復讐者と六花とポケモントレーナー (白野蒼)
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プロローグ

復讐者でポケモントレーナーなとある少女の話です。
何かと独自設定が強いところもありますが少しでも楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。

※プロローグだけ三人称一視点小説となっています※



――凄まじい爆発と咆哮がバトルフィールドに響き渡る。

 

三ターンが限定とされるポケモンの巨大化――ダイマックスが解かれた先に戦闘不能状態で倒れていたのは磨き上げられた鋼そのもののように鈍く輝く体を持つごうきんポケモン・ジュラルドンだった。

その結果にフッと体の力を抜き口元を緩めた褐色の肌に鮮やかなオレンジ色のバンダナと目尻が下がったやや緑がかった明るい青の瞳が特徴的なすっきりとした甘いマスクでイケメンと名高い彼が、あーあと言わんばかりに頭の後ろで腕を組んだ。

 

「『オレさま 負けてもサマになるよな。記念に撮影しておくか。』……といきたいところだけどな! 流石にイーブイ一匹に好きなようにされたとあっちゃあそうもいかないだろ。……今回のジムチャレンジで各スタジアムをイーブイのみで突破してるチャレンジャーがいると聞いた時は耳を疑ったが、まさか本当にイーブイ一匹でナックルスタジアムに乗り込んで、このキバナ様にまで勝つとはな。――お前、名前は。」

 

最後の問いかけの瞬間彼の目尻がバトル中のように上がったのを見て、徐にこのバトルの勝者である色違いのイーブイを胸に抱いた首がすっぽりと隠れる程の長さの白髪に夜空を切り取りそのまま嵌め込んだようなミッドナイトブルーの瞳の少女は微かに微笑んだ。

 

「――リツカ。シュートシティのリツカです。ジム戦ありがとうございました、キバナさん。」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

パチパチと燃え盛る炎にかけられた鍋の中で刻んだきのみを始めとした材料達をことことと煮込ながらお玉でかき混ぜる。

手早くスムーズに、けれども決して溢さないように。

時折り耳朶を打つパチッと爆ぜる火の粉の音をBGMに味付けを施し、ふわりと鍋から嗅ぎ慣れた香りが漂いだせばすぐ側で地面に横たわり寝息を立てていた【彼女】の長い耳が揺れ小さな鼻がひくひくと動きだす。

 

「……――ブ……。イブァ~~イ。」

 

匂いにつられるように瞳を開けぐいーーっと伸びをしながら欠伸をかます【彼女】に、視線は鍋に向けたまま微かに口元を緩めたリツカが話しかける。

 

「おはよう、イブキ。と言ってももう夕ごはんの時間だけど。今日のジム戦も頑張ってくれたし、バッジも八個集まった。そのお祝いで今夜はダイマックスカレーよ。」

 

「イブッ!!!」

 

その言葉に大きくて丸い瞳を輝かせた【イブキ】と呼ばれたイーブイががばりと体を起こし自らのトレーナーに駆け寄った勢いのままに自分の定位置である彼女の左肩へとよじ登った。

 

「イブ、イブ!!」

 

「はいはい。あと少しで完成だからちょっと待ってて。」

 

待ちきれないと言わんばかりにぶんぶんとそのふさふさの尻尾を振るイブキに答えたところでザッと地面を踏む微かな音が耳朶を打ちリツカが小さく息を付く。

 

――何も慌てる事はない。

 

ガラル地方・エンジンシティ及びナックルシティという二つの都市の周囲を取り囲むようにして存在するここ、ワイルドエリアはガラル地方最大の野生ポケモン生息地だ。

さらにその中でも今自分がテントを張っているミロカロ湖・北と呼ばれるこのエリアに生息していて、その身に波導と呼ばれるエネルギーを宿した凛とした佇まいのポケモンと言えば――。

 

「久しぶりね。最近姿を見なかったからてっきり誰かにゲットされたんだと思ってたわ。」

 

「……ワウ。」

 

【……逃げるのは得意なんでな】

 

視線だけ背後に向けて話しかければ鳴き声と共に頭の中に直接響いた冷静さを多分に含んだ落ち着いた【声】にそう、と呟き返す。

はどうポケモンと呼ばれる彼はその名の通り波導を操る事に長けており、人の気持ちを感じ取れるばかりではなく人の言葉を理解できるポケモンだ。

 

(さらに、この個体に限るなら、波導を使ってこんなテレパシー紛いな事も出来るようだけど……。)

 

【いや、私だけでなく他のルカリオもやろうと思えば出来ると思うぞ。】

 

「ッ!!」

 

ふと考えた事にさらりと直接答えられびくっと肩を揺らし咄嗟に体ごと振り返れば目元を鋼に覆われたつり上がった赤い瞳としっかり絡みひくりと彼女の口の端がひきつった。

 

「…………人の心勝手に読まないで下さる? とは言っても、貴方の場合勝手に分かるんだっけ? なら尚の事私みたいな存在は貴方にとってストレスでしょうに、何でわざわざ近付いてくるのかしら。」

 

【……さてな。だが今宵は少し機嫌が良さそうだ。――勝ったのか】

 

「イブ!!」

 

その問いかけに答えたのはイブキの方だった。

力一杯頷くだけでなく、するするとリツカの体から降りると彼へと駆け寄りぴょんぴょんその場で跳ねたり駆け回り全身で勝利の喜びをアピールする彼女に瞳を細めた彼が【流石だな】と労うのを見ながらリツカもまた肩の力を抜くと最後の仕上げとばかりに鍋を一度だけくるりとかき回す。

 

「ええ。ガラル地方のトップジムリーダーであり他地方ならばチャンピオンになれると言われる程の腕前であるキバナさんに勝ち、最後のバッジであるドラゴンバッジも手に入れた。だから今夜はその祝賀会って訳。さ、出来たわよ。貴方も食べていくでしょ、ルカリオ。」

 

「……ワウ。」

 

こてんと首を傾けた普段は愛想笑い以外の表情をあまり浮かべない彼女の顔には珍しく十代半ばの少女の笑顔が浮かんでいるのが見えてルカリオは軽く肩を竦めると、小さく頷いた。

 

 

 

 

リツカとルカリオの出会いは数日前。

 

なんて事はない、今年もまた行われたガラル地方最大のポケモンの祭典であるジムチャレンジに参加しているリツカがルカリオの縄張りとなっているここでキャンプを始めたのがきっかけだった。

 

「ゲット? しないわよ、貴方だけでなく誰も。ただ私はここでキャンプがしたかっただけ。だから貴方が私やイブキに手を出さない限り、こちらから貴方に危害を加えることはないと誓うわ。」

 

すわ自分をゲットしにきた輩かと警戒心丸出しなルカリオに対してリツカは肩に乗せたイーブイに視線を向けあっさりとそれだけ言い放ったのだ。

その言葉に虚を付かれたルカリオだったがふと視線があった事で波導を通して伝わってきた感情に思わず目を見開いた。

 

――彼女の心を埋め尽くす感情、それはどこまでも果てがない程の深い『絶望』だった。

 

【……お前は一体何だ! 何故そんなものを抱えて平然としていられる!!】

 

全てを闇に覆い尽くされ、一切の音も一筋の光も届かない深海のようなそれに全身が怖気だち、ともすれば自らさえ吸い込まれてしまいそうな感覚を咄嗟に後ろに跳躍する事で振り払いがなる彼にパチパチと瞳を瞬かせた少女がああ、と何か納得したように頷いた。

 

「成る程。ルカリオは波導と呼ばれる力を使うポケモン。やり方次第ではそういう事も可能なのね。……その答えは簡単よ。私にはこのイーブイ――イブキがいてくれる。パートナーがいるってのはそれだけで力になるものなの。それに、私には『やるべき事』がある。それが終わるまでは絶望に身を任せる事なんてできない。」

 

【『やるべき事』? 】

 

「――ええ。」

 

そう頷いた彼女の瞳の中にゆらりと揺らめく炎が見えた気がして鼻に皺を寄せるルカリオにいいわ、と彼女が息を付いた。

 

「こんな警戒されっぱなしじゃおちおちキャンプも出来やしないし貴方口固そうだからね。私の事情少しだけ話して上げる。で、それにさしあたって今から最近ガラルで流行りつつあるカレーライスってのを作るんだけど。一緒に食べましょ、ルカリオ。」

 

 

 

 

「あ、そうそうルカリオ。私明日の朝の飛行機でガラルを発つ事にしたわ。バッジが集まった以上、ガラルに滞在し続ける意味もないし。今まで場所を貸してくれてありがとうね。」

 

【……そうか。】

 

祝賀会は滞りなく平穏無事に終わりを告げた。

 

腕によりをかけたという彼女のダイマックスカレーは今までで最高の出来でリツカやルカリオは勿論、この中で一番感情表現が豊かなイブキは大興奮でカレーライスの山を食べ尽くし、後片付けか済んだ今では、薪の近くで満足気に寝息を立てている。

そのすぐ隣に腰を下ろしイブキの背を撫でながら話せば常に冷静な【声】がさらに続けた。

 

【ここいらを通るトレーナーの話を聞いた限りでは、ジムバッジを八個集め、同じ条件のトレーナーと競うチャンピオンカップを制する事で漸くこの地のチャンピオンの地位をかけて行われるファイナルトーナメントに辿り付くそうだな。それならばむしろ、バッジ八個はスタートラインのようにも思えるが?】

 

淡々と話すルカリオに一つ笑いリツカはいいのよ、と軽く肩を竦めた。

 

「確かに貴方の言うようにガラル地方においてバッジ八個はスタートライン。今日のジム戦の後キバナさんにも言われたわ。『バッジを揃えた以上、チャンピオンのダンデに挑むためトーナメントに勝ち上がれ。』って。『オレ達のリベンジのためにもな』ってね。でも、チャンピオンカップのバトル形式は5vs5って決まってるし、流石にイ一ブイ一匹挑戦するって言ったらその時点で失格になりそうだわ。それに。そもそも私の目的はそこじゃない。」

 

薄く笑いながら言い切り夜空を仰いだリツカの瞳の奥に出会った頃から決して消えないほの暗い炎がごうごうと音を立て燃えているのがまた見えたようでルカリオは一つ息を付くと、リツカが食事の後にいつも出してくれるパイルジュースが注がれたマグカップへと視線を落とす。

 

【…………復讐、か。】

 

そのまま微かにゆれるそれを一口飲めば少し辛みがある甘酸っぱい味が口一杯に広がり瞳を細める。

 

あの時、瞳に燃え盛る真っ黒な炎を宿して彼女はそう口にした。

 

『唯一の肉親であった姉の命を奪った犯人を探しだし復讐する事こそが己のやるべき事なのだ』と。

 

そしてそのためにポケモントレーナーをしているのだ、と。

 

「……ええ。私の姉は、かつてシュートシティに居を構えていたガラルでは名の知れたポケモンドクターだった。姉が殺害された現場では、姉の手持ちのポケモン達もまたモンスターボールから出された上で人の手によってその命を絶たれていた。……中には姉を守って犯人の凶刃に倒れたポケモンもいるみたい。……ジュンサーさんが言ってたわ。反撃される可能性の方が高いのに、わざわざモンスターボールからポケモンを出したのは何かのポケモンを探してたんじゃないか、って。――ならそれは、その前日に姉が私の誕生日プレゼントとしてゲットしてきてくれたイブキ――色違いイーブイのメスである可能性が非常に高い。」

 

空を仰いだまま凛とした声で言い切った彼女の手の中のマグカップがミシッと小さな音を立てる。

 

【だからこそ、イーブイ一匹のみでジム戦か。】

 

「このジムチャレンジはガラル地方全土のみならず世界が注目するポケモンの大祭典。現に連日ガラルではその様子がテレビで放映され、SNSで話題に上がらない日はない。そんな祭典の中、無謀にもイーブイ一匹のみで挑戦して、尚且つ勝ち進んでいるトレーナーなんて良い話題の的よね。しかもそもそも数が少ないメスのイーブイの色違いがパートナーだとしたら尚更の事。私がシュートシティ出身だって事はSNSにおいては当たり前のように知られてるし、姉を手にかけた奴がまだガラルにいるなら気が付くでしょうね。私が彼女の妹だと――。」

 

そこで言葉を区切りうっそりと笑う少女の横顔をただ見つめていた口を開こうとした瞬間、ざわっとその場を吹き抜けた一陣の風にルカリオはハッと目を見開いた。

 

――誰かがくる!!

 

「――ワウ!!」

 

はどうポケモンだからこそ分かってからの判断は早かった。

地を蹴りリツカとイーブイを背に庇うよう彼女達の前方に立つと青く輝く波導で出来た骨型の棍棒を自らの手の中に作り出し構え、前方の闇を睨み付ける。

 

「イブ!」

 

そしてすぐ横から聞こえた声に己のわざ【ボーンラッシュ】を発動したルカリオが視線だけそちらに向ければそこには、さっきまで気持ち良さそうに眠っていた筈なのに今や戦闘態勢で同じように前方を睨むイーブイの姿があり僅かに口の端を吊り上げた。

 

「……イブキ。ルカリオ。」

 

そんな二匹の様子に何か感じ取ったのか声を潜めて身を屈めたリツカをポケモン二匹が同時に肩越しに振り返る。

 

「イブッ……!」

 

「ワウ!」

 

【リツカ、イーブイを連れてすぐ逃げれるようにしておけ。――誰か来る。】

 

「……ッ誰かって……。」

 

【分からん。だがポケモンではないだろう。草むらはともかくもここの辺りが私の縄張りだとポケモン達は知っている。こんな時間にむやみやたらと縄張りを侵してくる奴などいないだろう。】

 

前方に注意を払ったまま話しかけてくるルカリオに分かったと頷きリツカが足元に置きっぱなしにしていたリュックサックを手に取った。

残念ながら状況に応じてはテントやキャンプ用品は置いて行くしかないだろう。

折角手に入れたロトム自転車を失うのはつらかったが背に腹は代えられない。

幸か不幸かワイルドエリアではトレーナーによる落とし物が非常に多い。

放置したまま誰も取りに来なければこれもそう判断してもらえるとリツカは踏んでいた。

 

だからこそほぼ毎晩ワイルドエリアで寝泊まりしているのだ。

 

あとは……。

 

「ルカリオ。こんな事を貴方に頼むのは間違ってるのは重々承知の上よ。でもお願い。今から来る人物が私の望んだものじゃない場合、ここから逃げる手助けをしてくれる?」

 

「……ワウ。」

 

静かだが真剣な声音のリツカに真っ直ぐ見つめられたルカリオが、少しの沈黙の後しっかりと頷いた。

多少手荒くなるがいいな、と波導を通じて伝わってきた問いにリツカもまた頷き返した瞬間、ザッと地を踏みしめる音が響き渡る。

 

そして。

 

「よお、リツカ。また会ったな。」

 

「…………え。」

 

不意に耳朶を打った今日聞いたばかりの『彼】の声に呆然と呟いたリツカに答えるように薪の火がギリギリ届く位置へと姿を現したのは、数時間前バトルをしたばかりのナックルジムジムリーダー・キバナと。

キバナに負けず劣らずの高身長に剣と盾をモチーフにしたデザインが描かれた専用ユニフォームの上からでも分かるほど、綺麗に筋肉が付き引き締まった体格の金の瞳と顎髭が特徴的な精悍な顔立ちの青年――ガラル地方で知らぬ者はいない程の知名度を誇るチャンピオン・ダンデがその菫色の髪を風に靡かせて立っていた。



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プロローグ②

一気に二話連続投稿です。
ここから一人称一視点の小説となっております。

それでは少しでも楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。


ざあああああ、と風が周囲の草むらを音を立てて揺らす。

パチン、と風に煽られ一瞬大きくなった薪から木が爆ぜる音がやけに耳に残り、無意識のうちに半歩だけ後ずさる私――リツカ――を目の前にいるキバナさんもチャンピオンも特に何を言うことなく見つめている。

 

「……あの、キバナさん。わたしに何か御用ですか? あと、チャンピオンは何故ここに……。」

 

その金と明るい青の瞳がどうにも居心地悪く、警戒は怠らずに愛想笑いを顔に張り付けて改めて口を開くとすぅっと瞳を細めたキバナさんがその八重歯が目立つ口元を三日月状に歪め口を開いた。

 

「用って言う程のものはないな。ただ、さっき運営からジムチャレンジにおいて何かと注目されている色違いのイーブイをパートナーにしている白髪のトレーナーが急遽チャンピオンカップを辞退したって連絡が入ってな。初めは何かの間違いかと思ったが確認してみたら本当に辞退してやがる上にSNSでお前がワイルドエリアで呑気にキャンプしてるって情報が入ってな。それでこれはどういう事だとオレさま直々に問いただしにきたという訳だ。言ったよな? 『チャンピオン・ダンデに挑むため、トーナメントに勝ち上がるんだ。いや勝たねばならない。オレたちのリベンジのためにもな』と。忘れたとは言わせないぜ、リツカ。」

 

「ヒェ。」

 

リベンジの四文字を強調しにこーっと音が聞こえそうな人好きのする笑顔を浮かべているにも関わらず、とんでもない威圧感を放っているキバナさんに思わず漏れかけた声を飲み込み、少し逡巡した後いや、その……と視線を泳がせる。

 

「運営にはすでに理由を話して了承を得ていますし、問い合わせて頂いたなら聞いてると思いますが、チャンピオンカップを辞退した理由は私の手持ちがこのイーブイしかいないからです。チャンピオンカップはここまで共に凌ぎを削り、八個のバッジを手に入れたトレーナー達との真剣勝負の場。皆自分のパートナー達の中で最高の五体を選出して挑んでくるでしょう。そんな場にいくらバッジはあったとしてもたった一匹しか手持ちがない私が入っていくのはここまで頑張ってきたトレーナー達を侮辱する行為ではないかと今さらながら考えまして。」

 

二人から少し視線を逸らしすみません、と申し訳なさ全開で眉を下げ謝ればキバナさんの表情がどこか納得がいっていないような憮然としたものに変わっていく。

 

「いや、それが理由なら本当に今更だろ。ここまでずっとイーブイ一匹でオレさま達ジムリーダーを圧倒してきて、何言ってんだ。」

 

「……その、ジムリーダーの方々にはこちらがイーブイ一匹では駄目だと言われて来なかったので……。本当はどなたかに拒否された時点でジムチャレンジをリタイアする予定だったんです。特にナックルスタジアムはダブルバトルだと言われて、それなら絶対無理だろうと思ってたらあっさりOKを出して頂けたので……。」

 

「……キバナ。」

 

「え、オレ様が悪いの?! だってネズまでのジムリーダーイーブイ一匹で圧勝してんだぞ!? バトルしたくなるに決まってんだろ! リツカがナックルに来るまでマジでイーブイ一匹しか手持ちにいないなんて考えもしてなかったからな!」

 

さらに言葉を濁しながらも答えた内容にチャンピオンがキバナさんを半眼で見遣れば、そのまま言い訳を始めた彼にあはは、と苦笑しながらも自分の前にいるルカリオと視線が合うと小さく頷いた。

 

……何だろう、何か変だ。

 

キバナさんもチャンピオンもにこやかにしているし、自分の辞退がキバナさんが直々に訳を聞きにくる必要がある程重大な事だとは思えないけど、彼の話はまだ何となく筋が通っている気がする。

 

つまり彼は私へのリベンジの道が絶たれた事を知り、それに納得がいってないのだろう。

しかもそのリベンジ相手が数時間前に「頑張ります。」等とほざいていたなら尚の事。

 

ただそれで何でチャンピオンといるのか分からないし、何よりも。

 

ポケモン達が一切の警戒を解いてない。

 

自らのパートナーがむやみやたらに他人を警戒しないのは勿論の事、ルカリオがどういうポケモンなのか身を持って知っているだけにその事実だけで目の前にいる二人の言葉を素直に受け取れないのは十分すぎてじりっとまた半歩後ずされば、待ってくれ!とチャンピオンが声をあげた。

 

「…………え。」

 

「すまない、どうやらオレがいる事で君に必要以上の警戒心を抱かせてしまっているようだ。こうして話すのは初めてだから今更ながら自己紹介させてもらうぜ。オレはこのガラル地方のチャンピオン・ダンデだ。改めて、よろしくなリツカ君。オレも君の事は聞いている。面白いジムチャレンジャーがいるとね。君がオレにそのイーブイで挑むという未来を自ら放棄してしまった事は残念だが、安心して欲しい、オレとキバナがここで出会ったのは単なる偶然だ。何せオレはワイルドエリアに来るつもりは毛頭なかったんだからな!」

 

「……え?」

 

「このチャンピオンな、どうやらアラベスクタウンのジムリーダーに呼び出されて向かっていて気が付いたらワイルドエリアにいたんだと。」

 

「……え、アラベスクタウンとワイルドエリアってだいぶ方向違いますけど……。」

 

あっけらかんと言い放ったチャンピオン……ダンデさんとそれに呆れたような表情を浮かべながら補足説明するキバナさんに思わず突っ込みながら、そう言えば一見何でも滞りなく出来るように見えるチャンピオンだが、ただ一つだけ。

極度の方向音痴であるのが欠点だと聞いた事があると思い出し、ああ成る程と少し納得する。

 

「と言うかそれなら早くアラベスクタウンに向かった方がいいんじゃないですか? キバナさんさんが付いていれば大丈夫でしょうし。」

 

「何でオレさまがダンデを送っていくのが前提なんだよ。それにオレの話はまだ終わってないぞ、リツカ。」

 

ならばこれ幸いにと言外にもう話す事はないと伝えるも簡単にそれを却下したキバナさんに一つ息を付いた。

 

「まだ何か? 先程も言いましたけど今回の辞退は申し訳ないと思ってますが――。」

 

「……お前の手持ち、本当にイーブイだけなのか。」

 

「……どういう事ですか?」

 

少しうんざりした気分になりつつもここで変に拒絶等してこのトップジムリーダーとチャンピオンを敵に回すような事は得策じゃないと結論付けて渋々応えれば、口元には笑みを浮かべながらもバトル時同様に目尻が少しつり上がった彼の瞳に眉を寄せ、動揺を悟らせないように自然な動作で軽く拳を握る。

 

「キバナ?」

 

「……いや特に確証がある訳じゃないが、リツカにはイーブイの他にもそのルカリオのように頼もしい仲間がいるように思えてな。――自分を囮にして誰かに『復讐』しようとしてる奴が、何の準備も対策してない訳ないだろ。」

 

「ッ!!!!」

 

「ブイ!!」

 

【逃げろ!!!】

 

すぅっと細められた明るい青の瞳に告げられたそれに自分の喉がひゅっと息を飲みこんだ。

思わず目を見開き、心臓がどくんと嫌な音を立てて大きく鳴り響くのと飛び上がったイブキが自らのわざ≪スピードスター≫を発動させ星形の光線をチャンピオンとキバナさんの足元に発射したのはほぼ同時。

地面に着弾しもうもうと上がる土煙の中、頭の中に直接響いたルカリオの鋭い声にハッと我に返る。

 

「――イブキ!!!!」

 

「イブ!」

 

ぎりっと唇を噛みしめ自らのパートナーの名を呼び、ルカリオの鋼に覆われた手を掴むと地を蹴りダッとこのエリアの終着点である崖の先端に向かって地を蹴り全力で走りだす。

 

【ッ、リツカ!? まて、あいつらの足止めをしなければ!】

 

「それはそうだけど! 本気のあの二人を相手取るのは分が悪すぎるわ! それに私の事がバレた以上、貴方を一人ここに置いていけるわけないでしょ!? 私達と一緒に来て、ルカリオ!」

 

「イブ!」

 

前方を見据えたまま叫んだ私とイブキに一瞬大きく目を見開いたルカリオがすぐに気持ちを切り替えるように頷くのを肩越しに見て小さく微笑むと自らが履いているスカートのポケットから一つのモンスターボールを取り出し、祈るように瞳を閉じる。

 

――お願い。

 

「力を貸して! ラティオス!!」

 

そのまま彼の名を叫びモンスターボールを宙に向かって放り投げるとぱかりと開いたモンスターボールから飛び出してきたのは、イブキ同様私の大切なパートナーの一人である青と白を基調とした戦闘機のようなシルエットのポケモン――むげんポケモン・ラティオスだった。

 

「フォン!!」

 

気合い十分な鳴き声をあげたラティオスに一つ微笑みながら走る耳に「ラティオスだって!?」と驚くダンデさんの声が届き視線だけ背後に向ければイブキのスピードスターが多少の足止めにはなったもののそれでも思ったよりも近い距離に二人の姿があり小さく舌を打つ。

 

「……っ、そりゃそうか。あの二人と私じゃタッパが違いすぎる。なら……――! ラティオス!! イブキとルカリオを乗せて先に行って! 私もすぐに追い付くから!」

 

「フォン!」

 

「イブ!?」

 

「ワウ!!?」

 

そこで一端思考を区切り鋭く叫ぶと一つ頷いたラティオスが≪サイコキネシス≫を発動させた。

突然の事に抵抗する間も何もなく体が浮き上がりラティオスの背に乗せられたイブキとルカリオが焦ったような声を上げたが今は聞いている余裕なんてない。

 

後で怒られるだろうなあと頭のどこかで呑気に考えながらもう一度「行って!」と叫ぶと同時にそのまま上空へ飛び立ったラティオスにほっと息を付いた。

 

あっちはあれでいい。

 

後は……!

 

そのまま踏み出した足に力を入れ体に急ブレーキをかけた。

殺しきれない勢いそのままに体を半回転させ崖に背を向ける形で立ち止まる。

あと半歩でも後ろに下がれば間違いなく落下するだろう足元の崖の土がぱらぱらと崩れたのを感じ瞳を細め、顔をあげると二メートル程離れたところで立っているダンデさんとキバナさんに向き合った。



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プロローグ③

閲覧ありがとうございます。
一応ここまでがプロローグです。
『ねがいのかたまり』についての独自設定が強すぎる気がする。
でもアニポケであのアイテムあったら間違いなく悪用されてそうな気がします。

次回からは新無印に沿って話が展開していくはずです、たぶん。

それでは今回も少しでも楽しんで頂けると幸いです。




「っ、まさか、ラティオスなんてものゲットしてるとはな。予想以上の切り札じゃねえか、リツカ。――つまりオレさまは『イーブイしか手持ちにいれてない』と言うお前の口車にまんまと乗った上に敗北した間抜けだったって事か。」

 

少しあがった呼吸を整えながらも好戦的な瞳の輝きはそのままに話すキバナさんをすぅっと細めた瞳で見遣り、小さく口を開く。

目的を知られてしまった以上、彼らは今後場合によっては自分の敵となりうる存在だろう。

本来ならこの場で口封じなりなんなりすべきだろうが自分の事情と無関係な相手にあまり手荒な事はしたくない。

 

なら…――。

 

「……手持ちについて黙っていた事は謝ります。ジムリーダーの方々とのバトルは3vs3だと聞いてはいましたが、ターフスタジアムの時点で手持ちの数を具体的に確認される事はなかったので、イブキ……イーブイ以外のポケモンのモンスターボールはリュックに隠していたんです。イーブイだけで三匹倒してしまえば違和感を覚えられる事もないですから。……私はあのイーブイ以外を戦闘に出すつもりは毛頭ありません。だってそれじゃあ意味がない。まずは犯人が私を認識してくれなきゃ何も始まらない。……そのために私は自分だけでなく、一番大切なパートナーすら囮にしてるんだから。」

 

最低ですよね、と自嘲を浮かべると少し湿り気を帯びた風でふわりと髪が靡くのを感じ、険しい表情を浮かべたまま何も言わないダンデさんとキバナさんにスッと一歩後ろに下がろうとしたところでリツカくん、とチャンピオンが静かに口を開く。

 

「まずは本意ではないと言え君とルカリオの会話を聞いてしまった事への謝罪をさせてくれ。すまなかった。そしてその上で言わせてくれ、オレ達は君の敵じゃない。だから、こちらへきてくれないだろうか。」

 

さあ、と手を差し出すどこまでも真っ直ぐで真摯な彼に一度だけぱちりと瞬きをしてからごめんなさいと緩く首を振る。

 

「リツカくん!」

 

「例え敵じゃなくても、貴方方が私の目的の障害になる可能性は十分にありえます。……今までもそうでしたから。最初は皆『貴方を助けたい』とか『力になりたい』とか『協力したい』とか言うくせに、いざ私が具体的に動き出すと口を揃えて言うんです。『復讐なんてやめておけ』って。『そんな事をしても姉さんは帰って来ない。』『姉さんはそんな事を望んでない』って。……ッそんな事言われなくても、分かってる。全部全部分かってる。っ、でも!! ならっ、私はどうすればいいの!? いつまで絶っても癒えないこの悲しみはッ、この憎しみは! ッこの絶望はどうすればいいの!!!? ……――――――ッッッうんざりなのよ、もう!!!! 」

 

「リツカくん!」

 

「リツカ!!」

 

「――来ないで!!!」

 

冷静にならなくちゃと頭では分かっていながらも心が全くついてこなくて、段々口調が崩れ最後には心の内を絶叫する。

地を蹴りかけたダンデさんとキバナさんにはっと我に返って鋭い声で叫び、足元の草をざっと蹴散らして草で隠しておいた大きな穴の上にポケットから取り出した石のような塊を翳せば目を見開いた二人の動きが止まった事を確認し気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いた。

 

「……リツカお前、どこでそんなもの。」

 

「リツカくんやめるんだ! それは……!」

 

「……すみません、取り乱しました。でもさすがチャンピオンとトップジムリーダー。これが何なのかちゃんと分かってるんですね。そう、これは『ねがいのかたまり』。通常ワイルドエリアでダイマックスポケモンがいつどこに出現するかは完全にランダムですが、これを使えば今この巣穴の中にいるダイマックスポケモンを意図的に呼び出せる、言わば餌のようなもの。ダンデさん、キバナさん。今夜の事は全て忘れて下さい。私の事情は貴方達には何一つ関係ない。見たことも聞いた事も全て忘れ、私に二度と関わらないと誓って下さい。さもなくば、この巣穴だけでなくラティオス達に持たせている『ねがいのかたまり』を一斉に空から巣穴に投げ込みさせます。」

 

「……オレさま達を脅すってか。大したタマじゃねえか、リツカ。」

 

明らかな脅し文句にびりっと大気を震わせる程の怒気を纏い一オクターブは低くなったキバナさんが徐にモンスターボールを取り出したのを見遣り、やっぱこうなるかとひとりごちる。

ダンデさんもキバナさんも脅しに簡単に屈するタイプではない事は目に見えて明らかだったし、特に今日バトルしたばかりの彼に至ってはバトルの運び方やポケモン達のわざ構成、または最中の口調や態度からかなり好戦的な面も見えていた。

 

……これだから筋肉は、ととんでもなく失礼な事を考えつつキバナさんの瞳を睨み付けこれ見よがしに息を吐く。

 

「……交渉は決裂、って事でいいですか?」

 

「――ああ。オレさまは記憶力はいい方でな。今夜の事も、リツカの事も忘れてやれそうにない。それになリツカ! お前が言った事オレさまは何一つ納得してないんだよ! そりゃお前は今まで本当の意味でお前を理解していない奴らに振り回されて傷ついてきたかもしれないけどな! オレ達まで勝手に『そうだ』と決めつけて拒絶してんなよ!!」

 

「……ッ!」

 

その怒声に一瞬動きを止めたのを見逃さなかった二人が今度こそ同時に地を蹴った。

 

「リツカ!!」

 

「リツカくん!!」

 

「……ッ!」

 

手を伸ばしてくる二人を咄嗟に避けようとして一歩後ずさった足がズッと滑るように宙をかく。

そこからの動きはまるでスローモーションか何かのようで、支えを失いゆっくりと後ろ向きに倒れていく体とこちらへ必死に手を伸ばす二人の姿を見ながらも重力に従うままもう片方の足を地から離し口元に小さく笑みを浮かべた。

 

正直今夜ここに来るとしたらそれは犯人に他ならないと考えていた。

今日の夕方突如辞退した事でSNSでは結構騒がれていたことも知っている。

だってそうなるように仕組んだのは全部自分だったから。

 

それがまさかチャンピオンとトップジムリーダーが来るなんて思いもしなかったけど。

 

でも、想定外の話では決してない。

 

だから、これでようやく彼らから逃げられると安堵の溜め息を一つ付き口を開こうとしたところで私を追って何の躊躇いもなく崖から飛び降りた彼に気が付き、こぼれ落ちんばかりに目を見開いた。

 

「…………は? はぁああ!!?」

 

「リツカくん!!!」

 

奇しくも二つの声が放たれたのは全く同じタイミングだった。

落下していく自分を掴まえようとさらに手を伸ばす彼を呆然と見遣りその逞しい腕に体を掴まれ、しっかり胸元に抱え込まれたところでハッと我に返り慌てて腕の中で声を張り上げる。

 

「ゴチミル!! ≪サイコキネシス!≫」

 

「ミル!!」

 

瞬間ぱかりとモンスターボールが開いた音と共に、スカートのポケットから白い光に包まれ飛び出してきた髪や服に白いリボンを付けてツインテールの少女のようなポケモン――あやつりポケモン・ゴチミルが≪サイコキネシス≫を発動し、落下運動がそこでぴたりと停止する。

あとはゴチミルの意思に従いゆっくりと地上に下りていき地面に足が付いた時点ではぁーーと息を吐いた。

 

「……間に合った。ありがとうね、ゴチミル。」

 

「ミルミル!!」

 

ふわふわと私の目の高さに浮かんでいるゴチミルにお礼をいえばこくこくと頷き楽しそうにくるくると回る彼女に瞳を細める。

 

「……それにしても……。」

 

ラティオスに続きゴチミルまで晒してしまったのは計算外過ぎたけど背に腹は代えられない。

 

元々誰隔たりなく接する誠実で真摯な人柄が人気の元になっているチャンピオンだとは思っていたけどまさか躊躇なく崖から飛び降りるとは考えてすらいなかった。

何て無茶な真似を、と呟いたところで未だに私を胸元に抱き締めたままの彼に首を傾げた。

 

「……あのー、ダンデさん? そろそろ離して欲しいんですけど。あの……。」

 

かなり強い力で押し付けられている胸元が豊満過ぎて息苦しさを感じ、少し躊躇した後にぺちぺちとそのみっしりと筋肉がついた胸元を叩きながらダンデさん、と呼び掛ける。

しかしそれでも私の後頭部と腰にがっしりと巻き付いていた太い腕の力が少しだけ緩んだだけで、仕方なしにその体勢のまま少し強引に顔をあげれば金色の瞳をきらきらと輝かせた笑みを浮かべたダンデさんと視線が絡んだ。

 

「……ダンデさん?」

 

「――凄いな、君は。」

 

まさかそんな表情を向けられてるとは思わず唖然としてるとさらにそう返される。

 

「……え?」

 

「これだけ用意周到な君の事だ。恐らく自分があそこから落ちる事も計算していたんだろう? だがオレが君を追って飛び降りた事は予想外だった筈だ。しかし君は焦る事もなくゴチミルをボールから出し≪サイコキネシス≫を使わせた。どんな事態も想定し動けるようにしていた証拠だ。お陰でリザードンを出す暇もなかったぜ。――ありがとうな、リツカくん。」

 

そのままニカッと歯を見せて笑う彼に目の前にチカッと星が瞬いた気がして瞳をぱしぱしと瞬かせる。

 

ああ、今分かった。

 

それが意図的なのかどうかまでは分からないけど、この人は人に警戒心を抱かせず、懐にするりと入り込むのが異様にうまいんだ。

そして一度この人に絆されてしまえば、きっと彼を拒絶する事は出来なくなる。

 

そんな魅力を持っているのがこのチャンピオンであるならば、私にとってこの人は非常に危険な存在だ。

 

何故なら――。

 

そこで一旦思考を区切り手を伸ばす。

リツカくん?と不思議そうな声を出す彼に構わずその浅黒い肌の頬に自分の掌を這わせするりと撫で下ろし、すぅっと軽く息を吸うと――――。

 

「ダンデ!! リツカ!! 無事」

 

「『出す暇もなかったぜ』じゃない!!!!!!」

 

丁度私達の元にたどり着いたキバナさんの声に意図せず被せる形でぐっとお腹の底から怒号をあげるのとは同時にダンデさんの頬を思いっきり引っ張ってつねりあげた。

 

「っ!? り、りひゅかくん!?」

 

「いい!!? 確かに私は自分が崖から落ちる事も、その後ゴチミルの≪サイコキネシス≫でこの場から逃げる事も計算してた!! でもそれだけ!!! 崖から飛び降りられたのもだけど、そもそも脅しにノらないどころか、私を取り押さえるためのポケモンも出さず、あんな風に二人そろって突っ込んでくるところがまず想定外よ!! もっと言えば二人分の体重がかかった事でゴチミルが飛び出してくる前に危険な目に合う可能性だって十分にあったしっ、何より! 私がゴチミルに命じて自分にだけ≪サイコキネシス≫をかけて、貴方を見殺しにするかもとか考えなかったの!!!?」

 

目を見開き頬の痛みにさすがに顔を歪めたダンデさんを容赦なく睨み付け怒鳴り散らす。

 

感情のままに怒鳴りながらももし一歩でも間違ってたらこの人を危険な目に晒していたかもしれない、それどころか取り返しの付かない事態が起きていたかもしれないと思うと体が震えて仕方なくて、じわりと視界に水の膜が張るのを抑えきれずにいると一度は緩んだ筈の腕にまた力が込もって、彼の胸元に顔を埋める体勢になった上で温かくて大きい二つの体温の手が私の頭を優しく撫で出した。

 

「……すまない、リツカくん。君にそんな顔をさせるつもりはなかったんだ。ただ君が崖から落ちた時、『助けないと』という気持ちで頭も心もいっぱいになって後先考えず飛び出してしまったんだ。それに、君がオレを見捨てて自分だけ助かろうとするような子じゃない事は知ってたからな。きっと助けてくれると信じてたぜ。」

 

「……ッ貴方に、私の何が……!」

 

「いや。ダンデの言う通りだ。お前がダンデを見捨てなかっただろう事はオレさまにも分かるぜ、リツカ。」

 

何も知らない癖に、まるで私を理解してるとでもいいたげな口調に思わずカッときて言い返そうとした言葉はキバナさんに遮られ、小さく肩が震える。

そのまま頭を少し動かして横目で彼を見ればその優しげに細めた彼の顔があってズキンと胸に痛みが走った。

 

……ああ、これはダメだ。

 

「……ッキバナさ……」

 

「リツカ、お前オレさま達に追われてラティオスを出した時、真っ先にポケモン達を乗せて逃がしたよな。あれは無用なバトルで自分のポケモン達は勿論、ダンデとオレさまのポケモンも傷つけたくなかったんだろう? 違うか?」

 

「……ッ……それは……。」

 

「さらに言うなら、君が自分で言うような人間ならあの時点で君はゴチミルの≪サイコキネシス≫で逃げた上で空からオレ達にわざを放つよう、ポケモン達に命じれば良かった。特に、ラティオスに君なら確実に覚えさせているであろう≪りゅうせいぐん≫を使わせていたら、君は確実に逃げられたしポケモンを出していなかったオレ達は無事では済まなかった。でも君はそうしなかった。ただ無用なバトルを避けるためだけに行動していた。――自分の保身より他者を優先する君がそんな事するわけないだろう。」

 

さらにキバナさんに続けてダンデさんに言われた言葉にグッと奥歯を噛み締める。

これ以上ここにいてはいけないと頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響いた。

 

「……ッやめて……。」

 

「リツカくん。君はこの言葉に良い感情を抱いていないのかもしれない。だが、どうか信じてくれ。オレ達は『君を助けたい』んだ。」

 

「ッ……やめて!!」

 

「リツカく……」

 

「やめてっ!! やめて、やだ、信じない! 信じられないっ……!信じたくない!! 信じて、裏切られたら私、もう立てなくなる!! 戦えなくなる!! ……ッお姉ちゃんを、お姉ちゃんを殺した奴はッ、私がこの手で殺すって決めたの!!! だからっ!!」

 

降り注いできたダンデさんの声に見開いた瞳からぼろりと涙が溢れ落ちる。

これ以上この二人の声を聞いてたら、信じてしまいそうで。

頼ってしまいそうで。

 

――助けて、とすがってしまいそうで。

 

耳を両手で強く塞ぎ必死に首を振って叫んだ瞬間、ガッと大きな両手で頬を包まれ首がぐぎっとなるのも構わず向かされた先には、真剣な表情で真っ直ぐに私の瞳を見る明るい青の瞳があった。

 

「キバナ、さ……。」

 

「リツカ、お前一日に二度もオレ様の言った事無視するのかよ? ……分からないならはっきり言ってやる。オレ達はお前を裏切ったりしない。お前の心を踏みにじって傷つけたりしない。だから……。」

 

「ッ!」

 

そこで言葉を区切った彼の手が両耳を塞ぐ私の手に重ねられ、あんなに力を入れていた筈の両手があっさりと耳から引き剥がされる。

そのまま金縛りにあったように彼から顔を反らせない私に少し瞳を細めたキバナさんがゆっくりと続けた。

 

「――オレ達を信じろ。リツカ。」

 

「――――ッ!」

 

「ブイッ!!」

 

どこまでも真っ直ぐで決して逃げられない強さに満ちた声にぼろぼろと涙が溢れたのと上空から大切な友達の声が降ってきたのは同時だった。

 

次の瞬間、空から降ってきた無数の星の光線が私達がいる付近の地面に着弾しもうもうと土煙が立ち込めるのを見てぐっと体に力を入れる。

 

――今しかない!!

 

「ゴチミル! 私に≪サイコキネシス≫!!」

 

「ミル!!」

 

すぐ側にいるゴチミルに指示すると同時に光に包まれた体が自分の力ではびくともしなかった彼らの腕をするりとすり抜け、そのまま宙に浮かび上がる。

 

「リツカ!!」

 

「リツカくん、駄目だ!!!」

 

「ゴチミル、このままラティオス達のいる場所まで行って!!」

 

「ミル!!」

 

未だに着弾し続ける≪スピードスター≫により起こる土埃に咳き込みながら叫ぶ彼らの声を無視して続けて指示を出せば体がさらに上昇していく。

その間も止まらない涙で濡れた目元が不快で服の袖でごしごしと何度も乱暴に拭っていると下からパカリとモンスターボールが開いた音が微かに聞こえ瞳を細めた。

多分彼らの事だから空を飛べるリザードンとフライゴン辺りだろうか。

 

……っ、なら!

 

「イブキ!!! ≪スピードスター≫はもういいわ!! ラティオス!! 二人が落ちないように≪サイコキネシス≫でフォローしながら一気に高度をあげてそのまま全速力で目的地までいって!!」

 

声を張り上げさらに指示を出しながら決して振り返らないままポケットからモンスターボールを取り出し放り投げる。

 

「……~~~~ッ!!!! ラティアス!! 私とゴチミルを乗せて一気に雲の上まで飛んで!! 全速力!!!」

 

「フォン!」

 

モンスターボールから飛び出した赤と白を基調としたラティオスに似たシルエットのむげんポケモン・ラティアスがそれに答えるように声をあげゴチミルと私をその背に乗せた。

 

「ッッ逃げるなリツカ!!!」

 

「リツカくん! ラティアスやめてくれ!! 頼む!!! オレ達はその子を、君のトレーナーを、助けたいだけなんだ!!!!」

 

「――――っ! ラティアス聞かないで!! 行って!!! お願いだから!!」

 

「フォン!!」

 

ゴチミルをしっかり左腕で胸元に抱えラティアスの首に右腕を回した瞬間すぐ下から聞こえた声にラティアスが一瞬戸惑いを見せたのが分かり心の底から叫ぶのと同時にぐっと体に重力がかかりほぼ垂直にラティアスが物凄いスピードで上空へ向かって昇り出した。

 

ごうごうと唸る風と凄まじい重力を受けどくどくと耳元で鳴り響く心臓に眉を寄せながら瞳を閉じたまま両腕に力を入れ続け、やがて雲を突き抜けたラティアスが通常の飛行体勢になったところでやっと背後を見下ろせば地表は遠すぎて捉える事もできず、ただ闇が広がってるだけのそこに誰の姿もない事にほーーっと安堵の息を吐いた。

 

「ゴチミル、大丈夫?」

 

「ミル!」

 

「ラティアスも。……ありがとうねラティアス。私に応えてくれて。」

 

「フォン」

 

そのままパートナー達をそれぞれに労っていると僅かな飛行音の後後方からイブキとルカリオを乗せたラティオスが飛んできたのを見て微笑みかけながらそっと拳を握り締める。

 

……ああ。

 

「皆、お疲れ様。じゃあ行きましょう! 目指すは空港よ!」

 

「イブ!」

 

「ミル!」

 

「フォン!」

 

「ワウ」

 

「フォン」

 

さらに殊更明るい声で宣言すれば返ってくるポケモン達の声に笑って、最後に一度だけまた地表を見下ろして。

 

「…………ごめんなさい。」

 

微かに震える声で呟いた謝罪は、誰に届く事もなく夜の闇にかき消えた。

 



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