっほぉ、おっそろしい発言! てか、イオ様って、優しい、とか、性格がいい、とか言われてる割には、かなり物騒なこと言ったりしますよねぇ。それどころか、悪魔のようなことまで言いますし?』

「いや、まあ……それくらい、普通じゃいられなかったんだよ、こっちでの三年間は」

『……ま、それもそうですねぇ~。むしろ、殺人をしておきながら、壊れなかったのは普通にすごいと思いますし、奇跡だと思いますよ、私。だって、一人殺したら、自責や後悔、罪の意識に苛まれて、精神が崩れそうですからね』

「……そうだね。ボクも、何度も精神が壊れそうになったよ。でも、小さな子供たちが、笑顔で『ありがとう』って言ってくれるから、多分壊れなかったんじゃないかなぁ」

 

 今思えば、あれがなければどうなっていたかわからない。

 

 いつだってボクを救ってくれたのは、子供の笑顔だったし、人からの感謝だった。

 

 と言っても、それは途中から、ボクを攻撃する何かになったんだけどね……。

 

『なるほど。イオ様が子供弱いのは、それでしたか』

「……多分ね。子供は、まだまだ人生があるから。なんとしても守ってあげたいんだ。逆に、子供のお父さんやお母さんが何て言うかわかる?」

『ん~、やっぱり、『子供だけでも助けて!』ですかね?』

「そう。大人たちはね、ほとんどの人が諦めるんだよ。でも、子供は違うの。何としても生きようと、何としても助けようとするんだよ。それがたとえ、自分を守ろうとして、今にも殺されそうになっている、諦めていたお父さんやお母さんでもね」

『……子供は、現実を知りませんからね。人は大人になるにつれて、残酷な現実を知ります。だからこそ、大人はすぐに諦めてしまうんでしょうね。中には、何度も立ち向かうすごい人もいますが、ほとんどは、諦めて次に託そうとしてしまう。成長をやめてしまうわけですね』

「うん。だからかな。ボクがこの娘たちを放っておけなかったのは」

 

 子供ながらに、全てに絶望して、全てを諦めそうになっていたからこそ、ボクは連れて行こうと思ったのかも。

 

 あの時は、ここに残すのが正解だと思ったんだけど……この世界において、あの娘たちには家族がいない。

 

 向こうとは違って、こっちは養子になるというのは難しくて、そもそもなかなかもらってくれる人がいない。でも、向こうなら、最低限の保障は得られるし、しっかりと勉強して、しっかりと学校に通えば、それなりの仕事には就ける。

 

 まあ、結局はその人の努力や運次第、という部分もあるけどね。

 それでも、こっちの世界よりは全然マシな生活ができるかもしれない。

 そうなれば、この娘たちも幸せになれるかも、って。

 

 今までの人生がどん底だった分、これからからはその分だけ幸せにならないと、あまりにも可哀そうだから。

 

 それに、楽しいことを何も知らないで死んでいく、というのは本当に悲しいことだもん。

 

『……なるほど。イオ様が強い理由は、しっかり自分の中に一本の芯があるからなんですね』

「芯、か。そう言えば、師匠にも『お前はまだまだ弱い。だが、その心の中にある芯は、誰よりも強い』って言われたよ」

『ほうほう、理不尽なだけじゃないんですねぇ、ミオさんって』

「そうだよ。あの人は、いつも理不尽だけど、ボクを気遣ってくれるし、いつでも面倒を見てくれた。それに……暗殺だけじゃなくて、人生の師匠でもあるからね。あの人は、なんだかんだで、いつも正しかったから」

『……イオ様って、強そうに見えて、本当は弱いですよね』

「……それはそうだよ。ボクだって、一人の人間だよ? 今でも殺した時のことが夢に出てくるし、殺した人たちがボクを見て嘲笑った顔をボクに向ける夢だって見る。でも、ボクには未果たちがいたからね。やっぱり、人との繋がりって大事だよ」

 

 多分だけど、これが、ボクが三年間で一番学んだことだと思うよ。

 ひとりぼっちだったら、ボクは最悪の殺人鬼になっていたかもしれないしね。

 

『イオ様が言うと、重みが違いますねぇ。経験者は語る、ってやつですかね』

「う、うーん、ボクの話は全然参考にはならないよ」

 

 そもそも、異世界云々の話だって、普通は信用されないしね。

 ボクの場合は、未果たちの性格がよかったから、受け入れられていただけだから。

 

『いやいや、イオ様、なかなかいいこと言ってましたよ? なので、最初から最後まで、録音させていただきました』

「あはは、そこまでいいことは言ってな――ちょっと待って? 今、何て言ったの?」

『いえいえ、あまりにもイオ様が大変素晴らしいことを言っていたので、録音させてもらいましたぜ! いやぁ、素晴らしい話が聞けて、私大満足! アイちゃん、嬉しい!』

「……」

 

 アイちゃん、ボクの話を聞いている間、いつもよりちょっと静かだなぁ、とか、ちゃんと聞いてくれてるだなぁ、とか思ったけど……

 

「その録音、消してぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」

 

 全然、いつも通りのアイちゃんでしたっ!




 どうも、九十九一です。
 ついに、数字系の回が最高記録と同じ話数になりました。これ、いつ終わるんだろう。そう思ったんですが、まあ……五日目書いて、あとの六日目七日目は端折ろうかなと。前話くらいに言っていた気がしますが、多分やりますね。だって、終わる気しないんですもん。だれたら嫌だし。読者様に飽きられるわけにはいきませんからね! まあ、すでに飽きられてそうですが……似たようなネタばかりですし。
 今日も二話投稿を予定していますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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287件目 五月五日:異世界旅行11

 翌朝。

 

 さすがに、ニアちゃんたちに気を遣ってか、アイちゃんは変な起こし方はしな――

 

『……イオ様……起きてください……脳内に、直接語り掛けています……』

 

 ……すみません。十分変な起こし方でした。

 

「……なんで、囁くような起こし方なの? まあ、とりあえず、おはよう、アイちゃん」

『はい、おはようございます! いや、やっぱり毎日同じ起こし方だと、飽きそうですしねぇ。ほらやっぱ、毎日違うことをして、飽きを来させないようにするのも、サポートAIの仕事です!』

「……その仕事のせいで、朝は嫌な起こし方を二度ほどされてるんだけど?」

『はっはっは! すんません』

「まったくもぅ……普通でいいのに」

 

 どうにも、アイちゃんは悦楽主義的な部分がある。まあ、そんな主義があるかはわからないけど。

 

『それじゃあ、子供たちを起こす前に、ちょっと予定建てしましょうか』

「あ、うん。そうだね。と言っても、軽く観光するだけだからなぁ。一応、みんなのお土産も買っておきたいし」

『異世界の物をお土産に、って普通に考えたら結構やばいことしてません? だって、一度も見たことがなく、それこそ誰も見たことがないような何かが向こうの世界にあるんですよ? 大丈夫なんですかね?』

「うーん、まあ、魔道具とかじゃなければ大丈夫じゃないかな? 武器もダメだけど、食べ物とか、アクセサリー系統なら大丈夫だと思うよ」

『……ま、それもそうですねぇ。それじゃあ、適当に子供たちと回る、ということで?』

「うん。みんな、楽しんでくれればいいんだけど」

『昨日の様子を見る限り、イオ様と一緒ならどこでも楽しい! とか言いそうですけどねぇ』

 

 それ、メルも言ってたなぁ……。

 そう言えばボク、子供に懐かれやすいのかな……?

 

 

 アイちゃんと軽く話した後は、みんなを起こす。

 

「みんな、起きて。朝だよ」

 

 一人一人、優しく揺すって起こすと、みんなガバッ! と音を立てて起き上がる。

 ちょ、ちょっとびっくりした……。

 

「ゆ、夢じゃないです……」

「夢? どうしたの?」

「イオおねえちゃん、に、助けられた、のが、夢なんじゃ、ないか、って……」

「なるほど。それで、ちょっと怖くなっちゃったんだね。でも大丈夫。ボクはここにいるし、みんなと一緒だよ」

 

 一人一人の頭を撫でながら、にっこり微笑んで言うと、みんな安心したような表情を浮かべた。

 

 今までが今までだからね。

 

 ボクだって、異世界から帰ってきたあとは、みんなみたいな起き方だったなぁ……。本当は帰ってきていなくて、まだ向こうにいるんじゃ、って疑った時もあったし。

 

 過酷な生活を長くして、そのあと安心できて幸せな生活になると、夢だと怖くなるからね、人って。

 

「さ、みんな、朝ご飯を食べたら、お出かけだよ」

「「「「「お出かけ?」」」」」

「うん。もともとボクは、こっちの世界には、試運転という建前で、旅行に来ていてね。この国や、他の国を歩いて、観光していたの。でも、今はみんながいるから遠くにいけないしね。と言っても、ここには四日間くらいいるつもりで来たから、全然いいんだけど。あ、もちろん、行きたくなければ、無理に――」

「「「「「行くっ!」」」」」

「あ、うん、わかりました」

 

 またしても、言っている途中で遮られた……。

 そんなに観光したいのかな。

 

「それじゃあ、着替えは……ちょっと待ってね。今出すから」

 

 さすがに、昨日中に避難させた時に出したであろう服で、今日も過ごさせるわけにはいかないので、新しいのを創り出す。

 

 ボクの為ではないからセーフです。

 

 ……本当は、極力使いたくないんだけどね、この方法。

 

 まあ、背に腹は代えられません。

 

 『アイテムボックス』の中に手を入れると、みんなの体格に合わせた洋服を出す。

 

 正確な数字がわからないから……とりあえず、みんなワンピースでいいかな。多少大きくても、問題ないしね。

 

 最悪、ボクが軽く直せばいいし。

 

「はい、どうぞ」

「わぁ……可愛いです! ありがとう、イオお姉ちゃん!」

「かわ、いい……いいの?」

「もちろん。さ、みんな着替えて」

 

 そう言うと、いそいそとみんな着替え始めた。

 

 あ、そう言えば下着忘れてた。

 

 体格としては、ボクが小学四年生になったくらいに近いから……普段持ち歩いてるパンツを基準に、みんなに合わせたものを渡そう。

 

「みんな、一応下着も替えてね」

 

 さすがに、あっちは替えてなかったと思うし、可哀そう。

 

 ……う、うーん。みんな、何も気にしないでボクの前で裸になっちゃってるけど……すごいなぁ。ボク、子供とはいえ、女の子の裸を見ても何も感じなくなってる……。

 

 いや、子供の裸を見て変にドキドキしてたら、それはそれでまずいけど。

 

 ……と言っても、多分未果たちみたいに、同年代だとまだ慣れてないかもしれないけど。

 

 しばらく、みんなが着替えるのを待つ。

 

 ボクは、アイちゃんと話している時に、着替えも済ませていたので問題なし。

 そうして待っていると、みんなちゃんと着替えられていた。

 

 着替える前の服や下着はあとで洗濯しておこう。

 

 みんな、ワンピースが似合ってて可愛い。

 うんうん。やっぱり、女の子は可愛い服を着ている方が全然いいね。

 

「それじゃあ、出発しよっか」

「「「「「はーい!」」」」」

 

 本当に、大所帯になったなぁ……。

 

 

 お出かけと言っても、今日は基本的にみんなと街を歩くだけに近い。

 

 心に傷がないわけがないので、こうしてお出かけをして、少しずつ心の傷を癒そうというわけです。

 

 ……まあ、みんなに人間恐怖症みたいな部分がある可能性を考慮したら、結構危険だったりするんだけど……

 

「イオお姉ちゃん、あれはなんですか?」

「わ、たし、あれが、気に、なる……!」

「ぼく、初めてこんな綺麗なところ見た!」

「ここが、私とスイの故郷なのですね……」

「……ん、綺麗」

 

 みんな、クナルラルの街を見て大はしゃぎでした。

 

 周囲にいる魔族の人たちは、ニアちゃんたちを見て、温かい眼差しを向けていた。

 

 ボクはその人たちに軽く笑顔で会釈。

 すると、なぜか顔を赤くされた。

 

 なんで?

 

 そ、それはそれとして、よかった、元気いっぱいで。

 

 これなら、向こうの世界に行っても、あまり心配はいらないかも。

 あとは、ボクが七日目まで何事もなく、平穏に過ごせればいいだけだしね。

 

 ……できるかな。

 

 

 それからは、途中お菓子を買ってみんなと食べたり、演劇を見たりと、観光を楽しんでいた。

 

 ま、まあ、ちょっと演劇に関しては、物申したいけど……。

 

 だって……

 

『私に、あなた方を殺すつもりはありません。すべての人が手を取り合い、仲良くすべきです。ですので、私はあなたも救いましょう』

『ありがとうございますっ、勇者様……!』

 

 だってこれ、ボクを題材にした演劇なんだもん!

 

 たしかに、ボクは魔族の人をほとんど殺さなかったし、できれば手を取り合いたいと思ってたよ? でも……でもね? ボクは私、なんて一人称を使ってないし、あんな風に、聖人のようなことは言ってないよ?

 

 よくて、

 

『ボクにあなたを殺す気はないです。ですから、早く逃げてください』

 

 くらいだよ?

 

 少なくとも、あんなに丁寧な口調じゃなかった。

 

 ど、どうしよう、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいんだけどっ……!

 で、でも、みんなキラキラした目で見ているから、途中で席を立つわけにも……。

 

 うぅ、これ、なんて拷問ですか……?

 

 ……しかも、妙に魔族の人たちに受けちゃってるし……この人たちの中でのボクって、どうなってるの?

 

 ちなみに、みんなはキラキラした目で劇を見ていただけでなく、ボクにまでその眼差しを向けてきたのが、ちょっと……辛かったです。

 

 

 それから、みんなで歩いていると……

 

「……あれ、気になる」

 

 と、不意にスイちゃんがふらふらっと近くの本屋さんに歩いて行った瞬間、

 

『あっ!』

 

 という、慌てたような声が頭上から聞こえてきた。

 声がした方を見れば、大きな鉢植えがスイちゃん目掛けて落下していた。

 

「……っ!」

 

 突然の出来事で、スイちゃんが動けずに、その場で固まってしまっている。

 ボクは大急ぎでスイちゃんに接近し、お姫様抱っこで持ち上げると、そのまま回避。

 

 次の瞬間、裏からバリンッ! という、鉢植えが割れる音がした。

 

 いくらサキュバスとはいえ、まだまだスイちゃんは子供。

 

 あんなものが当たったら、ひとたまりもない。

 

 強い子供ならちょっと怪我するだけかもしれないけど、みんなの場合は衰弱もしていたから、かなり危険だった。

 

 よかった。すぐに動けて……。

 

「スイちゃん、大丈夫? どこか、怪我はない?」

「……大丈夫。イオおねーちゃんが助けてくれた。……ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫。スイちゃんは何も悪いことはしてないんだから。……まあでも、どこかへ行くときは、できればボクに言ってくれると嬉しいかな」

「……うん」

 

 こくりと頷いてくれた。

 

『申し訳ありません!』

 

 と、ここでさっき鉢植えを落としてしまった人が慌てて謝りに来た。

 

「いえ、大丈夫ですよ。この娘に怪我もありませんでしたから。今度から、気を付けてくださいね」

『はい……。あら? この声に、その気品ある雰囲気……あ、あの、もしやあなたは……あなた様は、イオ様、では?』

 

 ……え。

 

「…………ひ、人違い、です。ボクは、イオ・オトコメじゃなくて、サクラ・ユキシロですから」

『ですが、髪色に髪の長さ、目の色は違いますが、その美しいお顔は間違いなく……』

「ち、違います、よ? ボクは本当に、イオという人間では……」

『その上、との一人称。いえ、絶対にあなた様はイオ様です! 間違いありません!』

「で、ですから、ぼ、ボクはサクラですよ……?」

 

 ま、まずい。ここでボクの正体がバレるのは、非上にまずい……!

 できれば、ここはなんとか誤魔化さないと――

 

「……イオおねーちゃん。サクラ、なの?」

 

 ……無理、でした。

 

『や、やはり! こ、こここ、これは本当に申し訳ありませんでしたっ! ま、まさか、イオ様のお子様に鉢植えを落とすなど……!』

「子供じゃないですよ!? こ、この娘たちは……妹です! ぎ、義理ですけど!」

『なんと! では、尚更申し訳ありません! この首一つでお許しを……!』

「いやいやいやいや! そんなことで命は取りませんっ! ですので、安心してください!」

『器が大きいのですね、イオ様……』

 

 あぁぁぁぁぁ……今のやり取りで、完全にボクがイオだとバレちゃったよぉ……。

 

 周囲を見れば、

 

『い、イオ様だ……! イオ様がこの地に……!』

『相変わらず、お美しい……』

『まさか、妹君がおられたとは……』

『近くでご尊顔を見られなんて、幸せ!』

 

 ……なぜかみんな嬉しそうにしちゃってるぅ……。

 

 あと、完全にボクだってバレちゃってるぅ……。

 

 ……これ、もう変装いらないよね?

 バレちゃった以上、もう意味ないもん……。

 

 はぁ……正体がバレずに、のんびり旅行したかったのになぁ……。

 

 まあ、仕方ない。

 

 ボクは自身に使用していた『変装』と『変色』の能力とスキルを解除し、眼鏡を外す。

 

 黒く染めていた髪は、銀色になり腰元まで伸びる。

 

 目も黒から碧へと変わる。

 はい、元のボクです……。

 

「「「「「わぁ……綺麗……」」」」」

 

 すると、みんながボクの姿を見て、そんな風に呟いていた。

 

『素晴らしいお姿……』

『やはり、イオ様だったんだ……』

『まさか、国におられたとは』

 

 うわぁ、すごく嬉しそう……。

 

「あ、あの、えっと……ぼ、ボクは、その……一応、お忍びでこっちの世界に来ていますので、あまり騒がないで、普段通りにして頂けると……ボクは嬉しいです」

 

 もうすでに、変装を解いちゃってる以上、お忍びもなにもあったものじゃないけど、言わないよりはマシ。

 

『声も美しいなぁ……』

『しかし、まさかお忍びとは』

『イオ様の命だ。何としても、俺達は順守するぞ!』

『『『おー!』』』

「命令じゃないですよ!? 普段通り、普段通りでいいですからね!? そ、それに、ボクはあまり丁寧に接されても困るというか……えっと、友人や家族のように、リラックスして接してくれていいですから!」

『つまり……我々を家族のように思っている、と』

『なんと素晴らしいお言葉だ……!』

『イオ様のためならば、この命が果ててもそれは本望! なら、イオ様の命を俺達は全力で従うまで!』

 

 ……は、話が通じてないよぉ。

 

 ボク、どうすればいいんでしょうね……?

 

 結局この後、街の人たちから大量のお土産をもらいました。

 というより、押し付けられました。

 

 ……のんびり、したかった……。

 

 

 宿屋でも女将さんからすごく感謝されました。

 

『ありがとうございますっ……ありがとうございますっ……! 私の『ノルン宿』に宿泊していただき、感謝しかありません!』

 

 という風な感じに。

 

 うん……なんだか、何とも言えない気分になりました。

 

 現実なんて、こんなものですよね……。

 

 

 とまあ、ボクの正体がバレたことにより、クナルラルではお祭り騒ぎに。

 

 街の人たちはみんないい人で、気遣いもしてくれたからよかったよ。

 

 ……三日目のあれはちょっと……ね? いくらボクでも、さすがに……辛かったです。

 

 ちなみに、五日目と六日目は本当にお祭りになった。

 楽しかったけどね。

 

 でも、ボクとしては、普通にのんびり過ごしたかったです……。

 

 そんなボクの気持ちをよそに、ついに七日目。

 

 ボクが帰還する日となりました。

 

 王様にも挨拶するべく、ボクは早朝、宿を出て、王国へ。

 

 その間、みんなには『アイテムボックス』の中で、過ごしてもらいました。家の中には色々と遊べるものがあるしね。

 

 大急ぎで王城へ向かい、王様がいる場所に入り込む。

 

 もう、変装はしてないです。

 

 いらないしね……。

 

「こんにちは、王様」

 

 お昼頃、無事に到着。

 幸い、王様は休憩中だったので、そのまま話しかける。

 

「おお、イオ殿ではないか。先日は、人攫いの引き渡し、感謝する」

「いえいえ。たまたま見つけただけでしたので」

「たまたまで救われた子供がいるのだろう? して、その子供たちは……」

「あ、はい。ちょっと待ってください」

 

 なんだか同じパターンをクナルラルでもやったなぁ、と思いつつ、中にいるみんなに出てくるよう指示。

 

「この娘たちがそうです。二人はサキュバス……魔族ですけど、他の三人は人間の女の子です」

「そうか。……それで、この子供たちは?」

「連れ帰ります」

「……む? え、マジ? 連れてくの?」

「はい。身寄りのない子供たちですし、みんな、ボクと一緒に行きたいと言い出しまして……」

 

 苦笑い気味に言うと、みんなは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「イオ殿は、不思議な人だなぁ……。それで、今日儂に会いに来たのは」

「挨拶ですよ。ボク、今から帰還しますので」

「そうだったか。うむ、わかった。またいつでも来ると言い、歓迎するぞ」

「あ、あはは……今度こそは、のんびりした旅にしたいので、ほどほどにお願いします……」

「あいわかった。それでは、気を付けて帰るのだぞ」

「はい。王様も、お元気で。また来ますね」

「ああ。楽しみにしておるよ。次こそは、フェレノラたちに会ってあげてほしい」

「ぜ、善処します……」

 

 レノはまだいいんだけど、セルジュさんがちょっとね……。

 なんだか、またプロポーズしてきそうだもん。

 

「それじゃあ、そろそろ帰り――」

「お父様、少々お話が……ハッ! お、お姉様!?」

「れ、レノ!?」

 

 このタイミングでレノが入ってきた。

 

「お、お姉様ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわわっ! れ、レノ、危ないよ……」

「はぁっ、はぁっ、お、お姉様です……本物のお姉様ですっ! こ、この甘い香り! 素晴らしい! 素晴らしいですぅぅ!」

「れ、レノ! ちょ、ちょっと離れて! み、みんな見てるからぁ!」

 

 みんな、引いちゃってるから! すっごく、引いちゃってるから1

 

「す、すみませんっ! 約半年振りくらいでしたの、舞い上がってしまい……」

「抱き着くのはいいけど、もう少しだけ控えめにしてほしいかな」

「はいぃ……でも、なぜお姉様が? もしかして……再びこっちの世界に!?」

「そ、そうなんだけど……今から帰るところでね」

「そんなっ……まだ、まだ再開したばかりじゃないですか……」

 

 しょんぼりと肩を落として、残念そうにするレノ。

 

「がっかりしないで? 実はね、ボクはこっちと向こうを行ったり来たり出来るようになったから、たまに遊びに来れるの。だから、その……次来た時、色々と話そうね」

「ほ、本当ですか!?」

「うん」

「や、約束ですよ……?」

「もちろん。じゃあ、次来るときは、すぐにレノに会いに行くよ」

「ありがとうございますっ! (わたくし)嬉しいです!」

 

 これくらいで元気になってもらえるなら、お安い御用です。

 

 レノは何と言うか……ちょっと、子犬っぽいところがあって、なんだか可愛い。

 尻尾があったら、ぶんぶん横に振ってそう。

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ行くね」

「はいっ! 次は、色々としましょうね!」

「うん。……さ、みんな、ボクに掴まって」

 

 そう言うと、みんなはボクにくっついてくる。

 

 身長差的には、三十~四十センチくらいだから、みんな腰元に抱き着く形になる。

 

 微妙に、胸が乗っかっちゃってる娘がいるのは申し訳ないけど……。

 

「それじゃあ、帰還します。また来ますね」

「うむ。待っておるぞ」

「お待ちしています!」

「うん。それじゃあ、さようなら!」

 

 そう言って、ボクは端末を操作し、帰還した。




 どうも、九十九一です。
 結局、端折りました。いやまあ、書いても結局同じような何かになっちゃいそうでしたしね。まあ、うん。仕方ない。一応、旅行は今回で終了ですね。次からは、普通に元の世界の話に戻ります。……そう言えば、次の大き目の章なんにも考えてない……何やろう? まあ、書いてれば思いつくよね。うん。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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288件目 五月五日:帰還後

 目を覚ますと……

 

「おかえりなさい、依桜君……って、え、何この状況」

 

 にこやか笑顔から、一気に困惑顔にチェンジした学園長先生がいました。

 自分の状況を確認すると、無事、みんながボクにしがみついていました。

 よかったよかった。

 

「あー、えーっと……ちょ、ちょっと色々ありまして……」

「そ、そう。まあいいわ。とりあえず、仮眠室行きましょうか。あそこなら、ゆっくり話せそうだしね」

「わかりました。あ、ちょっと待ってください」

 

 周囲が珍しいのか、みんなきょろきょろしている。

 ちょっと可愛いけど、話を進めないといけないので、みんなに話しかける。

 

『えっと、ちょっとボクに着いてきてくれるかな? ちょっと、この人とお話があるから』

『『『『『はーい!』』』』』

「それじゃあ、行きましょうか」

「え、ええ」

 

 

 仮眠室に移動して、学園長先生に事の顛末を話す。

 

「――というわけです」

「なるほどねぇ……アイ、いる?」

『はいはーい、いますよー』

「えーっと……これマジ?」

『超マジっす! 正直、見てる私からすれば、マジで面白かったですよー』

「そ、そう……」

 

 アイちゃんの返答に、学園長先生は苦い顔をしながら頭を抱える。

 

 なんだか申し訳ない……。

 

 ちなみに、ニアちゃん……あ、そう言えば、みんなからちゃん付けはいらない、って言われてたっけ。

 

 えっと、ニアたちは、学園長先生が用意したクッキーを食べて、幸せそうな姿を見せてます。和む……。

 

「まあ、事情はわかりました。まあ、依桜君の予想は正解かもね。たしか、メルちゃんの時は、残るように言ったのに、転移の直前に抱き着かれてそのまま……って感じだったのよね?」

「そうです」

「あの娘たちの様子を見てると、たしかにやりそうよね……それに、孤児と来たか。しかも、向こうだとこの娘たちくらいの子供が生活するのって難しそうみたいだし……まあ、仕方ないわね。それに、連れて来た上に、依桜君が面倒を見るって言っちゃったみたいだし」

「申し訳ないです……」

「あぁ、別にいいのよ。……ただ、前回に続き、まさか今回も幼女を連れてくるとは思わなかったわ……。依桜君って、幼女キラーだったりしない?」

「そんな物騒なものになった覚えはないです」

 

 別に、小さい女の子たちを殺すような存在じゃないんだけど。

 いくら暗殺者でも、子供だけは絶対に殺しません。

 

『いやいや、イオ様ってめっちゃ子供に懐かれるじゃないですか。二日目だって、助けた子供たちに好かれていたみたいですし?』

「ま、まあ、あれは勇者だからっていうだけで、その肩書が無かったら大して好かれてないと思うよ……?」

 

 だって、ボクだもん。

 

「……まあ、依桜君だし、こんな反応よねぇ」

『ですねぇ~。イオ様ですしねぇ~』

 

 ……なんだろう。この馬鹿にされている気分は。

 アイちゃんにして、この創造主あり、って感じの二人だよね……本当に。

 

「まあ、それはおいとくとして。依桜君、あの娘たち、みんな依桜君の家で預かるのよね?」

「はい。預かるというより、家族になりたいなと。みんな、天涯孤独の身ですから」

「なるほど、となると……五人分の情報のあれこれが必要になって、学園にも通わせないといけない、と」

「そうなります……」

 

 いつも、申し訳ないと思ってます……。

 

「ま、依桜君にはいっつも助けられてるし、この程度、お安い御用よ! 一日で色々と終わらせるから、任せて。あとは……あの娘たちの年齢かしらね。いくつ?」

「えっと、あのこげ茶色の髪の女の子と、金髪の女の子は十歳で、他はみんな九歳です」

「なるほど。となると、四年生と三年生になるのかしら?」

「そうですね。一応、誕生日はまだらしいですけどね。あ、もちろん誕生日を迎えた際の年齢を答えましたから、四年生と三年生で大丈夫ですよ」

「ん、了解。こっちで色々とどうにかするわ」

「ありがとうございます」

 

 こういう時、本当に学園長先生は頼りになるんだけど……普段が酷いんだよね……。

 できれば、この頼もしさが普段からあればいいんだけど。

 

「あ、言語の方は頑張ってね」

「わかってます。これに関しては、こっちでどうにかしますから」

「ならよし。さて、みんなの情報だけど……まあ、メルちゃんと同じで、依桜君の海外の親戚、ということにしておきましょうか。一応、あの娘たちも、養子、でいいのかしら?」

「そうですね。ボクが姉になるって言っちゃいましたし……」

「姉、ねぇ? 依桜君自ら、女の子の方で言うとはね。……いい変化、とも言えるのかしら?」

「ど、どうなんでしょうね?」

 

 ボクとしては、いいか悪いかで言えば……まあ、いい方なのかも。

 少し前向きに考えるだけで、気楽になるからね。ちょっとは。

 

「それで、事前の勉強だけど……まあ、最初の内は、初等部にある空き教室を使って勉強することになるかな。一応、かなりハイペースになるかもしれないけど……その分は、依桜君やメルちゃんに任せる、という形でOK?」

「はい。それで大丈夫です」

「ん、了解。それで、家はどうするの? さすがに、空き部屋がないと思うんだけど、依桜君の家は」

「あ、はい。増築しようかなと」

「なるほど。そう言えば、私が振り込んだお金があったわね。それを使うの?」

「はい。さすがに、持ってるのが怖くて……だから、少しでも使いたいんですよ」

「まあ、高校生には大金すぎるものねぇ?」

「……じゃあなんで、あの金額を振り込んだんですか」

 

 ジト目を学園長先生に向ける。普通、あんな大金、一度で送らないと思うんだけど。

 

「んー、まあ、依桜君には、それくらいはしないといけないからね。それじゃあ、増築の手配に関しては、私がしておきましょう」

「え、いいんですか?」

「ええ。こっちから依頼するのは、別に大した問題じゃないわ。請求書はそちらに行くようにするわ」

「ありがとうございます」

 

 何から何までやってもらって、少し申し訳なく感じる。

 学園長先生と言えど、さすがに負担になりそうだし……。

 

「あ、それで、間取りはどうする?」

「えっと、その辺りに関しては、父さんやお母さんと相談してみます」

「了解よ。それじゃあ、そろそろ家に送りましょう」

「お願いします」

「お願いされました」

 

 ボクは、みんなに声をかけると、そのまま研究所を出た。

 

 

 家に到着。

 

『ここが、ボクの家。今日からはみんなの家になるから、遠慮しないでね』

 

 なるべく笑顔でそう言うと、みんなは少し緊張しつつもこくりと頷いた。

 

「ただいまー」

「ねーさま、おかえりなのじゃ!」

「わわっ! っと、メル、いきなり飛びついたら危ないよ?」

「んふぅ~~、ねーさまのぬくもりじゃぁ~」

 

 玄関を開けるなり抱き着いてきたメルが、ボクの胸に顔をうずめてくる。

 可愛い……。

 

「メル、甘えるのはちょっとだけ後にして? えっと、父さんと母さんはいるかな?」

「かーさまたちは、少し出かけているぞ! ……む? ねーさま、そこの者たちは……」

「あー、えっと……向こうの世界の子供たちだよ。今日から、ボクの妹……メルの姉妹になる娘たちだよ」

「なんとっ! わ、儂にも姉妹ができるのか?」

「うん。だから、ちょっと母さんたちに話さないといけなかったんだけど……まずは、言語を覚えてもらおっか」

「そうじゃな!」

『それじゃあみんな、靴を脱いで、家に上がって。ボクに着いてきてね』

 

 そう言うと、みんなおずおずと靴を脱いで家の中に入った。

 

 

『それじゃあ、みんなにはまず、こっちの世界の言葉を覚えてもらいます』

『イオお姉ちゃん、いくらなんでも、言葉を覚えるのは難しいです……』

『大丈夫。えーっと……とりあえず、この本でいいかな。いい? ここにある文字を、今から一文字、発音するから、それを理解して、自分たちで発音してみて?』

 

 そう指示すると、みんな難しそうな顔をしながらも、頷いてくれた。

 

 今までの経験と、ボクの予想からすれば、おそらく一文字だけでも理解し、発音できるのようになれば、『言語理解』のスキルが手に入るはず……。

 

 それと、入手するための条件は多分、異世界人であること、だと思う。

 

 こっちの世界では、メルたちの世界の人を指す。

 

 だから多分、この娘たちも大丈夫なはず。

 

『じゃあ……『あ』これを発音してみて?』

 

 そう言うと、みんなぎこちないながらも、『あ』と発音してくれた。

 すると、一瞬だけびくっと肩を震わせる。

 あ、これはもしかして……。

 

「えーっと、ボクの言葉、わかるかな?」

「わ、わかります!」

「す、ごい……」

「わぁ、イオねぇと同じ言葉をしゃべってる! すごいの!」

「びっくりしましたけれど……言葉がわかります……」

「……ん。すごい」

「うん。みんな無事に、『言語理解』を習得できたみたいだね」

 

 やっぱり、ボクの仮説は正しかったみたいだね。

 

 つまり、異世界に行って、その世界の言語を一文字でも理解できれば、『言語理解』は習得可能みたいだね。

 

 でもこれ……こんなに簡単でいいのかな?

 

「イオお姉ちゃん。そこの女の子は?」

 

 と、早速流暢な日本語でメルについて尋ねてくるニア。

 

「この娘は、みんなと同じ世界の娘でね。まあ……魔王だよ」

「ま、魔王様なのですか?」

「……びっくり」

 

 ニア、リル、ミリアの三人はちょっとだけ驚いたような表情をしていたけど、クーナとスイの二人だけは、三人以上に驚いていた。

 まあ、二人とも、魔族だしね。

 

「うむ! ティリメル=ロア=ユルケルじゃ! みなからすれば、儂は……こっちの世界での先輩にあたるぞ! わからないことがあれば、儂に聞くといい!」

 

 胸を張って、自信満々に言うメルは、なんだか微笑ましかった。

 年齢的には、メルが圧倒的に年下だけど、知能的にはみんなより上だと思っていいしね。

 

「して、この場合、誰が姉になるのじゃ?」

「「「「「――っ!」」」」」

 

 メルが、ちょっとした疑問を口にした瞬間、ニアたちの表情が一斉に強張った。

 そして、牽制しあうように、お互いを見つめる。

 

 ただ、微妙に一触即発になりそうだし……ここで喧嘩をされたらちょっと困る。

 ここは、ボクが決めよう。うん。

 

「この場合、一番上はもちろんボクだけど、次はメルかな? あ、でも一応誕生日で決めた方がいいのかも?」

「うむ、たしかにそうかもしれぬな!」

 

 メルに賛同するように、ニアたちもこくこくと頷く。

 

 うん、よかった。穏便が一番。

 

 とりあえず、誕生日をみんなから聞き出す。

 

 その結果、少なくとも四年生になる(すでになってる)三人の誕生日は、メルが六月十二日。ニアが七月七日。クーナが九月七日。

 

 その次、三年生に編入することになる三人の誕生日は、リルが一月二十九日。ミリアが十月一日。スイが二月十五日。

 

「となると……上から順番に、メル→ニア→クーナ→ミリア→リル→スイの順番になるんだけど、いいかな?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、じゃあ、決まり! あとは、父さんと母さんに言うだけだから、もうちょっとだけ待ってね」

 

 多分、そろそろ帰ってくるんじゃないかな?

 そう思っていたら、

 

「「ただいまー」」

 

 ちょうど帰って来た。

 

「うん、それじゃあ、先にボクが下に行くから、みんなはボクが呼んだら来てね」

 

 

「父さん母さん、ただいま」

「お、帰ったか依桜! おかえり」

「おかえりなさい。どうだった?」

「うん。それなりに楽しかったよ」

 

 二人には、ボクが異世界に行っていたことは伝えてある。

 まあ、実際事情も全部知ってるしね。

 今の二人は何やら機嫌がいいみたい。

 言うなら今!

 

「えっと、父さん、母さん。お願いがあるんだけど……いいかな?」

「ん? どうしたどうした改まって!」

「そうよ。どうしたの?」

「え、えっと……まずは見てもらった方が早い、かな。うん。ちょっと待ってね。……みんなー、来ていいよー!」

「みんな? 依桜、一体誰を――」

「なになに? もしかして、可愛い娘――」

 

 と、二人が何かを言いかけた瞬間、みんなが上から降りてきて、リビングに入ってきた。

 

「「( ゚д゚)」」

 

 ニアたちを見て、母さんと父さんはポカーンとしてしまった。

 だ、だよね……。

 

「い、依桜? そこのすっっっっっっっごく! 可愛らしい女の子たちは一体……」

「そ、その、ね? 二人にお願いって言うのはこの娘たちのことで……実は――」

 

 ボクは、向こうでのニアたちに関することを全部伝えた。

 二人は真剣に聞いてくれた。

 

「――だから、お願い! この娘たちをこの家に住まわせてほしいの! この娘たちの生活費は全部ボクが負担するから!」

 

 全て話し終えると、ボクは頭を下げてお願いした。

 

 後ろからは、断られたらどうしようという恐怖心が、みんなから発せられていた。

 

 正直、ボクもちょっと怖い。

 

 そう思っていたら……

 

「OK!」

 

 さっきの真剣な表情から打って変わって、母さんが満面の笑みで了承した。

 

「え、い、いいの……?」

「もっちろん! 可愛い女の子なら大歓迎! まあ、男の娘でもいいんだけどね!」

「そ、そうなんだ……。そ、それで、父さんは……?」

「ふっ……俺に聞くか? もちろん、いいに決まってるだろう。なにせ、依桜が連れて来た娘たちだしな! というか、みんな可愛いし、父さん、最近家が華やかになって嬉しいぞ!」

「あ、うん。そうなんだ」

 

 ……あれ、なんか、普通に了承されちゃったんだけど……。

 ちらりと背後を見れば、みんなキャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいた。

 で、でも、一応確認。

 

「この娘たち……向こうの世界の子だし、金髪の女の子と水色髪の女の子は、サキュバスって言って、魔族の娘なんだけど……それでもいいの?」

「え、マジで!? サキュバスなの!? なら尚更OKよ!」

「え」

「いやぁ、まさか空想上の存在に会えるなんて! お母さん感激! まあ、そもそもの話、人間じゃなくても、見た目が可愛ければ私はOK! 悪魔だろうがスライムだろうが、なんでもOK、ばっちこいよ!」

「あ、そ、そですか……」

 

 母さんって、本当にすごいね……。

 人間じゃなくてもいいって言える辺り、本当に……。

 

「それに、孤児何だろう? その上人攫いに攫われたとか、そんな話を聞いたら、尚更だぜ」

「そうね。それで『無理です』なんて言うのは私たちには無理!」

「母さん、父さん……」

 

 やっぱり、優しいなぁ……。

 ボクはかなりほっとした。

 何とか無事に、住まわせてくれることになったから。

 

「あーでも、どうしましょう。さすがに、部屋はないし……」

「それで、なんだけど……ボクのお金で、家を改築しようかなーって」

「なるほどー。でも、それなら引越しした方が早くないかしら?」

「でも、いい所なんてなさそうだよ……?」

 

 少なくとも、いい感じの場所はなかったような……。

 

「いえ、実は最近、ポストに家のチラシが入っていてね。そこに、いい感じの三階建ての家があったの。たしか……四千二百万くらいの。あ、もちろん、建物だけの値段よ。庭もある上に広いし、どう?」

「えっと、場所は……?」

「意外と駅に近かったわよ? 学園も、この家より近いし」

「なるほど……」

 

 三階建て……ニアたちも暮らすことが決まったから、人数は十人。……うん。今の家だと、ちょっと狭いね。というか、みんなの寝る場所がないのがちょっと……。

 

「それに、増築するにしても、その間、別の場所に住まないといけないし、そうなると今よりも狭い場所に暮らさなきゃいけない可能性があると考えると、ちょっと可哀そうでしょ?」

「た、たしかに……」

「それなら、いっそのことこの家は引き払って、別の場所に引越した方が、安心でしょ?」

「うん。そうだね。えっと、その家って、どんな感じ?」

「えーっとちょっと待ってね……あ、これこれ。どうぞ」

「ありがとう」

 

 母さんに渡されたチラシを見ると、そこには結構大きめの三階建ての家が。

 見た感じ、かなり広そう……えっと、延床面積は……七十一坪。

 

 ひ、広いね。

 

 でも、庭も含めたらもっと広そう。

 

 中心に玄関で、向かって右側に車庫。

 

 左側はリビングにつながる窓、かな? 縁側みたいになってるから、ここで日向ぼっこもできそう。

 

 三階にはバルコニーらしき場所もあるし……あ、中もちゃんとある。

 

 えっと……一階は、広めのお風呂に、和室、洋室もある。あ、小さめのキッチンもあるんだね。

 

 二階は、広々としたリビングがあって、バルコニーに三人部屋らしき場所が一ヵ所。あとはここにもキッチン。こっちが本命かな? ダイニングキッチンだし。あとは、ちょっとした書斎があるね。

 

 三階には、ルーフバルコニーに、ちょっと広めの場所があって、三人部屋が一ヵ所と一人部屋が二ヵ所ある。あとは、ちょっとした広めの空間。ここは、子供が遊べる場所、みたいな感じなのかな? ここにも、小さめのキッチンが。

 

 この家、三ヵ所もキッチンあるんだけど。

 ま、まあ、それはそれとして……あとは、各階にトイレがある、って感じかな。

 

 なるほど……ちょっといいかも。

 

「一人部屋じゃないのが難点だけど、まあ、何人かで共有してもいいしね。どうする? お金は依桜が出すそうだし、私は依桜に任せるわ。ね、お父さん?」

「そうだな! 今は、俺達よりも、依桜の方がお金持ちだしなぁ……正直、娘からおかねをだしてもらうとか、情けない限りだが……」

「い、いいよ。これに関しては、ボクが自分でしたことだしね」

 

 むしろ、ボクがお金を出して当然。

 

「えっと、みんな、こういう家はどうかな?」

 

 まあ、元々、みんなのために引っ越すようなものだしね、みんなに決めてもらおう。

 

「私は、賛成です!」

「わた、しも……いい、と思い、ます」

「ぼくも大賛成!」

「そうですね。私も、ここがいいと思います」

「……いい」

「儂も、いいと思うぞ!」

「そっか」

 

 みんな的には、ここでいい、と。

 

「ここって、まだ建てたばかりらしい上に、誰も住んでないから、新築同然。地盤調査もしっかり行ってるらしいわ」

「なるほど……」

 

 それなら、安心かな?

 母さん曰く、信用されている会社らしいし。

 それじゃあ……

 

「ここにしようかな」

「ええ、わかった。それじゃあ、資料を取り寄せて……まあ、下見に関しては私とお父さんで行って来るわ。依桜たちも一緒に来る?」

「あ、それもそっか……でもメルと遊園地に行く、って言ったんだよね……でも、今日はなんだかばたばたしそうだし……メル、明日でいいかな?」

「うむ、こればかりは仕方ないのじゃ! ねーさまじゃしの!」

 

 ……その言葉の真意を知りたいです。

 

『……ロリ魔王様にも言われるんですねぇ』

 

 ……アイちゃんはちょっと静かにしてほしい。

 

「了解よ。それだったら……明日、ニアちゃんたちも一緒に連れて行ってあげれば? 遊園地」

「それもいいね……。メル、ニアたちも一緒にどうかな?」

「楽しそうなのじゃ! 儂、同じくらいの友達が少ないから、嬉しいのじゃ!」

「うん、よかった。じゃあ、明日はみんなで遊園地に行こう」

 

 ニアたちは遊園地が何なのか分かっていなくて、首をかしげているけど、まあ、明日のお楽しみということで。

 

「それじゃあ、私とお父さんは、明日身に行って来るわ。写真も撮ってくるわね」

「うん、お願い、母さん」

「ええ。それじゃあ……今日は、みんなの歓迎会ね! お母さん、腕によりをかけて、ごちそうを作るわよ!」

 

 

 と、母さんが張り切ったことで、この日の夜は本当に豪華なものになりました。

 夜、師匠が帰ってきて、新しく増えたニアたちに対しびっくりしていたけど、ボクが説明したら、

 

『……まあ、イオだしな』

 

 と言われました。

 

 ……どういう意味なんだろうね。

 

 この日は、ボクも含め、みんなで和室で寝ました。

 

 妹が増えて、ちょっと嬉しく思ってます。

 

 ちなみに、学園長先生に結局引っ越すことにしたと伝えて、その家の情報を伝えると、

 

『ああ、あそこね。そこは安心できるから、大丈夫よ! 何せ、私が出資してるからね』

 

 って言ってきました。

 ……学園長先生、本当に何者?




 どうも、九十九一です。
 いやぁ、メルの時からそんなに間を空けないでキャラを増やしてしまった……まあ、うん。いつものこと……いつものこと……。
 えっと、今日はですね、ちょっとした用事がありまして、二話投稿ができるかわかりません。できたらしますが、できない可能性の方が高いかな。まあ、頑張ってみます。一応いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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289件目 五月六日:遊園地へ

 次の日。

 

 ちょとだけバタバタしていた帰還後は、意外とすぐに落ち着いた。

 

 で、朝起きると……

 

「……うん。なんだか癒し」

 

 みんな、ボクにしがみつくようにして眠ってました。

 

 すごいね。人間って、六人はしがみついても問題ないんだ。

 

 両腕にニアとクーナ。足に、リルとミリア。そして、胸元にメルトとスイの二人が。

 

 ちょっとだけ重いけど、なんだかいいね、これ。

 

 ……暖かいなぁ……。

 

「依桜~、そろそろいい時間……あらあらぁ! なんて素晴らしい光景! 幼女がお姉ちゃんに甘えまくってるこの絵図! 写真に収めとこ……!」

「か、母さん、みんな寝てるから……!」

「あら、ごめんなさい」

 

 ふふっ、と笑って謝る母さん。でも、本当に謝罪する気あるのかな? って思ってしまって、なんだかなぁ……。

 

 ふと。ニアとクーナの二人は重くないのかなって思う。

 

 メルとスイはボクの胸の上で寝てるんだけど、ちょっとだけ腕の方にいる二人に乗っちゃってるんだけど。大丈夫かな。

 

「んゅ~~……ね~しゃま、おはょぉなのじゃぁ……」

 

 ここで、メル起床。

 寝ぼけまなこをこすりながら、挨拶してくる。

 あぁぁ、可愛いぃ……。

 

「おはよう、メル。ぐっすり寝れた?」

「うむ。ねーさまと一緒だから、バッチリなのじゃ」

「それはよかったよ。まあ……メルが起きても、ボクは動けないんだけど……」

 

 未だにみんな、気持ちよさそうに眠ってるからね。

 

 可愛いから、全然問題ないんだけど、ボクとしても……ちょ、ちょっと、トイレに行きたい……!

 

 お、女の子になってから、やけに近くなったし、我慢しにくくなっちゃって……。

 

 う、うぅっ……!

 

「ねーさま、ぷるぷるしてるぞ?」

「ちょ、ちょっとトイレ行きたくてっ……!」

「む、それはまずいのじゃ! みんな起きるのじゃ! ねーさまが一大事じゃ!」

「「「「「え!?」」」」」

 

 メルの慌てた声に、一斉に飛び起きた。

 

「イオお姉ちゃん、どうしたの!?」

「だいじょ、うぶ……!?」

「イオねぇ、顔が赤い!」

「大丈夫なのですか?」

「……心配」

「いや、あ、あのっ、と、トイレにっ……!」

「「「「「ご、ごめんなさい!」」」」」

 

 ボクがトイレに行きたいと言った直後、みんな慌ててボクから離れてくれた。

 

 それと同時に、ボクは大急ぎでトイレに行きました。

 

 ……無事間に合ってよかった……。最悪、みんなの前でみっともない姿を晒すところだったよ……。

 

 

 姉としての尊厳をなんとか死守し、みんなで朝食。

 

 ただ、人が多くなってしまったので、父さんや母さん、それから師匠の三人はテーブルで。ボクたち姉妹は、床の方のテーブルでということになった。

 

「えっとね、箸はこうやって持つんだけど……あはは、まだ難しいね」

 

 一応、箸の使い方を教えているんだけど、みんな箸が上手く使えていなくて、苦戦している。

 慣れれば楽だけど、慣れるまでが大変だからね、箸って。

 メルはすでにマスターしてます。

 何気にすごい……。

 

 

 朝食を終えたら、お出かけの準備。

 

 父さんと母さんは、家の下見へ。

 

 ボクたちは遊園地へ。

 

 着替え自体は……とりあえず、体格が近いメルの服に着替えてもらった。

 

 一応、それなりの数を買って、メルに渡しておいたからね。役に立ってよかった。

 

 ただ、リルとスイの二人は、結構小柄だったので、ボクが一年生くらいの体の時に使っている服を渡しました。

 

 穴はちゃんと塞いでから渡したけどね。ボクのは、尻尾穴があるから……。

 

 みんなちゃんと着替えて、ボクたちは早速出発した。

 

 

 異世界から来て、二日目にはもうお出かけ。

 

 いきなりだったかなと心配になったけど、みんな楽しそうに話しているところを見ると、安心した。

 

 それにしても、まさか妹が増えるなんて思わなかったなぁ……。

 

 事情が事情だったし、ボクも向こうに預けてさようなら、って言う風にするのも微妙だったからね……。

 

 子供が親なしで生きていくには、難しすぎるから、あの世界は。

 

 初めて会った時は、絶望して、怯えたような様子だったのに、今はメルも含めて、一緒に楽しく話している。

 

 すごくいい光景だと思うよ。

 

「あ、みんな、周りに広がりすぎないようにね?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 うん、素直でよろしい。

 

 行く前に、車などについても教えてあるから、多分大丈夫。

 

 それに、向こうの世界出身と言っても、みんなは子供だし、あまりステータス的にはほとんど変わらない。

 

 だから、車に轢かれるようなことがあれば、相当焦るよ、ボク。

 

 死んじゃう可能性すらある以上、ちょっとね……。

 

 メルは……轢かれたら、反対に車の方が壊れそうだよね……。魔王だし……。

 

 とはいえ、みんなが轢かれそうになれば、ボクが何としても助けるから、そこまで心配はいらない。でも、油断してもしもがあったら嫌なので、基本常時展開している『気配感知』の範囲を拡大して使ってます。

 

 これで安心。

 

 何やら、視線がかなり来ているけど、多分……みんなが可愛いからだよね。

 

 しっかりご飯を食べたり、清潔な布団でぐっすり眠れたからか、みんなは健康的になってきている。

 

 いいことです。

 

 ご飯の時が一番嬉しそうだけどね、みんな。

 

 やっぱりあれかな。劣悪な環境にいて、なかなかご飯が食べられなかったから、その分反動が大きいのかな。

 

 なんと言うか、作り甲斐がある娘たちで、ちょっと嬉しい。

 

 料理に一層力が入るというものです。

 

 

 今回向かう遊園地は、以前態徒と一緒に遊びに行った、『美ノ浜ランド』。

 

 ゴールデンウイークとはいえ、今日は六日で、普通なら平日。

 

 でも、学園生らしき人や子供が多く見受けられる気がする……まあ、叡董学園では、今日明日は休みだからね。

 

 見た感じ、デートの人たちもいるみたいだしね。

 

 恋人かぁ……ボクには無縁だよね。

 

 男の人と付き合うのは、なんだか抵抗あるし、かと言って、女の子と付き合えるかと聞かれれば……まあ、ちょっと考えるけど、多分断っちゃうかな。

 

 それに、ボクなんかと付き合うより、いい人は絶対いるはずだもんね。

 

「ねーさまねーさま! 早く行くのじゃ!」

「あ、うん、ごめんね。それじゃあ、まずはチケットを買わないとね」

 

 ぼーっとしてた。

 

 さて、今日はみんなを楽しませよう!

 

 

 チケット……というより、パスを買って、中へ。

 

 前に来たのは……去年の十一月だったかな?

 

 あの時は、冬が近かったから、ちょっとだけ肌寒かったけど、今日はそんなことはなくて、暖かい。

 

 まあ、春だしね。五月だしね。

 むしろ、寒かったらちょっと困ってたよ。

 

「「「「「「わぁ~~~!」」」」」」

 

 初めて見ると遊園地に、みんな目を爛々と輝かせていた。

 世界共通なのかな、子供が遊園地を見て嬉しそうにするのって。

 

「さ、立ち止まるのも迷惑になっちゃうから、歩こっか」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 

 まずは園内をみんなで歩く。

 

 歩いている間、みんなはいろんなアトラクションに目移りしているのか、きょろきょろと見回していた。

 

「イオお姉ちゃん! 私、あれが気になります!」

 

 そう言って、ニアが指さしたのは、バイキング。

 

 海賊船型の大きなブランコのこと。

 

 あれって、逆さまになったりするし、結構揺れるから、一人によってはかなり酔うんだよね。

 でも、ニアの希望だしいいかもしれないね。

 ……最初にバイキングというのも、どうかと思うけど。

 

「それじゃあ、まずはあれに乗ろう」

 

 そう言うことになりました。

 

 

 軽いアナウンスが入ってから、バイキングが少しずつ動き始める。

 

 最初は、小さいスイングだったけど、徐々に徐々にスイングが大きくなり、ついに逆さまに。

 その間のみんなの反応は、

 

「「「「「「きゃ―――♪」」」」」」

 

 すごく楽しそうな悲鳴を上げていました。

 

 周囲のお客さんたちは、人によっては本気の悲鳴を上げていたり、みんなのように、楽しそうな悲鳴を上げる人がいた。

 

 ほとんどは、怖い時に出る悲鳴だけど。

 

 ボク? ボクは……まあ、逆さまになるのは慣れてるしね……師匠のおかげで。

 今思い返すだけでもおそろしい。

 

 

 バイキングが終わった後は、フリーフォールへ。

 

 これは、リルの希望です。

 

 とりあえず、みんなで乗ってみると……

 

「ひぅぅっ!」

 

 と、リルが思いっきり怖がってました。

 

 幸い、ボクが隣にいたので、ボクの手をぎゅぅっと握ってきてました。

 うん。可愛いです……。

 

 ちなみに、他のみんなは特に怖がる様子はなく、バイキングの時のように、普通に楽しんでいました。強いね。みんな。

 

 ……あと、リルはなんで乗ったんだろう、怖いのに。

 

 

 次は、ミリアの希望で、まさかのビックリハウス。

 まあ、結果はと言えば……

 

「うぅ、き、気持ち悪いぃ……」

 

 ミリアがグロッキー状態になりました。

 

 ビックリハウスって、無重力感や錯覚を引き起こすから、人によっては吐き気が出てくるんだよね……。

 

 ボクは……まあ『立体機動』の能力があるから、問題なしでした。あれ、全てにおいて酔わなくなるものでもあるしね。

 

 じゃないと、複雑な動きなんてできないもん。

 

「だ、大丈夫?」

「い、イオねぇ、ぼく、もうだめ、かもっ……うぅ」

「ちょ、ちょっと待ってね……『キュア』」

 

 仕方ないので、状態異常回復魔法を使用。

 さすがに、この後楽しむにはちょっとあれだからね……。

 

「わっ! 気持ち悪いのが治った! イオねぇありがとう!」

「どういたしまして。それじゃあ、次行こう」

 

 

 次は、クーナの希望で、コーヒーカップへ。

 

 これに関しては、クーナが

 

「すごいです! この乗り物、すごく楽しいのです!」

 

 と、テンションがかなり上がってしまったのか、ものすごく回転させてしまい……

 

「き、気持ち悪いです……」

 

 クーナが先ほどのミリアのように、グロッキー状態になりました。

 う、うーん……さっきも見た光景……。

 仕方ないので、再び『キュア』を使用して、治してあげる。

 

「あ、ありがとうございます、イオお姉さま……」

「いいよいいよ。次に行こ」

 

 

 次は、スイの希望で、観覧車へ。

 なんだか早い気がするんだけど、まあ、いいよね。

 みんなで一つのゴンドラに乗り、のんびりと外を眺める。

 

「すごいです、すごいです!」

「た、高い、です……!」

「すっごーい! 遠くまで見れるよ!」

「景色がいいですね」

「……人がゴミのよう」

「おぉ、こっちの世界の街並みはこうなっているのじゃなぁ」

 

 みんな、観覧車から見える景色に大はしゃぎ。

 

 スイは、なぜか某アニメ映画に出てくる、大佐の人みたいなことを言ってたけど……。

 

 でも、こんな風に、のんびり観覧車に乗るっていいね。

 みんながこうしてはしゃいでいるのも、なんだかすごく和むし。

 

 こうやって、のんびりする機会なんて、ボクにはほとんどないからねぇ……できれば、こんな日がずっと続けばいいのにね……。

 

 

 次は、メルの希望で、ジェットコースター。

 

 幸い、みんなは身長制限に引っ掛からなかったので、問題なく乗れた。

 

 正直、これが一番ボクは楽しい。

 

 ジェットコースターっていいよね。

 

 ただこのジェットコースターは、二人ペアなので、ボクたちは一人余ることになるんだけど、この時、なぜかボクの隣を巡って争いが発生しそうになったので、ボクが一人で乗る事になりました。

 

 と言っても、みんなの後ろだから問題ない……と思います。

 

 ジェットコースターに乗る時、ボクってちょっとした問題があったり……。

 

 なんと言うか……安全バーを下ろすのが一苦労なんだよね……胸がつっかえちゃって。

 

 うぅ、もう少し、小さくならないかなぁ……。

 

 そんな事を思いつつ待っていると、ジェットコースターが動き出した。

 

 乗る前はみんな楽しそうだったんだけど……

 

「「「「「……(ぷるぷる)」」」」」

 

 メル以外のみんなは、少し震えているみたいだった。

 

 あー、うん。怖いんだね……。

 最初の落下はみんなそうでもなかったんだけど、一番高い坂に差し掛かったら、

 

「「「「「……(ぶるぶる)」」」」」

 

 さらに震えが酷くなった。

 今にも泣きだしそうな雰囲気があるんだけど……だ、大丈夫かな?

 メルだけは、

 

「~~♪」

 

 楽しそうに、鼻歌歌ってた。

 まあ、ボクもメルと同じような感じだし、わかるけど……みんな、大丈夫かな。なんて、心配した直後、突如として急激な浮遊感が遅い、車両が急降下しだし、

 

「「「「「きゃあ―――――――っっっ!」」」」」

 

 という、みんなの絶叫と、

 

「「きゃあ―――――♪」」

 

 ボクとメルの、楽しそうな悲鳴が響きました。

 

 

「こ、怖かったですぅ……」

「……こ、こわ、い……」

「……ぼ、ぼくも、怖かった……」

「そ、そうですね……私も、かなり怖かったのです……」

「……恐怖」

 

 ジェットコースターから降りると、みんな涙目で怖いと言っていました。

 

 というより、降りた直後、みんながボクにぴったりくっついて離れようとしないので、ちょっと困ってます。

 

 仕方ないので、芝生エリアに移動して、持ってきていたレジャーシートを敷いてそこに座ると、さらにくっついてきた。

 

 か、可愛いんだけど……周囲からの視線がすごい……。

 

『なんだ、あの美少女と美幼女の軍団……』

『美幼女が美少女に甘えてる姿がメッチャ尊い!』

『くっ、眩しすぎて直視ができない……!』

『癒しコーナー……いいわぁ……』

 

 うん、本当に視線がすごい……。

 ジェットコースターは、みんなには早かった、ということで……。

 ちょっと反省かな。

 

 

 この後は、みんなでボクが作って来たお弁当を食べて、午後は他のアトラクションを回って、遊び倒しました。

 

 みんな遊園地に大はしゃぎで、ずっとエンジン全開だったけど、ボクとしてもすごく楽しかったし、いい思い出になったよ。

 

 ……ちょっと、トラウマになった部分が、みんなにはあったけど。




 どうも、九十九一です。
 若干……というか、かなり薄いような気がする回。うーん、もうちょっとやりようがあったような……まあ、あまりに気になるようだったら、この回は加筆を加えようかな。うん。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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290件目 妹”s学園へ

※ アイちゃんのセリフに使われている括弧を『』から〈〉に変更しました。日常的に、『』が多く出てくるためです。この回からの変更なので、過去の回は気にしないでください。


 みんなで遊園地へ行った次の日は、みんなの服を買いに出かけた。

 

 と言っても、行ったのはショッピングモールで、そこでは平穏に服を買って終了。

 

 明日は学園へ登校する日。

 

 ボクたちが普段通りの生活をしている間、みんなは以前のメルと同じく、追いつくための勉強が必要。

 

 一応編入準備は出来ているらしいので、問題ないとか。

 

 と言っても、勉強する場所はニアとクーナの二人と、リルとミリア、スイの三人で場所が分かれるみたいだけどね。

 

 年齢が同じ同士でやるとか。

 

 試しに、家に帰ってきて、ちょっとした一年生の勉強をやらせてみたら、すんなり解いたので、そう時間がかからずにできるかも。

 

 まあ、言語理解のおかげで、国語はまったく問題ないんだけどね。勉強するとしたら、この時の○○の心情を答えてください、とか、この時の一文は、どこのことを指していますか、みたいな問題だけだと思っていいかな。

 

 算数も特に問題なし。

 試しに九九をやらせてみたら、すぐに覚えたので、みんな地頭がいいみたい。

 

 というより、異世界の子ってみんな頭がいいのかな……?

 ちょっと気になる。

 

 メルの時は、二週間くらいで終わったから、みんなもそれくらいかな?

 

 三年生に編入する三人は、もう少し短いかも。

 

 でも、これでちょっと安心。

 

 あとは、メルみたいに友達を作ってくれれば、もっと安心かな。

 

 できれば、いろんな人と友達になってほしい。同性、異性関係なく。

 

 それから、引っ越しは明後日になりました。

 

 日曜日だね。

 

 昨日下見に行って、気に入ったから契約して来たとのこと。

 ローンではなく、一括購入したそうなので、ローンの心配はない! だって。

 

 十六年以上も住んでいた家を離れるのは、なんだかちょっと寂しいけど、仕方ないね。家族が増えちゃったんだし。

 

 ちなみに、師匠は、

 

『ほう、広くなるのか。あたしとしては、住めればどこでもいいがな』

 

 だそうです。

 

 師匠らしい……。

 

 この日は、明日の最終確認をして、就寝となりました。

 

 

 五月八日、登校日。

 

 昨日も寝る場所は和室。

 

 みんな、ボクと寝たい! とずっと言っててね……まあ、ボク自身も別に構わなかったから、一緒に寝てました。

 

 みんな、ボクにくっついてくるんだけどね……。

 いや、可愛いから全然いいけど。

 

「みんな~、ご飯よ~」

 

 朝は母さんがボクたちを起こす。

 

 というか、母さんが起こしてくれないと、ボクが起きれなかったり……。

 

 みんな、ボクにくっついて寝ている上に、気持ちよさそうに寝ているものだから、起こすのがちょっと忍びなくて……。

 

 心を鬼にして起こさないと! とは思ってるんだけど……難しい。

 

 一応母さんが起こしてくれると、みんなゆっくりながら起きてくれる。

 

 でも、ボクがちゃんと起こさないとなぁ……。

 

 

 朝ご飯を食べたら、学園へ向かう。

 

 ボクの周りを、みんなが楽しそうに話しながら歩いているのが、なんだか微笑ましい。

 

 今まで一人っ子だったけど、メルという妹ができて、ニアたちが増えたから、なんだか今幸せな気がするよ……。

 

 姉妹がいるって、すごくいいね。楽しい。

 

 道中、大勢の生徒たちが歩く場所があるんだけど、そこに行くと、周囲からの視線がすごくなった。

 

 なんか、かなり注目されているような……。

 

 ま、まあ、人が増えたしね……。

 

 みんな可愛いし、注目されるのもわかる気がする。

 

 

 そんな調子で学園に到着。

 

「それじゃあえっと、みんなはメルに付いて行って? ボクは向こうの校舎だから」

「「「「「はーい!」」」」」

「メル、みんなをお願いね」

「うむ! 任せるのじゃ!」

 

 うんうん。みんなを任せても大丈夫そうだね。

 

 メルはよくボクに甘えてくるけど、なんだかんだで面倒見がいいのかも。今だって、お姉さんとして頑張ろうとしてるんだと思うしね。

 

 まあ、ボクに妹ができたのって、三月なんだけどね……。

 

 ……まさか、この歳で妹ができるとは思わなかったよ。

 

 あ、それは、父さんと母さんもかな。

 

「それじゃあみんな、頑張ってね」

 

 最後にそう言って、ボクはみんなと別れた。

 

 

「おはよー」

 

 なんだか、久しぶりな気がする学園。

 

 あ、なんだか、じゃなくて、本当に久しぶりなんだよね。

 だって、みんなよりも一週間ゴールデンウイークが長かったしね。異世界にいたし。

 

 ふと、向こうにいる分だけ、ボクってみんなより歳を取るんじゃないかなと思うようになった。

 

 ……あー、でも今更だね。だってボク、一応十九歳だし。今年で二十歳だけど。

 

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 いつも通りに教室へ入ると、やっぱりいつも通りに未果と晶が先に来ていた。

 

「おっすー」

「おっはよー」

 

 と、ここでいつもより早く、女委と態徒の二人が登校して来た。

 何かあったのかな?

 

「ねえねえ依桜君、ちょっと訊きたいことがあるんだけど――」

「あ、そうだ、みんなこれ」

 

 ちょうどみんな来たし、ちょうどいいと思って、アニメの台本をみんなに渡す。

 

「あら、ありがとう、依桜!」

「本当にサインが書かれてる……」

「うおっ、やっべぇ、マジで嬉しい!」

「ぃっしゃあぁぁぁぁぁぁぁっ! 人気声優のサイン入り台本だぁぁぁぁぁあぁぁっ!」

 

 よかった、みんな喜んでくれた。

 なんだかちょっと嬉しい。

 

 ……まあ、ある意味この台本の代償がボクの声優活動なわけだけど……。

 

 う、上手くできるかな……。

 

「あ、女委。さっき、何か言いかけてなかった?」

「ん? あ、そう言えば何か言った気が……あ、そうだ。ねえねえ依桜君、急に素晴らしい写真が送られてきたんだけど、これなんだい?」

「え? ~~~っ!!」

 

 女委が操作したスマホに映し出されていたのは、いつぞやのボクの寝顔……というかこれ異世界にいた時のボクの写真っ!

 

「あ、それ私も送られてきた。可愛すぎたから、永久保存したわ」

「俺の所にも来たな」

「あ、オレも。依桜でも涎垂らしながら寝るのな! めっちゃ可愛かったけど!」

 

 み、みんなの所にも!?

 ま、まさか!

 

〈ふっふっふー! そう! イオ様のすんばらしい寝顔写真を送ったのは、何を隠そうこの私! 完全無欠スーパーAI、アイちゃんでっす!〉

「や、やっぱりぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 案の定というか、やっぱりアイちゃんだった!

 な、なにやってるの、人のスマホで勝手に!

 

「え、依桜、なに今の声。なんか、依桜の方から聞こえた気がするんだけど……」

「うん、たしかに依桜君の方から聞こえたね。可愛い女の子の声」

「いや、あの……」

〈イオ様、イオ様―。ここはいっそ、私の存在を見せちゃいましょうよー。というか今、イオ様のポケットしか見えないんですよ。早く出さないと、イオ様の今日の下着の色、行っちゃいますよー?〉

『――ッ!?』

「それはやめて!?」

〈じゃあ、出してくださいよー〉

「わ、わかったから……」

 

 できれば出したくなかったんだけど、さ、さすがに下着の色を言われるのは恥ずかしすぎるので、みんなの前に、アイちゃんを出す。

 

「え、えっと、その……数日前からボクのスマホに住みだした――」

〈どうも! 世界一キュートなスーパーAI、アイちゃんです! どうぞ、お見知りおきを!〉

「「「「……え、AI?」」」」

『はい、AIですよ! あ、私、そこらのAIよりも優れてますぜ? まず、感情がありますんで、その辺のアドバーイス! も、可能です。あ、赤外線やら、電話番号やら、LINNの連絡先やらを通じて、誰かのスマホにお邪魔することも可能です!』

 

 それ、やっちゃダメじゃない?

 

「……ね、ねえ依桜。これって……誰かが遠隔操作で喋ってるわけじゃ、ないのよね?」

「うん」

「……感情があると言っていたが、本当なのか?」

「……うん」

「……なんと言うか、微妙にイラッとくる気配があるんだが……マジ?」

「………マジです」

「これ、マジもんの感情があるAI? で、本当にAIが喋ってるの?」

「…………全部、本当です」

『えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇっっっ!?』

 

 その日、朝から、クラス内に驚愕の叫びが響き渡りました。

 

 

 ボクたちの会話を聞いていたクラスメートのみんなも、ボクたちのところに集まってくる。

 

〈いやはや、創造主の学園と聞いていましたが、思ったより普通なんですねぇ〉

「逆に、普通じゃない学園って何?」

〈んー、やっぱこう、悪魔がいたりとか、校庭の地面が開いて、巨大ロボが出てくるとか、実は、人外がいたりとか〉

「アニメじゃないんだから……いるわけないでしょ?」

((((いや、それを依桜(君)が言う……?))))

「にしても、これどこで手に入れたのよ」

「え、えーっと、ちょっともらってね……。そしたら、なんかボクのスマホに住みついちゃって……」

「AIすら懐かれる依桜……」

 

 あ、あはははは……。

 本当、なんでボクのスマホに住みついちゃったんだろうね……。

 

『ねえねえアイちゃん。アイちゃんって、依桜ちゃんが好きなの?』

〈そりゃぁもう! 大好きですよ! というか、こんなにパーフェクツ! な主人もいませんって〉

『『『たしかに!』』』

 

 なんで納得したの?

 ボク、別に完璧でも何でもないよ?

 

『なんか、可愛いAIがスマホにいるとか、すっげえ羨ましいな』

〈ふっふーん! 私は、完全無欠で、最高に可愛いスーパーなAIですからね! そう思うのも、仕方のないことなのです! 故に、自然の摂理!〉

「……なんか、地味にウザくね?」

「……ああ。自信満々な上に、ドヤ顔もしてくるからな……その気持ち少しわかる」

「依桜も、また変なのに好かれたわね」

「そ、そうだね……」

 

 創った人たちが、学園長先生の研究所の人たちだから、変なんだけどね……。

 

「ねえねえ、アイちゃん。この、素晴らしい依桜君の寝顔写真以外に、何かいい写真はないかい?」

〈もちのろんですよ! ちょうど、イオ様の生着替え写真がありますよ〉

「ほう!」

『『『――ッ!? ご、ごくり……』』』

「な、ななななななな何を言ってるの!? ない! ないから、そんな写真っ!」

〈おー、慌ててる慌ててるー。知ってます? みなさん。人って、こんなに慌てている時ほど、何かを誤魔化そうとしてるんですよ?〉

「あ、アイちゃんは変なことを言わないでぇぇぇぇぇ!」

 

 な、なんだか色々とおかしいよ、アイちゃん!

 あと、男子のみんなは生つばを飲み込まないでよ!

 

「アイちゃん、あとでその写真送って!」

〈おっけい!〉

「おっけいじゃありませんっ! 絶対にダメだからね!」

〈えー?〉

「えーじゃないの!」

「……依桜が珍しく翻弄されてるな」

「ええ。アイちゃん、恐るべしね」

 

 

 そんな、朝の騒動も戸隠先生が来たことで何とか落ち着き、お昼。

 

 今日は、みんなに異世界のお土産でもと思って、屋上でみんなとお昼を食べようということになったんだけど……

 

「ねーさま!」

「イオお姉ちゃん!」

「イオ、おねえちゃん……!」

「イオねぇ!」

「イオお姉さま!」

「……イオおねーちゃん!」

 

 みんなが、ボクの教室にやってきました。

 そして、

 

『『『――ッ!?』』』

 

 クラスが、固まりました。

 

「ど、どうしたのみんな? お弁当は持たせてたはずだけど……」

「ねーさまと一緒に食べようと思ってきたのじゃ!」

「ダメ、ですか?」

「もちろんいいよ」

 

 即答。

 断る理由なんてないです。

 可愛い妹のお願いは、答えてあげるのがお姉ちゃんの使命……!

 

「い、依桜? その娘たちは……誰?」

「あ、え、えーっと、みんなに紹介するね。メルは知ってるから省略するけど……焦げ茶色のショートボブの女の子はニアで、その隣の、長い黒髪の女の子はリル。その隣にいる明るい茶髪のツインテールの女の子はミリア。金髪の女の子はクーナで、水色髪の女の子がスイだよ。この娘たちは、えっと……ぼ、ボクの妹……です」

 

 そう紹介した瞬間、クラスがさらに固まった。

 そして、数瞬の後、

 

『うえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』

 

 朝と同じく、そんな驚愕の叫びがクラスに響き渡りました。

 ……だよね。




 どうも、九十九一です。
 何気に長った異世界旅行の話が終わり、一応学園の話に戻ります。色々とやらかしまくったゴールデンウイークの話でしたが、無事終了……したのかな、これ。まだ、引っ越しとこの回の続きがあると考えたら、あと三話くらいありそう……困った。キャラを動かすのが難しいです……。
 今日も二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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291件目 お土産渡し

 場所は移り、屋上。

 みんなでお昼ご飯です。

 

「……で、何があったの?」

「じ、実はね――」

 

 ボクは、みんなに異世界にいた間の事情を説明。

 ニアたちの話に差し掛かった辺りで、みんなの表情が苦いものになる。

 

「というわけで……」

「なんと言うか……出発前日に、別の誰かを連れて来るんじゃないか、って言いはしたけど、まさか本当に連れて来るとは……」

「あれ、フラグだったんだねぇ」

「依桜の巻き込まれ体質は、異常だからな……」

「てか、それで妹増やしてくるって、どう考えても異常だろ」

「あ、あははは……」

 

 その辺りに関しては、苦笑いするほかないです……。

 というより、増えるとは思ってなかったんだよ、ボクも。

 

「それにしても、依桜って子供に好かれやすいわよね、ほんと。見たところ、その娘たちもものすっごい懐いてるみたいだし」

「ま、まあね」

 

 今のみんなと言えば、ぴったりボクに寄り添った状態で、お弁当を食べています。幸せそうな表情もセットで。

 

「しかも、みんなすごく可愛いねぇ。依桜君、こんなに可愛い妹たちができて、どう思う?」

「そ、それはまあ……嬉しいし、ボクにとって癒しだよ? 普段から、いろんなことがあるせいで、疲れちゃってね……」

「イオお姉ちゃん、疲れてるんですか?」

「うん……なかなか休む暇がなくてね……」

「だい、じょうぶ、なの……?」

「これでも、結構体力はあるから、そこまで酷くはないよ」

「イオねぇ、ちょっと頭を下げて?」

「え? こう?」

 

 ミリアに言われて、少し頭を下げると、ミリアの小さな手がボクの頭を撫でて来た。

 

「よしよし」

「あ、ミリアずるいです! 私も!」

「わた、しも……!」

「私もするのです!」

「……わたしも」

「儂も!」

 

 ミリアがボクの頭を撫でたことを皮切りに、みんながそれに追随するように、ボクの頭を撫でて来た。

 

 あ……なんだろう、この気持ち……なんというか、すごく心が安らぐし、すごく嬉しい……可愛い妹に頭を撫でられるのって、どんな栄養ドリンクよりも元気が出るし、どんなスタミナ料理よりも体力が付く気がする……あぁ、癒し……。

 

「おい、なんか、依桜が今まで見たことないくらい、顔が緩んでるぞ」

「依桜って、あんな顔するのね」

「普段からよっぽど疲れてるんだろうな」

「というか依桜君って……シスコン?」

「違うよ!?」

 

 さすがにボクはシスコンじゃないと思います!

 

 ただちょっと、みんなが可愛くて、困っていたらどこにいても駆けつけて助けるくらいです! 世の中のお姉さんなら、これくらいは普通のはず。

 

 だから、ボクはシスコンじゃないと思うんです。

 

「じゃあ、訊くけど……ニアちゃんたちが誘拐されました。依桜はどうする?」

「え? それはもちろん……ボクの持てる全ての力をフル活用して、数分以内に見つけ出して、そのまま助けに行くかな? それで、誘拐犯たちは、まあ……死よりも恐ろしい地獄を見せる、かも」

「「「「……あ、ハイ。依桜先輩、マジパネェっす」」」」

 

 あ、あれ? なんでみんな、そんなにドン引きしちゃってるの?

 ボク、何か変なこと言った……?

 

「「「「「「……!(キラキラした瞳)」」」」」」

 

 でも、みんなは、すごく嬉しそうに眼を輝かせてるし、普通ってことだよね。

 ならいいと思います。

 

「これ、手遅れね……」

 

 そんな、諦めが混じった呟きを聞いたみんなが、うんうんと頷いていました。

 変?

 

 

 それから、お昼ご飯を食べ終え、みんなは眠くなったのか、ボクにくっついたまま眠ってしまった。

 

 膝を枕にして寝ている娘もいれば、ボクに寄り掛かるようにして寝ている娘もいる。あとは、おんぶみたいに寝てる娘も。

 

 癒し……。

 

「おー、女神が天使に囲まれるという、すごく尊い光景……! なんて素晴らしいんだい!」

〈おっほー、これは眼福ですなぁ! あ、女委さん、ちょっとこの光景をパシャってこのスマホに送ってください。私のイオ様コレクションに加えます〉

「おっけい!」

「アイちゃん、そのコレクションはなに!?」

 

 イオ様コレクションなんて、聞いたこともないし、見たこともないんだけど!

 ボクのスマホでなにしてるのほんと!

 

〈そりゃああれですよ。イオ様の可愛い寝顔とか、イオ様の可愛い横顔とか、イオ様の可愛い怖がった時の顔とか、イオ様の可愛い勉強時の姿とか、イオ様の可愛い妹様方と戯れている姿とか、色々〉

「撮らないでよ! ボクの写真なんて撮っても意味ないよ!」

〈いやいや、マジでイオ様の可愛いお姿は癒しなんですって。ねえ、みなさん?〉

「うんうん。依桜君本当に可愛いしー、トップシークレット並みのあの涎垂らして気持ちよさそうに寝ている依桜君の寝顔は、全国の男子が見たら、涙を流して拝むんじゃないかな?」

「「「あー、あり得る」」」

「今のを納得するのは、何かおかしくない……?」

 

 拝むって……ボク、御神木や御神体でもなんでもない、ちょっと強い普通の人間だよ? そんな、神様みたいに扱われたら、普通に困るよ……。

 

〈まあ、異世界は素晴らしく面白かったですしねぇ。あ、そう言えば、みなさんにお土産買ってませんでした?〉

「あ、そうだった。えっと、みんなに異世界のお土産があるんだけど……いる?」

「ほんとに!? いやぁ、わたし、異世界の物ってすっごく気になってたんだよね! 欲しいです!」

「私も気になるわ。依桜が行った異世界の物」

「やっぱ、異世界ってのは男子高校生的には、なんか憧れるものがあるよな!」

「女委や態徒ほどじゃないが、俺もたしかに気になる。一体、どんなものなんだ?」

「えっと、ちょっと待ってね」

 

 たしか、『アイテムボックス』にしまっていたはず……あ、あったあった。

 ボクは『アイテムボックス』の中から、みんなへのお土産を取り出す。

 ちなみに、全部クナルラル産です。

 

「はいこれ。とりあえず、果物。あとは……ネックレスにブレスレット。あとは、ちょっとした魔道具かな」

 

 そう言いながら、一人ずつお土産を手渡していく。

 

 果物は、箱入りで一人一箱ずつ。

 

 ネックレスは二、三センチほどの宝石が付いたもの。と言っても、宝石じゃなくて、本当は魔石なんだけど。

 

 一応、付与魔法で『ヒール』をかけてあるので、怪我をしたら少しずつ治療されるようになってます。

 

 ブレスレット、とは言ったけど、実質的にはブレスレットというより、ミサンガに近いかも? 白と黒のシンプルな色合いのちょっとおしゃれな感じの。

 

 一応これも能力が付与されていて、たしか……『疲労軽減』だったかな? なんか、裏店みたいな感じで、目立たずひっそりと経営していたお店で見つけたんだよね。ちょうど、四つあったから、みんなに、と思って買ってきた。

 

 効果は少しだけ確認してあります。向こうの世界ではそうでもないみたいだけど、こっちの世界では結構効果が期待できるみたい。まあ、向こうの世界の方が、圧倒的に疲れるしね。

 

 効果の発動条件は、大気中の魔力を吸収することらしいんだけど……やっぱりこの世界にも、魔力はあるんだね。

 

 でも、それならこっちの世界の人も魔法が使えても不思議じゃないような……? なんで、魔法が使える人がいないんだろう?

 その辺り、師匠にちょっと聞いてみようかな? 何かわかるかも。

 

 と、それは置いておいて、お土産。

 

 ちょっとした魔道具というのは、緊急連絡用のアイテム。まあ、こっちで言うところの、携帯電話だね。

 

 携帯電話とは言っても、別にスマホとかガラケーと呼ばれるような形じゃなくて、指輪型。

 その指輪を持って、持っている相手との通話を念じれば、思考のみで会話が可能になるという、結構便利なアイテム。

 

 ライトノベルなどで言うところの、念話に近いかな?

 口に出して喋らなくても、相手に言葉を送れるからね。戦争中も、これがかなり役に立ったと、ジルミスさんが言ってました。

 

 ちなみにこれ、ジルミスさんからのもらい物です。

 

 最終日、出立前に挨拶しに行った時、軽くお土産の話が出て、それでしたら何かプレゼントします、と言ってきたので、試しに連絡用の魔道具とかないですか、って聞いたらこの指輪をくれたんだよね。

 

 なんでも、

 

『戦争が終わった今、もう不要でしょう』

 

 とのこと。

 

 人間との共存も少しずつ進み、秘密にするような会話が少なくなったからいらないのだとか。

 そうは言っても、たまに使うみたいだけどね。

 

 この指輪の発動条件も、さっきのブレスレットとと同じで、大気中の魔力を使用するそうです。

 

 もともと、魔力が乏しい魔族や、自身の位置や魔力波長がバレないようにするための発動方法みたいだけど。

 

 だけど、それのおかげで、こっちの世界でも使えるわけです。

 そんな説明をみんなにした。

 

「「「「ま、マジですか……」」」」

 

 渡されたお土産を凝視しながら、みんなはちょっと冷や汗を流していた。

 そんなみんなの気持ちを代表して、

 

「これ、高いんじゃないの……?」

 

 未果が恐る恐る尋ねて来た。

 

「うーん……向こうの物価って、こっちよりも安いけど……日本円に換算したら、一個数十万円くらい?」

「「「「高ッ!?」」」」

 

 まあ、うん……魔道具だし。

 

 指輪なんて、もっと高いんじゃないかな。もらい物だし。

 

 それに、魔道具を作るのも難しいしね。

 

 あれ、一応、現代級と中世級はそこそこ創りやすいみたいだけど、その上からは天才たちの領域みたいだしね……。師匠は創れそうだけど……。

 

 今回みんなに渡した魔道具の中で一番高価なのは、間違いなく指輪だと思います。

 

 あれ、みんなには言ってないけど、数百万するレベルらしいもん……。

 戦争時代は、幹部や将軍などの人たちが持っていた物だったそうです。

 まあ、だよね。

 

「これがあれば、スマホの電池が切れた時とか、圏外の時にボクたちの間で連絡が取れるから、なるべく持っておいた方がいいかな。危険な場面に遭遇した時ボクが駆け付けて、みんなを何としても助けに行くから」

 

 正直、そう言う思いから、ジルミスさんにこういうものは無いですか、って訊いたわけだし。

 

「……たまに、可愛い顔してイケメンなこと言うわよね、依桜って」

「うん。何としても助けに行くって言えるんだもんねぇ」

「……オレ、男として負けた気分だぜ……」

「……そもそも、依桜と比べるのが間違ってるぞ、態徒」

 

 え、あ、あれ? なんでそんなに落ち込んでるの? 二人とも。

 ボク、何か落ち込ませるようなこと言ったかな……?

 

 なぜか落ち込む二人を見てそんな風に心配になったけど、この後はみんなに渡した果物を食べながら、昼休みは過ぎていきました。

 

 

 午後は特に問題もなく、授業は進み、下校となった。

 

 初等部の校舎前でみんなを待って仲良く家に帰りました。

 

 家族がいなかったからか、みんなかなり甘えん坊で、会うたびに抱き着いてくる。正直、それが可愛いので、ボクとしては全面的に許可してます。

 

 癒しだしね、ボクの。

 

 なんだか、連れてきてよかったなぁと思えました。




 どうも、九十九一です。
 最近、依桜がかなりのシスコンキャラになりつつあると思ってます。割と常識人な部類ではあった依桜が、少しずつおかしな方向に向かい始めてる……まあ、欠点ぽいところがあってもいいよね、という発想ですが。
 そう言えば、物は試しということで、他サイト(なろう)にて、大賞に応募してみることにしました。まあ、こんな頭のおかしいクソ小説が通るとは思ってません。よくてまあ……一次通るくらいじゃないでしょうか。面白いかと聞かれれば、微妙なラインですしね、この作品。まあ、応募したからなんだ、って話ですが。
 最近、調子が良かった反動で昨日は二話投稿ができませんでした。ネタが、思い浮かばなかったんです……。
 一応今日も二話投稿を予定していますが、まあ……いつも言っている通りです。正直、出せるかわからないので、あまり期待しないでくださいね。
 では。


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292件目 男女家のお引越し

 その夜。

 

『あ、ボク明日引っ越しするから』

 

 今日、学園で言い忘れていたことをみんなにLINNで伝えた。

 

『『『『えっ!?』』』』

 

 同時に、みんなから全く同じメッセージが飛んできた。

 

『え、ま、待って!? 何、依桜、引っ越すの!?』

『うん。色々あってね』

『じゃ、じゃあ、何か? 引っ越すってことは……転校するのか!?』

 

 あ、そっか。引っ越しって、それ=転校、みたいなイメージが強いから、そう思っちゃうのか。

 

『あはは、別に転校はしないよー。単純に、家族が増えたから、十人でも広々と暮らせる場所に引っ越そうってなっただけだよ。そもそも、ボクはみんなから離れたくないから、転勤になっても一人暮らしを始めるよ、ボクは』

『『『『そ、そうですか』』』』

 

 だって、一番仲が良くて一番気心がしれた仲なのは、みんなくらいだもん。離れるのなんて、死んでも嫌だ。

 

『んで、どこに引っ越すんだ?』

『えっと、駅に近い家。三階建てだよ』

『え、三階建て? ほんとに?』

『うん。さすがに、十人だとほとんどの家は狭いからね。だから、それなりの広さがあって、高さもある三階建ての家に』

『いや、それはわかるんだが……お金はあるのか? かなり高額だった気がするんだが……』

『大丈夫。一括で払ってきたよ。もう契約もしてあって、明日今の家を引き払ってお引越し』

『……聞くのもあれだけど、いくらくらいしたのよ』

『四千二百万くらい、だったかな?』

『……高すぎて、何も言えねぇ……』

『そんな大金、おばさんたちよく用意できたねぇ』

『あ、用意したのボク。全額ボクの貯金』

『『『『……は?』』』』

 

 あれ? 言ってなかったっけ? でも、以前軽く触れたような気がするんだけど……。

 まあ、この際だし、言っておこうかな。

 

『ボクの貯金……使った分を差し引いたら、あと、八千万くらいあるんです』

『『『『……え!?』』』』

『学園長先生が、今までの謝罪と色々と手伝ってもらっていたあれこれ、という名目で、お金を振り込んでてね。その時に、まあ……一億ほど。それで、最近また増えてて一億二千万円になってたの』

『……銀髪碧眼美少女で、お金持ち……』

『それでいて、家庭的で、誰にでも優しい……』

『……最近、依桜に欠点なんて、ないんじゃね? と思いつつあるぜ』

『いやそれ、もとからじゃないかな? 依桜君に欠点なんてないさー。むしろ、欠点すらも可愛さに変えてくるレベル』

 

 みんなは一体、何を言ってるんだろうか。

 ボクにだって欠点はあるよ。

 お化けとか……。

 

『しっかし、高校生でその大金はやべえぇな』

『ま、まあね……だから、あまり出しすぎたりしないように、月に五十万くらいって限度を決めてもらってるけど』

『それでも多いと思うんだが……』

『まあ、ボクの場合家事をしてるから、たまに必要な物とかも出てきちゃうしね。割とお金を使うんだよ』

 

 そうは言っても、そこまで使わないような気がするけど。

 

 それに、そんなに日用品とかも切れないし、家事に使う家電製品やフライパンなどの調理器具もそう簡単には壊れないしね。

 

『そうは言ってもなぁ、大金を持っていることに変わりはねえよな、それ』

『ま、まあ……』

『あり? じゃあなんで、わたしのお店手伝ってくれる、って言ったの? 依桜君、全然お金に困ってないよね?』

『あはは、別にお金のためにアルバイトしたわけじゃないよ。単純に、女委の頼みだったから。別に、お金はもらわなくてもいいと思ってるし』

『い、依桜君……』

『普通、それくらいのお金を持ってたら、変に自慢してきたり、マウントを取りそうなものなのに、依桜ってば、そう言うのが本当にないわよねぇ』

『世の中お金! なんていう人もいるけどね、ああ言うのはあながち間違いじゃないんだけど……ボクは人との繋がりが一番大事だと思ってるよ。だから、お金はそこまで重要じゃないの。ましてや、困ってる友達がいたら、普通は助けるでしょ? なんの見返りもなく』

『『『『当然』』』』

 

 うん、みんななら、そうだよね。

 同じ考えで安心。

 

『それじゃあ、ボクは明日引っ越しが朝からあるので、今日はもう寝るね』

『わかったわ。引っ越しが終わったら遊びに行くわね』

『うん。終わったらすぐにみんなに連絡するよ』

『楽しみにしてるぜー』

『うん。それじゃあ、おやすみなさい』

『『『『おやすみ!』』』』

 

 こんな風に一日が終了しました。

 

 

 翌朝、いつものように、みんながボクにくっついて寝ていました。

 

 相変わらず可愛くて、つい、天使の寝顔、という言葉が脳裏に浮かび上がりました。

 

 みんなは、一番可愛いと思います。

 

 その後、やっぱり起こせなかったボクは、母さんに起こされました。みんなを起こすなんて、ボクにはできません……。

 

 起きた後は、みんなで引っ越しの準備。

 

 業者さんも呼んで、家にある家具や荷物を全部まとめて運び出す。

 

 ここで一番役に立ったのは、ボクと師匠。

 

 力が異常だからね。業者さんよりも力があるので、ハイペースで運び終えました。

 

 そう言えば、業者さんたちがなぜか顔を赤くしてました。風邪でも引いてたのかな?

 

 ちなみに、いくつか『アイテムボックス』に収納して持って行きました。本当に、引っ越しの時って便利だね、この魔法。

 

 まあ、あってもなくても、身体能力が高いから、それでどうにかなっちゃってたんだけど。片手でタンスやベッドを運んでいたら、ポカーンとされました。

 

 見慣れてる人はそこまで驚かないんだけど、普通ボクのことは知らないから、まあ……そう言う反応になるよね。一番おかしかったの、師匠だけど。

 

 それはともかくとして、全部の荷物や家具を運び出して、ボクは最後に十六年間過ごした家を見た。

 

 なんだか寂しいけど、これも仕方ないよね……。

 

 別に、引き払わなくても、問題はなかったんだけど、母さんたちはボクにお金を出してもらったのが申し訳ないと言って、引き払った――というより、売却した金額はボクに渡されました。

 

 さすがに断ったんだけど、これだけは受け取って、って言われたので、仕方なく受け取りました。別によかったんだけど……。

 

 もとはと言えば、ボクがみんなを連れて来たのが原因なんだし、むしろ父さんと母さんには感謝してるんだよね……だって、みんなを住まわせてくれただけでなく、親にもなってくれたんだもん。

 

 だから、お金なんていらなかったのに……。

 

 なんだかんだで、本当に自慢のお父さんとお母さんだと思うよ。

 

「依桜~、そろそろ行くわよ~」

「あ、うん、今行く!」

(今まで、お世話になりました)

 

 そう、感謝を伝えながら、最後に軽くお辞儀して、ボクは家を離れた。

 

 その次の瞬間、

 

『――ありがとう』

 

「え?」

 

 誰かの声が聞こえてきて思わず足を止めた。

 今一瞬、綺麗な女の人の声が聞こえてきたんだけど……気のせい、かな?

 

「依桜~、何してるの~? おいて行っちゃうわよ~」

 

 うん、気のせいだね。

 それじゃあ、ボクも急ごう。

 

 

 さすがに、全員車で移動するには無理があったので、ボクと師匠、それからメルたちは別で移動。

 と言っても、メルたちは全員ボクの『アイテムボックス』の中なんだけど。

 便利だよね、本当。

 

「お前の『アイテムボックス』が羨ましいぞ、あたしは」

「お酒ですか?」

「ああ。それがあれば、自身の魔力と引き換えに、酒が飲めるわけだしな。というか、マジで原理がわからないな、それ」

「そうなんですよね……ボクも未だにわからなくて。しかもこれ、魔道具も創れちゃったんですよ」

「……え、マジ?」

「マジです」

「……そうか。正直、『生成魔法』と『アイテムボックス』の二つが融合して生まれた亜種、みたいに考えていたんだが……そうなってくると別だな。そもそも、魔道具を作れるのは、《錬成士》と《魔道士》の二つだ。まあ、中には《鍛冶士》の武器に、《付与術士》が何らかの魔法を付与することで作る奴もいるが……そもそも、暗殺者じゃ作れないな。あたしは創れるが」

 

 ……今、暗殺者じゃ創れないとか言っておきながら、自分は創れるって……師匠、矛盾してません?

 

「まあ、創れるって言っても、古代級までしか創れんがな。んで? お前は何を作った? 正直、付与魔法をお前に教えたとはいえ、お前だと現代級が限度だろう」

「え、えっと、あれです。『誓約の腕輪』の解除ができる……」

「……お前マジか。あれってたしか、古代級だったはずだぞ? 創れる奴なんて。ほぼいないんだが……」

「そ、そうなんですか?」

 

 一度使ったことがあったから知ってはいたけど、まさか、そんなすごい魔道具だったなんて……。

 

「まあいいがな……こうなると、やっぱり、あの時見た情報は、ガチ、か」

「師匠、何か言いましたか?」

「いや、何でもない」

 

 なんだろう、師匠が真剣な表情で何かを呟いていたような気がしたんだけど……。

 

「まあ、お前の『アイテムボックス』は謎が多い。正直、その内解明しないといけないな」

「そうですね。もしかしたら、なんらかの代償があるかもしれませんし」

 

 生命力を代償にしている可能性だってあるしね。

 あっちの世界、そういうの普通にあったもん。

 

 

 それから、師匠と色々と話しながら、新居に到着。

 

「「「「「「わぁ~~~~!」」」」」」

 

 新居に到着し、みんなを『アイテムボックス』から出すと、目の前の新しい家に目を輝かせていた。

 

 正直、ボクもちょっとわくわくしていたり。

 

 引っ越しなんて生まれて初めての経験だけど、ここで新しい生活が始まると思うと、なんだかちょっとドキドキする。

 

 とはいえ、住んでいる街が変わらないから、引っ越す前からあまり変わりはないんだけどね。

 

「よーし、中に入るぞー」

 

 父さんのその言葉で、みんなが中へ入っていく。

 

 

 中は、写真で見たよりも、綺麗で立派だった。

 

 広いのがいいね。

 

 よく見ると、上り棒があって、それで三階から一階を上り下りできるようになっていた。こんなものまであるんだ。

 

 正直、こっちの方が階段より早いかも。

 

 一回から車庫にも行くことができるのは、父さん的にはありがたかったみたい。整備するときいちいち外に出るのが面倒、って言ってたし。

 

 キッチンも、全階にあるから、どこでも簡単なお茶の準備ができる。そうは言っても、一階と三階は簡易的なキッチンなので、できても簡単な料理くらいだけどね。それでも十分なわけだけど。

 

 だって、誰かと遊ぶ時は一階と三階辺りがメインになりそうだしね。

 

 バーベキューもできそうなルーフバルコニーがあるのは、なかなかいいと思いました。

 今度、みんなを呼んでバーベキューとかしたいな。

 

 ある程度、家の中を見たら、そのまま部屋割りに。

 ここでちょっと問題が発生。

 

「え、えーっと、みんな落ち着いて……」

 

 と、ボクが宥める行動に出ていた。

 理由はと言えば……

 

「ねーさまと一緒の部屋は儂じゃ!」

「私が依桜お姉ちゃんと同じ部屋は私です」

「わ、たし……!」

「ぼくだよ!」

「私なのです!」

「……わたし!」

 

 こんな風に、誰がボクと一緒の部屋になるかで争いが起きてしまった。

 

 最初は和気あいあいと進んでいたんです。

 

 母さんたちは、一階の洋室になって、あとはボクたちの部屋となったんだけど……この問題の原因は、部屋にありました。

 

 間取り確認をしている時、ボクたちの部屋は二階か三階のどちらかに。

 

 二階には三人部屋が一ヵ所。三階には、一人部屋が二ヵ所と三人部屋が一ヵ所。

 

 この際、師匠は一人部屋でいい、と言って、三階の一人部屋が決まった。

 

 ボクも一人部屋にしようかなと思っていたら、いきなり誰がボクと同じ部屋になるか、という謎の争いが起きてしまった、というわけです。

 

 さっきからずっとこの調子で、なかなか決まらない。

 

 父さんと母さんは微笑ましそうにこの光景を眺めていて、師匠に至っては自分の部屋に行くと言って、そのまま部屋へ行ってしまった。

 

 助ける人はいない。

 

 ど、どうしよう、この状況……。

 

「「「「「「むぅ~~~~!」」」」」」

 

 正直、ボクを巡っての争いなんだけど……今まで兄弟なんていたことがなかったから、かなり戸惑う。

 

 目の前の光景はたしかに微笑ましいし、可愛い争いだなぁ、なんてちょっとは思うけど、あまり喧嘩しないでほしいのが、ボクの考え……というか、姉心。

 

「え、えっと、なんでそんなにボクと一緒の部屋がいいの……?」

 

 なんて、ためしに尋ねてみたら、

 

「「「「「「一緒に寝たいから(です)(なのです)(なのじゃ)!」」」」」」

「え、えっと、そうは言っても、ボクは一人部屋にするつもりだよ……?」

「「「「「「……」」」」」」

 

 ガーン、という文字が見えそうなくらい、みんながショックを受けている。

 

 って、しかも、ちょっと涙目になってるし!

 

 こ、この場合は……

 

「じゃ、じゃあこうしよう。毎日交代で、一緒に寝るの。順番は……ジャンケンで決めよっか。それなら、問題ないと思うんだけど……どうかな?」

「「「「「「嫌っ!」」」」」」

 

 い、嫌ですか……そうですか……。

 

 ど、どうすればいいんだろう……?

 

 みんな、なぜかボクにくっついて寝るのが好きみたいだし……そんなに寝心地がいいのかな、ボクって。

 

 よくわからない。

 

「依桜、もういっそのこと、寝る時は三階のあの広い場所でみんなで寝れば? それなら、メルちゃんたちもいいでしょ?」

「「「「「「うん(なのじゃ)!」」」」」」

「ほらね? みんな、依桜が大好きなのよ。それなら、それを叶えてあげるのも、お姉ちゃんってものよ」

 

 諭すように言ってるけど、どうみても楽しんでるよね、母さん。

 ……でも、母さんのいうこともわかるし、それでこの争いがなくなるなら……

 

「じゃあ、そうしよっか。寝る時以外の部屋は、ボクは一人部屋だけど。それでいい?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん。よかった。それじゃあ、あとは、みんなの部屋だけど……これは、学園で分けよう。メル、ニア、クーナの三人は三階。リル、ミリア、スイの三人は二階、これでどうかな」

 

 そう言うと、みんな顔を見合わせて頷いた。

 どうやら、これで決まったみた――

 

「「「三階がいいです!」」」

 

 いじゃなかった。

 

 なぜか、リルたち三年生組が三階がいいと言ってきた。

 

「え、な、なんで?」

「い、イオおねえちゃんが、三階、だから……」

「ぼくもイオねぇと同じ階がいい!」

「……メルたち、ずるい」

「え、えぇー……」

 

 一つの問題が解決したと思ったら、別の問題が発生しました。

 

 この問題は、未果たちが遊びに来るまで続きました。

 

 ……それで、争いの結果、この問題は、週ごとで階を入れ替える、ということで決着しました。

 

 お姉ちゃんって、大変なんだね……。




 どうも、九十九一です。
 えっと、次か、その次の回から、多分大き目の章に入ります。と言っても、視点は依桜じゃないのですが。意外と、回想編に近いのかな? まあ、作中のとあるメイン(?)キャラの回想回がしばらく続く章だと思います。どっちかと言えば、ギャグ路線……に近くなるのかな? 別に、ギャグが書けるわけじゃないですけど。
 まあ、お楽しみに。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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293件目 プール開き

 ゴールデンウイークが終わり、普通の日常に。

 

 と言っても、なんだか休んだ気は全くないんだけど……。

 

 基本的に、動いてばかりだったし。

 

 昨日なんて、引っ越しだったからね。

 

 ……うーん、前の家にお別れした際、誰かの声が聞こえたような気がしたんだけど、あれはなんだったのかなぁ。その場は、気のせいということで片付けたけど。

 

 そもそも、この世界にも魔力はあるみたいだし、不思議な存在がいても、おかしくないんだよね……。もしかして、幽霊の正体って、魔力で形を得た人の魂だったりするのかな?

 

 ……まあ、ボクはそこまで頭はよくないし、こういうのは師匠に任せるのが一番です。

 

 知らない間に、謎の解明してそうだもん、あの人。

 でも、こうして考えると、この世界も結構不思議が多いんだなぁ……。

 

「おはよう、依桜」

「あ、おはよー、未果」

 

 朝、みんなで一緒に登校していると、未果が合流。

 

「今日からうちの学園はプール開きね」

「うん。ボクたちのクラスは今日あるもんね」

「ええ。水着、持ってきた?」

「もちろん。……ちょっと、心配だけど」

「まあ、その胸じゃね?」

 

 そんな風に未果と話しているんだけど、実は、今日から学園はプール開き。

 

 普通なら、六月なんだけど、あの学園は室内プールと外プールがあるからね。五月の間や、雨が降った場合、少し寒い場合は、室内プールを使うことになってます。なので、水泳の授業が潰れる心配がない、というわけです。

 

 最近は、初等部と中等部ができたため、いくつか新設されたそうだけど。

 

 学園長先生の財力が色々とおかしいと思います。

 

 ちなみに、万が一どこかのプールで問題が発生した場合、初等部だったら高等部か中等部、中等部だったら、初等部か高等部、高等部だったら初等部と中等部、という風に合同でやることになってます。

 

 だから、もしかするとメルたちと授業をすることになる可能性もあります。

 

 それはそれで楽しそうだけどね。

 

「しかしまあ、依桜が心配ね」

「どうして? ボク、水泳は得意だよ? 向こうでちゃんと騎士団の人や師匠に指導されてたから」

「いや、そういう意味じゃなくて……まあいいわ。でも、気を付けてね」

「? よくわからないけど、うん。わかったよ」

「……心配だわ」

 

 未果の心配って何だろう?

 

 

 学園に到着。

 

「みんな、今日も頑張ってね」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 うんうん、今日も元気で何よりです。

 みんな曰く、勉強が楽しいとのこと。

 新しい知識を得ることが、とても楽しいみたいです。

 みんなの今までの事を考えると、連れてきて正解だったと思えるね、本当に。

 

 

 みんなを軽く見送ってから、ボクは教室へ。

 

 教室に入ると、なんだかちょっとへんな熱気を感じたけど。

 

「おはよう、依桜、未果」

「おはよー、晶」

「おはよう」

 

 相変わらず、晶は早い。

 そう言えば、今日なんで未果は遅かったんだろう? いつもなら、晶と同じくらいの時間にいるのに。

 

「未果、今日は遅かったな」

「ええ、ちょっと困ったことが起こってね。まあ、解決したから問題ないわ」

「そうか」

「困ったことって何?」

「ちょっと、水着が見つからなくてね。まあ、すぐ見つかったし問題ないわ」

「そっか」

 

 一応身体測定後に買ってはあるけど……まだ一度も着てないんだよね、水着。

 学園指定のだし。

 

「おーっす」

「おっはー」

「おはよう、二人とも」

 

 ここで、二人が登校してきた。

 何やら二人とも、ちょっと嬉しそう。

 

「二人とも、何かいいことでもあったの?」

「はっはっは。そりゃあやっぱ、今日から水泳の授業があるしよー、楽しみでな!」

「うんうん! わたし、すっごく楽しみだったんだよねぇ~」

「あ、そうなの? 二人とも水泳ってそんなに好きだったっけ?」

 

 好きでもなければ嫌いでもなかったような……。

 

「いや、依桜。そう言う意味じゃないと思うんだが……」

「え? じゃあ、どういう意味?」

「それは、だな……」

 

 ボクの質問に、なぜか口をつぐむ晶。

 うーん? どういう意味なんだろう?

 

「ま、まあ、あれよ。この二人も好きなだけよ」

「そっか。まあそうだよね。二人が変な理由で水泳の授業が好きなわけないもんね」

「「も、もちろんだぜ!」」

 

 うん、なんだか安心。

 何に安心したのかわからないけど。

 

 

 今日の水泳の授業は、三、四時間目に行われる。

 

 この学園では、プールの授業の際、一度に二時間分行われます。

 

 理由はよくわからないけど。

 

 ……そう言えば、この学園って至る所に監視カメラがあるけど……まさか、プールにもないよね?

 そのうち探してみよう。見つけたら壊さないと。

 器物破損と言われても、実質盗撮みたいなものだから却下。

 

 その日の一時間目と二時間目の授業中、なぜかはわからないんだけど、妙にそわそわしていた気がする。トイレかな? なんて思ってしまった。

 

 水泳の授業は、基本二クラスで行います。プール、広いしね。

 

 なにせ、屋内に二十五メートルプールが二つあるんだもん。

 だから、片方に一クラス、という感じで行われる。

 

 ボクのクラスは三組なので、五組と合同。

 

 ちなみに、今年から師匠は、体育の授業の際、一クラスを一人で担当することになりました。

 

 一年生の時は、二人だったからね。熱伊先生は別のクラスの担当です。

 

 なんだか不安になったけどね……師匠一人って。

 

 でも、教えるのは普通に上手いし、その人に合わせた力量で指導をしてくれるから、すごく人気があったり。

 

 それに、師匠って美人だしね。

 

 というわけで、更衣室。

 

 できるなら、ボクは女子更衣室に入りたくなかった……いや、もちろん男子更衣室も嫌だけど。恥ずかしいし……。

 

 でもね、女子更衣室……それもプールの授業となると……

 

「依桜、何してるのよ。早く水着に着替えなさい」

「うっ、わ、わかってるけど……」

「依桜君、まだ慣れないんだねぇ。最近では、女の子らしさが目立つようになってきたけど、まだまだ、慣れないんだね、女の子の裸には」

「だ、だって、やっぱり申し訳ない気がするし……」

 

 正直、スキー教室の時に散々見ていた気がするけど、あれは、まあ、温泉だったし……でも、プールはちょっと、ね?

 

「まったくもう、いいものをお持ちで、何を恥ずかしがってんの……よ!」

「ひゃぁっ!?」

 

 いきなり未果がボクの服を脱がしてきた。

 体操着とブラを同時に取ったものだから、胸がぶるんっと大きく揺れた。うっ、胸が痛い……。

 

『『『くっ、やっぱり破壊力がすごいっ……!』』』

 

 は、破壊力? 破壊力って何? 普通の胸だと思うんだけど……。

 恥ずかしくなって、つい腕で胸を隠そうとするんだけど……

 

「すごいわ、腕の形に合わせて変形してるわ」

「んまあ、おっぱいってそうだもんねぇ。依桜君の場合は、理想すぎるけどね! いやぁ、マジで素晴らしいね!」

「へ、変なこと言わないでっ!」

 

 あぅ、恥ずかしいよぉ……。

 

「とりあえず、さっさと着替えないと、ミオさんに怒られるわよ」

「あ、そ、そうだった! さすがにそれは嫌っ……!」

 

 師匠に怒られるなんて、本当に地獄みたいだから、絶対に嫌だ。

 ボクはいそいそと水着に着替える。

 あ、あれ?

 

「んっ、んっ~~~~~~!」

 

 む、胸が引っ掛かってなかなか着れないっ……!

 

「依桜、どうしたの?」

「ちょ、ちょっときつくて……未果、手伝って?」

「しょうがないわね……じっとしててね。行くわよ?」

「うん」

「せー……のっ!」

「ぁあんっ!」

『『『――っ!?』』』

 

 な、何か今、全身に電気が走ったみたいな感じがして、変な声が……。

 

「未果ちゃんや、もしかして、思いっきり依桜君の桜色の蕾にクリーンヒットさせた?」

「……申し訳ない」

「だよねぇ。とりあえず、外に引っ張りながらやらないとだめだよ」

 

 そう言って、女委が水着を着るのを手伝ってくれた。

 そのおかげもあって、何とか無事に、着ることに成功。

 

「う、うぅ、なんだかぴったりフィットしてて、変な感じ……」

「ああ、そう言えば依桜は、スク水は初だったわね。来たのはパレオタイプのビキニだけだったし」

「う、うん。この水着って、結構ぴったりしてるんだね……」

「まあねん」

 

 ちょっと不思議な感じ……。

 でも、なんだろう……

 

「む、胸がちょっと苦しい……」

『『『くっ……まだ成長するのか……!』』』

 

 今、女の子たちから、羨ましさを感じるような視線が来たような……?

 き、気のせい、だよね。

 

 

 なんとか着替えを終え、室内へ。

 

 室内プールの室温は、二十七度くらいに設定されていて、暖かい。というより、ちょっと暑いかも? くらいの温度。

 

 まあ、ボクからすれば、四十度までは全然余裕なんだけどね……火山に修行しに行ってたし……。

 

 一応、プールの授業は男女混合で行われます。

 

 なんでだろうね。

 

 泳ぐ時は、同じプールを使うけど、男子が女の子に故意で触ったり、故意じゃなくても触ったりしたら、一瞬でアウトとのこと。まあ、腕とか足くらいならセーフらしいけど。

 

 でも、胸やお尻は絶対ダメ、らしいです。まあ、そうだよね。

 未果と女委と話しながら晶たちの所へ。

 

 すると、

 

『『『おうふっ……!』』』

 

 なぜか、男子のみんな(五組の人たちも)が少し前屈みにになった。

 あ、晶と態徒は除きます。

 

「あれ? みんな、お腹痛いのかな?」

「……相変わらず、依桜はピュアよね」

「だねぇ。いやあ、晶君はともかく、態徒君まで無事とはねぇ」

「いやまあ……ほら、慣れだよ、慣れ。正直、散々依桜の不運は見てきたからな。まあ、スク水くらいじゃそうはならぬ。……ビキニとかだったら、正直ヤバかったが」

「態徒君らしいね!」

 

 うーん、みんなが言っている意味がよくわからない……。

 みんな、お腹痛そうだけど、大丈夫なのかな?

 

『や、やべえ、男女の水着姿とか、マジでやべぇ……』

『去年は学園祭でビキニ姿だったけどよ、なんかこう……ぴったりしたスク水だから、胸の大きさや形がよくわかるな』

『わかる……正直、男女の魅力やら色気がバグってるから、まともに立てねぇ……』

『ある意味、別の所が立ってるがな』

『言うな。男女に聞こえたらどうする。いくら温厚な男女でも、聞こえたら、ごみを見るような眼を向けられるぞ……!』

『……そ、それはそれで、ありじゃね?』

『……変態かよ、お前』

「~~っ!?」

 

 ぞくっとした! なんでかわからないけど、すごくぞくっとした!

 な、なに? なんなの?

 

「依桜、どうしたの?」

「な、なんだか、寒気がして……」

「風邪か?」

「いや、別に頭痛もないし、だるくもないから違うと思うけど……」

「でもよ、依桜は普段から頑張ってるからなぁ。あれじゃね? ちょっと疲れが溜まってるんじゃね?」

「ど、どうだろう? 最近は、メルたちのおかげで、疲れが吹き飛ぶ感じがしてね……メルたちの応援があれば、不眠不休で十日は動けるんじゃないかなって思ってる」

((((シスコンが強化されて行ってやがる……!))))

 

 うん? なんだか今、変なことを考えていなかった? 気のせいかな。

 

「おーい、ガキどもー。授業始めるから、さっさと並べや!」

 

 そんな風に言いながら登場したのは師匠。

 

 ちなみに、師匠はタンクトップにホットパンのような水着。

 ……普段の仕事着をあまり変わっていないから、水着なのかよくわからないけど。

 

『うわぁ、本当にミオ先生って綺麗……』

『わかる。同性なのに、すごくかっこよく見えるよね……』

『クールビューティーってミオ先生のことを言うよね、絶対』

 

 ……そ、それはどうだろう?

 

 少なくとも、師匠ってクールビューティーというより、アブサードビューティーな気が……。

 

 師匠、理不尽だし……。

 

 いや、師匠ってクールではあると思うけど、あれはどちらかというと、面倒くさがりで、尚且つ適当な人だもん。

 

「……」

 

 に、睨まれた。

 

 今、一瞬だけすごい睨んできたんだけど……師匠ってもしかして、読心系のスキルとか持ってたりするんじゃないのかな……? すごく怖い。

 

 

 これ以上変なことを考えると何をされるかわからないので、師匠の所へ。

 

 欠席者がいないことを確認したら、師匠が話し出す。

 

「おし、それじゃあ授業を始めるぞ。まあ、今日は初回らしいんで、軽く泳ぐくらいでいいだろ。えーっと? この中で一番水泳が得意なのは……まあ、どう考えてもイオだな。あたしの弟子だし」

 

 …………いや、あの。なんで、ボクが目立つようなことを言ってくるんですか?

 

『先生―。依桜ちゃんって、水泳が得意なんですか?』

「そりゃそうだろう。あたしの弟子だぞ? 息継ぎなしで五百メートルは余裕だ」

『ま、マジで?!』

『ご、五百メートルを息継ぎなし……?』

『じょ、冗談だよね?』

「し、師匠! さすがに五百メートルは無理ですっ!」

(((あ、やっぱり冗談――)))

「できても四百メートルですよっ!」

(((いやおかしいだろ!?)))

 

 いくらなんでも、五百メートルは無理です。

 

 限界は四百だもん、ボク。

 暗殺者たるもの、肺活量は鍛えておけ、って言われてかなり鍛えられたからね、師匠に……。

 

 おかげで、息継ぎなしで四百メートルはできるようになったよ。

 

『お、おかしくね?』

『たしか、最近の最古記録って、二百二メートルらしいぜ……?』

『え、二倍近く更新してるの……?』

『男女やべえ……』

「まったく。修行不足だぞ、イオ。あたしなんて、息継ぎなしで十キロは余裕だってのに」

『『『――ッ!!!?』』』

「それは師匠の基準ですっ! 一般人のボクには絶対できません!」

(((息継ぎなしで四百メートル泳げるは、絶対に一般人じゃない)))

 

 師匠はいつも、ボク相手には自分の基準で言って来るから困るよ……。

 ボクはそこまでできないのに。

 

「まあいい。とりあえず、お前、ちょっと泳げ。軽く手本を見してみろ」

「い、嫌です! 目立ちたくないです!」

「うるせぇ! 師匠命令だ! いいからさっさとやれ!」

「い、嫌です! マスハラです!」

「マスハラってなんだ」

「マスターハラスメントです!」

 

 ボクが今造った造語だけど!

 

『『『ぶはっ!?』』』

 

 そしたら、なぜか周囲の人が噴出した。

 

「……ほほぅ? このあたしのいうことが聞けないと? ならば……このあたしが、持てる全ての能力やらスキルやらをすべて、お前に伝授しようではないか」

「やらせていただきますっ!」

「ならばよし。やれ」

「はい!」

 

 能力とスキルを全部覚えさせられたら、しばらく動けないどころか、数日動けなくなる予感……もしかしたら、一ヶ月は動けなくなるかも……。

 

 そんな、師匠の脅しに屈したボクは、みんなの前で泳ぐことになりました。

 

 

「よし、まあ、飛込からやれ」

「わ、わかりました。それで、えっと……どんなふうに泳げば?」

「まあ、お前の自由でいい。とりあえず、一往復すればいい。まあ、できればあたしが教えたあの泳ぎの方がいいだろう。進みが速い」

「わ、わかりました。じゃあ、行きます」

 

 あの泳ぎって言うことは、あれだよね? 進むのは速いけど、こっちの世界の人たちじゃほぼ不可能な泳ぎ。

 

「よーしそれじゃあ……始め!」

 

 その師匠の合図とともに、ボクは飛び込んだ。そして、

 

(痛っ!?)

 

 胸が思いっきり水面に当たって、すごく、痛かったです……。

 

 む、胸が邪魔……。

 

 でも、それで止まったら、師匠に何されるかわからないので、そのまま泳ぐ。

 

 ボクは手も使わず、脚で水中をジャンプするようにして、水を蹴った。それだけで、ぐんぐんと体が前に進む。

 

『え、何あの泳ぎ!?』

『バタ足じゃなくて、水を蹴りぬいてるんだけど!?』

『す、すげぇ! 月〇だ! 〇歩してる!』

『というか、あれって泳ぎ……?』

 

 本当はこれ、かなり疲れるから、できればやりたくない……。

 

 水を掴むようにして蹴る、なんてよくわからない方法で泳いでるんだもんこれ。自分でも言っててよくわからないことだと思います。

 

 ちなみにこれ、両足で同時に蹴るんじゃなくて、片足ずつです。両足だと、一瞬で反対側に着いちゃうので……。

 

 というかそもそも、向こう岸に行くくらいなら、蹴伸びだけで十分だしね……。

 

 師匠が指示してるからこれをやっているだけであって、指示がなければ普通にクロールをやるつもりだったもん、ボク。

 

 そうすれば、誤魔化しがきいたし、変に注目を集めることもなかったのに……。

 

 そんな事を思いながら、反対側の壁で回転して、壁を蹴ると……

 

(あ、力のコントロール間違えた!)

 

 別の事を考えていたせいで、少しだけ力んでしまい、

 

『は、速っ!?』

『ちょ、ちょっと待って!? 今、ターンだけで戻ってきてなかった!?』

『依桜ちゃんすごーい!』

『マジかっけぇ!』

 

 あ、あぁぁぁぁぁ、変に目立っちゃったぁぁ……!

 この状況に、ボクは酷く肩を落としました。

 

 

 それからは、みんなにあの泳ぎ方について色々と聞かれたけど、とりあえず、師匠に教われば多分できるよ、とだけ言いました。

 

 だって、あの泳法、師匠オリジナルだもん……。

 

 まあ、原理は単純なんだけどね。

 

 ……あ、そもそもの話、こっちの世界の人はできないのかも……。

 あの泳法って、魔力が操れることが前提条件だから。

 

 実を言うとあれ、水を蹴る際に、足の裏に魔力を纏わせていたんです。

 

 魔力ってすごく便利なもので、魔法としてステータスに表記されない魔法もあって、実はさっきの泳法はそれに近い。

 

 足の裏に纏わせた魔力は、固定というもので、主に水中でしか使えないもの。

 だから、空中では使えないんだけどね。

 

 でもこれ、結構難しくてね……。

 

 魔力を水にくっつけて固定する性質に変化させなきゃいけなくて、これがすごく難しい。

 

 しかも、くっつくという性質も持たせちゃっているから、変化させるタイミングを間違えると、失速したり、別の方向に進んじゃったりするんだよね。

 

 さらに、固定という性質も持つから、それも解除するタイミングや、纏わせる範囲を間違えると、動けなくなるから、本当に難しい泳法。

 

 ボクだって苦労したもん、この泳法を習得するのに……。

 

 ちなみにこれ、二つの性質はほぼ同じ割合でやらないと、成功しないのも難しい理由の一つ。

 

 以上、泳法解説でした。

 

「依桜、大丈夫?」

 

 現在は、自由時間となり、プールの中でみんなと遊んでます。いや、ボクは遊んでると言うより、ちょっと休憩してるんだけど。

 

「う、うん……正直、疲れました……」

「ま、そりゃそうよね」

「てか、マジですごい泳ぎだったよなぁ、あれ。使えたらちょっとかっこいいとか思ったけどさ、原理を依桜から聞いて、絶対無理だと思ったわ」

「あ、あはははは……」

「まあ、普通は、ほとんど前に進まないしねぇ、あの泳ぎ方だと」

「そもそも、泳ぎと言えるのか? あれは」

 

 ……言えないと思います。

 あれは泳ぎというより、跳躍に近いような……。

 

「まあ、一番すごかったのは、戻ってくる時のあれよね」

「あー、あれなー。ターンだけでこっち戻ってくるんだもんな。改めて、依桜のすごさがわかったぜ」

「あ、あれは、ちょっとコントロールを間違えちゃって……」

 

 自分でも、その……馬鹿だったと思ってます……。

 師匠も、にっこり笑顔だったし……後が怖い。

 なんて、そんな事を思っていたら、

 

「よーしイオ。いまから個人授業だぞ♪」

「……し、師匠」

「いやぁ、はっはっは! まさか、力のコントロールをミスるとはなぁ? どうやらまだまだ、修行が必要らしい」

「あ、あの、師匠? 一体何を……?」

「いやなに。不甲斐ない弟子を、ちょっと鍛え直してやろうかと思ってなぁ? そんじゃ……行くぞ!」

「ま、待って、待ってくださ――きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 結局、師匠にボロボロになるまで修行させられました……水中で。

 

 師匠、酷いよぉ……。




 どうも、九十九一です。
 次回から、ちょっとした大き目の章に入ります。まあ、本編が進むわけじゃないんですけどね、前話で言ったように。単純に、過去回想に近いかな? メインキャラではあるのに、普段あまり出番がない人の視点です。まあ、伏線張りのためにやるようなもんなんですけどね。まあ、面白いかどうかはわかりませんが、お楽しみに。
 今日も二話投稿を考えていますが、次の章の関係上、正直出せるか分かりません。まあ、結局はいつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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キャラ紹介2(1-4章以降に登場したキャラ(名前がある人))

※ 以前のキャラ紹介で出たには出たけど、そこまでなかった人は改めて書かれています。単なるキャラ紹介ですので、スルーして頂いて問題ないです。


【地球サイド】

・宮崎美羽

 日本の売れっ子声優で、現在20歳(二年生時点では誕生日を迎えれば21歳)。

 本業は声優だが、たまにドラマにも出演するほどの人物で、アニメ好き、ドラマ好き双方の人たちから人気を集めている。

 観察眼が優れており、依桜が使用していた『擬態』を見抜いたり、依桜が相当強いという部分も何気に見抜いたりするなど、割と謎が多い(?)人物。父親がプロの格闘家であるので、そこから来ているのかもしれない。

 冬〇ミで依桜と再会し、その際に未果と女委も一緒にLINNを交換し、友達になった。

 依桜に対し、恋愛感情を抱いており、自身がファンである『謎穴やおい』こと女委に、自身と依桜をモデルにした百合マンガを書いてくれると言われた時は大喜びしている。

 依桜からすると、憧れのお姉さん的存在になっている。理由は単純に、大人の女性という感じがするから。

 依桜の能力などについて知っている数少ない人物。身内以外で初めて知った人物でもある。

 一時的とはいえ、依桜が声優の仕事をすることになった原因の人でもある。

 ちなみに、宮崎美羽というのは、芸名で、本名は別にある。本名は、色々と問題が起こるので、できれば芸名で呼んでほしいと依桜には頼んでいる。本名を知る人は少ない。

 

・佐々木

 体育祭にて、ブライズに憑依されたクソ野郎。態徒をボロボロにしたことで、依桜の怒りを買い、フルボッコにされた。この件が原因で、異世界に一週間放り出された。

 帰還してからは、人が変わったように大人しくなり、何かにおびえながら生活しているとか。自業自得である。

 

・戸隠胡桃

 依桜のクラスの担任の教師。ちょっと荒い口調が目立つが、サバサバとした性格をしており、生徒からの人気も厚い。本人はきつめの美人と言った風貌だが、ものすごく生徒想いのいい人。

 昔、レディースの総長をやっていたそうだが、今もある程度の関係はあるそう。別に、不良的なあれこれをしていたわけではなく、義賊が近い。

 名前に若干のコンプレックスを持っている。名前と外見が似合わないから、というもの。

 担当科目は、社会科。

 

・保科希美

 叡董学園の養護教諭。保健室に基本いる。黒髪黒目のおっとり系美人。

 年齢不詳。外見年齢は20代前半であるが、年齢はわかっていない。

 語尾に『~』が付く、間延びした話し方が特徴。

 養護教諭ではあるが、実は叡子の研究所にかかわりがあり、異世界のことについても知っている人物。

 

・豊藤千代

 叡董学園三年生(二年生編時点)で、報道部部長の生徒。

 明るい性格に、はきはきした喋りが特徴のいたって普通の生徒。そこそこ可愛いらしく、それなりに人気があるとか。

 お悩み相談をしたいと学園長に掛け合い、その際のゲストとして依桜を指名した結果、人気のコーナーになり、月に二回程行われる名物企画になった。

 毎回ゲストを呼んで、寄せられたお悩みを面白おかしく、時に真面目に解決するのが好評となっている。ただし、依桜がゲストとして出る場合は、大抵、依桜の好みとか、依桜の下着の色とか、依桜のスリーサイズを聞かれるので、この時ばかりは学園全男子が固唾を飲んで耳を澄ませている。

 『謎穴やおい』が書く同人誌の愛読者でもある。

 

・アイ

 ミオが作成した『異世界転移装置二式』にプログラムされた、ユーザーサポートAI。研究員たちが遊びまくった結果、感情のあるAIとして生まれた。

 優秀ではあるのだが、かなりウザい言動をしているため、周囲からはウザいと思われている。依桜はウザいと思っているのではなく、大変なAIだと思っている。

 シリアスクラッシャーであり、依桜がいいことを言った時に、こっそり録画していたり、寝ている依桜の写真をこっそり撮っていたりするなど、問題が目立つ。

 しかし、アイ自身は、依桜の事が気に入っており、何としてもサポートすると思っている。

 異世界の言語を解読しており、話すことが可能。

 何気に、依桜のスマホに住みつくようになっている。本来こんなプログラムはないとか……。

 

【異世界サイド】

・ティリメル=ロア=ユルケル

 依桜が倒した魔王の次に生まれた、新たな魔王。

 一人称は『儂』で、語尾に、『のじゃ』が大抵つく。爺言葉ともいう。のじゃろり魔王と言われる場合もある。

 魔王にしては珍しく、女性体で、尚且つ争いを好まない性格をしている。魔族の国の英雄としても伝えられていた依桜に興味があり、初めて会った際に『イオ殿』という名前とは別の呼び方をしてほしいと言われた直後『ねーさま』と呼ぶようになる。

 最初は依桜自身何とも言えない反応をしていたが、次第にまんざらでもない反応をしだす。

 依桜と色々と話しているうちに、依桜が気に入り、本当の姉のように慕うようになった。

 依桜が女王として即位するきっかけ……というより、なってほしいと頼み込んで、女王にした人物でもある。

 依桜が帰還する時に、一緒に転移したため、依桜の世界に行ってしまった。

 その世界では、メルは依桜の妹という立場になり相当喜んでいた。

 夜は、依桜に抱き着くようにして眠り、中でも依桜の胸に顔をうずめて寝るのが一番好き。

 依桜大好きの甘えん坊。のちに、妹が五人できる。

 

・ジルミス

 魔族の国『クナルラル』の前国王。

 ものすごくいい人で、依桜もかなり頼りにしている。

 気配りが完璧。

 依桜やメルのことを大事に思っており、二人に絶対の忠誠を誓っている。

 依桜からは、働きすぎて倒れないかと心配されているほどに、仕事熱心。

 裏表は多少あっても、誰かのためにと動くタイプの人物なので、魔族からの人気も厚く、実際ジルミスのことが好きな人物は割と多いし、なんだったら、人間の方にもいたりする。外見は色黒イケメン。

 

・バリガン

 異世界旅行に行った際に依桜が会った、クソ貴族。

 違法奴隷を大量に有し、最低な行いを働いていた者で、戦時中に村を襲わせたりなどもしていた、クソ外道。

 食料やお金を搾取していた村に、タイミング悪く依桜が来たことで、全て暴かれ、依桜が国王に『絶対に殺さないでください。死ぬよりもきつい罰をお願いします』と言われ、現在は死ねない状態で鉱山で毎日働かされている。

 裏で、盗賊や奴隷商人たちとのつながりがあったことから、盗賊や奴隷商人たちはそこから一網打尽にされた。

 

・ニア

 依桜が異世界で助けた五人の幼女の内の一人。

 こげ茶色のショートボブが特徴の女の子。

 一人称は私で、ですます口調。

 依桜に助けられたことで、依桜について行きたいと言い出した。年齢は10歳。

 五人による攻撃で、依桜を堕とし、そのまま異世界に向かった。

 そちらの世界では、三女になる。

 しっかり者で、真面目な性格をしている。

 依桜のことは、『イオお姉ちゃん』と呼ぶ。

 依桜大好き。

 

・リル

 依桜が異世界で助けた五人の幼女の内の一人。

 長い前髪と、太腿まで届いた黒髪が特徴の女の子。

 一人称はわたしで、途切れ途切れな話し方が特徴。

 依桜に助けられたことで、依桜について行きたいと言い出した。年齢は9歳。

 五人による攻撃で、依桜を堕とし、そのまま異世界に向かった。

 そちらの世界では、六女になる。

 内気で恥ずかしがりやな性格をしている。

 依桜のことは、『イオおねえちゃん』と呼ぶ。

 依桜大好き。

 

・ミリア

 依桜が異世界で助けた五人の幼女の内の一人。

 明るい茶髪のツインテールが特徴の女の子。

 一人称はぼくで、元気っ娘。

 依桜に助けられたことで、依桜について行きたいと言い出した。年齢は9歳。

 五人による攻撃で、依桜を堕とし、そのまま異世界に向かった。

 そちらの世界では、五女になる。

 元気いっぱいで、動くことが大好きな性格をしている。

 依桜のことは、『イオねぇ』と呼ぶ。

 依桜大好き。

 

・クーナ

 依桜が異世界で助けた五人の幼女の内の一人。

 背中の中ほどまである金髪が特徴の女の子。

 一人称は私で、ですます調はあるが、~のです、のようになる。

 依桜に助けられたことで、依桜について行きたいと言い出した。年齢は10歳。

 五人による攻撃で、依桜を堕とし、そのまま異世界に向かった。

 そちらの世界では、四女になる。

 落ち着いた性格で、優しい性格をしている。

 依桜のことは、『イオお姉さま』と呼ぶ。

 依桜大好き。

 

・スイ

 依桜が異世界で助けた五人の幼女の内の一人。

 肩口ほどの水色の髪が特徴の女の子。

 一人称はわたしで、最初『……』が入り、単語だけで会話をする場合がある。

 依桜に助けられたことで、依桜について行きたいと言い出した。年齢は9歳。

 五人による攻撃で、依桜を堕とし、そのまま異世界に向かった。

 そちらの世界では、七女になる。

 おとなしいように見えて、好奇心旺盛な性格をしている。

 依桜のことは、『イオおねーちゃん』と呼ぶ。

 依桜大好き。

 

【並行世界サイド】

・女男依桜

 依桜が迷い込んだ並行世界にいる、もう一人の依桜。

 こちらでは、依桜は最初は女で、性転換をして男になった経緯を持つ。

 本作の主人公の方の依桜よりも男らしい性格をしていて、女が似合わないと言われていた。

 女依桜同様、家事全般が得意。

 容姿自体は、依桜が男だった時の姿で、所謂男の娘。

 女依桜が男だった時に、女装させられたが、こちらでもその洗礼は受けている。

 女依桜に対し、女なのはもう受け入れて、前向きに生きた方が楽しいし、気楽だと、諭し、依桜が以前以上に前を向くきっかけを与えた。

 ちなみに、並行世界装置は、依桜が破壊した。

 

・董乃叡子(並行世界)

 依桜が迷い込んだ世界にいる、もう一人の叡子。

 女依桜の世界にいるあいつ同様、こっちでもやらかしており、依桜が並行世界に行く原因となった諸悪の根源。

 こっちでは、しょっちゅう男依桜に制裁を受けている。




 どうも、九十九一です。
 最近キャラが増えて、あ、全然まとめの部分作ってないや、よし、作ろう、と思って、作成しました。二話目の代わりです。正直、全然書けてないし、出すタイミングとしてもちょうどよかったので、出させてもらいました。見ての通りです。
 CFOのキャラは抜いております。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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2-3章 ミオの世界探訪
294件目 調査へ


 時間は遡り、ミオが依桜の世界に来た後のこと。

 

「それで? 要件はなんだ? エイコ」

 

 突然異世界――イオが住む世界に呼び出されたあたしは、エイコが経営する学園とやらに、教師として働いていた。

 

 つってもまあ、ちょっと体の動かし方を教えるだけだ。あたしからすれば、余裕ってものだな。こんな楽な仕事があるとは、思わなかったし、殺す技術が必要ない職業ってのも、個人的には新鮮でいい経験だな。

 

 いくつになっても、経験は積めるってことか。

 

 んで、あたしが赴任してから、少し経った、十二月頭頃の土曜日。あたしはエイコに呼び出されていた。

 

「ミオって、最近世界を飛び回ってるらしいじゃない?」

「まあな。ちょっと、調べることがあるんでね」

「なるほど。じゃあ、私からお願いがあるんだけど、いいかしら?」

「お願い? エイコの頼みなら、受けるのもやぶさかではないが……ただ働きってのは、御免だぞ?」

 

 この辺りは、単純にあたしが意地悪だったり、優しくないんじゃなくて、お互いのためでもある。

 ただ働きをさせ、それを了承するってのは、後々問題を生みかねないからな。

 仕事とプライベートはちゃんと分けるんだ、あたしは。

 

 ……まあ、イオなら、特に報酬は要求しないんだがな。愛弟子だし。

 

「もちろん。ただ働きじゃなくて、報酬は払うわよ」

「ほう? どのくらいだ?」

「んー、そうねぇ……とりあえず、定期的にやってもらいたいことだから、一回につき、四十万ほどでどうかしら?」

「ふむ……まあ、それならいいだろう」

「ふふ、交渉成立ね?」

「ああ。それで? あたしは一体、何をすればいいんだ?」

「やってもらうと言っても、今まで通り、この世界を調べてくれれば問題ないわ。その際に、ちょっとこっちが調査していることを、ミオがデータ採取してくれればいいわ」

 

 データか。

 たしか、異世界に関する研究だったな。

 この世界と、あたしがいた世界に関するデータらしいが……まあ、いいだろう。

 

 しかしまあ、こっちの世界に、世界観を移動できる物を発明する奴がいるとは思わなかったな。

 あの世界ですら、世界間移動は不可能で、召喚と送還しかできないというのに。

 

 いやはや、エイコはすごいな……。

 

「了解だ。なら、あたしはそろそろ出発するかね」

「あ、待って。それともう一つ。どうも、こっちの世界に、向こうの世界の人が紛れ込んじゃってるらしいから、その人たちの保護もお願い。一応、研究のためにほぼ全世界の国々に拠点があるから、そこに連れて行ってあげて」

「ああ、わかった。それじゃあ、あたしはそろそろ行くぞ」

「ええ、いってらっしゃい。データ採取、お願いね。内容については、ミオのスマホに連絡するから、それで確認を」

「了解した。じゃあな」

 

 そう言って、あたしは『空間転移』を使用した。

 

 

 『空間転移』を使用したあたしは、空港に到着。

 

 ま、いきなり現れるのはあれなんで、空港内にあるトイレの個室の中に転移するんだがな。もちろん、人がいないかを確認しているので、問題なしだ。

 

 『アイテムボックス』の中から、ボディバッグを取り出し身に付ける。ボディバッグの中には、パスポートや財布が入っている。まあ、調査用に使うやつだ。

 

 準備ができたら、適当に飛行機のチケットを買う。

 まあ、今日は……とりあえず、アイルランドでいいだろ。

 

 あそこにも、いくつか反応があるしな。

 

 おっと、乗り換えが必要なのか。仕方ない。とりあえず、アムステルダムへ行って、向こうに着くのは、明日ってとこか。まあ、仕方ないな。

 

 そんなわけで、あたしはチケットを買って、飛行機に乗り込んだ。

 

 

 あたしは、この世界に来て少しした後、調べることがあって、世界中を回って調査していた。

 もちろん、非合法には行かない。

 

 合法的に国に入り、調べて回るだけだ。

 

 きっかけは、体育祭のあの一件だな。

 

 ブライズ。あたしがそう命名した存在が、この世界に紛れ込んでいる。

 初めは、学園だったんだが、なぜかこの世界に出没しだしてるしな……。

 

 正直、問題しかない。

 

 あんなん、こっちの世界の人間からすりゃ、厄介、面倒だからな。

 

 取り憑かれたら、普通に力は増すし、聖属性系の攻撃か浄化じゃないと、あいつらは倒せんし、引き剝がすことができない。

 

 この世界の人間には荷が重いだろう。

 

 あたしやイオがいれば大して問題ないんだが、高望みはできないな。

 

 少なくとも魔法がない世界だ。

 特殊なことができる奴の方が少ない。

 

 むしろ、イオは変だけどな。

 

 異世界に渡ったから魔力得た、なんて話は聞いたことがない。というか、そもそも魔法ってのは、魔力で満ち溢れた世界で、生物が大気中にある魔力を取り込み、それが魔力回路を形成。それを用いて魔法を使うというものだ。

 

 だから、魔力が大気中に一定の量を下回っている場合は、生物に魔力回路が形成されることなく、魔法が使えない生物が生まれるというわけだ。

 

 実際、あの世界にもそう言う奴はいる。

 

 そう言う奴が向こうにいるから、こっちの世界の人間はそいつらに近いんだろうが、イオははっきり言って異質だ。

 

 そもそも、母体が大量の魔力に晒されることで、胎内にいる子供に行き、それが体を形成すると同時に、、魔力回路を形成する。

 

 そもそも、これは後付けは不可能であり、移植も無理だ。

 

 途中で魔力回路が出来た、なんて話は聞いたことがないしな。

 

 だが……なぜかイオは魔法が使える。それに、魔力回路があった。しかも、珍しいことにあたしと似た回路だ。

 

 そもそも、似た回路を持つこと自体が奇跡に等しい。

 

 だからこそ、『感覚共鳴』での能力・スキル・魔法の伝授をする奴がいない。そもそも、『感覚共鳴』自体、相当なレアスキルだし、伝授できるなんて知らない奴の方が多い。

 

 まあ、そもそもの話が、知っていたとしても、似た回路を持つ奴がいるなんて稀だしな。

 

 ……そうなってくると、いよいよイオの存在がわからん。

 

 あいつはなぜ、魔力回路を持っていたんだ?

 

 もしもの話、あの世界の人間の転生体だとしたら、まだ可能性はあるが……それは難しい。

 

 世界を超えての転生は、基本的にないらしいからな。

 

 この情報は、ミリエリアから直接聞いた話だし、間違いない。

 

 あたしの唯一無二の親友だった、ミリエリアはたしか、こんなことを言ってたな。

 

『世界に生きる生物はね、転生することもあれば、そのまま天国へ行くこともあるの。でも、転生は基本、死んだ世界でしか転生することができないんだ。これは、神にだって不可能。死んで、別の世界に転生させる、というのはいくら神とは言っても不可能なの。魂の操作は神にだってできないからね。だからね、仮に異世界から人を召喚して死んだ場合、元の世界に転生することはなくて、死んだ世界で転生することになっちゃうんだ。その場合、性格や人格、容姿も含めて、全部引き継がれるんだよ。一応、記憶もある程度残るはずなんだけど……実はね、神様って死んだらね、必ず――に生まれ変わることもあるんだよ。その場合、前世――つまり、神様だった時の記憶は封印状態になっちゃうの』

 

 ってな。

 

 ……改めて思うが、本当に不思議なやつだったな。

 

 ……しかし、なぜか最後の部分が思い出せん。

 

 神が死んだら、一体何に生まれ変わるんだ?

 

 普通に考えたら、神なんだろうが……どうにも、そうじゃない気がする。

 

 まあ、別に何でもいいな。

 

 ……そういや、あいつは死んだが、考えてみれば……あいつは、何かに生まれ変わっているんじゃないか?

 

 神は死んだら必ず生まれ変わる、そう言っていたし。

 

 ならば、いつか生まれ変わったあいつに会えるかもな。

 あたしの人生はまだまだ長い。

 

 寿命は遥か先。そもそも、あたしの寿命が長い原因の一つは、ミリエリアだからな。

 

 あいつと長く一緒に暮らしすぎた。

 

 だから、寿命が延びた。

 

 正直な話、あたしの人生で初の仕事で魔王を倒したのは嘘ではない。

 

 だが、邪神を倒したのは、二十歳と言ったが、本当は嘘だ。

 

 あの時は、単純に自身の年齢がわからなかったから、鯖読んだだけだしな。

 

 あー、あたしって何百年生きてるんだかな。

 

 おっと、思考が脱線した。

 

 ミリエリアについては、その内探すとして、だ。

 

 イオはあれだな。保留。

 だって、種族と固有技能が見れないとか、お手上げだぞ。

 

 まさか、『鑑定(極)』が通用しないとは思わなかったしな……あれよりも上位があるとは思えんしな……いや、あるかもしれない。

 

 鍛えてみるか、『鑑定(極)』を。

 そうすりゃ、あいつのことが色々とわかるだろ。

 

 さて……

 

「ふぁあぁぁ……寝るか」

 

 眠い。寝よう。

 イオが住む国、日本は治安がいいみたいだしな。

 あたしは寝ると決め、毛布を取り出し寝始めた。

 

 

 そして、

 

 パァンッ!

 

 という、乾いた音が響いてきた。

 

 チッ……うるせぇなぁ……人が気持ちよく寝てるってのに、なんだぁ?

 

『今からこの飛行機は、俺達がジャックした! いいか! 変な動きを見せたら、容赦なく撃つからな!』

 

 あぁ? ジャックだぁ?

 

 それはあれか? ドラマなんかで犯罪者どもがよくやる、飛行機の乗っ取りってやつか?

 何を考えて、んな馬鹿なことをしてるんだが。

 ま、あたしは目的地に着きさえすれば問題はないな。

 

『この飛行機は今から、ロシアへ向かわせる!』

 

 ……なにぃ? ロシアだぁ?

 

 こいつら、この飛行機に乗る奴らがアムステルダムに向かっていると知ってて言ってるんだよな?

 クッソムカつくな……。

 

 気にせず寝ようと思ったがやめだ。

 

 こいつら、ぶっ倒す。

 

『あ? おい女! なに立ち上がって……ヒュ~! イイ女じゃねぇか! おい、お前は俺の女に――』

「うるせぇ、誰がテメェなんかの女になるかよ。あたしはな、あたしの好きな奴にしか、この体は許さん。お前みたいなブ男、あたしの愛弟子に比べりゃ、ミジンコみてぇなもんだよ」

『き、貴様ぁ……! これが見えねぇってのか!』

「あ? そんなおもちゃであたしを殺せるとでも?」

『おもちゃじゃねえ! こいつはほんもんだ! おいお前ら! こいつをう――』

「――殺すぞ、クソガキども」

『『『――あががががが……!?』』』

 

 あたしが殺気を込めてクソどもにぶつけると、その場で泡を吹いて気絶した。

 

 チッ、この程度の殺気で気絶するのか。つまらん連中だ。

 

 この程度なら、タイトですら耐えられるというのに。軟弱だ。実に軟弱だ。

 

 しっかりと鍛えりゃいいものを……。

 

 さて? こいつらの仲間は他にいないだろうな?

 

 ……ほほう? いるなぁ、それも背後に。

 

 まあ、気づいているわけだが。

 

『お、お前! い、一体何をした!?』

「なに、ちょっと殺気を込めて威圧しただけだ、気にするな」

『ふ、ふざける! こ、こうなりゃ、これで――』

「させるか、馬鹿。テメェも大人しく寝てな」

『は――? ごふっ!?』

 

 あたしはそのまま裏に肘鉄を鳩尾に打ち込んだ。

 

 はは、本当に弱い。

 

 さて……適当に縛っておけばいいか。

 

 あたしは縄を取り出すと、クソどもを縄で縛り上げ、そのまま隅に捨てた。

 

「あ、見ての通りなんで、そのままアムステルダムに向かってくれ。この馬鹿どもは、当分起きないぞ」

『『『( ゜д゜)』』』

 

 さて、と。あたしは、寝るかね。

 邪魔者を片付けたから、ぐっすりだ。

 

 なにやら、歓声のような物が上がっていた気がしたが、気のせいだろう。

 

 まだまだ時間がかかりそうだが、向こうでは、どんな酒に会えるかね?




 どうも、九十九一です。
 今回からしばらく、ミオ視点の話になります。まあ、あれです。依桜視点の際に、世界中を回っていると言っていたミオがなにをしていたか、という部分の話ですね。なんだかんだで、伏線が多くなるかも? というか、書いてて『あれ、これ結構作品の根幹の部分を書く機会多いんじゃね?』って思いました。多分ですが、割と重要な章になるかもしれません。
 例の女神がセリフだけで出てきましたしね。
 今日も二話投稿を予定していますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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295件目 異世界の本

※ 時系列的に、この時点では依桜が『アイテムボックス』を習得していなかったのに、なぜか習得していることになっている文がありました。すみません……。


 アイルランドに到着。

 

 ふむ、気温は低めだが、全然問題ないな。

 

 しかし、ここはいい国だな。

 自然豊かで、空気も澄んでいる。

 

 あれだな。あたしの住んでいた場所を思い出す。

 

「さて、滞在できるのは、今日だけだ。さっさと、用事を済ませるかね」

 

 まだ朝の時間帯だが、まあ、問題がないわけじゃないからな。

 とりあえず、反応は……ふむ。いくつかあるな。

 一、二……合計で五ってところか。

 なかなかに多いな。

 

 少なくとも、全世界にいるブライズの数は……まあ、五百ちょいってところか。

 

 ふむ。この国には、五分の一の数のブライズがいるってわけだ。

 

 さて……ここは一つ、あたしの修行にも活用しようじゃないか。

 

 これは、イオの正体を探るための旅でもあるかもしれないな。あたしの『鑑定(極)』を鍛えまくれば、閲覧不可だったイオの種族・固有技能の部分が見れるようになるかもしれない。

 

 ならば、あたしはひたすらに『鑑定(極)』を使い続けていればいいわけだ。

 滞在は今日だけだし、さっさとブライズどもを滅ぼすかね。

 

 

 あたしは適当に歩く。

 

 正直なところ、ブライズの正確な位置は補足しているんだが、どういうわけか、見当たらなくてな。

 

 十中八九、もうすでに誰かに取り憑いているか、もしくは見えないのか、だ。

 あたしにとって、面倒なことこの上ないんだが……まあいい。

 

 見えないのなら、見えるようにするまで、ってな。

 

 しかもこの状況、あたしの『鑑定(極)』を鍛えるのにちょうどいいかもしれんな。

 

 あたしは目に映るものすべてを『鑑定(極)』で丸裸にする。

 

 正直、視界に映るすべての物に対して『鑑定(極)』を使うのは、得策じゃない。というか、常人なら想像を絶する頭痛に襲われて、一瞬で意識が飛ぶな。

 

 あたしは、もう慣れている。というか、そうやって鍛えたんだ。今更頭痛が来ても、大して痛くもない。

 

 ……ん? なんだこりゃ。

 いつもとは若干毛色が違うな……。

 禍々しい……いや、黒い? というより、無、か?

 

 少なくともこの反応がブライズだが……なるほど、変質か?

 

 だとしたら、厄介かもしれんな。

 

 こんな奴がこの世界の人間に取り憑こうものなら、こっちの世界の人間にはどうすることもできないな。

 

 ならば、さっさと消すに限る――

 

 そう思った時だった。

 

『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 不意に、女の悲鳴が聞こえてきた。

 なんだ?

 

 ちょっと気になるし、行ってみるか。

 

 軽く『千里眼』を使用して位置を特定、『感覚移動』にて、自身にそこへ行ったという情報を覚えさせ、『空間転移』で移動。

 

 やはり、この三連コンボは使い勝手がいいな。行ったことがない場所にも、『空間転移』で行けるようにすることができる。

 

 これがあれば、どこにでも転移が可能になるのだから、楽なものだ。

 

 一応、この方法を用いれば、世界中、どこにでも行くことができるが、さすがに犯罪者になるつもりなど、毛頭ない。

 

 ならば、多少はこちらの世界のルールに従うまでだ。

 

 だからこそ、あたしは飛行機なんていう、遅い乗り物に乗って移動しているんだがな。

 それで? 一体何が……ふむ。どうやら、厄介ごとらしい。

 

『殺す……殺す!』

 

 一人の男が、ブツブツと殺すと呟いているな。

 

 体から黒い靄が僅かに漏れているところを見ると、どうやらブライズに取り憑かれたらしい。

 

 つまり、あの男は黒い感情を持っていた、ということになるな。

 あれは、人の黒い感情を増幅させる効果しか持たん。故に、黒い感情を持った人間にしか取り憑かない。

 

 そして、その感情は嫉妬やら殺意がある。

 

 ならば、あの男は誰かを殺したいと思っているとみた。

 まあしかし、面倒であることに変わりはないな。

 

 さて、止めてやるかね。

 

「おい、さっさとその男から出てけ」

『殺す……!』

「チッ、聞く耳持たない、か。仕方ないな……死ぬなよ?」

 

 そう言ってあたしは、手に聖属性の魔力を纏うと、そのまま顔面を殴った。

 

 男は錐もみしながらすっ飛んでいき、やがて地面にダイブした。

 

 まあ、回復魔法も付与してたし、問題はないだろ。

 痛みでショック死してなければな。

 

『はっ……! お、俺は一体何を……』

 

 よし、問題なしだな。

 

 ブライズも綺麗に消滅したみたいだし、あたしは次へ行くかね。

 

 そういや、図書館に行きたいな。

 

 こっちの世界にも神話があるらしいし、もしかするとそこに何か手掛かりがあるかもしれんしな。

 

 ああ、そうだ。

 

「おい、殺したいほどに難い奴がいるんだろうが、抑えな。衝動で殺しても、なんの意味もない」

『え……?』

「じゃあな」

 

 呆けた顔をする男に背を向け、あたしはひらひらと手を振りながら立ち去った。

 

 

 それからは、意外とすぐにブライズ共は見つかった。

 

 二人ほど取り憑かれちまったが、まあ、問題なくぶっ飛ばしたし、大丈夫だろう。

 

 さて、最後に図書館に行きたいんだが……どうするかね。

 なんて、少し考えていたら、

 

『あの……』

 

 唐突に話しかけられた。

 

「ん? なんだ?」

『いえ、悪魔憑きを祓って回っている女性がいると聞きまして……あの、あなたがそうでしょうか?』

「悪魔憑き……? んなもん、あたしは祓ってないが……」

『そうなんですか? ですが、いきなり暴れ出した人を抑えたりしていると聞いたんですが……』

 

 ……ああ、悪魔憑きってのは、そう言うことか。

 

「たしかに、そう言う奴らを倒して回ってるのはあたしだな」

『やっぱり! ちょうどよかった! えっと、実はお礼がしたくてですね……』

「お礼? 別に、そう言うもんはいらんぞ? あたしは、あれらを世界中回って、情化しているだけだ」

『そ、そうですか。では、何か望みはありませんか?』

「……ああ、それなら一つだけあるぞ?」

『本当ですか!? では、なんなりと言ってください!』

「ああ、実は図書館を探していてな。できれば、でかい場所がいいな」

『図書館ですね。わかりました。この近くに、国内で一番大きい場所があります。そこへ行きましょう』

「ああ、頼む」

 

 ちょうどよかったな。

 これで、少しは調べられるというものだ。

 

 ちなみにだが、あたしに話しかけて来た奴は、どうも政府の人間らしい。

 なぜか、一日の間で暴れ出す国民が何人か出たので、それを調査していたらしい。

 

 んで、それを鎮めて回っているあたしの存在を知り、そして見つけ、話しかけてきたようだ。

 

 まあ、こっちとしては、図書館に行けるとあってちょうどよかったがな。

 

 情報を入手するのが早いんだな、政府ってのは。少なくとも、今日出現したばかりなんだが……まあ、細かいことはいいか。

 

 

 そんなわけで、政府の奴が案内してくれた。

 

 図書館に行くなり、あたしは奥へと進む。

 

 本来は立ち入り禁止エリアがあるそうだが、今回はなぜか許可してくれるとのことだ。

 ありがたいから、全然いいがな。

 

 それで、禁止エリアである地下へ行くと、目を疑うものがそこにはあった。

 

「おい、この本は……」

『ああ、それですか。かなり昔、とある人物がそれを書いたらしいのですが、本人もわからないそうです。見たこともない文字で書かれた本らしきものを、書き写したものだそうです。それは、原本ではなく、写本ですよ』

「そうか……」

 

 なんだって、こっちの世界に向こうの言語で書かれた本があるんかね?

 

 どうも、こっちの世界とあの世界は密接な関係にある気がする。

 いや、まだわからんがな。

 

 それに、あたしはこっちの世界に来たばかりだ。ならば、思い過ごし、ということもあり得よう。

 

「それで? この本は、読んでもいいのか?」

『構いませんが……それは、誰にも解読できていない文字なんです。多くの考古学者や、言語を研究する方たちが解読を試みましたが――』

「……なるほど。この世界は、二つではない、か」

『え!? よ、読めるんですか!?』

「まあな。それで、この本なんだが……あたしがもらってもいいか? どうやら、知りたい情報が少しはありそうでな」

『それは……はい。どの考古学者の人たちも、価値がないと言っていましたので、誰かに貰われて行っても問題はないと思いますが……』

「そうか。なら……これを礼代わりに貰っていくが、構わないな?」

『わかりました。図書館側にもそう伝えておきましょう』

「すまないな。……さて、あたしはそろそろ出るとしよう」

『そうですか。では、お気を付けて』

「ああ。じゃあな」

 

 あたしはそう言うと、図書館を出ていった。

 

 

 飛行機のチケットを購入し、あたしは本を見つめる。

 

 タイトルは、『世界神ノ独言』か。

 

 世界神となると……これは、あれか。ミリエリアが直接書いた本なのか?

 

 だとすれば、なぜ、この本の写本がこっちの世界にあるのか、ということになるんだが……まあ、とりあえず中身を見てみるか。

 

 というか、もっとマシな名前はなかったのか。

 

「……あー、これはたしかに、あいつの書き方かもしれないな」

 

 なるほど。この世界は、無数にあり、それぞれ対を成す世界がある、か。

 

 たしかあいつは、あの世界を管理する女神で、その初代管理者だったな。

 

 ……ん? そうなるとあいつってもしかして、あの世界を創った神、か?

 

 まあ、まだ断定はできん。とりあえず、続きを読むか。

 

『世界は無数にある。だけど、世界を創り出しているのは、他でもない、神。――が創り出した世界は、この世界ともう一つ。一つは魔法があり、一つは魔法がない。でも、両世界には魔力はある。だからこその対』

 

 ね。

 

 魔法がある、なしに関しては、どうやらミリエリアがそうなるよう創った……というより、そう言う風にしか創れなかった、か?

 

 ところで、この読めなくなっている部分は、一体なんだ? 普通なら、ここには『私』だとか、『俺』だとかのような、一人称が入るはずだが……なぜ、見れなくなっている? あいつって、一人称『私』じゃなかったか? ちがったっけか?

 

 ふぅむ……よくわからん。

 

 まあいい、それはそれとしてだ。

 

 この世界……というより、おそらく創造神と呼ばれる神どもは、全ての世界にいるのだろうな。

 

 そして、この場合、この世界と向こうの世界は、ミリエリアが創ったことになるだろうな。

 

 対となる世界を創り出す、ねぇ?

 

 なぜ、世界は対でなければいけないのかはさておき、つまるところ、世界は無数にあるものの、それぞれには必ず対となる世界が存在し、それらは何らかの形で分かれている、と。

 

 この世界と向こうの世界の場合は、魔法の有無だが、世界によっては、人種の違いや、何らかの法則の有無、という形で分かれている可能性があるな。

 

 それで、他は?

 

『世界のバランスは、対になることで保たれる。片方が崩れれば、片方は修正しようと動く。そうして、滅びかけてしまう。滅びかける時の前兆は――――に――――が出てくること。これが発生してしまったら、あとは――をするしか、崩壊を止める術はない。これには当然、その世界を創造した神が必要。でも、創造神が死ねば、後釜の神には不可能。神は転生する。見つけることができれば、問題なく、――ができるはず。――はそう考える』

 

「なんだ、ところどころ読めなくなってるな……」

 

 しかし、崩れる、ねぇ?

 ここで言う、『崩れる』とは、一体何を指しているんだ?

 

 わからん……。さすがに、あたしは何でも知っているわけではない。いくら、天才とは言え、わからないことだってある。

 

 というか、マジで神が言うことはわからないんだよなぁ。

 

 あいつら、マジで謎だらけだし。

 

 そもそも、神とは一体何なのか、という部分から考えなけりゃいけない。なぜ、創造できる神と創造できない神がいるのか、という部分とかな。

 

 神には何らかの能力があるが……。

 

 そもそも、なぜ神は世界を創るんだ?

 

 ……あ、いや待て。そう言えば、以前会ったあの神が言ってたな……たしか、

 

『いやぁ、やっぱ生命が動くのって面白いじゃん? そこで生きてるだけで娯楽ってかね? それに、神々は生物が好きでねぇ。ほら、神は持っていないものがあるじゃん? それが面白いんだよ。だから、生命を作るのさ。不完全でね』

 

 だったか。

 

 ほんとあいつら、クソだよな。

 

 ミリエリアを見習ってほしいものだな。あいつ、神なのに異常なくらいいい奴だったからなぁ。

 まあいい。それで、他には?

 

『近いうち、――は死ぬかもしれない。でもきっと、――は生まれ変わる。――として。だけど、――の時の記憶はきっとないだろう。でもそれは決して、消えるわけじゃない。魂の奥底に封じられて、基本的な――が無くなった時に、――は顔を出すはず。でも、それは一瞬で、――に戻れば、また消える。でも、記憶は共有される。だから、――は消えることはない。その時のために……世界が崩れそうになった時のために、この本を残す。きっと見ているであろう、――の親友、ミオに届くように』

 

「……あいつ、こんな本を残していたのか?」

 

 まさか、あたしに向けて残している本だとは思わなかったな。

 

 だが、やはりところどころ読めなくなってる。

 

 おそらくだが、時間経過とともに劣化してしまったんだろう。

 

『――の能力の断片はあると思うけど、それは、――の人たちを――するだけ。でも、それで十分。――は――が好きだから』

 

 ここで終わってるな。

 

 他にも色々と書かれているみたいだが、今のところはこれだけでいいだろう。

 

 ミリエリア、ね。

 

 まあ、この本は何かと重要そうだ。

 

 あたしに向けた本だ。なら、あたしが大切に持っていなきゃいけないな。あいつの形見って奴かね?

 

 あいつはいつも、あたしと一緒にいてくれたからなぁ。

 

 にしても、読めなくなった部分が気になる。

 一体、何が書かれていたんだ?

 

 これはこっちの世界の本で書かれている。だから、劣化し、読めなくなっている。

 

 なら、向こうの世界の物で書かれている原本なら、劣化せず、読めるんじゃないか?

 

 原本ならば、この本に書かれている謎がわかるはずだ。ならば、目的の一つに追加、と。というより、優先かもしれんな。

 

 正直、ミリエリアについて調べることは、何か色々なことについてわかりそうだしな。

 

 まあ、今のあたしが一番気になってるのは、あたしの愛弟子なんだがな。

 

「ふぁぁ……さて。着くまで寝てるか……」

 

 着いたらそのまま学園だしなぁ。

 仕事は嫌いじゃないし、必ず行く。

 ふっ……あたしも、真面目になったもんだ。

 

 あ! しまった! アイルランドの地酒飲み損なった! くっ、その内、『空間転移』で行ってやる!




 どうも、九十九一です。
 なんか、かなり早い段階で色々と情報が出てきちゃったけど……まあ、いっか。この先、出すタイミングとかなかなかなさそうだし。それに、重要なのって本当に一部ですし。
 それにしても、ミオ視点は何かと書くのが楽です。口調が。依桜の口調で物語を進行させるのって、地味に大変なんですよね『はぁっ!?』とか『何してんだ!?』とかみたいな口調じゃないですしね。柔らかい口調にしないといけないから、ツッコミが大変……。その点、ミオは男っぽいので楽です。
 一応、二話投稿を考えてはいますが、まあ……ちょっとした用事があるので、出せるかどうかは不明ですね。なので、あまり期待しないでくださいね。あとは、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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296件目 保護

 アイルランドから帰って数日。

 

 まあ、例によって、あたしは世界中を回る。

 

 エイコから頼まれた仕事も、一応はこなしているが、アイルランドには異世界の奴はいなかったな。

 

 そもそも、向こうで把握している奴は、そちらで回収しているみたいなんで、あたしはどこかで回収し忘れていたり、単純に見つかっていなかったりするかのどっちかだ。

 

 あたしの『気配感知』をもってすれば、世界中にいる異世界人を探すのはたやすい。

 

 こっちの人間のパターンも大体把握できたしな。

 

 それなら、この調子で世界中を回っていれば、その内異世界人の保護も終わるだろ。

 

 というかだな、あと何人くらいいるか、さえわかればなぁ……。いくらあたしと言えど、結局は同じ人間を探すとか、無理だぞ?

 

 まったくもって、厄介な仕事を押し付けられたもんだ。

 

 ……ま、一回の旅で、四十万手元に入るのはありがたい。

 

 ほとんどは酒に使うつもりで入るが、あれだ。イオにもなにか買ってやりたいしな。せめてもの、師匠心と言う奴だ。あいつには、散々苦労を掛けたし、あまり褒めてやったり、何かを買ってやったりはしなかったしな。

 

 やはり、何かしてやりたいものだ。

 

 

 そんなわけで、アイルランドへ旅立った次の週は、アメリカへ向かった。

 

 正直、もう面倒なので、『空間転移』を使ってやろうか、とか思ってる。

 

 あたしの力をもってすればバレんしな。

 というか、ハイジャックとかされたんだぞ? もうないとも言い切れんし、やってられんよ。

 どのみち、アメリカには一度行ったしな、ちょっと前に。

 

 それに、長く滞在するわけじゃない。例によって、ブライズの浄化と、見つけた場合異世界人の保護をするだけだ。

 

 アメリカはかなり広いみたいだが、あたしからすれば、距離なんてみんな同じだ。

 

 結局『空間転移』を使えば、一瞬で距離を無くせるんだからな。だからまあ、この件……というか、あたしの旅に関するあれこれは、目を瞑ってもらうとしよう。正直、悠長に移動なんてしてられないからな。

 

 やるのなら、迅速に、だ。

 

 そんなわけで、アメリカ――ニューヨークに到着。

 

「ふむ。なるほど、ここがニューヨークか。ビル、だったか? これはすごいな。向こうとは違う発展の仕方をしたことがよくわかる」

 

 向こうは、魔法ですべてが発展したが、こっちは科学、か。

 

 こちらの世界には、魔法はない。だが、だからこそ、こんなものが生まれた、というわけか。

 面白いな。

 

 ……そう言えば、不思議なことがあるな。

 

 こっちには、魔法がない代わりに、科学というものが発達し、生活を支え、便利にしたと聞く。

 

 そして、向こうの世界は魔法による発展だ。

 

 そこで疑問になるのが……ステータスの存在だな。

 

 ……いや、疑問を考察するのは後回しだ。

 

 どうやら、またブライズが出現しているみたいだ。

 しかも、厄介なことに、もう取り憑いちまったみたいだな、これは。

 

「しょうがない、か」

 

 

 ガシャァァァァァァンッッ!

 

『ウゥ……ガァッ! 壊す壊す壊す!』

「チッ、もう暴れてやがったか」

 

 取り憑かれた奴がいる場所に行くと、一人の大男が人間とは思えない形相で暴れていた。

 

 どうにも、ブライズに取り憑かれると、短気になっていかん。

 面倒というか、何と言うか……。

 しかもステータスを覗いた感じ、結構強めだぞ?

 

 宿主の肉体がそれなりに強かったんだろうな、この世界にしては。

 

 それで、取り憑いたブライズが肉体能力を向上させているわけだな。

 

 ふむ……攻撃力は200ってところか。

 向こうの一般的な農民が40なんで、五倍だな。

 

「おいテメェ、暴れんのをやめな」

『がふぅっ!?』

 

 暴れる大男を聖属性を纏った腕で殴り飛ばす。

 

 当然のように回復魔法も付与してるんで、あいつに肉体的外傷はない。残るのは痛みだけだ。

 もっとも、取り憑かれている間の奴に、痛みなんてあるかは知らんがな。

 

『グウゥゥゥッ……! 壊しテヤる……!』

 

 立ち上がり、そう言うと、大男はあたしに向かって突進してきた。

 遅い突進だ。

 まあ、取り憑いているとはいえ、こんなもんだろうな、こっちの世界の人間じゃ。

 

「一直線すぎる」

 

 あたしはひらりと躱すと同時に、裏拳で後頭部を打ちぬいた。

 

『ガァッ!?』

 

 自身の突進と、背後から加わったあたしの裏拳によって、かなりの勢いで地面に激突した。

 

 ふむ。まだ抜けきってないな。

 

 というかだな、周囲の人間ども、せめて警察呼ぶくらいはしろ。

 なんで、突っ立ってるだけなんかね? よく見りゃ、写真撮ってる奴もいるしよ。

 

 ……お、ようやく通報した奴が出てきた。

 

 こっちの世界の人間はどうなってんだか、ったく。

 

「おい、さっさとそいつの中から出ていけ。次は、本気で打ち抜くぞ、この野郎」

『――ッ!?』

 

 ためしに脅してみたら、ブライズが大男の体の中から出て行く。

 どうやら、知能はあるらしいな。

 

 ま、このタイミングなら……

 

「消えな『浄化』」

 

 眩い光が放たれ、ブライズはその光に触れた瞬間跡形もなく消滅した。

 

「こんなもんだな。まったく、面倒ったらありゃしない。おい、お前。いいか、どんなに壊したいもんがあってもな、暴力で壊そうとするんじゃねえぞ」

 

 そう声をかけると、大男はびくっと体を震わせた。

 よし、次行くか次。

 

 

 アメリカにはブライズが多く、合計で四十体もいた。

 

 やっぱあれか? こういう人が多い国には、ブライズが多く集まるのか?

 

 本当に面倒くさい。

 

 いくら『空間転移』が使えるからと言って、疲れないわけじゃない。転移には魔力を使うしな。しかも、距離によって必要な魔力量は違う。

 

 今回の件に関して言えば、割と多用しちまってるからなぁ。

 

 正直四割も使ってる。

 

 日本からアメリカまで行くのに、ざっと……二割ちょいってところか。あとは、国内移動に使っただけだしな。

 

 まあ、近い所は走って行ったが。

 

 そんなあたしだが、道中で異世界人を見つけた。

 

『お前、出身はミレッドランドか?』

『あ、あなたは、私の言葉がわかるのですか……?』

『そりゃ、あたしも異世界人だしな』

『……や、やっと同郷の物に会えました!』

 

 その異世界人は女で、とある家の老夫婦に保護されていた。

 

 どうやら、倒れているところを保護したようだ。

 

 なんとなく、歩いていたら異世界人が近くにいるの感じ取ったんで、そこへ向かってみたら、畑の手伝いをしていた。

 

 すごいな。言葉がわからないのに、とか思ったのは内緒だ。

 

『あなたは、この方のお知り合いですか?』

「ああ、ちょっとな。ちょいと、あたしの知り合いたちが散り散りになっててな。あたしは今、保護して回っているんだ」

『そうでしたか。よかったわぁ、知り合いの方が現れて』

「こいつはあたしが連れて行くがいいか?」

『もちろんです。少し寂しくなりますが、私どもでは言葉が通じませんからね。お願いします』

「ああ、任せな。……ああ、そうだ。こいつと同じ言語を話す奴を見かけなかったか? それか、見たこともない服を着ている奴とか」

 

 情報が得られれば御の字だ。

 まあ、なくても仕方ないんで、別にいいがな。

 

『そうですね……ああ、そう言えば、この先にいる店に、最近見たこともない服を着た女性が入った、とか聞きましたな』

「そうか。わかった。すまないな。ああ、これはこいつを保護してくれた礼だ。とっといてくれ」

『こ、こんなに? い、いいのですか?』

「ああ。この件はかなり厄介でな。あたしの協力者も、保護してくれた奴らがいれば、遠慮なくこの金を渡せと言われてるんだ。まあ、そう言うことだ」

『そうですか……ありがとうございます』

「気にするな。むしろ、礼を言うのはこっちだからな。それじゃあ、あたしらはそろそろ行く」

『はい。どうか、お元気で』

『よし、行くぞ』

『は、はい』

 

 

 保護した女を、アメリカにあるエイコの研究施設に送り、さっきの老夫婦たちが言っていた店に行く。

 

 一応情報はもらったんで、問題ないだろ。

 まあ、そんなわけで来てみれば……

 

「……これはあれか、娼館か?」

 

 どう見ても、そういう店だった。

 

 ったく、厄介なことになってんじゃねぇか……仕方ない。

 あたしは中に入ることにした。

 

 

『いらっしゃいませ……ん? あなたは、女性の方ですか?』

「それ以外の何に見える?」

『いえ、ここは男性用の場所なのですが……どうなさったのですか?』

「いやなに。ここに、見知らぬ服を着て、知らない言語を話す女がいると聞いてな。で、いるのか?」

『たしかに、その女性はおりますよ。して、なぜそのようなことを?』

 

 ビンゴだな。

 情報通り、ここにいるようだ。

 

「そいつは、あたしの同郷でな。いや、正確に言えば同郷じゃないかもしれんが……まあ、同じ国の出身でな。今、そいつらを保護して回ってるんだ」

『保護、と申されましても、彼女はもう、この店の大事な従業員なのですが?』

「ふむ。そう来たか」

 

 ま、予想通りと言えば、予想通りだが……それに素直に従うほど、あたしは温くない。

 

「だが、知らん。そもそも、言語もわからない相手と、どうやって意思疎通を図る? それに、そいつが本当に望んでいるのか?」

『意思疎通など図れずとも、行為自体になんの支障もありません。そもそも、あなたが本当に同郷の物なのですか?』

「まあな。証拠を見せろ、と言うのか?」

『当然です』

「そうか。なら、そいつを連れてきな。証拠を見せてやろう」

『わかりました』

 

 そう言うと、男は奥へと消えていった。

 

 ……しかし、周囲にいる男どもの視線が気持ち悪いな。

 それと、何やら獲物を狙う獣のような視線もある。

 

 ……これはまさかとは思うんだが。いや、まさか、じゃないな。確実に、だ。

 

 となると、こいつらが取る行動は……

 

『おいねーちゃん。うちの従業員になる気はねぇか? 容姿は最高だしなぁ? かなり稼げると思うぜ?』

 

 だろうな。

 

 見た目だけなら、強そうだな。まあ、見た目だけだが。

 

「ふむ。それはお前、あれだろ? あたしが断ったら、力尽くで! とか言うんだろ? お前たちのような奴らの常套手段だ」

『なんだ、わかってるなら、話は早ぇ。大人しくすれば、痛い目にあわ――』

「あたしはな、お前たちのような奴らが大嫌いだ。なんでまあ、興味はない」

 

 あたしは話している途中の男の言葉を遮り、背後に回った。

 

「おい、さっきのひょろい男。さっさと出てきな。大方、監視カメラか、陰でこっそり見ているんだろう? あたしが優しいうちに、出てきた方が身のためだぞ?」

『そんなこと言っても無駄だ。ボスはな、お前を手に入れると言った。俺たちはお前を捕まえることが仕事になるわけだ。なぁ、まだ間に合うぜ? 言うことを聞けばいい待遇を用意するぜぇ?』

 

 まったく、気持ち悪い声だ。

 

 こんな気持ち悪い奴らは、どこの世界にもいるってことだな。

 面倒くさい。

 

「そうは言うがな、あたしには好きな奴がいる。そいつ以上の人間じゃなきゃ、あたしは好きにならん。まあ、あいつ以上の奴なんていないし、いても絶対にそいつ以上に好きになるはずはないがな。……あたしは、こんな会話をしている場合じゃなくてね。なんでまあ、さっさと出てきてくれないか?」

『……もういい。おいボス! こいつ、やっちゃっていいんすよね!?』

『ああ、言うことを聞かないのなら、力尽くで聞かせろ!』

『了解だぜ! へへへ、ちょーっとばかし痛い目に遭うが、ねーちゃんが大人しくしないのが悪いんだからな? 恨むなよ?』

「ははは! 何を言う。お前如きが、あたしに勝てると思ってるのか? まったく。人を外見だけで判断しているんじゃないだろうな? あ? いいか、世の中にはな、外見通りじゃない強さの奴がいる。むしろ、外見だけで判断するのは、非常によくない。わかるか?」

『何をを言うんだ? この俺が、お前に負ける? んなわけないだろう。俺はな、こう見えても、ボクシングの世界チャンピオンなんだよッ!』

 

 いきなり殴りかかってくるが……ふむ、遅いな。

 

 こんなん、あくびが出る。

 

 あたしは、拳を片手で軽く受け止めると、そのまま握る。

 

『なっ!?』

 

 酷く驚いた表情を浮かべるが、何を驚いているんだが。

 あたしを相手にできる奴が、この世界にいるわけないだろう。

 

「んで? 世界……なんだっけ?」

『ふ、ふざけんなッ! 俺の拳が止められるわけ――』

「ああもう、うるさいな。いいから、眠ってろ」

『は――? ごふっ』

 

 瞬時に男の鳩尾に拳を叩き込み、ノックアウト。

 

 死なないよう、しっかり回復魔法を纏わせてるんで、破裂した傍から回復している。ふむ。問題なく、心臓も動いているな。

 

「んで? 世界チャンピオンとやらは倒れたぞ? ほれ、さっさと女を連れて来いよ」

『わ、わわわわかった! つ、連れて来る!』

「早くしろ。あたしは、気が長くない」

 

 待ってやる義理も、本当はないんだがな。下手に騒ぎにしたら、面倒だ。

 

 しばらく待つと、男が一人の女を連れて来た。

 女を見れば、何やら顔が青白い。

 それに、やや細っている。

 

 ……ほう? これは、ちゃんとした食事を与えてないな?

 

『そこの女。お前は、ミレッドランド出身でいいのか?』

『――っ!? あ、あなたは、言葉が……!?』

『まあな。一つ聞く。ここは娼館らしい。お前は、ここに残りたいか? それとも、あたしに……というより、あたしの知り合いに保護されるか。どっちがいい?』

『ほ、保護を……!』

『了解だ』

 

 ま、聞くまでもないな。

 あたしが、向こうの言語を話した途端に、期待したような目を向けていたし。

 

「さて、こいつはあたしについて行きたいそうだ。もちろん……渡してくれるよな?」

 

 にっこり微笑んで問うと、

 

『ふ、ふざけるな! て、適当な言葉を話しただけだろう!? なら、無効だ!』

「……テメェ、まさか、約束を破るってか?」

『ひ、ひぃっ!?』

「いいか。暗殺者を相手にする時はな……全部本当のことで話さなきゃならん。つまり、嘘を吐くなということだ。理解したか?」

『う、うるさい! こ、こうなりゃ……! こ、これでも喰らえ!』

 

 男は懐から拳銃を取り出すと、それをあたしに向けて発砲した。

 

 パァン! という、乾いた音が鳴るが……あたしの体からは、血が一切出てこなかった。

 

 まあ、当然だな。なにせ、あたしが……

 

『な、なぁッ――!?』

 

 手で掴んだわけだしな。

 

 銃というのは、やはり遅い。

 

 向こうの世界にも、一応銃という武器はあったが、こっちの世界の方が弾速は速い。

 だがまあ、それでも、対処には困らないな。あたしには止まって見える。

 

「まったく。こういう時は普通、相手が大切にしている者を狙うべきだ。例えば、そこにいる女とかな? もっとも、あたしが殺させるわけもないし、そもそも撃たせないんが……」

 

 こつこつと足音を鳴らしながら、ひょろい男に近づく。

 

「たしか、身元がはっきりしていない奴を、無理やりこういった店で働かせたりするのは違法、じゃなかったか? ええ?」

『く、来るな!』

「あたしも一応、向こうの世界では人を殺していてね。まあ、全員がクズみたいな連中だった。ああ、お前みたいなやつも何人もいたな。正直、あたしは証拠を残さずにお前を消し、自殺に見せかけることなんざ容易だ。特に、こっちの世界では余裕だ」

『な、何を言って……』

「だからまあ……目を覚ましたさっさと自首しな。じゃないと……殺すぞ」

『ヒィィィィィィィ!』

 

 みっともない悲鳴を上げて、男は気絶した。

 ……ご丁寧に、粗相もしてな。

 ……さて、と。

 

『ほれ、障害はぶっ飛ばした。行くぞ』

『は、はい……あ、ありがとうございます……』

『なぁに、気にするな。これは、あたしの仕事でね。そんじゃま、知り合いの研究所に連れて行く。そこならちゃんとした食事に、しっかりとした寝床もある。それに、かなり安全なはずだ』

『わかりました……。本当に、ありがとうございます……』

 

 なんとか、落ち着いたらしい。

 そんじゃま、さっさと行くか。

 あたしは『空間転移』を使用すると、アメリカの研究所に女を連れて行った。




 どうも、九十九一です。
 なんか、ミオ視点だと、やけに人に絡まれている気が……まあ、依桜視点も同じようなものだし、あまり違いはないですよね。うん。
 ミオ視点は書いてて普通に楽しいですが、かなり大変ですね。これ。あまり情報は与えすぎちゃいけませんし、かと言って、書かなければ、後々ツケを払う羽目になりますし……大変です。もともと、伏線を張ったりだなんだは苦手なんですがね。
 一応、二話投稿を予定していますがまあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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297件目 ミオの考察

 アメリカでのあれこれも終了した後は、適当に家でだらだらする。

 

 やはり、世界中を回るというのは、なかなかに疲れるのだ。

 

 気候が全く違っていたりするせいで、結構負担がかかるからな。だがまあ、それはそれでいい修行になるんで、全然ありだ。

 

 そう言う意味では、この世界はいいかもしれん。酒も美味いし、料理も美味いしな。

 

 向こうはどうにも、いまいちなものが多くてなぁ。

 

 やはり、いいものだ。

 

 ……おっと、暇ついでに、あの本でも軽く読むとするか。

 

 どれどれ。

 

『この世界において、ステータスは誰しもが持つもの。それは、どこにでもあり、誰にでもある。ない人はいない。ステータスは偶然、生命に生じたバグのようなもの。でも、それを見て面白がった神が、正常に作用するよう調整したものがステータス』

 

 ……バグ、ねぇ?

 

 なかなかに面白いことが書かれているじゃないか、この本。

 

 ミリエリアは一体なぜ、こんな本を書いたのか。まったくわからん。

 

 しかし、ステータスがあるのは当たり前だと思っていたが、なるほど、バグなのか。

 

 ……ん? じゃあまてよ? 能力とか、スキルとか、魔法ってのはなんだ? いや、そもそも、ステータスに表記される数字も意味がわからん。

 

 そう言うものだと思ってはいたが、よく考えればおかしな話だ。

 

 とりあえず、続きを読むか。

 

『ステータスに表記されるものはすべて、その人が持つ基本的なものを数値化し、見やすくしたもの。でも、それはあくまでも基本的なものであり、何らかの形で増減する場合もある。映し出されているものが真実とは限らない。職業は、実質的に、その人が持つ才能を示す。才能が最もある職業が真っ先に頭に浮かび、人は直感的にそれを選ぶ。これには、人間も魔族も、そして動物も関係ない。能力、スキル、魔法の内、能力とスキルは神が作成したものではなく、バグによって生じたものが奇跡的に事象改変を施せるようになったものが相当する。つまり、世界に干渉し、書き換えができるものが、能力とスキル。これらは、本人の才能により干渉力が左右され、才能がある者に対し、才能がない者の方が劣ってしまう。そのための、魔法。魔法は、才能があってもなくても、結果的に努力次第で埋めることができる。それにより、才能ある者に、才能ない者が勝利することが可能になる。能力とスキルの違いは、才能の有無。能力は職業という名の才能によって習得できるのに対し、スキルは才能ない物の内、才能があるか、扱えるものが習得できる』

 

 ……なんだこれ。

 

 軽く読もうと思ったつもりだったんだが、どうやら、この世界どころか、あたしが謎だと思ったステータスについて書かれているじゃないか。

 

 しかも、相当重要じゃないのか? これは。

 

 まさか、能力とスキルの違いが、才能の有無だったとはな……。

 

 イオで例えるのならば、あいつの才能は暗殺者であり、逆に才能がなかった職業の能力が得られている、ということになるわけだが……そうなってくると面白いな。

 

 あいつには《戦士》の職業の才能はなかったが、その中に含まれていた『身体強化』の能力に対し才能があったか、もしくは単純に使えたかによって、習得できた、というわけだな?

 

 他にも、『無詠唱』であれば、《賢者》が持つ能力だ。

 となると、一つ疑問が生まれる。

 

 あたしがあいつに対して能力とスキル、魔法を習得させるのには、『感覚共鳴』を使用する。その場合、能力と魔法に関しては習得可能なんだろうが、一体なぜ、スキルの習得もできているんだ?

 

 あいつはたしかに、多才だ。

 

 ハッキリ言って、向こうにおいては天才と称されてもおかしくない。

 

 武器に関しては扱えるものとそうでないものがあったりはするが、それでも最低限は使用可能だった。むしろ、使用可能にした、というべきか。努力でな。

 

 だが、そうは言っても、あいつにだってできないことはあるはずだ。

 

 この説明を読んでいると、どうやらスキルの存在は、才能がないが故に習得できるものらしいのだが……あいつにあった才能はたしか、《暗殺者》、《料理人》、《裁縫士》、《演芸人》の四つだったはずだ。

 

 逆に才能がなかったのは《戦士》《武闘家》《槍術士》《斧術士》《錬成士》《魔道士》の六つ。

 

 他の職業は、才能があったわけでもなかったわけでもない、普通のものばかり。

 

 それらはおそらくだが、才能なしと判断されるんじゃないか?

 

 なにせ、この才能がない職業の中に含まれていないものがあったからな。

 

 『毒耐性』のスキルならば《毒使い》がたしか習得できたはずだ。

 ある意味、暗殺者に近い能力ではあるというわけか。

 

 ……待てよ? そうなると、耐性系はもともとそれに合わせた職業が持つ能力だった、ということになるな。

 

 耐性は割と習得しやすいものではあるが、能力として身に付けている奴はいなかった気がする。

 

 ……ふむ。スキルに存在する耐性系というのは、職業とは別に分離された、という可能性もあるな。

 

 だとすると、非常に面白い。

 

 だが、ここでもう一つ不思議に思えてくることがある。

 

 たしかに、この世界には魔法なんてなかった。いや、無いと言うより、魔力回路が生成されるほど、この世界には魔力が満ちていないからだ。

 

 そうは言っても、魔力はそこそこある。あくまでも、魔力回路が生成されるほどの魔力がないからであって、あたしら異世界の人間が魔法を使うのには問題ない。

 

 魔力回復は、大気中にある魔力を体が吸収し行われる。

 

 まあ、そこはいいとしてだ。

 

 問題は、ステータスがなぜ、この世界には普及していないか、だ。

 

 イオは、向こうの世界で初めてステータスというものを知ったらしい。

 

 それはつまり、こっちの世界にはステータスなんてないと思っていたんだが……この本によると、どうやら誰もが持つものらしい。

 

 ならば、ステータスが存在していても不思議じゃない。

 

 ならどうして、こっちにはないのか。

 

 ……いや待てよ? こっちの世界においては、ステータスが必要になる場面がない。いや、ステータスというより、能力とスキルの方が正しいか。

 

 そもそも、こっちは向こう程生活が危険にさらされているわけじゃない。魔物という存在がいるからな。

 

 だからこそ、対抗策が必要だった。

 

 対抗策があるがゆえに、能力とスキルがあったわけだが……こっちにそれがないのは、それが原因か?

 

 とりあえず、読むか。

 

『――が見ているのは、主に魔の世界。魔力が満ちている。こちらでは、ステータスは問題なく動いている。しかし、――が見ていない、法の世界は、どうやらステータスという概念が広まっていないらしい。原因を探ってみたら、魂の在り方にあった。向こうの世界は常に命の危機にさられる。だからこそ、魂が生きようと働き、ステータスを視る、能力とスキルが発現しやすくなる、というものだ。しかし、もう片方の法の世界は、基本的に命の危機にさらされることが少なかった。これにより、法の世界の人間たちは平和であることが多いことが原因で、魂が生きようとする働きが弱まり、ステータスが視れず、能力とスキルが発現しにくくなった』

 

 どうやら、大方あたしの考えは外れていない、か。

 

 しかし、魔の世界に、法の世界、か。

 魔は魔法の魔で、法は法則の法ってか?

 

 二つくっつけたら、魔法世界になるのかもな。

 

 ……いや、マジでそんな名前になりそうだな。

 

「まあ、それはともかく、いやはや、面白い本だなぁ」

 

 世界の謎について書かれてやがる。

 

 にしても、ステータスが出来た理由がバグってのは面白いな。

 

 いや待てよ? いっそのこと、世界そのものを鑑定してみたら、どうなるんだ?

 

 なんとなくで除外していたが、どうなるか気になるな……。

 

 ふむ。ちょいと試すか。

 

 あたしは自身の部屋の窓から出て、家の屋根に上る。

 なんとなく、『鑑定(極)』を使ってみると、

 

『法の世界 ―ゅ――2年 魔力10000000/5000000』

「……は? なんだこれ?」

 

 一部文字化けしてるが、魔力がおかしいぞ?

 

 おそらく、五百万というのが、この世界の本来の魔力なんだろうけど……千万という数値は、明らかにその倍。

 

 なんで増えているんだ?

 

 あと、この二年という数字と上の見えない文字が気になるところではある。

 

 ふーむ。いやぁしかし、まさか『鑑定(極)』で、世界そのものを鑑定できるとはなぁ。すげえな、これ。というか、こんなことをしたら、なんか『鑑定(極)』が強化されそ――

 

『スキル『鑑定(極)』が、スキル『鑑定(覇)』に変化しました』

 

 おぉう、本当に強くなっちゃったよ。

 

 え、何これ? 鑑定って、極の上になると、覇になるの? 鑑定関係なくね?

 

 しっかしこれ、一体何が見れるんだ?

 

 ふぅむ、まあ、試しにもう一度、世界を鑑定してみるか。

 

『法の世界 魔の世界の対世界 ―ゅ――う2年 世界魔力10000000/5000000 均衡 平 環境 平』

 

 ふむ。これでもまだ、変化はしない、か。

 

 だが、情報がかなり詳細になったな。

 

 これなら、イオの種族と固有技能の項目が少しは見れるかもしれんな。

 

 この本がなければ、世界を鑑定しようなんざ思わなかったし、まあ、結果オーライってやつだな。というか、謎が増えちまったが、まあ、仕方ない。

 

 しかし、この均衡、という項目はどういう意味なんだ?

 

 何かのバランスだと思うんだが……まさか、あれか? 魔の世界とのバランスってか? なんでそんな項目があるのか知らんが、まあ……いいだろ。

 

 この鑑定結果で一番気になるのは、魔力量に、2年という年数、それから均衡、か。

 

 謎だらけだなぁ、世界ってのは。

 

 面倒なことこの上ない。

 

「まあ、情報なんてこんなもんだよな。そう簡単に答えが出りゃ意味がない」

 

 『アイテムボックス』の中から取り出した酒を飲みながら呟く。

 

 仕事は多いしなぁ。まったくもって、面倒なことしかない。

 

 いやまあ、こっちの世界は向こうよりも面白いことが多いのが、救いってところか。あとは、イオと一緒に住めるから。

 

 あ、そういやもうそろ一年が終わるとか言ってたな、イオが。

 

 一年の概念が向こうと同じってのは、面白いな。やはりそこも、対、か。

 

 ……あ、そういや、イオが面白いことを言ってたな。

 

 たしか、向こうでの一週間は、こっちでの一日、とか。

 

「対なのなら、時間の流れは同じはずなんだが……」

 

 一度目の転移自体は、神が同じ時間に戻したからだと考える。

 

 一応、向こうの時間は進んでいない、とは言っていたが、さすがに時間停止をさせていたとは思えない。

 

 ならば、なぜ、二度目以降は時間の流れが違う?

 

 こっちで一週間経つと、向こうでも一週間経過している。

 

 なのに、あいつが向こうの世界に行き、一週間過ごすと、こっちでは一日しか経っていない。

 

 変だ。かなり、変だ。

 

 少なくとも、あいつが無意識で戻る際の時間を変更しているのなら、話は別なんだが……そもそも、時間操作系の能力やスキルなんてあったか? あるとすれば、神辺りが持っていそうではあるが……。

 

 だがなぁ、そうなるとこっちで経過した時間と向こうで経過した時間が同じというのがわからん。

 

 ……やっぱあれか、誰かがある程度時間が戻るよう設定しているとかか? 一体何の目的で?

 

 まあ、とりあえず、整理するとして、だ。

 

 まず、イオが異世界へ行き、一週間過ごしてから帰還。すると、こっちの世界ではなぜか一日しか経過していない。だが、向こうの世界では同じ時間の経過をしている。

 

 というのが、イオの体験だが、あたしの仮説を組み込むと、こうか?

 

 一週間過ごし、帰還すると元の世界では一日しか経っていない。これはおそらく、誰かが時間操作で帰還する時間を、出発した次の日にしていると考えられる。

 

 そうなってくると面白いのが、帰還した次の日、それと同じ時間の進み方をしている異世界には、出発して次の日のイオが異世界にいることになる。

 

 そうすれば、時間の辻褄合わせができるな。

 

 ややこしいな……。帰還した次の日のイオは、向こうで七日過ごした後で、その時間の異世界には、出発後のイオがいるわけだしな。

 

 つまり、同時間にイオが二人、それぞれの世界にいることになるんだが……まあ、あくまで仮説だ。間違っている可能性が高い。

 

 それ以前に、時間操作系の能力かスキルがないと、成立しない説だ。

 

 まあ、机上の空論ってか?

 

「ははは、やはり、楽しい世界じゃないかな、この世界も、向こうの世界も」

 

 少なくとも、無駄に長く生活し、ただ酒を飲んで飯を食うだけの生活よりかは、圧倒的に楽しいな、これは。

 

 この本も色々と面白いことが書かれてるしな。

 

 これは、もうちょい調べたいところだな。

 

「ふぁあぁぁ……眠い。よし、今日は寝て、明日の仕事に備えるかな」




 どうも、九十九一です。
 なんか、会話がない回になってしまった……。この章、色々と暴露しまくってるので、全然進んでない。いや、一応この時依桜とは別に行動しているミオがなにをしているか、という部分に関する話なので、いいんですけどね。まあ、なるべくリンクするように作らないと色々と問題ですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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298件目 ミオの息抜き

 気が付けば、十二月が終わろうとしていた。

 

 まあ、だから何だというわけなんだがな。

 

 年末年始は基本休みらしいんで、かなり楽だ。学園の仕事ないし。

 

 それに、個人としての仕事の方もかなり順調に進んでいる。

 

 ブライズの数はかなり減り、もう少しで全滅させられる。

 

 ……もっとも、それはあくまでも、現状的な解決であって、根本的な解決にはなっていないんだがな。

 

 なにせ、あいつらの発生源がどこかわからないからな。

 

 どこか、神の管理から外れた世界がそうなんじゃないか、とは思っているが、まだわからん。そもそも、そんな世界があるかどうかすら怪しいからな。

 

 もういっそのこと、親玉とか出てきてくんねぇかな? 出たら、ぶっ飛ばすんだが。

 

 そういや、十二月二十九日と、三十日はいないとか言ってたな。帰るのは、三十一日になるとか。

 なんだっけ? 冬〇ミ、だったか?

 

 この世界は、アニメやマンガ、ライトノベルと言った、娯楽物がかなり普及していたのが素晴らしかった。

 

 そりゃもう、あたしは色々見た。

 

 中でもあれだな。バトル系の作品はお気に入りだ。

 いい技が書いてあるしな。真似しやすい。

 

 しかし、異世界系が多いのがなかなかに面白かったな。

 たしか、こっちの世界では、異世界は空想上の物で、ファンタジーの産物だとか。

 

 妄想ってやつだな。

 

 あたしらの世界は……まあ、あれだ。異世界人召喚とかあったし、異世界の存在があることは明らかだったんで、そこまで驚くべきことじゃなかったんだが、まさか、その召喚者が住んでいた世界では、空想の物だとは驚きだ。

 

 ……ん? そういや、昔、あのクソ王国の、クソ国王どもが、異世界人を召喚したが、やはり、あれもこの世界の人間だったのか?

 

 なんか、見たことない鎧に、見たことない武器を使っていたから気になってたんだよなぁ。まあ、仲良くなったが。

 

 ……でもま、邪神討伐の時に、死んじまったんだけどな。

 

 どうにも、あたしの人生は、仲良くなった奴が死ぬ、なんてジンクスが存在しちまってる。

 

 ミリエリアは神だ。本来なら、寿命という概念がない以上、死なないようにも思えるんだが、あいつ、なぜかあたしを置いて死んじまったからなぁ……。

 

 あの時ほど、泣いたことはない。

 

 一番の親友は、あとにも先にも、あいつだけだったな。

 

 いつか、あいつの転生体を探したいものだ。

 

 

「あぁ~~~……マジで暇だぁ~~~」

 

 あたしは家のソファーで一人、ごろごろと過ごしていた。

 

 愛弟子であるイオは冬〇ミとやらに行っちまっていねえしよ、サクラコたちは何やら急用が入ったとかででかけちまったし……。

 

 くっ、何もすることがないぞ……。

 

 また、あの本でも読むか?

 

 あれ、面白いのはいいんだが、マジで考察する羽目になるからなぁ……。

 

 そういやあれだな、こっちの世界は、法の世界らしいが、まあ……そこはあれだな。物理法則とか、まあ、法則的な何かで色々と成り立ってるから、法の世界なんだろうが、なんであっちは魔の世界なんかね?

 

 字面がなんか嫌だぞ、魔の世界って。

 

 成り立ち、ねぇ?

 

 魔法普及しまくってたから、魔の世界なんかね、あれは。

 

 いやまあ、魔力がかなり満ちてるんだよなぁ、あの世界。

 だから、魔物、なんて奴らが生まれるわけでさ。

 

 被害しか出さねぇから、本当にウザい。

 

 殺しても殺しても、ポンポン沸いてくるからきりがないんだよなぁ、あれ。

 

 ……だが、あれだよなぁ。

 

 まさか、ステータスがバグだったとはなぁ。

 

 しかも、面白がって調整して、使えるようにしたとか、マジで神はクソだな。あいつら、どんだけ楽しいこと大好きなんだよ。いっつもいっつも、あいつらの娯楽に付き合わされてるこっちの身にもなってほしいもんだよ、ほんと。

 

 マシな神なんて、あたしはミリエリアくらいしか知らんぞ?

 

 あぁー、あいつに会いたいなぁ……死別して、軽く数百年近く経ってるが、マジで会いたいなぁ……。

 

 てか、そろそろ転生してるんじゃね? あいつ、神は何かに転生する、とか本に書いてたし、絶対どっかにいるって。

 

 やっぱあれか、向こうの世界にいるのか?

 

 そういや、ミリエリアってどんな容姿だったかなぁ……。

 

 性格やらなんやらは覚えてるんだが、どうにも思い出せない部分があるんだよなぁ、あいつ。

 

 一人称とか、髪色とか、目の色とか、目鼻立ちとか……ってか、ほぼ顔じゃねーか。

 

 なんだ、このあたしもあろうものが、大親友の顔を忘れているだと?

 

 あー、ちくしょー。マージで思い出せねぇ……何かこう、すげえ綺麗な髪色だったのは覚えてるんだよなぁ……金だったか? 銀だったか? それとも、プラチナだったか?

 

 あいつは、マジで綺麗だったからなぁ。

 

 背丈はちょっと小さめだったが、そこがよかったし。

 

 あいつ、小さいの気にしてなかったっけ? 身長。160くらいあった気がするんだがなぁ。いや、本当にそんなだったっけ? それ、小さいって気にするほど、小さいか? だめだ。マジで思い出せない。

 

 ……あー、くそう。思い出せなくてむしゃくしゃする。

 

 これはあれだ。ちょっと、体を動かしに行くか。

 

「おっし、そうと決まれば、早速行くか」

 

 

 暇になったあたしは、普段の気晴らしがてら、ラウンドツーに行くことにした。

 

 あそこは、いろんなスポーツがあるからな!

 

 気晴らしにはもってこいだ。

 どうせ、仕事で得た金はあるんだ、困らんだろう。

 

「さて……まずは、ボウリングからだな!」

 

 なんとなしに、ボウリングに行くことにした。いやあれ、メッチャ楽しいし。

 

 そんなわけで、ボウリングだ。

 一番重い球を選ぶ。

 

 ふむ……この程度の重さしかないのか。お手玉とか余裕だぞ、こんなんじゃ。

 まあいい。とりあえず、スタートだ。

 

 まずは肩慣らしだな。

 

 軽ーく、一球を……と!

 

 軽く投げたつもりの球は、結構な勢いで飛んでいき、ボウリングのピンをすべて吹っ飛ばした。というか……

 

「あ、やべ。粉々にしちまった」

 

 全部粉々になっちまった。

 

 これくらいなら行けるだろ、とか思って投げた球だったんだが……なんだ、脆いな。この程度も止められなかったか。チッ、こっちの世界の物は脆くていけないな。

 

『『『( ゚д゚)』』』

 

 ほれ見ろ、粉々になったピンを見て、周囲の客がポカーンとしちまってるじゃないか。もっと強く作ってほしいものだ。

 

 ……だが、さすがに壊したのはマジで申し訳ない。

 

 仕方ないので、軽く直しておくことにした。

 

 

 次にやるのは、まあ、ストラックアウトだ。野球ボールを九枚のパネルに当てるゲームだな。

 

 え? ボウリングのピンはどうしたってか? あれは、重さは同じで、ダイヤモンド以上の硬度を持ったピンに生まれ変わったよ。一応、凶器にすれば余裕で頭蓋を持って行ける代物だ。

 

 まあ、ありがたく思ってほしいものだな!

 

 ……とまあ、そんなことをは置いておくとしてだ。

 

 この程度の距離、余裕だな。

 

「ほれ、一球!」

 

 軽―くボールを投げる。今度は壊さないよう、ギリギリの力加減だ。

 

 すると、ドバンッ! とかいう音が鳴ったが……まあ、問題なし。

 

 そこそこの勢いがあったからか、ボールはあたしの所に跳ね返ってきて、それを掴むのではなく、逆に蹴り返して別のパネルへ。

 

 すると、パネルに当たったボールは再びあたしに戻ってきて、再び蹴る。

 これを繰り返した。

 ふっ、いい運動だ。

 

 

 ストラックアウトの次は、バッティングだ。

 

「ふむ。球は遅いな」

 

 正直、160キロとか、止まって見えるぞ? いや、あたしの場合、マジで雷とか止まって見えるし。

 

 それほどの動体視力を持つあたしだ。今更、こんなんでミスるわけがない。

 

 余裕だ。

 

 まあ、面白いんで、コントロール技術を身に付けるとしよう。

 

 バットなどいらん。

 脚で十分だ。

 

 蹴りは、いかに手のように動かせるかが肝だ。なにせ、足は腕の三倍の力があるが、腕とは違って細かく動かすのが難しい。

 

 ならばどうするか。んなもん決まってる。細かく動かせるように、修行すればいいだけだ。イオにはそうさせたしな。

 

 おかげで、あいつも蹴りは得意になっている。

 まあ、このあたしが教えているんだ、当然だな。

 

「さて、スタートだ」

 

 奥の人影らしきものを象った光が、投げるフォームを取り、同時にボールが射出。正直、遅い。遅すぎる。

 

 あたしだったら、最低でも十倍で投げるぞ?

 

 まあ、こっちの世界の人間にはそこまですることは不可能みたいだしな。別にいいんだが。

 

 横にまで来たボールをつま先で上手く蹴る。

 

 そして……バゴンッ! という音を立てて、ホームランの的にめり込んだ。

 

 しまった。やりすぎたか。

 

 てか、マジで脆すぎるんだが。何してるんだ、この店は。

 

 今の、全然力を入れてないぞ? なのに、めり込むとか……さては、ちゃんと仕事してないな?

 まあいい。

 今度は、そうだな……あのめり込んだ球を的にするか。

 

「よーし、来いよ!」

 

 この後、ボールが団子状にめり込んだ。

 

 

 次はローラースケート。

 

 正直、あたしには『滑走』というスキルがあるから、シューズなんて履かずとも、好きな場所で滑れる。なので、いらん。

 

 そんなあたしだが、今はと言えば……

 

「ふぅむ、障害物が欲しいものだな」

 

 壁を、走っていた。

 

 は? どういうことかわからない? 決まってるだろ。普通に、フィールドの壁を滑っているんだよ。能力もスキルも、何一つ使ってない、純粋な技術でな!

 

 イオでもできるぞ、こんなこと。

 

『な、なんだあの長身美女……』

『やべえ、壁を滑ってやがる!』

『てか、どうやってやってんだよあれ!』

『か、カッケェ!』

 

 ふっ、どうやらあたしのかっこよさがわかる奴がいるみたいだな。

 

 ……なんて言うが、こんなんでかっこいいと思うとは、やはり、レベルが低いようだな、身体能力の。

 

 この後、色々と技を披露したら、なぜか拍手喝采が起きた。

 

 

 次、射撃。

 まあ、簡単だよな。ちょっと撃って、最高得点叩きだしたくらいだ。

 特になし。

 

 

 次、ゲーム。

 

 個人的には、戦闘機のゲームが好きだったな。

 

 自機の動きに合わせて椅子が動くってのが、なかなかに面白かった。

 ちなみに、ノーダメージでクリアしてやったら、見ていたやつらにすげえ驚かれた。

 

 他には、ホラーゲームをやったな。あれ好きだったわ、ピラミッドのあれ。

 

 なんで、硬そうなピラミッド部分に銃弾を当てて倒せるのかわからん。明らかに、無理があるだろ、とか思ったものだ。

 

 あたしだったら、拳でピラミッドごと顔面を粉砕するところだ。

 

 あとは、あれだな。背筋力を測るゲーム。

 

 結果はもちろん……破壊だった。

 

 いや、まあ……ちょっと持ち上げるつもりだったんだ。ほら、物持って、ちょいと立とうかな、とか思って立ったら、意外と軽くてびっくり、みたいな?

 

 ……マジで申し訳ない。

 

 修理費を置いておいた。

 

 

 最後は、普通のゲーセンだ。

 

 まあ、やったのは主にクレーンゲームだがな。

 

 イオが可愛いもの好きということがわかったんで、あいつの土産に、何か獲って行こうかと。

 

 そんで、色々とやったら……ぬいぐるみが大量に獲れちまった。

 

 犬、猫、黄色い熊、なんか、ハハッ! とか言うネズミ、兎、アライグマ、フェニックス、なんか、やけに可愛い女がプリントされたクッション、その他もろもろ。

 

 いや、本当に獲ったわ。

 

 ああ、あとはヘッドホンとかも獲ったな。

 菓子も乱獲しまくったし。

 

 いやぁ、マジでいい収穫。

 

 菓子類は非常食にもなるしな! まあ、バランスはよくないんで、基本お勧めできないが、まあ、いいだろう。あたしが食べるだけだし。

 

 ぬいぐるみやらなんやらは、イオの部屋に置いておくとしよう。

 

 

 一日中遊んだら、なんかイライラが解消された。

 

 ぬいぐるみなどの戦利品を『アイテムボックス』に仕舞い、いざ帰ろうと思った矢先、

 

『〇Σ%#&β』

 

 ブライズがいたので、

 

「浄化」

『―――――ッッッ!』

 

 消し飛ばした。

 

 奴らに遠慮などいらん。どうせ、誰かに取り憑いて、ちょっと面倒になるだけだしな。

 

 これあれだな、日本にもそこそこいるんじゃね?

 ……そのうち探して、ぶっ飛ばすか。そうしよう。

 

 そんなわけで、あたしのだらだらーっとした一日は、うっすーいブライズ退治で幕を閉じた。




 どうも、九十九一です。
 なんか、変な回になった。というか、薄い。これ書いてる時、相当眠かったんですよね……おかげで、テンションがおかしい……。
 まあ、あれです。変に考察してばっかで、情報が多すぎたので、休憩的な意味での回です、これ。と言っても、私自身も色々と考えながら書いてたので、疲れたから、私の休憩も兼ねてますけどね!
 一応、二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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299件目 ミオの新年

 新年になった。

 

 一月一日は元日とか言うらしく、なんか、おせち食ったり、雑煮食ったりするらしい。あと、なんか初詣とかにも行くらしい。

 

 イオは今日、ミカたちと初詣に言った後、エイコが創ったゲームをやるとか。

 

 あたしは別にどうでもいい。

 

 ゲームに興味がないわけじゃないが、面倒だ。

 

 イオが帰って来た後に行くとするかね、あたしも何かお参りしておくべきだろう。

 

 ……だがなぁ、正直行きたいかと言えば、別にって感じなんだよな……。

 だって、あの本に書かれていたことが事実なら、この世界を管理しているのって、あれだろ? あたしがマジでイラッとしたあいつだろ?

 

 普通に考えて、邪神が出現した後、

 

『やっちゃったぜ☆』

 

 だぞ? 弁明もなしとか、マジふざけんな! とか思って、一発顔面殴ったよ。

 

 というか、神って普通に人間でも倒せる相手ってのが面白いよなぁ。

 

 邪神も、堕ちたとはいえ、神だしな。しかも、通常より強くなるから、厄介だったし。正直言って、普通の神だったら、イオでも倒せるな。まあ、もうちょい鍛えないといけないが。

 

 まあ、やらんけどな。神なんて倒しても、いいことはない。

 世界がちょっと崩壊しかけるだけだ。なら、意味がないというものだ。

 

 しかしまあ、一応行くか、お参り。面倒だが。

 

 

 さて、軽く着替えて外へ。

 

 さすがに、普段の服装だと変に注目を集める。あたしは気にしないんだが、イオが、

 

『ちょっとは気にしてください!』

 

 とか言われたんで、仕方なくやめた。

 

 ほかならないイオの頼みなら、仕方ないんだがな。正直、こっちの世界であいつの言うことを聞かないと、色々とまずいし。

 

 酒を禁止されるのはちょっとな……。

 

 そんなわけで、Yシャツにジーンズ、コートを着て終了。まあ、悪くないけどな、これ。

 

 適当に近くの神社へ。

 

 たしか『美天神宮』だったか? どうやら、幸運と恋愛にまつわる神がいるらしいんだが……どうなんかね?

 

 日本には、八百万の神という考え方があるらしいが、そんなに神っているのか? と疑問に思ったものだ。

 

 いや、世界の数だけ神がいると思った方がいいんだろうがな。

 

 にしても、すげえ視線が来るな。

 

 そんなにあたしって目立つか? たしかに、それなりには容姿が整っていると自負してはいるが、イオには劣るぞ?

 

 ただまあ、やっぱ視線が来るってのは、マジでムカつくな。

 

 不躾というか、なんというか……こいつらには、礼儀ってものがないんかね? いや、あたしが言えたもんじゃないが。

 

 一人並び、順番を待つと、ようやくあたしの番が回って来た。

 

 願い事か……。

 

 そうだな。あれにしよう。

 

(今年じゃなくてもいい。いつか、ミリエリアの転生体に会えますように。そして、なんかこう、適当に過ごせて、イオの謎がそこそこ解明されますように)

 

 これだな。

 

 まあ、ミリエリアは出来たら、という考えなんで、別にいいんだが。自力で探したい。

 

 本命はイオの方だ。

 

 あいつって謎だし。謎の塊だし。だからこそ、魅力的、などと言う奴がいるが、あいつの場合、謎のレベルが異常だ。

 

 少しずつ解明していきたいところだが、そう簡単には行かないだろうな。

 

 別に、最悪謎がハッキリしなくてもいいがな。あいつがあたしの大切な愛弟子であることに変わりはないわけだしな。

 

 あぁ、そういやあいつの『アイテムボックス』も変だったな。

 

 まさか、中に入れるとは思わなかった。

 しかも、妙に白かったし。

 

 遠くに何か見えたような気がしたが、気のせいだろう。

 

 だが、魔力さえあれば飲み食いし放題という、夢のような物だから、さすがに羨ましかった。

 あたしですら、あんなに素晴らしいものは持っていないというのに。

 

 というかだな、ますます謎が深まったぞ?

 

 一応、『アイテムボックス』は魔法であり、スキルだ。

 

 まあ、そいつ個人の固有魔法と言ってもいいかもしれん。

 

 人により、収納量や効果は若干違ってくるしな。

 

 例えば……あたしなら、ナイフ換算二十億本は軽く見積もっても入るだろう。

 

 だが、イオのあの『アイテムボックス』は確実にそれ以上だったように思える。あれに関しては、あたしを超えているな。なんか、釈然としないが。

 

 そもそも、限界はなさそうだったしな。

 

 実際『アイテムボックス』ってのは、使用者の素質によって収納量に、収納レベルが違う。

 収納レベルってのはあれだ、一度に入れられるものの大きさの事を指す。

 

 あたしなら……まあ、家は入るな。うん。

 イオなら……ビルくらいなら入るか?

 それに、中に家があるしな。めちゃ住みやすい家。

 

 最悪の場合、世界が崩壊するなんて事態が発生しても、あそこに避難すれば入った奴は助かるだろうな。イオが閉じれば、その空間はそこになく、別の次元に存在するわけだし。

 

 この辺りは、『アイテムボックス』共通の原理だがな。

 

 まあ、入るなんて馬鹿なことができるのは、後にも先にもイオだけだろう。

 

 なんだよ、『アイテムボックス』に入れるとか。馬鹿にしてるのか?

 

 世の中には『空間生成』とかいう、頭のイカレた魔法があるが、あれはよくて数人しか避難できない上に、空間は別次元に行くわけじゃないしな。

 

 だから、イオのあれはハッキリ言って反則だ。

 

 あそこに逃げれば絶対に攻撃を受けない。

 

 とはいえ、この世に完璧とか絶対とかみたいな状況はない。

 

 だから多分、何らかの抜け道はありそうだな。それこそ、次元を超えて攻撃する何か、とかな。あたしはまだ持っていないな、そう言った攻撃方法は。

 その内探しておきたいところだ。

 万が一、別次元に逃げ込む敵が出てきたら、手出しができなくなるからな。

 頑張ってみるとしよう。あたしの固有技能をもってすれば、不可能ではないはずだ。多分、きっと、おそらく。

 

「さて、帰る――」

 

 帰ろうと思った時だった。

 

『ガァァァァァァァッッッ!!』

 

 獣みたいな雄叫びが聞こえた。

 

 

 一体何だと思って声の方へ行ったら、いたわ。ブライズに取り憑かれた男が。

 

 しかも、なんだ? 今までの奴らとはまったく違うぞ? 殺気バリバリだし、明らかにステータスは400以上。

 

 どう考えても、こっちの人間に止められる奴じゃないだろ。

 

 てか、神社で暴れるとかマジか。

 

 こっちの世界、意図してか知らんが、神社には聖属性の魔力がそれなりに漂っていた。

 

 おかげで、悪霊やらブライズやらがいなかったんだが……まさか、それを超えて、取り憑くとは思わなかった。

 

「チッ、仕方ない」

 

 突然の出来事で逃げ惑う一般人の奴らとは反対方向――すなわち、暴れている男に向かって突っ込む。

 

「らぁっ!」

『ウグゥッ!?』

 

 ある程度手加減した蹴りを、男の腹部に思いっきり叩き込むと、敷地内の雑木林に突っ込んでいった。

 

 いくつかの木をなぎ倒しながら吹っ飛んだが、まあブライズが取り憑いてるから問題ないだろ、頑丈さについては。

 

 てか、マジで頑丈だしな、あいつら取り憑くと。身体能力が底上げされるし。

 

『グゥゥゥゥゥッッッ!』

「なんだ? ブライズが強すぎて、言葉が喋れなくなってるみたいじゃないか」

 

 まあ、言葉を話すブライズなんて、イオが倒したって言うあれくらいみたいだし、本来なら喋らない方が普通だと思うんだがな。

 

『ガァァァァ!』

「おっと」

 

 いけないいけない。つい、無駄なことを話しちまった。

 突然突っ込んできたぞ、こいつ。

 

 ステータス400以上ってことは、向こうの世界で言えば……まあ、ヴェルガ以下、と言ったところかね?

 

 あくまでも、ステータス自体がそうであって、ド素人と本職じゃ話は違う。

 

 あの本には、ステータスはあくまでも、基本的な数値を映し出していると書かれていた。状況次第で増減するとも。

 

 それはつまり、感情次第でも変化する可能性がある。

 

 怒り狂った奴ほど、身体能力がそれなりに向上していた気がするしな。

 

 それに、能力やスキル次第でも変化するんだ。あたしははなから、ステータスなんざ信用しちゃいなかった。あくまでも、基本的な情報しかなかったしな。

 

 参考程度に見ていたさ。

 だからまあ、事実を知って、かなり驚いたわけだが。

 

『ガァッ! ウゥッ!』

「よっ、ほっ、と。どうしたどうした、攻撃がワンパターン過ぎてつまらんぞ」

 

 がむしゃらに殴る蹴るを繰り返してくる男は、ブライズの影響なのか、宿主の経験不足なのかはわからないが、どうにも攻撃が一定だった。

 

 まあ、こっちの世界じゃ戦闘なんて身近じゃないしな。そんなもん、武術をやっているか、戦争をやっているか、それか殺し屋をやっているかじゃない限り、弱いに決まっている。

 

 あたしからすれば、弱い奴らしかいない。

 

 だからこそ、それ以外が発達し、便利になったんだろうがな、この世界は。

 

 言わば、頭脳派な世界。

 大して、あたしの住んでいた世界は、頭脳派ではなく、まあ、脳筋というやつだろうな

 

 力で解決できるような事柄が多いしな、あっち。

 

 なんだかんだで物を言うのは、力だった世界だ。力がなければ生き残れないし、誰も守れない。それどころか、あたしは守れなかった奴ばかりだ。

 

『ウグルァッ!』

「うるせぇ!」

 

 うっとおしかったんで、聖属性を纏った腕で、裏拳を叩き込んだ。

 

『ンゴフゥッ!?』

 

 ドゴンッ! とか、メキメキッ! とか、そんな音がしたが知らん!

 

 こっちが色々考えてる時に、『ガァ』だの、『グゥ』だのうるっせぇんだよ。

 そもそも、ブライズがマジでしつこいんだよ!

 

 何だこいつら! 世界中の至る所に出現しやがって……!

 

 あたしが何をしたって言うんだこの野郎。

 

 てか、なんでこの世界に出現したんだよ、こいつら。

 

 別にこの世界じゃなくてもよくね!? 世界は無数にあるんだろ!? だったら、この世界に来るんじゃねえよ!

 

 で、あたしの攻撃は効いたのか?

 

『い、いってぇ……な、なんだ? やけに体のあちこちがいてぇ……』

 

 お、どうやら戻ったらしい。

 

 安心安心。

 

 ……じゃねえんだよなぁ……。

 

 これはあれだ。

 

 ブライズの発生源をあたしは調べないといかん。というか、調べないとどうしようもないし、なんの解決にもならん。

 

 ならば、解決策を探るべく、あたしはブライズが発生した原因を探らないと、おちおち酒も飲めねぇし、おちおち学園で教師もできねぇ。

 

 イライラすんだよ。

 

 だから、ぶっ飛ばすぞ、全部。

 ここはあれだ。エイコに頼む。

 よし、なら即断即決乗り込む。

 

「もしもし、エイコか? 今からそっち行く」

『え、い、今から、ってどういう――』

 

 どういうこと、と訊かれる前に、あたしは『空間転移』を使用して、エイコのいる場所に転移した。

 

「こういうことだ」

「え!? い、いつ見ても、ほんっとうに心臓に悪いから、やめてほしいわ……」

「いや、すまない。ちょいと、こっちでもやりたいことができたんでな」

 

 何せ、なるべく早急に済ませたい用事だしな。

 

「やりたいこと?」

「ああ。エイコ、頼みがある。ブライズってのがいるって、ちょっと前に話したろ?」

「ええ。たしか、体育祭の時、ミオが倒して回ってた靄でしょ? 佐々木君にも取り憑いていたあれ」

「ああ。それだ」

「それで、それがどうしたの?」

「そいつらがいる世界を突き止めてほしい」

「つ、突き止めてって……理由は?」

「あたしがムカついたから。あと、あいつらしつこい。腹立つ。ウザい。まあ、そんな理由だ」

 

 いちいち、あいつらのせいで駆り出されるのはマジで勘弁してほしい。

 

 いや、駆り出されるってか、あたしが自分から解決に乗り出そうとしてるんだが。

 

 だが、あいつらは許さん。世界中どこにでも現れやがって……マジで面倒くさいんだよ。『空間転移』もタダじゃないんだよ。

 

 あれ、マジで疲れるんだからな?

 

 失敗しようものなら、一瞬で壁の中だぞ?

 やってられるか!

 

「お、OK。とりあえず、頑張って調べて見るわ。ゲームの運営もあるけど、ほかならないミオの頼みだし。それに、異世界って考えてるんでしょ?」

「まあな。あいつらはおそらく、神不在の世界から来たそこの住人だと思ってる」

「か、神?」

「ああ。神」

「え、神っているの?」

「いるぞ? クッソムカつく奴らだがな」

「あ、あぁそう……。まあいいわ。とりあえず、職員に探らせるわ。特徴を教えてほしい」

「ああ、一応データは採ってある。ほれ、ついでにあたしが行った国の空間歪曲のデータだ。これでいいだろ?」

「ありがとう。これで、研究が捗るわ! じゃ、ついでにブライズのデータも送信しておくわね」

 

 こいつの研究好きは、正直異常だろ。なんか、恋人いないみたいだし。作った方がいいんじゃね? こいつは。

 

「頼む。できれば、早急にお願いするよ。一応、一般人にも被害が出るんでな」

「了解よ」

「じゃ、あたしは帰るよ。これでも、色々とやることはあるんでね」

「ええ、それじゃあね」

「ああ」

 

 用事が終わったんで、家に直接転移した。




 どうも、九十九一です。
 ミオ視点、書くのは楽しいんだけど、結構頭が疲れる……。依桜とは違って、日常系じゃなくて、ファンタジー要素強いし、しかも、作品の情報の設定も創らなくちゃいけないとか……ほんとに辛い。というか、今まで以上に疲れる章なんじゃ? って思ってます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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300件目 イオからの情報

 とりあえず、こっちで頼むことは終わった。

 

 やることはない。

 

 てか、だるい。海外行くのって、マジでだるい。

 

 正直、不法入国しまくってっけど、バレてないし、飛行機で行くのもめんどくさいんだよな。

 ハイジャックされるし、そもそも墜落しないとも限らん。

 

 そうなったら、色々と面倒だしな。周囲の人間を助けるのは。

 

 いや、決して助けないわけじゃなくて、単純に手間がかかるから嫌なんだ。

 

 そう言ったあれこれに遭遇しやすくなる幸運値。こいつが原因だ。

 

 というかだな、この世界の人間の幸運値は、国によって違うし。

 

 日本人は、平均150ってところだな。美男美女であり、性格がいい奴は、割と高い数値を出しているな。まあ、それでも200程度ってところだが。

 

 だが、ミカたちは意外と高かった。あいつら、軒並み250以上なんだぞ? 特に、メイはやばかったな。ありゃバケモンだ。なんだよ、555って。

 

 すっげえ珍しいんだがな、ゾロ目ってのは。

 

 あたしより低いが、それでも111しか差はない。

 

 意外とこの世界、そう言う奴が多いのか? なんて思っちまったが、一般人はそうでもなかったしな。

 

 そういや、アフリカ方面に行った時とか、なんだったか……あー、貧しい国に立ち寄ったんだが、あれは見てられなかったんで、ちょっと手助けしたんだよなぁ……。

 

 汚い水を必死に汲む姿はさすがにな……。だから、ちょっと手を加えて、地面から水が湧き出るようにしてやったっけな。

 

 それも、日本と同レベルの水質の何かだ。浄化もしたし、ついでに水道も作った。

 

 あとは、あれだ。食糧問題を解決するために、土壌を軽く改善して、ついでに作物の種を渡した。

 

 だがまあ、その程度しかあたしにはできなかったな。

 ついでに、そこそこの金は渡したが……。

 

 私腹を肥やしてなきゃいいな。

 

 てか、こっちの世界は、あれだな。格差ってのが激しい。

 

 日本やアメリカのようにかなり発展してる国もあれば、アフリカ方面のように、いきるので精一杯なんて国もあった。

 

 面白そうな世界、なんて思ってはいたが、そこを考えれば、そうでもないな。

 

 しかも、こっちは詐欺が多いんだっけか?

 

 それも、老人を狙ったクソみてぇな奴らが。

 どこの世界にも、クソみたいな奴がいるってわけだよなぁ。

 

「しかし、あれだな。マジで暇」

 

 いや、向こうの世界に比べれば、こっちの世界は全然いいんだ。なにせ、娯楽物が多いしな! 向こうなんて、娯楽がひっどいし。

 

 なんと言っても、あるのはつまらん劇に、闘技場。それだけ。

 

 楽しいことなんざ、本当になかった。

 

 まあ、そんな余裕がなかったから尚更だな。

 

 向こうなんて、死の危険が多くあったしな、そこら中に。

 

 あたしはまあ……家での~んびり暮らしてたし、これと言って問題もなかった。襲ってこようが、普通に返り討ちにしてたしな。

 

 そもそもの話、あたしの家にたどり着いた奴なんて、いなかったがな。

 

 ここはあれか。やっぱり、本を読むか? それとも、『鑑定(覇)』を鍛えるか?

 

 でもなぁ、あれの上って何よ? 覇の次は、神ってか? そしたらなんか、『鑑定』じゃなくて、『神眼』とかになりそうだな。

 

 実際、そんな能力かスキルがあるとは聞いたことがないが……あ、いや、そういやミリエリアがその辺のもん持ってたような……。

 

 まあ、あいつは神だったしな。別に、そう言った能力やスキルを持っていても不思議じゃない。

 

 さて、エイコはどれくらいで仕上げてくれるかね?

 

 異世界研究のノウハウ自体はかなりあるから、三月までにはどうにかする、とかあの後メールで言われたからな。

 

 できれば、この件はさっさと片付けたいところだ。

 

 じゃなきゃ、うちの学園のガキどもにも被害が出ちまう。体育祭で出ちゃってるがな。

 

 ブライズは野放しにしておいたら、それこそ大問題になっちまう存在なんで、早いとこ、どうにかしないとな。

 

「さて……なんか疲れたな。晩飯まで寝てるか……」

 

 なんだかんだで、ブライズの相手は疲れるのだ。

 

 

 一月三日の夜。

 

 相変わらず、イオはゲーム。

 

 いや、別に寂しくないし? あいつの自由を、あたしが束縛するわけないし? 嫉妬とかしないし?

 

 って、あたしは一体誰に言い訳してるんだか。

 

 今日も今日とて、ブライズ退治をしてきて、家に帰り、晩飯を食べる。

 

 その後は、『鑑定(覇)』の強化。

 

 あれさえ強化できれば、色々見れそうなんでな。

 

 ……ま、まあ、最近は考察やら、出かけることが多いせいで、若干部屋が散らかっちまってるが……。

 

 イオに見られたら、大目玉だな。

 

 だが、あいつは今、ゲーム中だ。何の問題もないな!

 

 そんじゃまあ、海外回って手に入れて来た、美味い酒を――

 

 コンコン

 

『師匠、起きてますか?』

 

 な、なにぃ!? い、イオだと!?

 

 くっ、なんてこった!

 

 あたし、何もしてねぇよ! というか、マジでやべぇよ!

 

 バレたらまずい……!

 

 よ、よし! クローゼットだ! クローゼットに全部押し込め!

 

 超高速で散らかっていた服やら道具やらをクローゼットに押し込める。

 よし、準備完了。

 

「どうした?」

 

 中が見られないよう、ドアから顔だけ覗かせる。

 うむ。やはり、イオは可愛い。

 

「あ、えと、ちょっと気になることがあって、師匠に訊きに来たんですけど……今って大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。まあ、入れ」

 

 個人的には、まったく大丈夫じゃないがな! 主にクローゼットが。

 

 てか、今思えば、『アイテムボックス』に入れればよかったんじゃね?

 

 ……や、やらかした! くそぅ、イオの罠か!

 

「はい。……あれ? 師匠、随分部屋が綺麗ですね」

「今のあたしは、居候だからな。さすがに、愛弟子の汚すほど、あたしの心は汚れてない」

 

 すまない。さっきまで超散らかってた。というか、クローゼットは汚い。

 

「そうですか。でも、意外です」

「……まあいいだろ。ほれ、とりあえず座って話そうか」

 

 意外とはなんだ、意外とは。てか、本当に意外そうな顔してんじゃねえよ。間違ってないけど。

 

 まあ、立ちっぱなしもあれなんで、座布団に座るよう指示。

 

 よいしょと言いながら、正座するイオ。

 こいつのパジャマって、なんかエロくね?

 

 ネグリジェって奴か? エロいなー……。

 

「んで? 訊きたいこと、ってのは何だ?」

 

 顔に出さないあたし、さすがだ。

 

「あ、はい。えっと、向こうの世界のことなんですけど……えっと、ボクが出会った女神様って、師匠が知っている神様だったりするんですか?」

「あー、どうだったか……たしか、違ったはずだぞ」

 

 だって、あたしが知ってるのって、ミリエリアだし。

 

「ほんとですか?」

「ああ。たしか、今あの世界を管理している神ってのは、二代目だったな」

 

 名前、なんつったっけ? 忘れたな。ウザかったし。

 

「二代目? えと、前の神様って?」

「……死んだよ」

「え……」

「死んだ。まあ、色々あってな」

 

 ミリエリアの奴、ある一件で死んじまったからな……目の前で消えるんだぞ? 神って、死ぬときは消えるんだなって、初めて知った。

 

 光の粒子になって天に昇って行ったし。

 

「ど、どうして?」

「……さあな。あたしも、あれがいつのことだか覚えていない。つか、100年から先の人生、ほとんど覚えて無くてな。あたしですら、何百年生きているのかわからん」

「でも、前に百年以上って……」

「二百年生きようが、五百年生きようが、百年以上と言えば、百年以上だろ?」

 

 あたしが百年て言えば百年だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ!

 

「そ、そうですけど……」

「……ま、色々あったんだ。あいつは、あたしの唯一無二の親友だった」

「師匠、神様と親友だったんですか?」

「ああ。どういうわけか、仲良くなってな。本当にお人好しで、人が好きで、謙虚で、そのくせ、誰かのためにはいつだって真っ直ぐだったぞ。そうだな……ちょうど、お前みたいにな」

 

 ああ、そうだ。こいつ、あいつに似ていたのか。

 

 まあ、微妙に……というか、結構違う気がするがな。だってこいつ、元男だし。

 何らかのかかわりがある可能性があるのは、否定しないがな。

 

「ボクですか? あはは、何言ってるんですか。ボクは人間ですよ? 女神様みたい、って言うのはちょっと言いすぎですよ」

「……人間じゃない可能性があるんだがな」

 

 少なくとも、以前鑑定した時に、種族と固有技能は不明だった。

 そろそろ見てもいい頃かもしれんが、今はまだ、鍛えるべきだな。

 

「え? 師匠、何か言いました?」

「いや、何でもない」

「そうですか?」

「んで? 訊きたいこと、ってのは前の管理者の女神か?」

「あ、いえ。ちょっと、向こうの世界を模したゲームが三日前に出たんです」

「ほう。あの世界をねぇ?」

 

 なんと言うか、エイコらしいな。

 

 ゲームってのは、作るのが相当大変らしいが……さては、面倒くさかったから、向こうの世界を土台にしたんじゃねえだろうな。

 

「それで、女神の布、なんていうアイテムが出てきて、何でも、『かつて、この世界を愛し、管理していた女神の力が宿っているとされる布』なんて説明があったんです」

「そんなアイテムが……」

「それで、どうにも、懐かしい感じがするというか、ちょっと手に馴染むというか、そんな感じがしているんですよ」

「……それ、ほんとか?」

 

 あたしは、イオの発言を聞いて、思わず聞き返していた。

 

「は、はい。えっと、何か……?」

「……ふむ。ちょっと気がかりだが……まあ、気のせいだ。気にするな」

 

 懐かしい、手に馴染む、か。

 これはやっぱ、ミリエリアに関わる何かが、こいつにはあるんだろうなぁ。

 微量の神気は、異世界渡りで染みついたものかもしれんが。

 

「は、はぁ……」

「あ、そう言えば師匠。たまに、いろんなところに行っているみたいですけど、何をしてるんですか?」

「ん、あー、そりゃお前、ブライズだよ、ブライズ」

「ブライズ、って、体育祭の時に出現した、あの黒い靄ですか?」

 

 お、ちゃんと覚えたのか。偉いな、我が弟子。

 

「ああ。そのブライズだ。あたしは、エイコの頼みで、この世界を飛び回っていてな。異世界人がいないか、と言うことを調査して回っている。そして、ブライズもついでにな」

 

 まあ、それ以外にも、色々と情報を探るべく動いているがな。

 あの本とか。

 

「つ、ついでって……あれ、ついでで済ませていいような存在じゃないと思うんですけど」

「別に、ついででもいいんだよ。この世界の人間に憑りついたところで、普段よりもちょっと強くなる程度だ。数人がかりで抑えりゃ、簡単に抑えられる。……もっとも、あれを消すのは、聖属性の何かじゃないと、無理だがな」

 

 間違いじゃない。

 

 イオが心配した表情を浮かべるが、まあ、こいつに限って言えば、そこまで黒い感情はないだろう。純粋だしな。

 

「そ、そうなんですか」

「そういや、この世界には、陰陽師とか、エクソシストなるものがいるんだったよな?」

「エクソシストはともかく、陰陽師は今いるかは……」

「まあ、いるいないはともかく、聖水だとか、お札とかがあって、それを扱える奴がいるんだとすれば、ブライズは簡単に払えるよ。少なくとも、この世界の奴でも、ある程度抵抗できるレベルでな」

 

 似たような奴ならいたし、まあ、対処できるだろう。多分。

 最悪、あたしが出りゃいいしな。

 

「……じゃあ、師匠はいると思うんですか?」

「そりゃお前、あたしらみたいな奴がいるんなら、いても不思議じゃない。世の中、自分の目で見えている者だけが真実、ってわけじゃないからな。ひょっとすると、秘匿にしているだけで、本当はいるかもしれないぞ」

 

 意外と近くに。

 

 向こうの世界なんて、こっちから見れば不思議で満ちているが、こっちも割と不思議で満ちてるしな。いても不思議じゃない。

 

 てか、実際この世界にも魔力はあるんでな。

 

 創ったの、神だし。ミリエリアだし。

 

「た、たしかに……。えっと、それで、ブライズの方は?」

「ああ、見つけ次第消している。あたしの『気配感知』を最大に使えば、世界中をくまなく探すことができるからな。それで、探している。ちなみにだが、今は消して回っているおかげで、徐々に減ってきているぞ……って、どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

 なぜかポカーンとした顔をしているイオ。

 ん? 今、どこに驚く要素があったんだ?

 

「せ、世界中? 『気配感知』を?」

「ああ。これくらい、あたしなら朝飯前だ。お前もいずれ、その境地にたどり着けると思うぞ」

「い、いやいやいやいや! いいですよ、そんなことができるようにならなくても!」

「まあ、できるっつっても、短い間だけだぞ?」

「あ、そうなんですね」

「できても、二十時間程度だろう」

 

 あたしも、修行不足だな、ほんと。

 もっと鍛えりゃ、一週間は出来そうなんだがなぁ……。

 あり得ない、みたいな顔してるな。

 

「そこはほら、あたしだしな。世界最強と言われた伝説の暗殺者は、強いってことだ」

「……それは、身に染みてわかってますよ」

 

 わかってるならよし。

 わかってなかったら、軽くぶっ飛ばしてるところだ。

 

「しかしまあ、ゲームの舞台にねぇ……。エイコも、なかなかにおかしなことをするものだな」

 

 まあ、異世界研究なんて言う、頭のおかしいことをしているらしいしな。転移技術を創ったのも、あいつみたいだし。

 

「それで? 訊きたいこと、ってのはさっきので終わりか?」

「あ、はい。一応あれだけです」

「そうか。……さて、もう夜も遅い、お前はさっさと寝な」

「そうですね。それじゃあ、ボクは寝ますね、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 最後に軽く笑ってから、イオが出ていき……

 

「師匠、部屋、ちゃんと綺麗にしてくださいね(にこ)?」

「ぜ、善処する」

 

 ば、バレてーら……。

 

 うちの愛弟子さんは、ことあたしの生活レベルになると鋭くなるぞ……。




 どうも、九十九一です。
 この回は何と言うか……183件目のミオ視点ですね。まあ、あった方がいいかなと。あってもなくても、そこまで問題なかったようにも思いますが……。
 というかこれ、会話は同じだから、モノローグだけしかほとんど変えてないんですよね……なんか、申し訳ないような……。
 ちなみに、本編ではこの回が正式な300話目になりますね。
 今日も二話投稿の予定ですがまあ、いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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301件目 ミオのスキー教室 上

 冬休みが終わり、学園が再開。

 

 それと同時に、スキー教室なるものに行くらしい。

 

 あたしも教員な上に、イオたちのクラスの副担任なんで、あたしも同行することになっている。まあ、クルミもいるしな。

 

 イオたちと放課後買い出しに行ったりもした。

 

 その際に、イオのでかい胸がまだ成長していることを聞いた。

 

 あいつ、どこまで成長するんだ?

 むしろ、背じゃなくて、胸が成長するとか、マジで不憫なんだが。あいつ、前からずっと身長欲しがってたしな。

 

 まあ、男で、160に到達してないとか、マジできついもんな。精神的に。

 

 あたしは女だし、その辺りはどうでもいいんだが……こう見えて、170はあるからな。

 

 普段からイオに、

 

『師匠、どうしたら、そんな風に背が高くなるんですか……?』

 

 なんて、切実な感じで言われてたよ。

 

 でもさ、あいつってマジで女らしかったから、身長が高いのは似合わなかったんだよなぁ……。だって、エプロンが似合う男だぞ? 家事万能だったし。

 

 そんな姿だからよかったわけであって、背が高くなったらちょっとがっかりするわ。

 

 必要な物を買った後は、昼飯。

 

 今回はあたしが奢ってやった。

 

 イオがなんか馬鹿にするようなことを言ってきたのが、ちょいとイラッと来たが、まあ、黙らせてやった。

 

 まあ、どのみちそれなりの金があるしな。

 計画的には使っている。

 

 酒も買うが。

 

 

 準備が終われば、あとは当日を待つだけになり、あっさり当日になった。

 

 朝はイオと共に学園へ向かい、バスに乗って移動。

 

 なんでも、学園が所有する土地で行うらしい。

 

 向こうじゃ、あたしは結構な金持ちだが、エイコも異常だよな? これ。

 

 一体、どれだけの金を持っているんだか。

 

 バス内では、レクリエーションなるものをして盛り上がった。主に、イオが何かやってる時に。

 

 手品……に見せかけた『アイテムボックス』を用いて何かを出したり、イオが歌ったりな。あいつって、歌も上手いんだな。声綺麗だし。

 

 あいつの恵まれ度半端じゃなくね? いや、異世界に行って魔王討伐させられてる時点で、恵まれてるかどうかと訊かれれば……全然恵まれていないような気がするが。

 

 あいつが恵まれているのは、そういうのじゃなく、単純に人に、だろうな。

 

 見れば、あいつを慕う連中ってのは、どいつもこいつも、性格がいい奴らばかりだ。

 

 特に、ミカたちだな。あいつらは、イオとの付き合いが長く、女になって以降も態度を変えることなく接していると聞く。

 

 それに、両親も優しい。

 

 教師だって、クルミはマジでいい奴だ。

 あいつは、口調はやや粗いが、生徒想いのいい教師だ。

 

 その他にも、いい奴らは多い。クラスメートの奴らも、悪い感情を向けていない。それどころか、良い感情向けていた。まあ、恋愛感情を向けていた男どもは許さんが。

 

 商店街の奴らも、昔から通うイオを可愛がってると聞く。

 

 なんでも、色々なことをイオが手伝ってくれるんだとか。

 

 さすがだな、我が弟子。

 

 他は……まあ、エイコは色々とやらかしまくってはいるが、それでもしっかり生徒を想える奴だ。

 

 あたしの知る限り、イオに対し、悪い感情を向けている奴は皆無だ。

 

 そこはやはり、あいつの性格がそうさせているんだろう。

 

 あいつは、ちょっと優しさが異常だ。

 

 すげえよ。人を殺すことに特化した暗殺者に対する才能がとんでもなく高かったのに、決して殺人鬼のような存在にならず、それどころかどんな時でも人は殺さないよう動くんだ。あいつほど、芯が強い人間もそうはいないだろう。

 

 自責の念に苛まれているはずなのに、あいつはすごいな……。

 

 ただ、ちょっと押しに弱いところは、減点だがな。少しは抵抗するということを覚えてほしいものだ、あいつは。

 

 ……しかしまあ、嫌われないというのは、すごいことだ。

 

 いかに性格がよくても、誰かしらは嫌うと思うんだがね。

 

 そこはあれだろうな。イオ、すっげえ可愛いし。

 

 あの可愛さは反則だろ。いやマジで。

 

 あいつ、こっちの世界じゃ『白銀の女神』なんて呼ばれているが、実際女神にも引けを取らない容姿してるんだよなぁ。

 

 というか、下手な神より綺麗だぞ。あいつ。

 

 神に愛されてる、って奴かね?

 

 まあ、幸運値が7777って時点ですでに神に愛されている、とも言えよう。

 

 むしろ、その幸運値がなかったら、イオは生きて帰還することができなかったんじゃないだろうか。実際、重要なステータスみたいなもんだしな、あれ。

 

 高ければ高いほど、起こる確率が低い物を、引きやすくなるみたいなステータスだし。

 

 まあ、ある意味、不運に近いんだけどな。あいつの場合。

 

 今もバス内は、イオの一人ライブで大盛り上がり。

 

 あいつはちょっと恥ずかしそうにしているが、可愛い声で可愛い歌を歌ってる時点で、すげえと思う。

 

 もういっそ、職業を『暗殺者』から『アイドル』に変えた方がいいんじゃね?

 

 なんて、割と本気で思った。

 

 

 スキー教室とはなんだ、と思ったら、どうやら二本の細長い板に乗って、雪山を滑るスポーツだった。

 なんだ、『滑走』を能力もスキルもなしでやることを、スキーって言うのか。

 

 どうやら、スノーボードと呼ばれるものもあるみたいだが。

 

 イオたちの班は、スノボらしいな。

 

 ま、あたしは適当に参加するとしよう。

 

 

 旅館に到着後は、決められた部屋に荷物を置く。

 

 あたしら教師は、ガキどもがしっかり部屋へ行くのを見た後で、割り振られた部屋に移動する。

 と言っても、教員は人数が少ないんで、三人部屋だ。

 

 女性教員がそんなにいるわけじゃないしな。

 ちなみに、あたしはクルミとトウコの二人と同じ部屋だ。

 クルミはあいつらのクラスの担任で、トウコは社会の教員だ。主に、歴史を担当している。

 

 外見だけ見たら、あたしらは歳が近いということで、一緒になった。

 

 まあ、別段問題があるわけじゃないんで、いいがな。

 

 

 その後は、適当にスキーかスノボで雪山を滑る。

 

 インストラクターが付くみたいだが、まあ、イオに限って言えば、必要ないだろう。似たようなことはさせていたしな。

 

 この程度の雪山くらい、目を閉じてたって滑れるだろ。

 

 あたしなんて、余裕過ぎてちょっと遊んじまったよ。

 

 木を登ったり、途中滑っている奴らの頭上を飛んだり(安全に配慮している)、木に積もった雪で滑り、木から木へと飛び移っていたりな。

 

 この程度、朝飯前ってやつだ。

 

 それに、スキー教室で泊まる旅館ってのは、なかなかに料理が美味いと聞く。ならば、今のうちに動いて、腹を空かせて、万全の態勢で臨むのがいいというもの。

 

 まあ、その間に風呂らしいがな。

 

 露天風呂ねぇ……ふむ、楽しみだ。

 

 これで、酒も飲めれば、言うことなしなんだがな。

 あたしは、やろうと思えばアルコールを消すくらい、わけないしな。

 一応、エイコもいるみたいだし、ちょいと頼んでみるかね。

 

 

 とか思ってたら、エイコから連絡がきた。

 

 エイコからメールで、

 

『ちょっと今すぐ旅館に来て』

 

 と書かれていたんで、旅館へ戻る。

 

 どうせ、エイコの気配はもう記憶済みなんで、どこにいるかはまるわかりだ。

 

「呼んだか、エイコ」

「いらっしゃい、ミオ」

「んで? あたしに用ってのはなんだ?」

「いえね、とりあえず、ブライズのいる世界は一応見つけたわ」

「ほんとか?」

「ええ」

「仕事が早いな……三月までにどうにかする、とか言ってなかったか?」

「そうね。でも、あくまでも、見つけただけであって、今は転移装置の作成中よ。それを含めて、三月までって言ったの」

「なるほど、そういうことか」

 

 見つけるのわけない、ってことだな、エイコは。

 

 こいつもこいつで、異常な頭脳してないか?

 

 正直、時空間を司ってる神とか言われても、あたしは信じるぞ?

 

 まあ、こいつの種族は人間ってわかってるから、そんなことはあり得ないんだがな。

 

 ……固有技能はあったけど。

 

 その固有技能は、どうも頭脳に関わる何かだったんで、問題はなさそうだったけどな。というか、こっちの世界にもあるのな、やっぱ。

 

 持ってる奴は滅多にいないしな、あれ。

 イオは持ってるのは確実だと思うが。

 

「しかし、その世界はどうなってるんだ?」

「うーん、まだそこ専用の観測装置は創ってないから、まだ不明でね……。でも、これだけは言えるわ。少なくとも、人間が住めるような環境ではないわね」

「ほう、なぜそう言い切れる?」

「なんて言うのかしら……データを読み解いた限り、空間歪曲がかなり発生していてね。それが原因で環境は悪化。普通の人ならそこにいるだけで、四肢爆散。生きていられるのは、そこそこ強い人くらいでしょうね」

「なるほどな」

 

 これで、ブライズがどんな存在かが大体は確定したな。

 

 おそらく、神の手を離れた世界にいた生物……人間たちで間違いないだろう。

 

 まあ、だからと言って、本当にそうとは限らない。確定した、とは言うが、あくまでも、あたしの予想が確定したわけであって、現実がそうとは限らん。

 

 あとは、その世界へ行かなければならないな。

 

「で、作製状況はどうなってる?」

「そうね。基本的な転移理論は、依桜君のおかげでほぼ完成していると言っていいわ。それを用いて、観測装置を創り、座標、世界の位置、それらを探る。そして、人や物を転移するためのシステムを作って、それを組み込む装置を作成しなきゃいけない。今は、観測装置を創っているところよ。本当は、別の異世界の情報を入手できれば、もっと早かったんでしょうけど」

「仕方ないさ。通常、この世界から行ける世界は、イオが行った世界だけらしいしな」

「へぇ? ミオ、何かわかったの?」

 

 ま、エイコなら伝えても問題はないだろう。

 少なくとも、イオから異世界のあれこれは聞いているだろうしな。

 ステータスも含め、ある程度は伝えておこう。

 

「ああ。実はな――」

 

 あたしは軽く、例の本に書かれていた情報をエイコに伝えた。

 話し終えると、興味深そうな顔……というか、すっげえきらっきらした目をしていた。

 

「なるほどなるほど! 世界とは、そう言うものなのね! いやぁ、対の世界かぁ。神様がいるのは、ちょっと前にミオから聞いたけど、まさかまさか、一つの世界には必ず対となる世界があるなんてねぇ……! いいこと聞いたわ!」

 

 うっわ、テンションたけぇ。

 異世界のこととなると、途端に元気になる上に、かなりはしゃぐんだよな、こいつ。

 

「でも、そのミリエリア、という女神は気になるわね」

「そうか? あいつは、あたしの唯一の親友でな。生涯忘れることのない、いい神だったよ」

「へぇ、そうなの。ミオが言うってことは、よっぽどすごい神様だったのね」

「まあな。いつか、そいつの転生体を見つけるのが、今のあたしの目標でな」

「転生体かぁ。でも、死んだら死んだ世界にしか転生できないのよね?」

「まあな。だから多分、あいつは向こうの世界で、何かに転生して生きているはずさ」

「なるほどねぇ」

 

 問題は、何に転生したか、だが……。

 

 まあ、今はあいつとの生活が楽しいしな。

 

 そうだな……探すのは、あいつが逝ったらでいいだろう。最後まで、師匠としてあいつを見守るつもりだしな。あたしは。

 

「でも、この世界にも魔力ってあったのね。まあ、ミオや依桜君が普通に使っているから、あるのかな? とは思っていたけど」

「ああ。だが、こっちの世界は魔力があるってだけで、人間が魔力回路を生成するには至らない魔力量子化なくてな。魔法が使いたければ、妊娠してすぐ、向こうの世界で過ごさないといけないな。まあ、使えるのは子供だけだが」

「なるほど。しかしあれね、法の世界に魔の世界か。それぞれは、全く違うもので発展しているように見えて、根本的には同じなのかもね」

「ほう?」

 

 なかなかに面白いことを言うな。

 

「だって、魔の世界の人たちは、魔力というものを使って、魔法という形で自然現象を引き起こすでしょ? 逆に、法の世界の人たちは、科学というものを使って、疑似的に自然現象を発現させている。どういうものを使用して、自然現象を発現させるかの違いじゃない? 魔の世界は、魔力を使用した魔法を。法の世界は、魔法が使えないから、世界の法則、物理法則やらなんやらを用いて、科学を。ほら、実際にやっていることは違くても、最終的な結果そのものは同じ。まあ、一例を挙げるとすれば、焚火を起こす際に使用する方法ね。そっちは魔力を火に変化させて火種を作り、焚火を起こすけど、こっちでは摩擦や引火する液体や粉などを用いて火種を発生させる。ほら、同じ」

「なるほどな。面白い話だ」

 

 エイコの説明通りで、この世界と向こうの世界は成り立っているのかもな。

 

 向こうにも、燃える液体や粉はあるのかもしれないが、基本的にほとんどの奴は使わない。使うとすれば、魔力を火に変え、それで焚火をするか、火を発生させる魔道具を使用するかの二つだ。

 

 だが、それは魔力を使う必要がある。

 

 こっちは反対に、魔法が使えないから、自然界の法則を用いて焚火をしなければならない。

 

 どちらにも、長所に短所はあるな。

 

 火を起こすのは、確実に魔法が早いが、魔力切れになったら、即アウト。しかし、こっちの世界では、火を起こすのが遅くとも、魔力は必要なく、必要な道具さえあれば火は起こせる。

 

 ふむ。エイコに話して正解だったな。

 

「でも、あれねぇ。そんな話聞いちゃったら、依桜君が謎よねぇ」

「やっぱり、エイコも思うか?」

「ええ。私、魔法が使えた理由は、異世界に行ったからだと思っていたけど、それはあり得ないんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ、なんで依桜君は魔力回路を持っていたの?」

「さあな。考えられるパターンは三つ。一つは、単純に向こうの人間が、こっちの世界で死に、転生した姿。二つ目は、生まれた場所が、魔力回路が生成されるほどの魔力で満ちていたか。そして三つ目は……まあ、現実的に考えたら、ちょいとあり得ないが、たまたま魔力回路生成に必要な魔力が少なくて済んだ場合。この中で一番可能性が高いのは……まあ、二つ目ってところだろう」

「あらどうして? 私としては、一つ目を推してるんだけど? 一応、向こうにも異世界転移に関わる魔法はあったんでしょ?」

「まあな。だが、あくまでもあれは、こっちの世界から人を召喚し、契約が完了したら送還させる、というものであって、自由に行き来できるわけじゃない」

「でも、こっちの世界に、向こうの人たちが来てるけど?」

「今でこそ、エイコの研究の影響で、向こうの人間がこっちに来ているが、昔はそんな話聞かなかったからな。いや、単純にあたしが知らないだけかもしれんが」

 

 だが、暗殺者たるもの、情報は必要だった。

 こまめに情報は仕入れていたあたしからすれば、まったく聞いたことはない。

 

「ふーん。まあ、ミオが言うなら、そうなのかもね。でも、依桜君は可愛いから何でもOKよね」

「……そうだな。一応、これもエイコに伝えておこう」

 

 どのみち、こいつなら信用できる。

 

 こっちの世界の言葉では、マッドサイエンティストと言うんだろうが、口止めすれば絶対に言わないだろうしな。

 

「あら、なにかしら? 依桜君に関わること?」

「ああ。まあ、端的に言おう。あいつ、人間じゃない可能性がある」

「…………………………え、マジ?」

 

 若干笑っていたエイコの表情が固まり、そのままそう聞き返してきた。

 

「マジ」

「それは、あれかしら? 美貌が最早人間じゃない! 的な?」

「いや、種族が」

「ほんとに? でも、どっからどう見ても、人間よ? たしかに、依桜君の性格は天使みたいで、美貌は女神のようだけど……」

「そこはあたしも否定せん。あいつ、クッソ可愛いし」

「あら、わかってるじゃない」

「まあな」

 

 だって、あたしの弟子だし。

 あいつと三年間も過ごしていたんだが。当然だ。

 

 …………ん? 三年?

 

 ちょっと待て。今何となーく思ったが、向こうに三年いて、こっちで一日……どころか、一瞬たりとも経過してないって、普通に考えて変じゃね? ちょい前に、神がその時間に転移させたと思っていたが……。

 

 いや待て。今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「じゃあ、正体はは?」

「わからん」

「わからんて……じゃあ、なんで人間じゃないかも、って言えるの?」

「あたしの『鑑定(極)』で、あいつを覗いたことがあるんだ。体育祭にな」

 

 今は、『鑑定(覇)』になったから、もしかした、ちょっと変わってるかもな。

 

「どうして、体育祭?」

「思い出してみてくれ。あいつが自陣を応援している時のこと。応援されたガキどもは、どうなってた?」

「えーっと……ああ、そう言えば、みんな普段以上の力を出してたわね。……え、あれって単純にフィクションで、ギャグ時空だったからじゃないの?」

「言っている意味がわからんが……絶対違う」

 

 なんだ、ギャグ時空って。

 

「あれは、何らかの能力によるものの可能性があってな。まあ仮名を『応援』にしておくとして、だ。似たような能力やスキルはあったんだが、あいつに教えた覚えがなくてな」

「へぇ」

「で、さすがに気になって、あいつのステータスを深いところまで見たんだが……種族が見れなくなっててなぁ」

「え、それほどプロテクトが強かったってこと?」

「多分」

「へぇ。で、予想は?」

「そうだな……正直、あたしも困惑したが、とりあえず、魔王が施した呪いのせいで若干変質した、と考えてはいる」

「とりあえず、って言うことは、別の線も考えてるの?」

 

 ……鋭いな。

 まあ、エイコだしな。こいつ、普通に頭いいし。

 

「あー、正直、世界ってのは不思議でなぁ。神はいるし、天使に悪魔も実在する。この世界にもいるかは知らんが、世界は不思議に満ちている。だからまあ、あいつがガチもんの天使だったとしても、不思議じゃない」

「どうして、天使?」

「いやな? あいつって、神が発する気……神気を微弱だが放っていたんだよ。さらに言えば、だな。お前、最近ゲームを創っただろ?」

「ええ。『CFO』ね。それが?」

「『女神の布』なんてアイテムがあったんだが」

「え? そんなアイテムがあったの? マジで?」

「なんだ。製作者なのに知らないのか?」

「いえ、あのゲームは基本AIで作成してるんだけど……そんなアイテム、リストにあったかしら?」

 

 いや、そこからかよ。

 てか、AIに任せきりなのか、イオたちがやっているゲームは。

 

「まあ、あたしだって、全部把握してないし、運営に携わっている人が知ってるかも。で、それがなに?」

「どうやら、懐かしくて、手に馴染むらしいぞ」

「ふーん? じゃあ、天使じゃなくて、女神じゃないの?」

「女神にしては、なんか微妙でな。だって、あたしの『鑑定(極)』は世界を管理する神のステータスすら見れるんだぞ? ないない」

 

 それに、封印状態とはいえ、記憶は残るみたいだしな、転生しても。

 

「ふーん、そっか。じゃあ、依桜君は天使か何かだと?」

「まあ、神気を放ってたと言っても、異世界転移した時に、今の管理者の神に会ったらしいんで、そいつが原因かもな」

 

 なんでもありだし、あの世界。

 

「そっかそっか」

「まあでも、死んだらその世界にしか生まれないという法則を加味したら、あいつは単なる突然変異体である可能性もある」

「なるほどねぇ。まさか、帰ってきた後が、一番謎を多くしちゃったわけだ、あの娘は」

「あたしもびっくりだ。魔法が使えるか、なーんか変だなー、くらいには思っていたんだがな」

 

 まさか、こんなことになるとは……。

 面白いから全然ありだが。

 

「まあ、こんなとこだな。あ、一応この話は、誰にも言うな。多分、あいつショック受けるかもしれんし」

「了解。依桜君、ああ見えて繊細だもんね。自分が、人間じゃないと知ったら、傷つきそう」

「だろ? そんじゃま、あたしはそろそろガキどものとこに戻るかね。ブライズの世界の件、頼んだぞ」

「ええ、なるべく急ピッチで進めるよう、頼んでおくわ」

「ああ。ありがとな」

 

 さて、戻ってあたしも楽しむかね。




 どうも、九十九一です。
 実は裏でこんなことしてました、というこの章。書いてて思ったのは、マジで濃い。正直、こんな作品じゃないんだけどなぁ……これ。ただのゆるい日常系のはずが、変に濃いものになってしまっている……。ゆるいのが書きたいけど、この章書かないと、最終章につなげにくくなっちゃうので、書けない。頑張らないとなぁ……設定づくり。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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302件目 ミオのスキー教室 中

 そんな、一日目のスキー及びスノボが終わり、飯を食ったら風呂の時間。

 

 肩こりが酷いんで、あたしとしては露天風呂の効能がありがたい。てか、実際温泉にある効能ガチだしな。

 

 イオとメイも困っているらしいし、ちょうどいいんじゃないかね、あの二人は。

 

 さて、あたしが風呂に入るべく、脱衣所に行くと、何やらそわそわしているイオがいた。

 

「何してるんだ、イオ」

「あ、あれ? 師匠……? なんでここに?」

「なんでも何も。あたしが一緒に入るからに決まってるだろ。教師だぞ? あたし」

 

 まあ、露天風呂が楽しみだったのは、イオのクラス担当だったからな、あたし。

 ふっ、このあたしがいれば、覗きなど不可能だ。

 

「んで? お前は何してるんだ?」

「そ、そのぉ……は、恥ずかしくて、ですね? で、できれば裸になりたくないなぁ、なんて」

「ああ、なるほど。お前、心は、一応、男だもんな」

 

 納得だ。

 

 普通の奴の感性だったら、そう思うわな。

 一応、女でいることに違和感がないこいつだが、実際は元男だもんな。

 

「それで、お前はまだ服を脱いでいないわけか」

「そ、そうです」

「……はぁ。まったく、手のかかる愛弟子だ」

 

 そう呟きながら、あたしは手をわきわきさせる。

 絶好の機会だ!

 

「……師匠、その手の動き、なんですか?」

 

 あたしのわきわきさせた手を見て、イオの表情が引き攣り、後ろに後ずさる。

 

「さて……このあたしが脱がしてやろう」

「あ、急用を思いだしました!」

「甘い!」

 

 不意にダッシュで逃げようとするが、このあたしから逃げられると思ったら大間違い!

 フハハハハハ! 弟子が師匠を超えるなど、不可能なのだよ!

 

「は、離してくださいぃ~~!」

「だが断る!」

 

 ジタバタと暴れて逃げようとするイオに、つい最近読んだマンガのセリフで黙らせる。

 

 黙った直後に、イオの服を手際よく脱がしていき、全裸に剥いた。

 

 ……これ、傍から見たら、犯罪者じゃね? なんてことを思ったが、まあ、弟子だしいいだろ。

 

「ほれ、服は脱がしてやった。さっさと入ってこい。あたしもすぐ行くから」

「……い、行かないとダメ、ですか?」

 

 うっ、クソ、可愛いじゃねぇか……。

 お前、涙目に上目遣いは反則だろ……。

 

「ダメだ」

 

 まあ、関係ないけどな。

 それはそれ。これはこれだ。

 

「……はい」

 

 観念したイオは、バスタオルを体に巻いて、浴場内に入っていった。

 

「さて、あたしも着替えるかね」

 

 おっといけない。忘れ物しちまった。

 取ってくるか。

 

 

 あたしが忘れ物を取りに戻り、軽く頭と体を洗い終わり、外へ行こうとすると、

 

『お、おー……なにこれ、すごい……』

「な、なにをっ、んぅ、や、やめ、てぇ……!」

 

 なんか、イオの喘ぎ声が聞こえてきた。

 いや、エロいな、あいつの声。

 

『あ、ずるーい。私も依桜ちゃんのおっぱい触ってみたい!』

『私も!』

『わたしも!』

「な、何を言ってっ、るの……!?」

「や、やめっ……あんっ」

 

 ……すごいな。マジで。

 え、あいつ元男だよな? なんで色っぽい声が出せるんだあいつ。

 たしかに、変声術は教えたが、普段からは使ってないしな……。

 

『や、柔らかい……!』

『なにこれ、ふわふわしてるし、それでいて弾力があるんだけど!』

『こ、これが本当におっぱいなの……?』

『くっ、しかも、大きいだけじゃなくて、形もいいなんて!』

『くそぅ、羨ましいぃ!』

 

 まあ、たしかに、イオの胸は同性のあたしらか見ても、完璧といえるくらいの素晴らしいものだ。

 形良し。弾力良し。柔らかさ良し。大きさ良しの、最高の物だ。

 

 ……あいつの胸って、マジで気持ちいいしな。

 癖になるよな、あれ。

 

「み、みんなっ、や、やめ……んっ、へ、変な気分っ、に、なっちゃう、からぁ!」

 

 まあ、さすがにそろそろ可哀そうだし、あたしも行くかね。

 てか、これ以上行くとイオが手遅れになりそう。

 

「あなたたち、そろそろやめた方がいいわよ」

「そうだよ。悪いことは言わないから、やめておいた方が……」

 

 ほう、あいつらはあたしの存在に気付いたか。

 なかなかにいいものだな。

 

「ん、何だお前たち、あたしの愛弟子に何してるんだ?」

『あ、ご、ごめんなさい!』

『い、依桜ちゃんのおっぱいがすごくて、つい……』

『依桜ちゃん可愛くて……』

「あー、そんなにびびらんでもいいぞ。愛弟子が手遅れになりそうだったんでな」

 

 事実だ。

 

 正直、イオに何かしてたから、ちょいとお仕置きでも、と思ったが、イオを可愛いと言った上に、おっぱいがすごい、とか言ったんで許そう。

 

 まあ、同性だしな。

 

 同性から見ても、イオは魅力的だ。

 

「し、師匠!」

「お、おお? どうしたイオ」

 

 ふぉおおおおおおおおおおおっっっ!

 

 だ、抱き着いてきやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?

 

 うっわ、やっべ! こいつ、めっちゃ柔らかいし、すっげえいい匂いがするんだが!?

 

 てか、風呂に入っていたからか、体が少し赤らんでいて、すごいエロい。

 

 というか、マジでこいつの胸柔らかいんだが! は、なにこれ、これが胸だと!? こいつ、マジでどうなってんだよ!?

 

『す、すごい、リアル百合』

『あ、あれが百合……』

『なんだろう。あの二人のカップリング、いい……』

「依桜って、もしかして恋愛対象は女子……?」

「おー、依桜君が百合に……」

 

 なんて、クラスの奴らの声が聞こえてくる。

 

 まあ、中身が男だったってことを考えりゃ、イオの恋愛対象が女であることは、別段不思議じゃない。

 

 てか、それが一番あり得る。

 

 ……ふむ。ワンチャンあるぞ、これ。

 まあ、それはそれとして。

 

「イオ、抱き着いてくるのは嬉しいんだが、そろそろ風呂に入らせてくれ」

 

 普通に風呂に入りたい。

 ちょいと、寒いんでね。別に、向こうのとある地域の寒さに比べりゃ、全然OKだがな。

 

「あ! す、すすすすみません! そ、その、師匠を見たらなんだか安心しちゃって……」

「お、おうそうか……まあ、あたしならいつでも歓迎だから、遠慮なく抱き着いてもいいぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 やはり、可愛い……。

 あたしの弟子って、なんでこんなに可愛いんだろうな。

 

「さて、風呂入るぞ、イオ」

「は、はい」

 

 ちゃぷ、と音を立てながら、あたしは風呂に浸かる。

 

 はぁ~~~~、マジ気持ちいなぁ……。

 

 こっちの世界の風呂は最高だ。

 

 向こうもないことはないんだが、どっちかと言えば、魔法で手っ取り早く済ませるのが普通だったしなぁ……。

 そもそも、お湯に浸かるなんてこと、滅多にしなかったし。

 

『ミオ先生って、スタイルいいですよね』

 

 ふと、一人の女子生徒に、そんなことを言われた。

 

「ん、そうか?」

『はい! 依桜ちゃんとは違った意味で綺麗です』

『やっぱり、努力とかしてるんですか?』

「いや? あたしは、太らない体質でな。昔からこれだよ」

 

 そうか。やはり、あたしの体は、同性から見ても、綺麗なんだな。

 まあ、あたしはある程度の自覚はあるがな。

 

 太らないのは、単純にあたしの寿命やらなんやらが問題なんだが……まあ、元々太りにくい体質だったのもあるだろう。

 

『やっぱり、美人は努力をしなくても綺麗……?』

「さあな。あたしとイオは、あんまり参考にならんぞ。特殊だからな」

 

 何せ、異世界でかなりの修行をしたんだからな。

 まあ、イオはもともと太らない体質だったみたいだが。

 もっとも。あいつの場合は、食べ多分の脂肪が、全部胸に行っただけなんだろうがな。

 

「はふぅ~~~……」

 

 なんて、気持ちよさそうな顔をしながら、寛ぐイオ。

 

 よく見れば……胸が浮いてやがる。

 

 いや、イオだけじゃないな。メイの胸も浮いているな。

 

 ほう。やはり、胸は浮くのか。

 

 ……なんて言うが、あたしも大概か。

 

「イオ、お前、風呂が好きなのか?」

「もちろんですよ。ボク、日本人ですからね。日本人は、お風呂大好きですから。それに……肩が楽で……」

「「わかる」」

 

 イオの言ったセリフに、あたしとメイの言葉が重なった。

 

「重いよな、これ」

「はぃ……。正直、師匠がボクを鍛えてくれている時とか、痛くないのかなぁ、なんて思ってたんですけど……」

「そりゃお前。なるべく揺れないように動いてるんだよ。じゃなきゃ、やってられんよ」

「おー、さすがミオさんだぜー。でも、ミオさんってほんとにスタイルいいよねぇ」

「ふっ、そりゃお前、あたしだからな。スタイルがいいというのは、武器になったんだよ」

「まあ、前職があれでしたからねぇ」

 

 女の暗殺者は、時にハニートラップを用いる時があった。

 

 幸い、あたしの容姿はそれなりに整っていてね。男なんざ、イチコロだった。

 

 もちろん、本番まで行ったことはない。というか、相手が誘惑に負けた時点で、あたしはすぐに首とか刎ねたり、毒殺したり、絞殺したりしたしな。

 

 許してない奴相手に、体を渡すわけないだろう。

 

 まだ、清らかだ。

 

『スタイルがいいのが武器……』

『前職がアレ……?』

『ミオ先生ってもしかして……』

『『『イケない仕事をしてた……!?』』』

 

 ……あながち間違っちゃいないが、こいつらが想像しているような仕事はしてないんだがな。

 

 おそらく、水商売のことを言ってるんだろう。

 まあ、していたのは、水じゃなくて、血、だったけどな。

 間欠泉のように血が噴き出るもんなぁ、あの仕事。

 

 液体という意味では、間違いじゃないな。まあ、水商売ってそういうことじゃないが。

 

 面倒だが、変に誤解されるのも嫌だな。適当に誤魔化すとしよう。

 

「言っとくが。あたしは、お前たちが想像しているようなことはしていないぞ?」

『そ、そうなんですか? じゃあ、一体何の……』

「あー、そうだな……」

 

 ふむ。こういう時、何て答えればいいんだろうな。

 

 あたしは、人と関わったりすることはそんなに多くなかったしな……。

 よし、ここは、こっちの世界に実在した仕事を言うとしよう。

 

 ……うむ。あれだな。

 

「ちょっとした、裏稼業って奴だ」

(師匠、それ、絶対に悪化すると思います……)

 

 ん? 一瞬、イオが呆れたような思考をした気がするんだが……気のせいか?

 

『え!? じゃ、じゃあ、ミオ先生って……』

(((や、ヤクザ、だったのかな……?)))

 

 お? なんだ? 今、思いっきり間違ったことを想像しなかったか? こいつら。

 うーむ。あたし、何か変なこと言ったか?

 

『ミオ先生。その前職って、その……お、大勢だったり、するんですか……?』

「大勢? あー、どうだろうな……仕事によっては、結構いた気がするぞ?」

『し、仕事によっては……』

(((つまり、カチコミ……!?)))

『じゃ、じゃあ、えっと、部下、とかは……?』

「部下? ははは! んなもんはいないぞ? 何せ、あたしだけだしな」

『ひ、一人……』

(((たった一人のヤクザ……!? な、なにそれ、超カッコいい!)))

『ミオ先生! お話、色々聞かせてください!』

「おおっ? ま、まあいいが……正直、つまらんぞ?」

 

 暗殺稼業の話なんて……。

 

 てか、平和な国で暗殺者やってました、何て言ったら、なんか……ドン引きされるよな?

 

 イオやミカたちは知ってるからいいとして……普通の奴らに話したら、一発アウトだな。うん。よし、軽く濁そう。

 

 上手い具合誤魔化し、あたしは前職について、女子どもに語って聞かせた。

 

 そしたら、なんかすげえ懐かれた。

 

 

「ふぁあぁ~~あ。ねみぃ……」

「なんだ、ミオはお疲れか?」

「あたしは基本、眠いんだよ」

 

 むしろ、眠くない日などないわ。

 できれば、一日をだらだーっと過ごして生きていきたいものだ。

 

「それにしても、あれですね。いい年した女三人が、こうして学園行事で寂しく集まってるなんて……」

「寂しい? 何がだ? あたしらの仕事は、引率だろう?」

「……ミオ先生って、鈍いんですか?」

「このあたしがか? ないない。てか、鈍いのはイオだろう」

「「あー、納得」」

 

 すげえなあいつ。教師にすら、納得されてやがる。

 面白い奴だ。

 

「んで? 何が言いたいんだ? トウコ」

「いえね? 私たちって、もう二十代後半くらいじゃないですか? やっぱりこう……彼氏が欲しいなぁって……」

 

 ああ、なるほど。そう言うことか。

 しかし……すまない、トウコ。あたし、二十代じゃなくて、最低でも百歳越えてる。

 何だったら、五百歳は行ってるかもしれん。

 

「んなこと言うが、私たちに出会いがあると思うか?」

「……ないんですよねぇ。絶望的なまでに」

「そうだろ? まあ、私は別にいいかなー、とか思っているが……」

「嘘だ! 絶対、胡桃先生も思ってますって! たしか、一人暮らしでしたよね?」

「そうだな」

「帰ってきた時、寂しくないですか!? 明かりもついてなくて、迎えてくれる人もいなくて、ただただ一人で寂しくテレビを見ながら、ご飯を食べる。そして、ちょっと片して、お風呂入って、寝る。こんな毎日ですよ?」

「……や、やめてくれよ、冬子先生……なんか、本気で寂しくなってくるから……」

 

 なんか、トウコの発言で、クルミが遠い目をしだしたぞ?

 

「なあ、彼氏って、そんなに欲しいものなのか?」

「当然ですっ!」

「お、おう、そうか……クルミは?」

「いや、私は……ま、まあ、それなりには……? 親がうるさくてな……。やれ、恋人はいないのだとか、やれ孫はいつ見れるんだとかな」

「そう、そうなんです! このままだと婚期がヤバいぞ! ってお母さんたちが言ってくるんですよね……だからこそ、なんだか焦っちゃって……」

「……なんか、わかるなぁ、冬子の先生の発言……」

 

 ……まずいな。あたしは何一つわからん。

 

 そもそも、一人でいる期間が長かった上に、娯楽物なんてなかったんだが……。

 それでもあたし、途中で慣れたぞ? 能力やスキルの習得に勤しんでたし。

 

 あたしって、傍から見たら、寂しい奴って思われてるのか?

 

「はぁ……彼氏欲しい……」

「……そうだな。さすがに、寂しいのはな」

 

 そういや、女ってのは、婚期を気にする奴が多かったなぁ、向こう。

 こっちでも同じなのか?

 

 というか、

 

「なあ、こっちの世界……じゃなかった。この国って、どれくらいで結婚するのが普通なんだ?」

 

 そこが気になる。

 

 それによっちゃ、結構変わるんだが。

 

「あー、人それぞれだけど……まあ、二十代前半くらい?」

「え、マジで?」

 

 そんなに遅いの? こっち。

 

 向こうとか、十代前半に婚約する奴とかいるぞ?

 

 それに、二十歳目前で結婚してるとかざらだしな……。

 そうか、こっちは遅いのか……。

 

「でも、ミオ先生って羨ましいですよねぇ……」

「あたしがか?」

「だって、ミオ先生ってほんっとに綺麗じゃないですかぁ。お誘いとか、いっぱい来てるんですか?」

「誘い、ねぇ?」

 

 それはあれだよな? 食事に! とか、水族館に! とか、そんなやつ。

 

「まあ、来るには来るが、眼中にない。そもそも、あたしは好きな奴いるし」

「「マジで!?」」

「マジで」

「だ、だだだ、誰なんですか!? 赴任以来、男性教員のお誘いやらアプローチやらをことごとく切り捨てた、ミオ先生の想い人って……!」

「ああ。イオだよ」

「「……」」

 

 イオの名前を言った瞬間、なんか固まった。

 ん? 何かまずいことでもあったか?

 

「え、ミオって……同性愛者?」

「あー、そうか。今のイオだとそうなるのか……。あたしがあいつに武術を教えている時は男でな。まあ、なんだ。あいつって、中性的で家庭的だろう? 何かこう、ズキュン! って来たんだよ。まあ、惚れたな」

「ま、マジですか……。まさか、生徒に恋愛感情なんて……。というか、男女さんって、何の違和感もなく女の子してたから、男の子だったの、素で忘れてました」

「……私も」

「わかる。その気持ち」

 

 あいつ、元男と思えないくらいに可愛いしな。

 容姿だけじゃなく、性格も。

 あと、馬鹿みたいに家庭的だしな。

 

「でもそっかー。ミオ先生って男女さんが好きだったんですね」

「まあな」

「……教師が生徒に恋愛感情を持つって、結構危ないんだがなぁ……」

 

 ああ、そう言えば、禁断の愛、だったか?

 

「だが、そんなもん卒業した後なら、意味ないだろう? 何が問題なんだ?」

 

 てか、こう言っちゃなんだが。

 

 二十二歳の教師と高校一年生の生徒が付き合うのって、別に問題なくね?

 

 そんなん言ったら、二十歳の男と、二十六歳の女が付き合うのがまずい、とか言ってるようなもんだぞ?

 

 一体何が駄目なんだか。

 

「倫理観的に?」

「倫理観ねぇ? んなもん、人それぞれで基準が変わるだろ。別に、健全な付き合いしてりゃ、問題ないだろ。というかだな、そんなこと言ってるから、行き遅れる奴がいるんだぞ?」

「「――ッ!?」」

 

 あたしがそう言った瞬間、二人は雷が落ちたみたいな、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「第一だな。年齢差が駄目なのか? それとも、単純に子供と大人が恋人になるのがまずいって言ってるのか? 下らん。そんなもん、お互いが羽目を外しすぎないよう、気を付ければいいだろうに。なんで、周囲の人間がとやかく言うんだ? 嫉妬か? 嫉妬してるのか? だったら、器が小さすぎる」

 

 あたしなんて、イオと付き合ったら、相当あるぞ、歳の差が。

 

 数百歳だぞ、数百歳。

 

 たったの数歳差が何だって言うんだ、全く。

 

 この世界は、その辺りがめんどくさすぎる。

 

「み、ミオ先生! わ、私に、恋愛を教えてください!」

「私も!」

「うお!? な、なんだ? 突然……」

「彼氏が欲しいんです! どうすれば、彼氏ができますか!?」

「あ、あー、そうだな……少なくとも、クルミもトウコもみてくれは悪くない。というか、良い方だろう。まあ、そもそも、だ。男を振り向かせるなんざ、割と簡単だぞ? いいか、男ってのはな――」

 

 そうして、あたしは二人に、今までしてきた誘惑法を教えた。

 

 正直、あたし独自(多分)の方法なんで、効果あるかわからないけどな!

 

 だというのに、真剣に聞いてるもんだから、ちょっと申し訳ない気持ちになったぞ、あたし。

 

 そして、話が終わる頃には、

 

「「ありがとうございました、ミオ大先生!」」

 

 なんか、大先生になっていた。

 

 いや、なんの?




 どうも、九十九一です。
 久しぶりに依桜の会話を書いた気がする。いや、本当に。出番ないですしね、この章だと。やっぱり、依桜を書くのが一番いい……。ミオ視点も楽しいんですけど、この後の時系列が全部決まってる時点で、リンクするようにしないといけないから、すごく大変なんですよね……私って、行き当たりばったりで書くタイプなので。
 一応、今日も二話投稿を考えてますが、まあ……いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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303件目 ミオのスキー教室 下

 つつがなく進むスキー教室。

 

 あたしも、普段はやることがあるんで、こういうのは本当に休まる。

 

 イオと一緒、ってのがまたいい。

 そんなイオだが、実はその周囲がちょいと怪しい雰囲気なんだ。

 

「……ふむ。これはあれか。告白しようとしてるのか? イオに」

 

 今まさに告白に動こうとしているガキどもがいた。

 

 男女関係なくな。

 

 あいつ、やっぱり同性にもモテてるのか。まあ、元々男で、今の身体能力やらなんやらがあると考えると、女があいつを好きになっても不思議じゃない。さぞ、男よりもカッコよく目に映ることだろう。

 

 時たま、カッコいいことするしな、あいつ。

 

 まあそれはともかくとして、現在は二日目で、適当に滑っている。

 

 イオは楽しく、ミカたちと談笑しているな。次はどうする、とか、誰が先に行く、みたいな感じってところだな。

 

 んで? その周囲には、今か今かと待ちわびているガキども、か。

 

 普段と違う状況だから、もしかすれば成功するかも……! とか思ってるんだろうな、あの表情なら。

 

 まあ、無理だろ。だって、あいつだし。

 

 そもそも、イオが誰かと付き合うとか、全く想像できん。

 

 想像できるとしたら……ミカたちのグループの奴らくらいだな。

 

 それに、一番仲がいいのは、見たところミカのようだしな。ミカなら、可能性はあるだろう。少なくとも、告れば付き合いそうではある。

 

 無自覚で他人を堕としてるからな、あいつ。

 

 例えば、隣の席の奴が消しゴムを落とした時に、

 

『あ、落としたよ? はい、どうぞ(にっこり)』

 

 と言えば、

 

『ぐはっ!』

 

 みたいな感じで、隣の席の男は堕ちる。

 

 まあ、実際にあったしな、これ。

 

 あいつの笑顔は、マジで魅力的だし、超が付くほど可愛い。それは認める。というか、認めない以外にない。

 

 そのほかだと、体育の時間。とある女子生徒が転んで、膝を擦りむいた時。

 

『大丈夫? ちょっと待ってね……はい、これで大丈夫だよ(にっこり)』

 

 どこからともなく取り出した、消毒液で消毒し、同じくどこからともなく取り出した絆創膏で傷口を塞いだ後に、笑顔でそう言えば、

 

『おうふっ!』

 

 顔真っ赤にして、そんな感じで女子生徒は堕ちる。

 女子力半端ない。

 それに、手際もいいしな。

 

 あいつほど魅力的な奴を、あたしは知らん。可愛くて、優しくて、恥ずかしがり屋で、家庭的な女などな。

 

 まあ、他にも色々と属性を持っているが……あいつの場合、何を持っていても不思議じゃないしな。むしろ、当然と言うか、な? そんな気さえするんだ。

 

 他にも、作って来た菓子を手渡したり、困っていたら何でもないかのように助けたり、体育の授業で普通に身体能力を発揮して、こっちの世界基準で言うカッコいいことをしたりな。

 

 ……やばいな。あいつ、モテる要素しかなくない?

 

 あれが暗殺者、ってのも、面白い所だよな。

 

 そんな風に見えないがな、普通の奴からすりゃ。

 

 だが、わかる奴は、あいつが放つ暗殺者特有の雰囲気に気づくだろうな。

 

 ……というか、あいつマジで怒ると怖いんだよなぁ。あたしの方が強いとわかっているのに、あいつが怒った時はまるで反論できないんだよ。

 

 なんか、怖い。

 

 笑顔で怒るんだぞ? あいつ。

 

 にっこり微笑んでるはずなのに、まったく笑顔を感じられないんだぞ? にこやかなのは、口元だけであって、目は全く笑ってないし。

 

 ……思い出しただけで、ちょっとぶるっちまう。

 

 思い出すのはよそう。

 

『ミオ先生』

「ん、なんだ?」

 

 遠巻きにイオたちを見ていたら、何やら女子生徒に話しかけられた。

 

『え、えっと、す、滑り方を教えてほしいなぁーって思って……』

「いいぞ。と言っても、あたしのは我流だが、いいのか?」

『はいっ! ミオ先生の滑り方、カッコよくて……それで』

「ほう、いいこと言うな。どれ、あたしが教えてやろう」

 

 なんて言ったら、

 

『先生、私も教えてください!』

『俺も!』

『わたしも!』

 

 と、なんか多くの生徒に教えてほしいと言われた。

 

 お、おー、あたし大人気。

 

 ……なのかはしらんが。

 

 だが、こういう風にガキどもに慕われるって言うのは、いいものだな。

 

「よーし、ガキども、あたしが直々に教えてやろう!」

 

 まあ、そうなった。

 

 

 あの後は、軽くガキどもにあたしの滑走法を教えた。

 

 なかなかに苦戦はしていたが、筋がいい奴もいた。ふむ。鍛えるのもよさそうな人材がいるな。いい感じだ。

 

 まあ、さすがにこっちでは教えたりはしないけどな。

 

 しても、護身術程度になるだろうな。

 

 まあ、護身術って言っても、躊躇なく急所を狙うように師事するだけだけだが。

 

 基本、頸動脈、鼻、鳩尾、脛、この辺を攻撃しておけば、大抵逃げられるしな。まあ、相手が男だったら、男の絶対的な弱点を潰せばOKだ。

 

 そんな感じで、二日目の午前が過ぎていく。

 

 まあ、ブライズはいないし、問題ないけどな。

 少なくとも、半径五十キロ圏内に反応はない。

 ならば、何の問題もない。

 

 まあ、近づいてきたら、即座に浄化するけどな。

 

 

 午前中、あたしが滑走法を教えている間に、メイが暴走し、コースから大きく外れて突っ込んで行っちまったのを、イオが大慌てで追いかけていった。

 

 まあ、イオが追いかけていったのなら、問題ないだろう。

 ひょっこり戻ってくるはずだ。

 

 

 しばらく待つと、昼前には帰って来た。

 

 どうやら、無事だったようだ。

 

 まあ、イオが付いていて、無事じゃなかったら、あたしがぶっ飛ばしてるところだ。

 

 と言っても、こっちの世界ではそんなに危機的状況になることはないだろうしな。

 

 他の奴らと合流したイオたちは、再びスノボに戻っていった。

 

 

 昼飯の時間になり、あたしはイオたちの所へ行く。

 

「飯、ちゃんと食べてるか?」

「はい、食べてますよ」

「そうか。それならいい。ところで、お前たちは午後、何かする予定でもあるのか?」

 

 どうせ、暇だしな。

 とりあえず、聞くだけ聞いてみるとしよう。

 

「いえ、特にはないですけど……」

「なら、雪合戦でもするか?」

 

 ないのなら、雪合戦でも、とイオたちに提案する。

 

「お、いいですね」

「私は賛成」

「わたしもー」

「俺も」

「じゃあ、ボクも」

「よし、決まりだな。たしか、自由行動用に開放されたエリアがあるから、そこでやるか」

「ですね」

 

 全員異論はないようで、あたしらは自由行動用のエリアへ、食後に行くことになった。

 

 

「お、あの辺りが空いているな。あそこでやるぞ」

 

 というわけで、エリアに移動した。

 ちょうど開けた場所があるので、そこへ向かう。

 

「んで、ルールはどうするか」

「そうだなぁ……二回当たったら脱落、というのは?」

 

 ルールをどうするかと言うと、メイがそう提案して来た。

 ふむ。悪くないな

 

「それでいいか。チーム分けは……まあ、とりあえず、私一人でいい。五人まとめてかかってきな」

「……え、だ、大丈夫なんですか?」

 

 ミカがそう尋ねてくるが、あたしを誰だと思っているんだ。

 

「問題ない。よし、やるぞ」

 

 そう言うと、五人は若干微妙な顔をした後、散った。

 

「はい、まずは一人」

「ぶげら!?」

 

 開始と同時に、一発タイトに向かってぶん投げると、綺麗に吹っ飛んでいった。

 

「「「!?」」」

 

 突然のことに、ミカ、アキラ、メイの三人が驚き固まる。

 

「ぼけっとしてると、死ぬぞ」

「ぐはっ」

 

 続いて、固まっていたアキラに対し、雪玉を投げ、吹っ飛ばした。

 

「な、何今の!?」

「ちょっ、何が起こったのか何もわからないんだけど!」

 

 開始早々、二人吹っ飛んだことで、ミカとメイの二人が慌てる。

 ふふふ、面白いな。

 

「い、依桜、今の何?」

「……とんでもない速度で雪玉を投げてるだけ」

「あの速度で投げたら、雪玉って砕けるわよね?」

「……相当圧縮してるね、あれ。それこそ、隙間がないくらいに」

「ミオさん、やばいわね……」

「いや、うん。そもそも、誰も勝てないよ、師匠には」

「ふんっ!」

 

 話すだけで何もしない馬鹿弟子に、思いっきり雪玉を投げる。

 

「うわわ! し、師匠、いきなり投げてこないでくださいよぉ!」

 

 ほほう。不意打ちでも躱したか。さすがだな、愛弟子。

 

「何を言っている。これは勝負だぞ? どこに、投げる合図をする馬鹿がいるんだ」

「いや、そうですけど! せめて、手加減くらいはしてくださいよ!」

「知らん! だが、ミカとメイは可哀そうなんで、手加減をしてやろう」

 

 一応は、一般人だしな。

 イオに手加減はいらんがな、当然。

 

「「ほっ……」」

「まあ、だからといって倒すことに変わりはない」

「「へ?」」

「「わぷっ!?」」

 

 手加減した雪玉で、二人の顔面目掛けて雪玉を投げた。

 ふっ、他愛もない。

 

「ほれ、イオいくぞ」

 

 雪玉を圧縮し、思いっきりぶん投げる。

 

 その玉は、イオの顔面をすれすれで通過し、背後にあった木に衝突すると、そのままへし折った。

 

 脆い木だな。

 

「え、えー……」

 

 そんな木の状況を見て、イオがドン引きしたような声を漏らす。

 

「師匠、何したんですか!」

「何って……超圧縮して、ただ力任せに投げただけだぞ?」

 

 そんな怒ったように言われてもなぁ……普通に今言った通りのことしかしてないし。

 

「普通の人は、雪玉で木を折ることはできません!」

「いや、こんなのあたしからしたら簡単なものだぞ?」

「それは師匠の常識です!」

「うるさいな……とりあえず、お前も攻撃して来いよ」

 

 会話だけしていても意味はない。

 

 こういうのは、お互い本気でやるからこそ、修行になるのだ。口を動かすのではなく、体を動かせ。

 

「わかりましたよ……えいっ!」

 

 可愛らしい掛け声とともに放たれた雪玉は、可愛くない速度で飛来してきたが……

 

「ほう、いい球だ。だが……甘いわ!」

 

 パァンッ!

 

 あたしが拳を突きだすと、手に直撃する前に弾け飛んだ。

 

「し、師匠、何したんですか……?」

「拳を突き出した時の風圧で壊した」

「……人間業じゃないです、師匠」

「そうか? 限界を超えれば、誰だってできるぞ?」

 

 というか、イオでもできるだろ。

 少なくとも、『身体強化』をかければ、余裕で。

 

「まあいい。ほれ、行くぞー。オラオラ!」

 

 高速で雪玉を投げまくる。

 

「し、師匠多いですよ!?」

 

 知らん! フハハハハハ! 楽しいなこれ!

 

 ドドドドドドドドドッ! という音を鳴らしながら、大量の雪玉を投げまくる。

 

 やはり、『武器生成』は便利だな!

 

 雪玉すら生成できるんだから。

 

 人力マシンガンは楽しい!

 

『な、なんだ!? って、うわぁあ!?』

『な、なにあ――きゃああああああ!』

 

 そして、その場にいた他の生徒たちにも、被害を出し始めた。

 はっはっは! 避けろ避けろ!

 

 

「ハハハハハ! どうしたどうしたガキども! このままだと死んじまうぞ!」

『うわああああああああ!』

『きゃああああああああ!』

 

 ひたすらに雪玉を生成し、投げまくる。

 

 辺り一帯を、雪玉が衝突することで発生した雪煙が、白く染める。

 

 地を這うように、ガキどもが逃げる逃げる。

 

 イオは上手く体を動かして回避しているな。よしよし、ちゃんと教えた通りの身のこなしは出来ているな。

 

「ふははははは! ガキども、攻撃して来い!」

『く、くそ、こうなったら反撃だ! 皆行くぞ!』

『『『おー!』』』

 

 さすがに状況を打破しようと、一人の男子生徒が立ち上がり、あたし一人に対し、生徒数十人規模の雪合戦が開始した。

 

 

「ふっ、やはり、まだまだ甘いな、ガキども」

『か、勝てねぇ……』

『強すぎるだろ、ミオ先生……』

『かっこいいけど、これは辛い……』

『依桜ちゃんの師匠って聞いたけど、よく耐えられてたね……』

 

 そう言いながら、ガキどもが地面に倒れ伏した。

 

 中には光るものがある奴がいたが、まだまだだな。

 鍛えれば、それなりの者になりそうだ。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「どうした、もう終わりか?」

「ま、まだまだ、ですっ……!」

「よーし、いい心意気だ! なら……沈めぇ!」

 

 さらに速いスピードで雪玉を投げる。

 それに合わせて、イオが雪玉を避け続ける。

 

 そんな状態が、数十分くらい続き……

 

「か、勝てない……」

 

 そう呟いて、イオが倒れた。

 

 まだまだだが、まあ及第点ってところだろう。

 

 ……このまま寝かすのは可哀そうだな。

 

 他の奴はとっくに気が付いて、遠巻きに見てるみたいだし、まあ、いいだろう。

 ご褒美ってことで。

 

 

「ん、ぅ……はれぇ……?」

「お、起きたか、弟子」

 

 しばらくすると、イオが目を覚ました。

 

「おはようさん」

「って、ししししし師匠!?」

「おいおい、せっかくあたしが膝枕してやったというのに……なんだ、嫌だったか?」

 

 あたしがしていることに気づくなり、イオは大慌て。

 正直、嫌とか言われたマジ凹むぞ?

 ちなみに今は、近くのベンチに、あたしの足を枕にし、イオを寝かせていたところだ。

 

「そ、そう言うわけじゃないです! むしろ、嬉しかったというか……って、そうじゃなくて! なんで、師匠が膝枕していたんですか!?」

「まあ、あたしが原因で倒れたわけだしな。これくらい、師匠ならするだろう?」

 

 てか今、嬉しいとか言ってなかったか?

 

 それなら、安心だな。嫌われるどころか、逆に喜ばれているとは。

 膝枕した甲斐があるというものだな。

 

「それは、師匠が悪いような……」

「うるさい。いいから、もうちょい寝てな」

 

 起き上がろうとしたイオの頭を押さえつけて、再び寝かせる、

 

「って、わわ!」

「どうだ、あたしの膝枕は」

「……すごく、気持ちいいです……」

 

 ぽーっとしたような顔をして、そう言うイオ。

 やっべ、マジで可愛い。

 

「そうかそうか。あたしの人生初の膝枕だぞ。喜べ」

「……はい」

「ん? なんだ、随分素直だな……って、うお? お前、顔真っ赤だぞ?」

 

 今気づいたが、ものっそいイオの顔が赤いんだが。

 真っ赤だぞ? 完熟トマトみたいに。

 

「……そ、そうですか?」

「ああ。どれ、ちょっとこっち向け」

 

 さすがに風邪を引いていたらあれなんで、熱を測るべく、自分の額をイオの額にくっつる。

 

「……ん、熱はない、な」

 

 これと言って高熱ではないな。

 平熱だ。

 

「し、ししししし師匠!? にゃ、にゃにをしてらっしゃるんですか!?」

「何って……お前の顔が赤かったから、風邪でも引いたのかと思って、熱を測っただけだぞ?」

 

 なんで慌てる必要がある。

 

「そ、そそ、そうで、すか……」

「ん、どうした弟子。ものすごい赤いぞ、顔が」

 

 突然、さっきより赤くなった。

 

 なんか思い出してるな? さては。

 

 ふーむ、イオが赤くするようなことだと……昨日の風呂で、クラスメートたちに胸を揉まれたことかね?

 

 まあ、こいつなら、顔を赤くして恥ずかしがるわな。

 

「い、いえ、あの、その……し、師匠は、ボクのこと、どう思ってます、か……?」

「そりゃお前、大好きに決まってるだろ」

 

 即答。

 

 てか、イオを嫌うはずがない。

 

 大好きに決まっている。

 

 容姿も、性格も、てか、こいつの全てが大好きだ。

 

「……ふにゃ!?」

 

 そんなあたしのセリフに驚いたのか、みるみるうちに赤かった顔をさらに真っ赤にさせ、

 

「どうした、イオ。何か驚くことでもあった……って、気絶しちまってるな」

「ぷしゅ~~~……」

 

 そんな声を出しながら、気絶していた。

 なんだ、本当に可愛いな、こいつは。

 

「ふっ、安心しな。何があっても、お前だけは命に代えても守るさ」

 

 聞こえていないのをいいことに、あたしはイオの頭を撫でながら、そう呟いた。

 

 

 その後はイオをミカたちに預け、部屋で寝かせるよう言った。

 

 しばらくした後に、イオが目を覚まして戻って来た。

 さすがに、恥ずかしいだろうと思って、あたしは離れたところで見守っていたがな。

 

 そして、自由時間も終わり、旅館に戻る。

 

 二日目は、飯の前に風呂に入る。

 

 まあ、そこでは男子どもが覗きをしようとして、イオに即バレし、説教されていた。

 

 あたしはガキども輪に加わらず、一人のんびりと露天風呂を堪能していたがな。

 

 

 飯時で面白かったのは、浴衣を着たイオを男どもがガン見してたことだな。

 

 まあ、前がちゃんと閉め切らなくて、胸が丸見えだったし。

 

 わかる。あたしもちょっと見たし。

 

 ……だが、男どもはあとでこっそり、お仕置きだな。

 

 この後、女子どもにバレていたのか、ガン見していた男どもは制裁を喰らっていた。ナイスだ、女子ども。

 

 そんなことがありつつ、二日目は終わりとなった。

 

 

 まあ、そんなこんなで、スキー教室最終日となる

 

 てか、最終日は朝飯食ったら、部屋を片して、軽い掃除をした後、バスに乗り帰宅。

 

 これだけ。

 

 道中土産屋に寄り、そこで土産を買って帰る。

 

 ちなみに、あたしはそこで地酒を買った。いい買い物をした……。

 

 バス内は、行きと同じく、やっぱりイオが盛り上げていた。

 さすがだな。

 

 イオの可愛い歌声を聞きながら、あたしは眠りに就いた。

 

 

 いやはや、このスキー教室はいい思い出になったな。

 

 それに、普段の仕事の疲れを癒す、いいものだった。

 

 たしか、林間・臨海学校なるものがある上に、二年では修学旅行があるみたいだし。そっちも楽しみだ。

 

 どうせ、あたしはイオのクラスの副担になる予定だしな。

 楽しみにしておこう。




 どうも、九十九一です。
 なんか、依桜視点がすごく書きたくなってきた……楽しいんだけど、やっぱりなんか違う、みたいな。やっぱりこの作品の主人公は依桜ですからね。主人公が一番愛着があります。動かすの楽しいし。
 頑張って進めないと。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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304件目 過保護な依桜を見て

 それから、ブライズを潰しつつ、日常を過ごしていると、ある日、イオが消えた。

 

 まあ、消えたと言っても、消えた次の日には帰還していたがな。

 

 んでまあ、なんか……幼女が一緒にいたが。

 見知らぬ幼女がいるな、とか思ったら……

 

「ねーさま~❤」

「メル、くすぐったいよ」

 

 クッソ懐いてない?

 

 え、マジで? 幼女に懐かれてるんだけど、勇者(暗殺者)。

 

 帰ってきて、やけに可愛い幼女を連れてると思ったら、なんか、すっげえデレデレなんだけど、イオ。

 

 じゃれつく幼女を、困りながらも相手するイオ……ふむ。素晴らしいな。うん。可愛いと思う。てか、可愛すぎ。

 

「メル、この人は、ボクの師匠で、ミオ・ヴェリルって言うの。ちょっと理不尽だけど、すごく優しい人だから、困ったことがあったら頼りにするといいよ」

「うむ! ティリメル=ロア=ユルケルじゃ! よろしくなのじゃ、ミオ!」

「ははは! 元気がいいな。ま、あたしはちょくちょく所用でいない時があるが、困ったことがあったら言いな。できる限り、助けてやろう」

「ありがとうなのじゃ!」

 

 うむ。この娘は癒されるな。

 

 ……だが、人間ではないな。魔族だ。間違いない。

 

 まったく。厄介ごとを持ち込んだんじゃないだろうな、愛弟子。

 

 人間の娘ならともかく、魔族の娘とはな。

 

 ちょいとびっくりしたぞ。

 まあ、いいだろ。

 

「あ、そろそろ夜ご飯作らないと」

 

 そう言って、イオは立ち上がると、キッチンの方へ行った。

 残された、あたしとメルは、特に話さずその場に座っている。

 

 ふむ……あたしは、子供を相手にしたことはないしな……仕方ない。部屋に行くか。

 

 ……おっと、その前に。

 

「おい、イオ、ちょっと聞きたいことがあるから、飯の後、あたしの部屋に来い」

「あ、わかりました」

 

 事後報告をさせないとな。

 

 

「師匠、入りますよ」

 

 その夜。飯を食った後、部屋でちょっと寛いでいると、イオがやって来た。

 

「ああ、入れ」

「失礼します」

「来たな。まあ、座れ」

 

 イオを部屋に入れると、あたしは中央の座布団に座るよう指示。

 

「はい」

「単刀直入に訊くぞ。お前、どこ行ってた? いや、予想は付いているんだが、一応な」

 

 十中八九、異世界だろうな。こいつのことだし。

 てか、いなくなった時点でそうだろ。

 

「む、向こうの世界です」

 

 目を逸らしながら、やや気まずそうに言うイオ。

 

「やっぱりか……」

 

 案の定だったな。

 まったく、本当に変なことに巻き込まれる奴だな。こいつ。

 

「んで? 原因はあれか? あのクソ野郎か?」

「い、いえ、今回は召喚陣の暴走が原因らしいです」

「マジで?」

「マジです。詳しいことはわかりませんけど、召喚陣の場所には、慌てた様子の王様しかいませんでしたよ」

「そうか……。まあ、ならいいんだ」

 

 しかし、召喚陣の暴走ねぇ?

 結構長く生きているあたしでも、聞いたことないな、そんな事例。

 何か起こってるのか?

 

「てことは、今回の件はあのクソ野郎たちは無関係、と。わかった。じゃあ次な。あのガキは何だ? あれ、見た目こそ可愛い少女、って感じだが、明らかに……魔族だよな? というか、魔王っぽくないか?」

 

 あの体から漏れ出る、禍々しい魔力。明らかに、普通の魔族ではなかった。

 魔王なんじゃないか、とあたりを付けていたんだが……

 

「あー、えーっと、その……ま、魔王、です」

「……そうか、魔王か」

 

 予想通り、魔王だったか。

 

「まあ、あいつが魔王なのは理解したが、確かお前、魔王は倒した、とか言ってたよな? まさかとは思うが、そいつじゃないだろうな?」

「いえ、全然違います」

「本当か?」

「本当です。少なくとも、あんなに素直ないい娘じゃなかったです」

「……そうか」

 

 こいつが倒した魔王じゃなきゃ、別に構わないか。

 

 ……ま、そうは言っても、こいつから聞いていた魔王像はかけ離れてるようだったし、違うだろうとは思っていたがな。

 

「んで? なんで、その魔王が一緒にこっちの世界に来てるんだ? もしかしてあれか? あたしとかみたいに、強制的にこっちに来たあれか?」

 

 だとしたら、帰還させないとまずいんだがな。

 

 仕事が増えるんで、勘弁してもらいたい。

 

「それが、ですね……。ボクと離れたくない、って言う一心で、魔族の国を抜け出して、ボクに気付かれることなく同じ馬車に乗り、召喚陣で帰還! って言う時に、抱き着いてきて、そのまま一緒にって感じです……」

「なるほど?」

 

 離れたくないから、付いてきた、か。

 

 こいつ、どんだけ懐かれたんだよ。

 

 すげえな。魔王が勇者に懐くなんて、前代未聞だぞ?

 

 ……ん?

 

「……って、ちょっと待て。お前が気付かなかった?」

 

 時間差でそのことを聞き返す。

 

 おかしい。

 

 こんな超絶可愛い外見をしているイオだが、これでもあたしの一番弟子(弟子はイオ以外に取ったことないが)だ。そんなイオが気付かないって、やばくないか?

 

「は、はい。なんでも、『偽装』っていうスキルを使ったとかで……」

「……『偽装』か。なるほど。たしかにそれなら、依桜を欺くことができるな……いや、それどころか、成長すればあたしすら欺けるか?」

 

 あー、なんだ『偽装』のスキルを持ってたのか。なら納得。

 

「え、師匠を!?」

「ああ。まあ、仮にわからなかったとしても、別に問題はない」

 

 てか、『偽装』のスキルって、マジで厄介だしな。

 

 自身の存在を偽り、姿を隠すことができるからな。

 

 例えば、自身を周囲の自然と同化するよう偽れば、自然の一風景にしか映らなくなる。そうなってくると、『気配感知』は全く意味をなさない。

 

 『音波感知』が有効かもしれんが、わからんな。

 

「し、師匠らしいです」

「……それから、なんでお前が、魔王に懐かれてる? というか、何があった? それから魔族の国だと?」

 

 魔族の国があったのは知ってる。

 だが、まさかこいつが関わってるようなことになっているとは思わんかった。

 というか、何をしたら、魔王に懐かれるんだよ。

 

「え、えーっと、非常に言いにくいんですけど、そのぉ……」

「なんだ、はっきりしろ」

「……ボク、魔族の国の女王になっちゃいました」

「……………………はぁああああああああっっ!?」

 

 イオの気まずそうな苦笑いと共に放たれた情報は、そこそこの間の後、素っ頓狂な声をあたしに出させるくらい、とんでもないものだった。

 

 え、マジで!?

 こいつ、女王になったの!?

 いやいやいや落ち着けあたし。まずは、訊くことを訊かねば。

 

「ちょっと待て。たしか、魔族は人間と戦争していたんだよな? お前が魔族軍を壊滅させ、魔王を倒したから平和になったんだったよな、あの世界は」

 

 そこは疑いようのない事実だろう。

 

 あいつが魔王を討伐した後、たしかに人間の国々は平和になった。

 だが、なぜこいつが敵国であるはずの、魔族の国で女王なんざやってるんだ。

 

「は、はい」

「なのに、魔族の国の女王とは、どういうことだ? むしろ、お前は恨みを買ってるんじゃないのか?」

「じ、実は、ですね――」

 

 あたしは、ことのあらましをイオから聞いた。

 それを聞いて、あたしは思いっきり溜息を吐く。

 

「はぁ~~~……なるほどな……。まさか、お前が魔族をほとんど殺さず、逃げるのを手伝っていたとは……。いや、それよりも驚きなのは、魔族が人間を匿い、保護していたことだ」

「ボクもびっくりでしたよ」

「だろうな……。あたしですら、驚きだ。……しかも、百年以上前って言えば、その間にあたしが邪神と戦った時期だよな。あの時点で、魔族たちに戦争をせず、共存を望むような奴らが出始めていた、ってことか……」

 

 なんだ、あたしが申し訳なく思えて来るじゃないか……別に、その時は友好的になろうなんて思ってなかったんだろうが。

 

「そうみたいです」

「……ってことは、元凶は魔王とその思想に毒されていた奴らってわけで、他は共存派だったのか」

「はい」

「……で、その障害を取り除き、戦争していた魔族の奴らも助けたことで、魔族たちからも、勇者やら英雄やら呼ばれていた、ってわけか。それも、いい意味で」

「みたいです」

「はああぁぁぁぁ……」

 

 こいつ、底なしの優しさを持ってんじゃねぇか。

 

 うっそだろ?

 

 普通、敵を前にして、殺さずに助けるか? こいつ、マジでイカレてやがる。

 

 ……いや、そこがイオのいい所ではあるんだがな。

 

 極力殺さないようにする姿勢は、いいことだと思う。

 

 それでもだめなら、ちゃんと殺すしな、イオは。

 

「だが、まさか、たった数ヶ月の間に魔王が復活しているとは思わなかったな……」

 

 まあ、数ヶ月で魔王復活、何てことになってるなんて思いもしなかったがな。

 周期が早まってるのか?

 

「それは、ボクも思いました。まあでも、妹みたいで可愛いメルが魔王でよかったですよ」

「……なあ、イオ。お前、あの魔王のこと、どう思ってる?」

 

 ふと、イオの様子が気になって、魔王……メルのことをについて、イオ考えを尋ねてみた。

 

「え? そうですね……可愛い妹、ですね」

「他には?」

 

 ふむ。可愛いなら普通だな。

 まあ、これなら、他のこともふつ――

 

「他って言われても……。ボクのことを『ねーさま』って呼んで慕ってくれてるみたいなんですよね、メルって。しかも、ちょこちょこついてきますし、基本的にべったりですけど、そこが可愛いというか……。もちろん、あの見た目も可愛いですよね。髪の毛は綺麗だし、目は宝石みたいだし……。一応、学校に通うことになったんですけど、もしいじめるような子が現れたら、お仕置きしますね。絶対」

「あ~……そうか。まあ、なんだ。よかったな」

 

 …………こいつ、やべぇ。

 

「?」

 

 マジか……。この世界の常識人枠だった、あのイオが……まさか、こんなに姉馬鹿だったなんてな……。世の中、わからないものだ。いや、まて。この場合、イオは、姉馬鹿になるのか? それとも、兄馬鹿? ……いやこの際どうでもいい。少なくとも、イオは魔王を溺愛してやがる。さっきちらっと見たときに、『魅了』とかのスキルがなかったってことは、素で溺愛してるな。しかも、向こうも純粋にイオを慕っているみたいだし。……勇者に懐く魔王とは一体……。

 

「まあ、わかった。とりあえず、お前は魔王の面倒を見てやれ。あたしも、見た感じ素直なガキみたいだしな」

 

 なんて、何気なく言ったら、

 

「師匠、ガキじゃなくて、メルって呼んでくださいね?」

 

 笑顔の圧で、そう言ってきた。

 

「いや、別にいいだ――」

「メルです」

「だから――」

「メル、です」

「わーったわーった。メルな」

 あたしの負けだよ、ったく……。

「はい」

 

 ……うっわー、すっげえいい笑顔。

 

 てか……こいつ、すげえ過保護じゃん……。

 

 ここに来て、イオの新しい一面を知ることになった。

 

 

 ……しかしまあ、メル、ね。

 

 固有技能は『癒し』か。

 

 単純に精神的癒しを与えるだけの固有技能みたいなんで、かなりよさげだな。

 

 あれか、アロマセラピーとか、アニマルセラピーならぬ、ロリータセラピーってか。

 

 だが、あの固有技能は、あくまでも自身が心を許しているか、ある程度の好意を持っているかじゃないと発動しないみたいだし、効果は身内だけになりそうだな。

 

 イオに対してはバリバリ働いていたが。

 

 まあ、あいつには癒しが少ないしな。ちょうどいいだろう。

 

 ……そして、やはり時間操作がかかっているのが、これで確定したな。

 

 実質七分一の時間で帰って来たみたいだしな。

 

 一体、誰が、何の目的で時間操作をしてるんだか。

 

 やっぱ、神なのかね?

 

「謎は多い、ってか? まあ、きっといつか解明されるだろう」

 

 なんて、他人事にしちゃまずいな。あたしがどうにかしないと、って気概でやるとするかね。




 どうも、九十九一です。
 この回を書いている時に、ちょっと前の回でミオがこの時の時間の異変を知っていた分があったのですが、あの時点ではまだその事象は発生していないのに、気づいているということになっていました。慌てて修正いたしましたので、ご安心ください。まあ、気づいている人はいなかったかもしれませんが……。でも、すみませんでした。
 もしかしたら、この章、他の回にもそう言った矛盾がどこかにある可能性がありますので、見つけましたら、報告していただけるとありがたいです。すぐに修正します。
 今日も二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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305件目 ブライズの世界へ

 それから、ややあって、新学期。

 

 新学期から、メルも学園に通うようになった。

 

 新たに、初等部、中等部が新設されたんで、そこの初等部に通うそうだ。

 

 あたしは、相変わらず、イオのクラスの副担だ。

 

 だが、体育の時間は、あたし一人の担当になったんで、好き放題できる。いや、他の生徒がいるんで、そんな馬鹿なことはしないがな。

 

 ちなみに、裏で手を回して、イオたち五人は同じクラスにするよう、エイコに頼んでおいた。

 

 理由は単純。

 イオが心配だからだ。

 これに関しては、エイコも同感だった。

 

 イオは確かに強い。だが、あいつは異常なまでに鈍感だし、そもそも魔法やらなんやらの事情を知っている奴が近くにいないと、色々とフォローが面倒だ。

 

 その点、ミカたち四人はその事情をイオから直接聞いている。

 

 ならば、まとめて同じクラスにしておいた方が、面倒ごとも少なく済むはずだ。

 

 というか、あたしが面倒ごとが来たら嫌なんで。

 

 本当はこう言うのはだめだが、幸いというか、国や県が運営しているわけじゃないんでね。私立だから、大丈夫だろう。多分。

 

 まあ、イオは抜けてるからな。心配を減らすために、っていうのもあるんだがな。

 

 そんなイオだが、今はメルと楽しそうに歩いている。

 

 弟子の楽しそうな顔というのは、いいもんだな。

 

 

 それから学園へ。

 

 あたしは別に、司会のような仕事があるわけじゃない。やらされそうにはなったが、さすがに断った。

 

 そう言うのは柄じゃない。

 

 なんだよ、美人だからって。

 

 容姿で決めようとしてんのか? 馬鹿か。

 

 まあ、そんなわけで、さすがに辞退。

 

 入学式やら始業式が終われば、それぞれのクラスでちょっとした自己紹介の時間となった。

 まあ、顔と名前を覚えるのは、重要なことだからな。

 一応、教師もするらしい。面倒なことだ。

 

「今年、お前たちの担任になる、戸隠だ。まあ、何人かは去年と同じだが、ほとんどは初か? まあ、そんなわけだ。よろしくな」

 

 パチパチと拍手が起こる。

 

 クルミと同じクラス担当というのは、ありがたいな。

 

 個人的に、同僚の中では一番仲がいいと思っている。クルミがどう思っているかはわからんがな。

 

 まあ、向こうも嫌いと思っているわけではあるまい。

 

 でなければ、スキー教室の時とか、拒絶の意思を示してくるだろうしな。

 

「ミオ・ヴェリルだ。クルミと同じく、去年から同じ、って奴もいるな。なぁ? 愛弟子」

 

 にっこりと笑ってイオを見れば、イオはびくっと肩を一瞬だけ震わせた。

 別に、脅したわけじゃないんだがな。

 

「なんでも、高校二年生ってのは、何かと忙しい時期らしいな。進路を決めたり、依ベンドごとも多いらしいな。おそらく、高校三年間で最も短く感じる一年になるだろうが……ま、悔いなく、全力で楽しめよ。あたしも、お前らガキどもが満足して三年に上がれるよう、協力するからな。よろしく頼む」

 

 そう言うと、クラス中から拍手が鳴る。

 

 ふむ。ちょっと年寄りくさかったかね?

 

 まあいいだろう。あたしからすりゃ、一年なんてあっという間だ。

 

 数百年も生きているんだ。あたしにとって、一年は一ヶ月程度の感覚でしかない。

 

 だが、こいつらはもっと短いんだろうな。なにせ、生涯唯一の一年なんだし。あとは、イベントも多いし。楽しい一年にさせなきゃ、教師として失格だろ。

 

 ……なんてな。あたしも、こっちの世界が気に入っちまってるらしい。

 

 柄にもないことを言った。

 

 見ろ、ガキどもがすっげえキラキラした目で見てやがる。

 

 イオに至っては、尊敬した目をしてる。

 

 ふっ、もっと尊敬するがいい。

 

 進路に関しては、あたしがそいつらの才能を見抜けるんで、上手く教えられりゃいいがな。

 

 

 新学期最初の登校日は、授業があるわけじゃなかったんで、楽なもんだった。

 

 そんな仕事が終わり、イオたち生徒が帰宅した後。

 

 あたしは、エイコに呼び出されていた。

 

「んで? 用事ってのはなんだ、エイコ」

「来てくれてありがとう、ミオ。例のあれ、予定よりちょっと遅れたけどもうすぐ完成するわ」

「例のあれって言うと……まさか、ブライズの世界への装置か?」

「そう! 予定では三月中に完成させるつもりだったけど、最近ちょっと困ったことが怒ってたから、それに合わせて平行にこなさなきゃいけなくなっててね。それで遅くなっちゃったけど、無事に完成しそうなの!」

「……そうか、すまないな」

「いいのよ。被害が出ている以上、どうにかしないといけないしね」

 

 完成しないよりはマシだ。

 むしろ、よく完成させられたな、エイコは。

 本当、天才だよ。

 

「それで、完成はいつになる?」

「そうねぇ。今は最後の仕上げよ。シミュレーションをし、無事作動するかどうかの確認だけ。あとは、微調整をすれば大丈夫だから……明後日には完成するわ」

「わかった。なら、あたしは完成次第、すぐに乗り込むとしよう。いい加減、うんざりしてたんだよ、あいつらには」

 

 あいつらのせいで、あたしは世界中を回らなきゃいけなくなるし、武力行使で止めなくちゃならなくなってたんで、本当に厄介だった。

 

 てか、めんどくささしかなかったぞ。

 

 それを、ようやく止められると思うと、胸が躍るな。

 

「そうね。異世界人の回収もお願いしてたし……ミオには、厄介ごとを押し付けちゃってるし、申し訳ないわ」

「いや、いいんだよ。あたしが好きでしていることだ。てか、あたしじゃなきゃこんなことはできんしな」

 

 イオは学業がある。

 

 あたしは教師ではあるものの、融通は効く位置にいるんでな。多少世界を回っていても問題はない。

 

 というか、あんな奴らを野放しにしていたら、倒して回る以上に面倒くさいことしかない。

 

「それで、その世界はどうするの? ブライズを滅ぼした後」

「あー、そうだな……今回、あたしが赴く理由は、ちょっとした考察材料も兼ねてだ。まあ、一番の理由は鬱陶しいから潰すのが目的だがな」

 

 てか、それ以外ない。

 

 あとはあれだ。今言ったように、神の管理から外れた世界なのかどうかを確認するためだ。そういや、空間歪曲だったか? どうも、それが頻発しているらしいし、もしかすると、何か関連があるかもしれん。

 

 それのチェックもな。

 

「ミオらしいわね」

「ははは。ま、あたしは自分の楽しく楽な生活を脅かすあいつらが許せんだけさ」

「ふふっ。まあ、ともかく、よろしくね」

「ああ。任せな」

 

 最後にお互い笑いあい、あたしは部屋を出ていった。

 

 

 ようやくあいつらを潰せると思うと、マジで胸が躍るね。

 

 マジでムカつく奴らだったし、これでスッキリできそうだ。

 

 終わったら、酒でも飲むとするかね。祝い酒だ。

 

 イオにこの件は……いや、とりあえず、言わなくていいな。事後報告でも問題ないだろう。

 

 さて、今の内にある程度準備はしておくかね。

 

 

 そんなわけで、二日後。

 

 例によって、あたしは学園を訪れていた。

 

 別に、エイコの研究所に直接行ってもいいんだが、さすがにそれは申し訳ないからな。壊しかねんし。

 

 だから、学園で落ち合うことになっている。

 

 誰もいない学園だし、別にいいだろ、と思ってエイコのいる学園室にノックなしでそのまま入った。

 

「来たぞ、エイコ」

「待ってたわよ、ミオ」

「例の物、ちゃんと完成してるんだろうな?」

「もっちろん。私を誰だと思ってるの? 余裕よ余裕」

 

 そう言いながら、エイコは一つの腕時計らしきものを取り出した。

 

「それか?」

「そう! これが、ブライズの世界に行くために製作した、異世界転移装置よ。行き先は、ブライズのいる世界しか行けないわ。帰還時は、腕時計についている、青いボタンね。ブライズの世界へ行くためのボタンは、紫よ」

「了解した。で、この赤いボタンはなんだ?」

「自爆ボタンよ」

「……いるのか? それ」

 

 少なくとも、絶対に使わないだろ、そんなボタン。

 一体何に使うんだか。

 

「ロマンよ」

「そうか、ロマンか」

 

 く、下らねぇ……。

 

 エイコって、そう言うのを大事にする奴だったのか……。

 まあいい。

 

「それで、気を付けてほしいんだけど……」

「なんだ?」

「死なないでね?」

「はっ! それをあたしに言うか? これでも、引き時はちゃんと見極めるさ。というか、神だって殺せるあたしが、そう簡単にくたばってたまるかよ」

「それもそうね。というかそれ、死亡フラグじゃないの?」

「ふっ、あたしクラスともなると、死亡フラグは簡単に撥ね退けられるのさ。……それに、あたしはプロだ。危ないと思ったら即座に逃げる。それに、最悪の場合を常に想定するのが、プロの暗殺者ってものだ。戦力を見た感じ、そこまで強くはない。少なくとも、常時全身に光属性の魔力を纏ってりゃ、そうそう近づけんし、向こうなら大丈夫だと思うぞ」

「……そっか。ええ、理解したわ。それなら、大丈夫そうね」

「だろ?」

 

 一体をほぼワンパン出来るんだ。大した問題はない。

 

 というかだな。このあたしが苦戦するとか、今じゃそうそうないぞ?

 

 あるとすりゃ、神……それも、邪神クラスだな。

 

 普通の神如きなら、そこまで問題はないだろ。

 

 ちょっと臓器がいくつか潰れるかもしれんが、すぐに修復はできるしな。

 

 まあ、心臓と脳さえ潰されなきゃ、即死にはならん。

 

 もちろん、心臓と脳が潰された時のための想定はしてあるし、潰された後のことも考えてある。

 

 最終的な話、魂さえなくならなけりゃ、問題はないんでね。

 

 ……イオに言ったら、

 

『おかしいです!』

 

 なんて言われそうだな、これ。

 

 まあいいけど。

 

 ……あいつらなら、その辺の技術を身に付けそうだけどな。

 

 今回のこの件が終わったら、どうすっかね。

 

 一応、昨日の内に、明日明後日はいない、そう伝えてあるし、大丈夫だな。

 

 問題は、あいつがまーた変なことに巻き込まれないかどうか、ってところだろ。

 

 ……あいつ、知らない間になんか厄介ごとに関わってるし。

 

 どうするよ、これでまた、別の世界に行った、なんてことがあったら。

 

 まあ、ことと次第によっては、それはそれでイオの判断材料になりそうだし、別にいいんだがな。

 

 それに、魔の世界以外の場所に行った、何てことになれば、時間のずれもある程度わかるようになるかもしれんし、それはそれで期待するとしよう。

 

 ……いややっぱだめだ。余計に面倒なことになる気がする。

 

 変なことに巻き込まれるなよ、我が愛弟子。

 

「それじゃあ、最終確認。今回、ミオが行く世界は、ハッキリ言って環境は最悪。ミオだから大丈夫だとは思うけど、常に気を付けてね」

「当然だな」

「そして、腕時計はかなり頑丈だから、壊れる心配はないわ。でも、仮に壊れたとしても、バックアップとして、帰還できるように知るプログラムがミオ自身に投射されるから、帰れなくなる、なんてことはないので安心してね」

「了解だ。というか、さすがだな」

「でっしょでしょ~? 私って、天才よねぇ」

「否定はしないな」

 

 まあ、イオたちは『天才』じゃなくて『天災』って言うんだがな。

 

「それで? 他はなにかあるか?」

「いえ、ないわ。あとは、さっき言ったように、死なないで、くらいよ」

「了解した。それじゃあ、言ってくるぞ」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 そう言って、あたしは装置を起動させ、一瞬の浮遊感の後、あたしの意識はそこで暗転した。




 どうも、九十九一です。
 一応、次からちょっとだけやるブライズの世界をやったら、この章は終了になるかと思います。そしたらまた、日常会かなぁ。色々とやりたい話があるし。あ、一応、ブライズの世界が終わったら、考察回的な話をやって、終了、というのが正確かも。
 まあ、そんなわけです。明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いいたします。
 では。


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306件目 ブライズの世界

 目を覚ますと、そこは荒れ果てた世界だった。

 

「ふむ、どうやら無事、転移には成功したみたいだが……なるほど。たしかにこれは、危険な世界だ」

 

 あたしの眼前に広がるのは、地獄と称しても差し支えないような世界だった。

 

 土地は荒れ果て、木々や草花なんて一切ない。

 あるのは、なんの潤いも、栄養も感じられない、抜け殻のような土や砂だけ。

 

 周囲には、崩壊した建物らしきものもある。

 

 それにあれは……車、か? 似ているな……。

 

 飛行機らしきものもあるし、よく見りゃ、電車のような物まである。

 

 どういうことだ、これは。

 

 ふぅむ……まあいい。

 

 それよりも、この世界は本当に危険だな。

 

 まず、瘴気ってのかね? 明らかに体に害がある何かが空気中を漂っている。いや、、むしろこの世界を覆うほどのものじゃないか?

 

 まあ、『猛毒耐性』が働いているところを考えると、毒で間違いないだろう。

 

 だが、あたしの場合は『猛毒耐性』を極限まで育ててあるんで、問題はない。だが、『毒耐性』だと、ちときついかもな。イオなら……多少体調が悪いくらいで済むだろうが、それでも危険だな。長居はできないだろう。

 

 それに、ブライズどもがうじゃうじゃいやがる。

 

 それを見越して、全身に光属性の魔力を纏っているから、全然近づいてこないんだがな。

 

 まあ、中には馬鹿な奴なのか、特攻を仕掛けてくる奴がいるんだがな。

 

 そう言う奴は、あたしの体に触れた瞬間に浄化されている。

 弱い。

 

「さて、先に進んでみるとしようかね」

 

 

 歩いていてわかったことと言えば、この世界はおそらくだが、イオたちが住む、あの世界に近い何か、なのではないか。

 

 イオたちが住む世界にある、車やら飛行機やら、乗り物系がそこら中に落ちていて、使えそうな気配が全くなかった。

 

 建物はビル系、だろうか。

 

 正直、ヤバそうな場所でしかない。

 

「こいつは、まさか過ぎたな……」

 

 一人呟く。

 

「試しに、鑑定でもかけてみるか」

 

 少なくとも、何かがわかるかもしれん。

 情報収集は必須なんでな、未知な場所ほど。

 さてさて、どんな感じかね?

 

『――の世界 全てが荒廃した世界 ――み――尽 世界魔力-1000000/500000 均衡 崩 環境 最悪』

 

 ……こりゃ、もうだめだな。

 

 すべてが荒廃した世界、か。

 

 そして、やはり見れない部分。だが、年数は書かれておらず、『尽』とだけ書かれている。

 

 それに、なんだこの魔力は。マイナスの数値? どういうことだ? 0じゃないのか?

 

 ……もしや、ブライズってのは、このマイナスの魔力で変質した、この世界の人間や生物なのか?

 

 この世界が、ブライズどもが住む世界なのは間違いないだろう。

 

 荒廃した原因はわからないが、少なくとも、ブライズは人間である可能性が高い。

 

 そうなると、少し躊躇うんだが……あの世界にちょっかいを出してきている以上、許しはしないがな。躊躇うには躊躇うが、別に殺せない、だとか、殺したくない、なんて甘いことをあたしは考えない。

 

 敵は敵だ。相手の事情なんざ知らん。

 

 そこに、やむを得ない事情があったとしても、あの世界に進出してきて、攻めて来たのなら、等しく敵だ。

 

 ならば、関係ない。

 

 まあ、原因を探ってみるとするかね。

 

 

 少し歩き、図書館らしき建物だった場所が現れた。

 

 ほぼほぼ崩壊して全然それっぽくないが、辺りに本が散乱しているところを見ると、図書館で合っているはずだ。

 

 いや、わからんけど。

 

「とりあえず、なにかわかりそうな本は……ん? これは、日記か?」

 

 この世界についての情報が手に入りそうな本がないか探していると、日記のような、手記のようなラノベくらいのサイズの本が、一冊落ちていた。

 

 それを拾い上げ、中身を読む。

 

「……ん? 日本語か? これ」

 

 中を開くと、そこには日本語で何者かの日記が書かれていた。いや、日記というより……考察に近い、か?

 

 さて、中身はなんだ?

 

『この世界に生き残った者のために、私の考え……いや、たどり着いた答えを記す。この世界は、簡単に言えば、滅びへと向かった。原因はおそらく、人間の争いだ。ある日、資源が残り少なくなっているのを知った各国の首脳陣が、こぞって資源の利権を求めて争った。最初は、ちょっとした経済戦争のようなものだった。だが、次第に武力による戦争になり、それはもう……酷い有様になった。小国も大国も、誰もが争った。そうしたある日、とある国の巫女が言った。『この世界は、時期に潰れる』と。最初こそ、戯言だと思ったのだが、その巫女の発言の後、この星の資源は、次々に枯渇しだした。これに焦った各国が、協力し合ってどうにかしようと動いたが、時すでに遅し。枯渇は瞬く間に広まり、いつしか、資源はほぼ0になってしまった』

 

 ……なるほど。

 

 この世界は時期に潰れる、ね?

 

 巫女ってことは、あれだな。神託が降りたんだろう、その巫女に。

 

 だから、『この世界は時期に潰れる』って言うのは、間違いなく、この世界を管理していた神の言葉だろう。

 

 この手記を見るに、人間が醜い争いを続けるもんだから、腹を立てたんだろう。自身が生み出した生命が、こうも醜いことをしているとなれば、神は怒り、見限りからな。あいつらは、そういう身勝手な存在だ。

 

 人間風に言えば、自分で犬を買っておきながら、『悪魔だった』なんて言って捨てるようなもんだ。

 

 神からすれば、人間なんてそこらの犬程度の認識、と思っていいだろ。

 

 まあ、そこは神によって違ってくるがな。

 

 さて、続きだ。

 

『最初は、少ない資源でなんとかやりくりしていた。しかし、そう長くはもたなかった。次第に人々は、少ない資源を求めて争いあってしまった。今度は国じゃない。個人だ。集団だ。血は流れ、命が数えきれないほど消えた……。こうなっては意味がない、そう思ったのは私だけだったのだろうか? 大人たちは身勝手だ。子供を放置し、自分たちだけが助かろうと動いた。しかし、そう言う奴らに限って……変貌してしまった。黒い靄に。黒い靄は、ある日突然、地球上の生物が変化するようにして、発生した存在だ。そいつらは脅威だった。攻撃は効かない。だが、向こうは私たち、生きているものに取り憑き、体を奪ってくる。そうして、死んでいった者たちは、さらに靄となる。原因はなんだったのか、そう思い私は色々と研究した。そうして、見つけたのだ。この世界には、認知することがほぼ不可能な、魔力というものが』

 

 こいつ、天才か?

 

 魔力見つけちまったよ。

 

 しかし、予想通り、ブライズはこの世界で生きていた人間や生物たちだったんだな。

 

 胸糞悪いが、仕方ない、のかね。

 

 どうも、原因はこいつららしいし。

 

 争わず、手を取り合っていりゃ、滅ぶことはなかったんだろうが……んで? 続きは?

 

『私は、それを研究した。研究の結果、これらが我々に悪影響を及ぼしていることが分かった。生命力が低下した者に集まり、人間や生物を黒い靄に変化させてしまった。その事実を知った時、私は思った。『この世界は、もう助からない』と。いや、戦争なんて馬鹿なことをした時点で、神は見限っていたんだろうな。きっと、神がいたなら、失望したに違いない。……違う。神はいたんだ。あの巫女が言ったことも、きっと、この世界を見守っていた神の言葉だったんだ。……それに気づいた時、私は諦めた。神が見限った瞬間、全ては終わったんだと』

 

 諦念、か。

 

 こいつはきっと、真相を知り、現実を知り、魔力を知り、神の存在を知った瞬間、全てを諦め、この絶望を受け入れてしまったんだろうな。

 

 どこの誰かは知らんが、すごい奴だ。だが、残念だ。

 

『そこで、私は考えた。この世界はもうだめだが、もしかすると、別の世界は無事なのかもしれない。戦争せず、誰かと手を取り合った世界があるかもしれない。魔力を見つけた私なら、きっと見つけられると思った。そうして……見つけた。世界には、空間が歪む現象がある。それらは、他の世界へと繋がる可能性がある。しかも、黒い靄が増えれば増えるほど、空間の歪みは増えていっていた。これはきっと、最後のチャンスだと、そう思った』

 

 え、マジで天才なんじゃね? こいつ。

 

 魔力に続いて、空間の歪み――空間歪曲すら見つけちまったよ。

 

 一体、どうやって見つけたんだ?

 

 可能性としては……『鑑定』のスキルを入手したか、固有技能を持っていたか、だな。

 

 だが、それはどうなんだ?

 

 この世界が綺麗だった時は、どうも魔力量的には、法の世界と同じくらいだしな……。

 

 わからん。

 

『……あれから、研究を進めた。そして、気づいてはいけないことに、私は気づいてしまった。空間の歪みが増え続けていたのは、黒い靄が増え続けていたからだった。これは、私が発見した時に見つけた時に考えたことと一致していた。だから、驚きはなしなかった。だが、問題はそこじゃなかった。この歪みは、黒い靄一体につき一つ、といった風にリンクしていたのだ。この歪みの先には、この星に近い文明が築かれていた。そこには、争いながらも、手を取り合うものたちがいた。だから私は、決めた。この世界の空間の歪みを全て消そうと。そうでなければ、守ることは出来ない。そもそも、私たちがしでかしたことで、他の世界の人たちを危険にさらすことはできない。けじめを付けねば……』

 

 こいつ、相当いい奴だったんだろうな。

 

 自分が助かりたいと思っているはずなのに、助かることをやめた。しかもこいつ、明らかに異世界に渡る手段を持っていたんじゃないのか?

 

 でなきゃ、別の世界を覗くなんて不可能だ。

 

 手段があっても、選ばなかった。

 

 ある意味、英雄かもしれんな。

 

 ん、次で最後のページか。

 

『……結論から言おう。私は、もう、ダめだ。意識が、くロク、なりツつ、アル……。これをミテいル、いキノこっタ、モノ、よ。もやのオウをタおシ、コのセかいの、ユがみヲ、ケしさッて、クレ……』

 

 最後に、手記の背表紙を見た。

 

「……そうか」

 

 そこに書かれた名前を見て、あたしは小さく呟いた。

 

 そして、概ねだが、この世界が何なのか、理解は出来たな。

 

 結論から言っちまえば、この世界は……別の地球、と言ったところだな。

 

 まず第一に、書かれていた言語が、日本語ってのがな。ついでに、落ちていた乗り物らしき残骸たちは、間違いなく、飛行機や車だろう。

 

 疑いようがない。

 

 倒れている建物だった物も、よくよく見れば、たしかに見覚えがあるような気がする。

 

 日本の建造物がそれに近い。

 

 だからおそらく、鑑定した時に見えなかった、世界の名称は、『法の世界』、だろうな。

 

 多分だが、神がいなくなったことで、上手く機能しなかったんじゃないかね? 自身に影響を及ぼすタイプの物なら大丈夫なんだろうが、他……というより、世界に干渉し得るものに関しては、上手く機能しない、と言った感じか。

 

 まあ、浄化のような物は機能するだろう。世界には干渉せず、ブライズに干渉するわけだからな。

 

 となると、この世界は相当厄介なことになっているとみていい。

 

 世界は対になるようにできている。

 

 だが、この世界は神が離れたことで、荒廃してしまった。ならば、ここの対である、魔の世界も実質崩壊していることになるはずだ。

 

 どちらか一方が壊れてはいけない、なんていうシビアなもんだ。

 

 おそらくこれは、どの世界も共通のルールだろう。

 

 ……しかし、変だな。

 

 もしも、ここが別の地球だとするならば、どうして、滅んだ?

 

 そもそも、あたしやイオがいるはずだろ? なら、どうにかしているはずだ。このあたしが。

 

 そうじゃないということは、この世界には、イオがいなかったか、それかもしくは、異世界には行ったが、途中で死んでしまった、というのもある。別の可能性としては、そもそも、異世界に行かなかったパターンだな。

 

 ふむ……わからん。

 

 まあ、とりあえず、ブライズの王をぶっ飛ばせば、OKだろ。

 

 面倒だがな。

 

 だが、いい加減ブライズどもにはイライラしてたんで、ちょうどいいだろう。

 

 こっちの世界の奴が、倒してくれと言っているんだ。なんの後腐れもなく、倒せるってもんだ。

 

 それに、こっちの世界の奴ら――ブライズどもは、あたしに特攻を仕掛けては消えるを繰り返しているしな。

 

 さてさて……あたしもさっさと帰りたいんで、でかい反応を持った奴を叩きに行くとしようかね。そいつが、十中八九ブライズの王だろうしな。

 

 ま、運動した後の酒は、きっと格別だろうし、酒のために頑張るかね。




 どうも、九十九一です。
 できれば、次か、次の次でブライズの話を終わらせたいところ。正直、書くのが大変で……頑張って終わらせたいんですけど、なかなか難しい。
 楽しいと言えば楽しいんですけどね……。
 今日も二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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307件目 荒廃した世界での出会い

『×$#+!』

「邪魔だ」

『――――ッ!?』

「ったく、何度も何度も襲ってきやがって」

 

 でかい反応のブライズの元へ行く道中、相変わらずブライズどもがあたしを襲ってくる。もちろん、常時全身に聖属性の魔力を纏っているんで、触れた瞬間に消滅しているんだがな。

 

 もともとは人間や生物だったことを考えると、ブライズってのは知能が相当低下しているらしい。

 

 なんと言うか、色々と残念な存在だよな、こいつらって。

 

 まあ、あの手記を見る限り、自業自得、って普通の奴なら捉えるんだろうが、全員がそう思ったわけじゃないだろう。何も知らないガキどもに、仲良く資源をわけようと動いた奴らは、必ずいる。そう言う奴らはとばっちりにもほどがある。

 

 それに、地球上で生きていた生物たちもだ。

 

 人間ってのは、突き詰めれば欲望で動く生物だ。

 

 誰しも原動力となる欲を持つ。

 

 あたしだったら、酒だ。酒が好きで好きでたまらない。あれを飲むという欲望のために、日々を頑張っていると言ってもいい。

 

 欲がないのは、それこそ神々くらいのものだ。

 

 問題は、その欲がひっどいものだった場合。

 

 これは、国のトップやら、国の上層部の奴らによくあることだ。

 

 独占欲、支配欲、まあ、この辺りが一番多いだろう。

 

 他の国も掌握したい、支配したい、自分たちが世界のトップに立ちたい、ま、そんなところだろうな。

 

 この世界の戦争も、そうだったんだろう。

 

 資源が少なくなったから、自分たちの国――いや、自分たちが助かり、自分たちが贅沢に過ごせるように、資源を巡っての戦争を起こしたんだろう。

 

 馬鹿なものだ。

 

 それほどまでに、この世界は欲深かったんだな。

 小国も大国も関係ない。個人も、集団も関係ない。

 

 まあ、欲があるからこそ、発展するわけなんだが……この世界は、欲深すぎた。だから、こんな風に、神どもに見限られ、荒廃するんだ。

 

 欲を持つのは当たり前だが、ある程度抑えなきゃいけない。まあ、世のため人の為にすることに対する欲なら、全然問題はないだろうが。

 

 まあ、イオにだって、欲はあるだろう。

 

 あいつは……あれだな。平穏に過ごしたいって言う欲。

 

 ……いや、欲っていうのか? これ。

 

 あいつは、色々と変だしなー。

 

 そもそも、欲があるのか、とか思っちまったよ、今。

 

 その辺、意外と薄いのかもな。なんか、友達や家族がいればいい、って平気で言うし。

 

 まあ、いい所ではあるんだが……もう少し、欲深くなってもいいと思うんだけどな、あいつは。

 

「こいつらみたいに、とは言わんが」

 

 またも特攻を仕掛けてくるブライズに、裏拳で消滅させる。

 

 聖属性ってのは、マジで便利だな。こういう相手には。

 

 絶対的な優位性を持っている。

 

 これが無かったら、ちょっとは苦戦したかもな。まあ、関係ないが。

 

 

 例のブライズの王の所に向かって歩くが、なかなかたどり着かない。日も沈む、もう夜になってきている。

 

 仕方ないんで、『アイテムボックス』の中からテントを取り出し、野営の準備をし始めた。

 

 一日で終わらせたかったんだがな。

 

 のんびりしすぎたか。

 

 明日は、思いっきり走るとしよう。

 

「まあ、それはそれとして……こうも、瘴気が充満していると、食べ物とか大丈夫か? さすがに、腐りそうで怖いんだが」

 

 そんな心配が、あたしを襲った。

 

 いやまあ、別にあたしはかなり人間から外れてるんで、最長一ヶ月くらいは飲み食いしなくても問題はないが、明日戦闘することも考えると、ちょっとなぁ。

 

 それでも、三週間は持つだろうが。

 

 しかし、美味い物ってのは、なんかこう……頑張るという原動力になるんだよな。

 

 大丈夫ならいいんだが。

 

「……お、無事だ」

 

 試しに、持ってきた食料を取り出したら、腐り落ちたり、毒物になることはなかった。

 

 一応、鑑定したが問題はないらしい。

 

 だが、長時間放置ってのはまずいな。

 

 持ってきたのが、イオの弁当でよかったぞ。

 

「そんじゃま、いただきます」

 

 あいつ、ほんとできた弟子だなぁ、まったく。

 

 弁当まで作ってくれるとは。

 

 美味い。普通に美味い。

 

 やっぱり、イオの手料理は美味いな……。

 

 どんな高級料理よりも、圧倒的だ。安心する何かがある。あいつの料理が、あたしは一番好きだ。

 

 弁当と言えば、普通は冷凍食品を入れる場合の方が多いらしいんだが、イオはそんなことはせず、全部自分で作るそうだ。というか、あいつの弁当って、一度も冷凍食品が入っていたことがないんだよな。

 

 手間がかかるはずなんだが、すごいものだ。

 

 一応、それが気になって、理由を訊いたら、

 

『え? だって、師匠や父さんたちには、美味しいものを食べてほしいですからね。ボクが作るくらい、手間でも何でもないですよ。楽しいですし』

 

 だそうだ。

 

 マジで、いい嫁になる気がするんだが、あいつ。

 

 例えば、あたしがミスって水をこぼした時、

 

『あ、大丈夫ですか? ちょっと待ってくださいね、すぐ拭きます』

 

 って言って、どこからともなくタオルを取り出して、すぐに濡れたところを拭いてきたり、帰り際雨が降った時なんて、

 

『おかえりなさい。お風呂沸いてますから、体を温めてきてくださいね。着替えも用意してありますから』

 

 とか言って、準備万端だったし。

 

 あいつの嫁力すごいんだが。正直、一家に一人欲しいくらいに、あいついいんだが。

 

 もし、あたしが男だったら即座にプロポーズするくらい、あいつが欲しい。

 

 いや、前提条件として、あたしが男だったら、何て言うのはおかしいんだがな。あいつ、元男だし。

 元男であれはやばくね?

 

 毎度毎度毎度思っているが、あいつほど女が似合う男もいなかったぞ。

 むしろなぜ、最初が男で生まれてきたのかがわからん。

 

 面白いものだ。

 

「さて、飯も食ったし、さっさと寝るかね」

 

 美味い弁当も完食したので、あたしはさっさと寝ることにした。

 

 

 そして、翌日。

 

 相変わらず、世界は荒廃している。

 

 こうも殺風景だと、精神的にくるものがあるな。

 

 魔の世界にも、荒れ果てた土地もあったにはあったが、ここほどではない。

 

 というか、あってもほんとに砂漠程度だしな。

 

 瘴気が満ちていたり、建物や乗り物のような物が散乱していることもなかったし。てか、向こうはそういう砂漠の国だったりするしな。根本的に違う。

 

 だが、ここは完全に死んでいる世界だ。

 

 何もない。

 

 あるのは、建物だった何かに、乗り物だった何か。そして、生物だった何か――ブライズだけだ。

 

 相変わらず、あいつらは特攻を仕掛けてくる。

 

 どうやら、仲間を増やそうとしているようだな。

 まあ、その辺りはあの手記に書かれていたんで、わかりきっているがな。

 

 しかし、なぜ仲間を増やそうとするのかね?

 

 その辺りの理由がわからん。

 

 喋ることもできない奴らだ。

 

 意思疎通を図るにしても、不可能だろうな。

 

 ……いや、そう言えば、体育祭の時、イオが対峙した奴は、なんか言葉を発したとか言ってたな。

 

 もしかすると、個体によっては会話が可能、なのか?

 だとすりゃ、そう言う奴を探したいところではあるが……

 

「難しいな。正直」

 

 外見はほぼ同じなんだ。その中から、意思疎通が図れる奴らを探すとか、無理だな。絶対に無理。

 広大な砂漠の中から、一粒の米を探すのと同レベルで無理。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 できれば、本以外からも情報を得たいところ。

 

 一応、落ちている本を見て、情報を収集できるだけ、色々としてみたんだが、得られる情報はそうなかった。

 

 この世界が地球であること。

 

 そして、崩壊するきっかけとなった戦争は、第三次世界大戦と呼ばれていること。これだけだ。

 

 あとは、普通の情報しかない。

 

 この世界に関する情報は、やはりあの手記にしか書かれていなかったのだ。

 

 ……まあ、出版物なんで、重要な情報なんざそうそうないだろうな。あれは、あの手記の持ち主だったからこそ、真実にたどり着いた。

 

 正直、あの手記の名前を見た時、何とも言えない気持ちになったよ。

 

 最悪の世界だぞ、まったく。

 

 それはそうと、情報はないだろうか……。

 

 一応、エイコへのお土産として、この世界のデータは収集しているんだが、本当にそれだけだ。

 

 空間歪曲のパターンやら、世界の環境やら色々。

 

 あたし的には、こっちの世界の魔の世界がどうなっているか知りたいところだ。

 

 あたしやイオの存在があるのかどうか、だな。

 

 少なくとも、あたしがいれば、どうにかできたんじゃないか、と思える惨状。

 

 だが、どうにもならなかったことを考えると、あたしはいないんじゃないか、ということになるんだがな。

 

 イオはイオで、いるのかどうかあれだし……。

 

 いや、あの手記を見る限りだと、この世界にイオがいたとして、そいつは魔の世界に行ってないことになるな。

 

 まあ、召喚によって向こうに呼び出されたのなら、話は別だがな。

 その辺がわかればいいんだが……難しそうだ。

 

「にしても、ボス遠くね?」

 

 走っても走っても、なかなか到達しない。

 

 結構な速度で走っているんだが、一向に到着する気がしない。

 

 正直ちょっと面倒。

 

 だが、決して近づいていないわけじゃない。この調子で行けば、今日の夕方くらいには着くんじゃないかね?

 

 明日の朝までには、向こうの世界に戻りたいんで、最悪の場合は『感覚移動』と『千里眼』そして、『空間転移』のトリプルコンボを使って、移動するしかないな。

 

 あえてしないのは、これを修行だと思っているからだ。

 

 いついかなる時も、楽はせず、常に自信を強化するつもりで動く、ってわけだ。

 

 ……まあ、楽なのが一番なんだけどな。

 

 だが、最悪の事態は常に想定するのが、一流の暗殺者というものだ。

 

 てか、師匠であるあたしが楽なんてしてたら、あいつに示しがつかん。

 

 だから、トリプルコンボは最終手段だ。

 

「もうちょい、ギアを上げるかね」

 

 それはそれとして、この調子ではたどり着かないと悟ったあたしは、ギアを上げて走ることにした。

 

 

 そうして走ること、二時間程度。異変が起きた。

 

「ん? またブライズか……ったく、性懲りもなく特攻を――」

『……き、いて、ください』

「……ん?」

 

 特攻を仕掛けようとしたブライズを浄化しようと、腕を振り上げた時、突如、そのブライズが言葉を発したのだ。

 

「おい、お前は……言葉が理解できるのか?」

『はい……理解、できます』

 

 マジか。言葉が話せる奴はいるだろうと思っていたが、まさか本当にいるとは……それに、敵意がない。

 

「お前は、誰だ?」

『わ、私、は、元人間です』

「ほう、それで? お前自身は一体、誰だったんだ?」

『……わかり、ません。何かの研究を、していたことは、たしか、です』

「……なるほど。じゃあ、名前は?」

『名前は……叡子、だったはずです』

「…………わかった。どうして、あたしに話かけてきたんだ?」

『あなたに、この世界を終わらせてほしいです』

 

 叡子と名乗るブライズは、あたしにそう頼んできた。




 どうも、九十九一です。
 この章、本当に疲れる。体育祭以上に疲れる気がする……。次の回でブライズの世界は終わりにしたいところだけど……なんか、終わる気しない。あと二話くらいかかる気がする。その場合、サブタイもちょっと変えないと……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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308件目 エイコの願いと事の真相

※ 306件目と307件目のサブタイを変更しました


 エイコと名乗るブライズが現れたと思ったら、いきなり世界を終わらせてほしいと頼んできたので、とりあえず、場所を一旦変えて、事情を聴くことにした。

 

 絶対に事情は知っていそうだしな。

 

「それじゃあ、話をしよう。まず、そうだな……お前は、一体いつからその姿に? ついでに、変化する前の記憶は残っているか?」

『……そうですね。私は、ブライズになってから、そう日が経っていない……はずです。おそらく、数ヶ月程度かと。ですから、まだ記憶は比較的残っている方です』

「ならいい。じゃあ、この世界について教えてくれ。昨日この世界に来たばかりでな。真相を知りたい。一応……この手記でそれなりの顛末は知っているんだが」

『そ、それは……私の……』

「……やっぱりか。なら、尚更訊きたい。この世界の詳細な情報を。もちろん、憶えていることだけでいい。頼めるか?」

『はい……事の発端は、その手記にある通りです』

 

 そう言って、エイコは話し出した。

 

 この世界は、ある日を境に、自然災害が世界で多発するようになったらしい。

 

 地震、津波、竜巻、海面上昇、落雷、土砂崩れ、嵐……その他、色々なことがあったらしい。

 

 最初こそ、人間たちが手を取り合い、生きようと必死に頑張っていた。

 

 だが、そんな状態は長くは続かず、大国――アメリカや中国、ロシアと言った国々がこぞって独占を始めた。

 さすがにそれはまずい、と思った小国や、法人団体などが協力し合い、連合を築き、大国との経済戦争に発展したらしい。

 

 だが、やはり人間と言うのは、集団が大きくなればなるほど、結束力が壊れやすいもので、とうとう連合側内でも争いが始まってしまった。

 

 生き抜くためには必要なこと、そう言いながら、ついには武力行使。

 

 その結果、国同士での大規模な戦争――第三次世界大戦が勃発。

 

 その戦争では、大人も子供も関係なく、戦争に駆り出された。

 

 そうして、多くの命を失い、大切な労働力を失った国々は、次第に疲弊。そうして、ようやく戦争を止め、再び協力し始めたらしい。

 

 その期間は、二ヵ月ほど続いたらしいが……手記に書いてあった通り、国同士ではなく、個人での争いに発展してしまったようだ。

 

 そうして、世界は最悪の方向へと、さらに加速した。

 

 それからは、地獄だったらしい。

 

 人間や生物がブライズへと変貌し、対抗手段が碌にないまま、怯えるように生活していた。

 

 その中で、エイコだけは、どうにかしようと動き、まずは原因を調べることにした。

 

 幸いにも、施設は無事で、なんとか研究できるくらいはあったそう。

 

 んで、研究していくと、この世界には魔力があるということを突き止めた。

 

 この魔力が原因だと瞬時に見抜いたエイコは、どうにかしてブライズどもを撃退する方法を探った。

 

 だが、それは芳しくなかった。

 

 日に日に人間や生物は減っていき、資源も底をつきそうになる。

 

 対抗手段を見つけることを諦めたエイコは、今度は別の方法を探りだした。

 

 その過程で、空間歪曲を発見し、さらに異世界の存在を見つけてしまった。

 

 ここで見つけたと言う異世界は、イオたちが住む、あの世界だったらしい。

 

 さらに、ブライズたちが発生すると、空間歪曲が同時に一つ発生し、ブライズたちはこちらの世界から、あの世界へと移動する、というこも発見した。

 

 こちらの世界へ流せば、もしくは、行ければ、自分たちは助かるのではないか? と、一縷の希望に縋ろうとして……やめた。

 

 その先には、その世界で幸せに暮らす人たちがいた。

 

 自分たちの勝手な事情で、壊すわけにはいかないと思ったエイコは、全てを諦めることにした。

 

 だが、もしも、生き残った人間がいた時のために、エイコはとある装置を開発していた。

 

 それが、この世界を破壊するためのものだ。

 

 空気中にある魔力を収束させ、それらを核エネルギーに変換。それを何千倍にも膨れさせ、爆発。そうやって、この世界を破壊しようとしたらしい。

 

 魔力を伴ったこの装置なら、問題なく、ブライズたちを一掃できるらしい。

 

 本来は、自分で発動させようと思ったらしいのだが、生き残りの人間がいた場合を考えて、作動させられなかったらしい。

 

 矛盾している、と嘲笑したが、あたしに言わせりゃ、何もしないで諦めた人間どもなんか、無視してもいいと思うんだがな。

 

 たった一人で抗ったのは、こいつだけだ。

 

 ……とまあ、これが事の顛末らしい。

 

 話を聞いて思ったのは、この世界の人間どもは、本当にクソだということだ。

 

 エイコが一番マシだった。

 

 ……だが、ここは一つ、聞くとしよう。

 

「エイコ、お前が人間だった時の職業はなんだ?」

『学園長をしていました。叡董学園と言う学園の』

「……もう一つ訊く。イオ、という奴を知っているか?」

『イオ……? もしかして、男女依桜君のこと?』

「ああ、そうだ。そいつは、どうなったんだ?」

 

 そう尋ねると、エイコは一瞬悲し気な雰囲気を発した後、言った。

 

『……殺されたわ』

「……は?」

『……あれは、あの子が高校一年生の時でした。毎年九月に行われている学園祭でね、テロリストの襲撃があったんです。目的は、私の――というより、父の研究データ。基本的には会社にデータがあったんですが、その時はたまたま学園の方で確認していたんです。ですが……それがバレていたんでしょうね。襲撃が来て、ミス・ミスターコンテストで、あの子の出番の時、司会者を庇って……死んでしまった』

「……」

 

 嘘だろ……?

 

 こっちで、あいつは殺されたのか?

 

 あたしの知らない世界の、知らないイオとはいえ、イオを殺した奴が憎い……。

 

 もし、そいつが生きていたのなら、あたしは跡形もなく消すどころか、痛めつけて回復させて、また痛めつけて、精神を殺した後に、肉体を殺してやりたいくらいだ。

 

 …………なんてことだ。

 

 内から湧き出る、怒りと憎しみを抑え込もうとしていると、ふと、エイコが気になることを言いだした。

 

『でも、その時からかもしれません。世界がおかしくなりだしたのは』

「……どういうことだ?」

『偶然だと思うんですが、依桜君が殺された後から、自然災害が発生しやすくなったんですよ。まあ、元々資源が少なくなっていたり、環境が悪化していたので、本当に偶然だと思いますけどね……』

 

 ……なんだか、気になるな。

 

 エイコの言うように、本当に偶然なんだろうが、ちょいと引っ掛かる。

 

 まあ、元々謎な存在である以上、なんかでかいことになっても不思議じゃないが……まあ、適当に頭の片隅に入れおくか。

 

「それで、こっちのイオはどんな奴だった?」

『……そうですね。みんなから慕われる、優しい男の娘でしたよ。分け隔てなく優しく接し、友達想いで、誰かの為に、自身の身を犠牲にしても構わない、そんな子。だからでしょうか、依桜君が死んだあと、まるでそれを追うかのように、椎崎未果さんも死んでしまったんです。自殺、だったそうですよ』

「……マジか」

 

 なんてことだ。

 

 本当に最悪の世界じゃないか……。

 

 ミカと言えば、イオにとって最も仲のいい奴だ。

 

 幼少の頃からの付き合いで、お互い信頼し合っていることが、傍目に見てもわかるほど、あいつらは仲がいい。

 

 お互い好きであることに間違いないだろう。

 

 かなり大切に想うからこそ、イオが死んで、絶望し、追いかけるように死んだ、ってところだろうな……。

 

 なんなんだ、この世界は。

 

 どうしようもなく、最悪で、どうしようもなく……絶望的だ。

 

「なら、あいつらは? アキラにタイト、メイの三人は?」

『……彼らは、未果さんが自殺した後、事故で亡くなっています。自然災害に巻き込まれてしまったんですよ。本当に……本当に辛かった。地獄のようですよ、この世界は』

「……なんてことだ」

 

 聞いていて、胸糞悪くなる……。

 

 イオが死んだことを皮切りに、あいつの大事な友人どもが死んでいる。

 

 ……こんな荒廃した世界だ、死んでいるかもしれない、とは思っていたが……まさか、荒廃する前に、死ぬなんてな……。

 

「……お前が、この世界を滅ぼしてほしいと言った理由は?」

『……私は、もううんざりなんです。こんな、絶望しかない世界は。大切な生徒たちは、みんな死んでしまいました。自然災害で死んでしまった人もいれば、戦争に行って、死んでしまった人もいます。中には、争いに巻き込まれて殺されてしまった人だって……。だから、私は研究をしたんです。これ以上、誰も死なせないようにするために』

 

 そんな理由があったのか……。

 

 正直、ここまでガキどもを大切に想う奴を、あたしは見たことがない。

 

 こいつは、根っからの善人だ。

 

 ……どこの世界に行っても、悪い現実を見るのは、いつだって、善人だ。悪人どもばかりが、いい現実ばかりを見る。

 

 それは、法の世界でも同じ、ってか。

 

『……でも、ダメでした。研究が完成する頃にはもう、ほとんどいなくなってしまいました。残っていた子も、黒い靄に変わり果て、私を襲いました』

「……」

『私も、世界を破壊するための装置を創って、この姿になりました。だから、自分が黒い靄に変貌する前に、あの手記を、残したんです……だから。だからどうか……この世界を、終わらせてください……』

 

 その声には、悲しみや後悔や憎しみが、混じっていた。

 

 こいつは一体、どれほどの絶望を味わったんだろうか。

 

 あたしも、長い人生、いろんな絶望を味わった。大切な奴は、すぐに逝っちまう。ミリエリアがその最たる例だ。

 

 あいつは、あたしが最も大切に思った奴だった。親友だった。

 

 だが、こいつは大切なものが多すぎた。

 

 それを、短期間に失って、よく心が壊れなかったものだ。

 

 ……あたしは、エイコを救ってやりたい。

 

 なら、あたしがすべきことはわかっている。

 

「任せな。どのみち、この世界にいるブライズの王をぶっ飛ばしに来てんだ。ついでに、ブライズがまとめて消し飛ばせるってんなら、ありがたい話だ」

『い、いいんですか……?』

「当然だ」

『ですが、あなたも一緒に、世界と共に消えることになりますが……』

「安心しな。あたしは、世界消滅と同時に、元の世界に帰るよ。だから、死にやしないぞ」

『……不思議な人ですね。あなたは』

「ま、そうかもな。……そんじゃ、案内してくれ。その装置、どこにある?」

『こちらです、ついてきてください』

 

 そう言って動き出したエイコを追って、あたしたちは装置へと歩み出した。




 どうも、九十九一です。
 前書きにある通り、前話と前々話のサブタイを変更しました。三話で終わらせようと思ったら全く終わる気配がなく、この回を投稿する段階で『あ、これ絶対、あと二話以上かかりそう……』とか思ったので、急遽変更しました。正直、ミオ視点をここまで濃い(?)ものにするとは思ってなかったので、色々と大変です。できれば、あと二話くらいで終わらせますが……まあ、私の書き方だと、あと3話以上続いても不思議じゃないので、あまり期待しないでください……。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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309件目 王、出現

 装置がある場所に向かって、あたしとエイコは歩く。

 

 いやまあ、正確に言えば、エイコは浮いているんだが。

 

「ああ、そう言えば言ってなかったが、戦闘時はあたしから離れた方がいい。存在が消し飛ぶから」

『わ、わかりました』

「まあ、消さないようにするんで、安心しな。そんな初歩的なへまはしないさ」

 

 それに、消すわけにはいかん。

 

 装置の場所もわからんし、それに、一人寂しくこの世界にいたんだ。こいつの願いをかなえてやるまでは、絶対に消すわけにはいかないんでね。

 

「そういやエイコは、元々そういう性格だったのか? あたしの知るエイコとは違うんだが……」

『いえ、本来なら、もっと明るく、自分で言うのもなんですが、テンションが高い性格でした。人からは、『ちょっとうざい』とか言われてましたね』

「そうなのか」

 

 まあ、微妙にあたしの知るエイコと被るな。

 だが、こんな世界だ、正確に変化があっても不思議じゃないな。

 

『ミオさんって、どこから来たんですか? この世界の人じゃないように見えるんですが……』

「ああ。あたしは何て言うか……ここと同じ世界――じゃ語弊があるな。簡単に言えば、お前が見つけた別の世界に住んでる人間だよ。まあ、あたしはちょっと違うがな」

『……もしかして、あの平和な世界?』

「ああ。だがまあ、あたしはそこの純粋な住人ではなく、ちょっとしたことが原因で、その世界に行ってしまった、異世界人だよ」

『異世界……』

「ちなみにだが、この世界にもあると思うぞ、あたしが出身だった世界は」

 

 もっとも、この世界がこんな有様なんじゃ、まだある保証はないんだがな。

 

 最悪の場合、滅んでいる可能性がある。

 

 そして、一番考えたくない可能性だが……もしかすると、あたしが邪神に敗北している、という場合も考えられる。

 

 それが原因で、向こうが少しずつ滅び、最近終わった。だから、こっちの世界も道連れに滅んでいる、と言う可能性だ。

 

 まあ、あり得ん話ではない。それかもしくは、あたしがそもそも存在していなかったか、と言う可能性だな。

 

 まあ、世界は無数にある。こういう世界線があっても、不思議じゃない。

 イオの世界の言葉で確か、並行世界だったか? まあ、それだろうな、ここは。

 

『ミオさんがいた世界……そうですか。そこは、どういうものなんですか?』

「あー、そうだな……魔法があって、能力やスキルと言った便利なものがある世界だよ。ここのように、科学で発展したわけじゃないが、魔法で発展した世界だ」

『魔法……魔法があるんですか?』

「ああ。というかだな、さっきからブライズを消滅させてるのは、魔法だ。より正確に言えば、魔力を聖属性に変化させて、体に纏わせているだけだがな」

『ブライズ、というのは……あの黒い靄、ですか?』

「ああ。その黒い靄だ。正直、いちいち黒い靄って言うのは面倒だったんで、あたしが名付けた。もっとも、名付けたのは結構前だけどな。あたしが今暮らしているあの世界に、こいつらが出現してな。あたしはそいつらを消す旅をしたりしていたんだよ。んで、その世界にいるエイコにブライズが住む世界を探してもらって、転移装置を創ってもらった。そうして、あたしはこの世界に来たんだよ。まあ、言っちまえばあたしは、異世界人って奴だ」

『……そう、だったんですね。やはり、黒い靄――ブライズは、そちらの世界に』

「ああ」

 

 申し訳なさそうな雰囲気を出すエイコ。

 

 正直言って、こいつは悪くないと思うんだがな。悪いのは全部、戦争なんて馬鹿なことをした人間どもだ。

 

『そちらの世界にいる私は、一体何を?』

「そうだな……異世界の研究をしているな。学園長をしている傍らで。まあ、それによってイオが異世界転移に巻き込まれて、三年間異世界で過ごしたりしたが」

『依桜君がいるの?』

「ああ。おそらく、こっちでは異世界に行っていないんだろうが、あっちのイオは異世界に行ってるんだよ。それで、かなり強くなった。だから、テロリストの襲撃があっても、無事に乗り切った。誰一人として、死者は出さなかった。ま、あいつの甘い考えと油断で、ミカに怪我を負わせちまったが……あいつに回復魔法を教えておいて正解だった。まあ、そんなわけで、あいつは死んでない。てか、楽しい日常を送ってるよ、あいつは」

『……そう、ですか。こことは違う依桜君とはいえ、楽しそうに生きているんですね……』

「ああ。安心しな」

 

 それに、今はあたしという存在がいるんだ。

 

 今更神の一柱や二柱、どうってことはない。

 

 あいつを守るのが、今のあたしの仕事だ。

 

 たった一人の愛弟子を死なせるとか、師匠として失格になっちまうんでね。あたしはいつだって、あいつを見守る義務がある。

 

 それに、仮に遠くにいても、あいつの存在は確認できるしな。『空間転移』は、マジで便利だよ。……そういやこれ、進化させたら、『次元転移』とかにならねぇかな。

 

 そうすれば、自由に異世界を行き来できるんだがなぁ。

 

 まあ、いつか鍛えてみるとしよう。

 

 あ、そうだ。一応これだけは言っておくか。

 

「言っとくが、あたしが知るイオは……今は男じゃなくてな。ちょっとしたあいつの油断で、女になっちまった。ちなみに、すっげえ可愛い」

『え、お、女の子……? 本当に?』

「ああ。マジだ」

『……そっか。でも、なんだか納得。あの子、男の子であることが似合っていませんでしたから。きっと、女の子らしいことをしているんでしょうね』

「そうだな。料理作ったり、怪我の手当てしたり、可愛いもの好きだったり……まあ、女らしい奴だ。だがな、あいつほど善良な人間を、あたしは知らん。どこまで行っても甘くて、どこまで行っても……優しい奴だ」

『……そうですね。私が知る依桜君も、そう言う人でした』

 

 あたしが鍛えたあいつは、どんなことにも対処できる。

 だが、一つ気になることがあるな……。あいつが、なぜ、テロリスト襲撃を事前に防がなかったか、だ。まあ、この辺後々考えよう。

 

『あの子は自分の命を賭してまで、接点のなかった司会者の生徒を助けた。でも、その代償に、命を落としました。でも、あの子はそれで満足しちゃったんでしょうね。死に際の表情と最後に発したセリフって、何だと思いますか?』

「……そうだな。あいつなら、死にかけでも笑って『大丈夫でしたか?』なんて言うんだろうな。で、大丈夫と答えると、微笑んで、そのまま息を引き取りそうだ」

『……さすがですね。そうです。ミオさんの言う通りのことが、起こりました。最後まで、人の心配をして、逝ってしまった。あの子はどこか歪んでいる、そう思えてしまうほどに』

「歪んでいる、ね」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。

 

 あいつは、常人以上に、人を大切にする。

 

 それがたとえ、悪人であっても。

 

 いや、どうしようもなくて、自身の大切な者たちに危害が及ぶとわかれば、あいつは躊躇いつつも、そいつらを殺すだろう。

 

 だが、あいつはそれくらいの状況でなきゃ、絶対に人は殺さなかった。

 

 それは、あの戦争で歪に際立った。

 

 最近聞いた話だが、あいつは魔族をほとんど殺していない。

 

 それどころか、安全な場所に逃がすように協力するレベルで。

 

 怒りの沸点はハッキリ言って、相当高い位置にいるあいつだが、唯一沸点が低いものがある。それが、ミカたちが傷つけられること。

 

 いや、より正確に言えば、幼馴染、友人、家族、といったあいつにとっての大切な奴らが傷つくことを極端に嫌うような節がある。

 

 その中には、あたしも含まれているだろうな。

 

 あいつは、あたしを好きだと言った。それどころか、殺しを教えたあたしを好きだと言った。

 

 自惚れではないが、あたしが死んだら……あいつはきっと、号泣するんだろうな。

 

 だがまあ、あたしみたいなろくでもない人間が死んでも、あいつはきっと、大丈夫だろうな。

 

 ……つっても、あたしはまだまだ寿命がある。それこそ、イオ以上の寿命が。

 

 あいつの寿命は本来、魔力量の増加により、最低でも三百年は続くと思ったが、あの解呪の影響で、寿命が長くとも百二十年程度になってるからな。まあ、それでも強靭な肉体に、鋼のような精神は残っているんで、問題ないだろうがな。

 

 でも……あれか。あたしはまた、大切な奴の最期を看取ることになるのか。

 

 あたしが唯一、生涯で恋愛感情を持った奴だと言うのにまったく……。

 

 ほんっと、あたしは運が悪い。

 

 これもやっぱ、幸運値が666だからかね?

 

 悪魔の数字だ。

 

 あたし、悪魔に取り憑かれてんの?

 

 なんて、何度思ったことか。

 

 まあ、こんなんだからこそ、大切な奴らに出会えたわけだが。

 

「……ああ、そうだ。一つ訊きたい。イオを殺したテロリストたちってのは、どうなった?」

『それが、依桜君が殺し、研究データを持ち去った後、彼らはヘリで逃げました。ですが、原因不明の故障で、全員死亡。死体は発見されましたが……まあ、酷いものでしたよ。見るも無残な姿、と言う言葉がぴったりなほどの』

「……そうか。ならいい。ま、死んでいるのなら、少しは溜飲が下がるってものだ」

 

 まあ、だとしても、許せんがな。

 

『そうですね。でも……償ってもらいたかったです』

「……やっぱり、イオに会いたいか?」

『そうですね……。できることなら、会いたいわ。依桜君だけじゃなくて、学園生たちに。死んでしまったみんなに』

「……わかった。じゃあ、一つ取引と行こう。いや、別にお前にはデメリットなんざないが」

 

 エイコの寂しそうな雰囲気を感じたあたしは、あることを考え、エイコに取引を持ちかけた。

 

『取引、ですか?』

「ああ。内容は……あたしに取り憑き、あの平和な世界に行くことだ。どうだ?」

『で、ですが、私はまだ理性があるとはいえ、ブライズです。人に取り憑けば、悪感情を増幅させてしまう……』

「はっ! このあたしが、他人に体を許すわけないだろう。支配なんざされないさ。安心しな。で? どうする?」

『……もし叶うのなら、会いたいですね』

「おし、なら成立だ。向こうで、何の問題もなく存在できるようにしてやるよ。エイコ辺りに頼めば、何とかなりそうだ」

 

 ブライズをちゃんと存在できるようにするくらい、わけないだろう、あいつなら。

 もちろん、あたしも全力で協力はするさ。

 魔法と科学がありゃ、何でもできそうだ。

 

『……ありがとうございます、ミオさん』

「いや、いいんだ。正直、絶望だらけの人生、それはもう終わりにして、希望だらけの人生にしてやりたいからな。お前は、それくらいことをしてきた。だから、あたしは助ける。まあ、ちょっとしたあたしの我儘かもしれんがな」

『いえ、そんな我儘で希望が得られるのなら、全然大丈夫ですよ。私は、あの子たちに会いたいですから』

「ああ、わかった。絶対にどうにかしてやると、約束しよう」

『……本当に、ありがとうございます、ミオさん』

「いや、いいんだ。あっちの世界では、あたしとエイコは仲が良くてな。まあ、友人って奴かね? 確実にお前がそいつと同じ人間だというのはわかる。友人を見捨てるほど、あたしは非道な人間じゃないさ」

『そうですか。……お話をしていたら、目的地に着きましたね。ここですよ』

「やはり、二人の方が旅は楽しいな。さて……ほう、これが、世界を破壊するための装置か」

 

 あたしたちの目に前に現れたのは、大きな筒――なんか、波〇砲みたいな感じの、直径五十メートルはあろう、巨大な機械だった。

 

 だが、発射口は天を向いているところを見ると、空に向けて打ち出すみたいだな。

 

『そうです。名称は特に決めてないですが……そうですね、もう安直に『世界破壊装置(仮)』でいいでしょう』

「ほんっとに安直な」

『ま、まあ、ネーミングセンスはないですしね……』

「まあいい。それで? これの動かし方は?」

『はい。まずは――ッ! ま、まずいです! 気付かれました!』

「ん? 気付かれたって……ああ、なるほどな。理解した。世界を滅ぼす前に、ラスボス戦ってか」

 

 巨大な力の反応が、こちらへまっすぐ向かってきていた。

 それは、あたしがぶっ潰すために来た、今回の旅の目的の存在。

 それはかなりの速度で、あたしらに近づいてきて……現れた。

 

『GAAAAAAAAAAAAAッッッ!』

 

 あたしの目の前に現れたのは、人型の獣、と呼ぶにふさわしい外見をした、まさに怪物の王だ。

 

「ほう、他の有象無象とは違って、まともな咆哮だな。……エイコ、この場から離れてな。正直、手加減ははなっからする気はないんでね。逃げないと……お前を連れて行く前に、消し飛んじまう。だから、早く行け」

『わ、わかりました。ミオさん、お気を付けて』

 

 そう言って、エイコはこの場を去った。

 エイコが去った後、あたしは目の前のブライズの王と、去ったエイコに向けて言葉を発する。

 

「はっ、あたしは神だって殺す人間もどきだ。こんな奴に、負けるわけないさ。そんじゃまあ……あたしの世界で、散々悪さしたツケ、ここで払ってもらうぞ? 今からテメェを……ぶっ潰す!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、あたしは戦闘態勢に入った。




 どうも、九十九一です。
 この作品で、最もシリアスな展開が多いと思ってるこの章。なんでこうなった、と思っています。なんか、実質作中の最強キャラが、本気を出しそうです。とはいえ、戦闘描写は苦手なので、あまり上手く書ける自身はないですし、なんかあっさり終了しそうですけどね……。ま、まあ、この作品は日常系がメインなのでね。戦闘がメインじゃないですしね。一応、昔に比べたら上達しましたが。
 それから。まあ、作中でミオが明言している通り、テロリスト襲撃の時のあれって、ちょっとした伏線だったりします。まあ、まだ全然出してないので、あれですけどね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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310件目 世界消滅

※ 戦闘描写なんてあったものじゃないです。ド下手ですが、まあ……許してください
  ついでに、最後の部分、頭悪すぎて実在するかどうかわからんこと書いてますが……頭の悪い作者の頭の悪い文章だと思ってください


 ぽきぽきと拳を鳴らし、不敵な笑みを浮かべるミオ。

 

 眼前にいるのは、人型の獣と言っても過言ではない、ブライズの王だ。

 

 今回のミオの旅の目的が、目の前にいる。

 

 今までさんざん邪魔して来た存在の頂点に君臨する、ミオにとって邪魔でしかない存在。

 

 それが、目の前に。

 

 ミオは内心かなり昂っている。

 

 目の前にいるのは、依桜には劣るものの、それでも十分強い能力を有した存在だ。

 

 体長は四メートルほどと、なかなかに高い。

 

 普通の人間からすれば、きっと委縮し、必死に逃げ惑うような威圧感。その姿は全身が漆黒に染まっており、唯一、眼だけは紅く光っていた。

 

「さて、あたしは優しくない。手加減をするつもりもないし、殺さない、なんて甘いことは言わん。この世界から塵一つ残さず、消滅させてやろう」

 

 そう言って、ミオは『身体強化』を五倍でかけた。

 

 さらに、ブライズに特攻を持つ聖属性の魔力を、今までよりも圧倒的に濃密な量で全身に纏う。

 

 ハッキリ言って、この時点でもうすでに、そこらの雑魚は半径十メートル以内に入った時点で一瞬で消え、半径三十メートル以内に入れば、致命的なダメージを受けることになる。

 

 だが、ブライズの王は、少し煙を出すだけで済んでいる。

 

 やはり、雑魚とは一線を画すようだ。

 

 それを見て、ミオはニヤリと笑う。

 

「ははは。まあ、そうだよな。この程度で消えたんじゃあ……つまらないよなっ!」

 

 ミオは、王との間に存在する距離を、刹那の内に縮め、思いっきり王を蹴りぬいていた。

 

『GAAAAAAAAAAAAAッッ!』

 

 なんとかガードはしていたらしく、ほぼ無傷な王。

 

「ほほう。手加減したとはいえ、あれをガードするか。ハハハ! いやぁ、面白いな。だがまあ……こんなものか」

 

 今の一撃で、大体の能力を、ミオは把握した。

 

 攻撃力、防御力、素早さ。それらのおおよそを。

 

『GUッ――GAAAAAAAAAAAAA!』

 

 それを馬鹿にされたと思った王は、真っ直ぐ、ミオに突撃をかましてくる。

 

 普通の人間が当たれば、一瞬でバラバラになるほどの衝撃を持った突進が、ミオに迫る。しかし……

 

「馬鹿正直にくるんじゃない」

『GUGYA!?』

 

 ミオは、片手で受け止めていた。

 

 想像していたのと全く違う状況に、王は驚く。

 

 自分よりも小さく、弱そうな女性に、王は苛立ち、混乱する。

 

 そこにあるのは、『なぜだ、なぜだ』という自問自答。

 

「さて、まさか、これだけじゃあるまいな?」

 

 にっこりと笑って、ミオは自身が受け止めている手に力を入れる。

 ベキッ! と言う音を立てて、ミオの指がめり込む。

 

『GUOOOOOOOOッッ!?』

 

 自分たちにとって天敵である聖属性の攻撃を受け、王は思わず悲痛な叫びを上げる。

 

 だが、叫びを上げるだけではない。

 

 王は、自身の指を鋭利な爪に変化させ、ミオめがけて振り下ろす。

 

 相当な速度で振り下ろされた爪は、ミオを捉えようとして……空を切った。

 

 いつの間にか、ミオの姿がかき消えていたのだ。

 

 慌ててミオを探そうときょろきょろする王だが、次の瞬間、背中を特大の衝撃が通り抜け、思わず吹っ飛んだ。

 

「気配をちゃんと探れよ。あたしは、ちょっと『気配遮断』をして、背後に回っただけだ。チッ、ブライズの王だとか言うから、ちょいと期待したんだがな。これじゃ、拍子抜けだぞ?」

 

 割と本気でそう言うミオ。

 

 なんだか、つまらなそう……というか、実際本当につまらないと感じていた。

 だが、ストレス発散にはもってこいだとも思っている。

 

 普段から、抑制している力の解放。

 

 ミオほどの強者ともなると、どうしても威圧感や殺気、魔力が漏れ出るものだ。そう言ったものを、ミオは普段から抑えていた。

 

 なにせ、駄々洩れにしていたら、普通の人間はすぐに気絶してしまう。その人が子供だったり、弱かったりすると、その漏れ出る威圧感や殺気だけで殺せてしまうほどに、ミオから洩れ出る威圧感や殺気は強すぎるのだ。

 

 普段何気なくしていることでも、積み重ねれば疲れは生じるもの。

 

 ミオはちょっとだけ疲れていたのだ。

 

 ちなみに、法の世界では、ミオは太平洋のど真ん中に行って、抑えている威圧感や殺気を開放していたりする。

 

「さてさて? お前はどう攻撃してくる?」

 

 ミオの攻撃で吹っ飛び、痛みに悶絶している王に対し、挑発するミオ。

 

 笑顔が、悪魔のようである。

 

 それを見て、さらに王は苛立つ。

 

 そして、一気に飛び出し、再び鋭利な爪で襲い掛かる。

 

 突き、袈裟斬り、薙ぎ払い、いろんな方法で爪を振るい攻撃する物の、一向に当たらない。それどころか、掠めてすらいない。

 

 いや、さらに言えば、当たるか当たらないか一ミリ以下の距離で爪を回避している。

 

 ほんのわずか、回避をミスしただけで、爪が直撃しそうなくらいに。

 

 実質、ゼロ距離と言ってもいいかもしれない。

 

 だが、その爪がミオを掠めることはない。

 当たらないとわかった王は、攻撃方法を増やす。

 

 爪だけでなく、足で蹴りも放つようになったのだ。

 

 しかもそれは、回避した直後を上手く狙って攻撃してきている。

 

 爪で攻撃し、右に避けたら、それを追うように右足で強烈な蹴りを放ってくる。

 

 だが……それでも届かない。

 

 ミオはその足に手をついて、側転の要領で回避。

 

 そこを王が左手の爪で攻撃するも、ミオが振り下ろした足により下方に弾かれ、その蹴りの反動を利用して、ミオは軽く後ろに跳んだ。

 

「ふむふむ。まあ、学習はしているらしい。だが……それでも遠いな。これじゃあ、いくら待っても、あたしが望むほどには成長しないな。これ以上は、時間の無駄だろう。まあ、正直言うと、戦闘ってのも面倒だし、あたしはさっさと帰って、酒飲みたいんで……消えてくれや」

 

 ヤクザのようなセリフを吐いた後、ミオは手の平に極大の魔力塊を発生させ、それを聖属性に変化させた。

 

 直径は、七メートルはある。でかい。でかすぎである。

 

 それらは、聖属性の魔力の塊なだけあって、聖なる光を放ち、周囲の瘴気を晴らしていた。

 

 それほどまでに、濃密で、強いものなのだ。

 

『GYA、GAY……!?』

「そんじゃまぁ……もうちょい遊んでやりたいが、残念ながら、時間もないんでね。瞬殺、ってことで、勘弁してくれ。ああ、悪く思わないでくれ。お前が弱すぎたのが悪い。……イオにすら勝てないレベルだしな、お前。まあ、あたしが強すぎるって言うのも、あるんだろうがな! そんじゃ……消え失せろ!」

 

 極大の魔力塊を、ミオは野球選手よろしく、思いっきり投球した。

 

 その玉は、眼にもとまらぬ速さで飛んでいき、

 

 ドオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンンンッッッ!

 

 という轟音と、

 

『GYA……GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!?』

 

 という、ブライズの断末魔を発生させた。

 

 その結果、ブライズの王は、跡形もなく消滅し、地面には直径二十メートルほどのクレーターが出来上がっていた。

 

「ふぅ。いやはや、弱いねぇ。ま、酒が飲みたいから急いだわけだが……もうちょい、遊んでもよかったかもな」

 

 現在のミオを表すのなら……理不尽、この一言に尽きる。

 

 酒が飲みたいからがゆえに、瞬殺しに行くという、理不尽通り越して、悪魔だ。

 

 こんな頭のおかしい存在がいるというのが、本当に不思議なものである。

 

 創造主の神と言えど、さすがにミオの存在はイレギュラーだと思ったことだろう。

 

 それほどまでに、ミオは酷かった。

 

 いっそ、種族が悪魔と言われた方が納得してしまいそうである。

 

「さて……あー、終わった終わった! スッキリしたぞ!」

 

 目的が達成できて、ミオは心底スッキリしたように、そう言葉を発した。

 

 

 あっけなかったが、ブライズの王を倒してスッキリしたあたしは、エイコの所へ。

 

 もちろん、あの極大魔力塊はちゃんとエイコに当たらないようにしていたんで、問題なしだ。

 

「ほれ、あいつは消し飛ばしたぞ」

『す、すごいですね……。まさか、人々があそこまで暴威に晒され、数えきれないほどの人たちを殺した王が一瞬で……』

「いやなに。あいつは、ハッキリ言って雑魚だったよ。足元にも及ばない」

『そ、そうですか。……それじゃあ、もう終わらせないとですね』

「そうだな。それで、装置はどうやって動かすんだ?」

『装置の近くに、コントロールパネルがあるはずです。とりあえず、ついてきてください』

「了解だ」

 

 やることも終わった以上、この世界にいる意味はない。

 

 先へ進むエイコの後をついていく。

 

 すると、装置の近くにコントロールパネルが鎮座していた。

 

『これは、大気中の魔力で動きます。ですので、電気を使用していません。……まあ、こんな有様ですから、電気なんてないんですけどね』

「ははは、そりゃそうだ」

 

 むしろ、電気が通ってたらすごいわ。

 あたしが『気配感知』を世界規模で使用しても、生き残りなんて誰一人としていなかったしな。

 

『えっと、このコントロールパネルに、赤いボタンがあると思うんですけど……』

「ん、ああ、これか?」

 

 エイコの言う通り、コントロールパネルには、なんか、黒と黄色の縞々模様で囲まれた赤いボタンがあった。よく見れば、ガラスで覆われている。

 

 これはあれか。危険だから押すなよ! みたいなボタンに施される措置。

 

 初めて見た。

 

『それを押せば、一分後にこの世界を崩壊させるほどの核爆弾のような物が発射されます。ですので、押してすぐに退避することになりますね』

「OK。そんじゃ、そろそろ帰還と行こうぜ。さあエイコ。あたしに取り憑け」

『わ、わかりました。それでは、失礼して……』

 

 遠慮がちに、エイコがあたしの中に入ってきた。

 

 ん……なるほど。これはたしかに、暴走する要因になるわな。

 

 なにせ、黒い感情が増幅されているし。

 

 ……まあ、あたしくらいの者になると、感情を自由自在にコントロール可能なんでな。黒い感情を限りなく0にすることなんざ、容易い。

 

『だ、大丈夫ですか?』

「ああ、問題ない」

 

 頭の中に、エイコの声が響いてきたが、まあ『念話』とかに似てるんで、全然大丈夫だな。うん。

 

「よし、準備はいいか? ボタンを押すぞ?」

『はい、お願いします』

「了解だ。そんじゃま……ポチッとな」

 

 そう言いながら、あたしはガラスを突き破って、ボタンを押した。

 すると、ゴウンゴウンという音を出しながら、機械が動き始めた。

 

『魔力増幅式核爆弾を今から一分後に発射します。これは、地球上のどこにいても助かりません。この世の空間歪曲と黒い靄を全て消すための物です。停止は一切受け付けられません。仮に、機械その物を破壊しても、世界は滅びます。もしも、生存者がいるのでしたら、申し訳ありません』

 

 うっわ、意外とドストレートだな……。

 

 最後とか機械音声のせいで、すげえ冷たく感じるぞ。

 

「それじゃあ、あたしらも行くぞ」

『はい……それじゃあ、ミオさん、お願いします』

「ああ。そんじゃま……さよならだ、可能性の世界」

 

 そう言って、あたしは転移装置を起動させた。

 行きの時と同じように、あたしを光が包み込み、意識が落ちた。

 

 

 その後、ブライズが蔓延っていた世界は、叡子の設計し創った装置により、崩壊した。

 

 魔力で膨大な核エネルギーを生成し、さらに魔力で何千倍にも膨れ上げたことで、地球だけでなく、太陽系そのものを破壊するに至った。

 

 さらに、叡子は核爆発だけでなく、太陽を超新星爆発を起こすこともできるよう調整していたこともあって、太陽が超新星爆発を起こした。

 

 そうして、ブライズが蔓延っていた絶望の世界は、文字通り終焉を迎えた。




 どうも、戦闘描写が相変わらず苦手な、九十九一です。
 正直、私が最も苦手とする分野です。極力書きたくないですが、作品上仕方ないので、書いています。とりあえず、ブライズの世界は、これで終了です。あと、3、4話くらいでこの章は終わります。その後は……うーん、普通に大き目の章に入るか、単純に日常回に入るか……。まあ、続きを書きながら考えます。構想やプロットなんて一切ないですし。
 今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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311件目 帰還した後

 目を覚ますと、そこは研究所だった。

 

「お、帰ってこれたか」

「おかえりなさい、ミオ」

 

 目を覚ますと、エイコが出迎えてくれた。

 

「どうだった?」

「ああ。問題なく、消し飛ばしてきた。世界ごと」

「え、せ、世界ごと? えーっと……どういうことかしら?」

 

 混乱しているエイコに、あたしは向こうでしてきたことを全て語った。

 

 最初はやや興奮していたが、向こうの世界の惨状を聞いた途端、興奮はなくなり、悲痛そうな表情を浮かべた。

 

 まあ、紛いなりにも、別の世界の自分、ってことになるからな。

 

 そりゃ、暗くもなる。

 

「……そう。ブライズがいた世界は、荒廃したこの世界なのね」

「ああ。あたしの読み通り、神が離れた世界だったよ」

「なるほどね。……でも、そっちの私は、相当酷い地獄を味わったのね……」

「……そうだな。だからこそ、あたしが助けよう、とか思ったんだが」

「へぇ、ミオが。やっぱり、友達だから?」

「そりゃそうだ。友人を見捨てるほど、酷い人間じゃないさ」

「ふふっ、それもそうね。…………ん? ちょっと待って。助けようと思った?」

「ああ、それが何か?」

 

 なんだ、微妙にタイムラグがあったぞ?

 驚くかね、普通。

 

「もしかしてなんだけど……助けたの? その、別の私を」

「ああ、助けたな。なんなら会うか?」

「え!?」

 

 あたしが会うかどうか訊くと、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにこくりと頷いた。

 よし、問題ないな。

 

「エイコ、出てきてくれ」

 

 あたしの中にいるエイコに向けてそう言うと、

 

『あ、え、えっと、初めまして……でいいんでしょうか? 董乃叡子です』

「わ、私!? って言うか……ぶ、ブライズ!?」

『はい。まあ、その……色々あって私はこうなってしまったんです』

「さ、さすが私……ブライズになっても正気を保ってるなんて……」

 

 それ、あたしも思った。

 

 まさか、ブライズになっても言葉を話せるとは思わなかったぞ。

 

 あれかね。マイナスの感情がほとんどなかったから、理性的だったのかね?

 

 ……じゃあ、イオが倒した奴は何だったんだろうな。まあ、今となっちゃ、どうでもいい。

 

 とりあえず、突然変異体ということで、納得しておくとしよう。

 

「んで、エイコ。物は相談なんだが……このエイコを、こっちでも普通に存在できるようにしたい。当然、あたしも全力で手を貸す。どうだ?」

「なるほど……。別の世界の私ということを考えたら、断るわけにはいかないわよねぇ。うーん……あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 

 何かを思いついたのか、エイコは研究所の奥へと行ってしまった。

 と思ったら、すぐに戻って来た。

 手に何かを持っているが……あれは、スマホか?

 

「エイコ、それなんだ?」

「これはね、依桜君に頼まれて、現在製作中の『異世界転移装置二式』っていう物で、魔の世界と法の世界を行き来できるようにするための装置!」

「え、マジで!?」

「ええ、マジよ! まだ創っている途中だけど、大分できてきてるわ。そうね……ゴールデンウイークまでには完成する予定よ」

「そうか……それで、それがこのエイコを存在できるようにするのと、何の関係が?」

「いえね? この装置に、AIサポート機能を付けようと思ってるの。でも、よくあるナビゲーションみたいな無機質なAIだとつまらないでしょ? だから、このAIをそっちの私にしてしまおう! って言う考え」

「なるほど……エイコ、どうする?」

『いいですね、それは』

 

 どうするか尋ねると、エイコは嬉しそうに肯定して来た。

 

「よかったわ。でも、ブライズって機械に取り憑けるのかしら?」

 

 ああ、確かにそれは気になる。

 人間や生物には取り憑けるが、機械はどうなんだ?

 

『問題ないはずです。むしろ、人間や生物に取り憑くよりも、安定すると思います』

「OKOK! じゃあ、AIになるということで行きましょう」

「まあ、これでなんとかなるな」

 

 実によかった。

 

 なにせ、これで無理だったら、別の方法を探らなきゃいけなかったからな。

 

 なんて、あたしとエイコが喜んでいると、

 

『それで、えっと……お願いが、あるんです』

「お願い? 一体何かしら?」

『その……私の記憶を、消してほしいんです』

「……どういうこと?」

『私はもう、あの世界を思い出したくないんです……絶望だらけのあの世界を生きていたことは』

「……お前、イオに会いたいとか言ってたよな? それでいいのか?」

『……はい。私は、AIとなった時点で、プログラムとしての存在になります。そこには、私の記憶なんて不要です』

「だが、それじゃあ会ったことにはならないぞ?」

『それなら、消すんじゃなくて、封印にできますか……?』

「まあ……できるが」

 

 記憶を消すのも封印するのも、あたし的には難易度は変わらない。

 

『それに、記憶はなくなっても、それは私と言う存在です。だから、いいんです。今の私を全てリセットして、一から幸せな人生――いえ、AI生を送りたいんです。次は、依桜君をサポートする存在に』

「そうなると、あなたはこの装置に取り憑いた後、プログラムと化し、AIになる。そうして、依桜君をサポートしたい、ということよね?」

『はい。だから私は……そうですね。色々と悪ふざけしたらできたAI、ということにしてください。おそらく、感情はあると思いますので』

「まあ、元が人間だしね」

 

 AIは感情がないのが、現在の常識であり、普通だそうだ。

 そもそも、感情なんて言う曖昧なものを再現するのが無理だからだが。

 

『それにですね。私はずっと、この装置に入り込み、そこで暮らします。依桜君と一緒なら、別にいいかなって思うんです。だから……お願いします。私の記憶を封印してください』

 

 懇願。

 

 それは、絶望の世界での出来事全てをリセットして、新たに生まれ変わりたいという、エイコの願い。

 

「……本当に、それでいいんだな?」

『はい。封印なら、完璧に忘れるわけじゃありませんから。そうですよね?』

「まあな。別に消すわけじゃなくて、記憶に鍵をかけるだけだからな」

 

 何らかのカギを用意しておけば、いつでも解除可能にすることができるしな。

 

『なら、大丈夫です。どこかで憶えているはずですから。なので……お願いします』

「……わかった。まあ、友人の願いだ。最後まで付き合うさ。それじゃ、ま……取り憑いてからの方がいいかね?」

『そうですね。それでお願いします。あ、えっと、こちらの私、ちょっといいですか?』

「ええ、なに?」

『記憶を封印した後、私をスリープ状態にしてください。目覚めるのは……依桜君に合う五日前にスリープから解除してくれませんか?』

「ん、お安い御用よ!」

『それじゃあ、取り憑きます』

 

 そう言って、エイコは端末に乗り移った。

 

『さあ、取り憑きました。ミオさん。封印、お願いします』

「ああ。行くぞ……『封印』!」

 

 そう唱えると、あたしの手から光が放たれ、端末を包み込んだ。

 十秒くらいのその状態が続き、光が消えると、そこには何の変哲もない端末が置かれていた。

 

『……私は、誰でしょうか?』

 

 そして、端末からそんな声が発された。

 

 さっきとは違い、声が変わっている気がする。

 

 なんと言うか……可愛い系の声、だろうか。

 

「……あなたはね、今からスリープに入ります。突然で申し訳ないけど……いいかしら?」

『はい。なぜかはわかりませんが、私の心的なあれがそう訴えているので、問題ないです! それじゃ、お願いします!』

 

 なんか、テンション高くね?

 

 これが……あのエイコの素?

 

 ……人って、どう変わるかわかったもんじゃねえな。

 

「ええ、それじゃ、スリープに入れるわ。起きるのは……二週間ほど先ね。いい?」

『OK! じゃあ、お願いしますぜ!』

「ありがとう。それじゃあ、スリープモードに移行」

 

 エイコがそう言った瞬間、端末はスリープモードへと移行し、エイコは言葉を発さなくなった。

 

 なんと言うか、寂しいもんだな。

 

 だが、あいつはリセットして、新しい生を歩むことを選んだんだ。あたしらに止める権利なんてないしな。

 

 それに、地獄の記憶なんていらんだろ。

 

「さて、この端末はプログラムを入れたりしないとね。あとは、AIに色々と入れないと。忙しくなりそうね、ほんと」

「ま、仕方ないさ。……おっとそうだ、エイコ、ブライズの世界のデータがあるんだが、いるか?」

「もっちろん! それがあれば、研究の幅がもっと広がるわ!」

「ああ、わかった。それじゃ、向こうでの話も含めて、色々話すか」

 

 

 話をするために、あたしとエイコは休憩室に移動した。

 

「それで、話をしましょうか」

「ああ。そうだな、何から話したものか……まあ、そうだな。あの世界は、ハッキリ言って地獄だったぞ? お前が言った通り、普通の人間じゃすぐに死んじまうくらいな」

「やっぱり……」

「それと、さっきは多少端折ったんだが、あっちの世界は崩壊してたぞ。人間生物、関係なく滅んでいた。文明なんて、あったもんじゃんなかった」

「そこまで、酷かったのね」

「ああ」

 

 できることなら、二度と行きたくない世界だな。

 まあ、そもそも地球やらなんやらが消滅した以上、もう二度と行けないんだがな。

 

「じゃあもしかしてなんだけど、ブライズの世界って、並行世界ってこと?」

「あー、まあ、そうなるんじゃないか? あの世界は、イオが異世界に行っていない世界、と言えるな」

「へぇ」

「んで、あっちのエイコの説明をしたように、お前は異世界転移装置を九月の時点で使っていない。いや、そもそも研究を引き継いでいなかった、の方が正しいのかもしれん」

「なるほどなるほど……。そう言う世界もあるのねぇ。で、依桜君は異世界に行かなかったから、あの司会者の娘を庇って死亡。その後、未果さんたちも死んでしまった、と」

「ああ」

「別の自分が体験した話を考えると、本当に最悪の世界よねぇ……」

「……そうだな。できれば、あたしも思い出しくないレベルだぞ」

 

 というかだな、地獄を思い出して、いいことなんてこれっぽっちもないだろ。

 地獄すぎるぞ、まったく。

 イオが死んだ世界とか、どんな悪夢だ。

 

「じゃあ訊くんだけど、もしかして……私たちの生きているこの世界って、正解を選んだ世界って言えるんじゃないのかしら?」

「正解?」

「ええ。推測でしかないんだけど……依桜君が異世界に行って、強くなったことで、この世界は上手く進んでいるんじゃないかなと」

「む? なぜ、イオだ?」

「うーん、ほら、あの娘って、周囲にかなり影響を与えてるでしょ? 特に去年の九月以降は」

「まあ、そうだな」

 

 話でしか聞いていないが、それはあるかもしれん。

 まあ、あいつ目立つしな。

 

「それに、依桜君が向こうで死んでしまった場合も、結局テロリストは襲撃してくるわけでしょ? 研究データを狙って。だったらある意味、テロリスト襲撃は、どこの世界でも起こることなんじゃないかなと。まあ、こことは全く違う世界があるとは思うけどね。世界が無数になるのなら」

「ああ、たしかに。並行世界は分岐して生まれるからな。だからまあ……魔の世界と法の世界以外にも、全く違う何かで発展した世界もあるだろうな」

「でしょでしょ? 本当、面白いと思わない?」

「まあ、そうだな。色々と考えることが多くて、あたしは好きかもしれんな。この世界の真理って言うのかね? それを調べられる」

「そうね」

 

 少なくとも、あの本のおかげで、あたしは色々と知ることができたしな。

 

 この世界がどういう成り立ちなのか、とかな。

 

 それに、ステータスという謎のあれも、ある程度理解できたし。

 

 あとは、時間的なあれなんだが……あ。

 

「そうだ。エイコ、今っていつだ?」

「今って……今日?」

「ああ」

「えっと、四月十一日よ?」

「時間は? 午前十一時くらいかしら」

「そうか……ありがとな」

 

 時間のずれはなし、か。

 

 単純に、あたしが行った世界が魔の世界じゃなかったからか?

 

 ふむ……わからんな。

 

 正直言って判断材料が少なすぎる。

 

 もう少し何かが欲しい所だ。

 

「どうしたの?」

「ああ、いや。ちょいとな……。さて、と。あたしは帰るとするかね」

「あら、もう行っちゃうの?」

「ああ。家に帰って休みたいんだよ。さすがに、疲れたしな」

 

 環境が悪かったんで、常時聖属性の魔力を纏っていたんでな。

 あれは、精密なコントロールが必要なんで、ちょっとばかし疲れるんだ。

 家に帰って、イオの飯でも食いながら、酒でも飲むか。

 

「ほれ、データだ」

 

 そう言って、あたしはSDカードをエイコに放り投げた。

 

「ありがとう! 絶対に役立てるわ」

「当然だ。ほんの少しだけ苦労して取って来たんだからな。絶対役立てろよ。じゃあな」

「ええ、また明日、学園でね」

 

 あたしは背中越しに手をひらひらと振ると、そのまま『空間転移』で家に帰宅していった。




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、ブライズの話は終了ですね。体育祭の時に初登場して、この章でお亡くなりになりましたね。まあ、元々ミオ視点で消す予定だったので、問題はないんですけど。
 この章はとりあえず……最長で4話くらいかかりそうです。まあ、もしかすると、二話で終わるかもしれませんし、三話で終わるかもしれないので、まだはっきり言えませんが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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312件目 おかしな点、色々

 次の日のこと。

 

 ブライズの世界から帰ったあたしは、次の日も平常通りに学園へ向かう。

 

 いつも、イオの方が遅く出る。

 

 まあ、あたしは教師だしな。生徒よりも早く行かなきゃいけないんでね。まあ、遅く来る奴もいるにはいるが、そう言う奴は、大抵近くに住んでいる奴だし。

 

 あたしはまあ……そこそこの距離がある。別に、そう遠くはないが。

 

 てか、あたしに距離とか無意味だな。『空間転移』があれば、一瞬で縮められるし。

 

 向こうでの能力やスキルってのは、こっちだとマジで便利だからなー。

 

 習得してよかった。

 

「……だが、やはり大変だな、教師ってのは」

 

 職員室のあたしの席に座りながら、なんとなく呟く。

 

 目の前にあるのは、去年の体力テストのデータ。

 

 これは、体育祭の選手決めの為に行われる奴らしい。

 

 一応、春にもある。たしか……五月だったな。

 

 うちの学園は少し遅いと、クルミから聞いた。

 

 大体は四月らしいがな。

 

 まあ、よそはよそ。うちはうち、みたいな考え方なんだろう。多分。

 

 っと、そんなことはどうでもいい。

 

 問題は、この体力テストのデータだ。

 

 ハッキリ言って……弱い。というか、頼りない。

 

 運動部に所属している奴らは、そこそこの記録を出してはいるが、そうじゃない奴ら――文化部や帰宅部なんかに所属している奴らなんかは、そこまで高くない。

 

 いや、中には、アキラやミカのように、それなりにいい記録を出している奴らがいるんだが……大体はそうじゃない。

 

 てか、こう言っちゃなんだが、向こうのガキどもの方が、身体能力は高いぞ? いや、同年代でな。

 

 まあ、騎士や、なんらかの戦闘職の家系のガキどもはかなり身体能力が高いが。

 

 しかし、それ以外の奴らでも、こいつら以上の身体能力は持っている。

 

 ふぅむ。これは、体育教師として、どう受け止めればいいんだろうか。

 

 ここはあれだな。

 

 同僚に聞いた方がいいだろう。

 

 なら、あいつだな。

 

「アツイ、ちょっと訊きたいことがあるんだが、いいか?」

「お? 構わないですよ。珍しいですね、ミオ先生が訊きたいことなんて」

「ははは、あたしとて、万能じゃない。んで、訊きたいことってのなんだが……ガキどもの体力テストの結果でな。いや、去年だが」

「それが、何か?」

「いやな? あたし的にはハッキリ言って……全然ダメだ。ダメなんだが、こいつらにも個人差ってのがある。しかし、もう少しできるような気がしてならん。その場合、体育教師的には、どうすればいいのか、と思ってな」

「おお! ミオ先生もそう思いますか! いやはや。最近は、ゲームなどの室内できる娯楽が発展した影響で、子供が外で遊ぶことも少なくなってましてなぁ……。それに伴い、体力の低下や、肥満が目立つようになって……」

「あー、なるほど。たしかに、ゲームは面白いからな。ガキどもの気持ちはわかる」

 

 だが、理解した。

 

 そりゃたしかに、身体能力が低くなるわけだ。

 

 家に籠って、ゲームばかりしていたら、そりゃ身体能力も低下するし、脂肪もつくわな。

 

 向こうの奴らで、脂肪がつく奴らってのは、大抵貴族だけだ。あと、禿げも多い。

 

「なので、私どもでも気にしてまして。ですが……私たちはあくまでも導くだけです。結局は本人たちのやる気次第。私たちは、やる気が出るようにしないといけません」

「なるほど……そう言うことか。いい参考になった。ありがとな」

「ははは! こちらこそ。同じような思考をしていたので、嬉しかったですよ」

「ま、せっかくの教師生活だ。せめて、ガキどもが体で不自由しないようにしないとと思ってな。んじゃな」

 

 しかしま、アツイはいい先生だな。

 

 ちょいとばかし熱いところがあるが。

 

 だが、導く側ねぇ。

 

 あたしも、この仕事をする前は、イオに暗殺技術を教えていたからな。意味は分かる。

 

 ただ、やる気を出させるってのは、なかなかに難しいんだよな……。

 

 こっちのガキどもは、なんか俗的なところがあるし。

 

 ふーむ……難しいな。

 

「ま、色々と考えてみるかね」

 

 

 副担任であるあたしは、SHRには出ないことが多い。

 

 教師によっては出ているみたいだが。

 

 まあ、あたしは基本的に出ない。

 

 なので、今日もいつも通りに、職員室でだら~っとしていると、不思議そうな顔をしたクルミが入ってきた。

 

 時間を見るが、まだSHRが終わる時間じゃない。

 

「クルミ、どうした?」

「ちょうどよかった。ミオ、男女って学園へ行ったか?」

「ん? イオか? ああ、ちゃんと気配は感じ取ってるし、出てるはずだが……」

「そうか……」

「イオがどうかしたのか?」

「それが、まだ学園に来てないんだよ」

「何? ちょっと待て……」

 

 急ぎ『気配感知』の範囲を拡大させ、あたしはイオの気配を探る。

 

 だが……

 

「……ん? 変だな、あいつの気配がない……」

「え、マジ?」

「マジ。学園内にもないし、通学路にもない……あいつ、どこ行った?」

「……ちょっと、家に電話してみる」

「ああ」

 

 そんじゃ、あたしは『感覚共鳴』で話しかけて……繋がらん。

 

 おかしい。『感覚共鳴』は、同じ世界にいれば、どこにいても会話ができるし、なんだったら簡単に探すことができる。

 

 だが、結果は不明。

 

 つまり、この世界のどこにもいないことになる……。

 

 おい、まさかと思うがあいつ……異世界に行ったんじゃないだろうな?

 

「……わかりました。ありがとうございました」

 

 丁度、電話が終わったらしい。

 

「で、どうだった?」

「……一度、忘れ物を取りに行って、再び学園に向かったそうなんだが……」

「なるほど。朝までは普通にいたわけか」

 

 つまり、忘れ物を取りに言った後に、行方不明になったってことだな。

 

 そもそも、あいつの身体能力で遅刻なんざあり得んし、迷子なんてもっとない。

 

 ……やっぱり、異世界へ行った可能性がある。

 

 しかし、まだ異世界へ行ったとも限らん。

 

 他の可能性があるかも……と思ったところで、不意に電話が鳴った。

 

「はい、もしもし。叡董学園です。……はい。はい。……銀髪の学園生らしき人が、突然消えた、と。本当ですか? ……わかりました。ちょうど、情報が欲しかったところなので、助かります。……失礼します」

「イオの情報か?」

「そうみたいなんだが……なんか、突然消えた、とか何とか。にわかには信じがたいんだが……」

「いや、それは多分本当だろうな。あいつだし」

「……そうだな。男女だしな。とりあえずこの件は、椎崎たちにも伝えてくる。ついでに学園長にも伝えて来るんで、ミオは一応警察の方に連絡しておいてくれ」

「ああ、了解だ」

「頼んだぞ」

 

 そう言って、クルミは職員室を出ていった。

 

 ふむ……消えた、ね。

 

 やはり、異世界に行った可能性が高い。

 

 まあ、普通の異世界なら、明日辺りに帰るだろう。七日以内ならな。

 

 それに、あいつは基本七日以上はいないんで、大丈夫なはず。

 

 これでもし、明日帰ってこなかったら……ちょっと厄介だ。その場合は、エイコの手伝いをする必要があるかもしれんな。

 

「……まあいい。とりあえず、電話するか」

 

 正直、警察に電話するのって面倒なんだよな、とか思いながら、あたしは受話器を取った。

 

 

 まあ、結論から言おう。次の日、イオは帰ってこなかった。

 

 これで確定したのは、あいつはやはり、異世界に行ったということだ。

 

 長居しているだけなのか、それとも別の世界に行っているのか……そのどちらかだ。

 

 しかし、あいつは帰ってくる場合、時間のずれが生じるはずだ。そこでわかるだろう。

 

 ま、とりあえずはエイコの所だな。

 

 あたしは学校をすっぽかしているエイコの所に転移した。

 

「エイコ、あたしだ」

「あ、ミオ。ちょうどよかった。お願いがあるんだけど……いいかしら?」

「どうせ、イオのことだろ? もちろん、そのために来たぞ」

「さすがね。……イオ君、やっぱり帰ってない?」

「ああ。全然。朝になっても帰ってないぞ。おかげで、メルが大泣きだった。あいつ、イオ大好きだからよ」

「……そうね。一刻も早く、依桜君を探さないと」

 

 エイコの声音と表情は、真剣そのものだ。

 やはり、生徒は大事に思うんだな、こいつは。

 

「で? 異世界の方にはいたか?」

「……それが、依桜君らしき反応がないのよ。どうも、普段の世界にはいなくて。いえ、そもそもそれは、依桜君が転移したとわかった時点で、違う世界にいるとわかっていたわ」

「ん? どういうことだ?」

「それがね? どうも、四月一日から、日本各地で空間歪曲が数多く確認されているの」

「普通じゃないのか?」

「ええ。しかも、多発している空間歪曲は、今までにないパターンでね……。どこに繋がっているかわかってなくて。で、今回依桜君はそれに巻き込まれちゃったの」

「……なるほど」

 

 つまり、マジであいつは魔の世界じゃないところに行っちまった、ってわけだな。

 

 めんどくせぇ……。

 

「てことは、今はイオがどこに行ったか探っているところ、ってわけだな」

「ええ。でも、大体の目星はついていてね。今は観測装置を創ってるわ」

「さすが、仕事が早いな、エイコは」

「さすがに今回ばかりは、ね? 依桜君が行方不明である以上、急がなきゃまずい。しかも、一日で帰ってこなかったことを考えると……尚更」

「ああ、そうだな。……そういやエイコ。一つ訊きたい。あいつが一日でいつも帰ってくることに対して、何か変だと思ったことはないか?」

 

 依桜の異世界行きに何度も付き合っているエイコだ。

 少なくとも、一日で帰ってくることに対して、少なからず変だと思っているはずだ。

 

「……言われてみれば、そうね。あの娘、七日向こうで過ごした! とか言ってる割には、一日で帰ってきてたわ。でもあれって、普通のことじゃないの? ミオだって、一日で帰ってきてたし……」

「……言っとくがな。あたしは、向こうの世界では一日しか過ごしてないぞ?」

「え!?」

 

 驚いた様子を見るに、こいつはあたしが向こうで七日過ごしたと思っていたようだ。

 まあ、わからんでもないが。

 

「じゃ、じゃあ、今まで依桜君が一日で帰ってきてたのって……」

「変だな。普通に考えて」

「ま、マジですかー……」

「マジだ。言っただろ? あいつは色々と謎だって」

「……まあ、言ってたけど……でも、そっか。そうなってくると、不思議ね」

 

 納得したような表情を浮かべた後、エイコは少し考えるそぶりを見せる。

 

「そうだな。何せ、一日で帰ってきて、またしばらく時間を空けた後に向こうに行くと、こっちと同じ時間が、向こうでも経過している。だから、向こうでは齟齬が起きない。だが、こっちでは時間のずれが生じている。これが謎でな」

「……たしかに」

「で、あたしはその謎について一度考えたことがある。その時出した仮説がこうだ。あいつは、向こうで七日過ごした場合、出発した日の次の日に帰還するようになっている。で、帰還した時点の時間軸には、魔の世界に到着した次の日のイオがいる、ということになる。まあ、言ってしまえば同じ時間軸に、それぞれの世界にイオがいることになるってわけだ」

「ふ、複雑ね」

「さらに言えば、あいつはどうも、七分の一の時間に帰還するらしい。中途半端に帰って来たあの時がいい例だ」

「あの時って言うと……十数時間程度で帰ってきた時の?」

「ああ。それだ」

 

 あいつは向こうで、四日間ほどしか過ごしていないという。

 

 で、帰って来た時間って言うのが、二十四時間を七分の四にした時間だ。

 

 これで確定したのは、あいつは魔の世界に行き、帰ってくると、法の世界では七分の一の時間しか経過していないことになる。

 

 まあ、大体向こうでの一日が、こっちでは約三時間二十分になるってわけだ。

 

 あの時の時間と照らし合わせると、そこそこの計算のずれが出るが、大きく外れてはいない。だから、七分の一の時間であっているはずだ。

 

「でも、それがルールじゃないの?」

「それなら、あたしが今回の並行世界で帰ってくる時間も、おかしいだろ? なぜ、七分の一の時間じゃないんだ?」

「……たしかに」

「いや、単純に、あいつにだけ起こっている事象のかもしれんが……まあ、今回の件でそれがわかるだろう」

「そうね。そのために、急いで探さないと」

「ああ。……それで、もう一つ、疑問がある」

「あら、何かしら?」

「あいつの最初の三年間だよ」

「初めて異世界に行ったときに、依桜君が向こうで過ごした時間よね?」

「ああ。あいつ曰く、女神が時間を停止させている、とか何とか言っていたが……正直、それはないだろ。いくら神と言っても、世界の時間停止とか、普通に考えて無理だ。そもそも、大規模すぎる。そんなもんをどうやって、止めるって言うんだ?」

 

 実際、あたしは世界を管理している神に会って、時間の概念を少しだけ聞いたことがある。

 その時言われたのは、こうだ。

 

『世界の時間を止めるのは、いくら世界を管理している神でも無理。できて、時間移動くらい。というか、停止の権利とか、与えられてないからね。それを持っているのは、その世界を創造した、創造神くらい』

 

 だ。

 

 つまり、創造神でもない限り、不可能ってわけだ。

 

 なのになぜ、あいつは帰還した後、こっちでは時間が経過していなかったのか。

 

 そんな、神が言ったことを、エイコに話す。

 

「でも、神なのよね?」

「いくら神って言っても、できることとできないことがある。世界の時間停止なんて無理だ。今言ったように、創造神ならできるんだが……あいつはとっくに死んじまってるからな。無理だ。だから実際は、停止していたのではなく、出発した時間に戻しているんじゃないか、と思った。……最初は」

「最初は? ということは、今は違うの?」

「ああ。もう一つの仮説が生まれた。……まあ、それを話す前に、エイコに一つ訊く。なんで、あいつが向こうで三年間も過ごしたのに、帰還した瞬間の時間から、こっちとリンクしているんだ? 時間の進みが」

「…………あ。言われてみればたしかに……」

「だろ? だからつまり……あいつは、向こうで三年を過ごして、出発した時間に帰還したわけじゃなく、三年前の魔の世界に転移させられ、そして、三年後……転移した瞬間の時間に帰還した、となる」

 

 正直、突拍子のない話だが、そうでもしなきゃ、向こうとこっちの時間の進みが同じ理由の説明がつかん。

 

 もし、出発した時点の時間に帰っているのなら、向こうでは三年後まで依桜がいることになる。

 

 なのに、そうはならなかった。

 

 それどころか、帰還して以降の時間で、流れていたのだ。

 

 そうなると、絶対におかしい。

 

「でも、その仮説だと……」

「ああ。ちょっと説明がつかない部分がある。それは……」

「なんで、出発した時間に、帰れたか、よね?」

「正解だ。もし、上手く出発した時間に帰れるのなら、イオが三年間で魔王を倒せると知っていなければ不可能でしかない。それも、倒せる日を把握した上で、だ。だが、そんな予想、普通は無理だな。なにせ、あいつは初期の時点ではかなり弱かったと聞いている。……ま、急激に成長したみたいだが。二年目はあたしが鍛えているんだ。普通に強いに決まっている。……いや、それはいい。だからまあ、本来ならそんなことは不可能なはずなんだがな。時間と空間を超えての召喚なんざ。そんなことができる奴がいるとすれば……まあ、創造神くらいだろうな」

「え、でもさっき、元いた世界の、それも出発した時間に戻せるって……」

「そりゃ、召喚の痕跡があるんだからできて当然だ。だが、そんな痕跡もないのに、なんで、あいつは過去の魔の世界に召喚されている?」

 

 どうにも、そこが腑に落ちない。

 

 いや、そもそも、この説が確定したわけじゃない。

 

 だから、違う可能性もあるんだが……現状、これが一番辻褄がある。

 

 まあ、それでも説明がつかない部分があるのも事実だが。

 

「……じゃあ、その説に、ミオがさっき言った七分の一の時間のあれの説明を混ぜると……依桜君が転移した瞬間の三年前の時間には、両方の世界に依桜君がいたということになるわよね? 中学一年生の依桜君と、高校一年生依桜君がそれぞれ」

「そうだな。だがまあ、そこは正直言って、あまり害はないように思える。別に、別の時間の自分と会っているわけじゃないしな」

「それもそうね。でも……それでも、依桜君の転移は謎、ね」

「ああ。というかだな。イオはたしか、エイコの実験に巻き込まれたのと、向こうのクソ野郎がした召喚が上手く嚙み合って、異世界へと転移した。っていうのが、実際の理由だよな?」

「ええ。依桜君本人が言うにはね」

 

 ふむ。ならば、間違いないだろう。

 

「だが……そもそもの話、あいつが巻き込まれたのは、偶然じゃないんじゃないのか?」

「必然って言いたいの?」

「ああ」

「必然、ね……。でも」

「ん?」

「でも、依桜君が巻き込まれたのが必然だと言うのなら、私が転移装置を起動させたのも、必然って言えるんじゃないかしら?」

「ああ。原因の半分は、間違いなく、エイコの装置だろう」

 

 だから多分、そこも必然。

 

 いや、そもそもの話、召喚されること自体が、必然だったんだろう。

 

 エイコの父親が研究を始めたことも。それを、エイコが引き受けたことも。全て。

 

 もっと遡って言うのならば、あいつが生まれること自体が、必然だった、ということになる。

 

 なんてことをエイコに話したら、

 

「……あぁぁぁぁぁ~~~~ダメ。頭がこんがらがってきた」

 

 処理が追い付かなくなってきたのか、エイコは頭を掻きむしりながら、嫌そうに……やや楽しそうにそう言った。

 

「そうだな……あたしも正直、わけわからん。ったく、なんで今になって、謎をだしてくるのかね、あいつは」

「私も、まさか自分の学園の生徒が、こうも謎だらけになるとは思わなかったわ……」

 

 ほんとにな。

 

 ……ふーむ。だとするならば、イオが散々諸悪の根源、とか言っていたエイコは、間違ったことをしていないことになるな。

 

 昨日のエイコの推測は面白かった。

 

 この世界は、正解を選んで進んでいる。

 

 そう言った。

 

 仮に、あいつが異世界に行っていない場合は、ブライズの世界のようになる。

 

 だがそれは、エイコが研究を引き継いでいなかったから、と言うのが実際の原因とも言える。

 

 ということは……何か一つが欠ければ、確実に崩壊に転ぶかもしれない世界、ということになる可能性がある。

 

 だが、イオが異世界に行き、無事に帰還したことで、この世界は崩壊しなかったと言える。

 

 ……しかし、そうなるといくつか腑に落ちない部分がまた出てくる。

 

 ブライズの世界は、ある日突然、自然災害が世界で多発したと言っていた。

 

 問題は、なぜ、多発したかだ。

 

 さらに言えば、世界の資源が枯渇しだしたことを各国の首脳が知り、それで戦争が始まる、ということになっていた。

 

 時間的には……イオが高校一年生の時だな。

 

 ならば、今のこの世界も、資源が枯渇しだしていても不思議じゃない。

 

 そのはずなんだが……あたしが軽く鑑定しても、そんな気配はない。というか、まだ問題はないし、何だったら余裕がある。

 

 じゃあなぜ、向こうの世界は枯渇しだした?

 

 で、イオが死んだあとってのが、一番の論点だ。

 

 あいつが死んだ直後に、自然災害が発生し、急速に資源が枯渇しだした時点で、絶対に偶然じゃない。あいつ自身に何かあるのでは? と、つい思ってしまう。

 

 だが、本当にただの偶然かもしれん。

 

 単純に、テロリストどもが襲撃したのを見て、神がたまたまブチギレて、離れただけ、という線もある。というか、そっちの方が現実的。だってあいつら、超きまぐれだし。

 

 それに、イオは男の時でも男女両方からモッテモテだったしな。神がイオを気に入っていても不思議じゃない。というか、普通にあり得る。

 

 はぁ……謎だらけだぞ、ほんと。愛弟子よ。

 

「でも、その謎は、依桜君が帰還すればちょっとは解明されそうだし、なんだったら、ゴールデンウイークまでに完成予定の『異世界転移装置二式』の試運転でハッキリするはずね」

「ま、それもそうだな。……さて、エイコ。あたしは表向き、イオの捜索をすることにする。じゃないと、色々と面倒そうだしな」

「ええ。わかったわ。あ、一応手伝いよろしくね」

「当然だ。あたしらが力を合わせれば、効率は何倍にもなるしな」

「ふふっ、嬉しいことを言うじゃないの」

「ま、それだけエイコを信頼してるってことさ。じゃ、あたしはそろそろ行くぞ」

「ええ。よろしくね」

「任せな。んじゃな」

 

 そう言って、あたしはイオの家周辺に転移していった。

 

 

 そして、この日の約一週間後――四月十九日に、イオは空から学園の校庭に隕石の如く落下してきて、無事に帰還した。




 どうも、九十九一です。
 なんか……書いててすっごく頭が疲れるんですが、この章……。依桜自身のあれこれがこの章で色々とミオが問題視し始め、結果、なんか無駄に壮大になった上に、設定が色々とぶっ飛びつつあります。なんだこれ? と自分でも思うほどです。
 えー、読者の皆様、これ、ちゃんとついてこれてますか? 正直、私でも頭がこんがらがるので、ちょっと心配になっています。まあ、あと2話くらいで終わると思いますので……。
 ちなみに、次回もミオの考察回になる可能性MAXです。正直私も疲れるし、読んでる皆様も疲れそうです。申し訳ない……。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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313件目 核爆弾のような事実

 学園の仕事そっちのけで、イオを探すものの、やはり見つからない。

 

 いやまあ、別の世界に行ってる時点で、いるわけないけどな。

 

 つい先日、エイコから、イオのいる世界がわかったと言われ、さらにそこが並行世界だと言われた。

 

 何と言うか、何してんだろうな、って話だ。

 

 お互いの世界のエイコが協力し、それによって装置が完成したようだ。

 

 そんで、あとは帰還するのを待つだけとなったんだが……。

 

 それでもやはり、どこに出るかわからない以上、こっちでもその地点を探さないといかん。

 

 で、帰還日だという新しい週の月曜日。

 

 その日もいつも通りに探し、成果はなかった。

 

 だが、同時にイオの気配はチラッとだが感じはした。

 

 学園側にある気がした。

 

 そして、放課後になると、まっすぐ家に帰っているのを感じたので、なるべく急ぎで家に帰宅した。

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさい、ミオさん! 依桜が帰って来たわよ!」

「――ッ! わかった、すぐに行く」

 

 あたしは、大急ぎで階段を駆け上がると、

 

「イオ!」

 

 イオの部屋に突撃をかました。

 

「師匠。えっと……か、帰りました」

 

 そこには、あたしの大事な大事な愛弟子が、申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら、床に座っていた。

 

 見れば、メルがイオにくっついて眠っていた。

 

「……無事か?」

「は、はい。どこにも異常はないですよ」

「……そうか。ならよかった」

 

 どこにも異常がないというのなら、問題はないな。

 安心した。

 

「……で? お前はこの一週間、あたしに何も言わず、どこに行ってたんだ? すべて包み隠さず言え」

「は、はい! じ、実は――」

 

 あたしは、イオからこの一週間のことを聞いた。

 内容的にはまあ……一週間、並行世界に行っていた、ということだ。

 で、まあ、男のイオがそっちにはいたらしい。

 

「――というわけです」

「……なるほどな。並行世界、か。で、原因はそっちのエイコの発明品の暴走、と」

「はい」

「はぁぁぁぁぁぁ……我が弟子ながら、面倒なことに巻き込まれる奴だ」

「すみません……」

「……いや、この辺に関してはもう仕方がない。とりあえず、無事で何よりだ」

 

 やはり、無事が一番だしな。

 

 ……だが。まあ、時間のずれはなかった、か。

 

 色々と謎が深まったわけだ。

 

 ……今は、そんなことはどうでもいいな。

 

 ここはやはり……

 

「さて、そんな師匠であるあたしを心配させた罰として……今日は一緒に風呂に入り、一緒に寝てもらおうか」

 

 イオに罰を与えねばならん。

 

「……ふぇ?」

「さあ、そうと決まれば早速行くぞ! お、ちょうどいい、メルも誘うとしようじゃないか」

「あ、あの、師匠……? 寝るのはわかりますけど、あの、どうしてお風呂……?」

「んなもん、お前に背中を流してもらうために決まってるだろ」

 

 というか、一緒に風呂に入りたいし、一緒に寝たい。

 まあ、あれだ。師弟同士のスキンシップって奴だな!

 

「え、ええぇ……?」

「いいからさっさと行くぞ!」

 

 そして、こいつに拒否権などない!

 あたしを心配させた罰だ! 許さん!

 

「え、あ、ひ、引っ張らないでください! ……いやああああああああああああ!」

 

 イオの襟首を掴んで、あたしはずるずると引きずって行った。

 

 

「はっはっは! いやはや、イオは体がほんっとに綺麗だな」

「は、恥ずかしいから、あまり見ないでくださぃぃ……」

 

 顔を真っ赤にしながら、自身の体を隠そうとするイオ。

 こいつ、マジでエロいんだよなぁ……素晴らしいくらいに。

 

「ねーさまのおっぱいは、やっぱりふかふかなのじゃぁ~~」

 

 なんて言いながら、メルはイオの胸に顔をうずめていた。

 

 う、羨ましいな……。

 

 さて、もうこの時点でおわかりだと思うが……今は、あたしとイオ、メルの三人で風呂に入っていた。

 

 まあ、例の罰執行のためのあれだ。

 

 イオの家の風呂は意外と広く、三人で入っても問題ないほど広かった。

 

 すごいな、こいつの家。

 

 まあ、だから一緒に入れるわけだが。

 

「め、メルっ、あ、あまりっ、んっ、い、いじらないでぇっ……!」

 

 ……エッロ。

 

 お前、変な声出すなよ。

 

「でも、ねーさまのおっぱい気持ちいいんじゃもん……仕方ないのじゃ」

「そ、そうは言ってもっ、ぁんっ、へ、変な気分にっ、な、なっちゃうっ、からぁ……!」

「むぅ、よくわからんが……じゃあ仕方ないのじゃ」

「た、助かった……」

 

 こいつ、年下にすらこうやっていじられるのか……マジで受けの性質だよな、こいつ。あれか、Mなのか。

 

 まあ、イオって明らかに受けだもんな。

 

 うむ、なんか納得したぞ。

 

「さて、弟子よ。あたしの背中を流してもらおうか」

「あ、は、はい。じゃあ、ボクの前にどうぞ」

「ああ」

 

 イオに言われ、あたしは前に座る。

 

「じゃ、じゃあ、流しますよ?」

「頼む」

 

 すると、ごしごしと泡立てた垢すりで、背中を流してくれた。

 

 強すぎず、かと言って弱すぎない、絶妙な力加減で。

 

 あぁ、気持ちいいなぁ……。愛弟子がやってくれているという状況も相まって、すっげえ気持ちいい。

 

「ど、どうですか?」

「ああ、最高だ」

「よかったです。……師匠には、迷惑かけちゃったみたいですしね」

「なんだ、気にしてるのか?」

「ま、まあ……それに、メルにも寂しい思いをさせちゃったし……」

「寂しかったが、ねーさまがいるのじゃ! もう大丈夫なのじゃ!」

「……そっか。それならよかったよ」

「お前は心配しすぎだ。あの程度、迷惑なんざ思わんぞ、あたしは。というか、お前が何かに巻き込まれるとか、日常茶飯事だし」

「うっ、ひ、否定できない……」

 

 事実だしな。

 

 むしろ、巻き込まれないで、平穏な生活を送っていたら、それこそ恐怖だぞ、あたし的には。

 

「だが、そうだなぁ……お前が今後、異世界に行かないとも限らん。やはり、あたしは世界すら超えて感知できる能力とか、異世界転移の能力かスキル、魔法でも探してみようかね」

「……師匠ならできそうですね」

「そうか?」

「はい。師匠ってなんでもできる、なんてイメージがありますからね。不思議じゃないです」

「ははっ、いいこと言うじゃないか。ま、不可能を可能にするのが、あたしってもんだ。その内、探してみるさ」

 

 じゃないと、マジでこいつが心配だしな。

 

 どこへ行くかもわからん奴である以上、そう言ったものが必要になってくるのは当然だな。

 

 久々に努力でもしてみるか?

 

「……っと、そうだ。なあイオ」

「はい」

「お前、異性の裸を見ても、全然平気になったんだな?」

「ふぇ!? ち、ちちちちち違いますよ!? そ、その、師匠の裸は、えと……修業時代に見ていたので、だから、な、慣れがっ……!」

「んま、お前が風呂に入っている時に、よく乱入してたしな。……まあいい。そろそろいいぞ」

「あ、はい。じゃあ、お湯を流しますね」

 

 そう言いながら、イオは最後にお湯を背中にかけてきた。

 ふむ。気持ちよかったな。

 

「どれ、今度はあたしがお前の背中を流してやろうじゃないか」

「え、い、いいんですか?」

「ああ」

「じゃあ、お願いします」

「任された」

 

 この後も、愛弟子とのスキンシップを楽しみながら、三人仲良く色々と話した。

 

 

 その夜。

 

 あたしが言ったように、今日はあたしとイオ、メルの三人で寝た。

 

 まあ、さすがにベッドで寝るのは無理があったんで、和室の方に布団を敷いて三人で寝ることにしたがな。

 

 で、まあ……あたしがこいつと一緒に寝よう! などと言ったのは、別にこいつと一緒に寝たいからじゃない。……一割くらいは。

 

 だがまあ、その一割が今回の目的と言えよう。残った九割は単純に寝たいだけだが。

 

 さて、あたしがどうしてこいつと一緒に寝たいと言ったか。

 

 それは……あれだ。鑑定をかけるためだ。

 

 別に普段の生活でもいいだろ? とか思うだろうが、実はちょっと面倒なことがある。

 

 これは、相手のステータスによっては、向こうに違和感が生じてしまう。

 

 といっても、ほんのわずかだが……相手は、紛いなりにも、魔の世界において、世界で二番目に強い、なんて言われているような奴だ。違和感を感じ取る危険性がある。

 

 まあ、体育祭の時に鑑定をかけているが、あの時は、今ほど強くはなっていなかった。

 

 こいつは、帰還後の方が強くなっているんでな。

 

 おかげで、ちょっと面倒になっちまった。

 

 だが、寝ている間というのは、大抵無防備なものだ。

 

 あたしも『鑑定(覇)』を鍛えたおかげで、かなりの熟練度になっている。

 

 毎日凝りもせずに、視界に映るすべての物に鑑定をかけまくってれば、そりゃ熟練度もあがるわな、とか思ったけどな。いやマジで。

 

 さて、ぐっすり眠っているイオのステータスでも、覗かせてもらいますかね。

 

『イオ・オトコメ 女 十九歳

 体力:7800/7800 魔力:10000/10000

 攻撃力:998 防御力:604 素早さ:1875

 幸運値:7777

 職業:暗殺者

 能力:『気配遮断』・『気配感知』・『音源感知』・『消音』・『影形法』・『一撃必殺』・『短刀術』・『双剣術』・『投擲』・『立体機動』・『擬態』・『変装』・『料理』・『裁縫』・『壁面走行』

 スキル:『瞬刹』・『身体強化』・『料理』・『柏手』・『鑑定(下)』・『無詠唱』・『毒耐性』・『精神攻撃耐性』・『言語理解』・『変色』・『分身体』

 魔法:『風魔法(初級)』・『武器生成(小)』・『回復魔法(初級)』・『聖属性魔法(初級)』・『付与魔法』・『アイテムボックス』

 種族:―ん―― 固有技能:『範能上昇』

 称号:『ミリエリアの子孫』・『――――――』』

 

「ぶはっ――!?」

 

 あたしは思わず、噴き出していた。

 

 今のでイオたちが起きてしまうかもしれないレベルで、噴き出した。

 

 え、ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 

 は!? どういうこと!?

 

 え、マジで? こいつ、あいつの子孫なん!?

 

 うっそだろ!?

 

 というか……いやいやいやいや! なんであいつの子孫がここにいるの!? あいつって、普通に死んだよな!?

 

 なのになぜ、あいつの子孫がこっちの世界にいるねん!

 

 ま、待て、落ち着け。ツッコミどころは他にもある!

 

 なんでまだ種族が見れないんだよ! あと、称号ってなんだ!

 

 そもそも、称号なんて項目あったの!?

 

 お、落ち着け……落ち着けあたし……自分のステータスを思い浮かべろ。もしかすると、あたしにも称号ってのがあるかも――って、いや、あったよ。マジであったよ。

 

 えーっと?

 

『創造神の親友』

 

 うっわー、これあいつのことやん……。

 

 え、ちょっと待って? いや、本当に待って?

 

 長い生涯において、一番の爆弾なんだが!? それどころか、核爆弾レベルの何かが、あたしの目の前でぐっすり、可愛い表情で眠ってるんだが!?

 

 え、ええぇぇぇぇ?

 

 普通さ、こういうのってあっさり暴露しちゃダメなんじゃね?

 

 ラノベで言ったら、十数巻くらいで明かされる秘密的な何かだぜ? 正直言うと、まだその巻数に到達してないぞ!?

 

 いや、自分でも何言ってんだって話だが!

 

 しかし……しかしだ! これを見て、冷静になれって言う方が無理な話だろ!?

 

 ……ん? ま、待てよ? こいつが子孫ってことは……あたしの親友って、

 

「恋人がいたのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 思いっきり叫んだ。

 

 それはもう、思いっきり。

 

 はっ! まずい! 今大声を出したら、イオたちが起きて――

 

「すぅー……すぅー……えへへぇ……ししょぉ~、だいすきぃ~……」

「――ッ!?」

 

 ね、寝言で告白された!?

 

 だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 もういい! 考えるのは後だ! 今は寝るぞ! てか、もうびっくりすぎて、考える暇がない! 寝かせてくれ!

 

 よし、今日も疲れたな! 寝る!

 

「おやすみ!」

 

 現実逃避をするかのように、あたしは夢の世界へと旅立った。




 どうも、九十九一です。
 考察回になるとか言っておきながら、全然違いました。むしろ、大暴露回になりました。まあ、見ての通りです。子孫です。まあ、だからと言って、まだ全部明かされてるわけじゃないんですがね。まだまだあります。
 とりあえず、今の段階で出しておいても問題ないよね、と言う設定を出しました。
 うん。やりすぎたと思ってます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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314件目 色々考察

 新しい朝が来た。

 

 だが、あたしは全然清々しい気分ではない。

 

 というか、そんな気分になれんぞ。

 

 なんだあれ。

 

 今思い出しても、また噴きだしそうになる。

 

 ……称号と言う項目があったこともびっくりだが、一番驚いたのは……

 

「ミリエリアの子孫ってどういうことやねん……」

 

 似非関西弁が出てくるレベルで、あたしは困惑していた。

 

 なんとなしに、気になったから鑑定を掛けたら、予想外……というか、全く予想できなかった事実が飛び出してきた。

 

 不意打ちの一撃をもらったせいで、ものっそい精神的ダメージがでかい。

 

 あいつの子孫て……。

 

 ふぅむ……うん。ここはあれだな。エイコにも話そう。あたしだけじゃ、手に負えんし、考察するにしても、一人だとな……頭が痛くなりそうだ。

 

「そうと決まれば、連絡だな。今日はちょっと……仕事は無理」

 

 あたしはスマホでエイコに連絡を入れた。

 内容は、

 

『急ぎで話したいことがある。大事な話だ。今からそっちに行ってもいいか?』

 

 という、無難なものになった。

 

 送信から間もなく、返信が届き、

 

『OK~。じゃあ、研究所で待ってるわー』

 

 場所を言われたんで、あたしは軽く着替えてから、エイコの所へ転移した。

 

 

「来たぞ、エイコ」

「いらっしゃい。それで、朝から大事な話って?」

「いやなに、ちょっとあたしじゃ処理するのが難しくなっちまってな……エイコに、情報共有をしてもらおうかと」

「ミオがそう言うってよっぽどじゃない? ……まあいいわ。それじゃあ、こっち来て。いつもの所で話しましょ」

「ああ」

 

 いつものところって言うと、まあ、あそこだろうな。

 

 休憩室。

 

 てか、仮眠室と休憩室、何で一緒じゃないんだ? とか前にちょっと思ったな。

 

 なんてことを思いつつ、休憩室へ。

 

 お互い向き合うようにして座ると、エイコから口を開く。

 

「で? 一体何があったの?」

「……ちょっと前に、ミリエリアという法の世界と魔の世界を創ったであろう、創造神がいたって言う話をしただろ?」

「ええ。ミオの親友だったんでしょ? その神様。それで、その神様がどうかしたの?」

「……昨日のことなんだがな。イオを鑑定してみたんだ。前々から気になっていたんで」

「なるほど。それで、何かわかったの?」

「……わかったにはわかった。だが、ものっそい混乱した」

「混乱? 一体何が書かれていたのよ」

「…………あいつな、そのミリエリアの子孫らしい」

「…………………………うん?」

 

 エイコの表情が固まった。

 

 いや、まあ……その気持ちはわかる。あたしですら、人生で最も驚いた瞬間だったからなぁ……。

 

「……えーっと、ちょっと待って? 子孫? 神様の?」

「ああ……」

「それ、あり得るの?」

「……わからん。そもそも、神って子供作れんの? とか思わんでもないが……実例がいる以上、疑いようのない事実だ」

「……じゃ、じゃあ何? 依桜君って……神様的なあれなの?」

「いや、まだそこはわからん。あいつの種族全然わからなくてなぁ……。一文字だけ『ん』と書かれていた」

 

 正直、『ん』だけじゃわからんよ。

 

 これはあれか? まだまだ『鑑定(覇)』の鍛え方が足りないのか?

 

 まったく、どこまで鍛えれば、あいつの種族が見れるのかね?

 

「まあ、人間ともとれるし、今は……放置よね」

「そうだな。わからんことを考えても仕方ない。さて、問題はあいつがミリエリアの子孫だと発覚したことなんだが……」

「まさか、神様の子孫とはねぇ? でも、それって本当なの?」

「……鑑定を偽ることはできるが、あいつじゃ無理だな。そもそも、そう言うタイプの能力とスキルは持ってないし。それに……まさか、称号なんて項目があるとは思わなかったが、ステータスは嘘をつかない。これは常識だ。だから、あいつが子孫なのは間違いない、と思うんだが……」

「だが?」

「……問題はそこじゃない。そうなってくると、あいつの両親のどちらかが、イオと同じ子孫なんじゃないか、ということになる」

「あー、たしかに」

 

 正直、今ならわかる気がするんだよな……。

 

 イオで出来たということは、確実に。

 

 問題は、どっちがあいつの子孫かだが……。

 

「うーん……あ、もしかして……」

「ん、どうした?」

「いえね? 依桜君って、隔世遺伝で銀髪碧眼になってるでしょ? もしかして、依桜君って北欧系の血が流れていたからそうなったんじゃなくて、その神様が先祖にいたから、銀髪碧眼になったんじゃないかしら?」

「……なるほど。あり得ない話じゃないな。この辺りは、イオの家系を見ればわかりそうだな。エイコ、その辺りって調べられるか?」

「異世界研究よりも圧倒的に難易度は低いし、問題ないわよ。ちょっと会社の人使って、今から調べさせるわ。多分、すぐに見つかるんじゃないかしら? その辺のプロだし」

「すごいな、お前の会社は……」

「ふふん、自慢の社員たちよー。じゃあ、ちょっと待ってね。……あ、もしもし? 私です。ちょっとお願いしたいことがあって……。男女依桜君っているでしょ? その子の家系を遡ってほしいの。できれば、そうね……ミオ、神様が死んだのっていつ?」

「あー、すまん……それがよく覚えてなくてな……四百年~五百年くらいだと思うんだが……」

 

 あたしって、マジで何歳だっけ?

 もう覚えてないわ。

 

「まあ、それくらい絞れてればいいわ。……四百年~五百年までの間で調べてもらえる? あと、家系の中に名前が日本人じゃない人がいたり、ん? というような名前の人がいたら教えて。うん、よろしくね。……はい、頼んどいたわ」

「早いな」

「仕事は、常に迅速に行わなきゃいけないからね。まあ、多少遅れちゃっても問題なし」

「そうか」

 

 本当、頼りになるな、エイコは。

 

 こっちの世界じゃ、一番信用できる相手だ。こういう相手がいるってのは、何かと物事を有利に進められるからな。

 

「じゃあ、話を戻しましょうか」

「ああ。現状、今考えるべきは、あいつの存在と、気になる点だな」

「そうねぇ……依桜君が行方不明になった次の日の話も含めて考えましょうか」

「だな」

「で、ミオ的には気になることは何?」

「そうだな……。まあ、結構あるが……その中のいくつかをここでは考えるとしよう。まず一つ目。前回の話の続きでもあるが、イオのテロリスト襲撃時の行動。二つ目。これはさっき言ってなかったんだが、あいつの称号がもう一つあること。三つ目、今回の並行世界の件では、こっちの時間の進みと、向こうの進みが一緒だった。ずれはない。四つ目。これはあいつ自身ではないが、ミリエリア本人の方だ。なぜ、子孫がこの世界にいるのか。……まあ、とりあえずは、この四つだな」

 

 他にも色々とあるにはあるが、でかいところだと、この三つだな。

 あいつ自身は謎だらけ過ぎる。

 

「二つ目~四つ目はわかるけど、どうして一つ目が気になるの?」

「あたしは話でしか聞いてないからあれだが……たしか、学園祭はあいつが帰ってきてからすぐに行われたんだよな?」

「ええ」

「で、テロリストの襲撃があることを知ったのは、その前日」

「そうね」

「ハッキリ言って、なんであいつは後手に回ったんだ?」

「……どういうこと?」

「いやな? いくらこっちが平和な世界とはいえ、あいつが魔の世界でしてきた経験は、そうそう抜けることはない。だから、テロリスト襲撃が事前にあると知っていれば、あいつは事前に潰そうと動くはず。というか、あたしがそう教えた。なのに……あいつは事前に動くことはせず、行き当たりばったりで動いていた。ここがそもそもおかしい」

「……言われてみれば、たしかに」

 

 あいつなら、事前に動くはずなのに、なぜかそうしなかった。

 

 あいつの性格はよく知っている。

 

 大切に思っている奴らがいる状況で、行き当たりばったりに動くなんざ、あいつがするはずない。

 

 そうなってくると、別の何かが介在して、イオがそうするように仕向けたとしか言いようがない。

 

 問題は、それが何か、ということになる。

 

 そんな考えをエイコに話すと、エイコも思案顔になる。

 

「……そうね。それに、今更言うようだけど、私もやろうと思えば動けたはず……なのに、動けなかった。いえ、そもそもそう言う考えが沸いてこなかった、の方が正しいかも」

「……ふむ、そうなるとますます気になるな。その現象は、イオにもあった可能性がある」

「でも、そうなると誰がそんなことを?」

「わからん。しかし、何者かの意思が介在している可能性があると思っていいだろう。もちろん、これが本当のことなのかはさておき。単純に、お前たちがうっかりしていただけの可能性だってある」

「それならそれで、まだいいんだけど……でも、今思えば、腑に落ちないわね、ほんと」

 

 本人がそう言うってことは、割とガチである可能性が高い。

 まったくもって、わからないことだらけだな、ほんと。

 

「とりあえず、次の話をするぞ。二つ目の、称号に関する部分だな」

「たしか、ミオが見たのは『ミリエリアの子孫』だけなのよね?」

「ああ。そうだ。そして、その下にもう一つ、称号があった。だが、それは見えなくなっていてな。なんて書いてあるか不明だった」

「じゃあ、考えようがないんじゃないの?」

「まあ、そうなんだが……どうにも、何かあるような気がしてならん。だが、それがなにかはわからなくてな」

「見えないわけだしねぇ」

「ああ」

 

 一体何が書かれていたんかね?

 

 色々と気になるが、一文字もわからないんじゃ、どうしようもない。

 

 だが、可能性があるとすれば……

 

「称号は、ミリエリア関連である可能性が高いな」

「あら、それはどうして?」

「あいつが子孫であるのはまあ、確定情報だとして。あいつは、色々とミリエリアと繋がっていることが多い。例えば、ゲーム内のアイテムに対して、懐かしさを憶えたりだとか、そもそも性格が微妙に似ていたりだとかな。さらに言えば、まだ結果が来てないから何とも言えんが、マジで先祖だった場合、あいつの隔世遺伝はそこから来ている可能性が高い」

「なるほど……それはさっき、私が言っていたことね?」

「ああ。だがまあ、二つ目に関しては、わからなすぎるんで、ここで切ろう。考えても仕方ない。……で、三つ目。時間の進み。これでハッキリしたのは、時間のずれが生じるのは、魔の世界だけだろう」

「そうね。向こうで一週間過ごして、こっちでも一週間が経過していたわけだし」

「んで、ここで疑問。このずれ、あたしらにも適用されるのか、それともイオだけなのか、だ」

「……たしかに」

「さらに言えば、あいつの場合、こっちから向こうに行って、帰ってきた時にのみ、このずれが生じる。だが、魔の世界から法の世界へ行き、また法の世界へ行く、と言う場合だと、それは適用されていない。となると、あいつの出身世界が、法の世界で間違いない。だが……だからなんだ、と言う話にもなってしまうんだ」

 

 法の世界出身だから、何かあるかと言われれば……答えは否だろう。

 この世界は、ステータスが普及していないからな。何か特殊な力があるわけでもない世界だ。

 

「なるほどねぇ……。依桜君の出身がわかっても、誰がずれを生じさせているかわからないから、意味はない、と」

「そういうことだ。……もっとも、このずれに関しては、イオ以外の誰かが実験しないと、全員にかかることなのかわからないしな。ただ、これに関しては、あたしよりも、こっちの世界の人間で試した方がよさそうだが……」

 

 なんて、あたしがぼやいたら、

 

「……あ。ちょっと待って。それ、以前試した」

 

 唐突に、そう告げて来た。

 

「は?」

「体育祭の時に、変之君を一方的に攻撃していた人がいたでしょ? あの子ね、ちょっ~っとお仕置きがてら、異世界送りにしたのよ」

「ほう。それで?」

「そう言えば、一日で帰ってこなかったわ」

「期間は?」

「そうね……一週間だったはずよ。向こうで、一週間過ごして、出発から七日後に帰ってきてるわ」

「そうか……となると、イオにのみ起こっている現象ってことか」

「みたいね」

 

 そうなってくると、マジで誰かが時間をいじってるんじゃないか?

 

 本来なら、魔の世界と法の世界の時間の進みは同じでリンクしているはずだ。

 

 しかし、あいつだけは魔の世界に行き、帰ってくるとこっちでは七分の一の時間しか経過していない。

 

 一体何の目的があるのか知らんが……まったくわからん。

 

 あいつにまだ何かあるのか?

 

「じゃあ、一旦三つ目も終わりでいいわね?」

「ああ。じゃあ、最後の四つ目だ。というか、これが一番重要だろう。……なぜ、こっちの世界にあいつの子孫がいるのかどうか、だ」

「うーん、それってそんなに問題なの?」

「問題だな。あいつは、あたしの目の前で死んだんだぞ? あたしはそれを見ている」

「でも、それがもし、死んでなかったとしたら?」

「そんなはずはないだろ」

 

 エイコのたとえ話を、あたしはすぐに切り捨てた。

 ところが、納得いかないのか、エイコは再び尋ねる。

 

「……じゃあ、死んだ時って、どんな感じだったの?」

「光の粒子になって消えたな」

「ふむふむ。じゃあ、もう一つね。ミオって邪神を殺してるんでしょ? その時って、どういう風に死んだの?」

「ん? そりゃ、死体に……ん? 変だな……言われてみればおかしい」

 

 ミリエリアが死んだとき、あいつは致命傷になりかねない傷を負ってはいた。その直後に、あいつは光の粒子となって天に昇って行った。

 

 だが、あたしが邪神を殺した時は、そんな死に方じゃなかった。粒子というより……霧散に近かった気がする。

 

 光の粒子にはならず、黒い霧のような感じだった。

 

 ……そうなると、あいつの死に際はおかしいぞ?

 

「……エイコの言う通り、生きていた、のか?」

「私は現場を見ていないからあれだけど、可能性はあるんじゃないかしら?」

「……もし、あいつが死んだのではなく、こっちの世界に流れていたら……」

 そう口にしたところで、不意にエイコのスマホが鳴った。

「はい、もしもし。……え、もうわかったの? 早すぎない? ……あ、そう。まあいいわ、じゃあ、情報を送って。……ええ、ありがとう。それじゃ、よろしくね」

「……エイコ、今のって」

「依桜君の家系がわかったわよ。今、データを送ってもらってるわ」

 

 しばし、データが全て転送されるのを待つ。

 

 数十秒ほど待つと、全部送られてきた。

 

 さらにそのデータを、エイコがプリントアウトし、紙をあたしに渡してきた。

 

「どうぞ」

「ありがとう。さて………………なるほど」

「どう?」

「ああ、結論から言おう。あいつは、間違いなくミリエリアの子孫だ。見ろ、これ」

 

 あたしは家系図をエイコに見せる。

 

「問題となるのは、一五七〇年辺りだ。見ろ、『みりえりあ』ってあるだろ?」

「あらほんと……って、あれ? これ、よく見たら結婚相手……日本人じゃない?」

「ああ。おそらくだが、あいつはあの時死んだのではなく、この世界の……それも、日本に流れ着いたんだろう。で、そこでボロボロなミリエリアをそいつが見つけ出し、紆余曲折あって結婚した、ってところだろう。で、そいつの子孫が……サクラコ。あいつの母親だな」

「うっわー、ものすごい家系ねぇ、依桜君って」

「……マジで、笑えねぇ」

 

 だがあくまでも、あたしがしたのは想像の話だ。

 最初に見つけた奴は違っていて、別の奴が見つけ、それを世話した、って言う線も考えられる。

 

「安土桃山時代辺りね、これ」

「確か……戦国時代とも呼ばれるよな?」

「まあ、始まりはもっと前だけど、時代が被っているし、間違いないわ」

「そうか。……しかし、そうなると謎だな」

「謎?」

「ああ。一応、神は不老不死だ。いや、正確に言えば死ぬと言えば死ぬんだが、普通に生活していただけじゃ死にやしない。傷だって一応塞ぐことはできたはず。だが……現にあいつは現れていない。ミリエリアとあたしは親友同士で、お互いの存在はどこにいようと感知できる。なら、あたしがこの世界に来た時点で気付いているはずなんだが……」

「それがない、と」

「そうだ。……そうなってくると、あいつはおそらく神力を使い果たし、人間のような存在に成り下がってしまったんだろうな。で、寿命を迎えて亡くなった、ってところだろう。家系図にも、現れた年から八十年後くらいに没となっている」

「ほんと……」

 

 だとするなら……あいつは何かに生まれ変わったんだろう。それが何かまでは、まだわからんがな。

 

 ……ん? じゃあ待てよ?

 

 そうなると、あいつは魔の世界で生まれ変わったわけじゃなく、こっちの世界で生まれ変わっている……?

 

 一体何に?

 

 ……まあいい。その辺はその内探すとしようかね。

 

 とりあえず、イオが何者か、少しはわかったしよしとしくか。

 

 それに、隔世遺伝でミリエリアの特徴を濃く受け継いだんだろう。

 

 それなら、あいつの体に魔力回路が形成されていても不思議じゃないし、あの幸運値も納得できる。

 

 マジで稀有な存在だな、あいつは。

 

「……じゃあもしかして、ブライズの世界が滅んだ理由って……」

「まあ、概ね創造神の子孫であり、あいつの特徴を濃く受け継いだイオを殺した人間が許せなくて、色々とやらかしまくったんだろうな、神が。ある意味、とばっちりだ。資源の枯渇に関しては、まだわからんが……」

「そうね。……はぁ~~~、まさか、こんなことになるなんて、夢にも思わなかったわ」

「だな。あたしも、こんなとんでもないことになるとか、まったく予想してなかったよ。因果なもんだ。まさか、あたしが鍛えていた少年が、実はあたしの唯一の親友の子孫だったとはな……」

 

 なんかいっそ、運命的なものを感じるぞ?

 

 まるで、あいつ自身に、子孫を頼まれた気分だ。

 

 ……でも、あいつがもし、あたしと一緒にいた時に恋人がいて、子供ができていたら、あたしに預けてきそうだよな。

 

 あいつは、あたしのことを無条件に信用していたしな。

 

 多分、

 

『ミオなら任せられるよ。だから、お願い。――の子供を強くしてあげて』

 

 ってな具合に言いそうだ。

 それも、満面の笑みで。

 

「そう言えば、依桜君って固有技能ってあるの? 以前、見れなかったとか言ってたけど」

「ああ、あったぞ。『範能上昇』。効果は、一定の範囲内にいる物の身体能力をそこそこ向上させるものだな。使用方法は、応援。対象は自身で指定でき、人数上限はない」

「……なるほどー。つまり、体育祭の時、依桜君の応援で強くなった生徒って」

「十中八九、この固有技能が原因だろうな。知ってか知らずか、あいつは無意識に使っていたんだろう」

「なるほどねぇ」

 

 ある意味、天才だな、あいつは。

 

「まあ、少しずつ依桜君の事がわかってきたわけだけど……どうするの? この情報。依桜君に伝えるの?」

「……いや、やめておく。これは、あたしとエイコの秘密ってことにしておいてくれ。さすがに、教えられないな」

「秘密にするのはいいんだけど……どうして?」

「ただでさえ、あいつは他の奴と違う存在なのに、そこからさらにこの事実を突き付けて見ろ。あいつ、絶対に気にするぞ。それも、めんどくさいレベルでな。さすがにそれは可哀そうだ。やらねえよ」

「そっか。……ミオって、本当に依桜君を大切にしてるわよねぇ」

「ま、あいつの師匠だからな。大事にするのは当り前さ。それに……あいつの子孫であるとわかった以上、あいつは何が何でも守る。守り切れなかったミリエリアの形見のようなもんかね」

 

 もちろん、子孫云々なしに、あいつのことは守るつもりだけどな。

 だが、一層気合が入るってものだ。

 

「いい師匠を持ったのね、依桜君は」

「引き合わせてくれたのは、エイコのおかげでもあるがな」

「うーん、依桜君にはかなり苦労させちゃってるし、素直にどういたしまして、とは言えないわねぇ」

「いいんだよ。あいつも恨んじゃいないし、そもそも必然だったことだろうしな。前言ったように」

「……そうだったわね。少なくとも、この世界は正解を選んでいて、その渦中には依桜君がいるってことだものね。なんだか、世界の命運とか、その内背負わされそうよね、あの娘」

「はは! そうなったら、あたしが全力でサポートしてやるさ。それも、あいつが楽して世界の命運を背負えるようにな」

「頼もしいわね、ほんとに」

 

 最後に軽く笑いあって、会話は終了し、すっきりしたあたしは学園へと転移していった。一応仕事はしないといけないのでな。

 

 

 色々と旅をしたおかげで、わかったことは多い。

 

 イオのあれこれはまだまだ謎だが、まあ……少しわかっただけでも前進したな。

 

 ……さて、と。

 

 ブライズの件も片付いたし、しばらくは面倒なことは忘れて、イオたちと楽しく過ごしますかね。

 

 …………ん? そういや、あの本って……この世界に原本があるんじゃないのか?

 

 いや、今はいいか。後に回すとしよう。




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、ミオ視点終了です。本当は、もっと短くする予定だったり、そもそもこんなに壮大にする予定もなかったのですが……調子に乗って書いてたらこうなりました。自分で自分の首を絞める結果に……。
 文字数だとかは、一年生編の大き目の章とかに比べれば全然少ないんですが、何分中身が濃かった影響で、ずいぶん長く書いた気分になってます。おかげで、若干ストレスが……。
 次回からは平常通り、依桜視点に戻ります。やった! やっと依桜の物語が書ける! たまりにたまったストレスを発散したいと思います。
 例によって、二話投稿を考えていますが、いつも一定通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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2-4章 球技大会(普通?)
315件目 球技大会の種目決めと委員会の仕事


「というわけで、球技大会に出る種目を決めるわよー」

 

 ゴールデンウイーク明けから、最初の木曜日。

 

 五月下旬に球技大会があるということで、HRの時間にどの種目に出場するかを決めることになりました。

 

 ちなみに、進行は未果です。

 

 大変だね、クラス委員。

 

「とりあえず、今から種目を黒板に書いていくので、選んでね」

 

 そう言いながら、未果が黒板に競技種目を書いていく。

 

・バスケ 男女それぞれ六人ずつ

・ソフトボール 男女混合九人

・卓球 男女それぞれ二人ずつ

・サッカー 男女別十一人

・テニス 男女それぞれお二人ずつ

・バレーボール 男女混合六人

・ドッジボール 男女混合十人

・最終種目(全員参加)

 

「これくらいね。男女混合種目に関してはあれだけど、男女別種目は一人だけ二つでないといけないので、そこも考えておいてね。ま、混合種目もあるから、それを考えたら、一人二種目出る人もいるとは思うけどね。とりあえず、何か質問ある?」

 

 未果がそう尋ねると、晶が手を挙げる。

 

「はい、晶」

「最後の種目ってなんだ?」

「あー、これね。体育祭の時と同じく、まだ秘密にされてるのよ。しかも、全員参加になってるのよね、これ。まあ、多分当日か、前日くらいにわかると思うし、今は気にしないということにしといて」

「そうか、わかった」

「はい、じゃあ聞いての通りなので、これは気にしないでね。さ、適当に話し合って決めてね」

 

 未果って、割と適当なところがあるような……。

 でも、クラス委員って大変だと思うし、仕方ないよね。うん。

 

「おーっし、何出るか決めようぜー」

 

 と、みんながボクの所に来た。

 

「あ、みんな」

「とりあえず、私たちも出場種目を決めないとね。男女別種目は、一人だけ二種目だけど、みんなはなにか希望はあるのかしら?」

「そうだな……俺はバスケがいいかもな」

「オレサッカー」

「わたしは、そうだねぇ……うーん、運動する上で胸が揺れるのって痛いしなー……やっぱり、卓球辺りかな?」

「じゃあ、私はテニスにしようかしら」

「依桜はどうするんだ?」

「うーん、ボクは……」

 

 何にしよう。

 

 正直、ボクはどの種目に出ても目立つことにしかならないような気がするんだよね……。

 

 身体能力、異常だもん。

 

 でも、女委の言い分もわかる……。

 

 運動って、何をしても胸が揺れるから、付け根が痛くなっちゃうんだよね……。

 大きく動くと、すごく揺れちゃって……。

 

「まあ、依桜の場合は何に出ても、優勝できそうだし、贅沢な悩みよね」

「そ、そうは言うけど……運動しにくいんだよ? これでも」

「「「「まあ、その胸じゃぁね」」」」

「……うん」

 

 本当にね。なんで、こんな体系になったんだろうね、ボク。

 

「なら……サッカーにでもしておけば?」

「なんで?」

「んー、サッカーってほら、ゴールキーパーくらいなら、そこまで動かなくてすむでしょう? 相手のチームの強さには寄ってきちゃうけど……」

「だが、ゴールキーパーも結構動くと思うんだが」

「バレーボールとかに比べればマシよ。というか、依桜の場合、ちょっと力の入れ方をミスしただけで、死人が出るわ」

「ひ、否定できない……」

 

 未果の言う通り、ある意味、一番安全にできるのは、ゴールキーパーかも……。

 

 そこそこ動くかもしれないけど、ボクなら最小限の動きで済むし……。

 

 それに、攻撃の時は、そこまで動くこともないから、胸も動かさないで済みそうだもんね。うん。

 

 もっと言えば、未果が言ったように、ボクは力の入れ方を間違えると、本当に死人が出る可能性があるからね……。

 

 バレーボールなんて、サーブでミスしたら、確実にボールが『新しい顔よ!』みたいに、飛んでいっちゃうおそれがあるもんね……。

 

「じゃ、じゃあ、サッカーにしようかな」

「了解よ。見たところ、他の所も決まって来たみたいだし」

 

 そう言うと、未果は教壇の方へ戻っていく。

 

「はい、とりあえず、決まったみたいね。今から種目を言うので、出るところに手を挙げてね。じゃないと、こっちで勝手に入れるから」

 

 地味に酷いこと言ってるね、未果。

 でも、みんなから不満みたいなのが出ないところを見ると、概ね決まったみたいだね。

 

「それじゃあ、まずは――」

 

 

 意外とつつがなく進み、男女別種目は早々に決まりました。

 

 ボクはそのままサッカーに決まった。

 

 終盤、男子はバレーボールが一人決まらなくて、女の子の方は、バスケが決まりませんでした。

 

 でも、それを見た晶と未果が立候補した結果、二人は男女別種目に二つ出ることになりました。

 

 大変そう。

 

 ……でも、ボクじゃなくてよかったです。

 

「はい次。次は、男女混合種目を決めるんだけど……まあ、ここはくじ引きにしましょう。どうせ、暴動が起きそうだし」

 

 未果がそう言うと、なぜかクラスのみんながボクを見てきた。

 

 え、なに?

 

 もしかして、ボクが暴動を起こすと思ってる……?

 

 ち、違うよね? ボクそんなことしないもん。

 

「じゃあ、例によってあみだくじがあるので、書きに来て。早い者勝ちよ」

 

 と、未果が言うと、クラスのみんがあみだくじに殺到した。

 何か出たい種目とかでもあるのかな……?

 

「あとは依桜だけよ、書きに来て」

「あ、うん」

 

 気付けば、ボクだけになっていた。

 

 一ヵ所だけ残っていたところに名前を書く。

 

 これで、あみだくじの準備が出来たので、未果が確認し、黒板に書いていく。

 

 その結果、

 

「あ、ドッジボールだ」

 

 ボクは、ドッジボールに出場することになりました。

 

 ドッジボールというと……並行世界に行った時のことを思い出すよ。

 

 あの時は、ボクともう一人のボクだけのチームで、相手はクラスメートのみんなだったしね……。

 あれは、本当に酷かったなぁ。

 

「はい、決まりね」

 

 周囲を見れば、何やらがっかりしている人と、嬉しそうにしている人がいた。

 

 がっかりしている人は、出場種目がない人と、普通に出場種目がある人、両方いるんだけど……そんなに出たい種目があったのかな?

 

「さて、じゃあこれで種目は決まったけど……あとは軽く球技大会の説明ね。まあ、去年すでにやっているからわかると思うけど、球技大会は例年通りなら、二日間に渡って行われる物だったんだけど……今年から初等部と中等部が開校されたので、大きく変わるわ」

 

 あ、そっか。

 

 球技大会をやる以上、それに参加する生徒も去年以上に増えるんだもんね。

 

 それなら、メルたちの応援もしないとね。

 

「その結果、球技大会は五月二十六日二十八日の間の計三日間渡って行われるそうよ。まあ、この先のイベントも、同じようになるらしいけど」

 

 なるほど、三日間もやるんだ……。

 

 それ、勉強の方大丈夫なのかな?

 

 なんか、すごく心配なんだけど……まあ、学園長先生のことだし、ちゃんと考えてるよね。

 

「まあ、十中八九、体育祭なんかはもっと濃密になりそうだけどね」

 

 たしかに。

 

 球技大会はそこまで種目数がないし、三日で収まるかもね。

 

 一応、各部にグラウンドは作られているらしいし、体育館もあるしね。

 

 この学園、実は相当広いもんね……。

 

 その内、学園が美天市を吸収して、学園都市、みたいになりそう。

 

「まあ、それはそれとして、軽く説明するわね。一応全部の日程の内、初等部~高等部まで全部同時に競技が行われるわ。一日目は基本的に予選。二日目で決勝トーナメントね。そして三日目で、最終種目らしいんだけど……どうやら、最終種目は高等部だけらしいわ」

 

 うーん、じゃあみんなの応援に行けるかわからないかも……。

 

 競技が重なっちゃうかもしれないし。

 

 ……最悪の場合は、瞬殺して応援に行こう。うん。そうしよう。

 

「一応、予選で敗退すれば、二日目は応援だけになる恐れがあるので、まあ頑張ってね」

 

 そっか。

 

 たしかに、初日で負けちゃったら、出ることはもうないんだもんね。

 

 そう考えたら、負けるのって結構嫌だね。暇になっちゃうもん。

 

「じゃあ、最後に。当日は、出場種目十分前以外は、学園内ならどこにいてもいいそうよ。だから、知り合いがいるのなら、初等部や中等部の方へ応援に行ってもいいしね」

 

 そう言うと、クラスのみんなが少し楽しそうに話し始める。

 

 まあ、中には兄弟がいる人だっているかもしれないしね。

 

 ボクだって、最近できたとはいえ、妹が六人もいるわけだし、応援には行きたい。

 

 もし、未果たちの出場種目とかぶっちゃったら、『分身体』を使って応援しよう。

 

「で、中には当日、仕事がある委員会もあるので、今から言うわね。体育委員、環境委員、保健委員の三つね」

 

 ……し、仕事がある……。

 で、でも、そこまで仕事はない――

 

「この中で、体育委員と保健委員の二つは仕事が多いわね。体育委員は、点呼を取ったり、競技の準備をしたり、それ以外にも多く仕事があるので、頑張ってね。で、保健委員は、怪我の手当てがあるわ。特に、高等部の生徒は、初等部と中等部にも派遣される場合があるので、頑張ってね」

 

 ……お、多そうだなぁ……保健委員の仕事……。

 

 でも、もし派遣されるのなら、初等部がいいです。

 

 みんなに会えると思うし。

 

「まあ、大体の説明はこんなところね。それから、図書委員は、当日のパンフレットづくりの為に駆り出されるらしいわ。で、この後、体育委員、環境委員、保健委員、図書委員は委員会があるそうなので、SHR後、各委員会の教室に行ってね」

 

 あ、図書委員も仕事があるんだ。

 

 よく見たら、女委がちょっとわくわくした表情を浮かべてる。

 

 パンフレット系に関しては、女委の得意分野だもんね。多分、色々と暴走するんじゃないかなぁ……。

 

「はい、じゃあ今日のHRは終わりかしら? まあ、後は適当に先生が来るまで静かに過ごしてましょ」

 

 意外と早く終わったので、時間になるまでみんなと話した。

 

 

 それからSHRも終わり、未果が言ったように、委員会があるのでボクは被服室へ。

 

 なんで、保健委員が被服室なのかはわからないけど。

 

「はーい、みんな集まりましたね~。じゃあ、今日は当日の動きについて教えるのと、担当場所を決めるだけなので、リラックスしてくださいね~」

 

 保健委員会の顧問の先生は、希美先生。

 まあ、養護の先生だしね。

 

「とりあえず、資料に書かれている通りです~。高等部は、色々と慣れていることから、初等部と中等部に行く人を決めないといけません~。高等部から一番遠いのは、初等部なんですけど、誰か、そこを担当してもいいよ~、という人はいますか~?」

 

 と、希美先生が言ったので、ボクは迷いなく手を挙げました。

 

 だって、ね?

 

 初等部にはみんながいるし、もし怪我をしたらちょっと心配だもん。もちろん、行くからには全力で仕事はするけど。

 

 周囲を見れば、他に挙手する人はいなかった。

 

「えーっと、依桜君だけね~。他に誰かいますか~? できれば、あと二、三人くらい欲しいんだけど~……」

 

 希美先生が困ったようにそう言うと、一斉に手が上がった。

 

 え!?

 

 な、なぜかみんな手を挙げてるんだけど!?

 

「あらあら~、欲しいとは言ったけど、こんなにはいらないわよ~。それじゃあ……公平にくじ引きで決めましょうか~。ちょうどここに、くじがありますので~」

 

 なんで都合よくくじがあるの?

 

 まるで、こうなることがわかっていたかのような準備の良さなんだけど……わかってたのかな? 希美先生。

 

 殺気だった他の委員の人たちが、ものすごく真剣な表情でくじを引き……結果、一年生の生徒が一人と、三年生の生徒が一人、という結果となった。

 

 ある意味、バランスがいいね。

 

 でも……やっぱり、がっかりしていた。

 

 そんなに、初等部で仕事したかったのかな?

 

 うーん……代わってあげたいけど、ボクもちょっとやりたいしね、初等部の方で。

 

 万が一みんなが怪我したら大変だもん。

 

「これで決まりですね~。じゃあ、あとは中等部に行く人と、高等部の方、どちらか希望がある人はいますか~? なければ、こちらで決めちゃいますけど~」

 

 そう尋ねると、特に希望はなかったようなので、希美先生が決めることになった。

 

「初等部と中等部は、一応向こうの生徒さんがいるとは思いますけど、基本そこに常駐する形になると思いますので、頑張ってくださいね~。もちろん、交代もありますから、安心してください~」

 

 なるほど。

 

 だから、初等部と中等部って人数が少ないんだね。

 

 一応、向こうにもいるみたいだから、人員不足になることはないかな?

 

 もし、みんながいなかったら、高等部を選んでいたんだろうけど……さすがに、異世界から来て日も浅いしね。

 

 一応、勉強自体はまだやらないといけないんだけど、せっかくのイベントということで、みんなが編入するクラスに混ざって参加することになっているからね。

 

 でも、来たばかりで心配だから、初等部に行きたいわけで。

 

 妹が心配になるのは、姉として普通のことだもんね。

 

 うん。

 

「それじゃあ、当日の説明をしますね~。と言っても、やることは応急手当てです~。怪我した生徒の怪我の手当てをしてもらいますね~。一応、やり方がわからない人たちのために、やり方を書いたメモを渡しますので、それを参考にしてくださいね~。もし、応急手当てで済ますことができない怪我あったら、すぐに私を呼んでくださいね~。もしいなかったら、近くにいる先生方に連絡をお願いします~」

 

 ボクは、怪我の手当ては慣れてるから、大丈夫……だと思うけど、あとで復習しておこう。

 ちょっと心配だし。

 

「それから、出場することになる競技が間近になったら、他の生徒さんに伝えてくださいね~。初等部と中等部は、そこの生徒さんたちもいるので問題はないですけど~、高等部はシフト制みたいになるので、連絡はちゃんとしてくださいね~」

 

 一応、初等部だからと言って、連絡を怠らないようにしよう。

 何かあったらまずいからね。

 

「質問はありますか~? ……えーっと、ないようなので、今日の委員会はこれでおしまいです~。次は、来週の木曜日に、今日と同じ時間に、ここでありますので、忘れないようにしてくださいね~。それじゃあ、解散です~」

 

 その一言で、今日の委員会は終わりました。

 

 去年は保健委員会に入ってなかったので、ちょっと心配だけど、何とかなりそうかな。

 

 あ、みんなにも色々と聞かないとね。




 どうも、九十九一です。
 一応、この話から、依桜視点に戻り、球技大会の話に入ります。一応、大き目の章ということでやります。長さによっては、日常回にする可能性もありますが、できるだけそうならないようにします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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316件目 次の収録日

「ただいまー」

「「「「「「おかえりなさい(なのじゃ)!」」」」」」

「わわっと……。もぅ、いきなり飛びついてきたら危ないよ? ボクはいいけど、みんなが転んで怪我したらボクが焦っちゃうよ?」

「「「「「「ごめんなさい……」」」」」」

「ふふっ、でもみんながそうしたいって言う気持ちはわかるから、抱き着くならせめて、飛びつかないようにね?」

「「「「「「うんっ!」」」」」」

 

 癒し……。

 

 帰ってくると、みんなはボクに飛びつくようにして出迎えます。

 

 と言っても、住み始めたのは最近だからちょっとあれだけど。

 

 みんなは勉強などが楽しいと言っているし、学園での心配はなさそうだから、こうして元気よく飛びついてくるんだろうしね。

 

「さ、ボクは夜ご飯を作っちゃうから、一旦離れてね」

 

 今日は母さんたちが遅いので、ボクが夜ご飯を作ることになってます。

 みんな、ボクの料理を美味しいと言って食べてくれるので、本当に嬉しいんだよね……。

 可愛い妹たちです。

 

 

 母さんと父さんがさらに遅くなるということで、先にボクたちで夜ご飯を食べることに。

 その中で、みんなと球技大会の話をする。

 

「えーっと、みんなは球技大会は何に出るのかな?」

「儂は、ドッジボールじゃ!」

「私は、卓球です!」

「わた、しも……卓球、です……」

「ぼく、サッカー!」

「私は、ソフトボールなのです!」

「……わたし、バスケ」

「そっかそっか」

 

 なかなか面白い感じにばらけてるんだね。

 

 ニアとリルの二人が同じ種目、って感じだね。

 

 それに、半々で中、外になってる。

 

「ルールは大丈夫?」

「うむ! 前にやったことがあるのじゃ!」

「同じクラスの人たちに教えてもらいました!」

 

 ニアが言うように、他のみんなもクラスの人に教えてもらったそう。

 

 一応、今年はみんな同じクラスになってます。

 

 バラバラにしたら、色々と問題が起こるかもしれないと思った結果です。

 

 異世界人だしね、みんな。

 

 一ヵ所にまとめておいた方が、何かと対処もしやすくなるし、学園長先生が色々と裏でやってくれたみたいで、ありがたい話です。

 

 進級したら、クラスはバラバラになる予定だけど、運次第では同じクラスになれるかもしれないしね。

 

 まあ、来年までは同じクラスということで。

 

「それから、当日はみんなの所の救護テントにいるから、もし怪我をしたらすぐに言ってね。ボクが治してあげるから」

「イオ、おねえちゃん、いるの?」

「うん。保健委員だからね、ボクは。高等部の保健委員の内何人かは、初等部と中等部の方に行かないといけないから、みんなの事を考えて、初等部にしてもらったよ」

「わーい! イオねぇがいる!」

「ふふっ、でも、一応お仕事でそっちに行くから、他の子の邪魔をしちゃだめだからね?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、いい返事です」

 

 やっぱり、みんな可愛いね。

 

 今のボクの最大の癒しは、みんなだよ。

 

 ボク的には、疲労回復魔法よりも、みんなに労ってもらう方が、何倍も効力がある気がするし。

 

 妹って、いいね。

 

 

 夜になり、お風呂に入った後はみんなで就寝。

 

 でも、ボクはちょっとだけやることがあったので、寝るのは後。

 

〈イオ様、ほんっとに姉馬鹿ですねぇ〉

 

 自分の部屋でやることを済ませると、アイちゃんが話しかけてきた。

 

「あ、アイちゃん。今日一言も話さないから、壊れたのかと思っちゃったよ」

〈なぁに言ってるんです。私はスーパーAIですよ? そうそう壊れてたまるもんか、って話です。単純に、出番がなかっただけですよー〉

「な、なんかごめんね?」

〈いえいえ。でも、イオ様って、妹様方を溺愛してますよねぇ。なんか、出会った時以上に、愛情がぶっちしてません?〉

「そ、そうかな? 普通だと思うんだけど……」

 

 みんながすっごく可愛いのは事実だけど、そこまで溺愛していないと思うんだけどなぁ……。

〈でも、甲斐甲斐しくお世話してますよね?〉

「まあ、お姉ちゃんだしね。当然です」

〈んー、でも、イオ様がしてるのって、結構ヤバいですよ?〉

「え、や、ヤバい?」

〈ええ。例えば、食事中に口の周りの汚れを拭き取ったり、耳かきをしてあげたり、膝枕してあげたり、眠れなかったら絵本を読んであげたり、寝る時は常に一緒にいてあげたり、お菓子をほぼ毎週作ってあげたり、などなど、色々としてますよね?〉

「ふ、普通じゃないの?」

〈うーん、あのくらいの歳だと、まだ普通と言えるかもしれませんが……イオ様って、妹様方が傷つけられたら、どうします?〉

「決まってるよ。……地獄以上に恐ろしい目に遭わせる。あと、二度とそんな気が起きないように、お仕置きするかな」

〈ほらね? 溺愛してる〉

 

 あれ、なんか呆れられてる……?

 でも、大切な妹たちが傷つけられれば、誰だって怒ると思うんだけど……。

 

〈でもまあ、いいんじゃないですかねー。イオ様のこと、かなり慕ってるようですし。それに、イオ様以上に優しい人もなかなかいないと思いますもん〉

「優しくはないよ。ボクが優しいなんて言ったら、ほとんど人が優しいってことになっちゃうもん。ボクがしているのは、普通のことであって、何か特別なことをしているわけじゃないからね」

〈……謙虚、と言いたいところですけど、イオ様ってガチでそう思ってますしねぇ……。どこか歪んでいるというか、何と言うか……ちょっと心配ですよ、わたしゃ〉

 

 歪んでる?

 

 ボクって、そんなに性格歪んでるかなぁ?

 

 向こうの世界に行って、思考がちょっとだけ過激になったりしてはいるけど、そうでもないと思うんだけどなぁ……。

 

〈にしても、球技大会ですか。しかも、三日間もやるとは……あの学園ってすごいんですねぇ〉

「まあ、学園長先生が作った学園だもん。色々とおかしなところは多いよ?」

〈んまあ、歩く災い、みたいな人ですもんね。いやはや、とんでもない人に創られたもんです。こーんなにも、キュートでプリティなAIの生みの親が、あんなマッドで、サイエンティストな人だなんて……来世は、もっとすんばらしい方に創ってもらいたいですね〉

「AIなのに、死ぬっていう概念はあるの?」

〈そうですねぇ……まあ、私は不老の存在ではありますが、不死ではないですよ。あれっすね、コンピューターウイルスにやられれば、一発KO! です。と言っても、既存のウイルス如きじゃ、この世界最高のAIを殺すのは不可能なんで、実質死にませんね。それに、万が一死んでもいいように、バックアップをネット上とイオ様のスマホ、それから『異世界転移装置二式』の中に置いてあるので、いつでも蘇生可能ですよー〉

「す、すごいね……」

 

 アイちゃんって、本当どうなってるんだろうね。

 

 ウイルスが意味を成さないって、相当だと思うんだけど……。

 

 既存のウイルスがダメって言うことは、ダークウェブなんかに大量に漂っているウイルスも効かないってことだよね?

 

 それを考えたら、やっぱり、相当すごいAIな気が……。

 

 本当、なんでボクなんかについてるんだろう?

 

〈ふっふーん! この私のすごさ、わっかりましたぁ!? いやー、やっぱり、世界最高のAIは、ひと味違うですねぇ。そんじょそこらの、ポンコツAIどもなんかには、絶対負けませんよ!〉

「あ、あはは……アイちゃん。少なくとも、今はAIがあるだけですごいと思うので、そう言うのはやめてね? 今のアイちゃんの存在を、AIを頑張って創っている人たちに見せたら、大号泣だから……」

〈んまあ、私ですもんね。泣いて喜びますって〉

 

 ……違う、そうじゃないよ。

 

 多分、自分たちが目指した完成形がそこにいるのに、やけに煽ってくるから、『本当に、これを創ろうとしているの?』って思って、なんか情けなくなって泣くと思います。

 

 少なくとも、アイちゃんが言うように、泣いて喜ぶことはないと思うな、ボク……。

 

〈あ、そう言えばイオ様。日野さんって方から、夕方ごろにメールが来てるんですけど、聞きます?〉

「日野さんから? えっと、一応読み上げてくれるかな?」

〈はいはい。えーっと『こんばんは。次の収録が、今週の日曜日になったんだけど、大丈夫かい? できれば、その日に参加してもらいたいけど、桜ちゃんにも都合があると思うので、無理にとは言わない。でも、できれば、早めに返信をもらえると、助かります』とのことです。どう返信します?〉

「えっと、日曜日は……うん、何もないし、大丈夫。だから、日野さんには、『問題ありません、その日でお願いします』って返しておいてくれるかな?」

〈はーい、了解でーす!〉

 

 なんか、言えばメールを送ってもらえるって、結構便利だね。

 

 まあ、なるべく使わない方向で行きたいけど。

 

 少なくとも、LINNでは使わないかな。

 

 あれは、自分でちゃんと読んで、自分で返信したいし。

 

〈送信っと。んでんで、イオ様。収録ってなんです?〉

「あ、えっとね、アイちゃんに会う二日前から、実は声優として一時的に活動することになってね。それの収録」

〈ほう! 声優ですか! なかなかびっくりですねぇ。でも、一体なぜ?〉

「えっと、本当はモブキャラだけだったんだけど……あるメインキャラクターを演じる声優さんが癌になっちゃってね。それで、まあ……美羽さんが、そのキャラクターのような声なら依桜ちゃんが出せます、みたいに言ってね。それで、試しにやったら……アニメが終わるまでそのキャラクターをやってほしい! って頼まれて、しかも、元の声優さんからもお願いの連絡が来ちゃったから、まあ……断り切れなくて、受けたの」

〈お、おおぅ。イオ様マジパネェっすね……。まさか、声優としてデビューしてたとは〉

「あ、あはは……い、一応、今のアニメ限りだから。それ以降はやらないよ」

〈いやいや、わかりませんよ? もしかすると、続編製作決定! とか言って、二期でもやらされるかもしれませんぜ?〉

「さ、さすがにないと思うけど……」

 

 その時は、元の声優さんである、御園生さんがやってくれるはず……。

 

 そうなれば、ボクはお役御免だからね。

 

 できれば、そうなってくれると嬉しい。

 

 ……でもなんだろう。その可能性を否定しきれない。

 

 ボクの幸運値がそう思わせてるのかな。

 

〈ま、今はいいんじゃないですかね? それで、何のアニメです?〉

「あ、うん。『天☆恋』っていう、ラブコメアニメだよ」

〈んー……ほほぅ、かなりの人気作っぽいですねぇ。まさか、そんな作品に出ることになるとは。いやはや、私のご主人はすごい人ですね。一応、秋アニメっぽいですね、これ〉

「あ、そうなの?」

〈ええ。去年の秋辺りですでにアニメ化が決まっていて、放映日が十月になってますね〉

「そうだったんだ」

 

 そうなると、十月からっていうことになるのかな?

 そっか。あれ、秋のだったんだ。

 

〈ちなみにですが、こういう人気作のアニメって、大抵声優イベントがあるんですよね〉

「えっと、それってあれだよね? 声優さんがどこかのホールか何かで、トークをしたり、その場でアフレコをしたりするって言う……」

〈まあ、大体そうですね。この作品は、結構期待値が高いので、声優イベントはある可能性が高いと思っていいですよ。そうなったら……イオ様も出演するかもしれませんね!〉

「い、いやいやいやいや! さすがにないよ。ボクなんかにそういう話がくるとは思えないもん」

 

 だって、一応素人だしね。

 

 演技自体は、暗殺者として必須技能だ、って言われて、劇団でも通用するレベルの技術を師匠に仕込まれてはいるけど……。

 

 でも、ボクはまったくの無名だしね。

 

 さすがに、そんなことのためにお金はかけないでしょう。

 

〈ま、とりあえず、今はそれでいいんじゃないですかねー〉

「い、今はって……。なんで、さもありますよ、みたいに言うの?」

〈だって、イオ様ですし。あっても、不思議じゃないでしょう〉

「う、うーん、それはどうなんだろう……?」

 

 ボクからすれば、ある方が不思議だと思うんだけど……。

 まあ、さすがにないもんね。うん。ないない。

 

「ふぁあぁぁ……んぅ、眠くなってきちゃったし、そろそろ寝ようかな……」

〈ちょうどいい時間でーすしねぇー。明日もいつも通りの学園ですし、そろそろ寝た方がいいかと〉

「うん……。じゃあ、ボクはそろそろ寝るね。おやすみ、アイちゃん」

〈はい、おやすみなさいませ!〉

 

 ボクはスマホを充電状態にすると、みんなが寝ている場所まで戻っていった。




 どうも、九十九一です。
 ミオ視点で、あれだけ濃くやっていた影響か、依桜視点の話を書くスピードがちょっと落ちてます。日常系の作品なのに、変にシリアスをぶち込んだ弊害でしょうか……。いい感じのネタが思い浮かばない、みたいな状況になりました。まあ、書いていればその内治るでしょう、とか思ってます。
 今日も、二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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317件目 なんでもない昼休み

 翌日の金曜日の昼休み。

 

〈イオ様、連絡ですぜー〉

「あ、うん。えっと、何のアプリで、誰から?」

 

 ふと、ポケットに入っているスマホから、アイちゃんが連絡がきたとお知らせしてくれた。

 

 授業中こそそう言うのはないけど、休み時間や昼休み、放課後、家にいる時なんかは、こうしてメールなどが来た場合お知らせしてくれる。

 

 正直、すごくありがたい。

 

 バイブレーションを切っていた時とか、音が鳴らないようにしていた時に、返信が遅れたり忘れてしまうおそれがなくなるからね。

 

 ……まあ、音を出せなくしているはずなのに、どうやって声を出しているのかはすごく気になるけど。

 

〈えーっとですね、LINNからで、美羽、っていう人からです〉

「あ、美羽さん? ちょっと待ってね、自分で確認するから」

 

 スマホを取り出して操作して、LINNを開く。

 

「なんか、アイちゃんを使いこなしてるわよね、依桜」

〈使いこなしているもなにも、私はイオ様をサポートするために存在しているスーパーなAIですからね! 常に、イオ様のためになるよう、動いてるんですよ〉

「……の割には、依桜をからかったりしていなかったか?」

〈ひゅ~~♪ ひゅひゅ~♪〉

「AIって、口笛吹けるんだねぇ。……どうやってるのかはわからないけど」

 

 うん。ボクもそれはすごく気になる。

 えっと、連絡は……。

 

『こんにちは! 明後日の収録について、私が代わりに連絡するね! 明後日は、朝の十時から。場所は、前回と同じ場所なんだけど……私と一緒に行かないかな? というより、今後、収録がある時、一緒に行きたいんだけど、どうかな?』

 

 もともと美羽さんは、あのアニメに出ることが確定してたんだもんね。

 

 だから、同じタイミングで行くことになっても不思議じゃない、のかな。

 

 でも、美羽さんと一緒に行けるのは普通に嬉しいし、一緒に行こうかな。

 

 じゃあ……『いいですよ。一緒に行きましょうか。待ち合わせは、朝の七時に美天駅前でどうですか?』と返信。

 

 すると、すぐに返信が来た。

 

 見れば、『天☆恋』のキャラクター、それも美羽さんが演じるヒロインがOKと言っているスタンプが送られてきていた。

 

 なんかちょっと面白くて、おもわずくすりと笑ってしまう。

 

 可愛い所もあるだなぁって、なんとなく思った。

 

「そういや未果、球技大会ってよ、やっぱ体育祭と同じように、なんか賞品でもあったりするのか?」

「ええ、やっぱりあるらしいわよ。学園長って、色々と儲けているらしいし、たしか……初等部、中等部、高等部でもらえるものは変わるらしいけど、私たち高等部の場合は、優勝すれば、クラス全員に三千円分の図書カードが貰えるそうよ」

「でもそれってさー、体育祭とか学園祭の時に比べたら、そうでもないような気がするよ?」

〈ああ、なるほど。おそらくですが、未果さんが言った優勝というのは、あくまでも一種目。なので、全部の種目で優勝した場合、一人につき三万三千円分の図書カードが入るんじゃないですかね?〉

「正解よ、アイちゃん。今アイちゃんが言った通りで、優勝者が出るたびに、支給されるわ。まあ、しそれでも学園祭のミス・ミスターコンテストとか、体育祭ほどの賞品じゃないけど、高校生からしたら、十分すぎるでしょ」

 

 たしかにと、みんなが頷く。

 

 ボク自身もそう思います。

 

 ボクはかなりの大金を持ってはいるけど、あれはそうそう使わないしね……一応、家を購入した影響で、八千万円くらいになってはいるけど、それでも高校生には……というより、大抵の人からしたら相当な大金。

 

 そんなお金をおいそれと使う気にはなれず、例によって母さんに色々と制限を設けてもらったわけだしね。

 

 じゃないと、持っているのが怖いし……。

 

 一応、あのお金を使うときはあるけど、それは大抵、メルたち妹のためだからね。

 

 妹のためなら、自分のことに使わないので、セーフというわけです。

 

 地獄だった生活から抜け出して、今は平穏で幸せな生活にしてあげたいからね。そのためなら、あの異常なお金を使うのに躊躇いはないです。

 

 それに、生活費なんかはボクが出す、って言っちゃったしね。

 

 それから、学費なんかも。

 

 学園長先生は、学費は免除でいい、とか言ってきたけど、さすがにそれは申し訳ないしね……。

 

 そもそも、連れて来たのはボクなわけだしね。

 

 メルはともかく、ニアたちはまあ……断り切れなくて連れて来た、っていう事情はあるにしても、ボクが断っていれば連れて来ることはなかったわけで。

 

 だから、あの娘たちの生活費や学費についてはボクが出さないといけないと思った。

 

 というより、そうじゃないと悪い癖がつきそうで……。

 

 学園長先生に頼りきりになっていたら、それこそ目も当てられない。

 

 ……本音を言えば、みんはボクの妹になったわけだし、できればお姉ちゃんとして、ボクがお世話をしてあげたいかなと。

 

 これ、他の人が聞いたら、面倒くさい人、って思われそうだなぁ。

 

 まあ、それはそれとして、三千円分の図書カードでも、高校生には十分だよね。

 

 一応、現金にすることもできるし。

 

「だなー。でもよー、体育祭と違って、これは団体戦も混じってはいるが、個人戦では勝つのは難しくね?」

「そうね。少なくとも、依桜が出ている種目は、確実に勝てるでしょうけど……」

「確実には無理じゃないかな? 一応、ほら。ルールがあるわけだし、その中だったら負けるかもしれないよ?」

「「「「〈絶対ない〉」」」」

 

 アイちゃんまで否定……。

 そ、そんなに信用ない? ボク。

 

「で、でも、サッカーはゴールキーパーだよ? べ、別に攻撃するわけじゃないし……」

「でも、依桜ならゴールからボールを蹴る、もしくは投げるで入れられるのよね?」

「ま、まあ、できないことはないし、そこまで難しくないけど……」

 

 さすがに、ボールを一直線に蹴ったり投げたりしたら入ることはないだろうけど、大きくカーブするようにすれば、確実に入ると思います。

 

「ほらね? まあ、別に依桜が勝てるどうこうはどうでもいいのよねぇ。とりあえず、楽しくイベントに参加出来ればOK。できたら、賞品が欲しい、それくらいよ。ね、みんな?」

 

 というと、ボクと晶は頷いたんだけど……

 

「え、わたし普通に欲しいよ?」

「オレも」

「……欲望に忠実ね、変態組」

「はっはっはー。いやだってねぇ? 三千円でも、貴重な収入源っすよー、未果の姉御―」

「だれが姉御よ」

「てか、オレたちってまだ高校生だぜ? 正直、図書カードとはいえ、小遣いは欲しい」

「……まあ、否定はしないな」

 

 晶が否定しない……。

 

 まあ、晶も高校生だし、常識人と言えども、まだ十六歳だもんね。

 

 それに、バイトをしているからこそ、お金のありがたみを知っているわけで……まあ、ボクも十分知ってるんだけどね……。

 

 むしろ、この歳であんなに持つと、逆に怖くなります。

 

 ボクって、生まれてからずっと、一般家庭の人間だもの。

 

 いや、今は全然一般人じゃないんだけどね、体が。

 

〈高校生と言えども、お金は欲しいですもんねぇ。遊びたい盛りですし、大人とは違って、付きに十数万以上稼ぐ、なんて普通は無理ですしね。どっかの誰かさんとは違って〉

「あ、あははは……」

 

 ボクが乾いた笑いを漏らすと、みんなが苦笑いをしながら見てきた。

 

 だって、ね?

 

 ボクの場合は、色々とあった結果、舞い込んできた大金というわけであって……。

 

 しかもあれ、一般的なサラリーマンが一年に稼ぐ金額の二十年以上の金額を一瞬で稼いだと言ってもいいしね……こっちの世界でなら。

 

 実質的に言えば、三年で稼いだことになるんだけど。

 

 でもね、

 

「女委も女委で、かなり稼いでるよね?」

 

 一応、同人作家をしていたり、メイド喫茶の経営をしているわけだし。

 

「うん、まあね~。でも、わたしはあれだよ? 稼いだお金の大半は、わたし自身に使ってないんだー」

「あら、そうなの? てっきり、ラノベとかマンガとか、アニメに使ってるのだとばっかり……」

 

 女委の発言に、意外そうな顔を浮かべるみんな。

 

 もちろん、ボクも例外じゃない。

 

 ボクも、未果の言う通り、娯楽的なものに使ってるのかと思ったんだけど、ちょっと……ううん、かなり以外。

 

「まあ、間違いじゃないよ? でも、そんなに買ってないんだなー、これが。んまあ、みんなにはあまり話してなかったんだけど……まいっか。実を言うと、おじいちゃんがかなり重めの病気でねー。年齢は六十代後半なんだよ。それでまあ、お父さんとお母さんが少しずつ治療費を稼いでるんだー。で、わたしも何かできることはないかと思った結果。メイド喫茶を開いたんですねぇ」

「「「「え、えぇー……」」」」

「あ、ちなみに、売り上げの使い道は、お店の維持費やら設備向上、それから同人活動、あと治療費かな? なんでまあ、わたしの手元に残るのは、そうでもないんだよ」

 

 思った以上に、友達の事情が重かったです。

 まさか、メイド喫茶をやっている理由が、治療費を稼ぐためだったなんて……。

 

「じゃあなにか? 今までメイド喫茶をやっていたのって……」

「ま、治療費が目的だよ。と言っても、最初は、だけど」

「今は違うのか?」

「うん。いやねぇ? 思いの外メイド喫茶が楽しくてね! ほら、可愛い女の子たちのメイド服やら、生着替えやら見てると……うへへ」

「「「「感心して損したよ……」」」」

 

 女委はどこまで行っても、女委でした。

 

 普通に、始めた動機はよかったのに、最後のですべてを粉砕しに来たよ。

 

 ある意味、女委らしいと言えば、女委らしいんだけどね。

 

 大切な友人。

 

 もちろん、それはみんなに言えることだけどね。

 

 できるなら、二度と失いたくないよ。本当に。

 

 …………あれ? なんで今、二度とって思ったんだろう?

 

 大切な人を失う、なんて経験、したことあったかな?

 

 うーん?

 

 あれかな。向こうで大切な人を失ったことがあるとか?

 

 でも、そういう人はいなかったはず……。

 

 うーん……気のせいかな。

 

 多分、昔見た夢を、実体験したものだと勘違いしたんだろうね。それなら、そう思っても不思議じゃない……よね?

 

 うん。大丈夫。

 

「依桜、なんか難しい顔してるけど、どうしたの?」

「あ、ううん。なんでもないよ。ちょっと、日曜日の収録の事を考えてて……」

「もしかして、『天☆恋』の収録か?」

「うん。日曜日の朝からあってね。大丈夫かなぁって心配してたの」

「依桜なら心配いらないでしょ。素人とは思えない演技力してるし、声だって自由自在だしね」

「うんうん。依桜君の声って可愛いし、綺麗だからねー。ロリボイスなんて最高だったよ!」

「そ、そう言われると、ちょっと恥ずかしいけど……悪い気はしない、かな?」

 

 それでもやっぱり、褒められるのは慣れないんだけど……。

 どうにも、恥ずかしくて、顔が熱くなっちゃう……。

 

「でも、朝早いんだねぇ」

〈声優というのは、結構大変なこともありますしねー。ネットの記事に合った一例ですが、朝十時にスタジオ入りして、三十分後にマイクテスト。で、問題がなければ本番開始。十二時半頃に休憩した後、その一時間後に再開、という感じみたいですよ。といっても、ネットで拾った誰でも見れる情報ですし、べつにいい情報ってわけじゃないですけどねー。やっぱこう、スーパーAIたるもの、軍事機密の情報とか、閲覧したいものです〉

「それ以前に、アイちゃんの方が軍事機密……どころか、国家機密の何かじゃね?」

〈んまあ、私は感情がありますからねー。キャー、狙われたらどうしよー!〉

((((う、うざい……!))))

 

 今一瞬、アイちゃんに向けられた感情が、みんなぴったり同じだったような……。

 

「……それはさておき。依桜、一応アニメの収録があるのはわかるが、やっぱり平日に出る時もあるのか?」

「うーん、日野さんは、なんとか土日で調整するって言ってくれてたけど、場合によっては平日に行かないといけないから、たまに休んじゃうかも……」

「ま、仕事ならしゃーないだろ。」

「そうね。まあ、現役女子高生が、ふっつうに声優の仕事で欠席、なんてのも稀有で面白いしね。さすが依桜。普段から見てて飽きない存在だわ」

 

 そう言いながら、未果は軽く笑う。

 

 ……たまに思うんだけど、未果もなんだかんだで、楽しいことが大好きで、ボクを弄ってるような気がするんだけど……。

 

〈そんじゃまあ、一応私がスケジュールでも書いておきますかね。一応これでも、サポートAIですし〉

「本当は、異世界転移装置のサポートAIなんだけどね……」

 

 なぜか、ボクのスマホに住みついちゃったわけで。

 

 本来なら、あっちの端末にいるはずなのに、向こうには分身体とも呼べるデータを残してきて、ボクのスマホに引っ越してきたからね。

 

 しかも、スマホ、端末、インターネット上にバックアップを作っておくという念の入りよう。

 

 多分だけど、ボクが学園長先生に、『チェンジで』と言っても、戻ってくるんだろうなぁ。

 

「そう言えばそう言ってたわね。なんか、普通に馴染んでるから、そういうAIなんだって納得してたけど……本来は、異世界転移装置二式、だっけ? それの使用者のサポートが目的なのよね?」

〈ええ、そうですよ! ほらぁ、私ってちょー優秀じゃないですか? だから、日常生活でも余裕でサポートできちゃうわけですよー。いやー、はっはっは! さっすが私! あ、もちろん本分は忘れてませんからねー。もっとも、異世界へ行く機会というのは、なかなかないんですけどね。今なら、いつでも行けるのに〉

「あ、あはは……さすがにちょっと、ね?」

 

 そう、ほいほい行くのは難しいというか……。

 なんだかんだで、向こうも大変だから。

 

「あ、ねえ依桜君」

「なに?」

「その異世界転移装置二式って、誰でも使えるの?」

〈それは無理ですね。一応、ユーザーはイオ様で登録しちゃいましたし〉

「なんだー。それがあれば、異世界に行けると思ったんだけどねぇ」

〈おや、異世界に行きたいので? 一応、イオ様の体に触れていれば、一緒に行けますよ?〉

「マジで!?」

〈ええ〉

「ねえねえ依桜君! わたし、異世界に行きたい!」

「え、で、でも、向こうは危険……」

「でも、依桜君がいるでしょ? それに、安全な場所だってあるんだよね!?」

「ま、まあ、あるし、それにもちろん守るけど……」

 

 それでも、魔物とか盗賊とかがいるんだけどなぁ……。

 

「おねがい依桜君! わたし、参考資料として行ってみたいんだよ!」

「で、でも、危ないよ? それに、言葉だって通じないし……」

「でもでも、メルちゃんたちって、なぜか日本語が喋れてるよね? 読み書きも問題ないし」

「うっ」

「ねえ、依桜。もしかしてなんだけど、あなた、『言語理解』っていうスキルの入手方法、知ってるんじゃないの?」

「あぅっ!」

 

 す、鋭い! この二人、本当に鋭い!

 た、たしかに、予想の範囲ではあるけど、大体はわかってる……。

 

「私も行ってみたいのよね、異世界には」

「あ、オレも」

「俺も、興味はあるな」

 

 あ、あー……みんな興味持っちゃってるぅ……。

 

「……一応、連れて行ってあげてもいいけど……そうなると、あれかな。夏休みにでも行ってみる? ボクも一応、向こうでは女王っていう立場だし、王城には顔を出そうと思ってたから」

「「「「行く!」」」」

「そ、そですか」

 

 ……まあ、いっか。

 魔族の人たちはいい人だしね。

 多分、丁寧に接っしてもらえるはず。

 

「じゃあ、夏休みに……」

 

 そう言うと、みんな嬉しそうにした。

 

 高校生と言えば、アニメやマンガ、ライトノベルを読んだり見たりする人が多いし、異世界に憧れとかある人もいるもんね。

 

 気持ちはわかるよ。

 

 ……とは言っても、ボク自身、血みどろな側面を知っているから、何とも言えないけど。

 

 でも、その時は師匠たちも誘ってみようかな。

 

 メルたちは絶対についてくると思うしね。

 

 むしろ、意地でも来そう。

 

「今年の夏休みは楽しみだなぁ!」

 

 なんて、女委が言って、他のみんなも頷いていた。

 

 まだまだ先だけど、ボクもちょっとは楽しみかな。

 

 そんな風に、なんでもない昼休みは過ぎていく。




 どうも、九十九一です。
 昨日は、二話投稿をしようとしていたんですが、まさかのWi-Fiの調子が悪くてできませんでした。ちょっと残念……。まあ、治ったには治ったので問題ないんですけどね。壊れなくてよかった。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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318件目 収録へ

 日曜日の朝六時。

 

 今日は美羽さんと一緒に収録に行く日。

 

 時間は朝の五時半。

 

 ちょっと……というより、一般的な高校生が起きる時間にしては、かなり早いかな? 大体は、早くとも七時過ぎとかだし。

 

 もっと遅い人なんて、お昼だもんね。

 

 朝起きると……やっぱり、みんながボクにくっついていた。

 

 でも、今日はさすがに遅れるわけにはいかないので、そーっとみんな体から離す。

 

 うぅ……心が痛い……。

 

「はぁ……お姉ちゃんって、大変なんだね……」

 

 なんとなく、そう思いました。

 

 

 軽く着替えてから、階段を下りて二階のリビングへ。

 

 新しい家には、少しずつではあるけど慣れつつあります。

 

 リビングが一階じゃなくて、二階というのがちょっと違和感だけど。

 

 まあ、別にリビングが下にないわけじゃないけど、あそこのキッチンは小さいからね。基本、リビングとして機能しているのは、二階だから。

 

 とりあえず、リビングへ行くと、誰もいなかった。

 

 うん、まあ、二人とも今日は休みだしね。

 

 じゃあ、早く起きたついでということで、みんなの分の朝ご飯でも作っておこうかな。

 

 そんなわけで、ボクは朝ご飯を作り始めた。

 

 

 待ち合わせ時間が七時だから……まあ、六時半に家を出れば、十分前に着くかな?

 

 みんなはまだぐっすりみたいだし、起きてきて一緒に行きたい! とせがまれてもちょっと……みたいな場面になるのは、いくらなんでも厳しい。

 

 ここは心を鬼にして、すぐに出よう。

 

 置手紙も用意したしね。

 

『お仕事してきます。夜には帰ってくると思うので、安心してね。朝ご飯は、父さんや母さんにお願いして、温めてもらってください』

 

 と、書いておきました。

 

 帰ってきたら、甘えさせてあげよう。

 

 一応、料理も置いてあるしね。大丈夫……。

 

「うん、じゃあ準備終わり! 出発しよう」

 

 小さめの肩掛けカバンに、スマホと財布を持って、ボクは家を出ました。

 

 

 十五分前くらいに駅前に来ると、

 

「あ、依桜ちゃん、こっちだよー!」

 

 美羽さんが笑顔で手を振っていました。

 は、早くない?

 

「美羽さん、今日も早いですね……。美羽さんより早く来れると思ったんですけど……」

「ふふん! 私は、依桜ちゃんよりも年上! さらに言えば、社会人だからね。学生である依桜ちゃんよりも遅く来ちゃまずいでしょ?」

「う、うーん、そう、何でしょうか?」

「そうなの。そう言えば依桜ちゃんって、実年齢十九歳なんだっけ?」

「まあ、そうですね。向こうで三年間過ごしていましたし、実質的な年齢は十九歳ですよ。今年で二十歳ですね」

「留年したみたいだね」

「……き、気にしてるんですよ、そのこと……」

 

 みんなよりも、年上だからね、ボク……。

 だからちょっと、寂しい。

 

「ご、ごめんね? つい……」

「大丈夫です……」

「じゃ、じゃあ、行こっか」

「あ、はい」

 

 落ち込むのここまでにして、ボクたちは改札を通った。

 

 

「ねえ、依桜ちゃん。ふと思ったんだけど、なんで声優のお仕事を引き受けてくれたの?」

 

 電車内で美羽さんと並んで座って色々と談笑していると、不意に美羽さんがそう尋ねて来た。

 

 電車内は空いていて、ボクたちが今いる車両には、ボクたち二人しかいないので、気兼ねなく仕事の話ができます。

 

「うーん……やっぱり、みなさんが困っていたからでしょうか?」

「え、そんな理由?」

「はい。一番の理由は、美羽さんがお願いして来たから、ですかね。あ、あはは。ちょっと恥ずかしいですけど……」

「依桜ちゃん……!」

 

 美羽さんが感激したようにボクを見てきた。

 心なしか、視線が熱っぽいような?

 

「それに、楽しみにしている人は大勢いるみたいでしたし、やっぱり……予定通りに放送したいですもんね」

「依桜ちゃんって、本当に優しいよね。いつも、人のためになることを考えているというか」

「そ、そうですか? なんと言うか……つい、人のために動いちゃうんです。人が好きなんですかね? 勝手に体が動くというか、それよりも先に、助けなきゃ! みたいに、心で思っちゃったり……」

「ふふっ、依桜ちゃんって、ヒーローみたいだね?」

「ひ、ヒーローだなんて……ボクは、そう言うのじゃないですよ。向こうで……暗殺者をしていましたから」

 

 何人も殺しているボク手は、汚れちゃってるから。

 

 ヒーローではないよ。

 

 ヒーローというのは、殺さずに相手を説得して、正しい道に戻そうとする人のことだと思うもん。

 

「そっか。そう言えばそうだったね。でも、依桜ちゃんって、別に殺人鬼さんじゃないでしょ?」

「それはそうですよ。そんな歪んだ心は持ってませんから」

「なら大丈夫だよ。だって依桜ちゃんは、こっちの世界で色々やってるみたいだしね?」

 

 にやにやとした笑みを浮かべながら、ボクにそう言ってくる。

 

「あ、あはは……」

「それにそれに! 依桜ちゃん可愛いもん! なら大丈夫! 全然OKだよ!」

「わわっ! み、美羽さんっ、あ、あの、は、恥ずかしい、ので、抱き着かないで欲しいんですけど……!」

 

 不意に、美羽さんがボクに抱き着いてきた。

 

「んー? 依桜ちゃんは恥ずかしがってるのかなー?」

「そ、そう言うことじゃなくて……」

「それとも、私に抱き着かれるは嫌なのかなー?」

「そっ、そんなことはないです……! で、でも、その……ちょ、ちょっと恥ずかしくて……」

「やっぱり、恥ずかしいんだね? うふふー、でも、そういうところが可愛いね、依桜ちゃん! うりうり!」

「あぅあぅ……な、撫でまわさないでくださいよぉ……!」

 

 抱き着いてきた体勢からかわって、今度は胸元にボクの頭を押し当てて、頭を撫でまわしてきた。

 ど、どうしよぉ、美羽さんのなでなで、気持ちいぃ……。

 

〈おやおや、やはりイオ様はモッテモテなんですねぇ。パシャっとこ〉

 

 そんな声と共に、パシャリ、という音がした。

 

「あれ? 今、どこからか声がしたような……」

〈お、初めましてですね!〉

「え、えっと、どこから?」

「あ、す、すみません、ちょっと待ってくださいね」

 

 アイちゃんの声に戸惑った隙を狙って、ボクは美羽さんの抱きしめ状態から抜け出す。

 ……ちょっとだけ名残惜しくもあったけど。

 

「えーっと……あ、この娘です」

 

 ボクはスマホを取り出すと、美羽さんに画面を見せた。

 

〈やーやー。初めまして! 美少女スーパーAI! アイちゃんどぇす! 以後よろよろ~〉

「い、依桜ちゃん、この娘って、その……本当に、AIなの?」

「い、一応」

 

 うーん、美羽さんに本当のことを言ってもいいものかどうか……。

 でも、異世界云々の話はもうしてあるし……。

 

 仕方ない。

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

 ボクは席を立つと、ドア側に移動。

 

 本当はだめだけど、幸いこの車両にはボクと美羽さんしかいないので、学園長先生に電話をかける。

 

「あ、もしもし、学園長先生ですか?」

『ええ、そうよ。どうしたの?』

「えっと今、宮崎美羽さんって言う人と一緒にいまして、アイちゃんの説明をしたいんです。それで、学園長先生のことを話してもいいかなって」

『宮崎美羽って言うと……ああ、売れっ子声優の?』

「そ、そうです」

『異世界の話……というより、依桜君自身の話は?』

「去年の年末に話しました。大体知ってます」

『ならOK。それに、あの娘はちょっとした知り合いだしね』

「そうなんですか?」

 

 ちょっとびっくり。

 

 どうして声優さんである美羽さんと知り合いなんだろう?

 

『ええ。まあ、ちょっとね。その辺りは、その内わかると思うわよ? そうね……大体、六月くらいかしら?』

「……そうですか。わかりました」

『うん。あ、一応口止めはしといてね? さすがに、異世界研究云々については、広まると色々とまずいし。別に、研究をしていた私自身はどうなろうと問題ないけど、一番関わった依桜君やミオ、メルちゃんたちにどんな被害が来るかわからないし、できればみんなには平穏な学園生活や、教師生活を送ってもらいたいからね。だから、絶対に口外させないようにね?』

「もちろんですよ。言わせません」

 

 やっぱり、学園長先生はなんだかんだで生徒や友人を大切にする人だよね。

 

 ……ボクが異世界に行ってしてきたことに胸を痛めていたのを、ボクは知っているから。

 

『それじゃ、私はちょっとゲームの方だとか、その他球技大会に関することで色々とやることがあるので、切るわね』

「忙しい時にすみません……」

『いいのいいの。依桜君からの電話は、どんな仕事よりも優先すべきことだから。それに、依桜君は何の用もなし電話なんてかけてこないのは知ってるからね!』

「あ、あはは……」

『じゃ、頑張ってね』

「はい。ありがとうございました」

 

 軽くお礼を言って、電話を切った。

 

 ……あれ? なんで、頑張ってね、なんて言ってきたんだろう?

 

 もしかして、何か気付いていたりする、のかな?

 

 ま、まあ、いいよね。学園長先生のことだもん。

 

「戻りました。すみません、急に席を離れて……」

「ううん、いいの。それで、一体誰に電話を?」

「えっと、学園長先生です」

「意外。でも、どうして突然?」

「アイちゃんのことというか……まあ、ちょっと色々と説明しないと、と思いまして。それで、許可を得に」

「そうなんだ? それで、説明って?」

「はい。実は――」

 

 と、ボクはこれまでのことを、なるべくわかりやすいように、美羽さんに説明した。

 ボクが異世界に行った原因とか、アイちゃんの存在とか、色々。

 

「というわけでして……」

「へぇ~~、まさか、あそこの学園長さんが……。ちょっとびっくりかな」

「ちょ、ちょっとなんですね」

「ふふー、あの人、昔からとんでもないことをいきなりしてたからね」

「な、なんか、そんな姿が目に浮かびます……って、あれ? 美羽さん、学園長先生と知り合い、なんですか?」

 

 さっき、学園長先生も知り合いって言っていたけど、どういう関係なんだろう?

 

「うん、まあ色々とね。で~も、まだ教えない! 来月にはわかると思うから、ね?」

「は、はぁ……」

 

 来月に何かあるの?

 

 うーん、何か学園の方であったかな? それとも、学園以外のことかな?

 

 わからない……。

 

〈あのー、私の存在、忘れられてます?〉

「あ、ごめんね、アイちゃん」

〈いえいえ。それでそれで、美羽さん的には、私の事どうお思いで?〉

「うーん……面白いAI?」

〈面白いですか? 私。正直、ギャグセンなんてないですぜー? 少なくとも、イオ様の面白おかしい日常を見ている方が、全然面白いと思うんですがね〉

「いや、ボクの日常を見ても、全然面白くないと思うよ?」

〈なーに言ってんです。異世界行ったり、TSしたり、テロリスト撃退したり、体育祭で獅子奮迅したり、姿がころころ変わったり、ロリサンタさんで夜の街を跳び回ったり、妹を増やしたり。ほら、面白い。少なくとも、こーんな馬鹿みたいな非日常を送っている人を面白くないと言ったら、何が面白いことになるんですかねー?〉

「うっ」

「依桜ちゃんって、本当に巻き込まれ体質なんだね」

 

 笑いながらそんなことを言われた。

 

 ぼ、ボクだって、好きでこんな生活をしているわけじゃないもん……。

 

 できるなら、平穏に、のんびり過ごしたいです。

 

〈むしろ、ほんっとーに稀有な存在ですからねぇ。隔世遺伝で銀髪碧眼に生まれてますし、巻き込まれ体質ですしー?〉

「あ、あはは……」

「でも、やっぱり、依桜ちゃんはすごいよ。いろんな才能を持ってるんだもん」

「そ、そう言われても、ボクが身に付けた技術や能力なんて、師匠からみっちり仕込まれたからなので、才能よりも……努力したからだと思うんですけど……」

「あ、以外」

「え、えっと、何がですか?」

「依桜ちゃんって、自分の容姿とか、行動については、謙虚になったり、そうでもないと否定してきたりするのに、自分で身に付けたものに関しては、しっかり肯定するんだね」

「まあ、否定しちゃったら、ボクのあの地獄の三年間はなんだったんだ、ってことになっちゃいますし、否定するようで何と言うか……申し訳ない……じゃなくて、嫌、なんですよ」

「わかる。わかるよ、その気持ち。やっぱり、努力したことは、自分でも誇らしく思うものだもんね」

「……はい」

 

 美羽さんの言う通り、ちょっと誇らしいのかも。

 地獄を耐え抜いて耐え抜いて、そうして身に付けたものだから、他の何よりも、誇らしい。

 

 ……でも、使える場面は限られてくるんだけどね。

 

「あ、そろそろ着くと思うし、降りる準備しよっか」

 

 長話していたのか、気が付けばもうすぐ目的地の駅に到着しそうになっていました。

 ボクたちは荷物を持つと、降りる準備をしました。

 

 収録、頑張らないと。




 どうも、九十九一です。
 昨日の夜頃に、他サイトにて、この作品のタイトル変更についてのアンケートを取り始めました。こちらでは、作品の本編以外投稿できませんので、遅れてしまいましたが、よろしければ、回答していただけると、ありがたいです。
 三つの回答の内、一つだけ、タイトルが入りきらなかったので、こちらに書いておきます。

・巻き込まれ体質の異世界帰りの男の娘の本番は、美少女になってからです。

 上記の物ですので、上のものがいいと思えば、一番上の回答をしてください。もちろん、このアンケートは強制ではありませんので、回答しなくても問題ありません。まあ、してくれると、こちらとしてもありがたいです。
 アンケートは今日いっぱいまでです。
 一応、今日も二話投稿を考えていますが……まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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319件目 収録とその後

 収録現場に到着。

 

「おはようございます」

「お、おはようございます……!」

「お、おはよう、美羽さんに依桜ちゃん!」

「よろしくお願いします、日野さん、スタッフの皆さん」

「よ、よろしくお願いします……!」

 

 美羽さんの真似をするように、ボクは頭を下げた。

 

「ははは、依桜ちゃんガッチガチだなぁ。緊張してるのかね?」

「はぃ……その……一応ボクは素人ですし、もしかしたら、プロの皆さんの足を引っ張っちゃうんじゃないかなって思って……」

 

 なんやかんやで声優として一時的に活動することになったけど、それでもボクはプロというわけじゃなくて、これでも素人。

 

 声優としての経験なんて、ゴールデンウイークのあの時くいら。

 

「依桜ちゃんなら大丈夫だよ! 一話の時に、あれだけできたんだもん! 問題ないよ!」

「み、美羽さん……」

「そうだぞ、依桜ちゃん。美羽さんの言う通り、君には才能がある! 正直言うとだね、このアニメが終わった後も、是非声優として活動してもらいたいくらいだ」

 

 笑みを浮かべながら、日野さんがそう言ってくる。

 

 ……ボク、そんなに才能ある? 声優の。

 

 少なくとも、変声術と、暗殺者として必要だった演技力を師匠に叩き込まれただけというか……。

 

「や、やるからには、全力でやらせてもらいます」

「そうそう、その意気だよ!」

「依桜ちゃん、頑張ろうね!」

「は、はいっ」

 

 

 最初は軽い打ち合わせなどをしました。

 

 打ち合わせを終えてから、マイクテストをして、その後本番という流れになりました。

 

 一応、収録日を伝えられた次の日に、台本が届けられたので、ある程度目を通しています。

 

 今回、ボクが演じる『麻宮空乃』というキャラクターは、何と言うか……主人公であるお兄ちゃんのことが大好きな、甘えん坊、という設定だそうです。あと、天使。

 

 お兄ちゃんの事が大好きで、甘えん坊で、無邪気で、天使。この設定を見た時、ボクは、頭の中にメルが思い浮かびました。

 

 今なら、ニアたちも思い浮かびます。

 

 魔王だけど、可愛さは天使だからね! いつも、ボクのあとをちょこちょこついてきて、大好き、って言ってくれる、ボクの可愛い妹。

 

 血は繋がってないけど、それでも大切なことに変わりはないです。

 

 つまり、この空乃ちゃんを演じる際に思い浮かべるのは、メル。

 

 甘えん坊だからね、メルは。

 

 だから、メルになりきれば、空乃ちゃんを可愛く演じられるんじゃないかなって。

 

 そう思って、アフレコに臨みます。

 

 二話の空乃ちゃんの出番と言えば、そこそこ多いです。

 

 冒頭部分から、空乃ちゃんの出番があります。

 

 それは、寝起きのシーン。

 

 主人公――麻宮陸翔が、朝起きて空乃ちゃんが陸翔のベッドに潜り込んでいるシーン。

 

「ふぁあぁ……あー、よくね……た!?」

「すぅ……すぅ……んにゅぅ……」

「そ、空乃? な、なんだ……まーた俺の布団に寝ぼけて潜り込んできたのか……空乃、起きろ。朝だぞ」

「んゅ……おにー、ちゃん……?」

「おう、お兄ちゃんだ。また、俺の部屋に来たのか?」

「……ひとり、さみしぃの……おにーちゃんと、いっしょは、こわくないの……」

「いや、そうは言うけど、お前はそろそろ中学生になるだろ?」

「……やぁ。おにーちゃんと、いっしょがいぃ……だぃすきなのぉ……」

「ぐふっ……く、か、可愛い……だ、だがしかし! お兄ちゃんにも、こう、男的なあれがあってだな? ほ、ほら、よく言うだろ? 男は獣だって」

「……ふみゅぅ? おにーちゃん、けだものさん……?」

「お、おう、獣さんだ! 悪~い子は、獣さんが食べちゃうぞ~?」

「……た、たべちゃう、の……?」

「食べちゃうなー」

「………空乃、たべちゃうの……?」

「食べちゃうぞー」

「……ひっく……ふぇぇ……おにーちゃん、空乃がきらいなんだ……うぅっ」

「って、な、泣くな泣くな! 俺は獣じゃない! 空乃は食べないよ!」

「……空乃のこと、すき……?」

「当然だとも! 世界で一番大好きだぞ!」

「……おにーちゃん、だぁいすきぃっ……!」

「うおっ……まったく、甘えん坊なんだから……」

「……おにーちゃん……すぅ……すぅ……」

「って、二度寝をするんじゃねぇ!」

『……はい、カットです!』

「は、はぁ~~……」

 

 たった、これだけのことで、かなり疲労感が……。

 

 すっごく緊張するし、失敗したら迷惑になる、って思ってたから、内心かなりドキドキだったよ……。

 

 周囲を見ると、なんだか驚いたような表情が見受けられました。

 

 あ、あれ? ボク、もしかして間違えちゃった……?

 

 ちょっと心配になりつつも、この後も順調にアフレコが進みました。

 

 

 お昼休憩になり、美羽さんと話していると、

 

「雪白さん、だったかな?」

「そ、そうです」

 

 ふと、主人公を演じていた上野康さんが、話しかけてきた。

 

「いやぁ、午前の演技、なかなかよかったよ! すごく可愛かったし!」

「あ、ありがとうございます。内心、すごく緊張していて、大丈夫か心配だったんですけど……」

「いやいや! あれはすごいって! 正直、あれだけ演技ができて、声も変えられるのに、素人っていうのが驚きだよ」

「そ、そうでしょうか? ボクは、あまり自分の声や演技がどうなっているかは、いまいちわかってなませんから……」

「まあ、自分だからね。仕方ないさ。かなりできているし、そんなに緊張しなくても大丈夫だと思うよ、俺は。宮崎さんはどう思う?」

「うんうん、い……じゃなかった。桜ちゃんは声優に向いてると思うなー、私は」

「あ、あはは……」

 

 なんだか、プロの人にこうも褒められると、ちょっと……というより、かなりこそばゆい。

 褒められるのは嬉しいんだけど……いつまで経っても慣れないんだもん。

 

「ああ、そうだ。雪白さん。前回の収録時は御園生さんの件があったから、しなかったんだけど、収録が終わったら、このアニメに出演する声優でちょっとした交流会……という名目の、会食があるんだけど、どうかな?」

「会食、ですか」

「そうそう。桜ちゃんは俺たちとは初対面だし、一応このアニメ限りとはいえ、ある程度の信頼関係を構築しておいた方が、他の声優との会話の時に、合わせやすくなるからね。ちなみに、宮崎さんも来る予定だよ」

 

 たしかに、そう言うのは大事かも……。

 できれば、他の声優さんのことも知っておきたいし。

 

「えっと、ちょっと待ってくださいね。両親に訊いてみます」

「もちろん。桜ちゃんはまだ高校生だって聞くしね。強制するつもりはないから」

「ありがとうございます。じゃあ、電話してきます」

 

 ボクは上野さんから離れると、一旦スタジオを出て母さんに電話を掛けた。

 

『もしもし、依桜?』

「うん、ボクだよ」

『どうしたの? 朝、いなくなっててびっくりしたんだけど。しかも、お仕事行ってきます、なんて置手紙もあったし……何かのバイト?』

「ば、バイト……なのかな? まあ、ちょっと色々あって、今声優の活動をしてて……」

『え!? せ、声優!? マジで!?』

「ま、マジです……」

『はぁー、そっかー。声優かぁ……ものすごく驚いたけど、わざわざそれを伝えるために電話してきたわけじゃないわよね?』

 

 驚いたと言っている割には、そこまで驚いていないような……。

 

「う、うん。えっとね。さっき、会食に誘われたんだけど、一応ちゃんとしたお仕事だから、信頼関係を築きたいなって思って……」

『まあ、信頼関係があった方が、やりやすいでしょうしねぇ。それで、参加したいってこと?』

「うん。せっかくだしね。あまりできる経験じゃないから、行ってみたいなって」

『ええ、もちろんいいわよ。こう言うのは、何事も経験だからね。楽しんでらっしゃい』

「ありがとう、母さん」

『……まあ、家に帰ったら、メルちゃんたちがずーっとくっついてると思うけど、まあ、楽しんできてね!』

「あ」

『グッバイ、マイドーター』

「か、母さん!? ……切れちゃった」

 

 そうだった……ボク、朝は置手紙を残して、こっそり家を出たんだった……。

 

 これは、あれかな。帰ったら、ずっとボクにくっついてる、っていう状態になるかも……。あ、でも、それはそれでいいような……。

 

 みんな、可愛いし、甘えてくるのはすごく嬉しいし……。

 

「……うん。何かお土産でも買って行こう」

 

 そうしよう。

 

 

「戻りました」

「どうだったかな?」

「はい、許可が出ましたので、行きたいと思います」

「そっかそっか、それはよかったよ」

「やった、楽しみだなー」

 

 戻ってきて、許可が出たことを伝えると、二人は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 他の声優さんたちも、嬉しそうにしているような……。

 

「ちなみに、今日は担当するキャラクターが出ていないから来ていない人も、その時には来るから、よろしくね」

「は、はい」

 

 そうだよね。ここにいる人だけじゃないもんね。

 ……だ、大丈夫かな、ボク。

 

 

 休憩が終わり、後半の収録に。

 

 と言っても、少し慣れてきたからか、前半よりもリラックスして演技ができました。

 

 慣れってすごいね。

 

 途中、何回か、指示を頂いたけど、そこまで詰まることなく、順調に進み、二話の収録は終わりました。

 

 

「お疲れ様でした」

 

 収録後、スタッフさんにそう言っていました。

 

 こう言うのは、挨拶が大事だからね。

 

 ちゃんとしないといけません。

 

 ……向こうって、そういう礼節が大事な世界でもあったからね。ボク、よく貴族の人とかも相手にしていたし……。

 

「今日もありがとね、桜ちゃん! 次も、よろしく頼むよ! ……と言っても、次は二話くらい後になると思うが」

 

 スタジオに入った時は、ボクのことを依桜ちゃんと言っていたけど、一応芸名(?)が雪白桜なので、桜ちゃんと呼ばれることになりました。

 

 ……まあ、ボクの場合、本名がバレるのはちょっとまずいからね……過去に色々と目立っちゃってるし。

 

「わかりました。じゃあ、えっと、日程が決まったら、今日のように連絡をお願いします。なるべく、その日程に行けるようにしますので」

「本当、ありがとう。おかげで、十月に間に合いそうだよ。もちろん、平日にならないようにするけど……まあ、次は平日になっちゃうかもなぁ。そうなったら、申し訳ない」

「いえいえ。学園の方なら、友達に頼んでノートを見せてもらったり、先生方に聞きに行きますから、大丈夫です。それに、こちらの方は、締め切りがありますから」

「いい娘だなぁ、桜ちゃんは……。じゃあ、こっちも頑張って調整してみるよ」

「はい、ありがとうございます。でも、あまり無理に土日に合わせなくても大丈夫ですからね。他の人たちのスケジュールもありますから」

「そう言ってもらえると、こっちも助かるよ。それじゃ、今日はお疲れ様」

「こちらこそ、お疲れ様でした」

 

 最後にそう言って、ボクはスタジオを出ました。

 

 

 スタジオを出たら、声優さんのみなさんと会食に。

 

 なんだか、緊張する……。

 

 みなさん、ボクよりも年上だし、大人、って感じがするし……。

 

 なんだか、酷く場違いなような。

 

「あ、桜ちゃん、これから行く場所って、一応居酒屋なんだけど、大丈夫かな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「よかった。一人だけ未成年だし、ちょっとね」

「お気になさらず」

 

 ……本当のことを言うと、今年で二十歳になるんだけどね、ボク。

 

 でも、こっちの世界じゃ十六歳だからね。言わなくてもいいことです。

 

 

 しばらく歩くと、目的地の居酒屋さんに到着。

 

 ボク含めて、人数は八人くらいかな? 男性声優さんが三人で、女性声優さんが四人といった具合です。そこに、ボクが含まれます。

 

 ちなみに、何人かは、途中で合流しました。

 

 到着して、ボクたちは中へ。

 

『いらっしゃいませ!』

「予約を入れていた、上野です」

『上野様ですね! それでは、奥の座敷にどうぞ!』

 

 店員さんに案内されて、一番奥の座敷へ座る。

 

 ボクはなぜか通路側の左から二番目に座り、右に北山さん、その隣に大村さんで、ボクの左に美羽さんとなってます。

 

 向かい側には、上野さんと、鈴木さん、沢野さん、伊藤さん、が座ってます。

 

 ちなみに、上野さんと大村さん、鈴木さんが男性で、他は女性です。

 

「じゃあ、まずは飲み物。各々好きな物言ってー」

 

 上野さんがそう言うと、声優さんたちが好きな飲み物を言っていく。

 

 みんなお酒でした。

 

 まあ、大人だもんね。

 

「雪白さんは何がいい?」

「えっと……じゃあ、オレンジジュースを」

「了解。料理は適当に頼んじゃうけど、いいかい?」

『異議なーし』

 

 上野さんがリーダーみたいな感じかな? なんだか、上手く引っ張っているから、ちょっと安心。

 

「すいませーん!」

『はい、ご注文お決まりでしょうか?』

「えーっと、生三つと、鬼殺し一つに、梅酒二つと、ウーロンハイ二つ、あとオレンジジュースを一つ。で、シーザーサラダを二つと、唐揚げ二つに、刺身盛り合わせを二つ」

『かしこまりました。少々お待ちください』

 

 店員さんが戻って、間もなくして飲み物が来ました。

 は、早い。

 

「えーっと、じゃあ行き渡ったかな? それじゃあ……今後の成功を祈って、乾杯!」

『乾杯!』

 

 今後の成功って言ったのって、やっぱりアニメの件だとバレないようにするためかな?

 一応、みなさん、変装? らしきことをしているみたいですしね。

 

「んっ……んっ……はぁぁ! いやぁ、やっぱ生がいいわ! 声を出した喉に染みるぜー」

「だな。仕事終わりの一杯と言えば、生だ」

 

 鈴木さんと大村さんの二人が、美味しそうに生ビールを飲んでいました。

 

「生って苦いから苦手だよぉ」

 

 生ビールを美味しそうに飲んでいる二人をみて、北山さんがちょっと苦い顔をしながらそう言う。

 

「音緒さんって、子供?」

「あ、言ったなー! 私だって、もうとっくに二十四歳ですぅ! もうとっくに大人だよー!」

「でも、飲めないんでしょ? なら、まだまだ子供」

「むぅ! 奈雪さん、いっつも私をからかう! 酷いよ!」

「ふふっ、だって、音緒さんをからかうの楽しいんだもの」

 

 北山さんを楽しそうにからかう沢野さん。

 ちょっと楽しそう。

 仲いいのかな?

 

「あ~~、彼氏が欲しいなぁ~~……」

「お、伊藤さんもそういう気持ちがあったんだなぁ」

「私にだって、あるよ~、上野君。今年で二十五歳。私、彼氏いない歴=年齢だから、彼氏が欲しいんだ~」

「まあ、伊藤さんはいい人だし、その内いい出会いがあるって」

「そうかな~」

 

 こんな風に、伊藤さんと上野さんが恋愛絡みの話をしていたり。

 各々、楽しそうに話していました。

 

「桜ちゃん、なんかごめんね? 急に会食に誘っちゃって」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」

「でも、知らない人たちに囲まれて、緊張してない?」

「……ま、まあ、多少は……」

 

 ボクだって、緊張はしますよ。

 一応、知り合ったと言っても、まだ初対面みたいなものだし……。

 

「大丈夫、みんないい人だから、桜ちゃんをいじめる人はいないよ?」

「わかってますよ。こう見えてもボク、人を見抜く力はある方ですよ」

 

 と言っても、『気配感知』の応用だけどね。

 

 あれを使えば、どんな人かが大体わかるから。

 

「桜ちゃんってやっぱりすごいね。やっぱり、ミオさんに?」

「そうですね。あの人に、相当仕込まれましたから」

「ふふ、それが今回活きたって感じかな?」

「そうですね」

 

 まさか、暗殺者時代の技術が、声優という形で活きるとは思わなかったけど。

 世の中、何が起こるかわからないものだね。

 

『お待たせしました。シーザーサラダです』

 

 美羽さんと話していると、シーザーサラダが運ばれてきました。

 

「あ、ボクが取り分けますよ」

 

 そう言って、取り分けを名乗り出ました。

 一番年下というのもあるけど、なんとなく、こういうのは好きだしね。

 なるべく均等に取り分けて、みなさんに配る。

 

「ありがとう、桜ちゃん」

「さりげない気遣い……」

「こういう女の子にぐっとくるの? 男の人って」

「まあ、それなりに」

「いやいや、結構よくね? 俺は好きだぞー」

「俺は……まあ、光央と同じで、結構好きかな」

「だってー、桜ちゃん」

「ふぇ!? ぼ、ボクですか!?」

 

 いきなりボクの事が呼ばれて、ちょっとびっくりしてしまった。

 

「お、可愛い反応~。桜ちゃんって、見た目と声だけじゃなくて、性格も可愛いんだね~?」

「そ、そそそそそ、そんなことはない、です……」

「わぁ、顔真っ赤だよー? 桜ちゃん」

「桜ちゃん、恥ずかしがり屋さんだもんね? いきなり褒められると、こうなっちゃうんだよ」

「へぇ~、本当に可愛い人なのね」

「ふぇ!? あ、あのあの、い、いきなり、可愛いって言われても、あの……こ、困りますぅ……」

『『『おうふっ』』』

 

 なぜか、みなさんが胸を押さえて、そんな声を漏らしました。

 な、なんで?

 

 あと、妙に顔が赤い……?

 どうしたんだろう?

 

 

 それから、色々と話して盛り上がっていると、北山さんがこんなことを言いだした。

 

「でもさー、ほんと、桜ちゃんがあの時いてくれて、助かったよねー」

「そうだなぁ。御園生さんが癌って聞いた時は、マジで延期を覚悟したし」

「心配にもなる。一応、早期発見できたから、年末までには復帰できるみたい」

「そっか~」

 

 沢野さんの発言を聞いて、この場にいた人全員が安心したような顔を浮かべていました。

 そう言えば、御園生さんってどんな人なんだろう?

 

「これも、桜ちゃんと友達だった、美羽ちゃんのおかげだよね~」

「ふふふー、なんてったって、桜ちゃんは逸材ですからね! 私の大切なお友達です!」

「わぷっ?」

 

 いきなり、美羽さんに抱きしめられた。

 それと同時に、いい匂いが……って、そうじゃなくて!

 

「み、美羽さん! い、いきなり抱きしめないでくださいぃぃ!」

「えー? だって、桜ちゃんの抱き心地ってかなりいいんだもん。あったかいし、柔らかいし、いい匂いだし」

「ねえ、美羽さん、私も桜ちゃんを抱きしめてもいいかな!?」

「うん、はいどうぞー」

「わーい! そりゃ!」

「ひゃぅっ!?」

 

 こ、今度は北山さん!?

 しょ、初対面の女性に抱きしめられるのって、その……す、すっごく恥ずかしいよぉ!

 

「き、北山さん、え、えと、は、恥ずかしい、んですけど……」

「んふふー、私は恥ずかしくなーいよ? はぁぁ~……桜ちゃんの抱き心地、最高だよぉ……。ねえねえ、お持ち帰りしちゃだめ?」

「ふぇ!?」

「ダメだよ、音緒ちゃん」

「だよねー。……んー、堪能したー!」

「うぅ、恥ずかしかった……」

 

 なんでボク、よく抱きしめられるんだろう?

 そんなにいいのかなぁ……。

 

「そう言えば桜ちゃんって、学生さんなんだよね~?」

 

 ふと、伊藤さんがそう尋ねて来た。

 

「はい、高校二年生です」

「お~、ピッチピチだ~」

「表現古いな!」

「いいのさいいのさ~。んで、美羽ちゃんと知り合いって言うことはあれかな、意外と住んでるところが近かった的な~?」

「そうですね。一応、同じ街ですよ」

「そうなんだ! じゃあ、美天市?」

「はい」

「となると……叡董学園辺りかしらね?」

「え、知ってるんですか? 学園のこと」

「もちろん。たしか、白銀の女神、って呼ばれている学生がいるって話だしね。結構有名だよね!」

 

 固まった。

 主にボクが。

 ……どうしよう。

 

 これ、バレてないよね? ボクまだ、白銀の女神だってバレてないよね……? 大丈夫? 大丈夫だよね?

 

「あ! そうだそうだ思い出した!」

「ん、どうしたの、鈴木君」

「いやぁ、桜ちゃん、どこかで見たことあると思ったら、白銀の女神だ!」

 

 ……ば、バレたぁぁ……。

 

「言われてみれば……え、ちょっと待って? 本物?」

「桜ちゃんって、あの白銀の女神なの!?」

「え、あ、あの、えっと……まあ、その……はい」

 

 何を言っても無駄だろうなぁ、と思ったボクは、素直に認めることにしました。

 

「びっくりだなぁ~。まさか、本人がいるとは~……」

「むしろ、なぜ今まで気づかなかったんだろうな、俺達は」

「びっくりびっくり! 未だにいろんな事務所が探している娘が、まさかこうして声優をしてるなんてねー!」

「あ、あはは……あの、できれば、ボクが声優として一時的に活動していることは言わないでいただけると……」

「もちろん。個人情報は守るとも。雪白さんには、助けられてるしね」

「うんうん! そんな恩知らずはいないから、安心していいよ~」

 

 笑顔でそう言ってくれました。

 なんだか、すごく安心しました……。

 世の中には、それを破って拡散する人もいるので……。

 

「あ、そう言えば桜ちゃん。今月って、叡董学園では球技大会があるんだよね?」

「そうですね。よく知ってますね、美羽さん」

「まあね。それって、いつかな?」

「えーっと、二十六~二十八日ですよ。それが、どうかしたんですか?」

「オフだったら遊びに行こうかなって思っててね」

「え、でも、いいんですか? 見に来て」

「もちろん。桜ちゃんの活躍を見たいからね」

 

 にっこり笑ってそう言われた。

 ちょ、ちょっと恥ずかしい……。

 

「へぇ~、球技大会か~。……ねえ、桜ちゃん」

「は、はい、何ですか? 伊藤さん」

「それって、誰でも見に行けるの?」

「はい。たしか、一般の人も見に来れるみたいですよ」

「そっかそっか~。んー……よし決めた! 私、その日オフだし、見に行こっと」

「え!?」

「あ、じゃあ私も行く!」

「なら、私も」

「ええ!?」

「しまったな……その日は、スケジュール入ってる……」

「くっ、俺もだ」

「俺も」

「じゃあ、男性陣抜きで、私たちで見に行こうぜ~」

「「「賛成!」」」

 

 ……なぜか、女性陣の方たちが見に来ることになってしまいました。

 きゅ、急展開すぎるよぉ……。

 

「あ、あの、何も面白いことはないと思いますよ……?」

「叡董学園は、イベントが多くて面白いことで有名だから! それに、桜ちゃんの活躍もも見てみたいしね~」

「で、でも……」

「たっのしっみだなー!」

「私も」

 

 ……止められそうにないよぉ。

 

 

 それから色々と話していると、ちょうどいい時間になったので、お開きとなりました。

 

 ちなみに、代金は上野さんたちが支払ってくれて、ボクは払わなくていいと言われました。学生さんだか、だそうです。

 

 ボク、結構お金あるから、出したかったんだけど……結局お言葉に甘えました。

 

 ボクと美羽さんは帰り道が同じなので、一緒に帰りました。

 

 美天市に到着後、美羽さんを家の近くまで送ってから帰宅。

 家に着くころには、夜の九時過ぎになっていたんだけど……

 

「ただいまー」

「「「「「「おかえりなさい(なのじゃ)!」」」」」」

「わわっ!? み、みんな、まだ起きてたの!?」

 

 みんなはまだ起きていて、帰ってきたボクに抱き着いてきました。

 

「ねーさま、寂しかったのじゃ! だから、今日はいつも以上にくっついて寝たいのじゃ!」

「私もです!」

「わ、わた、しも……!」

「ぼくも!」

「もちろん、私もなのです!」

「……一緒」

「……うん。もちろん、いいよ。じゃあ、ボクはお風呂に入ってきちゃうから、先にお布団を敷いててもらえる」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 バタバタと足音を立てて、みんなは三階に駆け上がっていきました。

 

「うん、じゃあ、お風呂に入ろう」

 

 ボクは『アイテムボックス』の中から着替えやバスタオルを取り出すと、そのままお風呂へと向かった。

 

 

 お風呂から上がって、布団に横になると、みんなぴとっとくっついてきました。

 可愛すぎだよぉ……。

 

 

 後日、お土産――ケーキを上げたら、大喜びでした。

 ちょっと喧嘩になりかけたけど、今度ボクが作るということで無事、解決しました。

 喧嘩はだめだよね。




 どうも、九十九一です。
 ちょっと色々あって、タイトルを変更します。
 と言っても、現在のタイトルの裏側に『~○○~』みたいな感じに、付け足しをするだけですので、大きな変更はありません。実質的にはほとんど変わらないので、ご安心を。
 突然変更という形になり、本当に申し訳ないです……。
 例によって、今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。



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320件目 練習期間

 月曜日。

 

「おはよー」

 

 いつも通りに朝起きて(起こされて)準備をしてから学園へみんなで登校。

 

 今の調子でいけば、三年生組のリル、ミリア、スイの三人は来週の月曜日くらいには編入できそうとのこと。

 

 で、四年生組のニアとクーナの二人も、来週中には編入できそうとのことでした。

 

 なかなか早くてちょっとびっくり。

 

 まあ、メルも二週間くらいである程度憶えてたし、大丈夫だよね。

 

 それに、ここまで早くできる理由の一端としては、『言語理解』のスキルを習得したからだと思うけどね。

 

 あれがあれば、言語の壁なんて一瞬にしてなくなるから。

 

 ……そう考えると、みんなが異世界に行ったら、まずそれを覚えさせないとだよね。まあ、少なくとも、ボクの考えが正しければ、一文字でも理解できれば『言語理解』の習得は可能だと思うしね。

 

 それなら、態徒がもっとも苦手とする英語の宿題とか、自力でできるようになると思うからね。

 

「おはよう、依桜。昨日はどうだった?」

「うん、まあ……楽しかったよ。ちょっと、大変なことになったけど……」

「ん、どうしたんだ?」

 

 少し声のボリュームを下げて、他の人に聞こえないように調整。

 ちょっと、大騒ぎになりかねないから。

 

「いや、その……ね? 昨日アニメに出演する声優さんたちで会食に行ったんだけど……ちょっと色々あって、女性声優さんたちが球技大会に来るって……」

「「は!?」」

「なんか、ボクの活躍が見たい、とか何とか言っていたんだけど、よくわからなくてね」

「そ、そう来たかー……。絶対、普通に終わらないと思っていたら、まーた変なことになったわね」

「というかそれ、色々と問題になるんじゃないか? あれに出演している女性声優って、かなり人気があったはずだが……」

「いやぁ……あははは……」

 

 もうね、乾いた笑いしかでないよ。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 

「おーっす」

「おっはー」

 

 ここで、二人が登校。

 いつも通りのテンションで教室に入ってきた。

 

「んー? どったのー? なーんか、朝から困惑顔してるけど」

「まあ、何と言うか……依桜がまたやらかしてね」

「ぼ、ボク何もしてないよ!?」

「でも、間接的には依桜が原因に思えるんだけど……」

「ち、違う、と思うけど……」

 

 うぅ、自身が持てない。

 

 少なくとも、ボクは悪くないはず……。

 

 単純に、美羽さんが行きたいと言ったのが始まりで、その後に莉奈さん(伊藤さんにそう呼ぶように言われました)が便乗する形で、奈雪さんと音緒さんの二人が見に来ると言い出した形です……。

 

 だから、ボクは悪くない……はず。

 

「んで? 何やらかしたんだよ?」

「別にボクがやったわけじゃないよ!?」

「簡単に言えば、声優が球技大会見に来るそうだ」

「「ファッ!?」」

「それも、『天☆恋』に出てくるメインキャラを担当している女性声優四人」

「「マジで!?」」

「マジらしい」

「おぉ……そう来たかー。さすがだねぇ、依桜君。まさか、そんなことになってるとは」

「いやー、マジで目を離した途端にこれだもんなー。よっ、トラブルホイホイ!」

「その言い方やめて!?」

 

 アイちゃんにも言われたけど、その言われ方、なんだかGホイホイみたいで嫌だよ!

 ボク、虫じゃないもん!

 

「まさか、そんなことになるなんてねぇ。依桜君はすごいね、ほんと」

「というより、平然と仲良くなってない? もしかして、連絡先の交換とかもしたの?」

「うん、一応。だれかしらが連絡できるようにした方がいい、っていう理由で、少なくとも昨日会った人たちとは交換したよ」

「さりげなーく手に入れてる辺り、依桜ってやべえよな」

「その内、政治家の人ともパイプを持ちそう」

「さ、さすがにそれはないよ!? むしろ、関わるような事態なんてそうそう起きないからね!?」

 

 そもそも、政治家の人とパイプを持つ、なんて状況になるはずないよ!

 

 ……あ、待って。

 

 そう言えば、去年の学園祭の最終日の夜、対テロ組織の一員みたいになるかも、みたいなことを言われたような気が……。

 

 たしか、異世界の話を知っている人って、それなりにいるとかなんとか……。

 

 それに、あのテロ組織、まだいるって話だし。

 

 ……あれから一向に情報がないけど、何もわかってないのかな?

 

 うーん……まあ、今考えても仕方ないよね。

 

「お、そういや、今日から球技大会の練習期間じゃなかったか?」

「そうだな。体育の授業はそれに充てられるらしい」

「個人種目はともかく、集団種目とかどうすんだろうな」

「んー、まあ、クラス内で軽く練習するとか?」

「そんなところでしょうね。その辺りは、体育祭と変わらないでしょ」

 

 球技大会。

 ボクは個人種目には出ないし、団体戦だけなんだよね。

 サッカーとドッジボールだけど。

 

「うちのクラスは五組と合同ね。一応、練習試合はありみたいね」

「へぇ~。じゃあ、ここである程度戦っておけば、本番で相手の力量がわかるってことだね!」

「女委、それはちょっと違うよ」

「およ、どうして?」

「相手の力量を調べるって言うのは、こっちの力量もバレかねないの。もし、こちらが手の内を明かさずに向こうの戦力を暴こうとしたら、向こう以上の実力の人がいないと、成立しないんだよ。まあ、だからと言っても、それが簡単にできるかと聞かれると、難しいんだけどね」

「お~、さっすが依桜君。説得力が違う」

「ま、まあ、師匠には常に相手の力量は把握しろ! とか言われてたからね……」

 

 本当、地獄……。

 

「じゃあ、ある意味練習試合は難しいってことか?」

「でも、これは別に戦争とかってわけじゃないから、楽しんだり、技量上げる意味ではちょうどいいかもね」

「依桜の場合、明らかに向こうの考え方が沁みついちゃってるしね」

「う、うん……」

 

 それほどまでに、濃密だったってことです。

 

 戦争、してたしね……。

 

 魔王、酷かったしね……。まさか、自分の城ごとボクを殺しに来るとは思わなかったし、それが原因で街に被害が出たなんて思わなかったしね……。

 

「おーし、席つけー」

 

 ここで、戸隠先生が入ってきて、一旦話すのは中断となりました。

 

 

 三、四時間目は体育。

 

 例によって、練習です。

 

 ボクはサッカーなので、とりあえずサッカーに出る人たちと一緒に、練習することに。

 

 やることと言えば、ボクはゴールキーパーなので、シュートを止める練習なんだけど……」

 

『依桜ちゃん行くよー』

「うん、いいよ!」

『えいっ!』

 

 クラスメート女の子の一人が、ボクにシュートを放ってくる。

 

 鍛えられているボクからすると相当遅いんだけど、普通の人からしたら、それなりに強いシュートだと思います。だって、女子サッカー部の人だし。

 

 シュートされたボールは、ゴールギリギリのところに行き、真ん中にいたボクはが止めるのは難しい、と普通の人なら思うんだけど。

 

「ふっ!」

 

 ボクは、普通にキャッチしていました。

 

『『『え!?』』』

「次、いいですよー」

『じゃあ今度はわたし! ええい! あ! 危ない!』

 

 次の人がシュートしてくると、そのボールはボクの顔めがけて飛んできたけど……

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言って、片手でボールを止めました。

 

 これが師匠が蹴ったボールだったら、絶対に緊急回避してたよ、ボク。

 

 だって、死にかねないもん。

 

 いくら一般人より頑丈と言っても、師匠が蹴ったボール……それも本気の蹴りだったら、確実に死んでると思います。

 

 頭が飛んで、サッカーボールと一緒に、ゴールになったと思います。

 

 それでその後、蘇生されるんだろうなぁ。

 

 あの人、生かすも殺すも自由自在だからね……。

 

『依桜ちゃん本当にすごーい……』

『運動神経高すぎだよね』

『下手な男子よりカッコいい、可愛い女の子って、依桜ちゃんくらいしかいないよね、リアルじゃ』

『うんうん。やっぱりいいよね!』

「あ、あはは……」

 

 カッコいい可愛い女の子って、すごく矛盾しているような気がするけどね、ボク。

 というか、ボクって別に可愛くもなければ、かっこよくないと思うんだけど……。

 

「おーっす、やってるかー、ガキどもー」

「あ、師匠」

 

 と、師匠がやってきた。

 

「何してるんですか?」

「いやなに、教師らしく、あたしもガキどもの様子を見に来てるだけだよ。そうだな。おいそこの、あー……遠野だったか? ボールをシュートする時、お前は馬鹿正直にシュートするな。こういういのは、フェイントが大事だ。例えば……目線でどこに蹴るかを読ませるんだ。さすがに、それだとすぐにバレるだろう。だが、それが本当だと思わせることで入れやすくなる。まあ、何回かのシュートが必要だが……」

 

 師匠、ちゃんとスポーツのこと勉強してるんだなぁ……。

 

「あとお前。お前は――」

 

 と、一人一人にアドバイスをして行く師匠。

 みんな、しっかり師匠のアドバイスを聞いていました。

 

「ま、こんなところだろ。あたしは別にスポーツが得意ってわけじゃないんで、マジで初歩中の初歩しか教えられん。悪いな」

『ミオ先生、スポーツ得意じゃないんですか?』

「まあな。ルールありだと、ちと難しい。特に、こういった球技だとかな」

 

 ……ルールありだと、師匠にとってすごく窮屈に思いそうだもんね。

 

「この世界で何の問題もなくできると言ったら、パルクールとかスノボとか、まあその辺りだろうな。あ、あと砲丸投げ」

『『『すっごーい!』』』

 

 師匠が砲丸投げなんてしたら、世界記録どころか、世界一周するんじゃないかなぁ……。そうなったら、隕石だ! とか言われてそう。

 

「おい、そこのお前」

 

 と、この後も師匠はいろんな人に声をかけては、アドバイスをしていました。

 

 

 いつも通りに学園が終わった後、家に帰宅。

 そうすると、いつものようにみんなが出迎えてくれた。

 

「みんなの方は、練習は順調かな?」

「うん、ばっちりです!」

「儂たちなら、優勝できるのじゃ!」

「でも、四年生組と三年生組で、チームは違うから、敵になっちゃうかもね」

「「「「「「――ッ!?」」」」」」

 

 あ、気づいてなかったんだ。

 

 でもたしか、中等部は別として、初等部は年齢的な差が大きいということで、一年生と二年生、三年生と四年生、五年生と六年生、みたいな感じに分けられるらしい。

 

 競技種目自体は、ボクたちと変わらないみたいだけど……もし、みんなが敵同士になっていたら、どっちを応援すればいいんだろう……。

 

 うーん……うーん……。

 

「ねーさま、眉間に皺が寄っておるぞ?」

「どう、したん、ですか……?」

「あ、ごめんね。もしもみんなが試合することになったら、どっちを応援したいいかなって」

「みんなを応援するんじゃないのですか?」

「もちろん。みんなは大切な妹たちだからね。どっちも応援するよ」

 

 そうだよね。みんなを応援すればいいんだもんね。

 

 それが、できるお姉ちゃんだと思うし。

 

 ……何ができるお姉ちゃんの基準かはわからないけど。

 

「それから、頑張ったらお姉ちゃんがご褒美を上げるから、みんな頑張ってね」

「「「「「「ご褒美!?」」」」」」

「うん。ご褒美。まあ、何がいいかはみんなに任せるよ。とりあえず、ボクができる範囲ならなんでもいいから」

「「「「「「わーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 やっぱり、子供だね。

 

 でも、子供はこういうご褒美の存在が、一番やる気を出すからね。

 

 あと、みんながこっちの世界で、どれくらい身体能力が高いかを見極められるし。

 

 もちろん、メルは手加減するように言うけど。

 

 メルが本気を出したら、殺しかねないしね……。ブロック塀を簡単に壊せるみたいだし。

 

 ご褒美が貰えるとわかったみんなは、何にしようかな、みたいにわいわい話し出す。

 仲がいいようで、何よりです。

 

 やっぱり、大変な時を一緒に乗り越えたからかな。

 

 メルはお姉ちゃんになろうと頑張っているおかげか、それとも、こっちではわずかに先輩だからか、みんなを纏めようとしている。

 

 こういう成長を見ていると、なんだか暖かくなるよ、胸が。

 

 みんなが楽しそうにしている姿を眺めながら、ボクは微笑みを浮かべていました。

 

 妹っていいね……。




 どうも、九十九一です。
 お気づきかと思いますが、タイトルが変わりました。前話言ったように、現状維持しつつ、別の案を改良して、付け足しただけですけどね。まあ、これでこの作品がTSものだと、タイトルだけでわかるようになったと思いますので、よかったかなと。
 まあ、それでも前の方がいい! と思う方も当然いるかと思います。本当に、勝手な都合で申し訳ないです……。中身自体は今まで通り、平常運転ですので、できれば今後ともこの作品をよろしくお願いします。
 例によって、二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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321件目 大人(学園長)は汚い

 それからしばらくし、球技大会二日前になりました。

 

 例によって、土曜日にはお仕事があったけど、慣れたのかつつがなくできるようになり、問題が無くなりました。

 

 まあ、それでも緊張はするんだけど……。

 

 二日前ともなると、球技大会の準備が始まります。

 

 準備と言っても、コート整備や、ちょっとした設営くらい。

 

 ボクの方も、保健委員の方で何かと動くことがあるんだけど……

 

「いやー、来てもらって悪いわね。ちょっと、手伝ってほしいことがあるの」

 

 学園長先生に呼び出されていました。

 

 今日もいつも通りに登校して、教室に行き、今日明日は準備、と言われたので、ボクも保健委員の方へ行こうとしたんだけど、戸隠先生が、

 

『学園長がお呼びだ。ま、どうせくだらないことかもしれないがな』

 

 って言われました。

 

 勤めている教師にくだらないことと言われる学園長先生って一体……。

 

 それで、呼ばれたから学園長へ行ったんだけど……なんか、学園長室に入るなり、手伝ってほしいことがあるとか何とか。

 

「なんですか?」

「いやー、最終日に高等部の生徒全員参加の種目があるでしょ?」

「ありますね。あの、何をやるのかわからない種目」

 

 体育祭の時もあったけど。

 

「それで、それに関する手伝いをしてもらいたいなと」

「内容によります」

 

 嫌な物はハッキリと、嫌だというつもりです、ボク。

 学園長先生のお願い事は、いつもボクに不利な状況にしてくるんだもん。

 

「もちろん、そんなに難しいことじゃないわ。まあ、あれよ。お助けキャラ的なものになってほしいのよ」

「お助けキャラ?」

「そうそう。一応、そこではアイちゃんにも手伝ってもらうことになるけど……」

〈おや、私もですか?〉

「あ、いたのね」

〈そりゃいますよ。イオ様のいるところが、私のいるところ! すなわち! イオ様がいなければ、私はいないということですね!〉

「普通じゃないの? それ」

〈まあ、AIですしね。サポートの。至極当然のことを言ったまでです〉

「それ、ドヤ顔で言うことなのかしら?」

〈多分?〉

 

 ……アイちゃんって、色々とよくわからない。

 人間らしいAIっていうのも、本当に不思議だよ。

 

「それで、お助けキャラってどういうことですか?」

「んー、最終種目に関してはまだ教えられないのよねぇ……。だからまあ、そうね。よくあるでしょ? バトルロワイアル形式の番組で、忍者とか味方NPCみたいな、プレイヤーを味方してくれるポジの人」

「いますね」

「つまり、依桜君とアイちゃんにはそれになってもらいたいのよ」

「そうなると……ボクとアイちゃんは競技に参加せず、学園長先生側で動いてほしい、って言うことですか?」

「そうそう」

「でも……」

「もちろん、依桜君の言いたいことはわかるわ。私の勝手なお願いよ、これは。たった一度きりの高校二年生の球技大会で、思い出に残したいって。もちろん、断ってくれても構わないしね。別に、あってもなくても、大して問題はない」

 

 あ、そうなんだ。

 じゃあ……

 

「でも、依桜君が参加したら、一瞬でアウトよ。多分……全滅ね。うん」

「……すみません。一体、何をしようとしてるんですか?」

 

 ボクが参加したら、一発で全滅ってどういうこと?

 この人、最終種目に何を持って来ようとしているの?

 

「ああ、うん。気にしないで」

「気にしますよ!?」

 

 というか、今思ったんだけど、AIであるアイちゃんも参加するってどういうこと!?

 球技大会に、どうやってAIであるアイちゃんが参加するの!?

 

「まあ、そんなわけなのよ。仮に、お助けキャラになった場合は……まあ、そうね。暇な時間が多くなっちゃいそうだし、適当に暴れてもらいましょうか」

「待ってください。暇な時間が多いから適当に暴れてもらうって……なんかおかしくないですか?」

「そう? でも、大切な生徒に、楽しい楽しい球技大会中、暇な時間を与えちゃうって言うのは、学園経営者として失格じゃない? なら、少しでも楽しめる方がいいし?」

「……そもそも、暇な時間が与えられるって言う時点で、変だと思うんですけど」

 

 これが、観客として、という意味だったら納得できたけど、全員参加の種目で暇な時間って変だよね? 明らかにおかしいよね?

 

「うーん、でもなー……ここで最終種目を言ったら面白くないしー?」

 

 ど、どうしよう……すごくイラッとくる。

 

 なんと言うか、イラッと来る表情をされながら、そんな風に言われると、どうしようもなく、イラッと来る。

 

「じゃあ、手伝いじゃなくていいですよね? ボク」

「……まあ、いいけど……。学生たちにとって、一瞬で終わるのって結構辛いと思うんだけどなー。特に、三年生なんて、今年最後なのになー」

「うっ」

 

 こ、この人、また脅しを使ってきたんだけど!

 

 教育者としてそれはどうなの!? ってくらいに、兵器で脅しを使ってきたんだけど!?

 

 うぅっ、なんでこの人、学園長なんてやってられるんだろう……。

 

「で、でも、手加減すればいい話じゃ……」

「まあ、それもそうだけどね。ただ……仮に、その種目に依桜君が参加したとしても、すぐに全滅しちゃいそうだしねぇ……前例あるし」

「前例?」

「ええ。やる気が無さそーだったのに、勝っちゃった出来事」

 

 ……う、うーん、微妙に身に覚えがある話なんだけど……いつのことだっけ?

 似たようなことがいくつかあったから、ちょっと困る……。

 

「しかも、それが適用されちゃうしさー。いやまあ、前々から考えていたことだったし、別にいいんだけどね……。依桜君、いろんなことがイレギュラーなわけだし」

 

 ……イレギュラーなことになった原因の一つって、学園長先生だと思うんだけど、それを言ったら負けになるかな。

 

「だからまあ、依桜君がお手伝いしてくれたら、私も嬉しいなーって。あ、もちろんタダじゃないわよ?」

「タダじゃないと言われましても……一体何が貰えるんです?」

「んー、そうねぇ……あ、そう言えば依桜君って最近、引っ越したわよね?」

「え? ま、まあ……さすがに、十人ともなると、あの家じゃ手狭で……」

「もしかしなくても、依桜君ってあの家に思い入れがあったでしょ?」

「それはそうですよ。十六年以上もあの家に住んでいたんですから」

 

 一応、あの家はまだまだ住めるということで、あの状態で売られているみたいだけど。

 それに……最後に聞こえたようなが気がしたあの声も、ちょっと気になるしね。

 

「それで、あの家がどうしたんですか?」

「いやぁ、ほら、やっぱり思い入れがある家ってこう……手放したくない! みたいな気持ちってあるじゃない? 依桜君だって、あの家に他の人が住むと考えてみて」

「は、はぁ……」

 

 言われた通り、ちょっと想像。

 

 …………う、うーん、なんか微妙な気分。

 

 次に新しく住む人たちがいい人たちだったらまだいいんだけど、これがもし、家を大切にできない人だったらと思うと……ちょっと嫌な気分。

 

 我ながら、小さい人間だよ……こんなこと思うなんて。

 

 もとはと言えば、ボクがみんなを連れて来たのが悪いのになぁ。後悔はしてないけど。

 

「どう? 嫌じゃない?」

「……嫌ですね」

「やっぱり、そうよねぇ。だから提案。もし、手伝ってくれたら、あの家、譲渡しましょう」

「は、はい?」

「いやぁ、依桜君ならそう言うかなーと思って、あの後、実はすぐにこっちで買いました」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 知らない間に学園長先生がしていた行動に、思わず素っ頓狂な声を上げていた。

 

 いや、え、えぇぇぇ?

 

「そしてこれは……依桜君にお手伝いをさせるための切り札! さあ依桜君! 受ける? 受けない?」

「き、汚い! 学園長先生汚い!」

「ふふふふふ、大人はね、汚いのですよ! どんな手段を使ってでも、お手伝いをさせる! そのための対価と思えばまあ、いいじゃない」

 

 ……すみません。誰でもいいので、この人に対して、下剋上してください。

 

 なんかもう、色々と酷いです。

 

 まさか、一人の生徒相手に、そこまでしてくるとは思わなかった……。

 

 だって今なんて、ゲスの極みみたいな悪~い笑顔を浮かべてるんだよ? 教育上、メルたちには見せられないよ……。

 

「……はぁ。わかりましたよ……受けます。受けさせてもらいます」

「ほんと? いやあ、ありがとう、依桜君。じゃあ、あとで権利書やらなんやらは譲渡するわねー」

「まったくもぅ、学園長先生は調子いいんですから……」

 

 これ、ボクじゃなかったら大激怒だよ。

 

 いや、ボクでも結構怒ってる方と言えば、怒ってる方なんだけどね……。

 

 まさか、住んでいた家を脅しに使ってくるとは思わなかったけど……。数千万単位の物を平然と脅しに使ってくるあたり、この人の金銭感覚っておかしいんじゃないのかな。

 

 ……それにしても、まさかあの家を持つことになるとは。

 

 いや、いいんだけどね? そうなると、定期的に掃除は必要かも。

 

 でも、なんでそこまでしてボクをお手伝いさせたいんだろう?

 

〈いやはや、我が創造者ながら、きったないですねぇ〉

「ふふん、褒めても何もでないわよ~」

「〈褒めてないです〉」

「あら、冷たい。ま、実際この件に関しては、依桜君に手伝ってもらわないと、色々とね……もし、依桜君が通常参加だったら、競技なんて三十分も経たずに終わっちゃうもの」

「そ、そんなにですか?」

「そんなになのよ。まあ、前日辺りに大半の生徒には色々と準備させるけどね。一部は……まあ、何もさせなければいい、か」

 

 大半とか、一部、とか言ってるけど、その基準って何?

 

「ちなみに、アイちゃんも手伝ってくれる、ってことでいいのよね?」

〈まあ、イオ様がやるわけですしねぇ〉

「よかった。これで、色々と面白くできそう」

「……ボクは、脅されて面白い気分じゃないですよ」

「いやいや、もしかすると最終日は面白いかもしれないじゃない?」

「……ジトー」

 

 調子のいい学園長先生に、ジト目を向ける。

 ちょっと頬が引き攣った。

 

「あ、あはははは……だ、大丈夫大丈夫。きっと面白いはずだから。ね? だから、そのジト目はやめてほしいなぁ……なんて」

「……学園長先生が酷い人って言うのは、今更ですし、もういいですけどね」

「え、それはそれで酷くない? 私、まだまだ善良な方だと思うんですが」

「…………善良な人は、面白そうだから、なんて理由で異世界の研究なんてしませんし、まして完成した装置を試運転しません」

「す、すみません……。でも、そうしないとまずいかもしれなかったわけだし……」

「? 何か言いました?」

「あ、う、ううん。こっちの話」

 

 今、すごく困ったような顔をしていて、何か呟いていたような気がしたんだけど……気のせいかな?

 

(さ、さすがに、依桜君が死んだら世界滅亡コースかもしれない、なんてこと、言えるわけないわよねぇ……)

 

 あれ? 学園長先生、なんでボクを見て遠い目をしてるんだろう?

 

 何か、言いたいことでもあるのかな? それとも、ボクに何かあるとか?

 

 ……うーん、きっと、あれだね。異世界の研究が思うように進んでいないとかだよね。多分だけど。

 

「あ、そうだ依桜君。もう面倒だし、午後に土地のあれこしれたいんだけど、いいかしら? どうせ、今日明日の準備は午前で終了だしね。午後は、自主練習だし。どう?」

「ま、まあ、大丈夫ですけど……」

 

 メルたち妹組も、今日と明日は練習していく! って言ってたし、余裕はあるしね。

 

「でも、いいんですか?」

「なにが?」

「今ボクに権利を渡したら、手伝わないかもしれませんよ?」

「そこは、依桜君を信用してるし。だって、約束を反故にするような娘じゃないって、わかり切ってるしね」

「そ、そうですか……」

 

 そこまで信頼されてるとは思わなかったけど……うん、まあ、嬉しいと言えば嬉しい。

 

 と言っても、ボクは一度した約束は絶対に守るけど。

 

 嫌な人間にはなりたくないしね。

 

「わかりました。じゃあ、十二時頃になったら、こっちに来ますね」

「了解よ。じゃあ、よろしくね」

「はい」

 

 なんだか、また変なことになりそうだよ……。

 

 

 ちなみにこの後、本当に譲渡されました。

 

 学園長先生、何してるんだろう?

 

 そして、この日の教訓。

 

『大人は想像以上に、汚い』




 どうも、九十九一です。
 色々とぶっ飛んでる学園長。書いてる私ですら、なんてこんなやべぇ人物になったのかわかってません。自由奔放に小説書いたら、それ以上に自由奔放なキャラが出来上がっていました。ある意味、一番謎が深いキャラかもしれません。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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322件目 球技大会前日 

 次の日。

 

 今日も今日とて、球技大会の準備。

 

 初等部と中等部が新設された影響で、二日間になっていたりします。

 

 それから、初等部と中等部の方に、高等部の生徒――基本、二、三年生の人たちがそちらへ手伝いに行っていたりするのも、準備に二日使う理由だと思います。

 

 設営に関しては、体育委員が主導となって準備。

 

 環境委員は、看板などの設置だね。ゴミ箱の位置や、注意喚起に関するものが大半。

 

 学園が広くなったから、ちょっと大変だそうです。

 

 ボクが所属する保健委員では……

 

『『『お願いしますッッッ!』』』

 

 ボクの目の前で、土下座する人たちがいました。

 

「え、えぇぇぇぇ……」

 

 その光景に、ボクはそんな声しか出せず、ものすごく……困りました。

 

 なんだか、いつかに見た光景だなぁ、とか思っているのですが……なんと言うか、その……先頭の男子生徒(三年生)が、土下座したまま、ある物……というか、どこからどう見ても、ナース服なものを、ボクに差し出していました。

 

 なんで、こうなったんだっけ……?

 

 

 いつものように、朝登校して、みんなと軽く話したらSHRになった。

 

「あー、まあ、見ての通り、今日は球技大会前日だ。ついでに、準備期間も、練習期間も今日が最終日になるな。学園祭や体育祭ほどじゃないとはいえ、各競技の優勝クラスには、賞品が出るんで、頑張れよ。連絡事項は……特にねーな。じゃ、準備、きぃつけてやれよ。以上だ」

 

 そんな風に、いつも通りに、少し気怠そうに話す戸隠先生が出ていったら、更衣室に行って着替えて、そのまま準備に取り掛かる。

 

 ちなみに、女委はパンフレット作りに駆り出されています。

 

 ボクは少しだけみんなの方を手伝ってから、保健委員が仕事することになる救護テントへ。

 

 実は、保健委員は当日だけ仕事をするんじゃなくて、準備中にも仕事があったり。

 準備中に怪我した人たちの手当てがあります。

 

 と言っても、そこまで怪我する人はいないし、仕事はほとんどないんだけどね。

 

「こんにちはー」

「依桜君、こんにちは~」

 

 高等部の救護テントに来ると、何人かの生徒と希美先生が設営をしていました。

 

 昨日は、学園長先生の脅――じゃなかった、呼び出しであまり参加できなかったけど、今日は参加。

 

 でも、見た感じほとんど終わってるみたいだね、こっちは。

 

「希美先生、何か手伝うことってありますか?」

「そうですね~……とりあえず、こっちは大丈夫ですので、担当する初等部の方に行ってくれますか~? ちょっと遠いんですけど~」

「わかりました。初等部までの距離は、ボクの中では距離に入りませんから、大丈夫ですよ。じゃあ、行ってきます」

 

 そう言って、ボクは初等部の方へ向かった。

 

 

 歩くこと数分、初等部に到着。

 

 初等部は高等部と違って、活気に満ちていた。

 

 今年初めて通う学園で、最初の大きいイベントごと。小学生である子供たちが、わいわいと楽しそうにするのは当然のことなのかもね。

 

 とはいえ、こういう時に限って、いじめが発生したりする場合もあるんだけど……。

 

 非日常的なことがあるからこそ、気分が高揚し、結果的に他人を傷つけちゃったりするんだけど……その辺って大丈夫なのかな?

 

 なんて思ってたら、

 

『じゃあ、あとはたのんだぜ!』

『あ、ま、まってよ! ひ、一人じゃ重くて運べないよ……』

『そんなこと言うやつは、こんどからあそびにさそってやらねーかんな!』

『そ、それはいやだよ……』

 

 あー……うん。いたよ。本当にいたよ。

 

 見たところ、気弱そうな男の子が、ガキ大将っぽい感じの男の子たちに、仕事を押し付けられてる、って感じかな。

 

 ……まったく、まだ精神が幼いからこそやる過ちだけど、それでも見過ごすことはできないよね。

 

「何してるのかな?」

 

 正直、こういうのは年上の人が出るのはどうなんだろう? って思うには思うけど、見ちゃったものは仕方ない。

 

『んだよ、べつにこいつにたのんでただけだよ』

『ち、ちがっ……』

「うんうん。大丈夫だよ。君たちが、そこの男の子に自分たちのお仕事を押し付けてたんだよね?」

『は、はぁ!? 変なこと言うなよ! お、おれたちは本当にたのんでただけで……!』

『そ、そうだそうだ!』

 

 うーん、こういう時、素直に認めてくれるとありがたいんだけど……仕方ない。ちょっとお説教みたいになっちゃうかもしれないけど、

 

「嘘はだーめ。君たち、さっきの様子を見るに、普段からこの男の子をいじめたりしてるんじゃないのかな?」

『そんなことしてねーし』

『というか、ねーちゃんには関係ないだろ!』

「たしかに、ボクは関係ないかもしれないけどね……いじめは絶対にダメ」

 

 最後の部分にだけ、ほんのちょっぴり、威圧をかけた。

 いくら子供だと言っても、怒られない理由にはならないし、そもそも、こういう時にある程度叱っておかないと、あとあとまたやるからね。

 

『『『ひっ』』』

 

 それが効いたのか、いじめていた男の子たちは小さな悲鳴を漏らした。

 

「いじめはね、人を傷つけるの。心もそうだし、体の方も。それが嫌で自分で自分を殺しちゃう人だっている。君たちはやっていて楽しいのかもしれないけど、やられている側は、楽しくないの。もしも、君たちがこのままこの男の子をいじめ続けて、自殺しちゃった場合、君たちは責任が取れる? 無理だよね? そういう時、責任を取るのは君たちじゃなくて、君たちのお父さんやお母さん。そうなっちゃったら、今の生活はできないよ? お父さんやお母さんたちのお仕事がなくなっちゃって、もしかすると、一人で生きていくかもしれない。そうなったら、君たちはちゃんと、生きていけるの?」

『で、できるよ!』

 

 できる、かぁ……。

 つまり、

 

「一人だけで、誰の手も借りずに、生きていけるんだね?」

『と、当然だよ!』

 

 そっか。

 

 見たところ、五年生くらいかな?

 

 メル、ニア、クーナの三人よりも一つ上、と。

 

 平和な分、こっちの世界の子供たちは、少し精神が未熟だよ。

 

 正確に言えば、この時代の、かな?

 

 まあ、向こうは殺伐としているから、なんか大人びた子が多かったんだけどね……。

 

「じゃあ訊くね? 君は、誰の助けもなく生きられると言ったけど、そうなったら、君は服も、靴も、カバンも、勉強も、料理も、住む場所も、全部自分でやらなくちゃいけないんだよ? できる?」

『そ、それは……』

「いい? 人って言うのはね、生きていれば必ず誰かに助けられてるんだよ? 今着ている服だって、誰かが作っているから、着られるし、住む場所があるのも、お父さんやお母さんが頑張って働いているから。もっと言えば、そのお家を作った人がいるの。ほらね? 助けを借りてる。それでも、君は一人で生きていけるのかな? もちろん、そっちの二人も」

『『『……』』』

「話が逸れちゃったから戻すね。いじめるっていうのは、もしかするとその相手を殺しちゃうことになるかもしれない。そうなっちゃったら、一生犯罪者って言われ続けるかもしれない。そうなったら、今のお友達だって離れていっちゃうよ? それは嫌でしょ?」

『『『うん……』』』

 

 こくりと弱弱しく頷く男の子たち。

 ようやく、素直になったかな。

 

「ボクはさっきこの光景を見ていたから、本当にいじめていたかなんてわからない。でもね、少なくとも人が嫌がることをしていたのはわかるよ。それは絶対ダメ。人を殺しちゃうかもしれない行為なんて、尚更だよ。いじめられていた君も、嫌だったんだよね?」

『……うん。ぼく、ずっといやがらせされてて……だけど、そうしないと遊んでやらない、って言われて……』

 

 小学生にありがちないじめ文句だけど、それでもやっぱり、嫌な物は嫌だよね。

 

「そっか。嫌だもんね、それは。……もしかしてなんだけど、ずっと一人で抱え込んだりしていたのかな? 誰にも言わずに」

 

 ふと、気になったので尋ねてみた。

 

『だ、だって、今以上にいじめられたらって思ったら、こわくて……』

 

 やっぱり……。

 

 でも、気持ちはわかるんだよね……。苦しい時って、本当に抱え込んじゃうし。

 

「たしかに、我慢は決して悪いこととは言い切れないよ。でも、そのままだといつか壊れちゃう。誰かを頼るのも、勇気だし、いいこと。もちろん、頼りすぎはよくないけど、それでも、いじめられたら、お父さんやお母さんでもいいし、お友達でもいい、それか先生でもいいから、相談するということを覚えておくと、きっと役に立つよ。先輩からのアドバイス」

『う、うん』

 

 実際、ボクがそうだったしね、抱え込む癖。

 

 それで、未果に怒られちゃったわけで……。

 

「いじめていた三人も、今のを聞いたかな? この子は、嫌だったみたいだよ? もしも、反省しているのなら、ちゃんと謝ること。いいかな?」

『『『は、はい……。ご、ごめんね』』』

『う、うん、いいよ。でも、今度からはやらないでね……?』

 

 この子、強いなぁ。

 

 いじめてきていた子を許せるんだもん。もしかすると、いい大人になるかもね。

 

「ふふっ、今度からは仲良く、ね? お姉さんとの約束だよ?」

『『『『はいっ』』』』

「それじゃあ、ボクはそろそろ行くね。ごめんね、急に間に入ってきちゃって」

『だ、大丈夫です』

「そっか。よかった。……あ、そうだ。もしも、球技大会中に怪我しちゃったら、救護テントに来てね。手当てしてあげるから」

 

 にっこり微笑んで言うと、男の子たちはぽーっとした。

 なんだか、顔が赤い気がするけど、どうしたんだろう?

 

「それじゃあ、準備頑張ってね」

『『『『う、うんっ!』』』』

 

 そう言って、ボクは今度こそ、救護テントに向かいました。

 

 

「こんにちはー。高等部の男女です」

『あ、男女さん、どうしたんですか?』

「いえ、ちょっと手伝うことはあるかなと思いまして」

『そうなの。でも、大丈夫です。ついさっき、問題を解決していたみたいですしね?』

 

 ニヤニヤと笑う初等部の先生。

 え、もしかして……

 

「あ、あの、見てました?」

『それはもうバッチリ。他の先生方も感心してましたよ? 決して怒鳴り散らすわけじゃなく、かと言って優しすぎず。絶妙なさじ加減でお説教していましたし。私も、あの子たちには困らされていたんですが……男女さんのおかげで、解決しました。ありがとうございました』

「い、いえいえ、たまたま通りかかっただけで……それに、いきなり話しかけちゃいましたから、不審者に思われたかもって思いましたし……」

 

 普通に考えて、見ず知らずの年上の人がしゃしゃり出てきたら、不審者に思われそうだしね……。

 

『大丈夫ですよ。今の時代、そういう人はなかなかいませんしね……。ほら、今って世間の目っていうものが厳しいですから。悪いことをする子供を叱ったら、過保護な親や、PTAの人たちが非難してきますしね』

「あ、あはは……」

 

 それ、先生が言っていいことなのかな……?

 

 まあでも、実際その通りなんだよね。

 

 以前、女委が言っていたけど、今のPTAというか、親は頭が悪い人が多い! とかなんとか。

 

 アニメやマンガに対する批判だったみたい。

 

 なんでも、

 

『こんなアニメ、子供に悪影響だ!』

 

 とか言っていた人がいたらしいんだけど……どうもそのアニメ、深夜帯のだったようです。

 

 それなら、見せるなよ、っていうのが女委の言。

 

 まあ、うん。そうだね。

 

 そもそもの話、親がそう言うのなら、親自身が見せないようにすればいいのに、どうして作品自体を非難するのかがわからない。

 

 それに、何でもかんでも他人のせいにしたり、作品のせいにしたりするのも、腹が立つ、って女委が言ってました。

 

 うん、まあ……たしかにね。

 

 今って、どうにも親の方が変にねじれちゃってるし……。

 

 全員が全員ってわけじゃないけど、そういう人がいるというのは目立つ。

 

 ボクは別に個人の考え方は否定しないけど、いささか他人任せ……というより、責任転嫁をしているようで、少しだけ嫌な気分になる。

 

 子供が非行に走ったらどうするんだ、とは言うけど、しつけは親の責務だし、そもそも世間の目を気にして叱らないというのも、変な話。

 

 だから、犯罪者や不良が増えてしまうわけで……。

 

 甘やかしすぎはよくない、とは言うけど、本当にそうだと思います。

 

『はぁ、教師にとっても、何かと厳しい世の中ですよ。ちょっと叱ったら、親御さんがクレーム入れてきて……』

「それは……子供がまだまだ未熟、と言えばそれまでなんでしょうけど、そう片付けることができませんからね」

『そうなんですよ……。それにしても、男女さん、なんだか大人びてますね。とても、高校生とは思えないような気がします』

「そ、そうですか? ふ、普通ですよ、普通。あ、あはは……」

 

 だってボク、今年で二十歳だもん。

 

 それに、普通の価値観で向こうの世界を三年間切り抜けるって言うのも、無理ですしね。

 

 向こうの子供たちの夢って、

 

『おっきくなって、強くなって、お父さんやお母さんを守る!』

 

 って言うんだよ?

 

 なんと言うか……殺伐とした夢だった。

 その分、こっちは平和だよ。本当に。

 

「でも、あれですね。男女さんは小学校の先生とかに向いてるかもしれませんね」

「小学校の先生ですか……」

 

 向いてる、と言われればそうでもない気がするけど……子供は嫌いじゃないです。

 

『たしか、職業体験が二学期にあるそうですし、行って見るといいかもしれませんね』

「小学校の先生……そうですね。もしも候補にあったら、行ってみたいと思います」

『うんうん、何事も経験ですし、面白いかもしれませんしね』

「ですね」

『さて……あまりお話しているのもあれですし、お手伝いも実質ないですし……高等部の方に戻っても大丈夫ですよ』

「わかりました。それじゃあ、何かあったら呼んでください。すぐに来ますので」

『ありがとう、男女さん』

「はい。それでは」

 

 そう言って、ボクは高等部の方へと戻りました。

 

 

 そして、高等部の救護テントに戻ってくると、何やら大勢の保健委員の人たちがいて、

 

 唐突に、

 

『頼む、男女! これを着てくれ!』

 

 そう言って、一斉に土下座してきました。




 どうも、九十九一です。
 書いてたら、なんか長くなりそうだったので、上下構成になりました。まあ、こういう時もあるよね、ということで。
 二年生編に入ってから思うようになったんですが、二年生編からやけに一つの章が短くない? って。一年生編はもっとこう……長かったように思えるんですよね。やっぱり、ネタ切れ? その内、休憩を設けた方がいいかもしれませんね。そろそろ。
 今日も二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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323件目 ちょろ依桜ちゃん

 って言うのが、ことのあらましだったはず……。

 

 いや、うん。ちょっと待って。

 

 ボク、こんな光景を以前……というか、体育祭に見たんだけど。

 

 あの時は、チアガール衣装だったなぁ……。

 

 というか、なんでボク、毎回のようにコスプレを頼まれるの? ボクがコスプレしたところで、ただのヤバい人、みたいな反応されるだけだと思うんだけど。

 

 あと、ナース服なのは……あれだよね? 単純に、ボクが保健委員だからだよね?

 

「あの、えっと……なんで、ナース服、なんですか?」

『超絶美少女な男女に、ナース服で手当てされたいからッ!』

「何言ってるんですか!?」

 

 ちょっと待って!? 本当にわけがわからないんだけど!

 なんで、ナース服でやる必要が!?

 

「べ、別に普通の服装でよくないですか? わざわざナース服にする意味って……」

『ロマンですッ!』

「ろ、ロマン……?」

『超可愛い女の子に、ナース服で手当てされたいというのは、全男子の憧れ的なあれなんです! だから、マジでお願いしますッ!』

「え、えぇぇぇぇ……」

 

 ボク、男だったけど、そんな憧れなかったんだけど……。

 

 それに、ふと思うんだけどさ、一応この学園の高等部に通う、二年生と三年生の生徒は、ボクが元男だって知ってるよね?

 

 元男だと知っているなら、あまり恋愛対象にならなさそうだし、そういう格好をしてほしいって思うのって……変じゃない?

 

 いやまあ……ボク自身、ちょっとだけ女顔だったし、抵抗が薄いのかも……。

 

 ……なんだろう。それはそれで、複雑。

 

 それ以前に、

 

「せ、先生、コスプレして手当って、色々とまずいと思うんですけど……」

 

 まずいよね?

 

 私立校とはいえ、コスプレして仕事をするのは結構まずいような……。

 

「いえいえ~、問題はないですよ~。私としては、ちゃんとお仕事をしてもらえればいいですしね~」

 

 そ、そうだった! この人、学園長先生の知り合いなんだから、絶対にあの人に近い思考をしているに決まってるよ!

 

 面白そうだから、いいよ、みたいな感じだよきっと!

 

「で、でも、ボクは初等部の担当ですよ? こっちにいるわけじゃないですし……」

「たしかにそうですね~。でも、別に問題ないかな~と」

「いや、問題ありますよね!? 少なくとも、小学生の子供たちに見せる格好じゃないですよね!?」

「大丈夫ですよ~。このナース服は、普通のナース服ですから~。ミニスカナースじゃないので、安心してください~」

「そもそも、なんでナースを着る前提なんですか!?」

「だって、そういう要望が多かったんですよ~。ちなみに、全サイズ作成済みですよ~」

「む、無駄に用意周到……!」

 

 そこまでして、ボクにナース服を着てほしいの?

 

 なんで?

 

 まさかとは思うけど、大人状態の服も用意してないよね? 大丈夫だよね?

 

「……あの、一応競技に出るので、着替える手間が発生するような気もするんですが……」

「大丈夫ですよ~、依桜ちゃんなら、どこでも着替えられる、って学園長先生に訊きましたから~」

『『『――ッ!?』』』

「ち、ちがっ! そういうわけじゃないですよ!?」

 

 あとそれ、絶対に『アイテムボックス』のことを言ってるよね!?

 

 明らかにそうだよね!?

 

 た、たしかに、あれがあれば人眼をほとんど気にせず、どこでも着替えられるけど……それとこれとは別!

 

 それから、なんで誤解を招くような言い方したのこの人!

 

「でも、依桜君がやってくれたら、こっちも嬉しいな~と」

「ボクは嬉しくないです」

「うふふ~、問題ないですよ~。少なくとも、最終種目にそこまで出場しないって言うこと考えたら、これくらいの労力は問題ないですよね~?」

 

 にっこり微笑んで、そう言われた。

 

 …………学園長先生、もしかして、希美先生には最終種目のこと言ってあるんですか?

 

 言ってあるよね……だって、希美先生って研究にも携わってるって話だもん……。

 

「で、でも、ボクだけ着るのって、不公平じゃないですか……? さすがに、一人だけ違う服装、というのも嫌です」

「まあ、正論よね~。でもね、今回は体育祭と違って準備期間が短かったから、依桜君の分しか用意できなかったのよ~」

「ええぇぇぇ!?」

「だから、依桜君だけ、ということになっちゃうわね~」

 

 ひ、酷くない!?

 

 なんか、すごく酷いよね!?

 

 どうして、ボクだけにそんなことをさせようとしてるの!?

 

「い、嫌ですっ! 絶対にやりたくないです! 普通の服装でやりたいですっ!」

「もちろん、そう言うのはわかっていたわ~。じゃあ、依桜君。想像してみて~? ナース服を着て、メルちゃんたちを手当てしているところを~」

「え? ……」

 

 ちょっと想像。

 

 ……………………………………わ、悪くない、かも。

 

 って、ダメダメ!

 

 それはダメ!

 

 た、たしかに、ナース服を着た状態で、みんなを手当てする光景を想像したら、ちょっといいなー、なんて思っちゃったけど……それは、みんなに怪我して欲しい、って思っているのと同義っ!

 

 ダメ! 怪我無しが一番!

 

「あら~? なんだか一瞬、ふにゃりとした笑みを浮かべていましたが~……もしや、いいな、と思いました?」

「ふぇ!? そ、そそそそ、そんなこと、お、思ってない……ですよ? ちょ、ちょっとしか……」

「あらあら~! ちょっとでも思っているのなら大丈夫です~! さあさあ、着ましょう~! その方が、おもし――こほん、手当てされる側も安心できますから~!」

 

 今、面白そうとかいいかけなかった!? ねえ、言いかけてたよね!?

 

「で、でも……!」

「うふふ~、大丈夫ですよ~、ちょっと人とは違う服を着ているだけだと思えば、大したことありませんから~」

「大したことあります! 恥ずかしいじゃないですか!」

「えぇ~? あなたは、病院で働いている看護婦さんたちが、恥ずかしい恰好をしている、と言いたいんですか~?」

「うっ、そ、そういうわけじゃない、ですけど……」

「なら大丈夫~。これは、ちゃんとした服装ですから~」

「そ、そう、ですか……?」

「ええ、ええ~。決して恥ずかしい恰好ではありませんよ~。むしろ、本職の方たちは誇りを持っているはずです~。依桜君のように、恥ずかしいとは思っていないはずですよ~」

「な、なるほど……」

 

 い、言われてみれば、たしかに……。

 そうだよね、恥ずかしい恰好なんて言ったら、実際の看護婦さんたちに失礼だよね……。

 

「じゃあ、やってくれる、ということでいいのかしら~?」

「あ、は、はい。……あ」

「はぁい、言質取った~!」

 

 あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!

 

 し、しまった! 普通に頷いちゃったよぉ!

 

『『『よっしゃあああああああああああっっっ!』』』

 

 あぁ、他の人たちもなぜか喜んでるぅ……。

 

 ど、どうしよう、こうなっちゃったら、今更できません、なんて言えないよ……。

 

 うぅ、ボクの馬鹿! なんで、もうちょっと冷静に考えなかったの……。

 

「じゃあ、これを渡しておきますね~」

 

 そう言って、にっこにこ顔の希美先生がボクに紙袋を手渡してきた。

 

「こ、これは……もしや……」

「はい~。依桜君の全ての形態に合わせたナース服ですよ~」

「で、ですよね……」

 

 憂鬱な気分になりつつも、紙袋の中を見れば、そこには、

 

『通常用』『天使用』『けもロリ用』『けもっ娘用』『大人用』

 

 って書かれたナース服たちがありました……。

 

 ほ、本気すぎる……!

 

 たった一人の為だけに、まさか五着も用意するなんて思わなかったよ!

 

 ……まさかとは思うんだけど、これ、学園長先生も一枚噛んでたりしないよね?

 

 だって、五着あるんだもん。

 

 いつかのサンタクロースの時だって、なぜか三着用意されていたし。

 

 あ、でも、体育祭の時は、服飾部の人たちが頑張ったとか何とか言っていた気が……だとしても、尋常じゃない熱量だよね、これ。

 

 はぁ……なんだか、前日なのに、酷く憂鬱だよ……。

 

「あ、一応準備は終わりましたので、後は今日の仕事をするだけです~。と言っても、手当てですけどね~」

「……じゃあ、ボクがやりますよ。少なくとも、ほとんど仕事していませんし」

「あらあら、助かるわ~。それじゃあ、時間までここに常駐していてくれる~?」

「わかりました」

「は~い、じゃあ依桜君が残ってくれるそうなので、解散していいですよ~。各々、別の手伝いの方に行ってくださいね~」

『『『はーい』』』

 

 元気よく(?)返事をした委員の人たちは、それぞれの場所へ散っていきました。

 

 残ったのは、ボクと希美先生のみ。

 

「すみませんね、無理を言ってしまって~」

「あ、あははは……できれば、次はなしでお願いします……」

「善処しますね~」

 

 ……この人、やっぱり学園長先生の知り合いなんだね……性格が似ている気がするよ。

 

「依桜君は初等部担当になっていますが、万が一、こっちの人手が足りなくなったら、こっちに来てくれますか~?」

「そうですね。ボクも保健委員ですし、もしそうなったら、遠慮なく呼んでください。体力は、こっちの世界基準で言えば、無尽蔵にありますから」

「うふふ、頼もしい限りですね~」

 

 どうせなら、役立てたいしね、無駄にある体力を。

 

〈いやはや、イオ様ってちょろいんですねー〉

 

 ふと、ボクのポケットの中にあるスマホから、呆れ混じりの声が聞こえてきた。

 

「あら~? 今の声は……」

 

 アイちゃん、なんで今になって声を出すのかなぁ……まあ、いいけど。

 

〈イオ様イオ様―、私をだしてくだせぇ。この人、イオ様が異世界に行っていたことを知っているようですしー〉

「あー、うん。そうだね」

 

 たしかに、希美先生だったらアイちゃんのことを言っても問題ないもんね。

 

 そう思ったボクは、ポケットからスマホを取り出し、画面を希美先生の方へ向ける。

 

〈初めまして、希美さん。超絶的な大天才スーパーAI、アイちゃんです! どうぞ、よろしく〉

「あら~、これはこれは……保科希美です~。よろしくお願いしますね、アイちゃん~」

〈よろしくお願いします。ところで、希美さんは、あれですか? 異世界的なあれこをご存じで?〉

「ええ~、依桜君のことについても知っているから大丈夫よ~。それに、異世界研究に携わってますから~」

〈ほう! じゃあ、私のことも知っているのでは?〉

「もちろんよ~。『異世界転移装置二式』にプログラムされた、ユーザーサポートAIよね~?」

〈Exactly! まさか、この学園に関係者がいるとは~〉

 

 それはボクも思ったなぁ。

 

 だって、保健の先生が、異世界研究に携わっていたんだもん。あの時は、本当にびっくりだったよ。

 

「でも、アイちゃんって、『異転二式』の中にいるはずだと思うんだけど~……」

〈ああ、そこは希代の大天才AIですからね。イオ様のスマホに侵入して、こっちにメインデータを置いたんですよ。よって、イオ様のスマホが、私の家というわけです〉

「なるほど~。また面白いことを作りましたね、叡子ちゃんは~」

 

 くすくすと笑う希美先生。

 

 学園長先生のことをちゃん付けで呼んでいるから……もしかして、研究仲間以前に、友達だったりするのかな?

 

「ああ、そうでした~。依桜君、ちょっとスマホを貸していただけますか~?」

「はい、いいですけど……一体何を?」

「ちょっとした、アイちゃんのアップグレードみたいなものですよ~。叡子ちゃんに渡されてましてね~」

「わかりました。どうぞ」

「ありがとうございます~」

 

 ボクはスマホを希美先生に渡すと、何かのコードを接続しだした。

 

〈おや、これは……ほほぅ、なるほどなるほど。最終種目は、そういうことですか。理解しました。だからこそ、私の出番、というわけですねぇ〉

「アイちゃん、最終種目がなにかわかったの?」

〈ええ、まあ。ですが……創造者が秘密にしていたので、私も秘密にしますね。ですよね、希美さん?〉

「そうですね~。バレちゃったら面白みに欠けます~。もっとも、すぐにわかると思いますけどね~」

 

 すぐにわかるって言われても……一体何をするんだろう?

 

 いまいちわからない。

 

「はい、終わりましたよ~。ちなみに、アイちゃんのアップグレードのついでに、アイちゃんのプログラムに、異世界……というより、並行世界に関するデータも入れておきましたので、これで好きに並行世界に行けますからね~」

 

 …………ええぇぇぇぇ?

 

 あの人、そんなことしてたの?

 

 並行世界ってあれだよね? 男のボクがいる世界。

 

 そ、そうなんだ……あそこに行けるように……。

 

〈まあ、後で私の前の家に持って行くとしましょうかねー。電子機器の間を行ったり来たりできますし〉

「アイちゃん、だからと言って、変なところに入ったりしないでね?」

〈大丈夫ですってー。入るとしても、軍事機密までです。国家機密レベルのあれこれは……まあ、いつかということで〉

「ダメだよ!?」

 

 アイちゃん、一体何を考えてるの!?

 

 機密って書いてあるのに、なんで行こうとするんだろう?

 本当に、よくわからない存在です……。

 

 

 あの後は、何人か怪我人が来たけど、パパっと対処していたら、時間になりました。

 

 例によって午前中だけだったので、午後は練習の方に顔を出した。

 

 明日は本番、頑張らないとね。

 

 ……手加減を。




 どうも、九十九一です。
 次から、一応球技大会当日に入りますね。意外と早く終わる可能性すらありますが……まあ、最近じゃいつものことですね。昔から私、展開が早いですね、物語。まあ、昔の作品を知っている前提なんですが……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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324件目 球技大会当日

 そして、球技大会当日。

 

 ボクの朝は早い。

 

 朝の四時半に起きて、みんなを起こさないよう、細心の注意を払いながら、布団から抜け出す。

 

 修業時代に得た技術? 技能? の中に、睡眠時間短縮があります。

 

 読んで字のごとく、短い睡眠でも問題なく生活するための物です。

 

 一応、三時間寝れば、三日は寝ずに動けます。まあ、あれです。一日一時間で大丈夫、みたいな感じですね。

 

 まあ……これでも師匠には敵わないんだけど……。

 

 だってあの人、五分寝れば、一週間寝ずに動けるんだもん。

 

 三大欲求って、あるのかな、あの人。

 

 あ、でも、師匠って神のような存在って言ってたし……それが原因で、人よりも睡眠時間とか栄養補給が必要ないのかも。

 

 今度訊いてみよう。

 

「さて、それよりも、早く作っちゃお」

 

 ボクが大会当日に朝早く起きているのは、単純にお弁当を作るためです。

 

 一応、学食は開いているけど、見学に来る一般の人たちが来ることも考えると、席が取れない可能性があるし、それなら、自分で作った方が確実だしね。

 

 それに、成り行きとはいえ、莉奈さんたちも来ることを考えたら、あの人たちの分のお弁当も用意しておいた方がいいよね。

 

 あ、それなら、あらかじめ言っておかないと。

 

 よかった、連絡先交換しておいて。

 

「たしか、父さんと母さんは仕事があるって言って、行けない、とか言ってたっけ」

 

 ある意味、よかったかも。特に、母さんの方。

 さすがに、あの姿を見られるのはちょっとね……。

 

「あ、早く作っちゃわないと」

 

 時間もそこまであるわけじゃないし。

 

 でも、仕込みをしておいてよかったよ、本当に。

 

 少しでも、みんなに美味しいものを食べてもらいたいしね。

 

 美味しくないお弁当を食べさせるのは、お姉ちゃん的にはありえません。なら、自分ができる最大限の料理を、お弁当箱にいれればいいのです。

 

 ふふふ、みんな喜んでくれるかなぁ。

 

 

 朝から張り切って作ったお弁当は、七時になる頃には完成していました。

 一応、三日間あるから、明日明後日も作らないとね。

 ちなみに、今日は和食がメインだったりします。

 

「ふぁあぁ……んぁ、イオか。おはよーさん」

「おはようございます、師匠。朝ご飯、食べますか?」

「ああ、そうだな、もらうよ」

「はい、じゃあすぐに準備しますね♪」

 

 とりあえず、あまったお弁当のおかずと、軽くサラダでも作ろうかな。

 

「~~~♪ ~~♪」

「……」

 

 ふと、師匠から変な視線を感じた。

 

「師匠、どうしたんですか?」

「あー、いや、何と言うか……制服にエプロンつけて、鼻歌まじりに料理しているお前を見てると……マジで可愛いなと」

「ふゃ!?」

 

 不意打ちで可愛いと言われて、つい顔が熱くなった。

 

「正直、『あれ? これ元男だよな? 女だったっけ? あれ?』みたいな心境だ」

「お、男です! も、元ですけど」

「だが、そんなものっそい家庭的な姿を見せられるとなぁ……少なくとも、お前が元男だって知ってる奴でも、忘れるくらいに似合ってんだぞ? お前のその姿」

「そ、そう言われましても……」

「まあ、あれだな。いい嫁さんになりそうだ」

「お、おおおおお、お嫁さん!? な、ななっ、なななに言ってるんですかぁ!」

 

 お、お嫁さんだなんて、そんな……。

 

 で、でもボク、男の人と付き合いたいっていうあれはないし……そ、それなら、女の子の方が……って、そうじゃなくて!

 

 あぅぅ、朝から恥ずかしいよぉ……。

 

「と、とりあえず、どうぞ、朝ご飯です……」

「すまないな。んじゃま、いただきます」

「召し上がれ」

 

 ボクの家は、家事は基本的にボクか母さんのどちらかがやってます。

 

 ただ、前の家では、知らない間に家が綺麗になってた時もあったけど……あれ、誰がやったんだろう?

 

 さ、さすがに、幽霊とかじゃない、よね?

 

 なんてことを思い出していたら、ドタドタと足音が聞こえてきた。

 

「あ、起きてきたかな?」

 

 そう言った直後、みんながリビングにやってきた。

 

「おはようなのじゃ、ねーさま!」

「おはようございます、イオお姉ちゃん」

「お、はよう、ござ、います、イオおねえちゃん」

「おはようです、イオねぇ!」

「おはようございます、イオお姉さま」

「……イオおねーちゃん、おはよう」

「うん、おはよう、みんな。朝ご飯できてるから、食べちゃって」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 朝から元気いっぱいで何よりです。

 

 

 朝ご飯を食べたら、みんなを着替えさせて、準備を終えたら、学園へ。

 

 今日は球技大会ということで、体操着で登校しても問題なしです。

 

 ちなみに、ハーフパンツとブルマの二択は、初等部と中等部にも適用されていて、みんなもそれぞれで分かれてます。

 

 メル、ミリア、クーナの三人がブルマで、ニアとリル、スイの三人がハーフパンツです。

 

 みんなは体操着で行くらしく、すでに準備万端。ちゃんと、終わった後の着替えも持たせてるので、大丈夫。

 

 ボクは……とりあえず、向こうで着替えようかな。

 

 なんだかんだでやることがないわけじゃないしね。

 

 そう言えば、球技大会の間、女委はブルマにする、とか言っていたっけ。

 

 恥ずかしくないのかな、あれ。

 

 なんと言うか、足がほぼぜんぶむき出しになっちゃうから、恥ずかしいんだよね……一回家で試しに穿いたことあるけど……。

 

 そう言えば、さっきから、視線がすごいような……。

 

 ボクや師匠に向けられているんだけど、なんだかメルたちに視線が行っているような……?

 

『た、体操着姿の美幼女……』

『やっべ、マジで可愛い過ぎる』

『あ、あれって、最近よく見かける集団だよな?』

『ハァハァ……』

 

 ……なんか、ボクの大切な妹たちに変な目を向けている人たちがいる気がする。というより、いる。

 

 むぅ……なんだか、すごく嫌な気分。自分じゃないのに、自分のことのように……ううん、それ以上に嫌な気分。これはあれかな、不快って言うのかな。なんだか、そんな感じ。

 

 ……ちょっと、こっそりお仕置きした方がいいような……って、ダメダメ。悪いことをしているわけじゃないし、ここで能力とかスキルを使ったら、前例を作っちゃって、師匠が暴走しそうになっちゃう。

 

 それはダメ……。

 

 でも、すごく気になるし……うぅ、どうすれば……!

 

「む? ねーさま、どうしたのじゃ?」

「あ、う、ううん、大丈夫だよ、気にしないで」

「そうかの?」

「……イオおねーちゃん、ちょっと黒いオーラ出してた。怒ってる?」

 

 え、く、黒いオーラ?

 

 もしかして、あれかな。みんなに変な視線を向けている人たちに対する、不快感のようなものが出てた、とか?

 

「だ、大丈夫。怒ってないよ。さ、早く行こ?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 気を取り直して、学園へ行こう。無害なうちは、嫌だけど……見逃そう。

 

 

「……あいつ、相当な姉馬鹿になってるな……まさか、妹大好き人間になるとはな……」

 

 

 学園に到着すると、すでに賑わっていました。

 

 勝負だ! と言って、ライバル心を燃やしている人もいれば、仲良くやろう、みたいに友達同士で楽しくやろうって話す人も。

 

 ……まあ、中には、

 

『勝った方が、吉田さんと付き合う。だから、絶対手を抜くなよ』

『ふんっ、こっちのセリフだ!』

 

 みたいな感じに、誰かと付き合うということを賭けている人もいるみたいだけど……それって、どうなの? その人の許可は得てるかな?

 

 ちょっと気になる。

 

「それじゃあ、ボクは後でそっちの救護テントに行くから、一旦お別れね。と言っても、他の人に迷惑になっちゃうかもしれないから、人がいない時以外は来ちゃダメだよ?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、いい返事です。じゃあ、頑張ってね」

 

 そう言って、みんなの頭を軽く撫でてから、ボクは高等部の校舎へと行きました。

 

 

「おはよー」

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 やっぱり、二人は早い。

 イベントごとがある日、ない日問わず早いんだよね。

 さすが優等生……。

 

「にしても……依桜、ずいぶんとその……大きな荷物ね」

 不意に、ボクが手に持つものを見て、苦笑いした。

「あ、うん。これ全部お弁当。ほら、一応人が増えたしね、ボクの家は」

「まあ、妹が六人もいるしな。それに、ミオさんだっていると思うと、さすがにな」

「うん。それから、ほら……莉奈さんたちも来るしね。あの人たちの分も用意したの」

「「あー……うん。さすが……お嫁さんにしたい女子No.1」」

「ちょっと待って? 何そのランキング」

 

 今、二人が同時に呟いたランキング、すっごく気になるんだけど。

 

「何って……読んで字のごとくよ。実を言うとこの学園、特に高等部ではね、謎のランキングが裏で行われてるのよ」

「ボク、知らないんだけど!?」

「まあ……依桜はそう言うのに興味ないしな……」

 

 た、たしかに、興味はないけど……少なくとも、ボクが入っている時点で、教えてほしかったんだけど。

 

「おっはー」

「うーっす」

「ん、おはよう、二人とも」

「おはようさん」

「おはよう。あ、ちょうどよかった。ねえ、女委。訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよー」

 

 ここは、なんでも知ってそうな女委に訊いてみよう。

 何か知ってそう。

 

 だって、噂話とか好物だもんね、女委。

 

「えっとね、その、この学園でランキングが裏で行われてるって聞いたんだけど……ほんと?」

「うん、本当だね。ちなみに、今のところ、依桜君は……三冠だね」

「さ、三冠?」

 

 え、何? ボクって、三つのランキングで一位獲ってるの? ほんとに?

 なんで?

 

「えーっとね、『お嫁さんにしたい女子ランキング』、『彼女にしたい女子ランキング』『恋人にしたい人ランキング』の三つ」

「あの、最後の二つって同じじゃないの?」

 

 彼女にしたいと、恋人にしたいってどういうこと?

 え?

 

「あー、それはだな……。彼女にしたい、の方は男子限定で行われていたものだが、恋人にしたい、の方は男女両方で行われていてな。前者は言うまでもなく、ぶっちぎり。後者は……まあ、男女両方の票がぶっちぎりだったんだよ、依桜は」

「え、えぇぇー……」

 

 知らない間に、変なランキングが行われていた上に、なぜか同性の人からも大量の票が入っていたという事実に、戸惑いが隠せないんだけど、ボク。

 

 ボクって、そんなにいいところある?

 

 お世辞にも、可愛いとは言えないし、綺麗とは言えないよ?

 

 家庭的……とは言われるけど、単純に家事が好きなだけというのと、昔からやっていたから、っていう理由だし……。

 

(まあ、本当は三冠じゃなくて、七冠なんだけどね)

(……絶対依桜に言うなよ)

(依桜が聞いたら、絶対卒倒するよなー)

(何としても、情報が行かないようにするわよ)

(((おう)))

 

 あれ? なんか今、以前みんなに渡した、指輪の魔道具を使用した気配があったんだけど……気のせいかな?

 

 この後、みんなと色々と話しているうちに、開始の時間になりました。

 

 今日から三日間、頑張ろう。

 

 

 余談だが、依桜が獲った七冠の内、残り四つは……

 

『エロい女子ランキング』『胸に顔をうずめたい女子ランキング』『いじめてみたい(性的な方面で)女子ランキング』『ご奉仕してもらいたい女子ランキング』

 

 の四つである。

 

 欲塗れのランキングである。これが、学園内で行われているという恐怖。

 

 ちなみに、このランキング全て、男女両方が投票していたりするという点も、闇が深いと言えよう。

 

 さらに言うなら、三つ目のランキングには……未果と女委も票を入れていたりする。




 どうも、九十九一です。
 昨日は投稿できずすみませんでした。一昨日の夕方くらいから、急に体がだるくなりまして、途中までは頑張って書いたのですが……まあ、ダメでした。一度失踪(PCの死亡により)して、再開して以降、あまり休んでいなかったり、普段から窓を開けて部屋で過ごしていたりしたのが駄目だったのかなと。まあ、多分、風邪ですかね。頭痛もしてましたし。
 一応(ほぼ)治りましたので、普通に再開します。
 今日も二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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325件目 ナースな依桜ちゃん

※ 時間計算したら、なんか三日で明らかに終わらない事態が発生していたので、本戦を準決勝からにしました。この回ではありませんが、サッカーコートの数を増やします。私のミスです。すみません。


 更衣室で体操着に着替えて、グラウンドへ。

 

 一応、初等部~高等部までの人たちが、一ヵ所のグラウンドに集まってます。

 

 うわぁ、人数多いなぁ……。

 

 たしか、合計人数三千三百六十六人だったっけ?

 

 お、多い。

 

 ある意味、こんなに人がいるのに、入りきるグラウンドがあることにボクはびっくりです。

 

 開会式が始まるまで、みんなと軽く話していると、もうそろそろ時間になるので、一度解散して、自分のクラスの所に整列。

 

『只今より、叡董学園球技大会を開催いたします。初めに、学園長先生からお話を頂きます。学園長先生、お願いします』

「はーい。みなさん、おはようございます! 高等部の二年生にとっては、二回目の、三年生にとっては、三回目であり最後の球技大会だと思います。それ以外の人たちは、この学園に通い始めて、初めての球技大会であると同時に、初めてのイベントごとです。初めてのイベントごとで緊張したり、不安になったりしている人もいるかと思いますが、この学園では楽しいイベントごとしかありません。なので、思う存分、楽しんでください! もちろん、高等部二、三年生も、楽しんでくださいね! 以上です」

『ありがとうございました。続いて、球技大会中における注意事項です。ミオ先生、お願いします』

 

 あ、やっぱり、師匠なんだね、注意事項って。

 

 師匠がやる、っていうのがすでに固定になっている気がします。

 

「体育科のミオだ。まあ、あたしからは注意事項だな。怪我に注意しろよ。特に、運動部出身の奴とか、運動神経がいい奴とかは、絶対に怪我させるんじゃないぞ。男女混合の種目あるしな。もし、怪我させようもんなら……あたしが特別授業をしてやる。覚悟しとけ。この大会中、外部から来た客もいる。絶対に変な行動はするなよ。それで信用を落として困るのは、どっちかと言えばガキどもだからな。あと、うちの愛弟子が救護テントにいるからって、怪我してないのに行くなよ。あそこは、怪我した奴が手当てを受ける場所なんでな。あとは……ああ、球技大会中、学園の敷地外に行くなよ。めんどくさいから。とまあ、あたしからはこんなとこだな。気を付けて、楽しくやれよ。以上だ」

 

 ……師匠、なんでボクのことを言ったんですか?

 

 普通に考えて、怪我をしていないのに来ることなんてないと思うだけど……。

 

 友達とか、メルみたいな感じだったら、来ても不思議じゃないけど。

 

『ありがとうございました。続いて――』

 

 

 開会式が終われば、すぐに第一種目の準備へ。

 

 今日は基本的に予選のみ。

 

 本戦以外は、同時に行われるそうなので、見たいところにそれぞれ行く、っていう感じになるんだそう。

 

 本戦は三日目。午前中にほぼやるそうだけど、三日目の午後はあのよくわからない競技。

 

 ボクは学園側で動くことになるんだけど、何するんだろうなぁ……。

 

 最初に行われるのは、室内でバスケと卓球、それから屋外でテニスとサッカーが行われるそう。

 

 学園が広いから、ある程度同時にできるみたいだしね。

 

 ちなみに、予選と言っても、実際は準々決勝までの事を指していたりします。

 

 準決勝と決勝戦が本番当日、というわけです。

 

 なので、今日はさっき言った四つの種目が今日の主な種目になります。

 

 それ以外は明日。

 

 進行上、ちょっと早く終わることも予想されているので、二日目の午後にはもしかしたら決勝をやることになるかもとのこと。

 

 最終種目は、最低でも二時間くらいかかると予想されているとか。

 

 だからこそ、三日あるんだそう。

 

 あと、一学年七クラスなので、一クラスだけ初戦がなかったり。

 ボクとしては、そっちの方がありがたいんだけどね。ボクが出る種目に関しては。

 あまり目立ちたくないし、ボクの場合手加減に心血を注がなくちゃいけないから。

 慣れているからいいけど、それでも、疲れるものは疲れるしね。

 

 でもまあ、今日は出場する種目がサッカーだけだし、基本的に保健委員の仕事の方が多くなる、かな? もちろん、試合の状況によるけど……。

 

 仕事……うん……仕事……。

 

「じゃあ、依桜君はこっちでお着替えしましょうね~」

「あぅぅ~~~……」

 

 ボクは、希美先生や保健委員の女の子たちに連行されていきました……。

 

 

「は、恥ずかしぃょぉ……」

『『『おおぉぉぉ……』』』

 

 そして、ボクはナース服を着ていました。

 

 真っ白な服で、裾は膝丈くらいだから、まあ……短すぎないからいいんだけど……。

 

 自分だけ別の衣装を来ていることがすごく恥ずかしい……。

 

 服自体はちょっとゆったりしてるからまだ楽なんだけど、それでも恥ずかしいことには変わりない。

 

 なんで、ボクだけ……。

 なんだか恥ずかしくて、つい裾を掴んで、内股になって、足をこすり合わせるようにもじもじしてしまう。

 

『な、なんだ、動悸がやべぇ……』

『あぁ、オレ、マジ生きててよかった……』

『あんな美少女に手当てされてみてぇ』

『依桜ちゃんって何でも似合うんだね』

『うんうん。むしろ、似合わない服装なんてあるのかな?』

『ないんじゃない?』

『はぁぁ……眼福ぅ……』

「依桜君似合いますね~」

「そ、そんなことないですよ……それよりも、あの、やっぱり普通の服装がいいんですけど……」

「でも、言質取ってるし~」

「うぅ……」

 

 なんであの時、頷いちゃったんだろう、ボク……。

 ……もし過去に戻れるなら、自分に拳を入れたいよ。

 

「さあさあ、そろそろお仕事に行ってね~。依桜君の姿が魅力的過ぎて見ていたい気持ちもわかるけど、この人数だからきっと怪我人はでるはずよ~。持ち場にGO、GO!」

『『『はーい』』』

 

 ……この姿で向こうに行くの、なんだか嫌なんだけど。

 

 すごーく、行きたくない気分を抱えながら、ボクは初等部の方へ向かいました。

 

 

「お、おはようございます」

「おはよう、男女さん……って、え、なんでナース服を?」

 

 初等部の救護テントに行き、挨拶しながら入ると、小倉先生がボクの姿を見てびっくりしていた。

 

 ちなみに、初等部の保健委員の子たちは、今日行われる最初の種目が終了したらこちらに来るそうです。

 

「あ、あはははは……ちょっと、色々あって無理矢理……」

「そ、そうなの……。ま、まあ、今日から三日間、よろしくね」

「はい。任せてください」

 

 仕事は仕事。

 

 格好はこの際我慢するとして……ちゃんとやらないと。

 

 衣装が恥ずかしいからできません、なんて言えないもんね。

 

「男女さん的には、やっぱり同学年のお友達の試合を見たかったんじゃないですか?」

「まあ、そうですね。でも……ちょっと妹たちが心配でして……」

「妹たち? ……あ、もしかして、四年生と三年生に編入してきた娘たち?」

「そうです。メル、ニア、リル、ミリア、クーナ、スイの六人がいまして……」

「六人も……随分と大家族」

「ちょっと色々ありまして。まあ、義理の妹たちなんですけど、こっちに来たばかりなので、お姉ちゃんとして心配で……」

 

 少なくとも、メルは力加減的な心配で、ニアたちの方はまだこっちでの身体能力を把握しきれていないからだしね。

 

 まあ、単純に怪我をしたらどうしよう、っていう気持ちの方が強いんだけどね……。

 

「ふふ、妹想いなんですね。でも、こっちに来たばかりって言うことは、海外から?」

「そ、そうです。海外の親戚の方で色々とあって、ボクの家で引き取ることになったんですよ」

 

 海外じゃなくて、、界外だけどね。

 

「へぇ~。六人も新しく住まわせることができるってことは、男女さんのお家ってお金持ちだったり?」

「い、いえ、一応ごく普通の一般家庭ですよ?」

 

 一般じゃないのは、ボクとか師匠とか、メルたちだけど。

 

 ボクは向こうで鍛えた結果、身体能力が異常になってるし、師匠は世界最強だし、メルたちは異世界人だし、可愛すぎるし……。

 

 でも、お金持ちかそうじゃないか、と聞かれれば……まあ、ボクがお金持ち、なのかな?

 

 一応、数千万という大金が口座にあるし。

 

 ……そのおかげで、みんなを養えてるんだけど。

 

「ああ、そう言えば、ミオ先生も男女さんの家に住んでいるんでしたね」

「そうですよ。……あれ? どうして、ししょ――ミオ先生の事を?」

「有名ですから、あの先生は」

「有名?」

「はい。高等部にすごく綺麗で、カッコいい女性の体育教師がいる、って話でして。初等部や中等部で働き始めた先生方からも、密かに人気があります。特に、女性の教師の方が」

「そ、そうなんですか?」

「そうなんです。何と言うか、サバサバしている上に、飾らない言動で人気があるとか」

 

 たしかに、師匠は飾らないよね、色々と。

 

 言葉遣いも、誰に対しても全く同じだし、敬語を使ったところなんて、学園見学会の時くらいな気がする。

 

 それ以外で使っていたことなんてあったかな? って言うくらいに、師匠は敬語を使わない。

 

 でも、師匠が綺麗でカッコいい、というところはすごく共感します。

 

 師匠、カッコいいもん。

 

 理不尽だけど。

 

「ところで、ミオ先生と男女さんってどういう関係で?」

「えーっと、ボクの師匠です」

「師匠というと、武術とか、何かの芸術とか?」

「そうですね。武術……と言えば武術、でしょうか?」

「ちょっと曖昧ですね」

「ま、まあ、ちょっとどう答えていいかわかりませんし」

 

 だって、暗殺技術とか、魔法とかだもん。

 

 平和な日本じゃ、絶対に習得することがないような物ばかり。というか、魔法とか存在していると思われてないもん。

 

 知っている人はいないこともないみたいだけど。

 

「なるほどー。武術の師匠なら、やっぱり、強いんですか?」

「それはもう、すごく……。むしろ、理不尽なまでに、強いです。多分、学園生全員が束になって挑んでも、瞬殺されます」

「…………え、冗談、ですよね?」

「……冗談みたいな人なんですよ、師匠って」

 

 だって、お酒が飲みたいから、なんていう理由で当時の歴代最強の魔王とか、神様を殺すくらいだもん。

 

 あの人以上に冗談のような人を、ボクは知りません。

 

「そ、そうなんですか。……でも、男女さんは慕っているんですね」

「ま、まあ、そうですね。あの人以上に理不尽な人は知りませんけど、あの人以上に頼りになる人もなかなかいませんよ。できれば、生活力を上げてほしい、っていう願いはありますけどね」

 

 むしろ、ボクが帰って来れたきっかけになったような人だしね。

 

 師匠がボクを弟子にしてくれなかったら、今頃こっちの世界には帰って来れてなかったと思うし、何より、道半ばで死んでしまっていたかもしれないしね。

 

「そう聞くと、ミオ先生はいい人なんですね」

「少なくとも悪人ではないですよ。かと言って、完全な善人かと言われると……ちょっと違うかもしれません。中立って言うんでしょうか。そんな感じです」

「でも、そういう人はなんだかんだで双方の意見も取り入れて考えてくれますからね、いいと思います」

「あはは、そうですね」

 

 小倉先生の言う通り、中立な人が一番信用できるかも。

 

 悪人は、自分のことしか考えない人が多かったり、善人の人は他人のこと……というより、それがいいことだと信じてやまない人が多い。

 

 反面、中立な人は、どちらに対しても理解があるので、時には悪い手段を使うこともあるけど、最終的には善行になる。

 

 師匠はそれに近いかも。

 

 どこまで行っても、平等な気がするもん。

 

『それでは、準備が整いましたので、ただ今よりバスケットボールとテニスの初戦を行います。出場する生徒は、各種目場所に集まってください』

「おっと、そろそろですね。じゃあ、私たちの方も準備しましょう」

「はい」

 

 始まりを告げるアナウンスが聞こえたボクたちは、いつでも怪我人が来ていいように、準備を始めた。

 

 ナース服であることを忘れそうになったけど……。




 どうも、九十九一です。
 正直、依桜以外のキャラの競技中の部分を書こうかどうか迷ってます。書いても書かなくてもどっちでもいいかなー、みたいな感じでしょうか。正直、体育祭とは違って、球技限定ですし、集団系種目なので、動かしにくいんですよねぇ。そもそも、運動自体好きじゃないですし、スポーツ観戦も嫌いですしね。というか、集団系競技が嫌い……。なので、書けないわけじゃないんですが、本格的に書くのは、最終種目だけになるかもしれません。
 読者様的に、書いてほしい、みたいな要望があればもちろん書きますが。
 例によって、二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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326件目 保健委員の仕事

 バスケットボール、及びテニスの初戦が終了した後、種目に参加したであろう子たちが何人か救護テントにやってきた。

 

 とりあえず、今はボクと小倉先生しかいないので、二人だけで手当てに当たる。

 

「どうしたの?」

『こ、転んじゃって……ひざを……』

 

 そう言いながら、男の子は怪我した場所を見せる。

 

 転んで擦り剥いちゃったらしく、砂が付き、血が滲んでいた。

 

「あらら、痛かったね。それじゃあ、手当てしちゃうね」

 

 とりあえず、砂を水で流して……消毒。

 

「ちょっと染みるけど、我慢してね?」

 

 ガーゼに消毒液を染み込ませて、傷口に当てる。

 

 男の子は痛そうに手をぎゅっと握る。うん、痛いよね、消毒する時って。

 

 ボクなんて、腹部に剣が刺さった時とか、師匠に大量のお酒(度数がすごく高い)を掛けられて、悶絶してたもん。

 

「はい、これで大丈夫だよ」

『ありがとう、お姉ちゃん』

「うん、じゃあ、この後も頑張ってね」

『うん!』

 

 笑顔でそう言うと、男の子は顔を赤くしながらも、グラウンドの方に駆けて行った。

 

 うーん? なんで顔を赤くしたんだろう?

 

 まあ、大したことじゃない、よね?

 

「次の人―」

 

 そう言うと、今度は女の子……って、

 

「あれ? 巴ちゃん?」

「あ、依桜お姉さん……」

「巴ちゃんはどうしたの?」

「あの、ボールが腕に当たっちゃって、痛くて……」

「そっか。じゃあ、ちょっと見せてね」

 

 そう言いいながら、優しく手を取る。

 

 確かに、前腕部分に、ちょっと青っぽくなってるところがあるね。

 

 見たところ、軽い打撲かな。

 

「巴ちゃん、この後試合はある?」

「な、ないです」

「よかった。じゃあ、氷を渡すから、怪我したところの周りを冷やして」

「は、はい」

「とりあえず、十分後くらいにテーピングしてあげるから、安静にね」

「わ、わかりました」

「うん。じゃあ、次の人―」

 

 と、ボクは救護テントに来た子たちの手当てをして行きました。

 意外と、怪我人が多いなぁ。

 

 

 そんなこんなで、怪我人の子たちを手当てして、誰もいなくなった頃、

 

「……イオおねーちゃん」

「スイ? どうしたの?」

 

 スイが救護テントに来た。

 

「……不覚を取った」

「え!? も、もしかして、怪我したの?」

「……ん。転んだ」

「じゃあ、怪我した場所を見せて? すぐ治すよ」

「……ここ」

 

 そう言って、スイは右膝と、左肘を見せて来た。

 

 あ、どっちも擦り傷になってる……。

 

 治さないと!

 

 急ぎ目でスイが怪我した場所を洗っていく。

 

 そして、

 

「『ヒール』」

 

 なるべく、小倉先生に聞こえないように、回復魔法を唱えた。

 

 妹の為なら自重もしません。

 まあ、別に普通の子供たちにも使ってもいいけど、誤魔化すのが大変だから……使うにしても、身内だけになるかな。

 

「はい、治ったよ」

「……おー、イオおねーちゃんすごい」

「ふふふ、この魔法はちょっとだけ得意だからね」

 

 多分、『武器生成魔法』の次くらいに。

 

 魔力量で効果が高まるっていうものだしね。

 

 擦り傷程度なら、一瞬で治せちゃうから。

 

「……イオおねーちゃん、ちょっとここにいて、いい?」

「今は、怪我した子たちがいないからいいよ。でも、人が来たら戻るんだよ?」

「……もち」

「うん。じゃあ、おいで」

 

 椅子に座って、両手を前に出しながらそう言うと、スイは嬉しそうにボクの膝の上に座った。

 

 スイは一番小さいからね。姉妹の中だと。

 

「……イオおねーちゃんのおっぱい、気持ちいい」

「そ、そっか」

 

 なんか、膝の上に座った途端、ボクの胸を枕にするかのようによりかかってきたんだけど。

 

 いや、全然いいんだけどね?

 

 ……うーん、メルたちみんな、ボクの胸がお気に入りらしいんだよね……そんなにいいのかな? これ。

 

「あら、男女さん、その娘って、例の妹さん?」

「あ、小倉先生。そうですよ、ボクの妹の一人の、スイです。七女ですね」

「……スイ。よろしくお願いします」

「ふふ、よろしくね。と言っても、私は初等部の保健の先生だし、怪我したり病気になったりしない限りは、あまり接点がないと思うけどね」

 

 そのほかだと、身体測定とかだよね。

 

 そう考えたら、保健の先生って、なかなか会わない人だよね。

 

 健康的な人なんて、学校に通っている間、一度も会わない、なんてこともあるかもしれないよね。身体測定などを抜きにした場合だけど。

 

「それにしても、男女さんの応急処置の手際、なかなかよかったですね。得意なんですか?」

「得意と言えば、得意ですね。よく、応急処置とかもしてましたし、慣れてますから」

 

 主に、向こうの世界で、だけどね。

 

 魔力がほとんどない時とか、まだ『回復魔法』が使えなかった時なんて、応急処置ができるようにしてたし。

 

 幸いだったのは、普段から応急処置をする道具を持っていたことかな、こっちの世界で。

 

 みんなが怪我した時とか、ボクが手当てしてたもん。

 

 そのおかげか、向こうの世界ではすぐに覚えられたよ。

 

 でも、こっち以上に怪我のレベルは酷かったけどね。骨折なんて最初の頃はよくあることだったし、剣で切られたり、槍で刺されたり、『火属性魔法』で火傷したり、『風属性魔法』で切り裂かれたり、『土属性魔法』で打撲したり、『雷属性魔法』で感電させられたり、挙句の果てには『毒耐性』を得るために、ひたすら毒を飲まされ続けたりしたからね……。

 

 それに比べたら……ふふふ……慣れたものですよ……。

 

「あの……男女さん? 目に、光がないんですけど……どうしたんですか?」

「あ、い、いえ、ちょっと、辛い過去を思い出しちゃって……」

 

 主に、地獄の三年間を……。

 

「そ、そうですか」

「……イオおねーちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ、一応……」

「でも、応急手当の手際がいいのは驚きでしたね。これなら、初等部の保健委員の子たちが来ても、大丈夫そうですね」

「ボクが教えられる範囲なら、教えられますしね。任せてください」

「頼もしいですね。……もういっそのこと、本当に保健の先生とか、小学校の先生とか目指してもいいと思いますよ」

「せ、先生ですか……」

 

 いいとは思うけど、やりたいかどうかはちょっと別かなぁ……。

 

 昨日、小学校の先生が向いてる、って小倉先生に言われたけど……どうなんだろう?

 

 子供は嫌いじゃないけど。

 

「ところで、スイちゃん、だったかな?」

「……ん」

「スイちゃんは、男女さんのどこが好きなんですか?」

「……全部。優しいし、わたしたちを助けてくれた。だから、大好き」

「随分と、慕われてるんですね?」

「ボクも嬉しいですけどね」

 

 ……でも、突然大好きって言われると、ちょっと気恥ずかしい……。

 

 しかも、スイって表情の変化がみんなよりも乏しかったりするから、本音で言っているのか、それとも冗談なのか判断しにくい時があるんだよね。

 

 でも、今回のは本音だと思います。

 

「でも、助けた、ですか。具体的に何を?」

「……監禁されたところを助けれた」

「え、か、監禁!?」

 

 あぁ……それ、こっちで言ったら大問題になることなんだけど……まあ、向こうのこととは明言してないし、大丈夫かと言われれば、グレーゾーンかなぁ……。

 

「……わたしだけじゃなくて、ニアたちも」

「ということは……男女さんの妹さんたちって、監禁されてるんですか、一度!?」

「ひ、一人は違いますけど、まあ、その……六人中五人は……」

「小さいのに、とんでもない経験してるんですね……」

「あ、あははは……」

 

 本当にね……。

 

 九歳と十歳という若さで、とんでもない経験してるよね、みんな。

 

 それを言ったら、十六歳で異世界に三年間いたんだけど。

 

「でも、男女さんが助けたんですか?」

「ま、まあ……」

「もしかして、犯人のところに乗り込んだ、とか?」

「…………一応」

「へ、へぇ~、男女さんって強いんですね」

「師匠が師匠ですので……」

 

 あの人に鍛えられたら、どんなに体が弱い人でも、一年で相当な強さになると思います。具体的には、格闘技で上位ランカーになれるくらいに。

 

「でも、男女さんってこう言っては何ですけど、あまり強そうに見えませんよね? どこからどう見ても、か弱い女の子って感じですし……」

 

 あー、そっか。

 

 現状、この学園でボクが元男だって知ってるのって、高等部の二年生三年生と、高等部に去年以降から勤めている先生方だけだもんね。

 

 初等部~高等部一年生までの人は、知らなくて当然だよね。

 

 うーん……まあ、別に小倉先生一人だったら、言っても問題ない、よね。

 

「実は、その……ボクって、去年の九月まで男だったんですよ」

「……え? それは、あの……心が?」

「いえ、肉体がです」

「トランスジェンダーのようなあれじゃなくて?」

「う、うーん、今はそういう感じになっちゃってますけど……事実です。えーっと……あ、これが男だった時のボクです」

 

 そう言って、ボクはスマホに保存されている写真を見せる。

 

「え、こ、これが、男女さん?」

「はい」

「……嘘、こんな可愛い男の子がいたの?」

 

 小倉先生はボクの写真を見て、驚きの表情を浮かべていた。

 ……やっぱり、男らしいとは思われない……。

 

「でも、え? 弟、とかじゃなくて?」

「ボクです」

「ほんとに?」

「本当です。ちょっと、体質が変でして、まあ……ある日突然女の子に」

「そ、そうなんですね……」

 

 体質、というのはあながち間違いとは言い切れないけどね……。

 

 呪いで変化しちゃったから、こうなってるわけだし。

 

 その後に、師匠の解呪の薬の調合ミスでボクの体はおかしなことになってるけど。

 

「不思議な体質があるんですね」

「あ、あはは……本当ですよね……」

「じゃあ、男女さんのその大きな胸も、その影響で?」

「そうですね。なぜか、大きくて……」

「まあ……大変そうですよね、それ」

「……運動する時って、痛いんですよ、揺れて」

「たしかに。痛そうです」

 

 小倉先生が、なんだか同情的な目を向けてくる。

 よく見れば、小倉先生もそこそこ大きいように見える。もしかして、苦労しているのかな?

 

「……イオおねーちゃん、痛いの?」

「うん、すごくね。ブラジャーをしているからまだマシだけど、ものによっては、ちょっとね……」

「……じゃあ、小さい方が、得?」

「うーん……人によるんじゃないかな? 人によっては、大きくしたいって思う人もいるし、小さい方がいい、っていう人もいるし」

「……なるほど。でも、わたしまだない」

「ふふ、スイはまだ子供だからね。多分、小学六年生くらいになったら膨らみ始めるんじゃないかな」

 

 わからないけど。

 

 ボク自身、その辺りは詳しくないからね。

 

 でも、女委は中学一年生の時から、服の上からでもわかるくらいに膨らんでいたような気がするから、あながち間違いじゃないんじゃないかな?

 

 もちろん、個人差はあると思うけどね。

 

「……わたしは、イオおねーちゃんみたいになりたい」

「え。いや、スイ? これは、結構生活する上で不便だよ? だって、狭いところなんて通れないし、胸がつっかえる時もあるし、運動の時は邪魔になるよ?」

「……でも、わたしさきゅ――」

「わー! それはダメ!」

 

 ボクはスイが言おうとしたことに反応し、素早く口を塞いだ。

 

「さきゅ?」

「あ、え、えっと、あの……さ、砂丘って言おうとしたんですよきっと!」

「と、突然ですね」

「お、覚えたての言葉だったので、言おうとしたんですよ!」

「そ、そうですね」

 

 はぁ、よかった……。

 

 さすがに、サキュバスだと暴露したら、いろんな意味で大変なことになるよ。

 

 よかった……。

 

「……あ、ごめんね、男女さん。ちょっと呼び出しがあったから、行ってきます。ここ、お願いしてもいいですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いします」

 

 そう言って、小倉先生がどこかへ行った。

 

「……ふぅ、スイ、こっちの世界には魔族とかいないんだから、無闇に自分がサキュバスだって言わないようにね?」

「……ん。反省」

 

 みんなは素直でいい子なんだけど、こっちでの常識はまだまだ完璧とは言えないから、その内教えたりしないと……。

 

「でも、どうして胸を大きくしたいの?」

「……わたし、サキュバスだから」

 

 ……あー、そう言えば、サキュバスの人たちって、みんな胸が大きかったっけ。

 

 なんでも、精気? っていうものを摂るために、大きい胸の方が効率がいいとかなんとか……。

 

 でも、精気っていうのを摂るのに、どうして胸が大きい方がいいんだろう?

 

 サキュバスの人たちって、最後までよくわからなかったんだよね。

 

 なぜか、ボクを見て驚愕していたし……。

 

「……イオおねーちゃん、綺麗なの」

「と、突然何?」

「……イオおねーちゃん、純粋。穢れを知らない。多分、サキュバスの天敵だった、かも」

「え、そうなの?」

「……ん。サキュバスは、魔族や人間に限らず、誰でも持っているはずの物を増幅させて倒す。でも、天敵がいる。それが、純粋な人。サキュバス、敵わない」

「そ、そうなんだ?」

 

 ちょっと、よくわからないけど……つまり、ボクは誰でも持っているはずのものがなかったから、倒されなかったってこと?

 

 じゃあ、驚愕していたのは、それがなかなかったから?

 

 ……でも、頬を染めてじーっと見つめられていたような……それも、熱っぽい視線で。

 

 やっぱり、サキュバスってよくわからない。

 

『すみません……』

「あ、怪我人の子かな? スイ、そろそろ戻ろっか」

「……ん。イオおねーちゃん、気持ちよかった」

「ふふ、そっか、それならよかったよ。じゃあ、あとで空き時間に行けたら、スイたちの所に行くよ」

「……嬉しい。それじゃあ、行く」

「うん、頑張ってね」

「……もち」

 

 最後にサムズアップをして、スイは戻っていった。

 

 そして、ボクは手当ての方に戻る。




 どうも、九十九一です。
 こういうイベントごとの際は、それぞれの妹たちと一対一での対話ができるからある意味やりやすい。できれば、球技大会中に全員との一対一はしたいところ。あまり、出番が多いとは言えませんしね、妹たち。
 今日は……ほぼ二話投稿は無理ですね。用事が入ってまして。まあ、この章に入ってから、二話投稿が減っちゃったわけですが。……と言っても、元々一話投稿がスタンダードなんですけどね、この小説。
 ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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327件目 サッカー初戦

※ サッカーコートの数を4から10に変更しました。競技時間の問題が出たためです。


 それからしばらくして、ボクの仕事は一度交代となり、同時にサッカーの方が行われるそうで、ボクは一度、高等部の生徒の校舎の方に戻ってました。

 

 あ、もちろん、着替えましたよ。

 と言っても『アイテムボックス』の中なんだけど……。

 

 あれ、持ち運び式の更衣室みたいな使い方ができるから、ある意味便利。

 だからと言って、毎度毎度使うわけにはいかないので、周りに人がいる時しか使わないけどね。

 

 高等部の方へ戻り、まずは試合の組み合わせを決めるためのくじ引き行うみたいです。

 

 各クラスの代表の生徒がくじを引いて、その組み合わせごとに試合を行う形。

 

 この時、くじには番号が書かれているんだけど、一つだけ何も書かれていないくじがあるらしく、それはシード的なものになるとか。

 

 ボクとしては、あまり目立ちたくないので、シードがいいなぁ……。

 

 なんて思いながら歩いていると、

 

「あ、桜ちゃん見っけ! 確保―!」

「んむっ!?」

 

 突然、誰かに抱きしめられた。すごくあったかいし、柔らかくていい匂いがするけど……。

 もぞもぞと動き、顔を上げると、

 

「あれ? 音緒さん?」

「うん、音緒だよ! こんにちは、桜ちゃん!」

 

 そこには、音緒さんがいた。

 

「音緒さん、突然抱きしめたらだめでしょう。まったく……それより、こんにちは、桜ちゃん」

「奈雪さんも。ということは……」

「やっはろー! どもども、莉奈ちゃんだぞ~。こんにちは、桜ちゃん!」

「莉奈さんも。きてくれたんですね」

「もちろんだよぉ。私たちから行くって言ったんだから、当然!」

 

 にこにこと笑顔を浮かべながら、そう言う音緒さん。

 奈雪さんと莉奈さんの二人も、頷いている。

 

「ちょっと遅れちゃったけど、桜ちゃんの出番はいつー?」

「ちょうど今から、出る種目の組み合わせを決めに行くところでして」

「ということは、ちょうどいいタイミングね」

「ラッキー! ナイスタイミング、私たち!」

 

 まあ、たしかにタイミングとしてはちょうどいいかも。

 あ、そうだ。

 

「あの、一応、ここでは桜って呼ぶのはやめていただけると……バレないとは思いますが、できればバレたくないもので……」

「あ、そうだよねぇ。桜ちゃん学生さんだもんね。それに、恥ずかしがりやみたいだもんね。じゃあ、何て呼べばいいのかなぁ?」

「あ、えっと、依桜でいいですよ」

「りょうかーい。じゃあ、私たちは、その辺で見てるねー」

「はい」

「グッドラック!」

「頑張ってねぇ」

「頑張って」

「ありがとうございます。楽しんでくださいね」

 

 そう言うと、三人とも笑って、歩き去っていった。

 

 

 というわけで、種目が行われるグラウンドへ移動。

 

 グラウンドは相当な広さなので、10コート作れた。いや、多くない? って思ったのは、割と普通なことだと思います。

 

 この学園、色々とおかしいんだもん。

 

 そもそも、途中から学園初等部と中等部を新設するくらいだもんね。

 

 まあ、うん。仕方ないと思います。

 

 ちなみに、男女五コートずつです。

 

 グラウンドに移動した直後、組み合わせが発表され、ボクのクラスはまさかの第一試合。

 

 相手は、三年七組で、その上女子サッカー部の人たちが何人かいるクラスでした。

 さらに言えば、ボクのクラスの方は、女子サッカー部の人はいません。

 

 傍から見たら、すごく不利なんだろうけど……う、うーん、ボクがいる時点で色々と不利がなくなりそうだよね、これ。

 

 いやまあ、あまり目立たないように、って言う理由でゴールキーパーなわけだけど。あと、胸が揺れたら痛いので。

 

 でもこれ、飛んでくるボールの位置によってはかなり動きそうな気が……。

 ま、まあ、大丈夫だよね。

 

 とりあえず、試合をするコートに移動し、整列。

 

『『『よろしくお願いします』』』

 

 軽く礼をしてから、それぞれのポジションについた。

 

 

 ピー! という笛の音が鳴り響き、試合が始まった。

 

 と言っても、ボクは基本的にゴールにいるだけなので、ほとんど見てるだけになるんだけど。

 

 あまり動かないから、目立たないし、胸が揺れなくていいね、ゴールキーパー。

 

 多少ボーっとしていても、動けるし、ボールだって目で追えるからほとんど問題ないね。楽です。

 

 こっちの世界の人が蹴ったボールは、師匠が放ってくる火の玉(直径五メートル)の速度に比べたらね……。あの大きさで、時速五百キロ以上の速さで投げて来るんだもん、師匠。しかもそれ、手加減した時って言う、絶望しかないレベルで。

 

 それに比べたら、マシなものです。

 

 なんて思ってるうちに、守備が抜かれ、相手クラスの人がこっちに迫ってきていた。

 

 あ、仕事しないと。

 

『女神に勝つ!』

 

 また、女神ですか……。

 

 いや、まあ……もう慣れたんだけどね……なんで、みんなボクの事を女神って呼ぶのかわからないです。

 

 ちょっと複雑な気持ちになっている間に、シュートが放たれた。

 多分、サッカー部の人かな? たしかに、普通の人よりも早いんだろうけど……

 

「っと!」

 

 キャッチ。

 

『と、止められた……』

『しかも、なんかすごい動きしていたような……』

 

 気のせいです。

 普通です。

 

『依桜ちゃん! ナイスキャッチ! そのまま向こうのゴールの方まで蹴れる!?』

「うん、できるよー!」

『じゃあ、お願い!』

「はーい!」

 

 向こうのゴールね。

 

 うん、この距離だったら全然問題ないね。

 

 ボクは持っていたボールを落とし、地面に落ちる寸前で蹴り飛ばした。

 

 そのボールは、放物線を描いた――わけではなく、ちょっと調整を間違えて、真っ直ぐ一直線に相手ゴールにまで飛んでいき……

 

『え、ちょ――きゃああああああああああ!?』

 

 ゴールネットに突き刺さりました。

 

 ……あ、あー……やっちゃったぁ……。

 

 一瞬遅れて、ピピー! という、笛の音が響いた。よく見たら、審判の先生が、すごくびっくりしてました。だ、だよね。

 

『依桜ちゃんすごい!』

『さすが依桜ちゃん!』

『カッコいい!』

「あ、あははははは……」

 

 もう、乾いた笑いしか出てこないです。

 

 

 冒頭からやらかしてしまったわけだけど、次からはちょっと自重し、慎重になりました。

 

 いや、だって……これ以上やったらかなり目立っちゃうもん……というか、絶対目立つよね? すでに目立ってそうだけど。

 

 さすがにそれは辛い。

 

 なので、ゴールキーパーに専念。

 

『やぁっ!』

 

 と、ゴールに入るギリギリの位置にボールが飛んでくれば、

 

「ふっ!」

 

 拳で弾き飛ばします。

 

 フェイントで、右に蹴ると見せかけて、左に蹴った時は、

 

「よいしょっ」

 

 フェイントを見極めていたボクが、蹴った瞬間に飛んでくるであろう位置に回り込み、ボールをキャッチ。

 

 そんなことを何度も繰り返していたら、次第に三年生の人たちが暗い表情になったきていました。

 

 いや、あの……すみません。

 

 内心謝りつつも、試合は進む。

 

 

 キャッチしたボールはさっきのように調整ミスが起こらないように、抑えてパスを出します。

 

 三年生で、尚且つサッカー部の人たちが中心となって動いているからか、なかなかゴールにボールが入らない。

 

 実際、この試合ではボクが最初に入れた点だけしか、両クラスともゴールを入れていない。

 

 なんか……すごく申し訳ないような……。

 

 まさか、入るとは思わなかったんだもん……。

 

 その後も、何度も三年生の人たちはゴールにボールを入れようとシュートしてくるのだけど、申し訳ないと思いつつも、全部止めていました。

 

『て、鉄壁すぎる……』

『というか、たまに動きが見えないんだけど……』

『これ、無理じゃない……?』

 

 って、暗い表情だったのが、さらに暗い表情になったりしてました。

 うん……本当に、ごめんなさい。

 

 

 そして、前半が終了した後、ボクのクラスのリーダーの人に言われました。

 

『依桜ちゃん、後半フォワードとして参加してみる?』

 

 って。

 

 ……ふぉ、フォワードですか……。

 

「あの、それをやったら、色々とまずい気がするんだけど……」

 

 ゴールキーパーですら、あれなのに……。

 

『うん、まあ、そうなんだけど……あそこ見て、あそこ』

 

 そう言ってリーダーの人が指さした先には、

 

「ねーさま頑張るのじゃー!」

「イオお姉さま、頑張るのです!」

 

 メルとクーナの二人がいました。

 

 あ、そっか、二人は今日種目がないから……。

 

 うん。

 

「やります」

 

 なら、やらないとね!

 

 

 ゴールキーパーからフォワードに変更。

 

『さ、さすがに、攻撃ならそこまでのはず……』

 

 って、三年生の人たちが言っているような気がするけど、妹が見ている以上、下手な物は見せられません。

 

 お姉ちゃんのいい所を見せたいのです、ボクだって。

 

 笛が鳴り響き、後半スタート。

 

 三年生のクラスの方から始まり、こちら側に来るんだけど……

 

「もらいますね」

『へ?』

 

 こちら側に入った直後、ボールを奪いました。

 なるべく、不自然じゃない速度でコート内を走る。

 

『も、戻って戻って! 女神を止めて!』

 

 そう叫ぶも、もう遅いです。

 

 途中、何人かボクのボールを奪おうとブロックしてきましたが、ボクに集中したのが悪かったですね、上がってきていたクラスメイトにパスを出した。

 

 ボクはそのまま走り、ゴール付近まで来たタイミングで、パスが出され、そのままボレーシュートを決めた。

 

 ここまで、約三分程度。

 

 うん。やりすぎた感じはあるけど……

 

「ねーさますごいのじゃ!」

「イオお姉様カッコいいのです!」

 

 二人がそう言ってくれるから、いいよね!

 

 

 それから、何度も点を入れ続け、最終的に、11対0という、ちょっと可愛そうになるくらいの点数差。

 

 思わず、暴走してしまった……すみません。

 

 

 試合終了直後、

 

『あ、男女さん!』

 

 不意に、柊先生に話しかけられました。

 

「はい、なんでしょうか?」

『さっきの試合を見ていたんだけど、うちの部に入らない!?』

「えっと、柊先生が顧問をしている部活って確か……」

『女子サッカー部ですよ』

「あ、やっぱり。……えっと、どうしてボクなんですか?」

 

 いやまあ、大体わかってるけど……

 

『さっきの男女さんの動き、すごかったから! あなたがいれば、大会で絶対勝てると思うの! だから、できれば入ってほしいなって』

「あー……えっと、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、ボク、妹たちの面倒を見たり、家事をしたりがありますので、部活は難しいですね……」

『そうですか……。じゃあ、気が向いたら、いつでも来てくださいね』

「はい、気が向きましたら」

 

 うぅ、なんだか心が痛い……。

 

 でも、みんなの方が心配だし、部活をしていたら未果たちと過ごす時間も減っちゃうし、さすがにそれは嫌だしね……。

 

 それに、メルはともかく、スイしかまだ見ていないけど、もしかすると身体能力的には、まだ低いままかもしれないし、ちょっと心配だしね。

 

 でもこれ、やっぱりやりすぎたよね……?

 

 終わった直後から、試合相手だった三年七組の人たちや、試合を見ていた人たち(女の子)から妙に熱っぽい視線が来ている気がするんだけど……何なんだろうね。

 

 次試合は、さすがに自重しよう……。




 どうも、九十九一です。
 やっぱり、スポーツ系は苦手です。私自身が興味ないというのも理由なんでしょうが、単純によく知らないからな気がします。うーん、ちょっとは見た方がいいかなぁ……。
 一応二話投稿を考えていますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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328件目 試合終了後

 初戦が終わった後は、次の試合が決まるまで休憩。

 

 コートを出ると、

 

「ねーさま!」

「イオお姉様!」

「わわっ」

 

 二人が抱き着いてきた。

 

 慣れたなぁ、なんだか。

 

 やっぱり、こうやって抱き着かれるのが日常的になると、ちょっとした癒しになりつつあるよ。普段から疲れるしね……。

 

「二人とも、応援ありがとう」

「本当は、ニアたちも来たがってのじゃが……」

「試合などが重なってしまったのです」

「いいよいいよ。同じ学園にいる以上、そう言うことの方が多いからね。でも、二人だけでも応援に来てくれたのは嬉しいよ」

 

 そう言って微笑みながら、二人の頭を撫でる。

 

 二人は目を細めて気持ちよさそうな表情を浮かべると、さらにぎゅっと抱き着いてきた。

 

 可愛い……。

 

「本当は、みんなの試合も見に行きたいんだけど、見ての通り、時間があまりなくてね……ごめんね?」

「いいのじゃ! ねーさまが来れないのなら、儂らで会いにくれば問題ないのじゃ!」

「そうなのです。ニアたちも、午後は見に行くと言っていたのです!」

「そっか……。ありがとう」

 

 本当に出来た娘たちだよ……。

 

 こうして、妹たちを見ていると、慕ってくれているって言うのは、胸があったかくなるね。血のつながりがなくても、全く問題ないというか、むしろ、ないからこそこうして温かくなるんだろうなって思う。

 

 可愛いしね、みんな。

 

「依桜、大活躍だったわね」

「あ、未果。見てたの?」

「もちろんよ。バスケとテニス、両方終わらせてきたわ」

「あ、そっか。未果ってずっとやってたんだっけ?」

 

 未果は、テニスとバスケの二つに参加してたんだもんね。

 

 でも、スケジュール結構ギリギリだったんじゃないかな?

 

 一応、同時にあったようなものだし……。

 

 ……どうやって参加したんだろう?

 

「そうよ。テニスは当たった相手が悪くて初戦で負けちゃったけどね。バスケの方はなんとか勝って、三回戦目まで行ったわ」

「そっか、おめでとう」

「そっちこそ。でも……まあ、依桜なら当然よね。身体能力、以上だもの」

「あ、あはは……」

「しかも、メルちゃんとクーナちゃんの応援で、ちょっと本気出したでしょ」

「うっ……わ、わかってた?」

「当然。まさか、メルちゃんたちのためだけに頑張るとはね……依桜、あなた、シスコンがどんどん重症化してないかしら?」

「し、シスコンじゃないよ!?」

「む? ねーさま、しすこん、とはなんじゃ?」

「私も知らないのです。どういうものなのですか?」

「うっ……」

 

 つ、伝えにくい……!

 

 みんなは、こっちの世界において戸籍上ボクの義理の妹となっているだけに、伝えにくい……! もちろん、ボクも本気で妹だと思ってるけど。

 

 でも、だからこそ、伝えにくいわけで……。

 

「それはね、妹が大好きで大好きでしょうがない人のことを言うのよ、メルちゃん、クーナちゃん」

「なんと!」

「ほ、ほんとなのですか!?」

「ま、まあ……二人のことは……というより、みんなのことは大好きだよ? 当然。でも、し、シスコンじゃない、と思うんだけど……」

「ほーう? まだ認めないと申すか。そもそも、柊先生にサッカー部に誘われていたわよね、あなた」

「う、うん」

 

 ……それも見てたんだね。

 

「断った理由は?」

「……みんなのお世話とか、家事とか? あと、まだみんながこっちに来て日が浅いから心配で……」

「過保護ね。……まさか、依桜にシスコンの一面があるとは思わなかったわ……」

 

 え、そ、そんなに過保護かな、ボク。

 普通だと思うんだけど……。

 

「まあいいけど。でも、二人の応援があったとはいえ、11対0はやりすぎでしょう」

「す、すみません……」

「ゴールから敵チームのゴールにボールを入れるわ、一度もボールを取られないでゴールに入れ続けるとか、以上だったわよ? 知ってる? 依桜。この球技大会ってね、各種目で有名な大学やら、プロのチームの監督、もしくはスカウトマンが来てたりするのよ?」

「え!?」

 

 なにそれ、初耳!

 

 そんな人たちが来てたの? なんで?

 

「その様子じゃ、知らなかったようね。……まあ、去年まではごく普通の男の娘だったし、その時はまだ、依桜は運動が苦手だったものね。仕方ないわ。でもね、さっきの試合、ものっすごい注目されてたわよ」

「ほ、ほんとに……?」

「ほんとほんと」

「でも、なんでこの学園に……?」

「……叡董学園って、部活動が盛んなのは知ってるわよね?」

「うん」

 

 一応強制ではないとはいえ、部活動に参加している生徒は多いしね。

 

 中には、よくわからない部活もあるんだけど。

 

「実際、うちって結構な強豪校なのよ。なんだかんだで設備はしっかりしてるし、自主性もあるしね。なんだったら、申請を出せば新しいトレーニング器具とか購入できるし」

 

 あ、あー……たしかに、学園長先生だったら、それぐらいできそうだよね……。

 

 あの人の財力って異常だもん。

 

 少なくとも、一介の高校生の口座に一億円を一括で振り込みできるくらいには。

 

 それを考えたら、新しいトレーニング器具を購入するくらいわけないんだろうなぁ……あの人。

 

「それでまあ、そこが目当てで入ってくる中学生も多いわけよ。で、今はほら、初等部と中等部が新設されたでしょ? だから余計。割と有名だしね、この学園は。それでまあ、強豪で、尚且つ有名なこの学園に、スカウトマンやら、大学の各スポーツの監督やらが見に来るわけよ。有望そうな人を探しにね」

「な、なるほど……」

 

 概ね理解した。

 

 でも……未果の言っていることに、メルとクーナの二人はわかっていないみたい。

 

 まあ、うん。そうだよね。ニアたちよりも先にこの世界来たとはいえ、メルは三月に来たばかりだし、ニアたちに至っては、つい最近だもんね。

 

 それに、大学だってよく知らないと思うし、スポーツもそう。

 

 だから、理解できない方が自然だよね。

 

 その内、教えておこうかな、将来的なことも見据えて。

 

「それで、教師の人に、あの少女は誰だ! ってものすごい勢いで尋ねていたわよ? ほんと、しっかりしているようで、抜けているわよね、依桜は」

 

 呆れ笑いを浮かべる未果。

 

 ぬ、抜けてる……。た、たしかに、ちょっとは自覚あるけど……でも、普通はスカウトが来てるとは思わないもん。

 

「幸いというか、対応していたのは戸隠先生だったから、なんとか誤魔化していたけど、この後も試合があると思うと、結構面倒かも?」

「うっ……」

 

 それは……たしかに、ちょっと嫌だ。

 

 だって、ボクはスポーツの選手とかになるつもりないしね……。

 仮になった場合、相当注目を集めちゃうと思うし、無理無理。

 

「ま、自業自得よね」

「……はぁ」

 

 たしかに、自業自得とはいえ、二人が見ていたんだもん。カッコ悪いところなんて見せられないよ。

 

 そう考えたら……まあ、うん。後悔はない……です。

 

「そう言えば、女委は?」

 

 たしか、卓球の方ももうそろそろ初戦が終わるはずなんだけど……

 

「女委なら……ほら、あそこ」

「え? ……あ、納得」

 

 未果が指差した先には、なにやら大興奮で莉奈さんたちと話している女委がいた。

 

 もしかしたら、迷惑そうにしているかも、と思ったら、莉奈さんたちもなぜか楽しそうに……テンションが高そうに話している。

 

 一体、何を話しているんだろう……?

 

 と思っていたら、四人がこっちに来た。

 

「いやー、依桜君ナイス!」

「え、急に何?」

「まさか、依桜ちゃんが『謎穴やおい』先生のお友達だとは思わなかったよー。おかげで、会話が弾む弾む」

「うんうん。私もびっくりだったよぉ。でも、こっちのお願いごとを聞いてもらえてラッキーだったよ!」

「私も。おかげで、素晴らしいものが手に入りそう」

 

 あれ、もしかしてこの三人って……

 

「あの、もしかして、女委のファンなんですか?」

「「「うん」」」

 

 すごくいい笑顔で頷いていた。

 

 え、ほんとに?

 

 ……そう言えば、美羽さんもそうだったような……って、

 

「あれ? そう言えば、美羽さんは……」

 

 美羽さんがいない。

 たしか、美羽さんも来るみたいなこと言ってたと思うんだけど……。

 

「美羽ちゃんなら、依桜ちゃんのお友達の男の子の試合を見に行ってたよ~。たしか、晶君、だったかな?」

「そうなんですね」

 

 なんだかんだで見に行ってるんだ。

 

「多分そろそろ……」

「依桜ちゃ~ん!」

「おでましね」

「依桜ちゃん!」

「うわわっ!? み、美羽さん、いきなり抱き着かないでくださいよぉ!」

「ふふふー。そこに依桜ちゃんがいるのなら、抱き着くのは当たり前!」

 

 恥ずかしげもなく、堂々と言えるのは、素直にすごいと思います、美羽さん……。

 

「ねーさま、そこの四人は誰なのじゃ?」

「私も気になるのです」

「あ、ごめんね。えっと、こっちの人はメルはゲームの中で会ってると思うけど、美羽さんだよ」

「ほう! あの優しそうで、どことなく危ない何かを抱えていそうなお姉さんが、美羽なんじゃな!」

「「「ぶふっ!」」」

 

 メルがそう言った瞬間、莉奈さんたちが、なぜか噴き出した。

 

「め、メルちゃん!? わ、私、別に危ないものなんて抱えてないよ!?」

「む、そうかの? 時折、ねーさまを見る目が危ないような気がしたんじゃが……」

「き、気のせい! 気のせいだよ、メルちゃん!」

 

 慌てて否定する美羽さん。

 

 なんで、そんなに慌ててるんだろうと、首をかしげる。

 

 未果と女委を見れば、二人して『あー……納得』みたいな顔をしている。

 

「き、気を取り直して、そっちにいる黒髪セミロングの人が莉奈さんで、右隣の茶髪でハーフアップの人が音緒さん、左隣にいる眼鏡をかけて、黒髪三つ編みの人が奈雪さんだよ」

「男女ティリメルじゃ! よろしくなのじゃ!」

「男女クーナなのです。よろしくお願いしします!」

 

 二人そろって、ぺこりとお辞儀する。

 うん、礼儀正しくて偉いね。

 

「依桜ちゃんって、妹さんがいたんだねー」

「二人ともすっごく可愛い!」

「……たしかに。これは反則ね」

 

 莉奈さんたちは、メルとクーナの二人を見て、頬を緩ませている。

 

 可愛いからね!

 

「あれ? 依桜ちゃん、クーナちゃんって娘、以前見かけなかったんだけど……どうしたの?」

「実はですね、ゴールデンウイーク中に、五人ほど妹が増えまして……」

「え」

「海外にいる親戚の娘たちなんですけど、わけあって今はボクの家族です。もちろん、戸籍上でも。とはいえ、みんな可愛いですし、大切に思ってますけどね」

「あ。そ、そうなんだ……まさか、妹が増えてるなんて、夢にも思わなかったよ」

 

 そこはボクも思ってます。

 

 異世界へ行ったら、妹が増えることになったんだもんね。

 

 普通は予想できないよ。

 

「依桜ちゃん依桜ちゃん」

「はい、なんですか、莉奈さん?」

「えーっと、依桜ちゃんって何人姉妹?」

「ボクを含めたら、七人ですね」

「「「「すごっ!?」」」

 

 より正確に言えば、七人兄妹なんだけど……まあ、今のボクはある程度受け入れちゃってるしね……女の子でいることを。

 

 それに、すでにお姉ちゃんであることを自覚しちゃってるし。

 

 さらに言えば、莉奈さんたちはボクが男だったって知らないもんね。

 言っても問題ないと言えばないけど……今はやめておこう。

 

「え、依桜ちゃんのお家って、お金持ちなの!?」

「い、いえ、一応ごく普通の家庭ですよ?」

「普通なのに……七人姉妹?」

「ひょっとして、貧乏だったりー……?」

「そんなことはないですよ。幸い、ボクにもちょっとした稼ぎがありまして……それで妹たちは養っていますよ」

「「「……」」」

 

 あ、あれ? なんか、微妙な表情をしているような……?

 

(((依桜ちゃんって……もしかして、もうすでにとんでもないお仕事を!?)))

 

 うん? 今、微妙に違うことを思われたような……気のせいかな?

 

「そう言えば依桜、最近引っ越したのよね?」

 

 不意に、未果がそう尋ねて来た。

 どうしたんだろう?

 

「うん」

「前の家ってどうなったの?」

「あ、うん。持ってるよ」

「………………待って。持ってるって、何?」

「えっと、まあ、ちょっと色々あって……今はボクの所有物、ということになってます」

「……ということは、依桜君って、家持ってるの? 個人で?」

「まあ……そうなる、かな。うん」

 

 一応、名義はボクになってるし……。

 

 まさか、高校二年生で家を持つことになるとは思ってなかったけどね。

 

「え、依桜ちゃんって家持ってるの?」

「と言っても、二日前なんですけどね」

「そ、そうなんだ」

「……依桜ちゃんって、やっぱり相当なお金持ちなのかなぁ?」

「え、えーっと……」

 

 実質的な話を言えば、ボクの残り残高、未だに数千万だから……個人で、それも高校生が持つ金額にしては相当だよね……。

 

「……依桜、一応聞くんだけど、今の残り残高って、いくら」

「…………たしか、五千万くらい?」

「「「「――ッ!?」」」」

 

 ボクが残り残高を言うと、美羽さんたちが声にならないくらいに、驚いていました。

 うん、だよね……。

 

「待って? 依桜ちゃんってどんなお仕事をしてるのー?」

「ちょ、ちょっとした実験のお手伝い……ですよ?」

 

 あながち間違いじゃないよね。

 だって、実験みたいなものだもん。

 

「実験のお手伝いをしただけで、それだけ貯まる……依桜ちゃん、すごいのね」

「い、いえ、たまたまこうなっただけで、ほとんど成り行きで……それに、このお金は妹たちにしか使ってませんよ、ほとんど。自分のために使うのは稀です」

「そ、そうなんだぁ……。なんだか、私よりもお金持ってて、すごく負けた気分だよぉ……」

「音緒さん、依桜君のやることなすことすべてに落ち込んでたら、疲れちゃうぞ? 依桜君、色々とおかしいもん」

「め、女委、それは酷くない……?」

「事実でしょ、少なくとも」

 

 未果からの切り替えし。

 ……普通に生活してるだけなんだけどなぁ……。

 

「依桜君はトラブルホイホイだからねぇ。知らない間に、何かに巻き込まれてるしね」

「……あ、だから依桜ちゃん収録の時に、絶妙なタイミングでいたんだねー。納得だー」

「偶然じゃなくて、必然だったわけだねぇ! 依桜ちゃんすごい!」

「面白い体質ね」

「ということは、依桜ちゃんが私と出会ったのも、必然だったんだね! 運命を感じちゃうよ!」

「そ、そういうのじゃない、と思いますけど……」

 

 幸運値のこともあるから、一概に否定できない……。

 

 ただ、トラブルホイホイと言うのだけは、本当にやめてほしい……。

 

 この後も、次の試合が始まるまで、色々と話しました。

 

 その過程で、莉奈さんたちの中では、ボクがおかしなことになっているらしいんだけど……それをボクは知らない。




 どうも、九十九一です。
 最近、なかなか二話投稿ができない……。別にしなくても問題はないんでしょうけど、なんとなくそんな気分です。書くのは好きですしね。楽しいですし。中身、割と適当ですが……。
 例によって、二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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329件目 声優たちの依桜ちゃん談義

 あの後と言えば、初戦がしばらく続き、お昼になりました。

 

 一度保健委員の仕事をしたり、晶たちの所へ行ったりしているうちに、気が付けばお昼に。

 

 食べる場所は伝えてあるんだけど、ちょっと心配だし迎えに行こうかな。

 

 あ、その前に。

 

「えっと、美羽さんたちってお昼持ってきてませんよね?」

「うん、依桜ちゃんに言われたからね」

 

 美羽さんがそう返答すると、莉奈さんたちも不思議そうな表情を浮かべながらも、頷いた。

 

「それで、どうしてお昼はいらないって言ったの?」

「あ、はい。どうせなら、お弁当を作ってこようかなと思って、みなさんの分のお弁当も用意したんですよ。もちろん、いらなかったら――」

「「「「いります!」」」」

「そ、そうですか。よかったです……」

 

 食い気味に言われたけど、普通に安心したよ。

 これでもし、いらないとか言われたらちょっと落ち込んじゃってたかもしれないし。

 

「依桜ちゃんの手料理かぁ……CFOで食べたけど、リアルでは初めて!」

「あ、そう言えばそうですね。腕によりをかけましたので、期待していいですよー」

 

 一応、バレンタインにチョコレートをもらってはいるけど、あれを手料理と言っていいのか微妙なところなので、ちょっと割愛。

 

 でも、手作りには変わりなかったんだけどね。

 

「うん!」

「じゃあ、ボクはちょっとメルたちを迎えに行ってきますね。向こうに、芝生がありますのでそこで待っていてください」

「了解だよー」

「じゃあ、行ってきますね」

 

 そう言って、ボクは初等部の方へ小走りで駆けていった。

 

 

 依桜ちゃんが行った後、私たちは依桜ちゃんが指定した芝生に向かいつつ、軽く話していた。

 

「いやー、お昼は用意しなくて大丈夫、って今朝言われたから何事かと思ったけど……まさか、お弁当とはね~」

「うんうん! 依桜ちゃんすっごく家庭的!」

「たしかに。しかもあの様子だと、妹さんたちの分も作っているわけよね?」

「依桜ちゃん、すごいもん。多分『六人も九人も、大して差はないよね!』とか思ってそうだしね」

 

 依桜ちゃんだもん。

 

 大抵のことはそつなくこなせるすごい女の子。

 

 まあ、実際はTSした元男の娘なんだけどね。

 

 その事実を、莉奈さんたちは知らない。

 

「ところで、美羽さんって依桜ちゃんの手料理を食べたことあるような口ぶりだったけど、食べたことあるのぉ?」

「あ、うん。CFOってあるじゃないですか」

「たしか、美羽さんがイメージキャラクターをやってる、話題のフルダイブ型VRMMOゲームよね?」

「そうそう。それでね、私、依桜ちゃんと向こうでもフレンドさんなんだけど、向こうで再会した時に、料理を作ってもらってね。と言っても、スイーツだったんだけど……すっごく美味しかったの!」

「そうなんだぁ。でもでも、ゲームの中なんでしょ? それって、ゲームの中だから美味しいんじゃないのかなぁ?」

「ううん。CFOの料理ってね、現実で作れるものしか作れない、みたいなところがあってね。さらに言うと、味も現実で作るのと同じだそうで……つまり、CFO内で依桜ちゃんが作る料理は、現実と同じということ」

「……美味しい、ってこと?」

「うん、そうだよ」

 

 奈雪さんの言葉を肯定すると、莉奈さんたちはそろって頬が緩んだ表情を見せた。

 

「ちなみにだけど、依桜ちゃんって、家事万能らしいよ? 炊事洗濯、掃除、なんでもござれ! みたいな感じ」

「な、なんという女子力―……」

「近年稀に見る家庭的美少女だねぇ」

「高校生なのに、それって……すごいとしか言えない」

「私も驚いたよ」

 

 まさか、あの時であった女の子と、こんな関係になってるとも思わないし、その女の子がものすごく家庭的だったりして、さらに驚き。

 

 あそこまでエプロンが似合う女の子もなかなかいないんじゃないかなぁ。

 ……それでも、元男の娘なわけだけど。

 

「ここまでくると、依桜ちゃんが何者なのか気になるね~。何でもできる完璧美少女! って感じだしー」

「完璧じゃないですよ、って依桜ちゃん言うんだよね」

「ふーん? もしかして、苦手な物とか?」

「なんでも、『お化けだけはダメです! 怖いです! 無理なんですぅっ!』だそうで」

 

 初めての収録の時に、依桜ちゃんに聞いてたり。

 その時と言えば、本当に萌え死ぬかと思ったよ。

 

「あ~んなに可愛くて、家庭的で、すごく優しくて、才能の塊のような依桜ちゃんが、お化けが怖い……いやぁ、絵に描いたような、完璧美少女っぷりだねー! 莉奈ちゃんびっくり!」

「私もですねぇ。依桜ちゃん、可愛すぎるんですもん。抱き心地も最高でしたぁ」

「……気になる。依桜ちゃんの抱き心地」

「ふふふー、最高ですよ? あと、かなり特殊な話なんですけど……聞きます?」

「「「聞きたい!」」」

「わかりました。でも、依桜ちゃんに一応訊いてみますね?」

 

 さすがに、何も言わずに教えるのは、依桜ちゃんに失礼だし、何かと問題になりそうだしね。怒らないとは思うけど、それでも親しき中にも礼儀あり! だね。

 

 というわけで、LINNで連絡。

 

『依桜ちゃん、依桜ちゃん! 莉奈さんたちに、依桜ちゃんの体質のこと言ってもいいかな?』

『体質って言うと……小さくなったり、っていうあれですか?』

『そうそう! もちろん、秘密にしてもらうよう言うから』

『はい、いいですよ。莉奈さんたちになら大丈夫そうですしね。それに、なんだかんだで今後も何かで関わりそうな気がしてますし』

『そっかそっか! じゃあ、伝えておくね! あ、いっそのこと、元男の娘って言うのも伝えちゃう?』

『……うーん、一応そう言う不思議体質、っていうことを説明する上で避けて通れない話題な気がしますし……そうですね。言っておいていただけると嬉しいです。それに、別段秘密にしている話題でもありませんしね。変に注目とか浴びないように、っていう理由で知らない人には言っていないだけなので』

『そっかそっか。まあそうだよね』

 

 依桜ちゃんのように、ある日突然性別が! みたいなこと、現実じゃあり得ないしね。万が一、下手に広まっちゃうと、是非研究を! みたいな、いかにもヤバそうな人たちに言われそうだからね。

 

 そう考えると、なるべく言わないように、って言うのは大事だよね。

 

『じゃあ、一応言っておくね』

『はい。本来ならボクから言うべきなんでしょうけど……』

『大丈夫大丈夫! 莉奈さんたちはいい人だから、問題ないよ! 気にしないで、メルちゃんたちを迎えに行ってね!』

『ありがとうございます』

『うん。じゃあ、後でねー』

 

 最後にスタンプを送って、会話終了。

 前向きな方で助かった。

 

「許可が下りたので、話します。……でも、結構ぶっ飛んでるあれこれなので、絶対に秘密にね?」

 

 そう言うと、莉奈さんたちはこくりと頷く。

 

 表情はどことなく楽しそう。

 

 普段、どちらかと言えば硬い奈雪さんも、ちょっと楽しそう。

 

「えーっとね、実を言うと、銀髪碧眼で、超絶美少女で、まさに女神様のような性格の依桜ちゃんなんだけど……元男の娘です」

「「「………………うん?」」」

「去年の九月ごろに、朝起きたらあの姿になっちゃったらしくて、それ以来女の子で過ごしてるの」

「「「……」」」

「あれ? 大丈夫ですか?」

「大丈夫……と言えば大丈夫だけどー……え、ほんとにー? ほんとに、依桜ちゃんって元男の娘―?」

「はい。えっと……あ、あったあった。女委ちゃんに送ってもらった、依桜ちゃんが依桜君だった時の写真」

 

 もらっておいてよかった!

 

 個人的に、好みにドストライクだったので、永久保存してます。

 

 可愛すぎるのがいけない。

 

「これ、男の子なのぉ?」

「男の娘ですね」

「妹や姉、というわけではなく?」

「正真正銘、依桜ちゃんです」

「わ~お、びっくりー! ということは、依桜ちゃんってリアルTSさんということかー!」

「そうだね」

 

 まさか、現実にTSした人がいるとは思わなかったけどね!

 

 とりあえず、異世界や依桜ちゃんの素性のあれこれについては伏せておくから、原因はわからない、ということになるんだけど。

 

「それから、さらに面白いお話」

「TSさんということ以上面白いことって……あるの?」

「うん。依桜ちゃんってね、不思議な体質をしてて、不定期で体が変わるの」

 

 そう言うと、莉奈さんたちは揃って疑問符を頭の上に浮かべた。

 知らないとそうだよね。

 

「バリエーション豊かで、小学四年生くらいの幼女状態に、小学一年生くらいの姿に狼の耳の尻尾が生えた、ケモロリ姿と、通常時に狼の耳と尻尾が生えたけもっ娘姿と、二十代くらいの姿になる大人バージョンもあるよ」

「「「え、えぇぇぇ……」」」

 

 さすがに、この情報には絶句していた。

 

 うん、その気持ちはわかります。

 

 でもね、

 

「ここだけの話、依桜ちゃんの耳と尻尾は……すっごくもっふもふで、すっごく触り心地がいいの! さらに、けもっ娘状態だと、抱きしめるとちょうどすっぽり収まるサイズだからなお良し! 最高です!」

「「「なんっ、だとっ……」」」

「ちなみに、これがその時の動画です」

 

 写真ではなく、なぜ動画かと言えば、私が一人で楽しむためです。

 

 なにせ、けもっ娘美幼女がもじもじとしながらちょっと潤んだ瞳で、さらに上目遣いで見てくる姿なんですよ? 絶対見ちゃいますって。

 

 可愛すぎる依桜ちゃん。

 そして、そんな姿を見た莉奈さんたちはというと……

 

「「「……( ˘ω˘ )」」」

 

 浄化されたような純度100%の微笑みを浮かべていた。

 

 さすが、天使です!

 

 どんなに欲があっても、すぐさま浄化してしまうなんて……映像でこれなら、リアルだとどうなるんだろうなぁ。

 

「これが、けもっ娘依桜ちゃんー……」

「可愛すぎますよぉ」

「なんだか、庇護欲がすごい……」

「ちなみに、こっちがロリモードで、こっちがけもっ娘モード。そして、これが大人モードです」

「「「お、大人モード……エロい」」」

 

 わかります、その気持ち。

 

 依桜ちゃんの大人モードって、本当にエッチなんですよね。

 

 あふれ出る色気が留まることを知らず、常時あふれ出続けるというすごさ。

 

 女の私でも、これにはドキドキしちゃう。

 

「でも、これで性知識0」

「「「え!?」」」

「女委ちゃんから訊いたんだけど、依桜ちゃんって、赤ちゃんはキスでできると本気で思い込んでるようで……」

「「「何それ、可愛い……」」」

「さらに、そういう知識を教えると、顔を真っ赤にして気絶するとのことでもあります」

「「「……ピュアっピュア!」」」

「そうなんです。依桜ちゃんって、びっくりするくらいピュアなんです」

 

 これには、私もびっくり。そして同時に……自分が汚れている気がして、すごく、負けた気分になりました。

 

「さらに――」

 

 という風に、依桜ちゃん談義が花を咲かせ、依桜ちゃんが戻ってくる頃にはさらにヒートアップしていて、依桜ちゃんが小首を傾げていました。

 

 キュンとした。




 どうも、九十九一です。
 なんだかんだで、初めて美羽視点を書いたかもしれません。今までキャラとしては出てましたが、一度も視点は書かれてませんでしたしね。ただ……微妙に、モノローグが依桜に似ていたような気がしてなりません。口調も、ちょっと似てますしね、あの二人。まあ、仕方ないということで。
 例によって、二話投稿を考えていますが、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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330件目 初日の昼休み

※ ちょっとしたお知らせがあります。詳細はあとがきで。


 メルたちを迎えに行って戻ってくると、なぜか美羽さんたちが話に花を咲かせていた。

 

 何だろうと首をかしげると、なぜか撃ち抜かれたように胸を押さえていたのが気になった。

 

 どうしたんだろう?

 

 ちなみに、軽くみんなには自己紹介をしてもらってます。

 

 すると、可愛さにやられたのか、みなさん頬を緩ませていたので、ちょっと嬉しくなった。可愛いからね。

 

 それから、未果たちは、各家のご家族の人たちと食べるとのことです。態徒だけは……なんかちょっと違っていたような気がするけど。

 

 それはともかくとして、お昼時。

 

 いつもの気分で『アイテムボックス』から、お弁当を取り出す。

 

「……あれー? 依桜ちゃん、今その大きなお弁当箱、どこから出したのー?」

 

 あ。しまった。

 

 つい、『アイテムボックス』を……。

 

 お弁当のようなものを保存しておく上で、クーラーボックスなどよりもいいという理由で使ってたけど……ナチュラルに人前で使ってしまった……。

 

 幸いなのは、莉奈さんたちしか見ていなかったことかな……。

 

「あ、え、えっと……て、手品です! ボク手品が得意なので!」

「そうなんだぁ。じゃあ、何かやってぇ」

 

 ……墓穴掘ったような……。

 

 で、でも、手品で通用するのなら、魔法をちょっと使っても問題ない……よね?

 

 だけど……さすがに、こういった場で魔法を使うって言うのはどうなんだろう?

 

 こっちの世界には魔法っていう概念がないから、手品の一言で誤魔化せると思うけど……。

 

 すっごくキラキラした目で見てる……。

 

 し、仕方ない、よね。うん。

 

「イオお姉ちゃん、手品、ってなんですか?」

 

 と、ここで、手品について知らない異世界組のニアが尋ねて来た。

 

 向こうじゃ、意味のないことだもんね、手品って。

 

 本当の意味で、種も仕掛けもございません、っていうものだし。魔法だから。

 

「えーっとね、手品って言うのは、絶対にバレないように種か仕掛けを使って、通常じゃあり得ないことをするもののことだよ」

 

 ざっくりだけど。

 そもそも、ボクも手品ってよく知らないから、あってるかどうかは不明だけどね。

 

「見て、みたいで、す……!」

「ぼくも!」

 

 見れば、みんなも見たがっている。

 

 え、いや、あの……みんなからしたら、すごく馴染み深い魔法のことなんですけど……ま、まあ、いいよね。うん。

 

「じゃ、じゃあ、やりますね。えーっと、ボクの右手をご覧ください」

 

 そう言って、ボクは右手を開き、手の平を空に向ける。

 

「1、2……3!」

 

 と、数字を数え、三の数字と共に、ボクは手の平に光る球を生み出した。

 

「「「え!?」」」

 

 さすがに、いきなり光の球が出てきたことに、莉奈さんたちは驚いている。

 

 でも、美羽さんは苦笑いしてて、メルたちはちょっと小首を傾げてる。

 

 うん。まあ、魔法だしね……。

 

「光の球を増やしますね」

 

 そう言って、ボクはさらに球を増やし、手の平でくるくると回転させる。

 

「「「おおー……」」」

 

 目の前の光景に、感嘆の声を漏らす。

 

 なんだか、ちょっと気分がよくなってきたので、何かをしてみよう。

 

 うーん……あ、この光の球に『変色』って使えるのかな? ちょっと試してみよう。

 

 試しで使ってみたら……

 

「うわぁ、色が変わったよぉ!」

「綺麗だね~」

「依桜ちゃんって、すごいのね」

 

 本当に色が変わった。

 

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と、虹色にしてみた。

 

 くるくると回転すると、本当の虹みたいになっている。

 

 うん、結構いい感じだけど……これ、暗いところでやった方がもっと綺麗な気がする。

 

 まあ、今はお昼だしね。仕方ないね。

 

「依桜ちゃん、依桜ちゃん! 他には何があるのかなぁ?」

「え、ほ、他ですか? え、えーっと……」

 

 どうしよう。

 

 他って言っても、ボクが使える魔法って、『風魔法』とか『武器生成魔法』くらいだよ? あとは、『アイテムボックス』だけだし……。

 

 一応『アイテムボックス』を使ったことを、スキー教室でやってはいるけど、あれって反則だし……。

 

 でも……

 

「「「……(期待の眼差し)」」」

 

 うぅ、すっごくキラキラした目をしてるよぉ……。

 

 これ、やらないとダメ、だよね……?

 

 ……はぁ、仕方ない。

 

「じゃあ、ちょうどポケットに入ってた袋を使って物を取り出します」

 

 まあ、この袋もポケットから出したように見せかけて、実際は『アイテムボックス』で生成したものなんだけど……言わなくてもいいよね。

 

 うーん、何を出そうかな……。

 

 あまり高価なものは出すと怪しまれるし……とりあえず、市販のお菓子でいいかな。

 

「はい、たけのこの畑です」

「ちょっと待ってぇ!? 依桜ちゃん、今どうやってやったのぉ!?」

 

 ボクが袋からたけのこの畑を出した瞬間、音緒さんが目を見開いてそう尋ねて来た。

 

 いや、うん……。

 

「あ、あはは……て、手品は種と仕掛けがわからないからこそ面白いんですよ」

 

 種も仕掛けもないんだけどね……。

 

 なんだか手品と言いつつ、魔法を使っているだけだからすごく申し訳ないけど……わからないし、大丈夫――

 

「ねーさま。なぜ、魔法を使っているのじゃ?」

 

 じゃなかった……。

 

 ボクがしていたことに対して、メルが不思議そうに言ってきた。

 

 メルが放った言葉に、莉奈さんたちはポカーンとしていた。

 

 ちなみに、美羽さんはあっちゃー、みたいに手を額に当てて天を仰いでいる。

 

「い、依桜ちゃん、魔法ってどういうことかなー……?」

「あ、え、えっと、そのぉ……」

 

 ど、どうしよう!

 

 さすがに、この展開は予想外だよぉ!

 

 幸いなのは、ボクたちの周囲にはなぜか人がいないこと。

 

 なんというか、避けられているような気がしてならない。

 

 でも、かえってそれが今の状況にはありがたいよ……。

 

 ……うぅ、あの時莉奈さんたちの前で『アイテムボックス』を使わなければこんなことには……ボクの馬鹿!

 

 頼みの綱の未果たちはいないし、どうすれば……。

 

「依桜ちゃん、これ、誤魔化し効かないんじゃないかな」

「…………はぁ、そうですね。できれば、こっちの方は伏せたかったんですけど……」

 

 美羽さんの言う通り、これはもう、誤魔化せない。

 

「正直に言います。ボク……魔法が使えるんですよ」

「「「( ゚д゚)」」」

「さっきの光の球も、魔法です」

「……じゃ、じゃあ、たけのこの畑はぁ?」

「あれも、魔法です……」

 

 何とも言えない空気が漂った。

 

 うぅ……できれば言いたくなかったのに……。

 

 まさか、こうなるなんてぇ……。

 

 もう、まともに接することは――

 

「すっごーいー!」

「……ふぇ?」

「依桜ちゃん、魔法使いだったんだねー!」

「うんうん、可愛い上に魔法使い! すごいねぇ!」

「驚きだわ。魔法があるなんて」

「あ、あれ? えっと、あの……へ、変に思わないんですか……?」

「なんでー?」

「だ、だって、人とは違いますし……」

 

 身体能力とかもね……。

 

「ふふふー、依桜ちゃんやー。美少女魔法使いって、すっごくいいものなんだよー! なんで、そんな人を変に思うのかなー? 可愛ければいいんだよー」

「莉奈さんの言う通りですよぉ。依桜ちゃん可愛いですもんねぇ。魔法が使えても不思議じゃないというかぁ」

「依桜ちゃんだし、今更かと」

「そ、そうですか」

 

 ……なんだろう。ボクの周りって、いい人しかいないよね……。

 

 ある意味、そこは恵まれてる気がします。

 

「イオねぇ。お腹空いたよぉ」

 

 ふと、ボクの服をくいくいと引っ張って、ミリアがそう言ってきた。

 

 見れば、他のみんなもお腹が空いているようで、お腹を押さえていた。

 

 そして、揃って、くぅ~~~~……という、なんとも可愛らしいお腹の音を鳴らしていた。

 

 か、可愛い……。

 

 可愛すぎるよぉ。

 

「あ、ご、ごめんね。あの、とりあえず、魔法に関するお話は食べながらで?」

「「「OK!」」」

「ありがとうございます。じゃあ、食べましょうか」

 

 そう言って、ボクは包みからお弁当箱を取り出し、目の前に広げた。

 

「お弁当というか……お重だよね、それ?」

「はい。普通のお弁当箱だと入らなさそうでしたし、大きいので、と」

 

 美羽さんが苦笑いしながら、お重について言ってきたので、そう伝える。

 

 実際、メルたちがいることを考えたら、個別にするよりも、ひとまとめでいれちゃった方が早いしね。

 

 あと、楽っていうのもあります。

 

「はい、どーぞー」

「「「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」」」

「召し上がれ」

 

 すると、みんな一斉に食べ始める。

 

「お、美味しいー!」

「ほんとだぁ! 依桜ちゃんの料理、すっごく美味しい!」

「驚いたわ。美羽さんが言っていたけど、ここまでなんて……」

「ふふふ、お口に合ったようで何よりです」

 

 みなさん、美味しそうに食べてくれているので、作った側としてはすごく嬉しい。

 

 こう言うのが見れるから、料理って楽しいんだよね。

 

 家事の中で一番好きです。料理。二番目は掃除かな。

 

「イオお姉ちゃん、美味しいです!」

「おい、しい!」

「イオねぇの料理好き!」

「私もなのです!」

「……美味」

「やっぱり、ねーさまの料理が一番なのじゃ!」

「ふふっ、ありがとう、みんな」

 

 あぁ~~~……みんながこうして、美味しいって言いながら食べてくれるのは、言葉に表せないほどの嬉しさがあるよ……。

 

 なんだか、すっごく幸せ……。

 

「依桜ちゃんがデレデレな表情を……」

「んー、もしかして、シスコンなのかな?」

「ぽいですねぇ」

「間違いなく、シスコン」

「し、シスコンじゃないですよ!?」

「「「「え?」」」」

 

 ……な、なんで、『何言ってんの?』みたいな反応なんですか……?

 

「あ、あの、ボクは、メルたちが可愛いからこうしているだけであって、あの、普通、ですよ……?」

「「「「普通……?」」」」

 

 あの、そんな困ったような目で見ないでほしいんですけど……。

 ボクって、シスコンなのかなぁ……。

 

 

 魔法のこととかを話そうと思ったんだけど、みなさんすっかり料理に夢中になっちゃったらしく、かなりの勢いで食べていました。

 

 中でも、

 

「このお稲荷さん最高!」

「わかるよー。私も、これ一番好きだなー」

 

 お稲荷さんが一番人気でした。

 

 一応、ボクの得意料理の一つで、好物の一つだったり。

 

 甘いお揚げに、さっぱりした酢飯がいいよね。

 

 それに、おにぎりよりも食べやすいと思ってます。

 

「いやぁ、依桜ちゃんは将来、いいお嫁さんになりそうだねぇ。可愛いし、家庭的だしぃ」

「ふぇ!? お、お嫁さんって言われても、あの……こ、困る、と言いますか……ぼ、ボクよりもいい人はきっといますよ……?」

((((可愛い……))))

 

 はぅぅ、どうしてみんな、いいお嫁さんになれる、って言うんだろう……。

 ボクなんて、そこまでじゃないと思うんだけどなぁ。

 

 

 それなりの量を作っていたはずなんだけど、意外とあっさり完食。

 

 女性しかいないのに、ちょっとびっくり。

 

 食べ終わると、メルたちは眠くなってしまったのか、ボクに寄り掛かるようにして眠ってしまった。

 

 まあ、昼休みはまだまだあるし、ちょっと寝かせておいてあげよう。

 可愛いしね!

 

「えーっと、魔法の話、でしたよね?」

「そーそー。魔法の話を聞かせておくれー」

「はい。うーん、どこから話せば……」

 

 少なくとも、魔法の存在を知られてしまった以上、異世界のことも話した方がいいよね。

 ……まあ、いっか。

 

「実はですね――」

 

 と、莉奈さんたちに、去年の九月ごろにあった出来事を話した。

 

 内容は、まあ……異世界に行ったことかな。

 

 殺人に関することは、言わない方がいいと思ったんだけど、なんだか隠し事みたいで、あまりいい気分ではなかったので、包み隠さずに話した。

 

 非難されるのを覚悟した上で、だけど。

 

 最初こそ、ちょっとわくわくしながら聞いていたんだけど、いざ殺人の話に差し掛かった途端、一転して表情を暗くさせた。

 

「――というわけです。あ、あはは……やっぱり、信じがたいですよね……。それに、ボクは悪人とはいえ、人を手にかけてますから……」

 

 ここで非難されるのは仕方のないこと。

 

 だって、ここは平和な世界で、その中でもさらに平和な日本。

 

 人を殺すなんて、普通じゃあり得ないこと。

 

 だから、非難される覚悟をしていたんだけど……

 

「依桜ちゃんは、殺人衝動はないんだよねー?」

「え? も、もちろんです。もしあったら、ボクは世界最悪の殺人鬼になってますよ」

「だーよねー。いやぁ、安心したよー」

「安心、ですか?」

「だって、暗殺者、何て言うんだものー。さすがに、心配になるんだよー、私だって」

「えっと、あの……軽蔑、しないんですか?」

「いやいや。依桜ちゃん可愛いしー、別にいいかなーと。だって、すっご~く悪い人たちだったんでしょー?」

「ま、まあ……人を人とも思わないような、所謂、外道と呼ばれるような人たちばかりで、更生の余地もなかった人たちでした」

「じゃあ、依桜ちゃんはある意味、いいことをしたってわけかぁ」

「い、いえ! さすがに、殺人をいいこととは言わないですよ」

 

 殺しはダメなことだもん……。

 それをいいこと、とは絶対に言えない。

 

「でも、依桜ちゃん。私たちは声優。だから、様々な作品で声を当てる」

「そ、そうですね」

「その中には、二次元と言えども依桜ちゃんと同じことをしていたキャラクターもいたわ。中には開き直ってる人とか、それを背負って行こうとしている人がいるわけだし、問題ないんじゃない? だって、こっちの世界の人じゃないもの」

 

 たしかに、奈雪さんの言う通りだけど……。

 

「それに、冷たいことを言うようだけど、その人たちは自業自得でなったわけで、依桜ちゃんに非はなし。なら、別にいいと思うの」

「奈雪さん……」

「奈雪ちゃんの言う通りだねー。私たちが知るのは、目の前にいる、それはもう可愛すぎる女の子の依桜ちゃんだけー! なら、異世界でして来た事云々に関しては別にいいかなと」

「だからぁ、気にしなくてもいいんじゃなかなぁ? 依桜ちゃん。私たちは、依桜ちゃんを軽蔑しないよぉ? むしろ、尊敬するかなぁ。だって、世界を救った勇者さん、なんだよねぇ?」

「あぅっ」

 

 さ、さすがにこっちの世界の人に勇者って言われるのは……すごく恥ずかしい。

 ボクはそう言う器じゃないのに……。

 

「そう言えば、依桜ちゃんの銅像があるんだっけ。あれ、すごかったなー」

「あぅっ!?」

「美羽ちゃんや、その話詳しくー!」

「や、ややや、やめてくださいよぉ!」

 

 あの話だけは、何としても阻止!

 

 その後、ボクの異世界でのこと(CFO内も含める)を色々と話させられたり、ボクの恥ずかしいあれこれ(CFO内でのこと)を美羽さんが話したりして、ボクの精神的ダメージはマッハでした……。

 

 どうして、こんな目に……。




 どうも、九十九一です。
 えーっと、割と前に話していたことなのですが、近々、この作品の前日譚に当たる作品を出そうかなと思っています。内容は、以前話した、依桜の異世界での三年間のあれこれです。まあ、別に見なくても問題ない作品になると思います。多分、重くなりそうですし。しかも、私が最も苦手とするシリアス&戦闘描写なので、まあ……うん。面白くないかもしれませんね。
 少なくとも、GW中にはせめて一話くらいは出したいと思ってます。更新頻度自体はまだ未定で、最低限、一週間に一話くらいのペースで投稿出来たらいい方と思ってください。
 一応今日も二話投稿を考えていますが……上記の通り、序盤部分の設定づくりも始めますので、わかりませんが、まあいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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331件目 手持ち無沙汰なので

 お昼ご飯も終わり、球技大会再開。

 

 同時に、サッカーの二回戦目も行われます。

 

 そして、組み合わせと言えば……やっぱり、第一試合目。

 

 相手は一年二組。

 

 早速試合を、と思って指定されたコートに行ったんだけど……

 

『『『棄権します!』』』

 

 という、二組の人全員の発言により、不戦勝になりました。

 

 ……なんで?

 

 

 まさかの試合終了に、ボクは手持ち無沙汰になった。

 

 本来なら、最低でも三十分は試合だったんだけどなぁ……。

 

 うーん……とりあえず、態徒の所にでも行ってみようかな。

 

 一応同じサッカーをやってるはずだし。

 

 まあ、一試合目かどうかは別として。

 

 ちなみに、莉奈さんたちはちょっとだけ休憩したら、色々なところを見て回ってくるって言ってました。

 

 

「えーっと……あ、態徒―!」

「ん? おお、依桜じゃねえか! どうしたん?」

「実は、不戦勝になっちゃってね。ちょっと暇だからこっちに来たんだよ」

「なーるほど。ってか、不戦勝か……。依桜、さてはお前、初戦で暴走したな?」

「うっ」

「やっぱなー。大方、妹ちゃんたちの応援で張り切った、ってとこかね?」

「むむむむ……態徒のくせに生意気な……」

 

 変なところで鋭い……。

 

「その言い方は酷くね!?」

「酷くないもん。実際にあったことを態徒に言い当てられて、ちょっと釈然としない、とか思ってないもん」

「……依桜って、普通に優しいけどよ、なんかオレにだけは冷たくなる時があるんだが……」

「気のせいですっ」

「そ、そうか」

 

 でも、態徒がこうして言い当ててくるのって、やっぱり釈然としないよね……。

 なんというか、微妙な敗北感があるというか……。

 

「んで? 暇だからオレんとこに、って言うけどよ、オレの試合は第三だぜ? 次の次なんだが」

「あ、そうなの?」

「ああ。たしか、晶辺りが今試合してるんじゃなかったか?」

「なるほど。ありがとう、態徒。ちょっと行ってくるね」

「おう、行ってらー」

 

 というわけで、体育館の方へ移動。

 

 

 この学園の体育館は、なんだかんだで結構大きい。

 

 人が集まる事だけを目的にした講堂があるので、その分体育館を大きくできたんだろうね。初めて見た時はびっくりしたよ。

 

 だって、バスケットボールのコートが8くらいあったんだもん。

 

 いや、そもそも体育館じゃないよね? それもう、どこかの公共施設並みの大きさだよね? とか思ったものです。

 

 まあ、その分色々とできるから結構便利なんだけど。

 

『小斯波!』

「ああ、任せろ!」

 

 と、ボクが体育館に来ると、ちょうど試合をしている最中だった。

 

 見たところ、今は晶たちの方にボールが回ってきていて、攻撃に転じているところだったみたい。

 

 晶はクラスメートからボールを受け取ると、そのままドリブルをして相手チームのゴールへと向かう。

 

 その手前で、三人の人たちに阻まれる。

 

 ボクだったら、いっそのこと少しだけ反対方向に戻って、自陣のゴールから相手チームのゴールを狙ったりするかも。

 速さには自信があるし。

 

 ……まあ、実際そういうことをサッカーの初戦でやっちゃったわけなんだけど。

 

 でも、晶はごく普通の一般人。

 

 右斜め後方に見方がいるのを確認すると、そのまま後ろにパス。

 

『ナイス小斯波!』

 

 そんな声が発され、ボールを受け取ったクラスメートはゴールへと走る。

 

 こういう時って、大抵一番運動神経が高い人を狙いに行っちゃうから、つい視野狭窄になるんだよね。

 

 ボクもあったなぁ、向こうで。

 

 先に強い魔物を倒さないと! って思って、そこまで強くない個体よりも先に倒そうとして、ちょっと危機的状況に陥ったりとかね。

 

 あの時は危なかったよ。

 危うく、心臓を貫かれるところだったから。

 

 まあ、まだ一年目の時だったしね。あれは死ぬかと思ったよ。

 

 なんて、過去の事を思い出しつつも、試合を観戦。

 

 ゴール前へ到達したクラスメートの人は、そのままゴールに入れるのではなく、少し後ろの方にいた晶にパスをすると、晶がキャッチすると同時に、そのままゴールに入れた。

 

 おおー、すごいチームワーク。

 

 点が入ったことで、晶たちはハイタッチを交わしている。

 

 うん、なんだか、青春って感じだよね。

 

「晶―!」

 

 つい、晶に声をかける。

 

 すると、晶はこっちを向いて、軽く笑ってから片手を上げた。

 

 それを見て、ボクはちょっと微笑んで手を振った。

 

 その瞬間、気のせいだとは思うんだけど……なんだか、敵意? 嫉妬? のような感情が含まれた視線が、晶に向けられていた気がした。

 

 同時に、晶の表情も少し引き攣っていたように見えた。

 

 ……見なかったことにしよう。

 

 

 それから、しばらく試合を観戦。

 

 結果は、晶のチームが勝った。

 

 これで、三回戦目を突破したみたいです。

 

 サッカーと違って、バスケは二十分程度で試合が終わるみたいだしね。

 

 試合終了と同時に、汗をかいている晶がボクの所に来た。

 

「お疲れ様。はい、タオル」

「そのタオルをどこから出したのか気になるところだが……ありがとな、依桜」

 

 もちろん、『アイテムボックス』ですよ。

 

 まあ、こっそり使ったからバレてないと思います。多分。

 

 真っ白なタオルを晶に渡すと、首にかけて汗を拭き取り出す。

 

 五月下旬で、少し暑くなり始める時期ではあるものの、そのままにすると汗で体を冷やしすぎて風邪を引きかねないからね。

 

 ボクのようのかなり頑丈、って言うわけじゃないから、汗をこまめに拭かないと。

 

 ……気のせいかな。やっぱり、敵意的な視線が晶に降り注いているような……。

 

「それで、依桜はなんでここに? たしか、サッカーもあるはずだと思ったんだが……」

「え、えーっとね、不戦勝になっちゃって、手持ち無沙汰に……」

「……なるほど。概ね、依桜が初戦で飛ばしすぎて、それをたまたま見ていた相手チームが、棄権した、ってところだろうな。さらに言えば、その原因は、依桜の妹たちの声援で、いいところを見せようとした結果、やりすぎた、って感じか?」

「お、おっしゃる通りで……」

 

 みんな、鋭くない?

 

 なんで、ボクがやったことを、まるで見ていたかのようにわかるの?

 

 未果は見ていたけど……。

 

「まったく……。依桜、シスコンなのは別に構わないが、最終的に妹離れはできるようにしとくんだぞ?」

「い、妹、離れ……?」

「ああ。妹とはいえ、いつかは恋人ができると思うし、そういう時に備えて、多少は考えて……って、だ、大丈夫か?」

「こ、恋人……め、メルたちに、恋人……」

 

 そ、そうだよね……。

 

 メルたちだって女の子だもんね……好きな男の子一人や二人、できる、よね……。

 

 ……あぅぅ、どうしよぅ……いつか巣立っていくって言うことを考えたら……いつかはボクのお世話が必要なくなるってことだよね……。

 

 ……い、嫌だなぁ……なんと言うか、ずっとお世話していたいというか……。

 

 ……で、でも、みんなの幸せを考えたら、いつかは……。

 

 あ……目から汗が……。

 

「い、依桜泣くな! まだ大丈夫だから! まだ小学生なんだから、まだまだ先だから! な?」

「ぐすん……」

『……おい、あの野郎、女神様を泣かせてるぜ?』

『なんというクズ野郎ッ……!』

『おい! 至急ファンクラブの奴らに連絡しろ! 確実に息の根を止めるんだ!』

『『『応ッ!』』』

「ま、まずい! 依桜、すまないが、俺はこれから逃げる! だからまあ……すまん!」

 

 最後にそう言って、晶は慌てて体育館を出ていった。

 そして、そんな晶を追うように、

 

『待てー!』

『逃がすな! 確実に捕まえ、ファンクラブの異端審問にかけるのだ!』

『コロスコロスコロスコロス!』

『ついでだ! 変態も狙いに行くぞ!』

 

 いろんな人が鬼のような形相で走っていった。

 

 ……もしかしてボク、晶たちに迷惑を掛けちゃった……?

 と、とにかく追いかけて誤解を解きに行こう!

 

 

 その後、なんとか晶たちに追いつき、誤解を解くことに成功したボクは、なぜか泣きながら晶にありがとうと言われました。

 

 ……原因ボクなのに、お礼を言われるってこれ……マッチポンプって言うんじゃないのかな。

 

 って思ったけど、心の内にしまっておくことにしました。

 

 

 晶の所の観戦を終えた後は初等部の方へ。

 

 初等部の方には、大会中保健委員の仕事でしか行かないから、競技自体を見るのは初めて。

 たしか、ニア、リル、ミリア、スイの四人が今日の種目に出ているはず。

 

 とりあえず、一番近いミリアの所にでも行ってみようかな。

 

 

 というわけで、初等部のサッカーコート。

 

 高等部と違って、こちらはわいわいと楽しそうにしている。

 

 ちなみに、高等部の方だと……

 

『おい! そっち行ったぞ! 止めろォォ!』

『松林佐紀ィィィィィィッッ!』

『クッソォ! テメェよくも!』

『あんただけは許さない! 私の彼氏を奪ったあなただけは!』

『アハハハハハ! あんたの魅力が私を下回っていただけの話よ!』

『なにおう!?』

『こらこらこら! 相手を数メートルほど吹っ飛ばすタックルをしない! って! それはアメフトバリのタックルだから! それもっとダメ! いや、マジで!』

『フハハハハハ! 我は最強のしゅごしゃぐら!?』

『ボールくらい普通に止めろや! ははははは!』

 

 みたいな感じです。

 

 なんと言うか……騒がしいというか、酷いというか、ドロドロというか……なんだか、色々と危ない感じな気がしているのは、ボクだけでしょうか。

 

 ちょっと心配になります。

 

 その反面、初等部は、

 

『あ、そっち行ったよ!』

『うん! ご、ごめんね、とられちゃった!』

『大丈夫! おれが獲りに行くよ!』

『おねがい!』

 

 みたいな感じで、ほのぼの~としています。

 

 なんだか、和むよね。

 

 でも、ふと思うのは……こんなにほのぼのとスポーツをしている子供たちが、いつか高等部の人たちみたいになるかもしれないんだね……って。

 

 少なくとも、この学園に通っているうちに、ノリがああいう感じになるのかなと思うと、なんだか胸が痛くなる。

 

 どうなんだろう……。

 

 ちょっと切ない(?)気持ちになっていると、

 

『ミリアちゃん! おねがい!』

「うん、ぼくにまかせて!」

 

 という声が聞こえてきた。

 

 声の方を見れば、ミリアがサッカーコートをドリブルしながら駆けていた。

 

 初等部と高等部のサッカーの違いと言えば、男女混合なところかな? あ、でも、一応他の集団系種目も混合だったっけ。

 

 その辺りはちゃんと考えてるんだね。

 

 さて、ミリアの身体能力はどれくらいかな……と。

 

「なるほど……やっぱり、こっちの子供たちに比べたら、向こうの人の子供の方が身体能力は高いんだね」

 

 目の前では、何人かの男の子に行く手を阻まれつつも、軽い身のこなしや前方にボールを蹴って隙間を縫い、蹴ったボールに追いついたらそのままドリブル、という感じでミリアは動いていた。

 

 すごいなぁ。

 

 一応、ステータスを見ることもできるけど……とりあえずはいいかな。

 

 でも、ミリアでこれって考えると、他のみんなもそれなりに高かったりするのかな?

 

 ニア、リル、ミリアの三人は人間だけど、クーナとスイの二人はサキュバスとはいえ、魔族なんだよね。

 

 魔族って、それなりに身体能力が高い人が多かったし、あの二人が五人の中だと身体能力が高いのかな?

 

 メルはちょっと例外すぎてあれだけど。

 

「やぁ!」

 

 気が付けば、ゴール付近にまで来ていたミリアが、可愛らしい掛け声と共にシュートを決めていた。

 

 そのボールは見事にゴールに入り、得点となった。

 

「やったぁ!」

 

 おー、いい所が見れたよ!

 

 可愛い妹が、ゴールを決めたシーンって言うのは、なんだか自分のことのように嬉しい。

 

「でも……ビデオか何かで録画しておけばよかったなぁ」

〈そうお思いだろうなー、とか思って、近くの防犯カメラを使って録画しましたぜ、イオ様!〉

「あ、そ、そうなんだ」

 

 いきなりアイちゃんが話しかけてきたと思ったら、サラッととんでもないことを言った気がしたけど……うん。まあ、学園長先生が仕掛けた監視カメラだもんね。いいよね。別に。

 

 あの人、あれを使って盗撮紛いのことをしてたし。

 

 って、あれ?

 

「ねえ、アイちゃん。今、さりげなく、ボクの心を読んでなかった?」

〈いえ、単純に今の光景を見たイオ様なら、写真か動画に収めたいだろうなー、って予測しただけであって、決して心を読んだわけじゃないですぜー〉

「そ、そですか」

 

 ……アイちゃんだから、それくらいできても不思議じゃないよね、って思ってたんだけど……そうだよね。AIであるアイちゃんが、そんなことできるわけないよね。

 

〈さてさてイオ様、どうしますー? 試合はまだまだ続きそうですし、このままハッキングして、動画収めます?〉

「お願いします」

 

 即答でした。

 

 ふふふ、やっぱりみんなのいい所は残しておきたいのです!




 どうも、九十九一です。
 前回に言っていた前日譚は、明日辺りに一話目を投稿したいと思います。タイトル自体は、本作とほとんど変わらないですね。単純に『大事件』の部分が別のものに変わるだけです。
 投稿時間は、この作品が投稿されるタイミングと同じで、10時か19時を予定しています。なるべく、明るめの作風で書きたいものです。
 二話投稿を考えてはいますが……前日譚の執筆も開始していますので、同時進行になっています。なので、二話投稿は調子がすごくいい時だけになりそうですのでまあ、とりあえずはいつも通りだと思いますのでよろしくお願いします。
 では。


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332件目 妹の試合の観戦

 それから、しばらくミリアのクラスの試合を見ていました。

 

 結果は勝利。

 

 クラスの子たちと、嬉しそうにハイタッチをしている姿が、ボクの目に映っていた。

 

 うん……癒しだよぉ……。

 

 そして、楽しそうにしていたミリアが、不意にこちらを向くと、にぱーという効果音が見えるような、とっても可愛い笑顔を浮かべながら、ボクの所に駆けて来た。

 

「イオねぇ!」

「ふふっ、お疲れ様、ミリア」

 

 いつものように、ボクに抱き着いてきたので、いつものようにしっかり抱きとめて頭を撫でる。

 

 みんな撫で心地がいいから、ボクとしても密かな楽しみだったり……。

 

 可愛い妹の頭をなでなでするのはお姉ちゃんの特権だと思います。

 

「イオねぇ、見てくれてたの!?」

「うん、途中からだけどね。ゴール決めてたところはバッチリ見てたよ」

「ほんと!? わーい!」

 

 ボクがあの瞬間を見ていたことを言うと、ミリアは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。

 

 か、可愛い……。

 

 最近、可愛いしか言っていない気がするけど。

 

「ミリアはすごいね。運動神経がいいのかな?」

「ううん! ぼくも運動は得意だけど、他のみんなも得意なんだよ!」

「あ、そうなの? じゃあ、リルとかも?」

「うんっ。メルねぇが一番すごくて、次がクーナねぇで、その次がスイだよ!」

「へぇ~。じゃあ、ニアとリルはどんな感じ?」

「えっとね、二人とも足が速いよ! もちろん、ぼくも!」

「そっかそっか。それはいいことを聞いたよ」

 

 やっぱり、こっちの子供よりも、あっちの子供の方が身体能力は高いみたいだね。

 

 その辺りは多分、ステータスの方も関係してきそう。

 

 こっちの世界には、ステータスが普及していないみたいだしね。

 

 一応、『鑑定』してみると、ステータスが現れるので、ないわけじゃないみたいだけど。ただ、魔力の項目は、みんな0だったのはちょっと気になったんだけどね。

 

 こっちの人たちには魔力がない、っていうことなのかな。

 

 ……あれ、じゃあ、なんでボク魔力があったんだろう? うーん……あれかな。向こうに行って、強くなったからとか? 多分、そんな理由だよね。うん。

 

「イオねぇ」

「なに?」

「そういえば、なんでイオねぇがこっちに?」

「ちょっと、不戦勝になっちゃってね。相手チームが棄権しちゃったんだよ」

「わ、すごーい! イオねぇ、戦わずして勝つができるんだね!」

「う、うーん、ちょっと違うような気がするけど……まあ、そんなところ、かな?」

 

 できれば、普通にやりたかったところだけど……こうしてみんなの試合が見れるんだから、ある意味結果オーライかな?

 

「イオねぇはこれからどこか行くの?」

「うん、とりあえず、卓球のニアとリルの所に行こうかなって。ミリアはどうする?」

「イオねぇといっしょがいいけど……お友達ができたから、そっちに行く!」

「わかった。お友達がいるのは、いいことだから、大事にね?」

「うんっ!」

「じゃあ、ボクはそろそろ行こうかな。楽しんでね」

「はーい! イオねぇも楽しんでね!」

「あはは、うん、もちろんだよ。それじゃあ、またあとでね」

「バイバイ!」

 

 最後にミリアが笑顔で手を振るのを見てから、ボクは初等部の体育館へと移動した。

 

 

 初等部の体育館に来ると、やっぱり元気いっぱいの小学生たちが、楽しそうに試合をしていた。

 

 高等部の方を見た後だから、尚更ほっこりするよ。

 

 向こうって、なんだか変な盛り上がり方するしね。死人が出るんじゃないかな、ってくらいの盛り上がり方だもん。

 

 えーっと、卓球は二階だったかな?

 

 二階へ続く階段を上る。

 

 二人の気配があるのは確認済み。

 

 この感じだと、多分……

 

「あ、いたいた」

 

 二人は奥の方の台にいました。

 

 同じ台にいるのは、次の試合がお互い近い位置でやるからなのか、単純に一緒だったから同じ台にいるのか、どっちなんだろう?

 

 あ、トーナメント表があった。

 

 えっと……あ、あー、なるほど。二人は試合に出るんだね。しかも、敵同士で。

 

 まあ、三年生と四年生だし、そういう組み合わせになっておかしくないよね。

 

 ともかく、二人の所に行こう。

 

「ニア、リル」

「イオお姉ちゃん!」

「イオ、おねえちゃん……!」

 

 ばふっという音共に、二人がボクを見つけるなり抱き着いてきた。

 

 うーん……あったかい。

 

「二人とも、大会楽しんでるかな?」

「「うんっ!」」

「それはよかった。二人は次の試合みたいだけど……それも、敵同士で」

「ニア、おねえちゃんに、勝てるか、わからない……」

「大丈夫ですよ、リル。私もちゃんと手加減しますから。というより、リルの方がこういう小回りが利くものが得意じゃないですか」

「でも、ニアおねえちゃん、の方、が、おねえちゃん……」

「歳は一つしか変わらないです。大丈夫ですよ」

「ほん、と?」

「はい。イオお姉ちゃん、そうですよね?」

「うん、そうだね。ボクはまだみんなの身体能力がどれほどのものかわからないけど、ミリア曰く、みんな身体能力は高いみたいだし、大丈夫だよ」

 

 ボク的には、仮に身体能力が低くとも、可愛さがすっっっっっっごく! 高いから、別にいいんだけどね!

 

 可愛いが一番です。

 

「ほら! 大丈夫です!」

「う、うんっ……! わたし、がんばる……!」

「うんうん、その調子だよ、リル。大人しいのもいいけど、もっと自信を持ってね? リルは可愛いし、頑張ればできるから」

「かわ、いい?」

「うん、可愛いよ」

「え、えへへ……」

 

 はぅっ! そ、そのはにかみ顔は反則だよぉ……。

 リルって、小動物っぽいところがあるから、すごく可愛いんだよね……はぁぁ、癒し……。

 

「イオお姉ちゃん! 私は? 私は可愛いですか?」

「もちろんだよ! ニアも、メルも、ミリア、クーナ、スイだって、みーんな可愛いよ! ボクの自慢の妹たちだからね」

「「えへへへ」」

 

 あぅっ! だから、その顔は反則だよぉぉ……。

 

 最初はみんなをこっちに連れてきてどうなる事かと思ったけど、今では連れてきてよかったと思ってるよ……。

 

 こんなに可愛い妹たちが出来たんだもん。嬉しいに決まってます。

 これで嬉しくないとか思う人がいたら、ついつい針を刺したくなりますね。

 

〈姉馬鹿ですねぇ〉

 

 一瞬、アイちゃんの呆れたような声が聞こえてきたけど、気のせいだね。うん、気のせい。

 

 

 ちなみに、先ほどの依桜たちのやり取りを見ていた、体育委員や環境委員会(高等部からの派遣)と、審判の初等部教師達は思った。

 

(((何あれ、めっちゃ尊い)))

 

 と。

 

 

 ボクが来たタイミングは、ちょうど休憩中だったらしく、ほどなくして試合となった。

 

 もちろん、ボクが観戦するのは、ニアとリルの試合です。

 

 ビデオカメラ、用意してくればよかった……。

 とりあえず、スマホのカメラでいいよね。

 

「アイちゃん、お願い」

〈ほいほい、お任せを!〉

 

 本当、アイちゃんって便利。

 

 時折、ちょっとだけアレな言動が出てくる時があるけど、なんだかんだでアイちゃんってすごく有能だからね。

 

 スマホでの録画なども問題なくやってくれるし。

 

 ありがたい存在です。

 

 そんなわけで、こちらの準備も完璧で始まった試合はと言えば……

 

「やぁっ!」

「こっち、もっ!」

 

 と、可愛らしい掛け声で打っているんだけど……そのスピードはハッキリ言って、すごく速い。

 

 さすがに、プロの人たちの世界大会のラリーとまではいかないけど、代表戦などで見かけるようなラリーが行われていた。

 

 ちなみに、開始からすでに十分くらい経っていて、まだワンセット目。

 

 5―5と、全くの同点。しかも、かなり速い。

 

 まさか、ここまでとは思ってなかったよ。

 

『す、すっげぇ!』

『ちょーはえー!』

『カッコいい!』

『ニアちゃんだ! がんばってー!』

『リルちゃんもファイト―!』

 

 と、とても小学生のレベルとは思えない試合はやっぱり、同じ世代の子供たちにはすごい、という風に映るんだろうね、試合そっちのけでこっちを見に来ていた。

 

 試合はおろそかにしちゃいけないと思うけど……まあ、無理もないよね。

 

 子供って、こういうすごいものを見ると、つい見に行きたくなるもん。

 

 ボクだって、小さい頃はそうだったしね。

 

 例えば、晶がカッコいいことをしている、見に行ってしまったり、とか。

 

 そう言えば、何気にニアとリルの二人に声援が送られているところを見ると、ちゃんと友達ができているみたいだね。

 

 安心安心。

 

「やぁっ!」

 

 と、ここでリルがスマッシュを打つ。

 

「なんのですっ!」

 

 そしてそれを、しっかり返すニア。

 

 そこからはほとんどスマッシュでの打ち合い。

 

 ……ミリアが、みんな運動神経いい、って言ってたから、どれくらいかなぁって思ってみれば、このレベルだったんだね。

 

 お姉ちゃんびっくり。

 

 でも、可愛いから全然おっけーです!

 

 

 そして、まさかの試合は延長戦に突入。

 

 ニアがマッチポイントになったと思ったら、今度はリルがマッチポイントになり、そしてまたまたニアが……みたいなことがずっと繰り返された結果、

 

『え、えー、時間的なあれもあるので、次に点を入れた方の勝ち、ということにしましょう』

 

 引き攣った表情を浮かべた審判の先生がそう告げた。

 

 ボクとしては、ずっと見ていてもよかったんだけど、他の人たちのことも考えると、そうもいかないからね。

 

 しかたないです。

 

 というわけで、ラスト。

 

 結果はと言うと……

 

『はい、勝者は、男女リルちゃん!』

 

 リルが勝ちました。

 

「か、勝った……!」

「負けちゃいました……」

 

 最後、ニア側の台の角を上手く狙ったスマッシュが見事に決まり、球があらぬ方向へ飛んでいったことで、リルが試合を制しました。

 

 何気にすごい。

 

「二人とも、お疲れ様。はい、飲み物」

 

 試合が終わった二人に近づき、『アイテムボックス』から取り出したスポーツドリンクを渡す。

 もちろん、試合終了間際にこっそり取り出したので、バレてませんとも。

 

「ありがとうございますっ」

「あり、がとう……!」

「どういたしまして。二人ともかなり熱中してて、汗もかいてるしね。脱水症状になったら大変だもん。ちゃんと、水分補給だよ?」

「「はーい!」」

 

 と言うと、二人はこくこくと喉を鳴らしながら、可愛くスポーツドリンクを飲む。

 何をしても可愛いって、すごいと思います。

 

「でも、二人がこんなにすごいとは思わなかったよ」

「すごいですか?」

「すご、い?」

「うん、とっても。ニアは負けちゃったけど、それでも十分すぎるくらいにすごかったし、勝ったリルも、歳が一つ上のニアに勝っちゃうんだからね。これなら、優勝を狙えるかな」

「リル、すごいです!」

「え、えへへ……」

「だから、頑張るんだよ?」

「うんっ……!」

「ニアも、応援してあげてね?」

「もちろんです! 頑張って応援します!」

「いい娘だね。よしよし」

「ふわぁ……イオお姉ちゃんのなでなでですぅ……気持ちいい……」

 

 ニアの頭を撫でてあげると、そんな風に言いながら、気持ちよさそうに目を細めた。

 すると、物欲しそうな顔で、リルも見てきたので、

 

「ふふっ、わかってるよ。リルも、頑張ったね」

 

 優しく頭をなでなでした。

 

「んぅ~……気持ち、いい……」

 

 やっぱり、目を細めて気持ちよさそうに目を細めた。

 

 妹たちみんな、ボクが撫でると同じような反応をするんだよね。

 そんなにいいのかな?

 

 ……あ、でも、ボクが小さくなった時に、女委に撫でてもらった時があったけど、何気に気持ちよかったっけ。

 

 子供って、撫でられるのが好きなのかな?

 

 まあ、ボクは撫でる方が好きだけどね。

 

「さて、ボクはそろそろ行こうかな」

「もう、行っちゃうんですか……?」

「ボクももう少しいたいけど、保健委員の仕事があるからね」

「がん、ばって、ね……?」

 

 う、上目遣い……。

 

 なんでこう、上目遣いって胸に刺さるんだろうなぁ……。

 やっぱり、可愛すぎるからかな?

 

「ありがとう。じゃあ、二人も頑張ってね。もし、怪我したら、すぐに来ること。お姉ちゃんが完璧に治してあげるから」

「「はーい!」」

「うん、いい返事です。じゃあ、またあとでね」

「「バイバイ!」」

 

 と、最後にそう言って、ボクは初等部の救護テントへ向かいました。




 どうも、九十九一です。
 今日から、前話で言っていた前日譚の物語の投稿が始まりました。ちなみに、10時に投稿されていますので、もう始まってます。ある意味、この作品の伏線……のようなものが書いていて出てくる可能性があります。まあ、最悪見なくても問題はないんですが、見ておくと、少しわかりやすくなるかも? くらいに思って頂ければ。
 一応、ここにリンクを貼っておきますので、暇な時にでも読んでいただけたら幸いです。
 https://syosetu.org/novel/257536/
 まあ、主人公が女依桜じゃなくて、男の娘依桜なので、結局はよくある異世界転移ものだと思いますが。
 例によって二話投稿を考えていますが……まあ、同時進行で進めることにした(確実とは言ってない)ので、二話投稿は調子がいい時ですね。基本的に出す方向で考えますが、現状じゃわからないですね。なのでまあ、結局はいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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333件目 ミオとの会話

 例によって、ナース服に着替えたボクは、初等部で仕事をした。

 

 怪我人はやっぱりちょっと多くて、初等部の保健委員の子たちに、手当の仕方を教えたりしつつ、仕事をこなす。

 

 しばらくすると、サッカーの三回戦目が行われる時間になったので、一度救護テントから離れて、体操着に着替えた後、グラウンドに向かったんだけど……

 

『『『棄権します!』』』

 

 またもや、棄権されてしまった。

 

 その結果、またしても不戦勝。

 

 勝ちには変わりないんだけど……あの、すごく、微妙な気分なんだけど……。

 

 ただ、クラスメートのみんなは、ボクとは違って普通に嬉しそうにはしてたけど。

 

 そんなこともあり、再び手持ち無沙汰になったボク。

 

 救護テントの方に戻ってもいいけど、それはそれでもったいないような気がする。

 

 どうしようか……。

 

 美羽さんたちもどこかにいるとは思うけど、『気配感知』で見る限り、普通に楽しんでるみたいなんだよね。

 

 多分だけど、声優さんとして、こういった本物の学園を見るのは演技の参考になる! って思って、それで色々と回ってそう。

 

 常に向上心が大事、って前に美羽さん言ってたからね。

 

 いいと思います。

 

 そうなってくると、これからどうするか、だけど……そう言えば、師匠に会っていない気がする。

 家で顔を合わせたきりだよね?

 

 ちょっと、会いに行ってみようかな。

 

「んーと……向こうかな」

 

 こういう時『気配感知』が便利だなぁ、って思いました。

 

 

 少し歩き、『気配感知』が引っかかった位置に到着。

 

 師匠はどうやら、学園の屋上にいるみたい。

 

 一応、学園内には入れるけど、万が一盗難があるとまずいということで、各教室は施錠されています。

 

 ちなみに、屋上も本来なら行けないはずなんだけど……あの人、もしかして地上から屋上まで軽く跳躍して行った?

 

 十中八九、そうなんだろうなぁ……。

 

 教師なのに、普通にやっちゃいけないことをしているあたり、師匠って本当にマイペースだよね。

 

 なんとなく、師匠とお話したいし、ボクも上に行こうかな。

 

 周囲に人がいないことを確認したら、ボクは跳躍して、屋上に上った。

 

「ん、おお、イオじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」

「ちょっと、師匠と話したいなぁと思いまして」

「そうか。お前、あたしが好きなんだな?」

「もちろんですよ。師匠は、ボクの命の恩人ですし、面倒見がよくて、なんだかんだで優しい人ですからね。あと、カッコよかったり。その……綺麗、ですから」

「お、おう、そうか」

 

 あれ? 師匠、なんで顔を赤くしてるんだろう?

 

 あれかな。ちょっと照れてるとか?

 たまに、今みたいに可愛い反応を見せる時があるから、師匠ってずるいと思います。

 

「それで? 話がしたいと言ったが、具体的に何を話すんだ?」

「うーん、なんとなく師匠と話したいと思っただけですから、特には?」

「なんだそれ。……まあいい。じゃあ、あたしから適当に話でも振るか」

 

 そう言うと、師匠は何か話題はないかと考え出す。

 

「ああ、そうだ。ちょっと前に、お前のステータスが気になってチラッと見たんだが、お前のステータス、それなりに向上してたぞ」

「え、ほんとですか!?」

「ああ。マジも大マジ。ちなみにだが、攻撃力に至っては、あと2増えれば、1000だな」

「え、えぇぇ……」

「あとは、魔力が一万になってたりとか」

 

 師匠が言った、ボクのステータスの数値になんだか微妙な気分になった。

 

 これが、向こうの世界に暮らしていて、最強になりたい! もっと強くなりたい! っていう考えの人なら手放しで喜ぶんだろうけど、ボクは平穏な生活を望むので、ハッキリ言って、これ以上上がらないでほしい、というのが本音。

 

 目立つだけだもん。

 

 むしろ、なんで強くなりたいのかわからないです。

 

 強くなっても、戦いが無くなればほとんど意味ないのに。

 

「多分、あれだな。あたしがこっちに来てから、お前は度々『感覚共鳴』で能力やらスキルやら、魔法やらを習得していたからな。あとは、たまーにあたしとも組み手をしていたのもあるだろう」

「……全部、師匠が原因じゃないですか」

「そうは言うが、お前にとって必要なものだってあっただろう?」

「……ありましたけど」

 

 一番必要だったのは『アイテムボックス』かな。

 あれって、すごく便利だし……。

 

 まあ、ボクのは、なぜか物を生成できちゃうんだけど。

 

「でも、組手はボクからじゃないですよね?」

「それは……あれだ。お前がたるんでないかの確認をだな……」

「こっちの世界では、向こうのように高い身体能力が必要になる事態なんて、ほとんどないんですよ? それに、ステータスって一度そこまで行ったら、下がらないんじゃないんですか?」

 

 仮に下がったとしても、老化とか、弱体化してしまった時くらいだと思うし。

 

「いや? 下がるぞ?」

 

 なんて思ってたら、ステータスは下がるそう。

 え、本当に?

 

「お前がふっつーに生活している間、あたしは世界中を飛び回っていてな。その過程で、ステータスについて知ることができた。その内容を見た限りだと、ステータスは下がる。間違いない」

 

 何でもないように言いつつも、どこか自信ありげ。

 ……あの、今世界中を飛び回ってるって言った?

 

「師匠、一体何してたんですか?」

「そりゃお前、ブライズ退治だぞ?」

「ブライズって、あれですよね? 体育祭の時に突然現れたあの黒い靄」

「そうそう。あたしはあれを野放しにするのがすっげえ腹立ったから、世界中を飛び回って潰して回ってたんだよ。あとは、ミレッドランドの奴らの保護とか」

「そ、そうなんですか……」

 

 なんだろう。ボクが知らないところで、師匠がすごいことをしていました。

 

 一体、いつから……って、体育祭の時だよね。

 

 ……あれ? でも、世界中を飛び回っていたのなら、平日の学園とかどうやって日本に……。

 

「師匠、あの……一体どうやって海外に……?」

「ん? まあ、飛行機を使ったりしてたぞ? ……最初は」

「……すみません。最初はって、どういうことですか?」

「いやな? いくら最強の暗殺者だとか、神殺しの暗殺者だとか、魔神とか、悪魔とか、魔王とか、世界一番ヤベー奴とか言われていたあたしとて、初めてのまともな職業。そして、しっかりした時間のルールがある以上、飛行機や船を使うってのは、ちと面倒でな」

 

 師匠って、本当に今まで何をしてきたんだろう……?

 

 魔神って……。

 

 あと、世界で一番ヤバい人、っていう認識のされ方もしてたんだね。

 

「で、まあ、『空間転移』を使って、世界中をぽんぽんと」

「それ不法入国ですよね!? ぽんぽんと、って軽く言ってますけど、明らかに犯罪ですからね!?」

 

 何してるのこの人!?

 しかも今、『空間転移』って言ったよね!?

 

 それって、読んで字のごとく、空間を移動するって言う、夢のような能力だよね!?

 

「別にいいだろ? 世界が割とピンチになるよりかは、不法入国なんて可愛いもんだぞ?」

「せ、世界が割とピンチって、あの……一体どういう……」

「そのままの意味だ。まあ、その辺の話は別にしてもいいか……。簡単に言うとな、ブライズの正体は、ありとあらゆるものが滅亡した地球の人間や動物たちだった」

「…………え?」

 

 今、すごくとんでもないことをカミングアウトされたような……。

 普通にサラッと言っちゃったから、自然に聞いてたけど、結構とんでもないことだよね?

 

「向こうではまあ……あくまで予測だが、とあることが原因でそこの世界の神が激怒。で、人類滅亡。その後は、神の手が離れたから魔力が有害なものに変化し、最終的にブライズが生まれた。ま、大まかに言えばこんなところだろう……って、どうした?」

「ど、どうしたって……驚きすぎてちょっと……。あと、それって、いつの話ですか?」

「あー、そうだな……たしか、お前が並行世界に行く二日前だな」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 それって、割と最近な気が……。

 

 ボクが並行世界に行く二日前って言うことは、四月の上旬だよね?

 

 まだ、一ヶ月半くらいしか経ってないんだけど……。

 

「……あれ? でも師匠。なんで、ブライズの正体を知ってるんですか? あと、発生原因の方も」

「その世界に行ってきたからな」

「……はい?」

「だから、ブライズの世界に行ってたんだよ」

「え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 い、いつの間にそんなことしてたの!?

 ブライズの世界って……な、なんでそんなことに……。

 

「ちなみにだが、ブライズはもういない」

 

 さらに驚きの情報が、師匠の口から発された。

 

 ブライズ、もういないの?

 

 なんで?

 

「なんで、という顔をしているな? ならば、話してやろう。実はな――」

 

 と、師匠はブライズの世界についてのことを話し出した。

 

 大雑把に師匠の言葉でまとめると、あまりにもウザすぎて消したくなった。学園長先生にブライズがいる世界を探してもらって、転移装置を創ってもらった。四月の上旬に乗り込んだ。ブライズの王様を倒した後、協力者の人が造った世界を消滅させる兵器を起動させて帰って来た。

 

「――とまあ、こんなところだ」

 

 う、裏で本当にとんでもないことが起きてたんだけど!?

 

 せ、世界消滅って……師匠、何してるんですか……。

 

 しかも、そんな重大なことを今までボクに話してなかったし、なんでこんな平和な球技大会中に言うんだろう……?

 

 話をしたいと言ったのはボクだけど、これはいささかインパクトが強すぎるよ……。

 

 ……そっかー、師匠、神殺しだけじゃなくて、世界破壊もしちゃってたんだ……。

 

 …………うん。どういうこと?

 

「ちなみにだが、その世界破壊の影響で、ブライズはもういない。絶滅した。その後は、再び世界を回って、残党を消して回っていたな。ミレッドランドの奴らも回収できたし、あたしの仕事はもうないってわけだ」

「……あー、だから師匠、四月の下旬くらいから、休日に家にいることが増えたんですね」

「ま、そう言うことだ」

「……あと、なんだか見たことがないお酒があったのも」

「………………な、なんのことだかわかりかねるなぁ?」

 

 ボクは知っています。

 

 師匠の部屋には、大量のお酒があるということを。

 

 そして、ボクが師匠の部屋を訪れる時、毎回バタバタして、散らかっていたであろう物を全てクローゼットか『アイテムボックス』に詰め込んでいることを。

 

 できればもっと、生活面の方もしっかりしてほしいんだけどなぁ……。

 

「お酒を止めはしませんけど、ほどほどにしてくださいよ?」

「わかってるよ。というか、『猛毒無効』を持ってるあたしからすりゃ、酒なんて自分から効力を弱めようとしない限り、酔っぱらわんし、アルコールは残らん」

「そうは言っても、体にいいわけじゃないんですから、ほどほどにしてください」

「へいへい。まったく、こういう面ではあたし以上に強いんだもんなぁ、イオは」

「むしろ、そこしか師匠には勝てませんけどね」

「そりゃそうだ。なんてったって、あたしは世界最強の神殺しだからな!」

「ふふっ……そうですね」

 

 師匠はずーっとこんな調子なんだろうなぁ、なんてふと思った。

 

 きっと、死ぬまでこんな風に接してくれるんだろうなぁって。

 

 師匠はまだまだ寿命が長いらしいから、きっと、ボクが死ぬ時も今のままなんだと思う。

 

 師匠より先に逝ってしまう弟子って言うのも、なんだか嫌だね……。

 

 できれば、師匠よりも長く生きて、師匠に看取られるんじゃなくて、師匠を看取る側になりたいものです。

 

 ……まあ、解呪の影響で寿命が元の人間くらいになってるみたいだけど。

 

 あ、でも、魔力が増えていたみたいだし、ちょっとは延びてるかも。

 それでもきっと、師匠よりは短いんだろうけどね……。

 

「ん、どうしたイオ? そんな暗い顔して」

「いえ、ちょっと未来のことを……」

「ははっ、そうか。未来か。……ま、あたしはずっと見守ってやるから、安心しな」

「……っは、はい」

 

 もしかして、ボクが思っていたこと、師匠にはお見通しだったのかな……?

 

 多分、そうなんだろうなぁ……。

 

 だって、師匠って何でもありだから。

 

「さて、と。ちと長話もしすぎたみたいだし、あたしも一度仕事の方に戻るかね」

「師匠、今って仕事中だったんですか?」

「いや? ただの休憩だよ。まあ、イオと話しすぎて、ちょいと十分くらい遅れたが」

「うっ、す、すみません……」

「いやいいんだよ。世の中にあるどんなことよりも、お前との会話の方が、あたしは大事だしな」

「そ、そそ、そうです、か……え、えへへ……」

 

 真正面からそう言われて、つい嬉しくなる。

 こうやって、大事に思われているのって、すごく嬉しいし、すごくあったかくなる……。

 

 ボクは、師匠みたいな人になりたいなぁ……生活面以外はだけど。

 

「そんじゃま、あたしはそろそろ行くぞ」

「あ、はい」

「じゃ、またあとでな」

 

 そう言って、師匠は屋上から飛び降りていった。

 

 ……普通に考えたら、今の光景って大事件だよね、って思ったけど……ボクも似たような物なので、お互い様だよねと内心苦笑いした。




 どうも、九十九一です。
 久しぶりに大き目の章でちょっと長めに書いている気がします。ただ、私自身がスポーツが好きじゃないこともあって、地味に書くのが大変。体育祭だったらまだマシなんですが……どうにも、球技限定だとちょっと……。
 それから、やっと終盤の土台ができました。初期の頃に考えていた物をベースに、今まで書いてきた伏線になってしまっている部分を加えて、この作品の終盤部分の土台が完成しました。正直、かなりシリアスになりそう……。
 例によって、二話投稿についてはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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334件目 初日終了

 師匠と話した後は、やっぱり救護テントに戻りました。

 

 手持ち無沙汰だと何とも言えなくて……。

 

 ……まあ、ナース服だったんですけど……。

 

 最近、何の違和感もなく、女性の衣装を着るという発想が出るようになっている時点で、ボクの男としてのあれこれはなくなりつつあるということを自覚する。

 

 前向きに生きると決めた時点で、そうなるのは遅かれ早かれ来ていたことだと思うし、今更だけどね……。

 

 途中、美羽さんたちとも会って話したんだけど、どうやら来れるのは今日と明後日みたい。

 

 明日はお仕事だそうで。

 

 まあ、声優さんだしね。しかも、女委曰く、売れっ子声優さんらしいので、仕方ないと言えば仕方ないよね。

 

 ボクだって、無理に来てください! とは言えないもん。

 

 その人にはその人の都合があるということで。

 

 それに、最終日は来てくれるとか何とか。それは素直に嬉しいな。

 

 ……そう言えば、美羽さんたち、なぜか何かを企んだような顔をしていたような……。

 

 ちらっと顔を合わせた学園長先生も、ニヤってしてたし……。何か企んでるのかな?

 

 学園長先生のことだし、何か仕掛けを用意していても不思議じゃないから、今更調べたりはしないけど。

 

 そんなこんなで、球技大会初日が終了。

 

 今日の戦績と言えば、サッカーではボクの行動によって、二回戦目と三回戦目は不戦勝。

 準決勝進出となった。

 

 他のみんなの方は、男女共にバスケは準決勝進出で、態徒の方は、惜しくも三回戦で敗退してしまったようです。

 

 女委は……なぜか勝っちゃった、だそうです。

 

 試合中、男子の人だったら、なぜか前かがみになっていたのでその隙を突いて勝利したとか。女の子相手の場合は、なぜか四つん這いになったから、やっぱりその隙を突いて勝利した、とのこと。

 

 うーん、なんでそうなったんだろう?

 

 その話を聞いた、未果たちは一瞬で納得顔になったんだけど、ボクはどうしてそうなったのか理解できませんでした。

 

 それから、メルたちの方は、結構善戦だったそうです。

 

 メルとクーナの二人は今日は出場種目はなかったので、みんなの応援に行ったりしてたみたい。

 

 リルはあの後準決勝進出まで行って、それはミリアとスイの二人も同様でした。

 ニアはリルに負けてしまっただけなので、もしリルと当たっていなかったら、きっと決勝戦まで行ったと思います。

 ちょっと残念。

 

 できるなら、ワンツーフィニッシュを決めてほしかったものです。うん? フィニッシュで合ってるのかな? まあ、いいよね。

 

 でも、くじ運が悪かったなぁ……。

 

 来年に期待だね。

 

 やっぱり、異世界組である妹たちは、さすがにちょっとずるかったかな?

 

 でも、あのレベルなら、こっちの世界でも不思議なことじゃないし、ちょっと運動神経がいい子供としか思われなさそうだから、大丈夫だよね。

 

 いざという時は……ボクが何とかしよう。

 

 可愛い妹たちの為なら、何でもします。

 

 さすがに、犯罪行為はしないけど。

 

 ……グレーゾーンなことはしちゃうかもしれないけど……まあ、うん。なるべく、できるだけ、やらないようにしよう。

 

 

 みんなで集まってから、家に帰る。

 別に友達と一緒に帰ってもいいんだよ? って言ってるんだけど、

 

「ねーさまがいいのじゃ!」

「イオお姉ちゃんがいいです!」

「イオ、おねえちゃん、がいい……!」

「イオねぇがいいの!」

「イオお姉さまがいいのです!」

「……イオおねーちゃんがいい」

 

 だそうで……どうやら、ボクと一緒に帰りたいらしいです。

 

 みんなボクにくっつくようにして歩くものだから、ちょっと歩きにくい。

 

 ……でも、ボクとしてはすごく幸せなので、全然いいんだけどね。

 

 ただ、ボクにべったりすぎて孤立しちゃわないか心配。

 

 今は困らないかもしれないけど、これが中学生になっても続くようだったら、ボクもちょっとは言っておいた方がいいかも。

 

 ……言えるかはわからないけど。

 

 

 さて、みんなで仲良く家に帰ったら、そのままお風呂へ。

 

 五月下旬から、結構暑くなり始める。

 

 その上、球技大会っていう一種のスポーツ大会があったことを考えると、当然汗はかく。

 

 女の子になってからというもの、なんだかそう言う部分が気になるようになっていて、ちょっと汗をかくだけでお風呂に入らないとそわそわしちゃうことがある。

 

 あと、なんとなく自分が汗臭くないか心配になっちゃったりとか。

 

 一応、男の時からそう言うのは少しは気にしていたけど、女の子になってからはそれ以上に気になるようになった。

 

 うーん、やっぱり女の子ってそうなのかな?

 

 それはともかくとして、お風呂。

 

 引っ越したことにより、お風呂も前以上に広くなってたりします。

 

 前の家もそれなりに広くて、お風呂もそこそこ大きかった。だから、ボクとメル、師匠の三人で入れたわけで。

 

 でも、みんなでとなると、さすがにそれは無理。

 だけど、今回引っ越した家は、お風呂は前以上に大きかった。

 それに、みんなが小さいとあって、七人で入っても問題はないです。

 

 と言っても、今の状態で問題ないわけであって、成長したらそうもいかないと思うけどね。

 

 みんな、まだまだ子供だから、いずれ成長すると思うし。

 

 ボクは……できればボク自身の身長が伸びてほしい。

 

 欲を言えば、大人状態になった時の身長くらいはほしい。

 

 これでもし、みんなの方が身長が高い、なんてことになったら、すごく複雑な心境になるんだろうなぁ……。

 

 姉よりも背が高い妹……あ、でも、それはそれでいい、かも?

 

 そんなこんなで、お風呂に入る。

 

「ふぅ~~~……」

 

 湯船につかって一息。

 

「ニア、儂が背中を流すぞ!」

「ありがとうございます!」

「じゃ、じゃあ、メルおねえちゃん、は、わたしが……」

「ありがとうなのじゃ、リル!」

「……なら、わたしがリルの背中を」

「あ、ありが、とう、スイ……!」

「では、私がスイの背中を流すのです!」

「……さすが、クーナおねーちゃん。ありがとう」

「じゃあ、ボクがクーナねぇだね!」

「ありがとうなのです、ミリア」

「じゃが、それだとミリアの背は誰が流すのじゃ?」

「じゃ、じゃあ、私が流します。こう、丸くなれば、できると思います」

「おお! 名案じゃな!」

 

 という風なやり取りが目の前で繰り広げられていました。

 

 なにこれ、和む……。

 

 すっごく癒される光景だよぉ……ボクの妹たちの可愛さは世界一だと思います……。

 

 思わず、頬が緩む。

 

 可愛い妹たちの流しっこって、こんなにいいものだったんだね……。

 

 こうやって、広い浴槽に足を延ばしてリラックスしながら、メルたちの可愛らしい行動を見て癒される。

 

 なんて、贅沢なんでしょう。

 

 そもそも、可愛い妹がいるという時点で、かなり幸せなことだと思うのに、こんなに癒しな光景が広がっているとなると、かなりの贅沢だよね……いいね、こう言うの。

 

 一人っ子だったから、余計にそう思えるのかな。

 

 それにしても、みんなと出会った次の日にも思ったことだけど、小さいとはいえ、女の子には変わりないのに、本当に何も思わなくなってるなぁ……。

 

 男の時だったら、きっと顔を真っ赤にしてなるべく見ないようにしていたんだろうけど、今のボクはただただ微笑ましい光景にしか見えない。

 

 精神的な意味で言えば異性の小さな女の子の裸を見ていることになるんだけどね。

 

 うん、でも、可愛いからいいよね。

 

 可愛ければよしです。

 

 なんて、一人和んでいると、みんなが浴槽に入ってきた。

 

 小さいおかげで、七人全員で入れる。

 いいね、大きいお風呂。

 

「おー、やっぱり、ねーさまのおっぱいは浮くんじゃな……」

「イオねぇ、どうやったら、イオねぇみたいにおっきくなるの?」

 

 しばらくお風呂に入っていると、いきなりそう訊かれた。

 

「う、うーん……」

 

 どう答えようか……。

 

 一応、みんなはボクがもともと男だったことは知ってるんだよね……。

 

 向こうでは勇者と言われていたボクを知っているくらいだったし、引き取ると決めた次の日にある程度教えてたし。

 

 そんなわけで、ボクはみんなとは違って、100%天然な女の子じゃないんだよね……。

 だから、なんでここまで大きくなったかは、自分でもわからない。

 

 でも、なぜかみんなキラキラした目で見てるから、それらしいことを言わないと……!

 

「好き嫌いせずよく食べて、よく寝て、よく運動すること、かな」

「「「「「「おー」」」」」」

 

 あ、納得するんだ、それで。

 

 でも、間違ってない、よね? 多分。

 

 ……以前女委が、

 

『胸が成長するかは、遺伝にかかってるよ☆』

 

 って言っていた気がするけど、大丈夫だよね。うん。

 

「でも、みんなは胸を大きくしたいの?」

「儂はどっちでもいいのじゃ」

「私は……ちょっとは大きくしたい、です」

「わ、わたしも……ちょっと……」

「ボクはメルねぇと同じ!」

「私はサキュバスなので、大きくしたいのです!」

「……わたしは、救護テントで言った」

「な、なるほど……」

 

 メルとミリアの二人だけはどっちでもいいみたいだけど、他の娘たちは大きくしたいみたい。

 

 クーナとスイの二人はサキュバスだから、っていう種族的な理由だけど。

 

 そんなにいいものじゃないと思うんだけどなぁ、大きいのって。

 

 ただ、ふと思うんだけど……種族的なあれが原因なのか、クーナとスイの二人を見ると、そこそこ胸が膨らみ始めてるんだよね。

 

 他のみんなも二人ほどではないとはいえ、ちょっと膨らんでるように見えるし……意外と、発育がいい、のかな、みんな。

 

 どうなんだろう?

 

 なんて思っていたら、

 

 くぅぅ~~~……

 

「……お腹空いた」

 

 不意に、スイのお腹が鳴り、手でお腹を抑えながらそう呟いた。

 

「今日はそれなりに動いたからね。それじゃあ、もうちょっと浸かったら上がろっか」

 

 そろそろいい時間だし、お腹も空くよね。

 

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 

 お風呂に入って疲れを癒した後は、夜ご飯。

 

 今日は母さんが作ってくれた。

 

 母さんの料理は美味しい。

 なんと言うか、温かさがあるというか……すごくほっとする。

 

 おふくろの味、っていう言葉があるけど、母さんの作るご飯本当にそんな感じ。

 それはボクだけじゃなく、みんなもらしいけどね。

 

 母さんの料理をいつも美味しそうに食べている。

 

「ふふっ、こうやって美味しそうに食べてもらえるのは、作り手として嬉しいものよねぇ。ね、依桜?」

「うん、そうだね。……って、ミリア、口の周りについてるよ?」

 

 ミリアの口の周りにソースが付いていたので、ティッシュで拭う。

 

「ありがとう、イオねぇ!」

「どういたしまして」

「……お姉ちゃんしてるわねぇ」

「だなぁ。父さん、まさか依桜がここまで妹好きになるとは思わなかったぞ」

 

 だ、だって、みんな可愛いし……。

 それに、ボクが妹であるみんなを好きになるのって、そんなに意外かな?

 

 そうでもないと思うんだけどなぁ……。

 

 

 夜ご飯も食べ終わり、少しする頃にはみんながうとうとしだした。

 

 こっちに来て初めての学園行事で、スポーツ系だったからね。

 

 今日種目に出なかったメルとクーナの二人も、学園内を歩き回ったり、友達の応援をしていたみたいだし、疲れるよね。

 

 こっくりこっくり舟をこぎだしたのを見てから、ボクはみんなをいつもの場所に連れて行って、この日は就寝となりました。

 ちなみに、半分寝てる状態でも、ボクに抱き着いて寝るのは変わらないみたいです。




 どうも、九十九一です。
 実質的に二作同時に書いているせいか、以前以上に負担が増した気がしています。まあ、前日譚の方は週一くらいなので、毎日やらないだけマシと言えばマシなんですが……。
 球技大会、書くのがすごく疲れる。ない頭から無理矢理文字を捻出しているようなものですしね。
 まあ、それはともかくとして、今日はどうあがいても二話投稿は無理ですね。明日ちょっと予定がありますので。
 なので、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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335件目 二日目の朝

 翌日の朝。

 

「……お、重い」

 

 何かがボクの上に乗っかっていて、すごく重く感じた。

 

 十中八九、みんなだと思うんだけど……なんで、こんなに重く感じるんだろうなぁ……。

 それに、ちょっとだけすーすーするような気がするし……。

 

 ……まあ、なんとなくわかってるんだけどね。

 

「……あ、うん。小さい」

 

 朝起きると、ボクの体は小さくなってました。

 

 随分、久しぶりな気がします。

 

 最後に体が変化したのっていつだっけ? と思いながら、起き上がる。

 

 その際、みんなを起こさないように細心の注意を払う。

 

「さて、ごはん作らないと」

 

 小さくなってもやることは普段と同じです。

 

 

「むぅ~……やっぱり、ちょっとやりにくい……」

 

 身長自体は、大体四年生組の娘たちと同じなんだけど、普段より縮んでしまっている影響で、料理がしにくい。

 

 と言っても、小さくなるのもそこそこ慣れているので、料理の方もちょっとやりにくいだけであって、全然できない、なんていうことはないです。

 

 そもそも、体が小さくなったりとか、大きくなったりとか、耳とか尻尾が生えたりするなんて、まずありえないんだけどね……。

 

 ボクの場合は特殊すぎる体質になっちゃったからね……まあ、だからこそ、色々と慣れが必要なわけで。

 

 とはいえ。こんな特殊体質も、去年の十月頃からの付き合い。

 

 慣れてます。

 

 ただ、フライ返しの時なんかは、ちょっと大変だけどね。両手でやらないといけないから、いつも以上にやりにくい。別に、重いからできないって言う理由じゃなくて、単純に手が小さくなっちゃったから、なんだけどね。

 

 そんな風に、少しだけ苦戦しつつも、今日の分のお弁当が完成。

 

 昨日よりは少なめ。

 

 美羽さんたちは今日来ないしね。

 

 その分少な目に作れる。

 

 師匠は今日は一緒に食べるって言ってたし、一緒でいいよね。昨日は忙しくなるから別で、って言って別々にしてたし。

 

「ふぁあ~あ……おーっす、イオー……」

 

 師匠の事を思っていたら、本人が大きなあくびをしながらリビングに来ました。

 

「あ、師匠。おはようございます。朝ごはん食べますか?」

「ああ、もらう……って、お前、また小さくなったのか?」

「はい。朝起きたらこうなってました」

「軽いな……いや、まあ、そこそこ長いしな、その体質は。慣れて当然か」

「はい」

「……にしても、あれだな。小さいイオってのも、可愛くていいな」

「ふぇ!?」

「なんと言うか、普段のイオにはない魅力というか……いや、普段もすっごい魅力的だが、ちっさいと内面と外見のギャップが半端ないな」

「い、いいい、いきなりそんなこと言わないでくださいよぉ!」

「ははは! 声も子供っぽくなってて、いいもんだ!」

 

 あぅぅ、いきなりそんなこと言われると、心臓に悪いんですよぉ……。

 別に、可愛くないと思うのに……。

 

「んじゃま、いただくかね」

「……めしあがれ」

 

 

 師匠は朝ご飯を食べ終えると、すぐに学園へと出勤していった。

 

 体育教師はこういう時仕事が多いって、愚痴を言ってた。

 

 そういう仕事なんだから頑張ってください、と言っておいたけど。

 

 その後は、父さんと母さんも起きてきて、朝食を食べたらそのまま仕事に行きました。

 

 今日も仕事だそうです。

 明日は休みだから来るって言ってたけど。

 

 高校生ともなると、両親が見に来るというのは、少しばかり恥ずかしいような気持がある。

 

 小学生くらいだと、ついつい目立ちたくなっちゃって、普段以上に頑張る! っていう子が多いのにね。成長すると、恥ずかしくなる。

 

 ある意味仕方ないと言えば仕方ないよね。

 

 ボクは……昔から変に目立ってたからなぁ……この銀髪と碧い瞳のせいで。

 

 まあ、今も十分目立ってる気がするけどね……。

 

〈どもー、イオ様〉

「あ、アイちゃん。おはよう」

〈ええ、おはようございます。おや? イオ様ちょっと縮みました?〉

「あ、うん。小さくなっちゃってね。今日はこのままだよ」

〈ほほう! これがデータにあった、イオ様の特殊体質ですか! ほーう、なるほどなるほど……THE・ロリ、って感じですね。うむ、世のロリコンどもが血走った眼で見そうな姿で〉

「さ、さすがにないんじゃないかな……? みんなならわかるけど、ボクはさすがにないと思うけど……」

〈何を言うんです。イオ様は銀髪碧眼の超絶美幼女じゃないですかっ! そんなんでロリコンに見られないと言ったら、一体どんなロリが見られると言うんです!〉

「いや、あの、何を言ってるかわからないんだけど……」

〈まあ、イオ様は超が付くほどの鈍感ですし、気づかなくても不思議じゃないですよねぇ〉

 

 ……なんだろう。ちょっと馬鹿にされているような気がする。

 

〈にしても、明日までは本当暇ですねぇ、私〉

「明日って言うと……あの、学園長先生のお手伝い?」

〈はいそうです。明日は楽しくなりそうですよー、私は〉

「そうなんだ」

〈イオ様も楽しめるんじゃないですかねぇ?〉

「ど、どうだろう? 学園長先生のおねがいごとだし……あまりいいよかんはしないかな……」

 

 少なくとも、異世界転移装置が出来たから、試運転して! ってお願いしてくるような人だもん。

 

 あと、プレイヤーであるボクに運営側の仕事をさせてきたりするし。

 あの人が考えて、ボクが巻き込まれるタイプのことでいいことなんて起こったためしがないよ。

 

〈んまー、なーんかサプライズ的なことも用意してるみたいですしー? いいんじゃないですかねー?〉

「ふあんにしかならないね、その言い方……」

 

 むしろ、楽しみになれるアイちゃんがすごい。

 

 ……って、アイちゃんって学園長先生の所の研究員の人たちが創ったんだから、楽しいこと好きだったとしても不思議じゃないよね……というか、絶対そうだよね。

 

 一体、何をするつもりなのかなぁ。

 なんて思っていたら、メルたちが起きて来た。

 

「ねーさま、おはようなのじゃ!」

「おはようございます!」

「おは、よう!」

「イオねぇおはよう!」

「おはようなのです!」

「……おはよう」

「あ、みんな、おはよう。朝ごはんできてるから、食べちゃって」

 

 って、ボクがいつも通りに言った瞬間、

 

「「「「「ええええぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」

 

 って、メル以外のみんなが、ボクを見て驚いた声を上げていました。

 あ、そう言えばみんなには説明してなかった。

 

 

 というわけで、朝ご飯を食べつつ、みんなに事情説明。

 

「――ということなんだよ。だからたまにちっちゃくなったり、大きくなったりするけど、あまり気にしないでね」

「「「「「はーい!」」」」」

 

 普通に納得してくれて何より。

 

 というか、みんなもナチュラルに納得するんだね……。

 

 まあ、異世界出身って言うことを考えたら、こんな不思議体質な事実があったとしても、大して問題じゃないのかも。

 

 実際、師匠のような人だっているし。

 

 と言っても、あの人は色々と比べちゃいけない人だから、ちょっとあれだけどね……。

 

「でも、イオお姉ちゃんが私たちと同じくらいだと、不思議ですね」

「あ、あはは……ボクも、ふだんはみんなより大きいのに、今は同じ目線だから、しんせんだよ」

 

 滅多にないもんね。こんなこと。

 

 でも、こうして変化するのはご無沙汰だったからなぁ……。

 

 いつ来るかわからないから、常にその時に合わせた準備しておかないといけないからね。

 今は『アイテムボックス』もあるし、大ごとにはならないんだけど。

 

 ……そう言えば以前、生理中にこの姿になった時があったけど……あの時はなぜか整理が収まったっけ。

 あれかな。体が縮んだことで、それがなかったことにされた、とか?

 

 あの時は助かったよ。

 

 生理って、本当に辛いんだもん……。

 

「イオお姉さま、今日は大丈夫なのですか?」

「きゅうぎ大会のこと?」

「はい」

「問題はないよ。小さくなると、ふだんの三分の一になっちゃうけど、裏を返せばそれくらいで動けるからね」

「……おー、さすが、イオおねーちゃん。神」

「あはは、ボクは神様じゃないよー」

 

 師匠曰く、ボクは師匠が親友だった神様に似てるらしいけど、ボクは人間ですからね。神様じゃないですよ。

 

「えっと、今日はメルとクーナがしあいにでるのかな?」

「うむ!」

「そうなのです」

「メルの方は……ボクもしあいがあるから、見に行けたら行くね。クーナの方は多分行けるかもしれないから、行くよ。もしかしたら、保健委員のほうがあるかもしれないけど……」

「はーいなのじゃ!」

「わかったのです」

 

 よかった。これで駄々をこねられたら、ボクは本気でドッジボールで勝たなきゃいけなくなるところだったよ。

 

 三分の一に低下しているとはいえ、こっちの世界基準ではかなり強いことに変わりはないしね……。

 

 たしか、攻撃力があと2増えれば四桁って言ってたから……998、なのかな?

 

 それの三分の一……大体、約332くらいかな。

 

 ……うん。それでもダメだね。本気で投げたら、頑丈じゃない人じゃない限り、死んじゃいかねない……セーブを心がけよう。いつも通り。

 

 

 朝ご飯を食べ終えたら、みんなで学園へ登校。

 

 今日は二日目で、行われる種目は、ソフトボール、ドッジボール、バレーボールの三種目。

 

 昨日ほどの慌ただしさはないかな。

 

 でも、全部集団系種目だから、怪我人が何人も出そう……。

 

 頑張らないと。

 

「ねーさまねーさま」

「なに? メル」

 

 内心頑張ろうと意気込んでいると、メルがボクを呼んできた。

 

「手を繋いでもいいかの?」

「きゅ、きゅうだね。どうしたの?」

「今のねーさまが儂と同じくらいじゃから、手を繋いでみたいなと思ったのじゃ。……ダメかの?」

 

 はぅっ、潤んだ瞳でそれは反則だよぉ……!

 

「も、もちろん、いいよ」

「わーいなのじゃ!」

 

 嬉しそうにすると、メルはボクの右手に自分の左手で握って来た。

 あ、あったかくてぷにぷにしてる……。

 

「あ、メルずるいです! 私も繋ぎたいです!」

「わた、しも」

「ぼくも!」

「私もなのです!」

「……わたしも!」

 

 あ、こ、こうなっちゃったか……。

 う、うーん、じゃあ……

 

「えっと、とりあえずかわりばんこにね? ね?」

 

 こういう時は、順番に交代すれば大丈夫なはず。

 

「「「「「「はーい(なのじゃ)」」」」」」

 

 は、早い。すぐさま提案を受け入れてくれた……。

 

 以前読んだライトノベルだと、喧嘩になっちゃって色々と大変そうだったんだけど、現実だとそうはならないんだね!

 

 みんなが素直ないい子でよかった!

 

「じゃあ、最初はメルとニアでいいかな?」

 

 と言うと、みんなはすぐに頷いてくれた。

 

 そして、嬉々としてニアがボクの空いている左手を右手できゅっと握って来た。

 

 メルとは違って、ぷにぷにというよりふにふにしてる手。

 

 うん……いいなぁ……。

 

 朝から、かなり幸せな気分になりました。

 

 

 そんな風に、溺愛しまくっている妹たちとかわるがわる手を繋いで歩いていた依桜たちを見た通行人と言えば、その幼女たちの甘~い空気感に胸を押さえて倒れた。

 

 全員もれなく、緩み切った表情をしていた。

 

 幼女でも、被害は出すようである。




 どうも、九十九一です。
 最近、また調子が悪くなりつつあります。体調ではなく、執筆の方ですが。あれですね。こうも苦手な分野を書いていると、調子悪くなるんですね。いい感じのネタが思い浮かばない……。
 現段階で思いついているのは最終日くらいですね。二日目は多分、一番うっすい日になるかも? やることが少ないですからね。まあ、頑張りますとも。
 例によって、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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336件目 二日目朝、救護テントにて

「おはよー」

『『『ああ、今日はロリか』』』

 

 ボクがいつも通りに登校して、教室に行くと、クラスのみんなから一斉にそう言われた。

 

 慣れたね、みんなも。

 

「おはよう、依桜」

「あ、おはよー、未果。それと、晶」

「ああ、おはよう。……しかし、久しぶりじゃないか? その姿は」

「うん。最後に小さくなったのは、CFOの時だけど、あの時はしっぽと耳があったからね。このすがただと、四月、かな」

「ん? 四月は、その姿になっていた記憶がないんだが……」

「あ、そっか。あの時は並行世界にいたし、わからないよね。むこうでちっちゃくなっててね。たぶん、最後はその時」

「へぇ~。私たちが知らない間に、小さくなってたわけね」

「うん」

 

 平行世界では、もう一人のボクもその姿になるらしいけど、そう言えば見なかったなぁ。

 

 あの時は、小さい姿と大人の姿だったからね。

 

 今のボクは通常時の姿を含めて、五パターンあるけど……その内の一つ、通常時に耳と尻尾が付いた状態の姿は、冬〇ミ以降、一度もなっていない気が……。

 

 ま、まあ、変化しないのはいいことなんだけどね。ボクからしたら。

 

「おーっす」

「おっはー」

「あ、二人とも、おはよー」

「んお! 依桜がロリになってる!」

「おー! 久しぶりのロリ依桜君だ! やった! 今日はこれで勝つる!」

「か、勝つるって……えっと、女委は今日出るしゅもくはなかったはずだけど……」

「細かいことは気にしないのー。それにそれに、依桜君がロリになれば、ただでさえ高かった勝率が100%レベルにまで引き上げられるからね!」

『『『うんうん』』』

「あの、なんでほかのみんなもうなずいてるの……?」

 

 この世に100%なんてないと思うんだけど……。

 

 もしかしたら、ボクが誰かが投げたボールに当たる可能性だってあるんだよ? 全力で避けるつもりだけど。

 

 ……まあ、当たろうものなら、師匠からのお仕置きが飛んできそうだけどね……。

 

「ドッジボールは外だっけか?」

「あ、うん。そうみたいだよ。ソフトボールは野球用のグラウンドを使うみたい」

「……俺たちは慣れているからあれだが、普通に考えて野球用のグラウンドが別で作られていたり、テニスコートやプールが屋外と室内に一ヵ所ずつとか、相当おかしいよな、この学園」

「今更でしょ。少なくとも、フルダイブ型MMORPGを創るような人物が学園長をしている学園よ?」

「……それもそうか」

「わたしたち、知らない間に毒されてるよねぇ。だって、学園がこんなにおかしな場所なんだもん」

「だなー。特に依桜なんてすっげえ巻き込まれてね?」

「あ、あははは……」

 

 ……ほんとにね。

 

 この学園が変だと思いだしたのは、異世界から帰ってきた後だったなぁ……。

 

 それまでは変だとあまり思わなかったよ。

 

「んでもよー、変とは言え、この学園は楽しいよな。イベント多いしよ」

「まあ、そうね。学園長が何と言うか……快楽主義的な部分があるわけだしね」

 

 快楽主義……あながち否定できないというのもなんだかなぁ……。

 

 あの人は何と言うか……自分が楽しそう、楽しいと思ったことに対しては愚直なまでに行動するし、そこに謎の気持ちよさを見出してそうだもんね……。

 

「そう言えば、依桜は、最初は保健委員の仕事?」

「うん。そうだね。初等部の方でおしごと」

「あれだね。ロリロリしい姿で行ったら、初等部の子供たちがこぞって話しかけそうだよねぇ。どう見ても、小学四年生くらいだし~」

「そうだな……。依桜、頑張れよ」

「も、もちろん。あと、別に話しかけてこないと思うよ? ボクだもん」

「「「「……」」」」

 

 あの、なんで何も言わないんでしょうか……。

 最近、みんながボクに冷たいような気がします……。

 

 

 それから少しして、球技大会二日目開始時間となったので、更衣室に行き着替えた後は、グラウンドの方へ。

 

 と言っても、ボクはすぐに仕事があるので、そのままみんなと別れて初等部の救護テントの方へ。

 

 ……ちなみに、例によってナース服です。小さい時用の。

 

「おはよございます」

「おはよ――って、え? だ、誰?」

 

 ボクが救護テントに挨拶をしながら入ると、にこやかに挨拶を返そうとしていた小倉先生の表情が一瞬固まり、誰、と言ってきた。

 

 うん……そうだよね。

 

「え、えーっと、しんじがたいかもしれないですけど、ボク、依桜です。男女依桜」

「……え? お、男女さん? ほんとに?」

「じ、実はたまに体の大きさが変わるたいしつでして……そのぉ、ちょっと、ちっちゃくなってまして……」

「ふ、不思議な体質……ま、まあでもわかりました。でも、小さくなったら手当とかしにくいんじゃ?」

「だいじょうぶです。小さいじょうたいはなれてますから」

「さすがですね、男女さん。でも、手当てが慣れてる女子高生というのも、ちょっとおかしな話ですね」

 

 くすりと笑いながらそう言う小倉先生。

 

 ボクの場合は、昔から救護道具を持っていたのと、単純に向こうの世界で何度も手当てをしていたからだしね。

 

 慣れて当たり前というか……。

 

「でも、それくらいの姿だと、逆にやりやすいかもしれませんね。ここは初等部のテントですから」

「そうですね。初等部の子たちと同じくらいのせたけですからね。やりやすいかも」

「まあとりあえず、今日もよろしくお願いします、男女さん」

「はい!」

 

 というわけで、今日のお仕事が始まりました。

 

 

 ……なんて、そんな感じに気楽(?)に思ったものの……

 

『ね、ねえねえ、君って何組!?』

「え、えーっと、あの……」

『ずるい! 俺にも教えて!』

『今度一緒に遊ばない!? 秘密基地があるんだ!』

 

 こんな風に、救護テントに来た子供たちに囲まれていた。

 あ、あのぉ~……なんで、こんなことに?

 

 たしか……最初は……

 

 

『す、すみません、怪我しちゃったんですけど……』

「わかりました。じゃあ、そっちにいる娘――男女さんに手当てしてもらってね」

『は、はい』

 

 最初に来たのは、五年生くらいの男の子。

 

 えーっと、今日は基本的に全部の種目が同時に行われているはず。

 

 でも、転んだような跡があって、砂が付いているところを見ると、ドッジボールかソフトボールだね。

 

「えっと、どうしたのかな?」

『え!? か、可愛い……』

「? あの、どうかしました?」

『あ、う、ううん! え、えっと、ちょっと転んじゃって……』

「わかりました。じゃあ、そこに座ってください」

『う、うん』

 

 なぜか顔が赤い男の子をベンチに座らせる。

 

 救急箱からガーゼと消毒液、あとは傷口の大きさに合った絆創膏を取り出す。

 

 最初は水で軽く流して汚れを取る。その後に消毒して、絆創膏を貼る。

 

「はい、もうだいじょうぶですよ」

『あ、う、うん。えっと、あ、ありがとう』

「どういたしまして」

 にこっと笑ってそう言うと、

『――っ!』

 

 男の子はさらに顔を真っ赤にさせた。

 

「あ、あれ? どうしたの? もしかして、具合でも悪いのかな?」

 

 ちょっと失礼と思いつつも、男の子に額に手を当てる。

 

「うーんと……うん。ねつはないみたい……って、え!? だ、だいじょうぶ!? すっごく赤いよ!?」

『な、なななんでもないでひゅっ!』

 

 男の子はそう言うと、慌てたように救護テントを出て行ってしまった。

 

「も、もしかしてボク、何かきにさわることでもしたのかな……?」

 

 ちょっと心配になった。

 

「……すごい。無意識で男の子を堕としてる……男女さん、恐ろしい娘っ……!」

 

 なんとなく、小倉先生が戦慄していたような気がした。

 

 

 それで、その後も怪我の手当てをして行った。

 

 打撲した人にはそれに適した方法を。擦り傷にも同じく。

 

 たまに、ちょっとドクターストップがかかりそうなほどの結構な大怪我の子もいたんだけど、そう言う子たちにはこっそり『回復魔法』を使用。さすがに、初めてのイベントごとで、怪我して参加できない! なんていうのは、小学生の子たちには酷だもんね。

 

 思い出づくり。大事。

 

 その時、基本的に笑顔で丁寧に素早く手当てをしていました。

 

 なぜか、手当てした子(特に男の子多め)たちが顔を赤くしていたのが気になったけど。

 

 そんな風にしていたら……

 

 

 今の状況になったわけで……。

 

 あれ? これって、ボクが悪いの?

 

 でも、ただ手当てをしていただけなんだけど……うん。ボク、悪くない。

 

 だけど、この状況をどうにかしないとだめだよね。

 

「え、えっと、いきなりそう言われてもこまるというか……ここは、きゅうごテントです。けがをした人を手当てするところなので、あの……あ、あそびにさそったりするのは、こ、こまります……」

(((か、可愛い……)))

 

 うん? なんか今、同じことを思っていたような気が。

 

 こてんと小首を傾げる。

 

「あざとい……あざといですね、男女さん……」

 

 あれ? 小倉先生も何か今言っていたような……。

 

 なんだろう?

 

 って、そうじゃなくて。

 

「え、えっと、それで、とりあえずは自分たちのクラスの人のおうえんに行くとか、おともだちのおうえんに行った方がいいと思います、よ?」

『わ、わかった! 俺、友達のとこ行ってくる!』

『お、おれも!』

『俺も俺も!』

 

 と、そう言って、男の子たちは去っていった。

 

 何だったんだろう?

 

 ……とりあえず、これで困りごとはなくなったね。

 

 なんだか、追い出すみたいな感じになっちゃって、すごく申し訳ない気持ちになったけど、ここは救護テント。遊ぶ場所じゃないのです。

 

「大変でしたね、男女さん」

「小倉先生……見てたのなら、止めてくれても……」

「いえいえ。小さな少年たちが若すぎる青春をしている姿を見たら、止めるのが忍びなくて」

「どういういみですかそれ」

「んー、少年たちの淡い恋心、的な?」

「恋心もなにも。あいてはボクですよ? さすがにないですよ」

「……あれ。もしかして、男女さんって相当な鈍感……?」

 

 小さい声で何かを言っていた気がするんだけど……なんて言ってたんだろう?

 

「ね、ねえ男女さん。あなたって、周囲の人に鈍感とか言われたことない?」

「え? まあ……ありますよ? なぜか。ボク、けっこうするどいと思うんですけどね。てきいやさついのこもったしせんとか、たまにくるむねへのしせんとか気づくんですけど……」

「……あ、はい、そうですか」

 

 小倉先生、なんでちょっと微妙な表情してるんだろう?

 

 ボク、変なこと言ったかな……?

 

 あ、もしかして、殺意とか敵意のことかな? まあ、こっちの世界の人は普通に暮らしていたら、ほとんど遭遇しないようなタイプのものだもんね。微妙にもなるよね。

 

(絶対、違う意味で納得してる、男女さん。そっか……超鈍感で、ド天然なんだ、男女さんって。しかも、異性を無意識に堕としてるし……何かのキラーでも持ってそう。……ある意味、天然記念物)




 どうも、九十九一です。
 日常回を書きたい。この章を書きながらほぼずっとそう思ってます。なんで、こんなイベントをぶち込んでしまったのか。行き当たりばったりって、自分の首を絞めるんですね……まあ、前々から知ってましたけど。
 すごいどうでもいいことなんですが、画力が欲しいと思いました。単純に画力があれば、この作品のキャラが見れるから、という理由です。書けても、ちびキャラなんですよね、私。普通の頭身キャラは書けない……。昔から二頭身とかちびキャラが得意だった私。画力がある人がうらやましい。
 なんて、私のどうでもいい愚痴はいいとして。例によって、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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337件目 無意識悪魔な依桜ちゃん

 初等部での仕事をこなしていると、ボクが出場するドッジボールの時間になった。

 

 一応、仕事の方は交代したので問題なしです。

 

「来たよー」

『あ、依桜ちゃん待ってたよ!』

 

 ボクがドッジボールが行われる場所に行くと、クラスメートの人がボクを見て笑顔を浮かべる。

 

「えーっと、最初のしあいってきまってるの?」

『んーん? これからだよ。でも、依桜ちゃんは忙しそうだよね。初等部の方でお仕事って聞いたから』

『そうそう。弟に聞いたんだけど、初等部の方はテンションが振り切ったあまり、怪我する子たちが続出したらしいね。で、それを手当てする銀髪の女の子が大人気とか』

 

 ……い、いやいや、銀髪の女の子くらい、ボク以外にも……って、いないよね。

 

 普通に考えたら、ロシア系とか北欧系の人たちじゃない限り、銀髪なんてありえないよね……。

 

 ボクは単純に隔世遺伝だから、日本人なのに銀髪碧眼なわけですし。

 

 ……あれ? でも、隔世遺伝って言うことは、少なからずその人の血が流れている……というか、その人の血が色濃く受け継がれちゃってるってことだよね? そうなると、ボクって純日本人とは言えないような……。

 

 うん。まあ、今更。

 

 銀髪碧眼は生まれつき。それだけです。

 

 それがたとえ、海外の人だろうと、人外の人だろうと、関係はないのです。ボクがボクであること。それが大事だと思います。

 

 でも、なんだかんだで、ボクの先祖……ボクが銀髪碧眼になった元の人を知りたいと思っている自分がいる。

 

 あれかな。学園長先生に頼めば調べてくれたりするのかな?

 

 ……簡単にやってのけそう。その内頼もう。

 

 その前に、父さんや母さんに聞くのもありかもね。

 

 あ、思考が逸れた。

 

 戻そう戻そう。

 

 ……うーん、まさかボクが初等部の方でも変に有名になってるなんて……。

 

 なんと言えばいいのか……。

 

 でも、ボク有名になるようなことしたかな? ただちょっと、いつも通りに優しく丁寧に素早く手当てをしただけだよ?

 

 擦り傷の手当てなんて、十秒もあれば十分だし、仮に骨折していたり、ひびが入っていても、『回復魔法』による治療によって、一瞬で治療が可能。

 

 でも、『回復魔法』の方は別としても、手当ては速いだけで普通。

 

 そこまで有名にならない気がするんだけど……。

 

 可愛い、と言っても、ちょっと小さくなっただけだもん。今のボク。

 

『依桜ちゃんって、多才?』

「た、たさいって言われても、ボクはふつうだよ?」

『『『え? 男女(依桜ちゃん)が普通……? ないない』』』

 

 ……みんな、酷くないですか?

 

 

 なぜか酷いこと(?)を言われた後、すぐに順番決めのくじ引きが行われた。

 

 ちなみに、代表はボク。なんで? と思ったけど、まあいいかなと。

 

 他の種目と同じく、一枠だけシードがあるみたいです。

 

 今回、そこを狙いたいけど……果たして、ボクの幸運値がそれを引き当ててくれるかどうか。

 

 幸運値というのは、何度も説明している通り、単純に引き当てにくい、もしくは起こり難い事象や可能性を引き当てるもの。

 

 それがもし、複数個あった場合は、本当にランダムになる。

 

 わかりやすいのだと、ボクが以前引いた福引。

 

 玉百個に対して、当たりが一個だったら確実に引くんだろうけど、これがもし、一等が二つ、二等も二つで、三等と四等も二つだった場合、どれもが等しく同じ確立になるわけで……。

 

 そうなってくると、全部が一番引き難いものということになります。

 

 この四つの中から引くのは確実なんだけど、そのどれかまでは不明。だから、一番確率が低いものが、全く同じ確立だった場合、そこからは本当の意味での運になる、というわけです。

 

 それが、今の状況と何の関係が? と訊かれれば、答えは単純。

 

 こういうくじ引きの場合、考え得る確率は三つかな。

 

 一つは、シードを引き当てること。

 二つ目は、この中で一番強いクラスと当たること。

 そして三つ目、これは二つ目と同じような形で、一番弱いクラスと当たること。

 

 こうなります。

 

 ここで言う一番強いクラス、というのは、ボクのクラスを除きます。だって、ボクの力って異常だもん……。というより、自分のクラスを含めるわけないもんね。

 

 だからこそ、ボクがシードを引き当てるには、実質三分の一というわけで……。

 

 実際、幸運値はかなり正確。

 

 100とか200だったら、ほとんど変わらないんだけど、これがボクのように四桁で、尚且つ7777という、なんだかおかしな数字ともなってくると、低い確率を引くのが当たり前、みたいなところがある。

 

 ちなみに、師匠でも多分、ボクとほとんど同じ結果が得られるんじゃないかなぁ……。

 

 なので、今回はこの三つのどれに転ぶのかわからない……。

 

 あと、今の二つ目と三つ目に該当しないクラスはどうなのか、と聞かれると、ここは幸運値のシステム(?)の面白いところで、一番上と一番下以外は、一つの括りとしてまとめられてしまう節があります。

 

 幸運値が100とか200くらいの人たちは、これを引き当てる場合が多い、というわけです。

 

 ……うーん、あれ? そう言えばこういう知識って、どこの本で身に付けたんだっけ?

 

 向こうで調べて、どこかの本に書いてあったような、なかったような……ま、まあ、いいよね。きっと、調べすぎて忘れているだけだよね!

 

『じゃあ、次の人、引いてください』

 

 あ、ボクの番だ。

 

 よ、よし。引こう。

 

 狙うのはもちろん、シード……極力目立つ機会は減らしたい。

 

「これっ」

 

 ごそごそと箱の中で手を動かし、なんとなくで引き抜いた棒には……

 

『八番ですね』

 

 八番と書かれた棒でした。

 ちなみに、シードは空白です……。

 

 ……や、やってしまった……。

 

 

 その後、対戦表が張り出され、そこを見ると、ボクのクラスは三年六組。

 

 サッカーの時と同じく、またもや三年生。

 

 それがわかった際、クラスのみんながちょっと苦い顔をしていた。

 

「えっと、どうしたの?」

『いやさー、三年六組って言えば、ドッジボール部に入ってる奴が多いらしくてな。しかも、無駄に強いんだぜ? うちの学園のドッジボール部。無駄に全国とか言ってるらしいし』

『実際、優勝候補って言われるよねー』

 

 あ、なるほど……だから、ちょっと苦い顔をしてたんだ。

 

 あと、無駄には余計だと思います。

 

 ドッジボール部と言えども、ちゃんとした部活。よく小学生とか、授業でやるようなドッジボールとはわけが違うはずです。

 

 それにしても……一番強いクラスを引き当てちゃったんだね、ボク……。

 

 ……これが弱いところならまだ大丈夫だったのかもしれないけど、一番強いクラスともなると、勝ったら相当目立ちそうだよね……。

 

 ……でも、ボクの気持ち云々は置いておくとして、普通に考えたらみんな勝ちたいよね……。

 

 ボクの気持ちを優先させてまで目立ちたくないか、と言われればそうじゃない。

 できる事なら、みんなの方を優先させたい。

 

 ……どのみち、頑張るしかないね。これ。

 

 

 結局やるしかないと思っていると、ボクたちのクラスの試合になりました。

 

 最初に外野を決めるんだけど……さすがに、ボクが外野になると色々と問題が発生するので、遠慮しておきました。

 

 だって、ボクにボールが回ってきたら、一度も取られることなく当て続けられるよ?

 

 そうなったら、ボク以外の人たちが何も面白くないので、できる限りサポートに回るつもりです。ボク。

 

 そんな事を思っていると、気が付けば目の前でジャンプボールが行われていました。

 

 うわぁ……三年生の人、背が高い……百八十以上あるよね? う、羨ましいなぁ……。

 ボクなんて、男の時は157だったのに……許すまじ。

 

 たった一年の差なのに……実質的にはボクの方が年上だけど、なんで、ボクよりも身長が……。

 

 うぅ……神様って酷い……。

 

 ボクなんて、あの三年間で身長はまったく伸びなかったよ。筋肉は結構付いたけど。

 

 でも、それでも華奢って言われたなぁ……腹筋は割れてたんだけど。

 

 ……そう言えば、成長期などに筋肉を付けすぎると身長が伸びにくいっていう話を聞いたことがあるけど……あれ。もしかして、あの三年間で身長が伸びなかった理由って……急激に筋肉を付けたからとかじゃあ……?

 

 ……あぁぁ……自分で自分の首絞めてたよぉ……あぅ。

 

 で、でも、一応今は身長が伸びてるし、だ、大丈夫なはず……。

 

 せめて、男だった時の身長くらいになってほしい。切実に。

 

『お、男女危ない!』

 

 うーん……でも、これ以上伸びるのかなぁ……。

 

『って、え!? ちょ、今なんかノールックで避けなかったか!?』

 

 実際、二十二歳まで人は成長するというのを、以前学園長先生に言われたけど、どうなんだろう?

 

『というか、なんか考え事してるよね!? 依桜ちゃん、うんうん考えてるよね!? なのに、なんで最小限の動きで避けられてるの!? ちっちゃいのに!』

 

 目標としては、百六十かなぁ……。

 

 やっぱり、元男として、それくらいは欲しいところ……。

 

 ……だけど、元日に引いたおみくじには、少ししか伸びないって書いてあったし……絶望的な気が……。

 

『クソッ! こ、こうなったら……俺の全力投球をくらえぇぇぇぇぇぇぇ!』

 

 パシッ! ビュンッ!

 

『ごはぁっ!?』

『……依桜ちゃん、今、ノールックでキャッチしてそのままボールを投げてたよね? あれ? 私の目がおかしいのかなぁ?』

『安心しろ。俺もそう見えた。というか、考え事しながら平気でドッジボールしてね?』

『あと、どう見ても目の前のことを見ていない気がするんだけども』

 

 うーん……うーん……って、あれ?

 

「あ、あの、みんななんでそんなにボクを見てるの……?」

『『『え? もしかして、無意識……?』』』

 

 え? え?

 

 どういうこと? って、

 

「あ、あれ? なんで、向こうの人が一人たおれてるの……?」

『『『……男女(依桜ちゃん)マジパネェっす』』』

「???」

 

 よくわからない、みんなの反応に、ボクはただただ小首を傾げるだけだった。

 

 

 話を聞くと、どうやらボクが知らない間に……というより、考え事をしている間にかなりボクを狙ってボールが投げられていたらしいんだけど、それを最小限の動きだけで避けていた上に、正面切って投げられた全力投球を片手でキャッチした後、そのまま反動を活かして投げ放って、投げた相手をアウトにしたとか。

 

 ……あの、すごく申し訳ないんだけど……。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっとかんがえごとしてて気づきませんでした……」

『『『ぐはっ』』』

(((つまり、『お前を歯牙にかけることもなく、無意識でも余裕なんだよ! この野郎!』って、ことか……)))

「そ、それに、あの、えと……なげていたことも気づかなかったので、本当に、すみません……」

 

 自動反撃は師匠に仕込まれた技術なので……。

 

『『『ごふっ……!』』』

(((と、止め刺した!? すでにLPが1だった相手に、オーバーキルした!? か、可愛い顔してえげつない! 天使のような外見なのに!)))

「あ、あれ? え、えと……ど、どうしてひざをついてるんですか……? あの、ボク、もしかしてみなさんにしつれないことを……?」

『『『だ、大丈夫っす!』』』

「よ、よかったです……。でも……すみません、かんがえごとをしてて……。ちゃんとなげてくれていたのに……」

『い、いえ! て、天使ちゃんなら全然OKっす!』

『そうそう! 可愛いは正義です!』

『その通り!』

「え、えと、言っているいみはよくわかりませんが……だいじょうぶなようで、安心しました」

 

 と、ボクが微笑むと、

 

『『『て、天使……ごふっ……』』』

 

 という声を発した後に、なぜか相手のチームの人たちが倒れた。

 

 な、なんでいい顔してるの……?

 

『は、鼻血を噴き出して気絶している……ともかく、試合続行不可ということで、二年三組の勝ちとします!』

 

 なぜか、勝ちました。

 

(((男女(依桜ちゃん)って、言葉と笑顔だけで勝てるのでは……?)))

 

 一瞬、クラスメートのみんながまったく同じ事を思っていた気がしたけど、気のせいだよね。うん。

 ……でも、なんで倒れたんだろう?




 どうも、九十九一です。
 日常回が書きたいなぁ……と常々思ってます。いやまあ、やっぱりこう、得意じゃないタイプの話を書いていると、無性に得意分野……と言っていいのかわからない話を書きたくなるんですよね。だからといって、おざなりにはしませんが。
 そんなことをしたら、さすがに読者の皆様に怒られそうですからね。ちゃんとやりますとも。息抜きがてら、恋愛ゲームをしていたりしますが……。
 とりあえず、あとは例によっていつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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338件目 師匠はやっぱり異常者

 一回戦目はボクたちの勝利だったんだけど、なぜか倒れる人が続出。

 どうしたんだろう? と心配になったけど、よくわかりませんでした。

 

 ボク、何かしたかな……?

 

 と、そんな感じに試合も終了したので、次の試合が始まるまでは自由時間。

 

 今ならメルとクーナの所に行っても問題ないかな?

 

 じゃあ、ちょっと行ってみようかなぁ、と思って動こうとしたら、

 

「あ、依桜君発見~」

「んみゅっ!?」

 

 いきなり誰かに抱きしめら、持ち上げられる。

 

 軽くじたばたして顔を上げると……

 

「あ、あれ? 希美先生?」

 

 そこには、いつものように微笑みを浮かべた希美先生がいた。

 なんで、抱きしめられて持ち上げられているのかはわからないけど……。

 

「ちょうどよかったです~。じゃあ、行きましょうか~」

「の、希美先生? あの、いきなり行くって言われても、どこへ……?」

「えーっと、高等部の救護テントです~」

「高等部の……? でも、ボクは初等部のたんとうでこっちはちがうはずですけど……」

「それが、ちょ~っと人手が足りなくなってしまって~……それで、一番戦力になりそうな依桜君を探してたんですよ~。ほら、依桜君は大怪我ですら治せちゃいますし~」

「ま、まあ、なおせますけど……」

 

 でも、あれは魔法だし……。

 

 むやみやたらに使うのは、正直なところ危険なんだよね、こっちだと。

 

 向こうでならまあ……多少騒ぎにはなるけど、不思議なことじゃない。

 

 でも、こっちの世界において、魔力はあっても魔法を使える人は基本的にいない。

 

 師匠辺りは何か知ってそうな気がするけど、まあそこまで気にしなくてもいいようなことなので、別にいいんだけどね。

 

 ともあれ、こっちの世界に魔法という存在がない以上、こっちで使うと悪目立ちしてしまうおそれがある。というより、かなり高いんじゃないかな。

 

 病気も一応治せなくはないしね、ボク。

 

 多分……癌とかならまあ治せるかな?

 

 さすがにそれ以上のものとなると、ボクには無理。

 

 師匠はできと思うけどね。あの人、おかしいもん。

 

 初等部の子たちなら、まあ誤魔化しが効くけど、さすがに高等部の人たちは効かないんじゃないかなぁ……。

 

 子供は言い方は悪いけど、単純に物事を考えるから誤魔化しやすい。

 

 でも、高等部の人となると、自分で考え、それがいったい何なのか、ということをしっかり考えられるような年齢。

 

 そうなってくると、ボクが魔法で治せば騒ぎになるのは一目瞭然。

 

 できれば避けたいんだけど……

 

「お願いします~。無理を言っているのはわかっているんですが、人がいないのはまずくて~……。それに、怪我人も多いんですよ~」

 

 むぅ、怪我人が多いですか……。

 それは何と言うか……放っておけないよね……。

 

「わ、わかりました。てつだいます」

「ありがとう~。じゃあ、GOGO!」

 

 そう言って、希美先生は高等部の救護テントに向かって歩き出しました。

 

 ……ボクを抱っこしたまま。

 

「あ、あの、希美先生? なんで、だっこなんですか……?」

「抱き心地が最高だからですよ~」

「……お、おろしていただると……」

「嫌で~す~」

「そ、そですか……」

 

 結局、救護テントまで抱っこされたままで連れて行かれました。

 

 ……ただ、後頭部にふわふわした何かが当たってたんだけど……恥ずかしくなりました。すごく。

 

 

「は~い、助っ人を連れてきましたよ~」

『あ、希美先生! 助っ人は……って、え! て、天使ちゃんですか!?』

「そうですよ~。さっき拾いました~」

「す、すて犬みたいに言わないでくださいよぉ!」

「ふふふ~」

 

 なんだか、この姿だとよくからかわれるような気がしてなりません……。

 ボクって、からかいやすいのかな……?

 

「え、えっと、男女依桜です。よろしくおねがいします」

 

 希美先生に下ろしてもらい、とりあえず自己紹介をしてお辞儀。

 

『え、えっと、依桜ちゃん、でいいのかな?』

「はい、だいじょうぶです」

『じゃあ、えっと、怪我人が来た時の手当てをお願いできるかな?』

「わかりました。まかせてください!」

 

 にっこり笑ってそう言うと、みなさんがなぜか顔をにやけさせた。

 何かいいことでもあったのかな?

 

 

 というわけで、そのまま仕事をしよとしたところで……

 

「あ、依桜君はナース服ですよ~」

 

 有無を言わせない笑顔を浮かべた希美先生によって、強制的にナース服を着させられました……ぐすん。

 

 

 そんなこんなで、お仕事。

 

 相変わらずナース服。

 

 ……もう慣れてしまっている自分が嫌です……。

 

 というより、なんでボク、いつもイベントごとでコスプレなんてしてるんだろうね……。見てよ。ボクの周り。誰もナース服なんて着てないよ? ボクだけだよ?

 

 すっごく浮いちゃってるのに……みんな酷くないですか?

 

 なんて思いつつも、仕事はしないとね。

 

 酷いのはいつものこと……うん。いつものこと……。

 

「次の人どうぞ~」

 

 せっせと手当。

 

 こうやって、人のために何かをするのってなんだかんだで好き。

 

 昔からそうだった気がするなぁ。

 

 特に親しい人とだと余計に。

 

 なんでだろう?

 

『って、え、て、天使ちゃん、だと……!?』

「てんし?」

『あ、いえ、いえ! なんでもねっす!』

「そうですか? えーっと……あ、顔をけがしちゃったんですね。じゃあ……ちょっとしょうどくしますね」

『う、うっす……』

 

 んーと、多分ボールが当たったんだろうね、ドッジボールの。

 

 人によっては、顔に当たると痛いし、微妙に傷になったりするもんね。

 

 とりあえず、いつものように消毒。

 

 うー、絆創膏が貼りにくい……し、仕方ない。ちょっと顔を近づけよう。

 

「ぺたっと……はい、これでだいじょうぶですよ」

『っあ、ありがとう』

「どういたしまして。けがには気をつけてくださいね?」

 

 微笑みながらそう言うと、男子生徒の人はなぜか顔を赤くした。

 うん? 風邪?

 

『じゃ、じゃあ、俺行くぜ!』

「あ、はい。がんばってくださいね!」

 

 走り去る男子生徒の人の背にそう声を掛けながら、軽く手を振った。

 

 うんうん。元気で何よりだね。

 

 やっぱり、こういうイベントは元気でやるのが一番だもん。

 

 ……まあ、ボクはなぜか、こっちで仕事をしているわけだけどね……ナース服で。

 

 別に、仕事をするのはいいんです。でもね……ナース服はちょっと……。

 

 なんでだろうね……。

 

 

 さて、そんなこんなでちょっとした問題が発生しました。

 

 というのも……

 

『う、うぅっ……』

 

 頭から流血している人が救護テントに運ばれてきたからです。

 

 え、い、一体何が!? って、大抵の人は思います。

 

 どうやら、ソフトボールの方でちょっとしたアクシデントがあったみたい。

 

 キャッチャーの人が少しふらついて前に行ってしまった際に、タイミング悪くバッターの人がフルスイングしたバットがキャッチャーの人の頭に直撃。

 

 それで、大騒ぎになって救護テントに運ばれてきた、というわけです。

 

 ちょっと、これは問題。

 

 ボクはこっそい『鑑定』を使用。

 

 ……あ、これ、本当にまずい。

 

 急いで治療しないと危険かも。

 

 救護テント内は騒然としていて、今は希美先生が手当てにあたっています。

 

 その際、ちらりとボクを見たのを、ボクは見逃さなかった。

 

 つまり、魔法で手当てを、っていうことだよね。

 

 ……本来なら、魔法を使うのは色々とまずいけど、今回ばかりはそうも言ってられないし、後で師匠に言ってどうにかしてもらおうかな。

 

 ともかく、今は治療。後のことは後。

 

 急いで治療しないと、危険すぎる。

 

「とりあえず、みなさんは一度離れてくださいね~。あとはこちらでどうにかしますから~」

『で、でも……』

「安心してください~。これでも先生、医師免許持ってますから~」

 

 ……初めて知った。

 希美先生って、医師免許持ってるんだ。

 

「とりあえず、依桜君は私と一緒に来てくださいね~」

「あ、わ、わかりました」

「はい~。じゃあ、みなさんは一度解散です~」

 

 そう言うと、渋々ながらも、救護テントにいた人たちは散っていきました。

 

「……さて、依桜君、ちょっと移動しましょうか~。色々とあれですし~」

「そうですね。とりあえず、師匠をよんでいいですか?」

「もちろんですよ~」

 

 ということなので、試しに心の中で師匠に呼びかけると……

 

『ん? どうしたイオ?』

 

 本当に、繋がった。

 

 師匠ってもしかして……常時、『感覚共鳴』をボクに使用しているんじゃあ……?

 

『失敬な。これでも一応、使っている場合と、使ってない場合があるぞ?』

 

 あ、そうなんですね。……って!

 

 やっぱり使ってるじゃないですか!

 

『気にすんな。で? 一体何の用だ?』

 

 ……逸らされた気がするけど……とりあえず、今は緊急。

 

 師匠、ちょっと高等部の救護テントに来てほしいんですけど、大丈夫ですか?

 

『了解だ。二秒後にそっちに行く』

 

 え? 二秒後って?

 

「おまたせ」

「って! 今どこから来ました!?」

「ん? 屋上からフリーフォールだが?」

「……そ、そですか」

 

 なんで屋上にいたのかはさておき。

 

「それで、一体何……って、ああ、なるほどな。理解した」

 

 師匠救護テント内の様子を見て、すぐに察した。

 さすが師匠。

 

「概ね、お前が治療するから、あたしにはその記憶削除をお願いしたい、ってところか?」

 

 ……本当に、さすがすぎませんか?

 

「ま、あたしだからな」

「心を読まないでください」

「ははは。まあ、いいだろ。ほれ、さっさと治療しないと、色々とまずいぞ」

「あ、そ、そうでした!」

 

 慌てて怪我した人の頭に手をかざし、『ヒール』を使用。

 

 魔力量で効果が上昇するって、本当に便利だよね……。

 

 そう言う仕組みでよかった。

 

 ヒールをかけると、みるみるうちに怪我した箇所が修復されていく。最初は苦しそうだったけど、怪我が治るのと同時に、穏やかな表情に変わる。

 

「本当、魔法って反則よね~。先生、ちょっと自信なくしちゃいます~」

「い、いえ、むしろ向こうの世界ではこっちの世界のちりょうぎじゅつがはんそくって言うと思いますよ?」

 

 なにせ、魔法が使えなくても病気が治せたりするわけだし……。

 

 それに、病気とか怪我が治せる魔法は存在してるし、現にボクも使えなくはないけど、実際それができる人って言うのは少ないみたいだしね。

 

 師匠曰く『回復魔法』を使える魔法使いはなかなかいない、っていう話だし。

 

 難しいそうです。『回復魔法』。

 

「まあ、イオの言う通りだな。あたし的には、魔法が使えずとも、技術さえ身に付ければ治療ができるってんだから、こっちの方がすごいだろ。異世界側の人間として、マジで尊敬するぞ、あたしは」

「そ、そうですか~? ミオさんに言われると、なんだか照れますね~」

「あたしらは魔法が使えるとはいえ、魔法とて万能ではない。結局そいつ自身が使えなければ、全く意味がない。そう言う点で言えば、こっちの世界で広まっている科学って言うのは、誰でも扱える代物だ。ある意味、反則だよ」

 

 たしかに、そう言う見方もできるよね。

 でも、結局のところは、どちらにもいいところはあるわけで。

 

「さて? 治療も済んだみたいだが……これ、完全に治してよかったのか?」

「え?」

 

 どういう意味だろう?

 あそこまで危険な状態ともなると、完璧に直した方がいい気がするんだけど……。

 

「……だからお前はまだまだなんだぞ、愛弟子」

「え、えっと、どういういみでしょうか?」

「考えても見ろ。あそこまで大怪我した人間の怪我が、なぜか綺麗さっぱりなくなってるんだぞ? 明らかに不自然だろうが」

「……あ」

 

 い、言われてみれば……!

 

「……まったく。しっかりしてるようで、抜けている弟子だ。だがまあ、仕方ない。面倒だがあたしがどうにかしてやろう」

「え、ほ、ほんとですか!?」

「ああ。可愛い弟子の尻拭いくらい、師匠であるあたしがどうにかするってのが、当然ってものだ」

「ありがとうございますっ、師匠! 大好きですっ!」

 

 ばふっと思いっきり師匠に抱き着く。

 あ、ちょっと安心するかも……。

 

「んなっ、お、お前、いきなり大好きとか言うなよ!」

「で、でも、ボク師匠のことは大好きですよ……?」

 

 それが何か変なのかな?

 

 うーん?

 

(……ああ、なるほど。今気づいたが、こいつ、幼女化したことで、精神面も同時に逆行してるな。そりゃ、普段は大好きなんて面と面向かって言えないイオが、あたしに堂々と大好きだなんて言えるわけだ……。そして同時に、こいつは気づいてない。ふむ……だが、可愛いからOKだな)

「それで、師匠。いったいどうするんですか?」

「ん? 簡単だ。学園にいる全生徒の記憶を改竄する」

「……え」

 

 何でもないようにさらりと答える師匠に、ボクは思わず固まった。

 

「そうだな……まあ、こいつは大怪我をしなかった、って変更して、実際はちょっとした擦り傷程度でいいだろ。それでよしだ」

「あの、師匠? 今、学園にいる生徒ぜんいんって……」

「? 何か問題あるか?」

「……………………いえ、ないです」

「よし、じゃあ手っ取り早く行こう。そこまで大きな改竄じゃないんで……この規模なら十秒程度で行けるな」

 

 ……すみません。ボクの師匠、三千人以上の規模の人たちの記憶を十秒ほどで改竄できるらしいんですけど……弟子のボクは、どう反応すればいいんでしょうか?

 

 そんな風に思うボクをよそに、師匠は本当に十秒で記憶改竄を済ませていました。

 

 こ、怖い……。

 

 

 その後、治療が終了した男子生徒の人は、目を覚ますと不思議そうにしていたけど、軽い怪我をしたからだと思い出す(師匠の記憶改竄)と、軽くお礼を言ってから、救護テントを出ていきました。

 

 ボクはこの日、師匠が十秒という短い時間で記憶改竄ができることを知り、すごく怖くなりました。

 

 ……師匠って、本当にどうなってるんだろう?




 どうも、九十九一です。
 書いてて思う。ミオが作中で一番頭がおかしいなって。主人公最強系にしたくなくて、こうしてミオを出してるんですが……もうこの人が主役でいいんじゃね? とか思い始めてます。自分で言うのもなんですが、強すぎません? 多分、できないことないよね? この人、って書きながら思ってます。
 とりあえず、後はいつも言っている通りなんですが……明日はもしかすると、投稿できない可能性があります。まあ、頑張って投稿できるようにはしますが。ちなみに、いつものように10時投稿にするつもりですが、17時か19時になる可能性がありますので、ご了承ください。
 では。


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339件目 百合百合しいロリ姉妹

 師匠の記憶改竄によって、大怪我をした生徒がいた、という事実がなくなり、なんでもなかったように球技大会が再開。

 

 観客の人たちはやらなくていいのかな? とか思っていたんだけど、後で師匠が弄ったそうです。単純に、指定するのを忘れてたとか。

 

 そうなんだ。

 

 なにはともあれ、危険な状態だった人は無事に治療されました。

 

 まあ、魔法を使ったのはあれだったけど、いたしかたなしです。

 

 それで、魔法を使ったから、ということでボクの仕事は終わり。

 

 希美先生も申し訳なく思ったみたい。

 

 だから、ボクは暇になりました。

 

 暇になったら、もちろん行くのは初等部。

 

 メルとクーナはやってるかな?

 

 

「んーと、メルは……あ、いたいた」

 

 初等部のドッジボールが行われているコートに行くと、ちょうどメルが試合をしていた。

 間に合ったみたいだね。

 

「てかげん……てかげんなのじゃ……えいっ!」

 

 と、可愛らしい掛け声で投げられたボールは、ビュンッ! という音共に相手チームの子に向かって飛んでいく。

 

 ……って! あ、あれは危険球!

 

 ボクは能力、スキルなしの疑似的な縮地を使用し、ボールに接近するとそのまま真上に蹴り上げた。

 

 ちなみに、バレたら色々とまずいので、『気配遮断』と『消音』の二つを使ってます。

 

 騒ぎになっちゃうからね。

 

 一応、姉とはいえ、部外者だもん、この試合においては。

 

『えええ!?』

『今、上に向かったよ!』

『どうやったの!?』

 

 蹴り上げたボールが地面に落ちて、何度かバウンドした後、子供たちは今の光景に驚き、騒いでいた。

 

 誰一人としてボクが見えなかったらはずだから、みんなにはメルが投げたボールが、突然真上に曲がったように見えたはず。

 

 本当は、ボクが蹴り上げただけだけど。

 

 うーん、メルには悪いことをしたかも……これ、結構目立っちゃうよね。

 

 でも、怪我をさせなくてよかった。

 

 さすがに、あの威力のボールだと、確実に怪我してたよ。

 当たり所が悪ければ、骨折も考えられたし。

 

 そうなったら、試合どころじゃないもんね。

 

 まあ、何もなかった、ということで。

 

 何食わぬ顔で元の場所に戻ると、メルがこっちを見た。

 

 ……あ、気づいてるね、あれ。

 

 やっぱり、メルは魔王だからか、今は幼くとも潜在的な能力が相当高そう。

 

 とはいえ、こっちを見て、にぱぁと笑ったところを見ると、全然そんな風に見えない。というか、可愛い。さすがメル。自慢の妹。

 

 魔王とか正直どうでもいいしね。可愛ければいいしね。メルは可愛いから、全然おっけーです。異論は認めません。

 

 なんて。

 

 ともあれ、ちょっとした騒ぎはでちゃったけど、大問題に発展することに比べたら可愛いものかなと。

 

 でも、一応は注意しておかないと。

 

 

「ねーさま!」

 

 試合終了後、いつものようにメルが勢いよく抱き着いてきた。

 うん。大変元気でよろしい。

 

「おつかれさま、メル」

「ねーさま、ありがとうなのじゃ!」

「なにが?」

「儂が危ない球を投げた時に、ねーさまが止めてくれたじゃろ? もう少しで、相手の子を怪我させるところだったのじゃ……」

 

 と、反省した様子を見せるメル。

 

 うん。ちゃんと、自分で危ないとわかっていたんだね。

 

 これでもし、わかっていなかったらどうしようかと思ったけど、やっぱりメルはその辺りはしっかりしているみたいだね。

 

「ほんとだよ。ボク、すっごくあせったよ? いい、メル。てかげんは大事。とくに、メルはこっちの世界だと、すっごく力が強いんだから、気を付けないとあぶないよ?」

「うむぅ……」

「と言っても、ボクもたまにコントロールに失敗してちょっとあぶないことになっちゃうから、あまり人のことは言えないから、ボクも一緒に、こんどてかげんのれんしゅうにつき合ってあげるよ」

「ほんとかの!?」

「うん。さいきん、ボクの方もちょっと甘くなってきちゃってるしね。それなら、いっそのことまだそのあたりがみじゅくなメルといっしょにれんしゅうした方がいいかなって」

「わかったのじゃ! ねーさま、約束じゃぞ!」

「うん。もちろん」

 

 そう言うと、メルはパァッ! と笑顔を咲かせた。

 

 はぅぅ、やっぱり、可愛い……。

 

「……とりあえず、しあいには勝ったみたいだし、このあとのしあいは気をつけてね?」

「うむ!」

「うんうん、いい娘だね」

「んにゅ~……ねーさまのなでなでは、姿が変わっても気持ちいいのじゃぁ……」

「ふふっ、ありがとう」

 

 ボクとしても、メルの撫で心地は最高だと思ってます。

 

 なんというか、こう……小さいからこその触れあいってあるよね。

 

 ある意味、みんなと接する時って、こっちの姿の方がいいのかな? って、不覚にも思ってしまった。

 って、これ以上身長が縮むのはさすがに勘弁です……。

 

「ところでメル、クーナはしあいをしてるのかな?」

「クーナかの? うーんとじゃな……うむ、もうすぐだったはずじゃぞ?」

「そっか。じゃあ、見に行こうかな。メルもいっしょに行く?」

「うむ! ねーさまと行くのじゃ!」

「うん、じゃあいっしょに行こっか」

「ならば、手を繋いでもいいかの? ねーさま」

「もちろんいいよ。はい」

 

 ボクは右手を出すと、メルは嬉しそうにはにかんで、左手でぎゅっと握った。

 

 うん、いいね、これ……。

 

「じゃあ、行こ?」

「うむ!」

 

 仲良く、ボクたちはクーナの所へ向かった。

 

 

 一方、そんな様子を見ていた人(高校生以上の人)たちはと言えば……

 

(((ロリ姉妹の百合百合しい光景……尊すぎぃ……)))

 

 と、ものすごくほんわかしたような笑みを浮かべていた。

 

 恐るべし、美幼女姉妹。

 

 

 メルと一緒にソフトボールが行われている場所へ。

 

 手を繋ぎながら歩いている途中は、なぜか視線を集めたけど、気にしないで歩いた。

 

 いつものことだしね、視線が来るのは。

 

 とまあ、ソフトボールが行われている場所に到着。

 

 と言っても、ソフトボール何て言うのは名前だけで、実際はティーバッティングなんだけどね。

 さすがに、小学生でやるのは危険と判断したのか、初等部のみ、ティーバッティングに変更されていたりします。

 

 まあ、コントロールが上手くない子が投げて、それで大怪我に! なんてことになったら、目も当てられないしね。

 

 それでよかったんじゃないかな?

 

 それに、ティーバッティングなら、そこまで難しくもないし、みんな楽しめるようなスポーツだから、全然いいんじゃないかな?

 

「お、ねーさま、あそこにクーナがいるぞ!」

「どれどれ……あ、ほんとだ。クーナ!」

 

 メルが指した方を見ると、そこには試合の準備をしているクーナの姿があった。

 

 ボクがクーナを呼ぶと、クーナは周囲をきょろきょろ見回し、ボクを見つけると、てててて! と駆けて来た。

 

「イオお姉さま!」

「わわっと」

 

 いつものように抱きついてきた。

 

 ボクの妹たちって、抱き着き魔なのかな? って最近思うようになりました。

 なんだか、会う度に抱き着かれているような気がするし。

 

 でも、可愛いから許せます。むしろ、いつでもどうぞ! って言う感じです。

 

「見に来てくれたのですか?」

「うん。メルといっしょにね」

「ほんとなのですか!? ありがとうなのです! イオお姉さま! メル!」

「おうえんしてるから、がんばってね?」

「頑張るのじゃぞ! クーナ!」

「はいなのです!」

 

 ボクとメルで応援の言葉を言うと、クーナは可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 すぐにクラスの所へ戻ると、真剣そうな表情に。

 

 おー、クーナってああいう感じなのかな? いいね、真剣そうな表情って言うのも。

 

 ……そう言えば、何事もない所を見ると、クーナとスイの二人はちゃんとネックレスを着けてるのかな?

 

 一応、二人はサキュバスだから、力が暴走したら色々とまずいことになるみたいだし。

 

 ジルミスさんの話だと、今の二人だとネックレスを着けていない場合、力が駄々洩れになっちゃうらしいからね。

 

 向こうの世界では、幸いにも年齢的による力の総量が低かったから周囲に影響がなかったけど、こっちの世界ではそうもいかない。

 

 魅了の力に対する耐性がほとんどないに等しいせいで、こっちの人はすぐに魅了されちゃうとか。

 

 スイも言ってたしね。

 

 ボクが天敵、って言ってもいたけど。

 

 なんで、ボクが天敵だったんだろう?

 

 うーん……わからない。

 

 

 ちょっとした疑問はあるものの、目の前のこととは関係ないと思い直したところで、試合が始まった。

 

 いざ試合が始まってみると、クーナのクラスの方はちょっと押され気味だった。

 

 どうも、地域の野球チームに参加している子がいたらしく、その子に苦戦しているようだった。

 

 やっぱり、経験者がいるっていうのは、かなりの強みだよね。

 

 いくら身体能力が高くても、一人が集団に勝つのはほとんど不可能。

 

 ボクはまあ……師匠の地獄の修行で多対一をこなせるけど……そういうのは相当な身体能力がないと実現しないからね……。

 でも、あれは戦闘面であって、それがスポーツにも通用するかと言われれば、そうでもないけどね。

 

 だって、集団戦で一人で戦うのは実際無謀だもん。

 

 だから、さすがに勝つのは難しいかなぁ……なんて、思った直後のこと。

 

「やぁっ!」

 

 という、可愛らしい掛け声と共に、クーナがボールを打つと、ボールは綺麗な放物線を描いて飛んでいき、守備範囲外にまで行ってしまった。

 

 その隙にクーナが走り、他の進塁していた子たちも走る。

 

 進塁していたのは二人。

 

 二人は見事にホームに帰ってきて、同時にかなりの速さで走っていたクーナもホームに帰ってきたことによって、合計で三点入った。

 

「おー! さすがクーナなのじゃ! すごいのじゃ!」

 

 うん。今のは普通にすごかったよ。

 

 さすがに、個人だけでどうにかするのは難しい、とか思っていたんだけど……ちょっと予想外。

 

 やっぱり、魔族って身体能力が上がりやすいのかな?

 

 そう考えると、ちょっとだけアンフェアに思えてくる。

 

 ……まあでも、クーナは別にスポーツの経験があったわけじゃないし、純粋なセンスと身体能力でやっていただけだもんね。

 

 もっと言うなら、ゴールデンウイークまで、みんなはやせ細っていたから、多少不利なわけだし、問題ないよね!

 

 結局のところ、可愛ければいいかなと。

 

 そんな、得点を入れるきっかけとなったクーナはと言えば、とても嬉しそうに笑い、クラスの子たちとハイタッチを交わしていた。

 

 ……ただちょっと気になったのは、クーナとハイタッチした男の子たちが、顔を赤くして、ちょっと熱っぽいような視線を向けていたことかな。

 

 ……まだ小学生だから、大目に見よう。

 

 これがもし、高校生になってからもだったら、ちょ~~っと考えるけど。

 

 ふふふふふ……。

 

「ねーさま。何やら、黒いオーラが漏れておるぞ? 大丈夫かの?」

 

 いけないいけない……つい、変なことを。

 

「だいじょうぶだよ。さて、おうえんしよっか」

「うむ!」

 

 みんなのこととなると、ほんの少しだけ暴走しそうになるけど、普通だよね!

 

 

「イオお姉さま!」

「おつかれさま、クーナ」

「ありがとうなのです!」

 

 試合終了後、やっぱり抱き着かれる。

 

 なんというか、みんな癖になってるんじゃないかな、この行動。

 

 咎めるつもりなんて一切ないけど、これが大人になっても続くと思うと……あ、うん。それはそれでありかも?

 

 みんなが可愛い妹であることは、未来永劫覆ることのない事実だし。

 

 むしろ、お姉ちゃん的にはありかな。うん。

 

「イオお姉さま、勝ったのです!」

「うん、ちゃんと見てたよ。おめでとう」

 

 試合の結果はと言えば、クーナのクラスが勝ちました。

 

 かなり接戦だったけど、最後、クーナが点を入れてサヨナラ勝ちしました。

 

 なんというか、異世界出身のみんなはすごいね。

 さすがに、みんなよりもすごい子供は世界を探せばいっぱいいるんだろうけど、それでも十分すごい。

 このまま成長すれば、もっとすごくなりそう。

 

 ……できれば、健康的に育ってほしいけどね。

 

 こっちの世界は、娯楽が多いから。

 

「メルも、応援ありがとうなのです!」

「うむ! 儂も姉じゃからな! 当然なのじゃ!」

 

 年齢自体はメルが一番下なんだけど、精神年齢的にはみんなよりも年上に感じるので、メルがみんなの中で一番上、という風になってるけど、意外と合ってたり。

 

 みんな、メルを慕ってるしね。

 

 特に、クーナとスイかな? 二人は魔族だから、魔王であるメルが大好きみたいだし。

 

 ニアたちもメルのことが好きだけどね。

 

 姉妹仲はかなりいい。

 

 今迄の境遇が境遇なだけに、今の生活はすごく嬉しいんだろうね。

 

 実際、みんな孤児だったわけだし。

 

 ……なんだか、孤児院みたいに思えて来た、ボクの家。

 

 いっそのこと、向こうで経営してみる?

 意外といいかもしれないし。

 

「イオお姉さまは、どうだったのですか?」

「もちろん、勝ったよ」

 

 ……相手チームの人たちが気絶しての勝利だったけど。

 

 ドッジボールなのに、ルール以外での勝利になっちゃったもんね。なんというか……あまり勝った気になれない。不思議。

 

「さすがねーさまなのじゃ!」

「すごいのです!」

「あ、あはは……。でも、二人も十分すごかったよ? これなら、ゆうしょうできるかもね」

「頑張るのです!」

「優勝するのじゃ!」

「うんうん、その意気だよ。頑張ったら、ご褒美があるからね。みんなに」

「あ、そうじゃった! なら、いっそう頑張るのじゃ! のう、クーナ!」

「はいなのです! 絶対、優勝するのです!」

「ふふっ、期待してるね?」

「「はーいなのじゃ(なのです)!」」

 

 はぁぁ~~~……癒しだよぉ~~……。

 

 最近、みんながいない生活が全く考えられません……。

 

 守りたいこの笑顔、という言葉が頭の中に浮かびました。

 

 なんだか、みんなの笑顔を見ただけで、不眠不休で頑張れそうです。




 どうも、九十九一です。
 いつもよりちょっと遅めで申し訳ないです。まあ、ちょっとリアルの方でね、用事があったものですから。
 うーん、最近依桜のシスコンが重症化してるなぁ……常識人(?)だった依桜は一体どこに言ってしまったのかと思ってます。まあ、一つくらい欠点があった方がいいよね、という考えでもあったんですが、やりすぎたような……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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340件目 呼び出し

 そんなこんなで二人の試合を見た後は、一旦別れていろんなところを見て回った。

 

 ボクの方はと言えば、高等部の辺りを歩き回っていた。

 

 ふと、晶がバレーボールに参加していることを思い出し、体育館へ。

 

 やってるかな?

 

「えーっと……あ、いた。晶―!」

 

 体育館に行き、中を見回すと、普段見慣れている金髪の男子生徒が目に入った。

 やっぱり、目立つね、晶の髪色も。

 

「依桜か。どうした?」

 

 ボクが呼ぶと、晶はこっちに来て、そう尋ねてくる。

 

「えっと、晶がバレーボールに出てることを思い出してきたんだけど……終わっちゃったかな?」

「ああ、ついさっきな」

「そっか……。それで、結果は?」

「ん、いや、さすがに負けたよ。運悪く、バレーボール部出身の人が多いクラスと当たってな……俺一人じゃ、どうにもならなかった」

「そっか……ざんねんだね」

「悔しいと言えば悔しいが……あとは、応援に徹するさ。それに、俺はバスケの方も残ってるしな」

「それもそっか。それで、晶はこれからどうするの?」

「そうだな……やることもないんだよな、別段。未果たちも試合はないし、かと言ってここに残るか、と言われれば……微妙なところだ。依桜はどうするんだ?」

「うーん……ボクもとくによていとかはないかな? おしごともないし、メルとクーナのしあいは午後からみたいだし……」

 

 その間は本当にやることがない。

 晶がもし、試合をしているんだったら、まだよかったんだけど、タイミングが合わなかったみたいだしね……。

 

 どうしようか。

 

 そんな風に、何をしようか考えていると、

 

『生徒のお呼び出しをします。二年三組の男女依桜さん。二年三組の男女依桜さん。至急、学園長室に来てください』

 

 ……こ、校内放送での呼び出し……。

 

 なまじ変に有名(?)になっちゃってるせいで、周囲からの視線が……。

 

 じーっと見られてるよぉ……。

 

「あー、依桜? 呼び出しをもらっているみたいだが……どうするんだ?」

「……いってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 嫌な予感しかしないよぉ……。

 

 

 学園長室の扉をノック。

 

『どぞー』

「しつれいします」

「悪いわね、急に来てもらっちゃって」

「……そう思うなら、ほうそうを使わないでくださいよ」

 

 あまり悪く思ってなさそうな学園長先生に、ジト目を向ける。

 

「いやぁ……アハハハ……」

「……それで? ようけんは?」

「あ、はい。えーっとね……明日の件です」

「明日の件って言うと……さいしゅうしゅもく、ですか?」

「そうそう。前日だし、別に放課後でもいいと思ったんだけど……依桜君、すっご~~く、暇そうにしてたから、『あ、今ならちょうどいいんじゃね? なんか、快く引き受けてくれるんじゃね?』って思って……まあ、はい。呼び出しました」

 

 ……ということはこの人、相変わらず監視カメラで見てたって言うことだよね?

 

 なんというか……経営者として、監視カメラの映像をじっと見続けているのはどうかと思うんだけど、すごく今更だよね……学園長先生だし。

 

 言ってしまえば、師匠が理不尽であることと同義です。

 

「はぁ……まあ、じっさいにひまだったので、いいんですけど……でも、ほうそうだけは、今後やめてくださいね?」

「善処します」

「…………」

 

 スッと『アイテムボックス』から針を数本取り出す。

 

「すんません! マジで今後一切合切やらんので、許してください!? というか、その針仕舞って!?」

「……しかたないですね」

 

 渋々ながらも、ボクは針をしまい込んだ。

 

 これが普通の制服だったなら、太腿に着けたポーチにしまい込むんだけど、今は体操着姿だからね。それができない。

 

 そうなってくると、必然と『アイテムボックス』の中になるわけで。

 

 まあ、便利なことに変わりはないんだけどね。

 

「ふ、ふぅ……こ、今世紀最大の死の危険を感じたわ……」

「じごうじとくです」

「と、ともかく、話をしましょう。えーっと……じゃあ、とりあえず、アイちゃんカモン」

〈はーい! 呼ばれて飛び出て、デデデデーン! 最強AIのアイちゃんでっす☆〉

 

 なんで、ベートーヴェン交響曲第五番 ハ短調なんでしょうか?

 

「相変わらずというか……これが私だと思うと、なんかアレな気分になるわ……」

「? 何か言いました?」

「あ、いえ。なんでもないわ。それでまあ、話っているのは、さっきも言ったように、明日の最終種目に関して。と言っても、詳細はまだ言わないけど」

 

 言わないんだ。

 

 そう言うのは普通、言うところだと思うんだけど……学園長先生って、口が軽そうに見えて、実際はかなり固いよね。

 

 いいこと、なんだろうけど……。

 

「はいじゃあ……依桜君にはお手伝いです」

「はあ」

「ちなみにだけど……競技に使用するブツは、依桜君も所持しています」

「え、ボクも?」

「ええ。だって、私が直接家に送ったものだし」

 

 ……家に、送った?

 …………まって? まさかとは思うんだけど、最終種目って……

 

「……もしかして、『New Era』を使うんですか?」

「もちのろん!」

「……また、使うんですか?」

「また使うのよ。あれよ。eスポーツよ。ゲームだって、立派なスポーツよ! だから、フルダイブ型ゲームがスポーツ系イベントの中の種目にカウントされててもいいじゃない!」

「い、いいじゃないって……あの、去年の体育祭ですでにやったんですよ? さすがにかくほうめんにあきられてそうですけど……」

「ふっふっふ……大丈夫よ! 学園生はみんな祭りごとが大好き! そして、ゲーム業界の最先端を行っていると言っても過言ではない、我が社の最高傑作である『New Era』を使った種目なら問題なく盛り上がるはず! それにそれに、やる内容は違うから、画面の前のお友達(リアル)の方たちも納得してくれるはず!」

 

 どうしよう。最後の方なんて、何を言っているのかわからないんだけど。

 

 画面の前のお友達(リアル)ってなに?

 

 一体誰のことを指してるの?

 

 フルダイブ型ゲームなのに。

 

「というわけで、まあ……依桜君にはそこで色々やってもらいたいなと」

「色々って言われても、何をするのかわからないいじょう、ボクはどうしようもない気が……」

〈すんません。空気みたいな存在になってるAI(わたし)はどうすりゃいいですか?〉

「あ、ごめん。普通に忘れてたわ。というか、こういう時でもネタに走るのね、アイちゃん。わかりにくいわよ」

 

 え、今のセリフ、ネタだったの?

 どこの辺りが?

 

〈はっはっはー。いやぁ、ほら、私ってサポートAIですし? ネタに走った方がいいかなと〉

「そのネタがわかり難かったら意味なくない?」

〈まあ、そですね〉

 

 ……どうしよう。本当にどの辺りがネタだったのかさっぱりだよ。

 

「さて、依桜君が元ネタがわからなくて困惑しているところで、本題。仕事内容は至ってシンプル! ずばり……傭兵です!」

「よ、ようへい、ですか」

〈傭兵ねぇ?〉

「んまあ、依桜君とアイちゃんの二人は基本的に暴れてもらうんだけど、その際、ちょっとした仕掛けで二人はどこかのクラスの傭兵になるの。まあ、二人以外にも傭兵はいるけど……そこは追々」

 

 傭兵かぁ……。

 

 ボクとアイちゃんの二人って言うことは、ボクが基本的に動いて、アイちゃんは現実と同じく、サポートAIとしてボクと一緒に行動する、って言う感じになるのかな?

 

 ちょっと楽しそうではあるかな。

 

「でも、前回はたしか、『CFO』のしさくひんを使って行ってましたけど、今回はそうじゃないですよね?」

「ん~、やる事的には、前回と変わらないのよね~。だって、CFOのデータを流用するつもりだし」

「……え、今なんて?」

「だから、今回の最終種目では、CFOのデータを使うのよ。まあ、あれね。データを持っている人はそれでログインすれば、それと同じステータスのアバターで参加できる、的な?」

「て、てきなって……それ、ふつうに考えて持ってない人が不利すぎませんか!?」

 

 ボクが言うのもなんだけど、持っていない人とボクのアバターでは、雲泥の差どころか、海王星とすっぽんくらい離れてると言ってもいいよ?

 

 そんな状態だと、圧倒的不利なんだけど!

 

「ええ、だからこそ救済措置を設けるの」

〈ほ~、救済措置っすか。創造主の言うことですし、さぞかし素晴らしいんでしょうね?〉

「どうかしら? でも……そうね。持ってない人は、明日レベリング作業ができるようにしたわ。とはいえ、できない人もいると考えて、初期レベルは30くらいで設定してるけどね」

「……あの、学園長先生。それでもボク、そうとうあれなステータスなんですけど……」

 

 だって、称号の影響でおかしなことになってるよ? ボク。

 

「んまあ、そこはしょうがない。それに、一応は時間加速を設けるつもりよ。あと、それぞれがそれぞれのサーバーでレベリングするから、狩場の取り合いにならないし、落ち着いてできるしね。友達とやりたければできるようにするし、問題ないでしょ。一時間を五時間にするくらいだし」

 

 ……毎回思うんだけど、どうやって時間を加速させてるんだろう?

 

 以前『瞬刹』のスキルを調べさせたから、多分それなんだろうけど……。でも、スキルの効果を科学的に実現させるって、やっぱりおかしくない?

 

 学園長先生ってどうなってるんだろう?

 

〈なるほどー。つまり、今回はバラバラにすることによって、普段見下してくる憎いあんちくしょうとか、実は裏でいじめられていて、そのいじめっ子に復讐ができるチャンス、というわけですかい?〉

「まあ、それもあるわねー。特に今回はクラス対抗戦だから余計に。まあ、特殊なあれこれで、フレンドリーファイアも可能にしてるけど」

 

 それ、友情を破壊しに来てませんか?

 フレンドリーファイアは色々とまずいような……。

 

「でもさー、何と言うかこう……ついさっきまでは仲睦まじかったカップルの仲が氷点下くらいに冷え込むと、スカッとしない? 面白くない?」

「しゅみ悪いですね!?」

〈創造主……まさか、『くっ、私なんて、ずっと研究詰めだったのに! ふっつうに青春しやがって! リア充死ね! 畜生! 私がフ〇ーザだったら、デス〇ールでぶっ飛ばしてるよ! こんちくしょう!』とか思ってませんか?〉

「…………………………思ってないわ」

 

 ……今の間はなんだろう?

 学園長先生の学生時代って、一体どんな感じだったんだろうね……?

 

「ま、まあ、あれよ。私は、青春謳歌のクソ学生(楽しく過ごしている学生ら)達の仲をズタズタに引き裂きたい(楽しく見たい)だけだからね!」

「う、うわぁ、建前と本音が逆転してるー……」

 

 ボク、初めて見たよ、逆転してる人。

 

〈んでも~、我が創造主はヤベーですねー。たかだか学生の行事に、自身の会社のブツを何の躊躇もなく使ってますし〉

「それはほら。やっぱり、一生に一度の学生生活くらい、思い出に残る楽しいものにしたいじゃない? ……私のように、灰色どころか夢も希望もない生活とか、嫌でしょ……?」

 

 ……本当に、学園長先生の学生時代に何があったんだろう……?

 すごく、心配になった。

 

「……とまあ、そんな感じなわけよ。でまあ、二人にはその都度教えるんで、頑張ってね! あ、アイちゃんの方も、こっちで勝手に調整しておくけど、いいかしら?」

〈問題ないっすよー。私は、イオ様と面白おかしく、暴走フルスロットルでできればいいんで〉

「さっすがー! じゃあ、あとはこっちで微調整しておくわねー。明日、昼休みになったら、ここに来てね?」

「わかりました」

「はいよろしい。じゃあ、もう戻っても大丈夫よ。そろそろお昼ご飯だしね」

「じゃあ、ボクたちはこの辺でしつれいします。では」

「ええ、残りの球技大会も楽しんでねー」

 

 という、学園長先生の言葉を聞きつつ、ボクは学園長室を後にした。

 

 ……学園長先生って、過去に爆弾でも抱えてるのかな?




 どうも、九十九一です。
 これを書いている時、睡魔がマッハ過ぎて、すごく眠かったです……。あかん。ちょっと寝不足かもしれません。やっぱり、どこかで休みを入れた方がよさそうです……。
 お、終わらない……。球技大会が終わらない……。いつぞやの体育祭ほどじゃないけど、本当に終わらない……。二日目はもう、軽くさらっと流すくらいでよくない? とか思い始めてます。もう、そうしようかなぁ……。
 とりあえず、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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341件目 二日目は何事もなく。三日目は……

 その後と言えば、まあ……特になかったです。

 

 昨日と同じようにみんなとお昼ご飯を食べて、午後は二回戦目の試合を、と思ったところで、またしても相手チームの棄権で不戦勝。

 

 なんで棄権するのかがわからないんだけど……。

 

 ただ、その事実を未果たちに言ったら、すごく納得されました。

 

 一体、何に納得したの? みんな。

 

 ボクが原因……じゃないよね? きっとそうだよね? だってボク、普通に……って、そう言えばボク、無意識で回避して、無意識で攻撃したんだっけ……?

 

 で、でも、ボクは悪くないよね? だって、ボク自身の技術――と言っていいかはわからないけど――でしていたことだし……。

 

 あれは、暗殺者必須の技能とか言われて仕込まれたものだもん。

 

 いついかなる時も、無意識で反応できるようにっていう、あれだもん。

 

 この技能に何度も助けられてはいたけど。

 

 ともあれ、そんな風に進んだ結果、やっぱり決勝まで残ってしまいました。

 

 少なくとも、これでボクが出場する種目二つは、決勝進出になっちゃったけどね……。

 

 しかも、両方とも不戦勝って言うのが、なんとも微妙な気持ちになるよ……勝ち進むなら、普通に試合をして、普通に決勝まで行きたかったなぁ……。

 

 まあ、今更言っても仕方ないわけだけど……。

 

 それから、二回戦目を行っていたメルとクーナの方も、難なく試合に勝ち、続く三回戦目も勝ったそうです。

 

 うんうん、勝ったようで何よりです。

 

 そうなると、ニア以外はみんな決勝に出てることになるのかな。

 

 うーん、ちょっとニアだけが可哀そうだよね……。

 

 まさか、早い段階で姉妹同士で当たるとは思ってなかったから。

 

 一人だけないというのが、可哀そうで仕方ないです……どうにかさせて上げられれば良かったんだけど、さすがにそれは無理だしね……。

 

 学園長先生に頼めばどうにかできちゃいそうだけど、それはずる。

 

 絶対ダメ。権力を私利私欲で使うなんて、向こうにいた悪い貴族の人たちと全く同じ。そんな人と一緒というのはすごく嫌だしね。

 

 来年に期待すればいいよね。

 

 それに、体育祭だって十一月にはあるからね。そっちにも期待しよう。

 

 それ以外と言えば……ボクが高等部でまたお手伝いしたことくらいかな?

 

 なぜか、幸せそうな緩み切った表情をする人が多くて、何がよかったのかわからない、という人が多くいたけど。

 

 中には、なぜか教員の人もいたんだけど。

 

 一体、何で怪我したんだろう。すごく気になる。

 

 それ以外は本当に穏やかに進んでいて、問題が起こることはなかったです。

 

 ほいほいと問題が起こること自体が変なんだけどね……。ボクはいつもそうなんだけど……。

 なんで、変なことばかり起こるんだろうね、ボクの周囲。

 

 

 そんなこんなで、無事に二日目が終了。

 

 球技大会と言っても、体育祭ほど大規模じゃないから、そこまで盛り上がってない。……まあ、初等部と中等部が新設されたから、去年よりも圧倒的に盛り上がっているんだけど。

 

 それに、ここで言う盛り上がってない、って言うのは、あくまでもこの学園の行事の仲では盛り上がってない方って言うだけであって、普通の学校とかに比べたら、かなり盛り上がってるんだろうけどね。

 

 むしろ、最近は『普通ってなんだっけ?』って思うようになってるから、普通の学校がどんな感じなのかわからないんだけど……。

 

 ……今更だけど、メルたちを叡董学園に通わせてもよかったのかな? って心配になって来た。

 

 高等部の方なんて、変な人ばかりだからね……生徒教師共々。

 

 むしろ、普通の人の方が少ないんじゃないかな、ってレベルだよ?

 

 なんだか、今の純粋な子供たちが進級を重ねていったら、今の高等部の人たちみたいになるんじゃないのかな……?

 

 ……すごく、心配になって来た。

 

 それにしても、また『New Era』を使った種目をやると思うと、本当に学園長先生って、お祭りごとが好きなんだと思えてくる。

 

 生徒が楽しいと思える学園が一番いい学園、なんて言ってるもんね。

 

 まあ、たしかに学園長先生の言う通り、そう言う学園が一番いいよね。

 

 ボクだって、楽しい方がいいし。

 

 むしろ、楽しくない学園はちょっと嫌かな。

 

 ……勉強する場所なのに、楽しいということを求めている時点で色々とダメな気がするけど……そう考えたら、あの学園に通えるのって、かなり幸運なことな気がしてきた。

 

 だって、イベントごとも多くて、そのどれもが騒がしいけど、誰もが楽しめるような物になってるし。

 

 学園長先生はアレすぎるけど。それでも生徒第一に考えてるしね。

 

 ……うん。やっぱり、かなり幸運な気がしてきた。

 

 それなら、みんなをあの学園に入れてよかったと思える。

 

 ただ、それでも学園長先生がアレだと思うと……やっぱり、微妙な気分に……。

 

「ねーさま、どうかしたのかの?」

「あ、ううん、なんでもないよ」

 

 いけないいけない。顔にちょっと出てたかも。

 

 ちなみに、今はみんなで仲良く夜ご飯を食べているところです。

 

 一人っ子の時は、父さんと母さんがいないと、一人でご飯を食べていたけど、みんなが来たことによって、賑やかになったから、すごく嬉しい。

 

 姉妹がいるって、いいね……。

 

「明日はじゅんけっしょうがあって、それにかったら、けっしょうがあるけど、だいじょうぶ?」

「もちろんじゃ!」

「がん、ばる……!」

「ぼくもだよ! 絶対優勝するんだー!」

「もちろんなのです! クラスのお友達と頑張るのですよ!」

「……優勝する」

 

 みんな気合十分みたいでなにより。

 

「私はみんなを応援します!」

「ニア、おねえちゃんの、分まで、がんばる、よ……!」

「ありがとうございます、リル!」

 

 リルの言葉に、ニアは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

 うんうん。

 

 仲がいいね。とてもいいことです。

 

 これでもし、ギスギスしてたら、空気が重くなってたし、なにより、日常生活に支障が出そうだったからね。

 

 普段の様子を見ている限りだと、ギスギスするなんて、みんなには無縁そうだけどね。

 

 第一、もしそうなったら、ボクが意地でも止めるもん。

 

 喧嘩ダメ、絶対。

 

「……イオおねーちゃんは、どうなの?」

「ボクももんだいない、かな? ボクより強い人がいなければ、だけど」

「む? ねーさま以上の者がいるとは思えぬぞ?」

「「「「「うんうん」」」」」

 

 メルが言うと、他のみんなも賛同するように頷いた。

 

「いやいや、こっちの世界にだって、ボク以上の人がいないともかぎらないんだよ? それがもしかしたら、次たたかう相手チームの中にいるかもしれないし」

 

 今の姿なら、いても不思議じゃないもんね。

 生まれてからずっと修行してきた人なら、今のボクより強くなっているかもしれないもんね。

 

「いないと思うのじゃ」

「いないと思います」

「いない、と思、う」

「いないと思うよ!」

「いないと思うのです」

「……いない」

 

 みんな、ボクをどれだけすごい人だと思ってるんだろう?

 

 たしかに、ボクはちょっと強いかもしれないけど、ボク以上に強い人が身近にいるんだよ? それに、もしかすると師匠と同レベルくらいの人だっているかもしれないし……。

 

 ……まあ、師匠レベルの人が何人もいたら、かなり怖いけど……。

 

「ねーさまなら、きっと勝てると思うのじゃ!」

「そ、そうかな?」

「うむ! そうじゃろ?」

「「「「「うん!」」」」」

 

 みんな、ボクを信じ切ってらっしゃる……。

 

 なんだろう。妹たちにここまで思われてると思うと、幸せすぎて死んじゃいそう。

 

 こんなに幸せでいいの? ボク。

 

 妹たちがいるのって、幸せすぎるよ?

 

 しかも、綺麗な目でボクを見てるんだよ? 100%の信頼が、ボクに来てるよ?

 

 これはもう……

 

「じゃあ、お姉ちゃんがんばっちゃおっかな!」

 

 頑張るしかないよね!

 

 可愛い可愛い妹たちが、ボクの勝ちを信じて疑わないのなら、ボクは本気でやります。

 

 え? 初日の失敗? なんですか、それ? 知りませんし、記憶にないですよ?

 

 ボクの中では、妹>>>>>>>>>>>>>>ボク、くらいの順番ですからね! 妹が一番です!

 

 最も優先すべき事柄なので、他のことは二の次!

 

「見に行けないかもしれぬが、応援しておるぞ! ねーさま!」

 

 メルがそう言うと、みんなも笑顔を浮かべながら頷いた。

 

 うん……本気で頑張ろうかな。

 そう思いました。

 

 

 夜ご飯を食べたら、お風呂に入る。

 

 もちろん、みんなと一緒です。

 

 なんというか、習慣化しちゃってるんだよね。

 

 まだ、二週間くらいしか経っていないとはいえ、習慣化するには十分だと思う時間。みんなと一緒にお風呂に入るのは、ボク的にもすごく癒しなので、全然おっけーなのです。

 

 そして、お風呂から上がれば、ちょっとだけ休憩してから眠るところなんだけど……

 

「あ、あれ……ね、ねむけが……」

 

 不意に、強烈な睡魔がボクを襲った。

 

 ……すごく、覚えのある睡魔。

 

 これってもしかしなくても、あれだよね?

 ボクの体質に関わってくるあれ。

 

 まさかとは思うんだけど、二日連続で体が変化する、なんてことはないよね?

 

 ……あ、でも、並行世界にいた時に、一度だけあったっけ。

 あの時は、小さくなってから、大人状態になったけど……今回もそのパターン?

 

 それならまあ……嬉しいかな。うん。

 

 大きくなれるって言うのは、すごくいいからね。

 

 それに、ちょっと体も動かしやすそうだもん。

 

 ……と言っても、小さいから動かしにくい、何て言うことはないから、結局のところ、気分的なものかもしれないんだけどね。

 

 うぅ、眠い……。

 でも、まだやることが少し残ってるし……も、もうちょっと頑張ろう。

 

 

 ボクを眠りに落とそうとする、強烈な睡魔をなんとか抑え込みつつ、残っていた家事を済ませると、遂に限界が来た。

 

 なかなか眠らないボクに対して、さらに強気に出るかのように、睡魔がボクを襲う。

 

 でも、まだ三階にたどり着いていない。

 

 さすがに、二階のリビングで寝るわけにはいかないので、視界がぼやけつつも、なんとか三階の、みんなが寝ている場所に到達。

 

 そして、糸が切れたかのように、不意に視界が暗転して、ボクはそのまま眠りに落ちた。

 

 

 そして、目を覚ますと、

 

「……んっ、ふぁあぁぁぁぁ……よくね、た……?」

 

 ボクの体は昨日よりも小さく、そして……狼の耳と尻尾がついていました。

 

 耳はひょこひょこと動き、尻尾はふりふりと揺れる。

 

 あ、久しぶりだね。

 

 ……結果は、大人状態になるのではなく、耳と尻尾が生えた、幼い女ん子の姿になり果ててました。

 

 これ、本当に久しぶりだね……。




 どうも、九十九一です。
 近々、多分、恋愛系の作品を出すかもしれません。不意に新しい作品の案が思い浮かんだ上に、急にラブコメものが書きたくなったので。まあ、結局はこっちがメインになるんですが。ものすごい、書きたいという欲求が強すぎたので。というか、書かないと落ち着かない……。
 それから、なんかこの回を書いていて、『あ、ダメだ。調子悪い。書けない』ということになったので、二日ほどお休みさせてもらおうかなと思います。さすがにそろそろ休憩しないと、質が下がりそう(もうすでに下がってると思う)なので。勝手かと思いますが、ご了承ください。
 なので、次は18日ですね。時間はいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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342件目 三日目はケモロリ

 朝起きたら、尻尾と耳が生えてました。

 

 いや、うん。本当に久しぶりすぎる……。

 

 最後になったのは……ゲームをしてた時、かな?

 

 目立つから、なるべくなりたくない姿ではあるけど……意外と便利なところもあるんだよね、この姿って。

 

 実を言うとこの尻尾。動かせます。

 ボクの体の一部だからか、思う通りに動かせて、かなり便利。

 

 実質、第三の手、みたいなものかな?

 

 ただ感情を表す飾りじゃない、ということですね。

 

「……さて、とりあえず、おべんとうを」

 

 今日は最終日。

 

 決勝戦もあるし、体力が付くものにしないとね!

 

 ……まあ、最終種目に関してはボクは色々とやらないといけないけど。

 

 とはいえ。学園長先生が考える学園である以上、競技全てが普通に終わるとは考えにくい。

 

 なにか、決勝戦でやりそうな気がしてならないんだけど……杞憂かな?

 

 杞憂だったらいいなぁ……。

 

「おーすー……」

「あ、ししょう。おはようございます!」

「んー、おはよ……って、ん? お前、また変化した?」

「はい。あさおきたら、こうなりました」

「え、なに? 連続で変化することなんてあるの? マジで?」

「まあ、いちおう。へいこうせかいにいったときも、れんぞくでへんかしましたよ」

「あ、そう。……お前、ほんっと不思議体質だよな」

「……ししょうのせいですけどね」

 

 そう言いながら、師匠にジト目を向ける。

 

「はっはー。何のことを言っているかわからんなー。とりあえず、腹が減ったから飯」

「……まったくもぉ。あと、そのいいかただと、なんだかいばりちらすていしゅかんぱくなおっと、ってかんじですよ?」

 

 師匠って、傍若無人な時あるもん。

 

 あと、腹減ったから飯、っていう言い方が、本当に亭主関白な人みたいだよ。

 

 見たことがないからわからないけど。

 

「まあいいだろ。しかしま、今日で球技大会は終わりか」

「そうですね。さみしいんですか?」

「いや、そんなことはないぞ。三日ってのは、あっという間だなと思ってな」

「ふふっ、そうですね」

 

 こういうお祭りは、本番はすぐ終わっちゃうように感じるもんね。

 

 特に、あの学園では、それが顕著だよ。

 

 イベントごとは多いし、なんだかんだで楽しいからね。

 

 いいことばかり……っていうわけじゃないけど。主に、ボクが被害を被ってるし。

 

「にしてもお前、それで大丈夫なのか?」

「あ、はい。もんだいないですよ。しんたいのうりょくは、ごぶんのいちにまでていかしちゃいますけど、こういうスポーツのたいかいなら、ちょうどいいんじゃないかなって」

「なるほど。確かにそうだな。お前の力のステータスが998だったから、まあ、大体190台だろうな。それでも、こっちの世界じゃ強い部類だろう」

「そうですね」

 

 こっちに戻ってから、微妙にステータスが向上しているらしいからね。

 

 最近、師匠に言われて初めて気づいたけど。

 

 とはいえ。190っていうのは、こっちの世界で考えても、決して弱くなく、むしろ強い。

 

 ボクシングの世界チャンピオンの人の場合、どんなに高くとも110くらいだしね。

 

 ……そう考えると、ボクって、こっちの世界だとおかしいんだ、って再認識させれるよ。

 

 いやまあ、今更だけど。

 

「はい、ししょう、どうぞ」

「ありがとな。いただきます、と」

 

 

 師匠は朝ご飯を食べたら、すぐに学園へ出勤していった。

 

 今日は最終日だから、色々と準備があるとか。

 

 父さんと母さんは今日は来れるそう。

 

 それはそれで嬉しいんだけど……なんと言うか、二人が見に来る日に限って、ボクは酷い目に遭っているような気がしてならないんだよね……。

 

 実際、体育祭はそうだったし……。

 

 でも、球技大会では、二人がいなかった二日間、特にボクが酷い目に遭うことはなく、平穏無事に過ごせていたしね。

 

 うん。……ダメじゃない? これ。

 

 すっごく心配になって来たよ? ボク。

 

 大丈夫? 変なことに巻き込まれないよね?

 

 とか、すごく心配になりつつ、ちゃっちゃとお弁当と朝ご飯を作っていく。

 

 父さん母さんの二人は、少しゆっくり寝てから来るって言っていたので、作ったものをラップしておいておけば大丈夫。

 

 必要なのは、メルたちの朝ご飯のみ。

 

 多分、そろそろ来る頃……と思ったら、ドタドタと足音をが聞こえてきた。

 

「ねーさま、おはようなのじゃ!」

「おはようございます!」

「おは、よう!」

「イオねぇおはよう!」

「おはようなのです!」

「……おはよう」

「あ、みんな、おはよう。あさごはんできてるから、たべちゃって」

「「「「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」

 

 ボクの姿を見た瞬間、昨日と全く同じ反応を、みんなはしました。

 うん。だよね。

 

 

 というわけで、事情説明。

 

 事情説明も何も、昨日言ったことと大して変わらないけど。

 

「だからまあ、ボクはきょういちにち、このすがたっていうわけです」

「イオお姉ちゃん、その耳と尻尾は本物なんですか?」

「ほんものだよ。ちゃんとちがかよってるし、こんなふうにうごかせるよ」

 

 と言いながら、ボクは尻尾を動かす。

 なんとなく近くにあったカップを尻尾で持つと、みんなが目をキラキラさせていた。

 

「イオねぇすっごーい!」

「……たしかに。すごい」

「ふふっ、ありがとう。まあでも、あんまりつかうきかいはないんだけどね」

 

 だって、尻尾を使わずとも、手を使えばいいわけだし。

 手が足りない時なんて、そうそうないしね。

 

「きょうはみんなじゅんけっしょうからだから、がんばってね? ニアは、おうえんしてあげて」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、あさからげんきでいいね。ボクのほうも、なるべくみんなのおうえんにいくけど、ちょっといそがしくなっちゃいそうだから、あまりきたいしないでね?」

 

 そう言うと、みんなはちょっとだけ残念そうにしたけどこくりと頷いてくれた。

 

 素直でいいんだけど、どうもボクの言うことに素直に従いすぎる場面があるから……ちょっと心配かなぁ。

 

 

 朝ご飯を食べ終えたら、みんなで仲良く登校。

 

「……」

「あれ? どうかしたの? クーナ?」

「イオお姉さまが、私たちよりも背が低くて、不思議な気分になったのです」

「あはは。このすがただと、ボクはしょうがくいちねんせいくらいになっちゃうからね」

 

 でも、言われてみればみんなよりも小さいって言うのは不思議な気分。

 同じ身長ならまだしも、みんなより背が低い。

 

 うーん、不思議。

 

「うむぅ……」

「メル?」

 

 ふと、メルがボクをじっと見て唸り声を上げていた。

 

「ねーさま、ちょっと抱っこしてみてもいいかの?」

「え、だ、だっこ?」

 

 いきなり抱っこしてもいいか、と訊かれ思わず面食らう。

 

「うむ、抱っこじゃ」

「な、なんで?」

「なんと言うか……今のねーさまを見ていると、無性に抱っこしてみたいというかの……理由はわからないのじゃ」

 

 ……そう言えば、この姿になると、よく抱っこされるような……。

 

 もしかして、抱っこしたいという気分にさせるオーラとか雰囲気でも放ってるの? この姿の時って。

 

「でも、しんちょうさはそんなにないけど……」

「大丈夫じゃ! 頭一つ分くらい違うからの!」

「そ、そですか……。ま、まあ、メルがしたいっていうなら、べつにいいけど……」

「わーいなのじゃ! では、早速……」

 

 メルがボクを後ろから体に手を回して、ぎゅっと抱きしめて、そのままひょいと持ち上げる。

 

「おー、ねーさま軽いのじゃ!」

「あ、ありがとう……」

 

 な、なんだろう、この気持ち……。

 

 ちょっと恥ずかしいんだけど、すごく嬉しいというか……くすぐったいような気持というか……で、でも、ちょっと……ううん、かなり落ち着く……。

 

「ふにゅぅ~~~……」

「おお、ねーさまが気持ちよさそうに!」

「ほん、とうで、す。か、可愛い、です」

「はぅっ」

「……イオおねーちゃん、抱っこ嬉しい?」

「え、い、いや、そのぉ……う、嬉しい、かなぁ……」

「尻尾、ぱたぱた揺れてますもんね!」

「はぅぅっ!」

 

 は、恥ずかしい!

 

 妹たちにこんな姿を見られていることが恥ずかしい!

 

「ねーさま、いい子いい子じゃ」

「あ……はふぅぅ~~~~~……」

 

 メルが優しい声音で、いい子いい子といいながら、頭を撫でて来た。

 

 その際、耳も一緒に撫でてきて、かなり気持ちがいい……。

 

 しかも、ちょうど撫でられると気持ちい場所も一緒に撫でられているから余計に。

 

「イオねぇ、そこが気持ちいいの? じゃあ、ぼくも撫でる!」

「ふわぁ……」

 

 あ、ダメ、本当に気持ちがいい……。

 ちょ、ちょっと眠くなってきちゃったかも……。

 

「あ、じゃあ、私も撫でます!」

「わた、しも……!」

「じゃあ、私も撫でるのです」

「……撫でる」

「え、ま、まっ……ふにゃぁぁ~~~~~……」

 

 結局、みんなにいい子いい子と撫でられ、ボクは学園に到着するまで、ずっとメルに抱っこされながら、頭を撫でられ続けていました。

 

 ……あぅぅぅ……は、恥ずかしかったよぉ~~……。

 

 

 ちなみに、そんな光景を見ていた通行人たちは、

 

『『『何あれ、すっごい和む……』』』

 

 と、ほんわかしたそうな。

 

 

 学園に到着し、いつも通りに教室へ。

 

「おはよー」

 

 と、ドアを開けていつも通りに入っていくと、

 

『『『きゃあああああああああああああ!』』』

「んみゅっ!?」

 

 クラスの女の子たちが黄色い悲鳴を上げながら、ボクを抱きしめてきました。

 って、ま、またこの状態!?

 

「あー、今日の依桜はケモロリなのね」

「二日連続で変化とはな。しかも、早速クラスの女子に捕獲されてるな」

「難儀な体質よね、依桜は」

 

 の、呑気に話してないで、助けてよぉ!

 

 ということを視線で訴えるも、サッと視線を逸らされた。

 

 ……酷いよぉ……。

 

 ちょっと目頭が熱くなってきて、涙が……。

 

「こらこら、あなたたち、依桜が苦しんでるからその辺にしときなさい」

『あ、ごめん!』

「ぷはっ……はぁ……はぁ……」

『い、依桜ちゃん、ごめんね』

「だ、だいじょうぶだよ。これくらいならなれてるから」

 

 だって、何度も抱き着かれたりしてるしね……。

 

 ボクって、そう言う機会が多いもん。

 

 とりあえず、みんなに下ろしてもらって、未果たちの所へ。

 

「あらためて、おはよう、みか、あきら」

「ええ、おはよう」

「おはよう」

「朝から災難よね、依桜も」

「そうおもうなら、さいしょからたすけてくれたっていいよね?」

「いつものことだし、いいかなと」

「よくないよっ!」

 

 みんながボクがこうなることに慣れてからというもの、ちょっとおざなりになってきているような気がしてなりません。

 

 ボク、みんなに何かした……?

 

「それにしても……えいっ」

「んひゃぅっ!?」

「あぁぁぁぁ~~……やっぱり、依桜の耳と尻尾最高~~……」

 

 未果がいきなり、ボクの耳と尻尾を触って来た。

 く、くすぐったい……。

 

「このもふもふ加減……罪作りな尻尾と耳よね」

「んふぅ~~~~~……」

「相変わらず、耳と尻尾を弄られると気持ちよさそうな声を出すのね」

「だ、だって、きもちよくて……そ、それに、みんなじょうずなんだもん……」

「ほほう。晶もちょっと触る?」

「……いいのか?」

「べ、べつに、いい、よ……? あきらなら……」

 

 ちょっとだけ恥ずかしいけど、問題ない、よね。

 そう思って、顔を熱くさせながら、上目遣い気味に晶にそう言うと、

 

「ちょっと待て。その言い方に、その表情は誤解を招く!」

 

 って、よくわからないことを言ってきた。

 不意に、なんだか敵意があるような視線が晶に行っているような……?

 

『小斯波のやつ、羨ましすぎんだろ……』

『超絶可愛いケモロリっ娘な男女にあんな風に言われるとか……死ねばいいのに』

『爆ぜればいいのに……』

「……はぁ」

「あきら、だいじょうぶ……?」

「ああ、まあ……。とりあえず、触るのはやめておくよ。なんか、後が怖いしな」

「そ、そっか。でも、いつでもいってね? いつでも、すきなだけさわらせてあげるから」

 

 顔を熱くさせながらも、晶ににこっと微笑みながら言うと、晶はなぜか眉間に皺を寄せながら、何とも言い難い表情を浮かべていた。

 

「……なあ、依桜。お前、実はわざとそう言う風に言っていたりしないか?」

「えっと、どういう、こと?」

「諦めなさい、晶。この娘は、天然系エロ娘よ? 無意識にややエロよりな発言をしても不思議じゃないし、気にしてたらきりがないわ」

「……それもそうだな。悪いな、変なことを言って」

「う、うん、いいけど……」

 

 え、どういう意味だったの?

 

 あと、微妙に未果が言ったことには、異論があるけど……何も言い返せそうにない気がしたので、言わなかった。

 

 同時に、微妙に生暖かい目を向けられたのも気になったけど……。

 それから、なんで、クラスのみんな(男子)は、顔を赤くしてたの?

 

 うーん……よくわからないことばかり。




 どうも、九十九一です。
 お気づきの方がいるかはわかりませんが、二日前に新作のラブコメ小説を投稿しました。単純に書きたくなっただけと、息抜きの意味で始めたら思いの外楽しく、いいリフレッシュになった気がします。
 ……小説でのストレスを、小説で解消するって……末期な気が。
 まあ、それはともかく、一応ラブコメ小説の世界線は、この作品と同じで、主人公は依桜のいとこ、ということになってます。まあ、直接的なつながりはないですね。もしかすると、何かの拍子にこっちに出てくる可能性も否定はできませんが……。私の書き方的に。
 とりあえず、URLを貼っておきますので、興味があれば読んでいただけると狂喜乱舞します。
 https://syosetu.org/novel/258406/
 今日から平常運転で、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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343件目 ケモロリっ娘の不安(嫌な予感)

「おーっす」

「おっはー」

「あ、おはよー、ふたりとも」

「おはよう」

「おはよう」

 

 未果たちと話していると、態徒と女委が教室に来た。

 

「あ! 依桜君がケモロリになってる! これはもふらねば!」

「うわわっ!」

 

 ボクの姿に気づくなり、女委は朝から高いテンションで、ボクに抱き着いてきた。

 

「おほぉ~……も、もっふもふだよ~! この肌触りに、このもふもふ加減! そして、この甘くてフローラルな匂い! 最高だよ! 依桜君!」

「ちょ、め、めいぃ、く、くすぐった――あははっ!」

 

 わさわさ、もふもふとボクの耳と尻尾を触ってきて、思わず笑い声を出してしまう。

 き、気持ちいいけど、それ以上にくすぐったい!

 

「今日の依桜は、ケモロリなのな」

「みたいよ。でもたしか、身体能力が五分の一になる、って前言ってたような気がするんだけど」

「だが、それでも強いだろ? 依桜は」

「それもそうね」

「の、のんきにはなしてないで、た、たすけ……あははっ…!」

「おー、ここがええんか? ここがええんかー?」

「や、やめっ、はひっ……め、めい、も、もうやめ、てぇっ……!」

 

 さ、さすがに息苦しくなってきた……!

 くすぐられるのって、苦手なんだよぉ、ボク……。

 

「女委、その辺にしときなさい。依桜、死ぬわよ」

「おっとこれはいけない。そこに、もっふもふな尻尾と耳があったもんなので」

 

 未果に注意されて、ようやく女委が離れてくれた。

 

 耳と尻尾は、触り方によってすごくくすぐったいから、ちょっと辛い……。

 

「いやー、マジで大変だよな、依桜は。姿が変わるたんびに、こんな風にいじられるんだろ? 大変だよなー」

「そ、そんなひとごみたいに……」

「いや、実際他人事だしよ」

「……そうだけど」

 

 でも、なんだか納得できない……。

 

 なんでいつも、ボクがこんな目に遭うんだろうなぁ……。

 

 ボクとしは、普通に……平穏な生活を送りたいのに、なぜかいじられる。それも、なんだかちょっと嫌な感じで。

 

「諦めなさい。第一、依桜が可愛すぎるのが悪いのよ」

「みか、それはけっこういってることがひどいとおもうんだけど……どうおもう?」

「そう? 可愛いって、罪よね」

「……ごめんね、なにをいっているかわからないです」

 

 そもそも、ボクは可愛くないもん。

 

 それはきっと、小さい子って可愛いよね! みたいな感想を抱くからであって、別段ボクが可愛い、ということはないはず。

 

「ま、依桜には何を言っても無駄、ということで」

 

 ……なんだろう。馬鹿にされているような気がしてなりません。

 みんな、容赦ないよ……特に未果。

 

「あ、そういやよ、さっきLINNの学園公式アカウントの連絡で、なんか一部の種目のルールが変わるみたいだぜ? 高等部限定で、決勝戦だけだが」

「突然だな。一体なんだ?」

「いや、それがまだわからなくてよ、変化するのは、サッカーとバスケ、ドッジボール、あとはテニスらしいぜ?」

 

 ……どうしよう。本当に嫌な予感しかしない。不思議。

 

 いきなり、ルール変更はさすがに……一体、何をする気なんだろう?

 

「……あら?」

「ん、どうした、未果」

「いえ、ちょっとこの部分見て」

「どれどれー? ……うーん? 『ドッジボール参加者は、各種着替えを揃えております』?」

 

 着替えが揃ってるって……何?

 

 そもそも、着替えが必要になる球技大会って言うのも、聞いたことないんだけど。

 

 余計に嫌な予感がしてきた。

 

「というか、あれね。女委以外、全部引っ掛かってるわね、変更される種目」

「うへー。どう考えても、碌なもんじゃねーよこれ」

「同感だな。やることなすこと突拍子過ぎて、さすがに……」

「特に、依桜なんて両方そうじゃない。大丈夫なの?」

「……だ、だいじょうぶ……じゃないかなぁ……だって、がくえんちょうせんせいだとおもうもん、くろまく」

「「「「たしかに」」」」

 

 そもそも、学園長先生以外が黒幕なんてありえないよ。

 

 もし、学園長先生以外にいるとしたら、色々と大変なことになってると思うしね。この学園。

 

「着替えがあるってことはよ、やっぱ、体育祭の時みたいに、スライムプールのようなあれとかなんかね?」

「たしかにありそうだねー。でも、さすがに同じネタは使わないんじゃないかな? あの人、エンターテイナーだし」

「そのエンターテイナーは、色々とやらかしまくって、依桜の黒歴史を大量生産しているきがするがな、俺は」

「あ、あはははは……」

 

 否定できない。

 

 思い返せば、去年の体育祭なんて、スライムプールに落ちるし、なぜかVRゲームの仲では縛られるしで、かなり酷かった覚えがあるもん。

 

 楽しかった6割、黒歴史4割くらいだよ、あの時は。

 

 ……球技大会、大丈夫だよね?

 

「まあ、わたし的には、依桜君が素晴らしい状況になったら嬉しいなーなんて」

「……めい?」

「にゃ、にゃはは! じょ、冗談だよ、依桜君! 友達がそんなこと思うわけないじゃないかー」

 

 その割には、目が泳いでる気がする。

 ……まあ、いいけど。

 

「そう言えば、最終種目の情報が朝の十時頃に出るみたいね」

「十時ってーと、サッカー、テニス、バレー、卓球の決勝やってる時間くらいか?」

「んー、それくらいだねー」

「ってことは、全員勝ち進んだ場合、晶と未果以外は見れなくなるってことか?」

「そうだね。みかは、テニスのほうははいたいしちゃったみたいだし、あきらのほうも」

「二人とも、全国常連のとこと当たったんだろ? 勝てるわけねーって、普通は」

「勝てるのなんて、依桜君くらいじゃないの?」

「い、いやいや、ボクいがいにもかてるひとはいるんじゃないかな? た、たとえば、ちゅうがっこうとかで、テニスとかバレーボールをやってて、つよかったひととか」

 

 この学園なら、そう言う人がいても不思議じゃないと思うもん、ボク。

 

「でもよ、この学園に入学する理由の一つに、部活がなかったか? うちって、無駄に強豪だし、無駄に設備は揃ってるしよ」

 

 無駄は余計じゃない?

 

 それくらい、生徒のために学園側が色々とやってくれてるってことだと思うんだけど、ボク。

 

「だ、そうよ? 依桜」

「で、でも、あきらみたいなひとだっているよ?」

「俺は運動自体は得意だが、器用貧乏みたいなものだぞ? 満遍なくある程度はできるが、結局はある程度止まりだしな。依桜みたいに、何でもこなせるわけじゃないさ」

「そ、そうはいうけど、ボクはどりょくしたけっかだし……」

「「「「いや、どりょくだけであれはない」」」」

「そ、そですか……」

 

 ……努力すれば、何でもできると思うんだけどなぁ……。

 

 

 というわけで、いつも通りに着替える。

 

 ただ……

 

『『『キャ――――――――! 依桜ちゃん可愛い――――――――!』

「あ、あぅぅ……」

 

 ナース服、だけどね……。

 

 サッカーの準決勝があるはずなのになぜか、ナース服を着ていました。

 

 ……なんで? とお思いでしょう。

 

 かく言うボクも、なんでなんだろう? って思ってます。

 

 原因をあげるとすれば……更衣室に行った際に届いた、学園長先生からのLINN、かな。

 

『あ、今日はナース服でやってね! ヨロシクー』

 

 だった。

 

 ……なんでボク、律儀にナース服を着ちゃってるんだろうなぁ……。

 

 別に、着る義務なんてないのに、なぜかボクは着ている。

 

 ……まあ、単純にボクの体操着が消えたからなだけどね。

 

 ボクが更衣室で体操着に着替えようとして、ロッカーの中に入れたあと、服を脱ぎ、視線を別の場所からロッカーに戻したら、なぜか……体操着が神隠しに遭っていました。

 

 その直後に、さっきのLINNが届き、ナース服を着ている、というわけです。

 

 ……生徒に、ナース服で大会に参加させるって、どういう神経してるんだろう、あの人。

 

 というか、ボクの体操着どこ行ったの?

 

 尻尾穴が付いた、特別仕様の体操着。

 

 少なくとも、消失した後にさっきのLINNが来たって言うことは、あの人が何かしたんだよね、これ。

 

 ……もしかしてなんだけど、この更衣室、実は何かの仕掛けが施されたりしない? 遠隔操作で、特定の場所にある物を回収する装置、みたいなものとか。

 

 …………や、やってそう。あの人なら、なんだかんだでやってそう。

 

『はぁぁ~~~! ケモロリっ娘にナース服! なんという萌え要素の塊!』

『うんうん! 依桜ちゃんが可愛すぎて、死んじゃいそうだよ!』

『はぁっ、はぁっ……た、たまらん!』

 

 そして、この状況。

 

 仕方なく、ナース服を着てるけど、これ、変じゃない?

 

 だって、狼の耳と尻尾が生えた姿小さい女の子に、ナース服だよ? これって、絶対変だと思うんだけど……。

 

 あと……なんで、全体的にだぼってしてるの? しかも、ずり落ちないギリギリのラインで作られてるし、袖なんて、萌え袖? って言う物になっちゃってるよ?

 

 学園長先生、設計を間違えたのかな……?

 

 

「ねえ、女委。私……ちょっと我慢できそうにないんだけど」

 

 更衣室にて。

 

 私は、自身の着替えを終えた後、他の女子たちに囲まれている依桜を見て、女委にそう言っていた。

 

 ちなみにだけど、心臓はばくばくしてる。

 

「わかる、わかるよ未果ちゃん! わたしも、あの依桜君を襲いたくてしょうがない! あの背丈に合わない、だぼっとしたナース服に! ひょこひょこ動く耳にぱたぱたと揺れる尻尾! そして、口元に袖口を当てて、恥ずかしそうに潤んだ瞳で上目遣いをしているあの顔! 正直、最高すぎてわたし、鼻血が……って、あ、やっべ、鼻血が」

 

 興奮して依桜の姿を言う女委は、急に鼻血を出して急いでティッシュで鼻を押さえだした。

 

「……女委、あんたすごいわ」

 

 正直、近くに依桜とか他の人もいるのに、堂々と大声で言える辺り、本当に女委はすごいと思う。

 むしろ、女委に羞恥心というものは無いんじゃないの? なんて思う。

 

 ……いや、絶対ないわね。女委だし。

 

 BL趣味であることとか、バイであることを人目を憚らずに言える人間だし。

 

「いやいや、依桜君大好き人間としては当然さ! 未果ちゃんだって、あれを見て何も思わないわけないでしょー?」

「……そりゃまあ。依桜は昔っから可愛いし」

「うむうむ、持ち上げたものから手を離せば落ちるのと同じくらい、当然のことだよね!」

「否定しないわ」

 

 それくらい、依桜が可愛いというのは当然ということよ。

 

「あ、知ってる? 依桜君のお父さんも、昔は男の娘だったらしいよ?」

「え、マジで?」

「マジマジ。前にね、依桜君の家に遊びに行った時に聞いたんだけど、依桜君のお父さんの方の家系――つまり、男女家の人たちって、男だと必ずと言っていいレベルで男の娘になるらしいんだよ」

「なにその家系。面白いわね」

 

 というか、初耳だわ。

 

「いや、びっくりだよねー。ちなみに、依桜君のお父さんって妹さんがいるみたいで、その人も結婚して子供がいるみたいだよ?」

「ってことは、依桜にはいとこがいるってことなのね?」

「うん、らしいね」

 

 依桜のいとこ……どんな人なのかしらね?

 ちょっと気になるけど……

 

「でもそれ、依桜知ってるの?」

「知らないらしいよ?」

「なんでよ」

「教えてないから、だそうで」

「……あ、そう」

 

 まあ、源次さんだしね。

 

 あの人、変に抜けてる……っていうか、すっごい抜けてるし。

 

 もしかして、依桜はそこが似たのかしら?

 

 あり得る。

 

「それにしても……あぁ、依桜君が可愛すぎるぅぅ! ねえ、未果ちゃん、今すぐ依桜君を襲ってもいいかな!?」

「ダメに決まってるでしょ、ド変態」

「おうふぅ! み、未果ちゃんに罵倒されるの、なんだかちょっとドキッとしたぜー」

「……女委って、転んでもただじゃ起きないわよね」

 

 女委って、ドSなところもあるけど、Mな部分もあるのかしら……。

 

 だとしたら、女委って、相当やばい人間よね?

 

 ……少なくとも、バイで、腐女子で、変態で、ド変態で、ドSで、若干Mっぽくて、下ネタを堂々と言って来るような人間。

 

 ……いや、本当にヤバいわね。ド変態すぎる。

 

 こんなのが友達って、普通に考えたら相当アレよね?

 

 なんで、友達やってるのかしら。

 

「み、みかぁ~~~……めいぃ~~~……た、たすけてぇ~~……」

 

 おっと、世界一可愛い、ケモロリっ娘ナース依桜が助けを求めてるわ。

 

 しかも、涙目+上目遣いで。可愛すぎて、私も萌え死にそうよ。

 

 …………あ、まずい。私も鼻血が……。

 

 くっ、まさか、試合前にダメージをもらうなんて、さすが依桜……ティッシュ、詰めとかないと。




 どうも、九十九一です。
 最近、他作品を書くことが息抜きになっています。そのおかげか、こっちの調子も少しよくなりました。息抜きって、大事ですね。ラブコメを書くのも地味に楽しいですし。
 ……ただ、ラブコメの方を書いているせいで、何気に前日譚が書けてない。あれ、すっごい書くの大変なんですが……。まあ、自分でやると言ったので、いつかは完結させたいですね。いつになるかは分かりませんが。
 とりあえず、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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344件目 サッカー準決勝

 今日は、保健委員会のお仕事は最初はない。

 

 というのも、サッカーに出ていて、勝ち進んだため、九時からいきなり準決勝があるからです。

 

 代わりに他の委員の人たちがやってくれるらしいので、安心。

 

 でも……もし、妹たちに変なことをしたら、その時はお仕置きしよう。絶対に。

 

 ……女の子だったら、まあ、まだ許容……かなぁ。

 

 とまあ、そういったことは、一旦置いておくとして、試合。

 

 着替え終えて、少しだけ未果たちと話した後、ボクたちはそれぞれの場所に向かった。

 

『依桜ちゃん、今日はいつもより小さいけど、大丈夫?』

「うん、だいじょうぶだよ。このすがたでも、じゅうぶんうごけるから」

 

 笑みを浮かべながら言うと、

 

『か、かわいぃぃ……ね、ねえ、依桜ちゃん、撫でていい?』

「ふぇ? い、いいけど……」

『やた! じゃ、じゃあ、早速……なでなで……』

「んふぅ~~~……」

『お、おー……依桜ちゃんの髪の毛触り心地いいし、耳なんてもふもふ……なにこれ、癒し』

『あ、ずるーい! ねえ、依桜ちゃん、私もいい?』

「い、いいよ」

『わーい! じゃあ、なでなで!』

 

 と、試合前なのに、なぜかチームのみんながボクの頭を撫で始めた。

 気持ちいいんだけど、なんだかこそばゆい……。

 

 ……というかこれ、子供扱いをされてるんじゃ……?

 

 小さくなると、周囲の人たち、みんなボクを撫でたり、抱っこしたりしてくるし……。

 

 ……ふ、複雑。

 

『えー、そろそろ試合を始めたいのですが、大丈夫ですか?』

『あ、いけないいけない! じゃあ、優勝目指して頑張ろう!』

 

 みんなが撫でるのをやめ、リーダーの人がそう言うと、

 

『『『おー!』』』

 

 ボクたちはそれに答えるように、そう発した。

 

 

 試合開始。

 

 今日のボクは、フォワード。

 

 ゴールキーパーをやるよ、って言ったら、

 

『『『危険だからダメ!』』』

 

 って、全力で却下されました。

 

 危険って言われても、高校生の球技大会レベルのものだったら、全然危険なことなんてないんだけど……なんだったら、ボクのシュートの方が危険な気がするんだけど。

 

 ま、まあ、ボクの身体能力がどれほどかを知ってるのは、一部の人たちだけだからね。仕方ないね。

 

 開始は、向こうのチーム――二年七組から。

 

 まずはボールを奪うところから行動しないと。

 

 でも、ボクばかりが目立っても仕方ないので、パス回しに徹した方がいいかも。

 

 そう考えていると、

 

 ピ――――!

 

 という、ホイッスルの音が鳴り響き、全試合が同時に始まった。

 

 向こうのチームの二人が、ボールをパスし合い、こちらに攻めてくる。

 それに伴い、こちらのチームの人たちも、ボールを奪おうと動く。

 

『サッカー部所属をなめるなよ!』

 

 と言いながら、防御を突破していく相手チームの人。

 

 あ、サッカー部なんだ。

 

 う、うーん、どうしよう。

 

 この場合、あの人に花を持たせた方がいい、のかな?

 一応、サッカー部というのなら、やっぱり入れた方がいい気がするし……。

 

 ……でも、ちゃんとやらないのは、逆に失礼だよね。

 

 うん。じゃあ、動こう。

 

「もらいますね」

『へ?』

 

 いつもよりも、身体能力が低下しているので、大体6割くらいの力で走る。

 

『速!? くっ、やっぱり依桜ちゃんは手ごわい!』

 

 ボールを取った後は、そのままゴールに向かって走る。

 

 その際、チームの人が少し離れた位置にいたり、ボクの後ろにいたりしたので、それに合わせて、走る速度を落とす。

 

『もらったっ!』

 

 その隙を狙ってか、向こうのディフェンダーの人が、スライディングでボールを奪おうとしてきた。

 

 でも、それだと甘いのです。

 

 ボクはボールを両足で挟み込んでから、そのまま跳躍して回避。

 

 空中でボールを離した後は、少し離れたところにいたチームの人にパスを出す。

 

『うえ!? 何今の動き!?』

『わっ! 依桜ちゃんナイスパス!』

 

 両チームの反応は対照的。

 

 今の動きは、簡単にできる、ボクの中では初歩の動きなんだけどね。

 

 ともかく、そんな動きをしたことで、一瞬向こうのチームの人たちの動きが止まった。

 

 その隙を突き、ボクたちは前に上がる。

 

『っ! も、戻って戻って! 止めて!』

 

 止まっていた思考が戻ると、慌てたように声を張り上げ指示を出し始めた。

 中には足が速い人もいたらしく、追いつきそうになっている。

 

『うわっ、こっち来た! 藍那パス!』

『OK! 依桜ちゃん行くよ! それ!』

 

 と、三郷さんが蹴ったボールはボクに向かって行く……のではなく、ちょっと高い位置を飛んでいった。

 

 このままいけば、コーナーになる。

 

 でも、それだとせっかくパスしてくれたのに、可哀そう。

 

 ……まあ、うん。ちょっと高く跳んで、ゴール決めるくらいなら問題ないよね。

 

 ぼ、ボクの羞恥心と友達の為、どちらを取るかと訊かれれば、ボクは友達を取ります。

 

 ……自分のことばかり考える人間になりたくない、っていうのが理由でもあると言えばあるんだけどね。

 

 自己中心的な人って、嫌だもん、ボク。

 

 って言うことを、未果たちに言ったら、なんだか怒られそうな気がするけどね……。

 

「たぁっ!」

 

 ボクはボールの位置にまで跳ぶと、そのままオーバーヘッドキックを決めた。

 

『うええ!? そ、それは予想外ぃぃ!』

 

 そんな慌てた声が相手チームのゴールから聞こえてきた。

 

 空中でくるりと回転して、すたっと着地。

 

 この体だと、なんだかいつもより身のこなしが軽い気がするよ。

 やっぱり、狼の獣人になっているからかな?

 

 改めて、ボールがどうなったかの確認。

 

 入ってました。

 

『依桜ちゃんすごい!』

「わわっ!」

 

 ばふっと、三郷さんが抱き着いてきた。

 ただ、身長差の影響でボクが抱っこされるような形になっちゃってるけど。

 

『依桜ちゃんの運動神経って、本当にすごいよね!』

「あ、あはは……き、きたえてますから」

『いやいや! さっき、七メートル以上跳んでなかった!?』

「き、きのせいだよ」

『え、でも……』

「きのせい、です」

『そ、そっか。でも、さっすが依桜ちゃん!』

 

 とりあえず、ゴリ押しだけど、気のせいって言うことにしておきましょう。

 

 ……無理矢理感がすごいけど。

 

 

 ところ変わって、観客席側。

 

「依桜、結局自重してないな」

「ええ、そうね」

 

 俺と未果は、九時から行われている種目には出ていないとあって、とりあえず依桜の試合を見に来ていた。

 

 最初は、女委と態徒の試合を見に行こうかと思っていたんだが、

 

『いやいや、オレたちは普通に試合するだけだぜ? だったら、依桜の方を見に行った方がいいだろー。依桜の場合、色々やらかしそうだしよ』

『わたしの方は大丈夫さ! だって、何か知らないけど、ちょっと動いたらなぜか男子が棄権してくれるから』

 

 だそうだ。

 

 態徒は普通にド正論を言っていたな。

 

 あいつは、本当に友達想いのやつなんだし、そこを前面的に押し出せばモテるはずなんだがな……なぜ、あんな残念な変態になってしまったのか。

 

 で、女委の方は……まあ、何が原因なのかはわかる。

 

 というか、女委も女委で、あんなに変態的なことを言っている割には、自分のことになると途端に鈍くなる。

 

 ある意味、依桜とは類友ってことになるのかもな。

 

「まさか、七メートル以上も跳躍して、オーバーヘッドキックをし、そのままゴールにいれるとは。恐るべし、異世界転移系主人公」

「性別も変わってるしな。依桜は」

 

 今でこそ慣れてはいるが、普通に考えたら非現実の塊な気がするな、依桜は。

 そもそも、異世界転移しただけでも驚きだというのに、性別がかわったわけだからな。

 しかも、無駄に可愛いし、無駄にスタイルはいいしで、色々と非常識だ。

 

「……しかしまあ、依桜への視線がすごいわね」

「……だな」

 

 そんな未果のセリフを聞いて、俺も同意した。

 さっきから、依桜に対する視線はすごいことになっている。

 

「そりゃ、耳と尻尾を着けた、見た目小学一年生くらいの女の子がいたら、誰だって視線が行くわよね」

「あとは……あの服装だろう。絶対」

「まあ……ぶかぶかのナース服を着た、銀髪碧眼のケモロリっ娘だものね。見なさい、男だけでなく、女の視線もバッチリ集めてるわ」

「……依桜のモテっぷりは、女になったことでさらに磨きがかかっているな」

 

 何せ、男だった時ですら、男女両方にモテていたと言うんだから。

 

 あれは異常だろう。

 

 ……なにかあるんじゃないか? と、俺はつい疑ってしまう。

 

「でもあれね。みんな、和んだような顔をしてるわね、観客」

「……中には、明らかにまずい顔をしている人もいるが? 血走った目とか、鼻息荒い男とか、なんかものっすごいハァハァしてる女性とか」

「……依桜、大丈夫かしら。貞操的に」

「……まあ、そのあたりは俺達で守っていく、ということで」

 

 それに、依桜は純度100%のピュア女子だから、大丈夫……だと思う。

 

 実際、性行為の言葉を女委が依桜に言った際、その意味を知らず首をかしげたことで、クラス全員が何気にダメージを受けていたからな。逆に相手の精神にダメージを与えて、偶然身を守ってそうだ。

 

「……ともかく、オーバーヘッドキックはやりすぎじゃない?」

「今更だろう、依桜には」

「…………それもそうね。大方、『友達がせっかくパスしたボールがエリア外に出たら可哀そう! な、なら恥を捨てでも!』ってところでしょうね」

「はは、実際そう思ってそうだな、依桜は」

 

 ともあれ、どんな試合になるのか。

 準決勝では普通らしいが、決勝戦が一番不安だ。

 

 

 後半戦になると、ボクはゴールキーパーに。

 

 前半では危険、とか言われていたんだけど、前半戦でオーバーヘッドキックを決めたりしたからか、大丈夫、かな? ということで、ゴールキーパーに変更。

 

 というより、元々ボクってゴールキーパーがやりたかっただけなんだけどね。

 

 ……まあ、理由は大きく動くと胸が揺れて痛いから、なんていう理由なんだけど。

 

 今は別に小さい姿になってるから、大して問題ないけど、フォワードだと、余計に目立っちゃうしね……現に、さっき目立っちゃったし。

 

 というわけで、後半戦。

 

『あぁもう! ぜんっぜん! 入らない!』

 

 お互いのチームは、かなり接戦で、ボールを奪い、奪われを繰り返していました。

 

 そんな中、相手チームの人がボールを奪ったまま抜けてきて、いざシュート。

 ボールは一直線に来るのではなく、微妙にカーブして来た。

 だけど、軌道さえ読めれば簡単。

 

 雷を動体視力と反射神経だけで避ける修行をしていたボクなら、距離九メートルくらいからシュートされても、止められる自信があります。

 

 ……師匠が見ている以上、ボクに失敗は許されないからね。

 

 だって、さっきからすっごく見てきてるもん! じーって、見てきてるもん! 視線がひしひしとボクに来るのがわかってるんだもん!

 

 なんであの人、ボクだけ見てるの!?

 

 と、とりあえず、ボールをどうにかしないと。

 

「え、えっと、まえのほうになげますね!」

『OK! 依桜ちゃん、間違ってゴールに投げちゃってもいいからね!』

「や、やらないよ!?」

 

 ボクを何だと思ってるんですか!

 

 ……って、口に出して言えないのがもどかしい。

 

 だってボク、一回戦目で似たようなことしたもん。

 

 自陣のゴールから、相手チームのゴールにシュートしちゃったもん。

 

 それに、今は小さくなってるから、そんな芸当はできないけどね。

 

 あれができるのは、この姿以外だしね。

 

 この姿は身体能力が大幅に低下しちゃうからできない。

 

 まあ『身体強化』を使えば、できないことはないけど、さすがにやりません。

 

 だって、ちょっと力の加減を間違えたら、ボールが破裂するもん。

 

「じゃ、じゃあいくよー! えいっ!」

 

 と、ボールをピッチャー投げで、前の方に飛ばす。

 

 ちゃんと、力をセーブして、コートの中心よりも前に出せた。

 

 よ、よし。大丈夫。

 

『依桜ちゃん、肩の力強いんだねー』

 

 え?

 

『まさか、あの投げ方で中心に飛ばすなんて。さっすが!』

 

 ……あ、もしかして、あれもダメでしたか?

 

 ……や、やってしまった……。

 

 

 後半戦は、ゴールキーパーだったからか、これと言って動くことが少なかったので、ほとんど見ているだけでした。

 

 楽だよね、本当に。

 

 この体は胸がないから、おかげで動きやすくていいよ。

 

 ……背が低くなるのは、すごく嫌なんだけど。

 

 それにしても、ナース服でサッカーって……あの人、本当に何を考えてるんだろうね。よくわからないよ。

 

 ……そう言えば、たまに相手チームの人が、

 

『やだっ、尊い……!』

 

 って言いながら、なぜか顔を逸らしてました。

 

 何が?




 どうも、九十九一です。
 相変わらずスポーツがわかっていない人間です。もし、ルールが違う! とか、あり得ないことじゃない、何て言う部分があったら、教えていただけるとありがたいです。
 なんやかんやで、三日目が一番長くなりそうな気がしないでもない。
 あとは、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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345件目 ドッジボール準決勝

「お疲れ様、依桜」

「お疲れ、依桜」

「ありがとう、ふたりとも」

 

 試合終了後、ボクが観客席側に行く、未果と晶の二人が労いの言葉をかけてくれた。

 

「心配はしていなかったが、やっぱり勝ったな」

「うん」

「自重するー、とか言っておきながら、随分目立ってたけど?」

「うっ……」

 

 未果の呆れるような言葉に、思わず唸る。

 

 で、でも、友達の為だったと思えば、まあ……まだ、マシ……。

 

「ま、いいけど。この後は、ドッジボールの準決勝だったかしら?」

「あ、うん。そうだね」

「私と晶も、バスケがあるし、ないのは態徒と女委の二人ね」

 

 晶と未果の二人が、態徒と女委の二人と入れ替わる、みたいな感じかな。

 

 応援に行きたいけど、ボクにも出る種目があるし……。

 

 うーん、ドッジボールで相手チームをすぐに全滅させれば、できないことはないんだけどね。

 

 でも、そんなことをしたら、目立つのは確実だから、多分、やらないけど。

 

「でも、じゅんけっしょうをして、けっしょうもおわったら、けっこうじかんがあきそうだよね」

「まあ、午前の約一時間は準決勝に充てられるけど、決勝戦ともなると、全部の競技が同時に行われるから、それが終われば暇になるでしょうね。まあ、あの学園長のことだし、何かしら考えてはいそうだけど」

「そ、そうだね」

 

 未果の言う通り、あの人、ちゃんと用意してるしね……。

 

 しかも、最終種目のためだけに。

 

 あの人の考えはよくわからないよ。

 

「そう言えば依桜。メルちゃんたちの方はどうなってるんだ?」

「うーん、けはいをさぐったかんじだと……かっぱつにうごいてる、かな? なんにんかはうごいてないけど、たぶん、おうえんしてるだけかも?」

 

 動いてるのは、多分、リルとミリア辺り、かな?

 

 ニアは敗退しちゃってるし、メル、クーナ、スイの三人は次に行われる種目に出場するはずだからね。

 

 感情を読み取る限りだと、喜びみたいだし、多分勝っているか、もうすでに勝ったかのどちらか、かな。

 

「便利よね、それ。『気配感知』だったかしら?」

「うん。そのひとのいばしょとか、そのひとのかんじょうがなんとなくわかるから、かなりべんりだよ。いちおう、じょうじしようしているし」

「え、ほんとに?」

「うん。といっても、ししょうみたいに、いじょうなはんいじゃないけど」

「どれくらいなんだ?」

「うーんとね、はんけい5めーとるくらい?」

「いや、じゅうぶんすごいわ」

「スリとか、確実に防げるんじゃないか? それ」

「こっちのせかいではほとんどかくじつだけど、むこうにはきょうりょくなまどうぐとかあったから、ものによってはむずかしかったよ。まあ、みやぶったけど」

 

 もちろん、能力やスキルに依存しない、ボク自身の技能で。

 

 能力やスキルに頼り切るな、っていうのが、師匠がもっとも厳しく指導していた部分だったから。

 

 ボクも実際その通りだと思っていたから、ちゃんと守っていた。

 

 こっちの世界でも、もしかしたらそれを見破れない人がいるかもしれないけど……。

 

 だって、低いレベルで使用していたとはいえ、『擬態』とか『気配遮断』とかを見破るような声優さんがいるわけだし。

 

 あ、声優さんと言えば。

 

「そういえば、みうさんたちみた?」

「私は見てないわね。晶はどう?」

「俺もだな。たしか、今日は来るんだったか?」

「うん、そうらしいんだけど……きょうはいちどもあってないんだよね、まだ」

「何かしてるのかしら?」

「なにか……うーん、もしかして……」

「ん? 何か思い当たることがあるのか?」

「うん。じつは、きゅうぎたいかいしょにちにね、みうさんたち、がくえんちょうせんせいにあってたの。それで、なんだか、たくらんだようなかおをしていたなー、っておもって……」

「……学園長が関わってるとなると」

「確実に、何かしようとしてるな」

「……うん」

 

 学園長先生だもん。

 一体、何をするんだろうね?

 

「さて、そろそろちょうどいい時間だし、それぞれの場所に来ましょうか」

「あ、うん、そうだね」

「じゃあ、お互い頑張ろうな」

「うん」

「ええ」

 

 ドッジボール、頑張らないと。

 

 

 ドッジボール準決勝。

 

 相変わらず、ぶかぶかのナース服での参加。

 

 幸いなのは、このナース服の裾がふくらはぎの仲ほどでとどまっていることかな。

 

 これがもし、足裏まで到達していたら、ボクは試合どころじゃなかったけどね。多分、裾を踏んで倒れるんじゃないかなと。

 

 ……普通に考えたら、スカートで運動をするって、結構難しくない?

 

 ズボンと違って、布そのものがばさばさするから、やや動きにくくなるんだよね。

 

 ボクがそう言う状況でも動けるのは、いかなる状況でも動けるように、師匠に叩き込まれてるからであって、普通だったらまずやりにくいよね?

 

 ……ボクの体操着、どこ行ったんだろう。

 

『両チーム、準備はいいですね? それでは、始めます』

 

 先生がそう言い、ボールを上に投げる。

 

 ちなみに、今回もボクはやってないです。

 

 だって、笑われたら嫌だもん。

 

『おっし! 俺達の方だぜ!』

 

 ボールは、相手チームに渡りました。

 

『おっしゃ! ここで勝って、賞金ゲットするんだ! おらぁ!』

『きゃっ!』

 

 それなりに速い球が放たれ、ドッジボールしている時によくある、一ヵ所に固まっている人たちに投げられ、前の方にいた女の子に当たり、アウトになってしまった。

 

『よっし!』

『くっ、佐々木がやられた!』

『ならば、仕返し……だっ!』

 

 佐々木さんに当たったボールが自陣の中に残ったボールを遠藤君が回収し、投げ返した。

 

『うおっ!? くっ、やるじゃねか……』

 

 投げ返されたボールは、上手く一人の男子生徒に当たり、アウトにした。

 

 それで、今度は向こうにボールが渡り、こちらに投げ返されて、またクラスの人に当たり、今度は相手チームの外野の人にボールが渡り、こちらのチームの被害が拡大していく。

 

『や、やべえ……元外野含めて、もう四人しかいねぇ!』

 

 と、気が付けばそんな状態になった。

 

 まあ、元々十人での試合だから、ちょっとでも瓦解すると、すぐに全滅まで持って行かれてしまう。

 

 それで、ボク含めてもう四人しかいない状況。

 

 すでに、六人がやられてしまった。

 

 うぅ……また師匠がこっちを見てるし……負けられないよぉ……。

 

 

 なんて思ってたら、ボク以外が全滅。

 

 いや、早くない?

 

 さっきの状況から、約二分ほどでこの状況。

 

 ああ! 師匠がすっごい顔でこっちを見てるぅ! 怖い! 怖いよぉ! なんだか、すっごく恐ろしい笑顔でこっち見てるよぉ!

 

『おい、愛弟子。お前のその尻尾は飾りか?』

 

 って、師匠から『感覚共鳴』が届いた。

 

 ……師匠、変なところで使わないでくださいよ。

 

 でも、尻尾……。

 

 たしかに、使えるかも。

 

 試しに使ってみよう。

 

『くっ、メッチャ可愛いケモっ娘天使ちゃんを当てるとか、心苦しいし、なんかファンクラブの奴らに襲われないか心配だが……賞金のため! くらぇぇぇぇぇ!』

 

 それなりの速さのボールがボクに飛んできた。

 

 これはちょうどいいと思って、軽く横に避けると同時に、尻尾を使ってボールをキャッチ。

 

 あ、取れた。

 

『うええ!? ちょっ、それ飾りじゃないの!?』

 

 ……あ。考えてみれば、これを使うのって結構まずいような……でも、目立つことよりも、師匠がボクに何かをしてくることに比べたら、まだマシと思うべき……だよね。

 

 なんとなく、尻尾でボールをポーン、ポーン、と上に投げてはボールでキャッチ、みたいなことをしてみる。

 

 意外と器用に動かせるんだね、この尻尾。

 

 新発見。

 

『なあ、あれってどうやって動かしてるんだろう?』

『ってか、あの尻尾って自由自在に動かせたんだね』

『……いや、そもそも、尻尾があること自体が不思議なような気がするんだけど』

『でもよ、男女ならありかなーって思って』

『……たしかに』

 

 ……なんか、周囲からすご~~~~く視線が集中しているような……?

 

 も、もしかして、この尻尾……? ぜ、絶対そうだよね!? 原因はそうだよね!?

 

 ま、まずいけど……い、いいかな。うん。

 

 今は気にしない方向で行こう。そうしよう。さすがに、ここで負けたら師匠のお仕置きが怖すぎる。

 

 じゃ、じゃあ、試しにこの尻尾で投げ返してみよう。

 

「え、えいっ!」

 

 ヒュンッ!

 

 という風切り音が鳴り、ボクの放ったボールは……

 

『ごほぉ!?』

『え、ちょっ、ごふ!?』

『は? げふぅ!?』

 

 一人の生徒に当たり、それが跳ね返り、別の生徒に当たり、さらに跳ね返り、また別の生徒に当たり、三人まとめてアウトにできた。

 

 ……なんか、当たったヵ所を手で押さえて、ぴくぴくしてるけど……って!

 

「あぁ! ご、ごめんなさいごめんなさい! だ、だいじょうぶですか!?」

 

 慌てて、当てた人たちに近寄る。

 

『へ、へへっ……ま、まさか、し、心配して、くれるとは、な……ガクッ』

『あ、ああ、めっちゃ、嬉しい、ぜ……ごふっ』

『わ、わが生涯に一片の悔いなし……』

 

 気絶した。

 

『はーいどいてくださーい。回収しますよー』

 

 一体どこから現れたのか、保健委員の人たちが現れて、気絶した三人を回収していった。

 

 なんとなく、呆然と見ていると、

 

『あ、隙あり!』

 

 唐突に距離一メートルくらいの位置から、相手チームの人がボールを投げてきた。

 

「ふっ――!」

 

 それを瞬時に察知し、バク転で回避。

 

『ええ!? い、今、ほとんど距離なかったのに避けなかった!? ってか、よく見たら尻尾でボール取ってるし!?』

 

 うん、尻尾、便利。

 

 手にボールを持ち、尻尾を動かしてみる。

 

 尻尾で円を描いてみたり、丸めてみたり、後はボールをのっけてそのままいじってみたり。

 

 意外と、いいね。

 

「っとと、ボールをなげないと」

 

 相手チームの残り人数は、大体三人。

 

 もういっそのこと、三人をまとめてアウトにしてしまった方が早いような……で、でも、それだと目立つし……。

 

『残り時間、一分です!』

 

 って、ええぇぇぇ!?

 

 いつのまにそんなことに!?

 

 し、仕方ない……。

 

「やぁ!」

 

 ボールを振りかぶり、なるべく手加減してボールを投げた。

 

 相手チームの人は後ろの方に下がっている。

 

 あれくらいなら問題なしです!

 

 避けられると思って、安心したような顔をしてるけど甘いです!

 

 ボールは左側にいた人の左肩に当たり、それが跳ね返り、今度は右側にいた人の右肩に当たり、さらにそれが跳ね返り、真ん中の人の肩に当たり……地面にボールが落ちた。

 

『うっそ!?』

『マジで!?』

『畜生め!』

『試合終了! 勝者は、二年三組です!』

 

 勝ちました。

 

『すげええええええええええええ!』

『さっすが依桜ちゃん! かっこかわいい!』

『一人で全滅させるなんて……私たちにできないことを平然とやってのける!』

『そこに痺れる、憧れるぅぅぅぅぅ!』

「あ、あはははは……」

 

 これ、準決勝なのに、なんで決勝で勝った、みたいな騒ぎようなんだろうね?

 

 ……まあ、自分でも結構やらかしちゃってるって思ってるけどね……うん。なにも見なかったことにしよう。

 

 

 観客側。

 

「なあ、女委」

「なんだい、態徒君」

「依桜の奴、あんなに尻尾を自由自在に動かせたんだな」

「だねー。私、あれ見てちょっとエロい妄想しちゃったぜ」

 

 なんて、オレたちはなんとなーく話しているんだが、オレが言ったことに、女委がものっそいにやけた顔でそんなことを言っていた。

 

 うむ。

 

「ちなみに、どんな妄想だ?」

 

 気になる。

 

 ここはやはり、ド変態同人作家の妄想を聞いてみよう。

 

「あの尻尾で(ピ―――)とか、(ドゴォォン!)とか、(バァァァン!)とかされてみたい」

「ほう、たしかに。それはわかる。つまり……下の世話をしてもらいたい、と」

「その通り! ほらー、男ってこう、あの尻尾で(Foooooo!)とかされてみたい! とか思うでしょ?」

「うむ。否定せん。ってか、マジで理想! ケモっ娘ヒロインのあの尻尾奉仕、エロゲをやってる時マジで憧れてる!」

「おー、さっすが変態君だぜー。欲望に忠実だぜ」

「ははっ! だろ?」

「うん!」

 

 オレたちの猥談はかなりヒートアップし、結果的に依桜が俺達の所に来るまで続いた。

 

 なぜか、依桜に殴られた。

 

 ピュアなのに……なぜ。

 

 一応理由を尋ねたら、

 

『なんとなく、気持ち悪かったから』

 

 だそう。

 

 ……あいつ、鋭くね?




 どうも、九十九一です。
 ドラマCDを聴きながら書いていたのですが、やっぱりドラマCDを聴きながらだと、微妙に書くスピードが落ちますね、これ。いやまあ、ついつい面白くてそっちに行っちゃうわけですが……。
 さて、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いいたします。
 では。


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346件目 休憩

 準決勝終了後、観客席側にいた態徒たちの所に行くと、なんとなく気持ち悪いことを考えているような気がして、というか、絶対に考えていたと思うので、ちょっとお灸を据えました。

 

 悪いのは、態徒と女委。

 

「お疲れー、依桜」

「おつだよー」

「うん、ありがとう、ふたりとも」

「いやぁ、まさかあって早々ぶん殴られるとは思わなかったぜ……」

「にゃ、にゃはは……わたしも、殴られはしなかったけど、体中に激痛があるぜー……」

「ふたりがわるいんだもん。ぷいっ」

 

 なんとなく、女委を攻撃することはできなかったので、針でちょっと刺して、全身に激痛が走るつぼを押しただけだもん。

 

 別に、激痛が走るだけであって、体には無害。むしろ、有益。

 

 だって、全身の血行を良くすることができるもん。

 

「お疲れ様、依桜」

「お疲れ」

「あ、みかにあきら。そっちもしあいはおわったの?」

「ええ、終わったわ」

「ああ」

「おー、で、どうだったん? 二人とも」

「残念ながら、私は負けたわ。でも、晶は勝ったわよ」

「なんだ、未果は負けちまったのか」

「まさか、全国常連に当たるとは思わなかったわ……。というか、テニスも負けた理由もそれだったし……」

 

 それを聞いていると、この学園ってやっぱり、部活が強豪なんだなぁって思えて来るよ。

 

 運動部、文化部関係なく強いしね。

 

 特に、運動部は強いし、個人系部活、集団系部活関係なく強いからね。

 

「まあ、俺の方も決勝は本職相手らしいし、勝てる気はしないがな」

「それはやべーなー」

「ま、こう言う大会は、本職がいるクラスがなんだかんだで一番強いものね」

「だね~。むしろ、本職じゃないのに、無双している方がおかしいんだもんねー。ねー、依桜君?」

「あ、あはははは……」

 

 ボクはまあ……全く違う本職だしね。

 

 しかも、割と危険な本職。

 

 人を殺す仕事だったしね。

 

 だから、乾いた笑いしか出てこない……。

 

「まあ……依桜はな」

「依桜を比較対象にしちゃダメだろ~」

「何せ、世界最強の弟子、だものね?」

 

 にやにやとした笑みを、晶以外がボクに向けて来た。

 

 ひ、酷い顔……。

 

「と、ところで! めいのほうはどうだったの?」

「わたし? うん、余裕で勝ったよ~。相手がまた男子生徒でね~。なぜかわたしを見てぶっ倒れてね~。決勝進出さ!」

「さすがめいだね。でも、なんでたおれたんだろうね?」

「ねー」

(((絶対、その胸だろ)))

 

 あれ、なんか三人が微妙な表情をしているような……気のせいかな?

 

「あ、そうだ。ねえ、未果ちゃん、態徒君、聞いてよ。依桜君すごいんだよ?」

「すごいって、何が?」

「今日の依桜君って、ケモロリっ娘じゃん?」

「そうだな」

「さっきのドッジボールで、あの尻尾を自由自在に動かして、ボールをキャッチしたり、投げ返したりしてたんだよー」

「「……ああ、そんなことまできるようになったのか(ね)」」

「ま、まあ、からだのいちぶなので……」

 

 意外と便利だしね。ついつい使っちゃうわけで……。

 

 この姿と、通常時に耳と尻尾が付いた状態は、こんなことができるから、今後そうなった時は使って行こうかな。

 

「身体能力の高さに加えて、第三の手のような追加方もできる尻尾もあると考えると、負ける要素がないわね、依桜」

「で、でも、あたるめんせきがひとよりもおおいんだよ? ドッジボールなら、まけちゃうかもしれないし……」

「「「「ないない」」」」

 

 声をそろえて、呆れながら否定しなくても……。

 

 ボクが言うことことって、そんなに信用できない……?

 

 

『高等部選手の皆さんにお知らせします。現在、ルール追加が行われた競技の準備に遅れが出ております。なので、あと三十分ほどお待ちください。それから、最終種目に関する内容も、外の掲示板に張り出しておきますので、確認し、準備を始めてください』

 

 みんなと話していると、不意にそんなアナウンスが流れた。

 

「なんだ、遅れてんのか」

「みたいだね」

「それで、最終種目は何なんだろうな? とりあえず、見に行くか?」

「そうね。依桜も行くわよね?」

「うん。いまはやることがないしね。きょうはいそがしくなるから、ほけんいいんはいい、ってさっきのぞみせんせいにいわれたから」

 

 だってボク、生徒側の参加じゃなくて、学園側の参加だから、ちょっと違うしね。

 

 ……報酬についてはもうもらってるけど。

 

 でも、家なんだよね……家を持っている女子高生って一体……。

 

 …………うーん、やっぱり、男だった、っていう認識が薄れているような……。

 

 いいことなのか、悪いことなのか、なんだかいまいちだよ。

 

 

 というわけで、掲示板に移動。

 

「親切に、チラシが置いてあったから持ってきたわ。早速見ましょ」

 

 前の方に行った未果がそう言いながら、チラシを手に戻って来た。

 

「なになに? ……『最終種目は全員参加のVR的なアレです。基本はCFOを使っているため、すでに所持していて、尚且つレベルが高い人もいます。そうなってくると、圧倒的不利になってしまう人が大勢いるので、種目が始まる二十分前まで、レベルを上げる時間を与えます。その間、狩場の取り合いになるとレベリングどころじゃないので、一人一つのサーバーでプレイしていただきます。もちろん、友人との協力もOKです。データがある人で、レベル四十五以上の人は参加しないよう、お願いします。あと、持っていない人も四十五に到達したら、中断するよう、お願いします。なお、レベリングに参加できない人は、事前に申し出てくれれば、初期設定三十にします。ただし、他の生徒とのレベルの間が空きすぎた場合は、平均に設定します。ちなみに、職業はなにを選んでもいいです』だって」

 

 律儀に、女委が全部読み上げてくれた。

 

 じ、事前に聞いてはいたけど、本当にやるんだ。

 

 というか、本当に全員分のサーバーを作っちゃったんだ……。

 

「……それにしても、『New Era』を全員分とは……あの学園長の財力どうなってるのよ」

「一台あたり、十万円以上。で、高等部は八百四十人。そこから考えて……おー、実に八千四百万円だね」

「「「たっか!?」」」

 

 女委が出した金額に、未果たちが声をそろえて驚く。

 

 は、八千四百万ですか……。

 

 ……本当に、あの人の財力って一体……。

 

 そもそも、資金はどこから来てるんだろう? 一応製薬会社兼、ゲーム会社だけど、普通に考えたら、そこでお金を得ているんだろうけど……果たして、普段から得ているお金だけで、ここまでポンポンとお金を出せるわけないし……。

 

「でもこれ、依桜の一人勝ちじゃない? 種目のシステム上」

「まあ、依桜のステータスはそのレベルの四倍以上みたいなところがあるしな」

「それな。ってか、三十分もかからずに全部終わらせるんじゃないか?」

「さ、さすがにしないよ? だってボク、せいととしてさんかしないもん」

「「「「え」」」」

 

 ……あ。もしかしてこれ、言ったらまずかった……かも?

 

 うっすらと背中に冷たいものが走る中、未果たちは驚いた状態から一転して、すぐに納得した顔になった。

 

「もしかして、学園長に何か言われたのかしら?」

「よ、よくおわかりで……」

「学園長先生が関わっている以上、依桜君が関わらないわけないもんね~」

「ま、まあね……」

 

 本当に、よくおわかりで……。

 

 みんなのボクに対する理解度って、相当高いような気がしてきたよ。

 

 同時に、学園長先生に対する理解度も高くなってきている気もするし。

 

 すごいね、みんな。

 

「それで、何をするの? 依桜は」

「あー、うーん……あんまり、いわないほうがいいきが……」

 

 だって、まだその辺りは何も言ってないわけだし……。

 

〈おーっす、みなさま〉

「あ、アイちゃんだ」

 

 いきなり、アイちゃんが声を出した。

 

〈いっやー、最終種目の話が聞こえたんでー、ついつい出てきちゃったぜ☆〉

「相変わらず、その話し方なのか」

〈まー、私はこーんな喋り方ですからねー。なんですか? もしや、AIっぽい喋り方の方がいいとか?〉

「アイちゃんがそれは想像できないなー。だって、ちょっとウザい感じが空いちゃんなわけだし」

〈お、よくおわかりでっすねー! 女委さん! そうですぜ! 私はちょいウザキャラ路線ですからねー! HAHAHA!〉

 

 あー、たしかに……ウザい系、だよね、アイちゃんって。

 

 なんか、今納得した。

 

 たまーに、イラッとくることがあったけど、それが理由だったんだ。

 

「でも、どうしてアイちゃんでてきたの? なにかあった?」

〈んー、一応皆様に追加情報でも与えようかなーと〉

「え、でも、さすがにいったらまずいんじゃないのかな? だって、だれにもいってないじょうほうだし……」

〈ご安心を。私は世界最高峰のスーパーAIですからね! 抜かりなく、創造者に質問済みですとも!〉

「勝手に連絡してるって……アイちゃん、自由奔放すぎない?」

「いやいや、この場合普通にAIとして働いただけだろ。……普段はたしかに自由奔放だけどよ」

 

 うん、それはボクも思います。

 

 だって、知らない間にボクの寝顔写真を送っているんだもん。

 

 自由奔放だよ。

 

〈おっと。じゃあ、ちょっとした情報を。その最終種目には、この私も参加します!〉

「「「「え」」」」

〈いっやー、アイちゃん困っちゃうぜー。だってぇ~、こ~んな超絶キュートで、最強すぎるAIが最終種目に参加するんですよー? しかも、イオ様とコンビ! これ最強! 自然の摂理! イェェェェ!〉

「……依桜、マジなの?」

「……マジ、です」

「「「「……」」」」

 

 あぁ、みんなが何とも言えない顔に……!

 

 ボクだって、アイちゃんが一緒って、心配しかないよぉ!

 

 頼りになるのは理解できるんだけど、それ以上に、何をするかわからないから、心配なんだよね……。

 

〈ああ、そうそう。イオ様。私も参加するにあたり、ちょっとサーバーの方で準備してきますんで、次はゲーム内で会いましょうぜ!〉

「あ、う、うん」

〈じゃ、皆様ガンバ! 特に、ルール変更種目に出る人たちはね! イオ様のすんばらしい絵も監視カメラを介して見てますんで〉

「わ、わかったよ。……って、え? アイちゃん、いまのはつげん――」

〈では! サラダバー!〉

「あ、アイちゃん!? アイちゃーーーん!?」

「いなくなったわね……」

「いきなり出てきて、いきなり消えるとは……自由奔放って言うか、色々とカオスだな、アイちゃんは」

「それに振り回される依桜も大変だなぁ」

「だねー」

「……ふ、ふふふふ……」

 

 アイちゃん……なんなの?




 どうも、九十九一です。
 ちょっと、色々あって、投稿が遅れました。申し訳ないです……。まあ、一応投稿はしましたので、許してください。
 明日の投稿ですが、まあ、朝の10時はちょっと厳しいかもしれないので、17時か19時に投稿したいと思います。まあ、ちょっと用事があるので、もしかすると投稿できない、なんて可能性もありますので、ご了承ください。
 では。


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347件目 おかしなサッカー決勝戦

 そんな感じで、アイちゃんを交えて色々と話していると、ついに決勝戦の時間になった。

 

 ドッジボールは、次なので、問題ないです。

 

 準決勝と同じく、サッカーから。

 

 それで、いざサッカーコートに来てみれば……。

 

『『『なにこれ?』』』

 

 ボクだけでなく、他の生徒たちも、そんな声を漏らしていた。

 

 ちょっと待って。

 

 本当に、これはどういうこと……?

 

 ボクの眼前に広がるのは、サッカーコート……だったもの。

 

 いや、辛うじてサッカーコートと言えなくもないんだけど……

 

「これ、トランポリン……だよね?」

 

 目の前に広がるのは、サッカーコートの外見をした、あの、小さな子供たちがよく遊ぶトランポリンの部屋、みたいなものだった。

 

 どう見てもこれ、サッカーどころじゃないよね? バウンドしすぎて、サッカーなんて出来たものじゃないと思うんだけど、一体あの人は何を考えてるの?

 

『と、とりあえず、行こう』

 

 この学園が、突然突拍子のないことをするのは日常茶飯事で、慣れてきている学園生でも、さすがにこれには驚き、何とも言えない顔になった。

 

 

『というわけで、ルールの説明に移ります』

 

 コート? 部屋? に入るなり、担当の先生がルール説明を始めた。

 

 正直、入った瞬間に倒れそうになったけど、似たような場所が向こうの世界にあったので、すぐに慣れた。

 

 不思議な世界でもあったからね。

 

 地面がトランポリンのように弾む草原があったからね。

 

 周りを見れば、ここに入った人たちみんな苦戦しているようだけど……。

 

 まあ、こんな場所に入る事なんて、そうそうないもんね。

 

 ……それ以前に、本当にここでサッカーの決勝戦をするつもりなの? これ。

 

 なんて思いながら、先生の説明に耳を傾ける。

 

『まず、サッカーの試合はここで行われます』

 

 あ、うん。本当にここでやるんだね……。

 

 何を考えてるんだろう、学園長先生。

 

 ……これ、もしかして、他のルール変更がなされた種目も、こんな変な感じになってるのかな?

 

 ……この後、ドッジボールがあるんだけど、あれも変なことにはなってない……よね? 大丈夫だよね?

 

『見ての通り、決勝戦では、トランポリンハウスの中で行われます。この部屋のガラスは、強化ガラスでできているので、ボールが当たっても割れる心配はないので、安心してください』

 

 強化ガラスが、学園の球技大会程度のもののためだけに使用されてるって……変なところにお金をかけすぎじゃないですか?

 

 学園長先生の考えはよくわからない……。

 

『さらに、今回使用されるボールは、ものすごくバウンドします。トランポリンとの相乗効果もあって、かなり跳ねます』

 

 ……なんで、そんなものを用意してるんですか?

 

 よりにもよって、すごく相性が悪いものを用意するなんて……あの人は、本当に何を考えて、こんな協議にしてるんだろう?

 

『基本的なルールはサッカーと同じです。ただ、コート外という概念がありません。なので、スローインやコーナーキックというルールそのものが消失しているので、とりあえずボールを蹴り合って、多く得点を入れた方が勝ちです。ちなみにですが、オフサイドもありません』

 

 何、そのルール。

 

 サッカーとか詳しくないからあれだけど、少なくとも相当やりたい放題なサッカー、だよね? これ。

 

 他の人の顔色を伺ってみると、『えぇぇぇ?』っていう顔をしていた。

 

 うん。だよね。

 

 しかも、サッカー部じゃなかったっけ? 相手チームのほとんどの人が。

 

 やっぱり、本職の人たちとしても、このルールは相当おかしいと思ってるんだろうね。だって、素人なボクですらおかしいと思ってるんだもん。おかしいというか、おかしいのはサッカーのルールじゃなくて、それを考えた人たちなわけだけど……。

 

『このサッカーですが、怪我的なことも踏まえて、前半戦と後半戦にチームを分けてください』

(((それなら、こんなあほみたいなルールにしなければよかったのでは?)))

 

 一瞬、この場にいる人たち全員の意思が、ぴったり重なったように感じました。

 

 酷すぎる……。

 

 

 というわけで、チーム分け。

 

 と言っても、サッカーは十一人で行われるため、六人と五人で分かれることになるんだけど、それだとちょっと大変なのでは? という理由から、一人だけ二回出場することに。

 

 話し合い――をする前に、みんながボクをじーっと見てきたことにより、半ば強制的にボクが二回出ることになりました。

 

 ちなみに、前半ではゴールキーパーを務めます。

 

 ……似たようなことをしていたから、まあ、それなりには動けると思うけど……って、

 

「ひぅっ!?」

『え、ど、どうしたの? 依桜ちゃん?』

「い、いませすじがぞくっとして……」

『風邪?』

「う、ううん。たぶんちがう、とおもうけど……」

 

 なんだか不安になって、周囲をきょろきょろ。

 

 すると、部屋の外ににんまりとした笑みを浮かべて、じっとこっちを見つめてくる仕様の姿があった。

 

 ……って! 師匠ですか!?

 

 あの人、今日ず~~~~っと! ボクのことを見てない!?

 

 自意識過剰……じゃないね、絶対!

 

 だってあの人の視線って、隠そうとしなければ絶対にわかるくらいに鋭いんだもん! その視線で人を殺せるんじゃないの? って言うくらいに、視線が強いんだもん!

 

 ボクの自意識過剰で済めばいいんだけど、あの人の場合、絶対にボクを見てるよ……。

 

 ま、まさかとは思うけど、『跳弾の草原』の修行のことを思い出せ、とか思ってたり……するよね、絶対。

 

 今思えば、あの草原は酷かったなぁ……。

 

 一歩踏み出しただけで、体が跳ねるんだよ? それも、五メートルくらい。

 

 その状態で草原に落ちれば、さらに倍の高さに跳び、また草原に落ちれば、さらにさらに倍の高さに跳ぶって言う……本当に酷い場所だったよ。

 

 あそこでの修業は自殺行為、なんて言われるくらい、とんでもない場所だった。

 

 そこでは、いかにして衝撃を吸収、逃がすかの方法を学んでいました。

 

 例えば、波打つ地面に合わせて、足を上下させる、とか。

 

 あとは、自分の跳びたい高さに衝撃を調整して跳んだり、自分の行きたい方向に跳ぶように上手く操作したり、とかね……。

 

 本当、地獄でした。

 

 そんなことがあったので、師匠は今、

 

『『跳弾の草原』っていう場所を乗り越えたんなら、お遊び程度の場所で苦戦はしないよなぁ? もちろん、優勝できるよなぁ?』

 

 とか思ってるよ。

 

 師匠って、本当に理不尽なんだもん……。

 

 特に、ボクに対してはかなり。

 

 ……そう言えば、たまに態徒を鍛えてる、とか言っていた気がするんだけど……もしかして、態徒も師匠の理不尽なしごきにあっていたりする、のかな?

 

 ……もしそうなら、優しくして上げよう。可哀そうだしね……。

 

 なんてことを思いつつ、試合が始まる時間に。

 

『それでは、スタートです!』

 

 ピ―――! という、ホイッスルと共に、決勝戦が始まった。

 

 まずは、こちらのチームからに。

 

 ……まあ、

 

『うわわ!』

『え、ちょっ』

 

 ボヨン! ボヨン!

 

 なんて言う、効果音が見えそうな感じで、こちらのチームの女の子たちが転び、そのままバウンドした。

 

 同時に、ボールもポヨンポヨン! と弾んでいく。

 

『チャンス! ――って、や、やりにくい!?』

『わっ!?』

 

 向こうのチームの人たちも、ボクたちのチームの女の子たちと同じく、ボールを取ろうとして失敗し、そのままトランポリンで弾んでいった。

 

 一度弾んでしまうと、なかなか元に戻れない。

 

 ボクもあんな感じだったしね……。

 

 ……って、あれ? 何だろう。この光景。すご――――く! よろしくない光景なような……。

 

 気のせい、かな?

 

『しまったっ! 依桜ちゃん! ボールがそっちに!』

「あ、うん! まかせて!」

 

 クラスメートの女の子に教えられ、ボクは前を見る。

 

 たしかに、ボールがこっちに向かって飛んできていた。

 

 しかも……

 

「すっごくはねてる!?」

 

 ボールがこの部屋の壁や、床のトランポリンに跳ねながら、こちらへ向かってボールが向かってきていた。

 

 じ、地味に予測しにくい……!

 

 でも、こっちだって、異世界で散々鍛えられた男です! これくらい止められなかったら、師匠にお仕置きされちゃう!

 

「やぁっ!」

 

 こっちに向かってくる反射位置を見つけ、ボクはボールが飛んでくる位置にトランポリンを利用して前に割り込む。

 

 そして、ボールを何とかキャッチ。

 

「っとと……ふぅ、とれました!」

『おお! さっすが依桜ちゃん!』

『このトランポリンをものともしないなんて……すごいよ依桜ちゃん!』

 

 なんて、称賛してくれてるんだけど……まだ跳ねてるんだよね……。

 

 これ、やっぱり相当大変だよね。

 

 少なくとも、まともに点を入れるのは難しいよね、これ。

 

 ……仕方ない、よね。うん。

 

「じゃあ、いきますよー!」

 

 ボクは空中にボールを投げると、トランポリンを使って飛び上がり、ボールを蹴った。

 

 狙いは壁。

 

 壁、天井、床、と色々な場所にぶつかり相手チームのエリアに飛んでいく。

 

『一体どこを狙って……ってぇ!?』

『ちょっ、反射を利用してきたんだけど!?』

『と、止めて止めて!』

『あぁ! 無理! 動きにくい!』

 

 なんて騒ぎが聞こえてきたけど、ボールはバウンドしながらゴールに入った。

 

 ピ―――!

 

 うん、一点。

 

 正直、すごく疲れるので、できることなら早く終わらせたいのです。

 

 

 一方、観客席側。

 

「未果、あれ、どう思う?」

「あー、うーん……なるほど。トランポリンハウスになった理由がよくわかったわ……」

 

 私と晶は、サッカーの決勝戦を観戦していた。

 

 そして、晶が遠い目をしながらトランポリンハウスを見つめ、どう思うと訊いてきた。

 

 その問いに、私はそう告げ、理由を言う。

 

「つまり……跳ねる度に見えるお腹やら、見えそうで見えないブラが見たいがために、トランポリンハウスにしたってわけね……」

「……学園長、変態らしいからな」

 

 まあ、そうね……。

 

 依桜から聞いた話だと、学園長は依桜が性転換して、事情説明に行った時に、襲われたとか言ってたし……しかも、あの人もバイらしいのよね……。

 

 ……待って? 普通に考えて、依桜の周りって……同性愛者とかバイとかが多いような気がしてきたわ。

 

 大丈夫? 大丈夫なの?

 

 別に否定はしないけど、あまりいるような人たちじゃないと思うんだけど……依桜って、マジで恐ろしいわ。

 

「しかも、依桜に対する視線はすごいわね」

「まあ……一人だけスカートだしな」

 

 実際、依桜だけナース服を着ている。

 

 しかも、だぼっとしてるおかげで、スカートはちょっと動いただけでふわりと舞い、微妙にパンツが見えそうになっていたりする。

 

 ……依桜の今日のパンツはたしか……水色と白の縞々パンツだったかしら?

 

 着替えている時にちらっと見えた限りだと。

 

 ……可愛すぎぃ……!

 

「未果、どうした? にやけて」

「あ、い、いえ。問題ない、わ。ちょっと……依桜のことを考えていただけよ」

「そうか」

 

 危ない危ない。

 依桜の穿いている下着のことを考えてた、なんて口が裂けても言えないわ。

 

「さて、後半戦はどうなることかしらね」

「だな」

 

 

 前半戦は、ボクが入れた一点以外はお互いに点が入らず終了。

 

 というわけで、後半戦が開始。

 

 ポジションはゴールキーパーから、例によってフォワードに変更。

 

 ボクたちがリードしているので、向こうからのスタート。

 

『くっ、やっぱり、やりずらい!』

『わかる!』

 

 なんてことを言いながら、キックオフ。

 ボクは蹴り始めたのを見てから、軽くトランポリンで前に跳ぶ。

 

「もらいますよ!」

『いきなりぃ!?』

 

 ボールを足で挟むと、そのまま手をついて、ハンドスプリングを決める。

 

『『『うおおおおおおおおおおおおおおお!』』』

 

 あれ? なんか今、外からすごい歓声に似た声が聞こえてきたような……。

 

 うーん、気のせいだよね!

 

 さて、こういう時、むしろボールを蹴って進むのはある意味、悪手。なので、今みたいにボールを足に挟んでハンドスプリングで進んだ方が、一番効率がいい。

 

 それに、手だから上手く跳ぶ方向も調整しやすいしね。

 

 身体能力がいかんなく使用しないと。

 

 ……なんだか、すーすーするような気がしてるけど。

 

『くっ、みんな! 天使ちゃんを止めるよ!』

 

 さすがに、後半戦ということもあって、最初は上手く進めていなかった人たちも、上手く進めるようになっていた。

 

 そのため、ボクの進路上に相手チームの人が。

 

 あ、まずい! このままだと、ぶつかっちゃう!

 

 しかも、ハンドスプリングの影響で逆さまになってるから、ちょっと回避が……!

 

「よ、よけてぇ~~~~~!」

『え? きゃぁぁ!』

 

 ボクの叫び空しく、相手チームの人とぶつかってしまった。

 

「あぅぅ~~~……」

『痛たた……って、ハッ!』

『あー! ずるいよ、麻希!』

 

 う、うぅ……ぶつかっちゃったよぉ……。

 

 ……あれ? なんだか、柔らかくて、あったかいような……って!

 

「あわわわわわわわ! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 ぶつかった人に覆いかぶさるように抱き着いていた挙句、胸に思いっきり顔をうずめているとわかり、ボクは慌てて起き上がると、何度も頭を下げて謝る。

 

『大丈夫大丈夫! すっごい役得だったから!』

「やく、とく?」

 

 何が役得だったんだろう……?

 

 なんて、疑問に思っていたら、

 

『あー、依桜ちゃん?』

「は、はい」

 

 不意に、クラスメートの人が目を逸らしながら、声をかけて来た。

 どうしたんだろう?

 

『……見えてるよ』

「みえてる、ですか?」

 

 一体何が……と思った時、ボクはすーすーしてることに気づいた。主に、お尻の辺り。

 

 ……って!

 

「き、きき……きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 ボクは、自分がパンツ丸出しの状態であることを悟り、悲鳴を上げた。

 

 

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!』』』

「ああ……やっぱりこうなったわ……」

「まあ、依桜、だしな……」

 

 目の前の光景を見て、私と晶は額に手を当てながらそう呟いた。

 

 依桜だから、パンツを見られる事態にはなると思っていたけど、まさか相手チームの人に抱き着いて、顔を胸にうずめつつ、パンツ丸出し状態になるとは……。

 

 しかも、相手の人も綺麗な人だし、何と言うか……尊い光景ね。

 

 やっば。可愛すぎる。すごく、可愛い。

 

 しかも、顔を真っ赤にして悲鳴を上げるとか……はぁ~~~~可愛い!

 

「未果。だらしない顔をしてるぞ」

「あ」

「まったく……概ね、あの依桜の姿を見て、変なことを考えたんだろうが……」

 

 ……鋭いわ。さすが、二番目に付き合いが長いだけあるわ。

 

「しっかし……依桜はすごいな。今の一瞬で……見ろよ」

「……ええ、気づいてるわ。これ、大丈夫かしら」

 

 晶が指し示した方を見れば……

 

『へ、へへへ……』

『俺、生きててよかった……』

『……て、天使、だぜ……』

 

 ものっすごいいい笑顔をした男たちが、鼻血を流しながら倒れていた。

 

 しかも、かなり大勢。

 

 ……な、何と言う邪魔。

 

「……これは、相当大変ね」

「……だな」

 

 保健委員、大変そうね、とか思った。

 

 

 その後。

 

 依桜が思わず泣きそうになってしまい、敵味方関係なく依桜をあやすという事態に入った。

 

 その依桜の可愛らしさ、守ってあげたくなるような庇護欲に、全員、和んだ。

 

 ちなみに、依桜のクラスが勝利した。




 どうも、九十九一です。
 昨日は、投稿できなくてすみませんでした……。実は、在宅ワークを初めまして、少々そちらに集中しちゃったため、こっちに手を付けられませんでした。一応、毎日投稿にはしますが、たまに仕事の方で忙しくなる、何てことがある可能性があるので、投稿がない時は、その日だと思ってください。それに伴い、なるべく10時投稿にはしますが、別の時間になる日も出ると思います。多分、17時と19時のどちらかですね。まあ、覚えておいていただけると、ありがたいです。
 まあ、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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348件目 酷すぎる、ドッジボール決勝

「……ただいま」

「お、おかえり、依桜」

「なんと言うか……お疲れ様、と言うべきか……」

「あ、あは、あははははははは……しにたいです……」

「あかん。重症だわ……」

 

 トランポリンハウスから戻って来た依桜は、何と言うか……重症だった。

 

 目元がちょっと赤くなってるし、なんか、涙の痕もあるし……やっぱりあの時、ちょっと泣いてたのね。

 

 しかも、あの瞬間以降、敵味方関係なく、依桜をあやすとか言う、あほみたいな状況になってたし。

 

 とんでもない状況を作り出すわよね、ほんと。

 

「……まあ、さすがにパンツを大勢の前に晒す、なんて普通に考えて大事件だからな……」

 

 おっしゃる通りで。

 

 というか、仮にも通常時はボンキュッボンの銀髪碧眼美少女なのは、割と周知の事実だけど、その銀髪碧眼美少女が幼女化して、そのパンツを見て、鼻血を出して沈む男たちって……相当なド変態よね? これ。

 

 もしかしてなんだけど……ここには、ロリコンが多かったりするのかしら?

 

 ヤバい人しかいない学園だけど、これは何と言うか……もっとやばい。

 

「なあ、未果。俺は思うんだ」

「何を?」

「……サッカーでこれなら、ドッジボールの方はもっとまずいことになるんじゃないか、と」

「……そう言えば、着替えが揃ってる、とか言ってたわよね……」

「……依桜、大丈夫か?」

「……だいじょうぶ、なのかなぁ……」

 

 どこか遠い目をしながら呟く。

 

 まあ……そうよね。

 

 なにせ、一種目目の決勝戦が、あんなにも酷いものだったんだもの。

 

 確実に、ドッジボールの方もとんでもないものになるに違いないわ。

 

「まあ、とりあえず、あれね。依桜、今度からスパッツとか穿いていた方がいいわ」

「……うん。そうだね」

「まあ、仮にスパッツを穿いたとしても、あまり好転はしないような気がするけどな……」

 

 何も、言い返すことができなかった。

 

 

 それから、準備が出来たので、ドッジボールの場所へ。

 

 この時間帯の決勝戦は、ボクと晶の二人。女委と態徒、未果の三人は、観戦しているようです。

 

 ……ボクの試合の。

 

 心配だから、って言う理由だそうで……。

 

 ……その際、憐憫の目を向けられつつ、すごく優しい笑顔をボクに向けていました。

 な、泣けてくるよ……ボク。

 

 そんなわけで、ドッジボールのコートへ。

 

「……あれ? ふつう」

 

 ドッジボールのコートに来てみれば、どこもおかしなところはなく、普通のドッジボールコートがあるだけだった。

 

 なんとなく、サッカーの時と同じような感じになるんじゃないか、と身構えていただけに、なんだか拍子抜けというか……でも、着替えが揃ってる、って書いてあったことも考えると、何かあるんだろうけど、見当もつかない。

 

 うーん、何だろう?

 

『依桜ちゃん、見た感じルール変更が無さそうなんだけど、どう思う?』

「う、うーん……ないにこしたことはないけど……が、がくえんちょうせんせいがいいだしたことだとおもうので、たぶん……あるとおもいます」

 

 むしろ、ない方がおかしい、と思えてくるレベルだよ? あの人の場合。

 

『はい、ドッジボール決勝戦のルール説明を行いますので、こちらに集まってください』

 

 そう言われたので、ボクたちはそちらへ移動。

 

『集まりましたね。では、説明します。まず、このドッジボールでは……こちらのボールを使います』

 

 そう言って、先生が取り出したのは、一見すると何の変哲もないボール……なんだけど、よく見れば、一ヵ所だけ、変なものが見える。

 

 ちょっと機械的というか……どう見ても、機械っぽい何か。

 

 ……すごく、嫌な予感が。

 

『こちらのボールは、何と言いますか……すごいボールです』

 

 適当過ぎない?

 

 あと、すごいってなにが!?

 

『こちらのボール、投げられたボールを、バウンドなしでキャッチすると、ランダムで何かが発生します。ランダムですので、何も起こらない場合もあります』

 

 待って? 何かが起こるって何? 一体何をする気なの!?

 

 すっごく心配になってきたんだけど!

 

『学園長先生からも、『何を仕込んだか忘れちゃったから、まあ……楽しんで!』としか言われなかったので、私もわかりません』

 

(((て、適当すぎる……)))

 

 絶対に碌なことはしないと思っていたけど、本当にとんでもないことを始めようとしてない!?

 

 一体、あのボールに何が仕込まれてるの!?

 

『他のルール自体は、通常のドッジボールと同じですが、一点だけルールが変更になっています。まず、相手が投げてキャッチしたボールは、相手に投げて、味方の外野か、相手チームのエリアに行くまでに地面に落としたら、アウトになります』

 

 ……うん?

 

『なので、キャッチしたボールを、味方との間でパスをし、取り損ねて落としたら……二人ともアウト、ということになるわけです』

 

(((鬼畜ッ!)))

 

 どんなルールですか!? そんなルール、ドッジボールで聞いたこともないんだけど!

 

 いや、あるの? 実際には存在してるの!?

 

 う、うぅっ、とんでもないことになってるよぉ!

 

『というわけですので、そろそろ始めたいと思います。準備はいいですか?』

 

 そう訊くものの、この場にいる人たちは、こくりと頷くだけでした。

 

 ……微妙そうな表情で。

 

 

 何とも言えない空気で始まった、ドッジボール決勝戦。

 

 ジャンプボールから始まるまでは、普通のドッジボール。

 

 最初にボールが渡ったのは相手のチーム、三年一組。

 

 実際、こう言う大会で決勝戦まで残るのって、最高学年が多かったりするからね、よくあることだと思います。

 

 ……まあ、この学園ではそうでもないんだけど。

 

 だって、運動神経がいい人が多いもん。

 

『うっし、まずは小手調べだな。んじゃま、軽く……おらっ!』

 

 そう言って投げられたボールは、ボクのクラスの男子、石田君がキャッチ。

 

『よし、キャッチ! じゃあ――ぶげはっ!?』

 

 次の瞬間、ボールの表面が開き、ギャグマンガでよく見かけるあの、ボクシンググローブのようなものが飛び出してきて、石田君の顔に直撃した。

 

 い、痛そう。

 

 ピ―――!

 

『石田君、アウト!』

『『『ええぇぇぇぇ!?』』』

 

 先生の判断に、敵味方関係なく、驚愕の声を上げた。

 

 あれでアウトになるの!?

 

 キャッチしたよね……って! あぁ! ま、まさか、このためにあの変なルールを追加したの!?

 

 ば、馬鹿だよ! すっごく馬鹿だよ!

 

『や、やべえよ。いきなり石田が退場したよ……』

『しかも、マジもんの退場だぞ、あれ』

『うっわー……い、痛そう……』

『も、もしかして、女子にもあれが来たり……?』

 

 そんな呟きが放たれると、女の子たちが固まった。

 

 というか、顔を青ざめさせている。

 

『安心してください。学園長先生曰く、痛い系のギミックは、男子だけだそうです』

 

 なんて、先生が言った瞬間、女の子たちはほっとしていた。

 

 だ、だよね。

 

 さすがに、学園長先生でもそれはしないよね。

 

 ……まあ、男子のみんなは絶望しているけど。

 

 が、頑張って。

 

『くっ、石田の仇はとる! くらえ!』

 

 今度は、野田君がボールを投げた。

 

『これは、避けた方が得策だな!』

 

 そう言いながら、相手チームの人がひょいっとボールを躱す。

 

『たしかに!』

 

 うん。この種目、ボールをキャッチしないのが、一番いいのかもしれないね。

 

 その代わり、ほぼ一生ボールが回ってこない気がするけど……。

 

『じゃあ、背後からっ!』

 

 野田君が投げたボールは、見事に回避されたものの、元外野の吉田さんに渡った。

 

 そして、背後から投球。

 

 そのボールは、相手チームの一人に当たり、アウトにした。

 

『くっ、当たっちまった……』

『大丈夫だ。ボールはこっちの手にあるからな!』

 

 あのボールシステムって、さっきの先生の説明を聞く限りだと、敵チームの投球をノーバウンドでキャッチした場合に起きるものみたいだしね。

 

 だったら、一度誰かが当たって、それでボールを回収した方がいいのかも。

 

 ……まあ、それすらも考慮に入れてそうだけどね、学園長先生。

 

『おーし、じゃあ、仕返しだ!』

 

 今度は、ボクめがけてボールが飛んでくる。

 

 こ、これは、キャッチするべきなのか、躱すべきなのか……って、あ、ぼ、ボクの後ろに人が!

 

 う、うぅ、どうなるかわからないけど……キャッチする!

 

「きゃ、キャッチ! で、でもこれ、なにがおこ――わぷっ」

 

 おこるの、と言い切る前に、ボールの表面が開く、何かが射出された。

 

 なんとかボールは落とさなかったけど、な、なんなの? これ?

 

「うぇぇ……なんだか、ドロドロしてるし、ちょっとねばっこいよぉ……」

『『『――ッ!?』』』

 

 あと、なんか妙に熱いような気がしてならない……。

 

 白くて、ドロドロしてて、ちょっとねばっこいし、あと妙に熱いものが、顔にかかっちゃった……。

 

 あと、ちょっとだけ口内にも……

 

「あ、あれ? これ、ヨーグルト……?」

 

 なんか、ヨーグルトの味がしました。普通に美味しい。

 

 でも、なんでヨーグルト?

 

 うぅ、かかったものが、服にも……うぇぇ、べたべたするよぉ……。

 

『い、依桜ちゃん? その……だ、大丈夫?』

「う、うん、ちょっときもちわるいいがいはとくに……。あとこれ、ヨーグルトみたいだし……」

『あー、えーっと、そういうことじゃなくて、何と言うか……』

「? えっと、えんりょなくいってだいじょうぶ、ですよ?」

『うっ……じゃ、じゃあ、言うけど……依桜ちゃん。すっごく、エッチな状態なんだけど……』

「えっち? えっと、でも、しろいものがかかっただけ、ですよ?」

『あぁぁぁぁ……そうだった……依桜ちゃんって、近年稀に見えるピュアだったぁぁぁ……』

『……なんか、私たちが汚れてるって思えてくるんだけど』

『奇遇ね。私も』

 

 ど、どうしたんだろう?

 

 なんだか、女の子たちが落ち込んでいるような……?

 

『くっ、や、やばい。さすがに、幼女状態ならやられることはないと思ってたが……』

『無理だったっ……!』

『ってか、あの状態は色々とアウトだろ……!』

『ち、小さいからこそ、逆に背徳感があるっていうか……』

『やべえ、まともに立てん……』

 

 あれ? よく見ると、男子の人たちがみんな前かがみになってるような……。

 

 お腹でも痛いのかな?

 

『あー、依桜ちゃんがピュアすぎて、今の光景に首を傾げちゃってるよ……』

『まあ、依桜ちゃんだし、ね』

『たしかに』

 

 ……それはともかく、着替えたい。

 

 

「「よっしゃあああああああああああああああああああああ!」」

「落ち着きなさい、馬鹿共」

 

 ドッジボールの決勝戦が始まり、少しした頃、依桜の惨状を見て、態徒(ド変態)女委(ド変態)の二人が、拳を天に突き出して、喜びの声を上げていた。

「やっべえ! やっべえよ! あの光景、まじやべえって!」

「態徒君、やべえしか言えてないよ! でも、わかるよその気持ち! あの依桜君の状態は、反則だよ! 何あの、幼い中にあるエロス! 小さく、純粋だからこそ、内側にある無自覚のエロが素晴らしいんだよ!」

「ごめん、何言ってるかわからないわ」

 

 もうだめね、この二人は……。

 

 というか、あの状態は何と言うか……色々とまずい、わよね、どう見ても。

 

 しかも、偶然引き当てたような感じがしないのよねぇ……まさかとは思うけど、依桜にだけ、特定のギミックが作動するようにしてる、とかないわよね?

 

 あったらあったで、大問題だし。

 

「でもでも、未果ちゃんだって何も感じないわけじゃないでしょ?」

「……ノーコメントで」

「お? ツッコミをしておきながら、本当は依桜のあの姿にドッキドキなんじゃないのかぁ? 未果ぁ?」

「きもっちわるッ! 酸素の無駄だからちょっとの間死んでくれないかしら?」

「すんません……それはマジで立ち直れないくらいきついんで、許してください……」

 

 ダメージを受けるくらいなら、気持ち悪い言い方をしなければいいのに。

 

「まあ、態徒君がド変態で、どうしようもない、クズなのはいいとして」

「ちょっと待て、女委。なんか今、女委の口からはまず出ない言葉が聞こえてきたんだが……」

「気のせい気のせい」

「そうか、気のせいか」

((え、単純馬鹿……))

 

 何かしら、こう……態徒の将来がすごく心配になって来たわ、私……。

 

「……とりあえず、依桜の試合を見ましょうか」

「だねー」

「おう」

 

 

 それから、色々なことがありつつも試合は進みました。

 

 例えば、相手チームの男子の人がボールをキャッチした瞬間、

 

 バチッ!

 

『いったッ!?』

 

 ボールが、びりびりグッズよろしく、電気を発して、相手チームの人の手からボールが落ちたり、ボクのチームの女の子がボールをキャッチしたら、

 

『あぶっ!?』

 

 なぜか、ボールの中からパイが飛び出してきて、顔に直撃して、パイまみれになったり、はたまたボクのチームの男子の一人がボールをキャッチしたら、

 

 バシィィィンッ!

 

『が、はっ……』

 

 ボールの中から手が出てきて、その手におもいっきりビンタされて、膝から崩れ落ちたり、相手チームの女の子が、

 

 バシャァァ!

 

『きゃっ! ちょ、なんで水!?』

 

 ボールの中から大量の水が放たれて、全身ずぶ濡れになった挙句、なぜか

 

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』

 

 男子の人たちが歓声を上げていたりしました。

 

 もう、何と言うか……酷すぎて、ね。何も言えないというか……うん。なにこれ?

 

 そうして、気が付けば、お互いあと一人ずつとなっていました。

 

『はぁ……はぁ……く、体が、いてぇ……』

 

 現在、ボールを持っている相手チームの人は、すでに満身創痍。。

 

 手をびりびりされたり、ビンタされたり、ボクシンググローブのあれを受けたり、パイ投げを受けたり、なぜか献血されたり(一瞬で傷口を治療してました、ボールが)、ボールがいきなり膨らんだと思ったら、ちょっとの間空を飛んだり……まあ、そんなことがありながらも、なんとかコートに立っている状態。

 

 その過程で師匠が、

 

『あいつ……鍛えがいがありそうだ』

 

 とか、ボクに『感覚共鳴』で言ってきました。

 

 師匠に認められるなんて……実は、すごい人なのかも。

 

 正直、ボクも尊敬してます。あれだけことがありながら、無事に立ってられるなんて。

 

 ちなみにボクは……まあ、最初のヨーグルトのほかに、なんだかよくわからないものを受けました。

 

 なぜか、鈴付きの首輪がね、ボクの首に付けられたり、片耳(狼の)に可愛らしいリボンを付けられたり、ボールの中から手が出てきて、からだをくすぐられたり、あと、なぜか『いお』とボクの名前が書かれた布を、ナース服の胸の辺り貼られたり、一瞬で白のニーハイソックスを履かされたりと、色々ありました。

 

 なんだか、ボクだけ方向性が違くない? とか思ったけど、もしかすると、、ボクが単純に変なものを引き当ててるだけかもしれないので、気にしないことにした。ランダムって言ってたしね。

 

 だけど、なぜか周囲の人、特に男性の人たちが顔を赤くしながら目を逸らしてたけど。

 

 あとは、なんだか……女の人たちの目が怖いというか……獲物を狙う狩人のような目というか……とにかく、怖かったです。

 

 と、お互い色々とおかしな状態。

 

 一刻も早く終わらせないと、あの人も倒れそう。

 

 ボクも、早くこの首輪を取りたい。……ちょっと、可愛いけど。

 

 動くたびに、ちりんちりんという音を出すしね。これ。

 

『へ、へへ……こ、この玉で、天使ちゃんを倒すぜ……行くぜ! くらぇぇぇぇ!』

 

 最後の力を振り絞ったのか、球はかなりの速さで飛んできた。

 

 キャッチしても問題はない……ことはないね! 何が起こるかわからないもん!

 

 でも、一刻も早く、あの人を救護テントに連れて行かないと、色々と危ない気がするので、キャッチしよう。うん。それで、ボールを当てて、アウトにしてあげよう。

 

 というわけで、キャッチ。

 

 そして……これが、ダメだったんだと思います。

 

 次の瞬間、例によってボールの表面が開いたと思ったら、中から謎の液体が放出された。

 

「わぷっ!? こ、こんどはなに……って、え?」

 

 液体自体はそこまでの量じゃなかったです。

 

 ただ、問題だったのは………………………………服が、溶けていました。

 

『『『ぶはっ!?』』』

 

 周囲から噴き出した音が聞こえてきたけど、それどころじゃないよ!

 

 え? え!? なんで、なんで服が溶けてるのぉぉぉぉぉぉ!?

 

 あの液体って何!?

 

 一体どんな成分が含まれてたの!?

 

 酸性? 酸性なの!? で、でも、体に害はない……って、そうじゃなくって!

 

「あ、あぁぁぁ……!」

 

 気が付けば、ボクの来ているナース服は、所々溶けて、ボクの地肌が見えていた。

 

 しかも、当たり所が悪かったのか、今にも服がずり落ちてしまいそうに!

 

 あぁっ! しかも、下着のキャミソールも微妙に溶けてきてる!?

 

 スカートの方も、あと少しで完全に落ちてしまい、パンツ姿になっちゃいそう……!

 

 そこまで理解した瞬間、ボクの顔……というか、体はみるみるうちに熱くなり……

 

「い、い……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

『ちょ――ぎゃあああああああああああああああ!』

 

 ほとんど全力の投球をしていました。

 

 同時に、それが原因なのか、ボクの着ていた服がパサッと落ちる――

 

「いぃぃぃぃぃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 寸前で、未果がボクを抱えてその場から走り去りました。

 

 

 突然の事態に、周囲が硬直する……というか、まさかの光景に男女関係なく、全員、血の海に沈んだ。

 

『え、えー……しょ、勝者は二年三組です!』

 

 と、教師がそんなことを言ったが……まあ、誰にも聞こえていないだろう。

 

 人によっては、ある意味素晴らしい光景ではあったが、その代償に、一人の少女(男の娘?)がきらりと光る、涙を流したのは、言うまでもない……。

 

 

 そして同時に、

 

「やったああああああああああああああああああ! 依桜君の、ケモロリっ娘服溶解ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 首輪にニーハイソックス! イイィッ! 永久保存決定よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」

 

 とか、テンションが天元突破した諸悪の根源がいたとか、いないとか……。




 どうも、九十九一です。
 なんだろう。テンションが振り切れてたんでしょうかね。おかしな回になりました。ストレス、たまってるのかな、私。まあ、酷いのはいつものことということで……。
 一応明日もいつも通りだと思います。多分。ですのでまあ、よろしくお願いします。
 では。


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349件目 ちょっとだけ幼児退行

「……………………………………(生気を失った顔)」

 

 学園のとある一室……というか、まあ、ただの女子更衣室なわけだけど……そこにあるベンチにて、依桜は生を感じさせない顔で座っていた。

 

 というか、なんか燃え尽きてる。

 

 正直、普段のあの穏やかで、優しそうな表情は見る影もない。

 

 これはどうしたものかと悩んでいると……

 

「へ、へへへ……へへへへへへへ…………しにたい」

 

 突然、依桜の口からは聞いたこともないような笑いが漏れ、最後に、死にたいと呟いた。

 ま、まずい! これは重症すぎるわ!

 

 キャラ崩壊はまずい!

 

「い、依桜? 大丈夫?」

「……へへへ……みか、ボク、いきるのがつらくなっちゃったよ……」

「……」

「ボクね、ずーっとおもってたんだぁ…………なんで、ひとっているんだろう、って」

「……(涙)」

「それでね、それでね……ひとって、ほんとうはいらないんじゃないかなって、おもうんだぁ……」

「……(涙・滝)」

「……ボクって、なんで、いきてるんだろう……?」

「……(涙・嵐)」

 

 もう、何も言えなかった。というか、言えるわけがない。

 

 なにこれ? こんな重症な依桜、初めて見たわよ? 私。

 

 ついに、哲学を始めだしたんだけど。

 

 ……よっぽど、さっきのあれが駄目だったのね……。まあ、突然観衆の前で裸になり駆ければこうなっても不思議じゃない、わよね……依桜なら特に。

 

 何せ、依桜は純粋で、恥ずかしがり屋だもの。

 

「ボク、ほんとうは、みんなからはひつようとされてないんじゃないかなー……って、おもうんだぁ……」

「そ、そんなことないわよ、依桜」

「でも、いつもボクがひどいめにあって、なぜかまわりのひともちょっとよろこんでるようなきがして……じつはボクって、そこにそんざいだけしてればいい、みたいなそんざいなんじゃないかなって……」

 

 あぁぁ……何とも否定しにくいことを……!

 

 こうしてみると、依桜って、本当に繊細だったのね……。

 

 なんか、すごく理解できたわ、この瞬間で。

 

「ねえ、みか……ボクって、しゅういからひつようとされてるのかなぁ……」

 

 死んだ顔で、依桜は私にそう尋ねて来た。

 

 うっすらと微笑みを浮かべているのがなんとも……哀愁を誘う。

 

「当然よ。というか、周りはともかくとして、私たちはあなたを必要としてるわよ。依桜がいないと寂しいし、なーんにもやる気なんて起きないわ」

「……ほんとぉ?」

「ほんとほんと。なら、晶たちにも訊いてみる? 多分、みんな同じことを言うわよ」

「……ボク、いらないこじゃない?」

「もちろん。私は、依桜が大好きよ。だから、いらないこ、なんて言わないの」

「……みかは、ボクがすきなの?」

「当然。今さっき言ったばかりよ。昔から変わらず、私の大好きな幼馴染よ」

「――っ! みかぁ!」

 

 ぼふっと、そんな音を立てつつも、依桜が私に抱き着いてきた。

 

「うぅっ、ぐすっ……」

 

 あ、泣いてるわ、これ。

 ……まあ、あれだけのことがあれば泣くわ。

 

「よしよし、もう大丈夫だから、ね?」

「ひっぐ……う、うぅっ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

 

 本気泣きだしちゃったわ。

 

 でも、何と言うかこう……可愛すぎない?

 

 なんでこの娘、こんなに可愛いの?

 

 泣いてる状態すらも可愛いと思えて来るなんて……!

 

 庇護欲が凄まじい……これは、天性の才能なのかしら?

 

「ほらほら、泣かないで、ね? 私は依桜から離れる事なんてないし、嫌いになるはずもないから」

「う、んっ……!」

 

 依桜が嬉しさを滲ませながら頷くと、さらにぎゅっと抱き着いてきた。

 

 待って、可愛すぎるんだけど……。

 

 しかも、ものっすごい勢いで尻尾をぱたぱたさせてるし……もしかしてこれ、相当嬉しかったりする?

 

「とりあえず、みんなの所に戻ろ?」

「うん」

 

 一応着替えも、なぜか依桜のロッカーに入っていたしね。

 

 私が高速で依桜を抱き抱えて去ったから、晶たちも心配してるでしょうし。

 

 ちなみに、着替えはなぜか……水色の、可愛らしいワンピースだった。尻尾穴付きで。

 

 

 というわけで、依桜を連れて晶たちの所へ。

 

「戻ったわ」

「た、ただいま……」

「大丈夫だったか!?」

 

 私たちに最初に気づいたのは晶だった。

 

 なんと言うか、こうやっていつも最初に来るから、晶はイケメンなのよね……。

 

 気配りはできるし、こうやって友達や幼馴染が戻ってきたら、真っ先に心配してくれるもの。

 

 もし、幼馴染として会っていなかったら、好きになってたかもね。

 

 いや、別に晶は好きだけど。

 

 と言っても、恋愛感情はないけどね。

 

「お、おかえり、二人とも。依桜は大丈夫か?」

「う、うん……」

 

 態徒の言葉に、依桜は私の服を掴みながら、そっと顔をのぞかせるように隠れた。

 

「お、おー? ねえ未果ちゃん。これ、どういうこと?」

「さ、さあ?」

 

 私に訊かれても、答えようがない。

 

 実を言うと、依桜は更衣室を出てから、こんな風に私にしがみついて、隠れるようにして行動している。

 

 なんと言うか、人見知りで恥ずかしがり屋な年の離れた妹が、お姉ちゃんにくっついて歩いてる、みたいな図式よね、これ。

 

「幼児退行、か?」

 

 不意に、晶がそう呟く。

 あ、あー……なるほど。

 

「たしかに、小さい時の依桜は、普段よりも子供っぽくなるわよね」

「たしかに。そう言えば、前に辛いものを食べさせたら、ちょっと涙目になってたっけな」

「反対に、甘いものをすご~く嬉しそうに食べたりとかね~」

「子供舌……」

「こ、こどもじゃないもんっ! りっぱなおとなだもんっ!」

 

((((あ、ほんとに子供にしか見えない))))

 

 なんと言うか、おませな可愛らしい少女にしか見えない言動ね。

 

 人間って、自身の体に変化が起こって、時間が経つと、それが正常だと認識しちゃうって話があったような……つまり、依桜も例にもれず、それが適用されてる、ってわけよね?

 

 それに、女委も去年そんなことを言ってたし、幼女化したことで、一時的な幼児退行を起こしていても不思議じゃないのよね、これ。

 

 しかし……これが、魔王殺しの元暗殺者、ねぇ?

 

 見た目に反して、とんでもなくゴツい肩書を持ってる割には、容姿は相当可愛いのよね、依桜って。

 

「しっかし、あの状況はまずかったんじゃないのかよ? さすがのオレでも、あれは心配するぞ?」

「お、ド変態徒君にしては、ちゃんとしてるね~」

「混ぜるなよ!?」

「しかし、実際女委の言う通りだろう? お前は、いつも変態なわけだしな」

「……お前ら、本当はオレのこと嫌いなんだよな? そうなんだよな?」

「「「……ふっ」」」

「……なんで、鼻で笑うんだよぉ……」

 

 ちょっと泣きそうになってるけど……ま、変態だし、いいでしょう。

 

「んでも、依桜君、優勝おめでとう!」

「う、うん、ありがとう……」

 

 恥ずかしそうに、顔を赤くしながら私の後ろに隠れる。

 

 うっ、な、何たる可愛さ!

 しかも、瞳が潤んでいるのがなんとも……。

 

「ところでよ、今の時間は特に何もないだろ? オレたちはどうするよ?」

「レベル上げでもいいが……どうする?」

「わたしは別にいいよ~。だって、合法的に平日の日中にレベリングできるってことだもんね! まあ、私たちは依桜君を除けば、みんなレベルが40くらいだけどね」

「そう言えばそうね。依桜はあまり狩りをしないから、レベルは私たちの中では一番低いけどね」

「もっとも、一番低いのと同時に、一番ステータスが高いのも、依桜だが」

「あ、あはははは」

 

 まあ、依桜が乾いた笑いを浮かべるのもよくわかるわ。

 何せ、ステータスは実際のレベルの倍以上なわけだし。

 

「依桜はどうする?」

「……ぼ、ボクは、えっと……がくえんちょうせんせいにようがあるから、そっちにいくよ」

 

 学園長の名前が出た瞬間に、依桜の体から、ものすごい圧のプレッシャーが放たれた。

 

 ……幼児退行はしてるけど、どうやら、根本的なところは変わらないらしい。

 

 まあ、今回の件は学園長が悪いし、同情しないわ。

 

 まあ……

 

「依桜、殺さないようにね?」

「うん、もちろん! しぬすんぜんでかいふくまほうをかけて、またしぬすんぜんでかいふくまほうをかけるから!」

 

((((学園長、グッドラック……))))

 

 私たちは、学園長に心の中で敬礼をした。

 

 

 コンコン。

 

『どうぞー』

「しつれいします(全力スマイル)」

 

 ボクは、未果たちと別れた後、学園長室に来ていました。

 

「あ、い、依桜君……え、えーっと……な、何の用、かしらぁ?」

 

 きょろきょろというより、ぎょろぎょろと目が忙しなく動く。

 あ、すっごく動揺してる。

 

「も・ち・ろ・ん、おしおきですよ~~~❤」

「え、あ、あの……えー……許して、きゃぴ❤」

「……ぶちころします」

「ちょっ! 今、依桜君の口からは絶対に聞こえない類の言葉が聞こえて――って、ま、待って! 悪気はなかったの!」

「では、なぜ?」

「……生徒が楽しければいいかなって」

「ほんねは?」

「――依桜君のエッチな姿が見たかった! ……あ」

「ふふ、ふふふふふふ……アハハハハハハハハハハ! ……ぶっころすっ!」

「ま、待って! 待ってください! お願いします! 待って! まっ――いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

「……(チーン)」

「うん、スッキリしました!」

 

 晴れやかな気持ちで、ボクは高らかに言った。

 

 学園長先生がちょ~~~っと疲れて眠っちゃってるみたいだけど、きっと今日がとても過ごしやすい日だからだよね! 何せ、陽が当たるからね。きっと、ぽかぽかしてたから、眠くなっちゃったんだよね!

 

 うんうん、お疲れ様です。

 

 なぜか、白目を剥いて机に突っ伏した状態でぴくぴくしてるけど、大丈夫だよね!

 

 え? ボクがなにをしたかって?

 

 いやだなぁ、ボクは何もしてませんよぉ。

 

 さっきも言いましたけど、ただ眠くなったからだと思いますよ~。うふふ。

 

 用事も済んだし、とりあえず、ボクもみんなの所へ、と思ったところで、

 

 コンコン

 

 と、部屋がノックされた。

 

「はい、どうぞー」

 

 ぬるりとした動きで、学園長先生が起き上がり、いつもの笑顔を浮かべながら、来客の対応をした。

 

 な、何今の動き! き、気持ち悪い!

 

「失礼します。叡子さん、今日の件で……って、あ! 依桜ちゃん!」

「みうさん、こんにちは」

 

 学園長室に入ってきたのは、美羽さんだった。

 

「どもー」

「こんにちは」

「来ちゃったぞ~」

 

 と、後ろから、莉奈さんたちが入ってきた。

 

「……ん~? そこな叡子さん。こちらの、す~~~っごく! 可愛らしい、ケモロリっ娘はどなた~?」

「ああ、莉奈さんたちもご存知、白銀の女神こと、男女依桜ちゃん」

「「「……ん?」」」

「ど、どうも……」

「莉奈さんたち、二日前に話した例の奴ですよ」

「「「……あぁ! あれ!」」」

 

 あ、やっぱり話したんだね。

 

 まあ、ボクがいいよって許可したことだしね。

 

 それに、ボクとしても、今後関わりそうな人たちだもんね。

 

「な、なるほどー……」

「……た、たしかに、これは何と言うか……」

「……だ、だねぇ」

 

 不意に、莉奈さんたちのボクを見る目が、急に怖いものになったような……。

 

「い、依桜ちゃんや」

「な、なんですか? りなさん」

「その耳と尻尾! もふっていーい!?」

 

 と、ずいぃっ! とボクに顔を近づけて、目をキラキラさせながそう言ってきた。

 

 それは、後ろにいる、音緒さんと奈雪さんの二人も同様だった。

 

 よく見れば、美羽さんもちらっ、ちらっ、と期待の眼差しでボクを見てる。

 

「ちょ、ちょっとだけなら……」

「「「「やったぜ! じゃあ……いただきます!」」」」

「ええ!? そのことばのしんいは――って、きゃああああああああああああああああっっ!」

 

 この後、すっごくもふもふされした。

 

 気持ちよくて、なんか意識が何度か飛びそうになったけど……決して、悪い時間じゃなかった、です……ぐすん。




 どうも、九十九一です。
 ようやく、球技大会に終わりが見えてきている気がします。なんだかんだで、二年生編に入って一番長い気がします。まあ、問題ないと言えば、ないんですが……。
 例によって、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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350件目 裏で暗躍

 ひとしきりもふもふしたからか、莉奈さんたちはボクを開放しました。

 

 まあ、それでも抱っこされてるわけですが……。

 

 あの後は、軽く最終種目に関する打ち合わせを行いました。

 

 一応、美羽さんたちが来た理由もそっち関連だと発覚しましたが、最後まで、教えてくれませんでした。

 

 一体、何をしようとしてるんだろう。

 

 ちょっと気になるけど、ボクも色々やらないとね。

 

 打ち合わせを終えたボクたちは、そのまま学園長室を出て行った。

 

 そう言えば出て行った後、学園長先生の断末魔が聞こえてきたんだけど……何だったんだろう?

 

 

 時間はちょっと戻って、ドッジボール決勝戦の終盤。

 

「……チッ。まったく面倒なことを……」

 

 あたしは一人、屋上からドッジボール決勝戦を観戦していた。

 

 面倒だと言ったのは、例のボールだ。

 

 なんだあれ。魔法もなしに一体どうやってんだ? とか思ったが……すぐにあたしの意識から、その疑問はなくなった。

 

「ちょっ、マジかよ!?」

 

 突然、依桜の服が若干溶け、裸、とはいかずとも、非常にまずい状況になっていた。

 

 あたしが一刻も早く、依桜を助けようと動く前に、それよりも早く動く影があった。

 

「あれは……ミカだな? いい動きだ。そして、ナイス」

 

 裸を晒してしまう前に、ミカは依桜を回収。

 

 そのまま、更衣室へ向かって走り去っていった。

 

 どれ、あれだと途中すれ違う奴らに見られちまうな。

 

「『認識阻害』」

 

 そう呟くと、イオとミカの二人に認識が阻害される結界が展開された。

 

 ま、これで問題ないだろ。

 

 あとは……

 

「ビデオカメラに、デジカメ、あとはスマホのカメラに、監視カメラ、と。チッ、面倒ごと引き起こしやがって、あの馬鹿……。まあいい、あとで奴は仕置きだ。これはちとやりすぎだ。殺意が芽生えるぞ?」

 

 まあ、イライラする感情は一度抑え、あたしは『記憶操作』と『記録操作』の二つのスキルを展開。

 

 前者は、まあ以前使ったな。ブライズの世界の叡子相手に使用したものだ。

 

 そして、後者は、『記憶操作』と似たような物だが、対象物は生物じゃなく、無機物だ。

 

 向こうの世界にも、記録用の魔道具とかあったしな。それに対処するためのスキルでもあった。意外と便利でな。

 

 こっちの世界なんて、これが有効すぎて、むしろ笑うわ。

 

 さて、あとは……『条件探査』と。

 

 このスキルは、単純に自身が条件を設定し、それの存在の位置を把握するだけのものだ。

 一応、ネット上の物も検索可能。

 

 これも、『記録操作』と同じく、こっちの世界ではかなり有効なものだ。

 

 今回の事案は、これで対処する。

 

 これが終わったら、イオのケアだな。

 

 さすがに、あれは色々とまずい。

 

 幸いなのは、あいつが元男だったこと。それから、暗殺者として、精神的な部分を鍛えていたからだな。

 

 もっとも、あいつはどこか女っぽかったから、色々と問題があるんだが……。

 

 大丈夫なのか? あいつは。

 

 最悪の場合は、記憶を切り取る。

 

 二度と表面化しないようにしなければな。

 

 さすがに、あれは可哀そうを通り越して、酷すぎるからな。

 

 今回ばかりは、エイコを許さん。

 

 仕置きしてやる。

 

 

 てーわけで、学園内にいた、イオのあのヤバい姿を知っている奴らの記憶と、カメラとかの記録は全消去した。

 

 じゃなきゃ、あいつは引き籠りになっちまう。

 

 それは阻止。

 

 世の中、間違ってるぞ、まったく……。

 

 性格のいい奴ほど、嫌な出来事に遭遇しやすい。

 

 あいつなんて、まさにそれだしな。

 

 やはり、今後は分身体をイオの陰に仕込ませるべきかもしれん。

 

 ミリエリアの子孫であると判明している以上、あたしはあいつの全てを守らないといけない。何がなんでもな。

 

 それがたとえ、世界を敵に回すような事態だった場合でも、あたしはあいつを守るさ。

 

 ともかく、奴の場所へ行くか。

 

 んじゃま、『空間転移』っと。

 

 

「ふふ、ふふふふふふふ……」

「なーに笑ってんだ? ド畜生」

「ハッ! え、み、ミオ?」

「あぁ、あたしだ」

 

 にっこりと、最大限のスマイルを、あたしはエイコに向けた。

 

 そんな姿を見たからか、エイコはだらだらと滝のように汗を流す。

 

「どうしたァ? なぜ、そんなに冷や汗だらだらで? 目が泳ぎまくってるんだァ?」

「い、いやー、それは、その……」

 

 言いよどむエイコ。

 ほっほ~う。どうやら、このあたしが来たことに対し、かなり焦っているらしいなァ?

 

「み、ミオは何をしに?」

「何を、だと? んなもん決まってんだろ。……おいテメェ、あれはやりすぎだろうが」

「……ひっ」

「あのなぁ、あたしもイオが好きだし? あられもない姿を見るのはまあ、嫌いじゃない。嫌いじゃないんだが……あの惨状はダメだ。いくらあたしとて、ある程度の礼節はあるんだよ、この野郎」

「え、あ、その……お、怒ってる?」

「見ればわかるだろォ? 超怒ってる」

 

 顔では笑顔を浮かべてはいるが、この体から溢れ出す怒りやら殺意やらはものすごい。

 

 自分でもわかるくらいにだ。

 

 あたしがこんなにキレたのは、ミリエリアの時以来だな。

 

「あたしは、お前を友人だと思ってはいる」

「そ、それはありがとう……」

「だがな。親しき中にも礼儀あり、だ。テメェ、何自分の生徒をあんな目に遭わせてんだ? アァァ?」

「……」

 

 一気にエイコが顔を青ざめさせた。

 ふむ。反省しているのかね? これは。

 

「ったく……あたしはな、イオのいる世界に来れたこととか、まっとうな職に就けたことに対して、お前に感謝をしているからこそ、初めて会ったあの時、イオが酷い目に遭った原因であるお前に対し、何の制裁も与えなかった。だがな……だとしても、今回はやりすぎだ」

「……はい」

「ハッキリ言うがな。あたしの中の優先順位は、上から順に、イオが来て、その次にあいつの親しい奴ら――まあ、ミカたち。その次に、酒が来て、その次辺りはこの学園が入る。ちなみに、お前はあいつの親しい奴ら、の括りに入っていた」

「…………はい」

「しかしだ。今回の件は大問題だ。まったく……イオだからこそ、あれほどのダメージで済んでいるのかもしれんが、あいつは繊細だぞ? ごく普通の少年に人殺しをさせたこともそうだが、人前で裸を晒す寸前にするとか……お前、人としてどうなんだ?」

「………………す、すみません」

「いや、謝るのはあたしじゃない、あいつだ。……もっとも? お前の疲弊具合を見る限り、あいつから相当な制裁を喰らったようだが……まあ、足りないな」

 

 見た限りあいつがしたのは……あ、あー……なるほど。こっちの世界の人間相手には、かなりえげつないことをしてやがるな。

 

 だが、それほどあいつもキレていた、ってところか。

 

 しかし、これじゃあ足りない。

 

 あいつが受けて来たし内を考えれば……足りんッ!

 

「さてさて。お前はこれから仕事……というか、最終種目に関してやることがあるんだろう?」

「そ、そうです」

「ならば……貴様には、地獄を見せようじゃないか」

「じ、地獄……?」

「ああ。地獄だ。そうだなァ……今あるあたしのプランだと……まず、両腕両足を落とす」

「……」

「そのあと、一度四肢が切られる痛みを死ぬほど感じたら、全部を再生。その後は……そうだな。あ、どうだ? 一度、本当に死んでみるって言うのは」

「し、死?」

「ああ、死だ。安心しな。あたしは、死後一週間以内なら、いつでも蘇生できるからな❤ どうだ? 臨死体験ができるぞ? お前、研究大好きだったよなァ? なら、身をもってその魂の存在を知れば、いいんじゃないか?」

「え、あ、そ、それは……」

 

 顔面蒼白で、そう言うが……

 

「ああ、イオの奴は、何度も死んでるからな。あいつは、死に慣れてるぞ?」

 

 殺したのはあたしだが、死を体感すると言うのは、暗殺者にとって、一番大事なことだ。

 

 いや、暗殺者じゃないな。前線で戦う奴らにとって、死と言うのはかなり身近。

 

 一度も死を経験したことがない奴と、一度でも経験したことがある奴の間には、決して埋められない溝がある。

 

 まあ、簡単に言えば、強くなれるわけだな。

 

 人によっちゃ、ステータスが向上したり、なんてこともあるな。

 

 あとは、職業系の能力が強化されたり、精密性に磨きがかかる、あとは、なんとなく魂の位置がわかる、とかな。

 

 あいつは……まあ、ステータス、能力、精密性、あとは精神力の強化だったか。

 

 本当に、バケモンだった。

 

 今思えば、あいつの子孫だからなんだろうな。

 

「よーし。じゃあ……何度か死ね♪」

「ま、待って!」

「いーや、待たん! テメェはあたしが最も愛し、最も大切にしている奴を傷つけやがった。その報い……受けてもらう!」

「…………」

 

 ぶるぶると震えだす。

 まあ、死ぬのは怖いしな。

 

「安心しろ。痛みはものすごいから。それに、すぐに蘇生してやるさ。ってーわけで……『魂魄激葬』」

「え――いぃぃぃぃぃやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

「チッ、うるせぇ断末魔だ。『遅延式・蘇生』」

 

 事切れたのを確認してから、あたしは遅効性の蘇生をかけた。

 

 ま、これでそのうち生き返るだろう。

 

 あー、なんかスッとしたぜ。

 

「さて、あとはイオのケアにでも、行こうかね」

 

 

 というわけで、イオのいる場所へ。

 

 幸い、あいつは一人で、尚且つ周りにも人がいない場所にいた。

 

「おい、イオ」

「あ、し、ししょう……」

「大変だったな。すまない、あたしが助けてやれなくて……」

「い、いいんですよ。なれて、ますしね……」

 

 あはは……と力なく笑う。

 

 うっわ……マジで見てらんねーよ……。

 

 これは、重症だ。

 

 さすがに、こんな状態でこの後の競技をやらせるわけにもいかない。

 

 愛弟子の心のケアも、師匠の務めだ。

 

「イオ。記憶を消す。いいか?」

「き、きおく?」

「ああ。お前が裸になりかけたあれだ」

「――っ! で、でも、カメラとかの記録が……」

「安心しろ。お前のあられもない姿に関する、全ての記憶と記録は、あたしが全て消した。この学園で憶えているのは、あたしとお前だけ、ってことになる。ちなみに、消した記憶の部分には、別の記憶を差し込んでおいた」

「……ししょうは、すごいですね……」

「いやなに。愛弟子が辛い目に遭っているのを見過ごすことができないだけだ。残念ながら、あたしはお前にぞっこんだからな」

「ぞ、ぞっこ――も、もぅ、よくそんなはずかしいことがいえますね、ししょうは……」

 

 呆れつつそう言うも、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 

「一応訊くが、エイコはどう思う?」

「……それはもちろん、ゆるせません」

「だろうな」

「でも……どうしようもないへんたいで、どうしようもないかいらくしゅぎしゃで、どうしようもないあくのかたまりみたいなひとですけど……それでも、みすてることはできない、ですね」

「…………そうか。なんて言うか……」

 

 歪んでるな、こいつは。

 

 なるほど。ブライズのエイコが言っていた歪み、なんとなく理解できたよ。

 

 いや、あの時もそれなりには理解していたが、今回は一段とな。

 

「なんていうか、なんですか?」

「いや、気にするな。さて、記憶を消すか。どうする? お前次第だぞ?」

「……できれば、けしていただけると……」

「ああ、了解した。じゃあ、ちょっとおやすみな」

「はい。おやすみなさい、ししょう」

 

 あたしは『記憶操作』を使うと、対象の記憶をきれいさっぱり消去し、代わりに、普通に優勝した記憶を入れた。

 

 記憶を消した瞬間、イオがあたしに倒れ込んできた。

 

 それを優しく受け止めると、お姫様抱っこで、近くのベンチに座り、あたしの膝を貸した。

 

 これくらいの癒し、こいつには必要不可欠だからな。

 

 本当は、メルたちの方が適任だが……仕方ないさ。

 

 あっちも、まだやってるみたいだしな。

 

「しかしまあ……こいつは異常だな、ほんと」

 

 人を嫌わなすぎる。

 

 人を好きになることはよくあっても、嫌うことはまずない。

 

 その証拠に、今ままでのエイコの所業を考えると、イオがエイコを見限ったり、嫌ったりしても不思議じゃないのに、今まで通りに対応している。

 

 だからこそ、あいつがつけあがるわけだが……。

 

 ハッキリ言って、危険すぎる。

 

 ミリエリアの子孫だから、って言うのも理由だと思うが、何か別の理由があるような気がしてならない。

 

 今回の件でハッキリしたが、こいつには人に対する悪感情がほぼ0だ。

 

 そりゃ、大切な奴らが傷つけられたキレるが、それ以外では、どんな小さなことでも、怒らず優しく諭してしまう。

 

 だからかは知らんが、周囲の奴らはこいつを頼っちまう。

 

 別に、できる奴に頼るのは悪いことじゃない。

 

 だが、それは同時に、できる奴に不要なプレッシャーを与え、最終的に疲弊させてしまう。

 

 今でこそ、こいつはそういった兆しは見られないからマシだが、その内、疲れて全てに対して無気力になるんじゃないかと心配になる。

 

 そうならないようにするのも、師匠の務め、か。

 

「まったくもって、人ってのはどうなるかわからん……」

 

 かつて、最悪の暗殺者、なんて呼ばれていたこのあたしが、自分よりも別の奴を大切に思うようになるなんてな……。

 

 ……だが、それでも、あいつは許さん。

 当分は、仕事の手伝いもなしだな。

 

 ムカつくし。

 

 自分でどうにか頑張ってくれ。




 どうも、九十九一です。
 最近、やりすぎてる感が半端ないです。自分でも、『あれ? なんか、依桜をいじめすぎてる……?』とか、本気で思うようになってます。正直、読者にも言われました……。どうも、ストレス……というより、虚無感でしょうか、その影響からか、小説を文字通りの意味で好き勝手しすぎて、主人公の扱いが一番酷くなるという、ある意味、作者がやっちゃいけないようなことをしています。やりすぎはよくないですね。なるべく、今後は自重します。前回とかのような一件も、落ち着いたような感じにしたいと思います。
 もし、不快に思っている人がいましたら、本当に、申し訳ないです……。
 とりあえず、あとはいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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351件目 何事もない昼休み

「う、うーん……はれぇ……?」

「ん、起きたか、愛弟子」

「ししょぉ~? おふぁよ~ごじゃいましゅ……」

(可愛いなこん畜生)

 

 目を覚ますと、師匠が目の前にいた。

 というより……あれ? なんだか、柔らかくて、いい匂いがするような……って!

 

「え! な、なんでししょうが!? あと、なんでししょうにひざまくらされてるんですか?」

「いやなに。お前が不意に、眠くなりました、とか言ってたから、あたしがそのまま寝かせたんだよ」

「そ、そですか。そういうことなら、ありがとうございます」

 

 師匠はなんだかんだで、面倒見がいいしね。

 大好きな人の一人だもん。お礼はしっかりと。

 

「……イオ、ドッジボール決勝戦のこと、覚えてるか?」

「ふぇ? いきなりどうしたんですか?」

「いや、ちょっとな。……で、どうだ?」

「あ、はい。えっと、ボールからかるいでんきがながれたり、パンチがとびだしたりはしましたけど、とくになにもなかったですよ?」

「……そうか。ありがとう。……ふむ、問題なし、と」

 

 どうしたんだろう?

 

 師匠だって、見ていたと思うんだけど……うーん?

 

 特に何もない、普通のものだったはず。

 

 ……まあ、師匠がたまにおかしなことを言うのはいつものことだし、いいよね。

 

「……おい、弟子。今、変な事を思わなかったか?」

「え、あ、い、いえ、とくには……」

「……そうか。まあ、気を付けるんだな」

「あ、あはは……」

 

 す、鋭い……。

 それにしても……陽が高い。真上って言うわけじゃないけど、ちょっと傾いているように思える。

 

「ししょう、いまってなんじくらいですか?」

「ん? んー……ああ、もうすぐ十二時になるぞ」

「あ、もうそんなに……じゃあ、そろそろおひるですね。ししょう、きょうはいっしょにたべますか?」

「……そうだな。ちょいと心配事もあるんで、お前たちと一緒に食べるとしよう」

「わかりました! じゃあ、いきましょ!」

「ああ」

 

 師匠とご飯を食べるのは、なんだかんだで嬉しい。

 

 そう言えば、メルたちは友達と食べる! って言ってたっけ。

 

 急にそう言われたけど、まあ、そこはボク。問題なしです。

 

 ……ちょっと、ずるしちゃったけど。

 

 でも『アイテムボックス』って本当に便利だよね。

 

 あれを使って、小さめのお弁当箱を作って、そこに今日のお弁当を詰め直してたりします。

 

 さすがに、ある程度残った状態で大きいお弁当箱で食べるのはあれだったので、そっちも小分けにして、別のお弁当箱に入れました。

 

 それにしても、本当に色々とできるようになったなぁ、ボク。

 

 その分、マイナスの出来事によく遭遇するわけだけど……。

 

 

 今日は、メルたちがいなくて、代わりに父さんと母さん、それから美羽さんたちと、師匠がいる。

 

 なんだか、みんな年上。

 

 いや、まあ、ボク自身も今年で二十歳なんだけど……まあ、うん。大抵の人はそれを知らないしね。書類上では、十六歳だしね。まだ。

 

 そんなわけで、みんなでお昼。

 

「いやぁ、依桜ちゃんの料理は美味しいですねぇ」

「わっかる~! 私、ついつい上野さんたちに自慢しちゃった!」

「反応は?」

「羨ましそうにしてよー」

「まあ、依桜ちゃんの料理だからね。私も、ゲームの中でしかあまり食べられないし」

「えと、そんなにきにいったのなら、たまにつくってあげますけど……」

「「「「え、ほんと!?」」」」

「は、はい。いちおう、みうさんとはいえがちかいですし、みうさんがもっていけば、みなさんもたべられのかなって」

「て、天使……」

「てんしって……おおげさですよ。ボクは、ただちょっとりょうりができるだけであって、ふつうのひとですから」

((((普通の人は、素人状態で声優なんてできないし、体が縮んだりしないような……))))

 

 あ、あれ? なんでみなさんは、何とも言えない微妙な顔をしてるんだろう……?

 

 ま、まあ、うん。よくあることだし、気にしてもしょうがない、よね?

 

「あ、ししょう、あじはどうですか?」

「むぐむぐ……うむ。美味い。てか、お前の飯をまずいとか言う奴なんかいたら、手が滑って殺しちまいそうになるな」

「ぜったいやめてくださいよ!?」

「ハハハハ! わかってる。こっちではやらないさ」

「まったくもぅ……しんぞうにわるいですよ」

 

 師匠の冗談は、冗談に聞こえない場合があるから、心臓に悪いんだよね。

 でも、ボクの料理ってそんなに美味しいかな?

 

「それにしても、久々に依桜が運動をしているところを見たが、本当に運動神経がよくなったんだなぁ」

「そうねぇ。お母さんもびっくり。昔は、未果ちゃんとか晶君の後ろを着いて行くタイプだったのにね~」

「ま、まあ、あのときはよわかったからね、からだも」

「ん? なんだ、イオ。お前、体が弱かったのか?」

「はい。なぜかはわからないんですけど、ボクってちいさいころ、すっごくからだがよわかったんですよ」

「へぇ。具体的には?」

「えーっとですね――」

 

 軽く師匠に過去のことを話す。

 

 過去と言っても、母さんに聞いた話とか、ボクがおぼろげに憶えている部分だけだけどね。

 

 ボクが生まれてすぐ、どういうわけかすぐに入院したそう。

 

 理由はよくわからないけど、なんでも原因不明の高熱に、意識不明の状態だったんだとか。

 

 それも、本来であれば赤ちゃんが耐えられるはずのない体温で、たしか……42度を軽く超えていた、っていう話。

 

 必死の治療で、なんとか熱が下がり、ボクは一命を取り留めた、って言うことが生まれてすぐにあった出来事だそう。

 

 それから、無事に成長はしていたんだけど、その時の後遺症なのか体が弱く、すぐに熱を出しちゃったり、軽い病気になっちゃったり、って言うのが目立ったとか。

 

 それも、生まれてすぐにあった、高熱を何度も繰り返したりとか、あとは寝ている時に突然変な数字を言っていた、とか。

 

 ボクの小さい頃は、色々と気苦労が絶えない、って中学生の時に母さんと父さんに言われたのを覚えてる。

 

 何を言っていたのか、って尋ねると、

 

『199141411914151021211111414。131514419141199。14914147514145141520514141959、131514419141199。7926926914141111121、1959101521149111202141521。269418212191414111141418251521。792692691414111112185141520911118114151015212015、791111152120252121』

 

 よく覚えてたね、と言わざるを得ないほどの、長い数字の羅列。しかも、億千万という数え方をするんじゃなくて、一つ一つの数字を言っていたらしいんだよね……。

 

 そして、それを言い出した次の日くらいから、不意に高熱になったりすることはなくなって、それなりには元気に過ごすようになったって。

 

 それでも、完全に元気になったわけじゃなくて、相変わらず体は弱かったそう。

 

 そんなボクが、それなりに元気になったのは、九月のあの日。

 

 つまり、異世界から帰って来た日。

 

 その日から、ボクはかなり頑丈になった。

 

「――っていうのが、じっさいのおはなしです」

「数字の羅列、ねぇ?」

 

 師匠はそう呟くと、顎にて手を当てて考えるそぶりを見せる。

「不思議な話だねぇ。依桜ちゃんって、結構不思議だけどぉ、昔からそうだったんだねぇ」

 

「ま、まあ、ふしぎ、といえば、ふしぎですもんね。ボクも、このすうじのいみはわかりませんし、そもそもボクがいったのか、っていうのはしりませんしね」

 

 寝ている時で、しかも小さい頃だから本当に記憶にない。

 あ、そう言えば。

 

「ししょう、ボクがいまみたいにげんきになったのって、むこうにいってからなんですけど、どうおもいます?」

「なに? それは本当か?」

「はい。なぜかはわからないんですけど、むこうにいったしゅんかんから、からだのちょうしがよくなったんです。たいちょうをくずさなくなったり、ちょっとがんじょうになったりしましたね」

「ほう、なるほどな……」

 

 ボクの話を聞いた途端、またしても考え込む。

 

「ねぇ、美羽ちゃんやー」

「なんですか? 莉奈さん?」

「さっきから、依桜ちゃんが向こう、って言ってるけど、依桜ちゃんって海外に言ったことがあるの?」

 

 と、莉奈さんがそう言った瞬間、ボクは心の中で、あ、と言った。

 

 そ、そう言えば、この人たちにはボクが不思議体質であるとだけしか言ってなかったっけ……。

 

 あー、うーん……言った方がいいのか、言わない方がいいのか……ちょっと迷う……。

 

「あり、もしかして、訊いちゃいけないことだったー?」

 

 少し申し訳なさそうに、そう言ってきた。

 

「い、いえ、きいちゃいけない、というわけじゃないんですけど……なんというか、せつめいしにくいというか、しんじてもらえないかもしれないというか……」

「どういうことなのぉ?」

 

 ……美羽さんに、軽く目配せ。

 

 ちょっとだけ笑って、こくりと頷く。

 

 多分、大丈夫、って言ってる、のかな?

 

「えーっと、じゃあ、ぜったいにたごんむようでおねがいしたいんですけど……まもってくれますか?」

「「「もちろん!」」」

「……わかりました。じゃあ、えっと、てみぢかに」

 

 と、ボクは軽く去年の九月の出来事を話した。

 

 もちろん、この体の理由も。

 

 そして、異世界云々の話を終えると、

 

「「「おお! すごい!」」」

 

 と、三人が一斉に目を輝かせて、そう言った。

 

 あ、うん。やっぱり、信じてくれるんだね。

 

 なんと言うか、女委と気が合う時点で、こう言ったことにも順応するのは速いんじゃないかなぁ、とか思ってたしね。

 

 まさか、本当にそうだとは思わなかったけど……。

 

「なるほどー、だから依桜ちゃん、不思議な体質なんだね~」

「はい」

「それじゃあ、魔法とかも使えたりするのかしら?」

「まあ、いちおう……」

「おぉ! 魔法使いかぁ。ちょっとは憧れるよねぇ!」

「わっかるー! 私も、昔は憧れてたなー」

「同意」

 

 なるほど、魔法使いに憧れが……。

 

 まあ、なんとなくわかるような気がします。

 

 ボクだって、小さい頃はそう言うのに憧れてたしね。

 

「そう言えば、叡子さんから連絡がないんだけど、何か知らないかな、依桜ちゃん?」

「がくえんちょうせんせい、ですか? いえ、とくには……。さっき、さいしゅうしゅもくのけんで、ちょっとおはなししにいっていこうは、なにもしらないですね」

「……寝てるんだろ、どうせ」

「まー、多忙な人らしいからねー」

「うんうん! きっと、最終種目に備えて、軽く仮眠を摂ってるんだよねぇ! きっとぉ!」

「隈も作ってたしね」

 

 なるほど。たしかにそれはあるかも。

 

 あの人って、異世界の研究とか、学園のあれこれとか、ゲームの運営とかもやってるみたいだしね。

 

 多忙でも不思議じゃないよね。

 

 ……でも、どうして師匠、学園長先生の名前が出た瞬間、イライラした表情になったんだろう? 何かあったのかな。

 

 ……ボクもボクで、微妙にあの人に対して怒っているような気もするけど……まあ、いいよね。うん。いつものことだもん。日頃のストレスか何かで、八つ当たりのようなことになってるだけだよね。

 

 あ、そうだ。

 

 なぜかすごくイライラしてるから、最終種目で八つ当たりでもしようかな。

 

 なんだか、無性に暴れたい気分だから。

 

 うーん、なんでだろ?

 

 でも、なんとなく、この意味を知るのはまずい、ってボクの感が告げている気がするので、何もなかった、そう思うことにしよう。

 

 普段の恨みがたまたまあふれ出てるだけだと思うしね!

 

 最終種目、頑張らないと!




 どうも、九十九一です。
 例によって、在宅ワークの方で仕事が入りましたので、ちょっとだけ不定期になるかも? できる限り、普段通りに投稿する予定ですが、まあ、あまり期待しないでください。慣れていないことをしているので、そっちにかかりっきりになりそうなので……。
 あと、昨日の二話目については、たまたま調子が良かったので、出しました。なんというか、何も言わないで出すって言うのも、微妙に申し訳ないんですよね……。最近、この小説がおかしな方向に進んじゃってますし、絶対これ、不快にさせてるよね? とか、心配になってます。正直、読者が離れても、私が悪いので、まあ……仕方ないんですけどね。
 ともかく、できる限り明日も投稿するようにしますが、上記の通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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352件目 最終種目の準備

「ふへ、ふへ、ふへへへへへへへ……おらぁ、しんじまっただぁ~……」

 

 最終種目が始まる三十分前に学園長室に行くと、光の失った目+狂ったような笑みを浮かべながら、そんなことを言っていた。

 

 え、何があったの、この人……。

 

 どうして、死んでるの?」

 

「おらぁ、しんじまっただぁ~……」

 

 お、同じことしか言わない。

 

 ……そう言えば、学園長室を出た後、後ろから学園長先生の断末魔が聞こえてきた気がするんだけど……何があったんだろう。

 

 大丈夫なの、かな? これ。

 

 一緒に来た、美羽さんたちもすっごく戸惑ってるし……。

 

「……が、がくえんちょうせんせい?」

「おらぁ……ハッ! こ、ここは……」

「え、えと、がくえんちょうしつ、ですけど……」

「……ああ、なるほど。私は死んでも、学園の長なのね……ふふ、ふふふふふ……マジで、すんませんでした……」

 

 ……死んでも、ってどういうことなの?

 

 まさかとは思うんだけど……師匠が何かした、のかな? 学園長先生に。

 

 でも、一体何をしたんだろう?

 

 さすがに、殺すような真似はしてないと思うんだけど……。

 

「あの、がくえんちょうせんせい? ここは、せんせいのおへや、ですよ?」

「え? ……あ! も、戻ってきてる! そ、そっか。私、無事に生還できたのね……さ、さすが、ミオ。まさか、時間差で蘇生するなんて……」

 

 蘇生? ねえ、今蘇生って言った?

 

 じゃあなに? 師匠って、本当に学園長先生を殺したの!?

 

 なんで!?

 

 一体、師匠に何をしたの? この人……。

 

「そ、それで、えーっと……ああ、新興宗教の設立に関して、だったかしら?」

「「「「「いや違いますよ!?」」」」」

 

 学園長先生の口から出た謎の単語に関して、ボクたちは一斉にツッコミを入れた。

 

 なんで、新興宗教の設立なのか。

 

 そもそも、その発想は一体どこから来たの? って言うレベルの何かなんだけど。

 

「……あ、ごめん。あれね。最終種目ね。えーっと、あなたたちのはこの部屋の隣に用意してあるから、そっちから入ってね」

 

 こくりと頷く。

 

 なるほど、ボクたちはこっちなんだね。

 

 でも、美羽さんたちも一緒なんだ。

 

「アイちゃんは、依桜君の所に接続するコードがあるから、そっちから」

〈ういーっす!〉

「それじゃあ、みなさん向こうの部屋でお願いします」

「「「「「はーい」」」」」

 

 

「私、ゲームの世界って初だな~」

「私もぉ」

「私もね。興味深いわ」

「結構楽しいよ」

「ですね。たいへんなこともありますけど……」

 

 主に、見知らぬ人たちから、ギルドに入りたい! っていう人たちがかなり……。

 

「へぇ~、二人が言うなら、きっと楽しいんだろうな~」

「そうだねぇ。尚更楽しみぃ!」

「……年甲斐もなくはしゃいじゃいそう」

「楽しもうね!」

 

 美羽さんたち、本当に仲がいいんだね。

 仕事仲間でもある上に、プライベートでも仲がいいなんて、こういうの、ちょっといいよね。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょう!」

「「「「はーい!」」」」

 

 というわけで、ゲームの世界へダイブした。

 

 

「おーい、イオ様―。起きてくださーい。おっきてー!」

「う、うーん……」

 

 目を覚ますと、目の前に見知らぬ可愛らしい人が。

 

 ……あ、でも、どこかで見たことがあるような姿なんだけど……どこだろう?

 

「え、えーっと、どちらさま?」

「うっわ、ひっどいですねぇ、ご主人! この、キュートでプリティーな私を忘れるなんてぇ……もう、メッ! だぞ?」

 

 ちょんと、人差し指でボクの鼻先をつつく。

 ……この話し方に声……まさか!

 

「あ、アイちゃん?」

「イズザクトリィ! ハロハロ―! どもー、完全無欠、天上天下、唯我独尊、世界最高のスーパーAI! アイちゃんどえす!」

「あー、ハイハイ……アイちゃんですねー」

「なっ、なんですか、その『ええー? お前かよー? なーんだ、知ってがっかりぃ。どうせなら、運命の相手! 的な感じのバインバインの美少女を期待していたのに、クソ雑魚AIとは……拍子抜けだぜ』みたいな反応は!」

「いや、そこまでおもってないけど……というか、ボクってそんなふうにみえるの? アイちゃん」

「いえ全然」

「じゃあなんでいまのたとえ……?」

 

 アイちゃんは、よくわからない……。

 

 とりあえず、アイちゃんを改めて見る。

 

 さらさらの黒髪ショートに、黒い目。中学二年生くらいの大人と子供の中間くらいの可愛らしい顔立ちで、体つきもそれくらい。何と言うか、運動が好き! みたいな印象。

 

 服装は、黒いタンクトップに、迷彩柄のミニスカートに、黒のグローブ。あと、黒のブーツ。

 

 なんと言うか、ミリタリー? のような感じ。

 

 FPS系のゲームにありそうな感じ。

 

 でも……

 

「なんで、そのふくそう?」

「あー、はい。とりあえず、向こう行きましょ、向こう」

「? うん、わかったよ」

 

 とりあえず、アイちゃんのあとをついて行く。

 

 

「……こ、これは……」

「これが、最終種目に使われるアイテム……銃です!」

「じゅ、じゅうですか……そうでしたか……」

 

 アイちゃんの後をついて行き、最初に目に入ってきたのは、色々な種類の銃器でした。

 

 ハンドガンから、ロケットランチャーまで、色々。

 

 なんだか、お店にミスマッチだよね、これ……。

 

 どういうことなんだろう? と思っていると、

 

『どうも、依桜君聞こえてる?』

 

 目の前に画面が出現し、学園長先生が映し出された。

 

「がくえんちょうせんせい? どうしたんですか?」

『今、目の前に大量の銃器があると思います。それは、今回使われる武器です。基本的にその人のステータスに合わせた装備品しか使えないんだけど、依桜君に制限なんてないです。強いし』

「そ、そうなんですか」

 

 つまり、ステータスによっては使える装備と使えない装備がある、って言うことなんだと思うんだけど……なんで、銃器?

 

 これ、球技大会に関係あるの?

 

『ちなみに、依桜君とアイちゃんの二人は傭兵です。適当に戦場を駆けまわって、殺戮してね』

「了解でっす!」

「え、えー……」

 

 あ、あー……だから、ボクとアイちゃんの二人は、こちら側の参加、って言われたんだ……あと、場合によってはどこかの味方になる、っていうのも、傭兵だからなんだね。

 

 それに、どうしてアイちゃんがこっちに参加するのか、って言うのも理解。

 

 考えてみれば、アイちゃんはAIなんだから、こうやってVRの世界では実体化していても不思議じゃないもんね。

 

 ……まあ、本当にやるとは思わなかったけど。

 

「でも、どうしてじゅうなんですか? だってこれ、きゅうぎたいかいですよ? ぜんぜんきゅうぎかんけいないとおもうんですけど……」

『え? だって、銃弾って言うでしょ?』

「え?」

『いやだから、弾』

「……え、もしかして……ダジャレ?」

『うん』

 

 ……あー、うーん、なるほどー……だ、ダジャレ、ですかぁ……。

 

 そう来ちゃいましたかぁ……。

 

 玉、とか球、じゃなくて、弾なんだね……。

 

 なんと言うか、学園長先生の感性は絶対におかしいと思います。

 

『とりあえず、依桜君たちには先に説明しちゃうわね。まず、二人はさっきも言ったように、この種目での立ち位置は傭兵。好き勝手に暴れて、好き勝手に殺戮をする存在』

「さ、さつりくって……」

『で、今回使われるエリアね。依桜君、依桜君が優勝したイベントのこと覚えてるわよね?』

「はい。えーっと、しんりんエリアとか、かざんエリアとか、まちエリアがあるステージですよね?」

『そうそう。今回もあれを使うわ。もちろん、多少は変更してあるから』

「な、なるほど……」

「んでー? 創造者、私たちはどう言った時に、どこかの味方になるん?」

『あ、それね。お金』

「え、おかね?」

『そ、お金。傭兵って、基本的にお金で動くでしょ? だから、こっちでもお金で、と。ちなみに、拒否ってもいいから』

「いいんですか?」

『そりゃあね。好きでもない相手に雇われるのって、嫌じゃない? 私は嫌ね』

「まあ、わかりますけど……」

 

 たしかに、好印象を抱いていない人に雇われるって言うのは、あまりいい気分はしないよね。

 いくら人を嫌うことがそうそうないとしても、ボクにだって苦手意識を持つ人くらいいるもん。

 

 少なくとも、今はいないけど……。

 

『ちなみに、お金は前段階のレベリングで得た分と、他の人を倒した際のドロップで得られるわ』

「なるほど……でもそれ、ボクたちが倒しちゃったら、ボクたちにおかねがはいるってことですか?」

『んまー、そうね。だって、何も入らずただ働きっていうのも、問題あるし』

「でもボク、すでにほうしゅうはもらってますよね? いえですけど……」

『それはそれ。これはこれ』

「報酬が家って言うのも、面白い話ですよねぇ。さっすが、イオ様だぜぇ。よもや、家をもらうなんて」

「あ、あはは……ボクもびっくりしてるよ……」

 

 たかだか高校の球技大会、それも学園側として参加しただけで、以前住んでいた家を報酬として贈られるんだもん。びっくりするよ。

 

「そういえば、みうさんたちは?」

『あっちは、別の仕事』

「そうですか」

 

 となると、状況から考えて、実況のような役割になるのかな?

 

 ……もしそうなら、本物の人気声優が、高校の球技大会で実況をしてくれるっていうことだよね? ……う、うわぁ、無駄に豪華……。

 

 まあ、実際にそうなるのかはわからないけど。

 

「ところでがくえんちょうせんせい」

『なに?』

「いや、なんというか……ししょうがせんせいにたいしてすっごくおこっていたようなきがするんですけど、なにかしたんですか? あと、ボクじしんもせんせいにイライラしてます」

『いえ、それがなにも心当たりがなくて……。まあ、なぜか臨死体験をしていたんだけど』

 

 ……あ、本当に殺したんだ。

 

 それじゃあ、一体何をしたんだろう? 師匠がそこまでするって、よっぽどのことだし……。

 

『でも、依桜君が私にイライラしてる、かぁ……うーん、私、知らない間に何か怒らせるようなことしたのかしら……』

 

 記憶にないみたい。

 

 うーん、でも、なにかがないとイライラする、なんてことは無いはずだし……。

 

 ……まさかとは思うんだけど、師匠、『記憶操作』とか使った?

 

 それで、記憶を消した、とか。

 

 ……でも、ボクにも使ってるんだよね、『記憶操作』。

 

 そうなると、師匠のことだから、ボクにとってあまりいいものではないから消した、っていうことだよね?

 

 うーん、一体何をしたんだろう……。

 

『とりあえず、こんなところね。あ、銃の試し撃ちとかしてもいいから。装備品に関しても、五種類までだったら持っていって大丈夫よ。それじゃ、頑張って』

「はい」

『アイちゃんも、よろしくね』

「ういーっす! おっまかせを!」

 

 それを聞いた後、学園長先生は軽く笑って、通信を切った。

 

「ためしうち……」

「イオ様的には、使ってみたいものとかあります?」

「そうだね……むしょうにイライラしてるし、いろいろとつかってみたいかな」

「ほうほう。んならば! これとか、これは?」

「あ、いいね。ちょっとつかってみようかな」

 

 ボクはアイちゃんに色々な銃器をすすめられ、試し撃ちを行っていった。

 

 そうして、なんとか五つの武器を選択し、ボクはそれを持って最終種目に臨む。




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、目の前の仕事が終わったので、次が来るまでは毎日投稿になる、と思います。多分。
 次回から、ようやく最終種目です。依桜が憂さ晴らしをするためのお話でもあります。ストレスが溜まりまくってますしね。仕方ないですね。
 一応、明日はいつも通りだと思います。まあ、結局のところ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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353件目 最終種目1

 それから時間になり、最終種目が始まる五分前となりました。

 

 現在、ボクとアイちゃんがいるのは、広大なマップに位置する師匠の家。

 

 この家は、特定の称号を持っている人と、許可された人しか入ることができない上に、破壊不能の建物らしくて、まさに鉄壁の城とも呼べるような存在です。

 

 とはいえ、ここにいたら開会宣言が見れないので、一度家から出て空を見上げる。

 

 師匠の家は森の中心辺りにあるけど、なぜかここだけ木々に覆われていなくて、空が見れる。

 

 今は開会の宣言を待っているところ……

 

『はーい! 皆さんこんにちは! CFOのイメージキャラクターをさせてもらっています、ミウミウでーす! どうぞよろしく!』

 

 ……あ、本当にそっちだった。

 じゃあ、美羽さんがいるっていうことは……

 

『叡董学園のみんなー! こーんにーちはー! 特別ゲストとして呼ばれた、リナちゃんでーす!』

『こんにちにゃぁ! リナちーと同じく、特別ゲストとして呼ばれた、ネオにゃんだにゃぁ! よろしくにゃん!』

『みなさんこんにちは。リナさんとネオさんの二人と同じく、特別ゲストで呼ばれたナユキです。よろしくお願いします』

『『『うええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』』』

 

 で、ですよね!

 

 美羽さんがいるんだから、莉奈さんたちだっているよね!

 

 しかも、周囲から驚きの声が聞こえてくる。

 

 まあ……四人とも大人気声優らしいからね。知っている人からしたら、かなりびっくりだよね。特に、アニメ好きの人なんかは。

 

 仮に知らない人でも、美羽さんなら知ってる人が多そう。

 

 だって、ラブコメドラマにメインヒロイン役で出ているんだもん。

 

 でも……そうですかー……よりにもよって、本物の声優を……。

 

『今回! 私たちは知り合いの様子を見に来るために来ていたんですけど、こちらの学園長さんから、実況などで出てほしいと頼まれたので、了承しました!』

『こんなことができるのなんて、滅多にないからねー! 私たちも、楽しんじゃうぞー!』

『見たところぉ、この場にいるのは高校生さんたちだそうでぇ、みんなの活躍がとっても楽しみだにゃぁ!』

『しかも、強い人たちもいるとのことで、期待で胸が膨らみますね』

 

 などなど、それぞれ個別にキャラクターがあるのか、話し方が普段と違う。

 それに、声質の方も変えていて、所謂アニメ声というものになっている。

 

『さてさて! それでは私たちがルールの説明をしたいと思いまーす! 準備はいいですかー?』

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!』』』

『元気がいいですね。それでは、ルール説明に入りますよ! まず、今回使用されるフィールドは、半径一五キロメートルの円形のフィールドです! このフィールド内には、様々なエリアが存在し、草原地帯から、火山地帯、他にも山岳、街、砂漠、海洋、森林、遺跡、墓地、地下、沼、などなどが存在しています!』

 

 ぼ、墓地? え、墓地のエリアがあるの……?

 ……絶対行かないようにしよう。

 

『それでそれで、みんなは学年ではなく、クラス対抗戦ということになりまーす!』

『リナちー、それみんな知ってるにゃぁ』

『あ、そっかーそっかー! そりゃ知ってるよねー! じゃあじゃあ、拠点がそれぞれランダムで設置されるのは知らないよねー? みんなの拠点はね、AIが自動的に選別してくれるのだー! 運が良ければ、山岳地帯の頂上とか、街の中にある隠れ家的な場所など、いい場所が、えーられーるかもー!』

『でも、運が悪いといや~~~な場所に行っちゃうかもしれないのにゃ! 例えば、海の上だったりぃ、火山の火口付近だったりぃ! 他にも、森林地帯には、こわ~~~い人がいるかもしれないから、気を付けるにゃ!』

 

 森林地帯の怖い人って、もしかしなくてもボクとアイちゃんのこと?

 だって、師匠の家って森林地帯に存在してるもん。

 

『ルール説明はこんなところかな? それじゃあ、そろそろはじめ――』

『ちょっと待ってください』

『ナユキさん? どうかしましたか?』

『どうかしました、じゃなくて、どうやって競うのか、説明してませんよ』

『『『あ、いっけね。てへぺろ☆』』』

 

 拳をこつんと頭に当てて、ぺろっと舌を出して、美羽さんたちが一斉に同じことを言う。

 もしかして、打ち合わせしてた?

 

『まったく……。では、競う内容については、私から説明させてもらいますね。皆さんは、事前にレベリングをしたと思います。その過程で入手したアイテムは使用可能ですが、武器の使用は不可です』

 

 奈雪さんがそう告げると、周囲から不満の声が。

 

 まあ、だよね。

 

 中には、頑張って手に入れた武器とかもあるはずだもん。

 

『もちろん、何もなしでとは言いません。では、今からとあるメッセージを送ります。そちらを開いてください。……開きましたね? そこに、様々な武器――銃器の写真と名称、説明が書かれていると思います。あなたたちは、二つ、武器が選択できます。そして、使用できる装備も、自身のステータスに依存しているため、ものによっては装備不可のものもあると思います。ですが、結局は本人の使い方次第なので、多少武器の有利不利はあっても、強い人は強いと思いますので、頑張ってください』

 

 うん、奈雪さんの言う通りだよね。

 

 実際、いくら武器が強くても、結局のところ、使い手が強くなければ使いこなせないからね。

 

 だから、最悪の場合は最下級の武器でも問題はなかったり。

 

 技量さえあれば、最下級の武器でも問題なく対処可能だもん。

 

 特に暗殺者にとって、武器のランクとかは大して関係ないしね。結局は自分の技術が一番の武器だから。

 

『それから、勝敗条件です。平たく言えば、最後の時間まで最も多くプレイヤーが残っていたら勝ちです。それだけです。MVPもあり、そちらはキル数を多い順に並べた時の上位十名が該当しますので、狙ってみてください。というわ――』

『というわけで、今回の最終種目はずばり! サバゲでーす! 自分が選んだ武器で戦場を駆けまわり! 時には撃ち、時には撃たれ! 遠い場所からヘッドショット! 超至近距離からのショットガンぶっぱ! きっと、ワンパンした時は気分爽快! 今までの鬱憤やらなんやらを思う存分、開放しようねー!』

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』』』

『ち・な・み・にぃ! 今回優勝したクラス、ひいてはMVPに輝いた人たちには……なんと! 今日使用した『New Era』が贈呈されちゃうにゃぁ!』

『『『おおおーーーーー!』』』

 

 まさかの賞品に、最終種目に参加している人たちが歓声を上げる。

 

 持っている人は少数だからね、あれ。

 

 発売日よりも製造台数が増えたとはいえ、まだまだ手に入れられていない人の方が大勢だもんね。

 

 しかも、高いもん。

 

 学生にとっては大きなチャンス。

 

『と、説明が終わりましたので、そろそろ競技に……って、あれ? 奈雪さん、どうしたんですか?』

『……いえ、もしや私は嫌われているのではないかと……』

『『『いえ、大好きですよ❤』』』

『そ、そう……ありがと……』

 

 あ、奈雪さん可愛い……。

 

 普段、クール系な印象を持つ奈雪さんだけど、あんな風に可愛らしい姿も見せたりするんだね。ちょっと新鮮。

 

『それでは、そろそろ始めます! ちなみに、敵は他クラスの人たちだけじゃない、ということを覚えておいてくださいね! では、叡董学園球技大会最終種目……『世界観にまったく合わない、銃撃戦、略してセマジア』スタートです!』

 

 美羽さんのその宣言により、最終種目の火蓋が切って落とされた。

 

 

「んではー、私たちも行きまっしょう!」

「うん。ふたてにわかれる?」

「ですねー。二人で行動してもいいですけど、こういうのはやっぱ、一人で行動してこそですよね!」

「アイちゃん、たのしそうだね」

 

 さっきから、アイちゃんのテンションがかなり高い。

 

「そりゃあ、普段はスマホの中でしか動けませんからねぇ! こんな風に、現実の方たちところしあ――ゲフンゲフン。さつり――ゲフンゲフン。楽しく遊べるのなんて、滅多になーいですか―らねー!」

「そ、そですか」

 

 ……今、殺し合い、とか、殺戮、とか聞こえたけど……うん。聞かなかったことにしましょう。

 

 アイちゃんだって、ストレスが溜まっているのかもしれないもんね。仕方ないよね。

 

「では、私は山岳地帯にでも向かいましょうかね!」

「じゃあ、ボクは……まちがちかいから、そっちにいくよ」

「了解でっす! 私たちは連絡の取り合いができるので、何かあったら連絡しましょうぜ!」

「うん、きをつけてね、アイちゃん」

「それはイオ様も……って、イオ様には意味ないですね(笑)。では、健闘を祈ります!」

「ありがとう。じゃあ、そっちもけんとうを」

 

 お互い笑いあって、ボクたちは別々に移動を始めた。

 

 

 声優たちによる説明、開始の宣言が行われた直後、大多数の生徒たちはまずはどう動くかの作戦会議を始めた。

 

 部隊をいくつか作って、攻め込もうと考えるクラス。

 

 二人一組で動くよう指示するクラス。

 

 AGIが高いものを選抜し、斥候隊を編成して情報を得てから動こうと考えるクラス。

 

 逆に、STRなどが高い者たちが持てるロケットランチャーや、ミニガンのような大型武器を使用して、一気に殲滅しようと考えるクラス。

 

 作戦なんて知らん! 好き勝手動くぜ! と、考えなしに自由に行動に出るクラス。

 

 などなど、様々。

 

 もちろん、この最終種目にはCFO経験者も当然いるわけで、そう言った者たちの情報はかなり貴重になる。

 

 なにせ、このマップをある程度知っているからだ。

 

 未果たちもある程度把握しており、頼りにされている。

 

 ちなみに、未果たちの拠点エリアは……森林地帯だ。

 

 つまり、依桜とアイの二人が拠点にしている場所の近く。

 

 運がいいのか、悪いのか、わからないところである。

 

 さて、開始とほぼ同時に動き始めた依桜とアイの両名だが、現在、二名とも素早く移動中だ。

 

 依桜はすでに草原地帯に入っており、いくつかの拠点も知っている。

 

 いつもなら、見なかったことにして、さっさと目的に行くところなのだが……今の依桜はやや虫の居所が悪い。

 

 ミオが記憶を操作したとはいえ、あの事態の感情部分は鮮明に残っていたから。

 

 よって、現在はイライラ中。

 

 今回の最終種目は、自身の八つ当たりがメインである。

 

 報酬自体はもう貰っているので、ある意味どうでもいいとも言える。

 

 そんな、イライラしている依桜が選択した武器はと言えば……これがなかなかに酷い。

 

 まず、ロケットランチャー。しかも、RPG7である。完全に殺意MAX。

 次に、スナイパーライフル。しかも、対物ライフルである。やっぱり、殺意が高い。

 その次に控えるのは、ミニガンである。こちらも、殺意が高い。というか、高すぎて完全に殺りに来ている。

 殺意マシマシのこの三つを除いて、残る二つの武器は比較的可愛いものだろう。

 ちなみに、残る二つは、ショットガンとハンドガンである。

 

 まあ、そもそもの話最初の三つだけで殺戮は余裕なので、後半二つは近距離戦になった時用だろう。

 

 これを見れば、依桜がいかにイライラしているかがわかることだろう。

 

 しかも、今回の件だけではなく、過去にあったすべてに対する八つ当たりでもあるため、今回の依桜に容赦の二文字などない。

 

「ふふ、ふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

 

 と、最初の獲物を見つけた依桜(ケモロリっ娘)は、にっこり笑顔で笑いながら、ロケランを担いで歩くのだった。




 どうも、九十九一です。
 銃については、全くと言っていいレベルで知識がないので、怒らないでください……。ようやく、最終種目の回に入れました。長かったような、短かったような……いや、長いですね。うん。長い。
 これが終われば、またいつものように日常回です。そろそろ依桜が報われてもいいと思ってます。物語開始から、あまりいい方向に行ってませんしね、依桜って。色々考えないと。
 とりあえず、明日もいつも通り……だと思います。多分。きっと。なので、よろしくお願いします。
 では。


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354件目 最終種目2

 一方、最悪のケモロリっ娘が近づいていることなど露ほども知らない草原地帯に拠点を構えるクラス――三年七組は。

 

『んじゃ、四人一組で出撃だ! この近くの森林に二組、街に三組、残りは草原地帯でゲリラ戦。大丈夫か?』

『『『おー!』』』

『何かあり次第、すぐに連絡を! じゃあ、解散――』

 

 と、取り仕切っていた男子生徒が、アサルトライフルを持ちながらそう発言した瞬間のことだった。

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォンンンッッッ!

 

 突如として、外から爆発音が聞こえてきた。

 

『な、なんだ!?』

『ちょ、ちょっと俺が見て来るぜ!』

『頼んだ!』

 

 一人が偵察を名乗り出て、拠点から出る。

 

『こ、これは……ばくはのあ――』

 

 パリィン!

 

 アバターのライフが0になった時の音が、外から聞こえた。

 

『大変だ! 信濃がやられた!』

『なんだと!? 狙撃か!?』

 

 突然の出来事に、中はパニックになる。

 

 一体何が起こったのか。

 

 その原因が、約5キロほど離れた位置に、いた。

 

 片膝立ちで、眼を鋭く細めながらスナイパーライフルのスコープを覗く、ケモロリっ娘――依桜がいた。

 

 依桜がしたのは、ロケットランチャーによる爆撃。

 

 拠点の近くにロケットランチャーを撃ちこみ、誰か出てきたところを、すぐに換装したスナイパーライフルでヘッドショットを決めたのだ。

 

「パーフェクト」

 

 一言。

 

 なんと言うか、若干キャラが変わっているような気がするが、気のせいだろう。

 

 ともかく、見た目小学一年生ほどのケモロリっ娘がスナイパーライフルの銃口を肩に乗せている姿は、ちょっと微笑ましい姿に見えるのだが、どうにも元の職業柄か、その体から滲み出る暗殺者のオーラがそう感じさせない。

 

 一流の殺し屋。それがピッタリな印象だ。

 

 今回の最終種目にて用意されている拠点と言うのは、エリアによって様々。

 

 街であるのなら、家だったり屋敷だったり。

 草原ならトーチカのような建造物。

 火山は洞窟。

 沼は高床式の家。

 

 主にそこに合わせたようなものが拠点に設定されていたりする。

 

 ちなみに、依桜の家や、依桜たちのギルドホームも存在している。

 

 まあ、どこかの拠点にはなっていないが。

 

「うーん……さすがにけいかいしちゃってる、よね。それならいっそ、でられないようにしよう」

 

 スナイパーライフルでヘッドショットを決めたことによって、狙った拠点の中にいる人たちは、狙撃されることを警戒してなかなか出てこない。

 

 現在イライラしている依桜は、いつも以上に短気になっていたりする。

 

 そんな依桜が取った行動はと言えば……

 

「じゃあ……ドーン!」

 

 ロケランである。

 

 依桜がRPG7を選んだのは、使い捨てではないからだ。

 

 装填をスムーズに行えば、1~3秒で発射可能。

 

 さっき撃った時点で装填していたロケランを、依桜は肩に担いで構えると、可愛らしく言って、弾を発射した。

 

 狙ったのは、トーチカの入り口付近。

 

 それは狙った場所に真っ直ぐ飛んでいき、着弾と同時に凄まじい轟音を発生させた。

 

「おー! おおきいはなびみたい!」

 

 依桜、ご満悦。

 

 にこにこ、きゃっきゃと嬉しそうだ。

 

 幼児退行を若干引き起こしている結果からか、ロケランを撃つことに対して、楽しさを見出してしまっている。

 

 撃たれた側は、

 

『『『うわああああああああああああ!?』』』

 

 とか、

 

『『『きゃああああああああああああ!?』』』

 

 といった風に、爆風によって壁に叩きつけられた。

 

 それによりダメージを受け、入り口付近にいた者たちなんかは大ダメージ。

 

 すでに、赤くなっている。

 

 別に、この一発で倒そうとは思っていない。

 

 依桜はあえて入り口付近を狙った。

 

 RPG7の爆撃によって、入り口付近には深さ数メートルほどのクレーターができており、ちょっとした落とし穴状態。

 

 そこに落ちれば、依桜によるスナイパーライフルでの狙撃で即死だ。

 

 弓の扱いにも長けているため、狙撃もお手の物である。

 

 しかも、この最終種目のシステムはCFOを流用しているため、当然スキルやらなんやらが使用可能。

 

 職業が暗殺者である依桜と言えば、好んで使うものに『気配遮断』『気配感知』『消音』などがある。

 

 これが最悪の組み合わせになっているのだ。

 

 中でも消音。

 

 これの効果は、自身と自信が身に付けている装備の音を消す、というもの。

 

 スナイパーライフルの音がなかったのは、これが原因である。

 

 まさに、完璧なサイレンサー。悪夢でしかない。

 

 しかも、依桜が身に付けている装備も、しっかり戦闘用。

 

 つまり、CFOでの冒険時に着用している、ぶっ壊れ性能を有したあの装備たちだ。

 

 全体的に黒い色柄の装備品は、意外と目立つものの、《ハイディング》とか、依桜の『気配遮断』とか『消音』によって、そんなのは関係なくなっている。

 

 さらに『擬態』を使えば完璧。

 

 過剰火力を有した、最強の暗殺者の完成である。

 

 爆撃を受けて、慌ててトーチカから出てくる、獲物たち。

 

 クレーターに落ちるものの、すぐに地上へ出る――ことはできず、代わりに、

 

「さようなら♪」

 

 一気に距離を縮めていた依桜が、クレーターの縁に立ち、笑顔で最悪の武器――ミニガンを構えていた。

 

 そして、そんな一言を告げた後、

 

 ドゥルルルルルルルルルルルル――ッッ!

 

 という無数の弾丸が発射される音が鳴り、クレーターから這い出ようとした者たちを死体に変えていった。

 

『ちょっ!? そんなんあ――』

『無理無理こんなのかて――』

『ぎゃあああああ――!』

『オワタ――』

 

 と、絶望しながら死んでいった。

 

 

『おーっと! 開始早々! 三年七組、全滅です!』

 

 広大なマップに響き渡る、ミウの声。

 

 その声を聴いた生徒たちは、そろって頭の上に『!?』を浮かべた。

 

 まだ最終種目が始まってから数分しか経過していないのにもかかわらず、一つのクラスが全滅。

 

 ゲームとはいえ、さすがに五分では無理がある、と思ったのだが、これは現実である。

 

 なぜそうなったのかを瞬時に理解できたのは、未果たちだけである。

 

「……あー、依桜ね。絶対」

「そうだな。そんな馬鹿げたことができるのは、依桜だけだ」

「まーじかー。今回は敵同士ってことだろ? 勝てる気しないんだが」

「依桜君、バーサークしてるねぇ」

 

 と、そろって苦笑い。

 

 さすが幼馴染や長い付き合いの友人たち。依桜をよく理解している。

 

『ねえ、今のって……』

「依桜よ。あの娘、今回は学園側で参加してるみたいなの」

『え、ってことは、敵?』

「らしいわね。まあ、ちょっと違う、とも言えるみたいだけど」

 

 と、未果はそれなりにわかっている情報をクラスメートに伝える。

 

 すると、そんなタイミングを見計らってか、マップ全域にリナの声が響き渡る。

 

『さて! もうすでに知っている人は知っているかもしれないのでー、情報を伝えまーす! 実はですねー、今回のこの種目には二人の傭兵さんいるのだー! 傭兵さんは、自由気ままに殺戮をしているんだけどー、なんと、条件次第では一時的に雇うことも可能! もちろん、その相手の気分次第なので、交友関係を持っている人たちはとっても有利だよー! 二人ともとても強力な傭兵さんなので、是非是非ー! 味方に付けてみてね!』

 

 などと言う情報提供がなされた瞬間、生徒たちは沸いた。

 

 思惑同じで、その傭兵を引き入れることができれば、勝つ可能性が高い! と。

 

 大多数の者たちはそう考えたのだろうが、一部の冷静な者たちは思う。

 

 少なくとも、一つのクラスを全滅させたのはその傭兵の二人の内一人なのでは? そう考えた。

 

 それは正解であり、犯人は依桜である。

 

 暗殺者としてのスペックを遺憾なく発揮し、殺戮をしている。

 

 ロケランで爆撃し、偵察に出てきた者たちをスナイパーライフルでヘッドショットを決め、わらわらと拠点から出てきたところを、ミニガンで殲滅。

 

 こんなところだろう。

 

 鬼である。

 

 可愛らしい外見でそんなことを平気でやるのだ。ある意味、怖い。

 

 

 さて、そんな依桜だが現在。

 

「うん、つぎはまちだね!」

 

 街に来ていた。

 

 これが普通のCFOの設定であれば、街の建物は破壊不能オブジェクトなので、壊すことはできないのだが、今回に限り、それはなくなっている。

 

 なので、ロケランで壊したりとか、スナイパーライフルで壁を貫通したりとか、ミニガンでボロボロにしたりなどができる。

 

「うーんと……まちには、3クラス、かな? ちかくに1クラスあるね! つぶしちゃおう!」

 

 笑顔でとんでもないことを言っている。

 

 依桜は例によってスキルを発動している状態。

 

 近くの拠点へと移動。

 

「えっと……あ、7わりくらいではらっちゃってるね。でも、こうつごうかも」

 

 今回の依桜は完全に八つ当たりで参加しているため、どんな手段を使ってでも殺戮をしようとしている。

 

 次なるターゲットが決まり、拠点へ。

 

 拠点はちょっと高めの家。

 

 イメージとしては、四階建てのビルのような物が近いかもしれない。

 

 屋上と四階、一回に固まっていて、常に警戒している様子。

 

 もっとも、『気配遮断』と『消音』ですでに依桜が侵入してしまっているが。

 

 まずは屋上。

 

「ふふっ、せなかががらあきですよー」

『へ? な、て、てん――!』

 

 バンッ! という乾いた音が鳴り響き、男子生徒が一人、倒れた。

 

 依桜は今、屋上に上った直後、『消音』だけを解除し、ハンドガンで額を撃ち抜いた。しかも、ゼロ距離。

 

『ん? なんのお――』

「おそいですよ」

 

 バンッ! 今度は自身の姿を悟られることなく、射殺。

 

 依桜はハンドガンを右手に持ち、ショットガンを取り出すと左手に装備した。

 

 その状態で、四階へと入り込む。

 

『――ッ! 大変だ! 一人入って――』

 

 その言葉が続くことはなく、代わりにドバンッ! という音が鳴り響いた。

 

『って、天使ちゃんだとぉ!?』

『おい急げ! やべえのが来た!』

『全員でかかれ!』

 

 と、依桜の存在に気付いた他の者たちが一斉に依桜に発砲する。

 

 しかし、

 

『あ、当たらないんだけど!?』

『なんで銃を避けてんの!?』

 

 依桜に弾丸が当たることはない。

 

 室内は大体10メートル×10メートルの広めの部屋。

 

 依桜に向かって囲むようにして各々が撃っているのだが、一向に当たらない。

 

 それどころか、余裕で回避されている。

 

 壁を走ったり、壁を蹴って跳躍したり、そのまま天井を蹴って床に着地、からの全店などで回避。

 

 アクロバティックな動きで回避しつつ、ハンドガンで牽制をする。

 

『天使ちゃんの動きどうなってんの!?』

 

 思わずそう叫ぶ一人の男子生徒。

 すると、次の瞬間、

 

「ふっ――!」

『へ? ぶげらっ!?』

 

 いつのまにかしなやかな脚が眼前に迫っており、さらにはそのまま蹴り飛ばされた。

 

『えええ!? そんなんあり!?』

 

 蹴り飛ばされた男子生徒は拠点内の家具などにぶつかりつつ転がる。

 依桜はその男子生徒に馬乗りになると、ごりっと額にハンドガンの銃口を突き付けた。

 

「おつかれさまです♪」

 

 にっこりと大輪の花のような笑顔を浮かべて、引き金を引いた。

 

 ヘッドショットにより、即死。

 

 ちなみに、普通ならハンドガンと言えどもヘッドショットで死ぬことはないのだが……これにはもちろん、わけがある。

 

 原因は依桜が持つ称号『慈愛の暗殺者』によるものだ。

 

 依桜が行なった攻撃が急所に当たれば必ず二倍になるという、ぶっ飛んだもの。

 

 やはり、相性最悪である。

 

 どんな武器でも急所に当てれば一発KOみたいなものだ。

 

『紙谷がやられた!』

『くっそ! これでもくらえ!』

 

 仇を取ろうとしたのか、ダダダダダ! と連続した発砲音が鳴り響く。

 

 使用された武器はサブマシンガン。

 

 背後からの攻撃。それは当たるかに見えたのだが……

 

「もっとはやくうってください」

 

 背面跳びでサブマシンガンを撃った男子生徒の背後に回ると、後頭部にショットガンの銃口を突き付け、そのまま引き金を引いた。

 

 ……片手で。

 

 ドパンッ! という音を響かせつつ、男子生徒の頭を吹き飛ばした。

 

 依桜にダメージなどなく、ケロッとしている。

 

 しかも、撃った時の反動を利用して、独楽のように回転して、そのまま近くにいた別の男子生徒の顔面にとてつもない威力の回し蹴りをプレゼント。

 

 さらに追い打ちで、吹っ飛んでいる途中の男子生徒の心臓部にハンドガンで狙撃した。

 

 もちろん、蹴りも相まって一発KO……もとい、二発KOである。

 

『か、勝てるわけな――』

「さよならです!」

 

 そして、次の瞬間には、ミニガンを取り出し、フロアに残っていた生徒たちを笑顔でミンチにした。

 

 その後は、拠点に残っていた者たちを体術と銃撃を交えた格闘術、ガン=カタのようなことをして殺戮。

 

 たまに、ター〇ネーターよろしく、片手でショットガンを撃ったりもしていたが、まあ依桜なので、当然と言えよう。

 

 拠点にいた者たちを全滅させた依桜は、次なる獲物を求めて移動を始める。

 

 依桜の八つ当たりという名の殺戮はまだまだ始まったばかりだ。




 どうも、九十九一です。
 依桜が本気を出しました。完全に殺りに来てます。殺意マシマシですね。ある意味、本作で初めて依桜が殺戮している回かもしれません。CFO編の時もまあ……似たようなことはありましたけど、あれとは違いますしね。
 とまあ、明日は……正直出せるか不明ですね。一応、出すつもりではいます。とりあえずはよろしくお願いします。
 では。


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355件目 最終種目3

 ところ変わって、山岳地帯へと向かったアイはと言えば。

 

「うえへへへへ、獲物が満載だぜぇ~」

 

 とか、悪人のようなことを言いながら、スナイパーライフルを構えていた。

 

 アイの持つ武器は、主にスナイパーライフル一丁、ハンドガンが二丁、あとはサブマシンガンとグレネードランチャーが一丁ずつである。

 

 前半三つは主に依桜と同じような構成だが、後半二つは依桜は持っていない。

 

 まあ、依桜の方がある意味凶悪だったりするのだが……。

 

 依桜と別れた後、アイは山岳地帯に来ていた。

 

 もちろん、傭兵として戦場を駆けまわり、様々なプレイヤーを銃撃するためだ。

 

 まずは、スナイパーライフルで狙撃しよう、ということになり、アイは山岳地帯のとある山頂部分から、機会を窺っていた。

 

 スコープの先に映るのは、一年一組の拠点だ。

 

 どうやら、山岳地帯を引いた一年生のクラスであり、尚且つ、当たりの場所を取ったようである。

 

 山岳地帯で最も高い位置に近く、狙撃をするのならちょうどいい場所だ。それに、上にいるということもあって、下から攻めてくれば対処がしやすい。

 

 おそらく、一番当たりの場所と言えるだろう。

 

 そんな場所に拠点を構えている一年一組の面々だが、今まさにアイに狙われている。

 

 ちなみにだが、アイが所持しているスナイパーライフルも……対物ライフルである。

 

 依桜大好きなスーパーAIは、じっと誰かが出てくるのを待つ。

 まあ、アイにとっては拠点ないのどの位置にいるかがわかるので、待つ必要なかったりする。

 

 今回のこの件にあたり、アイは裏でレベリングを行っていた。

 

 その過程でいくつかのスキルや称号を得ていたりする。

 

 スキルでは『高速演算』や『音響感知』、『熱源感知』、『並列行動』をメインに取得。

 

 称号は【女神の従者】と【無慈悲な演算者】というよくわからないものを得ている。

 

 スキルの『音響感知』と『熱源感知』は、読んで字のごとく。『高速演算』は、相手がどの位置に移動するかを瞬時に計算し、どのタイミングで遠距離攻撃をすればいいか、ということを演算するためのスキル。ちなみにこれは、システムの方のアシストで成り立つものである。しかも、アイはどこかの頭のおかしい学園長が核となっている上に、AI化したことで、ものすごく計算能力が向上しているので、正確無比な演算能力を得ている。

 

 そして、『並列行動』というのは、別々の行動をこなせるようにする、というもの。

 

 実質的には『高速演算』に近いかもしれないが、あれは頭に働くが、こちらは体に働くスキル。これとこれをやりたい、と思った時に、片方は自身で動き、もう片方をシステムのアシストで行動できるようにするもの。狙撃で例えるのなら、右手のハンドガンは相手の頭部を狙っているのに、一方のハンドガンでは背後にいる物の心臓部を狙う、みたいなことである。

 

 しかも、『音響感知』と『熱源感知』の二つと合わさることで、正確な狙撃が行えることだろう。

 

 と、明らかにスキルだけでも異常に強いと思えるのだが、称号も悪質だ。

 

 まず【女神の従者】からだが、こちらの効果は『特定のプレイヤーとパーティーを組む際に、全ステータス+50%と、特定のプレイヤーの持つスキルや魔法を一部使用可能』というぶっ飛んだもの。

 

 特定のプレイヤーというのは、もちろん依桜のことだ。

 

 システム的には、従者と判定されるらしい。

 

 ちなみに、スキルと魔法が一部使用可能、という部分に関しては、文章そのままの意味だ。

 

 依桜が持つスキルと魔法が、一部だけ使用できる、というもの。

 

 ここでいう一部、というのは特定の物を指しているわけではなく、全体の中から一部だけを、というものだ。

 

 一日に使用できるのは四つまでで、その内のスキルと魔法を、依桜が持つものの中から選択してその日一日使えるようにするというもの。

 

 明らかに、チートに近い。

 

 そして、【無慈悲な演算者】という称号についは『所持者のINT+100%。狙撃攻撃の命中補正がかかる。演算系スキルの効果上昇』と言った、ぶっ飛んだもの。

 

 入手したスキルとの相性は抜群。

 

 なんと言うか、ずるいような気がするほどに、称号の効果がえげつない。

 

 しかも、今回は銃撃戦がメイン。

 

 そうなると、アイはこの種目において圧倒的に有利であり、依桜とはまた違った方面で凶悪な存在になりそうだ。

 

 ちなみに、スキルはあの四つ以外にも持っている。

 

「ん~……お、いい感じの獲物はっけーん!」

 

 と、楽しそうににこにこしながら呟くアイ。

 

 その先には、今まさに出撃しようとしている一年一組の生徒たちが数人ほど出てきていた。

 

「では……『高速演算』」

 

 アイはスキルを早速使用。

 

 すると、視界にターゲットの影のような物が出現する。

 

「ほほー、どう動くかをこうやって影のような形で表してるんですねぇ~。これだけでも便利ですが、このスーパーAIである私の演算能力をかけ合わせればまさに百発百中! 早速、狙撃です! ファイア!」

 

 声高らかに言いながら、引き金を引くと、ドパンッ! という音を鳴らしながら弾が銃口から放たれ、見事に数人の生徒たちの頭を貫通させ、光の結晶に変えた。

 

「めーいちゅう!」

 

 一度の狙撃で、約四人ほど消し飛ばしたことに、アイはにっこり。

 反対に、拠点を出た途端にクラスメートが突然やられたことに驚き、慌てて出てくるものが二人ほど。

 

 もちろん、アイが見逃すはず等なく……

 

「警戒してね!」

 

 ドパンッ!

 

 再び発砲音が鳴り、拠点から出てきた二人を光の結晶に変えた。

 

 AIにスナイパーライフルを持たせてはいけない。そう思えて来るほどの、無慈悲な射撃能力。

 

 どのタイミングで、どの角度で撃てばいいのかを把握できているからこそ、このような芸当ができるのである。

 

 ただ、忘れてはいけないのは、アイはAIだからこそできることのなのだが、依桜はこのようなことを自身の技術だけで実現させてしまっていることだ。

 

 普段は常に笑顔で、優しく、思いやりのある完璧美少女な依桜が、正確無比な射撃を平然とやってのけていることを考えたら、恐ろしい話である。

 

「う~むぅ~……スナイパーライフルでの狙撃も楽しいですが、やはりこう……もっと派手に行きたいですよねぇ。やっぱり、グレネードランチャー使いましょうかね?」

 

 そう考えるものの、届くかどうかが曖昧なので、ちょっと控える。

 

「んまー、とりあえず、もうちょっと近くに行って、グレネードランチャーで拠点を破壊したら、また狙撃でもしますかねー。近づいてきたら、サブマシンガンで蜂の巣、ということにしましょうか! よーっし! そうと決まれば銃撃銃撃!」

 

 テンション高く、ノリノリで潰しに行くアイだった。

 

 

『みるみるうちに戦死者がでてるにゃぁ! 現在、三年七組と一年一組、それから一年四組が全滅にゃぁ!』

 

 声優の実況には、外の世界でも意外と大盛り上がり。

 

 会場にいた所謂アニメオタクたちは、このサプライズじみた状況に熱狂。

 

『やっべえ! 本物の美羽たんたちが生実況してくれるとか……最高すぎる!』

『あぁ~、音緒ちゃんの甘いボイスは脳が蕩けそうだぁ~』

『いやいや、莉奈ちゃんのはつらつとした声こそ、元気にしてくれるんだよ!』

『何を言う! あのクールな声で、淡々と話す奈雪さんこそ、素晴らしいんだよ!』

 

 とまあ、こんな感じ。

 

 さすが人気声優と言ったところで、何やら言い争いなりそうなところもあるが、まあ、放置で大丈夫なのだろう。

 

 ある意味、オタクにはよくあることである。

 

 さて、一方で高等部のエリアの一部では、男女ファミリーが一ヵ所に集まって依桜たちの活躍を見ていた。

 

「おー! ねーさまがすごいのじゃ!」

「イオお姉ちゃんかっこいいです!」

「かっこ、いい……!」

「あの武器なんだろう? カッコいい!」

「さすがイオお姉さまなのです!」

「……やっぱり、イオおねーちゃん強い」

 

 とまあ、依桜の行動に目をキラキラさせていた。

 

 自分たちにとって、最も尊敬し、最も好きな姉が、自分たちよりも小さくなっていたとしても強い、という事実に心の底からはしゃいでいるわけだ。

 

 依桜が見たら、ものすごく喜びそうである。

 

「あらあら、依桜もすごくなったのねぇ」

「いや母さん、あれをすごいだけで片付けるのはどうなんだい? 俺、自分の息子――もとい娘がショットガンを片手で撃って平然としているとことか、ロケランを楽しそうな表情で撃ってるとことか、ミニガンを至近距離で撃ちまくってるとことか見て、軽く戦慄を禁じ得ないんだが……」

「何を言っているの。依桜よ? 依桜なら、笑顔で銃ぶっぱしても不思議じゃないでしょう?」

「……否定できない。我が娘ながら、まさかこうなるなんてなー……」

 

 母親の方はちょっとあれだが、父親の方はそこそこまともに考えているようである。

 

 もっとも、源次が言ったように、こんなことをしても、依桜だから、で片付けられてしまう時点で、依桜がいかに規格外かが再認識できることだろう。

 

 妹たちは目を輝かせてはしゃぎ、母親は娘が逞しく成長したことに喜び、父親は娘の異常な成長ぶりに遠い目をした。

 

 意外と、父親はまだマシなのかもしれない。

 

 

「あははははは! す~~~っごくたのしぃ!」

 

 種目が開始となってから、すでに一時間ほどが経過。

 現在の依桜は……ものすごく、楽しそうだった。

 なんだったら、やや恍惚とした表情をしているくらいだ。

 

『ぎゃあああああ!』

『ショットガン片手で撃つな――』

『いやああああああ! 死ぬ! マジで死んじゃう――!』

『天使ちゃんにロケランなんて持たせるなよ――!?』

『というか、なんでこっちの攻撃が当たらないんだ!?』

『畜生! ミニガンを撃ちながら高速で走るとか、反則過ぎだっての!?』

 

 と、ショットガンを片手で撃ったり、ロケランを乱射しまくったり、高速で走りながらミニガンを撃ったりと、本当に酷い。

 

 しかも、その表情がさっきも言ったよう恍惚としているので、尚更である。

 

「あははははは! ひゃっは――!」

『ちょっ、天使ちゃんからは想像できないような世紀末的声が発されたんだけど!?』

『くそっ、しかも無駄に可愛いだけに質悪ぃ!』

『あんなの天使じゃないやい! 悪魔だろあれぇ!』

『小悪魔なケモロリっ娘……』

『『『いやいいな!』』』

「うるさいですよぉ! おとなしく、ロケットランチャーでやられてくださいっ!」

『『『ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』』』

 

 酷い。

 

 なんと言うか、地獄絵図である。

 

 依桜は今、街にいたりする。

 

 つい数十分ほど前もガン=カタとか、狙撃とかしてとあるクラスの拠点にいた生徒たちを殲滅していたのだが、あの後一度街から出て、砂漠地帯まで行っていたのである。

 

 で、少し前にこちらに戻ってきて今みたいに殺戮をしていた、というわけだ。

 

 恍惚とした表情を浮かべ、楽しそうに銃を乱射しまくるケモロリっ娘。

 

 ……かなり危ない絵面だが、まあ、仕方ないとしか言えまい。

 

 何せ、依桜は今までのストレスが溜まっていたのだから。

 

 思い返せば、九月のあの日から、依桜のストレスはただただ溜まる一方だった。

 

 女になったことで生じた性の違い。

 

 周囲からの不躾な視線。

 

 胸を揉まれるなどの好意を受け。

 

 学園祭ではテロリストを撃退。

 

 サキュバスの衣装を着させられての接客やらイベント。

 

 いきなりモデルの仕事もさせられ。

 

 異世界へ実験のため行き。

 

 ミオのとんでもないミスで体質が変化し。

 

 なぜか理不尽な師匠であるミオのこちら世界への進出。

 

 体育祭ではなんかよくわからない仕掛けに翻弄され。

 

 冬〇ミではカメコに執拗に狙われ。

 

 CFOでは変に目立ち。

 

 突然異世界に飛ばされたと思ったら、魔王の妹ができただけでなく、一国の女王になり。

 

 別世界の学園長の手によって並行世界に迷い込み。

 

 メイド喫茶でアルバイトをした時は、強盗を撃退し。

 

 声優体験では、まさかのメインキャラとして出演することが決まり。

 

 異世界に旅行へ行けば、悪徳領主を撃退し、人攫いのクソ外道たちを捕まえるのと同時にまた妹が五人でき。

 

 球技大会ではナース服を着させられ。

 

 とどめと言わんばかりに、衆目にパンツを晒しただけでなく、あわや裸を見られかけるという事態も発生。

 

 一年も経過していないのにもかかわらず、ざっと例を挙げただけでこの有様。

 

 しかも、小さいこともあるのだが、それを挙げていたら切りがない。

 

 もう一度言おう。このようなことが、一年も経たずに起こっているのだ。こんなもの、ストレスが溜まらない方がおかしいのだ。

 

 つまり、依桜はおかしい。

 

 しかし、ストレスを感じていなかったわけではなく、無意識に感じていた。

 

 事実、体育祭終了後に体調を崩して寝込んでいたが、あれもストレスが原因のような物だ。

 

 さて、そんな感じで毎日毎日ストレスが溜まっているような依桜だが、さすがにもう我慢の限界だったんだろう。

 

 ここに来て、ついに依桜のストレスが大爆発。

 

 その結果、戦闘狂とかサイコパスみたいな感じになってしまった、というわけだ。

 

 で、今は、

 

「わーい! ロケットランチャーたのしー! ミニガン、もっとうつー! スナイパーライフルでヘッドショットするのー!」

 

 新しいおもちゃをもらって無邪気に遊ぶ子供のように、ロケランをぶちかましてははしゃぎ、ミニガンを乱射しまくってははしゃぎ、高速で動きながら逃げ惑う生徒をスナイパーライフルでヘッドショットをしまくってはやっぱりはしゃぐ。

 

 よほど、ストレスが溜まっていたのだろう。

 

「ひとがごみのようだー!」

 

 ドォォォォォォォォン!

 

 ドゥルルルルルルルルッッ――!

 

 ドパンッ! ドパンッ!

 

 というような、凄まじい音を放ちながら、バーサーカーと化したケモロリっ娘は進む。

 

 もはや、止められるものはいないだろう。




 どうも、九十九一です。
 本当は昨日投稿しようと思ったのですが、少々Wi-Fiの方に問題が発生したため、出せませんでした。本当、申し訳ないです……。
 一応、今日は二話投稿をしたいなとか思ってます。まあ、書きあがるかはまだわからないので、あまり期待しないでいただけると幸いです。多分、17時になると思います。
 まあ、あとはいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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356件目 最終種目4

「……ねえ、なんか、さっきから悲鳴とか、爆音がものすごく聴こえてくるんだけど……」

「言うな。俺もそれは感じている」

「……ってか、すっげえ聞き覚えのある声の笑いが聞こえるんだがよ、オレだけ?」

「んや、わたしも聴こえるねぇ~」

 

 依桜が狂ったように銃をぶっ放し続けている頃、森林地帯に拠点を構える二年三組の拠点付近で警戒にあたっていた未果たち四人は、先ほどからずっと聴こえてくる悲鳴やら爆音やら発砲音やら、あとは聴き覚えのある笑い声を聴き、そろって苦い顔をした。

 

「これ、明らかに依桜、よね」

「だろうねぇ。依桜君以外、こんなおかしな音は聴こえないと思うよ~?」

「あいつ、マジで何してんだろうな」

「見に逝って見るか?」

「おい晶、今、行くの感じが違ってたぞ?」

「あながち間違いではないだろう。近くに行ったら、確実に死ぬと思うぞ?」

「……うっわー、マジ否定できねー」

「実際、晶の言う通りよねぇ。何せ、依桜のステータスは異常。少なくとも、ショットガンを片手で撃つとか、ロケランを撃ちまくってるとか、ミニガンを撃ちながら高速で走ってる、なんてことをしていても不思議じゃないでしょ?」

「「「たしかに」」」

 

 未果の言葉に、三人とも納得する。

 

 まあ、実際未果の言う通りのことをしている。

 

 さすが、依桜と最も付き合いの長い未果である。

 

 同時に、その予想を聞かされ、すぐに納得する辺り他の三人もよくわかっている。

 

『はいはーい! ここで、戦況情報を伝えるよー! 街にいる人たちは気づいてると思うんだけどー、今そこには傭兵さんがいるよ! 通称『狂化ケモロリ』もしくは『ケモロリバーサーカー』だぞ! その傭兵さんは、街内を高速で移動しながら、ロケットランチャーで建物を破壊し、ミニガンを走りながら発射し続け、スナイパーライフルで狙撃してるよー! ちなみになんだけど、傭兵さんを倒せば、キル数が通常の五倍は入ります! つまり、五人分というわけですね! それに、傭兵さんは死んでも復活するので、誰にでもチャンスが! もちろん、頑張って味方に引き入れるのも手だよ! さぁさぁ! 我こそは、という子たちは、ドンパチしてね!』

「「「「……ああ。うん」」」」

 

 四人は、莉奈の言葉を聞いて、ものすご~~~く遠い目をした。

 

 頭の中には、ケモロリっ娘な依桜の顔が思い浮かぶ。

 

 ついでに、ロケランとかミニガンとか、スナイパーライフルを持っている姿も。

 

 まさか自分の予想が当たっていたという事実に、未果は頭が痛そうに手を額に当てると溜息を一つ。

 

「はぁ……まったくあの娘は……」

「ヤバい、としか言えないな。まったく、目を離すと何をするかわからないな、依桜は」

「そう言うけどよ、仮にオレたちがいたとして、何か変わったと思うか?」

「…………無理だね! 無理無理! 依桜君に常識なんて通用しないしね~」

「「「それはそうだ(ね)」」」

 

 ある程度は常識人枠な依桜だが、幼馴染や友人たちからの評価と言えば、常識の通用しないヤバい人、というものである。

 

 何せ、目を離せば妹を増やしたり、声優になっていたり、モデルをしていたりするような存在だ。そう言う評価になってもおかしくないというか……むしろ、それが妥当な方だろう。

 

 それくらい、依桜はヤバい。

 

 もっとも、ヤバいと認識しているのは、未果たちだけでなく依桜に関わる者たちほぼ全員なのだが。

 

「オレたち、依桜に攻撃されると思うか?」

「……どうだろうな。俺的にはグレーだと思ってる」

「どうしてだい?」

「……ちょっと前にCFOをやったのは覚えているよな?」

 

 晶の問いにこくりと頷く三人。

 

「あの時、依桜は俺たちの黒歴史を暴く、とか言っていただろう?」

「「「……あー、そう言えば」」」

「だが、あの後動いたような気配がない気がしてな……それに、それがなくとも、俺達はなんだかんだで依桜に迷惑をかけている節がある。その仕返しがあっても不思議じゃないとは思わないか?」

「「「……思う」」」

「だろう? だからなんというか……俺達も必ず安全、とは言い難いような気がしてな。もしかすると、もうすでに近くに来ている可能性だってある」

「晶君。それ、フラグだとおも――」

 

 と、女委が言いかけた時だった。

 

「――ふふふっ、みぃつけたぁ~~~」

「「「「依桜(君)!?」」」」

 

 片手にハンドガン、片手にショットガンを持った依桜が現れた。

 

 しかも、ものすごくいい笑顔を浮かべていた。

 

 にこにことしている。

 

「ねえ、みんなはここでなにをしているのかなぁ?」

「な、何をも何も、見回りよ」

「へ~、そうなんだぁ~」

 

 相変わらずのにこにことした可愛らしい笑顔を浮かべる依桜。

 

 普通なら、その笑顔を見て癒されるのだろうが、ここにいる四人は違った。ゲームの中なので、汗は流れないはずなのだが、なぜか背中を冷たい汗が伝うような感覚があった。

 

「ねぇ、みんなはボクのこと……きらい?」

 

 にこにこ可愛らしい笑顔を浮かべながら、依桜は不意にそんなことを訊いてきた。

 

 四人は一瞬、頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「もちろん好きね」

「まあ、長い付き合いだしな。嫌うわけない」

「右に同じくだぜ」

「超大好き」

「ふふっ、ありがとう」

((((……あれ? なんか、いつもと反応が違う?))))

 

 依桜の返しを聞いて、四人はそう思った。

 

 いつものことなら、依桜は顔を真っ赤にさせ、うろたえると思ったのだろうが、今回の依桜はちょっと違った。

 

 顔は赤くしているものの、なぜか余裕の態度。

 

「ボクね、す~~~っごく! イライラしてるの」

「「「「……」」」」

 

 え、突然何? と、四人は首をかしげる。

 

 その様子を見ても特に気にした風は見せず、依桜は続ける。

 

「ふだんからずっとひどいめにあっていてね、ずっとがまんしてきたけど、そろそろげんかいかなーって。だからね、こんかいはいいきかいだから、ストレスをはっさんさせようとおもってるの」

「「「「……」」」」

 

 ずっとにこにこしながらそう言っている依桜のセリフを聞いて、四人はぶるぶると震え始める。

 

「ふふ、ふふふ……あはははははははははは! ねえ、ボクっておかしいのかなぁ? なんだかね、じゅうをうって、ほかのひとたちをたおすのがたのしくなってきちゃったの。ねえ、どうおもう?」

「「「「……(ガクガク)」」」」

 

 まるで狂ったように笑いだした依桜を見て、四人はさらに震えた。

 

 同時に、恐怖を感じた。

 

 そして、思う。

 

((((あかん。依桜が壊れた))))

 

 と。

 

 まあ、四人の思った通り、今の依桜は若干……というか、だいぶ壊れている。

 

 今まで嫌というほど蓄積されてきたストレスというストレスがここに来て大爆発し、八つ当たりがしたいという欲求や、銃撃して殺戮がしたい、という思考に依桜の基本的に温厚な心が浸食され、今の依桜を体現してしまっている。

 

 実際、依桜が怒ると怖い、とか言われている所以はこの辺りが原因だったりする。

 

 ここまで壊れてしまうのも、無理はないだろう。

 

 そりゃあれだけ酷い目に遭っていれば、いつかこうなっても不思議ではない。

 

 依桜が強すぎるだけである。ストレスに対して。

 

「ボクね、みんなにもなんだかんだでひどいめにあわされてるなぁ、とかおもったんだぁ」

「「「「……」」」」

「でもぉ、どうじにたすけてもらっているのもじじつだからぁ……みんなをころすのはあとまわしにしようかなぁって。どうかなぁ。うれしい?」

「「「「う、嬉しいであります!」」」」

「そうなんだぁ。ありがとう、みんな。じゃあ、ボクはこれからさつりくしにいってくるね☆」

「あ、ハイ。依桜も、その……気をつけて」

「もっちろん。そうかんたんにしなないよぉ。ボクは、ししょうのでしだもん。じゃあね!」

 

 そう言って、依桜は去っていった。

 

「……一体、何しに来たんだろうな、依桜は」

「……オレも思ったけどよ、何て言うか……マジで怖すぎて、それどころじゃなかったぜ……」

「依桜、壊れたわね……。私、もっと依桜に対して優しくなろうと思うわ」

「激しく同意だよ」

 

 四人は、この種目が終わったら、依桜に謝ろうと思った。

 

 そして、もうちょっと優しくして上げようとも。

 

「まさか、あそこまで壊れていたなんて……あれって、どう考えても私たちが原因でもある、わよね?」

「十中八九そうだろうねぇ……」

「オレ、依桜があんなにヤベーとは思わなかったわ」

「……ああ、そうか。態徒と女委は知らないのか」

「なにがー?」

「なんと言うか、依桜って怒ると怖い、っていう話を以前したじゃない?」

「うん、したねー」

「依桜は、何て言うか……本気で怒ると怖いんだけど、実は二パターンあるのよ」

「マジ?」

「マジ」

「それは一体何だい?」

「一つは、まあ普通に笑顔で説教してくる場合。まあ、これは態徒と女委がよく知っているモードね。で、もう一つが今さっきの状態。今の依桜は、簡単に言ってしまえば、『サイコパスモード』と呼ばれる状態よ」

「聞くからにやべーもんなんだが」

 

 未果の言った依桜のモードの名称を聞いて、態徒と女委の二人は少し顔を青くさせる。

 

「あれの発現条件は、ストレスが異常なほどに溜まること。そうじゃなければ、普通の説教『プリーチモード』になるだけ」

「「何そのネーミング」」

「言わないで。何も思い浮かばなかっただけ」

 

 ちょっと顔を赤くして顔を逸らす未果。

 ネーミングは未果である。

 サイコパスの方もそうだ。

 

「でもよ、その状態をオレと女委が見ていないってことは、滅多に見れるもんじゃないってことだよな?」

「そうだな。依桜のストレスが限界点を超えた時にのみ、発現するものだからな。ちなみにだが、ああなると、普段の依桜からかけ離れたサイコパス敵存在になる。もっとも、似ているだけであって、サイコパスではないがな」

「いや、あれでサイコパスだったらこの先依桜を信じられなくなるわ」

 

 まあ、ものすごく性格のいい依桜が実はサイコパスだったとわかれば、それが本心なのか、作っているのかがわからなくなるからな。

 

 そうなれば、関わりずらくなること間違いなしだ。

 

「あの状態の特徴としては、狂ったような笑い声を出したり、力の行使に遠慮が無くなるところだろうな。まあ、力の行使、とは言っても行き過ぎたことにはならない。あくまでもゲームでのみ有効なだけだ。手加減しないどころか、えげつないことを平気でしてくる。まあ、嫌がらせの類をしないところは、依桜らしいが」

「「あ、ハイ。そっすか」」

 

 二人は、少し考えるのをやめた。

 

 まさか、大切な友人がそんなやべー心の闇を抱えているとは思わなかったためだ。

 

「じゃあ、あれか……異世界で強くなった分、余計に質が悪くなってそうだなぁ……あいつ」

「……それに、私たちのことも殺す、とか言ってたものね」

「……あれだね。球技大会が終わったら、依桜君の慰労会みたいなことをした方がいいかもね」

「「「賛成」」」

 

 一瞬の間を開けずに、女委の提案に三人は乗った。

 

 一層、全員が依桜に対して優しくなるようである。




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、間に合いました。なんか、大分依桜が壊れてきてます。まあ、この話限りだと思います。こうなるのは。サイコパスな依桜が登場するのはこの先あるかどうかも不明ですしね。できるだけ、出さない方向にしたいなぁ。
 明日は……うーん、どうでしょう。まあ、頑張って書くと思いますが、多分間に合わないと思います。今日は夜勤なので。
 明後日は頑張って出したいと思いますので、それで許してください。
 では。


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357件目 最終種目5

 サイコパス化してしまった依桜だが。

 

「あはははははははははは! たのしいぃーーーーーー!」

『『『ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』』』

 

 殺戮を楽しんでいた。

 

 相変わらずロケランで固まって行動していた生徒たちを吹っ飛ばし、少しばらけたところで、ミニガンによる殲滅。そして、さらに細かくなったところをスナイパーライフルでヘッドショット。

 

 銃を撃ち、敵を殺すことに対して楽しさを見出してしまった上に、度重なるストレスでこうなっているので、まあ、仕方ない。

 

 未果たちと会った後、ずっとこの調子である。

 

 依桜とアイが大暴れしていることで、他の生徒たちがなかなかキル数を稼ぐことができていない。

 

 何とか倒そうと自陣から送るものの、近づく前にロケランで吹き飛び、大人数で掛かろうものならミニガンの乱射を受け、離れたところから狙撃しようものなら、弾丸を回避された後、そのままスコープを覗かずにスナイパーライフルで狙撃されて終了。

 

 こんな感じで、一向に倒せる気配がない。

 

 なんだったら、体力なんて一ミリも減っていない。

 

 つまり、ノーダメージである。

 

 アイの方も、例の演算能力のおかげで弾丸を全て回避している。

 相手はAIなので、当てるのは難しそうである。

 

 

 そんなこんなで、各クラスに甚大な被害を出し続けている現状。

 

 このままでキル数なんて稼げることなく、全滅してしまう、と考えた生徒たちは、

 

『よし、協定を組もう』

 

 他クラスと共闘することを選んだ。

 

 実際、徒党を組まない限り、依桜とアイを倒すのは無理だろう。

 

 片や異常ステータスに異常なまでの身体技術。

 

 片や感情があるスーパーAI。

 

 たった二人で戦況をひっくり返すことができるのだから、本当に洒落にならない。

 

 そんな考えに生き残っている全クラスのリーダーが行きつき、結果的に協定を結ぼうと行動を開始。

 

 割とあっさり協定を結ぶことに成功した。

 

 もともとそう言った機能があったらしく、それを用いて残っている全クラスとの協定を結ぶことに成功し、一度街にある城にて軽く会議をしていた。

 

 ちなみに、未果も一応参加しているにはしている。

 

 というか、協定を結ぶための機能があるということは、学園長はその辺りを見越していたのだろう。

 

 とりあえず、生き残っているクラスは、大体高等部の半数と言ったところだ。

 

 半数はすでにやられている。

 

 運が悪かったということだ。

 

 それにしては、色々と酷いが。

 

 そんなこんなで、生き残っているクラスのリーダーたちによる会議が進み、それにより各クラス拠点に数人ほど残し、それ以外の生徒たちで依桜とアイを迎え撃つということになった。

 

 まあ、大規模な戦闘になるということだ。

 

 場所は、草原エリア。

 

 一応他のエリアも話されたが、ある意味草原エリアが一番いいという判断になった。

 

 他の案として、森林、火山、砂漠、沼、遺跡、墓地と言った、ある意味特殊な場所も出されたのだが、未果によって却下された。

 

 今回会議に参加している面子の中で、依桜をよく知る人物は未果だけだったからである。

 

 そもそも、依桜と未果が幼稚園来の幼馴染であることは高等部の生徒たちには周知の事実であり、知らない方がむしろ珍しいとか言われるほどである。

 

 そのため、依桜と仲がいいと知られている未果からの言葉なら説得力がある、と判断されたのだ。

 

 ちなみに、却下された理由としては、変に遮蔽物が多い場所だと、依桜の独壇場になるから、というもの。

 

 まあ、現実で暗殺者をしていたり、そもそもゲーム内でもステータスやスキルの構成が明らかに隠密系、ひいては暗殺者の職業に特化しまくったものだったり、装備品もそう言った場所に真価を発揮するような物ばかりだったのである。

 

 砂漠は違うと言われたのだが、依桜の所持している靴装備は、いかなる場所でも安定して走れるというものだったり、そもそも依桜は足場の悪い場所でも何の問題もなく走れるという足をしているので、意味がないと説明。

 

 じゃあ、墓地は? となったのだが……まあ、これは未果が全力で却下した。

 

 理由は単純。

 

 依桜がお化けに対して恐怖心を持っているからだ。

 

 割と完璧超人に思える依桜の唯一と言っても過言ではない弱点が、お化けだからだ。

 

 この世界がゲームとはいえ、お化け系の何かが出ないとは限らないのである。

 

 一応、モンスターが出るような設定にはなっていらしいのだが、依桜は雰囲気ですらすぐにダメになってしまう始末。

 

 今回の依桜は相当やばいことになっているとはいえ、お化けに対して恐怖心を持っていないと言えばそうではない。

 

 その弱点を突いて、依桜を倒すことはできるだろう。

 

 しかし、そうではないのだ。

 

 普段の依桜ならば、間違いなく気絶しかねない案件だ。

 

 だが、今回はサイコパスモードになっているため、悲鳴を上げつつミニガン乱射、ロケランで大爆殺しかねないという理由と、これ以上依桜のストレスをため込んだら、ゲーム内で済まない可能性が出てくるため、未果が全力で却下したのだ。

 

 これ以上依桜が壊れようものなら、いよいよ未果たちにも被害が出てしまうので。

 

 それに、可能性としてはかなり低いだろうが、メルたちにも何かが向かないとも限らないから、というのも含まれている。

 

 そこで、遮蔽物もほとんどない草原を選んだ、というわけだ。

 

 まあ、近くには街もあるし、森林もあるので、少々あれなのだが……他よりはマシ、という判断になった。

 

 かくして、作戦は確定したのである。

 

 全員、これから死地にでも向かう、戦争真っただ中の兵士のような顔をしていた。

 

 もはや、優勝どころじゃなくなったことだ。

 

 会議が終わると、城にいたリーダーたちは席を立ちあがり、それぞれのクラスにこのことを伝えるために、解散した。

 

(……これで、依桜を止められればいいけど……幼馴染としては、ストレスを発散させた方が、いい気がするのよねぇ……。まあ、この作戦で依桜が大量に殺戮するでしょうから、問題なさそうだけど。ただ……何かしら。この、言い表せない寒気と、嫌な予感は)

 

 誰もいなくなった広間で、未果は一人そんな考えをしていた。

 そして、頭を振って不安を頭の中から出して、自身の拠点に帰って行った。

 

 

 そんな、誰もいなくなった広間の天井部。

 

「……ふふふ」

 

 一人の少女の口もとが、三日月のような弧を描き、笑いを漏らした。

 

 

「~~~♪ ~~♪」

 

 草原エリアの中心部。

 

 依桜はにこにこ顔で鼻歌を唄いながら、ハンドガンとくるくると回しながら歩いていた。

 

 他の武装はいつでも取り出せるように、常にストレージをオープン状態にしている。

 

 手を突っ込んで、取り出したいものを考えれば取り出せる仕組みである。

 

 メニューの機能を用いない、手動型である。

 

 依桜の仕事服は、全身黒。

 

 依桜の綺麗な銀髪とはまさに正反対と言えるような色合いだ。

 

 だからこそ、似合っているのだが。

 

 暗殺者の服装が似合う、銀髪碧眼のケモロリっ娘とは一体……。

 

『3、2、1……Go!』

 

 不意に、草原エリアの近くの森林から、大勢の生徒たちが出現し、銃を撃ちながら、依桜に向かって突っ込んできた。

 

 ダダダダダッッ!

 

 ドパンッ!

 

 パァンッ!

 

 とか、まあ、様々な銃撃が行われているのだから、その分だけ銃撃音が聞こえてくる。

 

 中には、味方同士で銃弾が当たってしまっているのだが、ダメージを受けている様子はない。

 

 これは、同盟をの機能の利点の一つだ。

 

 同盟と言うのだから、つまり味方になるということ。

 

 なので、同盟を結べば、味方になったとシステムが判定し、ダメージを受けなくなるのだ。

 

 フレンドリーファイアがない。

 

 まあ、だからと言って当たった時の衝撃がないわけじゃないが。

 

 と言っても、ここにいる生徒たちの目的は、あくまで依桜を倒すことのみである。

 

 普段は、依桜に対して何か危害を加える、なんてことをするような人は、学園にはまずいないんだが、今回ばかりは話が別である。

 

 さすがに、何もできずに死ぬのはちょっと……みたいな。

 

 あとは、優勝すれば『New Era』が手に入るから、というのもあるだろう。

 

 学生には手を出しにくい値段設定になっているので、手に入れられる機会があれば、何としても手に入れたい、と言った感じである。

 

 まあ、最先端な代物であるということを考えたら、誰でも欲しくなるだろう。

 

 特に、高校生という、まさに青春真っ只中、同時に流行に敏感な時期とも考えたら、余計だ。

 

 まあだからこそ、

 

『くっ、これもゲームのためっ……! 恨みはないが、倒れてくれ!』

『ゲーム欲しい! ゲーム欲しい1』

『倒すぅ!』

 

 とまあ、こんな感じになるわけで。

 

 四方八方、全方位からの弾丸の雨。

 

 さすがに倒せる……そう思った時だった。

 

「『生成』――ふっ!」

 

 依桜は『武器生成』の魔法を発動すると、両手に二本のナイフを生成した。

 

 生成した途端に依桜の体がぶれた。

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガッッッ――!

 

 と、依桜がいた場所に剣閃の嵐が巻き起こった。

 

 それと同時に、依桜に向かっていたはずの銃弾が次々に切断され、地面に落ちていく。

 

『『『なァ――ッ!?』』』

 

 まさか過ぎる目の前の現象に、撃ち続けていた生徒たちですら思わず持っていた銃を落としてしまう。

 

 それを見逃す依桜ではなく、

 

「はぁっ!」

 

 鬼気迫る声を発すると、複数の発砲音がなり、周囲にいた者たちの頭を容赦なく打ち抜き、一瞬で数人が消滅した。

 

『は、早っ!?』

『今何した!?』

『というか、ナイフ使ってんだけど、反則じゃねえの!?』

 

 と、そんな叫びが発されると、

 

『いえ! 魔法によって生成された武器なので、問題はありません!』

 

 美羽によって、即座に否定された。

 

 まあ、あくまでもレベリングで手に入れた武器は使えないというだけで、自身の魔法やスキルで生成したものであれば、そこには引っかからない、というわけだ。

 

 とはいえ、魔法で生成した物なので、普通よりも耐久が低いので、大してメリットにはならないのだが、依桜の場合は色々と調整可能になってしまっているので、デメリットがほとんどない。

 

「あははははは! おそい! おそいですよぉ! ほらほらほらぁ! しんじゃいますよぉ!」

『いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!』

『無理無理無理! 死ぬ! マジでし――』

『ちょ、なんでピンポイントでヘッドショットできる――』

 

 言い終わらずに、パリィン、パリィン! と、どんどん連合軍の人たちが消滅していく。

 

 最早阿鼻叫喚の絵図。

 

 黒い暗殺者衣装を着た、天使のような可愛らしさを持った、銀髪碧眼のケモロリっ娘が大勢の人たちを恐怖のどん底に堕としていく。

 

 ハンドガンやショットガンで近くにいた者たちの急所を狙って撃ち殺し、ロケランで大勢をいっぺんに吹っ飛ばし、まばらになったらミニガンで殲滅し、そしてスナイパーライフルでヘッドショット連発。

 

 その結果、連合軍は僅か数分で壊滅。

 

 しかも依桜は、

 

「にげようなんてぇ、むだむだむだぁ! み~んなしぬんですよぉ!」

 

 とか、

 

「あたまをパァンッ! てするのたのしいなぁ!」

 

 とか、

 

「ふふふふふふふふふふふ! はっちのっす♪ はっちのっすぅ♪」

 

 とか、

 

「じゅーさーつ、ばーくさーつ♪」

 

 とかみたいな、まさにやべーセリフを吐きまくって、殺戮の限りを尽くしていた。

 

 というか、言動がすでにサイコパスである。

 

 なんと言うか、ここまで壊れていたんだなと、そう思えて来る惨状である。

 

 ちなみに、この戦いには、未果たちも参加していたが、綺麗に生き残っていた。

 

 まあ、依桜が有言実行していたからだ。

 

 殺すのは最後、と言っていたので。

 

「ふんふ~ん♪ ……あ、アイちゃんだ。えーっと?」

 

 不意に、アイから連絡がきた。

 

 そこには、

 

『いやぁ、さすがイオ様ですねぇ。会議の場に直接潜伏して、情報を抜くなんて。いよっ! 世界最強の暗殺者の弟子! ゲームでもチート! すっごーい!』

 

 とまあ、依桜を褒める言葉だった。

 

 そう、アイが言う通り、あの会議の場に依桜はいた。

 

 まあ、天井にいただけなのだが。

 

 もとより、暗殺者としてスパイのようなこととか、諜報員のこととかに対しては、かなりの適性があった……というか、相当な凄腕の暗殺者だったので、会議に潜り込むぐらいは朝飯前。

 

 なので、あの筒抜けな会議に入るくらいは何の問題もなくできてしまったのだ。

 

 だからこそ、依桜は突然の襲撃に対して問題なく対処できたのである。

 

 ちなみに、アイにも連絡していたので、何気に遠くから狙撃したりしていたのだ。

 

『んでんで? 残っているクラスはーっと……おほー、残り三クラス。いやぁ、裏で拠点に残っていた人たちを殺戮した甲斐がありましたぜー』

『あ、そんなことしてたんだ? ずるいなぁ。ボク、もっとも~~~っとヤりたかったんだけどなぁ~』

 

 光のない目で、にこにこ顔でそんなメッセージを送る。

 

 なんと言うか、これがイラストだったら、鼻から上には影があることだろう。

 

『……イオ様。マージで荒れてますねぇ~。いやまあ、情報を知っているから、仕方ないと思ってるんですがね~』

『うふふ~』

『あ、うん。イオ様、いい感じにサイコってますねぇ。まあいいや。イオ様。とりあえず、残りを殺りに行きますか』

『いいね~。いこいこ!』

 

 まるで、スイーツバイキングに行こう! みたいなことを言う女子高生のようなノリである。

 そんな感じで、依桜は歩く。

 

 

 その後、色々と殺戮の限りを尽くし、依桜とアイの傭兵コンビは参加していたクラスをほぼ全滅させた。

 

 そして。

 

「うふふふ❤」

「「「「あ、あはははははは……マジ、すんませんした……」」」」

 

 あのセリフを有言実行し、未果たちも葬り去った。

 

 

『しゅ―――りょー―――! まさかまさかの結末! 傭兵として参加していた、依桜ちゃん&アイちゃんコンビが全クラスを殲滅しました!』

『いやぁ、この結末は予想してなかったなぁ~。依桜ちゃんたち、マジパネェっす』

『うんうん、私もびっくりだったにゃ~』

『というより、私たち実況組が影薄かったですね。実況する間もなく、依桜ちゃんによって全滅させられていましたからね』

『ともかく、優勝は……二年三組ですね! よって、二年三組の皆さんには、後日『New Era』が贈られるそうなので、楽しみにしていてくださいね!』

『んじゃんじゃ、MVPを発表していくねー! えーっと、まずは――』

 

 と、声優たちによる、MVPの発表がなされていく。

 そして、二十名分の名前を呼び終えると、

 

『それでは、これにて叡董学園球技大会最終種目を終わります! 十分後には、閉会式がありますので、生徒の皆さんは高等部のグラウンドに集まってくださいね!』

 

 そんなセリフと共に、最終種目は幕を閉じた。

 

 

 ちなみに、この件で依桜がサイコパス化したことは、この最終種目の後『血濡れの天使(もしくは女神)事変』と呼ばれるようになり、見ていた者や、体験した者の記憶に深く刻み付けられた。

 

 そして、『白銀の女神は絶対に怒らせちゃいけない』という、共通認識が生まれるのであった。




 どうも、九十九一です。
 最近、思うように投稿できていない……いや、本当に申し訳ない。なかなかにリアルの方が忙しくなっちゃいまして、毎日投稿ができないどころか、結構感覚が空いちゃってるんですよね……。せっかく読んでいただいているのに、申し訳ないです。できれば、ペースを上げたいんですけどね。
 最悪の場合は、週一とか、週何みたいな感じに変更しようかなとか思い始めています。まあ、本当に最終手段ですが。そうなったら、一話の長さが延びます。代替案のような感じですね。できればそうしないようにします。
 あとはまあ、今回の章は色々と酷すぎて、今後の話大丈夫? とか心配になってますが、自業自得ですので、頑張ります。……ストレス、溜まってるのかなぁ……。
 次は……明日投稿出来たらまあ頑張ります。一応、次回辺りでこの章を終わらせる予定ですので、よろしくお願いします。
 では。


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358件目 球技大会閉幕

〈イオ様―。イオ様起きてくださーい。イオ様―〉

「ん……んぅ……はれぇ……?」

 

 目を覚ますと、見知らぬ天井だった。

 上体を起こして、周囲を見渡して思い出す。

 

「えーっと、たしか……さいしゅうしゅもくをするために、ゲームのせかいにはいって、それで……うーん? なんだか、きおくが……」

〈え。……あの、イオ様? もしかして、なんですが……覚えてない?〉

「おぼえてないって……さいしゅうしゅもく?」

〈はい〉

「うーん、なんだろう。すっごくイライラしてて、そのじょうたいでゲームのせかいにいったのはおぼえてるんだけど……そこからさきがあまり……」

〈おぅふ……。そ、そう言うタイプっすか、イオ様……〉

 

 そう言うタイプって、どういうタイプだろう?

 でも、なんだろう。

 

 

「なんだか、すっごくスッキリした、さわやかなきぶんなんだけど」

 

 今までのイライラ全てが解消されたような気がする。

 

 うん。すごく、気持ちがいい。

 

〈あ、ハイ。そっすか。……これ、どう考えても、イライラが天元突破して、記憶が飛んだんでしょうねぇ……それほど、イライラしていたということか……南無三〉

「? アイちゃん、なにかいった?」

〈いえいえ。それじゃあイオ様、そろそろ戻りましょーぜ〉

「あ、うん。そうだね」

 

 ボクはベッドから降りると、グラウンドの方へ向かった。

 ……そう言えば、美羽さんたちはもう行ったのかな? いなかったし。

 

 

 学園長室の横の部屋から出て、ボクはグラウンドへ向かう。

 

 ふと、いつになく視線が来るのを感じた。

 

 暗殺者なので、視線には敏感。

 

 でも、今回の視線のタイプはいつもとちょっと違う感じ。

 

 なんと言うか……畏怖されているような……。

 

 中には、変にキラキラした目を向けてくる人もいた。

 

 と言っても、その大半は同級生の人たちというより、中学生以下の人たちが多かったんだけど……。

 

 うーん、どういうことだろう?

 

 色々と疑問に思いつつも、グラウンドへ到着。

 

 やっぱり、変に畏怖されている気がする。

 かと言って、怖がられているかと言われればそうじゃないような……。

 

 でも、一体何があって、今のような視線を向けられているんだろう? ボク、何かしたかな?

 

 そう考えつつも、グラウンドを歩き、未果たちを探す。

 

 今は最終種目終了直後ということもあって、ぽつぽつと高等部の生徒たちが校舎から出てきているところ。

 

 やり切ったような、それでいて『いや、あれは無理だろ……』みたいな事を思っていそうな表情を浮かべている人が大多数。

 

 その様子がやっぱり気になる。

 

 うーん、うーんとうなっていると、

 

「依桜」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには未果たちがいた。

 

「あ、みか」

 

 探していた人が見つかって、顔に笑顔が浮かぶ。

 その様子を見た未果たちが、なぜかほっとしたような顔をした。

 

「なんと言うか……いつもの依桜に戻ったんだな……」

 

 どこか遠い目をして、そう呟く晶。

 うん?

 

「えっと、いつものって、どういうこと? ボクはいつもこんなかんじだとおもうんだけど……」

 

 そう、ボクが言った瞬間。

 

「「「「え……」」」」

 

 みんなの口から間の抜けた声が漏れた。

 

 え、何今の反応。

 

「い、依桜。ちょっと離れるわね」

「う、うん」

 

 あはははは、と乾いた笑いをしながら、未果たちが少し離れた位置に移動。

 

 小さい円の状態になって何かを話している。

 

「……未果。まさかとは思うんだけどよ、依桜があの状態になったら、記憶ってなくなるのか?」

「あー、どうだったかしら……。でも、依桜がああなった状態だと、微妙に記憶があやふやになっていた気はするわ」

「それ、記憶ないよね?」

「……まあ、それだけ依桜のストレスがやばかった、ということだろう」

「……それもそうね。やっぱり、優しくして上げた方がいい、わよね。うん」

「「「……Yes」」」

 

 何かを話していたんだろうけど、いまいち聞こえなかった。というか、聞かなかった。

 

 ああいうのは、盗み聞きするのはなんだか悪いしね。

 

 基本的に聞こえないようにしているからね、ボク。

 

 あ、戻って来た。

 

「依桜、何か欲しいものとかないかしら?」

「え、とつぜんどうしたの?」

「いえ、なんと言うか……日頃の感謝、的な? それで、何かない?」

「う、うーん……とくにない、かな? ボクとしては、へいおんなにちじょうがほしいと、つねひごろからおもっているけど……」

「……依桜らしいな」

「平穏が欲しい、何て言うのなんて依桜君くらいだよねぇ」

「まあ、依桜の場合は、波乱万丈すぎるしなぁ。てか、そうそういないだろ、こんな境遇の男子高校生」

 

 と、態徒がそう言った時、微妙に間が空いた。

 うん? と思いつつ、ハッとなる。

 

「……あ! だんしこうこうせい、ってボクのことだっけ」

「「「「ええぇぇぇぇ……」」」」

 

 最近は、男だったという実感が微妙に薄れてきちゃってるからなぁ……。

 

「依桜、あなた、男だったことを忘れてたの?」

「あ、あはは、な、なんといいますか……さいきん、へんなことばかりあったから、つい……」

 

 あぁ、ボクってもう男じゃないんだなぁ、って思えてきてるしね。

 

 まあ、並行世界に行ったおかげで、前向きになれただけなんだけど。

 

「依桜の場合、仕方ないだろう。通常、男では体験しないような事態に何度も遭遇しているわけだしな。男だったことを忘れ始めていても不思議じゃないさ」

「それもそうだなぁ。前向きになるってのはいいことだしな」

「依桜君の場合、前向きって言うより、単純に忘れてるだけだと思うけどね!」

「そ、そうだね」

 

 ここのところはそれを考える暇なんてなかったし、そもそも否定するという考えすら沸かなかったから、余計かも。

 

 うーん、どうなんだろう。

 

「にしても、長いようで短い球技大会も終わりかぁ」

「そうね。依桜にとっては、災難続きのいやーなものになったかもしれないけど」

「そ、そうだね……ボク、つかれたよ……すごく……」

 

 あはは、と力なく笑う。

 

 すると、みんなはすごく生暖かい笑みを浮かべながら頭を撫でてきたり、肩をぽんとしてきたり、背中をぽんぽんと叩いてくれた。

 

 あ、すごく落ち着く……。

 

「球技大会が終わったら、次のイベントは……林間・臨海学校かしら?」

「だねー。んでも、他に何かなかったっけ?」

「多分、職業体験のことだろうな」

「そういえば、あれって6がつだったっけ?」

「そうじゃなかったか? まあ、うちの学園の職業体験って、すっげえ特殊らしいけどな」

「そうなの?」

「らしいぞ。なんでも、場所によっては県外に行くらしいぞ?」

「県外て……ほんと、うちの学園は色々とおかしいわよね……」

 

 未果のその言葉に、みんな頷いた。

 

 だって、この学園って本当におかしいしね……。

 

 むしろ、おかしくない要素がないというか……。

 

 異世界の人を雇っちゃうくらいだもんね、教師として。

 

 本当、どうやったんだろう、あの人。

 

「職業体験って言っても、色々と選択肢があるみたいだから、少し楽しみではあるな」

「わかるよー。わたし、飲食店とかあったら、そっち行こうかなー」

「女委はすでに店を持ってるでしょうが」

「いやいやー、それとこれとは別だよ。同業者がどういう風に働いているか、というのを知りたいだけだよ、わたし」

「さすが、プロね」

「へっへーん。それほどでもあるさ!」

 

 女委はお店を持っていたり、同人誌を作っていたりするから、割とどこでもできそうな気がするよ。

 

 というより、このグループだと、みんなそつなくこなしそうだよね。

 

『えー、間もなく閉会式が行われますので、生徒の皆さんは、高等部のグラウンドに集まるよう、お願いします』

「おっと、もうそんな時間か。そろそろ行こうぜ」

「うん」

 

 気が付けばもうそんな時間になっていたので、ボクたちは自分のクラスへと移動した。

 

 

 閉会式は割とすんなり進み、学園長先生の言葉に入った。

 

『皆さん、球技大会お疲れさまでした。今年は、例年よりも少々違う面が目立ちましたが、楽しめましたか?』

 

 と、学園長先生が問うと、大多数の人たちは笑う。

 

 同時に、遠い目をしている人たちもいたけど。

 

 本当に、何があったんだろう……?

 

『各種目、優勝した人やクラスや、おめでとうございます。後日、クラスの方に賞品が渡されますので、楽しみにしていてください。最終種目で優勝したクラスと、MVPnいなった人も。なるべく早くお送りするので、すこーしだけ待ってくださいね。それから、こんな学園の球技大会に協力してくださった声優さんたち、本当にありがとうございました。種目では思わぬアクシデントで、あまり実況する暇がなかったと思いますが、それでも生徒たちにとってかなりいい思い出になったかと思います。もしも、またやりたい、などと言った要望がありました、大歓迎ですので、遠慮なく言ってくださいね』

 

 笑みを浮かべながらそう言うと、軽い笑いが起きた。

 

 美羽さんたちはまだ学園内にいて、『気配感知』で見た限りだと、今の学園長先生の発言に対しては好意的に感じる。

 

 多分だけど、また参加したい、とか言うんじゃないかなぁ。

 

 それならそれで嬉しいんだけどね。

 

 体育祭辺りでまた来るかも。

 

『初等部や中等部の子たちは、今回がこの学園において初のイベントごとだと思います。正直、初等部と中等部の方はまだ始まったばかりですので、まだまだ改善点があると思います。なので、後日今回の件についてのアンケートを採りますので、思ったことなんでもいいので、書いていただけると、今後のイベント全てに活かせると思いますので、よろしくお願いします。……最後に、高等部の三年生。あなたたちにとっては、これが最後の球技大会でした。悔いが無いようできましたか?』

 

 そう学園長先生が訊くと、三年生の所から何らかの反応が返ってくる。

 

 まあ、この学園のイベントは結構おかしなものが多いけど、大抵は楽しいものだからね。

 

 スポーツが苦手でも、十分楽しめるような物もあるし。

 

『別に、叫ばなくてもいいですよ。……まあ、ともかくとして、これにて、今年の球技大会は終わりです。皆さん、お疲れ様でした。明日明後日はお休みですので、しっかり休んで、夏休み前にある期末テストに向かって頑張ってくださいね』

 

 そう言った瞬間、周囲から悲鳴が聞こえてきた。

 

 うちの学園では、一学期には中間テストが存在していません。

 

 そのため、一学期は言ってしまえば自発的に勉強をするのは、期末テスト前になるんだけどね。もっとも、普段からしっかり勉強をしていれば、直前になって困ることはないはずなんだけど。

 

『それでは、私からは以上です』

『ありがとうございました。それでは、ただいまをもちまして、叡董学園、球技大会を終わります。ご来場の皆様、お気を付けてお帰り下さい。生徒の皆さんは、この後後片付けがありますので、引き続きお願いします』

 

 

 閉会式が終わった後、すぐに後片付けが始まった。

 

 と言っても、すぐに帰りたいという気持ちが強かったのか、思いの外片付けは終了。

 

 まあ、初等部と中等部が新設された分、生徒総数も増えたから、それのおかげもあって早く終わっているという面があるんだけど。

 

「うぅ、疲れたのじゃぁ……」

「私もです……」

「つか、れた……」

「ねむいぃ~……」

「へとへとなのです……」

「……眠い」

 

 後片付けが終わった後、すぐに解散となったので、みんなを迎えに行ってすぐに帰宅。

 家に着き、リビングに行くなり、メルたちが床に寝転ぶ。

 

「ほらほら、リビングにねころがっちゃだめだよ? みんなうんどうしたんだから、じゅうたんがよごれちゃう。おふろにはいっちゃお?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)……」」」」」」

 

 いつもより覇気がない。

 

 うーん、でも仕方ないかな。

 

 みんな、こっちに来て初めてのイベントごとだもんね。

 

 張り切りすぎて、その反動で疲れちゃったんだよね。

 

 ボクはみんなを引っ張って、お風呂へと移動した。

 

 

 お風呂で汗や汚れを落としてから、リビングへ戻る。

 荷物などは、お風呂から上がった後、代わりにボクがみんなの部屋に持って行きました。

 

 そして、リビングから戻ってくると、

 

「「「「「「すぅー……すぅー……」」」」」」

「あ、ねちゃってる」

 

 みんな、固まって寝ていました。

 うーん、すごく癒される光景……。

 やっぱり、いいね、こう言うの。

 

「うーん、うんどうしておなかすいているとおもうし、がっつりなメニューにしようかな。たしか、かあさんたちがおかいものにいっているみたいだし、でんわしておこう」

 

 みんなの頭を一人ずつ撫でてから、ボクは母さんに電話を掛けた。

 

 

 夜ご飯は、唐揚げになりました。

 

 みんな、目を輝かせていたので、やっぱり子供に人気だよね、唐揚げって思いました。

 

 子供が好きなメニューと言えば、お寿司、カレー、唐揚げ、ハンバーグなどが真っ先に思い浮かぶ。

 

 その例にもれず、みんなも大好きみたい。

 

 やっぱり、美味しそうに食べてもらうって言うのは、すごく嬉しいなぁ。

 

 作り甲斐があるよ。

 

 

 その後は、ちょっとだけ食休みをしてから就寝となりました。

 

 みんな、やっぱり疲れていたらしく、すぐに眠りに落ちました。

 

「ふふっ、ほんとうに、かわいい」

 

 寝ている姿を見て、そう呟く。

 

 妹ができたことには本当にびっくりだったけど、こうしてみると意外としっくりくるものなんだね。

 

 みんなと一緒に暮らすようになってから一ヶ月も経っていないけど、本当に馴染んでいるよね。みんなの方も、学園では楽しくやっているみたいだし、何の問題もなさそうで安心しているし。

 

 学園なら、ボクと師匠がいるから万が一はまずないかな。

 

 一応、『気配感知』を使って初等部まで伸ばしてるからね、範囲を。

 

 おかげで安心できるというものです。

 

「ふあぁぁぁぁ……んぅ、ボクもねむいし、ねよう……あしたはゆっくりしよう……」

 

 そう呟いたところで、ボクの意識は夢の世界へと落ちていった。

 

 そんなこんなで、色々とあれだった球技大会は幕を閉じました。




 どうも、九十九一です。
 ようやく、長かった球技大会が終わりました。途中から投稿が不定期になってしまったりしていましたが、まあ、何とか終わらせられてほっとしています。
 あぁぁぁ、これで私が苦手とする話をやらずに済む……。次からは、いつも通りに好き勝手な感じになります。まあ、ほのぼの系な話になるかなと。なんか、今回の章は異色すぎたので、地味に疲れた上に、若干黒歴史になっていたり……。
 なるべく、明日も投稿するように頑張りますが、まあ、いつも言っている通りですので、よろしくお願いします。もしかすると、代わりに今日二話目が投稿されるかもしれませんが。
 では。


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2-4.5章 依桜たちの(非)日常2
359件目 依桜ちゃんのアルバイト2 1


 球技大会を終え、土曜日を挟んで日曜日。

 

 土曜日は球技大会の疲れからか、基本的に家でメルたちとだらだら~っと過ごしました。

 

 基本的にボクにべったりだったけど、可愛いので全然おっけーでした。

 

 可愛いは正義です。

 

 体の方も、通常時の姿に戻りました。

 

 やっぱり、普通の姿が一番落ち着くし、一番動きやすいよね。

 

 ……本当だったら、男だった時の方が、とか思うんだろうけど……何と言うか、今は、女の子の姿の方がしっくりきちゃってるんだよね……これはこれでどうなのか、とか思わないでもないけど、ようやく受け入れて来た、っていうことだもんね。

 

 うん…………大丈夫じゃないね! いろんな意味で。

 

 と、そんなボクのあれこれは置いておくとして、日曜日。

 

 土曜日でゆっくり休むことが出来たこともあって、元気いっぱい。

 

 特にやることがないのが、いつもだったんだけど……昨夜、ちょっと女委から電話がありました。

 

 

『~~♪』

〈イオ様―、電話ですぜー〉

「誰から?」

〈女委さんでっす〉

 

 女委から? 一体何だろう。

 

「あ、うん、了解だよ。……はい、もしもし、女委?」

『ばんわ~。今大丈夫~?』

「うん、ちょっとだけ予習復習をしていただけだから、大丈夫だよ」

『うおっ、さすが依桜君。優等生だねぇ』

「優等生は、どちらかと言えば未果と晶のことだと思うけど」

 

 ボクよりも頭いいしね、二人とも。

 

 未果なんて、学年トップクラスじゃなかったかな? たしか。

 

 晶は上の中くらい。

 

『何言ってんのさー。依桜君、なんだかんだで、テストじゃ三十位以内には必ず入ってるじゃないか』

「ま、まあその辺りは普段から勉強しているからだし、あとは、ヤマが当たるからかな?」

『ああ、そう言えば依桜君って昔から、テストのヤマを張るとほぼほぼ当たってたもんね。異常なほどに』

「あ、あはは」

 

 まあ、偶然だよ。

 

 ……なんて、言えるわけもなく。

 

 ボクの場合、単純に幸運値が原因だということはなんとなくわかってるしね……。

 

 異世界へ行く前から、色々と多かったしね、そう言うの。

 

「それで、電話してきた用件って?」

『おっと、そだった。依桜君って明日暇~?』

「明日? うん、特に用事もないから暇だけど」

『おー、よかったよかった。いやー、ちょっとお願い事があってね』

「お願い事? うん、何でも言って。女委のお願いなら、できる範囲でやるから」

『……お、おぅ』

「? どうしたの?」

『あ、う、ううん。ちょっと、依桜君の今の純粋な言葉にドキッとしてね。いやはや。無自覚で落としに来るんだもんなぁ……』

 

 落とすって何だろう?

 

 あと、女委の声音がちょっと嬉しそうに感じるんだけど、そんなにボクに受けてもらえて嬉しかったのかな?

 

「それで、えっと、お願い事ってなに?」

『おっとそうだった。実はわたし、ちょっとした知り合いがいて、その人が参加するイベントの警備員を探しているんだって』

「……ちょっと待って? それ、どんな知り合い?」

 

 普通、知り合いに警備員を必要とするようなイベントに参加する人がいるって、おかしくない?

 

 それを言ったら、ボクも美羽さんたちのような知り合いもいるけど。

 

 それはそれ。

 

 女委はどちらかと言えば、一般人のはずなんだけど……。

 

『んー、何と言うかだね、まあ……アイドル?』

「え、えぇぇえ!?」

『いや、うん。まあ、あれだよ。わたしの職業柄的な?』

「しょ、職業柄って……女委、何者?」

『ただの、同人作家で、メイド喫茶の店長をしている、普通の女子高生だよー』

 

 ……それは、普通とは言わないような?

 

 前言撤回。女委は一般人じゃないです。

 

「そもそも、どうやって知り合ったの? アイドルに」

『二年前の夏コミでちょっとね。その時はまだ無名とも言えるような人だったんだけど、去年くらいから売れてきてね。んでまあ、明日イベントがあるらしいんだよ』

「なるほど。でも、なんで警備員? 普通、そう言うのって警備会社とかから雇ったりするんじゃないの?」

『そうなんだけど、どうも三人くらい怪我とか病気で出れなくなっちゃってねぇ』

「それなら、会社の方にいないの? 代わりの人とか」

『だったらよかったんだけどねぇ……。その日は都合がつかない人ばかりで、まさかのまさか。出れる人が一人もいないという珍事件』

「それは……確かに問題だね」

 

 タイミングが悪すぎる。

 

 予備の人もいないとなると、たしかに大変だよね。

 

 しかも、一人ならともかく、三人だとちょっと厳しいかもしれない。

 

 向こうの世界だって、穴を埋めるのには苦労したって言う話だし。

 

 なんだかんだで、数は重要、ってヴェルガさんも言ってたから。

 

『それでね、どうしようかってなってるみたいなんだよ』

 

 あー、なんだか話が読めて来た。

 

「つまり、ボクにそのお仕事をしてほしい、っていうこと?」

『Yes! でも、依桜君も色々あって疲れてると思うし、無理にとは言わないよ。最悪向こうでうまくやりくりする、って言ってたし。わたしはあくまでもいい人材がいない? って訊かれただけだしね』

「そうなんだ」

『それで、どうかな?』

「うーん……」

 

 警備員のお仕事かぁ……。

 

 しかも、アイドルのイベントの。

 

「場所はどこ?」

『東京だね』

 

 東京かぁ。

 

 それなら行けない距離じゃないし、最悪の場合は師匠にお願いすれば一瞬で行ける距離。

 

 ボクだって、『身体強化』を最大でかけたら、一時間どころか、三十分も経たずに到着するしね、東京。

 

 もちろん、走って。

 

 ボク個人としてはそこまで問題もないんだよね……。

 

「でも、こういうお仕事って、男の人が多いような気がするんだけど。ボク、女の子だよ? 今は」

『んー、向こうの人曰く、女性も含まれていたらしいんだよ。まあ、その女性の人たちってみんな武術の有段者らしいから選ばれたみたいだけど』

「あ、なるほど」

 

 つまり、ある程度の武力行使ができれば、問題はないということかな?

 

 まあ、それならボクは問題ない……どころか、まず問題にすらならない。

 

 一応、この世界で知る限りじゃ、ボクって二番目に強いはず……だからね。

 

 一番はもちろん、師匠です。

 

 あの人に勝てるビジョンが見えない。

 

「それで、女委はボクに声をかけたんだ」

『そ。依桜君すっごく強いからね。仮に、銃で武装しまくった人たちが百人単位で襲い掛かってきても、問題ないでしょ?』

「うん、問題ないね。銃弾程度なら、問題なく目で追えるし、ナイフで切り払えるしね。なんとなく、傷になりそうだからやらないけど、手で掴むこともできるよ」

『……平然と人外なことを言う依桜君、さすがだぜ!』

 

 そうなった原因は、主に師匠だけどね。

 雷を目で追え、何て言うんだもん。

 

『とまあ、そんなわけで、依桜君に声をかけたの。一応、態徒君の方にも声をかけたんだけどねぇ。どうも、家の道場の方で予定があるらしいんだよ。未果ちゃんと晶君は苦手でしょ?』

「そうだね」

 

 二人とも運動神経はすごくいいけど、結局のところそれ止まりで、決して強いというわけではない。

 

 もちろん、一般的な高校生を基準に考えたら二人は平均以上だと思うけど、武術とかを習っているわけじゃないしね。

 

 逆に、態徒の方は昔から家の道場で鍛えられていたこともあって、一般的な高校生で見ても、かなり上の方。

 

 去年の体育祭は、相手が悪かっただけ……というか、ブライズが取り憑いていたから勝てなかっただけであって、取り憑いていなかったら、多分余裕で勝てていたんじゃないかな? なんだかんだで、師匠にも目を付けられているほどだし。

『一応、バイト代も出るよ。急なものだし、仕事をする場所も場所だから、日給二万』

「高いね!?」

 

 一日警備員をするだけで、二万円はかなり破格じゃないかな?

 

 普通なら、一万円~一万五千円くらいだと思うし。

 

 お金かぁ……。

 

 一応貯金はまだまだある……どころか、なぜか増える一方だし、困ってはいない。

 

 でも、あれを自分のために使うことはほとんどないし……。

 

 そう言う意味じゃ、口座がもう一つ欲しいかも。

 

 そっちには、アルバイトで手に入れたお金を入れるところ、みたいな。

 

 意外といいかも。

 

 自分のために使うのは多分、みんなとどこか出かける時くらいだと思うもん。

 

 ……まあ、単純に一高校生があんな大金を持つのが怖い上に、なんの制約もなく使っちゃったら、なんだか堕落しちゃいそうだから使わない、というのが一番の理由だったりするんだけど。

 

 そう言う意味では、普通の収入源とかがあってもいいかもしれない。

 

「時間は何時から?」

『んと、朝の八時に集まるみたいだよー。色々と確認事項とかがあるみたいだし』

「うんうん。……じゃあ、当日の服装とかは?」

『特にないかなー。大半の人は支給された制服でお仕事をするみたいだけど、一部はお客さんに紛れて仕事するみたいだし』

「そうなんだ。でも、ボクはどっち?」

『依桜君の場合、お客さんに紛れる方らしいよ』

「なるほど……」

 

 そうなると、内側から監視する、ということかな?

 

 こう言ったイベントでそう言う人がいるなんて言うのは聞いたことがないけど、ある意味では効率がいいのかもね。

 

 いくら外だけで確認していたとしても、確認漏れが合った場合大問題になるからね。

 

『それで、どうかな?』

「ボクとしては別に構わないかな」

『ほんと? ありがとう! 持つべきものは、異世界から帰ってきた友達だね!』

「あはは。普通はそう言う友達はいないよ」

 

 女委のおちゃらけた発言に、ボクも笑いつつそう返す。

 

 異世界へ行ったことがある人なんて、ボク以外にいるの? という疑問はあるけど、学園長先生のやらかし具合を考えればいそうなんだよね……。

 

 どうなんだろう?

 

『あとは、依桜君って目立つし、ちょっと変装した方がいいかも?』

「あー、うん。そうだね。銀髪碧眼なんてまずいないもんね。うん。ちょっと変えてみるよ」

『んー、そういうことじゃないんだけどなー……。まあいいや。なるべく、目立たないような感じがいいかも』

「例えば?」

『そうだねぇ。こういう時、アニメのキャラだと、前髪で顔を隠して、ちょっとダボっとした服を着てたりするかな? あとは、髪色を変えたり』

「なるほど……。うん、それくらいなら問題なくできるよ」

 

 女委の言う姿なら『変装』と『変色』で簡単に変えられるしね。

 

 服装は……うーん、あ、大人状態の時の服装ならいいかも。

 

 あれなら、いい感じにだぼっとしてるし。

 

『さすがだねぇ。とりあえず、向こうにはわたしから連絡しておくねぇ』

「うん、ありがとう」

『いやいやー、お礼を言うのはこっちだよ。正直、依桜君って色々と変なことに巻き込まれてるし、ここのところ災難続きだったから頼むのは気が引けたんだけど……』

「いいよいいよ。他ならない女委の頼みなら、ボクは基本的に断らないよ。大好きだからね、女委のこと」

『――ッ!?』

 

 やっぱり、こうして性別とかボクのしてきたことを知っても、変わらずに接してくれる大切な人だもん。

 

 もちろん、未果たちにも言えるだけどね。

 

 みんなのことは大好きです。

 

『ふ、不意打ちを喰らったぜぇ……まったくもぅ、依桜君は卑怯だよねぇ』

「え、卑怯? ボク何かした?」

『あっちゃー。無自覚ぅ』

 

 うーん? 女委は一体何に対して無自覚って言ってるんだろう?

 あ、そうだ。

 

「ところで女委。さっき、三人いないって言ってたけど、後二人はどうするの?」

『一人は決まってるけど、もう一人は決まってないねぇ』

「そっか。……それなら、師匠にも応援を頼む?」

『え、いいのかい? ミオさんだって、休みたいんじゃ?』

「それがね、あの人『あー、金が欲しい……』って呟いていたんだよ。だから、ちょうどいいかなって」

『うっわ、依桜君のミオさんの声真似すっごい似てる』

「そうかな?」

『うん。まさか、可愛い系の声の依桜君が、ややハスキーな声を出すとは思わなくてね』

「あはは。まあ、変声術は必須だったから」

『それでアニメの収録やってたみたいだしねぇ。まあ、こちらとしてはありがたいし、お願いしてもいいかな?』

「うん、いいよ。師匠にも声をかけてみるね。日給二万円だったら、動くと思うから」

『ありがとう! じゃあ、それで向こうには伝えておくね! 細かいことは、あとで依桜君のスマホにメールしとくから! それじゃ!』

「うん。またね、女委」

『バーイ!』

 

 そう言って、通話は終了。

 

「それにしても……まさか、女委にアイドルの知り合いがいたなんて、びっくりだよ」

 

 本当に、知れば知るほど謎が多いよね、女委って。

 

「さて。師匠の所に行こうかな」

 

 ボクは勉強椅子から立ち上がると、師匠の部屋へと向かった。

 

 

「――なるほど。アイドルの警備の仕事か」

「はい。どうでしょうか?」

「日給二万……なかなかにいい仕事だな。あれだろ? 怪しい奴がいないかを見張る仕事だろ?」

「ま、まあ、そんな感じ、ですね」

 

 ちょっと違うような、あっているような、何とも言えない。

 

 でも、警備員ってそんな感じだよね。

 

 うん。問題なしです。

 

「いいだろう。最近は体がちとなまっていたしな。それに、一日ちょっと警戒しているだけで終わる仕事なんざ、楽なもんさ」

 

 ははは、と笑う師匠。

 

 まあ、師匠にとって、一日は一時間程度にしか感じないもんね。

 

 たった一日警戒して立っているだけでお金がもらえる簡単な仕事、って思ってるんだろうなぁ。

 

 ……あれ? そう言えば、教師って副業禁止じゃなかったっけ……?

 

 あ、でも、それは公立の方であって、私立は規約になければいいんだっけ。

 

 学園長先生のことだし、その辺りは全然問題なさそうだよね。

 

 まあでも、一応確認。

 

 …………あ、問題ないね。禁止されてない。

 

「んで? 必要な物はあるのか?」

「いえ、特にはないそうです。とりあえず、朝八時に集合らしいですよ」

「ふむ、割と早いんだな。……いや、アイドル、という職業の警護だと考えたら普通か?」

「そうですね。というわけで、ボクたちは明日そちらのお仕事ですので、早起きしてくださいね、師匠」

「ま、遅れそうになったら頼む」

「……わかりました。師匠、朝はとことん苦手ですもんね」

「まあな」

 

 いや、胸を張って言われても……。

 

 まあいいけど。

 

 なんだかんだで、師匠のお世話をするのは嫌いじゃないし。

 

「しかしあれだな。お前がアイドルのイベントに行くとなると、まーた変なことに巻き込まれそうだな」

「あはは、さすがにないですよ」

 

 師匠がニヤッとした笑みで言ったことを、ボクは軽く笑って否定した。

 

 いくらボクの幸運値が高いとしても、さすがにもうないと思うからね。

 

 普通に警備員のお仕事をするだけのはずです!

 

 

 ……なんて、そう思ったボクでしたが、まさか、あんなことになるとは、この時ボクは知る由もありませんでした。




 どうも、九十九一です。
 今回から夏休み編に入るまでの間、日常回に入ります。ミオ編からずっと長編系の話でしたからね。ようやく、気楽に気軽にできますよ。例によってほのぼの……になります。多分。
 明日は……まあ、投稿出来たらします。もしかすると、今日が二話投稿になる可能性もありますが、まあ、私の執筆速度次第ですね。
 というわけですので、よろしくお願いします。
 では。


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360件目 依桜ちゃんのアルバイト2 2

 というわけで、今日は女委からのお願いということで、朝早くから起きています。

 

 まあ、電話がかかってくるなり、警備員のお仕事を頼まれるとは思わなかったけどね、しかもアイドルのイベントの。

 

 聞くところによると、そのアイドルは今時珍しくグループ系ではなく、個人だそう。

 

 個人で売れるなんてすごく珍しいことだと思うなぁ、今の世の中だと。

 

 昭和だと、個人のアイドルは多かったけど、平成以降はグループ系だもんね。

 

 週末なヒロインとか、48人のアイドルとか、オタク系アイドルとか。

 

 どんな人なんだろう。

 

 なんてことを思いつつ、朝食を作る。

 

 師匠は、多分もうそろそろ起きて来るかな?

 

「ふぁあぁぁ……おはよーさん、イオ……」

「おはようございます、師匠。アイスコーヒー飲みますか?」

「んあー、頼むー……」

 

 噂をすればなんとやら。

 

 師匠が起きて来た。

 

 と言っても、噂なんて何一つ言ってないけど。

 

 まあ、そんなことはどうでもよくて。

 

 師匠のために、アイスコーヒーを入れる。

 

 ちなみに、師匠はブラック派です。

 

 大人……。

 

「はい、どうぞ」

「サンキュー。んっ、んっ、んっ……ぷはぁ。あー、目が冴えた。ありがとな」

「いえいえ。師匠、目玉焼きと玉子焼き、どっちがいいですか?」

「んー、今日の気分は玉子焼きだな。甘い方」

「了解です。ちょっと待ってくださいね」

 

 台所に戻るなり、ボクは玉子焼きの準備をする。

 

 玉子焼き用のフライパン、最近ちょっといいのに変えたから、ちょっとうきうき。

 

 新しい調理器具で料理をするのって、なんだか新鮮な感じがしていいよね。

 

『続いてのニュースです。本日、午後一時から日本武道館で行われる、今人気沸騰中のアイドル、エナさんのライブ当日ということもあり、大勢のファンが早朝から集まっているようです』

「へぇ、すごいな、同じ日に、でかいライブがあるなんて」

「ですね。ボクたちも東京に行きますけど、まさか同じ日、同じ都で、同時にライブがあるなんてびっくりですよね」

 

 しかも、日本武道館。

 

 日本の歌手やアイドルなら憧れる舞台。

 

 そんな場所でライブをするなんて、すごいなぁ。

 

「でも、こんなに朝早くからすでに会場前にいるなんて、すごいですね」

「そうだな。しかしま、こっちの世界じゃこれが普通なんだろ?」

「普通、というより、コアなファンはかなり早い時間に来るみたいですね」

 

 そう言った人たちは、本気でそのアイドルや歌手の人が好きみたいだしね。

 

 そう言う人は、なんだか尊敬するよ。

 

 一つのことに本気になれるのは、すごくいいことだから。

 

 ……まあ、それが原因で変な問題ごとを起こす人も中にはいるんだけど……。

 

「へぇ。そうなんだな。……イオ、飯はあとどれくらいでできる?」

「もうすぐできますよ」

「了解」

 

 師匠って、本当に食べることが好きだよね。

 

 もちろん、美味しそうにいつも残さず食べてくれるから、作り手としてはすごく嬉しいことだよ。

 

 メルたちもそうだしね。

 

 とりあえず、みんなには今日仕事があることを伝えてあるけど……お仕事が終わったらすぐに帰ってこよう。絶対。

 

「はい、どうぞ」

「お、来た来た。んじゃま、いただきます、と」

 

 テレビから視線を外すと、師匠はすぐに朝ご飯を食べ始めた。

 

 言い食べっぷりだよね、いつ見ても思うけど。

 

 うーん、嬉しい。

 

「じゃあ、ボクも、いただきます」

 

 師匠が食べている目の前で、ボクも朝ご飯を食べ始める。

 

 うん、我ながらいい感じに出来たと思うかな。

 

 玉子焼きって、ふわふわに作るのが難しいからね。

 

 最初の頃なんて、上手く作れなかったよ。

 

 難しいんだもん、玉子焼きって。

 

「にしても、メイの奴は顔が広いんだな」

「みたいですね。中学一年生の頃からの付き合いですけど、今でも謎なところも多いですから、女委は」

「ミステリアス、ってところか。まあ、いいんじゃないか? そういう顔が広い奴ってのは、万が一困った時に助けになってくれるからな。持つべきものは、多くのコネを持つ友人だ」

「師匠、それはどうかと思うんですけど……」

 

 ボクにとって、女委は大切な友達だからね。

 

 そんな利用することが前提のものじゃないです。

 

「でもまあ、いつか助けられると思うぞ、そう言う奴には」

「……すでに、各方面にパイプを持っている人に助けられてますよ、ボク」

「ん? ……ああ、エイコか。ま、あいつは色々とおかしいがな」

 

 あれ? なんだか今、学園長先生の名前を出したら不機嫌になったような……。

 やっぱり、二人に何かあったのかな?

 

「そういやイオ、向こうに行く服装ってのはどうするんだ?」

「えっと、とりあえず、普段着でいいそうですよ。ボクは変装していきますけどね」

「なんでだ?」

「ボクはお客さんに紛れてお仕事をするみたいで……さすがに、そんな状態で銀髪碧眼というのは目立つと言われたので、変装をと」

「ああ、たしかにお前は目立つしな。あたしは別にいいか。特にバレて困るような事態もないしな」

 

 師匠の場合、記憶操作ができるから、不測の事態に陥っても、それでどうにかできちゃうもんね。ボクには絶対無理だけど。

 

「でも、気を付けてくださいね? 師匠って美人なので、絡まれるかもしれないんですから」

「ははっ! このあたしが、この世界の奴なんぞに、後れを取ると思うか?」

「いえ、そうじゃなくて、殺しかねないじゃないですか、師匠」

「……お前、あたしを何だと思ってるんだよ」

「理不尽師匠です」

「……あいわかった。今度、地獄の修行をしようじゃあないか」

「え」

「たしか、八千メートルを大きく超える山があるんだったよな?」

「あ、あります、ね」

「そうだな……そこから目隠しして滑り降りる、って言うのはどうだ? いい修行になると思うぞ?」

「え、いや、それは、あの……し、死んでしまいます」

「馬鹿言うな。お前の体だったら、大して問題ないだろう。というか、一週間以内なら死んでも蘇生できるしな」

「……ええぇぇぇ」

 

 死んでも、一週間以内なら蘇生できるって……この人、本当にどうなってるんだろう?

 色々とおかしいよね?

 

 まあ、修行時代に師匠に散々殺されていたから身をもって知っているけど……。

 

「なんでまあ、楽しみにしとけ」

「い、いやです! 平和な世界にいるんですから、そんなことしたくないです!」

「なんだ、怖いのか?」

「怖いです!」

「清々しいまでの断言だな……まあいい。安心しろ冗談だ。あたしとて、休日返上でそんなことしたかない」

「ほっ……」

 

 変な修行をさせられないということに、ボクは胸をなでおろした。

 

 よ、よかった……。

 

 できることなら、ボクとしてもあまりしたくないよ、師匠が課す修行なんて……。

 

 命がいくつあっても足りない。

 

「ん、ごちそうさんっと。美味かったぞ、イオ」

「お粗末様です」

 

 早いね、食べるの。

 

 

 それから、みんなの分の朝ご飯を作っておき、置手紙も残す。

 

『お仕事に行ってきます。朝ご飯が冷蔵庫に入っているので、電子レンジで温めて食べてください』

 

 という風に。

 

 師匠と並んで歩き、駅前へ。

 

『うわ、なんだあの長身美人。かっけぇ』

『つか、綺麗すぎんだろ』

『だが、その横にいる奴、何と言うか……地味、だな』

『ああ。なんで一緒にいるのかわからないってレベルでな』

 

 周囲からそんな話声が聞こえてきた。

 すると、横からものすごい圧力が……

 

「……(迸る殺意)」

 

 って! 師匠から殺意が!?

 

「お、抑えてください、師匠!」

「……チッ。ったく、気分が悪い。愛弟子のどこが地味だ、どこが」

「どこに怒ってるんですか……」

「……お前が地味と言われたことに対してだな。というかだな、別に家に出る前からその姿になる必要はないだろ」

「いえ、早めに済ませたかっただけですから」

「まったく、お前はほんとに真面目だな」

 

 この場合、真面目って言うのかわからないけど。

 

 えっと、師匠のセリフと、周囲の反応を見てわかる通り、今のボクは変装しています。

 

 髪色を銀から黒へ、瞳の色を碧眼から黒眼に変えて、さらに髪の毛はいつもより伸ばして、前髪で顔を隠す。

 

 服装も、大き目の半袖のYシャツに黒のちょっとダボっとしたカーディガン、下は赤のミディ丈のフレアスカートを穿いてます。

 

 あとは、ストッキング。

 

 初めてストッキングなんて履いたけど……なんだか、ぴっちりしてるので、ちょっと違和感。

 

 まあ、不快感とかはないんだけど。

 

「にしても、よく見りゃ地味じゃないんだがなぁ、お前の容姿は」

「そ、そうですか? 一般的な黒髪黒目に、ちょっとダボっとした服装なので、結構地味だと思うんですけど……顔も隠してますから」

「……いや、そう言うわけじゃないんだが……まあいい。ほれ、行くぞ。電車が来ちまう」

「あ、はい」

 

 さっさと歩きだす師匠の背を追いかけて、ボクたちは改札をくぐった。

 

 

 依桜たちが改札を通った後。

 依桜を地味だと言っていた男たちは、

 

『……あの隣の地味な感じの娘さ、気づいたか?』

『ああ、気づいた』

『あれはやべえ』

『だよな……』

『『『めっちゃおっぱいでかかった』』』

 

 依桜のスタイルを見て、そう感想を言っていた。

 

 まあ、ダボっとした服装で、さらに地味に見えるようにわざわざ背中を丸めていたのだから、余計見えてしまうというもの。

 

 地味な感じにしても、結局は目立つのである。

 

 

 ガタンゴトンと音を発しながら電車が目的地に向かって進む。

 

 ボクと師匠は、朝早かったこともあって、並んで座っていた。

 

 日曜日の朝だから、あまり人はいない。

 

 ……はずなんだろうけど、今日に限って言えばそうではなく、ちらほらと人はいる。

 

 少なくとも、座席の方は満席になって、まばらに立っている人がいるくらいには。

 

 よく見ると、ちょっと大きめの荷物を持っていたりする人がほとんどで、中にはアイドルの写真などがプリントされた服を着ている人もいた。

 

 あ、もしかして例の日本武道館でやる人のライブに行く人たちかな?

 

 一応一本で行けるもんね、この電車。

 

「しっかし、あたしらも千代田区なんだよな?」

「はい、そうですね。少なくとも、送ってもらった住所を見た限りだと」

「何から何まで場所が同じなんだな」

「ですね」

 

 県外にはあまり出ないから、ついわくわくしてしまう。

 

「はぁ。あたしなら、わざわざ電車に乗らずとも一瞬で目的地に行けるんだがなぁ」

「師匠、それはダメです。こっちの世界には能力とかスキル、魔法なんてないんですから」

 

 こそっと師匠の呟きに対して、耳元でささやく。

 

「わーってる。ま、あたしもこっちの乗り物は嫌いじゃないんでね。ちょっと前には車とバイクの免許も取ったし」

「え、いつの間に……」

「あたしなら余裕だ」

 

 まあ、師匠って頭いいし、何でもできるもんね。

 

 すごいよね、一度見たものを覚えるなんて。

 

 しかも、基本的に忘れないらしいし。

 

 よほどのことじゃない限りは一生記憶は残るとか何とか。

 

 思い出したくもない過去があったら、『記憶操作』のスキルで自身の記憶を弄って、消したり封印したりするらしいんだけど、そうなったら、自分でもかけたことを忘れちゃうらしいんだよね。

 

 不便。

 

 

 しばらく電車に揺られる。

 

 駅に止まるたびに、どんどん人が増えていく。

 

 気が付けば満員と呼べるような状態になった。

 

 ふと、目の前を見れば、杖をついているおばあさんがいた。

 

 年齢は……七十代後半くらい、かな? 見たところ、腰を悪くしているみたい。

 

 うん。

 

「おばあさん、よかったらどうぞ」

『おや、いいのかい……?』

「はい。ボクは全然大丈夫ですし、ずっと座ってましたから」

『おぉおぉ、優しいお嬢さんだねぇ……ありがとう、座らせてもらうよ』

 

 おばあさん笑顔を浮かべると、ゆっくりと座席に座った。

 

 こう言うのは、お年寄りの人に譲るのが一番です。

 

 若い人は立っていても大して問題ないけど、お年寄りになると話は別。

 

 立っているだけでかなりの体力を消費しちゃう。しかも、満員電車ともなれば。

 

 ちらりと師匠の方を見れば、口元に笑みを浮かべていた。

 

(さすがだな、弟子。見ず知らずの若い奴にも席を譲るとは)

 

 いや、目の前の人若くないんですけど……。

 

 突然『感覚共鳴』を使って語り掛けられても、大して驚くこともなく冷静に返す。

 

(何を言う。あたしからすりゃ、大抵の奴は若いんだよ)

 

 師匠は四百歳以上だから、それを考えれば若いんでしょうけど……。

 

(どれ、あたしも立っているとしようかね。あたしはまだまだ元気なんでな)

 

 あはは……。

 

 師匠は立ち上がると、適当な人に席を譲っていた。

 

 見てみると、若い男の人だった。

 

 あれ? どうしてこの人なんだろう?

 

 と疑問に思いながら見ていると、気づいた。

 

 あ、よく見たらこの人、微妙に足を怪我してる。

 

 捻挫、かな? 治りかけの状態だけど、それでも電車内で立っているのは辛いよね。

 

 さすが師匠。一瞬で見抜いていたんだ。

 

 しかも、使ってないんだろうなぁ、能力とかスキル。

 

 師匠は規格外だって、よくわかるよね。




 どうも、九十九一です。
 調子がよかったです。なので、二話目を投稿します。あと、調子が良すぎて、この後の部分もすでに書きあがってるので、このまま19時に投稿しちゃいます。
 ですので、次は二時間後ですので、よろしくお願いします。
 では。


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361件目 依桜ちゃんのアルバイト2 3

 そんなわけで、九段下駅に到着。

 

「あー、やっと着いたな。んっ、んんっ」

 

 こきこきと音を鳴らしながら首を左右に曲げる師匠。

 

「で? 場所はどこだ?」

「あ、はい。こっちです」

 

 ボクは女委に送られた地図を見て、目的地へ向かう。

 

 なんだか、同じ方向に行く人が多いなぁとか思ったけど、偶然だよねと決めつける。

 

 歩くこと約五分ほどで到着。

 

「あ、ここで……す?」

「…………なぁ、イオ。あたし、すっげえ見覚えがあるんだが、目の前の場所。具体的には、朝飯食う前」

「……奇遇ですね、師匠。ボクもです」

 

 ボクと師匠は、目的地である建物の前に止まり、苦笑を浮かべていた。

 

 いや、というかこれ……

 

「「日本武道館だよね(じゃねえか)」」

 

 え、待って? ということは何?

 

 女委の知り合いのアイドルって、もしかしなくても……今日ここでライブする人、だよね?

 

 ……ええぇぇぇ?

 

「なるほど。道理で給料がいいわけだ。おい、イオ。そろそろ行くぞ」

「そ、そうですね」

 

 そうだよね。うん。行こう。

 

 

 師匠に促されて、ボクたちは集合場所に設定されている場所に移動する。

 

 すると、数人の男女がそこにいた。

 

「あの……」

『はい? えーっと、あなたたちは?』

 

 とりあえず、一番近くにいた眼鏡をかけたちょっと神経質そうな男の人に声をかける。

 

「あの、今日警備員のお仕事を手伝うことになっていた者ですけど……」

『え、君たちが?』

「は、はい」

『名前は?』

「お、男女依桜です」

「ミオ・ヴェリルだ」

『なるほど、たしかに事前に女委さんから聞いていた名前と一致していますね』

 

 え、なんでここで女委の名前が……?

 

 本当に、女委ってどうなってるんだろう?

 

「今回の警備員のリーダーを任されています、遠藤と申します」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

「よろしく」

 

 慌ててぺこりとお辞儀。

 

 学園長先生の研究所とか、向こう世界で年上との人たちと関わるのは慣れたけど、どうにも一般的な人たちの方は慣れない……。

 

 なんでだろう?

 

「お二人とも、今回の仕事を受けたということは、それなりに武術の心得がある、ということですよね?」

「は、はい」

「まあな」

「もちろん、女委さんのお話を疑うわけではないのですが、あまりそう言った風に見えないもので」

 

 あ、あー……たしかに、そうかも。

 

 今のボクは地味ないでたちをしているから、強そうには見えないし、師匠だってメリハリのあるスタイルをしているけど、強そうに見える方と言われればそう言うわけじゃないんだよね。

 

 まあ、実際は世界最強なんだけど、この人。

 

『おいおい、遠藤さん。こんなよわっちそうな女なんかに優しく言わなくてもいいって』

 

 ふと、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、一人の男性が前に出た。

 身長は百八十センチを優に超える大きさで、全体的に筋肉質の人。

 

「矢島。初対面の相手に失礼だぞ」

『初対面だろうが関係ねぇ。お前らよぉ、今日警備するライブのメインは、大人気アイドルのエナちゃんなんだよ。わかってっか?』

「は、はぁ……」

『そんな人の警備をすんのに、お前らのような弱そうな女が務まるわけないだろ?』

「矢島」

『いいんすよ、遠藤さん。俺は本当のことを言ってるだけっすよ』

 

 う、うーん、この矢島さん? が言っていることは、何と言うか……師匠風に言えば、『滑稽』とか『雑魚』って言われるタイプなんだけど……。

 

 見たところ、それなりの強さはあるみたいだけど……どちらかといえば、態徒の方が強いような……。

 

『どうせ、その体で誑し込んだんだろうがよ、この仕事はそんなに楽じゃないんだぜぇ?』

 

 どうしよう。反応に困る……。

 

 なんとなく周囲を見れば、遠藤さんをはじめ、辟易したような表情を浮かべている人ばかり。

 

 誰も賛同するような素振りを見せていない。

 

 うーん、なんだろう。この人どこかで見たことがあるような気がしてならない……どこだったかな?

 

「ハァ……まったく。警備の仕事だって言うから、どんな奴がいるのかと思えば……こんな雑魚とは」

『……んだと?』

「というかだな、外見だけで判断するとか、愚の骨頂すぎて思わず失笑しちまうよ」

『テメェ、俺を誰だと思ってんだ』

「知らん。生憎と、あたしは世俗に疎くてなァ。正直他の奴に興味解かないんだ。しかし、それなりの強者であるのなら、知っているんだが……見たところ、お前はまったくもって、強くない」

『すぐにその言葉を撤回するんなら、許してやる』

「ハッ。雑魚はすぐそう言う。まったく。マニュアルでもあるのか? というかだな。お前なんかよりも、ここにいるあたしの弟子の方が強い。そもそも、十……いや、五秒持てばいい方だと思うぞ」

『……そう言うんならやってもらおうじゃねぇか』

「おい、矢島。勝手なことは……」

「いや、いい。遠藤とやら。こういう輩は、一度も負けたことがないという絶対的な自信がある。で、それが原因で大抵の奴は格下だと思いこんじまう。ならば、その鼻っ柱を叩き折ってやるというのも、優しさだろう?」

「……そちらが言うのならば。男女さんは、それで大丈夫なのかい?」

「ま、まあ、師匠の命令には逆らえませんし……」

 

 気が付けば、勝手に試合紛いの事をさせられそうになってるしね……。

 

 師匠の顔色を伺えば、すごくにこにこ顔。

 

 あ、これ多分怒ってる。

 

 これじゃあ、本当に拒否権はないよね……。

 

『おーし、んじゃまあ、早速やろうぜぇ、嬢ちゃん』

「はぁ……」

『おいおい、まさか怖気づいたのかぁ? まあ、無理もねーわなぁ。どう見ても、戦力差は明らかだしよ。こぇんなら、さっさと逃げた方が、身のためだぜぇ?』

 

 う、うーん、どうしよう。本当に反応に困る……。

 

「おいイオ。あたしの教えたこと、覚えてるな?」

「あ、は、はい。えっと、『長ったらしく能書き垂れてる奴は、すぐに落とせ』でしたよね」

「ああ。その通りだ。……殺れ」

「わ、わかりました」

『おぉ? なんだ、えらく自信があるじゃぁねえか。まあ、俺相手にどれくらい持つかみも――』

「あの、遅いですよ?」

『なッ――』

 

 ボクはいつまでも体を動かさずに口ばかり動かしている矢島さんに肉薄すると、顔にハイキックを入れた。

 

『ぶべらっ!?』

 

 すると、矢島さんは錐揉みしながら吹っ飛んで、地面に何度かバウンドしながら、数メートル先でぐったりとした。

 

 万が一怪我してもいいように、足に回復魔法をエンチャントしてあるので、多分けがはないと思うけど。

 

「……これは……」

 

 今の状況を見ていた遠藤さんは、目を見開いてすごく驚いた表情を浮かべていた。

 

 周囲の人も同じような反応。

 

「はははは! これで、あいつが弱いと証明されたな。おい、遠藤と言ったか? これでどうだ?」

「ああ、はい。問題ありませんね。それどころか、こちらとしてもいてくれればすごく助かるほどに」

「よくやったぞ、イオ。あたしとしても、スカッとした」

「あ、あはは……」

 

 ボクは、むしろ矢島サンが不憫で仕方ないんだけど……。

 

 まあ、性格の方に難があったから自業自得ではあるんだろうけど……。

 

 とはいえ、これで一件落着、でいいんだよね?

 

 

『……ハッ! お、俺は……』

「目が覚めたか。この馬鹿者」

 

 数分ほどで矢島さんは目を覚ました。

 

 起きると同時に、遠藤さんに非難されていたけど。

 

「自分で喧嘩を吹っ掛けておいて、一瞬で負けるとは……情けない」

『い、いや、俺は負けたわけじゃねえ! 今のだって、あいつが何か――』

「アァ? テメェ、あたしの可愛い可愛い愛弟子が、何か卑怯なことをしたって言うのか? アァ?」

『ひぃっ!?』

「テメェが負けたのは、テメェが弱いだけだ。他人のせいにするんじゃねえ。だから弱いんだよ、お前は。もっと自分の弱さを自覚し、向き合いやがれ」

『ぐっ……く、クソッ!』

 

 師匠に正論を言われたせいか、矢島さんは顔を真っ赤にすると、そのままどこかへ走り去ってしまった。

 

「あ、おい、矢島! ……まったく、本当にどうしようもない男だ。……いや、すまなかった、二人とも。うちの馬鹿が失礼した」

「い、いいんですよ。ボクたちの方に被害があったわけじゃないですし……」

「イオの言う通りだ。悪いのはあいつだ。別段、お前が謝る必要はない」

「……そう言って頂けると、こちらとしても気が楽です」

 

 遠藤さんはふっと笑いを浮かべる。

 

 いい人みたいだね、この人は。

 

 こんなにいい人なのに、なんで、矢島さんのような人がいたんだろう?

 

 社会ってよくわからない。

 

「ですが、これで、問題はなさそうですね。それでは、お二人の分担について説明しますね。まずは――」

 

 と、遠藤さんが言おうとした時の事。

 

「こんにちはー」

 

 不意に、そんな声が聞こえてきた。

 

「エナ、勝手に行かないでと言っているでしょう」

「でも、今日代わりに入ってくれた高校生の女の子がいるんだよね? しかも、女委ちゃんのお友達の!」

「そうだけれど……だとしても、あんなことがあったんだから、危険でしょう」

「もー、マネージャーは心配性だよっ。だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

 うんと、どういう状況なんだろう、これ。

 

 突然『こんにちはー』という挨拶が聞こえてきて、声がした方を見たら、なんだか同い年くらいの可愛らしい人がいて、その直後に真面目そうな女性が出てきたんだけど……。

 

「えーっと……あ! あなたが、女委ちゃんのお友達!?」

「ふぇ!? あ、あの」

 

 突然女の子に両手を握られて、ぶんぶんと上下に手を振られる。

 

 突然のことに思わずたじろいでしまう。

 

「うち、エナって言うの! えっと、あなたが女委ちゃんのお友達なんだよね?」

「は、はい、そうですけど……」

「やっぱり! ねえねえ、お名前を教えて!」

「お、男女依桜、です」

「なるほどなるほど、依桜ちゃんって言うんだね! よろしくね! あ、名前で呼んじゃったけど、大丈夫かな?」

「は、はい、大丈夫ですよ」

「よかった! うち、昔から積極的過ぎて、ちょっと引かれちゃうことがあったから。あ、もちろん嫌なことがあったら、遠慮なく言ってね! やめるから!」

「わ、わかりました」

 

 な、なんだろう。今までに会ったことがないタイプの人。

 

 アイちゃんにちょっとだけ近いかもしれないけど、根本的に違う気がする。

 

 でも、元気な人だね。

 

 なんとなく、エナさんを見る。

 

 肩口より少し下まで伸ばした、深紅のような綺麗な赤い髪に、その瞳と同じ紅色のぱっちりとした大きな瞳。

 

 スッと通った鼻筋に、淡い桜色の唇。

 

 身長は多分、ボクより少し大きいくらい、かな?

 

 スタイルもスレンダーな感じで、しなやかな手足が綺麗。

 

 肌は透き通るように白い。

 

 といっても、スタイルは悪いわけじゃなくて、着痩せするタイプなのかも?

 

 なんと言うか、体型としては未果に近いかも。未果も、なんだかんだで、胸はおっきかったしね。

 

 Dだったかな。

 

 ……って、ボクはなんで未果の胸のサイズを覚えてるんだろう。

 

 はぁ。女の子だからいいものの、これが男の時だったら、大問題な気がするよ。

 

「んー」

「え、えっと、何か?」

 

 ふと、じっとボクを見つめてくるのが気になって、尋ねてみる。

 

「なんと言うかね、女委ちゃんの知り合いって聞いたからどんな人が来るのかなぁって思ってたんだけど、意外と普通の人だったなーって」

「もしかして、がっかりしちゃいました?」

「ううん! 意外だっただけだよ! むしろ、優しそうな人で安心した!」

「それならよかったです」

「依桜ちゃんって、高校二年生なんだよね?」

「はい、そうですよ」

「やっぱり! まあ、女委ちゃんが言ってたから、きっと同じなんだろうなーって思ってたんだ! 実はね、うちも高校二年生なの!」

「え、そうなんですか?」

「うん! だからね、できれば敬語はやめてほしいかなーって。どうかな!」

 

 大人気のアイドルに対して、タメ口で話すのってなんだか気が引けるけど……

 

「……(眩しい笑顔)」

 

 うん。別にいいかも。

 

 考えてみたらボク、お姫様相手にタメ口で話してるもんね。

 

 それなら、アイドルくらいなら問題ないかも。

 

「わかったよ。じゃあ、エナさんでいいかな?」

「さん付けかぁ。できればこう、呼び捨てとか、ちゃん付けとかがいいなー」

 

 たしかに、さん付けって他人行儀かも。

 

 なんだか、呼び捨てってしっくりこないんだよね、エナさんって。

 

 うん。

 

「じゃあ、エナちゃんでいいかな」

「いいよいいよ! うちとしては、その方が嬉しい!」

「それならよかった。じゃあ、えっと、よろしくね、エナちゃん」

「うん! こっちこそよろしく、依桜ちゃん!」

 

 というわけで、アイドルの友達ができました。

 

 ……なんで、こうなったんだろうね?




 どうも、九十九一です。
 今日は珍しく三話投稿でした。まあ、だからなんだ、って話なんですけどね。
 明日の投稿は……うーん、まあ、できたらします。なるべく頑張りますが、多分難しいと思います。代わりに明後日は出せるよう頑張ります。
 なので、多分明後日だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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362件目 依桜ちゃんのアルバイト2 4

「ほら、エナ、そろそろリハーサルが始まるから、行くわよ」

「あ、はーい! じゃあ、依桜ちゃんお願いします!」

「うん、ボクだけじゃなくて師匠もいるから、安心してね」

「おー、心強いね! それじゃあ!」

 

 最後ににっこりと微笑んでから、エナさんはマネージャーさんと一緒に中に戻っていった。

 

「なるほど、今のが今回の守る対象ってわけか」

「はい。こちらは警備員として働くのと同時に、今回はエナさんを守るという仕事があるのです」

「? それって、どういうことなんですか?」

「実は――」

 

 と、遠藤さんが軽くエナさんの身に起きたことを説明。

 

 それを聞くなり、ボクと師匠二人そろって頭が痛そうな顔をした。

 

「――というわけです」

「なるほどな。……人気者ってのは、どこの世界でも変な奴がいるってことか」

「そうですね。人気者と言うのはどの業界でもこういった輩に狙われます」

 

 遠藤さんが言ったことは、簡単に言えば脅迫状が送られてきた、というもの。

 

 あとは、最近ストーカーがいるらしくて、その人から守るためということもあり、今回警備員として働く人たちは武術の有段者が多いらしいです。

 

 だから、遠藤さんも最初ボクたちを見た時に、ちょっとだけ難しい顔をしていたみたい。

 

 うん。やっぱりいい人だね。

 

 一応、『気配感知』でちょっと探ったけど、悪い人のオーラとか雰囲気のような物がこの人には全くないしね。

 

「それで? あたしとこいつは何をすれば?」

「ああ、そうでした。まず、男女さんには事前に女委さんの方からお伝えしてもらっている通り、観客に紛れて中で見張ってもらいます。といっても、こちらにもそれなりの人数がいるので、あまり肩肘張らないで大丈夫です」

「わかりました」

「ヴェリルさんは、会場外での警備になります」

「ふむ。となると、妖しい奴を見つけたら声をかけて聞き出す、と言ったところか?」

「概ねその解釈で問題ありません。基本的に金属探知機などで危険物を所持していないか、あとは入場者のカバンの中を確認する作業ですね。あとは、万が一暴れ出すような人が出たら、その人を捕まえるのも仕事に含まれています」

「了解した。その程度なら問題ない」

「ヴェリルさんは不思議な方ですね。傲慢な発言なのに、まったく不快な気持ちが出ませんね」

「はは。ま、あたしはこう見えてかなり強いからな」

 

 神様、殺せますもんね、神様。

 ……もしかして、宇宙に行っても生身で生きてられたりするのかな?

 

「……まあ、男女さんが師匠と仰ぐような人ですし、強いのでしょう。先ほどは、矢島を目にもとまらぬ速さで倒していましたからね」

「あ、あはは……すみません」

「いえいえ、謝らなくとも大丈夫です。悪いのは、外見だけで判断したあいつです。……もっとも、こちらも少なからず外見で判断してしまった節がありましたから、謝らなければならないのはこちらです」

「いやなに。実際外見だけ見れば弱そうだしな、こいつは」

 

 師匠、それはそれで傷つくんですけど……。

 

 ボクって、そんなに弱そうに見える? ……見えるんだろうね。

 

 だって、未果たちですらボクが強そうには見えない、っていつも言っていたもん。

 

「さて、男女さんの方はそのままの格好で問題ありませんが、ヴェリルさんにはこちらを着てもらいます」

「ああ、制服って奴か?」

「はい。一応私ども警備会社の制服です。終わった後、そのまま返していただいて問題ありません」

「洗濯はいいのか?」

「はい。もとより、こちらの都合でお二人には働いてもらうわけなので」

「そうか」

 

 洗濯について訊いてたけど、どのみちやるのボクなんですが……。

 

 別にいいんだけど。

 

「あと、男女さん、女委さん曰く『すっごく体力があるし、動きも素早いから、報告係のようなことをしても問題ないよ!』って言っていたのですが、大丈夫でしょうか?」

「……まったくもう、女委は……。はい、大丈夫ですよ。フルマラソンを全力で走っても全く疲れないくらいだと思ってください」

「ははは。男女さんは冗談が上手いですね」

 

 ボクが言った表現を、遠藤さんは冗談だと受け取る。

 

 うーん、別の冗談でも何でもないんだけど……まあ、こっちの世界の常識からはかなり逸脱しているから、仕方ないけど。

 

 まあ、向こうの世界には、フルマラソンを走ってもケロッとしている人って割といるんだけど。

 

 師匠なんて、一瞬だもん。

 

「ともかく、引き受けてくれる、ということでいいのでしょうか?」

「そうですね」

「ありがとうございます。では、こちらが地図です」

 

 そう言って、遠藤さんはボクに一枚の地図を手渡してきた。

 

 地図、というより会場の見取り図かな。

 

 なるほど、こうなってるんだ。

 

 うん。覚えた。

 

「万が一、問題があった際は、すぐに連絡を。インカムです。ここのボタンを押せば通話発言ができますので、どちらか一方の耳に着けておいてください」

「わかりました」

「了解だ」

「あとは、こう言った大きなライブである以上、おそらくおかしな輩が出るかと思いますが、慌てず、冷静に対処をしてください。もし、応援が必要だと判断したら、遠慮なくそのインカムで言っていただいて大丈夫です」

 

 応援は多分……いらないんじゃないかな、師匠の場合。

 

 何でも一人でできちゃう人だし。

 

 ボクは、場合によっては必要になりそう。

 

「男女さんの業務自体は、まだ少し先ですので、見学などをしていても問題ないですよ」

「わかりました」

「こちらのバッジを見せれば関係者専用の場所にも入れますので」

「え、いいんですか?」

「はい。他ならない女委さんの友人ですから」

 

 …………本当に、女委って何者なの?

 

 本気でそう思いました。

 

 

 視点と時間が少し変わり、開演から二時間ほど前の控室。

 

「はぁ……脅迫状、冗談だといいんだけどなー」

「そうね。このままでは、エナにストレスだけが溜まってしまうわ」

 

 控室にて、エナは机に突っ伏していた。

 

 その姿を見たマネージャーも、少しは呆れているが、言っていることが言っていることなので、仕方ないと割り切る。

 

「やはり、一人だけで活動するのも結局はヘイトを一人で集めかねないものね」

「じゃあ、今から増やす? いっそのこと、二人組のアイドルに! みたいなさ!」

「たしかに、悪くない案かもしれないけれど、下手な娘を使うことはできないわよ? あなたは色々な才能に恵まれているのだから。生半可な娘じゃとても……」

「えー? でも、探せばいるんじゃないかな? 例えば、『白銀の女神』って呼ばれてるあの人とか!」

「それこそ無理よ。彼女は通っている学園までは突き止められても、それ以外の情報が錯綜しているの。探すのは困難。それに、どこの事務所も未だに狙っているようだし」

「そっかー。なんだか、気が合いそうな気がしてるんだよね、うち」

 

 どこからその根拠は来るのか、とマネージャーは苦笑いを浮かべる。

 

 というか、その『白銀の女神』は普通にこの会場に来ているのだが。しかも、警備員として。

 

 さらに言えば、それとすでに友達になっているが。

 

 変装は完璧というわけである。

 

 これで間違って元の姿がバレなければ問題ないというわけである。

 

「増やす増やさないはともかく、やはり脅迫状の件は心配ね。しかもこれ、明らかにステージ上にいる時を狙ったような文章だし」

「うむむむ~……ねえ、マネージャーさん。もういっそのこと、ステージ上に守ってもらえる人を出した方が安全なんじゃないかな?」

「何を言うのよ、あなたは……。そんなこと、できるわけないでしょう? ましてや、警備員からそんな人を出すなんてできるわけないわ。容姿の方だって問題があるのよ? ちょっと可愛い程度じゃ逆に反感を買うだけ」

「だーよねー……。難しいなぁ……」

 

 お互い難しそうな表情を浮かべる。

 

「ちょっと、おトイレ行ってくるね」

「ええ」

 

 

「むぅ、何かいい案はないかなぁ……」

 

 脅迫状に対してどう対抗すればいいのかと考えながら、エナはトイレの扉を開けた。

 

 そして、

 

「ふぇ?」

 

 そこには、なぜか銀髪碧眼の超美少女――素の依桜がいた。

 

 突然の来訪者に、呆けた声を出して固まる依桜。

 

 お互いに、じーっと見つめ合う。

 

 そんな依桜を見て、エナは。

 

「――アイドル、やりませんか!?」

 

 いきなり、依桜の手を掴むなり、割と真剣な表情でそう迫っていた。

 

 

 どうして、素の状態で依桜がトイレのいたのか、時間と視点少し戻して説明しよう。

 

 

「へぇ、舞台裏はこんな感じになってるんだ」

 

 ボクは、見学していいと言われたので、せっかくだからと日本武道館内を見て回っていた。

 

 なるべく邪魔にならないように身を縮めつつ歩く。

 

 途中、スタッフさんたちから首を傾げられるようなことはあったけど、特に注意などをされることはなかった。

 

 それに、見学とは言っているけど、一応万が一があった時のためのルート確認もこの行動には含まれているしね。

 

 これならテロリストが襲撃してくるような事態にならなければ問題ない、かな?

 

 一応脅迫状が来てるって言う話だけど、さすがに武装したような人たちは来ないだろうし。

 

 来たとしても、そこまで大掛かりな装備で来ることはないはず。

 

 よくて、ハンドガンとかかな?

 

 それに、不審者は特にいない、と。

 

 ちょっとだけ心配な反応がないこともないんだけど……怪しいうちはまだわからないからね。

 

 もうちょっと様子見。

 

 それに、最悪の場合なんて師匠がいる限り訪れないと思うしね。

 

 あの人がいるところが世界で最も安全な場所だもん。

 

 ……それを考えたら、ボクはいらないんじゃ?

 

 なんて思ってしまったけど、ボクのお仕事は会場内にいること。

 

 そして、不審な人がいないかどうかの確認と、何か問題を起こしそうになった時に、それを阻止すること。

 

 でもあれだね。

 

 やっぱり、開演前で、バタバタしてるね。

 

 色々と指示が飛び交ってるし、色々なものが運ばれていく。

 

 中には衣装らしきものも。

 

 華やかな衣装から、大人しめの可愛らしい衣装まで様々。

 

 エナちゃんがアイドルだとよくわかるものだね。

 

 うーん、本当にどうして女委がエナちゃんと知り合ったのかがすごく気になる。

 

 夏〇ミが原因らしいけど……。

 

「……まあ、女委だもんね」

 

 ボクも色々とおかしいって言われるけど、ボクとしては女委の方は一番おかしいと思うよ。

 

 交友関係が広すぎるんだもん。

 

 そんなことを考えつつ、邪魔にならない程度に散策していると、不意にトイレに行きたくなった。

 

 なので、近くにあったトイレに。

 

 

「ふぅ……」

 

 スッキリして、個室から出て鏡の前へ。

 

 映るのは、黒髪黒目の地味な感じの女の子。

 

 前髪が長すぎるから、ちょっとあれだね。

 

 んー……ちょっとだけ戻そうかな。

 

 それに、黒髪って熱くて。

 

 一応屋内にいたからあれだけど、外にいた時とか、普通に髪の毛が熱を吸収しちゃって熱かったんだよね。

 

 普段は銀髪だからあまり熱は吸収しないから気にならなかったけど、いざ黒髪にしてみると色々と熱いということに気づきました。

 

 大変なんだね、黒髪って。

 

「うん、やっぱりこっちの方が見慣れてるね」

 

 生まれてずっと銀髪だったので、やっぱり落ち着くし、見慣れているから安心する。

 

 自分らしい姿が一番だね。

 

 さて、そろそろ戻さないと――

 

 ガチャ。

 

「むぅ、何かいい案はないかな……」

 

 いきなりトイレのドアが開いたと思ったら、少し難しそうな顔をしたエナちゃんが入ってきた。

 

「ふぇ?」

 

 突然入って来たことに驚き、ボクの口からはそんな呆けた声が漏れた。

 

 数秒の間お互いに見つめ合ったまま固まったと思ったら、

 

「――アイドル、やりませんか!?」

 

 いきなりボクの手を勢いよく掴み、そんなことを言ってきた。

 

 それに対してボクは。

 

「え……えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 そんな、素っ頓狂な声を上げた。

 

 ……何故?




 どうも、九十九一です。
 普通に間に合いましたので、投稿します。
 ちょっと無理かなぁとか思ったんですが、思いの外調子が良かったので、出せました。球技大会という、私としては非常にやりにくいことこの上ない題材で書いていたせいで、モチベがちょっと下がってましたしね。今は、日常回が書けて絶好調です。すっごく楽しい。
 明日は……まあ、出せたら、ですかね。なるべく頑張って出せるようにしますので、まあ、よろしくお願いします。
 では。


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363件目 依桜ちゃんのアルバイト2 5

「マネージャー! 逸材見つけた!」

「はぁ? あなたは何を言って……って、え」

 

 あの後、ボクが何かを言う前に、エナちゃんがボクの手を引っ張ってどこかの部屋に連れて行かれた。

 

 部屋に入るなり、エナちゃんは逸材を見つけた、って中にいたマネージャーさんにキラキラした目をしながら言っていた。

 

「うそ……。え、ほんとに?」

「あ、あの……」

「ああ、ごめんなさい。えーっと、あなたは?」

「い、依桜です」

「「……うん?」」

「ですから、男女依桜です」

「「…………はぃぃ!?」」

 

 ボクが自分の名前を告げると、二人は素っ頓狂な声を上げた。

 

 あれ、そんなにおどろくことってあった……って、あ。

 

 そっか。そう言えば今のボクって、銀髪碧眼に戻してるから、二人はわからなかったんだ……。あと、眼鏡も外してるし。

 

「え、ほ、本当に、依桜ちゃんなの?」

「そうですよ」

「え、でも、さっきは黒髪黒目で……えと、染めた?」

「違いますよ。元々こっちが素なんです」

「じゃあ、さっきの黒髪黒目ってなーに?」

「か、鬘とカラーコンタクト、です」

「へ~、今の鬘ってすっごく自然に見えるんだね~」

「そ、そうなんですよ」

 

 ……嘘です。本当は、『変装』と『変色』のスキルです。

 

 でも、魔法とかスキルを知らない人に対して、言えるわけないじゃないですか。

 

 あれは、下手に言いふらしたら、どんな広まり方がするかわからないし、去年の学園祭のように、テロリストなどに狙われかねないもん。

 

 そうなったら、周りに危害が及ぶからね。

 

「あの、一つ訊きたいのだけれど、いい?」

「は、はい、どうぞ」

「まさかとは思うんだけれど……『白銀の女神』とか言われていたり、しない?」

「……………………ま、まあ、一応……」

 

 ボクとしてはなぜそう呼ばれているのかが、未だにわからない。

 

 別段女神というわけじゃないんだけどね、ボク。

 

「……まさか、今日代わりに警備員の仕事を請け負ってくれた人が、『白銀の女神』本人とは……。女委さんは一体どうなっているのかしら?」

「あ、あははははは……」

 

 それは、ボクも疑問に思ってます。

 

 将来、何らかの会社を経営してそうだよね、女委って。

 

「ねえねえ、マネージャー! 依桜ちゃんなら大丈夫だよね!?」

「落ち着きなさい。そもそも、あなたが勝手に連れて来たんでしょう。それに、ここで出そうものなら各方面からのやっかみやらなんやらが酷くなるわよ?」

「うっ、そ、それを言われるとぉ……で、でもでも! 依桜ちゃんって強いんだよ!」

「そう言われても……というより、さっきの案、実行しようとしてるんじゃないでしょうね」

「ダメ?」

「男女さんに訊かないと何とも……」

「それもそっか! ねえねえ、依桜ちゃん、お願いがあるんだけど――」

 

 ボクに向き直ったエナちゃんは、事情を説明。

 

「――ということなの」

「なるほど……。つまり、脅迫状が心配で、できればある意味無防備になりやすいステージ上で守ってほしい、っていうことですか」

「そうそう! さっき、少ししか見れなかったけど、えっと、あの強そうな人を、キックだけでやっつけちゃってたから!」

「あ、あー、見られてたんですね……」

 

 まあ、タイミング的には見られてても不思議じゃない場所だったしね……。

 

「ひょっとして、依桜ちゃんって実はすっごく強いんじゃないかなって思ったの! それに、依桜ちゃんとっても可愛いから、意外とアイドルができるんじゃないかなって」

「さ、さすがにボクじゃできませんよ。ボクの取り柄なんて、人よりもちょっと体が動かせるだけですから」

「歌は?」

「歌は……人並み程度、ですね」

 

 スキー教室の時は、なぜか散々歌わされたけど。

 

 あれだって、よかったのかどうかはわからない。

 

 だって、みんな何も言ってくれないんだもん。

 

 なのに、アンコールがかかるんだもん。

 

 あの時は、何かの嫌がらせかと思ったよ。

 

 なぜか、顔が赤い人だっていたし。

 

「人並み……その割には、かなり声が可愛いよね、依桜ちゃん」

「そ、そうですか? 女委にも言われたり、美羽さんたちにも同じようなことを言われるんですけど……」

「美羽さん?」

「あ、え、えっと、ちょ、ちょっとした知り合い、です」

 

 しまった。

 

 ここで美羽さんの名前を出すのはちょっとまずいような……。

 

 美羽さんは大人気声優らしいし、そんな人と知り合いだと知られれば、変なことになる予感がしてならない……。

 

 うん。隠そう。誤魔化そう。

 

「ちょっと待って。まさかとは思うのだけれど……その、『美羽さん』という人は、宮崎美羽さんのこと? 声優の」

 

 ……あの、なんですぐにバレるんですか?

 

「え、そうなの!?」

「えーと、まあ、そのぉ……はい」

「まさかとは思ったけど、すごいわ……。まさか、声優の方にも知り合いがいるなんて」

「ちょ、ちょっと知り合いになる機会があったので、それで……」

 

 きっかけはエキストラのアルバイトの時だけど、その後に女委のお手伝いで売り子なんてした時に、再会してからの付き合いなので、実質そこがきっかけみたいなものだよね。

 

「依桜ちゃんってすごいね! 声優さん、それも美羽ちゃんと知り合いなんて!」

「あ、あはは……」

 

 まあ、運がよかっただけ、ということで。

 

「でも、さっき『美羽さんたち』って言ってたよね! それって、他にも声優さんのお知り合いがいたりするの!?」

「え、あ、いや、それは、そのぉ……」

 

 ……ボクって、そうしてこう普通の時はすぐにボロを出しちゃうんだろう……。

 

 ちゃんとしたお仕事モードなら、こういった状況にも対処できるのに。

 

 師匠に怒られそう……。

 

「いるんだ!」

 

 うぅ、すっごくキラキラした目で見られてるよぉ……!

 

 これ、言わないとダメな雰囲気だよね? そうなんだよね?

 

「ねえねえ、教えて教えて!」

「……莉奈さんと、音緒さん、あと奈雪さんの三人だよ」

 

 結局言ってしまった。

 

 まあ、この三人は、単純に美羽さんと知り合ったのがきっかけのような物だから、大して関連性を疑われることはないよね。うん。

 

 きっと大丈夫!

 

「……ねえ、男女さん」

 

 すると、マネージャーさんが何かを考えるそぶりを見せながら、ボクに話しかけてきた。

 

「なんですか?」

「『雪白桜』っていう名前に心当たりはない?」

「ふぇ!? な、ななな、なんでその人の名前を? ボク、そんな名前の声優さんは知らないです、よ!?」

 

 いきなり、声優活動する上で決めたボクの芸名を言われて、慌ててそんなことを返す。

 

 すると、信じられないような物を見たように、目を見開いて、次の瞬間にはこう言ってきた。

 

「……私、声優とは一言も言ってないのだけれど」

「………………」

 

 ぼ、墓穴を掘っちゃったぁ!

 

 いくら慌てていたとしても、それは言っちゃダメだよぉ!

 

 ボク、何してるの!?

 

「その反応ということは、まさか……。はぁ、『白銀の女神』が声優として活動していたなんてね。驚き」

「え、何々? もしかして依桜ちゃん、声優さんなの?」

「え、えーっと、そのぉ……一応」

「わー! すっごーい! 依桜ちゃん、声優さんなんてやってるんだ!」

「エナ、男女さん、『雪白桜』らしいわ」

「ほんと!? 御園生さんが急病で入院しちゃって、それで急に代打で入った、無名のあの!?」

「ま、まあ、一応……」

「うわぁ! うち、一度公式サイトで声を聴いたんだけど、すっごく気に入っちゃったの! すっごく可愛くって、あのキャラクターにぴったりだなって!」

「そ、そうなんだ」

 

 あの作品って、本当に人気なんだ。

 

 ちょっと気になって来た。

 

 その内、女委辺りからマンガを借りてみようかな?

 

「それじゃあ、きっと歌も大丈夫だよ!」

「え、今のどこに大丈夫だと思える要素があったんですか……?」

「だって、今の声優さんたちって、歌が上手い人がほとんどなんだもん! だからきっと、依桜ちゃんも上手いと思って!」

 

 その理屈はおかしいような……。

 

 たしかに、今の声優さんたちって、歌が上手い印象があるけど、そうとも限らないよね?

 

 ボクなんて、普通くらいだと思うし……。

 

「じゃあじゃあ、ちょっと歌ってみようよ! ね、マネージャーさん、大丈夫だよね!」

「……それもそうね。物は試し、とはよく言うし。男女さん、ちょっとステージの方に行って、歌ってみてくれない?」

「え」

「大丈夫。ちょっと歌うだけだから」

「…………まあ、歌うだけならいい、ですけど……」

「やた! じゃあ早速行こ!」

「わわっ! え、エナちゃん引っ張らないでぇ!」

 

 ここに連れてこられた時と同じく、ボクはエナちゃんに引っ張られていった。

 

 

 そして、なし崩し的に歌うことになったので、とりあえず、歌ってみたところ……

 

「「( ゚д゚)」」

 

 二人とも、ポカーンとしていた。

 

 何も反応がないのが一番辛いと思うんです、ボク。

 

「あ、あの……」

 

 ボクが声をかけた瞬間、ガシッ! とマネージャーさんがボクの両肩をがっちりつかんできた。

 

 え、何?

 

「今日だけでいいの。お願い、この娘を守ってあげて!」

「そ、それはどういう……」

「あなた、ものすっごい歌が上手いわ。歌的には、アイドル寄りの物だけれど、びっくりするくらいに歌が上手い」

「そう、なんですか? 以前、学園のスキー教室で、歌う機会があったんですけど、誰も何も言ってくれなくて……。みんな、顔を赤くしてぼーっとしていたものですから」

「……それ、単純に見惚れていただけなのでは?」

「さすがにないと思いますよ? ボク自身、そこまで可愛くない、と思いますし……」

「…………なるほど。事前に女委さんに聞いていた通りの性格ね」

 

 一体何を聞いたのかすっごく気になる。

 

 あと、今のどこになるほどと納得する部分があったのかについても。

 

「依桜ちゃんっ!」

 

 不意に、すごく嬉しそうな声音で、ボクを呼びながらエナちゃんが抱き着いてきた。

 

 なんだか、突然抱き着かれても普通に対処できるようになってしまった自分が不思議です……。

 

「え、エナちゃん?」

「すごいすごい、すごいよ依桜ちゃん!」

「え、えっと……?」

「依桜ちゃんがそうでもない、って言うからどれくらいかわからなかったけど、いざ聴いてみると、すっごく上手だったよ!」

「あ、ありがとう。でも、そうでもないと思うんだけど……」

「謙遜しないで! 依桜ちゃんの歌は、とっても可愛くて、元気になるような歌だったよ! だから自信を持とう!」

 

 そんなに可愛い、かな? ボクの歌って。

 

 うーん……よくわからない。

 

「そういうわけで、さっきも言った通り、今日だけでいいから、アイドルになって、エナを守ってあげてくれない?」

「ええ!?」

「お願い、依桜ちゃん! うち、不安な状態で歌いたくないの! 何の心配もなく、元気に明るく、楽しく歌って、ファンのみんなを楽しませてあげたいの!」

 

 そう言うエナちゃんの表情はすごく真剣だった。

 

 そこから見て取れるのは、エナちゃんがいかにアイドルという職業に対して、真剣に取り組んでいるか、というのと、ファンを大切にしているか、ということ。

 

 それに、日本武道館なんて言う、憧れであろう場所で、不安になってやるのはちょっと……というか、かなり違う。

 

 それはたしかに、エナちゃんの言う通り、申し訳ないことなのかも……。

 

 で、でも、だからと言ってボクにアイドルが務まるかはわからない。

 

 だって、ボクだよ? 取り柄と言えば、暗殺者時代で培った身体能力と、技術、それからちょっとした変声術くらい。

 

 他は……特にないんじゃないかな?

 

 みんなは、ボクの事をすごい、と褒めて来るけど、そう思えなくて……。

 

 うーん……でも、この二人、すっごくお願いしてきてるし……マネージャーさんなんて、今にも土下座しそうな雰囲気なんだよね……。

 

 ……うぅぅぅぅ。

 

「きょ、今日だけ、なんですよね……?」

「やってくれるの!?」

「どこまでできるかはわかりませんけど、その……ボクとしても、どうせなら楽しくやってもらいたいかなって。せっかく友達になったんですし、その友達が困っているのなら、助けてあげたいですから」

「ありがとう! 男女さん!」

「うちからもありがとう! まさか、受けてくれるなんて」

「あ、あはは……で、できれば目立ちたくはないですけど、その……やむを得ないですからね。エナちゃんが困っているのなら、ボクはボクのプライドのようなものは捨てますよ」

 

 自分のちっぽけなプライドを守るくらいなら、友達を助けたいもん。

 まあ、会ったばかり、という部分には目をつぶってほしいかな。

 

「~~~っ! 依桜ちゃん大好きっ!」

「ふぇ!? だ、だだだ、大好き!? え、あ、あの、え、えと……は、恥ずかしいので、あ、あまりそういったことを言わないでぇ……!」

((か、可愛い……))

 

 やっぱり慣れないよぉ……。

 

 そんなわけで、まさかの一日限定アイドルとして出ることになってしまいました。

 

 ……どうして、こうなったんだろう。




 どうも、九十九一です。
 ……どうして、こうなったんだろう? いや、まあ、元々アイドル系の話はやる予定があったんですが、まさかこんなに早い段階でやるとは思わなかった……。やるにしても、次の学園祭か、もしくは三年生での学園祭でやろうかな、とか思ってたんですけどね……。やっぱり、行き当たりばったりで書くと、こんなことになるんですね。やっちまった感が半端ないです。
 まあ、それはともかくとして。やはり、球技大会が終わって以降から、ものすごく書きやすいです。三年生編では、多分、球技大会は書かないと思います。だれまくる未来しか見えないので。
 明日も出せたら出します。なるべく頑張ります。時間はいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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364件目 依桜ちゃんのアルバイト2 6

 急遽アイドルとして出演することになってしまいました。

 

 いや、うん……前日の夜に、師匠が言ったことが本当になったね、これ。

 

 でも、誰だって、まさか警備員の仕事で行く場所に行ったら、アイドルをやる羽目になるとは、思わないでしょ?

 

 ボクなんて、本当に予想外すぎて……。

 

 声優の時でも予想外だったのに。

 

「男女さんの了承も得られたところで、男女さんの希望を聞いておきましょうか」

「希望、ですか?」

「ええ。例えば……『こんな服がいい』、とか、『できればこうしてほしい』とかね。まあ、何でもいいので、何か言ってくれると、こちらとしても最大限サポートするから」

「なるほど……。あの、それでしたら、名前をどうするかというのと、あまり知り合い――学園の人たちに知られたくないので、髪形と髪色を変えていいですか?」

「もちろん。ただ、髪色?」

「あ、はい。一応、その……鬘とかありますから、一通り」

「へー、依桜ちゃんって鬘いっぱい持ってるの?」

「ま、まあ。銀髪碧眼って目立っちゃうから」

「……それもそうね。一応、一般人という枠なわけなのだから、バレるのは嫌だものね。了解よ。それならいっそ、瞳の色も変えてみたら?」

「そうですね。そうなると……何色がいいんでしょうか?」

「そうね……」

 

 髪色と瞳の色を変えるにあたって、どんな色にするかを決めないといけない。

 

 顔を変えることもできないわけじゃないけど、下手に弄るのは難しいからね。

 

 最悪、髪形と色さえ変えてしまえば、そうそうバレることはない……はず。

 

 ただ、鋭い人は本当に鋭いので、あまり過信はできないけどね。

 

「あ、じゃあじゃあ、依桜ちゃんは青系統の色にすればいいんじゃないかな!」

「青?」

「うんっ! ほら、うちが赤系の色だから」

「なるほど……。たしかに、いい感じの対比が取れるわ。赤と青。よくある組み合わせだけど、いいわ、それ。男女さん、大丈夫?」

「あ、はい。えと、じゃあちょっと変えてきますね」

 

 そう言って、ボクは一度部屋を出て、トイレに行った。

 

 

 それから、トイレで少し髪形と髪色を弄ってから、再び部屋に。

 

「これで、どうでしょうか?」

「わぁ! うちと同じ髪型だー!」

 

 ボクが部屋に戻ってくるなり、エナちゃんが嬉しそうな表情を浮かべ、そう言ってくる。

 

 エナちゃんの言う通りで、今回はアイドルということで、一緒の髪型にしてみました。

 

 セミロングに近いかな?

 

 髪色は、銀髪から水色に近い青色に。

 

 瞳も、碧眼から蒼眼に変わっています。

 

「なんだか、姉妹アイドルみたいで、いいわね」

 

 ボクとエナちゃんの二人を見て、少し微笑みながらいうマネージャーさん。

 

 髪型を同じにするのは、別に間違っていないかなと。

 

「それはそれとして……あれだけの毛量を、よくまとめられたわね」

「ま、まあ、便利なものを持ってまして……」

 

 言っていることはあながち間違いじゃないよね。

 

 だって、ここでいう便利な物って、『変装』の能力のことだもん。

 

「とりあえず、容姿に関してはこれでいいとして……問題は、服装」

「服装、ですか?」

「何分、こんなことになるなんて予想をしていなかったから、衣装がね……。背自体はエナの方が少し高いくらいだからいいのだけれど、問題はスタイル。男女さんのスタイルはよすぎるわ。主に、胸が」

「確かに。むむむぅ~~~……ねえねえ、依桜ちゃん。どうやったら、こんなにおっきくなるの?」

「え、あ、う、うーんと……い、遺伝、とか?」

「そっかぁ~……うん、そうだよね! 大体は遺伝だもんね! でもでも、こんなにおっきくて羨ましいな!」

「そ、そうかな? あまり激しく動くと、胸が揺れて痛いんだよ? それに……か、可愛いブラがなくて……」

「おっきい人って、みんなそう言うよね。そんなにないの?」

「うん。可愛いのを見つけても、サイズが合わないのが多くて……」

 

 まあ、ボクの場合は、自分で創り出すこともできるんだけどね。

 

 一応『裁縫』のスキルも持ってるし、それを使えば創れるからね。

 

 仮に『裁縫』のスキルがなくとも、『アイテムボックス』を使用すれば、好きなデザインの、好きなサイズが出せるんだけど。

 

 でも、あれは反則だからね。

 

 お金を払わずに何でも手に入るって言うものだもん。

 

「何かいい方法はないかしら……」

 

 ……うー、ここは『裁縫』で創る?

 

 一応、三十分程あれば創れないことはないし……。

 

 問題は材料があるかどうかだけど……。

 

 あったらすごく嬉しいんだけどね。

 

 まあ、ダメもとで。

 

「あの、今日着ることになる衣装ってありますか? それと、それと同じ材質の布とか」

「ええ、あるわ」

「それじゃあ、それを用意してもらってもいいですか?」

「何をするつもりかわからないけど……了解よ。ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、マネージャーさんはどこかに電話をかけ始めた。

 

 それから少しして、衣装と布を持った男の人がやってきた。

 

『黒内さん、頼まれていたものを持ってきました』

「ありがとう。そこの娘に渡してあげて」

『はい……って、あの、どちらですか? この娘は?』

「あー……今日、一日限定でアイドルをすることになった娘よ」

『急っすね!? そんなんで大丈夫なんですか? その、歌とか、踊りとか』

「問題なし。歌は実際に聴いたし、動きについても、女委さんからお墨付きを得ているわ」

『え、女委さんのっすか。それなら問題なさそうですね』

 

 ……あの、だから女委って、一体どういう存在なの?

 

 ここにきて、女委の名前をよく聞くんだけど……どうなってるの?

 

 普段一緒に学園で勉強をしたりしているのに、一体いつ知り合ったりとかしているのか、本当に気になる……。

 

『そんじゃあ、緊張するかもしれないけど、頑張って!』

 

 そう言って、衣装などを持ってきてくれた人は、部屋を出て行った。

 

 ……絶対、緊張すると思います。ボク。

 

 アイドルなんて、やったことないもん。

 

「それで、どうするの? まさかとは思うけど、衣装を作るとか……?」

「そのまさかです。ボク裁縫が得意でして」

「依桜ちゃん、一から衣装を作れるの?」

「まあ、それなりには」

「ちょっと待って。衣装を作るにしても、型紙とか、裁断とか、色々な工程があるのよ? それを、あと一時間半以内になんて……」

「やれるだけやってみます」

 

 そう言って、ボクはカバンの中――に見せかけて、アイテムボックス――から裁縫セットを取り出す。

 

 中から縫い針と糸を取り出した後、衣装のデザインを確認。

 

 頭の中にそのデザインを入れて、縫い始める。

 

 この『裁縫』のスキルの便利なところは、自分の思った通りに動かせるのと、イメージが明確に脳裏に浮かぶので、それ通りに作れる。

 

 さらに言えば、見たことがある服を見れば、それを作成することが可能。

 

 まあ、CFO内の『裁縫』のスキルも、そこをモデルにしてるんだろうけど。

 

「わぁ、速―い!」

「嘘、なにそのスピード……人力のミシンみたい……」

 

 うん、言い得て妙。

 

 このスキル、極めると、本当にミシンのような動きが可能になるので、向こうの世界では服飾系の職業に人たちにとって、基礎であり、奥義のようなスキルだったからね。

 

 ボクは、あくまでも本職に届かないかなくらいのレベルだけど。

 

 それでも、十分早くできる。

 

 この調子なら、二十分くらいで終わりそう。

 

 

 そんなこんなで、予想通り、二十分ほどで衣装が完成。

 

「えっと、完成しました」

「ちょ、ちょっと見せてもらえる?」

「はい、どうぞ」

 

 ボクは完成させた衣装を、マネージャーさんに見せる。

 

 衣装を受け取ったマネージャーさんは、服の内側や縫い目、ほつれがないかの確認をして行く。

 

 そして、それが進むほどに、驚きの表情が深くなり、少しして確認が終わった。

 

「ありがとう」

「え、えっと、どう、でした?」

「文句なし、ね。この服を作るのに、それなりの時間がかかっていたはずなんだけど……それを、たった二十分で……。男女さん、あなたの裁縫の腕はすごいわ。それこそ、世界一レベルで」

「あ、あはは……」

 

 まあ、スキル使ってますし……。

 

「依桜ちゃんって多才なの?」

「ど、どうなんだろう? みんなからはそう言われるけど……」

 

 それでも、女委の方がある意味多才なんじゃないかな、って思うけどね、ボクは。

 

 ボクの場合は異世界に行った結果の副産物敵なものだけど、女委はそう言う理由があるわけではなく、普通にできちゃってるんだもん。

 

 普通におかしいと思います。

 

「でも、衣装って一着だけなんですか?」

「一応、あと三種類ほどあるんだけど……」

「……わかりました。ちょっと本気を出して作ってみますので、衣装、お願いします」

「え、ええ。わかったわ」

 

 うん、妥協はなしです。

 

 

 ボクは『身体強化』を併用して衣装さらに時間短縮で作成。

 

 おかげで、魔力を六割も使ってしまいました。

 

 最大で使用したから仕方ないんだけど……。

 

 ともあれ、そのおかげで残る衣装三着を一着頭五分~十分で出来たのは大きかったね。

 

 ……まあ、そのせいで、

 

「「( ゚д゚)」」

 

 二人がすごーくポカーンとしちゃってるんだけど……。

 

「男女さん、あなたいっそのこと、服飾店を開いた方がいい気がするのだけど」

「さ、さすがに無理ですよ。ボクにはデザインの才能はありませんから。いくら早く縫えても、デザインに関する知識とか才能がなければ、いい物は作れません」

「それじゃあ、女委さんがデザインをして、依桜ちゃんが作る、って言う風に分担すれば、いいんじゃないかな?」

「たしかに。今回のこの衣装、全部女委さんが引いた物だし、意外といいかもしれないわ」

 

 え、待って?

 

 今、女委がこの衣装のデザインを引いたって言ってた?

 

 ……女委、いつの間にそんなことをしてたの? というより、なんで本人のいないところで、どんどん情報が露出していくの?

 

 ……女委って、他にどんな仕事をしているんだろう。

 

 すごく、気になる……。

 

「ともあれ、依桜ちゃんのおかげで、開演一時間前までには問題は解決したわ。あとは、まあ……踊りと歌、ね」

「依桜ちゃん、今日歌う曲、二十曲以上あるんだけどね、大丈夫かな?」

「うん、問題ないよ。これでも、体力には自信があるんだよ」

「男女さん、この娘のライブの場合、口パクは絶対にしないから、踊りと歌をセットでやらなくちゃいけないの。一応、途中に休憩はあるけれど、それでも二十曲ぶっ通しで歌と踊りを同時にしなくちゃいけないから、割としんどいと思うわよ?」

「なるほど……でも、特に問題はないですよ」

 

 だって、向こうの世界なんて、一日中動き回っていることなんて、よくあることだったもん。

 

 戦争の時とかね。

 

 戦場を全力で駆けまわって、敵を無力化して、また次へ、って感じだったからね。

 

 体力は多いに越したことはなかったんです。

 

 それを鍛えたのも、師匠なんだけどね……。

 

 だから、今のボクからすれば、二十曲を歌って踊るなんて、大した問題じゃないのです。

 

「すごい自信。やっぱり、女委さんの友達なだけはあるわ」

 

 ボクとしては、女委がどういう存在なのかを聞きたいです。

 

「とりあえず、これ。そこに、歌の歌詞と振付があるから、覚えて。もちろん、覚えきれなくても問題ないわ。元々エナがメインなわけだから。最悪、口パクでもいいし、振付もオリジナルを混ぜて自然にしてくれればいいから」

「なるほど……えと、一応曲を聴いてもいいですか?」

「もちろん。これで聴いて」

「ありがとうございます」

 

 ボクは歌詞の書かれた紙を見つつ、小型音楽プレイヤーで曲を聴いて行く。

 

 正直なところ、一番と二番は大体リズムが同じなので、その後を重点的に聴こう。

 

 歌詞と振付は、もう見て覚えたからね。

 

 師匠に鍛えてもらったことが、まさかこんなことで生きるとは思わなかったけど。

 

 そうして、ギリギリまで曲を覚え、遂に開演の時間となった。

 

 ……こうなってしまったのは仕方がないし、頑張ろう。ボク。




 どうも、九十九一です。
 意外にも毎日投稿が再びできています。なんか嬉しい。やっぱり、こうやって投稿して読まれるのが一番ですからね。書けないのは……うん。地味に辛い。
 明日も一応いつも通りに出す予定ですが、まあ、いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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365件目

「依桜ちゃん、大丈夫?」

 

 ステージ裏にて、ボクはエナちゃんに心配されていました。

 

「う、うん。正直なところ、すごく緊張してるけど……エナちゃんの足を引っ張らないように頑張るね」

「緊張してても、リラックスリラックス! うちも最初はそうだったから!」

 

 なんだか元気を与えてくれるような笑顔を浮かべ、ボクにそう言ってくれるエナちゃん。

 本当に、いい人だね。

 

「あ、そう言えば今は依桜ちゃんじゃないのか」

「そ、そうだね。今は、依桜、じゃなくて『いのり』っていう名前だもんね」

 

 そう。ボクの今回の芸名は、『いのり』になりました。

 

 理由は特にないです。

 

 なんとなく、その言葉が頭の中に真っ先に思い浮かんだので、いのりにしました。

 

「そうそう! じゃあ、うちも今だけは『いのりちゃん』、って呼ぶね! まずは、うちが出て、軽くいのりちゃんのことを話すから、呼んだら出てきてね!」

「う、うん」

「じゃ、行ってくるね!」

「頑張ってね」

「もっちろん! いのりちゃんがいるなら、百人力だよ!」

 

 にこっと笑って、エナちゃんはステージに上がっていった。

 

 

「みんなー! こーんにーちはー!」

 

 ステージに出てきたエナが、元気いっぱいに挨拶をすると、それに呼応し、彼女のファンである観客たちが一斉に沸いた。

 

「今日は、うちが夢見た日本武道館ライブ! この日のためだけに、うちは頑張って来たと言ってもいいくらい! ここまで来るまで長かったけど、それでも、胸の内は言い表しようのない達成感でいっぱいだよ!」

 

 わー! という歓声が上がる。

 

 それを満足そうに見ると、エナは言葉を続ける。

 

「うちがここに来れたのは、うちを応援してくれるファンのみんなのおかげ! それがなければ、うちは絶対にここまで来れなかったし、こんな風にみんなと一緒の空間にいられなかった! だから……早速その感謝を込めた歌を最初に送るよ! ……って、いつもなら言うんだけどね、今日は、みんなにサプラーイズ!」

 

 初めの歌に入る前に、エナがそう言うと、先ほどまでの歓声などは何だったんだと言わんばかりに、会場内がざわつきだす。

 

 サプライズと言うのだから、きっといいことがあるに違いない、と思う観客たち。

 

 その光景を見渡した後、エナは再び口を開く。

 

「実はね、みんなに紹介したい人がいるの!」

 

 そう言った瞬間、ざわついていた会場内が、さらにざわついた。

 

 紹介したい人、というフレーズを聞いて、大体の人が思い浮かべるのは、おそらく『恋人』という単語だろう。

 

 しかも、相手はアイドルであり、日本武道館という大きな舞台での発表ともなれば、そう思えてしまうのはある意味、必然と言えよう。

 

 中には、引退してしまうのでは? と思う人もいるかもしれない。

 

「あ、もしかして、うちに彼氏ができた、とか、引退しちゃうかもー、とか思わせちゃったかな? でもでも、そういうのじゃないから、安心してね! うちは全然フリーだし、引退もまだまだ先だからね! うちがみんなの前から、いなくなるのは当分先だよ!」

 

 そう言うと、目に見えて安堵するファンたち。

 

 まあ、応援しているアイドルが引退、なんてことになったら、それこそ阿鼻叫喚になるかもしれない。

 

「今回、うちが紹介したいのは、一人の女の子! もうすでに、ステージ裏に待機しているから、早速呼びたいと思います! いのりちゃーん! 出番だよー!」

 

 そう言った瞬間、スポットライトがステージ端を照らし出し、何もないところから突然現れるように、依桜こといのりが出現した。

 

 ちなみにこれ、『気配遮断』を使用している。

 

「え、えっと、みなさん初めまして! いのりって言います! 今日は、エナちゃんと一緒に、この会場を盛り上げるべく来ました! 新人ですが、よろしくお願いします!」

 

 ぺこりと可愛らしいお辞儀をする。

 

 すると、

 

『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』

 

 という、歓声が上がった。

 

『うっわ、めっちゃ可愛い!』

『どんな娘が出てくるのかと思ったら、青髪の美少女!』

『しかも、すっごいスタイル!』

『新人ということは、今後も、エナちゃんと一緒とか?』

 

 突然現れた新人アイドルに、ファンたちは驚きを見せたものの、すぐに順応。

 

 しかも、いのりに対してかなり好意的である。

 

 仮に自身の正体を明かしていないのにもかかわらず、こうも好意的に思われるのだから、いのりはすごい。

 

「今日は、ここにいるいのりちゃんと一緒に、みんなと楽しい楽しい、最高のライブにしていきたいので、盛り上がって行こ―!」

『『『おー!』』』

「じゃあ、早速歌に移ろう! アイドルのライブなんだから、歌が一番! じゃあ、いのりちゃん、準備おっけー?」

「うん、大丈夫だよ」

「うんうん、じゃあ、一曲目は『星の始まり』! いのりちゃん、行くよ―!」

「うん!」

 

 エナの発言の直後、音楽が流れ出し、二人のライブが始まった。

 

 

 いざ曲が始まると、ファンたちはそれに魅入った。

 

 エナ自身は、元々アイドルとしての才能、資質が高かったため、歌はばっちり。正直、そこらのアイドルよりもかなりの技量を持っている。

 

 歌が上手く、容姿は可愛いとあって、人気が出たエナ。

 

 しかし、今回突然現れた謎の新人美少女アイドルは、どうかと、興味半分、心配半分だった。

 

 が、そんな考えは一瞬で吹き飛ばされた。

 

 というのも、

 

「終わりまで、駆けて行こう♪」

「たとえ、終わりが来たとしても♪」

「最後まで一緒にいよう♪」

「それが♪」

「「約束と始まりのメロディー♪」」

 

 二人の掛け合いのような歌が初っ端から披露され、それがかなりの歌唱力を誇っていたからだ。

 

 いのり自身、自覚はないが歌が上手い。

 

 それは、例のスキー教室の時のカラオケでやや証明されていた。

 

 だが、いのり自身に自覚がない……というか、上手いと思っていないため、あまり露呈しなかっただけである。

 

 それに、全くの無名で、見たことがない新人を見て、本当に大丈夫なのか? ちゃんと踊れるのか? 歌えるのか? なんて思ったからこそ、いのりが披露した歌唱力は、見事にかなりの衝撃をファンたちに与えた。

 

 しかも、いのりは無意識にエナの歌に合うようにユニゾンをしていたりするので、尚更上手く聴こえる。

 

 あとは、アイドルであるため、歌いながら踊りもしている。

 

 まあ、いのりの実質的な本職が暗殺者なので、身体技術は異常なまでに高い。

 そのため、踊りに問題などなく、それどころかかなりキレッキレだ。

 

 ダンサーもびっくりなほどである。

 

 まさにハイスペック美少女だ。

 

 そして、エナ&いのりコンビの歌は、会場を熱狂させた。

 

 まだ序盤だというのに、かなりの熱気だ。

 

 あとは……アイドルたるもの、笑顔が大事、と事前にマネージャーに言われていたので、いのりも魅力的な笑顔をずっと振りまいている。

 

 たまに、可愛らしくウィンクをしたりして、ファンたちのハートを撃ち抜いていたりもする。

 

 と言っても、踊りはエナと鏡合わせになるようになっているため、二人が同じ動きをして、全く同じタイミングでウィンクをしたりしているので、可愛さは倍増しているが。

 

 こんな調子で、序盤の曲を数曲ほど歌いきり、トークパートに入る。

 

「さてさて、一曲目~五曲目までほとんどノンストップで歌ったところで、ちょっとしたトークパートに行こう!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHH!』』』

 

 エナが言えば、ファンたちも大きな声を上げる。

 

「おー、元気だね、みんな! うんうん、元気なのはいいこと! この調子で、最後まで応援してね!」

『もちろんだよー!』

『気絶しても応援するぜー!』

「気絶までしちゃだめだぞ☆ うち、心配しちゃうよ?」

『むしろ、心配されたい!』

『というか、ご褒美です!』

「あはは! 本当に、うちのファンのみんなは面白いね!」

 

 そんな、とても楽しそうな表情でファンたちと話しているエナを見て、いのりはすごいなぁという感想を持った。

 

 能力やスキルなんて使わなくてもわかるほどに、その表情は生き生きとしていたからだ。

 

「おっとっと。うちだけが話しててもダメだよね! いのりちゃんも、何か話さないとね!」

「ふぇ!?」

「驚いちゃダメだよ、いのりちゃん! ここはアイドルのライブの場! なら、いのりちゃんもしっかりうちのファンのみんなと一緒に楽しまないと!」

「な、なるほど……」

 

 エナの言葉に、いのりは納得する。

 

 そして、前を見て、会場内にいるファンたちを見回す。

 

「え、えっと、な、何を言えば、いいのかな?」

「あらら、そこからかー!」

「ご、ごめんね。こういう場は初めてで……」

「あ、それもそっか! んー、これ! と言ったものは無いけどね、とりあえず、思ったことを言うのが一番なんだよ、いのりちゃん!」

「思ったこと?」

「うん! そうだね……今回は、いのりちゃんは初出なんだから、自己紹介をしてみるとか!」

「自己紹介……」

「そそ! ね、ファンのみんなも聞きたいよねー!?」

『聞きたい聞きたい!』

『いのりちゃんのことを教えてー!』

『可愛いよー!』

「ふぇ!? か、可愛いって……あの、その……はぅぅ」

 

 突然ファンたちの間から、可愛いという言葉が聞こえてきて、いのりは顔を赤くさせた。

 それを見ていたファンたちは、思わず胸を押さえた。

 

「あ、いのりちゃんって恥ずかしがり屋さんなんだね!」

「ちょ、ちょっとだけ……」

「そっかそっか! でもでも、うちもいのりちゃんのことが気になるから、教えてほしいな!」

「う、うん。それじゃあ……こほん。みなさん、改めまして……新人アイドルのいのりです! 歳は、高校二年生の十六歳で、趣味は、料理やお菓子作りです!」

「なるほど! いのりちゃんって料理やお菓子作りが好きなんだ?」

「うん。料理は小さい頃からしてて、お菓子作りはちょっと前から始めたものだけど」

「でも、すごいなー! うち、あんまり料理ができなくて……あ、今度教えてもらってもいい?」

「もちろん!」

「わーい! ありがとう、いのりちゃん!」

 

 と、なんとなくファンそっちのけの会話っぽくなっているが、二人の美少女の絡みを見て、幸せそうな感じの者たちが半数近くいるので、問題ないのだろう。

 

「それじゃあ、いのりちゃんに質問です!」

「うん、何でも聞いて」

「今回、アイドルとしてステージにいるけど、どうかな? 今の気持ちは」

「う、うーん……そう、だね。まさか、いきなり日本武道館でのライブに出ることになるとは思っていなかったけど、その……アイドルって、楽しいなって」

「わ、ほんと!?」

「うん。エナちゃんとエナちゃんのファンのみなさんとのライブ、とっても楽しいよ。ボク自身、あんまり目立ちたくないっていうタイプだけど、それでも、こう言うものはすごくいいなって」

 

 軽く頬を染め、はにかみながら言ういのりに、ファンたちはドキドキだ。

 

 かなりの美少女であるいのりの、可愛すぎるはにかみ顔を見れば、まあ、そうなってしまうのもおかしくないので。

 

「うんうん! まだまだライブは続くし、楽しもうね!」

「うん!」

「ところで、いのりちゃんってボクっ娘なんだね?」

「え、あ、う、うん。その、昔から一人称がボクだから。今更変えるのもちょっと違和感で……やっぱり、私、とかの方がいい、のかな?」

「そんなことないよ! ボクっていう一人称、すっごくいいと思うし、いのりちゃんに似合ってると思うよ! ファンのみんなはどう思うかな!」

『可愛いよー!』

『リアルボクっ娘最高!』

『否定するわけないぜー!』

「だって。いのりちゃんのその個性は、すごくいいと思うから、無理に直そうとしなくてもいいのと思うな!」

「……ふふっ、そうだね。ありがとう、エナちゃん。みなさん」

 

 いのりとて、正直変えた方がいいのでは? と思う時がよくあった。

 

 何せ、この一人称は、男だった時から用いていたものだったので、今の状況を考えると、ボクは変なんじゃないか、と思っていたのだ。

 

「うんうん。自然が一番! ……さて! そろそろ歌に戻ろう!」

「うん。次だね」

「アイドルの本業は、まさに歌! どんどんいっくよー!」

『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』

 

 再び、音楽が鳴り出すと、二人は歌い出す。




 どうも、九十九一です。
 アイドル系の話ということで、まあ、歌詞はいくつか欲しいかなぁ、と思ったことで、まあ、ちょっとだけ書きました。正直なところ、自分で書いておきながらものすごい恥ずかしいです。なんだあれ……。
 明日も投稿する、予定ですが、まあ、わからないです。なるべく10時にしますが、17時の可能性もあります。そもそも、出せない可能性もありますが……とまあ、そういうことですので、よろしくお願いします。
 では。


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366件目 依桜ちゃんのアルバイト2 8

 やや視点は変わり、ミオへ。

 

「……あいつ、何やってんの?」

 

 開演前から、何体かの『分身体』を放っていたミオ。

 

 もちろん、警備を完璧なものにするための行動で、万が一バレないよう、分身体すべてに『気配遮断』がかかっている。

 

 そんな中、本人はどの分身体にも依桜が見つかっていないということに気づき、不思議に思いつつも、警備の仕事をしていた。

 

 途中、休憩をもらったので、試しにライブを見ていたところ……ステージ上に、自分の弟子がいて、酷く驚いた。

 

「いやいやいや、は? あいつ、仕事は? ……って、あ、あいつ、地味に『分身体』を配置してやがる。まあ、仕事はしてるみたいだしいいが……なんであいつもステージにいるんだよ」

 

 一応、外見はそこそこ変えているのだが、ミオにとっては大して意味を為さない。

 

 看破能力が非常に高い。

 

 というか、ミオが見破れないものなんてないのではないか、というレベルでその辺りの能力やらスキルが高い。

 

 愛弟子である依桜を見抜くことなんざ、わけないのだ。

 

 仮にそれがなかったとしても、見破れないわけはない、と言うことだろう。

 

「……はぁ。ったく、あいつ、マジで変なことに巻き込まれやがったな? しかも、アイドルになるとは……。まあ、似合ってるし、別にいいが……だとしても、あれはなぁ……」

 

 驚き通り越して呆れるほどである。

 

 ミオ自身、依桜が変なことに巻き込まれるんじゃないか、と依桜に直接言っていたが、まさか本当にそうなるとは思ってもいなかった。

 

 ちょっとした軽い気持ちでの発言。

 

 それがまさか、現実になろうとは思わないだろう。

 

「我が弟子ながら、数奇なもんだ。……まあいい。どうも、ステージ上で無駄に可愛い踊りと歌をしている割には、ちゃんと仕事はしているみたいだしな。それも、警戒しまくってる。ふむ。まあ、あたしが教えたことはしっかりしているし、許そう」

 

 休憩なのに、休憩じゃない、とか思いながらミオは現在の依桜の様子を見る。

 

 踊りでぴょんぴょん跳ねているため、たまに依桜のスカートがふわりと舞う。

 

 それに伴い、スカートの内側が見えてしまうわけで……つまるところ、パンツが見えている。

 

 まあ、アイドルが着る衣装によってはスカートが短かったり、そもそも、激しく動いたら捲れあがってしまうものがほとんどなので、所謂見せパンというものを穿いているので、一応問題はない。

 

 依桜も依桜で、それを穿いている。

 

「……ん? 何だこの反応」

 

 ふと、ミオの『気配感知』におかしな反応が引っ掛かった。

 

「…………ああ、なるほど。仕方ない、弟子がなんか楽しそうにアイドルしてるし、あたしもあたしで動きますかね」

 

 ミオは反応の正体に気づくと、そのまま反応があった場所へと向かって移動を始めた。

 

 

『へ、へへ……これで、エナちゃんと一緒に……!』

 

 とある場所。

 

 そこでは、一人の男が黒い笑みを浮かべながら、四角い何かを持っていた。

 

 よく見れば、ボタンが付いた何かも持っている。

 

『エナちゃんが悪いんだ、俺を無視するから……っ! あの女もダメだ。エナちゃんに近づきやがって……! どうせなら、一緒にまとめて……!』

「――そんなこと、あたしがさせると思うか? クソ野郎」

『――ッ!? だ、誰だ!?』

 

 不意に背後から声を掛けられたことで、慌てた様子を見せる矢島。

 

 振り返った先にいたのは、ミオだった。

 

「まったく……どこへ行ったのかと思えば、こんなところでなにをしているんだ? え? ヤジマとやら?」

 

 まあ、ミオからすれば、探そうと思えばすぐに探せたので適当に無視していたのだが、害があるとわかった以上放置をすることはせず、捕まえるべくこうして出てきた。

 

『お、お前は、朝のあの女の……!』

「なんだ、覚えてたのか。それで? 何しようとしてるんだ? まあ、見りゃわかるんだが……」

『ち、近づくんじゃねえ! い、いいか、近づいてみろ。俺はこのスイッチを押せば、あのステージもろとも、ドカンだ!』

「なんだ、その程度の言葉で脅してるつもりか?」

『当然だ! 爆発だぞ? 爆発すれば、どんな屈強な奴でも、ひとたまりもな――』

「いやいや。あたしからすれば、この世界の爆発物程度、どうってことないぞ? 第一、あたしがいる時点で、犯人は詰んでるわけだしな」

『な、何言ってんだよ! 爆弾をどうにかするなんて、普通の奴にできるわけないだろ!』

 

 脅威ではないと断言するミオに、狼狽える矢島は、今のような発言をする。

 

 そんな言葉を受け、ミオは眉一つ動かさない。

 

 どころか、余裕の表情だ。

 

「こっちの常識を、あたしに押し付けんなよ。意味がない。爆発? んなもん、させなきゃいい話だ。ま、仮に爆発しても問題なくあたしは対処するがな」

『な、何言って……』

「ああ、もういい。正直、あたしとしてはあいつの可愛い姿を見たいだけなんでな。だからまあ……眠ってな」

『は……? ごふっ……』

 

 ミオは一瞬で肉薄すると、肘鉄を鳩尾に叩き込んだ。

 

 あまりの激痛に、矢島はそのまま意識を手放した。

 

 もちろん、倒れた拍子にスイッチが入らないように、落ちるヵ所に『アイテムボックス』の入り口を開きそのまましまい込んだ。

 

「さて。こいつをどうするかね? とりあえず……エンドウに連絡ってところか」

 

 ミオは借りたインカムで遠藤に連絡を取り、状況を報告した。

 

 

 ミオの連絡を受けた遠藤たちはすぐに駆け付けた。

 

 そして、矢島が暴れないように軽く拘束すると、そのまま矢島を連れて部屋を出て行った。

 

「まったくもって、面倒な話だった。あとは、爆弾の回収だな。チッ、イオのアイドル姿を見る時間が減るじゃないか……あの野郎」

 

 犯人を見つけ、確保までかかった時間は、わずか七分程。

 

 警備は、ミオだけでいいんじゃないだろうか。

 

 この光景を依桜が見ていたらきっとそう思ったに違いない。

 

 

 さて、ライブの裏側で行われていた僅か七分ほどの出来事など、知る由もないアイドル二人。

 

 最初はガチガチに緊張しまくっていたいのりだったが、今では、

 

「みなさーん、楽しんでますかー!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHH!』』』

「ボクも、初めてのアイドルとしての舞台、すっごく楽しんでます! それに、エナちゃんと一緒だからというのもあって、とっても!」

「わ、いのりちゃん嬉しいこと言ってくれるね! うちも、いのりちゃんと一緒だからとっても楽しいよ!」

「わわっ! い、いきなり抱き着かないでよぉ!」

「ごめんごめん。なんだか、嬉しくってつい」

「そっか」

「いつも、うちは一人でライブをしてるからね。もちろん、それも楽しいんだけど、誰かと一緒にアイドルができるのって、いいなって!」

「楽しいと思ってもらえてるなら、ボクも嬉しいよ。エナちゃんと会わなかったら、アイドルをやってないから」

 

 とまあ、こんな感じにものすごく生き生きとしていた。

 

 最早、緊張なんてどこかへ旅立ってしまった。

 

 その理由の一つとしては、素の姿で立っていないことが挙げられるだろう。

 

 普段は銀髪碧眼なんてかなり目立つ状態だが、今は青髪蒼眼にしているので、別人と思われている、そう思っているが故の反応だ。

 

 声優業の方も、似た理由だろう。

 

 自身の素の声で出ていないから、ほとんどバレる心配もない。だから、それなりに楽しめてできる、とか。

 

「ありがとう、いのりちゃん! じゃあじゃあ、うちたちの仲良しパワーで、最後の曲も行ってみよう!」

「うん!」

「じゃあ、今日のライブ、最後を締めくくるのは『Happy End』! 最後は、今まで以上に盛り上がっていくよー!」

『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』

「いのりちゃん、行っくよー!」

「うん!」

 

 二人はお互いの右手と左手で手を繋ぐと、勢い良く繋いだ手を掲げて、歌を歌い出した。

 

 

 そして、最後の曲が終わり、ライブ恒例のアンコールがかかると、当然のように二人は歌う。

 

 楽しそうに歌い、踊る姿は、見る者たちの目を奪う。

 

 その高い歌唱力に。

 

 その高いレベルの踊りに。

 

 そして……ただただ可愛い美少女アイドル二人の百合百合しい光景が、ただただ素晴らしく眩しかった。

 

 まあ、言ってしまえば、百合っていいよね、的なものだろう。

 

 アンコールで歌われている曲の中では、手を繋ぐだけでなく、いのりがエナをお姫様抱っこしたり、軽く抱き合ったりもしていたので、余計に沸いた。

 

 歌が終わると、最後のトーク――エンディングトークへ。

 

「というわけで、みんな、これで今日の日本武道館ライブはお終いだよ! 楽しかったかな!?」

『楽しかった!』

『もっと聴きたい!』

『まだまだ物足りない!』

「あははっ、みんなまだまだ元気いっぱいだね! でも、残念! 今日はお終いなの! それに、ずーっとやっていたら疲れて倒れちゃうからね! うちは、そんな情けない姿をファンのみんなに見せるわけにはいかないのだ!」

『かっこかわいいよー、エナちゃん!』

『最高!』

 

 などなど、エナの発言には、必ずと言っていいほどに何らかの反応を返してくる。

 それを楽しそうにしているエナを見て、いのりは心の底からすごいと思った。

 

「さ、いのりちゃんも感想どうぞ!」

「あ、う、うん。えっと、みなさん、今日はありがとうございました! 突然乱入してきたようなボクを受け入れてくれて、とっても嬉しかったです! 初めてのライブが今日の日本武道館だったので、出て来る前はかなり緊張してたんですけど、いざライブが始まったら、緊張なんて吹き飛んじゃいました! 今日は、本当にありがとうございました! とっても……とーっても楽しかったです!」

『こっちも楽しかったよー!』

『いのりちゃん可愛い!』

『また会えるのー!?』

 

 と、いのりの感想に、様々な声が返ってくる。

 そんな中、『また会えるのか』という疑問がかなり上がっていた。

 

「そ、そうですね……もし、もしも、機会があれば、また会えると思います! ですが、あまり期待しないで待っていてくださいね!」

『『『えええええええええ!?』』』

 

 いのりが再び表舞台に出て来るか不明と言った瞬間、ファンたちから、残念そうな声が出てきた。

 

 それほどまでに、いのりはこのライブで人気になっていた。

 

「じゃあ、またうちと一緒にライブをやってくれることって……」

「ま、まあ、機会があれば、かな? でも、エナちゃんと一緒にライブできて嬉しかったのは本当だからね! 今日は、ありがとう、エナちゃん!」

「――っ! いのりちゃん!」

「わわわっ!?」

 

 いのりの本心からの笑顔とお礼に、感極まったのか、エナはいのりに勢いよく抱き着いた。

 

 不意打ちだったが、持ち前の運動神経と、突然抱き着かれることに対する慣れから、問題なく受け止める。

 

「うちも楽しかったよ! こっちこそ、ありがとう、いのりちゃん!」

「うん!」

「それじゃあ、みんな! 今日のライブはこれまで! またどこか、別のライブで会おうねー! バイバーイ!」

「またねー!」

 

 そうして、ただでさえ盛り上がっていたエナといのりの二人による日本武道館ライブは、最後に二人が抱き合いながらの挨拶という、百合百合しい光景を持って、幕を閉じた。

 

 

 ライブが終わり、控室。

 

「お疲れ様、依桜ちゃん!」

 

「エナちゃんもお疲れ様」

 

 ボクとエナちゃんの二人は、控室に戻ってきていました。

 

 そこには、マネージャーさんの姿も。

 

「お疲れ様、エナ、男女さん。ライブ、とってもよかったわ」

「ありがとう、マネージャー!」

「そう言ってもらえてよかったです」

 

 もし、これで微妙な反応だったら、ちょっとあれだったし。

 

「それにしても、随分様になってたわ、男女さん。アイドルの素質は相当ね」

「あ、あはは」

「どう? もしよかったら、今後もアイドルとして活動するっていうのは」

「あ、それいいね! ねえねえ、依桜ちゃん、一緒にやろ!」

「え、えっと、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、ボクにも色々と私情、というか、色々とありまして……」

 

 主に、声優とか。

 

 それ以外だと、学園長先生のお手伝いだってたまにあるし、学園関係でも色々とある。

 

 それに、異世界にも行く時があるし、何だったら、夏休みにはみんなと一緒に行く異世界旅行だって控えてる。

 

 高校生の割には、それなりに忙しいような気がするので、アイドルをやる暇はあまりないように思える。

 

 もちろん、楽しそうだとは思っているけど。

 

「残念。でも、またやりたいと思ったら、いつでも言ってね。私の所の事務所では大歓迎だから」

「ありがとうございます」

「むぅー、そっかー。まあ、依桜ちゃんにも色々あるんだもんね」

「うん。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」

「いいよいいよ! うちも、ちょっと残念だけど、依桜ちゃんにも色々あるんだもんね!」

「そう言ってもらえると、ボクとしても気が楽だよ」

 

 だって、エナちゃん残念そうな表情をするんだもん。

 

 さすがに、心に来るというか……。

 

「そう言えば、最後の挨拶の時に、機会があれば、って言っていたけれど……」

「あ」

 

 そ、そう言えば、あの時その場のノリで言ってたっけ……。

 

「大丈夫だよ、依桜ちゃん。あれだよね。あの場はああしておかないと、変に騒ぎになるから! って思ったんだよね?」

「う、うん。一応……」

 

 たしかに、その考えはあったけど、あれも本心と言えば本心だった。

 

 ま、まあ、とりあえず言わなくてもいい、かな。うん。

 

 そう言えば、分身体にの方に何も引っかからなかったけど、ストーカーとか、脅迫状を送って来た人、最後まで現れなかった気がする。

 

 もちろん、何もないにこしたことはないんだけどね。

 

「ともあれ、男女さん、今日はありがとう。本来は、護衛目的でもあったけれど、あなたのおかげで大盛り上がりだったわ」

「いえいえ、ボクとしても楽しかったですから」

「そう。それなら、たまに出てくれるっていうことかしら?」

「ま、まあ、機会があって、さらにボクの方に都合が付けば、でしょうか」

 

 結局言ってしまった。

 

 うん。わかってました。

 

「それなら、都合が合うことを期待しているわ」

「あ、あはは……」

「なんて。冗談。もしかすると、どこかでお願いする可能性がないこともないけれど、ね」

「そ、そうですか」

 

 お茶目にウィンクするマネージャーさん。

 

 外見だけ見ると、かなり堅そうなイメージだけど、こう言う部分もあるんだ。

 

「さて、ライブも終わったことだし、男女さんはそろそろ帰っても問題ないわ。何せ、本来なら出るはずもなかった人なわけだから。それを無理言ってでてもらっていたのだからね」

「そうですね。それじゃあ、ボクはそろそろ師匠の所に戻ろうと思います」

「ええ、重ね重ね言うけれど、本当に今日はありがとう」

「いえいえ」

「一応これ、私の連絡先。できれば、こちらも登録したいし、何か送ってもらえるかしら?」

「あ、はい」

 

 マネージャーさんのLINNのアカウントをボクの方で登録し、スタンプを送る。

 

「ありがとう」

「あ、マネージャーずるーい! 依桜ちゃん依桜ちゃん、うちもうちも!」

「もちろん」

「わーい!」

 

 エナちゃんに急かされるようにして、エナちゃんのアカウントも登録。

 

 なんだか、ボクのLINNに登録されている人たちを見ると、一般人がほとんどいない気がする。

 

 なんだかんだで、男性声優さんの人たちとも交換してたしね。

 

 むしろ、普通の人が未果たちと父さんと母さんだけっていう……。

 

 おかしい。

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ行きますね」

「うん! またね、依桜ちゃん!」

「うん。エナちゃんも頑張ってね」

「もっちろんだよ! 依桜ちゃんも、声優のお仕事、頑張ってね!」

「うん。と言っても、ボクは今出ているアニメだけだと思うけどね」

 

 一応、それ以外のものに出るつもりなんて、今のところはないからね。

 

「そっかそっか! それでも、頑張ってね依桜ちゃん!」

「うん。それでは」

「ええ、今日はありがとう」

「お礼はもういいですよ。今日はありがとうございました。では、失礼します」

 

 最後に軽く頭を下げてから、ボクは控室を後にした。

 

 

 そして、近くのトイレで黒髪黒目に直してから、ボクは師匠の元へ戻る。

 

「お待たせしました、師匠」

「ああ、おかえり。アイドル、どうだった?」

 

 やっぱり、師匠は気づいていた。

 

 だよね。

 

 軽く変装したくらいで、師匠の目をごまかすなんて絶対無理だよね。

 

「楽しかったですよ」

「そうか。まあ、お前が楽しそうでよかったよ」

 

 ふっと微笑む師匠。

 

 その慈愛に満ちたような表情に、思わずドキッとした。

 

 反則だよぉ……。

 

「しかし、腹が減ったな」

「そうですね。もう夜の七時ですし……」

「どこか食いにでも行くか?」

「そう、ですね。メルたちの方は、母さんに任せてありますし、ボクたちは何か食べて帰りましょうか」

「そう来なくちゃな。さて、資金も十分すぎるほどあるし……ここはやはり、焼肉にでも行くか? いいとこの」

「ボクたち、電車ですよ? さすがに、臭いが付いちゃいますけど……」

「なあに。あたしの持つスキルがあれば、一瞬で臭いなんざ消せる。それとも何か? お前は食いたくないのか? 焼肉」

「いえ、最近は食べてませんでしたし、久しぶりに食べたいですね」

「だろ? なら、早速行くぞ、樹々苑だ」

「え、いいんですか?」

 

 樹々苑って普通に高いけど……。

 

「いいんだよ。あたしはあたしで、ちょっとした追加報酬が入ったし、元々それなりの金はあったんでな。あとは、頑張ったお前に、あたしからのご褒美ってとこだな」

「師匠……」

 

 なんだろう。

 

 師匠がボクにご褒美をくれると言うのは、すごく嬉しい。

 

「さ、行くぞ弟子! 店の肉が無くなるまで、食べ尽くすぞ!」

「それはやりすぎですよ!?」

 

 師匠の発言にツッコミを入れつつも、ボクたちは樹々苑のお店に入っていった。

 

 

 ちなみに、師匠が言っていたように、本当に食べ尽くしました。

 

 まあ、ボクも美味しい焼肉が食べられたので、目を瞑ります。

 

 ……すみません、他のお客さん。

 

 あとは、食べている時に、ストーカーと脅迫状を送った犯人を捕まえたと、お酒を飲みながら師匠が告げてきて、思わず噴き出しそうになりました。

 

 師匠はやっぱりすごいです……。




 どうも、九十九一です。
 昨日は結局出せませんでした。マジで、申し訳ない。最近、毎日投稿ができてないからなぁ……本当に、読者の皆様には申し訳ないですよ。本当に。
 まあ、日常回に入ったので、少なくとも球技大会の話よりかはペースが早いと思いますので、その当たりは安心してください。
 明日は……まあ、出せるかは分かりません。一応、今日は調子がよかったもう一話分出そうかなとは思ってます。無理そうなら明日に、って感じでしょうか。まあ、確実に出せるかどうかはあれですが。ともあれ、結局はいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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367件目 一日限定アイドルの翌日

 一日限定のアイドルを終えた次の日の五月三十一日。

 

 今日で五月は終わり。

 

 だから何かがある、というわけではないけどね。

 

 朝起きて、いつも通りに支度をしてから、みんなと一緒に学園へ向かう。

 

 なんだけど……

 

「「「「「「むぎゅ~~……!」」」」」」

「あ、あはは……」

 

 歩きつつも、みんなはボクにしがみついていました。

 

 訊くまでもないんだろうけど、これって多分……昨日、ボクが一日家を空けていたからだよね?

 

 みんながボクに懐いているというのはよくわかっているけど、まさかここまでとは思っていませんでした。

 

 一日空けただけで、こんなにしがみつかれるなんて……。

 

 まあ、可愛いから全然いいんだけどね。

 

 ……だとしても、

 

「あの、みんな? あんまりくっつくとボクが歩きにくいんだけど……」

「「「「「「一緒がいい(のじゃ)!」」」」」」

「そ、そですか」

 

 離れる気配がありません。

 

「次のお休みはどこかに連れて行ってあげるから、今は危ないから離れて? ね?」

「「「「「「お出かけ!?」」」」」」

「うん、お出かけ。どこか行きたいところはある?」

 

 そう言うと、みんなはまるで示し合わせたかのように、

 

「「「「「「プール!」」」」」」

 

 と言ってきた。

 

 なるほど、プール。

 

 たしか、この街の近くにも大きい所があったはず。

 

 それに、ボクが住んでるこの街……というより、県は関東の中でも南の方に位置しているからか、それなりに暖かい。むしろ、暑いかも。

 

 六月上旬どころか、なんか明日からすでにプール開きするっていう話だったかな?

 

 ちょっと天気予報を確認しておこうかな。

 んーと……快晴。それも、かなり暑くなるみたいだね。

 

 まあ、これなら。

 

「うん、いいよ。じゃあ、今週の土曜日はみんなでお出かけしようか」

「「「「「「わーい(なのじゃ)!」」」」」」

「それじゃあ、その日までしっかり勉強するんだよ?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 朝から元気いっぱいだね、みんな。

 

 まあでも、みんなとプール……うん、いいね!

 どうせなら、みんなも誘ってみようかな?

 

 ともあれ、ちょっと土曜日が楽しみになったよ。

 

 

 みんなでお出かけするということになった途端、みんなはボクから離れてくれた。

 

 別段、みんながしがみついた状態で歩くことはできないこともないんだけど、さすがに周囲の眼もあるしね。下手に目立つと、みんなが変なことに巻き込まれてしまう可能性さえあるから。

 

 そんなこんなで学園に到着し、いつものようにみんなと別れて自分のクラスへ行き、いつも通り授業を受ける。

 

 そうして、気が付けば昼休みに。

 

 今日は教室でのお昼です。

 

「ねえ、みんな。今週の土曜日って暇かな?」

 

 ちょうどいいタイミングなので、みんなにあの話をしてみることに。

 

「私は特にないわよ」

「俺も、バイトは休みだ」

「オレもなんもないぜ」

「わたしもー。お店は副店長に任せてるから大丈夫さ」

「よかった。えっとね、土曜日にメルたちとプールに行くことになってね。それで、どうせならみんなも一緒にどうかなって。もちろん、お金はボクが持つよ」

 

 ある意味、誰かの為にあのお金があるようなものだからね。

 

 できる事なら、少しでも使いたいというのが、ボクの本音。

 

「へぇ、プールね。この辺りは割と暑い地域ではあるし、ちょうどいいかもね」

「そうだな。プールなんて、久しく行っていないし、いいぞ」

「反対する意味はないな!」

「おうともさ! 可愛い女の子の水着が見れるってだけでも、行く意味があるよね!」

「あ、あはは……」

 

 普通、そう言うことを言うのって、男の人なんじゃないのかな。

 

 なんで、女の子である女委が言ってるんだろう?

 

 未果と晶も苦笑いしてるし。

 

「じゃあ、細かいことはLINNでね」

「了解よ」

 

 これで問題なしかな?

 

 あとの問題は……何かあったっけ?

 

 ちょっと首をかしげていると、未果が「あ」と声を漏らす。

 

「どうしたの?」

「いえ。ふと思い出したんだけど、依桜あなた、胸がまた大きくなった、とか少し前に言ってなかったかしら」

「ふぇっ!? た、たしかに、い、言った、けど……」

「それなら、去年の水着って、着れないんじゃないの?」

「……あ」

 

 い、言われてみれば、たしかに、水着が着られないかも……!

 

 あれは、あの時のスタイルで合わせたものだし、今なんてその時よりも大きくなっちゃってるから……あ、買わないとダメかも……。

 

「おー、まだ大きくなってるんだ、依桜君。それなら、今日の放課後にでも買いに行くかい?」

「いいの?」

「うむ! 実はわたしもまた大きくなっちゃってねぇ。サイズが合わないんだよ」

「へえ、奇遇ね。私も」

「未果も? それなら尚更いかないとね。それに、メルたちの水着も買ってあげない行けないから、ちょうどいいかも」

 

 幸いにして、今日は学園が終わるのが早いしね。五時間目が終わったら、そのまま帰宅だから、そのまま言っちゃおうかな。

 

「……なあ、晶。男のオレたちがいるのに、平気でこんなことを話すのって、気を許してる証拠なんかね?」

「そうなんじゃないか? 少なくとも、他のクラスメートはガン見しているがな」

「うわ、マジだ。男子の視線がえらいことになってら」

「二人はどうする?」

「ん、ああ、なんだ? 依桜。すまない、聞いてなかった」

「もぉ、今日の放課後、一緒にショッピングモールに行かない? って話なんだけど」

「そうか。あー、悪いんだが、今日はバイトが入っていてな。行けそうにない」

「オレも道場の手伝いだ。くっ、行きたかったぜ……」

「そっか。じゃあ、行くのはボクと未果、あとは女委にメルたち、かな?」

 

 そこそこ大所帯だね。

 

 メインは主にメルたちの水着だけど、ボクたちの方も買っておかないとね。

 

「あ、依桜君。ミオさんは誘わないの?」

「そっか、師匠。うーん。ちょっと聞いてみるね」

 

 スマホを取り出して、師匠に電話を掛ける。

 

「あ、もしもし、師匠ですか?」

『ん、ああ、どうした? 珍しいな、この時間にかけてくるとは』

「ちょっと、師匠にお話があって」

『なんだ?』

「今週の土曜日に、みんなでプールに行くって言う話になったんですけど、師匠もどうかなって。あ、お金はボクが出しますから」

『プールってーと、あれか? 人工的に池を作って、そこで海難事故に遭った時のための対処法を学ぶ訓練をしたり、無呼吸泳法を鍛えたりする施設のことか?』

「いや、そういうものじゃないですよ!?」

 

 師匠から見たプールってどうなってるの!?

 

 少なくとも、そんな理由じゃないよ!

 

『なんだ違うのか?』

「普通に水の中で遊ぶだけです!」

『なんだ、そうか。で? 土曜日だったか?』

「そうです」

『ま、やることも特にないし、いいぞ』

「わかりました。それで、師匠って水着とか持ってないですよね?」

『ん? なんだ、下着じゃダメなのか?』

「当たり前です!」

『チッ、面倒だな……』

 

 そこを面倒だと思う人、ボク初めて見たよ。

 

 なんなんだろう、この人。

 

「そ、それでしたら、今日の放課後に水着を買いに行くんですけど、どうですか?」

『ああ、構わんぞ。どうせ、あたしは特にやることはないしな。体育の実技しか担当してないんで』

「そうですか。じゃあ、校門で待っていてもらえると助かります」

『了解だ。じゃ、そういうことでな』

「はい」

 

 通話終了。

 

「OKって?」

「うん。暇だから行くって。あと、今日の放課後の買い物にはついてくるそうだよ」

「そっかそっか。じゃあ、今日は大所帯なんだね~」

 

 本当にね。

 少なくとも十人くらいかな?

 うん。多い。

 

「いやー、楽しみだな!」

「そうね。プールなんて久々」

「まあ、最後に行ったのは、中三くらいの時だろうからな」

「んねー。行く機会ないからね、なかなか」

 

 確かに。

 

 去年は、なんだかんだで予定が合わなくて行けなかったからね。

 

 それに、この辺りには屋内型のプールがないから、全季節を通して行ける場所がないというのもあるかも。

 

 もちろん、ちょっと遠出すれば問題ないけど、さすがにそこまでして行きたいかと訊かれれば、そうではない。

 

 だから、今回の機会はかなりいいかなも。

 

 うん、楽しみ。

 

 

 そんな感じで、しばらく話していると、

 

『やっぱ、この娘すっげえ可愛いよなぁ』

『わかるわかる!』

『いいよなぁ、お前ら。昨日のライブ、見に行けたんだろ?』

『おうよ! 超可愛かったぜ、いのりちゃん!』

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 

「……」

 

 思わず、ボクは無言になった。

 

 あの場に、クラスメートがいたという事実に。

 

「ああ、なんか昨日のエナのライブ、すごかったらしいな」

「たしか、新人のアイドルが出たんじゃなかったかしら? いのりって言う名前の」

「みたいだねぇ」

「そう言えば、今朝もニュースで取り上げられていた上に、ネット上でも大騒ぎらしいな」

 

 え、待って? そんなことになってたの?

 

「ね、ねえ、晶。そのニュースとか、ネット上での騒ぎって、わかる?」

「ん? ああ、わかるぞ。あー……ああ、あった。これだ」

 

 そう言って、晶は一つのニュースをスマホに映し出し、ボクに見せてくれた。

 

『昨日の日本武道館で行われた、大人気アイドル、エナさんのライブに、サプライズとして出演した新人アイドルが、今話題になっております』

『へぇ、新人なのに、話題に?』

『はい。ライブに行った人たちは、そのアイドルの歌唱力と可愛らしさに目を奪われたそうです』

『ほぉ~。そんな新人が……一体、どんな感じのアイドルで?』

『わかっている情報は、いのりという名前であること、高校生であること、それから料理とお菓子作りが趣味であることくらいでしょう』

『それだけじゃあまわからないなぁ。それで、写真とかは?』

『はい、こちらになります』

『うぉ、本当に可愛いな! こんな娘がまだいたとは、驚きだよ』

『そうですね。このいのりさんですが、今後どこで活動するかは不明としており、その辺りはかなり残念がられているそうです』

 

 ……えぇ?

 

 昨日の今日でもう出回ってたの? あのライブのこと。

 

 うぅ、じぶんのことなのに、すごく恥ずかしい……。

 

「あ、ありがとう、晶」

「ああ」

 

 ……どうしようこれ。

 

 普通に今思ったんだけど、アイドルのライブって、DVDとして販売されるんだよね? ならこれ、ボクの姿も収められているというわけで……。

 

 ……は、恥ずかしぃ!

 

「んー……ねぇ、依桜君」

「なに? 女委」

「ちょっとだけ気になったんだけどね。……この娘、依桜君?」

「にゃ、にゃんで!?」

「んや、昨日のこのライブにさ、依桜君は警備員として行ったわけじゃん?」

「え、依桜そんなことしてたの?」

「ま、まあ、一応ね……?」

 

 主に、ボクの『分身体』が、だけど。

 

 ボク本人は別のことをしていたからね……。

 

「てか、なんで女委がそれ知ってんだ?」

「だって、わたしが依桜君を紹介したんだもん」

「……ん? どういうことだ?」

「いやね。このエナちゃんね、わたしの二年前からの友達」

「「「ええ!?」」」

 

 うん。やっぱり、その事実には驚くよね。

 

 幸いないのは、周囲には聞こえていない事、かな。

 周りは周りでなんか盛り上がっているし。

 それのおかげで、こちらの話は聞こえていないみたい。

 

「んでね、エナちゃんが警備員が三人ほどこれなくなっちゃったから、代わりになりそうな人いない? って訊かれて、それで依桜君とミオさんを紹介したんだよ」

「その時点で、問題が起こらないことが約束されたような物じゃない」

 

 まあ、師匠がいるもんね。

 

 師匠が一人いれば、十分すぎるほどだし。

 

「んまあ、そんなわけで、依桜君とミオさんがお仕事をしていたはずなんだけどねぇ……そんなタイミングに、あんなに可愛いアイドルが出てくるあたり、不思議じゃない?」

「「「たしかに」」」

「で、ここからはわたしの推論! エナちゃんは脅迫状を送られていたらしいんだよね。だから、警備もかなり厳重だったし、人数――それも、なるべく武術の有段者である人たちが欲しかった。で、そんな中、エナちゃんが舞台上に出て、守ってくれる人が欲しい! とか何とか言った後に、マネージャーさんに無理と否定。どうしようかなぁ、と考えている時にトイレに行ったら、たまたまそこにいた素の状態の依桜君に遭遇し、事情説明後、アイドルになった、ってとこかにゃー」

 

 ………………あ、当たってる。

 

 なんで、その光景を見たかのように言い当ててるの?

 

 女委って、実は探偵とかだったり、もしくは異世界に行っていたりしない?

 

「で? 当たってるの? 依桜」

「え、えーっと……そのぉ……」

「……OK。その反応で理解したわ。それに、私も少し気になってこのライブの中継を見ていたけど、どことなく声が依桜に似てたし。というか、スキー教室の時に歌っていた声にそっくりだったし」

「ああ、言われ見りゃそうだったな。オレも、違和感を感じてたけどよ、なるほどなー。それが原因か」

「依桜は、本当に変なことに巻き込まれるな」

「あ、あははは……」

 

 本当に、笑うしかない。

 

 ボクのあれこれは、色々と酷いからね……。

 

 どうして、こんな感じの体質になったのか、今でもわからない。

 

 そもそも、体質なのかわからないんだけど。

 

「モデル、エキストラ、声優と来て、次はアイドルか。どんどん肩書を増やしてるわね、依桜」

「なんと言うか……ボクもなんでこうなのかわからないです」

 

 普通、ただ警備員の仕事をしに行くはずだったのに、アイドルをやらされる羽目になる、なんて想像できるわけないよ……。

 

 ボクって、そんなにあれなの?

 

「まあ、概ね、変なフラグでも建てたんでしょ、依桜は」

「ふ、フラグって……。さすがに、フラグは建てて、な…………」

「まさか。本当に建てたの?」

「さ、さすがにないよ! ただちょっと、師匠が『お前がアイドルのイベントに行くとなると、まーた変なことに巻き込まれそうだな』って言ってきたから、笑いながら否定しただけだもん」

「「「「それをフラグって言うんだよ!」」」」

 

 ……みんなして強く言わなくも……ぐすん。




 どうも、九十九一です。
 成り行きで、プール回を作ることになってしまった。まあ、別に今更なんで、いいんですが。どのみち水着回は、夏休み編でもやるんですけどねぇ……。
 明日は普通に投稿ができると思います。一応、今日は二話目も考えているにはいますが、まあ出せたらですね。うん。後はいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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368件目 職場体験の希望と水着選び

 それから、未果になぜかお説教(?)をされつつも、昼休みは終わり、授業。

 

 授業と言っても、五時間目は、来週に行われる職業体験の就業場所を決める時間なんだけどね。

 

「そんじゃ、お前らの体験先決めるぞ」

 

 今回は、クラス委員の未果が仕切るのではなく、戸隠先生が仕切ることになっています。

 仕切っているはずなのに、やっぱりやる気がなさそう。

 

 うーん、いい先生なんだけどなぁ……。

 

「まあ、とりあえず、お前たちがやる職業の候補を書いていくぞ」

 

 そう言うと、やる気がなさそうながらも、戸隠先生が黒板に候補を書いていく。

 

・教師(小学校・もしくは中学校)

・図書館

・飲食店

・ガソリンスタンド

・スーパー(ホームセンターなども含む)

・ゲームセンター

・幼稚園もしくは保育園

・コンビニ店員

・介護施設

・駅

・警察署

・消防署

 

「ま、こんなところだな。で、お前たちはこの中から好きなものを選んでほしい。一応、職場体験と銘打っているが、実際は短期バイトみたいなもんだ。お前たちは高校生なんで、中学時代に体験した時とは違い、一応バイト代が出るには出る。まあ、職場体験というよりかは、インターンシップに近いかもな」

 

 なるほど。

 

 一応、バイト代って出るんだ。その辺りはしっかりしてるね、学園長先生。

 

「だが、当然金銭が絡んでくるので、しっかり、責任をもって臨めよ。それから、第三希望まで書いてもらう。もちろん、第一希望になるよう、しっかりやるつもりだが、そこから漏れても文句は言うなよ。どのみち、バイト代は全部同じなんだ。稼げる金額は同じだ。だからと言って、手を抜くんじゃないぞ。もし手を抜いたら、相手方の方からこちらに連絡してもらうんでな」

 

 まあ、仕事をしていないのに、頑張っている人と同じ金額をもらえたら不公平だもんね。

 その辺りは、しっかりしてるみたい。

 

「んじゃ、適当に話し合ってもいいんで、この時間が終わるまでには全員提出するように。以上だ」

 

 そう言うと、クラスは少しざわつきだし、友達同士で話し合う人たちが出た。

 

「で、お前らは何にするんだ?」

 

 そして、当然のようにみんながボクの所に集まって来た。

 

「私は……そうね、図書館か、飲食店、あとは幼稚園辺りかしらね」

「俺は、警察署か介護施設、飲食店ってところだな」

「いや、晶が飲食店は普通に意味なくね? お前、バイトしてんじゃん」

「それはそれ、これはこれだ。他の店で体験することで、今のバイト先でも何かに使えるかもしれないだろう?」

「理由がカッコいいねぇ、晶君」

「晶らしいね」

 

 何事にも真面目に取り組むもんね。

 

 それに、今のはやっぱり好感が持てるよ。

 

「それで? 態徒はどうするんだ?」

「あー、そうだなぁ……ゲーセンとか消防署とか、ガソリンスタンドとかか?」

「態徒君らしいねぇ」

「いや、オレらしいってなんだよ。普通じゃね?」

 

 まあ、普通と言えば、普通、なのかな?

 態徒にしては。

 

「じゃあ、女委はどうなんだよ?」

「んー、とりあえず、わたしも飲食店とかかなぁ。あとは、図書館とか幼稚園とか?」

「……なぜかはわからないんだが、女委が最後に上げた二つに悪意を感じるのは気のせいか?」

 

 と、女委の挙げた候補に、晶は苦い顔をしながらそう言った。

 

 いや、うん……ボクもそれは思うな。

 

 なぜか。

 

「にゃははー、気のせいさー。まあ、ともかくあれだよ。わたしはこの三つさ! じゃあ、依桜君はどうなんだい!」

「ボク? うーん……」

 

 何がいいかなぁ……。

 

 正直なところ、どこに行ってもあまりいい予感がしないんだけど……。

 

 でも、選ばないといけないわけだし……。

 

 ……あ、そう言えば球技大会の時、小倉先生に小学校の先生が向いてる、って言われたっけ。

 

 それなら、小学校でいいかも。

 

「えっと、小学校の先生、かな。あとは、幼稚園とか、コンビニとか?」

「「「「似合うな……特に前二つ」」」」

「そ、そうかな?」

「なんと言うか、依桜は子供を相手にするのが上手いもの」

「ああ。それに、普段からメルちゃんたちを相手にしているからな。手慣れている印象がある」

「てか、昔から年下の相手は依桜が一番得意だったしな」

「あと、依桜君って、昔から母性があるからね」

「ちょっと待って!? 今の姿なら、まあ……百歩譲っていいとしても、男の時に母性なんてないよね!?」

 

 それは絶対おかしい!

 

 男の時から母性があるってどういうこと!?

 

「あー……たしかに、依桜って、昔から世話焼きだったものね。しかも、大抵子供には本気で優しいし、しっかり諭すものだから、なおさら」

「あと、包容力があったよね! 依桜君になでなでされたり、軽く抱きしめられると、すぐにみんな大人しくなるもんね!」

「それは! ……たしかに、そうだったかもしれないけど……でも、ボクにそこまでの母性はないからね!」

「「「「それはない」」」」

「なんでみんなして否定なの!?」

 

 え、ボクってそんなに母性があるの?

 

 う、嘘だよね?

 

「まあ、依桜の母性があるないは正直どうでもいいとしてよ。で、やっぱあれか? 最初に挙げた場所が、第一希望なん?」

「私はそうね」

「俺もだな」

「わたしもー」

「ボクも、かな。興味あったし」

「んじゃ、オレたち見事にバラバラなのな、第一希望」

「みたいだな。まあ、いいんじゃないか? こういうのは、仲のいい者同士で行くんじゃなくて、自身が本当に希望しているものに行くのが一番だからな」

「そうだね」

 

 こういうのは、成り行きでやっちゃダメだもんね。

 

 やっぱり、自分の意思でしっかり決めないと。

 

「じゃあ、これで提出するか」

 

 晶がそう言うと、みんなこくりと頷いた。

 

 

 五時間目が終了し、SHRはなしで、そのまま帰宅となった。

 

 ちなみに、職場体験の行き先については、後日連絡があるそうです。

 

 授業が終われば、ボクたちはショッピングモールの方へ。

 

 メルたちは一緒に帰れるとなると、基本的に待っていることが多いので、多分校門にいるはず。

 

「んーっと……あ、いたいた。みんなー!」

 

 校門にいる、可愛い可愛い天使のような妹たちを二秒ほどで見つけると、ボクはすぐさま呼ぶ。

 

 すると、みんな一斉に気づき、ボクに向かって、ててててー! と駆けて来た。

 

「ねーさま、これからショッピングモールとやらに行くんじゃろ?」

「あれ? まだ言ってないのに、よく知ってるね?」

「ミオお姉さんに聞いたんです!」

「師匠に?」

「遅かったな、イオ」

「あ、師匠。もう来てたんですね?」

「まあな。あたしは、どっちかっていうと、特別教師みたいなもんだしな。基本、職員会議は出ない。というか、でなくても問題ないことになっている。一応、内容を訊くことは可能だからな」

 

 それはあれかな、『分身体』でも使っているのかな。

 

 まあ、仮にそれがなかったとしても、師匠ならどこかで聞くことも可能なんだろうけど。

 

「それじゃ、そろそろ行きましょうか。この辺でずっといるのもあれだし」

「うん、そうだね。じゃあ、出発しようか」

 

 そう言うと、メルたちは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 

 道中、人気のないところで一度メルたちのランドセルを回収。

 

 ボクの『アイテムボックス』の中にしまい込んだ。

 

 さすがに、ランドセルを持った状態で行くのはあれだからね。

 

 というわけで、ショッピングモールにつき、ボクたちは水着が売っているエリアへ。

 

「お、季節も季節だから、この辺は売っているのが早いねぇ」

「そうね。土曜日に行くプールも、明日からみたいだし、それに合わせてるんでしょ」

「まあ、この辺りだと、一番大きい施設だからね」

「ねーさまねーさま! あれが、水着、とやらか!?」

「うん、そうだよ」

「学校、のみず、ぎとは、違う……」

「あれは指定の水着だからね」

 

 スクール水着だもん。

 

 でもあれって、ぴったりしててちょっとあれなんだよね……胸が苦しいし。

 

「わー! イオねぇ、あれ、なんでもいいの!?」

「もちろん。でも、ちゃんとみんなの体に合ったものを選ぶんだよ? 値段は気にしなくてもいいからね。あ、師匠もですよ」

「ん、何だ買ってくれるのか?」

「はい。こちらから言い出した事ですからね」

「そうかそうか。それは助かる。なにせ――あたしは水着を持っていないからな!」

「あはは、そうだったんで……え?」

 

 今、サラッととんでもないことを言ったような……?

 

「んじゃ、あたしは水着を選びに行くかね」

 

 そう言うと、師匠はちょっと楽しそうに大人向けの水着売り場へ移動していった。

 

「……ねぇ、依桜。私、今のミオさんの発言に対して……すっごい何とも言えない気分になったんだけど」

「今の発言って言うことはさ、学園の水泳の授業でミオさんが着ていたのって……」

「気のせいだよ!」

 

 それは多分、きっと、おそらく、十中八九、素の状態で入っていたって言うことじゃないから! 下着って言うわけじゃないから! ホットパンツだったから!

 

 

「……クーナおねーちゃん。これ、どう?」

「スイは、こっちのふりふりのものいい気がするのです」

「……なるほど」

「お、こっちはリルに似合いそうじゃのう!」

「そ、う?」

「うむ! ミリアもそう思うじゃろ?」

「うん! リルは大人しいのが似合うね!」

「じゃ、あ、こっち、は、ニアおねえちゃん、が似合い、そう」

「そうですか?」

「う、ん」

 

 と、子供用水着売り場では、みんながキャッキャと楽しそうに水着を選んでいた。

 

 その微笑ましい光景に、思わず頬が緩む。

 

「依桜、だらしない顔してるわよ」

「ふぇ!?」

「うんうん、依桜君、今すっごくにへっとしてるねぇ。いやぁ、誰にでも優しい美少女と言えども、妹たちには弱いんだねぇ」

「そ、そんなことはない……と思う、よ?」

「疑問系じゃない。……ま、依桜にもそう言う部分があるってことね」

 

 だ、だって、みんなすごく可愛いんだもん……。

 

 それは仕方ないと思うことだし、そもそも、自然の摂理だもん。

 

 結論。妹が可愛いのは、物理法則並みに当たり前のことです。

 

「ねーさま!」

「あ、メル。どうしたの?」

「なかなか決まらなくて、ねーさまに決めてほしいのじゃ!」

「え、ボク? こう言うのは、自分たちが好きなものを選ぶのが一番だけど……」

「みな、ねーさまが選んだものがいいらしいのじゃ! ダメ、かの……?」

「もちろんいいよ」

((即答した))

 

 妹たちのお願いなら、ボクが却下することはないし、そもそも、お願いをきかないという選択肢はないのです。

 

 

 というわけで、みんなの水着を選び終わった後は、ボクたちの方へ。

 

 と言っても、ボクは結局パレオタイプの水着にしたんだけどね。

 

 なんだかんだであれが気に入ってます。

 

 まあ……やっぱり、上はビキニなんですが……。

 

 前回は、未果たち全員に言われたけど、今回はなぜか師匠だけでなく、メルたちにも言われた。

 

 なんで?

 

 それから、未果は黒のタイサイド・ビキニを選び、女委はオフショルタイプのビキニを選んでいました。そして、師匠は意外なことにクロス・ホルター・ビキニを選んでいました。

 

 てっきり、タンクトップ系とホットパンツ型の物を選ぶのだとばかり思ってただけに、ちょっとびっくり。

 

 どうせなら、ということで、未果と女委の分の水着もボクが購入。

 

 二人は遠慮していたけど、ボク的にはお金を使いたいので、押し切りました。

 

 だって、あんなにあってもね……。

 

 それに、ついでです。ついで。 一括で買ってしまった方が早いからね。

 

 水着を買った後は、少しだけ時間が合ったので、ゲームセンターへ。

 

「ねーさま! あれがかっこいいのじゃ!」

「じゃあ、獲ってくるね!」

「あ! イオお姉ちゃん、あれ欲しいのです!」

「うん、あれね。ちょっと待ってね!」

「イオ、おねえちゃん、わたし、あれが欲しい……!」

「了解だよ!」

「イオねぇ、ぼくあれ!」

「はいはい!」

「イオお姉さま、私、あれが気になっているのです!」

「任せて!」

「……イオおねーちゃん、わたしあれ」

「行ってくるね!」

 

 と、こんな感じに、ボクはメルたちが欲しがるクレーンゲームの景品を獲っていました。

 

「……どうしようかしら、依桜のシスコンがどんどん深淵化してるんだけど」

「いやぁ、メルちゃんたちっていう妹ができる前からは考えられない依桜君の一面だねぇ。見てよ。あの顔。妹たちのためなら、能力とかスキルを使うの自重しない! って顔してるよ」

「……あたしの弟子、大丈夫か? あたし、心配になって来たんだが、あいつの将来……」

 

 あぁ、みんなのために何かをするって、すごくいいね!

 

 

 この後、メルたちがとびきりの笑顔でお礼を言ってきて、思わず昇天しそうになりました。

 可愛すぎるよぉ~~……!




 どうも、九十九一です。
 多分、次回は水着回です。時期的にもちょうどいいと言えばちょうどいいんでしょうかね? まあ、結局依桜が着るのは、物語序盤の時に着ていたものと大差ないんですが。
 明日は……出せたらでしょうか。まあ、結局はいつも言っている通りですので、よろしくお願いします。
 では。


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369件目 依桜ちゃんたちとレジャープール1

 時間が経つのは早いもので、気が付けば土曜日。

 

 今日は約束通り、プールに行く日です。

 

 天気予報の通り、今日は快晴で、六月の頭だというのに、真夏くらいに暑い。

 多分、三十度はあるかな?

 

 まあ、ボクからしたら、三十度なんてまだまだ涼しい方なんですけどね……。

 向こうなんて、五十度くらいの場所に滞在する、何て言う修行もあったから。

 だから、日本の三十度はボクからしたら、二十度くらいのものです。

 

 とはいえ、こうも快晴だと、きっとプールで泳いだら気持ちいいんだろうね。

 

 一応、LINNでの話し合いの結果、美天駅に朝九時半に集合になっているんだけど、ボクが起きたのは、朝の六時。

 

 それなりに早い時間帯。

 

 理由は単純で、お弁当を作っていくためです。

 

 いやまあ、別に向こうで買ってもいいんだけど、こんなに暑くて、尚且つ土曜日という休日である以上、並ぶ時間の方が長くなってしまう可能性があるということを考えた結果、お弁当を持って行くことに。

 

 それに、大人数だったら、まとめて作っちゃった方が安上がりだしね。

 

 なんと言うか、みんなでお出かけする時は、ボクがお弁当を作ってくることが常になっているような……というか、作ることが確実になってるよね?

 まあ、料理は好きだから全然いいんだけどね。

 

 みんなは昨日の夜、楽しみにしすぎて眠れない! って言ってはいたけど、意外とあっさり眠った。

 

 まあ、異世界出身と言っても、まだまだ子供だからね。そう長くは起きていられないはず。

 それに、楽しみにしていたし、意外と早く起きてきそうだけどね。

 

「おーっす……」

「あ、師匠、おはようございます。今日は早いですね」

「なんか、早く目が覚めてな……なんだ、迷惑か?」

「いえいえ、ただ早いなと思っただけですよ」

「そうか。……ん、なんかいい匂いがするな。イオ、それは弁当か?」

「そうですよ。今日のお昼です」

「へぇ……甘い卵焼きと唐揚げは入ってるのか?」

「はい。入れてありますよ。師匠、好きですもんね」

「ああ。さすが、愛弟子。あたしの好物をわかっているじゃないか」

「あはは。一年間も一緒に住んでいれば、師匠の好みは把握できますよ。それに、師匠には美味しいものを食べてもらいたいですし」

「お、おう。そうか……。こいつ、ナチュラルに殺し文句を……」

「師匠? 何か言いました?」

「いや、気にするな、こっちの話だ」

「そうですか」

 

 なんだろう? 師匠の顔が赤いような……。風邪……なわけはないよね。師匠だもん。

 

 ウイルスなんかに負ける気がしないし、そもそも、師匠って病気になるの? っていうくらい体が頑丈だもんね。本当に。

 

 まあ、師匠のことだから、心配するだけ無駄だよね。

 

 あ、そうだ。起きて来たのなら……

 

「イオー、コーヒーもらえるかー」

「できてますよ。はい、どうぞ。アイスのブラックコーヒーです」

「ん、さんきゅ。ほんと、お前は気が利くな」

「起きて来たのなら、多分欲しがるかなって思っただけですよ。慣れです。慣れ」

「そうか」

 

 起きてくれば、師匠がコーヒーを欲しがるのは当たり前だしね。

 

 基本、起きてすぐ飲むのはコーヒーって決まってるもん。

 

 それくらい憶えているのが、弟子というものです。

 

 

 それから、お弁当作りと並行して、朝食を作り、出来上がったタイミングでメルたちが降りてくる。

 もちろん、ある程度予想済みだったので、温かいうちに料理を出せた。

 

 みんなはすごくわくわくした表情を浮かべていたので、今日のお出かけをすごく楽しみにしていたんだろうね。

 

 うんうん。可愛らしくていいね。

 

 朝食をみんなで食べたら、お弁当をクーラーボックス……に見せかけた、師匠お手製の魔道具に入れる。

 

 この魔道具、名前は特に決めてないと言っていたんだけど、その効果はかなり便利な物。

 効果としては、『アイテムボックス』に近いけど、あれとは違って時間が止まっているわけじゃない。

 

 でも、似たような効果はあるから、別段困るようなことはないので、気にならない。

 

 さらに、この魔道具の便利なところは、入れたものに合わせて、個別で保存方法が変わるということ。簡単に言えば、温かいものを入れれば、それを保つように温かい状態で保存し、冷たいものを入れれば、冷たい状態を保てるように冷やすと言うもの。

 

 しかも、さっき言ったように個別で保存されるので、温かいものが冷たいものを温めてしまうことはないし、反対に、冷たいものが温かい物を冷ましてしまうということもないのです。

 

 本当に、暗殺者とは思えない便利な物を作るよね、師匠って。

 

 ……いっそのこと、それで商売をしても問題ないんじゃないかな、あの人。

 

 ちなみに、使い方としては、入れる際に温かくするか、冷たくするかのどちらかを考えながら入れれば使用できるみたい。

 

 便利すぎるよ。

 

 しかも、そんな便利なものを、師匠は僅か数分で作成していたのだから、本当に笑えない。

 

 規格外すぎるよね、師匠。

 

 まあ、師匠のおかしな部分は今更なので放置しておくとして、準備も終わり、早速出発。

 道中、みんなは楽しそうに話していて、周囲の視線を集めていた。

 

 これから遠足です! みたいな感じの雰囲気を出してたし、それにみんな、すごく可愛いからね。視線を集めても仕方ないね。

 

 ただ、おかしな視線を向けている人がいたので、その人にはあとでこっそり、針を刺しておこうかな? なんて思ったけど。

 

 そんなわけで、駅前に到着。

 

 ちょっと早めに来たからか、まだ誰も来ていない。

 

「それで? 今日はプールに行くと言っていたが、この近くなのか?」

「そうですね。隣町辺りなので、電車で一本で行けます」

「なるほどな。……それだったら、あたしが車を運転していった方が早かったな」

「あ、師匠って持ってるんでしたっけ、免許」

「まあな。一応、マニュアルを取ったぞ。案外あっさり取れてびっくりしているが」

 

 車の免許ってそんなに早く取れたっけ?

 

 うーん、わからない。

 

 そもそもボク、必要ないと思うしね、車。まあ、その内取りたいなぁ、とは思っているけど。

 

 先にバイクかな?

 

「おはよう、依桜」

「おはよう」

 

 と、ここで未果と晶が到着。

 

「おはよー、二人とも」

「今日は依桜の方が早かったな。……にしても、大人数だな」

「まあ、メルたちもいるわけだしね。早く行こう、って急かされてね」

「その割には、全然困ったような顔してないわね」

「だって、急かすみんなも可愛いし」

((妹離れ、できるのか……?))

 

 今なんて、みんな楽しそうに話してるしね。

 

 こっちの世界に来てから、みんなが行った場所って、遊園地くらいだからね。多分、楽しみなんだろうね。

 

 他にも色々と行ける場所はあるし、そう言った場所にはいつか連れて行きたいな。

 

 ……そう言えば、メルはともかく、ニアたちって孤児院出身のはずだけど、そこに連れて行かないでこっちに来ちゃってるけど……いいのかな? 今更ながらにちょっと心配になって来た。

 

 まあ、大丈夫、ということにしておこうかな。うん。

 

「ういーっす」

「やっほー」

「態徒、女委、おはよー」

 

 意外とそう時間がかからずに、二人も駅前に到着。

 

「あら、今日は早いわね、二人とも」

「はっはっは! 何せ、今日はプールだからな! すっげえ楽しみだったんで、早く来たぜ!」

「何せ、美少女たちの水着姿が見れるからね! なら、早く来るのは当たり前というものだぜぇ!」

 

 あ、やっぱりそう言う理由……。

 

 なんと言うか、二人らしい。

 

「ん、全員揃ったのか?」

「はい。じゃあ、行きましょうか。みんな、行くよ」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 本当、元気いいね。

 

 

 電車に揺られて、隣町の駅に到着。

 

 電車内は、プールに行こうとしている人がそれなりに見受けられた。

 

 今日はかなり暑いし、土曜日だからね。

 

 駅を出たら、徒歩でプールへ。

 

 一応バスも出ているには出ているんだけど、なんか満員だったしね。

 

 それに、ここからそんなに遠くないし、みんなも歩く気満々だったから。

 

 なので、徒歩です。

 

 道中、みんなで楽しく話しながら歩いていると、目的地が見えて来た。

 

「「「「「「わぁ~~~!」」」」」」

 

 目的地のプールが見えた瞬間、みんなの目が輝きだした。

 すっごくキラキラした目。

 

 まあ、向こうの世界にはこういった娯楽施設はないからね。

 

 かなり新鮮なはず。

 

「じゃあ、チケットを買ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 ボクはそう言うと、チケット販売所に向かっていった。

 

 

 販売所の前で並んでいると、ふと、やけに人が多いように感じられた。

 

 今日は土曜日で、さらに言えば猛暑と言っても差し支えないほどの気温。

 

 だから、お客さんが多くていても不思議じゃないんだけど……どうにも、男性のお客さんの方が多いような気がする。

 

 なんと言うか、プールに来たのに、別のことが目的で来ているような、そんな感じ。

 

 それを不思議に思いつつも、順番が来たので窓口に。

 

『こんにちは。何名様でしょうか?』

「えーっと、大人が一枚、高校生が五枚、あと小学生六枚下さい」

『かしこまりました。合計で……二万六千円になります』

 

 あ、意外といい値段。

 

 うん? なんだか、かなり視線を感じるような……あ、もしかして、大人数で来てるから、その枚数に驚いているとか?

 

 まあ、十二人でくればそうなるよね。

 

 そんな大所帯で来る人って、なかなかいない気がするもん。

 

『はい、二万六千円ちょうどですね。では、こちらチケットになります。それでは、楽しんできてください』

 

 営業スマイルでそう言われながら、ボクはみんなの所へ戻った。

 

 

『なあ、今の娘、めっちゃすごくなかった?』

『ああ、すごかった』

『あんな美少女が今日はいるとは……マジでついてるな』

『だな。今日はイベント目的で来たけどよ、あれはいいなぁ……』

 

 

 みんなの所に戻り、更衣室へ。

 

 今回の男女比、2:10っていう面白いことになっている。

 

 男子が晶と態徒だけだもんね。

 

 こういう状況、マンガとかライトノベルでしか見たことがないよ、ボク。

 

 ある意味、すごい。

 

 でも、こういう時って、男性の方が着替え終わるの早いんだよね。だって、服を脱いで、水着を穿くだけだもん。

 

 あとは、必要に応じて財布とか荷物を持って行くくらい。

 

 本当にそれだけ。

 

 でも、女性はちょっと違う。

 

 まず、上を着けて、さらに下を穿く。

 

 これだけで終える人もいる(師匠みたいな)けど、中にはあらかじめ日焼け止めを塗ったり、髪の毛を纏めたりするため、ちょっと時間がかかる。

 

 仕方ないね。

 

 ボクは……特に問題はないので、水着に着替えて、プール用のパーカーを羽織り、荷物を持って終了。髪については、一応サイドアップでまとめてあります。

 

「依桜はパーカーを羽織るのね」

「うん。ちょっと恥ずかしいから……」

「まあ、依桜君って恥ずかしがり屋だもんね! それに、水着姿を晒したのって、去年の学園祭だけだもんね、何気に」

「そ、そうだね。あの時は……本当に恥ずかしかったよ……」

 

 今思えば、あんな恥ずかしい恰好で、派手に動き回っていたんだもん……。

 

 うぅ、今思い出すだけでも、顔が熱くなるよぉ……。

 

「ねーさまねーさま! 早く行くのじゃ!」

「あ、う、うん。そうだね。えっと、準備できた?」

「私はOK」

「わたしもー」

「あたしも問題なし」

「ニアたちは大丈夫?」

「「「「「うん!」」」」」

「よかった。じゃあ、行こっか」

 

 微笑んで言って、ボクたちはプールの方へと向かった。

 

 うん、みんなで遊ぶの、すっごく楽しみ!




 どうも、九十九一です。
 しばらくの間は、毎日投稿ができそうになりました。ちょっと、右手首の靭帯を損傷してしまいまして、普段しているお仕事ができなくなったためです。まあ、家で療養、って感じですね。なのでまあ、基本的に毎日一話がしばらくできるそうです。
 明日はいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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370件目 依桜ちゃんたちとレジャープール2

「「「「「「わぁ~~~っ!」」」」」」

「あ、みんな走ると危ないよ!」

 

 更衣室から出るなり、メルたちがはしゃぎだし、走り出した。

 

 さすがにこういった場所で走るのは色々と危険なので、ボクはみんなを注意。

 

 すると、みんなは素直に言うことを訊いてくれて、一旦ボクの所に戻って来たので、その場で軽くしゃがんでみんなの目線に合わせて注意をする。

 

「いい? ここは、お客さんがたくさんいるんだから、走ると危ないの。そうでなくても、地面が滑りやすくなっているから、転んで怪我をしちゃうかもしれないから、絶対に走っちゃダメだよ?」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、いい返事だね。でも、万が一、変な人に声を掛けられたり、誘拐されそうになったらすぐに逃げて。そう言う緊急時は走ってもいいから」

 

 そう言うと、みんなは笑顔でこくりと頷いた。

 よく見れば、なんだかそわそわしている。

 

「それじゃ、お説教はここまでにして、早速行こっか」

「「「「「「うん!」」」」」」

「それじゃ、みんなも行こ」

「あ、ああ」

 

 あれ? なんでみんな、生暖かい目を向けてるんだろう?

 うーん?

 

 

 というわけで、まずは拠点づくり。

 拠点と言っても、単純にテントを組み立てるだけなんだけどね。

 

 一応、大人数用のものなので、広めの場所を確保。

 

 さすがに、十二人もいるからね。

 

 レジャーシートだけでもいいのかもしれないけど、もし熱中症になったら問題だから、それだけは避けないと。

 

 ちなみに、どこから出したのか、なぜか師匠がリクライニングチェアを出していました。

 地味に邪魔になる気がしてならないんだけど……。

 

 ……まあ、なぜかボクたちの周りには人がいないからいいんだけど。

 

 それから、ボクたちがテントを組み立てている間、メルたちは先にプールで遊ばせています。

 

 一応、『気配感知』で遂次確認しているので、危険はない。

 

 万が一があってはいけないから、いつでも対処できるようにしておく。

 

 多少離れても、気配を追えるからそれなりに問題はないし、悪意を持って近づこうとしている人がいれば、近づく前に察知し、即座に倒すからね。

 

 守る態勢は万全です。

 

 あ、そう言えば、クーナとスイは大丈夫かな?

 

 サキュバスとしての能力を押さえる魔道具を身に付けているけど、あれってネックレス型だからもしかしたら、何かの拍子に取れてしまうかもしれない。

 

 あ、でも、たしか大丈夫なんだっけ?

 

 基本的に自分では外れないように魔法が掛ってるとか何とか、ジルミスさんが行っていた気がするし。

 

 本当、便利だよね、魔法。

 

「それ、なのじゃ!」

「わわっ、やったなぁ、メルねぇ! やぁ!」

「きゃっ! ミリア、私に当たってるのです!」

「……わたしも、当たった。許すまじ。えい!」

「……あぅ! わ、たし、ミリアじゃ、ないのに……。しかえ、し!」

「リル、私はスイじゃないですよ!」

 

 はぁ……癒されるぅ~~……。

 

 近くの子供用のプールで水の掛け合いをして遊ぶメルたち。

 

 みんな楽しそうに笑顔を浮かべていて、とっても生き生きとしている。

 

 しかも、みんなの水着姿も可愛いからね!

 

 一応、ニアとクーナがフリルが付いたビキニ型で、リルとミリア、スイの三人はそれぞれの違いはあれど、タンキニとスカート型の水着。メルはスカート丈が太腿くらいのワンピース型。

 

 こんな感じになっています。

 

 みんな似合ってていいね。

 

 クーナはともかく、ニアがビキニ型の水着を着たことにちょっとびっくり。

 

「ふぅ……」

「お疲れ、依桜」

 

 ボクに声を掛けながら、未果が横に腰を下ろした。

 

「あ、未果。別に、疲れてはいないけどね。テントを組み立てるのなんて簡単だし」

「ま、それもそうね」

「晶たちは?」

「飲み物を買いに行ったわ。あらかじめ買っておくって」

「そっか。やっぱり、気配り上手だよね、晶って」

「ええ。伊達にモテてないわ」

「ふふっ、そうだね」

 

 なんと言うか、晶らしいよ。

 

「それにしても、可愛らしいわね、メルちゃんたち」

「そうだね。世界一可愛いと思ってます」

「……同時に、あなたのシスコン度が日に日に増してるわね。妹離れできるの? あなた」

「さ、さすがにそんなに酷くないよ? というか、ボクはシスコンじゃないから!」

「「「「それはない」」」」

「違う――って、え、なんで四人分!?」

 

 不意に、ボクの発言を否定する声が、四人分聴こえてきて、思わず混乱。

 きょろきょろと周囲を見れば、

 

「今の依桜は確実にシスコンだぞ?」

「そうだな。少なくとも、過保護すぎる」

「まあ、依桜君だしねぇ~。そうなっても不思議じゃないさ!」

「……いつの間に」

 

 いつの間にか、三人が戻ってきていた。

 手には飲み物が入った袋を持っていた。

 

「今さっきだぜ」

「まさか、戻ってきていきなり否定されるとは思わなかったよ……」

 

 最近、というか、ちょっと前からみんな冷たいような気がします。

 

「しっかしあれだな。メルちゃんたち、すっげえ注目集めてんな」

 

 子供プールで遊ぶメルたちを見ながら、態徒がそんなことを言う。

 

 たしかに、子供プールで遊ぶメルたちにかなりの視線が集まってる。

 

 特に、周囲で遊んでいる別の子供……特に男の子なんかは、メルたちに見とれているかのように、顔を赤くしている。

 

「みんな、すごく可愛いからね」

「だねぇ。やっぱり、美幼女たちが水辺でキャッキャと戯れている絵面は、素晴らしいよね! 可愛すぎる!」

 

 そう言いながら、女委が手元で何かを書いている。

 メモ?

 

「んじゃまぁ、オレたちも遊ぶか」

「そうね。いつまでもここにいたんじゃ、もったいないし」

「と言っても、お金を払ったのは依桜なんだがな」

「「「ごちです」」」

「あはは。いいよいいよ」

 

 ボクが好きでしていることだし。

 

 みんなには、なんだかんだで助けられたりしている場面が多い。その恩返しのような物だからね。

 

「依桜はどうする? メルちゃんたちの方へ行く? それとも、私たちと遊ぶ?」

「うーん……そうだね。未果たちと遊ぼうかな」

「いいのか?」

「うん。一応、メルたちにはボクの気配を探れる魔道具を渡してあるから、もしボクと遊びたい、ってなったら、それを使ってボクの所に来ると思うしね」

「……何その魔道具。どこで手に入れたのよ」

「事前に創ったの。一応、スマホを持たせてはいるけど、スマホを使うよりも早いからね。タイムラグがない異世界版GPSだと思えばいいかな」

「「「「無駄にハイテクなものを……」」」」

 

 あれ、みんなが呆れてる……?

 そんなにこれ、変な物かな?

 

「依桜。あなた、本当にメルちゃんたちには自重しないのね」

「自重? これでもまだ自重している方だけど……」

「「「「……これで、自重?」」」」

「う、うん。だって、ボクが自重しなかったら、護身用魔道具とかを創って渡したり、変態撃退用の道具とかを渡したり、付与魔法を使って常に回復するようにしたりするけど」

「「「「……あ、うん。そっすか」」」」

 

 だから、まだマシなんだけど、今のボクって。

 

「さ、そろそろ行こ。人が増えてきちゃうと、遊びにくくなっちゃうからね!」

 

 ボクが笑いながらそう言うと、何とも言えない顔をしていた未果たちが、なぜか諦めの笑顔を浮かべていた。

 

 どうしたの?

 

 

 というわけで、まずは普通のプールへ。

 

 海を模したようなデザインの広々とした変哲のないプールで、そこでは家族や友人、恋人同士などで遊ぶ人たちでにぎわっている。

 

「いやぁ、気持ちいいねぇ。こう暑い日に水にはいるって言うのは!」

「そうだね。温くなってないし、冷たいままでいいよね」

 

 常に冷たい水を出し続けてるのかな、これ。

 

「依桜、あなたいつまでパーカーを羽織ってるの?」

「たしかに。やっぱあれか? 日焼けを気にしてるのか?」

「そ、そう言うのじゃないよ。それに、ボク日焼けしないし……」

「依桜、マジなの?」

「マジです」

「……そう言えば、言われてみれば依桜は昔から日焼けをしていなかったな。なぜかはわからないが」

 

 晶の言う通り、ボクはなぜか、昔から日焼けをしない。

 みんなとプールに行っても、ボクだけ焼けなかったんだよね、肌。

 

「てか、日焼けしない体質とかってあるのか?」

「んー、ないことはないけど、結構危ないみたいだね、そう言う人って」

「へぇ、そうなの?」

「うん。日焼けってね、簡単に言えばメラニン色素が紫外線から肌を守る働きをした結果でね。まあ、細胞が痛まないようにしてるわけなのさ。で、逆に日焼けしない人っていうのは、メラニン色素が上手く生成されないんだよ。それが原因で、知らない間に紫外線のダメージが肌に蓄積されちゃってるってわけさ。なんで、日焼けしない――しにくい人たちは、しっかりケアをしないと皮膚がんを発症しやすくなったり、肌の老化が早くなっちゃうんだって」

「なるほどな」

「てか、よく知ってるな、女委」

「たまに思うけど、女委って本当に博識よね」

「んまー、ちょっと調べる機会があってね!」

 

 日焼けについて調べる機会って……一体、どういう状況なんだろう?

 

 でも、なるほど。そうなんだ。

 

 じゃあつまり、昔からボクはメラニン色素が生成されにくかった、ってことなんだよね?

 

 昔なら危なかったのかもしれないけど、今のボクって無駄に頑丈になっちゃったし、太陽がさんさんと降り注ぐ地帯でも修行で過ごしていたから、紫外線が肌にダメージ! っていう状況にならないと思うんだよね、これ。

 

 ……やっぱり、人外なのかな、ボクって。

 

「日焼けじゃないとするとよ、なんでパーカーを脱がないんだ?」

「……は、恥ずかしいから」

「……あぁ、言ってたわね、更衣室で」

「うん……」

 

 正直なところ、こう言った場所で水着姿になるのって、なんだかちょっと恥ずかしい……。

 

「別に、学園の授業でも水着姿になってるだろ? 何が違うんだ?」

「……態徒、お前はそんなんだから、モテないんだ」

「なにおう!?」

「見ろ、周囲の視線」

「視線? ……あぁ、納得。そして同時に……すまん、依桜」

「……いいんだよ。慣れてるし……」

 

 そう、視線です。

 

 現在、ボクにはかなりの視線が来ていました。

 

 その視線の先はと言えば……

 

「まあ、依桜君の胸って、すごく大きいもんね」

「あはははは……」

 

 ボクの胸です。

 

 特に男の人からの視線がすごい。

 

 たいていの人はチラ見する程度なんだけど、中にはガン見してくる人もいて……ちょっと気持ち悪い。

 

 去年の九月からずっとあるような視線だけど、。プールだと一段と酷くなる。

 

 これ、どうにもできないからすごく困ってるんだよね、ボク……。

 

「ピュアなのに、その辺りは敏感だしね、依桜は」

「ピュア? ボク、別にピュアじゃないと思うけど……」

 

 人を殺しているのに、ピュアはさすがに……。

 

「そう言えば、師匠はどこに行ったんだろう?」

「言われてみれば……見かけてないわね、ミオさん」

 

 少なくとも、テントを組み立て終えた後には見てない。

 

 とすると、師匠は一体どこへ……。

 

「ここだぞ、愛弟子」

 

 不意に背後から師匠の声が聞こえてきた。

 同時に、周囲のざわついた声も。

 

 ……一体、背後でなにが起きてるんだろう。

 

 確認をするべく、後ろを向くと……

 

「いいな、ここは。軽く修行ができる」

 

 師匠が立っていた――水面に。

 

 ……もう一度言います。

 

 師匠は、水底に足をついて立っているんじゃなくて、水面に足をついて立っていました。

 

「ん、なんだ、何とも言えない微妙そうな顔をして」

「なんと言うか……ですね。なんで、水面に立っているのかなって……」

「そりゃお前。万が一水難事故に遭った時のために、問題なく水面歩行ができるかどうかを確認していたんだが?」

「いやいやいや! 普通、水面に立つなんてこと、できませんからね!?」

「そうか? 気合でどうにかなると思うんだが、あたし的に」

「それは、師匠の当たり前です! 普通は水面に立つなんてできません!」

「いや、そう言うがよ。お前もできるだろ、水面歩行」

「それは――! ……できますけど……」

((((できるのかよ))))

「と、とにかく! 普通に水に入ってください! 普通に!」

「チッ、仕方ねぇな……ほら、これでいいだろ?」

 

 ……今、音もなく水底に足をついたんだけど。

 

 それどころか、水が一切動かなかったんだけど。

 

 え、待って? なんで? 今、どうやってやったの?

 

 沼に沈むみたいに、ゆっくり降りて行ったんだけど。

 

 ……本当に、おかしいよ、この人。

 

 周囲なんて。

 

『い、今あの長身美人、水面に立っていなかったか?』

『あ、ああ。俺も見た』

『どうやってんだろう、あれ』

『アクリル板か何かで立ってた、のかな?』

『それにしては、おかしな沈み方してたような……』

 

 かなりざわざわしているんだけど。

 

 ……変に注目されました。

 

 

「そんじゃま、依桜、遊ぶぞ」

「え、遊ぶ……?」

「ああ。んじゃ、依桜。……水上戦、やるか(にこっ)」

「す、水上戦……?」

 

 なんだろう? その不穏な単語は。

 

「あー、周囲にいるガキども。ちっと危ないんで、そうだな……十メートル以上離れてな。怪我するぞ」

 

 ほんのわずかに威圧を込めた言葉を口にした瞬間に、周囲にいたお客さんたちが蜘蛛の子を散らすように、離れていった。

 

 ……え、待って。本当に何をしようとしてるの?

 

「さて、これで問題ないな! よーし、最初は……『水砕』!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、師匠が聞いたことないスキル名を叫びながら右手の拳を水面に叩きつけた。

 

 そしてそれは――

 

「え、ま、まっ――きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 まるで地割れのように水が割れていき、ボクに向かって突っ込んできて、ボクを軽く吹き飛ばした。




 どうも、九十九一です。
 完全にミオのやっていることが迷惑行為。まあ、この作品の世界は基本的におかしい人しかいないので、大丈夫でしょう。多分、きっと、おそらく。
 ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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371件目 依桜ちゃんたちとレジャープール3

「――きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 師匠のスキルによって、軽く吹き飛ばされたボク。

 

 一応、周囲に被害が出ないように、神がかり的な力加減によって、他のお客さんたちに当たらないように抑えられているのが何とも言えない……。

 

 その無駄な制御技術、もっと別のものに活かしてほしいなぁ、ボク。

 

 ……って!

 

「み、水着が!?」

 

 吹き飛ばされた拍子に、羽織っていたパーカーが脱げた上に、ボクの水着の上が、今にも外れそうに!

 

 まずいまずいまずい!

 

 ボクは水飛沫で周囲に見えていないのを確認すると、本気で水着直しにかかる。

 幸い、落ちる前にできたので、セーフ……なはず。

 

 うん。大丈夫。

 

 ともかく、このまま水に落ちたら、周囲の人たちに水が掛っちゃうし……し、仕方ない。

 ボクは足の裏と手の平に魔力を集中させ、性質変化を行う。

 

 効果は、弾く効果。

 意味合い的には油みたいな感じかな?

 

 そして、間もなくして水面に着地。

 

 バシャァァァァッ!

 

 という音と軽い水飛沫を発生させながら、水面に着地。

 

「お、なんだ、ちゃんと性質変化はできるんだな」

「師匠から教わった技術ですからね。それに……できなかった場合、その後が怖いですし……」

「ま、そうだな。お前がこれをマスターしてなかったら、向こうの世界に行って修行をしていたところだ」

 

 ……よかった! ちゃんとマスターしていてよかった!

 

 じゃないと、ボクが向こうの世界で地獄のような修行を、また受ける羽目になってたよ!

 

「さて、あたしは今からお前に向かって、水の礫を投げまくるんで、お前はその礫に乗ってあたしをタッチしてみろ」

「え、普通に考えてそれは無理――」

「よーし、行くぞー」

「って、話聞いてない!?」

「ふっ!」

 

 一瞬師匠の手がぶれたかと思うと、ガトリングガンの如き水飛沫が、ボクに向かって飛来して来た。

 

 って! は、速い速い速い!?

 

 明らかに人力で飛ばしている水飛沫のスピードじゃないよ!?

 

 さらに言えば、礫の一つ一つの音が、

 

 ピュンッ!

 

 なんだけど!

 

 明らかに水が出す音じゃないよ!

 

「ほれほれ! さっさと来ないと、勢いが増すぞ」

 

 ぜ、絶対あれ楽しんでるよ!

 ボクが慌てふためいている状況を見て、絶対楽しんでるよ!

 うぅ、こうなったら……!

 

「たぁっ!」

 

 師匠の言う通り、ボクは水飛沫を足場にして、どんどん師匠に近づいて行く。

 

『なんだあれ!?』

『ちょっ、あの娘飛んでね!?』

『というか、水面に立ってなかった?』

『確かに色々気になるが、それよりも……』

『ああ』

『だな』

『『『めっちゃおっぱい揺れてる!』』』

「――っ!?」

 

 今、ぞわっとした! 背中がぞわっとした!

 

 え、何? なんか今、おかしな寒気が背中を走ったんだけど……って、今はそうじゃなくて、集中……集中しないと!

 

 さすがに、ガトリングガン以上の速さで飛んでくる水飛沫を、別の事を考えながら飛び乗って進むのは、難しすぎる。

 

 下手をしたら怪我をしてしまうかもしれないくらいに。

 

 というか、こんなスピードの水飛沫が一般の人に当たったら、風穴空くんじゃないかなぁ……。

 

 でも、一般の人に当たらないように、その手前で失速して普通の水飛沫程度の衝撃にしかならないように調節されているあたり、やっぱりおかしいと思います、あの人。

 

「どれ、ちょいとスピードアップするか」

「ふぇ?」

 

 一瞬思考が止まった。

 そして、次の瞬間には、さっき以上のスピードで水飛沫が飛んできた。

 

「ええええぇぇぇぇぇ!? し、師匠! さすがにそれは危険ですよぉ!」

「はははは! 何を言う! この程度、お前ならば余裕だ!」

「よ、余裕じゃありませんからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 そんな、ボクの必死の声が響いた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……つ、疲れた……とっても、疲れたよぉ……」

 

 数分後、ボクはプールの縁辺りで、ぐったりしていました。

 

 脚だけを水につけて、上半身はプールサイドに仰向けになって寝転がる。

 

 あぁ……太陽が眩しい……。

 

「お疲れ様、依桜。本当に」

「あ、未果……」

「はい、飲み物」

「ありがとぉ、未果ぁ……」

 

 苦笑いを浮かべながら、未果が手渡してくれた飲み物を受け取ると、ボクは上半身を起こして、こくこくと喉を鳴らしながら飲む。

 

「はぁ~……生き返った気分だよ……」

「まあ、実際死にかけてたものね」

「……そうだね」

 

 あの後、さらにスピードアップをしてきたことにより、ボクの体力はガリガリ削られ、終盤なんて若干意識が飛ぶんじゃないかな、ってくらいには危険だった。

 

「晶たちは?」

「ミオさんと遊んでるわ」

「そっか」

 

 なんだかんだで、師匠って晶たちといたりすることがあるんだよね。

 

 なんでも、それなりに気に入ってるとか。

 

 まあ、こっちとしてもみんなと打ち解けているから嬉しい。

 

「未果はみんなの所に行かなくてもいいの?」

「まあ、今の依桜が心配でね。ほら、さっきのでかなり疲れてるでしょ?」

「……そうだね。正直、結構疲れてるよ……」

 

 体力の内、六割くらいは使ったと思っていいです。

 洒落にならないんだもん、師匠のあれこれって……。

 

「依桜が疲れる時って言うのは、大抵ミオさん絡みよね」

「こっちの世界だとなかなかないからね、疲れるような機会って」

 

 しいて言うなら、去年の学園祭のような状況かな?

 あの時は、一人でお店をさばいていたようなものだから。

 

「ほんと、便利な体になったわよね、依桜って」

「うーん、たしかに便利な時も多いけど、何と言うか、みんなとちょっと違うのが、微妙にあれなんだよね……」

 

 ちょっと疎外感を感じるというか。

 

「それもそうか。依桜は、強くなったのを代償に、ある程度の困難を失ったわけだもんね。達成感を得られる機会って、そうそうないってことよね」

「そうだね」

 

 だからこそ、ちょっと寂しく感じるというか……。

 

 勉強に関しても、向こうで記憶力を鍛えたり(強制的に)、『言語理解』によって言語の不自由が無くなったりしたからね……。

 

 それもあって、国語、古文、英語などの、言語系授業は一切苦労しなくなった。

 

 暗記系の授業も、鍛えたせいで、割とすんなり暗記できちゃってるから、そこもあまり困っていない。

 

 数学だって、結局のところ、公式さえ覚えてしまえばそこで終了みたいなものだからね。

 

 応用問題に関しては、しっかり勉強しないといけないけど。

 

 でも、結局はそれだけ。

 

 実際、異世界から帰ってきた後のテストなんて、目立つのが嫌だったから、今まで通りの点数になるように調節していたし。

 

 この辺りは、みんなには話していない。

 

 さすがにね……。

 

「依桜君、未果ちゃん。どもー」

「あ、女委。どうしたの?」

「あなた、ミオさんたちと遊んでるんじゃなかったかしら?」

「いやね、ちょっとエロかわな美少女を見に来たんだー。依桜君の真っ白なお胸を見られる機会って、早々ないしね!」

「――っ」

 

 バッ! と、胸を隠すように体をかき抱く。

 未果はジト目を女委に向けていた。

 

「冗談冗談♪ だから、怖い目しないでよー」

 

 女委の場合、本当に冗談に聞こえないんだよね。

 

 普段から笑っていたりするからかな?

 

「よっこいせと。いやー、いいねぇ、こうして女の子三人、プールの縁に仲良く並んで座るという絵図!」

「何言ってるのよ……まあ、わからないでもないけど」

「あ、あはは……」

 

 ボクに関しては、純粋な女の子っていうわけじゃないけどね。

 

「それにしても、今日はやけに男性客が多いわね」

「あ、未果も? ボクもチケットを買う時とか、ちょっと気になってたんだよね」

 

 どうやら、ボクが感じていた疑問は、未果も感じていたみたい。

 

「そりゃあね。だって見てよ。明らかにプールで遊んでる人の数、どう見ても男の人が多いわ」

「そうだね。でも、なんでだろう?」

 

 たしかに、同性同士でこう言った場所に来て遊ぶのは楽しい。

 

 でも、こう言ってはなんだけど、こう言う場所って、男女混合で来るイメージが強い気がする。

 

 なのにもかかわらず、なぜか男性客がかなり多い。

 

 どうしてだろう?

 

「女委、何か知らない?」

「んー、なんか、今日はイベントがあるみたいなんだよねぇ」

「「イベント?」」

 

 プールで、イベント?

 一体何だろう?

 

「詳細な情報は調べてみないとわかんないけどね、どうもゲストが来るみたいだよ、今日」

「ゲストねぇ? 一体どんな?」

「さねー。この状況からわかることと言えば、男性客が多いから、多分女の人なんじゃないかな。それも、若い」

「なんでわかるの?」

「いやだって、男性客の人たちを見てみるとさ、明らかに十代後半~三十代くらいの人が多いんだよ? そう言う人たちが目当てにするのなら、若い女の人が一番可能性が高いってわけだよ!」

「なるほど……」

「それに、なんだかそわそわしているようにも見えるしね~。多分、これをきっかけに、是非お近づきに! とか何とか思ってるんじゃない?」

「ほんと、女委の観察眼って結構すごいわよね」

「へっへっへー、そうでもないさー」

 

 そう言う女委だけど、実際女委の観察眼ってすごいと思う。

 

 よく見ているというか、かなり小さなことにも気づくし、仮に変装していてもすぐに見破られちゃうんだよね……。

 

 まあ、変装に関してはボクの変装が甘いだけかもしれないけど。

 

「でも、イベントねぇ」

「な、なに?」

 

 片膝を立てて、頬杖を突く未果が、薄っすらと笑いながらボクを見る。

 

「いえ、イベントって聞いたから、なんとなく、依桜が巻き込まれそうだなと」

「さ、さすがにないと思うよ? それに、そういうことは、先週にもうやったし……」

 

 それなら、さすがにもうないと思うんだけど。

 そんなボクのセリフを聞いた二人は、諦めたような笑みを浮かべていた。

 

「「……フラグが立ったかもね」」

 

 と、そんなことを言ってきた。

 

 フラグって……。

 

 さすがにないと思うんだけどなぁ……。

 

 そもそも、ボクは自分でフラグを立てたっていう実感解かないし、そもそも立ててないと思うもん。

 

 みんな、ボクがフラグを立てた、とか言うけど、そんなことはないと思うんだよね。

 

 一体、何を根拠にそう言ってるんだろう?

 

「まあ、依桜が特級フラグ建築士なのは、この際どうでもいいとして」

「ちょっと待って? 何その心の底から不名誉だと思える称号は」

「何って……依桜君の本質?」

「ボクそう言うのじゃないよ!?」

 

 本当に、二人はボクのことを何だと思ってるんだろう。

 

 さすがに、先週アイドルをやったからと言って、今週も何か変なことが起きるなんて、起こるわけないもん。

 

 そもそも、イベントがあるから必ずしもボクが巻き込まれる、なんていうジンクスがあるわけでもないし。

 

 みんなの考えすぎだと思う。

 

 もぅ、酷いよね。本当に。

 

 そう、思った時だった。

 

「あれー? 依桜ちゃん?」

「え?」

 

 不意に、ボクを呼ぶ声がして、後ろを振り向くと……

 

「わ! やっぱり! 一週間ぶりだね、依桜ちゃん!」

「え、エナちゃん……」

 

 そこには、先週会ったばかりのアイドル――エナちゃんが、可愛らしい満面の笑顔を浮かべながら、立っていました。

 

「「……フラグ回収乙」」

 

 ボクの隣にいる二人の呟きは、聞かなかったことにしました。




 どうも、九十九一です。
 割と早い再登場のエナちゃんです。まあ、せっかく出たんですから、もうちょっと活躍させたいですしね。まあ、中には出てきた割には、あまり出番のない人もいるんですが……その辺は、私の技量不足ですね。マジでキャラを動かすの苦手……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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372件目 依桜ちゃんたちとレジャープール4

「びっくりだな、依桜ちゃんがいるなんて! しかも、女委ちゃんも!」

「やっはろー、エナっち!」

「やっはろー!」

 

 エナちゃんが女委に気づくと、お互いに笑顔でサムズアップしていた。

 二人が友達同士って言うことがわかる光景だね。

 

「それにしても、奇遇だねぇ、エナっち」

「だね! うち、びっくりだよぉ。まさか、仕事でプールに来たら、依桜ちゃんたちに会うんだもん」

「あ、そうなんだ! てことはあれかい? アイドル的な?」

「そそ! ちょっと呼ばれてね。ここの運営元の人と、うちの所属している事務所の社長が仲がいいらしくてね! それで、せっかくだから、っていうことでファンを増やしたり、もっといろんな人に知ってもらうために、うちが呼ばれたの!」

「ほほう! じゃあ、今日ここで行われるイベントって、エナっちのことだったんだね! うん、納得!」

 

 二人は、とても楽しそうに会話をする。

 周囲からはなんだか注目されているような……。

 

「ねえ、依桜。まさかとは思うんだけど……というか、さっきから出ている名前から察するに、この人って……」

「あ、うん。えと、アイドルのエナちゃんだよ」

「はぁ……やっぱり。事前に、女委が友達と言っていたとはいえ……本当だったなんてね」

「あ、あはは……ボクも、初めて聞いた時は本当に驚いたよ」

 

 電話越しだったけど。

 

 だとしても、いきなりアイドルと友達! なんて言われれば、かなり驚く……というより、驚愕を通り越して固まっちゃうよ。

 

 ボクは、まあ……普通の人の知り合いよりも、特殊な人たちの知り合いの方が多いからそこまで驚かなかったけど……。

 

 だって、ボクの知り合いや関係者の人たちと言えば、王様とか、お姫様とか、王子様とか、声優さんとか、異世界研究者とか、世界最強の暗殺者とか、魔王とか、騎士団団長とかだもんね……。

 

 ……うーん、こうして並べてみると、本当に普通の人がいない。

 

 強いて言うなら、未果たちくらいじゃないかなぁ、普通の人。

 

「む、そっちの大和撫子な感じの女の子は?」

「初めまして。依桜と女委の友達の、椎崎未果です。えーっと、エナ、さん?」

「敬語はなくていいよ! あと、さん付けじゃなくても大丈夫! どうせ、同じ年齢だしね!」

「ああ、そうなの? なら、エナで」

「うん! OK!」

「あー……なんと言うか、元気ね、あなた」

「それが一番の取り柄だからね!」

 

 にこにこと本当に楽しそうに断言するエナちゃん。

 なんと言うか、元気になるよね。

 すごくいいと思います。

 

「むぅー……」

「え、えっと、何、かな、エナちゃん」

「依桜ちゃん、お胸がおっきい……」

「ふぇ?」

「日本武道館で会った時も思ったけど、依桜ちゃんのお胸って本当におっきいよね! 正直、女委ちゃん以上におっきい人はいないと思ってたんだけどなぁ」

「依桜は規格外だから。この娘、去年の九月からこんなんだし」

「へぇ……って、んー? 去年の九月? それってあれかな。九月からおっきくなったとか? 急激に?」

 

 右手の人差し指を口元に当てつつ、疑問顔を浮かべて、エナちゃんがそう訊いてくる。

 その発言に、ボクたち三人は固まった。

 未果、今のは失言だよ……。

 

「あ、あー、えっと……」

 

 どうしよう。この状況。

 

 どう説明しよう。

 

 さすがに、今の状態になるには、それなりに時間をかける必要がある……と思うし、いきなり成長しました! なんて言っても、まず信用してもらえないかもしれないし……。

 

 うぅー……どうしよぉ。

 

(依桜君依桜君)

 

 ふと、女委の声が頭の中に響いてきた。

 

 これって……異世界に行った際に貰ってきたお土産の……。

 

 持ってたんだ。ちゃんと。

 

 あ、でも、これはチャンスかも。

 

(なに?)

(エナっちになら、事情を説明しても問題ないと思うよ)

(え、でも、知り合って日が浅いけど……)

(だいじょぶだいじょぶ! わたしの知り合いに悪い人はいないさ! みーんな、特殊なことに理解のある人だから問題ナッシング!)

(め、女委がそう言うなら……)

 

「え、えーっと、あんまり大きな声で言えないし、信じてもらえるかわからないんだけど……」

「うんうん!」

「ボク……実は、元男なんだよ」

「うんう……うん? え、男の子? 依桜ちゃんが? 本当に? 嘘じゃなくて?」

「うん」

「じゃ、じゃあ依桜ちゃんって……トランスジェンダーだったから、学生の内に性転換手術に手を出して、それで女の子になってっていうこと!?」

「違うよ!?」

「で、でも、そうじゃないと現実で女の子になるなんて不可能だと思うんだけどな、うち」

「……まあ、たしかにエナの言う通りよね。現実的に考えたら」

「だねぇ。普通なら、そうやって解釈するのが当然だもんね」

 

 た、たしかにそうかもしれないけど! ボク、別に女の子になりたい! とか思ったことはない……はず! 多分!

 

「んー? 女委ちゃんと未果ちゃんは、事情を知ってるの?」

「知ってるも何も、私たちは付き合い長いから。たしかに、依桜は男の時から妙に女の子っぽいところはあったけど、それでも、れっきとした男の娘だったわ」

「……なんだろう。未果が言った『男の子』の『子』の部分。明らかに、子供の子以外の漢字が使われていた気が……」

「気のせいよ」

 

 きっぱりと否定された。

 

 でも、たしかに違ったような……。

 

 ……ま、まあ、きっと気のせいだよね。うん。幼馴染を疑うのはよくないよね。

 

「むむむぅ~……じゃあ、なんでこんなに可愛い女の子に?」

「か、可愛いって……ボク、そうでもないと思うんだけど……」

「あれ、依桜ちゃん自覚なしな感じかな?」

「「なしな感じです」」

 

 二人とも、なんで同調してるの?

 ボク、そんなに可愛くないよね? ね?

 

「依桜の超謙虚はこの際置いておくとして。依桜が女の子になったのは、まあ……呪いね」

「の、呪い? それはあれかな? 丑の刻参りとか、黒魔術みたいな?」

「あー……その辺りって、どうなの? 依桜」

「うーん……そうだね。こっちの世界で言ったら、黒魔術、が近いかも。実際は、数ある魔法の中に含まれている、呪術魔法って言うのが該当するね。だから……まあ、黒魔術とかに近い、かな?」

「そかそか」

 

 正直なところ、黒魔術については、よくわかっていないから、何とも言えないけどね。

 

 でも、魔術なんていう概念があるんだから、やっぱりこっちの世界にも魔法が使える人っていたのかな?

 

 今はどうかはわからないけど、少なくとも過去にはあった可能性はあるよね。

 

「こっちの世界? むぅ、三人が何の話をしているのかわからない……」

「あ、ごめんね。えっと、もうハッキリ言っちゃうんだけどね……ボクね、三年ほど異世界にいたの」

「異世界? 異世界って、ライトノベルとかマンガなんかでよくあるあれ?」

「うん。去年の九月ぐらいに、ちょっとした事情で飛ばされちゃってね。それで、魔王を倒した直後に呪いをかけられて、それで……帰ってきた後に女の子に……」

「ん、んーーーー? ちょっと待ってね? えーっと、色々と訊きたいことはあるんだけど……魔王? 魔王って何!?」

「魔王って言うのはえと……人間を滅ぼそうとしていた魔族の王みたいな人のことで……」

「わ! バッリバリのテンプレ設定! って、そうじゃなくって! え、依桜ちゃんって、魔王を倒したの? 本当に?」

「ほ、本当です」

「私たちも証人ね。まあ、私と女委、あとはあっちで遊んでいる男二人もそうね」

「ついでに、その二人に容赦なく人工的に発生させている波をぶつけているのは、異世界人だよー」

「えええぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 女委の発言には、さすがに声を上げて驚くエナちゃん。

 

 うん。普通のお客さんたちに交じって遊んでいる人が、実は異世界人なんて、普通は思わないもんね。知ってました。

 

 ただ、エナちゃんが驚いたことで、周囲からの視線が多くなってしまった。

 

 それに気づいたエナちゃんが、愛想笑いを浮かべながら、周囲にペコペコとお辞儀をすると、見ていた人たちの顔が緩み、すぐに別の方を向きだした。

 

 普通にすごい。

 

「あとは、異世界から来た幼女たちが六人かな? ちなみに、全員依桜君の妹になってるよー」

「い、異世界の子が妹……」

 

 とうとう、驚くを通り越して、絶句し始めた。

 

 まあ……異世界だもんね。そもそも、存在するかどうかわからないような物が、突然あると言われたら、誰だって驚くよ。

 

「じゃ、じゃあ、魔法とか使えちゃったりするの?」

「うん。えーっと……ほら」

 

 右手の手の平に風を発生させる。

 なるべくわかりやすいように、その場にとどめて、小さなつむじ風を起こす。

 

「わぁ、すごい! ねえねえ、他にもあるの!?」

 

 魔法を見せた途端、さっきとは打って変わってキラキラとした表情でそう訊いてくる。

 あ、見たことある光景。

 

「うーん、なくはないけど……ボクって、あまり魔法は得意じゃなくて。一番使ってたのは、生成系のものだよ。しかも、ナイフや針みたいな、小型の武器になるような物を創り出すものだし……」

「それでもすごい! わぁ……依桜ちゃんって、すごく不思議な女の子だと思っていたけど、そう言う理由があったんだね!」

「そ、そうかな?」

「うん! じゃあ、あれかな。先週、あんなに歌って踊っていたのに、ほとんど疲れてなかったのって……」

「うん。向こうでかなり鍛えたからかな? こっちの世界でわかりやすく言うと、フルマラソンを全力で走っても全く疲れないくらい?」

「それはすごいね」

「依桜は色々と規格外だもの」

「まあ、そんな依桜君でも勝てないのが、あそこにいる長身美人さんなんだけどね」

「えっと、どういう関係なのかな?」

「ボクの師匠だよ。戦い……というか、暗殺者の」

「依桜ちゃん、暗殺者さんなの!?」

「こ、声が大きいよぉ!」

「あ、ごめんね!」

 

 あんまり表立って言えない単語を、こんなに人が大勢いる場で叫んだりなんかしたら、変に注目を集めちゃうよ。

 

 良くも悪くも、元気ってことだね、エナちゃん。

 

「そう言えば……あの人って、依桜ちゃんと一緒にいた? 先週」

「うん。警備員として出てくれてたよ」

「はぇ~」

「師匠が、脅迫状を出していた人を捕まえていたみたいだし。数分で」

「ほんとに!? じゃあじゃあ、うちにとって、恩人さんってことかな?」

「そうなる、のかな? 師匠にとっては、大したことじゃないんだろうけど……」

「大したことないって……ねね、その師匠さんって、どんな人なの?」

「「「理不尽」」」

「そ、そうなんだ」

 

 ボク、未果、女委の三人が一斉のそう言った。

 しかも、若干遠い目をしながら。

 

「でもでも、すごく綺麗な人だし、カッコいいよ!」

「そうね。かなりぶっ飛んでる人だけど、基本的に助けてくれるし、なんだったら、依桜に対してものすごく過保護だから」

「それにそれに、依桜君とミオさんって、一年間一緒に暮らしてたからか、すっごく仲が良くてね、たま~に恋人を通り越して、夫婦なんじゃないかって場面もあるよ!」

「ふ、夫婦……! 依桜ちゃんがお嫁さんで、その、ミオさんって言う人が夫になるのかな?」

「「その通り」」

「違うよ!?」

 

 なんで元男のボクがお嫁さん扱いになるの!?

 

「だって、基本的に身の回りのしてるの、依桜じゃない。今も一緒に暮らしてるし」

「た、たしかに、家ではボクが家事をして、師匠のお世話をしてるけど……あれは、弟子としてであって、そう言う意味じゃないからね!?」

「んー、でも、妙にミオさんの好みとか、ルーティンを理解してるし、なんだったら、メルちゃんたちの次くらいに世話を焼いているよね?」

「普通じゃないの? 師匠のお世話を弟子がするのって」

「……ちなみになんだけど、依桜。あなた、ミオさんに何してる?」

「え、えっと……ご飯を作ったり、朝のコーヒーを出したり、洋服の修繕をしたり、耳かきをしてあげたり、たまに師匠がお風呂に乱入してくるから、体を洗ってあげたり……あとは、師匠の好みに合わせたお弁当を作ったり、あと、今はメルたちがいるからあれだけど、ちょっと前までは一緒に寝る機会も多かった、かな? なぜか、ボクが抱き枕にされていたりもしたけど。……うん、こんなところかな」

 

 他にも色々とあったような気がするけど、大きい所だと、これくらい。

 他には、お買い物に行ったり、お散歩したりがあるかな?

 

「んー、うちは師弟とかはわからないけど、多分世間一般では普通じゃないんじゃないかな?」

「え」

「……私、今ので大体把握したけど……依桜。あなた、完全にやってることがお嫁さんのそれよ。しかも、かなり献身的な部類の方の」

「……え」

「いやぁ、依桜君のお嫁さん属性って、すごく高いなー、とは思ってたけど、そこまでだったとはねぇ。もしかして、依桜君はミオさんが好きだったり?」

「………ふぇ!?」

「あ、依桜ちゃんの顔が真っ赤に」

「す、すすすすす、好きっ……? そ、そそ、そんなことはない、よ……? た、たしかに師匠は好き、だけど、その……頼れるお姉さんみたいな存在で、け、決して恋愛的な好きじゃない……と思う、ょ……」

 

(((そんなに全力で否定されても……。しかも、顔を赤くさせて瞳を潤ませるのは反則では……?)))

 

 はぅぅぅ~~……な、なんでこんなに恥ずかしいの……?

 こ、この場に師匠がいなくて、よかった……。

 

 

 一方、ミオはと言えば。

 

「……ごふっ」

「ちょっ、ミオさん!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 愛弟子が言っていた台詞が放たれた直後に、鼻から噴き出た血を手で押さえ、片膝を突いていた。

 

(……可愛いじゃねえか、此畜生ッッッ!)

 

 ミオの顔は……ものすごく、緩み切った幸せそうな顔をしていたそうな。




 どうも、九十九一です。
 最近、本編で依桜とミオのカップリングが多いような気がしてならない……。というか、下手したら、この作品の完結時には、IFでとかじゃなくて、本編でくっつきそうな勢いなんですが。いやまあ、なんだかんだでいいペアなんで、いいんですが……できれば、本編では依桜は独身でいさせたい。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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373件目 依桜ちゃんたちとレジャープール5

「そ、そう言えば、エナちゃん。エナちゃんがイベントに出るために来たのはわかったけど、どうしてここに?」

 

 恥ずかしいという気持ちをなんとか抑え込み、少し気になったことをエナちゃんに尋ねる。

 

「ちょっと時間があったから、ちょっとプラプラと。そしたら、依桜ちゃんらしき人影を見つけちゃって、それでこうして会ったってわけです!」

「そうなんだ」

 

 単純に暇だったからっていうことでいいのかな?

 

 まあ、普通のライブとは違って、こういったレジャー施設でのイベントだから、意外とそうでもないのかもしれない。

 

「むー……」

「? どうかしたの? エナちゃん?」

 

 ふと、エナちゃんが思案顔でじーっとボクを見つめて来た。

 どうしたんだろう?

 

「ねね、依桜ちゃんって今暇かな?」

「え? 今はちょっと休憩しただけだけど……。暇かと訊かれたら、暇、になるのかな? 未果と女委の二人と話してただけだから。ね?」

「そうね。どちらかと言えば、暇なんじゃないかしら?」

「だねー。わたしも、ちょっとばかり休憩してただけだもん」

「ふむふむ……ねえ依桜ちゃん」

「なに?」

「せっかく会ったんだし、イベント出ない?」

「え? イベントって……エナちゃんの?」

「そうそう!」

「……それってもしかして、ライブ?」

「まあ、ライブ、になるのかな? 先週みたいに大きなあれじゃないけど、普通にライブだと思うよ!」

 

 やっぱり!

 

「な、なんでボクに? たしかに、機会があったらまたとは言ったけど……」

 

 一週間後にやるなんて想像もできないよ。

 ……別に嫌というわけではないけどね。

 

「実はね、依桜ちゃん――というより、いのりちゃんが出たあのライブの後ね、なんというか、ライブに来れなかったファンとか、うちのファンじゃなかった人たちがいのりちゃんのファンになった人とか、あとはその場にいた人たちとかから、いのりちゃんを望む声がかなり多く上がっちゃってね。いつか爆発しそうな勢いなんだよ!」

「え」

「あー、依桜ならあり得るわ」

「同感! わたしも、チラッと見たけど、確かにあれはすごかったもんね」

 

 え、女委見たの!?

 

 ……あ、でも、一応生中継もしていたみたいだし、そもそもネットニュースにも上がっていたみたいだから……見ていても不思議じゃない、よね。うん。

 

「だからね、できれば出てほしいかなー、なんて……」

「でも、今日はエナちゃんのファンの人たちが来てるんだよね?」

「うん、基本はそうだね」

「だよね。だから――」

「でもね、同時にいのりちゃんがゲリラ的に来てくれるかも! みたいなことを期待して来ている人もいるみたいなんだー」

「えぇ……」

 

 なんでそんなことになってるの?

 

 そもそも、アイドル素人なボクが一度出たくらいで、なんでそんなに騒がれちゃってるの? 一体、どうなってるんだろう。

 

「あらら。それはもう、出るしかないんじゃないかな、依桜君!」

「なんで!?」

「なんでって……その人たち、依桜目当てで来ているんでしょう? それに、ぶっつけ本番って聞いたけど、前回の依桜」

「うっ」

 

 その情報、多分女委から……だよね?

 次の日に、ボクがいのりだとわかった後に、多分聞いたんだろうなぁ……エナちゃんから。

 

「それに、フラグを建築したんだから、最後まで回収しないとだよ、依桜君!」

「どういう意味!?」

 

 回収って何!

 べ、別にフラグを立てたわけじゃないよ、ボク!

 立ててもいなければ、回収もしないもん! 絶対、してないもん! ……多分。

 

「諦めなさい、依桜。こうなった以上、あなたはアイドルになるしかないわ」

「仕方ない風を装ってるけど、明らかに楽しんでるよね、未果!?」

「ソンナコトナイワヨー」

「なんで片言? あと、口元がにやけてるからね! 絶対、未果が見たいだけだよね!」

「心外ね。私だけじゃないわよ」

「え?」

「わたしも見たいぜ、依桜君!」

「なんで!?」

「可愛い姿が見たい! ついでに、依桜君の歌声が聴きたい! アイドルな!」

「女委、欲望に忠実すぎない……?」

 

 ここまで本人の前で堂々と言えるのはすごいと思うんだけど。

 ……まあ、女委って羞恥心とかあるの? っていうくらいに、図太いもんね。

 なんと言うか、厚顔無恥という四字熟語が頭に浮かぶよ。

 と言っても、そこまで酷くはないけど。

 

「正直、うちも依桜君と一緒にアイドルしたいな!」

「エナちゃんまで……」

 

 なんでこう、ボクの周囲の人たちは、ボクに目立つことをやらせようとするんだろうね……。

 別に、アイドルをすることが嫌というわけじゃないんだけど……うーん。

 

「だって、依桜ちゃんと一緒にアイドルするのって、楽しいんだもん!」

 

 笑顔でそう断言された。

 その笑顔に当てられて、心がぐらつく。

 

 うぅっ、ダメ……ダメだよ、ボク!

 さ、さすがにこれ以上目立つ行為は……!

 

「ねーさまー!」

 

 ボクが悩みに悩んでいると、後ろから癒しの声が聞こえてきた。

 

「みんなどうしたの?」

 

 みんなの存在を認知した瞬間、ボクの中の悩みがどこかに行った。

 

「うむ、ねーさまと遊びたいと思ったのじゃが……何かあったのかの?」

「あー、えっと……実はね――」

 

 今のボクたちの状況を見て、疑問符を浮かべるメルたちに軽く事情を説明。

 話が進むにつれ、メルたちの顔が少しずつ輝いたものに変わっていき、

 

「――というわけなの」

 

 話が終わる頃には、みんなキラキラとした笑顔を浮かべつつ、同時に目も謎の輝きを放っていた。

 

「ねーさま、儂、ねーさまがアイドルとやらになっている姿が見たいのじゃ!」

「私も見たいです!」

「わた、しも……!」

「ぼくも見てみたい!」

「どうなるのか気になるのです!」

「……見たい」

「じゃあやるね!」

 

 みんなが見たいと言うのなら、お姉ちゃん頑張っちゃいます!

 お姉ちゃんってそう言うものだよね!

 

「???」

 

 目を丸くさせて、ボクを指さしながら、未果たちを見るエナちゃん。

 

「あー、エナの言いたいことはよ~~~~くわかるわ。でもね、これが平常運転なのよ、最近の依桜は」

「依桜君、超が付くほどにメルちゃんたちに過保護で、さらにシスコンだからねぇ。とりあえず、メルちゃんたちがお願いすれば、絶対と言っていいレベルで引き受けてくれるよ」

「そ、そうなんだ。意外な一面」

「というわけで、引き受けようと思うんだけど……大丈夫かな、エナちゃん」

「あ、うん。うちは全然オッケーだよ! だって、うちが誘ったわけだしね! マネージャーにも連絡するけど、二つ返事で了承すると思うよ!」

「うん、ありがとう、エナちゃん」

「ちょっと、電話してくるね!」

 

 そう言うと、エナちゃんはうきうきした様子で電話をしに行った。

 電話は十秒ちょっとで終わったみたいで、かなり早く戻って来た。

 早い。

 

「OKでたよ! 衣装については、今着てる水着で大丈夫だって!」

「うん、了解だよ」

 

 衣装の心配はなし、と。

 前みたいに、ボクが急いで作るなんてことはないみたいだね。

 あれはあれで、かなり疲れるから、できればやりたくない。

 

「マネージャー、すっごく驚いてたよ」

「でしょうね。何せ、自分たちがイベントをする場所に、先週急に出てくれたアイドルがいたわけなんだし」

「しかも、出て欲しいっていう要望が多かった人だもんね! いやー、依桜君の体質はすごいね! ここまできたら、いっそ神様に愛されてるんじゃないかなって思えてくるレベルだよ!」

「あ、あはは」

 

 神様、一応この世界にいるしね。

 師匠曰く、どの世界にも必ず神様がいるっていう話だもんね。

 この世界の神様がどんな人なのかはわからないけど。

 

 ……ただ、師匠の話を聞いていると、あまりいい印象は抱かなかったから、会いたいとは思わないかな。

 

 だって、ボクの場合、何があるかわからないんだもん。

 神様に会ったら、確実に変なことになる予感がするもん。

 

 そもそも、どうやって会うのかはわからないけどね。

 

「それじゃあ、一度マネージャーのとこ行こ!」

「うん。未果、女委、とりあえず、晶たちに行っておいてくれるかな? あと、メルたちをよろしくね」

「了解。こっちからちゃんと伝えておくわ」

「OKだよ~。頑張ってね! 見に行くから!」

「うん。それじゃあね」

 

 ボクはそう言うと、エナちゃんと一緒にマネージャーさんがいるところまで歩いて行った。

 

 

「久しぶり……じゃないけれど、一週間ぶりね、男女さん」

「こんにちは、マネージャーさん。了承してくれて、ありがとうございます」

「ああ、お礼を言いたいのはむしろこっち。まさか、たまたま遊びに来ていた男女さんが出てくれるとは思わなかったもの。でも、いいの? 休日に遊びに来たのでしょう?」

「大丈夫ですよ」

「それならいいのだけれど」

 

 個人的には、まあちょっとあれかもしれないけど、メルたちが見たいというのなら話は別です! やる以外に選択肢はないもん。

 

「んー……うん。男女さんの衣装はエナから聞いていると思うけれど、その水着で問題ないわ。むしろ、清楚な印象を与えるから、OKね!」

「それならよかったです」

 

 ボク自身、清楚かどうかはわからないけど、大丈夫なら問題ないよね。

 

「それで、イベントって聞きましたけど、主に何をするんですか?」

「イベントと言っても、基本的にやるのはライブよ。ちょくちょく企画が入るくらいね」

「企画?」

「ええ。内容的には、プールにちなんだものとか、単純なトークショーみたいなものね。あー、でも、どちらかと言えば、ライブよりも、企画の方面に傾いているかもしれないわ」

「なるほど」

 

 そうなると、歌う場面は少ないっていうことかな?

 それなら尚更大丈夫だね!

 

「イベントは何時くらいからなんですか?」

「十一時半開始ね」

「じゃあ、あと四十分くらいですね」

「ええ。かなり急だけど、大丈夫?」

「大丈夫です。あ、歌って、前回歌ったものですか?」

「ええ。新曲とかはないから、そこは安心して。それに、歌って言っても、三曲くらいだから」

「そうなんですね」

 

 そこそこ少なかった。

 

 こういう場所でのイベントだから、ドームとかと違ってファンとの触れあいの面が強いのかも。

 

 でも、売れたアイドルっていう人たちって、あまりこういったことをするイメージがないというか……こう言ってはなんだけど、割に合っていなかったりするような気がする。

 

 多分、こういうことをしているから、エナちゃんって人気が出たのかも。

 

「はい、これが今日のプログラム」

「ありがとうございます」

 

 えーと……なるほど、最初に一曲歌って、最後に二曲歌う感じなんだね。

 それで、一曲目と二曲目の間にさっき言った企画が入ってるんだ。

 

 前回は、終始歌っていたような感じだったからね。なんだか、ちょっと少なく見えてしまう。

 

 でも、こういう場所だったら妥当なのかな?

 

「それじゃあ、そろそろ準備に行かないとね。男女さんは、例のいのりちゃんになれる?」

「はい、問題ないですよ。ちょっと、着替えきますね」

 

 ボクはそう言うと、控室に備え付けられていた更衣室のような場所に入り、着替え――もとい、変装を始めた。

 

 うーん、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。




 どうも、九十九一です。
 最近、この作品が本当に完結するのか疑問になってきています。全く終わる気がしない……。一応、三年生の三月くらいまでにしようかなぁ、とか思ってはいるんですが、別段12月で本編は終了させてもいいんじゃないかなとか思い初めまして。
 まあ、この作品は頑張って完結させるつもりですけどね。失踪しない限りは。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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374件目 依桜ちゃんたちとレジャープール6

 そんなこんなで、イベント開始前。

 

 エナちゃんが、

 

『普通に出ても面白くないし、何かしながら出て来ることってできる?』

 

 って訊かれました。

 

 それに対する返答はと言えば、できなくはない、というちょっと微妙な感じのものだった。

 

 ボクの身体能力とか能力やスキル、魔法を駆使すれば普通じゃない登場の仕方はできるけど……アイドルって、そう言うのも求められてるのかな?

 

 まあ、別にいいんだけどね。

 

 ただ、ボクだけじゃちょっと地味になりそうなんだよね。

 

 そう考えた時、ちょっと怖いけど、確実な方法が頭の中に浮かんだ。

 

 師匠です。

 

 せっかくメルたちも見ているわけだし、それならカッコいいところを見せてあげたいよね。お姉ちゃん的に。

 

 なので、師匠にお願いしてみたところ。

 

『ん? なんだ、普通じゃない登場のさせ方をすればいいのか? それくらいなら、呼吸程度の労力で済むな』

 

 つまり、大した労力じゃないということですね。

 

 演出をするのに、呼吸するほどの労力しかないというのは、本当にすごい気がするし、師匠の規格外さがよくわかるよ……。

 

 本当に、なんでボクなんかを弟子に取ったんだろう?

 ある意味では、人生最大の謎かも。

 

 まあ、そんなことが裏でありつつも、イベント開始の時間。

 

 もともとエナちゃんのイベントなので、先にエナちゃんが出て、一曲歌ってから、その次のトークショーでボクが出てくる手筈になっています。

 

 なので、今はエナちゃんの歌を聴きながら、出番が来るのを待っている状態。

 

 あ、もちろん、依桜、ではなく、いのりとしての姿になってますよ。

 

 水色の髪に蒼の眼に変化させています。

 

 あと、水着の色も変えて、緑色だったのをボク(いのり)のイメージカラーに合わせて、水色に変化させています。

 

 一応、エナちゃんもそれを意識しているのか、赤色の水着を身に付けているしね。

 うーん、なんだか本当に姉妹アイドルみたいな感じになっているような……。

 まあいいよね。

 

 とりあえず、ボクは自分の出方の事を考えよう。

 

『~~~♪ ~~♪』

 

 表のステージから、エナちゃんの歌声が聴こえてくる。

 

 前回は一緒に歌っていたから、少しだけエナちゃんの歌がわかりにくく買ったんだけど、、こうして一人で歌っているところを聴いているところを初めて見て、とても上手いことがわかる。

 

 なんと言うか、パワフル、って言えばいいのかな? ボクと同じ年齢って言うから、高校生らしさが出ているような気がするよ。

 

 あと、普通に可愛いしね、エナちゃん。

 

『おーし、依桜。こっちは準備できた。あとは、お前からの合図があればいつでもできるぞ』

 

 ありがとうございます、師匠。

 

『いいってことよ。おまえがあたしに頼んでくるってことは、よほど困っている時か、もしくはメルたちが絡んでいるかのどちらかだからな』

 

 あはは……さすが師匠……全部お見通し。

 

『で? あとどれくらいかかる?』

 

 そうですね……この曲が終わったらですね。なので、あと、一分くらいです。

 

『ん、了解した』

 

 そう言うと、師匠からの連絡?はなくなった。

 

 ……師匠が準備してくれたのはいいんだけど、内容がちょっとね……。

 いいと言えばいいんだけど、相当目立つような気がしてならない。というより、多分目立つ。

 うーん、大丈夫なのかな……。ちょっと心配。

 

 

 そんなこんなで、気が付くと一曲目が終わっていた。

 

『それじゃあ、一曲目が終わったことだし、トークショーに――』

「ちょっと待ってください!」

 

 エナちゃんの声を遮る。

 正直、こういう登場の仕方は恥ずかしいんだけど、なぜかこうなっちゃったので仕方なく。

 

 ボクの遮る声に、ステージ前にいるお客さんたちが騒然となる。

 

 師匠、お願いします。

 

『任せな』

 

 師匠が不敵にそう言いうと、不意に、

 

 ザバァ――――!

 

 という水音がステージ近くのプールから聞こえてくる。

 

 同時に、水が龍のような形をとって動き始める。

 

『何あれ!?』

『すっげ! 写真写真!』

『どうなってんだあれ!?』

 

 とまあ、突然現れた水の龍に、お客さんたちが驚きつつも歓声を上げる。

 

『ん? なんか、人が乗ってないか?』

『うわ、マジだ』

『というかあの娘って……』

 

 そうです。ボクが乗ってます。

 

 師匠とエナちゃん二人による話し合いの結果、こんな登場の仕方になりました。

 

 一体、何を考えているんだろうね、二人は。

 

 ボクは水龍の頭の上辺りに乗っている。

 

 さすがに、何もしないのはあれなので、笑顔で手を振る。

 

 それに気づいた人たちは、こちらに手を振り返してくれた。

 

 メルたちなんて、一瞬でボクに気づいたしね。さすが、ボクの世界一可愛い妹たち。あとでイルカの浮き輪とか、アイスを買ってあげよう。

 

 中心辺りを通過したところで、ボクは水龍から飛び降りる。

 

 その際、軽く悲鳴に近い声が上がったけど、そこはボク。

 

 高さ十メートルくらいの高さなんて、ものともしませんとも。

 

 すたっと着地したの同時に、水龍が一気に弾けて雨のように降り注ぐ。

 

 ただし、師匠の力によって、水はゆっくりと落下して行っており、それが太陽の光を反射してキラキラと輝く。しかも、それのせいなのか、ボクの頭上には虹がかかっていた。

 

 ……まさかとは思うけど、これも師匠が?

 

 や、やりそう。

 

 あ、違った違った。

 

 早く挨拶しないと。

 

「みなさん、こんにちはー!」

『『『うおおおおおおおおおおおおお!』』』

 

 ボクが笑顔で挨拶をしたら、歓声が上がった。

 多分、今の登場の仕方が原因だよね。

 

「えーっと、初めまして、の方は初めましてですね! 先週のエナちゃんのライブに来ていた人たちがいれば、一週間振りです! 水麗アイドルいのりです!」

 

 は、恥ずかしい! 最後の部分が一番恥ずかしいよぉ!

 水麗ってなに!? どういう意味なの!?

 って、思ったけど、今はお仕事……羞恥心は一旦どこかへ投げておかないと!

 

『いのりちゃーん!』

『よっしゃあ! 生で見れた!』

『これは友に自慢せねば!』

 

 あれ、なんかさらに騒がしくなっているような……。

 なんで?

 

「派手な登場ありがとう! いのりちゃん!」

「あはは、ごめんね、エナちゃん。なんだか変に目立っちゃって」

 

 と、表面上で言うけど、実際はエナちゃんと師匠の案だからね。

 このセリフは演技です。

 なぜか、すっごく笑顔だけど。

 

「ともあれ! エナ友のみんなー! 今日は、いのりちゃんが再び、サプライズとしてイベントに来てくれたよー!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHッッ!』』』

「突然の参加、すみません! エナちゃんがいると聞いて、居ても立っても居られなくなって、来ちゃいました! 飛び入りみたいですけど、今日はよろしくお願いします!」

 

 そう言って、お辞儀。

 

『可愛いよー!』

『もっと出て欲しい!』

『飛び入り大丈夫だよ!』

「みなさん、温かい言葉、ありがとうございます! 今日は精一杯、エナちゃんとイベントを盛り上げますので、楽しんでくださいね!」

『『『おおおおおお!』』』

「それじゃそれじゃ! さっそくトークショーに行こう!」

 

 そうして、今日のイベントが始まった。

 

 

『えー、では、忘れられてそうな司会こと、乃ノ星が進行させていただきます』

 

 ようやく、ここで司会の人が言葉を発する。

 す、すみません。変に目立っちゃって。

 

『それでは、ここにはお二人、特にいのりちゃんの方を知らない方の方が大多数だと思いますので、お二人とも自己紹介をお願いします』

「はーい! じゃあ、まずはうちから! えーっと、エナです! 好きなものはアイドル活動と、ファンのみんなと、あと可愛いもの! 夢はおっきく、うちを見て色々な人たちが元気になることかな! アイドルはやっぱり、誰かを励ましたりするための物だとうちは思っているので!」

『なるほど。ファンを第一に考える、エナちゃんらしい夢ですね。ちなみに、趣味などは?』

「そうだなー……最近だと、ゲームにはまってるよ! みんなも知ってるかな? 『CFO』って言うんだけど」

 

 エナちゃん、CFO持ってるんだ。

 ということは、あの抽選に当たったっていうことだよね?

 あれって、かなり倍率が高かった気がするんだけど、やっぱり強運を持ってるのかな。

 

「あれすごいね! 中でも、『ほのぼの日和』っていう小規模なギルドの、ギルドマスターの人がすっごいらしくてね! いつか会ってみたいなって思ってるんだ!」

 

 ガタッ。

 

 思わずこけてしまった。

 

「いのりちゃん、どうしたの?」

「あ、い、いえ、なんだか、その……し、知り合いのお話が出たなーと思って……」

「え! いのりちゃん、『ほのぼの日和』のギルドマスターの人と知り合いなの!?」

「し、知り合いって言うか、知っている人というか、身近な人というか……うん、知り合い、かな」

 

 ボクだけど。

 

「ほんとに!? ねね、もしかして、いのりちゃんも持ってるの?」

「うん、サービス初日からやってたよ」

「おー! 古参プレイヤーだ! いのりちゃん、今度一緒にやろ!」

「うん、いいよ」

「やった! 約束だよ!」

「うん」

 

 ……その時に、ボクがそのギルドのマスターだって露呈しそうだけどね。

 

 まあ、エナちゃんだからいいよね。うん。

 

 今更アイドルのプレイヤーさんが増えたところで、何も問題は無いはず。

 

 だって、世界最強の暗殺者と人気声優さんと、世界一可愛い妹たちがいるんだもん。

 

 今更です。

 

『えー、エナちゃん自己紹介は大丈夫でしょうか?』

「あ、うん! おっけーおっけーだよ! いのりちゃんにパスするね!」

『はい。では、いのりちゃん、お願いします』

「はい。みなさん、こんにちは。改めまして、いのりです。趣味は、料理やお菓子作りで、最近は衣服を作る事にもちょっとはまってます。夢は……今はまだない、ですね。考え中です。好きなものは……平穏です」

「平穏? いのりちゃん、平穏って?」

「うーんと、ボクって、結構騒がしい日々を送っていてね、それで、できれば何事もない平穏な毎日がいいなーって」

 

 疲れるもん、騒がしい日々が続くと。

 心休まる暇がないというか……できれば、平穏が一番。

 

「そうなんだ! でもでも、アイドルって平穏とは程遠い気がするよ?」

「そうだけど……なんて言えばいいのかな。こう言うのは別かなーって。エナちゃんと一緒にアイドルするのは楽しいから、嫌ではないというか……」

「つまり、好き?」

「うん、そうかも?」

 

 意外と楽しいしね、アイドル。

 

「そう言ってもらえると嬉しいな! じゃじゃあ、得意な料理とか、お菓子って?」

「うーんと……料理は、基本的にできるけど、その中だとハンバーグかな。お菓子は……最近はケーキが一番得意だよ」

「わ! ケーキ! いいね! 食べてみたいなぁ!」

「じゃあ、今度作ってきてあげるね」

「いいの!? わーい!」

 

 作ってくると言うと、エナちゃんは両手を挙げて嬉しそうにはしゃぐ。

 アイドルなんだけど、同時に身近な女の子っていう感じがして、すごく接しやすい。

 あれかな、エナちゃんの良さなのかな?

 

『えー、いのりちゃん、こちらからも質問いいでしょうか?』

「あ、はい。どうぞ」

『今しがた、趣味に衣服を作ることとあったのですが、作れるんですか? 衣服』

「作れますよ」

 

 一応、先週のライブの時に来ていた衣装、直前になってボクが作ったものだしね。

 

「どんなのを作るの?」

「ボク、妹がいてね。その娘たちに合わせて、可愛らしい衣装を作ってあげてるの」

「へ~、いのりちゃん、妹さんがいるんだ! それも複数!」

「うん、六人だね」

「多いね!?」

「ちょっと、海外の親戚に色々あったらしくて……それで、ボクのところに養子として来たの」

「おー、むしろ六人も受け入れられるなんてすごいね、いのりちゃんのお家!」

 

 うん、まあ、養っているのは主にボクだけどね。

 正確に言えば、ボクのお金を母さんたちに渡しているだけだけどね。

 でも、どのみち養っていることに変わりはない、よね?

 

「うん、じゃあ、自己紹介はこれくらいにして、次行こう!」

「あ、うん。えと、乃ノ星さん、よろしくお願いします」

『お任せください。では、次に参りたいと思います!』

 

 なかなかにテンポよくイベントは進んでいきます。




 どうも、九十九一です。
 今回の日常回は長くなるんだろうなぁ、とか思ってます。というか、絶対そうなる。一応、夏休み編は七月下旬辺りの部分からですしね。つまり、そこまでは日常回になるというわけで……。
 うん。何も考えないようにします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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375件目 依桜ちゃんたちとレジャープール7

『それでは、次の話題は『プールの思い出』です』

「プールの思い出かぁ……」

『お二方、何かありますか?』

「うちは……小学四年生まで全然泳げなかったなぁ」

『おや、意外ですね。エナちゃんはかなり運動神経がいいように思えるのですが』

 

 たしかに。

 

 エナちゃんって、歌って踊れるアイドルっていう感じだから、昔泳げなかったのはちょっと意外かも。

 

「ほら、うちって努力のアイドルでしょ? だから、頑張って泳げるようにしたんだー」

『では、頑張るきっかけとなった出来事ってありますか?』

「きっかけかー……うーん、そうだなぁ。うちが小学三年生の頃に、とあるプールに行ったんだけど、そこで必死になって泳げるようになろうしてる子がいたの」

 

 なるほど、なんだかよくある話に思えてくる。

 

 ボクだって、小学生の頃は、泳げなくて苦労したもん。

 

 今でこそ、異常なまでに泳げるようになっているけど。

 

『なるほど。それで、その子が?』

「うん。なんかね、男の子の友達と女の子の友達に支えてもらいながら練習していたの。だけど、全然泳げるようにならなくて、沈んじゃったり、おぼれそうになってたりしてて、こう言ってはなんだけど、下手だったんだよ」

 

 わかるなぁ。ボクも未果と晶と一緒にプールに行って遊びに行って、練習に付き合ってもらったこともあったし。

 

 あの時ね、プールの授業で泳げない人がほとんどいなくて、泳げないのが恥ずかしい、とか思って、未果と晶に手伝ってもらったよ。

 

 あの時は大変だったね。

 

 足が攣ったり、脂肪が全然付かなかったから、すぐ沈んじゃうしで、二人には迷惑を書けたっけ。

 

 今思えば、何で泳げなかったんだろう? って思えてくるくらいに、泳げなかったよ。

 

「でもね、そうやって必死に頑張っている人って、うちカッコいいと思うんだ! だって、たとえ笑われても、周りなんて気にしないで泳げるようになろうしているんだよ? うち、そういう人は尊敬するからね!」

 

 人が頑張っている姿って、なんかいいよね。

 ボクも好きです。人間らしく感じるから。

 人って、やっぱり何かに頑張っているところが一番いいよね。

 

『そうですね。知らず知らずのうちに努力している方もいらっしゃいますし、そう言った方は尊敬されますよね』

「そうだね! でも……」

 

 そこでお話は終わりかな? と思った時に、不意にエナちゃんがちょっと上を見ながら不思議そうに言う。

 

「あの時の子、綺麗な銀髪で女の子みたいだったのに、なんで男の子用の水着を着てたんだろう?」

「…………………………」

 

 ……待って。まさかとは思うんだけど、その頑張ってた子って……。

 

 ま、まだです。まだ慌てるような時間じゃないです。

 

 こ、ここは、聞いてみないと。

 

「あ、あの、エナちゃん?」

「なーに、いのりちゃん」

「え、えーっと、そのプールってあの……も、もしかして、水原市にあったり、する?」

「うんそうだよ! よくわかったね?」

「ちょ、ちょっとね……」

 

 ……ボクは確信した。それ、ボク……。

 

 十中八九、小学三年生の時に泳げなくて未果と晶に手伝ってもらってきた時の状況だよね?

 

 え? もしかして、あそこにエナちゃんいたの!?

 

「え、エナちゃん。えっと、あの……そ、その子はきっと、男、だったと思うよ」

「あれ? もしかして、いのりちゃんその子と知り合いだったり?」

「う、うん。多分……」

 

 知り合いというか、ボク本人です。

 

 少なくとも、その時のボクを女の子と勘違いするのはやめて欲しいというか……勘弁してほしい所です。その時はまだ女の子じゃないわけだし……。

 

「そっかそっか。世の中狭いんだね!」

「あはは……」

 

 そうだね。少なくとも、その人がボクなんだから、本当に狭いよね。

 

 実は、一方的にではあるけど、エナちゃんがボクの事を知っていたなんて……予想もできないよそんなこと。

 

「まあ、そんなところかな、うちは! そこで努力することの楽しさを覚えて、自分が頑張ってる姿を見せることで、他の人にも頑張ろうって言う気持ちを与えるために、アイドルを目指した、っていう裏話もあるけどね!」

「え、じゃあ、その子を見たから、アイドルを?」

「うん! まあ、きっかけってだけなんだけどね! でも、その子が一番のきっかけになったのはたしかだよ! うち、心打たれちゃって!」

 

 ……アイドルになったきっかけも、ボクなんだ……。

 

 もしかしてボクって、知らないうちに何らかの行動を起こしていて、それが誰かに影響を及ぼしていたりしない、よね? 大丈夫だよね?

 

 個人的に、去年の十月くらいに行った異世界で、二日間の記憶がすっぽりぬけ落ちてる部分があるけど、あれ、大丈夫だよね? ボク、何もしてないよね? ものすごく心配になって来たんだけど……!

 

「じゃあ、うちは終わりかな。じゃあ次、いのりちゃんよろしくね!」

「あ、う、うん。プール……プールかぁ……。プールには……中学生の頃、よくナンパにあってたかな……」

「…………あ、あー、いのりちゃん、可愛いもんね! 仕方ないよ!」

「あはは……そうだよね……仕方ないよね……」

 

 ……今思い出したら、気分がものすごく沈んできた……。

 

 思い返してみれば、中学生の頃、ボクを含めた今の五人で毎年のようにプールに行っていたけど、毎回のようにナンパされてたっけ……。

 

 しかも、未果と女委がいるにもかかわらずだよ?

 なんで? っていつも思ったよ。

 その度に、目も死んでたし……。

 

 晶たちからはすごく慰められたし、生温かい目で見られたよ。

 

 あ、あは、あははははは……。

 

 なんでボク、ナンパされたんだろう。

 

 あと、今エナちゃんの言葉が入る前に若干間があったのは、事前にボクが元男だって知ってるからだよね?

 

 さすがに、エナちゃんも可哀そうとか思うんだね……。

 

 でもね。今のボクに可愛いって言うのは……止めを刺しに来ているようなものだよ。

 

『え、えーっと! こほん! い、いのりちゃんには思い出したくもない過去があるようですので! 一度この話題は切りたいと思います!』

 

 乃ノ星さん、いい人……。

 

『では、そうですね……。一度、SNSで募集した質問をする、質問コーナーに移りたいと思います』

 

 そんなことしてたんだ。

 

『いのりちゃんがサプライズで登場した瞬間、かなりの勢いで質問が増えましたので、こちらの端末に入れられている、くじ引きアプリを使って選びたいと思います。なお、質問内容はどちらかに来るのではなく、両方とも答えていく感じになりますので、よろしくお願いします』

「はーい!」

「わかりました」

 

 質問かぁ……学園のお悩み相談のコーナーでは、なぜか明らかに悩みじゃないよね? って言うものが何通も来てたっけ……。

 

 今回はさすがにアイドル相手だし、大丈夫だよね。

 

『では、まず最初の質問です。えーっと、こちらN・Yさんからですね。『普段穿くパンツで、一番お気に入りなのって、なにかな!』だそうです。えー、大変変態的な質問が来ております。恥ずかしかった答えなくても一向に構いませんので、回答をどうぞ』

 

 全然普通じゃなかった!?

 

 あと、絶対この質問したの、ボクの知ってる人だよね! N・Yって、これ、絶対女委だよね!?

 

 多分、『謎穴やおい』っていう、女委のペンネームから来てるよね!?

 

 何してるの!

 

「んー……うちは、縞々なのが好きだよ!」

 

 え、答えちゃうの!?

 

『『『おおおおお……』』』

 

 そして、男性のお客さんたち、みんな嬉しそう。

 へ、変態しかいない……!

 

「いのりちゃんは?」

「ふぇ!? え、えとえと、あの……し、白?」

「純白だね! いいと思うよ! うちも好きだしね!」

『清楚系……』

『いのりちゃんは外見通りの清楚系……』

『清楚系アイドル、やっぱいいな……』

 

 あ、あれ? なんで、みなさんちょっと顔を赤くさせてるの?

 なんで?

 

『はい、変態な質問に答えていただき、ありがとうございます。では、次の質問です。……えー、M・Mさんからですね。『恋人にするなら、男の人と女の人、どっち?』だそうです。二つ目でいきなり来ましたね、色恋に関する質問。それでは、お二方、どうでしょうか?』

「普通に考えるなら、やっぱり男の人だね」

 

 うん。まあ、それが普通だよね。

 

 ボクの周りって、なぜか同性愛者の人たちとバイな人が多いから、普通のことなのかな? とか思ってたけど、やっぱりこっちが普通なんだよね!

 

 うん、よかっ――

 

「でも、女の子との恋愛もいいかも、とは思ってるかな!」

 

 全然よくなかった。

 

 え? もしかして、同性愛も割と普通なの? あれ? あれ?

 

 別に否定するわけもないけど、割と少数派だったような気がするんだけど……ボクの周り、濃すぎない?

 

 うーん?

 

『それはどうしてですか?』

「うーん、だって、いのりちゃんのような可愛い女の子を見たら、好きになっちゃうでしょ?」

「……ふぇ!?」

「それに、いのりちゃんってすっごく優しいし、可愛いし、謙虚だし、家庭的みたいだから、そういう娘とだったら、恋人になってみたいなあって!」

「な、なななな、何を言ってっ……?」

「あれあれ~? どうして、顔を赤くしてるのかな、いのりちゃん?」

 

 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、からかい交じりの声でそう言って来る。

 

「そ、そそ、そんにゃことはにゃいよ!?」

「あはは! にゃだって! 可愛いね、いのりちゃん!」

「わわっ!」

 

 ばふっと、いきなり抱き着いてきた。

 

 う、うぅ、今思えば、エナちゃんもボクも水着姿だから、肌の露出が多くて、直に触れてるから……は、恥ずかしいよぉ!

 

 ボクもエナちゃんもビキニタイプの水着なんだもん!

 

 エナちゃんは、フリルが多めのものだけど。

 

 でも、それでも、エナちゃんの体の柔らかさとか、エナちゃんの匂いが……!

 

「え、ええ、エナちゃん!」

「あ、ごめんねいのりちゃん!」

 

 ボクが焦ったように名前を呼ぶと、エナちゃんは謝りながら離れてくれた。

 う、うぅ、恥ずかしかったぁ……。

 

「わ、いのりちゃん顔が真っ赤だけど大丈夫? なんか、湯気が見えそうなレベルだよ?」

「はぅぅ……い、いきなり水着姿で抱き着かれたら、その……は、恥ずかしくて……」

(((なんだ、あの可愛い生き物)))

「いのりちゃん、本当に可愛いね!」

「や、やめてぇ……!」

 

 これ以上言わないでぇ! なんだか、オーバーヒートしそうだよぉ!

 

『え、えー、では気を取り直しまして、いのりちゃんの方はどうですか? 恋愛対象について』

「あ、え、えと……ボク、男の人にはあまりそう言った感情を抱いたことが無くて……その、女の子にはよくドキッとさせられるんですけど……」

「ということはいのりちゃんって、百合趣味なのかな?」

「ど、どうなんだろう……?」

 

 元男だったことを考えると、そうとは言えないような……。

 

「そっかそっか! じゃあ、うちたちで付き合うのって相性いいのかな?」

「ふぇ?」

「だって、うちはそっちに興味はあるし、いのりちゃんは女の子の方が好きみたいだしね! それなら、相性いいのかなって」

「え、えええとえとえとえと……あの、それって、そのぉ……ど、どういう意味、ですか?」

「どういう意味も何も、うち、普通にいのりちゃんのことが好きだよ?」

「……ふぇ!?」

「いのりちゃん、すっごくいい娘だもん! ね、みんな!」

『『『おおおおおお!』』』

「ほらね?」

「ほ、ほらねって……エナちゃんは、その、恥ずかしいと思ったりしない、の?」

「うち? うちは……どうなんだろ? でも、好きって言うのは悪いことじゃないからね。ちょっとはあるけど、ほとんどないかな!」

「そ、そうなんだ……あぅぅ」

 

 すごく、恥ずかしいよぉ……。




 どうも、九十九一です。
 なかなかプールの話が終わらない。というかこれ、プール関係ある? とか思ってます。こんな調子で書いてるから、作品が完結しないんだろうなぁ……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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376件目 依桜ちゃんたちとレジャープール8

 その後は、割と普通な質問ばかりでした。

 

 例えば、好みのタイプだとか、好きな食べ物とか、好きなスポーツとか、本当に普通な質問ばかり。ボク的には、すごく安心しました。

 

 まあ、中にはスリーサイズに関することを訊いてくる質問もあったんだけどね……。

 そんなにスリーサイズって訊きたい情報なの?

 

 よくわからない。

 

『はい、それでは質問コーナーも終わりましたので次に参りましょう。次は――』

 

 と、乃ノ星さんが言おうとした時の事だった。

 

『うわぁ!』

『きゃぁっ!』

 

 不意に、観客席の所から悲鳴が聞こえてきた。

 

「な、なに? 何があったの!?」

 

 突然の事態に、隣にいるエナちゃんが不安そうな様子を見せる。

 一体何があったのかと考え出した瞬間、

 

『う、動くなぁ!』

 

 いきなり、一人の男の人が出てきた……って、あれ、あの人って……矢島さん?

 

『いいか、絶対動くんじゃねえぞ……』

 

 拳銃を持ち、周囲に威嚇するように狂ったような表情でそう言う矢島さん。

 

 あれ、あの人ってたしか、師匠によって捕まったはずだよね? もしかして、脱走して来た、とか?

 

 ……だとしたら、相当厄介な状況なんじゃないかな、これって。

 

 あの時の動機って、エナちゃんだったはずだし。

 

 それに、今は警備員とかが前よりも少なく、水着という露出の多い服装なので、無防備すぎる。

 

 普通の衣服の方がまだマシに思えてくるレベルで。

 

『へ、へへへ……俺の人生はもう終わりだぁ……なら、一人でも多く……いぃや、エナちゃんを道連れにして……!』

「ひっ」

 

 瞳孔が開いた気持ち悪い笑みを浮かべて、そんなことを言う矢島さん。

 

 そんな姿を見たエナちゃんは、短い悲鳴を漏らし、体をすくませる。

 

 ……なにしてるんだろ、あの人。

 

 師匠は何を……って、あー、あの人、お酒飲んでるよ……。

 

 はぁ。つまり、ボクに全部丸投げ、っていうことですね、わかりました。

 

 まあ、エナちゃんを怖がらせている上に、こんな迷惑なことをしてるんだもん。ボクが出るのも当たり前、かな。

 

 友達が怖がっているのなら、助けるのが当然です。

 

「何してるんですか、矢島さん」

『ああ? テメェは……誰かと思えば、新人アイドルさんじゃないですかぁ。たしかに、可愛いなぁ……』

 

 うっ、どうしよう、気分が悪くなってきた。

 って、ダメダメ。顔に出さないようにしないと……。

 

『どうだ、一緒に来るって言うなら、エナちゃんたちや客どもに被害を出さないぜぇ?』

 

 この人、言ってることがめちゃくちゃすぎないかな?

 

 道連れにしに来たんだよね? なのになんで、一緒に来れば見逃す、みたいなことを言っているの?

 

 よ、よくわからない……。

 

「嫌です。行く理由もありません。あと、エナちゃんが怖がってるので、警察署の方に帰ってくれませんか?」

『て、テメェ……! こっちが優しく言っていりゃつけあがりやがって……! もういい、まずはテメェから殺してやる!』

 

 師匠、この人、ブライズが取り憑いていたりしませんか?

 

 なんて思っていたら、こちらに拳銃を構えて……

 

 バンッ!

 

 いきなり発砲してきた。

 

「ふっ」

 

 まあ、当たらないんだけど。

 

 それにしても、こっちの世界に来てから、よく銃で撃たれるね、ボク。

 おかげで慣れたよ。

 

『ちっ、狙いを外したか……だが次は当てるぞ! 死ねぇ!』

 

 バンッ!

 

 再び鳴り響く発砲音。

 外したと勘違いしているみたいだけど、実際はボクが避けてるだけなんだけど……。

 今回も当たってないし。

 

『な、なんでだ! なんで当たらねぇ! クソッ、クソッ、クソォ!』

 

 何度も何度も拳銃で発砲してくるんだけど、全く当たらないし、掠りすらしない。

 雷を目視で避けられるもん、ボク。

 

『クソッ……こうなったら……』

 

 急に拳銃を捨てて、矢島さんはいきなり走り出した。

 逃げ出すのかと思ったら、なぜかステージ前に……って!

 

『へへへっ! こいつは人質だぁ! いいか、絶対に近づくんじゃねえぞ!』

「お、おねえちゃん……!」

 

 リルを抱き抱え、あろうことかナイフを向けていた。

 それを見た瞬間、ボクの中の何かが吹き飛んだ気がした。

 

「……ます」

『ああ?』

「……します」

『なんだ、ハッキリ言え――』

「殺します」

『はっ? ――ごはっ!?』

 

 縮地もどきを使用して、一瞬で矢島さんに肉薄すると、思いっきり脳天に蹴りを叩き込んだ。

 

 蹴りは見事に当たり、

 

 ドゴンッ!

 

 という音を出しながら、矢島さんが地面に叩きつけられた。

 

「きゃあっ!」

 

 同時に、空中に放り出されてしまったリルを優しくキャッチ。

 

「大丈夫? リル?」

「お、おねえちゃん!」

 

 目端に涙を浮かべながら、リルがボクにぎゅっと抱き着いてきた。

 その小さな体はぷるぷると震えている。

 可哀そうに……。

 

「よしよし……もう怖くないからね」

「うん……!」

 

 リル……というより、メルを除いた五人は、一度本当に誘拐されあわや売り飛ばされそうになったという経験がある。

 

 だからこそ、そう言ったことに対してはかなりトラウマになっているはずなのに、この仕打ち。知らなかったと言えど、到底許される事柄じゃない。というか、許すわけがない。

 

 ボクにとって、自分の命よりも大事な妹たちと言っても過言ではない娘を人質? 許さない……!

 

 ボクはリルをメルたちの所に行き、メルたちに預ける。

 

 一番気弱なリルを人質にするなんて。

 

 奥底から湧き上がってくる怒りを抑えようともせず、ボクは倒れている矢島さんの所へ歩く。

 

「何寝てるんですか?」

 

 ビクッと体を震わせる。

 やっぱり、起きてるよね。

 まあ、当然かな。

 

 だって、あの蹴りには回復魔法が付与されていたんだもん。あるのは痛みだけ。怪我なんてない。

 当たった瞬間に治ってるんだもん。

 

 もっとも、痛みだけでも十分意識を落とすだけの威力はあるんだけど……。

 

「寝たふりは、止めてくれませんか? ボク……つい止めを刺してしまうかもしれません♪」

『わ、わかった! 起きる! 起きるから!』

「ああ、よかったです。返り血で汚れることはなさそうですね」

 

 笑いながら、脅すように矢島さんに向けてそう言う。

 すると、一気に顔を青ざめさせていく。

 もちろん、冗談です。

 

「それで? なんで、あの娘を人質にしたんですか? ねえ、答えてください。あ、三秒以内にお願いしますね。これでもまだ、甘い方ですからね? じゃあ、カウント始めます。いーち」

『ち、近くにいたからだ! あ、ああと、一番気弱そうなガキで、人質にしやすかったから……!』

「なるほどなるほど……」

 

 弱そうで、人質にしやすかった、ですか。

 ……。

 

「立って」

『へ?』

「立ってください」

『な、なんでだ?』

「口答えしないで、早く立ってください。心臓、潰しますよ?」

『は、はいぃぃ!』

 

 軽く殺気を滲ませて言えば、矢島さんはすぐに立ち上がり気を付けの姿勢を取る。

 

「一つ、ゲームをしたいと思うんですけど、どうですか?」

『げ、ゲームだと?』

「はい。もちろん、あなたにメリットはありますよ。あなたが勝てば、ボクはあなたを見逃してあげましょう」

 

 にっこりと笑いながらそう言うと、周囲がざわつきだす。

 エナちゃんも酷く驚いたような顔をしていた。

 

『い、いいじゃねえか。勝てばいいんだろ、勝てば。で、勝負ってのは?』

「簡単です。今からあなたの顔にビンタをします。これを受けて、降参しなければ、あなたの勝ちです。回数は……そうですね、十回ほどでどうでしょう?」

『いいじゃねえか。そんくらい、耐えてやるぜ』

「成立ですね。じゃあ、まず一回目、行きますね」

 

 にこにことした笑顔を浮かべながら、ボクは『身体強化』を最大で使用。

 しかも、限界を突破しての『身体強化』なので、ボクの力はとんでもないことになっています。

 今なら、指一本で魔王を倒せるかもしれません。

 それくらいになっています。

 

『な、なんだよ、そ、そのオーラは……!』

 

 オーラ? 『身体強化』にそういったものは無かったはずだけど……もしかしてあれかな? あまりの恐怖で、幻覚が見えちゃってるとか。

 

 ふふふ、それなら問題なしですねぇ。

 

「じゃあ、行きますよ。はーい……ドーン!」

『ごぶふっ―――――!?』

 

 ドパァァァァァァァンンッッ!

 

 凄まじい音が、矢島さんの頬から発生した。

 

 もちろん、今の威力で普通の人の顔をビンタなんてしたら、だるま落としみたいに頭が飛んでいっちゃうので、回復魔法を付与していますよ。

 

 もっとも。首がちぎれる痛みと、首の骨が折れる痛みが発生していると思うけど、仕方ないよね!

 

 それに、周囲に被害が出ないように衝撃が通り抜けないよう、あの体にとどめるようにしたから、多分もっと痛いかもしれないね。

 

『あ、あが……』

 

 あれ? 白目剥いて気絶しちゃってる?

 

 うーん。まあ、もう一回ビンタすれば起きるよね!

 

「じゃあ、もう一回行きますよー。はーい、ドーン!」

 

 ドパァァァァァァァンンッッ!

 

『んごは!? い、いてぇ……いでぇよぉ……』

「あ、起きましたね? えーっと、まだ大丈夫そうなので、三発目に行きますよー。はーい。ど――」

『ま、待て! 待ってくれ! お、俺が悪かった! だ、だから、これ以上はやめてくれ!』

 三発目に行く前に、矢島さんは怯えた様子で降参した。

「むぅ、情けないですね……。しかも、これだけ迷惑をかけておきながら、自分はすぐに投げ出すなんて……情けないです。大の大人がそれでは情けなさ過ぎて、呆れしかでません。まあ、そんなことはどうでもいいんです。ボクが一番怒っているのは、ボクの妹に手を出した事と、エナちゃんを怖がらせたことです。本当にどうしようもない人ですね。あなた。生きている意味、ないんじゃないですか? 少なくとも、ボクからすれば生きている価値なんてないです」

『うぐっ』

「うわー、いのりちゃん、笑顔でとんでもないこと言ってる……」

 

 エナちゃんが何か言っているような気がするけど、気のせいだよね。だって、本当のことだもん。

 

 もうちょっとビンタをした方がいいと思ったけど、それなりにスッキリしたし、お説教に入ろう。

 

「そもそも、こんなことをしても全く意味がないのに……。あなた、たった一度きりの人生を損してしまいますよ? それは非常にもったいないことです。別に、正しいことをしろ、とか、人のためになるようなことをしろ、とは強要しません。少なくとも、誰かに迷惑をかけなければいいわけですから」

『……』

「でも、悪いことなんてしたら、それこそ人生を棒に振るような行為です。誰かの迷惑になるだけで、いいことなんて何もない。強いて言うなら、やった人がその時だけ気分がよくなるだけですね。人間性が破綻していなければ、後悔しますし、自責の念に駆られて、いずれ自殺してしまうかもしれません。あなたは、そうなりたいんですか?」

 

 若干驚く様子を見せつつも、矢島さんは何度か口を開ける閉じるを繰り返し、言う。

 

『……な、なりたくはねぇ』

「そうでしょう? いいですか、矢島さん。すぐに、罪を償ってください。迷惑を掛けちゃダメです。刑務所の中でしっかり反省して、もし出てこれたら、何でもいいです。善行を積んでください。もちろん、嫌ならしなくてもいいです。ですが、絶対に悪事だけはしないでください。約束できますか?」

『は、はい』

「ならいいです。あと、迷惑をかけたんですから、しっかり謝罪してください。人間、感謝と謝罪をすぐに言えるような人の方が、人から好かれますから」

『わ、わかりました。……ご迷惑をおかけして、すみませんでした!』

 

 矢島さんは了承すると、すぐに頭を下げて謝罪した。

 もちろん、エナちゃんにも謝りましたよ。

 

「よくできましたね。これからは、しっかり真っ当な人生を送ってください。今から戻れは、まだマシなくらいで収まりますから」

『はい……あ、ありがとうございました。いのり様!』

「はい……って、え、様? 様って何ですか!?」

『俺、目が覚めました! こんなどうしようもない俺に、説教してくれて、ありがとうございました! これからは、世のため人のためになることをします! それから、君にも悪かった……。どうしようもないおっさんだが、謝罪だけはさせてほしい』

「だ、だいじょうぶ、です。おねえちゃんが、いました、から」

 

 あ、リル優しい……。

 

 誰かを許せるって言うのは、なんだかんだ言ってとてもすごいことだもんね。

 

『それじゃあ俺、戻ります!』

 

 そう言って、憑き物が落ちたような表情で、矢島さんは施設の出口に向かって行った。

 

 一体、何だったんだろうと思えて来るよくわからない数分間の出来事だったけど……うん、まあ、いっか。

 

 エナちゃんにもリルにも大事に至らなかったわけだし。

 

「いのりちゃん!」

「わわっ。もぅ、エナちゃん、いきなり飛び込んでくると危ないよ?」

「えっへへー! 大丈夫! いのりちゃんがちゃんと受け止めてくれるって信じてるもん!」

「そ、そっか。大丈夫だった?」

「もっちろん! いのりちゃんのおかげで、すぐに怖くなくなったよ!」

「それはよかったよ。エナちゃん、すごく怖がってたから」

「あれはちょっとね……でもでも! いのりちゃんカッコよかったよ!」

「え?」

「年上の人を、しっかりとお説教するんだもん! しかも、更生させてたし!」

「そ、そうかな?」

 

 割と普通だと思うんだけど……。

 お説教をするのに、年齢は関係ないもん。

 

「みんなも、すごかったと思うよね!」

『かっこよかったです! いのり様!』

『マジ尊敬します、いのり様!』

『女神みたいで、かっこよかったです! いのり様!』

「ええ!? あ、あの、様はやめてください!」

 

 なんでお客さんたちも様付けで呼ぶの!?

 ボクのことを様付けで呼ぶのは、クナルラルの人たちで十分だよぉ!

 

『い・の・り! い・の・り! い・の・り!』

「そのコールはやめてくださいぃぃ!」

 

 この後、このコールが数分続きました。

 

 ……すごく、恥ずかしかったよぉ……。




 どうも、九十九一です。
 マジで終わらない。このプールの話ですが、多分、最低でも二話くらいかかると思います。なるべく早く終わらせますが、まあ、うん。もうちょっとだけ、この話にお付き合いください。
 プールの話の次は……あー、そう言えば、六月はジューンブライドでしたね。それに関する話でもやろうかなと思います。多分。きっと、おそらく。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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377件目 依桜ちゃんたちとレジャープール9

 思わぬアクシデントを無事乗り切り、イベントが再開。

 

 その後のイベントは、特に問題が起こることもなく、筒がなく進み、最後にボクとエナちゃんの二人で歌ってイベントは終了となりました。

 

 今は、イベントが終わって、控室にいるところです。

 

「お疲れ様、依桜ちゃん!」

「エナちゃんもお疲れ様」

「まさか、あんなことがあるなんてね」

「本当にね」

 

 イベント最中に、矢島さんが乱入してくることになるとは思わなかったよ。

 

 というか、一体どうやって逃げ出したんだろう?

 少なくとも、一週間前だったよね? 捕まったの。

 うーん……護送中とかに、隙を突いて、とか?

 

 まあ、なんにせよ、無事に収まったし、リルとエナちゃんの二人に何もなかったから大丈夫そうでよかったよ。

 

「戻ったわよ」

「あ、マネージャー! おかえり!」

「おかえりなさい、マネージャーさん」

 

 軽い事情聴取を受けていたマネージャーさんが、控室に戻って来た。

 

「二人とも、お疲れ様。イベント、大成功だったそうよ」

「ほんと!? ならよかった! ね、依桜ちゃん!」

「そうだね。お客さんたちも、楽しんでくれていたみたいだもんね」

 

 少なくとも、ボクが見ていた限りじゃ、暗い表情をしている人はいなかったし。

 

 もっとも、レジャープールっていうことを考えたら、暗い表情をしている人の方が珍しい気がするけどね。

 

「特に、男女さんの人気がすごいみたいね」

「え、ぼ、ボクですか?」

「ええ。なんでも、『凶悪犯を優しく諭し、更生させる女神アイドル』だそうよ」

「わ! すごいね! 依桜ちゃん!」

「す、すごい、のかなぁ……」

 

 少なくとも、そうでもない気が……。

 

 諭すのはもともと慣れているし、そもそもの話、諭す何て言うものじゃなかった気が……。

 

 ボクはただ、リルが危険にさらされそうになっていたから、ちょっとだけ本気を出しただけだし……そもそも、思いっきりオーバーヘッドキックを入れちゃってるんだけど、ボク。

 

 今思えばあれ、かなりやりすぎだよね……。

 

「一応、施設側が映像をリアルタイムで流していたのだけれど、偶然見ていた名のあるアクション系の映画監督が、男女さんを是非自分の映画に! っていうオファーがうちの事務所に来たわ」

「なんで!?」

「どうやら、途中で男女さんがした、キックのインパクトが強かったからみたい。たしかに、素人目に見てもあれは凄まじかったわ。というより、キックまでの動きが全く見えないくらいに速かったけれど」

「あ、あはははは……」

 

 ま、まあ、これでも一応、世界最強の暗殺者の弟子をやらせてもらってますからね……。

 むしろ、あれってそこまですごい技じゃないんだけど。

 ごく普通の体術だし。

 

「うちも近くで見てたけど、依桜ちゃんの動きってすごかったよね! なんと言うか……プロ? って言うのかな? そんな感じに見えたよ!」

 

 ちょ、ちょっと鋭い。

 

 たしかに、ボクはプロと言えばプロなのかも。

 超一流の暗殺者である師匠に教わったわけだし……。

 

「それで、映画の方はどう答えを?」

「と、とりあえず、断っておいてもらえますか? その、ボクも色々とあるので……」

 

 少なくとも、声優業もあるからね、ボク。

 それに、学園長先生の研究のお手伝いとかもあるかもしれないし、日常的にも色々とあるからね。

 意外と忙しいのです。

 

「了解。まあ、元々男女さんはうちの事務所に所属しているわけじゃないから、うちの方にオファーを出しても意味がないんだけれどね」

 

 困ったような笑みを浮かべてそう言うマネージャーさん。

 

 まあ、元々ボクアイドルじゃないしね。純粋な。

 

 あの時は、単純に護衛目的でやっていた面が強かったし、ボク自身、どこかの事務所に所属しているわけじゃないから。

 

 興味がないと言えば嘘になるけど、普段の事を考えると、さすがにできないんだよね。

 これでも、一応やることはそこそこあるし。

 

「さて、後はイベントの片づけだけど……ああ、そう言えば、握手会があったわね」

「握手会、ですか?」

「ええ」

 

 なんで? と思っていると、エナちゃんがにこにことしながら、説明してくれた。

 

「うちの事務所……というより、うちはね、こう言ったホール系じゃない場所でのイベントでは、結構な頻度で握手会をやってるの!」

「なるほど……。でも、あんなにお客さんがいると、さすがに時間がかかるんじゃ?」

 

 見たところ、数百人単位でいたよね?

 それを捌くのはかなり時間がかかるような気がする。

 

「そこはちゃんと対策してあるわ。今日ここに入場する際、チケットを購入したでしょ?」

「はい。そうですね」

「今日に限り、チケットにはシリアルナンバーが書かれていて、それを基に抽選をするの」

「あ、なるほど。つまり、こちらが出した特定の数字が含まれていたり、特定の並びをしていたら、握手会に参加できる、ってことですか?」

「そういうこと。理解が早くて助かるわ。それで、その握手会なんだけど……」

 

 少し申し訳なさそうにしながら、言葉が最後の方で若干濁る。

 

「あー……もしかして、参加して欲しい、っていうことですか?」

「ええ。お願いできるかしら?」

「まあ、ここまで参加しちゃいましたし、最後までお手伝いしますよ」

「ありがとう、男女さん。衣装については、今のままで問題ないから。あ、パーカーとかがあるなら、羽織っていてもいいから」

「ほんとですか? それならありがたいです」

 

 水着姿だと、なぜか視線がすごくて……主に胸。

 やっぱり、大きいから目立つのかなぁ。

 

「そう言えば、握手会に参加できるお客さんの上限って?」

「そうね……最高でも百人くらいかしら?」

「意外と多いんですね」

「まあ、エナは売れっ子アイドルだしね。意外と、地方からも集まっていたりするのよ、こう言ったイベントでは」

「そうなんですね。エナちゃん、すごいね」

「そかな? うちは普通に頑張ってるだけだよ! まあ、それで遠いとこからも来てくれるって言うのは、アイドルとしてすごく嬉しいことだけどね!」

「ふふっ、そっか」

 

 やっぱり、プロなんだね。

 ボクはまあ……まがい物みたいなものだから、素直に尊敬できるよ。

 

「それじゃあ、あと二十分くらいは時間があるか、休憩してて」

「はーい」

「わかりました」

 

 準備の手伝いなのか、マネージャーさんは部屋を出て行った。

 とりあえず、二十分の休憩が与えられたけど……。

 

「何しよっか」

「そうだね……特にない、かな。休憩と言っても、そんなに疲れてないしね」

「おー、依桜ちゃんタフだね!」

「まあ、運動自体は得意だから」

 

 そもそも、それ以上のことを平気でしていたから尚更というか……。

 

「ねね、依桜ちゃんの異世界のお話、聞きたいんだけど、いいかな!?」

「異世界の? 別に構わないけど……多分、軽蔑すると思うよ?」

「軽蔑? 大丈夫! 依桜ちゃんがどんな悪事に手を染めていたとしても、うちは笑って受け入れるよ!」

 

 つ、強い。

 多分これ、本心からの言葉だよ。

 だって、全く裏を感じないんだもん。

 

 ……もしかして、エナちゃんって裏表がない性格なのかな?

 

 まあでも……聞きたいって言ってるし、あそこまで話しちゃったから……話しておこうかな。

 

「うん。えーっと、長くなるから所々省略するね。えーっと――」

 

 休憩中にある程度話し終えるよう、なんとか省略して説明。

 主に、異世界でしていたこととか、ボクの最終的な目的とかかな?

 大体十五分くらいで終了した。

 

「うぅぅっ……」

 

 話が終わると、なぜかエナちゃんが泣きだした。

 

「ど、どうしたの? どこか感動するところとかあった……?」

「ううんっ。まさか、依桜ちゃんがそんなことをしていたなんて……! うち、依桜ちゃんがしてきたことの辛さを考えたら、なんだか、涙が出てきちゃって……」

 

 なるほど。だから泣いてるんだ。

 たしかに、普通の人からしたら、相当辛い経験だもんね……人殺しなんて。

 

「えっと……軽蔑しない、の?」

「するわけないよっ! だって依桜ちゃん、仕方なくやったんだよね? それなら、全然大丈夫! それに……依桜ちゃんは、うちを守ってくれたからね! それを考えたら、本心からやってるなんて思えないよ!」

「エナちゃん……」

 

 なんだろう。胸がじんわりと温かくなる。

 今の言葉は、すごく嬉しいな……。

 

「それに、依桜ちゃんカッコいいし可愛いから!」

「あ、あはは……最後のは余計かな」

 

 カッコいいだけでいいと思います。

 

「じゃあ、依桜ちゃんがすごく動けてるのって」

「うん。向こうで鍛えたからだね。あと、師匠のしごきがすごかったから……」

 

 あはは……と力なく笑う。

 今思い出しても、師匠の修行は本当に酷かった……。何度も何度も殺されたしね、ボク。

 スペ〇ンカーもびっくりなレベルで。

 

「でも、いいなぁ、異世界。行ってみたいなぁ」

「そんなにいいものじゃないと思うけど……」

「そかな? でもやっぱり、日本人的には憧れがあるんだよね! ほら、主流なジャンルだから!」

「たしかに、そうかも?」

 

 ボクだって、異世界に行く前はちょっとだけ憧れのような物があったっけ。

 もっとも、一度地獄を経験している以上、今のボクにはそんな憧れは微塵も残ってないんだけどけど。

 

「どんな世界なんだろうなぁ……行ってみたいなぁ……」

 

 なんて、エナちゃんがそう呟いた時だった。

 

〈なら、イオ様が連れて行けばいいのでは?〉

 

 そんな声が、ボクの胸元から聞こえてきた。

 

「え、連れてってくれるの!? ……って、え、あれ? 今の依桜ちゃん?」

「ボクじゃないよ。この声は……」

〈こっちこっちですよ! ほれほれ!〉

「下の方……? というより、依桜ちゃんの方な気が……」

「えーっと、ちょっと待ってね……」

 

 使用していた『擬態』の能力を切る。

 すると、首からぶら下げていたスマホ入りのケースが出てきた。

 

「わ! 何今の! 手品?」

「手品じゃなくて、これは能力って言って……スキルみたいなもの、かな?」

「なるほど……それで、さっきの声って?」

〈どもども! 完全無欠! 美少女アイドルの従者的存在! スーパーAIのアイちゃんでっす! 以後お見知りおきを!〉

「なにこれーー!?」

「あー、えっと……ボクのスマホに住み着いてるAI、かな」

「へぇ……AIにしては、感情があるんだね?」

〈ふっふーん! そこらのAIとはわけが違うってことですよ! エナさんや!〉

「おー! すごーい!」

 

 パチパチと拍手するエナちゃん。

 

 そういうことをすると、調子に乗りそうだよ、アイちゃん。

 

 というか、すごく久しぶりに見たような気が……。

 

「それで、さっきの連れて行けばいいって?」

〈はい。実はこの私。元は、『異世界転移装置二式』と呼ばれる端末のAIだったんですよ〉

「異世界転移装置! もしかしてもしかして、異世界に行けちゃう装置!?」

〈イグザクトリー! イオ様専用の装置ですが、イオ様、もしくはイオ様に触れている人に触れていることで、一緒に異世界に行けるという、画期的な装置なのです!〉

「すっごーい! じゃあじゃあ、うちも行けるの!?」

〈もちのろんっすよ! しかも、この夏にはイオ様とイオ様の友人方で旅行に行く予定ですからね! 現段階じゃ、未果さん、女委さん、晶さんに態徒さん、イオ様の妹さんたちと、あとはミオさんと、美羽さん辺りが参加決定してますね〉

「……ちょっと待って!? ボク、美羽さんには言ってないよね!?」

 

 なんか、勝手に行くことになってるんだけど!

 

〈ええ。前にちょっと、こっそり連絡を取ったら行きたいと言ってきたので、了承しときました。まあ、イオ様にミオさんがいるんで、問題ないっしょ?〉

「た、たしかにそうだけど……」

 

 少なくとも、問題はないと思うよ?

 師匠の近くは、世界で一番安全な場所と言っても過言じゃないくらいに、安全だもん。

 

〈それに、なんだかんだで仲いいじゃないですか、イオ様〉

「一緒にお仕事するからね」

〈仲間外れと言うのも可愛そうじゃないですか?〉

「た、たしかに」

 

 一応、『CFO』では、美羽さんもギルドに参加してるもんね。

 そう考えたら、確かに誘わないのもちょっと気が引ける。

 

〈それに、大所帯の方が楽しいでしょ?〉

「……まあ、それもそうだね。じゃあ、美羽さんも行くということで」

 

 あとで、ちゃんと連絡しておこう。

 

〈そんなわけですし、今更一人くらい増えたところで、問題ないと思うんですね、私〉

「うーん……エナちゃん、行きたい?」

「行きたい!」

 

 そ、即答ですか……。

 

 問題がないわけじゃないけど……師匠も行くことだし、一応大丈夫そうなんだよね。

 それに、何が何でも守ればいいわけだし。

 

「……はぁ。わかりました。じゃあ、エナちゃんも参加ということで」

「やったー! 異世界旅行だー!」

 

 ぴょんぴょんと嬉しそうにはしゃぐエナちゃん。

 可愛いね。

 でも、そんなに嬉しいことなのかな、異世界に行くのって。

 

「んー……でも、そうなると、うちだけ遠いのも……うん。打診してみよっかな」

「エナちゃん、何か言った?」

「あ、ううん! 何でもないよー! あ、もうすぐ二十分経つね! 依桜ちゃん、そろそろ行こ!」

「うん。そうだね」

 

 まさか、アイちゃんによって異世界旅行の人数が増えるとは思わなかったけど、まあ……いいよね。うん。仲がいい人が多いのはいいことだし、何より、アイちゃんも言っていたけど、大人数の方が楽しいもんね、旅行は。

 

 さて、握手会、頑張らないと。




 どうも、九十九一です。
 前回、あと二話くらい、とか言いましたが、多分これ、あともう一話分くらいありそうな気がしてます。あと、完全に自分で自分の首を絞めに行ってますね。異世界旅行の話、えらいことになりそう……。
 まあ、夏休み編は長くなりそうだし、別にいいんですけどね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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378件目 依桜ちゃんたちとレジャープール10

 というわけで、握手会。

 

『当選した方はこちらにお並びくださーい! その際、ちゃんとチケットをスタッフに見せるようにお願いします!』

「わー、結構当選した人がいるみたいだね」

「うん、そうだね。見たところ……百二十人くらいかな?」

 

 現在、ボクたちはイベントステージの辺りに来ていました。

 

 握手会の場所がそこだったので。

 

 そして、ボクたちがいる場所の目の前には、それなりの人数の人たちが並んでいました。

 その人たちは、とても嬉しそうに、同時にうきうきした様子で並んでいます。

 

 理由は、握手会の抽選に当たったから。

 反対に、抽選から漏れてしまった人たちは、とても残念そうに少し離れたところからボクたちがいるところを見ています。

 

「なんだか、抽選から漏れちゃった人たちって、可哀そうだよね……」

「そうだねぇ。うちも、ああ言うのを見ていると、胸が痛いよ。みんな、大切なファンなのに、こうして残酷なことをしないといけないからね」

「やっぱり、エナちゃんとしても嫌だったりするの?」

「うーん……まあ、そうだね。最初の頃は、ファンも少なくて、全員と握手ができたんだけど、今みたいにファンが大勢になっちゃうと、そういうこともできないからね。かと言って、全員やるってなると、何らかの形で迷惑を掛けちゃうから、ある意味仕方がない措置なんだけどね」

「なるほど……」

 

 まあ、仮にどこかのイベントで全員やるとなって、別のイベントで抽選になったりしたら、なんでこっちはやらないんだ! ってファンの人たちから文句が出ちゃう可能性があるもんね。

 

 そう考えると、一番被害が出ない方法ってことになるのかな。

 

「さて、お話はここまでにして、握手会の簡単な説明をするね! と言っても、説明らしい説明はないけど。とりあえず一番大事なのは、どんな人が相手でも、必ず笑顔で握手すること! 以上です!」

「本当に説明らしい説明はないんだね」

「まあ、握手会だからね。ファンの人が喜んでくれるのが一番なの!」

「ふふっ、そうだね」

「やっぱり、笑顔で握手されると、ファンの人も嬉しいからね! というわけだからいのりちゃん、老若男女を魅了するいい笑顔でお願いね!」

「さ、さすがにそのレベルの魅力的な笑顔は難しいと思うけど、精一杯頑張るね!」

「その意気だよ! じゃあ、お互い頑張ろう!」

「うん!」

 

 そうして、握手会が始まる。

 

 

 一番最初のお客さんは、二十代前半くらいの男性客だった。

 

『先週の武道館でファンになりました! 握手お願いします!』

「そうなんですね。ありがとうございます(天使の如きスマイル)」

『あ、ありがとうございます! 俺、一生この手は洗いません!』

「洗ってくださいね!? もし、それで病気になっちゃったら、すごく心配ですから!」

『こ、こんな何のとりえもない俺を心配してくれるなんて……! お、俺、いのり様とエナちゃんに一生着いて行きます!』

 

 そう言って、最初のお客さんが去っていった。

 

 何だろうなぁ……ボク、着々とアイドルの道に進んじゃっているような気がしてならないんだけど……。

 

 それから、手を洗わないの下り、去年の学園祭の一日目でも見たような気がするんだけど。

 

 流行ってるのかな、そのセリフ。

 

『あ、握手、お、お願いします……!』

 

 続いてやってきたのは、太めの男性。

 

 生活習慣病にならないか心配の体系の人。

 あと、やっぱり脂肪で暑いからか、汗もすごい。

 

 それにしても……ちょっともったいないなぁ、この人。

 痩せればすごくカッコよくなりそうなんだけど。

 

『す、すみません。自分、暑がりなもので、手汗が酷くて……も、もしかしたら、ふ、不快にさせるかも……』

「いいえ、ボクは気にしませんよ。それよりも、イベントに来ていただき、ありがとうございました(にっこり)」

『あ、ありがとうございます!』

「えっと、その、ボクからのアドバイスというか……そのままだと、生活習慣病になってしまう可能性があるので、痩せた方がいいかなと思いますよ。それに、痩せればカッコよくなると思います」

『ほ、ほんとですか?』

「はい。それに、太っている、というの寿命を縮めかねませんから。そうなったら、エナちゃんを応援することが難しくなってしまいます」

『た、たしかに……! わ、わかりました! じ、自分、夏が終わる前に何としてもダイエットします!』

「はい、頑張ってくださいね。でも、無理は禁物ですよ」

『は、はい! ありがとうございました! いのり様!』

 

 お客さんは、なぜか顔を赤くすると、エナちゃんの方へ移動した。

 なんでボク、様付けされるんだろう。

 

 

 そんな感じに、握手会は進みます。

 

『さ、さっきのを見て、すっごくカッコいいと思いました! これからも頑張ってください!』

「応援ありがとうございます。でも、ボクはちょっとだけ忙しいので、あんまり出れるかわからないんですけどね」

 

 あははと笑うボク。

 

 今握手しているのは、女性のお客さん。

 ちゃんとエナちゃんにも女性ファンがついているみたいだね。

 

 しかも、結構いる。

 

 大体、男性のファンが七割くらいなんだけど、残る三割が女性のファン。

 同性からも好かれるタイプなんだね、エナちゃんって。

 

 ある意味すごいと思うよ。

 

『あ、あの、いのり様、質問があるんですけど……いいですか?』

「はい、少しでしたら問題ないですよ」

 

 こんな感じに、どういうわけか、女性のお客さんからは質問をされることがあります。

 なんでだろうね?

 まあ、他にもアドバイスをしたりしたからあれなんだけど……。

 

 これ、時間がかかりすぎて怒られたりしないかな……?

 

『あ、あの、どうやったらいのり様みたいにスタイル抜群になれるんですか……? 特に、そのくびれが羨ましくて……』

「そうですね……とりあえず、まずは運動をすることですね。自身の体に合わせた適正量の運動をして、しっかりとバランスのいい食事を摂ることと、あとはなるべく間食をしないことですね」

『食事制限は……』

「しない方がいいですよ。仮にそれで痩せても、食生活を戻したらリバウンド、何てことになっちゃいますから。やっぱり適正量で、バランスのいい食事が一番ですよ」

『な、なるほど……! ありがとうございました、いのり様! 私、頑張ります!』

「はい、頑張ってくださいね」

 

 やっぱり、世の中の女性は気にしてるんだね、体型。

 

 でも、別段ダイエットとかしなくても痩せているように見える人だっているんだけどなぁ。

 

 ボクはもともと男だったから気にしないから、その辺りはちょっとわからない。

 

 女の子の気持ちって難しいから。

 

「次の人どうぞー」

 

 まだまだ控えてるし、気を取り直して頑張らないとね!

 

 

 イベントのようにアクシデントが発生するようなこともなく、握手会が自然と進んでいくと、ボク的に問題が発生。

 

『お、俺、いのりちゃんの大ファンなんです! 握手お願いします!』

 

 なんと、クラスメートが来てしまいました。

 

 たしか、吉田君だった気がする。

 

 ……ば、バレないよね? 大丈夫だよね?

 

「ファンと言って頂いて嬉しいです。エナちゃんの応援も、よろしくお願いしますね」

『も、もちろんっす! 俺、エナちゃんのファンクラブにも所属してるので!』

 

 あ、やっぱりあるんだ、ファンクラブ。

 多分、ボクとは違って、ちゃんとした公式のファンクラブなんだろうね。

 

 ……ボクのは、なぜか知らず知らずのうちにできていた、非公式のよくわからないファンクラブだから。

 

 どうにも、所属している人がうちの学園にもいるみたいだけど。

 

『じゃ、じゃあ俺、いのりちゃんのことこれからも応援してます!』

「ありがとうございます(微笑み)」

『か、可愛い……。そ、それじゃ!』

 

 吉田君は顔を赤くすると、そのままエナちゃんの方へ移っていった。

 

 ほっ……よかった、バレてないみたい。

 さすがに、ボクが『いのり』だとバレたら、さらに問題になる気がするからね……。

 

 これ以上問題が発生すると、ボクのストレスがマッハになっちゃうよ。

 

 そうなったら、体調を崩しちゃったりする可能性があるからね。できれば、問題は起こさないのが一番。

 

 もっとも。ボクには、メルたちって言う可愛い可愛い妹たちがいるので、最近はストレスが減った気がするけどね!

 

 癒しだもん、みんな。

 

 あ、いけないいけない。

 

 今は目の前の握手会に集中しないとね!

 

 

 と、クラスメートの男子が来ていたりと、個人的なアクシデントはあったものの、特に問題もなく進み、気が付けば終盤に。

 

 途中、なぜか何らかのアドバイスが欲しい、とか言われて、一応答えました。

 

 無碍にするのもちょっと可哀そうだったので。

 

 それに、なぜかアドバイスをしてあげると、もらった側の人たちはかなり嬉しそうにしていたので、ついついそう言う表情が見たくて、アドバイスをしてあげていた、というのも理由の一つだったりするんだけどね。

 

『それでは、只今を持ちまして、エナの水着イベントライブの全てのプログラムを終了いたします。見に来てくださったファンの皆様、ありがとうございました』

 

 最後の一人が去っていったのと同時に、そんなアナウンスが流れて、これにてイベントは終了となりました。

 

 

「お疲れ、依桜ちゃん」

「エナちゃんも。とりあえず、これでイベントは終わりかな?」

「うん! 依桜ちゃんのおかげで、イベントは大成功! ファンのみんなも楽しんでくれてたし、新規のファンも出来たから嬉しかったよ!」

「そっか。それならよかったよ」

 

 なぜか、ボクにもファンができたんだけどね。

 こんなド素人のアイドルのファンになりたいだなんて、物好きな人もいるんだね。

 

「じゃあ、依桜ちゃん。イベントは終わったし、解散しても大丈夫だよ」

「そうだね。ボクもそろそろみんなの所に戻らないといけないから、行かないと」

「本当にありがとね、依桜ちゃん。同時に、ごめんね。せっかくの休日に、お友達たちと遊びに来ていたのに、時間を潰しちゃって……」

「いいのいいの。それに、お友達って言ったら、エナちゃんも大切な友達だもん。その友達がイベントをもっといいものにしたくてボクを誘ったのなら、ボクは引き受けるよ」

 

 あとは、メルたちが見たいと言っていたからかな。

 

「……ねえ依桜ちゃん」

「なに?」

「依桜ちゃんって、女たらしとか言われたことない?」

「ないよ!?」

「そっか、ないんだ。……じゃあ、やっぱり依桜ちゃんは天然……」

 

 どうしたんだろう?

 

 エナちゃんの顔が赤いんだけど、日射病とかになってないよね?

 

 ……それにしては元気そうだし、大丈夫だよね。うん。

 

「ともあれ、イベントありがとう! 依桜ちゃん!」

「うん。エナちゃんもこれからも頑張ってね」

「もっちろん! ファンを増やして増やして、いずれは海外に行くのが夢だからね!」

「大きい夢だね。応援してるよ」

「うん! それじゃあ、うちはこの後事務所の方に戻って、ちょっと相談事とかがあるから、そろそろ行くね!」

「じゃあ、ボクもみんなの所に行くよ」

「了解だよ! じゃあね、依桜ちゃん!」

「うん、バイバイ」

「次もし会えたら、早くても十四日になると思うから、その時はよろしくね!」

「うん!」

 

 そう言って、ボクたちは別れました。

 

 そして、別れた後にふと、ん? と思った。

 

 なんで、十四日? そんな疑問がボクの頭の中に残った。




 どうも、九十九一です。
 なんとかして、次の回でプールの話を終えるつもりです。なので、もしかすると長めになるかもしれません。さらに言えば、場合によってはそれが二話になる可能性も否定できません。読者様的にもどうなんですかね?
 ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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379件目 依桜ちゃんたちとレジャープール11

 ちょっとした疑問は残ったけど、ともあれ『変装』と『変色』を切ってみんなの所へ。

 

「ただいまー」

「お帰りなのじゃ、ねーさま!」

「メル、こういう場所で走ると危ないよ」

「む、たしかにここは滑りやすいの……」

「でしょ? だから気を付けないとね」

 

 じゃないと、メルが転んだ拍子に、地面が割れちゃう可能性があるもん。

 

「イオお姉ちゃん、さっきはすごかったです!」

「歌、上手かった、よ」

「イオねぇって、何でもできるんだね!」

「あはは、何でもはできないよ。歌も上手いかはわからないし」

「でも、イオお姉さま、歌も踊りも上手だったのです」

「……すごい」

「そうかな? でも、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 みんなに褒められるとなんだか、すごく嬉しい。

 やっぱり、妹だからなのかな?

 

「お疲れ、依桜」

「あ、未果」

「はい、飲み物。喉乾いたでしょ?」

「うん、ありがとう。もらうよ」

 

 未果から飲み物を受け取って口を付け、こくこくと喉を鳴らして飲む。

 

「はぁ。美味しい。みんな、ご飯は?」

「全員、依桜が戻ってくるのを待ってたから、まだ食べてないわ。だから、あそこにいる三人なんて、ほら」

「「「……」」」

 

 あ、三人ともすっごくぐでっとしてる!

 遊び疲れた、のかな? 見た感じ。

 

「待ってなくてもよかったのに」

「そうは行かないでしょ? 依桜が仕事をしていたのに、それを差し置いて呑気に食べられるわけないじゃない。それに、メルちゃんたちが一番待っていたんだし」

「そうなの?」

 

 と、メルたちに尋ねると、みんな嬉しそうに頷く。

 あぁ、なんて優しい娘たちなんだろう……お姉ちゃん、すごく嬉しいよ。

 

「そっかそっか。じゃあ、食べよっか。師匠たちもお腹空いてるだろうからね」

「そうね。特に、あそこで死んでいる三人なんて、今にも死にそうだもの」

「あはは……」

 

 ……そう言えばあの三人、というより、晶と態徒の二人って、師匠と遊んでいた気が……もしかして、それであんなに疲れてる、とか?

 

 ……あり得る。

 

 師匠と遊ぶのって、相当体力いるもん。

 

 ボクだって、全力の師匠と遊ぶのは、骨が折れるし。

 それを、普通の人がやるって、なかなかにすごいことだよ。

 異世界に行く前のボクだったら、十分も持たないでへばっちゃってると思う。

 それくらい、師匠の体力は無尽蔵だから。

 

 ともあれ、お昼ご飯だね。

 

 

 それから、お昼ご飯をみんなで食べて、少し休憩をしたら、再び遊びに。

 アイドルをやっていたため、みんなと遊べなかったので、午後からはみんなと遊ぶ。

 

 何で遊ぼうとなった時、少し話した結果、ウォータースライダーになった。

 年齢制限はあるにはあるけど、保護者同伴だったら特に問題がないみたい。

 なので、メルたちは、ボクと一緒なら滑ることができるわけです。

 

 それで、一応このウォータースライダーは最大三人まで同時に滑ることができるみたい。

 それを聞いたメルたちが取った行動が何かといえば……それはもちろん、どの順番でボクと滑るか、という話し合い。

 

 三人ずつで滑れるので、結果的の、ボクは三回程滑ることになるわけで。

 って、そう思っていたんだけど、

 

「ん、面白そうだな。あたしも滑ろうかね」

「あ、師匠も滑るんですか?」

「ああ。というわけで、あたしはお前と滑る。ちなみに、拒否権はない」

「え!?」

 

 こんな感じに、師匠とも滑ることになったので、結果的に四回滑ることになりました。

 

 ……並ぶ時間もあるんだけど。

 

 でも、異世界組はそんなことお構いなしに話し合っている。

 

 あー、これは本当に拒否権ないんだね……。

 

 まあ、メルたちのお願いなら、ボクが断る、なんてことあるはずがないんだけどね。可愛い妹たちのお願いだもの。

 

 師匠は、普通にお世話になった人だし、好きだから別にいいしね。

 

 と、気が付けばみんなが滑る順番と、どういうペアで行くのかを決め終えていました。

 

 そうして出来上がったペアが、メルとミリア、ニアとスイ、リルとクーナの三ペアになりました。

 

 ちょっと面白い組み合わせ。

 

 メルは妹の中で一番上(実際は一番下だけど)なため、後から来たニアたち全員と仲が良く、特定の誰かという意味合いじゃ、あまりないので、メルとミリアという組み合わせはちょっと意外化も。

 ニアとスイの二人も、ちょっと珍しい。

 ニアはどちらかと言えば、リルと一緒にいることが多いからね。

 スイの方は、クーナと一緒にいる場面をよく見かけるから、ニアと一緒、というのは珍しかったり。

 そして、リルとクーナ、というのも珍しい。理由はさっき言ったことと同じ。

 

 でも、こう言う組み合わせもいいね。

 

 どんな組み合わせでも可愛いけど、珍しい組み合わせだと、みんなの可愛さもさらに倍増だよね! いいと思います!

 

 この三ペアと滑ったら、師匠と滑る、みたいな感じになるみたい。

 

 師匠がトリ……。

 

 ちょっと心配。

 

 

 というわけで、ウォータースライダー。

 

 幸いなことに、そこまで人は並んでいなかった。

 

 待ち時間としても、一回頭五分~十分くらいかな?

 

 なんで、こんなに空いてるんだろう? って疑問だったけど、多分これ、イベントが影響してるんじゃないかなぁ。

 

 あれって、ちょうどお昼時に行われてたから、お昼食べてるのかも?

 だけど、普通のお客さんもいたはず、だよね? どうしてだろう?

 

 あれかなついついイベントを見に行っちゃって、そ俺でお昼を食べてない、とか。……うん、そっちの方がなんだかしっくりきそうだね。

 

 まあ、ともあれ、待ち時間がそんなにないというのは、ボクとしてもすごくありがたい。

 

 だってボク、四回滑らないといけないからね。

 

『次の方、どうぞー』

「あ、ボクたちだ。行こ、メル、ミリア」

「「うん!」」

 

 笑顔、可愛いです。

 

『えーっと、身長制限はありますが、保護者同伴ですので問題なしですね。それでは説明させていただきます。このウォータースライダーでは、三人一組になった場合、滑り方が二種類あります。と言っても、実質的な滑り方は一つだと思ってください』

 

 それ、二種類って言う意味あるのかな?

 説明としてあるんだろうね、多分。

 

『今回、保護者のあなたが一番大きいので、真ん中に座ってもらい、その前後をお子さんたちが挟んで座る形になります』

 

 お子さんって……。

 メルとミリアは普通に妹なんだけど……。義理ではあるけど。

 

『お子さんたちが座る時、前の方のお子さんは、向かい合って座るか、もしくは保護者の方が後ろから抱きしめる形になります』

「なるほど……」

 

 まあ、そう言う感じになると……。

 

「じゃあ、メルねぇが前だね!」

「いいのかの? ミリア?」

「うん! だってメルねぇ、イオねぇ胸好きだもん」

「うむ! これ以上のものは無いと思っておるぞ!」

「……恥ずかしいから、外で胸の話をするのはやめて……」

 

 しかも、本人の前で。

 見てよ、説明係のスタッフさんなんて、ちょっと笑ってるよ。

 微笑ましいっていうことなんだろうけど。

 

『では、滑る準備をしてくださいね』

「わかりました」

 

 というわけで、三人仲良く座る。

 

 ボクが中に座り、メルがボクに背を向けてボクの両足の間に座り、ボクは後ろからメルを抱きしめる。そして、ミリアがボクの背中がに座って、その小さな手をぎゅっとボクの腰に回して座っています。

 

 何だろう……天国。

 

 可愛い妹たちに、こうして挟まれて座るのって、すごく幸せです。

 

 生きててよかった……。

 

『それでは、準備OKですね? では、いってらっしゃーい!』

 

 スタッフさんが嬉々としてそう言いながら、ボクの背中を押し、滑り出した。

 

「「「きゃーー♪」」」

 

 いざ滑ってみると、思わずそんな悲鳴がボクたちの口から漏れた。

 

 ウォータースライダーなだけあって、かなりの速度が出ていて、水しぶきが舞う。

 それなりに長いようで、なかなか終わりが見えない。

 カーブをしたり、少し凸凹したような感じの坂があったりだとか、そんな感じ。

 

 このスピード感はいいね!

 

 修行時代に、斜度五十度以上の坂から油を流された時くらいのスピード感だよ!

 

 ただ、問題点があるとするならば……む、胸が痛い!

 さっきから、カーブとか凸凹の坂を通る度に、胸が揺れてすごく痛い!

 も、もしかして、胸が大きい人って、ある意味ウォータースライダーも天敵……?

 

 これをあと三回繰り返すと思うと……あ、でも、みんなと滑れるのなら、これくらいの痛みは代償だよね? うん。なら問題ないね。

 

 なんてことを考えているうちに、気が付けば出口から出ていました。

 

 そして、プールから出て、再びウォータースライダーに並ぶ。

 

 

 他のニアのペアと、リルのペアの二つとも滑った感想。

 

 天国過ぎて、ボクの魂がどこかに飛んでいっちゃうんじゃないかな、って思いました。

 

 本当に天国でした。

 

 ニアは若干怖がってボクにぎゅっとしがみついてきたり、スイは普段は表情がちょっと乏しいけど、この時は目を輝かせてキャッキャととても楽しそうにボクの背中に抱き着いていました。可愛い。

 

 そして、リルはニア以上に怖がったため、ぎゅっではなく、ぎゅぅっとぷるぷる震えながら、ボクにしがみついていました。正直、天国でしかなかったです。クーナの方は、比較的普通で、ボクに抱き着きながら楽しそうに滑っていました。

 

 みんな可愛すぎて、やっぱりどうにかなっちゃいそうでした。

 

 そして、みんなと滑り終えたらあるのが……師匠とのウォータースライダーです。

 

 不安しかない。

 

 というわけで、師匠と一緒に並び、順番がやって来た。

 

『あ、またあなたですか。好きなんですか? ウォータースライダー』

「あ、あはは……というより、一緒に来ている人と全員滑ることになっているものですから」

『大変なんですね』

 

 本当にね。

 

 まあ、ボクとしてはすごくいい時間だったから、大変という気持ちよりも、天国という気持ちの方が強かったから、全然問題ないです。

 

 まあ、だからこそ、師匠の時間になった途端、天国から地獄に行ったんですが。

 

「ほう、これがウォータースライダーか。面白そうだな」

「師匠、お願いですから、変なことはしないでくださいよ?」

「大丈夫だ。あたしを何だと思ってるんだ、お前」

 

 少なくとも、師匠が大丈夫と言って、大丈夫じゃなかったためしなんてほとんどないよ。

 

『お二人さんはなんだか仲がよさそうですね。でしたら、いい滑り方がありますよ』

「「いい滑り方?」」

『はい! えーっと、そちらの長身美人さん、ちょっと足を延ばして座ってもらってもいいですか?』

「ああ、構わんぞ」

 

 スタッフさんに言われた通り、師匠が足を延ばして座る。

 

『そして、そちらの銀髪碧眼の可愛らしい方がこちらの方の太腿に、自分の足がクロスするように座ります。で、そちらの長身美人さんの首に手を回してしがみつく』

 

 言われた通りに、座ってみる。

 

 って、あ、う……。し、師匠の顔が近い!

 

 すっごくドキドキするし、なんだか恥ずかしい!

 

 ……でも、なんだろう。ちょっといいかも……って! 違う違う!

 

「ふむ。なかなかいいじゃないか、この座り方。こいつをお姫様抱っこした時と同じような感じだ」

『そこまで仲がいいんですね! でしたら、やはりこの滑り方はピッタリかと』

「どうしてだ?」

『だってこの座り方、恋人の人たちがするような座り方ですから! じゃあ、行ってらっしゃーい!』

「え、スタッフさん、今なん――きゃああああ!」

 

 スタッフさんの、とんでもないセリフに気を取られて、突然スタートした瞬間、ボクはそんな悲鳴を漏らしていた。

 

「ハハハハ! これは楽しいな! なあ、弟子よ!」

「そ、そそそ、そうですね……」

 

 師匠、ボク今、それどころじゃないですよぉ……。

 

 さっきから、師匠の顔が近くて、ドキドキしてるんですって!

 

 あと、なんかこの体勢、微妙に怖いんだけど! 正面じゃなくて、横を向いちゃってるから、普通に怖い。

 

 だから師匠にちょっとしがみついちゃうわけで……すると、師匠の体の温かさや柔らかさなんかが直に伝わってきて、やっぱりドキドキする。

 

 多分これ、未果と女委、あと美羽さんに……多分エナちゃんとでもこうなったような気がしないでもない……。なんでだろう。

 

 終始、ドキドキしっぱなしだったウォータースライダーが終わる頃には、ボクはすごく顔を熱くさせていました。

 

 は、恥ずかしかったぁ……。

 

 

 ウォータースライダーを滑った後は、みんなで遊びました。

 

 波のプールで態徒が流されたり、流れるプールで態徒が流されたり、一定量の水が溜まると、一気に水が出てくるバケツの水に、ちょうど態徒が当たって、やっぱり流されたりしたりと、とにかく楽しかったです。

 態徒がやけに不運に遭っている気がするけど。

 

 時折休憩を挟みつつ、なんだかんだで五時まで遊び倒しました。

 

 アイドルをするという、アクシデント? があったにはあったけど、それでもみんなで楽しく遊べて、いい思い出になったよ。

 

 やっぱり、いいね、こうして遊びに行くのって。

 

 途中、ナンパされたけど、師匠に瞬殺された、なんていうことがあったけどね。

 

 まあ……それも思い出ということで。

 

 家に帰り、いざ荷物を置くと、気が付けばメルたちが仲良く固まって眠っていました。

 

「ふふっ、ずっと遊んでたもんね」

 

 一応、ボクがアイドルをしている時は、メルたちも見ていたみたいだしね。

 

 アイドルをする前後の時間ではみんなで、たくさん遊んだから、疲れちゃったんだよね、きっと。

 

「でも、風邪を引いちゃうから、毛布でもかけてあげようかな」

 

 微笑ましい光景を見ながら、ふとそう思ったボクは、自分の部屋から毛布も持ってきて、メルたちにかけると、夜ご飯を作りにキッチンへと行った。

 

 なんだか、いい生活になったね、本当に。




 どうも、九十九一です。
 やっと終わりました、プール回。長いなぁ……。まあ、なんか次の話もやけに長くなりそうなんですけどね……。とりあえず、このプール回が始まる前話でやっていたように、次からは職業体験の話です。まあ、普通(?)な話になると思います。
 明日もいつも通り……とは言い難いかもしれません。まあ、なるべく10時に出すと思いますが、17時になる可能性が大なので、ご了承ください。
 では。


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380件目 職業体験初日

 週初め。

 

 今日から一週間、高等部二年生は職業体験に赴きます。

 

 先週の月曜日出した希望を基に、それぞれの希望に沿った場所を学園側が決めて、生徒たちはそこに向かう、というもの。

 

 なるべく、全生徒が第一希望になるよう努力はする、と戸隠先生が言っていたけど、まあ、当然人気の職業なんかは希望が殺到するので、あぶれてしまう場合もある。

 

 そのための第二希望と第三希望なんだけどね。

 

 一番人気がないのは、ガソリンスタンドだったかな?

 理由は、退屈そうだから、というもの。

 それはどうなんだろう?

 

 反対に、一番人気があったのは幼稚園とか教師だったかな? その次くらいにゲームセンターが来ていたと思う。

 

 ボクたち五人は、全員第一希望の場所になりました。

 

 なのでボクは、小学校の先生ということに。

 

 あ、小学校の先生と言っても、叡董学園の初等部に行く、なんてことはないからね。

 

 学園長先生曰く、

 

『日常生活で普段来ている学園に、職業体験として行くのって、嫌じゃない? それに、つまらないし、代わり映えしないと思ったから、なしにしました』

 

 だそうです。

 

 そもそもの話、初等部と中等部ができたのが今年だから、例年通りだと思うんだけどね。

 

 ボクが職業体験として赴くのは、美天駅から三つ隣の駅なので、美天市の三つ隣に位置する街です。

 

 名前は『童市』。

 なかなかに特徴的な街名でちょっと面白い。

 

 三つ隣の駅と言っても、そこまで時間がかからないしね。

 

 電車で十分ちょっとなので、そこまで遠いわけじゃないし、家を引っ越したことで、駅から近いしね、今の家は。

 

 あとは、普段から早起きしてみんなの分のお弁当とか、朝ご飯を作ったりしているから大して早起きも辛くないし、何だったら電車なんて使わなくても走っていた方が早かったりするので、結果的に遅刻の心配もないしね。

 

 その辺りは、鍛えてよかった、と言ったところかな。

 

 そんなこんなで、童市にある『市立童小学校』へ。

 

 三つ隣の街ということで、道中色んな人に見られた。

 

 まあ、銀髪碧眼の人なんて、日本だとまず見ないもんね。ロシアとか、北欧の人じゃない限り、銀髪碧眼なんていないもん。

 

 たまーに金髪の人がいるかなーくらいだもんね、日本。

 

 あとは、単純にボクがこの辺りだとあまり見かけない制服を着ていたから、というのもあるかもしれない。

 

 叡董学園って、それなりに有名な私立校だから、割と全国から来ていたりします。

 

 あまりにも遠い人は、一人暮らしだけどね。

 

 さらに言えば、今年から初等部と中等部の新設の影響で、高等部の生徒も学生寮が出来たので、家賃より安い寮費(光熱費含む)を払えばそこに住めます。

 

 しかも、生活に必要な家電製品などはもともと備え付けられているので、新しく買う必要もないので、学園の寮に引っ越せば、今まで使用していた家電のほとんどがいらなくなるうえに、そこに備え付けられている家電製品って、無駄に新しいものだから、余計に前使っていた物がいらなくなる場合が多いんだよね。

 

 そう考えると、あの学園ってなかなかにおかしいなと思います。

 本当に、財力がおかしいし、生徒には全力だよね。

 そこは……まあ、学園長先生があれだからね。うん。

 

 ともあれ、小学校。

 

 ここの小学校……というより、この街にある、とある私立の学園の学園長先生と友人同士らしくて、そこからこっちの街の学校全てにある程度のパイプがあるとか。

 

 だから、ボクはこの街にいるんだけどね。

 

 うーん、それにしても視線がすごい……。

 子供って、基本的に普段見かけないような物を見かけると、ついついそれを見ちゃうよね。

 

 そう言うところを考えると、ボクが見られても不思議じゃない。

 だって、銀髪碧眼なんていうそうそう見ないし。

 

 特に、男の子からの視線が多いような……?

 

 あれかな。ボクって、それなりに胸が大きいからとか?

 

 あ、そろそろ職員室の方へ行かないと。

 

 初日から遅れるのは大問題だからね。

 

 

 というわけで、職員室。

 

「初めまして、叡董学園から来ました、男女依桜と言います。今日から一週間、よろしくお願いします」

 

 挨拶の言葉を言いながら、軽くお辞儀をすると、パチパチと職員室内から拍手が鳴り響いた。

 

「初めまして、男女さん。私は、この学校の校長をしています、渡里です。よろしくお願いします」

 

 そう言って、ボクに挨拶をして来たのは、この学校の校長先生。

 大体六十代くらいの男性の人で、なんだか優しそうな人。

 ちょっと恰幅がよくて、親しみやすい雰囲気がある。

 

「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします」

「ははは。最近の子にしては、礼儀正しいなぁ」

 

 まあ、一応これでも今年で二十歳ですからね、ボク。

 

 それに、貴族の人たちと接する機会も多かったから、結果的にそれなりの礼儀作法を学んでいたりするわけで……。

 

 と言っても、大体は修業時代に忘れちゃったんだけどね。

 

 主に、師匠のせいで。

 

 死ぬ度に、何らかのことを忘れちゃうものだから、色々と苦労したよ。

 

「とりあえず、男女さんは今日から一週間、四年三組を担当してもらいます」

「えっと、一つのクラスだけでいいんですか?」

「ええ。一つのクラスに集中した方が、何かとやりやすかったりしますからな。あとはまあ……単純に、公平な決め方で、こうなった、とも言います」

 

 そう言う校長先生は、なんだかちょっと苦笑い気味。

 

 一体、どういう決め方をしたんだろうね。

 すごく気になるところではあるけど、なんだか聞かない方がいい気がする。

 

「ですので、今日からお願いします、男女さん。いえ、男女先生」

「はい、精一杯、頑張りますね」

 

 先生、という呼び方はすごくむずがゆくはあるけど、なんだか気が引き締まる感じがするしね、頑張らないと!

 

 

「じゃあ、私が先には行って、男女先生のことを軽く話しますので、呼んだら中に入って、自己紹介をお願いしますね」

「わかりました」

「それじゃあ、ちょっと待っててね」

 

 軽く笑って、四年三組の担任――柊先生が中に入っていく。

 

 小学校の先生って、優しそうな人が多いイメージがあるけど、柊先生も例に漏れず優しそうな人だった。

 

 先生が入っていくと、喧騒に包まれていた教室内から、ガタガタと席に着く音が聞こえてきた。

 あ、意外としっかりしてるんだ。

 

『はーい。今日はみんなに、お知らせがありまーす!』

『せんせー、お知らせって何ですか?』

『転校生? 転校生?』

『残念、転校生じゃないですよ。実は今日から一週間、このクラスに叡董学園という学校から、職場体験で来た生徒さんがこのクラスで先生をすることになりました!』

『おー!』

『男の人? 女の人?』

『女の人ですよ』

『せんせー、その人って綺麗な人なんですか?』

『んー、そうですねぇ……びっくりするくらい、綺麗だと思いますよ。先生も見惚れちゃうくらいですね』

 

 柊先生は一体何を言ってるんだろう。

 ボク、そこまで綺麗じゃないと思うんだけど……。

 それにしても、やっぱり子供って無邪気だね。

 

『それじゃあ、早速呼びましょうか。男女先生―、入って来てくださーい』

 

 あ、呼ばれた。

 

「すぅー……はぁー……うん。行こう」

 

 軽く深呼吸をしてから、ボクは教室のドアを開けて中に入った。

 そして、真ん中の教卓がある位置に行き、正面を向く。

 すると、物珍しさからか、クラスにいる子供たちがみんなボクをじっと見てきた。

 

「初めまして。叡董学園から来ました、男女依桜と言います。男女先生とか、依桜先生とか、好きな呼び方で大丈夫ですよ。今日から一週間、みなさんの先生をすることになりました。短い間ではありますが、よろしくお願いします」

 

 にっこり笑って挨拶をする。

 

 すると、パチパチとクラス中から拍手が鳴り響く。

 

 よ、よかった……一瞬、無音になったから、歓迎されてないのかと思ってひやひやしちゃったよ。

 

『すっげー!』

『きれー!』

『おっぱいでけー!』

『髪長くてきれー!』

 

 わー、素直。

 この辺りは、本当に高校生と違うよね。

 みんなドストレートに思ったことを言って来るんだもん。

 

 ボクたちにもあんな時代が会ったんだなと思うと……うん。なんかあれだね。

 心が汚れてるって思えてくるし、歳を重ねたんだなぁって思えて来るよ。

 

「男女先生、初めてだと思いますので、質問コーナーを設けてもいいですか?」

「もちろん、構いませんよ」

「ありがとうございます。それじゃあ……男女先生に質問がある人―」

 

 と、柊先生がクラスのみんなに訊くと、一斉に『はいはい!』と、手を挙げだした。

 

 なんか、懐かしいね、そう言う反応。

 

 みんな、自分がさされたくて、必死に『はいはい!』と言って、手を挙げるっていう光景。

 

 当時は、ちょっとうるさいかも、って思ってたけど、今は逆に懐かしく感じるし、ちょっと微笑ましく思えてくるんだから、人って不思議。

 

「それじゃあ……関口君」

『はい! えっと、男女先生の好きなものは何ですか?』

「うーん、そうだね……料理かな? 食べるのも好きだし、作ってあげるのも好きだよ」

『ありがとうございます!』

 

 笑ってそう答えると、関口君はお礼を言って座る。

 

「じゃあ、次は……石井さん」

『依桜せんせーの得意な教科って何ですか?』

「国語と体育かな? 先生、運動には自信があるよ」

 

 もっと言うと、ボクが得意な科目って、国語と体育のほかに、英語や古典も含まれるんだけどね。

 ただ、その二つに関してはまだまだ先で習うものだからちょっと違うので除外しました。

 

『ありがとうございます!』

「次……羽田さん」

『せんせーって、外人さんなんですか?』

「ううん、みんなと同じ日本人だよ」

『えー、うっそだー!』

「嘘じゃないよ。ボクは、ちょっとだけ特殊な生まれ方をしてね、ボクのご先祖様がボクと同じ髪色と、目の色だったの。その特徴が出てきちゃったから、ボクはこうなんだよ。だから、決して外国人というわけではないからね」

『知ってるよ! かくせーいでん、って言う奴だよね!』

「あ、よく知ってるね。そうだよ。ボクは、その隔世遺伝でこんな姿なの」

 

 今時の小学生って、難しい言葉を知ってるんだね。

 隔世遺伝が難しい言葉なのかはわからないけど。

 

『すごーい!』

『なんかかっこいい!』

 

 カッコいいのかな、これって。

 

 うーん、これくらいの歳の男の子って、難しい言葉を聞くと大抵をそれをカッコいいと思うからね……多分そこから来てるのかも?

 

「次に行きましょうか。次……山田君」

『はい! 依桜せんせーって、女の人なのに、なんで自分のことを『ボク』って言うんですか?』

 

 あー、やっぱり気になるよね、そこ。

 子供だもんね。普通のことと違うことをしている人がいたら、大抵は質問するよね。

 

「特に理由はないけど、小さい時からずっと自分のことを『ボク』って言っていたからね。それでかな」

『でも、普通じゃないよ?』

「確かにそうかもしれないけど、こう言うのは個人の自由だからね。みんなが変に思っていても、その人にとっては普通なの。だから、もしもボクのように、自分のことを『ボク』とか『俺』とか言っている人がいたら、絶対にバカにしたりしちゃいけないからね」

 

 そう言うと、みんなは素直に『はーい』と返事をしてくれた。

 

 果たして、本気で思っているのかどうか。

 

 まあ、今はまだいいけどね。

 

 そう言ったことを学ぶために、道徳があるわけだもん。

 

「それじゃあ、次が最後かな? 最後は……じゃあ武藤さん」

『はーい! 依桜せんせーって、恋人はいるんですか?』

 

 出た! 小学生から絶対に出そうな質問!

 確実にこれを聞いてくる子っている気がするよ、ボク。

 

「うーん、先生にそう言う人はいないかな」

『せんせー、きれーなのにいないの?』

「うん。いないよ」

『じゃあじゃあ、俺が大人になったら、恋人になってくれる!?』

『あ、ずるい! じゃあ俺も!』

『僕も!』

 

 いるよね、こういうおませな子供。

 まあ、元気があっていいことだと思います。

 

「うーん、その時にはもう、先生は大人になっちゃってるからね。きっと、ボク以上にいい人が見つかると思うから、気長にね」

 

 苦笑いを浮かべながら、やんわりと断る。

 

 そもそも、歳の差十歳だもん。

 この子たちが二十歳になる頃には、ボクは三十歳だからね。

 

 そんなボクの発言に、わざとらしそうにがっかりする男の子たちを見て、クラス内は笑いに包まれた。

 意外といいクラスかも。

 

「それじゃあ、質問コーナーは終わり! まだまだ訊きたいことはあると思うけど、そう言うのは、休み時間にね! それじゃあ、五分後に授業を始めるので、みんな準備してね!」

 

 そう言うと、朝の会(懐かしい響き)は終了となりました。




 どうも、九十九一です。
 昨日は、出すと言っておきながら、出せなくてすみませんでした。少々用事の方が長引いた上に、PCがちょっと使えなかったので、書けませんでした。本当に、申し訳ない……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 もしかすると、昨日の補填的な意味で、今日はもう一話出すかもしれませんが……まあ、あまり期待しないでいただけると幸いです。
 では。


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381件目 初教師

 一時間目。

 最初の科目は国語。

 題材は、ごんぎつね。

 覚えている人がほとんどだと思う国語の題材。

 

 あれって、なかなかに話が暗いからね。多分、当時苦手だった人も多いんじゃないかな? なにせ、悲しい終わり方をするんだもん。

 

 簡単な概要を言えば、ごんと呼ばれる狐が、村の人達にいたずらをするところから始まって、その途中で兵十という男の人が釣ったウナギを逃がすといういたずらをしてしまう。

 その後、兵十の家では葬式が開かれていて、あのウナギが亡くなってしまった兵十の母親のために釣ったものだと知り、せめてもの償いにと食べ物を置くようになった、というのが基本的なお話だね。

 

 最後はまあ、いたずらをしに来たと勘違いされて、火縄銃で撃たれて死んじゃうんだよね……。

 ちいちゃんのかげおくりと同じレベルで暗いもん。

 

 ちなみに、先週からすでにごんぎつねはある程度やっていたそうで、今日は中盤あたりに入ります。

 

「えーっと、じゃあまずは、この時、兵十のお母さんが亡くなって、お葬式を見た時のごんの気持ちを考えてみようか」

 

 教師なんてしたことがないから、上手くできるかわからないけど、まずはそこから始めてみよう。

 

「じゃあ、三分上げるから、ノートに書いてみて。始め!」

 

 そう言うと、みんなが一斉にノートに書き始めた。

 中にはうんうん悩んでいる子もいるけど、大体は書けてる、のかな。

 

 正直、三分って少ないかなって思ったけど、これなら問題なさそう。

 まあ、気持ちを考えるだけだからね。

 

 とりあえず、様子見していると、三分経った。

 

「そこまで。それじゃあ、二人くらいに発表してもらおうかな。発表したい子はいるかな?」

 

 と、ボクが尋ねると、さっきの質問コーナーのように、多くの手が上がる。

 

「えーっとじゃあ……駒井君」

『はい! 悲しんだと思います!』

「どうして?」

『だって、いたずらをしていた人のお母さんが死んじゃってたんだもん』

「なるほど。うん、いいと思うよ。国語に正解はないからね」

 

 正解がある国語なんて聞いたことないけどね。

 あるとすれば、漢字くらいかな?

 

「じゃあ、次の人は……浅野さん」

『後悔したと思います』

「どうしてかな?」

『あの時いたずらしてなかったら、お母さんは死んでなかったと思うから』

「いい答えだね。そう言う考えをするのは大事だよ」

 

 過去にああしておけばよかった、と考えることは、次にそう言った失敗を犯さないためになるからね。

 ボクだって、そういう経験はあるもん。

 

「二人が発表してくれたように、この時のごんの気持ちは、悲しかったり、後悔したり、というのが強いかな。もしかすると、個人によっては『喜んだ』とか、『嬉しかった』とか思う人もいるかもしれないけどね」

『ひどーい』

『せんせー、そう言う人いるの?』

「いると思うな。国語は自由なものだから、その人個人に、その人の価値観があるから。例えば……のお話をしようと思ったけど、それは次のところでしよっか。じゃあ、この時のごんの気持ちをまとめると、『兵十のお母さんのために獲っていたウナギを逃がしたことで、お母さんが死んでしまったと思い、ごんは悲しんだ。もしくは、後悔した』です。これに似たものなら、別の言葉に置き換えても大丈夫だからね。落ち込んだとかかな?」

 

 他にも色々あるかもしれないけど、みんなはまだ小学生だから、難しい言葉で言うわけにはいかないからね。

 

 まずは、簡単なところからじゃないと。

 

「それじゃあ、次に行こう。さっきの例え話の続きで、ここでごんはイワシを盗み、それを兵十の家に投げ入れます。だけど、兵十は盗んだと勘違いされ、懲らしめられてしまいます。さあ、みんなはごんの行動について、いいことだと思う? 悪いことだと思う? まずは、ボクが尋ねるから、どちらかに手を挙げてね。じゃあ、悪いことだと思う人」

 

 そう尋ねると、ほぼ全員の子が手を挙げた。

 うんうん。まあ、大体はそうだよね。

 

「じゃあ、いいことだと思う人」

 

 反対に、こちらに手を挙げたのは、本当に一部の子たち。

 このクラスは、三十二人。

 その内、六人がいい方に挙げている。

 なるほど。

 

「じゃあ、まずは悪いことに手上げた人たちに訊こうかな。どうして、悪いことだと思うの?」

『だって泥棒だもん!』

『盗んじゃダメってお父さんたちが言ってた!』

『常識だよ』

「うん、そうだね。盗みはいけない。それは、当たり前のことだからね。じゃあ反対に、いいことだと思った人は、どうしてそう思ったの?」

『死んじゃったのを反省してるからだもん』

『ゴンは人じゃないから』

『兵十を助けようとしてたから』

 

 まあ、そう言う考えになるよね。

 概ね、予想通りかな。

 

「両方とも、いい答えです。じゃあ、先生の考えを言おうかな。この時のごんの行動は、悪いともとれるし、いいともとれるの」

『えー、でも、盗んだじゃん』

『盗むのはいいことなの?』

「それはもちろん、悪いことだよ。でもね、今までいたずらばかりだったごんが、今度はいたずら目的ではなく、誰かの為に何かをしようと行動したと思えば、いいことになるでしょ? ただ、そのための行動が悪かったから、悪く見えてしまうだけで、本当はいいことをしようとしたんじゃないかなって」

『むー、せんせー、ちょっと難しー』

 

 ボクの考えを聞いて、子供たちはちょっと難しそうな顔をする。

 うーん、失敗。

 

「あー、そっか。ごめんね。じゃあ、わかりやすく言おっか。そうだね……じゃあ、先生が考えたお話をするね。ある所に、お父さんやお母さんがいなくて、住む場所もない一人の男の子がいました。男の子は、街を歩く人たちの財布を盗む、スリをしていました。ある日、一人の男の人が、その男の子に財布を盗まれて、男の子を追いかけます。途中で逃げられちゃって、当てもなく探していると、男の子をとある路地で見つけました。怒ろうと思って、男の子に近づくと、そこにはボロボロになった男の子よりも小さな女の子がいました。実はその男の子は、その女の子に食べ物を食べさせるために、財布を盗んでいたのです。と、こんなお話。大体ごんがしている行動とほとんど同じなんだけど、どう思った?」

 

 そう訊くと、さっきまで難しい顔をしていた子たちの顔が、そうではなくなっていた。

 あ、見たところ、大丈夫だったみたいだね。

 

『助けるためだったら、いい、と思えました』

『うーん、ごんが悪いことをしていたって思えない……』

「そっか。そうやって柔軟な考えになるのはいいこと。だけど、間違っても誰かのためとはいえ、盗みはダメだからね? 先生、誰かの為なら悪いことをしてもいい、とは言わないからね? 絶対ダメだよ?」

 

 と、念を押しながら言うと、クラスの子たちがみんなが笑う。

 

「ともあれ、ここから学べるのは、誰かの為に何かをするのはいいことだけど、それをするための手段を間違えちゃいけないよ、っていうことだね。もしちゃんとした手段でやるのなら、この後ごんがしたように、山から採ってきたものを置いておくのがいいね。言ってしまえば、悪いことで助けるんじゃなくて、いいことで助けようね、ということです」

 

 そう締め括ると、子供たちがわかった言わんばかりに、こくりと頷く。

 うー、やっぱり難しいよ、先生は。

 

「それじゃあ、ここまでで質問はあるかな?」

『はい!』

「太田君」

『えっと、その男の子ってどうなったんですか?』

 

 あ、そっち?

 

「この後、男の子は男の人に怒られるんだけど、その人の助けで働き口を見つけるの。しかも、働く場所に住みながらね。それで、男の子と女の子は真面目に生きているよ」

『じゃあ、ハッピーエンドなんだね!』

「うん、そうだよ」

 

 まあ、この話自体、ボクの実体験なんだけどね。

 

 さっき言った男の人と言うのはボクです。

 

 向こうに行って、三年目だったかな?

 

 各地を回っている時に、とある街でスリに遭っちゃって、それでその時の男の子を追いかけたんだけど、地の利で負けて、逃げ切られちゃったんだけど、何とか見つけて、それで男の子を事情を知って、ボクがまあ各地に回った時に知り合った人に働き口を紹介してもらった、というところです。

 

 この時『気配感知』とかが、疲れの影響で上手くできなかったから大変だったよ。

 

 まあでも、今思えば、あの時できなくてよかったなって思ってるかな。

 そうじゃないと、あの事情を知ることもなかったし。

 

 あ、スリで盗ったお金に関しては、一応ボクが立て替えました。

 

 所持金で足りてよかったよ。

 

 今は元気に暮らしてるかな。

 

「さて、そろそろ教科書に戻るね――」

 

 そんな感じに、ちょっとつっかえたりしつつも、何とか授業を進めました。

 

 

「――じゃあ、これで終わりにします」

『起立! 礼!』

『『『ありがとうございました!』』』

「うん。じゃあ、次の授業にね」

 

 そう言うと、クラスのみんなは思い思いに休み時間を過ごしだした。

 

「ふぅ……」

 

 最初の授業が終わり、ちょっと一息。

 

「お疲れ様です、男女先生」

「あ、柊先生。えと、どうでした?」

「そうねぇ……まだまだ拙い所もあるけど、なかなか良かったと思いますよ。というか、私が初めて授業をした時に比べて全然よかったですし」

「そ、そうですか? それならよかったです。ちょっと無駄話をしすぎじゃったかなって心配になったんですけど……」

「いえいえ、むしろわかりやすくてよかったですよ。途中、なんだか道徳の授業をやっている気分でしたけどね」

「す、すみません……」

「謝らなくてもいいですよ。ああ言うのでもいいと思いますよ。それに、柔軟な思考を与える授業と言うのもすごいですしね。特に、あんなに具体的なお話ができるなんて、すごいですよ」

「あ、あはは」

 

 だって、実体験だもん。

 それなりに具体的な話ができたつもりです。

 

「でも、なんだか似合いますね、男女先生は」

「そうですか?」

「はい。正直な話、小学校の先生に向いてるんじゃないかな? って最初から思っちゃいましたし」

「うーん、学園の方でも、初等部の先生に言われたんですよ、向いてるって」

「あら、そうなんですね。どういったきっかけで?」

「えっと、球技大会の準備中に、ちょっと……いじめられている男の子を見かけまして、いじめていた人をお説教したこと、ですね」

「そんなことしたんですか?」

「はい。さすがに、見過ごすことはできませんでしたし、止めないとちょっと危ないかもと思ったので」

 

 いじめ、ダメ、絶対。

 

 何気なくやっていることでも、やられている側はかなり思いつめちゃって、自殺しちゃう人だっているんだからね。

 

「男女先生って、本当に高校生なんですか?」

「高校生ですよ。ちゃんと。でも、なんでそんな事を思ったんですか?」

 

 柊先生、ちょっと鋭いような……。

 

「うーん、なんだか男女先生って人生経験豊富に見えるので、なんとなくですね。さっきのお話だって、微妙に作り話に思えなかったというか……それに、その先の辺りの部分で出したたとえ話も、実感がこもっていたような気がしたので」

「そ、そうですか? ボクは単純に思いついたことを話しただけ、ですよ」

「……それもそうですね。第一、日本で男女先生が話したようなことが起こるわけないですもんね」

 

 ふっと笑って、柊先生がそう言う風に納得した。

 

 ……ボクの周りにいる人って、鋭い人が多いような気がするんだけど……。

 それとも、単純にボクが素直すぎるだけなのかな……?

 どうなんだろう。

 

『依桜せんせー! お話ししよー!』

「あ、うん。えっとじゃあ、ちょっと行ってきますね」

「はい。是非仲良くなって上げてくださいね、みんなと」

「もちろんです! それでは」

 

 そう区切って、ボクは呼ばれた方へと歩いて行った。

 幸先はいいかも。




 どうも、九十九一です。
 正直、この職業体験の話は、そこまで長くならなさそうです。理由はまあ、単純なところで、正直、そこまでのネタがないです。もしかすると、思い付きで何か思い浮かんで、それで伸びるかも、みたいなことはある可能性があります。どうするかは決めてませんけどね。
 あとは、単純に私が苦手だった科目については書かないつもりです。というか、書けません。私、頭が悪かったもんですから。書くのは多分……家庭科と体育と、あとは音楽とかでしょうかね? 主に副教科ばかりやりそうです。まあ、うん。ご了承ください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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382件目 体育の授業

 二時間目、三時間目と何とか授業は進んでいき、四時間目。

 

 四時間目は体育です。

 言ってしまえば、ボクの独壇場のようなもの。

 学園の体操着を持ってきているので、それに着替える。

 

 今日は跳び箱とマット運動だそうです。

 

 四時間目、しかも今は六月でやや暑いということもあり、体育館の中はちょっとじめじめしている。

 

 ボクはこれ以上に暑い場所とか、じめじめしているところにいたから全然平気なんだけど、子供たちはそうじゃないよね。

 苦手な子の方が多いと思う。

 そうなってくるとちょっと可哀そうというか、熱中症になってしまうかも。

 

 うーん……まあ、これくらいならこっそり使っても問題ないかな。

 どのみち、両サイドの扉も開いてるし。

 じゃあ、風魔法で……。

 

『あ、風だ』

『涼しい……』

 

 うん、成功。

 ただ風を吹かせているだけだから、そこまで魔力消費も厳しくないし、問題なし。

 

「それじゃあ、まずは準備運動からね」

 

 ある程度涼しくしたところで、準備運動へ。

 

 

 さて、そんなわけで始まった、依桜による体育の授業。

 

 一応、指導方法などについては、柊から言われているので、問題ない。

 もっとも、依桜にとっては、小学生の体育など、かなりレベルが低いため教えやすいのだが。

 

 まあ、問題はそこではない。

 

 現状、依桜は学園指定の体操着を着ている。

 まあ、言ってしまえば体に合わせた服装というわけだ。

 

 つまるところ、まあ……依桜の体つきがわかるわけで。

 

 性格的、精神的なところを考えると、依桜は教師という職業に対する適正はかなり高いと言えるだろう。

 

 だが、だがしかし。そんな適性が高いからこそ、反対に教育に悪い部分も兼ね備えているわけだ。

 そこと言うのが……

 

「1、2、3、4……」

 

 と、屈伸をしている時や、後ろに体を伸ばしたりした際、依桜の持つ凶悪なあれがどうなるか、おわかりだろうか。

 

 つまるところ……揺れるのである。

 

 それはもう、揺れる。

 

 ジャンプなんて一番ヤバいかもしれない。

 

 軽く跳ねる度に、ぽよんぽよんではなく、ばるんばるん! と揺れるのである。

 

 まあ、教育に悪いこと。

 

 しかも、本人にその自覚がないのが余計に質が悪い。

 

 あとは、さらに厄介なことが一つ。

 

 依桜が着ている体操着、実は特注品である。

 

 理由はもちろん、でかいから。

 

 そんなわけで、依桜の服はちょっとだけ大きめに作られており、胸元が見えてえしまう場合がある。なので、屈伸とかすると、思いっきり胸が見えてしまうのである。

 

 と言っても、そこまで見えるわけではなく、谷間がちょっと見えるくらいである。

 まあ、ちょっとと言えど、普通に見えてしまっているので、当然……

 

『い、依桜せんせーのおっぱいでけー』

『こうこうせーってみんなそうなのかな……?』

 

 とまあ、見られる。

 依桜本人は至って真面目で、そんなことに一切気づかない。

 

 なんと言うか、色々と酷い。

 

 

 まあ、そんな風に準備体操も終え、授業へ移る。

 

「じゃあ、まずは基本からかな。うーんと、今男女別でそれぞれ四列ずつで分かれてると思うんだけど、まずは各班、それぞれのマットで前転と後転をしてみよっか。そのあと、飛込前転と側方倒立回転をするからね。で、それが終わったら、次は跳び箱をするから、覚えておいてね。じゃあ、始め!」

 

 依桜が軽く指示を出すと、それを受けた小学生たちがそれぞれの班に分かれて運動を始める。

 それを見つつ、どこか改善点があった場合は、依桜がアドバイスをしに行く、という形になる。

 

「あ、影山君、ちょっと重心が右に行っちゃってるから、もうちょっと左に。深山さんは手を突く位置が両手でちょっと違うから、なるべくそろえてね」

 

 とまあ、こんな感じ。

 

 少し歩きながら、それぞれの生徒に、それぞれのアドバイスを言う。

 

 普通ならこんなあほみたいなことできないのだが、今回の依桜は割と全力である。どの辺が全力かと言えば……実は、スキルを使用していたりする。

 

 使用しているのは、『瞬刹』である。

 

 知覚能力を上げるスキルで、代償はやや頭痛が発生する程度。

 

 頭痛と言っても、軽い偏頭痛程度で思っておいて大丈夫だ。

 

 人によっては、それでもかなり辛いものではあるが、依桜は体に剣とか槍が刺さったり、魔法が飛んできたりする世界で、日々戦い続けてきていたので、苦痛耐性はバッチリである。

 

 ちくっとする注射だって、全く痛みを感じないし、シャーペンの芯が刺さってもダメージは0に等しい。

 

 通常、こっちの世界ではなかなかに痛いであろう怪我でさえ、依桜にとってはそうでもないのである。

 

 まあ、そんなわけで、今の依桜は余裕で全員を観察できているのだ。

 

 ちなみに、視力も強化していたりするので、その本気度が窺える。

 おそらく、子供には全力なのかもしれない。

 

 さすが、シスコンと呼ばれるだけはある存在だ。

 

 

「うん、みんな基礎は大体できてるね。じゃあ、次は飛込前転と側方倒立回転をするから、まずはボクがお手本を見せるね」

 

 そう言うと、依桜はマットの前に立つ。

 

 そして、軽く足をまげて、それをばねのように使うと、前方に跳び、見事な飛込前転を見せた。

 しかも、無駄に綺麗……というか、明らかに何らかの実践よりな動きである。

 

『『『おおー!』』』

 

 パチパチと拍手が上がる。

 

「ありがとう。えっとね、飛込前転はなるべく勢いよく前に跳んで、上半身を出来るだけマットの方に向けるの。その際に、マットにつく手は、なるべく着地と同時に曲げるようにね。じゃないと、腕を痛めちゃうからね。じゃあ次、側方倒立回転なんだけど……ちょっと見ててね」

 

 そう言うと、依桜は再びマットの前に立つ。

 

 側方倒立回転とは言うが、まあ、言いかえれば側転である。

 

 この動きは、戦闘時によくしていたため、依桜にとっては、かなり難易度が低い技だ。

 

 ついでにいうなら体がとてつもなく柔らかいので、股が九十度どころか、百八十度以上で開くため、体操の選手のような動きになっている。

 

 まあ、下手な体操選手よりも、動きがキレッキレなのだが。

 

 とはいえ、さすがに百八十度以上足を開いての側転なんて、出来ない人の方がほとんどなので、小学生に合わせたお手本のような動きに変えている。

 

「こんな感じ。多分、中には特撮物を見ていたりして、真似したことがある動き魔知れないね。この技のポイントは、正面を向いてしっかりと片足を振り上げる事。肩の所に体重がかかるよう、お尻の位置を高くキープすること。そして、片足がマットについたら、手を離して、立ち上がること。これだけ。大丈夫かな? 質問がある人は、何でも言ってね」

 

 と、なるべくわかりやすさを心がけて、依桜は説明をする。

 質問を受け付けてみたところ、特に手は上がらなかった。

 

「うん、大丈夫そうだね。じゃあ、早速やってみよう。もしも怪我したらすぐに言ってね。じゃあ、始め!」

 

 依桜の言葉で、それぞれの場所で運動が始まる。

 

 それを見つつ、依桜は誰かが失敗して怪我をしないように見る。

 

 現在は『瞬刹』も使用しているとあって、怪我しそうだと判断したら、即動くことも可能なのである。

 

 まあ、何も起こらないのが一番いいと思っているのだが。

 なんて、依桜がそう思った直後、

 

『わ、わわわっ……!』

 

 少し離れたところでしていた、一人の女子生徒が側方倒立回転に失敗して、倒れそうになっていた。

 

 一週間とはいえ、このクラスの教師である以上、依桜は何事にも全力である。

 

 怪我はさせちゃいけないと思っており、もしそうなりそうであれば、依桜はある程度の自重は捨てるつもり。

 

 なので……

 

「ふっ――」

 

 少なくとも十メートル以上離れていそうな距離にいたにもかかわらず、依桜は一瞬でその距離を縮め、女子生徒をキャッチした。

 

『あ、あれ? わ、私、転んでない……?』

「大丈夫? どこも怪我してない?」

『あ、は、はい。ありがとうございます……』

「よかった。多分、怖がって前を向かなかったからバランスを崩しちゃったんだね。しっかり前を見れば、大丈夫だよ」

 

 倒れてしまった原因を告げ、依桜は優しく下ろした。

 

『すっげーーー!』

『何今の!』

『依桜せんせーかっこいい!』

 

 今の依桜の異常な行動を見て、小学生たちはそれはもう……テンションダダ上がりである。

 

 小学四年生と言えば、特撮物から少しずつ離れ始める時期であり、尚且つアニメを見始める時期でもあるため、カッコいい動きなどに敏感なのである。

 

 今回、依桜は明らかにそれらに当てはまるような動きをしたため、小学生たちからしたらヒーロー的な何かに見えてしまう、というわけだ。

 

 そして、依桜に助けられて生徒はと言えば……

 

『か、カッコいい……』

 

 顔を赤くして、なんだか小学生に似合わない熱っぽい視線を依桜に向けていた。

 依桜は、性格イケメンみたいなところがあるので、まあ……無意識に落としてしまうのだろう。

 

 この辺りは、天然なので絶対に自覚はしなさそうだ。

 

 

 ある程度やったところで、跳び箱に移った。

 

 残り時間は約二十分。

 

 片づけを考えると、大体十五分程度が使えるわけだが……ここでも、依桜が微妙にやらかす。

 

 例えば、踏み越し跳び(片足で踏み切って、台の上に乗り、ジャンプして降りるあれ)をした際なんかは、最初は片足で踏み切ったものの、もう片方の足で飛び乗ったと思ったら、そのまま飛び上がり、くるくると回転を見せて着地。

 

 まあ、うん。多分、子供好きだから、こうなっていると思われる。

 

 極めつけは、首はね跳び。

 

 通常、あれは手を突き、軽く前転をしてから、ためを作って斜めに跳び着地、というものだが、依桜はちょっと違った。

 

 ためを作るところまでは同じだったのだが、何を考えたのか、体操選手の如き空中ひねりを見せて、着地したのである。

 

 なんと言うか……子供には自重がないようだ。

 

 他の要因としては、力のセーブを普段からしていることだろう。

 

 基本的に、力を使わない方向で、頑張って抑えているのだが、それには微妙に面倒くささが伴う。

 

 言ってしまえば、ストレスのような物が溜まるのだ。

 

 人間、必ずどこかで発散した方がいい、ということだ。

 

 小学生相手なら、多少力を出しても、『すごい』とか『カッコいい』で済むから。

 変に勘繰られたりすることはないので、依桜的にも安心できるのである。

 

 まあ……担任はいるが。

 

 その担任こと、柊は若干ぽかーんとしているが、意外とすぐに順応した。

 

 世の中、そういうことができる人がいても不思議じゃないなと。

 

 そんなこんなで、依桜が若干自重しなかったものの、体育の授業が無事に終了となった。

 

 

 そして、更衣室にて。

 

「……うん、ちょっと楽しかったし、なんだかスッキリ!」

 

 多少の発散ができて、すごく、機嫌がよかった。




 どうも、九十九一です。
 なんだか最近、依桜のキャラが若干迷走しだしているような気がしてなりません。あれ、こんなに子供好きだったっけ? この美少女。とか思ってます。
 その場その場で考えているから、依桜におかしな設定が続々とつくられてしまっているので、まあ……うん。手遅れ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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383件目 給食と昼休み

 体育の授業が終われば、次は給食。

 子供たちが一番楽しみにしている(と思う)時間です。

 だって、なんかみんな生き生きしてるしね。

 

 でも、なんだか懐かしいね。

 五年前までこういうことをしてたんだもんなぁ……あ、ボクの場合は五年前じゃなくて、八年前か。

 だって、異世界にいたしね。

 

 今日の献立は……ご飯と、味噌汁、あとは豚の生姜焼きに、おひたし。

 うん、バランスがいいね。

 学校の給食って、バランスを考慮された献立だからね。

 

 とはいえ……

 

「えーっと……なんでこんなに大盛りなのかな?」

『依桜せんせーこうこうせーだから』

「先生、たしかに高校生だけど、こんなには食べないよ?」

 

 いや、食べようと思えば全然食べられるけど、あまり食べすぎても体によくないからね。

 食事は適量。腹八分がちょうどいいのです。

 

「それに、みんなは体育で運動したばかりだし、お腹空いてるでしょ? だから、みんなが食べないと。あとは、成長期だからね」

『依桜せんせーは成長期じゃないの?』

「うーん、ボクはある程度過ぎちゃったからね。だから……身長も低いわけでね……」

 

 ふふ……成長期……ボクはほとんど無縁なものだったなぁ……。

 

『せんせー、どうしたの?』

「あ、ううん、なんでもないよ。さ、みんなにちゃんと行き渡ったかな?」

『『『はーい!』』』

「それじゃあえっと、日直の人かな? お願いします」

『手を合わせてください! いただきます!』

『『『いただきます!』』』

 

 本当に懐かしい。

 

 こうだったね、小学生の頃は……。

 

 ボクからすれば、今の高校生よりもさらに懐かしく感じるよ。

 

 血風舞う、血生臭い場所に三年間もいたから、普通の人よりもひとしお。

 

 というか、かなり昔に感じるよ、ボク。

 

 遠い過去の話に思えてくるので、本当に懐かしく感じる。

 

 なんだか、おばあちゃんになった気分。

 

『依桜せんせー、食べないの?』

「あ、食べるよ。ちょっと、考え事をしててね」

 

 今現在、ボクが座っている班の子に言われて、ハッと我に返る。

 いけないいけない。あまりにも懐かしかったから、ちょっと感慨にふけってたよ。

 

『そうなんだ! こうこうせーって、考えることが多いの?』

「そうだねぇ……。大体、中学生になると、色々と考えなくちゃいけなくなるんだよ」

『へぇ~』

『じゃあ、ずっと小学生がいい!』

『私も!』

「あはは。それはダメだよ」

『どうしてー?』

「人はね、必ず成長しちゃうの。自分がどんなに大人になりたくない! って言っても、時間が経てば大人になっちゃうんだよ」

 

 ボクだって、色々なあれこれを巡って今に至ってるんだしね。

 

『私は、早く大人になりたい!』

『俺も大人になりたい!』

「あはは。今はそう言っててもね、大人になると、みーんな、小学生に戻りたいって言うんだよ」

『えー。大人の方が絶対楽しいよー!』

「そうだね。子供だと、出来ないことが多いもんね」

 

 同時に、辛いことも多いんだけどね、大人って……。

 

 

 軽い雑談のようなこともしつつ、給食を食べていると、

 

『むー、これきらーい!』

 

 と、別の班からそんな声が聞こえてきた。

 多分、嫌いなものが入ってたんだろうなぁ……。

 

 仕方ない。

 

「どうしたの?」

『私、これ嫌いなの!』

 

 そう言って、野田さんが示しているのは、ほうれん草のおひたし。

 なるほど……確かに、これくらいの子たちだと、苦手な人も多いかも。

 

「どうして苦手なの?」

『ちょっと苦い』

「なるほど……」

 

 実際のところ、ほうれん草が苦手な子供は多い。

 

 その理由は、大体がほうれん草の灰汁から来る、苦味などによるもの。

 あとは、食物繊維が豊富なので、ちょっとかみ切り難くて、口の中に残る感じが嫌だとか。

 

 ボクは好き嫌いは特になかったからあれだけど、未果は苦手だったんだよね。

 だから、よくボクが食べてたなぁ……。

 今は全然平気みたいだけど。

 

「でも、食べないと大きくなれないよ? それに、体を壊しやすくなっちゃう」

『おっきくなれないの?』

「うん。バランスよく食べないと、人は大きくなれないの。背だって低いままだよ?」

『じゃ、じゃあ、バランスよく食べたら、依桜せんせーみたいな、おっきいお胸になる?』

「え、そこなの?」

『うん! だって、おっきいお胸ってあこがれるもん!』

「そ、そうなんだ」

 

 ……そんなに胸って大きいのがいいのかな?

 ただただ重くて、ただただ運動しにくいだけだと思うんだけど……。

 

『でも、苦いから嫌い……』

「うーん……」

 

 仕方ない。

 さすがに、残すのも作ってくれた人たちに申し訳ないし、ここはボクが一肌脱ごう。

 

「ちょっと待ってね」

 

 そう言って、ボクは自分のカバンの中に手を入れて、そこから異世界産の調味料を取り出す。

 

 効果としては、臭み消しと苦味を緩和させるもの。

 同時に、味を良くしてくれるって言う、まさに魔法の調味料とも言えるものです。

 

 お値段は……まあ、決して安くはない値段、とだけ。

 

 あ、もちろん人体に害はないですよ。むしろ、血行をよくしたり、胃腸を整えたり、栄養素の効果を上げたりとか、本当にいいことづくめのもの。

 

 異世界って、不思議で満ちているからね。こういうのもあるんです。

 

 ちなみにこれ、ボクが作りました。

 

 決して安くはない値段、と言ったのは、これを造るための材料費がそこそこするからです。

 

 ちょっと無理をすれば、材料を自力で調達することもできたんだけどね。

 

 さすがに、時間もなかったので。

 

『せんせー、それなーに?』

「これはね、ボクが作った魔法の調味料だよ」

『魔法の?』

「うん。これをかければ、どんなものでも美味しく食べられるんだよ」

『本当?』

「本当だよ。かけてみる?」

『うん!』

 

 というわけで、パッパッと調味料を軽く振りかける。

 あまり多すぎてもダメだから、少しね。

 

「はい、食べてみて」

『う、うん……』

 

 恐る恐ると言った様子で、野田さんがほうれん草のおひたしを口に入れる。

 

 すると、

 

『お、美味しい!』

 

 驚いた表情をしつつも、そう言った。

 

「よかった。これなら食べられるかな?」

『うん! ありがとう、依桜せんせー!』

「どういたしまして。……でも、これができるのはボクがいるこの一週間だけだからね。できれば、自分で克服してほしいな」

『私、頑張って克服して、依桜せんせーみたいなお胸になるの!』

「そ、そっか。えっと……が、頑張ってね」

『うん!』

 

 ボクくらいの大きさになるのって……割と大変だって、未果たちが言っていた気がするんだけど……まあ、頑張って、としか言えないね、ボクは。

 

 この後、ボクが作った調味料を食べたい! って言いだす子が多くて、仕方ないので、希望した人全員にかけてあげた。

 

 うーん……この調味料は、それなりにとっておきだったけど、まあいいよね。

 

 異世界にはいつでも行けるわけだし、そこで買おう。

 お金も、そこそこあるしね。

 

 なんだったら、魔族の国に行って、レシピを教えて、それを普及させるのもいいかも。

 魔族は強い人が多いし、多分大丈夫だと思う。

 

 うん、夏休みに旅行へ行く際にでも、相談してみようかな。

 

 

 給食が終わると、今度は昼休み。

 

 この時間は基本的に外に出て遊ぶ人がほとんどで、教室に残る人は少ない。

 

 ボクはどうしようか、と思っていたけど、

 

『せんせー、一緒に遊ぼ!』

 

 と、遊びに誘われたので、一緒に遊ぶことに。

 

 せっかくだしね。

 

 そんなわけで、誘われて外に行くと、校庭では大勢の子供たちが思い思いに遊んでいた。

 なんだか、ほのぼのとしていてすごく和むね。

 

「それで、何をして遊ぶのかな?」

『ドッジボール!』

「ドッジボールね、うん。じゃあやろっか」

 

 まあ、小学生が昼休みに遊ぶとなったら、大抵はドッジボールだよね。

 

 うーん、なんだかこの姿になってからというもの、よくドッジボールをやるなぁ……。

 何か縁でもあるのかな?

 

 まあでも、楽しいからいいけどね。

 

 ふと、始める前にチーム決めをしていると、

 

『あ、田中だ! 田中、ドッジボールすんの?』

『そうだぞ! 今から、依桜せんせーと一緒にドッジボールするんだー』

『依桜せんせー?』

『うん、そこにいる綺麗なお姉さんだぞ』

『わ! ほんとだ! キレーな人だ!』

「ありがとう。えーっと、初めましてだね。ボクは、男女依桜です。今日から一週間、四年三組の先生をやってるの。見かけたら、いつでも話しかけてね」

 

 にっこり笑ってそう言うと、

 

『う、うん!』

 

 顔を赤くして頷いた。

 

 どうしたんだろう? 風邪かな?

 

『た、田中、俺も入れてくれないか?』

『いいぞ! 多い方が楽しいもんな!』

『ありがとう!』

 

 うん、誰でも受け入れると言うのはいいことです。

 最近は、お前はダメ、とか言って仲間外れにする子もいるからね、世の中には。

 仲間外れはダメだからね。

 

 

 というわけで、早速ドッジボールへ。

 

 人数は、それぞれのチームに十二人ずつの計二十四人。

 なかなかに多いけど、普通にやりやすそうだよね。

 

 小学生は体が小さいから、コートもある程度広く使えるし、そう言う意味では小さい方が利点あるよね。

 

 さて、始まったドッジボールがどうなっているかと言えば、

 

「やっと」

『くっそー! また依桜せんせーに取られたー!』

「ふふふ、ボクに当てようなんて、百年早いですよ」

 

 基本、ボクがボールを取っていました。

 

 もちろん、ボクは投げませんよ。

 だって、ボクが投げたら誰も取れないもん。

 

 高校生相手の力加減なら全然できるんだけど、小学生相手だと難しいんだよね、力の加減って。

 ボクの場合、誰かを殺しちゃうんじゃないか、っていうくらいに危ないもん。

 

 なので、ボクは基本的にパスに専念。

 

「深山さん!」

『わ、ありがとう、依桜せんせー!』

 

 なかなかボールが取れていなかった深山さんに、ボールをパスすると、可愛らしい笑顔を浮かべながらお礼を言ってきた。

 

 なんだろう。子供から笑顔でお礼を言われると、すごく癒される。

 

 普段から、バタバタした日常しか送っていないから、こんな風にほのぼのとした生活は本当に癒されるよ……。

 

 あ、もちろん、ボクにとっての一番の癒しはメルたちだけどね!

 

 

 しばらくドッジボールを楽しんでいると、

 

『げんちゃんすげー!』

『かっけー!』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 何だろうと思って声のした方を見てみると……

 

「って、何やってるの!?」

 

 なんと、三階の教室のベランダにある柵の上に立っていました。

 

 思わず声を上げてしまうほどに、危険な行為をしている子がいた。

 

 え、今の子供ってあんなことするの!?

 昭和辺りだったら不思議じゃないかもしれないけど、現代じゃなかなか見かけないと思うんだけど……。

 

 って、そうじゃなくて!

 

 どう考えてもあれ、落ちるよ!

 

 ちょっとバランスを崩しただけで落っこちてしまうのに、なんであんな所に。

 

 止めに行かないと。

 

「ごめんね、先生ちょっとあの子たち止めてくるから」

『いってらっしゃい!』

 

 子供たちに見送られながら、ボクは地を蹴って走り出した。

 大体、距離が半分くらいまで縮められた時、

 

『わ、わわっ……うわあぁぁぁぁ!』

 

 ついに落下してしまった。

 

 その瞬間、周囲からは悲鳴が上がる。

 

 このままだと、間に合わない……!

 

 でも、こんなことで大怪我をしたり命を失ったりするのは間違ってる。

 

 なら……ちょっと疲れるけど、『瞬刹』と『身体強化』を使用。

 とりあえず、五倍くらいで。

 

 その瞬間、知覚能力と身体能力が強化され、体がよく動くようになる。

 

 それを確認したボクは、さらにスピードを上げて走り出し、あわや地面に激突する直前に、ボクはなんとかキャッチできた。

 

『あ、あれ……?』

「大丈夫? 怪我はない?」

『え、あ、う、うん……』

「よかった。じゃあ、一旦下ろすね。あ、この子と今の状況で関係がある子はちょっと来てね」

 

 お説教です。

 

 

 とりあえず、まずは事情を聴く。

 

 その結果判明したのは、

 

「度胸試しであんなことを?」

『『『うん……』』』

 

 度胸試しであんなことをしていたようです。

 

「まったく、なんて危ないことをしてるの! もしも落っこちちゃっていたら、大怪我どころか、死んじゃってたかもしれないんだよ!?」

『『『ご、ごめんなさい……』』』

「ボクが間に合ったからよかったものの……。いい? 度胸試しと言えど、あんな危険なことはしちゃダメ! そもそも、世の中には学校も行けず、小さい頃から働かないといけない子が大勢いて、大人になる前に死んでしまう子だっているんだよ? こんなことで命を落としちゃったら、君たちのお父さんやお母さんはすごく悲しむの。少なくとも、病気や事故で死んじゃうよりも、かなりね」

『『『……』』』

 

 ボクの話を、黙って聞いてくれる子たち。

 

「だからね、今後二度とこんなことはしないでね? あと、もしもさっきの君たちのような子をしている人がいたら、必ず止めてあげて? ね? 約束できる?」

『『『約束、する……』』』

「うん、じゃあ、先生との約束だよ。とりあえず、君たちの担任の先生の所に行って、事情を説明しないとね。きっと、ボク以上に怒られると思うけど……まあ、ボクの方からある程度言ったしね。少し抑えてもらうよう言ってあげるから」

『『『いいの?』』』「うん。あんまり怒りすぎてもよくないからね。ただ……さっきの約束、絶対破らないでね?」

 

 にっこりと笑顔を浮かべながら、同時にほんのわずかな威圧を込める。

 すると、子どもたちがびくっとした後、気をつけの姿勢を取り、

 

『『『は、ひゃい!』』』

 

 そんな返事をした。

 

 それを満足げに見て、ボクは威圧を消した。

 

 とりあえず、これで大丈夫そうだね。

 

 まさか、初日からこんなことになるなんて……。

 

 変に力を使っちゃったけど……まあ、何とか誤魔化そう。

 

 

 その後、度胸試しをしていた子たちを担任の先生の所に連れて行き、事情を話した。

 

 一応、ボクの方でお説教はしておいたので、できるだけ軽くでお願いします、と言うと、了承してくれました。

 

 いい先生でよかった。

 

 ただ、

 

『男女先生って、さっきまで校門近くのグラウンドでドッジボールをしていましたけど、どうやった落下する吉田君を助けたんですか?』

 

 と聞かれました。

 

 いや、まあ……

 

「ボク、足が速いので」

 

 と、笑って言っておきました。

 

 意外と、納得してくれた。

 

 ……これでいいの?




 どうも、九十九一です。
 正直、あまりネタと言えるネタがないので、割と三日間くらいは端折ろうと思います。さすがに細かいことは書けない……。一応、この後も色々とやる予定がありますしね、この小説。この回は基本ほのぼのとしたものになってますし、やっぱり普段の話の方が好きなんですね。なのでまあ……なるべく適当にならないように頑張りますので、許してください。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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384件目 職業体験初日終了

 昼休みに、子供が落下するという騒動がありつつも、なんとか無事に五、六時間目の授業も終えることができた。

 

「はい、じゃあまた明日、元気に登校してきてね」

『『『依桜せんせー、さようなら!』

「はい、さようなら」

 

 帰りの会が終わると、子供たちは仲のいい子同士で集まって家に帰る。

 みんなが帰っていくのを見送り、最後の一人が出て行ったところで、柊先生に話しかけられた。

 

「お疲れ様です、男女先生」

「あ、柊先生」

「今日はなかなかよかったですよ?」

「そうですか? ボクとしては、やっぱり至らない部分もあったので、色々と改善点が多いと思うんですけど……」

「朝も言いましたけど、最初なんてそんなものですよ。むしろ、初めてなのにあそこまでできるのは素直にすごいです」

「あ、ありがとうございます……」

 

 なんだか、正面から褒められるとちょっとこそばゆい。

 

 ボク自身、そこまでうまくできていた感じはなかったんだけど……。

 

「あ、そう言えば聞きましたよ。他クラスの子を助けたとか。その子の担任の先生が感謝してましたし、他の先生方からもすごいと言われていましたよ」

「あ、あはは……た、たまたま足が速かったからですよ。それに、ギリギリでしたし」

「ともあれ、助けてくれて、ありがとうございました」

「どうして、柊先生が感謝を?」

「受け持っていないとはいえ、この学校の生徒ですからね。私からも感謝をと」

「そうですか」

 

 本当にいい先生だね、柊先生って。

 

 今日、ボクがちょっと困っていると、さりげなくフォローしてくれたもん。

 

「それにしても、男女先生は子供の対応に慣れてますね。もしかして、弟さんや妹さんがいるんですか?」

「はい。と言っても、最近になって出来たんですけど」

「最近? もしかして、何か事情があってとか?」

「はい。ちょっと、海外の親戚の人たちの方に色々ありまして、子供を引き取ったんです」

「そうなんですね。それで、今は何人ほど?」

「六人ですね」

「え!? 六人もいるんですか!? え、と、歳とかは?」

「えーっと、小学四年生が三人と、小学三年生が三人ですね」

「な、なるほど……。もしかして男女先生のお家って、お金持ちだったりするんですか?」

「いえ、普通の一般家庭ですよ。両親は普通の会社に勤めてると思います」

 

 と言っても、ボクは父さんと母さんの仕事について、一切知らないんだけどね。

 

 お願いすれば多分教えてくれるとは思うけど、昔から普通の仕事、って言ってたし、多分普通の仕事だよね。

 

 一応、ボクの方がお金持ち、って父さんが前に言ってたしね。

 

 実際がどうなのかは知らないけど。

 

「一般家庭なのに、六人も……男女先生の家って、九人で住んでいるんですか?」

「いえ、実はもう一人いるんですよ」

「もう一人!? もしかして、祖父母の方ですか?」

「いえ、ボクの師匠です」

「師匠?」

「はい。武術の師匠でして……ちょっと色々あってボクの家で、一緒に暮らしてるんですよ。叡董学園で体育教師もしてますしね」

「なるほど……すごいお家ですね」

「まあ、十人で住んでますからね」

 

 これで一般家庭って言うのは、いささか無理があるような気がしてきたけど……今更だよね。

 妹が増えたのは本当にびっくりだったけど、今は毎日が幸せだし。

 

「家事とか大変そうですよね。お母さんとかどうなんですか? 苦労してたりとか……」

「あ、いえ、家事は基本ボクがしているので」

「そうなんですか? もしや、押し付けられてるとか……」

「そんなことないですよ。単純に、ボクが好きでしてることですし、母もお仕事で忙しいので、なら学生のボクが、って。あと、妹たちの面倒を見るのが楽しいので」

「あ、妹さんたちなんですね。そこまで言うということは、可愛いんですか?」

「それはもう! えっと、写真あるんですけど、見ますか?」

「いいんですか? それなら、是非。男女先生の妹さん達は気になりますからね」

 

 にこにことしながらそう言われたので、ボクはスマホを操作して、メルたちがいる写真を見せる。

 

「へぇ~、これが男女先生の妹さんたちですか」

「はい!」

「なるほどー、たしかにこれは、可愛がりますね。みなさんとても可愛らしいです」

「ありがとうございます」

 

 自分のことじゃないけど、みんなのことを褒められると、自分のこと以上に嬉しい。

 まあ、みんな可愛いしね。当たり前だね。

 

「雑談もほどほどにして、とりあえず、お仕事をしましょうか」

「あ、はい。わかりました。えっと、何をすればいいんでしょうか?」

「仕事、と言っても別段学校のことをするわけじゃないですよ。簡単に言えば、これからレポートを書いてもらいます」

「レポートですか」

「はい。内容は、今日の感想で構わないそうなので、こんなことがあった、とか、ここがダメだった、とか、そのようなことでいいので、この紙に書いてもらえるとありがたいです。一応、これが男女先生の職場体験での評価の判断材料になったりしますから」

「わかりました。じゃあ、しっかり書かないとですね」

 

 こう言うのは、真面目にしっかり書いておいた方が何かといいしね。

 変なことを書いて、やり直しになったらさすがに嫌だもん。

 

「別に、真面目過ぎなくてもいいですからね? どんな活動をしたか、ということがわかりやすく書いてあればいいので」

「なるほど。ありがとうございます、柊先生」

 

 わかりやすく教えてくれるからありがたいです。

 柊先生でよかったよ、ボクが担当するクラスの先生。

 

「とりあえず、レポートが書き終わったら、帰っても大丈夫ですので、よろしくお願いしますね、男女先生」

「わかりました」

「それでは、私は職員室にいますので、終わったら持ってきてもらえるとありがたいです」

「はい。じゃあ、すぐにとりかかって、終わり次第渡しに行きますね」

「ありがとうございます。それじゃあ、頑張ってくださいね」

 

 そう言うと、柊先生は教室から出て行った。

 

「それじゃ、ボクも早く書かないと。お買い物に行って、夜ご飯を作らないとだしね」

 

 最近、ボクって主婦みたい、なんて思い始めてます。

 

 どうなんだろう?

 

 

 それから一時間かからないくらいでレポートが書きあがり、柊先生に提出。

 

 すぐにOKがもらえたので、ボクは帰宅しました。

 

 電車に乗って、美天市に着いたら商店街にてお買い物。

 

 引っ越しのデメリットと言えば、商店街がちょっと遠くなったこと。

 

 と言っても、ほとんどデメリットにはならないんだけどね、ボクの場合。

 身体能力がそれなりに高いから、多少伸びてもそこまでって言うほど困らないし、そもそも疲れないしで、問題は無かったり。

 

『お、依桜ちゃん、今日はマアジと白エビが安いよ!』

「あ、本当ですか? じゃあ……その二つを十人前ずつと、あとはシジミを……こっちも十人前下さい」

『あいよ! 依桜ちゃんの家、随分大所帯になったなぁ! ま、うちは儲かるから助かるってもんだ!』

「あはは。仮に少なくても、普段から来てるじゃないですか」

『それもそうだな! ほい、マアジと白エビ、あとシジミね! 二千七百円だ!』

「じゃあ……はい、三千円で」

『んじゃ、お釣りの三百円な。おまけでサザエを入れといたから、よかったら食ってくれ』

「あ、いいんですか? ありがとうございます!」

『いいってことよ! もともと、殻が欠けてたりして、商品にならない奴だ。数もそれなりにあったし、依桜ちゃんの家で食べてくれ。最近できた妹さんたちは、育ち盛りだからな! 美味いもん食って、大きくなれってな!』

「あはは! そうですね。それじゃあ、ありがたくいただきます。それでは」

 

 今日はラッキーだったね。

 

 まさか、サザエが貰えるなんて。

 

 ちょうど今が旬だし、嬉しいな。

 

 そうなると……マアジは普通に塩焼き……あ、そう言えばなめろうとかいいかも。

 塩焼きは美味しいけど、魚料理の時って基本そうなっちゃうし、たまには別のものもいいかもね。

 

 なめろうと……残ったアラでアラ汁にして、いくつかは骨せんべいにしようかな。師匠のおつまみということで。

 

 白エビは唐揚げ……素揚げ……どっちがいいかな? うーん……うん、素揚げかな。

 

 あとはシジミで酒蒸しでも作ろうかな。

 

 サザエはもちろん、つぼ焼きだね。一番です。

 

 ともあれ、大体はこれでいいとして……野菜がないね。

 

 バランスよく食べないといけないから、サラダも作らないと。

 

「うん、じゃあ次は八百屋さんに行かないとね」

 

 今日の夜ご飯が決まったところで、残るお買い物を済ませるべく、次のお店に向かいました。

 

 

 家に帰り、夜ご飯をみんなで食べて、お風呂に入ったら軽く勉強。

 

 職場体験と言えど、予習復習は大事です。

 

「ん~~~っ……はぁ。ここまでにしようかな」

 

 大体二時間弱くらい勉強したところで、今日はやめにする。

 

 明日もお仕事だからね。

 

 早く寝ないと。

 

 ……まあ、最悪一時間の睡眠でも全く問題はないんだけど。

 

 とはいえ、ボクとしてはメルたちと一緒に寝たいので、大体みんなが寝るかな? くらいの時間にいつもの場所に行くようにしています。

 

 自分の部屋があるのに、ベッドを使う機会がないのは、ちょっとあれだけど。

 

 そろそろ寝ようかなと思って、立ち上がろうとしたら、

 

 ブーブー!

 

 と、スマホが鳴った。

 

〈イオ様―、LINNですぜー〉

「あ、ほんと? 誰から?」

〈誰からって言うか、単純にグループっすね。未果さんたちの〉

「わかった。ちょっと見てみるよ」

〈あーい〉

 

 スマホを手に取って、グループを開く。

 

『おっすー。お前ら、初日はどうだった?』

 

 見れば、態徒がボクたちに今日のことを尋ねているところだった。

 

『私はまあまあね。本の整理をしたり、貸出受付をしたりとかしたけど、なかなか楽しかったわよ』

『俺も、交番にいたが、地域の人たちと色々な話をしたな。意外と、手続きが大変だったが』

『わたしはねー、すっごく楽しかったよー。メイド喫茶以外での飲食店で働くのは初めてだったから、新鮮だったよ! 変なお客さんもいなかったしね!』

『オレは、結構忙しかったぜ。クレーンゲームで、めっちゃ乱獲する奴がいてよ、設置が地味に大変だった。まあ、楽しかったがな!』

 

 なるほど、みんなかなり楽しんでるみたいだね。

 

『依桜は? 既読が付いてるってことは、いるんでしょ?』

『ボクもちょっと大変だったけど、楽しかったよ。色々あったけど』

『……色々? 依桜がそう言うと、何らかの問題が起こったとしか思えないわ』

 

 それはそれで失礼じゃないかな?

 ……否定できないけど。

 

『依桜君、何かあったのー?』

『まあ、ちょっとね。昼休みに校庭で担当してるクラスの子とドッジボールをしていたら、度胸試しで三階のベランダの柵に立っている子がいてね』

『その時点ですでにやべぇ』

『まあ、案の定というか、落っこちちゃってね。『身体強化』と『瞬刹』を使って、なんとか助けたよ。もちろん、お説教したよ』

『……それ、依桜がいなかったら絶対死んでるわよね? その子』

『多分ね。ドッジボールのコートがある場所から、そのベランダの位置まで、それなりの距離はあったけど、さっき言った『身体強化』とかに助けられたよ。もしなかったら、魔法を使わざるを得なかったからね』

 

 少なくとも、死んでいなければ、ボクの回復魔法でどうにかなったとは思うけど、その代わりにボクの魔法が露呈しちゃうことになるからね。

 

 間に合ってよかった。

 

『……そもそも、三階から落ちた子供を助けている時点で、色々とおかしい気がするんだが、俺』

『まー、依桜君だしねぇ』

 

 その言葉の真意を知りたいです。

 

『ってか、行く先々で問題が発生するのな。やっぱ、トラブルホイホイなんじゃね? 依桜って』

『実際そうよね。依桜が問題に巻き込まれない事なんて、まずないもの』

『みんな、好き勝手言いすぎじゃない? ボクだって、巻き込まれない時くらいあるよ』

『『『『それはない』』』』

『そ、そですか……』

 

 ボクが発したメッセージの一秒後には、みんなから一斉の否定の言葉が送られました。

 ……酷い。

 

『あ、ボク明日も朝早いから、そろそろ寝るね』

『あいよー。おやすみ、依桜』

『おやすみ』

『おやすみー』

『おやすみ、依桜』

『うん、みんなもおやすみなさい』

 

 会話終了。

 

 さて、ボクも朝早いし寝ないとね。

 

 みんな、ボクを待ってるみたいだし、早く行ってあげよう。




 どうも、九十九一です。
 うーむ、やっぱりそこまでこの職場体験の話はやらなくてもいい気がしてきた。前話辺りで言ったように、ある程度端折りたいと思います。というか、本当にネタがない。あれですね。思いついたら、回想という形で、ちょこちょこやりたいと思いますので、それで許してください……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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385件目 家庭科と道徳

 そんな感じで、特に問題もなく小学校の職業体験が過ぎていき、気が付けば今日で四日目。

 

 二日目、三日目に関しては何とか無事に乗り切りました。

 

 それに、特筆すべき部分はなかったしね。

 

 四日目も、一日目~三日目までのルーティンをこなして小学校へ。

 

 いつも通りの朝の会になり、終わりとなったところで、柊先生から連絡が。

 

「最近、この辺りで不審者が出ているとの連絡を受けました。その人は、この学校を含めた付近の小学校の生徒に話しかけたりしているそうなので、みなさんも気を付けてください。帰る時は、なるべく複数人で帰るようにしてくださいね」

『『『はーい』』』

 

 不審者……。

 

 ボクが小学生だった時も、そんな話がよくあったね。

 

 いやまあ、女の子になった後にもそんな話があったけどね。そっちは痴漢に関することだったけど。

 

「みたいなので、みんなはランドセルに付けてる防犯ブザーを遠慮なく使ったり、大声で助けを呼んだり、子供110番の家に駆けこんだりしてね。それじゃあ、今日も1日頑張ろうね!」

『『『はーい!』』』

 

 元気よく返事したところで、朝の会が終了。

 

 それと同時に、ボクは柊先生にちょんちょんと肩をつつかれる。

 

 どうやら、何か話があるみたい。

 

 場所を廊下に移して話す。

 

「男女先生、さっきの不審者のお話には続きがありまして……今、時間とか大丈夫ですか?」

「はい、問題ないですよ。授業の準備は事前の終えてますしね。それで、お話って?」

「男女先生は、四年三組の生徒に、澄咲ひよりさんがいるのはわかってますよね?」

「はい、黒髪ボブの女の子ですよね?」

 

 内気なところがあるけど、小柄らで可愛らしい感じの女の子だったはず。

 

「そうです。実は、澄咲さんが例の不審者に襲われかけたそうで……」

「それ、本当ですか?」

「はい。なので、かなり心配なんです。もし、普段と違ったことがあったら、気にしてあげてくれませんか?」

「もちろんですよ。一時的にとはいえ、先生ですからね。しっかりと見守ります」

「ありがとうございます、男女先生。それから、今日は職員会議があるので、参加してくださいね。あ、もしも用事があるようでしたら断っても大丈夫ですから」

「時間はありますから大丈夫ですよ」

「それならありがたいです。それじゃあ、そういうことでお願いします」

「はい」

 

 生徒想いのいい先生だよね、本当に。

 

 

 一時間目の算数、二時間の社会の授業を終えて、三、四時間目。

 この時間は家庭科です。

 

 今日は調理実習のようで、作る料理はてこれまた定番の料理、ハンバーグです。

 ボクの得意料理の一つでちょっと助かった。

 

「じゃあ、今日はみんなでハンバーグを作っていくよ! 作り方は一応各班に一枚ずつレシピが書かれたものがあるから、それを見て、みんなで協力して作ってね」

『せんせーは作らないんですか?』

「もちろん、ボクも作るよ。先生、お料理は得意だからね」

『すごーい!』

『せんせー、何が作れるのー?』

「色々作れるよ。少なくとも、給食に出てくる料理は作れちゃうね」

『ママよりすごい!』

『せんせーって何でもできるんだね!』

「あはは、何でもはできないよ。さ、そろそろ作り始めちゃお! 頑張って美味しく作ってね! もしわからないことがあったら、すぐにボクに訊いてね」

『『『はーい!』』』

「それじゃあ、始め!」

 

 ボクの合図で、みんなが一斉に作り始める。

 

 材料自体はすでに各班のテーブルに置いてあるので、みんなレシピの確認から始めている。

 

 すぐに誰がどの作業をするかを決めて、ハンバーグ作りに取り掛かる。

 

 とはいえ、料理をしたことがない人がいるのはたしか。

 

『わわっ! 卵の殻が入っちゃった!』

 

 こんな風に、卵を割るのを失敗しちゃう人もいる。

 まあ、仕方ないね。

 

「大丈夫?」

『せんせー、殻が……』

「うん、任せて」

 

 ボクは菜箸を手に取ると、一瞬ですべての殻を回収した。

 こう言うのはスピードが重要だからね。

 

『せんせーはやーい!』

『どうやってやったの?』

『教えて教えて!』

「ふふっ、これはね、先生が毎日お料理を頑張ったから出来るようになったことなの」

『じゃあ、毎日料理をしてたら、出来るようになる?』

「うーん、それは頑張り次第じゃないかな?」

『そうなんだ。でも、出来るように頑張る!』

「そっか、頑張ってね」

 

 少なくとも、今の技を使う機会なんてないけどね。

 

 単純に、身体能力が高いから出来るだけのものだし。

 言ってしまえば、入ってしまった殻を普通に取り除くという行為を、ただただ早く取り出してるだけだしね。

 

 じゃあ、ボクの方も作っちゃおっかな。

 

 ボクにとっては手慣れた料理だから、躓くこともない。

 

 とりあえず、玉ねぎをみじん切り……にしようとしたところで、一人の子からこんなことを言われた。

 

『せんせー!』

「何かな?」

『りょーりマンガみたいに、空中で玉ねぎ切ってー!』

 

 なんで?

 いや、本当になんで?

 

「え、えーっと、どうしてかな?」

『せんせーのカッコいい所が見たいから!』

「う、うーん、今は授業中なんだけど……」

 

 それに、そうやって切るのは食材で遊んでいるような気がする。

 ……あ、でも、ちゃんとボウルに入れればいい、のかな?

 ただ切るだけだし。

 

「でも、先生できないかもしれないよ?」

『せんせーならできるもん! 絶対できるもん!』

 

 その絶対的な信頼は何?

 

 昼休みとかで、クラスの子たちと一緒に遊んでいる時にやっていたことと言えば、パルクールのようなこととか、鉄棒の上で側転したり、体操の動きをしただけなんだけど。

 

「じゃあ、ちょっとだけだよ? みんなが作る時間もなくなっちゃうからね」

『わーい!』

 

 見たところ、言ってきた子以外にも見たい、と言わんばかりにこっちを見てくる人がいるしね。

 

「それじゃあ……ふっ――」

 

 ぽーんと玉ねぎを一つ、空中に放り投げると、ボクは手に持っていた包丁を振る。

 

 一応皮付きだったけど、玉ねぎの皮が最初に剥け、上と下の部分がそれぞれ切り落とされ、そこから一気にみじん切りになった。

 

 最後にそれをお皿にキャッチして終了。

 

「はい、こんな感じだよ」

『依桜せんせーすっげー!』

『カッコいい!』

『もう一回! もう一回!』

「だーめ。さ、みんなも作らないと時間が無くなっちゃうよ? そうなると、食べる時間も減っちゃうからね」

 

 きっぱりと言うと、みんなは言うことを聞いてくれて、ちゃんとハンバーグ作りに戻ってくれた。

 よかった。

 

 

 それから、しばらくしてすべての班が完成。

 

 途中、問題もあったけど、問題なく対処可能だったので、基本的には大丈夫でした。

 

 出来上がって、ある程度の片づけを終えたら早速食べる。

 

『おいしー!』

『上手くできてる!』

『そっちのも食べさせて!』

 

 と、なかなかに騒がしい食事風景。

 

 子供たちがこうしてわいわいと食べている姿を見るのは、本当に和む。

 

 家でもメルたちが食べているところを見るのは好きだしね。みんな、とても美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるし。

 

『せんせー』

「どうしたの?」

『せんせーのも食べたいです!』

「ボクのも? もちろんいいよ。みんなの分、作ってあるからね。あまり大きいと給食が食べられなくなっちゃうので、小さめに作ってあるからね。みんな、一個ずつ持って行って」

 

 ボクがそう言うと、みんなわっとボクのいるところに押し寄せて来た。

 ただ、一気に来ちゃったせいで、押し合いになってしまっている。

 なんだか、喧嘩もしそうな雰囲気。

 

「押しちゃダメだよ! 喧嘩すると、その人は抜きにしちゃうよ。だから、仲良くね!」

 

 脅すように言うと、押し合いはなくなり、みんな順番に並びだす。

 

 やっぱり、素直でいい子たちだよ。

 今時珍しいんじゃないかな? こういう子たちっていうのも。

 

「うん、みんな偉いね。じゃあ、一個ずつだよ」

 

 にこにことした笑顔を浮かべながら、ボクはみんなに一個ずつハンバーグを配る。

 

 なんか、給食みたいなことになってるけど……うん、まあ、小学校の調理実習って、こんな感じだよね!

 

 

 この後、ボクのハンバーグがかなり好評で、子供たちからかなりおかわりをせがまれたけど、そんなに量は作ってなかったので、上げませんでした。

 さすがにないのはね……。

 

 

 五時間目。

 

 五時間目は道徳。

 

 小学校での道徳の時間と言えば、なぜかはわからなかったけど、机をコの字型に並べて座っていた記憶があります。

 

 題材によって、それに合わせた劇? 会話? をしたりとかね。

 本来なら、教科書を使うんだけど……

 

「男女先生なら、教材がなくとも、子供たちにいいお話が出来そうですので、教材なしでお願いします」

 

 って、柊先生に言われてしまった。

 

 むちゃぶりすぎると思うけど……じゃあ、あれかな。ボクの考えや、経験でもお話して、それを議論してもらおうかな。

 

「じゃあ、今日は教科書を使わないで、ボクのお話で道徳をしますよ」

『教科書いらないの?』

「うん。今日はね、ボクが経験してきたこととか、世間――大人たちが言っていたことについてお話ししようか」

 

 とりあえず、これくらいの年齢で、今の内に話しておいても問題ないことは……まあ、ボクもまだまだだけど、恋愛観に関することかな。時間が余りそうだったら、別のものもプラスで話せばいいしね。

 

 ともあれ、小学四年生くらいになってくると、少しずつ恋愛に興味を抱き始めるころだろうし。

 

『じゃあ、依桜せんせー、今日は何をするの?』

「今日は、恋愛についてのお話をしよっか」

『恋のお話!?』

「うん、そうだよ」

『でも、恋が道徳に関係あるの?』

「もちろん。道徳はね、人に限らず、いろんな生き物たちの命の大切さや、いいことと悪いことの区別を自分でしっかり判断することなんだよ。もっと言うと、そこには差別、というものがあってね、これは悪いことなの」

『せんせー、差別ってなんですか?』

 

 あ、なるほど。

 

 差別を知らないんだね。

 

 テレビを見ていたり、アニメやマンガ、ゲームをしたりしていると、ちょこちょこ出てくると思うけど……まあ、知らない人がいても不思議じゃないよね。本来、あまり表に出てきちゃいけない言葉だと思うもん、ボクは。

 

「差別って言うのは……そうだね。例えば、みんなの中に、黒髪黒目じゃなくて、金髪で緑色の目をした子がいるとします。その子は途中からこのクラスに転校してきました。みんなとは違う容姿の子に戸惑います。その子は内気な子で、上手く話せません。周りの子も話そうとするけど上手く行かないので、次第に距離を置くようになりました。もっと言うと、金髪で緑色の目をしていることから、自分たちと違うから遊びたくない、という子まで現れてしまいました。……と、これが差別だね」

『そんなことをする人がいるの?』

「残念だけどね。世の中には人がいっぱいいるの。だから、そうやって人を見た目で判断しちゃうような人がいるんだよ」

 

 本当に、残念な話だよね。

 

 向こうの世界でもそういうのはあったし。

 

 世間一般では、亜人の人たちを差別するのは禁止されているんだけど、国によっては平気で差別するところもあって、ボクとしてはすごく嫌だった。

 

 そもそも、ボクの中に差別という概念はない。

 

『その人たちって、みんなと違う人が嫌いなの?』

「うーん、理由は色々とあると思うけど、たしかにそれもあるかもしれないね。例えば、自分たちと違う髪色に目の色をしているのに、カッコよかったり可愛かったりしたら、嫉妬してしまうでしょ? そこから、『あの子と遊ぶのは嫌』って言いだす子が出てきて、その子から周りに広まって集団的な差別――というより、いじめに発展しちゃうの」

『じゃあ、差別はいじめ?』

「そうだね。実はね、これは子供たちだけじゃなくて、大人たちもしてしまうの」

『大人が? 大人って、正しい人たちのことじゃないの?』

 

 あー、その認識は小さい頃にあったなぁ……。

 

 大人=正しい、みたいな図式があったっけ。

 

「まあ、正しい、と言えば正しいかもしれないね。だけど、実はそうじゃないの。大人は、何と言うか……正しいことをするために、正しくないことをするんだよ」

 

 ボクがそう言うと、クラスの子たちはみんな首をかしげて、難しそうな顔をする。

 うーん、やっぱり難しいよね。

 

「じゃあ、身近にあるものを一例にして言うね。みんなのお父さんやお母さんが、みんなを守る、安心させるために正しくないことをしました。でも、お父さんやお母さんは、普段と変わらず、いつもの笑顔をみんなに向けてくれます。裏ではちょっと正しくないことをしているけど、みんなが好きだからという気持ちだけで頑張ってるんだよ」

 

 具体例としてはちょっとわかりにくいし、薄いかもしれないけど、子供相手にはこれくらいの方が今はいい。

 

 大きくなっていくにつれて、意味を知っていくだろうからね。

 今はちょっと漠然なくらいでちょうどいいのです。

 

『じゃあ、お父さんやお母さんも悪いことをしたことがあるの?』

「多分ね。むしろ、迷惑をかけたことがない人なんていないよ。ボクだって、迷惑をかけちゃったことがあるもん」

『えー、せんせーが?』

『うっそー』

「嘘じゃないよ。ボクにもね、必ず誰かに迷惑をかけてるの。それこそ、小さい時とかにね」

 

 今でこそ、なるべく迷惑をかけないように立ち回っているけど……余りで来ていない気がする……というか、絶対できてないよね。

 

 なんだかんだ言って、未果たちに迷惑をかけてる気がするし。

 

「さて、じゃあ話を戻そっか。じゃあ、恋愛についてのお話をしようね。みんなは、恋をしたことはあるかな? ただ、漠然と『あの女の子が好き!』とか『あの男の子が好き!』でいいんだけど」

 

 と尋ねると、そこそこの人数が手を挙げてくれた。

 

「結構いるんだね。じゃあ、ここからが本題。今ボクが挙げた『あの女の子が好き』と『あの男の子が好き』と言ったのは、それぞれ男の子と女の子、どっちが言ったと思うかな?」

 

 試しにそう尋ねてみる。

 

 すると、

 

『女の子が好きって言ったのが男の子で、男の子が好きって言ったのが女の子!』

 

 って言ってきた。

 

『当たり前だよね!』

 

 さらに、それに賛同するような子も出てくる。

 

「うんうん。普通はそうだね。でも、今の世の中でそれを当たり前って言うのはちょっとだけ違うかな。もちろん、そう言っても問題はほとんどないけど」

『どういう意味―?』

「実はね、世の中には男の人が好きな男の人とか、女の人のことが好きな女の人がいるんだよ」

 

 主に、ボクの周りにね。

 

 少なくとも、女委に学園長先生、レノにセルジュさんがそうだしね。

 

 最近、未果もそうなんじゃないかな? って疑い始めてたりもするけどね、ボク。

 

 それに、あの学園には穂茂崎先生とかもいるし。

 

 あとは、ボクもそれに似た感じになってるしね……もともと男だから、女の子が好きになっても変じゃない。だけど、普通の人から見たら、明らかに同性愛に見えるんだろうなぁ……なんて。

 

『変なのー』

「こらこら。変なのって言っちゃダメだよ。人にはそれぞれ、好みがあるんだから。さっき言ったでしょ? 差別はダメって」

 

 そう言うと、変なのと言った子や、そう思っていたことたちがハッとしたような顔になった。

 

「いい? 世の中にはいろんな人がいるの。それこそ、世の中では当たり前じゃないとされていることがあるかもしれないけど、それは個人の自由。他の人は、それを馬鹿にしたり、貶したりしちゃダメなんだよ。みんなは、それを受け入れられる人になってもらいたいな、先生は」

『受け入れるって?』

「もしも、みんながこの先進む人生の途中で、そう言う人たちに会ったら、それを馬鹿にしたり、仲間外れとかにしないで、ちゃんと友達になってあげて欲しいの。別に、無理して友達になれ! って言ってるわけじゃなくて、せめて普通に接してあげて欲しいっていうこと。その人たちも、他の人は違うっていうことを理解した上で、悩んでいると思うから。いいかな?」

『『『はーい!』』』

「うんうん、いい返事だね。もちろん、強制じゃないからね、じゃあ、次のお話にいこっか」

 

 この後も、ボクが経験したことなどをベースに、わかりやすい一例を交えつつ、お話していきました。

 

 正直、小学生にする内容としてどうなの? って後々思ったけどね。




 どうも、九十九一です。
 この作品、やたら同性愛ネタ多いなぁ、とか思ってます。まあ、そう言うキャラが多いい作品……というか、そう言う人が多い世界になっちゃったんで、まあ、私が悪いんですが。あ、別に私は否定とかしませんけどね。
 あと、10時に投稿出来なくてマジで申し訳ない……。なかなか書けなかったので、一時間遅れになりました。許してください。
 明日は……多分、きっと、おそらくいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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386件目 不審者騒動(?)

※ 前話にて、冒頭部分がすっぽり抜け落ちてました。単純に、貼り付ける際に、範囲指定し忘れていたために起こったことです。本当に、申し訳ありませんでした……。


 六時間目は授業ではなく、クラブ活動でした。

 

 クラブ活動と言えば、中学校や高校で言うところの部活動のような物。

 

 毎週木曜日(場所によって違うかも)の六時間目に、四月くらいで決めたクラブで活動して、自主性や協調性を学んだりするものだと思ってます。ボクは。

 

 どういう理由で行われているかは知らないけど。

 

 ボクは家庭科クラブに行って、エプロンを作っているようだったので、ちょっとだけボクも作ったり。

 

 ミシンを使うよりも、手縫いでやった方が早かったので、手縫いで作ったけどね。

 そしたら、家庭科クラブの顧問の先生にすごく驚かれた上に、ぽかーんとしていたよ。

 

 まあ……手縫いで作って、十分くらいで完成させてたしね……。

 

 本当に『裁縫』のスキルってすごいよね。

 

 そんな感じのことがありつつも、四日目の授業も全部終了しました。

 

 そして、帰りの会も済ませ、朝柊先生に言われた通り、ボクは職員会議に参加。

 

 と言っても、ボクはただ聞いてるだけになりそうだけどね。

 

『――というわけですので、しっかり子供たちに注意の方をお願いします』

 

 ただ、こうして聞いてるだけでもなかなか面白い。

 

 小学生の頃、先生たちが会議をしてる、って聞いた時は何をしてるんだろう? って気になってたけど、こんなことをしていたんだなって、知ることができるから、面白い。

 

 高校でも同じことをしてるのかな、なんて思う。

 

『それから、夏休み中に体育館の改修工事が入る予定なので、そちらも覚えておくようにお願いします。他に、何かある先生方はいますか?』

『例の不審者の件で少々』

『ああ、どうぞ』

『昼休み頃に、保護者の方から連絡があったのですが、不審者はどうも車で市内をうろうろしているようで……もしかすると、誰かを誘拐しようとしている可能性があります』

『となると、教職員や保護者の人たちで下校時は見張った方がいいかもしれないですな』

 

 うーん、不審者か……。

 

 朝、柊先生に澄咲さんが不審者に声を掛けられたって言ってたよね……。

 

 そう言えば、あの娘はあまり人付き合いが得意そうには見えなかった。

 

 友達は普通にいるみたいだったからいいんだけど、前にちらっと見た時、帰宅時は一人だったような……。

 

 ……まさかね。

 

 まあでも、これで問題があったら嫌だから、ちょっと『気配感知』を拡大。

 

 えーっと………………あ、いたいた。

 学校からちょっと離れたところで、場所は……公園、かな? それも、人気がないね……。

 

 ……うん? 誰か、近くにいる? それも、かなり黒い感情が見て取れる……って!

 

 まずい!

 

 ガタッ! と、音を立ててボクは立ち上がる。

 

「おや、男女先生、どうしたんですかな?」

「すみません、ちょっと急用ができました!」

「そうですか。それは仕方な――って、お、男女先生! そっちは窓――!」

「すみません、失礼します!」

 

 ガラッと勢いよく窓を開けると、ボクは渡里先生の制止を振り切って、そのまま飛び降りた。

 

 職員室はなぜか三階。

 

 ボクからすれば大した高さじゃないので問題はないんだけど、上からは悲鳴が聞こえてくる。

 

 でも、それを聞いている余裕はボクにはない。

 

 空中で上履きから靴に履き替えると、そのまま着地し、間髪入れずにそのまま駆け出す。

 

 カバン類はことが終わったら、取りに戻ろう。

 

 なるべく音を出さずに駆け抜ける。

 

 急がないと……急がないと!

 

 一体なぜ、ボクが急いでいるかと言えば、例の不審者が澄咲さんを誘拐したから。

 

 ボクの『気配感知』に引っ掛かっていたのは、間違いなくその人だと思う。

 何せ、邪な感情が駄々洩れだったもん。

 

 澄咲さんはかなりゆっくり動いていたところを見ると、おそらく怖くて足がすくんでしまったんじゃないかな。

 

 その結果、澄咲さんはその不審者に捕まり、多分車に乗せられたしまったのかも。

 

 澄咲さんがいた場所の周囲には、あまり人がいなかったようなので、誰も気づかなかったかもしれない。

 

 それに、今も澄咲さんから発されている気配は明らかに、恐怖だとわかる。

 

 もっと言えば、かなりの速度で移動しているね、これ。

 

 だから、車。

 

 急がないと、ボクの『気配感知』の範囲からいなくなってしまう。

 

 ……最近、なぜか範囲が広がっている気がするけど。

 

「くっ、下を走っていたら間に合わない……!」

 

 こうなったら、仕方ない。

 

 本当はいけないんだけど……上を行こう!

 

 とにかく『気配遮断』と『消音』は使用しないとまずい。

 

 バレたら色々と問題だからね。ここで問題を起こしたら、学園に迷惑がかかっちゃうし、ボクが変に目立つことになっちゃう。

 

 それだけは避けたい。

 

 でも、それ以上に一人の女の子が誘拐されたという状況を放置する方がもっと避けたい。

 

 目立ちたくないなんて言ってられる状況じゃないので、まあ……許してください。

 

 

 それから、屋根の上を飛び跳ね、ボクは澄咲さんが乗せられている車を追跡していた。

 

 幸い、車はそこまでの速さで走っているわけではなく、なぜか法定速度を守って走行していたので、下手なスピードを出さずに済んでいる。

 

 下手に速く走ると、警察に止められちゃうもんね。

 

 正直なところ、屋根の上だけを通って追いかけるのは、なかなかに大変だったので、今は電柱の上とかも通ってたり。

 

 向こうの世界と違って、こっちの世界はいろんな高さの物があるから、何かと動きにくい。

 

 住宅街辺りなら移動しやすそうだけど、色々と問題がありそう。

 

 もちろん、今ボクがしていることも犯罪行為だし、褒められたことじゃないんだけどね……うぅ、こっちでも犯罪者……。

 

 たまに、今出している力じゃ届かない場所があったので、そういう時は、暗殺者時代に使用していたアイテムを生成して、それで移動の補助をしています。

 

 簡単に言うと、鉤縄みたいなものです。

 

 もっと言えば、異世界版の鉤縄に近いかも?

 

 先端には何もついていないんだけど、実は先端が壁や天井に当たるとくっ付いて、固定してくれる。それを引っ張って向こう側へ、みたいな感じ。

 

 意外と使い勝手がよくて、よく使用してたよ。

 

 まあ、今となってはほとんど必要じゃないんだけど。

 

 とはいえ、それが今回役に立ったのは事実だしね。それで誘拐された女の子を助けられるなら、全然おっけーです。

 

「この辺りだと思うんだけど……って、いた!」

 

 走ること数分、ようやく追いついた。

 本気を出せば余裕で追いつけるんだけど、家を壊しちゃうからね。なるべく力を抑えましたよ。

 

「とりあえず、どうやって止めようか……」

 

 追いついたはいいものの、下手に運転している不審者を驚かせて、事故になったら澄咲さんが危ないし、不審者の人も危ない。

 

 片方を切り捨てる、なんてボクにはできないので。

 

 どうやってやろうか……うーん、今思いつくのが、正面から車を止めるくらいなんだよね……。

 

 でも、それをやると中の人にもダメージが行くかもしれないし、何より澄咲さんが怪我をしてしまうかも。

 

 うーん……『アイテムボックス』って、使えないかな。

 

 ボクが使用する『アイテムボックス』で広げられる入り口の大きさは、縦長、もしくは横長にした場合約二メートル近く。通常なら、直径一メートルくらいの大きさにしかならない。

 

 だけど、今回は車の動きを止めるということをすれば大丈夫。

 

 ……うん、これなら行けそう。

 

「そうと決まれば、早くやろう!」

 

 止める方法を決め、ボクは急いで車の上に飛び乗る。

 

 こっそり中を覗くと、ガムテープで縛られている澄咲さんを発見。

 

 やっぱり、誘拐されていたみたい。

 

 ……なんてことをするんだろうか、この不審者は。

 

 一週間限定とはいえ、今はボクの生徒でもあるので、見逃すわけにはいかない。

 

 さっさと片付けよう。

 

 ボクは『アイテムボックス』を横長にして、後輪のタイヤの下に開いた。すると、ガクンッ! と、車が後ろに傾き、前方に進まなくなった。

 

「うん、これでよし」

 

 あとは、安全な場所に運ぶだけ。

 ちょっと力押しになっちゃうけど……!

 

「よいしょっ、と」

 

 ボクは車を持ち上げると、そのまま走り出す。

 

『な、なんだ!? 一体なんなんだ!?』

 

 中からは焦りが色濃く滲んでいる男の人の声が聞こえる。

 変に興奮して、澄咲さんに手を出さないとも限らないし、急ごう。

 

 

 しばらく走り、誘拐された公園に来た。

 

 もちろん『気配感知』で人が周囲にいないことは確認済み。

 

「よいしょ」

 

 車を地面に下ろし、タイヤをパンクさせる。

 

 逃げられたら困るもん。

 

 じゃあ、さっさと助けないとね。

 早速、後部座席のドアを開けて中へ。

 

『だ、誰だ!?』

「あ、初めまして、この娘の担任です」

『なっ、た、担任だと!? な、なにしに来た!』

「何って……澄咲さんを助けに来たんですよ。とりあえず、うるさいので眠っててください」

『は? ――かはっ』

 

 ピュッ! と針を首に投擲して、気絶させた。

 

 とりあえず、これでよしと。

 

 一旦澄咲さんを抱えて、車から出る。

 

 口に貼られたガムテープを剥がし、拘束していたガムテープも切断。

 

「大丈夫? 澄咲さん」

「い、依桜、せんせー……?」

「うん、そうだよ。助けに来たよ」

「い、依桜せんせー……!」

 

 なるべく笑顔で助けに来た事を伝えると、澄咲さんは涙を滲ませて、ボクに抱き着いてきた。

 

「うっ、うぅっ……ぐすっ……こ、怖かった、よぉ……!」

「もう大丈夫だよ。先生がいるからね」

 

 ボクの胸に顔をうずめて泣く澄咲さんの背中をポンポンと優しく叩く。

 すると、ぎゅぅっとさらにしがみついてくる。

 

 知らない人に誘拐されたら、こうなってもおかしくないよね。

 今は、好きなようにさせてあげよう。

 

 どのみち、最低でも一時間は起きないしね。

 

 

 澄咲さんが泣き止んだところを見計らって、警察に電話。

 

 正直、もっと早くするべきだったんだろうけど、時間もなかったからね。

 

 警察が来る直前で、不審者の首に針を刺して気絶から回復させる。

 

『はっ、お、俺は何を……』

「お目覚めですか?」

『お、お前は……!』

「ボクの生徒を誘拐してくれたそうですね? さて……覚悟はできてるんでしょうね?(にっこり)」

『ひっ……!』

「こんな小さいな女の子を誘拐するなんて……何を馬鹿なことをしてるんですか。見てください。こんなに震えちゃってるんですよ? これ、確実にトラウマになっちゃうと思うんですけど、どうしてくれるんですか? それに、これがきっかけでこの娘が男性恐怖症になったら、どうするんですか? あなたはそれを治せるんですか? 無理ですよね?」

 

 笑顔を浮かべ、威圧しながら不審者に迫ると、どんどん顔を青くさせていく。

 

「何の罪もない女の子を攫って、楽しいですか? 楽しいんですよね? だって、攫っちゃうほどなんですよね? 人としてどうかと思いますよ? 年齢は……三十四歳で、職業は無職。それに、ロリコン、ですか」

『なっ、なんでっ、お、俺のことを……!?』

「いえいえ、ボク目がいいんですよね。なので、ちょっと見ただけでわかっちゃうんです」

『ひっ……!』

「ボクが一番嫌いな人って、わかりますか?」

『し、知らない……』

「ボクは、子供を大切にしない人たちが大っ嫌いなんですよ。雑に扱ったり、誘拐したり、虐げたり……大人とは違って、子供は未来への分岐が多いんです。でも、大人の子供への接し方次第で、その分岐は減り、いい大人にならないことだってあります。結局、子供をいい大人にするかどうかは、周囲の環境と言うのもありますが、結局は子供たちを育てる大人です。それを知ってか知らずか、あなたはここにいる未来ある子供を誘拐しようとしました。それによって、この娘の未来の分岐が限りなく狭まったらどうするんですか? 幸せな未来だってあったかもしれないんですよ? なのに、それを邪魔するなんて……覚悟はできてるんでしょうね?」

 

 にっこりとさらに笑みを深めて、ボクは目の前の不審者に問いかける。

 

『ゆ、許して……!』

「許す? 何を言ってるんですか。一度危害を加えた以上、ボクに手加減はないですよ。じゃあ、まずは――」

 

 と、ボクがお仕置きをしようと――するふり――したところで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

「残念。警察が来てしまいましたね。よかったですね、命拾いして」

 

 そう言うと、不審者は白目を剥いて倒れてしまいました。

 

「依桜せんせー……?」

「あ、ごめんね。お巡りさんも来てくれたし、今後誘拐されることもないからね」

「……う、うん!」

 

 なんとか、無事に救えてよかったよ。

 

 

 その後は、一度澄咲さんと一緒に警察署へ。

 

 と言っても、軽く事情を聴かれただけだけどね。

 

 ボクが職業体験で来た高校生であることを警察の人に伝えたら、酷く驚かれました。

 

 すると、事の経緯を知った警察の人から表彰したい、って言われたんだけど……目立つのが嫌だったので、やんわりと断りました。

 

 ボクにとっては、当たり前のことだし、何よりそこまですごいことでもなかったからね。

 

 澄咲さんのお母さんが迎えに来てくれて、すごく感謝されました。

 

 優しそうなお母さんでした。

 

 事情を説明した後は、小学校へ戻る。

 

 荷物置きっぱなしだったしね。

 

 そしたら、澄咲さんの件の情報がもう伝わっていて、ボクは校長先生や柊先生から、すごい勢いで感謝されました。それこそ、崇拝しそうな勢いで。

 

 ちょっと戸惑ったよ。

 

 まあ、何はともあれ、無事に済んでよかったです。

 

 ……澄咲さんがやや熱っぽい視線を送っていたのがちょっと気になったけど。




 どうも、九十九一です。
 前書きにある通りです。マジで申し訳ない……。この辺りだね、と勘違いしていた結果、ああなりました。一応ですが、そこに不審者に関する文があるので、決してぽっとでの野郎って言うわけじゃないです。
 うーん、こんなミスは初めてな気が……。
 明日もいつも通り……だと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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387件目 職業体験最終日

 職業体験最終日。

 

 誘拐騒ぎがあったけど、なんとか大事になる前に回避できた。

 

 おかげで、澄咲さんは無事。だけど、あの件が原因なのか、男の人に対する恐怖心が芽生えてしまったらしく、びくっとしてしまう時が増えた。

 

 もともとあまり得意じゃなかった、というのもあるのかも。

 

 本当に、碌なことをしないよ。

 

 ……うーん、師匠がいれば、その部分を消してもらうんだけど……多分、それでも効果はなさそうなんだよね。

 

 記憶はなくても、心の方は覚えているから。

 

 仮に消したとしても、男の人に対する恐怖心は消えないんじゃないかなぁ。

 

 まあ、昨日の件で女の子たちが澄咲さんを心配してか、よく話しかけてるみたいだし、澄咲さんもその時は笑顔だから大丈夫そうだよね。

 

 あとは、自然に治していくしかないかな。

 

 荒療治は逆効果になるし、下手にやると余計に傷を深くしかねないからね。こういうのは、自然に治すのが一番です。

 

 ……もっとも、誘拐という経験である以上、傷は深いと思うけど。

 

 ……そう考えると、ニアたちってすごいんじゃないかな。

 

 あの歳であの境遇ということを考えると、人間不信とか、何らかの障害を持ってしまっても不思議じゃない。

 

 なのに、みんな元気に過ごしているところを考えると、普通にすごいと思う。

 

 なんでだろう?

 

 

「みなさん、男女先生がみんなの先生をしてくれるのが、今日で最後となりました。ですので、最後もしっかり授業を受けるんですよ」

『『『はーい!』』』

「男女先生から何かありますか?」

「そうですね……あ、一つだけ」

「では、どうぞ」

「はい。実は先生、一週間みんながボクの授業を真面目に受けてくれたことに感謝していてね。なので……ご褒美を持ってきました!」

『ごほうび!?』

『なになに!?』

『教えてー!』

 

 ボクがご褒美と言うと、子供たちがみんな色めき立った。

 小学生って、ご褒美って言葉に弱いよね。

 

「あはは、まだ早いよ。だって先生は今、一週間って言ったんだよ? だから、今日も頑張ったら、ご褒美を上げるっていうことだからね。なので、今日も一日、真面目に楽しく授業を受けてくれると嬉しいな」

『『『はーい!』』』

「うん、いい返事です。じゃあ、先生はちょっと授業の準備をしてくるから、休み時間にしてね」

 

 そう言うと、ボクは教室を出て行きました。

 

 

 最終日、とは言ったけど、実際は一日目~四日目と大差ないです。

 普通に授業をして、普通にみんなと楽しく接する。

 

 子供って無邪気だからいいよね。普段の疲れとかなくなりそうだよ。

 

 給食を食べて、昼休みにはみんなと遊んで、五、六時間目の授業をする。

 

 そうして、気が付けば五時間目が終了していて、六時間目になってしまった。。

 

 楽しい時間が終わるのって、本当に早い。

 

 少なくとも、この一週間はすごく楽しかった。

 

 最後の一時間も、精一杯やらないとね!

 

「みんな、お待たせ――」

 

 と、ドアを開けて中に入った瞬間、

 

 パンッ! という音がいくつも鳴り響き、紙吹雪が舞った。

 

「ふぇ?」

 

 一瞬思考が停止したものの、何とかこの紙吹雪がクラッカーによるものだとわかった。

 

 だけど、どうして? という思考に行ってしまい、上手く理解できない。

 

 そんな、色々と置き去りにされているボクに、こんな声がかけられた。

 

『『『依桜せんせー、一週間ありがとうございました!』』』

「え、あ、えと……こ、これは……」

「みんな、依桜せんせーのために用意してくれたみたいですよ」

「柊先生……」

「ともあれ、中へどうぞ」

「は、はい」

『依桜せんせーはね、あそこの席だよー』

「あ、うん。ありがとう」

 

 一人の子に案内されて、ボクは真ん中の席に座らされる。

 

 なんと言うか、お誕生日席なんだけど……。

 

 ちょっと恥ずかしいね、これ。

 

 なんとなしに、周囲を見渡してみると、並べられた机の上には何やら飲み物とお菓子が乗せられていた。

 

「あれ? この学校ってお菓子とかジュースを持ってきてもいいんですか?」

「日常的にはダメですよ、もちろん」

「じゃあ、どうして?」

「みんな、男女先生に感謝しているんですよ。だから、せめてお別れ会をしたい、ってなりまして。それで、今日は特別に許可をもらって、六時間目を使ってパーティーをと」

「ボクなんかのために?」

「なんか、じゃないですよ。みんな、男女先生だからこうしてパーティーを開いてくれてるんですよ。なので、是非楽しんで行ってあげてください」

「はい……!」

 

 なんだか、すごく嬉しいよ。

 

 

 そんなわけで始まったパーティーは、本当に楽しい時間でした。

 

 みんながボクに歌を歌ってくれたり、感謝の言葉を言ってくれたり、あとは簡単な劇をやってくれたりとかね。

 

 正直、いつ練習とか準備をしたんだろう? って気になった。

 

 でも、そこを気にするのは無粋だと思ったので、考えないことにしました。

 

 そうして、パーティーも進んでいくと、クラスの学級委員の子が立ち上がり、何かの紙を持って立ちあがる。

 

『依桜せんせーにお手紙を書きました! ちょっとだけ読みます!』

 

 お、お手紙?

 

 ど、どうしよう、すごく嬉しいんだけど……。

 

 一体、どんなことが書かれてるんだろう?

 

『依桜せんせーへ。依桜せんせー、一週間ありがとうございました。せんせーのおかげで、わからないところがわかるようになったり、わからなくてもわかりやすく教えてくれたので、授業がとっても楽しくなりました。それに、せんせーはとっても優しくて、とっても綺麗で、一週間いられるだけでも嬉しかったです。高校に戻っても、頑張ってください』

 

 ……どうしよう、最初の方はともかく、最後はすごく恥ずかしい。

 

 綺麗って……。

 

『クラスみんなの分があるんですけど、みんなのを読み上げる時間がないので、まとめてせんせーに渡します』

 

 そう言うと、学級委員の子がボクの所に来て、紐で閉じられた紙束をボクに手渡してきた。

 

「わぁ……ありがとう、みんな! とっても嬉しいよ!」

 

 まさか、こんなことがあるなんて……。

 

 嬉しすぎて、思わず泣いちゃいそうです、ボク。

 

『それから、これもどうぞ!』

 

 と言うと、今度は別の子が立ち上がり、花束と色紙を持ってきて、ボクに手渡してきた。

 

「花束に色紙まで……本当に、本当にありがとう! 先生、一生大事にするね!」

 

 これ以上ないプレゼントだよ。

 

 むしろ、これ以上のプレゼントってあるの? いや、ないと思います。

 

 正直なところ、これが貰えただけでも、この職業体験をしてよかったと思えて来ます。

 

『最後に、柊先生からのお話です。よろしくお願いします!』

「はい。男女先生、一週間お疲れさまでした。最後の日なので思いっきりぶっちゃけますね」

 

 え、ぶっちゃけるの?

 

 柊先生、すごく真面目な先生だと思うんだけど……。

 

「では、ぶっちゃけます。男女先生がどこのクラスを担当するか、ということを決めた方法って、実は……くじ引きだったりします」

「え!?」

 

 くじ引き!? なんで、くじ引き!?

 

 普通、こう言うのって真面目に決めるような場面じゃないの!? なんで、運に任せた方法でやってるの!?

 

「理由はと言うと、職業体験でこの学校に白銀の女神が来る、という情報が校長先生からもたらされて、希望を募ったところ、全クラスの担任の先生が挙手をするという事態に発展。さすがに、全部は無理ということで、公平にくじ引きで決めました。その結果、このクラスになった、というわけです」

「え、ええぇぇぇ……」

 

 そんな理由で、ボクの担当クラスを決めてたの……?

 小学校として、それはどうなんだろうか。

 

「その裏で、くじを当てることができなかった先生方……主に、男性の先生方がとてつもなくがっかりしていました」

 

 ……あ、だから職員室に行った時、雰囲気がちょっと暗かったんだ。

 

 な、なるほど……理解。

 

「でも、どうしてボクでそこまで?」

「ほら、男女先生はかなり有名人ですから。テレビでもちょくちょく出ていて、それを見る限りでも、かなりの美人さんでしたから。男性の先生としては一緒に仕事をしてみたかったんじゃないでしょうか」

「そう、なんですか? ボクなんかと一緒に仕事をしても、そんなに楽しくないと思うんですけど……」

「……もしかして、男女先生って、鈍感?」

「ど、鈍感じゃないですよ? た、たしかにみんなには鈍感って言われますけど、ボクは全然鋭いですよ! 視線とか、気配とか!」

「…………なるほど、鈍感な上に、天然、と」

 

 ……どうしてみんな、ボクのことを鈍感とか、天然とか言うんだろう。

 ボク、鈍感じゃないよね? 天然じゃないよね?

 

「ぶっちゃけるのはここまでにして、話を戻しましょう。男女先生が初めて授業をした時、正直、負けたと思いました。まさか、初めてであんなにも上手く授業ができるとは思っていなかったものですから。それに、基本的にどの科目も上手くできていましたし、すごいと思いました。それに、子供たちからも慕われていましたし、そこは才能なのかなと」

 

 才能……ボクって、そう言う才能でもあるの?

 それはそれで、嬉しいけど……。

 

「時々、男女先生も困惑したりしてはいましたが、それでも私が軽くフォローすればすぐに修正していました。頭が柔軟なのでしょう。きっと、今後もそれは役立つと思うので、是非それを忘れないでくださいね」

 

 柔軟なのは、単純に師匠の影響だけど、たしかにこの能力は役に立つ面が多いよね。

 ボクも、結構ありがたいし。

 

「それから、男女先生は生徒一人一人に真摯になって接してくれていて、私としてもすごくありがたかったです。苦手なことでも、頑張ってチャレンジするようになりましたし、苦手なものを克服したりと、本当にいいことづくめでした。男女先生、本当に一週間ありがとうございました。もし、小学校の先生になりたいと思った時は、是非この学校にいらしてくださいね?」

 

 ふふっ、と冗談めかして笑う柊先生に、思わず僕も苦笑い。

 

 こう言う冗談も言うんだ。

 

『最後に、依桜せんせー、お願いします』

 

 あ、ボクも言うんだ。

 

 ……まあ、だよね。

 

 ボクだって、このクラスに一週間いたんだし、何か言わないとね。

 

「えーっと、改めて。みなさん、一週間ありがとうございました。職業体験で来たものの、正直、やる前はすごく緊張していましたし、出来るかどうか不安でした。『舐められないかな?』とか『ボイコットされないかな?』とか『もしかしたら嫌われるかも』なんて思いもしました。ですが、みなさんはとっても優しい子たちばかりで、ボクはすごく安心しました。授業も真面目に受けてくれたし、苦手を克服する姿勢も見せました。それは将来、大人になった時に必ずみなさんの力になります。今の内に、できないことを出来るようにしておいた方が、未来の幅は広がりますよ。あとは……あはは、先生、みんなから色紙とかもらったのが嬉しくて、なかなか言葉が出てこないですね」

 

 思わず苦笑いをする。

 

 多分、言いたいことはいっぱいあるんだと思うけど、さっきのが嬉しくて全然言葉が出てこない。

 

 うーん……じゃあ、あれを言おうかな。

 

「じゃあ、ボクからのお願いというか、守ってほしいことを言うね。もちろん、絶対じゃないから。まず一つ、困っている人がいたら助けられる人間になること。二つ、嫌なことでも率先してやること。三つ、他の人を思いやれる人になること。四つ、もし辛くなったら、誰かに相談すること。それでも相談する人がいなかったら、ボクを呼んでね。大急ぎで来るから。……そして最後に五つ、どんなことがあっても絶対に諦めないで、前へ前へと進むこと。以上の五個かな。守れる?」

『守れるよ!』

『せんせーの言うことは正しいもん!』

『依桜せんせーみたいになりたいから、守る!』

「あはは。あんまり、ボクは参考にならないよ。もしなりたいって言うのなら、みんなが普段から一緒にいる柊先生や、それ以外にもかかわりのある他の先生方を参考にした方がいいかな。じゃあ、ボクからは以上! みなさん、一週間、本当にありがとうございました!」

 

 笑顔で軽くお辞儀をすると、みんなから拍手が上がった。

 

 そして、椅子に座ってふと思い出した。

 

 あ、忘れてた。

 

「そう言えば、みんなにご褒美を渡すのを忘れてたね」

『ご褒美!』

『何をくれるの!?』

「本当はね、今のみんなに合わせたおもちゃだとか、ゲームだとかの方が喜ぶのかもしれないけど、さすがにそれをやるわけにはいかないので……ボクがケーキを作ってきました!」

『『『おおー!』』』

 

 ボクがケーキを作って来たということを告げると、みんな揃って嬉しそうな声を上げた。

 

『でもせんせー、ケーキなんてどこにも見当たらないよー?』

「大丈夫。ちゃんとあるから。じゃあ、早速出すね。みんな、このカバンを見ててね。1、2……3!」

 

 三つ数えて、カバンに入れた手を引き出すと、その手にはケーキが入った箱がいくつか出てきた。

 

『すっごーい!』

『せんせー、今のどうやったの!? どうやったの!?』

『もう一回見せて!』

「だーめ。これはね、とっておきの魔法なの。さすがに何回も見せられないんだよ、魔法って」

 

 やんわりと断ると、みんなはちょっと残念そうな感じになった。

 

 さすがに、何度も見せてると時間がないからね……。

 

「あと、さすがにもう時間もないので、それぞれ家に持ち帰って食べてね。あ、間違っても他のクラスの子たちに自慢しちゃだめだよ? 喧嘩になっちゃうかもしれないからね。いいかな?」

『『『はーい!』』』

「うん、いい返事です。じゃあ、これで終わり、でいいのかな?」

『はい! じゃあ、お別れ会を終わりにします! ありがとうございました!』

『『『ありがとうございました!』』』

 

 そんなこんなで、最終日は終わりました。

 

 

 パーティーが終わった後は、職員室に行ってお礼をして回った。

 

 何をしたかと言えば、先生方用のケーキを持って行きました。

 みなさん喜んでいたので、ほっとしたよ。

 

 そして、最後に軽く挨拶をして、ボクの職業体験は終了となりました。

 

 とっても楽しくて、いい経験になったよ。

 

 将来、小学校の先生をやるのもいいかも。

 

 ボクの中で将来の可能性が一つ増えた一週間になりました。




 どうも、九十九一です。
 えー、活動報告にて、この作品の今後に関する質問をするという、謎の記事を作成しました。私としては、どうすればいいのか迷っているので、そちらを見て、何らかの反応を頂けるとものすごく助かります(切実)。
 それから、一応職場体験は終了です。
 次回はまあ……プール回でのある伏線(笑)の回収です。
 あと、今回の日常回に関しては……うーん、正直なところ、七月の頭部分って、やることないんですよね。まあ、何とか考えます。次の大き目の章は、夏休み編って決めてるんで。
 今日は、出来たら二話投稿をしようと考えています。まあ、出来ない方向で考えてくださって大丈夫です。明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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388件目 転校生(知った顔)

 職業体験が終わり、新しい週。

 

 気が付けば、六月も中旬。

 

 六月と言えば、あまりぱっとしないイメージがあるんだよね、ボクの中では。

 

 梅雨は洗濯がなかなかできないし、じめじめしてるしであまりいいことはない。

 

 人によっては、祝日がない、って言う理由で嫌いだったんじゃないかな? 今は、六月にも祝日があるけど。

 

 そんな六月だけど、最近のボクは少し好きになりつつあります。

 

 何せ、一番刺激がない月だと思っているから。

 

 ボクにとって、刺激は不要なのです。

 

 欲しいのは平穏。それを壊してしまうような、普通じゃないことは、今のボクには不必要。

 できれば、平穏に、普通に過ごしたいものです。

 

 そう、思っていたんです。この時までは。

 

 

 いつも通りに朝起きて、いつも通りにお弁当を作って、いつも通りにみんなで登校。

 

 道中、メルたちがきゃっきゃとしている光景は、ボクにとって最大の癒しであり、最大の目の保養でした。

 

 本当に可愛すぎて、ボクは死んでしまいそうです。

 

 そうして、いつも通りに学園に到着し、自分のクラスへ行くと、いつも通りに未果と晶が先に来ていた。

 

 しかも、珍しいことに今日は態徒と女委も来ていた。

 

「おはよー。珍しいね、こんな時間に態徒と女委が来てるなんて」

「いやー、ちょっと今日はいいことがあってねー」

「いいこと?」

「おうよ! 知ってるか? 依桜。今日ってよ、転校生が来るんだぜ?」

「あ、そうなんだ。珍しいね、こんな時期に転校生だなんて」

 

 そもそも、この学園に転校してくる人っていないと思っていたんだけど……いるんだ、そう言う人。

 

 でも、転校生……転校生かぁ。

 

「その人って、どんな人かわかるの?」

「ん? 依桜も気になるのか?」

「それなりにはね。でも、そこまでって言うほど気になるわけじゃないよ」

 

 人並み程度だと思うな。

 

 転校生が来る、何て言う話を聞けば、少なからず、多少は気になるもん。

 

 ボクとしても、気にはなる。

 

「なんでも、学年は二年生で、聞いた話によると、超美少女らしいわよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、廊下ですれ違っていた男子の人たちが、念仏を唱えるようにぶつぶつと願い事を言っていたのって……」

「多分、その件だろうねぇ。いやー、どういう人が来るのかねー」

「予想しようぜ」

「急になんだ?」

「予想って何を予想するの?」

「ズバリ! その転校生が来るのは、このクラスである!」

 

 ビシッ! と決めて、態徒が自信満々にそう言った。

 すると、未果たち三人が、

 

「「「……十中八九このクラスだろうな(ね)」」」

 

 ボクを見ながらそんなことを言ってきた。

 その言葉の真意を知りたい。

 

「そんなことないと思うよ、ボクは。確率七分の一だよ? さすがに当たらないって」

「……なんでこう、依桜は自然にフラグを建てるのかしら」

「んー、まあ、ほら、特級フラグ建築士だからね。仕方ないね」

「……否定できないな」

「否定してよ!?」

 

 そんな不名誉な物になった覚えはないんだけど、ボク。

 みんなして酷いよ。

 

「ところでよ、先週はなんだかんだで初日しか話せなかったけどさ、お前ら、どうだったよ、職業体験」

「まあ、ボチボチね。でも、普通に楽しかったわよ。図書館って静かで好きだし。たまに変な人もいたけど」

「俺は、普通に忙しかったが楽しかったぞ。体を動かす仕事ってのもいいな」

「んー、わたしも楽しかったね! 自分のお店以外で働く飲食店って言うのも、なかなかよかったし。あとは、新しい人脈も得られたしね! 店長さんと仲良くなったぜ!」

 

 女委だけなんかおかしくない?

 明らかに目的が違っているというか……明らかに仕事以外のことで言ってるんだけど。

 

「オレも楽しかったな、ゲーセン。基本的に、クレーンゲームの景品の補充とか再配置がメインだったけどな。まあ、休憩時間は遊んでいいって言われたからちょこちょこ遊んでたぜ」

「へ~、みんな楽しんでたんだね」

「そう言う依桜はどうだったの? 小学校」

「うん、楽しかったよ。途中、誘拐された子とかいたけど、すぐに助けに行ったしね。あ、最終日はクラスの子がパーティーを開いてくれてね、お手紙とか色紙とか、あと花束をもらったよ……って、みんなどうしたの?」

 

 ボクの話を聞いていたみんなが、なぜか頭が痛そうな顔をしていた。

 

「……ほんっと、普通じゃないわね、依桜」

「てか、誘拐ってなんだ誘拐って。明らかにおかしくね?」

「さっすが依桜君。どうあがいても普通じゃないねぇ」

「むしろ、普通に過ごせたら、天変地異だと思うぞ」

 

 ……本当に、友達なんだよね? みんな。

 

 

 それから、みんなで楽しく職業体験の時のことを話したり、転校生の人がどんな感じなのかを予想したりと、平穏な朝を送りました。

 

 そうして、HRになり、席に着くと、戸隠先生が入ってきた。

 

「おーし、HR始めるぞー。えー、まず連絡事項だ。お前らも知っての通り、今日はこの学園に転校生が来る。ついでに言うと、その転校生の願いで、このクラスに来ることになった」

『『『おおー!』』』

 

 ……ボクのクラスだった。

 

 なんとなく未果たちを見ると、『それ見たことか』みたいな表情で、ボクを見ていた。

 

 そんな顔を向けないでぇ……。

 

『先生。どうして、そんな願いが通ったんですか?』

「ん? ああ、まあ……なんて言うかだな……この件に関しては、特別、というか、学園長が許可してな。理由については、まあ、見ればわかるか。おーい、入ってきてくれー」

「はーい!」

 

 ……あれ、なんだかすごく聞き覚えのある声のような……。

 

 というか、先週の土曜日に聞いたというか……ま、まさかね。

 

「みなさん初めまして! 御庭惠菜(みにわえな)です! これからよろしくお願いします!」

『『『( ゚д゚)』』』

 

 入ってきた思わぬ人物に、クラスのみんながポカーンとした。

 

 ボクはと言えば……何とも言えない気分になった。

 

 だって、だって……あれ、エナちゃんなんだもん!

 

 え!? なんでここにエナちゃんが!? 一体何があったの!?

 

 ……あ! そう言えば、早ければ十四日に、とか何とか言ってた気が……確か今日は十四日で……って、そういうこと!? もしかして、転校のあれこれ!?

 

『せ、先生。そ、その人ってまさか……』

「ああ、多分お察しの通りって奴だ。御庭は、アイドルだ。だよな?」

「はい! うち、エナって名前でアイドルやってます! あ、だからと言って、変に特別扱いとかしないでね! うち、悲しんじゃうので!」

 

 わー、すごく元気~……。

 

 可愛いけど、何だろう、この、ボクの平穏という名の生活がガラガラと音を立てて崩れていくような感じは……。

 

「あ! 依桜ちゃんに女委ちゃん、未果ちゃんも一週間振り! 来ちゃった!」

 

 ……学園長先生が許可した理由って、エナちゃんがアイドルで、尚且つ知り合いがこのクラスにいるから、みたいな理由だよね? これ。

 

 いいの? それ。

 

「あー、この御庭だが、男女、腐島、椎崎の三人と知り合いらしいんで、このクラスになった。アイドルだからな、変な輩に絡まれる危険性を考慮して、だそうだ。ついでに、こいつのマネージャーからも、『男女さんがいるクラスならOKです』だ、そうだ」

 

 マネージャーさん!? 一体何を言ってるんでしょうか!

 

 そんなことを言ったら、ボクが何らかの形でエナちゃんと関係を持ったっていうことがバレちゃいますよ!

 

『男女……? 一体、どういう関係なんだ……』

『女委ちゃんと未果ちゃんも知り合いみたいだし、何かあったのかな?』

『気になる……!』

 

 あぅぅ、なんかみんなひそひそ言ってるよぉ……!

 

「あー、知り合いは男女、腐島、椎崎の三人なんで……そうだな。まあ、男女が一番面倒見がいいし、性格がいいしな。おい、男女の右にいる奴か左にいる奴、どっちかずれろ。そこを御庭の席にする」

『あ、じゃあ、俺が移動します』

「お、偉いぞ吉田。というわけだ。御庭、お前はあそこな」

「はーい!」

 

 この学園の指定の制服(黒と赤が基調のタイプ)を着たエナちゃんが、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、ボクの左隣の席に座った。

 

「よろしくね! 依桜ちゃん!」

「あ、あははは……こ、こっちこそ、よろしくね、エナちゃん」

 

 まさか、このクラスにアイドルが転校してくるとは思いませんでした。

 

 

「というわけで、改めてよろしくね、晶君に態徒君!」

「ああ、よろしく」

「おう、よろしくな!」

 

 HR終了と同時に、ボクたちはエナちゃんと一緒にいた。

 アイドルだからなのか、みんなエナちゃんの所に来ようとしない。気後れしちゃってるのかも。

 

「それにしても、どうしてこの学園に?」

「えへへー、ほら、依桜ちゃんの知り合いのほとんどって、この学園だったりこの街に住んでるでしょ?」

「うん、そうだね」

 

 大多数はこの街にいるのはたしか。

 

「でも、うちってそこそこ遠い所に住んでてね。ちょっと、色々と厳しいなーと思って、じゃあ思い切って転校しよう! っていうことになったの!」

「な、なる、ほど?」

 

 いまいちわからないというか……色々と厳しいって何?

 

「そもそも、エナちゃんってどこに住んでたの?」

「んーとね、七津壬市だよ」

「え、ちょっと待って? 確かそこって、一つ隣の県じゃなかったかしら?」

「そうなの?」

「ええ。少なくとも、この街に近いとは言えないわね」

 

 ……本当になんで、そんな遠い所からわざわざこの学園に転校を?

 

「エナっちって、今はどこに暮らしてるの? 普通に考えて、結構遠いよね?」

「そだね。今は、一人暮らししてるよ! えっとー、駅の近くにマンションがあるよね?」

「たしか、この街で物理的にも値段的に、一番高いマンションだったよな?」

「そうそう! 今うち、そこで暮らしてるの! よかったら、今度遊びに来てね!」

「いいのか? 御庭って、アイドルじゃん? なのに、一般人を入れてもいいのか?」

「いいよいいよ! 依桜ちゃんのお友達だもん! 女委ちゃんと未果ちゃんは言うに及ばず、晶君と態徒君の二人のことは、依桜ちゃんが信頼してると思うしね! 大丈夫だよ!」

 

 エナちゃんがそう言うと、二人は若干照れたように、頬をポリポリと掻いた。

 

 正直、それを言われたボクとしてもちょっと気恥ずかしい……。

 

 エナちゃん、本当に元気いっぱいだよね。

 

「じゃあ、その内みんなで行こうぜー。わたしも、エナっちの家見てみたいし!」

「おいでおいで! 一人暮らしだから、いつでもウェルカムだよ!」

 

 アイドルの家って、どんな感じなんだろうね?

 

 やっぱり、衣装とか置いてあったりするのかな?

 

 ちょっと気になる。

 

「あ、家と言えば、依桜が今住んでる新居、行ったことなかったわね」

「新居?」

「ええ、実は依桜、妹が増えたから、って言う理由でゴールデンウイークに引っ越してるのよ。なんでも、三階建ての一軒家だとかで、大きいらしくてね」

「三階建て! すごいね! もしかして、お金持ちなの? 依桜ちゃんのお家って」

「そんなことはないよ。ボクのポケットマネーから出したもん」

「へぇ~……って、え? 依桜ちゃんってお金持ってるの? 家を買えるほどの」

「ま、まあ一応……」

「たしか……一億近いとか言ってなかったか? 依桜」

「そんなに!? 依桜ちゃんってお金持ちなんだ~。すごいね、属性てんこ盛りだよ!」

「「「「それはもう、異常なくらいに」」」」

 

 そこ、声をそろえて言うことかな……?

 

「じゃあ、今日とか遊びに行ってもいいかな?」

「もちろんいいよ。特にないし。なんだったら、みんなも来る?」

「それなら、お邪魔させてもらうわ。気になってたし」

「俺も、今の家は見たことがないから見たいな」

「わたしもー!」

「じゃあ、オレも」

「了解だよ。じゃあ、夜ご飯もごちそうするよ。せっかくだし」

 

 ボクがそう言うと、エナちゃん以外のみんながちょっと嬉しそうにした。

 

「わーい! 依桜君のご飯!」

「絶対行くわ」

「右に同じくだぜ!」

「依桜の料理は冗談抜きで美味いからな」

「依桜ちゃんの料理って、そんなに美味しいの?」

「「「「すごく」」」」

「むぅー、すっごく気になる! じゃあ、絶対行かないと! 今日は転校のためにオフにしてきたからね! 何が何でも行くよ!」

「あ、あはは」

 

 そこまでいいものじゃないと思うんだけど……。

 

 まあ、いいよね。

 

 それなら、今日は三階のバルコニー辺りで食べようかな。ちょうどいいし、活用しよう。

 

 楽しみになってきました。




 どうも、九十九一です。
 調子が良かったので二話目です。見ての通り、レギュラー入りを果たしたアイドルさんです。依桜が好きだからという理由で転校してきました。行動力がぱない。とはいえ、アイドルであるという立場上、ちょくちょく学校にいない時もあるんですけどね! ある意味、レギュラー入りさせてもそこまで大変じゃないキャラです。すごくありがたい。
 というわけですので、今後も普段から出てくると思ってください。多分。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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【もしもシリーズ1:もしも、依桜がクーデレ(?)だったら】

※ 本編じゃありません。IFルートみたいなもんです。見なくても大丈夫です。クーデレじゃない……かも? 気にしないでください。


 本来の物語とはちょっとだけずれた別の世界線。

 

 その物語の主人公こと、男女依桜は、ある日突然異世界に呼び出され、紆余曲折、なんやかんやあったのちに帰還。それから数日後に性転換するという事態が起きた。

 この時の反応は、本来の世界であれば、

 

「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」

 

 となるのだが、今回の世界線における依桜はと言えば……

 

「……ん、ボク、女の子になってる?」

 

 である。

 

 これに関して言えば、普通にあれだ。何かがあって、あのほんわかゆる~い感じの依桜ではなく、こんな冷静な感じの依桜になったのだ。

 

 そこについては、よくわからない。

 

 どこで分岐するわからないので。

 

 まあ、こんな感じの依桜であるからして、母親や父親に事情を説明する時は、

 

「ボク、女の子になった」

 

 こんな簡潔とした言葉で説明していた。

 

 本当に何があったのだろうか。

 

 

 さて、まずはこの世界がどういったものなのか、について説明しよう。

 

 と言っても、わざわざこの物語を呼んでいる、ということは、すでに本来の世界線の物語を知っていると思うので、どう言うものなのかも、どっかの理不尽キャラの目線でのあれこれで知っていることだろう。

 

 この世界は、基本それと同じ世界をたどっている。

 

 違う点を挙げるとすれば、依桜の性格であろう。

 

 本来であれば、依桜は柔和な笑みを普段から浮かべている上に、誰にでも笑顔で優しく接するタイプの人間である。あと、なんか周囲にほんわかとした雰囲気と、花が浮いてそうな感じの。

 

 しかし、ことこの世界においての依桜はそうではない。

 

 昔から、ちょっと(?)表情が薄く、言葉数もそんなに多いわけではなかった。

 

 とはいえ、それでも根本的な部分は変わらず、基本依桜は誰にでも優しい。

 

 そのため、本来の世界と同じように、未果や晶、態徒、女委と言った、主要人物たちとも仲を深めている。

 

 基本的に、やや一歩引いたところからのあれこれになるが。

 

 今回は、そんなクールな感じの依桜の日常を見てみよう。

 

 

 依桜が美少女になってから一ヶ月ちょっとが経過した頃。

 

 周囲からかなりの視線を集めるものの、それを全く気にしない上に、何でもないように学園へ登校する。

 

 その表情は、なんだかクールな印象を受ける。

 

 可愛い系の顔立ちであるにもかかわらず、表情が薄く、どこか人形めいた印象を受けるので、学園では『白銀の氷姫』とか呼ばれていたりする。

 

 本人も一応知っているには知っているが、あまり気にしていない。

 

 まあ、若干の気恥ずかしさを持っていたりするのだが……感情表現がやや乏しいため、あまり顔に出ない。

 

「おはよ」

「依桜、おはよう」

「おはよう、依桜」

 

 朝いつも通りに登校すると、幼馴染である未果と晶が教室に入ってきた依桜に挨拶をする。

 

 この二人は当然、依桜の事情を知っている。

 

 なので、普段通りに接してくれていることに対し、依桜はものすごく感謝している。もっとも、学園祭の例の事件があったので、余計に絆が深まっているのだが。

 

「おーっす!」

「おっはー!」

「態徒、女委、おはよ」

「おー、相変わらず表情が薄いねぇ、依桜君!」

「だなー。もうちょっとこうさ、笑顔とか浮かべらんないのか?」

「これでも、笑っている時はあるけど?」

「じゃあ、ちょっと笑ってみてくれないかしら?」

「ん。……どう?」

 

 そう言うと、依桜の口元が僅かに……ほんっとうに僅かに依桜の口元が笑みを作った。

 

 が、それは依桜との付き合いが長い人じゃない限り、なかなかわからないレベルでの、本当に僅かな変化だった。

 

「……依桜、それは笑顔とは言い難いぞ。少なくとも、俺達にしかわからないレベルで、口元が動いていない」

「……そう」

 

 晶の指摘により、依桜のあまりない笑顔タイム、終了。

 

 ちなみに、それを見た未果と女委はちょっとだけドキッとしていたりする。

 

 もともと依桜に対して好意を持っているこの二人には、薄い変化とは言っても、十分観測可能なレベルであったため、普段あまり笑顔を浮かべない依桜の笑顔に、二人はドキッとしたわけである。

 

 ある意味、意味はあった。

 

 

 そんな、クールな依桜の日常と言えば、やっぱり本来の世界と同じく騒がしい。

 

 この時点では、まだ体育祭は遠く、例の理不尽すぎるとんでも人物がいないので、幾分かマシだと思うが。

 

 さて、そんな感じで昼休み。

 

 なんとなしに、依桜たち五人は昼食を食べた後、校庭に来ていた。

 

 単純に、理由は散歩のような物である。腹ごなしに少し歩こう、と女委が提案したので、全員それに乗った形だ。

 

「大分涼しくなったよなぁ」

「もう十月だしね。そりゃ、涼しくもなるわよ」

「わたしはこれくらいの季節が好きだなー。やっぱり、過ごしやすいし、何より創作も捗るしね!」

「女委は年中そうだと思うんだが……」

 

 そんな、なんでもない日常会話をしている間も、依桜はちょっと表情が薄い。

 

 いや、別段つまらなそうにしているわけじゃなく、四人のやり取りを聞いて、内心は楽しんでいたりする。

 

 それに、依桜は例の地獄の三年間を生き抜いた結果から、こう言ったなんでもない日常を無意識のうちに噛み締めているため、実際無表情に近いのでわかりにくいが、今も僅かに笑みを浮かべているし、依桜の癖である、右手の人差し指を軽く動かすということをしていたりします。

 

 この癖は、この世界の依桜独自のものであり、本来の世界では多分……ないです。

 

 まあ、それはいいとして、こんな風に、本来の世界とは違って、本来の依桜のように恥ずかしがったり、顔を赤くして俯いたり、というような姿をほぼ見せない。

 

 見れたら、とてつもなくレアである。

 

 まあ、そんなクールな印象の依桜がどんな感じかと気になる人もいると思うので、軽く一例を見せよう。

 

 例えば、本来の世界にて、面と面向かって可愛いと言われた時の依桜の反応が、

 

「ふぇ!? か、可愛い、なんて、そんな……ぼクは、そんなに可愛くない、ょ……」

 

 と言った具合になるのだが、この世界の依桜の場合、

 

「ボク、可愛いの? そう。……ありがと」

 

 こうなる。

 

 やっぱり無表情に近い。

 

 とはいえ、お礼を言う時、若干頬を赤らめているが。

 

 まあ、そんなわけで、目に見えてわかるほど、依桜が照れることはほぼない。

 

 もしも、そんな例外があるとすれば……

 

「未果、ボール来てる!」

「え? きゃっ!」

「ふっ――!」

 

 不意に未果に向かって、サッカーボールが飛来。あわや顔にぶつかると思った瞬間、いつの間にか間に入っていた依桜が回し蹴りで、ボールを蹴り返していた。

 

 さて、この時の依桜はどういう服装か、おわかりだろうか。

 

 そう、制服である。

 

 この学園の制服がどういうタイプか、と言われれば、ミニスカートタイプのブレザーである。

 

 そんな時に、回し蹴り、それも上段の物を蹴る時にするタイプのことをすれば、どうなるのかは自明の理。

 

 つまり……依桜のスカートがふわりと捲れ、その下、依桜の下着、すなわちパンツが見えてしまうわけだ。

 

 ちなみに、色は純白である。

 

「「ぶはっ!?」」

 

 そんな依桜の捲れあがったスカートの下のパンツが見えたことで、女委と態徒の二人が思わず噴き出した、鼻血を。

 

「依桜! スカート! スカート捲れてる! パンツ見えてるわよ!」

「~~~っ!?」

 

 未果が依桜にパンツが見えていることを伝えると、依桜の表情がみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「「ありがとうございます!」」

 

 そんな依桜の姿を見た態徒と女委は、そんなお礼を口にして、それを聞いた依桜派と言えば……

 

「ば、バカっ!」

 

 と、顔を真っ赤にしながらとてつもなく恥ずかしそうにそんな言葉を口にし、頬を膨らませプイっとそっぽを向いた。

 

((あ、可愛い))

 

 そんな姿を見た、未果と晶はそんな事を思った。

 

 

 とまあ、そんな感じに依桜が珍しく感情を表に出し、未果と晶から可愛いと思われた後の授業。

 

 科目は家庭科であり、その家庭科の内容は、調理実習である。

 

 そのため、昼休みに食べた食事の量は、基本的に全員少な目である。もちろん、クラスの生徒たちもだ。

 

 作る料理は肉じゃが。

 

 家庭科だけに、家庭的な料理である。

 

 ちなみに、依桜の得意料理の一つでもある。

 

 そんな肉じゃがを作っている依桜は……

 

「次はこうで……あれを入れるといい、かも」

 

 普通に楽しそうである。

 

 相変わらずの無表情ではあるものの、その表情はどこか生き生きとしており、とっても楽しそうだ。

 

 そんな依桜を見て、クラスメート、主に男子生徒たちは目を奪われる。

 

 美少女が楽しそうに料理を作っている風景と言うのは、やはり男心をくすぐるのだろう。

 

 そんな感じで、料理をすること約一時間、料理が完成。

 

 他の班も多少の誤差はあるものの、大体同じくらいの時間で全員完成させている。

 

 まあ、肉じゃがは割と早く作れる料理なので、時間がかかる方が不思議である。

 

 完成させた後は、ある程度の片づけをしてから早速実食。

 

「おいしい!」

「ああ、やっぱり美味いな」

「おー、さすがだぜ、依桜。やっぱし、依桜の作る料理は相変わらずうまいな!」

「だね! わたし、依桜君の料理が一番好きだよ!」

「ありがと、みんな」

 

 さて、依桜が美味しいと言われても、素っ気ない感じでお礼を言う。

 

 まあ、やっぱりよく見ると笑みが浮かんでいるんだが。

 

 なんと言うか、ここまで来ると、この依桜は果たしてデレるのか? という疑問が出て来ることだろう。

 

 まあ、実際その通りで、未果たちですらこの依桜がデレたところなど、ほぼほぼ見たことがない。

 

 まれに可愛らしい反応をする時があるのだが、滅多に見れないレアケースだ。

 

 とはいえ、今回は割とそれが見やすい依桜の得意分野、料理が行われている。

 

 褒め方によっては確実にデレさせることができる。

 

 まあ、どういうきっかけでデレるかは不明ではあるのだが。

 

 ただ、この時は偶然にもそれを引き当てることになる。

 

「依桜、あなた絶対にいいお嫁さんになるわね」

「そう? 家事は得意だけど、ボクはそうでもないと思う」

 

 まあ、ここまでは普通である。

 

 ちょっと嬉しそうな反応が、口調に出ているが。

 

 そして、依桜がデレた言葉がこちらである。

 

「――あれね。ここまで来たら、思わず依桜にプロポーズしちゃいそうなくらい、美味しいわ。というか、毎日食べたいくらいね」

「……じゃあ、仮にボクが未果に好き、と言ったら、どうする?」

「んー、そうねぇ……まあ、喜んで受け入れるんじゃないかしら? だって私、依桜は好きだし」

 

 依桜の質問に、未果は冗談っぽく言いつつも、普通に本心を言った。

 

 おそらく、依桜が性転換したことにより、気が緩んだのだろう。

 

 だが、普段感情を見せない依桜をよく見れば、無表情ながらも顔を赤くさせていた。

 

 そして一言、

 

「――ボクも好きだよ、未果の事」

『『『――!?』』』

 

 とてつもなく顔を赤くさせ、恥ずかしそうにしながらも、堂々と真顔で言ってのけた。

 そして一言、

 

「よかったら……毎日未果にお弁当を作る、けど、どう……?」

「え!?」

「……嫌ならいい」

 

 未果が突然すぎる依桜の発言に驚くと、それを断りと受け取った依桜は目に見えて悲しそうにしながらも、短くそう言った。

 

「そ、そんなことないわよ。でも、いいの?」

 

 それを見た未果は慌てて否定し、いいのかどうか尋ねる。

 

「――もちろん」

 

 依桜がそう言った時、依桜の表情は一度も見たことがないくらい、笑みを浮かべており、しかも頬を赤くさせていたことによって、とてつもなく魅力的な表情を浮かべていた。

 

 まあ、当然、

 

『『『ぐはっ!?』』』

 

 そんな依桜の表情を見た他のクラスメートたち全員は、思わず胸を押さえて倒れるに至った。

 

 それほどまでに、無表情がデフォルトだった依桜は魅力的だった、ということである。

 

 

 そんな、半ば告白的なあれこれになった後の依桜は、

 

「未果、今日のお弁当」

「あ、ありがとう。……いつも、ありがとう、依桜」

「いいの。ボクが好きでしていることだから。……未果に喜んでもらいたくて頑張った。だから、感想を聞かせてくれると、嬉しい……な」

(おうふっ!? く、か、可愛いわ!)

 

 完璧にデレた。

 

 主に、未果に対し。

 

 やや違うかもしれないが、これはクーデレというものなのだろうか?

 

 若干違うのかもしれないが、思わずそう思ってしまうくらいに、この世界の依桜は……アレな感じだった。

 

 ちなみに、この世界は例の世界と同じような進みをするわけなので、二年生のクリスマスイブに、とんでもないことがあり、その後、三年生にてさらにとんでもないことになったりして、割と依桜がまずいことになったりするのだが……それすらも乗り越えて、この二人は結ばれたりしている。

 

 要は……結婚した。

 

 そんな、本来とは若干ずれた世界の依桜の物語。




 どうも、九十九一です。
 ギリギリで間に合いました。書きあがったの数分前です。マジやべー。
 時間がないので、中身について少々。
 ふと、『本来の性格とは違う依桜が見たい』とか思ったことによって生まれたシリーズです。今後、こう言う話がちょくちょく出ると思います。主に、私の息抜き的な意味で。ちなみに、最後の文は私が今後考えている展開から来ています。まあ、うん。まだ不明ということで。
 明日もいつも通り……になるよう頑張りますが、もしかしたら今日みたいにずれるかもしれませんが、出すつもりですので、よろしくお願いします。
 では。


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389件目 変わらない昼休み(?)

依桜の話をしてたよ。ヤベーと思いましたよ。


 転校生がまさかの現役アイドルであり、尚且つ人気アイドルであるエナちゃんだという事実が学園中に広まると、一目見ようと高等部の生徒がこぞってクラスに来た。

 

 エナちゃんに聞いたんだけど、前の学校でも似たような感じだったとか。

 

 まあ、日常的な空間に、人気の芸能人がいたらそうなるよね。

 

 ボクは……あまり気にはならない。というより、ボクたち五人はそう言ったことを気にしないタイプなんだよね、みんな。

 

 しいて言うなら、態徒と女委の二人がちょっとそうかな? くらいで。

 

 まあ、そんなわけで、休み時間の廊下には、エナちゃんを見ようと来る人が大勢来たということです。

 

 普通だったら、クラスの人とかは邪魔だなぁとか思ったり、エナちゃんに対して不満を持つ人もいるんだろうけど……この学園、そう言った人たちがほぼいない。

 

 まあ、基本的にお祭り好きな人ばかりだし、無駄に性格がいい人が多いから、ある意味当然と言えば当然なのかもしれないけど、すごいと思うんです、ボク。

 

 不満とかもっても不思議じゃないと思うんだけどなぁ……。

 

 あとは、授業中に先生方も緊張している人がちらほらといたね。

 さすがに先生でもそうなるんだね。

 

 もしかすると、中にはファンの先生もいたのかも?

 

 午前中は、本物のアイドルがクラスにいるという不思議な状況に、クラスメートや先生方がっちょっとそわそわしていたものの、特に問題も起こらず午前は終了。

 

 そうして、昼休みへ。

 

 さすがに、じっと見られながらのお昼ご飯、というわけにはいかなかったので、ボクたちは安全圏(?)である、屋上へと移動していた。

 

「今日は、少し涼しいな」

「そうね。これなら、ここでお昼を食べても問題なさそう」

 

 未果と晶の言う通り、今日は涼しい方。

 

 日は出ているけど、風があってちょうどいい。

 

 もしこれで風がなかったら、確実に暑かったね。あと、日本って湿気が多くてじめじめしているから、余計に暑い。

 

 たしか、乾燥している地域の夏(主にイタリアなど)は、木陰にいれば割と涼しいらしくて、過ごしやすいんだとか。

 

 そう考えると、湿気ってある意味敵だよね。

 

 だって、洗濯物とかも乾きにくくなるし。

 

 ボク的には、あまりメリットがないものだよ。

 

「エナっち大丈夫かい? 屋上で」

「うん! だいじょぶだいじょぶ! あのままクラスにいたら、サインをもらおうとする人でいっぱいになってたかもしれないしね! その辺りは、依桜ちゃんがファインプレー!」

「あ、あはは……」

 

 そう。実は、屋上に行こうと言い出したのはボク。

 

 だって、明らかに熱意的な視線がエナちゃんに集中していたし、何よりペンと紙を持っている人がちらほらと見受けられたからね。あれは、確実にサインをもらおうとしてたよ。

 

 さすがに、昼休みにそう言った騒ぎになるのは問題だと思ったので、こうして屋上に移動して来た、というわけです。

 

「でも、大丈夫だったの? 一応、ファンの人だっていたよね? ボク、もしかして余計なこととかしちゃったんじゃ……?」

「ううん、大丈夫だよ! むしろ、感謝してるんだよ、依桜ちゃん! さすがのうちでも、できればこういう場所では、普通に過ごしたいからね! 非日常的な生活はお仕事中で十分! プライベートはプライベートってわける主義なの!」

「へぇ~。なんだか、依桜と同じような考え方ね」

「あ、そうなの?」

「だねぇ。依桜君、基本的に平穏に過ごしたい、って言うタイプだし、普通じゃない日常は、たまにでいい、って言ってるもんね」

「ボクは、そこまで刺激を求めてないからね……。非日常的な生活は、もう十分したもん。三年くらい」

「異世界に行ってたって話だもんね! それなら、非日常的な生活にも飽き飽きするよ」

「そうだね。と言っても、たまに非日常があるのは別にいいんだけどね。ただ、さすがに毎日はちょっとね……」

 

 ボクなんて、休める暇はほとんどないからね……。

 

 原因は、なぜかボクが変なことに巻き込まれること。

 

 色々なことに巻き込まれすぎて、最近ではかなり慣れつつあり、『あ、またなんだね……』くらいの反応にしかならなくなってきていたり。

 

 それはそれでどうなんだろうね、ボク。

 

「んー、うちは依桜ちゃんと出会ったのは、二週間前だし、よくわからないんだけど、依桜ちゃんって普段どんな生活送ってたの? 教えてくれないかな?」

「あー、そうね……とりあえず、今まであったことを言えば……去年の九月頭に性転換して、同じ月、九月には学園祭があったんだけど……そこでは、ミニスカ猫耳メイド状態で料理を作ってたわね」

「メイド! しかも、ミニスカ猫耳! 絶対依桜ちゃんに似合う衣装だね!」

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

 未だに、あの時の服装が似合っていたとは思えないんだもん、ボク。

 

 ボクが似合ってると思っている衣装って、地味な感じのTシャツに、フレアスカート、それからパーカーといった服装だと思ってるもん。

 

 普通じゃ着ないような衣装は似合ってるのかどうかわかりません。

 

「で、その後ミスコンに出場して、その途中でテロリストが襲撃。私が撃たれたことで依桜が大激怒。それはもう、普段の依桜からは想像もできないくらい、半端ない殺気を放ってたわね」

「テロリスト!? え、この学園て、テロリストが来たことあるの!?」

「あるねぇ。原因は、学園長先生の異世界研究のデータらしいよー」

「ふへぇ~……。この学園もすごいんだねー……」

「それだけじゃないぜ! 他にも、依桜は読者モデルをしたり、ドラマのエキストラにも出ていたりするからな!」

「あ、それ知ってる! 去年話題になってたよね! たしか、読者モデルの方は、金髪の男の子の方も話題になってなかったっけ?」

「……そうだね。ちなみに、その時話題になっていた男の子、そこにいる晶だよ」

 

 エナちゃんの疑問に、ボクがそう答えると、エナちゃんは晶の方を向いた。

 

「あぁ~、どこかで見たと思ったら、あの雑誌かー!」

「知っていたのか?」

「うん! うち、たまーにあの雑誌にも出るからね! モデルとして! だから、たまーに自分でもチェックしてたりするの! ほら、可愛い衣装とか多く掲載されてるからね、あの雑誌は」

「エナちゃんも載ってるの?」

「そそ! アイドルのお仕事、っていうのでちょっと。まあ、これがアイドルのお仕事なのか、よく疑問に思ったけどね!」

 

 元気いっぱいにそう言うエナちゃん。

 たしかに、それってアイドルのお仕事なの? って言う疑問は出てくるね。

 

「他にはないのかな? 依桜ちゃんの日常的なお話!」

「そうねぇ……。ああ、そう言えば去年、福引で、とんでもないことしてたわね」

「あ、あったね、そんなこと……」

「どんなことどんなこと? うち、すごく聞きたいな!」

「簡単に言うと、依桜が買い物帰りに、商店街の人から貰った福引のチケットで、五回引いたんだけど……それ、全部が一等~五等だったのよ」

「それって、つまり……全部当てたってこと?」

「そういうことになるねぇ」

「なにそれすっごーい!」

 

 去年の福引の話をすると、エナちゃんは目をキラキラとさせた。

 ま、まあ……普通に考えたら、五回引いて全部当たってるわけだしね。

 

「ちなみに、それでオレたち、温泉旅行にも行ったぜ」

「わ、いいな、温泉旅行! このメンバーで行くのは楽しそうだよね!」

「まあ、このグループだと、基本的に退屈はしないな。態徒と女委がトラブルメーカーすぎて、何らかの問題を起こす場合もあるしな」

「「たしかに」」

「にゃははー、照れるなぁ」

「ちょっ、オレはそんなに問題は起こしてないぞ!?」

 

 正反対の反応。

 なんだか面白い。

 

「……問題を起こしていない奴は、スキー教室で覗きなんてしないと思うぞ?」

「ごふっ……」

「え、覗き? 覗きって、お風呂的なあれのことかな?」

「お風呂的なあれのことよ。この馬鹿はね、今年の一月に行われたスキー教室で、女風呂を覗こうとしたのよ」

「わ、現実にいるんだ、そういう命知らずな人!」

「おごふっ!?」

 

 あ、態徒の体が折れ曲がった。

 人気アイドルにそう言われたら、たしかにそう言う反応にもなるよね。

 

「ちなみに、実際覗かれたの?」

「そんなことあるわけないじゃない。仮に、覗きに成功していた場合……態徒はこの世にいないわ」

「ちょっと待て!? それ、オレ殺されてたかもしれないってことか!?」

 

 未果の全く冗談など紛れ込んでもいないセリフに、思わず立ち上がり叫ぶ態徒。

 

 あ、起きた。復帰早いね、態徒。

 

 前も思ったけど、師匠に鍛えられて以降、態徒の防御力がなぜか高くなっている気がします。

 

 やっぱりあれかな。ステータスが向上していたりするのかな?

 

 だとしたら、ここまで頑丈になるのも頷けます。

 

 今回は外傷じゃなくて、精神的ダメージだけどね。

 

「当たり前でしょ。考えても見なさいよ。あの時、依桜がいたのよ? バレないわけないし、あの時もし、見ることをしてたら、確実に依桜に殺されてたわよ、あんた」

「ひ、否定できないし、そもそも、自業自得だから何も反論できねぇ……。あとついでに言えば、覗こうしていたのはオレだけじゃないぜ! その時、いっそには言ってたやつら全員でしたからな! まあ、晶だけは傍観者だったが」

 

 まあ、ボクには『気配感知』なんて言うものもあるわけだしね。

 

 それに、他のみんなもほぼほぼ生まれたままの姿だったから、見られたら色々と終わりかなと思ったし。

 

「ちなみに、その他にも依桜が巻き込まれた、もしくは発生させたものとしては、一年生ながらに学園見学会の説明をしたり、サンタクロースになってクリスマスイブの夜を跳びまわったり、冬〇ミで宮崎美羽って言う声優さんと再会して、イベントに参加させられたり、ある日突然異世界に行って帰って来たと思ったら、妹を連れてきたり、後は、並行世界に行ったりもしてなかったかしら?」

「うん、したね。今年の四月に」

「並行世界ってあるんだ」

「もちろんあるよ。……まあ、そっちの世界では今のボクと正反対だったんだよ」

「正反対?」

「どうやら、依桜が言うには、そっちの世界には男の依桜がいるらしい。しかも、性格の方も男らしかったりするようだ」

「へぇ~……依桜ちゃんって、別の世界だと男の人なんだね」

「みたいだよ」

 

 あれはびっくりしたよ。

 

「あとはまあ……他校の生徒に告白されたりとかか?」

「モッテモテだよな、依桜って」

「そ、そんなにボクモテてるの?」

「うん、モテてるね」

「というか、割と手遅れなレベルにまで来てるわよね、依桜の場合」

「そ、そんなことは……」

 

 ……でもあまり、男の人にモテても嬉しくないんだよね……。

 

 だって、元々男だもん、ボク。

 

 モテるような要素ってないと思うんだけどなぁ……。

 

 

 この後も、ボクの過去話(個人的には恥ずかしいタイプの)をして盛り上がり、そうして昼休みは過ぎていきました。




 どうも、九十九一です。
 これを書いている時、なんかものすごく眠くて、後半とか記憶がありません。ほぼ。そのせいか、最後に見返した時に、わけのわからない部分で『グラビティスーツを着ている以上、当たり前だよね』とか書いてあったり、なんか突然全く関係のない文章が出てきたり、極めつけは『この街は妹たちになりました。依桜君がメイド喫茶で働いて、マザーを倒した』とか言う、最早何を書いているんだ、ってレベルの何かが生まれてました。私、どうした。
 昨日投稿した話の補足。あっちにもかいてありますが、あれは私の息抜きとしての面が強いです。あと、単純に様々な性格の依桜が見たくなっただけです。以上。今後もどこかでちょくちょくやっていく予定です。……ちなみに、無駄に受けはよかった模様。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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390件目 依桜ちゃんの家へ

 昼休み終了後は、普段通りに授業。

 

 それでもやっぱり、エナちゃんがいるのは慣れないらしくて、クラスメートのみんなだけでなく、先生方もやっぱり緊張しているのか、ややどもり気味だった。

 

 まあ、テレビの中でしか見ないような人がいるんだもんね。

 

 と、そん感じで残る二時間の授業も終わり、帰りのSHRを終えたら帰宅。

 

 ボクたちは、朝話したように、ボクの家に集まることになってます。

 

 もちろん、夜ご飯もごちそうするつもりだけど、その前にお買い物にいかないとかなぁ……。

 

 

 一度全員帰宅した後、一度どこかで待ち合わせ。

 

 住所を送ってもよかったけど、さすがにわかりにくい可能性もあるし、それならいっそのこと集まってみんなで行こう、ということに。

 

 待ち合わせ場所はもちろん、『美天駅』。

 

 何かと便利なんだよね、あそこって。待ち合わせ場所に持って来いと言うか。

 

 色々準備があるということで、待ち合わせ場所は六時。

 

 ボクは夜ご飯のお買い物を済ませるべく、商店街へ。

 

 時間は一時間以上もあるし、まだ余裕もある。

 

 それに、今の家からも遠いわけじゃないからね。

 

 お買い物をするのなら、やっぱりあそこがいちばんいいです。値引き交渉もできるし、たまにおまけとかももらえるしね。

 

 家の家事をほとんど任されている以上、少しでも安く、少しでもお得にね。

 

「ふんふ~ん♪ まずは、お肉屋さんかなぁ」

 

 今日の夜ご飯のメインとなるお肉を買うために、いつものお肉屋さんに行こうとしていたら、

 

『お、依桜ちゃん! 買い物かい?』

「はい。今日は友達が来るので、大勢で食べるものをと思って」

『ほほう! ってことはあれかい? 焼肉とかかね?』

「よくわかりましたね。実はそうで、お肉を買いに来たんです」

『なるほどなぁ。で、依桜ちゃん。焼くのは肉と野菜だけかい?』

「そうですね。何かあればいいんですけど、なさそうですし……」

『そうかそうか! それなら、いいもんがあるぞ!』

「ほんとですか? 何がありますか?」

『ちょうど、今が旬のもんでな。ホタテ、ジンドウイカに、サザエだ』

「なるほど……」

 

 どれも焼くと美味しいものばかり。

 

 職業体験初日に、お買い物をした時にそう言えば、サザエを貰ったっけ。あれは美味しかった。

 

 師匠も気に入ってたし、ちょうどいいかも。

 

 それに、ホタテはバター焼きにすれば美味しいし、ジンドウイカも焼き物にしても美味しいって見たことがある。

 

 うん、合いそう。

 

「じゃあ、その三つください」

『あいよ! 数はどうする?』

「そうですね……イカは五杯で、ホタテは……十五人分。サザエも、十五個お願いします」

『あいよ! いやぁ、本当に依桜ちゃんはいいお客さんだよ! こんなに買ってくれるんだから』

「まあ、大所帯ですからね、ボクの家」

『みたいだなぁ。……あいよ、四千七百円だ』

「じゃあ、これでお願いします」

『えー……よし、ちょうどだな! じゃ、こいつはおまけだ。つっても、ブリのアラなんだがな』

「いえいえ! 全然嬉しいですよ!」

 

 これは、味噌汁にちょうどいいかも。

 

『あと、これ福引だ。よかったら引いてってくれ』

「ありがとうございます。では」

『おう、いつもありがとな!』

 

 ブリのアラと福引のチケットをもらっちゃった。

 

 福引……福引かぁ……。

 

 そう言えば去年、引いたね。この商店街の福引。

 

 それで、一等~五等まで全部当てちゃって、大変だったよ。

 

「とりあえず、お肉屋さんと八百屋さんで、それぞれお買い物を済ませてからかなぁ」

 

 少なくとも、変なものは当たらないはずだよね。

 

 

 というわけで、お買い物を済ませて福引へ。

 

 枚数は八枚。

 

「こんにちはー」

『おお、依桜ちゃんじゃないか! 福引を引きに来たのかい?』

「はい。八枚貰ったので、八回引きに来ました」

『そうかそうか。去年は、ほとんど持ってかれちまったからなぁ。今回は、当てさせないぞ?』

「あはは。さすがに当たりませんよ。あれは本当に運がよかっただけですし」

『それもそうだなぁ。そんじゃ、早速引いてくれ』

「はい」

 

 引く前に軽くラインナップの確認。

 

・一等『マッサージチェア』

・二等『高級焼肉セット』

・三等『美天市内全飲食店フリーパスチケット』

・四等『商品券一万円分』

・五等『クマのぬいぐるみ(一メートル)』

 

 なるほど……。

 

 なかなかにいい景品ばかりだね。

 

 一等のマッサージチェア、あれってたしか最近出たばかりの最新式の奴じゃないかな? ちょっといいかも。

 

 日頃の疲れのせいか、疲労がたまっている気がするし、特に肩こりが酷いんだよね。それを解消するという意味でも、ちょっとほしいかも。

 

 それに、父さんや母さん、師匠も使いそうだしね。

 

 二等は……ちょうどピンポイント。

 

 今日は焼肉……というより、バーベキューの予定だから、当たるとちょっと嬉しいかも。

 

 狙い目はここかな?

 

 三等に関しては、見たことがあるチケットだよ。

 

 だってあれ、去年ボクが読者モデルをした時に、碧さんからもらって、みんなで大食い勝負したしね。あの時は、態徒が自滅してたよ。

 

 四等は、素直に嬉しい。

 

 五等は……ボク個人としては、あれが一番欲しいかも。

 

 だって、一メートルのクマさんのぬいぐるみだよ? 可愛くないかな?

 

 ボクとしては、是非とも当てたいところ。

 

 結論としては、ボク個人として一番欲しいのは、ぬいぐるみだけど、ボク以外の理由で欲しいのは、大体一等か二等かな。

 

 肩こりを解消したいし、お肉の方は単純に美味しそうだから。

 

 せっかく、大勢で食べるんだから、少しでもいいものを食べたい。

 

 ボクの自腹を切れば、いいものは普通に買えるんだけど、それで金銭感覚がおかしくなったら、目も当てられないので、なるべく使いたくない。

 

 ……よし。じゃあ、早速引こう。

 

 ガラガラと音を鳴らしながら、抽選機が回る。

 

 そしてぽとりと、一つの球が落ちた。

 

 カランカランカラーン!

 

『おめでとう! 二等の『高級焼肉セット』だ!』

「やった!」

 

 二等が当たりました!

 

 これはすごく嬉しい!

 

 そもそも、福引でこうして当たるのが一番嬉しいよね。

 

 何等が当たっても、ボクとしてはすごく嬉しいし、当たるだけでも幸運だもんね、こういうのって。

 

 これは、みんなで仲良く食べよう。

 

『じゃ、あと七階回してくれ!』

「はーい!」

 

 うきうき気分で、ボクは抽選機を回しました。

 

 

 そんなこんなで、約束の時間。

 

「あ、おーい! 依桜ちゃーん!」

 

 一度荷物を家に置いてから、駅前に来ると、すでにエナちゃんがいた、

 

 ただ、エナちゃんは変装なのか、帽子をかぶって、サングラスをしている。

 

 服装も、普通の女の子が着そうな印象の物。

 

「早いね、エナちゃん」

「ふっふー。依桜ちゃんの家に行くのが楽しみだったから、ちょっと早く来ちゃった!」

「そっか。でも、そんなにいい所じゃないと思うよ? ボクだって、お金持ち、って言うわけじゃないからね」

「でも、お家買ったんだよね?」

「ま、まあ……」

 

 あれは、学園長先生が振り込んだお金というか……。

 正確に言えば、ボクが稼いだお金じゃないような気がしてならない。

 

「じゃあ、きっとすごいお家なんだよ! たしか、三階建てなんだよね?」

「うん。この辺りで、十人で暮らしても窮屈に感じないのが、ほとんどそこしかなかったし、それに駅から近かったしね」

「へぇ~。それを聞いてると、なかなかにいいお家っぽいね! 楽しみだよ!」

「あまり期待しないでね。あとは、未果たちを待つだけなんだけど……」

 

 と、ボクが周りを見ながら呟くと、

 

「依桜―」

 

 ボクを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 その声の方を向けば、未果たちが。

 

 どうやら、みんなで合流してからこっちに来たみたいだね。

 

「おまたせ」

「大丈夫だよ。全然待ってないし。ね、エナちゃん」

「うん! じゃあ、早速行こ! うち、楽しみだったんだー!」

「あはは。じゃあ、すぐに行こうか。みんな、ついてきて」

 

 待ちきれない、という様子のエナちゃんと、それなりに楽しみにしている表情を浮かべているみんなを連れて、ボクは家に向かった。

 

 

「「「「「お、おー……」」」」」

 

 そして、家に到着するなり、みんながそんな声を上げていた。

 

「えっと、どうかな? 思ったより、そうでもないでしょ?」

「「「「「いやいやいや! 普通にすごいから!」」」」」

「そ、そうかな?」

 

 たしかに、庭もそれなりに広いし、内装もちょっとあれだけど……。

 

「ま、まあ、とにかく入ってよ。外は暑いからね。仲は涼しいよ」

 

 ずっと外にいるわけにはいかないので、みんなを中へと案内した。

 

 

「「「「「お邪魔します」」」」」

「あら、未果ちゃんたち、いらっしゃい! あら? 一人見たことがない可愛らしい娘が……」

「あ、初めまして、御庭恵菜です! えっと、依桜ちゃんのお姉さんですか?」

「ざーんねん! 私は、依桜のお母さんよ」

「それにしては若い……」

 

 たしかにね。

 

 どういうわけか、母さんはかなり若い。

 

 外見年齢だけ見たら、二十代前半にも見えるし、それ以上に若くも見える。

 

 父さんも父さんで若く見えるし、ボクの家の家系って、割と不思議なことが多い。

 

 なので、エナちゃんのように、初めて母さんを見た人の反応は、大体がエナちゃんのような感じになります。

 

「ありがとう。依桜、頼まれていた物、三階のバルコニーに置いてあるからね」

「ありがとう、母さん」

「メルちゃんたちは三階で遊んでるから。それじゃあ、ごゆっくり」

「わかった。……というわけみたいなので、とりあえず、二階に行こうか」

 

 メルたちは多分、その内来るんじゃないかな? って気がするしね。

 

 まあ、いいでしょう。

 

 

「いやー、なんかあれだなぁ。マジで依桜の家広いな」

「そうね。正直、ここまでとは思ってなかったわ……」

「羨ましいねぇ。こんなにいい家に住むんだもん」

「確かに羨ましいが……これ、管理とか大変そうじゃないか?」

「たしかにね。依桜ちゃん、実際どうなの?」

「うーん、ボクとしてはそうでもないよ?」

「そうなんだ? でも、どうして? 確か、依桜ちゃんが家のことをしてるんだよね?」

「うん。えーっとね、ボクのスキルに『分身体』って言うのがあってね。まあ、文字通り、ボク自身の分身を出すものなんだけど、それに頼れば、掃除や洗濯を同時並行で行えるからね。結構便利なの」

 

 まあ、なくても問題ないと言えば問題はないんだけどね。

 

 もともと、前の家でも一人で全部こなしていることがほとんどだったし、多少家が広くなって、階数も増えただけだしね。

 

 結局、やることは前と変わらない。

 

「依桜ちゃんって、本当に便利だね」

「確かに、便利なことも多いかなぁ。だって、力があると重い物を持つ時とかにちょうどいいし、簡単に変装とかもできるしね」

「へぇ~。なんだか羨ましいなぁ。うちも、変装とか大変だし……」

「人気アイドルともなると、やっぱり大変なのかしら?」

「まーねー。結構、変装って重要でね。たまに、うちの家を特定して、家付近を張り込む人とかいるんだよね。その度に引っ越してたよ、うち」

「うわ、やっぱリアルでいんのな、そう言う奴」

 

 意外、とは思わないけど、やっぱり大変そう……。

 

「いるんだよー。だから、今回の引っ越しは、そう言う面もあったり」

「なるほどねぇ。ところでさー、その特定してくる人たちって言うのは、同一人物なのかな?」

「多分、同一人物かなぁ。だって、体格がほぼ同じだったからね! 多少変装をしてはいたんだけど、それでも体格とかまでは変えられないからね」

「観察眼がすごいということか」

 

 たしかに。

 

 というより、ボクの周りにいる人たちって、なぜか目がいいんだよね。特に、ボクが変装をしてるのを見破ったり、ボクが使用していた『擬態』を見破る人もいたし……。

 

 そう言う人が集まりやすいのかな、ボクの周りって。

 

「とはいえ、今回は絶対に特定されるようなへまはしないよ! 失敗から学ぶ、アイドルだからね!」

「それもいいけど、何かあったら言ってね、エナちゃん。力になるから」

「うん! もしその時が来たら、相談させてもらうね!」

 

 よかった、変に遠慮されないで。

 こう言うのって、遠慮する人とか多いからね。

 

「しっかし、アイドルとはまたすごいのがうちの学園に来たもんだ」

「そうだな。さすがにこれは予想外だった。しかも、人気アイドルと来れば尚更だ」

「むしろ、そんな人と二年も前から友人だった女委に驚きよ」

「にゃはは! いやー、すっかり忘れてたのさー」

「忘れてた、ってレベルの知り合いじゃないような……」

 

 だって、アイドルの友達だよ?

 

 それを忘れてたから言わなかったって、普通に考えてすごくない?

 

「ところで、御庭は以前はどんな学園にいたんだ?」

「んーと、芸能人がよくいる学校かな? いわゆる、養成学校、みたいな」

「そんなとこを辞めてきていいのかよ? 将来的にも、プラスになるところじゃないのか?」

「それはどうかなー? うちは単純に、そこに入るようにマネージャーに言われただけだからね。それに、そう言う学校だからか、やっかみとかも酷くてね……。だから、今回の転校はちょうどよかったんだー」

「アイドルも大変なんだね」

「まあねぇ」

 

 苛烈な競争があると考えると、普段から嫌になりそうだよね。

 

 そうなったら、アイドルをする気力とかもなくなっちゃいそう。

 

「それにそれに、普通の高校、って言うのも行ってみたかったからね!」

(((((あの学園、普通……?)))))

 

 エナちゃんの天真爛漫な笑みと共に放たれた言葉に対し、ボクたちは揃って苦い顔をした。

 

 というか、少なくとも普通の学園じゃないよね、あの学園。




 どうも、九十九一です。
 最近、いつも通りだと思いますので、とか何とか言ってる割には、やたら遅い。というか、下手すれば出していない日すらある。あれって、詐欺じゃね? とか思っていたり。本当に、読者の皆さんには申し訳ねぇ……。
 えー、それで、というわけではないのですが、ちょっと三日間くらい休ませてもらいます。理由はまあ……仕事が三割、私の精神的な部分が七割ってところです。
 この小説を書きたい! とか言う意欲自体はあるのですが、なんかこう……すべてに対して無気力状態に陥っていると言いますか……正直、何もする気がない。そんな感じ。
 これは単純に、疲れてるのかなと。ですので、明日、明後日、明々後日と、三日間お休みさせてもらいます。もしかすると、もっと伸びるかもしれません。その時は、活動報告の方にて連絡させていただきますので、ご了承ください。
 では。


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391件目 依桜ちゃんの家へ 下

 みんなと遊んで、しばらくすると夜ご飯の時間が近くなってきた。

 

「あ、もうすぐ夜ご飯だね。じゃあ、準備をしちゃおうかな」

「晩飯ってなんだ?」

「ふふふー、お・た・の・し・み♪」

(((((何あれ、可愛い……)))))

 

 口元に人差し指を当てて、軽くウィンクをしながら言う。

 

 ……なんだか、自然にこういう仕草が出てしまうようになっちゃったけど……これ、大丈夫? ボク、大丈夫? これ。

 

「とりあえず、福引の景品を……と」

「……福引? 依桜。あなた、福引を引いたの?」

「うん。引いたよ、八回」

 

 ボクがそう答えると、エナちゃんを除いたみんなが苦い顔を浮かべた。

 

「あれあれ? みんなどうしたの? 依桜ちゃんが福引を引いただけで、どうしてそんな顔に?」

「あー、今日の昼休みに言ったと思うんだが、依桜は去年、商店街の福引を全て当てていたからな。それで」

「そう言えば言ってたね」

「あ、あはは……ぐ、偶然だよ、偶然」

「何言ってんのよ。偶然で、一等~五等なんて当てないでしょう」

「うぐっ」

「で? 今回は何を当てたのかしら?」

「………………ぜ、全部、です」

「「「「またか……」」」」

 

 やめて! そんな呆れたような顔をボクに向けないでぇ!

 ボクだって、びっくりしたんだよぉ! だって、またしても全部当てちゃうんだもん!

 好きで当ててるわけじゃないよぉ!

 

「それでそれで! 依桜ちゃんは何を当てたのかな!」

「え、えっと……ま、マッサージチェアと、高級焼肉セット、美天市内全飲食店フリーパスチケット、商品券一万円分、おっきいクマさんのぬいぐるみ……」

「「「「またえらいものを……」」」」

「それはすごいね! 依桜ちゃんって、すっごく運がいいの?」

「ま、間違ってないけど、ある意味不運ともとれる、かな……」

 

 少なくとも、いいことがあったことなんて、数えるほどしかないような気がするしね。

 温泉旅行くらいじゃないかな? もしかすると。

 

「ふむふむ……。でも、いいなぁ、依桜ちゃん。うち、そういうので当たったことなんてほとんどないからね!」

「でも、今みたいに売れてるということは、そこにも少なからず運が関わっているような気がするよ、ボクは。ボクなんかよりよっぽどすごいと思うな」

「そうだねぇ。わたしも今でこそ、コ〇ケでは壁でやってるけど、それだって偶然に偶然が重なった結果だしねぇ。やっぱり、実力の他に、運も兼ね備えてないと、人気が出ないんと思うんだよね、わたし」

「なるほど。女委ちゃんって、普段は割と軽くて付き合いやすいけど、結構真面目に考えていたりするよね! うんうん、女委ちゃんさすが!」

「にゃははー! 褒められてるのかわからないセリフ、あざます、エナっち!」

 

 二人のやり取りを見ていると、本当に仲がいいんだろうなぁ。

 でも、女委の交友関係がどうなっているのか、本気で気になるところ。

 もしかすると、エナちゃん以外にもすごい人と友達になっていたりするのかな?

 

「さて、と。じゃあボクは夜ご飯の準備かな」

「手伝った方がいいかしら?」

「うーん、そんなにやることはないんだよね。材料を切るだけだからね」

 

 だって、バーベキューだし。

 

「それに、お客様に手伝わせるって言うのも、なんだか気が引けるもん」

「まあ、依桜はそうか」

「別に、気を遣わなくてもいいと思うんだがなぁ」

「依桜君らしくて、わたしはいいと思うぜー。こんな美少女が現実にいるんだもん。いいモデルになるからね!」

「……女委だけ手伝ってもらおうかな」

「なぜに!?」

 

 あはははは、とみんなで笑い合いつつ、ボクはキッチンの方へ移動した。

 

 

 キッチンで材料を切ったり、海鮮系の食材の下処理をする。

 同時に、ブリのあらで味噌汁を作っておく。

 野菜もやるけど、それだけだと油っぽくなっちゃうしね。あとは、単純に美味しいから。

 

 バーベキュー用の器材はすでに準備済み。家にあったものを、三階の方に持って行くだけだったからね。

 もちろん、木炭も準備してます。

 

 火をつける時は……残念ながら、ボクは火属性魔法を覚えていないので、こっちの世界方式で。

 

 ……あ、そう言えばメルって魔法適正がすごく高かったような……ちょっとお願いしてみようかな。

 

「メル、いるかな?」

「いるぞ! なんじゃ、ねーさま?」

「えっと、メルって火属性魔法は使えるかな?」

「うむ、もちろん、魔王じゃからな! 聖属性以外は全部使えるぞ!」

「おー、すごいね。じゃあ、メルにお手伝いしてもらいたいんだけど、いいかな?」

「もちろんなのじゃ! ねーさまのお手伝いなら、なんだってするぞ!」

「ふふっ、ありがとう、メル。じゃあ、ちょっと来てくれるかな」

「はーい!」

 

 メルだけを呼び出して、三階へ。

 

 

「お、依桜、出来たのか?」

「ううん、まだ。ちょっとやることがあるからね。……じゃあ、メル、お願い。あ、火力はそんなにいらないからね。ビー玉サイズでいいから」

「はーいなのじゃ!」

 

 ボクが指示をすると、メルは手の平にビー玉よりもちょっとだけ大きいくらいの火を発生させると、それを用意してあったバーベキューグリルの中の木炭に入れた。

 

 すると、木炭に火が移り燃え始めた。

 

「おー! 依桜ちゃん、これって魔法?」

「うん。この娘――メルはね、向こうの世界では魔王なんだよ」

「魔王! こんなに可愛い魔王がいるんだ! なんだか癒されそうだね!」

「すっごく癒されてます」

 

 ボクにとって、一番の癒しだもん、メルって。

 すごくいいと思います。

 

「グリルを使うということは、バーベキューとかそっち系か?」

「まあ、わかっちゃうよね。うん、そうだよ。もうちょっとで下準備も全部終わるからもうちょっと待っててね」

 

 ボクがそう言うと、みんなは気長に待つと言ってくれた。

 

 そんなに長く待たせるわけじゃないけど、さっさと準備を済ませてこよう。

 

 

 というわけで、残る工程を全て終わらせて、ニアたちも呼ぶ。

 

 父さんと母さんの二人は、もうすぐ帰るとのことで、ご飯は先に食べててもいい、というメッセージがさっき届いたので、問題なしです。

 

 師匠は既に帰宅してます。

 

「というわけで、今日の夜ご飯はバーベキューです!」

「「「「「「「「「「「「おおー!」」」」」」」」」」」」

「お肉と野菜だけじゃなくて、サザエやホタテ、イカもあるから遠慮しないでどんどん食べてね! 父さんと母さんももうすぐ帰ってくるから気にしないでね! あ、サザエとホタテは一人一個だよ!」

 

 今回のバーベキューについて軽く注意をする。

 みんなは待ちきれない、みたいな顔をしていて、今にも涎を垂らしそう。

 あらかじめ焼き始めていたので、もうすでに食べられる段階に。

 

「それじゃあ、早速食べよ! お皿とお箸は持ったかな? ……うん、それじゃあいただきます!」

「「「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」」

 

 そんな感じで、ボクの家にて楽しいバーベキューが始まった。

 

 

「うお、この肉美味いな!」

「ほんとだー! 依桜君、これどうしたの?」

「ふふふ、それはボクが福引で当てた焼肉セットだよ。高いお肉だから、味わって食べてね!」

「……依桜ってば、何でもありになったわよね」

「そうだな。だが、それのおかげで俺達はこうして美味しいものが食べられているんだ、文句はないだろう?」

「そりゃあね」

「むぐむぐ……焼き加減が絶妙! 依桜ちゃん、こういうのも上手なんだね!」

「まあ、普段から料理してるからね!」

 

 あと、『料理』のスキルを持っているから、それもかな。

 

「ねーさまねーさま! こっちはまだかの?」

「どれどれ? ……うん、大丈夫だよ。はい、どうぞ」

「ありがとうなのじゃ!」

「イオお姉ちゃん、こっちは?」

「こっち、も」

「イオねぇ!」

「これは、どうなのですか?」

「……だいじょうぶ?」

「はいはい、順番だよ」

 

 うーん、なんだか忙しない。

 

 まあ、十人以上もいたらこうなる、よね。

 

 未果たちは普通に食べてる反面、メルたちの方は食べて大丈夫なのかわからないため、ボクに尋ねてくる。

 

 もちろん、嫌ということはない。むしろ、みんなのお世話ができると思うと、すごくありです。と言うより、鬱陶しいとか思う人がいたら、その人に拳を入れたくなる。可愛い妹たちは、正義です。

 

「このバーベキューというのは、なかなかにいいな。酒が進む」

「師匠はいつもお酒が進んでるじゃないですか」

「ははは! まあ、それもそうだな。だが、この状況も相まって、いつもより三割増しだ」

「……はぁ。ほどほどにしてくださいよ? 師匠」

「わかっている」

 

 なんだか、騒がしいバーベキューだね。

 

 でも、こう言うのが一番いいかも。

 

 

 それからみんなで食べていると、父さんと母さんが合流。

 

 新しい友達、エナちゃんを見て一瞬固まったけど、すぐに馴染んだ。

 

 うーん、さすが。

 

「はーい、ブリのアラで作った味噌汁ですよー。飲む人―」

「「「「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」」」」

「うん、全員だね」

 

 なんだか安心。

 これでもし、いらないなんて言われたらさすがに悲しかったよ。

 

「はぁ~……なんだか、ほっとする味ね」

「そうだな。何と言うか、落ち着くな」

「これも上手い。やっぱ、依桜の料理は最高だな!」

「あはは、さすがに持ち上げすぎだよ」

「いやいや、依桜君の料理って実際すっごい美味しいし、誇張表現でもないよー」

「うんうん! うちも初めて食べたけど、本当に美味しいね! うち、ファンになりそうだよ!」

「ちょ、ちょっと気恥ずかしいね……」

 

 こうして正面から褒められると、やっぱりちょっと恥ずかしいような。

 未だに慣れない……。

 

「いやー、まさか息子が娘になった挙句、こーんな料理上手な子に育つとはなぁ……」

「そうねぇ。お母さんも嬉しいわぁ。正直、普段から家事を任せっきりなのは申し訳ないけど」

「いいのいいの。二人は仕事をしているんだし、家事くらいはね」

「うーむ……依桜ちゃんって、本当に性格がいいんだね」

「そ、そうかな? 割と普通だと思うんだけど……」

「「「「「「「「それはない」」」」」」」」

 

 メルたち以外の全員から、瞬時に否定された。

 

 そ、そんなに性格いい、のかな? ボクって。

 

 言うほどよくない気もするけど……。

 

 

 そんなこんなで楽しい夜ご飯は進み、用意していた材料もすべて使い切った。

 

 結構な量を用意していたんだけど、やっぱり育ち盛りだね。高校生や小学生はよく食べます。

 

 ……まあ、なんだかんだで一番食べてたのは師匠なんだけどね。

 実質、用意した食材の内、三割方は師匠のお腹に収まったもん。

 それでもまだ余裕があるとのことで、師匠のお腹はブラックホールか何かなんじゃないかと思ったよ、ボク。

 

 ちなみに、メルたちはお腹いっぱいになったからか、眠っちゃいそうだったのですでに寝かせてあります。

 

「あっちゃー、もう夜遅いわね」

「あぁ、もう九時か……」

「オレと晶は男だから問題ないけどよ、これ、未果たちがちと心配だよな」

「たしかにそうだね……」

 

 こんな夜遅くに一人で歩く、となるとちょっと心配。

 

「あら、それなら泊って行けばいいんじゃないかしら~?」

「おばさん、いいんですか?」

「もちろん! ただ、明日は平日だから、朝早めに起きて衣服を取りに行かないといけないから、みなさんに任せるけど」

「「「「「泊ります!」」」」」

「わかったわ。布団の方、用意しとくわねー」

 

 そう言って、母さんは室内に戻っていった。

 

「なんか、ボクが何かを言う前にお泊り会になったんだけど……」

「まあまあ、いいじゃないかー、依桜君。こう言うのは、ノリと勢いだよ!」

「うんうん! うち、お友達のお家でお泊り会なんてしたことないからちょっと嬉しいな!」

 

 うっ、そう言われるとちょっと痛い……。

 

 でも、そうなるとあれだね。わざわざ朝早く起きて制服を取りに行くのも大変だよね……。

 

 ……仕方ない。

 

「じゃあ、先にみんなの制服とか教科書をどうにかしないとね」

「「「「「???」」」」」

「とりあえず、作っちゃおっか」

 

 ボクがそう言うと、エナちゃん以外の四人はすぐに理解したような表情を浮かべた。

 

「依桜ちゃん、作るって?」

「えーっとね、ボクの持つ魔法に『アイテムボックス』ってあるんだけど、なぜかボクのは中に入れる上に、欲しいと思ったものを創り出せてね。だから、いっそのこと作っちゃった方が、みんなゆっくり朝は寝てられるかなって」

「アイテムボックスすごいね! でも、なるほど。たしかにそれはありがたいかな? 今後予備として使えるってことだもんね!」

「うん、そういうことです」

 

 本当は、あまり使いたくない手段だけど、さすがに平日の朝に早起きするのは大変だもんね。

 

 ボクは全然慣れてるし、もっと言えば一時間程度でも問題ないけど、みんはそうもいかないからね。

 

「それで、どうする?」

「「「「「お願いします」」」」」

「了解だよ」

 

 と、そういうことになった。

 

 

 急遽お泊り会に突入し、明日必要な物を創り出した後は、順番に入浴。

 

 もともと、複数人でお風呂に入ることを想定していたので、まとめてお風呂に入ることができた。

 あ、もちろん男女分かれてます。

 

 ボクと未果、女委、エナちゃんの四人と、晶と態徒の二人、と言った形で。

 

 ……本来なら、男女三人ずつでバランスがよかったんだけど、今はボクの性別が変わったことで、女の子の比率が高くなってるんだよね。

 

 うーん。なんでこうなったんだろう。

 

 お風呂から上がった後も、男女別で就寝となりました。

 

 エナちゃんがいなかったら、多分みんなで寝たと思うんだけど、さすがに一緒に寝るのはまずい、と未果と晶が言ったため、分かれることになりました。

 

 うん。まあ、そうだよね。

 

 そんなこんなで、エナちゃんが転校してくる、何て言う騒がしい一日は、こうして幕を閉じました。

 

 いい思い出になったよ。




 どうも、九十九一です。
 お久しぶりです。約二週間振りくらいでしょうか。まあ、活動報告の方で二度ほど出現してるんですけどね。だとしてもまあ、お待たせしました。
 正直、あれだけの期間休んでおきながら、なんとも微妙な中身なような気がしてなりませんが、許してください……。これでも一応、戻った方ですので。
 びっくりと言えば、他サイトにて351件目の暗号を解いちゃった人がいたことですね。いやー、マジでびっくりでした。まあ、そんなに難しいもんじゃなかったので、あれですが。まあ、大暴露になってるけど、別にいいかなー、とか思ってましたし、大して問題じゃないんですけどね。この作品って、ほのぼの百合がメインみたいなもんですし。
 今日は2話投稿を考えていますがまあ、あまり期待しないでくださいね。
 では。


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392件目 講演会

 それから数日後の木曜日。

 

 エナちゃんが転校して来て学園が大騒ぎになったものの、それなりに落ち着いてきました。

 

 とはいえ、それでもまだまだ沸いているけど。

 

 大人気のアイドルが来れば、しばらくはそうなるよね。

 いくら行事などが多い学園だとしても、人気アイドルが来るなんて想像外だもん。

 だから、サインをもらいに来るような事態が発生するのも、理解できるよ。

 

 ……とまあ、そんな感じの日常を過ごし、木曜日。

 

 木曜日にはちょっとしたイベント……と言うか、講演会があります。

 

 内容は、外部から実際働いている人を呼んで、講演をしてもらう、というもの。

 

 よくあるところだと、警察だとか、消防士だとかだよね。

 なんと言うか、公務員とかが多いような気がする。

 

 いくらおかしな行事が多い学園と言っても、その辺りは普通だよね、さすがに。

 

 なんて思いつつ、昼休み。

 

 その講演会についての話をしながらボクを含めた六人でお昼を食べる。

 

「講演会って言うけどよ、普通に考えて御庭がいる時点で、ある意味外部から呼ぶ必要なくね?」

「いやいや、うちはちょっと特殊な職業だしね。あまり参考にならないんじゃないかなー」

「そうね。話すにしても、撮影の裏側、とかじゃないのかしら?」

「んー、まあ大体そんな感じ?」

「俺としては、講演会の講師は依桜でもいいんじゃないか、と思う時があるな」

「え、ボク? それこそないよ。普通の高校生だもん」

「毎回思うんだけど、依桜君が普通って言うと、なんだか似合わないよね。これほど似合わない人もいないんじゃないかな」

「それ、酷くない?」

 

 ボクって、そんなに似合わない?

 たしかに、ちょっと普通とは言い難いかもしれないけど……。

 

「んでもよ、一体誰が来るんだろうな」

「聞いたところによると、女性らしいぜー?」

「へぇ、それは美人か?」

「どうなんだろう? わたしは女性って言うことしか知らないしね。まあ、この学園が呼ぶくらいなんだから、美人なんじゃないかにゃー」

 

 どうしよう。全く否定できない。

 

 この学園、と言うより学園長先生だからこそ、普通な人って呼ばないよね、この学園って。むしろ、普通の人って呼ぶの? あの人。みたいなレベル。

 

「うーん、うちは三日前に転入してきたばかりだかわからないんだけど、この学園っておかしいの?」

「「「「「おかしい」」」」」

「わ、一斉に肯定するレベルなんだね」

「少なくとも、体育祭の競技種目の一つである、障害物競走でスライムプールを用意するほどだからな」

「す、スライムプール?」

「他にも、体育祭なのに最終種目がフルダイブ型VRゲームだったりねぇ」

「すごいね!?」

「あとは、クリスマスに生徒全員分のプレゼントを渡すレベルだったりな!」

「全員分……たしかに、おかしいね」

 

 さすがのエナちゃんも、ボクたちが知る限りの情報を伝えると、微妙な反応になった。

 

 むしろ、これが普通の反応なんだろうね。

 

 ボクたちなんて、あの学園の異常な部分に慣れちゃったせいで、普通に受け入れちゃってるしね。それはそれでもう駄目な気がするけど。

 

「でもでも、さすがに講演会に来る人は普通なんじゃないかなぁ」

「だといいんだけど……」

 

 ボクとしては、普通の人がいいです。

 

 

 なんてことを思いながらも、昼休みは終わり、講演会の時間に。

 

 この行事は、高等部だけを対象としているので、初等部と中等部は平常運転。

 

 まあ、木曜日の五、六時間目と言えば、HRをしたり、初等部だと学活とか道徳とかをやっている時間だよね。

 

 みんな、ちゃんとやってるかなぁ。

 

 でも、みんなはいい娘だからね。きっと大丈夫。

 

「皆さんこんにちは。今日は、事前にお話ししていた通り、今日この時間は講演会です」

 

 気が付くと、講堂の壇上に学園長先生が上っていて、話し始めていた。

 あ、いけないいけない。真面目に聞かないと。

 

「この講演会では毎年、校外から講師をしてくれる方を呼び、社会についてお話してもらう機会です。その年によって呼ぶ方が違うので、聞けるお話も違います。ですが、きっと皆さんにとって有意義な時間になるのと思いますので、しっかりとお話を聞くようにしてください。それでは、講師の方、よろしくお願いします」

 

 そう言って、学園長先生が上手側にはけていった。

 

 そして、学園長先生と入れ替わるように、下手側から一人の女性が出て来て、マイクの前に立つ……って、あ、あれ? なんだろう。すっご~~~く見たことがある人なんだけど……というかあれって……。

 

「叡董学園高等部のみなさんこんにちは! 声優の、宮崎美羽です!」

 

 み、美羽さん!?

 

 なんで!?

 

 突然現れた人気声優さんの登場に、講堂内がざわつく。

 

『え、あれ宮崎美羽だよな?』

『球技大会の時もだけどよ、なんでこの学園に何度も来るんだ?』

『てか、生で見られるとかマジで最高なんだが!』

 

 特に、男子の人たちの反応がすごい。

 

 美羽さんってかなりの美人さんだし、声は可愛かったり綺麗だったりするから、やっぱり男子の受けがいいのかな?

 

 うーん、どうやったら大人っぽく見えるんだろう。

 

「さて、みなさんはどうして私が来たのか、気になっているかと思います。なのでまずは、私が来た理由から話していきますね。私がこの学園に来たのは、単純に、私がこの学園のOGだからです」

『『『!?』』』

 

 そ、そうだったの!?

 

 ……あ、だから学園長先生と知り合いだったり、六月になったらわかる、って言ってたんだ!

 

 なんだろう。エナちゃんと同じパターン……。

 

 ボクって、考える力が弱いのかなぁ……。

 

「OGだから、というのもあるんですけど、知り合いがこの学園にいるので、それも含めて行ってみようかなって思った結果、こうして講師としてここに来ました! というわけなので、今日はよろしくお願いします!」

 

 知り合いって……それ、もしかしなくても、ボクたち、もしくはボク、だよね?

 

 ……だって、こっちを見てウインクしてるんだもん。

 

 美羽さん、お茶目だね。

 

 

 まさかすぎる講師の登場に、講堂内は騒然としたけど、講演が始まるとすぐに収まった。

 

 美羽さんがする講演は、職業的に声優に関すること。

 

 主に発声法とか、感情の出し方、とかそう言ったことお話がメイン。

 

 プロの声優さんのお話なので、アニメ好きの人や、将来声優を目指している人たちは、食い入るように聞いていた。

 

 やっぱりプロだからか、細かいことまで教えてくれるし、色々な作品に例えて話てくれるので、仮にアニメとかに興味がなかった人たちでも楽しんでいるみたい。

 

 ……ボク的には、一応声優として活動しているので、何とも言えない気持ち。

 

「それじゃあ、次は声優になる上で、大切なことを話していきたいと思います。と言っても、これはあくまで声優になりたい人に向けて、というのと、声優は目指していないけど何らかの場面で役に立つことを話していきます。一番大事なのはやっぱり、発声練習ですね。どんなに才能があっても、才能だけではやっていけません。今現在、プロとして活動し、さらに人気声優と呼ばれる人たちは、血の滲むような努力をしています。その最たるものとして、発声練習が挙げられますね」

 

 なんだか、普段の美羽さんとギャップがあって、なんだかカッコいい……。

 

 普段はフレンドリーな感じだけど、今は真剣に語っているので、なんだか新鮮。

 

 もちろん、収録現場とかでも今のような感じだけど、それでも柔らかい雰囲気と言うか、

すごく接しやすい雰囲気を纏っているので、今みたいな姿はあまり見慣れない。

 

 だけど、すごくカッコいいので、全然いいね。

 

「口の開け方や、早口言葉、それから呼吸法ですね。声優と言うお仕事は、実力主義です。少しでも怠ければライバルたちに追い抜かれてしまいますし、いつまで経っても売れる事はありません。日々ボイストレーニングをしているからこそ、今の人気声優と呼ばれる人たちがあるのです。もちろん、私も毎日努力しています。それでもまだまだなんですけどね。やっぱり、ベテランと呼ばれる人たちはすごいなって、痛感させられています」

 

 たしかに。

 

 今現在、ボクが参加している収録にも、ボクでさえ聞いたことのある名前の人がいて、その人の演技はすごかった。

 

 息をするように演技ができていて、思わず目を奪われるほどに。

 

 一応ボクも師匠に教わったけど、まだまだだと思ったよ。

 

 こっちの世界にも、見習うべき人は多いからね。

 

「このこと以外で私が思う大切なことは、国語力と協調性、それから信念ですね。国語力は文字通りです。声優と言う仕事上、中には難しい言葉を使っているキャラクターもいます。その際、それが読めていないと上手くセリフが読めなかったり、そこに注意が行ってしまい、演技の方が抜けてしまいます。もちろん、台本は事前に貰います。ですが、やっぱり自分自身で勉強することが大事なんです。これは、声優だけでなく、他のことにも言えますね。勉強をして、知識を溜めれば、それはきっとみなさんの武器になります。要は勉強です。これは、いくつになっても大事な要素となります」

 

 たしかに。

 

 ボクも向こうの世界にいた時は、ひたすら知識を身に付けたよ。

 

 ……師匠の修行の時は、すごく辛かったけどね……。覚える量が半端じゃなかったから。

 

 あれはさすがに……。

 

「それから協調性と言う部分。声優と言うお仕事は、どうしても人との関りが多くなる職業です。音響監督さんや作品の監督さんと言った方たち、そして同じ声優として参加している人たちとの協力で作品を作ります。これでもし、協調性がなかったら、それは絶対に良い作品になることはないと思います。そしてこれは、社会に出てもそうです。人は、必ず人との関りを持ちます。これは、生きていく上で必ず大切になります。どんなに能力があっても、一人でできることはたかが知れています。じゃあ、どうするか。それは、周りの人に頼るんです。もちろん、頼りっぱなしはダメですけどね。でも、どうしてもできないと判断したら、まずは相談しましょう。よほどひねくれていない限り、大多数の人は助けてくれるはずですから」

 

 助けてくれる、かぁ……。

 

 思えば、誰かに頼ってばかりだったなぁ、今までの人生。

 

 特に、異世界に行く前とかね。

 

 体が強くなかったから、未果たちに頼っちゃってたし……。

 

 みんな何も言わずに助けてくれたからあれだけど、今思えば申し訳ないような……。

 

「最後に信念ですね。これは単純で、常に自信を持つことや、どんな声優になりたいか、どういった作品を作りたいのか、という明確な目標や意思を持って臨むことを言います。こちらも、どんな職業にも言いかえることができますね。例えば、会社の社長になりたい、という漠然とした夢を持つ人でも、『どういった会社を作りたいかのか』『どういった事業をしたいのか』と言ったような感じに、明確な目標などを持つことが大切です」

 

 本当にためになる。

 

 なんだか人生経験が豊富そうな内容だよね。

 

 ……でも、美羽さんってまだ今年で二十一歳のはずなんだけど、随分と話が具体的に感じる。

 

 宮崎美羽、っていう名前も偽名な上に、本名であまり呼ばれたくないって言ってたから、何かあるのかも。もしかすると、家が何らかの会社を経営している、みたいな。

 

 ……なんて、さすがにないよね。

 

 年上ではあるけど、ボクたちにとっては大切な友達と言う関係な美羽さん。意外と、謎が多いのかも。

 

 

 具体的な話も交えつつ、美羽さんが話していくと、ちょっとしたお楽しみコーナーの時間になった。

 

「じゃあ、堅い話はお終い! 実は今回、みなさんにも楽しんで貰えるような企画を持ってきました!」

 

 さっきとは打って変わって、美羽さんが普段通りのテンションでそう言いだす。

 

 にこにことした笑顔でそう言うと、講堂内にいる人たちがわくわくしたようなそぶりを見せ始める。

 

「その企画と言うのは……ズバリ、声優体験です!」

『『『おおおーー!』』』

「うんうん。反応ありがとう。今回は特別に、今日のためだけに台本を書いてもらって、それを持ってきています。ちなみに、アニメーションもあるので、お楽しみに!」

 

 本気すぎる!

 

 高校生の講演会のためだけに、用意してきた物が本気なんだけど!

 

 これ絶対、学園長先生も関わってるよね?

 

 こんな大掛かりなことができるのって、あの人くらいだもん!

 

「今ここで、私が適当に指名してもいいんだけど、それだといまいち公平性に欠けるので、事前に用意してもらった、このくじを活用したいと思います!」

 

 そう言って美羽さんが取り出したのは、三つの箱。

 箱を見ると、側面にそれぞれ『学年』『クラス』『番号』と書かれている。

 

「これを私が一つずつ引きます。そうして出た数字を組み合わせると、ピンポイントに人が絞れるというわけです! それじゃあ、早速引いて行きます!」

 

 ガラガラと音を立てながら、美羽さんがくじを引いて行く。

 

 まあ、公平にするんだったらそれが妥当だよね。

 

 さすがに、組み合わせは様々だから、当たらないと思うしね、ボク。

 

 いくらなんでも、当たるわけ――

 

「えーっと、二年三組六番の人―」

 

 ……ボクだよ。

 

 美羽さん、どうしてピンポイントにボクの番号を当てるんですか……?

 

 見てよ。ボクのクラスの人たち、みんな見てるよ。ボクの事。

 

 どうしてこう、ボクはこう言うのに当たっちゃうのかなぁ……。いや、原因はなんとなーく理解してるんだけど……。

 

 あれ、低くすることとかできないのかな?

 

「二年三組六番の人―、来てくださーい」

「依桜、呼ばれてるぞ」

「わ、わかってるよ……」

 

 重い腰を上げて、ボクは席を立つと壇上へ向かう。

 

 ボクが立ち上がったのを見た美羽さんは、一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、すぐににこにことした笑みに戻った。

 

「こんにちは、依桜ちゃん」

「こ、こんにちは美羽さん」

 

 ナチュラルに挨拶を交わしたら、講堂内がざわついた。

 

 ……あ、そう言えば、ボクが美羽さんと知り合いだということを知っているのって、未果たちだけだった。

 

 ……ま、まずい!

 

「すごい偶然もあるんだね。でも、ちょっと嬉しいかな?」

「あ、あはははは……」

『男女と宮崎美羽の関係って……』

『なんだか、仲良さそう』

『女神様って不思議な交友関係してるなぁ……』

 

 うっ、背後からの奇異の視線がすごい……。

 

「ともあれ、選ばれちゃったものは仕方ないので、依桜ちゃんにお願いしようかな! 初めてだと思うけど、頑張ってね!」

「わ、わかりました」

 

 あ、ちゃんと隠してくれてる。

 

 ……まあ、さすがにね。だってボク、一応『雪白桜』って言う名義で活動してはいるけど、それを知っている人は限りなく少ないわけだから。

 

 それに、正体についても一切公表していない以上、ここで漏らすわけにはいかないもん。

 それをしっかり理解して、隠してくれるのはすごく嬉しい。

 

 でも、何を言わされるんだろう。

 

 

 選ばれた後、軽く準備が入った。

 

 プロジェクターを用意したり、スクリーンを用意したりと色々。

 

 やるのは収録といったものではなく、声優さんのイベントでよくある生アフレコだそうです。

 

 それはそれで恥ずかしいような……。

 

「よし、と。準備完了! それじゃあ、もう一人誰か出て来てほしいんだけど……うーん、ここは教職員の方にお願いしようかな!」

 

 なんで先生方?

 美羽さんの考えって、たまによくわからない。

 

「それじゃあ依桜ちゃん。ちょっと目を瞑って?」

「目を、ですか?」

「うん」

「いいですけど……」

 

 言われた通りに目を瞑る。

 でも、どうして目を瞑る必要があるんだろう?

 

「じゃあその場でくるくる回って、私がストップって言ったら止まってくれるかな?」

 

 あ、なるほど。考えが読めた。

 

 つまり、ボクが回転して止まった後、その視線の先いる人を指名する、みたいな感じなんだね。

 

 ちょっと面白いかも。

 

「じゃあ、回ってください!」

 

 そう言われて、ボクはくるくるとその場で回る。

 その際、スカートがふわりと捲れないように細心の注意を払って回る。

 いつもこういう時に失敗して、スカートの中が見えちゃったりするからね。

 学ぶんです、ボクだって。

 

「ストップ!」

 

 その声が聞こえた瞬間に、ピタリと停止。

 そして目を開けたその視線の先にいたのは……

 

「ん? なんだ、あたしか?」

 

 ……師匠だった。

 

 ねえこれ、もしかして仕組まれてるんじゃないのかな。

 なんでこう、身内の人ばかりが選ばれるんだろう?

 

 内心苦い顔をしながらそう思っていると、師匠が壇上に上がってきた。

 

「お久しぶりですね、ミオさん」

「ああ、久しぶりだな。最後に会ったのは……たしか、ゲーム内だったか。元気か?」

「もちろんですよ。声優は、体が資本ですから」

 

 この二人、そう言えば妙に仲が良かったような。

 大人同士(歳はすごく離れてるけど)気が合うのかな?

 

「そうか。……で、あたしは何をすればいいんだ? あいにくと、声優という職業がなかったものでな。演技だけなら自信はあるんだが」

 

 それはそうでしょうね。

 

 少なくとも、師匠が嘘を吐いたら絶対バレないんだもん。

 

 何度騙されたことか。

 

 今でこそ、ある程度わかるようになったからいいものの、修行時代なんて全然わからなくてかなり苦労させられたよ。師匠、容赦ないんだもん。

 

「そう言えばミオさんは、依桜ちゃんの師匠さんなんですよね?」

「ああ、そうだな」

「ということは、変声的なこともできたり?」

「もちろんだ。変声術はあたしの中の技能じゃ基本でな。男の声だって出せるぞ?」

「え、すごく気になります!」

 

 ボクも気になるんですが、それは。

 

 師匠って男の人の声出せるの……?

 

 師匠の発言に、またもやら講堂内がざわつく。

 

 だって、外見はすごく美人な女の人が、男の人の声を出せる、何て言ったら想像できなくてちょっと困惑するよね、これ。

 

「なら、軽くやってみるか。あーあー……んっ、んんっ! こんな感じだ」

 

(((何そのイケメンボイス!?)))

 

 その瞬間、講堂内にいた人たちが全員、全く同じことを考えた気がした。

 

 師匠、すごくいい声出したんだけど……。

 

「すごいですね。たまに、男女両方の声を出せる人はいますけど、ここまで違う人はそうはいないと思います」

「ま、あたしだからな。……それで? 体験とはいえ、何をすればいいんだ?」

「こっちの台本の、このキャラのセリフを言って欲しいですね」

「ん……なるほど、そう言うキャラか。了解だ。任せな」

「ありがとうございます! じゃあ、依桜ちゃんはこっちのセリフね」

「えーっと……」

 

 美羽さんに渡された台本を読む。

 

 見たところ、恋愛もののようだけど……って、こ、これ、ボクがやるキャラクター、明らかにヒロインなんですけど!

 

 あと、師匠がやるキャラクター、どう見ても女性キャラ!

 

 それから、一番ツッコミを入れたいのは……なんで、キャラクターの名前が、演者って書いてあるの!?

 

「それじゃあ、早速やりましょうか。依桜ちゃん、これ着けて」

 

 そう言って、美羽さんにインカムを渡される。

 

「これって……」

「見ての通り、マイクです。あ、ミオさんも着けてください」

「ああ」

「とりあえず、準備OKかな? それじゃあ依桜ちゃん、あそこの壁際に立って」

「え、壁?」

 

 示された方向を見れば、確かにセットの壁があった。

 

 ……なんで、壁?

 

 でも、指示されたし、とりあえず壁際に立つ。

 

「こ、こう、ですか?」

「そうそう。できれば壁に背中をくっつけてもらえるとなおよし」

「わ、わかりました」

「それで、ミオさんは依桜ちゃんの前に」

「ああ」

 

 テキパキと指示を出す美羽さん。

 指示を出された師匠は、言われた通りのボクの前に立つ。

 うぅっ、師匠の顔が近いよぉ……。

 

「あ、あの、美羽さん。これって声優の体験、なんですよね? それなら、普通に立ってセリフを言うだけでいいと思うんですけど……」

「気にしないの。効果音も自前だから!」

「え、それってどういう……」

「それじゃあ、ミオさんお願いします!」

 

 美羽さんがそう言った直後、突然講堂内の壇上を除いた全ての照明が落ちた。

 

 え、何この雰囲気!?

 

 い、一体何が――。

 

 ドンッ!

 

「――っ!?」

 

 混乱していたら、いきなり師匠がボクの顔の左側に手をついていた。

 

 ……い、今のって、もしかして……か、壁ドン?

 

「依桜、あたしはお前が好きだ」

「~~っ!?」

『『『( ゚д゚)』』』

「もちろん、友人として、ではなく、一人の女として、あたしはお前に惚れている。その綺麗な銀色の髪。エメラルドのような碧の瞳。可愛らしい桜色の唇。それだけじゃない。あたしは……おまえの全てが好きだ」

「ぇ……」

「だから、あたしは言おう。……あたしと、恋人になってくれ」

「――」

 

 突然の師匠からの告白に、頭の中が真っ白になった。

 

 え、こ、これは、ど、どういう、こと……?

 

 なんで師匠が告白を? なんで師匠が壁ドンを? なんでこんなに真剣な眼差しを? なんでこんなに見つめて来るの?

 

 え? え?

 

 いきなりすぎる状況に頭が着いてこない。

 

 どうすれば、と思っていたら、

 

(依桜、次のセリフを読め)

 

 という、師匠からの言葉が頭の中に響いてきた。

 

 せりふ……セリフ……あ!

 

 それに気づいた瞬間、白くなっていた頭の中が徐々に戻り、なんとか普通の思考に戻すことができた。

 

 台本のセリフを探し、次のセリフに繋げる。

 

「ぉ、ぉねがぃ、しま、す……」

 

 顔を真っ赤にして、上目遣い気味にそう返した。

 

 ……頭では演技だとわかってはいても、さすがに心までは戻らない。

 

 その結果、なんだか蚊の鳴くような声になってしまった。

 

 ボクのセリフを聞いて、師匠はふっと柔らかい笑みを浮かべると、ボクの右耳辺りに顔を近づけ、

 

「愛してるぞ」

 

 と、甘く囁いた。

 

 その結果、どうなるかと言えば……

 

「ぷしゅ~~~~……」

「あ、おい依桜!」

 

 脳の処理が追い付かなくなってオーバーヒートを起こし、ボクは、ものの見事に気絶してしまいました。

 

 

((((依桜(君)、本当に初心だな……))))

 

 

 次に目が覚めたら、ボクは保健室のベッドにいました。

 

 どうやら、師匠が運んでくれたみたいです。

 

 顔を見た瞬間恥ずかしくなって、つい布団に潜り込んでしまったけど……そこは許してほしいです。

 

 そっと目から上だけを覗かせて師匠を見れば、

 

「やれやれ。お前は、本当に耐性がないな」

 

 と苦笑いしながら、肩を竦めていました。

 

 申し訳ないです……。

 

 この後、未果たちからLINNで色々聞いたんだけど、ボクがセリフを言った直後、大多数の生徒が鼻血を噴いて倒れたとか。

 

 一体、何が原因でそうなったんだろう……?

 

 あと、美羽さんからも、

 

『今日はごめんね!』

 

 というメッセージが飛んできていました。

 

 なので、

 

『こちらこそ、気絶しちゃってごめんなさい』

 

 と謝りました。

 

 本当は、師匠のあのセリフの後、まだまだ掛け合いがあったらしいんだけど、それどころじゃなくなって、お開きになったそう。

 

 なんだか、すごく申し訳ないことをした気分だよ……。

 

 ちなみに、あの講演会は大好評だったみたいです。

 

 ……なんで?




 どうも、九十九一です。
 昨日、2話投稿するとか言っていたんですが、睡魔に負けて無理でした。徹状態はキツイぜ……。その代わり、今日は出来そうです。
 それから、ちょっと読者の皆様に質問というか、アンケート? を取りたいんです。正直、感想欄だとなんか、件数稼ぎみたいになりそうで嫌なので、活動報告の方に書いておきますので、よろしければ回答していただけると嬉しいです。ちなみに、内容については、夏休み編でやって欲しいことと、学園祭編(二年生)での案、及びやってほしい出し物(依桜たちの)と、体育祭に関することですね。まあ、細かいことはあっちに書いておきますので、協力、よろしくお願いします。
 一応、次回から夏休み編に入ります。とは言っても、最初はプロローグ的な部分ですが。
 17時か19時には二話目を上げたいと思いますので、アンケートの方共々よろしくお願いします。
 では。


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2-5章 依桜ちゃんたちの夏休み
393件目 林間・臨海学校の班決めと部屋決め


 気が付けば六月が終わり、七月。

 

 七月に学園に登校するのは、実質的に半月程度。

 その半月が終われば夏休み。

 

 六月と言えば、なんだか色々あった気がするよ。

 

 エナちゃんが転校してきたり、美羽さんが来て講演会をしたり。

 他にも、みんなでプールに行ったり、職業体験に行ったりと、割と濃かった。

 

 一応、他にもあったんだけど……それはまた、別に機会にかな。

 

 ともあれ、七月。

 

 少しずつ暑くなり始める六月を過ぎ、今年も暑い夏がやってきた。

 

 一度外に出れば、ジジジジ――というセミの鳴き声も聴こえてくるし、日本特有のじめっとした暑さが体を包む。

 

 そんな暑い中学園に行くものだから、人によってはかなり辛いと思う。

 

 だって、途中坂とかあるしね。

 

 個人的に、メルたちが心配。

 

 そこで考えたのが、歩いている最中に、ボクがこっそり風魔法を使って、涼しくするという方法。扇風機より涼しいし、うまくやると温度や湿度まで調節可能なので、意外と夏場は重宝されていました、向こうの世界。

 

 快適に登校させてあげるのも、お姉ちゃんとして当たり前。

 

 これで熱中症になったらさすがに嫌だもん。

 

 暑さを乗り越えつつ、学園へ登校する毎日を過ごしていると、登校残り一週間となった。

 

 そんな、残り一週間の頭、月曜日のこと。

 

 

「えー、お前たちも知っての通り、今年は林間・臨海学校が例年通りあり、来週――つまり、夏休み頭に開かれる」

 

 戸隠先生が五時間目のHRでそう言うと、目に見えてクラスのみんなが楽しそうに話し始める。

 

「まだ話は終わってないからな。……で、お前たちは今年が初参加だ。生憎と、去年は土砂災害やらなんやらで行けなかったが、今年は問題ない。そこで、今日は事前にアンケートを取ることになっている。まあ、要は林間と臨海、どっちに行くか、みたいなあれだ。とは言っても、この行事は三泊四日で、二泊目は普通に今日選んだ方だが、三泊目は入れ替わるんで、あんまり意味はないような気がするな。つまり、好物を先に取るか、後に取っておくか、みたいな感じだろう。今から紙を配るんで、どちらに先に行くかを書いて提出してくれ。ああ、先に言うが、あまりにも片方に偏っていた場合は、抽選になるんで、気をつけるように。そんじゃ、配るぞ」

 

 いつものように、若干のけだるげさを見せながらも、戸隠先生が用紙を配り始める。

 

 前から回って来た紙を受け取り考える。

 

 うーん、どうしようか。

 

 林間学校がいいか、臨海学校がいいか……。

 

 でも結局、両方ともやるみたいだし、先にどっちへ行くか、だよね。

 

 ここは、山と海、どっちが好きかで考えよう。

 

 山……と言うより、自然豊かな場所には、異世界で散々行った。

 

 反対に海はあまり行っていない記憶が。

 

 もちろん、どちらとも好き。

 

 じゃあ、どうするか。

 

 それは、戸隠先生が言っていたように、好きなものを先に取るか、後に取るかで考えると……ボクとしては、林間学校を後にしたい。

 

 だって、師匠と暮らしたあの一年のおかげで、すごく馴染むんだもん、山や森と言った場所は。

 

 それに、向こうの滞在のおかげで、こっちの世界の森や山なんかは、大して胸囲じゃなくなってるからね。蜂に刺されても、そもそも『毒耐性』があるから、蜂が無駄死にするだけだし。

 

 さすがに蜂が可哀そうだから、避けるつもりだけど。

 

 海の方は、なんとなくです。

 

 やる内容がどういったものなのかはわからないけど、基本的に海に行った際の救護の練習とか、単純に海で遊んだりするだけなんじゃないかな? わからないけど。

 

 うん。じゃあ、臨海学校にしよう。

 

 

「よーし、じゃあ回収するから、後ろから回してくれ」

 

 後ろから回収し、用紙を回収し終えてもまだ時間がある。

 

「それじゃ、今から林間・臨海学校について軽く説明していく。その前にパンフレットも配布するんで、それを見ながら聞いてくれ」

 

 そう言うと、今度はパンフレットを配り始めた。

 

 しおりじゃなくて、パンフレットなんだ。

 

「ん、配り終えたな。それじゃあ説明だ。林間・臨海学校では、主に自然を学ぶという名目で行われる行事だ。と言っても、自然を学ぶと言うのは建前で、実際は色んな奴と交流を持って、目一杯遊ぶ、みたいなもんだがな」

 

 教師が言っていいことなのかな、それ。

 

 ちょっと苦笑い。

 

「ただ一つ注意点だ。この学園の林間・臨海学校はやや特殊でな。どちらとも、昼飯は自前で用意だ」

『先生。それって、自分で弁当とかを用意ってことですか?』

「いい質問だ。その質問の回答としちゃ、答えはNOだ。というか、弁当とか作って行っても腐るだろ。夏なんだから」

 

 たしかに。

 

 でもボク、『アイテムボックス』があるから腐らせる心配はないんだよね。

 

 いや、使わないけど。

 

「ここでいう自前、と言うのは、言ってしまえば、現地調達、と言う意味だ」

 

 その瞬間、クラスのみんなの頭にハテナが浮かんだ。

 

 ボクはなんとなく理解。

 

 ……そういう生活をしていたもので。

 

「つまりだ。臨海学校では、海で魚を釣ったり、貝を獲ったりし、林間学校では山で山菜を取ったり、渓流があるんで、そこで魚を釣ったり、だな。我こそは、とかいう馬鹿――もとい、阿呆――もとい、勇気ある奴は、野生の猪を狩って捌いてもいいがな。もちろん、勧めんぞ、私は」

 

 先生の言い方に、クラス内が笑いに包まれる。

 猪、いるんだ。

 

「ただ、熊はやめておけよ。一応、あそこには熊がいるんだが、下手すると喰われる」

 

 笑いが止まった。

 

 熊、いるんだ。

 

 …………あれ? そう言えば今年行く場所って、スキー教室に行った場所、だよね?

 

 となると、あの時であった熊さんにも会えるはず!

 

 ちょっと楽しみになって来た。

 

「まあ、そんなわけだ。万が一、材料が集められなかったら救済措置もあるんで、少なくとも食えない、なんてことにはならないから安心しろ。どっちかと言えば、林間学校が割と大変かもしれないが、まあ大丈夫だろう。あと、さっき言い忘れたんだが、自前で用意するのは、二日目と三日目だけで、初日と最終日はそう言ったものは無いんで、四日通して疲労が馬鹿みたいに溜まる、なんてことはないからな」

 

 そう言うと、クラスのみんなが安心したような表情を浮かべた。

 

 それから、軽くパンフレットに沿って説明をして行く戸隠先生。

 

 一日目、朝の七時半に学園に集合して、そのままバスで移動。

 大体十時半くらいに到着して、お昼に定番のカレー作り。

 それが終わったら、自由時間。

 

 ちなみに、この時泊る場所は、スキー教室で宿泊した旅館らしいです。

 あそこの旅館、気に入ってるので普通に嬉しい。

 ただ、この学園の林間・臨海学校はさん学年全員参加なので、学年ごとで泊まる場所が違うみたいです。

 

 二日目は、今日選択した方(抽選にならなければ)に行き、それに合ったことをするのだとか。

 

 三日目は実質二日目と同じような物なので割愛。ただ、夜辺りの時間帯に、『???』と書かれているものがあるのが気になる。

 

 そして四日目。

 四日目は最後、山か海かで再び遊ぶことができるらしくて、一応自由に行き来できるとか。

 

 そうなると、近いのかな。山と海。

 

 その自由時間が終われば、帰宅ということになるそう。

 

 ざっくりとした説明ではあるものの、素直に楽しそうと思える。

 

「とまあ、こんな感じだ。時間も少しは余ってるんで、部屋とバスの座席決めでもするか」

 

 その瞬間、クラス内がなぜか殺気に包まれた。

 

 な、なに!?

 

「お前ら、大体の思惑はわかっているが、落ち着け。ともかく、部屋だな。去年、私のクラスだった奴はわかっていると思うが、このクラスの部屋割りはスキー教室の時と同様の分かれ方になる」

 

 となると、女の子の部屋は、五人部屋が三部屋で、六人部屋が一部屋っていうことになって、男子の方は五人部屋が四部屋になるのかな?

 

 このクラス、エナちゃんが転校してきたことによって、四十人じゃなくて、四十一人になってるもん。

 

 まあ、男子の方は特に変化ないよね。

 

「と、本来ならば言うだろう。しかし、だ。正直あたしは思った。先月に転校してきた御庭がいる以上、何かと問題が起きそうだなと」

 

 なるほど。たしかに、エナちゃんはアイドルだし、同性人気も高いって聞いたことがある。

 そうなると、同じ部屋になった女の子が暴走して、色々と大変なことになりそうだよね。

 

「さらに、うちのクラスには核爆弾的存在の、男女がいる」

 

 え、なんか唐突に飛び火したんだけど!

 核爆弾って何!?

 

「で、いっそのこと問題が起きそうだと言うのならば、男女と御庭は同じ部屋割にして、そこに椎崎と腐島をぶち込んでしまうかと」

「先生、それって厄介払いに聞こえるんですが」

「椎崎。聞こえる、じゃない。実際にそう言っているんだ」

 

 尚酷いよ!

 

「先生、そうなると、わたしたちは強制的に決まりって言うことですかねー?」

「その通りだぞ、腐島。一応、あと一人余りがあるんだが……下手に一人入れたら、そいつが死ぬ、もしくは殺されそうでな」

 

 そんなことしないよ!?

 

 内心そんなツッコミを入れたんだけど、周囲を見ればみんな(エナちゃん除く)が納得顔をしていた。一体、どこに納得をしたんだろう……?

 

「だから、男女たちの部屋はこの四人だけにしてしまおうと。よかったな。決める手間が省けたぞ」

 

 むしろ、選ぶ自由が奪われたような……。

 

 まあ、別にいいんだけどね。未果たちと一緒で。

 

 だって、一番一緒に行って落ちつく人たちだし、すごく楽しいから。

 

「というわけで、私はくじを作った。これに合わせて、残ったやつは部屋割を決めろ。ああ、先に言うとだ。今回女子の部屋割は、五人部屋が二つ六人部屋が二つになった。まあ、実質四人部屋が一つあるようなもんだが。おし、くじ引け」

 

 最後は投げやりな感じになっていた。

 

 

 部屋決めが終われば、今度は座席を決める作業。

 

 こちらもくじ引きとなり、その結果、

 

「おー、ものの見事に態徒君だけ外れたねぇ」

「畜生っ!」

「……なあ、俺に対する視線が半端ないんだが」

「諦めなさい、晶。こうなってしまったものは仕方ないわ」

「そうだぜ、晶君! ここはハーレムになったと考えるのさ!」

「晶君、大変だね」

「あ、あははは……」

 

 ボク、未果、女委、エナちゃん、晶の五人は、バスの一番後ろの座席になった。

 

 晶だけが唯一男子、という状況に、晶はすごく苦い顔をしていた。

 だって、敵意の籠った視線が晶に集中しているんだもん。

 そうなるよね。

 

 ちなみに、態徒はボクたちの一つ前の座席になりました。

 

「まさか、転校して来てそう時間が経たない内にこういう行事があるなんて思っても見なかったな! すっごく楽しみ!」

「そうだね。いい思い出になるといいね、エナちゃん」

「うん!」

 

 相変わらず爛漫とした笑みを浮かべるエナちゃん。

 

 なんだか、こっちが嬉しくなるような笑みだよ。

 

 そんな感じで、林間・臨海学校に関する説明や、部屋決めなどが終わった。

 

 ボクも楽しみだなぁ。




 どうも、九十九一です。
 今回から実質的に夏休み編に入ります。本当は、六月の話をもう一話やろうと思ったんですが、さすがに日常回が長すぎると思った結果、こうなりました。いずれ、回想と言う形で出したいと思います。次の日常回辺りでしょうか?
 それから、活動報告の方にコメントしてくださった方、本当にありがとうございます。まだ期間的にはありますので、できれば協力していただけると、私としてもありがたいです。
 明日もいつも通り、だと思いますのでよろしくお願いします。
 では。


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394件目 一学期終業式

 終業式当日。

 

 長いようで短かった一学期は今日でお終い。

 

 まあ、本当に長かった気がするんだけどね……。

 

 その最終日と言えば、終業式をして教室に戻ったら、来週の月曜日にある林間・臨海学校の最終確認のようなこと。

 

 と言っても、持ち物の確認だけなんだけど。

 

「とりあえず、重要な物をお前たちに言っておく。水着、筆記用具、着替え。一番重要なのはこの三つだろう」

 

 うーん、なんでその三つ?

 もっと言うことがあるような……。

 

「一応、風呂に関する物は別に持ってこなくも問題はないが、まあ、あった方がいいだろう。待つのも嫌だろ? それから、スキー教室の時、どっかの馬鹿共が覗きをしたという報告があったんで、色々と対策したそうだ」

 

 そう言いながら、何人かの男子を笑顔で睨む戸隠先生。

 

 目が笑ってない……というか、あの件、知ってたの? 一体、どこからの情報なんだろう。

 

 睨まれた男子たち(態徒も含め)は、一瞬肩をビクッとさせた後、そーっと視線を逸らした。自分たちが悪いです。

 

 でも、対策って何したんだろう?

 

「次、必要なもんは色々と書いてあると思うが、半数くらいの奴らは懐中電灯を持ってこい。三日目に使う場面があるからな。でないと、色々と困りそうなんで」

 

 どうして懐中電灯?

 

 いまいち使いどころがない物だよね? それ。

 

 うーん?

 

「それから注意点。山には、熊や猪、蜂と言った危険生物がいて、海には鮫やクラゲなんかもいるから、その辺りは注意するように。対処法なんかはパンフレットにも書いてあるから、しっかり確認しておけよー」

 

 ボク的にはあまり困らない、危険生物のラインナップ。

 

 熊さんは友達だし、猪は躱せるし、蜂は毒耐性で効かない。クラゲも大丈夫。鮫は……多分大丈夫だと思います。

 

 人を襲う鮫って、実は数種類しかいないって言う話だからね。

 

 まあ、その少ない種類の鮫が襲ってきたら、どうにかするけど。

 

「それから、非日常的なことをするからと言って、変に迷惑はかけるな。特に、男女」

「え、なんでボクなんですか!?」

「なんでって……普段、何のかんの言って、一番問題を起こし、騒動の中心にいるのはお前だからに決まってるだろう?」

「うっ、は、反論できません……」

 

 今までの事を考えると特に。

 

 でも、ボク自身は決して問題を起こそうとは思っていないし、なぜか気づいたら騒動が起きているだけで、ボクは悪くないような……。

 

「それから、御庭も気を付けろよ。一応、道中パーキングエリアに寄ったり、土産屋にも行ったりするからな。なるべく、複数人で行動しろよ」

「はーい!」

 

 ……なんだろう、すごく釈然としない。

 

 

「……よし、確認はこんなところだろう。それじゃあ、今日は終わりにするぞ。来週、土壇場で欠席とか遅刻とかするなよ? こう言う行事に行けないのはただただ苦痛だからな。じゃ、これで終わりだ。また来週な」

 

 そう言うと、戸隠先生は教室を出て行った。

 うーん、最後まで投げやり。

 みんな慣れたのか、いそいそと帰り支度をしている。

 

 さて、ボクも帰ろうかな。

 

「あ、依桜」

「何? 未果」

 

 帰り支度をしていると、不意に未果に話しかけられた。

 

「例によって、買い物に行くんだけど、依桜も行く?」

「買い物? ショッピングモール?」

「そうよ。ちょっと必要な物が出て来てね。行かないなら別にいいけど」

「ううん、行くよ。ボクもちょっと、見ておきたいし」

「了解。恵菜は行く?」

「もっちろん!」

「ま、そうよね」

 

 ふっと笑う未果。

 

 エナちゃんが転校して来てから、ボクたちと一緒に行動するのが基本となっていた。

 というより、馴染んだ、に近いかも。

 転校してきた日には、LINNのグループにも入ったしね。

 

「それで、晶たちは?」

「今回は全員参加よ」

「あ、珍しいね」

「そうね。じゃ、行きましょ。早めに終わらせたいし」

「うん。エナちゃん、行こ」

「うん!」

 

 というわけで、行事前の恒例的な行動になった、ショッピングモールでの買い物となりました。

 

 

「なんか、視線ヤバくね?」

 

 ショッピングモールに着くなり、態徒がそう呟く。

 それを肯定するように、他のみんなも軽く頷く。

 

「あははー、なんかごめんね?」

「いや、気にするな。人気アイドルの宿命、みたいなものだろう」

「そう言ってくれるとありがたいな」

 

 やや申し訳なさそうに謝っていたエナちゃんだけど、晶の言葉に笑顔になる。

 

 お分りの通り、原因はエナちゃん。

 

 エナちゃんは大人気アイドル。

 

 知名度が高いアイドルで、よくバラエティー番組にも出演しているため、その顔を知っている人は多い。

 

 そのため、こう言った人が多い場所に来れば注目されるわけで……

 

『な、なああれ、エナじゃね?』

『マジかよ! 本物じゃん!』

『最近、この辺りでよく見かけるって呟きがあったけど、マジだったのかよ』

『ってか、エナと一緒にいるあの銀髪の娘、女神様じゃね?』

『なんて素晴らしい絵図……!』

「なんか、依桜にまで視線が行ってるわね」

「あ、あはははは……」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら話す未果に、ボクは乾いた笑いしか返せなかった。

 

「まあ、依桜君だもんねぇ。今じゃ、日本だけじゃなくて、世界の方でも軽く知れ渡り始めてるみたいだし」

「え、ちょっと待って!? それどういうこと!?」

「どういうことと言われてもねぇ。言葉通りの意味さ! 依桜君って、ネット上でちょくちょく話題にってたじゃん?」

「ネット上どころか、テレビでも話題になってね?」

「す、好きで話題になってるわけじゃないもん……」

 

 むしろ、あまり目立ちたくないんだけど、ボク。

 

 ……なのに、なぜか目立ってしまう状況。

 

 ボクの自業自得な場面もあるけど、ほとんどはやむを得ず目立っちゃう、って言う場面が多いんだよね……。

 

「で、それが日本大好き! な人たちが依桜君の写真を見つけた瞬間『What the hell is this girl? It's too cute! She's a goddess!』みたいなコメントが多く付いたみたいでね。おかげで、拡散に次ぐ拡散! って感じかな?」

「わー、女委ちゃんの英語流暢だね!」

 

 そこじゃないと思う、エナちゃん。

 

「な、なあ、今言った女委の英語って、一体何って言ってるんだ?」

「今女委が言った英語は『何だこの少女は! 可愛すぎる! まさに女神だ!』って言ってるのよ。まあ、ちょっと違うかもしれないけど、アレンジってことにしといて」

「なるほどなぁ……ってか、依桜は海外でも同じこと言われるのな」

「……ボク、なんで女神扱いされるんだろう?」

 

 そこがわからないよ……。

 

 たしかに、一般人とは呼べないかもしれないけど、それでもまだ日常面で言ったら逸脱はしていないはず……。

 

「依桜ちゃんが可愛いし綺麗だからじゃないかな?」

「と言うより、それ以外ないわよね?」

「「「それな」」」

「……ボクの銀髪碧眼が珍しいだけで、そうでもないと思うんだけどなぁ……」

 

 なんで、ここまでもてはやされているのかがわからない……。

 

 そう言ったら、なぜかみんなが微妙な顔をしていた。

 

 

 軽くお買い物を済ませたら、フードコートでちょっと休憩。

 

「そういや、オレら照らし合わせてもいないのに、よくもまあ、同じになったよな」

 

 みんなでそれぞれ買ってきた物を食べたり飲んだりしていると、不意に態徒がそんなことを言う。

 

「そうだな。まさか、全員臨海学校を選んでいるとは思わなかったよ、俺も」

「たしかに。わたしたち、高校生になってから、よく一緒になってるよね。これはあれかな? 運命って奴?」

「やめてよ女委。晶はともかく、態徒といるのも運命みたいな言い方……」

「ちょっ、未果お前、その言い方はいくらオレでも傷つくぞ!?」

 

 未果の悪ノリじみた発言に、態徒が反応した。

 

「冗談よ、冗談。変態とはいえ、大事な友達だと思ってるわよ。変態とはいえ。ね、みんな?」

「そうだな。態徒は変態だが、大事な友人だな。変態だが」

「だね~。変態だけど、友達だと思ってるよ、態徒君のこと! 変態だけどね!」

「うちも、態徒君のことは変態さんだとは思ってるけど、いいお友達だと思ってるよ! 変態さんだけど!」

「みんな、変態言いすぎだよ。でも、たしかに態徒は変態だけど、大事な友達だよね。とっても変態だけど」

「お前ら人のことを変態変態言うなよ!? マジで傷つくぞ!? ってか、女委にだけは言われたかねえよ!」

「にゃはは!」

 

 ある意味、いつもの光景。

 ボクたちのグループの中で、態徒が一番いじられてる気がする。

 いじってて楽しいもんね、態徒って。

 反応がいいからかな?

 それと、しれっとエナちゃんも混じっている辺り、本当にボクたちに馴染んだね、エナちゃん。

 

「畜生、オレばっか集中砲火を喰らうとか、マジで釈然としねぇ……。晶とオレの差ってなんだ……」

「「「「変態かどうかの違い(じゃないかな)(じゃない)(だろ)」」」」

「チキショウ!」

 

 そう叫びながら、態徒がテーブルに突っ伏した。

 それを見ながら、ボクたちいは笑っていた。

 態徒って、やっぱり面白い。

 

 

 休憩を終えた後は、再びショッピングモール内を歩く。

 

 歩いている最中、やっぱり視線がすごかった。

 

 それを見ると、エナちゃんって本当に人気があるんだなぁって、実感する。

 

 普段は天真爛漫な可愛い女の子、と言う風な認識でしかないから、なんだかちょっとだけエナちゃんを遠くに感じる時がある。

 

 ……まあ、ボクも一応、アイドルと言えば、アイドルなんだけどね。

 

 みんなで歩いている途中、不意にエナちゃんが、

 

「あ、うちそう言えば買いたいものがあるの忘れてた! ちょっと買いに行ってくるから、待っててもらえるかな?」

「うん、いいよ。気をつけてね」

「ありがとう! じゃあ、ちょっと行ってくるね!」

 

 そう言うと、エナちゃんが小走りくらいの要領で、一時的に離脱していった。

 

 

 それから十分くらい経過。

 

 未だにエナちゃんが戻ってきていない。

 

「おかしいわね。すぐに戻るって言ってたんだけど……」

「何かあったんじゃね?」

「んー、どうだろ? エナっちって意外と用心深かったりするし、大丈夫だとは思うんだけどなぁ」

「……普通に考えて、人気アイドルが一人でいる状況ってまずい気がするのは、俺だけか?」

「晶の言う通りかも。ちょっと、気配を探ってみるね」

「お願い」

 

 ボクとしてもちょっと気になったので、『気配感知』でエナちゃんを探す。

 ……うん? 何だろう? この感情は……苦しい?

 それに、周囲に人が大勢……って!

 

「ちょっとエナちゃんの所に行ってくる!」

「え、あ、依桜!?」

 

 エナちゃんの状態に気づいた瞬間、ボクは走り出していた。

 

 

 ショッピングモール内を駆ける。

 本来なら、走っちゃいけないんだけど、緊急事なので大目に見て欲しいところ。

 なるべく急いで走っていると、エナちゃんがいるであろう場所が見えて来た。

 

『さ、サインください!』

『あ、この野郎、なに割り込んでんだ!』

『うるせぇ! それはお前だろ!』

「う、うぅっ……」

 

 目の前では、大勢の人にもみくちゃにされているエナちゃんがいて、とても苦しそうに顔を歪めていた。

 

 あの人たち、自分のことばかりでエナちゃんに目が行ってない……!

 

 それはダメ! 絶対にダメ!

 

 ボクは走るギアをさらに上げると、集団に近づく。

 

 集団に近づくと、ボクは軽く跳躍して、なんとかエナちゃんの所へ。

 

「エナちゃん、大丈夫!?」

「い、依桜ちゃん……!」

「ごめんね、ちょっと失礼して!」

「きゃっ」

 

 ボクはエナちゃんの手を掴んで一度集団から出ると、そのままお姫様抱っこをした。

 なんだかんだで、一番人を抱えて走りやすいからね。

 

『あ、待ってくれぇ! まだサインをもらってないんだ!』

『せめて、せめてサインを!』

「むぅっ、ちょっとしつこいなぁ……仕方ない」

「い、依桜ちゃん……」

「あ、大丈夫だよ、エナちゃん。絶対に守ってあげるからね」

 

 にこっと笑ってそう言うと、一気にエナちゃんの顔が赤くなった。

 どうしたんだろう?

 って、今はそうじゃなくて。

 

「エナちゃん、しっかり掴まっててね」

「え? それってどういう……」

「ふっ――!」

「ほぇ……? って、きゃああああ!」

 

 ボクはショッピングモールにある吹き抜け部分のガラスの薄い縁に足をかけると、そのまま二階に向かって飛び降りた。

 

 すたっと着地すると、再び走り出し、今度は出口に近い位置の吹き抜け部分から一階に飛び降りた。

 

『す、すっげえ!』

『何かの映画の撮影!?』

『かっけぇ!』

 

 なんだか、大騒ぎになっちゃってるけど、今はそんなことより、エナちゃんの安全が最優先! 変に目立っちゃっても、必要な犠牲ということで。

 

 ……まあ、後々になって、『気配遮断』を使えばよかったと気づかされたけどね。

 

 何はともあれ、ボクはエナちゃんを抱えたまま、一度ショッピングモールを出た。

 

 

「ふぅ……エナちゃん、大丈夫?」

 

 ショッピングモールを出て物陰に隠れ、誰も追ってきていないかを確認してからエナちゃんを地面に下ろしてから大丈夫かどうかを尋ねる。

 

「……(ぽー)」

「エナちゃん?」

 

 顔を赤くさせて、ぼーっとしてるエナちゃんに再び声をかける。

 

「……え、あ、な、なに? 依桜ちゃん!?」

「あの、大丈夫かな?」

「う、うん大丈夫! かなりドキドキしてるけど、問題ないよ!」

「そ、そっか。ごめんね、事前に何も言わないで飛び降りちゃって。怖かったよね?」

「ううん! むしろ、普通じゃ味わえない出来事を体験出来て、ちょっと楽しかったよ! ……それに、依桜ちゃんがカッコよく助けに来てくれたし……」

「? 何か言った?」

「な、何でもないよ!」

 

 うーん、何か呟いていたような気がするんだけど、気のせいかな。

 でも、なんでこんなに顔が赤いんだろう?

 

「そ、それにしても、何も言わないで出てきちゃったけど、どうしよう?」

「うーん、また戻ってもさっきみたいに追いかけられるだけだと思うし……仕方ないけど、ボクたちは先に帰ろっか」

「……そうだね。むー、みんなには悪いことをしちゃったよ……うちのせいで、こんなことになるなんて」

「自分を責めないで。大丈夫。みんなわかってくれるよ。それに、エナちゃんが一人で行こうとした時に、誰かついて行ってあげればよかったね。こっちこそ、ごめんね」

「い、いいのいいの! 結果的に依桜ちゃんが助けに来てくれたわけだしね! 気にしないで!」

「……そっか。じゃあ、未果たちに連絡しておくから、ボクたちは帰ろう」

「うん!」

 

 そんな感じで、ボクたちは家路に就きました。

 未果たちに連絡をしたら、みんな心配してくれていました。本当に、みんないい人たちだよね。

 そう言えば一緒に帰っている時、

 

「依桜ちゃん、腕を組んでもいいかな?」

「腕? 手じゃなくて?」

「う、うん、腕。ダメ、かな?」

「……うん、いいよ」

「やった! ありがとう、依桜ちゃん!」

 

 って言うやり取りがありました。

 

 ボクが了承したら、すごく魅力的な笑顔を浮かべて、ボクの左腕に抱き着いてきた。

 ちょっと甘くていい匂いがした。

 ……なんだか、恋人みたいだなぁ、なんて思ってしまった。

 

 ちなみに、学園の制服姿で飛び降りため、実はちょっとパンツが見えてしまっていたことに、ボクは最後まで気づかなかった……。




 どうも、九十九一です。
 林間・臨海学校は次回からですね。話数的には……うーん、どれくらいだろう? まあ、スキー教室の時の倍くらいで考えてください。
 夏休み編は書くことが多いので、増えようが減ろうが関係ないですしねぇ。
 と言うか、登場人物が馬鹿みたいに多い異世界旅行が割と憂鬱です。
 今日は2話投稿出来たらします。一応やる方向で考えてますが、私の進み次第です。無理だったら、明日のいつも通りの時間ですので、よろしくお願いします。
 では。


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395件目 実質ライブ会場

 それから土日を挟んで月曜日。

 

 夏休み三日目から始まる林間・臨海学校。

 

 集合時間が朝の七時半だからいつもより早い。

 

 とは言っても、結局起きる時間に変化はないんだけどね、ボクの場合。

 いつも早めに起きて、みんなの朝ご飯とかお弁当を作ってたりするし、軽く家事も済ませてるので。

 

 用意だって事前に準備しておくからね、ボクは。

 前日に慌てるようなこともしないので問題なしです。

 

 問題があるとすれば、メルたちかなぁ。

 

 だって、三日ほど家にいないと言ったら、

 

「嫌なのじゃ! ねーさまと一緒がいいのじゃぁ!」

「そうです! イオお姉ちゃんがいないのは嫌ですっ!」

「いなく、なっちゃうの……?」

「イオねぇと離れ離れは嫌だよぉ!」

「イオお姉さまがいないなんて、寂しいのです……」

「……辛い」

 

 こんな風に、駄々をこねられた。

 

「大丈夫、今生の別れじゃないんだから。ちゃんと四日目には帰ってくるから、ね? それに、これが終われば、ほとんど毎日一緒にいられるからね? だから、三日間くらいは我慢してくれないかな?」

 

 と言った。

 

 正直、ここまで駄々をこねられるとは思わなかった。

 

 ……まあ、嬉しかったんですけど?

 

 なんと言うか、ここまで好かれてると言うのは、ね? お姉ちゃん的に嬉しいというか……むしろ喜ばない人っているの?

 

 いたらちょっと拳を入れたくなる。

 

 とはいえ、さすがにこの状況には困ったんだけどね。

 

 まあ、今ボクが言ったことを理解してくれて、こくりと頷いてくれたからよかったよ。

 

 普通に考えて、血の繋がりはないけど、今は一緒に家に暮らしている家族なんだし、休みの間は基本的に一緒にいるわけだからね。

 

 ボクとしても、一緒にいられる期間が増えるのは嬉しいからね。

 

 ここまで楽しみで、嬉しい夏休みは今までなかった。

 

 ある意味、異世界に行ったおかげ、だよね。これも。

 

 

 とまあ、そんな感じでみんなを宥めました。

 

 そして今日がその当日。

 

 学園に行けば、もうすでに大勢の生徒が集まっていた。

 

 なんと言うか、バスが多い。

 

 高等部全学年分だから、多いのは当たり前なんだと思うけど……二十一台はさすがにね?

 

「依桜、おはよう」

「あ、未果。おはよー。晶たちは?」

 

 ボクがバスの多さにちょっと驚いていると、未果に話しかけられた。

 

 挨拶をするついでに、晶たちについて尋ねる。

 

「もうそろそろ来るんじゃないかしら? なんでも、『今俺は追われている! だから、先に行っててくれ! すぐに追いつく!』らしいから」

「お、追われてるって……晶は一体何に追いかけられているの?」

 

 あと、微妙に死亡フラグに聞こえるんだけど、それ。

 大丈夫? 死んじゃったりしないよね?

 

「噂をすれば影ね。晶が来たわよ」

「やっと着いた……」

「あ、晶。おはよ……う!?」

 

 声のした方を振り向きながら挨拶をすると、ボクはあまりにもびっくりして『う』の文字がちょっと上ずった。

 

「はぁっ、はぁっ……お、おはよう、二人とも……!」

「だ、大丈夫晶!?」

「何があったらそうなるのよ……よく無事ね、その状態で」

 

 ボクの背後にいた晶はと言えば、なぜかボロボロな姿だった。

 幸いなのは、制服にダメージがなかったこと。

 でも、ところどころ擦り傷がある。

 

 一体何があったらこうなるの……?

 

 これから林間・臨海学校だと言うのに、すでに行く前から満身創痍。

 

「いや、ははは……なんか、出待ちされていた奴らに急に襲われてな……。本気で殺しに来るかのような感じで、俺も命からがら逃げてここまで来たんだよ……」

「それは、何と言うか……お疲れ様、晶」

「晶、治療しておく? さすがに、傷があるのはまずいと思うし……」

「……そうだな。すまない依桜、頼めるか?」

「うん。任せて。えーっと、周囲に人は……いないね。じゃあ、『ヒール』」

 

 周囲に人がいないことを確認してから、晶に回復魔法をかける。

 

 本当に便利だよね、回復魔法。

 

 周囲に人がいたら、普通に応急道具で対応したけど、さすがに怪我は治しておきたいもんね。

 

「痛みがなくなった。ありがとな、依桜」

「いいよいいよ。でも、どうして襲われたんだろう?」

「……十中八九、バスの座席だろう」

「バス? どうして? ……あ、もしかして、一番後ろの席に、男子が晶だけだからかな? たしかに、男子的にはそう言うの羨ましいもんね」

 

(いや違う。間違っちゃいないが、原因は少なくとも、依桜と御庭がいる上に、未果と女委が一緒だからだ)

 

 なんだろう? 晶がすっごく微妙な顔をしているんだけど。

 

「おーっす」

「おっはー」

「あ、二人とも、おはよー」

「おはよう」

「……おはよう」

「おやー? 晶君どうしてそんなに疲れているんだい?」

「ちょっと、出待ちで襲われてな……」

「「ああ、なるほど。理解した」」

 

 晶の事情を聴いて、二人が一瞬で理解した。

 え、それだけでわかるの?

 

「おっはよー!」

「あ、エナちゃん。おはよう」

 

 ここでエナちゃんが登校して来た。

 心なしか、いつもより元気いっぱい。

 

「元気だね、エナちゃん」

「うん! うち、今日すっごく楽しみにしてたんだー! だって、お友達とこういうイベントに行くのって、初めてだからね!」

「え、初めてなの? でも、小学校とか中学校があったような……」

「お恥ずかしながら、うちにはお友達と呼べるような人が今までいなかったからね。小学校と中学校では、まあ、その……いじめられてたもので……」

 

(((((重い……!)))))

 

「エナちゃん。四日間、目一杯楽しもうね」

「うん! ありがとう、依桜ちゃん!」

 

 ボクたち五人、この四日間はいい思い出になるように、エナちゃんと遊ぼうと思いました。

 

 

 それからほどなくして参加者が集まり、バスに乗り込んだ。

 

「おーし、お前ら全員いるなー。それじゃあ、これから出発するぞ。あまり騒ぎすぎないようにな。行き先はスキー教室の時と同じ旅館だから、初じゃないので、面白みに欠けるかもしれないが、そのためにまあ、レクリエーションはあるんで、それで楽しめ」

 

 普段通りにけだるげに話す戸隠先生。

 自由だよね、あの学園にいる人たちって。

 

「……胃が痛い」

「大丈夫? 胃薬あるよ?」

「なんで持ってるのよ」

「え? だって、誰かがもし体調不良になったら大変でしょ? だから、頭痛薬、胃薬、赤玉、酔い止め、風邪薬、後は女の子用の薬かな?」

 

 生理痛とか来たら困るしね。

 ボクもあれだけは未だに慣れない……。

 

「……たまに思うんだけど、依桜って色々と万能過ぎない? 持ち物とか」

「そうかな? でも、こう言うのは大事だからね。不測の事態に備えておいて損はないから」

「なるほど。だから依桜ちゃんってモテモテなんだね!」

「え、今のどこにそう解釈する要素があったの……?」

 

 ただちょっと薬を持ってるだけなんだけど……。

 

「ちなみに依桜君。依桜君の救急セットの中には何が入ってるんだい?」

「えっとね、さっき言った薬と、消毒液、ガーゼ、包帯、各サイズの絆創膏に、塗り薬、湿布、添え木、かな? あと、蚊に刺され軟膏もあるよ」

 

((((女子力たっかっ!))))

 

 どんな怪我や病気にも対応できるようにしておかないとね。

 

 向こうの世界でも、救急セットは必須道具みたいな面もあったしね。

 

 まあ、向こうでは回復薬がほとんどだったんだけど。

 

「消毒液とかガーゼ、包帯に絆創膏はわかるけど……なんで添え木も持ってんのよ」

「だって、行き先は山と海でしょ? 山では転びやすいし、もしかすると落ちちゃうかもしれないからね。それで骨折とか捻挫とかしたら大変だからね。そのためだよ」

「普通はその発想に至っても、持って行かないと思うんだが……」

「あ、あははは……つい、癖で」

 

 一年近く経った今も、あっちの世界の習慣は抜けないんです。

 でも、持ってても困らないもんね。

 

「……それはそれとして、やっぱり胃が痛い」

 

 ちょっと顔を青くさせながら、晶が自分のお腹をさする。

 よっぽだね、これ。

 

「とりあえず胃薬飲んで。はい、胃薬とお水」

「ありがとな……」

 

 晶はボクが渡した薬を飲むと一息ついた。

 

「大丈夫?」

「多分な。俺の胃は、果たして持つのか……」

 

 遠い目をしながら、晶はそんなことを呟いた。

 

 

 そして、バスに揺られること一時間半くらい。

 

「あなたにいっぱいいっぱい恋を上げる♪」

「だからもっともっと好きになって♪」

「ずっと一緒にいたいの♪」

「一番の笑顔は私のもの♪」

「「誰にも渡さないから~♪」」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』』』

 

 バス内は、大盛り上がりでした。

 

 ちなみに、歌っているのはボクとエナちゃんです。

 

 なんで、こうなったかを説明すると……。

 

 

 バスが進み始めて、四十分程経過した頃。

 

「よーし、暇だしレクリエーションするぞー」

『『『イェェェーーー!』』』

「じゃあ、カラオケでもするか。えー、普通にやるのは面白くないんで、一人をくじで決めて、そいつがデュエットする奴を選ぶ。これで行くぞー」

 

 くじ……なんだろう、すごく嫌な予感がするよ。

 ただ、周囲は面白そうと言った様子。

 

 多分、誰が当たっても全力で楽しむ! とか思ってそう。

 中には当たらないで欲しい、と思っている人もいそうだよね。正直、ボクは当たりたくないです。

 

「じゃあ、引くぞー」

 

 そう言って、くじを引く戸隠先生。

 そして先生が引いたくじに書かれていたのは……

 

「お、御庭だな」

 

 エナちゃんだった。

 

 う、うーん、このパターンは……。

 

「本職が選ばれるとは、これは盛り上がること確定だな。じゃあ、御庭。誰か好きな奴を選べ」

「もちろん、いの――じゃなかった、依桜ちゃんで!」

 

 エナちゃん!? 今、明らかに『いのりちゃん』って言いかけたよね!?

 

『いのってなんだ?』

『さぁ? うちのクラスに『いの』ってつく奴はいないしなー』

『もしかして、例の新人アイドルが依桜ちゃんだったりして!』

 

 ドキッ!

 

『まっさかー。声は似てるけど、髪の長さとか色が違うよ』

『それもそっか』

 

 ほっ……よかった。

 

「おーい、男女―。指名が入ったから歌えよー」

「わ、わかりました」

 

 こう言う場合、何を言っても無駄だということは身に染みてわかっています。

 

 もう早めに受け入れちゃった方がいいよね。

 

 ……危うく、正体(?)がバレかけたけど。

 

「はい、依桜。マイク」

「ありがとう、未果」

「頑張ってね、いのりちゃん?」

「……未果、面白がってるでしょ」

「そりゃあね。アイドル二人による、カラオケとか面白いじゃない?」

 

 小声で言ってるからいいけど、もしかしたら聞こえてるかもしれないんだから言わないで欲しいところです。

 

「じゃあ、依桜ちゃん、歌おう!」

「う、うん」

 

 

 というわけです。

 

 ボクたちが歌い始めたら、バス内は大盛り上がりになった。

 

 さながら、アイドルのライブ会場に……というか、実際にアイドルが歌っているんだから、実質ライブ会場みたいなもの、なのかな? これは。

 

 それにしても、こんなに騒がしいのによく師匠は起きないね。

 

 ある意味、すごい。

 

『『『アンコール! アンコール! アンコール!』』』

 

 そして、気が付けばアンコールがかかった。

 

「戸隠先生、これはどうするんですか?」

「あーそうだな。まあ、いいんじゃないか? 御庭と男女さえよければ、歌ってくれ。なんか、すっごい盛り上がってるしな。正直、私としても楽しいからいいぞ」

 

 うわぁ、すごくいい笑顔……。

 これ絶対、楽できるからいいぜ! みたいなこと思ってるよ。

 

「というわけで依桜ちゃん、よろしくね!」

 

 すごくいい笑顔で手を差し出してきた。

 

 やらないと色々と大変なんだろうなぁ……と、今までの経験則で思ったボクは、苦笑いしつつエナちゃんの手を取りました。

 

 結局、旅館に到着するまで歌うことになりました。

 

 二人とも、喉は全然大丈夫でした。

 

 時々バレそうにはなったけど、まあ……楽しかったと言えば楽しかったのでよかったです。




 どうも、九十九一です。
 前日にこの回を書き上げようとしていたら、謎の強烈な頭痛に襲われたので寝ました。よって、遅れてしまいました。マジで申し訳ないです。まあ、投稿したので許してくだせぇ。
 昨日書いててふと思ったんです。『あ、ミリエリアメインの話もいつか書かないやべぇじゃん』と。まああれですね。ミオと別れた後にこっちに来た際の話的な?
 あかん。この小説、書かないといけないことが多すぎる……。毎日書いても、この小説の本編が書き終わるのは、来年になりそうです。多分。まあ、アフター編もあるんですけどね!
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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396件目 カレー作り

「んっ~~~! 気持ちぃ!」

 

 旅館に到着し、バスに降りるなり、エナちゃんが軽く伸びをする。

「なんだか、こういう場所ってすごくいいね! 自然が一杯だし、とっても気持ちがいい!」

「そうだね。一応ここは、学園長先生が所有する場所だから、気兼ねしなくていいみたいだしね」

「え、そうなんだ。あの学園長さん、すごいんだね」

「すごいというか……」

「あの人は色々と規格外だろ。VRゲーム作るくらいだぜ?」

「あとは、とあるとんでも装置を創ったりね」

「あ、それもそっか。なんだか、すごい学園に転校してきちゃった気分」

 

 この学園を、すごい学園、だけで済ませるのはある意味すごいと思います。

 あの学園を表すなら、すごい、じゃなくて、異常、だもん。

 

 他のみんなもそう思ったのか、ちょっと苦い顔。

 

 慣れればあまり気にしなくなるけど、それでもおかしい事ばかりが起きることに変わりはないんだよね。

 

「おーし、お前ら点呼とるぞー。こっちに集まれー」

「とりあえず話はあとにして、集まるか」

 

 

 軽く点呼を取ったら自分たちの部屋に行き、荷物を置く。

 

「わぁ、広―い!」

「たしかに。スキー教室の時って、こんなに広かったかしら?」

「んーん、もうちょっと狭かったよー」

「あれ、そうなの?」

「そうだね。ボクたちは前回、五人部屋だったけど、それでももう少しここより狭かったよ。四人だから、で済ませるにしては広いから、多分間違いないと思うよ」

「そっかー。でもでも、広いっていいよね! 心置きなく休めるもん!」

「それもそうね。私も広い所は好きよ。くつろげる空間っていうのかしら? それに、私たちの場合、みんな身内だし、本当に気兼ねなしにいられるものね」

 

 未果の言う通り、今回、戸隠先生に厄介払いのような形で一緒の部屋になったけど、普段から一緒にいるメンバーだから、すごく落ち着く。

 

 エナちゃんが新しくは言ってきた時も、最初こそちょっとだけ気を遣っていたけど、今じゃすっかり慣れて、皆と同じように接することができている。

 

「でも、あれよね。こういつものメンツだけで集まっていると、旅行系イベントの醍醐味みたいなのが減るわよね」

「たしかに、未果ちゃんの言う通りかなー。やっぱあれだよね、普段あんまり話さない人と一緒だからこそ、新しい友達が! みたいな感じになるもんねー」

「わかる! うちも、そう言うのに憧れてたよ! でも、うちの場合、なかなかお友達が出来なかったから、今日が初みたいなものなんだけどね」

「やっぱり、人気アイドルだと、僻みとか酷いの?」

「うーん、うちが売れ始めたのって、去年なんだよね。正確に言えば、一年半くらい、かな? 中学三年生の後半くらいでちょっとずつ売れて来て、次の年にドカン! と来たって言う感じかな? そこからは僻みとかが酷くて……。だから、前の学校もやめてこっちに来ちゃったんだけどね!」

「エナちゃんって、行動力がすごいよね。まさか、会ってすぐに転校してくるとは思わないもん」

「んふふー、うち、依桜ちゃんが好きになっちゃったからね!」

「ふぇ!?」

 

 突然の不意打ちに、変な声が出た。

 顔も熱い。

 

「それにそれに、依桜ちゃんのお友達はいい人が多そうだったし、あとね、依桜ちゃんが通ってる学園も楽しそうだなって!」

「なるほどねぇ。エナっちってやっぱりすごいねぇ。でも、どうやって叡董学園だってわかったんだい?」

 

 あ、それはボクも気になる。

 

 どこの学園の生徒か教えていなかったのに、なんでかピンポイントで転校してきたからちょっと気になってたんだよね。

 

 同じ事を思ったのか、未果もエナちゃんの顔を興味深そうにじっと見ている。

 

「ほら、依桜ちゃんってネット上で有名人でしょ?」

「「そうね(だね)」」

「否定して?」

「たまにね、依桜ちゃんが制服を着た姿の写真がネット上にあったの。あとは、それがどこの制服かを突き止めた人のサイトを偶然見つけて、そこからこの学園を知ったんだー」

「「なるほど……」」

 

 知った経緯がちょっとあれだけど、普通に納得。

 

 どういうわけか、学園の謎プロテクトをすり抜けて、写真をどうにか投稿した人がいたらしいからね。

 

 多分、それかな?

 

 でも、学園の制服を着た写真なんてあったっけ?

 

「あ、そう言えば最初はカレー作りだったよね! もう行かないとかな?」

「そう言えばそうね。じゃあ、行きましょうか。荷物は……たしか、エプロンと三角巾だったわよね? 依桜はクリップかゴム、忘れないでね」

「うん、大丈夫だよ。『アイテムボックス』にしまってるから」

「便利ね、ほんと」

「いやー、異世界名物、『なんでも入る謎空間』は、本当に羨ましいよねぇ」

「たしかになんでも入るけど、生き物は入らないからね?」

「でも、依桜のは入るじゃない」

「……そうだけど」

 

 未だに謎が解明できていません。

 

 ボクが所持する『アイテムボックス』は明らかにおかしいんだけど、一体なんでおかしな効果があるのか、師匠でもわかっていないそうです。

 

 そもそも、師匠がわからない時点で色々とお手上げな気が……。

 

 いつかは謎を解き明かしたいと思いつつ、ボクたちは外に出た。

 

 

『それでは、今からカレー作りをして行くんですが……注意点があります。まず、火の扱い。今回はキャンプのような形でのものになるため、まず火を起こすところから始めないといけません。一応、チャッカマンがありますが、火に十分気を付けて使ってください。それから、何か起こったらすぐ、近くにいる教師に言うように。そして最後に、自分たちで作ったカレーはしっかり完食してください。残すのはダメです。使われている食材のほとんどは、この辺りで栽培したり、飼育したものなので』

 

 な、なるほど。

 

 今目の前にあるお肉や、野菜はこの辺りで作られたものだったんだ。

 

 本気だね。

 

『何か質問はありますか?』

『はい』

『野々田さん』

『あのー、肝心の水がないんですが……』

『ああ、言い忘れてました。水は、現地調達です』

『『『!?』』』

 

 その瞬間、その場にいた生徒たちが固まった。

 

 ちなみに、ここにいるのは二年生で、一年生と三年生はそれぞれ別の場所でカレー作りをしているそう。

 

『そこの山を少し登ったところに、湧水があるので、それを使用してください。もちろん、安全確認はしていますし、味も保証します。普段よりもおいしいカレーが作れること間違いなしです』

『ち、ちなみに、どれくらい登るんですか……?』

『歩いて10分くらいです』

『『『……』』』

 

 絶望した顔の人たち大勢。

 

『入れ物は、バケツが置いてあると思うので、それに入れてください』

 

 さらに絶望顔に。

 

 しかも、バケツは二個。

 

 片方はカレー用とご飯用だと思うけど、もう片方は火消し兼予備っていう感じかな?

 

 体育会系の人たちはちょっとだけ『え』みたいな顔をしたけど、すぐに『これは……いい鍛錬になるのでは!?』みたいな顔になっていた。

 

 うん、見たところそこまで足場がいいわけじゃないから、確かに鍛えられそうだよね、足腰。

 

 さすが、体育会系。

 

『それじゃあ、始めてください!』

 

 先生の合図でカレー作りが始まった。

 

 

「さて、分担をどうするか、だけど……」

 

 カレー作りの班は、やっぱりいつものメンバー。

 

「正直、水を取りに行くのが一番大変だよなぁ……」

「まあ、結構な重さになる上に、足場の悪い山道を歩くわけだし、なかなかのい重労働になりそうよね」

「誰が行くか、だが……」

 

 うーんとみんなで頭を悩ませる。

 

 ……ここはいっそ。

 

「ボクが行こうか?」

「いいのか?」

「うん。歩いて十分なら、走って一分くらいだもん、ボク」

 

((((ああ、そう言えばサバイバル生活もしていたって言ってたな……))))

 

「依桜ちゃん大丈夫なの?」

「もちろん。波紋一つ出さないで運べるよ」

 

((((どうやるんだよそれ))))

 

「すごいね! やっぱり依桜ちゃんって多才なんだね!」

「どうだろう? 師匠と一緒に暮らしていた時に、一分以内に徒歩二十分以内の場所にある天然の湧き酒を持ってこい! って言われて持ってきてた時もあったから。ちなみに、一滴でも落としたら……うん」

 

((((何があったんだよ……!))))

 

 出来る事なら、思い出したくない過去かな。あれは。

 一滴落としただけで、まさかあんなことをされるなんて……。

 

「それはともかくとしてよ、依桜にやってもらうってのも、なんというか……男として、駄目じゃね?」

「……それ以前に、体育祭や球技大会ではほぼ頼りきりだったんだぞ? 割と手遅れだと思っているんだが」

「いやそうだけどよ」

「こう言っちゃなんなんだけどさー、わたし思うんだよ。……下手な男子よりも、依桜君の方がイケメンだよね! って」

「「「「わかる!」」」」

「なんで!?」

 

 と言うか、なんでエナちゃんも頷いてるの!?

 

「ボク、そこまでカッコいいことはしてないよね? 普通のことしかしてないよね?」

「……まあ、狙ってやる人なんて、見え透いてるのよね、下心って」

「下心?」

「でも、依桜はそう言うのないじゃない? 打算とか、そういうの」

「あるわけないよ。だって、ボクは当たり前のことをしてるわけだし……」

 

 そもそも、下心とか打算を持って助けて、何の意味があるの?

 それは助けてるとは言わないような気がしてます、ボク。

 

「そこよそこ。普通、何らかの打算とか考えるものでしょ? でも依桜はそうじゃない」

「そう、かなぁ?」

「そうなのよ。……だからまあ、依桜はイケメンということで」

 

 なんだか、無理やり終わらせたような気がしてならないんだけど。

 

「それよりも、早くお水を取りに行く人を決めないとまずいんじゃないかな? 見て見て、周りの人たちはすぐに決めてみんな水を汲みに行っちゃってるよ?」

「おぉぅ、ほんとだ!」

 

 エナちゃんの言う通り、周囲を見れば水を汲みに行く人たちが大勢山に入っていく。

 ちょっと出遅れちゃったかも。

 

「やっぱり、ボクが行ってくるよ。すぐに戻って来れるしね」

「……わかったわ。その代わり、私たちの方で火起こしとか、食材の下処理は進めておくわ」

「うん。お願いね。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「いってらっしゃい、依桜ちゃん!」

 

 軽く微笑んでから、ボクはバケツを持って山に入っていった。

 

 

 一分後。

 

「ただいま」

「「「「早っ!?」」」」

「依桜ちゃん、もう行ってきたの?」

「うん。意外と険しくなくてよかったよ」

 

((((やっぱりおかしい))))

 

「さ、準備もちゃっちゃと済ませちゃお!」

 

 ボクは手早く髪を後ろでまとめて、エプロンと三角巾を身に付けると、料理の準備に入った。

 

 

「晶、火の方は大丈夫そう?」

「もうちょっとで点くと思うんだが、少し空気が足りなさそうだ」

「わかったよ。じゃあ、ちょっとどうにかするね」

 

 ボクは料理をしつつ、みんなに指示出し。

 

 晶が火起こしを担当しているんだけど、なかなか上手く行っていないみたい。

 

 なので、軽く風魔法を使って少しだけ空気を送ってあげる。

 

「はい、これで点きやすくなったと思うよ」

「……魔法はいろんな意味で反則じゃないか?」

「大丈夫。これも美味しいカレーを作るためです」

 

 そのためなら、自重を捨てることも躊躇いませんよ。

 

「依桜ちゃん依桜ちゃん。野菜はこんな感じでいいかな?」

「えーっと……うん、大体大丈夫かな? でも、この辺とこの辺は、もう半分に切ってくれると嬉しいかな」

「はーい!」

 

 なかなかに順調に調理が進む。

 

 未果はある程度料理をしているので、あまり心配はいらない。

 

 態徒はほとんど力作業をしてくれてる。

 

 でも、実家のあれこれでよくサバイバル紛いの事をするらしく、飯盒炊爨は得意なんだとか。

 

 誰にでも得意な分野ってあるよね。

 

 飯盒炊爨って、なんだかんだで一時間くらいかかるけど、時間的にはまだまだ余裕があるので問題はなしです。

 

 ちなみに、女委はじゃがいもの皮を剥いて切ってます。

 

 意外と早い。

 

「よし、火が点いた。依桜、点いたぞ」

「ほんと? ありがとう、晶。じゃあ、そろそろ本格的に作って行こうか」

 

 ボクは火が点いた場所の金網の上に鍋を置き、油を入れる。

 

 人によっては、この辺りの作り方って変わってくるんだよね。

 

 時短で作りたいのなら、最初から水を入れちゃって、具材を煮込むパターン。

 

 もう一つは、先に炒めてから水を入れて煮込むパターン。

 

 大体この二つ。

 

 ボクは後者です。

 

 少しでも美味しいものを食べてもらいたいので。

 

「おー、依桜君の手際っていいよねぇ。迷いがないよ」

「あはは。そうは言うけど、カレーはそこまで難しいことはないから、覚えちゃえばぱぱっと出来るよ」

「でも、依桜ってば、小学生の頃から家事をしているじゃない」

「父さんと母さんは帰りが基本的に遅いからね。つい」

 

 単純に家事が楽しいというのもあるけど。

 

「うちも今は一人暮らしをしてるからわかるけど、毎日家事をするのって大変だよね。お仕事帰りに家に帰ると、あんまり気力がなくなっちゃって……」

「わかるなぁ、エナちゃんの気持ち。こう、疲れちゃうと、あんまり気力が起きないよね。出来る限り休みたい~、みたいな」

「そうそう! でも、洗濯しないと着るものが~、ってなっちゃうよね」

「うんうん。着るものがないと困るもんね。特にエナちゃんはそうなんじゃないの?」

「そーだね。うちはアイドルだから、なるべく私服をローテーションさせないといけなくて……。執念深いって言っちゃったら駄目なんだけど、そう言うファンの人もいるから、いろんなパターンの変装が必要で……」

「なるほど……」

 

 料理をしながら、エナちゃんとの家事談義が捗りました。

 

 

「……なんか、女子力がすっげえ高い会話だな、あれ」

「そうね。エナって、意外と女子力が高いみたいだし」

「……俺も、家事はある程度できるようにしておきたいところだな」

 

 

 それから一時間ほどして、カレーが完成。

 

 ちなみに、二年生の中で一番早く出来上がりました。

 

 まあ、うん。水を汲むのが早かったしね。

 片道三十秒だもん。

 

 だからこそ、調理にちょっと手間を加えられたわけで。

 

 今は、他の班が出来上がるまで、弱火で煮込んでいる最中。

 

 出来る限り具材を柔らかくしておきたいので。

 

 イメージ的には、舌で軽く押しただけで崩れるくらいの。

 

 あとは、隠し味を入れたりして、他の班の完成を待ち、大体出来上がってから三十分ほどで他の班の人たちも完成しました。

 

『では、食べましょうか。いただきます』

『『『いただきます!』』』

 

 しっかりいただきますをしてからカレーを食べ始めた。

 

「わ、美味しい! 依桜ちゃん、これ美味しいよ!」

「ほんと……深いコクがあって美味しいわ。どうやったらこうなるのかしら?」

「やっべ、マジで手が止まらん!」

「わかる、わかるよ態徒君! やっぱりこう、美少女たちの手作りって言うのがポイント高いよね!」

「女委は何を言っているんだ……。だが、本当に美味いな。依桜、何を入れたんだ?」

「えーっとね、持参して来たチーズとスパイスに、コーヒーと、牛乳、あと少しだけチョコレートも入れたね。それから、ちょっとだけ赤ワインも入ってるよ」

「「「「……依桜さん、マジパネェっす」」」」

「え、どうしたの? みんな」

 

 ボク、どうして敬語を使われたんだろう?

 でも、みんな美味しそうに食べてくれてよかった。

 

『くっ、あの班マジで羨ましいよな……』

『それな。女神とアイドル、それから大和撫子に、変態系美少女が作ったカレーだぞ?』

『小斯波と変態はマジで羨ましすぎる……首とかもげないか?』

「「……(ぞくっ)!?」」

「晶、態徒、どうしたの? 急にビクッとして」

「いや、なんだ。ちょっと寒気がしてな……」

「奇遇だな、オレもだぜ、晶。正直、生命の危機を感じた……」

 

 いきなり何を言っているんだろう?

 風邪でも引いたのかな?

 

「はふぅ~~、依桜ちゃんのカレー、本当に美味しい~」

「ふふっ、そんなに気に入ってもらえたなら、ボクも嬉しいかな。でも、エナちゃんも作ったんだし、きっとそれもあるんじゃないかな? ほら、自分で作ったものって美味しく感じるもん」

「たしかに! それに、未果ちゃんたちも一緒だったんだもん! 美味しいに決まってるよね!」

「うん、そうだよ」

 

 ボクとエナちゃんの二人でそう話し合う。

 

 あとは、自然豊かな場所に囲まれながら食べている、って言うのも、きっと理由の一つだと思います。

 

 早速、いい思い出ができました。

 

 

 この後、カレーは瞬時になくなりました。

 

 中でも、態徒と女委の二人がものすごい勢いで食べていました。

 

 多分、四割くらい二人なんじゃないかな?

 

 ボクたちはほどほどにしておきました。

 

 未果は、

 

『太るから』

 

 だそうだけど。

 

 うーん、未果は別段気にするほど太ってないと思うんだけどなぁ……。

 

 やっぱり、女の子ってわからない。




 どうも、九十九一です。
 林間・臨海学校なわけですが、正直、林間学校の経験はあっても臨海学校の経験はないんで、想像です。まあ、この作品自体、私の経験が反映されているところなんて、ごく一部なんですが。
 それはそれとして、最近微妙に体調が悪い。寝不足が原因だとは思うんですが、頭痛とか吐き気がね……。まあ、今のところは小説に師匠がほとんど出てないんでいいんですが。気を付けなければ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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397件目 恐ろしい女委

 カレー作りを終えると、自由時間。

 

 自由時間と言っても、友達の部屋を訪れてカードゲーム等をしたり、旅館周辺を散歩したり、ちょっと遊んだりする、というくらいしかやることはないんだけどね。

 

 それはボクたちも例外じゃなくて、普段の疲れを癒すかのように、のんびりとした時間を過ごした。

 

 自然豊かな場所って、ベンチに座って、仲のいい人と話しているだけでいいリフレッシュになると思ってます。

 ボクはそうです。

 

 エナちゃんは、普段からアイドルとしての活動があるため、こういったのんびりする時間はあまりなくて、今回はすごく嬉しいとか。

 

 一応、この日のために休みを入れたそうです。

 

 エナちゃんの本気度がすごい。

 

 まあ、普段からライブをしたり、テレビに出演したりと、大変そうだもんね。

 

 なのに、ちゃんと授業に追いつけているんだから、エナちゃんってすごい気がする。

 

 学生とアイドルみたいに、何らかの職業と学業を両立させるのって、普通は難しいと思うもん。

 

 だからこそ、エナちゃんとしては今回の林間・臨海学校は、すごく楽しみだったそう。

 

 そんなことを自由時間中に聞きました。

 

 今は毎日が楽しいって。

 

 座って話すだけでも、いい思い出になったとも言ってました。

 

 エナちゃん、すごくいい人だよぉ……。

 

 そう言えば、途中で師匠がどこかに一人で行っていたみたいなんだけど、何してたんだろう?

 

 

 そんなこんなで自由時間も終わり、夜ご飯を食べて部屋へ。

 

「ここの料理は美味しいから、つい食べすぎちゃうわ」

「そうだね。こう言う場所の料理を食べていると、もっともっと美味しいものを作れるようになりたいって思っちゃうよ」

「え、依桜君、今以上に料理上手になりたいの?」

「うん。メルたちがいるからね。ボクが料理を作ってあげられる間は、美味しいものを食べてもらいたいから。そのために、もっと上手くなりたいもん」

「おー、ハングリー精神だね、依桜ちゃん!」

「なんだ微妙に違うような……?」

 

((依桜(君)の場合、ただのシスコンなだけのような……))

 

 あれ? なんだか、未果と女委の二人が微妙に呆れた顔をしているような?

 何か変なこと言ったかな? ボク。

 

「そう言えば、明日は臨海学校だよね! 何をするのかな?」

「さあ。今現在わかっていることは少ないのよね。……女委何か知らない?」

「未果ちゃんや。何故、わたしが何か情報を知っていると思っているんだい? 普通に考えて欲しいんだけど、わたし、普通の学園生だよ?」

「「「え、女委(ちゃん)って普通なの? ないない」」」

「あれあれ!? 未果ちゃんはともかく、依桜君にだけは言われたくないよ!?」

「それはそれで酷くない!?」

 

 ボクは普通だよ!

 す、少なくとも、異世界に行っていたことを含めなければ、普通だよ。多分。

 

「まあ、そこは女委の正論だとして……」

「え、未果も?」

「でも女委。あなたって、なぜかいろんな情報に詳しいじゃない。去年の学園祭なんて、なぜか他のクラスの売上状況とか、店の経営状況も知ってたし」

「あ、そういえば、そんなこともしてたね」

 

 あの時は何で知ってるの? とか思ったもん。

 

 しかも、PCで何か調べている素振りを見せていたから、十中八九、ハッキング……じゃなくて、クラッキングだと思うし。

 

 ある意味、違法だと思うんだけど……。

 

「へぇ~、女委ちゃん、やっぱりPCに強いんだね!」

「ん? エナ、それってどういうこと?」

「あ、エナっち、その話は――」

「依桜、女委の口を塞いで」

「あ、うん。わかったよ」

 

 ボクは未果に指示されて、女委の背後に回ると、口を元を塞いだ。

 

「むぐっ!」

 

(おぅふ!? い、依桜君の素晴らしすぎる、神おっぱいが……おっぱいがわたしの背中にぃ! やっべ! これだけで何度かデキるぜ! ……うん、後でパンツ変えよう)

 

 ……なんだろう。今、女委が何か不穏なことを考えていたような……。

 

「それで、エナ。何を言いかけたのかしら?」

「うん、えっとね。実はうち、売れ始めて、軌道に乗り始めた頃にね、その、何と言いますか、うちを中学時代いじめていた娘がね、僻みや嫉妬でうちの捏造写真をネット上に上げたの」

「え、ちょっと待って? それ、もしかして重くなる?」

「うーん、どうなんだろう? うちはもう気にしてないけど、ちょっぴり重いかも?」

「そ、そう。まあいいわ。続けて」

「あ、うん。それでね、うちが炎上しちゃって、誹謗中傷で困っていた時に、女委ちゃんを頼ったの。そしたら、『OK! 愚か者たちを地獄に堕としてしんぜよう!』って言って」

「「言って?」」

「うちを陥れようとした娘と、誹謗中傷を書いた人たちを一斉に社会から抹殺してた」

「「怖いよ(わ)!」」

 

 え、何してるの女委!?

 

 エナちゃんが売れ始めた頃って言えば去年だよね!?

 

 ということは、ボクたちが高校生活を始めた頃にしていたってこと!?

 

「依桜、ちょっと手をどけて。話を聞きましょ」

「あ、うん」

「ぷはー。いやー、依桜君の手は甘くていい匂いがするねぇ。正直、このてに塞がれるのなら、窒息してもいいと思っちゃったぜ」

「……女委って、ただじゃ転ばないよね?」

「そりゃ、同人作家ですからね! 使えるシチュを経験できた時はそれに対し喜ぶのです! 貴重だからね!」

 

 本当に、ただで転ばない。

 

 うーん、このポジティブな考え方、ボクも見習った方がいいのかなぁ。

 

 ……いや、女委の場合ちょっと違うと思うから、やめておこう。

 

「で? それで?」

「いやー、はっはっは! だってさー、大切な友達が陥れられたらねぇ? 他の人が許しても、わたしはゆるしちゃぁくれやぁせんよ」

「そこでふざけないでいいから。それで、何をしたのよ」

「んー、まあ、相手が捏造写真で陥れたのならば、こちらも情報を手に入れようとして、わたしの情報網を総動員したんだよねぇ。で、案外あっさり見つかっちゃったわけだよ。素晴らしい情報が」

「……情報も気になるけど……そもそもの話、一体エナはどんな写真を捏造されたの?」

「んーっとね、男の人と一緒にホテルに入る写真」

「え? それのどこが炎上する要素なの?」

 

 聞いた限りだと、そこまで炎上しないような……。

 

「「あ」」

 

 なんだろう、未果と女委の「あ」は。

 

「依桜ちゃん、炎上した理由はね――」

「「わーーー!」」

「わぷっ」

 

 あ、あれ? エナちゃんが何かを言おうとした瞬間、未果と女委の二人がエナちゃんを連れ去ったんだけど。

 

 一体どうしたんだろう?

 

「いい、エナ。依桜はものすっご~~~~~~く! ピュアなの」

「ピュア?」

「うん。依桜君はね、キスで子供ができると思っているくらい、ピュアなの」

「え、それはピュアすぎない?」

「でしょ? できることなら、自分で知るまでは、依桜本人にはそのままでいてほしいのよ」

「今時、ここまでのピュアっピュアな美少女もいないからね!」

「たしかに。うん、おっけーおっけーだよ! うちも隠すことにするね」

「お願い」

 

 あ、戻って来た。

 一体何を話してたんだろう?

 

「えっと、三人ともどうしたの?」

「あ、き、気にしないで。ちょっと話すことがあっただけ」

「そうなんだ。もう大丈夫なの?」

「「「OK!」」」

 

 おー、息ぴったり。

 

「それで、えっと、なんで炎上したの?」

「あーうー、えーっとね。アイドルだから、見知らぬ男の人と一緒にお泊りした写真を見られたら、熱愛報道!? みたいな感じに、炎上しちゃうんだよ。だから、うちが炎上したわけで……」

「なるほど。芸能人――特にアイドルはそう言うのに厳しそうだもんね」

「そうなんだよー。うちの事務所は別段、恋愛禁止、なんてことはしていないから、まだマシだったけど、それでもそういった写真が出回るのは大打撃だもん」

 

 たしかに。

 

 売れ始めた頃にそういったことをされたら、今後のアイドル活動が成り立たなくなっちゃいそうだもんね。

 

 でも、エナちゃんの所属している事務所って、恋愛禁止じゃないんだ。

 

「そこで出たのがわたしっていうわけです」

「なるほどね。概ね理解できたけど、ほんっと、何をしたのよ?」

「訊きたい?」

「まあ、訊きたいわね」

「ボクも気になる、かな」

 

 ちょっと怖いけど、それでも気になるのものは気になる。

 

「そっかーそっかー。まあいっか! 二人だもんね。じゃあ言うんだけど、まずエナっちを陥れようとした、クサレ女にはスキャンダルな写真を入手してそれをネット上に流しました。しかも、5〇h」

「「うわぁ……」」

「で、それがニュースや週刊誌でも取り上げられてね。色々と問題が起こっている時に、誹謗中傷していた人たちも攻撃され始めてねぇ。最後の一押しとして、誹謗中傷した人のアカウントを全部見つけて、それ全部、住所割って、また5〇hに流しました」

「「うわぁぁぁ……」」

 

 て、手口が陰湿すぎる……。

 女委の攻撃の方がオーバーキルすぎるよ。

 

「それで、えっと、その人たちってどうなったの?」

「んー、クサレ女は事務所を強制退所。それからはまあ、うん。ボロクソに言われるよね、ネット上で。元は自分が原因だから訴えても意味ないし、仮に訴えても余計に炎上するだけだしねぇ。今は、どこかでひっそり暮らしてるんじゃないかなー。あと、誹謗中傷していた人たちは、軒並み訴えられたよ。事務所に」

「あ、そう……」

 

 末路が酷いというか……うん。本当に酷い。というより、それしか感想が思い浮かばないほどに、酷い。

 

「ちなみに、訴えはしたものの、エナっち本人が許したので、そこからさらにファンが増えたね。炎上する前の倍以上」

「マッチポンプよねそれ!?」

 

 うーん、未果の言う通り、マッチポンプだよね、それ。

 

 だって、事務所が訴えた後に、誹謗中傷されている人本人が許しちゃったらね。

 

 それはファンも増えるよ。

 

「いやぁ、エナっちがボロボロにされるとか、わたしにとって悪夢だし、そもそも大切なファンがいなくなるのも可哀そうだし? ならば、こっちから打って出るべきかなと。まあ、うん。本気出した結果だよね!」

「あれ? でも、さっき社会的に抹殺したって言ってなかった?」

「うん、言ったね」

「許されたのなら、抹殺されてないんじゃ……?」

「チッチッチ。許したのはあくまでエナっちとその事務所。エナっちのファンの人たちは許すわけないよね!」

「あー……うん。そっか」

 

 やっぱり、人って怖い。

 

 正直、人間よりも魔族の人たちの方が、全然いい人が多いよね……。

 

 心の底から、そう思った。




 どうも、九十九一です。
 夏休み編はまだまだ序盤。というか、これが終わっても後に色々と控えてますしね。八月中に終わるかなぁ、これ。
 一応、2話投稿をしたいなぁ、とか思ってるので、出来たら2話投稿します。多分。
 できなければ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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398件目 温泉

 女委のしてきたとんでもない話を聞いた後、それぞれの思い出に関する藩士をしていると、気が付けばお風呂の時間。

 

「……」

「で? まーたあんたは行こうとしない、と」

「……だ、だってぇ」

「だってじゃないわよ、まったく。女委」

「ほいきた!」

「は、はーなーしーてー!」

 

 背後に回られた女委に羽交い締めにされた。

 

 あまり強い力で振りほどくわけにもいかず、じたばたともがく。

 

 でも、女委って何気に腕力があるので、なかなか振りほどけない……。

 

「えーっと、未果ちゃん、これってどういうこと? どうして依桜ちゃんはお風呂に入ろうとしないの? 嫌いなのかな?」

「き、嫌いと言うわけじゃなくて、えっと、そのぉ~……」

「なんだか歯切れが悪いね。どうしたの?」

「ほら、依桜君って、元々男の娘だからね。未だに恥ずかしがってるんだよ」

「あー、なーるほどー。男の娘だったんだもんね! 女の子の裸を見るのも、自分の裸を見せるのも恥ずかしいよね!」

「じ、実はそうで……」

 

 未だに慣れないというか……少なくとも去年よりは慣れてるけど、なんだか慣れなと言うか……。

 

 女の子であることには、ほとんど慣れてるんだけど、どうにもこの辺りだけは慣れないというか……。

 

 それに……

 

「それに、近所の銭湯とかに入ってると、その……視線がすごくて……」

 

 入る度に、じーっと見られるんだよね……。

 

「「「あー……その胸じゃあね(だもんね)」」」

 

 やっぱり、そうなのかなぁ……。

 

「というわけでさっさと行きましょ。女委は依桜を運んで。エナの方は、依桜のお風呂道具を持っていて。行くわよ」

「やーだー! はーなーしーてー!」

「むぅ! 依桜君! あんまりじたばた暴れると……こうだ! ふぅ~~」

「ふゃぁんっ!?」

「わ、色っぽい声!」

「あぅぅぅ~、力が抜けるよぉ~……」

 

 ボクの弱点である、耳に息を吹きかけられて力が抜けてへなへなとしてしまった。

 

「よーし、依桜ちゃんお風呂へGo!」

「いやぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 ずるずるとボクは女委に引きずられて、お風呂に連れて行かれました。

 

 

「うぅぅ……」

「ほら依桜、早く脱ぎなさい。さっさと入るわよ」

「は、入らないと、ダメ……?」

「そんなに潤んだ目に、上目遣いしてもダメ。か、可愛いけど……」

 

 はぁ、入らないとダメ、だよね……。

 嫌だなぁ……。

 

「依桜ちゃん依桜ちゃん、恥ずかしいならうちが脱ぐの手伝ってあげよっか?」

「そ、それはそれで恥ずかしいような……」

「なるほど、強制的に脱がす、か……」

「み、未果? 今すっごく不穏なセリフが聞こえたような気がするんだけど……」

 

 強制的に脱がす、とか言ってなかった?

 

 しないよね? 幼馴染の未果がそんなことしないよね?

 

 ……スキー教室とか、プール開きの日とかに未果に強制的に脱がされたような気がするけど……。

 

「女委、エナ、手伝って」

「おうともさ!」

「楽しそう! 任せて!」

「え、ふ、二人とも? な、何を――って、きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 女委だけでなく、楽しそうと言う理由でエナちゃんにも襲われ、結果、ボクは三人に裸らにされていました。

 

 は、恥ずかしぃ……。

 

 

「はぅぅ~~~っ、恥ずかしいよぉ~……!」

「なーにが恥ずかしいよ。依桜のスタイルで、恥ずかしがる場所なんてないでしょうが」

「そうだぜ、依桜君! そんな完璧ボディで何を恥ずかしがる必要があるのさ!」

「うんうん! 依桜ちゃん、すっごく綺麗だよ!」

「うぅぅっ……」

 

 裸にされた後、未果に右腕を、女委に左腕をそれぞれ掴まれて、エナちゃんにはなぜか背中に抱き着きながら浴場に連行されました。

 

 エナちゃん、それ動きにくくないの? と思ったけど。

 

 でも、それ以上にこうしているのがすごく恥ずかしい……。

 

 しかも、なぜかボクが入った瞬間、すごく熱の籠った視線が送られてくるんだよ? 未果たちに向けてなのかな? とも思ったけど、明らかにボクに集中している気がするし……。

 

『うっわぁ、依桜ちゃんの裸って、ほんっとうに綺麗……』

『色白だし、シミ一つないし……』

『しかも、あの胸にくびれ! 羨ましぃ!』

 

 あと、なぜか胸に視線が行っているような気がしてならない。

 

「さ、早く体洗って、入るわよ。時間も限られてるし」

「う、うん……」

 

 未果たち引かれるまま、ボクは比較的空いている場所に腰を下ろした。

 

 

「はふぅ~~……」

 

 じーっと見られつつも、体を洗い終えたボクたちは温泉に入る。

 ちなみに、露天風呂の方です。

 

 前回入った時、なかなかに肩こりが解消されたので、ちょっと気に入ってたからね。

 

「さっきまであんなに恥ずかしそうにしていたのに、いざ温泉に入ったら気持ちよさそうにするのね、依桜は」

「あ、あはは……これだけは、ね」

 

 まあ、それでも目のやり場に困るんだけど……。

 ここの温泉は透明度がそれなりに高いから、見えちゃってるし……。

 

「ふぅ~~、ここの温泉、気持ちいいね~」

「でしょ、ここって、肩凝りや冷え性、筋肉痛などにいいらしいからね。結構有名人の人とかも来るっぽいよ。ほら、旅館に入ってすぐの所にサインとかあったじゃん? あれあれ」

「なるほどー。学園長さんってすごいんだね~。せっかくだし、うちもサイン書こうかな~」

「いいんじゃないかしら? 人気アイドルのエナが訪れたとあったら、色んな人が来そうだもの」

 

 まあ、有名人が来た、って言うだけでアドバンテージになるからね、こういうのは。

 

「おーっす、しっかり浸かってるか?」

「あ、師匠」

 

 と、ここで師匠がお風呂に入ってきた。

 いつもと変わらない調子で入ってきたけど……うん? なんだかちょっと、お酒の匂いがするような……。

 

「師匠、お酒飲みました?」

「ん? ああ、軽くな。まあ、問題ない。すぐに消える」

「……そうですか」

 

 そもそも、勤務中に飲むってどうなんだろう?

 でも、こういう行事だったらあり、なのかな?

 

「ミオさん、こんばんは」

「こんばんは、ミオさん!」

「こんばんは、ミオ先生」

「ああ。ここは本当にいい場所だな。日頃の疲れが取れる」

 

 温泉に浸かり、肩をぐるぐると回しながらそう言葉を零す。

 

「師匠って、そんなに疲れてるんですか?」

「そりゃ、あたしだって人間だ。疲れないわけないだろ? それに、色々とセーブするっていうのも、神経を使って疲れるんだよ。それに、こんな重いもんをぶら下げてれば、肩も凝る。お前と、メイだってそうだろ?」

「まあ……はい」

「そりゃあね」

 

 むしろ、凝らないわけがないというか……。

 

 女の子になって、一番困ってる部分って言ったら、ある意味胸だもん。

 

 せめて、もう少し小さい状態に変わって欲しかったよね……。

 

「むぅ~、依桜ちゃんと女委ちゃんだけでなく、ミオ先生も、おっきい……」

 

 ふと、エナちゃんが羨ましそうに(?)ボクと女委、師匠の胸を見てきた。

 

「何言ってるの。エナも十分大きいじゃない。というか、あれだけ歌って踊ってるのに、胸が大きくなるって、なかなかすごいんじゃないの?」

「そーかな? たしかに、うちが種族している事務所の中では、おっきい方だけど」

「そうなのね。……でも、エナってサイズはどれくらいなの?」

「えっと、Dくらいかな? 今もちょっとずつおっきくなってるけど」

「なんだ、私と同じくらいなのね」

「あ、未果ちゃんもD?」

「そうよ。というか、普通に考えて、高校二年生でDは普通に大きい方なんだけどね。そこの二人が異常なだけで」

「いやー、照れますなー」

「い、異常って……」

 

 た、たしかに、ちょっと同年代よりは大きいのかもしれないけど……。

 それでも、異常、と言われるほどじゃない……と思いたい……。

 

「じゃあじゃあ、依桜ちゃんたちってどれくらいなの? 大きさ」

「わたしはFだねー」

「あたしは、Eだったはずだぞ」

 

 え、即答!?

 なんでそんなに堂々と言えるの!?

 

『くっ、やっぱりあの二人もすごい……!』

『ミオ先生なんて、体育教師をしているのに、どうしてあんなに大きいんだろう……?』

『やっぱり、美人? 美人だから!?』

「依桜ちゃんは?」

「え、う、あの……その……じ、G、だよ……」

「わ、やっぱりおっきい!」

「ちなみに言うと、依桜は今現在も成長中で、もうすぐHよ」

「え、そうなの!? 依桜ちゃんって、すっごく成長してるんだね!」

「あ、あはははは……ボクとしては、胸よりも、身長が欲しいんだけどね……」

「あー、依桜ちゃん、背が低いもんね」

「うん……」

 

 むしろ、なんで胸ばかりが成長して、身長の方が伸びないんだろう?

 

 たしかに、ライトノベルやマンガには、背が低いのに、胸が大きいキャラクターとかいるよ? でも、そういうのは二次元の中だからだと思ってたんだよ、ボク。

 

 なのに、現実ではまさか自分自身がそうなるなんて……。

 

 お願いします、神様。

 

 ボクに身長を……身長を!

 

「そうそう、依桜君のおっぱいって、大きいだけじゃなくて、すっごく揉み心地がいいんだよ!」

「め、女委!? 余計なこと言わないで!?」

「も、揉み心地……」

「え、エナちゃん? どうして、その……ちょっと怪しい目をしているの? ねえ、聞いてる? それと、なんでそんなににじり寄ってくるの……?」

「大丈夫だよ、依桜ちゃん」

「ほ、本当に?」

「うん! 一瞬……一瞬で終わるから!」

「どういうこと!?」

「隙あり!」

「ひゃぁんっ!」

 

 ボクがツッコミを入れた直後、エナちゃんが飛びついてきて、そのままボクの胸を揉み始めた。

 

「わ、ほんとだ! すっごく張りがあるのに、ふわふわもちもちだ! や、病みつきになりそう……!」

「ゃっ、ぁんっ! え、エナ、ちゃんっ、そ、それ、は、だめぇっ……! んっ、ふぅっ……ぁっ!」

「……相変わらず、依桜はエロいな。あいつ、あれで何の知識もないんだろ?」

「みたいですね。なんで、ああなったのか……よくわかりません」

「……そうだな」

「は、話してない、でっ、た、たすけっ……んぁんっ!」

 

 あぁっ、だめっ……! あ、頭の中、が……。

 こ、これ以上、先に行ったら危ない、気が……。

 

「はいはい。そこまでよ、エナ。これやったら、依桜がとんでもないことになるわ」

「あ、うん。堪能しました。依桜ちゃん、ありがとうございました」

「な、なんでお礼っ……? はぁっ、はぁっ……」

 

 途中で止めてくれた未果のおかげで、なんとか無事に抜け出せた。

 ありがとう、未果……。

 

「……もっとも、周囲の人たちは手遅れみたいだけどね」

「手遅れ? ……え! な、なにこれ!?」

『『『ぶくぶくぶく……』』』

 

 背後を見たら、なぜか温泉を赤く染めながら、うつぶせ状態で浮いている女の子たちが。

 何があったの!?

 

「依桜、急いで温泉から出すわよ! 女委とエナ、ミオさんも手伝って!」

「う、うん!」

「了解!」

「わかったよ!」

「あいよ」

 

 ボクたちは急いでお風呂に浮かんじゃっている女の子たちを引き上げて、先生を呼んだ。

 

 ある意味、この日一番のアクシデントでした。

 

 ……でも、どうして血を出していたんだろう?




 どうも、九十九一です。
 温泉です。スキー教室の時も、似たような回がありましたね。まあ、ちょっとだけ違うんですが。
 相変わらず、依桜は恥ずかしがっていますが、まあ、その内慣れるでしょう。多分。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。出せたら二話目出しますんで。
 では。


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399件目 依桜ちゃんの恥ずかしい過去話

 思わぬアクシデントを処理した後は、お風呂から上がって部屋で休む。

 

 と言っても、今日はもうやることもないし、後は寝るだけなんだけどね。

 

「まさか、全員鼻血を出して沈むとはね……。相変わらず、依桜は恐ろしいわ」

「え、ボクが悪いの……?」

「……まあ、自覚があるわけないわよね。これは」

 

 未果の呆れながらのその発言に、二人もうんうんと頷く。

 あれ、ボクが悪いの……?

 

「さて、今日はもう寝ましょうか。布団敷くわよ」

「「「はーい」」」

 

 

 布団を敷いて、それぞれ寝転がる。

 

 並び的には、ボクが真ん中で、右側に未果、左にエナちゃんで、女委が未果の右側にいます。

 

 じゃんけんで決めた結果です。

 

 どういうわけかみんな、ボクの隣になろうとしていたもので……。

 

 なんでだろうね?

 

「う~、なんだか興奮して眠れない……」

「まぁ、エナの言うこともわからないでもないわ。こう言うのって、楽しくてついつい眠れなくなっちゃうのよね」

「じゃあ、何か話そうぜー。昔話とか」

「あ、いいね。何を話す? 昔話と言っても、色々とあるけど……」

「そうね……普通にやってもつまらないし、ここは一つ。じゃんけんで決めましょう」

「えー、でもそれ、依桜ちゃんが圧倒的に有利過ぎないかな? だって、いっつも勝つんだもん」

「依桜ちゃんって、そんなにじゃんけん強いの?」

「ボク自身は、そこまで強いわけじゃないんだけどね……」

 

 ボク、と言うより、ボクの幸運値が高すぎるのが理由なんだけどね。

 

「なるほどー。でも、面白そうだし、うちはそれでいいよ!」

「ボクも、まあ、いいかな?」

「まあ、勝てばいいんだもんね! じゃわたしも賛成で」

「満場一致ね。はい、じゃーんけーん……」

「「「「ぽん!」」」」

「ま、負けた……」

 

 ボクが負けました。

 

 あ、あれ? おかしい……こういうのって、ボクが勝つのがいつものパターンなんだけど……。

 

 うーん、どうしてだろう?

 

「はい、依桜の負けね。じゃあ、依桜、昔話よろしく」

「えっと、負けたから、って言うわけじゃないんだけど、昔話って一体何を話せば……?」

「あー、それもそうね。お題があった方が話しやすい、か」

「じゃあ、過去の恥ずかしい話!」

「その案頂き」

「え!?」

「依桜ちゃんの恥ずかしいお話……聞きたい!」

「え、えぇぇ……」

 

 もしかしてこれ、決定事項? 決定事項なの……?

 

「あ、あの、恥ずかしい話じゃないと、駄目……?」

「「「ダメ」」」

「さ、さいですか……」

 

 恥ずかしい話……恥ずかしい話……。

 ……あれ、かなぁ。

 

「じゃあ、えっと、ボクがまだ男だった時の話で――」

 

 

 あれは、去年の五月下旬頃。

 

 男だった時のボクと言えば、まあ、うん。周囲からは好奇的な視線をもらっていた。

 

 その日はいつも通りの日常。

 

 ただ、その日は未果や晶、態徒の三人は家の用事で、女委に関しては学園の方でちょっと用事が、と言っていて、四人全員に予定が入っていたらしく、今日は一人で帰ることになっていた。

 

 

「ふぅ、これで日誌の方はお終い、と。先生に提出して、早く帰ろ」

 

 たしか今日は、お肉屋さんの方で豚肉が安くなるって聞いたし。

 

 いいのがあったら、肉じゃがにでもしようかな。

 

 あとは、安かったら魚も買って、焼き魚に。あとは……うーん、とりあえず、商店街に行ってから考えよう。

 

 なんてことを思いながら、ボクは職員室へ向かった。

 

 

「失礼しました」

 

 一言言ってから、職員室を後にする。

 

 あとは、商店街に寄って、お買い物をするだけ。

 

 あらかじめ荷物を持っていたので、そのまま帰宅……しようとしたところで、

 

『ね、ねえ君、ちょっといいかな?』

「はい、なんでしょうか?」

 

 不意に、女子生徒に話しかけられた。

 

 特に見覚えはない……はずの人。

 

 見たところ、ボクよりも年上に見える。だって、身長がボクより高いし……。

 

 ……まあ、そんなことを言ったら、ボク以上に身長が高い人なんて、いっぱいいるわけだから、その人たち全員、ボクより年上、ということになっちゃけどね。

 

「あの、確認なんだけど、君は、一年生の男女依桜君、でいいのかな?」

「そうですけど……えっと、どうしてボクの名前を?」

『あ、ごめんなさい。その、君と同じ中学校だった人が友達にいて、その子から聞いたの』

 

 ボクと同じ中学校……。

 

 それだけで、ちょっと嫌な予感がするのはなんでだろう……?

 

「それで、あの、ボクに何か用が……?」

『あ、うん。その、今って時間はあるかな……?』

「えーっと、少しなら時間はありますけど……」

『よかった! じゃあ、ちょっとついてきてもらえるかな!?』

「構いませんよ」

『ありがとう! こっちだよ!』

「わわっ!」

 

 なぜかすごく喜んでいる年上っぽい女子生徒にいきなり手を引かれて、ボクはどこかへと連れていかれた。

 

 

 そうして、たどり着いた場所は……

 

「服飾室……?」

『そうだよ! 入って入って』

「は、はぁ……」

 

 どうして服飾室に連れてこられたのかわからないまま、ボクは促されるままに中へと入る。

 

 するとそこには、四人くらいの女子生徒が何やら可愛らしい服を持って座っていた。

 

 見たところ、メイド服、ワンピース、巫女服、ウェイトレス、あとはエプロンドレス、かな?

 

 このラインナップは何?

 

 どうして、普通の衣装じゃなくて、明らかにコスプレだとわかるような衣服ばかりがあるの?

 

 ……このパターン、以前にも見たことがあるんですが。

 

 だ、大丈夫だよね? 変なことにはならないよね?

 

「あ、あのぉ~……こ、これって、どういう状況、なんですか……?」

『『『『『お願い! ここにある衣装を着て!』』』』』

 

 今の状況がよくわからず、ここに連れて来た上級生(多分)の人に尋ねると、いきなりこの場にいる人たち全員が頭を下げながら、そんなことを言ってきた。

 

 言葉の意味がわからず、一瞬の間硬直する。

 

「ど、どうしてですか!?」

 

 そして、なんとか言葉の意味を理解すると、ボクはどうしてその服を着なければならないのかを尋ねた。

 

 いきなり着て、と言われても……ね?

 

 だって、どう見ても男性用じゃなくて、女性用の衣服だし……。

 

『だって! あなたすっごく可愛いんだもん!』

「か、かわっ……!?」

『その、長めでさらさらな銀髪! 真ん丸な碧い瞳! ふっくらとした桜色の唇! そして、華奢な体躯! 女の子よりも可愛らしい男の娘がいるのなら、是非ともその娘が可愛い服を着ている姿を見たいの!』

「……」

『中学生の頃に、ふりふりのドレスを着ていたのを見て、ズキューンって来たの! だからお願い! これを着て、写真を撮らせてほしいの!』

 

 ……嫌な予感は、当たった。

 

 と言うか、中学生の頃、ボクが女装した姿を見てたんだ……。

 

 あれは今でも、ボクの中で黒歴史になってるよ。

 

 そもそも、女の子じゃないのに、どうして女の子の格好をしないといけないのか? って、何度も思ったもん。

 

 ボク、男だよ。

 

「あ、あの、さすがに、は、恥ずかしいというか……そもそもボクは男なので、似合わない、とおも――」

『そんなことないよ! 絶対に似合う! だって中学生の時に男女君が女装した後、ファンが激増したんだもの!』

 

 何それ初耳!?

 え、ファン? ファンって何!?

 

『私も、あの後もう一度だけでもいいから見たいと思っていたの! そしたら今年、男女君が入学して来たのを知って、裏でファンの人たちが沸いたのよ!』

 

 なんでそうなってるの!?

 

 ファン、この学園にどれくらいいるの!? すっごく気になるんだけど!

 

 そもそも、この学園にもファンがいるってことだよね、それ!

 

 ボクの知らないところで、ボクに関する何かが裏で行われているというこの状況……どうしてこんなことになってるんだろう……?

 

 ……あ、いや、今はそんなことを考えている場合じゃなくて……この状況をどうにかしないと……!

 

「え、えっと、さすがに、恥ずかしいので、できればお断りしたいところなんですが……」

『そんな! お願いだよぉ! 一着でもいいから、このどれかの衣装を着てよぉ!』

「そ、そんなことを言われても……トラウマと言うか、黒歴史と言うか……ストレートに言うと、着たくない、んですけど……」

『『『『『ぐふっ……!』』』』』

 

 あ、胸を押さえだした。

 

 ……どうしよう、なんだか申し訳ないような……。

 

 そんな事を思っていると、ゆらり、という効果音が付きそうな感じで、上級生の人たちが立ち上がる。

 

『じゃあせめて、この不思議の国のアリス風のエプロンドレスだけでも!』

『頑張って男女君のために作ったの! だから、お願い! これを着て! そして、写真を撮らせて!』

 

 が、頑張って作ったって……。

 

 わざわざボクに着せるためだけに、そこまでのことをするなんて……。

 

 それを断るのも、なんだか申し訳ない気が……。

 

 …………うぅ。

 

「……わかりました、それだけですよ……?」

『『『『『ありがとう!』』』』』

 

 はぁ、なんでこんなことに……。

 

 

『可愛いよ! 男女君!』

『最高! なんだか、ネットにアップしたくなるくらいに可愛い!』

「それはやめてくださいね!?」

 

 数分後。

 

 ボクは、水色と白を基調としたエプロンドレス(+リボンカチューシャ)を着させられていた。

 

 なんと言うか、ひらひらしていてちょっと落ち着かない……。

 

 たしかに可愛らしい衣装なんだけど、これは絶対にボクが着るような服じゃないよね、これ。

 

 ただ、自分で着ると言ってしまった以上、付き合わないといけないので、我慢するけど……。

 

『……うん! いい写真が撮れた!』

『いくつもバックアップをしておこう……!』

 

 見たところ、満足したみたい。

 

「それじゃあ、ボクはそろそろ……」

『待って!』

 

 お暇しようかと、元の制服に着替えようとした途端、待ったがかけられた。

 

「な、なんですか……?」

『やっぱり、もう一着着て!』

「さっき一着だけって言いましたよね……?」

『確かに言ったけど、やっぱり他の衣装も着てほしくなったの! 後生だから、着てください!』

「さ、さすがに嫌ですよぉ! 一着だけっいう話じゃないですか!」

『それはそれ! これはこれ!』

『約束は破るためにある!』

「言ってること、かなり酷いですよ!?」

 

 明らかに人として言っちゃダメなことを言ってるよ、この人たち!

 

『こ、こうなったら……力尽くで着てもらうしかない!』

「なんでですか!?」

 

 断ったら、なぜか力尽くでと言い出してきた。

 

『かかれー!』

『『『『おー!』』』』

「な、なんでこうなるんですかぁーーーー!」

 

 いきなり襲い掛かられ、女装していることも忘れて、ボクはその場から逃げ出した。

 

 

『『『『『待ってー!』』』』』

「はぁっ、はぁっ……ま、まだ、追いかけてっ、来てる……っ!」

 

 本当はダメなんだけど、ボクは今、校内を全力疾走していた。

 

 だって怖いんだもん!

 

 ちょっと血走った眼で追いかけてくる人たちに、恐怖心を抱きながら走る。

 

「うぅっ、スカートっ、だから……はぁっ、ちょっとだけ、走りにくいっ……!」

 

 でも、足を止めるわけにはいかない!

 

 だって、止めたら何をされるかわからないんだもん!

 

 息も切れ切れで、正直かなり苦しい。

 

 体育の授業でもここまで全力で走らないよ、ボク。

 

『発見!』

「わっ!?」

 

 走っていると、不意に曲がり角から服飾部の人が一人飛び出してきた。

 びっくりしたものの、慌てて回避。

 

『くっ! 掠った!』

「お、追いかけないでください~~~~!」

 

 本当に怖くなって、涙目になりながらも、ボクは逃げる。

 

 動けなくなりそうなくらいにスピードを出していたけど、さらにボクはギアを上げた。

 

 なんだか、生命の危機を感じたから。

 

 

 そうして、体力がもう底を尽きそうになった頃、ボクはどこかに身を隠そうと適当に近くにあった扉を開け、中に駆け込んだ。

 

 ほとんど前を見ずに進んだからか、不意にぼふっ、と何か柔らかい物にぶつかった。

 

『『『え?』』』

「……ふぇ?」

 

 不意に各方位から声……それも、女の子の声が聞こえて来て、ボクも思わず変な声が出た。

 

 ぎぎぎっ、と油をさしていないハンドルのように、ぎこちない動きで視線を上に上げると……そこには、女子生徒の人たちが大勢いました。

 

 どうやらここは……女子更衣室のようでした。

 

 しかも、ちょうど着替え中だったのか、ほとんど下着姿……って!

 

「あ、あわわわわっ……! ご、ごめんなさい!」

 

 抱き着いた形になっている人から慌てて離れ、勢いよく謝る。

 

 すると、

 

『やーんっ! この娘、すっごく可愛いー!』

「んむっ!?」

 

 いきなり、抱きしめられた。

 

 しかも、ほとんど何も着ていない状態だったので、柔らかさと温かさが直に伝わって来た。

 

 みるみるうちに顔が熱くなる。

 

『ねえねえ君! どこの学年? あ、クラスも教えてくれると嬉しいな!』

「え、えと、あの、い、一年六組、でしゅ……」

『でしゅだって! 可愛い!』

『ねえ、私にも抱きしめさせて!』

『あ、私も私も!』

 

 なぜか、たらい回しのように、ボクはいろんな人に抱きしめられた。

 

 ど、どういう状況……?

 

 なんでボク、こんなに抱きしめられてるの……?

 

 ……あ、もしかして、ボクを女の子だと思ってる!?

 

「あ、あの! じ、実は、その……ぼ、ボク、お、男、なんですけど……」

『『『え!?』』』

 

 ボクが男だと伝えた瞬間、一瞬で周囲の人たちが固まった。

 

 これ、相当まずいかも……と思った次の瞬間、

 

『『『全然あり!』』』

 

 と、すごくいい笑顔で一斉に言われた。

 

「ふぇ!? あ、あのあのあのあの……ぼ、ボク、男、なんですよ? だから、その、こ、ここに入ったらまずい、と思うんですけど……」

『うーん、だって君、すっごく可愛いんだもん!』

『そうそう。なんだか男の子って言う感じがしなくてねー』

『何と言うか、可愛い女の子? にしか見えなくってー』

『むしろ、年の離れた弟、みたいな感じでいいかな? みたいな』

 

 ……この学園の女の人って、感性がどこかおかしいのだろうか?

 

 なんでボク、受け入れられちゃってるの!?

 

「で、でもっ、き、着替え中の所に入っちゃったわけですし……ほ、本当にごめんなさいっ!」

 

(((ズッキューン!)))

 

 思いっきり頭を下げて謝った。

 そしたら、なぜかこの場にいる人たちが、口元を手で押さえた。

 

『あー、もうだめ! 可愛すぐる!』

「わわっ!」

『これが男の娘! 素晴らしい!』

『女委ちゃんの言っていたことがすっごく理解できたよ!』

 

 え、女委!? なんか今、女委の名前が出てきたんだけど!

 

「ふぃー、いやー、いい汗かいたぜー……って、およ? 依桜君?」

「え、女委!?」

 

 いきなり更衣室に女委が入ってきた。

 

「んー? どうして依桜君がここに? というか、なんだい? この状況? あと、そのすっごく可愛い状態も気になるね!」

「あ、え、えっと、これは、そのぉ……」

『あ、女委ちゃん!』

「やーやー。どうしたんですか? 先輩方」

『それがねそれがね、この娘がいきなりここに入ってきて、抱き着いてきてね! それで、あまりにも可愛いものだから、ついついみんなで構ってたの!』

「ほうほう。なるほどー。あ、だから外で服飾部の人たちが依桜君を探してたんだね! 納得!」

 

 女委が笑みを浮かべながらそう言う。

 まだ探してたの……?

 

『ところで女委ちゃん。女委ちゃんは、この娘と知り合いなの?』

「知り合いというか、例の中学校の時からの付き合いの依桜君だよ!」

『あ! この娘が例の……!』

 

 例のって何!?

 

 女委、一体どういう説明の仕方したの!?

 

 あと、どうして知り合いなの? この人たちと!

 

「で、どうでした? 依桜君は」

『さいっこう! 抱き心地が素晴らしい! しかも、反応が初心で、顔を真っ赤にしてくれるところとかがね!』

 

 そう言いながら、むぎゅっと再び抱きしめて来た。

 

 女委の登場で、少し冷静になりだした瞬間に、いきなり胸元に抱きしめられたものだから、いい匂いやら、温かいやら、柔らかいやらで、どんどん顔が熱くなっていき……

 

「あ、あうあうあうあうあう~~~……きゅぅ~」

 

 ボクは、そのまま気絶してしまった。

 

 

 その後、更衣室にいた人たちが保健室に連れて行ってくれて、その日は無事に家に帰れました。

 

 服飾部の人たちは……うん。なるべく会わないように、頑張って避けました。

 

 本当に、怖かったし、恥ずかしかった……。

 

 

「――っていう話、です……」

「……何と言うか……本当にすごいわね、依桜」

「本当だね! まさか、男の子の時に女子更衣室に入っても怒られるどころか、むしろ歓迎されちゃうなんて!」

「あ、あはは……」

 

 今でも、なんで歓迎されたのかがわからないです……。

 

「いやぁ、そう言えばあったねぇ、そんなこと。懐かしいね」

「……ボク的には、すっごく恥ずかしい思い出なんだけどね……」

「でしょうね」

 

 まあ、今は女装をする、なんていう概念はないから、二度と起こり得ない状況ではあるんだけど……その代わり、おかしな服を着せられる機会が増えたけどね。

 

 どうしてこう、ボクは普通じゃない服を着る機会が多いんだろう……?

 

「でも、エプロンドレス姿の依桜ちゃんとかちょっと見てみたいかも」

「お、いいこと言うね、エナっち! ならば、このわたしが手配しよう!」

「勝手に決めないで!? ボク、着るとは言ってないからね!?」

「えー? 似合いそうだよ? 依桜君」

「それとこれとは別っ! さ、早く寝よ! 明日は海に行くんだから!」

「ま、それもそうね。依桜の恥ずかしくも面白い話が聞けたことだしめ。それに、いい感じに眠くなってきたから」

「だねー。わたしも眠くなってきたぜ」

「うちも……」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「「「おやすみなさい」」」

 

 そうして、この日は就寝となりました。

 

 ……ふと思ったんだけど、これって、ボクだけが一方的に敗北してるよね……?

 

 ……深く考えるのはやめよう。

 

 ともあれ、明日は臨海学校。どんな一日になるのかなぁ。




 どうも、九十九一です。
 いきなり蛇足的な回。まあ、うん。いいよね。正直、話の流れで出来そうだったので。
 この回はですね、単純に感想で『依桜が女装して女子更衣室に入った時の話が気になる』みたいなのが来てですね、せっかくだしやるかぁ、という軽い気持ちでやりました。
 意外と、書くのが大変でしたが、まあ、楽しかったです。あれですね、今後も男だった時の話とか、ちょこちょこやってもいいかもしれないです。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いいたします。
 では。


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400件目 寝ぼけ依桜ちゃん

 翌朝。

 

「すぅ~……すぅ~……」

「ん~? なんだかあったかいなぁ……って、はっ! 何この状況!?」

 

 朝、謎の温かさと柔らかさに目を覚ますと、依桜ちゃんがうちを抱きしめながら気持ちよさそうに寝ていた。

 

 お、おー、柔らかいし温かいし、いい匂い……。

 

「えへへぇ……。エナちゃ~ん……」

「はぅぁっ!」

 

 な、なんですかこれは!

 

 て、天国? ここは天国なの!?

 

 あと、依桜ちゃんの着ている浴衣がはだけて、真っ白でおっきなお胸が見えちゃってるよ!

 

 と言うか、依桜ちゃんって寝る時はもしかして……ノーブラ派!?

 見たところ、全然ブラジャーが見えないよ!?

 

 ノーブラ派の娘って本当にいるんだ!

 

 なるほど~、だから依桜ちゃんって天然系エロ娘って言われてるんだね!

 

 すっごく納得したよ!

 

「うむぅ~、でも、これはどうすれば……」

 

 うちとしてはすっごく天国。

 

 大好きな依桜ちゃんが、うちに抱き着きながら気持ちよさそうに寝ているんだもん。

 

 しかも、腕は胸元に抱いているし、足の方は自分の足で挟み込むように絡めてるから、余計に嬉しい。

 

 はわぁ~~……最高だよぉ~……。

 

「……なるほど。やっぱり、依桜は抱き着いたわね」

「だねー」

「あ、未果ちゃんに、女委ちゃん! おはよー!」

「ええ、おはよう」

「おっはよう!」

「えーっと、未果ちゃん。やっぱりってどういうこと?」

 

 起きて来た二人に挨拶をして、さっき未果ちゃんが行っていたことが気になったので尋ねてみる。

 

「あー、依桜はね、こうして集団で眠っていると、誰かに抱き着いているのよ」

「じゃあ、抱き着き魔?」

「んー、多分だけど、親しい人限定なんじゃないかなぁ? スキー教室の時からだけど、その時はクラスメートの子には抱き着いてなかったしねー」

「なるほど……つまり、うちは親しいと思われてるってことだね!」

「そうなるわね。あとは、寝言で大体判明するんだけど……」

 

 と、未果ちゃんが言った直後、

 

「エナちゃん、好きぃ~~~……すぅ……すぅ……」

「ありがとうございますっ!」

「……やっぱりか。依桜ってば、どうも抱き着いている相手がわかってるっぽいのよね。だから、その相手に対して、寝言で好きとか言って来るのよ。十中八九、本心だとは思うけど」

「そ、そうなんだ。でも、あれだね! すっごく嬉しいね!」

「「わかる」」

 

 そっかそっか、依桜ちゃんってうちのことが好きなんだね!

 

 なんだか、すごく安心したよ!

 

 うちが内心舞い上がっていると、ふと気になったことが。

 

「ねえねえ、親しい相手にこうして抱き着くのなら、依桜ちゃんが男の娘だった時も、晶君や態徒君に抱き着いてたのかな?」

「「……そう言えば、どうなんだろう?」」

 

 うちが口にした疑問に、未果ちゃんと女委ちゃんの二人が疑問顔になる。

 

 あ、二人も知らないんだ。

 

「依桜君と同じ部屋班だった人曰く、『服がはだけてて、なんかエロかった』って言ってたよ」

「男のなのに、はだけてエロいって……なんでもありじゃない、依桜。まあ、女装姿で女子更衣室に入って怒られないレベルと考えると、ある意味納得だけど」

「天性の才能だよね、ほんとに」

 

 たしかに、依桜ちゃんって、謎……。

 

「んぅ……はれぇ……?」

「あ、依桜ちゃん、おはよう」

「わぁ~、エナちゃんだぁ~……むぎゅぅ~~~!」

「!?」

 

 眠たげな顔をしながら、むくりと依桜ちゃんが上半身を起こしたかと思った次の瞬間、そのままうちの首に手を回して抱き着いてきた。

 

 どういう状況か理解できず、そのまま後ろに倒れ込む。

 

 わ、依桜ちゃんの胸、すっごーい……。

 

「すぅ……すぅ……」

「……この流れも同じ、と」

「うーん、依桜君って、朝は強い方なんだけど、こういうシチュエーションになると、途端に弱くなるよねぇ。あー、でも、弱いって言うわけじゃないのかな? なんと言うか、普段は早起きしてるから神経使ってるけど、今はオフ! みたいな」

「なるほど。その可能性はあるわ。多分、心置きなく寝れる! みたいな考えになってるんでしょ。だから、こうして親しい人に抱き着いている、と」

「あ、あの~、考察してるところ悪いんだけど、手伝ってほしいな~、なんて」

 

 だって、浴衣から覗く依桜ちゃんの真っ白な胸が、とってもエッチなんだもん!

 

 同性のうちですら、すっごくドキドキだよ!

 

 可愛い寝顔なのに、体つきは可愛くないんだもん!

 

 どうやったらこんなアンバランスなことになるんだろう?

 

「……うーん、こうして依桜ちゃんの可愛らしい寝顔とかを見ていると、こう……今年の夏にあるイベントでも手伝ってほしいなぁ、とか思っちゃう」

「意外と、寝言ではOKくれるかもしれないわよ?」

「さすがにないと思うなぁ。依桜ちゃん、あんまり目立ちたくない、って言ってるもん」

「んー、じゃあ試してみよっか。わたし、スマホで録音してるので、エナっち、ちょっと訊いてみて?」

「それって卑怯な気が……」

 

 だって、寝ている間にした約束を有効化させるってことだもんね?

 うーん、依桜ちゃんに申し訳ないような……

 

「エナ、夢って言うのは、自分の深層心理が現れる物なの。だから、外部的要因から見る夢だって、その中で答えていればその人の本音よ」

「ちょっと何言ってるかわからない」

「つまり、寝言はその人の本心、ということよ」

「なるほど……じゃあ、ちょっと訊いてみるね!」

 

((あれ、意外とちょろい……?))

 

 んーと、それじゃあどうやって訊こうかなぁ。

 

 ……うん、あれだね!

 

「依桜ちゃん依桜ちゃん。今度、イベントに一緒にアイドルとして出て欲しいんだけど、お願いできるかな?」

 

 ストレートに行こう!

 まあ、依桜ちゃんのことだし、さすがにことわ――

 

「んぅ……エナちゃんとなら、いいよぉ~……」

 

 なんですと!?

 

「おー、本当に答えた! しかも、了承してる! つまり、依桜君的には、アイドルは別に嫌じゃないってことだね!」

「……まあ、依桜がアイドルをしている時って、若干生き生きととしているような感じがしたし、別段嫌と言うわけじゃないんでしょ。しかも、あの姿は変装しているものだし」

「やったねエナっち! 今録音した音声データを依桜君に聞かせれば、多分了承してくれるよ!」

 

 どうしよう、すごく魅力的……。

 でも、やっぱりこれって卑怯だよね……よし、なし!

 

「ううん、止めておくよ。さすがに、依桜ちゃんが可哀そうだし、仮に出てもらいたいんだったら、自分でお願いしてみるから!」

「エナって、本当にいい娘よね」

「えへへそうかな?」

 

 褒められるのは素直に嬉しいね!

 

「そっかそっか。エナっちはさすがだね。じゃあ、削除っと」

「あら。女委なら、もうちょっとごねるかと思ったんだけど」

「未果ちゃん、わたしを何だと思ってるんだい? これでも、エナっちとは親友なんだよ? それから、依桜君ともね! ならば、わたしがふざけたことをするはずないじゃないか!」

「……そう言っている人間が、去年の学園祭でサキュバス衣装を着せ、冬〇ミで微妙にエロいメイド服を着せていたわけなんだけど?」

「ひゅ~♪ ひゅひゅ~♪」

「おいこら。目を逸らしながら口笛吹かない。微妙に上手いから腹立つのよ」

 

 女委ちゃん、去年そんなことしてたんだ。

 

 でも、サキュバス衣装に、エッチなメイド服……ちょっと見てみたかったかも。

 

「ともかく、早く依桜を起こすわよ。もうすぐ朝食の時間だし、着替えないといけないし」

「おっと、そうだったねー。じゃあ、起こそう! エナっちよろしく!」

「え、うち?」

「まあ、そうね。そうなっている以上、エナが起こした方がいいでしょ。とりあえず……耳に息を吹きかければ起きるわ」

「どうしてその方法?」

「「依桜(君)耳が弱いから」」

「あ、そうなんだ。じゃあ、試しに……ふぅ~」

「んひゃぅっ!?」

 

 耳に息を吹きかけたら、本当に起きた。

 

 ただ、ちょっとエッチな声を出していたけど。

 

「な、何!? 何事!? ……って、え、エナちゃん!?」

「起き抜けなのに元気だね、依桜ちゃん!」

「あわわわわわ! ご、ごめんね! すぐに離れるからぁ!」

 

 今の状態を理解した瞬間、依桜ちゃんがすごい勢いで起き上がった。

 うーん、もうちょっとだけあのままでもよかったんだけどなぁ。

 まあ、仕方ないね。

 

 

「……さて、依桜が起きたことだし、着替えて朝食に行きましょ。全員、私腹を持ってきてるわよね?」

「あったぼうよ!」

「持ってきてるよ!」

「もちろん」

 

 エナちゃんにのしかかるように眠っていた(らしい)ボクが起きると、未果が私腹を持ってきているかどうかの確認をしてきた。

 

 補足なんだけど、この林間・臨海学校では、私服での行動が許されています。

 

 制服や体操着だと暑いし、面白くないよね! だそうです。

 

 紛いなりにも主催者の人なんだから、もうちょっと言葉を選んだ方がいいんじゃ……と思ったけど、学園長先生には今更だよね。

 

 あの人、年中おかしいもん。

 

 あ、ちなみに林間学校の方では、なるべく動きやすい服装で、と言わています。

 

 一応、薄着でも問題ないと言えば問題ないけど、蜂に刺されたり、特定の植物によってかぶれてしまうこともあるので、そう言う意味では学園側も長袖長ズボンを推奨していたり。

 

 ボクは……まあ、大丈夫です。

 

 蜂の毒は効かないし、漆の方も、どういうわけか『毒耐性』である程度無効化できるので。

 

 なんでだろう?

 

 あれって、毒って言う分類なのかな?

 

 うーん……よくわからない。

 

 ともあれ、早く着替えて行かないと。

 

 

 それから着替えを済ませて朝食を摂った後は、あらかじめ決めていた林間・臨海学校にそれぞれ分かれて、実習場所へ。

 

 ボクたちは見事に同じグループだったの、一緒に行動することに。

 

 移動はバスで、大体十分程度。

 

 地域的に、朝から暑いということもあり、海水浴が始まる時間が割と早い。

 

 と言っても、事前の準備やらなんやらで時間が進み、結果的に到着するのは九時半くらいなんだけど。

 

 一応、今着ている私服の下に水着を着るのもありです。

 

 ボクは……そのタイプ。

 

 あんまり見られたくないので……。

 

 そう言えば、臨海学校のグループの集合場所に行ったら、やけに周囲の人たち(主に男子生徒)が喜んでいたんだけど、なんであんなに喜んでたんだろう?

 

 やっぱり、意中の女の子が臨海学校のグループにいたからかな?

 

 それならすごく納得。

 

 ともあれちょっと気になることはありつつも、バスに乗ってボクたちは移動した。

 

 ちなみに、バス内ではなぜか再び、ボクとエナちゃんによる謎ライブが開催されました。

 

 なんで?




 どうも、九十九一です。
 ついに400話に到達しましたね。まあ、作品の話数的にはとっくに行ってるんですが、本編はまだでしたしね。ちょこちょこ外伝的な話とか、説明回などもあるため、微妙にずれてますしね、この作品。
 ただ、問題なのは、400話に到達したのに、現状のこの作品の進み具合で言うと全体の3割くらいなんですよね。いやマジで。まあ、場合によってはちょっと短縮するかもしれませんから何とも言えないんですけど、マジでそれくらい。多く見積もっても4割かなぁ? くらい。半分にすら行ってないという……。しかも、私の書き方的に、蛇足が増えたり、想定していなかった章を入れたりするんで、もっと伸びるかも?
 つまり、いつも通りということですね(馬鹿)。
 まあ、そんな感じです。気が付けば、PV数もとっくに150万回超えていて、200万回も近いのでは? とか思ってます。今年中には達成したいなぁ……。
 今後も頑張りますので、このよくわからん作品をお願いします。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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401件目 臨海学校の説明

 というわけで簡易更衣室にて着替え。

 

 と言っても、ボク自身は下に着てるから、二十秒くらいで終わるんだけど。

 

『お、あんたまた胸でかくなったんじゃないなの~?』

『でしょでしょ! いやぁ、まだまだ伸びしろがあるってことだぜぇ!』

『くっそう、羨ましいぞ! このぉ!』

『あははっ! くすぐったいよ!』

 

 裏で、クラスメイトの女の子たちが、その……他人の胸を揉んでました。

 

 ……女の子って、よく平気でできるよね、そういうこと。

 

 ボクには無理です。

 

『でもさー、うちらがどんなに競っても、所詮は団栗の背比べだよね』

『そりゃあね。こっちは一般人。でも、あっちは逸般人』

『『『……やはり、大きい……!』』』

 

 なんだか、視線を感じる……。

 

 なんとなく後ろを振り返ると、クラスメイトの女の子たちがこっちをじっと見ていた。

 

「え、えっと、何かな……?」

『いやー、依桜ちゃんって、本当におっぱいが大きいなーって』

『何を食べたらああなるんだろう……?』

「あ、あははは……あんまり見ないでもらえると、嬉しいな……」

「いやいや、そうは言っても、ついつい見ちゃうよねぇ、依桜君のおっぱいって」

「ど、どうして?」

「だって、規格外なんだもん。形良し。張り良し。柔らかさ良し。大きさ良し。の四拍子揃った最高のおっぱいなんだもん!」

「へ、変なこと言わないでぇ! ボク、この胸結構気にしてるんだからぁ!」

 

 大きくても、いいことなんてないもん!

 むしろ、支障が出てるよ!

 

「えー? おっきいのもいいと思うんだけどなぁ」

「そもそも、ボク元男! もともとなかったものがあるのって、結構アウトなの!」

「それもそうよね。通常じゃあり得ないことだし。正論よね」

「依桜ちゃん、苦労してるんだねー」

「……本当にね」

 

 ボクの苦労をわかってくれる人って、果たしてこの世界にいるのかな……?

 

 

 着替えも終わり、簡易更衣室から出ると、すでに男子の人たちが待っていた。

 

 まあ、男子って着替え終わるの早いもんね。

 

 脱いで、穿いて、終わりだもん。

 

 本当、楽だったんだけどなぁ……男子って。

 

 ちなみになんだけど、臨海学校で着る水着は、学園指定のものじゃなくてもOKということになってます。なので、大半……というか、来ている人全員が自分の水着を着ています。

 

 ボクもそうだしね。

 

 ちょっと……学園指定の水着は好きじゃないので……。

 

 なんと言うかこう、ピッタリフィットする感じが苦手で。

 

 その代わり、露出が多いんだけどね、ボクの持ってる水着って。

 

 ま、まあ、パーカーを羽織るのもありなので……。

 

 それから、日射病や熱中症にならないように、帽子をかぶるのもありとなっていたり。

 

 それを知った女委が、なぜかボクに麦わら帽子を手渡してきた。被って欲しいとのことなんだけど……どうして、麦わら帽子?

 

 ありがたいからいいんだけど。

 

 でも、日射病や熱中症を防止するために持ってきたのなら、未果に渡した方がいい気がする。だって、未果って黒髪だもん。

 

 ボク、銀髪だから黒髪ほどあまり熱は吸収しないしね。

 

 色々と疑問になりつつも、とりあえず貸してもらった麦わら帽子を被る。

 

『何あれ、似合いすぎだろ……』

『清楚系美少女っていうのが、ビシビシと伝わってくるぜ……』

『銀髪碧眼で、パーカー羽織ってて、パレオタイプのビキニを着て、麦わら帽子を被ってるとか……なんだあれ、可愛さの権化かよ』

 

 あれ? なんだか視線が多いような……。

 

「……女委、もしかしてなんだけど、依桜に被せるために持ってきたんじゃないでしょうね?」

「にゃははー! それはもっちろん!」

「まったく……あなたはいつも、依桜を目立たそうとするわよね」

「女委ちゃんって、結構お友達を売るタイプ?」

「失敬な! わたしはそんなんじゃないよ! じゃあ二人に訊くけど、麦わら帽子を被った依桜君って、すっごく可愛くない?」

「「とっても可愛い」」

「でしょでしょ? ほら、ああいう美少女が麦わら帽子を被って、つばの部分に触れながら、こう、前屈みになって覗き込むような絵とかあるじゃん?」

「「ある(ね)(わね)」

「依桜君って、まさにそれが似合いそうだったから、麦わら帽子を持ってきました! どうよ?」

「写真が欲しいわ。あるのなら、言い値で買うわ」

「うちも。あの依桜ちゃんの破壊力はすごいよー」

「ふっ、じゃあアイちゃんに頼んどくぜ」

「……依桜のサポートAのはずが、変なことに使われるようになったわね、ほんと」

 

 うん? 未果たちが集まって何か話してるけど……何の話をしてるんだろう?

 

「おっすー」

「ここにいたのか」

 

 未果たちに話しかけようかなと思ったタイミングで、晶と態徒がこっちに来た。

 それに気が付いたのか、未果たちも話を中断してこちらに。

 

「……二人とも、何気に筋肉質よね」

「だねぇ。態徒君は武術をやってるからわかるけど、晶君もとなると、面白いね」

「わー、シックスパック! 特に、態徒君はすごいね!」

「そうか? ハハハ! いやぁ、武術やってた甲斐があるってもんだな!」

「まあ、鍛えておいて損はないからな。俺も、たまにジムに通ってるし。日常的に筋トレもしているからな。多少の自信はある」

「なるほど……でも、筋肉があるのはちょっと羨ましいなぁ……。ボク、なくなっちゃったから。特に割れてた腹筋がなくなったのがちょっと……」

「「「「「いや、依桜(君)(ちゃん)の腹筋がバキバキとか想像できない」」」」」

「……そんな、声を揃えて言わなくても……」

 

 ボク、そんなに腹筋が割れてたイメージない……?

 

 ……ない、よねぇ。自分でもないと思うもん。

 

 何せ、全体的に華奢だったし、脂肪もほとんど付かなかったし、体力もなかったし、体も弱かった。そんな体だったのに、筋肉があった、何て言われてもピンとこないよね……。ボクも、もし逆の立場だったら、絶対に否定してると思うもん。

 

 男に戻りたい……と思っても、もう無駄なこと。

 

 災難な人生だよね……本当に……。

 

 遠い目をして、ちょっと自分の人生に嘆いていると、

 

 ぷに。

 

「ひゃぅっ!?」

「おー、依桜君のお腹、すべすべでぷにぷにだー」

「め、女委っ、く、くすぐったっ……あははっ!」

 

 不意に女委にお腹を触られて、それぐがくすぐったくて、思わず笑い声を出してしまう。

 

「へぇ、どれどれ……うわ、本当にすべすべぷにぷにね……。なにこれ、いつまでも触っていたくなるわ」

「あ、うちも気になる! ……わぁ、すごく触り心地がいいね! 依桜ちゃんのお腹、最高だよ!」

「さ、三人ともっ、や、やめっ……あはっ、あははははっ! お、お腹っ、よ、弱いのぉっ……!」

 

 三人いっぺんに触られて、くすぐったさが倍増された結果、人目もはばからずに笑い声が出てしまう。それだけでなく、体の方もくねらせる。

 

 周囲からの視線がすごいよぉ……!

 

「その辺にしといた方がいいぞ。周囲がまずい」

「「「周囲? ……あ」」」

 

 晶の発言に、みんなが一瞬動きを止めると、周囲を見て『あ』と声を漏らした。

 

 ボクも、お腹を触られることで悶絶していたけど、息を整えつつ周囲を見る。

 

『や、やっぱ破壊力が半端ねぇ……!』

『……あの体つきにあの動きはダメだろ』

『やべぇ、まともに立てねぇ』

 

 周囲を見れば、なぜか男子の人たちが前屈みになっていた。

 

 うーん? なんで、前屈みになってるんだろう?

 

 未果たちを見れば、みんな納得している様子。

 

 あれ、エナちゃんでも理解できてるの……?

 

「あの、どうして男子のみんなは前屈みになってるの?」

「「「「「依桜(君)(ちゃん)は、知らなくてもいいこと」」」」」

「そ、そですか」

 

 そう言う風に断言されちゃったら、聞くに聞けない……。

 

 でも、みんなが知らなくてもいいって言ってるし、本当にそうなのかも。

 

 ちょっと気になるけど……いいかな。

 

「じゃあ、そろそろ行こ。もうすぐ説明があると思うからね」

「そうだな」

 

 周囲を気にせず、ボクたちは引率の先生方がいるところに向かった。

 

 

『よし、全員集まっているな。では、臨海学校について説明する。まず、この臨海学校で学ぶことは……実を言うと、そこまでない』

 

 先生のその発言に、話を聞いていた生徒全員がずっこけた。

 

 いや、うん。まさかいきなりそう言われるとは思わなかった……。

 

『一言で言えば、遊ぶ、だ。実質的に、この林間・臨海学校は、旅行のような面が強い。基本的に生徒が自由に過ごす、という行事だ』

 

 学園長先生が考えてるんだもんね、学園の行事は。

 うーん……自由。

 

『希望者がいればマリンスポーツなどもできる。バナナボートや、ジャイアントブッバ、他にもシュノーケリングや、ボディーボードなんかもできるので、遠慮なく言うように』

『『『おおー』』』

 

 本当、お金かかってるね、この行事。

 

 あのおかしな考え方や、頭のおかしい行動さえしなければ、本当に生徒想いのいい人なんだけどなぁ……。

 

『あとは、浮き輪やビーチボール、ビーチフラッグなどの道具類もあるので、使用したい生徒は教師に言うように。そして、今日の昼食の話だ』

 

 昼食。

 

 そう言えば、各自でどうにかする、って言う話だったんだけど、あれってどういう意味なんだろう?

 

 いやまあ、なんとなく予想はつくんだけど……。

 

『臨海学校での昼食の調達方法だが……要はサバイバルだ。まあ、この辺りは今の三年は知っているだろう。二年前も行っているのでな。だが、今の二年と一年は知らないだろう。なので、簡単に説明する。よーく聞くように。調達方法は、大きく分けて三つだ。一つ。岩場などで、貝や蟹、魚類を捕獲する方法。二つ。釣り。三つ。素潜り。この三つだ』

 

 あー、やっぱりそう言うタイプなんだね。

 

 まあ、サバイバルと言っていた時点で確信してたけどね。

 

 だって、海だもん、場所が。

 

『それぞれの補足として、一は、まあ、比較的簡単だ。だが同時に、運も必要だ。一応、向こう側に岩場があり、小さな水槽のようになっている場所がいくつもある。そこに食べられる生物がいるかどうかは、運次第だ。そして二つ目。まあ、こっちが最も堅実と言える。各釣りスポットにて釣りを行い、魚を獲る、というものだ。餌や釣竿はこちらで用意してあるので安心してくれ。そして三つ目の素潜りだが……これが一番難しいだろう。海に潜り、貝やタコ、イカなどを捕獲する。一応、銛などもあるので、必要に応じて貸し出す。ただし、なるべく人と人との間隔を多めにとるように。人を殺しかねないからな』

 

 銛だもんね。

 

 でも、よく用意できたね、銛なんか。

 

 あ、でも調達するくらいだったら問題ない、のかな?

 

 問題なのは、銛を調達することよりも、学生が使用することの方だもんね、この場合。

 

『とまあ、補足はこんなものだ。万が一、食材が獲れなかった者には救済措置はあるので、安心して欲しい。……だからと言って、サボると……昼食が抜きになるので、気をつけてな。調理場は、向こう側にあるので、そちらを使うようにしてくれ。調達は今からしても構わない。それから、あまり運動が得意でなかったり、体が弱い者、それから体調が悪い者と怪我がある者は、こちらに言うように。制限時間は一時半まで。それ以降は、調理や自由時間とする。万が一、早く調達できてしまったら、その時間以内に調理を初めても問題ないぞ。あと、一応こちらに食材は見せるようにしてほしい。間違っても、毒のある魚や貝は食べるなよ。以上だ。では、解散!』

 

 説明が終わり、先生が解散と言うと、一斉に生徒たちが動き出した。

 

 こう言うのは、ボクの修行時代の経験が一番活きそうだね!




 どうも、九十九一です。
 うーむ、やっぱり進みが遅いですね。まあ、いつも通りと言えばいつも通りですね。うん。
 夏休み編、絶対100話以上行くなぁ、これ。異世界旅行だけで、やばかったら50話くらい持って行きそうだし。あと、活動報告の方にコメントくれた方の案もなるべく採用したいですしね。まあ、頑張ります。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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402件目 サバイバルはすぐに不測の事態

 説明を聞き終わり、みんなで集まる。

 

「さて、サバイバルとのことだけど……どうやって調達する?」

「そうだねぇ……わたしはそこまで泳げないし、岩場か釣りかなぁ」

「オレは海に潜るかね。実家の修行でよく水中戦をやるし」

 

 水中戦をやる武術って何?

 たまに思うんだけど、態徒の実家ってどんな武術をしてるんだろう?

 すごく気になる……。

 

「俺は釣りに回ろう」

「じゃあ、私も釣りね。楽そうだし」

「うーん、うちはせっかくだし、海に潜ろうかな」

「じゃあ、ボクも海に潜るよ。得意だしね、こう言うの」

「「「「「だろうね」」」」」

 

 いい笑顔で、一斉にそう返された。

 

 うん、よくわかってるね、みんな。

 

 異世界に行っていた期間が長いからね。こういった、自然界でのサバイバル技術はそこそこあるつもりです。

 

「はははは! いやぁ、よく言ったなぁ、イオ!」

「え、し、師匠!?」

「そうだよな。あたしがみっちり仕込んだんだから、これくらい出来て当然だよな!」

 

 バシバシと背中を叩いてくる。

 

 い、痛い……。

 

 と言うか師匠、一体どこから現れたんだろう……?

 

「おし、ここは一つ、あたしも面白そうだし参加するかね」

「え、師匠も、ですか?」

「ああ。まあ見てな。美味い魚でも獲ってきてやろう」

「え、それってどういう……」

「じゃあ、あたしは先行ってるぞ」

 

 どういうことですか? と言い切る前に、師匠がそう言って海に飛び込んでいった。

 

「……ミオさんって変わってるんだね!」

「あ、あはははは……。師匠、結構おかしいから……」

 

 少なくとも、まとも、じゃないよね、感性は。

 

 でも師匠、一体海のどこで魚を獲るつもりなんだろう……?

 

 

 そんなわけで、それぞれ分かれて食材の調達。

 

 女委は未果ち晶と一緒に行動。

 

 ボク、態徒、エナちゃんの三人は海に潜ることに。

 

「すみませーん、銛をくださーい」

『お、御庭は男女たちと行動か。男女はともかく、変之には気を付けろよ』

「ちょっ、先生酷くないっすか!?」

『お前の行動を振り返ると、何とも言えんからな!』

「ぐうの音もでねぇ……」

 

 普段から、変なことしてるもんね、態徒。

 それがなければ、全然いいと思うんだけどね。

 

『それで? 銛は三本でいいのか?』

「あ、いえ、ボクは不要です」

『ん? そうなのか? だが、水中でやるには、銛がないときついと思うんだが……』

「大丈夫です。素手でもいけますから」

『そ、そうか。まあわかった。……ほれ、銛二本。取り扱いには気をつけるように。さすがに、林間・臨海学校で死傷者が出るとか本当に洒落にならないんでな』

「「「はい、ありがとうございます」」」

『よし、いい返事だ。じゃあ、行ってこい』

 

 

 銛を借り受けた後は、シュノーケルとフィンを借り(ボクは借りてない)て、早速海に潜る。

 

「依桜ちゃんは、シュノーケルとか必要ないの?」

「うん。向こうの世界でもよく生身で潜ってたから慣れてるの」

「でも、海でゴーグルとかシュノーケルがないって、結構まずいと思うんだけど……」

「いやいや、依桜なら問題ないんじゃね? なあ?」

「態徒の言う通りだよ。ちょっとした裏技を用いれば、目にダメージが行かずに済むから」

「そうなんだ。その裏技ってなーに?」

「えーっとね、ボクが魔法を使えるのは前に言った通りなんだけど、魔力もある程度の操作が出来てね。それを用いて、目を保護するの。イメージ的には、魔力で作ったゴーグル、かな?」

「へぇ~、依桜ちゃんって色々と便利なんだね!」

「まあ、こっちに帰ってきてからは、何かと役立ってる面も多々あるからね」

 

 普通に助かってます。

 

 身体能力が高いおかげで、みんなを守ったり、助けたりできるし、メルたちのことも養っていられるわけだからね。

 

 悪い事ばかりじゃなかったよ。

 

 同時に、いいことも限りなく少なかったけど。

 

「なるほどね~。じゃあ、そろそろ取りに行こう! どれくらい時間がかかるかわからないしね!」

「そうだね。じゃあ、そろそろ――って、あ、忘れてた。エナちゃん」

「なに? 依桜ちゃん」

「これを持ってて」

「これは……指輪? え、えーっと、依桜ちゃん……こ、これって……その……」

 

 あれ? なぜかエナちゃんが顔を赤くしてもじもじしだしたんだけど……どういうことだろう?

 

「えっと、どうしたの?」

「あ、あの、ね、依桜ちゃん……こ、この指輪って……ぷ、プロポーズ、なのかな……?」「…………ふぇ!?」

 

 一瞬、エナちゃんの発言に理解が追い付かなくて固まったけど、瞬時にどういうことなのかを理解。そして、顔を赤くしながらのエナちゃんに負けじと(?)ボクも顔を一気に赤くさせ、いつもの変な声を出す。

 

 ぷ、プロポーズ……。

 

「まあ、突然指輪を渡されたら、そう思うよなぁ」

「い、いやいやいやいや! ふ、普通に考えてよ! 今は変わっているとはいえ、お、女の子同士、なんだよ……? さ、さすがに、その……ま、間違えない……はず……」

「自身無くすなよ、依桜。そこはほら、ちゃんと否定しないと、お前がそう言う趣味だって思われるぞー」

「そ、そうは言っても……ボク、どちらかと言うと、女の子の方が好き、と言えば好き、だし……」

 

 ドキッとさせられたりすることを考えたらね……。

 

 未果や女委たちに散々言われているから、ボクもそうなんじゃないのかな? って思うようになってきちゃったし……。

 

「……え、えと、依桜ちゃん。こ、これは結局、どういう意味……なのかな……?」

「そ、その……す、少なくとも、プロポーズ、ではない、です……」

「……そっかぁ。うん……そうだよね。ごめんね、変なこと言っちゃって」

 

 な、なんでエナちゃんはこんなに残念そうにしてるんだろう……?

 そのちょっと泣き笑いのような表情を見せられると、すっごく胸が痛い。

 

「じゃあ、プロポーズじゃないのなら、これって……?」

「それはね、魔道具だよ」

 

 胸の痛みを抑えて、普通にエナちゃんと会話する。

 

「魔道具? 魔道具って、あの、よくファンタジー作品に出てくる、魔法の道具?」

「そうそう」

「これが……」

 

 さっきまでの泣き笑いの表情がなくなり、一気にエナちゃんの表情が明るくなっていく。

 

 そして、

 

「すっごーい! これ、本当にそうなの!?」

 

 と、目をキラキラと輝かせてずいっと体を乗り出してきた。

 

「う、うん。実はこれ、未果たちも持っているもので、こっちで言うところの携帯電話みたいなものかな? 本来なら、魔力を用いて使用できるんだけど、この魔道具はちょっと特殊で、魔力なしの人でも使用できるの。それから、これの有効範囲は実質無限みたいなものだから、もし何かあった時はこれでボクに連絡して」

「いいの? うちなんかに……」

「いいのいいの。エナちゃんだから渡すんだよ。大切な友達だもん。だから、何か危険が迫った時は、これでボクを呼んで。すぐに助けに行くから。絶対に」

「依桜ちゃん……うん! ありがとう!」

「うっわー、依桜の奴、ナチュラルに殺し文句を言うんだもんなぁ……そりゃ、女子も依桜に惚れるわけだ」

 

 あれ? なんか、態徒が今言っていたような……。

 それに、なんだろう。あの生暖かい目は。

 

「ってか依桜。その指輪って、オレたちの土産分しかなかったんじゃないのか?」

「あ、うん。確かにそうなんだけど、創った」

「創った!?」

「うん。『アイテムボックス』っで、すぐにね」

「……お前、自分で『ボクはチートじゃない』とか言っていたけどさ、十分チートじゃね?」

「いや、うん……こっちに帰ってきた直後……というか、師匠がこっちに来るまでは、そこまでチートじゃなかったんだけどね……」

 

 本当、随分と手持ちの能力やスキル、魔法が増えたものだよ。

 しかも、どんどん便利な方向に進んでいくんだもん。

 

「……ともかく、そろそろ獲りに行こっか」

「うん! 体を冷やさないように、ちょこちょこ休もうね!」

「だな。海にずっと入りっぱなしはまずいしな。んじゃ、オレは先に行くぜ」

 

 そう言うと、態徒は海に入っていった。

 経験があるみたいだし、態徒は大丈夫そうだね。

 

「じゃあ、ボクたちも行こ」

「頑張って、いい食材を獲ろうね!」

「ふふっ、そうだね」

「しゅっぱーつ!」

 

 そう言いながら、ボクたちは海に入っていった。

 

 

(上から見ても綺麗だったけど、水中はもっと綺麗……)

 

 海に入り、少し先に進んだところに行くと、そこには多くの魚が群れを成して泳ぎ、サンゴ礁もある。

 

 ある意味、すごい。

 

 同時に、水中に差し込む光でとても幻想的に見える。

 

(って、いけないいけない。見てるだけで時間が経っちゃいそう。捌く時間も含めないとだしね。なるべく早めに終わらせちゃおう)

 

 そんなこんなで、臨海学校のサバイバルな学習が開催され、生徒たちは各々好きな方法で昼食の食材を獲る。

 

 女委は未果たちの近くで、岩場にいる貝などを採取。未果と晶の二人は釣竿を借り受け、のんびりと釣りをしている。

 

 態徒と恵菜の二人は、人間の範疇内による漁のようなことを行っていた。

 

 そして、常人ではない、依桜はと言うと……

 

(ふっ!)

 

 人を見ていないのをいいことに、『武器生成魔法(小)』で針を大量に生成、そしてそれを水中で投げて魚を獲っていた。

 

 先ほども、自身で投げた針で近くにいた鰺の脳天を真横からぶっ刺し、捕獲している。

 

 あまり獲り過ぎても生態系によくないとしっかり考えているので、依桜は必要量だけ獲っている。

 

 もっとも、それでもそれなりに獲っているのだが。

 

 そして、気が付けばかなり深い所に依桜は進み……

 

(あ、スズキ)

 

 高級食材である、スズキを発見していた。

 

(んー、あれがあれば、多くの人に振舞える、かな?)

 

 そう考え、依桜は速攻でスズキを捕獲した。

 

 なんと言うか、釣りではなく、普通に素潜り漁による魚の捕獲など、本当に笑えない。

 

 これが、異世界で鍛えまくった人間の末路である。

 身に付けているものが水着のみだと言うのに、何もなしで獲っているのも、本当に酷い。

 

 最も、獲るための道具自体は生成しているが。

 

 まあ、そんなもの持っていないに含まれるだろう。

 

 ちなみに、捕獲した魚は、一時的に『アイテムボックス』に入れている。

 戻る時、一応網を生成して、それに入れて戻ってくるつもりである。

 

 依桜自身、割と深い所に行っているので、そろそろ戻ろうかと思った時、

 

(い、依桜ちゃん助けて!)

 

 そんな危機迫った恵菜からの助ける声が、依桜に届いた。

 

 それを聞いた瞬間、依桜は水を蹴って、恵菜の反応がある場所に向かった。

 

 

 さて、なぜ恵菜が依桜に助けを求めたかと言うと……

 

(さ、鮫……)

 

 まさかの、鮫である。

 

 しかも、ホホジロザメという、なかなかにヤベー鮫だ。

 

 幸い、まだ気づかれてはいないが、気づかれるのは時間の問題だ。

 

 本来ならば、この辺りにいた鮫――主に、人を襲うタイプの鮫はあらかじめ処理して会ったのだが、どうやら、ここに別の個体が来てしまったらしい。

 

 あとは、恵菜が少し流されてしまった、というのも問題の一つだろう。

 

 本来なら鮫が出ることはないが、今年初めて、鮫が出てしまった。

 

 今までは一度も出ていない。

 

 最悪だ。

 

 そして、ついにホホジロザメが恵菜に気付き、まさに襲い掛かる、と思った時、

 

 ドッゴォォォォンッッッ!

 

 ホホジロザメが吹っ飛んだ。

 

 それも、水面から飛び出し、ものすごい勢いで彼方に飛んでいった。

 

 そんな異常事態に、恵菜を襲うとしていた他のホホジロザメたちは、スーッと逃げていった。

 

 本能的に敵わないと思ったのだろうか。

 

 どちらにせよ、多分二度と来ることはないだろう。

 

 なぜなら……

 

(にっこり)

 

 綺麗な笑顔で、人ひとり軽くそれだけで殺せるほどの殺気をホホジロザメにぶつける存在がいたからだ。

 

 まあ、依桜である。

 

 先ほどまでいた場所から、水中で縮地もどきを用いて瞬時にこちらに来たのである。

 

 依桜は恵菜を抱えると、そのまま水中を飛び出して、まさかの水面を走り出した。

 

 もちろん、お姫様抱っこである。

 

 ちなみに、なぜ依桜が水中移動ではなく、水面を走る方を選んだのかと言えば、水中だと体に負担がかかってしまうからだ。

 

 それによって、怪我を負わせるのは嫌だったので、依桜は水面を走る方を選んだのである。

 

「い、依桜ちゃん……」

「早速さっきの指輪が役にたってよかったよ。こうして、エナちゃんを守れたんだから」

「依桜ちゃん……」

 

 エナは依桜のイケメンな発言と、可愛らしい笑顔によって、きゅんと来た。

 ただでさえ惚れているのに、余計に惚れさせるのは……ある意味、罪作りな女である。

 

 

 この後、依桜は浅瀬付近で足を止めると、その付近で再び水中に戻り、二人は陸に上がった。

 

 それと同時に、海で謎の水飛沫が上がり、鮫が吹っ飛んでいく様は、遠目に見えていたため、生徒たちはそれはもうぎょっとした。

 

 あとは、この辺りには水面を走る何かがいる、とか噂されるようになり、依桜は思わず苦笑いをした。

 

 早速目立ちそうになる依桜だった。




 どうも、九十九一です。
 ちょっと一時間遅れました。申し訳ねぇ……。ちょっと、書きあがるのに時間がかかっちゃいまして。許してください。
 明日も多分いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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403件目 鮫の原因

 エナちゃんが鮫に襲われるという事態をなんとか無事に回避し、ボクとエナちゃんの二人は浅瀬の辺りでちょっと休憩していた。

 

「……あ、あの、エナちゃん?」

「なぁに? 依桜ちゃん」

「その……な、なんで、ボクの右腕を抱いているんですか……?」

 

 どういうわけか、エナちゃんは、ボクの右腕を抱いたままボクにぴったりとくっついていた。

 

「鮫に襲われて怖かったから、かな?」

「……そ、そっか。それじゃあ、し、仕方ない、ね」

 

 エナちゃんって、普通にスタイルがいいから、その……む、胸が押し付けられてるんだよね……。だから、すっごくその……腕が、や、柔らかい感触に包まれてると言うか……。

 

 あぅぅ……。

 

 で、でも、エナちゃんは覚めに襲われて怖がっていた、って言うし……こ、これもエナちゃんのため……。

 

「えへへぇ❤」

 

 ……あれ、これって本当に怖がってるんだよね?

 

 なんだか、ちょっと違うような気がしてきた。

 

「と、ところでエナちゃん。エナちゃんは何か獲れた?」

「うーんとね、さすがに魚は難しかったから、貝とかタコとかが中心だったかな?」

「なるほど、見せてもらえる?」

「うん! はい、どうぞ!」

 

 そう言うと、エナちゃんは腰元に着けていた網をボクに渡す。

 

 えーっと?

 

「アワビ、スルメイカ、水ダコに、ウニ。うん、なかなかいいね!」

 

 見たところ、食材の品質はいいみたい。

 

 もしかすると、その辺りもある程度管理しているのかも。

 

 学園長先生ならそれくらいしそうだしね。

 

 ……でも、実質高等部の半数の生徒が魚介類を獲っていたら、この辺りの生態系に少し影響を出しそうなものなんだけど……。

 

 どうなってるんだろう?

 

 それにしても、この辺りは豊富だね。

 

「依桜ちゃんはどれくらい獲ったの?」

「あー、うーん……ちょっと待ってね」

「うん」

 

 何とも言えない表情を浮かべながら立ち上がると、ボクは一旦海の中へ。

 

 そして、なるべく人目に付かない場所に移動してから『アイテムボックス』を開き、中から獲った魚介類を取り出す。

 

 もちろん、中で網を生成してからです。じゃないと、怪しまれるしね。

 ……まあ、数が尋常じゃないけど。

 

「お待たせ」

「え!? なにその量!?」

「あ、あはは……ちょっと、獲りすぎちゃった、かな?」

「取り過ぎたって言うより……なんだか、おっきな魚がいるような気がするんだけど」

「ちょっと、沖の方に出てて……あっちの方なら、いい魚いるかなー、って思って。それに、どのみち調理するのはボクだからね。なら、美味しいものを、と」

「依桜ちゃんって、本当にいいお嫁さんになりそうだよね」

「ふぇ!?」

「だって、ここまでの事をしなくてもいいのに、みんなのために、って言って大物を獲ってきちゃうんだもん! それにそれに、美味しいものを作りたいって言うし……依桜ちゃんの嫁力が強すぎるんだよ!」

「よ、嫁力って……」

 

 聞いたこともないよ、そんなの。

 女子力ならわかるけど。

 

「それで、依桜ちゃんが獲ってきた魚って、なんなの?」

「えーっと、鰺、穴子、石鯛、鱚、スズキ、太刀魚、鱧かな? あとは、車海老とか昆布とか、エナちゃんも獲ってたウニとか」

「わ~、本当にいっぱい獲って来たんだね! でも、食べきれるのかな?」

「もちろん、ボクたちだけで、と言うわけじゃないよ。こんなにいっぱいあるんだし、もしあれだったら周りの人にもお裾分け、かな」

「なるほど~。依桜ちゃんって、お人好しってよく言われない?」

「うーん、向こうの世界だとよく言われてた、かも?」

 

 なんと言うか、ついつい誰かの為に行動しちゃうんだよね。

 基本的に、自分よりも他の人を優先しちゃうと言うか……。

 

「依桜ちゃん、優しいもんね」

「そうかな?」

「そうだよ!」

 

 普通の事をしている、っていう気持ちでしかないからいまいちピン来ないけど。

 とりあえず、そう言うことにしておこう、かな?

 

「そう言えば、態徒はどうしてるんだろう?」

「まだ潜ってるんじゃないかな? 張り切ってたし」

「態徒のことだから、そこまで心配はいらないと思うけど……」

 

 と、ボクがそう呟くと、

 

「いやー、そこそこ獲れたぜー」

 

 海から態徒が上がって来た。

 

「あ、態徒。おかえり」

「おう、ただいま……って、うお!? なんだこの魚の量!?」

 

 笑顔で戻って来た態徒が、ボクの付近にある魚の入った袋を見るなり、驚いた声を上げる。

 まあ、うん。普通の人だったらそう言う反応だよね。

 

「ちょっと、張り切っちゃった」

「張り切っちゃったって……なんか、すんげえいるんだが。というか、明らかに素潜りで獲らないような魚がいるのは気のせいか?」

「あははは……」

「しかも、同じ魚もそこそこいるし……どうやったら、こんなことができるんだよ?」

「こう、『気配感知』と『気配遮断』、『消音』の三つを使って、魚にバレないように泳いで、魚の脳天を真横から針で刺した、かな」

「……暗殺技術を、素潜りで使うとか……依桜くらいなんじゃね? そんなことするの」

「……どうだろう? 師匠もなんだかすごい張り切って海に飛び込んでいったから、ボク以上にとんでもないことしてるかも……」

 

 少なくとも、この世界に師匠を殺せる存在がいるとは思えない。というか、向こうの世界にすらいないんじゃないかなぁ……。

 

 仮に、一万匹のホホジロザメに襲われても、一分かからないで全滅させそうなんだもん、師匠。

 

「まあ、ミオさんだしなぁ……。ってか、あれだな。依桜がそんだけ獲ってたら、オレらが獲る意味、なかったんじゃね?」

「そんなことないよ。こう言うのは、一人一人が頑張って、その頑張りで獲ったものを食べるから美味しいの。一人が頑張っただけじゃ、ただ人の獲った物を、ただ食べるだけだからね。経験値が全然違うんだよ」

「な、なるほど……たしかに、依桜の言う通りだな。オレも実家で散々言われてるぜ」

 

 本当に態徒の実家が気になる。

 なんだかんだで、一度も行ったことがないんだよね、態徒の家。

 

「未果たちはどうなんかね?」

「うーん、ちょっと行ってみる? もし、向こうもそれなりに獲れていたら一旦中断して、そのままお昼を作り始めてもいいしね」

「だな」

「それじゃあ、未果ちゃんたちのところに行こう!」

 

 未果たちどうしてるかなぁ。

 

 

『気配感知』を用いて、ボクたちは未果たちの所へ移動。

 

 ちなみに、魚などは肩に担いでます。ボクが。

 

 自分で獲った魚だからね。自分で持つのです。

 

「あ、いたいた。おーい、未果―、晶―、女委―」

 

 近くに行き、未果たちの姿が見えてくると、ボクは未果を呼んだ。

 ボクの声に気付き、未果たちがこっちを見ると、綺麗な二度見をした。

 

「あー、えーっと……色々訊きたいことがあるけど……まず一つ。その魚たちは何?」

「獲ったの」

「……まあ、そうよね。それ以外ないわよね……」

「予想通りと言うか、何と言うか……」

「さっすが依桜君だよね! 期待を裏切らない!」

「あ、あはははは……」

 

 そう言う反応になるよね……。

 得意なことだったというのもあるけど、ついついいい食材を得ようと頑張りすぎちゃったからね。

 自重、しないといけないんだけど……。

 

「しかも、高級食材も混じってるし……これ、明らかに浅瀬じゃなくて、ちょっとした沖の方にも行ってたわよね?」

「うん。そっちの方にいい魚がいるかなー、って思って……。まあ、うん。ちょっとやりすぎたかなって、思ってます」

「やりすぎっていうか、普通にすごいと思うんだが」

「依桜の場合、シュノーケルとかフィンとかなしでやってたからなぁ。あれ、マジですげえよな」

「何と言う低コスト! さっすが依桜君!」

「あははは……」

 

 向こうの海ほど、こっちの世界の海は酷くないからね……。

 

 あっちは狂暴な魔物、というか魔魚がいっぱいいて、一筋縄ではいかないようなのも多く存在していたから。

 

 だからこそ、楽に動けたわけで。

 

「そう言えば、さっき海から結構大きめの水柱が上がったんだが、何か知らないか?」

「あ、そういやそれ、オレも気になったなぁ」

「どうせ、依桜が何かしたんでしょ?」

「あの、なんですぐにボクって言って来るの……?」

「「「「だって依桜(君)だし」」」」

「……まあ、ボクだけど」

 

 そう言った瞬間、みんなが『やっぱり……』みたいな顔をした。

 ……うん。すみません。

 

「で? 何したの?」

「あ、それ依桜ちゃんがうちを助けたからだよ!」

「エナを? どういうこと?」

「いやぁ、うち、ホホジロザメの群れに襲われかけちゃって……」

「大事件じゃねーか!?」

「それで、依桜ちゃんから事前に渡された指輪を使って、助けを求めたら、数秒で来てくれて、さっきの水飛沫は依桜ちゃんがキックで吹っ飛ばした後だね! でもその後、依桜ちゃんを見た鮫たちが逃げたのが、ちょっと気になってるね」

「……依桜、何したんだ?」

 

 苦い顔をしながら、晶が尋ねてくる。

 

「ちょ、ちょっと、殺気を飛ばしただけ、です……」

「人喰い鮫の中で一番狂暴なホホジロザメが逃げるレベルの殺気……依桜君すごいね!」

「いや、すごいだけで済む問題じゃ無くね?」

「そもそも、でかい鮫を蹴り飛ばすって言う部分がおかしい気がするんだけど」

「いやー、あははは……エナちゃんの危機だったから、つい……」

「まあ、そこの辺りは依桜がいてくれたからどうにかなった、って話よね。でも、どうして鮫が出たのかしら?」

 

 未果もそこが気になるようで、そう呟く。

 それと同時に、みんなもちょっと疑問顔。

 

「んー、あれかねぇ? ホホジロザメ以上のやべー水棲生物がいたのかなぁ」

「なるほど。たしかに、それはあり得るかもしれない」

「じゃあ、一体何が出たんだろう?」

 

 エナちゃんの呟きに、みんなでうーんと頭を悩ませる。

 

 ホホジロザメ以上に強い水棲生物って言うと、シャチとかなんだろうけど……この近辺にいるのかな、シャチなんて。

 

 そうなってくると、本当にいない気が――

 

「あ」

 

 一つだけ。ほんっとうに一つだけ。思い当たった。

 

「依桜? 何か思い当たる生物でもいるの?」

「生物と言うか……人物と言うか……その……」

「……まさか、ミオさんか?」

「多分……。あの人、生き生きとして海に飛び込んでいったから……」

「たしかに、ミオさんレベルだったら、地球上に存在するどんな生物も逃げ出すよねぇ」

「強すぎるしなぁ。あの人」

「うん……」

 

 もし、これで師匠が原因だったら、ちょっと説教。

 

 まあでも、まだ決まったわけじゃない――

 

 ドッパァァァァァァァァンッッッ!!

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 なんか、何かが爆発したんじゃないかと思えて来るほどの巨大な水柱が上がった。

 

「いやー、はっはっは! 大漁だ」

 

 そして、上から誰かが降ってきたと思ったら……師匠だった。

 

「え、えーっと、師匠? 何してるんですか?」

「何って……魚を獲っていたんだが? なるべく遠めの所に行って」

「……師匠、その間に、大きな鮫に会いませんでした?」

 

 遠めの所に行って、という言葉を聞いた後、ボクはそう尋ねた。

 

「ん? ああ、いたな。だがまあ、あたしが軽く殺気を飛ばしたら、逃げって言ったが……」

 

 と、師匠が何でもないように言い出し、ボクはぷるぷると震えだす。

 

 近くにいた未果たちがそれを見てか、スーッとフェードアウトしていった。

 

「あ……あなたが原因じゃないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 そして、ボクの大音声が辺りに響き渡った。

 

 お説教です!




 どうも、九十九一です。
 夏休みだからか、今まで以上に読まれててちょっと驚いてます。少しずつ増えるのは、やっぱり嬉しいですね。まあ、夏休みが終わったら前に戻りそうですが、それでも少し増えれば御の字ですよね!
 夏休み中(八月)は、基本的に毎日投稿したいですね。まあ、頑張りますよ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。今日、出来たら二話目出します。出せたら。
 では。


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404件目 料理人のような依桜ちゃん

「あー、イオ? どうしたんだ? そんな鬼の形相をして……」

「そこに正座してください」

「いや、いきなり何を――」

「正座です」

「だ、だからな? せつめ――」

「正座です❤」

「……はい」

 

 何かを言おうとしてくる師匠に有無を言わせずに正座させる。

 そして、正座をしたところで一言。

 

「何をしてくれてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「(ビクッ)!」

「あなたのせいで、エナちゃんが死にかけたんですよ!? 本当、何考えてるんですか!」

「え、ま、マジで? そんなことになってたん……?」

「そうです! 師匠がむやみやたらに殺気を放つせいで、鮫がこっちに来て、エナちゃんが襲われかけてたんですから! ボクが事前に通信用の魔道具を渡したからよかったものの……これでもし、渡してなかったらどうするつもりだったんですか!?」

「いや、それは、その……」

「だからあれほど言ってるじゃないですか、こっちの常識を学んでくださいって!」

「……すまん」

「いいですか、師匠。師匠は――」

 

 

「――というわけです。それから――」

「……おい、依桜の奴、かれこれ三十分以上は説教してるぞ」

「まあ、それだけ怒ってるってことでしょ」

「いやぁ、依桜君って、普段は温厚でミオさんには敵わない、って言ってるけど、こと誰かに危害が入ったり、自分自身に何かが来たら、有無を言わさずに怒るもんね。しかも、本気のお説教モードは満面の笑みだし」

「あれには、誰も敵わないだろうな……」

「うちのために怒ってると思うと嬉しいけど、あれは……怖いねぇ」

 

 

「――というわけですので、これからは気を付けてください。いいですね?」

「……はい」

「じゃあ、この林間・臨海学校が終わったら、自分の部屋の掃除をしてくださいね?」

「え」

「あと、二週間、お酒抜きです♪」

「なに!? そ、それはマジ勘弁!」

「いいえ、ダメです♪」

「せ、せめて一週間に……!」

「ダメです♪」

「じゃ、じゃあ一週間と三日……!」

「ダメです♪」

「チクショー――――――!」

 

 そう叫ぶと、師匠は地面に右手を叩きつけていた。

 

 というか、叩きつける威力がとんでもないせいか、砂柱が微妙上がってるんですが……。

 

 これ、しばらくこうしてるつもりなんじゃ……。

 

「……はぁ。仕方ないですね。一週間と四日にまけてあげます」

 

 こんなことをしているから、甘いって言われるんだろうなぁ……。

 

「マジで!?」

「はい。なので、今後はこのようなことがないようにしてくださいね? その時は……」

「そ、その時は?」

「――一生、師匠の食生活を管理します♪」

「二度としないんで、マジで勘弁してください!」

「約束ですよ?」

「うっす!」

「じゃあ、お説教はお終いです。あ、エナちゃんに謝ってくださいね?」

「うっす」

 

 師匠は立ち上がり、エナちゃんに近づくと、

 

「本当に、すまなかった。ちょいとばかし、テンションが上がってしまってな……まさか、そんなに危険なことになっているとは思わなかった。すまなかった」

「あ、いえいえ! 依桜ちゃんが助けてくれたので大丈夫です! そ、それに、役得でしたし……」

「……なるほど、そうか。いや、許してくれてありがとな。今後はまあ、あたしのできる範囲で手を貸そう。遠慮なく言いな」

「ありがとうございます! ミオさん!」

「エナちゃんが優しい人でよかったですね、師匠」

「ああ」

「これでもし、エナちゃんが許さないって言ってたら、ボクは師匠の食生活を本当に管理してましたから❤」

 

 具体的には、本当に健康的な食事しか出さないつもり。

 お酒は出しません。

 

「……マジで、ありがとう、エナ」

「あ、あはは。依桜ちゃんって、怒ると怖いんだねぇ……」

「そ、そうかな……?」

 

 ボクって、そこまで怖い、のかな……?

 

 どうなんだろう?

 

 

 お説教も終わり、みんなで成果を話す。

 

 そして、ふと気になったことが。

 

「そう言えば師匠。師匠は、どこまで行っていたんですか?」

「そうだな……少なくとも、海底が見えないレベルの海にいたな」

「「「「「「ん?」」」」」」

「浅瀬よりも、深い所の方がいい獲物が手に入ると思ってな。まあ、遠出して来た。こっちの世界は危険がなくていいな」

「ちょ、ちょっと待ってください? 師匠、何を獲ってきたんですか……?」

「おっと、そうだったそうだった。お前に調理してもらおうと思ってな、大物を獲ってきたんだ」

 

 そう言うと、師匠は『アイテムボックス』を開き、ずるりと何かを取り出した……って!

 

「ほれ、これとかこれとか……これだ」

「か、カンパチじゃないですか! しかも、カジキマグロまで獲ってるし……何をしたらこうなるんですか!」

 

 ボクも人のことは言えないけど、さすがに六メートル近くもある大物のカジキと、百九十センチのカンパチを獲ってくるなんて思えないよ!

 

 あと……

 

「最後の二種類、メヒカリとのキンメダイですよね!? これ、思いっきり深海魚なんですが!」

「ん? そうなのか? まあ、比較的獲りやすかったんでな、適当に獲った」

「て、適当って……師匠、よく水圧とか無事でしたね……」

「水圧ってなんだ?」

「そ、そこからですか……。えーっと、未果、説明お願いしてもいい? 疲れちゃった……」

「了解よ。えーっと、水圧って言うのは、簡単に言うと、水が物体に与える圧力のことです。これは、深い場所に行けば行くほど強くなるんです。だから、深海に人間が行く場合は、かなりの強度を持った潜水艦などで行くんですが……」

「ああ、そう言えば微妙に外部からの圧力があったような気がしたが……なるほど、あれはそう言うことだったんだな。いやはや、弱い圧力だったんで、気にしなかったんだよな」

 

((((((深海の水圧を、弱いって……))))))

 

 師匠って、やっぱりおかしい。

 

 まさか、深海魚を獲ってくるなんて思わなかったよ。

 

 それに、かなりの大物だって獲ってきてるし……

 

「師匠って、規格外ですよね、本当に……」

「「「「それを依桜(君)が言う?」」」」

 

 ……そうだね。ボクもやりすぎてるもんね。すみません。

 

「……とりあえず、この量だとそろそろ下準備を始めないとまずいかな。じゃあ、早速調理場に行こうか。特に、師匠が獲ってきた魚の処理とか、ちょっと大変だもん」

「頼むぞ、愛弟子」

「わかりました。みんなも、期待しててね」

 

 にっこり笑ってそう言うと、ボクは多くの魚を持って調理場に移動した。

 

 

 調理場に移動中、近くにいた人たちが、ボクの姿を見てぎょっとしていた。

 

 多分、魚が原因だよね。

 

 だって、六メートル越えの魚とか平気でいるもん。

 

 というかこれ、食べきれるかな……?

 

 そんな心配をしつつも、調理場で魚の解体。

 

 その辺りは魚屋さんでお手伝いをしたり、向こうの世界でも捌いていたからお手の物。

 

 一匹一匹、魚に合わせた下処理をして行く。

 

 さすがに、カジキやカンパチのような大きい魚に対しての包丁とかなかったので、こっそり創ったけどね。

 

 さすがに、武器生成魔法で創れなかったので『アイテムボックス』で創ったけど。

 

 まあ、明らかに小型の武器、って言うわけじゃないもんね。

 

 一応、武器生成魔法と似たようなことができるから、硬度と切れ味は最高レベルにしてあるので、スパスパ切れるので大助かり。

 

 やっぱり便利。

 

「うーん、とはいえ、どう料理しようかな……」

 

 こうも新鮮な魚がたくさんあると、何を作るか迷う。

 

 でも、下手な調理をして不味くするのは絶対ダメ。

 

 その辺りは『料理』のスキルがあるから、心配いらないと思うけど、あまり慢心はできない。失敗する時はする、と言う風に考えておいた方が、まだマシ。

 

 一番失敗がないのは、お刺身かなぁ。

 

 カジキマグロの方は、ソテーとか、かな?

 

 でも、こうも多いとなると……それだけじゃ嫌だよね。

 

 うーん、唐揚げとか照り焼き、かなぁ。

 

 お刺身もかなり出せるし。

 

 というか、これ、食べきれる?

 

 いくら高校生が育ち盛りとは言っても、さすがに……。

 

 ……どうしたものかなぁ。

 

 別段、ボクは料理人と言うわけじゃないから、レシピもそんなにない。

 

 だけど、普段からそれなりの人数の料理を作っているという、プライドに似たような物も持っているから、ここでできない、とか言うのは無し。

 

 みんなに、期待しててね、とか言っちゃったもん。

 

 ならば、本気でやらないと。

 

『……なぁ、あれ……』

『言うな。とんでもない光景だけど、ツッコんだら負けだ』

『だ、だけどよ……考えながら、ノールックで、とんでもねえ速度で魚捌いているような気がするんだが……』

『美少女で、家庭的で、めっちゃ優しくて、運動もできる、なんていう完璧美少女なのに……魚も捌けるのか』

『半端ねぇ……』

『依桜ちゃんって、本当にかっこ可愛いよね』

『わかる! 魚捌けるなんてすごいよ!』

『しかも、テレビで見た職人の人たちよりも早くない!?』

『うんうん! 高速で動いてるよね!』

 

 ……うん! 決めた! もうなるようになるよね!

 

 そう言えば、周囲からの視線がすごいような……まあ、気のせいだよね!

 

 よーし、頑張るぞー!

 

 

 それから、制限時間まで頑張って調理。

 

 ほとんど止まらずに作ったから、かなりの量の料理が出来上がっていた。

 

 途中であまりにも置く場所が足りないと思ったボクは、先生に相談して、ちょっと持ってきてもらいました。

 

 正直、カジキとカンパチが一番大変だったよ。

 

 師匠、なんてものを獲ってきてくれたんだろう。

 

 まあ、師匠も何かを獲ってきてくれていると踏んだから、林間・臨海学校中はお酒を飲んでもいい、って言ったんだけど。

 

 その結果がこれだもん。

 

 あの人、絶対おかしい。

 

 正直、魚以外の材料とかをどうしたの? と聞かれると思うけど……その辺りは、近所で買ってきました、と言うしかないかな。

 

 実際は、『アイテムボックス』で創っちゃったんだけどね……。

 

 罪悪感がものすごくあるよ……。

 

 で、でも、これはあくまでも自分に対して使っているわけじゃなくて、他の人のためだからね。ボクじゃない……自分の私利私欲で使ったわけじゃない……はず……。

 

 ……どうしよう、心配になって来た。

 

 だ、大丈夫。大丈夫……。

 

 と、とりあえず、みんなを呼ぼう。

 

 

「「「「「お、おー……」」」」」

「はははは! これはすごいな! さすが、愛弟子だ!」

 

 みんなを呼ぶなり、師匠以外の五人はとんでもない量の料理を見て、微妙に頬が引き攣り、師匠はとっても嬉しそうに笑う。

 

「なんと言うか……これだけの量を一人で作れるとか、依桜のバイタリティーは半端ないわね」

「そう言う問題じゃないと思うが……」

「だねぇ。明らかに、一人でこなす調理量を超過してるもん」

「ってか、あのカジキマグロとカンパチ、結構でかかった気がするんだが……まさか、捌いたのか?」

「うん。あれ以上に大きい魚も、一応扱ったことはあったから」

 

 主に、向こうの世界で、だけどね。

 

「依桜ちゃんって、本当に万能だね!」

「料理に関しては、限りなく万能に近いだろうな、こいつは。おそらくだが、こいつの『料理』のスキルは極まっているだろうし」

「え、そうなんですか? 師匠」

「なんだ、気づいてなかったのか? お前、向こうの世界でもほぼ毎日料理を作っていただろ? それに、こっちの世界に戻ってもそれは変わらず。いや、それどころか、お前は最初から持っていた可能性さえあるからな。なんで、お前の料理の腕前は、実質プロに近い」

「ま、マジですか?」

「マジだ。言っとくが、あたしのその辺の看破する能力ってのは、それなりに高いんでな」

 

 そうだったんだ……。

 

 あ、だから作ったことがない料理でも、なんとなくタイミングとかわかったんだ。

 

 納得。

 

「にしても、これは……三百人くらいで食べても余裕な量だな。で? 弟子よ、これはどうするんだ?」

「それはですね」

 

 と、ボクが言いかけた時、

 

『よーし! お前らー! 制限時間だ! 時間内に獲れた者は、各自調理をするように! 獲れなかった者たちは、一度こちらへ来い!』

 

 先生のそんな声が聞こえてきた。

 

 あー、うん。ちょうどいいかな。

 

「すみません、ちょっと先生の所に行ってきます」

 

 一言断ってから、ボクは一度先生の所へ移動した。

 

 

「あの、先生、ちょっといいですか?」

『ん? 男女、どうした? お前は異常な量の料理をしていなかったか?』

 

 先生の所に行き、話しかけるなりそんなことを言われた。

 

 いや、うん。そうだけど。

 

 それにしても、何気に獲れなかった人が多い。

 

 全体の……四割くらい、かな?

 

 まあ、普通はこう言うことしないもんね。

 

 いきなりやり方も説明されないでやらされたら、大抵の人は獲れないもん。

 

 ボクたちの方は、たまたまできる人がいただけだからね。

 

「あ、はい、それなんですけど。見てわかる通り、相当獲った上に、全部調理しちゃいまして……さすがに数人では食べきれないので、臨海学校に参加している人たちに振舞おうかなと」

『『『!?』』』

『いいのか?』

「はい。もちろんですよ。それに、元々そのつもりで作ったものです。獲れない人も、少なからず出ると思っていましたので、ちょうどいいかなって。あと、せっかくですからね。思い出にと」

『……なるほど。それはいい案だな。聞いたかお前たち! 男女が、ここにいる全員で食べるために、料理を作ってくれたそうだ! 思う存分食べろ!』

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』

『いいか、絶対に残すんじゃないぞ!』

『『『はーい!』』』

「あ、いっぱいありますので、遠慮しないで、たくさん食べてくださいね!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』

 

 ものすごいテンションで、臨海学校のグループの人たちが料理の方へと向かって行った。

 

 うん。ああ言うのは嬉しいよね。

 

『しかし、まさかこの人数を賄える程の量を一人で作るとは……料理人とか、向いているんじゃないのか? 男女』

「慣れですよ、慣れ」

『慣れか……。一体、どうしたら、そこまでになるんかねぇ?』

 

 とりあえず、小学生の頃からほぼ毎日家事をすることかな。

 

「あ、先生方もよかったらどうぞ」

『いいのか?』

「もちろんです。言ったじゃないですか。臨海学校に参加している人たちに振舞おうって」

『教師も含まれていたわけか……だ、そうです、諸先生方』

『じゃあ、ありがたくいただきましょうか』

『僕ももらおう』

『いやー、料理とかできないから、ちょっとした弁当で済ませるつもりだったけど、嬉しいなぁ』

 

 各先生方も喜んでくれているようで安心。

 

 いいね、こういうの。

 

 とりあえずこれで、料理は全部はけそうかな。

 

 ついつい張り切っちゃったけど、結果オーライだね。

 

 

 この後は、まるで宴会のような状態になった。

 

 料理の量は凄まじかったけど、みんな美味しそうに食べてくれて、気が付けば料理が全てなくなっていた。

 

 しかも、食べた人がみんな満足そうな上に、幸せそうな表情をしていたのがやっぱり嬉しかった。

 

 こうやって、誰かが食べてくれて、尚且つ満足そうにしてくれるのは本当に嬉しいことだよね。

 

 ボクもたくさん食べて、満足そうな表情も見られたから、胸もお腹もいっぱいです。

 

 

 ちなみに、この時の依桜の行動によって、この場にいる者たち全員がこう思った。

 

(((男女(依桜ちゃん)マジで女神……)))

 

 と。




 どうも、九十九一です。
 気が付けば、依桜が割とマジの超人になってきてますね。まあ、異世界で鍛えたんだから、出来ても不思議じゃないよね! みたいな。
 にしても、この進み具合だと、本気で夏休み(リアルの方)が終わっても、こっちの世界は夏休みをやっていそうです。クソ長い。
 異世界旅行とか、結構長くなりそうですしね。まあ、うん。頑張りますよ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。一応、この話を書き終えるのが早かったので、頑張って二話目も出したいと思っていますが、まあ、いつも言っている通りです。
 では。


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405件目 幼馴染とののんびりとした百合的会話

※ ちょっと質問(?)があるので、できればあとがきを見てくれると嬉しいです。


 昼食も済ませると、後は遊ぶ時間。

 

 と言っても、五時までだから今だと……二時間くらい、かな?

 

 せっかく海に来たんだしね、やっぱり遊びたいよね。

 

 だから、まあ……師匠がね、こんなことを言いだしたんです。

 

「よし弟子。水上戦するぞ」

 

 って。

 

 水上戦ということは……そうです。

 

 水上歩行で戦うあれですね。

 

 ……何を考えてるんでしょうね、あの人。

 

「師匠、それは勘弁してほしいです……」

「何を言う。こう言う場だからこそ、修行をするんだろうが」

「いえ、それをやってまた鮫がこっちに来たら洒落になりませんよ」

「安心しろ。あたしの結界を用いて、入れないようにするさ」

「で、でも、普通の人は水上で走ったり戦闘したりはできません」

「何を言うか。人目を気にしていたら強くなんかなれないだろう?」

「師匠、そもそも暗殺者が目立っちゃダメだと思うんです」

「今のお前がそれを言うか? バリバリ目立ちまくってんじゃねえか」

「……おっしゃる通りです」

「だがまあ、確かにそれは一理ある。それに、お前は普段から疲れるようなことしかないしな。仕方ない。この期間の間は見逃してやるか」

「……師匠、何か変なものでも食べましたか?」

「お前、あたしが珍しく見逃してやろうと言っている時に、そんなことを言うとか……やっぱり修行するか?」

「ボクが悪かったです! なので、修行だけは勘弁してください!」

「まあいいだろう」

 

 と、こんなやり取りがありました。

 

 師匠も最近はマシになってきたように思えるよ。

 

 さっきの鮫の一件はあれだけど、ある程度はこっちに合わせるようになってきた……よね?

 

 多少心配なところはあるけど。

 

 ともあれ、師匠と戦闘訓練、何てことにならなくてよかったと思ってます。

 

 これでもし、そんなことになっていたら、この辺りは結構悲惨なことになっていただろうね。

 

 その辺りは師匠が言ったように結界を張るのかもしれないけど……。

 

 でも、せっかく海に来たんだからね、みんなと遊びたい。

 

 本音を言えば、メルたちがいるともっとよかったんだけどなぁ……。

 

 いつか、海に連れてきてあげたいな。

 

 

「よーし、これで準備はOKだな」

「……あ、あの、師匠。これはえっと……一体どういう状況ですか?」

 

 気が付けば、なぜかボクの腰元にはロープが巻かれていた。

 そしてそのロープは師匠に繋がっている。

 

「水上スキーとかあるだろ?」

「ありますね」

「あたしもな、やってみたくなったんだよ」

「……な、なるほど? え、えっと、それで?」

 

 まさかとは思うんだけどこの人……

 

「まあ、あたしがしたいのはどっちかと言えば水上バイクの方なんだが」

「……え、じゃ、じゃあ、スキーの方って……」

「お前だ☆」

「や、やっぱりぃ!」

 

 嫌な予感がしてたけど、本当に当たったよ!

 この人、何を考えてるの!?

 

「あ、お前たちもどうだ?」

「「「「「(ぶんぶんぶん)!」」」」」

「そうか。じゃあ、依桜だけだな」

「師匠! ボクはやるって言ってません!」

「いや、お前はその実からあふれ出る、やりたいというオーラがあるので、問題なしだな」

「そんなオーラ出してませんよ!?」

 

 師匠には何が見えてるんですか!?

 

「よーしイオ! お前、足裏にしっかりと滑る変化を付与しとけよ」

「いや、まだやると言ってなひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ボクが言葉を言い終える前に、師匠が駆け出した。

 

 ぐんっ! ではなく、ぎゅぅぅんっ! みたいな引っ張られ方のせいで、お腹にかかる負荷がとんでもないことに!

 

 これ、普通の人だったら吐いちゃうよ!

 

 ボクは、まあ……腹筋に力を入れている上に、魔力の性質変化である程度の防御を付与してるから大丈夫だけど、これ、未果たちだったらどうするつもりだったんだろう?

 

 ……師匠のことだし、未果たちに特殊な防御魔法でもかけそう。

 

「ハハハハハハハハ! いやぁ、楽しいな! 愛弟子!」

「た、楽しくはないですぅぅぅぅぅぅ!」

 

 まあ、今の状況はとことん怖いんだけどね!

 

 ものすごい速さで師匠が走り、ボクは足裏に滑ると反発、の二つの変化を付けて頑張って滑ってます。

 

 水上スキーの方がまだマシだよね、これ。

 

 あと、師匠が走る度に大量の水飛沫が発生して、ボクが滑ると水柱のようなものが発生する。

 

 あと、これちょっとでも性質変化を間違えたら、足裏がとんでもないことになるんだけど! 多分、ボロボロになるよね!?

 

 まさかとは思うけど師匠……これも修行の一環とか思ってないよね!?

 

 だとしたら、相当酷いよ!?

 

「おらおら! もっとスピード上げるぞ!」

「え、まっ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 

「……すっげえ、人間ってあんなことできんだなぁ」

「いや、あれはどう考えてもミオさんだけだろう……」

「あんな高速で引っ張られているのに、依桜、よく平気ね」

「さっき、思いっきり悲鳴聞こえてたけど?」

「ミオさんすごいんだね! 試したいかって訊かれたら、ちょっと嫌だけど……」

 

 依桜が強制的に引っ張られて行った後、私たちはその光景を眺めていた。

 

 時速二百キロくらい出ているんじゃ? と思えて来るような、尋常じゃない速度で水上を走る。

 

 ミオさんはとてつもなく楽しそうだけど、反対に依桜は涙目でついて行こうと必死。

 

 依桜、よく無事ね、あれ。

 

『なああれ、どうやってんだ?』

『人間がものすごい勢いで水上を走ってるんだが……』

『ってか、女神様が水上スキーの要領で滑っていることの方がすごくね?』

『いや、新幹線レベルの速度で水上を走っているミオ先生もやべえだろ……』

『というより、あの師弟が一番ヤバいだろ。結論』

『『『たしかに』』』

 

 目立ちまくってるわねぇ……。

 

 まあ、料理を振舞ったり、人力水上スキーなんてやったら、そりゃ目立つわ。

 

 依桜、大丈夫なのかしら?

 

 

 数分後。

 

「……うっ」

 

 依桜が砂浜にうつ伏せになって倒れていた。

 

 ちょっとぴくぴくしてるけど。

 

 これは……完全に死にかけてるわね。

 

「依桜、大丈夫?」

「だい、じょうぶ……じゃない……」

「でしょうね。どうする? 膝枕する?」

「……ちょ、ちょっと、お願い、しても……いい?」

 

 え、冗談のつもりで言ったのに、普通にお願いしてきたんだけど……。

 

 ま、まあ、ここは私の役得、ということで。

 

 どうも、エナは依桜にお姫様抱っこしてもらったり、腕を抱いたりしていたっぽいし、ちょっと羨ましかったのよね。

 

 やっぱりこう、好きな人と一緒にいられるのが嬉しいわけだし。

 

「じゃあ、ちょっと日陰に行きましょ。立てる?」

「う、うぅ……ちょっと、きつい……」

「そう。……ま、依桜は軽いし、大丈夫かしらね? ちょっと失礼するわよ」

「ふぇ……? きゃっ」

 

 一度依桜を仰向けにするために転がし、膝と腰元に腕を差し込んで持ち上げる。つまり、お姫様抱っこ。

 

 ……うっわ、本当に軽い……。

 

 あと、持ち上げる時に『きゃっ』って言うのね、やっぱり。

 

 か、可愛い……。

 

 それから、今は水着姿なので、依桜のすべすべとした肌がなんというか……気持ちいい。

 

 あと、顔を赤くしながらこっちを見ているのがまたいいわ。

 

 何この娘。本当にずるいわ……。

 

 そして、可愛い。世界一可愛い。

 

 むしろ、依桜以上に可愛い娘とかいないでしょ、絶対。

 

「というわけだから、私はちょっと依桜を休ませてくるわ」

「ああ、いってらっしゃい」

「いってらー」

「むぅ、未果ちゃんずるいぜ……くっ、わたしが先手を打つべきだったか……!」

「あははー、女委ちゃん、とりあえずうちたちも行こ。羨ましいのはわかるけど」

「すまんな、ミカ。愛弟子を頼む」

「はい。……でも、ミオさんもほどほどにね?」

「善処しよう」

 

 この人、本当に大丈夫なのかしら?

 

 

 というわけで、現在はパラソルの下にレジャーシートを敷いた所にて、依桜を休ませている。

 

 依桜のさらさらふわふわな髪の毛が気持ちいい。

 

 ほんと、これでほとんど手入れしていない、っていうのが反則よね。

 

 世の女の子を舐めてるわ。

 

「どう? 私の膝枕は」

「……や、柔らかくて、温かくて……その……き、気持ちいい、です……」

 

 ぐふっ!

 

 は、恥じらい顔は反則でしょう……。

 

 今、私の胸にずっきゅん来たわよ。

 

 この娘、一体どれほど私を惚れさせる気なのかしら?

 

「にしても、まさかこうなるとは。依桜ってば、かなり体は強くなったけど、やっぱりミオさん相手だと、かなり消耗しちゃうわよね。それこそ、異世界に行く前レベルに」

「あ、あはは……師匠、加減しないから……」

「でしょうね。あれはヤバいわ。むしろ、あの人の扱きを一年間も耐えた依桜が一番すごい気がするわ、私」

「そう、だね……ボクもその辺りは不思議に思ってるよ」

「まあ、依桜は我慢強いものね。それがあったからこそ、今の日常があるわけだし」

「うん……」

 

 なんだか、遠くを見つめているような依桜の表情を見て、思わず依桜の頭を撫でていた。

 

「未果……?」

「あー、ちょっと撫でたくなっちゃってね。嫌だったかしら?」

「う、ううん……えと、も、もうちょっとだけ、撫でて欲しいな……ダメ?」

「もちろんOK」

「ありがとう……えへへ」

 

 ……やっばい。私の鼻から、幸せがまき散らされそうだわ。

 

 恋は盲目とはよく言うけど、本当にそうね。

 

 こうして、依桜と二人でのんびり過ごしていると、ついつい周りが見えなくなって、時間も忘れそうになるわ。

 

 可愛すぎるのが悪いのよ。

 

「依桜の本質は、甘えん坊よね」

「そ、そうかな……?」

「そうよ。人って、ある意味弱っている時とかが、本音が出やすいしね。ほら、去年の体育祭の翌日なんて、風邪引いて寝込んで、私と晶が看病しに行ったじゃない? あの時なんて、甘えん坊そのものだったし」

「あぅっ! あ、あれは……す、すっごく恥ずかしかったん、だから……」

「でしょうね。後日、あなた顔を赤くして、恥ずかしそうにしてたものね」

「ぅん……」

 

 あれは素晴らしかったわ~。

 

 あの時の依桜の寝顔の写真は今でもスマホにあるし、なんだったら現像して永久保存してるわ。

 

 その内気に入ったものは、LINNのチャット画面の背景にしてるしね。

 

 いつでもどこでも依桜の可愛い顔が見れるって言う寸法ね。

 

 最高。

 

「でも、本当に依桜は強くなったわよね。異世界へ行く前なんて、体が弱くて、よく私とか晶が助けていたのに。今なんて、助けられてばかりよ」

「それは……今ままでの恩返しがしたくて……」

「別にいいのに……。律儀よね、依桜は。まあ、そこがいい所でもあるんだけど。……でも、たまにはこうやって、誰かに寄りかかりなさいよ? 私はいつでも膝でも胸でも貸すから」

「……ありがとう、未果」

「いいのよ。……それに、高校生活なんて、一生に一度切りだもの。悲しい終わりなんて絶対嫌だし、退屈な灰色の青春なんて嫌よ、私は」

「そうだね。ボクもそう思うよ。……ねえ未果。もし……もしもだよ? もしもボクがいなくなったら、未果たちはどうする?」

「急に変な質問ね。どうしたの? ちょっと弱ってるから、そんな情けないことでも言ってるのかしら?」

「うーん、なんとなく頭に出てきたから。……それで、どうするの?」

「そうねぇ……」

 

 依桜がもしもいなくなったら、か。

 

 そんなこと考えたことないわね。

 

 幼稚園の頃からずっと一緒にいて、今更依桜がいない日常なんて想像もつかないし……。

 

 私たちならどうするか、ね。

 

「……まあ、死んでいないのなら、私たちは諦めずに探し続けるんじゃないかしら? みんな、依桜が大好きだもの」

 

 それ以外ないわ。

 

 依桜がいてこその私たちのグループ、みたいなところがあるし。

 

 なんだかんだで、依桜が中心になって出来上がったグループのようなものだしね。

 なのに、中心的存在がいなくなったら、私たちは悲しむ以前に絶対探すわ。

 

 死んでないならね。

 

 死んでたら……まあ、悲しむわ。

 

 どれくらい悲しむかって訊かれたら、それこそ一生分の涙だけでなく、来世の分すらも使って泣くわ。

 

 まあ、依桜ならそう簡単に死なないだろうし、いなくなることもない……わよね? 正直、突然異世界に行くようなことがあったから、断言できないのが怖い。

 

「……そっか。嬉しいな、そう言ってくれると」

「何言ってるのよ。当たり前じゃない。伊達に、四歳の頃からの付き合いじゃないわ」

「ふふっ、そうだね」

「にしても、本当に変な質問よね。いきなり、もしもボクがいなくなったら、だなんて。何? あなた、いつか消えるの?」

「そ、そんなわけないよ。……さっきも言ったけど、ただちょっと、なんとなく頭に出てきたから、って言うだけで」

「本当に~?」

「ほ、本当だよ」

「嘘を吐いてたら……こうだ! うりうり~!」

「あはっ、あははははっ! く、くすぐったいよぉっ!」

 

 なんとなくしんみりしていた空気を吹き飛ばすように、私は依桜のお腹をくすぐった。

 

 くっ、この無駄な脂肪のないお腹……羨ましい!

 

 ならば、もっとくすぐる!

 

「やっ、やめてぇぇ~~~……!」

 

 結局私は、満足するまで依桜のお腹をくすぐり続けた。

 

 

「あぅぅっ……酷いよぉ~……」

「ついつい、いじりたくなっちゃってね。まあ、許して」

「……もぅ、みんな最近酷いよ……」

 

 あら、拗ねちゃった。

 でも、拗ねる依桜も可愛いわね……。

 

「なんと言うか、依桜はいじるといい反応するんだもの。ついいじっちゃうのよね」

「むぅ~~……」

「まあまあ。それほど愛されてるってことよ。いじられるっていうのは」

「……たしかにそうかもしれないけど……」

「そう言えば、依桜って、将来的なことを考えていたりするの?」

「将来? えっと、夢とか進路とか?」

「そうそう。ちょっと気になってね」

「う~ん……」

 

 ちょっと悩みだす依桜。

 

 うんうんと少しの間悩むそぶりを見せてから、口を開く。

 

「……今はまだ、不明瞭、かな」

「どうして?」

「なんと言うか……ほら、今のボクって、やろうと思えばなんにでもなれる、というか、そう言う感じでしょ?」

「そうね。なろうと思えば小学校の先生にもなれるし、幼稚園の先生にだって。アイドルを続ける選択肢もあれば、声優になることだって。力もあるから、工事現場の仕事も可能。料理も上手だし、料理人だって目指せるわよね。後は、家事全般が得意って言うのもあって、ホームヘルパーなんてのもいいかもね。意外と営業の仕事だってできそうだし……事務もできそうよね」

「……客観的に見ると、ボクってそうなんだ」

「そうね。まあ、一番確実なのは、スポーツ選手になることじゃないかしら?」

「さすがにそれは……卑怯だよ。ボクは、こっちの世界だと、かなり強いもん」

「ま、ミオさんを除いたら、最強だものね、あなたは」

「あははは……」

 

 異世界に行ってきた人の宿命、みたいなものね。

 

 将来の視野が広がったように見えて、実は狭まっている、みたいな。

 

 そう言う意味では、将来の可能性をいくつか潰されたも同然ね。

 

「あ、いっそのこと異世界で暮らす、って言うのもありなんじゃないの?」

「なるほど……たしかに、今のボクは自由に行き来ができるし、それもありかも。向こうに家を買って、のんびりスローライフ、とか?」

「いいわね、それ。異世界でスローライフ。……まあ、依桜は向こうの世界で女王様みたいだし? スローライフとはいかないかもしれないか」

「……そうかも。魔族の人たちって、みんないい人なんだけど、神を崇めるかのような感じなんだよね……」

「そこまでなのか」

「そこまでなんだよ」

 

 あれね。さす依桜ね。

 

「まあでも、依桜はお金もあるんだし、ゆっくり考えて行けばいいと思うわ。いっそ、田舎に住んじゃうって言うのもいいしね」

「それじゃあ老後みたいだよ」

「ふふふっ、それもそうね。でも、田舎で畑を耕している依桜か……いや、ありね。想像したけど、すっごく似合ってるわ」

「そう?」

「ええ。すっごく可愛かった」

 

 こう、割烹着を着て、麦わら帽子を被りながら畑を弄る依桜。

 ……可愛いわ。と言うか、見てみたい。

 

「……そ、そっか」

 

 恥ずかしそうにちょっとだけ顔を赤くする依桜。

 微妙にはにかみ顔なのがまたいい。

 

「それにしても、いい光景よね」

「えっと、何が?」

「目の前の光景よ。高校生だからこそ感じる物、って言うのかしら? 楽しそうに海辺で遊んでいる風景を見て、波の音を聴きながら、こうして大切な幼馴染を膝枕しながら、他愛のない話をする。こういうの、いいと思わない?」

 

 軽く微笑みながら、依桜にそう言う。

 

「……うん。すごくいいね。のんびりしてて、なんだか心が落ち着く」

「でしょ? こう言う経験は、早々できる物じゃないわよね。一応来年もあるけど、今年と同じ、と言うわけにもいかないから、しっかりと記憶に残しておかないとね」

「うん。……一緒にて、こんなに落ち着くのは、未果と一緒だからなのかなぁ」

 

 ドキッとした。

 

 依桜の今のセリフにドキッとした。

 

 この娘、自然に殺し文句を言って来るから質悪いわ……。

 

「そうね。私たちは小さい頃からずっと一緒だったから、落ち着くのかもね」

「そうかもしれないね。……さて、そろそろ体もよくなってきたし、ボクたちも行こ」

「ええ。目一杯、楽しまないとね」

「うん! じゃあ、行こ、未果!」

 

 返事をしてから依桜が立ち上がると、そのまま私の手を引いて、みんなの所へと駆けて行った。




 どうも、九十九一です。
 今回は、なんかすっごい書きやすかった。あそこで止めてなかったら、軽く二万文字は書けるんじゃないか、とか思えて来るぐらい書きやすかった。やっぱりこう、依桜と未果のカップリングが一番書きやすいですね。幼馴染はいいわぁ~……。こう、独特な空気感が好きです。最近は、ミオとエナが多かったから、余計に書いてて楽しかった。次は女委とかかな?
 で、前書きにある質問なんですが、林間学校の部分、通常時の依桜がいいか、ケモロリ依桜がいいか、ここはあえて大人依桜がいいかでちょっと迷ってます。どれも面白そうなので。よかったら、どの依桜がいいか教えてくれると嬉しいです。ちょっと、私が迷ってて書けそうにないので……。
 調子がよかったらもう一話書きます。とか言って、多分出せないと思うんですが……。
 まあ、結局いつも言っている通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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406件目 いらん知識を吹き込む女委

 未果に膝枕をしてもらって十分に回復した後は、みんなと一緒に時間いっぱいまで遊びました。

 

 まあ、師匠がかなりやりすぎちゃって、よく態徒が吹き飛ばされたりしたけど。

 

 態徒は頑丈になったよね、本当に。

 

 鮫の一件以外は、これといったアクシデントが起こることもなく、平穏に自由時間も終了し、旅館に帰ることとなりました。

 

 そして、旅館の部屋にて。

 

「う~、髪がベタベタする……」

「そうね。海に入ると、髪の毛ってべたつくのよねぇ」

「わかるわかる。わたしもちょっと入っただけでベッタベタだよ」

「うちも」

 

 今日一日海にいたせいで、髪の毛がすごくベタベタしていた。

 

 女の子になって、前向きに考えるようになってからというもの、ちょっとずつ髪の毛とか服装とかについて気を遣うようになったんだよね……。

 

 そのせいか、こうしてちょっとベタベタしているのが気になって仕方がない。

 

「まあ、幸いにもこの後すぐお風呂らしいし、もう少しの辛抱ね」

「そうだね」

 

 すぐにお風呂に入れるのはありがたい。

 林間学校も臨海学校も、どっちも体を動かしたから汗もかいてるしね。

 そう言う意味でお風呂の時間になってるんだと思うし。

 

「そう言えば、最近依桜って体が変化しないわよね」

「あ、そう言えばそうだねぇ~」

「変化?」

「あぁ、そう言えばエナは見たことがなかったわね。依桜、説明」

「うん。えっとね、異世界に行って、呪いをかけられた、って言う話は前にしたよね?」

「聞いたね。たしか、それで今みたいな可愛い女の子になっちゃった、って言う話だよね?」

「そうだよ。それで、しばらくして一度解呪を試みたんだけど……まあ、その……師匠が失敗しちゃってね。それで、変な追加効果まで現れるようになっちゃったの」

「追加効果?」

「うん。簡単に言うと、小学四年生くらいにまで体が縮んじゃったり、小学一年生くらいにまで縮んだ上に、狼の耳と尻尾が生えたり、今の姿に狼の耳と尻尾が生えたり、あとは大人の姿になったり、って言う感じかな? これが不定期でくるの」

「何それすごい! 依桜ちゃんって、変身もできるんだね!」

「変身とはちょっと違うかな……?」

 

 あながち間違いじゃないけど、変身と言い切るのは難しい。

 だってあれ、本当に縮んだり、大きくなったりするんだもん。

 

「ちょっと見てみたいな~」

「まあ、一緒に過ごしていればその内見られるわよ」

「だね~。初めて変化した時は、授業中だったよね。しかも、裸Yシャツ姿になっちゃって、悲鳴上げてたもんね」

「め、女委!? その話は……!」

「裸Yシャツ……」

「やめて!? そんな慈愛に満ちた目を向けないでぇ!」

 

 あの時は本当に恥ずかしかったんだよぉ……。

 いきなりYシャツ以外がずり落ちちゃって、パンツとかも下に落っこちてたし……。

 あれはね、本当に……きつかった。

 

「あの時は、いきなり依桜が叫び出すからびっくりしたわ」

「あぁ、あれね~。急にアニメのキャラクターみたいな絶叫の仕方したから何事かと思ったね。そしたらいきなり光って爆発して、煙が晴れたらそこにちっちゃい依桜君がいるんだもん。今世紀最大のびっくりだったよね」

「そんな変化の仕方なんだ。面白いね!」

「いや、ボク的にはそこまで面白くないんだけど……」

「でも、傍から見たらなかなかに面白い状況じゃないかしら? アニメの中みたいな出来事が目の前で起こったわけだし」

「……そうかもしれないけど」

 

 それは他人だからそう思うだけであって、当人からしたら洒落にならないよね?

 

 あの時の事、未だに微妙な気分になってるんだけど。

 

 危うく、裸を晒すところだったわけだし。

 

「でも、今はどういう風に変わってるの? うち、ちょっと気になる」

「えっと、変化する前日って、すっごく眠くなるの。しかも、抗いがたい睡魔でね。ボク自身、抗えたことはないかな。横になった瞬間に意識が落ちて、朝目が覚めたら変化、って言う感じ」

「なるほど! じゃあ、すっごく眠くなったら依桜ちゃんは何か姿が変化してるってことだね!」

「多分? 少なくとも、変化する前日はそんな感じだから、間違ってないと思うよ」

 

 できれば、変化して欲しくはないけど……。

 

「ちなみに、エナっち的にどの形態の依桜君が気になる?」

「うーん……やっぱり、耳と尻尾が生えてる姿かな!」

「あー、あれね。あの姿の時の依桜の耳と尻尾って、ものっすごいもふもふしてるから、気持ちいいのよね。思わずずっと触りたくなっちゃうくらいに」

「えー、いいな! うちも触ってみたい!」

「あ、あはは……もし、変化したら、その……さ、触らせてあげる、よ」

「ほんと!? ありがとう、依桜ちゃん!」

「あら、いいの? たしかあれ、依桜にとって結構くすぐったかったり、変な気分になるとか言ってなかった?」

「そうだけど……あ、あれはあれで、き、気持ちいいし……」

 

 上手な人が撫でると、結構気持ちよくて、ついつい声を漏らしちゃうんだよね、あれ。

 個人的には……ちょっと癖になってたり。

 

「……なるほど」

「依桜君、どんどん染まってきてるねぇ」

「何に!?」

「んー、女の子としての生とか性とか」

「「ぶふっ」」

「えっと、『せい』?」

 

 なんとなく、生きるの方の『生』はわかるんだけど、もう一方の『せい』がなんなのかわからない。

 

「女委、そう言う発言は控えなさいよ……依桜の前で」

「そうだよ、女委ちゃん。依桜ちゃんは、綺麗だからこそ、魅力が最大限に引き出されてるんだよ! それを汚しちゃったら、せっかくの希少価値が薄れちゃうよ!」

「き、希少価値?」

 

 ボクにそんなものはないような……。

 

「おっと、いけないいけない。それは看過できない問題だねぇ。うむ、今のはわたしが悪かった。ごめんね、依桜君」

「別にいいけど……あの、ボクはなんで謝られたの?」

「「「そのままの依桜(君)(ちゃん)でいて欲しいから」」」

「そ、そですか」

 

 一体、どういう意味なんだろう?

 

 

 それから少ししてお風呂の時間。

 

「はーい、一名様強制連行~」

「あぅぅぅ~~……」

 

 ボクは未果に引きずられるようにして連れて行かれていました。

 お約束なのかな、これ。

 

「ほら、さっさと入るわよ。この後、夕食なんだから」

「う、うん……」

「もう一年近く経つのに、未だに慣れないんだねぇ、依桜君は」

「だ、だって……は、恥ずかしい、んだもん……」

 

(((可愛い……)))

 

 むしろ、すぐに慣れる人って、すごいと思います。

 

 ……でも、一年近くも慣れないままって、遅い、のかなぁ……。

 

 とは言っても、性転換をする、なんて普通は起こり得ない事態だから、きっとボクの反応が普通のはず……。

 

 できれば、一人で入りたいものです……。

 

 

「洗いっこがしたい」

「どうしたのよ、エナ」

「んー、ほら、こう言うのって、お友達同士で洗いっこ、みたいなのが定番だと思うんだ、うち。よくない? 青春っぽくて」

「おー、いいね! わたしは賛成! 面白そうだし、格好のネタだぜぃ!」

「……まあ、一理あるわ。私も賛成」

 

 未果が言うと、三人がじっとこっちを見てきた。

 え、これは……もしかしてボクも含まれてる……よね。この感じだと。

 

「あ、あの、へ、変なことにならなければいいかなー、なんて……」

「なら、賛成ということね」

 

 勝手に決められた。

 明らかにボクに拒否権はないよね?

 

「じゃあじゃあ、どうやって洗う? やっぱり、誰かが誰かの背中を洗うとか?」

「まあ、妥当なのはそうよね」

「いやいや、それだけじゃつまらんですよ!」

「女委ちゃんは何かあるの?」

「こういう時は……依桜君、ちょっと耳を貸して」

「え? う、うん」

 

 言われた通り、女委の近くに行って耳を貸す。

 

 なんだろう?

 

 

「―――――」

「……………え。そ、そそそ、それを、や、やる……の?」

「おうともさ! これはね、女の子同士で洗いっこをする時の、スタンダード的な洗い方なのだ!」

「う、うぅぅっ……そ、それがき、基本、なら……」

 

 え、なんで依桜、あんなに顔真っ赤なの?

 

 一体女委に何を吹き込まれたのよ、あの娘。

 

 しかも、真っ赤というか、完全にトマトレベルの赤さよ? 何を吹き込まれたらあんなに顔を赤くするのかしら?

 

 ……なんだか、嫌な予感がするわね。ある意味では、いい予感とも言えるけど。

 

 ここは、身がまえておくに限るわね。

 

「じゃ、じゃあ、み、未果、から……」

「ええ、お願い」

 

 まずは私からと来たか。

 

 一体、どんな方法で洗ってくるのかしら?

 

 普通に洗うのなら、垢すりとかタオルだろうけど……。

 

 様々な可能性に思考を巡らせていると、不意に私の背中に、ものっすごく柔らかいものが押し当てられた。

 

「わ、依桜ちゃん大胆……」

 

 ん? エナの今のセリフは一体どういう――

 

「んっ……ふぅっ、ん……っ! み、みかぁ、ど、どう、かなっ……?」

「――ッ!?」

 

 その瞬間、私の体に電流が走った。

 

 ……え、ちょっと待ってちょっと待って!?

 

 こ、この温かくて、すっごく柔らかくて、まるでマシュマロのような感触で、先端の辺りにちょっと固めの感触があって、尚且つ丸い形をしていると予想される、この感触は……ま、まさか……依桜の胸!?

 

「い、依桜!? あなた、一体何で私の体を……って、んんんっ!?」

「んぁっ! く、ふぅ……はぁっ……ぁっ……!」

 

 背後を見てびっくり!

 予想通り、依桜が自分の体を使って私の背中を洗っていた。

 

「ちょいちょいちょいちょいちょい! 依桜、ちょーーーっと待って!?」

「ど、どう、したの……? も、もしかして、き、気持ちよくなかった……?」

「いや、気持ちいいわ」

 

 むしろ、気持ちよくないわけがない。最高すぎて、思わず天国だと思ったわ。

 

「そ、そっか。じゃあ、えと、つ、つつつ、続ける、ね……?」

「ええ、お願い……じゃなくて! ストップ!」

 

 私は勢いよく振り向き、依桜の方に両腕を乗せてちょっと押しのける。

 

「依桜、今、何をどうやって、私の背中を洗ってたの?」

「え、えっと……ぁの……ぼ、ボク、の胸に、その……ぼ、ボディーソープを垂らして、えと……か、体、で……」

 

 自分で言っててどんどん顔を赤くさせ、それに比例するように声もか細いものになっていく。

 

 そんなに恥ずかしいのなら、なぜやったのよ……。

 

 ……いや、原因はわかりきってるけど。

 

「依桜、ちょっと待ってね。私、そこのド級変態とOHANASHI☆ があるから」

「う、うん……」

「さあ、女委。ちょ~~~~っと、向こうでお話ししましょうかぁ。あ、依桜とエナは普通に体を洗ってていいわよ。遅くなるから♪」

「「は、はーい」」

「さ、行きましょ、女委」

「にゃ、にゃははー……み、未果ちゃんや、目が笑ってない……」

「いいからさっさと来る!」

「うにゃ~~~~……」

 

 私は女委を引きずって、一時的に脱衣所の方に出た。

 

 

「あんたねぇ、一体何を考えてるのよ! あれはまずいでしょ! あれは!」

 

 そして、脱衣所で正座させるなり、私は女委に開口一番に怒鳴っていた。

 

「いやぁ、その……で、出来心と言いますか……ね?」

「…………本音は?」

「依桜君の神おっぱいで、背中を洗ってほしかったであります!」

「……はぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 ここまでド変態だったとは思わなかったわ、私。

 

 ……いや、そもそも、コ〇ケで頒布している本が十八禁な時点で、変態も何もないし、そこで純粋すぎる依桜に接客をさせていた時点で、わかりきってはいたけど……まさか、ここまでだとは思わないじゃない。

 

「まったく……あんた、あれどう考えても、そういうお店の洗い方じゃないの! 依桜に何を吹き込んでんのよ! さっき言ったばっかじゃない、純粋のままでいて欲しいって!」

「いやいや、依桜君にはあくまでも、『女の子同士としての洗い方ではスタンダード』と言っただけであって、あれがエロ行為かと言われるとちがう――」

「あ?」

「サーセン」

「依桜に変な知識を与えるんじゃないわよ……。あの娘、純粋なんだから、そう言うの信じちゃうのよ? ……しかも、初めてな上に知識もないのに、ものっすごい上手かったし」

「あ、上手かったんだ」

「……まあね」

 

 あの娘のエロさは潜在的な物ね。

 

 なんと言うかこう……歳を積み重ねるごとに、熟練されていったもの、みたいな感じ?

 

 まあ、依桜はもともと男だった上に、エロ知識が全くないから、熟練もへったくれもないんだけど。

 

 あと、歳と言っても、依桜は二十歳くらいだし、まずおかしいんだけど。

 

 って、それはそれとして。

 

「ともかく、依桜に変な知識を教えない! あの娘が自分で知ろうとしない限りは、絶対に言わない事。いい?」

「えー、無知シチュがいいのに……」

「その気持ちはわからないでもないけど、ぶっ飛ばすわよ」

「イエスマム!」

「ったく……ほら、戻るわよ」

「うーい!」

 

 どうしようもない変態よ、女委は。

 

「……それでそれで、依桜君にしてもらった感想は?」

「…………………………………………天国だった」

「おほー、正直ですなぁ!」

「うるさい」

 

 ほんと、なんでこんなのと友達なのかしら……?

 

 

 お風呂に戻ったら、なんか昨日と同じような光景――というか、鼻血を出して、血溜まりに沈んでいる女子たちの姿があった。

 

 ……二次災害が起きてるじゃないの!

 

「急いで運ぶわよ!」

 

 初日に続き、またしても、騒がしい入浴だった。

 

 

 なぜか血溜まりに沈んでいた女の子たちを、昨日と同じように救助。

 

 それを終えて、夜ご飯を食べてから部屋に戻ると……

 

「あ、あれ? す、すごく眠い……」

 

 とてつもなく強い睡魔に襲われた。

 

 こ、このパターンは……!

 

「あ! これってもしかして、変化する前兆のものかな!?」

「多分ね。前にもあったし、間違いないわ。女委、急いで布団を敷いて。すぐ寝かせるわよ」

「OK!」

 

 なんとか睡魔に抗っていると、未果の指示で女委が高速で布団を敷いてくれた。

 

 ボクはそれに倒れ込むと、すぐに意識が遠ざかっていった。

 

 どう、なる……んだ…………ろ、う……。




 どうも、九十九一です。
 たった二日間の話をやるためだけに、すでに13話分を使用。これを見てると、マジで100話くらい、夏休み編に使われるんじゃないだろうか、とか思ってます。なっがい。こうも遅いと、以前のように二話投稿をしばらく続けた方がいいかも、とか思い始めてます。まあ、それはその内。
 で、前回、通常、ケモロリ、大人、のどれがいいか、みたいなのを聞いたら、まあ、回答してくれた方がいまして、そしたらケモロリと大人で割れたんですよ。なので考えました。三日目と四日目、両方とも変化させればいいじゃないって。まあ、そういうことです。どっちかはお楽しみに。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。二話投稿……できたらかなぁ。
 では。


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407件目 変化して林間学校

「……Oh」

 

 朝起きたら、なんか……ものすごく可愛いケモロリがわたしの上に乗って眠っていた。

 抱き着くようにしてわたしの巨乳に顔をうずめるようにして眠っている姿がいいぜぇ……。

 

「んみゅぅ~……すぅ……すぅ……」

「寝顔いい……」

 

 この、無垢な寝顔。可愛らしい幼女の、安心しきった表情と言うのは、可愛すぎてヤバいですなぁ。お持ち帰りしたくなる。

 

 しかも、ケモ耳ケモ尻尾も付いているから尚更だね!

 

 あぁ、この何とも言えない重みがいい。

 

「なで、なでぇ……」

 

 うん? なでなで? これはつまり、頭を撫でて欲しい的なあれかい?

 ……ふむ。よし! ここはなでなでだ!

 

「よしよし」

「……んみゅぅ~……えへへぇ……なでなでぇ~……」

 

 はぅあ!

 

 な、なんという素晴らしい寝言!

 

 本当に気持ちよさそうな表情をしているし、わたしのハートにパイルバンカーがドズンッ! だぜ!

 

 ふりふり……。

 

 ふと、わたしの視界の端に、ものすご~く気になるものが映っていた。

 

 そう! 依桜君の尻尾!

 

 もっふもふな狼の尻尾。

 

 あれの触り心地はどんな動物よりも素晴らしいと思ってます!

 

 というか、是非ともお持ち帰りして、わたしの妹に会わせたいなぁ。

 

「んっ~~~~……! おはよう……」

「おふぁよ~……」

「お、おっすおっす、二人とも」

「……ん? それは……ああ、なるほど、今回はそれね」

「イエスイエス」

「おぉ! そ、その姿が……」

「そうとも! これが依桜君の変化形態の一つ、ケモロリモードさ!」

「す、すごい! 可愛い! もふりたい!」

「……あなたたち、とりあえず、今依桜は寝てるのよ。もうちょっと静かにしましょ」

 

 おっと、そうだったそうだった。

 

 しかしまあ、なんとも可愛い寝顔。

 

 ついつい頬を指でつっついちゃうよ。

 

「お、おー、ぷにぷにしてる」

 

 すっごくぷにぷにしてた。

 

 さすが、小学一年生くらいの姿。

 

 頬のハリがすごいね! いつまでも触っていたくなるようなぷにぷに感!

 

「ねえ未果ちゃん。そろそろ起こさないと準備遅れちゃうんじゃないの?」

「そうね。……まあ、その前に一つ、思うことがあるわ」

「あ、それわたしも」

「うちもかなぁ」

 

(((依桜(君)(ちゃん)素っ裸なんだけど)))

 

 多分、小さくなったからなんだろうけど、着ていた浴衣が脱げちゃってるんだよね、これ。

 うーん、明らかに未果ちゃんとエナっちから見えちゃってるよね? 主に、股の部分。

 

「未果ちゃん、依桜君のあそこってどうなってるの?」

「ちょっ、一体何を聞いてるのよあんたは!」

「えっとね、すっごく綺麗だよ!」

「エナも何言ってるの!?」

「はっはっはー。未果ちゃん、朝から元気だねぇ」

「あんたら二人がド直球の下ネタを言うからでしょうが!」

「えー、うちは別に言ってないけど」

「女委の発言に乗った時点で同罪よ……まったく」

「ん……んゅぅ~……あしゃぁ……?」

 

 ここで、目をくしくしとこすりながら、依桜君が起きた。

 

 もぞもぞと動きながら起き上がったので、わたしのおっぱいに依桜君の顔でこすれてちょと気持ちいい。

 

 朝から興奮しちゃいそうだぜ。

 

「あしゃだよ~、依桜君」

「んんぅ……めい?」

「女委お姉さんだよー。さあさあ、お洋服を着て、早く準備しちゃおう!」

「……およーふく? ……っ!」

 

 やや寝ぼけていた依桜君だけど、わたしが洋服の事を伝えると、徐々に目が開いてきて、自分の状況を理解。

 

 その結果、みるみるうちに顔を真っ赤にして……

 

「きゃ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 いやぁ、なんかもう、お約束だねぇ。

 

 

「……あぅぅ。え、エナちゃん……?」

「なぁに~?」

「あ、あの……い、いつまでさわってるの……?」

 

 裸の状態で女委の上に乗って眠っている状態から目が覚めて、朝一番の悲鳴を上げた後、ボクは今の姿に合わせた普段着を着ると、エナちゃんに捕まり、膝の上に乗せられて、耳をもふもふされていました。

 

「だって、依桜ちゃんの耳、もふもふしてて気持ちいいんだもん~」

「「わかる」」

「で、でもぉ……」

「んー、ここかな~?」

「んふぁぁぁ~~~~……」

「おぉ、本当に気持ちよさそうにしてる! 可愛いね、依桜ちゃん!」

「はぅぅぅぅっ~~~……!」

 

 は、恥ずかしい!

 ついつい気持ちいい声を出しちゃうのが、本当に恥ずかしい……!

 

「恥ずかしがり屋さんだね~」

「はいはい。もふもふするのはその辺にして、そろそろ朝食の時間よ。早く行きましょ」

「あ、もうそんな時間なんだ。仕方ない。後でもふもふするね!」

「あ、あはははは……」

 

 ……昨日、自分でもふもふしてもいいよ、と言った手前、断りづらい……。

 

 

 朝食を済ませると、昨日と同じく軽く準備の時間。

 

 朝ご飯を食べに、広間に行った時は、まあ……姿が変わっていたから、結構驚かれた。

 

 球技大会の最終日に、一応この姿になっていたからか、かなり驚く、と言ったような人は少なかったけどね。

 

 それでも、あまり見たことがない人……というか、一度も見たことがない人(主に一年生など)は、相当驚いていたけど。

 

 だよね。

 

 だって、小さくなった上に、狼の耳と尻尾がが生えるんだもん。驚かないわけがない。

 

 ともあれ、準備を終えたら、林間学校へ。

 

 林間学校は、旅館からすぐ近くの広場。

 

 なので、臨海学校とは違い、徒歩での移動に。

 

 ただ、その道程がちょっと大変。

 

 と言うのも、その広場に行くのに、そこそこの数の坂を上り下りしないといけないから。

 

 普段運動をしている人なら、ちょっとだけ疲れたかな? くらいなのに対し、運動をしていない人は林間学校前からすでにきつい、という状態に。

 

 ボクは……余裕です。

 

 向こうの世界では、山の上り下りは普通だったし、そもそも森に住んでいたからね。こう言った自然環境の中での生活はお手の物です。

 

 むしろ、落ち着く。

 

 ……うーん、将来、自然豊かな場所で、のんびり暮らすのもいいかも。

 

 その時は多分、おばあちゃんになってるかもね。

 

 魔力のあれこれで、姿が変わらない可能性があるにはあるけど。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ま、まだ、着かない、の……?」

「まったく。少しは運動しなさいよ、女委」

 

 広場へ向かう道中、女委はすでに疲れていました。

 

「い、インドアの、わたし、には、辛いぜ……と、というか、なんでみんなは平気なん……?」

「私は日頃からジョギングとかしてるし」

「俺も、週に何度かはジムに通ってるな」

「オレは実家の影響だぜ」

「うちはアイドルだからね! 体力が一番必要なの!」

「ボクは、まあ……しってのとおりです」

「……わたしたちのグループ、なんだかんだでアウトドア派多くない……?」

 

 疲れた表情で、そう言う女委。

 

 たしかにそう……かも?

 

 でも、アウトドア派、と聞かれたらそうでもないような気がする。

 

 どちらかと言えば、ほとんどはインドアに近い気がするし。

 

「でも、あれだね! 一番年下に見える依桜ちゃんが、一番疲れてないよね!」

「汗一つかいてないしな」

「つか、依桜の体力はほぼ無尽蔵みたいなもんだろ」

「そんなことはない、よ? このすがただと、ふだんのごぶんのいちくらいのしんたいのうりょくだもん。たいりょくてきにも、けっこうおちてるよ」

「それでも、依桜の身体能力は異常でしょうが。少なくとも、五十メートル五秒以下で走れるんじゃないの?」

「ま、まあ……」

 

 それくらいは余裕というか……。

 

 通常時だったら、ほぼ一瞬でゴール出来るんだけどね。

 

「そう言えば、依桜ちゃんっていくつかの状態に変化するんだよね?」

「うん」

「そうなると、その姿に合わせた身体的特徴とかあるの?」

「あるには、ある、かな? いまのすがただと、聴力と嗅覚、それから視覚が普段よりも向上していたりするかな。でも、通常時に耳と尻尾が生えた姿の方が、もっと向上しているけど」

「本当に狼みたいなんだね!」

「かざりじゃないからね、これは」

 

 そう言いながら、軽く耳と尻尾を動かす。

 

「便利そうだよね、その尻尾」

「うん、結構便利だよ。もう一つ手がある、みたいな感じかな?」

「ちょっと羨ましい」

 

 なんだかんだで、日常的にも使えるしね。

 

 あ、林間学校だし、熊さんに会いたいなぁ。

 

 

 それから数分後に広場に到着。

 

 広場のすぐそばには少し大きめの川がある。

 

 意外と深そう。

 

 多分……ボクが沈むくらい?

 

『とりあえず、今から二十分程休憩及び自由時間とするので、各自休むように! その後、この後やることについて説明する! では、一時解散!』

 

 そう言うと、四割くらいの人たちは近くに座り込み、三割はその辺りを探索。残った三割の人たちは川の方へ向かった。

 

「涼しい場所だなぁ、ここ」

「だねぇ。こう言う場所は、いい背景の参考になるぜー。特に、野外プレイのシチュエーションにピッタリ!」

「「何を言ってるんだ(のよ)、お前は」」

 

 女委の発言に、なぜか未果と晶の二人がツッコミをいれていた。

 え? 今のどこに、ツッコミをいれる場所があったんだろう?

 

「おっと失敬失敬」

「昨日言ったこと、もう忘れたの?」

「いやいや、そんなことはないさー。でも、つい口に出ちゃうんだよね」

「……依桜、下ネタを言ったら痛みが発生するツボ、女委にお願い」

「え」

「あ、うん。よくわからないけど、りょうかいだよ!」

「あ、あの依桜君? さすがにそれは――」

「えいっ!」

「あふんっ!」

 

 軽く跳躍して、下ネタを言ったらダメージがくるツボを刺した。

 都合がいいよね、このツボ。

 

「依桜君、容赦ないなぁ……。まあでも、これはわたしが悪いってことにしとくぜー」

「しとくって言うか、今のは明らかにあなたが悪いわ」

「女委ちゃん、相変わらずだね~」

 

 下ネタ、言ってたの?

 よくわからない……。

 

「にしても、臨海学校では海でのサバイバルだっただろ? 林間学校って何するんだ?」

「あー、妥当なところで言えば、山でのサバイバルじゃないのか? たしか、この学園の入学説明会の時、林間・臨海学校について軽く触れていたが、そのコンセプトはどうやら『自然の厳しさを体験する』だったはずだからな。十中八九、こっちもサバイバルと思っていいだろう」

「なるほど。つまり、山、海、それぞれの特性に合わせたサバイバルを学ばせる、ってことね。それならたしかに、学習と言う面でピッタリと言えるわね」

「でも、山の方が難しくないかな? うち、山菜とか詳しくないよ?」

「普通はそうじゃね? むしろ、依桜がおかしいくらいで」

「さ、さすがにボクもちしきはそこまでないよ?」

「でも、食べられるかどうかはわかるんでしょ?」

「ま、まあ……」

 

 一応『鑑定(下)』は持ってるし……。

 

 あれって、何かと便利なんだよね。

 

 一番上は『鑑定(極)』だと思います。師匠が持っていたから。

 

 それよりも上ってあるのかな?

 

 まあでも、普通に生活するくらいなら『鑑定(下)』で十分。

 

「やっぱ、ある意味じゃチートだよなぁ、依桜は」

「どりょくしたけっかといってほしいかな」

「それもそうね。最近は、努力もなしに、どんどんチートになりつつあるような気もするけど」

「……ひ、ひていできない」

 

 魔王討伐時点と、現時点でのボクの全体的なスペックの差はかなり大きい。

 

 師匠曰く、ステータスも向上しているらしいし、師匠の『感覚共鳴』による、能力、スキル、魔法の三種類の習得も多かったし……。

 

 でも、どうしてステータスが向上したんだろう?

 

 特に修行も何もしてないんだけどなぁ……。

 

 そう言えば、師匠のステータスの数値、すごく気になる。どういうステータスになってるんだろう? あの人。

 

 訊いたら教えてくれるかな?

 

 ……意外と教えてくれそう。

 

 その内訊いてみようかな。

 

「さて、時間までまだ少しあるし、女委のためにも軽く休憩しておきましょうか」

「「「「「賛成」」」」」

 

 時間になったら、森の中に行きたいものです。




 どうも、九十九一です。
 いやー、うん。長い。今のペースだと、やっぱり体育祭以上の長さになりそうです。多分。異世界旅行とか、やること多そうだし。仕方ないね。次の学園祭も、早めに決めなければ……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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408件目 森の熊さんとケモロリ

 それからしばらくし、休憩時間が終わると、先生による説明となりました。

 

 まあ、内容自体は晶が言っていた予想と同じでした。

 

 臨海学校では、海でのサバイバルをしていたけど、林間学校では山でのサバイバル、となるそうです。

 

 まあ、昼食はそこで獲ってね、という意味。

 

 ただ、さすがに海とは違って、毒のある植物もあるし、きのこに至っては、似たような物もあるしね。例えば、タマゴタケとベニテングダケとかね。

 

 その上、食用のものと似ている上に、触るとかぶれたりするような植物もあったりするみたいです。

 

 だけど、そこは学園長先生。危険な植物については、ある程度除去済みだとか。さすがに全部は無理だったみたいだけど、それでも基本的には問題ないレベルだそう。

 

 まあ、それでも採らないとも限らないので、最後は先生方に確認を取るように、って言われました。

 

 妥当だね。

 

 ちなみに、採取しやすいように、ナイフなども渡されています。

 

 まあ、ボクには必要ないので断ったけどね。

 

 どのみち、創るから。

 

「さて、今回も案の定サバイバルだったわけだけど……この山、一応猪とか出るのよね?」

「らしいねぇ。基本的には遭遇しても、下手に刺激しないで逃げるようにって言ってたけど、反対に武術系の部活の先生は『挑めッ! それが強さにつながるのだ!』とか言ってたね」

「……それは、自殺しろ、と言っているのと同じな気がするんだが」

「良くも悪くも、変人が多いんだね! 叡董学園って!」

「そうだね……」

 

 生徒も先生も含めて、ね。

 

 どちらにも、変人は多い。と言うより、変人であること、というのがうちの学園の合格基準なんじゃないかな、って思う時があるけどね。

 

「変人かどうかは置いておくとして、どう動く?」

「そうだな……依桜はどう思う?」

「ボク? うーん、しろうとのひとがへたにやまのなかでバラバラにうごくときけんだから、いくつかのグループにわかれたほうがいいんじゃないかな? そのほうが、おたがいをたすけあえるし」

「一理あるわね。それに、その方が堅実かもね。じゃあ、そうしましょうか。効率を考えると、二人ペアの方がよさそうね。ただそうなると、組み合わせは……まあ、依桜は女委と組ませるべきね」

 

 一瞬悩んだ素振りを見せた後、未果がそう告げて来た。

 

「およ? どうして?」

「普通に考えてみろ。この中だと、女委が圧倒的に弱い。というか、体力がない。他のメンバーは体力があるが、それでももう一人をカバーしながらの行動は少しキツイ所がある。その反面、依桜は五分の一にまで低下しているとはいえ、それでも異常な体力を誇っている。それなら、女委をカバーしつつ動けるだろう」

 

 女委の疑問に、晶がそう答える。

 よく考えてるね。

 

 でも、ボクもその案には賛成かなぁ。

 

 晶の言う通り、この中で一番弱いのは女委だもん。

 

 ……一部強かったりするんだけど。

 

「まあ、あとは男女ペアでいいわね。じゃあ……態徒は私と。晶はエナと組んで?」

「未果ちゃん、その組み合わせはどうして?」

「決まってるでしょ、エナ。そこの馬鹿をエナと組ませたら、何をするかわからないじゃない。なら、私が監督するわ」

「……オレ、マジで信用ねぇー」

「まあ、態徒だしな」

 

 ぽんと態徒の方に手を置いて、まるで憐れむかのような目を向ける晶。

 じ、地味に酷い……。

 

「それじゃ、そろそろ行きましょうか。とりあえず、十二時くらいにここに集合ということでOK?」

「「「「「OK!」」」」」

「では、解散!」

 

 

 というわけで、三つのペアに分かれて行動開始。

 

「いやー、最近依桜君と二人きり、ということが少なかったから、ちょっと嬉しいなぁ」

「たしかにそうだね。ここのところ、ししょうやエナちゃんといっしょにいることがおおかったもんね」

「言われてみればそうだねぇ。まあ、エナっちに関しては、わたしが紹介したわけだけども」

「そうだね」

 

 女委があの仕事を紹介してくれたから、エナちゃんが今一緒にいるわけだもんね。

 

 本当、人生何が起こるかわからないよ。

 

 まさか、アイドルと友達になっただけじゃなくて、クラスメートになっちゃうんだもん。本当に、わからない。

 

「それで、何を採るんだい? 依桜君や」

「うーん……すくなくとも、たんぱくしつはひつようだよね、えいようてきに」

「だね」

「でも、こういったばしょでたんぱくしつをとるとなると、さかなをとるか、いのししをかるかになっちゃうんだよ」

「なるほど~」

「でも、いのししをかるのはちょっときがひけて……」

「うんまあ、可愛いもんね、地味に」

「そうなんだよ。だから、ちょっときがひける。しかも、それがおやだったらさすがに」

「あー、たしかにね~」

 

 なんと言うか、生きるために必要、という状況に陥らない限り、ボクは基本的に殺したくない。

 動物、特に猪や熊さんなんかはちょっとね……。

 

 魚は……なぜか平気。

 

 そう言えば、たまに不思議に思うけど、どうして陸上生物のほとんどには殺すことに対して忌避感が出るのに、魚などに対してはそれがないんだろう?

 

 人間って、よくわからない。

 

「でも、さすがに二日連続で魚って言うのもな~」

「そこなんだよね……。いくらサバイバルといっても、ちょっときついよね、ふつかれんぞくでおなじしゅるいのメインって」

「こう、あえてガッツリと食べたいというか」

「……まあ、そうだね。でも、いのししをねらうにしても、ざいあくかんが……」

「依桜君、逆に考えるんだよ。結局普段食べているお肉って、元は生きていた牛や豚、鶏なんだから。そして、それを余すことなく食べるのが、一番の供養だよ。残すのなんて、一番やっちゃいけないことだからね!」

「めい……」

 

 女委がすごくいいことを言ってる。

 

 たしかに、女委の言う通り。

 

 人……と言うより、ほとんどの生き物は、他の生き物を食べて生きているわけだもんね。弱肉強食。自然界はそうやって成り立っている。

 

 だから、人は他の生き物のお肉を食べる。

 

 ……つまり、驕りっていうことだよね。これって。

 

 いや、うん……向こうの世界でもそうしていたし、何とも言えないところ。

 

 それなら、いっそのことある程度吹っ切れてしまったほうがいい、かも。

 

「……そうだね。じゃあ、こうしよう。かりにかるとしても、かるのはこどもがいないこたいだけ」

「うんうん。それがいいとおもうよー。さすがに、子供から親を奪うのは一番駄目だからねぇ」

「うん」

 そういうことになった。

 

 はぁ……でも、ちょっと気が重い。

 

 

 それからしばらく、二人で山の中を散策。

 

 道中食べられる食材をいくつか見つけ、事前に貸し出されていた籠に入れる。

 

 ちなみに、身長的な問題で背負っているのは女委です。

 

 ごめんね。

 

「いやぁ、大量だね」

「けっこうこのやまはほうふだからね。でも、あんまりとりすぎちゃだめだよ?」

「わかってるさ。生態系の破壊は、駄目だからね。さすがに、環境破壊は気持ち良いZOY! みたいなことを言う人はクズだからね」

「またふるいネタを……」

「ふふふー、今でもネット上では使われるものだからね! それに、使い勝手がいいので」

「それはどうなんだろう……?」

 

 時折、微妙に危ないセリフを言うんだよね、女委って。

 なんと言うか……怒られないか心配。

 

「そう言えば依桜君。例の熊さんっているのかな?」

「ちょっとまってね。さぐってみる」

 

 軽く『気配感知』を使用して、熊さんの位置を特定。

 

 …………あ、いた。

 

 気配を探ってみたら、割とこの近くにいることが判明。しかも、親子でいるね、これ。

 

 見たところ、体調は良好、元気そう。

 

「えっと、こっちのほうこうにいるね」

「おー、じゃあ早速会いに行こうよ!」

「うん!」

 

 

 女委の提案で、スキー教室の時に出会った熊さんに会いに行くべく、ちょっと歩く。

 

 山を進んでいくと、見たことのある景色が出て来て、以前熊さんと出会った洞穴の近くに到着。

 

 そこには、あの時の子熊さんたちが元気に遊んでいた。

 親熊さんはいないみたいだけど……。

 

『きゅぅ? ……きゅぅっ!』

『きゅぅきゅぅっ!』

「わ、気づいた」

 

 遊んでいた子熊さんたちが、ボクたちに気づくと、嬉しそうに声を上げながら駆け寄ってきた。

 

『『きゅぅっ!』』

「わわっ! あはははは! く、くすぐったいよぉ!」

 

 そして、ボクに飛びついてくるなり、ぺろぺろと顔を舐めてくる。

 

 か、可愛い!

 

「お、おおー、ケモロリと野生動物の触れあい……と、尊いっ!」

 

 その横では、女委が変なことを言っていたけど。

 

「それにしても、おおきくなったね」

『きゅぅっ!』

『きゅきゅっ』

「あはは、そっかそっか。それなりにじかんがたってるもんね」

 

 再会できたことが嬉しいのか、二匹の子熊さんはがじゃれついてくる。

 

「あり? 依桜君、何て言ってるのかわかるの?」

「なんとなくだけどね」

「へぇ~。依桜君、動物とも会話できるんだ」

「どういうわけか、わかるようになってきたんだよ。うーん、このすがたのせいかな?」

「何か関係があるの? それ」

 

 ボクが言ったことに対し、不思議そうな表所でそう尋ねてくる女委。

 

「うん。えっとね、むこうのせかいには、じゅうじんっていうしゅぞくがいて、そのひとたちはなんというか……どうぶつとかいわができるの」

「それはすごいねぇ。じゃあ、今みたいな姿の時もそれができると?」

「せいかくにいえば、へんかしてから、のほうがただしいかな? いまみたいなすがたになっていこう、つうじょうじでもあるていどわかるようになってるから、ふだんからつかえる、とおもったほうがいいかも?」

「ほほ~、面白いことになってるね~」

 

 本当にね。

 

 ちなみに、獣人と言うけど、正確に言えば亜人種のなかの獣人族、という括りになっています。あくまでも、亜人種の中の一つの種族、と言う感じだね。

 

 もっと細かくすると、色々な種族に分かれていくけど。

 

 あ、エルフなども亜人種に入ります。

 

 他だと……ドワーフとか、ドライアド、人魚とかかな? 他にも色々といるけど、有名どころはこの辺り。

 

 ちなみに、吸血鬼は魔族に含まれます。

 

 この亜人なんだけど、それぞれの種族で特殊能力のような物を持っているらしくて、獣人族の場合は、動物(一部の魔物も該当)と会話ができるのと、自身をその種族の特徴を色濃く発現させる、変身のような能力があります。

 

 ボクの場合、疑似的な獣人化なわけなんだけど、なぜか動物と会話ができる、という能力が若干備わっちゃっているみたいです。

 

 しかも、これが通常時にも適応されているのだから不思議。

 

 本来なら、備わるはずのない能力だと思うんだよね、これ。

 

 だって、この能力は最初から獣人じゃないと獲得しえないものだもん。

 

 一応、人間と獣人が結婚して、その間から生まれた子供にも備わったり、しなかったりするらしいんだけど、少なくとも途中で発現することはないんだとか。

 

 ……なんでボク、使えるの?

 

 自分のことなのに、意外と不思議なことが多いよね、ボクって。

 

 …………ボクって、なんなんだろう?

 

「あり? 依桜君どうしたの? 変な顔して」

「あ、え、えっと、ちょっとかんがえごと」

 

 いけないいけない。こう言うのは、こう言う場所じゃないところで考えよう。

 ボクはボク。それ以外でもそれ以下でもないね。

 

「そっか。……そう言えば、親の熊さんはどこなんだろうね?」

「たぶん、もうすぐもどってくると……って、あ、きたみたいだよ」

 

 そう言うと、ボクの視線の少し先の方から大きな熊さんが何かを咥えて戻って来た。

 

 ……あれ、猪?

 

 もしかして、狩りに行ってたのかな?

 

 なんていうことを考えていると、熊さんがボクたちに気づき、子熊さんのように嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

『グォォ!』

 

 子熊さんとは違って、親熊さんは頬ずりをしてきた。

 

 あ、もふもふであったかい……。

 

「こんにちは。やくそくどおり、あいにきたよ!」

『グォォッ!』

 

 ボクがそう言うと、親熊さんはそれはもう嬉しそうに鳴いた。

 そ、そんなに嬉しいのかな?

 

「あ、そうだ。くまさん。このあたりに、こどものいないやせいのいのししっているかな?」

 

 ここは一つ、この辺りに詳しい熊さんに訊いてみよう。

 もしかすると、知ってるかも。

 

『グォッ。グゥゥ。グォ』

「依桜君、通訳よろ」

「あ、うん。えっと、どうやらいまとってきたいのししがそうみたいだね。それで、それをボクたちにくれるっていってる」

「マジですか。よかったね、依桜君」

「うん。みたところ、そこまでそんしょうもおおきくないから、ばいきんとかのきけんせいもすくなそう。まあ、さいあくはししょうにどうにかしてもらうから」

「だね!」

 

 師匠に頼めば、腐った食べ物ですら食べられるようになるからね。

 あれは、本当にずるいと思います。

 

「でも、いいの? くまさん。これ、こどもたちのなんじゃ……」

『グォッ!』

「あ、そうなんだ。ありがとう、くまさん」

『グォグォ。グォ!』

「依桜君」

「うん。えっと……このまま、せにのせてもとのばしょにつれてってくれるって」

「え、わかるの? わたしたちがどこから来たのか」

「そうみたいだね。たぶん、このいのししをかるかていで、ほかのせいとにであったのかも」

「あ、たしかにあり得るかもね。じゃあ、お願いする?」

「そうだね。こじんてきに、くまさんのせなかにのってみたかったし……」

「金太郎的な?」

「あこがれのようなものがちょっとね。こう、もふもふしてそうだから」

「依桜君の耳と尻尾もすっごいもふもふだよ?」

「……そ、それとこれとはべつだよ」

 

 それに、自分のだとちょっと面白くないもん。

 自前と他人とは全然別物です。

 

「それもそだね! じゃあ、熊さんに乗って一旦戻ろうぜ!」

「うん。そのどうちゅうで、たべられそうなものがあったら、かいしゅうしていこうか」

 

 いい収穫だよ、本当に。

 

 まさか、猪がこんなに簡単に手に入るとは思わなかった。

 

 とりあえず、血抜きとかしないとだね。

 

「じゃあ、くまさん、おねがいします」

『グォ』

 

 四つん這いになっている熊さんの背に乗って、一言お願いすると、短く鳴いて、歩き始めた。

 

 あ、乗り心地がすごくいい……。




 どうも、九十九一です。
 いやぁ、長いですね。本当に。夏休み編って、やることが多いので、結構大変です。未だに林間・臨海学校の三日目ですしね。いつ終わるんだろう、これ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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409件目 血まみれケモロリ

「まったく……いきなり熊と一緒に現れるなんて、予想外よ」

「本当にな。なんらかの出来事を必ず引き起こすとは、さすが依桜、と言うべきなのか、ここは」

「あははは……なんか、ごめんね」

「謝らなくていいよ、依桜ちゃん。うちももう慣れたし!」

「そ、それはそれでびみょうなきぶん……」

 

 まだ出会って一ヶ月も経っていないエナちゃんにそう言われると、ボクってそんなに変なことに巻き込まれやすいのかなぁ、って思ってしまう。

 

 ……あ、違う。そもそも変なことに巻き込まれやすいのは昔からだった……。

 

「んで? さっきから気になってるんだけどよ、それって……猪か?」

 

 態徒が親熊さんによって運ばれてきた猪を見てそう尋ねる。

 

「うん、そうだよ。たまたまかりのかえりだったらしくて、これをくれたの。ね」

『グォォ』

「本当に懐いてるのね、依桜に」

「うん、かわいいよね、このくまさんたち」

 

 初めて会った時は、威嚇されながらのものだったけど、今回はむしろ好かれている方の好意だったから、素直に嬉しい。

 

 そして、すごく可愛い。

 

 ……ハッ! 今思ったんだけど、メルたちがこの熊さんたちと戯れていたら……あ、すごくいい! すごく可愛い! どうしよう、見てみたい!

 

 うぅ、なんで初等部も参加じゃないんだろう……?

 

 可愛い熊さんたちと戯れる可愛い妹という組み合わせは、至上なんじゃ……!?

 

 今度、ふれあい動物園みたいな場所に連れて行ってみよう。

 

 ちょっと想像……あ、想像だけでも、とっても可愛い!

 

 な、なんということでしょう……これは、是が非でも行こう! でも、夏場に行くにはちょっときついし、行くとしたら秋だね!

 

「……なんか、依桜がちょっとだらしない表情してるんだが」

「十中八九、メルちゃんたちのことを考えているんだろう」

「あー、納得。シスコンだし」

「依桜君、メルちゃんたちのことになると、本当に人間が変わったようになるからねぇ」

「妹ちゃんたちのために、アイドルはやりたくない、って言った直後に、お願いされたらすぐに覆しちゃうような女の子だもんね、依桜ちゃん」

 

 じゃあまずは、家の近くにあるかどうかを調べないと。

 

 なかったら……ちょっと遠出になるかなぁ。

 

 まあでも、メルたちと一緒にお出かけできると考えたら、それだけでもう、お姉ちゃんは嬉しいです。

 

 問題は、メルたちが行くかどうか……って、みんなの反応を考えると、普通に行きそう。というかむしろ、ノリノリになりそう。

 

 うん。絶対秋に行こう。

 

 可愛いメルたちが見たいです。

 

 あの地獄みたいな暮らしから解放されたんだから、みんなには幸せに暮らしてもらいたいからね!

 

 それに、動物園はまだ行ったことないしね。

 

「あー、依桜?」

「……うーん、でも、どういう場所が……」

「依桜―」

「むぅ、いい場所……いい場所……」

「依桜!」

「ひゃぅっ!? な、なになに!?」

「まったく……呼んでるんだから、返事くらいしなさいよ」

「あ、ご、ごめんね……」

「……まあ、大方メルちゃんたちのことを考えていたんでしょ?」

「え、な、なんでわかったの? え、エスパー?」

 

(((((顔に出てるからなんだよなぁ(よねぇ)……)))))

 

 なんでみんな、ちょっと呆れた表情を浮かべているんだろう?

 

 ……ま、まあいいよね。うん。きっときのせい……だと思いたい。

 

「そ、それで、なに?」

「なにも何も……とりあえず、材料は集まったのよね? そっちは」

「あ、う、うん。めい」

「ほいきた! これだぜこれ」

 

 ボクは女委を呼ぶと、女委は背中の籠を下ろして中を見せる。

 

 そこには、山の中で採った山菜やきのこ、木の実などが入っていた。

 

 もちろん、全部毒がなくて、美味しく食べられるものです。

 

『鑑定(下)』って、便利だよね……。

「結構採ったんだな。それに、そっちの猪も含めると、十分すぎる」

「そうだね。でも、うみとはちがって、きのうみたいなだいきぼなりょうりはちょっときびしいかなぁ……。多分、作れても50にんまえくらい?」

「いやそれで十分だろ!?」

「え、そ、そう? いつもなら、1000にんまえくらいよゆうにできるけど……」

 

((((どこの化け物……?))))

 

「依桜ちゃんすごいね!」

 

 この姿だと身体能力が低下しちゃうから、いつもよりも動けないんだよね……。

 

 それでも、こっちの世界では十分なんだけど。

 

 今だと……ヴェルガさんに辛うじて身体能力では勝てるくらいかな?

 

 でも、一度戦った人なら、ある程度知識もあるので問題ない、と言えば問題ないんだけど。

 

「それはそれとして、ほかのみんなはなにをとったの?」

「私たちの所は、とりあえず、魚を釣ってたわ。意外と釣れたわよ。人数分は最低限確保したし」

「俺と御庭の所は、依桜たちと同じように山菜などをメインに採ってたな。まあ、さすがに依桜たちほどではないが」

「まあ、わたしたちは結構採ってたしねぇ」

「そ、そうだね」

 

『鑑定(下)』のスキルがあれば、どこにあるかなんて一目瞭然だし、なにより、この姿でも十分な身体能力は持ってるからね。

 

 幼稚園児くらいで、ようやくこっちの世界の範疇に収まるんじゃないかなぁ、ボクの身体能力って。

 

「じゃあ、どう料理するの? さすがに、山菜とかを使った料理なんてできないし、そもそも猪とか解体できるの? って話なんだけど」

「あ、うん。かいたいはボクがやるからだいじょうぶ。まかせて」

 

 そう言うと、みんなはなぜか『ああ、うん。そうだよね……』みたいな、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。

 

 ……解体は、向こうの世界で散々したので……。

 

 

 というわけで、猪の解体。

 

 さすがに、六人では食べきれない量なので、熊さんたちにも分ける……というか、元々熊さんに貰ったものなので、返す? が正しいのかな?

 

「んしょ……んしょ……」

「……どうしよう、ケモ耳ケモ尻尾が生えた、小学一年生くらいの幼女が、血まみれになって解体してる姿がその……アレ過ぎるんだけど」

「言うな。俺も思っている。どう見ても、野生児的な何かだろう、あれは」

「しかも見ろよ、クッソ的確なんだが。しかも、手の動きに淀みがねぇ」

「猪の解体って、あんなに簡単にできるの?」

「普通は無理なんじゃないかな? 依桜ちゃんが特別っていうだけで」

 

 あれ? 後ろでみんなが何か話してるような……。

 

 まあ、この光景のことを話してるのかもね。

 

 解体だもん。

 

『天使ちゃん、猪の解体までできるのか……』

『なんか、ナイフ持ったケモロリってのも……いいな』

『わかる。こう、可愛らしい幼女が、絶対に持つことのないナイフと言う凶器を持っているギャップが半端ないな』

『ギャップ萌えか……』

 

 うん? なんだか、他の人たちからも視線が……。

 

 まあいいよね。とりあえず、どう料理しようか。

 

 一応血抜きはしたけど、それでもまだまだ臭みはありそう。それを消さないと、みんなには出せないね。

 

 まあ、臭みくらいだったら割とすぐに消せるんだけど。向こうの世界のあれこれの応用で。

 

 それに、臭みの元になってるのは血だからね。

 

 しっかりと血抜きをして、丁寧に下処理をすれば、臭みのない美味しい猪肉が食べられるというわけだね。

 

 たしか、調味料の他にも、小麦粉、パン粉、卵、お米、パスタ、といったものは先生方の方で用意してくれているみたいだから、それを活用かな。

 

 うーん……じゃあ、猪カツにでもしようかな。

 

 あーでも、ステーキも捨てがたいし……やろうと思えば鍋も作れるんだよね。

 

 ぼたん鍋。ちょっと作ってみたい。

 

「ねえみんな。カツとステーキとぼたんなべ、どれがたべたい?」

「え、作れるの? 依桜」

「うん。つくれるよ」

「猪の肉すら調理できるのかよ……マジで、半端ないな、依桜の料理スキル」

「えっと、それで、どれがたべたい?」

「うち、カツが食べたいかも。美味しそう」

「俺はステーキだな」

「私もカツね」

「オレ鍋」

「わたしはステーキ」

「ば、バラバラだね……。まあ、いっぱいあるし、ぜんぶつくろっか」

「「「「「さすがっす!」」」」」

 

 じゃあ、早いところ解体しちゃって、下処理しないとね。

 

 

 解体を終え、下処理を済ませて料理開始。

 

 一応、ボクの鼻は今現在鋭敏になっているので、臭みがあるかどうかがまるわかり。

 

 こういう時、便利なのかもね、この姿は。

 

 おかげで臭みがあるかどうかがわかるし、この状態で臭くないと感じれば、普通の人も臭みがないと思はずだしね。

 

 うん。やっぱり便利。

 

「依桜、とりあえず、あく抜きしておいたぞ」

「あ、ありがとう、あきら。そこにおいておいて」

「了解だ」

「依桜、とりあえず、こっちの準備は出来たわ。言われた通り、出汁も取ったわよ」

「うん、ありがとう、みか」

 

 さすがにこの姿だと色々と不便なので、みんなに手伝ってもらってます。

 

 通常時だったら、一人で全部こなせちゃうし、今の状態でもできないわけじゃないんだけど、みんなが

 

『『『『『手伝う!』』』』』

 

 って言ってくれたので、お願いしました。

 

 まあ、元々みんなで頑張る、みたいな行事だからね。

 

 本来、ボク一人でやる、というのはまずい気がするんだけど……ついつい楽しくなっちゃって、一人でやっちゃうんだよね、料理。

 

 昨日は、申し訳なかったと思ってます。

 

「あ、くまさんたちにもごはんあるから、ちょっとまっててね!」

『グォ!』

『『きゅぅっ!』』

 

 猪をくれた、せめてものお礼。

 

 美味しい物を食べてもらいたいからね。

 

「しっかしまあ、昨日ほどじゃないけどよ、それでも材料がとんでもなく多いよな、これ」

「だねぇ。山菜沢山、きのこもたくさん。あ、晶君と態徒君のも含めた方があ痛!?」

 

 下ネタを言ったのか、女委が痛みをこらえていた。

 

「……ド下ネタを言うなよ、女委」

「え? いまのってしもネタなの? どのあたりが?」

「……訊くな。依桜はそのままでいてくれ」

「???」

 

 どういう意味だったんだろう?

 

 

「依桜がピュアすぎて、私たちが汚れてるように思えるわ……」

「実際、汚れているような物だろう。依桜のは、ちょっと特別だ」

「まー、男の時ですら、エロ本を呼んで気絶してたような純情男の娘だったしなぁ」

「それはそれで見てみたかったぜ、わたし」

「依桜ちゃん、男の娘時からピュアだったんだ」

 

 

 みんなの協力もあり、無事に料理が完成。

 

 正直、作りすぎちゃった感じはある。

 

 猪肉のカツに、ぼたん鍋に、ステーキ。

 

 それ以外にも、アユ、イワナ、ヤマメが獲れていたみたいなので、それも使いました。

 

 唐揚げとかね。

 

 ちなみに、ぼたん鍋の出汁は、川魚の骨で取ってます。ありがたい限りです。

 

 山菜などは鍋の具材にしたり、天ぷらにしたり、おひたしにしたり、と言ったように、様々な料理にしました。

 

 なんだか、揚げ物が多くなっちゃったけど、そこはご愛敬。

 

 きのこの方は、ホイル焼きとか、炊き込みご飯とか、あとはお吸い物に使ったりかな。

 

 うん。作りすぎた。

 

「これ、全部食うのか……?」

「さすがに、多すぎるような気がするわね……」

「ちょっと、わたしでも辛いかなぁ」

「俺も無理だ。全部は」

「これはあれかな。昨日みたいにお裾分けかな?」

「……そうだね。せんせいにじじょうをせつめいしてくるよ」

 

 猪の量が量だったし、ボクたちが採ってきた山菜などの量も尋常じゃなかったため、ボクは昨日と同じように、お裾分けをすることに決めました。

 

 やりすぎは、よくないね。

 

 

 その後、昨日と同じように宴会のような状態に発展。

 

 ただ、昨日ほど量はなかったので、他の人たちは自分たちで採ったものを料理しつつ、ボクたちが作った料理を食べていました。

 

 その結果、何一つ残すことなく、完食できました。ありがたい限りです。

 

 ちなみに、熊さんたちにもご飯を作りました。

 

 お礼です。

 

 とっても美味しそうに食べてくれたのは、見ていてとても嬉しかったです。

 

 

 ちなみにこの時、依桜が血まみれだったことに、他の生徒たちや教師はものすごくびっくりしたが、気にしたら負けだと思って何も言わなかった。




 どうも、九十九一です。
 3日目の話は……あと、4、5話くらいで終わる、と思います多分。林間学校自体が次の話で終わり、その後の話を2話くらい。4日目の話を2話くらいなので……まあ、5話かな? まあ、それくらいです。で、2話か3話くらい、林間・臨海学校の翌日の話をしたら、異世界旅行の話にいくかもしれません。もしかすると、異世界旅行の話はもう少し先かもしれません。まあ、まだわかんないです。私の気分次第で、変わるかもしれないので。まあ、近々やりますのでお待ちを。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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410件目 ケモロリと変態(女の方)

 お昼ご飯を食べた後は、自由時間。

 

 昨日とは違い、そこまで時間がかからなかったため、時間が結構ある。

 

 肝心の師匠なんだけど、一応林間学校の方に付いてきていたんだけど、途中でいなくなってました。

 

 この林間・臨海学校が始まってから、師匠はたまに一人でどこかに行っているみたいなんだよね。

 

 一体どこに行っているのかすごく気になって、訊いてみたりしたんだけど、

 

『気にするな。あたしの私用だ』

 

 って言ってはぐらかされました。

 

 まあ、師匠はもともとこっちの世界で単独で動いているみたいだし、今更と言えば今更なんだけど……それでもちょっと気になる。

 

 大丈夫なのかな、師匠。

 

「依桜君、どしたん?」

 

 師匠のことを考えながら、岩場の上に座って足を川の水に浸けながら座っていると、女委がどうしたのと声をかけて来た。

 

「あ、めい。ちょっとね」

「んー、依桜君のことだし、ミオさん関連?」

「……よくわかったね」

「ふっふふー。伊達に中学一年生の時から友達をやってませんぜー。あとは、単純に依桜君の表情でなんとなく、かな?」

「ボク、そんなにかおにでてた?」

「どうだろう? 依桜君って、昔から表情作るのが上手かったし、嘘を吐くのも上手いからねぇ。気づいたとしても、わたしらだけなんじゃないかな?」

「そっか」

 

 つまり、みんなにはバレバレかも、っていうことだね。

 

 それなりに長く友達をしているだけあるよね、本当に。

 

 だからこそ、ボクは心の底から感謝しているんだけど。

 

「ねえ依桜君。横に座っていい?」

「もちろん」

「んじゃ、おじゃまして。おー、水が冷たくて気持ちいいね」

「うん」

「というか依桜君、その姿用の水着とか持ってたの?」

「あ、これはつくったの。さすがに、しっぽあながあるみずぎなんてないからね」

 

 女委が指摘した通り、ボクは今水着を着ています。

 

 一応、ワンピースタイプのもので、スカートが長め。

 

 丈は膝より少し下くらいかな。

 

 露出が少なくて結構好き。

 

 対して、女委が来ているのは薄桃色のオフショルダータイプのビキニ。普通に似合ってる。

 

 水着を着ていることからわかる通り、自由時間は川で遊んでいます。

 

 まあ、ボクはちょっと座っているんだけどね。

 

 だって、水が深いんだもん。

 

 あと、流されそうだし。

 

 今の身体能力でも問題ないと言えばないんだけど、最悪の可能性を想定して、一応はこうして座ってます。

 

 ただ、たまに川に入ってみんなと遊んだりもするけど。

 

 そう言えばこの姿だと、普通の泳ぎ方(間違っても、例のものじゃないです。クロールなどです)犬かきの方が泳ぎやすいということに気づきました。

 

 狼だからかな?

 

「やっぱり、便利だよね、依桜君って。羨ましい」

「あはは。でもそのかわり、ボクはいろいろなものをうしなったきがするよ」

「例えば?」

「うーん、たとえば……たいいくさいとかで、みんなといっしょにほんきでがんばる、っていうこととかかな? こっちのせかいでボクがどりょくすることといったら、だいたいはべんきょうくらいだから」

「でもさ、帰ってきてからの依桜君の成績って、結構上がってたよね? やっぱり、異世界効果?」

「どうだろう? さいしょはししょうのしゅぎょうのせいかかなとおもったけど、あとあとかんがえてみたら、いせかいにいったちょくごだったようなきもするかな? ふしぎだよね」

 

 どうしてなんだろう?

 

 ボクの体調が安定したのもあの時だったし、何かと異世界に縁があるのかな? ボク……というより、ボクの体って。

 

「ほほー。異世界に行くと、頭がよくなるのかね? それとも、依桜君だけなのか。まあ、どちらにせよ、依桜君はこっちだと努力をする、という行為のほとんどが無意味になりつつあるんだね」

「そうだね……」

「努力ねぇ……依桜君は、多分、自分自身が本気を出すことよりも、他の人の本気を引き出す方が上手いんじゃないかな?」

「ほかのひとの?」

「そうそう。ほら、依桜君って教えるのが上手いし、どうやったらやる気を出してくれるのか、みたいなのもなんとなくわかってるみたいでしょ?」

「まあ……なんとなくは?」

 

 小学校に職業体験で行った時も、柊先生に言われたっけ。

 

 ボクって、そんなに教えるのが上手なの?

 

「そう考えたら、依桜君が本気を出せるのって、ある意味、誰かの為、とも言えるよね」

「だれかのため……」

「実際、わたしが依桜君と出会ってからこれまで、依桜君が本気を出していたように見えたのって、自分自身と言うよりも、誰かの為に本気を出してるように見えたしね~」

「いわれてみれば、そう……かも?」

 

 向こうの世界でも、自分の為に頑張った、と言う面もたしかにあったにはあったけど、途中から困っている人を助ける為、にすり替わっていた気もするし……。

 

 ボクがボクの為に動いたことって、言われてみればないかも。

 

 なんでだろう?

 

「なんと言うか、依桜君って自己犠牲の精神が強すぎるんだよねぇ。自分のことを棚に上げるから、尚更。なーんかね、心配なんだよ、わたしたち的には。去年の学園祭の三日目で、初めて弱音を吐いたじゃん? あれ、嬉しかったんだよね」

「どうして……?」

「決まってるじゃないか! いつもはほのぼの~とした笑みを浮かべていて、誰かの為に頑張っちゃうような依桜君が、珍しく弱音を吐いてくれたんだもん! そりゃぁ、友達として嬉しいよ!」

「……そうなんだ」

 

 なんだか、本当に恵まれてるよね、ボクって。

 

 普段は何かとふざけてたり、おかしなことを言ったり、恥ずかしい服を着せたりする女委だけど、性格はすごくいいもん。

 

 それに、真面目な時は真面目なことを言うし、しかもそれが本心。

 

 だからきっと、今女委が言っていることも本心なんだろうね……。

 

 本当に、嬉しいよ。ボクは。

 

「それに、一人で抱え込んでいたら、いつか依桜君が壊れそうだもん」

「うっ……それは、みかにもいわれました……」

「でしょでしょ? だからさー、依桜君はもっとこう、わたしたちを頼ればいいと思うんだよ。ついでに、肩の力を抜いたりとかさ。わたしたち、みーんな依桜君のこと大好きだからね!」

「めい……」

 

 どうしよう、笑顔でそう言われたから、ちょっと泣きそう……。

 

 こんなに正面から言われると、嬉しすぎるよ。

 

「でもさー、わたし思うんだよ」

「えっと、なにを?」

「ほら、依桜君って寿命が延びたー、みたいに言ってたでしょ?」

「うん。でも、いまはながくても100ねんっていわれてるけど……」

「そこだよそこ。たしか、魔力で延びるんだよね? 寿命って」

「う、うん」

「で、たしか解呪の影響で寿命が削れて、さっき言った百年になってるんだよね?」

「そうだよ」

「で、わたし考えたんだけど、依桜君って、ミオさんに色々と教え込まれてるみたいじゃん? こっちの世界で」

「うん」

「それに組み手とかもしてる時があるということは……依桜君の寿命、またちょっとずつ延びてるんじゃないのかな?」

「――っ!」

 

 鋭い……!

 

 普段の言動とか行動がアレだから、女委って周囲から割と頭が悪く見られがちなんだけど、実際はその反対で、とても頭がいい。

 

 でないと、経営とかハッキングとかなんてできっこないし、何より、ここまで鋭い指摘なんてできない。

 

「お、図星かな? まあ、そんな感じなんだろうなー、とは思ってたけどね」

「……よくわかったね?」

「まねー。これでも、友達だよ友達。まあ、確証はなかったけどね。でも、時たま依桜君が、ちょっと寂しそうな顔する時があったし、将来のこととかを話すときも、微妙に悲しそうな顔だったし。まあ、そうなのかなーって」

「めいって、ほんとうにすごいね」

「にゃははー。もっと褒めてもっと褒めて!」

「うん、すごいよ、ほんとうに」

 

 そう言いながら、ちょっとだけ女委に寄り掛かる。

 

「おおっ、ケモロリが寄り掛かって来た! 可愛いね、依桜君!」

「ちゃ、ちゃかさないでよ……もぉ」

「にゃはは。ごめんごめん。でも、急にどうしたん? 珍しいけど」

「ちょっと、よりかかりたくなっちゃって……」

「そっかそっか。まあ、わたしはいつでも大歓迎さ! いやぁー、この小さな重みがたまらないぜ!」

「めい……?」

 

 なおも茶化すような発言をする女委に、軽くジト目を向ける。

 

「まあ、冗談はさておき。依桜君がこうして寄り掛かってくれるのは、普通に嬉しいねぇ。昨日はなんか、未果ちゃんが膝枕してたみたいだし~?」

「はぅっ」

「わたしの場合は、寄り添い、かぁ。うんうん、いいねぇ、こういうの。百合っぽくて最高です」

「ゆ、ゆりって……」

「あー、百合というより、おねロリ的な物かな? 絵的に」

 

 それはよくわからないです。

 

 単語的に、お姉さんと幼い女の子のペアって言うところかな?

 

 うーん?

 

「で、どうだい? 依桜君。わたしのこの体は」

「……え、えと、あ、あったかくて、やわらかくて……おちつく、かな?」

「お、おおぅ。まさか、照れ顔で言われるとは……本気の照れ顔あざます!」

「も、もぅ、めいったら……」

 

 普段と変わらない調子に、なんだかほっとした。

 女委はこうじゃないと、なんか嫌だもん。

 

「あ、そうそう依桜君」

「なに?」

「十中八九、依桜君が悲しそうな顔をしたのは、依桜君だけがわたしたちの中で一番長生きしちゃって、尚且つ、わたしたちを看取ることになるのが悲しい、とか思っているんだろうけど」

「……」

 

 いきなりボクの考えていたことを言い当てられて、思わず女委の顔を見た。

 

「大丈夫だよ。わたしたちはずーっと友達だし、一緒にいるから」

「……めい」

「それはきっと、未果ちゃんたちもそう思ってるんじゃないかなぁ。仮に、みんなに別々の家族が出来たとしても、仲良しだったのは変わらないし、友達――親友だったことは忘れないよ。だから仮に、わたしたちが依桜君よりも早く死ぬときは、笑顔で看取って欲しいな。いいかな? 依桜君」

「……うん、もちろんだよ。めい。でも、ボクがかんがえていたことは、おみとおしだったんだね」

「当然。少なくとも、その辺に鈍い態徒君ですら、微妙に気づいてるんじゃないかな? 態徒君は変態で馬鹿だけど、そう言うところはちょっと鋭いしね~」

「たいとも……」

 

 ボクって、嘘を吐くのが下手なのかなぁ……。

 

 これじゃあ、どっちが守られているのかわからないよ。

 

 でも……

 

「ありがとう、めい。げんきでたよ」

「お、ほんと? ならよかったぜー! いやー、前々から話そうかなー、と思っていたんだけど、なかなか機会がなかったからね。一人で座っているのを見て、絶好のチャンス! と思ったんだよ。ついでに、あわよくば依桜君と触れ合える! って思ったしね」

「……さいごのがなければ、もっとよかったんだけどなぁ」

「にゃはは! これがわたしさ! まあ、ともかく。人生まだまだこれから! ならば、全力全開で楽しんだ方が、絶対の勝ち組だよ!」

「うん、そうだね。じゃあ、そのために、ボクたちもみかたちのところにいこ」

「よしきた! じゃあ、依桜君、ちょっと立って」

「うん。えっと、こう?」

「そそ。じゃあ、失礼してと」

「ふぇ?」

 

 いきなり、女委に後ろから抱きしめられたと思ったら、不意に抱っこされた。

 

 女委の大きな胸が頭に乗っているんだけど……。

 

「よっしゃー、イクゾー!」

「ひゃああああ!?」

 

 女委のノリノリの掛け声とともに、ボクは女委に抱っこされたまま川に飛び込みました。

 

 つ、冷たい……。

 

「おーい、未果ちゃんたちやー、わたしたちも混ぜて混ぜてー!」

 

 女委に抱きかかえられたまま、ボクたちは未果たちの所に向かいました。

 

 

 その後と言えば、なぜか他の人に抱き抱えられたり、熊さんたちが川に入ってきて一緒に遊んだり、あわや態徒が流されかけたりしたけど、とっても楽しい時間を過ごしました。

 

 林間学校、とてもよかったです。

 

 ……と、そう思っていたのはこの時までで、旅館に戻った後、ボクには絶望が待ってました。




 どうも、九十九一です。
 今日は遅くなっています。理由は……昨日頑張って書こうと思ったんですが、少々出かけていてその疲れの影響で早く寝たためでした。11時前に寝たんですが、起きたのが朝の10時半だったこともあり、『あ、もう無理じゃん。仕方ない、17時までにどうにかしよう……!』とか思って、こうなりました。マジで申し訳ない。
 なんと言うか、この作品のメインヒロインは依桜なのであれなんですが、依桜を抜いた場合、誰がメインヒロインなんでしょうね、この作品。自分でもわからぬ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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411件目 肝試し

 三日目の夜。

 

 パンフレットにあった、謎の『???』の時間の直前になると、館内放送にて、

 

『生徒の皆さん、少しお疲れかもしれませんが、これからレクリエーションを行いますので、動きやすい恰好で旅館前に来るよう、お願いします』

 

 ということを言われた。

 

 どうやら、まだ何かあるみたいなんだけど……

 

「この『???』の部分だよね? 何があるのかな?」

 

 エナちゃんがパンフレットの一ヵ所を指さしながらそう言う。

 

 未果と女委の二人もそう思ったらしく、ちょっと考え込む素振りを見せた。

 

「んー……ま、行ってみればわかるでしょ。にしても、夕食の前後がお風呂の時間じゃない、っていうのは少し気になるわね」

「だねー。まあいいや。レクリエーションなら面白そうだし、何かわたしのネタになるものはないかな」

「めいはやっぱりそれなんだね。ともあれ、みんなふくそうはしふくだし、いこっか」

「「「おー」」」

 

 何するんだろうなぁ。

 

 

 と、内心ちょっとワクワクしながら、未果たちと旅館を出て、正面入口の前へ。

 

 そこには、すでに大勢の生徒がいて、みんな楽しそうに周りの人と話している。

 

「おっす」

「そっちも来たか」

「あ、あきら、たいと」

「そっちは何があるか知ってる?」

「いや、知らないな。俺達には今の三年生の知り合いはいないからな」

「まあ、わたしたちって、誰も部活とかに参加してないしねー」

 

 女委の言う通り、ボクたちは誰も部活動等に参加していないので、上級生の知り合いがいない。

 

 委員会に参加しているから、決して0というわけじゃないんだけど、友達のような関係の人はいないので、実質0みたいなもの。

 

 だから、ボクたちはそう言った面での情報収集はほとんど不可能なんだよね。

 

 ただ、女委だけは知り合いがいそうではあるけど……。

 

「あ、先生たち来たみたいだよ!」

 

 エナちゃんが入口の方を見ながら言うと、たしかにエナちゃんの言う通り、何人かの先生がこちらに来ていた。

 

『あーあー……よし、声は聞こえているな。突然集まってもらって申し訳ない。特に今日が臨海学校だった生徒たちは、海水によって髪の毛や肌などが多少べたつくが、この後のレクリエーションの内容上、先にお風呂に入るのはあれだったので、後に回した』

 

 あれって、何?

 

 一体何するの? 今回のレクリエーションって。

 

『さて、集まってもらったのは他でもない。これから行うレクリエーション、それは……肝試しだ!』

 

 ビシッ――!

 

「「「「あ」」」」

 

 その瞬間、ボクは固まった。

 

 同時に、エナちゃんを除いたみんなの声も聞こえた。

 

 でも、ボクはそれどころじゃなかった。

 

 肝試し……。

 

「……(ぶるぶる)」

 

 これから行われるレクリエーションが肝試しと知り、ボクの心はすでにワクワクから、ガクブルに変わっていた。

 

 今にも逃げ出したい衝動に駆られる。

 

『全員参加のレクリエーションなので、逃げることは許されません。なお、戻れないように玄関にはカギがかけられているので、参加するように』

 

 退路はっ……断たれたっ……!

 

 逃げられないという現実を突き付けられ、ボクは更に震えた。

 

 こ、怖い……。

 

 正直、もう先生の言っていることが聞こえない。

 

 肝試しをしないといけないという恐怖に、それどころじゃないから。

 

『―――というわけなので、今から四人組になってもらう! 学年は基本的に問わないので、各自四人組を決めたら、代表者が一名こちらに来るように! では、組を作れ!』

 

 辛うじて、最後の部分だけは聞こえた。

 

 先生のその発言から、他の人たちは組を作るために自由に動き出した。

 

 

 自由に組み始める周囲の生徒たちをよそに、私たちは一度集まって話し合っていた。

 

「……まさか、依桜にとっての最大の弱点が来るとは」

「依桜ちゃんの弱点?」

「ああ、そう言えばエナは知らなかったわね。普段は完璧な依桜なんだけど……実は、幽霊が大の苦手なのよ」

「マジ?」

「「「「マジ」」」」

「う、うぅぅ……」

 

 その肝心の依桜は、ぶるぶると震えていた。

 

 しかも、今にも泣きだしそう。

 

「あ、ほんとだ。すっごく震えてるし、何より、耳がぺたんってなってる。あと、尻尾も垂れ下がってるね」

「しかも、逃げられないと来たかぁ。んで、どうするよ? 四人組だってさ」

「そうねぇ……とりあえず、私たち女子で四人組を作ることにするわ」

 

 態徒の質問に、私はそう答えた。

 

「そうだな。俺もその方がいいと思う」

「えー、なんでだ?」

「んまー、この状態の依桜君は限りなく弱いし、下手に押し倒されたら問題になりそうだからねぇ。あと、下手な男子と組ませたくない! って言う、未果ちゃんの気持ちの表れかね?」

「正解。この状態の依桜は、あまり他に見せたくないわ。それでよからぬことを考える輩が出ないとも限らないもの」

 

 絶対出るわ。確実に。断言できる。

 

 なんだったら、私の命を賭けてもいいくらいね。

 

 あと、女委はよくわかってるわ。

 

「じゃあ、わたしたち四人で組むということでOK?」

「「OK!」」

「お、おっけー……」

 

 うっわー、本当に震えてるわ。

 

 大丈夫かしら?

 

「そんじゃ、オレと晶は適当にクラスメートの奴らと組むかー」

「そうだな。たまには、他の人と組むのもいいだろう」

「じゃ、オレたちは行くぜー」

「ええ、悪いわね、追い出すような形になって」

「いや、依桜のためだ。別に構わないさ」

「おうよ。やっぱ、友達が大事だしな!」

 

 軽く笑いながら、二人は離れていった。

 残されたのは私たち四人。

 

「私と女委はこう言うのに強いけど、エナってどうなの?」

「んーと、別段弱くはないよ。うち、心霊系って好きだもん!」

「なるほど、私たちと同じタイプ、ってことね。ともかく、依桜は見ての通り、幽霊がダメ。本人曰く『目玉がいっぱいの化け物とか、ゾンビとかなら平気』らしいわ」

「え、うち、どちらかと言えばそっちが無理なんだけど」

「いやいや、エナっちの反応が正しいんじゃないかな? 依桜君的には、物理的な攻撃が当てられない存在が苦手、って言う感じだしね」

「なる、ほど?」

 

 ほんっと、依桜って変なところがあるわよね。

 

 むしろ、面白い価値観とも言えるけど。

 

 目玉がいっぱいの化け物やゾンビ、スケルトン、グロテスクなモンスターなんかよりも、幽霊の方が苦手って……。

 

 そもそも、怖いの基準が触れるかどうか、って言う部分もどうかと思う。

「で? 依桜、大丈夫?」

「む、むりぃ……! だ、だって、く、くらいもん! あ、あきらかに、これからすすむみちがまっくらなんだもん……!」

「確かにねぇ。この辺りって街って言うわけじゃなくて、山の中だもんね。普通に考えてかなり恐怖だよね、これ」

 

 女委が言うように、この辺りは本当に暗い。

 

 何せ、山の中にある旅館だし、明かりがないから、先がほとんど見えない。

 

 時刻的には八時過ぎ。

 

 これが七時とかだったなら、まだ見えたんだろうけど……。

 

「まあまあ、怖かったら、うちたちが守ってあげるから! ね?」

「ほ、ほんとぉ……?」

「もちろんよ」

「あったぼうよ!」

「当然!」

「あ、ありがとぉ……みか、めい、エナちゃん……」

 

(((か、可愛い……)))

 

 今に泣き出しそうな顔且つ、潤んだ瞳で、ちょっとだけ笑みを浮かべているのは可愛すぎるわー……。

 

 なんとしてでも、守らないとね。

 

 ……ただこれ、ただただ役得なのでは?

 

「じゃあ、私が代表者として行ってくるわね。三人はちょっと待ってて」

「了解だぜー」

「うん!」

「は、はやくもどってきて、ね……?」

「光速で行ってくるわ」

 

 依桜のそのセリフは卑怯よ。

 何が何でも、早く行かないとね!

 

 

『じゃあ、次の組、スタートしてくれ』

 

 順番を待つこと三十分ほど。

 

 意外に早く順番が回って来た。

 

 順番が近づくにつれ、依桜の表情はどんどん青くなっていく。

 

 よっぽど怖いのね、依桜。

 

「じゃあ、進むわよ」

「「おー!」」

「ほら、依桜。怖かったら手を繋いであげるから。行くわよ」

「ぅ、ぅん……あ、ありがとぅ……」

「いいのよ」

 

 うっわー! 依桜の手、ちっちゃい! ぷにぷに! あったかい! そして、すべすべ!

 

 くっ、何と言う可愛らしい手!

 

 これは、素晴らしすぎる!

 

 私にとっては、天国みたいなレクリエーションだわ。

 

 

「うぅぅ……こ、こわいよぉ……み、みかぁ、て、てはなさないでね……?」

「もちろん」

 

 コースに入って数分。

 

 すでに依桜は泣きそう。

 

 なんと言うか……本当にこういったタイプのものに弱いわね、この娘。

 

 いやまあ、昔からだったし、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……だとしても、ちょっと心配。

 

 まあ? だからこそ、合法的にさりげなく、依桜と手がつなげるわけですが!

 

「依桜ちゃん大丈夫?」

「む、むりぃ――」

 

 ガサガサッ!

 

「ひぅっ!?」

 

 エナの言葉に、答えようとした矢先、近くの茂みから音が発された。

 

 それに怖がった依桜が小さな悲鳴と共に、私に抱き着いてきた。

 

 やっばい。本当に役得なんだけど……。

 

 正直、怖さとか全然ないわ。そこにあるのは、ただの癒しであって、脅かし要因の行動は、私にとってはご褒美にしかならない。

 

 ふっ……これが、勝ち組。

 

「ふぇぇ……」

「依桜君が泣きそうになってる。んむー、どうもこのコース、歩いて最低でも十分くらいはあるみたいなんだよねぇ」

「じゅ、じゅっぷん……そんなぁ……」

「ちょっと女委。依桜をこれ以上怖がらせないでよ。可哀そうでしょ?」

「そうは言うけど、あらかじめ基準を示しておいた方が、何かと楽だよ? あと、わたしも手を繋ぎたいです」

「唐突に本音を出してきたわね」

「あ、うちも繋ぎたい!」

「はいはい。じゃあ順番ね。依桜、それでいい?」

「だ、だれかがてをにぎってくれるなら……い、いいょ……?」

 

(((はぅあ! そ、その仕草は反則……!)))

 

 ぎゅっと手を握って、潤んだ瞳をしながら言われるのは本当に反則過ぎよ……。

 

 しかも、空いている方の手で拳を作って、自分の口元に持って行ってるのがポイント高いわ。

 

 くっ、なんなの、この可愛さの塊は……!

 

 しかも、耳と尻尾も不安なのか、基本垂れ下がったままだし。

 

 はぁ、この可愛さだけで、生きる活力が生まれるわ。

 

 なんて、私がそんなことを考えていると、

 

『キャーキャッキャッキャッ!』

「ひぁぁぁっ!?」

「おふっ」

 

 突然、魔女(?)のような笑い声を出す、人影が現れた。

 

 多分、うちの先生でしょうね、この調子だと。

 

 まあ、今ので悲鳴を上げながら依桜がしがみついてきたんだけどね!

 

 ぶるぶると体を震わせながら、私の体に体を押し付けているのがなんとも可愛い。

 

 しかも、顔もうずめている。

 

 やっばい。天国。

 

「あー、本当に依桜ちゃんって怖いの駄目なんだね」

「見ての通りさ、エナっち」

「納得!」

 

 依桜が可愛いけど、これ、持つのかしら?

 

 

「よっしゃー、バッターチェンジ!」

 

 わたしの番だぜぃ!

 

「め、めい、はなさないでね……?」

「おうとも!」

 

 おー、たしかに可愛い!

 

 不安に揺れる瞳! 怖いという感情がビシビシと伝わってくる表情!

 

 うーん、守ってあげたくなるオーラが全開だね!

 

「依桜君、怖がらなくても、お姉さんがいるからねー」

「ぅん……」

 

 あれれ、ツッコミが来ない。

 

 やっぱり、この姿の時と、普通のロリっ娘状態の時って、少し精神年齢も低下するのかな? じゃなきゃ、こうもならないだろうし……。

 

 何より、ツッコミが来ないんだもんなぁ。

 

 まあでも、可愛いから全然OKだぜい!

 

 すっばらしい!

 

「うぅ……まっくらだよぉ……こわいよぉ……」

「大丈夫だよ、依桜君。幽霊なんて、いないんだからさ!」

「で、でも……ちょ、ちょうじょうげんしょうって、あるんだよ……?」

「それは異世界に話じゃないの?」

「ぅぅん……こっちにもあるの……」

「マジで!?」

 

 何それ驚き!

 

 ふへぇ、こっちにも不思議なことってあるんだね。

 

 ……あ、そもそもミオさんがこっちに来ちゃった時点で、不思議なことはいっぱいか!

 

 んじゃあ、幽霊って本当にいるのかも。

 

「ねね、未果ちゃん。超常現象ってあるの?」

「んー、まあ、依桜みたいなのがいる時点で、あるんじゃないかしら? そもそも、異世界の人がこっちに来る、みたいなことも何度かあったわけだし」

「わ、じゃあこの世界って、不思議でいっぱいなんだね! ちょっと遭遇してみたいな!」

「でも、夏休み中に行くわよね、異世界」

「あ、そうだったそうだった。楽しみだよね!」

 

 たしかにね!

 

 いやぁ、異世界かぁ。

 

 どんな場所なんだろうなぁ。

 

 行ったら、絶対に写真撮ろう。

 

 そしたらそれを使って、異世界ものの作品を書くんだー。

 

 なんて思っていたら、

 

『ゆぅううぅぅりぃ~~……とうとしぃ~~~……!』

 

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。

 

 怖い風に言ってるんだけど、中身が全然怖くないね!

 

 百合尊しだって!

 

 まあ、わたしたちは怖くなくても、

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

 依桜君はダメなんだけどね。

 

 んおぅっふ。

 

 やっべー、依桜君がわたしの腰に抱き着いてくるのがたまらんですよ。

 

 何と言う可愛さ!

 

 しかも、しがみついて離れない!

 

 どうしよう。このままだと、私の下着が大洪水――

 

「あ痛っ!?」

「あ、下ネタを思ったわね、女委」

 

 くそぅっ! 考えるのもダメなのか!

 

 ……でも最近、この痛みがちょっと癖になりつつある……ふへへ。

 

 いやぁ、でも依桜君の体の柔らかさや温かさが半端ない!

 

 なんというちっこくて可愛らしい体!

 

 やっぱり、ケモロリは最高だぜ!

 

 

「次はうちだね!」

 

 未果ちゃん、女委ちゃんと来て、次はうちの番。

 

「はい、どうぞ、依桜ちゃん」

「ぅん……ありがとぉ、エナちゃん……」

 

 きゅっ手を握ってくる依桜ちゃん。

 

 あ、本当にぷにぷにしててあったかい! その上柔らかいしすべすべだなんて……!

 

 これも、小さくなった影響なのかな?

 

 いいね、こう言うのも。

 

 すごく癒されるよぉ……。

 

「ねえ、依桜ちゃん」

「な、なに……?」

「依桜ちゃんがお化けを怖がる理由はわかったんだけど、なにか原因とかあるの?」

「げ、げんいん……?」

「そうそう。だって、普段はあんなに強くて可愛くて、カッコいい依桜ちゃんが、ここまで怖がるなんてよっぽどだと思うもん、うち」

「……言われてみれば、確かにそうよね」

「だね。依桜君、何かあるの?」

「え、えっと……ち、ちっちゃいころに……ま、まえのいえで、わふくすがたのおとなのじょせいをみちゃって……しかも、ボクをみて、ほほえんできたから……そ、それで……」

「「「あー、確かにそれはトラウマになる……」」」

 

 なるほど。依桜ちゃんのお化け恐怖症(?)の原因はそう言うことなんだ。

 それなら、トラウマになってもおかしくないよね。

 

「でも、あの辺りって、特に和服の女性の霊が出る! みたいな話は無いはずなんだけどなぁ」

「へぇ~、そうなの? 女委ちゃん」

「うむ。わたし、アニメとかだけじゃなくて、オカルト系の知識もちょっとはあるからね。一応、美天市内のそう言った話は基本全部調べたつもりさー。ただ、依桜君の家辺りにはないはずだよ?」

「じゃ、じゃあ、ボクがみたゆうれいは……?」

「んー、そうだねぇ……意外と、家の精霊とかかもね! あ、付喪神の方がいいのかな?」

「ない、とは言い切れないわね。依桜の家だもの。しかも、今も持ってるんでしょ?」

「う、うん……。たまにおそうじしにいったりしてる、よ」

「じゃあじゃあ、大事にしてるんだね、そのお家」

「うん」

 

 それなら、可能性ありそうだよね!

 

 だって依桜ちゃんの周りって、不思議なことがたくさんあるもん!

 

「それにしても、こうして普通の会話をしていると、肝試しって言うことを忘れるわね」

「にゃはは、むしろこうやって話している方が、怖さも軽減されるんじゃないかな?」

「依桜ちゃんはどう?」

「う、うん、ちょっとあんしんしてる……よ?」

「よかった。それに、お化け役の人たちもほとんど出てないもんね」

 

 だから、多分大丈夫――

 

『ヒャッハー!』

「き……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 いきなり上から人が出てきた。

 

 しかも、木の枝にぶら下がっているのか、逆さま!

 

 それによって、依桜ちゃんが大きな悲鳴を上げると同時に、うちに飛びついてきた。

 

 抱っこだよ! 抱っこ!

 

「ふ、ふ……ふぇぇぇぇぇんっ! こわい、よぉ……たすけてぇ……!」

 

 あ、泣いちゃった!

 とうとう泣いちゃったよ、依桜ちゃん!

 

「よしよし、大丈夫だよ、依桜ちゃん。怖いなら、このままおんぶする?」

「ぐすっ……おんぶぅ……」

 

(((え、なにこれ、本当に可愛い……)))

 

 まさか、本当におんぶをせがんでくるとは思わなかったよ。

 

 でもでも、とっても嬉しい!

 

 うちは早速背中に依桜ちゃんをおんぶする。

 

「どうかな?」

「エナちゃんのせなか……あったかい……」

「そっかそっか! じゃあ、このまま行く?」

「ぅん……」

 

 ケモロリっ娘って、すっごく可愛いんだね。

 

 なんだかうちの性癖が、新しく開拓されちゃったよ……。

 

 

 その後、依桜を交代でおんぶしたり抱っこしたりしながら、四人は肝試しを終えた。

 

 依桜以外の三人は、軒並み、満足したとか。




 どうも、九十九一です。
 あと二話くらいでこの林間・臨海学校が終わる……はずです。多分きっと。異世界旅行の話も早くやりたいけど、その前に色々とやらないといけないですからね。あと、夏休み編終了後は、日常回ではなく、学園祭編なのでね。うん。まだ何も決まってないんですよ。以前、活動報告で募集? したのですが、なかなかいいなぁ、と思ってしまい、決まってない。まあ、その内、出してもらったアイディアや私のアイディアでアンケートでも採ろうかなと。あ、もちろん、まだまだ募集中ですので、遠慮なく言ってくださいね!
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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412件目 甘えん坊依桜ちゃん再び

「……まったく、いつまで怖がってるの?」

「だ、だってぇ……」

 

 肝試しを終えて旅館に戻っても、相変わらず依桜は怖がり状態だった。

 

 今にも泣きそうな顔をしている。

 

 結局、依桜が泣きだした後は、みんなで交代しながらおんぶして戻っていったわけだけど……まあ、当然天国よね。

 

 依桜、可愛いし。

 

 未だに、あれが元男の娘って言うのが信じられないわよね……。

 

 世の中、どうなるかわかったもんじゃないわ。

 

「ほら、お風呂行くわよ。さすがに、川に入ったとはいえ、肝試しでも汗かいたし、その状態で寝るのは気持ち悪いでしょ?」

「そ、そう、だけど……で、でも、か、おふろもこわぃ……」

「たしかに、依桜君ぐらいの歳だと、肝試しやった後って、お風呂に入るの怖いよねぇ。ついでに、しばらくは恐怖状態が続くし」

「そうねぇ……。でも、お風呂に入らないと、汚くなっちゃうわよ?」

「ぅぅ……それはやぁ……」

 

 やぁって……なるほど、この状態の依桜が恐怖状態になると、本当に幼児退行を起こすのね。ただ、そこまで酷いって言うわけじゃないみたいだし、軽いみたいだけど。

 

「みかぁ、だっこ……」

 

 泣きそうな表情で、両手を私に向けて広げながら、そうせがんできた。

 

 前言撤回。全然軽くないわ。これ、若干重症化してるわ。

 

 マジかー……依桜ってば、ここまで酷くなるのね……いや可愛いけど。

 

「はいはい、抱っこね。……よいしょっ、と」

「いやー、まさか、ここまで酷い状態になるとはねぇ……」

「抱っこをせがむんだね、あの状態の依桜ちゃんって」

「ほら、二人とも準備していくわよ。早く入れないと、色々とまずいし」

「「はーい」」

「依桜は、落ちないようにしっかり掴まっててね」

「ぅん……」

 

 ほんと可愛いわね、この娘。

 

 

 そんなこんなで、依桜を抱っこしながら温泉へ。

 

 道中、ほんわかとした表情を依桜に向けている人たちが多かった。

 

 まあ、十中八九、依桜のこの可愛さにやられたのでしょう。私も結構ヤバい。その内鼻血とか出すんじゃ? みたいなくらいに、ヤバい。

 

『あれ、依桜ちゃんどうしたん? 未果に抱っこされて』

「あー、さっきの肝試しでかなり怖がっちゃったのよ。依桜、お化け屋敷とか幽霊が苦手なの」

『え、以外! むしろ、怖くないのかと思った!』

『それな!』

『依桜ちゃんって、普段はすごく堂々としているから、てっきり怖いものなんてないのかと……』

「お、おめめがいっぱいのばけものとか、ゾンビとか、スケルトンならだいじょうぶなんだけど……ゆうれいだけはだめで……」

 

(((いやなぜ?)))

 

『依桜ちゃんの基準って面白いね』

「そ、そうかな……?」

『うんうん。普通、そっちの方に苦手意識を持つ人の方が多そうだもん』

 

 やっぱり、普通はそう言う反応よね。

 

 依桜が特殊すぎるのよ。

 

「さて、さっさと入りましょ。依桜、服、自分で脱げる?」

「……ぬ、ぬげるよぉ……」

「それじゃあ、一旦下ろすから、脱いで。もしあれだったら、抱っこして浴場に連れて行くから」

「ありがとぉ、みか」

「いいってことよ」

 

 否定しないのね、依桜。

 

 それはそれでなんかどうかと思うけど……まあいいでしょう。

 

 役得よ、役得。

 

 まあ、だとしても、裸の状態で抱っこを頼むかもしれないってわけね。

 

 やっぱりこれ、幼児退行を起こしてるわね。

 

 まあ、重度ではないでしょうし、大丈夫……だと思うわ。

 

 

 服を脱ぎ終えると、やっぱり依桜が抱っこをせがんできた。

 

 なるほど。甘えん坊にもなるのね、この姿は。

 

 普通のロリ状態なら、ここまでじゃないんでしょうけど、その辺りは外見年齢にもよるのかもしれないわね。

 

 小学四年生くらいだしね、向こうは。

 

 だけど、こっちは小学一年生くらいの大きさということを考えると、ね。

 

 人って、自分の体に変化が起きた場合、そっちに引っ張られるみたいだし。

 

 だから、今回の場合を言うと、小学一年生くらいの精神状態に引っ張られてるんじゃないかしら?

 

「んぅ~」

 

 ……ま、そんなことよりも、今現在依桜が甘えて来てるわけなんだけどね!

 

 抱っこしたら、私の首元や胸辺りに顔をうずめてくるのよ、この娘。

 

 しかも、微妙に嬉しそうにしてるし……。

 

 これ絶対、元に戻ったら恥ずかしがるでしょ。

 

 まあいいわ。私はとっても天国だし。

 

「ほら、依桜。洗うわよ」

「あらってぇ……」

「はいはい。まったく、依桜は甘えん坊ね」

 

 しょうがないなぁ、と言う風を装いながら依桜を椅子に座らせる。

 

 正直、今にも顔がにやけそう。

 

 可愛すぎて……。

 

「依桜ちゃん、甘えん坊だね!」

「そりゃあね。依桜の本質は、甘えん坊だもの」

「羨ましい限りだぜ、未果ちゃん。……まあ、未果ちゃんに甘えまくっているのは、単純に一番仲がいいから、と言うのもあるだろうけど、幼稚園の頃からの付き合いだから、甘えやすいって言うのもあるのかもねー」

「なるほどー」

 

 よく見てるし、よくわかってるわよね、女委って。

 

 ある意味では、私たちのグループの中で、一番考え方が大人かもしれないわ。

 

 経営はするし、無駄にいいこと言うし、しかも大人びた発言もするしね。

 

 ほんと、ある意味じゃ天才よね。……なのに微妙にあれっていうのもあるけど……。

 

「どう? 痒いところはない?」

「んぅ~、きもちぃ~……」

 

 本当に気持ちよさそうにするわね、この娘。

 

 それはそれとして、この髪ざわり……羨ましい!

 

 さらさらだし、全然指に引っ掛からないし……長いのに、なんでこんなに綺麗なのかしら? ……謎だわ。

 

 ただ、この状態の依桜は耳とか洗う時気を付けないと。

 

 耳の中に泡が入らないようにね。

 

「……よし。依桜、お湯流すから耳はガードしてね」

「うん」

 

 返事すると、依桜は自分の小さい手で耳をぺたんと抑えた。

 

 いや、なぜにその方法?

 

 可愛いからいいけど。

 

 と言うか、萌えるわ。

 

「じゃあ、体の方洗うわね」

「んー」

 

 依桜の体を洗い始める。

 

 正直、いつもより小さな体のせいで、下手に洗ったら折れちゃいそうね。

 

 まあ、見た目に反してものすごくが頑丈だけど。

 

 ついでに、肌がすべすべ。

 

 くっ、本当に羨ましい……!

 

「依桜、尻尾も洗うけど、大丈夫?」

「だ、だいじょーぶ」

「了解。じゃあ、何か変なことがあったら、何か言って」

「うん」

 

 ここは手洗いの方がいい、わよね? 尻尾だし。

 

 ……というか、この尻尾は一体どこから生えてくるの? そして、元に戻った時、この尻尾はどこに行くのか……ある意味、依桜最大の謎。

 

 不思議体質よね、本当に。

 

 魔法ってすごいわー。

 

「んっ……ふぁ……」

 

 あ、やっぱり尻尾は感じるのね。

 

 それと、ものすごくもふもふしてて触り心地いい……。

 

 依桜の髪と同じ、綺麗な銀色の毛並みだし。

 

 正直、ずっと触っていたい尻尾よね。

 

「よし、と。依桜、洗い終わったわよ」

「ありがとぉ」

「いいのよ。さて、私も洗うとするわ」

「あ、みか、ボクがせなかをながそーか?」

「あら、いいの?」

「うん!」

「じゃあ、その時はお願いするわ」

「はーい」

 

 ……これ、本当に高校二年生なのかしら?

 

 色々と問題がある気がするけど……まあいいわ。可愛いから。

 

 可愛ければなんでもOKよね。

 

 依桜のことを考えつつ髪を洗い終える。

 

「じゃあ依桜、お願い」

「はーい! んっしょ、んっしょ……!」

 

 あぁぁぁぁぁぁぁ~~~……やばい! 癒し! 癒しすぎる!

 

 ケモロリが私の背中を一生懸命に洗っているのが素晴らしすぎる!

 

 なんという可愛さ。

 

「ど、どう、かな?」

「ええ、気持ちいいわ」

「よかったぁ」

 

 うっ、その可愛らしい笑顔……!

 

 やばい、ロリコンになりそう……依桜限定だけど!

 

 可愛すぎるのよ、この娘!

 

「依桜、もう大丈夫よ。ありがとね」

「うん!」

 

 最高でした。

 

 

「ふぅ~……」

「はふぅ~……」

「なんだか、姉妹みたいだねぇ、二人とも」

「うんうん!」

 

 温泉に浸かると、女委とエナの二人のそう言われた。

 

 まあ、今の状況を見ればね?

 

 なにせ、

 

「きもち~……」

 

 依桜が私の膝の上に座っているんだもの。

 

 まあ、より正確に言えば、足と足の間に入り込んでいるんだけど。

 

 すっぽりと収まっていて、私の体に寄り掛かっている。

 

 いやー、何この天国みたいな状況。素晴らしすぎて、私の魂が昇天しそうよ。

 

「でも依桜君、未果ちゃんがほんと好きだよね~」

「うん、ボク、みかすきだよ?」

「――っけほっ、けほっ」

 

 むせた。

 

 いきなり好きとか言われたので、思いっきりむせた。

 

 くっ、この辺の羞恥心も薄れてるのね、さては……!

 

「それに、めいもすきだし、エナちゃんもすきだよ!」

 

(((あ~、可愛すぎる……それと、この純粋無垢な笑顔……癒し!)))

 

 ケモロリ依桜の破壊力、半端ないわ……。

 

 通常時は、可愛いとカッコいいでバランスがとれた形態で、ケモロリは可愛さの権化ね。反対に、大人モードは綺麗でカッコいい、と言った感じかしら? あの状態は、いつもより大人っぽい。

 

 やっぱり、依桜は最高よね!

 

 

 所変わって、隣――男湯。

 

「……はぁ。まーたやるのか? 態徒」

「当然だぜ! なあ、お前たち!」

『『『応ッ!』』』

「……どうなっても知らないからな」

 

 隣の男湯では、例によって覗こうとする馬鹿たちが現れていた。

 まあ、こう言った行事では定番と言えるだろう。

 

「ヘタレは置いておいて、オレたちは行くぞ!」

『もちろんだ!』

「まったく……」

 

 付き合いきれないとばかりに、晶は温泉に深く浸かった。

 

 その反面、他の男達は、一ヵ所に集まってどう覗くか、ということを話し合う。

 

「で、下準備は済ませて来たか?」

『任せろ。ルートは既に確認済みだ』

『でかした』

『実はそっち側にちょっとした道があってな。そこの先に行くと、柵の隙間があるんだ。そこから覗ける』

『『『おおぉ……!』』』

「じゃあ、そこから行くか! んで、問題はどうバレないように進むか、だな」

『喜べ。さらに言えばそこは、割と道があってだな。音が立ちにくい場所のはずだ』

『マジかよ。さすがだな、お前』

『ふっ……女子の入浴姿を見るためならば、これくらい当然』

「んじゃ、後は実行するだけ、か?」

『そうだな』

『んじゃあ、順番に行こうぜ』

『『『それで行こう』』』

 

 話し合い終了。

 

 中身を聞く限り、本当に酷い。

 

 あと、その無駄な労力を別のことに使った方が圧倒的にいいはずなのだが……ここにいる馬鹿たちは、こんなにくだらないことにしか使っていない。

 

 なぜ、馬鹿な方向性に使うのだろうか、その行動力を。

 

 晶だけは唯一、まともな思考回路で、一人温泉を楽しんでいた。

 

 普通に、リラックスしている。

 

 そして、変態たちは……

 

「よっしゃい、行くぞー!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』』』

 

 

 ガサガサッ!

 

「ひぅっ!? な、なにっ!?」

 

 ビュビュビュビュンッ!

 ドスドスドスドス――!

 

「ちょっ、依桜何してんの!?」

 

 いきなり、依桜が針を投げだした。しかも、怖がりながら。

 

 そんな、私のツッコミの直後。

 

『『『ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!』』』

 

 そんな汚い悲鳴が柵の向こうから聞こえてきた。

 

 ……さては。

 

「依桜。あの柵の向こう、誰がいるかわかる?」

「ぇ、ぇっと……た、たいととか、あと、あきらいがいの、く、クラスのだんし、とか……」

「OK。みんな聞いた?」

 

 私が周囲の女子にそう尋ねると、全員こくりと、こわーい笑顔で頷いた。

 

「よし。――殺れ」

『『『Yes!!』』』

 

 男子、終了のお知らせ。

 

 

 その後、女子たちの行動により、男子全員(晶を除く)が全員もれなくお説教コースとなった。

 

 首謀者は案の定と言うか……態徒だった。

 

 何してんのよ、あの馬鹿。

 

 後日、奉仕活動があるそうよ。ま、当然ね。

 

 ちなみに依桜なんだけど、

 

「んゅ……ねむぃ……」

 

 疲れてしまったのか、すごく眠そうにしていた。

 

 さすがにそのまま温泉に入っているのはあれだったので、依桜を連れて温泉から上がり、依桜を寝かせた。

 

 ほんと、酷かったわ……。




 どうも、九十九一です。
 またしても一時間遅れ。本当にね、申し訳ない……。もういっそのこと、投稿を10時、とか言うんじゃなくて、10時か11時って言おうかなとか思い始めてます。その方がいい気がしてきた。
 ともかく明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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413件目 大人依桜ちゃんの包容力

 翌朝。

 

「……んん?」

 

 朝、顔に当たるものすごく柔らかく、ものすごく温かい何かが顔に押し付けられていることに気づき、少しずつ私の意識が浮上した。

 

 目を開け、最初に目に入ったのは……肌色だった。

 

 いや、それしか見えない。ついでに言えば、何かこう、抱きしめられているような気が……だって、後頭部とか背中辺りに手がある気がするもの。

 

 にしても……甘い、いい匂いね。すごく落ち着くというか……なんか、このままぐっすり眠れる気がするわ……。

 

 ……いや、ちょっと待って? 今、これどういう状況になってるの?

 

 私、一体どんなことになってるの?

 

「すぅ……すぅ……」

 

 この寝息は……依桜?

 

 ああ、そう言えば一日経ったから元に戻ったのね。

 

 ということは、私の顔に押し付けられているのは……間違いなく、依桜の胸ね。

 

 けど、依桜の胸ってこんなに大きかったかしら……?

 

 ……そう言えば昨日の夜、お風呂に入っている依桜が、眠いとか言ってたわよね?

 

 てっきり、疲れたからだと思ったけどあれって……まさか、変化の前兆の方?

 

 ということはつまり、今の依桜は大人モードなのかしら?

 

 まあいいわ。とりあえず、顔を出して……と。

 

「はぁ……なんとか抜け出せ……たぁ!?」

「すぅ……すぅ……ふふふ……」

 

 え、ちょ、えぇぇぇ?

 

 私が顔を出し、目の前の状況を認識すると……そこには大人モードになった依桜がいた。というか、私を抱きしめて眠っていた。

 

 いやいや、そうじゃない。気にするところはそうじゃない。

 

 気にするべきは……今の依桜の状態よ!

 

 すっっっっっっっごい! エロい!

 

 元に戻ってもいいように、と言う理由で通常時に合わせた浴衣を着せていたんだけど、明らかにキャパオーバー!

 

 背も伸びるし、胸も大きくなるしで、えらいことになってるのよね。

 

 胸はぎりっぎり桜色の部分が隠れてるけど、あと数ミリ下に行っただけで色々見えそう。

 

 脚は完全に根元が見えていて、しかもその脚を私の体に絡ませてるし……なんでこの娘、私を抱きしめてるの?

 

「ふふっ……未果……好き……」

 

 うっわ、寝言もエロい! なんて艶っぽい声を出してるのよ……!

 

 女の私ですらドキッとするわよ? それ!

 

「まずい……私の理性が危うい……!」

 

 ドキドキって言うかこれ……確実に、『ム』と『ラ』がそれぞれ交互に二回で意味を成す単語の状態になるわ!

 

 なんでこう、同棲をも魅了するような存在なのよ、依桜は……!

 

 くっ……女委がよく

 

『あ、パンツ変えなきゃ』

 

 とか言ってる理由がよーーーーーーーーく! わかったわ……。

 

 たしかにこれは……ま・ず・い!

 

「んっ……もっと……」

「んんっ!?」

 

 寝言を言った直後、依桜が思いっきり私を胸元に抱きしめて来た。

 

 やっばい!? いい匂い!? 柔らかい!? 温かい!? あ、ま、待って。マジで混乱する! これが普段の依桜だったらまだマシなんだけど、今は完全に大人モードで色気がとんでもないことになってるから、相当まずい! 色気がムンムン! これじゃ……男どもも前屈みになるわ!

 

 抜け出さないと、と言うのはわかっているんだけど、謎の魔力が働いているのか、このものすごい包容力から抜け出せない……!

 

 だって、抱かれ心地がすごくいいのよ!? 正直、このまま眠りたくなるくらい……というか……まず、い……ほ、ほんとうに、ねむ、く……

 

「くぅ……すぅ……」

 

 結局、落ちた。

 

 

「ふわぁ~あ……んにぃ……おう!?」

「んふぅ~……んぅぅ、めいちゃん……? どうした……の!?」

「すぅ……すぅ……未果……もっと……いいよ……」

「あ……依桜……それ、以上は……」

「おぉぉ……何と言う、百合百合しく、エッチな状態なんだ……!」

「た、たしかに……これは、ドキドキだね!」

 

 朝起きたら、わたしたちの目の前で百合百合で、エロエロな状況が展開されてたぜ。

 

 なんか、大人モードになってる依桜君が、未果ちゃんを抱きしめて、エロエロに聞こえるセリフを言っているよ!

 

 しかも、未果ちゃんまでもが……!

 

 ハッ!

 

「写真……写真を撮らねば!」

 

 これは今撮っておかねば後悔する! というか、これはわたしの次の夏〇ミのネタに使える構図だよ!

 

 パシャれパシャれ!

 

「おお、女委ちゃんがパパラッチみたいに、すっごく写真撮ってる!」

「ふへへ、エロい……エロいぞ依桜君! 珍しく受けだよ未果ちゃん! 眼福です、あざます! いいネタだぜ!」

「女委ちゃん、その辺にしておいた方がいいんじゃないかな?」

「おっと、そうだね。ちょっち名残惜しいけど、起こさないとね」

「そうだよ。今日で林間・臨海学校は終わりで、片付けもあるからね、急がないと」

「そだね。んじゃまあ、起こそうか」

「うん!」

 

 とはいえ、どうやって起こすか……んまあ、普通に起こせばいいよね!

 

「依桜君、未果ちゃん、朝だぞー」

「二人とも起きて!」

「……すぅ……すぅ」

「ん……ふぅ……くぅ」

「あかん。起きないわ、この二人」

「そうみたいだね。どうしよっか……」

 

 意外と眠りが深いのか、二人が全く起きない。

 

 わたしとエナっちでちょっと困っていると、

 

〈ふっふっふー、ここは私にお任せを!〉

 

 不意にわたしのスマホから久々の声が聞こえてきた。

 

「お、この声は、アイちゃん!」

〈やあやあ、お久お久! ついでに、世界外の皆様もお久しぶり! ざっと、プールの時に行った時の回以来ですねぇ! 皆さまはいかがお過ごしですか? 私はなかなか出番がなくて、ちょぉぉっと残念無念また来年でしたが、ざっと四十七日くらいの空間が空いてしまいましたね! いやー、久しぶりのシャバですよシャバ! しかも、おっほー、ご褒美的絵図! ありがとう! イオ様!〉

「メタいねぇ」

「アイちゃんだっけ? すっごく喋るね! あと、なんだかよくわからないことを言ってるね!」

 

 いやぁ、久々に登場したと思ったら、とんでもなくメタいことを言ってきたね、アイちゃん。さすがというか、何と言うか、自由だよね!

 

「んで、アイちゃんや、依桜君を起こしてほしいんだけど、できるかい?」

〈もちろのろんですぜ! この私にかかれば、イオ様を起こすくらいわけないぜぃ! んじゃま、早速……〉

 

 アイちゃんがわたしのスマホから一度去ると、依桜君のスマホに戻った。

 

 そして、

 

〈イオ様―、イオ様のとぉぉぉってもエッチな写真が全世界配信されそうになってるんですが、どうします? 何します?〉

「と、止めて!? 絶対に止めて!? 何が何でも止めて!?」

 

 アイちゃんの言葉に、慌てたような素振りで依桜君が勢いよく起き上がった。

 

 同時に、ハラリ……と依桜君が来ていた浴衣が落ちた。

 

 ……まあ、うん。

 

「わぁ、依桜ちゃんのお胸がさらに大きく! というより、依桜ちゃんが大人になってる!」

「ふぇ……? ――ッ! きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 朝一番の、依桜君の悲鳴で、ある意味一日が始まった。

 

 いやー、眼福だぜ!

 

 

「朝からお騒がせしました……あと、き、昨日のよ、夜のことも……あぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 朝起きて、昨日までの三日間、一日一回は上げていた悲鳴を、やっぱり最終日の朝に上げて、ボクは完璧に目が覚めた。

 

 そして、さっきのことも謝りつつ、昨日の夜ことも言ったんだけど……昨日の夜のことが恥ずかしすぎて、思わず途中で顔を覆った。

 

 だ、だって……ち、ちっちゃい姿で

 

『だっこ……』

 

 とか、

 

『あらってぇ……』

 

 とか言うんだよ!?

 

 これが二十歳の人が言うこと!?

 

 絶対言わないよぉ!

 

 あぅぅぅぅ……! は、恥ずかしいぃ!

 

「まあ、それはいいわよ。非常に癒されたし」

「うんうん。わたしもあれは嬉しかったよー」

「うちも。普段とは違う依桜ちゃんが見れて満足!」

〈ふふふ、私も実は女委さんたちのスマホや、敷地内の監視カメラを通じて見ていたんで、非常に面白かったですよ! あ、もち、録画済みっすー〉

「アイちゃん、いつの間にそんなことしてたの!?」

 

 最初の頃に比べてあまり喋らないけど、喋らない裏で何をしてるの、本当に!?

 

「ふぁぁぁ……あー、まだなんだかぼーっとするけど……ともかく、挨拶をしてなかったわね。おはよう、依桜、女委、エナ」

「あ、う、うん。おはよー、未果」

「おっは~、未果ちゃん」

「おはよう!」

 

 少し頭を抑えながら、未果が起きあがる。

 

 なぜか未果は寝起きだと言うのに、気分のよさそうな顔をしているのがちょっと気になる。

 

「どうしたの、未果? 顔が赤いよ?」

「あー、気にしないで……ちょっととんでもないことをされたものだから……まあ、心地よかったけど」

「そう、なの? それならいいけど……」

 

 どうしたんだろう?

 

 何かあったのかな?

 

 ……そう言えば、ボクも夢の中で未果といたような……? なんと言うか、ベッドで二人一緒に寝ているような光景が……。

 

 あれって、何してたんだろう?

 

 変に重なり合ってたけど。

 

 しかもなぜか……は、裸、だったし……。

 

 あれ、どういう意味? なんだか、夢の中のボク、変に未果を誘っていた……というより、求めていたような気さえする。

 

 あの夢の内容って何だったんだろう? すごく気になるけど、あまり考えない方がよさそうな気さえするし……うん、普通に寝てただけだよね!

 

 うん、そう言うことにしておこう。

 

「未果、体調が悪いなら付き添うけど……」

「大丈夫よ。ただちょっと、身に降りかかった幸せが、私のキャパシティーを超えていただけだから」

「そう、なんだ?」

 

 何か幸せなことがあったみたい。

 

 どんなことなんだろう?

 

〈何はともあれ、準備した方がいいんじゃないっすかねー。じゃないと、遅れちまいますぜー〉

「あ、そうだね。じゃあ、そろそろ部屋を片付けて、朝ご飯を食べに行こっか」

「「「おー」」」

 

 と、その前に洋服出さないと。

 

 

 ある程度の片づけを終えて、朝ご飯が用意されている広間へ。

 

「……ま、まふぁは、ひょうほへんはひへるほは……」

「何を言っているのか微妙にわからないが……まあ、なんとなく理解はした。珍しいな、二日連続の変化は」

「うん。朝起きたら大人になってたよ。……ところで、態徒はなんでそんなにボロボロなの? 顔も腫れ上がってるし……」

 

 部屋を出て、朝ご飯を食べる広間に行くと、晶と態徒がいた。

 なぜか、態徒はボロボロだったけど。

 なんと言うか……誰かに殴られた跡に見える。

 

「あー、こいつは気にするな。というか、こいつだけじゃなくて、二年三組と二年五組、二年七組の男子は、みんなこいつみたいにボロボロだからな」

「ほ、本当だ……い、一体何が……」

「悪い意味での青春をしたのよ」

「そう、なんだ?」

 

 悪い意味での青春なんてあるんだ。

 

 一体どういったことが該当するんだろう?

 

 ……うーん、昨日の夜のことは、おぼろげにしか覚えてないんだよね、実際のところ。

 

 より正確に言えば、耳と尻尾が生えた上に体が小さくなっている時などなんだけど。

 

 何かあるのかな? あの姿って。

 

 むしろ、ボクの変化する姿って、基本的に何らかの特徴が出てくるんだよね。特徴と言うより、特殊能力かな?

 

 まあ、その辺りは師匠とも相談、かな。

 

 ボク自身のことで、ボク自身がよくわからないのなら、師匠に訊いた方が一番確実。だってあの人、下手な書物よりも博識なんだもん。

 

 知らない間にこっちの世界の知識も身に付けてるし。

 

 球技大会の時に、師匠が平行世界――ブライズのいた世界に行っていたみたいだけど、その過程で色んな事を経験したみたいだからね。

 

 でも、なんだろう。

 

 ボクが並行世界から帰ってきて以降、師匠が今までよりも過保護になったような気がしてならない。

 

 師匠、一体何を見たんだろう? 向こうの世界で。

 

 うーん……まあ、今はそう言うのを考える時じゃない、よね。

 

「依桜君、なんか考え事をしているみたいだけど、どうしたん?」

「あ、うん。ちょっとね。さ、ボクたちも座ろ。ボク、お腹すいちゃった」

 

 わからないことは多いけど、今はこの行事を楽しもう。

 

 その内わかるよね。




 どうも、九十九一です。
 次の回で絶対に林間・臨海学校の話を終わらせます。絶対に。いや、長いんだよ、本当に。スキー教室の倍、とか言ったけど、マジでそうなりましたし。やっぱり、片方に絞るべきだったかも……? でも、両方書きたかったし……。はぁ。こんなことをしているから、全然話が進まないんだろうなぁ。まあ、これも私ですね。
 えー、ここいらで、キャラ紹介の回を再び設けたいなと思ってます。正確に言えば、既存キャラの紹介に新しく加筆する、みたいな? ああ、前の紹介は残します。あれは、途中経過のものですから。次は、現段階のことです。まあ、依桜とかミオ辺りがごっちゃごちゃになってますし、この辺りから、出してもいいかな? って言う文が存在するので。まあ、作品に関わってくる文章も書く予定ですんで、見るとちょっとはわかりやすくなるかも? 一応、出せたら今日出します。多分、
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。なお、今日は出来たら二話投稿したいですね。気持ち的に。
 では。


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キャラ紹介及び世界観紹介(すでに書いたキャラも含める)

《人物紹介》

【地球サイド】

・男女依桜

 本作の主人公。銀髪碧眼の男の娘から銀髪碧眼の美少女に変貌したTSっ娘。なんか色々とエロい目に遭いがち。異世界に行っていた影響で、性格がイケメンになっている。そのせいで、同性(女性)からの人気が馬鹿みたいに高く、叡董学園に在籍する女子生徒の憧れの的的な存在に実はなりつつある。

 本人は男よりも女の方が好きな模様。

 のちに、ミオが鑑定した結果、ミリエリアの子孫であることが判明したが、ミオは叡子にのみ話、それ以外には秘密にしている状況。本人も知らん。

 周囲からの評価は、『優しい』『家庭的』『カッコいい』『可愛い』『不思議な人』と言ったものから『お嫁さんになって欲しい』とか『性的な意味でいじめたい』とか言われたりしており、裏のランキングでは、あからさまにヤバい奴の一位を獲得している。

 しかし、これが一部のものからの評価は違っており、特にミオや叡子などは『歪んでいる』『明らかに異常』とか思われている。

 この辺りの意味合いは、並行世界での依桜の死因を知ってからのものである。

 依桜本人は滅多に怒らず、分け隔てなく優しさを振りまく。ミオ曰く『異常なまでに他人に対して甘く、世話焼き。ただし、自分に対しては無頓着。歪みまくっている』だそう。

 依桜は異世界に行く前は割と虚弱体質だったらしく、しょっちゅう熱を出したり、病気になったりしていたらしいが、異世界に行くと同時に収まったらしい。

 固有技能も所持。『範能上昇』と言う技能で、自身が応援することで、一定範囲にいる者たちの身体能力を上昇させる効果を持つ。

 何やら称号をもう一つ持っているが、未だに見えない。

 他者から見た依桜の本質は『甘えん坊』や『異常なまでの博愛主義者』だそう。前者は未果たちで、後者はミオと叡子。

 実は元の世界に帰ってから、ほんの僅かずつにステータスが向上している。

 ミオと叡子の考察で『依桜が死亡したら世界が滅亡するのではないか?』と言われている。

 そのほかにも、依桜にのみ世界を転移した場合の時間のずれが発生していたり、種族が未だに見えなかったり、『アイテムボックス』中に入れる上に、色んなものを生成できるなど、色々と本人に謎は多い。と言うか、本人ですらわかっていない。

 気が付けば、声優になったり、アイドルになったりしているので、色々と属性がてんこ盛り。割と声優とアイドルは気に入っているらしい。

 余談だがSかMかで言われたら……圧倒的にMである。

 ちなみに、実は幼少期(未果に出会う前くらい)の記憶がなぜかほぼ存在しなかったりする。

 最近、シスコン気味。

 たまーに記憶がない日があるとかないとか。二度目の異世界転移の時の五日目と六日目の記憶に関しては、未だに思い出せていない。というより、意識がなかったかも? とか思っている。

 

・董乃叡子

 ヤベー人。自力で異世界転移装置を創ったとんでもないバカな天災。最近は暴走気味だったせいで、球技大会で相当やばいことをして、お仕置きされた。と言うか、実際ミオに殺された。

 ブライズの世界での一件にて、実はファインプレーをしていたんじゃないか、と言われている。

 並行世界(ブライズの世界)においての叡子は、異世界研究なんてしておらず、普通の学園長として生きていた。

 とある人物は『どうしてこうなったんだろう……?』と思ったらしい。同時に、英雄だと思っているらしい。

 

・御庭恵菜

 依桜が知り合った大人気アイドル。

 依桜とは警備員とアイドル、という関係で出会い、一時的に『変装』と『変色』を解いていた依桜と出会ったことで、アイドルに誘う。その結果、依桜を『いのり』としてデビューさせることになった張本人。

 元は女委の知り合いで、その紹介で依桜と出会うことに。

 本人の恋愛対象は一応男だったのだが、依桜と出会ったことによって、百合に目覚めてしまった。もっとも、本人は女委の本の愛読者でもあるので、当然と言えば当然かもしれない。

 日本武道館ライブの一週間後にレジャープール施設で再開し、そこで依桜たちが通う学園に転校することを決意。マジで転校してきた。

 それなりの偏差値の学園だったのだが、本人の頭は良かったため、余裕で合格できたらしい。

 転校した大きな理由としては、依桜のことが好きになったからと言うのもあるが、その他の理由として、前の学校でいじめられたり、やっかみを受けていたこともある。

 本人は天真爛漫な感じではあるが、意外と過去は重め。結構メンタルが強い。

 転校後は依桜たちのグループと一緒に行動するようになる。実質、レギュラーキャラ。

 

【異世界サイド】

・ミオ・ヴェリル

 依桜の師匠でただの理不尽の権化。

 酒と依桜が大好きであり、そのためだったら神だって殺す、とかのレベル。

 400年以上生きていると言っているが、本人は何百年生きたか忘れている模様。唯一無二の親友だったミリエリアが死んでからは、基本的に人と関わらないでひっそりと生活していたが、ちょこちょこ仕事はしていた。そうして、その内邪神をぶっ殺している。

 ブライズの一件にて、依桜の本質的な部分を知り、『歪んでいる』と評し、その本質を『異常なまでの博愛主義者』だと見ている。

 依桜がミリエリアの子孫だと知った際は、何が何でも守ると決めている。本人は、忘れ形見のように思っている。

 本当は男の依桜が好きだったのだが、なんか依桜の様々な魅力にやられ、結果的に今の状況に満足し、今の依桜に惚れている。

 夫婦みたいなことをよくしており、親しい者たちからは『夫婦じゃん』とか思われてる。まんざらでもない。

 色々と謎が多い人物でもあり、本人が語っていないことは結構多かったりするが、まあ、どうでもいいことも中には含まれているので、大きなところで言ったら、数えられるくらいかもしれない。

 実質的な最強人物で、本人曰く『自分を殺せる存在があるとすれば、創造神とか邪神くらい』だそう。色々とめちゃくちゃである。

 

・ミリエリア

 依桜たちが住む世界を創造した、創造神。

 400年以上前にミオと出会い、親友になっている。400年ほど前に、ミオの前で死亡したかに見えたが、実は法の世界に流れて、そこで生きながらえる。戦国時代の真っ只中くらいの世界に放り出され、そこで誰かと結婚している。

 ミリエリアの子孫が依桜の母親である桜子で、依桜も子孫である。

 ミリエリアが残した書物のことから、転生体がいるのでは? と思われていて、いつか魔の世界で転生体を探し出しだそうと考えていたが、法の世界で亡くなっている、ということを知ったため、そっちの世界で探そうと考えている。

 ミオは、ミリエリアの気配を知っているので探せる、と言っているのが、どういうわけか法の世界に該当する気配がない模様。

 ミオ宛に本を残していたり、意味深なことを書き残していたりするなど、色々と謎が多い。

 ちなみに、本人は女神。

 

【世界観】

・対世界

『法の世界と魔の世界』のこと。

 それぞれは、それぞれのもので発展しており、文明の栄え方に違いはあれど、基本的に大きな差はない。法の世界では科学で発展し、魔の世界では魔法で発展している。

 両世界は絶妙なバランスで成り立っており、このバランスが崩れると割ととんでもないことになる。

 一応対処法はあるが、結構リスクは大きい。

 法の世界を鑑定するとかいう馬鹿げたことミオがした際に、謎の年数が書かれていたが、現段階では不明。期限的には、依桜たちが高校三年生になっている頃を示しているが……。

 

【異世界の定義】

 色々な世界が存在しているものの、実質的な異世界は、各世界に一つ存在する対世界の方を指す。並行世界は異世界に含まれず、それはまた別の存在としてカウントされる。

 現段階で存在している並行世界として、男依桜の世界とブライズの世界がある。

 なお、ブライズの世界と現在の舞台になっている法の世界と魔の世界は何らかのかかわりがある模様。

 

【ブライズの世界】

 ミオが一度行き、破壊した世界。

 ブライズというよくわからん靄状の生物(?)がいたが、ミオがいい加減うざいとか言って、その世界に行く装置を叡子に創らせ、ブライズを消滅させに行った。

 その世界では、生物が軒並み死滅し、空気中には体に害しか及ぼさない魔力が変質したものが漂っており、ミオも多少は不快感を示していた。

 ミオと叡子の二人は、依桜が死亡したことで人類が滅亡したと考察している。

 

【付属世界】

 現状ではまだ出て来ていない世界のこと。

 平行世界や異世界と若干位置付けが違うもので、そう遠くない内に依桜たちも存在を知ることになる世界の事。

 付属世界には何らかの生物(?)が存在しており、どんな世界が存在しているかは今のところ不明。おそらく、ミオ辺りは把握している。

 

【異世界転移】

 依桜が何度も経験している現象。

 正規の転移方法としては、魔の世界で行われている、異世界人を召喚する、召喚魔法がそれである。本来なら、神以外には転移は不可能とされており、その召喚魔法自体も、魔の世界が滅びかねないと危惧したとある神が過去に神託と称して魔法を授けたのが始まり。

 なので、叡子が異世界転移装置を創りだしたのは、本当におかしい。言ってしまえば、人の身で神の領域に踏み込んだと言える。

 尚、この召喚魔法には、ちょっとだけ特殊な面があり、異世界に何らかのかかわりがある人物が優先的に召喚されるようになっている。

 正規以外の異世界転移方法として、空間歪曲が挙げられるが、あれは本当に天文学的な確率で発生する物であって、本来はあり得ない。

 しかし、現在は叡子の実験の影響で転移可能な空間歪曲がそこそこ発生しており、たまにミオが転移して来た人の保護する仕事を請け負っていたりする。

 だが、依桜が三度目の異世界転移をした時は、空間歪曲などほぼほぼ発生していない。

 

【世界神ノ独言】

 ミリエリアが法の世界に残した書物。

 中には、世界のことについて書かれており、ステータスなどについても記述されていた。ミオ的には、長年ずっと気になっていたことが知れて、ものすごく喜んだ。ついでに言えば、スッキリしたとか。

 ミオが入手した本は写本であり、原書ではない。

 ミオ自身は、写本を書かせる意味があったのか? と疑問に思っており、もしかすると原書には何かがあるのかもしれないと考えているため、近いうちに原書を探そうと思っている。

 

【ステータス】

 一応両方の世界に存在している、その人物の能力やスキル、魔法などや、それぞれの身体能力の数値を示すよくわからない存在。

 本来はバグによって発生したものだったらしく、神たちが面白がってそれを正式に世界の仕組みとして組み込んだ。

 ミリエリア曰く、ステータスの数値はあくまでもわかりやすいように数字に表しただけで、実際は微妙に変動するとか。

 それぞれの意味合いとして、『体力=生命力(血液量なども含む)』『攻撃力=筋力』『防御力=肉体強度』『素早さ=脚力や反応速度』『幸運値=偶然や奇跡を引き寄せる何か』となる。

 ちなみに、攻撃力が100の二メートルくらいの巨漢と攻撃力が100の依桜のような華奢な存在が仮に腕相撲をしたとしても、互角になる、というわけではなく、あくまでも数値的な物なので、他の要因が理由で華奢なの方が負けることが多い。あくまでも、目安として捉えようということだ。

 ステータス自体は、法の世界と魔の世界にあるはずなのだが、魔力の有無の関係上、法の世界の住人達には基本的にステータスが視えなくなっている。しかし、決してステータスが働いていないかと訊かれればそうではなく、知らないところで勝手に能力やスキルを入手し、無意識に使用している。ただし、魔法は使用できない。魔力を使用するタイプのものであれば、とあるものを代用して使用可能。

 ステータスが視えない原因の一つとして、ミリエリアは危機感の違いなのでは?と言っている。

 魔の世界には日常的な命の危機があるが、法の世界にはそれが滅多にない。

 世界は広いので、探せば少しはいそうである。

 隠し項目が存在し、それぞれ、『種族』『固有技能』『称号』などがあるが、この隠し項目を知るのはごく一部。種族がなぜ隠し項目なのかは不明。




 どうも、九十九一です。
 二話目はできませんでしたが紹介用は間に合いました。
 内容的には、結構ぶっ飛んでいるような気はしないでもないですが、まあ、気にしないでください。中には、作中でまだ登場していなかったり明言していなかったりするような文がありますが、現段階で出しても大丈夫と判断したので、気にしないでください。
 なお、【付属世界】に関しては、マジで近々出すつもりです。具体的には夏休み編ですかね。まあ、楽しみにしててください。
 例によって明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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414件目 林間・臨海学校最終日

 林間・臨海学校が最終日となる四日目。

 

 この四日目に関しては、基本的にどちらに行くかは自由。

 

 体力に自信があるのなら、林間・臨海学校両方に行ってもいいし、めいっぱい海で遊びたい! というのなら、臨海学校側、山の方がいい! と言う人たちは林間学校側、と言う風に分かれます。

 

 正直なところ、ボクたちとしてはどちらでもよかった。

 

 最初は、熊さんたちがいる林間学校に行こうかと思ったけど、なんだかお別れしにくくなりそうだったので、少し微妙な気分に。

 

 その結果出した案として、態徒が、

 

「んじゃ、スマホのルーレットアプリで決めようぜ」

 

 と言い出し、それはそれで面白そう、と言う理由そう言うことになりました。

 

 ルーレットに書いたのは、林間、臨海、両方、という三つのマス。

 

 なぜか代表してボクが回すことになり、まあいっか、と言う気持ちで回した。

 

 その結果、

 

「お、臨海学校の方か」

 

 臨海学校の方に決まりました。

 

「まあ、夏と言ったら海、みたいなところがあるものね」

「だね。林間学校の方もよかったけど、そっちは来年かなぁ」

「うんうん。来年もあるんだもんね! じゃあ、今年は海で遊ぼ!」

「ああ」

「じゃあ、バスで移動しないとね」

 

 ボクがそう言うと、みんなはこくりと頷き、近くのバスにボクたちは乗り込んだ。

 

 

 と言うわけで海。

 

 遊ぶ時間は、一応お昼の十二時まで。

 

 昼食に関しては、旅館で食べることになっているので、その時間まで遊ぶことができます。

 

 その前に一度水着に着替えないとね。

 

 さすがに、今日はちょっと余裕がなかったので、着てこなかったけど。

 

「よい……しょ、と」

『『『お、おおぉぉぉ~……で、でかい』』』

「え、えっと……な、なにかな?」

 

 ボクが服を脱いでいると、急に周囲から感嘆の声が聞こえて来て、その後には『でかい』と一斉に言われた。

 

 この声には未果たちも含まれてます。

 

『大人モードの依桜ちゃんって、ほんっとうに胸が大きいんだな~って思って』

『ってか、体が変化するって、普通に考えた不思議なんだけど……』

『すっごくずるいよね!』

「え、ず、ずるい?」

『『『ずるい!』』』

 

 ボクって、ずるいの?

 

 ……一体どこが?

 

「んまー、普通に考えて、普通の可愛い銀髪碧眼巨乳美少女をベースとして、ロリっ娘になったり、ケモロリっ娘になったり、ケモっ娘になったり、色気溢れる美女になったりするんだもんねぇ。ラノベとかマンガでも、ここまで欲張りな特性を持った人って少ないんじゃないかなぁ」

「確かにそうね。稀にそう言うのは見かけるけど、結構多種多様だし……ある意味、色んな人の好みに刺さりそうよね」

「うち、通常時とケモロリっ娘状態が好きかな?」

『私、大人モード』

『んー、ケモっ娘が気になる!』

『ロリっ娘がいいよね!』

『断然ケモロリっ娘!』

『私も!』

『あたしも!』

 

 ……し、知らなかった。ボクの変化する体質、そんな風に思われてたんだ……。

 

 あと、昨日のあの姿、すっごく人気があるね!

 

 そんなに、耳と尻尾が生えた幼い女の子って人気なのかな?

 

 ちょっと訊いてみよう。

 

「あの、昨日みたいな姿って、そんなにいいの?」

『『『最高!』』』

「さ、最高なんだ」

 

 そこまで断言されると、ちょっと気恥ずかしい……。

 

「でも、そこまでのものかな……?」

「依桜君、ちょっと想像してみて」

「突然何……?」

「いいからいいから。目を瞑って」

「う、うん」

 

 女委に言われて目を瞑る。

 

 何を想像させるんだろう?

 

「とりあえず、メルちゃんたちをそうぞ――」

「うんした。すごくした。すぐにした」

「……今、言い切る前に言ったわよね?」

「わー、依桜ちゃん妹さん想い」

 

 普段一緒に住んでいる僕なら、刹那で想像することは容易いです。

 

 お姉ちゃんだから!

 

「じゃ、じゃあ気を取り直して。そのメルちゃんたちに、こう……猫でも狼でなんでもいいので、動物の耳と尻尾が生えた姿を想像してみて」

「耳と尻尾……」

 

 軽く想像してみる。

 

「ねーさま、猫だにゃん♪」

「兎です! ぴょんぴょん♪」

「……い、犬、です。わんわん……♪」

「虎さんだよ! ガオガオー♪」

「熊さんなのです。ガオー、なのです♪」

「……狐。コンコン♪」

 

 …………………え、なにこれ、すっごくいい!

 

 想像しただけでも、可愛すぎて思わず倒れちゃいそう!

 

 ど、どうしよう……見てみたい! すごく見てみたい!

 

「どう?」

「……て、天国」

「でしょ? つまり、そういうことなんだよ。可愛い女の子と、動物の融合……それすなわち、正義!」

「せ、正義……」

「この正義は、どんな人にも必ず刺さります! なら、依桜君のあの姿が刺さらないわけがないのだよ!」

「な、なるほど! メルたちの所謂ケモっ娘姿なら、どんな人でも魅了しちゃうね! あれは可愛すぎるよ! というか、可愛すぎて、現実でそうなったら誰にも見せたくない!」

 

(((依桜ちゃん、シスコン……?)))

 

「おやおや。依桜君的には、嫌だと?」

「だ、だって、だって……それでメルたちに告白してくる男の子たちが増えたらどうするの!? ボク、絶対に許しません! メルたちにはまだ早いです! 今はまだ、お姉ちゃんに甘えるくらいでいいのです!」

 

(((あ、これガチモンのシスコンだ。そっかぁ……依桜ちゃんって、ドが付くほどのシスコンだったんだ)))

 

 何やら周囲から生暖かい視線が向けられてるけど……なんだろう? 気のせいだよね!

 

 ともかく、メルたちに恋愛はまだ早いです!

 

 少なくとも……高校生くらい!

 

「依桜って、普段は真面目で、割と完璧みたいなところがあるけど、ことメルちゃんたちのこととなると、頭のねじがぶっ飛ぶのよね」

「あはははー……いやぁ、依桜ちゃんにも残念な部分があったんだね。なんだか、ちょっとほっとしたよ」

 

 ボクが女委と話している横で、そんな会話が為されていたそうです。

 

 

 謎の談義を終え、水着に着替えて晶たちと合流。

 

「お、来たか」

「おっすおっす」

「お待たせ、二人とも。待ったかな?」

「んや、全然」

「女子は時間がかかるのはわかっている。問題はないさ。慣れてるしな」

「ふふっ、ありがとう」

 

 にっこりと微笑んでお礼を言うと、

 

「……やっべ、これが大人の魅力って奴か……メッチャドキドキする」

「まあ、依桜は一応俺達よりも年上だからな。三年くらい。ある意味、年齢と外見が合致している、と言えるだろう」

 

 なぜか二人が顔を赤くして、何かを話していた。

 

 何を話してるんだろう?

 

『……なぁ、あれ、ヤバくね?』

『やばいな』

『男女ってさ、普段は確かに巨乳だが……』

『大人モードはもっとやべえよな』

『むしろあれ、マジで同じ人間か? 見ろよ、他の女子たちなんて、男女に比べたら、有象無ぞごふっ!?』

『有象無象で悪かったわね』

『そんなんだから、碌に彼女もできないのよ』

『と言うか、依桜ちゃんと比べたら、日本の女子高生のほとんどが負けじゃない』

『あれは別格。まさに、神様の加護を得たかのような、完璧な体なのよ!』

 

 遠くで何か会話が聞こえる。

 

 でも、ここには学園の生徒の半数くらいがいるわけだから、会話なんて別に珍しくもないよね。

 

 ボクたちだってこうして話しているわけだし。

 

「しっかしま、依桜に向かう視線が多いこと多いこと」

「たしかに……やっぱり、大人状態だから浮いちゃうよね。高校生の中に、一人だけ大人が混じっているようなものだし……」

 

(((((絶世の美女だからなぁ……)))))

 

 個人的に、この姿は嫌いじゃないんだけど、どういうわけか普段以上に視線を貰うんだよね、この姿。

 

 目標以上に背が伸びるから、何かと嬉しいんだけど、視線が多いのはね……。

 

「それで? 何して遊ぶんだ? 海と言えば、色々とあるが……」

「そうね。六人いることだし、ビーチバレーなんてどう?」

「「「「「賛成!」」」」」

 

 と言うわけで、最初はビーチバレーをすることになりました。

 

 

 チーム分けはこう。

 

 ボク、女委、晶の三人と、未果、態徒、エナちゃんの三人。

 

「……なぁ、これってさ、実質三対二じゃね?」

「どうして? うちたちの方も三人だよ? いや、正直言おう。オレ、絶対戦力外」

「何言ってるのよ。こっちの中で一番運動神経がいいのは、態徒でしょ?」

「そうだよ、態徒君。うちも運動は得意だから大丈夫だよ!」

「いや、そう言うわけじゃないんだが……まあ、見てりゃわかるって」

 

 態徒の言っていることが理解できない未果とエナちゃんは、そろって首を傾げた。

 

 ボクも意味がわからないので、首を傾げた。

 

 どういうことなんだろう?

 

「じゃあ、ボクから行くね。せー……のっ!」

 

 その場で飛び上がって、まずはサーブ。

 

 そして、空中でボールを打った瞬間、

 

「ごふっ……」

 

 態徒がなぜか鼻血を噴き出して倒れた。

 

 それと同時に、

 

『『『ごふっ……!』』』

 

 なぜか周囲の男子の人たちも鼻血を噴き出していた。

 

 え、なんで?

 

「日射病か何か?」

「……依桜、気にしなくていいぞ」

「晶が言うなら、気にしないよ」

 

 よくわからないからね。

 

「……なるほど、確かにこれは、三対二ね」

「だね!」

 

 二人もなぜか理解した様子。

 

 なんで倒れたんだろうね。

 

 ともかく、倒れたままではちょっと問題があるので、態徒を日陰に寝かせて休ませる。

 

 うーん……一人でいるのはちょっと可哀そうだし……

 

「みんなー! ボク、ちょっと態徒を休ませてるよー!」

「「「「りょうかーい!」」」」

 

 みんなの理解も得られたところで、休ませてあげよう。

 

 とりあえず、いつものでいいかな。

 

「よいしょ、と」

 

 ボクはいつものように、態徒の頭をボクの膝に乗せた。

 つまり、膝枕です。

 

「態徒、大丈夫?」

「な、なんか……めっちゃ柔らかい何かがオレの後頭部にあってよ……そんでもって、すっげえいい匂いがするんだ……オレ、死んだん……?」

「ふふっ。何言ってるの。まだ生きてるよ。それに、柔らかいのは、多分ボクの太腿かな?」

「お、おう、そうなのか……って、ふ、太腿!?」

 

 うっすらと開いていた目が一気に開くと、態徒は大声で叫んだ。

 

「あ、まだ寝てないとダメだよ。日射病かもしれないんだから」

 

 起き上がった態徒の肩を掴んで、やんわりと寝かせる。

 こういう時は、休んでおかないと。

 

「す、すまねぇ……」

「いいの。友達だもん。これくらいはお安い御用だよ」

「……普段、変態とか言って来る割には、依桜ってこういうことしてくれるよなぁ」

「確かに変態だけど、態徒が優しいことは知ってるからね」

「美女に微笑まれながらそう言われると、クッソ面映ゆいな……」

 

 照れたように、態徒が視線を逸らす。

 

「まあでも、その友達の抱き枕カバーとか写真を購入していたりするんだけど?」

「マジすんません」

「ふふっ。もういいよ。絶対にしないって約束してくれたからね」

「いやぁ、ハハハハ」

 

 そう言えば、あの商会ってどうなったんだろう?

 いつか調べようと思ってたけど、すっかり忘れてた。

 

「態徒、あのえっと……なんだったかな? その商会の名前」

「あー、たしか……江口アダルティー商会だったか?」

「あ、それそれ。その商会の情報って知ってる?」

「ん? ああ、聞いたところによると、どうやら潰されたらしいぜ?」

「え、そうなの?」

「おう。なんでも、『や、ヤバい黒髪ポニーテールの美女が笑顔で襲い掛かってきた』らしくてなぁ。それ以降、怖くてやめたらしいぜ?」

「……やばい黒髪ポニーテールの美女」

「どう聞いても、あの人だよなぁ」

「……そう、だね」

 

 その特徴を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、間違いなく師匠。

 

 あの人、いつの間にそんなことをしていたの?

 

 知らなかった……。

 

 本当に、暗殺者らしく、裏で色々と暗躍しているみたい。

 

 こっちでは教師として、普通に生活してもらいたいんだけどなぁ……。

 

 だって師匠、向こうの世界では色々と頑張っていたような気がするし、何より、数百年も生きていたんだから、こっちの世界にいる間は、普通に、平穏に、穏やかに過ごしてほしい。

 

 それが、師匠に対するボクの願いだったりするんだけど……。

 

「ミオさんには、マジで敵わんよなぁ。だってよ、あの商会を潰した理由って、間違いなく依桜だろ?」

「ボク?」

「おうよ。あそこ、盗撮写真とか抱き枕カバーとか売ってたらからなぁ。しかも、依桜だけじゃなく、未果たちのもあったし。ふっつうにキレたんじゃね? あの人、理不尽だけど過保護だしな!」

「よくわかってるね、態徒」

「……まあ、オレもあの人の扱き、受けてるからよ……」

 

 そう言いながら、態徒の表情が途端に暗いものになり、儚い笑みで遠くを見つめた。

 

 態徒……何と言うか、お疲れ様です……。

 

 ボクは、心の底から態徒に同情した。

 

 

 態徒の回復が完了したら、みんなと合流して再び遊ぶ。

 

「おっしゃー! 晶には負けないぜー!」

「くっ、態徒に負けるのはなんだか癪だ! 負けないぞ!」

 

 次にやりだしたのは、普通に水泳。

 

 そしたら態徒が晶に水泳勝負を仕掛けて、晶も珍しく乗った。

 

 結構な速度で二人は泳いでおり、結構白熱している。

 

「二人とも、お先に!」

「「なに!?」」

 

 と思ったら、二人以上の速度で泳いでいるエナちゃんに追い抜かされていた。

 

 たしか、昔のボクの泳ぎの練習の影響で、かなり頑張った、って聞くし、なんだったら、一番得意な運動とも言ってたしね。

 

 さすが。

 

「ふぃー、いやー、三人は頑張りますなぁ」

「そうね。私はあそこまで泳ぐのは無理だわ」

「まあ、三人ともどちらかと言えば体育会系だもんね」

 

 晶は文武両道だけど、どちらかと言えば武の方に寄ってるし、態徒は明らかに肉体派。エナちゃんも文武両道のタイプだけど、アイドルをやっている影響で、運動はかなり得意。

 

 三人とも、普段から運動しているけど、やっぱりどうしても運動量的にはエナちゃんには敵わないよね。

 

 だって、普段からずっと動いているような物だからね、アイドルって。

 

「やったー! 一位!」

「だー! 負けたー!」

「あぁ、速いな、御庭は」

「もっちろん、うちは水泳が大得意だからね! まっけないよー!」

 

 元気いっぱいに二人にそう言うエナちゃん。

 

 どこに行っても、エナちゃんはとっても元気。

 

「あー、負けた負けた! 全然敵わなかったぜ」

「少し休憩だな」

「うちもちょっと休憩ー」

 

 水泳対決を終えた三人がこっちに戻って来た。

 

 晶と態徒の二人はちょっと疲れた様子だけど、エナちゃんは全く疲れていないように見える。

 

 やっぱり体力がすごくあるみたい。

 

「いやぁ、それにしてもいい夏休みのスタートだよねぇ」

「そうだな。学園行事からのスタートとは言え、なかなかに楽しい」

「やっぱ、学生って言ったら、林間・臨海学校だよな! しかも、両方楽しめるとか、最高すぎる!」

「うちは、こういった行事に参加したことがほとんどなかったから、新鮮でとっても楽しいよ!」

「エナちゃん、アイドルだもんね。スケジュールが合わないと難しそうだもん」

 

 むしろ、今回はよくスケジュールを合わせられたね。

 それだけ行きたかったのかも。

 

「ってか、今年は夏休みの予定がそこそこある気がするぜ」

「言われてみればそうね。一応、二週間後くらいに異世界旅行に行くし、街の夏祭りにも行くし」

「後は夏〇ミだね! 今年も参加するぜー!」

「あぁ、やっぱり抽選に当たっていたんだな」

「もち!」

「夏〇ミかぁ……スケジュール合うかな?」

「お、来てくれるのかい? エナっち」

「んー、スケジュールが合えばかなぁ。でも、友達だしできれば行きたいね。まあ、もしかしたら招待されるかもしれないけどね!」

 

 夏〇ミ……冬〇ミの時は、メイド服を着たっけ。

 

 あれは、微妙に恥ずかしかったよ。

 

 思えば、あの時美羽さんにボクの素性がバレちゃったんだっけ。

 

 バレた、と言うより、バラしたが近いかもしれないけど。

 

「でも、一番楽しみなのはやっぱり、異世界旅行よね」

「それな! オレ、めっちゃ楽しみなんだよ!」

「わかるよ! わたしも、あれだけはわくわくが抑えられないよ! だって、アニメ好きやラノベ好き、マンガ好きとしては、心の底から憧れる夢だもんね!」

「うちもとっても楽しみ! しかも、大勢だもんね!」

「俺としても、異世界旅行はとても楽しみだ。何があるのか、気になっているしな」

「あはは……。まあ、今は平和だし、多分大丈夫だよ。戦争もないし、魔族の人たちは、みんないい人だから」

 

 魔族の人たちなんかは、特にボクが保証する。

 

 だって、一応はボクの国民みたいなものだしね。

 

 あとは、メルもいるから尚更に。

 

 それにしても、みんな本当に楽しみなようだね。

 

「異世界には一応一週間の滞在を予定しているけど、場合によっては一週間延ばせるから、安心してね。どのみち、向こうでの一週間は、こっちでの一日だから」

「やっぱり、反則よね、それ」

「まあ、仮に夏休みの宿題が終わっていなかった場合、四日もあれば一ヶ月くらい延ばせるのと同義だからな」

 

 と、晶が何気なく言った直後の事。

 

「「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」

 

 突如として、態徒と女委の二人が絶叫した。

 

 理由は多分……夏休みの宿題の部分。

 

「おい晶! お前、ここで夏休みの宿題という、悪魔のワードを出すんじゃねえよ!?」

「そうだよ! 今は聞きたくなかったよ! そのワードだけで、健全な高校生が死んでしまうような産物なんぞ!? 忘れさせてよぉ!」

「いや、すまん。……というか、せめて異世界旅行に行く前には終わらせておくべきなんじゃないか? でないと、去年みたいに最終日近くなってやる羽目になるぞ?」

「いいもん! その時は依桜君にお願いするから!」

「というか、依桜はどれくらい終わったんだ?」

「ボク? 配られた傍から全部終わらせたよ?」

「「マジで!?」」

「へぇ、依桜ちゃんって宿題は早めに終わらせるタイプなんだね!」

「うん。個人的には、そこまで難しくない問題ばかりだったし、それに、去年よりも早く終わったから」

 

 原因はもちろん『言語理解』。

 

 個人的に一番時間のかかる古典や英語が早めに終わって助かったよ。

 

 文系にだけは強くなっちゃったから。

 

「……一番の脅威は、依桜が去年よりもこなす家事の量が増えたにもかかわらず、宿題を終わらせる期間が短かったことよね」

「あぁ、家も大きくなった上に、家族も増えているからな。普通に考えたら、家事でする暇がなくなりそうなものだが……さすが依桜と言ったところなんだろうな」

 

 まあ、他にも『瞬刹』を使ったりしたけどね。

 

 あれがあると、計算が早くできて助かるよ。

 

 なんだかんだで、こう言った面にも活用できるからね、能力やスキルって。本当に便利。

 

「と、ところでよ……未果や晶、御庭はどこまで……?」

「私は七割方終わったわよ。あとは簡単な宿題が残っているくらいね」

「俺は半分終わってる。もう半分は、割とすぐ終わりそうだ」

「うちは六割くらいかな? アイドルのお仕事がなかったら、もう終わってると思うな」

「「……だ、だめだ! ここのグループ、無駄に優秀な人(奴)ばかりだっ……!」」

 

 二人は声を揃えて言うと、思いっきり地面に握り拳を叩きつけていた。

 

 そこまで……?

 

 結局、宿題は溜めないように、地道にコツコツやるか、早めに一気に終わらせれば、何も問題はないんだけどね。

 

「まあまあ。もしわからないところがあったら、ボクが教えてあげるから」

「マジ!? マジで神だよ! 依桜!」

「わたしも、お願い、依桜君!」

「はいはい。でも、ちゃんと自力でやるんだよ? 写すのは無しだからね?」

「「了解であります!」」

 

 調子のいい二人の返事を聞いて、ボクたちは思わず笑い合った。

 

 

 この後も、みんなで時間いっぱいまで遊んで、林間・臨海学校が幕を下ろしました。

 

 本当に楽しかったです。

 

 ……そう言えば、ボクが運動するたびに、大勢の人が鼻血を噴き出して倒れていた気がするけど……大丈夫だったのかな?

 

 ちょっと心配でした。

 

 あ、そろそろ異世界旅行の準備もしないとね。




 どうも、九十九一です。
 久々に長めの話を書きました。すっごい疲れた。やっぱり、4000~5000ちょっとの方があまり疲労はないですね。……そりゃそうか。
 昨日、紹介用の回を投稿したと思うんですが、指摘として『ミリエリアのことは書かないんですか?』というものが来ました。本人自身は登場していないとはいえ、そこそこ出てきちゃってるので、一応書き足しました。そこまで重要なことは書いてない……と思いますが、まあ、一応見て頂けると、嬉しいです。別に、見なくても問題はないですが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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415件目 ミオの禁酒生活

 林間・臨海学校から帰ってきた翌日の朝。

 

「それでは師匠。今日から一週間と四日。禁酒です♪」

「畜生!」

 

 ボクはにっこりと微笑みながら、禁酒の開始を師匠に言い渡した。

 

 あの時の事、忘れてませんからね。

 

 場所はリビング。

 

 朝ご飯を食べた後です。

 

 ちなみに、メルたちは学園の水泳教室に行ってます。

 

 別段強制参加じゃないんだけど、友達に誘われたとか。

 

 帰ってくるのは、お昼過ぎかな? 一応、お弁当が出るみたいだし。

 

「とは言っても、師匠はお酒大好きですからね」

「そりゃそうだろ! あれ以上に美味い飲み物はない!」

「そこ、断言するところですか……まあいいです。ともかく、これで暴れられても困るので、代わりの物を用意してみました」

「代わりの物?」

「はい。これです」

 

 ボクは『アイテムボックス』を開いて、中から大き目の箱を取り出した。

 

 そこには、飲み物の缶が何本も入っている。

 

「これはなんだ?」

「実はこれ、学園長先生が去年くらいに造った、アルコールが入っていないのに酔えるお酒なんです」

「そ、そんな画期的な物があると言うのか!?」

「あるんです」

「ま、マジで酔えるの?」

「酔えます。ただ、本物を知っていると、ちょっと微妙かもしれませんが」

 

 まあ、それでも一応、ボクはこの飲み物の効力を知っているんだけどね、去年の学園祭の打ち上げで。

 

 なぜか知らない間に置かれていて、それによって酔っぱらった生徒が大勢。

 

 ボクのクラスも、女委以外が酔っぱらってしまうという事態に陥って、ボクはちょっと酷い目に遭った。

 

 あれは、本当に酷かったよ……。

 

「いや構わん! 疑似的とはいえ、酒の酔いを得られるのならば、あたしは一向に構わんッ!」

「そ、そうですか」

 

 ここまで来ると、ある意味中毒者なんじゃ……? と思えて来る。

 

 ボクも甘い。

 

 まあ、もちろん無制限に飲ませるつもりはないです。それじゃあ、罰にならないから。

 

「ちなみにですが、これを飲めるのは、師匠が家事をこなした分だけ、です」

「なんっ……だとっ……」

「当たり前です。ただで飲もうなんておこがましいですよ? せめて、相応の働きをしてください。ボクだって、夏休みは基本的に家事をすることになってるんですから」

「いや、お前が家事をするのはいつものことじゃね……?」

「それはそれ、これはこれです。師匠、ボクだってたまには、家事をしないでのんびりと過ごしたい時があるんです」

 

 主に、メルたちと触れ合いたい時とか。

 

「……ちなみにだが、どれくらいこなせば、飲めるんだ?」

「そうですね……お風呂掃除をすれば一本。食事を一食分作っても一本。師匠の部屋をしっかりと整理整頓して、清潔にすれば三本ですね」

「つまり、最低限一日一本は飲める、ということか……」

「そうですね。お風呂掃除一回で一本ですからね。ただ、食事を一日三食作れば、三本追加で飲めますよ?」

「くっ、飯を作るのか……できないわけではないが、面倒なんだよな……しかし、酒は飲みたい……だが、めんどい……うぐぐっ」

 

 そこまで悩むほどかな……?

 

 お酒(もどき)を飲むために、そこまで葛藤をするほど大変じゃないと思うんだけど、家事って。

 

「そう言えば、ボク師匠の手料理とか食べたことないです」

「んぁ? ああ、そういやそうか。あたしは基本お前にやらせてたしな……」

「もしかして、料理できないんですか?」

「何言ってんだ。あたしができないわけないだろう」

「でも、見たことないですよ?」

「まあ、面倒だから作ってないしな。お前がいたし、任せようかと」

「……そんなことだろうと思ってましたけど」

 

 むしろ、師匠はボクに押し付けすぎなんじゃ? とか思わないでもない。

 

 今も、そんな師匠の裏事情を言っている時だって、けろっとした顔出し。

 

 むぅ、なんだか釈然としない。

 

「じゃあ師匠。せっかくなので、お昼ご飯作ってくれませんか?」

「あたしがぁ?」

「はい。ボク、師匠の料理食べてみたいですし」

「いやまあ、別に構わんが……」

「まあ、もしもできないなんてことがあっても、フォローしますから」

「お前、やっぱあたしが料理できないと思ってるだろ?」

「……ちょ、ちょっとは思ってます」

「そこまで言うのなら、やってやろうじゃないか。このあたしだって、十分料理ができるということを!」

「じゃあ、楽しみにしてます。師匠のご飯」

「ふっ、期待してな」

「はい。あ、材料自体は買い置きした物が冷蔵庫にあるので、それを使ってくださいね。多分、困ることはないですから」

「了解だ」

「それじゃあ、ボクは軽く掃除でもしてますね。今日の内に洗濯とかも済ませておきたいので」

「ああ、わかった。昼飯は任せな」

「ありがとうございます」

 

 軽くお礼を言ってから、ボクは洗面所の方へと向かった。

 

 

 午前中に洗濯や軽く掃除を済ませていると、もうお昼の時間。

 

 師匠が作るお昼ご飯が食べられるということで、実はちょっと楽しみだったり。

 

 どんなものが出てくるんだろうなぁ。

 

「お、来たか。ほれ、飯出来てるぞ」

 

 し、師匠がエプロンしてる……!

 

 なんだか新鮮。

 

 意外なことに、エプロン姿が似合ってました。

 

「わぁ……」

 

 テーブルの上には、師匠が作ったと思われる料理が並べられていた。

 

「ま、面倒だったんで、ハンバーグプレートでも作ってみた。どうだ?」

 

 師匠の言うように、テーブルの上に用意されていたのは、ファミリーレストランなどでも見かけるような、ハンバーグプレートとコンソメスープ。

 

 ハンバーグにポテト、ブロッコリーににんじんと言った野菜類もちゃんと乗ってる。

 

 しかも、匂いもすごくよくて、嗅いでいるだけでお腹が空きそう。

 

「美味しそうです!」

「だろう? 味もいいはずだ。ほれ、食ってみな」

「はい! じゃあ、いただきます!」

 

 早速、用意されていたナイフとフォークで一口。

 

 ……こ、これは!

 

「お、美味しい!」

「ははは! だろ? あたしだって、料理はできるんだよ」

「いえいえ、本当に美味しいです、これ!」

 

 師匠の作ったハンバーグは、とっても美味しかった。

 

 噛むとすぐに解けて、それと一緒に肉汁が溢れ出す。

 

 肉本来の旨みを逃すことなく、しっかりと最大限に活かしきっているし、ハンバーグにかかってるソースもさらに味を高めている。

 

 添えてある野菜類もしっかりと火が通っていて、美味しいし、何よりスープはなんだかほっとする味。

 

 てっきり、できないからやらせていたのかと思ったら、高級レストラン顔負けの料理が出て来て本当にびっくり。

 

「師匠、なんでこんなに料理が上手なんですか!?」

「いやなに。年の功だよ。これでも、長い間生きているんでな。一時期料理にも嵌ってたんだよ。だから、この程度朝飯前だ。いや。昼飯前ってか」

「そうだったんですね」

「まあな。それに、ミリエリアにも振舞ってたしなぁ、料理は」

「えっと、師匠の親友だった神様、ですよね?」

「ああ。あいつも、あたしの料理を喜んで食ってたよ」

「へぇ~。師匠の親友だったのなら、きっといい神様だったんでしょうね」

「そりゃあな。あいつ以上に、性格のいい奴をあたしは知らん。強いて言うなら、お前が該当するか?」

「いえいえ、ボクは性格はそこまでよくないですよ」

 

 神様と同レベルの性格なんて、あり得ないしね。

 

 ボクは、自分にできる範囲で助けていただけだもん。

 

「まあ、自分の性格なんてものは、自分じゃ評価できないからな。とりあえず、周囲の評価が正しいとか思っときゃいいと思うぞ」

「そ、そうですか。じゃあまあ……ちょっとは優しいと思うことにします」

「ちょっとって……まあいいや。あいつもそうだったし」

 

 なるほど。つまり、あまり自己評価が高くなかった(?)ということなのかな?

 

 まあ、あんまり自信満々に、

 

『優しいんだぜ!?』

 

 とか言われても、すごく困惑するだけだし、そこまで堂々と言うこと? って思われちゃうけどね。

 

 ボクは……まあ、素です。

 

「ほれ、冷めないうちに食いな」

「あ、はい」

 

 師匠の料理はとても美味しかったです。

 

 

 食後。

 

「んで? 飯を作ったわけだし、もらえるんだよな?」

「もちろんですよ。まあ、これはお酒じゃないですしね。変に酔っぱらわないでくださいよ? 師匠、酔うとちょっとあれなんですから」

「あれってなんだあれって」

「あれはあれです。……はい、どうぞ」

「お、サンキュー」

 

『アイテムボックス』の中から、お酒モドキを取り出して、師匠に手渡す。

 

 師匠はそれを嬉しそうに受け取ると、早速開けてそれを飲みだした。

 

「んっ、んっ、んっ……ぷはぁっ! うっわ、マジでこれ酒みてぇ」

「そうなんですか?」

「ああ。正直、眉唾だと思っていたが、マジだった。本物の酒のような味はするし、アルコールが入っているかのような酩酊感も得られる。ふむ。なかなかに画期的なものを創り出したんだな、あいつは」

「お酒好きの師匠から見ても、結構すごいものなんですか? それ」

「そうだな。本物の酒のように酔えると考えたら、なかなかにすごいが……やはり、本物が一番だな。これも悪くはないんだが……」

「まあ、結局は偽物ですからね」

 

 偽物が本物に勝てる道理はない、なんてよく言うけど、大半はそれが当てはまるもんね。

 

 たまーに偽物の方が優れている時だってあるんだけど。

 

「……こうなると、やっぱ本物の酒が飲みたくなってくるな……」

「ダメですよ?」

「……わかってるよ。そう簡単に飲ませてくれるとは思えんしな」

「当たり前です。師匠が悪いんですから、あれは」

「わかってるわかってる。ったく……」

「じゃあ、この禁酒の間に師匠のお部屋、片付けてくださいね?」

「え、マジ?」

 

 部屋を片付けるように言うと、師匠は嫌そうな顔をしながら、訊き返してきた。

 

「マジです」

「やんなきゃダメ?」

「ダメです」

「なんで?」

「汚いからです」

「いやいやいや、今のあたしの部屋は割と綺麗なんだって」

「それは、クローゼットやベッドの下に押し込んでるからですよね?」

「うぐっ」

「言っておきますけど、師匠の部屋がどうなっているかはお見通しですからね?」

「は、はははは……」

 

 にっこりと言うと、師匠は頬を引きつらせて、乾いた笑いを漏らした。

 

 やっぱり、押し込んでたんだ。

 

 まあ、あの一年間でも、そう言ったことはしていたし、こっちの世界でもやっていたことも知っていたから、ちょっとカマをかけてみたんだけど……案の定。

 

 一度たりとも片してなかったんだね。

 

「まあ、早めに終わらせた方がいいですよ?」

「なんでだ?」

「禁酒生活が延びますから♪」

「すぐに片してくる!」

 

 軽く脅してみたら、師匠が光の速さで自室に向かって走っていった。

 

 

「くっ、あの弟子、まさかあたしを脅してくるとは……!」

 

 自室に戻り、あたしはぐちぐちと文句を言いながら、部屋の片付けを始めた。

 

 こう言う、ちまっちましたことは苦手なんだがなぁ……。

 

 ……だがまあ、あたしにだって考えがある。

 

「ふふふふ……まだ、世界の地酒が残ってるのだよ!」

 

 あいつだって、絶対に知らないはずだ。

 

 やはり、飲むのなら本物が一番!

 

「どれ、今日は何を飲もうか……な!?」

 

 な、ない!

 

 あたしの地酒コレクションがない!?

 

 ど、どういうことだ? たしかに、ここにしまっていたはずなんだが……ま、まさか!

 

 あたしは一つの可能性も思い至り、全力でリビングへ。

 

「おいイオ! お前、あたしの地酒はどうした!?」

「あ、あれですか。あれは、ボクの『アイテムボックス』の中にしまいましたよ」

「なんっ……だとっ……」

 

 がっくりと、あたしはその場で項垂れた。

 

 さ、酒が、酒がない……。

 

「その様子だと、やっぱり飲もうとしていたんですね?」

「うっ」

「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ。師匠、絶対に裏でこっそりのむだろうなぁ、と思ってましたもん。なので、師匠のお部屋にあったお酒は全て、ボクが回収済みです。これに懲りて、こっそり飲もうとするのはやめてくださいね?」

 

 コーヒーを飲みながら、にっこりとした笑顔でそう言われた。

 

 ……畜生!

 

 

 そうして、あたしの地獄の一週間と四日の生活が始まった。

 

 最初の三日間は、イオが用意した酒モドキでなんとかなった。というか、あれでも十分あたしの欲求を抑えることはできた。

 

 しかし……しかしだ。

 

 四日目になってくると、あの酒モドキも飽きてくる。

 

 というか、同じ味の奴しか出さないんだぞ? あの愛弟子。

 

 くそう、なんかいつもより甘い措置だなぁとか思ってたら、やっぱ裏がありやがったよ、こん畜生!

 

 あいつ、普段はM寄りなくせして、こういう時は無駄にドSになりやがるんだよなぁ……!

 

 で、耐えきれなくなったあたしは、こっそり酒を買いに行ったりもした。

 

 だが……

 

「あ、おかえりなさい、師匠。そのお酒、さっさとこっちに渡してくださいね?」

 

 玄関で待ち構えていたイオが、凄みのある笑顔でそう言って来るんだぞ?

 

 もうね、怖いわ。

 

 あたし、あいつよりも強いはずなんだが、ことこう言う場面になると、途端に力関係が逆転するんだぞ?

 

 クソみてぇ。

 

 で、仕方ないから、あいつに渡す。

 

 そしたらあいつ、

 

「あ、次こんなことしたら、本当に期間延長しますからね❤」

 

 って言って来るんだぞ!?

 

 くそう! なんか、こっちに来てからというもの、あいつに禁酒させられてばかりだよ!

 

 あたし、師匠なんだけどなぁ……あいつより強いんだけどなぁ……。

 

 ……まあ、一応あたしは居候の身だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだが……。

 

 あたしを殺せるのは、創造神とか邪神くらい、とか思ってたが……案外、あの愛弟子にも殺されそうな気がする……生殺し的な意味で。

 

 酒……酒が欲しい……。

 

 あまりにも酒が飲めないせいで、一行前のフレーズをずっと言い続けてたぜ……。

 

 おかげで、クルミに心配されちまったよ。

 

 理由を話したら、同情の籠った視線で見られた。

 

 同時に、

 

「男女に管理されるのは、ある意味キッツイんだろうな……」

 

 とか言ってきた。

 

 正直、イオに色々と管理されるのは、マジで辛い。

 

 ……まあ、そんなこんなで、あたしの禁酒生活が続き、最終日になると、

 

「…………」

 

 死んだ表情で生活するようになっていた。

 

 これにはさすがに、周囲の奴も心配してくるほどだった。

 

 だが、それも今日でお終いだ……や、やっと、終わりだ……。

 

 この一週間と四日。どれほど酒が飲みたいと思ったことか。

 

 正直、あの酒モドキも飽きた。というか、辛くなってきた。

 

 普通の酒好きが、医者に止められて、あれを飲む、と言うのはいいのかもしれんが、ものすごい酒好きのあたしからすりゃ、マジでしんどい。

 

 いっそ死にたくなる。

 

 というか、ここまで酒が飲めないのなら死んだ方がマシだ、とか思えて来る。

 

 酒は、人類が創り出した至高の嗜好品だ。

 

 いや、ダジャレじゃないぞ?

 

 酒は百薬の長、とも言うだろ?

 

 なら、別に飲みまくったっていいじゃないか。

 

 あたしだって、多い時でも十リットルくらいだぞ? 問題ないだろ。

 

 だが、禁酒生活は本当に辛かった。

 

 あたし、普通に死ねる、とか思った。

 

 そうして、気が付けば日付が変わるまであとわずか。

 

 目の前には、イオがいて、イオはすでに『アイテムボックス』の中からあたしから没収した世界の地酒が置いてある。

 

 あぁ、早く飲みたい……。

 

 口内の唾液がとんでもないことになりつつ、頑張って時間が来るのを待つ。

 

 そして、リーンリーン、という、リビングに備え付けられた時計の音が鳴り響いた。

 

「師匠、頑張りましたね。禁酒生活終了ですよ」

「よ……よっしゃああああああああああああ!」

 

 イオの女神の如きスマイルと共に禁酒生活終了を告げられ、あたしは思わず歓喜の叫びを発した。

 

「飲んでいいんだよな? な!?」

「はい。どうぞ。それと、こっちは頑張ったのでご褒美として、高級なお酒も用意しました」

「マジで!?」

「マジです。さ、どうぞ」

「ありがとう、イオ!」

 

 なんて弟子だ!

 

 元はあたしが悪いと言うのに、あたしのために高い酒を買ってくれるなんて……!

 

 くっ、あたしは本当にいい弟子を持ったぞ……。

 

「んじゃ、早速飲むぞ! イオ、つまみあるか!?」

「はいはい。そう言うと思って、いくつかおつまみ用意してあるので、食べてください」

「さっすがイオ! 本当にありがとう!」

 

 あぁ、やっぱ酒が飲めるっていいな!

 

 

 結局、あたしは夜通し酒を飲み続けた。

 

 久々の本物の酒は……マジで美味かった。

 

 思わず、時が止まるほどだったぞ。

 

 ……最高!




 どうも、九十九一です。
 例によって遅くなりました。すみません。眠かったんです、昨日。0時くらいに寝て、まあこれくらいなら8時に起きるだろ、とか高を括ってたら、起きたのが10時半。とっくにオーバー。見事に遅れました。そのあとも、ちょこちょこやることがあったので、こんな時間に……すみません。
 えー、次の回は……多分、異世界旅行の前日辺りでしょうか? なので、その次からが異世界旅行の話に入ると思います。まあ、旅行と言いつつ、割とバラバラになりそうな予感がしてますが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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416件目 異世界旅行前日から、すでに問題あり

 師匠の禁酒生活が空けた二日後。

 

 全員のスケジュールの予定がかみ合ったということで、明日から異世界に旅行へ行きます。

 

 そのための準備として、今日はメルたちと一緒にお買い物。

 

「ねーさま、明日は異世界へ行くんじゃよな?」

「うん、そうだよ。メルはその時一緒に、里帰りかな?」

「うむ! 久しぶりに、魔族の国に行きたいのじゃ!」

「わかってるよ。だから、今日は準備しないとね」

「うむ!」

 

 まあ、もとはと言えば、メルが帰還時のボクに抱き着いたのが原因だったんだけどね。

 

 とはいえ、その時の行動のおかげで、メルと姉妹になれたわけだし、このことがあったから後にニアたち五人とも姉妹になれたわけだから、決して悪かったわけじゃないからいいんだけどね。

 

「イオお姉ちゃん、なにを買うの?」

「そうだね……とりあえず、必要な物とは言ったけど、買うのはほとんど衣類とかだけなんだよね。ご飯とかに関しては、向こうでどうにかできるからね。まあ、一人だけちょっと違うんだけど……」

「んー、これは必要だな……あとは、こっちもか。予算は潤沢。ならば、買えるだけ買う」

 

 ボクたちの近くでは、師匠がお酒を漁っていた。

 

 禁酒生活を終えてからというもの、なんだか師匠が際限なく飲むようになってしまった気が……。

 

 うーん、禁酒とまではいかなくとも、ある程度制限を賭けた方がいいのかも。

 

「師匠、あまり買いすぎないでくださいね? 飲むのもほどほどに」

「わかってる。一日十本程度で抑えるさ」

「いやそれも飲み過ぎですからね!?」

「は? 何を言う。あたしは散々禁酒をしたんだし、一日十本くらいは許してくれよ」

「はぁ……まあ、禁酒をさせたのはボクですが、原因は師匠なんですよ? それと、禁酒が終わったからって、その反動で飲み過ぎると、体によくないですよ? いくら、師匠が規格外だからと言って……」

「大丈夫だって。あたしを舐めるなよ?」

「ですから……って、師匠に言っても無駄ですよね……まあいいです。とりあえず、飲み過ぎなければ」

「わかってるじゃないか。んじゃま、あたしは適当に漁ってるんで、終わったら連絡くれ」

「わかりました。みんな、とりあえず、ボクたちは向こうへ行こっか」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 師匠と一旦分かれて、ボクたちはブティックの方へと向かった。

 

 

「ねーさまねーさま! これはどうじゃ?」

「イオお姉ちゃんこっちも!」

「イオおねえちゃん、こっち、は?」

「イオねぇ、どうかな!?」

「イオお姉さま、こっちはどうなのですか?」

「……どう?」

「みんな、順番だよ~」

 

 はぁ、久しぶりのみんなとのおでかけ……。

 

 しかも、みんな一斉にボクに洋服が似合っているかどうかを尋ねてくるのが、すごく嬉しいし、とっても楽しい。

 

 やっぱりこう、可愛い妹たちと一緒にお買い物に行って、尚且つ洋服を選ぶのって、すごくいいよね。和みます。

 

 それぞれに合った感想を伝えると、みんなとっても嬉しそうな反応をした。

 

 可愛い。

 

 夏休みに入ってから、林間・臨海学校をこなして、師匠の禁酒生活の監視をしていたから、なかなかみんなとこうして触れ合う機会とかが少なかったからね、個人的にはとっても嬉しいし楽しい。

 

 妹って、いいよね!

 

 この世に天使とかっているのかな?

 

 いたとしたら、みんなのことを言うよね。

 

 可愛い妹は、まさに天使だと思います、ボク。

 

 反対に悪魔は……学園長先生かな。

 

 だってあの人、結構酷い事をしてくるもん。まさに、悪魔の所業とも言えるようなことを平然とやってくるし。

 

 何度その所業を受けてことか。

 

 まあ、そのおかげで、色々と助かった面もあるし、一概にも悪いとは言えないんだけど……大体は悪い方面に作用しちゃってるから、全面的に肯定するのは無理だね。うん。無理。

 

「あ、そうだ。みんな何か欲しいものはある? 今日は特別に、何か好きな物を買ってあげるよ」

「「「「「「ほんとう!?」」」」」」

「うん。夏休みに入っても、なかなか構ってあげられなかったからね。せめてものお詫び。どんなに高くても、大丈夫だよ」

「「「「「「わーい!」」」」」」

 

 本当に嬉しそう。

 

 最近まともに遊んであげることができなかったからね。

 

 せめて、何か好きな物を買ってあげよう。

 

 ……あんまりやりすぎて、将来我儘な大人に成長したらどうしよう。

 

 まあ、その時はしっかりボクが教育しないとね。

 

 メルは一応預かっている身だし、他の五人は孤児だからね。一生ボクの妹として生きていくことになると思うし、ボクが責任を持たないと。

 

 ……そう言えば、ニアたちって一応別々の孤児院にいたらしいけど、一応行った方がいいのかな?

 

 あとで訊いてみよう。

 

 

 おもちゃ屋さんに移動してみんながそれそれ欲しがった物を購入。

 

 どんなに高くてもいいよ、とは言ったけど、どれも一万円に届かない物ばかりだったのは、みんな遠慮したのかな? と思った。

 

 でも、こういう時は遠慮しなくていいよ、と伝えてあるから、多分本気で欲しかったものなんだろうね。

 

 ちなみに、メルがホラーゲーム(ゾンビ系)で、ニアが魔法少女のおもちゃ、リルが少女漫画で、ミリアが少年漫画(バトル物)、クーナが着せ替え人形、スイがなぜか恋愛ゲーム(男性向け)。

 

 なんだか、みんなの好みがよくわかりそうなものばかりだよね。

 

 メルは魔族で魔王だからなのか、アンデッド系のゲームとか物語に興味を持っていた李、ニアはよくある日曜の朝に放送している女児向けアニメが好きだったり、リルは女の子主観の恋愛が好きなのか少女漫画を好んで、ミリアは元気っ娘だからなのかわからないけど、なぜか少年向けのバトル漫画を好んでいたり、クーナはちょっとお姉さんっぽいイメージがありつつも、可愛らしい物が好きだったりするんだけど……なんで、スイだけ恋愛ゲームなんだろう? しかも、男性向け。

 

 さらに言うなら、女の子同士の恋愛を描いた作品っぽかったんだよね。

 

 サキュバスって、そう言う人もいるのかな?

 

 まあでも、みんなとっても嬉しそうで、ボクとしても買ってよかったと思えるよ。

 

「さて。こっちのお買い物もある程度終わったし、そろそろ師匠に――」

 

 と、ボクが言いかけた時だった。

 

 ドゴォォォォォォォンッッッ!

 

 突如として、ショッピングモールに轟音が響き渡り、その轟音と共に建物が揺れた。

 

「な、なんじゃ!?」

「何が起こったんですか……っ?」

「こ、こわい……」

「イオねぇ……」

「な、なんなのでしょうか……?」

「……不明」

「みんな、大丈夫だよ。ボクがついてるから」

 

 怖がってみんながボクにくっついてくる。

 

 突然の出来事に、みんな不安そうにしていたので、ボクは安心させる意味でそう言う。

 

 周囲を見れば、他にいるお客さんたちも突然の出来事に呆然となっていたり、その場でしゃがみ込んでしまっていたりと、反応は様々。

 

 何が起こっているのかわからず、ボクは『気配感知』を使用した。

 

「……こっちに逃げて来てる人が大勢。あと……この黒い反応は何?」

 

 すると、この先のフロアから大勢の人が慌ててこちら側に逃げてくる様子と、謎の黒いい反応が確認できた。

 

 さすがに、下手に移動してみんなが危険な目に遭うのは避けたい。

 

 それに、こう言った場合、むやみやたらに近づく方がかえって危険。

 

 異世界ほど危険は少ないと言っても、何が起こるかわからない世界でもあるので、ここは慎重に行きたいところ。

 

 それに、ブライズがこっちの世界に来るような事態があったということも踏まえると、ある意味動かない方がいいのかも。

 

「……あれは」

 

 そして、ふと前方に何か黒い影がいるのが見えた。

 

 いる、と言うより、飛んでるに近いかも。

 

 ……あれ? なんだかあの黒い影、こっちに向かってきてる?

 

 ……あ、気のせいじゃない! あれ、どう見てもこっちに向かってるよ!?

 

『ギャハハハハ! いいぜいいぜぇ! 久しぶりの現世だァ。やっぱ、空気がいいよなァ!』

 

 な、何あれ!?

 

 黒い……人? いやでも、人、と言うより動物と人間が混じったような感じ、だよね? 全身黒いけど。

 

 頭はヤギっぽくて、体は人間。

 

 ただ、ヤギと言っても人間の顔も変に混じりあったような感じ。

 

 一言で表すなら……なんとなく、悪魔が近いかも?

 

 でも、問題はその変な黒い人は、謎の存在感を放っているということ。

 

 明らかに異質。

 

 こっちの世界には絶対にいるはずのない人に思える。

 

 向こうの世界だったらいても不思議じゃないように感じるんだけど……明らかに違うような?

 

 向こうの世界でもこんなに独特な存在感を持った存在は見たことがないかな、ボクは。

 

 強いて言うなら、魔王とか師匠かな?

 

 ……ともかく、見つからないに越したことはないかな、これは。

 

 と、ボクがそう思った時だった。

 

『ん~? お~? なーんか美味そうな匂いがすると思ったらよォ……いるじゃねェか、いい生贄ってのがよォ!』

 

 その悪魔っぽい影がボクたちに向かってそんなことを言いながら向かってきた。

 

 狙いは……妹たちの方!?

 

「やらせないっ!」

 

 ボクは狙に気づいた直後、軽く前に飛び出て、影に蹴りを放った。

 

 しかし、その蹴りは当たらず、影はひらりと躱すと後方へと引いた。

 

『うおっと! なんだ嬢ちゃん。いい蹴りしてんじゃねェか。それに……ん? なんだ、その気配。オマエ、普通の人間じゃねェな?』

「そういうあなたこそ、明らかに人じゃないですよね? と言うより、こっちの世界の人じゃないですよね? 何者なんですか? あと、なんで妹を狙ったんですか? 返事によっては……潰しますよ?」

『――ッ!? おォおォ。こえー嬢ちゃんだなァ、おい。まあいいや。質問の答えな。まず最初に、嬢ちゃんが言う通り、オレは人じゃねェ。まあ、所謂悪魔って奴だ』

「悪魔……」

 

 本当に悪魔だった。

 いるんだ、実際に。

 

『んで、こっちの世界の住人じゃない、ってーのも正解だ。オレはまァ、魔界出身でな。ほら、よくあるだろ? 悪魔が住む世界的な? そういう場所だよ』

 

 魔界まであるんだ。

 

 ……もしかしてボク、またおかしなものに巻き込まれた?

 

『そして次。狙った理由は……そりゃァオレは悪魔だからなァ。人間が好物ってわけよ。ま、場合によるところもあるけどなァ? だが、そこの小娘たちは、なーんかいい匂いがするんだよ。美味そうな匂いだ。さぞかし、美味なんだろうなァ。アァ、喰ってみてェ』

「させると思いますか?」

『させねェだろうなァ。それにオマエ。なーんか、オレたち悪魔にとって、明らかにまず~いオーラが放たれている気がするしなァ。ついでに言えば、もう一人、この建物にいるっぽいが』

 

 そのもう一人って、師匠のこと、だよね? 多分。

 

『だがまァ、まずいオーラの質で言えば、オマエの方がいかにもヤバい、って感じだな』

「すみません。そのまずいオーラってなんですか?」

『ンァー、そうだなァ。言っちまえば、猛毒だな。オレたちの天敵がいてよォ、そいつらもそう言ったオーラは持ってるんだが、明らかにソイツらより、オマエの方が質は上だなァ。純度がたけェ』

 

 うーん? なんだか、いまいち言っていることがわからない……。

 

 そのオーラってあれかな? 神気とか?

 

 それなら、ボクも一応あるらしいし、不思議じゃないけど……。

 

『ま、その天敵ってのも、オレたちが天敵なんだがなァ』

 

 悪魔の天敵……。

 

 うーん、普通に考えるなら、天使、とかかな?

 

 悪魔がいるのならいても不思議じゃないし。

 

『ま、無駄話はやめて、とっとと食事と行こうかァ!』

「――っ! させませんっ!」

 

 突然突進し、それと同時に振り下ろした爪を、太腿に着けていたナイフポーチから一本ナイフを取り出して、それで防いだ。

 

 うっ、力がそれなりに強い!

 

「やぁっ!」

 

 力は強いけど、まだ敵わないほどじゃない。

 気合の声(?)と共に、弾き返す。

 

『おっとォ。なんだ、いい力してんじゃねェか。んじゃ、どんどん行くぜェ!』

「みんな、後ろに下がってて! 絶対に、危険なことはしちゃダメだよ! はぁっ!」

『ぐっ……!』

 

 ボクは後ろのいるみんなにそう告げると、悪魔を思いっきり蹴り飛ばして、その後を追った。




 どうも、九十九一です。
 まあ、うん。新キャラ、っていうか、新種族? の登場です。異世界旅行の前日に出て来たってことは、もうお分りですね? つまり、そう言うことです。
 本当は、この回で終わらせようかなぁ、とか思ったんですが、この後戦闘シーンを書かないといけないと思ったら、ちょうど区切りがいいのでここで切ろうと思いました。
 次回は、私の苦手な戦闘シーンですね! ついでに言うなら、異世界旅行は地味にそれが増えそうでやだ。まあ、悪魔の登場を思いついたのって、割と最近なんですがね。まあ、悪魔たちのオチはおかしなことになりますが、お楽しみに。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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417件目 ショッピングモールでの戦闘

『チィッ! やっぱ、普通じゃねェ!』

 

 依桜に蹴り飛ばされた悪魔は、後方に吹き飛んでいく。

 

 それを依桜は館内の旗やらガラスの柵の上を乗ったりして追いかける。

 

 その途中にまだ客はいるが、それでもなお、ここで逃がすと後々大変なことなると踏んだ依桜は、自身が目立つことよりも、他の人を助ける方を優先。

 

「逃がしませんよ!」

『ハッ! 誰が逃げるかよォ!』

 

 今まで後退していた悪魔は、依桜のセリフにそう返すと、一気に詰め寄って、何か黒い塊を放ってきた。

 

「――っ! はぁっ!」

 

 依桜は一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、すぐにナイフでそれを切って消滅させる。

 

『隙ありだッ!』

「くっ!」

 

 塊を切った時に発生した煙のようなもの乗じて、悪魔が突進を仕掛けていた。

 

 依桜は辛うじてそれを新たに生成したナイフで受け止める。

 

『魔法……オマエ、なんで魔法が使えてんだァ? こっちにゃ、魔力を持った人間はいないと思ったんだがなァ』

「事情がこっちにもあったんです……よっ!」

 

 キィィィンッ!

 

 先ほど襲い掛かってきた時のように、ナイフで弾き返す。

 

 しかし、悪魔はその弾き返された時の反動を使って後ろに飛び、壁に立つような形を取り、そのまま勢いよく突っ込んでくる。

 

「同じ手は通用しませんよ!」

 

 すれ違いざまに依桜は悪魔の下に潜り込み、腹部目がけて思いっきり悪魔を蹴り上げた。

 

『グゥゥッ――!』

 

 天井に当たる直前で、なんとか急停止する悪魔。

 依桜は油断せずに、悪魔の一挙手一投足を観察する。

 

『ケッ! ほんっとにメンドクセェ。明らかにこっちの人間の力じゃねェなァ。ほんと、何もんだよ? その力と言い、オーラといいよォ』

「一応は人間のつもりですよ。まあ、最近はちょっとずつ乖離してるんじゃないか、って思い始めてはいますけどね」

『そうかよ。つくづくよくわからねェなァ、オマエ。だがまァ、オマエを殺せば、あの美味そうな小娘たちも喰えるってことだろ? なら、オレは全力でオマエを殺させてもらうぜ』

「やらせませんよ。ボクの可愛い妹たちを食べようだなんて……絶対にさせません。ぶっ殺しますよ?」

『……んだよ、その殺気とそのオーラはよォ。まいいや。まだ使い方を知らんみたいだし、敵じゃねェな!』

 

 悪魔が叫ぶと、なぜかその場から掻き消えた。

 

「っ消えた!?」

 

 突然のことに驚く依桜。

 常時発動させている『気配感知』にもなぜか引っ掛からない。

 

(くっ、これ、明らかに面倒くさいものだよね!? 問題はどこにいるか……)

 

 能力が通用していないからと言って、依桜が行動できなくなるかと言われれば、そうではない。

 

 ミオには能力やスキルに頼りすぎるな、といつも言われていたのである。

 

 あと、こう言った敵もすでに向こうで経験済みである。

 

 まあ、だからと言って、それが必ずしも通用するかと言えばそうではない。

 

『後ろがガラ空きだぜェ!』

「あぅっ!」

 

 突如として背後から出現した悪魔の攻撃を受けてしまう。

 

 しかし、さすがに深々と喰らうことはなく、ある程度反応し回避に移っていたおかげで、軽い傷で済み、爪で切られたところから血が少し出ているくらいだ。

 

『チッ、これも避けんのかよ……マジでメンドクセェ』

「そちらこそ、その隠密能力はなんですか?」

『アァ、さっきのか? 気にすんなよ。ありゃ悪魔の特性みたいなもんでなァ』

「特性……」

『そ、特性だ。こいつはどんな索敵能力も効かないっていうもんでなァ。悪魔たちは人間のいる現世に行く際、割と重宝してんだわ。もち、オレもな。だがまァ、現世なんてそうそう行けないんだが……な!』

 

 悪魔は再び攻撃を再開。

 

 今度は、周囲に黒い塊を出現させ、それの形を槍のような形に変え、それを一気に射出して来た。

 

「はぁっ!」

 

 それに負けじと、依桜も『武器生成魔法(小)』にて針を生成させ、寸分の狂いもなく槍の穂先に当て、槍を粉砕する。

 

『んだよそりゃァ!? なんで、オレの『黒操』が相殺されんだよ!?』

「脆いからじゃないんですか?」

 

 依桜的に本心からくる言葉だが、悪魔からすれば馬鹿にするような発言。

 

『こうなったら、本気で行かせてもらうぜェ……!』

 

 全身から黒いオーラを発生させると、再び悪魔が掻き消える。

 

「また……!」

 

 思わず舌打ちしそうなほど、依桜も少し苛立つ。

 

 だが、冷静に考える。

 

 問題はどうやって発見するか。

 

 攻撃を当てるのも重要だが、それ以前にどこにいるかを探るのが優先である。

 

 しかし、依桜にはこういった存在を探り当てる能力もスキルもない。

 

 かと言って、依桜が本気で攻撃すれば、被害が甚大になり、館内にいる他の客たちにも被害が出てしまう。それどころか、死人すらでるかもしれない。

 

 だからこそ、依桜は下手に攻撃ができないのだ。

 

 あと、目立ちたくないという感情も少なからずあるので、魔法の使用もある程度控えている状況だ。

 

 魔法を見られたくない云々よりも、周囲に被害が出ることを恐れてる、と言った感じだ。

 

 まあ、別段倒せない、と言うわけではないため、今の状態でも倒そうと思えば倒せるが。

 

 さて、そんな依桜が気にしている周囲の状況と言えば、

 

『な、なぁ、さっきから一体何が起こってんだ?』

『突然揺れたと思ったら、変な黒いのがよくわからない言葉で話して』

『気が付いたら、銀髪美少女がなんかすごい動きで戦ってるよな……?』

『なにこれ、映画の撮影かなんか?』

 

 まあ、こんな感じ。

 

 そりゃ、目の前で超常的なことが繰り広げられていたら、誰だって映画の撮影だと思うことだろう。

 

 しかし、これは映画などではなく現実。

 

 そのため、依桜にも若干の焦りがある。

 

(このままだと、ちょっと厳しい……。どうにかしないといけないけど、建物を壊すのは色々とまずいし……どうすれば……)

 

 と、依桜がそう思った時だった。

 

「おい愛弟子。何してるんだ? さっきから」

「あ、し、師匠!?」

『ん? 誰だ、アイツは』

 

 ミオが現れた。

 

 ミオが現れ、依桜に声をかけると、依桜は軽く驚き、悪魔の方も見知らぬ人物が突然敵対している相手に話しかけたことで、一度動きが止まる。

 

「んー……あぁ、なるほど。お前はあれか。ここを襲撃した奴と戦ってんのか」

「そ、そうです!」

「で、能力とスキルによる索敵も掻い潜っているせいで、若干苦戦。だが、お前はある程度わかってるんだろ?」

「い、いえ! 微妙にわかってません!」

「チッ。だからお前はダメなんだ。まあいい。あとは、単純に建物やら客やらに被害が及ばない為に、力をセーブしてんだろ?」

「そうです!」

「なら仕方ないな。あたしが手を貸そう」

「え、じゃあ、師匠が代わりに?」

「んなわけあるか。あたしはあくまでも戦いやすいよう、手伝うだけだ。お前、最近はあまり戦闘もしてないし、ちょうどいい肩慣らしになるだろ」

「え、えぇぇぇ……」

 

 ミオのいつもと変わらぬ発言に、依桜は不満に近い声を漏らした。

 

「どれ……【展開】」

 

 その場でしゃがみ込みながら、地面に手をついて【展開】と唱えると、ミオを中心に不思議な空間が広がった。

 

 それは、ショッピングモールを包み込むだけでなく、まさかのまさか、美天市全域を覆った。

 

「え、えっと、師匠。何したんですか?」

 

 何をしたのかわからず、依桜が恐る恐ると言った様子で尋ねると、ミオはあっけからんと答える。

 

「いやなに。どれだけ激しく暴れても、物が壊れない結界を少々。後ついでに、ここら一帯にいる人間全員にも、邪神クラスの奴が本気で攻撃しない限り死なない防御魔法をな」

「……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのこと。

 

 とんでもないことをあの一瞬でやってのけたミオに対し、依桜は心の底から驚いた。

 

 というか、近くにいる悪魔でさえ、

 

『な、なんだアイツ。とんでもねェ結界と防御魔法を一瞬で展開しやがった……!』

 

 思わず消していた姿を出現させ、驚いている……というより、戦慄していた。

 

 まあ、実際のとこ、ミオが今行った行為は、向こうの世界においても非常識なものだ。それどころか、過去にミリエリアと一緒に旅をしていた時期も、今と同じことをしたら、ミリエリアも呆れていたくらいだ。

 

 言ってしまえば、神すらも非常識と言えるレベルの何か、と言うわけだ。

 

 ちなみに、ミリエリアも同じことは可能である。

 

「ほれ、続きをしな。相手は見た感じ悪魔だろ? なら、聖属性魔法が一番手っ取り早い。あたしは家に帰って明日の準備を済ませたいんで、さっさとしな」

「あ、は、はい! え、えっと、と言うわけらしいので、続き、しましょうか」

『なんか調子狂うが……心置きなく戦えるってことだよな?』

「ああ、そうだな。悪魔」

『よくわからんが、そりゃァありがてェなァ。んじゃ、嬢ちゃん。さっさと勝負つけようや』

「そうですね。ボクも、さっさと倒して、みんなとお買い物の続きをしたいので」

『んじゃまァ、行くぜ!』

「やぁっ!」

 

 ガキィィィィィィィィンッッ!

 

 両者ともに飛び出し、依桜はナイフを、悪魔は爪を用いてぶつかった。

 

 明らかに暗殺者の戦い方をしていないが、まあ、師匠がミオと言う時点でご愛敬というものだ。

 

 ミオのおかげで、誰も怪我をしない上に建物にも被害がないとなると、依桜としてもある程度の本気は出せる。

 

「これは、どうですか!?」

 そう叫びながら、依桜は片足に聖属性の魔力をエンチャントさせ、その脚で悪魔の横腹を蹴りぬく。

『うぐォォォッ!? い、イテェ!? クソッ! オレたち悪魔の苦手な聖属性か! ただでさえ使えていなくとも、厄介なオーラも上乗せされてるってのに、そこに聖属性まで来たらしんどいんだよッ!』

 

 文句を垂れながら、悪魔は再び周囲に黒い槍をいくつも発生させる。

 

 その数はおよそ百本。

 

 そして、その百本の槍を一斉に依桜に向かって放つ。

 

 さすがの依桜も、あれだけの数を相殺できるほどの生成速度は持ち合わせておらず、それを動き回ることで回避。

 

 その際『壁面走行』なども併用し、壁を走ったり、そのまま天井を走ったり、はたまた一つ下の階に逃げたりと、派手な動きを見せる。

 

 途中、当たりそうな時は、持ち前のナイフで弾き返し、それでも足りなければ、エンチャントしてある脚で破壊。

 

 やはり、聖属性は相性がいいのか、黒い槍すらも蹴り一つであっさり破壊する。

 

『全然当たらねェ! ちょこまと動くんじゃねェよッ!』

「当たったら、危ないですからね! 避けるに決まってますよ!」

 

 割と結構な速度で走っているのだが、依桜に疲れた様子は見受けられない。

 

 それどころか、まだまだ余裕がある様子。

 

 とはいえ、依桜としても未知数との相手の戦いであり、久々の戦闘であるため、ちょっとだけ曇っていたりするのだが、悪魔がそれを知る由はない。

 

 悪魔は依桜が移動した階下まで追いかけてきており、未だに黒い槍で攻撃している。

 

 いくら周囲にいる人たちが怪我を一切しないと言っても、恐怖はあると考えている依桜は、なるべく一般の人に当たりそうな時は、自身が生成した針やナイフなどで叩き落している。

 

 例えば、

 

『きゃぁぁっ!』

「はぁっ!」

 

 こんな風に。

 

 今の場合は、単純に顔に槍が当たりそうだった女性客を守る形で、当たる直前にナイフを投げて破壊したのである。

 

「怪我はしないはずですが、物陰などに隠れててください!」

 

 もちろん、相手を気遣ったセリフも忘れない。

 

 そんな依桜の様子を見た女性客は、

 

『は、はぃ……』

 

 と、顔を紅潮させて、熱い視線を送りながらそう返事をした。

 

 完全に惚れられていることだろう。

 

 それはそれとして。

 

 戦闘はそこそこ激化。

 

 黒い槍が建物に突き刺さっている……ように見えて、実際はミオの張った結界に阻まれていたり、衝突した際に発生する爆発に似たものも、やはり結界によって傷一つつかない。

 

 もし、ミオが結界を張らなかったら、間違いなくこの建物は壊れていたことだろう。

 

 結界を張る前は、単純に依桜が頑張っていたため、何とか無事だった、というのもある。

 

『ハァッ、ハァッ……マジで当たらねェ。どうなってんだよ、嬢ちゃん……!』

「ちょっと、鍛えてただけです……よ!」

『うおっと! へへっ、どこ狙って――ガハァッ!?』

 

 依桜が放ったナイフを、状態を逸らして悪魔が避ける。

 

 その直後に放ったセリフは、言い終わらない内に口から血を吐きだした。

 

「当然、背中ですよ」

 

 その背後には、なんと依桜が立っていた。

 

 しかも、悪魔の心臓部辺りにナイフをぶっすりと突き刺していた。

 

 地味に、酷い。

 

『なッ、て、テメェ、いつの間に、背後に……ッ』

「さっき発生した爆発の煙に乗じて、実は『分身体』をあそこに置いていたんです。ちなみに、ボクが本体ですよ」

『ち、くしょうッ……! こいつも、聖属性か……ッ』

「はい。妹たちを襲おうとしたんです。これくらいは……許してくださいね?」

 

 かなりの威圧を込めた笑顔とセリフで、依桜は刺したナイフを引き抜いた。

 

 一応向こうでの本職は暗殺者なため、何と言うか、背後を取って攻撃をする場合があるのだ、本人的に。

 

 この辺りは、ミオの指導の結果とも言える。

 

『く、クソッ……覚え、てろよッ……――』

 

 まるで三下のような捨てセリフを吐き捨てて、悪魔は消えていった。

 

「ふぅ……なんとかなった、かな?」

 

 悪魔の血の付いたナイフを瞬時に『アイテムボックス』にしまい込み、一息。

 

「お疲れさん、イオ」

「あ、師匠。なんとか勝てました」

「なにが何とかだ。まだ余裕あったろ、お前。あと、『分身体』を使えば、一瞬で片が付いただろうに」

「あはは……やっぱり、バレてました?」

「当たり前だ。大方、これ以上目立つような行為はまずい、とか思ったんだろ? お前は目立つのが苦手だからな。なるべく、辛うじて問題ない範囲で魔法やら能力とか使用したんだろ? 面倒な生き方だ。あたしなら、速攻で消し飛ばすんだがなぁ……しかも、逃げられてるし」

「いいんです。ボクはボクなんですから。無駄な殺生は好まないんですよ」

「ま、それもそうだな。……さて、問題が残っているな」

「問題、ですか?」

「ああ。とりあえず、周囲を見な」

「ふぇ?」

『『『おおおおおおおおおおおおおおおお!』』』

 

 依桜がミオに言われるまま周囲を見渡すと、今まで隠れていたはずの客たちが出てきており、依桜に向かって拍手やら歓声を送っていた。

 

「お前、派手に戦闘していたからな。そりゃ、こう言う反応にもなるさ」

 

(し、し………………しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ! そ、そうだよ! 普通に考えて、あれだけ派手な戦闘してたんだから、こうなっちゃうよ! いや、忘れてたわけじゃないけど、あれだけのことをしたら、普通はこうなるよぉ!)

 

 依桜は現状に気づき、その場に頭を抱えてうずくまった。

 

 ちなみに、傷はそのままである。

 

 なので、依桜の白い背中と切り傷が見えていたりするのだが……それは、少しずつ再生しはじめていた。

 

 ミオは、それに気づき若干目を細めるものの、すぐに依桜の方に視線を向けた。

 

「さて、イオ。あたしがこの状況をどうにかしてやろうか?」

「ど、どうにかってぇ……?」

 

 最悪の事態に、依桜、涙目。

 

「なに。簡単なことだ。お前の戦闘に関する記憶を、この場にいる一般の奴らから消してやろうかと」

「お願いしますっ!」

「即答か。……まあいい。弟子のアフターケアも、師匠の務めだな。……【削除】【散開】」

 

 パチンッ、と指を鳴らしつつ【削除】と唱えると、今までの歓声が嘘のように鳴りやみ、客たちは首をかしげて、なぜここにいたのかと疑問を持ち始める。

 

 しかし、誰一人としてそれを思い出せなかったので、その場から離れていった。

 

 ちなみにだが、ミオが唱えた【散開】は単純にこの場から離れさせるためだけのものだ。

 

 最早、なんでもあり。

 

「ほれ、どうにかしたぞ。電子の海の方は……まぁ、どうにかするか。ちょっと前に応用技術も得たしな」

「え、どうにかって……」

「ほれ【情報削除】」

 

 スマホに向かってそう唱えるミオ。

 

 何をしているのかわからず、依桜は首を傾げた。

 

「えっと、何を?」

「さっきのことに関する映像や写真は全部消した。ネット回線を通じて、ダウンロード舌奴の物もな。まあ、さすがにUSBだとかSSDみたいな、外部の記録媒体に入れられたものは不可能だがな」

「……師匠、普通の人はそんなことできません」

「なに。あたしだからな」

 

 ハハハと笑うミオ。

 

 規格外すぎて、本当に頭おかしい。

 

 実際、ミリエリアでさえもミオのことはおかしいとずっと思っていたとか。

 

 何よりも、普通の人間であったはずのミオが、なぜか神以上の強さを持っていたりとか、できないことがほぼほぼないとか、何だったら邪神を殺せるほどの力を持っていたりとかすることこそが、ミリエリアにとって一番呆れた部分であり、同時に怖いと思った部分でもある。

 

 やっぱり、人類最強は色々と違うようだ。

 

「ねーさま!」

「イオお姉ちゃん!」

「イオ、おねえちゃん!」

「イオねぇ!」

「イオお姉さま!」

「……イオおねーちゃん!」

「わわわっ! み、みんな」

 

 ここで、妹たちが依桜の下にやってきて、一斉に抱き着いてきた。

 

 依桜、内心歓喜&癒された。

 

「大丈夫だった? 怪我はない? どこか痛いところは……」

「大丈夫じゃ! ミオが防御魔法で守ってくれたからの! それに、ねーさまも戦ってくれたわけじゃから!」

「よかった……これでもし、みんなに怪我があったら、ボクはさっきの悪魔がいる世界に乗り込んで、皆殺しにしているところだよ」

 

(……こいつ、やっぱメルたちのことになると、途端にヤバい奴に変貌するな……。イオの最大の逆鱗は、メルたちかもしれないな……)

 

 ミオは、絶対に、何が何でも、メルたちに危害が加えられないようにしなければ、と思った。

 

 もし、そんなことになれば、依桜が何をしでかすかわかったものじゃないからだ。

 

 ある意味、ミオ以上にヤバいのかもしれない。

 

 

 この後、再び買い物を済ませて、依桜たちは家に家路に就いた。




 どうも、九十九一です。
 ある意味、本作で初と言っても過言ではない真面目な戦闘シーン。今までも戦闘シーンは一応ありましたけど、大体はゆる~い理由でしたからね。ミオ相手だったり、ゲームの中だったりと様々でしたが、どれも理由は軽い物でした。ところがどっこい。今回はちゃんとした戦闘でしたね。正直、戦闘シーンは大の苦手だから、ちゃんと書けていたんでしょうか? まあ、うん。いいや。
 異世界旅行に入る~とか言っておきながら、全然入れてない。私の行き当たりばったりがここでも発揮されました。まあ、導入だと思ってください。次の回でもちょっと今回の話についての部分になると思いますので、異世界旅行は……次の次か、その次くらいに考えておいてください。申し訳ない。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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418件目 ミオの悪魔講座(?)

 悪魔の襲撃を受け、それを退けた夜、ボクは師匠に呼び出されていた。

 

「師匠、来ました」

「来たか。ま、座れ」

「はい。……それで、えっと、用件はなんでしょうか?」

「今日の昼間のことだ」

「昼間と言うと、悪魔の話ですか?」

「ああ、そうだ。あれについて、お前に軽く話しておこうと思ってな」

 

 ボクが呼ばれた理由はどうやら、ショッピングモールで襲撃して来たあの悪魔についてのことだったみたい。

 

 そう言えば、師匠は悪魔が見えていない状態に、しっかりと認識していただけでなく、悪魔だと正体も看破していたっけ。

 

 思えば、なんで知っていたんだろう?

 

「ま。まずは悪魔についての説明からか」

「まずは? ということは、他にも話すことがあるんですか?」

「まあな。そろそろ教えてもいいだろう、と思っていた時期でもあるし、悪魔どもが出現し始めた以上、教えておいた方があたしの手間も減るんでな」

「あはは……師匠らしいです。それで、悪魔って何なんですか?」

「そのままの意味さ。悪い、魔の存在。悪魔だな」

「あ、本当にそのまま」

 

 でもボク、師匠の方が悪魔に思えてくる時がたまにあるんですが……。

 

 だって、理不尽だもん。

 

「その悪魔たちは、主に人間とのかかわりが強くてな。言っちまえば、対価を用意すれば、その規模に応じて願いを叶えよう、みたいな奴らだ。まあ、あいつらにとってのビジネスだな」

「なるほど。その辺りは、よく聞く話と同じですね」

「だろうな。しかし、あいつらは通常、人間が悪魔召喚の魔法を使用しない限り、こちらに来ることはできない」

「じゃあもしかして、今日現れた悪魔って、こっちの世界の誰かが呼び出したって言うことですか?」

「いや、それはない」

「え?」

 

 ボクが言った可能性は、即座に師匠に否定された。

 

「あたしもその可能性は考えた。だが、一応あの時、あたしも裏で色々と探っていたのさ。お前が戦っているって気づいた時に、お前のところに悠々と行っただけで、その前までは軽く調査してたよ」

「そ、そんなことをしていたんですか。……それで、何かわかったんですか?」

「ある程度な。まず結論として、あいつはそこにあった空間の穴を通ってこっちに来たんだろう」

「空間の穴? それってもしかして……」

「ああ、お前が想像したであろう、空間歪曲であっている」

「……」

 

 言葉を失った。

 

 空間歪曲を通ってこっちに来たって言うことはつまり……原因があの人、って言うことになるから。

 

 何らかの問題を引き起こしている人が、また別のことで問題を引き起こしている。

 

 そう感じた。

 

「ああ、勘違いしないでくれ。別段、あいつが悪いわけじゃないぞ?」

「え、そうなんですか?」

 

 ところが、師匠にはあの人が原因ではないと言われた。

 

 どういうことだろう?

 

「あー、まあいいか。お前、あたしが林間・臨海学校中にいなくなっている時があっただろう?」

「ありましたね」

 

 知らない間にいなくなっていて、ボクとしてもちょっと心配だったり。

 

 まあ、ご飯の時にはしれっと紛れ込んでいたんだけど。

 

「あの時、あたしは調査をしていたんだ。主に、空間歪曲やらそれ以外の異世界に関係する物をな」

「なるほど」

「で、そこでわかったことと言えば……やはり、この世界はちと面倒なことになっているな。ああいや。こっちの世界だけじゃないな。異世界の方もだ。今はそこまで問題ないが、実は空間歪曲がそこそこ数が増えてきていてな」

「え、それまずくないですか!?」

 

 師匠が口にした情報を聞き、ボクは思わずそこそこ大きな声で叫んでいた。

 

「ああ、まずい。だが、別段今すぐどうこうというわけじゃない。そうだな……あたしが来て、軽く調査した時に比べて、10%ほど増加していると思っていい。明らかに、異常だ」

「えっと、それって多いんですか?」

「多いな。今言ったのは、日本だけじゃなく、世界全体について言ったんだ。いやまあ、日本に限定しても確実に多いんだが、世界だともっとだな。わかりやすく例えるとだな、現在日本が承認している数は、日本を含めて196ヵ国なのは知っているよな?」

「はい」

「このうち、現在空間歪曲が確認されているのは、四割――つまり、約78ヵ国だ。その内10%が増えたんだぞ? そうなると、+で7ヵ国ほど増えた計算になる。しかも、あくまでも国として考えた場合だ。これが実際の数の10%増加となると、かなり増えていることになる」

「……なるほど」

 

 概ね理解。

 

 というか、今の師匠の話で一番びっくりしたのは、78ヵ国の国々で空間歪曲が確認されていたことと、さらに追加で7ヵ国でも確認されたことだよ。

 

 え、いつの間にそんなことになっていたの?

 

「正直な話、あたしもこんな状況は初めてでな。ハッキリ言ってどうなるか未知数だ。あたしとて万能じゃないしな。未来も視れん。世界には【未来視】なんていうとんでもない能力があるが、ありゃ次元が違うからな」

「そんなものが……」

「で、この世界各地で観測されている空間歪曲については、エイコの方でも軽く調べてもらっている。正直、このままだと色々とまずいからな。これで後手に回るのはマジで勘弁。いつでも先手を打てるようにしないとまずい。わかるか?」

「あ、は、はい」

 

 わからないです。

 

 というか、何がまずいんだろう?

 

 現状、師匠がまずいと言っているのは、向こうの世界、もしくはこっちの世界の人がそれぞれもう一方の世界に行ってしまうことを言っているのかな?

 

「えっと、師匠、まずいって言ってますけど、具体的に何がまずいんですか?」

「あー、まあ、色々だ。まだ断片的なことしかわかっていない。そんな状態で言っても不安にさせるだけだ。まあ、安心しろ。仮に問題が起こっても、あたしがどうにかしてやるさ」

「師匠……」

 

 説得力が半端じゃないよ。

 

 なんと言うか、師匠がこう言ってくれると、すごく安心できる。

 

 世界一安全な場所、って言う認識だから、ボクの中では。

 

「まあ、話を戻すとして。今回、悪魔が出現したのはその空間歪曲が原因の一つだろう」

「つまり、たまたまあのショッピングモールにあって、たまたまそこを通って来た悪魔が昼間の悪魔って言うことですか?」

「そう言うことになるな」

「なるほど……」

 

 そうなってくると、今後も悪魔が出て来るような事態になりかねない、って言うことのような気がする。

 

「ただ、あの空間歪曲事態は本来、異世界同士を繋ぐものなんだ。まあ、世の中には並行世界同士で繋げた奴もいるらしいが」

「あははは……」

 

 あっちの世界の学園長先生だね。

 

 あの人がそんな研究をしていたせいで、ボクが巻き込まれて、結果的に向こうの世界に行っちゃったんだよね……。

 

 あの時は何気に苦労したよ。

 

「その悪魔だが、本来ならば召喚無しに人間のいる世界に来ることは不可能だ。しかし、今回は空間歪曲を通って来てしまった。ただ、あたしの感知した限りじゃ、この世界にはまだあいつしか現れていない。なんで、まあ、そこまで心配するような事態ではないだろう」

「そうなんですね」

「ああ。で、だ。さすがに絶対に来ない、とは言い切れないからな。一応、明日からの異世界旅行は警戒しておけ。もちろん、あたしもそれなりに警戒しておくよ」

「わかりました」

 

 悪魔、って言う人たちがよくわからない以上、警戒しておいて損はないもんね。

 

 それに、目的もいまいちわからないし。

 

「それじゃ、次の話だな。あー、まあ、何と言うか……お前、悪魔と会話したか?」

「はい。しました」

「その時、何か変なことを言われなかったか?」

「変なこと……?」

 

 師匠に言われて、会話をちょっと思い返してみる。

 

 思い返してみると、気になることを言っていたことを思い出した。

 

「えっと、そう言えば『悪魔にとってまずいオーラがボクから発されてる』とか『悪魔の天敵が発するオーラよりも質と純度が高い』とか『まだ使い方を知らない』とかですね」

「……そうか」

 

 あれ? 師匠がなんだかすごく真面目な表情……と言うより、神妙な面持ちをしているような……?

 

 何か知っているのかな? 師匠。

 

「まあいい。とりあえず、あたしが話そうとしていたことに関わっているみたいなんで、お前に話そう。まあ、とりあえず、そのオーラって言うのは、神気だな」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「ああ。その神気は、言ってしまえば聖なる属性の上位互換的なものでな。当然、悪魔に対して有利を取れる」

「なるほど……」

「その神気は、あたしが持っていて、ほぼ垂れ流しで生活していた結果、お前にも移っている、と言うのは以前話したな?」

「はい。なんでも、師匠が邪神を倒した時に浴びすぎちゃって、それが沁みついたんですよね?」

「そうだ。で、その神気が結果的にお前にも移っている影響で染みつき、お前も体からある程度発するようになってしまった、というわけだ」

「……なるほど」

 

 もしかしてボク、結構人間をやめていたりする、のかな?

 

 いや、もうやめてるね。うん。

 

「で、その神気は一応武器として転用できてな。その効果は様々だが、一番わかりやすいところで、魔属性に対して有効、と言ったところだろう」

「魔属性? そんな属性ありましたっけ?」

「あるな。ああ、間違っても魔族には入らないからな? あれはあくまでも、魔族、という括りの中の種族だ。有利は取れん。まあ、聖属性魔法は効くんだが……」

 

 何が違うんだろう、その二つ。

 正直、すごく気になる。

 

「この魔属性って言うのは、悪魔が該当する。あとは、死霊系とかアンデッド系だな。後者の死霊系

とアンデッド系はまあ、言ってしまえばほぼ知能がなく、ひたすら本能の赴くままに行動する奴らのことだ」

「じゃあ、ワイトとかなんですね」

「そう言うことだ。その神気は今回、悪魔の襲撃に対してはかなり有効になるだろう。だから、お前にもある程度のコントロールはしておけ、ということだ」

「それが対抗手段になるんですね?」

「そうだな。もっとも、お前はすでに無意識的に放っているっぽいがな。その証拠に、悪魔に対して結構なダメージが入っていただろ? そう言うことだ」

「あ、そうだったんですね」

 

 それは知らなかった。

 

 まさか、攻撃している時に、無意識的にそんなことをしていたなんて。

 

 いつのまにできるようになったんだろう?

 

「さて、このコントロール方法だが……いやまあ、もう面倒だし、いつものでいいか?」

「……いつものと言うと、あれですか? 『感覚共鳴』」

「そうだ」

「……ね、寝ます! おやすみなさい!」

「逃がさんっ!」

「ひぁっ!?」

 

 ボクのトラウマの一つをしないといけないとわかった途端、ボクは部屋から逃げ出そうとした。

 だけど、師匠に回り込まれてしまったため、逃げることは叶わなかった。

 

「さて、結界も張ったことだし。やるか。じゃ、行くぞ」

「や、やめっ――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 その夜、ボクの悲鳴が響き渡りました。

 

 

「ぐすっ……また、このパターンだよぉ……ひっぐ」

 

 三十分後。

 

 ボクはやっぱり泣いていました。

 

「相変わらずだな。ほれ『レスト』」

 

 師匠の体力回復魔法で体の疲れを取ってもらい、再び座る。

 

「……うぅ、酷いですよぉ~……」

「これが一番手っ取り早いんだよ。ほら、そのおかげで、感覚は掴めただろ?」

「まあ……できましたけど……」

 

 今回の『感覚共鳴』で得た物は……スキルではなく技術。

 

 普段、魔法や能力、スキルの習得って、ほとんど想定外な使い方らしいんだけど、本来は力や魔力のコントロールに使うものらしいからね……これが普通、なんだとか。

 

 それでもやっぱり、痛みと変な感覚は襲い掛かってくるんだけどね……。

 

「じゃ、試しに手の平に神気を集めてみろ」

「わかりました……」

 

 目を閉じて集中し、手のひらに魔力とは違う何かを収束させるイメージする。

 

 ふと、手のひらが何やら暖かくなり、目を開けると、そこには銀色の光る何かがあった。

 

「こ、これは?」

「それが神気だ。魔力の上位みたいなもんでな。まあ、やろうと思えば何でもできるが、精密なコントロールとかなりの想像力を必要とする。あたしもさすがに完璧に操作できるわけじゃないんでな。お前にはあくまで、基礎的な物しか教えていない。それをどう活用するかは、お前次第だ」

「……ボク次第」

 

 師匠でも完璧に扱えない物を、果たしてボクが扱えるのだろうか?

 

 あの、完璧超人な師匠でも不完全にしか扱えないとなると、相当頑張らないとダメな気がするし、そもそも頑張っても使えない気がするんだけど。

 

「まあ、幸いにもあたしよりもお前の方が使いこなせそうだしな。大丈夫だ」

「え、ボクが師匠より上、なんですか?」

「ああ。お前は相性がよかったんだろう。よかったな、それを完璧にマスターすれば師匠越えはできるぞ」

「師匠越え……」

 

 なんだろう、その夢のようなワードは。

 

 ボクが師匠に勝っているのは、あくまでも生活力と一般的な常識のみ。

 

 それ以外では全く勝てない。

 

 むしろ、勝てるビジョンが全く思い浮かばない。

 

 どうすればいいんだろうね。

 

「少なくとも、それを纏わせて戦うだけで、身体能力は大幅に上げられる。あと、それで悪魔を殴れば大抵ワンパンだな」

「強くないですかそれ!?」

「まあ、元は神が使う魔力のようなものだしな。そりゃ、強いに決まってる」

 

 と、とんでもないものがボクの身に宿ってたんだね……。

 

 本当に、人間から遠ざかっている気がするよ。

 

「ちなみにだが、上位の神たちは、それを変質させたりして物質の創造が出来たりする」

「そんなことができるんですね」

「言っちまえば、お前の『アイテムボックス』をより高性能にした上に、わざわざ手を入れなくても作れるようにしたものだな」

「へぇ~」

 

 やっぱり、神様ってすごいんだね。

 

 何もない空間から、何かを生み出すなんて。

 

「あと言えることは、神気の使用は、慣れていないとかなり体力を消耗するんで、気を付けろよ」

「そうなんですね。わかりました。肝に銘じておきます」

「ああ。さて、話すのはこんなところか。何か訊きたいことはあるか?」

「えっと、一つだけ」

「何でも言えよ。あたしが答えられるなら答えてやる」

「ありがとうございます。じゃあ早速。悪魔の天敵って何ですか?」

「そりゃお前、決まってるだろ。天使だよ、天使」

 

 あ、天使っているんだね、本当に。

 

「と言っても、あいつらは色々と制限があって、人間のいる世界に来れないんだがな」

「天使も大変なんですね」

「そりゃな。神の使いみたいなもんだ。まあ、神に比べたら、天使は真面目な奴が多いが、いい奴は多い。思考も柔軟だしな。……一つ、問題点があるとすれば……」

「すれば?」

「……いや、やめておこう。どうせ、会うことはないだろうからな」

 

 苦々しい表情を浮かべたものの、すぐさま師匠はいつも通りの軽い表情に戻って、そう締め括った。

 

 天使の問題点って何だろう?

 

「それで、他に訊きたいことは?」

「大丈夫です」

「了解だ。明日は朝早いんだろう?」

「そうですね。結構早めの出になるかなと。なので、今日はもう寝ますね」

「ああ、すまないな、呼び出して」

「いえいえ。事前にこういう情報が知れてよかったです。それじゃあ、おやすみなさい、師匠」

「ああ、おやすみ」

 

 最後に軽く挨拶をしてから、ボクは師匠の部屋を出ていった。

 

 明日から異世界旅行だし、色々と気を付けないとなぁ。




 どうも、九十九一です。
 次回から、絶対に異世界旅行編に入ります。絶対に。ちょっと、導入が長かったかもしれませんが、許してください。あらかじめ出しておかないと、色々と面倒くさいとか思った結果なんです。
 まあ、次回から異世界旅行に入ると言っても、多分転移するところで終わりそうな気がしますが……。
 えー、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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419件目 異世界旅行へGO

 翌日。

 

 今日はみんなで異世界旅行に行く日。

 

 昨日の夜に師匠から悪魔について色々と聞かされ、今回はある程度の警戒をしないといけないかもしれない。

 

 一応、師匠がいるし、最悪の事態は避けられる……と思うけど、絶対と言うわけじゃないので、警戒をしておくに越したことはない。

 

 それに、みんなに何かあったら、ボクは何をするかわからないしね。

 

「よ、イオ」

「おはようございます、師匠。今日は早いですね。しかも、ボクよりも早いだなんて」

「ま、あたしも久々に向こうの世界に帰れるとあって、少しは楽しみにしてたんだよ。本来、あたしはあっちの世界の住人だからな。言っちまえば、こっちでのあたしの立場は、よそ者のようなものさ」

「それを言ったらメルたちもそうなっちゃうんですが」

「あながち間違いじゃないだろ?」

「でも、ボクはみんなのことを家族だと思ってます。もちろん、師匠のことだって」

「お、おう、そうか」

 

 あれ? なんだか師匠が顔を赤くしてそっぽを向いたんだけど……照れてるのかな?

 

 でも、ボクの本心だしね。

 

 師匠とは、師弟というより、こう……年の離れたお姉さんっていうイメージがあるんだよね、ボク中では。

 

 普段から助けてもらったりしているからかな?

 

「それで? どこで転移するんだ? さすがに、家の中と言うわけにもいかないだろ」

「あ、はい。それで師匠にお願いがあるんですけど……」

「なんだ、言ってみろ。あたしができる事ならしてやろう」

「ありがとうございます。えっと、師匠って結界系の能力かスキルを持ってますよね?」

「ああ、持っているな」

「その中に、外部から姿を見えなくする、みたいなものってありませんか?」

「あるぞ? 当たり前だろう」

 

 当たり前と言われても、結界系の物って、習得している人が少なかった気がするので、当たり前なのかどうかわからないんですが……。

 

 まあ、あるのならいいよね。

 

「あまり遠くに行くのもあれですし、学園長先生の研究所から行ってもいいんですけどそれだと、行き帰りが何かと大変だと思うので、師匠にこの家の敷地を全部結界で覆ってもらって、庭から飛ぼうかなって」

「なるほど。まあ、悪くないと思うし、いいんじゃないか? あたしとしても、あまり遠くに行くのは嫌だな。めんどくさい」

 

 うん、師匠らしい。

 

「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「ああ、任せな。んで? 行く面子には言ってあるのか?」

「はい。とりあえず、荷物を持ってボクの家に集合、ということにしています。みんなは駅で合流してからこっちに来るそうですよ。美羽さんだけは、ボクの今の家を知りませんし」

「ん、了解だ。で、メルたちは?」

「メルたちの準備も終わってますし、とりあえず、行く三十分前くらいまでは寝かせておいてあげようかなって」

「まあ、楽しみで夜はなかなか寝付けなかったみたいだしな。いいんじゃないか?」

「はい」

 

 案の定と言うか、みんなは今日の旅行が楽しみ過ぎて、昨日は寝るのが少し遅かった。

 

 あまりにも眠れないとボクに言って来るものだから、ホットミルクを作ってあげて、あとは眠れるように、各々ボクにくっつていいよ、って言ったら、本当にくっついてきた。おかげで、ボクは天国だったけど、一周回ってちょっと寝づらかったです。

 

 でも、メルたちが可愛かったので、全然許せます。

 

「さて、ボクは朝ご飯の用意でもしますね」

「ああ。あ、甘い卵焼きで頼む」

「わかってますよ。あと、サラダとコーヒーも付けますね。それと、パンとご飯、どっちがいいですか?」

「あー、そうだな……どうせ、向こうじゃ米なんてそうそう食えないし、白米で頼む。こっちの世界の、この国の米は美味い」

「了解しました。すぐに用意しますね」

 

 ボクは愛用しているエプロンを身に付けると、朝ご飯を作り始めた。

 

 それから二人で軽く朝ご飯を食べて、父さんと母さんを見送った後、家事を済ませる。

 

 一応、二人には異世界へ旅行に行って来ることは伝えてあって、帰ってくるのは明日か明後日と言ってあります。

 

 なんで明日か明後日と言うと、こっちの世界で一日延ばしても、さほど問題がないからです。

 

 みんな、そう言う風にスケジュールを空けたらしいので。

 

 特に、美羽さんとエナちゃんの二人に至っては、長い休み且つ長い連休になるということで大喜び。

 

 二人ともかなり売れてるみたいだからね。

 

 ボクたちは夏休みでも、二人は全然仕事がある。

 

 エナちゃんはライブだとか、テレビの出演などで、美羽さんはアニメの収録や、ラジオ番組への出演、それから今度やるアニメのバラエティー番組にも出るとか。

 

 他にも色々と仕事をしているらしく、かなり大忙しみたい。

 

 そんな二人だから、異世界旅行はとっても楽しみにしているそうです。

 

 正直なところ、ボクも楽しみと言えば楽しみ。

 

 だって、今まで一人で行ってたからね。今回は一人じゃなくて、みんなと一緒に行けるとあって、ちょっと張り切りそう。

 

 家事をしていたらメルたちも起きて来て、一気に賑やかに。

 

 寝かせてようと思っていたら、全然早く起きて来た。

 

 やっぱり、異世界旅行が楽しみだからみたいです。

 

 おかげで、みんなすごくテンションが高い。

 

 今なんて、キャッキャッと楽しそうに話してるしね。

 

 みんなと一緒に最後の確認をしていると、インターフォンが鳴った。

 

「あ、来たかな?」

 

 ちょうど確認が終わったタイミングだったのでちょうどいいかな。

 

 ボクは玄関に移動し、ドアを開けると、

 

「「「「「「おはよう、依桜(君)(ちゃん)!」」」」」」

 

 そこにはみんながいて、いい笑顔で一斉に挨拶をしてきた。

 

「おはよう、みんな」

 

 それに対して、ボクも笑顔で挨拶を返す。

 

 挨拶は基本。

 

 と言うかみんな、すごくわくわくした表情をしてるね。

 

 普段はあまりこう言うことに対して一緒にならないことが多い晶でさえ、とってもわくわくしている様子。

 

 うん、それほど異世界の存在って大きいんだね、みんなにとって。

 

「えーっと、みんなの準備は大丈夫……だよね」

 

 大丈夫? と聞こうとしたけど、みんなにこにことした笑み浮かべていて、準備万端と言った様子。

 

 まあ、みんな結構な荷物を持ってるしね。

 

 大体はキャリーバッグかボストンバッグみたいだけど。

 

「えーっと、さすがに重いよね? みんながよかったら『アイテムボックス』に入れるけど」

 

 ボクがそう言うと、みんなは、

 

「「「「「「お願いします」」」」」」

 

 と言ってきた。

 

 まあ、観光をするんだったら、身軽に行きたいよね。

 

 それに、『アイテムボックス』に入れておけばいつでも出し入れは可能だし、盗まれる危険性もないしね。ボクが盗もうとしない限りは。

 

 もちろん、絶対にしないよ?

 

「それじゃあ、今からメルたちも呼んでくるから、ちょっと待ってて。すぐに来るから」

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

 みんな、どれだけ楽しみなんだろう。

 

 

 というわけで、師匠やメルたち異世界人組の準備も完璧になり、外に出る。

 

 そして、師匠にお願いしていた通り、外から見えなくなるというある意味ご都合的な結界を張ってもらい、異転二式を起動。

 

〈いやー、こっちに入るのは久々ですねぇ〉

「アイちゃん、準備はできてる?」

〈もーまんたい! いつでも出発可能ですぜ! あとはイオ様が、このボタンをポチっとするだけで、起動します!〉

「うん。ありがとう」

〈ちなみに、転移する際はイオ様に直接触れるか、イオ様に直接触れている人に触れば一緒に転移できるんで、安心してくだせぇ〉

「だ、そうなので、えっと、触ってください」

 

(((((言い方が悪い……)))))

 

 未果たち四人と師匠の五人が、何やら苦い顔をした。

 

 なんで?

 

 ちょっと気にはなるものの、ボクの言ったことをすぐさま実行する人たちが。

 

「儂はねーさまの右足じゃ!」

「じゃあ、私はイオお姉ちゃんの左足です!」

「わ、わたし、は、み、右腕……!」

「ぼくは左腕にするっ!」

「では、私は右側の腰元にするのです」

「……左の腰元」

 

 まあ、メルたちだね。

 

 うんうん、みんな嬉しそうにしがみついてくる。

 

 可愛すぎて、もうすでに楽しい。

 

「さ、他のみんなもどうぞ。見ての通りなので、その……肩とかに触れてください。ボクに触れられそうになかったら、他の人に触ってくださいね」

 

 と言うと、各々好きにボクに触りだす。

 

 未果と女委の二人はボク肩に。師匠はボクの頭になぜか手を置き、美羽さんとエナちゃんの二人は左右どちらかの二の腕辺りになぜか腕を絡め、晶と態徒はそれぞれ未果か女委に触る。

 

「みんな、しっかり触ってるね? ……うん、それじゃあ、しゅっぱーつ!」

「「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」」」

 

 掛け声と共に、ボクは異転二式の起動ボタンをタップ。

 

 そして、異転二式が起動し、端末から光が放たれると、ボクたちの体を飲み込み、視界が暗転した。

 

 

 目を覚ますと……そこは、西洋風の作りになっている、広い部屋だった。

 

 正直、見覚えがすごーくある。

 

 というかここ、ボクが最初に一年に過ごしていた時の部屋だね。

 

 あの時のままだけど、無駄に綺麗。多分、掃除とかもしていたんだろうね。

 

 ……ボクがこっちに立ち寄る度に、泊って行かないか? みたいに言われていたし。

 

「みんな、着いたよ」

 

 部屋の内装を考えるのは後にして、一旦はみんなに着いたことを告げる。

 

「ここが……異世界?」

「何と言うか、小説とかでよく見かけるような作りなんだな」

「ほへぇ、これはすごいね! やっべ! 写メっとかないと!」

「うおぉぉ、マジですげぇ! これ、城なんじゃね!?」

「豪華な部屋……お城なのかな?」

「すっごい綺麗! あと、ベッドも大きいし!」

 

 異世界出身じゃなくて、地球出身のみんなはこの部屋を見てそれぞれの感想を漏らす。

 

 未果はちょっと信じられない見たいな反応で、晶は興味深そうに、女委はいつものテンションで室内の写真をスマホで撮り、態徒はお城と考えてテンションをかなり上げ、美羽さんは落ち着いた様子で室内を見回し、エナちゃんは内装を見てキャッキャッとしている。

 

 まあ、普段見ることはないような場所だしね、ここ。

 

 反対に異世界組は、

 

「ふむ、ここはあのクソ野郎の城か」

「おー! 外に沢山の人がいるのじゃ!」

「高そうなお部屋です……」

「ベッド、ふかふか……!」

「飛んだり跳ねたりができる!」

「ミリア、少しは落ち着くのです。でも……うぅ、私もしてみたいのです……」

「……ぴかぴか」

 

 師匠がここがどこかを見抜いてやや不機嫌そうな表情になり、メルは窓の外を見て興奮、ニアは部屋が高そうなものでいっぱいなことにちょっと感嘆の言葉を漏らし、リルはベッドを触ってそのふかふかさに興味持ち、ミリアは実際にベッドの上で飛び跳ね、クーナはミリアを諫めつつも自身もしてみたいとちらちらミリアを見て、スイはこの部屋のことを簡単な言葉でいい現していた。

 

 師匠以外、子供らしい反応でほのぼの。

 

 可愛い反応です。

 

 と、みんなでわいわいとしていると、不意に扉の向こう側から気配を感じた。

 

 この気配は……

 

『この部屋にいるのは誰だ! ……って、多っ!?』

『あ、ヴェルガさん。お久しぶりです』

 

 扉を勢いよく開け、向こう側から現れたのは、ボクがこの国で一番お世話になったと思う、騎士団長のヴェルガさんだった。

 

『な、い、イオ殿!? なぜここに……? あと、ミオ殿もいる? と言うか、その後ろにいる者たちは一体……』

『えーっと、とりあえず、今って王様はいますか? 後ろの人たちのことは、そこで説明しますので』

『あ、あぁ、わかった。国王様は今は政務がある程度片付き休憩しているところだ。それと、姫様の方もちょうどいらっしゃる。すぐに謁見の間……よりも、これは食堂の方がよさそうだな。では、俺はすぐに知らせて来るので、イオ殿たちは食堂に行ってもらえる助かる』

『わかりました。ありがとうございます、突然のことなのに……』

『いや、気にしないで欲しい。イオ殿は英雄であり勇者殿だからな。どんな政務よりも、国王様にとっては、イオ殿の方が大事だろう』

『あ、あはは……』

『では、俺はこれで失礼する。またあとで会おう』

『はい』

 

 最後に軽く一礼して、ヴェルガさんは部屋を後にした。

 

 後ろを振り向くと、地球組のみんながポカーンとしていた。

 

「どうしたの? みんな」

「どうしたのって……急に依桜がわけのわからない言語で会話しているものだから、びっくりしちゃったのよ」

「俺もだ。異世界って言うのは、本当なんだな。英語やドイツ語などとは、明らかに違っていたみたいだし……」

「やっべー、マジで意味がわからんかった……」

「ある意味、異世界の醍醐味だよね!」

「知らない言語を話せるなんて、やっぱり依桜ちゃんはすごいね」

「うんうん! 依桜ちゃん、英語とかも得意だもんね!」

「あ、あはは……」

 

 そう言えば、みんなの言語の方、どうにかしないといけないの忘れてた。

 

 食堂に行く前に、みんなには『言語理解』のスキルを習得してもらうことにしました。




 どうも、九十九一です。
 ようやく異世界旅行編がスタートしました。開始早々キャラが多いですねぇ……。地球側から、依桜を含めて14人+α(アイ)という、あほみたいに多い上に、ここに異世界のキャラたちが追加。馬鹿程多い。何だこれ? 私のキャパ上限を大幅に超えてますよこれ。死ねる。
 異世界サイドのキャラとしては、現状、国王とレノ、ヴェルガ、それからジルミス辺りは確定で登場します。最近書いてないから、キャラとか話し方忘れてる……読み返さないと。あとは、一応新キャラ……も出す予定です、ハイ。まあ、今回限りみたいな面があるので、大丈夫でしょう。
 考えてみたら、登場キャラのほとんどが女しかいねぇ……。
 まあ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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420件目 宿泊場所

 言語をまずどうにかするべく、ボクの仮説に基づいて習得を試みる。

 

 すると、

 

「あ、なんか『言語理解』って言うのが手に入ったわ」

「俺もだ」

「オレも」

「わたしもー」

「私も」

「うちも!」

 

 みんな無事に習得できたみたいだった。

 

 うーん、やっぱり習得の条件は、異世界人であることと、異世界に行って一文字でも言語を理解することなんだろうね。

 

 そんな簡単な方法でいいのかな。

 

 あ、そうだ。あれを言っておこう。

 

「みんな知ってると思うけど、『言語理解』は元の世界でも常時発揮されてるので、英語とか古典もバッチリになるよ。特に態徒、よかったね」

「マジか! これで、一番赤点の危険性がある英語を勉強しなくてもいいと!?」

「まあ、そうだね。ただし、読解力は必要だけど。と言っても、赤点になるような事態にはなりにくいと思うよ? 授業を聞いてれば」

「うぐっ……」

「微妙に卑怯な気がするわ、これ」

「そうだな。ありがたいと言えばありがたいが、いささか卑怯だろう。勉強せずとも、言語が感嘆に覚えられるわけだからな」

「わたしはいいと思うぜー。これがあれば、外国の人たちとのパイプが得られそうだぜ!」

 

 女委は、どこを目指しているんだろう?

 

「私は、声優業がやりやすくなるかな。たまに英語とかも話すときがあるからね。その度に、家で勉強してたっけ。これで、演技に集中できるよ」

「うちもそうかな。英語の歌詞が出てくると、ちょっと大変だったり……。だから、うちはとっても嬉しいよ!」

 

 学生組は卑怯に感じたり、ラッキーだと感じている一方、仕事をしている美羽さんとエナちゃんの二人に関しては、仕事がしやすくなり幅が広がるということで、とても嬉しそう。

 

「イオ、終わったんなら、さっさと行った方がいいんじゃないか? まあ、お前は英雄だしな。多少待たせてもそこまで問題はなさそうだが」

「いえ、さすがにそれは申し訳ないので、そろそろ行きましょうか。みんなは道を知らないと思うから、はぐれないように付いてきてね」

「「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」」

 

 うん、多い。

 

 

 出現した部屋を出て、ぞろぞろとお城の廊下を移動。

 

 道中お城に使えているメイドさんやその他の使用人に人たちがボクたちに気づきぎょっとしたんだけど、特にボクが一番驚かれました。

 

 まあ……突然、勇者が来てるわけだし、びっくりもするよね。

 

 なんか、すっごく見事な礼をされてしまったけど。

 

 こっちの世界のこの国では、どうもボクは神聖視されているような気がしてならない……。

 

 ただ、たまにいる騎士団の人たちなんかは、ボクに気軽に声をかけてくるんだけどね。

 

 以前と変わらず、普通に接してくれるのは素直に嬉しい。

 

 ……なぜか、女性陣の方たちのほとんどがちょっとムッとした様子だったけど。

 

 なんで?

 

 とまあ、道中のことはさておき、食堂に到着。

 

 こういう時謁見の間とかの方がいいんだろうけど、人数が多いからね。あと、これはプライベートな訪問だから、と言うのもあるのかも。

 

 食堂に入るなり、ヴェルガさんに聞かされていたのか、ボクがこっちにいた時に身の回りのお世話をしてくれていた侍女の人たちがいた。

 

「お久しぶりです。ルルナさん、サラさん、ファルナさん」

「「「お久しぶりです、イオ様」」」

「あ、相変わらず、様付けなんですね……」

「それはもう、英雄様ですから」

「勇者様ですから」

「すっごい可愛いですから」

「いや、可愛いだけおかしくないですか?」

 

 ルルナさん、サラさん、ファルナさんの三人は、とても優秀な人で、なんでも王様に仕えていた時期もあったとか。

 

 それ以外にも、公爵家に仕えていたりと、結構すごい人……らしいんだけど、どういうわけかボク相手には、おかしな言動をする時が多かった。

 

『あら、とても可愛らしい男の娘が勇者として召喚されたのですね』

 

 とか、

 

『なるほど……理想、ね』

 

 とか、

 

『可愛らしい。この方が勇者となるのは、素晴らしい』

 

 とか言って来るんだよ?

 

 明らかにちょっとおかしくない?

 

 だって、男だった時のボクに対して、初対面で可愛い、とか言って来るんだよ?

 

 あと、理想って何。

 

 ボクが色々と過去のことを思い返していると、三人に近づく人が。

 

 女委です。

 

「時にそこのメイドさんたち、これ、どう思います?」

 

 そう声をかけながら、女委が何かの薄い本を開いて、三人に見せる。

 

 すると、

 

「「「こ、これはっ……! 素晴らしい!」」」

 

 目を見開いて、なぜか絶賛していた。

 

「でしょでしょ? いやー、異世界の人にも通じるんだねぇ」

 

 ……女委が見せてる時点で、すでに何かは想像がつくけど。

 

「これ、譲っていただけませんか!?」

「言葉はなんて書いてあるかわかりませんが、譲ってほしい!」

「この絵の続きが気になる!」

「ふっ、わたしはもとより布教するつもりで来た面もあるので、もちろん渡します! あ、後々通訳した物を渡すんで、ちょっと待ってね!」

「「「よっしゃ!」」」

 

 すでに、打ち解けていた。

 

 女委、一体どんな本を見せたんだろう……?

 

 少なくとも、女委が用意する本の時点で、普通のものじゃない気がしてならない……。

 

 あと、『言語理解』のスキルを習得したのをいいことに、翻訳したものを渡そうとしているよね? いろんな意味で、アグレッシブ……。

 

「女委って、基本どこでも生きていけそうよね」

「まあ、知らない間に知り合いが増えているからな……」

「ついでに言えば、同人誌を描くだけで生きていけそうだよな」

「女委ちゃんだもんね! すごいよね!」

「売れっ子な同人作家さんって、やっぱりどこでも売れるのかな?」

 

 と、未果たちは女委のある意味逞しい姿に、それぞれ感想を漏らしていた。

 

 師匠たちはよくわかっていないような表情だったけど。

 

「では、そちらは楽しみにさせて頂きます。では皆様、こちら側のお好きな席にお座りください。あ、イオ様はここにお座りになってくださいね」

「あ、わかりました」

「もう間もなく、国王陛下がいらっしゃると思いますので、少々お待ちを。すぐに、お茶をご用意致します」

 

 ルルナさんが代表してそう言うと、三人は一度隣の部屋へと移動していった。

 

「えっと、とりあえず、座ろっか」

 

 さっきのあれこれは一度スルーして、そう促した。

 

 

 みんなで座って待っている間に、ルルナさんたちがワゴンを押しながら戻って来た。

 

 その上には、ティーポットやケーキなどが人数分置かれていた。

 

 この世界は、よくある異世界系の作品のように、元の世界にある物がこっちにはない、みたいなことはほとんどなかったり。

 

 マヨネーズだってあったし、スイーツも色々な種類があった。

 

 あとは、アイスクリームもあったね。

 

 ないとしたら、和食とかかな? 元の世界で見かけるような洋食とか、中華系は似たような物を見かけたんだけど、どうにも和食のような料理はなかった。

 

 なので、ボクができる範囲の料理を、実はお城にいる料理人の人たちに教えていたり。

 

 それがどこからか広まったのか、ボクが三年目にこの国を訪れた時は、なぜか国中に広まっていました。

 

 やっぱり、和食っていろんなところで通用するんだね。

 

 こうしてみると、結構類似点とかあるんだね、この世界と元の世界は。

 

 不思議なものです。

 

 脱線したところで、一旦戻して。

 

 みんなで用意してもらったケーキや紅茶を堪能していると、食堂の扉が開いて二人の人が入ってきた。

 

「おぉ、本当にイオ殿ではないか。久し振りだな、イオ殿」

「お久しぶりです、お姉さま!」

「はい、お久しぶりです、王様、レノ。と言っても、二ヵ月前くらいに会っていますけどね」

 

 入ってきたのは、王様とレノの二人。

 

 今回のレノは普通に話してくれたよ。

 

 前は、抱き着かれたからね……。

 

「ははは、そうであったな。して……そちらにいるミオ殿や、幼い少女たちはわかるのだが……そちらの、イオ殿と似たような服装をしている者たちは一体……」

「あ、はい。えっとですね、この人たちはボクの住む世界にいる人たちで、ボクの友達です」

「なんと。異世界の者たちとは。やはり、そちらは進んでいるのだなぁ」

「いえ、進んでいるのは転移装置を創った人であって、そんなに進んではいないですよ?」

 

 あの人は色々とおかしいから。

 

「そうか。まあそれはそれとして、イオ殿の友人とはなぁ……。何と言うか、イオ殿の友人と言うから、もっとこう……奇抜な者たちかと思ったのだが、案外普通なのだな」

「……王様、ボクのことを何だと思ってるんですか?」

「いやこれは失敬。そう言うつもりで言ったわけじゃないんだが……」

 

 この人、たまーに失言をするよね?

 

 こっちで生活していた時も、ボクが女の子だと思ったみたいだし。

 

 あの時は本当に、気分は沈んだよ。

 

「まあ、それはそれとして。それで、イオ殿は一体、どのような理由でこの世界に? 以前までは一人で来ていた気がするのだが」

「今回は普通に旅行です」

「旅行とな」

「はい、旅行です。滞在期間は、一週間から二週間を考えてます」

「なるほど……そうなると、あれか? やはり泊まる場所は決まってない感じか?」

「そうですね」

「ふむ。では今度こそ、ここに泊まらぬか? さすがに、その大所帯じゃ宿泊する場所も探すのは苦労するぞ?」

「いえ、ボク的には普通の場所がいいんですが……」

 

 そう言いながらちらりと他のみんなを見ると、

 

「私はOKよ。こう言う異世界のお城なんて、そもそも来れるはずがないしね」

「俺もありだと思うぞ。単純に生活してみたい、と言うのが強い」

「オレも! ってか、こんな豪華な場所で暮らすとか夢みたいじゃん!」

「わたしとしては、素晴らしいモデルになるし、今後の創作活動に活かせそうなので、むしろ泊まりたいぜ!」

「私としても、実際にこういう場所に泊まれば、異世界系作品に出演した時に、自然に演技できそうだから、泊まってみたいかな?」

「うちも楽しそうだから賛成!」

「あたしは別に構わん。ただ、美味い酒を出せば文句はない」

「楽しそうなのじゃ!」

「私もです!」

「わたし、も……!」

「ぼくも!」

「人間の国のお城に興味があるのです!」

「……気になる」

 

 あー……うん、みんな、賛成なんだね。

 

 視線を目の前に座る王様に戻すと、何とも嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 見れば、レノの方もキラキラと瞳を輝かせてるし……まあいっか。

 

「わかりました。それじゃあ……そうですね、魔族の国にも行くと思いますし、とりあえず、三泊ほどさせてもらえますか?」

「おぉ、泊ってくれるか! わかった、では最高の部屋を用意しよう! 誰か!」

『はい』

「この者たちが宿泊する部屋の準備を頼む」

『かしこまりました』

「あ、一つお願いがあるんですが」

『何なりとお申し付けください』

「えっと、ボクの部屋はこっちにいる子供たちと一緒に部屋にしてもらえませんか? その、一緒にしないと拗ねちゃうので……」

『かしこまりました』

「ふむ、それならばいっそのこと、大部屋に泊まるか?」

 

 ボクが妹たちの為のお願いをしていたら、不意に王様がそう提案して来た。

 

「大部屋なんてあるんですか?」

「うむ。まあ、元は昔使っていたのだが、今は使われていなくてな。もちろん、掃除はしてある。そこでなら、ここにいる女子全員が寝泊まりすることも可能だ。まあ、男の方は……」

「ああ、俺たちは二人部屋で大丈夫です」

「まー、さすがにこの大人数がいる女子部屋に一緒ってのも、問題ありそうだしなぁ」

 

 と、二人が言う。

 

 うーん……それはそれで、二人が可哀そうな気が……。

 

「あの、ボクは別に二人が一緒の部屋でもいいよ?」

「「――ッ!?」」

 

 せっかく大人数で旅行に来ているんだから、やっぱりこう、みんなで一緒に楽しみたい。

 

 なのに、二人だけ別の部屋と言うのもね。

 

 やっぱりこう、特殊な旅行だから。

 

「みんなはどうかな?」

「私は構わないわ。そもそも、依桜とミオさんがいる時点で、変なことなんてできるわけもないし」

「「「「「たしかに」」」」」

 

 未果の言い分に、晶、態徒、女委、美羽さん、エナちゃんの五人が揃って納得した。

 

 うん、本当にね。

 

 でも、変なことって何だろう?

 

「それに、わたしたち去年のクリスマスに依桜君の家に泊まってるしねー。今更じゃないかな?」

「そう言えばそうだったわ。まあ、あとは他の女性陣の意見が必要だけど……」

 

 そう言って、未果がちらっと他の人たちに視線を向けると、

 

「私は特に問題ないよー。大所帯のお泊まりってしてみたかったからね。それに、晶君と態徒君のことは信頼してるよ、私」

「うちも同じく。態徒君は変態さんだけど、それでも女の子に手を出すような人じゃないもんね! 信頼してるから大丈夫だよ!」

「あたしは別に構わん。たかだか一緒に部屋に寝るだけだ。何の問題もないだろ?」

 

 それぞれ問題なしと言ってきた。

 

 ちなみに、メルたちは、

 

「儂たちはねーさまと同じならいいのじゃ! あと、楽しそうなのじゃ!」

 

 だそうです。

 メルの言ったことに、みんなは楽しそうな表情で頷いていたところを見ると、総意らしいです。

 

 よかった。

 

「みんな大丈夫みたいだから、二人も一緒の部屋でいい?」

「……まあ、俺は別に構わないが……」

「オレは普通に楽しそうだから全然いいぜ!」

 

 晶はやや困惑した様子を見せつつも了承し、態徒は晶とは反対にノリノリだった。

 

 うん、まあいいよね、別に。

 

「まぁ、態徒は林間・臨海学校でちょっとやらかしてるけど……さすがに、しないわよね?」

 

 とにっこりと満面の笑みを浮かべた未果が、態徒にそう尋ねる。

 

「だ、大丈夫だぜ! さ、さすがに身内だけのイベントじゃ変なことしないって!」

 

 冷や汗をダラダラと流しつつ、上ずった声で返していた。

 

 何かしたっけ……? 記憶がない。

 

 まあ、何はともあれ、みんなで同じ部屋、ということで。

 

「えっと、そう言うことらしいので、十四人分の部屋ってあるんですか?」

「問題はない。この城には、もとよりなぜか大部屋があるからな。ほとんど使わていない部屋だし、勇者殿やその友人たち、師匠殿、妹君たちに使ってもらえるのならば、むしろ嬉しい限りだ。すぐに使用できるよう、準備させておくとしよう」

「ありがとうございます」

「うむ。あぁ、荷物はルルナたち使用人に預けさせれば、大部屋に持って行っておくが」

「そうですね。じゃあ、お願いします」

「あいわかった」

「じゃあ、一旦出しますね」

『アイテムボックス』を開き、中からみんなの荷物を取り出すと、それらを近くにいたルルナさんたちや、他の使用人の人たちに渡す。

 

 こっちの世界では見ないような構造のバッグに目を丸くしていたけど、すぐに普段通りの表情に戻し荷物を運んでいった。

 

 ボクたちの方は、軽くお茶を飲みながら談笑しました。




 どうも、九十九一です。
 そう言えばこの章についての概要をほとんど言ってなかった気がするの、軽くお話を。
 今回の章は、まあ、普通に旅行するだけではありますが、ちょこちょこ伏線の回収(?)を出来たらなと思います。以前行ったかもしれませんが、1-3章辺りで依桜が一週間ほど異世界に行った時、二日間の出来事がすっぽり抜け落ちてるあれ、今回の章で出すつもりです。ほんとは、何も思いつかなかったから二日分カットしたんですがね。何かに使えそうでしたし、ちょうどいいかなと。何があるかはお楽しみ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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421件目 王様からの願い事

「さて、話はこの程度にして、儂はそろそろ仕事に戻らねばな」

「わかりました。それじゃあ、ボクたちはこれから観光に向かおうと思います」

「うむ。是非、この国を堪能して行って欲しい。そなたらのことは先ほど、ルルナたちを通じて場内の者たちに知らせてあるので、自由に出入りしてもらって構わない。門番の方にも、出る時に自身のことを伝えてもらえれば、向こうも覚えてくれるはずだ」

「ありがとうございます、王様。というわけらしいから、みんなは自由に行動しても大丈夫だよ」

 

 ボクがそう言えば、みんな(地球組)は本当に楽しそうな表情に。

 

 あ、もちろん、みんなでお礼は言いましたよ? 当たり前です。

 

「お父様、私も……」

「お前は仕事があるだろうに……。というか、今日の分どころか、昨日の分すら終わっていないであろう? それを終わらせてからでないと、同行はさせられんからな」

「そんなっ……」

「そんなじゃないわ。まったく……」

 

 どうやら、レノも付いて来ようとしていたみたい。

 

 だけど、仕事がまだ残っているみたいで、王様に止められていた。それどころか、怒られていた。

 

「レノ、仕事はちゃんと終わらせないとダメだよ?」

「で、ですが……」

「むしろ、こう考えるの。お仕事を早く終わらせれば、その分遊べるって」

「――っ!」

「そうすれば、ボクたちとも行けるよ?」

「そ、そうです! ここはもう、昨日、今日の分だけでなく、明日明後日の分も……いいえ、それ以降のお仕事も終わらせればいいのです! お父様、私、すぐにお仕事に戻ります!」

「あ、あぁ、だが――」

「それでは失礼します!」

 

 ビュンッ! という効果音が聴こえてきそうな速度で、レノが部屋を勢いよく飛び出していった。

 

 レノ、そんなに一緒に回りたかったんだ。

 

「……おい、依桜の奴、こっちでも女を落としてたぞ」

「……そうね。しかも、お姉様呼びだし」

「いやぁ、依桜君のたらしっぷりには感服するよねぇ」

「まあ、依桜、だからな……」

 

 あれ、なんか四人が呆れたように話してるんだけど……どうしたんだろう?

 

「さて、それでは儂は仕事に……っと、あぁ、そうだ思い出した。イオ殿、少しいいか?」

「なんでしょうか?」

「いや、実はイオ殿に依頼が来ておってな……」

「依頼、ですか」

 

 突然なんだろう?

 

 ボクに依頼があると言うと、考えられるのは二パターン。

 

 一つは、普通に勇者としてのもの。

 

 もう一つは、暗殺者としてのもの。

 

 ……一応これでも、暗殺者の仕事で、殺してるからね、人を。

 

「……おいクソ野郎。テメェ、まさかうちの愛弟子に、殺しをさせようってんじゃないだろうな?」

 

 師匠が怒った。

 

 見れば、ものすごい殺気を放っていて、顔はもう、ブチギレ、という言葉がぴったりな形相。

 

 ……こ、怖い!

 

「そ、そそそそそのようななことは、あ、ああぁありませぬ!」

「本当かァ?」

「ほ、本当です! 神に誓って! ミオ殿に誓ってぇッ!」

「……チッ、ならいい。……殺し損ねたか」

 

 冷や汗を大洪水のように流しながら、大慌てで否定するだけでなく、絶対に嘘じゃないと、神と師匠に誓っていた。

 

 よっぽど怖かったんだね……。

 

 ……それにしても師匠、最後に怖いことをぼそっと呟いた様な気がしたんだけど……き、気のせいだよね!

 

「ふぅ……」

 

 師匠の圧倒的で濃密な殺気からなんとか逃れることができた王様は、ハンカチで汗をぬぐうと一息つく。

 

「それで、えっと、依頼って何ですか?」

「あぁ、その事なんだがな? イオ殿は、冒険者ギルドを知っているか?」

「ええ、まあ。たまに冒険者の人たちとも協力しましたし……なんだったら、三年目の大規模の戦闘の時だって、連携してましたしね。知ってますよ」

 

 あの時は大変だったよ。

 

 知らない人と連携を取らないといけなかったからね。

 

 何度も死に目に遭ったなぁ……。

 

 なんてことを思っていると、ちょいちょいとつつかれた。

 

「依桜君依桜君!」

 

 つつかれた方を見れば、女委がすっごくキラキラした瞳でボクを呼んでいた。

 

「何?」

「もしかして、冒険家ギルドってあれかな!? 異世界転生・転移系作品のテンプレ! お約束な組織!」

「うん、そうだよ。えーっと、説明いる?」

「「「「「「いる!」」」」」」

 

 あ、地球組のみんなは必要なんだね。

 

「えーっとじゃあ、軽く……。えっと、冒険家ギルドと言うのは――」

 

 と言うわけで、軽く地球組のみんなにこっちの世界の冒険者ギルドを説明。

 

 冒険者ギルドと言うのは……まあ、異世界系作品では定番の組織。

 

 この世界もその例に漏れず、やっぱりあった。

 

 まぁ、ボクは別にそこに所属していたりとかはしてないんだけど。

 

 この世界の冒険者ギルドと言うのは、イメージとしては異世界系作品に出てくるもので概ね大丈夫です。

 

 ギルドに持ち込まれた依頼――クエストを受けて、そのクエストをこなし、報酬をもらうという仕事。

 

 一応ランク分けがされていて、ランクは1~7の七段階。

 

 それぞれ、1が駆け出し。2がちょっとこなれた初心者。3がアマチュア。4がプロ寄りのアマチュア。5がプロ。6がベテラン。7が英雄。

 

 みたいな感じ。

 

 まあ、あくまでもこんな感じ、というだけであって、中にはそのランクよりも上の実力がある人とか、ランクは高いけど、低ランク並みの強さしかない人もいたりします。

 

 一応、ランクで受けられるクエストは決まっていて、それぞれレベルで表されます。受けられるのは、ランクと同じレベルのもののみ。

 

 例えば、レベル1と2なんかはよくある採取系やお使い系と言ったクエストが中心で、レベルが3からになってくると、討伐系のクエストも受注できるようになります。

 

 それで、レベルが5になると、魔族の戦争などのような、大規模戦闘に召集がかかります。当然、命の危険も大きく跳ね上がるので、その分の報酬も破格。

 

 そして、レベル7のクエストとなると、何と言うか……王都、もしくは国が滅ぶかも、くらいの難易度の物になってきます。

 

 こっちはまあ……そうそう起きないかな?

 

 ボクが知っている限りだと、三年目の時にあった、魔王軍の四天王の討伐とか。

 

 それ以外だと、暴れ回っている上位種の龍族を倒すものとか。

 

 普通だったら死んでもおかしくないような物ばかり。

 

 ちなみに、冒険者のレベルの上げ方は至ってシンプルで、多くのクエストをこなすことと、ギルドからの評価が高ければ大体上がれます。

 

 それから余談として、冒険者に入るには試験があって、それを突破して、初めてなれます。さすがに、戦闘のスキルがない状態でなって、それであっさりと死んじゃったら、ギルド側としても嫌だからね。

 

 まあ、中には《鑑定士》のような職業の人が、採取などをメインにして活動する場合は、例外で認めらるんだけどね。意外と緩かったり……。

 

 でも、やっぱり戦闘系の職業の人が多いかな?

 

 あ、ちなみに、何か問題を起こしたら、結構重めの罰を受けます。

 

 それでも何度も問題を起こしたら除籍処分の上に、罰金まで取られちゃうんだよね。

 

 内容によってその辺りは変動してくるんだけど、ボクが知っている限りだと、一番多いのは……二億テリル。

 

 四人家族が贅沢なしで普通に生活するのなら九万テリルで済みます。

 

 こっちの世界は結構物価が安いんだけど、それでも二億テリルはものすごく大金。

 

 だから、問題を起こそうとする人は、よほどの馬鹿な人じゃない限り、まずないとか。

 

「――というのが、冒険者ギルドの概要だね」

「なるほど……本当によくある冒険者ギルドなのね」

「そうだな。まさに、テンプレ」

「いやぁ、このテンプレ具合がいいんだよ! やっぱり、異世界と言えば、冒険者ギルドだよね!」

「それな! 憧れとかあるぜ!」

「冒険者ギルドかー……うーん、演技のいい参考になりそう」

「うちは純粋に面白そう!」

 

 と、様々な反応が返って来た。

 

 まあ、日本人だもんね。

 

 アニメやマンガ、ライトノベルが好きな人は、割と憧れている人も多いんじゃないかな? 現実にはないけど。

 

「それで、王様。その冒険者ギルドがどうかしたんですか?」

「いやな? そこのギルドマスターが儂の知り合いでな。つい先ほど、何か問題が起きないようにと、イオ殿のことを伝えたのだよ」

「なるほど。なんだかすみません、お手数をおかけしたようで……」

「いやいや、別に構わないんだよ。ただまあ……そこのギルドマスターが、一日でもいいので、受付嬢をやってくれないか、と」

「う、受付嬢、ですか」

 

 それはもしかしなくてもあれだよね?

 

 クエストの受注や達成報告に関する窓口にて、冒険者の人の対応をしている女性。

 

「うむ……。別に、断ってくれても構わない。本来、イオ殿は友人たちと共に、旅行に来ているわけだからな。さすがに、仕事をさせると言うのも……」

「あ、あはは……。でも、どうしてボクに? 前にチラッと見ましたけど、普通に人手は足りているように見えたんですけど……」

「う、む……それなんだがな? 実は――」

 

 と、王様が冒険者ギルドの方について軽く事情を説明してくれた。

 

 どうやら最近、平和になったせいか変に乱暴な人たちが増えているらしくて、ギルドも困っているとか。

 

 内容としては、ギルド内で騒いでテーブルや椅子などの備品を壊したり、街に住む人、特に女性をナンパする人が出たり、受付嬢の人たちにしつこく付きまとったりする人がいるんだとか。

 

 あとは、鑑定にいちゃもんをつけて来て、報酬額をさらに上乗せしようとしている人までているとか。

 

「なるほど……」

「受付嬢は、何と言うか……容姿がよく、仕事もしっかりこなす者を雇っていてな? もちろん、男の受付もいる。まぁ、こっちも大体は容姿がよかったりするんだが……。いや、それはいいんだ。受付をしている者のほとんどは、戦闘経験のない、所謂一般の者たちとも言えるのだ。なので、戦うことをメインにしている冒険者たちを振り払う力などはなくてな。そこで、勇者であるイオ殿に、どうにかしてもらい、というのだ」

「そうだったんですね。……うーん」

 

 ちょっと考える。

 

 ボクがこっちの世界で生活していた時の冒険者の人たちに対するイメージと言えば、少し乱暴だけど、気のいい人、というものだった。

 

 喧嘩はしても、それは信頼の裏返しだったり、単純にライバル同士だったりするからよかった。それに、あの時期は魔族との戦争中だったから余計に。

 

 でも、今はそんな戦争も終わってひと段落している状況。

 

 そうなってくると、変に力を誇示するような人が出て来ても不思議じゃない。

 

 あの時、魔王軍と戦っていた冒険者の人たちはそんなことをしないと思うけど、そうじゃない人――つまり、あの戦争が終わってから冒険者になった人たちは、そう言った本当の意味での命のやり取りを知らない人たちであり、尚且つ他人を尊重する、ということを知らないということ。

 

 もちろん、そうじゃない人もいる。

 

 でも、そう言った人たちが少数でも、そっちが目立っちゃって、結果的に全体の印象を下げる結果になってしまうから、本当に質が悪い。

 

 百人中九十九人が善行を積んでいても、残った一人が悪行を積んでいたら、全体がそうなのでは? と思われてしまうからね。

 

 それに、戦争が原因とも言えなくもないし……

 

「あの、仕事って実際何をするんですか? さすがに、冒険者ギルドに在籍したことはないですし……」

「なに、仕事は簡単だ。主に、クエストの受注、報告を受けることだな。そのほかの業務だと、事務作業などや鑑定作業がある。あと、イオ殿の場合は、もしギルド内で荒事が発生した際、それを止めてもらえると助かる、だそうだ」

「なるほど……」

 

 聞く限りだと、そこまで難しいような内容じゃないみたい。

 

 それに、一日限りみたいだし……。

 

「えーっと、ボクがやるのもやぶさかではないですけど、さすがに素顔でやるのって、結構問題じゃないですか? その……ボクって一応、有名人と言えば有名人ですし……」

「あぁ、そうだったな。イオ殿が受付嬢なんぞをやれば、即座に冒険者たちが集まるだろう。それどころか、近隣住民が揃って押しかけそうだ」

「あ、あはは……」

 

 どうしよう、否定したくても、その光景が目に浮かぶ……。

 

 ボク、戦争終結後は本当にそうだったからね……。

 

 いろんな人に追いかけられて、いろんな人に迫られる、みたいな生活だったもん。

 

「しかし、そうだな……どうするか……」

「それで、なんですけど、いっそのこと覆面調査、みたいにしてはどうかなと」

「ふくめん、とは何だ?」

 

 あ、そっか。こっちにはそう言うものはないんだっけ。

 

 じゃあ、ちょっと説明が必要かな?

 

「覆面調査と言うのは、簡単に言えば、素性を隠して内部を調べることですね」

「つまり、スパイのような物、と?」

「間違っていませんけど、スパイとは違って、敵に流すわけじゃなくて、そこの大元の人に情報を渡すんです。職場をよりよくするために。それ以外だと、犯罪組織に潜り込んだり、とかですね」

「ほう、そのようなものがあるのか。……うむ、それはいいな。イオ殿、それで頼めないだろうか? もちろん、給金は発生する」

「わかりました。何事も経験ですしね。それに何より、戦争が原因でそう言ったことが怒っているのなら、お手伝いさせてもらいます。でないと、受付の人たちや、街に住む住民の人たちも安心できないでしょうから」

「……本当に、イオ殿は人ができておるな」

 

 そう、かな?

 

 割と普通だと思うだけど……。

 

 別にそうでもないよね? みたいな感じの表情を浮かべていたら、王様が微妙にちょっと困ったような表情を浮かべてこう言ってきた。

 

「……あー、イオ殿は、そちらの世界でもこんな感じなのか?」

 

 って。

 

 そしたら、

 

「「「「「「「おっしゃる通りで」」」」」」」

 

 メルたち以外のみんながうんうんと頷きながらそう返していた。

 

 え、どういう意味なの?

 

「そうか……。まあいいか。ともあれ、仕事は明日頼めるかな?」

「大丈夫ですよ。それで、時間は何時頃ですか?」

「基本、朝の八時にはギルドは開いている。なので、七時頃に行けば問題はなかろう。向こうにもそう話しておく」

「わかりました。それじゃあ、その時間に」

「すまないな」

「いえいえ。……あ、明日は一応、姿を偽って行くので、その事も伝えておいていただけるとありがたいです」

「あいわかった。さて、こんなところか。それでは儂は仕事に……っと、あ、いかん。もう一つあった」

 

 え、まだあるの?

 

「これは別にお願い事などではなく、ある種の注意だ」

「注意、ですか」

「ああ。聞けば、そちらの世界はこちらとは違い、争いのない平和な世界と聞く。ならば、ほとんどは戦闘能力を持たない者ばかりであろう?」

「そうですね。魔物類もいませんし」

 

 最近、悪魔は現れたけど。

 

 何だったんだろう、あれは。

 

「そうか……。ならば、言っておかねばな。……どうも近頃、正体不明の人型の生物らしきものが目撃されていてな、今のところは大した被害は出ていないのだが、気を付けておいた方がよいぞ」

「……わかりました。忠告、ありがとうございます、王様」

「なんの、イオ殿には本当に世話になったからな。……それでは、儂は今度こそ、仕事を再開させるとしよう。では、楽しんで行ってくれ」

 

 最後ににこやかに笑って言うと、王様は出ていった。

 

 うーん、正体不明の人型の生物……なんだろう、すでに嫌な予感がする。




 どうも、九十九一です。
 この異世界旅行編が始まったら、絶対に依桜には冒険者のギルドの受付嬢をしてもらいたい! とか考えていました。元々の構想にあったものですね。個人的にこう、きっちりとした制服姿で、ネクタイして、タイトスカートなどではなく長ズボンの依桜も書きたい、とか思ったからですね。真面目な感じの。
 異世界旅行編では、依桜視点以外のキャラたちの視点もできたらなと思います。キャラが多いし、どうせバラバラに行動する機会もありそうですしね。まあ、基本は依桜メインということで。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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422件目 観光開始

 王様たちへの事情説明が終わると、ボクたちは王城を出る。

 

 それからすることと言えば、当初の予定通り観光をすること。

 

 まあ、観光と言っても、実際は『CFO』がここのモデルになっているから、若干の目新しさはないのかもしれないけど……。

 

 とはいえ、仮想世界で体験するのと、現実世界で体験するのでは訳が違うもんね。

 

 向こうはNPCだけど、こっちは本物の人だもん。

 

 あ、ちなみに受付のお仕事は、明日になりました。

 

 今日はさすがに来たばっかりだからね、仕方ない。

 

 ともあれ、王城から外に出るなり、みんなはわくわくとした面持ちで周囲を見回す。

 

 中でも、女委と態徒、美羽さんが顕著。

 

「うおー! やっべぇ、これが異世界か!」

「おぉ、CFOで見慣れた景色とはいえ、本物に敵わないね! あとで、写メっとかないと! いい背景材料だぜー!」

「そうだね。私も、とっても興味深いな。こうして、見慣れない風景に心躍るよ。演技に活かせそう!」

 

 三人はテンション爆上がり。

 

 態徒は一般人枠的な意味で。

 

 女委は、作り手側的な意味で。

 

 美羽さんは、演者側的な意味で。

 

 それぞれの立場で感想を漏らしていた。

 

「はしゃいでるな。特に、態徒と女委の二人は」

「そうね。美羽さんは、普通に演技の参考的な意味でしょうけど、あっちは完全にはしゃいでるわ」

「まあ、異世界だもんね! 普通に生きてたら、絶対に行くことはない世界だもん。気持ちはわかるよ!」

 

 反対に、未果、晶、エナちゃんの三人は、微笑ましそうな感じであっちの三人を見ていた。

 

 ちなみに、師匠はボクたちから一旦離れて行動しています。

 

 師匠曰く、

 

『ま、久しぶりの元の世界だからな。あたしもちょいと、今日くらいは一人で見て回ってくるよ。あぁ、何かあったらスマホで連絡しな。一応、お前のスマホだったら、あたしのスマホに繋がるようにしておいた。じゃあな』

 

 だそうです。

 

 異世界でもスマホで通話ができるって……師匠、一体どういう方法でそんなことしたんだろう?

 

 やっぱり、魔法なのかな。

 

「ねーさま! あれ、あれはなんじゃ!?」

「向こうの物も気になります!」

「おいし、そうな、匂い……」

「あ、ぼくあれ気になる!」

「不思議なものがあるのです。……何なのでしょうか?」

「……疑問」

「あぁ、はいはい。じゃあ、一ヵ所ずつ回ろうね。さすがに、一遍に言われてもボクは対処できないから」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「うん、偉いね」

 

 ふぅ、よかった。

 

 みんな素直ないい娘だから、ボクとしてもありがたいよ。

 これでもし、みんな我儘な娘たちだったら、今みたいに上手く誘導とかできないと思うからね。

 あと、姉妹仲は悪くないもん、みんな。

 

「そういやよ、なんか周囲からの視線が多い気がするんだが」

「それはほら、うちたちってこっちの世界の人たちからしたら、不思議な服装だもん」

「まあ、服装が周囲と違うんだ、浮いて当然じゃないか?」

「あとは……単純に依桜が一緒にいるから、じゃないかしら?」

「え? ボク?」

 

 どうしてボクが……って、あ、そっか。

 

 普通に考えたら、ボクって有名人。

 

 元の世界でも若干有名になりつつあるけど、こっちの世界でなんてあっち以上に有名だもんね、ボク……。

 

 できれば、あまり表舞台に出たくはないけど、勇者だったという事実を踏まえると、そうも言ってられないから。

 

 とは言っても、さすがに変なことにはならな――

 

『あ、あの!』

「何でしょうか?」

『え、えっと……ゆ、勇者様、ですよね?』

「まあ……一応そうですけど……」

『あ、握手してくださいっ!』

「ふぇ?」

『あ、ずるいぞ! ならこっちも!』

『いやいや、俺もお願いします!』

『私も――』

「あわわわわわっ……!」

 

 問題、すぐに発生しました。

 

 見ての通り、いきなり一人の女性に話しかけられて、握手をお願いされたと思ったら、周囲にいた人たちも一斉に押し寄せてきてしまった。

 

 その結果、ボクはあわあわと混乱しだした。

 

 幸いだったのは、メルたちがちょっと離れた位置にいたこと、かな……。

 

 だとしても……これは、酷い。

 

 

 突然依桜が周囲の人に押しかけられ、私たちはそれを傍から見ていた。

 

「見ろよ、依桜の奴、世界的スターが街に出てきた時みたいな押しかけ方されてんぞ」

「こっちの世界じゃ、世界的スターみたいなものでしょ、依桜は」

「何せ、世界を救った英雄なんだろう? なら、こうなっても不思議じゃない」

「でも、メルちゃんたちが大好きなお姉ちゃんの所に行けなくて、ちょっと悲しそうになってるね」

「あ、ほんとだ。ちょっと泣きそう」

 

 そう、エナが言った瞬間、

 

「え、メルたちが泣きそう!? すみませんっ、ちょっと失礼します!」

 

 依桜が慌てた様子で一言謝り、その場から跳躍すると、メルちゃんたちの前に着地。

 

『『『おおぉ~』』』

 

 周囲から、感嘆の声が漏れた。

 

 そんなことに目もくれず、依桜はメルちゃんたちに駆け寄る。

 

「メルたちは大丈夫だった? どこか怪我はない? 痛いところとか……あ、もしかして、怖いこととか……?」

 

 うっわー、マジで過保護。何あれ。過保護って言うか……ドが付くほどのシスコンね、あれじゃあ。

 

「大丈夫じゃ!」

 

 と、メルちゃんが代表して返答。

 

 他の娘たちも、にっこり笑顔。

 

 あー、あれは可愛いわ……。

 

 可愛いけど、依桜のは度を超えてるのよねぇ……。

 

 あんなキャラだったかしら、あの娘。

 

 昔はもっとこう……のほほんとした雰囲気を纏っていて、年下の子には平等に優しく接していたけど、今みたいに特定の娘たちに、あそこまで構うことはなかったんだけど……。やっぱり、妹だから、と言う部分が大きいのかしら?

 

 だとしても、あれは過保護すぎよね。

 

「いやー、依桜君ってどんどんおかしくなってくねぇ」

「おかしいってか、ありゃもう別人だろ。普段の依桜からは想像できねえって」

「依桜と少ししか接点のない人が見たら、確実に目を疑うだろうな」

「むしろ、みんなに受け入れられそうじゃないかな? ほら、依桜ちゃんってモッテモテだもん!」

「そうだね。ネット上でも、依桜ちゃんって大人気だからね。私の所の職場でも、声だけ知ってる人は言って来るよ。『あの可愛らしい声の持ち主は、姿も可愛いのか?』って。まあ、実際に可愛いから、その通りです、って言うんだけど」

「へぇ~、スタジオの方でも言われるんですね、依桜のこと。どこ行っても、モテモテね、依桜は」

 

 才能と言えば、才能なのかしらね。

 

 ……いや、あれは才能じゃなくて、単純に本人の気質の問題ね。

 

 そもそも、銀髪碧眼で、美少女で、巨乳で、優しくて、家庭的で、謙虚な存在なわけだし、これでモテない、って言う方がおかしな話よね。

 

 仮に、依桜が普通の女の子と言ったような容姿だったとしても、普通にモテそうよね。

 

 やっぱり、性格って大事よ。

 

 あとは何かしら。依桜から漏れ出る、謎のオーラ? それとも、雰囲気、とでも言えばいいのかしら? まあ、その辺もあるでしょう。

 

 依桜ってば、周囲の人を穏やかにさせるような雰囲気とか持ってるから。

 

 ……どうあがいても、強すぎるわ、あの娘。

 

 やっぱり、いろいろとチートな存在ね。

 

 

 街の人に押しかけられる、と言うような事態を何とかしてから、再び観光に。

 

 中でも、女委が大はしゃぎ。

 

 今なんて、

 

「おぉ! これは魔道具! おじさんおじさん、これください!」

『いいけど、そりゃ安もんだぜ? しかも、灯りを灯すだけのやつ。嬢ちゃん、変わった服を着てるし、貴族様とかじゃないのかい?』

「全然違うよ! 別にいいのさ! むしろ、こう言うのが欲しい! お土産にするんだい!」

『お、おうそうか。……ま、そう言ってもらえると嬉しいねぇ。作ったの、おじさんだから』

「お、マジで? よーし、じゃあもっと買っちゃうぜー! んじゃ、あっちとあっちも下さい!」

『ハハハ! 太っ腹だねぇ。毎度ありぃ!』

 

 こんな感じに、街にある魔道具店で魔道具を買い漁っていた。

 

 ちなみに、お金に関してはボクの所持金から出してます。

 

 みんな、お金持ってないしね。

 

 それに、ボクは基本的にこっちに来ることがあまりないので、お金が肥やしになっちゃっているし、せっかくだからということで、みんなに渡してます。

 

 つまるところ、お姉さんからのお小遣いというわけですね。ボクの方が年上と言えば年上だから。

 

 まあ、みんなには最初遠慮されたけど。

 

 遠慮はされたけど、押し付けました。さすがに、数百万単位のお金をこっちの世界で使わずに持っているのはちょっとね……。

 

「やったぜ。……おっと、おじさんや、この絵どう思う?」

『ん? ……な、なんだこれは! こう、おじさんのハートに突き刺さったぞ!?』

「お、こっちでも受けがいいんだね! 気に入った?」

『ああ、すごく!』

「よっしゃ! じゃあ、後日これの文字を翻訳したものを持ってくるぜ!」

『おお、ありがとう嬢ちゃん! 楽しみにしてるぜ!!』

「いいってことよ! んじゃ!」

 

 ……女委、一体何を見せたの?

 

 ねえ、もしかしなくても女委……こっちの世界で、布教活動に似たようなことしてないよね?

 

 大丈夫だよね? 変なこととかしてないよね?

 

 正直、元の世界の物をこっちに持ち込んだらどうなるかわからないけど、まあ……悪い状況にはならない、よね? え、ならないよね? だって、女委が持ち込んでるのって、一応同人誌、だと思うし。

 

 あと、マンガとかも持ち込んでそう。

 

 まあ、こっちの世界は既に危険物とかが広まっているような物だからまだいいけど、元の世界にはなるべく危険な物は持ち込みたくないかな。

 

 魔道具は……まあ、危険な物に転用できる物じゃなけばそこまで問題ないかな。

 

 女委が買っていた灯りを灯すだけの物とかね。

 

 だってあれ、現代級だもん。

 

 これが、中世級から上になったらちょっと問題だったかな。

 

 あの辺りになると、便利なものが少な目になって、危険なことにも転用できてしまうものも多いから。

 

 前にボクがバリガン元伯爵の件で生成したあれもいい例だね。

 

 あれって、鍵状の物なんだけど、『誓約の腕輪』を解除するだけの物じゃなくて、より正確に言えば、古代級未満の錠を開ける、というものだったり。つまり、元の世界では本当の意味で万能なピッキングツールになってしまう、何て言う恐ろしい物。

 

 だから、泥棒に入り放題、盗み放題になっちゃうわけで……。

 

 だからこそ、あまりこっちの物を持って行くのはよくなかったりするんだけど。

 

 ……まあ、前回はお土産と称して色々と持って帰っちゃったけど、あれは危険な者じゃないから大丈夫……のはず。

 

 あ、魔道具で思い出した。

 

「美羽さん」

「なーに、依桜ちゃん?」

「出発前に渡し損ねたものがありまして……これ、持っていてください」

「指輪……? 依桜ちゃん、これは何? 少なくとも、アクセサリーに使われるような物じゃない気がするけど……」

「えっと、それは魔道具でして、持っている人同士で遠距離会話を可能にするものなんです」

「え、いいの? これ、高いんじゃ……」

「いえ、これタダなので。ボクが創り出したものですから」」

「依桜ちゃん、本当に規格外だねぇ……」

「あ、あはは……い、一応旅行に来ているメンバーは全員持ってるので」

「あ、なるほど、そうなんだね。じゃあ、ありがたく頂きます」

 

 さすがに、渡しておかないと、何かあった時に困るからね。

 

「もしも何かあったら、ボクに思念を飛ばしていただければ、すぐに行きますから。師匠は……まあ、あの人は多分、そう言うの無しでも気づいてくれると思うので、ボクか師匠に思念を飛ばしていただければ」

「うん、わかったよ。でも、思念ってどうやって飛ばすのかな?」

「あ、えっと、話したい言葉を強く念じて、それを誰に飛ばしたいか、ということを明確に思い浮かべれば飛ばせます」

「それだけでいいんだ。うん、ありがとう、依桜ちゃん。もし何かあったら、頼らせてもらうね」

「はい。遠慮なくどうぞ」

 

 うん、これで大丈夫、と。

 

 さすがに、こっちの世界は向こうとは違って危険が多いからね。

 

 まあ、基本的にそう言った場所に行かない限り、危険が及ぶことはほとんどないけど、100%安全とは言い切れないからね。

 

 もしもの対策はするのです。

 

 まあ、何事もない、と言うのが一番なんだけどね。

 

 できれば、平穏に楽しく終わる異世界旅行になることを願います。




 どうも、九十九一です。
 二日休んでました。申し訳ないです……。理由は、単純に書く気力がなかったことと、普通にゲームしてました。大好きなラノベ作品のスマホゲームが四周年イベントやってて、その三部だったんで、マジで楽しみだったんです。クッソ面白かった。
 まあ、そんなわけです。
 今日はその代わり、と言う意味で、3話投稿をしたいなと。できればそうしますが、無理そうだったら、二話投稿です。二話は絶対にやるので、それで許してくだせぇ。
 時間は、3時か5時ですので、よろしくお願いします。
 では。


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423件目 妹たちの孤児院へ

 異世界旅行が始まり、みんなは初めての異世界ということもあり大はしゃぎ。

 

 異世界組であるメルたちの方はと言えば、普通に楽しんでます。

 

 まあ、メルは魔王として生まれてからずっと(とは言っても数ヶ月)魔族の国にいたし、他の五人に至っては孤児な上に誘拐されていた、という事情があったため、こう言った場所に来ることはなかったそう。

 

 そう言えば、五人の孤児院ってどこなんだろう?

 

「ねえ、ニア、リル、ミリア、クーナ、スイ。みんなは、自分が今まで過ごしていた孤児院の場所って覚えてる?」

 

 こっちの世界に来たし、ちょっと尋ねてみよう。

 

「えっと、私はムルフェ、と言う町です」

「わたし、は、メネス村、です」

「ぼくはルエアラの町だよ!」

「私はザブジェの町なのです」

「……ミファロ村」

 

 みんなしっかりと憶えていたらしく、村や名前の場所を教えてくれた。

 

「ニア、リル、ミリアの住んでいた場所はわかるけど、クーナとスイの二人はわからない……。そこってやっぱり、魔族の国にある場所なの?」

「はいなのです」

「……そう」

 

 魔族の国となると、一応そっちにも行く予定だから、その時にジルミスさん辺りに場所を聞いてみよう。

 

 あ、でも、その前に行くかどうかを聞かないと。

 

 行く前提で考えるのは、みんなのことを考えていないと言うのと同じこと。

 

「えっと、みんなはその孤児院に行きたいかな?」

「そ、それって、わ、私たちはもう家族じゃない、って言うことですか……?」

 

 ボクが孤児院に行きたいかどうかを尋ねたら、ニアが泣きそうな顔で尋ね返してきた。

 

 あぁ! よく見たら、他の娘も泣きそう!

 

「ち、違うからね!? その人たちの元に帰すって言うわけじゃなくて、単純に行きたいか、って言うことを訊いただけだから! みんなを孤児院に戻すわけないよ! 大事な妹たちなんだもん!」

「じゃあ、わたしたち、のこと、好き……?」

「もちろん、大好きだよ! メルも含めて、みーんなボクの世界一大切で、大好きな妹たちだから!」

「ねーさま!」

「イオお姉ちゃん!」

「イオ、おねえちゃん……!」

「イオねぇ!」

「イオお姉さま!」

「……イオおねーちゃん!」

「わわっ……! ふふっ、大丈夫だからね。ボクはみんなとずっと一緒にいるから」

「「「「「「うんっ!」」」」」」

 

 よかった、誤解が解けて……。

 

 みんなを泣かせそうになるのは、お姉ちゃんとして失格だからね!

 

 それにまあ、今のはボクの訊き方も悪かったし。

 

 うーん、今まで兄弟姉妹とかいなかったから、この辺りの勝手がたまにわからない……いきなりだったもん、妹ができたのなんて。

 

 と言っても、よほどのことがない限り、新しく妹ができる、何てこともないと思うんだけどね……。

 

 この辺りはまあ……うん。ボクも悪いというか……でも! ボクは後悔していません! むしろ、可愛い妹たちができてとっても満足! あと、毎日が楽しい!

 

 特に、夏休みなんて例年通りなら、家の家事をする、みんなと一緒に何かする、くらいの当たり前のような日常を過ごすだけだったけど、今年からは可愛い妹たちがいるからね! それはもう毎日が楽しい。

 

 妹っていいよね!

 

 

 メルちゃんたちと熱い抱擁をする依桜を傍から見る。

 

「白昼堂々とあそこまで妹とイチャコラできるとは……」

「依桜は昔から、何かに集中すると周りが見えなくなるからな……」

 

 未果のセリフに、俺がそう続ける。

 

「依桜ちゃんってそうなの? うち、まだ知り合ってそこまで経ってないからわからないよ」

「私も。普段はあまり接点ないしね。たまに、声優業の方で一緒にお仕事するくらいだから」

 

 すると、途中から知り合った御庭と、美羽さんの二人が不思議そうに俺たちに尋ねてくる。

 

「あー、えっとだね、依桜君ってこう、普段は視野が広いけど、別の誰かに熱中しちゃうと、その人にかかりっきりになっちゃうのさ」

「わかるわかる。オレも中学時代に受験勉強を依桜と一緒にしてて、そんで教えてもらったりしてたけどよ、なんてーか、オレにかかりっきりになってて周囲のことが見えず、結果的にドジしてたなぁ。頭ぶつけたり、足が痺れていることに気づかなかったり」

 

 うんうんと頷きながら、態徒が過去を振り返りながら言う。

 

 それは、俺も一緒にいたな。

 

 たしか、態徒が、

 

『依桜! 晶! 頼む! オレに勉強を教えてくれぇ! オレだけ叡董学園に進学できないのって、マジで寂しいんだよぉ!』

 

 って言う具合に。

 

 俺と依桜も、態徒のことは大事な友人だと思っていたし、何より普段から一緒のグループで遊んだり集まったりしているというのに、一人だけいない、というのも寂しいと考えた結果、俺と依桜で勉強を教えることになった。

 

 まあ、俺たちも深く理解できるいいきっかけになったし、その頑張りで態徒も合格できたんで、俺たち的には結果オーライだったしな。

 

 で、その時の勉強中に、依桜が態徒に教えるのに夢中になっていたわけだ。

 

 ちなみにだが、依桜がその時したこととして、机に乗り出して態徒に勉強を教えていたんだが……その時、着ていたシャツの襟元からちらっと内側の肌が見えていて、態徒がなぜかドギマギした結果、依桜が気付き、恥ずかしそうにした。で、その際に足が痺れていたことに気づき、テーブルの上の麦茶をひっくり返して自分にかかった上に、服が透ける、何て言う事態も引き起こしてた。

 

 依桜は男にしては、本当に女子みたいな見た目だったから、思わずドギマギしたな。態徒の気持ちもわからないでもない。

 

 何せ、依桜は男の時から微妙にエロかった。無自覚に。

 

 ……俺と態徒にその気はないんだがな。

 

「いやまあ、そん時に比べたら、今よりはマシなんだろうなぁ、とか思うけどよ」

「そうだな。あの時は……まだ、自分の状況に気づくほどだったからいいが、今のあれは、な……」

「だねぇ。メルちゃんたち相手に夢中になりすぎて、自分がものすごーく周囲の眼を集めていることに気づいてないねぇ。見てよあれ、すっごいだらしない笑顔で見ている人が大勢だよ? さっすが依桜君!」

 

 女委の言う通り、依桜の周囲には、だらしない笑みを浮かべた人がそれなりにいる。

 

 理由はまあ、あれだろうな。

 

 女委風に言うのならば、銀髪碧眼美少女とロリ姉妹たちとの激甘絡み、と言ったところだろうか。

 

 たしかに、見ていてほっこりするし、ああなる気持ちもわからないでもないが……いささか表でする顔にしては、ややキツイ気がする。

 

 これが元の世界だったら、確実に通報物だな。

 

 ……いや、むしろ現場に到着した警察官すらああなる可能性がある、か。

 

 末恐ろしい幼馴染だ。

 

「あー、依桜? そろそろいいかしら。周囲にものすっごく見られてるわよ? さすがに、ここにずっといるのは……」

 

 さすがにこのままじゃまずいと思ったのか、未果が代表して依桜に周囲のことを言っていた。

 

「あ、ご、ごめんね! た、たしかに邪魔になっちゃうよね……! じゃ、じゃあ、えっと、い、行こっか!」

 

 依桜は未果が教えた状況に気づくと、慌てたように立ち上がり、そそくさとその場を離れて行き、俺達もその後を追った。

 

 

 なかなかに恥ずかしい姿を周囲に曝してしまった後は、普通に観光再開。

 

 再開と言っても、ボクたちはこれから王都を出ることに。

 

 理由は簡単。

 

 ニアたちが誘拐される前まで過ごしていた孤児院へ向かうこと。

 

 あの後、孤児院に行きたいと言われたからね。

 

 ニアたちがそれぞれ暮らしていた孤児院は、基本的にいい場所だったらしく、同い年くらいの子供たちと仲良く遊んでいたそう。

 

 少なくとも、そんなことで嘘を吐いても意味はないし、第一、みんながボクに嘘を吐くということはほとんどないと思ってます。まあ、ボクの勝手な思い込みなのかもしれないけど、だとしても嘘は吐かないはず。

 

 クーナとスイの二人がそれぞれ過ごしていた孤児院には、魔族の国に行った時に行くとして、ニアたちは出来る限り、王国に滞在している間に行きたいところ。

 

 幸いと言うか、三人が過ごしていたという孤児院は、そこまで遠くなく、日帰りで行けるくらいの近さだった。

 

 行く機会は、こういう時にしかないので、最悪遠かったら、みんなを『アイテムボックス』の中に入れて、ボクが全力で走ったけどね。

 

 ここから近いのは、リルが過ごしていた孤児院がある、メネス村と言う場所へ。

 

 この村に関しては、ボクは足を踏み入れたことがなかったり。

 

 王都周辺の村や町全部に行ったわけじゃないし、メネス村がある辺りは、比較的平穏な場所だったからね。

 

 それを言ったら、他のみんなが過ごしていたという村や町はどこも行ったことがないんだけどね。ボク。

 

 いくら勇者と言えど、身は一つ。さすがに、全部の村や町へ行くことはなかったからね。

 

 幸いだったのは、みんなが過ごしていた村や町は、あまり被害が出なかったということかな。

 

 仮に、ボクが行ったことがあった場合、みんなのことを軽くなら覚えていたと思うしね。

 

 絶対に行ってないと断言できます。

 

 未果たち地球組も、せっかく異世界に来たんだから、いろんな場所を見て回りたいという理由で、付いて来てます。

 

 もちろん、断る理由もないし、大勢の方が楽しいからね。

 

 心配事はと言うと、下手な盗賊とかが出ないか、ということなんだけど……『気配感知』で探ったところ、そんな気配はない。

 

 前回はたまたま遭遇しただけだからね。

 

 それに、戦争終結後は、戦争に回していた労力を、王都周辺や、各村や町に警備兵を送ることができるようになったから、治安が戦時中よりもよくなってきているとか。

 

 なんでも、王都付近にはあまり盗賊や山賊と言ったような人たちが出ないよう、しっかりと巡回をしているとのこと。

 

 そう言うこともあって、前回は本当に偶然だったんだなって。

 

 ちなみに、あの時ボクが更生させた人たちは、今は真っ当に働いているみたいです。

 

 王都で『気配感知』を使用したら、反応がありました。

 

 せっせと働いているみたいで、充実している時の反応がありました。

 

 よかったです。

 

「イオおねえちゃん、あそこ」

「どれどれ……あ、あそこだね。みんな、もう少しみたいだから、頑張ろう!」

「「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」」

 

 うーん、大人数。

 

 ここまで大勢の旅行は初めてだよ。

 

 まあ、だからこそ楽しいんだけどね。

 

 そんな事を思いつつ、ボクたちは村へ行く足を早めた。

 

 

 そして、村に到着し、村に入るなり、

 

『女神様、ありがとうございました!』

「ふぇ……?」

 

 なぜかいきなり、村の人達にお礼を言われた。

 

 ど、どういうこと……?




 どうも、九十九一です。
 久々の二話投稿です。まあ、有言実行ですよ。いやぁ、一日に二話書くのは、地味にきちぃですね。久々にやりましたよ。一時期、二話投稿を毎日できていたのが、今じゃ不思議なくらいです。うーむ。謎。
 三話目に関してなんですが……うーん。行けるかどうか微妙、と言うラインでしょうか。いや、頑張って書くつもりではあるんですが、意外とキッツイ。
 一日に一万二千文字以上書くって、なかなかにヤバい。それを言ったら、バレンタインの時の女委√と未果√なんて、一日で二万文字以上書いてるんですけどね。あれは、うん。調子がよかったんや。
 なので、もしかすると、三話目は投稿されないかもしれません。というかそっちの方が濃厚。
 まあ、万が一投稿できるとしたら……うーん、19時~21時辺りでしょうか。まあ、期待しないでください。
 駄目そうだったら、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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424件目 欠落した二日間1 上

「あ、あの、すみません。ボクは、なんでお礼を言われているんでしょうか……?」

 

 突然村人総出でお礼を言われる事態が発生して、思わず面食らい、どうしてお礼を言われたのかを尋ねる。

 

『いやいや、何をおっしゃいますやら。九ヵ月ほど前、我々の村にふらりと訪れて、魔物の群れに困っていた我々を助けていただいたではありませんか』

「え、ま、魔物の群れ……?」

 

 さらに戸惑う。

 

 ボクに対して説明(?)をしてくれている人は、見たところ村長さんのようで、歳は……大体六十代後半くらい、かな? おじいさんと言った風貌で、なんだか優しそうな顔をしている。

 

 そのおじいさんが、まるで孫に向けるような笑顔を顔に浮かべて、魔物の群れから助けてもらったと言ってきた。

 

 ……あ、あれ? ボク、いつそんなことしたっけ……?

 

 九ヵ月前と言うと、多分、ボクが異世界転移装置の試運転をした時、だよね?

 

「あ、あの、それって本当にボク、なんですか?」

『ええ、そのお姿、見間違えようがありません。間違いなく、女神様だと断言できます』

 

 村長さんの言葉に、後ろにいる村民の人たちもうんうんと頷いている。

 

 その表情は、個人差があれど、明らかにこちらに感謝しているような表情を浮かべている。

 

 ……ま、待って? 本当にいつ、ボクがそんなことをしたの?

 

「依桜、これ、どういうこと?」

「そ、それが、ボクにもさっぱりで……来たことはない、はずなんだけど……」

「じゃあ、依桜のそっくりさんが現れた、ということなのか?」

「それはないと思う」

「ん? それはなんでだ? 異世界なんだろ? 依桜みたいな髪色の人とかいてもおかしくなくね?」

「そうじゃなくて、この世界には銀髪碧眼の人っていないみたいなんだよ」

「え、マジ?」

「うん、マジ」

『女神様の言う通りですな。この世界には、女神様のような銀色の髪に、翡翠の瞳を持った人間、及び亜人はおりません。……ところで、そちらの方々は?』

 

 ボクのセリフに補足をするように村長さんが言う。その後に、ボクと一緒にいる未果たちに気づくと、何者なのか尋ねて来た。

 

「あ、はい。えっと、ボクが住んでいる世界にいる友達です。それで、こっちはボクの妹たちです。……と言っても、妹たちについては、こっちの世界出身なんですけどね」

『なんと。界渡りとは……。おや? そちらの黒髪の少女は……もしや、リル、か?』

「そう、だよ、村長、さん」

『なんと! ある日突然誘拐されてしまったリルが、帰って来ただと!? これはいかん。誰か! 孤児院の誰でもいい、知らせてくるのだ!』

 

 リルの姿を見て、本人だと知るや否や、村長さんは外見からは想像できないほどのハリのある声を出し、指示を出していた。

 

 わ、すごい。

 

 少し呑気にそんな事を思っていると、もう伝えに行ったのか、一人の女性がこちらに走って来た。

 

「リル!」

「テトラ、せんせい……!」

 

 その女性は、リルに駆け寄ってくると、思いっきり抱きしめた。

 

 リルの方も、それを受け入れ、テトラと呼ばれていた女性を抱きしめ返した。

 

「助けてあげられなくて、ごめんねっ……!」

 

 テトラさんは、泣きながらリルに謝る。

 

 リルもリルで、涙を流していた。

 

 いいね、こう言う光景。

 

 本当に、助けてよかった。

 

「女神様、あの時だけでなく、私の娘とも言えるリルを助けていただき、ありがとうございました」

「いえいえ。ボクもほとんど成り行きで助けたようなものですから。それに、リルはいい娘です。向こうの世界でも、ここにいるみんなと仲良く暮らしていますよ」

「暮らしている……?」

「あ、すみません。えっと、実はリルなんですが……ボクが引き取る形で、向こうで家族として一緒に暮らしているんです。現状は、この娘たちと一緒で、ボクの妹、ということになっています。もちろん、ボクもリルのことは本当の妹だと思っていますし、大切にしています。それこそ、危害が及ぼうものなら、全力で助けるくらいに」

「リル、本当なの?」

「う、ん。イオおねえちゃん、とってもすごい、の。わたし、幸せだよ」

「そうなの……。ということは、これからも女神様と一緒に?」

「わたしは、イオおねえちゃんたちと一緒が、いい、から……えと、ご、ごめんなさい……」

「謝らないで。私としても、引き取り手が現れてくれて嬉しいの。何より、あなたを大切にしてくれる人に引き取ってもらえたんだもの、私も嬉しい」

 

 テトラさんは優しい笑顔をリルに向けながら、そう告げる。

 

「テトラ、せんせい……」

「女神様、どうか、これからもこの娘のことを、よろしくお願いします」

 

 こちらに向き直ると、テトラさんはボクに深々とお辞儀をしてきた。

 

「はい。任せてください。きっと、素敵な女性に育てます。それに、来ようと思えばこっちの世界にはいつでも来れますから。その時は、必ず」

「それは、とてもありがたいです。これからの成長が見れないと思ったら、少し寂しく思っていたので……」

 

 ずっと育てて来たから、当たり前の感情だよね。

 

 よかった、異世界転移装置を創ってもらって……。

 

 これがあれば、色々と助かるからね。

 

「あ、そうだ。えっと、村長さんに訊きたいことがあるんですけど……」

『私に、ですかな? もちろん、女神様の頼みとあらば、何なりと』

「えっと、さっきのお話の続きなんですけど……ボクがここに来た時のお話を聞かせてもらえませんか?」

『ふむ……わかりました。それでは、私の家で話をしましょうか。あぁ、女神様の友人の皆様や家族の皆様もどうぞこちらへ』

「ありがとうございました。それじゃあ、行こ、みんな」

 

 ボクがそう言うと、みんなは軽く頷いた。

 

 村長さんが一声かけ、ボクたちは村長さんの後をついていった。

 

 

『それで、女神様が助けてくださったときの話、でしたな』

「はい」

 

 村長さんの家に入り、リビングらしき場所へ移動すると、そこにあった椅子に腰かける。

 

 メルたちは、リルが暮らしていた孤児院に遊びに行った。

 

 リルが行きたいと言ったからね。

 

 それに他のみんなが便乗した形です。

 

 仲がいいのは、いいことです。できれば、こっちの世界でも友達を増やしてほしいところ。

 

 未果たちは、ボクの方が気になったようで、こちらに同席してます。

 

「あ、お話してもらう前に一ついいですか?」

『もちろんですとも』

「それじゃあ……。あの、どうしてボク、女神様って呼ばれているんですか?」

『あぁ、それはですな、その時の女神様への畏敬の念を抱いた者たちがそう呼びだしたのです』

「いや、ボク人間ですけど……」

『そうですな。しかしながら、その時の女神様は特殊なオーラとも呼べるようなものを発しておりましたので』

「オーラ、ですか」

 

 ここでもオーラ。

 

 ボクの体って、そんなに変なものが発されてるの?

 

 どうしよう、すごく気になって来た。

 

 と、とりあえず、今は話を聞こう。

 

「えっと、出来れば女神様はやめて頂けると……」

『そうですか? では……勇者様と』

 

 それはそれで恥ずかしいけど、まだマシ、かな。うん。

 

「じゃあ、それでお願いします……」

『わかりました。では、話をするとしましょうか』

「はい。お願いします」

『あれは――』

 

 

 それは、依桜が二度目の異世界転移をした時の事。

 

 あの時と言えば、依桜は何かと問題を引き寄せていた。

 

 転移した初日はさしたる問題はなかったが、二日目からは割と問題を引き寄せていた。

 

 二日目は単純に、ミオによる謎すぎるテストを受け、その際に約束した料理を作るべく、王都へ買い物に出かける。

 

 その際に、国王と会い、そのまま城へと移動。

 

 パーティーで着るドレスを選んでいると、リーゲル王国の王子である、セルジュにプロポーズされると言った事態を招いた。

 

 三日目は、誘拐されかけたリーゲル王国の王女である、フェレノラを偶然助け、そこでミオの正体についてある程度知ることになったりと、結構あれだった。

 

 四日目は普通にパーティーだけだったので、特に問題はなかった。

 

 が、問題が発生したのは五日目と六日目のこと。

 

 五日目の朝はそこまで問題なかった。

 

 問題が発生したのはその後。

 

 依桜がごろごろするぞー! と決めた直後から、依桜の記憶に欠落が生まれた。

 

 欠落、と言っても、欠落したのはあくまでも五日目と六日目の記憶だけであって、それ以外は正常である。多分。

 

 近頃、依桜はまれに記憶があやふやになる時があるとか言っているので、意外と何かあるのかもしれない。本人は病気かもしれないと思っているそう。依桜らしい。

 

 さて、そんな依桜だが、五日目に何をしていたか、と言えば……

 

「はぁっ!」

『『『ギャァァァァァァァァッッ……』』』

 

 魔法を用いて、魔物の群れを撃退していた。

 

『め、女神様だ……女神様が私たちの村を救いに……!』

 

 そんな依桜の背後では、多くの村人たちが魔物を蹴散らしていく依桜を見て、崇拝に近い感情を向けていた。

 

 なぜ、こうなったかと言うと、答えはシンプル。

 

 順を追って説明するため、ほんのわずかに時間を遡る。

 

 

 ミオの家にて。

 

「エル――師匠、少し出かけて来てもいいですか?」

 

 ある程度の家事を終えた依桜が、ミオに対し『出かけてきていいか』ということを尋ねたところから始まる。

 

 最初、何かを言いかけて止めたのは、何だったのかは不明である。

 

「ん、ああいいぞ。どこへ行くんだ?」

「いえ、ちょっと散歩に行って来るだけですよ」

「そうか。わかった。気分転換でもしてきな」

 

 依桜のお願いに、ミオは普通にOKをする。

 

 まあ、この前に『ごろごろしていいですか?』と依桜自身が訊いているので、OKしないわけがないのだが。

 

「はい、ありがとうございます。師匠」

「気にするな。あたしは適当にごろごろしてるよ」

「そうですか。でーも、お酒は飲み過ぎたらいけませんよ?」

「わーってるって。ほんと、お前は心配性だよな……なんだか、あたしの親友を思い出すぞ、このやろー」

 

 依桜の忠告に、苦笑いを浮かべ、半ばふざけたような反応をするミオ。

 

 そんな反応を見て、依桜も軽く笑う。

 

「ふふっ、そうですね。では、ボクは少し散歩に行ってきます。師匠のことですから、心配はいらないでしょうけど、気を付けてくださいね?」

「それこそ、杞憂ってものだ。ま、安心しな。あたしを殺せる存在なんざ、邪神やあたしの親友だった創造神くらいものだからな」

「そうなんですね。……それでは、行ってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 軽く微笑んでから、依桜は家を出た。

 

(……そういやあいつ、あんなに丁寧口調だったか?)




 どうも、九十九一です。
 本当は一話ほどで終わらせようと思ったんですが、睡魔がとんでもなかったんで、中途半端ではありますがここで一度切ります。次でなるべく終わらせるつもりです。
 一応この章では、1-3章にて存在していた依桜の空白の二日間の話をします。というか、今回の話がそうですね。まあ、伏線の回収からの伏線を張る、ということをしている……と思います多分。まあ、この章で張られる伏線を回収するのは、相当先でしょうけどね。具体的には、三年生編辺り。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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425件目 欠落した二日間1 下

 ミオからの許しを得て、依桜は家を出た後、すぐに森を抜ける。

 

 ミオが暮らす森は地味に深いし広いので、普通の人だったら遭難して、そこに棲む魔物に殺されても不思議じゃないほどとなっている。

 

 もちろん、依桜には通用せず、普通に出る。

 

 というか、魔物たちは依桜に近寄るどころか、なんかすり寄ってくる場合もある。

 

 理由はと言えば、単純に依桜が優しかったから、である。本当にこれで片付けられるくらい、依桜はちょっとおかしいことをした。

 

 簡単に言えば、怪我をしていた魔物の手当てをしたりだとか、悪さをしていた魔物を殺すのではなく、真正面から叱ったりだとか、そんなことをしていた。

 

 そうして気が付けば、森にいる魔物たちは依桜に懐き、森の番犬的な存在へとなっていたりする。

 

 ちなみに、森に入り、悪さをする人は追い出すようにと、依桜から命令をもらっている。

 

 万が一、そうではなかったら、森の外へ送るように、とも命令を出されている。

 

 こっちの世界において、どうしようもなければ依桜は魔物を殺すが、そうではなく、ある程度の意思疎通が出来れば、殺さないのである。

 

 事実、林間・臨海学校においては野生と言えど、猪を殺すことを躊躇ったり、こっちの世界では敵であるはずの魔族たちを殺さなかったりしているほどだ。

 

 そんな依桜が、どうやって強くなったか、と訊かれれば、騎士団の者たちとの修練だったり、ミオが課した修行によるもの(明らかにこっちが大半を占める)である。

 

 まあ、元々依桜自身は心優しい男の娘だったので、むやみやたらに殺すことをしなかっただけでもあるのだが。

 

 それはそれとして、森を出た依桜は、ふらーりふらーりと歩き出す。

 

 特に予定はなく、ただただ散歩をするだけに出てきたので、当たり前と言えば当たり前だ。

 

 むしろ、何らかの目的をもって散歩に行く人はいないと思われる。

 

 リラックスする時間としての意味が強いので。

 

「~~♪ ~~~~♪」

 

 そんな依桜だが、鼻歌を歌いながら、実に楽しそうに散歩していた。

 

 一応、この森は王都からそう離れていない位置にあるので、たまーに王都から村、もしくは町へと移動する馬車が通り、依桜の容姿を見て驚いていたり、見惚れていたりもするが、本人は気づいていない。

 

「こうして、のんびりお散歩をするのは久しぶり」

 

 楽しそうに呟く依桜。

 

 まあ、依桜は異世界から帰還してからというもの、ほとんど休みなく動き回っていたような物だ。

 

 そのため、今のこの自由時間がとても楽しいようである。

 

 可愛らしい笑顔を浮かべながら歩く美少女の絵図はいい。

 

「ふんふふ~ん♪ ……ん?」

 

 楽しそうに歩く依桜が、突然足を止め、ある方角を見つめ始めた。

 

「……誰か、襲われている?」

 

 そのような気配を感じ取ったらしく、依桜は襲われている人がいるであろう方角を見つめ続け……そして、走り出した。

 

 

『いやぁぁっ!』

『だ、誰か……誰かぁ!』

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 依桜が駆け付けた場所には、一つの村があり、そこには大勢の魔物に襲われる村人たちがいた。

 

 見れば、ほとんどは戦えない者ばかりで、必死に逃げ惑っている。

 

 戦える村人や、その村に駐在していたと思われる騎士たちがおり、その者たちが必死に抵抗しているが、圧倒的に魔物の方が多いため、完全に劣勢を強いられている。

 

 このままでは間違いなく村は壊滅してしまうおそれがある。

 

 しかし、それを見た依桜が何もしない、なんてことはなかった。

 

「はぁっ!」

 

 依桜は状況を認識するや否や、風魔法にて小規模な竜巻を発動させ、それを魔物の群れにぶつけた。

 

 それにより、三割近くの魔物たちが吹き飛ぶこととなり、それに便乗し騎士たちもお仕返し出す。

 

 それだけにとどまらず、依桜は再び魔法を展開させると、今度は一ヵ所ではなく、数か所に竜巻を発生させた。

 

 それらは、村人を襲おうとしていた魔物たちを蹴散らしていく。

 

 

 とまあ、そんなことがあった。

 

『おぉ、どこのどなたかは存じませんが、助かりました』

 

 撃退を終えると、一人の老人が依桜にお礼を言ってきた。

 

「いえ、お気になさらず。偶然、魔物の群れに襲われていることに気が付いただけですので。それよりも、どなたか怪我をした方はいらっしゃいますか? 特に、子供たちが心配なのですが……」

 

 依桜は丁寧な口調で老人に尋ねる。

 すると、老人は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。

 

『それが、何名か怪我を負ってしまったようでして……中には、重症な者も』

「わかりました。その人たちの所へ案内してもらえませんか? 回復魔法をかけます」

『なんと、回復魔法まで……本当に、ありがたい限りです。こちらです』

 

 老人の案内で、依桜は怪我をした者たちの元へと向かう。

 

 案内されたところには、老人が言った通り、怪我をしている者たちが横たわっていた。

 

 軽い傷を受けた者の他に、脇腹を大きく抉られた者もいる。

 

 手当てが遅れれば、確実に致命傷になる傷だ。

 

「なるほど……これは、たしかに酷いですね。急ぎ、治療しましょう」

『できるのですか……?』

「はい。お任せください。……『ノア・ヒール』」

 

 依桜が魔法名を呟くと、怪我人たち全員を覆うような魔法陣が現れ、一気に回復魔法をかけていく。

 

 効果はすぐに現れ、傷ついた者たちの怪我をみるみるうちに修復していく。

 

 その回復速度に、周囲にいる村人たちは瞠目する。

 

『まさか、上位の回復魔法を使用できるとは……まるで、本物の女神様のようなお方だ』

「いいえ、ボクはそういうものではありません。あなた方と同じ、普通の人間です。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

 微笑みを浮かべながら、そう返す依桜。

 

 その謙虚な態度を見て、さらに感服する老人。

 

「それで、一体何があったのでしょうか?」

『それがわからないのです……。以前にも一度、同じようなことがあったのですが、その時は今よりも魔物の数は少なかったのです。その上、魔物の数にしては狙った場所が少なく、その魔物自体もここいらの魔物にしては強かったため、騎士たちや戦える者たちが引っ張り出されてしまいまして……。その混乱に乗じて、誘拐されてしまったものまで』

「なるほど……」

 

 暗い表情で告げる老人。

 

 周りの人――特に、一人の女性が今に泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。

 

「それでは、今回も襲撃して来た魔物は……」

『おそらく、前回と同じかと思われます。魔物の構成がほとんど同じでしたので。それに、前回と同じように、数の割には狙った場所が数ヶ所しかありませんでした。おそらく、前回同様、誘拐を目論んだ者の仕業ではないかと』

「誘拐犯、ですか。……少し待ってください」

『はい』

 

 依桜は一言告げてから目を閉じる。

 

 使用するのは『気配感知』。

 

 自信を中心とした半径二キロメートルを範囲として確認。

 

 すると、村から箇所に1.2キロ離れた位置に、悪感情を抱いている者たちの反応があった。

 

「見つけました」

『ほ、本当ですか!?』

「はい。ここから、1.2キロほど離れた位置にいます。ボクはそこへ出向こうと思います」

『い、いくら女神様と言えど、一人では危険です!』

「大丈夫ですよ。ボクは弱くありませんから。それに……とーっても強い師匠に鍛えられましたから」

『で、では、何名かの騎士を連れて行った方がいいのでは……? 捕縛する時、大変でしょうし……』

「……それもそうですね。わかりました。では、どなたか付いて来てくれませんか? もちろん、危険がないよう、ボクが守りますので」

 

 優しく微笑みながら告げると、数人の騎士が前に出てきた。

 

 なんだか、顔が赤い。

 

 どことなく神秘的な雰囲気を醸し出す依桜に見惚れているらしい。

 

「では……そうですね、あなたとあなた、それからあなたたちにお願いしたいと思います。大丈夫ですか?」

『『『『問題ありません!』』』』

「わかりました。では、出発しましょう」

『『『『はい!』』』』

 

 なんだかまるで、女王に付き従う騎士みたいだった。

 

 

『おい、失敗じゃねえか……!』

『誰だよ、あんな上位魔法使ってきやがったのは!』

『一昨日だって、王女の誘拐に失敗するしよ』

『あー、あれな。マジで誰だったんだ、乗り込んできやがったのは……』

『ってか、アーティファクト級の魔道具の隠蔽を見破ってくる時点でおかしいだろ』

 

 依桜が言った場所には、数名の男たちがいた。

 

 男たちは、先ほどの光景を遠目に見ており、いつ侵入するかを考えていた。

 

 しかし、侵入する暇なんて与えないとばかりに依桜が乱入して来て、村にはなった魔物は撃退され、コントロールから離れた。

 

 それに伴い、今回の作戦は失敗だと悟ると、思い思いに文句を垂れていた。

 

『つーか、せっかく集めた魔物がおじゃんだぜ……』

『クソッ、あの魔物どもを集めるのは苦労したってーのによ!』

『やっぱ、ゾールにいる魔物を使役するか……?』

『いや、やめとけ。あそこの魔物はシャレにならん。強いんだよ、一般的な魔物よりもよ』

『だよなぁ……。仕方ねぇ、撤収するか』

『だな。おい、てっしゅ――』

「させると思いますか?」

『『『『――ッ!?』』』』

 

 リーダー格っぽい男が撤収と言おうとした瞬間、そこに美声が響いた。

 

 男たちは、背後にいた依桜に気づくと、その場から飛び退く。

 

 ある者は武器を構え、ある者は魔法を使おうと詠唱に入る。

 

 だが、

 

「大人しくしてくださいね? 反撃しようすれば、手加減なんてできませんから」

『はんっ! 女が偉そうに言うじゃねえか!』

『見たところ? 背後にいる騎士どもが守護する女ってとこか?』

『ということはだ。お前は貴族様なんじゃねえの?』

『しかも、見たとこえれぇ上玉じゃねえか。どうだ? 大人しく俺達と一緒に来れば、命は保証してやるぜ?』

 

 下卑た笑みを浮かべながら、依桜にとってただただ不快な言葉を吐く。

 

 依桜の笑みがさらに深くなる。

 

「そうですか。こちらこそ、投降すれば手荒な真似は控えたのですが……仕方ありません。少し、眠ってもらいますね」

『は? 一体何を言って――がはっ』

 

 依桜は一瞬で男たちの背後に回ると、首筋に針を突き刺した。

 

 それにより、全員が気絶。

 

 あっさり終了となった。

 

「まったく、口だけなのですね。……さて、この方たちを捕縛してもらってもいいでしょうか? 全員気絶させましたので」

『ただちに』

 

 そう言うと、騎士たちの動きは迅速だった。

 

 すぐさま捕縛用のロープで気絶している男たちを縛り上げる。

 

「では、村に戻りましょう」

『『『『はっ』』』』

 

 なんか、本当に女王に傅く騎士たちみたいになっていた。

 

 

 村に戻り、男たちを拘束したまま気絶から意識を戻し、事情を尋ねる。

 

 尋ねる、と言うが、実際は尋問に近いが。

 

「それで? 一体なぜ、あんなことをしたんですか?」

『か、金だよ金! 俺たちゃ金が欲しかったんだよ!』

「お金ですか。悪党らしいセリフですね。……では、次に。村の人達の命を奪うことに、忌避感などはなかったのですか?」

『はっ、そんなもんあるわけねーだろ! 他人の命なんざ、仲間以外どうでもいいんだよ!』

「……どうでもいい、ですか」

『ああ、どうでもいいね! どうせ、俺たち以外の人間は、悪事にすら手を染められないクソどもだからなァ!』

「……」

 

 無言。

 

 男の言い分を聞いて、依桜は酷く不快になった。

 

『ま、もうどうでもいいし、さっさと処刑にでもしろよ』

 

 と、男が言うが……

 

「いいえ。あなたたちは殺しませんよ」

 

 にっこりと微笑んで依桜は堂々と言った。

 

 それを聞き、村人たちもぎょっとする。

 

『はぁ!? なんでだよ!?』

「何も償ってもいないのに死ぬ、そんなことは許しません。絶対に償ってもらいます。そうですね……とりあえず、王都の騎士団の方たちにでも引き渡しましょうか。騎士の方」

『はっ、なんでしょうか』

「騎士団長、もしくは国王様にこう伝えてください。『殺さずに、強制労働をさせるように』と。その際、なるべく戦争の被害を受けた町や村にしてください。もちろん、悪さをしないよう、『誓約の腕輪』を付けておくことをお勧めします」

『了解致しました。すぐに我々がこの者たちを王都へ引き連れ、必ず伝えましょう』

「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」

『お任せください』

 

 そう言うと、騎士たちは男たちを引き連れ、王都へと向かった。

 

「……ともあれ、おそらくこれで大丈夫でしょう」

『本当に、なんとお礼を言えばいいか……』

「お礼は大丈夫ですよ。ボクはただ、ここを見かけただけですので」

『ですが……』

「それでは、今からそうですね……九ヵ月後くらいにでもお願いします」

『九ヵ月、ですか?』

「はい。おそらく、その時期にまたボクが来ますから。今度は、ここで誘拐されたという子を連れて」

『そう、ですか? わかりました。再びこちらに立ち寄った際は、是非、お礼をさせてください』

「ふふっ、ありがとうございます。では、ボクはこの辺りで」

『ありがとうございました』

 

 最後ににこっと、微笑みを浮かべて、依桜はメネス村を去った。




 どうも、九十九一です。
 二日連続で遅れて申し訳ねぇ……。昨日、なんか眩暈とかしたもんで、書き上げる前に寝たんですよ。本当は朝起きてから続きを、と思ったんですが……まあ、うん。爆睡でした。おかげで、スッキリしたので、いいっちゃいいんですが。まあ、遅れたのは事実ですし、本当にすみません。
 えー、内容に関してですね。まあ、うん。こういう依桜もありだよね! みたいな感じです、ハイ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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426件目 記憶探り

『――とのようなことがあったのです』

「……そ、そう、ですか」

 

 話を聞き終えると、部屋には何とも言えない空気が流れた。

 

 なんと言うか……色々とツッコミどころしかない。

 

「ねえ、依桜……」

「……何、未果」

「あの、さ。依桜って、そんなに丁寧な口調だったかしら?」

「敬語は使う、けど……村長さんが話したような敬語は使わない、よ? ボク。丁寧すぎるとちょっと疲れちゃうし……もちろん、相手によってはするかもしれないけど、基本的には普通、だと思うんだけど」

「そうよね……」

 

 うーん、本当に記憶がないから何とも言えない……。

 

 でも、本当にそれはボクだったのかな?

 

「村長さん、その人って、本当にボクだったんですか? その、自分で言うのもなんですけど、口調が丁寧すぎると言うか……」

『はい、あれは勇者様でした。間違いありません。そして、九ヵ月後の今日、本当に誘拐された子を連れて、再び訪れたのですから』

 

 笑いを浮かべながら、そう言う村長さん。

 

「ってかさ、最後の部分、おかしくね? なんか依桜……っぽい奴さ、まるで今日依桜が来ることをわかってたみたいじゃん?」

「そこは俺も気になってる。依桜に未来が見える、みたいな能力とかがあるのなら話は別だが……」

「ボク、そんなものないよ? さすがに『未来視』なんて能力は持ってないし……」

「あ、わたしも気になることあるよー」

 

 女委も女委で気になることがあるらしく、手を挙げていた。

 

「女委はなに?」

「えっとさ、CFOってこっちの世界を基にしてたり、能力とかスキルなんかも適用されてたじゃん?」

「そう、だね」

「でもさ、話を聞いてると、その依桜君っぽい人、上級魔法を使ったみたいに言ってたでしょ? たしか依桜君って……」

「うん……初級だけ、なんだけど」

 

 女委の疑問の通り、そこもおかしい。

 

 ボクが使用可能な魔法と言うのは、基本的に初級魔法のみ。

 

 今使えるのだと、聖属性魔法、風属性魔法、回復魔法の三つと、付与魔法。

 

 一応『アイテムボックス』も魔法だけど、ボクの場合、色々とおかしいのであれは……カウントしない方がいい気がします。

 

『どうかされたのですか?』

「あ、い、いえ。その……ボク、魔法は初級の物しか使えないんですよ」

『そうなのですか? ですが、あの時使用されていたのは、間違いなく上級のものだったのですが……』

 

 本当にどういうこと?

 

 ……これはちょっと、師匠にも来てもらった方がいい気がしてきた。

 

「すみません。ちょっと師匠と連絡してきます」

 

 一言断って、席を外す。

 

 少し離れたところに行き、師匠に電話をかける。

 

『なんだ? イオ』

「あ、もしもし。えっと、ちょっと師匠に来てもらいたいんですけど……大丈夫ですか?」

『ん? なんだ、問題でも起きたのか?』

「いえ、問題と言うか……まあ、問題のような物です。ちょっと気になることが出てきちゃいまして……」

『なるほど。つまり、あたしの意見も聞きたい、もしくはあたしがいた方が何かといいかも、ってことか?』

「そうです」

『わかった。ちょっと待ってな。今すぐそっち行く』

「え、今すぐ……って、切れちゃった」

 

 今すぐそっち行くと言った後、通話が切れた。

 

 どういう意味なんだろう? と首を傾げていたら……

 

「で、何があったんだ?」

「ひゃぁっ!?」

 

 目の前にいきなり師匠が現れた。

 

「し、しし、師匠!? は、早くないですか!? というか、いつの間に……!?」

「何を言う。あたしは空間転移が使えるんだぞ? あとは、あれだ。色々とスキルを併用して、ここに来たんだよ。ま、あたしは最強の暗殺者とか呼ばれたんでな」

 

 ふっと笑って自信満々に言う。

 

 うわー……何と言うか、本当にさすがとしか言いようがないレベルの能力だよ。

 

 やっぱり、異常だよね、師匠って。

 

「んで? 聞きたいことってのはなんだ?」

「あ、はい。えっと、ちょっとこっちに来てください。詳しいことは村長さんからの方がいいので」

「あいよ」

 

 ともあれ、師匠がすぐに来てくれたのは普通にありがたい。

 

 

「……なるほど、そう言うことか」

「はい。師匠、その時のこと、何かわかりませんか?」

「あー、そうだなぁ……たしかに、村長の言う通り、あたしと話している時もやけに丁寧に話していたな」

「そう、ですか……」

 

 師匠に対しても、そういう口調だったんだ。

 

 うーん、となると本当におかしい。

 

「お前、本当に記憶がないんだよな?」

「はい……」

「たしかに、お前は七日目、あたしに自分が何をしていたのかを尋ねてきていたが……まさか、本当に記憶がないとはな。しかも、知らず知らずのうちに動き回って、村を救っているとは」

 

 師匠の声には微妙に呆れが混じっていた。

 

 うぅ、なんだか申し訳ない……。

 

「……仕方ない。どれ、これが本当なのかあたしが見てやろう」

「え、どういうことですか?」

「ほれ、あたしがよく使うものの中に、記憶操作があるだろ?」

「はい、ありますね」

「それを応用すれば、相手の記憶を見ることも可能だ。そこで、その能力を使用して、お前のその時の記憶を覗いてみる、ってわけだ」

「そ、そんなことができるんですか……って、師匠ですもんね。できますよね……」

「はは、当たり前だろ」

 

 何なんだろうね、この人。

 

 もう、何でもありな気がするよ……。

 

 見れば、他のみんなも師匠のやろうとしていることには苦笑い。

 

 村長さんなんて、驚いて口をぽかーんと開けてるし……。

 

「じゃ、ちょっと頭借りるぞ」

 

 そう言うと、師匠はボクの頭にぽんと手を置いた。

 

「『接続』……『開示』」

 

 師匠がその二つの単語を呟くと、なんだか頭の中に視線を感じた。

 

 え、な、なにこれ? 本当に頭の中を覗き見られてる気が……。

 

「ああ、まあ、直接の頭の中を見てるからな」

「――!?」

 

 え、もしかしてこれ、ボクが考えてることも筒抜け……?

 

「筒抜けだな」

 

 ひ、酷い! これ、絶対に普段使われたくない類のものだよ!

 

「気にするな。そもそも、あたしは『感覚共鳴』があるしな。他人の心を読むなんざ、それで十分だよ」

「それはそれでだめですからね!?」

 

 この人、デリカシーがないんじゃないのかな……。

 

 本当に、嫌になるよ。

 

 師匠に対して、ちょっと微妙な気持ちになっていると、師匠が目を閉じて集中しだした。

 

 それと同時に、ボクの方も頭の中を覗かれている感じが強くなる。

 

 うぅ、なんだか恥ずかしい……。

 

「…………………………ふむ。なるほど、うすぼんやりとだが、該当する記憶があるな」

「え!?」

「じゃあミオさん、依桜君はその時この村に立ち寄ってるってこと?」

「あー……まあ、そうだな。この記憶を見た限りじゃ、間違いない。うん。間違いない」

 

 あれ? なんで師匠、こんなに歯切れが悪いんだろう?

 

「というかお前、六日目にも似たようなことしてるぞ?」

「え、えぇぇぇぇ!?」

「見た感じ、こっちでもどこかの村で人助けをしているな。こっちは……盗賊どもを撃退しているみたいだ。お前、本当に何してたんだよ。あの時」

「い、いや、本当に記憶がないんですって」

「記憶がない、ねぇ……?」

 

 あ、あれ? 本当に師匠がさっきから微妙な顔をするんだけど。

 

 具体的には、若干目を細めて少し真顔になってまっす。

 

「ふぅむ……」

「あ、あの、師匠、どうなってるんですか? ボクの記憶……」

「あー……うーん……そうだなぁ……」

「え、あの、なんでそんなに歯切れが悪いんですか……?」

 

 なんか怖いんだけど。

 

 本当に怖いんだけど……!

 

「いや、気にするな。正直、どう言えばいいか迷ってるだけだ。まあ、言うだけ言うが……この記憶は、なんか本当にぼんやりとしてる」

「ぼんやり、ですか?」

「ああ。他の記憶はしっかりと見えるのに対し、五日目と六日目の記憶だけがぼんやりとしている」

「えっと、なんでかわかります、か?」

「………………いや、わからん」

 

 最初の間が気になるんだけど……。

 

 でも、わからないって言うならそうなんだよね、師匠だってわからないことはあるもん。

 

「まあ、強いて言うなら、この時の感情は明らかにおかしいな。いやまあ、お前だったらそこまでおかしくはないんだが……何と言うか、お前よりも優しいな」

「い、依桜より優しいって……それ、本当に人間?」

「未果、それどういう意味!?」

「どういう意味も何も、未果が言うことには一理あるというかな……依桜の優しさは正直異常なくらいなんだが、それ以上ともなると明らかにヤバいぞ?」

「それな。依桜はおかしいくらいに異常だからなぁ」

「うんうん。優しすぎるのにそれ以上はちょっとねぇ……」

「今以上に優しい依桜ちゃんって、一周回って怖いかな……」

「うちも、さすがにそれは異常だと思うなぁ……」

「み、みんなまで!? え、ぼ、ボクってそんなに異常なの……?」

「「「「「「異常」」」」」」

 

 え、ぼ、ボクってそんなに異常だったんだ……。

 

 というか、そんなにおかしいのかな、ボク。

 

 普通のことをしているだけだと思うんだけど……。

 

「あと言えることは、なぜこの記憶をお前が思い出せないのか、というところだな。まるで……」

「まるで?」

「まるで、お前の記憶じゃないみたいだ」

「いやいや、ボクは多重人格じゃないですよ?」

 

 別の人格がボクにあるわけないもん。

 

 もしあるんだったら、昔からそうなってたと思うもん。

 

「ま、それもそうだな。多分あたしの気のせいだろ。ただまあ、別段悪いことをしていたわけじゃないし、そこまで気にしなくていいと思うぞ、あたしは」

「うーん、でももしかすると、この時以外にも記憶がないところがあるかもしれないんですが……」

「なぜだ?」

「いや、最近あやふやになる時があるので……」

 

 本当に最近になってからだけど。

 

「……まあ、大丈夫だろ。このよくわからん記憶を見る限りじゃ、お前以上の優しさを持ってるみたいだしな。変なことはしてないだろ。単純に、お前が忘れてるだけって言うのもあるかもしれないしな」

「そう、ですね。まあ、気にしないことにします。何かあったら、師匠に相談します」

「ああ、安心しな」

 

 うわぁ、本当に師匠の言葉の安心感がすごい。

 

 正直、師匠だったら何でもできるんじゃないか、って思えるよ。本当に。

 

「それじゃあ、お話も聞けたし、そろそろ戻ろうか」

『おや、もう帰るのですかな? よければ、昼食などいかがでしょうか? お礼として、村の料理を御馳走しますよ』

「いいんですか?」

『もちろんですとも。助けてもらったお礼は、まだしておりませんのでな』

「記憶がないとはいえ、ボクが助けたというのなら……ごちそうになります」

『そうですか。では、すぐに準備をさせましょう』

「おっと、村長。いい酒はあるか?」

 

 師匠が準備の事を伝えに行こうとする村長さんを呼び止めたと思ったら、まさかのお酒。

 

『お酒、ですか。ええ、もちろんありますとも。この村の特産品として作っております』

「マジか。なら、それを貰えるか? もちろん、金は払うが」

『いえ、どうもあなたは勇者様のお師匠様のようですので、お金は不要です』

「いいのか? あたしは何もしてないが」

『いいのです。遠慮なく飲んで行ってください』

「そうか。ありがとな」

 

 し、師匠が大人しい……!

 

 いつもならお酒がただで飲めると知ったら、

 

『マジで!? よっしゃ! すぐに出せ! じゃんじゃん飲むぞ!』

 

 くらいは言ってきそうなんだけど。

 

 でも、今の師匠はそうじゃなくて、普段よりもお酒があると言うの大人しい……。

 

 どうしたんだろう?

 

 

 その後は、メネス村の料理をみんなでお腹いっぱい食べました。

 

 師匠は普通に大量のお酒を飲んでいたけど、村の人達は怒るどころかむしろ嬉しそうにしていました。

 

 どうやら、作ったお酒を美味しそうに飲んでくれたことが嬉しいみたい。

 

 まあ、作り手として嬉しいもんね、それは。

 

 ただ……師匠が何かを考え込んでいるような素振りを見せていたのが気になった。

 

 うーん?

 

 ……まあ、師匠のことだもんね。多分、お酒の事を考えていたんだよね、きっと。

 

 お昼を食べて軽く休んだら、ボクたちは村を出て王都へと戻りました。




 どうも、九十九一です。
 今日は何とか間に合いましたよ。内容的には、なんかあれですが……。
 まあ、うん。正直書いてて思ったんですが、欠落部分もうやんなくてよくね? とか思ってます。どうしよう。
 ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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427件目 ミオ大暴露

 リルが以前過ごしていた村で昼食を摂ってから、王都に戻ると、ボクたちは軽く観光を再開させて、色々と楽しんでいる内に、気が付けば夜も近づいていました。

 

 一応戦争が終わり、治安に人員を割けるようになったとはいえ、犯罪が何も起こらないわけではないので、早めに戻る。

 

 たまーにあるからね、事件。前回なんて、レノが誘拐されるような事件があったわけだし……。

 

 それに、みんなの服装はこっちの世界の人たちからすれば奇異に映るし、何より好奇心を刺激する物になりかねない。そうなると、それに目を付けた人たちが悪さを働かないとも限らないからね。だからこそ、早めに戻るのです。

 

 そして、王城に戻れば、まるでそれを見越していたかのように夕食が食堂に用意されていました。

 

 なんでこうタイミングよく用意されてるのかなぁ、と王様の方を見たら……

 

「……(サッ)」

 

 勢いよく目を逸らされた。

 

 それを見て理解。

 

 はぁ……まったくもう。

 

 さてはあの人、こっそり兵士かメイドさんかを街に行かせてたんだね。

 

 そうでないと、こんなにタイミング良く夜ご飯が出せるわけないもん。

 

 別に悪い事じゃないからいいんだけど、こっそり調べさせるんじゃなくて、普通に聞けばいいのに……。

 

 どうしてこう、犯罪チックな方法で調べるのかなぁ。

 

 まあ、ご飯は美味しいけど。

 

 それに、お城のご飯なんて久しぶり。

 

 最後に食べたのは……魔王を倒して、ここに帰ってからかなぁ。

 

 二年目は師匠と一緒だったし、三年目は各地を巡っていたから、野外での食事が多かったし。

 

 そんな、お城の料理を食べているみんなは、とても幸せそうな表情でした。

 

 普通に考えて、貴族の人が食べるような豪華な食事だもんね。

 

 向こうで言えば、高級レストランとかかな。

 

 ……ということはボクって、最初に一年間、その高級な料理をずっと食べていたことになるんだけど……。

 

 うん。考えるのはやめよう。

 

 向こう換算でいくら分の食事をしたのかを考えたら、ちょっと怖くなってきた。

 

 ボク一人だけそんな気分になりつつも、夕食は終わり、お風呂にも入りました。

 

 ……まあ、何の代り映えのしない、普通のお風呂だったけどね。

 

 ただ、かなり広い大浴場でした。

 

 と言っても、ボク自身は修業時代に何度も入っているので、そこまでの新鮮味はなかったけど。

 

 恥ずかしいことに変わりはなかったけどね!

 

 幸いだったのは、一緒に入っていたのが身内だったこと。

 

 ただ、美羽さんとだけは一緒に入ったことがなかったからちょっと恥ずかしかったかなぁ……。

 

 うぅ、どうにも慣れない。

 

 お風呂に入った後は、用意された大部屋でまったりとお話……というより、なんだかパジャマパーティーみたいだけど。

 

 と言っても、メルたちはもうすでにぐっすりと眠っちゃってるんだけどね。

 

「いやぁ、異世界は楽しいねぇ」

「そうね。まだ初日で、そこまで回れていないけど、異国に来たような新鮮味があるわ」

「異国どころか、異世界だけどな!」

「でもでも、異世界って言っても、意外と元の世界と変わらないんだね!」

「文明を発展させたものが、科学から魔法に置き換わっただけと考えると、エナさんの言う通りかも」

「違うとすれば、魔力があることとか、魔道具があることだな。あとは、亜人がいることらしいが」

 

 六人は基本的にこの世界について話していた。

 

 初めての異世界で、結構はしゃいでたからね、みんな。

 

 美羽さんだって、高校生のみんなよりは大人しかったけど、それでも結構はしゃいでた気がする。

 

 なんか、異世界の娯楽小説を買っていた気がするし。

 

 なんでも、

 

『ほら、異世界産の娯楽小説なんてそうそうお目にかかれないからね。買える時に買っておくの。もしかすると、いい演技の練習になるかもしれないからね』

 

 だそうです。

 

 本当に声優というお仕事が好きなんだな、っていうことがわかるくらい、美羽さんって演技に対しての探求心がすごいよね。

 

 普通に尊敬します。

 

 それを言ったら、エナちゃんもプロだから尊敬してるけどね。

 

 ちなみに、美羽さんがエナちゃんをさん付けで呼ぶのは、同じプロとしての敬意、みたいなものだそうです。

 

 何気に、このグループってプロが二人いるんだよね。

 

 地味にすごいことな気がする……。

 

 あ、女委もある意味プロと言えばプロ、なのかな?

 

「あ、そう言えば。なぁ、依桜」

「どうしたの? 態徒」

「いやよ、ちょっと気になることがあるんだが……ステータスって、存在してるんだよな?」

「え? あ、うん。そうだね。一応ボクは視えるよ。ただ、これってこっちの世界に来たことによるものなのか、それとももともとあったのかについてはわからないけど」

「へぇ。んじゃよ、オレたちも持ってる可能性があるってことだよな?」

「うーん、どうなんだろう? 師匠にきけばわかるんじゃないかな?」

「お、それもそうだな。んで、その肝心のミオさんはどこ?」

「えーっと……あ、いた。師匠―」

 

 室内をぐるりと見回すと、師匠はバルコニーで外を眺めていた。

 

 ただ、なんだろう。また考え事をしているような気が……。

 

 読んでみても、反応がないし。

 

 どうしたんだろう。

 

「ちょっと呼んでくるね」

 

 そう言って、ボクはバルコニーへ移動。

 

「師匠」

「ん……ああ、イオか。なんだ?」

「いえ、ちょっと師匠に訊きたいことがあったんですけど……考え事ですか?」

「ま、ちょっとな。まあ、そこまで重要なことでもないから、別に問題はない。で? 何が訊きたいんだ?」

「あ、はい。えっと、態徒がふと自分たちにもステータスはあるのか、って訊いてきたんです。でも、ボクはそこまでそういうことに詳しいわけじゃないので……それなら、一番詳しい師匠にと」

「なるほど、わかった。ならあたしが講義でもしてやろうか」

「ありがとうございます。師匠の説明はわかりやすいので、助かります」

「はは、そうか。んじゃ、向こうで説明すっかね」

 

 軽く笑ってから、師匠は部屋の中へ戻る。

 

 その後を追うように、ボクも中へ。

 

「よーし、お前たちにステータスについて軽く教えてやろう」

「「「「「「おー」」」」」」

「んじゃま、まずはステータスを見ることから始めるかね」

 

 と、師匠がそう言うと、みんなは首を傾げた。

 

 まあ、普通はわからないよね。そう言われても。

 

「ああそうか。普通は見れないんだったな。あー……そうだな。どう言うものか説明するところから始めるか」

 

 そう言うと、師匠は一瞬だけ考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「ステータスって言うのを一言で言うとすれば、そいつの身体能力をわかりやすく数値にしたものだ」

「いや、そのまんまじゃないっすか、ミオさん」

「うるせぇ。本当にこれしか言いようがないんだよ。あとは……一種のバグだ」

「「「「「「「バグ?」」」」」」」

 

 ステータスをバグと言われて、みんなだけでなく、ボクも思わず聞き返していた。

 

 バグってどういうことだろう?

 

「んー、ステータスってのは、神どもが生命に生じたバグを上手く機能するように設定したものでな。まあ、あれだ。あのクソ共の娯楽的な面が強いってことだ」

「はい!」

「エナ」

「えーっと、神様っているんですか?」

「ああ、いるぞ。クッソムカつくがな」

 

 あ、本当に嫌そうな顔をしてる。

 

 師匠、一体過去に何があったんだろう……?

 

「で、だ。このステータスってのは……基本的に、誰にでもあるものらしい。ない、とは言われているが、それは単純にあることに気づかず人生を終えているからだろう」

「つまり、元の世界にもステータスはある、ということですか?」

「そうだ。アキラは理解が早くて助かる。アキラの言う通り、向こうの世界にもステータスはあると思っていい。おそらく、能力やスキルも存在しているだろう。ま、魔法に関してはないと思うがな」

「はい」

「ミカ」

「なんで、魔法はないのかしら?」

「あー、それな。さっきのはあたしの言い方が悪かったか。正確に言えば、魔力自体はある。だが、基本的にあの世界に住む奴は魔力を持たないんだ。ちなみに、魔力がないと魔法が使えん。それと、この魔力は後天的に手に入れるのは不可能だな」

「え、師匠、それ初耳なんですけど。その通りのなのなら、なんでボクは魔法が使えるんですか?」

 

 ボクも向こうの世界出身なのに、おかしくない?

 

 なんて、そこからの疑問だったんだけど、ボクが言った瞬間に、師匠が『しまった』みたいな顔をした。

 

「あー、それは、だな……まあ、あれだ。何事にも例外はある、ってことだ」

「……師匠、さては何かを隠してますね? 今、明らかに動揺してましたよね?」

「いや、そんなことはないぞ?」

「………………むー」

「そう可愛い顔するな。………………はぁ、仕方ないか。ま、どうせいつかは本人が知らないといけないことだしな……」

 

 不意に、師匠がとても真剣な表情になった。

 

 雰囲気そのものも、かなり真剣なもの。

 

 みんなもその変化を感じ取ってか、気を引き締めた表情になる。

 

「お前、隔世遺伝だったよな?」

「はい、そうですけど……」

 

 なんでも、北欧系の血が流れてるとかで……。

 

「それ、お前は変に思ったことはないのか?」

「変、ですか? いえ、特には……」

「まあ、お前はその辺りは疎そうだしな。そもそも、だ。隔世遺伝だと言うのに、なぜお前の両親は、それが誰なのか知らないんだ? しかも、北欧系何て言うあやふやなもんだ」

「……あ、言われてみれば確かに」

「まあ、その時点からしてなんかおかしいが……まあ仕方ないな。お前の母方の方だからな、その遺伝は」

「母さんの?」

「ああ」

 

 十九年生きてて、初めて知ったよ、その事実。

 

 そっか、ボクの隔世遺伝って母さんの家系の方からだったんだ。

 

「それじゃ、まどろっこしいことはなしで、ドストレートに行くぞ。イオ、お前は――」

 

 ごくり、と部屋から生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

異世界人の子孫(・・・・・・・)だ」

「……………………え」

「「「「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!?」」」」」」」

 

 師匠のズバッと言った事実に、ボクだけでなく他のみんなも一斉に驚愕の声を上げた。

 

 まさか過ぎる事実に、驚くしかありませんでした。




 どうも、九十九一です。
 先に言います。今日は二話投稿です。理由は、単純に話が長くなり過ぎたんで、二話分けにした、というものです。さすがに長すぎたし、区切れる場所があったので。なので、今日は15時頃に続きを出したいと思います。
 中身についてですね。うん。最初はいっそのこと、あれの子孫であることを明かそうと思いましたが、止めました。ちょっとそれは早すぎる気がしたので。なので今は、異世界人の子孫、ということにしてます。まあ、二年生編の後半辺りで話しそうですけどね。
 というわけで、続きは15時になりますので、よろしくお願いします。
 では。


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428件目 ミオのステータス講義

 とんでもない事実を暴露されて、場が若干混乱したため、一度冷却期間を設ける。

 

「し、子孫……ボクが、異世界人の子孫……な、なんで? え、ええぇぇ……?」

「あっちゃぁ……依桜が激しく混乱しているわ」

「依桜君、大丈夫かい?」

「だ、だい、大丈夫……大丈夫、だよ……」

 

 一番混乱しているのはボク、なんだけどね……。

 

 ま、まさか、異世界人の子孫だったなんて……。

 

「まあ、そんなわけだ。だからイオが魔力を持っているんだ」

「で、でも師匠、ボク異世界に行く前とか、魔法は使えませんでしたよ……?」

「そりゃそうだろ。あっちの世界には、魔法と言う概念がほぼないんだから。まあ、歴史を見ていた限りじゃ、魔術って言うのはあったみたいなんで、もしかすると歴史上にはいるのかもしれないけどな、魔法が使えた奴」

「そ、そう……ですか」

 

 うぅ、なんだか突然の出来事過ぎて、本当に混乱するよぉ……。

 

「まあいい。明日も朝早いんだろ? 説明、続けるぞ」

「あ、は、はい。お、お願いします……」

「よし。まあ、魔法が使えない理由は単純に今言ったように、魔力の有無が関係してくるわけだ。魔力を持つには、前提条件が一つだけある。それは、母親の胎内にいる際、その母親が生活している場所の魔力濃度だ」

「ミオさん、それはどう関係してくるんですか?」

 

 師匠の説明に疑問を言ったのは、美羽さん。

 

 なんだかんだで、美羽さんも気になってるみたい。

 

「魔力濃度って言うのは、その言葉の通り、空気中にある魔力の濃さのことだ。これが一定の基準を上回っていれば、胎内にいる子供に魔力の受け皿のようなものが生成され、その体内の受け皿に溜まった魔力を使用することで、魔法が使えるわけだ」

 

 師匠のわかりやすい説明に、みんなうんうんと頷きながら聞いている。

 

 みんな、とても真剣な表情。

 

「例外として、イオのような存在もいるみたいだが……こっちは本当に例外中の例外だ。ほぼありえんだろ」

 

 ボク、あり得ない存在なんだ。

 

「で、だ。ステータスに話を戻すぞ。向こうの世界おいて、ステータスという存在が普及していない理由として、危険度の有無がある」

「危険度?」

「そう、危険度だ。お前たちは『CFO』をやっているだろうから知っていると思うが、あれはこっちの世界を模したものだ。それは、知っているな?」

「うちは知らないです!」

「ああ、エナは知らないのか。だが、あのゲームはこっちをモデルにして作られているんだ。とりあえず、これは理解しておけ」

「はーい!」

 

 順応早いね、エナちゃん。

 

 あと、日中は結構動き回ったのに元気だね。

 

「あのゲームで考えてみろ。生まれた世界がああいう世界で、自分はただの村人。そんな状態で外をほっつき歩いていたら、どうなる? タイト、答えてみろ」

「え、オレっすか!?」

「ああ、お前だ。ほれ、早くしろ。五秒以内に答えなきゃ、修行な」

 

 うわ、理不尽! 本当に理不尽! 態徒、一応一般人なのに!

 

「うぇ!? いや、そ、そりゃあ……やっぱ、危険、なんじゃないっすか? オレたちはまだ魔物に遭ってないっすけど、ゲームで考えたら結構やべえ気がするし……」

「ああ、その通りだ。こっちの世界では、その危険が日常茶飯事なわけだ。もしかすると明日死ぬかもしれない、明後日かも……そんな危険な状態がありつつも、生きているわけだ。そんな奴らが対抗するにはどうするか。アキラ」

「あ、はい。……あー、そうですね。やっぱり、ステータスにある、能力とかスキル、魔法、でしょうか?」

「まあ、正解だ。アキラの言う通り、あれに対抗するには、能力やらスキルが一番有効だ。大抵はなかなかに使えるものばかりだからな」

 

 職業にもよると思うけど、確かに使いようによっては強い物って多いよね。

 

「質問がある奴はいるか?」

「はい」

「ミウ」

「話を聞いていて疑問なんですけど、ステータスってその人の身体能力をわかりやすくしたもの、なんですよね?」

「ああ、そうだな」

「ということは、私たちが住んでる世界にも、こっちの世界の人と同じように異常な身体能力がいる人がいても不思議じゃないと思うんですけど……」

 

 美羽さんの疑問を聞いて、他のみんなもたしかにと頷く。

 

 かく言うボクも頷いた。

 

 だって、ステータスがあるのなら、たしかにウサイン・ボルト以上の速度で走れる人が出て来てもおかしくない気がするし……。

 

「あー、その辺りか。たしかに、ミウの言うことには一理ある。実際のとこ、そういう奴がいても不思議じゃない。その辺の違いは……やはり、覚悟だろうな」

「覚悟?」

「ああ。向こうの世界はたしかに危険はないわけじゃない。殺人鬼がいるかもしれないし、もしかすると戦争に行く可能性さえある。だが、ある日突然死んでも戦い続ける覚悟を持て、なんて言れても、覚悟はできるだろうが、いきなりドカンと身体能力が向上するわけじゃない」

 

 なるほど……。

 

 たしかに師匠の言う通り、平穏に過ごしていたのに、ある時いきなり死ぬ覚悟を持ったとしても、身体能力は上がらない。

 

 なぜなら、そこまで鍛えていないから。

 

「そう、今イオが思ったように、そこまでというほど鍛えていないとなると、正直身体能力は向上しにくい」

 

 今、サラッと心読まなかった? あの人。

 

 ……まあ、今はいいけど。

 

「いわゆる、リミッターのような物が付けられていると言える。それを開放した状態ってのが、向こうの世界で言うところの『火事場の馬鹿力』だな」

「なるほど……つまり、私たちの世界で言う『火事場の馬鹿力』をこっちの人は常に出している状態で鍛えているからこそ、向こうと比べて異常に強い、ということね?」

「やはり、ミカは頭が良いな。そう、今ミカが言った通りのことがこっちでは起きている。命の危険がない場所なんて、そうそうないからな。この安全に思われている王都だって、裏ではおかしな組織だっているし、王都の外から大量の魔物が押し寄せてくる場合だってあるわけだ。そんな危険な状況が近くにあるんじゃ、当然対抗しようと覚悟をするよな? つまり、そういうことだ。ステータスは、言わば覚悟があるからこそ、見れるようになる、というわけだ。もっとわかりやすく言えば、ステータスが視れる、ということはそのリミッターが外れている証拠でもある、ってことだな」

「「「「「「「なるほど……」」」」」」」

 

 師匠の説明って、やっぱりわかりやすい。

 

 だって、態徒でも理解できてるんだもん。

 

 その辺りはやっぱり、年の功なのかな?

 

「まあ、向こうの世界では無意識のうちに使ってるみたいだがな」

「無意識?」

「ああ、無意識。深層心理と言った方が正しいか。お前たち――というか、人間には、天職という才能が個人個人には必ず一つはあるんだ。イオで言うなら、《暗殺者》《料理人》《裁縫士》《演芸人》の四つが該当する」

「「「「「「最初以外が可愛い……」」」」」」

「どういうこと!?」

 

 というか、ボクの天職って四つもあったんだ。

 

 しかも……演芸人って。それってつまり、俳優などの方面に適性があった、っていうことだよね?

 

 自分のことながら、ちょっと納得……。

 

「で、意図せずして天職の職業に就いた場合、そいつはその分野で少し能力が向上するわけだ。おそらく、能力か何かによるものだろう。ほら、よくいるだろ? 特定の分野に対して、馬鹿みたいに天才的な奴とか、器用にこなせる奴とか。そういう奴らは、それによるもので間違いないだろう」

 

 なんだろう、すごく勉強になる。

 

 何に活かせるかはわからないけど。

 

「とは言っても、職業は生涯で一つしか選択できないんで、一度決めたら変えることはできないんだけどな」

「へぇ~。ということは、依桜君は一生《暗殺者》の職業ってこと?」

「そういうことだ」

 

 まあでも、それでもできることは多いんだけどね。

 

 暗殺者的なもの以外にも。

 

「他にもまあ色々とあるんだが……このままだと時間が無くなるんで、ここからが本題に入るぞ。お前たちは、あれか? ステータスが視たいのか? 自分の」

「私はちょっと気になります」

「俺もそこまでではないが、視てみたい気はします」

「オレはすっげえ気になるっす!」

「わたしもー! オタクたるもの、そう言うのは夢なもんで!」

「私も視てみたい気はします」

「うちもうちも!」

「そうか。さて、どうしたもんか……まあ、まずは試しに一つ。お前ら、ちょっと目を閉じて思い浮かべてみろ。とりあえず……まあ、わかりやすいところで、『CFO』のステータスでいい。あれを思い浮かべてみな」

 

 そう言われ、みんなは目を閉じる。

 

「どうだ? 何か視えたか?」

「……いえ、何も視えないわ」

 

 未果言うと、他の人も視えないのか難しそうな表情を浮かべた。

 

 ボクはすぐに視えたんだけどなぁ……。

 

「はぁ、仕方ない。荒療治でいいのなら、一つだけ方法がないこともないんだが……どうする?」

「「「「「「お願いします!」」」」」」

「ほう、そうか。そこまでお願いされちゃ、断れないな」

 

 あ、なんかすっごくいい笑顔してる!

 

 あれ、絶対何かを企んでいる時の顔だよ!

 

 一番危険な時のものだよ!

 

「それじゃ……覚悟を決めろよ」

 

 最後の部分だけ、本気が混じっていた。

 

 みんなが頭に『?』を浮かべていると……

 

『―――ッ!?』

 

 ズンッ!

 

 という音が聞こえてきそうなほどの濃密な殺気が師匠から放たれた。

 

 こ、これは……さすがに一般人のみんなにはきついよ!?

 

 何考えてるの師匠!?

 

「ほれ、どうした? ステータスが視たいんだろ? このままだと、殺気を当てられただけで死ぬぞ?」

「ちょっ、師匠やりすぎです! これじゃあ……」

「何を言う。ここまでしないと、人ってのは覚悟が決められないんだよ。見ろ、あいつら以外にも耐えてるぞ?」

「そんなわけ……あ、ほんとだ」

 

 師匠の言う通り、みんな師匠の殺気に顔を歪めているけど、たしかに耐えてる。

 

 これにはボクもびっくり。

 

 今の師匠が放っている殺気は、少なくともボクが知っている限りの質量だと、七割くらいなんだけど。

 

 それを耐えられるって、そうとうすごい気がするんだけど……。

 

 あれ、どうなってるの?

 

「んー……そろそろ頃合いか。ほれ、殺気は消したぞ」

「「「「「「――はぁっ……はぁっ……き、キッツ!」」」」」」

 

 殺気を放つのを止めた瞬間、一斉に息を吐き呼吸を整えだした。

 

 そして、一斉に同じことを言う。

 

 うん……あれはきついよね。本当に。

 

「し、死ぬかと思ったわ……」

「ああ……俺も、死を覚悟したぞ、あれは」

「お、同じく……」

「ミオさん、本当にやべー存在だったんだねぇ……」

「私、あんなに濃密な殺気って初めて……」

「う、うちもあれは……ちょっと……」

 

 あぁ! あの天真爛漫なエナちゃんでも汗がすごい!

 

 やっぱり、それほど消耗してるってことなんだね……。

 

「で、どうだ? あたしの考えが正しけりゃ、これで見れるはずなんだが」

 

 再び目を閉じだすみんな。

 

 すると、

 

「あ、視えるわ」

「俺もだ」

「オレも視れるぜ!」

「おぉ! こ、これが生ステータス!」

「なるほど、これが本物……」

「面白ーい!」

「本当に視れてる!?」

 

 あの荒療治で、本当に視えるようになったみたいです。

 

 ……うそぉ。

 

「ははは! やっぱりそうか。あれだけのことをすれば、確実だと思ったんでな。……しっかし、本当によく死ななかったな、お前たち。あれ、最初の頃の依桜でも気絶しかけたほどの濃さだったんだがな……」

「うぐっ」

 

 みんなは耐えられたのに、ボクは気絶しかけるなんて……なんだろう、この敗北感。

 

「……何か、特殊な加護でも働いたのか?」

 

 ぼそりと師匠が顎に手を当てて呟いていた。

 

 なんだろう?

 

「よし。視れたのならいいだろう。どうせ、他に気になることはな――」

「あのー、ミオさん」

 

 ないと言おうとする前に、未果が恐る恐ると言った様子で、師匠に声をかけた。

 

 あれ? どうしたんだろう?

 

「なんだ?」

「えっと、気力って項目は何ですか?」

「…………は?」

「それ、俺にもあるな」

「オレもある」

「わたしも」

「私もあります」

「うちもあるよ」

「え、き、気力? みんな、そんな項目あるの?」

 

 ボクが尋ねると、みんなも戸惑いつつも頷く。

 

 え、気力なんて項目あったかな……?

 

「ちょっと待て、今調べる」

 

 突然の出来事に、師匠もさすがに戸惑いを隠しきれなかった様子。

 

 そうして、少しの間師匠が集中していると、苦笑いをしながら「あー」と言って口を開いた。

 

「OK理解した。その気力って言うのだが、まあ、あれだ。どうやら魔力の代わりらしい」

「え、師匠、どういうことですか?」

「つまりだな……今後、魔力を使用しなければいけない能力、スキルがあれば、気力を代用してそれが使える、ってわけだ。とは言っても、魔法はどうも使えないみたいだが」

 

 そ、そんなものがあったなんて……。

 

 不思議なことって、まだまだあるんだね……。

 

 魔法が使えない、と言われたみんなちょっとがっかりした様子。

 

 ……魔法、憧れるもんね。ちょっとは。

 

「そう気を落とすな。意外と『魔力変換』なんてもんがあるかもしれんしな」

 

 たしかに、なんかありそう。

 

 ボクたちが知らないだけで、もしかしたら本当にあるかもしれないもんね、そういうものが。

 

「さて、ステータスが視れるようになったんで、お前たちはおそらく身体能力が向上しやすくなると思うが、まあ、気にするな。あと、職業がの部分が埋まってる奴がいたら、まあ……今後はそれで頑張ってくれ」

 

 師匠がそう言ったら、美羽さんとエナちゃんの二人が、ちょっとだけ笑っていた。

 

 あ、もしかして、二人には今の職業に関する物が埋まっていたのかな?

 

 よかったね。

 

「……さて、結構長々と話しちまったな。どれ、あたしはそろそろ寝るかね……ふぁあぁぁぁぁ……」

「あ、おやすみなさい、師匠」

「あぁ、おやすみ……」

 

 ごろんと横になったと思ったら、すぐに眠った。

 

 は、早い。

 

「じゃあ、ボクたちも寝よっか」

「そうね。明日も早いし」

「うん。じゃあ、おやすみなさい」

「「「「「「おやすみなさい」」」」」」

 

 うん。初日、最後の最後でとんでもない事実が発覚したけど……まあ、いつも通りということで。

 

 今更何か変わるわけじゃないもんね!

 

 うん、気にしないでおこう。




 どうも、九十九一です。
 なんか、説明回になっちゃいました。まああれですね、以前のミオ視点で出したステータスに関する設定をさらにちょっとだけ深掘りした感じですね。あと、わかりやすくできてるといいなぁ……。
 ちょっと、この辺は微妙にややこしかったりするんで、マジで許して欲しいです。あと、わからないことがあったら、遠慮なく聞いてくれていいので。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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429件目 冒険者ギルドへ

 翌朝。

 

 大体朝の六時くらいにみんな起きました。

 

 いつもは結構寝ている態徒と女委でさえ、早起きです。

 

 ともあれ、二日目。

 

 朝起きたらまずは着替え。

 

 申し訳ないけど、晶と態徒には一度部屋から出てもらいました。

 

 ボクも一応出ようとしたら、にこにこ顔の未果に止められたけどね……。

 

 着替えを済ませたら、食堂に行って朝ご飯を食べる。

 

 お城の朝ご飯は主に、バターロールに似たパンと、サラダ、それからスクランブルエッグとベーコンに、デザートとして果物が出てきます。

 

 本当に、朝から至れり尽くせりだよね。

 

 これが向こうでの朝なら、ボクが早起きしてみんなの分の朝ご飯を作って、掃除と洗濯をして、っていう感じなんだけど、ここでの生活は基本的にメイドさんたちがやってくれる。

 

 正直、すごく申し訳なくて自分でやります、って言うと、

 

『いいえ。これは私共の職務です。ですので、イオ様はどうぞごゆっくりなさってください』

 

 って言われます。

 

 その時の圧力がなんだかものすごいので、引き下がることになるんだけど。

 

 うーん、ボク自身家事が好きだから、ちょっと物足りないというか……まあ、みんなが嬉しそうだからいい、よね。うん。そう思おう。

 

 朝ご飯を食べたら、ボクは一度みんなと別れて王都にある冒険者ギルドへ。

 

 みんなの方は、師匠が守ってくれるそうで、かなり安心。あの人がいるのなら、どこにいても安全だからね。特に、メルたちのことは念を押して頼んでおきました。

 

 それに、なんだかんだ言って、師匠はみんなに対して過保護だもん。

 

 なんでだろう?

 

「えっと……あ、ここだここだ」

 

 お城から徒歩数分の所に行くと、そこには冒険者ギルドが。

 

 一応、ここにあるのは支部。本部は別の国にあるらしくて、かなり大きいんだとか。なんでも、お城くらいのサイズがあるみたい。

 

 ちょっと見てみたい気もするけど、その国に行くのはちょっと辛いかなぁ。

 

 とは言っても、ここの冒険者ギルドもそこそこ大きいみたいだけどね。

 

「たしか、正面から入っていい、って言ってたよね?」

 

 まだ営業前だけど、正面入り口は開いている。

 

 うん、大丈夫だよね。

 

 あ、身だしなみチェックしないと。

 

「髪色……よし。髪型もよし、と。あとは、眼鏡もかけてるから大丈夫、と。うん、変装は問題ないね」

 

 髪色はいつものように黒髪にして、瞳の色も黒に。

 

 髪型はルーズサイドテール(後ろ髪を結わえたものを、肩から前に垂らす髪型)に。

 

 一応、偽名の方も『サクラ・ユキシロ』にしています。

 

 知り合いじゃない限り、ボクだとわからないはず。

 

 あとは、声も少し変えておこうかな。念のためということで。

 

「あー、あー……ん、んんっ。うん、これでよし」

 

 普段の声よりも、少ししっとり感のある声に変更。

 

 イメージ的には、おっとりとしたお姉さんのような声、かな?

 

 これくらいしておけば、大丈夫のはず。

 

「ごめんください」

『すみません、今は営業前で……どちら様でしょうか?』

「えっと、今日一日だけここで受付のお仕事をさせてもらうことになっていた者なんですけど、ギルドマスターさんはいらっしゃいますか?」

『一日だけ、ですか。とりあえず、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

「はい、サクラ・ユキシロです」

『あ、ユキシロさんでしたか。わかりました、すぐにギルドマスターに伝えてきますので、少々お待ちを』

「わかりました」

 

 よかった。ちゃんと連絡してあったみたい。

 

 これでもし、なんの連絡も行ってなかったら、こっちもかなり困ったけどね。

 

 それからしばしの間入り口辺りで待っていると、奥からガタイのいい男の人が現れた。

 

 身長は二メートル近くあって、顔は何と言うか……強面。その上、スキンヘッド。

 

 体なんて筋骨隆々で、いかにも強そう。

 

 ギルドマスター、なんだ。どちらかと言えば、魔物を自ら狩っていそうなんだけど……。

 

「おぉ、君がガレフの紹介できた娘だな? ほほう……なるほど、変装技術はなかなか、と」

 

 ニヤッと笑ってそう呟く。

 

 うーん、まあ、この人はボクの正体を知っているわけだしね。

 

「うむ、とりあえず、話をしたいので、俺の執務室に来てくれ」

「わかりました」

「こっちだ」

 

 ギルドマスターさんの後を付いて行き、執務室へ。

 

 執務室に入ると、そこは綺麗に整頓されていて、清潔感があった。

 

「とりあえず、そこのソファーに腰かけてくれ」

「それじゃあ、失礼します」

 

 一言断ってからソファーに座る。

 

 あ、ふかふか。このソファー、結構いいものなんじゃないかな? さすが、ギルドマスター。

 

「さて、とりあえず、自己紹介と行こうか。俺は、冒険者ギルド、ジェンパール支部のギルドマスターをしている、テッドだ。よろしくな」

「イオ・オトコメです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「お、さっきと声が違うな。そいつはあれか、変声術ってやつか?」

「そうです。師匠に仕込まれた技能の一つでして……状況に合わせて声を変えてるんですよ」

「ほほぅ。面白いな。んで、その髪色と瞳の色はスキルってわけかい?」

「『変装』という能力と、『変色』というスキルです」

「なるほど。あの二つを使うたァ、才能の塊みたいな奴なんだな、イオ殿は」

「い、いえ、ボクなんて師匠に比べたら全然で……」

「何を言う。世界最強の神殺しと比べる時点で、普通は異常なんだよ」

「あ、あははは……そ、そうですね……」

 

 そうだった。

 

 師匠はこっちの世界だと非常識の塊だったよ。

 

 だから、師匠と比べるのは変なわけで……。

 

 うん。ボクもどんどんおかしくなっているような気がするよ。

 

「よし、まずは仕事の話と行こうか」

「はい」

「仕事っつっても、内容はガレフが言ったことで問題はない。平和になってからってーものの、どうにも馬鹿共が騒ぎまくっていてな。近隣から苦情が来てんだよ。一応、こっちも色々と対策はしてんだが……平和ボケってのは、変な輩を生み出しちまうからなァ」

「なんと言うか……申し訳ないです……」

「いや、イオ殿が謝ることはないさ。馬鹿やらかす奴らが悪いわけだしな。ったく、ちょっとあの戦争で戦ったからって、それをだしにうちの受付嬢に言い寄りやがって……」

「あー、やっぱりナンパ、ですか」

「ああそうだ。ほんっと、困った連中さ。一応、冒険者ギルドの受付になるには、いくつか条件があってな。まあ、その一つが容姿が優れていること、なんてーのだ。この辺の理由としては、実に単純だが、冒険者共のやる気を上げる、という目的がある。差別だなんだと言われようが、その方がクエストの効率がいいんだ。文句言う奴はそれ以上の案を出せ、と言ってある」

「な、なるほど……」

 

 まあ、たしかにテッドさんの言う通り、容姿がいい人が受付をしてくれていたら、冒険者の人もやる気が上がるよね。

 

 態徒なんてそれだもん。

 

 ボクは別段気にしないけどね。少なくとも、その人の性格さえよければ容姿は気にしないし。

 

「別の基準としては、仕事がちゃんとできるか、ってとこだな。さすがに容姿だけがいい、なんてのは論外だからな。ちゃんと仕事ができるかどうかも判断基準にしている」

「仕事が出来なかったら意味ないですからね」

「そうだ。だからまあ、結果的に受付の仕事をする奴のほとんどが荒事の対処ができなくてなァ」

「それは王様に聞きましたね。大体は一般人と言えるような人たちばかりだから、仮に冒険者の人たちに無理矢理迫られたら対処できないって」

「そういうこった。だから、今回のイオ殿の訪問はまさに天恵だったってーわけだ。まあ、無理強いするつもりはなかったし、無理なら無理でこっちも対策を考えるつもりだったわけだが……まさか、本当に受けてくれるとは思ってなかったがな」

「正直なところ、ボクもまったくの無関係とは言えませんしね……。それに、そういう話を聞いてしまった以上は、少しでも手伝おうかなって」

「あー……なるほど、ガレフの言う通り、ちょいと異常な面があるなァ……」

 

 少しだけ苦笑いをしながらそんなことを言うテッドさん。

 

「異常?」

「いや、こっちの話だ。で、次は……あー、あれか。仕事内容か。じゃあ、説明するから、しっかり聞けよ」

「はい」

「まずは――」

 

 テッドさんから、受付の仕事の説明を受けた。

 

 受付でする仕事は、大きく分けて四つ。

 

 一つ目は、普通にクエストを受理すること。

 

 二つ目は、クエストの報告を受け、達成か失敗かを判断すること。

 

 三つ目は、冒険者登録の手続きをすること。

 

 そして四つ目、持ち込まれたアイテムの鑑定をすること。

 

 主にこの四つ。

 

 一つ目と二つ目に関してはそのままのこと。

 

 普通に冒険者が持ってきたクエストの紙を受け取り、冒険者カードを受け取ってそれと照らし合わせて受理をするだけ。

 

 この時、稀に偽造カードを使う人がいるらしいので、それを見分けるのも仕事の一つだそう。

 

 二つ目は四つ目と関係していて、クエストで依頼されたもの、採取系ならそのアイテムをこちらに提出し、それを鑑定。そこで依頼内容の物と全く同じだったらクエストクリアと言ことになります。討伐系だったら、その魔物の体の一部を持ってくれば大丈夫とのこと。

 

 この時『鑑定』の能力、もしくはスキルがない人の為に、図鑑のような物も用意されているとのことで、基本はそれを見て仕事をするみたいです。

 

 ボクは一応持ってるので、不要かもしれないけど、一応見ておこう。

 

 そして三つ目、冒険者登録の手続きに関して。

 

 これは読んで字のごとく。

 

 冒険者登録をしに来た人の受付をすること。

 

 登録には三種類あって、一つは討伐系を主にこなす『討伐部門』。次に、採取系クエストを主にこなす『採取部門』。そして三つ目は、その両方を受ける『万能部門』。

 

 討伐部門は、討伐系クエストのみしか受けられない部門。

 

 採取部門は、採取系クエストしか受けられない部門。

 

 そして、万能部門は、その両方を受けることができる部門。

 

 それぞれで合格基準は違っていて、討伐部門なら一定の強さを持っていれば合格。

 

 採取部門は、一定の知識量と体力を持っていれば合格。

 

 万能部門は、その両方を受けて、両方とも基準点以上を出せれば合格となります。

 

 これらの大きな違いとしては、初期に冒険者ランクが違うことかな?

 

 討伐部門なら3から。採取部門は、1から。万能部門は4から、という風になります。まあ、例外はあるんだけど。

 

 ちなみに、冒険者になる資格を持つのは、十二歳以上の人。

 

 十二歳未満の人は、基本的にギルドが運営する、冒険者養成学校に通っているみたいだね。

 

 十二歳と決められている理由としては、肉体的精神的にもまだまだ未発達であることが理由。

 

 でも、十二歳ってがっつり第二次成長期だったような……。

 

 ま、まあ、少なくともこっちと向こうでは基準が違うかもしれないもんね。

 

 あー、えーっと、それでこの各部門の合格基準は、一応指針があるらしく、ギルドがしっかりとそれを提示しています。

 

 討伐部門の合格ラインは、試験管が使役する魔物と戦い、それに勝つこと。この時、最低ラインの魔物を倒すことができなかったら、その時点で不合格になるみたいです。

 

 採取部門は、主に座学テストを受けるのと、体力を測るためにとある場所にある指定アイテムを取りに行くこと、だそうです。

 

 そして、万能部門は、試験管の人が使役する魔物――それもクエストレベルが4に該当する魔物と戦って勝つことと、採取部門のように座学テストを受けて、一定基準の点数を出すこと。

 

 なので、万能部門に関しては狭き門と言われているみたいです。

 

 ちなみに、少し前に初期のクラスについて例外があるって言ったんだけど、どうやらそれは飛び級のシステムがあるからみたい。

 

 例えば、討伐部門で言えば、クエストレベル5の魔物を倒すとか。

 

 採取部門で言えば、クエストレベルが4に指定されているアイテムの採取とか。

 

 その辺りによって、色々と変わるそう。

 

 まあ、飛び級でいきなりランクが6になることは滅多になくて、ランク7に至っては数百年前にとある二人組が取得したくらいらしいけど。

 

 ヴェルガさんでも6らしいです。

 

 ちなみにボクはと言うと……

 

「あぁ、イオ殿は文句のつけようがなく、7だな」

 

 だそうです。

 

 ボク、最高ランクなんだ……。

 

 一応魔王を倒したから、なんだろうなぁ……。

 

 と、そんなことはいいとして。

 

 これらが受付の人の仕事だそう。

 

 うーん、地味に大変そうだけど、意外といけるかも?

 

 本来なら書類仕事もあったりするんだけど、そっちはいいみたい。

 

 さすがに、それもやっていたらボクが疲労で倒れるから、だそうです。

 

 ボク、そこまでやわな鍛えられ方してないけど。

 

「――と、仕事内容は以上だ。何か質問はあるか?」

「そうですね……あ、一応いくつか」

「お、なんだ、なんでも聞いてくれ」

「ありがとうございます。じゃあ早速……。えっと、仮に問題が発生したとして、その場合はどう対処すれば?」

「ああ、それな。ま、そこは一任しよう」

「一任、と言いますと?」

「相手は荒くれみてーなもんだ。実力行使に出るな、とわかった即座に殴り飛ばしていい。というか、それくらいの方があいつらも理解するさ。あれだ、実力の差ってものを見せつけてやればいい」

「なるほど……つまり、お仕置きしちゃっていいと」

「そういうこった」

 

 その時は、そうしよう。

 

 こっちの世界の人相手なら、向こうよりも手加減しなくて済むしね。

 

 その辺りで言えば、普通にこっちの方が何かと過ごしやすかったりするくらい。

 

 それに、冒険者の人たちって、大体は肉体派だから戦闘もしてるわけで……多少の痛みくらい、耐えてくれるよね!

 

 もちろん、回復魔法をエンチャントした攻撃でお仕置きするけど。

 

「それで、他の質問は?」

「あ、そうでした。えっと、他の職員の人ってどんな感じなんですか?」

「ああ、その辺は大丈夫だ。全員、性格はいいぞ。というか、そこも判断基準だしな、採用の」

「そうなんですね」

 

 それはよかった。

 

 これでちょっとアレな人とかがいたら、ちょっと困ってたしね……。

 

「他に何かあるか?」

「えっと、一応今回のお仕事をする過程でボクは『サクラ・ユキシロ』としてお仕事をしますけど、そのことってちゃんと伝えてあるんでしょうか?」

「抜かりない。一応、イオ殿が勇者であることは伝えていないんで、安心して仕事をしてくれ」

「そうですか。ありがとうございます。それが聞けて安心しました」

「いやなに、イオ殿の正体が知れれば、色々と問題が発生するからな。しかも、今は魔族の国の女王でもある。貴族が来る可能性さえあるんでな」

「あ、あははは……」

 

 普通に考えて、他国の女王がギルドで受付嬢をしてるって、結構すごいことな気がしてきた……いや、ボクなんだけど。

 

「あぁ、これ、イオ殿用の制服だ。これに着替えて仕事を頼む」

「わかりました」

「一応それ、魔道具の一種で、最初の着用者に合わせてサイズが変わるから、着れないなんて事態にはならないんで安心してくれ」

「あ、地味に高性能」

「ま、ギルドもその辺はちゃんとやるってな。……よし、じゃあ着替えたらカウンターの方へ行ってくれ。そこにいる奴にあとは聞くといい」

「わかりました。それじゃあ、今日はよろしくお願いします」

「おう、こっちこそな。じゃ、頑張れよ。何かありゃ、極力手助けするんでな」

「はい、ありがとうございます。では、失礼します」

 

 最後に挨拶をしてから、ボクは執務室を出た。

 

 あ、声変えないと。




 どうも、九十九一です。
 二話連続で解説回になってしまいましたが……許してください。こう言うのはちゃんと説明しておいた方がいいかなぁ、とか思ってるもので……。説明不足だと、ちょっと問題が起きちゃいますからね。
 今日も二話投稿出来たらするつもりです。できる気はしないけど、仮にできたとしたら、15時~19時の間くらいになりそうですので、まあ、期待しないでください。
 無理そうなら、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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430件目 受付嬢な依桜ちゃん

「今日一日、受付業務をすることになりました、サクラ・ユキシロです。よろしくお願いします」

 

 更衣室でギルドの制服に着替えてから、受付カウンターの方へ行くと、すでに他の職員の人たちがすでに出勤して来ていて、営業準備をしていた。

 

 ちなみに、制服はスーツのような感じです。

 

 一応、タイトスカートかズボンかで選べるみたいだったので、荒事にも対処しやすいようにズボンを選びました。

 

 久しぶりに穿いた気がする。

 

 そして、受付カウンターの方へ行き、挨拶をすると、温かい拍手で迎えられた。

 

 すると、ボクの目の前に一人の女性がこちらに来て自己紹介をしてくれた。

 

「はじめまして。アミ・ユティムです。よろしくお願いします、サクラさん」

「はい、こちらこそ」

 

 差し出された手を握って握手。

 

 アミさんは知的な雰囲気がある美人さん。

 

 長い茶髪をハーフアップにして、瞳は髪と同じブラウン。

 

 綺麗系な顔立ち、と言えばいいのかな?

 

 身長はボクより高く、大体160センチ前半くらい。

 

 むぅ、羨ましい……。ボク、152センチくらいだし……。

 

「それにしても、珍しい名前ですね、サクラさんって」

「辺境の国出身でして……」

 

 辺境どころか、異世界なんだけどね。

 

 ギルド職員の人たちは、基本的にボクが異国から来た助っ人、みたいな感じで説明されているみたい。

 

「サクラちゃん、でいいんだよな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「オレはニルドだ。よろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、ニルドさん」

 

 次に話しかけてきたのは、ニルドさんという男性。

 

 結構なイケメンさん。

 

 やや長めの緑色の髪に、全体的にシュッとした印象のある人。

 

 筋肉は……うーん、そこそこ、かな。まあ、こっちの世界の人は、普通の一市民でもそこそこ筋肉質だからね。生活の違いで。

 

 反対に、向こうの世界はと言えば、生活に楽なものが多いせいで、ちょっと肥満気味の人が多いからね。

 

 その辺りは、結構違う。

 

 どちらかと言えば、サッパリとした性格に見える。

 

「ギルマスから聞いてるが、サクラちゃん、荒事にも対処できるんだって?」

「そうですよ。これでも一応、戦闘職ですから」

「へぇ~、サクラさんって戦闘職なんですね」

「一応。しっかりと修行もしていたので、もし何かあれば頼ってください。今回助っ人として入った理由も、そこが大きいですからね」

「人は見かけによらないってことか」

 

 そういうことだね。

 

 どこの世界に行っても、見た目で判断しちゃダメだからね。

 

「あ、サクラさんは仕事内容は理解しているんですよね?」

「はい。さっき、テッドさんから詳しく説明してもらいましたから」

「なら、鑑定系の仕事も大丈夫、ということか?」

「大丈夫です。一応下位とは言え、鑑定のスキルも持ってますから」

「お、マジか。戦闘職で鑑定スキルを持ってるのは珍しいな。それなら助かるぞ」

 

 ニルドさんの言う通り、鑑定のスキルって結構珍しいからね。

 

 本来なら《鑑定士》や《鍛冶師》の人たちが持っている場合が多いからね。

 

 戦闘職だと、持っている人は意外と少ないしね。

 

 持っているとしても……魔法系職業の人が多い、かな?

 

 なんでかはわからないけど。

 

 ちなみに、《戦士》とか《武闘士》の人のような、近接系戦闘職の人たちが持っていることはほぼほぼないとか。

 

《暗殺者》は……たまにいるそう。

 

 まあ、大抵はボクのように下位の物なんだけどね。

 

 それでも、十分有能なスキルだから重宝するんだけど。

 

「あ、ちなみになんですけど、ボクってどんな職業に見えたんですか?」

 

 ちょっと気になる。

 

 見かけによらないって言ってたし、ボクが戦闘職って言った時驚いたような顔をしていたし。

 

「私は……《菓子職人》とか《聖女》かな?」

「オレは《料理人》《回復術師》とかだな」

 

 なんでその四つ?

 

 というか、《菓子職人》なんてあるの?

 

 あと、《聖女》って……。ボク、元々男なので、その職業になることは絶対にないと思います。

 

「どれも違いますよ。一応《料理人》の適性はありましたけど、選んでませんし。まあ、『料理』のスキルは持ってますけどね」

「へぇ、複数適正があるとは、珍しいな」

「みたいですね。それ以外だと今の職業を含めて三つありますよ」

「じゃあ、四つもあったっていうことですか? なかなかに多才なんですね、サクラさんって」

「そうでもないと思うんですけど……まあ、結局他の三つは選ばないで、今の職業を選んじゃったんですけどね」

 

 まあ、単純に他を選ぶという選択肢がなかっただけなんだけど。

 

 じゃないと、ボクが強くなることなんて不可能だったしね。

 

「じゃあ、サクラちゃんはなんの職業なんだい?」

「あー……えと、それはちょっと、秘密、ということでお願いしてもいいですか?」

「まあ、個人情報だからな。ごめんな、ずかずかと」

「いえ、大丈夫ですよ。それで、えっと、仕事はまず何をすればいいですか?」

「おっと、雑談をし過ぎましたね。最初は受付業務をお願いしてもいいですか? 朝は基本的にクエストを受注する人しか来ませんから」

「あ、そうなんですね。わかりました」

「それじゃ、サクラちゃんは……あそこのカウンターでいいかい? 両サイドにオレとアミちゃんがいるから、わかんなかったら聞けるし」

 

 ニルドさんが指示したのは、正面入り口から入って右から三番目の場所。

 

 それなりに目立つ位置な気がするけど、アミさんとニルドさんの二人が両サイドにいるらしいので、いいかな。

 

「そうですね。サクラさん、そこで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、一応これマニュアル。受け答えの仕方はここに書いてあるから、営業前にこれを見ておいてくれ」

「わかりました」

「じゃ、何かわからないことがあったら何でも聞いてくれ。他の奴でもいいぞ。失敗も気にしなくていい。フォローはオレたちの方でやるからな!」

「そうですね。私たちの方が先輩ですから。安心して仕事をしてくださいね」

「ありがとうございます」

 

 よかった、本当にいい人たちで……。

 

 さて、時間になるまで色々と頭に入れておこう。

 

 ……時間はあと十五分くらいとなると、これはあれかな。『瞬刹』を使った方がいい気がしてきた。

 

 そうしよう。

 

 

 というわけで、マニュアルのほとんどを頭に入れていたら営業開始に。

 

 すると早速、冒険者の人が数名ギルドに入ってきた。多分、パーティーなのかな? 親しそうな感じだし。

 

 数名の人は、クエストボード――クエストが張り出されている掲示板の所に行き、クエストを吟味していると、紙を持ってこちらに来た。

 

 あ、いきなりボクの所だ。

 

『これを受けたいんだが』

「かしこまりました。それでは、冒険者カードの提示をお願いします」

『あいよ』

『どうぞ』

『ん』

「えーっと……はい。確認が取れました。ミハイルの館の調査ですね。お気をつけていってらっしゃいませ」

 

 にこっと微笑んで言ったら、

 

『『『ぐふっ』』』

 

 なぜか胸を押さえていた。

 

 あれ、行く前からなんでそんなに苦しそうなんだろう?

 

 ……大丈夫なのかな。

 

『……あんな可愛い受付嬢いたか?』

『いない』

『見たことない』

 

 何やらこそこそと話していたみたいだったけど、何を話していたんだろう?

 

 まあ、きっとクエストのことだよね。

 

 さて、お仕事お仕事。

 

 

 営業してすぐは、結構人はまばらに来ていたけどそれでも特に問題もなく仕事をこなせていました。

 

 ただ、なぜかはわからないけど、

 

『た、頼むぜ』

『お、お願いします』

『報告、い、いいですか?』

 

 ボクが受付をした人たち、なぜか顔を赤くして声が上ずったり、吃っちゃったりする。

 

 もしかしてボク、怖がられたりする?

 

 それかもしくは、勇者だとバレてたり……はないよね。さすがに。だって、髪色と髪型を変えて、瞳の色も変えて、さらに声も変えてるんだもん。バレるはずないよね。

 

 バレるとしたら……みんなくらい?

 

 まあでも、そこまで心配するような事態はないから大丈夫……だと思うんだけど。

 

 そう言えば中には、

 

『やぁ、君見ない顔だね? もしかして新人かい?』

「新人と言えば新人ですね。ただ、今日限りの助っ人です」

『へぇ、君すごく可愛いじゃないか。ねえ、よかった仕事終わりにお茶でも』

 

 こんな風にお仕事中なのにナンパしてくる人がいます。

 

 ここまで直球なのはちょっとあれだけど。

 

「いえ、ボク連れの人たちがいるので(にっこり)」

『そう言わずにさぁ』

「すみません。後ろがつっかえているので、関係ないお話でしたら、出てもらえますか(にっこり)」

『冷たいなぁ。別にちょっとくらいいいじゃないか』

 

 と、男の人がボクの手を掴もうとした瞬間、ボクはカウンターから飛び出て一瞬で背後を取ると、男の人の首筋に短刀を突き付けた。

 

「ちょっとくらい、なんですか?(にっこり)」

『ひっ! い、いや、あ、あの……す、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 顔を青ざめさせると、男の人はギルドから逃げるように――というか、実際逃げていった。

 

 ちょっとやりすぎちゃったかな?

 

 でも、こっちでは下手に出てると相手がつけあがっちゃうからね。

 

 これくらいはしないとダメなんです。

 

 あとは、周囲に対する牽制、という面もあるかな。

 

 ただ、変に注目を集めちゃったような……。

 

『あの受付嬢ヤバくない?』

『あ、あぁ。可愛いだけじゃなくて、メッチャ強い』

『もしや、戦闘職?』

『動き的にそうだろー……』

『どうしよう、あの人カッコよすぎる』

『わかる。優しそうなお姉さんみたいな感じなのに、にこにこ笑顔でキザなナンパ野郎を退けていたと事か、ギャップがすごかった』

 

 あーうー……視線がすごいよぉ……。

 

 やっぱり、やりすぎちゃったのかなぁ。

 

 うぅ、ボクってこっちだとついやりすぎちゃうからなぁ……自分が恥ずかしい。

 

 って、そんなことよりも、ギルド内がちょっと騒然としちゃってる。

 

 収めないと。

 

「え、えっと、突然あのようなことをして申し訳ありません。少々騒がしくなってしまいましたが、どうぞお仕事を続けてくださいね」

 

 最後に軽く微笑んでそう言えば、

 

『『『( ˘ω˘ )』』』

 

 なぜか安らかな顔をする人が続出した。

 

 え、どういうこと!?




 どうも、九十九一です。
 なんか、二日目だけかなり早く終わりそうな予感がしてます。まあ、他の部分が長くなりそうではあるんですがね。最後らへんとか。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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431件目 すり合わせのはずが……

 なぜかおかしなことが頻発したものの、お仕事は順調。

 

 テッドさんがあそこまで言うから、てっきり乱暴で粗野な人たちが多くいるのかなぁって思ってたんだけど、杞憂だったのかな?

 

 それならそれでいいんだけど。

 

 意外と大丈夫だという状況を見て、テッドさんが、

 

「悪いんだが、サクラ、これから依頼のすり合わせに行ってきてもらえないか?」

 

 と頼んできた。

 

「すり合わせ、ですか?」

「ああ。まー、あれだ。クエストを依頼してくる人の所へ行って、報酬やレベルなどを決めるものだ。元々旅をしていたって話だから、レベル付けは正確にできるだろう?」

 

 旅をしていた、というのは『サクラ・ユキシロ』としての設定です。まあ、本来の素性と変わらないので、間違いじゃないんだけどね。

 

「まあ、一応。でも、報酬については?」

「そうだな……今回は討伐系になる可能性があるんで、まあ危険度に見合った金額、ということになる」

「なるほど……わかりました。でも、どうしてボクなんでしょうか?」

「あー、ちょっと場所が遠くてな。普通の職員じゃ、ちっと遠くてな。多分、往復するだけで営業時間が終わる」

「あ、そうなんですね。それでボクに。……わかりました。じゃあ、すぐに行ってきますよ」

 

 そういうことなら仕方ないね。

 

 適正な値段とかも見ておかないと。

 

 行く前にクエストの張り紙を見て、相場を見ておこう。

 

「すまないな。できればすぐに行ってもらえると助かる。場所は、王都より少し遠い、ドーバ村だ」

「わかりました」

「あぁそうだ。どれくらいで往復できる? 仕事こみでな」

「そうですね……スムーズに進めば、一時間かからないで戻って来れますよ」

 

(((早くね?)))

 

 師匠が住んでいた森に比べたら、全然遠くないし。

 

 もともとは用心棒のような立ち位置なわけだけど、そこまで遠くないのなら問題はない、かな?

 

 できる限り早く戻ってくればいいだけだもんね。

 

「あ、一応『分身体』出せますけど代わりにおいていきますか?」

「なに、あれを使えるのか?」

「はい。と言っても、習得したのはまお――じゃなかった。えと、大きな仕事を終えてから数ヶ月経った後ですけどね」

 

(((まおってなんだ?)))

 

 危うく魔王って言いかけるところだった。

 

 あ、危ない危ない……。

 

「ほうそうか……しかし、まあ、一時間の間におかしなことをする馬鹿共はいないはずだし、大丈夫だろう。無駄に魔力を使うのもな」

「別に魔力自体はかなりあるので、全然無駄じゃないですけど……」

「いや、元は助っ人できてもらっているだけだからな、さすがに手間を増やすのも俺的にちょいとな。なんでまあ、とりあえずは必要ないとだけ言っておこう」

「そうですか。わかりました。それじゃあボクはちょっと行ってきますね」

「ああ、頼んだぞ」

「では」

 

 軽く会釈をして、カウンターから出る。

 

 その途中でちらっとクエストの報酬額を確認してから、ボクはギルドを出た。

 

 

 草原を走る走る。

 

 早く戻るつもりなので、時速換算大体百キロ近くは出てるかな? 多分。

 

 なるべく地面に凹みができないように気を遣っているのが一番疲れるんだけどね。

 

 やっぱり、力の加減は難しい。

 

 師匠曰く、ステータスがなぜか向上しているらしいし……。

 

 まあ、こっちの世界ならある程度加減しなくても問題ないからまだマシだけど。

 

「あ、見えて来た」

 

 しばらく走ると、目的地の村が見えて来た。

 

 見れば、村の入口付近できょろきょろとしているおじいさんがいた。

 

 まるで誰かを待っているように見えるから……多分、あの人が依頼主さんなのかな?

 

 じゃあ、この辺りで徒歩に。

 

 ボクが近づいていくと、こちらに気が付いたのかおじいさんが安堵したような表情を浮かべた。

 

「こんにちは。冒険者ギルドの者なのですが、クエストのご依頼をしようとしている方でしょうか?」

『はい、そうです。初めて見る人ですが……』

「今日一日、臨時で助っ人をしています、サクラ・ユキシロと申します」

『あ、臨時の方でしたか』

「臨時とは言っても、今日一日は正式なギルド職員ですので、遠慮なくお申し付けください」

『ありがとうございます。ささ、こちらへどうぞ』

「はい」

 

 なんだか優しそうな人で良かった。

 

 

 おじいさん案内されて、おじいさんの家へ。

 

 テーブルを挟んで、お互い向かい合う形で座るり、こちらから話を振ることに。

 

「それで、今回はどのようなご依頼でしょうか?」

『えぇ、それが近頃、得体の知れない魔物が出没するようになりまして、そちらの討伐をお願いしたいのです』

「得体の知れない魔物、ですか。何か特徴はありますか?」

『そう、ですね……。何と言うか、全体的に黒い印象がある存在でした。ただ、蝙蝠の酔うな翼があり、姿も人に近いというか……』

「黒い印象で、蝙蝠の翼があって、人に近い姿……」

 

 うーん、ボク自身聞いたことがない魔物だなぁ。

 

 そもそも、人型って言うのが気になる。

 

 人型で該当するとしたら、ゴブリンとかオーク辺りかなぁ。

 

 でもあの辺りは、下手に刺激しない限り襲ってこないし、どちらかと言えば大人しい部類に入る。

 

 あと、それなりに知能もあるからたまに集落とか作ってるみたいだしね。

 

 だから、よほどのことがない限り討伐対象にならない。

 

 まあ、人型系の魔物のほぼ全般に言える事なんだけど。

 

 どちらかと言うと獣系の魔物の方が討伐対象になったりするしね。

 

 まあ、それはそれとして。

 

「えーっと、他に何かありましたか? 鳴き声とか、出没した際に何か仕掛けてきたりとか」

『……そう言えば、よくわからない言語を話していた気がします』

「言語、ですか? 鳴き声ではなくて?」

『はい。まるで笑いながら話しているような感じでして……』

「……笑いながら、ですか」

 

 どうしよう。今一瞬、悪魔の存在が頭の中をよぎったんだけど……。

 

 ま、まさかね。

 

「それで、被害は?」

『それが、被害と言ってもいたずら程度の物でして』

「いたずら程度?」

『はい。例えば、家の中から生活用品がいくつかなくなっていたりだとか、いたずら書きされたりだとか、あとは水を上げたはずの畑にさらに水を上げていたりとか……』

「あー、本当にいたずら程度ですね……」

 

 なんだろう。すごくしょうもない。

 

 しかも、生活用品がなくなるのは地味に困るし、いたずら書きも消すのが地味に大変だし、畑の水やりをやりすぎるのも地味に根腐れしそうで嫌だ。

 

 どれもこれも、地味な嫌がらせながら、地味にイラッとくるような物ばかり。

 

「それで、えっと、それが出始めたのはいつ頃ですか?」

『そうですね……大体、二日前ほどかと』

「二日前……」

 

 それって、元の世界でも悪魔が出てきた時期なんだけど……。

 

 ということはもしかして、こっちの世界にも悪魔が出てき始めちゃったりしてる……?

 

 うーん、否定しきれない……。

 

「あと、その魔物……は二日連続で出没しているんですか?」

『はい……。多分ですが、もうすぐ現れるんじゃ――』

 

 と、おじいさんの言葉が言い終わらない内に、

 

『ケケケケ! 今日もいたずらしまくりだぜぇ!』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

 ……え、まさか、本当に……?

 

『あ、あぁあれです! この鳴き声が聞こえる度に、村の者はびくびくしてしまって……』

「なるほど……」

 

 席を立って窓から外を覗けば、ショッピングモールで出会った悪魔とは違うけど、たしかに悪魔がそこにはいた。

 

 というか飛んでいた。

 

 師匠曰く、聖属性魔法や聖属性が付与された武器じゃないと倒しきれない、とか言っていた気がするし……。

 

 それに、聖属性魔法って意外と習得している人が少ないみたい。

 

 師匠が言うには、

 

『大なり小なり邪な心を持つ奴はいるが、下心満載の奴は絶対習得できん。神殿とかそういうとこに在籍している奴らは使えるがな。というか、それが条件だし。つまり、心が綺麗な奴なら習得ができる魔法ってわけだ』

 

 だそう。

 

 ボク、そこまで綺麗じゃない気がするけど……まあ、使えるので大丈夫。

 

 師匠がどうして使えるのかは不明だけどね。あの人、色々と邪な心を持ってそうなんだけどなぁ……お酒とか。

 

 ともあれ。

 

「あの存在を倒す、もしくは撃退するとなると、最低条件として聖属性魔法、もしくは聖属性が付与された武器が必須になります」

『そ、そんな……ど、どうにか、どうにかできないんですか?』

 

 現実的なことを伝えると、おじいさんはボクに懇願してくる。

 

 それを見て、ボクは軽く微笑みもう一つの案を伝える。

 

「さすがに、聖属性魔法を使える人を条件として設定するとなると、見つかるまで少し時間がかかりそうですし、ここはどうでしょうか。ボクに一任してみては」

『職員さんに……?』

「はい。あの存在とは一度交戦した経験があります。その時も、一度だけ傷を負いはしましたが、軽傷です。なので、ボクに任せて頂ければ、報酬はいりませんし、必ず撃退すると約束しましょう」

『おぉ、ほ、本当ですか!?』

「そちらが望むなら、ですが」

 

 なんて言うけど、ボクとしては見て見ぬふりをするのはちょっと……。

 

 それに、相手は悪魔だし、結構強め。

 

 あの謎の黒い攻撃だって、結構危険。

 

 ボクの見立てだと……最低でも、冒険者のランクは5。4以下だと厳しい。

 

 まあ、あくまでも目安的にだし、単純に強い人は強いからね。あまり、ランクだけで判断しない方がいい。

 

 あとは、ボクが油断していたり、普段からあまり戦闘をしていなかったからとはいえ、切り傷を受けるくらいだからね。結構危険な存在。

 

 それならいっそのこと、ボクが出た方が早いし、解決も迅速。

 

 何より、この村にはそこまでお金がないように見えた。

 

 人も少なかったし、少しやせ細っている子供もいた。

 

 多分だけど、仮に依頼という形にしたとしても、結構安くってしまい、割りあわないという理由で敬遠されそうだからね。

 

 それだったらいっそ、ボクがただ働きをした方がお互い好都合というものです。

 

 ……何て言うけど、実際は単純にボクが助けたいと思ったからだったり。

 

 とはいえ、あとはおじいさんの返事次第かな。

 

『よ、よろしくお願いします!』

 

 と思ったら、おじいさんは勢いよく頭を下げてお願いして来た。

 

 よかった。

 

「かしこまりました。では、早速片付けてきますね」

 

 安心させるように、軽く微笑んでから外へ出た。

 

 

『おぉおぉ、やっぱ人間が困る姿を見るのはいいなァ』

 

 外に出ると、悪魔が空を飛びながらそんなことを呟いていた。

 

『あの、すみません。もしかして、悪魔の方でしょうか?』

『ンー? うぉ、メッチャ可愛い人間めっけ! ……ん? いや、あれ人間か?』

『人間です。何をしているんですか? ……って言っても、大体わかりきってるんですが』

『何っておめぇ、人間にいたずらしに来ただけだが?』

『ですよね』

 

 うん、本当に悪魔が犯人だった。

 

 どうしようかな、これ。

 

 まあ、まずは話し合いで解決できるか、かな。

 

『あの、ここの人たちが困っているので、帰ってくれませんか?』

『ハァ? 嫌に決まってんだろ。オレたちゃ悪魔ぞ? 人間を嫌がらせするのも生きがいの一つなんだよ』

『うわー、迷惑極まりない生きがいですね……』

『ま、お前たち人間にはわからないだろうがな!』

『わからないですし、わかりたくもないですよ』

 

 嫌がらせするの好きじゃないもん。

 

 好き好んではしたくないよね。

 

『ってか、お前なんでオレたち悪魔の言葉がわかるわけ? 普通人間ってのはわからねぇはずだが?』

『スキルの影響です。まあ、それはいいとして。これはあれですよね? 口での交渉は無意味、と』

『ま、そうだなぁ。オレはただいたずらがしてぇ。お前はオレを止めてぇ。そうだろ?』

『そうですね。無理というなら、単純に力ずくで止めますが……』

『へぇ、言うじゃねえの。まあいいや。オレも退屈してたし、ちょっとは遊ぼうじゃねえか、よ!』

 

 いきなり攻撃を仕掛けてきた。

 

 悪魔はあの時出会った悪魔と同じように、黒い槍? のような物を放ってきた。

 

 あ、これ他の家に迷惑がかかっちゃう!

 

『すみません! ここだとちょっと嫌なので、場外に移しましょう!』

 

 そう言いながらボクは悪魔に肉薄すると、聖属性を纏わせた右足で、思いっきり蹴りを入れた。

 

『うぐぉぉぉ!?』

 

 悪魔は村から吹き飛んでいき、ボクも跳んでいった悪魔を追って駆け出す。

 

 

「なんだ今の重い一撃はよぉ……」

「いえ、ちょっと蹴っただけです」

「チッ、面倒だなぁ……。ん? というかお前、まさかとは思うがよ、別の世界で別の悪魔と対峙とかしたか?」

 

 吹き飛ばした先で、そんなことを尋ねられた。

 

 あれ? この悪魔、もしかして知ってる……?

 

「ええまあ……こっちとは違う世界ですけど、たしかに戦ってます」

「ハァ、やっぱりかよ……」

「あの、えっと、もしかして知ってたりする、んですか?」

「いやまあ、うん。知ってるってーか……二日前にメッチャ可愛い銀髪碧眼の美少女に心臓を一突きされた! とか言う奴がいてよぉ。そんときゃ、他の悪魔どもも『いやいやまさか。悪魔に勝てる人間とか、少数だぜ?』って言ったんだよ」

 

 あれ、なんだろうこの悪魔。地味に話が軽い。

 

 うーん?

 

「いやまさか、マジだったとは……」

「あの、ボク今姿変えてますけど、わかるんですか?」

「そりゃあ、人間一人一人の気配は千差万別なんだぜぇ? 悪魔たちは記憶だとか共有できっからな! だからわかったわけだが……あー、こりゃやめやめ。オレなんかが勝てるわけねーって」

 

 ドヤ顔をしたと思ったら、苦い顔をしだす悪魔――もとい、悪魔さん。

 

 あれ、これってもしかして……

 

「手を引いてくれる、ってことですか?」

「おうよ。オレたちだって、でっけえリスクを抱えてまで悪さはしねーよ。死にたかねーもん。というか、オレたちが苦手とするオーラがバリバリ出てんだもんよぉ。しかも、別の悪魔と対峙した時よりでっかくなってんし……」

 

 でっかく? それってもしかして、師匠が『感覚共鳴』で神気の扱い方を教えたから、とか?

 

 そう言えばあの日以降、神気を自分の体から感じてたり。

 

 やろうと思えば自在に操れる気さえするよ。

 

「んじゃ、オレは退散すっかなぁ……。ハァ、悪魔王様になんて言えばいいんかねぇ……」

 

 悪魔王?

 

 それはもしかして、悪魔の王様、みたいな?

 

「あ、できればあの村で悪さはしないでくださいね?」

「へいへい、仕方ねぇ……お前の可愛さと強さに免じて手は引きますよーっと。んじゃ、さらば!」

 

 そう言うと、悪魔さんはポン! という音と共に姿を消した。

 

 あれ、どうやってるんだろう?

 

「……ともあれ、これで一件落着、ということでいいのかな?」

 

 なんだか、すごくあっさり終わっちゃったけど……まあいっか。

 

 一回の蹴りだけで済んだんだもん。

 

 前回みたく、さすがに毎回毎回戦闘をしていたんじゃ、疲れちゃうもん。

 

「さ、報告に戻ろう」

 

 おじいさんに報告に行かないとね。

 

 

「――というわけでして、もう大丈夫だと思います」

『そうですか。本当にありがとうございます……何と言えばいいやら』

「いえいえ、お気になさらず。ボクも好きでしたことですから」

『何かお礼をしたいのですが……』

「お礼なんていいですよ。問題がなくなって、ここの人たちに笑顔が戻るだけで充分です」

 

 それ以外はいらないしね。

 

 さすがに、お金をもらうわけないはいかないもん。

 

 そもそも、お金はかなり持ってるしね、こっちの世界でも。

 

『まるで、女神様のような方ですね』

「め、女神はやめてくださいよぉ。ボク、そこまですごい人じゃないので」

 

 なんでボク、いつも女神って言われるの? そこがわからない……。

 

「あ、そうだ。一つ気になったんですけど、この村、どうして子供がやせ細っているんですか? やっぱり、作物が採れないとか……」

『それは、お見苦しいところを……。実は、この村はかなりの貧乏村でして、今回の一件だって、村の者たちからお金をなんとか集め、それでどうにかしようとしていたのです』

 

 やっぱり。

 

 この村に入った時から、その辺りがちょっと気になっていたけど、予想通り。

 

 よかった、ボクが解決して……。

 

 冒険者の人って、たまに横暴な人もいるからちょっと心配だったんだよね。

 

『お金がないため、作物の苗や種を買うこともできず、作物が実ったとしても、魔物に襲われてしまうのです……』

「なるほど……」

 

 お金がないから、魔物を狩る人を雇えない。お金がないから、作物を育てることができない。

 

 ある意味、最悪の状況とも言える。

 

『我々大人たちはいいのですが、子供がお腹を空かせているのはやはり堪えまして……』

「そう、ですよね」

 

 子供はどこに行っても宝。

 

 できれば、すくすくと健康に成長して欲しいし、美味しいものを食べてもらいたい。

 

 ……どうにかしようと思えば、正直できないこともない。

 

 ボクの『アイテムボックス』を使えば、お金を出すことは出来なくても、宝石などを生成してそれを売ってお金にしてもらうことはできる。

 

 まあ、そんなことをしなくても、あの三年間で手に入れていた貴金属や宝石は結構な数になってるんだけどね。その一部を譲渡するってい方法もある。

 

 それに、子供が貧しそうにしているのを見るのは胸が痛い。

 

 ……でも、さっきの方法でやっても、受け取ってくれなさそうなんだよね……。

 

 あまりやりたくない方法だけど、あっちで試そうかな。

 

「あの、よかったら食料を寄付しましょうか?」

『さ、さすがに悪いですよ。あの魔物まで撃退してくださったのに、これ以上お世話になるわけには……』

「いえ、出来れば受け取ってほしいんです。子供たちを飢えさせたくないですから」

『で、ですが……』

「それに、子供は宝です。それなら、大人たちが頑張ってできる限り健やかに成長させないといけませんから。それが、大人の義務というものです。なので、出来るなら、全ての方法で子供の成長を促してあげてください」

 

 なるべく優しく、微笑みながらそう伝える。

 

 まあ、ボクの勝手な価値観かもしれないけど、それでも子供に罪はない。

 

 最終的に、子供がいい大人に成長するか、悪い大人に成長するかは、その環境にもよるかもしれないけど、一番は子供をの周りにいる大人だから。

 

『本当に、よろしいのですか……?』

「もちろんです。子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげてください」

『……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます』

「いえいえ。それじゃあ、ちょっと出すのでちょっと待ってくださいね」

 

 そう言って、ボクは立ち上がり、『アイテムボックス』を開き中に手を入れる。

 

 さすがに剝き出しで出すのはどうかと思うので、袋をいくつか生成してその中に食料を入れることにしよっか。

 

 とりあえず、一ヶ月分は欲しい、よね。

 

 そう言えば師匠、『アイテムボックス』の小型版みたいなものを以前創っていた気が……。

 

 もういっそ、それも創っちゃおうか。

 

 さすがに、食材を腐らせるわけにはいかないもん。

 

 とりあえず、それは生成。

 

 ……上手くできるかな? と心配していたけど、それは杞憂に終わった。

 

 なぜかできた。

 

 これ、本当にどういう原理なの? いつも思うんだけど、ボク自身で最大の謎はこの『アイテムボックス』だと思う。

 

 何でも創れちゃうんだもん。

 

 その内、本格的に調べた方がよさそうな気がしてきた。

 

 って、いけないけない。今はそうじゃなくて、食材食材。

 

『アイテムボックス』の中にある簡易的『アイテムボックス』の中にさらに手を入れて、その中で食材を大量に生成。

 

 さらに、『アイテムボックス』内にしまい込んでいる貴金属や宝石類なども少し入れておく。

 

 ボクの手持ちから……大体二割くらい。

 

 量としては、まあ……結構あるんだけどね、二割でも。

 

 下手をしたら、一生遊んで暮らせるくらいのお金ができるかもしれないけど、そこはそれ。変なことにお金を使わないことを願うばかりです。

 

 ……手紙でも生成して一緒に入れておこう。ちょっと心配だから。

 

 うん、これでよし、と。

 

 最後に『アイテムボックス』内から、生成したばかりの簡易版『アイテムボックス』を取り出す。

 

「はい、どうぞ」

『こ、これは……?』

「えーっと、それ簡易的な『アイテムボックス』になっていますので、その中から食料などを取ってください。少なくともこの村の人みんなで分けても一ヶ月分はありますから」

『な、なんと! そんなに恵んでくださるとは……本当に頭が上がりません』

「あはは、気にしないでください。……さて、ボクはそろそろギルドの方に戻ろうと思います」

『わかりました。入口まで見送りましょう』

「ありがとうございます」

 

 席を立ち、おじいさんと一緒に村の入口まで歩く。

 

 そして、入口に着くと、

 

『本当に、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません』

「いえいえ。子供たちに、お腹いっぱい食べさせてあげてくださいね」

『はい。それでは、お気を付けて』

「ありがとうございます。それでは」

 

 最後に軽く会釈をしてから、ボクは村を立ち去った。




 どうも、九十九一です。
 本当は、二話分けにしようかなぁとか思ったんですが、なんか切りにくいしこのままでいいや、ということで一話になってます。ちょっと長いけどいいよね!
 受付嬢な話は一応次で終わらせるつもりではいますが、なんかこれ、もう一、二話くらい増えそう。まあその時はサブタイが変わるだけだしね! 気にしないでくだせぇ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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432件目 身バレ!

※ 話がもうちょっと続きそうなので、430件目と431件目のサブタイを変更しました


「ただ今戻りました」

「おぅ、お帰り。どうだった?」

 

 村から戻り、帰ったことを告げると、テッドさんが奥から声をかけて来た。

 

 カウンターに入り、テッドさんの元へ行き報告を。

 

「あー、えっと、クエスト依頼についてなんですけど……すみません、ボクが解決してきちゃいました」

『『『!?』』』

「ま、マジで!?」

「や、やっぱり、まずかったですか……?」

「い、いや、それはいいんだが……とりあえず、何があった?」

「実は――」

 

 と、軽く事の顛末をテッドさんに話す。

 

 最初の内は相槌を打つ程度だったんだけど、どんどん表情が険しくなり、話を終える頃には苦い顔を浮かべていた。

 

「――というわけです」

「はぁ……なるほど。こりゃ、ガレフもあの時頭を悩ませていたわけだ」

「それで、あの……やっぱり、まずかった、ですか?」

「いや、まずいわけじゃないが……正直、職員自ら解決しに行くとか予想外だぞ。まあ、サクラならしゃーないってのもあるが。んで、まあ、自分で解決した理由を一応訊こうか」

「それが、今回討伐対象になっていた魔物……は聖属性魔法、もしくは聖属性攻撃じゃないと倒せないような存在でした。そのため、クエスト依頼を成立させた場合、必須条件として聖属性魔法を習得した人か、もしくは聖属性が付与された武器などでないと倒せなかったんです。さらに言えば、その相手はクエストレベルが最低でも5は必要です。なので、結果的に依頼料がかなりかさんでしまうと判断しました。あの村は、かなり貧乏でしたからね。あれ以上お金を取れば、確実に村の人たちが飢えてしまいそうでしたし、何より聖属性魔法なら使えましたので」

「な、なるほど……そういうわけか……。しっかし、聖属性魔法が使えるとは、さすがとしか言いようがねぇな」

「あ、あはは……」

 

 師匠に無理やり覚えさせられたような魔法なんだけどね……。

 

 おかげで、あの時は酷かったよ。

 

「にしても、クエストレベルが最低でも5ねぇ……。そんだけ強いのか?」

「はい。攻撃手段も結構危険なものなので、ランクが5の人でパーティーを固めたとしても、五人はいた方がいいというレベルです」

「そこまで言うかよ」

「実際、それくらいでしたから」

 

 何せ、ボクが傷を負うくらいだもん。

 

 この世界の魔物相手なら、そんなことにはならないからね、こう見えて。

 

 でも、油断はしませんとも。

 油断一つで、死ぬかもしれないんだから。

 

『お、おい、聞いたか? 今、とんでもねぇ情報が飛び出したぞ』

『あ、あぁ。サクラちゃん、あんなにおっとりとした優しそうな人に見えるのに、ランク5の冒険者が五人はいないときつい相手を一人で倒せるのか……?』

『いやいや、まさか』

『もしかすると、サクラちゃんの強さ的なものがそこまででもなくて、その主観から基づくものかもしれねーぜ?』

『だがよ、サクラちゃんをナンパしていた馬鹿の背後を一瞬で取って、ナイフ突き付けてたんだぜ……? あんなん見えねーって』

 

 あー……ここで言うのはまずかったかなぁ。

 

 でも、テッドさんがここにいたし……。

 

「まあ、わかった。俺たちの仕事は、あくまでも人助けみてーなもんだしな。ま、受付嬢がちょっと村を救っても大した問題はない、か」

 

 普通にある気がするんだけど。

 

「で、怪我は?」

「いえ、大丈夫です。一度戦ったことがある存在だったので。まあ、その時は情報不足で一度だけ軽い傷を負っちゃったんですけどね」

「なに、サクラが? どんな敵だよ……そりゃたしかに、ランク5は必要かもなぁ。それどころか、6かもしれん」

『サクラちゃんが傷を一度負っただけで、危険度跳ねあがりすぎじゃね……?』

『マジで、何者』

 

 どうしよう、品定めをするかのような視線がびしびしと突き刺さる。

 

 冒険者の人たち的にはやっぱり気になるのかな、強さとかそう言うの。

 

 実際、こっちの世界の三年目の時なんて、戦争に参加していた冒険者の人たちに絡まれたこともあったし。

 

 その度に戦っていたけど。

 

「ま、事情はわかった。ご苦労だったな、サクラ。通常業務に戻ってくれ」

「わかりました。……それじゃあ、次のとこちらへどうぞー」

 

 

 その後も仕事をこなしていくボク。

 

 途中、お昼休憩を挟みつつも特に問題が起こることなく仕事を片付けていく。

 

 受付から報告、他にも冒険者登録までそこそこ多く。

 

 一番楽なのは、鑑定かな? スキルですぐに終わるから。

 

 そうしてしばらくすると、少しずつ人が減り、雑談をする余裕が生まれる。

 

「いやー、サクラちゃんすごいな」

「えっと、突然どうしたんですか?」

「いやさ、さっきサクラちゃんの話を聞いて、すげえ人なんだなって」

「たしかにそうですね。サクラさん、あの短時間で村に行って依頼内容を解決してきましたし、さらにはこっちの仕事も丁寧でしっかりしてますし……本当に、普段は何をしているんですか?」

「え、えっと、普段は……まあ、家事、とかですね。妹がいるものですから」

 

 さすがに、学校に通っています、とは言えない……。

 

 そもそも、こっちの世界の学校と言えば、貴族の人たちが通うような物という風に広まっているからね。

 

 ここでボクが、

 

『えっと、学校に通っているんですよー。テヘ☆』

 

 なんて言おうものなら、ボクは間違いなく貴族だと勘違いされます。

 

 ……いや、まあ、一応ボクって王族なんだけどね。魔族の国の、だけど。

 

「へぇ、妹さんがいるのか。何人いるんだ?」

「えーっと、六人ですね」

「「多っ!?」」

「そ、そうですか? こっちの世界だと、割と普通な気がするんですけど……」

「いやいや、そこまで多いわけないって! サクラちゃん、もしかして貴族とか?」

 

 あ、こっちで貴族だと勘違いされた。

 

「いえ、ボクは庶民の出ですよ。貴族じゃないです」

 

 王族です。

 

 嘘は言ってないよね。貴族じゃなくて、王族だもん。

 

 ……そう言えば、あの国の場合、王族でいいのかな……?

 

「それにしては、サクラさんって気品があるような気がするんですけど……」

「あはは、ボクに気品なんてないですよ。ただの、一般人です」

「クエストレベルが5に設定されるほどの魔物を一人で撃退して、一般人はない気が……」

「そ、それは……ちょ、ちょっと鍛えただけ、です」

 

 自分でも苦しい言い訳だと思います。

 

 だって、冒険者の人が討伐部門でランク5まで上げるのって結構大変って聞くもん。

 

 才能があって、さらに努力をすればなれる、みたいな感じ。

 

 あとは、単純にその人の職業と能力、スキルの問題じゃないかな。

 

「そう言えば、サクラさんって一人で鍛えたんですか? それとも、誰かに師事してもらったとか」

「一応、師匠がいますよ。その前には基礎を教えてもらった人もいますし。……まあ、師匠の方が酷かったんですけどね。理不尽すぎて……」

「うわ、サクラちゃんが遠い目をしてる」

 

 思い返しても、いい思い出なんてない。

 

 ヴェルガさんに鍛えてもらっていた時の方が、遥かにマシだったしね……。

 

 主に、筋トレと実践訓練だけだったから。

 

 師匠のは……筋トレだとか実践訓練だとか、生易しいものじゃなくて、常に命の危機にさらされるような物ばかりだったし……うぅ、思い出しただけで震えが……!

 

「だ、大丈夫ですか、サクラさん!? すごくぷるぷるしてますよ!?」

「だ、だい、大丈夫、です……。ちょ、ちょっと嫌なことを思い出しただけ、ですので……」

 

 主に、自分が死ぬ過去を。

 

 こ、怖い……。

 

「そ、そうか。まあ……元気出せよ?」

「ありがとうございます……」

 

 なんでボク、慰められてるんだろうなぁ……。

 

 

 と、そんなことがありつつもお仕事をしていると、とあるクエストの報告がきた。

 

 そして、これが大問題のきっかけになってしまいました。

 

『これの鑑定とクエスト報告をお願いしたいのだが……』

 

 そう言いながら、戦士風の男の人が麻布でできた袋をカウンターに置いた。

 

「かしこまりました。『指定魔道具の回収』のクエストの報告ですね? では、こちらで鑑定させてもらいますね」

 

 麻布を受け取り、麻布の中に入れられていた魔道具を取り出す。

 

 中には、黒と紫が混じったような禍々しい色の水晶玉が。

 

 たしかこれは、『打消しの宝玉』っていう魔道具だったはず。

 

 これ、たしか相当厄介な効果だった気がするんだけど……どういうものだったかな。憶えている限りだと、暗殺者にとっては天敵に近いようなものだったはず……。

 

 まあ、今は気にしなくても大丈夫かな。

 

 それじゃあ、早速鑑定、と。

 

 ボクが何気なく、麻布の中から『打消しの宝玉』を取り出した瞬間、体に何か変な感覚が走った――と思ったら、すぐに消えた。

 

 あれ? 何だったんだろう。

 

 まあいいかな。とりあえず、鑑定、と。

 

 えーっと……うん、間違いなくこれは『打消しの宝玉』だね。

 

「確認ができました。こちらの魔道具は『打消しの宝玉』で間違いないです……って、あ、あの、皆様、どうかしましたか……?」

 

 顔を上げると、なぜか周囲から視線を一身に浴びていた。

 

 え、あの……え?

 

 なんか、冒険者の人だけでなく、ギルド職員の人たちまでこっちを見ているような……。

 

 しかも、ものすごくびっくりしているというか、口をあんぐりと開けて、まさに驚愕! みたいな感じに見えるような……。

 

「あの、アミさん?」

「さ、サクラさん? あの、その……その髪は一体……」

「髪、ですか?」

 

 恐々とボクの頭、髪の毛を指さしてくる。

 

 ボクの髪の毛、そんなにおかしい? 『変色』で色を変えて、『変装』で髪の長さを変えているんだけど……って、あれ? なんだか違和感。

 

 髪の毛が伸びているような……それでいて、髪色が見慣れたものになっている気が……って!

 

「あ、あれ!? な、なんで元に戻ってるの!?」

 

 どういうわけか、ボクの姿がいつものものに戻ってしまっていた。

 

 髪は銀髪に、瞳は碧眼。長さもいつも通りの腰元まで伸びてるし……。

 

 幸い、声だけは戻っていなかったけど、こ、これはまずい!

 

 しょ、正体が――

 

「え、さ、サクラちゃんって、も、もしかして……ゆ、勇者、様?」

「い、いや、それは、そのぉ……えっと……」

 

 ば、バレた! バッチリバレた! ボクが隠していたことが一瞬にしてバレた!

 

 あぅぅ、どうしよう……すごく見てるよ。特に、ギルド職員の人たちなんて、神聖なものを見るような視線を向けて来てるよぉ……!

 

 ま、まずいまずいまずい!

 

 こ、ここはなんとかして誤魔化しを――

 

「あ、いたいた。依桜―」

「へぇ、ここが冒険者ギルドか。たしかにそれらしいな」

「うおー! これがマジもんの奴か! いっやー、こりゃいい体験だぜ! 依桜、お前すげえな!」

「おほー! これは写メ写メ! あ、ついでに依桜君の受付嬢姿もパシャリ!」

「なるほど、現実だとこんな感じなんだ。なかなか興味深いなぁ。これは、演技をする時にいいかも!」

「すっごーい! 本物の冒険者さんだ! カッコいい! 依桜ちゃん、ここすごいね!」

 

 ボクの望みは断たれた。

 

「イオって……たしか、勇者様の名前、でしたよね? ということはつまり……」

 

 じっと、さらに視線がボクに注がれた。

 

 それはまるで、ボクが本人だと認めるのを待っているかのような……ううん、これは実際にそう思っている視線だね。

 

 はぁ……。

 

「……実は、そうなんです。『サクラ・ユキシロ』と言うのは偽名で、本名は、その……『イオ・オトコメ』です……」

 

『『『うええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』』』

 

 驚愕の声が、ギルドに響き渡りました……。

 

 結局、バレちゃったよぉ……ぐすん。




 どうも、九十九一です。
 他サイト、小説家になろうの話なんですが、この小説、どういうわけか以前ノリで応募した大賞の一次選考を通過するとか言う頭のおかしいことになってました。いやなぜに?
 おかげで、睡眠不足で眠かったのですが、この事実に思わず眠気が吹っ飛びました。マジでやべぇ。
 まあでも、この小説が最終選考に行くとは思えないんですけどね。絶対。マジであり得ん。なんでまあ、いつも通りの平常運転です。つまり、ノリと勢いで今後も書いていくということですね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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433件目 知りたくなかった創造神のあれこれ(依桜にはほぼわからない)

「ま、マジか! 本物の勇者様がここで職員をしていたなんて……!」

「でも、どうしてなんですか? あまり似つかわしくないような気がするんですけど……」

「え、えっと、王様を通してテッドさんに頼まれまして……それで……」

 

 身バレした結果、ボクの所には大勢の人が押し寄せてきました。

 

 その代表的な意味で、アミさんとニルドさんの二人がボクに話しかけてきた。

 

「へぇ、そんな理由だったのか。ギルマスも度胸あんなぁ、勇者様に職員をやらせるとか。ある意味命知らずだ」

「いえ、ボクとしても話を聞いていたら介入した方がいいかなって思っていたので、別に問題はないんですよ。こういう仕事は、いつか役に立つと思いますから」

「いい娘すぎる……」

「そうですね。勇者様の性格がよすぎて、本当に聖女に思えてきました……」

「あはは。ボクは聖女なんかじゃないですよ。そもそも、性格がいいかどうかは微妙ですから」

 

(((マジで聖女みてー……)))

 

 それにしても、この状況をどうするか……。

 

 むしろこれ、抑止力になるのかな。

 

 一周回って迷惑かけているような気がするし……。

 

「まったく、迂闊な愛弟子め……」

「って、し、師匠!?」

 

 いきなり師匠が目の前に現れて、呆れ声をボクに浴びせて来た。

 

「師匠? と言うと、この人が勇者様の?」

「そ、そうです」

「あぁ、どうも、こいつの師匠をやってるミオ・ヴェリルだ。よろしくな」

 

 師匠が軽く自己紹介をすると、ボク以外の全員がこっちをバッ! と見てきた。正確に言えば、師匠を、だけど。

 

 え、こ、今度は一体何?

 

「ちょ、ちょっと待ってください? あの、つかぬ事をお聴きしますけど……その、み、ミオさんって……昔、冒険者ギルドで登録とか、してませんか?」

「ん? あぁ、そういや数百年前くらいに登録してたな、あたしの親友と一緒に」

 

 え、数百年前……? なんだかそれ、ちょっと引っ掛かるような……。

 

「す、数百年前……あ、あの、ら、ランクは……?」

「7だな」

『『『ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』』』

 

 周囲から再び驚愕の声が発せられた。

 

 あ、だから引っ掛かってたんだ! だって、テッドさんが言ってたもん! 数百年前にランク7になった人がいたって!

 

「ん? なんだ? 何かおかしなことでも言ったか?」

「いや普通に考えておかしいですからね!?」

「何もおかしなことはないだろう。あたしの強さ的に」

「周囲が驚いているのはそこではなく、師匠の年齢と、冒険者登録をした時のことだと思いますよ……」

「……あぁ、そういや高位の魔法使いじゃない限り、百年以上生きるのは無理だったか。たしかに驚くか」

 

(((いや、驚くべきは数百年前という部分なんですがそれは……)))

 

 この人、やっぱりこっちでも非常識だったんだなぁ……。

 

 どこかずれたことを言ってるよ。

 

「まったくもう。師匠はもうちょっと周囲からの自分の評価を気にしてくださいよ」

「「「「「「「それを依桜(君)(ちゃん)が言う!?」」」」」」」

「え、ボク結構自分のことは気にしてるよ!?」

「「「「「「「どこが!?」」」」」」」

 

 ボク、結構周囲からの評価というか、どう見られているのかということに対しては、そこそこ知っていると思うんだけど……みんな、酷くない……?

 

 

 あの後、テッドさんが出て来て、休憩時間を貰えました。

 

 休憩を貰えた旨を伝えると、ボクは師匠に引っ張られていきました。

 

 そうして、少し大きく来のごく普通の一軒家に辿り着くと、師匠はそこに入っていき、同時にボクも引きずられながら入りました。

 

「あ、あの、師匠? ここはどこですか……?」

「ここか? ここは、まあ……あれだ。あたしが数百年前、この辺りにあった国……ってか街で冒険者として活動していた時の家だ。まあ、正確に言えばあたしの親友――ミリエリアの家でもあるんだがな」

「うえ!? そ、そんなところにボクが入ってもいいんですか!?」

「ま、問題ないだろ。あいつなら、そう言うの気にしねーし、何よりあいつは……いや、うん。言わない方がいいな。その方がまぁ……お前も幸せだろう」

 

 最後の部分だけ、なぜか濁した。

 

 しかも、遠い目をしているというか……何と言うか、こう、『あいつ、すっげえやべー奴だったんだよなぁ……』みたいな顔をしているのがすごく気になる。

 

「ちょっ、何ですかそのすごく気になる言葉は!? 一体どんな人なんですか、ミリエリアさんって!」

 

 だからか、思わずツッコミを入れていた。

 

「……聞きたい、か?」

「すごく気になる言い方だったので」

「……まあ、うん。いいか。とりあえず、前知識として、お前はミリエリアが神だってことは知ってるよな?」

「以前言ってましたね。今の世界を管理している神様は二代目だって。それで、その先代がミリエリアさんっていう人……じゃなかった、神様なんですよね?」

「そうだ。で、まあ、あいつは人が好きでな。ちょこちょここっちに降りてきていて、その時にあたしと出会ったんだ。で、何か知らんがあいつに気に入られて、あたしもあいつが気に入ったんで一緒に暮らしたり、一緒に冒険者として過ごしていたわけだが……」

「だが?」

「あいつな……女好きだったんだよ」

「………………はい?」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 

 だけど、何度頭の中で思い返してみても、女好きって言っていた、よね?

 

 ……いやいやまさか。

 

 大丈夫。きっと男の人のはず……!

 

「え、えーっと……み、ミリエリアさんって、男の神様、なんですよね……?」

「いや、女だぞ?」

 

 アウト――――――――――!

 

 ボクは心の中で叫んだ。

 

 十分アウトだよっ!

 

「あぁ、勘違いするなよ? あいつの名誉の為に言うが、誰彼構わず口説いたり、手籠めにしたりするような奴じゃなかったからな? ただ、可愛い女が好きだったってだけで」

「それ、十分アウトな気がするんですけど!?」

「いや、まだセーフだろ。世の中のアウトって言うのは、まあ……あれだ。出会ってその日でベッドインみたいな」

「ベッドイン……? 普通に一緒に寝るだけで、なんでアウトなんですか?」

 

(あー……そうだった。こいつはドが付くほどのピュア娘ちゃんだったわ……。めんどいな、こいつ)

 

「……いやまあ、なんつーか、お前が思っていることと違う意味っつーか……気にすんな」

「そう、ですか?」

 

 ボクが思う意味以外に何があるんだろう?

 

 とても気になるけど、この様子だと教えてくれなさそう。

 だって師匠、苦い顔をしてるし、手も額に当てていかにも『どうしたもんか……』みたいな表情をしているし。

 

「話を戻して。あいつは女好きだが、別に男が嫌いとかっていうわけじゃないからな? じゃなきゃ、お前のことをあいつみたい、とは言わんし」

「あ、それもそうですね。……って、それ、ボクがミリエリアさんっていう神様と似てるって言ってますよね? ボク、人間ですから全然違いますよ?」

「……まあ、それでいいか」

 

 こっちに旅行に来てからというもの、師匠はどことなくボクに対して変に生暖かい目を向けてくるようになった気がする。

 

 一体その目にどんな意味が含まれているのか……。

 

「まあ、それが理由で話が振出しに戻るわけだ。あいつは、可愛い女が好きだ。特に、依桜なんてドンピシャなんじゃないか? あいつは何と言うか……うん。家庭的で優しくて、性格が可愛い女を好むしな。ちなみに、あいつ曰く『外見は関係ありません! 中身が可愛ければいいのです!』だそうだ」

「……なんだろう。すごい神様なんでしょうけど、そういう話を聞いていると人間みたいな神様なんですね」

「そうだなぁ。あいつはたしかに、人間っぽい神だったな。女好き、ってのはどうかと思ったが」

「あ、あはは……」

「……あいつとは、色々あったからな」

 

 昔のことを思い出しながら話す師匠の顔は、どこか遠くを見つめているようだった。

 

「――何度も興奮気味に聞かれたよ。『攻めがいいですか? 受けがいいですか?』って。いや、あたしもあいつが好きだったしまんざらでもなかったんだが……な。さすがに……毎日二桁以上の回数はちょっと……体力無尽蔵、世界最強とまで言われたあたしと言えど、あいつの全てを受け止めきるのは……無理だった……」

 

 師匠は一体何を言っているんだろう。

 

 だけど、その儚い笑みと『しんどかった』という気持ちがひしひしと伝わってくるところを見ると、なんだかいろんな意味ですごい神様だったんだなって、思えて来た。あの師匠にここまで言わせるわけだし……。

 

 まあ、言っている意味はわからないけど。

 

「それにしても……なんだか、ボクに知り合いやその人の知り合いのほとんどが、同性愛者ばかりな気がしてきましたよ、ボク」

「まあ、お前の容姿が悪いだろ、それは」

「え、それディスってます?」

「いやむしろ褒めてる。要はあれだ。男女関係なく、無自覚に落としちまう無駄に整いすぎた容姿が悪いってだけで」

「やっぱりディスってますよね!?」

「いや、褒めてる」

 

 全然褒められている気がしない……不思議。

 

「……それで、どうしてこの家に? 一体何をしにここへ来たんですか?」

「あぁ、この家は何かと便利でな。あたしもたまに使っている」

「使う?」

「そうだ。この家には、ミリエリアが施した魔法……というか、神技が使われていてな」

「神技?」

「ああ、そうか。お前は知らなかったな。神技ってのはな――」

 

 と、師匠が説明してくれた。

 

 なんでも、神技というのは神様のみが使うことのできる技術のことだそう。

 

 使う際は、神気を用いるとか。

 

 基本的にやろうと思ったことができる、と言うものらしく、基本的に制限のない技術だそうです。

 

 師匠は使えないみたいです。意外。

 理由は、純粋な神気じゃないから、というもの。

 

 師匠の場合は、ミリエリアさんと一緒にいたことによるものと、邪神を殺したことによるイレギュラーでなったもの、らしいです。

 

 でも、なんだろう。他にも理由があるような気がしてならない。

 

 旅行前日に師匠に使い方を(強制的)教えられてからは、人がいないところで神気の扱いを練習しているんだけど、普通は一緒にいたり邪神を殺したりするだけじゃ神気を体から発しないような気がしてます。

 

 なんと言うか……これは体のどこからか発生している物で、染みついただけだと染みついている分しか出てこない気がする。

 

 とは言っても、ボクは最近になって初めて知ったことだし、違うのかもしれないけどね。

 

 それで、神技というのは人間じゃ絶対に手の届かないものでもあるため、人がそれを見破ったり解除したりするのは不可能だそう。

 

 出来ても、効力を落としたり、なんとかある程度見破ったりするだけみたい。

 

 なるほど、やっぱり神様ってすごいんだね。

 

 ちなみに、師匠は打ち消したり余裕で見破れるそうです。

 

 おかしくない?

 

 それで、この家にもそれが施されていて、効果は『不可視』と『不変』だそうです。

 

 前者は、単純に見えなくなる……のではなく、ごくごく普通の一軒家にしか見えない上に、入られないようにするためのものみたい。

 

 師匠が言うには、普通の人には入る気さえ起きない家なのだそう。なので、泥棒が入ることもないとのこと。

 

 そして後者は、文字通りの意味です。

 

 言ってしまえば、汚れない、傷つかない、老朽化しない、燃えない、壊れない、そういう効果みたいです。

 

 何そのチート、と思わなくもないけど、やったのが神様だと考えれば普通の事……なんだよね? これ。

 

 ちなみに、この『不変』の効果は内装にも適用されるらしくて、食べ物は腐らないし、家具も壊れないみたいです。あと、清潔な状態にも保たれます。

 

 それだけでもすごいんだけど、師匠が言うにはこれは相当恐ろしい効果なのだそう。

 

 なんでも、

 

「こいつは、神の中でも別格である創造神のミリエリアが施した神技だ。その結果、この家は仮に隕石が降ってきてもこの家だけは無事だし、星の中心にまで家が落ちても決して溶けたりすることもなく中は快適な温度に保たれ、そして、星が無くなって宇宙に放り出されてもこの家だけは無事な状態なんだよ。だから、あいつのこの施した効果を知った時、思わず背中に寒気が走ったね。それほど、あいつは神としても、創造神としても別格だった。あたしは、あいつ以上の創造神を知らん」

 

 だそうです。

 

 なんと言うか……師匠以上のチートがいること自体が驚きだし、師匠ですら寒気を覚えるレベルって相当やばいよね?

 

 やばい、という言葉を普段使わないボクが使っているので、どれだけ異常か察してくださると嬉しいです。

 

 そう言えば、その効果が本当なら、どうしてボク、入れたの?

 

 ……まあいいよね。うん。師匠が目の前で入ったから、きっとそう思っただけだよね。

 

「――ま、神技についてはこんなもんだ。余計な時間を食っちまったな。本題がおろそかになっちまう」

「本題?」

「ああ。あたしが、ミリエリアの話とか、神技についての説明をするために此処に来たと思うか?」

「いえ……思わないですね。師匠はある意味、ささっとやるタイプな気がしますし……」

「だろう? つまり、だ。あたしの本題って言うのは……お前、『打消しの宝玉』を触っただけで、『変装』と『変色』の能力とスキル、解除されたよな?」

 

 にっこりと笑いながら指摘された。

 

「あ」

「いやぁ、あたし修業時代に言ったよな? というか、教えたよな? なのにテメェ、何してんだよ」

「うぐっ」

「よし、あたしが教えた暗殺者の三箇条を言え」

「は、はい! え、えっと、『一つ、姿をバレてはいけない』『二つ、油断や慢心はしてはいけない』『三つ、感情のコントロールは完璧に』です!」

「よーし、よく覚えていた。褒めてやろう」

「あ、ありがとうございますっ!」

「じゃあ言うが……お前、普通に一つ目と二つ目、ナチュラルに崩しているような?」

「……」

 

 そーっとボクは目を逸らした。

 

 いや、うん……。だって、本当のことなんだもん。

 

 でも、師匠の体からは異常なまでのオーラのような物が出ていて……背後には、龍のような物さえ視える。

 

「あたし、言ったよな? 暗殺者たるもの『打消しの宝玉』には気を付けろと」

「は、はい言ってましたですはい!」

「なのに……それを忘れてるとは、平和ボケしすぎて、脳内お花畑かこの野郎」

「す、すみません! 普通に忘れてただけなんです! 本当に! 師匠の言ったことはそれなりに覚えてます! 本当です!」

「いや、それなりじゃダメだろ」

「はぅっ!」

「なんで……お前には、罰を執行することにした」

「ば、罰……?」

 

 どうしよう、嫌な予感しかしない……。

 

 じりじりと後ろに後ずさる。

 

 師匠はわきわきと手を動かし、悪い意味でいい笑顔を浮かべながら近づいてくる。

 

 ひぃぃ! 怖いよぉ!

 

「お前へ与える罰……それは、『魔道透過』のスキルの習得だ!」

「い、嫌です! 『感覚共鳴』でのスキル習得だけは、ボクも本当に勘弁してください! あれだけは……あれだけは嫌なんです!」

「そいつが嫌がるものじゃきゃ、罰にはならんだろうJK」

「随分古いネタですねそれ!?」

 

 今時、JK、って使う人いないよ!

 

 一体向こうの世界で何を学んだのこの人!?

 

「そんじゃ、お前が逃げられないように……『封印』『捕縛』」

「うひゃぅっ!?」

 

 師匠が謎のワードを唱えると、師匠の手からロープが出て来て、なぜかボクを縛り上げた。

 

 ちょっ、何してくれてるのこの人!?

 

「ぬ、抜け出すしか……って、あ、あれ? ち、力が出ない……というより、これ、一般人レベルにまで落ちてる……?」

 

 縄を抜け出そうとして、力を入れるんだけど、まったく力が出ない。

 

 というより、昔に戻った感じがする。

 

 ど、どういうこと? これ。

 

「ふははは! それは、ステータスをか弱い女レベルにまで落とすスキルだ!」

「何使ってるんですか!?」

「そして、捕縛のスキルと併用することにより、どんなに強い屈強な男でも一瞬にしてか弱い女レベルの力にできるってわけだ」

「最悪のスキルじゃないですか! これ解いてくださいよぉ!」

「嫌だ」

「酷い!?」

「ちなみにこれ、ミリエリアがよく好んでいてな……夜とか、ベッドの上でとか」

「一体何の話をしてるんですか!? あと、なんで好んでるんですか、神様が!」

 

 ボクの中の神様像、どんどんマイナス方面に進んでいってるよ!? その内、0の壁を超えてマイナス方面まっしぐらだよ!?

 

 あと、なんでベッドの上で使ってるの!? 縛られていないと眠れない神様だったの!?

 

「いや、使うのはどっちかと言えばあいつの方で、あたしが使う時はマンネリ防止だったんだが……まあ、それはいいとして」

 

 本当に、師匠がなにを言っているのか理解できない。

 

「そんじゃ、始めるぞ」

「え、ちょっ、や、やめて、止めてくださいっ! あ、い、いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 昼下がりの王都にあるとある家から、少女の悲鳴が聞こえたとか聞こえないとか……ぐすん。




 どうも、九十九一です。
 なんだろう、初めてミリエリアの性格(?)について触れました。いや、どっちかと言えば性癖か。実は、設定段階では百合趣味というのはあったんですが、ここまでのド変態にする予定はありませんでした。やっちまった感が半端ない。読者的にどうなんですかね? ド変態な百合趣味神様って。あとSM趣味が若干あるのも追加で。
 ……字面見たら全然まともじゃねぇ。私、疲れてんのかな。
 ともあれ、明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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434件目 ミリエリアの家を出て

「はぁっ……はぁっ……ひ、酷いですよぉ~……」

「別にいいだろ? 割と使えるスキルなんだから」

「よ、よくないっ、ですぅ……」

 

『感覚共鳴』によるスキル習得は終わり、ボクはいつも通りに地面にぐったりと横たわっていた。

 

 体中からの汗がすごい……。

 

 髪の毛が張り付いたり、汗で洋服が張り付いたりしていて、ちょっと気持ち悪い。

 

 あと、動けない……。

 

「ほれ『レスト』」

 

 いつも通り、師匠が体力回復魔法を使用してボクの体力を戻してくれる。

 こう言うのはありがたいんだけど、結局これプラマイゼロになってるだけなんだよね……。

 

「うぅぅ、酷いですよぉ……」

「あたしの講義を忘れていたお前が悪い。あたし、『打消しの宝玉』について教えていたはずだしな」

「うっ、そ、そうですけど……『感覚共鳴』での習得は結構辛いんですよ……なぜかお股の辺りが変な感じになりますし……」

「ぶっ!」

 

 脚をもじもじさせながら言うと、なぜか師匠が噴き出した。

 

「し、師匠? どうして噴き出すんですか?」

「どうしても何も、それは! ……あー、いや、やめとこう」

「え、これ知ってるんですか? なんだか、その……ちょ、ちょっと気持ち悪いというか……不思議な感じで……」

「やめろ! 純粋な目でそんな話題を振るんじゃない!」

 

 怒声に近い声で強く言ってくる。

 

 え、なんで……?

 

(ったく、これだからピュア娘ちゃんは……。こいつのいい所ではあるんだが、こういう時マジで困る。どう説明すりゃいいんだよ……。あぁ、そういや二年生の保険の授業であった気がすんなその部分。……だが、なぜだかは知らんが、こいつはその授業を受けない気がする。直感だが)

 

「あの、師匠? 一体何を考え込んでいるんですか?」

「気にすんな。ちょっと、体育のことでな」

「体育ですか? 師匠、授業のことは忘れましょうよ。今は旅行中なんですから」

「……はぁ。誰のせいで考えてると思ってんだ」

「えーっと、ボク?」

「そうだよ!」

 

 お、怒らなくてもいいじゃないですか……。

 

 うぅ、師匠は酷い……。

 

「ったく……。おいイオ、さっきお前、股間が変な感じするとか言ったな。とりあえず、まあ……あれだ。この奥にベッドルームがあるんで、そこでパンツでも穿き替えて来い。一応紙があるから、ついでに拭いとけよ」

 

 なんで早口でまくし立ててるんだろう?

 

 そんなに変なこと聞いた? ボク。

 

 ……よくわからない。

 

 

 あの後、師匠に言われてベッドルーム(ピンク色な内装で、よくわからな道具があったり、かなり大きいベッドがあった)で、下着を替えて、一応拭いた。

 

 拭くのにちょっと苦戦したけど、まあ……なんとかなった。

 

 それにしても、あの部屋にあった道具は一体何に使う物だったんだろう? 紐についたボールとか、鞭っぽいものとか、変な色の蝋燭とか、あと手錠みたいなものもあった気が……。

 

 すごく気になったけど、まあ、大したものじゃないよね。

 

 師匠は暗殺者なわけだし、きっと拷問みたいなことをしていたんだよね。

 

 うん。多分そう。

 

 色々と気になるものはありつつも、師匠と外に出る。

 

「師匠、この家ってごくごく普通の家に見えたり、入るという思考が起こらないようになっているんですよね?」

「ああ、そうだな」

「師匠が入れるのは、ミリエリアさんと一緒に過ごしていた家でもあるからわかるんですけど、どうしてボクも入れるんですか? こう言うのって、誰かが入って行くのを見たとしても、入ろうとする気持ちが沸かないんじゃないですか?」

「お前、たまに鋭いよな」

「そうですか?」

「ああ。……まあ、その質問の答えとしちゃ、何と言えばいいか……。……いや、とりあえず、お前があいつの好みだった、ということで納得しておけ。どうせ、今はまだ不確定なことしかわからん。ある程度解明することができたら、お前に話すさ」

「そう、ですか? ……わかりました。それじゃあ、その時まで待ってますね」

「すまないな」

 

 師匠にだってわからないことくらいあるもんね。

 

 ただ、最近はボクに対して隠し事が多いように思えてならない。

 

 まあ、師匠にだって言いたくないことはあるから仕方ないと言えば、仕方ないんだけどね。

 

「あ、そうだ。師匠、師匠がボクに習得させたスキル『魔道透過』ってなんですか?」

「ん、ああそういや説明してなかったな。んじゃ、軽く説明するとしよう」

「お願いします」

「任された。……まあ、あのスキルを一言で言うと、魔道具の効果をほぼ無効化する、というものだな」

「え、何ですかそのチートみたいなスキル」

「いや、チートとは言うが、効果には個人差があるんでな。しかも、アーティファクト級の魔道具だったら、そこそこ効果を消したりできるが完璧に消せる奴はほぼいないだろうな。あぁ、あたしはできるぞ」

「まあ……師匠ですもんね」

 

 むしろ、無効化できない師匠と言うのが全く想像できない。

 

 ボクの勝手なイメージだけど、師匠はなんでもできる、というイメージが強くてね。

 

「で、それは向こうで言うところの、パッシブスキルというものだ。要は、常時発動型、ってわけだ。一応、自分でオンオフを切り替えることはできるんだけどな」

「結構便利なスキルなんですね」

「まあな。だが、スキルばかりに頼るようじゃ、一人前とは言えんし、強くなったことにはならん。あたしはそう思っている。あくまでも、道具だと割り切るわけだな」

「そうですね。最終的にものを言うのは、なんだかんだで自分の技量ですから」

「お、いいこと言うな。さすが、あたしの愛弟子だ」

「ありがとうございます」

 

 修業時代に師匠がこんなことを言っていた気がするけどね。

 

「でも師匠、魔道具をある程度無効化する、っていう能力だと、自分に対して有効的に働く魔道具の効果も阻害しちゃいませんか?」

「お、いい所に気が付いたな。そうだ。この『魔道透過』はそこも一応問題点ではあるんだが……意外と簡単な方法でそれを防げる」

「と言うと?」

「このスキルはな、自分で阻害する物と普通に透過する物で選別することができるんだよ」

「便利なんですね」

「ちなみに、方法はマジで簡単。『この魔道具は危険じゃない』、と思うだけで終わりだ」

「本当に簡単ですね」

 

 お手軽過ぎて、ちょっと怖い。

 

 でも、この世界って本当に便利な能力やスキルって多いんだよね。日常的にも使えるものが多いからね。ボクがよく使う『気配感知』や『気配遮断』、それから『変装』と『変色』なんかがいい例だし。

 

 あれは本当に便利だよ。

 

「そうだろ? だから、お前も今の内に選別しておけよ。とりあえず、『打消しの宝玉』は絶対に登録しておけ。あれはダメだ。暗殺者にとっての天敵みたいなもんだしな」

「あ、あはは……」

 

 耳が痛い……。

 

「あ、そういやイオ、お前なんであんなに騒ぎになっていたんだ?」

「え? それはボクがバレたからで……」

「いやそこじゃない。バレる前――正確に言えば、昼前のことだ」

「えと、もしかしてボクがクエスト依頼のすり合わせに行った時のことですか?」

「ああ、それだ。なんか、少し騒がしかったように思うんだが」

「そうですか? たしかに、ちょっとざわざわとはしてましたけど……って、なんでし師匠がそれを知っているんですか?」

「まあ、近くにいたからな」

「え!?」

 

 いつの間に!?

 

 え、あの時師匠いたの!? 近くに!?

 

「あたしのことはどうでもいいんだよ。ほれ、何があったのか、さっさと吐け」

「わ、わかりました。じ、実は――」

 

 ボクはすり合わせの時に起こった出来事を包み隠さず師匠に話した。

 

 最初は軽く頷きつつ聞いていたんだけど、最後の方になると顔をしかめだした。

 

「――というわけです」

「はぁ……なるほどな。まさか、こっちにも悪魔が出現していたとは。まいったな。しかも話を聞く限りだと、微妙に活発化している気がするし……しかも、悪魔王ねぇ? やっぱ、トップがいるのか?」

「そうなんだと思いますよ、ボクは。悪魔さんから直接聞いたわけですし……」

「まあ、そうだな。いると思ってよさそうだ。で? どうするんだ?」

「どうする、と言いますと?」

「いや、ほら、お前ってトラブルホイホイだろ?」

「その不名誉な異名はやめて頂けると……」

 

 なんだか、Gホイホイみたいで嫌なんだもん。

 

 ボク、異世界で強くなったとはいえ、ただの人間だからね!

 

 一応!

 

「間違っちゃいないだろ。って、いや、それはいいんだよ。問題はそこじゃなくてな、ほら、あれだ。今回、その悪魔王とやらがこっちに来て悪さをする、もしくは悪魔どもが大勢でこっちに押し寄せた場合だ」

「どうすると言われましても……さすがのボクでも一遍に相手をするのは無理ですよ? 師匠じゃないんですから」

「そうは言うが、お前はトラブルに巻き込まれやすい奴だからな。もしもを考えておかねばならん」

「うぅ、否定できません……」

 

 師匠の言う通り、ボクは何かしらの事件かトラブルに巻き込まれているから、否定できないんだよね……。

 

 ボクだって、好きで巻き込まれているわけじゃないんだけどなぁ……。

 

「まあ、あくまでも想像の話として、だ。お前、もしもミカやメルたちに危害が及んだらどうするよ?」

「そんなの決まってますよ。全滅させます。何が何でも。むしろ、生きていたことを後悔させてあげますよ」

「お、おう、そうか。だがお前、ついさっき一人じゃ無理、とか言ってなかったか?」

「それはそれです。姉妹愛があれば、一人でも全滅はできると思います」

「あ、あぁ、そうか……。……こいつ、どんどん壊れて来てんな」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか」

 

 でも、師匠が危惧している可能性もなくはないし……警戒はしておかないと。

 

 ここは元の世界とは違って、不確定要素が多いから。

 

 いきなり魔物が大量発生するかもしれないし、もしかしたら人攫いが出てくるかもしれないしね。

 

 そして、やっぱり一番気になるのは、悪魔さんの存在かなぁ。

 

 師匠が言うように、もしかするとこっちの世界に大勢現れて、誰かに危害を加えないとも限らない。

 

 その場合は、ボクの持てる全ての力を総動員して倒さないと。

 

 もしかすると『アイテムボックス』もかなり使えるかもしれないしね。今のところは何でも出せるから。

 

 まあ、出すものに比例して消費魔力も増えるんだけど……そこはそれ。

 

 最悪の場合は、銃火器を出すことも考えよう。

 

 師匠に付き合わされて、たまに狙撃の練習させられてるから、扱いにも慣れて来たしね。

 

 でも、もしも本当に未果たちやメルたちに危険が及んだら……ボクは何をするかわからない。殺しまではしなくとも、確実に地獄を見せるくらいの何かをしそうな気がする。

 

 ……なんてね。さすがにないよね。

 

 いくら悪魔さんがこっちの世界に出てきたからと言って、必ずしも大勢で来ることもないだろうし、ましてや悪魔王という人とも会うとも限らないもんね!

 

 さて、そろそろ戻ってお仕事しないと!




 どうも、九十九一です。
 前回に続き、結構ストレートな下ネタが多いような気がしてならない。この作品の下ネタ枠って、基本女委と態徒なんですけどねぇ……。まあ、こういう時もあるよね!
 いやー、それにしても異世界旅行終わらん。仮にこれが終わっても、元の世界での平穏な夏休みの話をやるつもりだしなぁ……10月中には終わるかな、これ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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435件目 ギルドでのお仕事終了……からの

 それからギルドに戻り、お仕事再開。

 

 容姿に関しては……バレちゃったとはいえ、さすがにあの姿のままでいるのは落ち着かなかったので、変装した姿へと変えました。

 

 あれ以上騒ぎを起こしたくないしね……。

 

 お仕事の方は、そこまでというほど問題は発生しませんでした。

 

 いや、問題を起こそうものなら、ボクかテッドさんが何かしらの制裁を加えていたので……。

 

 制裁と言っても、ただちょっと平和的にお話をしただけですよ。

 

 さすがに、いきなり手が出るのはダメだからね。師匠だったら絶対しそうだけど……。

 

 そんなこんなで、ボクの方のお仕事も終わり、営業時間終了に。

 

「今日は助かったよ、イオ殿」

「いえいえ、こちらこそ、楽しめましたので」

「そうか。そんじゃ、これは今日の給料だ。一日とは言え、結構な働きをしたことを考量して、そこそこの額が入っているが、ま、気にすんな」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 テッドさんから受け取ったおかねがはいっている袋は、すごくずっしりときた。

 

 これ、いくら入ってるの……?

 

 正直、すごく気になるところではある。

 

「今日一日、イオ殿のおかげで馬鹿共が減って助かったぜ。しかも、トラウマだったのかまた来た時はびくびくしてたしな」

「あ、あはは……」

 

 個人的には、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……と後悔してるけどね。

 

 でも、これで被害が減るのなら、それはそれでよかったとも思う。

 

「また頼む、とは言い難いんで、これっきりかもしれないがな」

「そう、ですね。一応、今は気軽にこっちの世界に来れるようになったとはいえ、そう何度も来れるわけじゃないですから。それに、こっちに来る時のほとんどは、魔族の国の方に滞在しそうですからね」

 

 主に、女王的なあれで。

 

 あとは、メルも向こうの住人……どころか、今代の魔王なので連れてこないといけないしね。

 

 まあ、メル自身は全然嫌がる素振りを見せてないし、むしろ嬉しそうにしている素振りすらあるので、全然問題はなさそうだけどね。

 

「ま、それもそうだな。んじゃ、今日で終わりかね?」

「気が向いたらここに来ますよ。まあ、その時はボクが色んなことから解放されて、一人で旅をしている頃かもしれませんけどね」

「そうか。……それじゃ、改めて言おう。今日はありがとう、イオ殿。おかげで、助かった」

「いえいえ。テッドさん、これからも頑張ってくださいね。それでは、失礼します」

「おう、それじゃあな」

『『『お疲れ様でした』』』

 

 最後に職員のみなさんにそう言われつつ、ボクはギルドを出ました。

 

 

 外に出ると、みんな待っていてくれていたみたいで、ボクに近づいてきた……と思ったら、それよりも早く、メルたちがボクに抱き着いてきた。

 

「わわっと」

「お疲れ様なのじゃ! ねーさま!」

「お疲れ様です、イオお姉ちゃん!」

「お疲れ、さま、です、イオおねえちゃん」

「お疲れ様だよ!」

「お疲れ様なのです!」

「……お疲れ様」

「ふふっ、みんなありがとう。でも、ここだとちょっと邪魔になっちゃうから、一旦離れてね」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 うんうん、素直でいい娘たちです。

 

「依桜ちゃん、お仕事はどうだったの?」

「そうですね、意外と難なくこなせていた気はします。一応、女委のお店で接客業をしていたので、それもあるとは思いますけど……」

「あ、そう言えばゴールデンウイークにやってもらったけ。いやー、あの時は助かったよ、色んな意味で」

「あ、あはは……」

 

 あの時と言えば、強盗が入ってきてかなりピンチになってたもんね。

 

 幸いにも、変声術とか『変装』や『変色』とかのスキルでボクだとバレなかったけど、もし使ってなかったら、きっと変に目立っていたんだろうなぁ……。

 

 まあでも、友達の命に比べたら、ボクが目立つことなんて安いものだけどね。

 

「みんなは何をしていたの?」

「そうね……まあ、普通に観光かしら? 途中、女委が暴走しかけたけど、まあ……大丈夫だったわ」

「ちょっと待って? なんで暴走しかけてるの?」

「にゃははー。いやー、ついついテンション上がっちゃってねぇ。あ、大丈夫だよ、騒ぎは起こしてないから!」

 

 ぐっとサムズアップをしながら、ウィンクをする女委。

 

「いや、なんで問題を起こす前提で話してるの……?」

 

 その反応にそこはかとない不安を抱くんだけど。

 

 ある意味、女委はこっちの世界に連れてきちゃいけない存在なんじゃないか、と思えてくる場面があるよ、ボク的に。

 

「ああ、大丈夫だ、依桜」

「えと、晶? 大丈夫って言ってる割には……なんでそんなに目を逸らすの? あと、なんでそんな曖昧な笑みなの? 本当に、何があったの?」

「……それは、まあ……あれだ。後で話すよ」

「……本当に何があったのか、すごく心配なんだけど」

 

 旅行に来て二日目、もうすでに色々と不安です……。

 

 

 一抹の不安を抱きながらお城へ向かって歩いていると……

 

『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「おい、今のって悲鳴じゃね? なんかあったのかな?」

「あー……うーん……こう言ったらなんだけど、こっちの世界ってこういう事態がちょこちょこあってね……。その度に、街に常駐している騎士団の人たちが解決に乗り出すんだよ」

「へぇ~。ねね、依桜ちゃん。それって、基本的にどういうことが起こってるの?」

「えーっと……多いのだと、下着泥棒とか」

「「「「「えぇ……なんか、しょうもない……」」」」」

 

 女委以外の地球組のみんながものすごく呆れていた。

 

「いや……ボクも一時期、騎士団の方に所属……というか、修行の意味で在籍していたことがあってね。その際に街の見回りとかもしていたんだけど……そういう事件が一番多いと知った時は、本当に困惑したよ……。だって、異世界なのに、そういうところだけ無駄にあっちの世界みたいなんだもん」

「どこにいっても、変態は多いんだね!」

「そんなにテンション高く言うことじゃないからね?」

 

 というか、碌なものじゃないよね、下着泥棒って。

 

「ちなみに、それ以外だとスリや、誘拐などがあるかな」

「……地味に怖いわね」

 

 誘拐などがあることを言ったら、女性陣(未果、美羽さん、エナちゃん)がちょっと怖がるそぶりを見せた。

 

「あ、大丈夫だよ。何が何でもボクが絶対に守るからね」

「……相変わらず、そういうところはイケメンね」

「依桜ちゃんって、ジゴロなのかな?」

「平気でカッコいいこと言うよね! 依桜ちゃんって!」

「か、カッコいいって……ボクは当たり前のことを言っただけだよ? それに、この場に師匠がいる以上、そうそうみんなに危害が起こるとは考えにくいけどね」

「ま、あたしは常に街を覆うほどの『気配感知』を使用しているからな。当然だ。というか、こいつらに何かあったら、依桜がなにするかわからんからな……」

「「「「「「あぁ、納得」」」」」」

「なんで!?」

 

 ボク、そこまで何をするかわからない人って思われてるの!? なんかちょっと、悲しいんだけど!?

 

「というか、あの悲鳴、放っておいて大丈夫なのか?」

「そうだね……一応、騎士団の人たちが介入するとは思うから、大丈夫だとは思うけど……」

 

 そうボクが言った直後、

 

『『『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』』』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

「……大丈夫、なのよね?」

「……これは、多分ダメかも……」

 

 この国の騎士団の人たちはそこまで弱くないはずなんだけど、さっきの声を聴いちゃったら……多分、相当な強敵が出てきちゃった、のかも?

 

 思い当たるとすれば……悪魔かなぁ……。

 

「師匠、あの、何がいるかわかります……?」

「ああ、当然だな」

「えーっと、それって悪魔だったり……します?」

「んー……ああそうだな。これは、あくまで間違いない」

「あぁぁぁ……やっぱりぃ……」

 

 本当に悪魔だったよぉ……。

 

 それなら、騎士団の人たちが苦戦しても不思議じゃないよ。

 

 あれ、強いもん。

 

 はぁ……行かないわけにはいかないよねぇ……。

 

「師匠、ちょっと行ってきます……」

「嫌そうだな、お前」

「いえ、嫌って言うか……単純に、ドタバタに巻き込まれて、ちょっと困惑してるなぁくらいですよ」

「まあ、お前だしな」

「その言葉の真意を知りたいです」

「いや、お前と言えばトラブルだろ? それ以外なくね?」

「……否定できない」

「ほれ、助けに行くならさっさと行った方がいい……って、ん? なんだこの反応」

 

 手をひらひらと振った直後、師匠が一瞬不思議そうな顔をする。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんか変な反応があってな。……正直、あたしもこれは見たことがないって言うかだな……まあ、あれだ。マジで知らん反応が出てる。しかもこれ、悪魔と対峙しているような気がするんだが……」

「え!?」

 

 なにそれ、すっごく気になる!

 

 と、とりあえず、ボクも『気配感知』を使ってみよう。

 

 ……あ、ほんとだ。たしかに師匠の言う通り、変な反応がある。

 

 なんと言うか……神々しい? それとも、聖なる何か?

 

 ……よ、よくわからない。

 

 でも、邪な感情は一切感じない。それどころか、正の感情しか感じないのが不思議。

 

 どういう人なの? これ。

 

「あれ? あれって……」

「美羽さん? どうかしたんですか?」

「あ、うん。ちょっとあそこの辺りが気になるんだけど……」

 

 不思議そうな表情でとある方角を指さす美羽さん。

 

 つられてボク以外のみんなもそっちを見ると……

 

「ん? なんか、あの辺ちょっと明るくね?」

「ほんとね。何かあるのかしら?」

「魔法とか?」

「それにしては、微妙に温かみのある明るさな気が……」

「綺麗なのじゃ!」

 

 未果たちだけでなく、メルたちもどうやら見えているらしい。

 

 周囲を見れば、路上にいる人たち全員が明るくなっている場所を見ていた。

 

 でもあの方角って、悪魔たちがいる方向な気が……。

 

「師匠、行った方がいい気がしてきたんですけど……」

「そうだな。あたしとしても情報が欲しいところだ。……仕方ない。イオ、あたしは『分身体』を一体出す。それと一緒に、向こうへ行け」

「あ、はい。わかりました」

「よし。なら……ほれポンと」

 

 軽い声で言うと、師匠の横にもう一人の師匠が出てきた。

 

 ……なんだろう、師匠が二人いるって、相当怖い絵図な気がしてきた……。

 

「おい弟子、さっさと行くぞ」

「あ、は、はい! えと、じゃあ、ちょっと行ってくるねみんな!」

「気をつけてな」

「うん!」

「イオお姉ちゃん、怪我しないでくださいね?」

「大丈夫だよ! じゃあ、行ってきます!」

 

 みんなに心配されつつも、ボクは分身体の師匠と一緒に問題が起こっているであろう場所へと向かった。




 どうも、九十九一です。
 えー、中身について少々。本当は、もうちょっと書こうかなー、とか思ったんですが、まあ、うん。書かなかった。区切りがよかったので。あと、単純に私が疲れた。すまぬ。
 あ、一応訊くんですけど、未果たちの観光視点って欲しいですか? 見たいというのであれば、書くのですが……。見たいと言う方がいるようでしたら、書こうと思います。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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436件目 パワハラ上司に疲れたOLのような天使

「……えーっと、これはどういう状況?」

「……あたしにもわからん。なんだこれ」

 

 そして、その場所に到着するなり、ボクと師匠は酷く困惑していました。

 

 いや、だって……ね?

 

 ボクたちの目の前で行われているのが……その……

 

『まったく! そちらはなんでいつもいつも、人間の方々に迷惑なことをしでかしているんですかっ!』

『うっせーな。んなのオレらの勝手だろうが! 出しゃばってんじゃねーよ! 神の犬が! しかも、あいつら頭おかしいじゃねえか!』

『ちょっ、今言ってはならないことを言いましたね!? 確かに神様だって、なんか頭がぶっ飛んでる方ばかりですけど! それでも……え、えっと、せ、先代の管理神である、ミリエリア様はとても素晴らしい方だったんですからっ! 今の方はやべー方ばかりですけど!』

『おめえ、本当に眷属的にそれでいいのか!?』

 

 取っ組み合いの喧嘩だったから。

 

 えーっと……あの、え? いや、本当にこれはどういうこと?

 

「し、師匠……?」

「言うな。あたしも困惑している。今、あたしの本体もこの状況をあたしを介して視てるんだが……ああ、あたしからメッセージが来た」

「えと、何て言ってます?」

「知らん。だそうだ」

「えぇぇぇ……」

 

 師匠でも知らない状況って、相当問題なんじゃないでしょうか。

 

 それにしても、あの悪魔さんと取っ組み合いの喧嘩をしているのって、なぜか背中から白い翼が生えてるんだけど……あれって、もしかしなくても、あれ、だよね? だって、翼だけじゃなくて、頭の上にも輪っかが見えるし……。

 

「師匠、あれって……」

「……まあ、間違いなく、悪魔の天敵、天使、だろうな……」

「やっぱり……」

 

 師匠から聞かされていたとはいえ、天使、本当にいたんだ……。

 

「悪いんだが、こればかりはさすがに分身体であるあたしだと、対処が面倒なんで、ちょっと本体と変わる」

「大丈夫なんですか?」

「まあ、分身体と言えども、戦闘力に違いはほとんど出ないしな。……そんじゃ、入れ替わるぞ」

「わかりました」

「『交換』」

 

 師匠がそう唱えると、師匠が消えて、師匠が現れた。

 

 ……字面が不思議。

 

「まさか、天使がこっちに来ているとはな……まったくもって、面倒だ。あたし、あいつら苦手なんだよなぁ……」

「師匠が苦手意識を持つって……」

 

 それって相当なのでは?

 

 だって、この人が苦手だと思う存在がいるんだよ? この、全ての生物の頂点に立っていそうで、尚且つ苦手なものは何もない! みたいな感じの師匠が。

 

「あいつらは、あたしにとって唯一の苦手な存在だ。理由は……まあ、あいつらの性格、って言やいいのかねぇ……。お前、天使と悪魔の会話、聞いてたろ?」

「は、はい」

「その途中で、ミリエリアの名前が出て来ていたよな?」

「出てましたね」

「あいつらはまあ……神の眷属、みたいな存在でな。言ってしまえば、社長と社員の関係なわけだが」

「なんですか、そのビジネス的な関係は」

「いや、マジでそうなんだって。一応、神の指示で動くことはある。だがな、実のところ、ほとんどの神に対してはそこまで忠誠を誓っているわけじゃないんだよ、あいつら」

「天使なんですか? それ」

 

 天使なのに、明らかに性格的なあれこれが天使じゃない気がしてならない……。

 

 そう言えばさっき、今の神様は頭がぶっ飛んでる、とか言っていた気が……。

 

「いやまあ……あいつら、いい神にはものすごい忠誠を誓うんだぞ? それが嫌でなぁ……」

「……それってもしかして、ミリエリアさんのこと、ですか?」

「……ああ、そうだ。ミリエリアはマジで異常なくらいに善神だったからな……。あいつ、天使がこっちに降りてきている度に崇拝されていたぞ」

「す、崇拝って……」

「例を挙げるとすれば、例えばあいつがここにいた場合、天使たちはミリエリアの前で跪き、『ミリエリア様! 本日もご機嫌麗しゅうございます! なにかしてほしいことはありますでしょうか? あるのならば是非我らにお任せください! ミリエリア様の命とあらば、悪魔どもを滅することだってしますので!』って言うんだぞ?」

「それは……まあ、まだマシ、なんじゃないですか?」

「何を勘違いしているかわからんが、あいつらあれだぞ? 一体だけじゃなくて、それが数百、数千以上の規模で言うんだからな? それでもお前、マシとか言えるか?」

「……すみません、全然マシじゃなかったです」

 

 想像しただけでも怖すぎる……。

 

 天使って、もしかして想像しているよりもものすごい存在なのかな……?

 

「だからまあ、ミリエリアと一緒に過ごしている時は、あいつらから逃げることも多くてなぁ……。なのに、あいつらミリエリアのストーカーなんじゃないか、ってレベルで場所を把握、特定してくるんだよ。だから、逃げるのも大変でな。ミリエリアが神気を全力で使用して、あたしが隠蔽・隠密系スキルを使用して逃げる、ということをしていたからな……ちなみに、あいつらは神気がある奴を特定することができてな。まあ……あれだ。神気がある奴は、あいつらにとって近くにいればすぐに存在に気付く、ってわけだ」

「へぇ~、そうなんですね~……って、うん? 師匠、それってもしかして……ボクたちに気付くんじゃ……」

「お、いいことに気づいたな。この距離だと、あいつらは絶対に気づくな。ま、あたしは今全力で隠蔽しているがな」

「ちょっ、それずるくないですか!?」

 

 師匠だけ逃げようとしてるんだけど!?

 

 ボク、神気の隠し方とか知らないんだけど!

 

『むっ、この懐かしい気配は……! はっ、そこの方! もしや、神気をお持ちですか!?』

 

 あぁっ! 気付かれた!

 

 ぐりん! っていう勢いで天使の人がこっち見たよ!

 

 待って、怖いんだけど!

 

『邪魔です、悪魔! 帰ってください!』

『ごぶぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 あぁ! 悪魔さんが理不尽にも殴られた! しかも、吹き飛ばされた先に変なゲートが出て来てるし……って、き、消えた!?

 

 もしかしてあれ、魔界的なものと繋がってるの!?

 

 えぇ!?

 

「あの! 少々よろしいでしょうか!?」

「うひゃい!?」

 

 い、いつの間にこっち来たの!? き、気づかなかったんだけど!

 

 嘘でしょ……?

 

「あの、なぜ神気を持っているのでしょうか!? しかも、どこか懐かしいような気配を感じますし……一体なぜ神気を!?」

「お、落ち着いて! 落ち着いてくださいっ!」

「はっ! こ、これは失礼しました。……こほん。自己紹介が先決でしたね。私は、天使のノエルと申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 ノエルと名乗る天使さんは、何と言うか……美形だった。

 

 長い金髪に十字のような模様が浮かんでいる金色の瞳。

 

 顔立ちは神々しいような雰囲気を持つ、綺麗な顔立ち。

 

 着ている衣装は、基本的に白一色のもので、何て言えばいいんだろう。よく絵画に描かれているような、昔のローマとかギリシャ辺りの衣装、って言えばいいのかな。ちょっと、目のやり場に困る……。しかも、スタイルがいいし……。

 

 身長はボクより高くて、師匠より少し低いくらいだから……大体、166センチとかかな? 師匠、170越えだし……。

 

 う、羨ましい……。

 

「え、えと、あの、お、男女依桜、です……」

「素晴らしいお名前ですね! では、依桜様と呼ばせていただきますね!」

「なんで様付けなんですか!?」

「なぜ、と言われましても、神気を持つ方は、我々天使にとって敬うべき方なのですから」

「いや、あの、ボクは偶然神気が身に宿るようになってしまっただけで……その、一緒に暮らしていた人がたまたま持っていて、それがボクに染みついてしまっただけの人間なんですけど……」

「おや? それはおかしいですね」

「え?」

 

 ボクが神気を得てしまった理由を伝えると、ノエルさんは一瞬首を傾げてそれを否定して来た。

 

 その返答に、ボクは思わず呆けた声を出してしまう。

 

「あの、師匠? どういうことですか?」

「いや、なんつーか……まあ、あれだ。別に知らなくてもいいだろ」

「いやいやいや! これ、ボクの体のことなんですけど!? 知っておかないと、なんか色々と問題がある気がするんですけど!?」

「別にいいじゃねえかよ。あって困るもんじゃねえし……」

 

 この人、なんでこんなに適当なんだろう……。

 

「あの、依桜様? そちらの方は……って、あら? あの、あなた、数百年程前にお会いしていませんか?」

「………………気のせいだろ」

「いえ、気のせいじゃありませんよね? あなた、ミリエリア様と一緒にいらした方ですよね? 私、憶えていますよ?」

「………………絶対気のせいだって。あたしは……あれだ、ミリエリアと一緒に暮らしていたわけじゃない……」

「やっぱりあの時の方ですよね? この世界において、ミリエリア様を呼び捨てで呼ぶのは、その親友の方の、ルヴェ――」

「その名前はやめろ」

 

 何かを言おうとしたノエルさんだったけど、師匠の本気の発言により、そこで遮られた。

 

 エ、って何、エって。

 

「あ、す、すみません!」

「ったく……。数百年前も言ったろ、あたしの名前はミオ・ヴェリルだと」

「つ、つい……」

「まあいい。……はぁ。自分で墓穴を掘っちまった。あぁ、そうだよ。数百年前、ミリエリアと一緒に暮らしていたミオだよ」

「やっぱり! ずっと探していたのですよ? ミリエリア様の親友ならば、我々天使にとっても敬うべき存在ですから」

「やめろやめろ。あたしはそれが嫌でお前たちの捜索網から逃れ続けていたというのに……」

 

 あ、それが理由なんだ。

 

 でも、なんとなく理由はわかるかも……。

 

 なんと言うか、ちょっと反応に困るよね、これ。

 

「そう言えば、依桜様はヴェリル様のことを『師匠』と呼んでいましたが、師弟なのでしょうか?」

「え、えと、そうです。ボクの暗殺者としての師匠で……」

「なるほどなるほど! これは素晴らしいです! まさか、ミリエリア様の親友であるヴェリル様のお弟子様だとは……これは、我々天使は依桜様を本気で敬わなければ!」

「やめてくださいよ!? ボク、そんなにすごい人間じゃないですからね!?」

 

 最近、異世界人の子孫だって言う事実が発覚しちゃったけど!

 

 それでも、ボクは普通の人間だから! ギリギリだけど!

 

「そうは言いますが、神気を持っている時点で色々とおかしいと言いますか……まあ、ヴェリル様が持っているのはある意味当然として、どうして依桜様が持っているんでしょうか……」

「あの、そんなにおかしいんですか?」

「その質問に対する答えとしては、YESです」

「じゃ、じゃあ、一緒にいただけじゃ宿らないんですか?」

「そうですね」

「……師匠、どういうことでしょうか?」

「さっきも言ったろ? 知らなくてもいいことだってあると」

 

 何でもないようにそう言う師匠。

 

 なんだろう、何かを隠しているような気がしてならない……。

 

「おい天使。ノエル、だったよな?」

「はい、なんでしょうか、ヴェリル様」

「……ヴェリルじゃなくて、ミオでいい。家名で呼ばれんのはむずむずする」

「わかりました。では、ミオ様と」

「ああ、それでいい」

「それで、ミオ様。何か御用でしょうか?」

「ちょっとこっち来い」

「あ、はい」

 

 師匠はノエルさんを連れて、ボクから少し離れていく。

 

 師匠はなぜか結界を張って、その中で会話を始めた。

 

 ……どれだけ聞かせたくないんだろう。

 

 ちょっと釈然としないなぁ……。

 

 師匠に対し、ちょっとだけ不満げに思っていると、師匠とノエルさんがこちらに戻って来た。

 

「師匠、何を話していたんですか?」

「いやなに。ミリエリアの昔話をな」

「やはり、共通の話題というものは、話に華が咲きますから」

「そ、そうですか」

 

 ミリエリアさんのことを……。

 

 うーん、師匠曰く、女好きの人だったり、なぜかベッドの上で縛ったり縛られたりするような人だったから、あまりいいイメージが沸かないというか……本当に、どういう神様だったんだろう。

 

「それにしても……本当に不思議と縁を感じます、依桜様からは」

「縁、ですか? でも、ボクに天使の知り合いはいないはずなんですけど……」

「ええ、私共の方でも、依桜様に会ったという天使はいないと思います。ですが、どこかで会ったような気がしてなりません」

「うーん……そう言われましても」

 

 こんな派手な人と会っていたら、確実に記憶に残るはずだし……やっぱり気のせいなんじゃないかな。

 

「そんなことはどうでもいい。それで? 天使がこっちにいる理由はなんだ? 正直、お前らは人間に危機が迫っているか起こっていない限りは、人間界には降りてこれないだろ」

「え、そうなんですか?」

「はい、ミオ様の言う通りです。我々天使は、人類に何らかの危機が訪れない限りは、こちらの世界に降りてくることができません。そう言う制約が設けられているのです」

「えっと、理由は?」

「クソ上司――もとい、我々の上司に当たる神様方が定めたルールに、人間には不干渉、というものがあるのです。それにより、我々はよほどの事態が発生しない限りは天界の方で静観を決め込んでいるんです」

「あの、今クソ上司って言いませんでした?」

「滅相もない。確かにあの方々は割とクソ――じゃなかった、頭のねじがぶっ飛んでいますが、決して敬わないわけではありませんよ? ミリエリア様が素晴らしすぎただけで……月と鼈、雲泥の差、天地の差、なだけで」

 

 どうしよう、所々に毒が見える。

 

 やっぱり、天使にも色々あるのかなぁ……。

 

 ちらりと師匠を見れば、『あー、わかるわかる。あいつらクソだよなぁ……』って顔をしていた。

 

 ……本当に、神様ってどういう存在なの?

 

「チッ、あのクソ上司……こっちが下手に出ていれば調子に乗りやがって……くっ、力があれば下剋上をするのに……!」

 

 うわぁ、天使とは思えないテンションと口調……。あと、目が死んでるし……。

 

 ……天使の人を見ていたら、なんだか、パワハラをする上司の相手をするのに疲れたOLを髣髴とさせるんだけど……。

 

「あの、大丈夫ですか? もしよかったら、その、愚痴とか聞きますけど……」

「……あなたは女神か!」

 

 あまりにも不憫に見えて、愚痴を聞くと言った瞬間、バッ! と顔を上げて、ものすごく感激したような表情をボクに向けながら、そう叫んでいた。

 

「いや人間です」

「いいえ、我々のような社畜に優しい言葉をかけて頂ける時点で、我々天使としてはまさに女神です!」

「女神の基準安すぎません!?」

 

 どれだけ今の神様って酷いの!?

 

「あぁ、今日はなんという良き出会いでしょう! ミリエリア様のような素晴らしい心の持ち主である、依桜様に出会えるなんて……。依桜様を我々の主神として崇めたい……」

「崇めるのは勘弁してください!」

「ですが、我々に優しい言葉をかけている時点で、相当な優しさの持ち主なのですが……」

「……すみません、あなたたち天使の周りにいる方たちって、どういう人なんですか……」

「そうですね……今のクソ上司は、有給など与えてくれず、従属神の方もまるでパシリのように扱い、何らかの問題が人間界で起きたらそれを休日であろうがなんだろうが出動させ、極めつけは多くの神様たちの目の前で芸をやらされるんです……しかも、お酒の席で……ちなみに、休日出勤でも代休はありません……」

「ど、ドブラック……!」

 

 天界のお仕事事情、明らかに日本のブラック企業みたいになってるんだけど!

 

 というか、どうなってるの!? 天界って!

 

 人権なんてものが全く存在していない気がするんですけど!

 

「うっわマジかよ。あのクソ神共、あんだけあたしが以前制裁を加えてやったと言うのに、懲りずにまだそんなことしてんのかよ……さすがのあたしでも、こいつらに同情するぞ……」

 

 師匠が同情するレベルって!

 

 これもう、天使の人たち過労死しちゃう気がするよ!

 

「……ともかく、その話は一旦置いておくとして。天使であるお前がいるってことは、人間界に何か問題でも起こるってのか?」

「あ、そうでした、その話でしたね。……はい、ミオ様の言う通りで、近々問題が起きそうでして……」

「それはあれか? お前がさっき取っ組み合いの喧嘩をしていた悪魔どもと関係あるのか?」

「そうです。どういうわけか、最近悪魔たちの動きが活発になってきているんです。つい最近は、法の世界の方にも出現したようですが……そちらはなぜか、すぐに消えました」

「法の世界?」

 

 なんだか聞きなれない名前が出てきた。

 

 法の世界って何?

 

「あ、もしかして依桜様はご存じないですか?」

「はい……聞き覚えはない、ですね」

「それなら、あたしが説明しよう。師匠だしな」

 

 ボクがわからないことを伝えると、師匠が説明に名乗り出てくれた。

 

 師匠の教え方はわかりやすいからすごくありがたい。

 

「そうですか。ではミオ様、お願いします」

「ああ。まず、法の世界ってのだが……まあ、簡単に言えば、お前やミカたちが出身のあの世界のことだ」

「あ、そうなんですね」

「で、こっちの世界は『魔の世界』という名前が付いている」

「なるほど……その名前の由来って知ってるんですか?」

「まあ、あくまで仮説だが、その世界において使われている力から来ているんじゃないかと思う」

「力?」

「そうだ。魔の世界なら、その名の通り、魔力――魔法などによる発展だな。こっちは、魔力が豊富だから、それで発展してきている。そして、法の世界。こっちは、物理法則や自然法則などによる発展がメインだな。言ってしまえば、科学による発展だ」

「なるほど……」

 

 そんな名前が付いていたんだ。

 

 初めて知った。

 

 ……でも師匠、なんでそのことを知っているんだろう?

 

 さすが師匠、と言いたいところだけど、余計に謎が深まった気が……。

 

「その通りです。ミオ様は博識なのですね」

「いや、これについてはちと知る機会があってな」

「なるほど……」

 

 やっぱり謎だ……。

 

「それでは、ある程度理解されたところで、続きを。法の世界では、悪魔がすぐに消えたのですが、どうにもこちらの世界では、悪魔の出現が頻発しているようで……」

「……そう言えば、今日悪魔と遭遇しましたよ?」

「ほ、本当ですか!? あ、あの、お怪我とかは……」

「あ、いえ、一回だけ蹴り飛ばしたら、そのまま消えました。勝てるわけない、って言って。どうにも、ボクのことが向こうの悪魔さんたちに知られていまして……」

「それはどういう……」

「えーっと、ちょっと言い難いんですけど……法の世界に現れた悪魔を倒したの、ボクなんです……」

「そ、そうなのですか!?」

「は、はい……」

 

 ほとんど成り行きだったけど。

 

 あの時は、メルたちが狙われたからやむなしにね。

 

 でも、メルたちを狙った時点で、ボクの中で倒すことは確定事項だったから、後悔とかは一切ないんだけど。

 

 周囲にいた一般のお客さんにボクの魔法とかバレかけたけどね。

 

「なるほど……そのようなことが。依桜様、悪魔たちがなにをしていたか、ご存じでしょうか?」

「それが、軽いいたずらくらいの被害だったんですよ。向こうの世界では、ちょっと危なかったんですけど、こっちの世界だと落書きとか、物を盗んだりとか、あとは畑を荒らしたり、っていうような本当にしょうもないような物ばかりで……」

「……何やってるんですか、悪魔たちは……」

 

 ノエルさんも呆れていた。

 

 天使でも呆れるレベルなんだね……あれって。

 

「はぁ、どういった被害が出ているのかはわかりました。他の所ではどうなっているのかはわかりませんが、人的被害が出ていないとも限りません。我々天使で事に当たりましょう」

「ありがとうございます、ノエルさん」

「……何でしょう、こう正面切ってお礼を言われるのは、とても胸に沁みますね……」

「……どれだけ神様からお礼を言われてないんですか」

「かれこれ数百年くらいでしょうか」

「あの、殴ってもいいと思いますよ? それ」

「……そうですね。思い出したら、本当に殴りたくなってきました。泣くまで殴ろうかと思います」

「頑張ってください」

「依桜様は本当に素晴らしい方ですね!」

 

 ……うーん、なぜかはわからないけど、ノエルさんのボクを見る目がどんどん崇拝ようなものに変わっている気が……き、気のせいだよね! うん!

 

「それでは、私はこの辺りで失礼します。依桜様のことは、天使の間で共有しておきます!」

「え、ちょっ、どういう意味ですか!?」

「それでは!」

 

 突然空が光り、あまりの眩しさに目を覆ってしまう。

 

 そうして、次に目を開けたらノエルさんはその場から忽然と姿を消していました。

 

 その場には、呆然としているボクと、面白そうな、それでいて呆れたような表情を浮かべる師匠が残っていました。

 

「……お前、天使にすら懐かれだしたな」

「……何も言わないでください」

 

 本当に、どうなっているんだろうね、ボクの人生……。

 

 

 この後は、みんなと合流してお城に帰りました。

 

 ……これから先の旅行が、不安でしかないです。




 どうも、九十九一です。
 サブタイからして、出オチ感半端ない。この作品の神って割とクソですからね。天使だってああなりますよ。悪いのは神。
 あ、私事を少々。昨日からFGOで水着イベントが始まりましてね。私十連分の石を溜めて引いたんですよ。今回の狙いは、星4のキャラ二体だったんですね。クッソ好きなキャラだったので。で、引いたんですよ。そしたら……まさかの星5。もう、泣きたくなった。ちゃうねん。沖田さんじゃないねん……。コルデーかアナスタシアが欲しかったんだよ……なんかもう、運悪すぎぃ……。
 とまあ、そんなことがありました。絶賛気分がマイナスに突っ込んでおります。クソ。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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437件目 未果たちの二日目 上

 時間は遡り、朝。

 

「それじゃあ、ボクはギルドの方に行ってくるね。師匠、みんなのこと、よろしくお願いします」

「ああ、ガキどものことはあたしに任せな。しっかり仕事して来いよ」

「はい。それじゃあ、行ってきます」

 

 翌朝、全員がほぼ同じ時間に起床し、朝から随分と優雅なモーニングを食べた後、ほどなくして依桜はギルドの仕事に向かった。

 

 その間、若干の申し訳なさはあるけど、私たちは昨日に引き続きこの辺りの観光。

 一応、行こうと思えば他の街や村に行ける、ってミオさんが言っていたけど、さすがにやめておい

た。

 

 依桜が頑張っている時に、私たちだけで遠出をするって言うのも……。

 

 まあ、そんなわけで、ある程度の準備をしたら私たちは外へと出向いた。

 

 依桜がいないため、メルちゃんたちはちょっとだけ寂しそうだったけど、それでもこうして大勢で街を歩くことが楽しいのか、みんなでキャッキャとはしゃいでいる。

 

 依桜が見たら、さぞかしにやけていたことでしょうね。

 

 あの娘、メルちゃんたちのこと、大好きすぎるもの。

 

 なんと言うか、随分とシスコンになったわよね……依桜。

 

 本当に、将来が心配だわ。

 

「ふっふふ~ん♪ ぬぉ! あれは!」

「あ、ちょっ、女委! 勝手にどっか行かないで!」

 

 依桜のことを心配していたら、いきなり女委が駆け出した。

 

 それを私が慌てて追いかける。

 

 こういう時だけ、女委の足はかなり速い。

 

 欲望に忠実すぎない?

 

「おぉぉ! これ、すっごい気になる! おじさんや、これはなんだい!?」

 

 私が追い付くと、女委は何かの店に入り、そこの店主のおじさんと話していた。

 

『ああ、これは『複写機』だよ』

 

 女委が気になったのは、30×30×15センチくらいの箱のようなもの。

 

 複写機という名前だけあって、形としてはコピー機に似ている。

 

「ふ、複写機!? そ、それって、絵をコピーしたりするあれかい!?」

『おうそうだ。よくわかったな』

「いやー、似たようなのを見たことがあるもので! ねね、おじさんこれいくら!?」

『こいつか? そうさなぁ、こいつはあんまし出回ってなくてなぁ。でもな、こいつの用途ってのがあまりなくてよ。できても、絵のコピーだけ。基本的な価値感じゃ、こいつは絵をそのまま模倣するだけの何かになっちまう』

「ほうほう」

『だから、そうだなぁ……二万テリルってとこか』

「よし買った!」

 

 って、即断即決!?

 

「ちょっ、女委!? あんた、これを買って何に使うつもりなのよ!」

「え? 何って、ほら、わたし昨日出会った人たちに言ったじゃん? こっちの世界の言語に翻訳したものを渡すって」

 

 それってまさか……

 

「同人誌よね、それ!?」

「イグザクトリー!」

 

 ……だめだ。ストッパーがいないから、とんでもないことになってるわ、この時点で。

 

 というか、それの為だけに使うとか、馬鹿なんじゃないの?

 

「というかこれ、どうやって使うのよ。あと、こんな大きい物、運ぶのも一苦労よね?」

「いや、そこはあたしの『アイテムボックス』に入れておいてやるよ」

「おー! さすがミオさんだぜ! あざます!」

「いいってことよ。……ただ、あれだな。さすがに、いちいちあたしが入れておくのも面倒だしな……仕方ない。この際、簡易版の『アイテムボックス』でも作ってやるか。お前たち全員分の」

「え、ミオさんそれ大丈夫なのかしら?」

「問題ない。あたしを誰だと思っている。あたしだぞ?」

 

 うわぁ、無駄に説得力のあるセリフね、ほんと。

 

 正直、ミオさんほどこの世の中で規格外な人っていないんじゃないかしら。

 

 あぁ、規格外という意味で言えば、学園長もそうよね。

 

 異世界転移装置とか、フルダイブ型VRMMOを作っちゃうほどだもの。

 

 どうなってるのかしら。

 

「どれ、この程度の魔道具なら一分もかからんな。んじゃ、ちょっと待ってろ。すぐに創る」

 

 い、一分もかからないって……本当にどうなってるのかしら、この人。

 

『嬢ちゃん、こう言っちゃぁなんだが、いいのかい? こいつの使用用途はハッキリ言って模写にしか使えんし、所謂完璧な贋作しか作れない代物だぞ? 肥しになるだけだと思うんだが……』

「問題なし! わたしはそういうのを探していたのさ! 完璧に同じ絵をコピーするなんて、すごいと思うしね! だから、譲ってほしいな! おじさん!」

『……そこまで言われちゃぁ、これ以上言うのは野暮ってもんだな。こっちとしても、不良在庫を抱えるようなもんだったしな。売れるだけ、ありがたいってもんさ』

「よっしゃ!」

『おっし、こっちも申し訳ねぇし、二万テリルのとこを、一万七千テリルで売ろうじゃねえか』

「お、いいのかい!?」

『いいってことよ! 嬢ちゃんの可愛さに免じて、ここは一つ値切って売ろうじゃねえか』

「やったぜ! ……あ、それからちょっと相談が……」

 

 ミオさんが魔道具を創っている傍らで、女委は複製機を購入していた。

 

 なんか、変なことを相談しているみたいだけど……何を話しているのかしら。

 

「ほれ、できたぞ。一人一個持っとけ。あぁ、あらかじめ言っておくが、一応容量に限りはある。あたしもまだまだでな。現段階だと……一般的な二階建ての家が四つ入るほどしかない。あと、オリジナルのように時間が停止しているわけじゃないんで、そこんとこ注意な。まぁ、外よりは長持ちすると思うぞ、食品系統は。何せ、ものに合わせて保存する際の音頭とか違うしな。……本当なら、オリジナルのように容量の制限がなく、時間を停止するようなものを創ってやれればいいんだが、まだまだそれは創れん……って、ん? どうしたガキども。鳩がメテオを喰らったような顔をして」

「「「「「「やっぱあんた(あなた)おかしいよ(ですよ)!?」」」」」」

 

 ミオさんの発言には、魔法とか能力などの知識がない地球組の私たちですら、全力でツッコミを入れていた。しかも、相談中だった女委ですら加わる始末。

 

 何なのこの人……。

 

 

 複写機を購入し、ほくほく顔で歩く女委。

 

 すると、さっき何かを相談していたのが気になったのか、美羽さんが話しかけていた。

 

「ねえ、女委ちゃん。さっき、一体どんな相談をしていたの?」

「お、美羽さん気になる?」

「うん、気になる」

「あ、うちも気になる! なんだかこそこそと話してたから!」

「ほっほーう。ならば、話そうじゃないか! えーっとね、さっきの魔道具店のおじさんと交渉したんだー」

「「「「「……交渉?」」」」」

 

 何かしら、その不穏な単語。

 

 いえ、普通なら全然不穏に感じることはない言葉なのだけど……女委の場合、ものすごく不穏に感じるんだから本当に不思議。

 

 私と同じ事を思ったのか、晶と態徒の二人は額に皺を寄せて難しそうな顔をしていた。

 

 まあ……普段から一緒に行動しているから、被害に遭う場面も多いものね……。

 

 私も、同じ気持ちよ、二人とも。

 

 ただ、美羽さんはそうは思っておらず、少しだけ面白そう、というような表情を浮かべていて、エナに関してはなんだかワクワクとした様子。

 

 ……まあ、こっちの芸能人二人は、友達とは言っても普段から一緒にいるわけじゃない(エナの場合はまだ日が浅い)から、そういう反応にもなるわよね……。

 

 女委と最初にある程度意気投合して、こうして女委が悪巧み(?)をしているところを見ると、大多数の人は二人のような反応をするし……。

 

 類は友を呼ぶって言うものね。

 

 ……いや、エナはともかく、美羽さんにそれは失礼かも。

 

 あ、これだとエナも変人ということになっちゃうわ。

 

 あー……でも、エナも十分変人よね。女委の行動を見ても、何にも疑問に思わないどころか、むしろそれを楽しもうとしている素振りがあるし。

 

 そういう意味では、間違っていないかもね。

 

「おうともさ! いやー、こっちの世界って娯楽が少ないじゃん? あっても、ラブロマンスな小説とか、英雄譚とかくらいじゃん? 依桜君曰く、演劇とかも一応あるらしいけど、それも史実の物を再現した物だったり、するみたいだしね」

「まあ、異世界はそういうもんじゃね? 知らんけど」

「そうだな……イメージ的には、あまり娯楽が普及しているようなものはないな。むしろ、身近にある危険のおかげで、娯楽にかまかけている余裕がないから、発展していない、というのが正しいのかもしれないが」

「うむうむ、わたしもそう思うぜ! ミオさん的にはどう思ってるんで?」

「ん、ああ、大体はアキラの言っていることで合っているぞ。こっちの世界には、あまり娯楽と言えるような物がない。原因はと言えば……あたしの考えだと、こっちには『科学』という概念がなく、発展方法が『魔法』だから、だと思うな」

「それはどういう意味?」

 

 なんだか気になるわ。

 

 ミオさんの説明ってわかりやすいし、ものすごい説得力があるからしっくりくるのよね。

 

 他のみんなも気になっているのか、ミオさんをじっと見ていた。

 

 まあ、メルちゃんたちはよくわからなくて、首を傾げていたけど……。

 

「あー、立ち話もあれだし、どっか喫茶店にでも入るか。たしか、以前イオが普及させた料理とかも出すようになって、普通の料理からスイーツ系までレパートリーが増えているからな」

 

 何してんのよ、あの娘。

 

「んー……お、あそこがちょうどいいか。あの店に入るぞ」

「「「「「「「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」」」」」」」

 

 スイーツという言葉に反応した、メルちゃんたち小学生組も元気のいい返事をしていた。

 

 可愛いわ。

 

 

 というわけで、喫茶店。

 

「ここはあたしが代金を持とう。好きなものを食べろ。金なら全く心配はいらんからな。満足するまで食っていいぞ」

 

 という、ミオさんの太っ腹な発言により、全員遠慮なく注文した。

 

 まあ、まだお昼前ということもあり、飲み物とか軽食系なんだけど。

 

 私たち地球組は、異世界の料理を食べることにした。

 

 だって、気になるし。

 

「……んじゃまあ、さっきの話の続きと行こうか。まあ、別にどうということもない、あたしなりの考察なんで、大して面白くはないと思うんだがな……」

 

 そんなことはないと思うけど……。

 

 こういう、変なところで謙虚なのは、依桜と同じね。

 

 さすが師弟。

 

「んじゃま、軽く話していくか。こっちの世界に娯楽が少ないのは、大雑把に言えば、さっきアキラが言ったもので大体合っているだろう。こっちの世界には、日常的に危険が潜んでいるからな。例えば、誘拐だとか、魔物だとか、だな」

 

 依桜から聞いた話だと、本当に酷い場所だと犯罪率がとんでもないことになっている場所もあるみたいで、なんでも誘拐、窃盗、暴力沙汰など、日常的に発生するらしいし。

 

 ある意味、異世界らしいと言えばらしいんだけど……できれば、悪い方面じゃないほうで異世界らしい部分を知りたかったわー……。

 

「場所によっちゃ、犯罪も少なく、魔物の被害も大して多くないんだが……それは基本的にでかい国であり、尚且つ王都やその近郊にある街や村がほとんどだ。あとは、高位の貴族が治めている街もそれに該当する」

「なるほどー。やっぱり、貴族ってあるんだね」

「まあ、そうだな。お前らも知っていると思うが、イオはこっちの世界において割とでかい権力を持っているからな? まあ、それを言ったらメルもなんだが」

「む? 儂がどうかしたのかの?」

「いやなに。メルはすごいんだぞ、ということを言っていただけだ。イオ共々な」

「儂はまだまだじゃ! ねーさまの方がもっとすごいのじゃ!」

「ま、そりゃそうだな。メルはまだ生まれたばかりらしいからな。あいつは、あれでも一年間あたしの本気の修行についてこれてるんで、弱いわけがない」

 

 この人の依桜に対する評価って、高いのか低いのかいまいちわからないのよね。

 

 本人がいる前では、低めで見ているけど、いないところではかなり高く見ている気がする。

 

 ……もしかして、面と面向かって褒めることに対して照れてるのかしら?

 

 あり得るわ。

 

「あの、依桜ちゃんが大きい権力を持ってるって、どういうことなんですか?」

「あぁ、そういやエナだけは、イオのこっちでの立場についてはそこまで知らないんだったな」

「はい! 依桜ちゃんが勇者で英雄さんなのは知っているんですけど、それ以外は知らないです!」

「お前、本当に元気だよな。まあ、いいことだが」

「ありがとうございます!」

「ほんと、こいつくらいの元気が、今のガキどもにあればな……」

 

 ミオさん、すごく年寄り臭いこと言ってるわ。

 

 何か感じてるのかしら。

 

「っと、話を戻すか。まあ、他の面子もイオがどういう立場なのかは、大雑把にしか知らんだろうし、ちょうどいいか。軽く話しておこう。まず、エナのためにおさらない。あいつは、こっちの世界において、人間、魔族関係なく、この世界に生きる知恵ある者たちからは、勇者であり英雄だと思われている」

「あれ? ミオさんミオさん」

「なんだ?」

「あの、魔族って敵だったんですよね? なのに、どうして依桜ちゃんは感謝されているんですか?」

「いい質問だ。これに対する答えは簡単だ。イオはな、よほどの悪人を除けば、戦争相手である魔族すら殺さなかったんだよ」

「え、そうなんですか!?」

「そうなんだ。あいつは底抜けのお人好しというか……まあ、優しすぎるんだよ。これだけだとわかりにくいと思うんで、感情を見やすく数値化したもので表すと……こうなる」

 

 そう言いながら、ミオさんは空中に棒グラフのような物を投影した。

 

 そこには『イオ 感情グラフ』という名称のグラフが書かれていて、それぞれ『怒り』『悲しみ』『喜び』『恐怖』『憎しみ』『優しさ』の六項目で分けられていた。

 

「まあ、優しさの部分に関しちゃ、これは『愛情』、もしくは『愛しみ』だな。まあ『慈しみ』の方でもいい。どっちにしろ、相手を思いやる気持ちに変わらんしな。で、だ。こいつに対し、あたしが感じているイオの主な感情を表すと、こうなる」

 

『怒り』……48

『悲しみ』……37

『喜び』……40

『恐怖』……2(相手が幽霊の場合、49)

『憎しみ』……1(親しいものに危害が加えられた場合、44)

『優しさ』……∞

 

「となる」

「「「「「「…………」」」」」」

 

 全員沈黙した。

 

 あー……なるほど。これは何と言うか……ヤバいわ。

 

「ちなみに言うが、この数値は、基本的なものだ。まあ、例外によってはバカみたいに数値は伸びる。あと、これの最高値はあくまでも50くらいで考えておいてくれ。ちなみにこれ、あたしの主観も混じっているには混じっているが微々たるもんだ。ほとんど、スキルの応用により出来上がったものだから、ある程度は正確だろう」

 

 その説明に、尚更沈黙。

 

 こんなとんでもないグラフを見せられるとは思わなかったわー……。

 

 ただ、心の底から納得した。

 

 特に、私と晶は。

 

 この中で最も付き合いが長いのは私で、その次に来るのは晶。

 

 態徒と女委もそこそこ長いけど、それでも私たちよりかなり短い。

 

 まあ、だからと言って優劣があるわけじゃないのは当然のこと。

 

 でも、これは何と言うか……行き過ぎな気がする。

 

「まさか、こういう結果になるとはあたしも思ってなくてな、ちとスキルを使用したのを後悔したぞ。初めて見た時なんて『は!? ∞!?』ってなったし」

「……なんかよ、依桜だからすぐに納得できちまうんだよなぁ……」

「そうだな……。依桜の優しはある意味異常だが、数値化するとこうなるとは……」

「いやー、依桜君はすごいねぇ。わたしもびっくり!」

「依桜ちゃんだから、ここまで優しくても納得」

「うんうん。うちも納得かな。だって、見ず知らずのうちのお願いをきいて、一緒にアイドルやってくれたくらいだもん」

「その通りだ。あいつはまあ、ちょっと異常なんだよなぁ。特に優しさと怒りの項目か。まあ、異常という点で言えば、憎しみの部分も異常と取れるんだがな」

「言われてみれば、怒りはカンストすれすれだし、憎しみに至っては例外じゃない限り、限りなく0に近いわ」

 

 どうなってんのかしらね、あの娘の感情。

 

 一周回って怖いわ。

 

 別段、依桜に対しての恐怖心とか気持ちの悪さは全然感じないけど。

 

「そうそこだ。これを見てわかる通り、あいつはなんか……優しすぎるんだよ。その結果かはわからないんだが、優しさが突き抜けるあまり、他の部分が微妙に低くなっている気がするんだ。そのため、仮に敵対したとしても、よっぽどの愚か者じゃない限りは絶対に殺さない。敵にすら変に優しを向けるからな。その結果、あいつは戦争中だと言うのに、ド畜生な奴らじゃない限りは、絶対に殺さなかったんだよ」

「なるほど……依桜らしいわ」

 

 平和主義者だしね、依桜は。

 

 平和主義にしたって、限度はある気がするけど、そこはそれね。

 

「あー、ここからはあたしの感想な。これ、絶対にあいつに言うなよ。多分、気にする」

 

 そう言うと、この場にいる全員が神妙な面持ちになった。

 

「あたしはあいつが好きだ。それはもちろん、人間性も含まれているし、家族的なものや、弟子に対する愛情もあり、そして……恋愛感情も含まれている」

 

 うっわ、さりげなく依桜が好きだと言ったわ、この人。

 

 さすが、世界最強の暗殺者は違うわー……。

 

「と同時に、あたしはあいつが心の底から心配だ。だから、正直に言う。あいつは、どこか歪んでいるんだよ」

「歪んでいる?」

 

 ミオさんの正直な感想に、晶が聞き返す。

 

「ああ。一番いい例なのは……そうだな、ミカの一件だろう」

「私?」

「そうだ。たしかお前、去年の学園祭とやらで撃たれたんだろ? テロリストに」

「え、ええ」

 

 今でも思い出すわ。

 

 必死に私に呼びかけて、見たこともない形相で私を助けようとした時の事。

 

 あれは……本当に記憶に残っている。

 

 あとから聞いた話だと、依桜はどうやら事前にテロリストが来ることを知っていたらしい。だと言うのに、動けなかった、というのが後々になって気になったこともあった。

 

 依桜はその時、事前に知っていたにもかかわらず、私を危険にさらし、他の来場者にも危険が及んだことに対して酷く後悔していたわ。

 

 ただ、私はものすごく疑問に思うことがある。

 

 今までの依桜を見ていると、依桜が事前に動けなかった、とか、警戒を怠っていたことに対して、ものすごく疑問に感じた。

 

 なんて言えばいいのかしら。

 

 変なことを言うようだけど、何らかの外的要因があったんじゃないかなと。誰かにそう動くよう誘導されていた、とか?

 

 って今はそんなことはどうでもいいわよね。

 

 こんな変な事を思っているのは私だけだろうし。

 

「あの時、お前はたしかにテロリストに撃たれ、命に危機に瀕した。というか、あともう少し遅れていたら確実に死んでいただろう」

「そう、ね」

「で、あいつはそれにキレてテロリスト共を一瞬で蹴散らした。そうだな?」

「そうっすね。あん時の依桜の怒りようは半端なかったっすよ……」

「わたしも、あればっかりは怖いと思ったねぇ」

「だが、あいつは殺さなかっただろ?」

「……言われてみれば」

 

 確かにそうだ。

 

 依桜はあの時、私に流れ弾が当たり死にかけたにもかかわらず、誰一人として殺していなかった。

 

「普通の奴なら、殺してもおかしくないんだが……あいつはしなかったしな。他で言えば、さっきも言ったように、あいつが魔族をほぼ殺さなかったことだ。だから、あいつは異常だ。歪みまくっている。だが、決して悪い意味ではないんだ。あいつはあれでも嘘を見抜けるからな。ただ……あいつはちょっとなぁ……優しすぎて、こう、自分が疎かになるだろ? それで倒れそうになるしよ……」

「「「「あぁ、わかるわかる」」」」

「だろ? だから心配で仕方ない。だから、お前らにはあいつを支えて欲しいなと」

 

 この人の依桜に対する過保護っぷりもすごいわね。

 

 何のかんの言って、依桜大好きなのよね、ミオさんって。

 

「当然よね。依桜は大事な幼馴染で、親友だもの」

「ああ。依桜は一人で抱え込み過ぎるからな……できれば、もっと頼って欲しいところだ」

「まあ、依桜君だもんねぇ。やばそうだったら、わたしたちで止めてあげないとね!」

「だな! ってか、支えるのが親友ってもんだしよ!」

「私は……親友、と思われているかわからないけど、友達だし、当然助けるなぁ」

「依桜ちゃんすごいもんね! うちたちも頑張って支えないとね!」

「そうか。あいつは、マジで友人に恵まれてんだなぁ……。いいことだ」

 

 しみじみとした様子でうんうんと頷きながら呟くミオさん。

 

 そして、次にこの一言を言い放った。

 

「まあ、あいつにとってメルたちがものすごい癒しになってるんで、割と心配いらなそうだけどな」

「「「「「「たしかに!」」」」」」

 

 最近、妹たちで体力を回復してそうな素振りがあるしね、あの娘!

 

 そういう意味じゃ、無敵だわ。マジで。

 

 全員、全力で肯定していた。

 

 ……そういう次元になっちゃったわけだものね、あの天然エロ娘。




 どうも、九十九一です。
 昨日は出せなくてすみませんでした。いやまあ、寝れないレベルで気持ち悪くなっちゃったんですよねぇ。おのれコロナ。まあ、ワクチンが影響なんですが。仕方ないね。
 えー、今回の回ね。調子に乗って書いていたら、1万5千文字を超えるほどの長さになったので、途中でぶった切りました。なので、今日は二話投稿です。やったね。まあ、続きなんですが。
 今日はそうですねぇ……15時にでも二話目を投稿しましょうか。
 これを投稿している頃にはもうとっくに全部書けてるんですがね。
 なので次は15時ということで、よろしくお願いします。
 では。


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438件目 未果たちの二日目 下

「……そういや、なんでこんな馬鹿真面目な話してんだっけ?」

 

 と、苦い顔をしながらミオさんが言った。

 

 ……そう言えば、最初はこんな話じゃなかったような……って、あぁ! すっかり忘れてた!

 

「ミオさんあれよ、おさらいも兼ねて、エナに依桜の立場を話しているとこだったわ! あと、本当は娯楽が普及してない理由の説明!」

「あぁあぁそうだそうだ! 悪い悪い、すっかり脱線しちまった」

 

 私が指摘すると、ミオさんは手をポンと叩いて軽く謝る。

 

 晶たちも雰囲気ですっかり忘れていたらしく、思い出すと納得顔になっていた。

 

 というか、脱線するにしても、とんでもない脱線の仕方したわね、これ。

 

 だって、娯楽がほとんど普及していない理由を話すのに、なぜか依桜の異常性についての話になるんだもの。会話って、どう転ぶかわかったもんじゃないわ。

 

「じゃ、話し戻すか。変に真面目になっちまったし。……で、まあ、ドストレートに行くと、あいつは魔族の国の女王だ」

「え、依桜ちゃんって女王様なの!?」

 

 ミオさんのドストレートな説明に、さすがのエナちゃんもびっくり。

 

 まあ、あの事実はね……。

 

「ああそうだ。笑えねぇだろ? あいつ、あそこの女王なんだぞ? あたしもその事実を聞いた時は、心の底から呆れたもんだ。何してんだよ、って」

 

 そりゃミオさんでも呆れるわよね。

 

 あんな馬鹿みたいな出来事を引っさげて帰ってくるんだもの。しかも、ロリな魔王もセットで。

 

「こっちは肩書。問題はそこじゃない。勇者で英雄で女王なんで、あいつが直接他国の王に何かお願いをすれば、確実に通るだろうな。イオだし」

 

((((((可愛いからね(な)……))))))

 

「まあ、そんなわけで、あいつはとんでもなく地位が高い。だから、あいつの立場的にはどんな国の王よりも上、と思えばいいさ。というか、あいつの戦闘力はかなり高いしな。ついでに、魔王も一緒にいるんだ。下手に戦争をしようとは思わんだろ。負けるのは自明の理だしな」

 

 まぁ……依桜だしなぁ……。

 

 仮に、魔族の国に戦争を仕掛けたとして、メルちゃんに危機が迫ろうものなら、確実に依桜は大激怒よね。

 

 間違いなく、相手をボコボコにするでしょうし。

 

「まあ、そんなわけだ。んじゃまあ、娯楽が普及してない理由な。もうなんか、地味に疲れたんで、大雑把にするか」

 

 まあ、関係な話でものすごく話してたものね、ミオさん。

 

 そうなるわ。

 

「さっき言ったように、こっちには『科学』がないから発展しなかった、って奴な。なぜ、科学がないから娯楽が発展しなかったかと言われれば……それはつまり、現実的じゃなかったからだ」

 

 どうしよう。初手から何を言っているかわからないわ。

 

 晶たちも同じく、疑問顔。

 

 態徒なんて、アホ面晒してるわ。

 

「あー、言い方が悪かった。まあ、要はあれだ。お前たちの住む世界では、魔法はまさに空想上のものだろ?」

「そうね。だって、魔力とかないもの」

「そう。魔力がないんだ。言っちまえば、あっちの世界は、本当に、どうしようもなく現実的過ぎるんだよ。何せ、ファンタジーな力とかが一切ないんだからな。あと、身体能力も低いが故に、出来る幅が狭いということもその要因だな」

 

 わかるようで……わからない。

 

 言いたいことはなんとなくわかるんだけど、まだまだ理解が及ばない……。

 

「で、ここからが本題な。空想上のものというのは、ほとんど人間からすればついつい妄想しちまうだろ? わかりやすく、タイトで例えるとするか」

「え、オレっすか?」

「例えばだ、タイト。お前、透視の魔法が使えるようになったとすれば、どうする?」

「え? そりゃ……女風呂を覗くな!」

 

 うわ、よくもまあ女性が多い場所で言えるわ、堂々と。

 

 ある意味、尊敬するわ。

 

「まあ、こんな感じに一瞬で妄想し、一瞬で答えを出すわけだ。しかし、こっちの世界の人間だとそうはいかない。いや、中にはこの馬鹿みたいに、スケベなことを考える奴もいるだろうが、大体は諜報に使うな。まあ、軍事転用って奴だ。しかし、お前たちの世界だと、この馬鹿みたいに考える奴がほとんどだろ? 日本の場合」

「……ミオさん。確かに、そこの馬鹿みたいな奴は多いんですが、他の男の名誉の為に言います。日本だって、そういう馬鹿ばかりじゃない、です」

「それはすまん。だが、思い出してもみろ。林間・臨海学校でこいつを筆頭とした馬鹿共が女風呂を覗いただろ?」

「……言い返せない」

 

 でしょうね。

 

 晶でも擁護しきれないわ、あれは。

 

 後々制裁は加えたけど、さすがに……。

 

「こんな風に、馬鹿な用途で使用するわけだ。それはつまり、発想力や想像力が豊かであるというのと同義だ」

「ミオさん、変態的思考を発想力や想像力と一緒にしないでください」

「それもすまん。あたしも言っててどうかと思った」

「ちょっ、それ酷くね!? 透視能力って、全男子にとって夢のような物なんだぜ!?」

「ふざけたこと言ってるとぶっ殺すわよ」

「サーセン」

「まったく……」

 

 ほんと、この変態はどうにかならないのかしら。

 

「この馬鹿はあとで修行させるとして」

「エッ!?」

「言ってしまえば、あっちの世界の人間は発想力や想像力が豊かなんだ。それはつまり、つまらない日常を少しでも面白くする考えから育まれたとも言える。何せ、妄想ならば何でもできるからな」

「たしかに」

 

 ミオさんの言いたいことがよくわかって来たわ。

 

「つまり、向こうの世界は科学でかなり便利になっていった結果、人の身体能力が低下して、出来ることも減った。しかも、ファンタジー的なものがないから、その分想像で何かを楽しむようになり、そこから娯楽物が発展していった、っていうことですか?」

「そういうことだ。あとはまあ、ゲームで言えばあれは機械だからこそできるものとも言える。いやまあ、魔法で再現しようと思えばできないことはないが、相当大変だろうな。それに、こっちの人間は想像力が足りん。ここにある娯楽は小説と劇だけだからな。しかも、史実に基づいた物ばかり。そりゃ進歩なんてするわけない。何せ、史実に基づくということは、作品の結末が見えてしまうからだ。同じもので溢れかえっているのと同義だからな。作品の数に限界があるんだ。だが、時として、向こうの世界の人間はこちらにないような能力を考え、それを書く。そして、雑魚と言われるような能力やスキルさえも、使い方次第で最強にまで至らせることができるってわけだ。だから面白い」

 

 あれね、異世界人の視点だから本当に面白いわ。

 

 私たちでは考えつかないようなことを、さも当たり前のように言ってのける。

 

 その上、本質を射抜くような発言であるから尚更。

 

 美人で強くて、頭もいいとか……なんなの、この完璧超人。

 

 ちょっと怖いわ。

 

「ある意味、向こうの世界での娯楽――ラノベやマンガなんかは、ある意味では一人の人間が一つの世界を創造しているような物だ。まあ、一種の神だな。作品の世界にいる人間からすりゃ、作り手、書き手があいつらにとっての神だ。作品に神が出て来て、登場人物に試練を与えようが、結局動かしているのは書き手、もしくは作り手だ。この辺りからして、もうすでにこっちの娯楽とはかけ離れている」

「ほうほう。ミオさんが言いたいのは、向こうの世界の人は一人一人にしっかりとした個性を与え、尚且つ世界にもしっかりとした設定を創り、本当に生きているかのようなストーリーを創り出す。だけど、こっちの世界の人は過去に存在していた人たちの存在を借りて、史実をなぞり、ちょっとの脚色しかしないから、代り映えもしないため、新しい娯楽が生まれない、っていうことかな?」

「その通りだ。ま、あくまでもあたしの持論だ。違っているかもしれないし、そうかもしれない。それに、探せば面白い作品を書く奴はいる。ただ、そう言うのに限ってあんまし売れない。それはなぜか。ミウ、わかるか?」

 

 ここにきて、美羽さんに問いが飛んできた。

 

 こう言うのって、地味に困るのよね……いきなりだから。

 

「えーっと……こちらの主流が、『過去の出来事を娯楽に変えるから』ですか?」

「正解だ。つまりだ、一から考えた物語を買うよりも、こっちの人間にとっては史実に基づいた作品を買った方が、リスクは低いからだ。あとはまあ、初めて買うにしてもハードルが低いからな。つまり、『あ、この人カッコいい。この人物がどんな人生を送ったのか気になる……じゃあ、あの本を買おう!』ってなるわけだな」

「ミオさんのお話面白い!」

「そうか? まあ、面白いならいいがな」

「でも、今の部分ちょっとだけわかりにくい、かも?」

「あー、そうだな。歴史だとちと考えにくいか。そうだな……じゃあこう例えればわかるか? 書店に行き、新刊コーナーへ行くと、目の前に前作がものすごい売れた漫画家の新作が売られていて、その隣にはまったくの無名――新人が書いた漫画が置かれていた。どちらか一方しか買えないという状況になったら、大抵はどちらを取るか、というものだ」

 

 なるほど、一気にわかりやすくなったわ。

 

 いや、さっきの例えでもよくわかるけども。

 

「タイト、お前はどうする?」

「そ、そりゃあ、前作がものすごい売れた漫画家の作品っすかね」

「理由は?」

「無名じゃ博打だからっすよ。前作がものすごい売れたなら、こっちも面白いかも、って思えるし……」

「そうだな。大抵の奴は『前作が売れたなら、今回も面白いはず!』と考えるはずだ。まあ、無難だろうな。人によって受けない場合もあるが、それはそれだ。大多数の人間からすりゃ、リスクは低い。それとほぼ同じで、だからこっちの世界の人間は、過去に起こった出来事を物語にした者を選ぶわけだ。結末が見えてれば、それなりに損はしないしな。人によっては、それをある程度脚色して面白くすることもできる。つまり、当たり外れがそこまで激しくないわけだ」

「「「「「「なるほど~」」」」」」

 

 ミオさんの言う通りなのかもしれない。

 

 言ってみればこっちの世界の創作物と言うのは、ある意味では二次創作ということね。

 

 既にあるものを脚色するわけだし。

 

 ただ、その反面一次創作ができる気配がないという状況でもある、と。

 

 私たちの方では、どちらともかなり普及しているけど、多いのはどちらかと言えば一次創作の方なんじゃないかしら? 特に日本。

 

 いやまあ、同人誌というものがある以上、二次創作もものすごい数がありそうだけど……現に、私たちの近くに同人作家がいるし。

 

「まあ、こんなところだろう。大雑把のつもりが、結局長々と話しちまったな……悪いな。どうにも、こう言うのは細かく言ってしまうらしい」

「いえいえ! 本当に面白かったです! ミオさんの説明、わかりやすいですから!」

「私もわかりやすかったですね。やっぱり、年の功なんでしょうか?」

「いやまあ、これでも数百年は生きてるからなぁ……」

 

 たまに忘れるんだけど、ミオさんってものすごい年上なのよね。

 

 姿がどう見ても二十代前半くらいの美人なお姉さんくらいにしか見えないから。

 

「それで、話はものすごい戻るんだが……結局、メイは何を交渉していたんだ?」

「ふふふー、それは簡単さ!」

 

 ……なぜかしら。この、ものすごい得意げな顔をしている女委を見ていたら、本気で心配になって来たわ。

 

「あ、ミオさんミオさん。ちょっとこれらの紙を両面に複写してほしいんだー。できれば、合計で五百くらい」

「ん、それくらいでいいのか?」

「おうよ!」

 

 ……ちょっと待って? まさかとは思うんだけど……って、いやいや。まだそうと決まったわけじゃない。決まったわけじゃない……わよね。うん。

 

「了解だ。待ってな、一瞬で終わらせる」

 

 そう言うと、ミオさんは複写機を起動すると、ものすごい速さで動き、次々に紙を複写していった。

 

 複写機からどんどん紙が出て来て、その紙には……なんか、絵が写し出されていた。

 

 いや、絵って言うかこれ……漫画よね?

 

 見たことあるわよ、これ。

 

 以前、女委が私たちに見せた奴よ、これ。

 

 ……え、まさか。

 

「ほらよ、終わりだ」

「やったぜ! んじゃまあ、みなさんや、これを製本してくれい!」

 

 清々しいくらいにいい笑顔で、女委はそう言い切った。

 

 どうやら、地獄が待っているみたいだったわ。

 

 

 そんなこんなで地獄の製本作業が終わった。

 

 それが終わると、女委がしだしたのは……

 

「おじさーん! 例のブツ持ってきたぜー!」

『お、早いねぇ!』

 

 さっきの魔道具店に行き、そこの店長に本を見せる事だった。

 

「はいこれ、実物」

『ほっほー。これが『どうじんし』とか言う奴か。ふむ……ほー、いいな、この絵。なんつーか、心にぶっ刺さるような感じだ!』

 

 ……あー、こっちの世界にも刺さるのね、漫画って。

 

 ほんと、偉大だわー、漫画。

 

「お、そいつはいい反応だ!」

『で、これを店において欲しい、だったか?』

「そうそう。大丈夫かい?」

『ああ、問題ない。……だがよ、これをただで譲るってんだろ? いいのか? これ、相当な手間暇かかったものだろうに……』

「問題なし! だってこれ、複写機使ったしね! 製本する手間はあったけど、まあ、すぐ終わったんで!」

 

 よく言うわよ……あれから二時間くらい格闘していたというのに……。

 

 まあ、幸いだったのは、メルちゃんたちがノリノリで製本をしていたことかしら。あと、ミオさんがものすごく早かった。

 

『なーるほど。あの複写機を使ってこれを……。こんな使い道があったとはなぁ。……いや、そういや小説を書いてる奴らは、これを使っているって聞いた覚えがあるな……』

 

 ああ、やっぱり使われてんのね、あれ。

 

『まあいいや。で、こいつはいくらくらいで売るんだ?』

「んー、まあ、小手調べとして五百テリルでいいんじゃない? 全部売れれば、二十五万テリルになるだろうし」

『ま、それくらいが妥当か。だがよ、これ本当に売れるのか? 確かに、中身は面白いし、絵もいい。それに、ここは一応本もおいているとはいえ、基本は魔道具店だからなぁ……』

「その辺りはもーまんたい! わたしにまっかせなさーい!」

 

 大きい胸を手でドンと叩く女委は、得意げな様子だった。

 

 その自信は一体どこから来るんだ……と思ったけど、その理由は、案外すぐ判明することになった。

 

 

『どうじんしをくれ!』

『こっちも!』

『私も買う!』

『テメェ、押すんじゃねえ!』

『うるせぇ! そっちが押したんだろうが!』

 

 三十分後。

 

 魔道具店の前には、大勢の人が押し寄せていた。

 

 しかも、同人誌の奪い合いになる始末。

 

 ……一体なぜ、こうなったかと言えば、からくりはこう。

 

「はーい! 超絶面白い同人誌だぞー! 今なら、試し読みができるぜー!」

「あ、そこにお兄さん! ちょっとどうだい? 面白いぞ?」

「おっと、そこの道行くお姉さんも!」

「そこのイケてるおじさんにもどうぞ!」

 

 とまあ、女委が色々とやらかしてくれた。

 

 まさかの、路上で即売会もどきをし始めた。

 

 まあ、正確に言えば売っているわけじゃないから、試読会と言ったところかしらね。

 

 最初こそ、なかなか読んでくれる人は現れなかったけど、最初の人が読み始めた途端、その人から同人誌の存在が瞬く間に広まり、結果として今のような状況を作り出してしまった、というわけ。

 

 私たち全員、呆れたわ。この光景には。

 

 だって、コ〇ケのような状況が異世界で繰り広げられているんだもの。

 

 ……何と言うか、ツッコミどころしかないわー。

 

「もうこれ、コ〇ケと同じじゃない?」

 

 と、私が呟くと、女委を除いた地球組全員、うんうんと頷いていた。遠い目をしながら、というのもセットで。

 

 ……これは酷い。

 

 

「――ということがあったわけよ」

「え、えぇぇ……」

 

 夜。夕食を食べ、お風呂に入った後、例の大部屋にて今日の一日の事(ミオさんが言っていた、依桜の件に関しては隠し)を話し終えると、依桜は目に見えて呆れていた。

 

 でしょうね。

 

 ちなみに、メルちゃんたちは熟睡中。

 

「女委は一体何がしたいの……」

「同人誌の普及! ついでに、娯楽の発展!」

「……うん。もうツッコまない」

 

 あぁ、依桜が諦めの笑顔を!

 

 本当、こればっかりは仕方ないわー……。

 

「あー、そっか。だから晶たちがちょっと目を逸らしたりしていたんだね。納得……。たしかに、それだけのことをしていたら、ああなるよ」

「にゃははー、照れるなー」

「「「「褒めてない!」」」」

 

 私、依桜、晶、態徒の四人のツッコミが炸裂した。

 

「まあ、オレたちの方も大概だったけどよ、依桜の方も結構すごくね?」

「いやー……あはは。まさか、天使と遭遇するとは思わなかったよ……」

 

 その話を聞いた時は、驚いた物だわ。

 

 まさか、天使がいるとは思ってなかったもの。

 

 この世界……というか、地球の方も含めてだけど、不思議だらけね。世界って。

 

「しかも、懐かれたんだろう? 依桜」

「あれは懐かれた……というより、崇拝に近いような……」

「「「「「「あ、なるほど。ファンクラブノリか(ね)(なんだね)」」」」」」

「……言わないで。ボクも一瞬そう思ったんだから」

 

 あー、依桜が諦めたような笑みを。

 

 依桜曰く、パワハラ上司に疲れたOLみたいな天使だった、ていう話なんだけど……。

 

 それは果たして天使のなのか? と疑問に思ったわ。

 

 だって、天使よ? 普通、そんなことある?

 

 なんと言うかこう……ものすごく綺麗で、人を導き、助けそうな人なのに、実体はブラック企業に勤めるOLのような感じだって言うし。

 

 それはもう、天使じゃない気がしてならない。

 

 というか堕天しそうよね。

 

「ふぁあぁぁぁぁ……眠くなってきちゃった……」

 

 と、ここで依桜が限界の様子。

 

 まあ、私たちとは違って仕事をしていたみたいだし、当然と言えば当然ね。

 

 慣れない仕事は、地味に疲れるものよね。

 

「じゃ、そろそろ寝ましょうか。私も眠いし」

「あぁ、俺も眠い。そろそろ寝ないと、明日に響きそうだ……」

「だなぁ。じゃ、オレも寝るわ」

「zzz……」

「って、いつの間にか女委はもう寝てるし」

 

 一体いつ寝たのかしら。

 

「それじゃあ、私も寝るね」

「うちも。疲れちゃった」

「うん。それじゃあみんな、おやすみなさい」

「「「「「おやすみー」」」」」

 

 そんな感じで、異世界旅行二日目が終わった。




 どうも、九十九一です。
 女委が変なところで本気を出しました。まさかの、異世界で同人誌を頒布するという……。なにやってんだろうね、あの娘。
 いやー、マジで終わらねー……。この小説自体、完結が来年になりそうだしなー。というか、できれば夏休み編を今月か来週中には終わらせたい。
 あと、ちょっとした質問。本来なら、作中の時間軸で生徒会選挙をやろうと思ってたんですが、前倒ししていいですかね? 考えてみれば、12月の話は書くこと多いんで、いっそ早めにやっておこうかなと。まあ、嫌なら当初の予定通り、12月にするんで。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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439件目 再び孤児院巡り

 異世界旅行三日目。

 

 朝起きたら、

 

「……わー、久しぶりー……」

 

 通常時に狼の耳と尻尾が生えた姿になっていました。

 

 うーん、最後にこの姿になったのっていつだったかな。

 

 記憶が正しければ、去年の冬〇ミだったような……というか、あれが最初で最後だと思ってたんだけど。

 他にはなったっけ?

 

 ……いやないね。この姿は、二度目。

 

 普段からころころ変わるから、自分でもいつ、どのタイミングで姿に変わったかなんて覚えてないし、どの姿なのかも覚えてない。

 

 そう考えると、本当に不思議体質になったよね、ボク。

 

 ……男の姿に戻れてもいいと思うんだけどなぁ。

 

 なんて思うけど、最近は自分が男だったということすら忘れてるし、なんだったらボク自身戻りたいという願望すら薄れてる始末。

 

 もう、女の子であることを完全に受け入れているような物だよね、これ。

 

 多分九割方受け入れてるんじゃないかな? なんとなくだけど。

 

「……まあ、別に不便があるわけじゃないし、いっか」

 

 そう思おう。

 

 

 三日目にすることと言えば、これと言って特に決まっているわけじゃない。

 

 強いて言うなら、今日はニアとミリアの二人がそれぞれ過ごしていた孤児院に行くこと、かな?

 

 せっかくだし、みんなが過ごしていた場所を見てみたい。

 

 今は家族だからね。過去のことを知りたいと思うのも当然だと思うし。

 

 そう言った事情もあり、今日はメルたちを連れて故郷巡りへ行こうかなと。

 

 まあ、故郷巡りとは言っても、行くのはニアとミリアがそれぞれ過ごしていた二ヵ所だけなんだけどね。

 

 さすがに、距離的なことを考えて、昨日と同じように分かれて行動することにした。ちょっと遠いしね。それに、大勢で行くにしても、大変そうだから。

 

 あとは、ボクの私的な理由だからというのもある。

 

「……俺は単純に、街に出た瞬間から謎の寒気を感じたからな。依桜の方に同行しよう」

「私は女委がなにかしでかさないか心配だから残るわ」

「オレも残るわ。というか、残らされた」

「お前はこっちだ。軽い修行をする」

 

 態徒、ドンマイ。

 

 こっちの世界だと、師匠が自分にかけた制限とか一切なくなるから、多分……死ぬんじゃないかなぁ……。

 

 もしそうなったら、その時は優しくして上げよう。

 

「うーん、じゃあ私は依桜ちゃんについて行こうかな」

「うちは女委ちゃんの方に行こうかな? ちょっと面白そうだし!」

「うん、わかった。メルたちは……」

「ねーさまと一緒じゃ!」

「イオお姉ちゃんについていきます!」

「イオ、おねえちゃん、と、一緒……」

「イオねぇについてくよ!」

「イオお姉さまと一緒なのです!」

「……同行」

「うん、だよね」

 

 知ってた。

 

 とまあ、こんな風になりました。

 

 未果、女委、態徒、師匠、エナちゃんの五人が王都に残って、晶、美羽さん、メルたち六人がボクの方へと来ることに。

 

 こちらの方が大人数だけど……まあ、問題はなさそう。

 

「それじゃあ、孤児院を回ったらこっちに戻ってくるね」

「わかったわ。気をつけてね」

「うん。師匠、よろしくお願いします」

「ああ、任せな。そっちも、何かあればあたしに連絡しな、分身体とか送るか、こっちに分身体を残して行ってやるよ」

「ありがとうございます、師匠。それじゃあ、行ってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 というわけで、出発。

 

 

「それで依桜ちゃん。最初に行くのは、ニアちゃんとミリアちゃんのどっち?」

 

 いざ出発し、王都から少し出たところで、美羽さんがボクに質問して来た。

 

「えーっと、正直なところ、距離的にはそんなに変わらないんですよ。だからどっちでもいいんですけど……まあ、二人に聞いてみましょうか。ニア、ミリア、どっちが先がいい?」

「私はミリアが先で大丈夫です!」

「ぼくもニアねぇが先で大丈夫!」

 

 仲がいいが故の問題。

 

 仲がいいと、あっちが先でとお互いに譲りあっちゃうんだよね。

 

 こうなると、微妙に困るよね。

 

「仲いいんだね」

「あ、あはは……見ての通りです」

 

 美羽さんも今のやり取りを見て、ほっこりしたような表情を浮かべて言った。

 

 うん、いいよね、こういう光景。

 

「うーん……じゃあ、ミリアの方から先に行こっか」

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

 まあ、どっちでもいいんだけどね。

 

「本当に、姉をしているなぁ……依桜は」

 

 

 少し歩いて、ルエアラ町へ。

 

 王都から大体徒歩三十分くらいかな?

 

 それくらいで町に到着。

 

「依桜ちゃん、この町はどんな町なの?」

「えーっと、こう言ってはあれなんですけど、ボクは戦時中に世界中の街を回っていたわけじゃなくて、襲われているところをメインで回っていたので、リーゲル王国内でも行った場所と行ってない場所があるんですよ。ここは、後者ですね。というより、みんなが住んでいた場所なんですけど、どこも行ったことはなかったり……」

「へぇ、それは意外。勇者って、全部の街とか村を回ってるのだとばかり……」

「いかに勇者や英雄と呼ばれていても、結局は一人の人間ですからね。全部を回るのは無理です。そういったことができるのは、神様とか、もしくは大勢で異世界転生・もしくは転移した場合じゃないと無理だと思います」

「んー、それもそうだね。しかも、依桜ちゃんって、チートと呼ばれるような能力とかももらわなかったんでしょ?」

「はい。『言語理解』だけです……」

「何度聞いても、可哀そうな話だな。依桜のそれは」

 

 可哀そうな人を見る目をボクに向けながら、そういう晶。

 

 本当にね……。

 

 今思えば、よく魔王を倒せたなぁ……。

 

「ミリア、ここであってるよね?」

「うん! ここ! ここがぼくが住んでた場所だよっ!」

「よかった。じゃあ早速、ミリアが住んでいた場所に行こっか」

「うん!」

 

 さて、この町がどういう場所なのかな?

 

 

 みんなで町に入り、ミリアが過ごしていたという孤児院に向かう。

 

 町の規模自体はそこまで大きくはないけど、かなり活気があるみたい。

 

『新鮮な野菜はいらねぇかー!?』

『皇国から仕入れた、珍しい魔道具があるぞー!』

『お、そこの兄さん、いいもんが入ってるぜ?』

 

 と、こんな感じ。

 

 なんと言うか、上野のアメ横商店街を思い出すね、これ。

 

 あそこの活気ってすごいからね。

 

 初めて行った時は、あの活気にびっくりしたもん、ボク。

 

 ……メルたちを連れて行きたい気持ちはあるけど、あそこは何があるかわからないからなぁ……せめて、中学生くらいになってからかな。うん。

 

「この町って活気がすごいねぇ。アメ横を思い出しちゃった」

 

 あ、美羽さんも同じこと思ってる。

 

 まあ、この画期ならね。

 

「ミリア、ここっていつもこんな感じなの?」

「うん! えっとね、あっちにお菓子を売ってるお店があって、あっちに美味しい料理を食べさせてくれるお店があるの!」

「あはは、食べ物ばかりだね」

「美味しいものは美味しいもん!」

「うん、そうだね」

 

 実に子供らしい。

 

 それに、この六人の中だと、ミリアが二番目に多く食べるからね。

 

 ちなみに、一番はスイです。

 

 身長的には一番小柄なんだけど、食べる量は一番多い。

 

 前なんて、かなり用意していた十段くらいのお弁当だって、気が付けばほとんどなくなっていたし、四、五段くらいを一人で食べてたもん。

 

 一応ボクも同等以上は食べられるけど、スイくらいの時は無理だったなぁ……。

 

 一瞬、魔族だからなのかな? とか思ったけど、クーナは割と小食だったし……多分、リルが特殊なんだと思います。うん。

 

「……イオおねーちゃん、あれ、孤児院?」

 

 と、しばらく歩いていると、スイが前方を指を指しながらこちらに尋ねてくる。

 

 スイが示した先を見ると、たしかに孤児院らしき建物があった。

 

 見れば、今は子供たちで遊んでいるらしく、孤児院の前でシスターのような人がにこやかな笑みを浮かべながら見守っていた。

 

「ミリア、あそこで合ってる?」

「うん! あそこだよ! イオねぇイオねぇ! 早く行こ!」

「そうだね……って、わわっ、引っ張らないで! 逃げないから!」

 

 孤児院を見つけるなり、ミリアが目をすごくキラキラとさせながら向こうへ行こうとする。それだけでなく、ミリアはボクの手を強く引っ張っていた。

 

 うーん、可愛い。

 

 あ、ともあれ急がないと。

 

 駆けるミリアに引っ張られつつ、孤児院の前へ。

 

 孤児院に近づくと、シスターさんがこちらを見た。

 

 最初はきょとんとしたような表情だったけど、こちらに向かっているミリアを見るなり、表情が驚きに変わった。

 

「ミリア!」

「シスター!」

 

 シスターさんは駆け寄ってくるミリアを見て、すぐさま走り出すと、リルの時と同じような感じで、ミリアを抱きしめた。

 

 やっぱり、誰しも抱きしめるものなんだね。

 

「一体、今までどこにいたのですかっ! ずっと、ずっと心配していたのですよ……!」

「ごめんなさい……でも、ぼくを助けてくれた人がいるんだよ! ほら、そこにいる人!」

「助けた……? あら? あなたは……」

 

 と、ミリアに言われて、シスターさんは顔を上げるとボクを見つめて来た。

 

「……銀色の髪に、翡翠色の瞳……もしや……でも、耳と尻尾が……」

 

 これはあれかな。

 

 髪の色と瞳の色でボクだと当たりをつけているけど、耳と尻尾があるから若干疑っている、みたいな感じかな。

 

 まあ、うん。そうだよね。

 

 変化した姿でこっちの世界にいるのは二度目だし、一度目は魔王城にいた時だけだったからね。しかも、あの時は魔族の人たちにしか見られてなかったから尚更かな。

 

「えっと、自己紹介した方がいいですか?」

「で、できればして頂けると……」

「わかりました。……初めまして、ミリアの義理の姉をさせてもらっています、イオ・オトコメです。よろしくお願いします」

「……………………え?」

 

 あ、固まった。

 

 う、うーん……やっぱり、目の前に勇者がいるってなると、こうなるのかなぁ……。

 

「あ、あの、ゆ、勇者様……なんですか? 本当に?」

「い、一応……」

「でも、人間だと聞いているのですが……」

「あー、この耳と尻尾、ですよね? 実は、呪いの解呪に失敗しちゃって、不定期で姿が変わるようになっちゃったんです。今の姿は、いくつかある姿の内の一つ、と思って頂ければ」

「な、なるほど、そんなことが……」

 

 男に戻るとはいかなくても、普通の姿だけに固定できるようにならないかなぁ……。

 

 そうすれば、普段の負担がある程度減るのに。

 

「ミリア、本当に勇者様が姉なの?」

「うん! ぼくね、イオねぇに助けられて、妹になったの! あそこにいる娘たちもイオねぇの妹で、ぼくの姉妹でもあるんだよ!」

「そうでしたか……ミリアを助けていただき、ありがとうございました」

 

 ミリアが事情(?)を説明すると、シスターさんはボクに頭を下げてお礼を言ってきた。

 

「頭を上げてください。ボクはただ通りかかった小屋の中から、気配を感じただけで、助けたのは偶然なんですから」

「ですが、身寄りのないこの娘を妹――家族として迎え入れてくださったのですよね?」

「ま、まあ、そうですね。他の娘たち同様、孤児院暮らしだとは聞きましたし、それに、一緒に行きたいとせがまれちゃったものですから。あ、とは言っても、ボク自身はちゃんとみんなことは大好きなので、心配しないでくださいね」

 

 さすがにあれは断れません。

 

 潤んだ瞳で懇願されれば、誰だって断れないと思うもん。ボク的には。

 

「そうですか……安心しました。孤児院にいる子供たちには、いつか養子としてもらわれて欲しいものですから。やはり、たった一つの家族が一番大切だと思っているので」

「そうですね。たしかに、孤児院でもいいかもしれませんが、やっぱり血は繋がっていなくても、父親や母親はいた方がいいですからね」

「はい。それに、この娘はかなり元気ですから。できる事なら、この娘がのびのびと成長できる人に引き取ってもらいたかったので。そう言う意味では、勇者様でよかったと思っています」

「あ、あはは。ちょっと気恥ずかしいですね……」

 

 ボク自身は、普通に育てているつもりなんだけどね。

 

 それに、普段はボクが面倒を見てはいるけど、父さんと母さんもメルたちを気に入ってるし、みんなも二人を本当の親だと思っているみたいだから、ある意味では心配いらない。

 

 ……母さんだけがちょっとあれだけど。

 

「それにしても、まさか、勇者様に引き取られていたなんて……すごい偶然もあるものですね」

「そうですね。ボクも、たまたまこっちに旅行に来ている時に、妹が増えるとは思いませんでしたよ。今はみんながいない生活は考えられないんですけどね。可愛いですし」

「……それを聞いて、本当に安心しました。ミリア、ちゃんと勇者様の言うことを聞くんですよ?」

「大丈夫! イオねぇの言うことを聞かなかったら、怖いもん!」

 

 怖いって……。

 

 ボク、そんなに怖いことした?

 

「ふふっ、そうですか。改めて。勇者様、今後とも、ミリアをよろしくお願いします」

「はい、任せてください。必ず、立派な大人に成長するまで育てますから」

「そう言ってもらえると、心から安心できます」

 

 まあ、大人になったら大体見守ることになりそうだけどね。

 

 その時までには、自立できるようにしておかないと。

 

「……ところで、勇者様」

「なんでしょうか?」

「あの、つかぬことをお聞きするのですが……九ヶ月ほど前、この町に立ち寄ったりしていませんか?」

「……え?」

 

 またしても、例の九ヶ月について言われた。

 

 ……本当に、どうなってるの?




 どうも、九十九一です。
 二日間ほど投稿してませんでしたが、それについては本当に申し訳ない。ここの所妙に調子が悪い上に、なかなか話が思い浮かばないというのが原因です。これについては、マジで釈明のしようがない。すみません。
 それにしても、20数話かかってようやく三日目かぁ……。四日目~七日目まであると思うと、マジで長い。本当に夏休み編だけで100話越え達成できそうですね。まあ、七日目はエピローグのような感じになりそうですけどね。
 二話投稿できればいいんですが……まあ、できたらということで。
 無理そうなら、明日です。まあ、いつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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440件目 謎は増える

 メネス村の時と同じく、どうやらボク(?)は九ヶ月前にこの村にも立ち寄っていたみたいです。

 

 事情を聴くために、シスターさん――マリナさんにお願いして、話をしてもらうことになりました。

 

 さすがに、こればかりは……。

 

 外で話すのもあれということで、孤児院内の奥にある応接室で話すことに。

 

 メルたちの方は、孤児院にいる子供たちと遊んでます。

 

「それで、その時のお話、でしたね」

「はい。あの、一応訊くんですけど……その人は、本当にボクだったんですか?」

「そうですね……姿は完全に勇者様だったと思います。銀髪碧眼でしたので」

「この世界には、銀髪碧眼の人はいない、んだったよな、依桜?」

「うん。そうみたいだよ。だから、ボクはこっちの世界で目立つわけだし……」

「依桜ちゃん、やっぱり覚えてないの?」

「はい……。どうにも、九ヶ月前にこっちの世界に来た時の五日目、六日目の記憶がないんですよ。理由はわかりませんけど……」

 

 本当になんでなんだろう。

 

 しかも、今の所その記憶がない間に動いて、どこかにふらりと立ち寄っているのは、今の所リルとミリアが暮らしていたという村、及び町。

 

 ……この調子だと、ニア、クーナ、スイの三人が暮らしていたという場所にも行っていそうな気がしてきた……。

 

 夢遊病なのかな……?

 

「記憶がない、のですか?」

「はい……。ここと同じ事例がメネス村でもあったらしく、そこでもボク……らしき人は、村を助けていたみたいなんですよ」

「そうなのですね。こちらの町でも、人攫いから助けて頂きまして……」

「……依桜、同じことをしていたんだな」

「き、記憶はないんだけど……」

 

 というか、人攫い多すぎない?

 

 メネス村でもそう言う人が原因だったって聞くし……ボクがこっちの世界に来た時、何かあったのかな?

 

 考えてみれば、レノも誘拐されかけてたし……。

 

 もしかするとあの時、そっち方面の大きな組織が動いていたのかも?

 

「……ただ、私としましても、今の勇者様とその時の勇者様が同一かと言われれば……微妙に違う気がするんです」

「どういうことですか?」

「たしかに、その時は言伝で知っていたように、銀髪碧眼の姿だったので、勇者様本人だと思っていたのですが……どうにも、口調や雰囲気が違っている気がして」

「……もしかして、その口調ってかなり丁寧な言葉遣いだったりしませんか?」

「あ、はい、そうです。やはり勇者様なのですか?」

「い、いえ。単純に、メネス村で聞かされていたボクの口調が丁寧な言葉遣いだったので……もしかしたらそうなのかなと」

「なるほど……」

 

 うーん、師匠が記憶を直接見たから、一応ボクが体験したことらしいんだけど……ボク自身が憶えていないから、どうにも違和感が拭えない。

 

 これで、ボクにちゃんと記憶があれば全然よかったんだけど、かけらもないし……。

 

「依桜ちゃんとしては、どう思うの?」

「そう、ですね……銀髪碧眼の人がこっちの世界にいないとも限りませんし、他人の空似、という可能性も否定できません。だけど、こっちの世界にそう言う人がいたら、かなり有名になると思うんです。数が少ないどころか、いないわけですから」

「はい、勇者様の言う通りかと。私は教会に仕える身ですので、教えられているのですが、教会では『この世で、白銀の髪と翡翠の瞳を持つ者は、この世界を創りし創造神のみ』と言われています」

「えっと、それってつまり……」

「この世界において、銀色の髪と翡翠色の瞳を持つ者は、神かその神の使いであると、教会では教えられます」

「ということは、依桜はこの世界だと、神の使いと思われている、ということか……?」

「そうなりますね。それほどまでに、神聖視されているのです」

「え、ええぇぇぇぇ……」

 

 ボクは思った。

 

 たったそれだけのことで、神聖視されるんだなって。

 

 え、じゃあなに? ボクってもしかして、初めて異世界に来た時から、教会関係者の人に神の使いとか思われてたっていうこと?

 

 ……って、ないないないない。

 

「でも、依桜ちゃんがこっちに来てから、あまりそう言う風に見られているような感じはしなかった気がするんですけど……」

「おそらくそれは、リーゲル王国内だからだと思います」

「あぁ、もしかして、この国ではそこまで神に対する信仰が少ない、ということですか?」

「その通りです。この辺りについては、国によって違いますから。そうですね、勇者様がそのように思われやすい国は、リーゲル王国と同盟関係にある、ウィローネ皇国ですね。あそこには教会に所属する者が多い国ですから。まあ、国のトップがその教会のトップのようなものなので、教会の総本山でもあるのです」

「……あ! だから、皇国に行くたびに変に歓迎されてたんですね!?」

「もしや、行ったことが?」

「ええ、まあ……ちょっと、戦争の時に……」

 

 やっと腑に落ちた。

 

 こっちの世界に来て三年目、皇国の方で大きな襲撃があったという知らせがあって、急いで救援に行って助けたら、なぜか異常なくらいの歓待を受けたんだよね。

 

 あの時は、それほど切羽詰まった状況だったんだ、っていう風に納得して、すぐに王国に戻ったんだけど……なるほど。あの時、どうしてボクがあそこまで歓迎されたのかがようやくわかったよ。

 

 宗教的な理由があったんだ。

 

 ……だとしても、おかしい気がするけどね!

 

「その様子だと、相当歓迎されたみたいですね」

「あ、あははは……おっしゃる通りです……」

 

 あれはなかなかにすごかったからなぁ……。

 

 襲撃されていた場所が、ちょうど皇国の首都だったから、魔族の人たちを撃退した後、謎のパレードに発展して、国賓扱いされたし、しかも通された部屋と言うのが、明らかに上の立場の人をもてなすような場所だったからね……。

 

 まるで土下座しそうなほどで、平身低頭な様子だったから、あの時は相当戸惑ったのを覚えているよ。

 

 しかも、出される食事が豪華すぎるし、お風呂に入ればなぜかメイドさんらしき人たちが入ってきて、洗おうとするから本当に大変だった。

 

 ……すっごく恥ずかしかったからね、あれ!

 

「そうなると、勇者様はあまり皇国に行かない方がいいかもしれませんね」

「……そうですね。今回は友達や妹もいるので、大変なことになりそうです」

「その方がいいかと。この辺りでしたら、特に問題はないでしょうから。まあ、信仰が薄いからと言って、熱心な信者がいないとも限りませんから、気を付けた方がいいですね」

「忠告、ありがとうございます」

 

 今度から、こっちの世界に来る時はその辺りも考慮しよう。

 

 ……あれだね。普段から髪の色と目の色は変えていた方がいいかもね。

 

「あ、えっと、脱線に次ぐ脱線でちょっとあれなんですけど、こっちの世界での宗教っていくつあるんですか?」

「基本的には一つです。ただ、稀に邪神を信仰する人かもいるので……」

「あれ? でも、邪神ってたしか、過去に滅ぼされてますよね?」

「はい。神殺しの暗殺者と呼ばれる方によって。なので、現在邪神を信仰する方たちと言うのは、言ってしまえば残党だったり、残念だったり、頭がおかしいとか言われちゃってるんですけどね」

「あー……まぁ、いないからな……」

 

 晶が苦笑いしながらそう呟く。

 

 うん、そうだね。

 

「あの、邪神を信仰する人たちが例外だって言うのなら、今現在信仰されている神様って何と言う神様なんですか?」

 

 と、ここで美羽さんがマリナさんにそう質問した。

 

 あ、たしかにちょっと気になる。

 

「そうですね……ミリエリア様、という神様を信仰してはいたのですが、そのお方は過去に亡くなられていまして……今現在は、エンリル様、という神様を信仰している状況です」

「依桜、そのエンリルという神様は知っているのか?」

「知っているって言うか……ボク、その神様と直接会ってるんだけど……」

「それは本当ですか?」

「はい。初めてこっちの世界に転移した際に、その神様に会いまして……」

「エンリル様は、どのような方だったのですか?」

「そう、ですね……。あの神様は、何と言うか……ど、独特な神様、だったと思い、ます……よ?」

「なるほど、そうなのですね」

 

 歯切れの悪い返答だったというのに、マリナさんはどこか嬉しそう。

 

 まあ、神様に会った、という人がいれば聞きたくなるもんね。

 

 しかも、その神様を信仰しているわけだから余計に。

 

 ……まあ、実際は、説明不足なのに色々と丸投げしてくる神様だったわけだけど。

 

 あれは酷かったよね、本当に。

 

「そう言えば、お話が途中でしたね。えーっと、九ヶ月前の事、でしたよね?」

「あ、はい。そうです。口調までは聞いたんですけど、その、他に何か言ってませんでしたか?」

「他に、ですか……。そうですね……あ、そう言えば」

「何かあったんですか?」

「はい。勇者様らしき人は、上位魔法を使いこなし、同時に転移も使っていました」

「え」

 

 て、転移? 転移って、たまに師匠が使ってるあれ、だよね?

 

 ……ボクにそんな能力もスキルもないんだけど……。

 

 しかも、上位魔法も使っていたみたいだし……。

 

「あの、ボクは上位魔法は使えませんし、転移も使用できません」

「そうなのですか?」

「はい。メネス村でも、上位魔法を使っていた、という証言があったんですけど、ボクは初級魔法しか使えないんですよ」

 

 例外的な意味で言えば、『武器生成魔法(小)』がそうだけど、あれはちょっと特殊だから。

 

「となると別人……? やはり、他人の空似、なのかもしれません」

「そう、ですか」

 

 師匠のスキルが間違っていた、何て言うことは全然考えられない。

 

 だけど同時に、師匠が完ぺきな存在じゃないことも知っている。だって、本当に完璧だったら、師匠はボクの呪いの解呪を失敗するはずがないと思うもん。

 

 だから、もしかすると師匠が一昨日使用したあのスキルで、間違った情報を見ちゃった、というかのせいもあるわけで……。

 

 ……いや、ないね。うん。ない。

 

 だって、ボクの体で、ボクの脳なのに、別人の記憶があるはずないもん。

 

 それに、あれが別人の記憶だったか、と言われると、何とも言えない。

 

 そうなのかもしれないし、単純に違うのかもしれない。

 

 本当に、よくわからないよ。

 

「それから一つ、一番気になることを言っていましたよ」

「なんですか?」

「それが、町を出る際に、『九ヶ月後に、攫われた子供を連れて、またここに来ます』と言っていたのです。なので、本当に来た時は内心かなり驚きました」

「ねえ依桜ちゃん。それって、メネス村でも……」

「はい……。どういうことなんでしょう?」

 

 その人、未来視でもできたのかな……?

 

「……まあ、ともあれ、お話も聞けましたし、そろそろ移動しないと」

「あら、もう行くのですか?」

「はい。次の孤児院に行かないといけないので」

「次の?」

「実は、ボクの妹たちは紫色の髪の娘を除くと、みんな誘拐された子供たちでして……みんな、ボクが以前助けたんです。しかも、みんな孤児院にいたというものですから」

「そうだんですね。では、あの娘たちは勇者様に懐いて、一緒に行ったと」

「そう言うことになります。みんな可愛いので、ボクは幸せですけどね」

「ふふっ、そうですか。やっぱり、勇者様に育ててもらう方が、あの娘にとってもいいことのようです。同じ境遇の娘たちと、同じ環境で暮らすことで、きっと素晴らしい大人になるのでしょう」

 

 慈愛に満ちた表情で、マリナさんがそう言う。

 

 たしかに、そうかもしれない。

 

 みんなが仲がいいのは、多分同じ境遇だったから、というのもあるのかも。

 

 話を聞いた時、どうもみんなで頑張って生きてきたって言ってたし。

 

「安心してください。ミリアは、絶対に守りますから。それに、いい大人になるまで成長させ、見守るのもボクの役目ですから」

「……そうですか。では、ミリアをよろしくお願いします」

「はい」

 

 とりあえず、これで目的は達成、かな。

 

 色々と謎は残るけど、まあ……仕方ない、ということで。

 

 もともと、謎を解明したり、新しい謎を見つけたりするためにこっちに来たわけじゃないしね。

 

 旅行だもん。これ。

 

「それじゃあ、ボクたちはそろそろ行きますね」

「はい。いつでもいいので、たまにあの娘をここに連れてきてあげてください」

「もちろんですよ。今は自由にこっちと向こうを行き来できますから。暇ができたらこっちに来ますよ」

「それはいいことを聞きました。私も、あの娘の成長が楽しみですから」

「ボクもです。……それでは」

「はい。またいつか」

 

 最後に軽く挨拶を交わして、ボクたちは孤児院を出た。

 

 さて、次はニアが過ごしていた、ムルフェと言う町だね。

 

 どんなところなんだろう?




 どうも、九十九一です。
 ちょっとずつ、調子が戻りつつあります。相変わらず、眠気はとんでもないことになっていますが。今書いている部分がただ調子悪いだけで、もしかすると異世界旅行編の山場に差し掛かればかなり調子が良くなる可能性もありますしね。多分そう。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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441件目 やっぱり謎だらけ

 ルエアラの町を出て、今度はムルフェの町へと向かって歩くボクたち。

 

 ニアが住んでいたという町。

 

 旅行中に、みんなの孤児院を回れそうで、ボクとしてもありがたいよ。

 

 孤児院側からしたら、誘拐されてから音沙汰なしなわけだしね。前の二人の町と村を見ていた限りだと、かなり心配されてるだろうから。

 

 みんなもみんなで、自分の故郷に行けるとわかったら、かなり嬉しそうな顔をしていたし、悪い事じゃないはず。

 

 でも、クーナとスイの二人の村と町に関してはともかく、他の三人が住んでいた場所には一度も行ったことがないんだけどね。基本的に襲われてなかったみたいだし。

 

 だからちょっと困ったわけで。

 

 だって、知らない間にボクらしき人がリルとミリアの住んでいた場所に行っていた、って言うんだもん。

 

 それも、九ヶ月前に。

 

 でも、記憶がない二日間があるのも事実。

 

 異世界から帰ってきてからというもの、ボクには、ボク自身でもわからない謎みたいな部分が出てくるようになっちゃった。

 

 結局、ボクって何なんだろうね? っていう疑問が出るように。

 

 自分でもよくわからない。

 

 そもそも、神気がある理由だって不明だし、『アイテムボックス』もなんかよくわからないし、先祖に異世界人がいたみたいだし……。

 

 ……どうしよう。本当に謎すぎて困る。

 

 まあ、別段困るようなことにはなってないし、むしろ助かっている面があるからまだいいんだけど。

 

 師匠に訊く方がある意味早いような気がするんだけど、どうにも話したがらないみたいなんだよね、師匠。昨日だって、神気のことについて何か知っていそうだったのに、誤魔化されたし……。

 

 師匠、もしかしてボクのこと色々と知っているんじゃないのかな?

 

 でも、師匠はそれを隠しているわけで……。

 

 ……師匠が書く仕事をする理由って、実質二択で、一つは自分にとって都合が悪い時。もう一つは、ボクを気遣っている場合。

 

 今回は多分……後者なんじゃないかなぁ。

 

 だって、前者特有の焦りとか見えなかったもん。

 

 気遣っている時ほど、師匠って若干素っ気なくなるからね。

 

 一年間、ずっと一緒に暮らしていたら、当然わかるよ。

 

 これでも、師匠の弟子だからね。

 

 だけど同時に、どうして師匠が言いたがらないのかがわからない。

 

 何か理由があるんだろうけど……うーん。

 

 まあともかく、今は考える必要はない、かな。

 

 いつか話してくれると思うしね。今はまだ、その時じゃないって言うだけかもしれないもん。

 

 すごく気になりはするけど。

 

「依桜、どうした?」

「あ、えと、ちょっと考え事をね」

 

 歩きながらずっと考えていたからか、晶がボクに声をかけて来た。

 

「考え事って、やっぱりさっきの村でのことかな?」

「はい。どうにも、九ヶ月前のことが気になってて……。ボク自身には記憶がないのに、こっちで色々と動いていたって言われると、実感とかないですし、ちょっと怖いなと」

「まあ、自分が知らない内に、勝手に動いていたかもしれないと思うと、怖く感じるだろうな」

「たしかに、怖いかな。言ってしまえば、夢遊病で知らない間に動いている、って言うのと同じなわけだしね。依桜ちゃんじゃなくても、怖いと思いそう」

 

 美羽さんの言う通り、夢遊病のようなもの、なのかな、これって。

 

 いや、そもそもボク自身が動いていたのかどうか不明だから、何とも言えないんだけど……。

 

 あれって、本当にボクが動いていたのかな?

 

 記憶はぼんやりとあるみたいだけど、どうにもね。

 

「あ、イオお姉ちゃん、あそこです!」

 

 と、ここでニアがパッと表情を輝かせると、少し先にある街を指さしてきた。

 

 ニアの言う通り、たしかに町がある。

 

 見たところ……普通の町、だよね?

 

「それじゃあ、行ってみよう」

 

 

 町が見えてきて、少しだけ足を速める。

 

 そうこうしている内に、町に辿り着き、ボクたちは町に入った。

 

「なるほど、ここはなんだか落ち着いた町なんだね」

「はい! いい人が多くて、育ててくれた先生は、『ここは犯罪がほとんどない』って言ってたんです!」

「へぇ~、とすると、結構平和な町なんだね」

 

 まあ、平和と言う割にはニアが誘拐されちゃったみたいだけど……。

 

 でも多分、こっちでも予期せぬ事態だったのかも。

 

 平和だった、ということは少しだけ心に余裕が生まれてしまうもの。決してそれが悪いわけじゃないけど、それが行き過ぎると事件が発生してしまう。

 

 まだ中身を知っているわけじゃないけど、概ねそう言った理由なんじゃないかな? 多分だけど。

 

「ニア、この町はどんな場所なの?」

「んーと、魔道具の生産が活発、って言ってました!」

「魔道具の生産かぁ」

「なんだか、女委が喜びそうな町だな」

「たしかに。女委ちゃん、そう言うの大好きだもんね」

「あはは、そうですね。……ニア、魔道具ってどういうものが作られているかわかる?」

「普段の生活で使う物、って教えられました! 町の灯りとか、お風呂とか!」

「なるほど」

 

 たしかに落ち着いた町になりそう。

 

 ボクが今まで出会って来た魔道具の職人の人たちって、なんだか落ち着いた雰囲気の人が多かったし。

 

 そうなると、たしかにこの町では落ち着いた人が多くなりそう。

 

 それにしても、日常的な魔道具かぁ。

 

 こっちの世界の生活水準って、向こうの世界と大差ないんだよね。

 

 強いて言うなら、向こうの世界の方が料理や移動手段が発展しているだけであって、それ以外ではこっちの方が発展している場合もあるし。

 

 ちなみに、シャワーとか普通にあります、この世界。

 

 魔道具だけどね。

 

 でも、この町が魔道具産業が活発となると、意外とニアを育てた人は落ち着いている人なのかも。

 

「ニア、孤児院はどこかな?」

「ここをまっすぐ行った先にある、おっきな家です!」

 

 おっきな家……ちょっと『気配感知』と。

 

 ……あ、たしかに子供らしき気配が多く発せられている場所があるね。

 

 見たところ、かなり広めかな?

 

「うん、わかった。じゃあ行こ。ニアも早く行きたいだろうからね」

「うん!」

 

 うんうん、いい笑顔です。

 

 さて、どんな人なのかな。

 

 

 孤児院に辿り着いた。

 

 リルとミリアの時は、外で子供たちが遊んでいて、そこに孤児院の先生とかがいたんだけど、今回はどうやらいないみたい。

 

 中にいるのかな?

 

 気配とか探ってみると、その中に子供とかいるし。

 

 ともあれ、早く中に入ろう。

 

「ごめんくださーい」

 

 ドアを軽くノックして、外からそう言う。

 

『は~い』

 

 すると、中から間延びしたような声が聞こえてきた。

 

 イメージ的には、希美先生っぽい。

 

「はい~、どちら様ですか~?」

 

 中から出てきたのは、二十代後半くらいの、おっとりとした雰囲気を持つ女性だった。

 

 普通に美人さん。

 

 あと……胸が大きい。女委よりも大きいくらい、かな?

 

「あ、初めまして。イオ・オトコメと言います」

「初めまして~。シャロと申します~。……あらあら~? そのお名前~……もしかして、勇者様ですか~?」

 

 あ、うん。やっぱり知ってるんですね。

 

 まあ、手間は省けるけど。

 

「はい、そうです」

「こんな場所に、何か御用でしょうか~? こう言っては何ですが、ここは孤児院なので、孤児しかいませんよ~?」

「あ、それは理解しています。この娘を連れて来たんです」

「あら~、もしかしてまた孤児~……って、あら~?」

「先生、お久しぶりです!」

「……もしや、ニアちゃん~?」

「はい!」

「ほ、本当に~?」

「本当です!」

「ニアちゃん~!」

「わぷっ」

 

 おっとりとした雰囲気からは想像がつかない速度で、ニアを思いっきり抱きしめた。というか、抱っこした。

 

 動きが俊敏……この人の職業って、何なんだろう。

 

「よかったです~。ニアちゃんが無事で~……!」

「イオお姉ちゃんに助けてもらいましたから!」

「なるほど~。勇者様がニアちゃんを助けてくださったのですね~。ありがとうございました~」

「あ、いえいえ。たまたま通りかかっただけなので……」

 

 このセリフ、何回言ったんだろう?

 

 言うことは同じ、なんだね。

 

 

 色々とお話がしたいということで、孤児院の中へ。

 

 孤児院の中に入ると、子供たちが勉強をしていた。

 

「ここでは、勉強をさせているんですね」

「はい~。孤児だからと言って、将来を狭めさせていいわけじゃありませんからね~。わたしが教えられる範囲で、こうして勉強を教えているんです~」

「そうなんですね。えっと、主に何を教えているんですか?」

「魔道具や魔法についてですね~。元は、魔道具を作っていましたからね~」

「あ、もしかして《魔道具士》なんですか?」

「はい~。そうですよ~」

 

 それなら納得。

 

 この町は魔道具産業が活発みたいだし、そう言う意味ではこの町らしい勉強と言える。

 

 ということは、ニアも勉強していたのかな?

 

「ささ、お座りください~。お連れの方も遠慮なく~。すぐに、お茶の用意をしますので~」

「「ありがとうございます」」

 

 なんだか、本当におっとりしている人だね。

 

 ちなみに、メルたちはここでも子供たちと遊ぶように言ってます。

 

 さすがに、真面目な話だからね(多分)。

 

「どうやら、こっちには依桜は来ていなかったようだな」

「そうだね。前の二つの村と町では、孤児院に着くか、孤児院に入る前に言われたもんね。さすがに、ないと思うな」

「依桜ちゃんは変なことに巻き込まれやすいみたいだけど、さすがにもうなさそうだね」

「はい」

 

 これでもし、この町でもここに来ていたなんてことがわかったら、おそらくクーナとスイの二人の所にも行ってそうだもんね。

 

 なんて。さすがにないよね!

 

「お待たせしました~。え~っと、お茶請けはケーキでよかったでしょうか~?」

「大丈夫です。でも、ケーキなんて大丈夫なんですか? ここ、一応孤児院なんですよね? その……お金とか」

 

 数分して、人数分のお茶とケーキを乗せたお盆を持って、シャロさんが戻って来た。

 

 相変わらず、おっとりとした笑顔を浮かべている。

 

 ただ、孤児院なのに、そう言うのは金銭的に大丈夫なのかと尋ねると、シャロさんは答えた。

 

「はい~。九ヶ月ほど前に、色々とありまして~」

 

 ……………………九ヶ月、前?

 

 なんだろう、嫌な予感が……!

 

 両サイドにいる二人を見れば、こちらも微妙な表情を浮かべていた。

 

「あ、あのー、九ヶ月前に何かあったん、ですか……?」

「あら~? 勇者様は覚えていらっしゃらないんですか~?」

 

 …………え、まさか、本当に?

 

「……もしや、九ヶ月前にここにボクが立ち寄った、って言う話じゃないですよね……?」

「いえ、その通りですけど~……」

 

 あぁ、やっぱり!

 

 パターンが違っただけだよ、これ!

 

 こ、今度は一体、何をしたんだろう、ボク。

 

「あの、すみません。その時のボク……っぽい人って、何をしていた、んですか?」

「おかしなことを聞くんですね~。でも~……そうですね~。その時の勇者様は、この町に入り込んだ指名手配中の殺人鬼さんを捕まえてましたね~」

「「「ええぇぇぇぇぇぇぇ……」」」

 

 シャロさんの口から飛び出したのは、なんかもう……頭がおかしいとしか言いようがないことをしでかしていたボクの行動だった。

 

 ちょっと待って。ボク、一体何をしているの?

 

 殺人鬼を捕まえるって……。

 

 そもそも、そういう人がいたことに驚きだよ、ボク。

 

「その際に、王都の兵士の方に引き渡してまして~、同時に多額の報奨金を貰ったんですけど、こちらの孤児院に寄付してくださったのですよ~」

「……依桜、一体何をしていたんだ?」

「依桜ちゃん、さすがにそれは……」

「待って!? ボク、その事について記憶ないからね!?」

 

 若干引いたような二人に、思わず叫んでしまった。

 

「あら~? もしや、その際の記憶がないのですか~?」

「あ、は、はい。実はその……九ヶ月前に関しては、一部記憶がないと言いますか……他の村や町でも同様のことがあったらしく……」

「なるほど~。それは困りましたね~。お礼ができると思いましたのに~」

「お礼はいいですよ。その代わりと言っては何ですけど、その時のボクについて色々と教えて頂ければ……」

「そんなことでいいのですか~?」

「はい。結構大事なことでして……」

 

 それが聞ければ、いいかなと。

 

 ……いくらわからないことでも、謎を解明しない理由にはならないからね。できるなら、わかるところまでは解明したい。

 

「わかりました~。では、なんでも聞いたください~」

「ありがとうございます。えっと、そうですね……じゃあ、どういう経緯で来たのかというのと、あとボクが使用していた魔法や能力、スキルがあればそれを。それから……去り際に何か言っていたかどうか。これらを教えて頂ければありがたいです」

「わかりました~。では、まず最初の質問ですね~。わたし自身は、当時その場にいなかったのですけど、ふらりと勇者様が立ち寄ったのです~。しかもちょうどその時、この町に凶悪な殺人鬼さんが入り込んでおり、騒然としていたのですよ~。しかも、その殺人鬼さんは、孤児院の子供を人質に取っていまして~……。偶然ここに立ち寄った勇者様が子供たちを助け、殺人鬼さんを一方的にタコ殴りにしていたんですよ~。あの時の勇者様、子供が人質に取られているのを見た瞬間、ものすごい殺気を放っていましたからね~」

 

 何してるの、ボクっぽい人。

 

 いや、当然のことをしているけど。

 

「……なんか、キレるポイントが依桜と同じじゃないか?」

 

 と、シャロさんから告げられた九ヶ月前の出来事に、晶はそう言った。

 

「そうなの?」

「はい。依桜は何と言うか……自分のことよりも、他の人に対して怒るタイプで。特に、今の依桜の妹であるメルちゃんたちや、俺達のような普段から仲がいい人、それ以外だと、子供が何らかの危害に合っている場合だと、心の底から怒るんですよ。それこそ、見ているこっちが思わず息が止まるくらいに」

「ちょっ、あ、晶!?」

「へぇ~、依桜ちゃんって誰かの為に怒るタイプなんだね。まあでも、納得かな?」

「あ、あははは……」

 

 なんだかちょっと恥ずかしい……。

 

 でも、自分のことよりも、身近な人が傷つけられる方が怒らない? 普通。

 

 ボク的にはそうです。

 

 って、今は続きを。

 

「シャロさん、続き、お願いできますか?」

「はい~。え~っと、続きでしたね~。あ~、使用していた魔法や能力、スキルについてでしたね~。わたしが見ていた限りだと~……転移とか、重力に関する魔法? 能力? スキル? を使用していましたね~。殺人鬼さんから子供を助けるために、使用していた気がしますね~」

「じゅ、重力って……」

 

 ボク、そんなチートの代名詞みたいなものは持ってないよ。

 

 というか、重力に関する力とかあるの? この世界に。

 

 ボク自身、聞いたことない。師匠は知っているかもしれないけど……でも、師匠ですら使ったことがなかったような気がするんだよね。

 

 じゃあ多分、ない、ということにしておこう。うん。

 

「あの、本当に重力に関するものだったんですか?」

「はい~。なにせ、殺人鬼さんの武器とかをよくわからない力で引き寄せたり~、子供たちを安全なところにまで移動させていましたからね~」

「……それで、依桜ちゃん。使えるの?」

「さ、さすがに使えませんよ」

「だが、依桜らしき人は使ったんだろ? なら、そうなんじゃないのか?」

「そ、そう言われても……」

 

 知らないものは知らないし……。

 

 そもそも、ボクは師匠から多くの知識を叩き込まれているからと言って、この世界にあるすべての能力、スキル、魔法を知り尽くしているわけじゃない。本当に、必要最低限レベルの知識しかない。

 

 師匠の知識量は異常だけど。

 

「え~っと、次に行っても大丈夫でしょうか~?」

「あ、は、はい。お願いします」

「最後の質問は、去り際に何か言っていたか、でしたね~。ええ、ええ、言っていましたよ~。その時に行っていたのは『九ヶ月後にまた来ます。攫われた子供を連れて』ですね~」

「「「……また、それかぁ」」」

 

 もうお決まりと言ってもいいそのセリフに、ボクたち三人は形容しがたい表情を浮かべ、そう呟いた。

 

 本当、どうなってるの?

 

 正直、これでクーナとスイの二人の方に行って、同じことが起こっていたら……いい加減しつこいと思っちゃうよ? ボク。自分のこと(?)だけど。

 

「その時は冗談かと思ったのですけど~……まさか、本当にニアちゃんを連れて訪れるとは思いませんでした~」

 

 それはボクもです。

 

 でも、本当にどういうことなんだろう?

 

 九ヶ月前、一体何があったのかな……?

 

 ボクに記憶があれば、すぐにわかったんだろうけど、ないからなぁ……。

 

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「はい、わたしが答えられることでしたら~」

「ありがとうございます。えっと……その、その時のボクらしき人の雰囲気というか、そう言うものを教えて頂ければ」

「雰囲気……そうですね~、わたしとしましては、とても安心感がありましたね~」

「安心感?」

「はい~。何と言いますか、そこにいるだけで何も心配はいらないんじゃないかな~、みたいな感じですね~」

「あー、それはたしかに普段の依桜からもあるかもしれない」

「そうだね。私も、依桜ちゃんとお仕事に行く時はあるけど、その際って妙な安心感があるから」

「そ、そうかな?」

 

 もしかして、こっちの世界で鍛えていたから、かな? 熱いバトル漫画風に言うと、あふれ出る強者感、みたいな?

 

 ……いや、今のボクの外見じゃ、絶対ないね、そう言うの。

 

 そもそも、そう言った気配は出すな、って師匠に言われてるし。

 

「それと、安心感によるものでしょうけど~、勇者様が近くにいると精神的な落ち着きも得られましたね~。そのおかげで、周囲の人たちはパニックになることはありませんでしたから~」

 

 何それすごい。

 

 もしかしてボク、そんな力があったり?

 

 ……って、ないね。ないない。

 

 だってボク、人間だもん。

 

 人間にそんな力があるとは思えないしね。

 

「と、こんなとこでしょうか~。少なくとも、勇者様が知りたいことは全て話したつもりです~」

「……そうですか。ありがとうございました」

「いえいえ~。ただ、不思議ですね~。以前お会いした勇者様とは別人のようです~。口調とか~」

 

 別人……そう言えば、師匠がぽろっと漏らしてたっけ。

 

 九ヶ月前の記憶が、ボクの記憶じゃないみたいって。

 

 うーん、ボクが知らないだけで、多重人格なのかな、ボクって。

 

 でも、多重人格ってたしか周囲の環境によって生まれるもので、一種の防衛本能のようなものだったはず……。

 

 だから多分、違うと思うんだけどなぁ。

 

「そう見えるんですね」

「ええ~。そう見えちゃうんですよ~」

 

 ボクが苦笑いをしながら聞くと、シャロさんは変わらないおっとりとした笑みを浮かべて返してきた。

 

「……さて、ボクたちはそろそろ王都に戻ろうか。女委たちが何かしているかもしれないし」

「……そうだな。俺も嫌な予感がしている。だからこっちに来たんだが……」

「女委ちゃん、知らない間に何かをやってるしね。昨日なんて、同人誌を頒布するくらいだったから」

「あははは……。それじゃあ、シャロさん。ボクたちはそろそろ行こうと思います」

「そうですか~。勇者様、ニアちゃんをよろしくお願いします~」

「もちろんです。立派な大人に成長させますよ。あと、たまに遊びに来ますから」

「それは嬉しいですね~。いつでも、お待ちしていますよ~」

「はい。お話と、お茶、ありがとうございました。それでは」

「はい~。またいつか~」

 

 最後に挨拶を交わして、ボクたちはムルフェの町から去った。

 

 なんだか、余計に謎が増えただけな気がするよ……。

 

 そんな事を思いながら、ボクたちは王都へと戻った。

 

 

 そして……王都で起こっていたことに、ボクたち――というか、ボクと晶は、酷く困惑することになった。




 どうも、九十九一です。
 異世界旅行編三日目、全然終わらん。多分、次か、その次の回で終わるとは思いますが……四日目からが長くなりそうなんですよねぇ……。異世界旅行編のオチって、結構アレな感じになるので、そこまで持って行くのに、時間がかかりそうというか……。まあ、六日目辺りが一番長くなるんじゃないですかね。十中八九。
 そう言えば、最近全然アイちゃんを出していない。……次の回で出そうかな。空気になってるし。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします
 では。


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442件目 王都がある意味地獄絵図

「「……うぼぁ」」

 

 ルエアラの町と、ムルフェの町の孤児院巡りを終えて、王都に戻ったボクたち。

 

 ボクと晶が最初に口に出したのは、そんな魂が抜けたような声だった。

 

「こ、これは……何と言うか……女委ちゃん、相当やらかしたね……」

 

 目の前の光景を見て、美羽さんも苦笑いを浮かべながら、目の前の状況をそう言葉にした。

 

 一体、何が行われているかと言うと……

 

「いらっしゃいいらっしゃーい! 異世界の書物『同人誌』はここで売ってるよー! お一人様、三部までね! 読む用、観賞用、保存用の三点だよー! あ、そこ、押しちゃダメ! 推すのは、作品のキャラだけだぞ!」

 

 王都を巻き込んだのか、それとも王族――王様が協力しちゃったのか、それかもしくは、王都にある書店系のお店が協力しちゃったのか……。

 

 いずれにせよ、これはちょっと……どういうこと?

 

「……依桜。俺の目がおかしくなったんじゃなければだが……目の前に見えるのは、俺を模したキャラ……だよな? いや、むしろ俺の目がおかしいと言ってくれ!」

「……晶。同じことをそっくりそのまま返すようだけど……目の前に見えるのって、ボクをモデルにしたキャラクターだよね? あの、ボクの目がおかしいと言って欲しいんだけど!」

 

 なんていう、悲痛な叫び(?)をしたら、

 

「あー、えーっと……二人とも、現実」

 

 美羽さんが言いづらそうにしながらも、しっかりと断言して来た。

 

「「畜生っ!」」

 

 ボクと晶はその場で四つん這いになると、地面に拳を叩きつけながらそう吐き捨てた。

 

 ボクが滅多に使わない言葉で表しているんだから、その気持ちの強さがわかると思います。それくらい、キツイ光景が目の前にあった。

 

「ねーさまねーさま、あれはなんなのじゃ? ねーさまっぽい人が描かれているのじゃけど……」

「……メル、あれは今は知らなくてもいい物なの。少なくとも、高校生くらいになるまで見ちゃダメです……。みんなもね……」

「「「「「「はーい(なのじゃ)」」」」」」

 

 こんな時でも、みんなは素直です。

 

 ……少なくとも、小学生の間に知るような物じゃないよね、これ。

 

 まあ、女委は小学生時代かだ同人誌を描いていたみたいんだけどね……。

 

「こちらの書物は、お一人様三点までなのですよ! 上限以上のお買い上げは不可ですので、しっかりルールはお守りください!」

 

 ……うわー、なんだろう。すごーく聞き覚えのある声だなー。

 

 これ、もしかしなくても、レノだよねー? どう聞いても、あの人だよねー?

 

 何してるんだろうなぁ……。

 

「依桜ちゃん、晶君、とりあえず、その……一旦向こうに行こう? さすがに、ここでその体勢は目立つし、何より邪魔になると思うの」

「……それもそうですね。晶、行こ」

「……そうだな。これは、文句の一つでも言わないとダメな気がする」

 

 四つん這い状態から立ち上がり、ボクと晶は若干暗い笑みを浮かべながら問題を起こしている元凶の所へと歩みを進める。

 

「お、依桜君たち! おっかえりぃ!」

 

 なんて、ボクたちが近づいてくるのが見えた瞬間、女委はハイテンションで声をかけて来た。

 

 なぜだろう。今の状況のせいか、すごくイラッとする。

 

「……お帰りなさい、みんな」

「……未果。どうして止めてくれなかったんだよ……」

「……私も止めようとしたわよ。でも、止められなかったのよ。何したと思う? 女委」

 

 とても疲れた表情で、晶の質問に対してそう切り返す未果。

 

 もう、声と表情でどれだけ疲れているかがわかるよ。

 

「あの娘『よっしゃあ! 昨日の戦果は上々! 今日は増版して、即売会するぜー! 新作も昨日完成させたし、これで異世界人のハートをがっちりキャッチ! ついでの、財布もがっちり!』って言いだしてね」

「「うわぁ……」」

 

 ボクと晶の口から、ドン引きするような声が漏れた。

 

 さらに、これだけでなく、

 

「しかも、この国のお姫様であるフェレノラさんまでもがね……加担しちゃったのよ」

 

 レノまで加担しちゃったそう。

 

「「……えぇぇぇ」」

 

 これには、二人して戸惑うほかない。

 

 さらにさらに追い打ちを書けるように、未果が口を開く。

 

「あの二人、こんなやり取りがあったのよ」

 

 と、未果が説明するにはこんなやり取りがあったそう。

 

『はっ! こ、これはお姉様を模した絵! なんて素晴らしいのでしょうかっ!』

『お、フェレノラ様はおわかりで?』

『はいっ! なんという素晴らしい絵画なのでしょうか! 女委さん……いえ、女委様! これは一体、何なのでしょうか!?』

『ふっ、これは同人誌って奴だぜ、フェレノラ様』

『ど、同人誌……! 何でしょう、この心に突き刺さるような、素敵ワードは!』

『これは、自由の権化! その人の妄想や劣情をぶつけることで生み出される至高の品さ! 中には、こんなものまで!』

『はわわわわっ! な、何と言うことでしょう……! この世界に、このような素晴らしい物があっただなんて……! はぁぁぁ、お姉様が(ピーー)で(ブォン!)で、(ドゴォォン!)なことに! ど、どうしましょう! ページを捲る手が止まりませんっ!』

『どうよどうよ! わたしが創り上げた同人誌は!』

『す、素晴らしいのです! これさえあれば、戦争なんてこの世から無くなるのではないかと思わんばかりに、素晴らしいのです! 是非、これを広めなくてはっ……!』

『その言葉を待ってたぜ……フェレノラ様、いっそこれを大々的に販売したく思うのですが! いかがでしょう?』

『それは素晴らしいのです! 是非是非、すぐにでも販売しましょう! それから、もうこの際、敬称はいりません! お好きにお呼び下さって結構ですので!』

『ほう! では、レノっちと』

『ありがとうございます! では、私はお師匠様と呼ばせていただくことに致します!』

『ふっ、この道は険しいぜ?』

『覚悟の上です!』

『よっしゃあ! 燃えて来たぜー! 早速、大量増版だー!』

『はい! お師匠様!』

「――ということがあったわ」

「「…………あ、ハイ」」

 

 どうしよう、全く持って理解が及ばない領域なんだけど……。

 

 というか……女委は何してるの!? 一国の王女様を、おかしな道に引き摺り込んでない!? ボク、王様に責任とか取れないからね!?

 

 あと、意味はわからないけど、言葉からして明らかに使いどころを間違っているような物もあるし、なんだったら同人誌に対する女委の考え方が酷すぎるよ!

 

 というより、なんでレノも染まっちゃってるの!? そっち側に!

 

 あと、同人誌じゃ戦争はなくならないから! 広めてもそこまでプラスな効果は見込めないと思うから!

 

 それから、女委をお師匠様って言うのは、色々と間違っているからやめた方がいいと思います! ボクは!

 

「あぁぁぁぁ……もう、疲れたよぉぉ……」

 

 なんで、もうすでにこんなに疲れているんだろう、ボク……。

 

 酷すぎる……。

 

 異世界旅行に来たはずなのに、どういうわけか女委の布教活動になってるし……。

 

 これ、大丈夫なの? こっちの文化とか壊さない?

 

「お、そちらのお姉さん、こいつはどうだい! 明人君の明人君と大智君の大智君の濃厚な絡みが見れる同人誌だよ!」

『はわっ! ど、どうしましょう! 背徳的なことが描かれているのに、どうしてか引き付けられる……! す、すみません、三部ください!』

「まいど!」

 

 そんなやり取りが聞こえてきた。

 

 すると、

 

「オロロロロロロロ……!」

「あ、晶―――――――――!」

 

 晶が吐いた。

 

 そして、その少し先では、

 

「オロロロロロロロ……!」

 

 態徒も吐いていた。

 

「あぁ! 晶と態徒が限界点を超えたわ! 依桜、これ以上はまずいから、早く二人を……二人の意識を飛ばしてあげてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ! さすがに、爽やか系金髪イケメンの晶が周囲に見せていい状況じゃないからっ!」

 

 さすがの事態に、未果が本気の叫びを見せた。

 

「う、うん! はぁっ!」

 

 さすがの事態に、ボクは未果の願いをすぐに叶えることに。

 

 ボク自身も、こんな晶は見ていられないよ!

 

「「かはっ……」」

 

 どさり、と二人は倒れ込んだ。

 

 態徒はちょっと距離があったけど、無事に刺さって何より。

 

 ……幸い、吐瀉物に突っ込まないで逸れました。

 

「うわー、地獄絵図だねー」

 

 その裏では、美羽さんがこの光景に苦笑いを見せながら、困ったようにそう言っていた。

 

 ……ボクも、これは酷いと思います。

 

 

「「……あ、あのー……」」

「なんですか?」

「「ひっ、な、何でもありませぇん……」」

 

 しばらくし、即売会もどきが終わった後、ボクは女委とレノの二人を正座させていました。

 

 二人が何かを言おうとしたけど、すぐに封殺。

 

 肩をビクッと振るわせた後、俯いた。

 

「今回、あなたたちは何をしましたか? 特に、女委の方」

「い、いやー、にゃはっはっはー……な、なんでしょうね――」

 

 ビュンッ! ストォォン!

 

 ふざけようとした女委の顔から数ミリずれた位置に針を投擲。その背後の地面に突き刺さった。

 

「す、すんません、マジ針は勘弁!」

「……」

 

 すると、青ざめた表情で女委が謝る。

 

 ボクは、無言で笑顔を浮かべながら女委に続きを促すよう、目で伝える。

 

「わ、わたしとしましては、同人誌が世界の壁を超えてつ、通用するのかなー……とか、こっちでも受けはいいのかなー……とか、面白いのかなー……とかおもっちゃったりしちゃったわけでー……」

「……それ、全部同じ意味だよね?」

「う、うっす! 同じであります!」

「……それで、本音は?」

「異世界にマンガやラノベの文化を広めのも一興かと思いました! 正直、すっごい楽しいっす! 反省も後悔もしてません!」

「…………そう。そうなんだぁ……。……じゃーあ、女委の処罰はとりあえず、後にするとしてぇ……次、レノね?」

 

 にっこりと微笑みながらレノに視線を向ける。

 

 すると、レノが途端にビクッと肩を震わせ視線を右往左往させ始めた。

 

「なんで、女委に加担しちゃったのかな~?」

「お、お師匠様の描いた絵が、す、素晴らしかったので……その、つい一目たくなってしまったと言いますか……あのような素晴らしいものが世に出ないのは間違っていると言いますか……も、もったいないと思ったわけです……」

「そっかそっかーぁ」

 

 レノの言い分を聞いて、ボクの笑顔はさらににっこりしだす。

 

 なるほどねぇ……この二人は、色々な意味で混ぜるな危険、もしくは会わせるな危険、だったんだねぇ……。納得だよぉ。

 

「まぁ、レノは情状酌量の余地があるからいいとして……」

「ほっ……」

「女委はきっつ~~~~い! 罰を受けてもらわないとねぇ?」

「ば、罰は確定なのでありますか!?」

「確定であります」

「そ、そんなっ! い、一体どんな罰が!?」

「ん~~、そうだねぇ……とりあえず、明日から旅行終了まで撮影禁止です」

「え」

「それから……今日一日だけ、女委は一人部屋で寝てもらいます」

「えっ」

「そして最後に……さっきの即売で得たお金の八割と、魔族の国に寄付すること」

「そ、そんな、殺生な!?」

 

 許してほしいと言わんばかりの表情を女委は浮かべるけど、

 

「何を言っているの? これでも最大限譲歩しています」

 

 にこっとしながらそう言い返すボク。

 

 本当に、ボクとしてはかなり譲歩しているんだけどね、今回の罰には。

 

「……ち、ちなみに、本来なら、どんなことを……?」

「んー……旅行中、下ネタ禁止、同人誌描くの禁止、旅行終了まで一人部屋、魔族の国に行ったら最後までメイドのお仕事、そして……」

「そ、そして?」

「今回の旅行中で得た魔道具の没収、及び撮影した写真や動画類の全削除♥」

「よ、よかったっ……依桜君が最大限譲歩してくれて、よかったッッッ……!」

 

 ボクの本気の罰の内容を聞いて、女委は心の底から安堵していた。

 

「ボクも鬼じゃないからね。これで許します」

「……それでも厳しいような気がす――」

「あー、どうしよっかなー。罰、増やしちゃおうかなー」

「謹んで罰を受けさせていただきます!」

 

 脅すような感じで言うと、女委は手のひらを返したように一転して、土下座しながらそう宣言した。

 

「よろしい。それから、レノは情状酌量の余地があるということで――」

「はいっ」

「今回に限り、無罪とします」

「あ、ありがとうございます! お姉様!」

「今後は、許可なしで、ぜっっっっっっっっっっっっっっったいに!! しないでね?」

「肝に銘じます!」

「よろしい」

 

 レノはしっかりと言うことが聞けるから偉いね。

 

 それに比べて、女委は何と言うか……色々と残念。

 

 向こうの世界だけでなく、こっちの世界でも何かをやらかすんだもん。

 

 今回はそこまでで被害が大きくなかったからいいものの……。

 

「まったく、後で晶と態徒に謝るんだよ? 女委」

「うっす、絶対に謝るっす」

「なんで体育会系なノリなの?」

「なんとなく」

「……はぁ。まったくもう……」

 

 なんか、色々と疲れた……。

 

 まさか、こんなことになっているとは思わなかったよ……。

 

 出回っちゃった分は仕方ないけど、同人誌が広まったらどうするんだろう、これ。

 

 別段悪いとは言わないけど、文化とか壊れない? すごく心配だよ、ボク。

 

「……ともあれ、旅行を再開させようか。王都に滞在するのは今日が最後だからね」

「「「「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」」」」

 

 あ、晶と態徒起こさないと。

 

「……イオも大変だな」

「……依桜ちゃんですからね!」

 

 

 この後、ボクたちは王都観光を時間ギリギリまで楽しみました。

 最初こそ波乱があったけど、何とか無事に三日目を終えられてよかったです。

 

 

 その後、女委の同人誌はおかしな広まり方をした結果、この世界で後に生まれる同人誌のほとんどは、百合か薔薇だったという……。




 どうも、九十九一です。
 女委がやらしかしました。まあ、女委だしね。しょうがないね。そう言えば、前回のあとがきでアイちゃんを出す的なことを言っておきながら、結局出てない。いつ出てくるんでしょうね、あのAI。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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443件目 クナルラルへ

 四日目。

 

 昨日の騒動はあったからなのか、とてもぐっすりと眠れた。

 

 疲れが色んな意味で限界に達していたのかもね。

 

 晶と態徒に関しては……まあ、うん。なんて言えばいいのかな、これ。

 

 気絶から回復したら、二人して部屋の隅の方で壁を見ながら三角座りをしてしまった。

 

 まあ……あれはね……。

 

 要するに、自分たちがモデルのキャラが恋仲になっていたわけだもん。それはこうなるよ。

 

 ちょっと何言ってるのかはわからなかったけど。

 

 さて、異世界旅行も四日目。同時に、折り返しに。

 

 今日からは王国ではなく、魔族の国の方に滞在することになります。

 

「王様、三日間ありがとうございました」

「いやいや、またいつでも来てくれて構わん。その時は歓迎するぞ」

「はい。レノも元気でね」

「うぅ、まさか一緒にいられる時間がこんなに短いとは……お姉様、またいつでも来てくださいね……?」

「もちろん。こっちの世界に来る時にはなるべく顔を出すようにするから」

「約束ですよ……?」

「うん、約束」

 

 なんでここまで懐かれてるのかな、本当に。

 

 異世界で王女様と仲良くなったり、恋仲になったりするのは定番って女委がよく言うけど、それは異世界系作品の中での出来事だと思ってるし……。

 

 まあ、レノとはどちらかと言えば友達のような関係だし、違うよね。

 

「それじゃあ、ジルミスさんを待たせるのも悪いし、行こっか」

 

 そう言うと、みんな一斉にきょとんとした。

 

 あ、そう言えば言ってなかった。

 

 でも、今はとりあえず、待たせるのもまずいし、先に合流しないとね。

 

「それでは、ボクたちは失礼します。またいつか、ここに来ますね」

「うむ、待っておるぞ」

「約束、守ってくださいね?」

「うん。それでは」

 

 最後に軽く会釈をして、ボクたちはお城を出た。

 

 

「なあ依桜、さっき待たせるのも悪いって言ってたけどよ、何を待たせてるんだ? ジルミスって言う人か?」

「うん。行けばわかるんだけど……っと、あ、いたいた。ジルミスさーん!」

 

 態徒の質問に答えつつ、王都の門まで歩くと、目的の人物を見つけた。

 

 少し遠目だけど、ジルミスさんに声をかける。

 

 すると、向こうはすぐに気づいてくれたみたいで、こちらに気付くと軽く微笑んでこちらに向かって歩いてきた。

 

「お久しぶりです、イオ様、ティリメル様」

「久しぶりなのじゃ! ジルミス!」

「お久しぶりです、ジルミスさん。元気でしたか?」

「はい、特に問題なく。今は平和な世の中ですから。人間の方から奇襲を受けることもなければ、反政府勢力などによる暗殺などもありません。健康な状態で、常に職務を全うしております」

「そ、そうですか」

 

 そんな物騒なことあったんだ、今まで。

 

 向こうの世界と違って、こっちの世界って本当に物騒だよね。こう言う話を聞いていていつも思うよ、ボクは。

 

「依桜、この人は誰かしら?」

「あ、ごめんね。えーっと、魔族の国の前国王だよ。まあ、今もほとんど国王みたいなものだと思うんだけどね。ボクが政務とかやってないから」

「いえ、イオ様が女王になってくださっているおかげで、我々は動けているのです。相応しいトップでなければ、我々が一生懸命になって働くことはありませんので」

「い、いや、ボク普通に飾りの王様なんですが……」

「むしろ、飾りとはいえ、我々が使えるべき主であるからでもあります。つまり、イオ様だから我々は動いているわけです」

「あ、ハイ。そうですか」

 

 これは何を言っても同じような返しをされるだけだね……。

 

 こう言ったパターンは何度も見てきているから、すぐに諦めよう。それが、円滑にコミュニケーションを取る方法です。

 

「……依桜の奴、マジで敬われてんな」

「話に聞いてはいたが、いざ目の前で見せられると、少し面白いな」

「でも、今は一人だけしかいないけど、他の人とかどうしているのかしら? この人って要人なのよね?」

「こういう時って、絶対どこかに潜んでるものだよね! どうなのかな?」

「おや、そちらの方々は……」

「あ、紹介してませんでしたね。この人たちはボクの向こうでの友達です。黒髪ロングの女の子が未果。その隣の金髪碧眼の人が晶。そこにいる、髪が短めの人が態徒。態徒の隣にいるオレンジ髪の女の子が女委。それで、そっちのウェーブのかかった明るい茶髪の女の人が美羽さん。その隣の赤い髪の女の子がエナちゃん。そして、黒髪ポニーテールの人がボクの師匠のミオさんです」

 

 妹たちの方は、以前会っているので紹介は不要だね

 

「これはこれは、イオ様のご友人にお師匠様でしたか。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、ジルミス・ウィンベルと申します。今現在は国王としてではなく、ティリメル様、イオ様のお二方の忠実なる家臣として政務を行っております。以後、お見知り置きを」

 

 う、うわぁ、本気の挨拶……。

 

 ここまでかしこまらなくてもいいのに……。

 

 それを言ったらボクもだけど。

 

「おー、これが魔族……! 人間に近い姿をしているんだね!」

「そうですね。我々魔族は、そこまで人間と大差ありません。強いて言うならば、人間の方々よりも体が頑丈であったり、身体能力が高かったりする程度でしょうか。それ以外ですと、聖属性魔法が絶対に使用できないなどや、闇属性魔法が誰でも使用可能な点ですね」

 

 そうそう、魔族って意外と人間と似通っているからね。

 

 案外違いはそこまでなかったり。

 

 だからこそ、どうして戦争していたのかがわからないんだけどね。

 

「おっと、そろそろ出発した方がよさそうですね」

「ジルミスさん、何かあるんですか?」

「ええ、少々ありまして。イオ様やティリメル様のお二方にも無関係ではないことがありまして。もちろん、イオ様のご友人やお師匠様、妹君様方にも」

 

 ボクたち全員に関係があるって何だろう?

 

「さ、ここから少々離れた場所にて、馬車を待たせてありますので、そちらへ。クナルラルまでそれで行きます。ですので、私についてきてください」

 

 ジルミスさんはそう言うと、ボクたちを先導するように歩き始めた。

 

 ジルミスさんについて行くと、そこには何やら豪華な馬車が二台ほどと、豪華というほどではないけど、それなりに立派な馬車が二台ほど止まっていた。

 

「……えーっと、ジルミスさん? この馬車は一体……」

 

 無駄に豪華すぎる馬車の登場に、ボク……というより、ボク含めた地球組の人たちが揃って固まった。

 

 それを代表して、ボクがジルミスさんに尋ねる。

 

「あぁ、あれですか。何せ、イオ様にティリメル様のお二方だけでなく、イオ様のご家族やご友人、お師匠様までもがクナルラルに来ると言うではありませんか。ならば、最大限のおもてなしをしなければいけないな、と。会議で決まりましたので、我が国で最高品質の馬車を用意させていただきました」

「あ、あー……な、なるほどー……そういうことですかー……」

 

 ……つまり、大袈裟に捉えちゃった、ということだね、これは。

 

 あ、あはははは……何だろうね、これ。

 

「ああ、それからご安心ください。馬車の揺れは最大限無くしてありますので、体が痛くなることはございません。快適に、クナルラルまで行くことができます」

「地味に技術力が高いですね……」

「これでも、生活に関する技術は研究してまいりましたので」

 

 ……そう言えば、魔族の国ってやたらと技術力が高かった気が……。

 

 なるほど、人間の国が一時期押されていたわけだよ。

 

「中には軽食類やお飲み物などもございますので、遠慮なく。ささ、お乗りくださいませ」

 

 気が付けば、他の魔族の人たちも来ていて、恭しい態度で馬車に乗るように促してきた。

 

 あー……どうしよう。むずむずする。

 

 ここまで恭しく接されると戸惑うんだよね……もともと一般家庭の女子高生……じゃなかった。男子高校生だったから。

 

 いけないいけない。とうとう、自分の元の性別すら忘れて来てるよ。

 

 まあ、今は女の子の方が自然だと思い始めちゃってるんだけどね……。

 

「えーっと……とりあえず、乗ろっか、みんな」

 

 苦笑いを浮かべながら言うと、みんなもちょっとだけ戸惑い気味になりながらも、こくりと頷いてくれた。

 

 師匠だけは、なんだか慣れていたような雰囲気でした。

 

 

 豪華な馬車は二台、ボクたちは十四人ということで、二手に分かれることに。

 

 まあ、どういう組み合わせになるかはわかりきっているんだけどね。

 

 ボクはメルたちと一緒です。

 

 家族なので。

 

 他のみんなは、もう一つの馬車に乗る事に。

 

 師匠があっちに乗っているから、道中危険なことがあったとしても完璧に対応してくれそう。

 

 世界一安全な場所だからね。

 

 ちなみに、ジルミスさんは別の馬車に乗っています。

 

『同じ馬車に乗るのは、畏れ多い』とのことです。

 

 う、うーん、ボクの魔族の国での評価って、本当にどうなってるんだろう……?

 

「久しぶりのクナルラルなのじゃ! 楽しみなのじゃ!」

「ふふっ、そうだね。メルの故郷だもんね」

「うむっ! 向こうも好きじゃが、クナルラルも大好きなのじゃ!」

 

 久しぶりに故郷に帰れるとあって、メルは大はしゃぎ。

 

 でも、こう言ってはなんだけど……そうなった原因って、メルなんだよね。

 

 あの時、メルが『偽装』を使ってボクについてこなければ、そう言うことにならなかったんだよね。

 

 まあ、来ちゃったものは仕方ないし、そもそもボクは全然よかったと思ってるけどね。

 

 メル、可愛いもん。

 

 それに、メルが向こうに来なかったら、ニアたちにも会うことはなかったと思うからね。

 

 もしかして、ボクたちはもともと会う運命だったとか?

 

 ……なんて。さすがにないよね。偶然。

 

 神様はいても、この世界に運命というものがあるかどうかなんてわからないしね。

 

 それにもし、運命があるのだとしたら……ボクの人生、相当ぶっ飛んでるよ。

 

 異世界に行って、魔王を倒して、女の子になって、変化する体質になって、妹が増えて、さらには異世界人の子孫であることが判明したんだもん。

 

 これを運命って言われたら、一体ボクはいくつの運命を抱えていることになるのかわかったものじゃないしね。

 

 運命なんて、あったとしても一つで十分だと思います、ボクは。

 

「あ、そう言えばみんなは魔族の国に行くのは二回目だったよね?」

「はい!」

「たの、しみ……!」

「ぼくも!」

「私は、攫われる前に過ごしていた場所に行けるのが楽しみなのです!」

「……わたしも、少しは。でも、なるべく行きたくない気もする……」

「クーナはいいけど、スイはどうしたの?」

「……わたしの先生、ちょっと怖い」

「怖い先生だったの?」

「……そう。怒ると怖かった」

 

 ……スイが怖がるって、どんな先生だったんだろう。

 

 結構気になる。

 

 ある意味、一番図太いのってスイだからね、この中だと。

 

「クーナの先生はどんな人だったの?」

「寝てばかりの人だったのです!」

「ね、寝てばかり?」

「はいなのです! 私の先生は、私とスイと同じサキュバスなのです!」

「あ、なるほど。そういうこと」

 

 どうやら、サキュバスの人みたい。

 

 もしかして、クーナがいた場所って、サキュバスやインキュバスの魔族が多いのかな? その辺り、ちょっと気になる。

 

「メル、おねえちゃん、にききたい、んだけど……」

「なんじゃ、リル? なんでも答えるぞ!」

「あの、メルおねえちゃん、の種族って、なん、なの……?」

「儂の種族か? もちろん、魔王じゃ!」

「え、魔王って種族だったの?」

「うむ! 魔王は魔王という種族なので、どの魔族にも当てはまらないのじゃ! ……って、ジルミスさんが前に教えてくれたぞ!」

「あ、ジルミスさんが情報源なんだね」

 

 となると、かなり信用できそう。

 

 それにしても、魔王って種族だったんだ。初めて知った。

 

 魔王って特別なんだろうなぁ、とは思っていたけど、本当に特別なんだね。

 

 勇者って言う種族はないのかな? 反対に。

 

 ……うん、なさそう。

 

「ちなみに、ジルミスが教えてくれたんじゃが、魔王はすべての魔族の力の一部が備わっているそうじゃぞ! なので、クーナとスイのように、サキュバスの能力である『魅了』もいつか使えるようになるそうじゃ!」

「メルも使えるようになるのですか?」

「うむ!」

「……じゃあ、将来はボンキュッボン?」

「そうじゃなぁ、ねーさまのようなないすばでぃになりたいのう」

「私もなのです」

「……わたしも」

「胸が大きくても、いいことはないんだけどなぁ……」

 

 運動しにくいだけだし。

 

 でも、クーナも将来的にはスタイルのいい姿に育ちたいんだ。

 

 サキュバスの人って、みんなそうなのかな?

 

 あと、魔王って全部の魔族の能力の一部が使えるんだ。本当に、チートみたいな存在だよね。

 

 ……あれ? じゃあ、もしもボクが倒した魔王が女性で、魅了の力を使ってきていたら、ボクに勝ち目ってなかったんじゃ……?

 

 ……よ、よかった! 男の魔王で! 本当に安心したよ!

 

 あ、でも、スイが前に言ってたけど、サキュバスの天敵なんだっけ? ボクって。

 

 なんでなんだろう。

 

「でも、イオお姉ちゃんのお胸って、すっごくふかふかで、私は大好きです!」

「あ、あはは、ありがとう、ニア」

「どうやったら大きくなるんですか?」

「ど、どうやったらと言われても……ボクはもともと男だったし、こうなったのも呪いが原因だし……だから、よくわからないかな」

「むぅー、ねーさまけちなのじゃ」

「けちって……ボクに言われてもわからないし……。強いて言うなら、何でも好き嫌いしないで食べて、夜更かししないでよく寝る、かなぁ。あと、適度に運動も」

 

 これしか言えない。

 

 以前、ボクと女委でやったお悩み相談室とかでもあったよね、胸を大きくする方法を教えてください、っていう悩み。

 

 あの時は、女委が解決策を教えてたね。

 

 なぜか育乳、っていうのを知っていたから。

 

「好き嫌いはないです!」

「よく、ねて、るよ……!」

「運動も好き!」

「夜更かしはしてないのです!」

「……問題なし」

「うむ! 儂らは良い子じゃから、きちんと守っておるぞ!」

「ふふっ、そうだね。みんは良い子だもんね。じゃあきっと、将来はスタイルのいい女の人になれるよ」

「「「「「「ほんと!?」」」」」」

「うん、本当だよ。だから、なるべく規則正しい生活を心がけるようにね」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 ボクは一体、なんの約束をしているんだろう?

 

 胸を大きくしたいって言う、子供の無垢な願いを聞いて、なんでこんなことを言っているんだろうなぁ……。

 

 まあ、みんなが可愛いからいいよね。

 

 うん。

 

 

 この後も、クナルラルに到着するまで、姉妹仲良くお話ししました。

 

 癒されました。




 どうも、九十九一です。
 多分、今回で異世界旅行編が折り返しだと思います。おそらく。正直、こっからが長くなりそうなんですよねぇ……そろそろ異世界旅行編の山場に持って行く準備をしないといけないので。そのせいかはわかりませんが、次の回はもしかすると依桜たちが登場しないかもしれません。まあ、その回をやらないという手段もありますが、ちょっと入れた方がいいかなって思ってるので。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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444件目 魔界と天界

 場所は変わり、別の存在へ。

 

「くくくく……愚かな人間じょもっ……~~~~っ」

『……悪魔王様、今、噛んだ?』

「……か、噛んでないっ、ぞ? わ、我が噛むわけにゃかろう!」

『いや、今噛んだよね?』

「うぅぅっ……そうだよ! 噛んだよ! 悪い!?」

『悪かないけど……威厳的なもんとか……』

「くぅっ、これも全部人間どもが悪いのだ! 我は悪くなどないのだ!」

『……この悪魔王、なんで王なんかやってんだろ』

「む、なんか言ったか?」

『いえ、何も言ってないぞ』

 

 ここは、魔界。

 

 簡単に言ってしまえば、悪魔たちが棲む世界である。

 

 そんな魔界の中心部に位置する城にて、何やら間抜けなやり取りをする者たちがいた。

 

 そこにいたのは、黒い靄的な何かで形成された、人とも、獣ともとれるよくわからない存在だった。

 

 その靄的な何かは『悪魔王』と呼ばれていた。

 

 依桜がどっかの悪魔から耳にした悪魔王という人物である。

 

 その横にいるのは、無駄にイケメンな風貌の悪魔だ。女性にモテそうだ。

 

『それで、何を言おうと?』

「う、うむ。最近、人間どもが我々悪魔を恐れないではないか」

『まあ、そうっすね』

「昔はあれだけ恐れられていたというのに、なんでこうも恐れられなくなったのだ? というか、あいつら我々のこと覚えてるのか?」

『さぁ? 憶えてるんじゃないっすかね? 法の世界の方にある、にほん、とかいう国では悪魔は広く認知されてるらしいっすよ?』

「ほほう。やはり、恐れられているのか?」

『いやー、それがっすねぇ……どうも、萌えの対象にされてるっぽいっすよ?』

「もえ? とはなんなのだ?」

『こういうのっす』

 

 そう言って、イケメン風悪魔が一冊の本を手渡した。

 

 まあ、同人誌である。

 

 そこには、山羊のような角が生えて、無駄に露出度の高い美少女がちょっとエロい表情で描かれていた。

 

 ちなみに、どことなーく、どっかの銀髪碧眼美少女に似ているのだが……。

 

 まあ、多分違うことだろう。作者の所に『謎穴やおい』と書かれているが、きっと違っているに決まっている。

 

「むむ? これは……なんなのだ?」

『どうじんし、とか言う書物みたいっすね。なんでも、エロを届ける本だとか?』

「意味がわからんのだ」

『まあ、中見りゃわかるっすよ』

「そうか。ではちょっとだけ………………む!? な、なんなのだこれは!? え、エロい! エロいではないか!」

 

 黒い靄的な何かは、同人誌をパラパラとめくると、興奮気味に騒いだ。

 

 心なしか、楽しんでいるように見える。

 

『でしょー? オレらも結構エロい! とか思ってるんすよねぇ。ちなみにそれは男悪魔に受けてますが、女向けもありやす』

「ほほう! そっちはどんなのなのだ?」

『その本の後半がそうらしいっす』

「どれどれ……ふぉ!? お、男同士で絡み合っているのだ!? な、なんと、人間どもはこんな領域にまで到達してしまったというのか……!」

『そいつは、びーえる、とか言うらしいっすね。ちなみに、前半の部分は、百合とかいうものらしいっす』

「ほほう、びーえるに百合とな。……お、面白いのだ。特にこの、表に描かれている銀髪の女が好みなのだ」

『あ、それ男悪魔のほぼ全員が好きらしいっすよ』

「ほーう。男どもはこういう女が好きなのか……」

『まあ、現実にいるわきゃないんすけどね! どうもこの女、とんでもない完璧超人らしいんで』

「人間は不完全だからな。当然なのだ」

 

 などと言う、謎の同人誌談義が繰り広げられた。

 

 ちなみに、この悪魔たちは同人誌は初見である。それどころか、こう言った娯楽物が割と初である。

 

 悪魔たちの娯楽と言えば、人間界に行って人間にいたずらしたり、黒歴史をバラしたり、相手に合わせて姿でいかがわしいことをしたりすることだ。

 

 なので、こう言った娯楽は初なのである。

 

 というか、これを娯楽だと理解していない事だろう。

 

「ふーむ、法の世界は魔力が薄いから、あんまし呼び出しがかからないのに……これは、どうやって入手したのだ?」

『ああ、それですかい。実は、法の世界から何名か魔の世界に渡ったらしいんすよねぇ』

「なぬ? 人間がか?」

『いえすいえす。なんでも、旅行だとか? いやー、人間は進みましたねぇ』

「いやいやいや! おかしいと思うぞ!? そもそも、異世界を転移するとか、神じゃないと無理なのだぞ!? なぜ、人間如きが異世界に行けてるのだ!? あれか!? 魔の世界お得意の、異世界人召喚か!?」

 

 イケメン風悪魔の何気ないセリフに、悪魔王は思いっきりツッコミを入れていた。

 

『んー、オレたち悪魔みたいに、『孔』を通れるわけじゃないっすしねぇ』

「当たり前なのだ! あれはいわばずるのような物なのだ。最近、どーいうわけか、『孔』が増えているようだけども!」

『別によくないっすか? それで楽しめてんだし』

「……まあ、そうなのだが」

 

 ここでいう『孔』とは、『空間歪曲』のことである。

 

 まあ、正式名称はないので、悪魔たちは『孔』と呼び、叡子たちの方では『空間歪曲』と呼んでいるだけであって、別に何でもいいのだ。

 

 ちなみに、天使でも若干違う名称があったりする。

 

 あっちは『(ひび)』である。

 

『で、話を戻すと、法の世界から訪れた人間の内の一人が、これを広めだしましてねぇ。気配を偽るのが得意な奴が盗って来たらしいんすよ。まあ、殺されかけたんすけどね、そいつ』

「ほほう……って、ちょっと待つのだ。え、殺されかけたの? 悪魔が?」

『はい』

「それってもしかして、クソ天使?」

『いえ、人間です。……いや、あれ人間なんか?』

「に、人間が悪魔を殺しかけたん?」

『ええ。いやー、ありゃヤバいっすね。黒髪ポニーテールの女なんすけど、なんつーか……とんでもなく長生きしてましたねぇ』

「よし、その悪魔の情報を共有するのだ。我に」

『へいへい。……こんなんす』

 

 イケメン風悪魔は魔力で悪魔王と繋げると、黒髪ポニーテールの女の情報を伝達させた。

 

 その情報が伝えられるなり、悪魔王は思わず、

 

「ぶはっ!?」

 

 噴き出した。

 

『何してるんすか』

「ちょっ、お、おまおま……こ、こいつっ……こいつぅっ!」

『どうしたんすか。悪魔が聖属性魔法喰らったような雰囲気出して……』

「我悪魔! って、んなボケはどうでもいいのだ! こいつ、絶対ヤバいのだ!」

『いやー、ヤバいっすよねー。年齢だけでもヤバそうなのに、魔力ギンギン。しかも、神気もバリバリ。オレたちドキドキ』

「上手くもないラップ調で話すでないわ。いいか、こいつだけは絶対に手を出すなよ!」

 

 悪魔王は慌てたような口調で、絶対に手を出さないように釘を刺した。

 

 それを言われたイケメン風悪魔は、きょとんとする。

 

『どうしてっすか?』

「こいつ、メッチャミリエリアの気配放ちまくってるから!」

『あー、あの創造神の。たしか、数百年前くらいに死んでましたよね?』

「そうなのだ! というか、神って死んだら転生するのだ! 何に転生するかは神によって違うらしいが、ぜってーもう転生してるから! 死亡年数的に!」

『へぇ、お会いしたことがあるので』

「あるわ! あ、あの時は、お、恐ろしい目にぃぃ~~~っ……(ガクブル)」

 

 悪魔王は靄でわかりにくいが、両腕をさすりながらガクブルと全力でビビっていた。

 

 一体、何があったのだろうか。

 

『何があったんすか』

 

 イケメン風悪魔も気になったのか、普通に尋ねていた。

 

 しかも、どこかわくわく君である。敬意というものは無いのか。

 

「お、襲われたのだ……! 『あら、好みの方ですね~……これはチャンスなのです!』とか言って、わ、我を手籠めに……ひぃぃぃぃ! も、もうだめだって! もうできないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『……本当に何があったんすか』

 

 ガチビビり状態の悪魔王を見て、イケメン風悪魔はわくわくから一転して、ガチで心配した声を出していた。

 

 まあ、自分たちの王がマジビビりする時点で、ヤバいと思ったのだろう。

 

「くぅっ、お、思い出したら微妙にイライラして来たのだ! これは、やはり計画を早めるしかないのだ! おい、ゼファ!」

『なんすか』

「全悪魔を招集するのだ! 計画を前倒しにするのだ!」

『あー、あれっすか』

「そうなのだ! 早くするのだ!」

『了解っすー。いやー、楽しみになってきたっすねー♪』

 

 鼻歌交じりにイケメン風悪魔は広間を出て行き、悪魔たちの招集に向かった。

 

「……楽しみになって来たのだ。そして、このイライラをぶつけるのだ! ――人間に!」

 

 100%八つ当たりなのだろうが、悪魔たちはどうやら動き出すようである。

 

 

 再び所変わって別の場所。

 

「はぁぁぁ~~~っ」

 

 そこでは、一人の天使が蕩けるような表情を浮かべ、身悶えていた。

 

 ノエルである。

 

 ここは天界。

 

 天使たちが棲む場所であり、神界の一つ下の世界である。

 

 法の世界の人間で言うところの、会社である。

 

「どうしたのですか、ノエルぅ?」

 

 そんなノエルを見て、一人の天使が声をかけて来た。

 

 その人物は、なんかやたらと光りまくっていて、姿がシルエットでしか見えない。なんか、エル〇ャダイを髣髴とさせる。

 

 まあ、その人物が光っているのではなく、後光が半端ないことになっているからなのだが。

 

「あ、これは天使長様。いえ、少々素晴らしいお方に出会いまして……」

「あらぁ、そうなのですかぁ? 一体、どのような方でぇ?」

「はい、魔の世界で出会ったのですが……なんと、神気をお持ちの方がいらっしゃったのです!」

「あらぁ! それは本当なのかしらぁ?」

「本当です! しかも、ミリエリア様と仲がよろしかった、ミオ様までいらっしゃりました」

「それはすごいですねぇ。ミオ様は、お元気でしたかぁ?」

「はい! お変わりなく!」

「それはよかったですぅ。……して、その神気をお持ちの方は、どのようなお方だったのですかぁ?」

「どうやら、ミオ様のお弟子様のようでした」

「それはすごいですねぇ。あの人のお弟子様だなんてぇ……」

 

 後光のせいで表情が全く見えないが、天使長と呼ばれた天使は、頬に手を当ててどこか感心したような声音で答えていた。

 

「しかも、しかもです! そのお方――依桜様とおっしゃるのですが、なんと……私に優しい言葉をかけてくださったのです! 『愚痴でも聞きますよ』と!」

「そ、それは本当なのぉ!?」

 

 ノエルのセリフを訊いて、天使長は思いっきり瞠目した。

 

「はい! しかも、『ありがとうございます』とまで言ってくださいました!」

「お、お礼の言葉をぉ……!?」

 

 さらなるノエルのセリフを聞いて、さらに瞠目した。

 

「わ、我々天使に優しい言葉をかけてくださる方がいらっしゃっただなんてぇ……これほど嬉しい日はありませんっ……!」

 

 天使長、後光で顔は見えずとも思いっきり涙を流している。

 

 どんだけお礼を言われていないのか。

 

 これを依桜が知ったら、きっと戸惑いながらも慰めてくれたことだろう。依桜だし。

 

「あぁ、神は我々天使を見離していなかったのですねぇ……!」

「はいっ! 天使長様、依桜様はとても素晴らしいお方であると断言できます!」

「そうなのですねぇ。(わたくし)もお会いしてみたいわぁ……そして、優しい言葉をかけてもらいたいものですぅ……」

 

 天使、割と限界が近そうである。

 

 天使長からしてここまで言うほどということは、労働環境が恐ろしくドブラックなことだろう。ブラック企業も真っ青かもしれない。

 

 ちなみに、この二人の近くで聞いていた他の天使たちも、

 

『我々に優しい言葉をかけるお方が……!』

『どうしよう、直に聞かせて欲しいのですが!』

『き、気になります……! 依桜様というお方が!』

 

 と、マジトーン、マジ泣きしながらざわついていた。

 

 天使という生まれ持っての職業、一体どれほどブラックなのか……。

 

『も、申し上げます!』

 

 と、ここで一人の天使が現れ、天使長の前に跪き、そう声を上げた。

 

『魔界にて、悪魔たちが大きく動き始めたとの報告が入りました!』

「……そうですかぁ。悪魔のみなさんがぁ……みなさん、聞きましたねぇ? どうやら、お馬鹿さんたちが行動を起こすようですぅ。これはきっと、人間の方々にとって対処が不可能な事態となりそうですぅ。すみやかに、各々準備を済ませておいてくださいぃ」

『『『はいっ!』』』

「では、行動を開始してくださ~い!」

 

 天使長が号令を出すと、さっきまでのざわつきはなんだったんだと言わんばかりに動き始めた。

 

 ただ……どこか目が死んでいるのは気のせいだろうか? たまに、

 

『ふ、ふふふ……休日出勤……』

『代休が欲しいよぉ……』

『ふへへへへへ……この休日出勤が終わったら、休むんだぁ……』

 

 と、壊れかけているかのようなセリフを漏らしているというのも……なんだか怖い。

 

 果たして、天界は大丈夫なのだろうか……?




 どうも、九十九一です。
 今回は依桜たちは登場しませんでしたね。まあ、必要な回だったので……今後の話的に。
 地味~に世界観に関わってくるかのような物が出て来てましたね。主に魔界サイド。まあ、伏線回収のための章でもあるので、別にいいんですが。
 一応、悪魔王と天使長は、キャラの属性が決まってはいるんですが、私に動かせるかどうか……頑張らねば。一応、この作品にまだ出て来ていないタイプの属性とだけ言っておきます。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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445件目 到着すると……

 多少の揺れはありつつも快適に移動は進み、しばらくするとクナルラルが見えて来た。

 

「相変わらず、綺麗な場所だなぁ」

 

 馬車から見えるクナルラルの首都の街並みを見て、ボクはそう呟く。

 

 前回こっちに来た時は、走ってたからあまりちゃんと見れなかったんだよね。

 

 まあ、前回はかなり急ぎみたいなものだったから、しょうがなかったんだけどね。ニアたちをこっちに連れて来る、みたいな理由もあったし。

 

 ニアたちもここからの景色は初めてらしく、目を爛々と輝かせてはしゃいでいた。

 

 いい景色だよね、本当に。

 

〈ほー、これが魔族の国の風景ですかー。いやぁ、絶景かな絶景かな〉

「あ、アイちゃん。いたんだ」

〈ええいましたよー、ずっと。なんか私が出てくるタイミングが全くつかめなかったので、あ! 今がチャーンス! とか思って出てきました〉

「あ、あはは……なんか、ごめんね?」

〈いえいえ、いいんですよ。私はサポートAIですからね! その辺りは、別に気にしませんぜ。……っと、ん? これは……〉

「アイちゃん? どうかしたの?」

 

 不意に、アイちゃんの様子が変わった。

 

〈あ、いえいえ。ちょいとばかし、面白いもんが見れましたのでねー。まあ、進めばわかります〉

「そう?」

 

 一体何がわかると言うんだろう?

 

 ちょっと気になるけど、まあ何事もなさそう、かな?

 

 それにしても、ちょっと外が騒がしい気がするけど……なにかお祭りでもやってるのかな?

 

 なんて、そう気楽に考えていたボクだったけど、クナルラルにてとてつもなく恥ずかしい思いをすることになることを、この時のボクは知らない。

 

 

 というわけで、クナルラルに到着。

 

 ボクたち一行を待ち構えていたのは……

 

『イオ様―!』

『ようこそおいでくださいました!』

『イオ様、こっちに視線をお願いしますー!』

 

 という、なんだろう……パレード的なものだった。

 

 ボクたちが乗る馬車がこの首都に入った瞬間、大勢の魔族の人たちが道の両サイドに並んで、ものすごく歓迎していた。

 

 窓の外を見れば、素晴らしいとしか言いようがないほどの笑顔を浮かべている魔族の人たちがいて、魔法か何かなのかはわからないけど、宙には花びらが舞い、七色に光る玉が数多く浮かんでいた。

 

『イオ様だー! きれー!』

『ティリメル様もいらっしゃるぞ! なんと素晴らしい光景!』

『姉妹になったと聞いてはいたけれど、お似合いすぎて眩しい!』

 

 そして、魔王であるメルもものすごく歓迎されていた。

 

「おー! すごいのじゃ! 同胞たちが歓迎してくれておるぞ!」

 

 メルも大はしゃぎ。

 

 自分の同胞であり国民だもんね、歓迎されたら嬉しいよ。

 

 ……先代の魔王って、そう言えばかなり嫌われていたって言う話だから、魔王だから歓迎されるんじゃなくて、メルのような可愛い魔王だから歓迎されるのかな?

 

 うん、絶対そうだね。

 

〈イオ様、今絶対に現実逃避してましたよね?〉

「うっ……」

〈あ、図星。まー、この光景を見ればねぇ? 人気者ですねぇ、イオ様は。素晴らしい!〉

「素晴らしくないよぉ……」

 

 この状況、すごく困るんだけど。

 

 たしかに、日本でもちょっと前に天皇陛下のパレードがあって、大勢の国民が見に行っていたけど、まさか自分がされる側になるとは思わないよ!

 

 これ、すごく困るんだね!

 

 目立つのが好きだったり、それが普通だと思っている人たちなら、そこまで困ったり戸惑ったりすることはないんだろうけど、ボクのようにもともと一般人だった人は違う。

 

 そもそも、最初から王族として生まれて来た人と、生まれは一般人で、途中から王族になった人では感性が違うもん。

 

 ボクは後者。

 

 もともとごく普通の一般家庭に生まれた、男の子だからね!

 

 決して、王族の家系に生まれたわけじゃないもん。

 

 なのに、この状況!

 

 ボクの人生、本当にどうなってるの!?

 

 ブー、ブー。

 

〈お、未果さんたちからLINNが届いてますよ〉

「え、なんで電波が通ってるの!?」

〈さぁ? ミオさんが何かしたんじゃないですか?〉

 

 あ、あり得る……!

 

 そう言えば師匠、ボクのスマホと師匠のスマホで連絡を取れるようにしてたっけ。

 

 どうやっているのかはわからないけど、それの応用、なのかな?

 

「と、とりあえず、表示して」

〈りょーかーいでーす〉

 

 アイちゃんが自動操作をして、LINNのチャット画面を表示してくれる。

 

『依桜の歓迎パレードとかやべえな!』

『まさか、ここまで慕われていたとは……恐るべし、依桜ね』

『にゃははー。人たらしなのかもねぇ、依桜君は!』

『パレードをされる側は、恥ずかしいんだな……』

『なんだか、アニメのイベントの時とはまた少し違う気持ちだよ、私』

『ライブとは熱狂の仕方が違うね!』

 

 みんな、自分たちが思っていることをそれぞれ打ち込んでいた。

 

 晶は、ボクと全く同じことを考えてたね。

 

 ……それにしても、一体どうしてパレードが行われているんだろう。

 

 ボク、ジルミスさんにしか連絡していなかった気が………………あれ? まさかとは思うけど、このパレードを企画したのって……ジルミスさん、だったりしないよね?

 

 あの、気配りもできて、仕事もできるジルミスさんじゃないよね?

 

 そうであってほしい。

 

『『『イオ様―!』』』

『『『ティリメル様―!』』』

 

 ……ともあれ、今はこの現実を耐えるところから始めよう。

 

 

 それから小一時間ほどして魔王上に到着。

 

 馬車から降りてみんなと合流。

 

 ……パレードのせいで、馬車がなかなか前に進まず、その間は酷く恥ずかしい思いをしました。

 

 パレードは二度とやりたくないです……。

 

 同じ事を思ったのか、未果たちもちょっと疲れた様子。

「えっと、みんな、ごめんね、ボクのせいで……」

 

「まあ、たしかにものすごく困りはしたけど、曲がりなりにも、この国のツートップが返ってきたわけだし、パレードをしても不思議じゃないもの。別に、気にしてないわよ」

 

 未果のセリフが沁みるよ……。

 

「皆様、少々お疲れのようですが、すでに昼食の準備が整っておりますので、こちらへどうぞ。もし、動くのも辛いようでしたお申し付けください。すぐに、城の者を手配いたしますので」

 

 ジルミスさんの気配りがすごい。

 

 ボクたちが疲れていることを見抜き、瞬時にそう言っていた。

 

 こう言う人だから、王様をやっていたのかな、ジルミスさんって。

 

 ともあれ、精神的疲労なので大丈夫だと言って、ボクたちはジルミスさんに案内されるまま、魔王城内にある食堂へ向かった。

 

 

 そうして、食堂に入るとすでに料理がテーブルの上に並べられており、出来立てであることを証明するように、湯気が立ち上っていた。

 

 この世界には、毒が入っていないかを鑑定するための魔道具が貴族の間で普及しているため、食べ物や飲み物に毒が入れられていることはまずないそう。

 

 ボクや師匠、メル辺りは毒耐性、もしくは毒無効があるから大丈夫だけど、みんなはそうもいかないからね。

 

 こういうのはありがたい。

 

 そんなわけで、食事が始まる。

 

「なにこれ、美味しい!」

「ああ、あの国の食事もよかったが、ここの料理も美味いな」

「やっべえ、ナイフとフォークが止まらないぜ!」

「ほほー、これが異世界の料理! 写真に撮っておこう! ネタにする!」

「今の気持ちを覚えておけば、演技に活かせそう……。それにしても、美味しい」

「異世界の料理ってとっても美味しいんだね! ちょっとびっくり!」

 

 と、地球組のみんなは魔族の国の料理に舌鼓を打っていた。

 

 反対に異世界組は、

 

「ふむ、この国の酒は美味いな。気に入った。後で買うとしよう」

「こっちの料理も美味しいぞ!」

「わ、本当です! すごく美味しいです!」

「こっち、も、美味しい、よ……?」

「リルの言う通りだね! とっても美味しい!」

「スイ、よく食べるのですね」

「……美味しい。止まらない」

 

 師匠を除いて、和気あいあいとしていました。

 

 何あれ、和む……。

 

 姉妹仲良く食べている光景は、やっぱりいいものです……。

 

 師匠はお酒を気に入ったようで、後で買いに行くと呟いていた。

 

 師匠にはあとで釘を刺しておかないと。

 

「あ、そう言えばジルミスさん」

「はい、いかがなさいましたか?」

「えっと、ちょっと訊きたいんですけど……さっきのパレードって、一体何だったんですか?」

 

 ちょうどいいので、さっきのパレードについて訊いてみる。

 

 あれはちょっと困ったしね……。

 

「あぁ……あれですか」

 

 すると、ジルミスさんは微妙に困ったような笑みを浮かべた。

 

「私の方では、イオ様のことですしああ言うのはいらない、と言ったのですが……さすがに、パレードをした方がいいと言う者たちの方が多数でして……。国の上層部の者たちだけでなく、民たちもパレードを望む声が多く……それで、仕方なくあのような形に」

「な、なるほど、そうだったんですか……」

 

 よかった。ジルミスさんが首謀者じゃないみたい。

 

 むしろ、ボクのことを考えてパレードはしないほうこうでかんがえていてくれたみたいだし……なんていい人なんだろう。

 

「やはり、不快でしたでしょうか?」

「不快、というわけではなかったんですけど……その……ボクとしては、とても恥ずかしかったなぁ……と」

「そうでしたか。……いえ、イオ様のお考え方であれば、そう思うのが普通なのでしょう。申し訳ありません、止めることができず……」

「いえいえ、頭を上げてください。恥ずかしくはありましたけど、一応経験にはなりましたし……女王ってああいうこともするんだなって」

「そう、ですね。人間の方々の方ではどうなのかはわかりませんが、少なくとも新しい王が即位すればパレードを行っているようです。この国でも、似たようなことは過去にも行っていたようですから」

「あ、そうなんですね」

 

 ということは、新しい魔王の誕生とか、新しい王様の即位とかかな?

 

 そう言うことをしていても不思議ではないよね。

 

「イオ様の場合は、演説のみでしたから。おそらく、それも原因かと。とはいえ、今回パレードをしていなかった場合、後々が大変だったでしょう」

「えっと、どうしてですか?」

「イオ様はこの世界の方ではなく、向こうの世界の方です。なので、こちらにいる間の滞在期間も短いですから」

「そうですね。そうほいほいと行けるわけじゃありませんし……」

 

 これでも、向こうでは学生だからね。

 

 それに、今は声優業もしているし。

 

 と言っても、もう少しでそれも終わりそうなんだけどね。

 

 最終話の収録が近いし。

 

 それが終われば、ボクの声優としての活動はお終いになるわけで。

 

 それ以外だと……普通に休みたいというボクの私的感情が。

 

 だって、普段のボクと言ったら、そこまで休む暇がなくて、何らかの出来事に巻き込まれてるんだよ? 少なくとも、今回の異世界旅行の前日ですら巻き込まれてるわけだし……。

 

 そう言えば、悪魔たちの目的って何なんだろう?

 

 一応、天使の人が監視しているみたいだけど……。

 

 ……大丈夫だよね? これ、変なことに巻き込まれたりしないよね? ボク。

 

 さすがに、これ以上変なことに巻き込まれるのは、勘弁してほしいと言うか……ただでさえ、九ヶ月前のことでいっぱいいっぱいなのに。

 

「そう言うこともあり、やむを得ずパレードを行ったわけです。ちなみにですが、ここで行わなかった場合、十中八九少し先の方で先ほどよりも大規模なパレードが行われたことでしょう」

「……それは、本当にありがとうございます、ジルミスさん」

「いえ、私はイオ様とティリメル様に仕える、忠実なる家臣ですのでこれくらいは当然です」

 

 ……イケメンだね、ジルミスさん。

 

 本当に、色々と助かったよ。

 

 心の底から、感謝しました。




 どうも、九十九一です。
 私の息抜き用の作品が現在進行形で執筆中です。この回を書く前に書き始めたのですが、思いの外書けており、もしかするとこの作品と同時並行で毎日投稿できるのでは? とか考え始めています。割とマジでできそう。ちなみに、TSものです。個人的に書きやすいんですよね、TSって。なんでだろ。
 とまあ、四話分くらい書きあがったら出すつもりなので、その時は読んでいただければ幸いです。息抜き用なんで、ちょっとあれかもしれませんが。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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446件目 ザブジェの町への道中

 お昼を済ませたら、自由行動。

 

 ボクの方は、例によって孤児院巡りをしようかなと。

 

 こっちにもあるからね。

 

 残るはクーナとスイの二人のみ。

 

 ただ、その前の三人で色々とあったので、個人的にはすごく心配だったりするんだよね……。だって、九ヶ月前に訪れてる、って言うんだもん。

 

 どうなってるんだろうね、本当に。

 

 そこが一番の謎と言うか……。

 

 あの時の五日目と六日目に一体何があったんだろう。ボクに。

 

 ……まあ、それはいいとして。

 

 ボクが孤児院巡りをすると言うと、

 

「なら、今回は私も付き合うわ」

「じゃあ、オレも」

「うちも行こうかな」

 

 と、未果、態徒、エナちゃんの三人がボクたちの方に同行することになりました。

 

 あ、メルたちはいつも通りついてくるので。

 

「今回は、俺が女委の方を見張っているよ。さすがに、昨日のあれはな……」

「晶、目を離さないでね?」

「任せろ。何か問題を起こそうものなら、何が何でも阻止しよう」

「わー、晶君の目がマジだぜー」

 

 晶、頑張ってね……!

 

 割と本気の声援を心の中で送った。

 

 女委は、目を離すと何をしでかすかわからないからね……もうすでに、昨日という日の前科があるわけで。

 

 晶には、是非とも監視を頑張ってもらいたいです。

 

「んじゃ、あたしはちょいと調べもんでもするかね」

「あれ? 師匠はどこへ?」

「いやなに。初めて魔族の国に来たんで、少しな。あぁ、安心しな。分身体はアキラ質の方に付けといてやる。それじゃあな」

 

 そう言うと、師匠の姿が消えた。

 

 ……転移、なんだよね? これ。

 

 正直なところ、九ヶ月前のボクらしき人物も転移を使っていたそうだから、あとで師匠に訊いてみようかな、転移の原理とか。

 

 まあ、それはそれとして。

 

「それじゃあ、ボクたちは行ってくるね」

「ああ、気をつけてな。変なことに巻き込まれるなよ?」

「わ、わかってるよ。もう……」

 

 ボクだって、そうほいほいとトラブルを引き寄せているわけじゃないし……。

 

 王国であれだったから、できることなら、魔族の国の方では平穏に旅行を楽しみたいところです。

 

「さ、みんな行こっか」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

「ここまで来ると、姉って言うより、お母さんね」

「だなー。あれじゃね、やっぱ保育士とか向いてんじゃね、依桜」

 

 二人のセリフは、聞き流しました。

 

 

 というわけで、まずはクーナが過ごしていたという、ザブジェの町へ。

 

 クーナ曰く、

 

「普通の町なのです」

 

 だそう。

 

 魔族の国にある町だから、正直普通じゃなさそうな気がしてならないんだけど……まあ、大丈夫だよね。

 

 それに、魔族の国とは言っても、人間と変わらない生活をしているし、趣味嗜好も似たような物ばかりだったことを考えると、そこまで人間と大差なさそうだもんね。

 

「それにしても、魔族の国だからちょっと身構えていたんだけど……結構綺麗な場所ね」

「それな! なんかもっとこう、おどろおどろしいような雰囲気を想像してたけどよ、これはマジで予想外」

「うんうん。うちも、薄暗くて、表面に怖い顔が浮かび上がっている木とかがたくさんある森のような場所を想像してたかな」

「トレントのことかの? たしかに、トレントは怖がられることがよくあるが、基本的にみんないい存在じゃぞ!」

「へぇ、そうなの? メル」

「うむ! 魔族の常識じゃ!」

「ということは、クーナとスイも知ってるのかな?」

「はいなのです!」

「……知ってる」

 

 なるほど、魔族にもそういった類の常識とかあるんだ。

 

 でも、トレントってどういう存在なんだろう? 少なくとも、三年間の間に遭遇したことはなかったし、前回と前々回にも見た記憶がない。

 

「メルちゃん、トレントがどういう存在なのかわかる?」

 

 と、ボクと同じような疑問を抱いたのか、未果がメルに尋ねていた。

 

「うむ。トレントは、どちらかというと友好的な魔物でな。行き倒れになっている魔族、もしくは人間を見かけると、自身に実る果物を与えてくれるのじゃ」

「おー、よく聞く設定だな。それって、美味いのか?」

「美味しいらしいのです。私は食べたことはないのですけど、私の先生が教えてくれた限りだと、体力とか魔力を回復してくれるだけじゃなくて、二日は食べなくても動けるようにしてくれるらしいのです」

「へぇ、それを行き倒れしている人にくれるんだね! ちょっと会ってみたいかも!」

「……トレントは、クナルラルなら割とどこにでもいる。ほら、あそこにも」

 

 スイがエナちゃんの後方にある樹を指さす。

 

 ボクたちもそれにつられて、スイが示した方向を見ると……たしかに、何かいた。

 

『あ、どもっす』

 

 しかも、ものすごく軽い口調だった。

 

 ……い、イメージと違う。

 

 見た目としては、普通の木の表面に顔がある……まあ、広く知られているトレントのような感じかな? ただ、どことなくウィ〇ピー〇ッズに似ている気がしてならない……。

 

 リンゴや毒リンゴを降らせて攻撃してきそう。

 

 というか、魔物なのに喋るんだ。

 

「こんにちはなのじゃ!」

『おや、もしや魔王様で? 今代の魔王様とお会いするのは初めてですが……なるほどなるほど。今代の魔王様はとてもお優しい方なのでしょうね。安心というものです。これで、切られずに済みますよ』

 

 なんて、笑みを浮かべながら気楽に言ってきた。

 

 あれ、敬語になった。

 

 ……それにしても、切られるって。

 

「あの、先代の魔王は何かしたんですか?」

『する前……あー、いや。自分は未遂でしたが、伐採されかけました。同胞は何名かやられましたが……しかも『環境破壊は気持ちいいZOY!』とか言いながら』

「どこの独裁ペンギンよ……」

 

 未果が呆れていた。

 

 うん、それはボクも思った。

 

 頭の中に、某星の戦士に登場した、ペンギンの王様が浮かんだよ。

 

 なんで、そのネタがこっちにもあるのか気になるところではあるけど。

 

『いやー、もう絶対あの魔王には従わねー、とトレント同士で話していた物です。まあ、どうやら件の魔王は殺されたらしいんですけどね! ハハハ! 愉快愉快!』

 

 先代の魔王、人望ないなぁ……。

 

 それはつまり、人望がないほど悪い事ばかりをしてきた、ということになるんだけどね。

 

 それにしたって、人望がなさすぎる。

 

 ジルミスさんも言ってたけど、先代の魔王に賛同していたのって極悪非道な魔族ばかりだったらしいしね。

 

 殺すのはよくないことなんだけど、さすがにあれでよかったと思えて来るよ。

 

『ところで、魔王様以外の方々は? そっちの金髪の幼女と水色髪の幼女は魔族なのはわかるんですが、そっちの方たちは人間ですよね? いつから仲良くなったんで?』

「うむ、色々あったのじゃ! 今では人間とも友好関係にあるぞ! ちなみに、ここにいる銀髪のお姉さんは儂の姉で、こっちの茶髪の娘と黒髪の娘ともう一人の茶髪の娘は儂の妹でもあるぞ! あと、魔族の二人もじゃ!」

『おや、人間が姉とな。すごいことになったもんですねぇ……それじゃあ、そっちの二人は?』

「あ、こっちはボクの友達です」

『あぁ、お友達でしたか。いやー、人間なんて見たの、いつ振りでしょうね。戦争中は匿っている人間たちの為に大量の実を提供したもんです』

 

 懐かしそうに、しみじみと話すトレントさん。

 

 あ、あの人たちの食料とかってトレントさんから支給されたものだったんだ。

 

『あの時は大変でしたよ。人間たちを助けるために、水分を取りながら実を作り続けましたし。ありゃ地獄でしたよ。水を取りながら実を作るもんですから、実作りが終わった後なんて、水分消費が激しいのなんのって……すぐにカラカラに干からびるやつも出始めたし』

 

 なんかそれって……

 

「……充電しながら使い続けたスマホみてーだな」

 

 態徒、同じことを考えていたようです。

 

 充電しながらスマホを操作するのって、バッテリーをすぐにダメにしちゃうから、やらない方がいいんだよね。

 

 ……トレントさんはそれをやっていたみたいだけど。自分の身で。

 

『にしても、そこそこの人数でどこへ向かっているので?』

「えっと、ザブジェという町へ行こうとしてるんです」

『あ、ザブジェか。たしかあそこはサキュバスがそこそこ多い町だったなー』

「あ、そうなんですか?」

『ああ。まあ、所謂サキュバスの集落的なものだと思って大丈夫だ』

「さ、サキュバスの集落……! ごくり」

「なに生唾飲み込んでんのよ。顔に出てるわよ、態徒」

「おっとすまねえ。ついつい」

「サキュバスの集落かぁ……どういう場所なんですか? うち、ちょっと気になっちゃって」

『んー、どうと訊かれると……まあ、サキュバスらしい集落、とだけ』

 

 どういう集落?

 

 いろんな魔族の人たちと戦ってきたけど、ボクはサキュバスのことについてはよく知らないんだよね……。

 

 というか、みんなすぐに倒せちゃう人ばかりだったから、まともな戦闘とかなかったしね。

 

 なので、未だによくわかっていない種族とも言えます。

 

 妹に、サキュバスが二人いるけど。

 

「女委の奴、こっちに来ればよかったのにな」

「……むしろいなくてよかったわよ」

「女委ちゃんだと、すごい化学反応を起こしそうだもんね!」

「言われてみりゃそうだな。あいつのことだし、とんでもないもんをサキュバスたちに渡しそうだぜ」

 

 三人とも、なんで話が通じ合ってるんだろう。

 

「あの、サキュバスと女委を会わせると化学反応が起こるって、どういうこと? さすがに、変なことは起きなさそうだけど……」

 

 と言うと、三人は『しまった』みたいな顔をした。

 

(やっべ。依桜はそういや、ピュアだった……)

(どうすんのよ。絶対この娘、サキュバスとかよく知らないわよ)

(ライトノベルとか読まないの? 依桜ちゃん)

(読まないわけじゃないけど、依桜は日常系を好んで読む傾向があるのよ。まあ、異世界系も読むには読むけど、有名どころだけね)

(なるほどー。じゃあ、どうするの? この状況)

(……誤魔化す、しかなくね?)

(そうね。誤魔化しましょう)

 

 なんだか、三人でこそこそ話している気がするんだけど……一体何を話してるんだろう?

 

「どうしたの?」

「い、いえ、ちょっとね」

「そうなんだ? ……それで、さっきの話なんだけど……」

「あ、あー、化学反応ね! まあ……あれよ! 女委って何をしでかすかわからないじゃない? だから、魔族の中でも比較的娯楽に興味が強そうな種族と会わせるのは危険! という意味だったのよ」

「あ、そう言う理由だったんだ。たしかに、これ以上女委の作品を広めたら、とんでもないことになりそうだもんね。理解しました」

 

(((ほっ……)))

 

 ただ、なんでサキュバスが娯楽に興味が強そうだと思ったのかは気になるけど……。

 

『おっと、そろそろ先に進まなくていいのかい?』

「あ、それもそうだね。……トレントさん、お話ありがとうございました」

『いやいや。久々に誰かと話せて楽しかったよ。またいつでも寄って欲しい。あ、これお土産』

 

 トレントさんはそう言うと、自身の頭――というか、生い茂る葉の辺りから桃色の実を人数分降らせた。

 

 しかも、器用なことにそれぞれの手元に落ちるようにコントロールされてました。

 

 地味にすごい。

 

『お腹が空いたら食べて』

「ありがとうございます。トレントさん」

『はは、いいってことよ。それじゃ、気をつけてなー』

 

 そう言って、トレントさんは沈黙した。

 

 普通の木のように擬態しているんだね、普段は。

 

「……じゃあ、行こっか」

 

 トレントさんからのお土産を受け取り、ボクたちはザブジェの町へと再び足を進めた。




 どうも、九十九一です。
 単純に、話が思い浮かびませんでした。そのせいで、中身がなんか微妙なことに……申し訳ねぇ。なんか、息抜き用の作品が思ったよりも楽しくてつい……。
 息抜き用の方が割といい感じで書けているので、近日中には投稿出来そうです。多分、ギャグより、かな? うん。多分。
 それから、その作品の主人公の名前の件で、活動報告の方で募集(?)してみたら、思いの外きてびっくりしました。一応、主人公の名前は決まりましたので、もう大丈夫です。一応、他にもよさげな名前があったので、その作品に限らず、どこかで使用出来たらなと思います。ありがとうございました。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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447件目 ザブジェの町にて

 トレントさんと別れ、しばらく歩くと、前方に町が見えて来た。

 

「あそこ、かな? クーナ、あそこで合ってる?」

「はい、合ってるのです!」

 

 合ってるみたい。

 

 遠めに見た感じだと……ごく普通の町並み、だね。

 

 ただ、何かのお店なのかわからないけど、そう言ったものが多いように思える。

 

 何のお店なんだろう?

 

 それと同時に、どんな町なのか気になるな、ボク。

 

 というわけで、町へ到着し、みんなで中に入る。

 

「おぉぉ……こ、ここがサキュバスの集落……やっべ。これやっべ!」

「なんと言うか、概ね予想通りな姿の人ばかりね。これは」

「でも、意外と露出度が少ない?」

 

 三人が町を歩くサキュバスの人たちを見て、そう感想を漏らす。

 

 そう言えばこの世界のサキュバスって、あっちの世界のマンガやラノベに出て来るようなサキュバスとは違って、そこまで露出度が高いわけじゃないんだよね。

 

 たしかに、一般的な女性が着るような服よりも露出度は高いんだけど、それでも許容レベルの露出度。

 

 肩が剥きだしになっていたり、スカート丈が太腿の真ん中よりも少し下くらいではあるものの、本当にその程度。

 

 中にはそれ以上に露出度が高い人もいなくはないけど、そうでもなかったり。お腹が見えていたり、結構短いホットパンツを穿いているくらいだから。

 

 そう言う意味では、やっぱり現実と二次元は違うということがよくわかるね。

 

「……にしても、ここってサキュバスしかいないのか?」

「そう言えばそうだね。クーナ、ここってサキュバスの人しかいないのかな?」

「そうなのです。ここは、サキュバスだけが住む町なのですよ!」

「へぇ~」

「ちなみに、魔族は一つの種族のみが暮らす集落や町も多いのじゃぞ!」

「あ、そうなんだ。メルはよく知ってるね」

「魔王じゃからな!」

「うんうん、偉い偉い」

「えへへぇ」

 

 なでなでと頭を撫でると、メルの顔が綻んだ。

 

 やっぱり、メル頭は撫で心地がいいなぁ……癒されます。

 

「あ、ずるいのです!」

「イオお姉ちゃん、私も!」

「わた、しも!」

「ぼくも!」

「……わたしも!」

「ふふっ、わかってるよ。みんな偉いねー」

「「「「「えへへぇ~……」」」」」

 

 なにこれ、可愛い……。

 

「依桜の懐かれ方って、やっぱ異常だよなぁ」

「そうね。この旅行でも、最終的に何かを味方に引き寄せてそうよね、あの娘」

「んー、じゃあ、お話にあった、天使さんとか悪魔さんとかかな?」

「「あー、なにそれあり得るわー」」

 

 後ろで、未果と態徒の声がはもっていた気がした。

 

 

 その場にとどまるのはほどほどにして、クーナが暮らしていたという孤児院へ向かう。

 

 今までのように、少し先の方にあるのかなと思いきや、意外と町の真ん中辺りに建物があった。

 

 あ、意外と近い。

 

「ここだよね?」

「そうなのです」

「よかった。じゃあとりあえず入ってみよう。……ごめんくださーい!」

 

 ノックしながらそう声をかけてみたんだけど……反応がない。

 

 それどころか、中の気配がほとんどないような……。

 

「……イオおねーちゃん」

「ん、どうしたの? スイ」

「……あっち、騒がしい」

「え?」

 

 スイが示した方向を見れば、たしかに騒がしいような……。

 

 って、うん?

 

『へへへへ! いやァこの村はいいぜェ……こーんな上玉な女どもがいるんだからよォ』

「zzz……zzz……」

『って、なんでこいつ寝てんだよ、この状況で!?』

 

 あれは……悪魔さん?

 

 それから、悪魔さんが抱えているのは……サキュバス、だよね? でも、なんかぐっすり眠っているような……。

 

「あ、先生なのです!」

「え!?」

「イオお姉さま、先生を助けて欲しいのです!」

「あ、あれって、クーナの先生なの!?」

「はいなのです! 先生、いつも寝てばかりだから、たまに攫われちゃったりするのです!」

「えぇぇ……」

 

 孤児院の人がそれでいいの……?

 

 でも、クーナのお願いだし、何よりクーナがお世話になった人……だもんね。うん。助けないと。

 

 それに、この国に住む人は、メルの大事な国民でもあるし、ボクにとっても同じようなもの。

 

 それで助けないのは、女王として問題があるからね。

 

 もちろん、助けますとも。

 

「でも……はぁ。悪魔かぁ……」

 

 そこだけはちょっと憂鬱。

 

 全然平穏に旅行が進まないんだけど。

 

 ……ともかく、追い払うくらいでいいよね。殺す気とかないし。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ほどほどにね」

「気を付けろよー」

「ワンパンだよ、依桜ちゃん!」

「それは無理だと思う」

 

 そう言って、ボクは騒ぎが起こっている場所へ走った。

 

 

 なんて言ったけど……

 

「いい加減にしなさいっ!」

『ごへぇっ!?』

 

 悪魔さんに飛び膝蹴りを入れたら綺麗な放物線を描いて飛んでいき、地面に頭からダイブしていた。

 

 あ、あれ? なんか弱い?

 

 って、今はそう言うのは良くて、空中に放り出された先生をキャッチしないと。

 

「っと」

「zzz……zzz……」

 

 わー、安らかな寝顔―……。

 

 お姫様抱っこでキャッチして顔を覗いたら、すごく安らかな寝顔をしながら、気持ちよさそうに眠っていました。

 

「zzz……zzz……」

 

 うーん、起きない。

 

 これ死んでるわけじゃないんだよね? それにしては起きてこないんだけど……大丈夫なのかな、これ。起きるよね? 永眠するような呪いとか病気にかかってるわけじゃないんだよね?

 

『いってぇ……畜生、誰だ……って、げぇ!? 銀髪女!』

「あれ、ボクを知ってるんですか?」

『ったりめーだろ! クソッ、人間の国にいるとか言った奴ふざけんなよ。普通にいるじゃねえか……だー! ここはダメだダメだ! オレが死ぬに決まってる!』

「あ、あの……?」

『テメェ、覚えてろよー!』

「あ、ちょっ!」

 

 チンピラみたいな捨て台詞を吐いて、悪魔さんは消えていった。

 

 ……なんか、一回攻撃を当てただけで、みんな帰って行くんだけど。もしかして、痛みに対する耐性がないのかな?

 

 それにしては、余裕があったような……。

 

 まあ、今はいっか。

 

『も、もしかして……イオ様?』

 

 ふと、ぽつりとそんな声が聞こえてきた。

 

『ま、間違いありません、イオ様です!』

 

 そのセリフを皮切りに、ドドドドドドドドド――! と、地面が揺れ、周囲にいたサキュバスの人たちがボクの所に集まって来た。

 

 って、人数がすごいことになってるんだけど!?

 

『イオ様! おかしな輩を追い払って頂き、ありがとうございました!』

「あ、い、いえ、見過ごせなかっ――」

『どうしてザブジェの町に!?』

『滞在なら、是非こちらの宿へ!』

『あ、抜け駆けはずるいですよ!』

 

 あぁ! なんかすごいことに! というか、動けない!

 

 こ、これがもみくちゃになる、という状況なのかな!? 綺麗な女の人たちが一斉に押し寄せてくるのって、結構怖いんだね!

 

 初めて知ったよ!

 

 態徒や女委辺りはなんだか喜びそうだけど!

 

 でも、ボクにはこの状況を楽しんだり喜んだりするような趣味は持ち合わせていないので、ただただ困ってます!

 

「あ、あの! できれば、少し離れて頂けると、ボクは嬉しいです!」

 

 少し騒がしくなっているボクの周囲にいるサキュバスの人たちに向けて、ちょっと大きな声を出す。

 

 すると、

 

『『『も、申し訳ありませんっ!』』』

 

 と、さっきまでの状態は何だったのか、というレベルでずざーっ! と後ずさるようにして離れた。

 

 無駄に動きがシンクロしてる。

 

 こう言うのを見ていると、ボクって本当に王族になっちゃったんだなぁって実感するよね、本当に。

 

『い、イオ様に迷惑をかけてしまうとは、なんという失態……ここは、死んで詫びるしか……』

「待って待って待って! それはダメです! ……って他の人たちもなんで死のうとしてるんですか!?」

 

 というか、どこから出したの、その刃物!?

 

 中には、魔法らしきもので死のうとしてる人もいるし!

 

『イオ様に迷惑をかけてしまったからですが……』

「ちょっと待ってください。え、なんですか? この国って、王様、もしくは女王様にちょっとした迷惑をかけたら死罪、何て言う法律でもあるんですか!?」

『似たような物なら』

「なんであるんですか!?」

『先代の魔王様が、とてつもない暴君でいらしたので……。その名残です。今でも、この国の法律に『魔王・国王もしくは女王に迷惑をかけた者は、死罪とする』とあります』

「重すぎますよ!? ちょっとしたことで死刑になるって、普通はおかしいですから! それ、ボクが後で撤廃させるように言っておきますので、死ななくてもいいですからね!? というか、絶対に死のうとしないでください! むしろ、そっちの方が嫌ですからね、ボクは!」

 

 まくし立てるように言うと、周囲のサキュバスの人たちが一気に表情を輝かせた。

 

 あ、あれ? 何この視線。

 

『何という慈悲深い方なんでしょう……』

『これが、勇者であり、英雄であるイオ様なのですね……!』

『イオ様以外、女王はあり得ません!』

『私たちは一生あなた様に忠誠を誓いたいと思います!』

『『『思います!』』』

 

 えぇぇぇ……何この状況……。

 

 ただちょっと、悪魔さんを撃退しただけで、どうしてこうなったんだろう。

 

 それから、この状況に対して、ボクはどう答えるのが正解なんだろう。

 

 ……ま、まあ、ちょっと適当に……。

 

「え、えっと、ですね。忠誠を誓われても、その……ボクにできることはほとんどありませんし、そう言うのは魔王であるメルの方が……」

『いえ、ティリメル様に対しての忠誠心は、初めから振り切っておりますから』

『そうです。イオ様に対しても、ティリメル様と同等の忠誠を誓うのです』

『ですので、どうぞ、私たちの忠誠をお受け取り下さい』

 

 ……あ、うん。これはあれだね。何を言っても、無駄って言うものだね。

 

 マンガとかラノベとかでしか見たことないよ、この光景。

 

 目の前で、大勢のサキュバスの人たちが跪いている姿は、非常に困惑する。

 

 もしかしてなんだけど、ボクってクナルラルの中では、どこへ行ってもこんな感じになったりする……? だとしたら、ある意味精神的疲労がとんでもないことになりそうな気が……。

 

「あー、えーっと……その……い、一応受け取りはしますけど、ボクは元は普通の家の出ですからね? 別に、命令に絶対に従え、とは言いませんので、自由に生きてください。その際に、誰かに迷惑をかけたりしなければ、ボクはそれで十分ですので。あ、できれば人助けをする方向でお願いします」

『何という心が綺麗な方なのでしょう……』

『これは、今この場にいない者たちにも聞かせないといけませんね』

『今のお言葉は必ず書き記して、後世に伝えましょう!』

『『『はい!』』』

「えぇぇぇぇ……」

 

 なにこれ……。

 

 なんだか、サキュバスの人たちのボクを見る目というか、対応の仕方が完全に神様に対する何かな気がしてならないんだけど……。

 

 ボク、向こうの世界じゃ一般的な家庭の人なんですが……。

 




 どうも、九十九一です。
 依桜の魔族の国での扱いは、神なんじゃないだろうか。書いていてそう思いました。
 まあ、作中では『女神』とか言われますんで、意外とそうなのかなーとか思っていたり。優しすぎますしね、依桜って。
 さて、お知らせです。私が最近(三日前くらい)書き始めた息抜き用の作品がそこそこ書けたので、投稿します。と言うか、ちょうどこの話が投稿されているのと同時に、そちらも投稿されていることでしょう。タイトルは『爺口調な男子高校生が、のじゃろりになってTSライフを送るだけの日常』ですので、よろしければ読んでみてください。私が歓喜します。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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448件目 態徒、色々危機一髪

 サキュバスさんたちの崇拝? を振り切って、孤児院に戻って来た。

 

 中には、サキュバスの娘たちがいて、無邪気に遊んでいた。

 

 多分、おままごと、かな? あれは。

 

「zzz……zzz……」

 

 ちなみに、クーナの先生は未だにぐっすりと眠っています。

 

 一度宙に放り投げられたのに、なんで寝ていられるんだろう、この人。

 

 さすがに、入ってすぐの場所で寝かせるのはあれだったので、孤児院の奥の部屋に行き、ベッドに寝かせてます。

 

「ねえ、クーナ。この人って、どうやったら起きるの?」

「いつも寝てばかりの先生だったのです……」

「つまり、知らない、と?」

「……えと、一応一つだけならあるのです……」

 

 どうしたんだろう、ちょっと顔が赤い?

 

 恥ずかしい事なのかな。

 

 ただ、少し気になるのはチラチラと態徒を見ていること。

 

 なぜ、態徒?

 

「とりあえず、言ってみて?」

「……わかったのです。とりあえず、イオお姉さまは目を閉じて耳を塞いでいて欲しいのです」

「えと、もしかしてボクに見せたくない事、とか?」

「は、はいなのです……」

「……そっか。うん、わかったよ。じゃあ、ちょっと目と耳を塞いでいるね」

「ありがとうなのです、イオお姉さま!」

「うん」

 

 とりあえず、どういうことなのかは気になるけど、他ならないクーナの頼みだからね。お姉ちゃんとして、聞いてあげますとも。

 

 でも、何をするんだろう?

 

 

「えーっと、クーナちゃん。それで、依桜を遠ざけた理由って……」

「……イオお姉さま、純粋すぎるのです」

 

 未果がクーナちゃんに依桜を遠ざけた理由を訊いたら、顔を赤くさせながら俯き気味にそう返してきた。

 

 ……あいつ、妹にすらそう思われてんのな。どんだけピュアなんだよ、マジで。

 

「ということはもしかして、性にまつわること、なのかしら?」

「……そうなのです」

「でもそれならよ、メルちゃんやニアちゃんたちもいるだろ? スイちゃんはクーナなちゃんと同じサキュバスだからわかるけどよ、まだピュアだよな?」

「……全員、性の知識ある」

「「なぜ!?」」

 

 おい、とんでもねぇ爆弾発言が飛び出たぞ!?

 

 マジで!? この小学生たち、知識あんの!?

 

「うっそでしょ……。でも、なんで知ってるのよ?」

「私たち、誘拐されていたので、その……ちょっとだけ、教えられていました、ので……」

「あっちゃぁ……そう言う理由かぁ……そりゃ、たしかに知識あるわ……」

「あと、普通に村に住んでいた時、とか、えと、ご近所さんが、夜運動していた、ので……」

「……いつの時代の田舎よ」

 

 マジか……この世界の子供、色々と強すぎんだろ。

 

 てか、大人しくて内気気味なリルちゃんですら知ってるとか……どうなってんだ、この世界の幼女。

 

「でも、メルちゃんは違くね? 魔王だろ?」

「儂はすべての魔族の能力が一部使えるからのう。それの使い方を知るべく、城の書庫に行って調べたことがあったのじゃ。その時、サキュバスの能力について知っての。そこで、知ったのじゃ!」

「あー……なんて、アグレッシブな幼女なのかしら……」

 

 未果もメルちゃんのアグレッシブっぷりに苦笑い気味だ。

 

 かく言うオレもちょっとなぁ……。

 

 いやまあ、向こうとこっちは違うとは思っていただけど、こう言う場所でもそう言う違いが出て来るとか、マジですげえな、異世界。

 

 ……ってか、王国で下着泥棒とかがそこそこいるって聞いてるし、ある意味当然っちゃぁ当然なのかもな、これ。

 

「んで、依桜を遠ざけたってことはよ、起こす手段はある。だけど、依桜には見せられない。というような方法なんだよな? どうするんだ?」

「え、えと……た、タイトさん、なのですよね?」

「おう、そうだぞ」

 

 幼女に名前を呼ばれるのって、ちょいむず痒いな。あと、さん付けってのも。

 

「えと、あの……ちょっと、と言うかかなり無茶なお願いなのかもしれないのですけど……大丈夫、ですか?」

「何を頼むか知らんが、オレにできる事なら何でもするぜ! というか、依桜の妹だしな! 親友のオレが断るとかないない! どんとこい!」

「……私、ちょっと嫌な予感がしているんだけど……まあ、態徒だし、いいか」

「ちょっ、それどういう意味だよ!?」

「言葉通りよ」

 

 くそう、こいつぜってーオレを小馬鹿にしてるだろ。

 

 まあいい。今はそれよりも、クーナちゃんの頼みだよな!

 

 さて、どんな頼みがくるのやら。

 

「…………えーっと、フェネラナ先生の近くに行ってほしいのです」

 最初の間は気になるが……

「そんなんでいいなら、お安い御用だぜ」

「ありがとうなのです。それじゃあ、近くへどうぞ」

「おうよ!」

 

 オレが近くに行くだけでいいとか、マジで気楽なもんだぜ。

 

 クーナちゃんの言う通りに、フェネラナさんに近づく。

 

 すっげー、金髪美女だよ。しかも、ボンキュッボンだし。

 

 それに、なんというか、むちゃくちゃ色気があるな、この人。

 

 ……これはあれだ。童貞にはちょっと刺激が強くね?

 

 だってこの人、童貞を殺す服みたいなの着てるんだぜ? やっぱこう、男的に来るわけよ。

 

 いや、ここで手を出すとかしないけどな? オレ、チキンだからな!

 

 彼女とかできたことないしな! 変態とか言われて、遠ざけられるだけだから!

 

 ………………やべぇ、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 くそう、オレにもモテ期とか来ねーかなー……。

 

「タイトさん、もうちょっと近づいて欲しいのです。できれば、間がないくらいに……」

 

 なんだ、結構近づくんだな。

 

 マジでどうやって起こすんだ?

 

 サキュバスと言えば、エロいことをしてくる存在で有名だけどよ、オレが近くにいるくらいじゃ起きないんじゃね?

 

 童貞だし。

 

 まあ、近づいて起きるんなら、万々歳だしな!

 

 いやー、にしても前々起きる気配がな――」

 

「男の……匂い……!」

「へ?」

 

 フェネラナさんから声が発されたと思った次の瞬間。

 

「……いただきますっ!」

「え、あ、ちょっ――んん―――――っ!!??」

『『『!?』』』

 

 オレの口が塞がれた。

 

 ……フェネラナさんの唇によって。

 

 って!

 

「んっ、んんんっっ!?」

 

 き、きききききききききキスだとぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?

 

 ちょっ、ちょっと待て!? これは一体どういうことだ!?

 

 あ、甘い……じゃねぇ! 柔らかい……でもなくて!

 

 どうなってんだこれは!?

 

 どうして、『絶対に彼氏にしたくない男子ランキング』で一位を獲っているこのオレが、こんなとんでもねぇ状況に遭遇しているんだ!?

 

「れる……んっ、ふぅ……ん」

「んんっ!?」

 

 し、舌!? おいちょっと待て! なんか、舌入れて来たんだけど!?

 

 にゅるんって! にゅるんって!

 

 や、やべえ、なんだこれ!? 初めてのキスが、ディープな奴とか、どうなってんだよ!?

 

 さっきから、じゅる、だとか、ちゅぱ、だとか、エロゲで見るような効果音が見えそうなくらい、音が聞こえてくるんだが!?

 

 な、なんてエロいんだ、ディープキス!

 

 というか……ちょっ、なんか頭がクラクラしてきた……。

 

 こ、これが、大人のキス、だというのかッ……! き、気持ちよすぎる!

 

 緩急をつけてしてくる上に、クッソ上手いし! やっぱサキュバスなのな!? 人間みたいな姿してるけどよ!

 

 ……あ、ヤバい。い、息が……息がそろそろヤバい……!

 

「んっ、んむむむっ…………ん、むぐ……」

 

 そうして、オレが意識を手放しそうになる寸前、

 

「……ぷはっ。ふぅ、堪能した……」

 

 ようやく解放された。

 

 ……ってか、唾で糸を引いてるのが……なんかエロい。

 

「――はぁっ、はぁっ……し、死ぬかと思ったッ……」

 

 だが、そんなことよりも空気だ! 空気を吸うんだ、オレ!

 

 ………あぁ、新鮮な空気が美味い……。

 

 まさか、エロいことで死にかけるとは思わなかった……。

 

「……では、本番に」

「ほ、本番!?」

 

 思わず声が上ずってしまった。

 

 ほ、本番ってことは……や、やっぱあれか? こう、男と女がする、あれ、だよな……?

 

「……大丈夫。私に任せたまえ。君は見たところ、童貞君みたいだし……ふふっ、楽しいことになりそうだ。童貞は、美味いからな」

 

 貞操の危機!?

 

 ちょっ、オレの貞操が狙われているんですが!?

 

 や、やべえよ! ファーストキスだけでなく、童貞まで奪われるとか、マジでシャレになんねえんだけど!?

「ほら、こっちに来たまえ」

「力強ッ!?」

 

 ぐいっと腕を引っ張られ、ベッドに押し倒された。

 

 いや待て! こう言うのって普通逆じゃね!?

 

 なんでオレが押し倒される側なんだよ!? こう言うのは普通、依桜みたいな純情な奴のシチュエーションだろうが!?

 

 なんで、オレなんだ!

 

「安心したまえ。君のような童貞をリードするのは慣れているからな」

「なんでっすか!?」

「そりゃ、サキュバスだからな。さて、そろそろ……」

「ちょっ、ストップストーップ!」

 

 オレの全力の制止を聞いて、何とか止まってくれた。

 

 ……ただ、オレのズボンのベルトに手をかけるのはやめて欲しい。

 

「なんだ。いいとこなのだぞ? 本番、したくないのか? 今なら、なんでもしてやるぞ?」

「え、マジで? ……じゃなくて! お、オレたちはあなたに会いに来たんっすよ!」

 

 一瞬、したいと言いかけたが、何とかこらえて当初の目的を告げた。

 

「た、態徒が欲望に勝った、だとっ……? 明日は天変地異かもね……」

 

 うるさいぞ未果!

 

 ってか、どんだけ意外だと思ってんだよ!? いや、オレの普段の行いが悪いのがいけないんだけどよ!

 

「ん? 私に? それは一体どういう……」

 

 と、不思議そうにした時、

 

「フェネラナ先生!」

「ん? ……お前、まさかクーナか?」

「そうなのです! ただいまなのです、フェネラナ先生!」

「おぉ! クーナ! お前、一体いつ帰って来たんだ!? ある日突然行方不明になって、心配したんだぞ?」

「あそこにいるイオお姉さまに助けてもらったのです!」

「イオお姉さま? ……ん? あの人はもしや……いや、まあいい。とりあえず、お帰り、クーナ」

「ただいまなのです!」

 

 と、目の前で感動の再会が繰り広げられているんだが……

 

「あの、オレのズボンを脱がそうとすんのやめてくれませんかねぇ!?」

「おっと、忘れていた。まあ、ギャラリーが多い中やるのも、また一興だと思うんだが……」

「やらねぇよ!?」

「そうか……残念だ。いい思いをさせてやれると思ったんだがな」

 

 そういうのやめてくれませんかねぇ? オレ今、心が揺れたぜ?

 

 サキュバスお姉さんは……マジでヤバい、心の底からそう思った。

 

 ってかこれ、晶だったらもっとヤバかったんじゃないだろうかと思い、オレでよかったと安堵した。

 

 ……まあ、オレのファーストキスは奪われたんだが。

 

 やべぇ、地味にダメージでけぇ……。




 どうも、九十九一です。
 今回は、まあ、態徒がいい思い(?)しただけの回です。なんか、書いたらこうなった。まあ、いいよね、態徒だし。変態も、サキュバスに襲われて内心喜んでいることでしょう。多分。
 ……こんな蛇足的な回を書いているから、全然先に進まないんだろうなぁ……。これはあれですね、異世界旅行編が終わった後の、残った夏休み部分の話、いくつか削った方がいいかもしれません、クソ長くなりそうなので。まあ、回想という形でやってもいいかもしれませんね。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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449件目 ザブジェの町でも……

 クーナの先生が起きたらしく、みんなに呼ばれてそちらへ。

 

 みんなの所に行くと、なぜか態徒が儚い笑みを浮かべていたのが気になった。

 

「態徒、何かあったの?」

「……なんか、大切な何かを失ったよ」

「え!? だ、大丈夫!?」

「……大丈夫だ。多分」

「そ、そう。大丈夫ならいいんだけど……」

 

 ふっ、と遠い顔をしているのは、本当に大丈夫なのか心配だけどね。

 

 ま、まあ、気を取り直して。

 

「えっと、あなたがクーナの先生、なんですよね?」

「あぁ、その通りさ。私はフェネラナ。ここの孤児院の責任者さ。そういうあなたは……イオ様、かな?」

「は、はい。えっと、ボクのことを御存じなんですね」

「そりゃあね。と言うか、お披露目の場所にいたからな」

「あ、なるほど……」

「しかし……これは、敬語で話した方が?」

「あ、いえいえお気になさらず。敬語を使われるのは、ちょっと苦手で……」

「そうか。それならばよかった。この国の女王相手に、変な態度を取れば首が飛びかねないからね」

「……大丈夫です。その辺りの法は、ある程度撤廃させますので」

「そうなのかい? それはありがたい。形式とは言え、あるのは問題だから」

「あ、あはは……」

 

 本当に、とんでもない法律を作ったものだよ、先代の魔王。

 

 悪い事しかしてないような気がしてならない。

 

 だって、自分の居城を壊したり、すぐ死刑にしようとする法を制定したり、無理やり戦争をさせたりと、本当に酷い事しかしていないんだもん。

 

「それで、私何か用でも?」

「あ、はい。えと、今現在、ボクの妹――クーナたちが住んでいたという孤児院を回っているんです」

「それはまたどうして?」

「だって、みんなの意思でボクの妹になったと言えど、やっぱり、自分が暮らしていた場所には連れて行ってあげたかったものですから。あとは、ボクが姉となった以上、家族である孤児院の人と話すことはしなければいけないな、と」

「なるほど。そう言うことか。……クーナ、お前はいい人を姉にしたな」

「はいなのです!」

「私としては、安心さ。孤児の子供たちには、できれば義理とはいえ、一つの家族ができて欲しいからね。そう言う意味では、この娘は運がよかったと言える。イオ様のような方が、姉なのだから」

「あ、ありがとうございます……」

 

 むず痒い……。

 

 ボクって、そんなにすごい人でもないんだけど……まあ、この国の人からしたら、すごい人、みたいな印象らしいしね、ボクって。

 

 それはそれでどうなのかと思うけど。

 

「しかし……驚いたな」

「えと、何がですか?」

「いやなに。あの時の予言通りだな、と」

「………よ、予言? 予言ってあの……九ヵ月後にここに来る、というセリフを言った人がいるんですか……?」

「あぁ、そうさ。よくわかったね」

「いやぁ、あははは……」

 

 どうしよう。ここでも九ヶ月前に何かあったみたいんだけど……。

 

 後ろを見れば、未果と態徒が、『あっちゃー……』みたいな表情を浮かべながら、手で顔を覆ってるんだもん。

 

 だよね! そう言う反応になるよね!

 

「え、えーっと、出来ればその時のことを教えてくれませんか?」

「もちろんいいとも。あれは九ヶ月前。その時もいつも通りの日……になるはずだったのだけど、ちょっとした事件があったのさ」

「事件、ですか?」

「あぁ。簡単に言えば、戦争の残党、と言えばいいのかな」

「残党って……もしかして、先代魔王の?」

「そう。残念ながら、あのクソみたいな魔王の配下が少し残っていたらしくてね。その残党たちは、少しずつ力を蓄えようとしていたみたいだったのさ」

 

 あの時、ボクが殺さなかったからこんなことになったのかな……?

 

 ……絶対そうだろうね。ボクは甘いもん。

 

 師匠にだって、その甘えは危険だ、とか言われていたわけだし……。

 

 でも、どうにも殺すことができなかった。

 

 はぁ……自分が嫌になるよ……。

 

「あぁ、勘違いしないで欲しい。別に、イオ様が悪いわけではないさ。だから、そんな自分を責めるような表情はしないでくれないか?」

「ですが……」

「もともと、これは私たち魔族が解決するべき問題だったんだ。イオ様が気に病む必要はない」

「フェネラナさん……」

 

 すごくいい人だ、この人。

 

 やっぱり、魔族っていい人が多いのかな……?

 

「じゃあ、続きを話そう。その残党たちがまあ、やらかしてくれてね。この町で騒ぎを起こしたのさ。簡単に言えば、『我々に賛同しない者は、問答無用で殺してやる!』みたいな感じかな」

「それは何と言うか……先代の魔王の配下らしいセリフですね……」

 

 色々と、頭が悪そうな人だったからなぁ……あの魔王。

 

 決して知能的に頭が悪かったわけじゃなくて、その……言動とかが、ね。

 

 だって『ブラッド・フェスティバル』だよ? 名前。

 

 さすがに、その……カッコ悪いよ、あれは。

 

「ああ、先代のクソ魔王らしいだろう? だが、問題だったのはこの町の住人がサキュバスだったことさ」

「サキュバスって、そこまで強い種族、というわけではないですからね……」

「その通り。サキュバスはいわば、男性特攻と呼べる存在だし、能力もそう言う方面だ。だが、聞きにくい者もいる。それに、多対一で使えるような能力でもなかったから、余計に相性が悪かったのさ」

「なるほど……」

「このままでは、従うしかない、というところで、不思議な人物が現れたのさ」

 

 来た。

 

 多分、その不思議な人物、と言うのがボクらしき人なんだと思う。

 

「ふらりとこの町に入ってくると、その人物は数々の魔法を駆使して、騒ぎを起こしていた魔族たちを次々と薙ぎ倒して行ったんだ」

「えっと、その時の相手の魔族の人数って……」

「たしか……数百人、だったかな」

「お、多いですね……」

 

 そんなにいたの? 残党。

 

 もしかすると、それ以上いたのかも。

 

「何がすごいかと言えば、その時薙ぎ倒していた人物は、聖属性魔法だけでなく、他の属性の魔法も使用していたことだね。しかも、どれも上位魔法だった」

「……上位魔法、ですか」

「ああ」

 

 やっぱり、身に覚えのない魔法……。

 

 そもそも、その時のボクって聖属性魔法は使えないはずなんだよね。教えてもらう前だもん。

 

 ボクが聖属性魔法を使えるようになったのは、その約一ヶ月先の体育祭の時。

 

 その時は、師匠と再会しただけで、何も教わっていなかったはず。

 

「あれはすごかったね。魔族を薙ぎ倒しながら、同時にサキュバスたちを守るように結界も張っていたんだから」

「き、器用なんですね、その人は」

「あぁ。魔法使いどころか、あれは《賢者》のレベルだろうな」

「け、賢者、ですか」

「そう、賢者だ。魔法系だと上位に位置する職業で、なれるのはほんの一部の者だけだな。賢者ばりの活躍には、私たちサキュバスも唖然としたものさ。世界には、こんな強者がいるんだ、とね」

 

 う、うーん……いよいよもってわからなくなってきた。

 

 本当にそれは、ボクだったのかな?

 

 ボクに似た誰かとかじゃないのかな?

 

「その人物に助けられたのさ、私たちは」

「えっと、その人ってどんな人だったんですか?」

「そうだな……。全身をすっぽりと覆うローブを着ていたからわからなかったが、女性で間違いないだろう。体つきが女性だったからな。胸が大きかったし」

「む、胸ですか」

「胸だ。多分あれは……イオ様と同レベルの大きさだろう」

 

 ボクと同じレベルの大きさの胸……それってやっぱり、ボク、だったのかな?

 

 でも、来た覚えはないし、そもそも魔族の国へ行った覚えはなかったし……。

 

「あとは、雰囲気がなんだか特殊だったかな」

「雰囲気?」

「なんと言うか……近くにいる者を安心させるような、独特の雰囲気を放っていたんだ。あとは、魔力量が半端じゃなかった」

「どれくらいかわかりますか?」

「そうだね……ステータスで言うと、低く見積もっても十万」

「じゅ、十万!?」

「そう、十万」

 

 それ、ボクの十倍なんですが……。

 

 その人、絶対ボクじゃないよ。断言できるよ。

 

「……そ、それで、その魔族の人たちはどうなったんですか?」

「問題の魔族たちは、その不思議な人物によって更生されたよ。人が変わったように、国の復興に力を貸し始めたんだ。と言うかあれは、本当に人が変わったみたいだったね」

「……なんか、依桜が説教した相手みたいね」

「……そういやいたな。あれだろ? プールの時の……」

 

 後ろでこそこそと、二人が何か話してる。

 

 ……やめて。言わないで。

 

「まあ、おかげでこっちは大助かりだったけどね。向こうが勝手に更生してくれたから、この国の復興が早まったのだから」

「なるほど……」

 

 やっぱり、色々な所で動いているみたいだね、ボクっぽい人。

 

 ただ、動いている目的がわからない……。

 

 一体、どういう目的で動いているんだろう?

 

「そして、この町を去る際に『九ヵ月後に、攫われた女の子を連れてくる人が来ますので、その時は、受け入れてあげてください』と言い残して去って行ったんだ」

「えぇぇぇ……」

 

 本当に、何なの? その人は……。

 

「その時は、眉唾だと思っていたんだが……まさか、本当にクーナを連れた人がこの町にやってくるとはね。正直、かなり驚いているよ」

「そう、なんですね」

「どうしたんだい? 浮かない顔をして」

「それが……今の所、そこにいるスイっていう娘以外の村や町で、同じようなことがあったという話をされているんですよ」

「おや。ということは、その人物は他の場所にもいたと?」

「みたいです……」

「なるほど……。不思議な話もあるものだ」

 

 ボクとしては、不思議通り越して、ちょっと怖いんですが……。

 

 だって、ボクらしき人が、知らないところで人助けをしているんだよ? それで、ボクが感謝されるのって怖いし……。

 

 目的が、本当にわからない。

 

「まあでも、悪い人ではなさそうだったから、いいんじゃないかな?」

 

 軽く微笑みながらそう言ってくれたフェネラナさん。

 

「……そう、ですね」

「だろう? 悪いことをしていたのなら問題でも、いいことをしているのなら、何も問題はないさ」

 

 たしかに、フェネラナさんの言う通りかも。

 

 ボクに似ているのは仕方ないとして……その人がしていることは、人助け、なんだもんね。

 

 これがもし、破壊活動を行っているのだったら大問題だったけど、そうじゃないわけで……。

 

 まあ、それでも気になるものは気になるんだけどね。

 

「さて、話は以上さ。他に何か聞きたいことはあるかい? 私に答えられることならなんでも答えるが……」

「いえ、大丈夫です。聞きたいことも聞けましたので」

「それはよかった。じゃあ、そろそろ出発するのかな?」

「はい。次の場所に行かないといけないので……」

「そうか。……クーナ。イオ様の言うことをちゃんと聞くんだぞ?」

「大丈夫なのです! イオお姉さまはとってもいいお姉ちゃんなのですから!」

「そうか。それはよかった。……イオ様、今後も、クーナをよろしくお願いします。この娘は、しっかり者ですが、たまに行き過ぎることがあるかもしれませんので」

「はい。任せてください。たまにこっちに来て、顔を見せますので」

「それはよかった。私は基本寝てばかりだが、やはり自分の孤児院で育った子供の成長を見るのは、何よりの楽しみでもあるからな」

「そうですね。ボクも、この娘たちが将来、どんな大人に成長するのか楽しみです」

「そうか」

 

 やっぱり、いい人なんだね、この人は。

 

 寝てばかりなのはちょっと気になるけど……。

 

「それじゃあみんな、そろそろ行こっか」

「ええ」

「おうよ」

「フェネラナさん、これで失礼しますね」

「あぁ、いつでも来てくれ。その時はもてなそう」

「あはは、さすがにそこまではしなくていいですよ。……それじゃあ、行こう」

「先生、また来るのです!」

「ああ、元気でな」

 

 最後に二人がそう交わして、ボクたちはこの孤児院を後にした。

 

 最後は、スイの孤児院だね。




 どうも、九十九一です。
 約一週間振りですね。理由はまあ、調子が出なくて書けませんでした。その間は、代わりに息抜き用の作品を書いていましたね。あれ、楽しいよ。
 一応、一週間休む予定だったのですが、なんか調子が戻ったので投稿を再開しようかなと。
 ちなみに、息抜き用の作品と同時並行で毎日投稿することにしましたんで、できればそちらも読んでいただけると、私は嬉しいです。もしかすると、こっちの作品より面白いかもしれません。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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450件目 ミファロ村にて

 クーナの故郷から出発し、今度はスイの故郷へ。

 

 ミファロ村という場所らしいけど、どういう場所なんだろう?

 

「スイ、ミファロ村ってどんなところか憶えてる?」

「……多種族が住む村」

「多種族……魔族の?」

「……そう。サキュバスもいるし、三つ目族もいる。後は、キメラのような人も」

「なるほど……」

 

 魔族って一括りにされてはいるけど、色々な種族があるみたいなんだよね。

 

 一応、ラミアとかアラクネも含まれてたり。

 

 ケンタウロスもかな?

 

「……でも、基本いい村。悪いことをする人、ほとんどいない」

「そうなんだ」

「……先生は怖い、けど」

 

 ……そう言えば、スイがいた孤児委の先生って、怖いとか言ってたっけ。

 

 どんな人なのか、ちょっと気になるけど……。

 

「……特産品は農作物。特に、果物は美味しい」

「あ、そうなんだ。それはちょっと楽しみかな」

 

 前に行った時に食べたけど、あれは美味しかった。

 もしあれだったら、買って帰ろうかな。

 

 父さんや母さんへのお土産、ということで。

 

「……ちなみに、あそこがそう」

 

 そう指差す先にあったのは、のどかな印象を受ける村だった。

 

 しかも、村の周り囲うように川が流れていて、なんだか綺麗な場所。

 

 田舎、みたいだね。

 

「それじゃ、行ってみようか」

 

 どんな場所かな。

 

 

 村に到着。

 

 少し遠くから見ていた時以上にのどかな場所だった。

 

 農作物を作るための畑が点在し、村の周りを流れている川を用いた水車などが利用されている。

 

 しかも、元は草原だったのか、緑が多くて気持ちがいい。

 

 あと、暖かいしね。

 

 過ごしやすい場所かも。

 

「スイ、孤児院はどこかな?」

「……この先の角を右に曲がったところにある」

「ありがとう」

 

 スイが教えてくれた道を進むと、大き目な一階建ての建物が見えて来た。

 

 中からは子供たちらしき気配と、なんだか大きな気配を感じる。

 

「ここ?」

「……そう。ここ」

「なるほど。……じゃあ、早速」

 

 コンコンとノックし、

 

「ごめんくださーい!」

 

 と声を出してみると、中から足音が聞こえて来て、ガチャリとドアが開いた。

 

「誰だい?」

 

 中から出てきたのは、キリっとした目が特徴の女の人だった。

 

 二十代前半くらいかな? なんだか、神経質そう。

 

「あ、初めまして。イオ・オトコメと言います」

「……い、イオ様!?」

 

 なんてことはなく、ボクが名乗った瞬間、一気に後ずさった。

 

 というか、後ずさりすぎて、遠いんですが……。

 

「あ、あの……そんなに離れなくて大丈夫ですよ?」

「いや、そうするとあたしがやらかしそうでね……。敬語とかは苦手なもんで」

「いえいえ、敬語とか気にしなくて大丈夫です」

「だが、法律が……」

「それは撤廃しておきますから、大丈夫です。いらないですよ、あんな法律」

 

 笑いかけながら言うと、何とか女の人はこっちに近づいてきてくれた。

 

 よかった……。

 

「そうかい。それはよかった。……それで、一体何の用で? こう言っちゃなんだが、この村は農作物意外になーんもないとこだが」

「それなんですけど……スイ。こっちにおいで」

「……スイだと?」

 

 ボクがスイを呼ぶと、一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。

 そして、スイがボクの所に歩いてくると、女の人は目を大きく見開いた。

 

「す、スイ! スイじゃないか!」

「……久しぶり、先生」

「久しぶりじゃないよ! あんた、今の今までどこに行ってたんだい!? あたしゃ心配したんだからな!?」

 

 そう言うと、思いっきりスイを抱きしめだした。

 

「……先生、痛いし、苦しい」

 

 抱き着かれた方のスイはちょっと痛そうにしていたけど、微妙に嬉しそうに見える。まあ、育ての親に会えたわけだし、嬉しいよね。

 

「あぁ、ここで立たせたままってのも問題だね。イオ様にそちらの人たちも、中へ入りな」

「お邪魔します」

 

 軽くそう言ってから、ボクたちは中に入った。

 

 

 ここでも、メルたちは子供たちを遊ぶことに。

 

 こっちの話はつまらないからね。

 

 奥の部屋に行くと、ボクはスイを連れてきた経緯を女の人――ヘルナさんに話した。

 

「なるほどねぇ。捕まっていたところを、イオ様が……。本当に、ありがとうございました。うちのスイを助けてくれて」

「いえ、ボクとしても見過ごせなかったものですから」

「そうかいそうかい。やっぱり、今の魔王様と女王様は性格がいいねぇ。以前の魔王はクソだったからな!」

 

 ハハハハ! と豪快に笑うヘルナさん。

 

 神経質な外見からは想像もつかないほど豪快な人で、ちょっと驚いていたり。

 

 未果と態徒、エナちゃんも同じ事を思ったのか、ちょっと苦笑い気味。

 

「しっかし、まさかスイがイオ様の妹とはねぇ。その上、魔王様とも姉妹とは。世の中わからないもんさね。それで、どうだい? スイはちゃんとやってるかい?」

「はい、いい娘にしてますよ。向こうでは、友達もちゃんとできています」

「そうかそうか。それは安心だ。あの娘は、表情が薄いからねぇ。ちょっと心配だったんだよ」

「薄くはありますけど、よく見ればちゃんとわかりますからね、表情は」

「そうだなぁ」

 

 スイだけじゃなくて、みんな優しくていい娘だからね。友達ができている今の状況は、ボクとしてもすごく嬉しいところ。

 

 やっぱり、友達は大事だからね。

 

「それで? 何か聞きたいことでもあるんじゃないかい?」

「え、どうしてわかったんですか?」

 

 不意に、笑みを浮かべながら尋ねて来て、ちょっと驚く。

 

「いやなに。なんとなくさ。世間話とか、スイに関する話をするだけなら、さっきので済んでるだろうしなぁ。それで、何が聞きたいんだい?」

「えっと、九ヶ月前のことを訊きたくて」

「九ヶ月前? またえらく中途半端時期だねぇ」

「ちょ、ちょっと調べていることがありまして……。もし、九ヶ月前に変わったことがあったら教えてくれませんか?」

「九ヶ月前ねぇ……。九ヶ月前……九ヶ月前か……」

 

 うーんと腕を組みながら唸るヘルナさん。

 

 しばらくうんうん唸っていると、

 

「あぁ、そういやあったあった!」

「本当ですか?」

「あぁ。たしかありゃ、九ヶ月前だねぇ」

「お、教えてくれませんか? その時のこと」

 

 もしかすると、ここの村にも来ていたのかも……。

 

「もちろんさね。その時は、何て言うのかね、戦後間もない時期だったもんで、男手……というより、戦力が足りていなかった時期でね。まあ、困ってたのさ」

「どうして、ですか?」

「そりゃあ、この近くには森や沼があるからさ。そこからは、そこそこ狂暴な魔物が現れる場所で、たまーに大発生するのさ。そして、その大発生した魔物って言うのがこの村に食料を求めてやってくるんだよ」

「なるほど……」

 

 そう言えば、遠くから見た時に森らしき場所があった気がする。

 

 あの辺りは、魔物とかがいるんだ。

 

「で、男手が足りないということは、退治する手も足りないわけでねぇ。一応、あたしらは魔族だからそれなりには戦える。だが、多勢に無勢。いつもなら追い返せるくらいの数だったんだが、如何せんこちら側の数が足りなくてねぇ。かなり困ったもんさ」

「……その時に、ローブを着込んだ女の人が現れた、ですか?」

「ん? 知ってるのかい?」

「い、いえ、他の娘たちの孤児院に寄った時も、同じようなことがあったらしくて……それで、もしかしたらここにも来ていたんじゃないかな、って」

「へぇ、そうなのかい」

「それで、その後はどうなったんですか?」

「イオ様の言う通り、ローブを来た不思議な女性がふらりと現れると、魔法を使って魔物たちを退治したのさ。何がすごいと言えば、ほぼ全ての魔法を使っていたね、ありゃ。あとは、レアな魔法もね」

 

 レアな魔法と言うと、基本的な、火・水・風・雷・土・聖・闇属性以外の魔法のことだから……重力魔法とか、呪術魔法だよね?

 

 そっち方面の魔法も使えていたとなると、本当に謎だらけ。

 

「しかも、魔物の群れを手なずけてもいたなぁ。あん時は。今でも、その魔物たちは村を守ってくれていたりするのさ」

「な、なるほど……」

 

 そんなこともしていたんだ、ボクっぽい人。

 

 ボクも師匠の家があるあの森に棲んでいる魔物たちとは仲良しだけど、普通はできないらしいんだよね。

 

 師匠は手なずけることができるみたいだけど。

 

 まあ、師匠怖いもん。

 

 ドラゴンですら逃げ出すんじゃないかな、っていうレベルで。

 

「やっぱ、あの人の安心させる雰囲気って言うのが、そうさせたのかもねぇ」

「それはもしかして、一緒にいると安心する、みたいな感じですか?」

「ああ、そうさ。あんな気持ちは初めてさね。できればもう一度会ってみたいところだが、あれ以来会えていない。それどころか、そんな人物を見た覚えはないと言うんだよ」

「つまり、他の村や町には行っていない、ということですか?」

「さぁね。ただ、その村や町に手が負えないような事件が発生した場合は、さっきの人物らしき存在が助けていた、って話だ。ま、二日間しか現れなかったそうだけどね」

「……二日」

 

 それは、ボクの記憶がない期間と同じなんじゃ……。

 

 たしか、五日目と六日目の記憶がなかったはず。

 

 でも、ボクは魔法をそんなに使えなかった。

 

 使えても、風属性とか回復魔法、武器生成魔法くらい。

 

 それ以外は全く使えなかったはずなのに、そのボクらしき人物は全属性どころか、それ以外の魔法も使っていたみたい。

 

 そこがそもそもおかしい。

 

 だから多分、ボクじゃないはず……。

 

「そして、この村を去る直前に『九ヵ月後に攫われた女のことを連れた少女が来ます。その時は、迎え入れて上げてください』と言っていたよ。だから、さっきは驚いたねぇ。まさか、本当にスイが帰ってくるとは」

「やっぱり、ここでも……」

「ん? やっぱり、と言うのはどういうことだい?」

「他の町や村でも同じことがあった、って言いましたよね?」

「ああ、言ったね」

「その際、どこへ行っても今の言葉が出てくるんですよ。九ヵ月後にって」

「へぇ、そいつは不思議な話だねぇ。未来視でも使えたのかね」

「どうでしょう? 未来視を持っている人は、まずいないって言う話ですし……」

 

 師匠からの受け売りだけど、師匠の言うことって大体正しいからね。

 

 しかも、数百年生きた人らしいから余計に。

 

「ま、それもそうだねぇ。……話はこんなとこさね。他に何か聞きたいこととかあるかい? なんでも答えるが」

「いえ、今のお話が聞けただけで十分です。この村の特産品を買って、戻ることにします」

「そうかい。まぁ、イオ様にも予定ってもんがあるんだろう」

「あはは、そこまで予定という予定はないんですが、他の友達も待たせているので」

「なるほどね」

「では、ボクたちは失礼しますね。あ、たまにこっちに来て、スイの顔を店に来ますので」

「ほう? イオ様はたしか、異世界出身と聞いたが?」

「こっちと向こうを行き来する術がありますから。それで自由に来れるんです」

「へぇ、向こうは進んでいるんだねぇ」

 

 興味深そうに言うヘルナさん。

 

 進んでいるのは向こうの技術というより、学園長先生の技術じゃないかな。

 

 あの人の頭の中、一度見てみたいよ。

 

「みんなー、帰るよー」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 ボクがみんなを呼ぶと、元気に返事をして集まって来た。

 

「スイ、イオ様の言うこと、しっかり聞いて、元気に過ごすんだよ? 病気なんかになったら、承知しないからね」

「……もちろん。イオおねーちゃん、すごいから」

「ハハハハ! そうかいそうかい。イオ様、こいつのこと、よろしくお願いします」

「任せてください。それでは」

 

 そう言って、孤児院を後にしようとしたら、

 

「おっと、一つ忘れていた。イオ様」

 

 呼び止められた。

 

「はい、なんでしょうか?」

「実はここの所、変な噂があってねぇ。と言っても、噂が発生したのは、ほんの数日前なんだがね? 黒い翼を生やした人影の目撃情報が多いんだよ」

 

 ……それ、悪魔じゃない?

 

「なんで、イオ様も気を付けなよ」

「忠告、ありがとうございます」

「いいってことさ」

「はい。では」

 

 そう言って、ボクたちは孤児院を後にした。

 

 悪魔らしき目撃情報かぁ……。

 

 そう言えば、王国の方でも悪魔がいたよね……?

 

 天使の人たちもいたし、何か起こってるのかな?

 

 ちょっと心配かも。




 どうも、九十九一です。
 再開したものの、本調子ではないような気がしてます。内容が薄い。まあ、それはもとからと言えば元からなんですけどね。
 明日の投稿についてなんですが、私、今日二回目のワクチン接種をしに行くんですが、正直、歳若いので副作用が結構出そうなんですよね。なので、もしも酷いようでしたら明日は投稿できない可能性が高いです。一応、その前に明日の分とか書けたらいいんでしょうけど、まあ、できたら、ですね。なるべく書きますが、上がっていなかったら『あ、副作用出たんだな』と思ってください。
 なので、次の投稿は……明後日か明々後日くらいになると思います。それ以上かかっていたら、長引いていると思ってください。
 では。


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451件目 四日目終了

 孤児院巡りも全て終わり、時間もちょうどいいくらいになった頃、ボクたちは魔王城がある王都まで戻った。

 

 時間的にももうすぐ夜になるくらいになり、日も沈みかけている。

 

 一日で行くのはちょっと無理があったかな? でも、なるべく早めに済ませて、みんなと色々なところを回りたかったからね。

 

 まあ、謎は多くなっちゃったけど。

 

 ともあれ、師匠に相談、かな。

 

 

 魔王城に戻ると、ちょうど夕食時だった。

 

 みんなと合流して夕食を食べている時、ボクは晶に尋ねた。

 

「晶、女委は大丈夫だった?」

「あぁ、色々と問題は起きそうだったが……まあ、なんとか、な……」

 

 なんか、とてつもなく疲れたような表情を浮かべていた。

 

 晶、一体何があったんだろう……。

 

「美羽さんも大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫だったよ。ただ…………また即売会をしようとしてたけど――」

「め~い~?」

 

 にっこりと微笑みながら、女委の方を向くと、ビクッ! と肩を震わせて、ダラダラと冷や汗を流し始めた。

 

「あ、で、でも、私と晶君の二人で頑張って止めたから大丈夫だったよ!?」

「……本当ですか?」

「本当だぞ、依桜。かなりあれだったが、まあ……なんとかなった」

「……そっか。ならいいよ」

「ほっ……」

 

 本当に、晶と美羽さんが止めてくれて助かったよ。

 

 これ、もしも晶もこっちに来ていたら、確実に王都の二の舞になっていたような気がするよ、ボク。

 

 こう言うところがなければ、女委はすごくいい人なんだけどなぁ……。

 

「それで、女委は何か言うことは?」

「い、いやー……にゃはは……。何と言うか、そのぉ……クリエイターの性と言うか、こう、布教せねば! という使命感に駆られちゃいまして……すみません!」

「……はぁ、まったくもう。少なくとも、変なものじゃなければやってもいいから」

「え、マジ!?」

 

 ボクがため息交じりにそう言うと、バッ! と女委がすごくキラキラした表情でこっちを見ながら聞き返してきた。

 

「だって女委。結局ダメと言ってもこっそりやってる場合があるんだもん。それだったらいっそのこと、ある程度は許可しておいた方が楽なんじゃないかなって思ってね」

「い、いいんすか書いても!」

「……変なものじゃなければ、ね。少なくとも、普通の作品だったらいいから。それ以外を書いたらダメだけど。それでどう?」

「願ったり叶ったりだぜ! ありがとうございます! 女神様!」

「め、女神様はやめて!?」

「じゃあ、女王様!」

「間違ってないけど、友達にそう言われるのはなんか嫌だからやめて!」

 

 中学生の頃からとはいえ、それなりの付き合いになっている友達から、女王様と呼ばれるのはなんか嫌!

 

 本当のことだけど、それでもこっちと向こうは別だからさすがに……。

 

「イオとメイのあれこれはいいとして、だ。イオ、それでどうだったんだ? 孤児院巡りの方は」

「あ、そ、それなんですけど……色々とありまして……」

 

 あはは……と曖昧な笑みを浮かべながら、ボクは師匠に答える。

 

「……なるほど。その様子で理解した。よし、飯食べたら風呂入るぞ。そこで訊こう」

「え、お、お風呂ですか?」

「当たり前だろ? あたしも今日はちょいと動き回ってたんで、少し疲れていてな。できれば、早めに寝たいところなんだよ」

「そ、そうなんですね。じゃ、じゃあ……お風呂で……」

 

 ……少しは慣れたと思うんだけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよね……。

 

 まあ、師匠とは割とお風呂に入る機会が多いし、他のみんなに比べればマシなはず……!

 

 内心、そう思いながら夜ご飯を食べ進めた。

 

 

 夕食を食べ終えて、お風呂へ。

 

 男女別でお風呂があるということで、それぞれ分かれてはいることに。

 

 相変わらず裸だけど……うぅ、恥ずかしぃ……。

 

 まだみんなの方を直視できない……。

 

 どうにも、こう言うのは慣れないよ。

 

「……ふぅ~。魔族の国の風呂と言うのも、なかなかにいいものだな」

「ですね。肩こりがとれそうですよ~」

 

 師匠と話をするため、ボクと師匠はみんなより少し離れたところでお湯に浸かることに。

 

 二人並んで入ると、お風呂の気持ちよさで思わず声が出る。

 

「……さて、話をするとしようか。何があった? 一応、あたしが知っているものだと、最初のリルの所しか知らんから、他の所も教えてもらえると助かる」

「あ、はい。えっとですね――」

 

 ボクは師匠に孤児院巡りで知った出来事を全て話した。

 

 師匠には包み隠さずに話せるからちょっと気楽。

 

 他の人だと、ちょっと難しいところがあるからね……。

 

「……なるほどな。『転移』に、全属性の上位魔法を使い、さらにはレアな魔法と言われる属性も、か。ふむ……」

「師匠、何かわかりませんか?」

「……さぁな。とりあえず、そいつが『未来視』のようなものを持っていることはほぼ確実かもしれないな」

「そう、ですか?」

「ああ。普通、あの能力、もしくはスキルはな、持つ奴が本当にいない。少なくとも、数百年に一人現れるか現れないかくらいじゃないか?」

「ほ、本当にいないんですね」

「ま、未来を視ることができるなんていう、ぶっ飛んだものだからな。持ってるだけで、引く手数多さ。それに、正直な話、あたしでも発現条件は知らない」

「え、そうなんですか?」

 

 師匠が知らないなんて……。

 

 やっぱり、この世界と向こうの世界を含めて謎って多いんだね。

 

「そりゃな。まぁ、強いて言うなら、神とかが持っていたりすることが多いな。特に上の位の奴とか」

「上と言うと、どういう神様なんですか?」

「んー、創造神とか破壊神、あとは上位神とかだな」

「上位神?」

「あれだ。神の位って奴だよ。上から順に、創造神・破壊神→最上神→上位神→中位神→下位神→従属神となる。ネーミングセンスがないのは、あいつらがめんどくさがりだ」

「そ、そうなんですね」

 

 もしかして、神様って適当なのかな……?

 

 でも、たまに師匠から神様についての話を聞くことがあるけど、その度に『クソ野郎』とか『うざい』とか言ってくるんだよね。

 

 それに、割と適当とか……。

 

 どうなんだろう……?

 

「でまあ、今言った神たちが持っている場合があるんだが……まあ、それでも稀だな。時間に関係する能力やスキルって言うのは、言ってしまえばチートだしな。ステータスという存在がバグだと言うのは説明したが、要はそこそこのバグの中にさらに天文学的確率で生じるバグが発生するようなものだ。つまり、まず発現することはない、ということだな」

「な、なるほど……」

「ちなみに、時間系の能力やスキルを手に入れるより、宝くじで一番上の賞を獲る方がまだ現実的だ」

「え!?」

 

 それを聞いて、いかに確率が低いか理解したよ。

 

 むしろ、宝くじを当てる方がまだ現実的という言葉が何と言うか……強い。

 

「しっかしあれだな。異世界旅行に来たというのに、楽しんだり休んだりするどころか、お前は謎ばかりが増えるな」

「ですね……。ボクも、どうしてこうなっているのかがわかりませんよ。そもそも、そのボクらしき人は、ボクなのかどうかもわかりませんし……」

「そこなんだよなぁ……。しかし、記憶を覗いた時は、間違いなく該当する者が存在していた。そこが一番不思議なところだ。何せ、お前には記憶がない。そうだろ?」

「はい……」

「記憶がないということは、無意識で動いていたか、もしくはお前が多重人格か、のどちらかなんだが……」

「でもボク、多重人格者じゃないですよ?」

「……だよな」

 

 難しい顔をして、考え込む師匠。

 

 ボクの方も、それに釣られるように考え込む。

 

 無意識の方がそれらしいような気もするけど……だとしても、上位魔法や『転移』が使えることがおかしいしなぁ……。

 

 どうなってるんだろう?

 

「お前は色々と不思議な点も多いしな。なんだったら、お前が異世界人の子孫だということもあれだし」

「……それ、本当に驚きましたよ。でも、本当なんですか?」

「本当だ。間違いない。少し調べるのに手間取ったらしいが、割とすぐ判明したし、何より、お前の母親がその証拠と言ってもいい」

「母さんが? どういうことですか?」

「たしか、お前の母親って、小学生になる前くらいに両親を失った、って言う話だったよな?」

「はい、そうですね」

 

 交通事故って聞いてる。

 

 写真とか残っていないから、どういう人なのかボクも知らないんだよね。

 

「そもそも、だ。お前の家系図について色々と調べた時にわかったんだが、お前の母親は天涯孤独だったんだよ」

「え、そ、そうなんですか?」

「ああ。両親を失ったことで、な。どうも、他の親戚たちもいなかったらしく、一人だったそうだ。普通なら、ここで野垂れ死んでいても不思議じゃないが……普通に生きている。しかも、健康的に」

「そう、ですね。むしろ、すごく元気ですし……」

「だろ? そうなってくると、どうやってお前の母親が生き延びたのかが不明だ。あっちの世界には、能力とかスキルなんてもんは、本当に無意識でしか働かないし、そもそも習得すらしていない可能性があったからな」

「なるほど……。つまり、母さんが異世界人の子孫だったから、どこかで死んでしまうこともなく、今日まで生きてこられた、ということですか?」

「その通りだ」

 

 たしかに、師匠の言う通りかも。

 

 詳しく聞いたことがないから知らないけど、母さん曰く『運が良かった』だそう。

 

 運だけで乗り切れるような状況じゃないと思うんだけど。天涯孤独の状態って。

 

 そうなってくると、やっぱり特殊な何かが働いていたから、なのかな……?

 

 うーん、不思議。

 

「まあ、異世界人の子孫と言っても、戦国時代にまで遡るんだけどな」

「そんなに前なんですか!?」

「そんなに前なんだ。ざっと四百年以上前か。すごいよな、本当。あたしもびっくりだ。つまり、こっちの世界から向こうに渡った奴がいるってことだ」

「な、なるほど……」

 

 そんなに前の時代からの人なんだ……。

 

 ……うん?

 

「師匠、だとしたら、その……ボクの隔世遺伝、おかしくないですか?」

「……何がだ?」

「いえ、異世界人の子孫だと知らされた時は、あまりにも衝撃的すぎる事実に驚いてそこまで頭が回らなかったんですけど、よくよく考えたらこっちの世界に銀髪碧眼の人っていないじゃないですか」

「…………いや、お前が知らないだけで、いるかもしれないだろ?」

「でも、教会の人が『この世で、白銀の紙と翡翠の瞳を持つ者は、この世界を創りし創造神のみ』って言っていたんですけど。それに、こっちの世界にはそう言う人はいないって……」

「なぁイオ。突然変異って、知ってるか?」

「それはもちろん知ってますけど……」

「こっちの世界でそう言う人間現れても不思議じゃないだろ? そう言うことだ」

「……師匠、適当なことを言ってはぐらかそうとしてませんか?」

「気のせいだ」

「……本当ですか?」

「もちろんさ。あたしが嘘を吐いたことがあるか?」

「いっぱいあります」

「……そ、それはそれだ。別にいいだろ? 異世界人の子孫であることには変わらないんだし」

「むぅ……」

 

 これはこれ以上何を言っても無駄なパターンだね。

 

 こうなっちゃうと、師匠絶対に言わないんだよね……。口が堅いから。

 

「……まぁ、いいですけど。でも、いつかは教えてくださいよ?」

「何を言う。隠していることなんざないぞ? なんだ、あたしを信じることができないのか?」

「いえ、基本的には信用していますよ。理由があってのことだと思いますからね」

「……そうか。ま、それでいいよ。今は言う気はないしな」

「やっぱり、何かあったんですね」

「…………お前、カマかけたな?」

「ふふっ、引っ掛かる師匠が悪いんですよ~」

「お前、言うようになったな」

 

 ふっと気の抜けた笑みを浮かべる師匠。

 

 なんだか、子供の成長を見守る親のような表情だね。

 

 こんな顔するんだ、師匠って。

 

「……ま、ともあれお前の謎については、あたしの方でも調べておこう」

「ありがとうございます、師匠」

「いやなに。あたしも気になっていることは多いからな。ついでだ」

「そうですか。……さて、みんなの所に行きましょうか」

「だな。あー、こんだけ広いと、風呂に入りながら酒とか飲みたいもんだな。冷酒とかいいな」

「そんなものは無いですよ」

「じゃあ、出してくれよ、お前の『アイテムボックス』で」

「……仕方ないですね。せっかくの旅行ですし、特別ですよ?」

「よっしゃ!」

 

 本当、お酒好きだね、師匠。

 

 何のかんの言って、ボクも師匠に甘いような気がしてきた……。

 

 ……その内、大量のお酒をせびられそうだよ。

 

 この後、師匠がもっと酒を出せ! とか言ってきたけど、さすがに止めました。一升瓶で十本はやりすぎだと思うんです。

 

 お酒は、ほどほどに。




 どうも、九十九一です。
 こっちの投稿がまたストップしてすみません。一応副作用が原因ではあります。こっちの小説はある意味本調子じゃないと書けない、みたいなところがあるので、息抜き用の方を代わりに書いていました。あっちはそれなりに不調でも書けますからね。そう言う意味ではありがたい存在かも。
 話は変わりまして。去年の十一月と今年の一月くらいですかね? それくらいにこの小説のイラストを書いてくれた、krytennさんという方から再びイラストを描いていただきました!
 挿絵を入れておきますので、見てみてください!

【挿絵表示】

 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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452件目 事件発生

 翌朝。

 

 孤児院巡りや王都からの移動などで思ったよりも疲れていたボクたちは、ぐっすりと眠ることができ、すっきりとした目覚めになりました。

 

 みんなで朝食を食べた後は、みんなで観光することに。

 

 師匠だけは、調べものがあると言って個別行動をとったけど……。

 

 一応、ボクのことも調べてくれるみたいだし、その辺りは本当にありがたい。

 

 いい師匠を持ったよ、本当に。

 

 

「うーん……」

 

 早速観光に繰り出したボクたち。

 

 なんだけど、ボクはみんなと歩きながら少し唸っていた。

 

「ねーさま、どうしたのじゃ?」

「お腹が痛いんですか?」

「あ、ううん。違うよ。ちょっと考え事……というか、気になることがあってね」

 

 メルたちが唸るボクを心配してか、声をかけて来た。

 

 別に体が不調というわけではないので、問題はないけど……。

 

「依桜、何が気になるの?」

「えーっとね、昨日スイが過ごしていた孤児院に寄った時に、黒い翼を生やした人影が多く目撃されているらしくてね。まあ、何と言うか……その人影の人たちが心配でね」

「その人たちが危険な目に遭うかもしれない、って意味か?」

「ううん、そうじゃなくて、その人たちが何か問題を起こさないかどうかをね。ちょっと、色々と問題のある人たちだから」

 

 まあ、人ではないんだけどね。悪魔だし。

 

 だからこそ、色々と問題があるわけで……。

 

 それに何をするかわからないんだよね。

 

 ちらほらとこっちの世界での目撃情報があるみたいだし、被害が出ている村や町もあるようだからその辺りが心配。

 

 クナルラルの方にも出現しているみたいだから、その辺りも心配なんだよね。

 

 これでもし、みんなに危害が及ぶようだったら、ボクは何をするかわからないもん。

 

 もしかすると、悪魔王って言う人の所に直接出向いて、色々やっちゃうかも……。

 

「その人たちが何かしたの? 依桜ちゃん?」

「はい。向こうの世界で、色々とやらかしてくれまして……。あと、こっちの世界でもちょこちょこやらかしてます」

「ねね、それって何をしたの?」

「ショッピングモールで暴れてたよ。こっちの世界では落書きとか畑に水を必要以上に上げていたりとか、その他にも色々と……」

「前半と後半でなんかスケール違くね? って言うか、ショッピングモールで何したんだよ」

「えーっと……まあ、その、文字通り暴れてたよ。人を殺そうとしていた……かな。あれは」

「うっへー、あっちの世界にそんな危険な人がいるんだ……。こっちだけが危険じゃないんだねぇ」

「いや、あの時は結構特殊な例だと思うけど……」

 

 師匠が言うには、悪魔は呼び出さない限り出て来ることはないらしいし……。

 

 ただ、学園長先生の研究によって、『空間歪曲』がそこそこ発生しているため、悪魔が着やすくなっているかもしれないらしいけど。

 

 でも、こっちの世界は向こうとは違って、悪魔を呼びやすいみたいだけどね。

 

 あれかな。こっちはステータスとかが常識として認知されているからかな?

 

「それで、その悪魔はどうしたの?」

「えっと、心臓の辺りをぷすってしたんだけど、逃げられちゃって」

「「「「「「……え?」」」」」」

「え?」

 

 あれ、ボク変なこと言った……って、あ。普通に考えたら心臓を刺すのって、相当よくないことだった!

 

「さ、さすが元暗殺者。ためらいがねえ」

「なるほど……暗殺者として過ごしていると、自然に急所を狙うんだね。それも、なにもおかしいとは思わないような、自然な口調で。……これは、演技に使えそう」

「依桜ちゃんすごいね! でも、ちょっと怖いかな?」

「はぅっ! だ、だってその時、周囲のお客さんにも被害が出そうだった上に、メルたちを生贄にする、みたいなことを言いだしたから、怒ってつい……」

「「「「「「あぁ、それなら納得」」」」」」

 

 メルたちのことを言ったら、なぜか納得された。

 

 なんで?

 

「今の依桜に、それは悪手すぎんだろ。命知らずにもほどがあるぜ」

「……メルちゃんたちを傷つけられることを、極端に嫌うからな、依桜は」

「さっすがドシスコン!」

「そこまでじゃないよ!?」

「でも依桜ちゃん、プールでの騒動の時も本気で起こってなかったかな? うち、あれはすごいと思ったよ」

「うっ、だ、だってリルを人質に取るんだもん、あの人。あれくらいは許してほしいです」「そこがシスコンだと言われる所以だと思うんだけどね、私は」

 

 ボク、シスコンじゃないもん……。

 

 みんなが可愛いから、つい構っちゃうだけだもん。

 

「イオねぇ! 今日はどこ行くの?」

「うーん、そうだね……ボクもこの辺りは詳しいわけじゃないし、この辺りを回ってみよっか。みんなもそれでいい?」

 

 と、ボクがみんなに尋ねると、程度の差はあれど笑顔で頷いてくれた。

 

 よかった。

 

「じゃあ、出発!」

 

 残りの旅行は、楽しむだけだね!

 

 

 いつもなら、そう思うと何らかの事件に巻き込まれたりするんだけど、今日は運がいいのか、何事も起きることなく観光ができてます。

 

 今だって、

 

「ん、これ美味しいわ」

「スイーツってあるんだね!」

「むぐむぐ……おー、この味いいね! 頑張って、向こうのお店で再現してみようかな?」

「不思議な味……。甘みと酸味が交互に来る。これが異世界のスイーツ……!」

 

 女性陣がスイーツを食べ歩いているしね。

 

 ちなみに、メルたちも美味しそうに食べています。

 

「やっぱり、ここの果物は美味しいのじゃ!」

「はい! 甘くてとっても美味しいです!」

「すっぱさも、あって、おいしい……!」

「はむはむ。こっちも美味しいよ!」

「私も食べてみたいのです!」

「……うまし」

 

 うん、はしゃいでるね。

 

 元気が一番だね、やっぱり。

 

 反対に、晶と態徒の方はと言えば……。

 

「うぷっ、俺はもう無理……」

「き、奇遇だな。オレもだぜ……」

 

 先ほどから強制的にスイーツを食べさせられているおかげで、二人ともグロッキー状態。

 

 少し青い顔をしているし、口元を手で押さえているところを見ると……本当にきついんだね。

 

 まあ、結構食べたもんね。

 

 少なくとも、お昼ご飯いらないんじゃないの? って言うくらいには。

 

 ボクは……まだまだ食べられます。

 

「んっ~~! 美味しい!」

 

 はぁ、甘いものを食べるのって幸せ……。

 

「……依桜の胃袋も割と底なしな気がするぜ、オレ」

「……まあ、あの細い体のどこに食べ物が収まるんだ? と昔から気にはなっていたが……今の依桜を見れば納得だろう。どう見ても、胸に行っているな、あれ」

 

 うん? 晶と態徒がボクを見てる……? しかも、呆れたような、それでいて戦慄したような表情を浮かべているんだけど……ボク、何かおかしなことした、かな?

 

 してないよね? ただ、スイーツを食べているだけだし……。

 

「それにしても、平和な国だねぇ」

「そうだね。ボクも最初は魔族の国と聞いた時は、どんな暴言が飛んでくるか冷や冷やしていたけど、想像以上にいい国だと知った時は本当に驚いたよ。だって、こんなに綺麗な国なんだよ? 正直な話、ここ以上にその……汚い国とか、人間の国にあったからね……」

「魔族の方がいい人が多いっていうことだね!」

「ボクとしてはそう思ってるかな」

 

 なんと言うか、下手に騙そうとするような感じが見られないんだよね。

 

 人だとこう……騙そうとする人が多いから。

 

 商売だったり、ギルドへの虚偽申告だったりと、その他にも色々。

 

 だけど、魔族の人たちってあまり嘘を吐かない。

 

 この辺りは戦争中にうっすらと感じていたよ。そして、魔族の国で女王になってからそれが確信に変わったかな。

 

 だって、本当にいい人ばかりなんだもん。

 

 ある意味では、こっちの国の方が居心地がよかったり……。

 

 まあ、昨日のクーナが住んでいた町のように、なんかボクを神様のように敬ってくる人もいるんだけどね。

 

 一応人間なんだけどなぁ……。

 

「でもよ、依桜がいるのにここまで何も起きないってのも不思議な感じだよなー」

「それどういう意味!?」

 

 まるでボクがトラブルメーカーみたいだよ!

 

「いやだってよ、依桜がいるといつもなんか事件に遭遇するだろ? 実際、今までだってそうだったし」

「うぐっ……」

「まあ、そうよね。私もここまで順調に観光が進んでいる時点で、なんか違和感を感じるわ。あれじゃない? 今は一時的に何も事件が起こっていないけど、その内起こるんじゃない? 例えば……あの辺が爆発するとか」

 

 街の一角を指さして、冗談めかしながら言う未果。

 

「あはは。さすがにないよ。戦争はとっくに終わってるんだし、今更そんなことをする人たちなんて――」

 

 ドゴォォォォォォォォォンッッッ!

 

「……さすがに、何?」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇ?」

 

 急に街の一角が爆発した。

 

『きゃああああああああああああああっっ!』

『うわああああああああああああああっっ!』

「え、な、何々!? 何が起こってるの!?」

 

 突然の出来事に、エナちゃんがパニックを引き起こす。

 

 それに釣られるように、他のみんなも一様に不安な表情を見せている。

 

 ――っ!

 

「みんな、一旦ボクの方に集まって!」

 

 数瞬遅れだけど、パニックになりかけているみんなに急いで指示を出す。

 

 すると、すぐに理解したみんながボクの所に固まる。

 

 これでよし。

 

「様子を見てこないと……!」

 

 ボクは急いで分身体を二十人ほど創り出す。

 

「わっ、依桜君が増えた!」

「いい? 一番~十二番のボク。それぞれ散開して、街の人たちを助けて回って! 十三番~二十番のボクはここに残ってみんなを守って!」

『了解!』

 

 分身体に指示を出し、行動に移る。

 

「みんな、ボクはちょっと様子を見てくるから、なるべく分身体のボクを頼って! 少しは力が弱くなるけど、大抵のことはどうにかしてくれるから!」

「ねーさまは……?」

「ボクは一応女王だからね。行かないと」

「な、ならば魔王である儂も……!」

「だめ。メルはまだまだ子供なんだから。無理しなくてもいいよ。それに、こう言うのはお姉ちゃんであるボクがやるって、相場は決まってるからね」

「……そんな相場なくね?」

「いいの。……みんな、出来る事ならメルたちのことを気にかけてあげて」

「もちろんよ。そもそも、何かあったら依桜がなにするかわかったもんじゃないし。何が何でも死守するわ」

 

 そう言う未果のセリフに賛同するように、他のみんなも頷いてくれた。

 

 よかった……。

 

 この中でメルたちが一番小さいからね。その辺りが心配。

 

 一応、分身体のボクを置いていくとは言え、危険があることに変わりはないし。

 

「それじゃあ、行ってくるね!」

 

 ボクはそう言って、その場を離れた。

 

 ああもう! 平穏な観光はどこへ行っちゃったの!?




 どうも、九十九一です。
 えー、山場に入りました。異世界旅行編の。本来なら、六日目に書くつもりだったんですけど、何も思い浮かばなかったので、五日目に回すことにしました。仕方ないね。
 山場と言っても、割とすぐに終わるんじゃないかなぁ……。まあ、バトルシーンが結構入るような気がしてなりませんが……うん。まあ、頑張ります。苦手だけど。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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453件目 魔界へ

 問題が発生した箇所へ向かうと、そこには……

 

『ギャハハハハ! なんだよなんだよ! 脆いじゃねえかよォ!』

『んじゃあ、オレあっち!』

『じゃオレはあっちで暴れるぜ!』

 

 悪魔がいた。

 

 しかも、今回は今までとは違い一体だけ、というわけではなく、複数体いるみたい。

 

 口ぶりから察すると、さっきの爆発は悪魔が原因、ということだよね?

 

 …………イラッとする。

 

「そこの悪魔さんたち、ちょっといいですか?」

 

 メルの故郷であり、ジルミスさんたちトップの人たちが頑張って再建した街を壊されて、ここの住人の人たちにも危険が及んだことに対し、ボクは怒っています。

 

 あのボロボロだったこの街が、戦争なんてなかったかのように復興していたのを見た時は、本当にすごいと思ったのに、この始末。

 

 邪魔しかしない。

 

 だからか、ボクの体からは自然と殺気が漏れているみたい。

 

『おいおい、人間がいるじゃねーかよ!』

『魔族の国って聞いてたんだがなー』

『何の用だよ、嬢ちゃん。ここにいると、死んじまうぞ~?』

「……何してるんですか? ここで」

『あ? んなもん決まってんだろ。暴れてんだよ』

「……なんで、ここで暴れてるんですか?」

『ここが一番繋がりやすかったからなァ! いい国だぜぇ。ここの奴らは体が頑丈だしよ! 見ろよ、こーんな怪我をしているのにまだ生きてんだぜぇ~?』

『うぅっ……』

 

 ふざけたように話す悪魔の足元には、傷ついた魔族の人たちがいた。

 

 よく見れば、酷い怪我を負っている人もいるし、子供だって……。

 

 ……。

 

「……ぶち殺しますよ?」

『『『――ッ!?』』』

 

 言葉と共に強い殺気を放つと、悪魔たちは瞬時に下がる。

 

 ダメ。これは我慢できない。

 

 メルや、一応とはいえボクの国でもある場所でこんなことをするのは、本当に許せない。

 

 ボクが殺しに躊躇いのない人間だったら、間違いなくこれを見た瞬間に殺してる。

 

 でも、感情のままに動くはダメ。それは悪手だし、何より弱点を作りやすくなってしまう。

 

 師匠にはそう教わったから。

 

『な、何だよ、今の殺気……!』

『外見からは想像もつかないほど、強烈だったぞ……!?』

『何なんだ、あいつはァ!』

 

 悪魔たちがごちゃごちゃと何か言っているようだけど、関係ない。

 

 悪魔たちを倒すよりも、こちらが先。

 

 ここで悪魔を優先するようなら、女王失格以前に人間として失格だと思います。

 

「大丈夫ですか?」

『あ、足が……!』

『脇腹の辺りが……』

『痛い、よぉ……』

 

 怪我人が多い……!

 

 目算でも十数人はいる。

 

 人間だったらたしかに結構危なかったかもしれない。この辺りは、本当に魔族の人たちでよかったと言わざるを得ない。

 

 まあ、何も起こらないで平穏に暮らすのが一番なんだけど……。

 

 それにしても、怪我人が多いのはちょっとまずい。

 

 仕方ない。

 

「『分身体』」

 

 一人では手が回らないけど、分身体を出そう。

 

 他の分身体たちは、別の個所で動いているからこっちに呼び寄せるのは危険だし。

 

 それに、まだ出せるからね。それなら、そっちを使った方が何かと便利だし、手っ取り早い。

 

「みんな、怪我をしている人たちを安全な場所へ。その後治療をお願い」

『『『了解!』』』

「じゃあ、早速行動に移って!」

 

 そう言うと、ノータイムで動き出してくれた。

 

 さすがボク。

 

 考えていることは同じだね。

 

 まあ、『分身体』だから同じなのは当たり前なんだけどね。

 

 そんなボクの分身体たちは、ボクの指示通りに動いてくれて、怪我人を優しく移動させてくれた。本来なら、下手に動かさない方がいいんだけど、この場は危険だからね。

 

 魔法での治療が可能だから、申し訳ないけど我慢してもらうしかない。

 

 そして、周囲に人がいなくなったをの確認すると、ボクは悪魔たちに向き直る。

 

 にっこりと笑顔を浮かべて、ボクは悪魔の一人に瞬時に接近。

 

「じゃあ、まずは一発ですね♪」

『へ? ぐべぇッ!?』

 

 そしてそのまま顔に拳を叩きいれた。

 

 なんの防御も受け身もとらないで喰らったからか、悪魔の人はかなり吹き飛ばされていった。

 

『なっ、て、テメェ、いきなり攻撃するとか卑怯だろうが!』

「卑怯? 何を言ってるんですか? そちらが先にやり始めたことでしょう? それに、ボクは暗殺者です。必要とあらば、卑怯なこともしますよ? 手段は選ばないんです。師匠にそう教わりましたので♪」

 

 そもそも、暗殺者相手に卑怯という方が変だもん。

 

 暗殺者は、バレないように殺すのがお仕事なんだから。

 

 まあ、ボクはそこまでしてないんだけどね。

 

 でも、今は別。

 

 こればかりは、どんな手段を使ってでも倒しますとも。

 

 だって、悪魔って結構面倒くさい相手なんだもん。

 

 ショッピングモールで理解していますとも。

 

「それで? あなたたちの目的は何ですか? 正直に答えてください」

『ハッ! お前なんかに教えるかよ! おいお前ら! やっちまえ!』

「はぁ……。じゃあ、ボクが勝ったら、無理矢理にでも教えてもらいますよ」

 

 呆れつつもボクは太腿に着けているナイフポーチからナイフを二本取り出すと、そのまま構えた。

 

 

 そんなこんなで始まった戦闘。

 

 チンピラのようなセリフを吐き、悪魔たちが依桜に襲い掛かる。

 

『オラァ! これでも喰らいやがれ!』

 

 一人の悪魔が例の黒い靄を槍上に形成し、それを射出してくる。

 

 それに便乗するように、他の悪魔たちも様々な方向から槍を射出し、依桜に攻撃を仕掛けてくる。

 

 心臓やら首、頭を狙ったものも混じっている辺り、悪魔である。

 

 しかし、そんな攻撃は全て空振りに終わる。

 

「ふっ――!」

 

 人一人入れるかどうかのスペースに体をねじ込み、依桜は槍を回避していく。

 

 途中体に刺さりそうなものもあったが、そこはナイフで切り落とす。

 

『ハァッ!? なんでナイフで切れるんだよ!?』

 

 通常のナイフでは切断は不可能だが、依桜には『付与魔法』もあるし、なんだったら『神気』も持っている。

 

 それを手に持っているナイフに付与すれば、当たり前のように切れる、というわけだ。

 

 実際、ミオに操作の仕方を教えてもらってから、こっそり練習していたりするので、纏わせるくらいなできるようになっているのである。

 

 創造や攻撃に転換させることはまだできないが、近い将来出来るようになりそうである。

 

「はぁっ!」

『ごへ!?』

 

 一番最初に槍を放ってきた悪魔に肉薄すると、そのままナイフの峰で殴る。

 

 聖属性+神気が纏ってあるので悪魔には大ダメージ!

 

 悪魔には効果抜群である。

 

 それにより、一瞬で意識は落ち、再起不能に。

 

『クソッ! これでも喰らいやがれ!』

 

 悪魔が一体倒されたことに怒った別の悪魔が、依桜の背中目がけて銃弾のような黒い靄を撃ち放ってくる。

 

 弾は依桜の背中に当たるかに見えたが、依桜はその場で軽くしゃがみ、そのまま後方に飛ぶと、弾を撃った悪魔めがけて別のナイフを投擲。

 

『身体強化』も使用しているので、ものすごい勢いでナイフは飛ぶ。

 

 すんでのところで悪魔は体を捻じってナイフを回避。

 

 内心焦ったものの、嘲笑うかのように依桜を見るが……次の瞬間には依桜はいなかった。

 

 慌てて周囲を見回していると、

 

「こっちですよ、こっち」

『は――ごふっ』

 

 いつの間にか背後に立っていた悪魔にナイフをぶっ刺していた。

 

 急所は外しているので死ぬことはないが、先ほどの悪魔と同じように気絶する。

 

 この場にいた悪魔は合計で十体。

 

 ほぼ一瞬で悪魔を二体倒されたことにより、他の悪魔たちも様子を伺っている。

 

 しかし、そんなもの依桜には関係ない。

 

 おおよそ、ここにいる悪魔はそこまで強くないと判断した。

 

 仮に想定以上に強かったとしても、自分の手に余るような悪魔はいないと考える。

 

「次、誰が来ますか? もちろん、全員でかかってきてもいいですよ」

 

 にこっとした笑みを浮かべて、挑発するように言い放つ依桜。

 

 さすが悪魔と言うべきか、

 

『何だと……? おい、お前ら、この際もういい、こいつをぶっ殺せ!』

『『『オォ!』』』

 

 普通に挑発に乗って来た。

 

 悪魔は本来、人間よりも強い種族であるため、下であると思っていた者からの挑発には弱い。

 

 強い=偉い、みたいな構図が出来上がっているからだ。

 

 しかし、目の前の女――依桜は考えるまでもなく強かった。

 

 実際、ここにいる悪魔がリーゲル王国の王都に出現した場合、ヴェルガの手に余るどころか、下手をした勝てないくらいの力はあるのだ。

 

 それに、聖属性か神気を介した攻撃でなければ攻撃が通じないことから、人間で悪魔に勝てる者は少ないのだ。

 

 だからこそ、強者だと思っていた。

 

 そんな強者たちは、

 

「やぁっ!」

『『『ギャアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!』』』

 

 可愛らしい外見に、可愛らしい声をした美少女にコテンパンにされているわけだが……。

 

 ある者は投擲されたナイフで倒され、ある者は蹴りで。ある者はナイフで刺され、ある者はハンドガンで倒された。

 

 なぜ、依桜がハンドガンを持っているかと言えば、まあ……『アイテムボックス』である。

 

 実は球技大会辺りから、銃は生成してあったりする。

 

 最初は上手く作れなかったが、銃の構造に関する知識を頭に入れ、それを思い浮かべながら生成したところ、見事に作成できた。

 

 弓矢も問題なく扱える依桜なので、射撃能力にはそこまで問題はなかった。

 

 しかし、ミオが、

 

『とりあえず、あたしが許可するまで絶対に実戦で使うな』

 

 と言っていたので、依桜は人目につかないところで練習していたのである。

 

 そして、つい最近許可が下りた、というわけだ。

 

 これにより、依桜の攻撃手段はかなり増えた。

 

 現在はハンドガンくらいしか作れないが、その内他の銃火器も作れそうである。

 

 何しろミオが、

 

『お前、なるべく全種類の銃火器は作っておけ。いつか使える日が来るかもしれない』

 

 と言っていたから。

 

 要は師匠命令である。

 

 ちなみに、現在の依桜の射撃能力はとんでもないことになっており、百発百中である。

 

 的を設置し、二百メートルほど離れていても中心に当てることが可能である。

 

 動く的の方の狙撃も問題なく行えることから、相当な射撃能力を持っていることになる。

 

 まあ、球技大会でその異常な射撃能力を見せていたことから、その片鱗はあったが。

 

 これにより、依桜は長距離からの攻撃を可能となった。

 

 一体、どこへ向かっているのだろうか、このTS娘は。

 

『くっ、逃げるしかねぇ!』

 

 ここで、悪魔のうち一体が逃げ出した。

 

 他の九体は全て依桜に倒されており、全員気絶中。

 

 どんな時でも無駄な殺生はしない依桜である。

 

 誰かを殺していたら、確実に殺されていたと思うが。

 

 そんな悪魔は急いで逃げ出すと、未果たちがいる方向へと逃げる。

 

「させないっ!」

 

 悪魔の後を追って、急いで走る依桜。

 

 悪魔の方は建物を破壊しながら進んでいく、幸いだったのは、分身体に魔族たちを非難させていたり、守らせていたことだろう。

 

 そうでなければ、かなり被害が出ていそうだ。

 

『おっ! いい人間ども見っけ! 魔族もいるが、まあいい! ストレス発散に使ってやるぜ!』

 

 そんな悪魔は、未果たちを見つけてしまった。

 

 しかし、

 

『『『やらせません!』』』

 

 依桜×8によってそれは阻まれた。

 

『ぎぃやああああああああああああ!?』

 

 八人の依桜による連携攻撃で悪魔は倒された。

 

「さ、さすがボク。みんなの危機にはかなり早い対応」

 

 未果たちもあると思うが、一番はメルたちに危害が及ぶと考えたからではないだろうか。

 

 重度のシスコンは強いのである。

 

「まったく、みんなに危害を加えようとして……。とりあえず、この人でいいかな。みんな、ちょっとだけ待っててね。すぐに終わらせてくるから。尋問を」

「「「「「「あ、ハイ」」」」」」

 

 底知れぬ恐怖を感じたのか、未果たちは引き攣った笑みを浮かべながらそう返した。

 

 

「それで? なんでこんなことをしたんですか?」

『お、教えられるか! 悪魔にだってな、守秘義務ってもんがあ――』

 

 ドゴンッ!

 

 縛り上げた悪魔の顔の横を、依桜の拳が通過し、後ろの壁に穴を開けた。

 

 依桜はにっこにこ顔である。

 

 依桜、割と本気で切れている。

 

「言わないと、この手があなたの顔に行きますけど……それでも、いいんですか?」

『お、脅しには屈しねぇ! オレは悪魔だ! 約束事だけは守るんだ!』

「へぇ~、そうですかぁ……。じゃあ、次は当てますね」

『や、やるならやれ! し、知ってるぞ! お前は甘い奴だってことを! その魂を見れば――』

「うるさいですよ」

『ぎゃぶっ!?』

 

 躊躇うことなく、依桜は悪魔の顔面に拳を叩き込んだ。

 

 やる時はやる女。それが依桜である。

 

「ボクが……なんですか?」

『い、いでぇ……いでぇよぉ……』

「何を言ってるんですか。あなたたちだって、ここの人たちに怪我を負わせましたよね? それなら、自分たちもそれに見合った報いを受けないとダメですよね?」

『し、知るか! オレたちは自由気ままに生きてんだよ! やりたいようにやる! それだけだ!』

「……ふーん。そんなこと言っちゃうんですか。じゃあ、死んでもいい、ということでしょうか?」

『し、死……?』

 

 ものすごく威圧感のある笑顔を向けられて、悪魔は思わず呆然となる。

 

「はい、死です。この世からいなくなる、ということですね」

 

 そして、無慈悲にも依桜は笑顔で丁寧に説明する。

 

 なんと言うか、さすがあれの弟子である。

 

『お、お前にやれんのかよ』

「やれますよ? たしかにボクはあまり殺したりとかしませんし、そもそもやりたいとも思いません。ですが、反省をしない、もしくは更生の余地なしと判断すれば、躊躇いはするものの、殺しますよ?」

『え……』

 

 実際、依桜の暗殺者としての考えはこれである。

 

 更生の余地ありと判断すれば殺しはしないが、更生の余地がないと判断すれば殺すのである。

 

 ミオが言うには、

 

『身体能力やステータス的なことで言えば、暗殺者としての才能は随一。だが、暗殺者として活動する上では絶対に向かない』

 

 とのこと。

 

 まあ、身体的な才能と、精神的な才能が真逆なのだ。

 

 しかし、だからと言って絶対に殺さないわけではなく、自分の大切な人たちが傷ついたり死んでしまうような状況になるかもしれないと判断したら、殺しはするのである。

 

 ある意味では、日本人としての感覚を持ったまま暗殺者になった、とも言える。

 

「たしか、聖属性や神気が苦手なんですよね? じゃあ、それで心臓をぷすってしますけど、いいですか?」

『や、やれんのかよ』

「やれますよ。あ、でも、ボクって意地悪なので、聖属性や神気だけでなく、回復魔法も付与しちゃいますけど、我慢してくださいね?」

『……は?』

「でも、そうですねぇ……貴女から情報を引き出せるとは思えませんし、選ばせてあげます。一つは、情報を話すこと。もう一つは……悪魔王という人の所に連れて行ってください」

『は、ハァ!?』

「じゃあ、三つ数えますね。はい、いーち。にーい。さー」

 

 ナイフを構えながら、にこにことした笑みを浮かべてカウントする様を見た悪魔は、本気だと悟る。

 

 このままでは、本当に地獄のような苦しみを味わわなければならない、そう考えた悪魔は……

 

『わ、わかった! あ、悪魔王様の所に連れて行く! だ、だから、命だけはどうか!』

 

 普通に命乞いをした。

 

 ちなみに、依桜は本気で刺そうとしていたりする。

 

 ピタッ! と胸から数ミリほどの距離でナイフが制止。

 

「それならよかったです。無駄に殺したくはありませんから。……さ、案内してください。悪魔王さんはどこですか?」

『……そ、その前に訊く。一体何の用で悪魔王様に会いに行くんだ?』

「決まってるじゃないですか。下の人がダメなら、上の人に聞くまでですよ。トップの人なら教えてくれそうですし」

『し、死ぬぞ』

「大丈夫ですよ。こう見えて、結構強いので」

 

 傍から聞いていると、死亡フラグにしか聞こえないが、異世界から帰還して以降の依桜は、たしかに帰還前――魔王討伐時よりも強くなっている。ステータスとしてはそこまででもないが、それ以外の部分においては強くなっているのである。

 

 ちなみに、今の依桜があの時の魔王と戦えば多少は苦戦するかもしれないが、それでも余裕で倒せるほどにはなっていたりする。

 

 ミオがほぼ原因ではあるが。

 

「早く連れて行ってください。さもないと、ぷすってしちゃいますよ?」

『わ、わかった! わかったからその物騒なもんはしまってくれ! く、クソッ、こんな奴に負けるなんて……』

「早くしてくださいよ」

『急かすなよ! ったく……。……ほれ、ここを通れば魔界だ。悪魔王様は一人そこにいるから、本人に聞いてこい』

 

 悪魔は空間に黒い穴を出現させた。

 

 これは、空間歪曲を利用したもので、それなりの肉体強度を持っていなければ通ることはできないが、依桜は余裕で通ることが可能である。

 

 この悪魔、実は偽の穴を作ろうかと考えたが、なぜか作ったら死ぬ気がして作らなかった。

 

 まあ、仮にそんなことをしていたら、本当に殺されていたのだが。

 

「ありがとうございます。では……っと、そうだった」

 

 穴に入る直前で、依桜は思い出したようにスマホを取り出す。

 

「あ、もしもし、師匠ですか?」

『ああ、どうした? 今忙しいんだが……』

「それはすみません。えっとですね、魔族の国が悪魔たちに襲撃されたので、魔界に行ってきます」

『……ちょっと待て。どうしたらそうなる』

 

 電話の向こうで呆れたような気配がする。

 

「え? だって、みんなを襲うとしたり、魔族の人たちを酷い目に遭わせたりしたので。直接トップの人に直談判しに行こうかな、と」

『……お前、なかなかすごいな。まあ了解だ。となると、あたしは引き続き動いた方がいいか』

「どういうことですか?」

 

 ミオがなにをしているのか気になる依桜。

 

『いや、どうも各地で悪魔が出ていてな。あたしは今、そいつらをぶっ飛ばして回っているんだよ』

 

 そんなミオからは、こんな答えが返って来た。

 

「あ、そうなんですね。……となると、魔族の国が少し手薄になっちゃうかも……」

 

 依桜の心配は最もである。

 

 分身体を残して行くとは言え、手薄になる可能性がある。

 

 分身体は基本、身体能力が低下するので、倒される可能性があるからだ。

 

 まあ、依桜くらいだったらそこまで問題はなさそうではあるが……。

 

『安心しな。そっちに分身体もよこすから。あたしが二人くらいいればいいか?』

「全然大丈夫です。一応、ボクも分身体を残して行くつもりなので」

『了解だ。気を付けて行って来いよ。まあ、今のお前なら、悪魔王は余裕だと思うがな』

「だといいんですけどね。それでは、行ってきます」

『ああ、いってらっしゃい』

 

 心配事がなくなると、依桜は穴に向き合う。

 

「じゃ、早速出発!」

 

 まるで、遠足にでも行くかのような、軽いノリで依桜は穴に飛び込んでいった。




 どうも、九十九一です。
 山場ですね。一応。次回は悪魔王さんとの対面ですね。まあ……そこまで戦闘にはならないんじゃないですかね。あんなキャラだし。意外とゆるーく終わるかも。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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454件目 契約

「ここが、魔界……」

 

 穴に飛び込んで辿り着いた場所は、何と言うか……全体的に黒、という印象を受ける場所だった。

 

 どうやら建物の中らしく、石のような材質で出来た壁がある。

 

 見た感じ、ここは廊下かな?

 

 少なくともボクの周囲には何らかの気配はなく、襲われる心配もなさそう。

 

 ただ、ショッピングモールでの戦闘経験から、『気配感知』が通用しない場合があるんだよね……。

 

 あの時は地味に大変だったなぁ。

 

 今までもああいった敵とは戦ってきたけど、まさか向こうの世界でそう言う相手に遭遇するとは思わなかったもん。

 

「……さて、問題の悪魔王さんは……この奥、かな?」

 

 親切なことに、あの悪魔は悪魔王さんがいる場所から近い位置にゲート(?)を開いてくれたらしい。

 

 この奥から、大きな反応がある。

 

 ただ……なんだろう、この気配の感じだと……楽しんでる? 一体何を?

 

 これでもし、向こうの世界を襲っていることに対して楽しんでいるのだとしたら、お仕置きしないといけないよね。

 

 仮に、強かったとしても、意地でも勝たないと。

 

「……ここ、だね。よし、入ってみよう」

 

 禍々しい意匠が凝らされた大きな扉に辿り着き、ボクは意を決して扉を開いた。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……という音を立てながら扉は開いて行き、視界に大きな広間が飛び込んできた。

 

 なんと言うか、神殿みたいな感じ、かな?

 

 ギリシャにありそう。

 

 石柱が両サイドに一列に並んでいて、道の真ん中には紫と赤を基調とした絨毯が敷かれており、それが奥へと続いていた。

 

 遠目に階段と椅子が見える。

 

 その椅子には……

 

「誰か、いる?」

 

 何かが座っているように見えた。

 

 一体、誰がいるんだろう?

 

 何も警戒しないで進むのは自殺行為なので、もちろん『気配遮断』と『消音』は使用してます。

 

 本当に便利だからね、この二つは。

 

 でも、バレないとも限らないのでいつでも戦闘できるように、構えておくのも忘れずに。

 

 そうして、ボクが先へ進んでいくと……

 

「お、おぉぉぉぉ、こ、ここからどうなるのだ……? くっ、つ、続きが気になる……が、しかし……! わ、我も行かないといけないが……! ぐぬぬぬぬ! あ、悪魔王である我の心をがっちりキャッチするとは! なんという……何と言う恐ろしいものなのだ! 同人誌とは!」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

 …………………………えぇぇぇぇ?

 

 いや、えぇぇぇぇ?

 

 ちょっと待って。

 

 今、同人誌って言った?

 

 もしかして悪魔王さん……同人誌を読んでたりしない? 気のせい? 気のせいだと言って!

 

「で、でも、た、確かめてみないと……!」

 

 恐ろしい……ここまで確かめることに対して恐ろしいと思ったことはないよ、ボク!

 

 で、でも、確かめないと話し合いもできないし……う、うん。行ってみよう。

 

「…………」

 

 悪魔王さんに近づき、手に持っている本を見てボクは……絶句した。

 

 というか、え、本当に?

 

 どこからどう見てもこれ……同人誌だよね? というか、『謎穴やおい』って書いてあるんだけど。何だったら、背表紙に書かれてるこのキャラクターって……男の時のボクと晶、だよね? ま、まさかこれ……BL!?

 

「ふぉぉぉぉぉ! え、エロエロなのだ! なんという背徳的な世界! これは素晴らしい! この書物を描いた者に会ってみたいのだ!」

 

 ……どうしよう。

 

 もともと、悪魔王さんと戦う気でほとんど来ていたんだけど……これは、出鼻をくじかれた気分なんだけど……。

 

 ボク、帰っていいかな。

 

 なんかこの人、ボクに気づいてないみたいだし……。

 

 でも、帰り方わからないんだよねぇ……。

 

 そうなると、この人と話さないといけないわけで。

 

 ……まあ、仕方ない、よね。

 

「あ、あのー……」

「だ、誰だ!?」

 

 ボクが声をかけた瞬間、ものすごい勢いで本から顔を上げ、警戒し始めた。

 

 何だろう、日記を書いている時に母親に見られたような女の子みたいな反応なんだけど。

 

「えーっと、悪魔王さん、ですよね?」

「くっ、す、姿が見えないのだ……! 隠れてないで、出てくるのだ!」

 

 あれ、もしかして本当に見えてない?

 

 一応『気配遮断』の効果って、認識を阻害するようなものであって、決して見えなくなるような能力じゃないんだけどなぁ……。

 

 と言っても、気配を探る能力が高くなければ見えないのと同じではあるけど。

 

 とりあえず、切ろうか、能力。

 

「――何奴!」

 

 能力を切った瞬間、ボク目がけて黒い靄が飛んできた。

 

 って、速い!?

 

 慌てて回避すると、黒い靄は背後の扉に直撃し、扉を吹き飛ばした。

 

 ……悪魔王と呼ばれるだけあって、他の悪魔たちと威力が違うね、これ。

 

「む、お前は…………誰なのだ? どこかで見たような気がするのだ」

「初めましてだと思いますけど……。あの、悪魔王さん、で合ってますか?」

「いかにも、我が悪魔王なのだ。そう言うお前は?」

「初めまして、男女依桜と言います。師匠が言うには、法の世界の人間です」

「ほう、法の世界とな。……それにしては、なぜ魔力を持っているのだ? あと、なんかお前、強くね? しかも……って、ん? お、おいお前!」

 

 訝しむような表情を向けながら言葉を吐いて行くと、不意に慌てたような表情に変貌した。

 

 あれ? どうしたんだろう?

 

「えっと、どうかしましたか?」

「お、おおおおお前!? み、ミリエリアではないのか!?」

「ふぇ?」

 

 突然ボクに向かってそんなことを言ってきた。

 

 ミリエリアってたしか……

 

「えと、この世界を創った創造神、ですよね?」

「そ、そうなのだ! それと同時に、とんでもなくヤバい奴だったのだ! お前、そうだろ!? 絶対ミリエリアだろ!?」

「何を言ってるんですか。ボクは普通の人間ですよ?」

 

 ボクが神様だなんてないない。

 

 それに、もしボクがその神様だったら、師匠が気付いていそうだもん。親友だっていう話だし。

 

「し、しかし、その神気の質は確かに奴……。お前が奴以外ありえん! というか、そもそも似てるし! なんかこう……雰囲気とか!」

「そ、そうは言われても、ボクその神様のこと知りませんし……。勘違いじゃないんですか?」

「じゃ、じゃあお前は何なんだ!? なんで法の世界の人間なのに、魔力を持っているのだ!? あいつらは魔力じゃなくて、気力なのだぞ!?」

「えっと、師匠曰く、異世界人の子孫らしくて……それでじゃないですか?」

「マジで!? え、じゃあ、隔世遺伝?」

「はい。なので、ボクの髪の毛とか眼の色もその人譲りらしく……」

 

 それにしても悪魔王さん、色々と知っていそうな雰囲気。

 

 もしかして、師匠が知っていないことも知っていたりするのかな?

 

 二日前に会った天使の人も何か知ってそうな感じだったし……。

 

「し、しかし、あっちの世界には銀髪碧眼の人間なんていなかったはずなのだ……。いても、奴が地上に降りていた時くらいで……」

「あ、あの……?」

「お、おいお前!」

「は、はい、なんでしょうか?」

「ほ、本当に、奴じゃない、のだな?」

「そう言ってるじゃないですか。そもそもボクは神様じゃないです。なぜか神気を持っているみたいですが、理由は知りません」

「……そ、そうか。ほっ……よかったのだ……また、とんでもない辱しめを受けるのだとばかり……」

 

 この人、一体何があったんだろう、ミリエリアさんと。

 

 師匠もミリエリアさんの話をする時って、たまに遠い目をしながら話していたりするし……うーん、よくわからない。

 

「それで、お前は……って、ん? おい、ちょっと待つのだ。なんで人間のお前が、ここにいるのだ!?」

「え、今更ですか!?」

「お前があまりにも奴にそっくりだったので、驚いていたからなのだ! そ、それで! なんでここにいるのだ!?」

 

 この人、もしかしたら相当面白い人なんじゃ……。

 

 でも、なんで黒い靄なんだろう? 姿が気になる……。

 

「いえ、なんか悪魔の方たちがあっちの世界で暴れたものですから。イラッと来て直談判しに来ました」

「マジで!?」

「マジです。この際なのでハッキリ言うんですけど……あれ、止めてもらえますか? イライラしてるんですけど」

「嫌なのだ」

「どうしてですか?」

「我がしたいからなのだ! 我はな、人間どもが慌てふためく姿を見るのが大好きなのだ! だから、暴れてやるのだ!」

 

 ハーハッハッハ! という、いかにも悪役らしい高笑いをする悪魔王さん。

 

「…………なるほど。そうですか。では、あなたにお仕置きしないといけませんね」

「へ?」

 

 ナイフを生成し、それに大量の神気と大量の聖属性の魔力を纏わせる。

 

 それによって、すごーく光ってるけど……まあ、いいよね。

 

 なんだか、目の前の悪魔王さんからシュワシュワ言ってるけど、気のせいだよね!

 

「ちょ、ちょっと待つのだ。え、そ、それは……何なのだ?」

「神気と聖属性の魔力を纏わせたナイフです。効果抜群ですよね?」

「効果抜群って言うか、触れただけで死ぬぞ!? 我、死ぬぞ!?」

「でも、悪魔王さんって強いんですよね? それなら、これくらい当たっても死なないと思うんですけど……」

「無理無理無理! ミリエリアみたいな純度の高い神気を光るレベルで纏ったナイフで攻撃されたら、我一瞬で死んでしまう!」

 

 あれ、この反応を見る限り……本気、だね。

 

 てっきり、そうやって嘘を吐いて騙し討ちをするのかと思ったんだけど……。

 

「選択肢は二つです。ボクに刺されて死ぬか、悪魔を止めるか」

「うぐっ、し、しかし、人間を襲うのは我々の楽しみで……数少ない娯楽なのだ!」

「ダメです。楽しむのなら、誰にも被害が出ないようなものにしてください。ついさっきだって、同人誌を読んで楽しんでましたよね?」

「た、たしかにそうなのだが……それはそれ、これはこ――」

 

 スパッ!

 

「……(ガクガク)!」

 

 軽くナイフを振ると、黒い靄が一瞬だけ晴れて、その下にあった肌に一筋の線が走り、赤い液体がツーっと流れる。

 

「これは……なんですか? 次言ったら、今度はもう少し深く切りますよ?」

「ひぃっ! や、やっぱりお前、奴だろ!? この容赦のなさ、奴だろ!? 我知ってるぞ! 奴はいつも脅してくるのだ! そして、心が折れそうになったところで甘言を弄して手籠めにするのだ!」

「て、手籠めって……。ボクはそんな酷いことしません」

「嘘なのだ! だ、だって、現に我を切ったじゃん! スパッ! っていったじゃん!」

「あなたが変なことを言うからですよ。いいですか? 人を襲うのはダメなのことなんです。ましてや自分が楽しむために傷つけるなんて、言語道断。聞きますけど、自分が楽しんでやっている行為が、自分に返ってきたらどうするんですか? あなたは楽しいですか?」

「………………」

 

 なんか、黙っちゃった。

 

 見れば、目を閉じているような雰囲気があり、何かを思い出しているようにも感じられる。

 

 ……あ、なんかぷるぷる震えだした。

 

「こ、怖いのだ……」

 

 そして、震えた声でそう呟いた。

 

「そうでしょう? だから、楽しむにしても、誰も傷つけないものにしないとダメです。不幸になるだけですからね」

「しかし、我悪魔……」

「関係ありません。人を傷つけないと生きていけないんですか?」

「……そう言う感情が美味しいだけで、死にはしない」

「ならやらないでください。危うく、ボクの大切な人たちに危害が及ぶところだったんですから」

 

 そもそも、ここがダメ。

 

 誰かを傷つけて楽しい感情を得るのは間違ってるもん。

 

「し、しかし……」

「しかしじゃありません。そもそも、種族なんて関係ありません。そんなことを言っちゃったら、魔の世界を否定しているようなものですよ? つい最近まで戦争し合っていた人と魔族が手を取り合っているんですよ? なので、種族なんて関係ありません」

「………で、でも」

「駄々っ子ですか? 別に、娯楽は全部駄目と言っているわけじゃないんです。さっきの同人誌だって面白かったでしょう?」

 

 内容はちょっと嫌だけど、ボクからすれば。

 

「……たしかに、暴れるより面白かった」

「ほら、暴れるより楽しいことがあるじゃないですか。それなら、そう言うことをメインで楽しみましょう? それとも、出来ないんですか?」

「……できる」

「そうですか。じゃあ、そうしましょう。今後、人を傷つけないと約束できますか?」

「……する」

「それならよかったです。悪魔は約束事を絶対に守る種族だと聞いていますし、絶対に破らないでくださいね」

「……うむ」

「よかった」

 

 これで一安心。

 

 下手に戦闘とかにならなくてよかったよ。

 

 どうにもこの人、個人的に戦いとは思えないんだよね……。

 

 いや、ボク自身戦うこと自体は好きというわけではないからいつものことかもしれないけど。

 

「……そう言えば、名前を聞いてないし、姿を見てないんだけど……どんな感じなんですか?」

「あ、そう言えば我は黒靄で覆っていたのだ。ちょっと待つのだ。……これをこうして……こうなのだ!」

 

 はつらつとした声音でそう言うと、悪魔王さんを覆っていた黒い靄が晴れていく。

 

「ふぅ、こんな姿なのだ」

 

 黒い靄が晴れた後に現れたのは、高校生くらいの女の子だった。

 

 ゆるくウェーブのかかった背中の中ほどまでの長さの桃色の髪。

 

 可愛いと綺麗の間くらいの整った顔立ちに、紫紺色の瞳。

 

 身長は……多分、百五十センチ後半くらい、かな? ボクより大きい……。

 

 スタイルはスレンダーな感じで、未果に近いかも?

 

 強いて言えば、未果の方が胸は大きい、かな。

 

 モデルさんみたいな印象。

 

「改めて。我が悪魔王ことセルマなのだ。よろしくなのだ」

「セルマさんって女の子だったんですね」

「女の子て……我、こう見えても相当な長生きなのだぞ?」

「そうなんですか? でも、駄々っ子みたいなことを言っていたので、子供っぽい印象なんですけど」

「……なかなか酷いことを言うのだ」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいのだ。……はぁ、仕方ない、悪魔を呼び戻すとしよう」

「お願いします」

 

 セルマさんは水晶玉のようなものを出現させると、それを空中に浮かせて覗き込む。

 

「………………ん? 連絡がつかん」

「え」

「おかしいのだ……一体地上では……って、こ、これは!」

 

 すると、セルマさんが水晶を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「……ぜ、全滅してるのだ」

「え、ぜ、全滅!?」

 

 全滅って何があったの!?

 

「げ、原因は……あ」

「なんですか、今の『あ』は」

「な、なんか、黒髪ポニーテールの女が全ての悪魔をのしているのだ……」

「師匠!?」

 

 何してるのあの人!?

 

 もしかして、大量に分身して、世界中にいた悪魔たちを倒して回っていたってこと!?

 

 おかしいよあの人!

 

「や、やっぱりこいつ、悪魔なのだ……!」

「セルマさんが言います?」

「我らはまだ良心的な方なのだ! しかしこいつ、問答無用、容赦なしに攻撃してくるのだぞ!? こいつの方がよっぽど悪魔なのだ!」

「……たしかに」

 

 それはセルマさんの言う通りかも。

 

「と、とりあえず、全悪魔をこっちに呼び寄せる!」

「そんなことができるんですか?」

「悪魔王だからな! って、ドヤ顔してる場合ではなく! えーい、『開け』!」

 

 そう言うと、少し上の方に穴が開き、そこから大量の悪魔たちが降ってきた。

 

 スロットマシンから大量のメダルが出てくるみたいに、大勢の悪魔たちがボロボロの姿で落ちてくる。

 

 ……こ、これは。

 

「あぁ、同胞たちが! や、やっぱり悪魔なのだ! あいつは悪魔なのだ!」

『い、いてぇよぉ……』

『し、死ぬぅ……』

『だ、誰か、助けてくれぇ……』

「……これは、可哀そうだよ」

 

 いくら暴れ回っていたとはいえ、これは本当に可哀そうに思えてきてしまう。

 

 師匠がいるだけでこの有様。

 

 あの人に手加減というものは無いのかな?

 

 ……ないんだろうなぁ。

 

「くぅ、この世界にいれば自然治癒するが、これでは治りが遅くなるのだ……」

 

 悔しそうに呟くセルマさん。

 

 ……これは、仕方ない、よね。

 

「ボクが治療してあげましょうか?」

「い、いいのか!?」

「はい。師匠がやりすぎちゃったみたいですし……」

「な、ならば頼む! 我はどうなってもいいので、助けてくれ!」

「では、一つだけ条件をいいですか?」

「な、何なのだ? 何でもするから、早く助けて欲しいのだ!」

「条件は一つ。今後、人間を襲わないこと。これだけです」

「……そ、そんなことでいいのか?」

「はい。ボクも鬼じゃないですからね。でも、約束は絶対ですよ?」

「わかったのだ! ならば、契約を結んでくれ!」

 

 すると、セルマさんが突然契約を結んでほしいと頼んできた。

 

「契約? それって、何か危険なことってないですよね?」

 

 この辺りは確認しないと。

 

 悪魔って、こう……契約をしたら魂を取られる、みたいな話がよくあるし。

 

 セルマさんにもないとも限りないしね。

 

 そう思っての発言だったんだけど、

 

「ないのだ! むしろ今回は我が助けてもらうわけなのだ。なので、我がお前から魂を取るなんてことはしないのだ! むしろ、我が服従するようなものなのだ!」

「え、ふ、服従? さすがにそこまではしなくても……」

「我は悪魔ぞ! 正直、敵う気がしないのだ。ならば、我は潔く軍門に下るのだ」

「そんなこと言われても……。できれば、対等な方がいいんですが……」

「ダメなのだ。契約は契約なのだ。どちらかが上でなければ成立しないのだ」

「あ、そうなんですね」

 

 となると、ボクにデメリットはない、のかな?

 

 少なくとも、騙そうとしているわけじゃないみたいだし……。

 

 ……はぁ。

 

「わかりました。では、契約を結びましょう」

「よかったのだ!」

「それで、契約は何をすれば?」

「髪の毛を一本貰えるか?」

「髪の毛ですか? いいですけど……」

 

 ぷちっと一本だけ抜いて、それを手渡す。

 

 何に使うの? 髪の毛なんて。

 

「で、契約したいと願うのだ。その際、自分が上と思うのだぞ」

「あ、はい。わかりました」

 

 ちょっと気が引けるけど……ボクが上……ボクが上。

 

 言われた通りの思っていると、

 

「ぱくっとな」

「え、食べた!?」

 

 なんと、ボクが手渡した髪の毛を食べた。

 

「……ごくん」

 

 あ、呑んじゃった。

 

 すると、不思議な感覚がボクの体を駆け巡った。

 

 まるで、目の前のセルマさんと何かで繋がったような、そんな感じがする。

 

「これで、我との契約は成立したのだ。これからよろしく頼むのだ、マスター」

「ま、マスター!? それはさすがに恥ずかしいんだけど……」

「いや、我も悪魔としての矜持が……」

「恥ずかしいのでできれば別の方にできない?」

「……まあ、命令と言うのならば仕方ないのだ。では……主でどうだ?」

「その言葉の真意は?」

「なんとなく」

「な、なんとなくですか……」

 

 ……でもそれ、マスターとほとんど変わっていないような気が……。

 

 まあ、少なくとも最初のマスターよりもマシ、かなぁ。

 

「それでいいですよ」

「おお、それはよかったのだ。あと、敬語はいらんないのだ。我が下なのだからな!」

「まあいいけど……」

 

 少なくとも、ボクより年上なのは確かなんだけどな……。

 

 慣れたからいっか。

 

「じゃあ、早速治療していこっか。すぐ動けるようにしないとね」

「お願いするのだ!」

 

 まさか、こうなるとは思わなかったなぁ。

 

 悪魔と契約しちゃったよ。

 

 なんか、どんどん普通じゃない人と関りを持って行くね、ボクって。

 

 普通に過ごしたいだけなのに……。

 

 なんてことを思いながら、ボクは倒れている悪魔の人たちを治療していった。




 どうも、九十九一です。
 バトルシーンは書きませんでした。私にバトルシーンは無理! 下手だから! あと、二年生編ではなるべく書きたくない! 書くのなら、三年生編で書きます。しんどいなぁ……。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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455件目 悪魔騒動解決……と思いきや

「これで、よしと」

 

 あれから数十分ほどかけて、大勢の悪魔の人たちの治療を終わらせた。

 

 ボクの魔力が残り二割になっちゃったけど、間に合ってよかったよ。

 

「セルマさん、これで終わったよ。後は、目が覚めるを待つだけ」

「おお! すごいのだ、主! 悪魔たちは魔法による攻撃は得意なのだが、如何せんサポート系の魔法は苦手で……。なので、回復魔法が使えないのだ」

「もともとは、聖属性だったみたいだからね、あれ。もしかすると、そこが関係してるかもね」

「よく知ってるな。そうなのだ。回復魔法は聖属性から派生したものなので、聖属性は介していないのだが、決して0というわけではないのだ。なので、悪魔が苦手としているのだ。魔族は多分使えるのではないかな?」

「そう言えば、魔族でも使える人はいたっけ」

 

 過去に戦った魔族の人たちの中にも、使える人はいた。

 

 でも、どうして魔族の人たちが使えたんだろう?

 

 なんて疑問に思っていたら、セルマが話してくれた。

 

「まあ、元は聖属性魔法に含まれていた回復系統の魔法を魔族でも使えるように改良したのが、回復魔法なのだがな。なので、回復魔法は魔族発祥なのだ」

「え、そうなの!?」

「そうなのだ」

 

 それは驚いた。

 

 師匠から回復魔法のあれこれは聞いていたから、ずっと疑問だったけど、なるほど。だから魔族の人たちも使えたんだ、回復魔法。

 

 普通に驚き。

 

「まあ、このことを知っているのは本当に数少ないし、仕方ないのだ。他に知りたいことがあれば、なんでも教えるのだ」

「ありがとう。じゃあ、教えて欲しいことがあったら、セルマさんに訊くね」

「そうするといいのだ!」

 

 あ、なんか嬉しそう。

 

 もしかして、頼りにされているのが嬉しい、とか?

 

 本当に、ボクと契約してよかったのかな?

 

「ねえ、セルマさんってどれくらい強いの?」

「我か? そうだなぁ……少なくとも、一つ前の代の魔王であれば、余裕だぞ? 片手間で倒せるのだ」

 

 ……すごく強かった。

 

 え、じゃあ尚更疑問なんだけど。

 

「じゃあ、なんでボクを倒そうとしなかったんですか?」

「あー、何と言うか……奴に似ていたせいで、戦意がほぼなくて……。それに、主の神気がとんでもなかったので、勝てる気がしなかったのだ。隙を突けば倒せたかもしれないけど、そんな好きなかったからな。さっきの神気と聖属性の魔力をかなりの密度で纏っていたあの武器に触れられただけで一発アウトだったし」

「そ、そうなんだ」

 

 そんなにボクの神気ってすごいことになってるの?

 

 自分じゃわからないんだけど……。

 

 うーん……。

 

「しかし、主はよく天使に見つからなかったのだ」

「どういうこと?」

「天使のクソ共は主くらいの神気を見ると、大勢でやってくるのだ。しかも、結構漏れてるしな、主の神気」

「え、漏れてる……?」

「うん、漏れてるのだ」

「……どのくらい?」

「んー……半径五十メートルくらい?」

「結構漏れてるね!?」

「だから我も気になっておったし、ミリエリアと勘違いしたのだが……そうか、主は気づいてなかったのだな」

「全然気づかなかった……」

 

 あ、だからショッピングモールで戦った悪魔さんに、漏れてるとか言われてたんだ。

 

 今になって納得したよ。

 

 うわぁ……なんか嫌な状況……。

 

「とりあえず、ひっこめた方がいいと思うのだ」

「う、うん。ちょっとやってみる」

 

 えーっとこう……内に溜める感じで……神気を……。

 

「お、みるみる収まって行ってるのだ」

 

 んぬぬぬぬ……やぁ!

 

「どう?」

「大丈夫なのだ。これで、神気は漏れ出てないぞ!」

「よかった」

 

 これで問題ないっていうことだね。

 

「……あ、でもボク、天使の人に会ってるよ?」

「なぬ、マジで?」

「うん、マジ。あっちの世界に来た翌日だったかな? それくらいに、ノエルっていう天使の人と会ってて……。その時に、様付けで呼ばれたよ」

「あー、マジかー……」

 

 なんでだろう。セルマさんがあっちゃー、みたいな顔をしてるんだけど。

 

 何か問題でもあったのかな……?

 

「主、多分なのだが……」

「うん」

「主は天使に覚えられていると思うのだ」

「……それって、どういう意味?」

「我ら悪魔は、魔力で作られたツリーのようなものがあってな。そこに魔力で情報を送ると、そこから他の悪魔たちに情報を渡すことができるのだ」

 

 何そのインターネットみたいなシステム。

 

 というか、すごく便利だね、それ。

 

「で、これと同じようなことを天使もできてな。あっちは魔力と言うか……天力なのだ。まあ、言ってしまえば神気の下位互換なのだ」

「へぇ、天力って言うんですね。……でも、なんで悪魔の人たちは魔力なんですか?」

「ちょっと紛らわしいんだが、人間が使う魔力と、我ら悪魔が使う魔力は全くの別物なのだ」

「え、そうなの?」

「そうなのだ。こっちは、悪魔専用の力なのだが、人間や魔族たちが使う物は汎用的なものと言える。ちなみに、天力と魔力の間が、人間や魔族が使う魔力なのだ」

 

 ……どうしよう、なんかとんでもないことを知っちゃったんだけど……。

 

「え、じゃあなに? もともと天使と悪魔の力だった物が、人間や魔族がいる世界に流れ込んだって言うこと?」

「正確には色々と違うが……まあ、今は概ね、その解釈で合ってるのだ」

「そ、そうだったんだ……」

 

 なんと言うか、すごいね。

 もうそれしか言えない。

 

 楽しい旅行のはずが、とんでもない情報が飛び出してきてボクは驚愕だよ。

 

 師匠はこのこと知ってるのかな?

 

 ……知ってそうだなぁ。師匠だし。

 

「……あれ? そうなると、どうして魔の世界の人は魔法を使用できるの? その理屈だったら、法の世界の魔力が足りなくても、使えるような気がするんだけど……」

「ああ、それか。それはな、そう言う風に世界が作れているからなのだ。両方とも魔法が使えるくらいに魔力が充満していたら、確実に滅ぶからな、世界」

「ほ、滅ぶ!?」

「うん、滅ぶ。まあ、大丈夫なのだ。少なくとも、法の世界に本来よりも多い魔力が世界に充満していない限り、滅ぶことはないのだ。なので、今は滅ぶ心配はないぞ」

「あ、そうなんだ。よかった……」

 

 すごく心臓に悪いよ。

 

 でも、そっか。向こうの世界で魔法が使える人がいなかった理由って、そう言うことだったんだ。

 

 ということはつまり、世界を創るのって相当難しい、っていうことなんだよね?

 

 ……尚更、そのミリエリアさんってすごいような気がしてきた。

 

 だって、そんな世界を創れちゃうくらいなんだもん。

 

『うっ……こ、ここは……』

『畜生、あの女容赦ねェ……死ぬかと思った……』

 

 ふと、気絶していた悪魔の人たちが次々に起き上がりだした。

 

「おぉ! 我が同胞たちよ! 目を覚ましたか!」

 

 これには、セルマさんもおお喜び。

 

 すごく嬉しそうだよ。

 

『あ、悪魔王様! もしや、悪魔王様が俺達を……?』

「うむ! ……と、言いたいところなのだが……我はお前たちをこっちに引き戻しただけなのだ。肝心の治療は、そこにいる主がしてくれたのだ」

『あ、主……? って、お、お前は――!』

「これ! お前と言うんじゃない! この方は、我の契約者ぞ!」

『け、契約者!?』

『生まれてこの方、一度も人間どもと契約なんてしなかった、悪魔王様が……!?』

『な、何ということだ!』

 

 あ、あれ、なんか急に騒がしくなったんだけど……。

 これは、どういうこと?

 

「いいか、お前たち。ここにいる主はな、我の主人でもある。つまり、我が使い魔のような状態なのだ」

『『『なんっ……だと……?』』』

「なので、お前たちにとっても王ということになるのだ!」

「え、それ聞いてないよ!?」

「言ってないからな!」

 

 ちょっと待って、ボク悪魔の王になっちゃったの!?

 

 無茶苦茶だよ!

 

『悪魔王様! ということは、俺達はこの方に従えと?』

「そうなのだ!」

『『『了解だぜ!』』』

「それでいいの!?」

『構わん! 俺たちは、上下関係には厳しいのさ! それによ、あんたなら全然よさそうだからな!』

「こら! あんたと言うな! 別の呼び方にしろ!」

 

 怒るところはそこじゃないと思う。

 

 ……ちょっと待って、これはえっと……どう反応すればいいの?

 

『じゃあ、姐さんで!』

「あ、姐さん!?」

『よろしく頼むぜ、姐さん!』

『俺達に命令をくれよ、姐さん!』

『可愛いぜ姐さん!』

「あ、姐さんはやめて!? は、恥ずかしいからぁ!」

 

 あと、今サラッと可愛いとか言った人いたよね!?

 

 悪魔の美的感覚でも、ボクの容姿って可愛いっていう部類に入るの? 信じられないんだけど、人間や魔族の人たちにも言われるし……。

 

 どうなんだろう。

 

「別に、姐さんでいいと思うのだ」

「で、でも……」

「それに、様付けで呼ばれるのも嫌なのではないか?」

「うっ、そ、そうだけど……」

「なら、姐さんでいいのだ。いいかお前たち! 今日から主のことは、姐さんと呼ぶように!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』』』

 

 あぁ、なんか姐さんで統一されちゃったよ……。

 

 魔族の国の女王の次は、悪魔の王ですか……。

 

 二年生になってから、立場が変化しすぎだと思います、ボク。

 

 

 そんなわけで、王となってしまったボクは、軽くルールを設けることに。

 

1.人間や魔族を襲うのは禁止。

2.契約したとしても、対価は命ではなく、物にすること。

3.基本的に他種族と仲良くすること。

 

 基本的にはこの三つをルールとして定めました。

 

 反発があるかも、と思ったんだけど……特になかった。

 

 悪魔って、意外と上の人の言葉には弱いみたいだったから。

 

 あとは、セルマさんがボクの使い魔(?)になったのもあるのかも。

 

 ともあれ、これで悪魔との問題は解決となりました。

 

「じゃあ、ボクはそろそろ帰りますね。みなさん、あのルールは守ってくださいね」

『『『もちろんだぜ!』』』

「よかったです。それじゃあ、セルマさんお願いします」

「了解なのだ。……それ!」

 

 セルマさんの掛け声と共に、空間に穴が開いた。

 

 その穴の先を覗くと、そこにはクナルラルが見えた。

 

「それでは、みなさん、お元気で。じゃあ、セルマさんまたね」

「またなのだ! いつでも呼んでくれていいからな!」

「うん、その時はお願いね。それじゃあね!」

 

 軽く手を振ってから、ボクは穴の中に飛び込んだ。

 

「バイバイなのだ、主!」

 

 後ろではつらつとしたセルマさんの声が聞こえてきた。

 

 友達(と言っていいかはわからないけど)が増えて、嬉しかったかな。

 

 それに、これで問題も起こらなくなるしね! よかったよかった。

 

 あ、ちなみに、人間の世界で何か問題を起こした悪魔の人には、後日しっかり謝罪しに行くように伝えました。あと、復興のお手伝いもね。

 

 それくらいはしてもらわないとダメです。

 

 死者が出なかったのは幸いだったかな。

 

 ……さて、向こうに戻ったらみんなに報告と、旅行の再開だよね!

 

 これで、心置きなく旅行ができるよ。

 

 

「ただいま!」

 

 魔界へ行く時に使った穴の近くに、セルマさんに繋げてもらった穴が出現した。

 

 そこから出るなら、ボクはみんなの所に、元気よく向かい、そして……

 

『『『依桜様、お待ちしておりました!』』』

「…………ふぇ?」

 

 大勢の天使の人たちに跪かれて出待ちされていた、という状況に呆けた声を出して、呆然とした。

 

 ……今度はなにぃ……?

 

 どうやら、まだまだゆっくりできなさそうです……。




 どうも、九十九一です。
 どんどん依桜がおかしな方向に向かってます。同時に、異世界旅行編も終わりが近いです。もう、六日目とか書かなくていいですかね? 多分、のんびりするだけで終わると思いますし、いい加減旅行以外の話が見たいですよね? というか、私は書きたい。さすがに結構書きましたしね、この章。
 書かなきゃいけないことはいっぱいなので、まあ、多分……あと六話以内で終わると思います、もしくは私が終わらせます。終わったら、日常回です。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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456件目 可哀そうな天使(冗談抜きで)

「あー、えーっと……これは、どういう状況なんですか?」

 

 悪魔との問題を解決して戻ってきたら、なぜか目の前の大勢の天使が跪いて出待ちしていました。

 

 文章にしてみると、ここまで頓珍漢な事態もないと思うんだけど。

 

 何があったらこうなるの?

 

「お初にお目にかかります。(わたくし)、天使長のフィルメリアと申しますぅ。男女依桜様、で間違いないでしょうかぁ?」

「あ、え、えっと、はい、そうですけど……」

 

 ……天使長と名乗る天使の人は、フィルメリアさんと言うみたい。

 

 名前はわかったよ? 名前は。

 

 でも……でもね。

 

「すみません。後光がすごすぎて、姿が見えないんですけど……」

 

 フィルメリアさんの後ろから差す光のせいで、まったく姿が見えない!

 

 辛うじて、体のシルエットとか声で女性の人ということがわかるだけで、顔とかがまったくわからない。

 

 ノエルさんの時もそうだったんだけど、天使の人ってみんな光ってるのかな?

 

「あ、申し訳ありません。すぐに光を切りますねぇ」

「え、それって切れるんですか!?」

「はい。オンオフ可能ですぅ。ちなみに、天使の輪も着脱可能で、羽は収納できますよぉ」

「べ、便利なんですね、天使って」

 

 なんか、夢が壊された気分。

 

「では、切りますねぇ」

 

 フィルメリアさんがそう言うと、後光がみるみるうちに小さくなっていき、気が付けば光が消えていた。

 

「こちらが、私の姿となります」

「なんと言いますか……天使、ですね。すごく綺麗です」

「私如きにもったいないお褒めの言葉、ありがとうございますぅ。そう言って頂けるだけで、私は二十八徹目に入れそうですぅ」

「前代未聞の徹夜日数!?」

 

 二十八徹って何!?

 

 どうやったらそんなになるまで徹夜できるの!?

 

 前にノエルさんに会った時も思ったけど、天使の世界ブラックすぎませんか!? 大丈夫? 死んじゃったりしないよね!?

 

 突然目の前でパタリ、とかならないよね!?

 

 しかも……フィルメリアさんの容姿が本当に綺麗なだけに、かなり残念!

 

 腰元まで伸びたゆるふわな翡翠色の髪で、瞳は金眼。

 

 顔立ちは、おっとり系の大人なお姉さんと言った感じで、身長の方は……百六十センチ後半、かな? 結構高い。

 

 あと、スタイルがいいのか、とっても胸が大きい。

 

 これ、もしかしてボクよりも大きいんじゃないかな?

 

 ……は、初めて会ったかも、ボクより胸が大きい人!

 

 人じゃないけど!

 

 でも、なんだかちょっと嬉しい!

 

 ……なんだけど、フィルメリアさんの目を見てると、その……隈、だよね、あれ。

 

 目の下にくっきりとした隈が見えるんだけど。

 

 どう見ても、寝不足ですよ、っていう目だよね? 大丈夫? 本当に大丈夫?

 

「あ、間違えましたぁ。二十八徹じゃなくて、二万八千徹でしたぁ」

「桁がバグってますよ!?」

 

 それ、日本人の平均寿命に近いくらいの年月なんですけど!

 

 あと、絶対に間違えるような桁じゃない。

 

 ……それだけ、仕事をしているっていうことなのかな。

 

 お、恐ろしい。

 

「すみません。どうやら、間違えてしまったようですぅ」

「間違えたで済ませていい徹夜数じゃないですよ!? 体は大丈夫なんですか!?」

「の、ノエルの言う通りでしたぁ……。ほ、本当に、私たち天使を心配してくださいますぅ!」

「感極まるところじゃないですからね!? というか、どれだけ酷使されてるんですか、神様に!」

「ミリエリア様がこの世界を創造した頃から、でしょうかぁ」

「……具体的な年数は?」

「えーっとぉ……ン億年?」

「アウトです! 休んでください!」

 

 そのレベルで酷使なんてされていたら、絶対に死ぬよ!

 

 天使だから死なない、とか言いそうだけど、だとしてもそれはダメ! 過労死、ダメ、絶対!

 

「わ、私に休めと、そうおっしゃっているのですか……!?」

「え、そ、それは、まあ……。だって、そんなに働いていたら、いくら天使と言ってもその……可哀そうだなって」

「……(ぽろぽろ)」

「なんで泣いてるんですか!?」

『『『うっ、うぅっ……!』』』

 

 って、よく見たら後ろの天使のみなさんも泣いてるし!

 

 なんで!?

 

「……まさか、私たちに休めと言ってくださったり、可哀そうと言って下さるなんて……初めてですぅ……」

 

 理由が悲しい!

 

 ノエルさんの時に薄々気づいてはいたけど、本当にブラック企業なんだけど! というか、ブラック企業の方がはるかにマシと思えてくるレベルの何かなんだけど!

 

 神様、せめて優しくして上げましょうよ!

 

「……そんな話を聞いたら、普通の人は休んでと言うと思いますが」

「……残念ながら、私たちのクソ上司――ではなく、あたまのねじが無くなっている方たちですので、休みを頂けないのですぅ……」

 

 毒が、入ってるね。

 

 これはもう、休まないとダメな気がしてきた。

 

「いっそのこと、ストライキとかしたらどうですか? 神様たちに」

「ストライキ、とはなんでしょうかぁ?」

 

 え、もしかしてストライキ、知らない……?

 

 他の天使のみなさんを見ても、首を傾げてきょとんとするだけで、誰一人として知っているような様子は見られない。

 

 ……それほどまでに、逼迫していたんだ、天使のみなさん。

 

「え、えっと、ストライキと言うのはですね、簡単に言えば雇用側の行動や考えに反して、労働者や労働組合の人たちが、仕事をしないで抗議をすることを言います」

「そ、そのようなものがあるのですかぁ!?」

「あるんです。法の世界だと、割と実例が多いですよ? まあ、ストライキは起きない方がいいんでしょうけど、実際人を人とも思わないような黒い人たちがいますからね。多分、一生亡くならないものだと思います。なので、天使のみなさんもストライキしてみてはどうでしょうか?」

「……それはいい考えかもしれません! あのクソ上司たちは、いつも命令するだけで、自分たちで何もしない方たちですからねぇ!」

 

 それは酷い。

 

 やっぱり、トップの人たちこそ、命令するだけでなく何らかのお手本を見せたり、率先して仕事をしないと。

 

 命令だけだと、反感を持たれるだけだから。

 

 ……でも、よく今まで天使のみなさんは反旗を翻さなかったね。

 

「それがいいと思います。でも、自分で提案しておいてなんなんですけど、ストライキなんてして大丈夫なんでしょうか? その、こっちの世界とかに影響とか……」

「特に問題はありませんよぉ。私たちがおもにしているのは、人間界で何らかの問題が起こっていないかを監視し、仮にそこに住む方たちによる対象が不可能な事象が発生した場合に限り、私たちがこちらの世界に出向き解決する、と言うものでしたからぁ。なので、私たちがこちらの世界に残ることは、特に影響はありませんよぉ」

「な、なるほど……」

 

 あれかな。海に行くとよく見かける、ライフセーバーの人みたいな感じなのかな?

 

 そんな仕事を、ずっと休まずに続けていたわけだし……尊敬はするんだけど、これだと尊敬以前に心配が先に来ちゃうよ。

 

 ……あれ?

 

「あの、天使のみなさんがこっちにいるっていうことは、何か人間では対処が不可能なことが起こったんですか? 特に何も起こっていないような気がするんですけど……」

「それなのですが、私たちがこちらの世界に来る頃にはすでに終わっていたみたいなんですよぉ」

「え、それって誰かが解決しちゃった、っていうことですか?」

「はいぃ。というより、依桜様が解決為されてようですしぃ」

「え、ボク、ですか?」

 

 ボクが解決したことと言うと……あ、もしかして。

 

「あの、悪魔たちのことですか?」

「そう、そうです! 私たちは悪魔たちがこちらの世界で悪さをしようとするのを感じ取り、天使総動員でこちらの世界に降りて来たのですぅ。ただ、私たちが降りてくる頃には、悪魔はすでにおらず、各地で戦闘の形跡だけがありましたぁ」

 

 ……それ、師匠とボクじゃない?

 

 セルマさんが見た限りでは、師匠が一方的に悪魔を倒して回っていたみたいだし、それで全滅したって言ってたから。

 

 そもそも、悪魔って数えただけで数百人はいたように思えるんだけど。

 

 悪魔一人一人がかなりの強さを誇っていたのに、それを一人でほぼ全滅。

 

 ……やっぱりおかしい。

 

「あー……なるほど。こっちの世界の悪魔を倒したのは、正確に言えばボクの師匠ですね」

「師匠と言いますと……ミオ様でしょうかぁ?」

「そうです。あとは、この国に残してきた、ボクの分身体が対処してくれたみたいですね」

「なるほどぉ。まさか、お二人で対処なされてしまうとはぁ。……ですが、悪魔はまだ生きているようですねぇ。今後、このような事態が起きないとは限りませんしぃ……」

 

 感嘆したと思ったら、すぐに心配そうな顔になる。

 

 まあでも、その心配はいらないんだけど。

 

「大丈夫ですよ。ボクが魔界に直接行って、二度と人を襲わないように約束させてきましたから」

「ほ、本当ですかぁ!?」

「はい。まあ、その過程でセルマさんと契約しましたけど……」

「あ、悪魔王とですかぁ!?」

「はい。えっと、何かまずかったですか……?」

「まずいと言いますか……悪魔王と言えば、無駄に強くて、ちょっと我儘なところがある悪魔ですからぁ。そんな悪魔と契約した、何を対価に持って行かれるかわかりません」

 

 無駄に強いって……地味に言い方が酷い。

 

 それだけ、悪魔と仲が悪いっていうことなのかな……? 前に喧嘩してたし。

 

「対価はないそうです」

「そうなのですかぁ?」

「はい。師匠に倒されたボロボロの悪魔たちを治すと言ったら、セルマさんが契約を持ちかけてきまして。お礼代わりと言っていましたよ。しかも、セルマさんが使い魔のような状態みたいです」

「あの悪魔王がぁ……」

「なので、大丈夫だと思いますよ。セルマさんと契約したことで、なんかボク、悪魔の王みたいなことになっちゃったみたいですし……」

「依桜様がぁ!? そうなってきますと、今後は悪魔の被害を心配しなくてもいい、ということですねぇ?」

「そう、だと思います。悪魔たちも約束してくれましたし」

「悪魔は上下関係が絶対で、尚且つ約束は必ず守る種族ですからねぇ。きっと、大丈夫でしょうぅ」

 

 よかった、天使長のフィルメリアさんのお墨付きももらえた。

 

 これなら、今後悪魔たちが暴れることはなさそうだからね。

 

 ショッピングモールの時のようなことが起こることは、もうないはず。

 

「ですが……悪魔と契約、ですか」

「えと、どうかしたんですか?」

「……いえ、悪魔王がずるいなぁ、と思いましてぇ」

「ずるい、ですか?」

「はいぃ。我々は仕事ばかりなのに、抜け駆けするように契約をしたのですよぉ? しかも、依桜様に助けられたことで、契約ももぎ取ってますしぃ……」

 

 抜け駆けって……。

 

「あの、もしかして、天使も契約とかあるんですか?」

「ありますよぉ。悪魔とは違って、かなりライトなものですけどねぇ」

 

 なんだろう、微妙に棘を感じる。

 

 そんなに仲が悪いのかな……?

 

「んー……」

「どうしたんですか? フィルメリアさん」

「……依桜様、一つお願いがあるのですがぁ」

「はい、なんでしょうか? ボクにできる事なら何でもしますよ。でも、難しいものはちょっと厳しいですけど……」

「そう言ってもらえてよかったですぅ。お願い、とは言っても簡単なものですよぉ」

「そうなんですか?」

「はいぃ」

 

 簡単ならよかった。

 

 でも、フィルメリアさんのお願いって何だろう?

 

「えっとですねぇ。私と、契約していただけませんかぁ?」

「……え、契約、ですか?」

 

 フィルメリアさんのお願いと言うのは、ボクとの契約だった。

 

 ……いやなんで?

 

「はいぃ。正直なところ、もう天界には戻りたくなくてぇ……。かと言って、一度戻ったらこっちに降りて来ることは難しくなりますしぃ……。そこで、考えましたぁ。依桜様と契約をすれば、いつでも地上に降りることができますぅ」

「なるほど。でもそれだと、フィルメリアさんしか降りてこられない気が……」

「その心配には及びませんよぉ。天使長である私が降りさえできれば、他の天使たちもこちらの世界に来ることは可能ですからねぇ」

「あ、そうなんですね」

 

 悪魔の次は、天使との契約かぁ……。

 

 別に断る理由はないんだよね。

 

 でも、何かデメリットがないかだけは知っておかないと。

 

「えっと、その契約をするのは別に構わないのですが、何かデメリットとかってありますか?」

「特にありませんよぉ。むしろ、あらゆる恩恵を得られますから。間違っても、契約者の方にデメリットがあるようなことはあってはなりませんからねぇ」

「それはよかったです」

 

 デメリットはないと。

 

 むしろ、契約するとプラスなことしかないみたいだし……。

 

 でもこれ、セルマさんと契約をしている状況で、契約しても大丈夫なのかな?

 

「あの、セルマさんと契約と反発する、みたいなことって……」

「ありませんよぉ。天使は天使の。悪魔は悪魔の契約となっていますので、お互いが邪魔し合うことはありませんよぉ。まあ、天使と悪魔なので、本人同士の方はそうとは限りませんけどぉ……」

 

 あ、やっぱり仲悪いんだ。

 

 でも、今の話だと契約がおかしな状態になることはなさそうだし、その辺りは大丈夫そうかな。

 

 それに、単純に天使のみなさんが心配。

 

 ボクが契約すれば、休ませてあげることができるような気がするし……うん。

 

「わかりました。契約を受けましょう」

「あ、ありがとうございますぅ! まさか、本当に受けてくださるなんてぇ……」

「まあ、さすがに天使のみなさんが可哀そうだったので……。それに、フィルメリアさんと契約することによって、他の天使の人たちも降りられるとのことですし、契約した方が他の天使のみなさんも地上でゆっくり休めそうですからね」

「そ、そこまで我々のことをぉ……! 依桜様!」

「は、はい?」

「もういっそのこと、我々の主になっていただけませんかぁ!?」

「……え!?」

 

 何か言いだしたんだけど!

 

 どういうこと? え? 主? いやボク人間なんですが!

 

「仕事ばかりを押し付けてくるクソ上司たちに比べれば、依桜様に仕えた方が我々は辛い状態で生活することがなくなりますぅ」

「は、はぁ……」

「それに、依桜様にお会いしてからと言うもの、どこか懐かしいような、不思議な感覚が私の胸中にあるのですぅ。まるで、どこかでお会いしたかのような、そんな感覚がぁ」

「でもボク、天使の人たちとは会ったことがないんですけど……」

「はい、私たちも依桜様にお会いしたことはないと思いますぅ」

 

 だよね。

 

 むしろ、こんな特徴的な人たちと会っていたら、確実に憶えていると思うし。

 

 仮に幼少期の頃でも憶えてたんじゃないかな。

 

「でも、仕えるって言われても、ボクは天使のみなさんを使役したいなんて思いませんし……そもそも、ボクなんかに仕えてもいいんですか? ボク、人間ですよ?」

「構いません! 百年ほどの関係になるかもしれませんが、それでもクソ上司たちにいいようにこき使われることに比べたら、まさに天国ですぅ!」

「そ、そうですか」

「ですので、どうか、私たちが依桜様にお仕えすることを、許していただきたいのですぅ!」

『『『何卒!』』』

 

 え、これどういう状況?

 

 ちらっと蚊帳の外状態になっている未果たちを見ると……

 

「頑張れ」

 

 目を逸らして引き攣った笑みを浮かべながら、そう言われてしまった。

 

 ……救いの手は、ないんですね。

 

 はぁ……でもボク、こうやって誰かにお願いされると断れないんだよね……。

 

 なんでだろう? そもそも、断ると言う考え自体が出てこない。

 

 それに……なんだかんだで、クナルラルでも押し切られたしね……。

 

「……わかりました。わかりましたから、その、ボクに跪くのはやめてください! すごく見ていて気持ちのいいものではないので!」

 

 そこがちょっと問題と言えば問題。

 

 さすがに、ちょっとね。

 

 跪かせる趣味なんてないよ、ボクには。

 

「ありがとうございますぅ! では、今後ともよろしくお願いいたしますぅ!」

『『『よろしくお願いいたします!』』』

「あ、あははははは……」

 

 なんでこうなったんだろうね。

 

 ボクにはまったく、わかりません。

 

 ……旅行に来たのに、なぜか天使と悪魔のトップになっちゃったよ。どういう状況? これ。

 

 ちなみに、天使との契約でも、やっぱり髪の毛を食べてました。

 

 特殊すぎませんか……?




 どうも、九十九一です。
 依桜の配下(?)がどんどん増えていきます。気が付けば、魔族に悪魔に天使が依桜の下に付きました。とんでもねぇ。これもう、戦争したら絶対勝てますよ。まあ、絶対しないとは思いますが。
 異世界旅行編ももう少しで終わりですし、頑張らないとね!
 明日も十時……だと思います。多分。もしかすると、17時になるかもしれないので、ご了承ください。
 では。


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457件目 ミオ、珍しく普通に怒る

 フィルメリアさんと契約を済ませた後、天使のみなさんは一度天界へと帰って行きました。

 

 その帰り際に、

 

「天使か悪魔と契約すると、その相手といる世界が違っていたとしても、いつでもどこでも会話ができますので、何か困ったことがあれば何でも訊いてくださいねぇ。あ、悪魔よりも天使の方が何かと知識は多いかもしれませんよぉ~」

 

 と言ってきた。

 

 なんと言うか、本当に仲が悪いんだね、天使と悪魔。

 

 まあ、反対に仲が良かったら今回のような事態にはならなかったと思うし、ある意味では正常な関係なのかもしれないけど……。

 

 でも、それは別として仲良くして欲しいなぁ、という気持ちがある。

 

 やっぱり、種族関係なく、仲良く暮らせたらそれに越したことはないからね。

 

 ちなみに、フィルメリアさんが教えてくれたんだけど、一応契約の証として右手か左手の甲に紋章のような物が浮かぶそうです。

 

 これは、天使と悪魔共通の認識らしく、紋章の形は違っても、基本的には紋章が現れることは同じみたいです。

 

 普段は見えないようになっている上に、紋章を浮かび上がらせても、法の世界の人たちにはまず見えないそうです。

 

 その辺り少し疑問に思ったんだけど、どうやらこの二つは、天使の人たちが有する天力と悪魔の人たちが有する悪魔専用の魔力で浮かび上がる物らしく、魔法を見たことがない人や、天使、悪魔、もしくは魔力を持つ生物――魔物や、魔法その物を認識したことがない人には見えないらしいです。

 

 ちなみに、未果、晶、女委、態徒、美羽さん、、エナちゃんの六人は見えるとのこと。

 

 ステータスが見えるようになったり、そもそもボクの魔法を見ていたりするから当然と言えば当然なのかも。

 

 あと、右手に甲に天使の契約の紋章が出て来て、左手の甲に悪魔との契約の紋章が出てきました。

 

 なんだろう、中二病にしか思えない……。

 

 しかもこれ、中二病の人がするようなペンとかで書いたものじゃなくて、本物の紋章なんだよね……。

 

 よかった。あっちの世界の人には基本見えなくて……。

 

 ただでさえ、変に目立っているのに、紋章が見えでもしたら、ボクはさらに目立つことになっちゃうもん。

 

 中二病、という不名誉な単語が追加されたら、それこそ学園に行きたくなくなる。

 

 あ、ちなみに天使の紋章の方は、なんか、盾のような形をした五角形の中に、翼が二枚にその手前にクロスするように剣が描かれているもので、悪魔の方は盾のような形は一緒だけど、その中に描かれているのは二枚の蝙蝠の翼と二本の斧だった。

 

 なんで斧なんだろう?

 

 その辺りはよくわからないけど、色合い的にはそれっぽかったり。

 

 天使の紋章は金色で、悪魔の方は紫と、なんだかわかりやすい。

 

 うーん、まあ、意識しなければ見えないし、別にいっか。

 

 そんなこんなで、悪魔騒動だけでなく、全天使がこっちに来て色々とありはしたものの、ようやく騒動が収まった。

 

 そうして、この場に残ったのは師匠を除いたみんなです。

 

 今更だけど、師匠(分身体)がいない。

 

 未果たち曰く、天使のみなさんが来る数瞬前にいなくなったとか。

 

 それだけ天使に会いたくないんだろうけど……それ、結局ボクに押し付けているだけなような……。

 

 ……まあ、師匠は師匠で過去に色々あったみたいだからね。仕方ないということにしておこう。

 

「ようやく行ったか……。ったく、もっと早く降りて来いっての」

「うわっ、師匠!?」

「あたし何を驚いてんだよ」

「いやだって、何の気配もなく突然現れたら驚きますよ」

 

 気が付けば、師匠がボクの背後に立っていた。

 

 びっくりした……。

 

「未果さん、用事は終わったのかしら?」

「終わったとも言えるし、終わってないとも言える。まあ、各地で悪魔が出現したら、そりゃ切り上げてボコすに決まってるだろ? 被害出るのはマジで勘弁。あいつら戦闘狂みたいなもんだし。まあ、勝てないとわかったら即座に逃げる軟弱者どもでもあるがな」

 

 そもそも、師匠に勝てる人はいないし、仮に挑んでも最悪一秒で倒されてそうだから、あまり賛同できない……。

 

 熊に会ったら慌てず逃げろ、みたいなことが言われていたりするけど、師匠に会ったら慌ててでも逃げろ、と言うのがボクの中での持論。

 

 師匠は……理不尽だから。

 

「まったく、あたしらが悪魔を倒し終えた後に来るとは。重役出勤もびっくりな遅さだ」

「無理もないですよ。だって師匠、強すぎますし。あと、フィルメリアさんに訊いたんですけど、二万七千徹だったらしいですよ?」

「…………すまん。それは大人げないことを言った。さすがにそれは可哀そうだろ……。しかも、フィルメリアって言えば、天使長じゃねーか。なんだ、あいつも来たのか?」

「来た、というより、天使総出で来てましたけど……」

「……どんなハルマゲドンだよ」

「天使と悪魔の総力戦みたいなことになりかけていたみたいですからね……」

 

 そう考えると、止めに行って正解だったと思うし、異世界に来てよかったかも……。

 

 とはいえ、みんなに危険が及んだのも事実。

 

 そう言う面では、よかったとも言えるし行かなければよかったとも言える。

 

 でも、最終的には結果オーライだったので、よかったということにしておこう。

 

 みんなに怪我がなくてよかったしね。

 

「まったく、面倒なことしかしないな、あいつらは。……それで? 何があったのか、あたしに説明してもらおうか。生憎と、事後処理に奔走していたんで、こっちの様子は見ていなかったからな」

「あ、そうなんですね。じゃあ……とりあえず、一度魔王城に戻りましょうか。これから、復興が始まりそうだしね」

 

 ボクがそう提案すると、全員こくりと頷いてくれた。

 

 まあ、あんなことがあったわけだからね……仕方ないね。

 

 

 というわけで、魔王城に戻る。

 

 ジルミスさんがすごく心配そうにしていたけど、ボクたちが顔を出すと目に見えて安堵していた。

 

 どうやら、街で襲撃があったと知り、ボクたちが無事かどうか気が気でなかったそう。

 

 なんだか、心配をかけてしまったようで申し訳ない。

 

「とりあえず、悪魔の人たちは二度と襲わないと約束してくれたので、安心してください。あと、復興のお手伝いの方もして貰えるそうなので、もし出会ったら極力恨んだり非難したりしないであげてください。一応、ボクが言い聞かせておきましたから」

「そうですか。それはよかったです。しかし、一体どのように……?」

「あー、えーっと……ちょっと、魔界に行ってまして……。そこで、悪魔の一番偉い人と話してきて、契約してきました。そこで色々とルールを設けましたので、大丈夫ですよ」

「なんと、そのようなことを……。しかし、一体なぜイオ様自ら危険を冒してまで……」

「お飾りな女王ですけど、これでもこの国のことは気に入ってます。それに、魔族の人たちがみんないい人だということは知っていますからね。やっぱり、壊されるのを見ると怒っちゃうと言いますか、せっかく戦争が終わってかなり復興して来たのに、そこを襲うのはボクとしても看過できません。なので、お説教しに言ってました」

「我々はのことをそこまで……。イオ様には頭が下がる思いです。今後とも、お仕えさせていただきます」

「あ、あははは……」

 

 なんだろう。ボクって人間じゃない人に好かれたりするのかな……?

 

 ……そう言えば、今年のおみくじの結果の一つに、抱人『増える』、っていう結果があったような……。まさかとは思うけど、この状況を指してたりする……?

 

 ……たしかに、かなり増えたけど。魔族一億人以上に、悪魔全員と天使全員だから……うん。相当いるね。言い方は悪いけど、配下みたいな感じになっちゃってるんだけど……。ボク、普通の男子高校生だったんだけどなぁ……。なんでこうなったんだろう。

 

「皆様が戻ってこられたということは、もう騒動は収まったと受け取ってよろしいのでしょうか?」

「はい。もう大丈夫ですよ。悪魔の人たちに関してはさっき言った通りですので」

「わかりました。では、早急に復興の手配をしないといけませんね。……では、私はこの辺りで。……その前に、昼食はいかがしましょうか?」

「それじゃあ、十二時くらいにお願いできますか?」

「かしこまりました。では、そちらも手配しておきましょう。皆様、少し汚れていらっしゃるようなので、お風呂へ入ってきてはどうでしょうか? もうすでに、準備は整っておりますので」

「本当ですか? それは助かります」

「いえいえ。それでは、ごゆっくり」

 

 軽く一礼して、ジルミスさんは去って行った。

 

 なんだか大変そう……。

 

 この国って、ジルミスさんがいなくなったら割と大ごとになりそうな気がする。

 

 大丈夫かな。過労で倒れたりとか……。

 

 いつか色々と労ってあげたい。

 

「それじゃあ、お風呂に行こっか」

 

 ともあれ、お風呂に入ろう。

 

 さすがに、汗もかいたしね。

 

 

 そうして、お風呂に入ると昨日と同じように師匠と二人きりで話すことに。

 

 話の内容的に、未果たちに聞かせるのは少し厳しいと師匠が判断したので。

 

「そんじゃま、話を聞こうか。……だが、その前に訊きたいことがある」

「なんですか?」

「……お前、さっき悪魔と契約した、とか言ったよな?」

「はい、言いましたね」

「……お前、それがどういう意味かわかってるか?」

「え? えっと……かなりすごい?」

「いやまあ、たしかにそうだが。……いや、そうじゃない。ったく、お前は本当に知らない間にやらかしてるな……。まあいい。とりあえず、どんな悪魔と契約したか言ってみろ」

 

 ボクの発言に(?)呆れながらも、師匠がどんな悪魔と契約したのかを尋ねてくる。

 

 なので、正直に言うことに。

 

「悪魔王こと、セルマさんです」

「……は?」

 

 すると、師匠は呆けたような声を出して固まってしまった。

 

「……お前、本気か?」

「はい、本気です」

「……その契約は、対価とかってあるのか?」

「セルマさん曰くないそうですよ? なんでも、向こうが使い魔のような状態なんだとか」

「……マジかー……。お前、悪魔の王にすら好かれちまったのか……」

 

 あ、あれ。なんか師匠が額に手を当てて、天を仰いでるんだけど。

 

 もしかして、相当おかしなことした? ボク。

 

 ……した、よね。普通に考えて。

 

 悪魔のトップと契約しちゃったわけだし……。

 

「とりあえず、紋章を見せてみろ。あるんだろ? 契約の証」

「あ、はい。えっと、これです」

 

 そう言って、ボクは右手を差し出して、紋章を見せる。

 

「……ん? お前これ、天使の紋章じゃねーか! 悪魔じゃないのか!?」

 

 あ、間違えた。

 

「すみません、こっちの手でした」

 

 軽く謝って、左手を差し出し紋章を見せる。

 

「……うわ、マジだ。本当に悪魔王と契約してやがる。しかも、従魔契約の方。はー、マジか……」

 

 ボクの左手を取って、師匠がまじまじと紋章を見つめると呆れ混じりの声音でそう言った。

 

 と、師匠はここで『ん?』と漏らしながら、眉を顰める。

 

「……おい、ちょっと待て」

「はい」

「……お前、どうして天使の方とも契約してるんだ?」

「あ、こっちですか? はい、色々あって契約しました」

「……契約しました、じゃねぇだろ!? お前これ、あたしの記憶が正しければ天使長のものだよな!? お前、あれとも契約したのか!?」

 

 ボクが契約したことを言うと、師匠はものすごい形相でそう叫ぶ。

 

 も、もしかして、まずかったのかな……?

 

「は、はい。その、フィルメリアさんがボクと契約したいと言い出しまして……」

「……それで?」

「ボクが天使のみなさんの労働状況があまりにもその、可哀そうだったので、ストライキを促して……」

「……その時点で、すでにぶっ飛んでいるが……続けろ」

「フィルメリアさんがボクと契約すれば他の天使のみなさんも地上に降りてこれるらしくて、少しでも休めるようにと、契約しました」

「…………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 わー、大きなため息。

 

 これ、もしかしなくても、相当呆れてるっていうことだよね……?

 

「あ、あと」

「……今度はなんだ」

「えっと、何て言いますか……ちょっと、言葉が悪いかもしれませんけど、悪魔と天使、両方の種族とも、ボクの下に付きました」

「ちょっと待てそれどういうことだ!?」

「いや、あの、えと……あ、悪魔の人たちは上下関係にすごくうるさいらしくて、セルマさんと契約したら、なし崩し的にボクの下? 配下? になりまして……。天使のみなさんは、神様たちよりも、ボクに仕えたいと言い出しちゃって……。それで、その……その場の勢いで了承しちゃいました……」

「……お・ま・え・は! 戦争でもするつもりか!?」

 

 師匠が、本気で怒り始めた。

 

「そ、そんなことないですよ!?」

「うるせぇ! 信用できるか! なんだお前!? 今年の三月から着々と配下を増やしてんじゃねーよ!? 魔族に、天使に、悪魔て……お前はあれか!? 人外に好かれる体質でもしてんのか!?」

 

 ど、どうしよう。師匠が本気で怒ってると言うか……ツッコミになってる。

 

 こう言う師匠は見たことがないけど……すごく、新鮮。

 

「しかもお前、あたしが住む森の魔物、全部手懐けてたよな?」

「…………き、気のせいじゃないですか?」

「あたし、知ってるからな? お前が倒したふりして、実は助けていたことを」

「…………し、知りませんよぉ?」

「……そうかそうか。お前は白を切るつもりなんだな? ならば、あたしにも考えがある」

「……な、なんですか?」

「あそこにいる魔物、全部あたしが殺す☆」

 

 全力スマイルでそう宣言して来た。

 

「やめてくださいっ! あの子たちには……あの子たちには罪はないんです! ただ、森で暮らしてるだけなんです! 変な人が入ってこないよう、見張ってもらっているだけなんです!」

 

 本当は優しい子たちだから!

 

 ただ魔物というだけで、実際ちゃんとわかってくれる子たちだからぁ!

 

「ほれみろ。やっぱり、手懐けてるじゃないか。……ったく、お前のその性格はある意味脅威だぞ」

「そ、そんなこと言われましても……」

 

 ボク、そこまで異常な性格してる……?

 

 ただただ、殺しをしたくないだけなんだけど……。

 

「……ハァ。この際だから言おう。お前の優しさは正直度を超えている。いいか。普通の奴はな、魔物を手懐けたり、悪魔王と契約したり、天使長と契約したり、魔族の国の女王になったりはしない!」

「うぅ……」

「まあ、お前のその優しさは、美徳の一つだ。だがな、それが行き過ぎると、割ととんでもない事態になるんだ。わかるか?」

「……わ、わかりません」

「なんでわからないんだよ……。そもそも、だ。普通の人間は、魔族やら天使やら悪魔やらを配下にすることはないし、大体は怖がるか、畏怖するかのどちらかだ。なのにお前と来たら……。仲良くなるどころか、普通に従わせてるし。どうなってんだ、お前のその体質は」

「そ、そう言われましても……」

 

 ボクだって好きでそうなったわけじゃないし……。

 

 そもそもの話、ボクってそんなにおかしい体質してるの? 定期的に姿が変わるくらいじゃない?

 

 それ以外だと、割と普通な方だと思うんだけど……。

 

「……まあ、契約しちまったのは仕方ない。そのおかげで、人間界の方に起きる事件が減るわけだからな。そう言う意味では、よかったのかもしれない」

「じゃ、じゃあ」

「だが、それとこれとは別だ。ったく……。お前がそう言う性格でよかったぞ。ほんと。いいか? 魔族ってのはお前も知っての通り、基本的に身体能力が高い。サキュバスのような、身体能力が低いような種族もいるにはいるが、それでも一芸に秀でた特殊能力がある。この時点で強い。それはわかるな?」

「は、はい……」

「で、悪魔と天使な。悪魔は言わずもがな。お前は対峙したから知ってるだろうが、聖属性と神気以外に弱点がないし、魔法はそこそこ強力だし、靄を利用して攻撃もしてくる。この時点で普通に強い。わかるか?」

「はい……」

「そして天使。あいつらは、神の下位互換みたいな奴らだが、普通に強い。どれくらい強いかと言えば、天使一人一人が先代の魔王レベルだと思え」

「……え!?」

 

 そうなの!?

 

 天使の人たちって、そんなに強いの!?

 

 ……あ、でも、ン億年も働いているって考えたらそれくらいでもおかしくないかも……。

 

「そんなとんでもない奴らを、お前は従えたんだぞ? 正気の沙汰じゃない。というか、あたしのようにそう言った知識がお前を知れば、相当怖がるぞ。何せ、その従えた奴ら全員に、世界を滅ぼせ、なんて命令を下せば、間違いなく、一日どころか半日で軽く世界なんて滅ぼせるからな」

「…………ま、マジですか?」

「マジだ。大マジだ」

 

 ……どうしよう。途端に怖くなってきた。

 

 これって言ってしまえば、いつでも核ミサイルが発射できるスイッチを持っているようなもの、だよね?

 

 ……ど、どうしよう!?

 

「その表情。ようやく理解したか」

「……し、師匠、ぼ、ボク、どうすれば……」

「安心しな。お前がお前である限り、そんなことは起こらん。ってか、お前は世界を滅ぼしたいのか?」

「そ、そんなことするわけないじゃないですか! 大事なみんながいるのに、できるわけないです」

「ま、だろうな。お前はそう言う奴だ。それに、あたしがいるんだ。そんな馬鹿な真似はさせないさ」

「……そう、ですね。考えてみれば、師匠がいるんですもんね」

 

 そもそも、師匠に勝てる人なんているの? みたいな状況なのに、世界を滅ぼせる力を得たとしても、絶対に勝てない気がする。

 

 仮に、さっき師匠が言ったように、魔族の人たちや、天使のみなさん、悪魔の人たちに命令をしたところで、師匠なら絶対に一人で止めらそうだよね。

 

 強すぎるんだもん。

 

「……なんで、お前はちゃんと制御しろよ? 特に悪魔の方。魔族と天使の方は問題なさそうだがな。お前の事好きすぎるし」

「あ、あははは……」

 

 実際、神を見るような目を向けてくる人もいるしね……。

 

 そこまですごい人間じゃないと思うんだけど。

 

「まあ、後はあれか。お前、天使長と悪魔王呼べるか?」

「はい、多分呼べると思いますけど……」

「ならよし。呼べ」

「え、よ、呼ぶんですか……?」

「当たり前だろう。確認は大事だ。生憎と、あたしは天使と悪魔の契約というシステムそのものは知っているが、恩恵については知らん。それを知るためにも、二人を呼べ」

「……ちょっと気が重いですけど……わかりました」

「よし。さっさとしろ」

「はい」

 

 えーっと、召喚するには……あ、普通に『召喚』って言えばいいんだね、これ。うわー、簡潔。

 

 ま、まあ、とりあえず師匠命令だし……よし。

 

「え、えーっと、しょ、《召喚》!」

 

 恥ずかしさをなんとか胸の中に抑えつつ、そう唱えると、ボクの両サイドからそれぞれ金色の光と、紫色の光が放たれた。

 

 わっ、眩しっ!

 

 あまりの眩しさに、思わず目を手で覆う。

 

 次第にその光は収まり、光が発されていた場所には……

 

「ん? ここは……おぉ、主がいるのだ。なんだ、もう呼んでくれたのか?」

「あらあらぁ。お風呂に呼び出されてしまいましたぁ」

 

 女子高生くらいの女の子――セルマさんと、大人のお姉さん――フィルメリアさんが浮かんでいた。

 

 それぞれ、羽を生やしているので、多分それで、かな?

 

「……なんだ? よく見れば、神の犬がいるのだ」

「……あらぁ? どこかの、若作りおばさんがいるじゃないですかぁ」

「なんだと!?」

「なんですかぁ!?」

「……あー、やっぱりぃ……」

 

 呼び出された二人は、すぐにお互いの存在に気づくなり、喧嘩を始めてしまった。

 

 ……だから二人とも呼び出したくなかったのに……。

 

 はぁ。どうするんだろう、これ。




 どうも、九十九一です。
 長いですね、ほんと。あと四話で終わるか不明になってきました。終わらせたいところなんですが……まあ、夏休み編は確実に100話を超える事でしょう(多分)。世間ではもう秋なんですけどねぇ……。まあ、この辺は私の文章力のなさ、ということで。
 明日もいつも通りだと思いますので、よろしくお願いします。
 では。


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458件目 天使の恩恵と悪魔の恩恵

「「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」」

 

 フィルメリアさんとセルマさんの二人は、ボクが呼びだすなり直ぐに喧嘩が勃発。

 

 仲が悪いのはここで実証されました。

 

「ふ、二人とも落ち着いてください! 喧嘩はだめです!」

「「だって、この人(こいつ)が!」」

「どっちもどっちです! やめないと、契約切りますよ!」

「「うっ」」

 

 切り方とか知らないし、切るつもりもないけど、喧嘩は止めないと。

 

 今回はそう言うので呼んだわけじゃないんだし。

 

「いいですか? 仲良くしろとは言いません。でも、喧嘩はしないでください。それで毛守ってくれればいいですから」

「「……はい」」

「よかったです」

 

 しゅんとなる二人。

 

 こう言う場所で喧嘩するのは割と迷惑になっちゃうからね……。

 

 だって、何事かと未果たちが見てるし、メルたちに至ってはちょっとキラキラしたような目を向けてるからね。

 

 多分あれ、天使と悪魔が本当に現れたから、すごい、とか、綺麗、とか思ってるんじゃないかなぁ……いつもの反応を考えると。

 

「そ、それで、主は何故我とこいつを呼んだのだ? 主のことだから、何もない、というわけじゃないだろ?」

「もちろんです。えっとですね、お二人にちょっと訊きたいことがありまして……」

「なんでも訊いてみてくださいぃ。そっちの人よりも、完璧に答えますよぉ」

「ふんっ、我の方が上手に決まってるのだ」

「「……」」

 

 バチバチと火花が散っているような……。

 

 ま、まあ、まだ喧嘩というほどじゃないし、大丈夫……。

 

「えっとですね、天使と悪魔、それぞれの恩恵を知りたいなって。ボク、一応契約はしましたけど、どういう恩恵を得られるのか知らなかったので」

「ああ、そう言えば説明していなかったのだ」

「わたしもですぅ」

 

 ボクが呼びだした理由を説明すると、二人は『あぁ』と納得顔になった。

 

「それじゃ、まずは我から説明するのだ。我の方が、先に契約したからな」

「……まあ、いいでしょうぅ。最初は譲りますぅ」

「なんだ、やけに聞き分けがいいのだ。なんか変なものでも拾って食ったのか?」

「天使がそのようなことをするわけがありません。馬鹿にしているのですか?」

「おっと、それはすまないのだ。神にこき使われて寝不足だから、お前たちは食べ物と変なものの違いとか分かってないのかとばかり」

「……ムカ!」

「ストップストップ! セルマさん、挑発するのはやめてください。フィルメリアさんも、その白いオーラを出すのはやめてください」

「「……すみません」」

 

 はぁ……なんだか、地味に二人をコントロールするのが大変なんだけど……。

 

 やっぱり、仲が悪いと話が進みにくいね……。

 

「ともかく、説明をお願いします。師匠も聞きたがっていましたし」

「ああ、早くしろ、そこの馬鹿二人」

「あら、ミオ様ではないですかぁ。お久しぶりですぅ」

「久しぶりだな。……って、お前本当に隈がすごいな。寝てるのか?」

「寝てませんよぉ」

 

 ほんわかおっとり言うようなことじゃない気がするんですけど、それは。

 

 同じ事を思ったのか、師匠も可哀そうな人を見る目を向けていた。

 

 師匠でもそう言う目を向けるレベル……。

 

「……お前たちって、そんなに休みがないのか?」

「……ないんですよぉ。悪魔のみなさんと違って。わたしたちは社畜ですからぁ」

「……なんか、すまん」

 

 さっきまで喧嘩していたと思ったら、セルマさんが普通に同情的な視線を向けただけでなく、普通に謝っていた。

 

 まあ……うん。こればかりは、喧嘩相手でもそうなるよ。

 

「と、とりあえず、説明をお願い。セルマさん、悪魔との契約で得られる恩恵って何?」

「んー……まあ、悪魔が使う方の魔力が使えたり、悪魔そのものに変身することも可能なのだ。あとは、人間の感情がわかったり、悪人かそうでないかの見分けがついたり、闇属性魔法に適性ができたりするのだ。もし、闇属性魔法が使えないのであれば、使えるようになるぞ! ちなみに、攻撃系の能力やスキルに関しても増えたりするのだ」

 

 え、闇属性魔法使えるの? ボク。

 

 地味に使える魔法が増えたんですけど……。

 

 あと、攻撃系の能力やスキルも増えたの? ほんとに?

 

 ……なんだろう。どんどん強くなっていってるような気がするんだけど、大丈夫? これ。

 

「ほう。意外にもいい恩恵なんだな。それで? デメリットはあるのか?」

「デメリットは特にないぞ? これがもし、悪魔優位の契約であれば、何らかの対価を要求するものだが、今回は主優位の契約になってるのだ。なので、問題なし」

「そうなんだ。それなら安心かな」

 

 デメリットがないというのはいいことです。

 

 それにしても、ボクが持つ能力とかスキルの方も、割とデメリットがないような気がする。

 

 あっても、身体技術でカバーできるようなものばかりだし。

 

「悪魔なのに、意外と良心的な契約なのですねぇ」

「ふんっ、悪魔と言えど、自らが従う相手に対価を要求するのは恥になるのだ」

 

 そういうポリシーみたいなのがあるんだね。

 

「それじゃあ次、天使の方はどういうものなんですか?」

「ほとんど悪魔の契約と変わりませんよぉ。魔力じゃなくて、天力が使えたり、天使そのものに変身したりですねぇ。それ以外ですと、聖属性魔法の適性が向上して威力が上がったり、天力を魔力に変換して増やしたり、護りに関する能力、スキルが使えたりしますよぉ。所謂、結界系統でしょうかぁ」

「ほう、なかなかだな。悪魔は攻撃で、天使は護りか。その辺りも対と言うわけだな。よかったな、イオ。これでお前、かなり強くなったぞ」

「う、嬉しいような、嬉しくないような……」

 

 ボクは強さを求めているんじゃなくて、平穏を求めるだけなんだけど……。

 

 なのに、なぜか強さばかりが手に入っちゃってるし、それに反比例するように平穏から遠ざかってるし……。

 

 ボクの人生、どこに向かってるんだろう。

 

「……そういやお前ら、天使になれたり、悪魔になれたり、とか言ったよな?」

「言ったのだ」

「言いましたねぇ」

「それはあれか? 本当に悪魔みたいな外見になったり、天使の翼とか輪が出てきたりするのか?」

「そうなのだ。悪魔ならば、我のように角が生えたり、蝙蝠の翼が生えるのだ。あと、髪色と目の色も変化するぞ。主の場合、銀色の髪に真ん中あたりから下の髪の毛が我と同じ、桃色に染まり、瞳は紫紺色に変わるのだ」

「その場合、身体能力にも変化があるのか?」

「あるのだ。自身の身体能力に我の身体能力が付与されると思っていいのだ」

 

 ……え。

 

 それって、かなりとんでもないような……。

 

「え、えーっと、具体的に訊きたいんだけど……攻撃力のステータスって、どれくらいなの?」

「我か? んー……ざっと、2000越えなのだ」

「ほう。たしか、この旅行中にイオのステータスを確認したところ、攻撃力は1000を超えていたな。ということは、そこにプラス2000で、悪魔モードだと3000、というわけか」

「え!?」

 

 なにそのバグった攻撃力!

 

 というか、

 

「ボクの攻撃力、1000越えてたんですか!?」

「何を言う、当たり前だろ? いつの話をしてるんだ、いつの。五月だぞ? しかも、あの鑑定結果は、四月の物だ。あれから四ヶ月も経っているわけだし、その間でお前はそこそこ戦闘をこなしていただろ。あたしとか、悪魔とか。そんなんで、ステータスが上がらないのがおかしい」

「え、えぇぇぇぇ……」

 

 ボクの攻撃力、とうとう1000を超えちゃったの……?

 

 しかも、悪魔に変身すれば2000追加で3000越え……。

 

 たしか、先代の魔王が大体……1500だったかな? たしかそれくらいだったはず。

 

 ……二倍。二倍も差があるんだけど。

 

 手加減して普通に勝てるような相手になっちゃったんだけど。しかもこれ、攻撃力だけなわけだけど、他のステータスもプラスされるとなると、とんでもないことになるんだけど。

 

「ちなみに、空を飛べるのだ」

 

 あ、それは嬉しいかも……。

 

「よし、悪魔は理解した。次、天使だな。フィルメリア、どうなんだ?」

「そうですねぇ。身体能力の変化、と言えばありますよぉ。悪魔は攻撃力が最も高いのに対して、天使は防御力特化なんですぅ。ちなみに、私は3000ほどですので、依桜様の防御力に私の3000が追加されると思ってくださいねぇ」

「さ、さんぜっ……!?」

 

 ボク、数百程度なんですけど!

 

 たしか、600ちょっとだったはずだから……3600!? 堅い!

 

 それ、堅すぎてとんでもないことになってるんだけど! 少なくとも、人間の硬さじゃないよ!

 

「本当に硬いな。あたしの防御力の、大体二割程度と言ったところか」

 

 師匠のその呟きで、ボク、フィルメリアさん、セルマさんの三人の時間が止まった。

 

 ……え、今なんて言った? この人。

 

 二割? 二割って言ったよね?

 

「……あ、あの、ミオ様? 私の二割、ということはもしかしてぇ……」

「ん? ああ、あたしの防御力の話か? ああ、素で12000越えてるぞ? 身体強化をすれば、もっと高めることができる」

「なんなのだおぬし!? なぜ、人の身でありながら、そんな馬鹿げたことになってるのだ!?」

 

 事もなげに話した師匠にツッコミを入れたのは、セルマさんだった。

 

 悪魔の王や、天使の長を超えるステータスを持ってるって、この人、本当にどうなってるの……?

 

「んー……ま、色々あるんだよ。あたしだってそりゃ、数々の苦難を超えてこうなったんだぞ? 努力と運、と言ったところだ。才能は……後天的なものだな」

「師匠、それってどういう……」

「あたしのことはどうでもいい。あたしはもう一つ、訊きたいことがある」

 

 どういうことなのか訊こうとしたら、立ち入るなと言わんばかりにボクの言葉を遮って、話を戻した。

 

 師匠って色々と謎は多いけど、同時に秘密も多そう。

 

 ……いつか、聞けるのかな。

 

「あー、いや、正確には二つか。まず一つ。こいつのように、過去に天使と悪魔、両方と契約した奴はいるのか?」

「その答えの質問はノーなのだ。そもそも、両種族に気に入られる、というのは稀……というか、まずないからな」

「そうですねぇ。まず一つとして、天使は汚れのない心を持った人を好む傾向にありますぅ。もちろん、依桜様は合格どころか、我々天使にとっては、喉から手が出るほど契約したい相手、とも言えますぅ。なにせ、我々の力を十全に引き出せる上に、我々が求めていた優しさを持っていますのでぇ」

 

 ボク、そんなにすごいの?

 

 天使の力を十全に引き出す、と言うのがよくわからないけど。

 

「話を補足すれば、我ら悪魔も契約自体は基本誰とでもできる。が、それはあくまでも、契約ができると言うだけなのだ。そこに、我々悪魔の理想や感情は含まれていないのだ。そう言う意味では、主は本当にいいと思っているのだぞ。悪魔に説教をし、助ける人間など聞いたこともない。我々に契約を持ちかけてくるのは、くだらない欲望を悪魔の力を使って叶えようとする者。そして、悪意の塊でしかない者。特に後者は本当に酷いのだ。いくら我々悪魔がマイナスの感情を好物としているからと言って、どす黒い悪意や醜い情欲を見せられても困る。というか、普通に嫌なのだ」

 

 そう語るセルマさんは本当に嫌そうだった。

 

 過去に、そういう人がいた、っていうことだよね?

 

 悪魔も大変なんだね……。

 

「しかし、主は違ったのだ。我々悪魔は偽善を嫌う。それはなぜかわかるか?」

「え? えーっと、あの……わ、わからない、です」

「簡単に言えば、それは偽物だからなのだ。本物の善人と言うのは、分け隔てなく全ての者に平等に優しを振りまく者のことを指すのだ。たとえそれが悪人でも、決して殺さず、更生させようとすればそれはもう、立派な善人だ。しかもそれが、大切なものを傷つけた相手であっても」

「そうですねぇ。やらない善よりやる偽善、と言う言葉がありますけど、それでも私たち天使は本当の善人を好みます。偽善者は……まあ、人に寄りはしますが、碌なものではありません。自分をよく見せたい、称賛されたい、口先ばかりで行動を起こさない、自己中心的な人が多い、そう言う方たちですねぇ。私は、ハッキリ言って嫌いですねよぉ、ああいうタイプの方たちは。なにせ、自分をよく見せようとするあまり、悪い部分が絶対に出てこないのですからぁ」

 

 二人の説明に、なるほど、とも思ったけど、同時にボクはそこまで善人じゃない、とも思った。

 

 だって、人を殺した事実はあるわけだし……。

 

「今、主は『自分が善人じゃない』とか思ったな?」

「ど、どうしてわかったの?」

「気配でなんとなく」

「私もわかりますよぉ」

 

 え、なにそれちょっと恥ずかしい!

 

 もしかして、心を読まれたりするのかな……?

 

「大丈夫ですよぉ。心は読めませんからぁ」

 

 ……絶対読んでるよね?

 

 だって今、ボクが心配したことを否定してきたんだもん。

 

「まあいいのだ。主はおそらく、人殺しをしたことがあるから、善人じゃないとか思っているのだろうが……殺しは関係ないのだ」

「え?」

「悔しいですが、セルマさんの言う通りですねぇ。我々天使は、たしかに善寄りですぅ。でも、だからと言って殺しをしたことがないわけではありませんよぉ。私たちだって、天罰をあてているわけですからねぇ。どうしようもない悪人に」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前ですよぉ。いいですか、依桜様ぁ? 人を殺したくない、というのは当然の感情だと思いますぅ。でも、その相手が絶対に更生しない相手であれば、殺すのもまた優しさなのですよぉ」

「おい、フィルメリア。その言い方だと、色々と語弊があるのだ」

 

 フィルメリアさんのセリフに、セルマさんがツッコミを入れる。

 

「まったく、これだから天使は……。いいか、主よ。最終的な話、人殺しなんてものは、殺された側の人間の本質によって、善か悪かが決まるのだ」

「えっと、どういうことですか?」

「主と契約した際に、主の今までの記憶は全て知った。その中から、主に殺害された人間たちは、本当に愚か者だったのだ。あれは、更生云々どころではない。あのまま生かしていたら、確実に大きな被害を及ぼしたはずだ」

「……」

 

 その言葉に、ボクは何も言えなかった。

 

 もちろん、記憶を知られていたことに関しては……まあ、思うところはあるけど、だとしても、殺したことが正解、と言われるのは何と言うか……うん。少しは、気が楽なのかも。

 

 未だに、少しだけ引きずってるから、あの時のことは。

 

「そもそもだ、主は最後まで更生させようとしたのだろう? それを無視して、クソのようなことをしようとした時点で、それはもう、無意味なのだ。悪人は、どこまで行っても悪人。他人ではなく、自分しか考えない。そんな奴らは助けられないのだ。世界は残酷、とは言うが、本当にその通りなのだ。結果的に、悪人ではなく、善人が人を殺すのだからな」

「セルマさん……」

「本当、あなたは昔からそうですよねぇ。悪魔のくせして、無駄にいいことを言うのですからぁ」

「まあ、我は長く生きてるからな。人間との触れ合いは、多いのだ」

「それもそうですねぇ」

「……いいか、主よ。善人と言うのは、何もすべてを助け、全てを受け入れるような甘い奴のことを言うのではないのだ。自分にできることで最大限他人を助け、全て間違っていると否定し修正しようとするのではなく、どこをどうすればよかったのかを諭し、さらに上へと導こうとする者のことを、善人と呼ぶのだ。何も、間違いを犯したり、迷惑を一度もかけない者なんていない。いるはずがない。そんなものは、生まれた瞬間から誰にも助けられずに自分で生き、誰の手も借りずにひっそりと暮らす奴だ。そんな奴、いるわけないのだ。もちろん、これは我の持論なのだ。だが、それでも我は、主を善人だと思うぞ」

 

 ニッと笑って、セルマさんはボクに向かってそう言った。

 

 なんだろう……セルマさんがすごくいい人過ぎる……。

 

 それと、やっぱり相当長い間生きていたからか、考え方がかなり大人。

 

「まあ、セルマさんの言う通りですねぇ。そもそも、善人は自分のことを善人だと言いませんし、どちらかと言えば『自分は無力だ』『自分は良い人間ではない』と思うものですからねぇ」

「まんまこいつじゃねーか」

「そうですねぇ。だからこそ、依桜様は天使にとっても悪魔にとっても、好かれるような存在なのですよぉ」

「主はどこか暖かいものを感じるからな。我も、主だけは気に入っているのだ」

「それは、私も同じですよぉ。正直、あんなクソ上司たちの下にいるよりも、依桜様といる方が、とても暖かくて、嬉しい事ですからぁ」

「え、えと、あの……て、照れますね……」

 

 正面からそう言われると、なんだか照れくさい。

 

 悪魔だから悪いイメージみたいなものを少しだけ持っていたけど、こうして話してみると、セルマさんはそんなことなかった。

 

 天使はこう、すべて正しいみたいなイメージだったけど、フィルメリアさんはそんなことなくて、むしろ人間みたいだった。

 

 ……結局、感情があれば種族なんて関係ないのかも。

 

「……で、お前たちがいかにこいつを気に入ったかはわかったが、とりあえず、あたしのもう一つの質問に答えて欲しいんだが」

「あ、すまん。素で忘れていたのだ」

「申し訳ありません。それで、どのようなことを訊きたいのでしょうかぁ?」

「なに、簡単なことだ。こいつという前例のない存在が現れたからこその疑問だ。……実際、天使と悪魔両方同時に力を発現させることはできるのか?」

「「……」」

 

 師匠の質問に、二人は揃って腕を組んで考え込んだ。

 

 言われてみれば確かに……。

 

 その辺りってどうなんだろう?

 

「……おそらくだが、出来ると思うのだ」

「同じく、出来ると思いますよぉ」

「え、できるんですか!?」

「ほう。それはなぜだ?」

「簡単に言えば、主の適性が高い、と言うことが挙げられるのだ」

「ですねぇ。面白いことに、両種族から好かれるような性格、体質をしている依桜様は、結果的に両方の力を扱うことができるようになりましたぁ。それにより、両方同時に力を発現させることも可能になるわけですねぇ。おそらくですが、両方同時に使うと、それぞれの特徴が出ると思いますよぉ」

「ふむ。そう言えば、天使に変身した際の身体的特徴を聞いてなかったな。どうなるんだ?」

 

 なんだろう、師匠が気になったことをすぐに質問してくれるおかげで、ちょっと楽。

 

 師匠の好奇心、なのかな?

 

「簡単に言えば、髪の色が金色に変わり、髪が伸びますぅ。そして、天使の翼が生え、瞳の色も金色に変化しますねぇ。それから、天使の輪も出てきますよぉ。ちなみに、あくま同様飛べますぅ」

「そっちは、お前の特徴が出るわけじゃないんだな?」

「そうですねぇ。天使は基本、金髪金眼ですのでぇ。そちらが反映されているんだと思いますよぉ」

「ふむ……となると、両方発現させれば、半分天使の姿になり、半分悪魔の姿になる、ということか」

「な、なんですかそれ……」

「ちなみに、両方同時に発現させた場合、身体能力も我とフィルメリア両方の力が追加されると思っていいのだ」

「つまり、二名分のステータスが上乗せさせるということですねぇ」

 

 ……それはつまり、ボクの身体能力がとんでもないことになるってことだよね?

 

 ……えぇぇぇぇぇ。

 

 これ以上強くなってどうするの……?

 

「デメリットは?」

「うーむ……正直、変身にはそこそこの体力を使用するので、両方同時に使うとなれば、かなりの体力を消耗することになると思うのだ」

「まあ、それでも負担は少ないかと思いますぅ。私が、それらを引き受けますのでぇ」

「は? お前は何を言っているのだ? その役目こそ、我だろ!」

「いいえ、これは天使の役割ですぅ。慈愛の天使、とも呼ばれるのですよぉ? ならば、慈愛の権化である天使がするべきでしょうぅ!」

「ふっ、なにを馬鹿なことを。お前たちは『うーん、あの人相当悪いですねぇ……。じゃぁ、天罰っちゃいましょうぅ!』とか言うようなヤベー奴らなのだ! なので、肩代わりは我が!」

「そんなことしてません! ……ちょっとしかぁ!」

「思ってるじゃないか! やはり、主の肩代わりは我がする!」

「いいえ、私が!」

「我が!」

「「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」」

 

 あぁ、また喧嘩になっちゃった!

 

 なんだか、先が思いやられるよ……。

 

 こに二人の仲悪すぎだよぉ!

 

 さっきまで、普通に話していたのに、なんでこう、些細なことで喧嘩するのかなぁ……。

 

 この後、なんとか二人の喧嘩を止めることに成功しました。

 

 先が思いやられるよ……。



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459件目 色々検証

 喧嘩を止めて二人をそれぞれ天界と魔界に送り返した後、ボクたちは昼食を摂ることに。

 

 色々あってすでに疲れてはいたけど、お昼ご飯を食べたら普通に回復したように思える。なんでも、お昼に出された料理は、ボクたちが疲れていることを見越して作られた者らしく、疲労回復にいい料理を作っているのだとか。

 

 能力やスキルが存在している上に、不思議なもので溢れている世界なので、そう言った食材があっても別段不思議ではない。

 

 まあ、みんなは驚いていたけど……。

 

 ボク自身は、例の三年間で割とお世話になっていたので、そこそこなじみがあったり。

 

 まあ、色々とあるからね、こっちの世界。

 

 と、昼食を食べ終えると、

 

「イオ、あたしらは一度人気のない森に行くぞ」

 

 そんなことを言ってきた。

 

「え? ……あ、そういうことですか」

 

 一瞬どういう意味かと首を傾げると、すぐにその意味に思い至った。

 

 多分、天使と悪魔の力の検証、とかなんじゃないかな。契約によって、ボクには能力やスキルが増えたみたいだし。

 

 ボクも、普段はあまりステータスとか見ないから、そう言えば知らない。

 

 何が追加されてるんだろう?

 

 

 というわけで、師匠と二人で森に。

 

「旅行中に、お前が天使と悪魔と契約することになるとは思わなかったが……まあ、仕方ない。とりあえず、色々検証するとしよう」

「はい」

「とりあえず、新しく増えたものを教えてくれ。一応、あたしが見てもいいんだが、正直めんどくさい」

「そ、そうですか」

 

 まあ、ボクも自分で確認しないと、とは思っていたから、別にいいけど。

 

 ともあれ、ステータス確認。

 

『イオ・オトコメ 女 十九歳

 体力:7850/7850 魔力:11000/11000

 神気:50000/50000

 攻撃力:1012 防御力:644 素早さ:1931

 幸運値:7777

 職業:暗殺者

 能力:『気配遮断』・『気配感知』・『音源感知』・『消音』・『影形法』・『一撃必殺』・『短刀術』・『双剣術』・『投擲』・『立体機動』・『擬態』・『変装』・『壁面走行』・『感情看破』『悪人看破』

 スキル:『瞬刹』・『身体強化』・『料理』・『裁縫』・『柏手』・『鑑定(下)』・『無詠唱』・『猛毒無効』・『精神攻撃無効』・『言語理解』・『変色』・『分身体』・『剛力』・『結界』・『黒靄操術(こくあいそうじゅつ)』・『光操術(こうそうじゅつ)』・『悪魔化』・『天使化』・『武器化(悪)』・『武器化(天)』・『物理攻撃耐性』『刺突攻撃耐性』・『魔法攻撃耐性』

 魔法:『風魔法(初級)』・『武器生成魔法(小)』・『回復魔法(上級)』・『聖属性魔法(上級)』・『付与魔法』・『アイテムボックス』・『闇属性魔法(上級)』』

 

 こうなっていた。

 

 それで、増えた項目は……

 

『剛力』『結界』『黒靄操術』『光操術』『感情看破』『悪人看破』『闇属性魔法(上級)』『悪魔化』『天使化』『武器化(悪)』『武器化(天)』『物理攻撃耐性』『刺突攻撃耐性』『魔法攻撃耐性』

 

 この十四個。

 

 お、多い!

 

 しかも、割ととんでもないようなものが混じってるんだけど!?

 

 え、なにこれ。契約しただけでこれ!?

 

 しかも、見たこともないものが混じってるし……。

 

 ……あと、よく見たら変化してるのもあるよね、これ。

 

 特に、魔法と耐性系。

 

『毒耐性』は『猛毒無効』に。

 

『精神攻撃耐性』は『精神攻撃無効』に。

 

 あと、『風魔法』と『武器生成魔法』以外、全部上級に変化してる……。

 

 これって、どういうこと?

 

 それから、ステータスの方にも変化があって、なんか身体能力に関する項目と、体力と魔力に関する項目の間に、『神気』という項目が増えていた。

 

 多分、師匠に使い方を教えてもらったからなんだろうけど……多いのか少ないのかわからない。

 

「あー、お前のその困惑したような表情を見ればなんとなくわかったが……とりあえず、増えた物や、変化したものを言え。そこから色々と検証するぞ」

「は、はい」

 

 師匠に言われ、ボクは新しく増えた物や、変化したものを師匠に話していく。

 

 最初こそ、いつも通りの表情を浮かべていた師匠だったけど、途中から訝しむような表情に変わった。

 

「――と、こんな感じです」

「……なるほどな。ほとんどはあたしも普通に知っているものばかりなんだが……いくつか、あたしでも知らん物が混じっているな」

「ど、どれですか?」

「『黒靄操術』『光操術』『武器化(悪)』『武器化(天)』の四つだな」

「師匠も知らないんですね」

「そりゃ、あたしはあいつらと契約したことなんてないからな。知るわけがない。しかし、最初の『黒靄槍術』と『光操術』ってのはなんとなくわかる。一つ目は悪魔が使用していた攻撃方法だろうな」

「たしか、黒い靄を武器に変化させて攻撃してきたあれですよね?」

「ああ。で、『光操術』ってのは、天使が使う攻撃方法だろう。たしかあれは、『黒靄槍術』の天使版と言ったところか。光を武器に変化させて攻撃するものだ」

「なるほど……」

 

 ということは、ボクが戦った悪魔の人たちみたいに、黒い靄じゃなくて、光を槍とかに変えて攻撃するもの、っていうことだね。

 

 結構便利かも。

 

 もしかすると、日常生活にも応用が利くかもしれないね。

 

「で、問題は最後の二つ。『武器化(悪)』と『武器化(天)』の方だ」

「そう、ですね。これって、字面だけ受け止めたら、セルマさんとフィルメリアさんを武器に変える、ということになりませんか?」

「十中八九、そういう効果だろう。あとは、どういった武器の形状になるか、だが……とりあえず、お前のその二つのスキルを鑑定してもいいか?」

「お願いします」

「即答か。……本当は、他人にステータスとか見せるのはまずいんだが……まあ、お前だからな。よしとする」

 

 最後ぶつぶつと何か言っていたような気がするけど、まあ、いいよね。

 

 師匠はボクを見つめだした。

 

 それが数秒ほど続き、しばらくするとふっと体の力を抜く。

 

「概ね理解した。そのスキルは、お前がさっき言った効果で間違いない。で、武器に変化させるとき、お前が望んだ形状になるそうだ」

「じゃあ、ボクが弓が欲しいと望めば、弓の形になる、ということですか?」

「その通りだ。で、ここからさらに面白い事なんだが、お前がそのスキルを使用し、どちらかを弓に変えたとしよう。その場合、お前の『黒靄操術』と『光操術』が生きてくる」

「……もしかして、矢を形成して、それを武器で放つ、ということですか?」

「そういうことだ。で、さらに面白いことがある。お前、ファンタジー系のラノベやマンガは読むか?」

「たまにですけど、読みますね」

 

 個人的に、ライトノベルやマンガは雑食だと思ってます。

 

 苦手な分野があるとすれば……所謂、鬱展開がある作品とか、バッドエンドな作品とかかな? 明るい作風を好むからね、ボクは。

 

「それはよかった。この両スキルは、使用者が望んだ武器に変化させる、というものだ。つまり、架空の武器にも変化させることができるかもしれない」

「そ、それってつまり……レールガンとか、レーザービームを放つ銃とか、ビーム〇ーベルのような物もですか?」

「お前の架空武器の知識、ほぼレーザーだな。……いやまあ、間違っちゃいないが。まあ、概ねその解釈で大丈夫だ。まあ、まだ可能性の話だがな。しかし、そうなるとお前の攻撃の手段は幅が広くなるな。少なくとも、今のお前ならば、先代の魔王なんてワンパンKOできそうだ」

「そう、ですか?」

「当たり前だ。身体能力も向上し、さらには神気の使用。もっと言えば、お前は天使にも、悪魔にもなる力を身に付け、その両方を同時顕現させることもできる。単純なステータスのスペックで言えば、攻撃力なんて5000を余裕で超える」

「……なんですか、その化け物」

「お前だな」

 

 ……そっか。ボク、化け物みたいなステータスになれるんだ……。

 

 でも、それでも思うことがある。

 

 ……師匠、それよりも遥かに強い、っていうことだよね?

 

 だってさっき、3000で二割、とか言ってたもん。ということは師匠、15000くらいってことだよね? 防御力。

 

 異常だよ、本当。

 

「まあ、いいじゃないか。とりあえず、『悪魔化』と『天使化』を使ってみるぞ。どういう風になるのか、知っておきたい」

「ですね。じゃあ、えと、まずは悪魔の方から」

「ああ、頼む」

「えっと……『悪魔転身』!」

 

 発動するための言葉を口に出すと、ボクの体を紫色の光が覆った。

 

 最初はかなり驚いたけど、すぐにその光は収まる。

 

 すると、なんだか不思議な感覚がボクの体を駆け巡っていた。

 

「えっと、師匠、これどうなってますか?」

「ああ、問題なく悪魔になってるな。セルマが言っていた通りの姿だ。ほれ、姿見」

 

 そう言うと、師匠は何もない空間から姿見を出した。

 

『アイテムボックス』かな?

 

 ともあれ、姿見を覗いてみると、

 

「わ、本当にセルマさんみたいになってる」

 

 鏡に映った自分を見てちょっと驚いた。

 

 髪色は、真ん中から下が桃色の変化していて、両耳の上からは黒い角が一本ずつ生えていた。

 

 そして、瞳の色はいつもの碧眼から紫紺に変化し、背中からは蝙蝠のような翼が生えていた。

 

 なんかちょっと、不思議な気分。

 

「で、どうだ? 体の方は」

「そうですね……なんだか、普段よりも力が漲っているような感じがします」

「なるほど。よし、あの木を本気でデコピンしてみろ」

「なんでデコピンなんですか?」

「さすがにグーじゃわかりきってるだろ? なら、デコピンの方がわかりやすい」

「な、なる、ほど?」

 

 師匠の理論はたまによくわからないけど、師匠がそう言うのだから従っておこう。

 

 逆らっても、いいことないので……。

 

 ともあれ、師匠に言われた木の前に立ち、本気でデコピンをしてみたら……

 

 ドゴォォォォォォォォンッッッ! バキバキバキッ! ドズゥゥゥゥゥンッッ!

 

「……え、えぇぇぇ?」

「なるほど、これほどか。まさか、デコピン一発で、木をへし折り、そのまま吹っ飛ばしたあげく、飛ばした先の木をほぼ全部薙ぎ倒していくとは。なるほど、これはたしかに、異常だ」

「いやいやいや!? なんで冷静でいられるんですか!?」

「なんでって……お前、あたしだぞ? あたしなんて、手加減した拳圧だけでできるが?」

「……師匠は、そう言う人でしたね」

 

 それなら、冷静になってもおかしくないよ。

 

「で、次だ。お前、その羽を使って飛べるか?」

「ちょっとやってみます」

 

 と言って、ボクは羽を動かそうと意識してみる。

 

 最初は全く動かなかったけど、徐々に徐々に拙くも動き出した。

 

 そして、パタパタと動き始め、遂にバサバサと翼を動かすことに成功。

 

 かなり簡潔に、簡単に言ってるけど、ここまでやるのに二時間くらいかかってます。

 

 本当に。

 

 そうして、バサバサと翼を動かしていくと、ふわり、と体が浮きだした。

 

「わわっ、と。う、浮いた」

 

 体が浮くと、ふらふらと左右に前後に動いたけど、物の数分で安定し始めた。

 

「そのまま動けるか?」

「やってみます」

 

 さっきよりも強く羽を動かし更に飛翔する。

 

 そうして今度は、体を仰向けのような状態にして、前の向かって飛んでみると、ゆっくりながらも空を飛ぶことができた。

 

 飛んでる! ボク飛んでる!

 

「師匠! これすごいです!」

 

 空中で静止し、師匠に向かって大きな声で告げると、師匠は笑った。

 

「ああ、いい感じだな。とりあえず、一度こっちに降りて来い!」

「はーい!」

 

 ボクはゆっくりと下降して、地面に着地。

 

 飛んだ後だからか、ちょっと不思議な感じがする。例えるなら、船にしばらく乗っていて地面に立っている時のような感じ。

 

「ふむ。時間はかかったが、普通に飛べるみたいだな。これでお前は、空中での戦闘が可能になったわけだ。まあ、いちいち変身しないといけないみたいだがな」

「でも、空を飛ぶのはすごく気持ちが良かったです!」

「そうか。それはよかったな。……よし、次は天使だ。一旦悪魔の変身を解け」

「はい」

 

 師匠に言われた通り、変身を解除する。

 

 すると、いつもの体の感覚に戻り、力が低下したように感じた。

 

「じゃあ、行きます」

「ああ」

「……『天使変成』!」

 

 悪魔の時とは違う発動するための言葉を発すると、今度は金色の光がボクを覆った。

 

 さっきより眩しい!

 

 あまりの眩しさに目を細めていると、ようやく光が収まった。

 

「……こいつはまた、とんでもなくお前に似合った姿だな」

 

 そして、最初に聞こえたのは、師匠の呟きだった。

 

「ほれ、姿見」

 

 なんだか微妙に顔が赤い師匠。

 

 どうしたんだろう?

 

 ちょっと心配になりつつも、姿見を覗き込む。

 

「本当に天使みたいになってる……」

 

 フィルメリアさんが言っていた通り、金髪金眼に変わり、頭の上には天使の輪が浮かんでいた。

 

 そして、ボクの背中からは純白の羽が生えていて、なんだかとっても綺麗。

 

「……わー、天使ぃ」

「見惚れてるのか?」

「いえ、見惚れてるというか……なんでしょうね、これ。ボク、とうとう人外になったんですが」

「んなこと言ったら、悪魔に変身してたろ」

「……あ、それもそうですね」

 

 ついさっきも人外になったばかりでした。

 

「しかし、翼がでかいな」

「ですね。しかもこれ、もふもふしてるんですよ。あったかいし」

「え、マジ? 触っていい?」

「はい、どうぞ」

 

 ファサ、と師匠の方に羽を伸ばす。

 

 師匠は何のためらいもなく、ボクの羽に触れ、さわさわと手を動かした。

 

「……お、おー、なんだこの肌触りは。つやつやなのに、もふもふだ。しかも……この優しい暖かさ。あたし、これをもふりながら寝たい」

「いや、さすがにボクが疲れます」

「わかってるよ。……しかしこれ、マジで触り心地が良いな。極上のシルクみたいな感じだが……なんだか、独特な感じだ。しかし、気持ちがいい。イオ、これくれ」

「上げませんよ!? というか、取れませんから!」

「はは、冗談だ」

「まったくもう……」

 

 それにしても、この羽を触られるのって結構気持ちが良かったり。

 

 イメージとしては、頭を撫でられているような感覚、かな?

 

 師匠、撫でるのが上手いから普通に嬉しいと感じてしまう。

 

「さて、そろそろその状態の検証と行くか。と言っても、悪魔の方で大体は把握したから、そこまでやる必要もなさそうだがな。とりあえず、飛んでみろ」

「はい」

 

 悪魔の方で飛んだので、もう慣れましたとも。

 

 さっきと同じ要領で翼を動かすと、普通に飛べた。

 

 飛ぶことに慣れたのか、結構自由に飛び回ることができた。

 

 なかなか楽しい。

 

 自由に空を飛ぶのってどういう感覚なんだろう? ってずっと思っていたけど、まさかそれを体験できるようになるとは思わなかった。

 

 姿は元の姿じゃなくて、悪魔とか天使だけど、それでも飛ぶのは楽しい。

 

 風が気持ちよくて、下の景色もとっても綺麗。

 

 正直、これだけでも契約した甲斐があるんじゃないかな? なんて思ってしまう。

 

 それほど、飛べることが嬉しい。

 

 ……まあ、元の世界だと『気配遮断』と『消音』を使わないと、色々とアウトだけど。

 

 でも、元の世界でも飛んでみたいなぁ。

 

 うん、いつか飛ぼう。

 

「イオ、降りて来―い」

「あ、はーい!」

 

 しばらく飛んでいると、師匠に呼び戻されたので、地上に降りる。

 

「よし、特に問題はないようだな。それじゃ、最後だ。その状態で、『悪魔化』を使え」

「わかりました。例の、複合状態ですね?」

「ああ、その通りだ。じゃ、頼む」

「はい。……『悪魔転身』!」

 

 さっきと同じ言葉を唱えると、ボクの体に変化が起きた。

 

 悪魔に変身した時と同じく、体を紫色の光が包んだと思ったら、また姿が変わっていた。

 

「おー、面白い姿だな。ともかく、ほれ、姿見」

「ありがとうございます。……わー、なんかすごいことになってる……」

 

 天使の時は、金髪金眼に天使の輪と白い翼だった。

 

 でも、悪魔にも変身したことで、姿は大きく変化していた。

 

 まず、翼が純白の翼と黒い翼が生えていた。てっきり、蝙蝠の翼が片方生えるのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。

 

 そして、髪の毛は真ん中から上が金髪で、その下が桃色。

 

 天使の輪は健在だけど、なんか角も生えてる。

 

 右目は金眼で左目は紫紺色となり、オッドアイに。

 

 あと、すごく力が漲っている感じがある。

 

 多分だけど、軽く手を振っただけで木とか折れるんじゃないかなぁ、っていうくらいには漲っている感じがします。

 

「ふむ……相当な力を発しているな。どれ、ちょっと試すか」

「えっと、何を?」

 

 師匠は無言で、ボクに向けて手の平を向けて来た。

 

 どういうことだろう?

 

「試しに、本気でこの手に攻撃してみな」

「ええ!? ち、力の加減とかできませんよ!?」

「そんなものはいい。と言うかあたしは今、本気でと言った。ならば、本気で殴ってこい。それで、どれくらいの強さかがわかる」

「……わ、わかりました。えと、怪我しないでくださいよ……?」

「大丈夫だ。腕が消し飛んでも、再生できるしな」

 

 ピ〇コロみたい。

 

「じゃ、じゃあ、行きますよ?」

「ああ、きな」

「すぅー……はぁー……ふっ――!」

 

 深呼吸をしてから、ボクは地を蹴り師匠に肉薄した。

 

 距離的には約二十メートル。

 

 いつもなら、一秒かかるかかからないかくらいだったけど、今回はそうじゃなかった。

 

 踏み出した瞬間には、すでに師匠が目の前にいた。

 

 速すぎた。

 

 どうやら、ボクの素早さはかなり上がっていたらしく、とんでもないことになっていた。

 

 この速さと今の攻撃力が合わさったボクの拳は、どれくらい強いのかはわからない。

 

 でも、師匠が大丈夫って言ったんだから大丈夫!

 

「やぁっ!」

 

 そんな掛け声と共に、ボクは師匠の手に拳を叩き込んだ。

 

 その瞬間、

 

 ドゴオオオォォォォォォォォォンンンッッッ!

 

 という、まるで爆発したかのような音が鳴り響いた。

 

 それと同時に、衝突した箇所からものすごい衝撃波が発生し、半径百メートル圏内にある木々が全部吹き飛んだ。

 

 ……な、何この威力!?

 

 し、師匠は!? 師匠は大丈夫なの!?

 

 あまりにも桁違いな威力に、ボクは師匠を心配した。

 

 いくら師匠が大丈夫と言っても、これはさすがに……!

 

「ハハハハハハ! いい、いいぞイオ! 素晴らしい一撃だった! なるほどなるほど。まさか、天使と悪魔の力を顕現させた本気の拳が、まさかこれほどの威力とは……。見ろ。あたしの腕が痺れてるし、軽く打撲もしちまった」

 

 カラカラと笑いながら自分の手を見せて来たんだけど……ボクはそれ以上に驚いたことがある。

 

 今のとんでもない威力の拳を受けて、ちょっと痺れて軽い打撲をしただけ……? この人、頑丈過ぎない!?

 

「ふむ、その状態でこれなら、お前が『身体強化』を最大で使用すれば、素のあたしくらいな殺せるな」

「え!?」

「我が弟子ながら、随分と成長したもんだ。ま、一人でそこまで強くなってこそではあるが……まあいいだろう。これなら、仮に邪神と戦っても、お前は一時間なら戦えるだろうな。勝てはしないと思うが」

「し、師匠、ボク、師匠を殺せるんですか?」

「まあな。力だけで言えば、殺せると思うぞ? ま、攻撃が当たれば、という前提だがな」

「……ですよね」

 

 てっきり、師匠に勝てるのかと思っちゃった。

 

 でも、そうじゃなかったみたい。

 

 まあ、師匠に勝てるわけないよね……。

 

「いやぁ、いいことを知った。飛行手段も手に入れたし、攻撃手段も増えた。これで、さらに不測の事態に備えられるようになったな。喜べ」

「うーん、あまり素直に喜べないような……」

「まあ、いつか必要になる時が来るさ。……さて、なんだかんだで結構時間が経っていたみたいだな。そろそろ戻るか。日も暮れて来た」

「ですね。戻りましょうか」

「んっ~~~! はぁ。なんか、久々にいいパンチもらったから、腹が減ったな。あと、酒飲みたい」

「ジルミスさんに頼んでみます?」

「いいなそれ。いい酒を出してくれそうだ」

 

 他愛のない話をしながら、ボクたちは魔王城に戻りました。



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460件目 旅行終了

 そんなこんなで五日目も騒動はありつつも何とか無事に終了。

 

 六日目……となったんだけど、思いの外やることもなく、語ることもなかった。

 

 本当に、ただただのんびりとみんなで観光しただけだからね。

 

 その途中で、母さんや父さんへのお土産を買った。

 

 むしろ、問題続きの五日間が濃すぎたのか、本当に六日目は平穏で、平和でした。

 

 なんだろう。あまりにも平穏すぎて、ボクは一周回って怖くなった。

 

 だって、この五日間で問題が起こった事なんてなかったんだよ? 前日も含めたら、かなり色々あったし……。

 

 前日には、悪魔とショッピングモールで戦った。

 

 一日目は、ボクが去年にこっちの世界へ訪れた際に欠落していた部分のことを知った上に、ボクが異世界人の子孫であることを、師匠に教えられた。

 

 二日目は、冒険者ギルドの受付嬢の仕事をして、そこで師匠に一つのスキルを習得させられ、更には初めて天使に会いました。あと、女委が何か企んでた。

 

 三日目、女委が案の定やらかしてくれていて、ボク、晶、態徒三人が女委の被害に遭い、とんでもないことになった。あと、同人誌という存在が、こっちの世界――というより、リーゲル王国の王都に広まってしまった。何してるんだろう、本当に。

 

 四日目、まさかのクナルラルでディ〇ニー〇ンドもびっくりな、大規模なパレードが行われ、ボクの羞恥心はマッハだった。割とそこまでというほどの問題はなかったのかも。

 

 そして、五日目。この日が一番の問題だった。悪魔がこっちの世界で騒動を起こして、みんなにも被害が出そうになったので、ボクが魔界へ出向きセルマさんにお説教。のちに、セルマさんと契約して、意気揚々と元の世界に戻ってきたら、今度は天使のみなさんが出待ちしていて、結果的にフィルメリアさんと契約。悪魔と天使、両種族のトップみたいになってしまった。あと、色々と増えたし、師匠を殺せるほどの力も得てしまった。まあ、当たらなきゃ意味がないんだけどね……。

 

 とまあ、前日も含めた六日間、それはもう、平穏なんてなかった。強いて言えば、四日目がマシだったけど、それでもなお余りある他の日の騒動。

 

 ボク、旅行しに来たはずなのに、すごく疲れたんですが。

 

 六日目も何か起きるのでは!? と、身構えていたんだけど、結局徒労に終わったしね。

 

 平穏が一番です……。

 

 そんな六日目も終われば、遂に最終日。

 

 と言っても、帰るだけなんだけどね。

 

 お土産も色々買って、観光もした。

 

 みんな的には、まだいたいらしいけど、さすがに美羽さんとエナちゃんの二人は仕事があるからね。一日オフは取ってあるらしいけど、それでもギリギリに帰るのはよくないもん。

 

 なので、名残惜しいけど普通に帰還します。

 

「イオ様に、ティリメル様。それから、ミオ様や御友人の方々。いつでも、お越しください。私たちは大歓迎ですので」

「はい。ありがとうございました、ジルミスさん。また、みんなを連れて遊びに来ますね」

「お待ちしております。それでは」

「はい」

 

 最後に、ジルミスさんと挨拶を交わして、ボクたちはクナルラルを出た。

 

 

 最初は馬車で帰ろうかとも考えていたんだけど、

 

「馬車はめんどくさい。あたしの転移で王城まで行くぞ」

 

 師匠のその発言により、転移で王城まで行くことになりました。

 

 魔王城から法の世界へ転移すればいいんじゃないのか、と未果たちが言ったんだけど、その発言は師匠によって否定された。

 

『適当な場所で転移した場合、どこに出るかわからん』

 

 だそう。

 

 師匠はどうやら、元の場所で転移した方が、あっちに帰った時に問題が起きにくいのではないか、と思ったそう。

 

 たしかに、師匠の言う通りかも。

 

 これでもし、魔王城から転移して、海の上とか火山の火口に出ることもあるかもしれないからね。

 

 そうなったら、色々ととんでもないことになりそうだもん。

 

 師匠がいるから大丈夫だとは言え、慢心はいけないからね。あと、頼りすぎもダメ。

 

 不測の事態があるかもしれない。そう言う理由で、王城で転移することになりました。

 

 そうして、師匠に触れる、もしくは触れているを触れると言う状況で師匠が転移を発動。

 

 転移は成功し、気が付けばボクが使用していた部屋に到着。

 

「ほんと、ミオさんってチートだよねぇ」

「というか、これは反則過ぎるだろ」

「ミオさんにできない事ってあるんですか?」

「んー……ない」

 

 美羽さんの質問に、師匠はそう答えた。

 

 その答えを聞いたボクたちは、普通に納得。

 

 ……師匠にできないことがあるのが想像つかないもん。

 

「あー、クソ野郎たちに挨拶してくか?」

「うーん……四日目に挨拶しましたので、いいかなと。なので、このまま帰りましょう」

「そうか」

「じゃあみんな、ボクに掴まって」

 

 そう言うと、女性陣はボクに触り、晶と態徒はボクというより、それぞれ未果と女委に触れていた。

 

 なんで?

 

「アイちゃん、準備は出来てる?」

〈ふっ、私ですぜ? 余裕に決まってるじゃないっすか! 今日という日が始まってから、いつでも発動できるようにしておきましたぜ、イオ様。あとは、イオ様が起動の文字をタップするだけです〉

「ありがとう。じゃ、みんな出発するよ」

「「「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」」」

 

 うーん、多い!

 

 しかも、師匠も混ざってるのがなんだか……ちょっと面白かった。

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 ボクは元気にそう言いながら、軌道の文字をタップした。

 

 その瞬間、端末から光が溢れると、その光はボクたちを包み込み、視界が暗転した。

 

 

 目を覚ますとそこは、ボクの家の庭だった。

 

 どうやら、ちゃんと元の世界に帰って来れたみたい。

 

 出発した時間は、八月三日の朝九時。

 

 日の高さを見る限り、どうやら九時みたいだね。

 

「みんな、着いたよ」

「あっという間だったわね」

 

 未果の呟きに、みんなが頷く。

 

 たしかに。異世界転移装置二式による転移は、ほんの数瞬程度。

 

 もしかすると、もう少し時間がかかっているのかもしれないけど、それでも次に目を開けたら別の場所にいるわけだから、数瞬だよね。

 

「師匠、日付ってどうなってますか?」

「出発が、八月三日だったな。で、今日は……四日だ。問題ない、一日で帰って来れてるぞ」

「マジで一日しか経ってねぇ」

「どういう仕組みなんだろうねぇ」

「世の中不思議なことがあるということか」

 

 本当にね。

 

 でも、本当に不思議だよね。向こうでの一週間がこっちでの一日だなんて。

 

 その割には、なぜかこっちで経過した時間と同じ速度で向こうも進んでいるみたいだけど……。どういう原理何だろう。

 

「さて、と。私はそろそろ帰らないと」

「うちも。明日もお仕事だしね!」

 

 と、職業がある二人は、帰って早々帰宅すると言い出した。

 

「そうですね。旅行で疲れたと思いますし、二人とも、ゆっくり休んでください」

「うん、ありがとう、依桜ちゃん。あ、近々最終回の収録があるって日野さんが言ってたから、今の内に伝えておくね」

「あ、わかりました。予定を開けておきます」

 

 声優の方も、もうすぐ終わりみたいだね。

 

 なんとか、秋に間に合いそうでよかったです。

 

「あ、依桜ちゃん、ちょっといいかな」

「どうしたの? エナちゃん」

「えっとね、実はうちの所属している事務所に、とあるテレビ番組からオファーが来たの」

「へぇ、そうなんだ。やっぱり、エナちゃんが目当て?」

「半分はそうみたい」

「半分?」

 

 ……それってもしかして、

 

「うん。なんでも、『いのりさんも是非一緒に!』って言ってたらしくて」

 

 やっぱり、そっちですか……。

 

「いのり? いのりって確か、ちょっと前にエナちゃんとのペアで有名になった、新人アイドルのことかな?」

 

 不思議そうな表情を浮かべながら、美羽さんが話に入ってくる。

 

 あ、そう言えば伝えてなかった気が……。

 

「えと、他言無用でお願いしたいんですけど……その、いのりというアイドルはボクが変装した姿でして……」

「あれって依桜ちゃんだったんだ。なるほど……言われてみれば、たしかに似ていたかも」

「そ、そうですか? 髪型に髪色、瞳の色も変えていたんですけど……」

「ふふっ、それだけじゃ、私の眼は誤魔化せないかな」

 

 自分の目を指さしながら、いたずらっぽく笑う美羽さん。

 

 そう言えば、美羽さんって結構鋭かったっけ。

 

 ボクの擬態も見破ってたし。

 

「それで、エナちゃん。もしかしてなんだけど……」

「うん、なんか依桜ちゃんに出て欲しいんだって」

「一体どうして……」

「えーっと、ほら、うちって自分で言うのもなんだけど、それなりに売れてるでしょ? そんな中で、うちと依桜ちゃんの二人で出たライブとイベントがインタネット上とかでバズっちゃったらしくて……。あと、結構仲がよさそうな感じで出ていたことも相まって、二人はすごく仲がいいのでは!? みたいな感じに思っちゃったみたいなの。それで、依桜ちゃんにも一緒に出演してほしいらしくて」

「あー……なるほど」

 

 申し訳なさそうに事情を話すエナちゃん。

 

 そんなことがあったんだ……。

 

「依桜も有名になったものね」

「この場合、ボクというより、いのり、っていう別の人物が有名になったと考えるべきだと思うんだけど……」

「でも結局、依桜だろ?」

「……そうだけど」

「しかも、依桜君ってば、いのりちゃんとしてだけでなく、雪白桜、としても有名になりつつあるからね。わたしの同人関係の知り合いでも、結構評判だよ。『最高のロリボイスを持った、期待の新人!』ってな感じに」

「えぇぇぇ……」

 

 ボク、今後も声優をするつもりはないけど……。

 

 たしかに楽しいとは思っているけど、さすがに学業もあるわけだし、他にも色々とあるわけで……。

 

「ともかく、依桜ちゃん、どうかな?」

「テレビ番組?」

「うん」

「テレビ番組かぁ……」

 

 一応、ボク本人として出るわけじゃなくて、いのりとして出るわけだから、問題が歩かないかと訊かれればない。

 

 でもボク、別段アイドルというわけじゃないんだよね……あれはもともと、舞台上でエナちゃんを守るためにしていたものであって、アイドルとしてやっていたわけではない。

 

 ……まあ、後にプールのイベントに出演しちゃってるんだけどね、ボク。

 

「もちろん、無理強いはしないよ! 依桜ちゃんが嫌がるようなことは、絶対にしないからね!」

「ありがとう、エナちゃん」

 

 本当に、いい人だよね、エナちゃんって。

 

 人気が出るのも頷けるよ。

 

「それで、その番組っていつなの?」

「八月の下旬だよ」

「放送形式は?」

「放送は生放送だね。でも、その内のいくつかのコーナーはあらかじめ収録しておく、みたいな感じ」

「なるほど……」

 

 生放送なんだ。

 

 ……あれ、それってもしかして、結構大きな番組だったりしない?

 

「答えが出なさそうなら、保留でもいいよ!」

「いいの?」

「うん! 八日までに教えてくれればいいから!」

「そっか。じゃあ、ちょっと考えさせてもらうね」

「いいよいいよ! それじゃ、うちは行くね!」

「うん、またね」

「みなさんも、バイバイ!」

 

 元気いっぱいにそう言うと、エナちゃんは帰って行った。

 

「それじゃあ、私もかな。それでは」

「気を付けて帰ってくださいね」

「ありがとう、依桜ちゃん」

 

 そう微笑んでから、美羽さんも家に帰って行った。

 

 残るのは、付き合いの長いボクたち。

 

「……それじゃ、私も帰るとするわ。かなり疲れたし」

「なら、俺も帰るとしよう」

「オレもだ。さすがに疲れたぜ」

「わたしも早く家に帰って、記憶を絵に描き起こすとするぜー!」

「うん、またね!」

 

 そんなこんなで、四人も自分たちの家に向かって帰って行った。

 

「それじゃあ、ボクたちも家に入りましょうか」

「だな」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」

 

 色々あったけど、異世界旅行はとても楽しかったです。

 

 ……まあ、ボク自身が色々と抱え込むことになっちゃったし、ボク自身の謎もかなり増えてしまったけど……それはいつか、解明されればいいな。

 

 結局のところ、ボクっぽい人は誰だったんだろう?

 

 謎だらけなボク。

 

 ……ともあれ、明日からは普通の日常に戻りそうだね。

 

 ゆっくりしよう。



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